狂雷と一緒! (霧ケ峰リョク)
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第一部
狂雷と一緒!


 世の中本当にクソである。勿論、青いツナギを着た良い男が予備校に通っているごく普通の一般的な男の子と公園のトイレでくんずほぐれつして、結果的にくそみそになるという意味合いでは断じて無い。

 いや、むしろそっちの方がどれだけマシだっただろうか。

 夜な夜な男の尻を狙うヒャッハーとは鳴かないモヒカンが居る世界と、終末という世界の滅亡が確定している世界、誰だって前者を選ぶだろう。

 訂正――――やっぱり前者の世界も嫌だ。と、いうかろくでもない。そんな前者の世界よりもろくでもない世界に、女神転生という神と悪魔が跋扈し世界を滅ぼしにかかる世界に転生を果たしたのである。

 その事を知った切欠になったのは自分と同じ転生者達が集う掲示板で、後のショタオジというあだ名が付けられる事になった人が投下した爆弾が原因だった。

 

――――念願のメガテン世界に転生したぞ!!

 

 思えばあの掲示板を見ていた事が全ての始まりだった。

 

【富士山覚醒体験オフ会】

 

 当時のオレはまだ子どもだったから親に一人で行くのをかなり反対されていたけど、何とか説き伏せたのと神主――――もといショタオジが神社にお泊りする体験というチラシを出してくれたおかげで行くことが出来た。

 そこで出会ったのは自分と境遇を同じくする転生者達。

 出会った当初は昔何処かで見た事あるような、それこそ漫画やアニメに出て来るキャラの印象を覚えた。

 まぁ、オレ自身も似たようなものだからあまり強く言えないけど。

 兎も角、そこでオレは自分と同い年の転生者にも会う事が出来た。それだけでこのオフ会に参加しても良かったと思えるくらいだ。

 二度目の生で初めて体験した超常の体験に一週間の修行生活。

 老若男女関係なく行われた転生者達の枕投げ大会。

 同年代の転生者達による今後どうするのかについての話し合い。

 そしてそれらを台無しにするほどきつかったショタオジの拷問を超えた修行のような地獄。

 本当に楽しかった。終末を皆で乗り越えようとガイア連合を作って、沢山の事があった。

 嬉しかったこと、辛かったこと、苦しかったこと、ショタオジを煽って呪われてトイレに籠る羽目になったこと。

 今でも思い出せる、大切な仲間達との思い出。

 

「どうして、こうなったんだろうな…………」

 

 過去の記憶を思い返しながら、火の海に飲み込まれた街を見渡してそう呟いてしまう。

 ここは日本ではない。遠く離れた異国の地、イタリアだ。

 どうしてこんな場所に居るのか、どうしてこんな事になってしまったのか。

 理由は簡単、今生の両親が突然「イタリアに旅行に行こう」と言い出したのだ。

 今の国外は危ないと言っても平和ボケした日本で暮らし、悪魔などといった超常の存在を知らない両親は聞く耳を持たず、結局イタリア旅行をする羽目になった。

 その結果がこれだ。

 メシア教過激派がやらかしたで核攻撃でイタリアの大地が火の海に包まれ、呼び出された天使達が残された人々を殺していく。

 見るも無残、聞くも悲惨、何もかもが地獄だった。

 

「くそったれ、折れるんじゃなかったよ」

 

 あの時、両親の平和ボケした言葉に渋々とはいえ頷くんじゃなかった

 何が結婚して20周年だから、だ。死んでしまえば何の意味も無いだろうが。

 

「本当、これからどうしようか…………」

 

 こうなる事は分かっていた。だから対策の為にショタオジ特製の地獄を見て覚醒し、更に修行を重ねる事で強くなった。

 飛んできたミサイルもいくつか潰して最悪の事態は免れた。

 とはいえ、こちらもシキガミを全て失ってしまった。

 おかげでこの身一つでこの状況を何とかしないといけないわけだが、日本に帰るだけならなんとかなる。

 だけど――――、

 

「だ、誰か…………助けて…………!」

「逃げて! 貴方だけは!!」

「お母さん、お母さん!!」

「ぁああああああああああ、痛いぃいいいいいいいいい!!!」

 

 炎に包まれた街の中から人々の悲鳴が聞こえる。

 覚醒者になった影響からか、日本語じゃないのに理解できてしまう。

 

「なんと罪深いのでしょうか! この救われぬ魂に、神の救済を!」

「不浄の者達よ、悔い改めるが良い。そして懺悔せよ」

「おお! ハレルヤ!! 偉大なる主を讃えよ!!」

 

 天使を称する悪魔どもが人々を救済という名の殺戮を実行する。

 唯一神を讃えながらその戒律を破っていく狂信者が生き残った人々を殺していく。

 本当に酷かった。この業界に入って長いけど、ここまで酷い光景は見た事が無かった。

 いや、ガイア連合の皆がこうならないように頑張ったおかげ、見る機会が無かっただけなのかもしれない。

 

「あいつ等…………!」

 

 胸の内から怒りが湧いてくる。

 だけどここで手を出せば間違いなく日本に戻る事が出来なくなる。

 今ならばここから逃げ出す事だって容易だし、日本にだって帰る事が出来る。

 そうだよ。よく考えろ、ここに居るのは所詮赤の他人。助けたら暫くの間帰る事だって出来なくなるし、ガイア連合の皆に迷惑がかかる。

 それにこんなに沢山の天使が居るんだ。中には大天使だっている。そんな中、たった一人で戦うなんて無謀にも程がある。

 だから逃げたって良い、むしろ逃げなきゃだめなんだ――――。

 

「――――ごめん。やっぱ無理だわ」

 

 ガイア連合の皆に一言謝罪し、近くに居た天使の頭部に拳を叩き込み顔面を吹き飛ばす。

 首を失った天使の身体が霧散すると同時に、周囲の天使や狂信者達の視線が此方に向けられる。

 

「まさか天使を倒す事が出来る者が居るとは…………しかし、我等の行いの邪魔をするとは、なんと罪深い」

「罪深いのはお前等の方だろ。天使を殺して罪になるなんて何処にも記述されていない。聖人モーセだってカマエルを殺し、サマエルを失明させたんだ。別に罪じゃないだろ」

「その口を閉ざすが良い罪人よ。我等の救済を邪魔したその報い、このハニエルが裁こう!」

 

 そう言って大天使ハニエルは此方に向かってくる。

 

「スマイルチャージ、コンセントレイト…………」

 

 向かってくるハニエルを前にオレはバフを積む。

 

「アンティクトン!!」

 

 そしてハニエルや天使、狂信者を含めた全員に万能属性の攻撃を叩き込んだ。

 ハニエル以外の敵は今の一撃で全滅し、唯一生き残ったハニエルも決して無視できないダメージを受けて動きが鈍った。

 その隙を見逃すわけも無く、そのままハニエルの顔面に拳をぶち込み地面に叩き落とす。

 

「がっ、き、きさ…………!?」

「天から地上に引き摺り下ろされた気分はどうだ?」

 

 足で踏みつけて固定し、ハニエルの羽を掴む。

 

「じゃ、次はその羽を失って人間と同じようになろうか」

「や、やめ――――」

 

 思いっきり羽を羽を引っ張って引き千切った。

 大天使の悲鳴が響き渡る。その悲鳴に込められた悲しさと絶望には何が込められていたのだろうか。

 まぁ、どうでも良い事だ。こいつ等は沢山の人を身勝手な理由で虐殺したのだから。

 絶望に打ちひしがれているハニエルの頭部を踏み砕き止めをさす。

 

「…………本当に腹が立つ。霊視ニキの気持ちがよく分かる」

 

 こんな奴等の身勝手な言い分で拷問を受けたのだ。

 今ならその気持ちが少しだけ分かる。

 

「って、感傷に浸っている場合じゃ無いな」

 

 チャクラドロップで魔力を回復しながら周囲に視線を戻す。

 今のでここら一帯の天使達は倒せたが、天使はまだまだ沢山いる。

 恐らくではあるけどハニエルクラスが数体、そして天使達は百や二百なんて数じゃないし狂信者だって居る。

 圧倒的に人手が足りなかった。と、いうかこれを一人で何とかするなんて無理だよ。

 

「ショタオジなら一人で何とか出来るかもしれないけど」

 

 むしろあの人ならこれぐらい余裕で倒せるだろう。

 時間だって10秒も掛からないだろうし、今傷付いている人だって全員助ける事だって出来る。多分だけどあの人はメシアライザーが使えるだろうし。

 だけどオレはあんなチートじゃない。回復魔法は使えないわけじゃないけど全員を助ける事なんて不可能だ。

 

「何とか、何とかする方法は…………」

 

 天使の頭部を砕いていきながらこの現状を打開する方法を考える。

 だけど思い浮ばない。詰み、完璧な詰みだ。

 

「くそっ、どうしたら――――」

「お困りのようだな、おい!」

 

 一人頭を悩ませていると頭上から声が聞こえた。

 その声は荒々しく豪快で、聞く者に畏怖を与えさせる。

 

「見事な戦いっぷりじゃねぇか。あのくそったれな天使どもをたった一人で殺して、すげぇじゃねぇか!」

 

 声がした方向に視線を向ける。

 そこに居たのは一体の悪魔だった。

 右半身はギリシャの彫刻のような荘厳さを感じさせ、左半身は邪神のような邪悪さを感じさせる。

 オレはその悪魔を知っている。その外見の悪魔の名を知っている。

 

「ゼウス…………!!」

「ほぅ、このオレを一目見ただけで分かるのか。良いじゃねぇか!」

 

 ゼウスはそう言うとオレの傍に降り立つ。

 敵意は感じない。が、所詮は悪魔。人の常識が通じない超常の存在だ。

 いつ敵意を向けて来るか分からない。

 

「そう警戒すんな。お前とやり合うつもりはねぇよ」

「なら…………一体何の用だ?」

「困っているようだからな。少し手伝ってやろうかと思ってな」

「それはありがたいよ。けど、ただじゃないんだろ?」

「ああそうだ。ただじゃねぇ」

 

 此方に笑みを浮かべながら言い放つゼウスの言葉。

 分かっている、これは悪魔の契約だ。しかも断ればそのまま立ち去るタイプの。

 でも受けるしかない。受け入れるしかない。この状況を打開する為には、この悪魔の取り引きに応じるしかない。

 

「…………仕方が無い、か」

 

 本当にガイア連合の皆に会わせる顔が無い。

 でも、やらなくちゃいけない。やらなきゃオレも、皆も死ぬのだから。

 

「オレは、これからここら辺に居る天使達を滅ぼす。そして、お前を主神として信仰する国を作ってやる。かつてのローマ帝国のように、偉大な国を造り上げてやるよ」

 

 オレの言葉を聞いてゼウスは笑みを浮かべる。

 

「今はそれで良い。その約束、決して違うなよおい!!」

「誰が違うか。破ったら怖いからな!」

「良い根性してるなおい! そんじゃ、自己紹介といこうか! オレはゼウス! オリュンポス12神の主神だ!!」

 

 ゼウスの宣言を聞いて、もう逃れられない事を理解する。

 でも、自分で選んだみちだ。ならば逃げ出すわけにはいかない。

 今生の自分の名前に恥じないように、覚悟を決めろ。

 

「オレは沢田綱吉、ガイア連合所属の中学2年生だ!」

 

   ※

 

「――――本当に、色々とあったなぁ」

 

 あれから二ヶ月、オレは過去の事を思い返していた。

 本当、我ながらよくもまぁあんな無茶をしたものだよ。

 自分のやった大言壮語に思わず苦笑いする。

 

「綱吉、どうかなさったんですの?」

「何でも無いよデメテル。それよりも実りの方、お願い出来るかな?」

「任されましたわ! ハーベストですわー!!」

 

 そう言って元気よく立ち去る女の子の姿をした悪魔、女神デメテルの後ろ姿を見て溜め息を吐く。

 現在、オレは魔神ゼウスと手を結びイタリア、及びギリシャを治めることに成功した。生き残った人間や難民達を纏め上げ、神星ローマ帝国を立ち上げたのである。厳密にはガイア連合ギリシャ支部なのだが、大差は無い。

 そしてオレの地位は神星ローマ帝国初代皇帝にしてガイア連合・ギリシャ支部の支部長である。

 

「本当なら適当な人に皇帝の座、譲りたかったんだけどなぁ」

 

 分かってはいた事だが、ゼウスはオレを逃す気は無いらしい。

 あの野郎、デメテルを使ってオレが逃げ出さないか監視しているのだから。

 

「まぁ、今更投げ出すわけにもいかないか」

 

 こんなオレを慕ってくれてる奴が居る以上、後任を決めずに逃げるつもりは無い。

 そう自分に言い聞かせて、城に戻ろうとする。

 

「陛下! 過激派の連中が天使と共に襲撃に来ました!」

「またかよ」

 

 そして姿を現したメイドの報告を聞いて、本日三度目の過激派狩りに赴くことになった。



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ギリシャ支部の日常

筆が進んだので初投稿です。
これがギリシャ支部の一日の流れとなります。


 時刻は早朝の6時30分。

 日本に居た頃ならばまだ夢の中に居る時間帯なのだが、不本意とはいえギリシャ支部の支部長になってしまった以上、何時までも眠り続けるわけにはいかない。

 今すぐにでも二度寝したいという欲求に抗いながら顔を水で洗い、意識を覚醒させる。

 

「さて、と…………」

 

 欠伸しながら窓の外に視線を向ける。

 

「うん、いつも通りの光景だ」

 

 ギリシャ支部でもあり、現在のオレの家でもあるこの城から見える風景。

 住み始めた当初はかなり違和感を感じていたが、住めば都と言えば良いのか、今ではすっかり慣れてしまった。

 

「いつも通り、過激派が進軍してるよ」

 

 窓の外、このギリシャ支部から遠く離れた場所で天使と改造人間、洗脳された人間達が群れを成して此方に向かっていた。

 群れを率いているのは大天使相当の悪魔で、その数は三体。天使、人間を含めれば総勢五百ぐらいだろうか。それだけの数の軍勢が東西南北から襲い掛かって来ている。

 これがギリシャ支部を設立してから毎朝見る光景である。

 本当、これが毎日あるのが普通になってしまった。最初の方こそ辟易していたけど、今では何とも思わない。

 こんな惨状に慣れてしまった。その事実に物凄く悲しくなりながら、この間過激派の拠点を潰した時に手に入れた剣を持ち、窓から外に飛び出す。

 

「そういえば、あいつ等どうやって人手を確保してるんだ?」

 

 毎日毎日飽きてしまうぐらい過激派を駆除しているのだけれど、過激派の数は一向に減る気配が無い。

 死体だって蘇らないように燃やしているというのに。

 まさか本当に畑から生えているわけじゃないだろうし、ヒャッハーなら実際湧いてそうだけど。

 

「まさか、クローン?」

 

 メシア教ならやりかねん、というか実際やる。

 亡骸でさえ蘇らせて、その上で脳みそを弄って自らの尖兵に変えるのだから。

 

「いや、関係無い。どちらにしろ…………皆殺しだ!!」

 

 スマイルチャージ、コンセントレイトを重ね掛けしたアンティクトンをぶっ放す。

 四回程同じことを繰り返し、それが開戦の合図となった。

 

「朝っぱらから騒々しい奴だなおい! なぁ、綱吉ぃ!!」

 

 アンティクトンを放ち、北側から攻め込んでくる過激派を尻目にオレの隣に現れたゼウスに話しかける

 

「文句があるならあいつ等に言え。オレは北側を受け持つからゼウスは南側。全滅させ次第西側、東側の順に移るからそっちも終わったら東側をよろしく」

「相変わらず神使いが荒い奴だ。お前じゃなきゃぶん殴ってたぜ」

「やらなきゃこっちが死ぬからな。デメテル、居る?」

「居ますわよー。もしかして私の力が必要なんですのね?」

「悪いけどデメテルは待機。もし民に被害が出たら片っ端から回復よろしく」

「…………分かりましたわ、綱吉も気を付けてくださいですのー!」

 

 ゼウスとデメテルの二人にそう告げ、オレは北側に向かって跳躍した。

 ペルソナ使い程高速で移動は出来ないが、覚醒者になったオレの肉体強度は異常なまでに頑強だ。

 凄まじい速度で城から離れ、領域から離れ、メシア教過激派の軍勢が居る所に到達する。

 さっきのアンティクトンで先制ダメージを与える事が出来たけど、やっぱり距離が遠かったせいか倒せた数は少ない。

 

「先に言っておく、命が惜しい奴はとっとと帰れ」

 

 剣を片手に携えて、敵地のど真ん中でそう言い放つ。

 だが人間から返事が返って来ることは無い。人間の物とは思えない機械的な口調で「教敵発見、排除します」と繰り返すだけだった。

 

「罪深き者よ。悪魔と手を組み、その手を血で汚した悍ましき者よ。その罪、その命をもってして贖ってもら――――」

「お前等には聞いてないよ。どうせ皆殺しにするつもりだったから」

 

 喋っていた天使の首を剣で刎ね、ついで他の天使達も斬り殺す。

 

「貴様! この期に及んでまだ罪を重ねるだけでなく、その聖剣デュランダルを我等の血で汚すのか!!」

「へー、この剣、デュランダルって言うのか」

 

 メシア教過激派のアジトを強襲した時に手に入れて以来使ってたけど、まさかそんな代物だとは思わなかった。

 やけに切れ味が良くて、雑に使っても頑丈で、ゼウスがこの剣を見て「ほぉ、オレ達の所に戻って来たか」とか意味深な事を言ってたから何かあるとは思ってたけど。

 

「まぁ、どうでも良いか」

 

 武器なんて何を使っても変わらない。

 壊れないのは美点だし、買い替える必要が無いからそれはそれで良い。

 だけどそれだけだ。ガイア連合の皆はスコップや丸太、挙句の果てにはところてんマグナムで戦っている者も居るんだ。

 要は倒せれば良い。

 

「じゃあ、死ね。冥界破」

 

 デュランダルの斬撃を乗せた攻撃を全員に向けて放つ。

 これがガイア連合ギリシャ支部の毎朝の日課である。 

 

   +++

 

 毎朝の日課が終了し、シャワーで血を洗い流してから朝食の時間となる。

 時刻は7時30分。書類に目を通しながらメイド達が持って来た食事を食べる。

 

「ん、このパン美味しい」

「そうでしょう! このパンを作る元になった小麦の実りはとっても凄かったんですの! 正にハーベストですわ!!」

 

 朝食のパンの味に感心してるとデメテルが無い胸を張って誇らしそうにしていた。

 流石は豊穣神。核で荒廃した大地を再生させ、ここまでの作物を実らせるとは。

 ガイア連合お手製の小麦との相性も良かったのだろうが、やっぱり凄い。

 

「ありがとデメテル。本当に助かるよ」

「でしたら私を仲――――」

「そんじゃ、今日も一日頑張ろうと」

 

 朝食を食べ終えて立ち上がり、部屋を後にする。

 その際、デメテルが何故かプルプルと震えていたような気がしたが気のせいだろう。

 

「さて、と…………仕事するまでちょっと時間があるな」

 

 朝食が終わったら昼食までの間、ガイア連合の支部長として書類仕事がある。

 だけどレベルが上がり強くなったおかげか、今日は比較的早く掃討する事が出来た。

 この僅かな暇をどのように過ごすか。

 

「よし、運営にメール送ろう」

 

 日本に居た時は学生だったから人型シキガミは持たなかったけど、今ならば関係無い。

 自分好みのシキガミを注文しよう。

 後は他にデモニカとか、回復アイテムとかもだ。

 

「取り敢えずメール1万件ぐらい送るか」

 

――――この後、呪われたせいでトイレに篭りながら仕事をする羽目になった。

 

   +++

 

 ショタオジの呪いから解放され、なんとか昼食を終えると午後の過激派狩りの時間帯となった。

 朝の時同様何処でこれだけの人数を集めているのか、その事に疑問を覚えながら殲滅していく。

 時刻は午後3時。全滅させるのに思っていたよりも時間が掛かってしまった。

 全ての過激派を倒し終えると、今度は会議の時間である。

 会議室に集まったのはゼウスやデメテル、他には現地の覚醒者達のまとめ役数人にメシア教の穏健派だった。

 

「結論から話すけど、やっぱり人手が足りないか」

 

 結局のところこの一言に尽きるのだろう。

 半終末によって覚醒者の数そのものは増えている。が、目覚めたての覚醒者が束になった程度では何人居ても襲撃してくる過激派の群れを相手にすることは出来ない。

 雑魚悪魔なら問題は無いし、そいつ等を倒してレベルアップすればある程度は使えるようになるが、それでも人手が足りない。

 

「デモニカが届くまでの間は今まで通りでやるしかない、か…………」

「そのデモニカってやつ。そんなに便利な代物なのか?」

「あれば少しはマシになる程度だよ」

 

 ゼウスの問いにそう答える。正直な話、今はマンパワーが欲しい。

 戦える人が多ければ多い程、こっちも力を大天使や強い天使の討伐に力を入れられるし、雑魚の相手を任せられる。

 本当にデモニカ様々だ。最初の方欠陥兵器とか言ってごめんなさい。

 

「取り敢えず、届くまではいつものようにオレが頑張れば――――」

「報告します!! 街の中で潜伏していたと思われる過激派が大天使を召喚しました! 現場の兵が抑え込んでる為被害はまだ軽微ですが、それも時間の問題かと!!」

 

 会議室に突撃してきた兵の言葉に頭を悩ませる。

 本当に度し難い。会議の時間くらいさせてくれよ。

 心の中でそう思いながら剣を片手に窓から飛び降りた。

 この後、大天使と過激派を駆逐し、夕食を取った後、お風呂に入って身体を清めて残った仕事を片付ける。

 仕事が終わるのは大体午後11時ぐらいで、身体に溜まった疲労感から泥のように眠りにつく。

 

――――以上、その日によって襲撃が増える事があるものの、これがガイア連合ギリシャ支部の日常である。




書いてて思ったこと、何だこの地獄。


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狂雷から見た皇帝

今回は要望があったゼウス視点や他の転生者視点も少し含まれてます。


――――これはゼウスが封印から解放された時の話。

 

「オレは、これからここら辺に居る天使達を滅ぼす。そして、お前を主神として信仰する国を作ってやる。かつてのローマ帝国のように、偉大な国を造り上げてやるよ」

 

 随分と無茶で大層な言葉をほざきやがる。

 かつてそう言った人間の子ども、沢田綱吉と初めて会った時に感じたゼウスの印象だった。

 ICBM――――核ミサイルという、人間が生み出した兵器がギリシャ、及びイタリアに降り注いだ事でGP(ゲートパワー)が上昇し、ゼウスは再びこの地に顕現する事が出来た。

 だが再び顕現した地で一番最初に見た者は、燃える街並みと天使に殺されて行く人々の姿である。

 

「はっ、とんだ地獄じゃねぇか」

 

 大天使が居る天使達と唯一神の信者達に信仰を奪われ、貶められ、挙句の果てには封印された。

 かつて信仰されていたギリシャ、そして世界で尤も優れた国だったローマ帝国は唯一神に奪われた。

 そして封印が解けて数百、数千年ぶりの地上に出たらこれである。

 現代()の人間に恨みが無い――――とは言えない。かつて信仰していた身でありながら裏切ったのだ。思うところが無いと言えば嘘になる。

 だが、自分達から信仰を奪った筈の天使達が、信仰している筈の人間を殺していく様はあまりにも酷かった。

 祈りを捧げている筈なのに、穢れているという理由で殺していく。

 かつて自分達を悪魔と呼んで排斥している癖に、やっている事は悪魔そのものだ。

 

「まぁ、オレに出来る事は何もねぇがな」

 

 今ここで天使達を滅ぼし、自らが神だと人間達に示せれば信仰を取り戻す事も出来るだろう。

 だが身体を維持する為のマグネタイトが殆ど無い。

 スライムになってないのが奇跡としか言い様が無かった。

 

「悪いな。お前達に恨みはねぇが…………オレ達を裏切った先祖が悪いからな。恨むならそっちを恨め」

 

 尤も、この声が聞こえている奴が居るとは思えないが。

 まだ燃えていない屋根の上に座り、空を仰ぎ見る。

 空からは先程、この地を焼いて穢したICBMというやつが飛来している。

 遠く離れた場所に着弾してもこっちの街まで被害があるのだ。直撃すれば生き残る事は不可能だろう。

 そう思いながらICBMを眺めていた、そんな時だった。

 

「――――アンティクトン!」

 

 落下するミサイルに極大威力の魔法が叩き込まれたのは。

 万能属性の魔法が直撃したことによってミサイルは爆炎はおろか、人を、大地を、何もかもを破壊する猛毒を撒き散らす事無く消滅した。

 

「ほぅ」

 

 ゼウスは今の魔法を放った人間を見て、驚きを見せる。

 その人間は一見ただの子どもにしか見えなかった。だが纏う雰囲気は英傑のそれだった。

 神代の時代に居た英雄となんら遜色はない、いや、少し上回っているかもしれない。

 興味を惹かれたゼウスはその子どもを観察する事にした。

 子どもは空から降り注ぐミサイルを撃ち落としながら傷付いた者達を魔法で回復させていく。

 実に見事と言うほかない。だが、それでも一人では何事も限界があった。

 助けられない人が居た、間に合わなかった人が居た、その中には子どもの両親も居た。

 だがそれ以上に子どもの頑張りを嘲笑うかの如く、人は死に続けた。炎で焼かれ、天使に殺され、多くの人間が息絶えていく。

 それでも子どもは諦めなかった。天使を殺し、大天使を殺し、ボロボロに傷付いてもなお諦める事はしなかった。

 どんなに絶望的な状況でも決して諦めなかったのだ。

 

「――――ここまで魅せられちゃ、オレも黙ってるわけにはいかねぇな。おい!」

 

 ただの人が命を賭けて行動しているのにも関わらず、ただ黙って見ているだけ。

 そんな事を神々の王であるゼウスには出来なかった。

 

――――そこからはあっという間に事が終わった。

 

 子ども、沢田綱吉と契約をしたゼウスはマグネタイトを得てかつての力を取り戻した。

 そして二人で天使達を皆殺しにし、神星ローマ帝国を立ち上げたのである。

 尤も、当初の予定ではマグネタイトを貰うだけのつもりだった。それがまさか国を起こすと契約し、尚且つ立ち上げるとは思わなかったが。

 どちらにしろ綱吉は契約をちゃんと守り、ゼウスは神の座を取り戻したので感謝こそすれど文句は皆無だ。

 

「しかし、皇帝になるとはな…………これも血が関係しているのかもな」

「何か言った?」

「気にすんな。独り言だ」

 

 自身のテーブルで職務に就く皇帝になった、かつての皇帝の血を引く少年にゼウスはそう呟いた。

 

「ふぅん。まぁ、良いか。それよりもこの仕事が終わり次第、デメテルが封印されてる場所に行くよ」

「ああ、分かったぜ」

 

 皇帝の言葉にゼウスは同意する。

 知らぬ悪魔が居れば人間に従う奴と見縊られる事もあるだろう。

 だがこの少年は自分にとって半身と言っても良い程の存在だ。

 彼への侮辱は自分にとっての侮辱そのもの。決して許しはしない。

 だからこそ、この少年を遠く離れた安全な地で、命に関わるものではないとはいえ呪っている者はその国諸共滅ぼしてやる。

 そんな思いを胸に秘めながらゼウスは綱吉と共に戦場に赴いた。

 

   +++

 

「いやー、サリエルは強敵でしたね」

「う、ぐぅ…………」

 

 メシア教過激派の教会と言う名のアジトにて、オレは大天使サリエルと名乗ったボロ雑巾を引き摺りながら探索をしていた。

 このままではいつか潰される、そう判断したオレは本日も懲りずに襲い掛かってきた過激派を返り討ちにし、連中が何処からやって来るのかを探ることにした。

 具体的には天使や改造人間達を皆殺しにし、残った大天使には殺さぬ程度に嬲り殺しにして自由にしたのだ。

 そして傷を癒す為にアジトに戻ったところを襲撃したのである。

 

「お、おのれ…………悪魔と手を結んだ邪悪なる者め…………この罪、いずれ贖う事に」

「もう用済みだから死ね」

 

 大天使の口から放たれた言葉を最後まで聞く事無く、サリエルを壁に叩き付けて止めをさす。

 どいつもこいつも同じ事の繰り返しばかり、流石にもう聞き飽きたわ。

 出来ればもう二度と来ないでもらいたいのだけれど、それも無理だよなぁ。

 

「まぁ、デモニカやガイア連合製の悪魔召喚プログラムが届いたから少しはましになったけど」

 

 ガイア連合からの物資が届いた事で非覚醒者でも悪魔と戦う事が出来るようになった。

 おかげで雑魚天使や改造人間を他の人間に任せて、オレは大天使を相手に集中して戦う事が出来る。過激派のアジトを探すのに時間を割くことが出来る。

 

「でも、シキガミが貰えなかったのは残念だったなぁ」

 

 まぁその理由も理解出来る。

 人型のシキガミは良くも悪くも受肉した悪魔だ。

 そんな代物を日本国内から遠く離れた異国の地に送るのは危険なのだろう。

 もしオレの所に届かず、悪魔の手に渡ったら受肉した何の制約も受けていない悪魔が大暴れするなんて最悪の事態だってあり得るのだ。

 

「まぁ、今度日本に行くしその時に貰うとするか」

 

 近々ガイア連合、多神連合、そして穏健派メシア教の会談がある。

 その時に星霊神社は行けなくても、ガイア連合の支部に行く時間はあるだろうし。

 

「さて、と…………ここが過激派のアジトなら何かある筈だよな」

 

 一見ただの教会にしか見えないけど、こんな場所であれだけ沢山の人間を養うのは不可能だ。

 いくつかの場所に配置すればそれも可能だが、どちらにしろ食料の問題が出て来る。

 あの悪魔どもの事だから寄付やお布施と称して略奪するのは目に見えているが、それでも絶対に足りないんだ。

 何せオレ一人でも千人以上軽く駆除しているのだから。部下や自警団、ゼウスが駆除した数を含めれば二千は超えるかもしれない。

 いくら改造しているとはいえ人間は人間なのだ。

 

「まぁ、こういった秘密を隠すのは地下だろうな」

 

 通信機を取り出し、他の教会に襲撃に行った者達に命令を出す。

 

「全員、地下が無いかどうか確認しろ。最大限の注意を払うように」

『了解しました陛下!』

 

 何時になっても陛下って呼ばれるの慣れないなぁ、そう思いながら教会の床を調べ始める。

 

「ビンゴ」

 

 床には隠し扉が存在し、その扉を開けると下に降りる事が出来る階段があった。

 階段を下り、地下に突入する。コツコツと固い床を歩く音が妙に耳に障る。

 

「あるとしたらクローン製造装置とかかな」

 

 もしそういったものがあるのなら、こっちが使えるようにならないだろうか。

 いや、使ってはいけないとは分かってはいる。だけど、こうも毎日襲撃が続けばこういった考えをするようになる。本当に嫌な世の中だ。まぁ、過激派のアジトをいくつも潰したから戦力は大分削れただろうから前よりは楽になるだろう。

 そう思いながら地下の扉を開ける。

 地下室の中にあったものは――――とてもではないがオレの口からは説明したくない代物だった。

 これ程までに悍ましい物をオレは知らない、口にしたくない。

 

「…………何が天使だ。馬鹿にしやがって」

 

 お前等なんか天使じゃない、天使を自称するのすら許せない。

 何処まで人間を玩具にすれば気が済むんだ。何処まで人間の尊厳を踏み躙れば気が済むんだ。

 

『陛下! こちら、メシア教過激派の地下にて魔人:母子合体天使人間と遭遇! 戦闘に入ります!』

『命令を受ける前に勝手に動くこと、お許しください!』

「――――いや、良いよ。お前達の身の安全の方が遥かに大事だ。全員、死なないように戦え」

 

 通信室で部下にそう告げると戦闘準備に入る。

 

「ごめん、せめて一撃で終わらせるから」

 

 チャージした後、デュランダルを構えて冥界波を放つ。

 放たれた攻撃は一撃で母子合体天使人間を、人間だったものを殲滅する。

 命を奪った瞬間、耳に届いたのは「ありがとう」という言葉だった。

 

「…………感謝するんじゃなく罵ってくれよ」

 

 傷つけたんだ、命を奪ったんだ、殺したんだ。

 なのに殺した本人に何で感謝するんだよ。もっと早くここに辿り着いていれば助けられたかもしれないってのに。

 

『――――こちら! 生存者を発見しました! ですが容体が不安定でして』

「すぐ行く。それまで何とかもたせろ」

 

 感傷に浸る暇も無い、心の中でそう吐き捨てながら生存者が居る場所に向かう。

 

「…………皆に、会いたいなぁ」

 

 口から零れた小さい呟きは風に飲まれて消えた。

 

   +++

 

 同時刻――――日本のとある女子中学校。

 そこで一人の女子生徒が中庭のベンチに座り、つまらなさそうに空を見上げていた。

 

「はぁ、学校の時間って退屈だなぁ…………」

 

 癖が着いた茶色の髪に赤い髪飾りを付けた少女は溜め息交じりに呟く。

 学校という場所が嫌い、というわけではない。だがそれ以上にこんな事をしていて良いのか、という思いがある。

 

「平和が悪いってわけじゃないけどさ」

 

 だからといって平和ボケするのは違うと思う。

 心の中でそう呟きながら、頭上から降って来た花瓶を受け止める。

 

「あまりにも平和過ぎると勘違いする人も出て来るよねー」

 

 受け止めた花瓶を隣に置き、上の方にある窓を睨み付ける。

 睨み付けた先には数人の女子生徒が居り、視線を受けてか足早に去っていった。

 

「私じゃなきゃ大事になってるっていうのに」

 

 そんな事も分かっていないのか、そう言わんばかりに吐き捨てる。

 

「あいつ、どうしてるんだろうな」

 

 脳裏に過ったのは現在国外に居る親友の顔だった。

 同じ転生者で、星霊神社で修行という名の地獄を見て覚醒して、今でも時折顔を合わせる。

 今は半終末となっている国外に居るみたいだが、間違いなく無事ではあると思う。

 

「綱吉に久しぶりに会いたいなー」

 

 転生者、立花響は今生の親友である沢田綱吉の顔を思い浮かべながらそう呟いた。




ようやく事態が好転したよ
やったね綱吉君!

ちなみに母子合体天使人間は普通に母子合体魔人と殆ど同じです。
ただ人間を産む機能があったり無かったり。


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メシア教過激派と穏健派

今回は主人公の苦手なものです。
そろそろ日本に戻る予定。


 半終末を迎えたこの地上で別の大陸に向かうには海路、即ち船が必要になる。

 貿易は勿論のこと、人の移動も船で移動する。空路に比べれば時間がかなり掛かってしまうがそれも仕方の無い話。空には無数の悪魔が跋扈しているのだから。

 いくら覚醒しようとも人間は基本的に地を這う生き物だ。

 相手が此方に近付いて来ない限り、同じ高さの場所に移動しない限りダメージを与える事は出来ない。ゲームとは違うのだ。

 

「うぎゃっ!!?」

「これで三百体目ぇ!!」

 

 大気を蹴って空を駆けながら、空を飛んでいる鬱陶しい天使を剣で斬り殺していく。

 人間頑張ればなんとか出来るものだ。

 まぁ、ショタオジも似たような事やってたし、一流の覚醒者は空を駆ける事も出来るのだろう。多分、ゲームの主人公もこうやって戦っていたに違いない。

 そう考えながらアンティクトンを放ち、他の天使達も一掃する。

 

「本当にしつこいなぁ…………ゴキブリのように湧き出てきやがって」

 

 まだゴキブリの方が可愛げがある。というかゴキブリの方が愛らしい。

 過激派のアジトを潰しまくってから暫くの時が流れた。

 拠点となる場所を失った過激派達はそれでも飽きる事無く、ギリシャ支部に襲撃を仕掛けて来た。

 とはいえ、しっかりとした戦力を整える場所を失った奴等は前程の勢いは失った。

 尤も、それが良かったかと聞かれればそういうわけではない。数と暴力でごり押ししてきたかつての過激派とは違い、今の過激派は限られた手でどうにかして此方の戦力を削る方法を選んできやがる。

 狂信者達に爆弾を持たせて突撃させ、確実に此方の兵力を削いでいく。

 本当に厄介だ。それに加えて大天使を召喚出来なくなったからか、天使達も手段を選ばなくなり上空から爆弾を持って急速降下してくる始末。

 まぁ、こんな奴等でもお金にはなるんだからまだマシか――――いや、全然マシじゃねぇクソが。

 

「あいつ等の何処が唯一神の僕なんだか」

 

 あそこまで無慙な姿を見せられると逆に憐れに思える。

 

「ゼウス。とどめさしちゃって」

「おう! マハジオバリオン!!」

 

 ゼウスにお願いして極大威力の雷属性の攻撃が天高く撃ちあげられる。

 放たれた雷は空に吸い込まれ、雷神の権能と合わさり雲の上に居た天使達が一瞬で感電した。

 持っていたであろう爆弾が爆発する音とともに黒焦げの天使たちが雨のように降って来る。

 

「神の為と謡っている癖に、その神を信じる人達を生け贄に捧げてちゃ意味が無いだろうに」

「――――おっしゃるとおりですねぇ」

 

 背後から男のものと思われる声が聞こえた。

 敵ではない。敵ではないのだが、出来る事ならあまり会話したくはない類の相手だ。

 オレは声がした方向に視線を向ける。

 

「何か用? マンセマット」

 

 大天使マンセマット。神の敵意という異名の大天使であり、このギリシャ支部における穏健派の実質的なトップだ。

 本当、何でこのペ天使がオレの所に居るんだろうか。こういうのはショタオジか霊視ニキが担当すべき事だろうに。

 今からでも梱包して送った方が良いだろうか。

 

「これはこれは、随分と不機嫌なんですね」

「不機嫌にもなるだろうよ。こんな事ばっかりされてたらさ」

 

 マンセマットに本音をぶつける。

 こいつ相手に嘘を言うのは得策じゃないし、そもそも隠す必要も無い。

 

「てか後ろに立つな。敵の大天使と勘違いして攻撃しそうになる」

「申し訳ない。ですが貴方の反応がね、面白くてつい」

 

 ニコニコと不快な笑みを浮かべるマンセマットに一歩引く。

 やっぱり、こいつ本当に苦手。今度絶対にショタオジか霊視ニキに押し付けてやる。

 

「それはそれとしてマンセマット。何度も聞くかもしれないけど、お前等穏健派って過激派に攻撃しても良いのかよ」

「ええ、彼等は主の意志に反する悪魔。我等は意志を代行する天使ですのでなんら問題はありません。人の世はあくまで人が動かすべきなのです。そこに我等が介入する道理はありません」

 

 オレの問いにきっぱりとそう言い切ったマンセマット。

 その言葉に嘘は無いのだろう。だけれど、やっぱり心の何処かで何かを嘲笑っているのだろうか、嫌な笑みを浮かべていた。

 これがオレの勝手な思い込みかどうかは分からないけど、どちらにしろ関係無いか。

 それよりも、だ。丁度良い機会だからもう一つ聞いた方が良いだろう。

 この世界がメガテンの世界だと知り、メシア教に穏健派があると気付いた時から何となく疑問に思っていたことを。

 

「…………単刀直入に聞くけどさ、お前等穏健派って――――」

 

 マンセマットにもう一つ質問をしようとして口を噤み、それでも好奇心の方が勝ってしまって問いを言う。

 

「サタンの配下なんじゃないのか?」

 

 その質問をした瞬間、世界が凍り付いた気がした。

 マンセマットもオレがした質問の意図が理解できないのか嫌な笑みを浮かべたまま固まっている。

 

――――サタン。

 

 それはあの明けの明星ルシファーと対を成す魔王であり、天使であり、神霊である。

 一番最初の天使である原天使であり、その権能は裁くことに特化している、創造主である四文字すら例外無く裁く神の裁き。

 試す者としての側面も持っているが根本的に他の天使達と一線を画す存在。

 他の天使達はどうか知らないが、間違いなくこいつだけは四文字の声が聞こえている筈だ。

 

「どうしてそう思ったのでしょうか?」

「何となく、って言っても納得してくれないだろうから本当の事を言うけど、日本の穏健派のトップである幸子さんを見た時から」

 

 当時、ガイア連合の幹部の一人として穏健派と会議を行った時、何度か顔を会わせる時があった。

 そしてこう思ったのだ。表情や態度に反して、随分と機械的な人だと。

 その時からだ。オレが他の皆とは違う意味で穏健派に対して警戒をしていたのは。もしかしたらオレと同じ意味で警戒しているのも居るかもしれないが、正直今はどうでも良い。

 オレの懸念が間違っていたら取り越し苦労で済む話。だけどオレの懸念が正しかったら――――。

 

「もしかしたら幸子さんがサタンなのかもしれない、オレはそう考えている」

「…………………………」

「まぁ、あくまでオレの勝手な推測。間違っているなら間違っているって言って良いから――――」

 

 最後まで言う前にマンセマットの顔を見て、何も言えなくなった。

 何故なら、マンセマットが笑っていたから。

 ニコニコ、ニコニコ、ニコニコニコニコニコニコと。他人を嘲笑っているような嫌な笑みではなく、心の底からオレの事を称賛するような笑みを浮かべて。

 

「失礼、貴方の事を軽んじていたこと、謝罪させてください。貴方は自分の強さに溺れている人間ではない。貴方はあらゆる可能性に目を向けている、皇帝に相応しい思慮深い人間だ」

「う、うん…………」

「ですが私からは何とも言えません。なので貴方の考察が当たっているか、外れているのか、答えないでおきます」

「…………そっか」

「沢田綱吉。私が貴方に上げたプレゼントには罠等といったものは仕掛けてはいません。大天使マンセマットの名において、これだけは保証します」

「…………」

「貴方に神の御加護があらん事を」

 

 そう言ってマンセマットは去っていった。

 音が何も聞こえなくなったような気がした。実際、気のせいだとは思う。

 だけど本当に音と言う概念が消えてなくなったような気がした。

 オレの考察が当たっていたかどうかは分からない。もしかしたら全部外れていた事だってありえる。

 ただ穏健派に対して抱いていた警戒は間違っていなかったのだと思い知らされた。

 

「綱吉、大丈夫か!?」

「なんて酷い顔色ですの!? あのペ天使に何を言われたんですの!?」

 

 姿を現したゼウスとデメテルの二人の声が耳に響く。

 この二人の声が今ではとても嬉しかった。

 

「大丈夫だよ。二人とも…………」

「そんな顔をして大丈夫なんて言われても説得力がありませんわ! 城に戻って休むべきですわ! 良い葉っぱが手に入りましたの、とってもハーベストですの!! そのお茶を飲んで休むべきですの!」

 

 半ば強引にデメテルに連れ戻され、執務室に座らせられる。

 

「…………ありがとう」

「気にしないでくださいませ! ほら、お茶ですの!」

 

 デメテルからお茶を受け取り一口飲む。

 とっても良い香りだ。心が落ち着く素晴らしい、まさにハーベストだ。

 

「にしてもあの野郎。保護してやったってのに、潰すか?」

「潰さなくて良いよ。むしろ、潰すわけにはいかなくなった」

 

 仮に潰す事になるとしてももっと後だ。

 出来る事ならそんな事が起こらなければ良いのだが。

 

「それに、丁度良い機会だし――――」

「あん、何だ?」

 

 本当はこんな物を使いたくは無かったのだけれど仕方が無い。

 オレはマンセマットから受け取ったある物を手に取り、覚悟を決める。

 

「ゼウス、デメテル。オレと契約を結び、仲魔になってほしい」

 

 マンセマットから貰った、この悪魔召喚プログラムを使う事を。

 

「そして三日後、日本に行く前にオリュンポス12神を一体解放する」

 

   +++

 

 そこは世に言うメシア教過激派が集う聖地。

 かつて様々な宗派が集まっていた其処は、今ではメシア教過激派で埋め尽くされていた。

 尤も、当人達の殆どは自分達の事を過激派なんて思ってなく、むしろ自分達こそが正義なのだと心の底から思っているのだろう。

 そして残った僅かな人間達は心の底から絶望していた。

 

――――どうしてこうなったのだろうか。

 

 本当の意味でまともな人間達は誰も彼もがそう思う。

 だがその答えが出る事は無かった。出るわけが無かった。

 出ていたならばこんな場所に今も居るわけが無いのだから。

 

「――――皆の者、集まったか?」

 

 大天使の言葉に誰も彼もが跪く。

 

「諸君、我等の救済を邪魔しているガイア連合。彼等についての知識を手に入れた」

「ガイア連合の盟主、極東の地において異教の教えを広めた罪深き者」

「我等の祝福を受けておきながら逃げ出し、愚かにも逆恨みし我等に敵対する者」

「北米の地にて邪神、魔王、そして我等を相手に立ち回る魔人を連れた狩人」

「かつての罪深き都を造り上げ、悪魔を神と祀った皇帝」

 

「他にも多数居るが――――全員、我等が戦わなければならない巨悪である」

 

 その言葉と共に歓声が鳴り響く。

 

「そして新たに我等の同胞に加わった彼に敬意を。彼はガイア連合に所属していたが我等の救いに共感し、神敵なるガイア連合の事を話してくれた彼に最大の感謝を――――!!」

「彼の名は上条――――否、それは捨てた名だったな。彼の名はモズグス! 我等と共に世界を救済し、千年王国を建国する者なり!!」

 

 この日、一人の転生者が神の戦士になっ(尊厳を踏み躙られ)た。




海外で活躍している転生者も居る。
なら海外でメシアンになった転生者だって居る筈なのです。

怒られないよね?


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転生者立花響の友情

今回はちょっと時間が掛かりました。
出来れば会議まで行きたかったんですが流石に無理やで…………。
ちなみに三次創作作者の謎の食通様から許可をいただき【終末が来たりし世に英傑の旗を掲げよ】のキャラを使わせていただきます。
誠にありがとうございます。


 現在、海上を航海している巨大な船、それはガイア連合が所有するものだった。

 この船は今や日本という国以外の場所、過激派以外の勢力にとって必須と言っても過言では無い。

 だからこそメシア教過激派の連中に狙われるのも当然の事だった。

 

「神の名の下に、貴様に罰を下す!」

「ハレェルヤァ!! は,はハレハレハレハレ…………ハレェルヤァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 大天使達が狂ったように雄叫びを上げながら船に攻撃を仕掛けて来る。

 それを見て思わず溜め息を吐く。何で日本に向かう途中の船旅で、こうも大天使に襲われなければならないのか。

 心の中でそう思いながら甲板の上で跳躍する。

 

「本当に最悪だ」

「プギっ」

「ミギィアアア!!」

 

 大気を蹴る事で飛行し、流れ作業のように大天使達の首を刎ねる。

 首を失った天使達の胴体は悶え苦しむようにのたうち回り、頭部からは悍ましい叫び声が上がる。

 悪魔は首を失っても人間と違ってすぐ死ぬわけじゃない。

 その為、残った残骸にアンティクトンを放ち、この世から消し飛ばす。

 

「おのれ、よくも我が同胞を――――!!」

 

 さっきのアンティクトンの範囲内に居なかった、遠巻きに眺めていた大天使達が攻撃を仕掛けて来る。

 仕掛けて来た三体の内の二体が鎖を使い、オレの腕を片方ずつ縛り上げる。

 そして残った最後の一体が剣を持ち、オレに向かって突進して来た。

 

「報いを受けろ!!」

 

 本当に同じ事しか言わないなこいつ等。

 心底呆れながら両腕の鎖を引っ張り、抑え込んでいた天使二体を向かって来る天使に対しぶつけた。

 

「ぐあっ!?」

 

 身体をサンドイッチのように潰された大天使の断末魔が聞こえる。

 普段ならばこのままアンティクトンを放って倒す。だけど、今のオレには仲魔が居る。

 

「オラオラオラァ!! ケラウノス!!」

 

 ゼウスが一纏めになった大天使達にケラウノスを浴びせる。

 雷神の雷とアダマスの鎌による攻撃の嵐。それをまともに受けた大天使達はこの世に残る事無く消滅した。

 

「ディアムリタ。綱吉、回復しましたわ」

「ありがとうデメテル。よし、追撃といこうか!」

 

 デメテルのバフを受け取り、残った大天使達の掃討にあたる。

 

「デメテル、バフをお願い。アルテミスは遠くに居る天使達の狙撃をお願い」

「分かりましたわ! ラスタキャンディ!」

「了解したサマナー! 銀河烈星拳!」

 

 つい先日解放し、デメテルがバフを積み、ギリシャ支部から旅立つ前に異界に挑んで解放し、新たに仲魔となった女神アルテミスの攻撃が天使の群れに襲い掛かる。

 アルテミスの攻撃が直撃し、次々と天使達が息絶えていく。

 

「何か前にも見たことあるぞこの光景」

 

 空から雪のように降っていく天使達を眺めながらそう呟く。

 

「それにしてもこれが仲魔というやつか」

 

 腕に着けているスマホ、もとい悪魔召喚プログラムに視線を向ける。

 今まで一人で戦って来たからこそよく理解出来る。

 オレ一人でも全員倒せないわけじゃ無い。だけど、どうしてもその分だけ消耗してしまうし、何より時間が掛かる。

 だが仲魔が居ればある程度任せる事が出来るし、時間も短く出来る。消耗だって少なくて済むし、戦える時間だって長くなる。懸念があるとしたらこの悪魔召喚プログラムがガイア連合の手で改良されたものでなく、マンセマットが改造したものだということだろうか。

 本当の事を言えばそんな劇物を使いたいとは思わない。だけど自分のレベルに近い仲魔を使う事が出来るというのはあまりにも魅力的だった。ガイア連合製のは悪魔召喚プログラムは間違いなく安全だが、現時点では高レベルの仲魔を召喚する事は出来ない。

 反逆等といった危険性があったとしても、オレの場合はこっちを使うしかなかった。

 そのおかげでたった三日間でアルテミスを解放するだけでなく、ヘスティアをも解放する事が出来た。

 とはいえ、これはあのマンセマット製なのだ。

 

「日本に着いたら技術部に見てもらわなくちゃ」

 

 一応罠は仕掛けていないと言っていたが、全く信頼できない。

 そう考えながら大気を蹴って船に戻る。

 

「ただいまー」

「ただいまー、じゃねぇよ」

 

 船の甲板に着地すると船員の一人がオレを見てそう言った。

 彼はガイア連合に所属する転生者でもある。

 

「えっ、何お前。今普通に空を跳んでなかったか?」

「別に不思議じゃないでしょ。ショタオジとか普通に飛んでるんだし」

「化け物を比較対象にすんじゃねぇよ。やっぱ幹部やってる奴等は人間辞めてるわ」

 

 失礼な、ショタオジ程人間辞めてるわけじゃないよ。

 そう反論したくなる気持ちを何とか堪える。

 分かっている。ギリシャ支部で天使狩りしまくった結果、レベルが上がりまくって強くなったのは。そのおかげで当時は連発出来なかったアンティクトンも今では呼吸をするかの如く連発できるようになった。

 でもショタオジと同類にするな。オレはあそこまで化け物じゃない。

 

「それにしても神星ローマ帝国ってなんだよ。神星って」

「ゼウス達にとって良いかなって思って。ほら、ギリシャ神話って星座と深く関係してるし」

「俺はてっきり中二病を再発したのかと思ったぞ。お前もちょうど中二だし」

「ふざけろ」

 

 それを言うのなら転生者なんて全員中二病みたいなもんだろう。

 北米の狩人とか、英国のアーサー・エヴァンスとか、オレも含めてだけど全員漫画やアニメのキャラにそっくりなんだから。

 まぁ、ここまで来ちゃうと全然笑えないのだけど。

 

「っと、アカシャアーツ」

 

 転生者である連合メンバーと軽口を叩きながら剣を振るい、地平線の彼方から此方を攻撃をしようとしてくる大天使を狙撃する。

 アカシャアーツが直撃した大天使はそのまま海面に落下する。

 

「…………やっぱり幹部の連中ってショタオジと大差無いわ」

「なんでや」

 

 それがこの船が日本に到着する三日間の間に起こった出来事だった。

 

   +++

 

 転生者、立花響にとって学校生活というものは苦痛の一言に尽きる。

 と、いうのも今生の両親とは反りが合わず、なんやかんやあって全寮制の女子中学校に入れられたのだから。

 尤も、今生の両親の言いたい事も分かる。

 普通に考えれば真面目に生きてほしいだろうし、普通に結婚してもらいたい。それで出来る事ならちゃんとした人と結婚してもらいたいといったところだろう。と、いうか実際にそう言われた。

 だがここは女神転生の世界なのだ。普通の生活なんて絶対に無いし、未来は確実に終末だ。

 そして何よりも自分の前世は元男なのだ。両親の言う通り普通の結婚とか絶対に受け入れられなかった。

 救いがあるとしたら、自分の理解者である転生者仲間が居た事だろうか。

 尤も、両親はその転生者仲間の事を快く思っておらず、この全寮制女子中学校に放り込んだわけだが。

 

「本当に最悪だよ」

 

 おかげで中々レベルを上げる機会に恵まれない。

 響はそう呟きながら毎日居座るベンチの上で黄昏ていた。

 お小遣いは全部親に管理されてしまい中々自由に行動出来ないし、異界に潜り込む機会も無いしお金を稼ぐことも出来ない。

 その為、貴重な休みはこの学校の寮で暮らすしかなかった。

 三日間の貴重な連休も全て寮の中で暮らすという、はっきり言って牢屋暮らしだ

 

「でも、今日は違う」

 

 イタリアに行っていたあいつが戻って来るのだ。

 正確には色々と用事があって戻って来ただけで、一週間以内には戻ってしまうらしいが、そのついでに一緒に行動する事になった。

 しかも三日間のお金も用立ててくれるという、本当に感謝しかない。

 自分は最高の親友をもった。今度この借りは必ず返さなければ。

 

「あ、あの…………」

 

 そう考えながら空を見上げていると響の耳に自分に話しかける声が聞こえた。

 視線を其方に向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 確か、宮崎のどかという名前だっただろうか。自分のルームメイトの少女だ。

 

「何?」

「え、えっと、その…………」

「そんなゴマゴマとしてたら何を言ってるのか分からない。はっきり言って」

「ご、ごめんなさい。実は、先生が書類運びを手伝ってほしいって」

「…………私、休みなんだけど」

「…………ごめんなさい」

「ああ、ごめんね。貴女には言っていないよ。そもそも休日の生徒にそんな事を頼む教師の方が間違っているから」

 

 そもそも外に出ていないだろうからって考えで休日の生徒にそんな事を任せるな。

 口に出してそう言いたくなるものの、言ったら言ったで自分を責めるかもしれない。

 

「まぁ直接私に頼まれても無理だったけどね。今日はデートの予定だったし」

「え、デート…………?」

「そう、デート」

「ぱ、パパ活はダメだよ?」

「お前は私をどう思ってるんだ」

 

 流石にこれは怒っても良い筈だ。

 そう考えていると今度は一人の女子生徒が複数人の男女をぞろぞろと引き連れて現れた。

 

「おい、ちょっと面貸せや」

「…………本当に毎日毎日無駄な努力ばっかりして、飽きないなぁ」

「本当にうざったいなぁ…………」

 

 あまりレベルを上げていないとはいえ、覚醒者は常人よりも遥かに強い。

 どれだけ数が居ようが一般人が何人居ようとも問題無い。

 とはいえ、流石にこの人数は鬱陶しい。そろそろ痛い目に合わせた方が良いだろうか。

 それぐらいならばガイア連合の運営も文句を言わない筈だ。

 

「よし、全員痛い目にあわせてやるから覚悟し――――」

「あ、居た居た。響ー!」

 

 面倒だから全員纏めて叩き潰そう、そう考えて実行しようとした瞬間、自分を呼ぶ声が響く。

 声がした方向に視線を向ける。そこには茶髪の癖っ毛の親友、沢田綱吉の姿がそこにあった。

 親友の姿を視認した瞬間、響の脳内から不良達の事は消え、物凄い速度で綱吉の所まで移動し勢いよく抱き着いた。

 

「遅い!! でも久しぶり!!」

 

 ギューっと響は綱吉の身体を強く抱き締める。

 その時の顔は普段の響を知っている者なら信じられないぐらい、誰もが見惚れるくらいの笑顔だった。




響の視点書くの苦労する…………。
ちなみに響は綱吉と一緒に風呂入るの抵抗ありません。


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連合会議

年末、忙しい。
この世は地獄…………地獄!!


 親友、立花響と一番最初に出会ったのはショタオジの所、即ち星霊神社に修行に来た時である。

 当時、最初期に星霊神社で修行をして覚醒した者達は基本的に大人で、当時子どもだったオレ達は星霊神社に行く事すら出来なかった。

 それをショタオジや大人の転生者達が神社でお泊りという子供向けのツアーを始め、オレ達はそれに参加することになり、そこで響と出会ったのだ。

 同世代や近い年齢の転生者達は他にも居たのだが、一番仲良くなれたのは響だ。

 と、いうのも他に仲良くなれたのが全員ペルソナ使いだったからだ。

 某最強のスタンド使いのコスプレをしてるのも、常に仲間に飢えてボッチでクソ難易度に挑んでいる何か変なのも、心が致命的に戦いに向いていないスライムのペルソナ使いとも友達にこそなったが、ペルソナ使いということで仕事の関係上あまり関わらない。

 その為、同じ異能者という事でよく一緒に行動していた響と仲良くなるのは必然だった。中学に入ってからは会う事は少なくなったが、ちょくちょく連絡をし合っている仲だ。

 とは言え、久々の再会で思いっきり抱き付かれる事になるとは思わなかったが。

 

「いやぁ、本当に久しぶりだねツナー。海外に行ってたって聞いてたけど、元気だったの?」

 

 心底嬉しそうな笑顔でオレを抱きしめる響の言葉が耳に届く。

 

「一応元気だよ」

 

 少なくともギリシャ支部の支部長になってから労働時間とメシア教過激派穏健派というストレスのせいで、覚醒者になってなかったら間違いなく病院行き、最悪過労死してただろうが五体満足という意味では大丈夫だ。

 むしろ怪我は基本的に負ってないし、そもそもメシアライザーで治せる。

 最近は他人に使う事の方が多いけど。

 

「それよりもさ。そろそろ離してくれない? 胸が顔に当たってるんだけど…………」

「そんな事言わないでよツナぁ…………私とツナの仲じゃん」

 

 悲しそうにそう呟く響の姿に思わず溜め息を吐く。

 本当に良く笑い、良く落ち込む。最初に出会った時から人懐っこくて色々と困った。

 立花響という人間の身体の影響なのだろうか。それとも転生前は男だった影響なのだろうか。本当に距離が近くて困る。転生前が男だったとしても今は女の子なんだから、もう少し気を使ってほしい。

 まぁ、言っても聞かないだろうけど。

 

「はいはい。それで、響は昼食何食べたい?」

「私は何でも良いよ。ツナは何食べたいの?」

「和食、寿司が良いな。ここ最近ずっと洋食ばかりだったし」

 

 ギリシャ支部の料理が不味いわけでは無い、むしろ美味しい方だ。

 とは言え、長い間そればっかり食べていると飽きて来てしまう。日本に戻って来たのだからギリシャやイタリアでは食べられないやつが食べたい。

 

「それじゃ、そろそろ行くよ。夕方までには山梨に行きたいし」

「うん。じゃあ行こっか!」

 

 そう言って響はオレの手を掴んで駆け出そうとする。

 そして自分達の周囲を学生達が取り囲んでいる事に気が付いた。

 

「おい、おいおいおい、あたし達を無視してイチャイチャイチャイチャと随分良いご身分だなええおい?」

 

 リーダー格と思わしき女子生徒が響に対して敵意を向ける。

 向けるというか剥き出しだった。

 

「響の知り合い?」

「いや、全然知らないよ。心当たりなんて本当に無いけど」

「てめぇ!! ふざけてんのか!!」

 

 まるっきり知らないと言わんばかりに小首を傾げる響に女子生徒は怒声を上げる。

 

「お前があたし達を溝川に投げ捨てた事、それを忘れたっていうのか!?」

「…………ああ、思い出した。カツアゲしてたの注意したら逆上した子達だ」

「何だ。自業自得じゃん」

 

 そう言って怒り狂う女子生徒に白けた視線を送る。

 何となく読めてきた。響に心配そうな視線を送る子を除いて、こいつ等全員響に復讐するつもりなのか。何人かは誘われてやって来たのだろうが、本当に傍迷惑な奴等だ。

 男連中は響に対して下卑た視線を向けているが、響は覚醒者でレベルは27だ。普通に返り討ちにあうというのに。

 

「バカだなぁ。そんなアホみたいなことするなんて、ああ、バカだからそんな事するのか」

「てめぇバカにしてんのか!!?」

「心の底からバカにしてるよ」

 

 因みにショタオジや幹部の転生者達はバカでは無い、頭のネジが外れてるかそもそも最初から付いてない。

 オレも結構バカだとは自負しているけど

 

「ふざけやがって、お前等! やっちまえ!!」

 

 女子生徒の言葉に全員が武器を構えて此方に向かって来る。

 本当に面倒臭い、こちとら時間が無いってのに。

 そう思いながら溜め息を吐き、響に心配そうな視線を送り続ける女子生徒を除いた全員に軽めの殺意を向けた。

 

「か――――」

 

 殺意を向けた瞬間、不良達は全員その場に倒れ伏す。

 ピクピクと痙攣して白い泡を吐き、中には糞尿を垂れ流している者も居る。

 

「…………ここまでするつもりは無かったんだけど」

 

 まさかただ殺意を、それも本当に軽い児戯のような殺意を向けただけでこんな惨状になるとは思わなかった。

 いや、こうなるのは当然の話だったのかもしれない。

 ガイア連合の最新式レベル測定機を使っても今の自分のレベルは測る事が出来なくなる程、オレはギリシャで戦いに明け暮れていたのだから。

 ギリシャに行く前から測定機がぶっ壊れていたからよく分からないが、間違いなく強くなっている。

 そんな自分が児戯とはいえ殺意を向けたんだ。覚醒していない一般人ならばこうなるのは当然だった。

 だけど――――。

 

「え、えっ? な、なにこれ…………?」

 

 まさか直接殺意を向けてないのにも関わらず、覚醒するとは思わなかった。

 身体からマグネタイトが溢れている、響の事を心配していた女の子を見て、天を仰ぐ。

 

「…………ねぇツナ。どうするのこれ?」

「…………取り合えず近くのガイア連合の支部に任せるわ」

 

 流石に弟子を取る余裕は今のオレには無いのだから。

 

――――この時覚醒した少女が後に何人もの人間を助ける事になるのは、今はまだ誰も知らない話。

 

   +++

 

「――――にしてもツナも色々と大変だよね。今はギリシャ支部の支部長と…………神星ローマ帝国だったっけ? その皇帝をやってるんだから」

 

 回らない寿司屋で昼食を終え、山梨支部という名の本部である星霊神社の本殿にて、オレと響は他愛の無い会話をしていた。

 ゼウス達も今は多神連合の会議があるらしく、オレのスマホから出ている為、こうして友人と気兼ね無く会話をするのは本当に久しぶりだった。

 

「成り行きだよ成り行き」

「何処をどうしてそうなったら皇帝になるんだろうね」

「その場のノリに任せて天使をぶん殴って、過激派を殲滅したらこうなるんだよ」

 

 本当にどんなシンデレラストーリーなのだか。

 改めて自分の現状に対し、そう思わざるを得なかった。

 

「と、いうか全然大丈夫じゃないじゃん。毎日過激派の襲撃が来て戦闘してるって、地獄じゃん」

「大丈夫。毎日のルーティンになってるから」

「それ全然大丈夫じゃないよ。何だよ、ルーティンが過激派狩りって」

「まぁ最近だと襲撃が来ない日もあるし」

 

 本当、連中の隠れ家やアジトを潰して回って正解だった。

 お陰でギリシャ支部に襲撃しに来る規模と回数が極端に減ったのだから。

 尤も、半径100キロ圏内のアジトを一つ残らず滅ぼしたのだからそれも当然と言うべきか。それでも恐らく一週間も経てば元に戻るだろうが。

 本当にこの世は地獄としか言いようが無い。

 もう少しくらい世界はオレに対して優しくしてくれても良いだろうに。

 

「そんなに酷い場所なら何で日本に帰らないの?」

「んー…………」

 

 響が言ったその言葉に何とも言えなくなる。

 正直な話、こんな辛い毎日ならとっとと日本に帰った方が楽が出来る。

 それもこれも終末が来るまでの話だろうが、自分のレベルに近い幹部が複数人居るこの日本なら最悪は回避出来るだろう。

 だけど、オレはまだ日本に帰らないでいる。

 ゼウスとの契約を守った以上、もう帰国しても問題は無い筈なのに。

 

「ごめん、分からないや」

 

 自分の為にというには辛い目に遭いすぎてるし、他者の為にというにはそこまで奉仕するつもりはない。率直にいって支配にも興味は無いし、何の為に辛い目にあってまで戦っているのか自分でも分からない。

 ただあの時、自分は許せなかったから前に出た。

 それだけは唯一真実と言える。

 

「そっか。にしてもあのベビーサタンと呼ばれてたツナがまさか幹部をやって、ギリシャの支部長をやるなんてなぁ」

「ベビーサタン言うな」

 

 ショタオジに修行をつけてもらって覚醒した時、オレが手に入れたスキルはアカシャアーツだった。

 当然、レベル1の覚醒したばかりの奴にそんな高等スキル使える訳が無かった。

 その為、ショタオジの修行を受けて別のスキルを手に入れようと頑張る事になった。だが結果はとんでもなく酷く、冥界波やアンティクトン等明らかに序盤で覚えるスキルじゃないのばかり。

 結果、オレの渾名はベビーサタンと呼ばれる事になった。

 

「それはもう過去の話だよ。今のオレはアンティクトンだって何十発でも撃てるんだから」

「だから成長したなって思ってさ。私なんか最近レベル上げられてないから」

「本当に世の中世知辛いよな」

 

――――等と二人で他愛の無い会話をしていた時だった。

 

「沢田綱吉様、お迎えに参りました」

 

 シキガミの少女が迎えとして部屋に入ってきた。

 どうやらもうそんな時間らしい。その事実に時の流れはあっという間と実感しながら立ち上がる。

 

「あ、私も行って良いかな?」

「ええ、構いません。立花響様もお連れ致します」

 

 ついでに響も着いてくるつもりらしく、二人揃ってシキガミに連れられてある場所に向かう事になった。

 歩いて数分、辿り着いた場所は星霊神社の大広間だった。

 

「失礼致します。沢田綱吉様、そしてお連れの立花響を連れて参りました」

 

 シキガミが扉を開け、中に入る。

 大広間には数人の男女が座っていた。

 顔を隠した狩人のような装いをした人、全身傷だらけでヤクザにしか見えないような強面、理想の王子様のような外見をした人。

 他にも仲間に飢えてるボッチや内面がスライムの人が居る。

 そして部屋の中央に座っている、一見長髪の子どもにしか見えないような外見をしたショタオジが居た。

 

「やあ、よく来てくれたね。そこに座ってくれ」

 

 ショタオジに促され、オレ達はその場に座る。

 

「それじゃあ、会議を始めようか」

 

 かくして、第666回ガイア連合の会議が始まった。




ショタオジはショタオジ、それ以上でもそれ以下でも無い!


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所詮オレ達

今回はネタ回です。
お酒入ってる状態で書き上げたので割とやらかしました。
とはいえ、日本だとこんな感じかなって思いました。


 ガイア連合の幹部達の会議と言っても畏まったものでもなければ厳格なものでも無い。

 むしろ元々転生者の集まり、即ちオレ達なのだからそこまで敬語を使う必要が無いのだ。そもそもとして盟主である神主――――もといショタオジがそういうのを全く気にしない人だからというのもあるだろうが。

 

「取り敢えず、ここに居る人達から貰った情報を纏めておいたので目を通して下さいお」

 

 スライムのペルソナ使いであるやる夫さんから書類を渡され、一通り目を通す。

 やっぱりやる夫さんの書類はとても分かりやすい。

 出来る事ならギリシャ支部に連れて帰って秘書をやってもらいたいくらいだ。と、いうかまだ前線で戦ってるのか。いい加減後方で働いても良いと思うのに。

 

「やる夫くん、やっぱり前線禁止にしても良いかな?」

「なぜ!? やる夫が弱いからかお!? もっと強くならなきゃ」

「やめて」

 

 ショタオジもそう思ったのか、と、いうかこの場に居る全員の意見を代弁したが、結局受け入れてもらえなかった。

 やっぱりだめだったか。男の子には意地があるとはいえ、それでも止めてほしいのだけれど。

 

「俺から報告させて貰う。国内の穏健派は異常無しだ。怪しい事をしているわけじゃねぇ」

 

 霊視ニキの報告を聞いて、参加している幹部の何人かは舌打ちをしたりする者が居た。

 穏健派の事を、より正確に言えば現地人の事を嫌っているガイア連合内の人間は少なくない。響もどちらかと言えば其方の派閥だろう。

 特に穏健派はガイア連合の事をメシア教ガイア派なる存在しない派閥にしようとしている節がある。このままいけばオレ達が死んだ後の後年のガイア連合は文字通りメシア教ガイア派にされてしまうかもしれない。

 それを危惧しているのだろう。出来る事なら叩き潰しておきたい、そう考える者だって少なくない。

 

「地獄湯に関しては今までダークサマナーとして活動していた人達がこぞって登録しに来ましたね。中にはダークサマナーにならざるを得なかった人達が多く居て、贖罪の為と自ら望んで裁きを受けに来る人も多いですね」

 

 ガイア連合が支部、地獄湯の阿紫花さんの報告を聞いて、それもそうかと考える。

 国外が半終末を迎えた現在、余程のバカで無い限り一人でダークサマナー稼業を続けるのはリスクが大き過ぎる。と、いうよりハイリスクノーリターンだ。ダークサマナー狩りが横行しているのなら、とっとと組織に所属した方が良いし、それ以上にこれから先生き残る為には連合に属した方が良いだろう。

 まぁ、ダークサマナーの中には望まずにその道に進んだ人も居るから、その人達の為に救済措置として地獄湯の事を教えたりしてたから、真面目な人程裁かれたいって理由で行く人も多いだろうが。

 どの世界でもライナー・ブラウン、もとい自罰的な人は居るのだから。

 

「やっぱりこの世界はペルソナ世界! だからタルタロスにもっと人員を回して! 一人は無理だから!!」

 

 ハム子は相変わらずだった。

 彼女の無理は出来るという意味なので、もう暫く頑張ってもらおう。

 他の幹部もそう考えたのかハム子から目を背ける。

 

「アメリカは魔王プルート、邪神クトゥルフ、そして過激派メシアンの三つ巴だ。現地に居る人に武器や悪魔召喚プラグラムを配ってるから今はなんとかなっているな。それと、まだ親友は見つけてない。だからもっと支援よろしく!」

 

 リアルバットマンこと狩人ニキは良い笑顔でサムズアップした。

 あの地獄と化したアメリカで北米横断なんて真似、普通は出来ない。

 本当に尊敬する。メシア教の連中はこの人の爪の垢を煎じて飲めば少しは良くなると思う。

 

「イギリスも今は手が離せない。まだ日本には戻れなさそうだ」

 

 イギリスのアーサー・エヴァンズさんは何とも言えないと言わんばかりの表情を浮かべている。

 イタリア、ギリシャと距離がそう離れてないから今イギリスで何が起こってるかは噂で流れて来ている。

 アーサー王が復活したという噂と何か関係があるのだろうか?

 

「ギリシャの方は一通りなんとか片付いた感じだよ。でも中華の方から過激派がこっちに来てたから一週間以内に元通り地獄のデスマーチになる。だから早く兵とデモニカ、それとオーダーメイドのシキガミ下さい」

 

 流石にもう大天使の群れを不眠不休で討伐するのは嫌なの。

レベルが上がったおかげで連発可能になったアンティクトンや冥界波を撃ちまくる作業は嫌なの。空を跳べるようになった事で遠く離れた場所に全速力で向かわなきゃいけないのは嫌なの。最近国民はおろか穏健派からも神聖視されてるの嫌なの。

 このままじゃ死後メシア教の聖戦士扱いされて、悪魔として召喚される事になりかねない。

 

「ふむ、成る程ね……………」

 

 全員の報告を聞き、やる夫さんの纏めたレポートに目を通していたショタオジが目を細める。

 

「国内外の状況がよく分かったよ。着実に終末のカウントダウンは迫ってるね」

「これでもまだ終末じゃないのか」

「日本がまだ無事だからね」

 

 最初から知ってはいた、知識で分かっていたつもりだった。

 だけど実際に体験してみるとよく理解出来る。今のこれでも遥かにマシなのだと。

 本当に終末が来たらもっと大変な事になる。

 

「早く終末が来ないですかねー。終末が来て早く稼ぎたいですし」

 

 運営の一人がそう言った気がした。

 個人的にはその意見には同意できなかった。ただでさえ多くの人が死んでいるのだ。これ以上人死にははっきり言って御免だ。

 それに、終末が来たらガイア連合だって例外じゃない。

 ガイア連合に所属している転生者は全員が覚醒しているわけじゃない。経営の方に回っている転生者は基本的に覚醒していない。

 もしこのまま終末が来たらほぼ間違いなくガイア連合にも被害が出る。

 本当、世の中あまり上手くいかないものだ。

 

「取り敢えず国外組に伝えるよ。アメリカ担当の狩人ニキ、支援は今まで通り継続。だけどアメリカに積極的に支援するわけにもいかない。今のアメリカには旨みが少ないからね」

「成る程、つまりオレがアメリカを救えば」

「無理しちゃダメだからね、振りじゃないからね? と、イギリスに関してはこれまで同様だね。何かあったら遠慮せず言ってね」

「分かりました。ありがとうございます」

「そして綱吉君。一応これまで通り支援は続けるけど兵やシキガミは無理」

「…………やっぱりか」

「予約があるからね。気持ちは分かるけど流石に優先は出来ない」

 

 ショタオジの言葉を聞いて思わず項垂れる。

 まぁ仕方がない。ショタオジのシキガミは今でも人気コンテンツなのだ。

 だから貰えなくても仕方がない――――と、言うとでも思ったか。この恨みは絶対に忘れない、後で必ず苦情のメールを運営に一万件送り込んでくれる。

 

「うぅ…………オレの赤王ちゃまが遠のいていく」

「は?」

「ごめんね。でも一応時間が空き次第作るから。それと後でその悪魔召喚プログラムについても説明するから」

 

 ショタオジの謝罪の言葉と響の冷たい視線が突き刺さる。

 っていうか何で響はそんなに怒っているのだろうか?

 でも悪魔召喚プログラムについて別で話すなんて、やっぱりこれには何か仕込んであったのだろうか。

 

「さて、と…………これで会議は終わりなわけだけど何かある人は居る?」

「あ、それなら運営から一つあります」

「私も、ショタオジに頼みたい事がある」

「ちひろと響ね。じゃあ先にちひろから言って良いよ」

 

 ショタオジに促されて、運営の千川ちひろさんが立ち上がり口を開く。

 

「では皆々様。これよりショタオジがどうやって結婚できるかについて考えましょうか」

「え?」

 

 ちひろさんの口から語られた言葉にショタオジが困惑した表情を浮かべる。

 

「媚薬でも飲ませて放り込んだら良いんじゃないか?」

「と、いうか相手って居るのかよ」

「イタコの長老や穏健派の幸子がショタオジの事好いてたしその二人を嗾けたら良いんじゃね?」

「じゃあどっちを嗾ける? ちなみにオレは幸子さんに10万ガイアポイントを賭けてるから」

「私はイタコの長老に20万ガイアポイントですね。流石にそろそろくっ付いてほしいんですが」

「ショタオジ他人の恋愛は背中を押す癖に自分は逃げ続けるからな。そろそろ年貢の納め時だろう」

 

 困惑する当人をよそにオレ達はショタオジを人生の墓場に送り込む会議を続ける。

 ちなみにオレは幸子さんと結婚するに100万ガイアポイントを賭けている。と、いうかこのトトカルチョを開いたのはオレ自身だ。

 いつまでも結婚から逃げ続けているショタオジに後継者を作ってもらう事と、あの恐ろしき幸子さんをショタオジに押し付けて爆弾処理を任せる。この二つが目的である。

 そんな風にわいわいがやがやと会議を続けようとした時だった。

 

「ペルソナ…………エンシェントデイ」

 

 ショタオジが自身のペルソナを出現させたのは。

 

「きみ達、いい加減にしようか。と、いうか勝手に人で賭けるなよ」

 

 そう言ってショタオジが一体襲い掛かって来た。

 

「鎮まりたまえ! 鎮まりたまえ!! さぞかし名のある山の主と見受けたが、なにゆえそのように荒ぶるのか!!」

「くそ、そんなに結婚が嫌か! 独身生活がそんなに気楽か!!」

「皆! 奴を人生の墓場に送り込むぞ!! 命を賭けろ!!」

「これ以上ショタオジを自由にさせるな!! 皆行くぞぉおおおおおおおお!!」

 

 集まった幹部達が全力で向かって来たショタオジを迎撃する。

 こうしてガイア連合山梨支部の夜は更けていき、オレの日本への旅は終了したのだった。




次回はギリシャに戻ります。


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航海

 ガイア連合が所有する船の甲板の上にて、オレこと沢田綱吉はパラソルの下、ビーチベッドの上で優雅な時間を過ごしていた。

 本当の事をいえばこれから地獄のようなガイア連合ギリシャ支部に戻らないといけないわけなのだから、全く優雅ではないのかもしれない。だが船の上で過ごす平和な時間ぐらいはこうして優雅に過ごしておきたかった。

 そう思いながらテーブルの上に置いてあったドリンクに手を伸ばす。

 

「ふぅ、良い天気」

 

 本当に世界が滅んだとは思えないくらいに綺麗な青空だ。

 ドリンクに刺さったストローに口を付けて吸う。口の中に広がったのはブルーハワイの味だった。

 

「少し、昼寝でもして休息を取ろうかな?」

 

 なんだかんだで休めなかったのだから、こういう時に少しでも休んだ方が良いだろう。

 襲ってくる眠気に身を預け、そのまま眠りにつこうとする。

 

「陛下! 例の連中がまた脱走しようとしておりました!!」

 

 そして駆け寄って来た部下の報告を聞いて休みが無くなった事を知るのだった。

 グッバイ平穏、お帰り仕事。

 

「…………ここに連れて来て」

「かしこまりました!」

 

 デモニカを纏った数人の兵士達が例の連中を連れて来る。

 連れて来られた連中はデモニカ装備の兵士に両脇から抱えられ、逃げ出せないようにされていた。

 

「う、うぅ…………」

 

 連れて来られた連中は涙を流し、今すぐにでも逃げ出そうと身悶えしていた。しかし、両脇の兵士がそれを許すことはなく、無駄な努力にしかならなかった。

 そんな連中の無様な姿を見て溜め息をつく。

 

「ねぇ、良い加減に諦めたらどうなのさ。流石にここから日本には帰れないって」

「だ、だとしても…………っ! このまま国外に連れてかれるよりは、遥かにマシだ…………!!」

 

 涙を流しながら此方を睨み付けるのは一応ガイア連合に所属する転生者達だった。

 尤も、ただ所属しているだけの連中なのであまり好ましいとは思えないが。

 

「一応言っておくけどあんた達は了承した。だからこの船に乗ってるわけなんだけど」

「ふざけるな…………!! あんな、あんな一方的な契約…………無効、無効…………!!」

 

 そう言って此方に詰め寄って来る転生者達。

 

「そうは言っても、これ呪術契約だからね。アンタ等からは反故には出来ないんだよ」

「じゃあお前が契約を解除しろ…………!!」

「なら借金返せよ」

 

 ここに居る連中はガイア連合に所属する転生者の中でもあまり立場の良くない者、はっきり言ってしまえば底辺に位置する存在だ。

 自分のシェルター、そしてガイアポイントカードのブラックカードの権利を手放し、日々の生活で稼ぐお金を全てギャンブルに費やし、挙句の果てには借金までしている。はっきり言って救えない連中である。

 しかも、借金は借金でもヤミ金での借金である為、マジで大変だった。

 何が悲しくてこんな連中の借金をオレが肩代わりしなくちゃいけないんだよ。しかも肩代わりしたらしたでヤミ金の人から「坊主、悪い事は言わねぇ。そいつ等は屑だ。何の反省もしないし感謝もしねぇ。そいつ等は慈悲をかけちゃいけないタイプの人間だ」なんて忠告も受けた。

 確かにその通りだと思う。でも、屑には屑の使い道が無いわけじゃ無いのである。

 

「オレがお前達の借金を肩代わりしてやったんだ。お前達はそれに乗った。当然書類にも記載してあるしね」

 

 そう言ってみっともなく喚く屑どもに一枚の書類を見せびらかす。

 すると連中は書類を奪おうと行動に起こそうとする。

 

「全員動くな」

 

 だが呪術契約によって縛られたこいつ等に出来る事は無い。

 そもそもとしてここに居るこいつ等はオレが借金を肩代わりするかわりに絶対服従という契約を自ら交わしたのだから。

 本当にショタオジに呪術習っておいて良かった。

 まぁ、当の本人もこんな使い方されるとは思っても見なかっただろうけど。

 

「そんじゃ、全員部屋に戻れ。ギリシャ支部につくまでは待機だから」

「がが、ぎ、ぐご…………!」

「この、悪魔……………外道…………!」

「ショタオジに、会わせろ! こんな契約、ノーカン…………!」

 

 うざったい、福本モブかよこいつ等。

 そんな事を考えながら自らの意思に反して部屋に戻っていく。

 

「何がショタオジに会わせろ、だ。お前等にそんな資格はねぇよ」

 

 少なくともオレ達がショタオジに会わせない。

 ショタオジは転生者にかなり優しい、というかゲロ甘なくらいだ。

 そんな人に自分の自業自得を何とかしてもらおうだなんて烏滸がましいにも程がある。

 精一杯努力してそれでもダメだった、本人ではどうしようもない事が起きて不幸になったのなら分かる。そういった人達ならば救済措置を出すべきだと思うし、助けた方が良い。

 だけどギャンブルに溺れて借金して、困ったからショタオジに借金を帳消しにしてもらおうなんて虫が良すぎる。

 

「まぁ、しっかり働いて借金を返せれば日本に帰れるんだ。悪い話じゃないだろ」

 

 ギリシャ支部に居る間は危険手当で利息は帳消しになる。

 そして衣食住も此方で管理するから真面目に働けばいつかは完済出来る。

 もし早く帰りたいのならばデモニカを使って前線に出れば良いし、覚醒者になればより良い仕事も受けられるようになる。報酬に関しては九割引で生活費食費そして借金の返済に当てるけど、普通に生活する事は出来るのだから。

 少なくとも帝愛地下王国よりはマシだろう。

 死んでさえいなければ怪我だって治せるのだから。

 

「余程バカやらなければ大丈夫」

 

 相手は借金を返せるし、こっちは人手が手に入る。

 まさにWIN-WINの関係性だ。覚醒者になってくれれば尚良しである。

 誰も損をしない、得しかしない皆が幸せになれる最高にハッピーな提案だ。

 真面目に働きさえすればの話だが。

 

「ああいった連中が真面目に働くわけないじゃん」

「まぁ、その通りなんだけどさ。そもそも真面目にやってればこんな所に居るわけがないし…………ところで何でこんな場所に居るのかな響?」

 

 隣で自分と同じようにビーチベッドの上で寛いでいる響に視線を向ける。

 

「別に居ても良くないかなー?」

「いや、良くないからね。と、いうか学校はどうしたのさ」

「ショタオジにお願いして留学するって事にしたんだ」

 

 まぁ、ショタオジにはかなり反対されたんだけど。

 そう言って呑気に笑う響の姿を見て思わず溜め息を吐く。

 

「何? 仲間が増えて嬉しくないの?」

「嬉しくないわけじゃないけどさぁ…………これから行く所に親友を行かせたくないんだよ」

 

 さっきの連中や今この船に乗っている国外に向かう事を決意した転生者や兵士戦士を含めれば結構な人数になる。

 しかも国外と言う名の地獄に向かって最前線に挑んだ転生者達のレベルはまあまあ高い。

 だから響が居なくても大丈夫だとは思うのだけれど――――。

 

「親友がそんな場所に行くっていうのを放っておけるわけが無いでしょ」

「響…………」

「それに一応対策が無いわけじゃないからね。いざという時でも大丈夫だよ。何でこれを使えるのかは知らないけど」

 

 確かに立花響ならばガングニール、もといグングニルというイメージがあるだろう。

 だけど響が使えるのはグングニルではない。この世界では厄介な代物だ。まぁ、元ネタが明言していなかったとはいえ、同一視されてたから使える理由にはなってるが。

 そう考えているとゼウスが突然姿を現す。

 

「別に良いじゃねぇか。本人が自分の意思で行きたいって行ってるんだからな」

 

 上機嫌にゼウスはそう言った。

 どうやら日本に行ったのはゼウスにとってかなり良かったらしい。

 とは言え、それも当然か。それなりの数の戦力を確保出来たのだから。

 シキガミに対し自分の娘かと尋ね廻っていたが殆ど無駄だったみたいだが、それでもシキガミの主がギリシャ支部の方に来てくれているので、ゼウスとしては得にしかならないだろう。

 

「しかしあれだな。日本の事を勘違いしていたが…………もしかして優勝トロフィーなんじゃねぇのか?」

「優勝トロフィーかどうかは兎も角、多神教の神との相性は良いからね」

 

 インド神話のサラスヴァティーが日本では弁財天と呼ばれているように、異国の神でも受け入れないわけじゃない。

 ならばギリシャの神々と日本は相性がかなり良いだろう。ギリシャ神話自体、他の神話の神と同一視されることが多いのだから。

 

「四文字、もとい造物主もかつては大日如来と同一視されてたしね」

「マジか」

「マジだよ。まぁ、その後デウスって呼ぶように言われたらしいけど浸透したかどうかって聞かれると、ねぇ…………」

 

 実際のところ当時の人達にしか分からないだろう。

 

「だから支配じゃなく融和なら八百万の神々も受け入れるよ。冥府を司る神として、温厚なハデスとも相性が良さそうだし、人手ならぬ神の手も足りないからね」

「…………悪いな、少しだけ考えさせてくれ」

「良いよ。返事はオリュンポス12神が全員揃ってからでも良いから」

 

 そう言ってゼウスはスマホの中に戻った。

 これで少しは考えを改善してくれたら嬉しいのだが。何だかんだでゼウスやデメテルにはお世話になっているし、恩には報いたいから。

 

「…………そういや、ツナの悪魔召喚プログラムって連合のやつより強い悪魔を呼べるんだね」

「その分デメリットがあるけどね」

 

 マンセマットから渡されたオレ専用の悪魔召喚プログラム。

 あいつが言っていた通り、罠なんてものは仕掛けられていなかった。が、それはそれとして安全性が保たれているわけではなかった。

 何故ならこの悪魔召喚プログラムは使用者の脳と連動して作動するというやつだったのだから。分かりやすくすると使用者の脳を疑似的な生体パーツとして使用すると言った方が良いのだろうか。

 過激派が使っているやつ程じゃないにしろ、危険性のあるものだ。

 とは言え、それは過去の話。今はヘスティアのサポートとガイア連合のサポートを受けてそれなりに安全性を保てるようになった。

 代償としてギリシャ系の悪魔しか召喚出来なくなったけど。

 

「まぁ大丈夫大丈夫。それよりもさ――――」

 

 開いていたパラソルを手に取って畳む。

 そして上空から接近して攻撃しようとしてきた天使の身体をパラソルを槍のように振るい、その胴体を貫いた。

 

「襲撃が来たよ。って、そろそろオレが気付くよりも先に対応してよ」

 

 オレが少しばかり文句を呟き終わると同時に警報が鳴る。

 

「休憩終了。よし、ここからは天使狩りだ」

「えっ、えっ? 何でそんないつもの日常のような反応なの?」

「いつもの事だからね」

 

 言ってて悲しくなるけど事実なのだから仕方が無い。

 さて、大天使が十数体に天使が百体近く居るのか。ならばアンティクトンを連発して殲滅しよう。

 そう考えてアンティクトンをぶっ放そうとした瞬間だった。

 

「ほぅ、随分と可愛らしい童が居るな」

 

 背筋に氷柱でも突っ込まれたかのような濃密な死の気配を感じたのは。

 

「な、何…………これ…………?」

 

 隣に居た響、そして甲板に居た人達が恐怖で震えてその場に膝をつく。

 膝をつく者の中には決して弱くない、むしろ強い実力を持った転生者だって居る。

 だけど、この場で行動出来るのはオレだけだった。

 一体何が起こったのか――――。

 

「って、そんな事丸分かりか」

 

 冷や汗を流しながら空を見上げ、濃密な死の気配を出している対象に視線を向ける。

 そこに居たのは一体の悪魔だった。

 七つの首を有し、七つの冠を被った獣に跨り、片手に黄金の杯を持った顔が骸骨の女。

 その悪魔の名をオレは知っている。

 ヨハネの黙示録曰く、大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしい者たちの母であるらしい悪魔の名はマザーハーロット。

 万人に等しく凶事と死を撒き散らす魔人という種族の大悪魔である。



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権能

メガテンの世界って人間もかなりの超人ぞろいですよね。
だからインフレさせても問題ない筈、ショタオジはもっとチートだから。


 魔人。

 それは大凡この世で出会いたくない悪魔の種族である。

 と、いうのも基本的に魔人という種族、更に言えば黙示録に関係する悪魔は終末に関連する存在である。その強さは当然折り紙付きで、ガキパトで有名なかの人修羅と殺し合っている。

 ショタオジ曰く、半終末の今倒しても他の悪魔同様すぐにリスポーンするかもしれないらしい。

 ぶっちゃけた話、倒すのが難しい上に倒したとしても半終末の現在ではあまり意味が無い存在だ。

 本当ならば今すぐにでも逃げ出したいが、奴等は相対した者を逃がさない。

 

「ファッキン」

 

 口汚い言葉が口から出るも今は気にしない。

 兎に角、今はマザーハーロットだ。この船であれを殺せるのはオレだけ。他の転生者には荷が重過ぎる。

 他の敵は皆に足止めしてもらって、ゼウス達を召喚して短時間で片付けてすぐに討伐するべきか。まさかここで魔人が出て来るとは思わなかったけど、でも勝ち目はある。

 そう考えてデメテル、アルテミスの二体を呼び出そうとする。

 

「――――マザーハーロットに続けて、まさかここで会えるとは思わなかったぞ。神敵よ」

 

 その瞬間、一体の天使が顕現した。

 天使、大天使達の前に顕現したその天使は明確に今まで戦ってきた天使とは明らかに違う。

 

「陛下! 現在中華で確認されてる筈の神の戦車、熾天使メルカバーが!!」

「言わなくても分かる。全員戦闘準備」

 

 現れた異形の天使、メルカバーを睨みつけながら指示を出す。

 なんでここに熾天使メルカバーが居るんだ、なんて言うつもりは無い。過激派は天使召喚プログラムというチートを持っている。向こうは大天使だろうと何体でも召喚可能なんだ。同じ大天使だって何体でも召喚出来る。

 だからこそ、過激派は厄介なんだ。ガイア連合の総力と過激派が戦っても負けるのは間違いなくガイア連合だとショタオジが断言するだけある。

 実質無限の戦力を持ってるんだ。まともにやって勝ち目なんかあるものか。

 ゼウスを呼び戻し、デメテル、アルテミスを召喚する。

 

「ガイア連合の皆は大天使達を、兵は天使達をお願い! ゼウス、デメテル、アルテミスはメルカバーを相手にして。響はゼウス達の援護をお願い、響なら相性で特効が乗るだろうから」

「分かった。けどツナは?」

「オレはマザーハーロットをやる。幸いなことに向こうもそのつもりみたいだし…………本当にゴメン」

 

 オレは響に謝罪する。

 はっきりいって響にした頼みは無茶ぶりも良いところで、友達に対して頼むような事じゃない。

 本当ならもっと下級の天使を一緒に狩ってパワーレベリングしたかったんだけど。

 ああ、これがショタオジがオレ達に向けている感情か。大切な友達なんだから危ない事してほしくない、そう思ってしまうのも無理は無いだろう。

 

「良いって。いつもの事だし」

「マジすみません」

「謝る必要は無いよ。確かに私はレベル上げる機会が少なかったけど、全く弱いわけじゃないから」

「じゃあ任せた」

 

 今度響とショタオジにちゃんとお礼をしよう。

 そう考えながら此方を見下ろすマザーハーロットに視線を向け、奴の下に向かって跳躍する。

 

「行かせん。貴様は我等が討ち取る」

 

 メルカバーがそう告げるとともに前に出る。

 そしてオレに攻撃をしようとして響の拳が顔面に突き刺さった。

 

「お前の相手はこっちだ天使共!!」

 

 ガイア連合の技術部やショタオジが調整を施した特別性の鎧を身に纏った響の攻撃を受け、メルカバーは決して無視できないダメージを受ける。

 本来、レベルが高い者がレベルの低い者の攻撃を受けても大したダメージにはならない。

 とはいえ、例外はいくつかある。格下であっても効果的なダメージを与えられ無いわけじゃないのだ。

 ベリアルにとっての脇見の壺や、ベルデルにとってのヤドリギ。

 

――――ならば天使達にとって神殺しの槍は効果的だろう。

 

「まさか、かの救世主を貫いた槍を…………!?」

 

 メルカバ―はかなり驚いた様子だ。

 それもその筈。響が纏っている鎧はとある槍を加工したものなのだから。

 正直な話、これに関しては技術部の暴走である。あいつ等、ある釘でネイルガンとか作ってたこともあったし。まぁ、そういった特殊な謂れを持つ武器は使い手を選ぶからその暴走はすぐに収まったのだけど。

 でも正直笑い話にならなかった。何だよ使い手を選ぶネイルガンって、シュールにも程があるだろう。

 

「そういうわけだから、あんたの相手は私達がするから」

 

 そんな技術部の悪乗りと暴走で改造された神殺しの槍を身に纏い、響はゼウス達と共にメルカバーと対峙する。

 おかげでマザーハーロットの所まで問題無く移動する事が出来た。

 

「ローマの皇帝を称する者が居ると聞いて見に来たが」

 

 マザーハーロットは此方を値踏みするような視線をオレに向ける。

 骸骨の顔に眼球が無いというのに視線を向けられているというのはおかしな表現かもしれないが。

 

「中々どうして、可愛らしい顔の割に纏う雰囲気は皇帝のそれとは。しかし、皇帝の割にあまり欲が無いように見える」

「別に欲が無いわけじゃないよ。オレだって美味しいものは食べたいし幸せな生活を送りたい。可愛い女の子と付き合いたいし、理想のシキガミ嫁だってほしい。出来れば終末なんて永久に来ないで未来永劫平和な世界であってほしい。そして――――」

 

 誰かが泣いて絶望しているのを見ていたくない。

 

「ほら、欲深いでしょ。こんな子ども染みた願いの為に沢山の人を殺してるんだ。本当に馬鹿らしい、愚かしい、無様としか言いようが無い」

 

 ショタオジに鍛えられて強くなって、それでも全てを助けるには手が届かない。

 本当メガテン世界は地獄だ。どれだけ強くなっても全然足りないんだから。

 

「成る程…………そなたは秩序寄りであるよのぉ」

「割と混沌だとは思うけど、まぁ良い。無駄話は終わりだ」

 

 デュランダルを構えてマザーハーロットに突き付ける。

 

「確かに、これ以上は無駄なやり取りよ。では、可愛がってやろうぞ幼き皇帝よ…………死という名の最高の快楽で!!」

「生きるも地獄、死ぬも地獄。それなら生きる方がずっとマシだ!!」

 

 互いのマグネタイトがぶつかり合い、戦闘が開始される。

 

「バビロンの杯」

 

 マザーハーロットがその手に持った杯に口を付け、万能属性の攻撃を放つ。

 放たれた攻撃は全体攻撃でオレだけでなく、この場で戦っている全員に向けられたものだった。

 

「させるか!!」

 

 皆をマザーハーロットの攻撃から守る為に防ごうとする。

 魔界魔法――――じゃあこれは防げない。と、いうか防御系の魔法をオレは覚えていない。

 このままだったら皆が間違いなく死ぬ、死ななくてもかなりのダメージを受ける。

 だから奥の手を使う事にした。

 

――――覚醒者の中には魔界魔法や悪魔に関係するもの以外の異能を使う事が出来るようになる者も居る。

 

 ショタオジの霊脈操作や陰陽術呪術を含めた技術、霊視ニキの霊視が良い例だ。

 それ以外には未来視や過去視、心を覗く力等。他にも沢山の力がある。

 オレの場合も似たような感じだ。アウトサイダーのように悪魔に変身する事は出来ないがある事は出来るのだ。

 祖先の悪魔の影響か、それとも転生者という人間であり悪魔でもある影響かは知らないが。

 

「――――これは驚いた」

 

 マザーハーロットが驚愕した様子で此方を見ている。

 まぁ、それも当然か。海の上に巨大な城と城壁が作り出されたのだから。

 

「其方、権能が使えるのか」

「すっごい疲れるから使いたくないんだけどね」

 

 ガイア連合の幹部級はユニークスキルを使う事が出来る連中が数多く居る。

 オレも例外ではなく、祖先になった悪魔の権能を行使する事が出来る。

 どんな悪魔なのかは分からないがこの力のおかげでギリシャ支部を作り上げる事が出来たと言っても過言じゃないくらいだ。

 何せ、現在の神星ローマ帝国の城も、建物も全部オレが作ったんだから。

 デメテルの封印を解くまで皆の食料となる作物を作ってたのだってオレだったし。

 

「あの力、まさかお父様…………?」

「ああ、そういうこった。あいつはオレ様の――――」

「っ、成る程…………それなら彼が皇帝になったのは必然ですね」

 

 驚愕に満ちたアルテミスの声と何故か誇らしげにしているゼウスの姿を横目に捉える。

 誇らしげにしているところ悪いけどこれ作る事は出来るけど攻撃には向いていない。

 他の幹部達だって似たようなことは出来るし、ショタオジなんか更に次元が違う。あの人日本全体の霊脈を握っているから日本で戦う限り殆ど無敵と言っても過言じゃない。そうでなくても最強だけど。

 それにこれ自前のマグネタイトでやらなくちゃいけないからめっちゃ疲れる。

 正直な話、これ使うぐらいなら結界を使った方が遥かにマシだ。そういったもの使えないから意味ないが。

 

「ハーベストッ!! とっても、とっても素晴らしいですわ綱吉!!」

 

 そう考えているとデメテルは物凄く嬉しそうに飛び回っていた。

 

「貴方の中で輝いていた実り! それは正に豊穣の力、神の力ですの!! 私と同じ、生み出す者!!」

「デメテル、嬉しいのは分かったからメルカバーの方お願いね」

「分かりましたわ!!」

「さて、と…………」

 

 権能を行使してオレとマザーハーロットを城に閉じ込める。

 舞台は玉座の間、即興で造った何にもない場所で奴と対峙する。

 

「これでお前は他の皆に手を出す事は出来ないな!」

 

 マザーハーロットの首目掛けてデュランダルを振るう。

 振るった刃は奴が座る七つの首を有する獣に受け止められる。

 

「アンティクトン!」

 

 剣を介してアンティクトンを放ち、攻撃を受け止めていた獣ごとマザーハーロットをぶっ飛ばす。

 

「時間もあまりかけられないんだ。だから、すぐに倒してやる!!」

「ほっほっほ、良い。良いぞ。さぁ、このマザーハーロットを愉しませよ!!」

「アンティクトン!」

「バビロンの杯!」

 

 互いの攻撃がぶつかり合い、作り出した城の内装が吹き飛んだ。

 かくしてマザーハーロットとの戦闘が始まった。




ちなみにデメテルさんは主人公の豊穣狙いです。
もし敵対していたら一度殺しにかかって魂と肉体を奪いに来てました。
まぁ仲魔になったから無問題。


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マザーハーロット

本当ならメルカバーも処理したかったんですが長くなりそうだったので切り上げ。
次回、第一部終了の予定。


 曰く、大淫婦バビロンとはローマ帝国の暗喩であるらしい。

 それが事実かどうかは分からない。だが悪魔とはそういった噂、逸話からは切り離せない。だからこそマザーハーロットが神星ローマ帝国の皇帝に興味を抱いたのは当然の事だった。

 神星ローマ帝国の躍進を聞いていく内にその思いは強くなり、中華から離れて会いに行くことを決意した。

 

――――そしてその決意をして良かったとマザーハーロットは強く思う。

 

 マザーハーロットと戦っているローマの皇帝、沢田綱吉は強かった。

 魂からくる霊的才能と素質、肉体に秘められたある悪魔の血。未だ目覚めていない力こそ数あれど、魔人に匹敵する、否、魔人を凌駕する戦闘能力は非常に脅威だ。

 メシア教の天使共が警戒するのも頷ける。その上、まだまだ強くなる。

 これがガイア連合の幹部、黒札を有する実力者。

 

「良い、実に良いぞ!! さぁ、もっと死合おうぞ!!」

「うるさい。とっとと死ね」

 

 ぶつかり合う互いのマグネタイト、荒れ狂う魔界魔法、そして互いに傷をつけ合う剣と牙。

 どれもこれもがこの地上に降り立って以来、初めて味わうものだった。

 

「銃はあんまり使ってないから得意じゃないんだけど!!」

 

 綱吉がそう言うと同時に、いつの間にか右手に携えていた拳銃で獣の頭部を打ち抜く。

 マザーハーロットが騎乗する黙示録の獣(マスターテリオン)の残された首は残り二つ。

 

「狩人ニキなら遠距離から首を二つ落とせるんだけどな…………やっぱり銃は苦手だ。まぁ、本当は剣も得意ってわけじゃないんだけど」

 

 慣れた手つきでマザーハーロットが放ったバビロンの杯を左手の剣を振るって相殺する。

 

「アンティクトン」

 

 そして、綱吉が放ったアンティクトンが襲い掛かる。

 万能属性の攻撃、アンティクトンの追加効果によりマザーハーロットの肉体が弱体化する。

 今まで受けたダメージ、そして最大限のデバフにより身体を動かす事すら億劫だ。

 魔人であるこの身がここまでの無様を晒す事になるとは思いもしなかった。

 

「スマイルチャージ、メシアライザー」

 

 そんなマザーハーロットに対し、綱吉は魔力を減らしこそすれど五体満足だった。

 腕を損なう、下半身を失う等のダメージを受けても即座に回復する。状態の異常も治される。

 

「これではどちらが魔人か分からぬな」

 

 数多の天使を滅ぼして、地上に豊穣と富を齎し、国を興した。

 成程、これは確かに魔人だ。自分よりも魔人に相応しい。

 

「見事なり沢田綱吉。魔人討伐、ここに至り」

「■殺しの剣」

 

 マザーハーロットは自らに振り下ろされる刃を受け入れた。

 

   +++

 

 魔人とタイマンで戦うなんて馬鹿を通り越して愚かである。

 本当に、心からそう思うよ。そんな事やるのはエンドコンテンツを極めた奴とかショタオジぐらいなものだ。

 後者に関しては正直微妙だとは思うけど、やらなくちゃいけないならやるだろう。

 

「だからって、オレもその仲間入りをすることになるとは思わなかったなぁ」

 

 何が悲しくて社畜道を真正面から突き進む羽目になったのか。

 ローマの皇帝になるとゼウスに宣言した時からか、それともガイア連合として働き始めた時からか、それともここがメガテン世界だと知った時からか。

 社畜道を突き進むのはショタオジだけで良かったというのに。

 

「まぁ、良いか。ここまでやったらやれるだけやらなくちゃ」

 

 進むと決めた以上、進むだけだ。

 例え道が逸れても、真っ直ぐでなくても命ある限り進むしかない。

 一度背負った以上は荷を下ろすその時までは背負い続けなくてはいけないのだから。

 

「にしても最後の攻撃、アカシャアーツを放ったつもりだったんだけどなぁ」

 

 口から出た言葉は別の名前に、放った技は覚えの無い技に困惑する。

 まぁ、新しくユニークスキルが生えて来たんだろう。

 転生者なら別に珍しい話じゃないし。

 

「――――勝ったのに嬉しそうにもしないのだな」

 

 床に転がっているマザーハーロットがそう呟く。

 その身体は左肩から右脇腹にかけて大きく切り裂かれており、最早死を待つのみとなっていた。

 獣に至っては全ての頭部を失い、マグネタイトに戻り始めている。

 本当、よく殺せたものだ。

 

「勝ってもまだメルカバーが居るからな」

 

 城の外で戦っているのはなんとなく分かる。

 まだ戦いは終わっていない。全て終わるまで気は緩められない。

 

「そうか、ならば勝者である其方にプレゼントといこうか」

 

 そう言うとマザーハーロットは二つの物を出現させた。

 一つはマザーハーロットが持っていた杯、もう一つが多枝燭台(メノラー)だった。

 

「我の力が込められた杯に美のメノラーだ。受け取るが良い」

「いらねーよ」

 

 心の底からそう思ってしまうくらいに要らない代物だった。

 

「そう言うな。良いから受け取れ」

「ちょっ、まっ!!?」

 

 マザーハーロットの手から杯と美のメノラーが浮き、オレの身体の中に溶けるようにして入り込む。

 瞬間、全身に力が漲る。自分の物ではない、悪魔の力が染み込む。

 だがそれも一瞬だけ。入り込んできたマザーハーロットの力はオレの中のマグネタイトに取り込まれた。

 

「では、さらばだ。ローマの皇帝、クィリヌスの末裔よ」

 

 そう言ってマザーハーロットの身体は霧散した。

 この世界において未だ果たされていなかった、魔人の討伐をここに成し遂げたのだ。

 とはいえ、あまり嬉しくはなかった。

 

「どうしようか、これ」

 

 オレの身体に溶け込んだメノラーを取り出して確認する。

 確か、これを持っていたら最強への称号を賭けて魔人に命を狙われるとんでもない代物だった筈だ。

 ぶっちゃけ最強の称号なんてどうでも良い。

 

「取り敢えずこれはショタオジにプレゼントするとして」

 

 ショタオジならこれを押し付け――――もとい渡しても問題無い筈だ。

 実力的にも申し分ないし、こういった珍しい物なら喜んでくれるに違いない。

 ただ王国のメノラーって事で渡したら絶対に受け取らないだろうから他の荷物に紛れ込ませよう。

 呪い対策も忘れないようにしなければ。

 

「問題はこっちだよなぁ」

 

 マザーハーロットに渡された杯を取り出す事は出来ない。こちらは完全にオレの中に溶けてしまったのだから。

 

「一応、使い方は何となく分かるけど」

 

 魔人の力なんて物騒なモノ、本当の事を言えば使いたくない。

 だがそうも言っていられない。こんな残酷な世界で生きるのにえり好みしていられる余裕なんて無いのだから。

 と、いうか使い方ぐらい分かってないと何かあった時凄い困る。

 

「えっと、こんな感じかな?」

 

 マザーハーロットから貰った力を使う。すると肉体が男から女のそれに変化した。

 悪魔に変身するデビルシフター、アウトサイダーだろうか。こういう事はショタオジに聞かないと分からない。

 どちらにしろ今の自分の姿を確認してみなくては。

 そう思いながら権能で生み出した鏡で自らの姿を確認する。

 

「はっ?」

 

 鏡に映った自分の姿は金色の髪に緑色の瞳を有する、はっきりいって美少女だった。

 ただその姿に見覚えがあった。金髪碧眼に小柄な体格、そして特徴的なアホ毛に小さい背丈ながらも良いスタイル。

 その姿こそ、オレが求めていた理想の姿――――赤王ちゃまだった。

 

「Oh…………」

 

 鏡に映った現実という名の残酷な事実に思わず膝をつき、絶望に打ちひしがれる。

 

「確かに赤王ちゃまは好きだけどさ…………大好きだけどさ…………」

 

 地面に拳を振り下ろして叫ぶ。

 

「だからって自分がなりたいわけじゃねぇんだよぉ!!!」

 

 オレが求めていたのは赤王ちゃまとイチャイチャしたい事であって、決してオレが赤王ちゃまになる事だなんて事ではない。

 今生に存在しなかった推しの姿を再び見る事が出来たのは嬉しいさ。

 でもだからってその中身がオレじゃあ台無しにも程がある。イチゴのショートケーキの上にカップラーメンをかけるようなものだ。

 

「くそぅ!! くそぅ!! ちくしょぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 恨めしい、こんな不条理を強いたこの世界が恨めしい。

 自分の口から出る声が赤王ちゃまと同じだという事が少しだけ嬉しくなるのが腹立たしい。

 腹の奥底から沸き上がる怒りと憎悪のまま世界に対して叫ぶ。

 

「殺してやる…………殺してやるぞ女装ァ!! 四文字ィ!!」

 

 それがどうしようもない程の八つ当たりだと知っていても叫ぶしかなかった。




四文字「私ぃ!!?」
女装「関係なくない!!?」


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魔神皇ツナ

今回で第一部は完結です。
次回からはゆっくりになっていきます。

そして今回、この作品のラスボスが登場します。


「弱い魔法やスキルをどうやったら覚えられるかだって?」

 

 星霊神社の本殿にて、オレは神主に質問した。

 

「はい。お、えっと…………僕はその」

「ああ、変に畏まらなくて良いよ。同じ転生者、同胞なんだから。いつも通り、普段通りにしてくれて構わない」

「…………分かった。じゃあショタオジ、どうすれば良いの?」

 

 覚醒したオレが覚えたスキルはアカシャアーツにアンティクトン、どちらも強力な極めてスキルだ。しかし、どれだけ優れた力であってもそれを使うハードがポンコツ、脆弱だと力を発揮する事は無い。

 レベル1の奴がそんな物語後半に出て来るような奴が覚えてるスキルを使う事が出来る訳が無かった。

 だからこそ、身の丈にあったスキルが欲しかったのである。

 しかし、そんなオレの思いとは裏腹にショタオジは困ったような表情を浮かべる。

 

「ゴメン。正直な話、きみのような例はあまり見ないから断言は出来ない」

「ショタオジでも分からない事があるんだ」

「分からない事だらけだよ。それに、覚醒した瞬間にそんな強力なスキルを持つ立場になった事は無いからね」

 

 正直な話、ショタオジは卵子だった頃の記憶があると言っていたから最初から強いスキルを覚えてると思ってた。

 と、いうか何で卵子だった時の頃の記憶があるんだよ。オレも受精卵だった時の記憶はあるから何とも言えないけど、それでも卵子は無いだろう。

 もしショタオジが受精した時の精子が違ったら、ショタオジではなくロリババアになってたって事だろうか?

 そんな事を考えながらもショタオジの言葉に耳を傾ける。

 

「そもそもとしてスキルっていうのは下位から覚えて成長するにつれて高位のスキルを覚えていくものだ。ゲームだとそういうわけではないけどここは現実だ。だから高位のスキルを使えるということは必然的に下位のスキルを使えないといけない」

「成る程…………」

「ゲームだとスキルの数も決まってたりするけどさ、現実では違う。まぁ高位のスキルを覚えているなら態々下位のスキルを使う理由も無いし、必然的に使うスキルは減っていくものだ」

「確かに、その通りだ。強力なスキルを使えるのなら態々下位のスキルを使う必要は無い」

「うん――――だからこそ、高位のスキルしか使えないなんていうのはおかしいんだ」

 

 ショタオジの目が細く、鋭くなる。

 

「一つ聞きたいけど、今生で死に掛けたなんて経験無い?」

「…………父さん母さんが言うには産まれた時に死に掛けた事があったって?」

 

 確か難産で産まれた時は呼吸していなかったとか。

 

「うん、成る程ね。そう言う事ならありうるか…………」

「ショタオジ。何か分かったの?」

「憶測だし断言は出来ないけどね。多分、きみの異能者としての適性はガーディアンだ。多分、幼少期に死に掛けた事がきみが高位のスキルしか覚えない理由なんだろうね。中途半端に死に掛けた事で繋がりが薄いのか」

「えっと、よく分からないけど下位スキルを覚えるのは…………?」

「一度死ねばあるいは…………でも死んだら完全に繋がっちゃうからお薦めはしないよ」

 

 そう言ってショタオジはオレと目線を合わせる。

 

「はっきり言おうか。きみは前線に出ない方が良い」

 

 これは昔の話、沢田綱吉と立花響が星霊神社にて修行を受けていた時の出来事。

 あの後、ショタオジからの提案は断り、結局オレは前線で戦い続けた。

 ショタオジの善意は嬉しかったのだが、戦う力があるのに一人安全な所に隠れるのは申し訳なかったから。

 でも、もしあそこで非戦闘員になっていればこんな事にはならなかったかもしれない。

 

   +++

 

「…………ぐっ、おのれ」

 

 神の戦車である熾天使メルカバーが呻き声を上げる。

 その身体はボロボロで既に死に体だった。

 

「どうしたどうした? 随分無様を晒してんじゃねぇか」

 

 死半死半生、どちらかというと死の割合が多いメルカバーを見てゼウスがそう言い放つ。

 挑発のつもりは無い。単なる事実の宣告だった。

 海上の戦闘、その勝敗は既にガイア連合側に傾いている。

 綱吉が日本から集めた戦力、ゼウス達オリュンポスの神々、そして――――。

 

「何故、何故…………その槍の担い手である貴様が、我等に敵対するのか」

「味方面するな気色悪い」

 

 とある槍を改造した鎧を身に纏っている少女、立花響の存在。

 ヘブライ神族に由来する悪魔に対して特攻を有する少女の力もあり、この戦闘はガイア連合側が有利に働いた。

 

「槍だけを持つ者ならまだ理解出来よう。しかし、その槍を使う資格を有し、あまつさえ聖人をその身に宿しておきながら何故――――」

「あんた等を天使と認めてないからじゃないの?」

 

 面倒臭そうに吐き捨てる響の背後には薄らと悪魔の姿が現れる。

 その悪魔は人の姿をしており、聖なる気配を纏わせた槍を携えている。

 

――――ガーディアン。

 

 精神を形として具現化させるペルソナ使い、悪魔の衣を見に纏い変身する悪魔変身者(アウトサイダー)とは異なる種類の異能者。

 その能力の特異性は自らの死をトリガーとして発動し、悪魔を守護霊という形で憑依させ、自己蘇生する事ができる異能者の中でも稀有な能力である。

 憑依させた悪魔の力を行使する事ができ、悪魔を憑依させても乗っ取られる事は無い。そして再び命を落としても別の悪魔を憑依させて復活する事が出来る。

 響もこの異能を有した異能者であり、守護霊はロンギヌスであった。

 

「そういうわけだからとっとと消えろ。自称天使。私の経験値になれ」

「ぐっ、おのれ…………」

 

 既に死に体のメルカバーは響を殺そうと攻撃を放とうとする。

 いくら特攻が乗ろうとも響のレベルは人間にしてはかなり高いが自分には遠く及ばない。ここまで戦えたのはあのローマ皇帝が呼び出している三体の悪魔が居るからだ。

 この悪魔達が居なければ大した脅威では無い。

 出来る事ならばロンギヌスを宿した少女を改宗させたいが、この状況では不可能。ならばここで仕留める。

 メルカバーがそう結論し、攻撃を放とうとした瞬間だった。

 

――――凄まじい轟音と共に、背後から何者かに首を絞められたのは。

 

「なっ、がっ!?」

 

 万力の如く首を握り絞められ、身動き一つ取れなくなる。

 今にも首をへし折られそうになる中、メルカバーは自分の首を締め上げている下手人の顔を見る。

 その下手人はローマ皇帝だった。

 

「まさか、バビロンの大淫婦を倒した、だと…………!?」

 

 彼の身体から感じるマグネタイトはさっき会った時に比べて強くなっている。

 魔人は普通の悪魔では無い。終末を招く者であり、終末の具現でもある。

 それを打倒する事が出来る者は最早人間の領域には居ない。

 文字通りの怪物に他ならない――――。

 

「お前を殺す」

 

 皇帝がそう宣言する。

 その発言には憎悪は愚か怒りや負の感情は一切含まれていない。

 あるのはただ一つ、純粋な殺意だけだった。

 

「酷く身勝手で自分勝手な理由でお前を殺す。そうだな、ひえもんとりって知ってる?」

 

 ゴキゴキという音を首を掴んでいない方の手を鳴らし、皇帝はそう言い放つ。

 そして――――地獄が始まった。

 

   +++

 

「が…………げ、ぎ」

「ふぅ、すっきり」

 

 文字通り素手による解体でバラバラになったメルカバーが消滅する光景を見届ける。

 正直な話、まだすっきりはしていないけどさっきよりは大分マシになった。

 まだ胸の奥に怒りと憎悪が沸き上がっているけど、それをぶつける相手ももう居ない。

 

「あっ、ごめん響。ラストアタック取っちゃって」

「別に気にしてないけど…………どうしたの、そんな荒れて」

「いや、少しね。マザーハーロットとの戦いでちょっと色々あって」

 

 ダメだ。思い出したら思い出したでまた怒りが湧いてくる。

 

「他に敵は居ない感じ?」

「うん。さっきのメルカバーで最後だったけど」

「…………そっか」

 

 まだ敵が居たならばもう少しひえもんとりをしてストレスを発散したかったんだけど、居ないならば仕方がない。

 

「じゃあ、敵も殲滅した事だしそろそろ帰ろうか。ゼウス達も戻って」

「おう!」

 

 悪魔召喚プログラムを使ってゼウス達を送還する。

 マザーハーロットとの戦闘は思った以上に消耗した。魔人との戦闘に加えてメルカバーとの戦闘もあったのだからそれも当然なのかもしれないが。

 いずれにせよ、この戦いを制したのはオレ達だ。

 後はこのままギリシャ支部に戻れば――――。

 

「いいえ、残念ですがまだ戦いは終わっていませんよ」

「――――えっ?」

 

 突如として聞こえて来た何者かの声に呆気に取られる。

 声がした方向に視線を向けると、そこには一人の神父の格好をした男が立っていた。

 一体どうして、何時の間にここに現れた。胸の内でそう考えるよりも先に新たに現れた敵を始末しようと行動に移そうとする。

 しかし、それよりも先に男の方が早く行動した。

 

「リカーム」

 

 男が蘇生魔法を使い、メルカバーが蘇る。

 

「感謝しよう。かみじょ――――いや、モズグス。そして、神の裁きを受けるが良い。チャリオット」

 

 蘇ったメルカバーは淡々とそう呟くと此方に向けて攻撃を放つ。

 ダメだ。これは、間に合わない。そして今の消耗したオレや響が受けたら、間違いなく死ぬ。

 響の特性であるガーディアンは身体が残っていなければ蘇生できない。

 ならオレがするべき事はただ一つ。

 

「響、ゴメン」

 

 せめて響だけでも、と迫る攻撃を前から突き飛ばして逃がす。

 ショタオジ曰く、オレもガーディアンの素養があるらしい。なら死んでも肉体が残るオレの方が死んだ方がまだマシだ。

 そう考えての行動だった。

 

「ツナ――――!?」

 

 響の悲鳴のような声を耳にし、オレは迫る攻撃に飲み込まれる。

 メルカバーが放つチャリオットを消耗したオレがまともに受けきれるわけが無く、オレの意識は薄れて消えた。

 

   +++

 

 気が付いた時、オレは神聖さを感じさせるような場所に居た。

 煌びやかなステンドグラスに満天の星を思わせる空、そして玉座に座る何者かの姿。

 ここは一体どこだろう――――なんて言わなくても脳が理解する。ここは不味い、何が不味いかって聞かれたら分からないけどここだけは本当にダメだ。

 急いでここから逃げなければ取り返しがつかない事が起きる。

 

「まぁ、待つが良い」

 

 だが、そんな思いとは裏腹にこの場を支配する何者かはオレに興味を示した、示してしまったらしい。

 玉座に座る何者かは立ち上がり、オレの下に近寄って来る。

 その姿は巨大な黄金の顔にも見えるし、軍服を纏った人間賛歌を謳うような男にも見える。あるいは首に傷がある金髪の優しそうな少女だろうか。いや、桃色の髪をした女神を思わせるような少女にも見える。

 ただ一つ言えるのは、彼、あるいは彼女があの存在だという事。

 

「あ――――」

 

 言葉を出す事は出来ない、この存在を前に魂だけのオレが何かをする事は出来ない。

 

「ふむ。そんなに怯えるな。今更干渉するつもりは無い。既に私の手から離れた以上、過保護になり過ぎるのもダメだと理解しているからな」

 

 少し寂しそうにしながらもそう語る彼、彼女はオレから視線を逸らす事は無い。

 

「とはいえ、だ。ここまで来た以上、何もせずに帰すというのはあまりにも不適切。褒美が必要だ」

 

 いや、良いです。普通に帰してもらっても構いません。

 それよりも本当にすみません。意図して此方に来るつもりは無かったんです。

 

「気にするな。前々から繋がりがあったのだからここに来るのは必然だったのだろう。私が許そう」

 

 そう言って彼、彼女はその手に光る何かを出現させる。

 そしてそれをオレの中に入れようとしてくる。

 

「さあ褒美を渡そう」

 

 いや、ちょっ、やめ――――!!?

 

   +++

 

「――――馬鹿な。ありえない」

 

 メルカバーは目の前の光景を信じられず、受け入れられず驚愕した様子を見せていた。

 何故ならばそれはあり得ない事。現在、過激派と呼ばれているメシア教が成そうとしている奇跡だからだ。

 

「別にありえない話じゃないとは思いますよ、メルカバー様」

 

 一方、モズグスはいたって平静だった。

 彼にはこうなる事が、あるいはこれに近い結果になる事が最初から分かっていたからなのか。

 

「ガイア連合の一部の幹部、そして盟主は我等が主と同様の性質を有しておりますので。特に盟主に関しては素の振舞いからして似通っていますから」

「ま、まさか貴様…………!?」

「ええ。私は別に貴方達天使を信仰しているわけではありません。あくまで主を信仰している身です。なので主をこの地に降臨させようと思いました」

 

 モズグスはそう言うとある方向に視線を向ける。

 

「そして、それは成功しました」

 

 視線の先にはメルカバーがチャリオットを放った相手、沢田綱吉が居た場所だった。

 そこに居たのは一体の存在だった。

 狼、魔神クィリヌスの力を宿した右手。竜、魔人マザーハーロットの力を宿した左手。

 

――――そして神霊ツァバトの力を宿した身体。

 

 神聖さを感じさせるその姿は紛れも無く神だった。

「名付けるのであるならば、魔神皇ツナとでも言いましょうかね」

 目の前の存在に対しモズグスはそう名付ける。

 皮肉にもその異名は人の上に立つ皇になれても、神になることは出来なかった者と同じだった。

「さて、私は帰らせてもらうとしましょう。目的は達成しましたしね」

 モズグスはそう言うとトラフーリを発動させ、この場から消失した。

「なっ、待てモズグス!!」

 メルカバーは逃げ出したモズグスを止めようとするが、既に消えた後だった。

「し、主よ…………!! 私は貴方の――――」

「ゴッドボイス」

 命乞いをしようとしたメルカバーを相手に魔神皇は容赦なく攻撃を浴びせる。

 強大な威力を有する攻撃によってメルカバーは塵一つ残さず、この世から消滅した。

 この場に敵が一人も居なくなった事により、魔神皇ツナは元の沢田綱吉の姿に戻る。

「つ、ツナ…………?」

「はは…………これ、どうしよう」

 戸惑う響に対し、綱吉は酷く憔悴しきっていた。




魔神皇ハザマは人への未練の為に神になれませんでした。
一方魔神皇ツナは三つの神格の力が互いに邪魔し合って神になれていません。
ただバランスが崩れれば一気に神になっちゃいます。

なんだこの不発弾。


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第二部
神星ローマ帝国


第二部開始しました。
以前に比べればゆっくりですが頑張っていきたいと思います。


「こっち、こっちだ!」

 

 ローブを深く被り、傷だらけの男が同じ様にローブを羽織っている集団を先導する。

 集団には子どもや老人も居り、皆が皆先頭を走る男について行くのがやっとだった。中には途中で倒れて身動きが取れなくなってしまう者も居り、力尽きて命を落とす者も居る。

 だが集団はおろか、先頭の男も手を差し伸べる事は無かった。

 そんな余裕はこの滅びた世界で何の寄る辺も無い難民である彼等には皆無だった。

 

――――世界が半終末を迎えてからある程度の時が流れた。

 

 世界中に核が降り注ぎ、悪魔が出現するようになった世界で人間は生態系の頂点の座から崩れ落ちた。

 否、最初からそんなものは存在しなかったのだろう。

 繁栄し栄華を極め、驕り高ぶった人類の都合の良い妄想に過ぎないものだ。

 そのつけがコレだというのならば、世界が滅びたのは人類の自業自得なのかもしれない。

 

――――それでも生きていたかった。

 

 故郷は滅び、多く居た仲間達は悪魔によって弄ばれ命を奪われ、死んだ方がマシな目にあったとしても生きていたかったのである。

 

「もう少しで目的地に到着する! だから諦めるな!!」

 

 この集団の纏め役である男は同じ難民の仲間達を鼓舞する。

 目的地はもうすぐそこまで迫っている。

 

――――神星ローマ帝国。

 

 この半終末を迎えた世界において、日本を除けば治安が良く人心も乱れていない都市の一つだ。

 オリュンポスの神々を筆頭に穏健派、そしてガイア連合が主体となって作られた国であり、非常に穏やかで過ごし易い場所だ。

 稲穂は実り、水は綺麗で、建物は古代のローマ帝国を連想させるような歴史を感じさせる。核の炎で焼き払われたにも関わらず放射能は無く、新鮮な食材を生み出せる土壌も整っている。

 噂に聞く日本には劣るものの、間違いなく理想郷と呼んでも過言ではないだろう。

 その噂を聞いたからこそ、難民達はローマ帝国を目指す。

 急いで辿りつかなくちゃ死人が増えていくだけで、途中で何人も脱落した。

 悪魔召喚プログラムという戦う術を持っているのはリーダーの男だけ。もし多数の悪魔の群れに遭遇でもしたら間違いなく全滅してしまう。

 だからこそ少しでも早く、悪魔と遭遇するよりも早く目的地にたどり着かなければいけなかった。

 

「行くぞ、皆――――」

「おや。こんなところに人間が居ますねぇ」

 

 だがそんな彼の思いはいとも容易く打ち砕かれることとなった。

 纏め役の男は声がした方向、背後かつ上の方に視線を向ける。

 そこに居たのは多数の天使の群れだった。

 リーダー格と思われる天使パワーを筆頭にプリンシパリティ、アークエンジェル、エンジェルの群れ。

 天使といえば人間の味方というイメージがあるが、実際のところそういうわけではない。あくまでも天使は神の僕。むしろ積極的に人間に害を成す天使だっているくらいだ。

 何より、この世界をこんな風に滅ぼしたのは天使なのだから。

 

「あ、あっ」

 

 多勢に無勢、あまりにも戦力差のある敵に囲まれたことで難民達は恐怖で動けなくなる。

 そんな彼等を見て、天使達は声を鳴らす。

 

「ふむ、何をそんなに怯えているのですか人の子達よ」

「天使パワー。彼等はかつてのロトのように故郷を追われておるのです。尤も、ロトと違って唐突にそうなったのです。まだ彼等の傷を癒すには時が足らないのでしょう」

「そうでしたか。すみませんプリンシパリティ…………どうやら私はあまりにも人間に対し無知だったかもしれません。天使として恥ずべきばかりです」

 

 天使パワーは配下の天使と会話しながら難民を見下ろす。

 一見、その姿からは慈しみがあるようにも見える。

 実際、天使達はあくまで慈しみをもって接しているつもりなのだろう。天使という立場から善意で人間を救おうとしているのだろう。

 だが――――、

 

「ならばこそ、私達が彼等を救わねばなりませんね」

「然り。頼るところ、すがるところを失った者達に主の愛を与え、導きましょう。それが我等の使命であるが故に」

 

 人間が化け物を理解出来ないのように、化け物もまた人間を理解できない。

 故に化け物が与える慈悲が人間にとって命を奪われるよりも辛い事だと彼等は気付けなかった。

 これならばあからさまに人間の事を見下している天使の方が遥かにマシだった。

 

「さぁ、皆の者。憐れな子羊達に救済を――――!」

「逃げろぉおおおおおおおお!!」

 

 自分達が遭遇しているのが所詮過激派と呼ばれている天使、否、それよりも悍ましい何かだと気付いた瞬間、纏め役の男は叫んだ。

 だが何の力も無いただの人間が逃げられるわけもなく、あっという間に天使達に拘束されてしまう。

 

「何をそんなに怯えているのですか人の子よ」

「お、お願い…………助けて…………」

「心配しなくても助けましょう。その為の我等なのですから」

 

 ガタガタと震えて怯える少女の頭に天使は白い羽のような物を入れる。

 瞬間、少女の目がぐりんとあらぬ方向を向いた。右目が上で左目が下を向き、この世のモノとは思えない様な声を上げる。

 

「お、ごが……………ピギャ…………」

 

 ビクンビクンと痙攣し、頭を前後左右に振り回すその姿はまるで何かに取り憑かれたかのようだった。

 天使から解放された少女はブリッジしたまま暴れ狂う。

 その姿は最早人間には見えない。操り人形といった方が正しいだろう。

 そして、コキンという音を首から鳴らして少女は立ち上がった。

 

「はれるや、はれるやはれるや……………ハレェルヤァ!!」

 

 両腕を大きく広げて高らかに少女は叫ぶ。

 そしてその姿を見て天使達は涙を流しながら拍手する。その涙は心の底から感動している時に流れるものだった。

 

――――なんだ、何を見せられているんだ?

 

 唯一戦う術をもった男は目の前の光景を見て硬直する。

 あの少女は天使に両親を殺され、神を信ずる事を止めた。だというのにも関わらず、あの羽を頭に入れられてあんな風になってしまった。

 目の前で行われている悍ましい、を通り越して理解したく無い光景は恐怖を最大限に引き上げた。

 

「うわぁああああああああ!! 召喚! モコイ!!」

 

 悪魔召喚プログラムを行使し、男は仲魔を召喚する。

 

「おっと、させませんよ。ハマ」

 

 だが召喚した仲魔は天使達がハマで即座に仕留める。

 そして唯一戦える男も拘束され、悪魔召喚プログラムを取り上げられる。

 

「いやだぁあああああああ! 離してぇ!!」

 

 戦う術を取り上げられた男はみっととなく泣き叫ぶ。

 だが無理も無い。極限状態で無理をしているのに、あんなものを見せられてこれから自分もそうなると理解すれば狂乱するのは至極当然。

 

「そんなに怖がらなくても良いですよ。我々はあなた達に危害を加えません」

「然り然り。一部の心無い天使ならばそのような下法を使っただけで命を奪う者も居るでしょう。しかし、これ程までに劣悪な環境下で身を守る為にはそれしかなく、使うしかなかった以上、それが罪になるとは思えませぬ。仮に罪を犯したとしても、罪は償えるのですから」

「そうですとも! 主は裁く事を望んではおりませぬゆえ」

 

 天使達が語る美辞麗句には口先だけではなく、心の底から他者を慈しむ慈愛があった。

 なのに、全く理解出来なかった。ただ只管に恐ろしかった。

 

「さぁ、貴方も主の愛を受け入れるのです」

「心配する必要はありません。最初は痛いかもしれませぬがすぐに心地良い感覚に包まれる事でしょう」

「大丈夫。私が、私達が貴方を救います」

 

 そして最後に残った男に白い羽が入れられる――――その直前で天使達の頭部が吹っ飛んだ。

 

「っ、何者です?」

 

 仲間の頭が吹っ飛んだことに天使達は驚く。

 一体誰が自分を助けてくれたのか、疑問を抱いた男は視線をある方向に向ける。

 そこに居たのは馬に跨り、鎧に身を包んだ男達だった。

 

「おのれ天使め。まさか我等の国の近くに再び湧くとは…………!!」

「陛下が皆殺しにしたというのに、コイツらゴキブリか?」

「似たようなもんだ」

 

 天使達を激しく敵視する男達の前に一人の男が立つ。

 その男は小柄な体格をしており、一見東洋人の子どもに見える。

 しかし、その男が放つ覇気は高位の悪魔にすら引けを取らない程に凄まじかった。

 

「まぁ、ゴキブリは見た目が不快ってだけで綺麗好きだ。何より自然界には必要不可欠だ。コイツらと違ってな」

 

 小柄な男は体格に見合わぬ殺意を天使達にぶつける。

 それに対し天使達は怒りもせず、ただ穏やかに微笑んだ。

 

「あなた方の怒りも尤もです。それは私達の至らなさ、不甲斐なさがまねいた結果故。なればこそ、私達は貴方達を救済しなくてはいけない」

 

 一体の天使がそう宣言すると集団で鎧を纏った男達に襲いかかった。

 

「お前ら。絶対に死ぬな!」

 

 小柄な男は仲間にそう告げると襲い来る天使達の迎撃を開始した。




そういやなんだかんだで神星ローマ帝国の描写できてなかったなぁ


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帝国領内

久しぶりの更新です。
大分書き方変わってるなぁ…………次回は漸く主人公達が帰国します。


「――――おお、申し訳ない。不甲斐無い。貴方達を救えなかった我らを許してほしい」

「そう思うんなら最初から現れるな」

 

 グシャリと音を立てて天使の頭部を砕く音が響き渡る。

 

「生き残りは、いないな?」

 

 周囲を見渡し、敵が居ないことに安堵の息を漏らす。

 天使達との戦闘は結果だけで言うならば人間側の勝利で終わった。

 尤も勝利したからといって素直に喜べるような状況では無く、後味の悪い結果になってしまったが。

 

「あうぅ…………」

「は、れ…………はれはれはれはれるや」

 

 難民達の大半が天使と言う名の悪魔の手によって大凡平常とはいえない精神状態に変えられてしまった。

 中には人としての原型を保っていない者もおり、そういった者達は介錯されることになった。

 如何に技術が発展し、メシア教に脳味噌を弄られた者を治療する事が出来るようになったとしても、身体が異形のソレに変貌した者を元に戻す術は無かった。

 

「よし、全員注意して運べ! まだ過激派の残党が残っているかもしれないからな!」

 

 軽鎧を身に纏った男が大声を上げて発狂した難民を連れて行く。

 発狂していない難民達はそんな彼等の後ろをついていく。

 そして当初からの目的地である神星ローマ帝国、ガイア連合ギリシャ支部に向かうのであった。

 

   +++

 

 神星ローマ帝国に到着した瞬間、難民の彼等彼女等はまるでファンタジーの世界に来たような気持ちに包まれた。

 核ミサイルの雨が降り注いで放射能が散らばった、とても生物が住める環境ではない程に荒れ果てた同じ大地にあるとは到底思えないくらいに生命が溢れた空間だったからだ。

 大理石製と思われる水路には透き通った透明な水が流れており、大地には金色に輝く稲穂や果実を実らせた大樹が無数に生えている。周囲一面等という次元では無い、文字通り地平線の彼方までだ。

 そして生えている稲穂や果実を農家と思わしき人達が採取している。

 目の前に広がる光景に難民達は言葉を失った。

 

「ここ、前まで街じゃなかったか?」

 

 土地勘のあった難民の内の一人が呟く。

 無数の稲穂が生える前、この地は確かに人間が営む街があった。

 だがこの地にはかつて人間が暮らしていた生活感は欠片も存在しない。

 

「核によって焼かれた際、陛下が毒を取り除いて水路を作り、デメテル様が豊穣を齎したんだ」

「それに加えてここは異界になっているらしくてな。空間が拡張されているらしい」

 

 兵士二人が難民の疑問に答える。

 だがその答えはとてもではないが信じられないものだった。

 異能がこの地に存在し、悪魔が跋扈するようになったのだとしても、それはあまりにも荒唐無稽な話だったからだ。

 

「信じられないのも理解出来る。だが事実だ。陛下曰く『ガイア連合の実力者ならばこれぐらいは出来る』ということらしい」

「それが本当なら、この終末も止められそうですが」

 

 これ程まで人間とは思えないような非常識な力を行使出来るのなら、世界がこうなる前に止められたのではないか。

 そういった疑問が難民達に湧く中、兵士の一人が首を横に振って否定する。

 

「陛下も何とか止めようとしていたが無理だったらしい。世界がこうなるのは必定、定められた運命だった。だからこそ、その破滅を最低限の被害に抑える方にシフトしたらしい」

 

 最低限、最低限でなおこれである。

 分かっていたとしても納得できるものじゃないのだ。

 もしガイア連合が全力で対処に当たっていたならば世界はこのような悲惨な事態に陥っていなかったのではないだろうか。

 尤も、この場にもしガイア連合の転生者が居たならば間違いなくこう思うだろう。

 

――――終末のバーゲンセールなんて対応出来るか、と。

 

「それじゃあ早く城下エリアに向かうぞ」

 

 異界と化した畑を抜けた先にあったのは古代ローマ、あるいは神聖ローマ帝国を連想させるような神秘的な街だった。

 建物一つ一つが現代のそれとは違うものの、芸術性を感じさせるような外観をしている。

 今までの難民生活に比べれば天国に来たかのような思いを抱く程だ。

 

「今日は林檎が安いよ! デメテル様のお墨付きだ!」

「焼きたてのパンは如何ですかー? デメテル様印の小麦で出来てますよー」

 

 人々の喧騒が賑わう光景を見て、難民の内の一人が地に膝をつく。

 そしてその相貌から涙が流れた。

 ようやく、ようやく安全な場所に来れた安堵感。

 それが難民達の心に安心を齎した。

 

「天使の被害を受けた者達は支部の治療室に運べ。一人も死なせるな!」

 

 今までの心労から解放されたことで安心感に包まれた難民達を尻目に兵士達のリーダーである男が数人の兵士に告げ、ガイア連合ギリシャ支部にして皇帝の居城に視線を向ける。

 視線の先には変わった外観の、ファンタジーとサイエンスが織り交ぜたかのような巨大な建築物が存在した。

 

「あ、あれがガイア連合の…………」

「ああ。ギリシャ支部長にして神星ローマ帝国の皇帝の居城だ。尤も、今は留守にしているが」

 

 この地域一帯を統べる皇帝が暮らす居城。

 主人が居ないにも見る者全てに圧倒的な威圧感を覚えさせる。

 

「あの城はガイア連合の支部も兼ねている。城とは言ってもその実8割ぐらいが支部のようなものだ」

「武器や装備を購入したり、デモニカの販売や整備も行っている。それ以外にも病院としても機能しているな」

「…………本当に、ここは天国みたいな場所ですね」

 

 あの地獄のような場所に比べれば本当に天国だ。

 そう思う難民達のリーダーの言葉を聞いて、兵士のリーダーは何かを思い出すかのように空を見上げた。

 

「最初からこんな風な場所だったわけじゃねぇんだ。元々は同じ瓦礫の山と焼け野原だったしな」

 

 世界が終末を迎えたあの日、イタリアのこの地を核の炎と悪魔の群れが襲った。

 老若男女関係無く人が死んでいく。違いなんて遅いか早いか、焼死か圧死か餓死か、もしくは食われて死ぬかしか無かった。

 そんな状況を変えたのがこの支部の支部長にして皇帝陛下である沢田綱吉だった。

 たった一人で空から降り注ぐ核の雨を防ぎ、人を襲っている悪魔を倒した。

 そして傷を負い、放射能に蝕まれた者達も救っている。

 

「ここは陛下が一人で頑張って作り上げた場所だ。オレ達は陛下に守られて、今も生きているんだ」

 

 今は落ち着いたが毎日のようにやってくる天使と過激派の群れ。

 その全てをほぼ一人で片付けていた。

 皇帝陛下という肩書を背負っていたとしても、神の如き強さを持っていたとしても、子どもが背負うにはあまりにも重過ぎるものだ。

 

「だからこそオレ達が守らないといけないんだ。陛下が命をかけて守った、その事実に見合う為に」

 

 あの時命を救われた兵士の男は強く決意した。



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