『腸狩り』になったスバル~エルザの肉体にTS憑依~ (腸狩り)
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プロローグ 大罪人エルザ・グランヒルテ
ルグニカ王国首都ルグニカの大広場にて、たった今『ある大罪人』の「公開処刑」が行われようとしていた。
女の名は『エルザ・グランヒルテ』。
『腸狩り』の異名で世間に名を轟かせた彼女は、筋金入りの快楽殺人鬼にして暗殺者であり、殺し屋である。姓のグランヒルテは通名で、彼女自身と縁のある火酒『グランヒルテ』が由来となっているという噂もある。
要人や官僚を暗殺することを稼業としていた彼女は、ルグニカやその近隣諸国の国民を大いに恐れされた。
ルグニカ王国を始めとした周辺諸国は、一切身元がつかめない彼女の存在に手を焼いていた。
そんな彼女がどういうわけか、つい一月前にルグニカ王国の憲兵らの手により捕まったのだ。
「どうやら、あのエルザ・グランヒルテか捕まったんだってよ。なんでもルグニカに潜伏してたらしい。」
街中は連日「エルザ・グランヒルテが捕まった」というニュースで持ちきりになっていた。
「これはあくまで憲兵から聞いた噂なんだが、なんでも道を聞いてる最中に捕まったんだと。」
彼女が「道を訪ねていた最中に捕まった」という情報を聞き、呆気に取られている国民達。
「隣の国なら自分のことを気付かれないとでも思ったんだろう。笑っちまうぜ。」
エルザ・グランヒルテは、元々ルグニカではなくグステコ聖王国を拠点にし活動をしていた。
グステコ聖王国とは、ルグニカ王国から見て北方に位置する宗教国家である。グステコ聖教を国教とし、国民の大半はこのグステコ聖教を信仰している。
寒冷地帯のため作物のなかなか育たない不毛の大地であるグステコ聖王国は、精霊信仰を行うことで彼らから加護を得て大地を潤わせ農耕を行っていた。
彼女はその国の要人を暗殺したことでグステコから後を追われ、結果このルグニカ王国に流れ着いたのだ。
「おい見ろ!!エルザが処刑台の前に連れていかれてるぞ!」
「うう…寒そう…」
断頭台へと連れていかれている彼女は、一糸纏わぬ姿で連行されていた。
「うへへ…こりゃあ眼福だぜ」
一人の男性が、一糸纏わぬ姿で連行されているエルザを見て鼻の下を伸ばしている。
エルザは北国の寒冷地の生まれであった。幼少期は貧しく、満足な衣服も買えないほどであったという。
そんな彼女が衣服を着ることも許されず辱めを受け処刑されるとは、皮肉な話である。
しかし今の彼女は、死の恐怖で恥辱よりも恐怖の感情が勝っていた。
彼女の処刑を耳にした国民が、街の中心に次々と集まってくる。
野次馬のように集まったもの、憎悪を向ける者、全裸のエルザに情欲を向ける者など、様々な人間がいる。
誰かが言った。「エルザの処刑は、ルグニカ王国において必ず有益をもたらすだろう。」と。
エルザの度重なる悪行にルグニカ王国・グステコ聖王国・カララギ都市国家などの各国は手を焼いていた。
そのため『エルザ・グランヒルデを処刑した』という功績は各国からのルグニカ王国に対する信用を生み、また国際政治を行ううえで有利な位置を築けるというのだ。
今回ルグニカはエルザを処刑することにより、グステコとの国交をより盤石なものにしようとしていた。
そして今回、多くの市民がエルザの処刑を見学しに広場に集まっている。
言わば彼らは、「エルザを処刑した」という事実を他国に証明するための証人なのだ。
「ねえママ~!!なんであのひとはだかなの~?」
エルザの処刑を見に来た野次馬の男児がエルザを指差し母親に問いかけた。
「コラっ、見ちゃダメよ。あれはね、悪いことをした人なの。」
親子の隣にいた少女は、エルザの一糸纏わぬ姿を見て幻滅する。
「うわ…あんな風にはなりたくないわね。あんなの、女としての恥よ。」
彼女が暗殺者であり、暗器使いである。故に処刑中に暗器を使い抵抗する危険性があった。そのため王国は彼女を一糸纏わぬ姿で処刑することを決めたという。
勿論理由はそれだけではない。見せしめのためもある。
女性である彼女が、ただ処刑されるだけではなく辱めを受け処刑される。それは「罪を犯せばこのような目にあってしまう」という女性への犯罪抑止に繋がるだけでなく、男性達に対するパフォーマンスも理由としてあった。
世界的な大罪人であるエルザが全裸姿で処刑される。それは一種の催しにもなり、彼女の処刑を人目でも見たいと思った王国中の人間が集まり興行にもなると王国側が踏んだのだ。
事情聴取中の拷問で受けた傷だろうか。
彼女の肉体には無数の切り傷や鞭打ちの跡や痣などが目立っていた。
彼女は吸血鬼と呼ばれる存在である。本来ならば彼女の肉体は一切傷を付けることが出来ず、傷もすぐ再生するように出来ていた。いわば彼女は不死の肉体だったのだ。
しかし彼女の肉体は、一切回復する様子を見せていない。
彼女の再生できる回数には限度がある。ルグニカ王国は拷問することにより再生能力を弱らせ、彼女の不死性を一時的に無力化することに成功したのだ。
つまり今の彼女は、首を跳ねれば失血死してしまうし、電撃を受ければ感電死してしまうし、首をくくれば窒息死してしまう。
つまり彼女を確実に殺せるタイミングは、再生能力の低下している今しかないのだ。
「おい、さっさと歩け。まあさっさと歩いたところでお前の死が早まるだけだけどな。」
刑務官が歩いていたエルザの背中を蹴とばす。エルザはその場に倒れ込んだ。
その衝撃で、エルザの肘に擦り傷が出来てしまう。しかし、その傷が治ることはない。
「おらっ!さっさと歩け!」
処刑人がエルザの腹を蹴り上げる。
「ゔっ…!!おぇえ…」
腹を強く蹴られた衝撃で、彼女の口から吐瀉物が溢れ落ちた。
「ははっ、汚え。」
再び、彼女がその場で崩れ落ちる。
そして訴えかけるように、エルザは処刑人を睨みつけた。
「………。」
「…ちが…う…。」
(オレは…エルザなんかじゃな…)
否、彼女…いや「彼」はエルザ・グランヒルテではなかった。
彼の名はナツキ・スバル。
コンビニに夜食を買いに出かけた彼は帰る途中、突然異世界へと転移させられた。
「エルザ・グランヒルテに憑依する」という形で。スバルは突然の異世界召喚に興奮し町中を駆け巡った。
しかしスバルは次第にこれが夢ではないということに気付く。エルザは指名手配犯である。
そして不用心にも憲兵に道を聞いてしまったことにより逮捕されてしまい、いま彼女はこの処刑台にいた。
「オ、オレは…」
スバルは「自分がエルザではない」と声を挙げようとした。
しかし、思うように言葉が発せない。
これまでも何度も自分がエルザではないことを言おうとした。
しかしそれを言おうとすると、「何らかの力」が働いて喋れなくなってしまうのだ。
(クソ…どうしてだ。どうしてエルザじゃないことを訴えようとしただけで声が出なくなるんだよ…。)
何故自分はいまこんな状況にいるのだろう。何故自分はいまこんな目に遭っているのだろう。
ついこの間まで日本で平和に暮らしていただけなのに。
スバルは今の自分が置かれている状況に絶望していた。
見かねた処刑人はエルザの処刑を宣誓する。
「これより、大罪人エルザ・グランヒルテの処刑を執り行う!!」
国民達は、処刑台の上に立つエルザに好機の視線を向けていた。
「…………!!!」
(そんな…。嘘だろ…?オレはこんなところで死ぬのか?)
エルザの髪を処刑人が強引に掴み、頭部を斬首台にセットする。
エルザの処刑を見に来た野次馬の視線が、一斉に処刑台の上にいる彼女の方に集まる。
衆人環視の目に晒される彼女は、自身に向けられる憎悪や情欲の目に絶望していた。
(どうして…どうしてオレがこんな目に遭わないといけないんだよ…。)
(コンビニに行ってただけなのに、気付いたらこんなところにいて…)
(道を聞いただけなのに、捕まって…拷問されて…)
「あの時ティーカップを洗ってさえいればここにいなかったのだろうか」と後悔するスバル。
(そんな…オレは死ぬのか?こんなところで?誰にもオレのこと気付かれないまま…?)
誰も自分のことを気付かないまま、異世界で死ぬ。それも自分の姿ではなく、見ず知らずの別人の姿で。
そしてこの世界には、「菜月昴」を知る人物は誰一人としていない。
(父ちゃん…、お母さん…。)
頭の中に、尊敬する父親と母親の姿が思い浮かぶ。
小さい頃から憧れだった父親の賢一。いつでもスバルの味方だった母親の菜穂子。
ふたりのことが頭に思い浮かび、彼女はつい大粒の涙を溢してしまっていた。
(そうだオレ、お母さんに「いってきます」も言ってねえ…)
刃は高所から落ち大きく音を立てる。
「たすけ────」
その瞬間、刃は彼女の頭部と胴体を切り離し彼女…「彼」は絶命した。
「彼」が最期に思い浮かべた光景は、帰りを待つ父親と母親の姿だった。
「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!」
歓声が湧き上がり盛り上がる大広間に集まった野次馬達。
胴から切り離されのた打ちまわるエルザの胴体。頭から切り離された彼女の胴体は打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣し、頭部と切り離されたショックで失禁してしまっていた。
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episode.1 転生したら黒髪巨乳美女だった件
関東地方の某県にて、ある不登校の少年がいた。彼の名前は菜月昴。
彼はその性格が災いしクラスから孤立していた。そして、高校の卒業も差し掛かった三年生の終盤で遂に不登校になってしまったのだ。それ以来彼は一度も学校には行っておらず、引きこもりの生活を続けていた。
彼が外に出るのは、本やゲームを買いに本屋やゲームショップに行くときくらいである。
その日のスバルは、夜食を買うために近くのコンビニに行っていた。
手に持ち合わせているお金は、夜食を買うために持ってきたお小遣いくらいである。
(今月も厳しいな…、引きこもってる手前お小遣をもねだるのも恩着せがましいし…。)
(やってないゲームでも売るか…。)
手持ちで持っているお金は、夜食の弁当を買うために持ってきた500円玉と100円玉2枚、10円玉6枚と一円玉7枚だけだった。そのうち10円玉一枚はギザ十の十円玉である。ギザ十はスバルが以前買い物をしたときにお釣りの中に入っており、以来願掛けとして財布の中にいれている。
スバルはこのギザ十を、どうやら使いたくはないらしい。
スバルは夜食を買いにいくついでに、コンビニの雑誌棚で週刊誌の漫画の立ち読みをしていた。
週刊誌の表紙には大きく「新連載!」の文字が掲げられている。
(TS転生か…少年誌でTSネタは少しニッチ過ぎねえかなあ…)
どうやら異世界転生モノのようだ。
それも「異世界に転移して美少女の姿になる」という内容らしい。
スバルは銀髪の美少女キャラが性癖だった。
部屋のポスターや漫画、ラノベやフィギュア類を見る通り、筋金入りの銀髪好きである。
スバルはふと、自分がTS転生したらという想像を始めた。
(銀髪美少女になったオレか…。色白で鈴を鳴らしたような声色で…)
銀髪の美少女になった自分を想像をするスバル。
(氷魔法の使い手ってのはどうだ、フィジカルもクソ強くて素手でも戦えたりとか。)
(生まれも特殊な生まれで、伝説の魔女とそっくりなせいで人々からは忌み嫌われてたりするんだ。)
銀髪の美少女になった自分が氷上の上を駆け回っている。
(そうだ、トゲ耳はどうだ。「エルフ」…いや、それじゃあ普通だな…)
いまいちインパクトが足りないと思うスバル。
(人間とエルフのハーフの「ハーフエルフ」ってのはどうだ。)
スバルの中で、自分がTS転生したイメージが固まっていく。
(なんかまだ物足りねえなあ…猫のマスコットとかいたりしたら面白そうだな。)
銀髪美少女の横に、銀色の猫のようなマスコットがふわふわと浮いている想像をした。
(そうだ、本気を出したら実はこのマスコットはクソ強いみたいな設定だと面白ぇかも知れねえな…。)
さながらラノベ作家ばりに思考を巡らせ、妄想にふけるスバル。
スバルは完全に自分だけの世界に入ってしまっていた。
しかしスバルの心の中には、少しだけわだかまりが残っていた。
(いや違う!オレは銀髪美少女が大好きだけど…、自分がなりてえわけじゃねえんだよ!)
自分自身で解釈違いを起こすスバル。
彼は銀髪美少女が大好きだが、自分自身がなりたいわけじゃないのだ。
(やっぱ銀髪美少女は自分の手で愛でるに限るな…)
スバルの銀髪美少女になるという妄想は、自分自身の手であえなく頓挫した。
「チッッ…。おい…うるせえぞ。」
声が漏れていたのか、隣で立ち読みをしていた男性客が軽くスバルの脇腹を肘で小突いた。
「ぁ…すいません。すぐどくんで…」
(くだらね…、そんなの現実にあるワケねえし…。オレがラノベ作家になるわけでもねえしな。)
隣の客から睨まれ怖気づいたスバルは400円の弁当と140円のスナック菓子と160円のお茶を手に取り、会計を済ませコンビニの外へと出ていった。
生憎週刊誌を買う金は持ち合わせていなかったので、次にコンビニに来た時に買うことに決めた。
外に出ると、あたり一面は暗く闇夜に包まれている。車の通りもまばらで、人通りもほとんどなかった。
(はあ…暗ぇ…。そうか、もう夜中の11時だもんな。職質とかされなきゃいいんだが…。)
ここ最近、自転車の窃盗が増えているらしくスバルの居住区付近では警察が夜間パトロールを行っていた。
スバルの人相の悪さはスバル自身も自覚しており、高校入学の時のクラス写真に写っていたその姿はまるで警察署に張られている指名手配犯ポスターのようだと自負していた。
そして実際、スバルは過去にこの人相の悪さが災いし職務質問をされたことがある。
その際は自身の身分が高校生であることと、自分の父親の顔が広く警察官にも知り合いがいたということでなんとか難を逃れた。
スバルはこの日ほど、自身のコミュ障ぼっちぶりを呪ったことはなかったという。
(オレは人相が悪ィけど、そんな指名手配犯ってわけでもないし、今回は大丈夫だろ。)
しかし今日は、いつも愛用している黒いジャージを着て外に出ている。
傍から見れば不審者そのものだ。黒い服を着ると職務質問をされやすいという話も聞いたことがある。
実際、スバルが過去に職務質問を受けた時に着ていた服装も黒だったことを思い出した。
(寄り道せずに一直線に家に帰ればなんとかなるか。)
そう思い、コンビニの敷地から外に出ようとした。その時だった。
まばたきをしたその一瞬で、目の前の景色が、突然切り替わったのだ。
◇
「………え?」
あたり一面が、中世ヨーロッパ風の景色に切り替わった。
獣人が町中を闊歩し、竜が馬車を引いている。
先程までスバルは、日本の関東の地方都市の住宅街にいたはずだった。
しかし目の前に映っている風景は、見慣れた現代日本の風景とは程遠いまるでファンタジー作品のような光景だった。
それに日が昇りあたり一面は昼になっていた。太陽が照り、まるで春のようにポカポカと温かい。
風が吹き、スバルの肌を撫でる。
自分はこんなに薄着をしていただろうか。今の時期は冬の真っただ中だったはずだ。
こんな薄着だと、風邪をひいてしまいかねない。しかし寒さを感じないほど辺りは暖かくなっていた。
(一体なんだ?まさかオレはたった一瞬で地球の裏側にでも拉致されてしまったのか?)
自分は拉致されたのではないかと疑うスバル。しかし地球の裏側に、ブラジルの位置にこんなヨーロッパのような建物が建っているなんて聞いたことがない。
(いやいやまさか…流石にドッキリだろ?そこにいる竜も獣人も、きっと特殊メイクかなにかで…。)
(オレの誕生日がエイプリルフールだからって…こんなことしなくてもいいのに…。)
スバルは父と母のドッキリを少し疑った。スバルの誕生日は4月1日だった。
世間的にはエイプリルフールと呼ばれる日付である。あの父と母なら、自分を勇気づけるために大掛かりなドッキリを行っても不思議ではない。
しかしスバルの両親は普通の家庭だった。仮にやれたとして、いくらスバルのことを溺愛してるとしても、こんな大それた計画を行うための資金を出すとは思えない。それにあの二人が、息子を誘拐まがいなことをしてドッキリを行うだろうかと、スバルは疑問を浮かべた。
自分が陥っている状況を整理し、思案に耽っていたその時だった。
スバルは自身の服装の違和感に気付いた。自分はジャージを着ていたはずだ。
それなのに、自分の体を撫でた風の感覚は直接自分の肌に当たったような感覚だった。
胸から腹にかけてが、まるで布を当てていないかのような感覚だ。
それに、自分の髪の毛はこんなに長かっただろうか。
肩まで届くその髪は、毛先に行くにつれウェーブがかかっている。
首元には、紫のファーが巻かれていた。
違和感の正体ははそれだけではなかった。自分の身長はこんなに低かっただろうか。
普段よりも5~6cmほど、目線が低いように感じたのだ。
違和感はそれだけではなかった。胸に重量感を感じ、股間に虚無感を覚えている。
それはまるで「ない」はずのものが有り、「ある」はずのものがないような感覚であった。
疑惑が確信に変わっていく。
スバルはおそるそそる、目線を下にやっていった。
「……!?」
そこには、自分の肉体にあるはずのない豊満な双丘が実っていた。
男であるはずのスバルにはあるはずのないそれは、スバルの肉体に起きた異変を視覚で知らせてくれた。
そして服装も、スバルが着慣れたジャージではなく胸元が大きく開いたようなローブの服装になっていた。
そこでスバルは、自身の体に訪れた異変を確信する。
緊張のあまり唾を呑む。
スバルにとっては一瞬の出来事のはずなのに、その唾を呑む動作がとても長く感じていた。
「オ、オレ…」
「オ、オレ…女になってるー!!!??」
普段のスバルの声とは違う、落ち着いた大人びた女性の声が町中に響き渡る。
「というかこれって、異世界TS召喚ってヤツ〜!!!??」
ナツキ・スバルは見知らぬ異世界に異世界召喚され、黒髪巨乳美女になってしまったのだ。
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episode.2 美女にTSしてやることと言えば…
先程までコンビニの前にいたはずなのに、気付いたら中世ヨーロッパのような場所にいたスバル。
周りには竜車や、獣人や爬虫類のような見た目の亜人種、様々な見た目の二足歩行の生物が闊歩していた。見たところ、人間同様の知性があるように見える。
「まさかこれって…TS異世界召喚ってヤツ~!??」
それだけではなく、自身の肉体が女性の姿になっていたのだ。
目視だけでも分かる。
胸にある大きな乳房やくびれた腰つきなどのグラマラスな体つき。
股間に感じるあるはずのものがない感覚。
そのどれもが、スバルの肉体が女性になったということを証明していた。
「いやいや待て待て、ありえねぇって!!そんなまさか、異世界召喚…それも女体化だなんて…。」
まさか自分がそんな目に遭うなど、彼は思いもしていなかった。
異世界召喚、ましてや女体化など、漫画やアニメの中だけの出来事だと思っていたからだ。
しかし現実に今、自分の目の前でそれが起こっている。
TS願望ほどではないが生まれ変わり願望自体は以前からスバルはあった。小さい頃は将来の夢はカブトムシやライオンだ。
強いものに憧れていた。小さい子あるあるだった。
子どもは将来の夢と聞かれたら、将来なりたい職業ではなく自分の憧れている動物を答える。スバルもそれと同じクチだった。
高校生になってからは憧れの父を思い描き父の職業を答えるようになったが今のスバル自身と想像する理想の自分とのギャップに押しつぶされ、スバルは次第に自己嫌悪に陥るようになった。
それ以来スバルは「他の誰でもない別人になってみたい」とふと考えるようになりだした。
「そうだオレ、今どういう見た目になってんだ。」
スバルが一番最初に気になったのは、自身の容姿だった。
召喚された自分の容姿が美人なのか、またはそうじゃないのかによって話は変わってくる。スバルにとって女性の姿になった自分の容姿は一番気になる重要要素だった。
(どこかに鏡ねえかなあ…。)
鏡を借りる際の話しかけ方をイメージするスバル。
『よっと兄弟!手鏡貸してくんねえか!』
軽快に近くにいる青年に声をかける想像をするスバル。
(いや待て、ホントにこんな話し方でいいのか?)
「え、ええ〜っと…そこの、殿方…?オ…私に手鏡を貸してくださる?」
スバルは物腰柔らかな女性をイメージした口調で、近くを通りかかった男性に話しかけた。
「少し…え〜っと、その…化粧直しを…ね、しようと思って…」
スバルには女装の心得があった。高校一年生の時、スバルはしばらくの間女装をして登校し、クラスメイトを数カ月間騙し通したことがある。
青年から鏡を借り、スバルは自分の容姿を確認することにした。
「おおっ…!!」
鏡には小さい頃から見慣れた目つきの悪い自分の容姿とは程遠い美人の姿が映し出されていた。
外国人なのだろうか。日本人であるスバルの外見的特徴とは違い彫が深く、顔立ちがはっきりとしている。
ツリ目だったスバルとは違い、目尻が下がっておりタレ目気味でまつ毛も長い。その姿は誰がどう見ても「絶世の美女」に映る容姿だった。
(おっしゃあ〜!!美人キター!!」
心の中で、自分自身の姿が美人の姿になっていたことを喜ぶスバル。
(せっかく美人になれたんだ、心機一転美女ライフをエンジョイしてやるぜ!!)
スバルは興奮のあまり、手を掲げガッツポーズをした。
(というかそもそも、ここが本当に異世界なら日本人も外国人も関係ねぇか…。)
「あのすみません、もういいですか?」
青年が鏡を返してほしそうにこちらを見ている。
「あっすまねえな、ありがとよ兄弟!!」
スバルは興奮のあまり、つい口調が戻ってしまった。
「…?」
スバルから鏡を返される青年。
突然変わったスバルの口調に困惑しながらも、青年は遠くへと行ってしまった。
「…それにしても、だ。」
「男なら、興味がわかない方が逆に不健全だよな…。」
目の前の手に届く位置に映る果実に興味が向くスバル。
「っていやいや!もしかしたら別人の身体かも知れねえのに、勝手に触るのはよくないだろオレ!!」
「けど…少しくらいなら、誰も文句は言わねえよな…。減るもんじゃねえし…。」
スバルはつい、好奇心に負け揉んでしまった。
指が吸い寄せられるように、乳房の中に沈み込んでいく。
胸部についている乳房は特殊メイクなどではなく、確かに感覚を持ってそこにあった。
(うお…柔らけえ…。これ…、本物の胸じゃねえか…!)
(マシュマロみてえ…、ずっと揉んでられる…。)
胸に触れるのなんて、スバルは赤ん坊の頃以来だった。
つまり物心がついて以来、スバルは女性の胸に触れたことはない。
(ストレス解消にちょうどいいわこれ…。)
初めて揉んだ胸の感触が自分についた胸の感触になるなどかつてのスバルならば思いもしなかっただろう。
しばらくの間、乳房を揉む感触に浸っていたスバル。
しかしここは、人通りが多い都市の中心街。
傍から見れば美女が自身の胸を揉みしだきながら、奇妙な笑みを浮かべているように見えるだろう。
スバルの興味が胸から更に下へと向かおうとしていた、その時だった。
「なあ…なんであの人自分の胸揉んでんだ…?」
「痴女?痴女なの?」
「あんな風になっちゃダメよ」
美女が公衆の面前で胸を揉みしだくその様子に、周りを通る雑踏も少しづつ気付き始めていた。
(あ、あれ…?なんで周りの連中はオレの方を向いてるんだ?)
周りが自分のことを見てひそひそ話をしていることに気付き始めるスバル。
(チクショウ…!!なんか見られると急に恥ずかしくなってきた!!)
周りの好奇の目に気付きスバルは、胸を揉むのを止めた。
「………。」
「…にしても、だ。」
(そういや、オレ自身がTSして異世界召喚されたのか?それともオレがこの世界の別の誰かに憑依したのか?分っかんねえ…)
自分が今どのような状況にいるのかを冷静に分析するスバル。
「そういや服装も…」
そういえば、着ていた黒のジャージは一体どこに行ってしまったのだろうか。
そこでスバルはふと、自身が手持ち分沙汰なことに気付いた。
「あ、あれ…!?さっきまで持ってたコンビニ袋がねえ!!」
左手持っていたコンビニ袋が無くなっていたことに気付くスバル。その中に弁当もスナック菓子も飲料水もなくなってしまっていた。
「さ、財布もねぇ…!!携帯電話もねえじゃねえか!!!」
スバルの財布には、高校の学生証などの個人情報を含むものもあった。
つまりスバルは自分が異世界人であると示す証拠も自分がナツキ・スバルであると証明する証拠も無くしてしまったのだ。
◇
「…はあ、これからどうすれば。」
近くにある噴水のふちに座り、スバルは今後の行動指針を立てようとする。
(コンビニ袋もねえ…、身分証もねえ…、財布もなけりゃ携帯電話もなくなっちまってる…。これから一体どうすればいいんだ…)
まず、ここがどこなのかも分からない。
中世風の異世界であるということと、自分の姿が女性になっていること以外、スバルは現状を一切把握出来ていなかった。おまけに身分を証明するものも一切ない。
八方ふさがりの状況にいることを改めて認識させられるスバル。
こういう時、父なら何をして何の行動を起こすだろうか。
ここがどこかも分からなければ、自分がどういう状況にいるのかさえ分からない。
スバルは過去に父と共に出かけたキャンプの時のことを思い出そうとした。
あの時は一体、何をどうやったのだろうか。
「………よし。」
「さ〜て、やってやりますか異世界探索!!」
しかし、この時のスバルは予想にもしていなかった。これから自分自身の身に降りかかる様々な苦悩を。
そして、自分が憑依している女の正体を…。
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episode.3 リンガのおっさんと迷子の女の子
「うおおおおおお!!!!やって来たぜ異世界!!!」
初めての異世界、夢にまで見た中世ファンタジー風の光景が目の前にあることにテンションが上がっているスバル。このあたりでも大きい都市なのだろうか。町中を歩いて回っていると洋服屋や酒場、八百屋や雑貨屋などの様々な商店が店を構えている光景が見えた。
もう少し奥に回ると、今度は大道芸人や劇場らしき施設が見えてきた。ここは歓楽街だろうか。楽器を持った吟遊詩人が音楽を奏でている光景も見えた。
(へえ…、異世界でもオレらの世界みたいな社会インフラが構成されてるんだな…。)
商店街にある八百屋や肉屋、青果屋などを見ると、基本的な社会インフラは自分の世界と変わっていないように見える。街の商店街ではスバルの住んでいた世界と同じように生活用品が売られ、宿屋などの宿泊施設もスバルの世界と変わらず存在している。
竜が引いている馬車のようなものを見る限りでは、あれらがこの世界における交通インフラを担っているもののようだ。どうやらあれがこの世界では車代わりに使われているらしい。
スバルは自身の服装を見ながらふと疑問を覚えた。
この服装は一体なんの職業の服装なのだろうか。
(にしても露出度の高い服装だなあ…。腹が見えちまってる。)
行き交う人々の服装を見てみても、自分に似た服装の女性は見かけない。舞台女優か旅芸人なのではないかとも思ったが、周りの反応がないのを見る限りそれもどうやら違うようだった。
スバルは腹が露出している服装が気になり、思わず自分の腹を撫でるように触った。
「うへぇ〜…、オレの鍛え上げた筋肉はどこに行っちまったんだか。いやこのスベスベの腹もこれはこれでいいけどよ。」
元の世界で、スバルはこれでもかなり鍛えている方だった。
不登校でこそあったものの、筋トレやジョギング、竹刀の素振りは日課とも言えるほど毎日欠かさずやっていた。おかげで世間一般の不登校や引きこもりと比べると、腕っぷしはかなり強い方だったのだ。しかし今のスバルの腹にはかつて鍛えた筋肉の面影は欠片もない。
「はあ…、それにしても腹減ったよなあ…。」
そういえば、ここに来るまでなにも食べていない。
コンビニに夜食を買いに出かけたものの、弁当もスナック菓子も飲料水もコンビニ袋ごとどこかに無くしてしまった。
「とは言ってもカネなんてもってねえし…」
財布が手元にないことを今更後悔するスバル。
財布がないと言っても、中に入っていた貴重品を使えばこの世界のものと交換できると思ったからだ。
「というか、こんなオレ腹減ってたか?この体がそんな食いもん食ってなかったんだろうか…?」
(どうする…。最悪、体でも売って金を…)
今のスバルの容姿は絶世の美女である。
体を売れば、日銭を稼ぐぐらい余裕で出来るであろう。男に媚を売り体をくねらせ男を情欲に誘う自身の姿が頭の中に浮かぶ。
(うげぇ〜…最悪。オレにそんな趣味はねぇっつうの…。)
空腹でかなり疲れが来ているからか、普段ならば考えないような最悪の想像までしてしまっていた。
(はあ…、空腹でどうにかなっちまいそうだ…。)
そんな時、スバルはふと先程通りかかった商店街エリアに青果屋があることを思い出した。
(商店街で青果屋見かけたしあそこまで戻るか。ここから少ししか離れてねえっぽいし歩いて向かうとするかね。)
記憶を頼りに、スバルは青果屋のある場所まで向かっていった。
◇
「よう姉ちゃん。うちで買い物かい?」
青果屋の構える場所まで行くと、そこにはスバルより少し身長の高い大柄な男性がいた。髪色は緑色で黒色のバンダナをしており口には枝を加えている。
スバルの世界でいう江戸っ子気質を感じさせるご主人だった。
「ね、姉ちゃん…?」
「?まだおばさんとか婆ちゃんって年じゃねえだろ?もしや嬢ちゃんって言ってほしかったのか?」
「あっいや…、そういうワケでは…」
(そうだ、今のオレは女なんだった…。)
『姉ちゃん』と呼ばれ、今の自分の姿が女だったことを思い出すスバル。
怪しまれないようにするために、高校一年生時代の女装経験を思い出しながら、スバルは見よう見真似で女性口調で話し始めた。
「おっおう、じゃなかった。、え、ええ…そうなの…よ?」
(こんな感じでいい…のか?これなら怪しまれないよな…。)
取ってつけたような女性口調で話し始めるスバル。
(けどなんだろう、この口調…。妙にしっくりくるような…。)
妙に口調がしっくりくる謎の感覚に襲われるスバル。
「店主さん、これはなんていうのか?…しら?」
青果店の店主に話しかけ、果実の一つを指差した。
「なんだ姉ちゃん、そんなことも知らねえのか。一体どこの田舎から来たんだが。」
その果実はどこからどうみても林檎そのものだ。
スバルがその果実のことを知らないことに驚く青果店の店主。
「あ、あはは…、少し世俗に疎くて…。この国に来たのは初めてなんです。」
(嘘は言ってねぇ…もんな。この国…というかこの世界に来たのは初めてだし。)
この世界にやって来たのは初めてなので世俗に疎いのは仕方ないということにして開き直るスバル。
しかし店主は、それでも少し怪しんでいるようだった。
「いや流石に田舎にもこの果物はあるだろ?砂漠とか雪国の出身か?いや雪国ならあるよなあ、これ。」
(だよな…冷てえところで採れない林檎とか聞いたことねえし。林檎の名産地も青森県だしな…。)
すると店主が、林檎によく似た果実の名前を口にした。
「これはな、『リンガ』っていうんだよ。パイとかキッシュとかに加工して食うもんだ。美味ぇぞ。」
その林檎によく似た果実の名前は「リンガ」と言うらしかった。
店主の口ぶりから察するに、この国では、加工して食べるのがスタンダードらしい。
「勿論生で食っても上手いが、この国以外ではあまりオススメ出来ねえな、衛生観念的に。」
(衛生観念か…。そうか食中毒とかあるもんな。)
「もっと向こうにカララギっていう国もあるんだが、あっちは魚も卵も生で食っちまうらしい。あいつらの食への執念は図りしれねえな。」
スバルの出身の日本と同じように、どうやらこの世界の一部の国でも生食文化は浸透しているようだった。
「あら、じゃあおひとつくださる?私もうここ最近一つも食べ物を口にしていなくて。」
(なんだ、だいぶ女口調が様になって来たんじゃねえかオレ…?)
「なんだって、そりゃあ大変だ。姉ちゃんが餓死しちまったら大変だ。」
「いいぜ、銅貨二枚と交換だ。出しな。姉ちゃんは美人だから一個おまけしといてやるぜ。」
どうやら店主は、今のスバルの容姿を見て贔屓してくれたのか。
銅貨二枚を交換条件にリンガを売ってくれるようだった。
「ど、銅貨?に、二枚…?」
銅貨二枚という言葉を聞き、スバルは固まってしまった。あまりの空腹で忘れていたが、今のスバルは金を一銭も持っていなかったのだ。
(銅貨二枚か、ギザ十じゃだめだよな…。)
スバルはポケットから財布を取り出そうとする。
10円玉なら銅貨代わりになるのではないかとスバルは考えた。
「…少しだけ待ってくださるご主人?今から希少価値の高い銅貨をお出ししますから…それで勘弁。」
(し、しまった!!そもそも財布自体がねえじゃねえか!!どうするオレ!!)
「ギ、ギザ十っていうのがあるのだけれど、マニア価格ならそれはもう高く値がついて…。紙とペンはあるかしら?」
スバルは紙とペンを貰い、絵に日本円硬貨を書き出した。
「な、なんだこりゃ?こりゃ一体どこの国の硬貨だよ?」
「う、嘘だろ?まさか一文無しなのか?ここまでどうやって来たんだよ姉ちゃん。関所もあるだろうに。」
一文無しのスバルに対し怪訝な目を向ける青果屋の店主。
「そりゃあオレ…わ、私は『天下不滅の無一文』だからな!!…わよ?」
「……??なんだそりゃあ?変わった姉ちゃんだな…。」
青果屋の店主は訳の分からないことをいうスバルの言動に呆れていた。
「……。はぁ。」
ため息をつく店主。
「金ねえのかよ!だったら帰った帰った!…って言いたいところだが…」
「アンタがヤローだったらその高そうなマントを売って金にして来いっていうところだが…、流石に俺もそこまで鬼じゃねえ。」
「いいぜ、おまけしといてやる。今回だけはタダでそれくれてやるよ。姉ちゃんに食い倒れられたりしたらこっちが困るからな。それに姉ちゃんは美人だ。別にそういう職業があることを責めてるわけじゃねえが…うっかり体売られたりしてもこっちが悲しくなる。」
「その代わり、次来た時はちゃんとカネ払ってくれよ。」
「ほれ、リンガ三つだ。大切に食えよ。」
「すまね…すみません店主さん。大事にしますね。」
「おう!気をつけていけよ!」
店主からリンガを貰うと、スバルは店主を背に青果屋から去っていった。
「はあ…よかった。ひとまず食い倒れずには済んだわけだが。」
青果店の店主からもらった林檎によく似た果実のリンガを見つめるスバル。
見れば見るほど林檎にそっくりだ。
するとスバルは、リンガに丸ごと噛りついた。
(……!!なんだこれ、無茶苦茶美味ぇじゃねえか!!)
リンガに噛り付くとそこから果汁が口の中にブワッと広がった。
この世界に来て始めて食べた数刻ぶりの食事は、初めての異世界探索で疲労したスバルの心身共の疲れをこれでもかというほど癒してくれたのだった。
(ふぃ~!!身体じゅうに染み渡るぜ~!!)
去っていくスバルの背中を、青果店の店主は不審そうに見つめていた。
(雪国出身…女…土地勘無し、土地柄を無視した露出度の高い服装。おまけに一文無しと来たか…。)
(いや、まさか『アイツ』じゃねぇよな。危険人物として指名手配犯の…)
(けどあの女が『アイツ』だったら、不用心にも町中を歩く理由が分からねえ。それに『アイツ』ならルグニカの地理にもそれなりに詳しいはず…流石に俺の思い過ごしか。人違いだよな…。)
◇
スバルがリンガを食べながら通りを歩いていると、迷子になっている女の子がいるのが見えた。
片方は緑髪のおかっぱの女の子で、もう片方は藍色のおさげの髪型の女の子だった。
おかっぱの女の子の方は泣いており、もう片方のおさげの女の子がそれをなだめているようだった。
スバルは生憎、小さい子が困っているのを見ると助けずにはいられない性分だった。それに見かねたスバルは、その子ら二人に話しかけることにした。
「どうしたんだ?二人とも。迷子なのか?…しら。」
「え…」
ぎこちない女口調で話しかけるスバル。
突然話しかけられ少女二人は驚いていた。
すると、おかっぱの少女がスバルに対してことのいきさつを話し始めた。
「…あのね、私。お母さんと離れちゃったの。」
どうやら彼女は、母と別れて迷子になってしまったようだった。
おかっぱの髪型の子は、下をうつむいて泣いている。
一方のおさげの子は、スバルの顔をじっと見つめていた。
「どうしたの…?かしら?」
「っ…!!…いいえ、何も。私なんかより、この子のお母さんを探してあげて。」
藍色のおさげの髪型の女の子は、自分よりもおかっぱの子を優先してほしいと言っているようだ。
「じゃあ兄ちゃんと一緒に…お姉さんと一緒にお母さんを探そうぜ…探しましょうか。」
「なあおま…あなた?お母さんの見た目の特徴とかは分かる?」
スバルはおかっぱの女の子のお母さんの特徴を聞いた。
「ぐす…、あのね。お母さんはね、お姉ちゃんよりも少し身長が低くて髪は私と違って紫色で…。」
スバルはひとまず、辺り一面をぐるりと見渡した。
(しまった、紫色の髪の毛の女の人結構いるじゃねえか…。オレの世界じゃかなり珍しいのに…。)
周りを見渡すと、紫色の髪の毛の女性がそれなりにいた。これでは、誰がおかっぱの子の母親なのか分からない。
「どこらへんではぐれたの?」
スバルは更に詳しい情報を聞くために女の子に聞いた。
「えっとね、あの、向こうの商店街のあたりで。」
向こうの商店街。それは先ほどスバルがリンガを貰った青果店がある商店街があるところだった。
「分かった。それじゃあお姉さんと一緒に行きましょうね。」
「そっちのおさげの子も。この子を送り届けたらお母さんを探してあげるからね。」
「………。」
しばらく歩き続けて商店街を回っていると、先ほどスバルがリンガを貰った青果屋の近くまで来ていた。
すると女の子が何かに気付いたのか、青果屋のところに向かって走り出した。
「あっ見つけた!おかあさ〜ん!あ、お父さんもいる!!」
するとおかっぱの女の子はお母さんらしき人物に抱きついた。
「すみません親切な方、娘を見つけてくださりありがとうございます。」
おかっぱの女の子の母親に感謝されるスバル。
久しぶりに純粋に他人から感謝され、スバルは気分が高揚していた。
「よかったわね、お母さんもお父さんも見つかって…あれ?」
スバルはおかっぱの女の子のお父さんの顔を確認し左を向いた。
「おっとすまねえな、娘を見つけてもらってよ…あれま。」
「おま…あなたこの子のお父さんだったのかよ…!…のね?」
するとそこにいたのは、先ほどリンガを恵んでくれた青果屋の主人がいた。
なんとおかっぱの女の子の父親は、青果屋の主人だったのだ。
「なんだあ姉ちゃん、アンタがうちの娘を見つけてくれたのか。ありがとよ。」
「いえいえ別に、当然のことをしたまでですよ。」
ふとおさげの子に注意が向くスバル。
「そうだ、キミも…。キミもお母さんと迷子に…あれ?」
しかしそこにはおさげの子の姿はもう影も形もなかった。
(あれ…?どこに行ったんだあの子?)
「あのご主人?これくらいの身長のおさげの子を見ませんでした?」
スバルはおさげの子を行方を青果屋の店主に聞いてみた。
「おさげの子?その子ならさっきどこかに走って行っちゃったぜ?知り合いなのか?」
「いや、その子も迷子みたいだったので保護者の方を見つけたら送って差し上げようと思って…。」
「…そうなのか?姉ちゃんの方チラチラ見てたからてっきり知り合いかと。」
「にしても、何度も何度も済まねえな姉ちゃん。娘の件のお礼だ。さっきのリンガの件はこれでチャラだ。その代わり、次からは客として来てもらうからな。頼むぜ。」
「あばよ!!」
「ばいば~い!!お姉ちゃ~ん!!」
スバルは青果屋の主人とおかっぱの女の子と母親と挨拶を済ませ、再び街の探索を始めたのだった。
それから数分後、青果屋の屋台にて。
青果屋の店主は一人考え事をしていた。
(あのおさげの子、前にメイザース辺境伯の管理する村に果物を売りに行った時に見かけたような気が…。けど一人で来たのか?あんな小さい子がこんな遠い王都まで?)
(いや流石にそりゃねえか。母ちゃんや姉ちゃんとかといっしょに来たんだろ多分。)
(にしてもあの子、なんで何度もちらちらと姉ちゃんの方を見てたんだ?まさか身内とか…。けど姉ちゃん違うって言ってたしな…)
(俺の思い過ごしか…。顔も全然似てなかったしな…。)
(はあ、杞憂だといいんだが。)
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