飛ばされてベルゼルグ城 (全ての道はところてんに通ず)
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一話 まるで駄目な女神、略して駄女神

違うんだ。俺は確かにアイリスが大好きだけど、決してロリコンでは無いんだ。


人生の転機とは突然に起こるものだ。

なんの特徴も無い少年が、空から降ってきた女の子を助けたことで世界を股にかけた大事件に巻き込まれたり、またまた偶然不思議な力を手に入れて世界から狙われる羽目になったりーー

得てして、そのような出来事は彼らに不意打ちを食らわすかのように降り掛かってくる。そして何より、小説などで見かけるその姿は私達に高揚感と勇気を与えてくれるのだ。

しかし、俺はこう思う。

 

「クソ!どこへ消えた!」

 

「城内をくまなく探せ!まだ遠くには行っていない筈だ!」

 

「アイリス様を害そうとした不届き者だ!我がベルゼルグの威信にかけて何としても捕まえるのだ!」

 

それは他人事だから楽しいものであり、そんなことに自分自身が巻き込まれるのはたまったものじゃ無いと。

....どうして、こんな状況になってしまったのだろう。話は数十分前へと遡る。

 

 

 

 

 

「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたを新しい道へと導く女神、アクア。鈴木誠也さん、あなたはつい先程、不幸にも亡くなってしまいました。短い人生でしたが、あなたの一生は終わってしまったのです」

 

気が付くと、俺は辺り一面真っ白な部屋に設けられた木製の椅子に座っていた。目の前には俺が今まで見たこともないくらい美しい女性がおり、俺に語りかけてくる。

あまりにも現実離れした光景だからなのか、俺は、すんなりと彼女の言葉ーーここが死後の世界であることを受け入れることができた。

ただ、1つ理解できない事がある。

 

「あの、1つ質問良いですか?俺はどうやって死んだんでしょうか?」

 

俺には、自分が死んだという記憶が無いのだ。覚えているのはいつものように学校から帰ってきてから宿題をやってベッドに入った所まで、特段体調が悪かったり、疲れていたわけでもなかったから何かあったら直ぐに目が覚める筈。いくら考えても自分が死ぬ要素が見当たらない。

 

「あら、自分が死んだ記憶が無いのですか?そういうことなら...」

 

そこまで言い、彼女が囁く様な声で何かを呟くと、目の前に人の身長ほどの大きな鏡が現れる。

 

「これは真実の鏡と言い、あなたが今まで歩いた人生の軌跡を写しだすものです。これがあれば、あなたの死因もすぐに分かりますよ」

 

彼女は鏡に手をかざすと、スマホの画面をスライドさせるかのように鏡を操作し始める。よかった、これなら俺の死因もすぐに分かりそうだ。

 

 

 

 

 

しかし、そんな俺の期待を裏切り、死因はいつまで経っても見つからない。現在、探し始めてから3時間は経過している。

 

「なんで見つからないのよ!意味分かんないわよ!こんな転生者1人に時間割いてられるほど私時間ないのに!これからニチ○サで仮面ラ○ダー見ないといけないのに!」

「録画すれば良いだけなんじゃ....」

「ナマで見ないといけないの!あなたにはわからないでしょうね!」

 

彼女も最初こそは意気揚々と調べていたのだが、途中から目の色が濁っていき、今や先程まで貼っていためっきが剥がれ落ち、癇癪を起こしている。というか女神もニ○アサ見るんだ...

 

「というか、そんなに探しても無いってことは、俺がここに呼ばれた事自体が何かの間違いって線は....」

「そんなわけ無いじゃない!私は女神よ!そんな間違いするわけ...するわけ.....」

「......」

「......」

 

彼女は俺から顔を背けると、どこかに電話をかけ始める。しばらくして通話が終わると彼女は非常にバツの悪そうな顔でこちらに振り返ってくる。

 

「オイ、まさか...」

「いや、あのー、そのー、ですね....」

「.......」

「.......」

「「.......................」」

「あー、あのー、そのー、ね、我々のミスで、ですね、あのー、あなたの身体から魂を抜いてしまいました....」

「........」

「.........ごめーんね☆」

「野郎オブクラッシャァァァァァァ!!!!」

「ひたぁぁぁぁぁぁ!!ひたたたたた、ひたいひたい!ひゃめてぇぇぇぇぇ!」

 

俺は不届き者の女神へと飛びかかり、彼女の頬を力強く引っ張る。人のこと勘違いで殺しやがった報いだ!オラッ!オラッ!

 

「というか私悪く無いもん!悪いのはそんな間違えやすい名前ランキングベスト4くらいに入ってそうな名前のあんたよ!このモブキャラ!」

「テメェ自分が間違えた癖に逆ギレしやがって!そんな減らず口叩く暇があったら俺を元の体に返せよ!!」

「無理よ!多分あなたの身体もう燃えちゃって灰しか残ってないだろうし!」

「じゃあもっと深刻に考えろやァァァァァァ!!」

 

コイツ実質1人殺ってんのに反省の色がねぇ!コイツは駄目だ。駄目な女神だ。略して駄女神だな、これからはそう呼んでやろう。

 

「ったく!で、これから俺はどうなるの?まさか勘違いだったけどしょうがないから天国に行ってくださいなんてことはないよな?」

「.....ソンナコトナイヨー」

「オイ」

 

何故コイツは女神を名乗っていられるのだろう。いっそ悪魔とでも名乗った方が相応しいんじゃないだろうか?

 

「ねぇ、あなたって異世界転生に興味無い?」

 

駄女神は以下のことを言った。

とある世界が魔王によって滅びの危機に瀕しているらしい。なんでも、魔王軍に殺された人々がその世界での生まれ変わりを恐怖のあまり嫌がって、みんなおじいちゃんみたいな生活を望むとのこと。そのせいで、人口はどんどん減少していっているらしい。このままではその世界が滅びてしまう。そこで、別の世界の若者がその世界にチート能力を持って行き、人口増加及び魔王の討伐をさせればいけるのでは? との考えとなり、それが今もなお行われているとのことらしい。確かにゲームやラノベが大好きな現代人にとっては、この話を蹴る人間もそうはいないだろう。

 

「そこに行けばもう一度、俺は生きることができるのか?」

「えぇ、ただあなたは私達が魂が死んでしまう前に身体から抜き取ってしまったから、ちょっとしたデメリットはあるけど生きることにほとんど支障はないから大丈夫よ」

「じゃあ、それでお願いするわ」

 

俺がそう言うと彼女は待ってましたとばかりに分厚い辞書のような物を差し出してくる。

 

「何これ?」

「ここには、異世界に持っていけるいろんなチート能力やチート武器が書かれているわ。その中から1つ選びなさい。それを特典として、あなたは異世界に転移するの」

 

俺は駄女神に渡されたカタログを見る。書いてある能力はどれもこれも強力で、中々選ぶことが出来ない。

 

「ちょっとー、早くしなさいよー。私この後も仕事あるんですけどー暇じゃ無いんですけどー」

「お前の仕事っつうのは仮面ラ○ダーを見ることだろうが!大体、誰のせいでわざわざ異世界転移せにゃならんと思ってんだ!悪いと思ってんなら特典を増やすくらいの気概くらい見せろや!この駄女神が!」

「ひどい!今駄女神って言った!美しい水の女神、アクア様に対して駄女神って言った!それに特典を増やすなんて暴論よ!そんなこと出来るわけ無いでしょ!」

「ならさっきの電話貸してみろ!俺がお前より上のやつと交渉するから!2つは無理でも、謝罪くらいはしてもらわないと気がすまねぇ!」

 

そう言って彼女から電話をひったくろうとするが駄女神は力を込めて電話を離さない。何故か顔が青白くなっており、目には涙を浮かべ、首を小刻みに横に振っている。

 

「....まさかとは思うが、これ上司に連絡してないなんてことはないよな?」

 

彼女の顔から血の気が更に引き、肩が小刻みに震えだす。どうやら図星らしい。マジかコイツ。

 

「離せ!テメェの不祥事全部上にバラしてやんよ!」

「やめてぇぇぇぇ!!わかった!わかったわよ!特典の2つや3つ持っていけば良いじゃない!だからやめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

彼女は自分の不祥事を上司に知られたくないのか、すごい力で抵抗してくる。まぁ特典を増やしてくれるのであれば仕方ない。黙っておいてやろう。そんなことを考えながら俺はカタログから自分の欲しい特典を3枚引きちぎり、転移用の魔法陣の真ん中へと立つ。先程の攻防により息も絶え絶えな彼女が呪文を唱えるとその魔法陣は蒼く輝き出し、俺は謎の浮遊感と共に宙へ浮き上がっていく。

 

「勇者よ!願わくば、数多の勇者候補の中からあなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。……あなたが転移した理由だけど、他の神に会っても絶対言わないでよね!絶対だからね!」

「わかったわかった、言わないから落ち着きなさいよ」

 

その後もそんなふうな会話を2、3回ほど繰り返していると魔法陣が一際眩しく光り始め、その光に思わず目を閉じる。すると、急速に意識が遠のいてきて……

 

「……ムカつくからランダムテレポートにしてやろ」

 

キサマァァァァ!!!

 

そう言おうとしたがそれはすでに遅く、俺の意識はそのまま光の中へと吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あースッキリした!プークスクス!あの人の最後の顔傑作だったんですけどー!あーお腹痛い!」

 

彼を送り、ただ1人となった転生の間に女神の爆笑が響き渡る。この駄女神、全くと言って良いほど反省していなかった。彼女はひとしきり笑い転げると息を整え、次なる転生者へと意識を向ける。

 

「さて、次が今日最後の転生者ね。えっとなになに...佐藤カズマ?」




主人公の名前は鈴木誠也(すずきせいや)です。

感想、評価をくれるととっても嬉しいです。


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ニ話 ふとした瞬間に、溢れだすもんだ。感情って奴は。 

書きたいワンシーンは想像出来るけど、そこに繋がるまでの描写が途端に雑になるところてん、私です。何が言いたいかって?シリアスが描けねぇってことだよ


雲一つ無い晴天、それが意識を取り戻した俺の目に入った最初の風景だった。その空は煌めき、太陽はあまねく全てを照らすように光り輝いている。どうやら転移した先は地球とよく似た世界らしい。それにしても気持ちが良い。肌を吹き抜ける風、遠ざかっていく空、今まで感じたことのない浮遊感、これはまるで、まるで.....

落下しているかのようなーー

下を見ると地面は遥か下に存在している。どうやら俺は、空中に転移されたらしい。

 

「あんの駄女神がァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

そんな俺の叫びを置き去りにするほどの速さで落下は続く。こんなことならもらう特典は空を飛べるものにしておくんだった。

しかし、そんなことを言っている間にも地面はどんどん迫ってくる。落下地点には大きな城があり、このままでは俺は愉快な壁のシミなってしまうだろう。転移した瞬間に死ぬとか冗談じゃない!

 

「うおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!死んでたまるかァァァァァァ!!!」

 

俺は受け取った特典の一つである『身体強化』を解放する。

『身体強化』とは名前の通り自身の身体を強化するというものであり、力の何%を出すかを自由に選択することができるというものだ。

俺は自身の右腕に70%の強化を施す。

そして、城の壁にぶつかる直前に壁と自分の間にある空気を思いっきり殴った。

 

「ぐうぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

凄まじい轟音と衝撃と共に自身の落下スピードが低下していくのを感じる。このスピードであるなら安定して着地ができるだろう。俺は空中で体勢を整えると城の屋根に着地する。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァァァァ.....」

 

流石に異世界に転移して3秒もしないうちに命の危機に瀕するとは思ってもいなかった。あの駄女神、他の神に会う機会があったら真っ先にアイツの不祥事を全部ぶちまけてやろう。

 

「とりあえず、なんとか生き残ることが出来た...!?」

 

突然、俺の体勢が崩れる。いや、違う。崩れたのは俺の立っている屋根だ。先程の打撃で壁にダメージが入ったのだろう、そのまま屋根は崩壊し、俺は城の中へと落ちていく。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああグヘェッ!!」

 

地面に叩きつけられ、俺の喉の奥からカエルを潰したかの様なうめき声が溢れる。顔を上げて周囲を見渡して見るとそこは豪奢な調度品が立ち並ぶ部屋であり、周囲にはただならぬ物音を聞きつけたのか20を超える騎士と思われる男達が完全武装で俺を取り囲んでいる。

 

「侵入者だ!全軍戦闘配置!!」

「相手は城に施された防御魔法を破った凄腕だ!魔王軍の手先かもしれん!殺しても構わん!」

「貴重な有休が!有休がオシャカになった!」

 

...うん、こちらに全面的に否があるからすごい戦いにくい。後有休についてはホントすいません。それもこれも全部駄女神って奴のせいなんだ。

とにかく、俺と一緒に落ちてきた瓦礫のお陰でまだ顔は見られていない。このまま逃げてしまえば大丈夫だ。俺は瓦礫の中にあった布を即席のフードとする。

そして俺は姿勢を低くしスタートの体勢を取ると両足にパワーを込める。

 

「来るぞぉ!!隊列をくmグハァッ!!」

「魔法職は防御魔法を張れ!進行を許すnグヘェッ!!」

「まだ死にたくない!今日は有休使って嫁と息子に家族サービスしようとしてたのn痛ったぁ!!」

 

そして貯めたパワーを解放し、一直線に彼らへと突っ込み有休男以外の兵士を吹き飛ばす。

 

後方に待機していた貴族らしき人たちは前衛が一度に吹き飛んだことに唖然としていたが、すぐに我に帰ると胸に掛けた笛を吹く。

 

「敵襲ーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

そして現在に至るわけである。

いや、どうしろと!思わずそう叫んでしまいそうになるのをなんとか堪える。

 

聴覚を強化し巡回してきた兵士の話を盗み聞いた限りではこの城には今、この国が保有する兵のほとんどが集まっているらしい。どうりで逃げても逃げてもなかなか逃げ切れないわけだ。

なんなんだこの城は!ここはそんなに大事な場所なのか!それともお前らは暇なのか!?

...まぁ、まずは一旦落ち着こう。焦っても何か問題が解決されるわけでもない。第一、こっちは特典を3つも持って転移してきたんだ。よほどのことがない限り負けることは無いだろう。

そう考え、俺は一旦思考をまとめるためあまり目立たなそうな部屋に入る。その部屋は祭事や戦の時に使うであろう道具が雑多に置かれている。どうやらここは物置らしい。

しばらくじっとしていると、先程まで大量に響いていた足音がだんだん少なくなっていく。きっと俺が外に逃げたと思ったのだろう。

 

「ハァ.....」

 

多すぎる危機を乗り越えたからなのか、全身の力が抜け、思わず座り込んでしまう。今日は厄日だ、それも特大の。あの駄女神は今度会ったら一発、いや三十発は殴ってやろう。それくらいは許されるはずだ。

「今度...会ったら.....」

あまりの疲労に次第に瞼が重くなっていく。流石に敵地で寝るのが自殺行為であることは分かっているのだが、それに抗うには俺はあまりに疲れていた。そして、抵抗虚しく俺の意識は闇に飲まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

誰かにそう呼びかけられ、肩を揺すられる。

俺はゆっくりと目を開け、意識を取り戻す。部屋には月明かりが差している。随分長い間眠っていたようだ。

そして目の前には少女が座っている。金髪のセミロングに澄んだ碧眼。知性に満ち溢れ、それでいてどこか無垢な様にも感じるその少女は俺のことを心配そうに見つめている。どうやら、彼女が俺のことを起こしてくれたらしい。

 

「あぁ、すみません。ありがとうございます。俺は大丈夫です。ちょっと疲れていただけなんで....!?」

 

瞬間、俺は自身の状況を思い出し、少女と距離を取る。その拍子にフードが外れてしまったが、もうすでに彼女には顔を見られているのだ。顔を隠そうがもう関係無いだろう。

 

「あの...」

「俺に近づくな!」

 

少女は急に態度を変えた俺に対しびっくりした様子だったが、それでもこちらを心配そうに見ている。しかし、それすらも演技である可能性が俺の中で否定出来ない。心苦しくもあるが俺は彼女を拒絶する。

本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。理不尽な神様の都合で殺されて、いきなり異世界転移する羽目になって、城の兵士達に追いかけられて、今や親切にしてくれた女の子にまで疑いの目を向けなければならなくなっている。いくらなんでも過酷過ぎはしないだろうか。

今まで起きたことを思い起こしているとようやく感情が追いついてきたのか目から涙が溢れてくる。自分の感情がコントロールできない。

すると彼女は俺の方に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。俺は彼女を遠ざける言葉を吐こうとするが、嗚咽が邪魔をして上手く言葉にすることが出来ない。そして彼女は先程の様に俺の目の前に立つと、おずおずと俺の手を握る。

 

「私はあなたがどんな事情でこの城に入って来たのかは分かりません。ですが、話を聞いて、手を差し伸べることはできます。どうか話してはいただけませんか?」

 

どうやら俺が騒ぎとなっている侵入者であることは薄々気づかれていたらしい。

しかし、こうして手を差し伸べてくれるということは、彼女はすごくお人好しで、世間知らずなのだろう。一歩間違えれば他人に簡単に利用されてしまいそうな危うさを感じる。

俺は彼女に向けて、ポツポツと話し始めた。まるで駄目な女神、略して駄女神のミスによって死んでしまったこと、彼女の手によってこの城の真上に転移させられたこと、そして騒ぎが大きくなってしまい、たくさんの人に迷惑をかけたことを。もちろん、現代の世界に繋がる情報は伏せたが、それ以外のことは包み隠さず話した。

 

「つまりあなたはその...そう、ダメガミの手によってこの国に落とされた被害者ということですか?」

「はい、まぁ、どうせいまさら言ったところで誰も聞いてくれないだろうけどね。最初からもう敵認定だったし....」

 

自分で言うのもなんだが状況がもう詰みかけている。せっかく異世界に転移が出来たのにもうすでにお家に帰りたい。

 

「理由も聞かずに攻撃とは、これは彼らから話を聞く必要がありますね...」

 

不意に彼女が何かを呟いているがそれを聞き取ることは出来ない。聴覚を強化すれば聞き取ることは出来るだろうが、まぁ取り立てて聞くことも無いだろう。あとなんかオーラが怖い。聞いたらなにをされるかわからないような雰囲気を感じる。おかしい、彼女は見た目から見てもか弱い幸薄系の美少女のはずなのに。

俺は、その姿を見て声をかけるべきか心の中で葛藤する。すごく声がかけ辛い。しかし、このまま何も言わないわけにもいかないだろう。年下の、それも女の子の目の前で泣き喚いた挙句それを慰められた手前、会話がないとあまりに恥ずかしいし、気まずい。何か話題を見つけなければ、何かないか!何か話題!駄目だ天気の話か日課の筋トレしか浮かばねぇ!でもこの子筋トレ興味無さそうだし女の子だし第一俺人と話すの苦手だし!

そんなことを考えながら少しの間沈黙が続いていると俺は気づく。

外から大量の足音が聞こえてくる。おそらくは先程まで俺のことを探していた騎士達だろう。どうやら、俺の叫びを聞きつけたらしい。

 

「賊め!もう逃げられんぞ!」

「この城に入ってきたことを後悔させてやる!」

「隊長、相手は丸腰ですが、とんでもない力を持っています。油断は禁物です」

それに対し、隊長と呼ばれた男は頷き。

「よし、手加減はいらん!全軍を持って奴を討伐する!相手は不届きな侵入者だ。死んでも構わん!」

 

扉が凄まじい音を出しながら開け放たれ、彼らがなだれ込んでくる。

相変わらず騎士とは思えないほど会話が物騒だ。それに、明らかにこちらを生かそうという気が感じられない。

もちろんこちらも殺されるわけにはいかない。まだ異世界に転移してから1日も経っていないのだ。何より、ここで死んだら、俺はあの駄女神に負けたことになる。そんなの絶対御免だ

俺は全身にエネルギーを充填し、彼らと相対する。彼らも俺が戦闘体勢を取ると、隊長格の男らしき号令により隊列を組んでいく。

彼らとの間に、肌を突き刺すような緊張感が漂う。

そして、その緊張感が最高超へと達し、今まさに彼らとの生死を掛けた戦いが始まろうとしたその時ーー

 

「待ちなさい!!」

 

後方から、戦いを止める声がかかる。振り返ると声の主はあの少女だった。その声に騎士達は何故か狼狽えている。

そして彼女は金色の髪をたなびかせ、彼らの前に堂々と立つと、こう宣言した。

 

「この勝負!ベルゼルグ王国王女、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが待ったを掛けます!」

 

なるほど、この子がこの国の王女だったから彼らがここまで狼狽えていたのか。そっかそっか、それなら納得ーー

 

 

 

 

......

 

 

 

 

 

え?




主人公は今まで数えるほどしか喧嘩をしたことがない我々と同じ一般ピーポーです。筋トレはただ好きだからやってただけです。


感想、評価、指摘などくださると、作者がジョジョ立ちをしながら喜びます。

※タイトルがベルセルク城となっていましたが、正しくはベルゼルグでした。お詫びして、訂正いたします。


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三話 誰が貴族なんか、貴族なんか怖かねぇ!!!

主人公が転移したのはクズマさんが転移してくる1年前です。そのため原作の時間とはキャラの性格などが若干違っています。そのため多少のキャラ崩壊がありますがご容赦ください。


辺りが完全に闇に覆われ、人々が床につき、一部の自宅警備員(ニート)が覚醒する時間帯。俺の姿は、城の上部にある応接室にあった。

そしてその応接室には、俺の他に3人の姿がある。

一人は俺の弁護をしてくれた女の子改めアイリス。彼女はこの国、ベルゼルグ王国の第一王女であるらしく、本名はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスなんだそうだ。長い、すごい長い。ちなみに何故こんなに名前が長いのかというと、この世界の王族は、名前を国名・スタイル・武器・個人名というふうに付ける決まりの様なものがあるからなんだそうだ。そんな決まりいらんだろと思ったそこのキミ、俺も同じ気持ちだ。

彼女は俺の座っているソファーからテーブルを挟んだ反対側のソファーへと座り、年相応の少女のように微笑んでいる。そして先程はワンピースのような寝巻きを着ていたのだが、今はしっかりとした純白のドレスを着て、髪も櫛で整えられている。

そして彼女の両隣には二人の年若い女性が立っている。

一人は黒いドレスを身に纏った、一切の武器を持たない地味目の女性レイン。手にファッションとはまったく合わないゴテゴテの指輪を幾つもつけており、アイリスから事情を聞いた時に真っ先に謝ってくれた三人の中で一番の常識人である。それに彼女からは明らかに苦労人のオーラを感じる。彼女とは固い握手が交わせそうだ。

そしてもう一人、ドレスではなく白いスーツを着用し、腰に剣を帯びている短髪の女性、クレア。彼女はこの国の貴族シンフォニア家のご令嬢でありーー

たった今、俺のことをまるで親の仇に相対したかの様な目で睨み、剣呑なオーラを放つことでこの場の雰囲気を氷点下の如く低下させているやばい人である。

どうしてこんなに睨まれているのかまったくと言っていいほど検討がつかない、誰か弁護士を呼んできて欲しい。ついでに駄女神への訴訟もさせて欲しい。

「クレア、彼は敵では無くダメガミという邪神によって人生を歪められた被害者よ?だからそんな敵視しないであげて?」

「なりませんアイリス様!この男は理由はどうであれ城壁を破壊し、この城へと侵入してきた不届き者です!それに、彼が本当のことを言っているのかも分かりません!即刻尋問し、情報を吐かせるべきです!」

 

どうやら、クレアは俺が魔王軍の手先ではないかを強く疑っているらしい。アイリスの嗜める様な言葉にも反抗している。そしてクレアは俺が彼女のことをまじまじと見ていることに気づくと、アイリスから視線を離し、俺を睨みつける。

 

「おい、下賤の者、気安く私を見るな。本来ならばお前程度の身分の者はこの私を直接見ることも叶わないのだ。頭を下げろ、目も合わすな。貴様はただ、地面だけを見て私の質問に答えるだけでいい。不愉快だ」

 

おっとこれは随分と嫌われてるご様子。さっき泣き喚いて涙を枯らしていなければあまりの罵声に泣いてしまう所だった。危ない。分かっちゃいたが、コイツ庶民が死ぬほど嫌いらしい。俺もお前のこと大嫌いだよ!両思いだな!ぺっ!

まぁ、俺も良識のある文化人、こういう人間の扱いは心得ている。こういうのは反応することはまったくの無駄、スルーが正しい大人の対応だということはわかってる。

「私はお前の様な人間が一番嫌いなんだ!分を弁えず、私達貴族の偉大さを知らない人間がな!」

この程度の罵倒の1つや2つ...

「貴様ら庶民には学が足りんのだ!貴様はその中でも特に!大体貴族に対して身の程を弁えるなど常識ではないのか?親に教わらなかったのか?貴様の親はよっぽど学のない者だったのだろうな!」

3つや4つ.....!!

 

「おい」

「おいとは何だ!口の聞き方が...!!」

 

俺は足にパワーを込めると彼女の話を遮る様にその足を振り下ろし、間のテーブルを破壊する。自分のことは百歩譲ってもまだ良い。だがコイツは俺のことをここまで育ててくれた家族を侮辱した。それだけはちょっと我慢ならない。

 

「余計なトラブルを起こしたくないからおとなしく要求を聞いてりゃあ随分とまぁ好き勝手言ってくれるじゃねぇかよ白スーツ。お前こそ、この状況の口の聞き方じゃねぇよな?親に教わらなかったのか?」

 

そんな俺の言葉に我慢ができなくなったのか、激昂し、顔を真っ赤にした彼女は腰の剣を抜き放つ。やばい、俺今な○う系のうざい主人公と同じムーブしてる。今すぐやめたい。

 

「何だと貴様!私はシルファニア家の娘だぞ!どんな状況であれ、私が貴様ごときに「誰もアンタの家の話はしてねぇんだよ!!」

 

俺は彼女にそう叫ぶ。彼女はまさか叫ばれるとは思っていなかったのか驚きのあまり剣を抜き放った状態のまま金魚の様に口をパクパクとさせている。その他の二人も俺の一連の動きに動けないでいる。

 

「今大事なことは、俺が客人として招かれてることなんだよ。お前がどれだけ俺達庶民のことを嫌っているのかはどうでも良い。だけどアンタの主人のアイリスが俺を客人として扱っている以上、お前もそうしなきゃ主人の品位が疑われるでしょうが」

 

その言葉にクレアはハッとしたような顔をする。よかった。俺王族のしきたりとか知らないから一から十までデタラメで話していたが、どうやら筋は奇跡的に通っていたらしい。

そしてその他の二人も意識が追いついてきたのか同じくハッとした様な顔をし、その後、アイリスは即座に顔を引き締める。

 

「クレア、あなたの庶民嫌いは私の知るところです。しかし、彼の言う通り彼の今の立場は客人なのです。剣を収め、彼に謝罪を」

 

その言葉にクレアは奥歯を噛み締める様な顔をするが、やがて観念したのか剣を収めーー

 

「....申し訳ございませんでした」

 

俺に向かい、ぺこりと謝罪してくる。そしてそれっきり俺から顔を逸らしてしまう。その顔は俺への嫌悪で満ち溢れているけど、そこはもう仕方ない。性格だから一長一短で変わる様なもんじゃないし。大体、貴族を謝らせることそのものがわりかし前代未聞だろうしね。

その後、しばらくの何気ない会話があり、空気が仕切り直される。

 

「というか、俺は何のためにここに?俺を客人として招いたということは、俺を捕らえるためじゃ無いんだよな?」

「それについては私から説明させて頂きます」

 

そう言って前に出てきたのはレインである。どうしよう、さっきドギツイのがあった手前、すごく安心感がある。

そして彼女は、以下のことを言った。

今回の騒動は、俺が急に空の上から転移させられたということが城の魔法管理システムによって証明されたため、今のところは俺の言い分が信用されたこと。ただ、今回の騒動によって失われた城の結界はかなり予算がかかる大掛かりな物らしく、俺にはそれを弁償して欲しいらしい。

 

オーマイグッネス。なんてこった、というか国がかなり予算がかかると言うってことは庶民的にはありえないくらい莫大な借金ってことじゃねぇか。

 

「ちなみにそれはおいくらほどで?」

「そうですね...まだ正確に計算はしていないのですが、大体10億エリスほど...」

 

ちなみにエリスとはこの国の通貨らしくレート的には1円=1エリスくらいらしい。なるほど、つまり俺には今10億円の借金があるらしい。

悲報、俺の異世界生活、借金返済で大体終わりそうな件。

俺がその事実に膝から崩れ落ちると、レインはすごく申し訳無さそうな顔で俺を見てくる。なんて優しい人なんだ。初対面で影が薄そうとか思ってごめんなさい。

しかしその他、アイリスとクレアの二人は俺が膝から崩れ落ちたことに対し、不思議そうに首を傾げている。クソッ!この箱入り娘のブルジョア共め!

 

「そんなこと言われても俺この国に来たばっかだしお金を稼ぐ方法も知りませんよ?」

後そんな額の借金返済できる気がしないゾ☆

 

「そのことなんですけど、私達に雇われてみる気は有りませんか?」

「どういうことですか?」

 

俺は彼女に説明を促す。

 

「今、我々の国は魔王軍の手によって未曾有の危機に晒されています。それによって外部に戦力を費やしているので、城内の警備がどうしても手薄になってしまうのです。そこであなたにはアイリス様の護衛の一員に加わっていただきたいのです。幸い、あなたは我が国が誇る防御結界を破るほどの力があるご様子。不足はありません」

 

なるほど、確かにそれは問題だ。進行してくる魔王軍に気を取られて守りが薄くなっているとあっては中に魔王軍の手先が入ってきたときに何かと心配だろう。ただ、幾ら人手不足だからとはいえ、俺の様な部外者を簡単に雇って良いものなのだろうか。それにーー

 

「雇うって言われたって、言いたかないですけどそういう付き人って偉い身分の騎士とかがやるもんでは?」

 

そう言うとアイリスが複雑そうな顔をする。

 

「以前はそういう人達に頼んでいたんですけど、何度か彼らが私に求婚をしてくることがあったので、今は彼女達しかいないんです」

 

うーんこの。確かに彼女は可愛らしい見た目をしているし身分も高いし、それに王女護衛というただでさえ舞い上がりそうな仕事なのに王女の護衛には今のところ女性しかいないのだ。狙いたくなる気持ちはわからなくもないけど、さすがに11才の女の子に大の大人が、それも護衛が護衛対象に求婚していいものなのか?異世界だからいいのか?よくわからん。

というかそんな事情がある仕事なら俺だってやりたくない。よし、断ろう。

 

「雇われていただけるのであれば、あなたの借金を我が国で肩代わりすることをお約束しますよ?」

「やります」

 

アイリスのそんな言葉に俺は反射的にそう返事する。この間0.1秒、鈴木誠也14歳、お金には逆らえない男であった。あと壊したテーブルはお金が貯まったら弁償しよう。そうしよう。




クレアは原作の時より前は庶民のことをめちゃくちゃ毛嫌いしている設定となっています。まぁ、主人公を嫌ってる理由は他にもあるんですけどね?

感想、評価、指摘などくださると、作者が奇声を上げながら喜びます。

※長期休みが終わるため今後更新がかなり遅くなります。失踪だけはしないので許してください。何でもしますから(何でもするとは言っていない)


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四話 30代独身の女性に、恋愛のマウントをとってはいけない。それが気遣いというものだ

そろそろ話を進めたい気持ちと、もうちょっと現状の表現をしたい気持ちとが合わさっています。ご注意ください。


次の日。

俺はコンコンという、聞く者を不快にさせない大きさのノック音が聞こえ、柔らかな天蓋付きのベッドから目を覚ます。

 

「セイヤ様、お目覚めでしょうか。朝のお食事をお持ち致しました」

 

ドアの外から聞こえてきたその声に少しの間混乱するが、俺は昨夜のことを思い出す。

そうだった。俺は今日からこの城に暮らすことになったんだった。

 

「あっ、大丈夫です。もう起きてます」

 

そう返事をすると、失礼しますという返事と共に、執事服にキッチリと身を包み、片目にモノクルをつけている白髪の老人が、ワゴンのようなものを押して入ってくる。

 

「おはよう御座いますセイヤ様」

 

彼の名前はセバスチャンだろう。名前を聞かなくても分かる。絶対セバスチャンだ。雰囲気がそう言ってる。

 

「おはよう御座いますセバスチャンさん」

 

「ハイデルでございます」

 

ハイデルさんらしい。

 

「本日の朝食はレッサードラゴンのベーコンに目玉焼き、新鮮なキャベツをふんだんに使った野菜サラダでございます。付け合わせのパンはお好みの物をどうぞ。野菜サラダはきちんと〆たキャベツの他に今朝、農園の方で採れたアスパラガスを使っています。アスパラガスは攻撃力が高いので、反撃を受けないようご注意下さい。」

 

そう言いながら、彼は俺の部屋にあるテーブルに料理を配膳してくれる。

 

「何か食材のことで気になることはありますか?」

 

「すみません、パン以外全部気になります」

 

しかし多い、多いよツッコミ所が。レッサードラゴンのベーコンってなんだよ。ドラゴンって俺の記憶が正しければRPGでもボス格のやつじゃ無かったか?あときちんと〆たキャベツって何?〆てないキャベツがあるの?極めつけはアスパラガスが攻撃力高いってなんだよ!アスパラガスが攻撃してきて、しかもそれが致命傷になりかねないの!?

そう心の中で叫ぶが、当然答えは返ってこない。

まぁ、何もかもを気にしていたらおちおち飯も食えない。ここは異世界、多少元の世界と違うことが起きたって不思議じゃないだろう。

とりあえずまずは無難なところ、目玉焼きから食べてみよう。

そう思い、俺がフォークで目玉焼きを刺すと。

 

「キュー」

 

「いや、なんでよ」

 

思わず声に出してしまいハイデルさんに不思議そうな顔をされるが、こっちはもうそれどころじゃない。目玉焼きが、目玉焼きが鳴いた。何かがおかしい。何かが決定的に間違っている。

サラダはなんか蠢いてるし、どうして俺食事ごときにこんな神経すり減らさなきゃいけないの?助けて!神様!仏様!

...だが駄女神、テメーの助けは要らん。

 

 

 

 

「へくちっ!」

 

「どうしたアクア?風邪か?」

 

「外は寒くなってきましたからね。帰ったら暖炉に火をつけましょうか」

 

「私の上着を貸そう。何、心配するな。私的にはむしろご褒美だ!」

 

「違うわよ!誰かが私の噂話をしてるの!これは過去からのメッセージね!女神である私の目は誤魔化せないわよ?」

 

「「「......」」」

 

「...早く帰ろう。寒さのせいでアクアが壊れた」

 

「そうですね」

 

「そうだな」

 

「なんでよー!」

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこんな明らかに生態とかいろんなところが違うのに、味は前の世界と変わんないんだよ。しかも美味しいし。納得いかない、すっごく納得いかない」

 

無事料理を完食した俺は、使った料理の皿をハイデルさんへと返し、料理に対しツッコミを入れる。

 

「というか、食べちゃった後で聞くのもなんなんですけど、なんで俺はこんな高待遇を受けてるんですか?俺って確か、アイリス...様の護衛として雇われたんですよね?」

 

やばい、今まで人相手に様付けなんてしたことないからすっごい違和感がある。

 

「それについての説明も含めて、あなたにアイリス様からお話があるそうです。案内は...そうですね。彼女にしていただきましょうか」

 

そう言って彼は一旦部屋を出て、しばらくすると誰かを連れてきて再び部屋へと戻ってくる。

 

「部屋までは彼女に着いて行くと良いでしょう。ではお頼み申し上げますーー

 

 

クレア様」

 

アカーン!!その人アカン!チェンジ!チェンジお願いします!もっと愛想の良い子でお願いします!!

そんな俺の心の声は、残念ながらハイデルさんには届かない。

 

「それでは私はこれで。城内で何か困ったことがあったら、遠慮せず、なんでも相談してください」

 

じゃあ今!今相談させて下さい!今スゲェ困ってるんです!ハイデルさーん!!

 

しかし、ハイデルさんはそんな俺のサインに気づくことはなく、別の仕事へと行ってしまう。その途端、部屋の空気が戦場と遜色ないほどピリついたものへと変わっていく。早急にハイデルさんには戻ってきて欲しいところではあるのだが、贅沢は言ってられない。そのまま、彼女に道案内をしてもらうしかないだろう。

 

「えっと...じゃあ、お願いします」

 

「.....」

 

「あの...?」

 

「...付いてこい」

 

「あっ、はい!」

 

どうしよう。まったくと言って会話がない。というかどんな会話をすれば良いかが一切分からない。しかも俺コイツに嫌われてるから!

しかし、これから仕事をする中でわだかまりは最小限にしておくべきだろう。何より、このままだと俺の胃に穴が開きかねない。よし、何か言おう、いくぞ!

 

「...アイリス様って可愛いらしいですよね」

 

...何言ってんだろ俺。違うだろ!この状態でそれは違うだろ!やばい、やらかした!完全に言葉選びを間違えた!

 

「あの、いや、違うんですよ、今のはえっと、言葉のアヤって奴でその、慰められた時にですね、月明かりに照らされた顔が、そのー、そう!美しく!美しく見えただけです!他意は無いです!はい!」

 

もう俺はなにも喋らない方がいいんじゃなかろうか。言い訳するほど、どんどん積みへと追い込まれているような気がする。きっとクレアもカンカンに怒ってーー

 

「ーーてる」

 

「え、あの、すいません、やっぱ怒って「アイリス様の可愛らしさはッッ!!!私の方が分かってるッッ!!!」

 

ええええええええええ!?そっちぃ!?

 

「私はアイリス様が生まれた頃からずっと仕えて来た!私くらいの忠臣ともなれば、アイリス様が週にどれだけ背が伸びたか、アイリス様が日に何回あくびをしたか、アイリス様が食事の際に何回ピーマンを横に除けようとしたかまで全て!全て把握している!貴様ごときより、私の方がアイリス様の可愛さを100倍、いや、1000倍分かっているんだ!!」

 

「怖ぇ!怖ぇよ!」

 

あぁ、この人は駄目な人だ。というか多分、俺に最初やたら突っかかってきたのも、これが原因なのだろう。端的に言うなら、この人はアイリスの狂信者なのだ。

 

「そういう訳で貴様はこの私に楯突く敵ィッッ!敵とみなす!」

 

「どういう訳だよ!」

 

結局、俺はクレアに案内されている間、ひたすらにアイリスに関してのマウントを取られる羽目になった。ただ、案内はしてくれたので根は良い人なんだろうか?コイツのことがより一層よくわからなくなった俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。セイヤさん」

 

「おはようございます。アイリス...様」

 

クレアにひたすらマウントを取られつつ、目的の部屋へとたどり着いた俺は、中で待っていた王女様とぎこちない挨拶を交わす。そして、アイリスの隣にはいつものようにレインさんがいるため、彼女にも会釈をする。...返してくれた。ちょっとだけ空気が和んだ気がした。

 

「えっと、今日は何で俺を呼ばれたんですか?仕事の依頼ですか?」

 

「まぁまぁそう急がずに、紅茶でもどうぞ」

 

そう言ってレインは、俺に紅茶を入れてくれる。この高待遇も謎なんだよなぁ...。昨日通された部屋もそうだし、今日の朝食も、今のこの状況もおかしい。

 

 

「それで今日あなたを呼んだ理由なんですけど...あなたが国の判断でクビになったことの報告をしようと思って」

 

「ブッフゥッッ!」

 

あまりにスケールのデカいクビ宣言に、思わず紅茶を吹いてしまう。え、何、俺まだ何もしてないのにクビになったの?しかも国の判断で?イジメかな?労基はどこだ?訴えてやる。

 

「えっと、どういうことですか?」

 

俺は混乱しつつもそう彼女に説明を促すと、彼女は以下のことを説明してくれた。

どうやら、昨日俺が寝た後に開かれた会議で、アイリスの近くに男がいるのが自分たちにとって不利であると考えた貴族連中(ロリコンもいるかもしれない)が、俺が魔王軍の手先では無いかという疑惑を理由に俺がアイリスの護衛となることを反対。

それに対し、レイン達は俺の持っている力が城の防衛力を高めると発言。議論になったという。

結果、俺の立場は王女の護衛ではないがこの城を一部の制限を除き自由に歩き回れる客人という、よくわからない状態になっているらしい。

 

「貴族連中の一部は常にアイリス様の権力を狙っているのだ。まったく度し難い!」

 

そう言ってクレアは憤慨している。いや、でもあんたアイリスの権力は狙ってないけどアイリスの身体は狙ってるだろ。そっちもだいぶ度し難いよ。言わないけどさ。

 

「そういう訳であなたの立場は一応、現段階は客人ということになっています。客人なので、公式な場でなければ余計な礼儀作法や気遣いはいりません。たまに町の防衛に参加していただくことがあるかも知れませんが、それ以外は自由に過ごしていただいて構いません」

 

「まぁ、そういうことなら分かりました」

 

貴族連中の癇癪で決まったことだからすごい癪だが、結果としては俺の都合のいい方へと舵が切られたのだ。喜ぶべきだろう。

 

「よし、では、私は貴様が了承したということを上に伝えてくる。レイン、それまでアイリス様の警護は任せたぞ」

 

クレアはそう言い残して部屋から立ち去った。

 

「えっと、では戻ってくるまで何をしましょうか?」

 

俺がそう聞くと、その言葉を待ってましたとばかりに王女様が口を開く。

 

「では、外の話を!お城の外の色々な話をお願いします!」

 

どうやら、王女様はお城の外のことが気になるらしい。ただ、俺はそもそもこの世界の住人ではないから、きちんと伝えきれるかどうか分からない。それに、下手なことを話して王様とか偉い人にバレたら、冗談抜きで首が飛びそうだ等々、どんどん悪い方向に考えが巡っていく。

 

そんな俺の心配を見透かしたのか、王女様が微笑みながら。

「お父様は今、将軍やお兄様と共に魔王国との最前線となる街へ遠征に行っております。多少のことなら誰も咎めませんし、それに今であれば、不敬だと言う人も居ません。言葉遣いも、友人に話しかけるようなもので構いませんよ」

 

そう部屋のソファーに腰掛けながら言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレアが、さまざまな報告やら手続きを終え帰って来る。

「失礼します。....アイリス様、先程、いろいろな手続きを済ませて参りました。これで一様は彼が客人であると言うことが認められたので、報告を....」

 

俺が彼女達に話している創作話が、まさにクライマックスというところに。

 

「そしたら、先生は言ったんだ『だっ、駄目よセイヤくん!私達、先生と生徒で...』だから俺は耳まで赤くなった先生の首に手を回すと、そのまま.....っ!」

 

「わっ、わぁッッ///」

 

「そっ、そのまま.....っ!?そのまま、どうしたのですか.....っ!?」

 

「そのままどうした!アイリス様に何を何を教え込んでいる!ぶった斬られたいのか貴様はぁぁぁぁぁ!!」

 

クレアは、俺の話を前のめりになって聞いていた王女様を庇うように俺の前に立ち抜剣する。

 

「あんたに聞きたくもないマウント取られた仕返しだよ!後、この話はアイリスに是非にと言われたから何も問題はない!」

 

「貴様!アイリス様を呼び捨てにするな!王女様と呼べ!それと、先程のアイリス様への口の聞き方はなんだ!不敬だぞ!そしてレインは早く正気に戻れ!この状況をおまえが止めなくてどうするんだ!!」

 

「いったぁ!!」

 

クレアがレインの頭を叩く。スゲェ痛そう。

 

「待ちなさいクレア、セイヤ様には私から友達と接するようにと言ったのです。そ、それよりもセイヤ様、あなたは....!あなたは、耳まで赤くなった先生に、一体何をしたんですか!?」

 

「アイリス様、いけません!この話は聞いてはいけない話です!おい貴様!アイリス様にそのような話を吹き込むんじゃあない!!と、というか、おまえその年齢でなんてことを!!ハレンチだぞ!!」

 

俺はそんなクレアの叫びを紅茶を飲むことでスルーすると、

 

「まぁ、嘘ですが」

 

時間が止まったかのように、彼女達が固まる。

 

「まったく、そんな作り話に子供のアイリスはともかく、いい大人のクレアさんがいちいちそんな過剰反応しないでくださいよ」

 

「待ってください、セイヤ様!もしかして今までの話って全部作り話だったのですか!?」

 

「だって!クレアにひと泡吹かせてみたくて!」

 

後、アイリスがスゲェ過剰に食いつくから楽しくなっちゃって!

 

「....できるもん」

 

「「え」」

 

ふと気づくとクレアの様子がおかしい。いや元々おかしかったんだけどね?

 

「うわぁぁぁぁぁぁん!!私だって本気になれば彼氏くらいできるもん!バカ〜!!」

 

そう言ってクレアは走り去ってしまう。なるほど、さっきのいい大人発言が原因か。どうやら、それ関連の話はクレアにとっては地雷らしい。

結局この日は俺がクレアの代わりを務め、1日仕事をする羽目となった。

その日の給料は、後でクレアに3割増しで請求した。反省はしていない。後悔もしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、一応私もいい大人なんですけど....」

 

ゴメン、素で忘れてた。

 

「ひどいッ!!」




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五話 チートが!選んだチートがオシャカになった!

書きたいことは湯水のようにあるのに、それを文章にする時間が無いのです。スタ○ドのザ・ワー○ドが欲しい。切実に。


「さぁ!行きますよ!セイヤ様!」

 

早朝、いつものようにハイデルさんに朝食を届けてもらい、鏡の前で身支度を整えていると、突然、アイリスによって扉が開け放たれる。

彼女は、服こそはきちんとした薄青色のドレスを着ていたが、右手にはスコップ、左手にはなぜか水鉄砲を持っており、背負っているバッグからは剣やら虫眼鏡など、めちゃくちゃに物がはみ出している。

 

「いや、あの、すいません、どこに?」

 

思わずツッコミをいれてしまう。そんな装備で一体どこへ行くと言うんだろう。

 

「あぁすいません、説明がまだでしたね。あの、よろしければ今日一日、あなたの時間をいただけませんか?案内したい場所があるんです」

 

じゃあその沢山の荷物は一体何に使うんだい?そう聞きたくなるが、話が進まなくなりそうなので、あえて聞かないでおく。

 

「王女としての仕事とかは?」

 

「終わらせてきました!」

 

いや、アイリスさん?今まだ朝の8時くらいよ?早ない?終わらせるの早ない?

 

「それなら、まぁ、いいんですけど、そういえば護衛のレインさんとクレアさんはどちらに?」

 

「あぁ、クレアは今、魔王軍対策会議に行ってて居ないんです。レインは有休を取っています」

 

そういえば、この世界って魔王軍がいたんだっけな。というかクレアがそういう会議に参加するイメージが無いのだが。どちらかと言うと前線で何も考えず蛮族みたいに剣振り回してるイメージだったんだが。

 

「えっと、じゃあ、今日の護衛は?」

 

そう聞くと、アイリスは何も言わず、俺に向けて真っ直ぐに指を指してくる。そういえば俺、客人兼ここの護衛でしたね。客人扱いが長引いていたからかすっかり忘れてたわ。

 

「....えっと、じゃあ、お願いします」

 

「はい!」

 

そうして俺は、アイリスと今日一日を過ごす事となった。

ちなみに、アイリスの持っていた荷物は俺が片付けさせた。本人いわく、案内に要ると思ったらしい。本当にどこに行くんだよ。怖えよ。

 

 

 

 

俺がアイリスに先導されて歩いていると、古代ローマを彷彿とさせるような施設の前を通り掛かる。

お城の雰囲気に合わず、独立した空気を醸し出しているそれに俺が混乱していると、アイリスが口を開く。

 

「ここは修練場、この城の兵士達が日々、鍛錬に励んでいるんですよ」

 

確かに彼女の言うとおり、そこでは王国の鎧を着た兵士達が、それぞれ思い思いの武器を使い、鍛錬を行っていた。

 

「アイリス様、こんなところにいらっしゃってどうしたのですか?もしかして、また鍛錬に参加するのですか?」

 

すると、その中の兵士達の隊長らしき男が俺たちのことに気づき、近づいてくる。

というか、また?またってどういうことだ?

 

「あぁ、今日は鍛錬のためではなく、この人を案内するのに通りかかっただけなんです。でも、せっかくですから参加します!」

 

そう言うと彼女は壁にかけてある訓練用の剣を手に取ると、兵士達の中心へと向かっていく。

いやいやいや待て待て待て!危険だろ!というかなぜ周りは止めないんだ!止めろよ!

 

そう思い、俺は彼女を守るため飛び出そうとする。しかしーー

 

「ぐっはああああああ!!!」

 

「え」

 

アイリスを相手していた、鎧を含めたら90キロはありそうな男が宙を舞う。そんな光景に思わず固まる。

 

「まだまだいきます!」

 

「ぐへぁ!」

 

「あばぁ!」

 

「ぐほッッ!」

 

そしてアイリスは、その他に相手をしていた兵士全員を、一瞬で持ち倒した。

 

「セイヤ様!どうですか!私頑張りました!」

 

動かなくなった兵士達が死屍累々と横たわっている中、アイリスはそう言って俺に微笑みかける。

 

「うん、待って?いろいろツッコませて?」

 

あ...ありのまま、今起こった事を話すぜ!

 

『俺は、アイリスを守るため走り出そうとしていたら、いつのまにか戦いは終わっていた』

 

な...何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった....

頭がどうにかなりそうだった...催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ...

 

というか、なんでアイリスがあんなに強いんだよ!おかしいだろ!兵士達瞬殺だよ!どうなってんだよ!

 

「なんだい兄ちゃん、知らなかったんかい?アイリス様みたいな王族とかは、昔から強い勇者の血を取り入れて潜在能力を飛躍させてるんだぜ。その上で経験値が豊富な高級食材を惜しみなく食べてるから強いんだわ」

 

俺がアイリスの強さに混乱していると、先程アイリスと話していた隊長が教えてくれる。なるほど、だからアイリスはここまで強いのか。

というか、そんなに強いなら王族とか貴族が魔王倒しに行けよと思う俺は間違っているんだろうか。まともなのは俺だけか。

 

ーー隊長、もし余力があるなら、私ともう一戦打ち合ってはいただけませんか?お時間はさほど掛かりませんから。

 

ーーいや、あの、アイリス様、私はもう、

 

ーーそれでは行きます!てやっ!

 

ーーアー!

 

「...まぁ、なんでもいいか」

 

結局俺は考えるのを止め、しばらく隊長と、途中意識を取り戻した兵士達が蹂躙されていく様を眺めることにしたのだった。哀れ隊長、安らかに眠れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、着きましたよ。ここです」

 

その声を聞いた俺は足を止め、アイリスはその扉を開ける。そこは、ところせましに本が並べられている図書館のような場所だった。

しかし、その広さは俺が今まで見てきたどの図書館よりも圧倒的に大きく、改めてここがこの国の中心であるということを感じる。

 

「え、あ、これはアイリス様!何故このような場所に!?」

 

蔵書室の司書らしき人は、先程の人達とは違い、突然国のトップが来たことに、遠目でもわかるくらいオロオロしている。そりゃ、現代で例えるなら職場にいきなり社長がやってくるようなものだ。普通の人ならそりゃビビるわ。ビビらなかった兵士達の方が異常だったわ。

 

「今日はこの者に冒険者カードを発行しようかと思いまして」

 

「は、はい!承りました!すぐに準備いたします!」

 

そう言って司書は奥へと引っ込んでしまう。

というか、俺に冒険者カードを発行するってどういうことなんだろう。俺はいつから冒険者になったんだろうか?

 

「あの、冒険者カードってなんですか?」

 

そう聞くとアイリスは説明をしてくれる。

冒険者カードとは、正確には戦闘行為を行う全ての者が所持しているゲームでいうステータスのようなものであり、ゲームでできる大体のことは、この冒険者カードで出来るらしい。

 

「ちなみに冒険者カードは、身分の証明にも使えるんですよ」

 

なるほど、確かにそれは発行しておいて損はなさそうだ。

すると、司書が小走りで戻ってきて、俺に免許証くらいの大きさのカードを差し出してくる。

 

「えっと、では、こちらの、カードにふれっ、触れてくだしゃいッッ」

 

「まずあなたが落ち着いてください」

 

司書は緊張からか声も身体も震えてる。今にもぶっ倒れそうだ。

俺は一旦、司書を落ち着かせると、それからカードに触れた。

 

「おお!幸運はかなり低いですが、それ以外の全てのステータスが大幅に平均値を超えていますよ!特に魔力が....無限ってどういうことですか!?ええ!?」

 

司書は俺の冒険者カードに書いてある魔力:無限の表記に驚いているらしい。しかし、俺は驚かない。何故なら、俺はこうなることを知っていたからだ。

そう、俺が持って来たチートを二つ目は『無限の魔力』である。選んだ理由は、魔法がいっぱい使いたかったからというシンプルな理由だ。特にビームが打ちたかったりする。

隣のページにあった『どんな魔法も使える杖』と悩んだけど、杖が奪われたら意味がないと思いコレにした。なに、大した違いはないだろう。

 

「このステータスなら、高い幸運が必要とされるギャンブラー以外なんにだってなれますよ!」

 

なぜなら、一度魔法使い職になってしまえば、あとから魔法はいくらでも覚えることが出来るからだ。まさに完璧な布陣、いやー、にやけが止まりませんな!

そんなことを思いながら俺はニヤニヤしていたのだが、異変が起こる。

 

「.....アレ?おかしいですね....職業がカードに表示されない....」

 

「「え?」」

 

そんな司書の言葉に、一瞬で我に帰る俺、アイリスも驚いている。

 

「そんなことってあるんですか!?」

 

「いえ、長年城に勤めてきましたがこんなことは1度も起きた事がありません!」

 

「....あのー、それってもしかして相当不味かったりします?」

 

司書とアイリスがあまりに慌ているので、不安になって尋ねる。

 

「当たり前ですよ!職業が無いってことは何も魔法やスキルが習得できないって事ですよ!?不味いどころの話じゃないですよ!」

 

マジで言ってんのか!?こんなゲームみたいな異世界で魔法もスキルも使えないとか何の拷問だよ!!

 

「冒険者カードが壊れている可能性は?」

 

「無いです、あり得ません。このカードに書かれている情報は、触れた対象の魂を情報を元にしています。こんな事が起こりえる可能性なんて、あなたの魂に問題がある以外考えられません。何か心当たりはありませんか?」

 

「そんなものーー

 

そんなものあるわけ無いじゃないか。俺は即座にそう否定しようとする。しかし、俺の頭の中には、一つの心あたりがあった。

そう、アレは確か、俺が異世界転移をしようとした時にーー

 

『そこに行けばもう一度、俺は生きることができるのか?』

 

『えぇ、ただあなたは私達が魂が死んでしまう前に身体から抜き取ってしまったから、()()()()()()()()()()()はあるけど生きることにほとんど支障はないから大丈夫よ』

 

『じゃあ、それでお願いするわ』

 

お前かあああああああああああああ!!!!

あの駄女神ふざけんなよ!何回俺の異世界生活邪魔すれば気が済むんだよ!つーかちょっとしたデメリットってなんだよ!がっつりデメリットじゃねぇか!生きていく上でもだいぶ欠陥だよ!

 

「というか、職業が無いってことは、俺の魔力無限っていうのは....」

 

「あの、その、非常に言いにくいのですが、その、全くの無駄ってことに...やっ、やめてくださいよ!そんな今にも泣きそうな子供みたいな顔をするのはやめてください!......あっ、止めてください!ホントに泣き始めるのは止めてください!可哀想ですけど私にもどうにもできないんですって!」

 

なんだろう。どうして俺の異世界生活はいつも邪魔が入るんだろう。あれか、初めに女神を脅したのが悪かったのだろうか。俺には異世界転移者あるあるのステータス自慢すらできないのか。選んだチートの一つも使いものにならなくなったし。

 

.......と、その時。唐突にけたたましい鐘の音が王都に響き渡る。

 

『魔王軍襲撃、魔王軍襲撃!騎士団はすぐさま出撃。冒険者の皆様は、街の治安の維持の為、街の中のモンスター侵入に警戒してください。高レベルの冒険者の皆様は、御協力をお願いします!』

 

そのアナウンスを聞いた司書は表情を瞬時に引き締めると、カウンターの下から魔法の杖のようなものを取り出す。

 

「私は魔王軍鎮圧に出向かなければなりません!アイリス様とセイヤ様は防御魔法を張っておくので、この部屋から出ないようにお願いします!」

 

そう言って、彼女は俺達を置いて部屋の外に飛び出して行ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当にこんなバカ正直に突っ込んでって、ホントに効果あるのかよ」

 

王都から少し離れた森の中、王都へと侵攻していく魔物達を一瞥しながら、大柄の悪魔は隣の男に問いを投げかける。

 

「大丈夫だ。元よりこの部隊は雑兵、効果があるように編成してはいないよ。よくて肉壁、悪けりゃ犬死さ」

 

「なんでそんなことを」

 

「目的が別にあるんだよ。コイツらはそのための時間稼ぎ要因。本命は俺達でやるんだ」

 

男はそう言って風で微かに揺れる()()をかき上げると、不敵に笑う。

 

「仕込みは上々、目的はただ一つ、ベルゼルグ王国王女、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスの殺害だ。....さぁ、楽しもうか!」




ラブコメとか書いておいて一切ラブコメ書いてない作者が通りますよー....
ちゃんと書くから許して下さい。

感想、評価、指摘などくださると、とても嬉しいです。


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六話 魔王軍邂逅

注意:今回の話は虫、およびわりと気持ち悪い表現があります。お食事中の方は、ご注意下さい。

追伸:評価が赤になりました!これも皆様のご支援あってこそです!本当にありがとうございます!


「...全然帰ってこないな、司書の人」

 

俺はアイリスにお茶を出しながら、そう呟く。

今現在、俺達が蔵書室に待機している時間は約1時間半である。もうそろそろ戻ってもいい時間だと思うのだが、

 

「もしかしたら、今回の魔王軍の襲撃はかなり大規模な物なのかもしれませんね」

 

案外あっさり言うものだ。

しかし、ここは国の首都なのだが、そんな所が夜間襲撃を仕掛けられるとか、もしかして戦況ってこっちが押され気味なのだろうか。

日本からのチート転生者が多くいてもまだ魔王軍が倒れていないところから見るに、魔王軍は相当に強力らしい。

転生者には、もっと頑張って欲しい。

チートはかろうじてあるにしても、スキルも、魔法も使えない奴が何を言っても仕方がないとは思うが。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

そんな俺の考えが顔に出てしまったのか、アイリスが不安そうに俺に尋ねる。場所と時間は違うが、出会った頃と同じ質問。俺があの時から全くと言っていいほど成長していないことを感じさせる。

 

「大丈夫だよ。さっきはちょっとショックだったけど、今はそれほどじゃないし、スキルとか魔法が無くても、まぁ、なんとかやってけるって」

「私は何が大丈夫なのかとは言ってないのですが」

 

気まずい沈黙が広がる。アイリスからの視線が痛い。

しかし、もうどうしようもないことなのだ。魂の不具合、そんなものを直せるのはもう神しかいない。しかし、魔王軍討伐に神が参加しないところから見るに、この世界には神が現界できない。もしくは、何かのデメリットがあるのだろう。であれば、俺が魂を修復できる可能性は限りなく低いと言うことになる。だから、もうこれは仕方ないのだ。

 

「...セイヤ様、あなたに、なにかしたいことはありますか?」

 

アイリスが突然、そんな事をきいてくる。

 

「したいこと?....したい事ねぇ....」

 

「はい、なにかありませんか?」

 

...したい事といわれても、俺には今、なにも無いんだよなぁ....。

もともと、俺は魔王を討伐するために異世界に来たわけじゃない。手に入れたチートを使って、あの駄女神に奪われた人生を、今度こそ楽しく謳歌したいだけだったんだ。

しかし、その夢は、またもやあの駄女神のせいで消え去った。今更、何をもって生きればいいんだろう....。

 

「アイリスにはあるのか?何かしたい事」

 

「私ですか?そうですねぇ....」

 

「お?もしかして俺に聞いておいて、アイリスもやりたいことはなかったりするのか?」

 

「いえ、そうではなく!そうでは無くてですね!」

 

アイリスは、腕をワタワタとさせながら俺の言葉を否定する。

 

「私には、国のことしか考える余裕はありませんでしたから」

 

そして、少し寂しそうにそんなことを......。

.....そうだよな。この子はいくら俺より年下だったとしても、一国の王女なのだ。今までロクなワガママも言わず、自分のことより、国のことを考えて生きてきたんだろう。

だったらーー

 

「アイリス、俺、やりたいこと一つあったわ」

 

「そうなんですか!ぜひ聞きたいです!」

 

アイリスは、興味津々とばかりに目を輝かせている。

 

「俺はーー

 

そして俺が口を開いた、その時。

突然、空間に穴が開く。そして、そこから大量のモンスターが現れる。彼らはゴブリン、スケルトンなど、さまざまな種類がいるが、その中にただ一人、明らかに人間であろう奴が混じっていた。フードを被っているため顔は確認できないが、このモンスターの中でさえ凄まじいまでの威圧感を放っている。どうやらコイツが、この集団のリーダーらしい。

 

「初めまして、俺は魔王軍の幹部が一人ーー

 

そして、その男が何か言う。その前に、

 

「アイリス、攻撃」

 

「『エクステリオン』!」

 

ーー人憑きのシュレイブニルでぎゃああああああああー!!」

 

不意打ち気味に攻撃を叩き込む。攻撃を受けたシュレイブニルと自称していた奴は、アイリスの攻撃を真正面から食らい、身体中から黒い煙を噴き上げてふらついているが、持ち堪えている。

それを見たアイリスが叫ぶ。

 

「セイヤ様!変です!私の攻撃が全く効いていません!」

 

いや、結構効いていた気がする。ぎゃーって叫んでたし。

 

そんな彼は、よろめきながらも。

 

「自己紹介の時は攻撃はしないものだろ!お前たちには常識ってものは無いのか!....まぁ良い。俺は人憑きのシュレイブニルという者だ。魔王様の命令で、お前を殺しに来た!」

 

そう言ってアイリスを指差す。どうやら、コイツはアイリスを殺しに来たらしい。...だったら遠慮はいらないな。

 

「本来だったら俺くらいのレベルであれば、お前程度など簡単に殺せる。しかし、俺は慎重な性格なんだ。だから俺は仲間を連れて来た。まずは小手調べにコイツらを差し向け、そのあと、俺がじわじわと嬲り殺しに....」

 

「アイリス、もっかい」

 

「分かりました!『エクステリオン』!」

 

「アバアアアアアアアアアア!」

 

何か言いかけていたシュレイブニルが悲鳴をあげ、まるで体についた火を消すかのように、地面をゴロゴロと転げ回る。

 

アイリスが慌てた様子で、

 

「セイヤ様!やっぱりおかしいです!あの人に私の攻撃が全く通用しません!」

 

いや、アバーって言ってたし、かなり効いている気がするが。

 

「じゃあ、もう一回」

 

「『エクステリオン』!」

 

「ちょ、ま、いやああああああああ!!」

 

「もう一度」

 

「『エクステリオン』!」

 

「ひょえええええええええええ!!」

 

「もう一本いっとくか」

 

「『エクステリオン』!」

 

「じぬううううううううううう!!」

 

アイリスの攻撃を何度も食らい、シュレイブニルはぼろぼろになっている。身体中から煙が上がり、出現した時に着ていたローブは、今やただの布切れとなっている。取り巻きのモンスターに関しては、アイリスの攻撃の余波で消え去っていた。

というか、コイツ黒髪ってことは、俺達と同じ転生者じゃねぇか。何でそんな奴が魔王軍にいるんだろう。まぁ、俺が気にする話じゃ無いんだが。

 

すると、プスプスと黒い煙を上げていたシュレイブニルが立ち上がる。

 

「よし、アイリス、やーー

 

「いい加減にしろやああああ!!ボケがああああああああ!!」

 

シュレイブニルは、堪忍袋の尾が切れたかの様に、そう叫ぶ。

 

「ふざけんなよテメェら!人が話をしているのにポンポンポンポン!いい加減にしろや!!」

 

完全に余裕そうな態度がなくなった彼はそう言って何かの魔法で剣を作りだすと、それを構え、こちらへと駆け出してくる。

ヤベェ!不用意に怒らせたからかアイツの顔めっちゃ怖い!

 

「アイリス!俺の合図でもう一回!」

 

「駄目です!もう魔力が!」

 

見れば、アイリスは地面に膝をついている。肩で息をし、剣を握る手も震えていた。

どうやら今まで打っていた技は、かなりの魔力と、ついでに体力を消費させる物らしい。

俺は、そんなアイリスを庇うように前に出ると、全身に強化を施し、シュレイブニルと相対する。

 

「....へぇ?次はテメェが俺の相手をするのか!」

 

「ああ、次の相手はこの俺だ!同じ転生者だからって容赦はしないぞ!」

 

俺は奴の振るってきた剣を躱して、空いた右脇腹に拳を入れる。しかし硬いな!拳から伝わってくる感覚がまるでコンクリートだ。しかし、怯んでいるところからみるに、ダメージは与えられているらしい。

それなら、攻撃の手を緩める必要はないだろう。

 

「オラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

「くっ!このっ!ちょこまかと!」

 

俺は奴の剣を躱しつつ、さらに追撃を行う。

すると、奴は空中に無数の剣を作り出し、俺に向かって降り注がせてくる。

 

「あぶなッッ!!」

 

俺は身体のパワーを足に集中させると、バックステップを行い、それを躱す。

 

「はぁ、はぁ、多少は強いなオマエ...。アイツの言う通りだわ」

 

奴はそう言って肩をすくめる。というかコイツ、俺のこと知ってるのかよ。そうなると、この城には誰か魔王軍に繋がった奴がいる事は間違いないだろうな。アイツって言ってるし。

 

「だが、オマエは俺の敵じゃねぇ!取るに足らないザコなんだよ!」

 

「そうかいッッ!!」

 

俺は足に集中させたパワーを使い、自分の足元を蹴り地面を割ると、その破片を、奴の顔めがけて蹴り飛ばす。もちろん殺すつもりではない。たとえ奴がどれだけ自分の身を固くしているとしても、脳までもをガードできるわけじゃない。であるならば、奴の頭に衝撃を与え、脳震盪なり起こさせてやればいいと思ったからだ。

しかし、予想外のことが起きた。奴の頭に当たったその破片は、そのまま奴の顔を破壊し、そのまま貫通していく。凄まじい量の血が、奴の頭からこぼれ落ちる。

 

「え....な....」

 

どういうことだ。確かに俺はあの破片を全力では蹴らず、奴の強化した頭に脳震盪を起こさせるくらいの強さで蹴ったはず、奴が強化を解除したのか?一体何のために?というかどうしよう。敵とはいえ、人を殺してしまった。

 

『そら、スキができた』

 

俺が予想外の状況に混乱していると、頭を失ったはずの奴が喋りだす。

そして同時に奴の姿が俺の視界から消える。

 

「!? どこにーー

 

『ここだよ』

 

真後ろから声がする。振り向くといつのまにか奴はそこにいた。

コイツ、こんなに早く動けたのか!

 

『俺が速くなったって思っただろ。違う、違うぜそれは、オマエの反応速度が遅くなったんだよ』

 

「どういうことゲッハァッッ!!」

 

『人の話は最後まで聞くもんだぜぇ!常識ってもんが無いのかよ!』

 

奴に腹を蹴られ、俺の身体は二回ほど地面をバウンドする。

しかし、その痛みで俺は気づく。どうやら、あまりの動揺に俺は身体強化を切ってしまったらしい。

 

『転生者って変な存在だよなぁ。こんなに強い力を持っているのに、精神の方がまるで育ってない。俺が唯一強化してない頭を失くした瞬間、みんなお前みたいな反応をするんだぜ?チグハグだろ?』

 

お前だって転生者だろ!俺はそう言おうとする。

しかし、俺の目に入った光景は、その言葉を失わせるのに十分すぎるものだった。

奴の首から、首の二分の一ほどの太さのムカデが這い出してくる。

 

「....まさか」

 

『お?やっと気がついたかよ。そう、コイツは俺の身体じゃない、お前と同じ転生者の身体だぜ』

 

ムカデが笑う。コイツは、よりにもよって転生者の死体に寄生して意のままに操っているのだ。そのあまりに残酷な事実に呼吸が乱れる。

 

『だが今回の戦闘で随分とこの身体はぼろぼろになっちまったからな。いくらスゲー強い防御スキルがコイツにあっても、コイツはもう使い物にはならねぇよ。だからーー今度はお前の身体を使ってやろうかな?』

 

ムカデの身体から血管のような物が大量に突き出し、俺の身体を掴んで持ち上げる。俺を持ち上げるその身体が、俺の死を幻視させる。

 

「ダッ、ダメッッ.....!!」

 

すると、そこにアイリスの悲鳴が走る。

 

「あなたの目的は私です!だったらセイヤ様は関係ないでしょう!その人を離しなさい!」

 

『オイオイオイ!随分とまぁ健気なお嬢ちゃんじゃねぇか!』

 

ムカデは、俺の身体を離すと、アイリスの方へと身体を向け、ニヤリと笑う。

 

『だが、それを決めるのはお嬢ちゃんじゃねぇ。コイツだぜ』

 

そう言うと奴は再び俺の方へと身体を向ける。

 

『おい、セイヤ...とか言ったか...俺と取引をしないか?』

 

「...どういうことだ」

 

『何、簡単なことさ。お前は今後、俺達魔王軍の活動に一切逆らうな。この条件を呑んでくれるなら、俺はここでお前を殺さないでやる』

 

つまりコイツは暗にこう言っているわけだ。

俺にアイリスを殺すのを見逃せと。

 

「セイヤ様、ベルゼルグの王族は強いんですよ?私は大丈夫です。だから...」

 

『ほら、王女様もこう言ってるぜ?』

 

アイリスがそう言うのを、ムカデは嗤笑する。

俺はアイリスの目を見る。アイリスの目には11歳とは思えないほどの強い勇気が感じられたが、それと同時に深い絶望も感じ取ることができた。

そんなアイリスを見た俺はーー

 

 

 

 

「...あの子を見捨てれば...本当に俺の命は、助けてくれるのか...?」

 

その言葉に、ムカデは笑う。

 

『ああ、約束するよ。王女様の命と引きかえのギブアンドテイクだ』

 

「...そうか」

 

その言葉を聞いた俺は、握手をするように奴の手を掴む。

 

『おっ?そうかそうか、見捨てるのか!所詮人間はそんなもんだ!ここ一番で誰かを見捨てる醜いーー

 

「だが断る」

 

『は?』

 

俺は握っていた手を握り潰すと、強化した全力の拳を奴の胴へと叩きこんだ。




シュレイブニルはアイリスのエクステリオンを大量に受けて、あの強さです。

やっと戦闘描写が書けて、大変にホッとしております。ラブコメ?ラブコメは浜で死にました(真顔)

感想、評価、指摘などくださると、とっても嬉しいです。


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七話 やはり暴力‥‥!! 暴力は全てを解決する‥‥!!

今回もお食事中の方は注意を。


『あが、あぎぎ、あぎが』

 

俺に全力で殴られ、壁へと叩き込まれたシュレイブニルが、ギチギチとそのムカデのような身体をしならせ、身の毛もよだつような気持ちの悪いうめき声を上げる。俺の殴った心臓は、外側の圧力によりか潰れている。寄生している奴にダメージは無いかもしれないが、少なくともコイツは寄生した身体に血を流していたんだ。多少なりともコイツの動きには影響するだろう。

 

「ッッッ!ぐあああああ、痛ってえ!!」

 

「セイヤ様!」

 

しかし、俺が奴の心臓の対価として支払ったのは右腕だった。俺の右腕は先程の全力のエネルギーを乗せた攻撃の反動により紅黒く変色している。

俺が右腕を押さえ泣きそうになりながら相手を見ると、相手はその身体を軋ませながら立ち上がると、凄まじい勢いでこちらに向かい走ってくる。

俺は、再び全身に強化を掛けると、奴と相対する。

 

『キシャアアアアアアア!!!』

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

奴はこちらに向かってきながら、空中に無数の剣を配置、飛ばしてくる。おそらくこれは、その身体の持ち主が転生する特典として持っていたチートなのだろう。そう考えると、その身体をいいように使っているコイツに殺意が湧くわけだが。

俺は、射出された剣と剣の間をすり抜けるように躱すと、その中の剣の一つを左手で掴み取り、奴に振り下ろす。もちろん、俺には剣の心得があるわけでもなければ、部活で剣道をしていたわけでもない。そのためその剣はめちゃくちゃだ。しかし、すでにいくつかの手傷を負っているコイツからすれば俺のめちゃくちゃな剣でも致命傷になりえるだろう。

 

『ッッ!?クソッッ!』

 

まさか、飛んでくる剣を振り下ろしてくるとは思わなかったのか一瞬慌てたシュレイブニルだが、手傷を負っているとはいえそこは流石魔王軍幹部。

奴は咄嗟に自身の手の中に剣を作り出すと、それを使い俺の乱撃を受け止める。

 

『お前!俺を騙しやがったな!』

 

「あいにく俺はお前みたいにお行儀良く戦う余裕がなくってねぇ!!」

 

俺は打ち合わせている奴の剣を滑らすように上に打ち上げると、ガラ空きになった奴の腹部を手で貫き、中にある内臓を掴みそのまま引き抜く。そして俺はその内臓を剣と共にムカデの顔面に叩き込んだ。

 

『ぐぶおおおおおおおへぶッッ!!』

 

「クソッ!気持ち悪いな!!」

 

奴の身体を見ていると気持ち悪過ぎるし、右腕の痛みも相まって気絶しそうになる。しかしまだだ、まだ奴を殺していない。俺が気絶していいのは、奴を殺してからだ。

俺は奴に拳を喰らわせて再び壁に叩きつけると、そのまま無理やり横に引き摺り、そのまま地面へと叩き落とす。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ウグッッッ!!」

 

そして俺はさらなる追撃を喰らわそうとするが、無理やりな全身の強化に身体が悲鳴を上げているのか、突然の身体の痛みにうずくまる。

シュレイブニルはその隙に立ち上がると、俺と距離を取った。

 

『オイオイ、なンだ、ベバっちマッたのかよ』

 

「お前こそ、足元がおぼついてねぇぞ。あとその喋り方はどうしたんだよ、イメチェンでもしたいのか?」

 

お互いに軽口を叩き合うが、自分も相手ももうボロボロだ。

しかし、奴はなぜあんなにも余裕そうな話し方をしているんだろう。奴の身体は、お世辞にも余裕とは言えない。全身には大量の火傷、顔は消え、心臓は潰れ、内臓も体外へと露出している。もうあの身体が動かせる時間はわずかしか無いだろう。しかしこの余裕はなんだ?

 

「オイ、奥の手があるなら、早く見せた方がいいぜ。俺にその細っせぇ身体引きちぎられて、踏み潰されたくなかったらな」

 

『ハハハハハ!!イせイだけは良いガキが吠エるじゃねぇカ!だったら見せてヤルよ!俺のシンの姿を!!』

 

そう言うと奴はうめきだし、奴の身体は膨張を始める。そして肥大したその身体は張られたシールドもろとも蔵書室の天井を突き破ると、城を揺らすほどの大きな雄叫びを上げた。

既に人の形の面影はなく、その身体からは大量の人間の手や足、さらにいくつかのモンスターの部位が生えている。一体コイツは今までにどれだけの生き物を吸収してきたんだろう。

そんなことを考えていると、突然、蔵書室の天井全体にヒビが入る。どうやら、アイツの重さに耐えきれなくなったらしい。

 

「アイリス!逃げるぞ!!」

 

俺はアイリスの手を取ると、蔵書室を飛び出し、城の壁を駆け上がり、城の屋根へと避難する。

 

「アイリス、今お前の魔力はどのくらいある?」

 

「一度だけ攻撃ができるくらいです」

 

「そうか....」

 

おそらく、あの形態は先程まで凝縮していた身体の面積を全て解放した姿なのだろう。そうであれば、アイリスの攻撃で十分にダメージを与えることができる。しかし、相手はあの巨体だ。おそらく、一撃では奴の身体全てを破壊することはできないだろう。であるならば、遠距離でも十分な効力を発揮するエクステリオンとは違い、至近距離でしか効果を発揮できない俺の拳も当てなければ、完全に討伐するのは難しい。

俺がそんなことを考えていると、アイリスがある方を指す。

そこにはーー

 

「うわあああああああーっ!モンスターだあああああ!!」

 

「助けて!!助けてくれええええ!!」

 

「嫌だ!まだ死にたくない!!」

 

迫り来るシュレイブニルに対し、腰を抜かし逃げられないでいる貴族達の姿があった。

もう迷ってる場合では無い。今すぐにでも奴を殺さなければ多くの犠牲者が出てしまう。

 

「よし、アイリスはアイツに攻撃する準備をしていてくれ!俺が合図を出す!」

 

「わかりました!」

 

俺はその返事を聞くと、奴に向かい走り出し、叫ぶ。

 

「おいシュレイブニル!お前の相手はこの俺だ!余所見してんじゃねぇ!」

 

シュレイブニルはその言葉に反応しすると、俺の方を向き、雄叫びを上げる。そして奴は身体にある杖を持った手を一斉に動かし魔力を練ると、その魔力を一点に集中させ始め、それを巨体な魔力球へと変化させていく。

あんなものが城に当たったらひとたまりもないどころか周りの街すらも残らず吹き飛ぶだろう。

 

「させるかよ!!」

 

俺は足にパワーを集中させると、そのまま跳び上がる。

奴の魔力球は強力だ。しかし、俺の全力の拳で殴れば破壊することは十分にできるだろう。しかし、今ここで左腕を犠牲にしてしまえば、奴を完全に討伐することはできなくなってしまうだろう。だからーー

俺は空中で姿勢を整えると、変色した右腕にパワーを込める。

 

「ーーーー!!!」

 

想像を絶するほどの痛みが右腕に走るが、奥歯を噛み締めることによって、それを堪える。気合が有れば大体なんとかなるもんだ。

そして俺は放たれた魔力球をその右腕で迎え撃つ。

 

「ッッ!!ぐうおおおおおおおあああああ!!」

 

凄まじい衝撃が俺の全身を襲う。筋肉は軋み、骨は砕け、気力の全てが一度に持っていかれる。

そしてそれよりも重大な問題が一つあった。それは、魔力球を受けている俺の右腕が少しずつ、少しずつではあるが崩壊を初めていることだ。

皮膚は剥がれ、肉は溶け、その下の骨は砕け散っていく。それでもーー

 

「負けてええええ!たまるかああああああ!!」

 

俺は意地で魔力球の軌道を真上に変える。そして、

 

「アイリスッッ!!」

 

「はいッッ!『エクステリオン』ッッ!!」

 

屋根の上で待機していたアイリスによる光り輝く斬撃が、凄まじい轟音と共にシュレイブニルの身体を真っ二つにする。それにより、大量の肉壁に覆われた奴の全身があらわになる。

 

『オマエッ!?』

 

「コレで終わりだああああああ!!」

 

俺は最後の力を残った左腕に込め、その拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴の身体が消え去り、歓声を上げる人々達の声を聞きながら、俺は構えを解き、倒されたモンスターが記録されるという冒険者カードの一覧を見る。そこにはしっかりと『人憑き シュレイブニル』の文字が書いてあった。よかった、ちゃんと討伐はできているらしい。

しかし、まだ異世界に来て一ヶ月も経ってないのにこんなことに出くわすとか、やっぱり俺の運はこの世界に来てから下降傾向らしい。

 

「セイヤ様ッッ!」

 

すると先程まで城の屋根にいたアイリスが、こちらに駆け寄って来る。何やら顔が必死そうだ。

 

「どうしたんだアイリス?そんな必死に」

 

「あの!大丈夫なんですか!」

 

どういうことだろう。アイリスの目には俺が死んでるように見えるのだろうか。

 

「見ての通り、ちゃんと生きてるし、ちゃんとアイツも倒したよ?」

 

「いや、あの、そうじゃなくてですね!」

 

アイリスは俺を指差し、

 

「その右腕は大丈夫なんですか!?」

 

そんなことを.....

 

俺は右腕を見る。しかし、そこにはあるべきはずの右腕が無かった。正確に言えば、肩から下の一切が無かった。

そんなショッキングな光景を見た俺の意識が急速に遠のいていく。

 

「..........」キュウ

 

「あっ、だっ、誰かー!!誰か医者を呼んで来てください!人がーー

 

そして、俺はそんな必死なアイリスの声を聞きながら、意識を落とすのだった。




主人公のチートの1つである身体強化は、分かりやすく言うならヒロ○カのワン○ォーオールのようなものです。主人公はまだ、100%を使うと身体が大きく損傷します。


感想、評価、指摘などくださると、私のやる気がPlus Ultraします。

あと、投稿ペースが今度こそ少し遅くなります。


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八話 実はここだけの話...俺って貴族嫌いなんだよね

忙しい中なんとか作れました。

*主人公がお城にいた期間を一週間から一ヶ月に伸ばしました。一週間だと短すぎると思ったんで...


深い闇の底から、俺の意識は浮上する。

目を覚ますと、俺は知らない場所のベッドに寝かされていた。

この状況、今なら"アレ"が言えるかもしれない。マンガや小説で沢山見るけど、現実じゃ中々言えないあの言葉が。.....よし、言おう。

 

「....知らーー

 

「知らない天井だ、なんて言うんじゃないわよ」

 

「誰だ!俺の人生で一度は言っておきたい言葉ランキング第四位を邪魔したヤツは!!」

 

俺は仰向けの体を跳ね上げるようにして体を起こす。

そして声のした方に振り向くと、そこにはナース服のような服装をした筋肉隆々のオッサンがため息を吐きながら立っていた。

後ろに見える医療機器のような物からして、どうやらここは城の医務室らしい。

 

「というか、このネタが分かるってことはアンタもしかして...」

 

「そう、あなたと同じ転生者よ。名前はジェシカ。よろしくね☆」

 

そう言って彼、いや彼女はバッチコーン☆という効果音が聞こえてきそうなウィンクをする。

筋肉モリモリマッチョマンがナース服でウィンク....うん、絵面が酷い。ついでに名前も酷い。ジェシカってなんだよ、絶対偽名だろ。

 

「アンタが俺のことを治してくれたのか?」

 

身体を起こしてみて気づいたが、体にあった痛みが消えている。

 

「そうよ、アタシのチート『治癒』で治したの。そこんとこ、感謝しなさいよね。スッゴイ大変だったんだから」

 

そう言って彼女は近くの回転椅子へと座り、方杖をつく。

どうしよう、コレが女だったら物憂気な表情に見えるのだが、いかんせん彼女の場合出場待ちのプロレスラーにしか見えない。

 

「俺はどのくらいの時間寝ていたんだ?」

 

窓の外を見ると、戦っていた時には落ちていた日が上がってきている。おそらく、相当長い時間寝ていたのであろう。6〜7時間、もしかしたら1日なんてこともあるかもしれない。

 

「3日よ」

 

「はい?」

 

「だから、アンタは3日間ずっと寝たまんまだったのよ。しかもずっと死にかけでね」

 

「はああああああああ!?」

 

え、何、俺3日も寝てたの!?しかも死にかけてたのかよ!?

 

「いや、なんで回復専門のチートを持ったアンタがいるのに俺死にかけたんだよ!」

 

「それには訳があるの。自分の右腕を見てみなさい」

 

「自分の右腕ねぇ...」

 

俺は言われた通り自分の右腕を見てみる。分かりきったことではあったが、自分の右腕は消えていた。

しかし、驚くべきことが一つあった。自分の右腕の傷口が塞がっていないのだ。正確に言えば、傷口に当たる部分にはポッカリと穴が空いているのにも関わらず血の一滴も流れておらず、その穴の中には紅黒い"ナニカ"が蠢いていた。

 

「...何これ?」

 

俺は、驚きのあまり少しの間思考が停止する。

 

「それは呪いよ」

 

「呪い?」

 

呪いとか言われても、俺別に誰かに恨まれることなんてしていな...いや、クレアにはしてたな。いろいろと。

 

「なるほど、真実は意外にも近くにあったのか...」

 

「違うわよ!仮にも同僚をすぐに疑わないでちょうだい。呪いを掛けたのはアナタが戦ったシュレイ...なんとかよ」

 

「シュレイブニルな」

 

「そうそれ、そのシュレイブニルって奴がアンタに放ったアレに、膨大な呪いが込められていたのよ。しかも即死級のね。なんでアンタがまだ生きてられるのか不思議でならないわ」

 

あの野郎、最後の最後までやりやがる。追加で一発殴ってやりたい。

 

「呪いっていうなら解呪できるもんじゃないのか?」

 

「ダメね、王都最高レベルのアークプリーストのアタシの魔法でも解呪出来なかったの。解呪はほぼ不可能よ」

 

コイツが王都で一番のアークプリーストとか、この国は大丈夫なのだろうか。

 

「今、だいぶ失礼なこと考えてなかった?」

 

ジェシカは、にこやかにそう尋ねてくる。目は笑っていないが。

 

「ヴェッ!マリモ!」

 

驚きのあまり変な声が出てしまった。

しかし、俺の腕は今の所治らないってことか。そう考えると大分不便だな。慣れるまで時間が掛かりそうだ。

 

「セイヤは!スズキセイヤはここに居るか!」

 

そんなことを考えて、ゆっくりとお茶を飲んでいると、突然扉が開け放たれ、鋭い声が掛かる。

 

「あら、クレアちゃん!久しぶりね!」

 

「お久しぶりですジェシカ様。ちゃん付けはやめてください」

 

「あらつれない」

 

クレアはジェシカからの挨拶に対しそっけなく返すと、俺を見てそのまま俺の方へとずんずんと向かってくる。

 

「ようクレア、どうしたんだよそんなに急いで?」

 

「着いてこい、大事な用がある」

 

「いや、俺重症者で今起きたばっか...」

 

「今来るのであれば、蔵書室での破壊及び損壊の賠償は不問とするが」

 

「あー!俺急に元気になっちゃったなー!」

 

王都クラスの蔵書室の賠償は流石に不味い!下手すれば何兆という金を請求されかねない!

俺はすぐさま起き上がると、ジェシカにお礼を言ってクレアに着いていくのだった。

 

「またおいでねー☆」

 

あの、ジェシカさん、またおいではやめて下さい。現実になりかねないんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「........」

 

「.......」

 

どうしよう。まったくと言って会話がない。というかどんな会話をすれば良いかが一切分からない。なんだろうこの状況、前にもこんなことがあったような気がする。すごく気まずい。やはりまた俺の方が話題を提供した方がいいのか....

 

「...おい」

 

「あ、はい!」

 

しかし、そんな俺の考えを裏切るようにクレアが俺に話しかけてくる。明日は王都に槍が降るかもしれない。

 

「ーーがとう」

 

え、なに、また俺怒鳴り上げられるの?怖いよ!スゲェ怖いよ!

 

「えっと、今なんて」

 

「〜〜ッ!ありがとうと言ったんだ!アイリス様、それと多くの貴族の命を救ってくれたのだろう!?その礼だ!!」

 

クレアは顔を真っ赤にしてそんなことを言う。

正直な所、俺は驚いていた。俺の第一印象として、コイツは絶対に俺に対して礼なんかしないだろうなと思っていたからだ。

しかし、その印象は間違っていた。コイツには確かに貴族としての嫌味ったらしい部分はある。しかし、彼女には誇りがあった。貴族としての誇りが。

 

「まぁ、貴様ごとき平民がそれだけ出来たんだ!私がお側に居ればもっとスマートに事件を解決出来たとは思うがな!」

 

「色々台無しだよ」

 

コイツ!人がちょっと評価を上げようかなと思ってたらこれだよ!

まぁ、コイツの発言にいちいち目くじら立てるのも時間の無駄だ。クレアだし。

 

「というか、俺らは今どこに向かってるんだよ」

 

「ああ、そういえばまだ説明していなかったな、今私達は謁見の間へと向かっているのだ」

 

クレアは他のどの扉よりも豪華で巨大な扉の前に止まる。

 

「私だ、扉を開けてくれ」

 

そしてクレアがそう言うと、その扉は重々しい音を立てながら開かれた。

その扉の奥には、城にある他のどの部屋よりも豪華な空間が目に入る。そして、その部屋の中には大勢の金髪碧眼の貴族達が列を成していた。

どうやら、何かの式典のようなものを行なっているらしい。

 

「貴様はそのまま部屋の奥へと進め」

 

「え?」

 

「行けば理由は分かる」

 

そう言って彼女は俺と別れてしまう。

おそらく列から外れた部屋の隅にアイリスが居たため、合流したのだろう。

というか、どうしよう。さっきは脅されたからなんとなく着いてきたけど、もしかしたら俺とんでもない所に居るんじゃなかろうか。今すぐ帰りたい。

そんなことを思っても、状況は何一つ好転しない。俺は仕方なくクレアに言われた通り、貴族の列の間を抜け、列の一番前に出る。

するとその目の前には、この部屋の中であっても一際豪華な椅子に座っている60才くらいの老人が、俺のことを鋭い目つきで睨みつけるように見ていた。

俺はそのあまりの眼光とその威圧感に飲まれ、無意識の内に跪いてしまう。雰囲気から察するに、この人がこの国の王様、つまりアイリスの親父さんなのだろう。

 

「よい、楽にせよ」

 

そう言われたので立ち上がってみたものの、迫力が凄すぎて顔が合わせられない。

 

「さて、まずはベルゼルグに集いし兵士達よ。此度の魔王軍殲滅、誠に大義であった。我が国の兵士達が目覚ましい活躍を見せたこと、わしは大変嬉しく思っている」

 

王様のその言葉に、後ろの方にいた兵士達は感涙の涙を流している。

 

「しかし残念なことに、魔王軍の兵がこの城に入ったようじゃな。蔵書室を中心に甚大な被害が出たと聞いておる」

 

一転して彼らの顔が曇る。

 

「そう悲観するものでは無い。結果として死者は出なかったのじゃ。スズキセイヤという男の力によってな?」

 

その言葉によって会場中の視線が俺へと集まる。

 

「さて、セイヤよ。わしと話をしようじゃないか」

 

勘弁してください。俺はまだ15才で、この前義務教育が終わっただけのガキなんです。

そんなことを言いたいが、言ったら間違いなく俺の首が飛ぶ。俺は全力でビビりながらもコクリと頷く。

 

「今回の魔王軍の侵入についてだが、お主がそれを食い止めたと聞いているのだが、相違ないな?」

 

「え、あ、はい!ありません!」

 

「そうか...」

 

彼はそう言うと、玉座から立ち上がり俺の方へと歩いてくる。いや待って、やめて、まだ心の準備もできていないんです。やめて下さい。

 

「私の娘の命を救ってくれて、感謝する」

 

そう言って彼は頭を下げる。俺の後ろにいる貴族達からどよめきの声が上がった。

 

「やめて下さい!こんな公の場で王様が頭を下げるのはまずいですよ!」

 

流石に世間知らずな俺でも王様がこんな場所で、しかも貴族でもない男に頭を下げることがまずいことなのは分かってる。王様のお付きの人もすごいオロオロしてるし。

 

「私は今、父親として頭を下げている。それに、王としてもこの国の王女の命をその腕と引き換えにしてまで救ってくれたのだ。十分頭を下げる価値はある」

 

それを言われると何も言い返せない。貴族達の中でも誰の口を出せる者はいなかった。

 

「騙されてはいけませんぞ!王!」

 

いや、居た。しかも俺的には最悪なタイプの奴が。

 

「その男は王に取り入り、この国を破壊しようとする魔王軍の手先です!」

 

「その通りです王!その男を信用してはなりません!」

 

列の右に固まっている貴族達が、こっちが言い返さないことをいいことに俺に向かって罵詈雑言をぶちまけ始める。よく見ると、その中にはシュレイブニルに直接襲われていた貴族もチラホラいる。よくもまぁ俺くらいの子供にそこまで暴言を吐けるものだ。良心とか痛まないのだろうか。

まぁ、こんな幼稚なことにいちいち怒っていたらしょうがない。見れば、会場全体の目も冷ややかだ。

そう、何も問題はーー

 

「どうせお前なんぞ、アイリス様の後ろで震えていただけだろう!そんな貴様が私達と同じ空気を吸うなど!悍ましい!恥を知れ!」

 

...コイツらはこの事件に対し、一体何をしたんだろう。そんなことを言えるほどに、コイツらは何かしたんだろうか。

 

「あの、すみません。あなたの持っている魔法の中で、声を大きくする魔法ってあります?」

 

俺は王の近くに居た魔法使いっぽい護衛の一人にそう尋ねる。

 

「ありますけど...。あんなの気にしなくていいのよ?言わせておけばーー

 

「まぁまぁ、今回は子供の癇癪ってことで、ね?」

 

魔法使いの人は少し考えた風にすると、やがてうなずく。

 

「...分かりました。行きますよ?『マイク』!」

 

彼女の手から放たれた光は俺の喉へと吸い込まれていく。というか、何気にこれが初めて見る魔法だな。すごく綺麗だ。

 

「私の立場からはあんまり言えませんがーー今なら誰も咎めるものはいないです。ぶちまけちゃいなさい」

 

「ーー了解」

 

俺は彼女の言葉に頷くと、奴らの方へと体を向ける。

そして深く、深く息を吐き、その後、肺に満タンの空気を吸い込むと...

 

「その目はなんだ貴様!平民ごときが!ワシらを見下ーー

 

ファ○キュー!!ぶち○すぞ、ゴミめらが!!

 

俺は、俺に暴言を吐いている貴族に対し、全力で喧嘩を売った。




大人になると、大々的な喧嘩って口でも中々できなくなる物ですよね...


感想、評価、指摘などくださると嬉しいです。


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九話 俺の身体が摩訶不思議

今回は短めです。


会場は騒然となる。

列に並び、俺に暴言を吐いていた貴族は、まさか怒鳴り上げられるとは思わなかったのだろう。全員ポカンとしている。関係ない貴族達も、皆一様に驚いていた。その人達についてはごめんなさい。

 

「貴族なんだから何言っても許されると思ってんのか!あぁん!?お前らはまるで幼児のようにこの世界を自分中心に、求めれば周りが自分達の思い通りに右往左往して世話を焼いてくれる。臆面もなくまだそんな風に考えてやがんのか!」

 

「私達は貴族だ!そんなことは当たり前ーー

 

「甘えるなッッ!今の世の中はそんなことを言ってられるほど平和じゃねぇんだよ!大体、俺や騎士達、それに他の貴族が魔王軍の襲撃に全力で対処してる時テメェら何してやがった!言ってみろッッ!」

 

そんな俺の言葉に奴らは何か言おうと、必死に目を左右に動かしながら考えている。しかし、しばらく経っても彼らからは何も言葉は出てこない。

 

「貴族が優遇な扱いを受けるのは、領地を整え、非常時には領民を導く!そういう仕事が存在しているからだ!何もしない貴族の権力なんざそこいらの犬にでも食わせてろ!」

 

「黙れ!平民ごときが我々に意見するのか!」

 

駄目だ、コイツらの話聞いてるとガキと口論してる気分になる。まぁ、こんな貴族に対して言い返してる俺もガキなんだけどさ。

 

「その平民が居なくちゃお前ら息もできないだろうが!じゃあ聞くが、その平民が作る布が無くてお前らは服が着れるのか!平民が作る食べ物が無くて飯が食えるのかよ!」

 

俺がこんなことを言ったところで、コイツらの明日の生活は何一つ変わらないのだろう。だから、今俺がやっていることに何も意味はない。

だが、この世界は今、魔王軍の襲撃にあっている。であれば、戦力はその中心、王都に集中している方が都合がいい。だからわざわざ国王は俺に頭を下げてまでここに残ってもらおうとしたのだろう。もしかしたら俺の考えすぎかも知れないが。

それなのにコイツらは、その王の判断を自分達のプライドのためだけに全てふいにしようとしているのだ。俺はそいつが堪らなく気に入らない。

 

「ーー静まれ、王の御前で無礼であるぞ」

 

すると、その口論を静止する声が掛かる。声の主は、先程魔法をかけてくれたお姉さんだ。しかし、その声には先程までには無かった重厚感がある。

 

「も、申し訳ございません、王よ!」

 

その声に先程俺の言葉に反論していた貴族はすごすごと引き下がる。

すると、その言葉を聞いた王が口を開く。

 

「よい、少し騒ぎが大きくなったが、あれも意見の一つだ。貴殿の意見にも一考する価値はある」

 

「では王!」

 

「だがなーーこれは私、ベルゼルグ・ワイルド・ソード・エイムズが決定した事だ。わかるな?」

 

凄まじい威圧感を感じる。それを向けられていない俺ですらこのレベルで感じるのだから、本人に向けられたものは相当だろう。

彼らは首を縦にブンブンと振ると、その空気に耐えきれなくなったのか足早に部屋を出ていく。やーい、追い出されてやーんの。

 

「セイヤくん、君も少し外で頭を冷やしてきなさい。一応、王命だ」

 

あ、俺もですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーんふーん♪ふふふーん♪」

 

謁見の間から王命で追い出された俺は、部屋へと戻り、鼻歌交じりにベッドでゴロゴロしていた。

いや、追い出された、という表現は適切ではないだろう。

俺は正直、ああいう堅苦しい会合のようなものが嫌いなのだ。おそらくそれを王様は察してくれたのだろう。たぶん、きっと、おそらく。

 

「あ、そういえばシュレイブニルを倒した後にちゃんと冒険者カード見ていなかった」

 

俺はポケットから冒険者カードを取り出し、それを眺めてみる。シュレイブニルを倒した時には焦っていたから気づかなかったが、結構色々な所が変わっていた。

 

「おっ、レベルが結構上がってる!」

 

思わず俺は大きな声を出してしまう。

いや、しょうがないじゃん?俺今まで純粋に異世界の雰囲気を楽しんだ事無かったんだよ?ここに来てからずーっと厄介な出来事に巻き込まれてたし、やっと落ち着けると思ったら魔王軍襲来で右腕欠損ですよ。やっぱこの世界イカれてるわ。

そして、さらにカードをよく見てみると、自分が持ってきたチートがスキルの欄に記載されていた。一応この世界では、チートはスキル扱いらしい。

 

「....ん?」

 

俺はそんなスキル欄をしげしげと眺めていると、奇妙な事に気づく。

()()()()()()()()()()、代わりに新しいものがスキル欄に追加されているのだ。

 

「...あの、いや待って?流石におかしいから」

 

俺の身には異常なことしか起こらないのだろうか。

いや、まだ三つ目のチートが消えただけなら分かる。そんなことやらかす奴なんて、あのクソ駄女神くらいしか心当たりが無いからね?悲しい事に。やっぱりアイツ殴るだけじゃ済まねぇわ。次会った時は地獄の底に沈めてやる。

だがチートが増えたのは本当に分からない。何故増えた。お詫びのつもりなのだろうか。だったら魂の欠損を治してくれ、頼むから。

何故か名前も『剣製』って無駄にカッコいい名前だしーー

 

「あ」

 

そこで俺は一つの心あたりが浮かんでくる。

このスキルは俺が倒したシュレイブニルが持っていたスキルなんじゃないだろうか。戦っている時にしょっちゅう剣飛ばしてきたし。

正確に言えば、これはシュレイブニルが寄生していたあの身体が持っていたスキルだったのだろう。どうやらシュレイブニルを倒したことで、俺はシュレイブニルの魂ごとその身体の持ち主の力も経験値として吸収したらしい。

...あれ?でも確か経験値の吸収ってその人に魂がある。つまり精神的に生きている状態じゃないとできないんじゃなかったか?

ってことはあの身体の人、シュレイブニルに取り憑かれながらも精神的には生きてたって事にーー

 

「よし、やめよう!もう考えるのはやめよう!倒したんだしもう関係ないって!」

 

そんなことは考えないで、今は手に入れたチートのことを考えよう。じゃないと今日一人で眠れなくなりそうだ。

 

それにしても剣製か...ザ・異世界って感じで良いな、カッコいい。

何より、これで一切使い道の無かった無限の魔力に使い道が出てきたことは大きい。

俺はさっそく能力を試しに使ってみることにし、部屋の中に十分なスペースを取る。

そして能力を発動するために手の中に剣を作り出すことをイメージする。

 

「いくぞ!『剣製』!」

 

俺がそう叫ぶと、俺の手の中に光と共にシュレイブニルとの戦いで使っていた物と瓜二つの剣が現れる。

なるほど、どうやらこれは言葉の通り、自分の頭の中でイメージした剣を作り出す能力らしい。何故だろう。名前が剣製なのに他の物も作れる気がする。最新型の釣り竿とか。

しかし、まだまだ剣をあまりスムーズにイメージできない俺の力では、奴のように空中に剣を複数展開とかはできないようだ。まぁ、これから練習していけば良い話だ。問題はないだろう。

俺はカッコよく、それに使いやすい能力を手に入れたことに喜びつつ、再び惰眠を貪るためベッドへとダイブしようとする。するとーー

 

「あの、セイヤ様...」

 

扉の向こうからアイリスの声がする。俺は突然の事に少し混乱したが、すぐに我に返り、手の中の剣を消すと、扉を開け、アイリスを中へと招き入れる。

 

「どうしたんだよアイリス?まだ式典が終わる時間には早いだろ?」

 

俺がそんなことを聞くと、アイリスは少し恥ずかしそうにして、

 

「あの、少しあなたとお話ししたいことがありまして、それで式典の方を抜け出してきてしまいました」

 

すっごい可愛い。

思わずそう言いたくなるのを拳を力一杯握り締める事で相殺する。

危なかった、危うく俺が社会的に抹殺される所だった。

 

「えっと、それで話したい事って?」

 

俺はそう聞きながら、アイリスの座る椅子を用意する。

アイリスは俺の用意した椅子に座り、少しの間息を整えるかのようにすると、

 

「....どうして、あなたはこの国を助けてくれたのですか?」

 

不安気に、しかし少し期待するような目で俺にそんなことを訪ねてきた。




早く原作の所書きたいけどストーリー的に全然先....どうしよう。

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十話 テロレロリン! アイリスとの親密度が上がったよ!

平日投稿してるけど、俺は別にニートってわけじゃないからね!(迫真)


「なんでかって言われてもな....」

 

どう答えるのが正解なんだろう。反応に困ってしまう。

俺は、アイリスから投げかけられたこの質問に、正直なところ混乱していた。

 

「あなたは、この国を自分の右腕を犠牲にしてまで守ってくれました。でも、そうまでしてこの国を助けてくれる理由がわからないのです。戦っている時、怖くはなかったのですか?」

 

「別に、そういうわけじゃないよ。戦ってる時はすごく怖かったし、もう一回やれって言われても出来ることなら二度と戦いたくはないよ。アイツの外見、夢に出てくるくらいしんどいし。それに、腕が欠損する痛みなんて二度と経験したくないしさ」

 

俺だって、右腕が急に無くなって何も思わないほど脳天気な性格はしていない。呪いがあるからか今のところ痛みを感じたことは無いが、いつ幻肢痛に襲われるかも分からないのだ。それが怖く感じることもある。

 

「....そうですよね」

 

アイリスは、ポツリとそう呟くと、懐から何かの紙を取り出す。

 

「...これは?」

 

「誓約書、のようなものです。ここにサインをしてくだされば、あなたの身の保証と、10億エリスの譲渡をお約束します」

 

「....闇金?」

 

「違いますよ!?」

 

アイリスは、勢いよく顔を上げ、俺の言葉を否定する。

 

「あなたは言いました。自分は、ダメガミという邪神によってこの世界に連れてこられた被害者だと。そんなあなたにはこれ以上やりたくも無い苦労はさせられません。このお金を持って、何処か遠い場所でやり直してください。そうすれば、あなたは幸せになれます」

 

そう言って、アイリスは俺の前に誓約書とペンを差し出す。若干だが、その腕は震えていた、

...確かに、この誓約書は魅力的だ。それにサインをすれば、俺はもうクソみたいな貴族達とのトラブルにも合わず、心機一転、駄女神にめちゃくちゃにされた自分の異世界生活を一からやり直すことができるだろう。

しかし、俺はアイリスを見て思う。

もし、俺がこのままこの誓約書にサインをしてしまえば、アイリスという少女を見てくれる人は、永久に現れなくなってしまうのではないだろうか。

確かにアイリスは、王族で頭も良く、持っている力も俺とは比べものにならないほどに強い。

だから、王族の威光を受けやすい人ほど、彼女が完璧な人間に見えるのかもしれない。

ただーー

 

『私には、国のことしか考える余裕はありませんでしたから』

 

アイリスは決して完璧なんかじゃない。国のためにいろいろなことを我慢して生きている。

そして、それを大々的に認めてあげることは、平民であり、王族という立場を理解せず、アイリスのことをただの1人の少女としてしか見られない俺にしかできないことだ。

 

「そうだな、その方が幸せになれるって言うなら、書かない理由は無いな」

 

俺はそう言いながら、俺の前に置いてある誓約書を手に取り、

 

「おっと手が滑ったー!」

 

それをわざとらしく暖炉へと投げ込む。

誓約書はパチパチと音を立てて燃えていき、灰となり消えていく。

 

「あぁッ!誓約書がッ!えぇ!?あの、いや、えぇ!?」

 

それを見たアイリスは盛大に混乱していた。

無理もない、こんなことをされたら俺だって混乱する。

 

「....ふぅ、悪いなアイリス、手が滑っちゃって。....あー、あの書類が燃えてしまったってことは、あの契約は無効になったって事だよなー。惜しいことしたなー」

 

俺はアイリスにそう告げると、アイリスはこちらをじっと見つめてくる。

 

「....どうして」

 

「どうしたもこうしたも、どこへ行ったって魔王軍が消える訳じゃないし、貴族が消えるわけじゃないだろ?だったら、ここで真正面から潰した方が早いじゃん」

 

「でも...!」

 

「デモも決起も無いの!」

 

俺はアイリスの言葉を否定するようにそう言って立ち上がる。

 

「それに、あの時言おうとしたやりたいことだって、この城に居ないと叶えられない物だしな」

 

「あっ、そういえば聞きそびれてました!せっかくですし、今聞きたいです!」

 

アイリスはそう言って立ち上がると、目をキラキラさせながらこちらに詰め寄ってくる。

ちょッ!近い近い近い!

生まれてこのかた女の子と友達以上の関係になったことのない俺にとっては、女の子とのこの距離は近すぎる!

 

「分かった!分かったから一旦離れてくれ!落ち着かない」

 

「あっ、すみません」

 

そう言うと、アイリスは俺から離れてくれる。安心したような。ちょっと損したような。

 

「んで、俺のやりたいことっていうのは....」

 

「あなたのやりたいことは....?」

 

俺はそこまで言いかけて、ふと、言うのを止める。

あれ?この状況でやりたいこと言うの、めっちゃ恥ずかしいんですけど。

だって俺のやりたいことって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ?どう考えてもロクな空気にならない気しかしないじゃん!

良くて引かれるか、下手すりゃもう二度と口を聞いてくれなくなるかもしれない!

 

「....えっと、あの、やっぱり秘密です」

 

「なんですか!そこまで言いかけたなら言ってくださいよ!どんなことでも私気にしませんから!」

 

「俺が気にするの!...あっ、ちょっ、やめろ肩を掴むなそのまま揺するな!つーか本当に力強いな!ゴリr....いや、やめよう」

 

「今言いましたね!?女の子に言ってはいけないことを言いかけましたね!この無礼者!あなたには命を救っていただいた恩はありますがそれとは別です!王族として、あなたの思考を矯正します!」

 

「やってみろ!このむっつり王族!」

 

俺が妄想話をした時、レインよりもしっかり聞こうとしてたの知ってんだかんな!

 

「む、むっつッ!?もう怒りました!王族は強いんです!絶対に、絶対に負けませんから!」

 

先程のシリアスな雰囲気はどこへ行ったのか、俺達は全力の取っ組み合いを始める。

 

「アイリス様!ここに居ましたか!...どういう状況だこれは!?」

 

すると、俺とアイリスの声が聞こえたのか、クレアとレインが血相を変えて俺達の下へ飛び込んでくる。

 

「ちょっ、アイリス様!セイヤ様も!一体どうして喧嘩なんか!?」

 

「アイリス様、どうか落ちついてください!喧嘩なんて今までされたこともないのに、突然どうしたのですか!?」

 

「「だってコイツ(この人)が!!」」

 

「アイリス様もセイヤ様も、そんな子供みたいな言い訳はやめてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、お前は一体何をしているのだ。忘れているかもしれないが、この方は王族、一歩間違えればお前の首なんて簡単に飛ぶのだぞ?」

 

「アイリス様、どんなことがあったかはこの際問いませんが、あなたはこのベルゼルグ王国の王女なのですよ?もっと良識のある行動をとっていただきませんと...」

 

そんな二人の説教を聞きながら、俺達は正座させられていた。

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

仁王立ちで少し疲れた表情を見せる二人に、俺達は頭を下げた。

なぜかは知らんが、アイリスは少し楽しそうだ。

 

「そういえば、セイヤ、王からお前に伝言がある」

 

「正座は...」

 

「そのまま聞け」

 

(´・ω・`)そんなー

 

「で、その伝言って?」

 

「あぁ、王曰く、お前にアイリスの教育係になって欲しいとのことだ」

 

「教育係?俺がアイリスに歴史とか数学とか教えるのか?」

 

確かに、俺は学校ではそれなりの成績は取ってたし教えるのに不足はなさそうだけど、異世界って現実の常識は通じるのか?

 

「いや、そういうわけじゃない。それは私とレインで事足りている。お前には、アイリスの知らない事や興味を惹くものについて話してほしいらしい」

 

なるほど、たしかにそれなら俺でも出来そうだ。

 

「あと、もう一つ伝言だ。『()()見ていてやってくれ』らしい」

 

.....マジかい。

どうやら王国の国王からしてみれば、俺の心中などお見通しらしい。

まぁ、そう国王に言われたのだから仕方がない。

俺は立ち上がり、イスに座る。

 

「そういう事なら分かった。もともと俺も城でやりたいこともあったしな。大丈夫だ」

 

「わかった。では他の者にも後日伝えておこう」

 

それにしても、アイリスの興味を引く話か。色々思い浮かぶが、まずはこの話からが良いだろう。

 

「では、アイリス様の教育係として、俺が海に旅行に行った際に、幼馴染と過ごしたすんごい刺激的な日々の話でも....」

 

「ぜぜ、ぜひとも!先程のことを謝りますからぜひともそれを!」

 

「い、いけません!いけませんアイリス様!この男の話を聞いてはいけません!この教育係、ダメな奴です!レインからもなんとか言ってくれ!」

 

「あの、私もその話を正直聞きたいんですけど....」

 

「レインー!!」

 

結局、この騒ぎは真夜中まで続いた。




十話で一つの話としようと計画していたため、計画通りにいって大変ホッとしております。

(このままだとカズマ達に会うのが60話くらいになりそうだという大誤算については黙っておこう...)

感想、評価、指摘などくださると、すごくうれしいです。

#古戦場から逃げるな


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十一話 十分に発達した才能は、インチキと見分けがつかない

皆様、最近外がどんどん寒くなってきております。私はところてんなので大丈夫ですが、皆様はどうか体調には気をつけてください。


「...シッッ!!」

 

「ハァッッ!!」

 

剣撃が交差する。

振り向きざまに振り下ろした俺の剣は、彼の持つ魔剣『グラム』によって受け止められた。

そして、俺達はしばらくの間鍔迫り合いを続ける。すると彼の魔剣が突然光り始めた。アレだ。またアレが来る。

俺はその兆候を感じるとすぐさま後ろへと飛ぶ。ここで剣を飛ばせるようになれば良いのだが、現代での常識が邪魔をし、思うように剣の創造、射出ができない。

すると、彼の魔剣に魔力が十分に充填されたのか、魔剣が蒼い光を放つ。そして、

 

「いくよ!『ルーンオブセイバー』!!」

 

その言葉と共に放たれた剣撃は、地面を削り取るようにして俺に迫ってくる。

俺は全身へのパワーを全開にしてその一撃を受け止めるが、衝撃を完全に殺すことが出来ず、俺の体は徐々に後ろへと下がっていく。

 

「ッッ!!ぐぅぅぅぅぅッッ!!」

 

体の節々からは痛みを感じ、一撃を受け止めている剣には少しずつヒビが入っていく。このままではまずい。

 

「どうしたんだい!君の力はその程度か!」

 

「言ってろ!」

 

俺は剣を横に構え、相手の剣撃を滑らせるようにして躱すと、今まで持っていた剣を捨て、新しい剣を創造し、彼の元へと進む。

 

「年下には手加減するのが常識では!?」

 

「すまないね!僕としては後輩の伸びしろに期待しているんだけどな!」

 

「そいつはどうも!」

 

いくつもの剣撃を交わし、壊れた剣は新しく想像し、俺は彼と剣を交える。

しかし、パワーは強化しているため互角に渡り合えているのだが、片腕が無いため戦略の幅に差が生まれてしまい、俺は徐々に追い込まれていく。

そして、

 

「せいッッ!」

 

「がはぁッッ!」

 

胴に魔剣が叩き込まれ、俺の体は宙を舞う。

 

「...ふぅっ、一撃身体に当てたから今回も僕の勝ちだね。一応威力は弱めたんだけど、大丈夫?」

 

そう言って彼、ミツルギさんは戦いの構えを解き、駆け寄って来てくれる。

 

「ありがとうございます。ミツラギさん」

 

「僕の名前はミツルギだ」

 

「失礼、噛みました」

 

「違う、わざとだ」

 

「....噛みまみた」

 

「わざとじゃない!?」

 

そんなコントを交わしつつ、俺はミツルギさんの手を借りて起こしてもらう。

 

「いつも鍛錬に付き合ってくれてありがとうございます。ミツルギさん」

 

「いやいや、僕だって色々と勉強になるよ。王都に居るのはあと三日間だけだけど、その間だったらいつでも鍛錬相手になるよ」

 

「始めは急にアイリス...様の頭を撫でるから、非常識な奴だと思っていたんですが、ミツルギさんって良い人ですよね」

 

「その話はやめてくれ!もう十分に反省してるから!」

 

「それなら良いですけど」

 

ミツルギさんは、この国に貢献している人達を集めた式典のために城に来たにもかかわらず、初日の謁見でアイリスの頭を撫でたため、なんとクレアによってその場で死刑を言い渡されたことがあったのだ。

なんとかその場は俺が治めたのだが、それ以来ミツルギさんはクレアとアイリスに顔を合わせるのがトラウマになったとのことだ。

まあ、そのおかげで俺はこの人と仲良くなったわけだが。

あの時のクレアの顔はすごかった。あの顔を見れば、般若だって裸足で逃げ出しただろう。

するとその時、城の隣に建てられた高台の鐘が鳴る。

 

「あっ、そろそろ時間ですね。俺、アイリス...様のところに行かないと」

 

そう言って、俺はその前にシャワーを浴びるため、城へと戻ろうとする。

すると、何やらミツルギさんから視線を感じる。視線の先は、俺の右肩に注がれていた。

 

「俺の腕が気になりますか?」

 

「あー、うん、気にしているんだったらすまない。たしか君がそんな腕になった原因って、()()()()って言う邪神のせいなんだろう?」

 

「えぇ、まぁ、直接的な原因ではありませんけど、大体そうです。それが何か?」

 

「いや、君をこんな腕にしたダメガミってやつはどれだけ凶悪な邪神なのかと思ってね。セイヤくん、もし君がそのダメガミと戦うことになったとしたら、遠慮なく僕を呼ぶと良い。必ず、君の助けになろう」

 

そんなことを言って、彼はニコリと微笑む。なんだろう、常識的に考えてみれば、ソードマスターのミツルギさんならすごく頼もしいはずなのに、なぜだか全く役に立つ気がしない。

 

「まあ、そうなったら呼びます」

 

「うん、じゃあ僕は王都のギルドでパーティメンバーを探さないといけないから。また明日」

 

「はい、今日はありがとうございました。ミツルギボッチさん」

 

「ミツルギキョウヤだッ!事実だけどその不名誉なあだ名はやめてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミツルギさんと別れ、シャワーで汗を流した俺は、約束された時間となったので、俺はアイリスの言っていた中庭へと向かう。

 

「あっ、おはようございます。セイヤさん」

 

「おはよう、アイリス」

 

そこには、日傘と共に椅子やテーブルが備えつけられており、テーブルの上にはボードゲームが置かれていた。

アイリスはその椅子に座り、ボードゲームのコマを設置していた。

 

「今日は習い事がお休みなので、このゲームの相手をして欲しいのです」

 

アイリスは、そう言って微笑む。

俺の主観だが、アイリスはここ三週間で俺に対してのみ遠慮がなくなった気がする。良い兆候だと思うが。

俺は椅子に座り、アイリスの駒並べを手伝う。

 

「このボードゲーム、セイヤさんはやったことがあるのですか?」

 

「いや、無いけど、ルールブック的なものはある?」

 

「はい、ありますよ」

 

するとアイリスは、現代の法律の本くらいはありそうな分厚い本を手渡してくる。

 

「....何これ?辞書?」

 

「違います。ルールブックです」

 

....まあいいや、そこら辺のルールはやりながらルールブックを参考に覚えていこう。

 

「じゃあ、やるか。俺相手じゃ歯応えないかもしれないけどな?」

 

「ッ!はい!城の人達は私に気を遣って誰も相手にしてくれないんです!私が負けても全然いいので、全力で来てください!よろしくお願いします!」

 

「ああ、よろしく」

 

俺は、盤上の駒を手に取ると......

 

 

 

「ーーあの、アイリスさん?そろそろ暗くなってきたし、今日はもう終わりにしませんか?」

 

「いやです!こんなの絶対おかしいです!あなた、絶対このゲームを知っていましたよね!」

 

「いや、本当に知らなかったんだって!というか、負けても良いって言ってたじゃん!?面倒臭いな!!」

 

「今王族に面倒臭いって言いましたね!このインチキ男!」

 

「インチキなんてしてないっての!」

 

現在、勝負は10対0。何故か俺が全勝していた。いやまあ、勝とうと頑張ったわけだし、こんな結果もありえなくはないんだけどさ。

すると、ゲーム盤を前に言い争っている俺達の元に、レインがやってくる。

 

「アイリス様、セイヤ様、夕食の準備が整いました。....えっと、どういう状況ですか?」

 

「ボードゲームに俺が勝ってそれにアイリスが駄々をこねているだけです。ほらアイリス、夕食の時間らしいから早く行こうぜ」

 

「このまま勝ち逃げする気ですか!ズルい、もう一度です!レインからも言ってやって!ねぇ、お願い!」

 

「えっ!ええ!?」

 

レインは突然のアイリスのワガママに、どうしていいか分からずにオロオロしていた。

 

ーー次の日

 

「昨日は負けましたが、今日は負けません!さぁ、勝負です!」

 

「いや、待ってくれ」

 

俺はアイリスの言葉に待ったをかける。

その理由は、テーブルに広げられているボードゲームの駒にあった。

 

「俺の駒、いくつか足りなくないか?」

 

「....気のせいです」

 

「おい、顔逸らすな」

 

俺がそうツッコミを入れると、アイリスはバツが悪そうにし始める。

 

「だって、この作戦なら勝てるってクレアが...」

 

「発案者はお前か!」

 

俺は、アイリスの隣に立っているクレアに目を向ける。

いや、作戦でもないけどね?普通にイカサマだけどね?

 

「おい、文句が多いぞ。さっさとやれ」

 

「イカサマってわかってて大真面目にやるバカがいるわけないだろうが!こんなのは無効だろ!」

 

俺は机をバシバシと叩き、抵抗の意を見せる。

 

「無礼者!これはイカサマではない!我がシンフォニア家に代々伝わる伝説の作戦だ!分かったらさっさと始めろ!」

 

コイツゴリ押しする気だ!

 

「チクショウ!分かったよ!もうヤケクソだ!」

 

勝負!

 

 

 

「ねぇなんで!どうして勝てないの!」

 

「おいキサマ!やっぱりどこかでイカサマをしてるだろう!」

 

「してねぇ!俺は何もしてねぇ!」

 

現在、勝負は20対0、またもや俺が全勝していた。途中からはクレアがアイリスに助言をしだし、実質二人を相手にしているようなものだったのだが、それでも俺が負けることはなかった。意地になってやった俺も悪いのだが、いかんせん勝ちが続き過ぎじゃないだろうか。

レインには早く来てこの二人の仲裁をしてほしい所だ。

 

 

 

「あのーハイデルさん」

 

「なんでしょうか、レインさん」

 

「中庭にいるアイリス様に夕食のお知らせをする役割、嫌な予感がするので代わっていただいても...」

 

「今日の時給を半分にしてもいいなら、私がやりましょう」

 

「行きます」

 

 

 

 

 

ーーそのまた次の日

 

「さて、セイヤくん。今日は私が相手をしよう」

 

「待って下さい」

 

俺の目の前には、このベルゼルグ王国が誇る国王、ベルゼルグ・ワイルド・ソード・エイムズの姿があった。

 

「どうした?私がこの場にいるのがそんなにおかしいか?」

 

「いや、まあそこもなんですけど、そこじゃないんですよ」

 

俺はそう言い、ゲームボードに置いてある俺の駒を指さす。

 

「昨日よりも減ってますよね。明らかに」

 

正確に言えば、俺の駒はアークウィザード、アークプリースト、クルセイダー、それと冒険者の4つしかなかったのだ。

 

「ああ、なんだそのことか。実は昨日誤ってメイドの一人が君の持っている駒以外の駒を壊してしまったんだ。仕方ないね。じゃ、始めようか」

 

そうはならんやろ。

そうツッコミを入れたいが、今回ばかりは相手が悪すぎる。そんなことを言ったら本気で首が飛ぶ。手を抜いて負けたいが、そんなことは周りのギャラリーが見逃してくれないだろう。

 

「....分かりました。やります」

 

刮目せよ。これが俺の生き様だ!

 

「「勝負!!」」

 

 

 

「あの....」

 

「...認めたくないものだな、どうやら私は気がつかぬ間に随分と老いてしまったらしい。獅子王と呼ばれた私がこの体たらく...なんと情けないことか...」

 

俺に負けた国王は、なにか意味深なことを呟きながら悟っていた。

 

「おいキサマ!どうしてくれるんだ!お前のせいで我らの王がご自身の半生を振り返り始めたぞ!」

 

「しかも目に一切の覇気が感じられない!」

 

「俺にどうしろと」

 

俺は国王の部下に責められるが、そんなことを言われても俺にはどうすることもできない。

すると国王はヨロヨロと立ち上がり、どこかへと歩いていく。

 

「あの、一体何処へ?」

 

「.....今からジャティスに政権の交代をーー

 

「止めろオオオオオオオオオ!!!」

 

俺のその魂の叫びは、城中に響き渡ったという。




時系列に誤りがないか、私大変ビビッております。違っていたら教えてください。

感想、評価、指摘をしていただけるととても嬉しいです!


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十二話 どれだけ時間が余っても、勉強だけはしたくない

寝かけながら書いたため、誤字が多いかもしれません。あったら誤字報告お願いします<(ー ー;)>オネガイシマス


昨日のことを思い出すと、頭が痛くなる。

あの後は本当に大変だった。

俺はあの後、王の側近達と力を合わせてなんとか国王の退位を阻止したのだが、彼は王族であり、しかも前線で魔王軍を薙ぎ倒してきたゴリゴリの武道派。止めている最中に側近達がポンポン飛んでいくのだ。

 

『王よ!落ち着いてくだあげぇッッ!』

 

『こんなゲーム一回で国の未来を変えようとしないでくださぐわぁッッ!』

 

『ちょちょちょっと待って下さい!待って!助けて!待って下さい!お願いします!アアアアアアアアア!!』

 

『国王御乱心!国王御乱心!』

 

危うく俺が国の歴史を動かすところだった。

.....止めよう、思い出すのは。頭が痛くなる。

俺は昨日からの頭痛の種を頭から追い出すと、日課である筋トレを終了し、昼食を食べるため、部屋を出て厨房へと向かう。

 

「ああ、ちょうどよかった。セイヤ様、少しお話が」

 

と、俺が厨房へと続く廊下を歩いていると、突然声を掛けられる。

顔に対して、異常なほど決まっているタシキード。

声を掛けてきたのはハイデルさんだった。片腕には何冊かの本を抱えていた。

 

「どうしましたか?ハイデルさん」

 

「実はですね、私と一緒にこれを運んでほしいのですよ」

 

そう言って、横に置いてある大量の本の入ったワゴンを指差すハイデルさん。

その大きさは、確かに一人で運ぶには少し大変なように見えた。

しかもハイデルさんの片腕は塞がっているんだし、余計に大変だろう。

まあ、ハイデルさんなら余裕なのでは?という気持ちも無くはないが。

 

「分かりました。そういうことなら、このワゴンは俺が持ちますよ。ハイデルさんにあんまり無理はさせたくないですから」

 

俺は全身に少しだけパワーを流すと、そのワゴンを一人で引く。

こういう使い方もできるので、このチートは本当に重宝している。

 

「おお、ありがとうございます。では、目的地までは私が先導しますよ」

 

そう言ってハイデルさんは歩き始める。

道中、道ですれ違う執事やメイドは、ハイデルの姿を見ると、何故か深い一礼をして通り過ぎていく。

 

「あの、ハイデルさん。ここに来た時から気になっていたんですけど、この城の執事とかメイドが、みんなハイデルさんの姿を見るたびにお辞儀しだすのはどうしてなんですか?」

 

「それは私がここの従者の教育係を務めているので、その名残のようなものでしょう。まぁ、この城にいる方々は頭を下げなければならない立場の方が多いですから自然に、ということもありますがね」

 

なるほど、確かにここの従者は現代の世界に居た使用人と比べてもかなり質が高いのが印象的だったが、ハイデルさんが教育していたのか。

 

「っと、着きましたね。ここが目的地です。セイヤ様、ご協力いただきありがとうございます」

 

ハイデルさんはとある一室の前に止まる。

その部屋の中からはレインの声が聞こえてくる。

 

「ーーと、この様な理由から、我がベルゼルグ王国は、隣国であるエルロードとは金銭的な援助をしていただく見返りとして、兵士の派遣を行なっているのです」

 

どうやら、中では歴史の授業が行われているらしい。

ハイデルさんは、そんな授業が一段落したタイミングでドアを叩く。

 

「アイリス様、レイン様、頼まれていた教材と、セイヤ様を連れてきました。入室の許可を」

 

「え?」

 

どういうことだ?俺はただの荷物持ちで連れてこられたんじゃないのか?

俺のそんな疑問を尻目に、扉が開き、俺は部屋の中に案内される。

部屋の中には、教師のような格好をしたレインと、席に座り、レインの授業を受けているアイリスの姿があった。

 

「こんにちはセイヤ様、荷物運びを手伝ってくれたんですね。ありがとうございます。では、さっそくアイリス様の隣の席にお座り下さい」

 

「ちょっと待ってくれよ。俺まだ何も聞いてないんだけど、俺に何をさせる気なの?」

 

「どうやらセイヤ様は、この国についてあまり知らないご様子だったので、せっかくなのでここでアイリス様と共に勉強していただければなと思いまして」

 

レインが、俺に向かい笑いかけながらそんなことを....。

 

「....その授業って、どのくらい時間がかかるんですか?」

 

「大体夕方くらいまでですかね?」

 

「なるほど....」

 

「......」

 

「......」

 

俺は地面を蹴るようにバックステップで加速すると、窓から全力で逃走を図ろうとする。

 

「ハイデル様!!」

 

「承知!!」

 

しかし、次の瞬間、俺の身体はピクリとも動かなくなる。

 

「なぁッッ!これは...糸!?」

 

よく見ると、俺の身体の至るところに糸が張り巡らされており、その先はハイデルさんの手へと続いていた。

 

「フフフ、これでも私、若い頃は針仕事に精を出しておりまして。そのせいか今でも糸の扱いは得意なのですよ」

 

「いや、絶対針仕事じゃないですよねこの使い方は!!」

 

絶対昔は王直属の部下とかだったでしょこの人!

俺は必死に糸から抜け出そうとするが、その糸は俺の身体に完璧なまでに巻き付いており、全くといって良いほど抜け出せない。

 

「まあまあ、良いじゃないですか。この国にしばらく居るのであれば、この国のことについてくらいは知っておくべきだと思いますよ?」

 

レインはそう言って、俺に対しとても爽やかな笑みを浮かべる。

 

「いっ、嫌だァァァ!はっ、離せ!離して下さい!畜生、冗談じゃないですよ!こんな所に来てまで勉強とか!それに俺、まだ昼食も取ってないですから!」

 

「では、昼食は私が作って後で持ってきましょう。セイヤ様は、どうか存分にお勉強に励んでください」

 

畜生!退路を塞がれた!

 

「アイリス!いやアイリス様!お願いだから助けてください!後生だから!」

 

俺は必死にアイリスに助けを求める。

恥?知らんよそんなもん。

 

「私、誰かと授業を受けるなんてこと、生まれて始めてです!」

 

しかしアイリスは、目を輝かせ、ソワソワした様子で俺を見ている。

どうしよう。一気に断りにくくなった。

もし今ここで断ったりなんてしたら、アイリスは絶対悲しむだろうな.....。そして俺はその後クレアに切り殺されるんだろうな....。

....仕方ない。

 

「あの、えっと......やります」

 

俺は観念し、大人しく授業を受けることにした。

 

「では、今日はセイヤ様に合わせて、今日は魔法の基礎について勉強していきましょうか」

 

レインは前にある教卓のような物に何かを書き始める。

 

「あの、知ってると思うんですけど、俺魔法使えないから無駄じゃないですか?コレ」

 

もしかして新手のイジメだろうか、だとしたら俺泣いちゃう。

 

「無駄なんかじゃないですよ。例えば、もしあなたが魔法を使うモンスターと戦うことになった時、こういう知識が役に立ちますから」

 

確かに、敵が持っている魔法について知っておいて損はないだろう。

俺は認識を改め、授業をしっかり聞こうと姿勢を正す。

 

「まず、この世界に固有として存在している魔法は、初級、中級、上級魔法に分けられています。分けられている基準は、威力と習得に必要なスキルポイントの量で決まっています」

 

なるほど、魔法はドラ○エ的な感じで考えれば良いのか。

 

「じゃあ、アイリスが使ってたあのエクスなんとかって奴は何なんだよ?やっぱり上級?」

 

俺は隣でノートを取っているアイリスにそう尋ねる。

 

「アレは、王族が代々受け継いできた聖剣の能力なので、厳密には魔法とは違うんです」

 

「でも、あの時アイリスの魔力を使ってあの技は発動してたよな?」

 

魔力を使ってたから魔法じゃないのか?

 

「一応、誰にでも使えるものが魔法、特定の人間やモンスターにしか使えないものがスキルという分類はありますが、そのあたりは結構曖昧なんです」

 

レインは、そう補足をしてくれる。

なんだろう、この世界は曖昧な事しかないんだろうか。しっかりしろよ。大事な所でしょうが。

 

「それでは、初級魔法から順に説明していきますね。まず火を操る『ティンダー』コレはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあー」

 

授業がひと段落終わると、俺は脱力し、机に突っ伏す。

 

「お疲れ様でございます。どうぞ、紅茶でございます」

 

「ありがとうございます....」

 

俺はハイデルさんが入れてくれた紅茶を飲んでため息を吐く。

 

「どうしてこんなところにに来てまで勉強をしているんだろうな、俺....」

 

「そう言っている割には結構真面目に授業を受けていましたよね。私としては真面目な生徒は大歓迎なのですが、少し意外でした」

 

「そりゃあ一応授業をしてもらっている立場ですからね...結構楽しかったですし」

 

実際、レインの授業は言うほど苦ではなく、むしろ新しい知識がいっぱいで有意義な物だった。

 

「そう言っていただけるとこちらとしても嬉しいです」

 

そう言ってレインは柔らかに微笑む。

こうしていれば普通に可愛い人なのに、どうしていつも影が薄くなってしまうのだろう。アレか、普通すぎるのが悪いのだろうか。

 

「それでは、明日も一緒に授業を受けてくれるんですか!」

 

俺が思考に耽っていると、俺の服の袖がクイクイと引っ張られ、アイリスがキラキラとした目でそんなことを言ってくる。

そんな目をしないでください。すごく断りずらいから。

 

「....日課にしてる事が終わった後なら、良いけど」

 

「分かりました!それでは、明日からもよろしくお願いします!」

 

そんなこんなで、その日から俺の1日に、アイリスと一緒に授業を受ける事が追加されたのだった。




勉強したくないから早く社会に出ようとしているそこのキミ!社会に出たところで、勉強しなきゃいけないことには変わりないんだよ!

感想、評価、指摘などくださると、すごく嬉しいです!


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十三話 夜中の部屋で二人っきり、何も起こるはずは無い

自分の小説を見返したら、矛盾に気づいて慌てて直した男!ス○イ・ダーマ!


辺りはすでに闇に包まれていた。

太陽は沈み、満月が爛々と空の真ん中で輝いている。

自分の部屋には時計がないため正確な時間はわからないが、おそらく正午は過ぎているだろう。

そんな時間帯で俺はというとーー

 

「剣製による剣の定義は結構曖昧なんだな。この資料に書いてある大概の剣なら作れるし、ナイフとかも作れるのか....。他の道具は簡単な物は作れるけど、仕組みが理解できない物は作れないし、作れたとしても時間がかかるから戦闘には使えない。今更どうしようもないけど、技術の授業をもっと真面目に受けておくべきだったな....」

 

ベッドへと座り、隣に積まれた資料とにらめっこをしながらうんうんと唸っていた。

足元にはレジャーシートのような物を敷き、その上には多種多様な武器が乱雑に積まれている。これらは全て、俺が剣製によって作り出した物だ。

そして俺は、俺の手の中に淡い光と共に作り出された新しい剣を積まれた武器の上に投げるようにして置く。

 

「せめてアイツみたいに、空中に剣が出せるようになれたら戦闘の幅が広がるのにな....」

 

俺よりもよっぽど剣製の能力を上手く使えていたアイツのことを思い出し、思わずため息が出てしまう。

しかしこのチート、自分の思っていたよりも謎が多い。

()()なのだから言葉通り剣しか出せないのかと思いきや、他の道具も出せるし、アイツが空中にそれを出現させられたのも謎だ。

どちらかというと、このチートは単一の物ではなく、いくつかの能力を掛け合わせたチートなのかもしれない。

そんなことを考えていると、部屋のドアが小さく叩かれ、外から声が掛けられる。

 

「セイヤさん、私です。まだ起きていますか?」

 

声を掛けてきたのはアイリスだった。

 

「ああ、起きてる。鍵は開いてるからそのまま入ってきていいぞ」

 

俺は先程まで制作していた武器やら資料やらを傍に寄せるようにして片付けると、アイリスに対して返事を返す。

 

「すみません、こんな夜分遅くに...」

 

入ってきたアイリスは、少し恥ずかしそうにしながらそう呟く。

俺はロリコンじゃないから別に何もしないのだが、こんな真夜中に護衛も連れず男の部屋に来るなんて、少し不用心すぎではないだろうか。

 

「どうしたんだよこんな真夜中に、何かあったのか?」

 

そんな俺の問いにアイリスは首を左右に振る。

 

「いえ、そういうわけではないのですが...少しお話しがしたいと思いまして...」

 

「まさか、怖い夢でも見たのか?」

 

俺がそう言うと、アイリスは顔を赤くして縮こまってしまう。なるほど、そういうことか。

 

「いいよ、じゃあ話すか。と言っても、何を話せばいいのかはわからないけどさ」

 

俺はそう言って、アイリスと話すために椅子とテーブル、飲み物としてココアを用意する。

 

「では、あなたの住んでいた国の話をしてくれませんか?」

 

アイリスは俺の用意した椅子に座ると、少しだけ神妙な顔をしながらそんなことを聞いてきた。

 

「俺の国の話?」

 

「はい、駄目ですか?」

 

「別に駄目ってわけじゃないが...」

 

どうしよう。俺の住んでいた所は異世界なんです、なんて言えないし。かと言ってここで何も言わないのも不自然だ。

俺はしばらく考え、一つの解決策を思いつく。

 

「俺の住んでいた国は、この国からめちゃくちゃ離れた所にあるんだよ。だから、この国の常識範囲で話せるかなと思ってな」

 

「大丈夫です。わからない所があったら教えてくれれば良いですから」

 

「了解、それじゃあ、色々話していこうかな」

 

俺はそう言って、多少誤魔化しつつではあるが、俺の元いた国の話をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

体感1〜2時間は経っただろうか。 

アイリスは、俺の国の話をよほど気に入ったのか眠そうな気配も見せないまま、未だに興味深そうに俺の話を聞いていた。

 

「それで?その、ガッコウという所について詳しくお願い!」

 

「そうだなぁ、学校ってのはアイリスと同学年くらいの子達が集められて、みんなで勉強をしたり、運動したりする場所だよ」

 

アイリスは、俺にとってはあまりに退屈で、不満に満ちていたその場所を、とても興味深そうにして思いを馳せている。

 

「なるほど、あなたの住んでいた国では国に住む国民全員に教育をしていたのね。みんなで勉強...とっても楽しそう!でも、それをするのに必要なお金は一体どこから出るのかしら....」

 

11歳の少女とはいえ流石は王女、現実的でいらっしゃる。

俺は、そんなアイリスの言葉に苦笑いをしつつ見ながら。

 

「そういうのは国民に税金として出させて、それを集めて資金にしてるんだ。この国には、そういうのは無いんだよな?」

 

アイリスはコクコクと頷く。

まぁ、こんな中世みたいな世界に学校なんてある訳ないよな。

俺がそう考えていると、アイリスはガッコウ...と呟く。

そんなアイリスに、俺は何気なく言った。

 

「そんなに気に入ったなら、いっそのことここに学校を作っちゃえば良いんじゃないか?作って損になるとは思わないが」

 

そんな俺の言葉に、アイリスは少し悲しそうにすると、

 

「それはできませんよ。今この国は魔王軍襲来のかなり前線ですもの。とてものんびりと、学業だけに勤しんではいられません」

 

忘れてた。この世界、魔王のせいで色々ヤバいんだった。

俺はこの世界に自分のような転生者が送られている理由を思い出す。

 

「そういうことならしょうがないな。そんじゃ、今度は違う話をしてみるか。アイリスもそれで良いか?」

 

少し強引すぎる話題変更だったか。しかし、このままこの話をしてもアイリスが悲しくなるだけだろう。

 

「...?ええ、構いませんよ。次はどんなお話をしてくれるんですか?」

 

アイリスは、急な話題変更に少し戸惑っていたが、新しい話が聞けるということに目を輝かせ、前のめりとなって俺の話を促してくる。

 

「そいじゃ、次は俺の国に伝わる御伽話でも話して行きますかね」

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど!では、モモという方から生まれたモモタロウは魔獣使いで、初心者殺し、アーマードゴリラ、グリフォンの三体のモンスターを連れて、村に悪さをする悪魔を倒すため、パンデモニウムに向かうんですね!」

 

「大体合ってる」

 

いや、違うだろ。どうしてこうなった。

桃太郎が桃から生まれてないし、いや、原作的に考えるのであれば合ってるんたけどさ。それに連れてるお供ゴツすぎるだろ。しかもパンデモニウムってなんだよ。完全に桃太郎がエクソシストになってるだろうが。

いかん、このままでは桃太郎が異世界でyou are shock!!!的な世界観でお送りされてしまう。

 

「よし、次は水○黄門の話をしようか!これならアイリスに身分が近い人が主人公だし、わかりやすいだろ!」

 

そうして、俺はアイリスにさまざまな物語を話し、夜は明けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、お前はアイリス様と一日中一緒に仲良くおしゃべりした挙句、疲れて二人で寝てしまったということだな?」

 

「すみませんでした」

 

翌日、俺はなぜかクレアとレインに叩き起こされ、廊下に正座をさせられていた。

 

「でも、とっても楽しかったんですよ?セイヤさんが色々な話をしてくれて...」

 

「そういうことではありませんアイリス様!いいですか?今回はセイヤ殿が紳士的な対応をしてくれたから良かったですが、男は狼なんですよ!大体、アイリス様がお部屋に居ないということで我々護衛がどれだけ心配したか!」

 

護衛に説明してなかったのかよ。そんな視線をアイリスに送ると、アイリスは顔を気まずそうに逸らす。おい、こっち見ろ。

 

「まぁ、セイヤ様が護衛をしてくれていたのであれば安心です。それでは今日一日、引き続き護衛をよろしくお願いしますね」

 

「え?」

 

「私達、アイリス様の捜査に夜中駆り出されてロクに睡眠を取っていないので...」

 

よく見ると、レインとクレアの目の下にはクマが出来ていた。きっと寝ている所を強引に叩き起こされたのだろう。

 

「.....お疲れ様です」

 

「そう言っていただけるだけで昨日の努力が報われます....」

 

「では、後は任せるぞ...」

 

レインとクレアはそう言い残し、各自の部屋へと戻っていった。

 

「....アイリス?」

 

「....なんでしょうか?」

 

「次、俺の部屋に来る時は誰かにアポを取っておいてくれ」

 

「善処します」

 

しかし、それからもアイリスは時々夜中に俺の部屋に来るようになり、城の警備の人達は、しばらくの間寝不足に悩まされるようになったという。

 

「「........」」チーン

 

「し、死んでる......」




日常話を何回か挟んだ後、メインのストーリーへと向かいます。

感想、評価、指摘などくださると嬉しいです。


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十四話 リアル過ぎる鬼ごっこ

時系列とか色々なことを考えながら書かないといけないから小説の執筆は大変です。


カーテンが開く音と共に差し込まれた日の光により、目を覚ます。

俺はまだ寝ぼけたままだったが体を起こし、ベッドへと座る。

 

「おはようセイヤ、いい朝だな」

 

すると、頭上から何やら声がする。顔を上げてみると、それはクレアだった。

クレアは、俺が顔を上げたのを確認すると満足そうに一度頷き、そのまま俺に向けカップを差し出す。

 

「ほら、眠気覚ましにコーヒーでも飲むと良い。私が入れたんだ、味は保証するぞ」

 

俺は彼女に差し出されたコーヒーを飲みながら、自分に今起きている状況を理解する。

というかこのコーヒー美味いな。流石味の保証はすると自分で言うだけはある。

 

「どうしたんだよクレア?朝から俺の部屋に来て。何か用事でもあるのか」

 

「ああ、そうだったそうだった。そういえば、私は貴様に用事があったのだ」

 

クレアは俺の飲んだコーヒーのカップを台所に置くと、思い出したかのようにそう言って、

 

「突然で大変申し訳ないが、死んでくれ☆」

 

そう言って、彼女は満面の笑みで躊躇なく腰の剣を抜いた。

神さま。一体俺が何したって言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!!」

 

俺は廊下を疾走する。もちろん、それには一切の余裕も無い。

何故なら、俺の真後ろには何故か怒りが天限突破しているクレアが、ものすごい勢いで追いかけてくるからだ。

本来であれば、そんなものは俺の一番のお役立ちチートの『身体強化』で一瞬だと思うだろう。実際俺もそう思い、城を破壊しないように加減してはいるが、最大の強化を施し逃げている。

しかし、彼女からはなぜか逃げ切れない。走っても走っても後ろをは振り向けばそこに彼女はいるのだ。ホラーゲームかな?

 

「マデェェェェェェェ!!セイヤアアアアア!!」

 

ホラーゲームでした(絶望)

いや怖えよ!下手したらシュレイブニルよりお前の方が怖えよ!!

というかどうして引き離せない!?おかしいよ!アイツ絶対おかしいよ!

 

「なんでお前はそんなに怒り狂ってるんだよ!俺なんもしてねぇだろうが!」

 

「何もしてない?....何もしてないだとおおおおお!!!」

 

うわぁスピード上がったぁ!?

クレアと俺との間がジリジリと縮まっていく。

 

「そうだろうとも!確かに貴様は私には何もしていないだろうなぁ...直接には!!」

 

「間接的にもなんもしてねぇよ!あと最近お前ら寝不足でロクに俺と会話してねぇじゃねぇか!!」

 

俺がそう言うと、何故だかクレアは殺気が増大する。何か彼女の地雷を踏んだらしい。

 

「最近、アイリス様と話しているといっつも貴様の話のことばかりだッッ!貴様が今日はこんなことを話してくれたとか!こんな話が面白かったとか!いつも楽しそうで私としても嬉しい!ありがとうございます!」

 

「どういたしまして!でもそう言うことなら別に俺追いかけられる必要無いよね!?」

 

「それはそれとして私は貴様のことが心底羨ましくて妬ましい!!」

 

完全に私怨だ!

クレアは目から血涙を流しながら、さらに俺との距離を縮めてくる。

 

「それに!貴様の話はアイリス様の教育に悪い!敵城を包囲し城内へ食料を持ち込ませないことで相手を飢え死させて敵国を滅ぼすとか、そんな戦い方は王の戦い方ではない!この話をアイリス様から聞いた時、私は卒倒しそうになったぞ!」

 

「だってアイリスが兵法の授業で自国の兵士を犠牲にしないで相手を倒す方法が知りたいって言うから!」

 

あの時は俺も兵法っていう現代では聞くことの無い単語にテンションが上がってたんだ!しょうがないだろ!

そんな言い争いをしていると、俺たちは城の少し外側にある円型の広場へとたどり着く。どうやら、がむしゃらに追いかけているように見せかけて、ここに追い込まれていたらしい。

 

「よぉぉし、もう逃げられんぞセイヤァァ」

 

クレアは目を血走らせながら、腰の剣を抜いていく。あまりにも失礼だが、今の彼女はどっかの殺人鬼にしか見えない。

 

「あーもう!そっちがその気なら俺もやるよチクショウ!死にたくないし!」

 

俺は剣製を発動させ自身の手に剣を作り出す。

辺りには少し風が吹いている。それはお互いの髪を揺らし、またお互いの闘気を辺りに循環させてゆく。

 

「....ハァッッ!!」

 

初めに動き出したのはクレアだった。

俺は彼女が振り下ろした剣を自身の剣で受け止め、切り払うようにして弾き返す。

 

「ここ最近、私がアイリス様と会話する回数は極端に減った!今まではアイリス様の警護をするのは私、アイリス様の教育を監督するのは私、夜アイリス様が眠れなくなった時一緒に寝てあげるのは私だった!全て私だったんだ!!」

 

「レインは!?」

 

「アイツは知らん!!」

 

ひでぇ!

 

「このままではいずれ、貴様は私の一週間に一度の癒しであるアイリス様とのお、おおおおお風呂も奪いかねない!!」

 

「おい、鼻血出てんぞ。あと俺男だから。ついでに言うならそんなのを一週間に一度の癒しにすんな」

 

コイツはもうダメだ。いろいろダメだ。

 

「だから貴様をここで消す。何、安心しろ。本当に殺すことはしないさ。ただ記憶を消すポーションを飲ませて、王都の入り口までお送りするだけだ」

 

「.....ちなみに副作用とかは?」

 

「運が悪いと馬鹿になる」

 

何一つ安心できねぇよ!

クレアは殺気をさらに高め、こちらに向けて疾走してくる。

俺はそんなクレアに対し距離を取りつつ、剣製でナイフを創造しそれを投擲していく。

 

「無駄無駄ァ!こんな眠っちまいそうな攻撃で、我がシルファニア家が代々保有する魔道具を装備した私が倒せるかぁ!!」

 

「こんなことにお前ん家の魔道具使うなぁ!ご先祖が泣くぞ!」

 

クレアはそんな俺の投擲を剣で捌き、再び俺に剣を振り下ろしてくる。

俺はそんなクレアの剣撃を躱しつつ、さらにナイフを投擲していく。

 

「どうしたセイヤ!距離ばかりとって時間稼ぎか!無駄だ!既にこの辺りの警備は買しゅ.....もとい説得してある!助けなど来ないぞ!」

 

「汚ねぇ!流石貴族汚ねぇ!」

 

警備を買収してまで俺を排除したいかこの金持ちが!!

だが、こんな所で城を追い出されるわけにはいかない。アイリスはたしかにここ最近は自身の欲を口に出したり、自分で行動できるようにはなったが、今のままではこのイカれた王国をまとめ上げるには未熟なのだ。

俺はクレアの振り下ろした剣を受け流すと、彼女の頭上へと跳ぶ。

そして、そこで()()()()()()()()()()()()を全力で引く。

 

「お前の負けだ!くらえ!」

 

俺の引いた糸は、それぞれの糸と糸とで絡み合い、瞬く間にクレアを拘束していく。

まさか魔王軍の幹部を生捕りにしようと思ってハイデルさんにアドバイスをもらったこの技の最初の被害者がクレアだとは思わなかったが、まあうまくいったので良しとしよう。

 

「これはッッ!クソッッ、離せえええええ!!」

 

クレアはなんとかそこから抜け出そうとするが、絡み合った糸は彼女を厳重に捕縛し、そこに拘束する。

俺はそれを確認すると、大きく息を吸い込み、

 

「アイリスー!!」

 

「やっ、やめろおおおお!!分かった!私が悪かったからそれだけはやめてくれええええ!!」

 

クレアに対し、最も有効な攻撃を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、冷静になって考えてみろ。俺がアイリスに対して出来ることなんてそんなに無いんだぞ。特に風呂とか無いから。それに、お前から離れていくのも別に悪いことばかりじゃないだろ。そういうのは自立っていうんだよ」

 

しばらくして、大人しくなったクレアに対し、俺はそう言って彼女のポケットから記憶を消すポーションとやらを没収する。

 

「だって、アイリス様が最近私に構ってくれなくて.....休日はほとんどの時間貴様と一緒にいるし....」

 

「子供かお前は!!」

 

コイツ、もしアイリスが嫁に行ったりなんかしたらどうなるんだろう。婚約相手を切り殺したりしないだろうか?不安だ。

 

「とにかく、今度からはもうこんなことをしないでくれ!心臓に悪い!」

 

運が悪かったらさっきの戦いで俺、ハートキャッチ(物理)されかねなかったからな。

 

「分かった。以後気をつけよう」

 

「本当に気をつけてくれよ....」

 

俺はクレアの拘束を解くため、剣製で作りだした物を全て消そうとする。

その時ーー

 

「おやおや、ここですか。城内での許可を得ていない戦闘行為は禁止されているのに、戦闘をした愚か者がいるのは」

 

今まで感じていた威圧感とは比べ物にならないほどの威圧感を携え、ハイデルさんがこちらに向かって歩いてくる。

やばい、ハイデルさんがマジでキレてる。

なんかドドドドドっていう文字が周りに具現化してるし、周りの空間が歪んで見える。

俺は、そんな姿のハイデルさんへと向かいゆっくりと歩き出すと、

 

「ハイデルさん、あの人です」

 

「了解致しました」

 

堂々とクレアを突き出した。

 

「ちょっと待ってくれ!待って!?いや待って下さい!ごめんなさい、私が悪かったからこの拘束を外してくれ!お願いだ!セイヤ!?セイヤ様ー!!」




セイヤくんは城内のいろいろな人からアドバイスをもらっています。

感想、評価、指摘などくださると、モチベーションが上がります。

*活動報告に、ストーリーアイディアの募集欄を制作しました。


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十五話 貴族が俺に大嫌いだと囁いている

作品の都合上どうしてもシリアスをたくさん書かないといけなくて、頭の中で脳みそが大車輪しているところてんです。


「疑いも晴れたし、そろそろこの街を出ようと思うんだ」

 

いつもの戦闘訓練が終わり、魔剣を整備していたミツルギさんがそんな事を言う。

そういえば、ミツルギさんは式典のために王都に来て、王女に対してナデポしたから死刑になりかかってたんだったな。ただ、俺としてはてっきり、ミツルギさんはもう少しここに残るのかと思っていたんだが。

 

「と、言っても行き先は決まってるんですか?」

 

「そうだね、まずはアクセルに行ってみたいと思ってるよ」

 

「アクセル?」

 

あそこはたしか駆け出しの冒険者達が多くいる、言わばチュートリアルみたいな町じゃなかったか?

 

「弱い者イジメがしたいんですか?関心しませんよ」

 

「違うよ!君は知らないかもしれないけど、あそこは転生者が最初に降り立つ町なんだ。だから、あそこに行けば僕たちと同郷の人を仲間にできると思ってね」

 

なるほど、どうやらアクセルの町は転生者にとっても駆け出しの町らしい。

 

「俺初手で王都だったんですけど。しかも死にかけたし」

 

「それは....まぁ、うん、ドンマイ」

 

ミツルギさんがすごい優しい顔で俺のことを見てくる。

俺の中で、またあの駄女神への憎悪が高まったような気がした。

 

「じゃあ、そういうことだから僕は今日中にでもこの街を出るよ。アクセルの町までは結構遠いし、途中でいろんな所にも寄りたいしね」

 

「そうですか、少し寂しくなります」

 

なんだかんだ言って、俺の周りには転生者はほとんどいないし、いたとしてもミツルギさんみたいに気軽に話せるわけじゃない。一名オカマだし。

そんなことを考えていると、ミツルギさんは立ち上がり、俺に札の束ような物を差し出してくる。

 

「これは?」

 

「それは魔導札と言って、魔力を込めるとその魔導札に書き込まれた魔法が発動するんだ。ほら、君は魔法が使えないんだろう?だから遠距離での強力な攻撃方法が必須だと思ったんだ」

 

予想以上に実用的なプレゼントを貰ってしまった。どうしよう。

 

「あの、えっと、ありがとうございます」

 

俺が戸惑いながらもなんとかお礼の言葉を絞りだすと、ミツルギさんは俺の頭にポンと手を載せ、

 

「僕も寂しくなるよ。じゃあ、また何処かで」

 

そう言って、笑いかけてきたーー

 

「あの、この状況でそういうことするとBLみたいですよ。ミツルギタラシさん」

 

「君は本当に最後まで口が減らないな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞踏会?」

 

ミツルギさんに別れを告げ、いつものようにアイリスと共に授業を受けた俺は、いきなり出てきたそのワードに少しだけ混乱する。

 

「はい、毎年この時期になると各地の有力な貴族を集めて舞踏会を開くんです。表向きには貴族同士の交流ということになっていますが、実際にはその舞踏会に着る服や、アイリス様へのプレゼントに掛けた資金などでお互いの財力を見せつけ合う場所です」

 

そう言って深いため息を吐くレイン。

 

「なんか...みみっちいですね。貴族って」

 

「私も思いますけど、そんなハッキリ言わないでください!中には良い貴族も居ますから!」

 

「そうだぞ、セイヤ」

 

すると、そんな貴族筆頭のクレアが話に混じってくる。

というか居たのか、全然気が付かなかった。そういうのはレインの専売特許だろうが。

 

「貴族貴族と、貴様が今まで見てきた貴族だけを判断基準にするのはやめろ。レインの言う通り、真っ当な貴族もきちんといるのだ」

 

確かに、一部の判断材料で全体を判断するのは良くないよな。

まさかクレアに対し関心する時が来るとは思わなかった。

 

「そうだな。悪かっーー

 

「私のような!」

 

前言撤回、やっぱコイツ反面教師だわ。この前散々ハイデルさんに怒られたのをもう忘れたのか。

 

「というか、自分の主に対して劣情抱いている時点で、お前真っ当な貴族じゃないだろうが」

 

「べっ、べべべつに劣情など抱いていない!!」

 

隠すの下手すぎるだろ。

 

「ねぇレイン、劣情ってどう言うーー

 

「アイリス様、そんな事よりも舞踏会で踊るダンスの練習をしましょう」

 

レインは、そんなアイリスからの問いを誤魔化しつつ、彼女を衣装室へと連れていく。クレアはその後について行き、部屋に残されたのは俺一人だけだった。

しかし、貴族とか王族ってついついなんでもかんでも自由に、傍若無人に過ごしているのかと思いがちだけど、プライドを守るために色々なことをしているんだな。

 

「大変なんだろうなぁ....」

 

思わずそんな言葉が出てしまう。

まぁ、だからと言ってそれが尊敬できるかって言ったらそんなこともないし...。

 

「まぁ、俺の気にすることじゃないか」

 

俺別に舞踏会出ないし。貴族じゃないから!

俺は教室の外に出て、自分の部屋へと戻ろうとする。

すると、教室の隣の部屋から誰かが喋っているような声が聞こえる。

たしか、ここは教材用の物置で、人が集まるような場所じゃないはずなんだが....

よし、調べてみるか。

俺は力を耳に集中することで聴覚を向上させる。

 

『ーー様、本当にこれを使えばこの私がベルゼーーできるのですか?』

 

『ああ、約束ーー実行は舞踏会当日の夜、ーーなよ』

 

『もちろんーーいます!このダイン、必ず成功させてみせます!』

 

....とんでもないことを聞いてしまった。

俺は彼らに見つからないように天井へと登り、彼らが部屋から出てどこかへ行くのを確認したところで下へ降りると、彼らの言葉を脳内に反響させる。

つまり、彼らは何かを企んでいて、それを実行するのが舞踏会の夜ってことか。

舞踏会の夜かぁ......

 

「面倒だなぁ.....」

 

俺は、そう思わずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何?舞踏会に参加したい?」

 

「ああ、頼むよ。給仕でも護衛でも、なんらかの形でその場に居られればいいからさ」

 

俺は、アイリスのダンスレッスンに目を輝かせているクレアに声を掛ける。

 

「たしか貴様は、こういった催しが心底嫌いな印象があったのだがな」

 

「間違いじゃないけど、今回はそうも言ってられないんだよ。いろいろ事情があってな」

 

「いろいろとはどんな事情だ」

 

「悪いが、お前には話せないわ。事情が事情なもんでな」

 

今回の敵はコイツと同じ貴族の一人だ。そんな奴を同じ貴族であるシンフォニア家が直接的にせよ、間接的にせよ倒したということになれば、コイツは他の貴族派閥から警戒されて、思うように動けなくなるだろう。それは困る。

 

「まあ、この際どんな事情があるか聞くようなことはしないが、恐らく貴様は舞踏会には行けないぞ」

 

「どうして?」

 

「この舞踏会に参加する貴族の三分のニが、貴様がこの舞踏会に給仕、護衛、雑用として参加することを反対する署名にサインをしたんだ。どうやら貴様は、相当貴族達に嫌われてるようだな」

 

「分かってたけど相当だな....」

 

たしかに、俺が今までこの王城にいて良くしてくれた貴族なんて、片手で数えられるほどしかいない。

大体は廊下ですれ違えば陰口を叩くか、たまにガチの呪いが込められた手紙を送られるくらいだ。好かれているわけがない。

 

「ちなみにお前はどうしたんだ?」

 

「私はもちろん反対にしておいたぞ!」

 

満面の笑みでそんなことを言うクレアの顔面に拳を叩き込みつつ、俺は考える。

どうあっても、俺は舞踏会の会場には入れない。しかし、アイツらが起こす厄介事を阻止しないと、俺がシュレイブニルを倒してから少しずつ広げてきたアイリスの自由が消し炭になる。レインとクレアに事情を説明してアイリスを守ってもらうか?いや、彼女達が二度と貴族派閥に協力を打診できなくなるだろう。

駄目だ。解決策が見当たらない。こんなことなら貴族達にもうちょい媚び売っとけばよかった。まあ俺の性格じゃ無理だけど。

というかなんだこの状況、俺が思っていたより何倍も面倒くさいぞ。

 

「では、そろそろ休憩にしましょうか。次の鐘が鳴ったら再開しますよ」

 

「分かったわ。ありがとうレイン」

 

「いえいえ」

 

そんなことを考えていると、アイリス達のレッスンが休憩に入り、俺たちの姿に気づいたアイリスはこちらに向かい歩いてくる。

 

「お疲れ様ですアイリス様、大変素晴らしい踊りでした」

 

「あ、ありがとうクレア」

 

「鼻血拭けよ」

 

クレアは、鼻から大量の鼻血を出しながらアイリスに賞賛の言葉を浴びせており、アイリスはその姿に少し苦笑いをしている。

もし、アイツらの目論みが成功してしまったら、こんな姿も見ることが出来なくなるんだろう。

.....やるか。

 

「ん?セイヤ、もう行くのか?」

 

「ああ、聞きたいことはもう聞いたし、これからいろいろ調べないといけないこともあるしな」

 

俺はその場から立ち上がり、クレアに対し言葉を返す。

 

「ああ、あとアイリス、踊り、めちゃくちゃ綺麗だったよ。本番でも頑張ってな」

 

「え?ああ、はい.....えっ、ええ!?///」

 

「ちょ、セイヤ!?貴様あああああ!!!」

 

ついでにクレアに精神的ダメージを加えつつ、俺はその場を去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗....綺麗ですか....えへへ」

 

「アイリス様、いけません!さっきの奴の言葉は私に精神的ダメージを与えようとした罠で、決して他意があるわけでは.....あの、聞こえてますかアイリス様?アイリス様!?アイリス様ああああああ!!」




今のところどのくらいの好感度にすればいいかよくわからない...タスケテ...タスケテ....

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十六話 いいお天気のはずなのに、あの子の心は雨模様

少しの間だけだけど、ランキングに載ってめちゃくちゃ嬉しいところてんです。皆様の応援あってのことです。本当にありがとうございます!

*オリキャラ出ます。


いい天気だ。

花は咲き乱れ、小鳥達はさえずっている。

柔らかく吹く風が俺の髪を揺らし、降り注ぐ太陽は身体をほのかに暖める。

今日は、この異世界に来て以来、もっとも快適に感じる日だ。きっと最高の一日になるだろう。

俺はゆっくりと深呼吸をし、その後大きく伸びをする。

 

「今日もアイリスはダンスのレッスンがあるって授業もお休みだし、解決策もなんも思いつかないし、気晴らしに散歩にでも行きますかね」

 

この天気なら中庭辺りはいい具合に日差しとなって、今なら最高の寝心地だろう。

俺は必要最低限の荷物を持ち、部屋を出て中庭へと向かう。

 

「ふぅ、いい場所なのに誰もいないな。まぁその方が俺にとっては都合が良いか。『剣製』!」

 

午前中だからか、あまり人とすれ違うこともなく中庭にやってきた俺は、剣製を使いレジャーシートを作成する。

そしてその上に持ってきた水筒や枕などを置くと、さっそく水筒を飲み、枕に頭を置き横になる。

 

「あの雲....さては中にラ○ュタとかあるな?」

 

平和だ。これ以上ないってくらい平和だ。

ここに来てからこんなにのどかな一日を過ごした日は無かったからな....。大概クレアやらアイリスやらに振り回されてたし。

俺は、久しぶりの平和と静寂に包まれて、少しづつ瞼が重くなってゆく。そしてーー

 

「ちょっと、ちょっとそこの平民!私を拝謁する権利をあげるわ!だからこっちを見なさい!」

 

「.......」

 

「無視しないでよこの無礼者!私が誰だか分かってるの!?私は.....ちょっと寝ないでよ!ねぇってば!」

 

今日も俺はゆっくり過ごすことはできないということを、なんとなくではあるが直感するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうしたんだよ。そんな木の上で座り込んで、暇なのか?」

 

木の上には、まるでこれから舞踏会に行くかのような豪奢なドレスを着ている金髪碧眼の少女が居た。年齢は俺と同じくらいか、もしくはそれ以下だろう。外見とこの態度から見るに、コイツは貴族らしい。

 

「降りれなくなってるのよ!普通考えたら分かるでしょバカね!」

 

なんて奴だ。木の上から降りれなくなってるのにその態度。流石貴族と褒めてやりたいところだ。

 

「...帰るわ」

 

「ごめんなさいごめんなさい!助けてくださいお願いします!」

 

俺がそう言ってその場を立ち去ろうとすると、彼女は若干涙目になりながら俺に助けを求めてくる。

 

「最初からそう言えよ....ほら、助けてやるからそこを動くなよ」

 

俺は少し後ろに下がり、着ていたコートを脱ぐと、足にパワーを充填させていく。

 

「そらッッ!!」

 

そして、貯めていたパワーを一気に解放して飛び上がると、そのまま木の上にいる少女を抱き抱え、地面に着地する。

 

「ほい、地面だぞ....おい、大丈夫か?」

 

「.......!」

 

彼女は俺に降ろされてもしばらくの間動かなかったが、どうやら自分が木の上にいないことに気づいたらしい。突然スイッチが入ったかのように立ち上がる。

 

「ま、まぁ、一応感謝してあげなくもないわ!だけど、平民の手なんか借りなくても私一人で全然降りられたんだからね!」

 

「そんな生まれたての子鹿みたいな足の震えでそんなこと言われても...」

 

どうしようこの子、一周回ってなんか面白いんだけど。

 

「しかし、なんでお前こんな高い木の上に登ったんだよ?降りられなくなってる所から見るに、登り慣れてるわけではないようだし」

 

「ああ、それはーー

 

彼女がそう口を開いたその時、遠くではあるがこちらに近づいてくる足音が聞こえる。

そして、その音を聞いた彼女は何故か顔を青くする。

 

「話は後で聞かせてあげるから、これから来る人に私は何処かへ逃げていったと伝えて!」

 

「ちょ、おい、何を....」

 

彼女はそう言って、俺に何の説明もせず草むらへと隠れてしまう。

聴こえていた足音はこちらに近づいてきて、しばらくすると中庭に数人の男達が入ってくる。身なりはきちんとしているので、おそらく雇われの人達なのだろう。

 

「どうしたんですか?そんなに慌てて」

 

「ああ、すみません!先程ここにドレスを着た貴方ほどの年齢の少女が来ませんでしたか?」

 

なるほど、どうやら彼らは先程草むらへと隠れた彼女のことを探しているらしい。

 

「その人だったら、さっきそっちの方を走っていきましたよ」

 

まぁ、隠れるってことはなにかしらの事情があるのだろう。

俺は目についた適当な道を指差す。

 

「情報提供、感謝します!ああ、ユリエール様、一体何処に!」

 

男達は俺の言葉を聞くが早いか、一目散に駆け出して行く。

俺はそんな男達が何処かへと走って行くのを見て、少女改めユリエールに声を掛ける。

 

「行ったぞ」

 

その言葉を聞くと、ユリエールは草むらからガサガサと音を立てながら出てくる。

 

「ふぅ、撒いたか!」

 

マジかお前。

 

「おい、お前一人で撒けたわけじゃないだろ。まずは協力した俺にお礼の一つでも言えよ」

 

「嫌よ!平民にお礼を言うなんて、貴族の品格が疑われる...ああっ!ひたいひたい、頬を引っ張らないでよ!分かった分かったわよお礼するから!幾ら欲しいのよ!」

 

「すぐ金で解決しようとしようとすんな!誠意を見せてくれればそれで良いから!」

 

彼女は俺の言葉に少し考えた様子を見せると、頬を赤らめ、

 

「....エッチ、変態」

 

「どういう思考回路してたらそんな結論に辿り着くんだよおおおお!!」

 

クソッ!やっぱり貴族にはまともな奴は居ないのか!

 

「頭を下げてくれればいいんだわ!ほら、俺の言ったことを復唱してみろ!『ありがとうございます』さん、はい!」

 

「....ありがとうございます」

 

「そう、それだけでいいんだよ」

 

良かった、これで俺が犯罪者にならないで済む。いや、同じ年齢だから犯罪にはならないのか。そもそもなんで犯罪になると思ったんだ?

俺がそんなを考えは、何処からか聴こえてきた音によって遮られる。

その音は、ユリエールの腹から鳴っていた。

 

「〜〜〜〜///」

 

「次から次へと、忙しい奴だなお前は」

 

俺は持ってきた荷物から弁当を取り出すと、彼女へと手渡す。

 

「ほれ、食うか?」

 

ユリエールはそんな俺の問いかけに、顔を恥ずかしそうに伏せながらコクリと頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「☆♪+=%×〒:*$¥€$°*ーー

 

「食ってから喋ってくれ、なんて言ってるのか全然分からん」

 

弁当を手渡してから少し経ち、俺達はレジャーシートの上へと座り、弁当をつついていた。

 

「そういえば自己紹介もしてなかったな。俺はセイヤ、いろいろあってこの城で暮らしてる。よろしくな」

 

すると、俺の自己紹介を聞いたユリエールが突然立ち上がる。

 

「私の名はキリエス・フォン・ユリエール!伯爵家の令嬢にして、王族の血を引く者よ!」

 

俺は彼女の言葉に少し驚く。さっきコイツは王族の血を引くと言った。つまり、コイツはアイリスの血縁者ということだ。

 

「王族の血を引くってことは、お前アイリス....様の従姉妹なのか?」

 

「そうね。再従祖叔母にあたるわ」

 

「ほぼ他人だろそれ」

 

八親等の親族とか誰が予想できるかよ。そもそも再従祖叔母は親族ですらねぇよ。

 

「んで、そんなお前がなんで木の上で座り込んでたんだよ?言っとくが恥ずかしいから言えないとか無しだからな」

 

「そ、そんなこと言うわけないじゃない!」

 

....言うつもりだったなコイツ。

 

「ほら、キリキリ話せ。どうせロクな理由じゃないんだろ?」

 

「分かったわよ!言えばいいんでしょ!言えば!」

 

ユリエールはやけくそ気味にそう叫び、ポツリポツリと話し始める。

 

「ほら、近いうちに舞踏会があるじゃない?それに私は出席する予定なのよ。だから少しでもそこで綺麗に踊れるようにってお母様がダンスレッスン教室を私に受けさせたの。でも私はこんな性格だし、手先もそんなに器用じゃないからみんなみたいに綺麗に踊れなくて。そんなだから一緒に踊ってくれるバディも見つからないし、教室のみんなには笑われるし....それで嫌になってそこから逃げて....それで....それで....」

 

「OK事情は分かったありがとう!だからもうなにも言わなくていい!俺が悪かった!...泣くなよ!ほら、もう大丈夫だ。話してくれてありがとう!」

 

「うわああああああああああああん!!!」

 

重い!予想以上にこの子の事情が重い!ヤベェしくじった!せいぜい友達と喧嘩して拗ねてるくらいの事情かと思ってた!

俺は赤子のように泣き始めたユリエールを慰めながら、周りに人が居ないかを確認する。よかった、誰もいない。まだ俺は社会的に死んでない。

その後も彼女は泣き続け、体感にして10分は経過しただろうか。ようやく彼女は泣き止み、俺から離れてくれる。

 

「ほら、そこの井戸で濡らしたハンカチだ。目の下に当てておけ、腫れが引く」

 

「ううっ.....ぐずっ....ありがど....」

 

なんだろう。俺と同い年くらいの子のはずなのに、何故か子供をあやしている気分になる。

 

「それで?どうするんだよこれから。泣いた直後のお前に言うのは酷かもしれないけど、逃げてるだけじゃどうしようもないぞ」

 

「....そうね、色々言えたからスッキリしたし、今日は帰るわ。一旦家に帰ってから、色々考えてみる」

 

「あ、ちょっと待て!」

 

俺は、そう言って家に帰ろうとする彼女を呼び止める。

 

「何よ?」

 

「頼みがある。俺と一緒に舞踏会に出てくれないか?」

 

「.....へぇっ!?」

 

彼女は、その青い瞳を見開いて驚いている。まあ、当然といえば当然かもしれない。こんな見知らぬ男が急にダンスのバディになりたいと言い始めるのだ。びっくりもするだろう。

 

「ああいや、別に変な意味は無い。ただちょっと事情があって舞踏会の現場に当日居なきゃいけないんだ」

 

「なるほど。たしかにそれならバディのいない私はまさに、渡るに船ってやつね」

 

「そういうこと」

 

クレアから聞いた俺に化された誓約は、俺が舞踏会に()()()()()()()()()()()参加することを禁ずるというものだった。

つまり、俺が参加者として舞踏会に参加することに関してはなんら問題無いということだ。

 

「嫌なら断ってくれてもいい。俺はお前と今日会ったばかりだし、信用できるかと言われると「いいわよ」...へ?」

 

「いいって言ってんの!アンタのその頼み方から見るに、相当大事なようなんでしょ?だったら、私が手を貸してあげようじゃない。...ただし!」

 

「えっと...ただし?」

 

彼女は少し躊躇うが、意を決したかのように息を吸うと、

 

「私は踊りで、私のことを笑ってきたアイツらを見返してやりたい!それが出来るなら、この手を取りなさい」

 

そう言って、俺に向け手を差し出す。

.....なるほど、そういうことならやりやすい。

俺は差し出された手を力強く取り、

 

「もちろん、やってやる」

 

そう言って、獰猛に笑いかけた。




再従祖叔母の使い方と、舞踏会の解釈があっているのか分からん。教えてエ○い人!

あと、今更ですが主人公の外見を決めるのを忘れていました。とりあえず、黒髪黒目のちょいイケメンくらいにしてご想像ください。

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十七話 予兆

最近エイペッ○スが楽しすぎt....いろいろ忙しくてなかなか投稿できませんでした。心より、お詫び申し上げます。


静寂が立ち込める。

朝日は未だ空に登らず、時刻を測るこの城唯一の掛け時計の針は5時を指している。

そんな時間、俺の姿はベッドではなく、今だと思いでは強く残る場所である蔵書室にあった。

俺の周りには俺が読んだ本が積み上げられており、ちょっとした壁のようになっている。

 

「とりあえず蔵書室にあるダンスの本を片っ端から読んでみたけど、やっぱり実際にやってみないことには分からないんだよなぁ...それに俺隻腕だからそれに合わせて踊りを作って行かなきゃいけないわけだし」

 

たしかに、本で調べたおかげでダンスについての知識は取り込むことができた。しかし、知識を動作に変換するにはやはり実際に踊ってみないことには始まらない。

とりあえず、もう一度彼女と集まる3日後までに俺は踊れるようになっていないといけないか。

俺はそう考えると、蔵書室の椅子から立ち上がり読んでいた本を全て片付け、蔵書室を出る。

 

「ん〜!ずっとおんなじ体勢でいたから身体のいろいろな所が痛いな」

 

そして、伸びをしながら廊下を歩いていると、見知った顔に出くわす。

 

「....ハイデルさん?」

 

「おや、これはセイヤ様。おはよう御座います。こんな朝早くからどうされたのですか?」

 

「こっちのセリフですよ。それに、今日のハイデルさん随分と格好もお洒落みたいですし」

 

ハイデルさんの格好は、いつもだと執事服にキッチリと身を包み、片目にモノクルをつけているのだが、今日は普通のシャツを着ており、モノクルも付けていない。

 

「今日は非番なんです。ですので今日一日は嫁のために使おうかと」

 

ハイデルさんはそう言って薄く微笑む。

あ、イケメン。じゃなくて、この人嫁居たのか。まあ、こんな完璧超人でオマケにイケメンな男は誰も放っておかないか。現にこの城のメイドの中にもハイデルさんに恋してる人それなりに居るし。

 

「へぇー?じゃあ今日は嫁さんと一日中デートですか。いいですねー」

 

「いつもは城に詰めていて嫁とはあまり一緒にいられませんから」

 

ハイデルさんは恥ずかしいそうにそう言って正門の方へと歩きだそうとし、ふと何かを思い出したかのように止まる。

 

「そうでした。セイヤ様、もし舞踏会でのダンスをさらに学びたいのであればこちらをお読みください」

 

そう言って彼は一冊の手帳のような物を差し出してくる。

手帳を開くと、そこにはダンスの細かい注意など凄まじい量の情報が書かれていた。

 

「あの、すいません.....どこまで知っているんですか?」

 

俺がアイツと約束した時周りには誰も居なかったはずだし、本を読んでいる時も知人が来ないか警戒してたのに。どうしてこの人は当然のように知っているんだろう。

 

「ははは、これでも情報収集にはちょっと自信がありましてね。では、舞踏会での踊り楽しみにしてますよ」

 

そう言い残すと、ハイデルさんは笑いながらその場を去っていった。

....あの人、本当に何者なんだろう。俺はそう思わずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで情報を集めていると、城の鐘が鳴り始める。どうやら気づかない内にかなりの時間が過ぎていたらしい。

 

「今日は久しぶりにアイリスとの授業があるからな。早く行かないと」

 

俺はそう言って今回授業を行う場所、兵士達の訓練場へと向かう。

 

「あ、セイヤさーん!こっちですー!」

 

するとアイリスが俺の姿を見つけるやいなや、こちらに手招きしてくる。

やめなさい、周りの兵士達が驚いてるから。ついでに言うならレインはともかく、クレアが俺のことをチベットスナギツネみたいな目で見てくるから。

 

「どうしたんだアイリス?今日は一段と元気だが」

 

「今日は久しぶりの実践訓練なんです!ここしばらくダンスでしか身体を動かしていなかったので楽しみで!」

 

なるほど、そういえばこの子、いやこの国の大体の貴族に言えることだけど結構脳筋でしたね。

 

「さて、参加者が全員集まった所でそろそろ初めていこう!今回の訓練には例年通りアイリス様も参加する!決して失礼のないように!」

 

すると、兵士達の隊長らしき人が号令をかけ、授業、もとい訓練が始まっていく。

 

「行きます!せやっ!」

 

「ぐあああああ!」

 

「せいっ!」

 

「ギニャー!」

 

「まだまだ!」

 

「アバー!」

 

....まぁ、そうなるよね。

俺はロケットのように空を飛んでいく兵士達を眺めながら、心の中でそう呟く。

というか、前にもこんな光景を見たことがあるような気がする。

 

「おお、飛んだなぁ」

 

「今のは大きかったですねぇ」

 

「おいそこの護衛二人。アンタらの国の兵士達がかっ飛んでく様子を花火感覚で見てんじゃないよ」

 

一応アンタら止める側でしょうが。

僕は段差に座りながら観戦しているレインとクレアにそう指摘する。

 

「HANABI....?その、HANABIとはなんだ。レイン、知ってるか?」

 

「いえ、知らないです。おそらく彼が元いた国特有の文化なのではないかと」

 

「おい、そのHANABIとはどういう物だ」

 

「それは.......あれ、なんだっけ?」

 

さっきまで頭の中にあったのに、何故か思い出せない。なんだろう、喉に刺さった小骨が抜けなくなったような、そんな気分だ。

()()()を忘れているような気がする。少なくとも俺はそんな簡単なことを忘れるような男じゃなかったはずなのに...

 

ーーイヤさん、セイヤさん!」

 

俺は、誰かの叫ぶような声により我に帰る。目の前に居たのはアイリスだった。

 

「ッッ!え、あ、どうしたアイリス、訓練はもういいのか?」

 

「とりあえず、今日はこのくらいで良いと隊長の方が言ってくれたので。それより、ぼーっとしていましたがどうかしたんですか?」

 

俺はアイリスから少し目線を外し、訓練場の真ん中を見ると人のしかばね(死んではいない)が積み上がった山ができていた。その横では隊長らしき人がやり切った表情で佇んでいた。

....お疲れ様、隊長。

 

「なんでもないよ。とりあえず、今日の授業が終わったならそろそろお昼にーー

 

「ちょっと待ってもらおうか!」

 

突然、頭上から声が掛かる。

声のした方を見ると、そこには一人の男が立っていた。

彼は周りに居る兵士達とは違い布で作られた軽量の装備をしており、右腕には紅い槍を持っている。黒髪黒目のところから見るに、彼も俺と同じ転生者らしい。

彼は自分の立っている高台から飛び降りると、槍を壁に突き立てスピードを減速させるようにして俺達の前に降り立つ。

 

「俺の名前はリヒター・グエンドラム!スズキセイヤ、お前に正義の鉄槌を下す者だ!」

 

それ絶対本名じゃないだろ。

何故だ、何故俺の周りには名前を偽る奴がこんなにも居るんだ。親から貰った大事な名前でしょうが。

 

「というか、正義の鉄槌ってなんだよ?俺別に何も悪いことしてないんだが」

 

「何を言うか白々しい!お前の悪事は全て貴族達から聞いた!お前は巧みな話術で王族に取り入り、その権力を盾にしてやりたい放題しているらしいじゃないか!魔王を倒す正義の勇者として、お前のこれ以上の蛮行を許すわけにはいかない!」

 

ああ、なるほど。つまりコイツは俺がアイリスの近くに居るのが気に食わない奴らに色々吹き込まれたのか。だとしてもその話を鵜呑みにするのはどうなんだ。少し情報収集するとかしろよ。

 

「許すわけにはいかないとか言うけどさ、具体的にはどうするんだよ」

 

「俺と勝負をしようじゃないか!」

 

「勝負?」

 

「そうだ、俺と勝負をして、もしお前が勝つことができたならもう口出しはしない!お前のことを認めてやろう!」

 

いや、別にお前に認められても何にもならないんだが。

そう口にしそうになるのを堪える。たしかにコイツに認められても何にもならないのは事実だ。しかし、それをわざわざ本人に言う必要はないだろう。大人だ、大人の対応をしなければ。

 

「いや、別に貴様に認められようと何にもならないだろう」

 

クレアあああああああ!!

言ったよ!アイツ言ったよ!俺がわざわざ言わなかったのをなんの躊躇いも無く言いやがったよ!

 

「ええぃうるさい!とにかく勝負しろ勝負!」

 

こっちはこっちでクレアに言われたことに腹を立ててるし。

 

「勝負はしても良いけどさ。じゃあお前が勝ったらどうするんだよ?」

 

すると、リヒター(仮称)はニヤリと笑い、アイリスをチラリと見ると、

 

「もし俺が勝ったら、今日から俺が彼女の教育係をーー

 

「よし乗った。死ねオラァッッ!!」

 

俺はその言葉を聞いた瞬間、俺は剣製を行い彼に向かい剣を振り下ろす。

こんなすぐ騙される単純野郎にアイリスが任せられるか!

それにコイツの目俺が地球の頃の格好をそのまましてるから明らかに舐めてやがった!

リヒターも、まさか自分が喋っている途中で斬りかかられるとは思わなかったのだろう。

 

「え、ちょ!待っ.....!?」

 

慌てたリヒターだが、その時彼の持っている槍が淡く輝く。瞬間彼の身体は不自然に動き、俺の剣を止める。

 

「その槍、転生特典か!厄介だな!」

 

「お前!話している最中に攻撃するとか反則だろ!」

 

「残念ながら、そんなルールを持ち出せるほど王女の護衛は簡単じゃなくてね!」

 

俺とリヒターは、話しながらも攻撃を続けていく。

しかし、身体強化をギリギリまでかけているのに、リヒターの槍が少しブレて見える。どうやらこの槍、速さに重きを置いているらしい。

すると、考えてごとをしていたからだろうか、少し反応が遅れてしまい、槍が頬を掠める。

 

「ッッ!!」

 

「さっきまでは不意打ちで後手に回っていたが、お前と俺とじゃ格が違うんだよ!」

 

言ってくれる。しかもお前のそれは実力じゃなくてチートの力だろうが。まぁ良い、相手がそういう奴なら俺も容赦しねぇよ!

俺は少し刃の欠けた剣を地面に刺すと、新しい剣を作り、それを彼に向ける。

 

「お昼も近いし、手早く終わりにしよう。小細工は無しだ」

 

「良いだろう!来い!」

 

リヒターは、深く腰を落として槍を構える。

俺はリヒターに向かい、一直線に向かう。

 

「お前はたしかに強かった!だが俺の方が一歩上だったようだな!これでも食ら.....ッッ!?」

 

そんな俺に突きを放とうとしたリヒターは、地面に刺さった剣を支点としてさまざまな場所に糸で繋がり、動かなくなった槍に驚愕する。

俺はその一瞬でリヒターの口に魔導札を突っ込むと...!

 

「『パラライズ』」

 

「アババババババ!!」

 

魔導札に込められた魔法を発動することで、リヒターはその場で痙攣をしながら倒れ込む。

 

「ったく、もうちょい他人の言葉は警戒するとかしろよ。そんなすぐ騙されるようじゃ王女の護衛とか出来ねぇからな?」

 

「さすがですセイヤさん!さすが人を口で回すことに関して右に出る者はいませんね!」

 

目を輝かせるアイリスに、俺は思わず。

 

「褒めてるんだよな?」

 

「ええ、褒めているんですよ?」

 

そう言ってクスクス笑うアイリスに、ほんの少しだけほっこりしていたその時だった。

 

「み、認められるかこんな結果!この卑怯者!よくも俺に向かってこんな....こんな!」

 

先程パラライズを食らったばかりのリヒターが起き上がっている。おそらくリヒターには強力な状態異常耐性が備わっているのだろう。

 

「お前、自分の持っているその槍の力に頼って戦っているだろ。だから俺はお前が槍を離すことは無いと踏んで作戦を立てた。卑怯者と呼ばれるのは心外だな」

 

そんな俺の言葉を聞いたリヒターは、荒く息をしながら。

 

「俺は正義の勇者だ。こんな奴に負けるわけがない。こんな卑怯者に、こんな卑怯者に、こんな卑怯者にッッ!!」

 

すると、そんなリヒターの激情に呼応するように彼の持っている槍が紅く光り始める。その光は先程とは比べ物にならないほど強く、まるで噴き上がる炎のようだ。

 

「お前...まだやる気かよ!」

 

俺は手に持った剣を再びリヒターに構える。

 

「お前、お前お前オマエオマエェェェェェ!!」

 

そして、先程の余裕そうな立ち振る舞いから一変し、怨霊のような叫び声を上げるリヒターは、俺に向かい一直線に突っ込んでくるのだった。




今回は色々詰め込みすぎた気がする。

感想、評価、指摘などくださるとモチベの向上に繋がります!

*感想は全て読んでいます。たまに忙しすぎて返信できない時もあるけど、その時は笑って許してください。


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十八話 誰かさんは大変な物を盗んでいきました....彼の正気です....

今回は短めですが、次回からはもっと長くする予定です。

もっとアンケート回答してくれても...良いのよ?


「グガアアアアアアア!!」

 

「ッ!くっッッ!!」

 

俺の真横に紅い線が走る。瞬間、凄まじい風圧が横を駆け抜けていく。

力も速さも、そして技量すらも先程とは明らかに格が違う。

さっきまでは手加減をしていて、これが奴の本気だったのだろうか。

 

「グギギギギギギギギアアアアア!!」

 

いや、あの様子だとそれは違うだろう。どちらかと言えば、あれはナニカに操られている感じだ。白目を剥いたまま戦ってるし。

 

「おい、どうした新入り!いくら決闘に負けたからってそれはやりすぎだ!」

 

そんな彼を隊長は止めに入る。というかアイツ新入りだったのか、偉そうだったからてっきり高い地位に立って天狗になったタイプだと思ってたんだが。

いや、それよりも、

 

「隊長さん!ソイツ自分の意思で戦ってるんじゃなくてなんかに操られてる感じだから!とりあえずソイツから離れて!」

 

俺は隊長にそう叫ぶ。

隊長は一瞬驚いたようにしていたが、そこは流石に兵士達の頭。自身に振るわれた槍の一撃をなんとか躱し、その場を離れる。

 

「隊長と、あとクレアとレインは倒れている兵士達の避難をお願いします!俺はその間コイツを足止めします!」

 

「分かった!ではこの場はお前に任せる!」

 

そう言って三人はすぐさま行動に取り掛かってくれる。

普段は色々やらかしたり、アイリスにボコボコにされていたりするイメージがあるがこういう時はすごく頼りになる。

 

「セイヤさん!私も戦います!」

 

「いや、アイリスは三人の補助を頼む!」

 

「どうして!」

 

「もし、これが俺がアイリスの近くに居るのが気に食わない奴らの差し金だったとしたら、コイツの暴走すら折り込み済な可能性がある!だとしたらその目的は俺の信用の失墜、具体的に言うならアイリスが害されるというところにあるんだ!」

 

「でも「それにッッ!」

 

俺はそんなアイリスの言葉を遮るようにして振るわれた槍の一撃を止める。

 

「コイツは俺と同郷の奴だ。自分の国のことくらい自分でなんとかしなきゃ....なッッ!!」

 

そして俺は腕にパワーを集中させ、槍もろともリヒターを吹き飛ばす。

彼は空中に吹き飛ばされつつもその場で体勢を立て直し、地面へと着地する。

 

「いまだ!行けッッ!」

 

「ッッ....はい!」

 

アイリスは少しの葛藤のあとに力強く返事をすると、倒れている兵士を抱えて医務室へと走っていく。

 

「さて、これで戦いの準備は整ったな!勝負といこうじゃねぇか!」

 

「グルルルルルル.....ガアアアアアアア!!」

 

もはや言葉を喋ることすら忘れてしまった怪物(リヒター)は、俺を今すぐ殺すとばかりに一直線に槍を突き出してくる。槍から放たれる光により彼が通った先には紅い光の線が走っている。

俺は奴の攻撃を剣で受け流すようにして躱すが、それでも俺の持っている剣は砕け、奴の攻撃の反動が身体中を伝わってくる。

 

「クソッッ!一撃でこれかよ!?」

 

今さっき作った新品の剣だぞ!?

最低でも兵士達全員の避難が終わってクレア達が戦闘に参加できるくらいの時間は稼がないといけないのに!

俺は奴の攻撃を新しい剣を作り続けながら受け流し、なんとか対処する。

そして、奴が自身の体勢を少し崩したその一瞬、俺は奴の槍を遥か上空へと蹴り上げる。

もし、この暴走が彼の槍のせいなのだとしたら、槍から離れた時点で終わりのはずなんだが....

しかし、俺の考えを文字通り一蹴するかのように奴の蹴りが飛んでくる。そして俺との距離を取った奴は空に向けて手をかざし、その手の中には槍が戻ってくる。

 

「グラムといいあの槍といい!どうして転生者の武器ってのは!!」

 

神は転生者が人類に牙を剥くとは考えなかったのか!安全装置とか付けとけよ!

しかし、今それについて文句を言っても始まらない。重要なのはコイツをどうやって倒すかだ。

さっきも見たように、コイツの槍は暴走とは関係無いようだ。

しかもコイツから槍を取り上げた所で、槍は持ち主の元へと返ってくる。

だとしたらもうコイツを直接倒すしかない。それが一番安全で、確実な方法だ。

 

「殺しはしない!だけどお前を傷つけなきゃならん!恨むなよ!」

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

 

俺は向かってきたリヒターに対し、剣製で作り上げたナイフを投擲する。

 

「◾️◾️◾️◾️ッッ!!」

 

当然、奴はそれを全て打ち払い、俺の元へと向かってくる。

しかし、それはただの牽制ではない。俺は打ち払われたナイフに付けていた糸を引き、奴を拘束する。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️!?」

 

「ほらよっ!ついでだ!『ティンダー』、『トルネード』!」

 

そして俺は奴へニ枚の魔導札を投げ、それを起動する。

起動した二つの魔法は、俺の作戦通り巨大な火災旋風のようになり、奴を巻き込むようにして燃え上がる。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッ!!!」

 

奴の苦悶する声が火災旋風の熱と共にこちらへ届く。燃え上がった炎で中を見ることは出来ないが、おそらくダメージは受けてるのだろう。

しかし、

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

 

拘束、火災旋風、そして周りにある物を全て吹き飛ばし、奴は吠える。

 

「まぁ、こんな簡単に転生者が倒せたら魔王軍は今頃世界を侵略できてるだろうよ!」

 

俺はすかさず奴の腹に拳を叩き込み、壁へとめり込ませる。凄まじい轟音と共に、砂埃が舞う。

 

「これ以上の被害を出さないように、ここで止める!」

 

そして、俺はさらなる追撃を喰らわせるため、奴の元へ飛び込む。

その瞬間、砂埃の奥から紅い線が放たれる。

俺はかろうじてそれを躱すが、その一撃は俺の左肩を深々と貫く。

凄まじい痛みが襲う。同時に、槍の威力により俺の身体は後方へと吹き飛ぶ。

 

「ぐっッッーー『ファイアボール』!!」

 

しかし、俺もただ攻撃を食いっぱなしというわけにもいかない。

俺は懐から三枚の魔導札を取り出し奴に向かって投げつけると、血反吐を吐くかのような声で魔法を起動、奴に着弾させる。

そして先程の槍の威力と、目の前で爆発した三つの火球の余波により、俺の身体はそのままゴロゴロと地面を転がっていく。

なんだ、今のは。

俺の強化した拳は確かに奴の腹に入った。防御もしていなかった。で、あるならば気絶はなかったとしても数秒間まともに動くことは出来ない筈だ。

しかし、現実はどうだ。奴は俺に反撃を喰らわせるほどに動いているし、奴の放った一撃は強化した俺の身体を易々と貫いている。まるで痛みや自身の限界値を考えていないかのような動きだ。

 

「だとするならコイツは...」

 

俺は自分の中でおおよその予想を立てる。

ただ、もしこの予想が正しいのならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()().....

とりあえず今、それを考えるのはやめておこう。コイツを倒した後にでもじっくり考えれば良い。

 

「セイヤさん!兵士達全員の避難、完了しました!私達も加勢します!」

 

と、その時、後ろからレインとクレアが現れる。

レインはその手に大量に指輪を付けており、クレアは以前、俺を追いかけるのに使ったと思われる家宝の首飾りを付けている。

どうやら、完全武装で駆けつけてくれたらしい。

 

「アイリスは!」

 

「貴様の読みを聞き、私達もそうではないかと思ったのでな。今は信頼できる友人に預けている」

 

なに、友人だと!?

 

「お前に友人なんて居たのか!?」

 

「奴より先に私に切り殺されたいようだな!」

 

「落ち着いてください!王族の護衛が同僚を殺害とか、それこそあの人をけしかけた人達の思う壺ですから!」

 

「そうだぞクレア、お前はもっと落ち着きというものをだな」

 

「セイヤ様も、クレア様を煽るのはやめて下さい!ーーーって、セイヤ様!その肩の傷!」

 

レインが俺の左肩を見て、悲鳴を上げる。

見れば、俺の肩はくり抜かれたかのようになっており、その傷口からはとめどなく血が流れている。

現代社会においてはこの傷は明らかに重症だと思われるのだが、傷が痛むこと以外特に何も感じなかったからすっかり忘れていた。シュレイブニルに右腕を消されてから修行としてミツルギさんとか兵士達とずっと戦ってきたから、いつのまにか痛みに耐性ができたのかもしれない。

 

「とりあえず治療します!」

 

そんなことを考えていると、レインが俺に小瓶に入った高そうなポーションをかけてくれる。

左肩の傷は時間を巻き戻すようにして埋まっていき、最終的には傷口が完全に塞がる。

それと同時に、奴がめり込んだ壁から抜け出し、一際大きな雄叫びを上げる。

先程までの動きの反動だろうか。全身からは決して少なくはない血が流れている。

 

「早く暴走を止めてやらないとアイツの命に関わるぞ....」

 

「だが、気を抜けばこちらが殺される。迅速に奴を無力化させる必要があるぞ。セイヤ、何か案はあるか?」

 

「俺かよ!?.....無いわけじゃないが、回復職(ヒーラー)が圧倒的に足りない。レインがあれ以上の回復魔法を使えるっていうなら話は別なんだけど.....うん、ダメそうだな、どうしようか」

 

レインは首が引きちぎれるんじゃないかってくらいブンブンと左右に振っている。

すると、いつまでも話し合いを続けている俺達にしびれを切らしたのか奴が槍を構え、俺達に猛進してくる。

 

「ッ!やばッッ!」

 

話している最中だったことで気が抜けてしまったのだろう。レインは奴の攻撃に対し反応が遅れてしまう。

奴の槍がレインの心臓へと伸びていく。剣製で矛先を逸らすことすら間に合わない。身体強化もこれ以上酷使すれば肉体の自壊は免れないだろう。どちらにせよ。待っているのはどちらかの死だ。

俺は身体強化によってスローモーションのようになった視界の中、そんなことを考える。

 

「諦めるのはまだ早いわよ!」

 

突然、奴は上から落ちてきた何者かに弾き飛ばされるようにして吹き飛んでいく。凄まじい衝撃から考えるに、降りてきた人間は相当な強者らしい。

落ちてきた時に発生した砂埃が晴ると、そこには女性用のナース服の中にはち切れんばかりの筋肉を詰め込み、こちらに向かってウインクをしてくる、まごうことなき変態の姿があった。

 

「ベルゼルグ城医療室勤務ジェシカ。あなたのために出張営業よ☆」

 

やめて下さい。そんなバカみたいな格好してこっちにウインクしてこないでください。吐きそうです。

 

「ジェシカ様!?貴方にはアイリス様の護衛を頼んだはずなのですが!」

 

信頼できる友人ってコイツかよ!

 

「それに関しては大丈夫、強力な結界を張っておいたから、今のアイリスちゃんを傷つけようと思ったら対城兵器がいるわね」

 

何この人のハイスペック度、もうコイツが魔王倒しに行けよ。

しかし、この状況ではこの人のハイスペック度は大きな戦力になる筈だ。

 

「突然で悪いんだが協力してくれ!アイツを正気に戻してやりたいんだ!」

 

「ええ勿論!何をすれば良いのかしら?」

 

「それはーーッッ!」

 

瞬間、奴は再び身体を起き上がらせる。その双眼は俺達を射殺すとばかりに爛々と輝いていた。

 

「作戦は戦いながら説明する!ジェシカは俺と一緒に奴のヘイトを集めてくれ!クレアは俺達が作った死角から攻撃、足とか腕を重点的に叩いてくれ!レインは魔法攻撃の準備!俺達が足止めしている所で確実に詠唱した魔法を当ててくれ!」

 

「「了解!!」」

 

「初めての共同作業...!これはもうビンビンにきちゃうわ!エクスタシー!」

 

「お前はさっさと前線を張りに行くんだよ!」

 

いつまでもくねくねしてんじゃねぇ!

 

「20才は歳下の男の子に命令される....!嫌いじゃないわ!」

 

「冗談はその服装だけにしてくれ....ほら、冗談抜きで行くぞ!」

 

非常に締まらない始まり方であり、非常に不安が残るメンバーではあるが、こうして戦いの火蓋は切って落とされるのだった。




次回の更新は少し期間が空くかもしれません。

感想、評価、指摘などくださると、モチベーションがアップします!

いつも感想をくださる方!忙しすぎて中々返信できませんがいつも楽しんで読んでいます!本当にありがとうございます!


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十九話 突き穿つ死翔の槍

最後に私は次回の話は長くすると約束したな....アレは嘘だ
(次回こそは!次回こそは長くするのでご勘弁を!!)


修練場に巨大な剣を打ち合わせたかのような異音が響き渡る。

その音は、リヒターの槍を防いだジェシカの籠手から鳴り響いたものだった。

籠手はリヒターの槍と衝突し、激しい火花を散らしているが壊れる様子は見られない。どうやら、相当に硬い素材で作られているらしい。

一度攻撃を防がれたリヒターは、すぐに体勢を立て直すと、猛烈な勢いで連続攻撃をジェシカに向けて放つ。

しかしジェシカはその攻撃を籠手に滑らせるようにして受け流し、ガラ空きとなった奴の体に次々と拳を叩き込んでいく。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!」

 

リヒターから苦悶の声が上がる。だが、奴もただやられているわけではない。奴は体を海老のように瞬時に引くことで彼女の攻撃を回避すると、バックステップをしつつ体勢の崩れた彼女に新たな一撃を振りかざし、彼女の頭を吹き飛ばそうとする。

 

「させねぇ.....よッ!『フラッシュ』!」

 

「◾️◾️◾️◾️!?」

 

俺は横から割り込むようにして彼女達の間に入る。奴の一撃に合わせるようにして俺は奴の槍を弾き飛ばし、その眼前で魔法を発動させる。

瞬間、俺の持っていた魔導札は準備していた俺ですら目のくらむような光を放った。

 

「◾️◾️◾️〜〜!!」

 

眼前でそれを見たリヒターは、うめき声を上げながら自身の目を押さえる。その間に俺はジェシカと共に後ろへと下がる。

そして俺は先程の一撃でボロボロになった剣を捨てると、代わりに剣製でナイフを作り出す。そして奴の周りに円状となるようにして投擲し、それらを支点に糸で拘束した。

 

「レイン!」

 

「了解です!『ライトニング・ストライク』!」

 

さらに、拘束されて動けなくなったリヒターに対し、追い討ちをかけるようにしてレインの詠唱をしていた上級魔法が直撃する。

奴の真上から降り注いだ雷撃は、周りの地面を抉り取るようにして奴を吹き飛ばした。

 

「......◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️ッッッ!!!」

 

しかし、それでも奴は倒れない。依然としてその相貌に正気は感じられず、こちらの攻撃があまり効いている様子も見られない。どうやら、彼は魔法耐性も相当な物のようだ。

だとしたら、奴に攻撃を与えるには強力な物理攻撃を打ち込むしかない。

ただ、奴が持っているのは不幸にも槍だ。間合いに入ろうとするならこちらも相当な無茶をする必要があるだろう。

俺は湧き上がってくる緊張と恐怖を飲み込みながら、ジェシカの隣へ立つ。

 

「ジェシカ、まだいけるか?」

 

「大丈夫よ!それで、アタシはどうすれば良いのかしら?」

 

「とりあえず、しばらくはさっきみたいに攻撃を捌いててくれ。準備ができたら俺と交代、下がったら回復魔法の準備を頼む」

 

「ちょっと....また全力全開でパンチとかするつもりじゃないでしょうね」

 

ジェシカがこちらをジト目で睨んでくる。しかし、しばらく俺の目を見るとため息を吐きながらリヒターと相対する。

 

「.....わかったわよ。ただし、さすがに死んだらいくらアタシでもなんともできないからね?転生者は一回死んでる判定だから、リザレクションが効かないのよ」

 

「大丈夫だ。もとより死ぬつもりの作戦じゃないからな」

 

俺は、そう言いながらリヒターの様子を伺う。

リヒターは、まだ目が治っていないのか少しフラフラとしている。あの状態では、さっきのような高速の連撃はできないだろう。

俺はジェシカと共に奴との距離を詰め、奴が振るった薙ぎ払いの一撃はジェシカが籠手で止める。

凄まじい衝撃と火花が、その攻撃の強力さを物語っている。しかし、ジェシカはその攻撃を防ぎ、奴に向かい交戦的な笑みを浮かべている。

リヒターはさらに力を込めて、その防御を破壊しようとする。しかし、そのために踏み締めた足は、クレアの死角からの攻撃によって崩される。

俺はその隙に剣製でいくつものナイフを作り、それを周囲に投擲する。投擲した螺旋状の刀身のナイフは床、壁、天井などさまざまな場所へと突き刺さった。

仕込みはこれで完了、後は俺の努力と根性で作戦の結果が変わる。

俺は、自身のナイフがキチンと目的の場所へと刺さったことを確認しながら顔を上げて叫ぶ。

 

「今だ!交代!」

 

ジェシカは、俺の声に背を向けたまま頷くと、奴の攻撃に拳を合わせる。

 

オオオオオオオオオオオオ!!!!

 

さっきまでオネェ言葉で喋っていたとは思えないほどの雄叫びを上げながらジェシカが放ったその一撃は、リヒターの剣と衝突して盛大な火花を散らした。大音量と共に両者はノックバックし、間合いができる。

そのタイミングを逃さず、俺はジェシカとポジションを入れ替える。

硬直から回復したリヒターは、俺に素早く槍を突き放つ。

紅い閃光と共にこちらに迫ってきたその槍を、俺は新しく作った剣で受け流すと、剣の柄を放し、力を充填した拳で奴の胴を殴る。

すると、今まで攻撃によってダメージを受けていたのか奴の着ていた防具は粉々に砕け散る。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!」

 

苦悶と憤怒が入り混じったかのような叫び声を上げながら、リヒターは再び槍を放つ。俺はその下に潜り込むようにして回避をすると、鎧を失った奴の胴に向けて拳を放つ。空気を掻き分けるような音と共に、腕から溢れる青緑色のオーラが雷電のようにリヒターの身体に走る。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

自分の拳に少しずつ亀裂が入り、血が噴き出しているのを無視し、俺は雄叫びを上げながら自身の拳をさらに押し込む。全身からアドレナリンが駆け巡り、脳が危険信号を発しているのか視界がチカチカする。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!!!」

 

するとリヒターは、最後の抵抗だと言わんばかりに自身の槍を無理矢理に身体を動かすことで振り上げ、雄叫びを上げながら俺に向けて突き入れる。そしてその一撃は、容易く俺の身体を貫いた。

 

「ッッ!!があああああッッ!!!」

 

身体を貫通する槍の感覚に、思わず叫び声を上げる。貫かれた部分からはとめどなく血が溢れ、自分の足元には血の水溜まりができる。

リヒターは、ようやく敵に致命傷を与えたことに優越感を覚えてたのか、薄い弧を描くようにしてニヤリと笑った。

 

「いや.....笑うのはこっちの方だぜ.....リヒター!」

 

「◾️◾️◾️!?」

 

俺は、リヒターが敵を殺したと確信したことで生じた隙を見逃さず左手に隠していた糸を自身と奴に巻きつける。

リヒターは、目の前の敵は作戦によって槍に貫かれたと気づいたのだろう。すぐさま俺に刺さった槍を引き抜き、体勢を立て直そうとする。

しかし、リヒターの身体は一歩たりとも動かない。何故なら、彼が今拘束されているこの糸は周囲のありとあらゆる場所に刺さっているナイフにつながっており、それらが複雑に絡み合うことで脱出困難な巨大罠となっているからだ。

 

「さて....さっきは随分と重たい一撃くれたじゃねぇか.....お返しだぜ!!」

 

俺は、驚愕に染まっているリヒターの首根っこを掴むと、身体全体を使い大きく後ろに引く。そして、それを引き戻すようにして放った俺の渾身の頭突きは、リヒターの顔面へと突き刺った。

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!」

 

奴はしばらくの間絶叫していたが、次第にその咆哮が弱々しいものへとなっていく。そして、俺が糸の接続を解除した瞬間崩れ落ちるようにして地面へと倒れ伏した。

 

「俺の.....勝ちだ.....」

 

戦闘による余熱と大量に血を失ったことによる眩暈を感じながら、俺は身体に刺さった槍を引き抜く。溢れ出る散血により、もう槍がどこにあるかもわからない。

当たり前だが、身体に刺さった物はすぐに引き抜いてはいけない。無理矢理引き抜けば、空洞になった傷口からさらに血が噴き出すからだ。

だから俺の今の行動は、側から見れば自殺行為に見えるのだろう。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!!」

 

しかし、それは傷口を瞬時に塞ぐ手段がなかったらの話である。

ジェシカが魔法を放つと、俺の身体が淡く輝き、全ての傷が何事もなかったかのように塞がっていく。感じていた倦怠感も無くなったことから、どうやら失った血も回復してくれたらしい。さすがチートだ。

 

「ちょっと!アンタなんて無茶な作戦立ててんのよ!そのレベルの一歩間違えたら死んでたわよ!」

 

俺が自身の怪我が治っていく様子をしげしげと眺めていると、ジェシカがすごい勢いで走ってくる。顔を見なくても分かりきったことではあるが、めちゃくちゃ怒っていた。

 

「あー....やっぱまずい?」

 

「当たり前でしょ!アンタがアイツに貫かれた時なんて、回復魔法の詠唱が途切れそうになったんだから!!」

 

どうやら、結構な心配をかけてしまったらしい。心の中で少し反省する。

 

「まぁ、結果倒せたんだからなんでも良いじゃん?あとはアイツを正気に戻してやるだけ.......!!」

 

瞬間、後ろから濃密な殺気とエネルギーを感じる。振り返るとそこには身体中から血を流し、満身創痍となりながらも立ち上がるリヒターの姿があった。そして、奴の持っている槍から放たれる紅いオーラは燃え盛る炎のようになっている。

 

「ジェシカ!結界を!」

 

「ダメよ!結界は一日一回しか出せない大技なの!今日はもう使っちゃったから無理よ!」

 

「レインッッ!」

 

「ダメです!もう魔力が!!」

 

クソ!しくじった!決着を急ぎすぎて必殺技の存在の可能性を失念していた!

俺は心の中で歯噛みしながら、必死止める方法を模索する。

奴との距離はかなり離れてる。今からアイツに向かって走ったところでもうアイツの攻撃を止めることはできないだろう。しかし、俺にも、ジェシカにも、レインにも、クレアにも、アレが放たれた後の迎撃手段が存在しない。

しかし、奴の姿を見て俺は気づく。既にその目は俺以外を移していない。それは奴の思考能力が低下したからなのか、俺だけを必ず殺すと決めたのか。どちらにせよ、奴はもう俺以外を狙わないだろう。

 

「全員退避!城の中に避難してろ!コイツの標的は俺だ!!」

 

その言葉に彼女らは一瞬の間動揺していたが、この場にいても足手まといになるだけだと判断したらしい。迅速に後方へと下がっていく。

俺はそれを確認すると、リヒターの方へと向き直る。リヒターは少しの間力を貯めるようにしていると、両足でしっかりと地面を踏み締め空高くへ飛び上がる。そしてーー

 

「『◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️』!!」

 

彼の全魔力を凝縮した真紅の極光は、曲折しながら俺を目がけて空を翔ける。その一撃は、凄まじい轟音と死を錯覚させるほどの威圧感を放っていた。

俺はその一撃に対し、回避行動を取ろうとする。

 

 

だが、()()()()()()()

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)。それはケルトの大英雄、クー・フーリンが影の国の女王スカハサから受け継いだ魔槍の名であり、その一撃は()()()()()()()()()()()()()()()という性質を持つ。

狙いは必中、穿つは心臓。であれば、真正面から受けるしかない。

僕は右肩に存在する呪いの穴に手を入れると、そこにある"ナニカ"を掴み、引き出す。

引き出された"ナニカ"は、あたりに紅黒い呪いの泥を撒き散らしながら胎動する。しかし、しばらくすると"ナニカ"は黒く、血管のような紅い模様が浮き出た腕へと変貌した。

僕は"ナニカ"が正常に右腕へと変化したことを確認する。そしてその右腕を飛翔する槍へと向けると、歌い上げるようにしてその名を示した。

 

「『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!」

 

瞬間、俺の手から放たれた7枚の光の盾が桜色の光を放ちながら花弁のように展開し、迫りくる必殺の一撃を受け止める。

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)、それはギリシャ神話におけるトロイア戦争にてアイアスが英雄ヘクトールの投擲を防いだといわれる盾の名である。一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持つそれは、前方から迫る真紅の極光を完全に防いだ。

 

「まぁ、使う相手の熟練度の低さにも原因はあるがね。力不足にほどがある」

 

僕は完全にその効力を失った魔槍を地面へと突き刺すと、リヒターの元へと向かう。リヒターは自身の全魔力を使った影響からか、完全に沈黙していた。

それを確認すると、僕はリヒターの髪を掴んで顔を持ち上げ、奴の口に手を突っ込む。そしてぐじゅぐじゅと不快な音と感触を感じながらお目当ての"ソレ"を見つけ出すと、勢いよく"ソレ"を引き出した。

出てきたのは、全長30cmはあろうかという巨大な百足だった。百足は急に外の世界へと追い出されたことに困惑しているのかウネウネとのたうち回るようにして蠢いていた。

僕はその百足を剣製した剣でもって切り刻む。百足は緑色の血を撒き散らしながら悲鳴のような声を上げて絶命した。

 

「これでコイツの暴走も止まるか....まったく、この身体の主も無茶をする。僕が出てこなかったらどうやってあの槍を止めるつもりだったのやら」

 

僕は剣についた緑色の血を切り払うと、その剣を消滅させる。

すると、戦闘音が止んだことに気がついたのだろう。ジェシカ、クレア、レイン、修練場にいた兵士達がこちらへと駆け寄ってくる。

 

「ものすごい音と衝撃がこっちまで届いていたんだけど!大丈夫なの!?怪我は無い!?それにその右腕!一体何があったの!!」

 

そんなジェシカの言葉を皮切りに次々と心配の声が上がる。

わかっていたことではあるが、この身体の主は城に居る間に随分と彼らと心を通わせたらしい。

 

「ジェシカ様下がって!この気配、いつもの彼と明らかに違う!貴様!一体何者だ!」

 

勘が鋭いのか、それとも色々な意味で警戒していたからか、どうやらクレアは僕の存在に気づいたらしい。腰の剣を抜剣しながら、こちらを警戒している。

 

「とりあえず、貴方達にもこの身体にも敵対はしないと言っておこう。緊急事態だったものでね、一時的にこの身体を借りさせてもらっただけだ。すぐに返す」

 

「その言葉を私が信用すると?」

 

「信用してもしなくても、僕が現れていられる時間は少しだけだ。情報を引き出すために揺さぶりをかけるのは一向に構わないけど、詳しい話はこの身体の主にしておくから、戻ってきたら聞いてくれ」

 

「え、あ、ちょっ!」

 

僕は彼女にそう言い残すと、困惑した状況を置き去りにして、この身体へのリンクを切り離すのであった。




多作品ネタってことで出しましたけど、ここまで露骨だとタグとか付けた方がいいんですかね?

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二十話 それは自分が選んだ生き方か、それとも選ばされた生き方か

やっと...やっと書けた....シリアス書くのしんどい....


気がつくと、俺は不思議な場所に居た。

辺り一面は数え切れないほどの武器が地面に刺さっている赤い荒野となっており、その荒野は見渡す限りどこまでも続いている。振り仰げば、まるで右手にあった呪いのように紅黒い空に、巨大な歯車がひしめいていた。

....ここはどこだ。確か俺は暴走したリヒターと戦って、それで奴の最後の攻撃を避けようとしたんだが....もしかして、俺はアイツの攻撃を食らって死んでいるのか? いや、もし死んだのであれば俺は今頃あのクソッタレの駄女神のところに居るはずだ。

俺がそんなことを考えていると、不意に視線の端で何かが動く。視線を向けると、荒野の少し盛り上がり丘となっている場所に赤い外套を纏った浅黒い肌の男が立っていた。

その男はこちらに気づくと少しだけ驚いた表情をしていたが、すぐにその表情を柔らかいものへと変え、こちらに向かって歩いてくる。

俺はそんな光景をしばらく見て、心の中で一つの結論を導き出した。

 

「なんだ....夢か....」

 

「当たらずとも遠からずというところであるが、とりあえず僕の存在を夢扱いするのはやめてくれ」

 

どうやら夢じゃないらしい。

 

「ここは君の魂の中に存在する精神世界、正確に言えば君が手に入れたチート『剣製』の中にある世界だ。僕はそのチートに残った前任者の魂の残滓。名前は....そうだな、アーチャーとでも呼んでくれ。敬語もいらない」

 

また偽名か、また偽名なのか。なんなんだこの驚きの偽名率は。俺が今まで出会った転生者ミツルギさんを除いて全員偽名なんですけど。

 

「えっと、ならアーチャー。聞いてもいいか?あの後どうなったんだ?みんなは?」

 

「そこについては心配無い。既にリヒターは無力化されている。君の読み通り、虫に寄生されていたがね。他の君の仲間達も全員無事だ。あの戦いに死者は誰一人として出ていないよ」

 

やっぱりリヒターは寄生されていたらしい。それなら今の王都の状況は表面化されていないだけでかなりヤバい。なにせ俺が初めて奴と戦った時、奴が寄生されていたなんて少しも感じなかったのだ。もしかしたら貴族、もしくは王都全体に虫が既に蔓延している可能性が出てきてしまったのだ。死者が一人も出なかったのは嬉しいけど、楽観視もしていられない。

 

「そうか。じゃあこの右腕は?なんで失ったはずの右腕が生えてきてるんだよ?しかも呪いで作られたっぽいヤツだし。呪いが進行したのか?」

 

「いや、そうではない。それは僕が呪いを操作して腕の形にしたものだ。流石に隻腕で戦うのはまずいと思ったからね」

 

「呪いを操作って....なんでそんなことできるんだよ?」

 

「それは僕が呪いの一部だからだよ。そもそも君の中に『剣製』のチートが出現したのはシュレイブニルが呪いのエネルギーを今まで取り込んだ人間の魂から抽出したことで、呪いと共に魂の残滓が君の身体に入り込んだことが原因だ。あくまで残滓だから君の身体にある呪いを取り除くことはできないが、形状の操作ができるようにパスを繋ぐことくらいはできる」

 

それを聞いた俺は、試しに自分の(?)右手を何度か握ったり開いたりして動かしてみる。右手は俺の思い浮かべた通りに動いた。感覚も右腕があった時と違いは見受けられない。

 

「一部ってことは他にも俺の呪いの中に存在してる魂はあるのか?」

 

「ああ、いるとも。ただ僕以外の魂の自我はほとんどシュレイブニルに食われているから実際に君と会話ができるのは僕くらいだがね」

 

いや怖いよ。自我を食われたってなんだよ。もしかしてアイツが虫なのに無駄に喋れたりしたのってそういうことかよ。なんでこの世界は全体的にゆるいのにところどころ妙にリアル思考なんだよ。レベルが上がったから喋れるようになりましたでいいじゃん。

 

「まぁ、そういうことならいいか。魂の同居人とか変な気持ちになるけど。これからよろしく」

 

俺は自分の中に生まれたいろいろな気持ちから逃避すべくアーチャーに向かい手を差し出す。アーチャーは少しの間面食らったかのように目をパチパチとさせていたが、すぐに俺が握手をするために手を差し出したことに気付いたのだろう。彼はニヒルに笑うと俺の手を握る。

 

「手を握っておいてなんだが、君は少し警戒心が足りないような気がするよ。シュレイブニルが演技をして君を騙そうとしているとは考えなかったのかい?」

 

「それは....まぁ、うん。だけど今俺が騙されて身体を乗っ取られても幸いジェシカのおかげで回復したとはいえ俺怪我人だからさ。多分結構簡単に城のみんなは対処してくれるよ」

 

たしかにアーチャーがシュレイブニルの操っているものと考えることもできるだろう。しかしその先入観に囚われて何もかも疑ってもしょうがないだろう。それに俺が今いる場所は王都だ。たとえ俺が暴れたとしても被害は最小限に抑えられるだろう。

 

「....やはり、君は少しばかり歪んでいる」

 

「?、なんか言ったか?」

 

「いや、なんでもない。それより空を見てみろ。そろそろ時間だ。夜明けらしい」

 

言われた通り空を見てみると、紅黒い空に少しではあるが光が差している。そんな相反する感情を湧き立たせる物が混在する幻想的な光景が領域全体に広がっていく。

 

「...あの、すごく助かった。いろいろ助けてくれて。でも夜明けって言われても、どうやってここから覚めればいいんだよ?」

 

「目覚める方法は単純だ。対処に強い衝撃を与えればいい」

 

アーチャーはそう言ってさっきやった握手のようにして俺の左手を掴む。すると、彼の腕に回路のような模様を描く青白い光が走った。

 

「.....ッッ!!!」

 

その直後、身体に雷が直撃したかのような衝撃が襲う。そして先程の彼の腕にあった回路のような模様が俺の全身に広がっていた。

あまりの衝撃に立っていられず、俺はその場に跪く。

 

「今、君の身体に僕のチート『剣製』と、魂の知識の全てを継承した。これで不完全だったころと違って、その能力を余すことなく使えるだろう。それに継承の時に強い衝撃も掛かるからこの世界からスムーズに帰還できる。これぞまさしく一石二鳥というやつさ」

 

その言葉と共に、俺の身体には浮遊感が生まれる。空の光はさらにその輝きを強め、俺は思わず目を瞑る。すると、急速に意識が遠のいてきて.....

 

「では、しばらくの別れだ。君の想い人、しっかり守ってやれよ?」

 

「いや、え、ちょっと待ーー」

 

彼の言葉を否定する間もなく、俺の意識は闇に飲まれていくのであった。

 

 

 

 

 

「いや、そういうのじゃねぇから!!」

再び目を覚ますと、そこは城の医務室のベッドの上だった。外は既に真っ暗になっており、戦いからかなりの時間が経過したことが分かる。

そして俺の右腕には呪文のような模様が書いてある包帯が隙間なく厳重に巻かれていた。どうやらなんらかの封印が施されているらしい。

俺は周りの状況を把握するため身を起こそうとする。しかしその時、体の上に何かが乗っかっているような感覚があることを俺は認識した。顔を向けるとそこにはスヤスヤと眠るアイリスの姿があった。状況から鑑みるに、おそらくお見舞いの途中に寝てしまったのだろう。

俺はアイリスのそんな姿に微笑すると、愛おしい彼女の頭に手を落とすーー

 

「いや、違うよ?」

 

直前で俺は正気に戻った。

なんだ愛おしいって!?そして今何をしようとしてた俺!?

いや違うんだよ?別にアイリスが愛おしいとかそういうのじゃなくてね?いや、愛おしくないとか言うと語弊があるんだけど。ただ俺にとってアイリスは命の恩人で夢を叶える手伝いをしたい対象ってだけで、アーチャーが言ってた想い人ってわけじゃないんですよ。

それにこの状況についても説明が欲しい。どうしてアイリスがこんな真夜中に俺のベッドに寄りかかっているのか。しかも周りに護衛の姿は無い。おそらく抜け出してきたのだろうが。クレアとレインにはもっとしっかりとした警護をしてほしいところだ。

俺がそんなことを考え身悶えしていると、アイリスの身体がブルリと震える。まさか起きるのか、俺は身構えるが起きる気配は感じられない。どうやらただの身震いだったらしい。

しかし、部屋の中とはいえ布団も被らずに寝ていれば彼女は風邪をひいてしまうかもしれない。

万が一風邪をこじらせて重症化なんてしてしまったら?

病死は寿命扱いとされて、リザレクションでも蘇生が不可能なのだそうな。

つまり、戦闘で死んだりするよりも、病に倒れることがよっぽど恐ろしいことであり、それが王女であるならばなおさらだろう。

だから、アイリスをベッドに入れるのは不可抗力であり、むしろーー

 

「違う、そうじゃない」

 

むしろじゃねぇよ頭イカれてんのか。

ダメだ、この状況に俺も少々混乱しているらしい。

落ち着け、まずは落ち着くんだ鈴木誠也、アーチャーの言葉に惑わされるな!これは罠だ!

俺は起こさないように細心の注意を払いながらアイリスに布団を被せる。心なしか表情が穏やかになった。かわいい。

ヤバい、アイツの言葉に惑わされる気がする。

というかこの状況、冷静に考えてみればクレアに殺されるのでは?

先程とは打って変わり、全身から冷や汗が流れる。

だが待って欲しい、この状況は俺が意識を失っている時に作り出されたものであり、決して俺のせいではない。

それはともかくとして、この状況はなんとかしよう。とりあえずアイリスはここに置いて、俺は自分の部屋のベッドにでも行こう。

そう決意して、俺がアイリスを毛布と共にそっと抱き上げた、その時だった。

 

アイリスの目がパチリと開き、眠たげな目で状況を把握しようと目の前にある俺の顔を見る。

 

「あ、えっと、おはようアイリス」

 

「ああ.....おはよう御座いますセイヤさん。.....ええっと、私はどのくらい寝ていたのでしょうか?」

 

「さぁ....俺が起きた頃にはもう寝てたから....」

 

俺がそう言うと、アイリスはなるほどと眠たげな目を擦りながら呟いた。

そして、ハタと今の状況に気がついたらしい。

 

「....え、あの、え!起きてるじゃないですか!それに私抱えられて....ええ!?」

 

あかん、アイリスが混乱している。

 

「とりあえず一旦落ち着け。今下ろすから」

 

俺はそう言いながら、アイリスをベッドの上へと座らせる。アイリスはしばらくの間顔を赤くしながらパニックとなっていたが、しばらくするとだんだんと落ち着きを取り戻していく。

 

「....あの、起きたんですね。あの戦いが終わってから今までずっと寝ていたので、すごく心配したんですよ」

 

「それについては、まあ、ごめん。話には聞いてると思うけど、いろいろと説明を受けててさ」

 

俺が倒れてから今に至るまで、おそらく半日以上は経過しているのだろう。随分と心配をかけてしまったらしい。反省しよう。

 

「そういえばリヒターは?アイツも怪我してたからここにいるはずだろ?」

 

その問いにアイリスの表情が曇る。

 

「彼は....行方不明なんです。怪我の治療のため兵士達が医務室へと運んでくれたはずなんですが、少し目を離した隙に...」

 

おそらく口封じのため誘拐されたか殺されたのだろう。どうやら本格的に殺伐としてきたなこの城。

 

「槍は?アイツはともかくとして、あの槍が敵に取られるのはかなりまずいんだが」

 

「それについては心配ないです。ここに置いてありますから」

 

アイリスが指差した方には、リヒターの使っていた紅い魔槍がかなり雑に立てかけられていた。神器なのに。

まあ、槍がここにあるのは助かった。いくら防御する策があるとはいえ、あの一撃を再び向けられるのは心臓にかなり悪い。

 

「あなたが倒れた後、会議が開かれたんです。そこで、彼のような"テンセイシャ"という人を危険視する声が上がっていて...あなたにも疑いの目が掛かっていて....」

 

なるほど、リヒターを暴走させたのはこの為だったか。

たしかに、ここ王都に在籍している転生者は数多くいるし、その戦力も凄まじいものがある。しかし、彼らは誰かに与えられた力を振り回されている分、何かを考えて実行する能力に欠けるのだ(もちろん、俺もそうでないとは言い切れないが)。

そしてそんな中、彼らの舵取りをしている王都が転生者に疑いの目を向け、危険視したらどうなるか。

当然、彼らは強大な戦力を失った王都と共に滅びるだろう。

おそらく、というか確実であるが、この件には魔王軍と深い関わりのある貴族派閥が関係している。

彼らにとっては、今日リヒターが暴走した時点で作戦は成功していたというわけだ。

 

「ごめんなさい.....私があの時戦いに参加していたら、あなたは辛い思いをすることも無かった....」

 

アイリスの表情から察するに、俺がどうやってリヒターを止めたのかは彼女に伝わっているらしい。

念のため自分の腹を確認してみると、貫かれた傷はなんの痕も残すことなく完璧に塞がっていた。

 

「いや、それこそ敵の思うツボだった。今、俺が"疑われている"というだけの立場にいるのはアイリスが状況を判断して引いてくれたおかげだ。それが無かったら事態はもっと深刻なものになってた」

 

「でも....!」

 

「それにさ」

 

俺はアイリスの言葉を遮ると、彼女の頭にポンと手を置く。

 

「俺は単純に嫌だったんだよ。王族とはいえ、11歳の女の子を人の殺し合いに巻き込むのは。だから気にすんなよ」

 

「.....あなたも私とそこまで歳は変わらないじゃないですか」

 

「うるさいやい」

 

流石に空気には流されてくれないか。それに痛いところを突いてきやがる。

俺が図星を突かれオロオロとしていると、そんな俺を見ていたアイリスがクスリと笑う。

 

「今はそれで納得します。あなたの言ったことに嘘はありませんし、私を気遣ってくれたことも分かりますから」

 

「そ、そうか。よかっ「ですが」

 

アイリスの表情が再びジト目に戻る。

 

「次、あなたが何かと戦うことがあったら私も一緒に戦わせて下さい。何もできずに誰かが傷つくのはもう嫌ですから」

 

「いや、でも他の貴族、あとクレアがなんて言うかーー

 

「その時は私がねじ伏せます」

 

Oh..... violently.....

じゃないわ。脳筋すぎるだろ。仮にも王族がそんな対応でいいのかよ。貴族はともかくとしてクレアが泣くぞ。レインは折れそうだが。

俺はしばらくの間彼女を踏みとどまらせる言葉を必死に考える。しかし、アイリスが真剣にそれを言っているのは目を見ればわかる。それに、俺を心配してることも。

 

「.....わかった、その時はよろしくな」

 

「はいっ!」

 

結局、俺はアイリスの言葉を曲げられず、なんとも言えない気持ちになりながらも同意するのであった。

ちなみに、槍は俺の部屋に移した。いつまでも病室に置くわけにもいかないしな。

 

 

 

 

次の日、眠りから目覚めた俺の眼前にあったのは、非常に良く鍛え上げられた腹筋だった。

 

「無事で本当に良かった!怪我は無い?何処か痛む?変になってる所があったら言ってね!」

 

「今現在変になってるのはお前だ!抱きしめんな元怪我人を!」

 

暑苦しいし絵面がヤバいんだよ!

 

「ああっとごめんなさい、つい感極まっちゃって。それで何度も言うようだけど、大丈夫なの?」

 

「おう、それはもう大丈夫。傷は完全に塞がったし、この前入れ替わった奴ともちゃんと話せたから。ジェシカこそ大丈夫なのか?ほら、一応お前も転生者だろ?貴族達からの圧力とか無かったのかよ?」

 

俺がそう言うと、ジェシカは複雑そうな顔をする。やはり、なんらかの圧力があったらしい。

というか、貴重な医療職に圧力かけんなよ。お前らにとっても生命線だろうが。

 

「まぁ、お前が無事ならいいけど。困った時は言えよ」

 

「セイヤちゃん.....!」

 

「すっごい笑ってやるから」

 

「ハハハ、言ってくれるじゃないのよこのやろ....以外とこの子力強....イタタタタ!!」

 

「そういえば、立て続けにこの城の危機を救ったんだ。何か褒美とか無いの?」

 

掴み掛かってきたジェシカをいなしアイアンクローを掛けながら、俺はクレアにそう問いかける。

 

「そうだな....本来の流れであるなら、お前のように成果を上げた者に対してはそれ相応の褒美が与えられることになっている」

 

おお、それは素晴らしい。成果を上げれば上げるだけそれに見合った報酬が貰えるということか。

 

「しかし、わかっているだろうが今この国には"テンセイシャ"を敵視する声が上がっている。一部の貴族達は大反発するだろうさ」

 

「つまり?」

 

「お前に与えられるはずだった褒美は虚構に消えたということだな」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は膝から崩れ落ちる。

なんてこった。せっかく積みあげた成果がオシャカになっちまった。

というかなんだよ反対って。成果を上げたことは事実なんだから、そこ対して賛成も反対も無いだろ。それに反対してる奴ら、今回も何にもしてないだろうが。

 

「いっそのことアイツら全員埋めてやろうか....邪魔だし」

 

全員頭から地面に叩きつけて埋めてしまえば、多少は話を聞いてくれるようになるかもしれない。

ただの脅迫だろって?失礼な、肉体言語を利用した正当な交渉だよ。

 

「気持ちは分かるがやめろ!あんな奴らでも我が国の政治を回している重鎮なんだ!わかった、私が多少の便宜なら通してやる!だから落ち着け!」

 

「出てる!なんか紅黒いオーラみたいなのが包帯の隙間から出てるわよ!」

 

そう言われたので自分の右腕を見てみると、たしかに呪いのようなオーラが封印の包帯の隙間から出ている。どうやらこの呪い、自分で操作できるようになったがその代わり感情に左右されるようになってしまったらしい。少し意識を向けると収まった所から見るにあまり心配は無さそうだが。

まあ、クレアが便宜を測ってくれるのであれば大抵のお願いは通るだろう。コイツ一応大貴族のシンフォニア家のご令嬢らしいし。

 

「それじゃあ、この城の武器を管理してる部屋に入らせてくれ。できるか?」

 

「出来るか出来ないと言われれば容易く出来るが....どうしてそんなことを望む?」

 

「剣製で作れる武器を増やしたいんだよ。リヒターと戦った時、出せる武器の少なさと武器の質で苦労したからな」

 

今回は仲間が居たのとリヒターが槍の性能100パーセントで戦っていたからなんとか勝利を掴むことができたが、今後はもっと強力な敵が現れる可能性がある。そんな時になって武器が足りなかったり、質が低かったりしたら笑い話にもならないからな。

 

「思ったより簡単な要望で助かった。物騒なことを言った手前、反対派の貴族達を一発ぶん殴りたいとか言い出しかねないと思っていたからな...」

 

「反対派の貴族の前にお前をぶん殴ってやろうか?」

 

失礼なこと言いやがる。俺だってそこまでバカなことはしないわ。いや、殴りたいとは思ってるけどさ。

 

「まあまあ、そういうことなら今から許可を貰いに行ってきてもいいんじゃない?セイヤちゃんの身体にも異常無いみたいだし」

 

「それもそうだな....よし、今なら朝早いからほとんどの貴族は業務に集中しているだろうし、彼らから見られない内にさっさと済ませてやろう....すぐ行って帰ってくるからな?殴りに行くなよ?」

 

「行かないからはよ行ってこい!」

 

クレアは不安そうにこちらを見ながら立ち上がり、この部屋を立ち去る。当然この部屋は、俺とジェシカの二人きりになる。

どうしよう。オネエと二人きりとか何か身の危険のようなものを感じるんだけど。

 

「....ねぇ、セイヤちゃん?」

 

「は、はい!なんでございましょうか!!」

 

恐怖のあまりつい敬語が出てしまう。しかし、そんな俺の考えはジェシカの顔を見た瞬間に何処かへと消えてしまった。何故なら、ジェシカが今まで見たこともないくらい真面目な顔をしてこちらを見ていたから。

 

「どうしてあの時、あんな危険な作戦を立てたの?」

 

「あの時ってのは....俺がリヒターと戦った時だよな?」

 

「そうよ。たしかに、あの時あなたが立てた作戦は見事にうまくいってリヒターの動きを止めることができたわ。だけどあなたはあの作戦を実行する時、怖いとは思わなかったの?」

 

「思ったけど....でも、そうじゃなきゃもっと被害が出てた。人も死んでいたかもしれない。クレアが、レインが、そしてお前が傷ついていたかもしれない。俺はそれが嫌だった」

 

嫌だからこそ、俺はこれからも頑張らないといけない。頑張って強くならなくちゃいけない。俺は沢山の人を守らなければいけないのだから。

 

「でも、それはあなたが傷ついて良い理由にはならないわ。あなたはもっと自分を大切にするべきなのよ」

 

ジェシカは諭すようにそう言って俺の肩に手を置く。

言っていることは向こうの方がきっと正しい。誰かのために自分が傷ついてそれで何もかもが解決するなんて、そんなことが美談となるのはきっと物語の中だけの話なのだろう。でも、それでも、

 

「それでも、俺はそっちの方がいい。誰かが傷つくより、自分が傷つく方が、ずっと」

 

そう言った俺に返ってくる返事は無い。表情も窺い知ることはできない。しかし、肩に置かれた彼女の手は僅かに震えていた。

不自然なほどの静寂が、この部屋の空気を澱んだ物へと変えていく。

そんな静寂がしばらく続いた。顔は合わないが彼女が何を考えているのかはおおよそ理解することができた。そして、彼女が再び口を開こうとしたその瞬間ーー

 

部屋のドアが勢いよく開く。そしてそこからクレアに加え、レインとアイリスが部屋へと入ってくる。

 

「....どうしたクレア。なんか増えてるが」

 

「いや、私だってアイリス様を連れてこようと思っていたわけではないのだ。ただアイリス様に私も連れて行ってほしいとお願いされて....」

 

「私も前々から武器庫を見てみたいなと思っていたのでどうせなら一緒に行こうと思いまして....ダメ、でしょうか?」

 

「全然良いと思います」

 

おい、意見がコロコロ変わりすぎだ。アイリスのこと好きすぎるだろお前。あと鼻血を出すな。今回は俺殴ってもいないだろうが。

 

「で、レインはなんでここに?」

 

「私はアイリス様を止められず、ここまで引きずられてきました....」

 

「....ドンマイ」

 

レインはいつも苦労してる気がする。なんかかわいそうに思えてくるのは俺だけなのだろうか。今度何か奢ってやろう。

 

「で、クレア、結果は?」

 

「ああ、そうだった。王に確認を取ってみた所、自由に見て回っても良いとのことだ。万が一のため監視を付けろと周りの貴族がうるさかったのでな。私が監視役として就くことになった」

 

なるほど、まあこの状況でそれだけの条件で済むならこちらとしても万々歳だ。

 

「それじゃあ今から行こうぜ。クレア、案内」

 

「大貴族を顎で使うな!....まあ、今回はお前の働きに報いるために企画したものだ。案内くらいはしてやる。着いてこい」

 

そう言って歩き出すクレアにレインとアイリスは着いていく。そして彼女達に続こうとした俺の足は、扉の前で立ち止まる。

俺は身体を反転させ、ジェシカと顔を相対させる。ジェシカの表情は不安に満ちていた。きっとそれは自分に対してではなく、俺に対してだ。

 

「....ジェシカ」

 

「....どうしたの?」

 

ジェシカが俺にかける言葉はどれも優しい。彼女とは少しの付き合いではあるが、彼女は優しくて、誰かを助けることに全力になれる人だとわかった。

 

「また、来ても良いか?あの、辛くなった時」

 

自分の生き方は曲げることができない。しかし、彼女の優しさを無下に出来るほど、俺は人でなしにはなれない。だから、そんな優しさに寄りかかる俺は、きっと最低な奴なのだろう。

 

「....ええ、いつでもいらっしゃい。辛くなくても、遊びにいらっしゃいな」

 

しかし、そんな俺にジェシカはそう言って微笑むだけだった。

俺はそんな彼女の言葉に対し、少しぎこちない笑みを浮かべることでそれを返す。

そして俺はそのまま彼女に背を向け、部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

仄暗い地下室に、水の滴るような音が反響する。

そこは数々の実験道具が存在する実験室のような場所だった。それらの実験道具は怪しく光り輝き、その中心には一人の男が居た。

 

「うーん、やっぱりこの掛け合わせだとパワーはあっても持久力にかかるんだよなぁ....もう少し持久力のある個体を足すか。参考までに聞きたいんだけどさぁ、リヒターくんはどう思う?」

 

彼は隣にいる男にそう声を掛ける。しかし、その返事が返ってくることは無い。何故なら、その男には既に言葉を発するための頭部が欠如しているからだ。

 

「ああ、そうだった。コイツは実験して殺しちゃったんだっけ。じゃあもう要らないや」

 

彼はその男の死体を部屋の隅にある箱へと投げ入れる。その瞬間、箱から肉を食い破るような異音が鳴り響き、投げ入れられた死体はどんどんと箱の中へと消えていく。

 

「はぁ....まったく。研究っていうのは上手くいかないものだよね。最高傑作のシュレイブニルだっていつのまにか消えちゃったし、モチベーションが下がるわー。それに民間人に手を出し過ぎると魔王様怒るんだよなぁ....それが一番楽しいのに。でも仕事だから文句も言えないしさ。嫌になっちゃうよ」

 

彼は背もたれに寄りかかりながら恨みごとを呟く。そうしてしばらく時間か経過すると、固まって身体を無理やり動かすようにして椅子から立ち上がる。

 

「でもまぁ、もう少しで僕が立てた計画も承認されそうだし。それまで我慢しますか!」

 

そして彼は研究室の奥へと歩いていき、そこにあるいくつかの培養液のタンクの前に止まる。その中には夥しい数の巨大な百足のような怪物がギチギチという鳴き声を上げながら蠢いていた。

 

「さあ、もう少しで君たちを盛大にお披露目することができるよ!みんなどんな反応をするのかな?恐怖?絶望?それとも狂乱?ああどれもすごくイイ!本当に待ちきれないよ!アハハ、アハハハハ、アハハハハハハハハ!!」




「なんだこの剣?無駄に豪華な装飾施されてるけど」

「なんとかカリバーっていうこの国の国宝らしいです。しかし鞘の装飾が綺麗ですね...父上に言ったら貰えないでしょうか?」

何も知らない二人の会話。

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二十一話 頭のおかしい貴族の娘

そろそろ受験を意識しなくちゃいけなくなってきたな...怖えッ、怖えよッッ!!


「よし、そろそろ行くか」

 

俺は読んでいた手帳をポケットにしまい自室のベッドから立ち上がると、もう一度身だしなみを確かめるために鏡の前へと向かう。

今、俺はいつものような動きやすい格好ではなく、執事が着るような燕尾服を身に纏っていた。

どうしてそんな格好をしているのかというと、今日は少し前にユリエールと約束した舞踏会について話し合う日だからである。

鏡の前で服に付いたしわや折れ目を治し、くしで髪を整える。そして念のため右腕の包帯の結び目を確認すると自室を出る。

自室から出ると、お昼時ということもあってか貴族やメイド、執事達とひっきりなしにすれ違う。

 

「アレが"テンセイシャ"と呼ばれる者か。最近の事件には全てアレが関わっているのだろう?」

 

「ああ、それに人知を超えた力を持っているらしい。私達に危害が加えられると思うと...なんとも恐ろしい」

 

わざと俺に聞こえるほどの声量で陰口を叩く貴族。

前回と今回の事件に転生者が大きく関わっていたせいか、貴族達の俺と他の転生者に対する評価は地の底まで低下し、それにより発生した一部の貴族達の嫌がらせによりこの城にいた他の転生者はその数を順調に減らしている。

数日前までは城の中を歩いてみればチラホラと転生者の姿を見かけたものだが、今やその姿も見当たらないほどだ。国王も色々対策を立てていてなんとか王都からは出てはいないらしいが。

本当にいつしかこの城魔王軍に乗っ取られるんじゃないだろうか。『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』なんてよく言ったものだ。

俺はそんな彼等の陰口を無視しつつ堂々と長い廊下を進む。

こちとら今まで散々貴族に反抗してきたんだ。今更こんな罵声を浴びせられたところで俺の心はちょっとしか傷つかない。外野は勝手に言ってればいい。陰口の内容からしてその事件を俺が全て解決しているくらいの情報も知らなさそうだし。

 

「まったく、そもそも貴族ですら無い平民が堂々と城に居座っている時点で私は我慢ならないんだ。アレも自分の立場を自覚して大人しくしていれば良いモノを...」

 

「他の者達は城から消えているのになぜアレはしぶとくしがみついているのか....そんなに権力が欲しいのか、浅ましい」

 

しかし、よくそんなに暴言が尽きないものだ。暇なのだろうか。あと権力が欲しいのはお前だろ。

そんなことを考えつつ、彼等の間を通り過ぎて集合場所である中庭へと向かう。

中庭へたどり着くと、俺は目的の人物であるユリエールを探す。しかし、時間にも関わらずその姿はどこにも見えなかった。

 

「まだ来てないみたいだな...それならしばらく待つか」

 

俺はそう言って木の下に座り、何もしないのも時間の無駄なので戦闘で使う道具の点検を行うことにする。と言っても、俺が戦闘に使う道具は糸と魔導札くらいだが。

 

「あ、意外と糸が傷ついてる。またハイデルさんに貰いにいかないと...」

 

なんでも、この糸はハイデルさんの奥さんが制作している特別製なんだそうだ。どうして奥さんがこんな物を作り出せるのか問いただしたい所だが、聞かない方がいいんだろう。世の中には知らなくてもいいことは沢山ある。

 

「魔導札もなぁ...無限に魔力を持ってるし詠唱も要らないからすごく使いやすいんだけど、やっぱりちゃんとした魔法職じゃないから威力が落ちるんだよなぁ...威力を高めようとして沢山魔力を込めたら暴走して爆発するし、量で対抗しようにも魔導札を大量に買えるほど金持ちじゃないしな俺。城勤めなのに」

 

リヒター戦であれだけ使った後に判明したのだが、どうやら魔導札はスクロールと違い世間の需要が少ないためその分結構な金が掛かるらしい。初級魔法でさえ出費としてはバカにならないのだ。これをプレゼントとして束で渡したミツルギさんの金銭感覚は狂っているのではないだろうか。

そんなことを考えつつ、俺は彼女が来るのを待つ。しかし、

 

「いやホントに来ねぇな」

 

約束の時間はとっくに過ぎている。流石にこれだけ時間が経過しているのに来ないとなると心配になってきた。

とりあえず落ち着こう。落ち着いて考えよう。どうして彼女は来ないのか。

可能性としては3つある。

1つ目、なんらかの事故やら事件があって来られなくなっている可能性。これはまぁ無いだろう。なんらかの事故や事件が起きた場合、現在警戒体制が敷かれているこの城ならきっと騒ぎになっている。

2つ目、単純にこの約束を忘れている可能性。これは俺がなりかけていたものである。いやだってしょうがないじゃん?あれだけの事件が起きて変わりゆく環境の変化に必死に対応してたから俺の頭の中そればっかりよ?手帳に書いてなかったら完全に忘れてたわ。

そして3つ目だがーー俺の評判を聞いて、彼女が逃げ出した可能性だ。

正直、この可能性が一番高い。今や俺はこの城の中で犯罪者予備軍か容疑者と同じ扱いをされている。彼女が俺に再び会うのを怖がるのは自然な流れだろう。納得はできないが。

まぁ、どんな事情があったとしてもこの場に彼女が居ないのであればここで待っていても仕方ないか。

俺はそう考えると木から立ち上がり、その場を後にしようとした。その時、

 

「セイヤー!」

 

俺を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ると、待ち人であるユリエールがこちらに向かいひどく焦ったように走ってくる姿があった。

遅れて来てしまったことで怒られると思っているのか、彼女の顔には恐怖の感情が浮かんでいた。

たしかに遅れてしまったことは事実だが、俺はそれだけで怒るほど器の小さい人間ではない。どれ、ここは彼女を安心させるため一声掛けるとするか。

 

「そんな焦らなくても、全然怒ってないからなー!ゆっくり歩いて来て良「助けてー!!」....なんて?」

 

ユリエールから城の中とは思えない悲鳴が返って来たことに、俺の頭は一瞬フリーズする。

よく見ると、走る彼女の後方にはそれぞれカブトムシ、クワガタムシ、ハチを巨大化させ、二足歩行にしたかのような3体のモンスターが彼女の後を追走していた。

なるほど、彼女は別に遅れたことを気にかけていたわけじゃなくて、アイツらに追いかけられていたから走ってきていたのか。なるほどなるほど.....。

 

「.......はぁ!?」

 

なんで!?なんで城内に当たり前のようにモンスターが居るの!?どう考えてもおかしいだろ!!あまりにも常識外れだったから一周回って納得しかけちゃったよ!!

と、とりあえずあのモンスターはなんとかしよう。幸い敵は三体、それもあんまり強くなさそうだ。食後の運動的な感じでパパッとやってしまおう。

 

「『剣製』!」

 

俺は詠唱と共に自身の周囲に数本の剣を投影する。

アーチャーの記憶から学んだものとして、『剣製』とは本来投影魔術と呼ばれる魔術(魔法と何が違うのかはわからないが)から派生した特典という物がある。だから俺が今までしてきた「剣を作り出す」というイメージでは剣を浮かせたり飛ばすことが出来なかったのだ。

 

「全投影過程終了....一斉射出!」

 

そして俺がそう叫ぶと自身の周囲に固定されていた剣は弾丸のような速さで虫達に向かい飛んでいき、その身体に深々と突き刺さった。

虫達はけたたましい鳴き声を上げて地面をのたうち回る。

 

「今のうちに俺の後ろまで走って来い!」

 

そう叫ぶと、ユリエールは一目散にこちらに駆け寄ってくる。見える所に怪我は無いみたいだ。よかった。

俺は彼女の状態を目視で確認すると、再び虫達の方へと向き直る。

虫達は痛覚が存在しないのか、剣で貫かれているのにも関わらず緑色の血を流しながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「流石は虫、想像以上に生命力は高いな。だったら....これならどうだ?」

 

俺は目を閉じ、奴らに突き刺さった剣に意識を集中させる。

そしてその中に内包された魔力を認識すると、その魔力を暴走させる。

すると奴らに突き刺さっていた剣は次第に崩壊していき、内側から目のくらむほどの光を放つ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

瞬間、轟音と共に剣は爆発する。衝撃波が木々を揺らし、発生した爆炎は虫達もろとも周辺の草木を延焼させる。黒煙が晴れると、そこには小さなクレーターのような物ができていた。

俺はすかさず冒険者カードを取り出し、討伐したモンスターの項目を見る。そして項目欄の表記が3つ増えていることを確認すると、安堵のため息を吐く。

 

「おい、もう大丈夫だぞ」

 

そう呼び掛けると、俺の後ろにある木の裏からユリエールは恐る恐る顔を出す。

 

「....ホントに?ホントにいなくなったの?」

 

「ホントだホント、いなくなったよ。だからさっさとそこから出てきて状況を説明しろ。こんな城の中でモンスターに追いかけられるとか普通じゃないからな?」

 

「突然だけど用事を思い出しちゃったわ!という訳で私はこれでーー」

 

「逃がさんぞ?」

 

俺はそう言って逃げ出そうとするユリエールの肩を掴む。

本当はこんな厄介事は今の俺の精神衛生上関わりたくない。本当に関わりたくない。だけどここで見逃してしまえば後々もっと厄介なことになる恐れがある。そんなのは死んでもゴメンだ。

 

「離して!私これからアレがソレする用事があるから!」

 

「どれだよ」

 

言い訳にしても適当すぎるだろ。舐めてんのか。

まあこうして逃げ出そうとしている時点でまともな理由じゃないのは確定的に明らかだ。多少手荒になってしまっても問題無いだろう。

 

「俺お前が来るまでだいぶ待ってたんだけどな?誇り高い貴族様は遅れた理由も説明できないんですかねぇ?」

 

「....わかったわよ話すわよ!話せば良いんでしょこの悪魔!」

 

「悪魔扱いはやめろ。傷つくだろうが」

 

俺はようやく罪悪感を感じ始めたのか正座をするユリエールの周りに逃げられないよう糸を張り巡らせる。これで万が一彼女が逃げ出そうとしたとしても素早く捕縛することができる。

 

「よし、じゃあ話してもらおうか。....ちなみに嘘をついたり、誤魔化そうとしたらこいつを飲ませるからな?」

 

俺はそう言って懐から1つのポーションを取り出す。

 

「....何よそれ?」

 

「記憶を消すポーション。副作用でバカになる可能性アリ」

 

「思いっきり禁薬じゃない!?」

 

「まあ本当のことを言えば良いだけの話だ。簡単だろ?」

 

「完全に脅しじゃないのよ!?最低!最低よアンタ!この鬼畜!邪神!」

 

「邪神扱いもやめろ。傷つくだろうが」

 

「だっていつのまにか腕生えてるし!少なくとも人間ではないでしょ!!」

 

「これは色々事情があんだよ。深くは考えんな」

 

俺は取り出したポーションを懐にしまいつつ、しゃがみこむことで彼女と目線を合わせる。

 

「それじゃあ聞くが、なんでお前はあんなのに追いかけられていたんだ?そもそもアイツらは一体なんなんだよ?」

 

「....それを話すためには、まず私の家系について説明しなければならないわ。私達キリエス家は代々錬金術を専門として研究を続ける一族なの。そしてその使命は、一族の一人である私にも当然回ってくる物だったのよ。だけど、錬金術は魔法と違って触媒と錬成陣さえあれば魔力を使わずにいろんな事ができる代わりにその難度も高いの....結果、私のやろうとしていたことと全く違う方向に錬成は行われて、あの悲しきモンスターは誕生してしまったのよ....」

 

彼女はそう言って自嘲するように儚げに微笑む。

 

「.....長い、簡潔に言え」

 

「錬金術やってたら失敗しちゃった☆」

 

「思いっきり自業自得じゃねぇか!魔王軍に襲われてるのかと思って心配した俺の気持ちを返してくれよ!」

 

コイツマジで張り倒してやりたい。

だがここでコイツを〆てしまっては、後々舞踏会の現場に侵入する事が困難になってしまうだろう。

俺はため息を吐きつつ、彼女の周りに設置した糸を回収する。

 

「というかなんで虫で錬成なんてしたんだよ?余計に魔王軍の手先なんじゃないかと疑ったじゃねぇか」

 

「それはお父様が錬成をする時に使う生物の素材で一番簡単なのが虫だって言うからその通りにやっただけよ....まぁその一番簡単な素材で私は失敗した訳だけど....うぅ」

 

「自分で言っといて落ち込んでんじゃねぇよ!反応に困るだろうが!ほら、今回は失敗したとしても今度は成功するかもしれないだろ?な?」

 

どうして本来被害者であるはずの俺が、加害者である彼女を慰めなきゃいけないのだろうか。これがわからない。

 

「まあそういうわけでその虫達に追いかけられていた所にたまたまあなたがいたから、私は助けを呼んだのよ」

 

「どういうことだ?たまたまな訳ないだろうが。ほら、3日前に約束しただろ?舞踏会について色々話し合おうって」

 

俺がそう言うと、彼女は頭をひねり考える様子を見せる。そしてしばらくすると、ようやく思い着いたかのようにして手を打ち、

 

「もちろん覚えていたわよ!ええ!もちろん!」

 

「お前その演技力でよく嘘をつこうと思ったな」

 

貴族の令嬢だから今まで嘘なんてほとんどついた事が無いんだろうが、それでも分かりやす過ぎないか?将来が心配になるレベルだぞ。

 

「俺はてっきり、妙な噂の流れてる男には関わりたくないって約束をすっぽかされたとばかり思っていたんだが」

 

「?、あなたってそんな悪い噂を流される人とは....まあちょっと考えなくもないけど。それに所詮噂は噂、会ったこともない他者の意見なんて私の行動を制限する理由にはならないわ!」

 

そう言って彼女は高らかに笑う。

なるほど、彼女は噂についてあまりよく知らないのか。理由に関してはちょっとどうかと思うが他の貴族達よりはよっぽど良い。

 

「まあ、そう言ってくれるならこちらとしてもありがたい。そんじゃあさっそく始めるか。つっても舞踏会のルールとかしきたりなんかは大体勉強したし、やる事といえばお前とのダンス練習くらいだけどな?」

 

「ああ、だから今日は平民には似合わないしっかりとした服なんて着てるのね」

 

「一言余計だがまあそうだ。ただまあ今回はお互い初めてってのあるし、そこまで厳しくはやらねぇよ。お前の相手に困るほどのダンスの実力ってやつも見たいしな。さて、礼儀に基づくならこう言うんだっけな....私と踊っていただけますか、淑女(レディ)?」

 

俺は人を揶揄うような笑顔を浮かべ、劇場の演者のように手を差し伸べる。

 

「それ絶対嫌味よね!?見てなさい!完璧に踊り切って鼻を明かしてやるんだから!」

 

 

俺の言葉に反応し、プンスコと怒る彼女はそう言って俺の手を力強く握った。

俺はその手を引っ張ることで彼女を地面から立たせると、中庭の少し広くなっている所まで一緒に歩く。そして左手は握りしめたまま、腰のあたりに右腕を回すと、ゆっくりと踊りを始めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「........」

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

俺は追い詰められたサラリーマンのように見事なDOGEZAをキメ散らかすユリエールを見下ろしながら言葉を紡ぐ。

 

「俺は、人とは向き不向きのある生き物だと思っているんだ。剣が上手いやつ、料理が上手いやつ、魔法が使えるやつ。人間一人一人にはそれぞれ自慢ができるような長所が存在するし、それと同時に自分ではどうしようもできないほどの短所なんていうのも存在する物だ。だから百歩譲ってあれだけ啖呵切っておいてダンスが壊滅的にできないのはこの際置いておくよ?」

 

まあ正直ステップが壊れかけのロボットみたいな挙動になってたり、5秒に1回は転びそうになるとか中々のツッコミ所はあるんですけど。

 

「でもさ.....転びそうになったから支えてやってんのに、パニックになったついでに俺を錬金術で爆破するのだけはどうにかなんねぇかな!」

 

「ごめんなさい!本当に!本当にごめんなさい!」

 

ユリエールにパートナーができない理由がわかったわ。あれだ、コイツはダンスの上手さ以前にパートナーを粉☆砕するからなのだろう。

そりゃあこんな一緒に踊る相手を爆破する奴とは組みたくないわな。爆弾魔かよ。

 

「というかお前錬金術の発動には触媒と錬成陣が必要だって言ってたよな?触媒は多分どっかに隠し持ってるとして、錬成陣はどこにあるんだよ?」

 

「錬成陣自体は単純だったり得意な錬金術であればそこまで大きい物は必要無いのよ。だから私の場合、錬金陣はここに入れてあるわ。ほら」

 

彼女はそう言って自分の手につけている手袋を外す。するとその下にある彼女の手の甲には錬成陣のような入れ墨が貼られていた。

なるほど、たしかにそのくらいの錬成陣の大きさで錬金陣が行使できるのであれば入れ墨のように身体の一部にしてしまった方が便利なのだろう。今回はそれが裏目に出ているのだが。

 

「じゃあ今すぐ俺に触媒の方を渡せ!毎回こうもポンポン爆破されるとこっちの耐久力にも限界がくるんだよ!」

 

「嫌よ!この錬金術は私がまともに使える唯一の錬金術なの!私のアイデンティティを奪わないでよ!それに錬金術っていうのは周りにある一番触媒にしやすい物を無差別に触媒にするから下手したらあなたの持ち物とか服が触媒になる可能性が....」

 

「ああああああもう!ままならねぇなぁオイ!」

 

やばい、すごい投げ出したい。ダンスが下手なだけならと思って『ああ、やってやる』とかキメ顔で言わなきゃよかった。

胃が痛い、主にストレスで。癒し、癒しが欲しい。最近アイリスとなんか顔を合わせずらいせいで癒しの供給が全くできていない。差し当たっては今度アーチャーに会ったら一発くらいぶん殴っておこう。

 

ーーなんでさ!

 

「どうすりゃあいいんだよ!錬金術の暴発は致命的すぎるだろ!一歩間違えれば危険物扱いされて会場から追い出されかねないんだが!?そもそもダンスが驚くほどできてない!いくら舞踏会まで時間があるとはいえヤバすぎるんだよ!」

 

「そこまで言わなくてもいいじゃない!そうよ!私は壊滅的にダンスをするという才能に欠けててついでにパートナーを爆破する不器用っ子よ!でもしょうがないじゃない苦手なんだから!大体アンタは平民だからダンスなんてでき....てたわよね。しかも私のフォローを完璧にこなしながら......ねぇ、もしかしてアンタってどっか辺境の貴族だったりしない?出身はどこなのよ?」

 

「貴族じゃねぇよ。れっきとした平民だわ。出身はーー」

 

俺の言葉はそこで不意に止まる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

どういうことだ。たしかに俺は少し前まで自分の出身を覚えていたはずだし、それをアイリスに少しぼかしながらも話したこともあった....はずだ。そもそも自分の出身地を忘れるなんて普通じゃ有り得ないことだろう。

一体いつからだ?いつから俺は自分の故郷を忘れた?

俺は自身の記憶に混乱しながらも、これだけははっきりと自覚する事ができた。

俺の身体に、なにか異常なことが起こっている。

 

「.....どうしたの?すごく顔色が悪くなってるけど」

 

「ああ、大丈夫、たいしたことじゃない。ただちょっと昔食に困って虫を食べてたことを思い出してさ....」

 

「やめてやめて!さっきまで虫に追いかけられてたから余計に嫌な話よそれ!」

 

「そう、あれは3年前の暑い夏の日のこと......」

 

「もういい!もういいから!聞いた私が悪かったからああああ!」

 

彼女は首をぶんぶんと振りながら涙目で俺の口を塞ごうとしてくる。

よかった、とりあえず誤魔化すことはできたらしい。

 

「とにかく、舞踏会までには最低限のダンスのセンスと爆破癖を治してもらうぞ。というかそれが出来なきゃお前を笑ってきた奴らを見返すとか夢のまた夢だぞ」

 

「わかってるわよ、そのためにアンタをバディを組んだんだから。よし、明日から猛特訓よ!」

 

「そうだな、ただ明日は勘弁してくれ。やらなきゃいけないことがあるんだ」

 

「えー」

 

「えーじゃねぇよ。俺にもいろいろやる事があるんだよ。代わりに練習方法の詳細を書いておいたから、まずは基本的な動きを覚えてくれ」

 

俺はそう言って数枚の紙をユリエールに手渡す。

 

「じゃあ次会うのは明後日だな。それまでにステップくらいは踏めるようになっておくんだぞ?」

 

「アンタこそ!私の錬金術に耐えられるように防御力上げときなさいよ!」

 

「やっぱりテメェはまずその爆破癖をどうにかしやがれ!!」

 

やっぱりコイツをパートナーにしたのは失敗だったかもしれない。俺はそう思わずにはいられないのだった。




崩壊率30%

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二十二話 これは非公式な視察であって、断じてデートではありません

大変長らくお待たせいたしました!
死ぬほど忙しいんだ。許せ、サ○ケ。


「ーーというわけで、アイリスを1日外に連れ出したいんだが」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

こんな朝っぱらから事務作業に従事しているクレアは、俺のそんなささやかなお願いに対し辛辣な答えを返す。

 

「いやなんでだよ。今日アイリスはなんの用事もない休日なんだろ?遊びにくらい誘ってもいいんじゃないのか?」

 

「....あのだな、お前は長い間この城に居るせいで感覚が麻痺しているのだと思うが、アイリス様はこの国の王女なのだぞ?そうやすやすと遊びに誘うのはーー」

 

「私がどうかしたんですか?」

 

話を聞きつけたのか、部屋の奥からアイリスがひょっこりと現れる。

 

「いや、たいしたことじゃないんだ。ただちょっとクレアにアイリスと外に行けないか相談をしていただけ」

 

「行きます!」

 

アイリスは話を最後まで聞き終える事なく目を輝かせながら即答する。

 

「行かせません!行かせませんよアイリス様!王女がそんな軽々しく外に出ようとしないでください!」

 

「そうですよアイリス様!どうかご自重くださいませ!」

 

そんなアイリスに2人は口々に静止の言葉をかける。

どうやら相当に警戒されてるらしい。まあたしかに気持ちはわからなくもないけどさ。

俺は2人の肩を引っ掴むと、部屋の隅へと引きずっていく。

 

「クレア、レイン。一応いっておくがこれにはきちんとした訳があるんだ。軽々しく言ったんじゃない」

 

「ど、どうした?いつになく真面目な表情をしているが...」

 

「まあ聞けよ。ほら、ほとんどの貴族もそうなんだがアイリスって今まで城の中で大切に育てられていたこともあってか、ちょっと....でもないか。世間知らずな所があるだろ?」

 

「まあ、そうだな」

 

俺の言葉に頷くクレア。いや正直あなたも大概なんですけどね?

 

「たしかに、貴族で世間知らずっていうのは珍しい話じゃない。貴族は一般的な平民の生活とまったく違う生活を送っているからな。それが王女であるならなおさらなんだろう。だけどこれから国を治めるかもしれない人間がそこに住む人達の生活とか文化を全く知らないってのはどうなのよ?」

 

王、または女王はその国の統治者だ。その国の生活、道具、文化、宗教などを詳しく把握する必要がある。出す政策によってはその国の文化などを大きく変えてしまうこともあるのだ。上に立つ者はそれだけ多くの知識を身に付けることが大事になってくる。

 

「少なくとも俺は平民として、下に立つ人々の事情も知らずに指示を出す王はその地位にふさわしくないと思うしそんな国はすぐにボロが出る。だからこそアイリスには普段一緒に授業で受けている書面上の知識だけじゃなく、アイリスが実際に見て、感じて、そういう知識も培っていって欲しい。だからこそアイリスのため、またこの国のため、彼女が外に出ることを許してくれないか?」

 

「.....まさかお前がそんなにもこの国を想っていたとは!よし、私が内密に話を通してやる!存分に行ってこい!」

 

クレアはそう言って自身の胸をドンと叩く。

 

「よし」

 

「よしじゃありませんよセイヤ様、クレア様もごまかされないでください!たしかにセイヤ様の言っていることも間違いではありませんがそれなら我々も交えて視察という名目で行けばいいだけのこと!わざわざ非公式に外に出て危険度を高める必要はないですよね!」

 

クソ!レインのやつ意外と冷静だ!

俺はそんな姿を見て少し考えると、後ろに居るアイリスを指指す。

 

「アイリスも行きたがってるしさ。クレアとレインはアイリスのお願いを聞いてあげられないのか?」

 

「何でも聞いてさしあげるに決まっているではないか」

 

「聞かないでくださいクレア様!セイヤ様はクレア様の忠誠につけ込むのはやめて下さい!アイリス様の教育に悪すぎます!」

 

短いやりとりの中で既に疲労困憊なのか、ゼェゼェと呼吸を荒げながらレインは泣きそうな声を上げる。

これでもダメか、どうやらレインの意思は固いらしい。

 

「しょうがないな。分かった、ここまで説得してもダメなら別の方法で2人を納得させるよ」

 

「今までのは説得じゃなくて悪質な詐欺ですよね!?それにどんな事をされてもこのレイン!納得なんてしませんよ!ただでさえアイリス様が外に出るだけでも大目玉なのに一緒に行ったのが最近城内で黒い噂の絶えないテンセイシャなんて知られたら大幅減給は避けられないんですからね!」

 

失礼な、俺は何もしてないだろうがよ。

まったく頭の固い貴族の連中はこれだから嫌なんだ。噂だけで人のことを判断しやがって、ヘドが出るわ。

 

「2人とも、修練所に来い」

 

「.....へ?」

 

レインは俺の次なる手に警戒するように身構えたままの体勢で固まる。

 

「ようは城の外に行ってもアイリスを危険に晒さないって証明できればいいんだよな?だったら今からその身を持って証明を.....」

 

「行ってらっしゃいませセイヤ様、アイリス様」

 

俺が言い終わる前に、レインは一雫の涙を流しながらそれはもう綺麗な礼を見せた。

可哀想だからアイツらの給料は俺のポケットマネーでなんとかしておくことにしよう....言うほど無いけど。

 

「あとアイリス、もう証明はしなくていいから剣を下ろせ。2人が露骨に怯えてる」

 

「そうですか......」

 

そこ、残念そうな顔をするんじゃあない。狂戦士(バーサーカー)かお前は。

 

 

 

 

 

 

城を出て少し歩いた先、この王都の中で最も賑わっているであろう中央街。

 

「セイヤさん、セイヤさん!あの建物は何ですか!?あそこに浮かんでいる板のような物は!?私、気になります!」

 

「はしゃぐ気持ちはわかるが少し落ち着け。あの建物はただの宿屋だ。あそこに浮かんでるのは多分魔道式の広告版だろ。取り付けてあるマナタイトの魔力で浮いてんだよ」

 

俺は大はしゃぎでそこらじゅうに目を向けるアイリスの後を、歩調を合わせながら追いかけていた。

 

「というかアイリス、城から出た瞬間からずっと気になっていたんだが......その格好は一体なんなんだよ?」

 

俺はアイリスにそう尋ねる。

というのも今、アイリスは紫色のネコ耳?ウサギ耳?のついた純白のローブという圧倒的に目立つ格好で大通りの真ん中を闊歩している。こんな格好ではフードで貴族の象徴である金色の髪を隠せたとしても別の意味で人の興味を引くことだろう。俺だってそんなやつ街中でみかけたら2〜3度見はする。

 

「この格好ですか?これは宝物殿にあった自分の正体を隠せる魔道具らしいです。お父様の肩を叩きながらお出かけをしたいのですがなにか良い道具はありませんか?と聞いたら大量のお金と共にこれを.....」

 

ダメだあの極甘王、早くなんとかしないと。

いや多分その道具って国宝ですよね?だってただの人ならともかく周りにチラホラいる高レベルそうな冒険者すらアイリスに見向きもしないんですもの。娘に肩たたきされたくらいで渡すレベルのもんじゃないだろこれ。あと国の血税を王女に勝手に渡すな。

 

「『交渉をする際は、利益を受けたと相手に確実に認識させるべき』あなたから教わった通りでした!」

 

俺はいつか王かクレアに処刑されるかもしれない。

ヤベェ、ヤベェよ。レインの言う通り完全にアイリスに悪影響を与えてるよ俺。

いや、物事をネガティブにばかり考えるんじゃない!その分アイリスが世の中を生きやすくなった。良いことじゃないか!

.....それはそれとして、責任を負うという意味で宝物殿から消えた金くらいは補填したほうがいいだろうか。

やっぱりやめておこう。俺のポケットマネーじゃ絶対に無理だ。

 

「それじゃあ行くか。一応言っておくが、物珍しい物に惹かれてはぐれたりするなよ?」

 

「そんな子供みたいな事はしません!それより早く行きましょう!さあ、さあ!」

 

「その子供がこのテンションだから心配なんだよなぁ.....」

 

俺はずんずんと奥へと進もうとするアイリスを引き止めつつ、仲良くしている城の執事やメイドに休憩中に模写してもらった王都の地図を手帳から取り出す。

今回の外出の目的はアイリスに外の世界を知ってもらうのもあるが、一番の目的はアイリスとの関係修復にあるのだ。

というのも最近、俺はアイリスと顔を合わせるのを避けている。原因は言わずもがなアーチャーのあの言葉なのだが、あれ以来俺はアイリスとあまり話ができていないのだ。今回の外出でそれを解決し、後顧の憂いを晴らす!

 

「事前に色々聞いて、オススメスポットはいくつか抑えてるんだ。まずはそっちに行こうぜ」

 

「わかりました!案内よろしくお願いします!」

 

アイリスはそう言うと目を輝かせたままこちらに向かい微笑みかけてきた。何故か反射的に俺は顔を逸らしてしまう。

.....やっぱりダメかもしれんね。

まずい、このままだとこの謎の感情に飲み込まれてしまう。早くなんとかしないと。

俺はブンブンと頭を振ることでその感情を吹き飛ばす。

 

「そ、それと、さすがに認識阻害をかけているとはいえお前のことをアイリスと呼ぶのは良くないだろう。街中ではアを抜いて"イリス"と名乗るようにしてくれ。俺は...適当にシロとでも名乗っておくか」

 

「つまり偽名を使うということですね!では今から私は王都のチリメンドンヤの孫娘、イリスということにしましょう!.....ねぇセ....シロ。チリメンドンヤってなんなのでしょう?」

 

「自分で設定を作っておいてすぐに頓挫すんなよ。あと俺にそんなこと聞かれても困るんだが....チリメン丼屋って言うくらいだしなんかの飲食店だろ。多分」

 

いかんせん設定が雑過ぎないだろうか。そんな一抹の不安と()()()()()()()()()()に疑問を抱きながら、俺はアイリスを連れてオススメされたスポットへと歩を進めていく。

 

「しかし、城から近いということもあってか人が多いな。おっ、あの耳が長いのはエルフで、あのちっさいおっさんはドワーフだな。正統派ファンタジーが久々すぎてちょっと感動するんだが」

 

城の中では異種族に会う機会がなかったからもしかしたらこの世界には人間と魔物しかいないのではないかと思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。

 

「....シロ、珍しいものに惹かれてはぐれてはいけませんよ?」

 

そんなことを考えながらキョロキョロしていたからだろうか、アイリスが少しイタズラっぽい笑みを浮かべながら俺が言ったことを反復するようにして返してくる。

 

「へいへい、わかってるよ。と、そんなこと言って間に着いたぞ。ここだ」

 

俺は目の前に立つ建物を指差す。

 

「ここは?」

 

「ここはメモ曰く色々な道具が置いてある雑貨屋の様な店らしい。ほれ、入るぞ」

 

俺とアイリスは建物の中へと入っていく。

店内は薬草、魔石など異世界での一般的な生活に必要不可欠な道具や、おもちゃ、アクセサリーなどのアイテムが棚に並んでいた。魔導札も隅の方にあるが.....高いな。

 

「私、生まれて初めて雑貨店に入りました!店内はこのようになっているのですね!」

 

「まあ王都の中心にあるから普通よりはだいぶでかいんだろうけど、大体こんなもんだろうな。さて、じゃあまず最初にこの店に来た理由から説明するか」

 

この雑貨屋でただショッピングを楽しむのも良いが、俺は一応アイリスの教育係なのだ。その職に着いたからにはそれ相応の"学び"をアイリスに与える必要がある。

 

「雑貨屋は別名よろず屋とも呼ばれている。文字通りなんでも揃っているからそんな名前なんだが、その品揃えはよろず屋が存在する街の住民の暮らしによって変わる。例えば始まりの街とも呼ばれているアクセルは薬草やちょっとしたポーションなどの比較的に安価で冒険者を助けるような物が多く売られているし、水と温泉の街であるアルカンレティアだったらその街周辺では取れない魔石などが多く売られているんだ」

 

「なるほど、そこに暮らす街の人にとって必要な物だったり、その街では揃えにくい物が雑貨屋には集まるんですね!」

 

さすが王女、飲み込みが早い。

 

「そうだ。そしてこれらの話を踏まえた上でアイリスにはこの店を通じて国民の暮らしを感じてみてほしい。実際に見ることで今までの勉強とは違った気付きも見えてくるだろうしな」

 

「わかりました!」

 

アイリスはそう言うと店内をキョロキョロと見渡しつつ、店の奥へと進んでいく。

さて、俺も店内を見てみるとするか。考えてみれば俺も異世界に来て初めての外出だしな。

俺は一応安全のためにアイリスを視界に入れるように心がけながら、同じく店内の物色を始める。

 

「やっぱり本で見た一般的な市場価格より高く価格設定がされている...単純にそれくらい需要があるのかそのくらい国民の金回りがいいのか。どちらにせよ流石王都って感じだな」

 

オマケに冒険者がよく使うであろう消耗品にはセット価格がつけられてる。商品紹介を見てみるとどうやら近くには冒険者ギルドがあるようだ。

 

「冒険者ギルドか.....ちょっと行ってみたいな」

 

冒険者ギルドといえば転生者となれば誰でも憧れる施設の一つだろう....俺の記憶が正しければだが。

最近、記憶の消滅が目立つ。それだけでも問題なのに中途半端に感情だけ残ってるせいでいちいち行動が消滅したはずの記憶に引っ張られるから日常的に得体の知れない違和感に悩まされることになる。

そもそも、俺は記憶を失っているのだろうか。この葛藤は呪いの中に取り込まれた記憶が俺の脳へと干渉しているだけで、俺は最初から何者でもなかったのではないだろうか。

....嫌なことを考えているからか、思考がどんどんマイナスの方向へと進んでいく。せっかくリフレッシュしようと思っていたのにこんなんじゃダメだな。

俺は自身の両頬を叩くようにして気合いを入れる。

 

「よし、アイリス。そろそろ次の場所に行ーー」

 

「お、これの竹とんぼを買うのかい。お嬢ちゃんは可愛いからまけとくよ?今ならなんと100万エリスだ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

.....まあ、そりゃあると思ってましたけどね?

少し目を離した隙に起きたあまりに予想通りすぎる展開になんだか張り詰めた空気が霧散してしまう。

俺は張り詰めた空気を排出するようにしてため息を吐くと、アイリスの元へと歩き、店員へ代金を渡そうとする手を掴む。

 

「ど、どうしたんですかシロ?そんな急に.....」

 

「どうしたはこっちのセリフだわ。なんでこんなところで大金を出してんだよ」

 

念のため商品を確認してみるが、魔道具のような気配は感じられないし、どう見ても100万エリスほどのお金がかかるような買い物とは思えない。

いきなり高級硬貨を出されて固まっている店員を尻目に、俺はアイリスに説教をする。

 

「さっきのはこの店員の冗談だ。というかこんな普通の雑貨屋に100万エリス越えの商品があったらヤバいだろ?」

 

「そ、そうなのですか?すみません。私、初めてのお買い物なので相場がよくわからなくて....」

 

と、それまで固まっていた店員が真面目な顔で竹とんぼを袋に入れ、

 

「いや、100万エリスで合ってるよ。本来なら500万エリスだけどお嬢ちゃんは可愛いから特別にまけてあげよう」

 

「そんなにまけていただいてもよろしいのですか?ありがとうございます!」

 

「やめろイリス信じるな!コイツの目を見ろ!完全に¥のマークになってるじゃねぇか!テメェも無垢な少女だまくらかして金せしめようとしてんじゃねぇ!おら、俺のも含めて代金の7000エリスだ!受け取れ!」

 

俺はアイリスの持つ袋の中から硬貨を5枚ほど取り出し、身体強化を手に掛けてその硬貨を店員の顔面目掛けて打ち出す。

 

「え......ぐわばらッッ!」

 

打ち出された硬貨は確実に店員の顔面を捉え、店員はその衝撃により壁へと突き刺さる。

俺はそれを確認すると、これ以上のトラブルに巻き込まれないようアイリスと共に店内を後にした。

 

 

 

しばらく歩いた先にあったベンチで俺とアイリスは腰を下ろす。

 

「頼むからこんな街中で大金を使わないでくれ。お前は国宝でも買うつもりなのか?平民は基本的に万を超える買い物はあんまりしないんだよ」

 

雑貨屋で買った透明な容器に入っている飲み物をアイリスに手渡しながら、俺は彼女に対し再び説教を初める。どうしよう、さっきから説教ばかりでさすがのアイリスもストレスになってたりしてないだろうか?

 

「なるほど、そうなのですね。勉強になります.....」

 

どうやらその心配は不要らしい。よかった。

 

「次は冒険者ギルドに行こうか。あそこにはこの王都の中でも比較的高レベルな人達が集まってるから国力の勉強になるからな。.....一応言っておくが、いざこざに巻き込まれない限り戦ったらダメだからな?」

 

「そうなのですか....」

 

「残念そうな顔をするな!本当に狂戦士(バーサーカー)じゃないんだよなお前!?」

 

そういえば、コイツの父親も城に居ない時は戦場の前線に出たがりだってハイデルさんがこの前愚痴ってたな.....やはり血は争えないのか。

まぁ、とりあえずはアイリスの理性を信じることにしよう。

俺はそう結論付けると座っているベンチから立ち上がる。そして振り返ると、アイリスを立たせるために手を差し出した。

 

「ほら行くぞ。城の外に居られる時間は短いんだ。素早く行こうぜ」

 

城を出た時には横にあった太陽も今や上へと登っている。城の連中もここまで長時間王女の姿を見ていないのであれば何かしらの疑問は抱くだろう。もう少し経てば城の兵達が俺達のことを探し初めるかも知らない。いくら減俸が嫌だからとはいえ、クレアとレインも連中をそこまで長く抑え込むことはできないだろうからな。

ならせめて、俺はこの短い時間の中でより多くのことを彼女に学ばせてあげたいのだ。

俺はアイリスが俺の手を使い立ち上がるのを確認すると、彼女と手を繋いだ状態のまま歩き始める。

 

「あの、シロ?手が.....」

 

「少し目を離すと何をしでかすか分からないからな。こうして繋いでやれば少しは大人しくなると思って....なんだその顔は?」

 

「いえ!なんでもないですよ!なんでも!」

 

アイリスはそう言って首を激しく振ると、ぎこちなくこちらに笑いかけてくる。勢いよく振ったからか息は少し上がっており、俺もほのかに赤くなっていた。

 

「しかし、こうして手を繋いで歩くのも随分と久しぶりだな。たしか、一番最後にこうしたのは食糧庫でつまみ食いをした時だったか」

 

「あれは手を繋ぐというより一緒に逃げたという表現が正しいのではないでしょうか.....あの後、料理長がへそを曲げてしまって大変でしたよね」

 

「今思えばあの時素直に『アイリスが小腹を空かせているので何か軽い物を』と頼めばあんなことにはならなかった気がするけどな。まぁ、あれだ、それも経験ってやつだ」

 

「経験というにはいささか使い道が限定的過ぎませんかね?」

 

「奇遇だな。俺もそう思うよ」

 

一瞬の間の後に、俺とアイリスは顔を見合わせて笑い合う。

この先、アイリスの周囲は悪い方向へと変わっていくだろう。もしかしたらその変化によって多くの人間が死んでしまうかもしれない。

それでも、俺はアイリスには幸せになって欲しい。どこの間者ともわからない俺に対し、優しく手を差し出してくれた彼女には。

俺はそんな思いを悟られないよう表情を隠しながらアイリスと共に冒険者ギルドへと向かうのであった。




小説のストーリー自体はもう完全に出来上がっているんだ!後は時間を!時間をくれえええええ!!

感想、評価、コメントなどくださると気分が鳥のように舞い上がります!お願いいたします!


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二十三話 その場のテンションは後々後悔するってそれ一番言われれるから

3期やるっぽいなー…描かねば(使命感)


「ここ、だな」

 

「ここ、ですね」

 

俺とアイリスは周りに見える施設の中でも一際大きな施設の前で立ち止まる。

その建物の横に突き立ててある看板には『冒険者ギルド 王都支部』と書かれており、時折重厚な装備を身につけた冒険者と思わしき男達がこちらを怪訝げな表情で見つめながら通りすぎていく。

どうやらここが冒険者ギルドで間違いないらしい。

しかし巨大だな。まあこの国の中心近くにある建物だし当然といえば当然なんだが。

 

「私の別荘と同じくらいの大きさはありますね....大きいです」

 

「.....一応聞くが、それは誰に貰ったんだ?」

 

「お父様が避暑地に使えと5歳の誕生日に....」

 

加減を知らないのかあの国王は!?

5歳の女の子の誕生日に王都の中心クラスの屋敷一棟与えるバカがいるか!大体その金どっから出したんだよ!革命起こっても知らんぞ俺は!

とりあえず、今度その辺の問題について財政管理の担当と一緒に話し合いをすることにしよう。これ以上あの人に散財をさせるわけにはいかない。

 

「....そろそろ中に入るか。こんなところに突っ立っていたら周りに迷惑が掛かる」

 

「目がここではない虚空を見つめていますよ!?この一瞬の間に一体何があったんですか!」

 

「.......なんでもないです。ほら、行くぞ」

 

「なんですか今の間は!?」

 

流石に『お前の父親のことで悩んでるんだよ』とは実の娘には言えない。俺はアイリスの背中を押すようにして冒険者ギルドの中へと入っていく。

冒険者ギルド、それは国から独立したモンスター専門の傭兵組織であり、腕に自慢のある荒くれ者達の巣窟である。俺達が中に入れば何かしら絡まれるかもしれない。

多少緩んでいた気を引き締め、俺はギルドの内部を観察する。

店内はやはり王都の中心部にある店ということもあってか豪華な調度品が幾つも並べられており、天井には大きなシャンデリアがぶら下がっている。そしてそこかしこには鎧やローブを着た連中と彼らに豪華な食事を給仕する職員達の姿を見ることができる。

 

「強そうな方達が沢山いらっしゃいますね....一戦お願いしても大丈夫なのでしょうか...」

 

やめてください。ただでさえ王女をギルドに連れてきたってだけでも結構ギリギリのことなのにこれ以上騒ぎを起こそうとしないで?ください。

俺は狂戦士(アイリス)の肩に手を添えると横に首を振る...おいやめろ、そんなに悲しそうな顔をするんじゃない許可したくなっちゃうでしょうが。

 

「と、とりあえず落ち着いて内装を見てみろよ。たしか冒険者については授業で何度か聞いているだろう?」

 

「はい、冒険者というのはギルドに集められる依頼を受注してそれを達成することで報酬を受け取る職業...でしたよね」

 

「その通り。プラスとしてギルドないしそこに所属している冒険者は国の管轄ではなく一つの独立した派閥であるってことを覚えておいても良いかもな」

 

「そのためにいくつかの街では冒険者育成を目的として国と税の減少や免除をギルド職員が交渉を行っていると…たしか授業でやりましたよね」

 

「その通り、よく覚えていたな」

 

アイリスは冒険者ギルドに設置されている照明などの豪華な設備を見やると、怪訝そうな顔をする。

 

「しかし、ここのギルドを見る限りでは冒険者の詰め所としてはあまりに豪華すぎるように感じます...お父様に進言したほうがよろしいのでしょうか?」

 

「いや、あくまで税の減少とかは田舎の方の冒険者ギルドに対しての制度で、ここのギルドはちゃんと払っているはずだ」

 

むしろこのギルドは王城の目の前にあることもありギルド長は本来納めるべき税に加えて、国の発達のために多額の寄付を行っているらしい。しかも見返りを必要としない旨を記した公的な書類と共に寄付を行なっているので彼が不正に手を染める確率はゼロと言っても良いだろう。

そのこともあり国王はせめてもの恩返しとして田舎の方の冒険者ギルドの拡大を援助する政策を打ち出しており、冒険者への減税を積極的に許可するのもその一環となっている。

 

「なるほど、状況に応じて国からの支援にも差があるのですね」

 

「それに、魔王軍が活発化してきてる今は冒険者の数がより必要になってくるだろうからな。いい設備にしてギルドに長くいてもらった方が国にとっても得なんだろ」

 

『無駄な豪華さに関しては王族にとやかく言われたくないと思う』という喉元まで出てきた言葉を飲み込みつつ、俺は入り口近くの宣伝用のパンフレットを手に取る。

どうやらこのギルドには依頼受注用のカウンターを始め酒場や冒険者のニーズに合わせたさまざまな店舗、果ては賭博場や劇場まであるらしい。

…すまんギルド長、アイリスの言う通りちょっと豪華すぎるわ。

いやなんだこれ、マジで豪華すぎる。下手したらそこいらの貴族の屋敷より金かかってるだろこれ。特に賭博場なんか隣の国のエルロードの店レベルの設備だろ。

パンフレットに書いてあるギルドの豪勢さに驚愕をあらわにしていると、しばらくの間硬直したまま動かない俺を怪訝に思ったのかアイリスが肩を叩く。

 

「シロ?どうかしましたか?」

 

「あ、ゴメン。ちょっとぼーっとしてた」

 

「もう…それで、ギルドに来たということは冒険者登録をするのですよね?人々を守るためにモンスターを討伐するなんて、わくわくしますね!」

 

「え、しないけど」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「「............?」」

 

首を傾げた俺たちの間に、しばらく無言の時間が流れる。

 

「…えええええ!?ここまで来たならそういう流れじゃないですか!私たちなら近くにいる魔王軍幹部くらいだったら余裕でしょう!?」

 

「よしんば倒せたとしても後で俺が殺されるわ!イリスはもうちょい自分の立場を考えろ!」

 

「今更とってつけたようにクレアのようなこと言わないでください!ねぇお願い!今日だけ、今日だけでいいの!私がごねればレインとクレアの意見はねじ伏せられるから!」

 

やめてあげてください。レインとクレアが後で涙目になりながら俺につかみかかってくる姿が容易に想像できます。

アイリスはそんな俺の心情など知らぬといったように駄々っ子のごとく俺の服を掴み左右に振ってくる。

 

「ねぇおねがい!おーねーがーい!」

 

「いだだだだだだ!!慣性、慣性で首持ってかれてるから!あーもう!いい加減離せこのゴリラ娘が!」

 

「またですね!また言いましたね!しかも今度ははっきりと!もう許しませんからね!」

 

「言われるのが嫌なんだったらこの手を放せやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

俺は冒険者ギルドの真ん中でアイリスと取っ組み合いを始める。

お互いの叫び声に一瞬冒険者の視線が集まるが、賭博場まであるギルドでは常日頃から罵声が絶えないのだろう。彼らの視線はすぐに霧散し俺たちを気にするような人物は誰もいなくなる。

 

「いい加減にしろよテメェ!!」

 

「「はいッ!ごめんなさい!」」

 

いや嘘だわ、全然居たわ。ブチ切れてたわ。

後方に目を向けてみれば声の主はギルドの受付であった。しかし、その罵声は俺たちに対してではなく受付のカウンターに立っている女性に向けて放たれていた。

彼女は目深にフードをかぶっており、身に着けている装備から推察するに魔法職の冒険者なのだろう。

職員はフードからはみ出るほどの黒髪の長髪を睨みつけながら言葉を紡ぐ。

 

「だからテンセイシャのテメェらに出す仕事はねぇんだよ!ただでさえここ最近は王都の各地で黒髪の奴らが暴れまわってる!そんな状態で黒髪のお前に依頼を受注させてみろ、向こうから今後依頼が来なくなるだろうが!」

 

「そんな…そんなこと私には関係ないでしょ!」

 

「関係あるなしはこっちにとっては問題じゃないんだよ!」

 

「それに、あの森には依頼でしか立ち入れないんでしょ!私の娘を治せる薬草はあの森にしか生えてないのよ!」

 

「それこそギルドには関係ないね!それにその薬草は重病者に効くっていうレア薬草だろ?どうせ簡単には見つかりはしないんだ。こんなところで時間潰してる暇があったら娘を埋める墓でも探して来たらどうなんだ?」

 

「ーーーッ!!」

 

その言葉がとどめとなったのだろう。彼女は血がにじむほどに唇を噛みしめ、ギルドの扉を蹴り破り飛び出して行ってしまう。

異様なのは、飛び出していった魔法職の彼女のことを追いかけるパーティーメンバーが誰もいないばかりかその彼女をギルドにいる全員が冷ややかな目線を向けていることだ。

どうやら、こちらが思っていたよりこの国の転生者に対する印象が悪くなっているらしい。こちらは外出するにあたり髪の色を茶色に染めたが、黒髪のままだったらヤバかったかもしれないな。

それに黒髪が暴れてるという大量の事例、思い起こされるのはリヒターの一件だ。あんなおぞましいことがまだ続いているなら…今王都において黒髪の転生者は最も危険な立場にいることになる。

 

「ごめん、俺が誘っておいて申し訳ないんだけど外出はいったん中止!俺はあいつのこと追いかけるからイリスは家に戻っていてくれ!」

 

俺はパンフレットに書いてある職員一覧から彼女を対応した職員に印をつけると彼女の後を追うためアイリスから手を離し走り出す。

ここまで深く王都に入り込んで情報操作をしている以上、今までの騒動の犯人には政界に属している貴族が含まれている可能性が高い。

相手が貴族ならあらゆる可能性を考察する必要がある。今この瞬間にも何らかの刺客をギルドを飛び出した彼女に差し向けている可能性はゼロじゃない。状況は刻一刻を争っている。

 

「クソ、あいつ何処に行ったんだよ!」

 

「街の外に出たのかもしれません!彼女の言っていた森は遠いですが走って行けない距離ではないので!」

 

「そうだな!じゃあまずは…」

 

ふと足を止め、隣を見ればそこにアイリスの姿がある。

いやいや、いやいやいや。

 

「なんでついてきた!?」

 

「以前、あなた危機が迫った時、一緒に戦うといったことを忘れましたか?」

 

「まだ危機が迫るかはわからないだろ!」

 

「いいえ分かります!あなたが独断で動くときはいっつも危険な目に合うんです!右腕失ったりとかお腹におっきな穴開けられるとか!」

 

畜生!身に覚えがありすぎて何一つ否定できねぇ!!

 

「それに私がこのまま城に戻るとして、誰がそこまでの護衛をするのですか?今現状で最も安全で確実なのは私とシロが一緒に行動する事だと思います」

 

「…あーもう!分かったよ連れて行けばいいんだろ!こうなりゃヤケだ!速攻で終わらせて暗くなるまでには城に戻るぞ!イリス!」

 

俺はアイリスの手を引き彼女を文字通りお姫様抱っこの要領で抱えると、街の外へと繋がる大通りを人混みを掻い潜りながら疾走していく。

すれ違う人々は間を潜り抜けていく俺達に驚いた様子だったが、あまりの速さに状況を理解できなかったのかポカンとした表情のまま固まってしまっている。

 

「あははははは!速い速い!お城の外をこんなに速く走れるなんて夢みたい!ねぇもっと速く走って!もっと速く!」

 

彼女は抱えられたことに一瞬驚いた様子だったが、すぐにこの光景を楽しみ始めているのか急かすようにして俺の背中を叩いている。

…早まったかなぁ。

半ばヤケクソ気味だった思考に若干の後悔が生まれてくるが、背に腹は変えられない。

何より、この状況を俺自身も楽しく感じ始めているのも事実なのだ。後のことは後の自分が考えるとして、初めての王都の外に心を躍らせてしまうのも仕方ないことだろう。

そう自分の心を納得させつつ、俺は王都の正門をトップスピードで通り抜けていくのであった。




次は早くに出したいな…。

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