箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語 (ቻンቻンቺቻቺቻ)
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ドングリって食べれるの?

 

 私が生まれるずっとずっと前、世界は滅んだらしい。

 世界が滅ぶ前は世界中何処にでもに豊かな自然に恵まれていて、ほとんどの家庭は毎日のご飯に困る事も無く雨風を通さない綺麗で頑丈な家を持ち、高性能な機械が人間の生活をいろんな面でサポートして、街の外を出歩いても危険な生き物に襲われる事なんてない豊かで便利で安全な世界だったと本で読んだ事がある。

 

 その本を読んだ時に私は不思議に思った。

 滅ぶ前も後も特に変わって無いんじゃないかって。

 

 でも、そうやって不思議に思える事ができたのは私がこの世界でとても恵まれた家に産まれる事ができたからで、当時の私は屋敷から一歩でも外に出た先の事を何も知らなかったからだった。

 

───

──

 

 

 朽ちて崩れかけなコンクリートの建物が物悲しく佇む。

 風化して凹凸の激しいアスファルトに散っているのは傷に曇ったガラス片。

 廃墟のひび割れから僅かに伸びる名も知らない植物は細く貧相で、それを揺らしながら時折吹き抜ける乾燥した風が砂ぼこりを巻き上げて鼻を不快にくすぐる。

 

「なんでオレについてくるんだよ」

 

 少しだけ急ぎ足で追い掛けていた野性的な赤髪の少年が数歩先の場所から私に振り返り、私の視線の位置より頭1つぶん高い位置にある虎色の瞳で面倒だと主張しながら口を動かす。

 

「えっとね、親切にしてもらったから何かお礼できる事はないかなって」

 

「……逆に聞くけどお前って何かできんのかよ」

 

「わからないけど、なんでもがんばるよ!」

 

「…………そうか、なんでもか」

 

 人に親切にして貰ったのならおなじだけの親切を返そう。という事は父を含めた色んな大人に教わった事で、その教えの通りに怪我の手当をしてくれた少年に親切を返そうとしてみたところ、ひどく呆れたような視線を向けられた。

 

「それじゃあ、さっさと帰れ」

 

「え?」

 

 ぶっきらぼうで突き放すような物言いに思わず聞き返すも、そんな私を気にする事無く少年が言葉を続ける。

 

「なんの間違いでお前みたいなとぼけたお嬢様が1人でこんな危険地帯にいるのか知らないけどな、ここはお前みたいなのがいたらそれだけで面倒事が起きかねない。だから、何か起きる前にさっさと帰れって言ったんだ」

 

「えっと、私、帰るに帰れなくて」

 

「はぁ? お前どこから来たんだよ」

 

「それもわからなくて……」

 

「……これからどうするつもりだったんだ」

 

「どうしようかな……。でも、少し先の事はわからないけどまずは何か私ができる事で貴方にお礼がしたいな」

 

「うっわ……」

 

 既に面倒事だったのか。と、心底嫌そうに呟きながら眉間に皺を寄せた少年に、なんだか少しだけいたたまれない気分に陥る。

 

「あー、どうすっかな」

 

 深く大きな溜め息を吐いた少年がまた歩き始める。

 遅れないようにその背中を追って、今度は急ぎ足ではなくても後ろを歩ける事に気付いた。

 

「おい」

 

「なぁに?」

 

「これ持ってろ」

 

 少年がスリングで担いでいた自動小銃(アサルトライフル)と共に背負っていたバックパックから何かを取り出し、押し付けるように私へと差し出す

 

「これは?」

 

「見ればわかるだろ。ただの袋だ」

 

 頑丈な合成繊維で編まれた頑丈そうなただの袋。たしかに見ればわかる事だけど、何故これを手渡されたのか。

 

「歩いてたらそこら辺に金属の何かしらが落ちてる事があるからそれを拾って袋に入れておけ」

 

「うん」

 

 たぶん、何かお礼がしたいと言った私の言葉を聞き入れてくれたのだろう。金属を集めてどうするのかはわからないけど、言われた通りにするために荒れた路面を見ながらも少年を見失ってはぐれないように時折前を向いて歩く。

 言われた通りに金属を拾おうとじっくり路面に視線を巡らせているつもりだけど、特に何も拾えないまま無言で歩き続ける。

 

「えぇと」

 

「なんだ」

 

「そういえば、どこに向かってるのかなって」

 

「何処に向かうというよりは、巡回だ」

 

 少し離れた場所に雇い主が簡易的なキャンプを設置していて、その周囲に危険な変性生物(クリーチャー)や不審な何者か近寄って来てないかを見回っていたと、やはりぶっきらぼうな言葉遣いで説明される。

 つまり、その巡回の途中で怪我をしていた私を見付けて手当てしてくれたという事なのだろう。なんのために少年の雇い主はこんな壊れた物ばかりしかなさそうな場所でキャンプをしていたのかはわからないけど、この偶然には感謝するべきなのだと思う。

 

「おい」

 

 雇い主だけではなく、この少年にもきちんと感謝を示してお礼をしなければと考えながら歩いていると、私に背中を向けて歩いていた少年が足を止めて地面に指を差す。

 

「足下に散らばってる薬莢、拾っておけ。それは金属だ」

 

「やっきょう? このドングリみたいなやつかな」

 

「……ドングリ」

 

 薬莢とはなんなのかはわからなかったけど、足下に幾つも転がっていた石のように見えていた円筒状の物を拾い上げてみると、それが黒ずんで光沢を失っていた金属だと気付く。

 

「どれだけ前の事かは知らないけどここで結構な規模の戦闘があったみたいだな。かなりの量が落ちてるから拾えるだけ拾って袋に詰めておけ」

 

「うん!」

 

 未だになんのために金属を集めているのかわからないけど、なんとなく聞くタイミングを逃したまま薬莢を1つ1つ拾っては袋へと詰めていく。薬莢は物陰の様々な所に纏まるように落ちているようで、1つの纏まりを拾い尽くしては次の纏まりを探してまた拾うを繰り返す。移動を繰り返す度、少年も私の行く先に着いてきて私から見える位置に立ち続ける。

 

「~♪ ~~♪」

 

「鉄屑拾うだけなのにずいぶんと楽しそうだな」

 

 無意識の内に鳴らしていた鼻歌。それを聞いたのか少年が何故なのか呆れたような雰囲気。

 

「えへへ、小さな頃に父様と一緒にドングリ拾った事を思い出しちゃって」

 

「へェ? お前みたいな見るからに育ちが良さそうな奴もドングリなんか喰うのか」

 

「え? ドングリって食べれるの?」

 

「は?」

 

 少年が眼を丸くして身動きをピタリと止める。なにがそんなに驚いたのか解らないけど、私としてはドングリが食用になるという話を初めて聞いたのでそれに驚いている。

 

「食べないんだったらなんで拾ってたんだよ」

 

「えぇと……かわいいからかな?」

 

「ドングリが?」

 

「うん、ドングリが」

 

「かわいい、のか……? 駄目だ、わかんねェ」

 

 今日初めて会った相手なのに、これ以上ないのかもしれないと思ってしまうほどにとても難しい顔をして眉間を揉む少年。

 

「さっきドングリみたいだって言ってたその鉄屑の薬莢もお前の感性だったら“かわいい”なのか?」

 

「え、これが?」

 

 言われて指先で拾い上げていた薬莢に視線を向けて。ざらざらと黒ずんだ円筒の金属を改めてじっくりと観察してみる。大きさや雰囲気はドングリににている気がするけれども、私はこれのどこに魅力を感じればいいのかわからなかった。

 

「う、うーん?」

 

「あー、うん、わかった。お前の感性はオレにはわかりそうにないのがわかった」

 

「あっ、これと似た物をどこかで見た事ある気がしてたけど思い出したかも」

 

「急に話が変わったな。それってドングリじゃなくてか?」

 

「屋敷を警備する隊員さんとか私を護衛してくれる人が訓練で銃を使った時にいっぱい地面に落ちてるやつ。銃の訓練をしてる時は危ないから訓練所に近寄っちゃいけなくて、見る機会がほとんど無かったからすぐに思い出せなかったなぁ」

 

「訓練でしこたま銃をブッ放す警備が詰めてる屋敷ってなんだよ。ってかお前個人にも護衛がつくとか予想してたよりもお嬢様だな」

 

 反応に困ったように髭の気配が無い顎を撫でる少年。しばらくの間言葉を無しに私が袋に薬莢を入れて金属が擦れる音だけが鳴り続け、手渡された袋が満たされて大玉なスイカくらいの大きさに。

 

「そろそろ袋が一杯だな。そこら辺の足下にあるやつを拾ったら終わりだ」

 

「そういえば、この集めた薬莢は何に使うのかな?」

 

「お前の宿代だ。行く宛てが無いんだろ、取りあえず雇い主のキャンプまで連れてくからそれをそこの責任者に渡せ」

 

 少年の雇い主は主に街から街への運送業を営む人らしく、副業で価値のある金属を集めてそれらを金銭に換えたりもしているらしい。私が拾い集めた薬莢のほとんどは真鍮と呼ばれるそこそこの価値のある金属なので、これを渡せば一泊の居候くらいはさせてもらえるだろうと、やはりぶっきらぼうな説明。

 

「これからお前どうするかは知らねェけど、まずは野宿じゃない夜を過ごせるようにしておけ」

 

「そのためにコレが必要だったんだね」

 

 こういった金銭の稼ぎ方があるのかと初めて知り、驚きと感心の気持ちのまま指で摘まんでいた薬莢へと視線を向けて息を吐く。

 へぇ。と、息を吐きながら袋にそれを入れた後にふと気付く。

 

「お礼に何かお手伝いしようとしてたのに、これって結局私自身のための事になってないかな?」

 

「自分の事が何一つままならないヤツがお礼だのなんだのって言ってる場合か。それよりも、さっきお前自分に護衛がいるっていってたよな、なんでそんな護衛されるような奴が怪我しながら1人でこんな場所にいたんだよ」

 

「それは、えっと……」

 

 やはりぶっきらぼうで面倒そうに。でも、真っ直ぐに私を見る少年。対して、私は問いにどう答えようかと迷うわずかな沈黙。

 何か言葉を口にしようとして、でも何も言葉がでなくて口を閉じた私を見た少年が少しだけ気まずそうに私から視線を逸らした。

 

「答えれねェなら別にいい、そこまで興味のある事じゃないしな」

 

 たぶんだけど、気を遣わせてしまったのかもしれない。

 この少年は終始ぶっきらぼうな言葉遣いではあるけれども、初対面の私にとても良くしてくれてる優しい人だというのは世間知らずな私でもわかる。なので、私の紛らわしい反応で少し困らせてしまったのかもしれないと反省。

 

「えっとね、答えられないんじゃなくて、色んな事があったからどう答えようかなってちょっと頭の中で整理してて」

 

「そうかよ。それじゃあ、これからキャンプに向かうから歩きながらでもまとめとけ」

 

 言いながら、私へと片手を差しのべる少年。

 ほんの一瞬だけ少年の意図が読めずにどうしたものかと困惑したものの、すぐに思い至って少年の手に私の手を軽く重ねる。頭1つ分ほどの体格差があるから当然と言えば当然なのだけど、重ねた手のひらの大きさにもとても差があった。

 

「なにやってんだお前?」

 

「え? エスコートしてくれるのかと思ったんだけど……」

 

「なんで変性生物(クリーチャー)と遭遇する可能性があるかもわからねぇ場所で無駄に手を塞がなきゃいけねェんだよ。咄嗟の時に銃を握れねぇじゃねぇか」

 

「えと……じゃあ、どうしたらよかったのかな?」

 

「その袋をよこせ、お前が持つよりオレが持って歩いた方がいいだろ」

 

 空薬莢とはいえそれだけ集めれば相応に重いだろ。と、やっぱりぶっきらぼうに言いながら私の手から袋をひったくるように持ち上げる少年。直後、袋の重さで直立していた姿勢からバランスを崩して一瞬だけ前のめりになる。

 

「は?」

 

「その……金属いっぱい集めたら重たいのは普通の事、なんじゃないかな?」

 

 なので、そんな訳のわからないような表情で私を見られてもどうすればいいのかわからない。

 

「いや、逆になんでお前はそんな小さなナリで今の今まで平気な顔でこれを持ち歩いてたんだよ」

 

「実は私、足が悪くて自分じゃ歩けなくて……だから、アシストアーマー(着用する人工筋肉)を使ってて」

 

「なんで体に不自由があって護衛がつけられる類いのお嬢様がこんな場所で怪我しながら1人でいたんだよ……。お前全部説明しろよな」

 

「う、うん」

 

 本当に厄介事を拾ったかもしれない。と、吐き捨てるように言ってから歩き始めたバックパックと薬莢の詰まった袋を背負う背中を追い掛けつつ、ちゃんと説明できるように今に至るまでの事を思い出す。



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つまみ食いしたら死んじゃいそうになった事があるよ

 

 朝目覚めて1番最初にするのは自分の脚を触ること。太ももを軽くつねると少し痛みを覚え、膝を指でなぞるとほんの少しくすぐったくて、ふくらはぎをおもいっきりつねってもほとんど何も感じず、足首から先は何をしても感覚がない。

 

 私の足は爪先に向かうほどに麻痺している。

 まだとても幼かった頃に立派なお仕事をしている父を狙った毒のお菓子を私が誤って食べてしまい、どうにか命は助かったものの足の神経が壊れてしまって私は自分の足で歩くことができなくなった。

 医者の方から悪化する可能性はあれども回復する事はあり得ないと聞かされているけれども、何かの間違いでほんの少しでも回復しないかと祈りながら私は毎朝自分の足に触れて感覚を確かめている。

 そして、毎朝少しだけがっかりもしている。

 

「ウィノラお嬢、起きてるかい?」

 

 いつものようにがっかりしながら一人で使うには広過ぎて少しだけ寂しいベッドの端に腰掛けていると、寝室と廊下を繋げる扉を適当にノックされる音と一緒に力強い雰囲気だけどどこか耳に心地好い優しげな気配のする女性の声が扉の向こうから投げかれられる。

 

「おきてるよ」

 

「あァ、どうやらそうみたいだね」

 

 返事を返している途中にやや乱雑に開かれる扉。私が起きててもまだ寝てても関係無く開かれていただろう扉から姿を現したのは、野性的な赤髪と虎色の瞳をしたカーゴパンツファッションが似合う女性で、私が足を悪くしてから父がお世話役に私設の武装隊から特別に連れてきてくれた人。

 

「おはよう、ルイーサさん」

 

「おはようさん。毎回言ってるが“さん”はよしておくれよお嬢、お上品な呼ばれ方はむず痒くなる」

 

「じゃあなんて呼んだらいいかな?」

 

「お嬢は私の雇い主の娘、アタシはしがない傭兵、()()()()に呼び捨てでいいじゃないさ」

 

 言いながら部屋中のカーテンを開け歩くルイーサ、出会ってからほとんど毎朝同じように繰り返してる問答の最後もいつも同じ答えにおわる。

 

()()な呼び方をするんだったら、ルイーサさんは年上のお姉さんだからルイーサ“さん”だよ」

 

「お姉さんだなんて呼ばれるほど若くもないんだけどねェ」

 

 全てのカーテンを開け終えたルイーサが窓から入り込む朝日の中で私に愛嬌のある苦笑いを向け、対して私は自然と口角が上がってしまったほほえみを返す。

 

「それで、お召し物を着替える手伝いはいるのかい?」

 

「小さな子供じゃないんだから自分でできるよ」

 

「わかってる。実態はお嬢の護衛でも世話役としても雇われてるからね、何も聞かずにサボる訳にはいかないのさ」

 

 会話を続けながらベッドのサイドチェストに手を伸ばし、引き出しの中から最新の技術をふんだんに詰め込んだタイツのような形状の衣服を取り出す。

 

「おや? 初めて見る型のアシストアーマーだね」

 

 アシストアーマー、パワードスーツ、強化外骨格。人によって呼称の変わるこの()()()()()()()()は、父の運営する会社の主力商品で、自由に動かない私の足に変わって私を歩かせてくれる機械仕掛けの衣装。

 

「えっとね、省体積と軽量化が成功した最新型だって言って父様が昨日の晩に持ってきてくれたの」

 

「厚さ15、いや12ミリってところか、見た目もかなり洗練されてシンプルになってるからウェットスーツやタイツって言われても違和感ないね。それにしても、一般に流通してる最高級の物でも倍以上の厚さと何倍もの重さのはずなのにねェ、その素敵なタイツ1枚で豪邸が建つよ」

 

 面白いものを見るような、でもどこか呆れたようにも見える視線を私に向けるルイーサをそのままに寝間着から一度スパッツに着替えて、それから両手で片足ずつ持ち上げながらルイーサの言う素敵なタイツに足を通していく。昨日まで使っていた素敵なタイツよりもよっぽど軽くなったおかげか、力の入らない足でもかなり着替えやすくなっていた。

 

「色んな意味で違和感無く歩けるようするためだけにこんな代物を開発するなんて、お嬢はほんっと社長に愛されてるね」

 

「えへへ……」

 

 愛されてる。その一言に照れと喜びを感じ、言葉が出なくなったので頬が弛んだまま笑いだけを返す。

 

「で、その素敵なタイツの性能は?」

 

 私の着用するアシストアーマーが変わる度にルイーサはいつもそれがどれだけの性能をもっているのか把握しようと同じ質問をしてくる。ルイーサが言うには、護衛をするにあたって護衛対象がどれくらいの速さで移動できるかというのは知っておくべき大切な事らしい。

 

「リミッターを解除するなら理論上はバイク位の速さで走れるようになるって父様が言ってたよ。今までは下半身だけのアシストアーマーだったけど、今回のはパワーがとっても強いから動きが激しくなった時に姿勢を崩さないための補助ができるように全身を包むタイプで作ってくれたんだって」

 

「……そんな薄っぺらいのに走るだけなら精鋭のアシストアーマー部隊が使ってるやつより性能が上回ってるじゃないか、行動範囲がこの屋敷の敷地内だけの箱入り娘が歩けるようにするのが目的なのにそんなスペック盛ってどうするってんだい」

 

 なんとなく呆れた風だった雰囲気をおおいに呆れた様子にまで変えたルイーサの溜め息の音を聞きつつ、全身を覆ったアシストアーマーの腰部分にある小さな制御パネルを操作する。すると、私を覆う人工筋肉の生地が湿った布を軽く搾るような音を鳴らしながら収縮し、肌と生地の間にあった空気を抜くように密着した。こうする事により、人工筋肉が肌から私の生体電流を感知し、それに基づいて私の意思通りに伸縮するようになる。

 

「徹底的に省体積を目指したらそれがきっかけでいくつも技術革新したんだって、これが製品化したら市場も戦場もなにもかもが変わるぞって父様が楽しそうにしてたよ」

 

「娘愛しさで戦場を変えられたら傭兵としては複雑な気分だね」

 

 太ももを上げ、膝を伸ばし、足首を回して、爪先の指を上下させる。問題なく足が動く事を片足ずつ確かめてから腰かけていたベッドからゆっくりと立ち上がり、その場で小刻みにジャンプしてみたり屈伸運動をしてみたりする。

 相変わらず私の足に感覚はあんまりないけれども、それでも私はこの機械仕掛けの衣装を着用すれば五体満足のように身体を動かす事ができる。

 

「新しい素敵なタイツの着心地はどうだい?」

 

「とっても良いよ。今までのやつよりとっても動ける気がするの」

 

「そいつは良かったねェ」

 

 会話をしながら、視界の端に有った姿見鏡で軽く身嗜みを整える。

 父と同じ紫の瞳から見た私。亡くなった母に似た綺麗な黒髪だと父がいつも褒めてくれるから伸ばした髪に寝癖は無く、好んで着る濃紺のワンピースに皺も無い。裾から見える足は昨日までよりずっと細く、真新しいゴム製品のような重い黒色の極一部に金属質の硬質な黒光りが見えた。

 

「今日は1段とかわいらしいじゃないか、昨日までの屈強な兵士の血管がバキバキに浮いたゴツい足みたいに見えるアシストアーマーよりよっぽど似合ってるよ」

 

「えへへ、ありがとう」

 

 前回のは下半身だけのアシストアーマーだったせいか見た目がかなりアンバランスでかわいらしさなんてどうしようもない無かったからね。と、小さく苦笑される。

 

「それでね、えっと……新しいアシストアーマーになったし、今日は午前も午後も勉強の予定だったけど、午後からは予定を変えて久しぶりにルイーサの隊の人達と一緒に運動したいな」

 

 ダメかな? と、お願いしてみると、ほんの一瞬の間の後に表情を肯定とも拒否ともとれない曖昧なものに変えたルイーサが私から目を逸らさずに片手で自分の後頭部を掻いた。

 

「お嬢がお転婆な事すると私が本物のメイド達から渋い顔でお小言を言われちまうんだけとねェ……。まぁ、ここ最近お嬢も勉強ばかりだったし、私としても実際にどれだけ動けるのかも知りたいし、家庭教師のスケジュールはこっちで調整しとくよ」

 

「わぁ! ありがとうルイーサさん!」

 

 お願いを聞いてくれた事への嬉しさのまま人工筋肉越しでもわかるほどにがっしりと逞しいルイーサの胴に抱き付く。嗅ぎなれた清涼感のあるボディスプレーの香りが鼻に心地好い。

 どうにも弱いねェ、丸くなっちまったよ。と、優しげな声の呟きが私の耳をそっと撫でた。

 

 

 

 世界は色んな物事に溢れている。

 それらを知るのが私にとってとても面白くて楽しい事。

 

 

 

「それでは、今日は教養の1つとしてこの世界がまだ国家という概念の中で運営されていた頃の統治について学んでいきましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

 屋敷に招いた長い白髭を蓄えている老年の教師と談話室のソファーで向かい合う。週に数度、このように私は幾人かの知識人からそれぞれ専門としている分野の話を聞かせてもらっている。

 

「今現在この社会は資本に優れた各企業がそれぞれの経済圏を自治する形で成り立っていますが、そうなる以前は条約で定められた領域を境目として政府という組織が──」

 

 父はとても立派な仕事をしている。父の会社が開発している人工筋肉は私のように身体を自由に動かせずに困っている人を助ける物だし、身体に不自由が無くてもルイーサのような傭兵が身体能力を強化して人を襲う危険な生き物と戦うためにも使われている。

 父の仕事はとてもたくさんの人を助けて守っている。

 私はそんな立派なお仕事をしている父をいつかお手伝いができるようになるために多くの知識を得て、それらを使いこなせるように大きな知恵を持ちたいと思っている。そして、それを叶えるためには日々の勉強は欠かせない。

 

「──では社会の在り方が変わった切っ掛けとは? この星に流星群が降り注いでだいたい全部壊れてしまったからです。それまでの文明はここで一旦滅んだと認識してもそう間違っては──」

 

 勉強は将来のためにとても大切な事。父も、ルイーサも、教師も、屋敷で働く皆も、大人は誰もが皆そう言ってるし、知らない事ばかりの私もそう思う。

 でも、私が勉強するのはそれだけが理由ではない。

 私にとって“知る”という事はいつも胸の奥から私の周り全てに向けられている好奇心を刺激して満たす行為で、勉強とは未知を既知に変える最も手軽な“知る”ための手段。私は勉強が楽しいから勉強をしている。

 

「──こうして、ライフラインや物資を独自に用意できる力のあった企業が国家という概念を古い物にした訳で──」

 

「先生」

 

「──であるからして……はい、なんでしょう」

 

「先生のお話では人類は復興できない程に人口を減らして全滅するしかなくなったはずなのに、今はこうして穏やかに時を過ごせるようになっています。それはどうしてですか?」

 

 私の問いにほんの一呼吸の間だけ俊巡するように目蓋を閉じて白髭を撫でた教師がゆっくりと私に視線を合わせ直す。

 

「簡単な事ですよ。地表のほぼ全てが破壊されて人類は流星の影響で発生した変性生物(クリーチャー)の脅威にも晒されましたが、全ての逆境に人類もその他の生き物もまだ負けていない。それだけの事です」

 

 必死にもがいて生きる、それだけでどうとでも乗り越えられるものです。と、のんびりと目を細めて目尻の皺を深くする教師。

 お嬢様にもいつか大変な逆境が訪れてしまうかもしれませんし、訪れないのかもわかりません。ですが、そうなった時は必死に頑張ればどうにかなるはずですよ。とも言葉を続けられる。

 

 逆境、必死。そのどちらも私は実感した事がない。それらがどんなものかもあんまりわかっていない。

 好奇心のままにそれらを知ってみたいと漠然と思ったりしてみるけれども、父やルイーサが私を大切にしてくれているのでそれらを知る機会なんてそうそう無いのだろうとも思う。

 

 

 

 私の知る世界は屋敷の敷地内と書庫の本、周りの大人達が教えてくれる事でできている。それでも毎日たくさんの出来事がある。

 

 

 

 屋敷の警備に常駐するルイーサの隊の人達が訓練するために庭の横に作られた運動場を走る。相変わらず足先に地面を踏む感触は無いけれども、太ももから上は地面を蹴る度に僅かな衝撃を感じて私は自分の脚を動かしている実感を得る。

 

「揃いも揃って食器より重てぇ物持ったこと無ェようなお嬢様に何度も周回遅れにされてる根性無しども! 股間にぶら下げてる芋虫みてぇなイチモツが飾りじゃねぇならスピード上げやがれ!」

 

『イエス、ボス!』

 

 脚を自由に動かせる事を楽しんでいると、庭の草木の匂いの混じる空気を震わせるようなルイーサの怒鳴り声とそれに応えるたくさんの力強い声が私の耳に届く。今日も皆元気だなんて感想を抱きつつ、また少し走るペースを上げて整列して走る一団に追い付いてみる。

 

「ねぇルイーサさん」

 

「なんだい?」

 

 整列して走る一団の先頭にいたルイーサに声を掛けると、他の人達は息を切らしてる中で平然とした様子のルイーサが私を見て声を返してくれる。

 

「アシストアーマーの助けで走ってる私と生身で走ってる皆のペースを比べるのはちょっと厳しいんじゃないかな?」

 

「厳しいのが当然なんだよお嬢。アタシ達傭兵の仕事は本番になると厳しいだなんて表現は生易しい理不尽な物になるからね、この程度にへこたれてたら何一つどうにもならないまま終わっちまうんだ」

 

 至極当然の事を語るようなルイーサにそういうものなのだろうかと内心で首を傾げつつ後続に振り替えると、陽光に輝く汗を流す筋骨隆々な隊員達が満面の笑顔で笑い掛けてくれたり親指を立てたりして元気さを表現してくれた。

 

「えぇと、大変なんだね、頑張って?」

 

『イエス! レディ!』

 

 なんとなく反応に困ったので応援の言葉を贈ってみると、とっても嬉しそうになった隊員達からの今日一番の元気な返事。ルイーサの怒鳴り声よりも空気が震えた気がする。

 

「お嬢、新しいタイツはもっとスピード出せそうなのかい?」

 

「うん。もっと速く走ってもきっと怖くないよ。たぶん、風が気持ちいいと思うな」

 

「お嬢が速さに耐えられるかの話じゃなくて新しいタイツの性能の話だったんだけどね。まぁ、加速するならゆっくり慎重にリミッターの範囲内にしておくれよ? 転んだらコトだからねェ」

 

「うん!」

 

 ルイーサ達の邪魔をしないようにお喋りをそこそこに、並走していた状態から少しずつ加速して引き離していく。時間を掛けてゆっくりと加速し続けて、こっそりリミッターを外して少しの間だけ最高速へ。

 頬に触れる空気がまるでクリームのように重さを得て、髪が風に撫でられて進む先の逆に引かれて伸びていくような感触。速度に比例して跳ね上がった地を蹴る反動が、鈍い足の感覚を刺激してより一層自分の足を動かしている実感を与えてくれる。

 

 楽しい。

 今まで生きてきて未知だった速度の体感に胸が踊る。

 

「お転婆お嬢様は体力持て余してるみたいだね、そんなに走り回りたいなら体験入隊でのつもりでシゴキ倒してあげようかい」

 

 夢中で走っているといつの間にか自分のアシストアーマーを装着して追い掛けてきたルイーサに捕まえられて、安全のためのリミッター解除した事を叱られた。そして、隊員達の訓練に使うアスレチックコースを走らさせて貰えた後に皆でフットサルをして遊んだ。

 

 

 

 私は毎日に幸福を感じている。

 ずっとこんな毎日が続けばいいなと祈っている。

 

 

 

 好奇心のままにたくさんの勉強を楽しんで、たまにクタクタになるまで目一杯の運動をして、夕方には仕事を終えて帰って来た父とその日にあった事を話しながら一緒に食事を味わって、夜には柔らかいベッドに身を沈めて眠りに就く。今日は父の仕事が忙しくて食事はルイーサと一緒だったけど、いつも同じように繰り返してるようで毎日少しずつ違う生活。

 たまに誰かが陰で“屋敷の中の世界しか知らない世間知らず”と言っているように私の知る世界はこれだけの範囲だけど、それでも私は毎日が幸福で、この世界の外を知ってみたいという好奇心を持ちながらもこの毎日が続く事を望んでいる。

 

 明日はどんな事を知ることができるのか、どんな出来事が起こるのか。ベッドの上でそんな事を考えていると何か瞬間的な騒音を耳にした気がして目蓋が開いた。

 特に何か根拠があった訳では無いけど、何か非日常的な何かが起きているような予感を覚えつつ暗がりの中で時計を確認すると、指し示されていたのは夜明けの少し前程の時刻。明日の事を考えているつもりだったけれども、しっかりと眠っていたらしい事に気付く。

 いつも運動した後の夜は次の日に少し寝坊してしまうほどに深く眠っているのに、なぜ今日は目が覚めたのだだろうかと違和感に首を傾げる。

 直後、何かが破裂する甲高い音と閃光が閉じていたカーテン向こうから寝室へと入ってきた。

 

 目が覚める前に聞いた気がした騒音は気のせいではなかった。

 今この瞬間、この屋敷に何かの非日常が起きている事を直感。

 

「なにが起きてるんだろ?」

 

 いつも少しずつ違うだけの毎日だったはずなのに、今夜は少しだけじゃなくてとても違う夜。屋敷の外では何が起きているのかという好奇心のままに窓の外を覗くためにサイドチェストにしまっていたアシストアーマーの着用を始める。

 

「お嬢!」

 

 アシストアーマーを起動して私の足を動かせる事を確認してから立ち上がると、同時に慌ただしく扉が開かれれてルイーサが自らの隊の人員二人とともに飛び込んでくる。

 

「わっ、そんなに慌ててどうしたの? こんな時間に部屋に来るのもここに隊の人を連れてくるのも珍しいね」

 

「っ! お嬢、立てているのかい? ……さすが社長は良いもの作るね」

 

 何が起きているのかはまだわからないけれど、ひどく切迫した雰囲気のルイーサが普段にはない行動をしている事に直感していただけの非日常が確信に変わる。

 今夜はいったい何が起きているのか、それを聞くのに取りあえず腰を落ち着けようかと夜明け前のお客様達に椅子勧めようとしたところでルイーサの大きな力強い手で両肩を捕まれる。そして、残る二人が私の大き過ぎるベッドをひっくり返してその下から憶えの無い武骨なケースを取り出した。

 

「いいかいお嬢、騒がず落ち着いて聞いておくれよ」

 

「う、うん」

 

 私を掴んだまま、身を屈めてぐっと顔を近付けてきルイーサが真っ直ぐに私の目を見る。かつてないほどに真剣な彼女の眼差しが、なにか不吉な予感を私によぎらせた。

 

「今この屋敷は攻撃を受けていてる、狙いは恐らくお嬢の履いてるその素敵過ぎちまったタイツだよ。会社とここが同時に襲われてるんだ」

 

「……え?」

 

「社長が良すぎるものを開発したから、何処からか情報が漏れてそれを横取りするか根こそぎぶっ壊しにきたらしいね」 

 

「ボス、このアシストアーマーも駄目だ、EMP(電磁パルス)の中じゃ使い物にならねぇ。」

「ヤツらオレ達が嫌な事を知り尽くしてる、同業者だな」

 

 敵襲だよ。と、端的に言葉をまとめたルイーサ。その後ろで隊員の二人が私の使っているものとは大幅に型の違う、本当の意味で父の会社の主力商品(戦闘用アシストアーマー)を武骨なケースから取り出して苦い顔に変わった。

 ここと父の会社が襲われて危ない状態だと聞いて思考が混乱しかけるが、父への心配とこれからどうなるのかという不安に思考が冷めて状況を飲み込むことができた。

 

「えっと、それで、どうすればいいのかな?」

 

()()()()のか、じゃなくて、()()()()()()()のかって聞けるのは上出来だね。お嬢には一旦単独でこの屋敷から脱出して貰うよ」

 

「一人で……?」

 

「アーマーの使えないアタシ達はお嬢の速さについていけないし、お嬢がノロマなアタシ達に合わせたら敵も追い付いてくる。お嬢単独ならEMPでここいら全ての機械が動かない状況で追い付けるヤツはいないし、アタシ達は敵を迎撃するのに足手まとい無しで好き放題できて敵がお嬢を追い掛けないようにもできる。わかるね?」

 

 有無は言わせない。そう瞳の輝きで語るルイーサに私は何も言葉を返せないまま頷くと、少しだけ表情を微笑みに変えた彼女は言葉を続ける。

 

「そこの窓から飛び降りて、真っ直ぐ庭を走り抜けて、その先の塀を越えた道路も真っ直ぐ走るんだ。その道路の先から別の隊がここに向かってるはずだからソイツらと合流して保護してもらうんだよ。5分も走れば合流できるはずだからね」

 

 私に言葉を掛け続けるルイーサの後ろで隊員の2人がケースから複数の銃器を取り出して検分を始める。殺傷のみを目的に製造された道具を直に目の当たりにした事で、状況はかなり悪いのだという実感が強烈に沸き上がってきた。

 

「合流する隊には必ずこの隊章が付いてる、これがお嬢の味方だって見分ける目印だよ」

 

 言いながら親指で自分の肩を指し示すルイーサ。そこにあるのは突撃槍を構える兎を描いたワッペン。このワッペンはルイーサだけではなく隊の全員が同じ位置に掲げているというのを以前に教えて貰った記憶がある。

 

「ボス、これをお嬢に」

 

「その他は誰も信じちゃいけない、優しい世界しか知らないお嬢には難しいかもしれないどね、この世界はお嬢の想像できないほどに悪辣で、残酷なんだ」

 

「え、えっと」

 

「誰かと合流できてないのにこの屋敷に帰ってくるのも駄目だよ。帰り道にはお嬢を追い掛けてきた悪い奴が隠れていると思いな」

 

「う……うん」

 

 隊員の1人がケースから取り出した艶の無い黒色のヘルメットを後ろ手に受け取ったルイーサが言葉を続けなら私の頭に被せて留め具の紐をを調整し、更に受け取った硬質なプレートを縫い付けたベストを私に羽織らせてから留め具の調整に慣れた手付きで指先を動かす。

 

「似合わないねェ。まぁ、似合われても反応に困るけど」

 

「こんなのが似合わないお嬢だからこそ守りがいがあんじゃねぇですかい」

「このドブカスみてぇな世界でこれだけ“お嬢様”が似合う人間は他にいねぇよな」

 

「違いないね!」

 

 緊迫していたかと思えば揃って大口を開けて笑い始める3人。そのまるで訓練の合間に談笑しているのかのような朗らかな様子に実はそれほど恐ろしい状況ではないのだろうかと思いかけた直後、示し合わせたように今まで接してきた中で1番の引き締めた表情へと変わった。

 

「お嬢、アタシ達がこの部屋を出てからキッチリ1分数えたら窓から飛び降りな。そうしたらとにかく()()に走るんだ」

 

「……()()に?」

 

「そう、()()にだよ」

 

 簡単な事だ、しっかりやりなよ。と、被せられたヘルメット越しに私の頭を撫でたルイーサが隊員から銃器を受け取り、ひっくり返しされた私のベッドからシーツを抜き取って頭から被る。

 

「今夜はアタシがこの屋敷の白いドレスなかわいいお嬢様だ、野蛮なお客様をアタシがもてなすからアンタらはしっかりエスコートしな」

 

「世界で1番お嬢様が似合わないソルジャーが何か言いましたかい?」

「お嬢様って概念への叛逆か? ボスじゃあどうやってもエントランスに飾る鎧の置物かゴリラの剥製にしかなれねぇよ」

 

「知らないのかい? 最近のゴリラはお嬢様を名乗ってショットガンぶん回すのがトレンドなのさ」

 

 引き締めた雰囲気のままなのに、軽快に言葉を交わして笑い合う三人。きっととても良くない状況のはずなのに普段のようなお喋りをするルイーサ達に不思議な安心感。

 

「それじゃあお嬢、キッチリ1分だからね」

 

 再度私の頭をヘルメット越しに片手で撫でたルイーサが何か言葉を返そうとした私をそのままに寝室の扉を蹴破る勢いで飛び出し、後の二人がそれに続いて飛び出して扉が閉められる。

 扉が開かれていた少しの間、幾つかの銃声と思われる激しい炸裂音が響いていた事にルイーサの隊が戦ってくれている事を実感し、ついでにこの部屋の防音性に驚く。

 

「あ、えっと、キッチリ1分……!」

 

 どうすればいいのかという質問に返された指示に従うため、部屋に備え付けてある時計の秒針を見詰めながら時を待つ。1秒とはこんなに間があるものだったのだろうかと考えながらも、細長い秒針が一回りしたのを確認して窓を開けた。

 

 そこかしこから響いてくる銃声に身がすくむ。

 普段はこの見晴らしのいい窓からの景色に恐れなんて感じないのに、これからこの銃声飛び交う暗闇に飛び降りる事を考えると窓から外の空間が恐ろしく思える。

 高いだけなら怖くない、たまにする運動で走るアスレチックでも高い所に跳び乗ったり跳び降りたりしている。暗いだけなら怖くない、夜はいつだって暗くなる。ただ、何処からか何処へと銃弾が飛んでいるのかわからない銃声の響きが行動を起こす前から私の心を挫けかけさせる。

 

 だけど、恐れたままここで立ち竦んでいるのではきっとルイーサ達の邪魔になってしまう。それは、ただでさえ良くない状況を更に悪化させてしまうはずだと自分自身を叱咤。

 

「飛び降りて、真っ直ぐ……。飛び降りて、真っ直ぐ……。飛び降りて、真っ直ぐ!」

 

 意を決し、窓の淵を踏んで一歩先へ。

 銃声が炸裂する暗闇、重力に引かれる浮遊感の中で両足を地面に向けつつ着地より先にほんの少しだけ膝を曲げる。アスレチックでルイーサが教えてくれた着地の姿勢。

 

 地面と足先が触れた瞬間、私の足を下半身を覆う人工筋肉が波打つように複雑な収縮を瞬間的に繰り返し、私の身体に一切の負担を与えないように着地の衝撃を受け流す。

 

「真っ直ぐ、走る!」

 

 銃声ばかりが炸裂する中、全力疾走の意思の通りに人工筋肉が絞るような乾いた音と共に脈動。着地の姿勢から跳ねるように加速して前進、夜闇のせいかいつもより広く感じる庭を突き進む。

 息継ぎに肺を満たした空気、いつもの草木の香りにルイーサ達が銃器の訓練で発砲していた時と同じ科学的な臭気が混ざる。

 

「塀を、越えるっ!」

 

 いつもより広く感じたのに、それでもほんの僅かな時間で横断仕切った庭の端。私の身の丈を遥かに超える塀の至近で走っていた勢いのままに地面を蹴り、飛び越えるなんて今までこの屋敷に住んできて考えた事もなかったそれを飛び越える。

 

 世界が変わった気がした。

 

 庭の手入れされた瑞々しい緑の芝とは違う、ひび割れが縦横無尽に走る黒色のアスファルト。

 顔に吹き上がってきた砂塵混じりの風に草木の香りは無く、無臭というよりは淀んだ乾燥と表現するしかない何かに一瞬だけ噎せそうになる。

 そして、宙に身を翻している私を見上げる人達の顔に屋敷の人達のような親愛の微笑みは無く、刺々しい好奇や表現しがたい気持ちの悪い視線。

 

 今まで住んでいた世界とは別の世界に足を踏み入れた。と、飛び越えた先の全てが私に訴え掛けてくる。

 

「ターゲット出現! 捕縛だ! 捕縛しろ!!」

「足が不具のはずだろう、何故単独で!?」

「アーマーの補助……このEMP状況でも動くのか!」

「射つな! アーマーは無傷で確保だ!」

 

()()に、走る!!」

 

 窓から飛び降りた時の焼き増し。両足を地面に向けて膝を軽く曲げる態勢でアスファルトを踏みつける。

 言葉にしながらも未だに()()という事がよくわかってないけども、どうすればいいのかという問に答えてくれたルイーサの意に最大限沿うように真っ直ぐ走り抜ける事だけに集中。

 

 ここで屋敷を囲んでいる人達の肩に突撃槍を構えたウサギの隊章は無い。この人達はたぶん私の味方のではない。

 私を囲むように動き始めた味方ではない人達を無視して跳躍するような急加速。

 

 なにもかもを置き去りにした全力疾走。

 味方ではない人達が私のずっと後ろで慌てるような怒鳴り声を発しているのを耳にした。

 

 必死とは何かなんてまだあんまりわからない。だけど、ただ真っ直ぐ走り抜けて味方をしてくれる人達と合流する事だけを考えて足をアシストアーマーの人工筋肉に覆われた足を動かす事に集中する。

 

 走って、走って、走る。

 5分も走れば味方と合流できるというルイーサの言葉を信じて走り続ける。

 

 走って、走って、とにかくに走る。

 すれ違う見知らぬ人や車両、建物など目に映るもの全てが屋敷から離れる度に荒れた物へと変わっていくのに気付きながらも前進する事に集中する。

 

「ウィノラお嬢様!」

 

 走って、走って、ひたすらに走る。

 どれだけ走ったかわからなくなった頃に、道路を塞ぐように駐車されていた大きなトラックの前で突撃槍を構えたウサギの隊章を肩に掲げた人達に呼び止められた。

 

「もしやと思って呼び止めましたが、やっぱりウィノラお嬢様でしたか」

 

「えっと──」

 

 呼び止められてすぐに強烈な違和感。

 私がその違和感に戸惑っているのに気付いているのかいないのか、私を呼び止めた人がにこやかに言葉を続ける。周囲の人達も迎えるようににこやかな顔をしながら私を囲む。

 

「屋敷上空に緊急の信号弾を確認したのでウィノラお嬢様の安全確保に出動しました」

 

 味方を見分ける隊章を着けた人達に呼び止められて足を止めてしまったけど、この人達はたぶん味方ではないのかもしれない。

 私はルイーサの隊の人達全員の顔を憶えているけれどもこの場に見覚えのある人達はいないし、隊の人達は私を呼ぶ時に“様”と付けずに親しみの感じる“お嬢”と呼んでくれるからだ。それに、隊の人達も私の顔を知ってるはずなので私を呼び止めるのに“もしや”だなんて確信の無い状態にならないはず。

 

「──だ、誰ですか……?」

 

 本当に味方なのかと確認するつもりでの私の問い掛けに、私を呼び止めた人も周囲の人達もにこやかな顔を辞めて色の無い真顔に変わる。

 

 

「騒がれる前にガキを確保して黙らせろ」

 

 

「えっ?」

 

 急激な雰囲気の変化と突然の乱暴な言葉に戸惑いが膨れ上がる。そして、私は何か大きな失敗をしてしまったんだと直感に背筋が冷える感覚に陥りながら私を囲む人達を見回す。

 そして、気付く。

 道を塞いでいたトラックの物陰に、衣服を奪われた状態で額から血を流しながら倒れている見覚えのある隊員の姿。

 

 無事なのだろうか、いや、怪我をしているんだから無事のはずがない。頭の怪我だから急いで手当しなければ危ないかもしれない。

 

「っ!……ぅぐ……」

 

 見知った相手の負傷した姿によって何もかもから思考が逸れた直後、私を囲んでいた内の1人が背後から羽交い締めるように私の首に腕を回し、そのまま持ち上げるようにして喉を圧迫して気道を塞ぐ。

 不意に与えられた苦痛に全身が強張った。

 

「必要なのはアーマーだけだ、悪く思うな」

 

 命の危機を感じさせる苦痛に涙が溢れ、逃れようともがいても私の小さな手では絞め上げる太い腕を掴みきれずに指で何度も掻くだけで、両足を暴れさせても地面に届かず反動が私の身体を揺らして更に気道を潰すだけに終わる。

 

 意識が遠退き、涙で滲んでいた視界が更にぼやける。

 足だけじゃなく、全身の感覚が鈍っていく事に死の接近を自覚。

 

 怖い。

 ただそれだけが思考を染めた時、突然喉を締め付ける苦痛が消えて頬に生温くぬめりのある感触が付着し、一瞬の浮遊感の後に地面に打ち付けられたのか全身が重く硬いものに当たる衝撃。

 

「はっ、はひゅ……!」

 

「お嬢! 生きてるか?! 走れ!! とにかく走ってくれ!!」

「1人やられた! まだ隠れてるやつがいたぞ、ぶち殺せ!」

 

 気道が解放された事により反射的に再開される呼吸、遠退いていた意識が即座に復帰し、耳に幾つもの怒声と今夜だけで聞き慣れてしまった銃声の炸裂が叩き付けられる。状況の推移に混乱しつつ視界を滲ませていた涙を手の平で拭うと嫌悪感を呼び起こすぬめりが頬をすべった。

 

「お嬢! 頼む、走れぇ!!」

「また1人やられたぞ!」

 

「……なに、これ?」

 

 半ば混乱したまま、頬についた嫌悪感を抱く何かを確認するために手の平を見ると赤黒く鉄臭い液体。ほんの一瞬の俊巡の後にこれが誰かの血液だと気付き、誰かが周囲に飛び散らせるほどの出血をしたのだという事にも気付いてほんの一瞬だけ忘れていた恐怖を思い出す。

 

「ガキを盾にしろ!」

 

「えっ、やっ……あぅっ!」

 

「クソァ!!」

 

 喉を締めるように首を掴まれ、無理やり立たされる。

 視界に映るのは血走った眼で私の背後を睨む味方ではない人や同じように私の背後の何処かへと銃器を向けて小刻みに発砲する集団。そして、地面に仰向けで倒れる額を抉るように大きく欠損させて欠片の身動きすらしない人。

 頭部の破壊、脳の損傷。医学を心得ていなくても命を落としてしまっているのが理解できてしまう有り様。その凄惨な姿に、混乱半ばだった思考が完全に制御できないものへ。

 

「あ、う、あああああああああ!」

 

「ぐあっ! このガキィ!」

 

 もう嫌だ。痛いのも苦しいのも怖いのももう嫌だ。

 なにもかもから逃れたくて遮二無二に腕を振り回すと何かを砕く気持ち悪い感触。喉への締め付けられる苦痛が消えたと同時に浴びせかけられた怒声の元へと視線を向けると私の首を掴んでいた人の肘関節が曲がってはいけない方へと曲げて眼を血走らせたていた。

 

 きっと、この人が私に向けている視線は敵意そのものだ。

 生まれて初めてこんなものをぶつけられた。こんな恐ろしいもの、知りたくなかった。

 恐ろしい人から容赦無くぶつけられる敵意が恐ろしい。酷いことをされた相手とはいえ骨折という大怪我を追わせてしまった。手に残る関節を砕いた感触の余韻が気持ち悪い。何もかもが嫌で、今すぐこの場から逃げてしまいたい。

 

「シャァオラァァッ! でかしたお嬢!!」

 

 ほんの一瞬静まり返った周囲に、聞き覚えのある声による歓声が響く。たしか、この声は屋敷の警備に出入りする隊員の1人でトラックの影に倒れている隊員とよく一緒に談笑している人の声だ。

 

「そのまま逃げろ! 走れぇぇ!」

 

「逃がすな! アーマーをブチ抜いてでも止めろ!」

 

「あ、に、逃げっ、走っ!!」

 

 深い思考があったわけではない。しかし、混乱と恐怖ばかりの状況で信用できる相手の声に反射的に身体が動き、幾つもの銃口を向けられるのを認識しつつもがむしゃらに地面を蹴りつけた。

 瞬間、目に映る景色が引き伸ばされているかと錯覚するようにブレて向かう先の宛てもなく急速な前進、銃声と共にほんの一瞬まで私が立ち尽くしていた空間を貫く飛来音。

 

「最優先ターゲットが逃げたぞ!」

「他の部隊と屋敷を攻めている奴等を呼び戻せ!」

「まだあっちはEMP状況で通信できない、信号弾を!」

「あの隠れていた奴も逃げたぞ!」

 

 背中越しに聞く刺々しい大声が急速に遠ざかりつつ、幾つもの銃声を伴う飛来音。1度だけ耳を掠めるほどに至近の飛来音を聞き、耳たぶに熱が滲みるような痛みを知覚して恐怖がぶり返す。

 きっと、首を締められてもがいた時にルイーサに被せられたヘルメットを落としてしまっていたのだろう。あと少しだけ運が悪ければ先程目の当たりにした額を欠損させた人と同じ姿になっていたのかもしれない。

 

 怖い。

 何処へ向かえば良いのかわからない、どれだけ走ればいいのなわからない、どうなれば怖くなくなるのかもわからない。遮二無二に両足を動かし続けて宛てもなく走り続ける。

 

 気付けば空が白んでいて、周囲には銃声も飛来音も怒声もない壊れた建物ばかりの静かな廃墟群の何処かに私は立っていた。

 

 朽ちて崩れかけのコンクリート、割れて散っているガラス片、廃墟のひび割れから僅かに伸びる名も知らない細い草。時折吹き抜ける風は冷ややかに乾燥していて、舞い上がる砂ぼこりが鼻を不快にくすぐる。

 何もかもが初めて知る景色。

 屋敷の塀を飛び越えた時も世界の変化に動揺を感じたけど、今この場所には動揺を抱く事すらできないほどになにもかもが空虚な景色で呆然とするしかできない。

 先程までの乱暴な騒ぎがまるで悪い夢か白昼夢だったのだろうかと考えてしまう程に、生も死もない静けさ。

 私がこれまで生きてきて培った常識が何一つ通用せず、五感の全てで知覚する全てが摩訶不思議に見えて、あまりにも非現実的な有り様。

 

 

 まるで世界が終わった後の光景みたい。

 

 

 そんな事を考えてから気付くのは、事実この世界は一度滅んだ後で、この辺りはその滅んだ時から人の手が付かずにそのまま放置され続けている場所なのだろうということ。

 

「……これからどうしよう」

 

 風の音だけしかない場所でふとこぼれた独り言。

 合流する予定だった隊とは合流できなかったし、合流するまで屋敷に帰ってはいけないとルイーサに強く言い付けられている。そもそも、走る事に集中しすぎて家の方向さえもわからない。

 

 壊れたものばかりの場所で1人。恐ろしい人達から逃げられた事への安堵よりも、屋敷への帰り方がわからない不安よりも、空虚な景色への虚無感よりも、静寂の中に立っているだけの寂寥感に心が埋め尽くされる。

 なんとなく、その場にゆっくりと腰を降ろして走り通しだった身体を休める事にした。

 

 そういえば、衣服を奪われた状態で倒れていた隊員や合流する予定だった他の隊員は無事なのだろうか。危ない所を助けてくれた隊員も無事に逃げ切れたのだろうか、屋敷に残ったルイーサ達は、会社も襲撃されたと聞いたけど父はどうしたのだろうか。

 精神が落ち着き初めてから様々な心配が次から次へと胸中に浮かんでくる。

 

「…………あっ、痛い……」

 

 ふと、思い出すように痛み始めた耳たぶ。

 特に何を考えるでもなく指先で触れると、先程知った血液のぬめる感触。

 

「おい、お前」

 

「ひんっ!!?」

 

 唐突すぎるほど唐突に背後から投げ掛けられるぶっきらぼうな低い声。

 ほぼ思考のなかった意識には刺激が強すぎて、喉の奧から自分でも初めて聞く類いの悲鳴が飛び出てくる。

 

「こんなところでなにやってんだよ」

 

「え? え、えっと」

 

 咄嗟に立ち上がって振り返って目に入ったのは、ルイーサ(頼りになる身近な大人)を幻視するほどに彼女と似た野性的な赤髪と虎色の瞳。ほんの一瞬の戸惑いの後に認識したのは彼が私のよく知る女性ではなくて、彼女を含めた隊員達がそうしているように動きやすそうなカーゴパンツを着こなしている青年。顔付きから感じる雰囲気はとても若く、もしかしたら私と年齢はあまり変わらないのかもしれない。

 

「す、座って、た……?」

 

 何をしていたと問われても、それしかしていないのでそう答えるしか無かった。

 

「そんなの見ればわかる」

 

「あ、うん……。ごめんなさい……?」

 

 見ればわかる事らしいのになんで問われたのだろうかと内心で首を傾げていると、なにか変なものを見るような眼を向けられた。

 

「怪我」

 

「え?」

 

「処置くらいしたらどうだ。この辺に変性生物(クリーチャー)はほとんど出ないけど運が悪けりゃ血の匂いで呼び寄せるぞ」

 

 やはりぶっきらぼうに言葉を吐いた少年が私に小さな赤いケースを投げ渡してきて、私はそれを受け取ろうとするも2度3度お手玉するように落としかける。

 

「これは……?」

 

エイドキット(応急手当道具)だ、そんなのもわかんねェのか」

 

「へぇ、これってエイドキットって言うんだ。これで怪我の手当ができるのかな?」

 

「お前……」

 

 私に向けられている視線が変なものを見るそれから表現しがたい曖昧で不思議なものへと変わる。

 

「えっと、それで、その……どう使えば良いのかな?」

 

「…………そこに座れ。手当に手間取られて本当にクリーチャーが寄ってきたら面倒だからやってやる」

 

「わぁ、ありがとう!」

 

 

──誰も信じちゃいけない、優しい世界しか知らないお嬢には難しいかもしれないどね、この世界はお嬢の想像できないほどに悪辣で、残酷なんだ。

 

 

 何故なのか、ものすごく深くて長い溜め息を吐かれながらもなんとなくルイーサに言われた言葉を思い出す。

 とても酷い事になりながらたぶん優しくはない場所にまできてしまったけど、見ず知らずの私を手当てしてくれるこの人はきっと信じても大丈夫なんじゃないかと思った。



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口の中いっぱいの砂漠……

 

 夜明け前のまだ暗い時間に屋敷が襲われたけど、護衛の人や警備の人が戦って私を逃がしてくれた。

 逃げた先で合流する予定だった別の隊もたぶん襲われてて、そこからも逃げてとにかく走った。

 気付いたら朝で、これからどうしようかと困ってたところで助けてもらった。

 

 求められた説明に対してどう説明しようかとしっかり考えると、私が経験した事はその慌てだしさに反してたったの3行で説明できる事だった。

 

「武装勢力に奇襲される家ってなんなんだよ、説明を聞いたはずなのに余計にわからなくなりそうだ」

 

「トラ坊、お前さん随分と面白い娘さんを拾ったなぁ」

 

 廃墟群の中にあるやや開けた空間。周囲が今のように荒れてしまう前は広い公園だったと思われるこの場所に停められた大きなコンテナを牽引するトレーラー、その傍に置かれた簡素な椅子に座りながらでの私の説明に、私をここまで連れてきてくれた少年とこのキャンプの責任者である大柄で白髪な老人がそれぞれ反応する。

 

「トラぼー?」

 

「娘さんを拾ったこの坊主の名前じゃよ。トラ色の眼をした坊主だからトラ坊、皆そう呼んどる」

 

「名前!」

 

 何て事ないような雰囲気での説明に、私は大きな失敗をしていた事に今更ながら気付いて少しだけ大きな声を出してしまう。

 私は少年に助けられて、そのお礼もしなければと意気込んでいたのにも関わらず、今の今までその相手の名前を聞くどころか自分の名前を名乗る事さえしていなかった。

 初対面の相手に自己紹介は大切なものだと父を含めた大人達に教わっていたのに、私はその教えに反してしまっていたらしい。

 

「えっと、えぇと……! その、私の名前……ウィノラ・エーデルハーゼ、です」

 

「急に慌てたかと思ったら自己紹介か」

 

「はい! よろしくお願いします、トラさん」

 

「何をよろしくされればいいんだ、何もかもがわからねェよ」

 

「ほぉ~ん。なるほど、とびっきりの面白い拾い物じゃったか」

 

 また難しい顔で後頭部を掻くトラと、発言どおりに楽しそうな顔をした後に自らをビーンと簡潔に名乗った老人。互いの自己紹介が済んだ流れのまま会話が続く

 

「街で大規模な戦闘があったのならこれからの予定に影響が出かねんな、場合によっては行き先を別の街に替えなきゃならんから誰かに様子を見てきてもらうか」

 

「オレが行くか?」

 

「いや、トラ坊はここに残って拾った相手の面倒をみるべきじゃろ。新規で雇った奴等が寝坊して巡回サボってたからそいつらに行ってもらう」

 

「……面倒なモノ拾っちまったな」

 

 少しだけ離れた場所でトラとビーンの話に聞き耳を立てていた3人の男性がこちらに視線を向けて露骨に嫌そうな表情をしていたけど、ビーンが一瞥するとそばに停めてあった大きなタイヤの装甲車に乗ってすぐに出発する。

 

「さて、儂らはこのトレーラーの修理が済んで、奴等が情報を持ち帰り次第ここから移動する。情報によってこれからどうするかは変わるじゃろうがお姫さんもそれまでに色々と考えておくといい」

 

「色々……?」

「姫?」

 

 私とトラの困惑の声を気にする素振りを見せず、私達をそのままにして椅子から腰を重たそうに持ち上げたビーンがトレーラーの車体の下に這いながら身を潜らせていく。

 

「面倒みろって言われてもな」

 

「よろしくお願いします?」

 

「お願いされても特になにも無ぇよ。飯を用意してやるからそこに座って喰ってろ」

 

 無造作に置かれていた段ボールの箱へと手を入れたトラが取り出したのは手の平大のビニールのパッケージ。それをおもむろ投げ渡された私がついさっきと同じくお手玉のようになりながらも受けとる。

 

「これ、隊の人達がよく食べてるのと同じやつ」

 

 表面に大きく『ハイカロリーフード!』と記されたパッケージに記憶を刺激され、どこでこれを眼にしたのかと記憶を探って思い出したのは、訓練や警備の合間に談笑しながらこれを開封してクッキーに似たブロック状の食品を齧っていたルイーサや隊員達の姿。

 

「まるで自分は今までに食べたこと無いみたいな口振りだな」

 

「食べたことはずっと前に1度だけあるよ。ルイーサさんにお願いしたら屋敷の人達には内緒の約束で少しだけ食べさせて貰えたの。あ、ルイーサさんは私の護衛をしてくれてるお姉さんなんだ」

 

「へェ、ドングリが喰える事も知らないお嬢様だからこれを飯だと認識されるか微妙だったが、これの事は知ってたんだな」

 

「うん……。これ、飲み物が無いと飲み込むのが大変で、逆に有りすぎても大変だってちゃんと知ってるよ」

 

「説明が省けて良かった。そして、残念だが飯はこれしかない」

 

「……うん」

 

 会話が途切れ、無言のまま2人で口の中の水分をことごとく渇かす悪魔のような食品を齧っては投げ渡されたペットボトルの水を口に含む。そのまま齧れば口の中が干からびて、水を口に含めば口の中で膨張して別の意味で呑み込みにくくなる。どうしてこんな食品が隊の皆がこぞって食べるほどに人気なのか理解できないままひたすらに顎を動かす。

 

「……もが」

 

「あーあ、やっちまったな」

 

 悪魔の食品について考えながらぼんやりと食べていると、齧りとる量を間違えて水で膨張した分が私の唇を抉じ開けて飛び出しかける。急いで口を手で抑えてなんとか事なきを得たけれども、あまりの量に呑み込む事ができずに頬が左右に膨らんだままになってしまった。

 

「そんな困った眼で見られてもどうしようもねェよ」

 

「……もご」

 

「知らないフリしてやるからどっかの物陰に吐いてこい」

 

「…………モガ」

 

 初めてこの悪魔を口にした時も同じ失敗をしていた事を思い出しながらも、なるべく遠くの物陰を探して歩き出した。

 

 


 

 

 世間知らずとはよく言われるけれども、私だって羞恥くらいは知っている。異性の前で口を中から外へと決壊させかけた挙げ句、直接見られてはいないけど決壊させた事実を知られてしまっているのを非常に複雑な気持ちになりながらトレーラーの傍まで戻ると、先程までは沈黙していたトレーラーが不均一な低音でエンジンを唸らせていた。

 

「ビーンお爺さん、トレーラーの修理終わったの?」

 

「いんや、まだ調子悪い。このまま安定すれば──あぁ、言ってるそばからまた止まりおった」

 

 煤や油に黒く汚れた顔で車体の下を覗き込んでいたビーンに問い掛けると、渋い声色の途中で大きく肩が落ちた。

 疲れたような雰囲気のビーンに対して何か掛ける言葉を探すも何も見つからず、どうしたものかと迷っていたらいつの間にかコンテナの上に登っていたらしいトラが身を乗り出して私達を見下ろしながらのぶっきらぼうな声。

 

「なぁビーン爺、雇い主の方針に口出しするもんじゃないとはわかってるけどよ、このポンコツそろそろ買い換えたらどうだ? それなりに儲けてんだろ」

 

「ハァーン!? こいつは儂の相棒じゃ、儂がくたばるまで現役で動かすんじゃい!」

 

「そうかよ、くたばるまでここで立ち往生じゃなけりゃいいな」

 

「そうなったとしたら護衛の契約は次の街に着くまでじゃから契約不履行で報酬を踏み倒せるな。タダ働きだ、ザマァ見ろ」

 

「そうなったらこのポンコツをスクラップ工場に売り払って報酬の代わりにしてやるさ、ビーン爺の死体はポンコツと一緒にプレス機にぶち込んで貰うように頼んでおくからな。頑固な頭を潰してやわらかくして貰え」

 

「プレス機より儂の頭の方が強いわボケナス、坊主のデコで試してやろうか?」

 

 私の横と頭上でトゲのある言葉が応酬され始める。

 もしかしたら、少しだけケンカになってしまってるのかもしれないと心配になる。

 

「あの、ケンカは良くないよ……?」

 

 具体的にどう悪いのかとは上手く説明できないけども、ケンカを続けるよりは仲良くしていて欲しいという気持ちで仲裁を試みてみる。すると、2人が間が外れたように不思議な表情で私を見て、その後に今までのトゲのある雰囲気が嘘だったかのように二人が顔をあわせてに薄く笑った。

 

「今のがケンカに見えるって? こんなのただの冗談だろ」

 

「なんともまぁ、野良猫坊主とは育ちの違いを感じるわい」

 

 それだけ言って、乗り出していた身を引っ込めて荷台の上に姿を消し、ビーンはまた這うようにして車体の下へと身を潜らせていく。

 なんだかよくわからないけど、お互いに矛を収めたようなのでたぶんこれで良かったのだと思う。

 

 手持ち無沙汰。トラクターの下から金属質な音が耳に届くのを感じつつ、先ほどからそのままにされていた椅子に腰掛け直してほんの少し。何をするでもない時間の中で無意識の内に手当てされた耳に手を当てると、滲みるような痛みと共に渇いた血のカスが肩に落ちた。

 

 ほとんど状況に流されるまま今ここに私はいるけれども、これから私はどうなるんだろう。と、廃墟ばかりの景色を視界に納めながらふと考える。そして、考えてもなにもわからない心細さに思い出したルイーサの顔に、()()()()のではなくて、()()()()()()()と考えた方が上出来なのかもしれないと思い至る。

 

 でも、その()()()()()()()の答えは何も思い浮かばなかった。

 そもそもの話、いくら考えても案の1つも出せない程度には私は物事を知ってはいなかったみたいだった。

 

「よいしょ」

 

 なので、私よりも色々と物事を知ってそうな人に何か教えて貰えないかと思い付き、まずはトラに何かを聞いてみようとトラクターのコンテナによじ登ってみた。

 

「こんな所に昇ってきても面白いものなんてなにもねェぞ」

 

 傍出会った時も担いでいた自動小銃(アサルトライフル)を傍ら置いて無造作に座るトラが私を一瞥もしないまま、片手に握る双眼鏡を覗きながら口を動かす。

 

「わぁ、けっこう見晴らしがいいんだね」

 

 高所に昇ったことで開ける視界。荒れ果てた廃墟群を広く見渡せて、遠くには背の高いビル群やもっと遠くには木々の茂る山が視界に納まる。初めての景色に少なくはない高揚感。

 

「ここら辺はほとんどの建物がブッ壊れてるからな、周囲を警戒するのに丁度良い」

 

「警戒?」

 

「ここら辺にはたまにだけど変性生物(クリーチャー)がでるって言っただろうが」

 

 ずっと昔、世界が1度滅んだ時に降り注いだ隕石の影響で既存の生物の一部が変性し、恐ろしい外見と身体能力で自己の三大欲求を満たす事のみを目的に世界中を跋扈するようになった危険なな存在。

 父の会社の開発するアシストアーマーはそれらと戦闘する事を主な目的としていて、いつか父の仕事を手伝えるようになるための知識の1つとして私もクリーチャーの事はある程度勉強している。

 

「クリーチャー……そういえば影像や写真でなら知っているけど実際に見たことはないかも」

 

「なんだって?」

 

 それまで双眼鏡を覗いてどこか遠くを見るか首を動かして周囲を見ていただけだったトラが訝しむような視線を私に向ける。

 

「クリーチャーなんてある程度の自治がされてる場所以外なら何処にでもいるだろ。 ……街を出た事が無いのか?」

 

「うん。家から出るのも数えられるくらいしかした事ないよ」

 

「監禁でもされてたのかよ。聞けば聞くほどお前の家は理解の外にあるな」

 

 子供というのは家からあんまり出ないで大人の保護下にいるもものだと今まで思っていたけど、トラの反応からして実はちょっと違うのかもしれない。でも、たぶんだけど私は監禁されてたわけでもないとも思う。根拠は無い。

 

「……家からほとんど出たこと無いって言ってたけどよ、それじゃあ普段何をして今まで生きてきたんだ」

 

「お勉強と、たまに運動してたよ。ルイーサの部隊の人達と一緒に走ったりスポーツしたりとか」

 

「勉強、ね……文字の読み書きがほとんどわからん俺には無縁だな」

 

「え!」

 

 読み書きというのは誰もが幼い頃から習ってできるようになるものだと思っていたけど、これももしかしたらちょっと違うのかもしれないという事に小さくはない驚き。

 

「そんなに驚く事言った覚えはないんだが。そもそも、読み書きできるような奴が根無し草でフリーの傭兵なんかやるかよ」

 

「そうなの? えっと、そうなんだ……」

 

「たぶんだけどよ、オレの知ってる常識とお前の知ってる常識ってのは大きく違うんだろうな」

 

「……トラさんって傭兵だったんだ」

 

「読み書きの話じゃなくて職業の話かよ。会話のリズムも大きく違うな」

 

 私にとって傭兵と聞いて真っ先に頭に思い浮かべるのはルイーサであり、傭兵の仕事というのは誰かや何かを守ったり、毎日たくさんの訓練をする事だと思っていた。なので、今こうして廃墟群の中でのんびりとしているように見えるトラが私の抱く傭兵のイメージにそぐわなくて少しだけ戸惑ってしまう。

 

「傭兵さんのお仕事って警備とか訓練をいっぱいしているイメージだったけど、運送のお仕事もするんだね」

 

「傭兵なんてのは報酬があるならなんでもする奴等の事を言うんだ」

 

「へぇ~」

 

 少しだけ嫌そうな顔で吐き捨てるような言葉遣いのトラ。

 ひょっとすると、私の知る傭兵という職業とトラの言う傭兵にもまた、大きな認識の違いがあるかもしれない。

 

「えーっと」

 

「なんだよ」

 

「トラさんは傭兵として普段どんな事をしてきたの?」

 

「どんな事、か……。なんでもだ、クリーチャーの駆除だったり食糧プラントの警備だったり爆破工作だったりなんでもだ」

 

「わぁ、本当になんでもできるんだね。すごい! 怪我の手当もできるし、トラさんってすごいんだね!」

 

 クリーチャーの駆除をしたという事は影像記録だけでも恐ろしいあの生き物と戦った事があるのだろう。食糧プラントの警備という事は多くの人にとって重要な食品の生産をその手で守った事もあるのだろう。爆破工作はよくわからないけどなにかを爆発させたのだと思う。それら全てを経験してきた事に羨望の念ばかりが湧いてくる。

 どれも私にはできないことで、未知の世界。

 

 思ったままに褒めると、トラが眉間にとても強く皺を寄せた後に先ほどまでのように双眼鏡を覗いて遠くを見回し始めた。

 

「ねぇ、他にもなにかしたりしたのかな!」

 

「……今みたいに運送の手伝いと警備とか、お前がさっきやってたのと同じ鉄屑拾いとかだな。鉄屑拾いは装備も技能も無いガキにだってできるからな」

 

「ということは、私も傭兵さん?」

 

「さァな。だけどよ、場合によってはそうなるしかなくなるかもな」

 

「え?」

 

「なにをとぼけてんだ、さっきもビーン爺に色々と考えておけって言われてたろ。あれってつまりお前がどうあっても家に帰れなくなって1人で生きてかなきゃならねぇ場合も考えておけって事だろうが」

 

「えっ!」

 

 私を見ないままのトラから唐突に突き付けられた言葉。どうあっても家に帰れない、1人で生きていかなきゃいけない。そんな想像なんて今までにした事なんて無く、もしもそんな状況に陥ってしまったらと言われても驚くしかできなかった。

 

「奇襲されて、護衛対象を1人で走らせてでもその場から逃がさなきゃいけなくて、合流予定だったはずの別部隊も不明。……まぁ、そういう事だろ」

 

「…………そういう……こと……?」

 

 やはり、私を見ないままのトラの言葉は私にとって難しく。オウム返に理解の及ばなかった部分を繰り返すと、双眼鏡から眼を離して1度だけ私を見たトラがまた双眼鏡を覗き直してから慎重そうに口を動かす。

 

「あー……。家に帰ってもお前を迎えてくれる奴はもう誰もいないかもしれないし、なんだったらお前の家は奇襲してきた奴等に占拠されててそいつらに見つかったらどうにかされちまうかも知れないって事だ」

 

「だれも、いない……。占拠」

 

 背中に冷たい何かを感じながら鈍くなる思考。

 心臓が嫌な鼓動を打つのを感じつつ、トラの言葉を理解するために何度も呼吸を繰り返しながら考える。

 トラが具体性を濁した言葉はつまり、父やルイーサ達が襲撃者達に敗北して死んでしまっている状況もありえるという事なのだろう。

 

 考えたくもなかった事、いや、意識して考えないようにしていた可能性を改めて突き付けられて、鉛を飲んだかのように胸が苦しくなり、ただ沈黙してしまう。

 

「……いや、まだそうなったと決まった訳じゃないからな。そうなる可能性もあるから身の振り方を考えとけって事だぞ」

 

 しばらくの沈黙の後に少しだけぶっきらぼうではないトラ。

 色々と考えておけという言葉の重さに今更気付いた私は、どうしようもなく言葉に詰まっているだけだった。

 私はどうすればいいのか、何もわからない。

 

「どうすればいいんだろ……」

 

 何もわからないまま、トラと話をしに来た当初の目的の質問を今ようやく言葉にした。そして、やっぱり遠くを見たままのトラがまた少しだけぶっきらぼうではない声色。

 

「どうするもこうするも、どうにもなりたくなけりゃ生き足掻くしかねェだろうよ」

 

「あがく……?」

 

「その方法なんざその時によって変わるんじゃねぇの? おっと、街の様子を見に行ってた奴等が戻ってきたな。これからどうするかなんてアイツらの話を聞いてからの方が考えてもいいだろうよ」

 

 その言葉につられてトラが視線を向けている方角へと私も視線を向ける。視界のずっと先、まだ爪の先ほどに小さく見える車輌が砂ぼこりを上げながら私達のいる場所へと向かってくるのがかろうじて見える。

 会話の途切れた沈黙の中、向かってくるのがどうか良い報せであって欲しいと祈りながら徐々に大きく見えていく砂ぼこりをずっと見詰めていた。



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臭いのは嫌いだよ

 

 街の様子を見に行ってくれた彼等が何を言っているのか、最初はまるで理解できなかった。

 

「てっとり早く分け前の話からしようや」

 

「ここにいる5人でそれぞれ等分、不公平は無しだ」

 

「お前がそのガキを拾った、ジジイは現時点での俺達傭兵の雇い主で責任者、オレらが儲け話を持ってきた、どれが欠けてもこのラッキーは無かったからな」

 

 修理の済んでいないトレーラーの横、それぞれが地べたや簡素な椅子などに腰を降ろして情報の整理をしようとしたところで切り出された話題に私は意図がまったく読めず、困惑のままトラとビーンに視線を向けるとそれぞれ困惑か思考の読めない無のどちらかな表情をしていた。

 

「いきなり金の話をされても話が読めねェよ」

 

「お前等傭兵の企み事に興味なんぞ無いわ。それよりも先に雇われとして指示された情報収集の話をせんかい」

 

 まず私と同じように困惑の様子だったトラが三人に問い掛けるも、それに被せるように強い語調でのビーン。

 

「あー、たしかにそうだわな。俺達のとんでもねぇ幸運にちょいと気が逸ってた」

 

 3人の内の1人、頬に傷跡のある男が少しだけ申し訳なさそうに軽い笑みを浮かべてから説明を始める。曰く、屋敷や父の会社を襲撃した一団が私の事を探していて、私の身柄に莫大な懸賞金が懸けられているとの事。

 

「そこのガキがハーゼバインの新製品の秘密を握ってるらしくてな、それが目的で今回の戦争をふっかけた側が今血眼になってそこのガキを探してんだ」

 

「新製品の秘密?」

 

「えっと、うん」

 

 ハーゼバインとは父の経営する会社の名前だ。そして、新製品の秘密とはきっと、私が今着用しているこのアシストアーマーそのものの事なのだろう。怪訝そうに私を見て訊ねてきたトラに対して誤魔化す必要性を感じなかったので、心当たりの通りに肯定する。

 そして、どうやら私はお尋ね者のようになっているらしいけども、あまりにも突然すぎる情報にどうにも現実感が無くてどんな思いを抱けばいいのかもわからない。まるで、遠いどこかの小さな事件を耳にした時のようにさえも感じてしまう。

 

「その懸賞金がまた凄くてな、多脚歩行戦車を何台か買えるくらいの額だ。思わず目ン玉飛び出るかと思ったぜ!」

 

「えぇい、金の話よりも仕事の話をしろスカタンどもめ! 儂は街の様子はどうだったのかと聞いているんだ!」

 

 3人の内のもう1人、赤鼻の男が興奮気味に大袈裟な仕草で眼を見開くも、それまで無表情だったビーンが苛立ち気味に声を荒らげた事でほんの一瞬の静寂。

 私としても街の様子、というよりは屋敷と父の会社の様子を知りたいので、ビーンによる情報の催促にはとてと賛成したいと思う。

 

「ハーゼバインの社屋は黒焦げ、工場は占領、屋敷は爆破でもされたのか半壊で、それぞれに常駐してた戦力は散りぢりの逃走だってよ。街は今ふっかけた側の戦力が残党を探してウロウロしてらぁ」

 

「え……?」

 

 傷の男がなんて事ないように口にした言葉に、どこか遠くに離れていた現実感が急激に私の背後に迫ってきて悪夢を囁いてきたかのような気持ち悪さと恐ろしさを覚える。

 社屋は黒焦げ、父の安否はどうなっているのか。

 屋敷は半壊、ルイーサ達の安否はどうなっているのか。

 まさか、みんな本当に死んでしまったのか。

 

「ハーゼバインはあの鉄腕ルイーサが率いる傭兵団、アルミラージを戦力として抱えていたはずじゃろう。そこらの戦力でどうにかなるとは思えんが? それに、曲者で有名なエーデルハーゼの当主もそう簡単な奴ではなかろうに」

 

「アシストアーマー開発で競合していたブルーホーネット社がほぼ総動員で奇襲をかけたらしい」

 

「鉄腕とエーデルハーゼは死んだのか?」

 

「さぁな、どっちも死体を確認したって話はなかった。けどよ、まだ生きてても遅かれ早かれ残党狩りに捕まるだろうよ」

 

 気持ち悪さと恐ろしさに息が詰まり、震えそうになる中で耳に入るビーンと傷跡男のやり取り。その中にあった死は確認されてないという言葉に少しだけ空気が肺に入る。

 

「……人生逆転の賭けに出るほど儂は若くは無い、悪企みはお前等傭兵だけでやれ。儂は今後の予定について1人で考える、このコンテナにはハーゼバインに届ける予定だった荷を積んでるからな」

 

 ひどく億劫そうに簡素な椅子から腰を上げたビーンが私達から離れてトレーラーの運転席へと入っていく。それを見届けた3人が、とてと面倒くさそうな顔をしながら小指で耳を掻いていたトラへと視線を合わせた。

 

「ジジイは降りたから分け前はそれぞれ2割5分だな。とことん幸運な展開だぜ」

 

 上機嫌そうに話し始めた傷跡男。

 

「あァ? 何言ってんだお前」

 

 冷めた眼でバカにしたように薄く笑うトラ。

 

「……そうか、いや、たしかにガキを拾った本人と儲け話を持ってきただけの俺達の分け前を対等にするのは少しぼったくりだったな。俺達からそれぞれ5分抜いてお前の取り分は4割でどうだ?」

 

「もう一回言うぞ、何言ってんだお前?」

 

「…………いやいや、あんまり大きな態度すんなよ小僧。こっちは3人がかりでお前をブッ殺してそのガキさらってやってもいい所を互いの幸運に免じてかなり譲歩してんだぞ」

 

「こ、殺っ……!?」

 

 たぶん交渉を持ち掛けているのであろう傷跡男に対して、相手が口を動かせば動かすほど虎色の瞳の温度を下げていくトラ。その果てに、傷跡男が最初の上機嫌さを無くして乱暴に言葉を吐き、その物騒さが信じがたくて私の喉から搾るように声が漏れる。

 今ってもしかしたらとても危ない状況なのかもしれない。と、危機を感じたと同時に、そもそもこの話し合いは私の身柄をどう扱うかのもので、もしかしたら私は屋敷を奇襲してきた武装勢力に引き渡されるかもしれない瀬戸際だった事に気付く。

 

「譲歩もなにもこいつを売る気なんてないんだが。犬や猫じゃねェんだから1度拾った以上そのまま気軽に捨てれるかよ」

 

「お前こそ何いってんだ、犬や猫なんぞよりもよっぽど価値のあるモノ拾っといて上手く使わねぇなんて正気か?」

 

「正気に決まってんだろ、テメェと同じ物差しで物事考えてねェんだ。こっちは真っ当に人間やってんだよ」

 

 一触即発。今にもトラへと飛び掛かって殴り合いが始めそうな傷跡男の肌をひりつかせるような雰囲気が落ち着かなくて、特に深い思考の無いまま足がトラの背後へゆっくりと向かう。

 

「──ひゃぁ!?」

 

「おっとぉ、お姫様は大人しくしてな。今更逃げようなんて考えんなよ」

 

 しかし、3人の内最後の1人で、最初以外は沈黙を保っていた小太りの男がいつの間にか私に近付いていて、突然私の腕を引っ張っておさえてくる。そして、その勢いで視界が大きく揺れ動いた直後に背中から首と胴体に腕を回されて羽交い締めのように拘束された。

 噎せかえるような強くすえた体臭と、おぞましささえも感じる湿気た吐息が頭上から降り注いだ気持ち悪さに身体が激しく硬直してしまう。

 

「おい、乱暴にすんなオッサン」

 

「そうカリカリすんなや若いの、オレらは本当にお前さんとヤリ合うつもりはねぇ。こいつは交渉だ」

 

「交渉? 袋叩きをほのめかす脅迫がオッサン達にとっては交渉なのかよ」

 

「そう言うなよ、これも1つのやり方だ。で、だ。お前さん金に頷かねぇって事はあれだろ? シモの方が大事なタチなんだろ?」

 

 硬直したままな私の頭上、おぞましい吐息を吐いてる顔の位置を虎色の瞳で睨むトラ。その鋭さを私に向けられてる訳では無いのに、その剣呑さによって更に身が硬直して声すらも出せなくなる。

 

「俺の分け前から更に1割をお前さんに、そんでもって引き渡す前の()()()()を1番最初に好きなだけお前さんがすればいい」

 

「あァ?」

 

「そりゃあ男なら1度はどんな大金払っても抱けないような身分の女を抱いてみてぇやな。こいつはまだまだガキだがそれでも将来有望で見てくれはかなり上玉だもんな」

 

 瞬間、全身の毛が逆立ったのを知覚するほどの鳥肌。

 

「へへっ、ガキの癖に触ればわかる程度には乳もあるみたいだ」

 

 私の胴を拘束していた腕が蛇のように動き、ルイーサが着せてくれたベストの横から入り込んで最近になって少しだけ膨らんできた胸をアシストアーマー越しにまさぐられた。

 

 おぞましい。

 気持ち悪い。

 恐ろしい。

 

 それら負の思いに埋め尽くされた思考。それほど物事を知らない私でも今まさに尊厳を踏みにじられかけている事が理解できてしまう。 

 身体の震えが止まらなくなり、引きつった喉に悲鳴さえ出せないまま涙が滲む。

 

「ただまぁ、かなりの金額を譲歩してんだ、オレもその後から使わせて──」

 

「くたばれゲス外道」

 

「──おブッ!!」

 

 滲む視界では正確に何が起きたのかは見えなかった。

 

 でも、私の頭上からこぼれ落とされていた湿気た吐息の声が強かに肉を打つ音と小さくはない衝撃に中断され、私を拘束していた腕が離れて拒否感しか感じない体臭が遠ざかるのを感じた。

 そして、いつの間にか腰が抜けていたのか膝から崩れ落ちそうになった私をまた誰かが捕まえて、いつか父やルイーサがそうしてくれたように持ち上げて抱えられた。

 

「言っただろうが、テメェらと同じ物差しで物事考えてねェんだよ。一緒にすんな胸糞悪ィ」

 

 私を抱えたのはトラだった。

 怒気を隠さない声が、私のすぐ頭上から耳を打つ。

 

「んごぉっ! 鼻が潰れた、鼻血止まんねぇ!!」

 

「小僧、お姫様抱えて騎士気取りかよ。それ相手にどんだけ尽くしてもお前だって所詮は野良の傭兵、それは小僧がどれだけ幸運だったとしても絶対に報われねぇし寿命を縮めるだけだぞ」

 

「知るかよ。オレはお前等みたいな汚ねェ生き方をしたくねェだけだ」

 

 それっきり、とても嫌な気配のする沈黙。

 負の感情しか感じない拘束から解放され、父やルイーサを連想する相手に助けられても尚続く身体の硬直と震え。それでもどうにか動かせた目蓋のまばたきに視界を滲ませていた涙が落ちて視界がある程度明瞭さを取り戻す。

 

「ダメだな、俺達とお前じゃ根本的なモノが違う。交渉は終わりだ」

 

 復帰した視界に見上げるのは野生的な赤髪と虎色の強い瞳。

 視界の端には諦めたように深く息を吐く傷跡男と懐からゆっくりと拳銃を取り出す赤鼻男。

 そして、その傷跡男達の更に奥のコンテナ上に見馴れない何かが音を立てず現れた。 

 

「最初から交渉なんて無かったじゃねェかよボケカスが」

 

 見馴れない何か。それは輪郭だけなら人間によく似ていて、だけどその腕の先には殺傷力の高さを伺える長く鋭い爪を持つ白い蝋のような皮膚の生き物。

 

 私はこの生き物を知っている。

 遭遇したのは初めてだけど、その危険性は映像記録や書籍で学んでいた。

 

「言っておくが、最初に手を出したのはお前だからな。縮んだ寿命は今日までだ、死ね」

 

 背後に現れた生き物に気付いていないのか、脇のホルスターから拳銃を抜こうと手を動かす傷跡男。そして、その生き物の出現にきづいて無いはずがないのにそれに対しての反応をせずにトラが挑発するように鼻で笑う。

 

「ハッ、冗談じゃねェ。お前が死んどけよ」

 

 私を抱える手に力を籠めるトラと拳銃を抜いた傷跡男が睨み会う中、コンテナの上に現れたそれが人の顔から全ての個性を抜いたような蝋人形じみた顔の口を開いて牙を剥き出しにし、音を立てないまま掲げるように振り上げられた鋭い爪が陽光を反射して輝くのを、矢継ぎ早に訪れた恐怖に眼を離せなくなった私の眼を眩ませる。

 

「鼻が痛っ──おい! 後ろに変性生物(クリーチャー)が来てるぞ!」

 

 うずくまって悶えていた小太り男の悲鳴のような絶叫。

 その場の全員が、それを合図に激しく動き出す。

 

キィェェァァァァァーー!!!」

 

 ひどく耳障りな金切り声で鳴きながらコンテナから大きく跳躍し、振り向こうとした赤鼻男の首に爪を叩き付けるクリーチャー。急所である首から噴き出すように出血した赤鼻男が悲鳴のないままクリーチャーに押し倒されるように地に伏せる。

 

「クソッ! こいつをブッ殺せぇぇ!」

 

 赤鼻男を倒した勢いで振るわれたクリーチャーの爪を仰け反るようにして辛うじて回避した傷跡男が叫びながら拳銃をクリーチャーへと何度も発砲し、小太り男が鼻血を流したまま先ほどまで男達が乗車していた装甲車へと向かって脚をもつらせながら走り出す。

 

「よし、逃げるぞ!」

 

 半ばパニックの様相となった場に対して瞬時に背を向けたトラが振り回すように私を持ち上げて肩に担ぎ上げ、アシストアーマーの腹部が瞬間的に脈動してその衝撃を受け流す。そして、傷跡男とクリーチャーがもつれ合う姿が徐々に遠ざかる光景を私はただ見ているだけだった。

 

「ガキが逃げっ、ぐぁっ! クソッ! クソがぁぁぁぁ!!」

 

 血飛沫が散って恐怖心を煽る光景、見ていたくはないはずなのに、眼を逸らす事ができないままただトラに担がれてそれを視界に納めつづける。トラが廃墟群の崩れかけた建物に飛び込んでその光景が遮られる直前に見えたのは、傷跡男がクリーチャーに押し倒されて覆い被さられる姿だった。

 

 逃げた先からまた逃げて、何処に向かって逃げているのかもわからないまま私はただ呆然とトラに担がれていた。



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それはまるでお伽噺のような

 

「あ~~、さすがに死ぬかと思った」

 

 あの場からどれだけ離れたのか、それなりに形を保っている建物ばかりの廃墟群の中にある殺風景なコンクリート造りの建物の中で、私を埃まみれの床に降ろしたトラが呼吸を荒くしながら壁に背を預けて崩れるように座り込む。

 

「あのタイミングで変性生物(クリーチャー)があの方向から襲ってこなけりゃでマジで死んでたな」

 

 亀裂だらけなコンクリートの部屋に呼吸が整わないトラのぼやきが反響。それに対してどう言葉を返せばいいのかわからず、ただ降ろされた場所にへたり込み続けながら、天井を見上げてあえぐように呼吸を繰り返すトラを見続ける。

 

「トラクターに装備の大半置いて来ちまった、拳銃(ハンドガン)とナイフだけじゃさっきのクリーチャーにまた出くわしたら今度こそ死ぬぞ。どうしろってんだよこの状況」

 

「えっと、その……ごめんなさい……」

 

「別に謝罪なんて求めてねェよ。あァ、クソ、マジで面倒な事になった」

 

 きっと、この状況はトラが私を保護してくれた上に庇ってくれたから起きてしまった状況なのだろう。それはつまり、この状況は私のせいという事。

 なげやりなぼやきを繰り返すトラに負担を掛け続けている事を謝ると、天井を見上げていた虎色の瞳が私を見た。

 

「休憩ついでに状況を整理するぞ」

 

「う、うん」

 

「まず、お前ってマジで何者なんだよ。さっきは俺以外の全員がお前の事を色々知ってるような雰囲気で話が進んでいたからな、襲撃される家だの新製品の秘密だのアホみたいな懸賞金だの全部詳細に話せ」

 

 大して興味は無かったが、事がこうなった以上色々と知っておかなければまた唐突に訳のわからない状況になりかねない。と、整い始めた呼吸のトラが拒否を許さない雰囲気で私に言う。それに対して、私は特に何も隠す必要性を感じなかったし、こんなにも私を助けてくれている相手に不必要な秘密を持つべきではないと思ったので包み隠さずに全て答える。

 まずトラが質問し、私がそれに答える一問一答の会話。トラ自身が知るべきだと考えたのであろう問い掛けに1つずつ答えていくと、徐々にトラの表情が渋い物へと変わっていった。

 

「なるほどね、つまり1つの大型都市を牛耳るハーゼバイン社が市場も戦場も変えるような技術革新をして、それをどうにか横取りするためによその会社の部隊が戦争ふっかけてきて、でもその技術革新の塊なアシストアーマーの唯一の現物をお前が着用して逃げ回ってて、ついでにお前は大型都市を言葉1つで動かせる社長の1人娘って事な。……マジモノの姫様じゃねェかよお前、廃墟群で迷子になってんじゃねェよ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「謝られてもどうしようもねェな」

 

 オレ以外の全員が家名を聞いた時点でコイツの正体に気付いていやがったのか、そりゃ全員コイツを姫様呼ばわりする訳だな。と、心底疲れたように深く長い溜め息を吐き捨てるトラ。

 

「戦争……?」

 

「都市と都市の抗争なんざ戦争そのものだろうがよ」

 

 理解した事を言葉にして整理していたトラの発言に気になった部分ががあったので質問してみれば、当たり前の事だと言わんばかりな口調での返事。

 

「会社が別の会社の本拠地で好き勝手大暴れしたんだ、こうなったらどっちかが再起不能になるまで徹底的な戦闘が続くだろうよ。これが戦争じゃなかったらなにが戦争だってんだ」

 

 残党は徹底的に狩られるだろうし、都市機能の全ては占領される。どちらかがそれを達成するまで流血は終わらない。その説明に、全身の血の気が引くのを感じた。

 もしかしたら、父も、ルイーサも、隊員達や会社の人達、そして、私もが襲撃してきた相手にとって殺害の対象になっているだろうという説明が、私の胸の奥になにか黒く冷たい物を差し込むような心地を憶える。

 

「で、だ。次はブルーホーネット(襲撃してきた部隊)やら金目的なフリーの傭兵やらついでにクリーチャーやらの周囲360度全部が全部敵ばっかりの状況でこれからどうするかの話だ」

 

「これから……? どうすればいいのかな。私、なんにもわからなくて……」

 

「だろうな。この状況を打破する方法が思い付く箱入りお姫様が存在するなら会ってみてェよ」

 

 ちょっと待て、少し考える。その一言の後に眉間へと皺を寄せながら顎を指の腹で擦る仕草で黙り込むトラ。そして、そのいかにも頭を悩ませている姿のトラを視界に納めながら、私も父やルイーサなどから教わった事や勉強した事からなにか少しでも役に立ちそうな事を思い出せないか記憶を辿る。

 

──誰も信じちゃいけない、優しい世界しか知らないお嬢には難しいかもしれないどね、この世界はお嬢の想像できないほどに悪辣で、残酷なんだ。

 

 その中でふと思い出したのは、今しがた実感してしまった教え。

 私を捕まえて何処かの部隊に連れていけばものすごい大金が支払われるらしく、実際に私を捕まえてあまつさえ酷い乱暴をしようとしていた人達もいるくらいなのに、トラは何故そうしないで私を助け続けてくれているのだろう。

 

「あ、あのねトラさん」

 

 トラが眉間に皺を寄せたまま私を見る。

 

「あァ? まさかお前が状況を打破する策を思い付くとんでもねェ箱入りお姫様だったのか?」

 

「そうじゃなくて、その……トラさんはどうしてこんなに助けてくれるのかなって」

 

「それ今聞くような事か? 大した理由なんて無ェよ。拾ったからには犬猫みてェに捨てる訳にもいかねェし、金に目が眩んだドブカスゲス外道共と同じになりたくねェからお前と逃げた。たったそれだけの事だろうが」

 

「でも、たぶんだけど、トラさん1人なら何も知らない私を連れていくよりももっと簡単に逃げたりできたんじゃないの?」

 

「そうかもな、でもそうしなかったのも全部成り行きだ。それに、あのドブカスゲス外道共が得して何も悪い事してないお前が損するのが気に喰わなかったからな」

 

 そんなどうでもいい話は全部どうにかできてからにしろ。そう言って今度は額に拳をあてながら埃まみれの床を睨み始めるトラ。

 強制的に話を中断させられた私は、成り行きという一言で全部片付けられた事にほんのりと釈然としない思いを抱きつつも、再度何か役に立ちそうな事を思い出せないか記憶を辿る。辿ろうとするも、問い掛けがどうにもスッキリとしない終わりかたをしたせいか先ほどのトラの言葉が何度も脳内で繰り返される。

 

 成り行き、成り行き、成り行き。

 助ける事に大した理由は無い。

 外道が得するのが許せない。

 悪い事してない人が損するのが気に喰わない。

 

 ふと、思う。

 まるで、勧善懲悪なお伽噺に語られる騎士みたい。

 

「……騎士さん」

 

「あァ?」

 

 無意識の内にこぼれ落ちた言葉にトラの怪訝な視線が向く。

 

「あ……その、理由が無くても助けてくれて、悪い人が許せないのがお伽噺の騎士さんみたいだな……って」

 

「…………頭の中に花畑でも詰まってんのか? ちょっと黙ってろ」

 

「……うん」

 

 とても呆れたような声色と見せ付けるように吐かれた溜め息がなんだかいたたまれなくて、そっぽを向いたトラから私も視線を逸らして床を見詰めて沈黙する。

 そして、いくらかの時間が過ぎた後に溜め息ではない息を吐いてからトラが口を開いた。

 

「これからどうするか決めたが、後からなんでなんでと聞かれても面倒だから今全部説明する」

 

「うん、お願いします」

 

「まずはお前の実家がある街に向かうぞ」

 

 ほぼ装備無しの現状、それ以外の街に行くにはクリーチャーとの遭遇や食糧等の面から見て不可能で、ビーンのトレーラーまで戻るにも傷跡男達がもしもまだ生きていれば危険なのでそれも不可能。向かう先は一番近い街しかあり得ないとの事。

 

「多少は襲撃部隊の目があるだろうが、それから隠れつつどうにかお前の実家の勢力の残党を見付けてお前を引き渡す。そうすればお前は信用できる護衛の元に帰れる訳だな」

 

「私、トラさんの事も信用してるよ?」

 

「そう簡単に信用すんじゃねェよバカ。オレは今成り行きでお前を助ける状況が続いてるだけで、傭兵ってのは基本的にさっきのドブカスゲス外道の方が普通なんだからな」

 

「? ……???」

 

 トラの言う言葉は私にとって初めて見る数式のように難解なものだった。トラはさっきの恐ろしい3人組とは違って、トラは自らの言うドブカスゲス外道と同じなのが嫌な良い人なのではないだろうか。

 

「話を続けるぞ。お前は実家もしくは残党の元に帰る、オレは迷子のお姫様を帰らせた報酬にトレーラーに置いてきた装備の代わりを報酬に貰う。つまり、これはお前が依頼主の護衛任務だ」

 

「私が依頼主?」

 

「そうだ。戦争中とはいえお姫様の一言がありゃ1人分の装備を融通するくらいはできるだろ。それが済めばオレはお役御免、面倒事は終わりでその先は勝手にやらせて貰う」

 

 契約の内容は迷子を信用できる奴に引き渡す、報酬は適当な装備。と、簡潔に要点を纏めたトラが視線で私に返事を促す。

 たぶん、この提案には迷いなく頷くべきなんだと思う。

 父やルイーサだけではなく、屋敷の人達や部隊の人達は皆私を大事に扱ってくれていて、誰も私の行方を知れてないであろう現状はその皆に心配を掛けているはず。もちろん、その逆で私も安否のわからない皆を心配する気持ちはとても大きい。急いで帰れる手段があるならそうするべきなのだとわかる。

 でも、何故か即座に頷く事ができなかった。

 

「おい、なに黙ってんだ。イエスかノーのどっちかの簡単な事だろうがよ」

 

「えぇと、その……イエスでお願いします」

 

「おゥ、この状況じゃそれしか答えが無ェだろうがよ。そうと決まればさっさと移動するぞ、こんなクリーチャーと遭遇しかねない場所でのんびりする理由なんて無ェからな」

 

 私は何に引っ掛かりを覚えて頷く事を躊躇したのか。

 それをわからないまま、私達は休憩に使っていた建物を後にした。

 

 


 

 

 しばらく廃墟群を進むと、私達の進む先を遮るように右にも左にも何処までも続く頑丈そうなフェンスが続いていた。トラが言うにはこのフェンスは街一番端に設置されている物で、これでクリーチャーが街に侵入してこないようにしているらしい。

 

「迂闊に触るなよ、街によって色々と仕掛けが変わるが触った瞬間に高圧電流で感電死なんてのも多いからな」

 

「ふぇぇ……」

 

 他にも自動化された機銃が射撃してきたり、警報が鳴り響いて即座に武装した警備が駆け付けてきたり、フェンスを設置してない代わりに大量の地雷を敷設していたりなんて事もあるらしい。

 街の安全を守るために色んな工夫がされていることに感心しつつ、その殺傷力の高さにはおののくしかない。

 そして、普段人の行き来ができるように門になっている場所はブルーホーネットの見張りがある事が予想されるので、この危険なフェンスをどうにか越えるしか街に入る方法は無いらしい。

 

「コイツはよく見るタイプの電流トラップだな。フェンスを辿ってどっちかに進めば何処かにケーブルがあって、それを切断すればフェンスを登れる。ケーブルを見付けりゃ外からでも拳銃で一発だ」

 

「そ、そうなんだ。仕掛けは意外と単純なんだね」

 

「要はクリーチャーを追い払えれりゃいいからな。こういうのは仕掛けを凝れば凝るほどメンテナンスが面倒だから単純に作ってんだよ」

 

 私達2人以外の生き物の気配を感じないまま、フェンスに沿って延々と歩く。クリーチャーというのは獣のように本能に忠実だけど、決して知性が無い訳じゃないのでこういった仕掛けがある場所にはそうそうに近付いてこないとトラは言う。

 

「あのね、トラさん。ちょっと思い付いたんだけど」

 

「なんだよ」

 

 進む先だけではなくて周囲に対して常に視線を巡らせているトラが私を見ないまま、私達は言葉を交わす。

 

「どこにあるかわからないケーブルを探して歩くより、このフェンス飛び越えちゃった方が早いんじゃないかな」

 

「それができるなら苦労しねェ……そういやお前、すげェスペックのアシストアーマー着てるんだっけか」

 

「えっと、最初に屋敷から出た時、このフェンスよりも高い塀を飛び越えてたから、このフェンスも飛び越えられるよ」

 

 私の提案に歩みも周囲を見回すのも中断したトラが真顔で私を見て、それに対して私は1度もっと難しいであろう事を成功させた体験があるので提案した事も必ず実行できる自信が有るのを胸の前で両の拳を握って示す。すると、トラが少しだけ思案するような間を作る。

 

「お前1人で向こうに行けたとして、その後は自力で実家の勢力探せんのか?」

 

「え……。たぶん、ダメだと思う」

 

「だろうな。それじゃあ俺を抱えて跳べるか?」

 

「トラさんってけっこう体大きいし、この人工筋肉量じゃちょっと難しいかも。重いものを持ち上げて運ぶなら簡単だけど、負荷が増えるほど瞬発力って低下しちゃうから」

 

 父からこのアシストアーマーを貰った時に読んだスペック表を思い出しながら私とトラの体重をざっくりと計算して、どれ程の跳躍ができるかと予測するが、完全確実に電流トラップを回避できるかはかなりギリギリになりそうだと大まかに予測。

 

「雑な見積りで試して失敗の挙げ句黒焦げなんて論外だ。重い物を運ぶのは簡単って言ったな、その瓦礫なら持ち上げてぶん投げれるか?」

 

「どうだろう、試してみるね」

 

 そう言いながらトラが指差したのは、私が膝を抱えて座った姿勢よりはと大きい位の瓦礫。意図の読めないまま言われるがままに瓦礫に歩み寄って持ち上げようと試みる。

 瓦礫を抱くように腕を伸ばし、表面の凹凸に指を引っ掛ける。そして、持ち上げる事ができたとしてもバランスを崩して転倒してしまわないように1度腰を低く降ろしてから力を入れ始める。

 

 アシストアーマーが脈動、全身の人工筋肉が急激に稼働して布を搾るような音。しかし、瓦礫はほんの僅かに揺れ動いただけで持ち上がらない。

 

「駄目そうだな」

 

 提案しつつもあまり期待はしてなかったのか、トラが鼻で小さく息を吐く。しかし、私はそのまま力を入れ続ける。

 人工筋肉の瞬発力では持ち上がらない荷重、それでも力を籠める意思を持ち続ける着用者の意思に従い、アシストアーマーに搭載された補佐システムが稼働してモードが切り替わる。

 私を包む人工筋肉が徐々に膨らみ始め、着用者である私を締め付ける程に膨らんだそれは、これまでの瞬発力を優先する通常モードではなく最大出力のみを最優先に稼働するパワーモード。

 

「えいっ」

 

「マジか、嘘だろ」

 

 ギチギチとゴムを強く擦り合わせたような耳に障る音を鳴らす人工筋肉。圧迫感による息苦しさに耐えつつ降ろした腰と瓦礫に回した腕を上に上げると、先ほどは僅かに揺れ動いただけだった瓦礫が私の頭上に持ち上がった。

 

「持ち上がったけど、これ、どうすれば、いいの、かな」

 

「マジで持ち上げたのかよ。落とすなよ、絶対頭とかに落とすなよ」

 

「どうすれ、ば、いい、のぉ」

 

 苦痛に近い圧迫感に声を震わせながら指示を仰ぐと、トラが慌てたようにフェンスを指差した。

 

「ぶん投げてブチ破れ」

 

「うん……よ、い、しょぉっ!」

 

 弾けるような騒音。

 一瞬だけ波打つようにひしゃげたフェンスが瓦礫の荷重と勢いに耐えきれずに人が通れる程に大きな穴を開けるように破けて壊れる。その瞬間、フェンスの破壊された断面が刹那的に発光して火花を散らした。

 そして、瓦礫を持ち上げる負荷が消失し、私が力む事をやめた事によりアシストアーマーの補佐システムが切り替わって通常モードへ。私の体を苦しいほど締め付けていた人工筋肉がゆっくりと縮んで通常の形態へと戻っていく。

 

「ふぅ」

 

「…………ぅっわ……」

 

 苦痛に近い圧迫感から解放された事に安堵のような息を吐けば、なんとも言いがたい複雑そうな視線を私に向けるトラ。

 

「そんな体型丸わかりの裸寸前みたいな格好の癖にとんでもねェパワーが出るのな」

 

「丸わかり!?」

 

「アシストアーマーについては詳しくねェけどよ、そりゃ戦争してまで欲しがる奴が出る訳だわ」

 

「裸寸前!!?」

 

「何を今更、お前そんな格好してっからあのロリコンデブにスケベな目で見られて狙われて胸まで揉まれてんだろうがよ」

 

「スケッ……!!?!?」

 

「お前まさか気付いてなかったのか? 箱入りで物を知らないのは仕方無いにしてももう少しそういう事に気を付けろよ。防護ベスト着てるからまだマシかもわからねェが、それがなかったら変態スレスレだぞ」

 

「へ ん た い!!!??」

 

 進む先を確保できたかと思えば矢継ぎ早に告げられる驚愕の言葉。

 ルイーサも今の私と同じように運動場ではアシストアーマーだけの姿だったり、屋敷でも上半身は薄手のタンクトップ1枚だったりするので普通の事だと思っていたけれども、トラの言う体のラインが一目で解る格好というのは変態一歩手前という言葉に私の中の常識が音を立てて崩壊するのを感じてしまう。

 

「わ、わたし、変態さんじゃないよ!」

 

「大声出すなようるせェな。こっから先は誰に見付かっても襲わるかもしれねェのが理解できてねェのか、静かにしろボケ」

 

「で、でも……!」

 

「あァ、わかったわかった。そんな事よりもこの穴通る時に絶対フェンス触るなよ、感電するからな」

 

 私の抗議に対して雑な対応をしながらフェンスに開けた穴を抜けていくトラ。その後ろを釈然としない気持ちのまま慎重に穴を抜ける。

 

「周りの何もかもが敵かもわからん状況で隠れながら進まなきゃならねェのにその変態みてェな目立つ格好はダメだな。どうにか誤魔化さねェと」

 

「……変態さんじゃないよぉ」

 

 こうして、私達は壊れた物ばかりな廃墟群を抜けて少しずつ人の営みを感じられる場所へと進んでいった。



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おおざっぱなケチャップは嫌いじゃないよ

 

 私は今、あんまり機嫌が良くない。

 少しだけだけど、怒っていると表現してもいいかもしれない。

 

「何がそんなに気に食わねェんだよ、においか?」

 

 私の格好が目立つというのは、まぁそういうものなのだと理解できる。なので、街の中心地へと進んでいく中で増えてきた人目から逃れて隠れるために路地裏の大きなゴミ箱に放り込まれ、色んなゴミに包まれて手入れに気を付けている髪に卒倒しそうなほどの悪臭がこべりついたのは仕方無い事だとも理解できる。

 

「それとも待たせ過ぎだってか? それは今は慎重に動かなきゃならねェんだから仕方無ェだろ」

 

 トラが私という護衛対象を連れながら父の会社やルイーサの隊の人達が今どんな状況なのかを調べるのは、ブルーホーネット(襲撃してきた部隊)や賞金を懸けられた私を探す他の傭兵がある以上とても困難で、トラ単独で動いた方が都合が良いのも理解できる。なので、ゴミ箱に放り込まれたまましばらく放置されて悪臭の中でひたすら耐えなければならなかったのもちゃんと理解できる。

 

「私、変態さんじゃないもん」

 

「まだそれ言ってんのかよ」

 

 トラの言う通り体のラインが丸わかりな格好というのはほぼ裸で、それを気にせずに衆目の前に立てるのは変態一歩手前だとしても、私はただちょっとそういう事にうとかっただけで自分の裸を誰にでも見せ付けたがる変態というわけではない。それなのに、私をほぼ変態だと言うトラの意地悪さには少しだけ嫌な気持ちになってしまう。

 

「そんなに拗ねるなよ面倒臭ェな」

 

「変態さんじゃないもん」

 

「わかったって。お嬢様は変態じゃなくて物を知らなかっただけなんだよな、ちゃんとわかってるって。それよりもだな、情報収集ついでにメシ調達してきたからさっさと食え」

 

 幾つかの荷物を抱えながらとても雑にうんうんと頷いたトラが、先程まで私が入っていた大きなゴミ箱の横に膝を抱えて座る私へと紙の包みを1つ差し出してくる。

 

「お前が普段どんな上等なもの食ってるのか知らなねェけどよ、さっきの膨張栄養食(レーション)よりはマシだと思って文句は言うなよ」

 

 やはりぶっきらぼうな声を聞きつつ受け取った包みを開いてみると、包みの中で蒸れてしまったのかジットリとしてしまったパンで大きいけど少し萎えて皺のできているソーセージを挟み、その上にたっぷりの赤黒いケチャップをかけた食べ物。匂いはゴミ箱の中で悪臭に麻痺してしまった今の私にはわからなかった。

 

「えっと、ホットドッグ?」

 

「なんだ、箱入りお嬢様はファーストフードも一応は知ってるのか」

 

「うん。でも、私の知ってるのとちょっと違うかも」

 

 いつだったかルイーサや隊の人達と好みの食べ物の話をした時に初めてこの食べ物の存在を知って、好奇心のままに屋敷の料理人にお願いして作って貰った事があるけれども、その時はもっとパンはフカフカしたやわらかい物だったし、挟んでいる物も見た目だけで肉汁がたっぷりと詰まっているのがわかるソーセージや複数の瑞々しい野菜だったり、かけてあるケチャップも鮮やかに赤くて彩りを飾る程度の分量だった。今この手の中にあるホットドッグは使っている材料と見た目はにているけど別の食べ物に見えるほど雰囲気が違っている。

 

「何がどう違うのやら、たかがホットドッグも金持ちが食べるんなら合成食品じゃなくて高級食材をふんだんに使ってんだろうな」

 

 ぼやくようなトラの言葉を聞きつつ、精一杯の大口を開けてホットドッグの端に噛み付いてちぎり取る。

 あまり行儀が良いとは言えない食べ方だとは思うけれども、ホットドッグの話を聞いた時にこれはこうやって食べるのが一番おいしいと聞いていたし、行儀が悪い事をするとチクりと注意をしてくる屋敷の人も周りにいないのでこうしてみた。料理人が作ってくれた時は周りにメイドがいたので、実はこうやって食べるのは初めてだったりする。

 

「なんだ、やっぱり口に合わなかったか。かなり微妙な顔してんな」

 

「ううん、そうじゃなくて……」

 

「なんだよ」

 

「たぶん、このケチャップの感じとかは嫌いじゃないと思うんだけど、さっきまでゴミ箱に入ってたせいでせっかくの珍しい食べ物なのに匂いがわからないのが残念で」

 

「そういや鼻がやられる程に臭いゴミ箱にずっと入ってた直後に飯が食えるのってスゲェな。実はお前メンタル図太いだろ」

 

 世間知らずとはよく言われるけれども、図太いとは初めて言われるので少しだけ戸惑う。

 知らなかった自分の一面を知りつつ完食したホットドッグ、感想としては大げさなケチャップの味は嫌いじゃないけど、そのケチャップの後味が少しだけしつこいかなとも感じた。

 

「そんじゃ、食い終わったし情報の共有と今後についての話だ」

 

 路地裏の奥にあるゴミ箱の陰、胡座の姿勢に座るトラを正面から見るように膝を揃えて座り直す。

 

「ドブカスゲス外道共が言ってた通り、お前の実家は爆破されたのか半壊してたし、ハーゼバインの本社は黒焦げだった。どっちも建物の周囲に目ん玉ギラギラさせながら武装した奴等がウロウロしていたから近付いての確認はできなかったが、どっちも建物の規模が大きいからちょっと高い所に登ればそれだけで確認できた」

 

「そう、なんだ……」

 

 もしかしたら、今までに聞いていた情報は何かの間違いで、実は父の会社もルイーサ達も襲撃してきた人達を追い返してたりしないかと願っていたけれども、トラという信用できる相手から改めて悪い状況を聞いて気分が落ち込んでしまう。

 そんな私をそのままに、トラは調べてきてくれた事を坦々と報告し続ける。

 

 街中には私を探している人が多く、しかし、その中にハーゼバインの関係者らしき人物を見付ける事はできず、私を探す人はアシストアーマー目的の襲撃部隊か懸賞金目当ての傭兵だという事。

 戦争状態ではあるけれどもハーゼバインの関係者は皆上手く潜伏しているのか、街の中で戦闘騒ぎはほぼ無くて静かな状態だという事。

 そして、ハーゼバイン関係者の潜伏がトラの予想以上に巧妙だったらしく、関係者達に接触する方法が今のところ見付けられないという事。

 

「この街に昔から住んでるような情報通ならどうにか関係者に渡りをつけられるのかもわからねェが、街の外から来たフリーの傭兵であるオレにはかなり手間がかかりそうだ」

 

 この街にお前が安心して会えるような古株の住人はいるか。と、期待されてない瞳で訊ねられるけど、私には屋敷の外の知り合いなんてほとんどいないし、そもそもいたとしてもその全員がハーゼバインの関係者なので上手に隠れてしまっているのではと答えるしかなかった。

 

「非戦闘員含めて勢力まるごと隠れるのが上手いとかどんだけ錬度高いんだよクソが、長丁場になりそうだな」

 

「えっと、それじゃあ、私はどうすればいいのかな」

 

 このままハーゼバインの関係者に会えないままだとしたら、私達はずっと行き場の無いままこの街で誰かの助けが無い状態で隠れ続けなければいけなくなる。私達は今、帰る場所どころか寝る場所さえないのにどうやって長い時間を過ごす事になるのだろうか。

 

「お前、肌が弱かったりするか? 化粧品に肌が荒れるとかよ」

 

「え? お化粧はほとんどした事ないからあんまりわからないけど、たぶん、そうでもないと思う」

 

 私の問いに返されたのは、脈絡のない問い。

 話題の転換に戸惑いながらも答えると、トラが抱えていた幾つかの荷物から何に使うかわからないような物や幾つかの化粧品を取り出す。

 

「まぁ、肌が弱くても我慢して貰うしかねェんだけどな。そんじゃ、顔だけで商売できそうなお嬢様はスラムで潜伏するには目立ち過ぎるからよ、その顔を台無しにさせて貰うわ」

 

「え? 台無し? えぇ?」

 

「動くんじゃねェぞ、俺はこういうの知ってるってだけで得意じゃないんだ。まずは顔面半分くらい火傷しておくか」

 

「火傷!?」

 

 不穏な事を言いながら化粧品を手に近付いてくるトラがちょっと怖かった。

 

 


 

 

 身に纏うのは汚れたシーツに穴を開けてそのまま衣服の代わりにしたようなボロ布。髪は手入れする術を知らないのか、それともそうする余裕が無いのか跳ねたり汚れたりの有り様。そして、顔の大部分は適切な治療を受けられなかった火傷の痕に占められている。ついでに、ゴミ箱の中みたいなひどい悪臭。

 それが、今の私を客観的に見た姿らしい。

 

「綺麗に飾るのとは逆なお化粧もあるんだね」

 

「誰が見てもお前がお姫様な身分の奴だとは一目では解らねェだろうな、我ながら上出来だ」

 

「トラさんって本当になんでもできるんだね、こんな不思議なお化粧までできちゃうなんてスゴい」

 

 私の中にある常識を良い意味で破壊し、不意打ちのように好奇心を満たされた事に喜びを感じながらトラを褒める。そんな興奮気味な私に反して、トラは眉間に皺を寄せながら私から視線を外して記憶を辿るように空を見上げた。

 

「あァー、ガキの時に世話になった相手がクソ溜めみてェな街で娼婦やっててな、自衛のために客を取らねぇ時はこうやって下半身でしか物事考えねェ奴の興味から外そうとしてたのを見て憶えたんだ」

 

「しょーふ?」

 

「あァ~……。接客業とだけ覚えておけ」

 

「うん」

 

 何故だかとても気まずそうに息を吐いた後に、簡潔な説明をされたのでひとまずそれで納得しておく事にした。

 ルイーサや隊の人達も時折私の質問に対してとても答えに困る事があって、そんな時はどうあっても漠然とした答えしか貰えないのを経験で私は知っている。今のトラもたぶんそういった時のルイーサ達と同じ状態になってしまったのだと思う。

 

「それで、この後はどうすればいいのかな?」

 

「状況が動くまで浮浪者のフリしながら廃墟生活だ。誰の管理下にも無い空き家なら探せば何処にでもあるし、それを確保すりゃ生活はどうとでもなる」

 

 わざと汚したボロ布を頭から被るように羽織ったトラが言うには、無理にハーゼバインの関係者を探して目立つ動きをするのではなく、私達と別の目的ではあるけれども同じくハーゼバイン関係者を探しているブルーホーネットの部隊が見付けるまで待つべきらしい。そして、関係者が見付かればそれなりに騒ぎになるだろうからそれに乗じて関係者の潜伏先を見付けるとも説明してくれた。

 

「ブルーホーネットの奴らは街を占領して運用しなきゃならねェから都市機能の保全に人員を割かなきゃいけねェし、ハーゼバイン側からの反撃を警戒して守りを固めるのもにも人手が必要だ。単独で逃げた事になっているお姫様がまさかスラムに潜伏してるとは思わねェだろうし、この辺りまで捜しにくる人手はほとんど無いだろうよ」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

「だけど、金目当てなフリーの傭兵にそれは関係無ェ。あいつらは金のためなら努力を惜しまねェからな、油断すんじゃねェぞ」

 

「うん! それで、油断無く浮浪者さんのフリをするにはどうすればいいのかな?」

 

「お前にやらせられる事は無い。ショボくれたツラしながら黙って座って地面の砂粒でも数えてろ」

 

「え?」

 

 立って歩けば姿勢や些細な動作から育ちの良さが露見するし、喋れば浮浪者とはかけ離れた雰囲気が出てしまうので、とにかく死んでないだけの人間としてひたすらに沈黙していろと念を押される。

 

「そういう訳で、俺はこれから寝床に使う場所の確保とはぐれたりした場合の集合先にできそうな場所を探してくる。もしも身分がバレて追われた場合は全力で走って目立つように逃げろ、運が良ければそれでハーゼバインがお前を見付けてくれるかもな」

 

 それをするのは本当に最後の手段でもあるから、今はとにかく目立たず隠れる事を優先しておけと言い残したトラが立ち上がり、その場に座りっぱなしの私を置いてきぼりにして足早に離れていく。

 立つな、歩くな、口を開くな。これを守ればそう簡単に偽装を見破る相手はいないだろうというトラの言葉を信じて、先程まで私を収納していたゴミ箱に背を預けながら膝を抱える。

 

 沈黙。ただひたすらに沈黙。

 沈黙しながら地面の砂粒を目視で数えようと試みるも、少し数えれば地面のどこからどこまでの砂粒を数えたのかが解らなくなってまた最初から数え直すを繰り返す。

 

 何度目かの数え直しを始めようとした時、いつの間にか私の座る目の前に小さな人影が立ち尽くしていたのに気付いた。

 誰がそこにいて何故そこに立っているのか、私に何か用事が有るのだろうかと気になって顔を上げると、そこには泥色の乱雑な髪の毛をしたとても幼い少年が何も言わずそこに立っていた。直後、相手が誰であろうとあまり顔を見せてはいけないのを思いだしたけれども、もう見せてしまったのは仕方無いと開き直って私を見る泥色の少年と視線を絡ませる。

 

「…………」

「…………」

 

 この少年はどこから現れたのか、見たところ10にもなってないような年頃のようだけど親か保護者は近くにいないのか、なぜ私を見ているのか、何も解らないまましばらく視線を絡ませ続ける。

 色々と気になる事はあるけれども、顔はもうしっかりと見せてしまったけれどもトラの言う通りに声を出すのだけはしないようにして泥色の少年に問い掛ける事は辞めておいた。

 

「…………」

「っ!」

 

 だけど、そのまま無視してまた地面とにらめっこするのも何か失礼な気がしたので挨拶の代わりとして精一杯の微笑みを贈ると、何かとても驚いたように大きく目を見開いた表情を返された。

 

「……?」

「……」

 

 そして、何故なのか泥色の少年が私の座る横に寄り添うように腰を降ろす。何を目的にそうしたのか、困惑の視線を泥色の少年に向けてみると、人懐っこい笑顔だけが返される。

 私は今どうすればいいのか、まったくもってわからなかった。

 なので、わからないままなんとなく泥色の少年をそのままに2人で並んで座り続ける。

 

「…………?」

「…………」

「…………」

 

 そして、気付けばまたいつの間にか土色の瞳をした幼い少女が私のすぐ近くに近寄ってきていて、泥色の少年にしたように土色の少女にも挨拶の微笑みを贈ると泥色の少年の隣に腰を降ろして3人で並んでしまった。

 

「…………???」

「「「「…………」」」」

 

 似たような流れをもう何度か繰り返し、気付けば私の周囲には複数人の幼い子供達。なにがどうしてこうなったのか、なにをどすればいいのか、何もわからないままトラを待つ暇な時間をが続いていく。

 

「~♪ ~~♪」

 

 何もわからないし、かといってお喋りをする訳にもいかないのでなんとなくお気に入りの音楽を鼻歌で奏でる。すると、私の周囲でぼんやりと座っていた子供達からの注目が集まる。そのまましばらく奏で続けていると、旋律を憶えたのか1人また1人と子供達が私に合わせて鼻歌を合奏し始める。

 

 言葉は無かったし、お互いの素性なんて全然わからない。

 だけども、この瞬間は私達は互いをかけ替えの無い存在のように感じていたのかもしれない。

 

「なァ、目立つなよって言ったよな? なんだこの状況、託児所か? なにがどうしてこうなってんだよ」

 

「え? えぇと、う~ん? わかんない」

 

「やけどのねーちゃん、しゃべれたのか」

 

 私のお気に入りの音楽のいくつかをこの場の全員が合奏できるようになった頃、前触れ無く戻ってきたトラがものすごく呆れたような顔をしつつどこかトゲのある口調になりながら腕を組む。

 

「ガキ共、ここにいても飯にはありつけねぇぞ。さっさと散って鉄屑でも拾いにいけ」

 

「なんだよ、いきなりでてきてエラそうに」

 

「うるせェ、少なくともお前みてェなザコガキよりもオレの方が強くて偉い。殴られたくなけりゃ消えろ」

 

「ほんとうにエラかったとしてもビンボーな顔してるじゃん」

 

 最初に私の目の前に現れた泥色の少年が何故かトラとケンカのように言葉を応酬した後、頭のてっぺんをトラに拳骨で殴られる。それを皮切りにこの場に集まっていた子供が皆駆け足で離れていった。

 

「い、痛そう……」

 

「痛めつけるために殴ったからな」

 

「……ちくしょう! いつか刺してやるからな!」

 

 しばらく頭頂部を抱えて悶えていた泥色の少年だったけど、最後に物騒な言葉を吐き捨てて駆け足で離れていった他の子供達を問い掛ける事はように走り去っていく。

 

「で、結局なんだったんだあのガキ共は」

 

「よくわかんないけど、もしかしたらお友達になれたのかな?」

 

 だとしたら、今までに友達と呼べる相手ができた覚えの無い私にとって、初めての友達はあの名前も素性も知らない子供達なのかもしれない。

 

「……クソみてェな状況なのに随分と呑気な奴だな」

 

 再度の呆れたような顔。

 

「まぁいい、いや、やっぱ良くねェわ。マジで目立つような真似はやめろ」

 

「うん」

 

「ホントにわかったのか不安しかねェけどグダグダ言っても仕方無ェか。それよりも、寝床を確保したからさっさと移動するぞ」

 

 呆れた表情のままだったトラから座っていた私へと手を伸ばされたので反射的に掴んでみると、軽い仕草で引かれて体が自然と立ち上がる。そして、そのまま何も言わず歩き始めたトラの背中を追って私も歩きだす。

 

 よくわからないけれども、私とあの子供達はきっと友達だった。

 再会の約束をする暇無しに別れてしまったけれども、また会って一緒に合奏する事はできるのだろうか。と、そんな風に考えながら日が暮れていく街の中でトラの背中を追いかけ続けた。



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お金も命も大事だって知ってるよ

 

 トラの背を追い掛けて辿り着いたのは、スラムの中でも特に荒れた建物が多い地帯。そこに放置された古びた集合住宅の一室へと私達は足を踏み入れた。

 

 廃墟群で一度休憩した場所のように壁も天井もひび割れだらけで、それどころかところどころ小さく破損して錆びた鉄筋が出てきているコンクリート造りの部屋。歩くだけで床に積もった埃がささやかに舞い上がり、開口部があるだけでガラスの無い窓から入り込む月明かりを反射して星のように輝く。

 

「ひとまずはここを寝床に使う」

 

 壁と床があるだけで、風の全てが吹き抜けていく屋外。ここがしばらくの間生活の拠点になると告げられて思うのは、いつかルイーサ達から聞いた行軍訓練で夜を明かすためのキャンプの話。

 時に皆で焚き火を囲んで談笑して過ごしたり、時に想定外なクリーチャーの群れが付近を通過する緊張感に皆で身構えたり、時に交代で見張りをしながら星空の明かりの下で眠りに就いたり。恐ろしいクリーチャーとの遭遇は遠慮したいけれども、焚き火で夜食を暖めたり星空の下で寝転がるなんて事は私にとって未知の事なので、もしかしたらそれらを体験できるのではと少しだけ期待してしまう。

 

「なんだか少しだけドキドキするかも」

 

「このオンボロ廃墟の何が気に入ったのやら、お前の感性はやっぱりよくわからねェな」

 

 部屋の隅に抱えていたいくつかの荷物を降ろして開封し始めたトラを横目に、ただ開口部が空いてるだけの窓へと歩み寄る。月明かりが淡いスポットライトのように入り込むそこに立つと、暗くて壊れた建物ばかりの景色の奥に、煌々と眩い背の高いビル群。その中の1つ、一際背の高いビルだけが灯りの飾りを纏わずに黒い輪郭だけをもって沈黙していた。

 

 たぶん、あれが父の経営する会社の社屋なのだろう。

 いくつかある屋敷からの外出の記憶、その中の1つはあの一番大きなビルに父の仕事がどのようなものなのかと見学に行った時のものだ。あの時は沢山の人が忙しなく業務に駆け回り、誰もが一生懸命だったあの場所がこうなってしまうだなんて思いもしなかった。

 父だけではなく、あの場所にいた人達は無事なのだろうか。

 

 遠くにある黒く沈黙したビルから視線を上げて、雲が疎らな星空を見上げる。

 屋敷の窓から見上げた時と同じ景色がそこにあった。

 昨日の夜も同じものを見ていたはずなのに不思議な懐かしさを感じながら見上げ続けていると、しばらく耳に届いていた荷物を開封する音がしなくなっていた事に気付き、なんとなくトラへと視線を向けた。

 

 暗がりから私を見ていた虎色の視線と、私の視線が絡んで繋がる。

 特に何か言葉にしたいものは無かったけれど、絡んだ視線を無視したく無かったので微笑みも視線と一緒に返してみた。

 

「……っ」

 

「?」

 

「お前、ほんっと図太いよな」

 

「えぇ……?」

 

 見間違いにも思えるほど一種だけ眼を丸くしたトラが眉間に皺を寄せて私から視線を逸らし、なぜその言葉が出たのか全然わからないぶっきらぼうな声。わからないまま、私は困惑するしかできなかった。

 

「あ、そういえば」

 

「……あァ?」

 

 困惑ついでに思い出した疑問を問うために窓から離れてトラへと歩み寄る。何かバネ仕掛けの機巧のある細い箱、おそらく拳銃の何か付属品に銃弾を押し込んでいる手を止めたトラが私を見た。

 

「お風呂……は、さすがに私にもこの状況じゃ難しいっていうのはわかるんだけど」

 

「図太さ極まってないようで少し安心したわ」

 

「うん、行軍訓練なら泥塗れのまま何日も歩き続けるのもたくさんだってルイーサさんから聞いてたから。みんなが使う分のお湯を外で用意するのは大変らしいもんね」

 

「……まァ、互いの認識になにかしらの差がありそうだが今は風呂なんて無理だと解ってくれてりゃそれでいい。で、何が聞きたいんだよ」

 

「髪や体はどこでどうやって洗えばいいのかな?」

 

「あァ~~…………」

 

 呆れとも困惑とも違う、ましてや怒りでも決して無いであろうよかわからない感情の長く伸びた不思議な声色。

 

「アシストアーマーにある程度の清潔を保つ機能はあるけど、それでもある程度でしかないからやっぱり汗とか流したいし、ゴミ箱の臭いは落としたいなって」

 

「まァ、どれだけ長丁場になるかわからねェし、どんな奴も毎日風呂に入れて当たり前だって認識してそうな繊細なお嬢様が清潔保てなくて病気になられても困るしな……」

 

 ちょっと待ってろ。と、とても面倒くさそうに声をこぼしたトラがまだ開封してなかった荷物に手を伸ばし、幾つか開封し始める。

 

「湯は無い、こんな場所でこんな時間に燃料を消費してるような浮浪者はいないからな」

 

「う、うん」

 

 荷物を開封しつつ私を見ないまま手渡されたのは1枚の白いタオル。

 

「使える水はこれだけだ。この当りの奴等がどう水を確保してるのかはまだ調べてねェが、少なくともこの建物にある蛇口から水は出ない」

 

 次に手渡されたのは中に水の入った1本のペットボトル。

 そして、そのまま私へと視線を寄越したトラが少しだけ考えるような間を作った後に、私達が今しがた通った出入口へと視線を向けた。

 

「場所の移動は無しだ。俺がその扉さえも残ってない玄関から外に出て見張ってやるから、誰もお前の裸は見ない」

 

「こ、ここ……?」

 

「ここが嫌なら諦めろ」

 

「……ふえぇぇ」

 

 シャンプーや石鹸などは無く、どう使えばいいのわからない水とタオルだけの上に身を清めるためにはほぼ屋外な場所で露出するか、色々と諦めてゴミ箱の臭いのまま流した汗を放置するか、 産まれて始めて迫られるどちらを取っても何か大切なものを失うかもしれない状況に怖じ気の声が漏れる。

 

「顔の偽装は常に最良にしておきたいから化粧落としはあるし偽装の材料もまだある、そこは心配すんな」

 

 私はどうすればいいのか、ぶっきらぼうなトラの声が耳に入らないまましばらく悩んでいた。

 

 

 


 

 

 濡らしたタオルで全身を拭い、髪も多少は匂いを減らせた程度に拭う事ができて、アシストアーマーの内部も拭って干す事ができた。

 だけど、代わりに今の私はほぼ屋外の場所でスパッツとインナーだけなのをトラが用意した毛布で隠している姿。もしかしたら、この姿もトラ言う常識では変態一歩出前なのだろうか。

 

「うっわ、犯罪臭い絵面だなオイ」

 

「犯罪!?」

 

「こんな時間に大声出すなボケ」

 

 今の私はただの変態を越えて犯罪的な変態らしい。

 さっきは何かを失うかもしれないと思っていたけど、どうやら私が失ったのは1人の女性としての何か大切なものだったのかもしれない。

 

「そういや、まだこの場所が追っ手にバレたりはぐれたりした時の合流先を教えて無かったな」

 

 小さくはないショックを受けている私をそのままに、さっきは私が外を眺めていた開口部だけの窓に近付いていく。

 

「明日になったら何処にあるか連れていって教える予定だが、ここから見える範囲でもなんとなくの場所は教えれる。ちょっとこっち来い」

 

「えっと……」

 

「あァ? そういや足が悪いとかって言ってたっけか」

 

 トラの言葉に私が言葉を詰まらせると、一度怪訝な表情になったトラが私と埃を少しだけ払った床に広げて干してあるアシストアーマーに何度か視線を交互にむけてから自分の後頭部を乱雑に掻いた。

 

「それが無いと一切歩けねェのか」

 

「うん……。足の先にいくほど感覚が無くて、動かせるのも膝までだから……」

 

「そうかよ。それじゃァ場所を教えるのは後にしておくか。でもな、いつお前を探す奴が現れるかなんてわからないから寝ている時もそいつは着ておけよ」

 

 もう大分聞き慣れたぶっきらぼうな物言いの後に開口部だけの窓から離れたトラが移動する時に頭から被っていた汚れた布を自分の肩に掛けて、私から離れるように歩いてから壁に背を預けるようにズルリと座り込む。

 

「オレは疲れたから寝る。もう一回言うが忘れずにアーマーを着て寝ろよ」

 

「うん、おやすみなさい」

 

 就寝の挨拶に返事は無かった。寝転がる事をせず壁に背を預けたままのトラは呼吸の音を静かに、目蓋を閉じるだけで身動きをやめる。

 

 静寂。離れた場所にある窓から見える空は相変わらず星空だけど小さく狭く、火を熾せないので夜食を暖める事も無い。ここは多くのの対策が施された街の中ではあるのでクリーチャーと遭遇する事は無いのだろうけど、それでも最初に少しだけ期待した焚き火や満天の星空は無い屋外のような場所での夜。

 寂寥感を否めない中で床に拡げたアシストアーマーに触れると、まだほんのりと湿っていたので着用して眠りに就けるにはまだ少しだけ時間がかかりそうだと予想する。

 

 静けさの中、たった今耳にした言葉を思い出す。

 トラは疲れたから寝ると言った。当然だと思う、朝の早い時間から見回りの仕事をして、その後すぐに私を抱えてたくさん走って、更には私にはどれくらい大変な事なのかもわからないけれどもこれから必要になりそうな物を調達したりある程度安心して眠れる場所を確保したりしていたのだから。

 そこまで考えて、少しだけ違和感に気付く。

 

「ねぇ、トラさん。まだ起きてる?」

 

「……なんだよ」

 

「たぶんちょっと大事な質問かもしれないこと、していい?」

 

 最初は閉じたままの目蓋だったけれども、2つ目の問い掛けで開いて虎色の瞳が私を見た。

 

「最初に私を助けてあの怖い3人とクリーチャーがいた場所から連れて逃げて助けてくれたのは、トラさんにとってそうしないと許せない事だったからだよね」

 

「……前に答えた事だ、聞きたい事がそれならオレは寝るぞ」

 

「えぇと、聞きたい事はもう少し別で、それで、その後もこうやっていっぱい疲れる位に助けてくれてるのは、そういうお仕事を私がトラさんに依頼してるからなんだよね?」

 

「……だからなんだってんだ。仕事じゃなきゃ自分から面倒なんて抱えねェよ」

 

 トラが口にした仕事という言葉に、違和感がたしかな物へと変わる。

 

「あのね、私、そんなに物事をわかってないけど、それでもいつか父様のお仕事を手伝えるように色んな事を勉強してるつもりなんだ」

 

「何が聞きてェのかさっきから全然わからねェな」

 

「私は今、その気になったら人を銃で撃とうとする人達に追われていて、トラさんのお仕事はそういう人達から私を守りながらハーゼバインの人達の所まで連れていくお仕事。そして、その報酬は傭兵さんの仕事を続けるために必要な幾つかの道具」

 

「……もっと聞きたい事を、サクッと聞けねェのか」

 

「もしかしたら、死んじゃうかもしれないような大変なお仕事をしてくれてるのに、報酬が安すぎるんじゃないのかな?」

 

 父の仕事を手伝えるようになるために学んでいる事に、ハーゼバインが主な顧客としている傭兵の装備についての事もあるし、当然ながらお金の事も含まれている。

 アシストアーマーというのは型式が多少古くてもやっぱり高級な装備で、運用するにはそれなりの資金が必要な事を私は知っている。そして、その金額の比較対象として、最初に会った時にトラが装備していた一式がどの程度で揃える事ができるかもだいたいではあるけれども知っている。

 

 その金額は、たしかに安いものではないのかもしれないけれども、人が死の危険を背負うべきだとは到底思えない値段のはずだと思う。

 いや、それなりに資金が必要だとしてもアシストアーマーを手に入れるためだけにだって死の危険を背負うのには私は違和感を感じてしまう。

 

「……契約を持ち掛けた時はもう少し手間の少ない仕事だと思っただけの見積りミスだ。自分から持ち掛けた契約なのに後から報酬でゴネる気は無ェし、手を抜くつもりも無ェよ」

 

「こんなに助けて貰ってるから、このままじゃ良くない気がしちゃって」

 

「それなら仕事が終わったらお前が妥当だと思えるように報酬以外にも色を付けてくれりゃいい。それだけの簡単な話だ」

 

 話は終わりだ。とは言葉にしなくても瞳を閉じて雰囲気で語るトラに圧され、私もまだ釈然としないまま口を閉じる。

 手持ち無沙汰にアシストアーマーに触れると、乾き具合からしてもう少しで着用できると予想。そのまま今しがたの会話を自分の中で反芻してみる。

 

 依頼した仕事に対して報酬が割に合ってないと思うのなら、依頼主である私の判断で報酬を好きに嵩増ししろとトラは言っていた。契約は契約として寸分の狂い無く遂行されるべきだという教えを受けていた私としてはとても新鮮な発想に良い意味でのショックを受ける言葉だった。

 そういう事が駄目な事ではないのならば、いつかこの依頼が完遂された後に私が父にお願いして叶えて貰える範囲で最大限の()()()()()()()()()()()()()をトラへと渡そうと心に決める。

 

 そう考えてから、それだけでは足りないとも思い直す。

 トラは私からの依頼を受ける前から私の事を危ない状況から助けてくれているのだから、それに対してもしっかりお礼をしなければいけないはず。

 

 お金は大事だというのは私にだってわかる。

 でも、お金よりも命の方が私は大事なんじゃないのかとも思う。

 だから、依頼ではなくても命を掛けて助けてくれたトラに対して私は、お金だけではなくお金には変えられないような何かを返すべきなのかもしれない。

 

 それがなんなのかは思い付いたばかりの今ではわからない。

 だけど、お金に変えられない何かというのはきっと、自分の身に付けてる物以外何一つ持ってない今の私にも渡せるものなのかもしれない。

 

 ひとまずは何もかもをトラに頼りきりな現状を変えて、私自身もトラの仕事を手伝えるようになるべきなのではと考える。

 ルイーサや隊員達がいつか言っていた言葉に、隊の仲間は家族同然の戦友で、どんな時でもギヴアンドテイクを大事にしているというのがあった。助けて、助けられて、また助けて。そうする事でどんな過酷な状況であっても自然と助けあって乗り越えていけるという事らしい。

 ルイーサや隊員達の言う過酷な状況と、私とトラの状況というのはきっと同じものではないのかもしれないけれども、それでもトラが私を助けてくれるだけではなくて、私もトラを助ける事ができれば状況も少しは好転しやすくなるのかもしれない。

 

 そのためには私はどうすればいいのか。

 やっぱり、思い付いたばかりの今の私には少し考えただけではわからなかった。

 

「……ふぁ」

 

 しばらく思考にのめり込んでいた後に出てしまった欠伸。なんとなくアシストアーマーに触れると手には乾いた感触。

 トラの指示通りに私はアシストアーマーを着用してから、毛布に丸まって目蓋を閉じた。



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目の前の未知は知りたくなるよね

 

 いつもとは眠りに就く環境が大きく変わったからあまり眠れないかもしれないと思っていたけれど、いざ目蓋を閉じたら次の瞬間には朝になっていた。

 

「おはよう。トラさんはよく眠れた?」

 

「お前そんな指で突っつくだけで泣き出しそうなナリしてる癖に、やっぱり色んな意味で図太いよな」

 

「えぇ?」

 

「わからねェならそれでいい、わかってるならそれはそれで面倒な気がするしな。朝飯食ったら移動だ、昨日言ってた集合場所を教える」

 

 バカにされたのか、呆れられたのか、それとも意地悪な事を言われたのか、よくわからなかったけれどもそのまま差し出された小さなビニールのパッケージと水を受けとる。

 朝食はなんだろうかと手の平に収まった物を見ると、昨日も見た『ハイカロリーフード!』の悪魔のような文字列。今回こそはと口を内から外へと決壊させないように慎重に少しずつ頬張る。

 さっさと食べ終わったトラのしばらく後に食べ終わると、それを待ってたらしいトラが化粧品やらを手にして私へと歩み寄ってきた。

 

「おい、顔面焼いてやるからそこに座って動くな」

 

「うん。お願いします」

 

 言われるがままにその場で膝を揃えて座り直し、偽装しやすいように目蓋を閉じて待つ。前回はトラの不穏な物言いが少し怖くて何度も瞬きをしたり、顔に触れられる感触を感じる度に身じろぎしては「動くな、やりにくい」と困らせてしまったのでそうならないように気を張る。

 昨晩に私もトラを手伝えないかという考えたけれども、まずは困らせないようにしようと朝食を食べながら思い付いたからだ。

 

「ハァ……。図太いんだか警戒心が薄いんだか」

 

 視界は目蓋に閉ざされたままだけど、溜め息を吐かれた事がわかる息遣いの音色と口調。そのまま少しだけ待つと、簡潔に「触るぞ」とだけ告げられてから頬に触れられる感触。

 ザラザラとしているともカサカサしているとも言える硬い感触。昨日と同じように私の顔を偽装しているのならばトラの指であるはずのそれが、何か冷たくて水気の強い物をやわらかく私の頬を撫でて塗り付けていく。

 

 そういえば、私の顔に異性が触れるのは父以外ではトラが始めてだ。と、そんな事今更ながらに気付くと、なぜだかこの状態が少しだけ恥ずかしい事をしているような気がしてきて、頬に熱が集まるのを自覚した。

 

「なにか痛かったか」

 

「え、なんで?」

 

「いつの間にか少し頬が赤くなってんだが」

 

「特に痛いことは無かったよ、ちょっと冷たかったからじゃないかな」

 

「そうかよ」

 

 会話はそれっきり、私達は顔を偽装している間ずっと沈黙していて、私はただ目蓋を閉じた黒い視界の中でトラの静かな呼吸の音に耳を傾けていた。

 

 


 

 

 人の気配がまばらで、周囲には崩れかけな建物ばかりの道で私の一歩先を歩くトラの背を追う。

 

「ねぇトラさん」

 

「なんだ」

 

 周囲にほとんど人はいないけれども、それでも誰かに声を聞かれないように小声で話しかけると、ぶっきらぼうな声が返される。

 

「昨日、銃の弾を何か細い箱に詰めていたけれども、あれは何をしていたのかな?」

 

拳銃(ハンドガン)に装填してある分しか手持ちの弾が無かったからな、他に武器を調達するあても金も無いから弾倉(マガジン)と弾を調達していつでも使えるようにしておいたんだ」

 

「それのお手伝いって私にもできるかな?」

 

「もう空きのマガジンも弾も無いから手伝いもクソもねェよ」

 

 いつものようきぶっきらぼうにそう言ったトラが先を歩く足を止めないまま、一度だけ振り返って偽装を済ませたばかりな私の顔を見る。

 

「で、なんで急にそんな事を聞く。無駄話は控えて欲しいんだが」

 

 私の声を周囲に漏らしたくないと言うトラを困らせないように、少しだけ足を早めて先を歩いていたトラのすぐ隣へ。歩調を合わせやすいように少し失礼してトラが浮浪者のフリをするために被っている汚れだらけの布の腰辺りを握る。

 

「あのね、昨日寝る前にちょっと考えてたんだけど……」

 

 小さな声でそっと伝えるのは、私は護衛を依頼した依頼主として身を守る事を依頼を受けてくれたトラに頼りきりになるのではなく、トラが私を護衛しやすいように協力できるようになるべきなのではと考えていたという事。

 私が考えていた事を私なりの言葉で順序立てて説明すると、しばらく無言で歩き続けた後にトラが後頭部を掻く仕草をした。

 

「状況を良い方向に動かそうとする気概があるのは良いんじゃねェかとは思うがな、お前にやらせられる事は基本的に無ェな」

 

「なんで? 私、アシストアーマーのおかけでだけ力持ちだから、きっと色々な事ができるかもしれないよ?」

 

「フェンスをブチ破った時のはたまたまの例外だ。あのまま歩き続けてりゃそのうちケーブルは見付けられただろうし、たまたま持ち上がった瓦礫を有効に使っただけだ」

 

 隣を歩くトラの顔を見上げると、同じように私の顔を見下ろしていた虎色の瞳と視線が交わる。

 たぶん、私の顔はあまり釈然としない気持ちが顔に出ていて、それを見るトラの顔は当たり前の事を当たり前の物として語る平然とした顔だった。

 

「お前がやらなきゃいけないのはだな、なによりもまず自分の身を守る事と逃げる事、そして、オレの言う事をしっかり聞いて必要な時にそれを実行する事だ。それ以外の事は考えなくて良い」

 

「なんで?」

 

「それが護衛対象と護衛の関係なんだよ。いいか? オレとお前は相棒(バディ)でも仲間(チーム)でもなくて、雇用主と被雇用者だ。お前はオレを有効活用だけしていればいい」

 

 当然の事のように語られる、どこか突き放した内容のように聞こえるのに事実ばかりを語った平常な声。

 たぶん、トラの言葉のほとんどは間違ってはないのだろう。

 私とトラの関係を単純に表現するのならたしかに雇用主と被雇用者だし、雇用主というのは相手がどれだけ信用している相手であっても時に被雇用者に対してシステマチックな判断をしなければならないと経営者として歴の長い父にも教わっている。

 だけど、なぜなのか私はこの事実だけの言葉を認めるのが嫌だった。

 

「クライアントのお嬢様には何か不満が有りそうだな、そんな顔をしてやがる」

 

「そうだね、上手く説明できないけど、何かが不満なのかも」

 

「なんだそりゃ、よくわからねェな」

 

「父様から教わったのとほとんど同じ事を言ってるからトラさんはきっと間違ってなくて、何かに不満な私の方が間違ってるのかも」

 

「あァ……?」

 

 平然としていたトラの顔が疑問符だらけの難解なものへと変わる。

 その推移がなんだか面白くて私の頬が自然に弛むのを感じ、直後に複雑な表情へと変わったトラが歩む先へと視線を逸らす。

 

「あ、ちょっと思い付いたかも」

 

「……いい加減お喋りは控えて欲しいんだが」

 

「ねぇ、トラさん」

 

「…………なんだよ」

 

「私とお友達になって欲しいな」

 

 歩みを止めて私の顔を見たトラの表情に擬音を付けるのならば、それはまさしくキョトンというのが正しいのだと思う。それほどまでに、トラは今までにはない不意をつかれた顔をしていた。

 

「私は今までにお友達みたいな相手は昨日一緒に合奏した子達だけだったけど、トラさんともお友達になりたいなって」

 

「あ? ……あー?? あァ???」

 

「お友達っていうのは、楽しい事とか大変な事とかも共有して、困った時には協力し合えるような関係の事をいうんだよね? 私、そういう風に聞いた事があるの」

 

 私は昨日、あの子供達と楽しい事を共有して、たぶんだけど互いの事を知りたいという思いも共有していたのだと今になってわかった気がする。だから、私はあの瞬間から名前も素性もわからない同士なのに、きっと友達になれたのではと思ったのではないだろうか。

 そして、私は助けてくれているトラを助けたいと思っているし、色んな未知を教えて楽しませてくれたトラと私が感じた喜びを共有したいとも思っている。

 これはたぶん、友達になりたいという気持ちのはずだ。

 

「雇用関係とかじゃなくて、お友達としてなら私もトラさんを手伝ってもおかしくないよね?」

 

 ルイーサ達の部隊は常に助け合う戦友だからこそたくさんの過酷な状況を乗り越えてきた。私には戦うという事は何もわからないけど、それでも友達としてトラを助ける事ができれば今この大変な状況を乗り越える事ができる可能性を増すことができるかもしれない。

 

 助けたくて友達になりたい。

 友達になって助け合いたい。

 どちらが先にくる思いなのかはきっとどうでもいい気がする。

 とにもかくにも、色々な思いが絡まった結果がトラと友達になりたいという事だと決め付けた。

 

「……お前の事がマジでなんもわからねェわ」

 

「私もトラさんの事、ほとんど何も知らないよ。でも、知りたいなって思ってもいるよ」

 

 ひどく困惑した様子でこぼすようにトラの口から出た言葉に対して、私は思考の無いまま反射的に言葉を返す。そして、その言葉によって今までに自覚していなかった思いにも気付くことができた。

 

 私はトラという未知を知りたい。

 

 昨日、トラが護衛の雇用契約を持ち掛けられた時、私は即座に頷くべきなのに、そうする事ができなかった。

 それは、トラが契約を持ち掛けた時に口にした言葉に含まれていた仕事が終われば後は好きにするという部分に引っ掛かりを覚えたからなのだと思う。

 好きにするという事は、私との雇用関係が終った後のトラは、きっと私が知らない何処かへといってしまうという事なのだろう。そうなってしまったら、私はもうトラと会う機会を得るのは難しくなってしまうのだろう。そうなれば、私はトラの事をずっと何も知ることのできないままになるのだろう。

 

 だけど、友達として再会の約束をしたのならばどうだろうか。

 雇用関係を終えた間柄ではなくて、友達になれたのならその後も関係は続いていくのではないだろうか。

 

 もしかしたら、契約を持ち掛けられる以前から、私は心のどこかで助けられるだけではなくてトラと友達になりたいと思っていたのかもしれない。

 

「ねぇ、トラさん」

 

「……なんだ? 朝っぱらから急激に疲れたからもう勘弁して欲しいんだが」

 

「お返事、欲しいな」

 

「…………勝手にしろ。だが、護衛の雇用関係が続く間はさっき言った逃げる身を守るを優先してオレの指示もちゃんと聞け。できなかったらこの話は無しだ」

 

 これはつまり、雇用関係が終われば私とトラは友達として新たに関係を築く約束として捉えてもいいのだろう。

 トラがなにやらものすごく疲れた雰囲気になっているのは気になるし、結局のところ私が現段階でトラにどんな手伝いをできるのかはわからなかったけれども、トラが私のお願いを聞いてくれた事が嬉しくて鼻唄を奏でたくなってくる。

 

「ねぇ、トラさん」

 

「………………」

 

「ありがとう」

 

「………………そうかよ」

 

 告げたくなったから告げた感謝の言葉に、そっぽを向いたトラがぶっきらぼうに短く返事をくれた。

 ただそれだけなのに、とても嬉しい事に思えた。

 

「あァ、クソ、調子狂うな」

 

 溜め息混じりに呟きをこぼすトラが歩みを再開し、トラの被るボロ布の腰部分を掴んでいた私もそれに引かれるようにまた歩きだす。

 嫌でも退屈でもない沈黙のまま進み、壊れかけの建物ばかりで似たような景色ばかりの場所から見覚えのある大きなゴミ箱が設置されてる路地が見える場所へと足を踏み入れる。

 

「昨日のあの子達、今はいないみたいだね」

 

「スラムのガキなんてのはどこの街だろうが毎日動き回って飯の種を探し回ってるからな、どこにいてもいなくても当たり前だ」

 

 昨日は私を収納したゴミ箱が見える位置でつい立ち止まってしまった私に、トラが一歩進んだ先で足を止めて振り返る。

 

「めしのたね?」

 

「食い扶持って言ってわかるか? スラムに住む奴はガキでも自分の飯は自分で用意しなきゃならねェんだ。 ここは例えガキであっても、自分の力だけで生きれなきゃ死ぬしかない場所だ」

 

「いや、そうでもねぇよ。現に俺の目の前には野良の騎士に守られてるガキもいる」

 

 突然の背筋が凍り付くような聞き覚えのある冷たい声に身が強張る。

 私を見ていたトラの顔が瞬時に緊迫した瞬間、弾けるような乾いた音が鳴り響いた。

 私の顔に鉄の匂いがする赤い飛沫が降りかかる。

 

「と、トラさん……?」

 

 無言で前のめりに倒れてきたトラが私にもたれ掛かり、そうなる事で私の死角になっていたトラの背後から顔の半分に包帯を巻いた男。

 

「頭狙ったつもりが全然別の場所に当たったな、片目潰れてりゃこんなもんか」

 

 現れたのは廃墟群で私をブルーホーネットに引き渡そうとトラに持ち掛けていた傷跡男で、害意を煌々と灯した瞳で私達を睨み付けながら片手に握る拳銃を弄ぶ。その姿が恐ろしくて、状況が理解しきれなくて、体が強張ったままの私はその姿を見ているだけしかできなかった。

 

「まさか雑魚クリーチャーごときに目玉やられるとは俺もヤキが回ったもんだ。だが、それでもやっぱり俺は幸運だ。カスみたいな確率を引き当ててこうして逃げ切られる前に捕まえる事ができた」

 

「どうして……」

 

 声を震わせながらの問い掛け。

 唐突すぎる状況に思考が鈍化し、私自身も何を問いたかったのかがわからなかったその一言に傷跡男が大きく口角を歪める。

 

「育ちの悪いガキが逃げ込む先なんてだいたいはスラムの奥まった場所だってのは人間撃って金稼いでるような奴だったら誰でも思い付く。多少なりとも機転が利くようだが、お姫様の騎士をするにはちょいと経験が足りなかったな」

 

「まぁ、それでもこうやってウッカリ逃がした後にまたすぐ捕まえれるのは幸運としか言えねぇやな」

 

「え、あっ──」

 

 背中のすぐ後ろ、それも湿った吐息を耳元で感じるほどの近さから浴びせられた言葉に嫌悪感を覚えるよりもはやく、腕を強引に引かれたと思ったら即座に足を払われながら押されて地面へとうつ伏せに倒される。その唐突に次ぐ唐突に抵抗する発想も無いまま、私という支えを失ったトラも地面へと崩れ落ちるのをただ目にするだけだった。

 

「よぉ、お姫様。今度こそ逃げるのは無しだ、諦めろや」

 

 どす。と、重い音が鳴って腹部と背中の人工筋肉が衝撃を受け流す時特有の瞬間的な脈動。直後に噎せかえるほどに強くすえた体臭と湿った吐息が私の背中の上、すぐ耳元から垂れ流される。

 もしかしなくても、傷跡男と行動を共にしていた小太り男が私にのし掛かかり、耳許でおぞましい言葉ばかりを吐く口を動かしているのだろう。

 鈍化しすぎてほとんど止まっていた思考でも相手がこの小太り男だと気付いてしまうほど、私はこの臭いと声に嫌悪感を抱いていたらしい。

 

「へっへ、なぁダチ公。見ろよこれ、たまんねぇな」

 

「どうしたダチ公。大金が目前なのが嬉しいにしても何をそんなに興奮してんだ」

 

「このツラ、とんでもなく俺好みの化粧だ。本当なら俺らの想像が付かねえほどに大事にされてるようなお姫様がよ、まるで拷問されたみてえな顔に化けてやがる」

 

 耳許でのおぞましい声の後に、臭くて生暖かい何かが水気の多い粘り付くような音とともに私の頬を這うように動いた。

 気持ち悪い。ただそれしかわからない。

 

「へっへ、げへっ、これがお姫様の味か。なにされたのかもわかって無い顔しやがって、たまらねぇや!」

 

「そこそこ付き合い長いせいかサディストなのは知ってたがよ、そこまで拗らせてたなんて知らなかったぜ」

 

「もう辛抱できねえ、興奮し過ぎてチンポコ爆発しそうだ。なぁ、ここで一発楽しんでいいよな? こんなに興奮したままゆっくりできるアジトまで連れ帰ったらこのお姫様を金に変える前にブチ壊す事になっちまうよ」

 

「そいつは困るな……。あんまりチンタラしてても他の同業者にでくわしたら面倒だ、10分で済ませてくれや」

 

「ダチ公が寛大過ぎて涙が出てきそうだ、そんだけあれば今の俺なら3回は天国にイケちまう」

 

 私やトラと同じ言語を使っているはずなのに、傷跡男と小太り男が話している内容は私にはほとんどわからなかった。

 だけど、彼らがどうしようもなくどうしようもない話をしている事だけをほとんど停止した思考の奥にある本能のような部分でだけ理解する。

 

「その間に俺は勇敢な騎士殿に殉職してもらっておくぜ」

 

 小太り男が私の纏うボロ布を引きちぎるように剥ぎ取ったのと同時に、傷跡男がずっと片手で弄びつづけていた拳銃の先をうつ伏せに倒れたままのトラへと向ける。

 

「あ、だめ、やめて」

 

 まだ、私の思考はどうしようもなく鈍いままだけど、傷跡男がこれからしようとしている事を私は心の芯の部分から拒絶していて、ただ恐怖と焦りのまま口から息切れのような言葉が飛び出る。

 

「なぁ小僧、俺の言うとおりに寿命は縮んだな」

 

「おねがい、やめて!」

 

 バキッ。と、堅いものと堅いものがぶつかる音がした。



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必ず死ぬ、とっても怖いね

 

 どこからか勢いよく飛来した拳程の石が傷跡男の顔に巻かれた包帯の上に直撃し、堅い物と堅い物がぶつかる鈍い音を鳴らす。その瞬間大きく顔を仰け反った傷跡男の握る拳銃が弾けるような乾いた音を発しながら瞬間的に火と煙を噴き出して、トラから離れた地面を抉って弾けさせた。

 

「っぐぅぉぉぉ……」

 

「えっ」

 

「おっ? どうした──」

 

 私を拒絶や恐怖の思いに縛りつけていた相手が突如として顔をおさえて悶絶を始めた姿に対して、また理解が追い付かなくなってしまった私が無意識の内に困惑の声を漏らすと、私の背に乗ってルイーサが着せてくれたベストを剥ぎ取るように奪っていた小太り男が再度の堅い物と堅い物のぶつかる音の発生と同時に言葉を途切れさせる。

 

「ぶぉ゛っふ! 歯がっ!」

 

「え、え?」

 

「やけどのねーちゃん! にげろ!」

 

 聞き覚えのある幼い声の方向へと反射的に振り向くと、少しだけ離れた場所に立つ建物の上に昨日友達になれたばかりの泥色の少年や土色の少女達。それらがそれぞれ石を握っていて、休む間無しに傷跡男と小太り男へと何度も投擲していた。

 

「にげろっ! はしれぇぇ!!」

 

「あっ」

 

 泥色の少年の叫びに、ほとんど停止していた思考が動き出す。

 

──そのまま逃げろ! 走れぇぇ!

──とにかく()()に走るんだ

──お前がやらなきゃいけないのはだな、なによりもまず自分の身を守る事と逃げる事だ

 

 一番最初に思い出したのは今ととても良く似た状況で何処かから隊員に叫ばれた言葉。それから連鎖して思い出したのはその少し前に私がしなくてはいけない事を教えてくれたルイーサの声。そして、最後に思い出したのはこれから友達になって助け合っていきたい人の虎色の瞳。

 

 逃げなくちゃ、走らないと!

 

 完全に復帰した思考。わずかな身動きすらも忘れていた体に力を籠めて地面を叩くように手を付いて、アシストアーマーのパワーを頼りに背中の上にある重量を無視して勢いよく立ち上がる。

 私の背から転げ落ちた小太り男が視界の端で地面へと頭を強かに打ち付ける。

 

「頭がっ……! 何がおきたってんだ!」

 

「っ! 逃げる気か、させねぇぜ」

 

 顔をおさえて悶絶しながらも指の隙間から周囲を見ていたらしい傷跡男が立ち上がった私に気付き、即座に私を捕まえようと飛び掛かってくる。しかし、眼を失う程の負傷をした直後に石を顔に当てられたのは相当にダメージがあったらしく、その動きに精細は無い。

 そんな動きならば、日々訓練で体を鍛えている隊員と一緒にスポーツをしたり、ルイーサに上手な体の動かし方を教えてもらえてる私にとって躱す事はそれほど難しい事ではなかった。

 アシストアーマーの瞬発力を頼りに3歩の距離を1歩で跳び下がり、私を捕まえようとした傷跡男の腕から大きく離れる。そして、腕を振り切った直後の隙に傷跡男の真横を駆け抜ける。

 

「なっ、速!?」

 

 私は今、逃げなければいけない。走らなければいけない。

 でも、それは絶対に1人でではない。

 

 走る勢いを一瞬だけ弱めて、地に倒れ付して沈黙を続けているトラの胴に両腕を回して持ち上げ、絶対に落としてしまわないように抱き締める。

 

 傷跡男は頭を狙ったけど別の場所に当てたと言っていた。殉職()してもらうと言いながら動かないトラに対して追い打ちしようともしていた。つまり、トラは傷跡男に撃たれてしまったけれども、命を落としてはいなくて気を失っているだけのはず。

 

 トラは私達の関係を雇用主と被雇用者で護衛される側とする側の関係だと言っていた、トラ自身の事を有効活用だけしていればいいとも言っていた。本来なら、私1人でなりふり構わずに逃げてしまうのが正しいのかもしれない。

 だけど、それでは1番最初に出会ってから怪我の手当てをしてくれたり、私を捕まえようとした人達から守ってくれた事のお礼ができないままトラが死んでしまって私達の関係は終わってしまうのだと思う。

 直感的な思考が、それら全てに対して拒否の意思を固める。

 

「逃げる、走らなきゃ!」

 

「クソァ!! 待て、待ちやがれ!!」

 

 抱き締めたトラの胸と私の胸が重なる。

 予想通りにトラがまだ生きている事を伝わってくる鼓動に確信。

 ほんの一瞬前まで何も考える事ができない程に恐怖と混乱の中にいたのに、今は頭の中を逃げ切るという決意だけが占めていた。

 

「走って、逃げる!!」

 

 私達はこれから友達になる関係だ。

 一緒に逃げ切って、友達になるんだ。

 

 走る。そのためにとにかく足を動かす。その意志が私の脳で微弱な電気信号として発生し、神経の束である脊椎を駆け抜け、壊れてしまった足の神経まで届いた頃には極々微弱な生体電流として表皮にも伝播する。そして、それは寸分違わずに私の表皮を覆うアシストアーマーにも届き、かすかな誤差さえないまま人工筋肉を稼働させる。

 

 大きく踏み出した一歩、私を捕まえようとしたのであろう傷跡男の指先がほんの一瞬だけ私の背を掠めた。

 

「ド畜生が! せっかくの大金を逃がすかよ、悶えてねぇで追うぞダチ公! 車まわしてこい!」

 

 トラという健康的で大柄な人間を抱える荷重があるからなのか、1人で走るよりも断然遅い加速。だけど、背後から聞こえる叫びと慌ただしい足音は少しずつ離れていく。

 

 どこに向かって走ればいいのか、そんな事を考える前に飛び出した先はそれなりに人の往来がある路上。狭い路地から飛び出した私達に驚きの視線が集まる。

 

 事あるごとに目立つなと言われてたのに、不特定多数から強い注目を向けられてしまったこの状況。もしかしなくても、大きな失敗をしてしまったかもしれない。

 

 だけど──

 

「逃がさねぇぜ!」

 

 ──私達がいま走り抜けてきた路地から左右の建物の外壁を削りつつ飛び出してきた装甲車と、その上部から上半身を出して私達を睨む傷跡男に追われている状況では細かい事を考えるよりもひたすらに走る事を優先しなければならない。

 トラを抱えながら、遮二無二に路上を疾走する。

 

「なんでお姫様が1人で逃げ回ってたのかよーくわかったぜ。ハーゼバインの新型の秘密ってのはよぉ、お姫様が着ているそれなんだろ? 全然気付かなかったぜ、ブッ殺してから優しく剥ぎ取ってやらぁ!!」

 

 真っ直ぐに伸びるアスファルトが高速で私達の後ろへと流れていく中、装甲車の凹凸を掴んで大きく身を乗り出した傷跡男が私を捕らえようと手を伸ばしてくる。急加速や減速、左右への蛇行で何度かその腕を躱しながら幾つか目の交差点を走り抜けると、形や大きさの違う数台の車輌が私達を追い掛けるように後を追ってきた。

 

「チィッ、鼻のいい奴等がもう嗅ぎ付けてハイエナしに来やがった」

 

 傷跡男が舌打ちを鳴らして装甲車上部のハッチへ滑り込むと、数秒後にはアシストアーマーを着用して運用するような大きさの銃器、分類としては機関銃と呼ばれる類いのそれを抱えながらハッチから姿を現す。

 

「くたばれや雑魚共がよぉ!!」

 

 え? と、思った時には激しい雷のような炸裂音が連続して鳴り響き、後続の車輌がスピンしてぶつかり合ったりボンネットから火を噴き出しながら急停止するなどをして続々と数を減らしていく。

 

 躊躇無く人を撃ち、嬉々として大惨事を引き起こす悪辣で残酷なその姿に、私は呼吸が乱れる程に恐怖を思い出す。

 でも、それでも私は足を止める訳にはいかない。

 

 トラは命を懸けて私の命を守ってくれていた。

 だったら、これから友達になる私も、命を懸けてトラを守るべきのはず。そのためには、なにがなんでも、私がどうなろうとも、この足を止める訳にはいかない。

 

「またハイエナ……いや、青いスズメバチの隊章って事はブルーホーネットの連中か、でけぇ組織の癖にフットワーク軽いじゃねえかよ」

 

 後続の車輌全てを脱落させ、装甲車上部に機関銃を接続して固定させた傷跡男の感心したような呟きに釣られて一瞬だけ背後へと視線を向けると、形も大きさも揃った2台の装甲車ががいつの間にか私達と傷跡男の乗る装甲車を追うように走行していた。

 

 ブルーホーネット。屋敷と父の会社を襲撃した武装勢力の出現。

 なにがなんでも走り続けて、どうにかして逃げきらなければいけないのに、街全体を占領している勢力に私の所在を知られてしまった事に激しい危機感を覚えて胸の奥から震えてきそうな程の切迫感が沸き上がってくる。

 

「ブルーホーネットぉ! 俺達が見付けてここまで追い立ててきたんだ、懸賞金はもちろん俺らの物なんだろうなぁ!」

 

「金が欲しいなら捕縛まで手伝え! あのアシストアーマーは絶対に傷つけるなよ!」

 

 私のすぐ後ろの左右を走る傷跡男の乗る装甲車と青いスズメバチのエンブレムをペイントした装甲車。それぞれのハッチから上半身を乗り出している2人が大きな声で言葉を投げ掛け合う。

 直後、装甲車の全てがエンジンを大きく唸らせて加速し、私を左右から挟むように並走して蛇行して走る事を封じてくる。

 

「そ、そんな……!」

 

 左右に逃げられないのならば減速して後ろに抜けようかと試みるも、私を挟む2台の後ろからもう1台が距離を詰めてきて逃げ道になりそうだった隙間を塞ぐ。

 周囲3方向は完全に塞がれて、加速して前に逃げようにもトラを抱える荷重に加速しきれずにそれはできそうに無かった。

 

「三度目の正直だ、今度こそ諦めな!」

「箱入りにしては随分と逃げたが、これまでだ」

 

「い、いや……」

 

 左右の装甲車から身を乗り出した乗り出して私へと手を伸ばしてくる二人。

 前に行けない、左右にも避けれない、後ろにも躱せない。どこにも逃げれない。その事実が私の呼吸を詰まらせて、絶望感を生じさせる。

 

「……たすけて」

 

 私が溢した呟きは誰に向けたものだったのか。

 私へと迫る腕への恐怖、走る先の無い絶望、それらから少しでも逃れたくて大きく前傾した低い姿勢へ、抱えるトラを高速で後ろへと流れていく路面に当ててしまわないように強く抱き締める。

 

「助けて……!」

 

 誰に願ったのか、何に祈ったのか、自分でもわからない懇願の悲鳴。

 直後、それに応えるように私のすぐ背後から何度も乾いた銃声が鳴り響き、くぐもった悲鳴が二つ私の耳へと届いた。

 

「とら、さん……!」

 

「クソッ!! 状況が何も解らねェ! 今撃った相手って撃って良かった相手なのか!!?」

 

 銃声に強張った体が一瞬だけ減速するも、耳許で力一杯叫ぶトラの声に強張りがとけて加速し直す。同時に、いつの間にか恐怖も絶望も忘れていた事に気付いた。

 

「ドブカスゲス外道と組んでるように見えたって事は敵だよな?! 肩が痛ェ、これ撃たれた痛みだよな?! 腹も締め付けられてクッソ苦しいしよ! なんなんだこの状況はよォッ!!」

 

 気絶から復帰したトラは混乱真っ只中らしく、まるで当たり散らすかのように喚き声を吠え立てる。

 

「トラさん!」

 

「うるせェ! 耳許で叫ぶな!! なんでお前はオレを抱えて走ってんだ! それと、絶対に落とすなよ、こんなスピードで落とされたらズタズタの挽肉になっちまう!!」

 

「トラさんが撃たれて気絶しちゃって! 置いてなんていけないからこうしてたの!」

 

「自分の身を守る事と逃げる事だけ考えろって言っただろうがボケナスがァ!」

 

「私1人でなんて逃げられないよぉ!!」

 

 たぶん、いや、絶対に、こんな大きな声を出したのは初めてだっていう程の大声を出しながら走り続ける。

 意地悪な事を言われてる気がするのに、トラが無事に気絶から目を覚まして窮地をどうにかしてくれた事が嬉しくて、大声を張り上げながら走り続けてるのに最初に走り出した時よりも体力が沸き上がっているかのような錯覚さえ感じてしまう。

 

「そんな事よりもっとスピード上げられねェのか!」

 

「トラさんが重たくてこれ以上は無理だよぅ!」

 

「マジでお前何で1人で逃げ……あァ、クソ! それじゃあ後ろならどうだ!」

 

 後ろも塞がれて通れないよ。と、発言しようとした瞬間に背中のすぐ後ろから連想した発砲音。同時に、硬質な甲高い音もかすかに耳に届く。

 

「だぁぁっ! クソ! こんな豆鉄砲じゃ装甲車の防弾ガラスもタイヤも貫けねェよ!」

 

「オイ、野良騎士小僧! お前の運も実力も認めるがここまでだ、今すぐ諦めて大人しくお姫様を渡すんなら俺の肩に風穴開けたのを水に流してやるし俺達の取り分から1割くれてやるぞ!」

 

「何が水に流すだ、ふざけんな! 先にテメェが俺の肩をブチ抜いたんだろうがよ!」

 

「耳が……」

 

 とても不機嫌そうに当たり散らしていたトラと装甲車の上部に隠れている傷跡男が怒鳴り合う。耳許でのトラの怒声が私の耳に強く響いて耳鳴りが鳴り始めた。

 

「誘いに乗らねえならどうするつもりだ、そのままお姫様がブッ倒れるまでその小せぇ胸に抱っこされてても何も得しねぇぞ!」

 

「テメェのそれは交渉のつもりなんだろうがよ、焦りが透けて見えてんぞ! このまま時間が経って困るのはテメェらだろ、ハーゼバインの連中がコイツに気付いたらどこからどれぐらいの戦力で飛び出てくるかわからねェもんなァ!」

 

「そいつはお前等も同じだろうが! ブルーホーネットの部隊が今まさに俺達を追って集まってきてるんだぜ!」

 

「それじゃあこっから先は我慢比べの運試しだな! 俺はこのお姫様を助けにハーゼバインが突撃してくるのにオレの全部を賭けてやらァ!」

 

「お姫様がバカみてぇに抱っこしてくれてなけりゃくたばってた癖にカッコつけやがって! それならこっちはブルーホーネットのフットワークに全賭けだ、俺の幸運を舐めるなよ!」

 

 まるで罵り合いのように言葉をぶつけ合っていた二人。私が口を挟む間なんて無かった交渉らしき怒鳴り合いがここでピタリと止まり、耳に入る音がアスファルトを蹴りつける私の足音と装甲車の唸るようなエンジン音、そして、密着している私とトラの呼吸と鼓動の音だけになる。

 

「話は決まった、後どれぐらい走れる」

 

「ま、まだまだ走、走れるよ。ほとんどアシストアーマー頼りだから、体力は全然平気」

 

「そうか」

 

 たった今までの怒鳴り合いとは違う小さな声。耳許で囁くようなそれは、常のぶっきらぼうなんてまるで無い静かに労るような声。不意を打つ初めて聞くその声に、私は少しだけくすぐったいような動揺をしてしまい、言葉の始めをどもるようにしつつ言葉を返す。

 一旦の沈黙。互いの呼吸が幾つか繰り返されてから、慎重な声色でトラが再び私へと耳打つ。

 

「すまねェな、あそこでオレが警戒を切らして下手こいてなけりゃまだ安全に潜伏できていたはずだった」

 

「そ、そんな。私だってトラさんにお喋りは控えろって言われてたのに、いっぱい話しかけちゃったから……」

 

「それでも下手こいたのは護衛を請け負っていたオレだ。そういうものなんだ、こういうのはよ。それに、ここまで状況窮まった挙げ句どうにかする手段が運と護衛対象であるお前の不自由な足に頼るしか思い付かねェ」

 

 鼓動の音を共有するほどに互いの胸が密着しあう体勢では、トラが今どんな顔をしているのかなんてわからない。だけど、きっととても悔しい顔をしているのではないかと思ってしまうような声色だった。

 

「トラさん」

 

 名前を呼んでも返事は無い。

 それでも、私は言葉を続ける。

 

「私、どんな事になっても最後まで走るよ。絶対に諦めないから」

 

 もしも、この状況に対してハーゼバインの誰かが助けに来るよりも早くブルーホーネットの部隊が集結してしまったら、大多数に囲まれて私達は本当の意味で逃げる先を失い、そのまま捕まってしまって悪い意味でどうにかなってしまうのだろう。

 

 そんなのは嫌だ。

 そうなりたくないから、どうにかするしかない。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 

──どうするもこうするも、どうにもなりたくなけりゃ生き足掻くしかねェだろうよ

 

 その答えを、私は既に教えて貰っている。

 

「それが、生き足掻くって事なんだよね?」

 

「……お前」

 

 耳許での息を飲む音。

 一呼吸の後に、それが面白そうに笑う声に変わった。

 

「やっぱりお前、とんでもなく図太いよなァ」

 

「ええぇ……」

 

 今のやりとりの何処に私が図太いという要素があったのか、わからなさすぎて変な声が出てしまった。

 

「だが、まァ、いいんじゃねェの? そこまで言うならよ、オレは勝ち馬に乗りてェから賭ける先を変えるわ」

 

「えっと?」

 

「懸ける先をハーゼバインじゃなくて、そこまで宣言してみせたお前の……、ウィノラの運と脚に賭ける。もちろん、オレの全部をだ」

 

 オレを死なせてくれるなよ? と、耳許でフワリと笑われる。

 なぜなのか、その瞬間から胸の奥に何か火が灯ったような熱が生まれた。

 

「うん。私、がんばる!」

 

 なにがなんでも走りきる。その決意が、きっとこの熱なのかもしれない。

 そう、なにがなんでも。

 

 先ほどトラにまだ走れるかと問われ、トラをガッカリさせたくなくて反射的にまだまだ平気だと答えてしまったが、本当はこの疾走の限界はすぐ近くまで来ていた。

 本来なら小柄な私1人分の荷重しか想定しないで作られたこのアシストアーマーに、トラという大柄な人間を抱える負荷を増やしながら全力での稼働をつづけている。それはつまり、人工筋肉に過剰な負荷を掛けながら稼働をさせているせいで、通常以上に人工筋肉に運動と摩擦による発熱をさせてしまうことになる。

 既に、私の肌に密着しているアシストアーマーの人工筋肉は私の体温よりも高い温度まで発熱していて、今も少しずつ温度をあげている。

 体力的にはまだ走れる、この温度もまだ我慢できる。でも、遠くない未来に私の体は蒸し焼きになるかもしれない。

 

 体表の広範囲に過度な火傷を負った人間は死んでしまう。

 勉強の中で知った知識が、胸の奥から熱い決意が湧き上がってはずの私の背筋に、冷たく鋭い恐怖を差し込む。

 

 怖い。だけど、諦めない。

 

 私は命を懸けてトラに命を守られていた。

 私だって命を懸けてトラの命を守ってみせる。

 それが例え、本当に命を失うような結果になるとしても。

 

 たぶん、これが()()という事なんだと理解した。

 

()()に、()()()! ()()()()()よ!!」

 

 なんとしてでも、私達は賭けに勝たなければいけない。



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目は大事にしないとダメだね

 

 アスファルトを蹴りつける足音、唸るようなエンジン音、呼吸の音、鼓動、言葉の無い沈黙を決して静寂にはしないそれらが耳を打ち続ける。

 どれぐらい走りつづけたのか、ただ足を動かし続ける事に集中していたので過ぎた時間が長くも短くも感じてしまう。

 

 体力的にはまだまだ平気だと虚勢を張れるけれども、アシストアーマーの発熱が誤魔化しきれないものになってきていて、呼吸が少しずつ荒いものへと変わっていく。

 

「おい、なんか熱いぞ。これ平気なのか」

 

「うん、まだ、平気だよ」

 

 私と密着するんで体勢のトラにもこの熱は伝わり始めているらしく、かなりの違和感を与えてしまっているのか戸惑いの雰囲気が私にも伝わってくる。

 

 主な稼働部は下半身の脚部で、そこが一番発熱しているはずなのに、上半身に触れている他者にも熱が伝わってしまっている状態。もしも、私の足先に全ての感覚が残っていたとしたら、熱さに苦痛を感じるほどになっているのだろうか。もしかしたら、もう足先は火傷し始めてしまっているのだろうか。次の瞬間には感覚が残っている部分に火傷の苦しみが発生し始めるのだろうか。

 怖い。

 だけど、今は足先にあるかもしれない熱の苦痛を感じる事も無く、多少なら私の肉体そのものが壊れてしまっても意識と脊髄が無事ならアシストアーマーの性能のまま走り続ける事ができるかもしれないという事を好都合だと思ってもいる。

 

「賭けに勝つまで、走り切ってみせるから」

 

「そうか」

 

 たぶん、トラはとっくに異常が発生しているとなんとなく気付いてる。アシストアーマーには詳しくないと言っていたから今がどんな状態なのかまでは解ってないかもしれないけれども、それでもなにかの異常が発生してる事を感じ取っているかのような声色だった。

 短い会話の後、またしばらくの無言。

 走って、走って、走り続ける。どれだけ走っているのかわからないまま走り続ける。

 

 唐突に、賭けの終わりが近付いて来た。

 

「ガキ共! 後3分でブルーホーネットの装甲車が幾つか俺達に追い付く、賭けは俺の勝ちだな!」

 

「……クソがァ!」

 

 姿を隠しながら愉快そうに笑う傷跡男の声。その笑い声に対してトラがとても不愉快そうな声を漏らす。

 そのやりとりに私は動かす足を止めないまま、落とさないようにトラをしっかりと抱えていた腕に力が余計に籠ってしまう。

 

「っ! ……いや、まだだ」

 

「え?」

 

「最後まで諦めない、だろ?」

 

 ほんの一瞬だけ苦しそうな息を漏らしたトラが、不愉快そうな声を辞めて、不自然なほどに落ち着いた声色へと変わる。そして、最後にガシガシと乱暴だけど痛くはない力加減で私の頭を撫でた。

 この瞬間、きっとトラは私に起きている異常を完全に確信したはずだ。今の私は発熱によって全身にとめどない汗をかいてしまっていて、トラの手は私の尋常ではない量の汗に濡れてしまったからだ。

 だけど、トラは落ち着いた声色のまま穏やかに言葉を続ける。

 

「オレはお前に全部賭けた。その結果がどうなろうと文句は言はねェし、お前を恨みなんてしねェよ」

 

「トラ、さん……」

 

「後少しの間はお前の脚と幸運に祈って待つさ」

 

 その言葉の直後、何処か遠くから不均一な低音で唸るエンジン音が近付いて来るのが耳に届いた。

 とうとう賭けの終わりが来てしまった。きっと傷跡男が言うようにブルーホーネットの部隊が追い付いてきてしまったのだと思った私は、胸の奥で熱を帯びていた決意が揺らぎそうになるのを感じた。

 

「賭けは負けだな」

 

「……うん」

 

「だが、このクソみてェなレースではまだ負けてねェ」

 

「え?」

 

『ブワハハハッ! 人生逆転の賭けに乗るほど若くは無いがな、儲けの見えてる商機を逃すほど儂は老いぼれてもおらんぞ!!』

 

 不均一な低いエンジン音が急激に近付いてきたと同時に、質の良くないスピーカー特有のギザギザとした音質での高齢を感じさせる男性の声が私達の耳に元気よく響いてくる。

 

『なぁお姫さん! ちょいとドライブするから乗っていかんか! 料金はお姫さんの家にツケといてやるわい!』

 

「だとよ、乗っていこうぜ」

 

 声の主は廃墟群で別れたきりだったビーンで、不均一な低いエンジン音はビーンが相棒とまで言っていた大型のトレーラーのものだった。

 スピーカー越しにドライブを誘う声に、トラがニヤリと笑う顔を連想させる声で賛同する。

 

「ジジイィィィ!! てめえふざけんな! 今回の件から降りたんじゃねえのかよ!!」

 

『バカめ! 傭兵の癖に保証の無い言葉を信じたお前が愚かだったな! ガハハハハハ!!!』

 

「ド畜生がぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 傷跡男の怒声と同時に連続する雷のような炸裂音。その音にビーンが撃たれてしまったのではと喉の奥を冷たい手で握り潰されるような思いをしたけれども、直後に私達の背後からそれとは別の聞き慣れない騒音が耳に入る。

 

『そんなチャチな機関銃で儂の相棒を止められると思うなよ若造! 硬いだけの装甲車だってこうやって体当たりではね除けられるパワフルモンスターじゃぞ!』

 

「うっわ、ムチャしやがる」

 

 聞き慣れない騒音の直後に真後ろから聞こえてきたスピーカーの元気な声に反射的に振り替えると、私達を包囲するために背後を走行していた装甲車がいなくなっていて、代わりにビーンの操縦するトレーラーがそこに現れていた。

 聞き慣れない騒音は言葉通りにトレーラーで装甲車をはね除けた際に生じた音なのだろう。体勢の都合で一部始終を見ていたはずのトラが引き気味に声を盛らしていた。

 

「冗談じゃねぇ! 大金まで後1歩なんだぞ、なんとしてでもブッ潰してやる!」

「おい、傷ツラの傭兵! 部隊の合流まで後少しだ、それまでどうにか足止めしろ!」

 

『トラ坊、お前もまだ生きてたか! 護衛の仕事を途中でバックれおって、詫びに次の街までタダで仕事を手伝え!』

 

 悪態を吐く傷跡男とブルーホーネットの誰かが慌てるように声を投げ掛け合う。そんな二人を意に介さないまま、弾痕のひび割れに白く濁るトレーラーのフロントガラス越しに豪快な笑顔を見せていたビーンが私に抱えられているトラに気付いて叱り付けるような声でスピーカーを震わせた。

 

「本当なら護衛なんていらねェようなイカレ爺の癖によォ……ウィノラ、減速してジジイのトレーラーの横まで下がれ、乗り込むぞ」

 

「うん!」

 

「一か八か、お姫様の頭をブチ抜けばアーマーは無傷で手に入るよな?!」

「早まるな! この速度で下手な事をしたらズタズタになる、隊の合流を待て!」

 

 息を大きく吸って、短く吐く。

 これがきっと、私のやるべき事である逃走のラストスパートだと確信しながら徐々に減速して後方へ。私を挟むように走行していた2台の装甲車も減速して車輌同士の隙間を塞ごうと動くも、トレーラーが左右に細かく動く事によって装甲車を小突いて無理矢理に私が通れるように隙間を作る。装甲車は押し退けられてスピンしそうになりながらも何度も隙間を塞ごうとしてきたけれど、幾度目かに大きく押し退けられてできた隙間に私達は身を滑り込ませた。

 

「よっしゃァ! やったじゃねェか、このまま乗り込むぞ!」

 

「う、うん──ひゃわ?!」

 

 包囲を抜けた先でトラが歓声をあげ、真横を走るトレーラーのキャビン部分を掴む。アシストアーマーの発熱に耐えられる限界が近くなっていた私が息を途切れさせながら返事を返した瞬間、脚が地を蹴る反動が途切れて全身に浮遊感を感じて驚きに変な声が出てしまった。

 

「オオオォォォォ!!」

 

「わ、わわわっ!?」

 

 力強い雄叫びに鼓膜が震える。トレーラーのキャビン部分を掴んでいたトラが両腕の腕力だけで自分自身と私をまとめて持ち上げてよじ登り、全身がトレーラーに持ち上がったと同時に助手席の扉を開けて飛び込む。

 

「あうっ」

 

「ブワッハッハッハ! 乗り込んできた途端にお姫さんを押し倒すか、若くていいなトラ坊よ!」

 

「うるせェ! そんな事より俺の荷物はまだあるか、武器が豆鉄砲みてェな拳銃しか無ェんだ!」

 

 胸を合わせるような体勢だったのでトラの胸板に押し潰されるような着地。アシストアーマーの衝撃を受け流す機能でそれ自体に痛みはなかったけれども、勢いを余してシートへと頭を軽く打ち付けた小さな衝撃に声が出て今までずっと離さないようにしていた腕もほどけてしまう。その後、即座に起き上がったトラが肩から血を流しながらビーンへと荒々しく問い掛ける。

 

「安心しろ、捨てとらん」

 

「何処にある!」

 

「後ろじゃ」

 

 言葉短な問答の後に助手席と運転席の間にある狭い隙間を大きな身体で器用に通り抜け、キャビン後部に設けられている生活空間と思われる小さな車室へと転がり込むトラ。そして、乱雑に置かれていた自動小銃(アサルトライフル)を手に取った後に大きなケースを開きながら怒鳴るように口を開く。

 

「ビーン爺、あんたのお気に入りも借りるぞ!」

 

「好きに使え、弾代はエーデルハーゼに払わせる!」

 

 互いに顔をみないままで繰り返される叫び合うようなやりとり。その間にビーンは何度もハンドルを操作して装甲車へと横から体当たりしたり、トラは自動小銃(アサルトライフル)の他に太くて大きい筒のような見慣れない銃器を抱えながらまた運転席と助手席の間まで戻ってきて、そのままキャビン上部の天窓を力任せに開いた。

 

「ウィノラ!」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 自分の名前を怒鳴られるという記憶に無い体験に声が上擦りつつの返事。ほんの少しだけ笑むような表情のトラと視線が絡む。

 

「助けられた借りは返す、休んでろ」

 

「え……」

 

 その一言を残したトラがそのまま天窓をよじ登り、車外へと出ていってしまう。

 助けられた借りとトラには言われたけれども、私としてはトラにたくさん助けて貰ったから頑張ってそれを返そうとしていたはずだ。その認識の差異によって、私はお礼を返しきる前にまたトラから助けられ続けてしまう事になってしまうのではないだろうか。

 

「ヌハハハ、エーデルハーゼのお姫さんは意外とお転婆じゃな」

 

 そんな風に考えていると、気付けば身体が勝手に動いて私も天窓から上半身を乗り出していた。

 

「散々やらかしてくれた借りを返してやる! 死ね、腐れドブカスゲス外道!!」

 

 身を乗り出した先で目にしたのは、コンテナの上で好戦的な笑みを浮かべながら隣を走る装甲車へと嬉々として自動小銃(アサルトライフル)を乱射するトラの姿。肩の傷口から血を軽く噴き出しながらひたすらに銃撃する姿に相手への強い怒りを察してしまい、そんな姿に少しだけ怖いとも感じてしまった。

 

「小僧テメェ! 頭上取った途端に調子乗ってバカスカ撃ち込みやがって! 騎士気取ってる癖に弱い者苛めか、そういうのは恥ずかしい事だって母ちゃんに教わらなかったのかよ! 恥を知りやがれ!」

 

「るせェ! お前等こそ大人気無しにガキを拐おうと囲んで走りやがってよォ! これでお相子だろうがロリコン野郎!」

 

 罵り合うトラと傷跡男。その果てに、トラが先ほどビーンから借りていた筒のような銃器を構えて傷跡男の乗る装甲車へと向けた。

 

「窓が銃撃で砕けて車内まで直通だぜ、ブッ飛べクソッタレ!」

 

「グッ、グレネードランチャ──」

 

 しゅぽん。と、いっそ間抜けにも聞こえるような銃声がトラの構えた筒のような銃器から鳴らされ、傷跡男が何かを言っていたけれどもそれを遮るように大きな破裂音。傷跡男乗っていた装甲車が激しくスピンしてひっくり返るように停車する。

 

「あァ、車内狙ったのにタイヤに当てちまった。慣れない銃だと上手く当てれねェな。あれはもしかしたら殺し切れてねェかもな」

 

「ふえぇぇ」

 

 今までの私が見てきたトラはぶっきらぼうではあるけれどもなんだかんだ優しい姿ばかりしか見ていなかったので、容赦の無い暴力的な振る舞いに少なくない驚きを覚えて震えるような声がでてしまった。だけど、それでもトラに対して傷跡男や小太り男に感じたような恐怖や嫌悪を感じないのは、それ以上にトラを信用しているからなのだと思う。

 

「しゃァ、次は青虫(ブルーホーネット)の車輌だ……って、休んでろって言ったろうが、見てても面白いもんじゃねェんだから引っ込んでろ」

 

「ご、こめんなさいっ」

 

 嬉々として銃撃して爆破までしてしまう好戦的な表情から私の知るいつもの表情に一転、まるでルイーサが私に対してたまにそうするような表情に変わって叱られてしまう。だけど、なにかを手伝いたい私は素直にその言葉に従わず、並走して走るもう1台の装甲車へと向き直るトラを見ていた。

 

「トラ坊、後ろからブルーホーネットの援軍が追い付いてきたぞ! 見えてるだけで5台、弾は足りるかのか!」

 

「さっき引っ張り出した分じゃ足りねェ! まだ他に弾は!」

 

「無い!」

 

 天窓の内側、私の足許からビーンが車外のトラへと叫び、それに対して筒のような銃器(グレネードランチャー)に握りこぶしのような大きさの弾丸を装填していたトラも叫び返す。そのやりとりを聞きながら私もトレーラーの後方へと視線を向けて確認してみると、たしかに複数の装甲車が遠くからこちらへと近付いてきていた。

 

「どうすんだ!」

 

「任せろ、取りあえず横の奴を片付けたらコンテナからどけてキャビンまで戻れ!」

 

「了解!」

 

 会話を終えたと同時にビーンの運転で何度も軽く体当たりされていた装甲車へと弾を詰め終えた筒のような銃器(グレネードランチャー)を向ける。そして、先程も聞いた間抜けっぽい銃声からの破裂音。

 その一撃に前輪の片方を大きく破損させた青いスズメバチの隊章をペイントした装甲車がスリップし、道路沿いの建物に衝突して煙を上げながら停止する。

 

「だいぶコツを掴んだ。骨董品みてェな代物だが中々に使いやすいじゃねェか」

 

 言いながらまた筒のような銃器(グレネードランチャー)に手早く弾を装填を終えたトラが器用にコンテナの上を素早く移動し、私が身を乗り出す天窓の淵を掴んで姿勢を低くして身体を固定する。直後、勢いよく逆巻く風の奔流と共に視界が急激に暗くなった。

 唐突な変化に肩を縮めながら周囲を見回し、それでようやくトンネルに入ったのだと気付く事ができたのは、私がこれまでに生きてきて今のような車の乗り方をした事がないのと、そもそもトンネルに入った記憶が無いほどに外出の経験が無かったからなのだと思う。

 

「なんだ、まだそんな所でボケっとしてたのかよ。言うこと聞かねェ奴だな」

 

「その……なにかお手伝いできないかなって」

 

「逆に聞くがこの状況でお前に何かできんのか」

 

「わからないけど、なんでもがんばるよ……?」

 

「そうか、なんでもか」

 

 口を閉じてほんの数秒だけ考え込むような沈黙、その後にトラが私へと無造作に手を伸ばす。

 

「えっと?」

 

 何かを渡せという事なのだろうかと考えるも、私は今何かを持っている訳では無いしキャビンの中を覗いても上機嫌にハンドルを握るビーン以外に何かがあるという訳でも無い。なので、その仕草に対してどうすればいいのかがわからなくて自然と首が傾いてしまう。

 

「手ェ出せ」

 

「?」

 

「エスコートしてやるってんだよ。ボサっとしてんじゃねェ」

 

「……う、うん」

 

 エスコートと言われてもどうにもピンとこないままトラの手を握ると、大きな手で握り返されてキャビンの上へと軽い動作で引き上げられる。全身がキャビンの外まで出ると、凄まじいと言うしかない風の奔流にバランスを崩してしまいそうになりかけるも、トラの手に強引に引かれて背後から抱かれるような体勢になって支えられる。

 

「え? ふへ? ひぇぇ……」

 

「ビーン爺! この状況にまでなればアンタが何を企んでたのか簡単にわかる、合図は俺が出すから合わせてくれ!」

 

「そうか、上手くやれよ!」

 

 何も説明の無いままに背中全体がトラと密着し、更には全身を包むように抱き留められた状態。たった今まで前から抱き合う姿勢でいてこんなに恥じらう気持ちは無かったのに、不意を打たれたこの姿勢には頬だけではなく顔全体が強く火照るほどの恥じらいを感じてしまう。

 

「なんでもするって言ったよな? まずコイツを握れ」

 

「はいぃ……」

 

 そうして握らされたのは、大きくて太くて黒光りする筒のような物。それを両手で握った私のての上に重なるようにトラの大きな手が添えられて、慎重な動作で私の身体に宛がわれる。

 

「ビーン爺! 今だ、切り離せ!」

 

「あいわかった! これが儂流の置き配じゃい!!」

 

 とても楽し気な大声。

 瞬間、鉄で叩きあって砕け合うような音と振動。その後にトレーラーが牽引していたコンテナが徐々に私達のいるキャビンから離れて後ろに流れていく。

 

「ウィノラ! 引き金を引け!」

 

「え、ええっ?! 引き金ってどれなのぉ?!」

 

「これだァ!!」

 

 私の手に重なっていた多きな手の人差し指が私の人差し指を上から押さえ込み、硬質でありながら軽い抵抗を私の指先に感じさせながら何かバネ仕掛けのような金具が動く。

 そして、私の手に持たされていた筒のような銃器(グレネードランチャー)が間抜けな音を鳴らし、銃器の後端を宛がえていた肩に人工筋肉の衝撃を受け流す脈動の感触。

 

 景気のいい炸裂音。

 切り離されて後方へと置き去りにされたコンテナの車輪が爆破され、大きく傾いた後に呆けなく横向きに転倒。

 重量物が衝突し合う不吉な重い音がトンネル内にこだまする。

 

「ハッハァーッ! ざまァみやがれェ!!」

 

「ダァーハハハハ! 戦力差を覆すこの瞬間はたまらんなあ!!」

 

「あわ、あわわわわ」

 

 初めて会ってから今までで最も楽しそうに大口を開けて豪快に笑うトラとビーン。対して、私は指示されるままに自分で引き起こしてしまった事態に血の気が引いて言語として意味を持たない声を垂れ流し続ける。

 私達は数台の装甲車に追われる先頭を走行していて、その状態でトレーラーで牽引していた大きなコンテナを路上に放棄し、あまつさえ故意に爆破してコンテナを路上に横転させた。それはつまり、私達を追ってトンネル内を高速で走行していた装甲車達の進路を突然塞いだという事。

 そして、コンテナを横転させた直後の重量物が衝突し合う不吉な重い音。

 どう考えても私達がコンテナを横転させたせいで、後続の車輌が悲惨な玉突き事故を発生させてしまったしかあり得ない。

 

 もしかしたら、そのせいで死者なんかも。と、考えが至った所でトラが私の頭をグラグラと揺らすように撫でる。

 

「変な心配すんな、何もわかってねェ子供にいきなり殺しなんてさせねェよ。青虫共(ブルーホーネット)は大企業直轄の精鋭部隊だ、今のタイミングなら絶対ブレーキ踏んでるから怪我人はいても死人まで出てねェよ」

 

 まぁ、骨の何本かは折れてる奴はいるだろうが、それは先に相手からふっかけてきた戦争だからな。と、笑ったトラが言葉を続ける。

 

「これに懲りたら“なんでもする”なんて言うのは辞めとけ、今みたいに自分でもわかってないのにいつの間にかとんでもない事や取り返しの付かない事をやらされちまうからな」

 

「……う、うん」

 

 死人は出てない。という言葉に安堵の息を吐きかけるも、骨の何本かを折る重傷者がいるかもしれないという事や、得られた教訓の重さに背筋が伸びて慎重に頷くだけしかできなかった。

 そんな私を見ていたトラがもう一度だけ私の頭をグラリと撫でると、小脇に抱えるように持ち上げながらキャビンへと身を滑り込ませた。

 教訓を与えてくれた事は感謝するべきなのかもしれないけれども、それはそれとして荷物のような扱いには少しだけ不満を覚える。エスコートしてくれるという言葉はいったいなんだったのか。

 

「で、だ。この後のプランは?」

 

「このトンネルを進むとハーゼバイン自治域端部の検問があってな、今はブルーホーネットの勢力が見張ってるだろうがそれをこのまま突っ切って地上へ。これで街からの脱出は完了じゃな」

 

「追っ手は?」

 

「たった今道を塞いできたじゃろう。それに、ブルーホーネットはハーゼバインに背中を刺されるのが恐ろしくて部隊を動かす事もできんよ」

 

「街から出るの……?」

 

 再度筒のような銃器(グレネードランチャー)に装填しながらのトラと運転しながらのビーンとのやりとりに気になる部分があったので、横槍のような質問は失礼かもと思いつつもつい口が動いて質問してしまった。それに対して、ビーンは嫌な顔一つせずに私へと一度視線を向けた後に快く答えてくれる。

 

「それが現状のハーゼバインにとっても好都合ではあるからな」

 

「えぇと?」

 

「あァ? どういう事だよ」

 

「おっと、検問が見えてきたから細かい説明は後じゃな」

 

 理解が及んでないのは私だけではなくトラもそうだったようで、そろって訝しむような声を出してしまったけれども話をビーンに話を中断される。

 そして、言いながらハンドルを強く握り直して進行方向を睨み付けたビーンに釣られて私も進行方向に視線を向けると、言葉通りに有刺鉄線をふんだんに使ったフェンスの門と幾らかの武装をした数人の男性の姿が見えた。

 

「あの、ビーンお爺さん?」

 

「なんじゃい」

 

「門の前に何人も立ってこっちに止まるように合図をしているように見えるんだけど……」

 

「安心せい、門というのは外からには強いが内側から破られるのには弱いと相場が決まっておる」

 

 求めていた答えと違う。そんな事を思いがら、力強くアクセルを踏み込んだビーンにトレーラーが急加速したのを感じた。

 

「このままブチ破るぞ、何かに掴まっとれぃ!」

 

「まァ、検問破りなんて穏やかな方法じゃできねェよな。ムチャばかりするジジイだ、楽しくなっちまう」

 

「なにかって、何に?!」

 

 興奮気味にハンドルを強く握り直すビーンと何故か余裕の態度でシートへとどっしりと座りこむトラ。対して私は刻一刻と近付いてくるくるフェンスの門に衝突する衝撃を予想するも、ただそれだけでどうすればいいのかわからないまま門の前に立つ人達のとても慌てた顔が詳細に見えてしまうまで何もせずに時間を浪費してしまう。

 

「いくぞ!」

 

「わぁーーーっ!!」

 

 半ばパニックに陥る思考、咄嗟に据わったままのトラへとしがみつく。

 

 トラクターのボンネットがフェンスへと衝突した瞬間、視界が真っ白に染まるほどの閃光と金属がひしゃげる耳障りな騒音。

 そういえば、街を囲むフェンスには電撃の仕掛けがあったりすると教わっていたと門の前に立っていた人達の悲鳴を聞きながら思い出した。

 

「ガハハハハハ!! どうじゃお姫さんよう、逃走成功じゃぞ!!」

 

「これでようやく一段落ってところか」

 

「あう、目がぁ……」

 

 強い閃光による沁みるような刺激に目を眩ませながら聞く豪快な笑い声と心底疲れたような呟き。そんな三者三様の中で、ふと事の始まりに教えて貰った言葉を思い出す。

 

──誰も信じちゃいけない、優しい世界しか知らないお嬢には難しいかもしれないどね、この世界はお嬢の想像できないほどに悪辣で、残酷なんだ。

 

 たしかに優しくない事はたくさんあったけれども信じられる人はいたし、悪辣で残酷な人もいたけどメチャクチャとしか形容できない人もいたよ。と、現実逃避気味に目を擦りながらトンネルの先にある光を見た。



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赤い飛沫はビックリするよね

 

 とても強引な方法で検問を突破したのは1時間ほど前、私とトラは2人揃ってビーンの運転するトレーラーの後部車室でグッタリとしていた。

 

「さすがに血ィ流しすぎたな、全身がアホみてェに重てェ……」

 

 狭い後部車室の床を占領しながら上半身裸で大の字に寝そべるトラの疲労感を隠さない呟き。

 傷跡男に背後から射撃され、そのまま応急処置の一切を施さないまま私に抱えられて短くはない時間を疾走の振動に晒され、その直後には全身で力みながら懸垂のようにトレーラーをよじ登り、挙げ句の果てに銃器を激しく乱射する戦闘行為。止血せずにその全てを耐えたトラの流血量は決して少なくなく、そのせいでトラは貧血になっているらしい。

 幸いというべきなのか、撃たれた銃弾は貫通していて摘出のために手術は必要無く、撃たれた箇所も肩で重要な臓器に損傷が有る訳でもなく、出血量から考えるに太い血管を傷付けてる訳でも無いらしい。なので、こうして血濡れの服を脱ぎ散らかしたかと思えば自分で負傷箇所に止血材のシートを貼り付けるだけの雑な処置で事足りとトラは言っていた。

 

「クッソだるいな、今回はマジで死ぬかと思った」

 

「呆れるほどタフな小僧じゃな、今回こそくたばってるかと思ったがまんまと生き延びおって」

 

 ぼやくトラとハンドルを握っているビーンの苦笑い。

 トラが言うにはこの雑というしかない処置で事足りる怪我、ビーンが言うにはさっさと医者に看て貰うべき怪我。これほどの大怪我をした事は無いけれども、アシストアーマーを着用し始めた頃に転んだりしてばかりだった時に少しの怪我でも痛みに怯んで座りこんでしまっていた私からしてみれば平然としているトラの我慢強さしかわからない怪我。世の中の平均というのはわからないけど、この場においては2:1でさっさと治療を受けるべきと判断される怪我にトラはグッタリとしている。

 

「お水ってこんなに、美味しいんだね。……知らなかった」

 

 後部車室の簡素な寝台、普段は運送で長距離を運転するビーンが休憩の際に使用していると思われるそれの上で水を飲む。熱に火照る体、口から入った水が喉を通り腹部の底に届くまでに主張する冷たさが心地好くて、味覚や嗅覚以外にも人は美味しさを感じ取れるのだと私はこの瞬間に初めて知ることができた。

 

「典型的な脱水症状じゃな、横になって安静にしとるといい」

 

「うん。ありがとう、ビーンお爺さん」

 

 トレーラーに乗り込むまではアシストアーマーの発熱による蒸し焼きの事しか考えていなかったけど、走りきった私を実際に襲った症状は多量の発汗による脱水症状だった。

 検問を突破し、トンネルを抜けるまでは熱が籠っていたアシストアーマーの内部。その後は徐々に熱が冷めていったけれども、その頃には完全に熱に負けてしまった私は軽い頭痛とひどい怠さの体調不良が顔に出ていたのか、丁度服を脱ぎ散らかしていたトラに持ち上げられたと思ったら寝台に放り込まれてしまった。

 今までに屋敷の運動場で訓練をしていた隊員達が休憩時に汗を拭うために半裸となっている姿を見てしまった事は何度もあるけれど、その状態の異性を間近に見るどころかあまつさその状態で抱きかかえられる事はなかったので、事前に何を言うでもなく突然そうしてきたトラには言葉を失って身が硬直するほどに驚いてしまった。

 

「でも、ごめんない。こんなに汗とか色んな汚れだらけなのにベッドを借りちゃって」

 

「なーに、そういう世話賃含めて全部エーデルハーゼに請求するから気にしなくてもいい」

 

 はしたないのを承知で体を効率良く冷やすためにアシストアーマーを脱いだはいいものの、全身汗だくでそれを拭ったタオルは搾れるほど。ついでに髪もそこはかとなくゴミ箱の中の香り。こんな状態なのに自分が休むための寝台を快く貸してくれたビーンの心の広さには感謝の気持ちばかりが湧いてくる。

 そして、全身の汗を拭っていた時に足が火傷してないか確認してみたところ、肌がほんのりと赤くなっているだけで水ぶくれなどの目で見てわかるような症状は確認できなかった。もしかしたら、極々軽微な低温火傷をしているのかもしれないけれども、私は足の感覚がとても鈍いのでほんの少し痛むか痒くなるかもしれない程度の状態ならある意味では無いに等しい症状なので気にしないでおくことにしている。

 

 貧血と脱水。それぞれ原因は違うけれども、私達は揃って起き上がるのも億劫なほどにグッタリとしている。

 だけど、銃撃されたりカーチェイスしたり検問を無理矢理突破したりと立て続けに危険な状況を越えた後に命に別状は無い状態でいられるのは、きっととても幸運なのだろうと思う。

 

「で、ビーン爺よォ。さっき言ってた街から出た方がハーゼバインにも都合が良いってどういう事なんだよ」

 

 寝転がったまま疲労を隠さない声で問い掛けるトラ。私としても気になる問いなので、寝台で休みながらも2人の会話に耳を傾ける。

 

「どうせ街に潜伏する準備をしながら多少は情報収集したんじゃろ、別の街に着くまで時間はあるんじゃし自分で考えてみたらどうじゃ」

 

「どこで何しようがロクに情報集まらなかったんだよ、だから聞いてんだ。あの状況なのにハーゼバインの情報がなにも探れなかった」

 

「ブワハハハ、まだまだ三流だな。できる事の幅は広い癖にそのどれもが二流以下、全部合わせても器用貧乏ド三流のペーペーじゃい」

 

「ずいぶんとボロクソ言ってくれるじゃねェか」

 

 散々に貶す言葉を口にしながら笑うビーンと急激に不機嫌になるトラ。しかし、それでも疲労感が強いのかトラに不機嫌な人がもつ刺々しい圧力は感じられなかった。

 

「事実じゃろうが。そこの崩れて溶けた火傷痕のつもりな化粧もお前さんがやったんじゃろ、そんなんじゃそこいらの雑魚を騙せても一流は騙せんぞ。やっぱり三流じゃな」

 

「え? ……あっ」

 

 ビーンの言葉の最初に顔に火傷の偽装をしていた事を思い出し、直後に化粧が崩れて溶けていると知って咄嗟に顔を触ってしまう。すると、指先にいくつかの塗料を混ぜてできたような色が付着してしまった。そして、もしやと思って寝台のシーツを見てみると、ベットリと指先に付着したのと同じ色が移ってしまっているのに気付く。

 多量の発汗によって化粧品を使った偽装が崩れてしまったのだろうか。借り物の寝台のシーツを汚してしまった申し訳なさのままハンドルを握っているビーンへと視線を向けると、ルームミラー越しにニヤニヤと笑う目と1度だけ視線が絡む。

 

「ここぞとばかりにメタクソ言いやがってよォ」

 

「ムハハハ、拗ねるな小僧」

 

 不機嫌なトラをそのままに一頻り笑ったビーンが1度だけ咳払いを挟んでから言葉を続ける。

 

「調べても情報が集まらなかった。それだけでも重要な情報だろうにのう」

 

「あァ?」

 

「奇襲されて一晩の内に組織まるごと姿を隠し、その情報が徹底的に隠蔽できておるという事じゃぞ」

 

 その一言の後にしばらくの沈黙。つまりはどういう事なのだろうと内心で首を傾げていると、トラが小さく息を吸った後に深く長い息を吐いた。

 

「今回の奇襲はハーゼバインにとって想定内の事で、色々と対策済みだったって事かよ」

 

「え?」

 

「今回のというよりはハーゼバインは常に外敵に備えていたと言うのが正しい。ハーゼバインにある程度関わりを持つ者にとってあそこの危機管理への執拗さは常識じゃ、今回儂が請けていた運送も大した物を運んどらんのに4人も護衛を付けさせられたからな」

 

「え?」

 

 それなりには色々と教えられてるはずの私が知らないハーゼバイン(父の会社)の情報に意表をつかれたような気持ちになり、無意識な声を繰り返しで漏らしてしまう。

 

「金に目が眩んでいたあの3人組はハーゼバインの敗色が濃いと見てブルーホーネットにつこうとしたみたいじゃが、そもそもの話、ハーゼバインは何一つ追い詰められとらん」

 

 当然の事を語るように追い詰められてない根拠を順に説明してくれるビーン。

 情報の隠蔽が徹底できるのは組織が組織として健在な証拠であり、ハーゼバイン直轄の傭兵組織アルミラージとその責任者であるルイーサが万全だという事であり、更にはハーゼバインの全てを取り締まる社長である私の父が健在だという事。

 また、街の何処かに潜伏しているのに街の誰からも些細な情報さえ漏れてないという事は、街の住民全てがハーゼバインの味方だという事でもあるらしい。この事は奇襲によって街のどこであっても大規模な戦闘が起きかねない状況になったのに、誰も恐慌する事なく街が静かに冷静さを保てている事からもハーゼバインへの信用が伺えるとか。

 爆破された屋敷や黒焦げの社屋もハーゼバイン有利の証拠らしい。なぜなら、私が今着用している新型アシストアーマーの情報を奪い、あわよくば新型の開発環境を流用を目論んでいるはずのブルーホーネットがそれをするにはデメリットしかなく、爆破も黒焦げもブルーホーネットの目的を達成させずに突入してきた部隊を返り討ちにするためのルイーサ達が行った作戦しかあり得ないとの事。徹底的に私の着用している新型を傷付けないようにしていたのは、ブルーホーネットが何一つ情報を得る事ができなかったからせめて現物だけでも欲しがっていたという推測を強める1つであるらしい。

 

「状況による推測ばかりじゃがな、これだけ推測の材料が揃えばバカでもわかるわい」

 

「なるほどな、今のオレは間接的にバカにされてる訳か。ブン殴ってやろうか?」

 

「今のヘロヘロな状態で儂に勝てるとでも? 頭突きで返り討ちじゃ、ハンドルから手を離さなくとも勝てるわい」

 

「私も全然わからなかった……」

 

「それはまぁ、仕方無いじゃろ。なんにも知らん箱入りには難しかろうて」

 

 なんだこの扱いの差は。と、呟くような声で憤慨するトラ。

 今しがた説明された事を頭の中で繰り返して過不足無く全てを理解して覚えていられるようにしていると、何かに気付いたようにハッとしたトラがまたビーンへと問い掛けた。

 

「屋敷爆弾に社屋爆弾、そこまでやられて更に万全な敵勢力が隠れてるアウェイ、ブルーホーネットが背中刺されるのが怖くて撤退すらできねェほど追い詰められてたのはわかった。けどよ、なんでハーゼバインはそこまで有利とれてたのにさっさと反撃しなかったんだ?」

 

「それこそ簡単じゃ。お前さん、その答えとずっと一緒にいたじゃろがい」

 

「ふぇ、私?」

 

 まさか、ここで私が話に出るとは思っていなかったのでかなり困惑してしまった。どういう事だろうかと運転席に座るビーンへと視線を向けると、またルームミラー越しに視線が1度だけ絡んだ。

 

「アルミラージで最も優れた戦力を護衛に付け、街で最も安全な屋敷で徹底的に守り、咄嗟に銃の引き金がわからんほどに荒事と無縁な箱入り。それほど大事にしている娘が何処にいるかわからん状況の街で戦争なんぞできなかろうて」

 

「あァ~……。オマケに警戒心危機感無しの上に妙にズレてて好奇心ばっかり強いしな、ドンパチやってる最中にひょっこり出てきてウッカリ捕獲されたりしそうだ」

 

「人質にされようもんならハーゼバインは手も足も出せないじゃろうな」

 

「えぇっ、私だって怖いものや危ない事には近付いちゃダメだって事はわかるよ。それに、知らない人にだって着いていかないもん」

 

「なぁ、ビーン爺。これどう思うよ?」

 

「このお姫さんを1日連れて歩くのは儂にはできんな、おっかなくてほんの少しでも目を離す隙が無さそうじゃ」

 

 もしかしたら、私は今貶されているのかもしれない。

 だけど、自分でも何か反論が有るわけでは無いので言われるがままになっておく事にした。

 

「話戻すけどよ、ハーゼバインが迷子のお姫様のせいで反撃するにできなかったのはわかった。だけどよ、やっぱり街を出た方が良いってのがわからねェな、老いぼれ運送屋と根なし草が連れて歩くよりはさっさと元の場所に戻してやった方がお互いのためだろ」

 

 まるで拾ってきた犬や猫のような言われようの気がするけど、そんな扱いは昨日の時点でトラの口から否定されていたはず。それはそれとして、トラの言い草がまるでさっさとお別れする事を望んでいるかのようで少しだけ寂しいような気持ちになる。

 

「過保護極まったような奴がお姫さんをお膝に乗せながら戦争したがる訳無かろう。いっその事戦火の届かない場所に連れていけば連中はなんの憂い無しにさっさと相手を殲滅しに行けるし、お姫さんの保護でエーデルハーゼへの貸しにもできるし、運賃で儂の稼ぎにもなる」

 

「理由の半分以上が利己的だな」

 

「悪いか? なんだったらお姫さんに社会勉強させてやるって建前も付けてやればいいじゃろ」

 

「いや、むしろ納得。多少は相手の都合も考えてるあたりまだ良心的だ」

 

 へっ。と、2人がそろってひねくれた笑い声を吐く。

 私には2人がどんな感情でそう笑ったのかがわからなかった。

 

「え、えっと、1つ訊いても言いかな?」

 

 何故笑い声がそんなにひねくれてるのかと好奇心を感じなくもなかったけれども、それよりも気になる事を訊くために2人の会話に口を挟む。

 

「なんだ、お姫様としてはやっぱりドンパチやってても家に帰りたいのか? だとしても、ある程度は青虫共(ブルーホーネット)が片付くまでは街に近づかねェ方が安全だぞ」

 

「私が帰らない方が皆の都合が良くて、はやく戦争が終わるならしばらく帰れなくても頑張れるよ。訊きたいのは街を出ている期間の事じゃなくて……」

 

 寝転がったままのトラの忠告のような言葉。それについては納得しているので特に異論は無く、そのまま質問へと移る。

 

「これから何処に向かうのかなって」

 

「この道なりに進んでライフシードカンパニーの自治域で補給、そこからハーゼバインを中心とした弧をなぞるように大回りの道のりでホムラ重工まで行く予定じゃな」

 

「ハーゼバインとは近過ぎず遠過ぎずって距離だな。ブルーホーネットが部隊を別けて追うには遠いし、ハーゼバインからしてみれば戦争終わらせちまえば追うのに支障は無いってか」

 

 ビーンの答えてくれた社名には覚えがある。たしか、ライフシードカンパニーは遺伝子や生体機能の研究を主としていて、ハーゼバインとは特筆するような取引は無い会社で、ホムラ重工は車や重機、歩行戦車などの大型な機械を生産していて、ハーゼバインとは分野は違えど同じ機械技術を開発する会社という事で少なくない交流がある会社だと覚えている。

 

「移動の最中に戦争が終わればどこかで迎えを待つもそのまま帰るも良し、しばらく終わらなくとも建前通りに社会勉強でもしておればいいじゃろ。好都合にもお姫さんを拾った小僧は仕事の幅が広い、その仕事でも手伝ってれば退屈はしないじゃろうて」

 

「戦争が長引いたらコレを連れて仕事しなきゃならねェのか、気苦労で胃袋に穴空くぞ」

 

 仕事を請けなければ食いっぱぐれるし、別行動で目を離すのも何がどうなるかわからねェもんな。と、とても疲れた声色で呟くトラとそれに頷くビーン。この2人は私をどれほと危なっかしい存在だと認識しているのだろうか。

 

「えっと、帰るまで護衛してくれるだけでも大変なのに、他にも大変そうな事になっちゃってごめんね」

 

「状況の流れがこうな以上仕方無ェよ、謝るな。そもそも、この場の誰が悪いって話でも無ェ」

 

「う、うん」

 

 寝転がったまま大きな手を挙げてからヒラヒラとゆっくり動かすトラ。寝台に横になる私と床に寝転がるトラの位置関係によってトラがどんな顔をしていたのかはわからなかったけれども、大きな手が動くのだけが私の目に写った。

 

「帰るまでの護衛か。なんだ、お姫さんは箱入りの割にはその場で傭兵を雇って護衛にする発想ができる程度には傭兵の扱いを知っていたようじゃな。儂はてっきりトラ坊がとうとう色気付いてあわよくばの事を狙っておったもんかと」

 

「枯れたジジイがバカみてェな事言ってんじゃねェよ」

 

「ハァーン!? まだまだ汁気たっぷりの現役じゃ! 臨戦態勢なら鋼よりも硬いわい! 見せてやろうか!!」

 

「自分でバカ言い始めた癖にムキになるなよ面倒臭ェ。意地張る前にゴミ箱に捨ててある漲るための茶色い小瓶は隠しておけよな」

 

「それは他意の無い極々普通の栄養ドリンクじゃぁ!!」

 

 2人の言い争う内容はどういう事なのかよくわからなかったけれども、それより前の内容に私でも少しだけわかる部分のところで誤解があるみたいなので訂正を試みる。

 

「その、護衛の依頼は私が思い付いたんじゃなくて、その時は失くしちゃったと思ってた装備品の代わりを揃えるたいからってトラさんが依頼しろって持ち掛けてくれたの」

 

「げっ」

 

「ハァン? 歩兵装備を報酬に、要人の護衛を……?」

 

 瞬間、2人の言い争いが止まり、トラが吐き出すような渋い声を鳴らし、ビーンが運転席から振り返ってルームミラーではなく直接に私を丸く見開いた目で見る。

 もしかして、私はなにか失敗をしてしまったのだろうかと心配になってしまう奇妙な沈黙。

 この沈黙をどうしたものかと困惑していると、ボンッ。と、鈍くて重い音と衝撃、同時にフロントガラスに少しだけ赤い飛沫が付着した。

 

「おっと、よそ見でクリーチャーでも轢き殺したか」

 

「えっ」

 

「まぁ、勝手に飛び出してきて勝手に死ぬ間抜けの事はどうでもいいんじゃ」

 

 何気無い仕草でビーンがハンドル横のレバーを操作し、フロントガラスにウォッシャー液が浴びせられてワイパーが動く。ワイパーの稼働範囲外に少しだけ赤い飛沫を残しながら、少しだけ噴き出すようにビーンが笑い始めた。

 

「要人の護衛に、報酬は歩兵装備……ブフフッ。しかも、期間はある意味無制限……ブフホッ」

 

「……もっと楽に事が済むと思ってたんだよ。普通、奇襲かけられた直後に組織まるごと完全に隠れられるとは思わねェだろうが」

 

「ンブフッ! にしても要人の護衛をそんな安値で請けないわい! そんな間抜けな見積もりミスをするから三流呼ばわりなんじゃろうがよ! ガハハハハハ!!」

 

 渋い声色のトラを心底愉快そうなビーンが盛大に嘲笑う。

 どうやら私は意図しない形でトラの失敗を言いふらしてしまっていたらしい。

 

「随分と気前良く自分を安売りしたな! 未熟者の半人前、半熟のジュクジュクじゃわい! ダッハッハッハ!!」

 

「クッソ、口止めしときゃよかった」

 

「えっと、その……ごめんね、トラさん」

 

「…………謝るな」

 

 寝転がって休んでいるはずなのに休み始めた時よりもグッタリとしてしまったトラ、失言によって物凄く申し訳ない気持ちになった私。車内はしばらくビーンの豪快な笑い声だけが響いていた。



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幕間:ウサギの巣穴にひそむゴリラと曲者、ついでに新兵

 

 とある街一番の屋敷が奇襲してきた武装組織ごと爆破され、とある街一番のビルが丸焼きになって建物内全てのデータを物理的に破壊された時点から数時間後の太陽の光が届かないとある地下、頑強な構造であることを優先したのであろうコンクリート造りの廊下を巨躯赤髪の女性と野戦服を纏う枯葉色の髪をした青年が進む。

 

「地上からの報告は」

 

「追加の情報はまだ何も、お嬢の足取りは未だつかめてません」

 

「回収したメットのマウントカメラが最後の手がかりか……。正面からブチかませば相手はいつだって踏み潰してやれるってのにかなりやりにくい状況になっちまったねェ」

 

「……申し訳ありません。あの時、俺がもっとお嬢に冷静になれるような声を掛ける事ができていればこんな状況には」

 

「いや、新兵(ルーキー)のアンタがあの場であれだけできただけでも上出来さね。元を辿れば相手があれだけの捨て身な電撃戦を仕掛けてくる可能性を予測しきれなかったアタシと社長のミスだよ」

 

 1つの大型都市を取り締まる大企業、ハーゼバイン。その直轄で運営されている傭兵組織、アルミラージの頭目であるルイーサが忌々しく言葉を吐き捨てる。そして、歩みを止めないまま自分に付き従う新兵(ルーキー)に一瞬だけ視線を向ける。

 

「あの時、アンタはお嬢の殺害を阻止し、敵精鋭の追撃を躱してお嬢のログが詰まったメットの回収までしてみせた。それだけでも誉められるべき戦果だ、胸を張りな」

 

「……イエス、ボス」

 

 言葉だけは了解、態度は消沈、そんな青年の姿に内心で溜め息を吐き捨てたルイーサが思考を切り替え、心のどこかで年齢の離れた妹や娘のようにも思っている自らの雇い主の令嬢の行方を辿るために思考を回す。

 アレは貧弱な見た目を裏切るほどのバイタリティを持っていて、ちょっと油断して目を離せば好奇心のまま行動に移すほどには思い切りが良い性格でもある。そして、素直な言動の通りに愚直な面もある。と、改めて令嬢の人となりを分析し、足取りを掴むための手がかりである回収されたカメラの映像記録を脳内で繰り返す。

 

「やっぱりあのまま道を真っ直ぐ突き抜けて、奇襲のゴタゴタに紛れて検問を抜けていっちまったのかねェ」

 

「お嬢ならありえますね」

 

 バイタリティ、思い切りの良さ、それらが噛み合えば殺されかけた恐怖と混乱の中にあっても真っ直ぐ走れと指示された通りに何処までも走ってしまうかもしれない。そう周囲の人間に思わせるほどに、令嬢は普段の日常の中でも愚直とも言える素直さで周囲の人間と交流していた。

 

「でも、だとするとお嬢は……」

 

「護衛無しにクリーチャー蔓延る街の外、最悪の一歩手前みたいな状況だよ」

 

 死亡するのが最悪ならば、何か少しの不運だけで簡単に命を落としかねない場にいるの最悪の一歩手前と言える。

 街の外に生息するクリーチャーと呼ばれる生命体達はそれぞれ個体や種類ごとに習性や多少の個性の違いがあるが、それでもそれらは原則的に生物の三大欲求に忠実な生命体だ。眠くなればある程度身を守れる場所を見つけてさっさと眠るし、空腹になれば草木を噛むなり他の生物を襲って肉を貪るし、繁殖期になれば性欲を持て余して繁殖可能な相手と下半身を繋げる事ばかりを優先し始める。

 眠たいだけならある意味では無害だ。しかし、飢餓状態のクリーチャーが迷子の令嬢に遭遇すれば間違いなく餌として認識して襲いかかるだろう。それは、拳銃の握り方も知らず、拳の握り方を知ってるかも怪しい身を守る術に乏しい令嬢にとって致死の状況となる。高性能な装備品(アシストアーマー)に頼るだけでどうにかなるほど、獰猛な野生生物の飢餓とは生易しいものではない。

 そして、健全な精神の人間では想像するだけで眉間に皺を寄せるような話ではあるが、流星群災害の際に()()()()()()()()種のクリーチャーは人間を繁殖相手として認識する場合がある。もしも、その類いが性欲を持て余した状態で令嬢と遭遇してしまった場合、ある意味では死ぬのと等しい地獄が発生してしまう可能性すらある。

 

「追跡用の発信器をメットに仕込んでおいたけど、こうもアッサリと落としちまうのは想定外だったね。ベストにも仕込んでおけば良かったねェ……」

 

「地上に潜伏した探索隊の情報では主な市街地にお嬢の痕跡を見付けられてません、残った貧民街(スラム)からの報告次第では街の外を探索するのも視野に入れるべきですかね」

 

「いや、青虫共(ブルーホーネット)の動向次第では先に奴等を始末しなきゃいけなくなる、こっから先はお嬢の運と社長の判断次第だね」

 

 本心では盗賊紛いの奇襲部隊の殲滅よりも保護対象である無力な令嬢の探索を優先したいと焦りを覚えているが、自らの業務としては所属する勢力の本拠地である街の防衛を優先しなければならない。そんな葛藤を抱えながら、ルイーサは廊下の進んだ先で歩哨の立つ扉のノブを掴む。

 

「社長、私だ、入るよ」

 

 返事の無い内に捻られるノブ、扉が開かれた先は窓の無い壁、蛍光灯の冷たい輝きを灯す天井、床は飾り気の無いリノリウム、換気のために設置された通気孔のダクトがある個室。その殺風景な部屋の中心には座り心地を優先に造られた豪華な椅子が置かれていて、それに深く腰掛けた紫の瞳に強い意思を感じさせる壮年が口を開く。

 

「やぁ、ルイーサちゃん。今日もキレッキレの筋肉してるね」

 

「“ちゃん”を付けるなウスラトンカチ」

 

「いいじゃないか。それよりも、この重たい鉄球付きの足枷を外して欲しいんだけど」

 

「そいつは全社員の総意で却下だね。おっと、扉は閉めなくていい、内側から開けられ無いようにドアノブを引っこ抜いてあるからね、出られなくなっちまう」

 

 仕立ての良いスーツ姿の壮年が足首に嵌められた足枷を指差すも、ルイーサが素っ気ない態度で返す。そんなやり取りの横で野戦服の若者が自らの上司の言葉に閉じようとした扉を確認し、実際にノブの失われた扉に自分の目を疑うように何度か自らの手で目を擦った。

 

「おや、後ろの君は初めて見る顔……いや、屋敷でウィノラと一緒にスポーツをしていたのを見たことがあるね。まぁ、こうやって顔を合わせるのは初めてだから初めましてと言うべきかな?」

 

ウチ(アルミラージ)の新兵だ。ホラ、社長がアンタに興味有るってさ、せっかくだから顔と名前を覚えて貰いな」

 

「は、へ」

 

「ボサっとしてんじゃないよ」

 

 何故社長が拘束されているのか、何故内側から出られない部屋に社長が監禁されているのか、何故社長と自らの上司がこんなにもフレンドリーな関係なのか、何故社長という雲の上の存在が自分のような末端の新兵に興味を持つのか、様々な疑問が一斉に沸き上がる中で新兵が呆けるも、上司の有無を言わせない圧力に日々の訓練でシゴキ倒された体が無条件で従って勝手に動き、狭い部屋へと足が進んで直立不動の姿勢へ。

 

「ロルフ新兵です! 所属は無し、初期訓練は終えましたが特定の部隊への所属はまだ決定されていません!」

 

 正確には配属される予定だった部隊は決まっていたしその部隊の元に先んじて合流もしていたが、正式な決定の前に先の奇襲によって部隊が壊滅、その状態では部隊としての体をなす事ができないので結果として所属無しの新兵となっている。そして、何がどうしてそうなったのか、ロルフの上司であるルイーサが使いやすい雑用兼連絡役として彼を連れ回していたというのが現状だ。

 

「うん、知ってるよ」

 

「え」

 

「君のおかげでウィノラは危ない所を逃げられたらしいね、ある程度の報告は聞いてるよ」

 

「へ」

 

「まぁ、聞いてたのは名前だけだからたった今顔と名前が一致したんだけどね。うんうん、その件については良くやってくれたよ、色々終わったらお小遣いあげる」

 

「あ……、こ、光栄です!」

 

 自らの上司の更に上役である社長の間が掴みにくい会話のテンポにロルフが戸惑いながら姿勢を改めて正す。そして、椅子に腰掛けていた社長がルイーサに視線を向け直しながら足を組もうとしたが、足枷と鉄球を繋ぐ鎖の短さに小さな金属音を鳴らすだけで半端に上げた足を元の位置に戻した。

 

「あぁっ、もう……この鉄球邪魔なんだよね。お願いだからこれ外してよルーちゃん」

 

「誰がルーちゃんだって? 気色悪い呼び方はやめな」

 

「可愛くていいと思うよ。ゴリラみたいで怖いんだからせめてニックネームくらいは……ね?」

 

「アンタにニックネームで呼ばれる筋合いは無いねェ」

 

 社長が口を動かす度に苛立たし気な雰囲気を増していくルイーサ。上司と更にその上役の奇怪なやり取りを目の前にしつつ、退室の間を失ったロルフはただ直立不動に待機を続ける。

 

「えー、若い頃から何度も一緒に死線を潜り抜けてきた仲じゃん。冷たい事言わないでよ戦友ぅ~」

 

「試作品の実働データ欲しさにアンタが勝手に戦場を徘徊して勝手に包囲されて作った死線ばかりだろうに。毎度巻き込まれるアタシとしてはアンタが社長じゃなけりゃァ頭蓋骨踏み割ってやりたいと思ってるんだけど」

 

「で、そんな事よりさ、ウィノラの手掛かり見付かった?」

 

 小さな部屋に吐き出される巨躯からの深く長い溜め息。それは質問への答えが芳しくはないものだからなのか、会話のペースが独特で合わせにくいからなのか、何故かその場に立たされ続けているロルフにはわからなかった。

 

「貧民街に潜らせたヤツラからの報告次第では街の外も探索範囲になる、そうなった場合は先に青虫共(ブルーホーネット)を潰さないと身動きがしにくくなるね」

 

「ふぅん、それならルーちゃん達にブルーホーネットへの対応を任せて、僕が外に探索しに行こうかな。迷子の子を探しに行かない親なんていないよね。そういう訳で、この足枷外して欲しいんだけど」

 

「アンタ、自分の身分がどんなものかを思い出しな」

 

「父親」

 

「そんでもって社長だ、この街の大将、王様と言っても良い。そんなヤツを危険地帯に行かせる訳がないだろうさね」

 

「資材かき集めてでっち上げた最新アシストアーマーがあるじゃん、それを僕が着用していけばちょっとやそっとの危険なんて無いに等しいよね? あ、ウィノラとお揃いになるのはかなり嬉しいかも」

 

「アレは! 青虫共(ブルーホーネット)を! ブッ潰すために! アタシが使うためのものだろうが!! 寝惚けた事言ってんじゃねェよ!!」

 

「んもぉ~、生身でも強いゴリラの癖にケチなんだから~」

 

 上司が響かせる怒声の中、最高権力者のトボケた態度に自分の住む街の行く末に一抹の不安を覚え始めたロルフが持ち歩かされていた通信機への着信に気付き、怒声とトボケた声を背景にしつつ真面目に課された役割に務める。

 

「歓談中ですが報告させていただきます! ウィノラお嬢らしき人物がブルーホーネットの装甲車部隊に追撃されるもこれを突破、ハーゼバイン自治域を脱出したのが確認されました!」

 

「え、どういう事?」

「詳細!」

 

 概略の報告に対して食い気味な反応。上司と上役から突き刺さるような視線を向けられた事に怯みながらもロルフが詳細な報告を始める。

 

「なるほど、小柄な少女が一見して無装備の状態で人間1人抱えながら装甲車と同じ速度で疾走。新型のアシストアーマーの出力なら全然あり得る話だねェ、その小柄な少女は十中八九お嬢のはずだよ」

 

「ウィノラってば自治域の外にまで行っちゃったんだね、怖い目に遭わなければいいけど……」

 

「抱えられてたヤツは知らないけど、包囲されたお嬢に手を貸してくれた骨董品みたいなトレーラーの運転手は間違いなくビーンのジジイだろうね。あのジジイがいるならそう悪い事にはならないだろうさ」

 

「あのメチャクチャなクソジジイが一緒だからこそ心配になっちゃうんだけど」

 

「そのビーンという人物は手練れなんですか?」

 

 詳細な報告を元に始まる状況の整理。その場で最も経験の少ないロルフが自らの知らない情報を当たり前のように共有しているベテラン二人に対して質問。直後、ロルフは自分が口を挟む事で話し合いの邪魔をしてしまったのではとハッとするが、ベテラン二人は何を気にするでもなくそれに答える。

 

「今は引退して運送屋やってるけど、昔は賞金首を狩る専門の傭兵としてそれなりにやってたジジイだよ。いわゆる賞金稼ぎ(マーセナリー)ってヤツだね」

 

「僕らが若い頃には何度か一緒に大きな火遊びをした仲でね、当時はハーゼバインの跡継ぎだってのを隠して遊び歩いてた僕と、戦闘が発生したら何処にでも出動していたルーちゃんと、場所が何処であろうと標的がいたら派手に仕事を始めるビーンとで示し合わせた訳じゃないのにドンパチしてる場所でよく顔を合わせていたんだよね」

 

 遊び歩くのに夢中になって屋敷に帰らないでいたら先代に懸賞金を懸けられ、そうなってるとは知らずカフェで朝食を楽しんでいたらいきなり現れたビーンにスタンガンを当てられて連行された事もあった。と、軽い調子で話された社長の秘話にどういう反応をすべきかと必死に思考を回すロルフ。

 思考虚しく、ただ一言「あっ、ハイ」とだけしかロルフは声に出せなかった。

 

「報告ではジジイのトレーラーに積載していたコンテナがトンネルに放棄されたらしいね、どうするんだい社長」

 

「もちろん、ブルーホーネットに持って行かれる前に回収だよね。クソジジイの積み荷には新型を製造するのに自前で用意するのが面倒な資材があったはずだから、それを回収できればまだ幾つかの新型をでっちあげれるよ」

 

「了解、手早く回収してくるさね」

 

 状況は大きく動いた。戦闘行為をするにおいて唯一でありながら最大の懸念だった行方知れずの保護対象が信用できる人物と共に戦火の届かないどこかへと脱出し、それによってどこでも気兼ねなく引き金を引けるようになった現状、自らの勢力が更に有利を取れるようにハーゼバインの最強戦力(ルイーサ)が戦意の強い瞳で踵を返して殺風景な個室から退室する。

 そして、その後を追おうとロルフが開けっ放しだった扉を潜ろうとしたところで、突然に足を止めたルイーサが振り返って思い出したように口を開いた。

 

「アンタはここで待機だ」

 

「え? ……イエスボス」

 

 てっきり自分も使いやすい雑用係の流れで出撃させて貰えるものだと思っていたロルフが困惑に陥りながらも下された命令を飲み込んでいると、ルイーサが面倒そうな表情をしながらチラリと置き去りにされかけた社長を見てからロルフに視線を合わせる。

 

「イカレポンチの社長から目を離してたらいつ脱走して場を掻き回されるかわからないからね、アンタはここでその歳だけとった大きなクソガキのお守りだ。そのクソガキが万が一にでも無許可なお出掛けをしてアタシ等の知らない所で問題を起こさないようにしっかり見張りな。ホラ、命令復唱!」

 

「イエス、命令復唱します! イカレポンチのクソガキを見張ります!」

 

「さんざんに言ってくれてるけど僕って社長だよ? 最高権力者だよ? 扱い酷くない?」

 

「このイカレポンチはあの手この手で脱走しようとするからね、なにがなんでも阻止しなよ。そのための全ての行為はアタシが許可する」

 

 言外に暴力だろうが脅迫だろうが使えるものは全ての使って拘束していろと言いのけたルイーサに、ロルフが了承の意を示し、社長が不貞腐れたように口先を尖らせる。

 

「メスゴリラめ、好き勝手言ってくれるんだから」

 

 部隊を率いて出撃するためにルイーサがその場を立ち去ってすぐ、ほんの少しだけ不機嫌そうに言葉をこぼした社長。それにどう反応すべきか迷った後に、ロルフはただ直立不動で無言を貫いた。

 

「さて、ロルフ君もただ見張るだけでは暇だろう? ちょっとお喋りでもして時間を潰そうじゃないか」

 

「お喋り、ですか?」

 

「うんうん、と言っても共通の話題ってなにか有るかな。うーん……ロルフ君ってカブトムシとかクワガタとか好き?」

 

「カブトムシですか? まぁ、人並み程度には好きですが」

 

「へぇ~。僕はキライなんだよね、なんかゴキブリみたいじゃん」

 

 振られた話題の突拍子の無さに困惑しながら答えるも、自分で振った話題に対して嫌そうな顔を見せる社長に対して困惑を増すロルフ。しかし、社長は特にそれを気にするでもなく話を続ける。

 

「っていうか、僕あんまり虫そのものが好きじゃないんだよね。なんかもう、虫ってクリーチャーとは別の感じで気持ち悪いし」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

「あ、でも、好きじゃないけどゴキブリは結構面白いよね」

 

「おもしろ……?」

 

「箱一杯にゴキブリを生きたまま詰めて贈ってあげればどんな相手だってビックリして面白い反応してくれるからね。ホムラ重工の息子がウィノラに会ってみたいってしつこかったから贈りつけてやったんだけど、そしたら箱を開封した場にホムラの社長もいたみたいでさ、いつも銅像みたいにムッツリしてるホムラの社長も飛び上がって驚いていたのが箱に仕込んだドローンカメラで見れたのさ」

 

 この社長、もしかしたら似たようなイタズラをブルーホーネットの誰かにも仕掛けてそれが回り回って今回の戦争が起きる切っ掛けの一つになったのではないかと勘繰り始めるロルフ。

 そんな嘘か誠かはわからないが、仮に実話だったとしたら社長の正気を疑うか何処にも口外できないような話ばかりを聞かされ、それらに対してロルフが適宜リアクションに努める時間がしばらく続く。

 

「ロルフ君は聞き上手なんだねぇ、結構お喋りしちゃった」

 

「……光栄です」

 

「お喋りばかりでちょっと喉が渇いたし、糧食庫から飲み物を取ってきて貰っていいかな? こんな事もあろうかと糧食庫の奥にちょっと良いお酒を隠しておいたんだ」

 

「……すぐに取ってきます」

 

 機密であるべき話やただひたすらに反応に困る話。それらを語るのは一つの巨大な勢力の最高権力者で、聞くのは末端の傭兵。長く続いた雑談と言うには片方の心理的負担が大きすぎる時間の後に休憩が挟まれる。

 開けっ放しだった個室の扉の前に立つ歩哨、初期訓練を終えたばかりの身にとって先輩であるそれに苦笑いを向けられつつ扉を閉めたロルフは社長の頼み事を果たすべく疲労した頭を抱えながら糧食庫へと向かい、飲酒を嗜まず稼ぎも多くは無い彼では生涯目にする事も無かったであろう蒸留酒の瓶を確保し、酒に対してほとんど無知であるために飲酒には何が必要なのかと通りすがった他の隊員に聞きながら氷やグラス等を用意する。

 

「ロルフ新兵、只今戻りました。入室します──えっ?」

 

 そして、再度狭く殺風景な個室へと戻った時、ロルフは自らの目を疑う光景に間抜けな声を漏らした。

 窓の無い壁、蛍光灯が灯る天井、飾り気の無い床、それらに囲まれた中心の椅子に座っているはずの人物が見当たらず、通気孔の蓋が開かれている下には鍵穴に針金が刺されて解錠されている鉄球付きの足枷。

 

「脱走!?」

 

 混乱と思考の復帰を瞬間的に済ませたロルフが直感的に至った結論に驚愕して声を出す。その声に反応した歩哨も開け放たれた扉から室内を覗き込み、同じように驚愕の反応。

 そういえば、社長はしきりに足枷を外す事を求めていたし、自らのが行方知れずだったウィノラを探しに行こうともしていたし、足取りを掴めた後もウィノラを案じている様子は変わっていなかった。と、思い至るロルフ。もしかしたら、社長はこれまでに得た手掛かりを元にウィノラの後を追うため、見張りの目が無くなったのを好機として脱走をしたのだろうと推測する。更に、長く際どい話題の雑談で自分を疲れさせたのも狙っての事なのかもしれないと薄ら寒い思いを覚える。

 

「お、おい。どうする! ボスに連絡──」

 

「する前にまずはこうします!!」

 

 歩哨が事態解決のためにどうすべきかと慌てるのを横目に、ロルフは廊下へと飛び出して壁に設置された赤いボタンへと拳を叩き付けるようにして押し込む。その瞬間、ハーゼバインの勢力が隠れている地下空間全体に換気停止を報せるアナウンスが放送され、全ての地上につながる通気孔が空気を通さないように閉じられた。

 

「本来なら火事の時なんかに使うスイッチですが、これで社長が本当にダクトを通って地上へと向かっていたのなら閉じ込める事ができた……はずです」

 

「代わりにさっさと社長を捕まれらんねぇと換気できずに俺等も全員酸欠か。しかも、状況を把握できてない俺達以外の奴等に全部説明しなきゃならねぇオマケ付きだ」

 

「……面倒な事になりましたね」

 

 きっと、自分の上司であり社長とそれなりに長い付き合いのあるルイーサは、今の自分達のように面倒な事を数え切れないほどに付き合わされたからこそ先程のような雑な扱いをするようになったのだろうと考えつつ、ロルフは雑用兼連絡役として持たされていた通信機へと現状の説明と社長捕獲の協力を呼び掛けた。

 

 外部の武装組織に奇襲され、最高権力者の令嬢が半ば行方知れずの状態であり、自らの勢力の最高戦力が出撃してる中で始まった秘密基地内部での鬼ごっこは有能な新兵(ルーキー)の機転により程無くして終了を迎えたが、ハーゼバインの最高権力者で一部には曲者として有名な社長は、捕獲された後に子供のように拗ねながら高価な酒を飲んで不貞寝する事となった。



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