幼馴染が終末思想のヤバいカルト宗教にハマってしまった件 (漬け物石)
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幼馴染が終末思想のヤバいカルト宗教にハマってしまった件

 日本・某県某市。

 その日、地元の高校に通う女子高生たち三人が、とある場所に集まっていた。

 

「今日はいきなりどうしたん?」

「何やら相談があるとのことでしたけど……」

 

 三人のうち二人は残りの一人に『相談したいことがある』と呼び出され、彼女の家に集まったのだ。

 暗い顔をしている彼女の様子に、二人は心配げな表情で話を促す。

 

「えーと、実はね……」

 

 相談とは、彼女の幼馴染である男の子のことだった。それを聞いた二人は肩透かしと言わんばかりの表情を浮かべる。

 彼のことは二人も知っており、幼馴染同士の何とも言えないじれったい距離感を見て、やきもきしているところだったのだ。

 

「なになに!? コイバナ? コイバナなの!?」

「深刻な表情だったので何かと思えば……それとも、恋敵でも現れましたか?」

「だったらまだ、よかったんだけど……」

 

 盛り上がる二人とは対照的に、彼女の表情は暗いまま。茶化していい場面ではないと悟り、二人は居住まいを正す。

 

「実は彼……最近、危ない宗教にハマっちゃったみたいで……」

『はい?』

 

 重々しく告げられた予想外の内容に、キョトンとした顔で呆けてしまう二人。その反応は予想済みだったのか、それとも余裕がないのか、彼女は二人に構わず、俯いてポツポツと話し始めた。

 きっかけは今年の夏休み。彼が富士山にある神社で行われた、『霊能力に目覚めることができる』と銘打たれた集まりに参加したことだと言う。

 

「なんていうか……もうその時点で怪しさ満載なんだけど」

「よく止めませんでしたね」

「でも、その時は彼も半信半疑っていうか、面白半分みたいな感じだったの。『そういう設定の集まり』って言ってたし。だからあんまり心配してなかったんだけど……」

 

 しかし一週間ほどして戻ってきた彼は、何やら身に纏う雰囲気が変わり、普段通りに振舞いつつも深刻な様子を隠せていなかったという。 

 

「青い顔で『終末……本当に終末が……? ヤバイ、どうしよう……いや、さすがにそこまでは無い、はず……でも本当だったら……』とか、ブツブツ呟いてて……」

「洗脳されてんじゃん! ヤバイじゃん!」

「終末思想のカルトですか……定番といえば定番ですが、厄介なのに嵌りましたね……」

 

 ここに至って、事態の深刻さに気付いた二人は引き攣った表情を隠せない。自分達の知らない間に、ずいぶんと不味いことになっていたらしい。

 

「それ以来、どんどん彼の様子がおかしくなって……」

 

 集会で知り合った人間たちと頻繁にやり取りし、オカルト関連の掲示板や噂話などを調べ、休日には泊まり込みでどこかへと出かけていく。事態の発端となった富士山にも、度々訪れているらしい。 

 

「もしかして、最近学校を休むことがあるのは、そのせいで……?」

「うん……」

「いや、旅費とかどうしてるのさ? まさか、親の金に手を……とか?」

「それは無いみたい。彼はアルバイトだって言ってた、けど……それも、例の人達に紹介されたみたいで……」

 

 彼女の見たところ、彼が休日に出かける時には他県へと遠出することも多く、頻度を考えればとても高校生が稼ぐような額では追いつかない筈だという。

 

「うっわ、怪しいなんてモンじゃないよそれ……」

「親と言えば、ご家族の方は?」

「わたしと同じように心配してたよ。何度か話し合ったみたいなんだけど、彼は『大丈夫』としか言わなくて。それでも聞き出そうとしたら、ちょっと喧嘩になったって言ってた」

 

 彼は決して家族仲は悪くなく、反抗期が酷いわけでもない。しかしこの件に関してだけはかつてないほどに頑なであり、家族も頭を悩ませているのだと言う。

 

「結局、今は様子を見るしかないって……」

「いや、手遅れになったらどうすんのさ」

「とはいえ、これ以上なにが出来るか、という問題もありますよ。詐欺だと言う決定的な証拠があるわけでもありませんし……」

 

 なお当然のことながら、彼女たちは彼が本当に霊能力に目覚めたとは欠片も思っていない。タチの悪い宗教にかぶれてしまったという認識である。

 

「証拠って言ってもさー、実際どうすんのよ? 部屋でも漁れって言うの?」

「それも、実はやってみたんだけど」

「あ、もうやったんだ……」

 

 若干引き気味の呟きを漏らす友人をスルーし、彼女は続ける。大切な幼馴染の彼の為だからね、仕方ないね。

 

「悪いとは思ったんだけど、彼のいない時に部屋をちょっとだけ探ってみたの。そうしたら鍵のかかった机の引き出しから、『終末の過ごし方』って書かれたノートが出てきて……」

「どこのラノベのタイトルですか? と言えたら笑い話で済んだのでしょうけど……」

「いやいや、待って待って。スルーしかけたけど、鍵はどうやって開けたのさ?」

「ピッキングは乙女のたしなみだよ?」

「ですよね。恋人の浮気の証拠とか探す必要がありますし」

「え? これアタシがおかしいの……?」

「それで、ノートの内容は?」

「うん、書いてあったことが、怖いぐらいに具体的でね」

「何事も無かったように続けないでよ……」

 

 気になる相手とは言え、他人の部屋を許可なく漁ると言う割とアレな行動はどうかと思う友人だが、目的は手段を正当化するのである。

 ――話を戻すが、ノートに書かれていたのは、早ければ数年、遅くとも十年後には終末が訪れるであろうということ。それに備えたシェルターの値段や、そこに運び込む予定の物資の内容と量。他にも終末が到来した後の生き方などが、何パターンも想定されていたという。

 

「いや、シェルターって……ガチじゃん。いろんな意味で」

「どこでそんなものが買えると……?」

「それも、例の人達が売ってくれるって書いてあった」

「いや騙されてるって! ヤバいって、絶対!」

「どう考えても、高校生が数年で稼げるような金額じゃありませんよね……」

 

 三人の脳裏に、彼が洗脳によって終末思想に憑りつかれた挙句、無茶をしながら金を稼いで最終的に体を壊すという、最悪のケースがありありと浮かぶ。

 

「もうこれだけでよくない? 有罪じゃない?」

「いえ、無理でしょう。ただの妄想とか、小説のネタとでも思われるのがオチです。警察もこれだけでは動いてくれないでしょう」

「……っていうか、よく考えたら捕まるのって、勝手に部屋に入って鍵まで外したこの子の方だよね……」

「他に証拠になりそうな事とか書いてありませんでしたか?」

「うん、他にはね……」

「またスルーか……」

 

 ノートには他にも、悪魔とか天使とかメシアとか、怪しげな言葉が大量に記載されていたらしい。

 それを聞いた二人は、いよいよ頭を抱えてしまう。

 

「悪魔とかさぁ、天使とかさぁ……もうヤバすぎて何も言えないよこれぇ……」

「終末の果てに、メシアや天使が降臨して救ってくれる……よくあると言えば、よくある思想ですけど……」

「ううん、『悪魔はヤバいけど、メシア教と天使はもっとヤバい。というかクソ。滅べ』ってあった」

『はい?』

 

 またもや声を揃えて首を傾げてしまう二人。ここに来て、流れがよく分からない方向に行ってしまったように感じられる。

 とはいえ、打開策になるわけでもないため、気にはなるものの一旦おいて話を進めることにした。

 

「あと、他にも出てきたものがあってね」

「まだあるの……聞きたいような、聞きたくないような……」

「もうここまで来たら、毒を食らわば皿までですよ。それで、他には何が?」

「お札とか、よく分からない石だとか……他にも怪しげなものをいろいろ買ってるみたいで……そういうのがたくさん出てきた……」

『うわぁ……』

 

 さすがに二人ともドン引きした様子を隠せない。ぜったい変な壺だとか売り付けられるやつだこれ、とその顔には書いてあった。

 

「大丈夫? 変な壺とかパワーストーンだとか売り付けられたりしてないよね?」

「家族や知り合いに話を持っていき始めたら、本格的に不味いですよ?」

「お金で買えって言うのはない、けど……」

 

 気まずげに言葉を区切った彼女は、部屋の一角へとチラッと視線を向ける。それを追ってみれば女子の部屋には不似合いな、怪しげな物品が置かれていた。

 気のせいか、何やら異様な気配を放っているように見えなくもない――

 

「まさか、あれは……」

「うん……彼が、お守りだって……絶対に持ってろって……」

「うわ、うわぁ……」

 

 事態はここまで深刻化していたのか――二人の内心が一つになる。

 二人の反応を見て、いよいよ限界が訪れたのか、彼女は涙目になって俯いてしまう。

 彼が自分を心配してくれるのは嬉しいが、こんな形ではまったく喜べない。そんな処理しきれない感情が、雫となって溢れ出す。

 

「わたし、どうしたらいいのかな……? もう、わからないよ……ッ」

 

 唇を噛み締め、それでも堪え切れずポロポロと涙を零す彼女を、友人たちは抱きしめ、必死に慰める。

 

「ああもう、泣かないの! 大丈夫、まだ間に合うよ! アタシたちも協力するからさ!」

「そうです、悲しんでる友達を放ってなんておけません。みんなで彼の目を覚ましましょう」

 

 幼子をあやす様に、彼女が落ち着くまで背中を撫で、懸命に励まし続ける二人。

 そんな二人の優しさを受けた彼女は、未だに涙を流しながらも、何とか淡い笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、二人とも……ッ! わたし、頑張るね……!」

 

 彼女は決意する。

 大切な幼馴染を、必ずまっとうな道に引き戻して見せると――

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻。

 某県某所、とある異界にて。

 

「うおおぉ! 死ねぇ、悪魔ども! 【大切断】!」

「■■■■――!!」

 

「随分と気合入ってんなー、アイツ。何かあったん?」

「なんでも幼馴染の女の子を、どうしてもシェルターに避難させるんだってさ。終末が来る前に」

「おーおー、青春だねえ。俺らと同じだから、中身はおっさんだろうに」

「やめてくれカ〇シ、その言葉は俺に効く」

「誰が〇カシか」

 

 未だ終末は訪れず。

 だが、近い将来必ず来るであろうそれを乗り越えるため、今日も転生者たちは走り続ける――

 

 

 




まあ、一般人から見たらガイア連合の人達ってこう見えるよねって話


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弟を洗脳したカルト宗教の関連企業が暗黒メガコーポだった件


なんか、考えてたのとはちょっと違う話が出来上がりました。しかも長い。

あと、前話を微妙に修正しました。
感想で『物理スキルの人は一般人にはより証明が難しそうですね』的な指摘があってなるほどと思ったので、彼君のスキルを物理スキルに変更しました。

これで、何もない空中に向かって剣を振って「悪魔退治してます!」って言う、痛い子の完成や!



「スマン、ちょいと遅くなった」

「……頼み事をした立場で言うことじゃないんでしょうけど、時間ぐらいは守ってほしいわ」

 

 某月某日。とある喫茶店にて。

 店内の奥まった位置にある喫煙席へ腰かけていた二十代ほどに見える女性が、同年代のラフな格好をした男性を出迎える。

 

「悪かったって。その代わり、いろいろネタを仕入れてきたからさ。少なくとも、まったく無意味ってことはないと思うぜ」

「そう願いたいものね」

 

 軽い調子で謝罪しながら対面に座った男は、フリーのルポライターだ。その人脈はまだ若いと言っていい年齢からは考えられないほど広く、様々な業界の事情にも詳しい。

 学生時代からの知己であり、また一時期には()()()()()()()()()()彼に、女性はある頼み事をしていた。今日は、その結果を伝えてもらう為に、こうして待ち合わせをしていたのだ。

 やってきた店員へ注文を終えた男は、本題に入る前の世間話のつもりなのか、用件とは別の内容を口にする。

 

「最近どうだい、弟くんの様子は?」

「……相変わらずよ、あの馬鹿」

 

 男の問いに、呆れと嘆きの入り混じった溜息を漏らす女性。正直なところさっさと本題に入りたかったのだが、問われた内容が今回の件と無関係とも言えない為、しぶしぶ応じる。

 ――何しろ、その『弟』こそが、女性が目の前の彼に頼み事をすることになった原因だからだ。

 

「……私や家族が何度言っても、例のカルトとの関わりを断つつもりは無いみたいね。妙な道具を大量に買い漁っているのも、休日には怪しげな連中と怪しげな場所に行くのも変わらないわ。酷いときには、学校をサボることもあるし……」

 

 すべては去年の夏。弟が『霊能力に目覚めることができる』なんていう、胡散臭い集まりに面白半分で参加したこと。それから何もかもがおかしくなったのだ。

 彼女の弟はそこでカルト宗教の終末思想に洗脳され、奇行に走るようになった。

 もちろん女性も両親も目を覚まさせようとしたが、この件については弟はかつてないほど頑固だった。言い争いになろうとも断固として譲らず、こちらの説得をまるで聞き入れない。

 

「家の金を盗んだりは無いんだったか? それだけが救いと言えば救いだな」

「どうなのかしらね? 正直、いつ借金取りみたいなのが押し掛けてくるか気が気じゃないわ。あいつが使ってるのは、明らかに高校生が扱うような金額じゃないもの」

「一応、弟くんはバイトしているんだろう?」

「そうだけど、高校生が稼ぐ額なんてたかが知れてるでしょう。第一、そのアルバイト自体、あのカルト関係の連中から紹介されたみたいだし」

「そんなに金遣いが荒いのか?」

「やたら大事に保管していたお米の値段を強引に聞き出したら、百グラムで2万円を超えていたときの、私の気持ちがわかる?」

「……なるほど、そいつは相当だな」

 

 たしかに、とても高校生が気軽に買うような物じゃない。彼女の気持ちは察するに余りある。

 女性の眼が座り始めていたのもあって、男は話題の転換を図った。

 

「君の話だと、幼馴染の女の子にもかなり心配をかけてるらしいが……」

「ええ。最近はその子だけじゃなくて、彼女の友達も何とかしようとしてくれてるのよ。愚弟に対して本当にありがたい限りだけど、正直なところ改善される気配はまったくないわ」

「可愛い幼馴染から涙ながらに縋られるなんていう、男なら泣いて羨む状況でも効果なしか。本当に重症だな」

「さも見てきたように適当なこと言わないで。……まあ、大して間違ってはいないけど」

 

 まったく、あんないい子を泣かせるなんて、と女性は憤りを感じずにはいられない。弟にも、弟を洗脳した忌々しいカルト宗教にもだ。

 

「――で。私はそれを何とかする為の準備として、あなたに頼んだんだけど?」

 

 いい加減に本題に入れ、という意味を込めて、女性が男を睨む。

 本題――すなわち、彼女が男にした頼み事のことだ。内容は、弟が傾倒しているカルト宗教に関する調査である。

 そんなことをした理由は、今の状況で警察などに駆け込んでも、碌な成果は上がらないと女性は考えていたから。

 何しろ先ほど話題にしていたように、今のところ女性の家族が被った金銭的な被害はゼロに等しいのだ。

 状況としては、あくまで弟が自分で稼いだ金を自分でつぎ込んでいるだけ。終末思想に染まっているのは確かに問題だろうが、これだけで警察は動いてはくれまい。

 だからこそ、件のカルト宗教を責めるための何がしかの材料を求め、女性はルポライターである男の人脈や調査能力を頼ったのである。

 

「興信所の真似事をさせられるとは、と言いたいところだが……他ならぬ君の頼みだ。頑張らせてもらったよ」

「よく言うわね。そこら辺の探偵なんて、相手にもならないと思っているくせに」

「ま、これで食ってるからな。相応の仕事はしてみせるとも」

 

 飄々と言いつつ、男はちょうど運ばれてきたコーヒーで口を湿らせてから、調査結果を話はじめる。

 

「と言っても、わざわざ仕入れるまでもなく、ある程度の情報は持ってたんだがね」

「……あなたの気を惹くほどの何かがあったの? あの神社には」

「正確には、その神社に関連する組織が――だけどな」

 

 まずはこれを見てくれ、と男は一枚の写真を差し出してくる。そこに映っていたのは、和装を身に纏った十代前半に見える少年だった。

 

「遠目からなんで、ちょっと分かりづらくてスマンがね」

「これは?」

「弟くんが出入りしているっていう、件の『星霊神社』の神主さ」

「……この子が?」

 

 改めて写真に視線を落とすが、どう見ても彼女の弟よりも年下の子供にしか思えない。

 

「子供を教祖にでも祭り上げてるってこと? いよいよカルト宗教じみてきたわね」

「まず言っておくが、星霊神社はその辺のポッと出じゃなくて、それなりに由緒ある神社だ。国も馬鹿じゃない、俺みたいな人間に神主のことを調べられるぐらいなんだから、手続き上は管理者として問題がないんだろう」

 

 とはいえ、件の神主の周囲には常に何人もの大人が出入りしているらしく、実権を握ってるのはそいつらの方だろうと彼は言う。

 

「由緒があろうが何だろうが、来た人間に終末思想を吹き込んで不安を煽って、金を出させているんならカルト宗教でしょうに」

「一応、調べた限りでは普通の神社としての活動だけで、大っぴらに新興宗教の看板とかを掲げてはいないみたいだな。

 もっとも、定期的に宗教関係者以外の雑多な人間を集めているらしいのは確かだし、その際の内容は非公開だから、集まった人間が中で何をしているかまでは把握できんが」

「ますます怪しさしか感じられないわ」

「違いない」

 

 苦笑しつつ同意し、男は話を続ける。

 

「で、これ以上はラチが空かないんで『取材したい』って申し入れたんだが、断られた。関係者以外はお断り、っていう定型文でな」

「よく言うわね。うちの弟みたいな、まったく関係のない人間は参加させた癖に」

「こっちの思惑が察知されたとは思えんが、どうも向こうには向こうの、何がしかの基準があるらしいな。それがどういうものなのかは分からんが」

「なによ、結局ほとんど何も分からないってこと?」

「焦るなよ、重要なのはここからだ」

 

 男は一旦言葉を切り、苛立ちを見せる女性を落ち着かせようとする。

 

「仕方ないから別のアプローチで調べていくうちに、どうもこの神社が、とある企業と深い関係にあるらしいのが分かった」

 

 勿体付けるように――あるいは、続きを告げる覚悟を決めるように、男は一拍おいてから『その名』を口にした。

 

「――それが、【ガイア連合】だ」

「ガイア連合……」

「【ガイアグループス】って方が聞き覚えがあるかもな」

「ああ、最近、CMとかによく出てくる……」

「そう、いま飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長している企業だよ」

 

 頷いて、男は新しいタバコに火を点ける。

 

「俺が最初に『ある程度の情報は既に持ってる』って言ったのも、これが理由でね。当初は記事のネタとして、目下拡大中の新興企業であるガイア連合について情報を集めていたのさ」

「ああ、それで。納得したわ」

「そこへ、君からの相談で星霊神社に出入りしている連中を調べてみた。そうしたら、ガイア連合の経営陣として名前の出てる連中と、かなりの割合で共通しているのに気付いてね」

「……確かなの、それ?」

「ああ。ガイア連合、あるいはガイアグループスってのはいくつかの大企業が合併して出来上がったものなんだが、その合併前の企業の経営者の何人もが、星霊神社に訪れていたのを確認してる」

 

 それを聞いた女性は思わず眉を寄せてしまう。

 

「新進気鋭の大企業の経営陣が、揃いも揃ってカルト宗教にかぶれてるってこと? 世も末ね」

「これが彼らの言う【終末】だったりしてな」

「タチの悪い冗談だわ。――それで、そのガイア連合って会社がどうしたのよ?」

 

 そう言うと、男は表情を引き締めた。雰囲気が変わったのを悟り、思わず女性の背筋が伸びる。

 

「ひとことで言うなら、得体が知れない――ってのが、正直なところだな」

「……『危険』だとか、『胡散臭い』じゃなくて?」

「勿論、それもある。が、それ以上にひたすらに不気味……というか、分けわからんっていうのが俺が受けた印象だ」

「どの辺りが?」

「何もかもが、さ」

 

 胸にわだかまる何がしかの感情を込めるようにして、男は紫煙を吐き出す。

 

「ガイア連合が、いくつかの大企業が合併した結果でき上がったものっていうのはさっき言った通りだが、まずそいつらの業種や職種がてんでバラバラ。共通点がまるで見えない」

「星霊神社っていうところに出入りしていたのが共通点じゃないの?」

「俺も最初はそう思った。終末思想で洗脳し、金を出させているんだってな。しかし、なら個別に金を吐き出させればいいだけの話だ。これだけ種類の違う会社同士を、わざわざ合併させる必要なんてない」

「まあ、それはそうね。経営も難しくなるだろうし」

 

 業務の内容や方向性が違う会社が一緒になれば、当然舵取りは困難になる。普通ならある程度は関連性のある会社同士を纏めるだろう。

 

「そもそも、パッと見は星霊神社とガイア連合は繋がっていないように見せているのに、合併させて大きくするのが分からん」

 

 彼によれば、宗教法人が企業と繋がってたり、隠れ蓑として会社を興すことはある。だが、企業というのは当然ながら規模が大きくなればなるほど目立つ。大企業同士の合併となれば尚更で、カルトとの繋がりを隠したいなら本末転倒だと言う。

 

「実際、こうしてあなたが調べられてるんだしね」

「その通り」

 

 皮肉気に笑った男が言うには、ガイアグループスのごった煮さ加減は、合併後もまるで変わらないらしい。拡大路線を維持したまま、むしろ取り込む企業にますます節操がなくなっているそうだ。

 

「ジュネスを始めとした商売関係、アニメ会社や医療・医薬品関係、ファミレスに土建屋、輸送会社。海外との取引や先物取引にも手を出してるし、果てには油田まで持ってるんだぞ」

「聞けば聞くほど節操が無いわねぇ……道理で、いろんなCMで見ると思ったわ」

 

 これだけを聞けば金になりそうな会社を、手当たり次第に取り込んでるようにも思えるが――

 

「ところが、そうでもない。大企業だけじゃなく、零細企業や倒産寸前の、不良債権としか言えないような企業ともくっついてる。業界でも噂になってるよ。合併基準が意味不明すぎるってな」

「まあ、そもそもカルトに頭をやられた連中の思考を、常識に当て嵌めて考えるのが無駄な気もするけど」

 

 辛辣な物言いだが、彼女の弟のことを考えれば無理もないだろう。

 苦笑した男は、ガイア連合が何よりも異様なのは、雑多すぎる業務を破綻させていない経営手腕と、経営方針そのものだと告げた。

 

「どういうこと?」

「当然の話だが、企業ってのは損をしないよう、手堅い賭けを何重にも張る――ってのがセオリーだ。だが、ガイア連合にこれは当てはまらない」

 

 そのやり方は言うなれば、大穴狙いで連続で張り込み、そのすべてを的中させるようなものらしい。

 

「まったく、めちゃくちゃだよ。雑多な業種を取りまとめて破綻させないのは、優秀な経営陣やブレーンがいると考えれば、まだ分かる。

 だが連中は、例えば先物取引では必ずと言っていいほど莫大な利益を上げる。あるいはまったく無名の、誰も見向きもしないような事業や研究に莫大な予算をつぎ込んで周囲が失敗したと思っていたら、それが既存の概念を覆すような圧倒的なものだったと後になって判明する。

 ――まるで、未来でも読んでいるかのようにだ」

 

 平静を装っているが、女性は目の前の男が内心で慄いているように感じられた。なるほど、これが彼がガイア連合に対して『得体が知れない』と評した部分なのだろう。

 

「そうして荒稼ぎしたかと思えば、今度は逆に、明らかに採算の取れない、損しかないような事業に出資していたりもする。当然、それらには投資に見合うだけの成果や利益は出ない。正直なところ、訳が分からんよ」

「金持ちの道楽じゃないの? そういうのって、お金と余裕があるからこそ出来るんでしょうし。それか、税金対策とか、批判除けの慈善事業とか」

「だとしても動いてる金が大きすぎるし、何より手を伸ばす方向性に見境がなさすぎる。企業としての経営方針というか、目指しているところがまるで見えてこないんだよ」

 

 考えれば考えるほどに分からないと、彼はボヤく。

 

「加えて言うなら、羽振りがいい様に見せて、一発コケれば会社が吹っ飛ぶような莫大な借金をしてもいるんだよ、ガイア連合は。ちょっと調べれば分かるぐらい、あからさまに」

「終末を謳ってるんでしょ? 『近いうちにお金なんて紙切れになるから、今のうちに借りれるだけ借りとけ』とでも思ってるんじゃないの?」

「いくら何でも、大企業の経営陣がそんないい加減なやり方で成功できるわけないだろ。そんなのだったらとっくに破綻してる」

 

 カルト宗教がらみだからと言って穿った見方をしすぎだと、呆れたように男が言う。でも残念、それが正解です。

 

「おかしいのはそれだけじゃない。――ガイア連合が、全国各地に関連施設を誘致してるのは知ってるか?」

「ジュネスとかをたくさん建ててるのは知ってるわ。この間、テレビで特集してたし」

「あれもな、調べてみるとおかしいことだらけなんだよ」

 

 まずは場所。ガイア連合が建物を誘致するのはすべてとは言わないが、人里外れた、商売をするには不向きなところが多いらしい。場合によっては、人が流出して過疎化どころか廃村になっている場所すらあるという。

 

「地価が安いからじゃないの? 不便ってことは、その分人気も無いってことだろうし」

「にしては、数が多すぎる。ひとつふたつならともかく、全国で誘致されているジュネスのほとんどに、大なり小なり当てはまるんだよ。まるで、通常とはまったく別の基準で建てる場所を決めてるように」

 

 男に言わせれば、採算度外視にもほどがあるらしい。

 

「二点目は、地元の有力者……つまりは名士や地主、代々続く名家なんかだな。こいつらから土地をどんどん買い上げてるんだが、これもおかしい」

 

 土地を持っている側からすれば、これは財産を切り売りするようなものであり、通常なら交渉に年単位の時間がかかってもおかしくないとのこと。

 

「地元の有力者にはその土地で商売をしていたり、不動産そのもので稼いでるのが大勢いる。神社・仏閣なんかの宗教法人もな。ガイア連合と繋がってるのが星霊神社と考えれば、いわば商売敵でもある」

 

 そう言った者達に『土地をよこせ』と言ったところで、素直に応じるわけがない。既得権益を自分から手放すなんてこと、普通はする筈もないのだから。

 

「なのに、ガイア連合相手には、あっさりと手放している……」

「ああ。何代も地元で根を張って権力や人脈を持ち続けてきた連中が、規模が大きいとはいえ新興企業に対して、だぞ? 普通なら有り得ない」

 

 確かに、それは異様だと女性にも分かる。次々と告げられる情報を受けて、男の言うガイア連合の不気味さが、ここに来て女性にも伝わってきた。背筋に気持ちの悪い汗が流れる。

 

「名士や名家なんてのは、地元じゃちょっとした王様さ。なのに、場所によっては一族まるごとガイア連合の傘下に入ってたりするんだ」

「……さすがに冗談でしょう?」

「事実だ。親戚一同、諸手を挙げてな。三顧の礼、どころの話じゃない。まるで自らの王を迎えるが如くだ。

 場合によっちゃあ、とある名家を実質取り仕切ってたような女性が、ジュネスの一店員におさまってたりするんだぞ?」 

 

 まったくどんな手品なんだか、と言った男は、お手上げとばかりに天を仰ぐ。そして疲れたのか一旦話を中断し、すっかり冷めた珈琲に口を付け、顔を顰めた。

 一方で、女性は告げられた内容を咀嚼しきれない。店員を呼んで新しい注文をする男を、どこか遠い目で眺める。

 いったい、ガイア連合とは、それと繋がっている星霊神社とは何なのか。女性にはもはや、これが単なるカルト宗教の話とは思えなくなっていた。

 自分の弟は、これとどのように、どれだけ関わっているのか。処理能力を超えた事態に、思考が上手く纏まらない。

 

「……そういやあ少し前に、弟くんのところに地方から女の子が訪ねてきたって言ってただろ」

「……ええ。それが?」

 

 新しいコーヒーを持ってきた店員が去った後。今まさに考えていた家族のことに言及され、女性は意識をどうにか引き戻す。

 実はそれで、かなりの騒ぎになったのだ。

 突然訪ねてきた弟と同年代と思しきその女の子は、戸惑いながらも出迎えた弟と対面すると、その場でいきなり土下座し、

 

『婚姻を結んでほしい、などと贅沢は申しません! せめて子種を、情けを! どうかお願いします! どうか、どうかぁぁ!!』

 

 という、衝撃的すぎる内容をぶちかましたのである。

 当然、家族会議待ったなしだ。事が起こったのが外でなくてよかったと、女性は心の底から思った。

 しかもそれを家族だけでなく、たまたま訪ねてきていた、弟の幼馴染の女の子に聞かれたのが致命的だ――主に弟にとって。

 

『う、あ……あああぁぁぁぁ……ッ!!』

『ちょっ、泣かないで! 誤解、誤解だからあぁ! つーかお前も立て! 僕が鬼畜と思われるだろうがあぁぁ!!』

『この愚弟があぁぁ! とうとう堕ちるところまで堕ちたようね! そこに直れ、その捻じ曲がった性根を叩き直してあげるわ!』

『だから誤解で――うわらばっ!?』

 

 それからはもう大変だった。泣き崩れる幼馴染の子を宥めつつ、弟をブン殴って彼女へと詫びを入れさせ、土下座した方の女の子の処理も任せる。

 我ながらあの時は冷静さを欠いていたと思うが、仕方ないと言い訳させていただきたい。ただでさえ弟がカルト宗教にかぶれて頭が痛いのに、この上女の子に無体な真似を働くようにさえなったのかと、頭が真っ白になったのだ。

 もっとも、その子に対しては弟も迷惑そうな顔で追い返そうとしていたし、幼馴染の子に対して必死に謝り倒して弁解していたから、本人にとっても不本意な事態だったのだろうが。

 

「君に名前を聞いて軽く調べてみたんだが……その子もな、わりと由緒正しい家の出なんだよ。地元ではちょっとしたお姫様扱いされるぐらいには」

「……あの子が?」

 

 にわかには信じられない。女性の覚えているあの子は唐突すぎる土下座の姿という非常に微妙なもので、傍迷惑で思い込みの激しい人騒がせな子、という印象しかなかったからだ。

 非常識すぎてコミカルとさえ言える記憶を思い返し、多少なりとも上向いていた気持ちが、スッと冷える。 

 

「で、話の流れで分かると思うが、その子の家もガイア連合の傘下に入ってる。そんな彼女が……こう言っちゃ悪いが、『ただの高校生』にすぎない弟くんへ頭を下げて頼み事をする理由なんて、ひとつしか考えられないだろ」

 

 ちなみに、女性が話したのはその女の子が土下座したというところまでだ。それ以上はさすがに外聞が悪すぎる。

 

「……弟が、ガイア連合――というより、その背後にいる星霊神社に関わっているから、って言いたいの?」

「いまのところ、それ以外の理由がないと俺は思う」

 

 今度こそ、女性は完全に脱力し、背もたれに身を預けてしまう。それを痛ましそうに見ながら、男は話を纏めにかかる。

 

「おそらく君が一番聞きたかったことが最後になって悪いが――現状、星霊神社に対してはハッキリと違法と言えるような事実はない。ガイア連合も……いろいろ言いはしたが、危なっかしく意味不明な経営をしている以外の問題は見つかっていない」

 

 むしろ、高卒や場合によっては中卒でも採用し、特に資格が無くても年収が1000万を超えるという、凡百の企業が太刀打ちできない好条件を掲げているそうだ。

 

「……さぞや、求人が殺到してるんでしょうね。私も、何も知らなかったら雇ってほしいくらいだわ」

 

 今は絶対に近づきたくないけど、と呟いた女性へ「だろうな」と男は返す。

 結局、出てきた情報はどれも弟を助けるには役に立たないものだったが、もはやそれを責める気力もない。とにかく今は頭と精神を休めたかった。

 

「慰めにもならないだろうが、これだけ調べてもハッキリとしたものは何も出てこないってことは、大っぴらに悪さをしていないってことでもある。

 弟くんが、今すぐどうこうっていう可能性は低いだろう」

「本当に慰めにならない指摘をどうも」

 

 疲れたように笑う女性へ、男は親しいものにだけ分かる労わりの響きを滲ませて話を続ける。

 

「俺自身、興味もある。今後も星霊神社やガイア連合の調査は続けるし、分かったことがあれば連絡するよ。さしあたっては、【ガイア連合山梨支部】を調べてみるつもりだ」

「……支部? 本社じゃないのには理由があるの?」

「本社の位置は不明だ。社外秘になってる。……ぶっちゃけた話、俺は実はここが本部の可能性もあると踏んでいるがね。ダミーとして支部という名前にしてるだけで」

「そんな偽装にもなってない誤魔化し、あるわけないでしょう。子供が考えたものでもあるまいし」

「案外、こういう単純な手が有効だったりするモンさ。君みたいに考える人間が多いからな」

 

 これは多分、くだらない冗談でこちらの気持ちを少しでも紛らわせようという、彼流の気遣いなのだろう。

 そう女性は疲れた頭で解釈し、ようやく、口元に皮肉ではない小さな笑みを浮かべた。

 

 

 ――ちなみに山梨支部の名称は安価の結果であるし、何ならこれには当の神主さえ思わず二度見したのだが、それは転生者でない二人には分かろう筈もない。

 

 

 

 *

 

 

 

 同時刻。

 某県某地方都市にて。

 

「お願いします、お願いします……!」

「ええい、いい加減にしろ!」

 

「ガイア連合の支部は誘致した! ジュネスも建てた! 異界も危険なものや管理できそうにないものはちゃんと潰した! 文句ないだろうがぁ!」

「そこを何とか! 次代の為にも、我が一族には強い霊能者の血がどうしても必要なのです!」

「だからと言って家に来るなよ! てか、どうやって場所を知った!?」

「前に来てもらった時の歓迎の宴の際に、ポロっと口にしてましたよ?」

「ああぁ、僕のバカァァ……ッ!」

「これが代々続く家の話術というものです!」

「胸を張るな! こっちがどんだけ苦労したと思ってるんだ! あれ以来、家族の視線が痛いんだよ! 好きな子には泣かれるしさぁ、どうしてくれるんだ!?」

「私は正妻様の邪魔をする気はありませんよ? 子種さえ頂ければ……」

「正妻ちがう! まだ付き合ってない! あと、ここ現代日本! 世間体ってモンがあるでしょ! てか、これ以上あの子を泣かせたくないんだよ!」

「……わかりました。ではせめて、今夜は泊っていってください。もちろん、夜這いなどはいたしません」

「……言っとくが、ゴミ箱を漁っても無駄だからな? ここでは、絶対に一人で処理とかしないから」

「そんな!? 最後の希望が!?」

「捨ててしまえ、そんな希望」

「お願いします、お願いします……!」

「ええい、服を脱ぐな! 土下座して足を舐めようとするなぁ! 何でそういうことするの!?」

「この冊子に書いてあるんですよ!」

「……まて、冊子?」

「これです!」

「……『私はこれで某組織の誘致に成功した! あなただけにそっと教える、強くて頼りになるあの人を地元に繋ぎ止める必勝法』……?」

「ツテのある霊能組織の巫女さまを拝みに拝み倒して、何とかノウハウと一緒に教授してもらったんです!」

「誰だ、こんな手に引っ掛かったやつはあぁぁ!!」

 

 終末は未だ姿を見せず。

 だが、いずれその日は等しく訪れよう。

 転生者であろうとも。転生者に非ずとも。

 その日に備え、誰もが皆、懸命に生きている――方向性はともかく。

 

 




なお、某スレを見ている人は分かると思いますが、ジュネスの一店員に収まってる人=冊子を書いた人です



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こぼれ話:【人類悪顕現事件】

三話目にしてコンセプトと違う話投稿するとかマ?
でも思いついちゃったんだ……

あと、なんか本作が日間ランキングの上位にいました。
ウッソだろおい……カオ転効果すげえ……応援ありがとうございます(震え声)

感想も非常に多くいただいており、本当にありがとうございます。
ただ予想外の多さに、返信ができておりません……すべて目は通させていただいてるので、許してください。


 

 これは、半終末より遡ること数年前。

 年の瀬に起きた、とある強大な悪魔との、壮絶な戦いの記録である――

 

 

 

 *

 

 

 

「――あの事件ですか。ええ、よく覚えていますよ」

 

 ガイア連合に所属している現地霊能者の男は、休憩中に新人から投げかけられた質問に、当時を振り返りながら答えた。

 

「大規模、かつ凄惨。あの光景は、とても忘れられるものではありません」

 

 少し噂を聞いただけだが、それほど激しい戦いだったのかという新人の呟きに、霊能者の男は頷く。

 

「率直に言って……大惨事でしたね。私は後にも先にも、あれほど恐ろしい悪魔事件には遭遇したことがありません」

 

 わずかに声を震わせる霊能者の男に、新人はこの先を聞いていいものかどうか躊躇う。

 しかし好奇心には勝てず「詳しい内容を伺っても?」と言ってきた新人に、男は少しだけ悩む素振りを見せるも、結局は話を続けた。

 

「まあ、もう終わった事件ですし、秘匿事項さえ話さなければ問題ないでしょう」

 

 事の起こりは、数年前の年も終わりに近づいた頃。とある強大な悪魔と、それが潜む異界が発見されたことだという。

 

「――その異界の主は、かの有名なソロモン72柱のうちの一柱。一般人でも、少しオカルト知識のある人間なら知っているであろうほどのビッグネームです。その強さは、ガイア連合のレベル基準で29に届いていました」

 

 新人は目を見開いて驚きを示す。年々右肩上がりだったとはいえ、現在よりは霊地の活性化が穏やかだった時期に、それほどの強さの悪魔が出現したとは……

 

「この時点で、我々にとっては絶望を超えた厄災と言えますが……それでも、ガイア連合の方々であればなんとかなる――初めはそう思いました。これと同等、あるいは凌駕する悪魔でさえ、彼らは討伐なり封印なりした実績がありますから」

 

 彼の言い方からして、そう簡単に事は運ばなかったのだろう。

 

「ですが、かの悪魔……というより、それの作った異界の持つ二つの特性が、討伐の難易度を他とは隔絶したモノへと変えていたのです」

 

 一体どのような儀式や術を使ったのか、霊能者の男には未だに分からないが、初期の偵察によって判明したその特性は、他に類を見ないものであったという。

 

「一つ目は、かの悪魔の異界では主以外、一切別の種類の悪魔が出現しません。代わりに、異界の主である悪魔の分霊が次々と生み出されるのです。さすがに主ほどの強さではありませんが、それでも多少のバラつきはあれど最低でもレベル20はあります。しかも、発生の速度も異常なほど早い」

 

 聞かされた内容に思わず驚愕に目を見開く新人。それが本当なら、まさに絶望と言っていい。レベル20と聞けば低く感じるかもしれないが、その強さは一地方を壊滅させて余りあるのだ。それが無数に生み出されるなど、まさしく悪夢でしかない。

 

「二つ目は、生み出された分霊が本体の役目を肩代わりできること。通常、こうした強敵のひしめく異界では戦闘を最低限とし、奥にいる主である悪魔をピンポイントで倒す――いわゆる、斬首戦術と呼べる方法を取ります。ですが、この異界ではそれが通用しない」

 

 初めに聞いたときには耳を疑いましたよ、と現地霊能者の男は乾いた声で笑う。もちろん、聞き間違いかという思いと、間違いであってくれと両方の意味でだ。

 

「その異界では、たとえ主の悪魔を倒しても、即座に分霊のうちの一体が主の役割を引き継ぎます。しかも、主だった悪魔と同じだけの強さになって。つまり、異界の主である悪魔を倒しても、分霊が一体でも残っていれば、それが新たな主として復活してしまうのです」

 

 もはや新人はあまりの内容に声も出ない。強大な悪魔が無数に生まれ、かつ元凶を討っても止まらない。まさに絶望や災厄という言葉の具現と言えるだろう。

 同時に疑問も生まれる。そんな存在がいたのなら、この国は無数に生まれたその悪魔に呑み込まれていなくてはおかしいのではないかと。

 

「幸い――と言えるのでしょうが、そうならない理由がありました。おそらくはこの特殊な異界を創る上での、何らかの制約だったのでしょうね。その異界には、時間制限があったのですよ」

 

 定められた時が来れば、主が残っていようが、どれほどマグネタイトに余裕があろうが、異界は強制的に消滅する。それが調査で判明したこの特殊な異界の性質であったという。

 

「とはいえ、安心材料には到底なり得ません。たとえ異界が消滅しようが、生み出された悪魔が消えるわけではない。根拠地が無くなったことでマグネタイト不足に陥り、いずれは出現した悪魔は消滅するかもしれませんが、それよりもこの国が壊滅する方が圧倒的に早い」

 

 男の言葉に新人は頷く。となれば――

 

「――異界が消滅するのは、年が明けてすぐ。故に、その前に異界に突入し出来る限りの悪魔を討伐、可能であれば全滅させる。それが、ガイア連合上層部が提示した作戦でした」

 

 後方配置、かつ新人である者にも、それがどれほど困難なものであるかは容易に想像がついた。いくらガイア連合の霊能者たちが猛者揃いとはいえ、あまりにも勝算が少ない様に思えてしまう。実際、今こうしてこの国は無事なのだから、どうにかしたのであろうが……

 

「当時の私は、後方でのサポート要員としてその作戦に参加しました。ガイア連合の方々と比べれば拙いものですが、多少の治癒や呪いを祓う術が使えましたからね」

 

 男が言うには、目標の異界の特殊性と困難さ故か、作戦の為に全国からガイア連合のメンバーが続々と集まってきたという。

 

「集まったのは錚々たる面々でした。異界攻略の中心には、当時からすでに幹部だった者、現在幹部になっている者などを初め、連合員の中でも選りすぐりの者たち。他の参加者もそれより多少劣るとはいえ、名門と言われる家の霊能者でさえ歯牙にもかけない猛者ばかり」

 

 通常であれば、過剰とさえいえる戦力であり、何の問題も感じなかっただろう。だが当時の男は、それでも不安を拭えなかったという。

 

「いかに強者揃いのガイア連合とはいえ、無限と思える数と復活の前に、勝利することができるのか、正直に言えば疑問でした。ですが、もちろん諦めるわけにはいきません。困難ではあれど、この国を守る為にも必ず達成してみせる。微小ではあるが、自分もそのための一助となれるなら、命さえ惜しくはないと……そう、その時は思っていたのですよ」

 

 結果的に、自分の予想は外れたと男は言う――主に、悪い意味で。

 

「……ええ、分かるわけがありません」

 

 男は目を瞑り、苦悶と畏怖に彩られた表情を浮かべる。

 

「これが……後に訪れる地獄の、ほんの入り口でしかなかったなんて……神ならぬ身の自分には、分かろうはずもありませんでした……」

 

 もはや完全に震えを隠せない声で男は語る――自身が目にした、深く、恐ろしく、おぞましい……悪夢のような虐殺を。

 

 

 

 *

 

 

 

 その戦いは、異界の入り口近くにいた悪魔を、爆風と衝撃波が吹き飛ばすことで始まった。

 

「ふん――来たか」

 

 自身の分霊が消滅したことを感じながらも一切動じることなく、異界の主である悪魔は手にした猟銃を弄びつつ鼻をならす。

 ――堕天使バルバトス。ソロモン72柱の魔神の一柱にして、地獄の伯爵もしくは公爵とされる悪魔こそが、この異界の主であった。狩人の姿で現れるという伝承の通りの姿で、背に生えた小さな羽で浮遊しながら、爆発が起きた方を睨む。

 

「我が領域に飛び込んでくる勇気は買うが――それは蛮勇というものだ」

 

 バルバトスが手を上げると、周囲の分霊が一斉に異界の入り口へ照準を合わせる。実に百を超える銃口から放たれる攻撃を受ければ、どのような強者であろうともひとたまりもあるまい。

 その時に生じる恐怖と苦痛の感情は、実に甘美な味わいのマグネタイトをもたらしてくれるだろう――そう、バルバトスがほくそ笑んだ次の瞬間。

 

 爆煙を切り裂いて、侵入者たちが飛び込んできた。

 

「――ヒャッハー! 一番乗りだー!」

「マグを、マッカをよこせえええ!」

 

 この時点で、バルバトスは悟った――「あれ、何か思ってた反応と違う」と。

 

 人間たちが、己の異界に決戦を挑んで来るのは予想していた。この場所の性質を考えれば、放置すればするほど彼らにとって脅威が増していくのだから当然だ。偵察のつもりか、ほんの入り口で何体か分霊を倒して撤退していった連中もいたのだから、近々襲撃があることなど容易にわかる。

 だからこそ、多数の分霊を生み出し、迎撃の準備を整えていた。巣穴に飛び込んできた獲物を、確実に葬るために。

 故に、バルバトスが困惑した理由は、人間の集団が無謀にも自らの領域に突入してきたことではない。

 人間どもが士気高揚なことでもない。予想以上に強かったからでもない。

 ――地獄に等しい場所へ飛び込んで来た筈の者たちの表情が、一様に歓喜と期待に彩られていたからだ。

 

 そこに絶望は無い。悲壮感すらも皆無。あるのはただ、ひたすらに歓喜のみ。

 そう、この場に集った転生者たちは、喜び、期待し、希望を抱いていた。――もっと言うならば、飢えていた。

 仮にも人を喰らう悪魔であり、狩人の姿で顕現したバルバトスには分かる。

 あれは獲物を前にした狩人――否、捕食者の眼だと。

 

 

 

 *

 

 

 

 その情報は、ガイア連合の転生者たちに激震をもたらした。

 

 稀に見る特殊かつ脅威度の高い異界と悪魔の存在。放置など出来る筈もなく、攻略のために情報収集に努めていた際、とある事実が判明したのだ。

 偵察を担当した者が悪魔の強さや耐性などを確かめるために何体か倒したところ、レベルに見合わない量のマグネタイトやマッカを手に入れることができた。

 おそらくは、この特殊な悪魔や異界によるものなのだろう。しかもこれだけでなく、スキルカードや式神強化に有用な素材が複数手に入ることも判明。

 これらの情報に加え、異界における分霊の高速発生と主の復活のプロセスを知ったとき、戦闘を得手とするガイア連合の転生者たちは――狂喜した。

 何故か? それはこういった理由によるものだ。

 

 大量のマグネタイトとマッカ、貴重な素材を落す悪魔が数多く存在し。

 ターゲット以外の美味しくない対象は一切存在せず。

 時間制限付きとはいえ、それらが供給され続ける。

 

 ――なら狩りまくるしかないじゃない!!

 

「なんだこれ天国か」

 

 連合員の一人のそんな呟きを耳にした現地霊能者は、絶望のあまり相手の頭がおかしくなったのかと思った。――まあ、そう時間が経たないうちに、自分の頭の方がおかしくなるような光景を目にすることになるのだが、それはさておき。

 

 このようなものを前にした転生者の面々の行動など決まっている。

 

 

 Q. 一体、なにが始まるんです?

 A. 採 集 決 戦 だ !!!!!

 

 

 つまりはそういうことだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 地獄の釜が開いた――目の前の光景を例えるなら、その表現こそが適切だったであろう。

 

「食らいやがれ、【渾身脳天割り】ぃぃぃ!!」

 

 予想外の事態に困惑していたバルバトスの分霊に、転生者の一人が得物を力いっぱい振り下ろす。

 頭部に強烈な一撃を受けた分霊はたたらを踏むが、さすがにこれで死ぬほどレベル20を超えるこの悪魔は弱くない。

 戸惑いを一時忘れ、分霊は反撃しようとするが――

 

「【絶命剣】!」

「【両腕落とし】!」

「【爆砕拳】!」

 

 間髪を入れず、群がってきた別の転生者から立て続けに放たれた物理スキルにより、襤褸雑巾のようになって消滅した。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ!! ラストアタック取られたぁぁぁ!!」

「ヒャッハー! マグとマッカ、素材がこんなに! コイツはゴキゲンだぜぇぇぇ!!」

「くそがぁぁぁ!!」

「おいおい、落ち着けよ。獲物はまだまだ腐る程いるんだからよぉ」

「……それもそうか」

 

 もはやマグネタイトの残滓となった悪魔を一顧だにせず、グリン! と首を傾けるようにして周囲の分霊へと向き直る転生者たち。その眼が、ギラリと剣呑な光を放つ。

 その異様な迫力と威圧感に気圧され、バルバトスの分霊たちが一歩下がる。

 それは悪手も悪手だった。バルバトスが感じたように、今の彼らは獲物を前にした捕食者である。そんな連中を相手に、弱気な姿勢を見せればどうなるか――答えは即座に訪れた。

 

「殺せえぇぇぇ!!」

「死ねえぇぇぇ!!」

「マグとマッカと素材をありったけよこせえぇぇ!!」

 

 突入済みの、あるいは続々と入口から異界に突入してきた転生者たちが、周囲の分霊たちに一斉に飛び掛かる。

 その光景はさながら、麦を前にした蝗のごとし。進み、喰らい、貪り尽くす。

 飛び交うスキルや魔法による爆音、焼かれ切れられ殺される悪魔の悲鳴を、祝福の喇叭、開戦の狼煙としながら、ひたすらに獲物を求めて突き進む。

 もはや止まらない。止まるわけがない。止まってなどいられない。

 我が総軍に響き渡れ、妙なる調べ、開戦の号砲よ――ってなもんである。

 

 そこから先は、いわずもがなというやつだ。

 

「くたばれぇぇ! 【ヒートウェイブ】!」

「おおぉぉっ、【暴れまくり】だぁぁ!」

「あの子の為、家族の為! 今、必殺の! 【大切断】んんん!!」

 

 広範囲、あるいは複数を同時に攻撃する物理スキルが飛び交い、バルバトスの分霊を切り刻み、引き裂き――

 

「奴は火炎が弱点だ! 行け、【マハラギオン】!!」

「この為に散財したんだ、元は取らせてもらうぞ! 【アギラオストーン】!」

「こいつも持ってけ、【マハンマ】ァ!」

 

 事前の情報収集で判明していた弱点属性の、あるいは耐性の無い魔法やアイテムが幾多の悪魔を焼き焦がし、粉砕し――

 

「【タルカジャ】! 【タルカジャ】!」

「【スクカジャ】! 【スクカジャ】!」

「俺の切り札を見せてやる! 【突撃の狼煙】だぁぁ!」

 

 後方から飛ぶいくつもの強化・補助魔法が、それらの威力をさらに高める。

 

「お、おのれえぇぇ!! 調子に乗りおって……貴様らこそ死ねぃ! 【刹那五月雨撃ち】!!」

「【ザンマ】!」

「【アローレイン】!」

 

 とはいえ、バルバトスもやられっぱなしではない。前衛にいた分霊たちが攻撃されてる隙を突き、本残りの分霊と本体が一斉にスキルや魔法を放つものの――

 

「マシュマロン、庇って!」

「【ラクカジャ!】」

「【護りの盾】!」

「【マカラカーン】!」

 

 多種多様の防御・補助魔法が展開され、式神が主の盾となり、碌にダメージを与えられない。もちろん、それで防ぎきれない、あるいは間に合わなかったものもいるが、その程度を想定していない筈がない。

 

「すぐに治します! 【メディア】!」

「この程度、【ディアラマ】!」

 

 仲間が傷を負うやいなや、回復魔法が連続で飛び、すぐさま態勢を立て直す。

 そして攻撃の隙を、熟練の転生者たちが逃すこともまた有り得ず――

 

「フンッ!」

 

 筋骨隆々の白いスーツを着た巨漢が、丸太のような腕を振るって分霊を粉砕し、

 

「くたばりやがれ!」

 

 その式神である鎧を纏った金髪の少女が、雷を伴う斬撃で切り捨てる。

 

「隙だらけだ」

 

 かと思えば、コートに帽子を身に付けた転生者が、左手に持つパイプ型散弾銃から放った銃撃で悪魔のバランスを崩し、すかさず貫き手による致命の一撃を叩き込み、内臓を引き摺り出す。

 

「パラスちゃん、ユキハミちゃん、ゴー!」

「弟子、おめぇはアガシオンと一緒に後ろで援護に徹してろ。間違っても前に出るなよ」

「はい、師匠!」

 

 転生者が、その仲間が、あるいは式神が、使い魔が。一体の分霊に対し複数で対処し、レベル差を数と補助、アイテムで埋めていく。

 

 また、この場に集まっているのは通常の異能者たちだけではない。

 

「オラオラオラー! 裁くのは、俺のペルソナだァ!」

「ペルソナ――タナトス! か~ら~の! 【空間殺法】!」

「……何で自分はここにいるんだろうか……?」

「【宝探し】と【カードハント】持ちのペルソナ使いが、この場に呼ばれないわけがないだろう? さあ、死なないように気を付けつつドロップを回収しようか。大丈夫、ちゃんと守るからね」

「ウッス……」

 

 普段はタルタロスやメメントス、マヨナカテレビなど、シャドウが蔓延る特殊な異界を主戦場としているペルソナ使いたちも、この美味しすぎる狩場を放置などはしなかった。

 音速で行動できる者も珍しくないが故の、圧倒的な殲滅速度で分霊を蹂躙していく。

 

「ば、馬鹿な……ッ!」

 

 溶けていく。己の牙城が、準備に準備を重ねた、絶対的な筈の軍勢が。

 

「なぜ……なぜ……ッ!」

 

 バルバトスは困惑していた。敵対者たちの鬼気迫る様子にではない。

 己とその分霊がこうも押され、倒され続けている現状に対してだ。

 

「なぜ、こうも一方的に……ッ!」

 

 ――それは事前準備、そして情報量の差だった。

 

 バルバドスは確かに強力な悪魔であり、それが数の力を行使してくるのは紛れもない脅威だ。また同一の悪魔である為、連携も別々の悪魔が群れたものとは比べ物にならない。

 しかし、同一の悪魔であるが故に、無数のバルバドスたちが持っているスキルや耐性はほぼ共通している。その為、それらを把握されてしまえば、対処され封殺されてしまうのである。

 

 翻って、集まった転生者たちの多種多様なスキルや魔法を、バルバトスは把握しきれないし、よしんば把握できたとしても完全な対処など出来ない。――彼は所詮は単一の存在であり、行使できる能力や手段が限られているがゆえに。

 

 ガイア連合の有する情報の多さと周知、そして生産力によるアイテムや装備。人間なら誰もが持つ【力】によって、バルバトスは蹂躙されているのだ。

 

「お、おのれ……だがッ!」

 

 己を奮い立たせるように叫びながら、マグネタイトを集中。異界の機能により、新たな分霊が次々と生み出される。

 殲滅速度以上の援軍を投入し、数の力で圧殺しようとする――が。

 

「お替りが来たぞおおぉぉ!!」

「おっしゃあ、入れ食いだあぁぁ!!」

「もっと……もっと……もっとよこせバルバトス!」

 

 そんなもの、この場に集った転生者たちにとってはご褒美でしかない。

 新たな犠牲者の追加投入に、彼らは沸いた。

 

「家族を守るためにも、マッカも素材も足らないんだよ! さっきレベルアップで覚えたばかりの技を食らえ、【利剣乱舞】!」

 

 自前でヒートライザでも使ったかのように奮起した転生者が、連続で斬撃を繰り出し。

 

「お前のことが好きだったんだよ(マッカとマグネタイトと素材的な意味で)! だから死ね、【会心波】!」

 

 支離滅裂なことを言いながら別の転生者が衝撃波を放ち。

 

「みんな、火炎無効装備は持ったな! いくぞおぉぉ! 【焦熱の狂宴】!!」

 

 敵味方関係なく、広範囲に獄炎を発生させる魔法が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 多種多様な剣技や武技、魔法が洪水のように降り注ぐ。それによって大気は裂かれ、地は砕け、あらゆるものが吹き飛んでいく。

 その光景はさながら怒りの日であり、終末の時であり、天地万物は灰塵と化し、ダビデとシビラの予言のごとくに砕け散るかと思われるほどであった。

 

「ぐっ、が……そ、それでも……!」

 

 バルバトスは無意味どころか相手を喜ばせるだけだと分かっていても、分霊を生み出し続ける。

 それ以外に出来ることが無かったと言うのもあるが、目の前の連中が悪魔よりも体力・魔力共に劣った人間であるのは事実。地の利がこちらにある以上、持久戦に持ち込めばいずれは力尽きる。

 そう考えてのものだったが――

 

「あ、物理スキル撃ちすぎてそろそろ体力ヤバいわ。【宝玉】っと」

「――え?」

「こっちも魔力が少なくなってきたな。【チャクラポット】だ」

「まず、ちょっと調子に乗りすぎた。体力も魔力もやばーい……」

「私、【ソーマ】持ってるよ。はい」

「今回はショタおじが全面的に支援を決めたから、アイテムはほぼ経費で落ちるのがいいよねー」

「さっすがぁ! ショタおじは話が分かる!」

 

 その希望も、あっさりと摘み取られた。

 この期に及んでまだ、バルバトスは理解していなかったのだ。ガチで攻略を決めた連中が、この程度の備えをしていない筈がないのだと。

 

 ――後はもう、語ることはない。

 

「小細工なんぞ使ってんじゃねぇぇ!」

「物理か魔法か、死に方はどちらがいいか選べぇぇぃ!」

「今日の俺は紳士的だ。運がよかったな」

「どの口が言うのか」

 

 相手の動きと対処に慣れてしまえば、それはもう草刈りと変わらず。

 

「き、貴様ら、これで勝ったと――ぎゃぺっ!」

「断末魔が長い! 黙って早く死ね!」

「死なないとドロップ出てこないんですからとっと消えましょうね。役目でしょホラホラ!」

 

 もはやただの作業、ひたすら効率だけを求めながら殺すという、ある意味で悪魔以上の悪辣さを見せ付けながら、人にとって脅威である筈の悪魔を倒し続ける。

 悪魔を殺して平気なのって? うるさい、そんなことより素材だ! マッカとマグネタイトも忘れずに!

 

「バルバトス、ナグルノ、タノシイ! タノシイ!!」

「マッカタクサン! ソザイタクサン! ウレシイ! ウレシイ!!」

「mzs=de! mzsa)$q@e! mzs、mzs、mzs&&&&&&&!!」

 

 挙句の果てには、興奮しすぎて言語すらバグってる連中もいる始末。

 なんだこれ地獄か? ――ある意味魔界(地獄)だったわ、異界(ここ)

 

『う、あっ、あ……あぁぁ……』

 

 目の前のすべてを蹂躙し、虐殺し、スナック感覚で消し飛ばしながら突進してくる転生者たち。

 バルバトスと分霊たちは、それを前に――

 

『う、う、う……うああああぁぁぁ!!』

 

 恐怖と絶望の叫び声を響き渡らせ――直後に、それごと転生者たちの攻撃に飲み込まれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 日付が変わる。

 悪魔の居城は崩れ、その主であった恐怖の具現たる悪魔も、幻のように消え失せていく。

 

「ああ……これで、やっと――」

 

 だと言うのに、天に現れた月に照らされるバルバトスの顔は穏やかだった。

 それは悪魔に似つかわしくない、長年の苦行から解放されたような澄み切った表情で。

 彼は安心したように薄れ、あっさりと消滅した。

 

 完全無欠の勝利。犠牲者は戦ったものにも民間人にも一人もおらず、転生者たちは現実へと帰還する。

 しかし、彼らの表情は一様に晴れない。その口から出たのは勝利を祝う歓声ではなく――

 

「ちょっと待てぇぇ! まだ逝くな! 逝くんじゃない! ……逝くなって言ってるだろコラァ!!」

「逃げるなァァ! (マッカと素材を提供するという)責任から逃げるなァァ!」

「俺たちを満足させたいなら、この三倍は持ってこいと言うのだ! というか、持ってきてください! なんでもしますから!」

「殺したかっただけで、死んでほしくなかった……ッ!」

 

 ――嘆きと怨嗟の叫びであった。

 

「バルバトスさんが……オレが休憩で眠っているうちにバルバトスさんが……おのれ人類!」

「っていうか、おまえ倒しすぎなんだよ! ちょっとは譲れ!」

「ふざけんな、弱いお前が悪いんだろ!?」

「ンだとコラァ!」

 

 

 これが人の夢、人の望み、人の業。

 他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。

 競い、妬み、憎んで、その身を喰い合う――

 

 人間の悪性、普遍かつ根源的な罪業を具現化したような彼らの姿を見た現地霊能者によって、一連の悪魔事件はこう呼ばれることになる。

 

 

 

 【 人 類 悪 顕 現 事 件 】と――

 

 

 

 *

 

 

 

「――以上が、事件の顛末です」

 

 語り終えた現地霊能者の男が、重い重い溜息を吐き出す。

 聞いていた新人は、もはや言葉も無かった――いろんな意味で。

 

「彼らの姿を見て思いましたよ。人の業とはかくも深く、醜く、恐ろしいものなのか――と」

 

 乾いた笑いを漏らす男は、疲れ切ったような声だった。

 

「あの光景を見て、心底理解させられました。ガイア連合の方々は、私達とは悪魔に対するスタンスや考え方が、もう根本的に違うんだな、って……」

 

 新人も同感だった。彼らにとって悪魔とは、もしかしてマグネタイトやマッカ、素材の供給元くらいの認識ではないのだろうか?

 

「信じられますか? 観測していた者の話では、あの時は最大で一秒間に44体が討伐されていたんですよ?」

 

 聞きたくなかった、そんな事実。

 

「というか、本当に何だったんでしょうね、アレ……正直なところ、アバドンの特殊な分霊が顕現したと言われても納得できる光景だったんですが」

 

 半分くらいは本気の声音で言う男に力なく頷きを返しながら、新人の内心は次の言葉でいっぱいだった。

 

 

 ――ガイア連合の上位陣こっわ……絶対に近づかないでおこう。 

 

 

 

 *

 

 

 

 ――異界攻略より日が明けて、一月一日。

 とある転生者の自宅にて。

 

「…………」

「……ごめん」

「……一緒に年越しするって言ったのに……」

「はい……」

「おソバも作って待ってたのに……」

「本当にごめんなさい……ッ」

「…………(シュッ、シュッ)」

「あの、お姉さま……? 謝りますので、無言でシャドーボクシングはやめてほしいかなって……」

「…………ッ(股間への蹴り上げの素振りが追加される)」

「マジすんませんでしたァ!」

「…………初詣は絶対に一緒に行くからね?」

「もちろんです!」

 

 




 一般人から見たガイア連合の人間はアレだが、現地霊能者から見てもやっぱりアレ、という話。

 なお副題は『たった一人の採集(される)決戦! 誰がやらなくとも俺らがやる!』でお願いします。

【追記】
 やっべ、肝心の言葉入れ忘れてた。なので、いろいろ修正しました。


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