バリアヒーラーの迷宮探索 (死期)
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0話

性癖煮詰めたやつです


 人生の終わりをどう迎えたいかなんて、とっくの昔から決まっていた。

 

 たくさんの弟と妹に囲まれて。

 色んな話をして。

 ちょっと泣いたり。

 たくさん笑って。

 

 そうして旅立ちたかった。

 

 その夢は、まさに今叶っていた。

 

「兄ちゃん。兄ちゃん。なァだめか?もうちょっと頑張れたりしないか?」

「──ぁ゛ぁ、わ、るいなァ。ごめんよォタク。兄ちゃんもう疲れちまってさ」

 

 消毒とガーゼの匂い。ピコピコと音を奏でるゴチャついた機械に、嗚咽混じりの声が混じっていた。自分に次ぐ年長の弟───タクが骨ばった手を取って泣いている。

 

 本当に、悪いなァ。

 

 俺たち家族、まだまだこれからってときなのになァ。ゴメンなお前ら置いて俺だけオサラバなんて。

 

「───そっか、謝らんでェ。兄ちゃんこンなに頑張ったモンなァ」

「悪いなァ、ゴメンよほんとに。兄ちゃん情けなくて」

「情けなくあらへん!あらへん、から⋯⋯ぅ、うゔ゛っ」

「あァ、シズまァた泣いて⋯⋯、その泣き虫はまだ治らんかったか」

 

 情けない。本当に情けない。

 まだこいつらにしてやりたいことなんてたくさんあるのに。どうしてこの体は動かないのだろう。

 

 多臓器不全。腎臓も肝臓もテンでダメ。

 肺がやられてからは酸素マスクなしにはいられないし、腹や胸に水が溜まってキツくてしようがない。

 

 もう長くは保たないと医者の先生に言われてから随分保ったものだ。昨晩無性に兄弟姉妹全員と話がしたくなって無理して呼んでもらった。

 

 こいつらはバカ正直に全員で来たから病室はパンパンだ。バカだなァ。お前らも忙しいくせに、こんなくたばり損ないの出来損ないに時間割くなんてさァ。

 

「───わる、いなァ。情けない兄ちゃんで。これからだってのに一抜けなんて。心配やわ、お前らやってけるのか。心配で心配で」

「えェで兄ちゃん。心配せんでェ。アタシらはちゃんとやってける。な、心配せんでえぇから」

「そォかあ⋯⋯そンなら、えぇなァ⋯⋯」

 

 そうだった。こいつらはもうこいつらだけで生きていける。生きていけるようになった。そうしたのだ。全てを賭してその未来を手に入れた。

 

 夢は、叶った。

 

 こいつらに安息の地を。俺は最後まで役目(お兄ちゃん)を全うしてくたばる。

 

 文句よつけようもないパーフェクトな死に様。どこまでも情けない兄ちゃんだったけど、こいつらは付いてきてくれた。だから安心して逝ける。

 

 なのに。

 

 なのになァ。

 

 やりたいことはまだまだいっぱいあった。

 

 タクを大学に行かせてやりたかった。

 ナナに可愛い服を買ってやらなきゃ。

 マサは洗濯のたたみ方が雑だからって叱ってやらないといけない。

 シズはそろそろ前髪切れ。兄ちゃんがやってやる。

 タケは言うことねェな。のっぽすぎて頭天井にぶつけんなよ。

 モモは味付け教え終わってなかったな。

 コウにラケット買ってやんねェと。テニスやってみたいって言ってたはずだ。

 アオも猫が飼いたいんだったか。世話自分でできんのか心配だ。

 リサは犬がいいって大騒ぎしてたな。両方飼うのって難しいんかな。

 

 あぁそうだ。家族で旅行行こうって言ってたな。沖縄と北海道で半々に分かれて俺がどっちに行くか決めてくれって。バカだなぁ。どっちも行ってこいよバカども。

 

 ちくしょう。

 やりたいこといっぱいあるなァ。

 

 死にたくないなァ。

 ゴメンよ、こんな締まらない兄で。情けない兄で。

 

 俺お前ら心配だよ。心配で心配でたまらねェ。

 

 でも、他でもないお前らが「心配すんな」なんて言うもんだからさ。

 

「まァ、お前らなら"安心"だよ。安心して逝ける」

「───にぃ⋯⋯?まって、まってよ。まだにぃに返したいものいっぱいあるのっ」

「なァんだアオ、兄ちゃん心配させんでくれ」

「心配してよ!もっと、もっとずっと!一緒に!!」

 

 ったくヨォ。

 酷いこと言うなよ。

 

「大丈夫だアオ。俺の妹なら大丈夫だって思わせてくれ」

「──ッやだ!⋯⋯⋯やだよぉ⋯⋯、にぃ、ずっと一緒にいてよ⋯⋯」

 

 タクは男前になったな。たぶんアオを抱きしめてやってるんだろう。くぐもった嗚咽が聞こえてくる。

 

 目は、もう見えねェな。

 

「⋯⋯なァ、手握っててくれるか⋯⋯?」

「手ならもう───いや、兄さん、ずっと握ってるから大丈夫だ。安心してくれ」

「⋯⋯⋯そっか、それなら、安心だな」

 

 ぬくもりを感じる。物理的なものじゃない。感覚のない手ではなく心で熱を感じる。

 

 俺には出来すぎた家族だ。

 

 あァクソ。これじゃあ"心配"なんてできねェな。こいつらならやってける。お前らならやってけるさ。

 

 だから、俺も安心して、少し、眠ろう。

 

「⋯⋯⋯悪いなァ、ちょっと、兄ちゃん、眠くって」

「いいさ、気にしないで。兄さんは働きすぎなんだ。たまにはゆっくり眠ってくれ」

「⋯⋯⋯そォか⋯⋯、悪いな、タケ。悪いなァお前ら」

 

 頭に乗る手が温かい。

 かけられる言葉が暖かい。

 

 日だまりのような温もりに包まれて、なんだかうつらうつらしてきた。

 

 そう、かな。

 働きすぎかな。

 

 俺の方がかえって心配させちまったか。

 

 じゃあ、仕方ないな。

 

 少し

 

 

 ねむろう

 

 

 起きたらなにをしようか

 

 

 やりたいことは

 

 

 いくらでも

 

 

 

 いくらでも、あるさ

 

 

 

 

 だからちょっとだけ

 

 

 

 ねむってもいいか

 

 

 

 

 暗い

 

 

 

 でも暖かくて

 

 

 

 ひとりじゃない

 

 

 

 

 ねむいな

 

 

 

 

 寝て

 

 

 

 あしたおきるまで

 

 

 

 

 それまで

 

 

 

 

 

 

 

 おやすみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おや、すみ。兄ちゃん。ありがとな」

 

 

 

 平坦な波形の電子音。

 

 病室に子どもの号哭だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1話

 

「───ぁ⋯⋯?」

 

 目が覚めた。

 体中痛ェ。なんだこれ。体が痛いのなんて今に始まったことではないが、こいつは毛色が違う。胸のあたりをぶん殴られたような鈍痛。後頭部にも激しい痛みがあってたらりと扉体から血が流れてくる。

 

 震える膝にムチを打って立ち上がる。

 

 待て。立てる?

 

 なんでだそりゃ。色んな内臓やられて寝たきりだった俺が立てるはずないだろ。

 

「ど、こだここ」

 

 薄暗い洞窟だった。

 病室の内装は味気ないなと思うことはあったけどここまで劇的ビフォーアフターされると流石にビビる。それにしてもカビ臭さと獣臭が立ち込める病室なんてアリなのか。衛生的に。

 

 ズキズキ痛む頭に触れる。べっとりと血が付着した()()()がどす黒く染まっている。

 

 おいおいどういうことだ。病院生活が長すぎて髪の毛が脱色されるなんてあるのか。というかこの出血はなんだ。

 

「い゛、づつ⋯⋯」

 

 先程から声も変だ。やけに高い。喉までイカれたかよ。

 頭も胸もなにか鈍器で殴りつけられたみたいだ。どうやら俺は洞窟の壁を背にして寝ていたらしく節々がびきびき痛む。

 

 いや、ほんとなにこれ。

 

 そもそも俺何してたっけ。

 

 

 うーん、半年くらい闘病生活してたでしょ?

 

 それであーもうダメだなって悟って皆を呼びつけてお喋りした。

 

 それでくたばった気がする。

 

「どーいうこっちゃ⋯⋯?」

 

 かなりクサイ感じのことくっちゃべって死んだ気がするんだけど。なのに生きてる感じか。えーダサいって思わなくもないけど、生きてるだけで御の字だ。

 

 体動くとか滅茶苦茶回復してるじゃん。

 これもう退院できそうじゃない?

 そこかしこ痛いけど。

 

 クラクラする頭を押さえて周りを見る。かなり広い洞窟だ。

 体の調子を確認するために色々ペタペタ触る。

 

 

 

「うん???」

 

 鈍痛を放つ胸がちょっと柔らかい。筋肉だけでは得られない微妙な柔らかさがある。これ内出血とかで内側から腫れ上がってる感じか?

 

 なんか奴隷にでも着せられてそうなぼろぼろの外套を類って引き上げる。怪我してるならそこ確認しないと。なんか股がスースーする気がしないでもないけど。

 

「うん?????」

 

 ぺろりと捲った外套の下には何もなかった。

 

 いやまじでなにもない。

 

 こう、つるぺたーんってかんじでなにもない。

 下着も無ければ愚息もない。

 あと胸元は痣があるけど誤差レベルでしか膨らんではいない。

 

 えっもしかして去勢された。なんで!?

 

「───よし、よしよし、冷静になろう。俺は兄ちゃんだからな。いつだって冷静、オーケイ?」

 

 深呼吸をして錯乱した頭を落ち着ける。

 

 女だこれ。

 それも子どもの。

 

 ここも病室なんかじゃない。意味不明な洞窟だ。

 

 つまり俺は、死んだと思ったらどこぞとしれぬ洞窟で幼女に生まれ変わったということか。

 

「いやそんなバカな」

 

 突拍子もないアホすぎる思考を却下する。

 いや、そんなわけないでしょ。

 ないよね⋯⋯?

 

 ぺたーんとした胸やつるーんとした股をまさぐる。

 女だ。うそー。

 

 いつの間にか左手は木製の棒とか握ってる。いつの間にかというか最初からか。木でできた棒に金属製の装飾がいくつかついてる。丈は身長よりデカい。こんなもの持ってたのに気が動転していて気付かなかった。

 

「だれか、説明してくれ」

 

 どういう状況なんだこれ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「包帯とか、あるわけないか」

 

 ぼろぼろの外套にはポケット1つさえない。そして下はノーパンの痴女スタイル。これポリスメンに見つかったら即職質、人に見つかったら即通報だ。

 

 というか人いるのか。こんな洞窟に。

 

 痛む胸元を押さえながら出口を探して歩く。

 

 なんかいい感じの棒も引き摺りながらだ。

 

 入り組んだ洞窟をとぼとぼと進む。

 

 喉乾いた。頭痛い。ここどこ、わたしだれ?

 

 頭がズキズキするのでいろんな考えをとりあえず放り投げ、休めそうなところを探す。できればさっさとこんなとこ出て交番に駆け込みたい。助けてくれーって正直に言えばポリスメンは優しいって知ってるからな。

 

「お、話し声⋯⋯?」

 

 先の通路の分かれ道の先にぎゃあぎゃあやかましい音がする。なんか品性を感じない声だが人がいるのなら嬉しい。事情を説明して泣きつくとしよう。

 

 ⋯⋯強烈な幻覚見てるキチガイだと思われたらどうしよう。というかこれもしかして幻覚だったりするか?本当の俺はまだベッドの上で夢を見てるだけとか。

 

 ともかく通路を曲がって探し人の下へ。

 

 ヘイ男子!助けてくれないか!

 

「ギャギャ⋯?」

 

 え、なにあれ。ゴブリン?

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

「ひょわっ!?」

 

 ゴブリンだ。紛れもないゴブリンだこれ。特殊メイクですかーとかやぶれかぶれで聞いてみたが、緑色の体表に赤い目をしたゴブリン三体は問答無用で襲いかかってきた。

 

 で、デカい。デカいってこいつら!

 

 ゴブリンっぽい見た目のくせに160はある俺と同等の背丈とかふざけんな!

 

⋯⋯あ、もしかして今の俺の背がミニマムなのか?

 

「く、くるなっ!?」

 

 必死に棒を振り回して距離を詰めてくるゴブリンをあしらう。自分の背丈より長い棒は体に吸い付くようにくるくる回って、ゴブリンの攻撃を払う。

 

 なんだこれ棒術とかやったことないのに体が勝手に動くぞ。すごいなこれ。

 

 でも全然有効打になってない。下から顎をすこーんと打ち抜いても平気でゴブリンは立ち上がる。

 

 つ、つよすぎるこいつら。

 

 じわじわと通路の奥に追い込まれていく。

 

 だれかたすけて!

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 冒険者、ベル=クラネルはダンジョンの一階層でモンスターを探していた。

 

 初めてのダンジョンで幼き日に祖父に助けられたあの日からずっと脅えていたゴブリンを初めて自力で討伐できたこと。それ自体は良かったのだが余りにはしゃぎ過ぎて、神様の下へ向かって笑われてしまった事は正直言って非常に恥ずかしい。

 

 迷宮最弱のモンスターゴブリン、それを一体倒しただけでどんだけ喜んでるんだと。

 

 思い出しては赤らむ顔を抑えつつ迷宮一層をうろつく。

 

「全然いないなぁ⋯⋯」

 

 一週間くらいは一層で様子見をすべきだとギルドで言われた通りにしているのだが、いかんせんモンスターがいない。冒険初日とは言え未だにゴブリン一体しか倒せてないのはなんだか情けない話。

 

 神様に笑われてからどうにか失態を取り戻そうと再び迷宮に潜ったのだが、モンスターがいない。

 

 あと美少女もいない。

 

「全然見つからないなぁ。なにかコツとかあるのかな⋯⋯モンスターに出会うコツみたいなの」

 

 あと美少女に出くわすコツみたいなの。

 

 下らない思考に集中を持っていかれそうになったとき、奥の通路の方から素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。

 

『ひょわっ!?』

 

「女の子の⋯⋯声、悲鳴?大丈夫かな、こういうのって近づいちゃだめなんだっけ?」

 

『く、くるなっ!?』

 

「来るなってボクのことかな⋯⋯、いや駆け出し冒険者に近づかれたら迷惑ってことかなぁ」

 

 もしや美少女との出会いかと色めき立ちそうになったが、既のところで冷静さを取り戻す。来るなと声が聞こえた以上近づくべきではないだろう。

 

 それなりに離れた位置からこちらに声をかけられる少女は優秀なのだろうななんて思いつつ踵を返そうとしたところで、前方の通路から声の主が飛び出してきた。

 

 ベルと同じ白い髪がたなびく。

 

 小柄な体格は小人族(パルゥム)の特徴だろう。

 

 なんの変哲もなくただ身の丈より長いというだけの棒切れを持った少女。

 

 ぼろぼろの外套に身を包んだ女の子は、誰がどう見ても美少女と答えるだろう愛らしさがあった。

 

 

 そんな女の子が血まみれで転がるように逃げていた。

 

 後ろから追い立てるゴブリンの顎や関節をすこーんすこーんと棒でしばきながら、泣きそうな顔で逃げている。

 

 どうみてもピンチとしか言いようのない光景に、ベルは頭の中で思い浮かべていた諸々を放り出して駆けた。

 

 

 出会いとかそんなこと言ってる場合じゃない。

 

 助けないと。

 

 

 

 それが英雄を目指す少年と、異世界から迷い込んだ少女の初めての出会いだった。



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2話

「あー、えっと。ひとまずありがとっス。助かったっス」

「いや全然!?っていうかアタマ!血が!」

 

 ゴブリンに追い詰められてもうダメだーって思ってたら、白髪の男の子が駆けつけてくれた。マジ助かります。死ぬかと思った。俺が女だったら惚れてたかもしれない。

 

 白髪の彼はその真っ赤な瞳で私を上から下まで観察してめちゃくちゃ焦ってる。あーこれね。頭の怪我結構やばい見た目してる感じか。

 

「これね髪が白いせいで悪目立ちしてるだけで、実はそんなに───あだっ!?」

「や、やっぱりダメだよ。ちゃんと手当しないと」

 

 見上げるような巨体の少年───いや違うな、この体つきでガタイがいいはずない。やっぱり俺の背が低いんだろう───が痛ましそうな目で見てくる。

 

 やめてくれよ、なんか悪いことしてる気分になる。

 

「手当てっても包帯とかないんで大丈夫っス。ところでキミは⋯⋯?」

「ぜ、全然大丈夫じゃなさそうだけど⋯⋯⋯えっと、僕はベル=クラネル。今日冒険者になったばっかりの駆け出しだよ」

「⋯⋯⋯冒険者?」

「うん冒険者だよ、キミも迷宮にいるってことはそうでしょ?」

「え、違うっスよ」

 

 少年が信じられないモノを見るような目になった。

 あ、やべこれ選択肢ミスった感じ?

 

 ぼーけんしゃじゃないやつは非国民!みたいなアレか。

 

「もしかしてなんかヤバいッスか?」

「や、ヤバいっていうかどうやって迷宮に入ったの?」

「なんか気付いたらいたッスね」

 

 気付いたらいたって記憶喪失?夢遊病?と目を白黒させている少年。まあだいたいそんな感じと適当にごまかす。

 うん俺もなにがなんだかわかってないんだ。

 

 それにしても、ゴブリンと来たか。

 少年がナイフで一体ずつぶち殺してくれたお陰でなんとか助かったわけだが、殺したゴブリンは石ころ───魔石って言うらしい───を残して消えちまった。

 

 まァ目を疑う光景だ。まるでゲーム。まるでフィクション。

 

 そういうのが目の前で繰り広げられたのだ。

 

 めちゃくちゃ驚いた。

 

 じゃあ俺もアレか。

 

 死んで異世界転生したみたいなアレか。

 

 それともアレか。

 

 こっちの世界の誰かの体に魂だけ乗り移ったみたいなアレか。

 

 うーんなんにせよヤベーな。俺どうしたらいいんだ。この迷宮とか言う場所めちゃくちゃ危ないらしいから早く出たいけど、どうしたら出れるかわからんし。

 

「なァベルさん。もしよかったらだけど出口の方向とか教えてくれないッスか?なんもお礼できないッスけど」

「あーそっか、記憶喪失なら来た道とかもわからないか。もちろんいいよ、僕も一緒に付いてくよ」

「いいんスか。いやマァジで助かるッス!」

 

 ベルさんいい人すぎる。ゴブリン倒して小銭稼ぎしてるみたいだったけど、わざわざ道案内までしてくれるとは。善良が人の姿して歩いてるみたいなやつだ。

 

 しかもポーチからハンカチ出して貸してくれた。血で汚すのは忍びないけどありがたく使わせてもらおう。

 

 そろそろ乾き始めて髪とかパキパキになって困ってたのだ。

 

 助かる。

 

 ただどォにも子ども扱いされてるみたいで、手ェ引かれて歩き始めた。まあいいか。

 

 迷宮とやらの出口目指しながら、俺はベルさんに現状確認とばかりに質問攻めにしたわけだが、気を悪くすることもなくなんでも教えてくれた。

 

 ベルさんマジいい人。一生ついていくわ。

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 迷宮、つまるところダンジョン。

 

 

 『ダンジョン』なるものは『オラリオ』とか言う街の中心にある『バベル』と呼ばれる塔の真下にあるるらしい。

 

 もともと『ダンジョン』つーのがあった場所に『バベル』っていう白亜の塔を建てたらしいが、なんぞ金儲けでもしようって魂胆だろうか。なんか『ダンジョン』内の『モンスター』倒したら『魔石』とかいう価値のあるものが落ちるわけだし。

 

 そんでこのベル少年は、()から神の恩恵(ファルナ)を貰った『ヘスティア・ファミリア』の一員とのこと。

 

 うーん頭がこんがらかってきた。

 

 というか()ってなんだ。神を名乗る不審者かと思ったが、なんかゴブリンとか出てくるファンタジー世界ならそういうこともあるのか。失礼のないように滅多なことは言わないでおこう。

 

 そんでカミサマからなんぞ凄そうなもの───神の恩恵(ファルナ)とやらを授かっているベルさんは、多分なんかスゲー人なんだろう。なんか字面からしてスゲーもん。拝んどいたらなんかもらえるかな。

 

 と思ったらベルに俺もファルナはもらってるはずだと言われた。

 

「エ?いやそんな大層なものあるわけないっスよ」

「え、じゃあキミファルナなしでダンジョンに!? いやそんなはずないか。そこらへんのことも忘れちゃった感じかな⋯⋯?」

 

 へェ。

 

 なんでも神の恩恵(ファルナ)とやらは割と誰でも貰えるモンなのだとか。誰でもって言っちゃ悪いな。

 

 『ファミリア』っていう共同体に所属して神様からもらう必要があるっぽい。

 

 ふぅン。

 

 ファミリア、家族か。()()()()()()()

 

「キミ───えっとゴメン、名前聞いてもいいかな」

「あァ申し訳ないッス。先に名乗らしといて自分だけ名前教えないなんて」

「気にしないで。非常時だもん」

 

 いやァいいやつだなァ。ベル少年。

 俺はキレてもいいと思うぞ。

 

 マジでスマンかった。

 

「ジブンはミジタアキラッス。つッてもあんまこの名前好きじゃないんッスよね。できれば兄ちゃんって呼んでほしいっス」

「えっとアキラさん───いやニィちゃん⋯⋯ですか?」

「あァそれッス。ジブンの名前はニィちゃんでいくッスよ!」

 

 やったぜ。棚ぼたで兄ちゃん呼ばわりさせられた。

 

 やっぱこれだよこれ。

 

 もともと自分の名前は好きじゃなかったんだ。

 

 ミジタって三下(さんした)って書くんだぜ。あーやだやだ。

 

 あとアキラ呼びしてくるやつみんなクソだったからな。いい思い出ァねェんだ。

 

 まァそんなこんなで螺旋階段まで辿り着いた。ここがダンジョンの一層とやらだそうでこれで脱出完了ってなわけだ。

 

 やったぜ地上。

 

 カビ臭さとオサラバ。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 めちゃめちゃでかい大穴を抜けた先にようやく地上。

 

 人だ。

 

 人がごった返している。

 

 それも普通のじゃアない。髪の色は色とりどり。ケモミミ生えたやつもいれば、耳がとんがったやつもいないではない。お、アレ知ってるぞドワーフってやつだな。

 

 よく考えたらベル少年は白髪赤眼っていう中二心擽る見た目だ。線が細いしもしかしたらウサギ人間とかかもしれない。

 

 まさにファンタジー。頭がくらくらしそうだ。

 

 どこだよここ。あ、『オラリオ』って言うんか。知らんがな。

 

 ベルはギルドとやらに向かうと、ちょっと待っててと言って魔石を換金してきた。数千ヴァリスなるよくわからない通貨を貰って、いくらか渡そうとしてきた。

 

 いや意味分からん。

 

 襲われてたゴブリン三体分だけ折半?

 俺助けられただけだぞ。受け取れるはずない。

 

 困ったような顔で俺にお金を押し付けるのを諦めたっぽいベルは、周囲を見渡して見覚えはないかと聞いてきた。

 

「⋯⋯⋯⋯見たことないッスね、ココ。知らない場所ッス」

「それ、は、大変だ⋯⋯ファミリアのホームとかって覚えてる⋯⋯? 名前だけでも」

「いやァ全然ッスね。ヤバいなどうしよ」

 

 ふらりと目眩がして空を仰ぐ。

 

 澄み渡る蒼天に燦々と輝く太陽が一つ。あァ太陽は一個だな。どうみても地球とは別世界だからそんな共通点全く意味ねェけど。

 

 マジかァ。

 

 どことなく夢見心地でダンジョン内歩いてたけど、こうやって開けた場所に出て人々の営み見ると、ここが息づいた一つの世界であるって実感が湧いて途方に暮れる。

 

 こんなところに弟も妹もいるわけないなァ。

 

 俺は死んでテンで違う別世界に生まれ変わっちまったとかいう、ガキの妄想としか思えないふざけた状況にあるって考えるのが自然だ。

 

 今までしっかりと踏みしめていた地面が、実のところ薄氷でしかなくって、うっかり踏み抜いちまったような最悪の気分。

 

 どォすんだよ俺。

 

 家族はいねェ。

 怪我はしてる。

 頼れるモンがねェ、のはいつものことか。

 

 ただ、()()()()()()()()()()がいねェのは、死ぬほど堪えるな。

 

 くそッ、兄ちゃんどうしたらいいんだよ。ちくしょう。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 ダンジョン内で出会った少女は、どうやら頭を負傷して記憶喪失になっていたらしい。出血は激しかったがそれも止まり、平然と歩いていたし怪我の程度はそこまで酷くはないらしい。

 

 記憶喪失なのに怪我は酷くないというのもおかしな話だけど、命に別条はなくってよかった。

 

 待ち望んだ美少女との出会いなわけだけど、出会いへのドキドキより、少女の状態への心配が勝って動悸が激しい。

 

 少女───ニィの記憶喪失の程はかなり酷いようで、世界一有名な都市である『オラリオ』の名前も分からず、なぜ自分がダンジョンにいるのかもわかっていないみたい。

 

 ファルナも知らないと言ってたけど、きっと忘れてるんだろう。

 

 ダンジョンという冒険の場から抜け出して、緊張感が解けて一息つく。

 

 換金も終わって少額だけどヴァリスを渡そうとしたら断られてしまった。あのゴブリン三体は共闘したといってもいいと思うし、受け取ってもらうべきなんだけど頑なに固辞してきた。

 

 とりあえずお金の分配は後回しにして、ニィに記憶の程を尋ねることにした。

 

 どこかヘラヘラした軽薄な印象を受ける少女は、少し震えた声で呟いた。

 

「⋯⋯⋯⋯見たことないッスね、ココ。知らない場所ッス」

「それ、は、大変だ⋯⋯ファミリアのホームとかって覚えてる⋯⋯? 名前だけでも」

「いやァ全然ッスね。ヤバいなどうしよ」

 

 立ち眩みでもしたのかふらりと少女の体が傾いで、倒れそうになる。慌てて背中を支えたのだけどそれにさえ気付いた様子がない。カランカランとニィの持つ棒が転がって周囲の視線がわずかにこちらへ向いた。

 

 軽い。

 

 小人族(パルゥム)らしきニィの体は驚くほど軽い。骨ばった感触がしてドキリとする。女の子との接触機会などなかったベルにとって、少女の背中を支えるのはかなり勇気が必要だった。

 

 しかし、ニィの青褪めた顔を見ればそんな浮ついた感情も何処かへ吹き飛んだ。

 

 思えばニィの軽薄な態度は空元気だったのだろう。終始ヘラヘラした表情を崩さなかったから、記憶喪失の割にそこまで困ってなさそうだななんて思った自分をぶん殴ってやりたい。

 

 いいや空元気というのももしかしたら違うかもしれない。

 

 ダンジョン内でばったり出会ったベルに余計な心配をかけないために、あえて強がっていたのではないか。

 

 今いる場所がわからない。

 なぜダンジョンにいるかわからない。

 

 そんな状態でゴブリンに襲われ命の危機に陥った。

 

 もし自分がその状況になって、果たして平然としていられるだろうかとベルは考える。

 

 無理だ。

 

 腕の中で放心している少女の顔を見る。灰色の髪に血をこびりつかせ、同色の目はどこを見ているのか分からない。だけどその目はたしかに縋るものを探すように、不安げに揺れているのは分かった。

 

 同じ目を、ベルは見たことがあった。

 

 祖父がモンスターに襲われて呆気なく逝ってしまった後、一人で過ごした時間。

 オラリオへ行こうと決意しつい先日までの苦悩の日々。

 

 多くのファミリアを訪れては加入を断られ続けた日々の中、鏡の中の自分は全く同じ目をしていた。

 

 縋るものがない。頼る先がない。

 

 孤独に苛まれ、助けを求めて彷徨ったあの頃の不安げな瞳。たしかに見たことがあった。

 

 同じ目をする少女にどうしてあげるべきかなんて分からない。

 

 でもどうしたいのかは決まっていた。いや、ベルはそんなことを考える前に勝手に口が動いていた。

 

「ねぇニィ⋯⋯もしよければ僕のホーム───【ヘスティア・ファミリア】に来ない⋯⋯?きっと神様ならなんとかしてくれるよ」

 

 どうするのが最善かは分からなかった。

 ギルドの人に預けるべきだろうか。

 冒険者に声をかけてニィの仲間を探してあげるべきかもしれなかった。

 

 でも()()()()()()()()()()()()()()()を見て、他の誰かに任せてしまおうなんて思えなかった。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

『神様に相談しよう』

『ファルナを見てもらえばホームがわかるかもしれない』

 

 後付のように口をついて出た言葉は、きっと自分でも思ったとおり後付にすぎない。

 

 だけど孤独に揺れるベルをファミリアとして受け入れてくれた神様なら、きっと彼女の力になってくれる。

 

 そして、ベル自身も彼女の力になりたいと思った。

 

 神様に助けられた自分だから、そんな神様に恥じない人間でありたい。

 神様のように誰かを助けてあげられる自分でありたい。

 

 『次は僕の番だ』という気持ちが溢れて勝手に行動に移っていた。

 

「───いいんスか。その、そこまでしてもらって」

「うん、もちろん。神様だってきっと力になってくれるよ」

 

 ベルの腕に支えられているとようやく気づいた少女は、少し顔を赤らめると居住まいを正し軽く咳払いをすると、またさっきまでのヘラヘラした笑顔を顔に貼り付けた。

 

 不安を押し隠そうとする痛ましい笑み。

 

 その顔で少女は、差し伸べた手をおずおずと取った。

 

「えっと、じゃあ、お願いするッス」

「うん」

 

 迷子のような少女を安心させようと、できる限り元気に頷いて手を引く。

 

 ベルと神様のホーム。

 【ヘスティア・ファミリア】の拠点へ向かい少年と少女は歩き出した。



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3話

 あぶねー。

 俺が女の子ならコレ惚れかねないぞ。あ、今女か。悪ィな、兄ちゃん中身男なんだ。こんな中身で申し訳ねェ。

 

 ちょっと先行き不透明さに卒倒しそうになったところで、ベル少年が神様を紹介してくれると言ってくれた。

 

 なんでもファルナっていうのは神様が授けてくれるモンだから、ベルの神様に見せればなにかわかるかも知れないし、わからないかもしれないってことらしい。なんじゃそりゃと思わないでもないが、ベルもファルナは貰ったばっかりで難しいことは分からないとのこと。

 

 まァ、神の恩恵(ファルナ)って言うだけあって神様に見せりゃわかることもあるだろうって考えは納得できる。

 

 ところでファルナってどうやって見せるの?

 

 兄ちゃん分かんねェよ。

 

 背中?

 

 なに背中にあるの?

 

 じゃベルに見てもらえばいいんじゃね。あ、だめか今外套の下すっぽんぽんだ。町中で見せるわけにいかねェ。

 

 あ、そもそもベルくん見ても分からないんか。なるほどね。

 

 うーんでもそのファルナってやつ貰った覚えないんだよなァ。

 

 なんぞこの体の持ち主が貰ってて、俺はそれになんかの拍子で憑依したモンだから知らねェみたいな話なんだろうか。

 

 えー嫌だなソレ。

 

 この体の本来の主の場所乗っ取って俺がいるかもしれねェのか。気分悪ィ。返品とかできねェかな。

 

 まァもし可能だってんなら、ちゃんとこの体を健康体にしとかなきゃ申し訳立たんし頑張らねぇとな。

 

 

 

 ところでベルさんやい。

 

 なんでこんな路地裏通ってるんスか?

 

 近道かな?

 

 いやでも、それにしちゃあなんか違う。

 

 え、ここが目的地?

 

 いや、なんかこれ、廃墟じゃね?

 

 秘密基地的ななんかか?

 

 いやァやるねェ少年。廃墟に女の子───つか幼女連れ込もうたァやりよる。中身男だけど。

 

 いや、でもホントに邪な感じはしねェんだよな。じゃあまじでここがホームってわけか。

 

 

───ま、まァ、趣があっていいんじゃないスか?

 

 知らんけど。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「えっと⋯⋯ここが僕らの本拠なんだけどね⋯⋯」

「⋯⋯なんというか、趣ががあって、いいんじゃないスか⋯⋯⋯?」

「⋯⋯⋯とりあえず入ろっか⋯⋯?」

 

 なァんかその言いぶり犯罪っぽいぜ、ベルさんやい。

 

 かなり無理筋のフォローをした結果、『あ、ムリしてる』って顔に出してるベル。いや悪ィな。なんか世話になってるのに。

 

 ここは、教会の跡だろうか。ボロボロの扉を潜ると灯りのない内部。

 

 隙間風すげーな。

 

 入り口から穴だらけの赤いカーペットを土足で踏んで入る。両隣の長椅子はささくれだって迂闊に座ったら服が破けそうだ。祭壇の十字架は壊れているらしく、十字の体を保っていない。

 

 ふぅン?

 

 アレか。神様が実在する世界に、神を信仰する教会は必要ないってか。まァ普通に考えて二度手間だもンな。

 

 十字架崇めるくらいなら本人───本神?───に祈りゃいいわけだ。

 

 それにしても、本当にここが拠点なのか⋯⋯?

 

 なんか今にも天井とか崩れそうだし、雨風素通りしてるでしょコレ。ここを生活の場にしてるってのはちょっと考えたくないが。

 

「えっと、ここがホームっスか?」

「うん、一応そうだね⋯⋯、でも実際に生活してるのは地下室のほうなんだ」

「はぁ、地下っスか」

 

 地下室。

 

 うーん普通にきな臭いぞそれ。

 

 中身はアレだけど今の俺は女の子だ。外見は確認してないから分からんけど、なんにせよ女の子を地下室に⋯⋯?

 

 アウトだ。

 

 これがベル少年じゃなけりゃ金玉蹴り上げて逃げ出してるぞ。まァ彼に限ってそんなことはしないだろうからやらんけど。

 

「ってことは、その地下室に神様が⋯⋯?」

「うんそうだね」

「えっと⋯⋯じゃあ、その前に水と布貸してもらってもいいッスか⋯⋯? ちょっと血でベトベトのまま神様に会うっていうのもアレッスから⋯⋯」

「ご、ごめんね!⋯⋯神様はそんなこと気にしないと思うけど、たしかに手当てのほうが先だった! ちょっとここで待ってて!」

 

 水と布っていっただけなのに、ベルはなにやら手当てするための道具を取りに行こうと駆けていってしまった。

 

 いやそこまでしてもらわなくっても。もう頭のキズ塞がってるっぽいし、血だけ落とせればいいんだけど。

 

 

 

 薄暗い部屋に取り残されると、まァちょっとばかし不安だ。不安っつーか、頭にべったり血がついた少女が廃教会にいるとかちょっとしたホラーだろ。

 

 これで人が通りかかりでもしたらどうしようか。

 

 心臓の弱いやつなら口から泡吹いて倒れそう。

 

⋯⋯こう、なんかやってみるか。『ばあっ』て。

 

 なんか悪戯心が湧いてきたな。さっきベルが飛び込んでった扉の前で構えてみるか。

 

 戻ってきたところに『ばあっ』てやったらびっくりするんじゃねェか? 咄嗟にナイフとかで応戦されたら死ぬからやめとくか。

 

 そんなことを考えながら扉の前を彷徨いていた時だった。

 

「───キミ、そこで何してるんだい?」

 

「のわわっ!?」

 

 背後からいきなり声をかけられて飛び上がった。チビるかと思った。

 

 慌てて振り返れば、扉を開いて誰かが入ってきたところ。十歳くらいだろうか。低めの身長───とは言っても今の俺より高いな───に不釣り合いなほどたわわに実った胸。

 

 え、やば。でっっっっッか。

 

 なにかの紙袋を抱えた胸のデカすぎる少女がてけてけと近付いてくる。そのなんとも言えない異様な雰囲気に飲まれ、一歩下がる。

 

 少女は濡羽色の髪をツインテールに結んでいた。胸元を大胆に開いた丈の短すぎる白いワンピースを謎の青い紐で括っている。あァ言うのって腰で結ぶんじゃねェの? 

 

 なんかバスト強調する以外の役目を負ってなさそうで目の毒すぎる。

 

「ふむ、ふむふむ。キミ怪我してるね⋯⋯⋯これは大変だ!血塗れじゃないか!」

「あ、えっと、コレもう血ィ止まってるんで大丈夫ッス」

 

 紙袋を長椅子に置いた少女は、なんかもう密着する勢いで迫ってきた。あ、なんか甘い匂い。近すぎる。当たってる。たわわが当たってるわよ!

 

 これがガチ恋距離⋯⋯!?

 

「え、えっと、その、あなたはなんでこんなとこに⋯⋯ッ!?」

「うん? そりゃボクの台詞だ。ボクはここに住んでるわけだからね」

「⋯⋯ここに⋯⋯?」

 

 ってことはなんぞ。

 

 この人がもしかして。

 

「⋯⋯大丈夫かい? なんでここにいるのかはこの際聞かないよ。とりあえず傷の手当てをしよう」

「え、あの、その⋯⋯」

 

 返事を待たずに少女に手を取られて地下室に連れ込まれる。エ、地下室に連れ込まれてますよ奥さん! いやまァ邪なそれじゃねェんだけど。

 

 ロリ巨乳の美少女に手を引かれる。

 

 大丈夫か、俺一応武器持ってるんだぞ。長くて丈夫な棒だけど。

 

「あ、あの⋯⋯いいんスか。ジブンどう見ても怪しいッスよね」

「そうかい? まあ君にも事情があるんだろう? こんなとこにいるってことはベルくんが連れてきたんだろうし、そこは心配してないよ」

 

 おォ女神か?

 

 いや多分マジで女神様なんだろう。ベルの話じゃここには神様と二人で生活してるってわけだし。

 

 ふとドタバタと地下室の奥の方から足音が響いてくる。あ、これベルくんだな。どんどん近づいてくる。

 

「ベル君、お帰り」

「うわあっ!? 神様ッ!?───って、ニィも一緒に?」

「あ、えっと、そッスね。この方に連れてきてもらったッス」

「───まあ聞きたいことは色々あるけど、とりあえず奥行こっか。そこにかけて貰って手当てしよう」

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 頭の傷口を確認し傷が塞がってることが分かると、シャワーまで貸してもらえた。マジ感謝。べっとりついた血を流して貸してもらった布で体を拭き、外に出る。

 

 着れるものは、まあボロボロで血のついた外套しかないわけだけど仕方ない。

 

 出てきたところで神様らしき人とベルが座り込んで話してるところに出くわした。

 

「ふむふむ、ダンジョンで記憶喪失になってた女の子を保護して連れてきたってことか」

「⋯⋯はい、その、分かりませんか? ニィがどこのファミリアの子かとか」

「まあボクに任せてくれたまえよ。それくらいお茶の子さいさいさ」

 

 やべーいい人たちすぎる。

 なんかもういい人過ぎて気が引けてくる。

 

「えっと⋯⋯戻ったッス⋯⋯」

「あぁお帰り───えっと、ニィ君だったね。キミのことはベル君から聞いたよ。大変だったね」

 

 うおおおお女神様だ。

 

 神秘的な雰囲気で慈悲に満ちた微笑みされるとガチ恋してしまうのでやめてください。優しすぎかよ。

 

「そうだ、一旦自己紹介しようか。ボクはヘスティア、【ヘスティア・ファミリア】の主神さ。こっちはボクの眷属のベル君」

「えっ、えっと、神様⋯⋯ちょっと一旦離れてもらっても⋯⋯」

 

 ベル君がヘスティア様に無理やり肩を組まれてる。うわすっげぇ⋯⋯おっぱいめっちゃ当たってる。眼福すぎる。

 

 あ、違う違う。自己紹介だった。

 

「───ジブンは、えーと、『ニィ』ッス⋯⋯、その記憶喪失みたいな感じッス」

「─────ふむ?」

 

 なにか、怪訝な顔をしたヘスティア様。あ、アレか。明らかな偽名っつかニックネームだもんなコレ。ちゃんと名前言わねェと。

 

「あースンマセン、ニィってのは呼んでほしい呼び方って感じで、本名はミジタアキラッス。あんまこの名前好きじゃないんで出来れば『兄ちゃん』でよろしくッス」

「あぁ、いや。そっちはいいんだ。いや、やっぱりなんでもないよ⋯⋯君にも事情があるんだろうね」

 

 事情ね。

 

 やべーな記憶喪失が嘘だってバレてる感じかも。

 

 うーんでも正直に話したところで信じてもらえるはずもないしな。

 

「───とりあえずファルナを確認しようか。もちろん他言はしない。キミの身柄の保証以外にステイタスの情報を利用しないと約束するよ」

「えっと、ありがとうございます⋯⋯?」

 

 ステータスとやらは他人に見せちゃならないらしい。うーん、まあそりゃそうか。個人情報だもんな。

 

 ヘスティア様みたいに滅茶苦茶いい人なら、知られても良さそうだけど。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 ベルは逃げるように上に行ってしまった。終わったら後で呼んでくれとのこと。

 

 ヘスティア様はベッドに腰掛けてる。あーそうか、ベル言ってたもんな。

 

 ファルナってのは背中に刻むんだと。それ確認するからベルは気を利かせてどっか行ったと。

 

「じゃあニィ君、外套と上着脱いでここに掛けてくれるかな?」

「⋯⋯あー、えっと、この下なんも着てないんで、見苦しいンスけど、いいッスか⋯⋯?」

「な、なんにも着てないのかい⋯⋯? いや大丈夫、大丈夫さ。 事情があるんだと納得したわけだから、今さらそんなこと追求しないよ」

 

 言われたとおり外套を脱いで───そのまま腰にくくりつける。目の前で脱いだせいで痣の残る胸元を見られたけど、痛ましいものを見るような目をされただけだった。

 

 うん、まあそうなる。

 

 痣もそうだけど、この体痩せぎすだからな。肋骨浮いてるし腰も細い。それも不健康な感じで。

 

 見苦しいもの見せてしまった。申し訳ないな。

 

「⋯⋯えっと、背中ッスよね」

「そうだね。神聖文字で書かれてるから、それを読めば所属ファミリアとかもわかるはずだよ」

 

 それじゃ見てもらうか。

 

 ファルナってやつはあって当たり前みたいらしいし、これで自分というかこの体の持ち主の諸々が知れるだろう。

 

 ベッドに腰掛けて背中を見せる。

 

 ⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

 

 

 ⋯⋯うん? どうしたんだろう。ヘスティア様何も喋らないな。なんかわなわな震えてる気配感じなくもない。

 

「⋯⋯⋯ない」

「⋯⋯えっと⋯⋯?」

「ふ、ファルナ刻まれてないじゃないか! キミもしかしなくてもファルナなしでダンジョンに潜ったのかい!?」

 

 え、えっと、どういうこと?

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 結局、ベル君を呼び戻して事情聴取が始まってしまった。

 

 ファルナなしにダンジョンに挑むことは自殺行為らしい。

 

 あーたしかにゴブリンに普通に殺されそうだったわ。

 

 ただそんなこと言われてもどうしようもない。目ェ覚めたらダンジョンにいたわけだからな。

 

 そんで流石に事情があるんだろうで済ますわけに行かなくなったヘスティア様から、出来れば何があったか話してほしいって言われた。

 

 まあそうなるわな。

 

 外見上はただの子どもが自殺行為してたと分かったんだ。これは放り出せないと面倒見てくれるこの神様、マジ神様。

 

「⋯⋯えっと、ハイ、話します。その信じてもらえないかもしんないッスけど」

「わかった。無理せずできる範囲でいいよ、ニィ君」

 

 まァ、あらかた話した。

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 軽薄な態度の少女はどこから話したもんかと迷った挙げ句、ヘスティアの「ダンジョンでベル君に合う前何してたか覚えてる?」との質問に答える形になった。

 

「⋯⋯えっと、ダンジョンで目ェ覚ます前は、病院にいたんスよ。色々あって病気になって、内臓やられてたんスよね。そんで半年くらいなんやかんやで生きてたんスけど、あァこりゃダメだなってなって、家族呼んだンス。あ、家族っつッてもアレっス。義理の弟と妹たちで、まァソイツらと結構色んな話したンスよ」

 

 病院、医療機関のことだろう。どうやらなんらかの病気にかかり闘病生活を続けたあと、死を目前にした時の()()を話している様子。

 

 ニィの話が見えてこない。

 

 少女の体は確かに健康には見えないが、大病を患ったようには見えない。仮に臓器がやられる病気にでもなったら、言っちゃ悪いがそのまま死にそうにさえ見える。

 

 闘病生活の話と少女が結びつかない。しかし、話に嘘はない。あたかもニィ自身が病気になったかのような臨場感溢れる物言い。

 

「タケ───あァ、そいつァウチの一番ノッポの弟でさァ。そいつがなァ、兄ちゃん働きすぎだから休めってなァ。アレは堪えたッス。アイツらジブンにァ過ぎた家族で。心配なんざしようがないンスけど、見栄ってやつッス。アイツらの前じゃあ頼れる兄ちゃんで居たかったんスけど。あァ話ィ逸れたッスね。そんで、うん、まァぽっくり逝きました。ぽっくり逝ったはずなんスけどねェ。目ェ覚めたらあそこ──えー、ダンジョン?にいたんス」

 

 嘘が、ない。

 

 荒唐無稽な話だ。

 

 身内に向ける言葉遣いと、対外的な体裁を整えた言葉尻の混じる回顧。

 

 自分の死の体験を語る少女に、一切の嘘がない。なんらかの精神疾患のそれではないとヘスティアの勘が告げる。

 

 ニィは、ニィにとっての真実を話している。

 

「⋯⋯えーと、まァそんな感じッス。信じて貰えないとは重々承知ッスけど」

「⋯⋯⋯いや、信じよう。ニィ君、キミは我慢強い子だね⋯⋯」

「我慢強いって、そんなことないッスよ⋯⋯」

「ニィ⋯⋯神様⋯⋯」

 

 ヘラヘラと笑いながら、ニィはその両目からぽろぽろと溢していた。自覚がなかったのだろう。顔は青ざめ貼り付けた作り笑いが痛ましい。

 

 ヘスティアは立ち上がり、家族のために奮闘したのであろう少女をの肩をさする。

 

 寂寥だろう。寂しい目をした少女は、ここではない遠くを見詰めるような、それでいて自嘲するかのような透明の視線を虚空に向けていた。

 

「⋯⋯だめッスね⋯⋯、寂しいなァ。ジブン、寂しくて仕方ねェンスよ⋯⋯情けない。もうアイツら心配のしようがねェほど逞しいンスよ。喜んであげねェとなんねェはずなのによォ。オレは、なにしてんだか⋯⋯」

「⋯⋯ニィ君」

「⋯⋯⋯だっせェ話なんスよ。ニィとは名乗ったんスけどね、ジブンの国じゃあコレ、『兄』を意味する言葉なんスよ。あ、なんだこれ、日本語じゃねェなコレ。いつからジブンこの言葉で喋ってたんだ⋯⋯⋯まァともかく、ジブンは出会った人間に『兄ちゃん』って呼ばせて悦に浸ってたクソ野郎なんスよ」

 

 一人称の混濁した物言い。

 

 少女の話を全て理解することは難しいが、自分を責め続けていることだけは分かった。母を探す子どものようにうろうろとなにもない空間を目が泳ぐ。涙を流す目が泳ぐ。

 

 震える少女を抱きしめることを、ヘスティアは躊躇しなかった。

 

「───スンマセン、意味わかんねェことばっかり言って」

「いいよ、謝ることはないさ」

 

 誰に対してかも分からない謝罪を続ける子どもを、あやすように抱きしめ続ける。

 

 迷子なのだ。

 

 この子は、きっとあらゆる意味で迷子になっている。

 

 寄る辺を失い、アイデンティティを失い、きっと全てを失くして迷宮に迷い込んだ子ども。

 

 ヘスティアは怯えるように謝罪を繰り返す子どもが、泣き止むまで抱擁をやめることはなかった。

 

 

 

 



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4話

「⋯⋯⋯わ、忘れてください」

「ふふ、その様子なら大丈夫そうだね」

 

 いやー恥ずい。恥ずかしすぎる。

 

 なァにいい年こいて泣いてンだ。まァやせ我慢してたからなァ。アイツら元気にしてっかなァ。

 

 ま、元気だろ。

 

 心配すんなっつッてたのに心配しちゃあ、アイツらに悪ィ。

 

 つーか女神様の包容力ヤバすぎだろ。さすが女神様。

 

 ベルくんはなんか話についてけてなかったっぽいけど涙ぐんでる。お前もいい子過ぎかよ。

 

 ほんっと、いい人過ぎて忍びねェな。

 

 ⋯⋯これ以上、迷惑かけてらんねェ。

 

「ま、まァ、色々話してスッキリしたッス。ジブンはジブンなりに頑張るンで、また後日お礼に来ます」

「⋯⋯うん? え、キミどこ行くつもりだい?」

「⋯⋯や、まァ、なんか適当に⋯⋯?」

「野宿するとか言わないよね?」

「ウッ、いや、まァ⋯⋯しない、とは思うッスよ。こう、色々頑張って」

「嘘だね」

 

 バッサリ言い切られた。

 

 いや、でもさァ。これ以上迷惑かけらんないっしょ。

 

 どうみてもボロい廃墟で生活するファミリア、絶対資金とかカツカツだろ。ここでお世話になるわけにいかない。

 

 好意に甘えるのはヤメ。さっさと出てかねェと。

 

 お礼は───まァ()()体売りでもすりゃなんとかなるだろ。

 

「⋯⋯スンマセン、手ェ離してもらっていいっスか?」

「駄目だね。キミ、なんだか思い詰めた顔してる」

「そんなことないッスよ?」

「それも嘘だ」

 

 ⋯⋯。

 

 もしかして神様って嘘見抜けたりする?

 

 やっべ⋯⋯。

 

 手を引かれるままにまた座り直す。怒ってるな、コレ。多分話についてこれてないベル君も怒ってる。

 

 なんで、なんて言えねェな。こんなお人好しですって顔に書いてあるような奴らの前で隙晒すんじゃなかった。

 

 そしたら難しい顔をしてたベルが口を開いた。

 

「⋯⋯あの、ニィと神様がよければ、【ヘスティア・ファミリア】に入団してもらうのはどうかな?」

「それは名案だ!流石はベル君!ボクの最初の眷属なだけあるよ!」

「はいっ神様!!」

「よぅし!この調子で毎日眷属を増やしていけばロキのファミリアなんて目じゃないぜ!」

「はいっ!!この調子でどんどん眷属を増やしていつか有名なファミリアになりましょう!!」

「ベル君!」

「神様!」

「え、イヤ、申し訳ないッスよ。これ以上厄介になるのは⋯⋯」

 

 ⋯⋯。

 

 はしゃぎだした神様とベル君が固まった。

 互いに抱き合って大喜びしてたのに、なんかすみません。イヤァでも、マジで申し訳なくなるからな。

 

「⋯⋯いいかいニィ君」

「⋯⋯ハイ」

「ボクも無理強いするつもりはないけどね、今のキミを放り出そうなんて考えてないんだ」

「でもジブン一文無しですし、お荷物にしかならないッスよ」

「なおさら悪い!!そのまま出てってどうするつもりだったんだい!!」

 

 ⋯⋯⋯、体売ろうと思ってましたとか言えねェ雰囲気だなコレ。

 

 いやこの体女だしな。

 

 あ、でも万が一この体の元の持ち主に返すことになったりしたら困るしな。春を売るのはやめたほうがいいか⋯⋯?

 

「ニィ君、キミ行くあてもないんだろう?」

「まァそうッスね⋯⋯」

「じゃあしばらくここで過ごすといいよ。ベル君もいいよね?」

「はいっ、もちろん!」

「い、イヤ駄目に決まってるじゃないッスか!それじゃまるっきり寄生虫ッスよ!そんなん駄目ッス」

 

 お、お人好しがすぎるこの人。人じゃなくて神様か。

 

 面倒見がよいっていうかよすぎる。

 

「それならボクのファミリアに入団しないかい?」

「イヤどうしてそうなるんスか⋯⋯」

「キミはさっき寄生虫になるのが駄目って言ってたよね。別にボクの眷属になるのがイヤだとは言ってない。違うかい?」

「⋯⋯⋯いや、まァ、ヘスティア様の眷属になりたくないってわけじゃないッスから」

 

 本心だ。

 

 この人たちがすげーいい人だってのは分かる。いい人過ぎて心配になるくらいだ。

 

 だからこそ、迷惑をかけたくない。不義理をしたくない。

 

「じゃあ決まりだ。ニィ君、ボクの眷属になってくれよ」

「イヤ、だから⋯⋯」

「あぁ、じゃあ言葉を変えようか」

 

 目を逸らした俺の前に、わざわざヘスティア様は目線を合わせてきた。

 

 ⋯⋯何を言われたってここから出てくつもりは変わらない。

 

 そう決意して、まァその決意が次のヘスティア様の言葉でどこかにぶっ飛んだ。

 

「ニィ君」

「⋯⋯⋯なんスか」

「ボクの、ボクらの家族(ファミリア)になってくれないかい? 家族として、ボク達と家族として助け合ってほしいんだ」

 

─────な、にを

 

「ファミリアってのは家族だ。苦しいときには互いに手を差し伸べて乗り越えてさ、幸福は互いに分け合うんだ」

 

「ボクがキミを助けるんじゃない、ボクとベル君と、そしてキミがお互いに助け合うんだ。そんな家族(ファミリア)になってはくれないかい?」

 

 家族。

 

 家族か。

 

 それは、()()()()

 

 あァちくしょう。ヘスティア様、勧誘上手すぎでしょ。

 

 これまで眷属が一人しかいなかったなんて信じられねェ。

 

 あーもう、ホントに、我ながらちょろいなァ。

 

 ンでも仕方ねェだろ。

 

「⋯⋯ジブン、大層な人間じゃないッスよ」

「そんなことないさ」

「神様とベルに、なにかしてやれることもきっとないッス」

「もう一度言おう、そんなことないよ」

 

 ⋯⋯。

 

 ほんとにさァ。そういう人たらしなこと言わないでくれよ。

 

「それじゃ、こっちももう一回だけ聞くよ⋯⋯⋯ニィ君、ボクの眷属(ファミリア)になってはくれないかい?」

 

 二つの真摯な眼差し。二人の持つ赤と青のキレイな双眸。

 

 こんな、初対面の怪しい人間を簡単に信用してさァ。

 

 挙句の果てに家族になってくれ?

 

 良い人過ぎて心配だ。

 

 いつか悪い人間に騙されねェか、心配で心配でたまらねェ。

 

 だから、まァ。

 

 そんなことにならないよォに、()()()()()()()()()なんて。

 

「⋯⋯⋯わかった、ッス⋯⋯その、なんというか、ジブンとしても、願ってもない話ッス⋯⋯」

「───ということは」

「⋯⋯なります。いや違うッスね⋯⋯⋯ジブンを、ヘスティア様の眷属に───ファミリアに入団させてくださいッス⋯⋯」

 

 だから、俺は、頭を下げて頼み込んだ。

 

 

 

「不束者ですが、どうぞよろしくおねがいするッス」

「ん!? ちょっと待ってくれニィ君!今なんだかニュアンスがおかしくなかったかい!?」

「えっ、ンじゃあ、末永くよろしくおねがいするッス」

「ニィ君!?」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()の豪勢なじゃが丸くんは、そのまま二人目の眷属加入記念と兼用になった。

 

 【ヘスティア・ファミリア】の食事事情に絶句していたニィは、それでもじゃが丸くんパーティーでようやく自然な笑みを浮かべ、いつの間にか眠ってしまった。

 

 血を流していたし疲労もあったのだろう。

 

 崩れ落ちるように寝こけてしまった少女は、今はベルによってベッドに運ばれ穏やかな寝息を立てている。

 

「⋯⋯神様」

「うん、言いたいことはわかるよ」

 

 小人族(パルゥム)特有の小さな背丈はヘスティアのそれより頭一つ分以上小さい。

 

 白───いやベルの持つ真に白い髪と比べるなら灰と呼ぶべき髪と褐色の肌。不健康に痩せている少女は、食卓で『ジブンもダンジョンに行きたい』と語っていた。

 

 ファルナもなかった彼女は、ベルの話を聞く限り見事な棒術を披露していたらしい。きっと将来有望な冒険者になることだろう。

 

 ただし。

 

「ニィ君はいい子だよ。ボクの勘がそう言ってる」

「そう、ですね。僕もそう思います」

「でもきっとまだ話してないことがある」

 

 ここではないどこかで生活していたという彼女の言葉。

 

 死を経て、そして新たな生を受けたとでも言うような彼女の体験は、錯覚や幻覚で切り捨てることのできない重みがある。

 

 だからこそ彼女がなにかを()()()()()()ような態度も、きっと真実だ。

 

「とはいえだ、根掘り葉掘り聞くのはやめたほうがいい。いつか自分から話したくなる日を待つとしようか」

「そうですね」

 

 悪い夢を見ているのかほろほろとニィが涙を流す。ヘスティアが頬を撫でるようにその雫を掬ってやると、顔の険がとれ安心したように体を丸めた。

 

「よしっ!じゃあボクもそろそろ寝ようかな!」

「はいっ!おやすみなさい、神様!」

「うん、おやすみ。ベル君」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 目ェ覚めたら窒息しかけてました。

 

 ハイ、その、たわわのせいです。

 

 やけに体が暑くなァって思ったら、ヘスティア様と同じベッドで寝てました。

 

 なんかトラバサミみたいに正面から抱きつかれて、あとついでに自分からもなんでか抱きついていたらしく、その、顔が埋もれてた。

 

 あーやわらけー。息できねーって思ってるうちに絞め落とされて、そのまんま二度寝する羽目になった。

 

 イヤ振りほどけないのよ。

 

 見た目相応の力しかない自分じゃ三十センチ近く体格の違う人に捕まっちゃァ逃げようがない。

 

 死ぬかと思った。

 

 死因はおっぱい死、もとい窒息死。

 

 まァ、男の夢ってことで、その、なんだ、ハイ、気持ち良かったです。

 

 

 

 ⋯⋯⋯こんなこと思ってるなンて神様に知られた日にァ切腹モンだな。

 

 墓場までこの気持ちは持ってこ。

 

 おっぱいやわらかかったなー⋯⋯

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 下着は借りた。借りたっつか押し付けられた。

 

 まァおパンツなわけだが、左右を縫って無理やりサイズを合わせたわけだ。いや誰のおパンツかって言ったらそりゃお前、ねェ⋯⋯

 

 マジで面目ねェ。

 

 だけどノーパンで外出るのもアウトだしな。

 

「よしニィ君。今日はファルナを刻むよ!」

「ハイ、よろしくッス」

「うん、それじゃあここにうつ伏せになってくれるかな?」

 

 ベルを追い出して外套を脱ぐ。上はもちろん何もつけてない。胸なんざ無いからな。

 

 ベッドにうつ伏せになると、お尻のあたりにヘスティア様が腰を下ろす。

 

 お、おォ、やわらけー。

 

 なんか針と回復薬(ポーション)なる液体を用意してるあたり、まあファルナは入墨みたいなもんだろう。

 

 あァいうのは痛いって聞くがそれくらい我慢だ。

 

 あの線が細くてひょろっとしたベルだってファルナ刻んでもらってるわけだし、俺だってそれくらい我慢できるだろう。

 

「ッし、ヘスティア様。一思いにやっちまってくださいッス」

「⋯⋯なにか勘違いしてるみたいだけど、ファルナ刻むのは痛くないからね?」

 

 え、そうなの?

 

「ファルナは神の血(イコル)を使って付与するものでね。特にニィくんが気を張る必要もないさ」

「そーなんスか」

「うん、じゃあそろそろファルナを付与するよ」

 

 大人しくうつ伏せになり力を抜く。

 ポタリと背中に何か雫が垂れてきた。

 

 ヘスティア様は針を手に持ってたし、アレで指先に穴ァ空けて血を垂らしたのか。

 

 するとぽわぽわと背中で光が弾けて散っていく。なんぞ幻想的な色合いの光。直接目で見れればさぞや神々しかったのだろう。

 

 なンでもこの光はあくまで演出なのだとか。神様が面白半分に光らせたりしてるだけで、特に意味はないらしい。なんじゃそりゃ。

 

 とにかくファルナの付与自体は拍子抜けするほど簡単に終わった。

 

 背中からヘスティア様が降りて、俺も外套を着直す。

 

 そんで紙を手渡された。エ、この紙どっから出てきた。

 なんかレシートみたいだなと思ったが、これにステータスが記されているらしい。

 

 

───────────────

 

 

ニィ

 

 

Lv1

 

 

 

力:I0

 

耐久:I0

 

器用:I0

 

敏捷:I0

 

魔力:I0

 

 

 

《魔法》

【ベネディクション】

・詠唱『清廉なる天秤は命を量る。燃え尽きる礼賛。祈りの色は白。熾火の下に灰積もる。癒やせ』

 

【リパルス】

・速効防御魔法

 

スキル

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

大黒柱

・家族への支援能力向上

・柱状武器による防御に補正

 

吝嗇家

・魔法に消費する精神力を軽減し効果弱体

・魔法の詠唱を省略し効果弱体

 

 

 

────────────────────

 

 ヘェ、ホントにゲームみたいだな。

 

 なんかわかるようでわからん文章が連なっている。つーかこの文字なんだよ。ふつーに読めるからいいけど初めて見たわ。

 

 

「いきなり魔法二つにスキル三つ!?回復魔法使えるし、これは速攻防御魔法?これは聞いたことないよ!なんというかヒーラーって感じだね!」

 

 ヒーラーか。

 

 うーん、なんかこう、切った張ったしてェって思うンだけど。

 

 いやでも回復魔法ってのいいなァ。なんか怪我治したりできるのは、うん、いいなァ。あ、そうだ。早速使ってみるか。

 

 ええと、魔法ってのは使うために『詠唱』しないとならねェのか。えーこの恥ずい文章読まないと使えないんか。

 

「えっと⋯⋯『清廉なる』⋯⋯?なんだっけ『ベネディクション』」

「おお!光ったよ!!」

 

 ぽわっと指先から光が生まれ、胸元にすっと吸い込まれていく。あァそうだ。痣になっている胸を治せねェかなというわけだ。

 

 うーん、少しばかり痛みが引いた?

 

 外套を捲って確認する。

 

 うーん、少しばかり痣がひいた?

 

「今、ニィくん詠唱途中でやめてたよね。それなのに魔法が発動してる」

「んー?あァこれじゃないッスか?」

 

 レシートみたいな紙の一部を指差す。

 

吝嗇家

・魔法に消費する精神力を軽減し効果弱体

・魔法の詠唱を省略し効果弱体

 

 吝嗇家ねェ。ケチンボってわけか。

 

 なんかマイナスなことしか書いてねェように見えるけど、ふぅン?

 

 あーなるほどね。魔法ってやつはちゃんと詠唱しきらないと発動しないらしい。だけどこのスキルのお陰で途中で切り上げても効果があると。まァ相応に弱くなるみたいだが。

 

 魔法の上限を伸ばすんじゃなくて、下限を引き上げるっつーのかな。取り回しをよくさせてくれるっぽい。

 

 まァ気を取り直してもっかい魔法使ってみよう。今度はちゃんと全部読み上げるぞ。

 

「よォシ、『清廉なる天秤は命を量る。燃え尽きる礼賛。祈りの色は白。熾火の下に灰積もる。癒やせ』『ベネディクション』」

「す、すごいよ。さっきより光ってる!」

 

 眩しっ。

 

 なんやこれ。

 

 普通に目が眩みそうなほどの光が手から放たれて、胸元に吸い込まれた。

 

 お、おォ?

 

 痛みが完全───とは言わないが消えている。

 

 痣も目に見えて引いた。

 

 こりゃすごい。別に痣が消えただけだからどこまでの怪我を治せるとかはわからないけど、タンスの角に足ぶつけたぐらいなら治せそうだ。

 

「これは、冒険に役立ちそうッスね」

「うんそのとおりだ!流石はボクの眷属だよ!」

 

 ⋯⋯ヘスティア様は、なんかスキルの一つをガン見しながら飛びついてきた。

 

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

 ⋯⋯⋯。

 

 いや、ねェ。スキルは持ち主の心を反映するらしィんだけどさ。

 

 なんか、恥ずい。

 

 これじゃ弟・妹離れできてねェみたいじゃん。

 

 なんスか、その悪い笑み。めっちゃニヤけてますやん。

 

 ⋯⋯⋯。

 

「⋯⋯⋯ち、ちょっとベルにも報告してくるッス。一緒にダンジョン行くなら情報共有しないとなんで」

「あっ、ちょっと待ってくれニィくん!服を、上を着るんだ!!!」

 

 なんぞや騒ぐヘスティア様を置いて、耳ィ塞いで走った。

 

 上で待つベルのもとにパンツ一丁で飛び出した件については、あとから神様にこっぴどく叱られた。

 

 いや、すみません。

 

 このパンツ、ヘスティア様のお下がりですもんね。

 

 あ、違う?

 

 半裸なのがダメ。痴女?

 

 でもジブン、こんなちんちくりんなんでセーフでは?

 

 ア、イエ、ハイ。反省シテマス。

 

 すみません。



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5話

「『リパルス』」

「これは⋯⋯魔法陣?」

「っぽいッスね⋯⋯あ、消えた」

 

 速攻防御魔法なる魔法を使ってみたら、半透明の板が数秒生まれて消えた。

 

 神様に危険がないように上の廃教会で実験中だ。

 

 もっかいやってみよ。

 

「『リパルス』」

「狙ったところに出せるんだ!」

 

 別に見た場所とか手を翳すとかそんな必要もない。どの位置に、どの向きで出すかをしっかりイメージできれば自在に生み出せるみたいだ。

 

 あー、でももともと物がある場所には出ねェな。

 

「これちょっと触ってみてもいい?」

「あァ、多分大丈夫だと思うけど───『リパルス』」

「じゃあ触るね───お、おおっ!?」

 

 生み出したバリアにベルが触れると、結構な勢いで仰け反った。ふぅン、壁を生み出してるっていうか、触れたものを押し返す力場みたいなものか。

 

「こ、これスゴいよ!これなら盾に使えるんじゃないかな!」

「うーんどうなんスかねェ。数秒しかもたないッスから、使いにくそうッスけど」

 

 場所は自由自在。でも近けりゃ近いほど狙った場所に出しやすい。

 

 連続でポンポン出すこともできるけど、維持できるのは数秒か。

 

 そんで押し返す力は、こう腕でぐいっと押した程度。

 

 うーん、力不足だろこれ。

 

 バリア名乗るには弱いな。防御魔法っていうかいたずら魔法だろこれ。

 

 まあその分精神力(マインド)の消費も少なそうだ。

 

「実際に戦ってみないとわからなさそうッスね」

「そっか。それじゃあ早速ダンジョンいく?」

「そっスね」

 

 まァなんにせよ金がいるし、ダンジョンとやらに行って小銭稼ぎしないとな。せめてパンツくらい買わないと神様に申し訳立たない。

 

 んー、まァ昨日ゴブリンにぶっ殺されかけたけど、別にトラウマではないんだよなァ。

 

 なんというか、現実味がなかったからな。深刻に考えてなかった。

 

 それにベルくんも一緒に行くわけだし、俺はファルナも貰えたしでなんとかなるんじゃねェかと。

 

 つーことで行こう、ダンジョン。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 神様に軽ゥい感じの挨拶して送り出された俺たちだったけど、すぐダンジョン入れるわけじゃァなかった。

 

 ハイ、冒険者ってやつにならないといけないんですね。

 

 行き先は『冒険者ギルド』って組織の施設だ。そこで冒険者として登録しねェといけないらしい。

 

 ふーん、これアレか。昨日ファルナないのにダンジョンにいたのがバレたら締め上げられたりするアレか。

 

 バレねェようにしないとな。お口チャックだ。

 

 そんでまァギルドの施設である万神殿(パンテオン)ってとこについたわけだが、なんというか思ったのと違う。

 

 冒険者ギルドって聞いたらフツー荒くれ者の兄ちゃんどもが朝っぱらから酒酌み交わしてどんちゃん騒ぎしてるようなアレ想像するわけだが、どうにもそんな場所じゃねェらしい。

 

 なんというか役所みたいだ。うんそうだ、市役所って感じ。換金品を持ってきた冒険者やらが集い、受付の人が書類書いたりなんやらしてる。

 

 おースゲーな、あの服。スーツみたいだ。

 

「⋯⋯ベル、ジブンはどこに行けばいいっスか」

「うーんと、たぶんエイナさんとこに行けばいいのかな⋯⋯?」

「エイナさん」

「アドバイザーの人でね、えっと、あそこら辺にいると思うんだけど⋯⋯」

 

 あそこらへんと言われるままに視線をやったんだが、何も見えねェ。俺のタッパがなさすぎて全然視線通らないわ。

 

 ちょっと肩車でもしてくれねェかな。

 

 あ、やっぱヤメだ。外套の下パンツしかねェから下着で密着することになる。そいつァよくない。

 

「あ、エイナさ〜〜ん!!」

「え、ちょっと待つッス」

 

 急に大声出してずんずん進むベルくん。いや手ェ引いてくれるのはありがたいけど恥ずかしくないのか?

 

 周りの人一瞬ギョッとした顔で見てたぞ。

 

 まァとにかく受付カウンターまでやってきたわけだが、はァなるほどねこの人がエイナさん。

 

「おはようエイナさん!」

「おはようベルくん、そしてそちらの彼女は⋯⋯?」

「あ、おはようございますッス⋯⋯ジブンはニィって言うッス。えーと、昨日ベルのファミリアに入団して、冒険者になろうと思ってるんスけど、登録とかってここでできるんスか?」

 

 耳の先がとんがったキレイなネェちゃんだ。やるなァベルくん。こんな仕事できそうな綺麗所と交流があるなんて。やりよるやりよる。

 

 エイナさんは快く質問に答えてくれた後、事務の人になんぞ声かけていた。あ、踏み台持ってきてくれるのね。助かります。

 

 見上げてばっかりで結構首が痛かったんスよ。

 

 そんでそこからは冒険者についての簡単な説明だ。危険な仕事であることを何度か念押しされて、登録書を渡される。

 

 普通に日本語じゃねェ言語を書けていることに我ながら気色悪さを感じるな。まァ書けねェよか万倍マシだから文句のつけようないけど。

 

「はい、これで登録の方は終わりね⋯⋯それと冒険者の講義の方の手続きもしましょうか」

「講義ッスか。ジブンお金ないんスけど」

「⋯⋯えっと、受講料とかは必要ないわよ?」

「マジッスか」

 

 ひょえー大盤振る舞いじゃん。

 

 なんかその道のプロっぽい人に教えてもらえるんなら是非教えてもらいたい。しかもタダだぜタダ。

 

 どことなく微妙そうな顔をしたベルくんを引っ張って講義をうけさせてもらった。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 まァ講義の内容はなんか攻略wikiでも読んでるみたいな気分になった。『初心者が最初にやるべきことリスト』みたいな感じで簡潔にまとめられていてありがたい。これ金取っていいと思うぜ。

 

 ただ案の定ベルくんは途中で飽きてしまったらしく集中しきれてなくて、ちょっとばかし叱られてた。そこからは気合い入れ直してたんでいいけど、まァこの辺は俺が頑張って覚えてベルに楽させてやりてェな。

 

 そんで講義の後、軽い気持ちで魔法について質問したら怖い顔で窘められた。

 

 自分のステイタスに関することは安易に人に漏らしちゃダメだと。そんで秘匿すべきステイタス筆頭の『魔法』なんか口にすべきじゃないんだとか。

 

 それに魔法は個人差がデカいから人に聞いても分かることは少ないらしいし、聞くメリットも薄いときた。

 

 いんやまさに正論。ぐうの音も出ねェ。

 

 ぐぅ。

 

 あ、ごめんなさい。ふざけてるわけじゃないんス、ホント。すみません。

 

 魔法に伴う精神力(マインド)の消費とかよくわかんねェから聞いときたかったんだけどなァ⋯⋯

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 講義で萎びてしまったベルも、いざダンジョンへ行くとなれば気力も復活していた。

 

 俺? 俺は教わったこと丸暗記しようとして必死に反駁してるよ。

 

 えーと、まずダンジョンの一階層。ここにァゴブリンとコボルトが湧くんだと。群れは三体まででファルナがあるなら誰でも倒せるくらい弱いらしい。

 

「ベル、もしモンスターに会ったら最初はジブンにやらせてくださいッス。そんでヤバくなったら助けてほしいッス」

「わかった。無理しないでね」

 

 腰に提げた駆け出し冒険者用のナイフは、まァ使わんだろう。ナイフとは言っても自分の体格じゃ微妙に取り回しにくい大きさだ。

 

 だから俺の得物はコッチ。

 

 昨日からずっと持ってたなんかいい感じの棒。軽くてよく撓る木製の棒だ。

 

 軽く振り回してみるとヒョウと風を切る音がしていい感じ。

 

 俺の体そうとう柔らかく、関節を動員して棒を振り回すと、体に纏わりつくように回転して結構な威力が出てそう。

 

 なんか映画とかで見る武術の達人っぽさあるわコレ。演舞みたいだった。

 

 そうやって棒術お披露目会を終えた時だ、遠くでなんかの音。近づいてくる足音が聞こえた。

 

「⋯⋯ニィ、聞こえた?」

「ン⋯⋯、やっとモンスターでてきたみたいッスね」

 

 せわしなく足を動かして走り寄ってくるゴブリンが一体。あァ昨日見たときより、なんか動きがよく見える。動体視力とか上がってるのかも。

 

 ベルには後ろで待機してもらってジリジリと前進。体を半身にして棒を中段に構えながらの接近だ。

 

 ゴブリンは二人同時に飛びかからない俺たちの様子に、少し警戒を示した後、前に立つおれに向けて飛びついてきた。

 

「ニィ!」

「⋯⋯大丈夫ッス」

 

 よく見える。

 

 寄ってきたゴブリンの腕を側面から打ち体勢を崩す。あんまり効いてないな。そのまま脇、腰、鎖骨と骨を流れるように叩いてやれば今度は効いたらしく、痛みに一瞬怯んだ。

 

 うーん、攻撃が軽いかな。

 

 でもこればっかりは仕方ないわな。俺の体も棒も決して大きくなく重くもないわけで、魔法も攻撃用のじゃないと来た。

 

 あァそうだ。魔法と言ったら『リパルス』の方が盾として使えるのか確認しときたいんだった。

 

 攻撃の手を止めゴブリンの動きを待つ。好機と見たかゴブリンは両手を広げて飛びかかってきた。

 

「『リパルス』」

 

 飛びかかってきたところに速攻防御魔法。体が浮き上がってたためかこいつはよく効いて、空中で体勢を崩したゴブリンはバタバタ手足を振り回すとどしゃっと背中から落ちた。

 

 う、うーん。

 

 まあ効いたからいいんだけど、やっぱりバリアみたいに使うのはあんまりか?

 

 もっと、こう、攻撃を寄せ付けない壁みたいなつもりで使ったんだけどな。

 

 ひっくり返ったゴブリンを棒でしばき回す。

 

 頭だ頭。あと首。ビシバシ叩きまくった結果、首元でごきりと嫌な音がしてゴブリンは急に霧になって消えた。死んだのだ⋯⋯

 

「はぁっ、はあっ、余裕ッスね!!!」

「お、おめでとう!すごかったよ!!」

 

 微妙に引き気味のベルくん。

 

 よせやい。普通に泥仕合じゃねェかこれ。

 

 うーん、攻撃に当たることはなさそうだけど全然攻撃力足りねェな。

 

 この棒もなんつーか大勢に囲まれたときでも防御しやすい武器みたいな感じだし、どっちかというと防具とか盾だ。

 

 アレかな。ヒーラーは火力出せねェみたいなアレか。

 

 まだ別に回復魔法とか試せてるわけじゃねェから、ホントに俺がヒーラーっぽいのか分からんけど。

 

 どっちかというと防御ばっかり得意なタンクって感じだ。

 

「んー、アレッスね。ジブンの攻撃力足りてないんで、次からは後衛になるッス。防御魔法で支援するンで、なにか思ったことあったら教えて下さいッス」

「わかったよ。魔法で支援してくれる人がいるってなんだか安心するね」

「そっスか」

 

 あーベルくんええ子や。

 

 気を使ってるわけじゃなくて本心から言ってくれてる。

 

 どうみても今の俺は火力不足の役立たずなのにな。

 

 なんか、こう攻撃力はベルくんに任せて、俺は完全に裏方に回るか。

 

 マインド温存するために自衛は棒術で、そして火力役のベルくんを魔法で支援だ。うん、コレだな。ゲームっぽくなってきたけど、役割分担としちゃいい感じだろ。

 

 ところでマインド消費してるような感覚あんまりないんだよな。こう、体の中からふっとなにか抜けるような感じはするんだけどそこまでキツくない。

 

 感覚としては湯船から洗面器で一杯汲み出したくらいのもの。流石に何十回と汲み出せば目減りはするんだろうけど、言ってしまえばその程度。

 

 マインド消費し過ぎるとぶっ倒れるらしいから気を付けねェとならないが、この分なら余裕ありそうだ。

 

 まあ『魔法』名乗るにはちょっと弱いもんなコレ。腕でグイっと押したくらいのバリアだもんなァ。

 

 もうちょっと強くなりませんか?

 

 なりませんか⋯⋯

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 ニィの魔法は聞いていた話では『速攻防御魔法』というらしい。ドーンと魔法の盾が出るのを想像していたベルであったが、なんだか思ったのと違っていた。

 

「『リパルス』」

「───よしッ!これで終わりだね!」

 

 二足歩行の犬───コボルトの走り寄ってくる進行方向に『リパルス』が展開されると、鼻面を魔法陣に突っ込ませたコボルトは大きく仰け反り、がら空きになった胴体を簡単にナイフで切り裂けた。

 

「おつかれさん」

「ニィもお疲れ。『魔法』すごく助かるよ」

「そうッスかね⋯⋯へへつ⋯⋯」

 

 照れたのかそっぽを向いて頬をかくニィ。

 

 彼女の魔法は強い、というよりは便利といった代物だった。

 

 魔法そのものの効果は比較対象を知らないベルには判断がつかないが、きっと弱い部類なのだろう。だけど『速効』の名がつくだけあって素早く、取り回しがいいのだ。

 

「なんつーか、アレッスね。ヒーラーというかデバッファーって感じッス」

弱体役(デバッファー)⋯⋯確かにそうかも」

 

 ニィは徹底してモンスターの動きを邪魔していた。ゴブリンやコボルトが攻撃に移るに先んじて体勢を崩す。怯んだところをベルが近づいてくる倒すという連携は今の所綺麗に決まっていた。

 

 魔法だけじゃない。

 

 ニィのどこで覚えてきたのかよくわからない棒捌きは様になっていて、魔法にたよることなくモンスターの攻撃をあしらっていた。

 

 コボルトの落とした魔石を拾ってバックパックへ。

 

 荷物運びは体格のいいベルの仕事だ。ニィは棒を肩に担いでにへらと笑っている。

 

「いやァ悪いッスね。荷物多く持たせて」

「気にしないで⋯⋯って、腕!痣になってる!」

「うン⋯⋯?⋯⋯あれ、いつの間に⋯⋯『清廉』『ベネディクション』」

 

 捲れた外套から覗く腕に青痣。どこかでぶつけたのだろうそれを、回復魔法でしれっと消し去った。

 

 ⋯⋯⋯本当に頼もしい仲間だ。

 

 才能溢れる彼女に置いていかれないように奮起しなくては。

 

 ベルは気合を入れ直すと次のモンスターの群れを探して迷宮を進んだ。



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6話

 2800ヴァリス。

 

 一階層をひたすら探索してゴブリンとコボルトをしばき続けた結果がこれだ。

 

 ウーン、ヴァリスってなんぞやって思わないでもないけどこれってどれくらいの収入なんだろう。ヘスティア様のバイトの時給が30ヴァリスらしいから相当いいんじゃないか。

 

 無理言って安物の衣類を帰りに買わせてもらいホームに着く。

 

 晩ごはん?

 

 もちろんじゃが丸くんだ。

 

 いやでも俺甘いモンあんまり好きじゃないんだよなァ。

 

 ほんと、ご飯はもういいんでお二人で食べてください。お腹いっぱいなんで。

 

 ⋯⋯⋯そ、それじゃステイタス更新してもらっていいですか?

 

 いやこういうのってやっぱり気になるよね。男の子だもん。

 

 

 

 

──────────────

 

ニィ

 

 

 

Lv1

 

 

 

力:I0 → I1

 

耐久:I0 → I1

 

器用:I0 → I9

 

敏捷:I0 → I3

 

魔力:I0 → I9

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「───はい、終わったよ!これがキミのステイタスさ」

「ありがとうございますッス」

「⋯⋯⋯ますっす」

 

 言葉尻捉えてくる女神様は、まァこの際無視。

 

 器用さと魔力がトントンで伸びてそれ以外が誤差と。ゲーム的に考えれば理想の後衛って感じに見えるな。

 

 そんで伸びた能力値の総量は───、ベルくんと同じくらいらしい。

 

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

 ファミリア。一つ屋根の下、つまりァ家族ってか。

 

 こんな大層なスキルある割にはあんまりかな。いやベルくんに才能があるってことか。

 

⋯⋯⋯それとも、まさか家族への()()()ってやつが足りてないとか?

 

 足りてないっつーか、なんというか。

 

 要するに───

 

 

「ニィくん、どうかしたかい? 顔色が悪いけど」

「ヤ、ジブンは元気いっぱいッスよ」

「⋯⋯⋯そうか。悩みがあるならいつでも言ってくれよ? ボクはキミの主神なんだから」

 

 ⋯⋯⋯やりにくいなァ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 ステイタスってのは実戦だけじゃなく訓練でも伸びるらしい。

 

 んじゃ俺がなにすべきかって話だが、もちろん筋トレだ。

 

 自傷して回復魔法使えは耐久も魔力も伸び伸びやんけ!って呟いたら女神様がめちゃくちゃ怖い顔したので泣いてしまった。いや、泣いてないけど泣きそうになった。

 

 ⋯⋯見えるところではやらないようにします。

 

 ところで筋肉痛とかに回復魔法って効くんかな。超回復とか起きなくなって筋トレの意味ありませんとかなったり悲しい。悲しいたけ。

 

 でも筋肉痛のままダンジョン行くのも舐めてるよな。一応命がけなんだし。

 

 まァ女神様の前では自主トレはやめとくか。心配そうな目で見られると心が痛む。俺なんかを心配しないでくれ。そのぶんベルくんを見てやってくれ。

 

 

 

 んじゃまァ、今日もダンジョン行きますか。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 と、まァそんな感じの日々が続いた。

 

 アビリティは器用と魔力に振り切れた伸び方してる。私の魔力は53です。53万じゃねェけど。

 

 あと被弾してねェはずの俺の耐久が6とか伸びた日は小一時間問い詰められた。それでめちゃくちゃ警戒されて自傷&回復魔法がバレた。

 

 シャワールームに血が残ってたのが悪かったなァ。

 

 おかげでホームにいる間はナイフ没収だ。

 

 でも収穫もあった。

 

 俺の回復魔法ってのァ結構深い傷でも元通りに治せるんだ。腕とかの裂傷程度ならなんとかなる。でもまァ血は戻らねェみたいで貧血になるんだ。

 

 それと最後まで詠唱した『ベネディクション』は『リパルス』の比にならんくらいマインド持ってかれる。

 

 結構マインド使ったあとに喜々として完全詠唱の『ベネディクション』したもんで、貧血×精神疲弊(マインドダウン)のダブルパンチにノックアウトされた。

 

 血溜まりで気絶してるところで見つかるとかいう最悪のムーブをしてしまった。

 

 死ぬほど叱られたけど回復魔法の感覚は掴めたのでヨシ!

 

「⋯⋯⋯ニィくん、キミさては反省してないね?」

「ヤ、してるッスよ」

「⋯⋯⋯あんなこと二度とやるなよ?」

「ハイ、もちろんッス」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 ⋯⋯⋯⋯あ、やべ、神様って嘘見抜けるんだった。

 

 

「ニィくん」

「ハイ」

「次同じことをしたら、ボクは二度と添い寝をしない」

「え」

 

 思わず情けない声が出た。

 

 そ、そんな殺生な⋯⋯⋯

 

「ベルくんにも、キミとは添い寝をさせない。いやベルくんはボクと添い寝だ」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

「もう一度聞くよ、二度とあんなことしないね?」

「⋯⋯⋯ハイ」

 

 

 

 ⋯⋯⋯いつかでっかいベッド買って、ベルくんと神様と川の字で寝たいって夢は守られた。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 ダンジョン探索は順調だ。実力がついてくるのを実感しつつ、今は4層で戦っている。

 

 モンスターの出現数も増えて収入がウマい。神様に美味しいもの食べさせてあげられそう。

 

 いやーもうちょっとお金貯まったら台所とか新調したいなァ。もちろん自費だ。そんで毎朝お味噌汁を作ってあげたい。

 

 あ、オラリオって味噌あるんか?

 

 ないならないで別の汁物作りたい。というか手料理振る舞いたいし胃袋を掴みたい。

 

 そのためには兎にも角にもお金だ。お金は全てを解決する。

 

「ってことでベルくん、そろそろ5階層に行かないッスか?」

「うーん、エイナさんに怒られそうな気もするけど⋯⋯」

「でもこの調子なら大丈夫ッスよ」

 

 なにせ5層まではそこまで危険なモンスターも出ない。

 

 あァでも6層、テメーはダメだ。『ウォーシャドウ』とかいう危険極まりない新米殺しが湧くと聞く。

 

 なンで5層まででしっかりアビリティを鍛え上げておきたいわけだ。

 

「だめッスかね」

「⋯⋯⋯正直、僕も下の層に下りたいなって思ってたところなんだ」

「オッ、じゃア行くッスか?」

「そうだね。神様にもいいもの食べさせてあげたいし」

 

 おーいい子ちゃんだベルくん。

 サイコー。一生ついてくよ。

 

 そうして、俺とベルは一つ下の層、第5層へと足を進めた。

 

 

 

 このときの軽率な判断を、俺ァ死ぬほど悔やむことになるなんて、まだ知らなかった。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「モンスター、全然いないね」

「そッスね。でも下の階層になるほどモンスターってのは狡猾になるんで、もしかしたら気配を隠して待ち伏せしてるンかもしんないッス」

 

 モンスターがいない。

 

 不自然に静まり返った洞窟に二人分の足音だけが響く。

 

 おかしいなァ。4層まではもっとじゃんじゃん湧いてたのに。

 

 それに待ち伏せされてるにしちゃあ場所がひらけすぎてる。そンじゃあもっと入り組んだところを探そうと突っ込んでみたんだが、それでも見つからねェ。

 

 気を抜くわけではないが正直拍子抜けだ。

 

 これならとっとと6層目指してもなんとかなるんじゃねェかな。俺の魔法による妨害と、ベルの俊足による速攻は盤石だ。

 

 もうここらじゃ敵なんていねェ。

 

 俺たち地元じゃ最強なんだ。

 

 そんで、ついにだ。ついにモンスター四匹の集団に出くわした。まるで()()()()()()()()()()みてェに大慌てだったそいつらを難なく処理して、ドロップアイテムを拾い上げる。

 

 

 

───あァ、ホント。後にして思えばどんだけ気ィ抜いてんだって話だ。

 

 なァにが気を抜くわけではないが、だって?

 

 バカが。テメェダンジョンはいつだって命懸けなんだぞ。

 

 そんで命賭けてンのは()()()()()()()()()()()()

 

 ちくちょうが。ふざけてんのか。

 

 ()()()()()()()()、一番危険な目に遭うのは俺じゃねェ。前衛で気張ってるベルなんだぞ?

 

 

 

 そんでよォ、オレは知ってたはずなんだ。

 

 なにかあったときっつー『なにか』なんざ、前触れなく訪れるんだ。それをよォく知ってるはずなのによォ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()なんて、明らかな前触れを俺はどォして見逃したんだ。

 

 

 

 なにかあったとき、一番に危険な目に遭うのはベル。

 

 

 

 その『なにか』は、まさに、今、曲がり角の向こうから────

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 ズシンという地響を聞いて、ベルはまず自分の耳を疑った。同じ音がもう一度ズシンと響いて、隣を歩くニィが足を止めた。

 

 もう一度同じ音がして、二人は完全に硬直した。

 

「───足音?」

「ベル、だめ、だめッスよコレ」

 

 震えた声だった。

 

 ダンジョンの第5層であんな大きな足音を響かせるモンスターがいるはずない。

 

 音源は目の前の曲がり角の向こうから、だんだんとこっちに近付いてくる。

 

「逃げッ、逃げるッスよベル⋯⋯、ほら⋯⋯」

「う、うん⋯⋯」

 

 首筋がチリチリと焦げているかのような嫌な予感がした。そうだ、さっきのモンスター。やけに焦っていたように見えた。なにかから逃げてきたみたいに統率が取れておらず、簡単に処理できた。

 

 その逃げてきた『なにか』ってやつが、その通路にいるんじゃないか⋯⋯?

 

 逃げようと提案したはずのニィは、その実一歩も歩いていない。足が根を張ったように動かない。ベルとて同じ有様だった。

 

 なにか鈍重な存在感が通路の奥を歩いているという恐怖。それに足が竦んでいた。

 

 ズシン、ズシンという足音はそのままどんどん近づいてくるのに動けない。

 

 だんだんその足音は大きさを増していって。

 

 ふと、止まると、今度は離れていった。

 

「⋯⋯あ、あァ⋯⋯」

 

 気紛れ、だろう。強烈な存在感は踵を返して離れていく。

 

 

───気が、抜けてしまった。

 

 

 カランという音は足元でした。先のモンスターのドロップ品が手から零れ落ちた音だと、遅まきにベルは気付いた。

 

 ニィの顔が青ざめ、足音が、足音がこちらに。

 

「⋯⋯ベル、ベルッ、逃げ、逃げなきゃッ!」

 

 少女が手を引こうとしてもんどり打って転げる。余計に大きな音がして、そして、曲がり角の奥に。

 

 

 現れたのは牛頭人体の怪物。ニィの体を縦に二つ並べても足りない上背。

 

 強靭な筋骨を怒りに膨らませたモンスター、ミノタウロスがそこにいた。

 

 

 

 見た瞬間、心が折れた。

 

 あれは、勝てない。

 

 転倒していた少女も完全に腰が抜けてへなへなとへたり込んでいた。

 

 歯の根が合わない。脂汗がどっと体から溢れ、一歩後ずさった。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 死だ。あれは明確な死だ。

 

 第5層にいるはずのないモンスター。血まみれの棍棒を握りしめた牛頭の怪人。ミノタウロス。

 

 苛立たしげにミノタウロスがこちらを睨んだ時に、失禁しそうになりながら、俺は曲がり角からやってきた『死』をイメージする。

 

 ガチガチと歯が打ち合う音は、俺だけじゃなくってベルも立てていた。

 

 おい、死ぬぞ。

 

 死んじまうぞ。

 

 誰のせいだ。

 

 誰のせいで、誰が死ぬんだ。

 

 俺だ。俺のせいだ。そしてベルが死ぬ。

 

 俺が5層に行こうとベルを唆した。

 

 そのせいでベルが死ぬ。

 

 

 

 

 

⋯⋯⋯⋯立たねェと。

 

 

「────ベル、逃げるッス」

 

 

 立って戦わねェと。

 

 俺のせいで、弟分(ベル)が死ぬぞ。

 

 テメェは、なに座ってやがる。

 

 

「───ジブンが、時間稼ぐッス。できたら、上で助けを」

 

 

 膝に、力が入る。

 

 あァそうだ、挽回しねェと。

 

 家族を危険に晒したその罪を、ここで挽回しねェと。

 

 

「───たのむッス、ベル、走ってください。はやく、はやく走って」

 

 

 ベルは、あァ、震えてやがる。可哀想に。

 

 ゴメンよォ、俺が情けないばっかりに。向こう見ずな馬鹿なばっかりに。

 

 でも、兄ちゃん頑張るから。頼む、走ってくれ。

 

 ベルと、目が合う。恐怖に屈した目に、光が灯っている。

 

 

「ベル、ベルお願いッス。助けを呼んでくださいッス。ここは、ジブンに」

 

 

 ベルがもう一歩後ずさる。縋るような目が俺と、その先のミノタウロスを交互に彷徨う。

 

 ⋯⋯⋯あァ、お前よォ、やさしいなァベルは。

 

 咄嗟の判断だろう。いや、判断でさえないんだろう。

 

 俺の手を掴んで逃げようとしたその腕を、俺ァはっきりと打ち払った。

 

 

 

「さっさと行くッス。ここは兄ちゃんに任せるッス!!」





 いつかのベル君がスキルの副次効果で魅了を無効化するように、ニィちゃんも家族のためとあれば恐怖を無効化します。


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7話

 ベルは、一度足を止めようとした後、俺の言葉にならない怒鳴り声を聞くと今度は止まらずに駆け出した。

 

 ンでミノタウロスに向き直る。

 

 あァよ。テメェ苛立ってんな?

 

 獲物が背中向けて逃げようとしたンだ。テメェは当然追いかける。

 

 ミノタウロスはぐっと足に力を溜め、走り出そうとしていた。

 大気が凝縮していくかのような筋肉の収縮。あれが解放されればどうなるかなど目に見える。

 

 一瞬で距離が潰されて、俺もベルもミンチだ。

 

 だから、()()()()

 

 

「『リパルス』『リパルス』『リパルス』」

 

 速効防御魔法の連打。

 

 あァそのまんま使ったところでタカがしれてるこの魔法を、重ねて使えば多少は変わるって?

 

 そんなわけねェ。

 

 たかだかひよっこ冒険者の小人族(パルゥム)が腕で突き飛ばした程度のバリアなんざ、こいつ相手にはちり紙と区別もつかねェだろうよ。

 

 だけどさァ、()()()()にはなるんだわ。

 

 ぱしぱしぱしと点滅する三つの魔法陣が、今にも駆け出しそうなミノタウロスの目の前に出現する。

 

 目の前っつーのは文字通りだ。眼球の数十センチ手前。

 

 そんなところに明るい魔法陣が生まれりゃ誰だって面食らう。

 

 鬱陶しげにミノタウロスは三連打した防御魔法を、虫でも追い払うように手で払った。

 

「『清』『ベネディクション』」

 

 その隙に回復魔法を最低限で発動。『清廉なる』なんて長々喋ってる余裕はない。そんで、これみよがしに手元を光らせる。

 

 あァ、見りゃわかるよなァ。俺が魔法使いだって。

 

 背を向けて逃げる少年と、正体不明の魔法を使ったガキ。どっちを先にブチ殺してやろうと思うかなんて火を見るより明らかってなモンだ。

 

「『リパルス』『リパルス』『リパルス』」

 

 そこかしこに速効防御魔法。意味なんかねェ。

 

 もしかしたらこいつァなにか企んでるかもしれねェと、頭の隅に植え付けるための姑息な手口。

 

 散々にミノタウロスを煽った俺は、ベルが逃げたのとは別の通路に逃げ込んだ。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ」

 

 ミノタウロスってのは牛なだけあって、直線を駆ける速度は尋常ではない。だけど角を曲がるってのは苦手と見えて、そのおかげでなんとかかんとか生き延びた。

 

 だがそれもここまでらしい。

 

 全力疾走に全力疾走を重ねて、少し開けた通路まで来た。つぎの曲がり角は、遠すぎる。

 

 目の前にチラチラと『リパルス』を出し続けた結果、ミノタウロスの怒りのボルテージはとんでもないことになって、棍棒を力任せに壁に叩きつけた。

 

 砕けた壁が飛び散って、咄嗟に『リパルス』で土塊の向きを変えなかったら腕が吹っ飛んでいたかもしれねェ。

 

「───ベル、は⋯⋯、逃げれたッスかね⋯⋯?」

 

 ベルには、助けを呼んでくれと何度も言った。

 

 アイツの性格じゃあそうでも言わねェと逃げそうになかったからなァ。

 

 たぶんアイツが思いついたのは、俺を連れて逃げる、俺と一緒に戦う、ベルが残って時間を稼ぐの三つだろう。

 

 そこに俺が助けを呼ぶなんてもっともらしいことを吹き込んだモンだから、それが一番マシなんだと思って逃げたはずだ。

 

 悪ィことしたなァ。アイツ悔やむんだろうなァ。

 

 あァ、でもこんな、数分程度コイツを惹きつけた程度じゃアまだまだ足りねェ。

 

 コイツの速度を考えりゃ、まだベルに追いつきかねねェ。

 

「⋯⋯もう、お前ァ食い止められないッスからね⋯⋯、なンで、ここで大博打といくッスよ⋯⋯」

 

 あァさ。

 このまんまじゃミンチだ。

 

 この距離じゃあっという間に追いつかれて俺は死ぬ。

 

 んじゃ死ぬ前に一つ最後っ屁といこうじゃねェか。

 

 冥土の土産にさ、お前の目ン玉1個くれや?

 

「えいっ」

 

 腰のナイフを放った。

 

 器用さに傾倒した俺のステイタスではミノタウロスのいる位置まで届いても、なんの役にも立たない。

 

 けどよォ、別に俺の力なんか使わなくっても、いい()()()が自分から向かってくれるんだぜ。

 

 ミシリと地面が砕け、ミノタウロスが突進してくるのを見た。目で追える速度じゃアない。

 

 けど何度も見た。

 お前は必ず右の足で最初に踏み出す。そんで目元に現れる『リパルス』を払いのけるために、棍棒を持たない左手を翳している。

 

 そのせいで()()()()()()()()()()ンだ。

 

 俺がナイフを投げたのは向かって右。ミノタウロスの視界の左側。

 

「『リパルス』『リパルス』『リパルス』『リパルス』」

 

 全霊の早口言葉。

 

 ぶん投げたナイフのハンドルが、魔法陣に触れ進路変更。

 

 それを、都合四度。

 

 あァさ、小人族(パルゥム)が腕で突き飛ばした程度の運動量とはいえ、それを軽いナイフに四度注ぎ込めばさァ多少はマシな勢いになるってモノ。

 

 そりゃ反応しきれねェよなァ。

 

 視界の外から4回も魔法陣の上を跳ねて飛んでくるナイフをさ、全力疾走しながら見るなんてさァ。

 

 

 

 

───────ぁ、

 

 

 

 

「────⋯⋯⋯ぁ、が」

 

 

 最後っ屁は上手く決まった。

 

 鈍い音を立ててナイフがミノタウロスの目に触れ、刺さることはなかったが眼球を裂いて抜けていった。

 

 激痛に振るわれた棍棒は、進路を僅かに逸れていたおかげで、棒での防御が間に合う。そうさ、確かに防御は間に合ったんだ。

 

 棍棒の根本に添えるように棒を這わしての完全防御。ぬるりと滑るように俺から逸れたその一撃は、地面を砕き吹き飛んだ瓦礫が腹に突き刺さった。

 

 

「────ぎ、ぁ⋯⋯」

 

 頭が割れるように痛い。ゴロゴロと転がって壁に叩きつけたられたせいだ。肋は、たぶん折れてる。太ももには尖った石が刺さってて力入らねぇ。

 

 地面についた右腕から、違和感。

 

 ぷらーんと垂れる肘から先に、棒が絡み付いて───いや、違う。棍棒の威力を殺しきれなかった結果、折れた腕と折れた棒が互いに絡まる前衛的なオブジェになってやがる。

 

 痛ェ、痛ェなァ。

 

 ミノタウロスは、片目が裂けて、もう片方の目にも血がどばどばかかってるせいで視界が狭まっているらしい。

 

 顔を押さえたそいつァもう片方の手でガンガン地面たたいてやがる。

 

 生きてる、なァ。そりゃそうか。目を突き刺したんじゃあねェ。眼球の表面を浅く裂いただけで死ぬはずねェ。

 

 じゃあアイツァまだ、ベルを脅かしうる。

 

 あァそうだ、左手はまだ動く。

 

 石ころ掴んで弾く。

 

「───『リパ、ルス』」

 

 『押し退ける』力を持つ魔法陣に触れて、ちょっとだけ飛んでった。

 

 情けねェ。喉に血が絡まって、魔法が。

 

「────『リパ、ル、ス』」

 

 情けねェ。情けねェなァ。

 

 アイツまだ生きてんのに、俺ァこんな子供騙しにも劣るイタズラしかできねェ。

 

 ミノタウロスが、ペチペチと飛んでくる石ころに気付いて立ち上がる。

 

 片目を潰されたことへの怒りが、残った瞳に充填されている。

 

 

 

─────あァ、死んだな、これァ

 

 

 

 挽肉と化した己を幻視した時だった。

 

 

 

 目の前を、金の旋風が通過した。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 金の剣閃───否、槍閃だ。翻る金の光条が七度往復し血の風が吹く。

 

 一方的な過剰殺傷(オーバーキル)。先程まで最強の殺戮者として君臨していたモンスターが、細切れの肉片になって揮発した。

 

「そこの───パルゥムのキミ」

 

 小柄な人影が金色の穂先を上に掲げて振り向いた。

 

 あァ、追いつけねェ。

 

 なんだ。何が起きた。

 

 助け⋯⋯られたのか?

 

 この少年に?

 

「これは⋯⋯すぐに治療を」

 

 あァさ、助けられたんだ。この槍使いの少年に。

 自分よか頭一つ分高い男がポーチを探りながら近付いてくる。

 

 強ェ。強ェなアンタ。あのヤバいミノタウロスが一瞬でミンチかよ。こんな強い冒険者にこんな上層でお目にかかるなんてな。

 

 それも俺みてェな駆け出し冒険者が、死にかけてたところに()()居合わせるなんてな。

 

 そうかい。もしかしてアンタか。

 

 滅多に見られない強過ぎる冒険者に、いてはいけない中層のモンスター。

 

 より強いモンスターから逃げ出すゴブリンやコボルトがいたようにさァ、強過ぎる冒険者から逃げてきたミノタウロスがいたっておかしくはない。

 

 ンじゃあ、この少年ァ獲物取り逃がして大慌てで上層まで追いかけてきたって考える方が自然だ。

 

 そんで、()()()()()()()()()()()

 

 問題は。

 

「⋯⋯⋯何体ッスか?」

「なに?」

「何体、逃げてきたんスか?」

「⋯⋯⋯この階層に逃げ込んだのは合計5体のはずだ」

 

 あァね。じゃあ駆け出しの俺たちにァ遭遇と死が等号で結ばれるようなやつがあと4体。中層のモンスターが4体、ここいらに逃げてきてると。

 

 なんかのポーション取り出そうとした少年の腕を必死に掴む。

 

 あァ、アンタ俺なんか気にしないでくれ。

 

「⋯⋯向こう、向こうの方に、弟分がいるッス」

「⋯⋯⋯、キミの治療の方が優先だ」

 

 話が早ェ。そんでもって()()

 

 なにかあってからじゃ、遅いんだ。

 

「⋯⋯頼ンます、ベルが、ベルがあっちに逃げたんス。家族、なんです。助けてください。ジブンに、できることなら、なんでもするんで」

「⋯⋯キミは、」

 

 ダンジョン内でのトラブルなんざ全部自己責任だ。この少年になんか事情があったのは間違いないだろうが、そんでも俺を助ける義務はなかったはずだ。

 

 まァ面子とか体裁とかで、助ける必要はあったのかもしれねェが、くたばりかけた駆け出し冒険者にそンな優しげな目を向けられるンなら、アンタ()()()ってやつだ。

 

 だから、泣き落とす。

 

 恥とか外聞とか言ってる場合じゃアねェんだ。

 

 もし、ベルになんかあったら。

 

 俺は。俺は。

 

 

 

 ─────あァそうか、アンタ、俺を心配してこの場を離れられねェってか

 

「───ゴホッ、ご、ぷ⋯⋯『清廉なる天秤は命を量る』『燃え尽きる礼賛』『祈りの色は白』『熾火の下に灰積もる』『癒やせ』『ベネディクション』」

 

 喉に絡まる血塊を吐きながらの強引な詠唱。

 ごっそりと、なにかが削ぎ落とされる違和感。手に掬った水のように意識が零れ落ちていく。

 

 腕はいい。足は、動脈がマズイな。肋骨は臓器を傷つけちゃいないが単純な損傷が酷い。

 

 高エネルギー外傷による臓器障害と下腿の出血。それだけ治りゃ十分だ。

 

「───十分ッス。ジブンは、死にァしないッス。だから、先にベルを⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯そうか、わかった⋯⋯わかったけど、取り敢えずこれを飲んでくれ」

 

 渡された液体───回復薬ってやつか───を言われるままに嚥下。傷口にも振りかけられて、あァスゲーなコレ。捻くれた枝みたいな有様だった右腕が逆再生のように修正されていく。

 

 俺の回復魔法なんざ目じゃねェ。まさに魔法のような効能。

 

 しっかり傷口が癒着したのを確認して、少年が俺の身体を抱えあげる。

 

 何してやがる。頼むから向こうに───ベルの逃げた方を見てくれ。叶うなら、アイツを助けてやってくれ。

 

「案内してくれるか?」

「あァ、そういう⋯⋯、助かるッス⋯⋯」

 

 そりゃ、そうか。あっちだって指差したところでどの通路通ったとかわかるはずねェ。俺ァ焦ってばっかりでそんな簡単なことも頭からすっぽ抜けてたか。

 

 そんでこれァ姫抱きってやつだ。背中に槍を担ぎ直した少年が、空いた両手で身体を抱えて走り出す。

 

 あァ、速ェ。

 

 こんならあっという間だ。

 

 名も知らねェアンタ、本当にありがとうなァ。

 

 ⋯⋯ベルは、無事だろうか。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 血。

 

 血だ。

 

「───アイズ、その少年は?」

「───あ」

 

 トンデモねェ速さで走ってくれた少年のおかげで、4層への登り口付近でベルに遭遇できた。

 

 見たことのねェいかにも強そうな冒険者達が何人かいる。いやんなことァどうでもいい。

 

 金髪のねーちゃんの前で腰を抜かしているベルは、頭から腰まで途轍もない量の血を浴びて口をパクパクとしている。

 

 怪我か。

 

 怪我してんのかソレ。その出血量尋常じゃねェ。命に関わる。

 

 回復魔法、使わねェと。

 

「彼が、キミの言う家族で合ってるか?」

「『清廉、なる⋯⋯』」

「⋯⋯⋯あ? なんだそのガキ」

「おっと⋯⋯」

 

 獣人の青年があげた怪訝な声も無視。抱えてくれてた少年には悪いが離してくれ。

 

 ベルんとこ行かなきゃ。容態を、容態を確認しねェと。

 

 ベルはフラフラ近づく俺と、第一級冒険者の顔を交互に見た。

 

 そんでいきなり奇声を発してすげー勢いで飛び跳ね、逃げて行っちまった。

 

 ⋯⋯⋯⋯、怪我は、してねェのか。

 

 

────よかった⋯⋯

 

 

 

 あァ、あのねーちゃんが助けてくれたんか。金髪の華奢な少女。じゃあアイツ、助けられたのが恥ずかしくって逃げたんか。男の子だもんなァ。気持ちは分かるぜ。

 

 ッとと⋯⋯

 

 怪我がないことが分かってほっとしたせいで、なんか色々緩んじまった。足元が覚束ねェ。

 

 眠ィ、眠いなァ⋯⋯、こんなダンジョンの中なのに。

 

 クソ、意識が、持たねェな⋯⋯



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8話

 ふらりと意識を失って倒れこむパルゥムの少女を、フィン=ディムナは既のところで支えた。裂けた外套に包まれた体に力はなく、完全に気を失っている。

 

「なんだよそのガキ。どこで拾ったんだ?」

「───すぐそこでね。怪我をしてたから保護したんだ」

「ハッ、ざまぁねぇな雑魚が」

「⋯⋯ベート」

 

 嗜めるような呼び方に獣人の青年、ベートは気に入らなさそうに舌打ちをした。この少女がミノタウロスに襲われたのだということを薄々察していたのだろう。

 

 少女と、そして先程逃げていった少年───ベルと呼ばれていたか───がミノタウロスに襲われたのは、元はと言えばフィン達の落ち度だった。

 

 遠征の帰りに17階層で討ち漏らしたミノタウロスの群れをこの5層まで逃してしまったのは、間違いなく【ロキ・ファミリア】の失態だ。

 

 敏捷に秀でた団員で追ったため奇跡的に死人は出なかったが、この少女は突然上層に出現した中層のモンスターにあわや殺されるところであった。

 

 フィンが遠目にミノタウロスを発見したとき、すでに少女は死に体だった。同族たるパルゥムの少女が、見たことのない魔法で石ころを飛ばしているのが見えて、即座にミノタウロスを細切れにした。

 

「それと彼女を雑魚と呼ぶのは早計だ。少なくともミノタウロスの片目を潰していたからね」

「それで死にかけてちゃ世話ねーだろうが!」

 

 5層で活動する冒険者ということは、まだ駆け出しを卒業して間もないだろう。先程のいかにもひよっこな少年とパーティーを組んでいたあたり、本当に活動したての可能性もある。

 

 そんな少女が圧倒的な格上である、ミノタウロスの目を。

 

 

───ふむ

 

 

 気になるところはいくつもある。

 

 駆け出しにしては随分強力な回復魔法を使用していたのもそうであるし、半狂乱になって家族を心配する様子もそうだ。

 

 ヒューマンである少年が家族か。似た髪色をしていたことからも兄妹だったのかもしれない。いやしかしこの体格は小人族(パルゥム)のものと考えたほうが自然か。

 

 ともあれ、ダンジョンで突っ立ったまま考えに耽るわけにもいかない。傷はハイ・ポーションで治癒したとはいえ重傷を負っていた此度の被害者を立たせたままにするのは悪い。

 

 遠征組と合流し地上に戻るのが先決だ。

 

「逃げたミノタウロスはこれで全てだね。よしアイズ、ベート合流しようか⋯⋯⋯⋯アイズ?」

 

 ⋯⋯助けたはずの少年に逃げられた【剣姫】が呆然と突っ立っている。

 

 よほどのショックだったのだろう。

 

「そうだ、この子を頼んでいいかな⋯⋯アイズ?」

「⋯⋯ええ、はい」

 

 男に担がれるよりはいいだろうと、気絶した少女を任せる。上の空のアイズの様子に、フィンは苦笑を隠せなかった。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 暖かい。

 

 日だまりのような温もりの中、ふわふわと体が浮いている。どこまでも飛んでいってしまいそうな浮遊感。

 

 あァ、繋ぎ止めてくれ。兄ちゃんこのままじゃどっか行っちまいそうだ。

 

 誰か。

 

 誰でもいいから、手ェ握ってくれ。

 

 抱きとめてくれ。

 

 どこにも行かないでって、そう言ってくれ。

 

 俺を、頼ってくれ。

 

 そうすりゃ兄ちゃん、死ぬまで頑張れるんだ。

 

 だから。だから───

 

 

 

───あったけェなァ。でも、ここにはなにかが足りない。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

「⋯⋯⋯ン」

 

 知らねェ天井だ。ウチのホームのもんじゃねェ。清掃の行き届いた小綺麗な作りだ。

 

 コタツで寝てる猫みたいに丸まってた体を伸ばす。ここは、ベッドか。ふかふかの枕に清潔なシーツ。

 

 あァね、足りねェ足りねェって魘されてたのは"人肌"が足りねェってか。いくらベッドが上質でも一緒に寝てくれるヤツがいねェとな⋯⋯

 

 あァ、イヤちがうちがう。こんな女々しいところ人に見せるわけにァいかねェ。誰もいなくてよかったわ。

 

「───お、なんや。起きたんか」

「にょわっ!?」

 

 いたわ、人。くっそビビった。

 

 赤髪で狐みたいに目の細い女性───ん、胸がないな男? いや声高いし女っぽい人が椅子に後ろ向きに座ってた。そんでその周りに二人の男と女。

 

 なんだかこの糸目の女、護衛されてるみたいだな。やんごとない身分の人か。

 

 状況を把握できずに硬直したところ、糸目の女性は近付いてきていきなり体をまさぐりだした。

 

⋯⋯⋯え、なに、触診? 医者かなんかッスか?

 

「ほうほう、フィンが気にかけとったしどんなもんかと思うたけど、ええこやないか」

「えっ、と、あのどちら様ッスか⋯⋯?」

「ふっんアンタ、ウチのこと知らへんのか。ま、ええわちょっと大人しくしとき⋯⋯おおー、ちっと痩せすぎやけどこれはこれで趣あってええな」

 

 お、お、オ⋯⋯?

 

 なんか手付きやらしいな。なんか胸と尻ばっかり触るじゃん。

 オイ待てこれもしかしなくてもセクハラだな?

 

 こ、コイツしばいていいんか?

 

 そこの護衛っぽい兄ちゃん姉ちゃん、この変態しばいていいか。だめ? なんで君たち哀れな犠牲者見る目ェしてんの? ちょいと助けてくれ。

 

「ちょ、ちょっとどこ触ってるんスか⋯⋯!!やめるっスよ⋯⋯!」

「あーそんな殺生な」

 

 手を押しのけて身を逸らす。

 殺生な、ではない。

 セクハラは犯罪だ。オラリオではどうなんか知らないけど。

 

 肌蹴た病衣をいそいそと直す。あン? なんやこれ病衣じゃん。今気付いたわ。

 

 あー、そういえばダンジョンでミノタウロスに出会って、そんで金髪の兄ちゃんに俺が、金髪の姉ちゃんにベルが助けられたんだった。

 

 そんで今こうして保護されてアフターフォローされてるわけだな。アフターフォローっつーかセクハラされてるけど。

 

「えっと、スンマセン。ここどこッスか? パツキンのにーちゃんねーちゃんに助けてもらったのは覚えてるんスけど」

「アンタ、えらいけったいな話し方すんな⋯⋯ま、ええわ。今アンタが言うた通りやな。ウチのファミリアが取り逃したモンスターにアンタらが襲われて怪我してたんや、そりゃウチで面倒見なウソやろ」

 

 けったいな話し方って、アンタが言うなアンタが。似たようなもんやろがい。

 

 まァそれはともかくとして、やっぱりあのミノタウロスは中層から逃げてきたやつだったんだ。

 

⋯⋯死にかけた恨みがないわけじゃねェが。助けてくれたのは間違いねェ。

 

 それに5層に行こうってベルに言ったのは俺だ。俺が余計なことしなけりゃ死にかけるような目に遭わなくて済んだハズなんだ。

 

「そうッスか⋯⋯ヤ、スンマセン。ありがとうございますッス」

「そんで体調のほうはどうや? なんでもえらい怪我しとったそうやないか。傷は塞がっても体力までは戻っとらんやろ」

「そこまで⋯⋯悪くはないッスね、ハイ⋯⋯」

 

 まァた体をぺたぺた触られる。もういいわ、なんか抵抗すんのめんどくせー。

 

 そんで体調か。体調は悪くない。虚脱感というか怠さが体から抜けきっていないが、普通に動けそうだ。

 

 ⋯⋯あの飲まされたポーション、もしかしてどえらいお高いヤツなんじゃね?

 

 ヤバい。金なんかないぞ。

 

 土下座するか。お金ないので後々返済しますって。

 

「⋯⋯あの、デスネ。えーとお嬢さん?」

「お嬢さんてなんやお嬢さんて。あーそうかまだ名乗っとらんかったな」

「あ、ハイ、スンマセン。ジブンも名乗ってないッスね。ほんとすみません。えー、ハイ、ジブンは『ニィ』ッス。一週間くらい前から冒険者やってるッス」

「一週間前からか、そりゃ駆け出しもいいとこやな」

 

 狐目の女にセクハラ受けながら、ベット上で正座。オイ尻触れないからって内腿はやめろ。服肌蹴ちゃうだろ!

 

 自分じゃちょっとお高いポーション代返すのァ厳しいんで、先行土下座で心象を良くしようか。なんならこの場で体売ってもいいんで、ね、今すぐの返済はちょっとばかし待ってくれませんか。

 

「アンタ、それなんやの?」

「土下座と言うッス。極東に伝わる由緒正しき謝罪方法で、首を切られても構わないって意思表示ッス」

「ちょい待ちィ!!え、なんやの、なにがアンタをそこまでかりたたせるん!?」

 

 怪訝な顔をしていた女性が素っ頓狂な声あげた。

 あ、でもセクハラはやめないんスね。ちょっと変な気分になってくるから離してくんないかなァ。

 

 そうやって初手で平身低頭することで憐れみを誘うムーブをしていたら、ガチャリとドアが開く音がして誰かが入ってきた。

 

「失礼するよ───」

 

 土下座したままちらっと扉を見たら、あ、あの人じゃん。金髪の槍使ってた少年だ。命の恩人がドア開いてぴしりと一瞬かたまった。

 

 ン、まァ、アレだわな。

 

 土下座する幼女にセクハラかます糸目女って構図だもんな。まだ尻撫でられてたし。そりゃどんな顔すりゃいいかわかんねェだろ。

 

 少年が咳払いしたことで女の手が止まった。あー、あれか。ちゃんとあしらえばやめてくれるのね。さっさとしばいてやればよかった。

 

「───すまなかったね、うちの主神が」

「あ、いえ、大丈夫ッス」

 

 しばかなくってよかったでーす!

 

 神、神かー。この人。

 セクハラ魔神とお呼びしても? 不敬罪で殺されそうだしやめとこう。俺もヘスティア様がそんな不名誉な呼ばれ方した日にァ闇討ち仕掛ける自信があるし。

 

 ところで少年は何者⋯⋯?

 

 近くに椅子を寄せて座った彼には、なんかやけに大人びた雰囲気あるけど。

 

「先に名乗っておこう。僕は【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナ。ダンジョンで君を保護した人間だ」

「あ、ハイ。ジブンは『ニィ』ッス。この度は危ないところを助けていた、だき⋯⋯?」

 

 え、なんて言った。

 

 ロキ? ロキ・ファミリア?

 あの最大派閥の【ロキ・ファミリア】の団長?

 

 そんじゃその主神っていう糸目のセクハラ魔神は、神ロキだと。

 

 う、うーん。意識が遠のきかけた。

 この神ロキをしばいてたら、オラリオ最大級のファミリアに喧嘩売るところだった。こんなところに核地雷が埋まってるなんて予想もしなかったわ。

 

「おっとすまない。まだ安静にするべきだったか。話はまた後日にするかな」

「ヤ、大丈夫ッス。スイマセン、その、なんか思ってたより大変なことになってたなって感じなだけなんで」

「そうか⋯⋯それじゃあ君も楽にしてくれ」

 

 楽にしてくれって言われて楽にできるはずもない。

 

 いやァめちゃくちゃ強い冒険者だなァとは思っていたが、()()フィン・ディムナだとは。槍の名手にしてパルゥムの【勇者】、オラリオでも一二を争うイケメンだと話は聞いてたんだが、確かもう結構なオジサンだって教えられたんだけど。

 

 嘘じゃん。トンデモねェ爽やかイケメンじゃねェか。騙されたわ。

 

 あ、いやでも、ベルくんのが顔いいなァ。アイツ愛嬌あるくせに妙に凛々しいからな───ってちがうちがう。脳内で弟分の自慢を展開してる場合じゃない。

 

 フィンさんは、なにやら話をしに来たらしいんだった。神ロキもそこに口出しするつもりはないらしく、面白そうな顔でこっちを見てくる。

 

「えっと、それで、話ってのは⋯⋯?」

「話───、そうだね、その前に一つ謝罪させてくれ。君と、君の家族を襲ったミノタウロスの件だ。あのミノタウロスは本来17層にいるはずのモンスターだ。だけど遠征の帰りで疲労もあってね───ああいや、これは言い訳になるな。ともかく、ミノタウロスの群れを逃してしまったんだ」

 

 あわあわあわ。

 

 しゃ、謝罪ッスか。

 

 天上人にンなことされたら恐縮するしかできないんだが。

 

 話される内容はなんとなく予想していた通りのモンで納得がいく。とりあえずは壊れた人形みたいにコクコク頷いておこう。

 

「追いかけて掃討した時には、キミは重傷を負っていた。この度キミの命を危険に晒したのはひとえに僕達の責任だ。【ロキ・ファミリア】を代表して謝罪させてほしい」

「しゃ、謝罪なんてそんな、やめて下さいッス。ほら現にジブンは助かってますし、そもそもジブンがミノタウロスにも勝てない雑魚なのが悪いんスから。なんで、その、謝罪は受け取れないッス。いや受け取りたくないッス」

 

 マジで心臓に悪いからやめてほしい。

 フィンさんって人【勇者】とかいう二つ名だけあってめっちゃ紳士だ。真摯な紳士だ。

 

 でも最大派閥のファミリア団長に、木っ端団員が謝罪させるとか縮み上がるんでやめてください。

 

「⋯⋯そうか、でも僕達はキミの家族も危険に晒したんだよ」

「それァ、わかってるッス。もし、ベルに、万が一のことがあったら、たぶん死ぬほど恨んでたとは思うッス。けど、一番恨めしいのって、家族さえ守れねェよォな軟弱なジブンじゃないッスか」

 

 だから、謝ってほしくない。

 

 『危険に晒してすまない』『守るのが遅くてすまない』だとか

 

 あァ情けねェ。

 

 情けねェよ俺ァ。情けなさすぎて涙が出てくる。

 

 だってよォ。

 

 それってサ、俺にァ家族を守れるような力なんざねェって言われてんのと変わらねェだろ。

 

 そんでそれが図星だから尚の事腹が立つ。言われなくても分かってんだ。

 

 俺が弱かった。俺が浅はかだった。だからベルを危険に晒したんだ。

 

「───そうか、わかった」

「ン、スンマセン、変なとこで突っかかって」

「いや、構わないよ⋯⋯じゃあそうだね、当初の予定通り少し話をさせてもらおうかな」

 

 ヤ、切り替えよう。

 

 この人にそういう当てこすりみてェなこっすい魂胆は欠片もなかったんだ。俺が過剰反応してるだけ。なのに嫌な顔一つしねェのァすげえよ。

 

 まァとにかく切り替えだ、切り替え。よし気分は元通りだ。

 

 んで話、ね。

 

 駆け出しでひよっこの自分に、第一級冒険者様が何聞きたいんかわかんねェけど。まァ悪いようにはならんだろ。

 

 あと、どうにか交渉してポーション代負けてもらえねェかな⋯⋯




 嘘を見抜く神の前で『ニィ』=『兄』を自称しても突っ込まれてないのは、正常な挙動です。そのあたりは追々説明します。


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9話

 【勇者】様の話ってのはそう難しいもんでもなかった。

 

 助けられたとき自分は『リパルス』で石ころ飛ばしてたわけだけど、なんでそんなことしたのかだって。回復魔法を使えるなら使って逃げればよかっただろうとのこと。

 

 あーこれ、あれか。質問って形の忠告か。忠告というよりは経験豊富な第一級冒険者様によるアドバイスってか。

 

 ステイタスに関わることだから答えなくていいとも言われたけど。

 

 うーん、まァ、そうさなァ。

 

「言われてみれば、まァそのとおりなんかも知れないッスね。単純に『ジブンがバカだった』で終わらせていいような気もするッス」

「⋯⋯極限状態だったんだ。冷静な判断をしている余裕なんてなかったんだろう?」

「まァ、そうなんスけどね。でも仮に冷静でいられたとして、多分ジブンァ似たようなことすると思うッスよ」

「⋯⋯というと?」

 

 仮に自分に回復魔法使って逃げられるようになったとしよう。

 

 目の前には片目傷付いて怒り心頭のミノタウロス。棒っきれは粉々でマインドも枯渇した俺に、なにができた?

 

「逃げるっつッたって、どこに逃げるんスか。ダンジョンの奥に進んじゃ帰還できねェッス。そんじゃ4層に───ベルの逃げた方に行くしかねェッス。ヤ、もしかしたらミノタウロスに気付かれずにあの場を離れられるかもしんないスよ。でも追いかけられる可能性の方が万倍高いッス」

「⋯⋯続けてくれ」

「えェ、ンで追いかけられたらどうなるかって、そりゃミンチッスよ。ンでジブンをミンチにしたミノタウロスは、今度ァ4層に行くんじゃないッスかね。中層からわざわざ上がってきたんスから、そりゃ上に行くって思うのが自然ッスから。そんならわざわざ目的地に近づけてやる必要はないっス。そんなことしちゃ逃がしたベルが余計に危険になるッス」

 

 そうだ、あそこで俺に逃げるなんて選択肢はなかった。

 

 1秒でも長くアイツの気を惹かなきゃなんなくて、あァ、確かにそうだな。いきなり石ころぶつけるなんてのは正気の沙汰じゃあなかった。

 

 わざわざ痛みに転げ回ってくれてたんだ。ンな所にちょっかい出すんじゃなくて、ちゃんと起き上がってから改めてちょっかい出したほうが時間稼ぎできただろうが。

 

「まァ、なんでジブンは逃げることなんてできなかったッスよ⋯⋯回復魔法使って、最低限動けるようにしてからのが時間稼ぎできたかもしんないって話なら、素直に認めるしかないッスけど。あァあと単純に、あんな怪我したのァ初めてだったんで回復魔法でどこまで治るとか判断できなかったッスね。こんなん治せるはずねェって頭から決めつけてたッス」

「そうか⋯⋯済まない、嫌な話をさせたね」

 

 まァ思ったより俺の回復魔法は強力で、多分足引きずって歩くことくらいはできたんだろうな。腕は諦めないといけねェけど。

 

「そんで⋯⋯話ってのはそんだけッスか?」

「───そうだね、病み上がりのところわざわざ済まなかった」

「イエ、第一級冒険者様に忠告貰える機会なんか滅多にないッスから。こちらこそありがとうございますッス」

「気にしないでくれ。こちらの失態の詫びも兼ねているし、同族の(よしみ)っていうところもある」

「ははっ、じゃあなんスか。同じ小人族(パルゥム)だから粉かけとこうってことッスか」

「まあね⋯⋯そうだ、君からもなにか聞きたいこととかあれば聞いてくれ。答えられる範囲では答えよう」

 

 話ァ終わりらしい。そんで軽い冗談にも笑顔で答えてくれるあたりこの人は気遣いの鬼と見える。

 

 ⋯⋯さて、じゃあ土下座の時間だな。ポーション代負けてください。

 

「⋯⋯えっと、じゃあ、そのスンマセン。つかぬことお聞きするんスけど⋯⋯、ジブンに使っていただいたポーションっておいくらくらいするんスか⋯⋯?」

「それを聞いてどうするんだい?」

「ヤ⋯⋯、その、デスネ。お恥ずかしながら今持ち合わせがなくって」

「あぁ、それなら気にしないでくれ。何度も言っているけど、元はと言えば我々の失態だ。君に治療費を要求する気はないし、むしろ破損した武具を弁償しようと思っていたところだ」

 

 ⋯⋯。

 

 そう、マジで? 聖人君子か?

 

 いやでも謝罪突っぱねた分際で、ポーション代踏み倒して弁償までされちゃ示しがつかないんだけど。

 

「その、ポーションの方ァありがたいンスけど、弁償となると、ちょっと受け取れないッス⋯⋯」

「⋯⋯そうか、なら口止め料だと思って受け取ってくれないか。とは言っても金銭ではなく、破損した武器の代わりを渡すという形になるが」

「⋯⋯⋯⋯⋯それなら、ありがたく、いただきたいッス」

 

 うーん、なんか借りを作りまくってる気がしないでもないけど、あの頑丈な棒へし折られて困っでたのは事実だ。

 

 だから、なんか物干し竿とか頂いて帰りてェな。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「あ、これいいッスね。いい感じッス」

 

 武器庫に案内した小人族(パルゥム)の少女───ニィは穂先のない槍を手に取るとひょうひょうと振り回した。

 

 宝剣や盾などの価値あるものを差し置いて、選んだものが頑丈な作りではあるがただそれだけの棒。

 

───軽すぎず、重すぎず、身の丈に合った武器だ。

 

「棒術かい? 見事なものだ」

「そっスか、第一級冒険者様に言ってもらえるんなら自身になるッス⋯⋯そんで、ホントにこれ頂いちゃっていいんスか?」

「ああもちろんだ。もとよりそれは熔かす予定のものでね。言ってしまえば余り物なんだ」

 

 装飾は少ない。軽めの金属でできた中が空洞の棒。駆け出し冒険者にとって安物とはとても言えないが、それでもそこまで大したものではない。杖としての性能は下の上から中の下あたりか。

 

 そもそも棒術など修めている者は極少数だ。鈍器でも刃物でもない武器をモンスター相手に扱う理由がない。

 

「ところで君はなぜ、棒術(それ)を?」

「ン、うーんと、なぜって言われると、うーんなんと言ったものか」

 

 ぬるりと体の表面を這うようにして棒が脇の間に収められた。駆け出しと言うにはいやに習熟した動作だ。

 

 ニィはうんうん唸ったあと、ようやく口を開く。

 

「魔法って、マインド使うじゃないっスか」

「そうだね」

「そんでマインドは中々回復するもんじゃ無いッスよね」

「それもそのとおりだ」

 

 彼女はなにか石ころを飛ばす魔法らしきものと、回復魔法を使っていた。あれを見る限りでは生粋の魔法使いといったところだろう。それも、特に後衛に向いた回復術士に違いない。

 

 彼女はレベル1の時点で、すでに高い効果量の回復魔法を使う将来有望な小人族(パルゥム)の女性だ。

 

「そんなら自衛の手段に魔法使ってるような余裕ないッスよね。そんなゆとりあるなら、パーティーの前衛支援した方が効率的ッス」

「では棒術は純粋な時間稼ぎに?」

「そッスね⋯⋯自分がバカスカ殴るよりベル⋯⋯あー、えっと、パーティーメンバーに火力出してもらった方が効率いいじゃないッスか。その点(コレ)はいいッスよ。盾よか軽くて視界も遮らないカンペキな防具ッス」

 

 まるで自力でモンスターの攻撃を防ぎながら、並行して味方を魔法で支援できているとでもいうかのような物言いだ。

 

───なるほど、すでに並行詠唱を

 

 もしや彼女はもう防御と魔法を両立しているのではないか。見栄を張っているというようには見えない。

 

 ならばやはり、この少女は『将来有望』程度では済まないのかもしれない。

 

「───そういえば、君の所属ファミリアを聞いていなかったね」

「ン、あァ、そういえばそうッスね。スンマセン」

 

 小人族(パルゥム)の中でも特に小柄な少女は居住まいを正すと、にへらと笑って告げた。

 

「ジブンはヘスティア様のところ───【ヘスティア・ファミリア】の団員のニィッス。零細もいいところッスけど、家族ァみんないい人ばっかりな、サイコーのファミリアッスよ」

 

 

 

 フィン・ディムナには使命がある。

 

 一族───小人族(パルゥム)の復興を。

 

 そのために必要なものは、いくつもある。

 

 武勇、名声、そして───

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 家族に色々報告するから帰っていいかーって聞いたら普通にかえしてもらえた。なにかあった時はコレを門番に見せてくれれば取り次ぐよってモン渡されてひっくり返りそうになったけど、ま、まァいいや。

 

 すげェ大御所とコネが出来たってことだからな。なんか借り作ってばっかな気がするけど。

 

 死にかけたところ助けられたり、ポーション代踏み倒したり、なんかいい感じの棒mark2をロハで貰ったり。あ、そういや金髪のネーチャンにお礼言ってないぞ。やべェどうしよ。無礼なやつとか思われてるかもしれん。

 

 うっ、胃が痛い⋯⋯

 

 ま、まァそんなこんなで帰路についたわけだ。俺が【ロキ・ファミリア】に保護されてるってのは、フィンに姫抱きされてるところ目撃してるベルなら察しが付いてるだろう。

 

 一応冒険者ギルドに顔出してポーチに入ってたアイテム幾らか交換してきた。

 

 ミノタウロスが5層に出たって情報をギルドは掴んでて、エイナさんに詰問された結果、俺ァうっかり殺されかけたってことをゲロっちまった。どうしよ、一応口止め料ってことでポーション代とかチャラにしてもらってんのに。

 

 うっ、胃が痛い⋯⋯

 

 そんでようやくホームに、帰ってきた。

 

 開口一番、ベルくんは凄い勢いで謝り倒してきて、ヘスティア様にはめっちゃ叱られた。

 

 まァ地上で助けを呼んでくれって言ったのが、ふつーに無理な話だと理解しちまったんだろうな。ベルを逃がすために、ベルが逃げるべきだと判断する『理由』をでっち上げる必要があったんだよ。

 

 極限環境で深く考えてる余裕なんかなかったから鵜呑みにした『理由』だって、安全な場所にきて落ち着いてからなら2秒考えりゃわかる。

 

 無理だと。

 

 地上に逃げて助けをよぶって、誰に助け求めるんですかと。仮に助けてくれる奇特なヤツがいたとして、その頃にァ俺は無事挽き肉になってるだろうと。

 

 だから()()()()()()()ってなるわけだ。

 

「やーもうホント、そういうのいいッスから。ほら結果論ッスけどジブンは無事。それに元はと言えばジブンが5層行こうぜって唆したのが悪いじゃないッスか」

「でも⋯⋯」

「でももヘチマもないッスよ。いいから辛気臭い顔やめて下さいッス⋯⋯ジャガ丸くん不味くなっちゃうじゃないッスか。ねぇ神様?」

「⋯⋯⋯言いたいことは色々あるけど、ベル君。君はそろそろ顔をあげるべきだ。君が後悔してることは伝わってるんだ。それならくよくよするんじゃなくて、『次は守る』って言えるように頑張る姿を見せるべきなんじゃないかい?」

「───! たしかに、そうですね⋯⋯! ごめん、ニィ⋯⋯次は、必ず僕が守れるように強くなるから!」

 

 はえー神様、さすが神様。

 一発でベルくんが立ち直った。

 

 これがカリスマってやつよ。惚れそう。つーか惚れた。ヘスティア様一生ついていきます。

 

 そんで【ロキ・ファミリア】で喋ったこととか、貰ったいい感じの棒二世とか包み隠さず話した。

 

 それとベルくんは助けてくれた金髪のネーチャン───アイズって人の話をめっちゃ聞かせてくれた。なんかおんなじ話五、六回されたけど。もしかしてベルくん酔ってる?

 

「⋯⋯あのロキ無乳が⋯⋯ウチのニィ君になんてことを⋯⋯!」

 

 ヘスティア様は神ロキと親交があったらしくすげー言い様。あんなセクハラ魔神の前にヘスティア様の巨乳はとてもじゃないけど出せないな。もしそんなことになったら俺が肉壁になる。

 

 俺の無乳で我慢してくれないかな。同じ無乳のよしみでさ。

 

 それにしてもアイズ───ヴァレンなにがし、か。うん、まァ、ミノタウロスを真っ二つにするような凄腕だ。スゲェ人なんだろうってのァ分かる。

 

 

 

 でもさ、兄ちゃんじゃなくて、他の人をスゲェって言ってるの聞くと、やっぱしんどいな。

 

 俺ァ頼れる兄ちゃんじゃねェか。

 

 

 『次は必ず僕が守る』ってか。 

 

 

 

 ───そう、か。俺ァ守るべき相手ってか。

 

 

 

 本当に情けねェな。俺ァ。

 

 

 俺ァ、そんな頼りねェか⋯⋯⋯



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10話

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】所属のレベル5の少女。

 

 なんでも6歳の頃にダンジョンに潜り、たったの一年でランクアップしたのだとか。もちろんこの記録は世界最速。ワールドレコードというわけだ。

 

 なんじゃそりゃ。本当に人間か? 6歳って言ったら幼稚園上がりたての子どもじゃないか。いやこの世界に幼稚園があるとは思わんけど。

 

 あの金髪のネーチャン、強いんだろなーと思ってはいたが、本当にトンデモない人だったんだな。

 

 ミノタウロスを一瞬でバラバラにした【勇者】様も大概だけど、ベルを助けてくれた【剣姫】様も人外のやべーやつだ。

 

 そんでどうにもベルくんはその【剣姫】様に一目惚れしてるっぽい。そりゃまァ命の危機を助けてくれた恩人だもんな。惚れても仕方ないんじゃないの?

 

 うーん、でもその【剣姫】っていうの別名【剣鬼】なんて物騒なものあってだな。曰く寝食を放り出してモンスター皆殺しにしてるだとか、他の冒険者に無関心な殺戮マシーンだとか、ダンジョンアタックが趣味のダンジョン狂いだとか。

 

 ヤ、すげー人だってのはわかるんだけど、ちょっとお近づきになりたくはないかな⋯⋯今度会えたらお礼は言うけど⋯⋯

 

 そんでベルくんに【剣姫】の噂話を吹き込んでくれやがったのはギルドのエイナさんだったけど、【剣鬼】の噂はシャットアウトしてたらしい。

 

 憧れを汚さないように配慮してくれたんだろうけど、多少はヤバそうな面も教えてあげたほうがいいんじゃないか? ってことでさり気なく【剣鬼】さん実はヤバい人じゃねアピールをしておこう。

 

「ヴァレンなにがしッスか⋯⋯、でも聞いてる分には結構危なそうッスよね、寝る間も惜しんでモンスター狩りとか」

「うん! 凄いよね、才能もあるんだろうけどすっごい努力家なんだろうなー!」

 

 うっ、純心か。

 

 そ、そうか⋯⋯寝る間も惜しんでモンスター狩りって、スポ根的には加点要素か。つーか俺は何してんだ。他人の陰口叩くとかサイテーじゃん。

 

 ⋯⋯いや、これアレだな。嫉妬してるなァ自分。

 

「⋯⋯それにしても、なんで神様怒らせちゃったんだろう⋯⋯帰ったら謝らないと」

「あァ、まあ、それは、そうッスね⋯⋯」

 

 つい先程の話だ。

 

 『ベル君のあほーっ!』とは女神様の談。

 ヘスティア様の前でヴァレンなにがしの武勇伝を語り続けたベルに、嫉妬の炎を滾らせた女神様がキレたのだ。

 

 あァ、俺もヘスティア様も嫉妬って意味では同じ感情をヴァレンなにがしに向けてるわけだ。

 

 だけど、俺のァもっと、見苦しいモンなんだよなァ。

 

 情けねェ。

 

 【剣姫】なんかじゃなくってさ、俺が守りたかったんだよ。俺が家族を守りたかった。

 

 金髪のネーチャンがベルの前に立ってるのを見たときさ、『なんでそこに立っているのは俺じゃねェんだ』と思っちまったんだ。

 

 兄ちゃんとしての役割を()()()()ように感じてるんだ俺ァ。

 

 みっともねェな。

 

 感謝こそすれど妬むだなんて、筋違いといいとこだろうこの恥知らずがよォ。そんなんだから俺ァ頼りがいのない兄ちゃんだって思われてんじゃねェのか?

 

 ⋯⋯⋯だっせェな、俺。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 ダンジョン、もといバベルの塔を目指し大通りを進む。ホームを出たのが朝早かったのもあり人通りはかなり少ない。まァとは言ってもパルゥムが露天の準備していたり、同業者っぽいあんちゃん達が肩組んでゲラゲラ笑ってたりと賑やかなもんだ。

 

 ベルは神様怒らせて何も食べずにホーム飛び出したし、俺ァ食欲なくってなんも食ってない。ダンジョン潜る前になにかしら胃に放り込んでおきたいけど、はて?

 

 ベルが弾かれたように背後を振り返った。

 

「⋯⋯!?」

「ン、どしたんスか?」

「いや⋯⋯なんだろう、誰かに視られてたような気がして」

「⋯⋯ふぅん⋯⋯?」

 

 ()()()()()、ねェ。もしかしてベル誰かに恨み買ってるとか? いやでもこんな純朴いい子ちゃんが恨み買うはずねェ。んじゃアレだな。カモを見る目ェ向けられてたんだ。

 

 まァいいやさっさと行こうぜ。そういう連中は無視するに限るんだ。

 

 首を捻るベルを急かす。人通りは少ないとは言え通りの真ん中で突っ立ってるのはマズイ。

 

「あの⋯⋯」

「!」

「のわっ!?」

 

 背後からかけられた声に、今度は二人して振り返った。

 

 声の主は見上げるような巨体───あァ違った、俺が小さいんだった。えーと、ベルとそう大差ない体格の女の人だった。青みがかった銀髪のネーチャン。スカートの上にエプロンつけて、頭にフリルのついたカチューシャしてるあたり、どこぞの飲食店の従業員と見た。

 

 ほうほう、やるなぁベルくん。こんな綺麗なネーチャンともしりあいだったんか。

 

 ただ俺たちが大げさに驚いたモンだから向こうも困惑してんな。

 

「ヤ、スンマセンね。ちょっと驚いちゃって⋯⋯ほら、ベルも⋯⋯」

「あ、ご、ごめんなさいっ!びっくりしちゃって⋯⋯!」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって⋯⋯」

 

 ペコペコ互いに頭下げる。俺も日本人だからなァ、こういう頭下げ合戦始まるとなかなか終わらないんだよな。

 

 それにしても、なんか二人共他人行儀じゃん。

 

「ン、あれ、ベル⋯⋯この人知り合いんじゃないんスか?」

「え、えっと⋯⋯ちょっと、ごめんなさい、覚えがなくって⋯⋯」

 

 どういうこった。

 もしかしてアレか、ベルに一目惚れしたから声かけたとかか?

 いやあ流石にそんなことはないか。あるとしたら客引きのたぐいだろうか。ちょっと警戒しとこう。

 

「え、ンじゃあなんか用事とかあったかんじッスか?」

「あ⋯⋯はい、そちらの方がこれを落とされたので⋯⋯」

「え、僕!?『魔石』? あ、あれっ!?」

 

 紫色の拳大の石ころだ。銀髪のネーチャンはそれをベルに渡しに来たらしい。

 

 ふぅん?

 

 なァんか怪しいな。ベルの腰巾着は、うんちゃんと締まってるな。そもそもベル、『魔石』は全部昨日のうちに交換してなかったっけ?

 

 ちょっと耳かしてくれ。

 

「⋯⋯魔石って昨日換金してたんじゃないんスか?」

「も、もしかしたら残ってたのかも⋯⋯」

「⋯⋯巾着も緩んでた感じッスか?」

「そうかも⋯⋯」

「ふぅん⋯⋯そうか、ンじゃ気を付けるんスよ。貴重品とか落っことしたら大変ッスから」

 

 ⋯⋯ベルがそう言うんなら俺ァいいや。

 

 悪質な客引きの類かもしれねェから目だけ光らせておこう。

 

「す、すいません。拾ってもらって、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらないでください」

 

 綺麗なネーチャンとお喋りしてるベルはドギマギしてるけど、楽しそうだ。たぶんその人、なんかしら狙いがあって接触してきてるんだろうけどな。

 

 うんうん、これもまた社会経験ってやつかもしれんな。

 

 まァなんかあったら割って入ればいいだろう。兄ちゃんはここで背景になっときますね。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 客引きだった。

 

 あれよあれよと言う間にご飯の詰まったバスケットを押し付けられ、そんで夜にお店に来るようにと約束を取り付けられてしまった。これでお店行かなかったらバスケットの代金をせびられるやつだな。俺ァわかるぞ。

 

 ちなみにご飯も店に誘われたのもベルだけだ。最初っから狙い撃ちにしてやがったな。

 

 女の人の名前ァ覚えたぞ。シル・フローヴァさんね。

 

 まァぼったくられないように俺もついてくし、きっと大丈夫だろう。念の為財布の中身潤わしておかねぇとな。見せる用の財布と万が一のときのために隠しとく巾着にそれぞれヴァリス仕込んでいくぞ。

 

 そんでそのためには兎にも角にも金稼ぎだ。ダンジョン潜って荒稼ぎと行こう。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 半日だ。

 

 半日ダンジョンでゴブリンやらコボルトを狩りまくって、ドロップアイテムを換金に行くこと数回。

 

 ベルは滅茶苦茶気合い入っていてがむしゃらに突っ込むもんだから面食らっちまった。なにやらヴァレンなにがしに恥じない自分になりたいらしい。

 

 まァ俺もそういうのはいいと思うぞ。目標があるってのはないよか万倍いい。ただ無茶して怪我しないかだけは心配だ。

 

 実際油断した隙にゴブリンに蹴っ飛ばされていた。いや、油断してたのは俺もか。今の俺の『魔力』なら『リパルス』で普通に防げた不意打ちだったからな。

 

 そんで西日がさしてきた頃合いでホームに帰ってきた。

 

 廃教会の隠し部屋で、まず俺が神様にステイタスを更新してもらう。

 

 

 

ニィ

 

 

Lv1

 

 

 

力:I7 → I8

 

耐久:I37 → 39

 

器用:I86 → I99

 

敏捷:I11 → I14

 

魔力:I88 → I94

 

 

《魔法》

【ベネディクション】

・詠唱『清廉なる天秤は命を量る。燃え尽きる礼賛。祈りの色は白。熾火の下に灰積もる。癒やせ』

 

【リパルス】

・速効防御魔法

 

スキル

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

大黒柱

・家族への支援能力向上

・柱状武器による防御に補正

 

吝嗇家

・魔法に消費する精神力を軽減し効果弱体

・魔法の詠唱を省略し効果弱体

 

 

 

 アビリティの方はいい感じに伸びてるな。なんか棒振り回してるのが効いてるらしく器用さの伸びが良い。魔力は『リパルス』死ぬほど連打してるおかげでぐんぐん伸びる。この2つは明日にでもHに到達するだろうな。

 

 昨日のミノタウロスとの逃避行で耐久と敏捷がしっかり伸びてたのもいいな。まだこの二つのアビリティは大きく凹んでるけど、伸ばしようはあるってわけだ。

 

 力はしらん。もう全ての火力は前衛任せだ。一応『リパルス』でナイフや石を飛ばせばダメージを与えられなくもないけど、そんな暇あったら支援に回ったほうが効率的だ。

 

 そんでベルの方はどうだろうか。

 

 

 

「⋯⋯えっ、熟練度上昇トータル160オーバー?」

 

 ベルが口をあんぐり開けて紙を見つめて、ヘスティア様が滅茶苦茶不機嫌になった。

 

 俺?

 

 俺はソファから転げ落ちたよ?

 

⋯⋯いやだって俺の伸びたステータスの合計って、えーと30ちょいか。つまりベルは俺の5倍速で強くなってるってわけだ。

 

 え、なんで? いつもより気合は言ってるなーとは思ったけど、それだけじゃん。何がどうなったらそんなことになるんだ⋯⋯

 

 一つ、なにかあるとしたら昨日の経験か⋯⋯?

 

「神様、こ、これどういうことなんですか!?」

「⋯⋯」

「か、神様⋯⋯?」

「⋯⋯」

 

 神様はなにやら不機嫌だ。

 ついにぷいっとそっぽを向いてしまった。あ、かわいい。

 

「あ、か、神様⋯⋯そういえば今晩シルさんに誘われてて酒場に行くんですけど」

「シルゥ!? 誰なんだいそれは?」

「え、えっと、朝会った酒場の店員の女の人で」

「ど、どこの馬の骨ともしれないやつにボクのベル君のがっ!?⋯⋯⋯ニィ君! 君というものがついていながらなんでこんなことになってるんだい!?」

「⋯⋯ヤ、スンマセン⋯⋯これも社会経験かなと思ったンス」

 

 あァ、アレっすね。やっぱりヘスティア様ベルくんを異性として意識してらっしゃる感じね。

 

 女の客引きに捕まるなんて、まァちょっと受け入れがたいッスよね。すみません、このミスは必ず挽回するんで⋯⋯

 

「あ、よかったらヘスティア様も一緒に来てくれないッスか⋯⋯?」

「ぐ、ぐぬぬ⋯⋯実は今日、バイト先の打ち上げが入ってるから、外せないんだ⋯⋯」

「そ、それは⋯⋯」

「頼んだよニィ君、ベル君に悪い虫がつかないように」

 

 

 

 

 

「ニィ君、ところでヴァレンなにがしについて知ってることってあるかい?」

「んーと、まァ、滅茶苦茶強い美人ってことくらいしか識らないッスね」

「そうか⋯⋯」

 

 酒場目指してホームを出る前に神様にそう聞かれた。

 

 答えられることはそう多くなくて申し訳ないな。

 

 それにしても神様までヴァレンなにがしが気になるのか⋯⋯やっぱり俺みたいな人間にァベルを守ることなんてできないとか思われてるんかな。

 

 そりゃあ、悲しいなァ。悲しいし悔しいなァ。

 

 ベルァ昨日の今日でとんでもなく強くなったし、やっぱ俺じゃダメか。

 

 俺は兄ちゃんにァ相応しくないか。

 

「⋯⋯ニィ君、なにか抱えているものがあるなら教えてくれよ? 相談にはいくらでも乗るから」

「ヤ、気にしないでくださいッス。ちょっと自己嫌悪してるだけなんで」

「⋯⋯気にするに、決まってるじゃないか。ニィ君キミは少しばかり頑張りすぎだ。昨日のこともある。もうちょっとボク達を頼ってくれてもいいんだ」

 

 頑張りすぎ、か。

 

 おんなじこと()()()()も言ってたなァ。

 

 頑張りすぎっつーことは無理してるように見えてるってこと。

 そんで無理してるように見えてるってことは頼りなさそうに見えるってこと。

 

⋯⋯できねェよ、これ以上、神様とベルを頼るなんて。

 

 頑張りすぎ程度じゃ足りねェんだ。もっと、もっと頑張らねェと、俺は、俺ァ。

 

 

 

 

 頼れる兄ちゃんにァなれねェんだ。

 

 





 ニィちゃんのスキルによる補正は『家族』への愛に依存します。ベルくんと神様を庇護の対象としか見做していない今のニィちゃんでは、ちゃんと『家族』判定されてません。


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11話

 通りを抜けて辿り着いた『豊穣の女主人』は、俺達みたいな駆け出し冒険者から凄腕の猛者、果てにはファルナもなさそうな一般人までがごった返す騒々しい酒場だった。

 

 酔っぱらいどもがげらげら笑ってるし、なんかいかにも冒険者の酒場って感じだ。『冒険者ギルド』とかがこざっぱりしてたぶん、この世界の冒険者って随分品行方正なんだなって思ってたけどアレはギルドが出来すぎてるだけっぽいな。

 

 普通に冒険者ってやつは破落戸一歩手前だったわ。

 

 ちらりと厨房に見えたドワーフの女性はスゲェ手捌きで料理を作っている。というかなんかあの人おかしくね? どういう腕力してるんだろアレ⋯⋯

 

「アンタらがシルのお客さんかい? なんでもアタシ達に悲鳴をあげさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!」

 

 厨房の女将さんがカウンターから身を乗りだしてきた。オイオイオイ誰だよ大食漢。絶対変なこと吹き込んだ女狐いるやろがい!

 

 そんで問題の女狐もとい、ベルくんからむしり取ろうとしている女性従業員シル・フローヴァの接客によって席についた俺たちは、早速メニューを見せてもらったわけだが。

 

「⋯⋯⋯たっ」

 

 たっか。

 

 高いのである。

 

 えぇ⋯⋯なにこれ、どのメニュー見ても最低価格3桁ヴァリスだ。ドリンクでさえその有様。どうなってるんだこれ回復薬(ポーション)の500ヴァリスより高いメニューとか平気でおいてある。

 

 ほら見ろ。あの善性が服着て歩いてるようなベルでさえ引きつった顔してるぞ。

 

「えっと、じゃあジブンはこのグラタンで⋯⋯ほら、ベルもちゃっちゃと決めちゃうッスよ」

「あ、うん⋯⋯そうだね! じゃあ僕もおんなじのにしようかな」

「え、何言ってるンスか。せっかくいい店来たんだからもっと高いモン頼むべきッスよ」

 

 俺?

 

 俺ァいいんだよ。胃袋ちっせぇし。

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 うめえ。美味いなコレ。

 

 熱々なソースの絡まるグラタンはしっかりと焦げ目がついていて香ばしい。そんでコレはニョッキだな。もっちりとした柔らかさと弾力を備えた団子にトマトのソースがしっかりと絡んでいる。

 

 ちょっとばかし濃い目の味付けもダンジョン帰りで疲れている体には丁度いい。

 

 やるなぁあの女主人。それと厨房のケモミミ美少女達。こんなに忙しそうな店を切り盛りしてるっつーのになんてワザマエ。頭下げて弟子入りしてェわ。

 

 うん、これは高いだけある。可愛い女の子の店員ばっかりだから、すわキャバクラかと身構えたけど、こんだけ美味けりゃそりゃ高いわ。

 

 でも騙し討ちでここにベルを連れてきたシルさんは許せねェ。カモる気満々だったろ。

 

「楽しんでいますか?」

「⋯⋯圧倒されてます」

「同じくッスね」

 

⋯⋯シルさん給仕やめてこっちに寄ってきた。イスに座り込んでお喋りムードだ。仕事が暇だからと女将さんの許可まで出てる。やめてくれよオイ。

 

 これはアレだな。酒とか取らせようってやつだな。間違いない。

 

 思いっきりジト目で警戒心を顕にした俺を置いて、普通に二人は話を始めた。

 

 なんでもシルさんは人間観察が趣味らしい。

 店内をきょろきょろと見回して目を細めている。

 

「沢山の人がいると、沢山の発見があって⋯⋯私、目を輝かせちゃうんです」

 

 いっちゃ悪いが下世話だ。

 

 目を輝かせているというか、カモを探して目を光らせてるの間違いなんじゃないか? 

 

 でもこうしてご飯の旨い店を知れたし、シルさんはなにかお金をせびるわけじゃない。ちょっと悪どいところあるけれど、超えちゃいけないラインをしっかり理解してる感じだ。

 

 うーん、でもやっぱり俺この人苦手だな。

 

 ベルは楽しげだからいいけどさ⋯⋯

 

 内心シルさんに対してもやもやとした感情を抱いていたら、急にベルがびくんっと飛び跳ねた。

 

「⋯⋯どうしたッスか?」

「い、いやなんでもないよ」

 

 なんでもないことないやろ。

 

 ベルの視線が吸い込まれている方をちらりと見れば店の入口付近だ。ついさっき結構な団体客が入ってきてたし、知り合いでも見つけたんだろうか。

 

 うーん俺の背丈じゃ見えないな。

 

 

『⋯⋯おい、オイって、見ろアレ』

『⋯⋯ンだよ、おお、えれえ上玉』

『バカ、エンブレムを見ろ』

『⋯⋯げっ【ロキ・ファミリア】』

 

 お冷や吹きかけた。

 

『あれが噂の【剣姫】』

『【勇者(ブレイバー)】と【九魔姫(ナインヘル)】もいるじゃねぇか』

『第一級冒険者勢揃いじゃん』

 

 あー、アレね。ヴァレンなにがしもいるんだ。

 

 ちょっと覗いてみていいかな。ヴァレンなにがしにはお礼してないからな。ベルを助けてくれてありがとうございまーすって言いたい。

 

 でも宴会っぽいところに顔突っ込んだら絶対反感買うよな。

 

 ベルは、うん、顔真っ赤だな。どうにもヴァレンなにがしに惚れ込んでるフシがあるから仕方ないか。

 

「うちはロキ様───えっと、【ロキ・ファミリア】の主人様に気に入られてまして、彼等はうちのお得意さんなんです」

 

 なるほどね。

 

 あの変態魔神もといセクハラ神様のことだから、ここの店員さん目当てなんじゃないかななんて思ったけど、流石に声には出さなかった。仮に聞かれたら殺されても仕方なさそうだし。

 

 ベルは、うわすごい目してるぞ。血走った目で俺の背後───たぶんヴァレンシュタイン氏がいるところをガン見してる。ちょ、ちょっとそんな盗み見してるのバレたら心象最悪だぞ。やめるんだ。

 

「⋯⋯ベル、ねぇベル、アレッス⋯⋯ちょっと抑え───」

 

「そうだアイズ! あれ聞かせてやれよお前!」

「あれ⋯⋯?」

 

 ベルを嗜めようとしたら男性のデカい声にかき消されてしまった。

 

「ほらあれだよ、ミノタウロス! 5階層まで逃げてきやがったあれをお前が始末したろ!? そんときにさ、ほら、いたじゃねぇかトマト野郎!」

 

 ぴしりと、俺とベルのテーブルの空気が死んだ。

 

「ミノタウロスって、17階層で返り討ちにしたら凄い勢いで逃げてったやつ?」

「そうそれそれ!」

 

 これって⋯⋯、たぶん()()ミノタウロスのことだよな。

 

 それでトマト野郎ってのは⋯⋯あァ、今トマトみたいに顔を真っ赤にしてるベルのことってか?

 

「それでよ、5階層まで泡食って追いかけたろ!? そしたらよ、いたんだよ、いかにもひよっこってかんじのひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!」

 

 ひょろくせぇガキ───俺のことか?

 

 そういえばこの声聞いたような気がするな。ヴァレンシュタイン氏にベルが助けられてるの見て、気が気じゃなかったからあんま覚えてないけど同じ声を聞いた気がする。

 

「笑い死ぬかと思ったぜ、兎みたいに逃げまわってよぉ! そんで壁まで追われてへたり込んで震えてんの!」

「ふむ、それでその冒険者はどうなったん? 助かったん?」

「アイズが助けてたぜ。間一髪ってところで細切れにしてさ⋯⋯ぷ、くくくっ、それでさ、そいつあのくっせー牛の血を頭から被ってよ⋯⋯真っ赤なトマトになっちまったんだ!」

 

 ゲラゲラと哄笑が店内に響く。他のメンバーの押し殺したような失笑と、店内の他の客までにやにやにやにや笑ってやがる。

 

「しかも、そんだけじゃねぇんだ! そいつよぉ、団員置き去りにして逃げてたんだよ! そっちのチビも死にかけてたところ助けられてたんだけどな、それも置いてどっか行っちまったんだ!」

「もう一人の冒険者というのは、あのパルゥムの?」

「そうそいつそいつ! ぶくくっ! うちのお姫様、自分の助けたガキに逃げられて、代わりに団長の助けたチビ背負って帰ってきたんだぜ」

「⋯⋯くっ」

「アハハハハハッ!そういうことやったんかアイズたん!そんなおもろいことなんで教えてくれんかったん?」

 

 あァこの声も知ってるな。あの女神様か。

 

 ベルは、うん顔を赤くしたり青くしたりしてるな。

 

 あとあの男余計なこと言いやがって。ベルにもヘスティア様にも死にかけたことは言ってないんだ。あくまで『精神疲弊(マインドダウン)』で倒れたところを保護されたとしか伝えてない。

 

 ポーション代の話もマインド・ポーションだと誤魔化してある。

 

 それを台無しにされかけた。

 

「しっかしよぉ、情けねぇよなああのガキ。泣き喚いて逃げるくらいなら最初っから冒険者なんかなるんじゃねぇっての。なぁアイズ」

「⋯⋯ベート、そろそろストップだ」

「いい加減に黙るんだ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。被害者である冒険者には謝罪することはあれ、嘲笑う権利などない」

「おーおー、団長様もエルフ様も、誇り高いこって。でもよぉ、あんな雑魚擁護してどうすんだ? 方や団員おいて逃げ出す腰抜け、かたや逃げることさえできねぇ雑魚。ゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめえアンタら。酒が不味くなるわ」

 

 うるせぇ、な。うるせぇ、うるせぇ。

 

 ベルは、酷い顔してやがる。

 

「アイズはどう思うよ? あんな震えて泣き喚いてるような情けねぇ野郎を。あんなザマで俺達と同じ冒険者名乗ってるんだぜ?」

「⋯⋯あの状況では、しょうがなかったと思います」

「何だよいい子ちゃんぶっちまってよ⋯⋯じゃあ、どうだ? 仮に俺とあのガキ、ツガイにすんならどっちがいい?」

「⋯⋯ベート、もしかして酔ってるの?」

「うっせぇ。ほら選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾振るんだ?」

「⋯⋯私は、そんなこと言うベートさんだけはゴメンです」

「無様だな」

 

 ベルは今にも、椅子を蹴飛ばしてどっか行っちまいそうだ。

 俺は、どうなんだ?

 俺はあの男の声を聞いて、今どうしようと思ってる?

 

「うるせぇババア! じゃあなんだ、お前はあのガキが好きだの愛してるだの抜かしたらよぉ、受け入れられるってのか?」

「⋯⋯っ」

「はんっ、んなわけねぇよなぁ。あんな弱くて情けねぇ雑魚野郎に、()()()()()()()()()なんてありはしねぇ。他ならないお前がそれを認めねえ。違うか?」

 

 心臓を、掴まれたような悪寒。

 雑魚には『隣に立つ資格』なんて存在しない。

 

 それは、それァ。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 ベルがガタンと立ち上がって走り出した。

 

 俺はそれを止めようと手を伸ばして、その腕は途中でひとりでに止まった。

 

 頭ン中でぐるぐると言葉が巡る。言葉と一緒に未分化の感情がぐるぐるぐるぐる回ってる。

 

『熟練度上昇トータル160オーバー』

『ベルは俺の5倍速で強くなってる』

『次は必ず僕が守る』

 

 悪意の欠片もない事実と気遣いが、俺のみみっちい心にグサグサと突き立っていく。

 

 青年の放った『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ』という単純明快な()()

 

 俺には、そっくりそのまま同じことが言えた。

 

『雑魚ではベル・クラネルには釣り合わない』

 

 俺は。

 

 俺ァ、雑魚だ。それも弱ェ上にベルを危険に晒した、最低の雑魚。

 

 そんでもって、現在進行系でベルに()()()()()()()()将来に見込みのない、救いようのない雑魚。

 

 それが意味するところ。

 

 ガキでも誰でもわかる簡単な話だ。

 

 情けねェ俺では、到底家族(ベル)に頼られる兄ちゃんなんかにァ、なれねェ。

 

 

 

 

 

 

「───スンマセン、会計を」

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 廃教会の隠し部屋に倒れ込むように入る。

 

⋯⋯誰もいねぇ。

 

 ベルは帰ってきてないし、神様はバイトの打ち上げだったか。寂しいなァ。

 

 なんか色々考えてたからどんな道通ったかさえちょっと怪しい。『豊穣の女主人』にはベルが戻ってきたら、俺がホームに帰ってると伝えてくれと言っといた。

 

⋯⋯思うに、だ。

 

 俺は勝手にベルを弟分として扱ってた。ベル自身がちょっと抜けてるところがあって、ほっとけない雰囲気があったからそういうつもりになってた。

 

 でもよォ、あいつそういう兄貴分がいるほど情けねェやつなのか?

 

 答えはノーだ。

 

 今日のステイタスの更新を見ただろ。何があったかはわかんねェけどアイツの成長が異常だってのは火を見るより明らかだ。

 

 アイツは強くなる。間違いなく。

 

 そんでこの先、俺が一緒にいたところであっという間に足手まといになる。

 

 必要なかったんだ。アイツに兄貴分()なんて。

 

 いや、違う。違うな。

 

 ()()()()()()、俺が兄貴(づら)してるのってよォ。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

「───ぁ、かみさまッスか。おかえり、なさいッス」

「あれニィ君だけかい? ベル君はどこいっちゃった────ニィ君、なにがあったんだ。ひどい顔をしてる」

 

 

 

 やりにくい、なァ。



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12話

※連続投稿
※不快な描写アリ


 精神的に脆い部分のある子だと、ヘスティアは初めてその子にあった時から理解していた。

 

 普通「家族が怪我したときにどこまで治せるかわからないと大変だから」なんて理由で、腕をナイフで裂いたりはしない。

 

 普通見知らぬ土地に突然放り出されてから、ものの一日で立ち直れるはずがない。

 

 どことなく異常な精神性の少女。過剰な献身を当然のものと思い違えた、自虐的と言っていいほどの頑張り屋。

 

 それがニィと名乗った少女。

 

 思えば、彼女の名乗りは最初からおかしなところがあった。

 

『───ジブンは、えーと、『ニィ』ッス⋯⋯、その記憶喪失みたいな感じッス』

 

 記憶喪失との談には嘘があった。そして『ニィ』という名乗りには嘘がなかった。

 

 おかしな話だ。

 

 彼女には『ミジタアキラ』という名前があると彼女自身が言っていた。だというのに『ニィ』こそが彼女の名で間違いはない。

 

 そして、こうも言っていた。

 

『ニィとは名乗ったんスけどね、ジブンの国じゃあコレ、『兄』を意味する言葉なんスよ』

 

 己を『兄』として定義している少女。

 

 それは、つまりどういうことなのか。

 

 

 

 それが意味するのは。

 

 

 

 

 ニィは、きっと『兄』としての自分以外を───

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 なんでもない、なんにもないと何度も嘘吐いて、ホームを飛び出した。

 

 なァにが『ベルを探してくるッス』だ。それさえ嘘じゃねェか。

 

 ベルがどこ行ったかわかんねェ。

 ベルが何考えてたかわかんねェ。

 

 家族だ家族だっつってた相手のことが、さっぱりわかんねェ。

 

 ンじゃあどっかに嘘がある。

 

 さっぱりわからんってのが嘘か、『家族』だってのが嘘か。

 

 

 

───あァそりゃもちろん、後者だ。家族だと思ってたなんて、嘘だったんだよ俺ァ

 

 

 

 だって、不安だった。

 

 生まれてから、死ぬまで俺ァずっと『兄ちゃん』だった。

 

 血は繋がってなくても弟と妹ァみんな俺を頼ってくれた。それが嬉しくて嬉しくてさ。

 

 そんでぽっくり逝ったから、そういうもん全部なくなっちまった。

 

 どこにもいねェんだよ、兄弟姉妹が。家族がいねェんだよ。

 

 ヘスティア様は、家族(ファミリア)になってくれと言ってくれた。

 

 でも、足りねェんだよ。

 

 だって俺は『兄ちゃん』だぞ。

 

 今はこんなちんちくりんで情けねェガキだけど、俺は『兄ちゃん』なんだ。

 

 

 

 俺は、『兄ちゃん』じゃねェ俺なんて────

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 日が昇るまで、ベルは見つからなかった。そもそも俺なんてァ探してなんかなかったろうが。

 

 あァアイツなら自力でなんとかするだろうななんて、そう思ってたろ。

 

 ふらふらとホームに戻った俺を迎えたのは、ボロボロで気絶してるベルと、健気に手当をするヘスティア様もだった。

 

 朝までソロ(ひとり)でダンジョンに潜ってたのか。

 

 あの3本傷、5層まででつくものじゃねェ。

 

 コイツ、6層に、1人で。

 

 

 

───俺なしで

 

 

 やっぱり、いらねェじゃん。兄ちゃん(庇護者)なんて。

 

 目の前の光景見りゃ分かるだろ。

 

 【ヘスティア・ファミリア】って『家族』は、この二人で完結してる。

 

 そこに、『兄ちゃん(不純物)』は、いらねェ。

 

 

 

 

「───ニィ君、待つんだ。座りたまえよ」

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 真っ青な顔をした小人族(パルゥム)の少女は、ぞっとするほど軽薄な笑みを貼り付けていた。

 

 何があったのかは聞き出せなかったけど、()()()()()ことは疑いようがない。

 

⋯⋯その何かがつい先程起きたようなものではなく、彼女がずっと背負い続けている()()であることも、ヘスティアは理解していた。

 

 もう、だめだ。

 

 これ以上先延ばしにすれば、この子が潰れる。

 

 自分から相談してくれるようになるまで待ってる時間なんて、もう欠片たりとも存在しない。

 

「ニィくん、もう一度言うよ。座ってくれるかな?」

「⋯⋯」

 

 ニィは何かを言いかけて、その拍子に崩れかけた表情に気を取られ、結局何も言わなかった。

 

 ヘスティアはそれに追求せず腰掛ける。無言で反対側の席を指し示された少女は、困ったように笑うと心底億劫そうに座り込んだ。

 

「何があったのか、話してくれないかい?」

 

 ぱくぱくと口を動かして、頬をかいて、そっぽを向いて。

 ニィはしばらくの間そうして、真っ直ぐに見つめてくるヘスティアの視線に、ついに降参とばかりに両手を挙げた。

 

「───ジブン、わかんないンス」

 

 ポツリと吐き出した一言。魂さえ抜けていくようなぐったりとした弱々しい響きだった。

 

「前言ったじゃないッスか。ジブンはジブンを『兄』と呼ばせて悦に浸ってるんだって」

「言っていたね、でも───」

 

 彼女の母国───本人の談によればこことは違う世界───において『ニィ』とは兄を示すのだという。

 

「でも、じゃないンスよ。ジブン、『兄ちゃん』しかわかんねェッス。『弟・妹』以外の家族がわかんねェッス。ヘスティア様が言ってくれた『家族(ファミリア)』ってやつ、ホントァ欠片もわかってないンス」

「そんな───」

「そんなことない、とか言わないでほしいッスよ。神様、ジブンのこと知らねェからそんな勝手なこと言えるんス⋯⋯ヤ、違うッスね⋯⋯ジブンがなんも言ってねェだけッスね⋯⋯」

 

 反論を認めない否定がピシャリとぶつけられ、黙るほかない。

 ニィは覚悟を決めたような───全てを諦めたような顔で、続けた。

 

「神様、あなたがジブンを家族(ファミリア)だと、あなた自身を主神(おや)だと言うのなら。ジブンは言っておかなきゃならないことがあるッス⋯⋯とっくの昔に言わなきゃなんなかったことが、あるッス⋯⋯」

 

 俯いて両手を広げる。まるで掌に染み付いて消えない汚れがあるかのように、開いた瞳孔で見詰めている。

 

「ニィくん⋯⋯」

 

 呼び声に律儀に応え、へらりと笑った少女の顔は、奇妙に引き攣っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ジブン、親を殺しました」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 日本において孤児院という名称の施設は廃れて久しい。

 

 それでも三下彰が暮らした施設は『孤児院』の名を冠していた。

 

 身寄りのない子供を引き取り育てるその施設は、富豪による援助を受けて活動しており、最年長にして最古参のアキラは5歳の頃からここで育てられていたことを覚えている。

 

 その孤児院にてアキラが初めて()()をしたのは8歳の誕生日から数週間経った頃だった。

 

 見知らぬ屋敷に連れてこられ、普段とは比較にならないほど丁重なもてなしを受けた。子供心ながらはしゃいだ覚えがあったものだ。

 

 食べたことのないような料理を食べて、見たことのない豪邸を探索した。泳げるほど広い風呂に入って、ふかふかの布団に寝かされた。

 

 そして、小太りの中年男性によって犯された。

 

 

 

 非合法の『孤児院』の正体は、好事家向けの少年少女を売る犯罪組織だった。レンタルで貸し出されては性的暴行を受ける日々はそこから始まった。

 

 見目麗しい子供を買い取り販売する事業は、権力と癒着した富豪によって秘匿され、莫大な利益を上げた。

 

 アキラ(一人目の商品)が大層な人気を得たことで、日に日に妹と弟が増えていった。

 

 弟たちは、嫌だ嫌だと夜な夜な泣くことも多かった。

 

 一番年長で、一番()()ていたアキラは、助けてくれ、どうにかしてくれとの言葉に応えた。応え続けた。

 

 ()()()の日からとっくに折れていた精神を『頼られている』という事実だけに寄りかかって継ぎ接いで、『頼れる兄』を演じた。

 

 生まれつき可愛らしい顔をしていたのが良かったのだ。男、女問わずアキラは一番人気となり、一番の稼ぎ頭となった。多少のワガママなら院の『先生』は認めるようになり、ワガママの全てを『家族』のために使った。

 

 それが狂ったのは、アキラの体調が急変してからだった。

 

 後天性免疫不全症候群の発症と、それに伴う日和見感染と多臓器障害。

 

 性交によって感染する性感染症の一つ。最悪の免疫疾患だった。

 

 用済みどころか疫病神と化けたアキラは、処分法が確定するまでは措置を保留とされた。

 

 稼ぎ頭のなくなった『家族』の負担は劇的に増加し、最年少のリサが耐えられなくなったことで完全に破綻した。

 

 まだリサは10歳になったばかりの子どもだった。

 

 「たすけて、にぃ」と、『兄』自身がなにより求めていた助けの声に、アキラは行動でもって応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リサが泣きついたその晩、孤児院から全ての『先生(おや)』が消えた。喉を刃物で裂かれての失血死だった。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

「───ニィ、くん」

「⋯⋯やめてくださいッス、その顔⋯⋯」

 

 話したくはなかった。

 

 そういう顔、汚物を見るような顔()()()()、憐憫に満ちた顔を向けてくる(ひと)だって分かってたから。

 

「⋯⋯やめてくださいッスよ、ホントに⋯⋯⋯」

 

 あァさ、こう言えば、さも悲劇的な境遇にいた子どもみたいに見えるだろうよ。

 

 俺だってそんな環境にいるやつ見りゃあ可愛そうだってまず思う。

 

 だけど、()()()()()

 

「ヘスティア様、ジブンが先生(おや)殺したとき、何思ったかわかるッスか?」

「⋯⋯」

 

 そうだヘスティア様。

 あなたはこう想像するだろう。

 

『殺人を犯すことを苦しく思ったのではないか』

『恨みを晴らせて清清したのではないか』

『義務感に従っていて何も考えていなかったのではないか』

 

 どれもそう簡単に踏み込めない発想だろうよ。だから答えられない。

 

 あなたは、優しい神様だから。

 

 

 

 

 

 

 

 多分、俺の思ったことは、あなたの想像より、万倍汚らわしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『これでやっと自分を頼ってくれる』ッス」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジブンが、ダメになってからアイツら全然頼ってくれないンスよ。代わりに先生に『兄ちゃん』を助けてくれってさ⋯⋯嫉妬したんスよ。頼られてる先生が妬ましくて妬ましくて。リサに頼られたとき歓喜したンス。やっと邪魔者を消せるって」

 

⋯⋯分かってる。異常だ。俺自身さえ気持ち悪いと感じる最悪の感性。

 

 俺は頼られなきゃ、俺でいられない。

 頼れる兄ちゃん以外の自分が分からない。

 

「⋯⋯ジブンは、多分もっと早くに先生を殺せたッス。『家族』が限界になるより、もっと前に、殺せてたはずなんス。は、ハハッ、それをしなかったのは、たぶん、『家族』が困れば困るぶんだけジブンを───」

「───やめるんだ」

 

 あァ、ヘスティア様。いつの間に、こんな近くに。

 

 肌に触れる熱と、雫の冷たさ。

 

 抱き締められてる。そんで女神様、泣いてる。

 

 

「やめるんだ、それ以上自分を傷付けるのは⋯⋯」

 

⋯⋯だから、嫌だったんだ。

 

 こんな異常者のために、きっとこの神様は泣いてくれるって。そういう下種な妄想があったから話したくなかった。

 

 いっそ軽蔑してくれればよかった。

 

 そういう人じゃないんだろうという確信があったから、話したくなかった。

 

 

 

 俺の自慰行為に女神様もベルも、使いたく、なかった。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 笑顔の仮面で泣いている。

 

 へらへらと、こんなことなんでもないんだと言いたげに、泣いている。

 

 頼られることしか知らない子ども。

 

 頼るということがわからない子ども。

 

 凄惨な虐待によって確立してしまった最悪の自己認識の産物。

 

 

 

「───ジブンは、ヘスティア様にも、ベルにも釣り合わないッス」

「そんなことない」

 

 

 ニィは、嘘を言っていない。

 

 

「───ジブンは二人の側にいるべき人間じゃないッス」

「そんなこと、ない!」

 

 

 ニィは、嘘を言っていない。

 

 

「───そう言ってもらえると、甘えてたから、ジブンは最低の人間なンスよ」

「キミ、はッッッッ!」

 

 

 ニィは、嘘を言っていなかった。

 

 己の価値を貶める発言を、心の底から信じ込んで話していた。

 

 

「キミは、いいんだ。いいんだよボクらと居て⋯⋯いいや、違う。お願いだからボクらと居てくれ。そんな今にもどこかに行ってしまいそうな顔、しないでくれ」

「⋯⋯」

 

 

 また小人族(パルゥム)の少女は、困ったように笑った。

 

 

 

「じゃあ、そうッスね⋯⋯一つ証明するッス」

「⋯⋯なにをだい?」

「お二人の隣りにいていいんだってことを、ジブンはまだ頼れる『兄ちゃん』であることを、ここに証明するッス」

 

 

 嘘だ。

 己の発言を他でもない自分で叶わないと思っている。

 

 

「ベルは、強くなるッス⋯⋯その時に隣りにいて恥じないジブンであれるように、証明するッス」

 

 

 嘘だ。

 隣にいて恥じない未来などないと彼女自身が確信している。

 

 

「証明するッス。今日、ここで、ジブンならベルに追いつけるって証明して、そしたら帰ってくるッス」

 

 

 嘘だ。

 帰ってこれるとニィ本人が思っていない。

 

 

「待て、待ってくれニィ君! どこに行くんだ!」

「───ダンジョンへ。ベルの辿り着いた6層へ、ジブンも行くッス」

 

 真実、だ。

 

 

 他でもないヘスティア自身によって神の恩恵(ファルナ)を与えられている少女は、他でもない自分の女神の手を優しく振りほどいた。

 

 

「じゃあ行ってくるッスよ、女神様。どうかご壮健で───」

 

 

 小人族(パルゥム)の迂遠な自殺を止められない。

 

 家族(ファミリア)が一人いなくなろうとしているのを止められない。

 

 主神(おや)一人では、止められない。

 

 

「───さようなら、ぼくの優しい女神様」

 

 

 扉の向こうに消えていく顔に、軽薄な笑みはなかった。



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13話

 

 

 人生の終わりをどう迎えたいかなんて、とっくの昔から決まっていた。

 

 

 

 たくさんの家族に囲まれて。

 

 色んな話をして。

 

 ちょっと泣いたり。

 

 たくさん笑って。

 

 

 

 そうして旅立ちかった。

 

 

 

 その夢は。

 

 

 その夢は───

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 一歩。

 地面を、踏みしめる。

 

 右腕の肩鎖関節、肩甲上腕関節、腕尺関節、橈骨手根関節が動員され、三回転半した棒の先端が風を切り、蛙型モンスターの単眼をぐしゃりと潰す。

 

 長い舌で中・遠距離攻撃を行う『フロッグ・シューター』は、指定方向への運動量を付与する『リパルス』の前に無力と言ってよかった。

 

 灰と化していく死骸から目を背ける。魔石をひろいあげてる余裕なんか俺にはない。もっと先へ。もっと奥へ。

 

 ベルの辿り着いた、6階層へ。

 

 早朝と言うには早すぎるダンジョンは薄ら寒く、生き物の気配が希薄だ。身を軽くするために最低限の防具しかしない俺には、少しこの肌寒さが堪える。

 

 怖気のするような寒さから逃げ出したくて、俺は足を止めることなく迷宮内を走り続けた。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 幅の細い薄緑の回廊。複雑に入り組んだ通路に湧くモンスターは、これまでの雑魚より一段と強い。

 

 結局の所、力のない俺に出来ることなんて限られてるわけで、懸命にモンスターの倒し方を考えなくては呆気なく死んでいただろう。

 

 棒を振るう。

 

 目を打った。甲状軟骨を砕いた。こめかみを打擲し、顎先を打ち抜く。

 

 倒しきれないモンスターの方が多い。

 

 魔法で体勢を崩し急所を狙う。狙っても狙ってもモンスターは痛そうに立ち上がるばかりで、いつまでたっても灰にならない。

 

 死ぬ気で何度も打ち据えてようやく殺し終え、そんなことばかりしていたから両手が血豆だらけになった。

 

 ズクズクと疼く両手を放置。この程度のものを治すのに魔法なんか使ってられない。『リパルス』の使いすぎで既にマインドが枯渇してきている。

 

 この辺で帰還しないと死ぬだろうな。

 

 いや既に帰れるのか怪しい。

 

 来た道を帰すとて、体感2割も残っていないマインドと四肢の疲弊を鑑みればダンジョンの外に辿り着く前にくたばるだろう。

 

 死ぬ。死ぬ、か。

 

 いいじゃん別に。

 

 アイツらだって頑張りすぎだから休めって言ってたんだぜ?

 

 じゃあ、もういいじゃん。休んじまおう。

 

 ダンジョンの中だというのに、背中を壁に預けて座り込む。

 殺風景な広間だ。正方形を象る空間には視界を遮るものなど何もなく、これまで通ってきた通路以外の出入り口がない袋小路。

 

「───行き止まりッスね」

 

 なにもかも行き止まりだ。

 ここで座ってたらどうなるんだろう。

 

 その内モンスターの群れでも入ってきてラストバトルか。この密閉空間で囲まれたら、どう頑張っても死ぬだろうな。

 

 ビキリ、と。

 

 何かが割れる音。

 

 ビキリ、ビキリ、と。

 

 広間に得たいのしれない音が響き出す。

 

「───運が、いいんだか悪いんだかッスね」

 

 モンスターはダンジョン内で生まれるのだという。

 

 生まれるというのは言葉の通りで、迷宮の壁を内から破り()()()くるのだ。

 

 今、まさに、目の前で起きているように。

 

 

 ビシリと一際大きな音を立てて、迷宮の壁から()()()()()。大型のナイフをそのまま指と置き換えたような異形の手。それが壁を掴み、殻を破る雛のように壁面にヒビを入れて這い出してくる。

 

 体高160センチほどだろうか。見上げるような背丈で二足で立つヒト型のモンスター。6階層に出現する『ウォーシャドウ』で間違いない。

 

 これが噂に聞く『新米殺し』

 駆け出し冒険者のステイタスでは通用しないと聞かされていた化け物。

 

 そして、ベルが倒したであろうモンスター。

 

 勝てないだろう。たぶん。

 体格が違う。膂力が違う。

 

 なにより俺には()()()がない。だから、勝てない。

 

「───やるッスよ」

 

 死ぬだろうな。勝てないだろうな。

 

 でもさ、もし、このモンスターに勝てたなら。

 

 俺はベルの隣にいられる『頼れる兄ちゃん』になれるかな?

 

 

 

 

 

⋯⋯証明、しよう。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 這い寄るような低姿勢からウォーシャドウは両腕を振るう。異常に発達したその腕の先端には、ナイフめいた三本指。

 

 ギンッと空を横薙ぎに払う一撃に、先んじて肘関節を棒で押し込むことで対応した。出鼻を挫かれたことで速度の死んだ攻撃が、ギリギリのところで頭を掠めて逸れていく。

 

 恐るべき速度と威力。まともにやりあえば防御の上から八つ裂きにされる。

 

「『リパルス』」

 

 ウォーシャドウが踏み出す足の着地点に速効防御魔法。体勢が崩れてつんのめりながら、すくい上げるように爪が振るわれる。俺は指の隙間に棒を叩きつけ、その反動で飛び退くことでどうにか回避した。

 

「──はぁっ、はあっ⋯⋯」

 

 攻撃される前に妨害する。

 

 攻撃されたら凌いで距離を取る。

 

 こと防御という点において、俺の棒術と魔法は極めて有効だ。

 

 そして、それ以上ではない。

 

 ウォーシャドウの攻撃を防御して、その勢いのまま何度も胴体を、関節を打ち据えた。しかし効いた様子がない。

 

『⋯⋯』

「───は、あっ⋯⋯ベルは、こんなのを⋯⋯」

 

 強い。

 速く、重く、硬い。だから強い。

 

 凌ぐだけではだめだ。耐えるだけではだめだ。

 

 無言で連撃を加えてくる黒いモンスターを、危ういところでいなし続ける。疲労によって防御から精細さが欠けていき、()()()()()()()棒と黒い指が火花を散らす。

 

 打ち合っている時点でダメだ。棒術の防御の基本は、攻撃の起点を潰すことで速度を殺すこと。次点で受けた攻撃を回転に転化することで次なる防御とすること。

 

 打ち合うということは前者をする余裕をなくし、無駄な動きが増えているということで───

 

「⋯⋯しまっ」

『⋯⋯』

 

 アッパーカットのようなその攻撃を、完全にいなせなかった。強引に割り込ませた棒の上から強く叩き上げられ、体が完全に宙に浮く。

 

 腹部に強い衝撃。

 

 肺から空気が漏れ、蹴り飛ばされたのだと気付いた。血混じりの唾液が飛んで背中から壁に激突する。

 

 ビキリ、と。

 

「───か、ほッ⋯⋯えほッ⋯⋯」

 

 ビキリ、ビキリ、と。

 

 体が痛む。頭が痛む。枯渇しかけたマインドと痛みでアタマが朦朧としてる。

 

 握り締めたままの棒の感触だけがイヤに鮮明だ。

 

 ビキリ、ビキリ、ビキリ、と音がしている。

 

 その音は背中をぶつけた背後の壁から、聞こえている。

 

「───は、ハハッ⋯⋯知ってたッス⋯⋯やっぱ、ジブンじゃ──」

 

 ダンジョンの壁を砕いて、()()()()()()()。黒いナイフめいた三本指。鈍い黒色の手が殻を破る雛のように壁を砕き───

 

 

 

 そうして現れた二体目のウォーシャドウに殴られた俺は、そのまま意識ごとふっ飛ばされた。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「───ニィ君⋯⋯」

 

 小人族(パルゥム)の少女がホームを飛び出してから数時間後、ヘスティアはベッドで眠るヒューマンの少年の手を取っていた。

 

『⋯⋯僕、強くなりたいです』

 

 昨晩一人でダンジョンに潜り、ボロボロになって帰ってきたベルはそう言っていた。なにが彼にそう言わせたのか、ヘスティアにはわかるような気がした。

 

 彼に発現したスキル【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】は、憧れによって成長を早めるというニィの持つそれに近しいスキルだ。

 

 ベルの憧れが誰を指しているのかなど、今更語るべくもない話である。

 

 しかし、きっと()()だけではないのだ。

 

 

 

 5層であったという事件。中層にいるはずのミノタウロスによって襲われた時。

 

 ベルが彼の隣で粉骨砕身するもう一人の家族(ファミリア)を、ニィを置いて逃げてしまったことを誰よりも後悔していたのは知っている。次こそ守ると宣言したのを知っている。

 

 ならば、彼のこの無茶苦茶なダンジョン探索は。

 強くなりたいと願った理由は───

 

 

 

「───ベルくん、君が今ボロボロなのは分かってる。疲れ切って倒れてしまったってことは分かってるんだ」

 

 極度の疲労による気絶だ。

 丸一日は死んだように寝続けるだろう。それでも、ヘスティアは彼の手を取って呟く。

 

「でも、ダメなんだ。ボクだけでは⋯⋯守られるばっかりの(ボク)の言葉では届かないんだ」

 

 少年は、目を覚まさない。

 

「⋯⋯ニィくんには、ボクだけじゃ⋯⋯⋯届かないんだ」

 

 少年は、目を覚まさない。

 

「あの子は今ダンジョンに行ってる。ベルくんに追いつかなきゃって、それができないくらいなら死ぬつもりで、ダンジョンに行ってるんだ⋯⋯」

 

 少年は、目を覚まさない。

 

「───ベルくん、お願いだ。あの子を、ニィ君を助けてくれ。他でもない『家族(ファミリア)』として⋯⋯」

 

 

 

 少年は───

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 走馬灯ってやつの話は聞いたことがある。

 死を間際にした脳が異常活性して過去の記憶を漁り、打開策を探ろうとするんだとか。

 

 思い出すのは前世の家族達。

 

 アイツらは、アイツらだけでやってけるだろう。ミジタアキラなんて異常者は、あそこにはもう必要ない。

 

 思い出すのは俺を『家族』と呼んでくれた二人。

 

 優しくて温かい女神様と、まっすぐでこれから強くなる少年。

 

 二人は、二人だけで完結している。『兄ちゃん』なんて不純物は、あそこには最初から必要ない。

 

「───え、ほっ⋯けほ、けほ⋯⋯」

『⋯⋯』

 

 再三壁に叩きつけられた体は言うことを聞かない。この期に及んでなお掴んだままの棒も持ち上げるだけの気力が無い。

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 これが証明だ。

 

 ミジタアキラでは───ニィでは、ベル・クラネルに追いつけない。

 

 追いつけないよォな雑魚は、アイツの『家族(となり)』に相応しくない。

 

 

 

 ウォーシャドウの一体が近付いてきて腕を振り上げる。そのまんまコイツの膂力で叩きつけられれば、三枚おろしのパルゥムが出来上がりだ。

 

 呆気なかったな。

 

 後悔は死ぬほどある。やりたかったことはたくさんあった。

 

 女神様にご飯食べさせてやりたかったな。

 キッチンも新調してさ、ジャガ丸くん以外の料理も振る舞うんだ。俺ァ料理には自信があるから、きっと女神様の舌に合うメシを作ってやれる。

 

 ベルには恋愛指南とかしてやりたかったな。

 あんなに女性への免疫ないようじゃこの先思いやられる。いやどうかな、案外アイツ素面でカッコいいからなんとかなるか。

 

 あァそうだ最後に見たヘスティア、ひどい顔してたな。あんな顔させたくなかった。

 

 ベルにも挨拶言わずじまいか。サイテーだな、俺ァ。

 

 

 

 悪いこといっぱいしてきたし、ファミリアの二人には迷惑かけてばっかりだ。

 

 俺が死んだらたぶん、悲しんでくれるんだろうな。

 

 

 ゴメンな。

 兄ちゃん、そうであったら嬉しいなんて思っちまうんだ。

 

 

 冥土の土産にアンタらの優しさ持ってこうって、最悪の魂胆だけど、どうか、許してほしい。アンタらなら許してくれるって甘えさせてほしい。

 

 目を瞑って振り下ろされる刃を受け入れる。

 

 迫りくる死の気配に身を委ね、ほうと息を吐く。

 

 なにもかも放り出して楽になりたいって浅ましい発想を、律儀に叶えてくれるモンスターの指。

 

 それが頭から爪先までを引き裂く───

 

 

 

 

 

 ()()()()

 

 

 

───足音。金属同士が打ち合う、鋼の音と火花が散った。

 

 

 

「───よかった、間に合った」

 

 

 

 ついこの間まで頼りなかったはずの背中。たった数日で見違えた背中が、そこにあった。



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14話

2話連続投稿です


 

 

 黒刃を振るうモンスターの前で項垂れる少女の顔は、断頭台の上で沙汰を待つ罪人のようだった。

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 泥に身を浸すような破滅的に甘い微睡みの中で、神様からの『お願い』を聞いたような気がした。呼び声に応えなくてはならないと。そう思った。

 

 目を覚ましたところでヘスティア様から、ニィが6階層を目指して一人でダンジョンに潜ったと知らされた。

 

 そして神様から告げられた、ニィという少女の過去。

 

 かつて体を売っていたこと。

 

 育ての親を殺したこと。

 

 不甲斐ない自分では【ファミリア】にいる資格がないと話したこと。

 

 全部聞いた。

 

 全てを聞き届けた上で、ベル・クラネルという少年は───

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 ダンジョンの6階層。

 袋小路の広間に、あってはならない人の背。いてはならない誰かの背。

 

 ベル・クラネルがモンスターの凶刃をナイフで受け止め、突き飛ばしていた。

 

「⋯⋯な、んでッスか⋯⋯」

 

 ボロボロだ。

 

 ポーションでは即座に完治できないほどの重症を負っていたはず。丸一日しっかり寝て、そうしたら起き上がれるのではないかという疲労の度合いだったはずだ。

 

 無茶な行進をしてきたのだろう。防具は薄汚れて塞がりかけていた傷が開き血が滲んでいる。

 

「⋯⋯なんで、ここに⋯⋯」

 

 馬鹿な事を聞いた。

 

 そりゃあもちろん俺の為だ。

 

 性根が善良極まる少年が、団員の迂遠な自殺を止めないはずがない。ましてや『次は必ず守る』とまでいった男だ。来ないはずがない。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ホームで気を失っているベルを回復しなかったのはそういう理由。

 

 俺を止めに来れないように。

 

 俺が『もしかしたらベルなら助けに来てくれるかもしれない』なんて、甘えたこと考えられないように。

 

 退路を断つつもりで回復魔法を使わないって選択を取ったんだ。

 

 だから、来れるはずが、ない。

 

 

「な⋯⋯ば、バカ⋯⋯、ベル、血が、傷が開いてるッス⋯⋯治さ、なくちゃ⋯⋯」

 

 

 現に、ベルの背はふらついている。足元が覚束なく、意識状態が悪い。誰がどう見ても満身創痍だ。

 

 彼はふらつく足を踏ん張って、俺の前に割って入った。

 

 

「───ニィ、聞いて」

「な、なンスか⋯⋯」

 

 

 優しくて、それでいて決断的な、有無を言わせぬ言葉。

 

 脳内を乱舞するカテゴライズ不可能な感情群を差し置いて、俺は聞き返した。聞き返してしまった。

 

 

「ニィのこと。全部、神様から聞いたんだ」

「⋯⋯そンで、け、軽蔑したッスか。とんだキチガイだって⋯⋯」

「───ちがうよ」

 

 

 予防線を引くようなみっともない自虐に───俺が、心のどこかで欲しがってた───否が返ってくる。

 

 ホッとした(おどろいた)

 ベルなら許してくれるんじゃないか(こんなクソ野郎軽蔑して当然だ)、と思ってたから。

 

 

「ごめん、悩んでるってことに気付いてあげられなくて」

 

 

 

 ────、やめて、くれよ。

 

 

 決めたはずだろ。分かったはずだろ。

 

 

 こんないいやつの隣に、俺がいていいはずないって。

 

 なに救われた気になってやがる。

 なに救われていい気になってやがる。

 

 コイツらの善意に寄生して、いいはずが、ないだろう。

 

 

 

「⋯⋯帰れ、帰って、くださいッス⋯⋯」

「そうだね、一緒に帰ろう。神様が心配してる」

「う、うるせぇッス! なに、なんでジブンを、連れてくつもりなんスか!⋯⋯キズ⋯⋯傷だらけじゃ、ないッスか⋯⋯」

「⋯⋯たしかに、ちょっと、キツイ───かもッ!!」

 

 

 ()()()()()

 ()()()()()

 ()()()()()()()

 

 

 ベルの傷は深い。動きは精細を欠いている。

 

 治すか。なけなしのマインド全部かき集めれば、多少の傷は塞げるはずだ。

 

 それで、その後は?

 

 俺の負傷も大概まずい。頭から血が流れて止まらないし、左腕は肩のあたりから動かない。その状態でマインドを限界まで費やしたら、間違いなく気を失う。

 

 そうしたら、ベル・クラネルはどうする?

 

 団員追っかけてボロボロのまま6階層に来ちまうような男は、どうする?

 

 

 決まってる。

 

 気絶した団員を『今度こそは助けよう』と奮起して、死ぬ。

 

 

「なに、やってるンスか⋯⋯、逃げて、逃げてくださいッス⋯⋯」

「そう、だよッ!! だから、立って───!」

 

 俺のせいで、俺を守ろうとしてベルが死ぬぞ。

 俺はなにしてる。

 立てよ、早く。

 

 立たねェと。

 

 立たねェと、いけないのに。

 

 俺は、頼れる『兄ちゃん』なんかじゃ、なかったから。

 

 

「ごめん、なさい⋯⋯ジブンの、ジブンのせいで⋯⋯ごめん、なさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯もう、ジブン、立てないッス⋯⋯」

「───そっか⋯⋯」

 

 

 折れてた心を、拠り所を失った自我をどう立て直せばいいのか知らない。

 

 折れず、凹まない頼れる『兄ちゃん』でいられなくなった俺は、もう俺じゃない。

 

 浅ましくて、情けない、ただの未熟者(ガキ)

 

 

「それなら、僕が、守るよ」

「⋯⋯」

 

 

 ───あァ、やめてくれ。やめてくれよ。

 

 俺が、家族一人守れないクソ野郎なんだと、再認させないでくれ。

 

 もう、俺は、いやだよ⋯⋯

 

 助けられたくない(助けてほしい)

 助けられない(助けてやりたい)

 

 なにもかも中途半端な、情けない野郎だと───

 

 

「うん、()()()()()()()───」

 

 

 ───やめて

 

 ───もう認めたく、ない

 

 

「───だから、()()()()()ほしい」

 

 

 

 

 ─────え?

 

 

 

「正直、結構ヤバい⋯⋯、ちょっとふらふらしてて、キツイ、かもしれない⋯⋯」

 

 

 モンスター2体の猛攻を防ぎながら、背中越しにベルが言っている。

 

 俯いていた顔が、いつの間にか前を。

 

 

「それに、今に限った、話じゃなくて──ッ!⋯⋯僕は、馬鹿だから、隣に誰かいてくれないと、いつか大失敗しそうで、怖いんだ」

 

 

 右腕は、まだ動く。

 

 棒を握りしめた手に力が籠もっている。

 

 それを支えに体を起こす。

 

 

 ───なんでだよ

 

 

 なんで、そんな、俺が欲しかった言葉を、言っちまうんだよ。

 

 オイ、頼られてるぞお前。

 

 頼ってくれてるんだぞ。

 

 ()()()()

 

 

「───だから、助けてほしい。『家族(ファミリア)』として」

 

 

 ───、あァ、立つよ。立てるよ、それなら。

 

 

 

 頼れる兄ちゃんじゃねェ。

 

 情けなくって、浅ましくって、救いようのないガキだけど。

 

 ()()()()()()

 

 俺が、必要だと、言ってくれたんだ。

 

 

 なら、立てなきゃウソだろ。

 

 

「───ベルは、馬鹿ッス⋯⋯」

「あはは⋯⋯そうだね」

「ベルは、お人好しが過ぎるッス⋯⋯」

「そう、かな⋯⋯?」

 

 

 震える膝に力を入れた。

 底をつきそうなマインドを奮い立たせ、精神を集中する。

 

 

「でも、ベルは、ジブンがいなくっても立派にやってけるッスよ⋯⋯?」

「うーん、それは、どうかな⋯⋯?僕はそんなことないと思うけど──」

 

 

 振り返ることのない少年の顔が、ほころぶように笑ったのがなんとなく、わかった。

 

 

「──もしそうだったとしても、僕はニィと一緒にいたい」

「─────、」

 

 

 ホントに、この人は。

 

 主神(おや)主神(おや)なら子も子だ。

 誘い文句が、魅力的すぎるんだ。

 

 ほんっとに、この人たちは───

 

 

「───わかったッス、はい、ハイハイわかりましたッスよ⋯⋯」

 

 

 あァ、なんでだろ。

 さっきまで落ち込んでたのに。死にたいとさえ思ってたのに。

 

 そんで、現在進行系でとんでもないピンチだってのに。

 

 ニヤケが止まんねェよ。

 

 嬉しい、嬉しいなァ。

 

 嬉しくて嬉しくて、手放したくないなんて、思っちまった。

 

 

「ベル、今から援護を───ベルを、助けるッス⋯⋯」

「⋯⋯うん!」

 

 

 どの口で『助ける』だなんて、そう思ってくれていいのに、コイツ笑ってやがる。心底嬉しそうに、楽しそうに笑ってやがる。

 

 

「───だから、ベル、お願いッス⋯⋯ジブンを、たすけてください⋯⋯」

 

「⋯⋯うんッ!!任せて!!!」

 

 

 俺も、釣られて笑っちまうじゃないか。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 倒れかけて、死にかけて、ほうほうの体でホームに帰りついた。

 

 ドロップ品なんか拾ってる暇なかった。

 

 防具は壊して、服もボロボロ。稼ぎはパァだ。

 

 そんな俺達を迎え入れたヘスティア様は、最初ひどく怒って、そしてギュッと両手で抱き締めてくれた。

 

 

 

「───神様」

「どうしたんだい?」

「ジブン⋯⋯やっぱわかんないッス」

 

 ベルと二人でおんなじベッドに放り込まれて休みなさいと叱られた。限界超えて奮闘したベルは死んじまったのかと焦るくらい、すぐに眠りについて今は規則正しい寝息を立てている。

 

 女神様は俺の手を取って、ひどく優しい顔をしてた。

 

「結局、ジブンは頼られないとジブンじゃいられないッス⋯⋯神様が言ってくれたような『互いに助け合う家族』を、理解できてるわけじゃ、ないンス⋯⋯」

「───そうかい」

「ベルに、助けてほしいって言ったのも、形だけなぞったハリボテの関係でしか、ないかもしれないッス」

「⋯⋯そうかい」

 

 

 俺は、『兄ちゃん』じゃない俺が分からない。

 

 生まれてから死ぬまでそうで、死んでからも変われてないと思う。

 

 そして、それは一般から逸脱した異常な感性であるってことも、ヘスティア様とベルが望んでいる関係性とは異なるってことも分かってる。

 

 でも変われない。

 

 今更、『頼れる兄ちゃん』であろうとする自分を変えられない。

 

 だからやっぱり俺の『頼るふり』ってのは、形だけの偽物に過ぎない。

 

 二人の優しさに甘えておきながら、二人の望みに応えられていない。

 

「───けど、うれし、かったンス⋯⋯ベルに『守ってほしい』って言われて、涙が出るほど、ジブンは、ジブンは⋯⋯」 

「───そう、かい」

 

 ポロポロと、眦から溢れた雫がこめかみにが伝う。

 

「手放したくないって、思っちまったンス⋯⋯」

 

 

 子どものワガママより質が悪い。

 

 二人の隣に立つ資格なんかないのに、浅ましくもそこに居座ろうとしている。

 二人の善意につけ込んでいるというのに、善意に正しい意味で応えることができない。

 

 そのくせ、手放したくないときた。

 

 浅ましい、情けない居候。

 恥知らずの居直り強盗もかくやの所業。

 

 

「かみさま⋯⋯かみさま、ジブン、ジブンがこんなひどいヤツだなんて、思ってなかったッス⋯⋯もっと、ジブンの尻拭いくらい、できるって⋯⋯もっと、潔い野郎だと、思ってたンス⋯⋯」

「⋯⋯そうか」

 

 

 ぽんと頭に手が乗せられて、涙が余計止まらなくって。

 

 ボロボロ溢れる水をどうにか止めようと、顔中ぐしゃぐしゃにして拭う。

 

 止まらない。

 

 

「⋯⋯かみ、さま⋯⋯ジブンは、ジブンはッ⋯⋯」

 

「いいんだ、ニィ君。キミはそのままでいい」

 

 

 泣いている子どもにかけるような、優しい声。

 主神(おや)として子どもにかける、噛みしめるような優しい声。

 

 

「分からないんだよね。『家族(ファミリア)』ってやつが」

「⋯⋯ぐ、ずっ⋯⋯はい⋯⋯」

「分からないから、こわいんだよね。ここ(ウチ)にいることが」

「⋯⋯は、いっ⋯⋯」

 

 

 ヘスティア様は、子どもを安心させようと、精一杯に柔らかい笑顔で。

 

 

「───じゃあ、ボクらが教えてあげるよ」

「⋯⋯っ⋯」

「分からないこと、怖いこと、一緒に考えるからさ」

 

 

 そんな、そんな言い方。

 

 ずるい。

 

 ずるいよ。

 

 

「変わらなくっていい。変えれなくっていい。それでもキミが一緒にいれば、きっと毎日楽しくなるさ」

 

「そしてボクとベル君も助けてくれよ。ボクは見ての通りダメダメな女神でさ、ベル君もちょっと目を離したらすぐに変な女の子に引っかかるような子だ」

 

「だから、情けないボク達を助けてくれる子がいないと困ってしまうよ───ずっとウチで、一緒に助け合ってほしい」

 

 

 助けることしか分からなかった。

 助けられることが分からなかった。

 

 だから、()()()ような力のない自分を認められなかった。

だから、()()()()()時にどうすればいいのか理解できなかった。

 

 一度はそれで拗れた関係を。

 

 でも、それでいいって。

 分からないなら、一緒に考えてくれるって。

 怖いなら、一緒に悩んでくれるって。

 

 やだ。

 

 やだよ。

 

 手放せない。手放したくないよ。

 

 もう、こんな温かさ知っちゃったら、戻れないよ。

 

 

「───ずるいッス⋯⋯、卑怯ッスよ⋯⋯、ふたりともよってたかって、ジブンに好きなこと言って⋯⋯」

「ず、ずるいかな⋯⋯?」

「ずるいッス⋯⋯、あんまりにも、お二人がずるいから⋯⋯⋯惚れちゃったじゃ、ないッスか⋯⋯」

 

「───そう、かい」

 

 

 頭を撫でる手が、心地いい。

 こうやってされるがままになってたのって、入院してからしかなかったな。

 

 そっか、アイツらも、今のヘスティア様とおんなじこと思ってたのかな。

 

 

 ゴメンな、兄ちゃん鈍くって、気付いてあげられなかったよ。

 

 そんな、鈍くて、お馬鹿な『兄ちゃん』の、ミジタアキラはあの日死んじまった。病気拗らせて、家族に心配かけて、くたばった。

 

 

 ここにいるのは『ニィ』だ。

 

 

 『頼れる兄ちゃん』の真似事に必死で、薄らニブイ大馬鹿者で、そんでヘスティア様とベルの『家族(ファミリア)』でいたいと、心の底から二人に惚れこんだチビの小人族(パルゥム)

 

 

「そっか⋯⋯そっかぁ⋯⋯」

「⋯⋯そう、ッスよ⋯⋯」

 

 

 ぽんぽんと撫でる手があたたかくて、いつの間にか涙も引っ込んだ。

 

 体が疲れすぎてて、瞼が勝手に垂れてくる。

 

 

「それは、良かったよ。本当に、よかった」

「⋯⋯なにが、よかったッスか⋯⋯人たらしの、神様め⋯⋯」

 

 

 眠たい。

 

 眠たいなァ。

 

 こんなに、眠るのが怖くないと思えたのは、久しぶりだ。

 

 あァぬくもりが近い。あたたかさに身を委ねていつまでも眠りたい。

 

 

 ふわふわと、ばらぱらに、千切れていく意識を最後にかき集めて、俺は、最後になにかを言った。

 

 

「⋯⋯ジブンを⋯⋯こんなめちゃくちゃに、して⋯⋯せきにん、とって⋯⋯くだ、さい⋯⋯ッス⋯⋯」

「───そっか⋯⋯おやすみ、ニィくん」

「⋯⋯お、や⋯⋯────すぅ⋯⋯」

 

 

 

 

 



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15話

 目が覚めたのは翌日の朝で、どうにも俺はベルにしがみついて寝ていたらしく、同じタイミングで起きたベルが奇声を発してベッドから転げ落ちた。

 

 どことなく居た堪れない空気の中、ご飯食べたり身だしなみ整えたりしてステイタスを更新するに至る。

 

 

 

 ベルのステイタスが400以上伸びたと聞いて俺はソファから転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

ニィ

 

 

Lv1

 

 

 

力:I8 → I26

 

耐久:I39 → I69

 

器用:I99 → H199

 

敏捷:I14 → I66

 

魔力:I94 → G201

 

 

《魔法》

【ベネディクション】

・詠唱『清廉なる天秤は命を量る。燃え尽きる礼賛。祈りの色は白。熾火の下に灰積もる。癒やせ』

 

【リパルス】

・速効防御魔法

 

スキル

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

大黒柱

・家族への支援能力向上

・柱状武器による防御に補正

 

吝嗇家

・魔法に消費する精神力を軽減し効果弱体

・魔法の詠唱を省略し効果弱体

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 俺も300くらい伸びててひっくり返った。

 

 

「え、ちょっ⋯⋯な、なんスかこれ⋯⋯!?⋯⋯神様、算数できなくなったッスか!?」

「⋯⋯いくらなんでもそれはひどいよ、ニィ君」

 

 ジトッとした目つきのヘスティア様に叱られた。悪いことした。

 

 いやでもおかしいだろ。ヘスティア様が前教えてくれた分には、熟練度とやらが10以上上がるようなことは最初だけで、すぐに頭打ちに陥るんだとか。

 

 そのはずが普通に数十単位、魔力に至っては3桁伸びている。

 

 こうもいっぺんに成長するなど普通は考えられない、と思うのだが⋯⋯

 

 チラッとベルの方を見る。

 

 神様に成長期なんじゃないって適当な誤魔化しかたされて、その上で無茶をしないように釘を差されたからか、どこか吹っ切れたような精悍な顔をしている。

 

 転げ落ちた床から身を起こして、紙に目を戻す。

 

 

スキル

一屋根下(ファミリア)

・早熟する

・愛を捧げ続ける限り効果持続

・愛の丈により効果向上

・改宗により効果消失

 

 

 ⋯⋯怪しい。怪しいなこれ。()()()()ってわざわざ書かれたスキルと、この半端じゃない急成長は絶対関係がある。

 

 そして、成長どころか()()としか言いようのないステイタスの伸びをしたベルも、似たようなスキルを持っているのではないか⋯⋯

 

 神様なにか知らないかな。

 

「神様⋯⋯」

「⋯⋯ちょっと待っててくれよニィ君⋯⋯、おぅいベル君! もう一回ニィ君のステイタス見るから、一旦上に待避してもらっていいかい?」

「分かりました神様!」

 

 適当な口実でベル君を逃したあたり、やっぱり彼には告げてないなにかがありそうだ。

 

「⋯⋯神様、その、やっぱりベルにもあるンスか⋯⋯?⋯⋯『早熟する』ってスキルが」

「うん、実はそうなんだ。キミの【一屋根下(ファミリア)】と似たようなものでね、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】って言うんだ」

「【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】⋯⋯」

 

 なんでも想い人に心を寄せる限り成長に補正がかかるってスキルらしい。

 

 あーわかったぞ。想い人ってヴァレンなにがしのことだな。彼女への憧れがベルを強くしたと。

 

「⋯⋯正直、このスキルを公にするのはよくないと思うんだ。娯楽に飢えてる神々にこんな強力な『レアスキル』がバレたらちょっかいをかけられるに決まってる」

「そんな(ひと)いるんスか⋯⋯」

「むしろそういうおバカの方が多いくらいだよ⋯⋯とにかく、こんなスキルのことをベル君に伝えるわけにはいかない。あの子は嘘が下手だからね───いやニィ君が上手いって意味じゃないよ?」

「あァ⋯⋯イエ、わかるッスよ⋯⋯ベル、真面目っていうかバカ正直ッスから⋯⋯」

 

 なるほどね。

 言いたいことは完璧に理解した。

 

「アレッスね、ベルに変な虫がつかないようにちゃんと見張っててほしいってことッスよね」

「ま、まぁ、そんなところだね。それと、キミ自身もちゃんと気を付けるんだよ。君の【一屋根下(ファミリア)】もベル君のと同じで『レアスキル』だ。ベル君のと同じくらい強力なものだとは思ってなかったけど、どうやら()()を発揮したみたいだからね」

 

 真価?

 

 真価ってなんだっけと思いながらスキルの文面を思い返す。えーっと、たしか『愛を捧げ続ける限り効果持続』『愛の丈により効果向上』

 

⋯⋯こ、これってアレだよな。家族()ってやつ。

 

「ボクたちのことを『家族』だって、心の底から思ってくれたんだろう?」

「───や、やめてくださいッス⋯⋯」

 

 ば、バレバレじゃないか。

 

 愛を捧げるとか、愛の丈とか全部書かれてるせいでなにもかも筒抜けだ。プライバシーの侵害だ。

 

 ぼっと火が付きそうなほど顔が赤くなって、ヘスティア様はにやにやと悪い笑顔を浮かべている。

 

 やめろー、やめてくれ⋯⋯

 

「いやー君は本当に可愛い子だなぁ」

「ほんと、勘弁してくださいッス⋯⋯」

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 よし、大切なことは覚えた。

 

 ベルに悪い虫がつかないように見張ること。

 スキルのことがバレないようにちゃんと隠すこと。

 

 こればっかりはベル君に任せられないから、俺に一任するとのこと。

 

 ⋯⋯嬉しいな。やっぱり頼られるってのは何よりも嬉しい。たぶん神様は、頼られないと心細くて仕方ない俺の為にわざわざ仕事として言いつけてくれたんだろう。

 

 その優しさに報いたいという感情と、どうやったら報いることができるのかって不安が一緒くたになって湧き上がる。

 

 ⋯⋯でも、それでいいんだ。神様は一緒に悩んであげると言ってくれた。ベルは『頼るから頼ってほしい』と道を示した。

 

 優しいなあ二人とも。

 

 

 

 そんで件の女神様は、今日から【ガネーシャ・ファミリア】のパーティーに参加するのだとか。パーティーってダンジョン潜るのかと震え上がったけど、そっちのパーティーじゃなくって『神の宴(パーティー)』のほうだった。

 

 それで何日か留守にするらしい。

 

 ⋯⋯それじゃあ、アレだな。なんか、寂しいな。

 

 いや遠慮なんかせずに行ってきてほしいけど。それはそれ、これはこれってわけだ。

 

 

「二人は、もしかして今日もダンジョンに行くのかい?」

「僕はそのつもりでいたんですけど⋯⋯」

「ジブンもッスね⋯⋯ダメッスか⋯⋯?」

 

 

 ⋯⋯自殺紛いなことして家族巻き込んだんだ。だめって言われても仕方ないわけだけど、でもベルは憧れに向けて頑張ってるわけだし応援してやりたい。

 

 二人して上目遣いで見上げてると、女神様は振り返って笑った。

 

「ううん、いいとも。でも危ない橋を渡るんじゃないよ? 無理をして怪我をしたら心配する人がいるんだって、忘れないでほしい」

「はい! ありがとうございます!」

 

 神妙に頷いた俺と、元気よく応えたベル。

 

 ⋯⋯あ、そうだ。

 

「ちょ、ちょっと、出かける前にいいッスか、ヘスティア様」

「うん、なんだい?」

「えーそのですね、その、少しお別れになるわけなんで、その⋯⋯」

「うん? 言いたいことがあるならはっきり言わないとわからないよ」

 

 ⋯⋯、よし、覚悟はできた。いくぞ。

 

「そ、その行ってきますの『抱擁(ハグ)』とかいいッスか⋯⋯?」

 

 ヘスティア様に目配せする。神様は俺を驚いたような顔で見て、次いでベルの方をちらっと見た。

 その瞬間、俺と神様は言葉なき視線だけで完全な意思疎通を果たした。

 

『行ってきますの()()を習慣づけるのはどうッスか? 【ヘスティア・ファミリア】のルールとして定着すれば、きっとベルもしてくれるようになると思うンスけど』

『君は天才か? よし、しよう。今すぐしよう』

 

「うんうん、もちろんいいとも! これから【ヘスティア・ファミリア】では挨拶として『抱擁(ハグ)』を義務付けようじゃないか!」

「えっ、か、神様⋯⋯それって、も、もしかして僕も含まれてますか⋯⋯?」

「当たり前じゃないか! 次はベル君の番だよ!」

 

 身長差があるので神様のお腹に顔を埋める形だけど、ハグしてもらえた。温かい⋯⋯これが安らぎか⋯⋯

 

 俺は『家族』とハグできて嬉しい。

 ヘスティア様はベルとハグできて美味しい。

 

 これがベルの提示した、頼り頼られる家族の関係というわけだ。

 

「⋯⋯なんだかニィ君が間違った学習をしてる気がしなくもないけど──あ、こらベル君どこいくんだい!」

「すっ、すみません! 僕、先にギルドの方行ってますね!!!」

 

 ベルは()()だからな。誰の目に見てもわかる女神様からの猛アタックを受けては平静でいられないだろう。まああの反応も仕方ないか。でもゆくゆくは受け入れてくれないかな⋯⋯

 

 ヘスティア様はベルくんのことがloveな方で好きみたいだし、俺としても応援したい。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「『リパルス』」

『ギギッ!?』

 

 

 ダンジョンの5層のモンスターに魔法を連打する。やはり俺の魔法は燃費という点においてずば抜けた性能を持っているのだろう。連射どころか、一度の発動で複数の展開さえ可能である。

 

 もっとも複数枚の魔法陣を出そうとすると著しく制御が乱れ、あわや魔力暴発(イグニス・ファトゥス)という塩梅で実戦にはとても耐えない。そもそも魔法陣の強度も低下するし燃費も悪くなるので使う意味がないのだが。

 

 それはさておき、俺が体勢を崩したモンスターだが派手に転倒している。魔力が上がったことで、魔法陣に触れた者へ与える反発力が上昇し、大の大人が突き飛ばしたくらいの力を発揮できるようになっていた。

 

 そしてそれに即応したベルが一瞬で近付くと、ナイフで喉を突き刺してとどめを刺す。

 

「よし、順調だね」

「ッスね」

 

 ベルは、強い。

 

 強いというよりは尋常じゃなく速い。俺が作り出した隙を決して見逃さない。俺の詠唱がない魔法に対して、見てから反応しているのは速いの一言で済ませていいのか分からない反応速度だ。

 

 ⋯⋯うかうかしてられないな。

 

 やっぱり俺は頼れる兄ちゃんでいたいことに変わりはない。置いてかれないように頑張らないと。

 

 

「───通路の先、いるね」

「何体かは釣るッス⋯⋯その内に、速攻で決めてくださいッス」

 

 

 6階層に出現するウォーシャドウというモンスターは、駆け出し冒険者じゃどうしようもない強さだった。

 

 それを相手に、俺は少なからぬ時間()()()()()()()()()()。あんなヤツぶっ殺したベルのせいで霞んで見えるが、これ自体は相当スゴイ部類に入る。

 

 この事実を冷静に考えた結果、俺は俺の評価をこう改めた。

 

 治癒術師(ヒーラー)ではなく壁役(タンク)と。

 

 こと単純な防御という点において、俺は才能があると言っていいだろう。膂力で上回る相手をいなし生存する。そして、囲まれれば囲まれるほど、受けた攻撃を回転に転化して更なる防御を可能にする。

 

 極めつけに『魔法』だ。これみよがしに魔法を使う後衛がいれば、先に潰そうとするのは必定だ。頑張って怪我を追わせた前衛が回復魔法で復帰しようものなら、そりゃ治癒術師に狙いを変えて先に殺そうとするだろう。

 

 つまり、消費の重たい回復魔法『ベネディクション』は見せ札。本命は敵愾心(ヘイト)をかき集めてのタンク。注意を俺に向けたモンスターを闇討ちするのがベルの役目。

 

 圧倒的な敏捷さでモンスターを暗殺する『首刈りウサギ』の爆誕だ。

 

 

「お、レアドロップっスよ!」

「本当だ! 今日の稼ぎはよさそうだね⋯⋯!」

 

 

 ⋯⋯まあ、そうは言ってもいちいち雑魚に『ベネディクション(見せ札)』ひけらかす必要もない。より()()()小人族(パルゥム)を狙うのは当たり前だからな。わざわざタゲ取りなんかしなくってもいいのは助かる。

 

 実のところ、俺の棒術による防御も明確な弱点はあったりするけどね。

 

 相手の力を利用する前提だから、ゆっくりと近付かれて()()()を通されると無力だし、布とかがばっと被せられると絡まって詰む。

 

 そんなことしてくる相手いないし、仮にいても悠長に構えてたら後ろから『首刈り兎(ヴォーパル・ラビット)』がやってくるぞってわけだ。

 

 

「よーし、今日は早めに帰って市場見に行くッスよ! 晩飯はジブンが作るッスからねー!」

「ニィ料理できるんだ! 神様にも食べてもらいたかったなー」

「⋯⋯うっ、そっか⋯⋯ヘスティア様いないんでした⋯⋯」

 

 

 やっぱそれは寂しいなぁ。

 

 今日はベッドに俺一人しかいないのか。やだなァ。

 

 ベルは添い寝してくれないかな。そんなことしたら神様怒るかな。それにいっつもベルはソファで寝てるからだめか? いやだがしかし一人では寝れないし⋯⋯⋯

 

 そんなこと考えてたら、また次のモンスターの群れに出くわした。気持ち切り替えて集中しなきゃ。

 

 

「ニィ、またモンスターが!」

「ソファぶっ壊せばいいッスね」

「いきなりどうしたの!?」

 

 

 完璧に集中した俺は、ちゃんとモンスターの攻撃を捌いて、ベルに火力の全てを任せた。



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16話

 桶に溜めた水で顔を洗う。

 

 灰色に近い白の髪は、やっぱりベルの真っ白さと比べればくすんでいるように見えるな。同じ色をした目もどことなく燃え尽きた灰みたいだ。不吉にも荼毘に付した遺骨を思い出す。

 

「⋯⋯それにしても、()()()()ってどこの誰なんスかねー」

 

 めちゃくちゃ役立ってるからいいんだけど、この棒術とかどこで習ったのか分からないしスキルの【吝嗇家】とかなんで発現してるのかイマイチわからない。元の体の持ち主が持ってたものなのかもしれないな。

 

 まあそうやって独白してみたところで何も変わらないんだけどな。神様にはこことは違う世界───地球のことを話してみたけど心当たりはないみたいだし、俺の転生?ってやつは原理も理由もよくわからない。

 

 不可抗力とはいえ、誰ぞの体を乗っ取ってることになるし、罪悪感が欠片もないわけじゃないけど。

 

「まァ、身体返してくださいとか言われてもやり方わかんないッスからね⋯⋯」

 

 考えても詮無いことだ。

 

 水面に映る少女は何も答えない。軽薄そうな笑顔が張り付いているだけだ。

 

 さて、そろそろダンジョンいく準備しなきゃな。

 

 

 

 俺の装備はもともとシャツにパンツ、その上から外套を被ってたんだけど、こんなブカブカなもの着てるのは良くないと忠告された。まあ棒が絡まったら致命傷だからな。そんなヘマしないけどって言ったらエイナさんがキレたので泣いてしまった。

 

 そんで結局は、シャツにホットパンツ、膝と胸に金属製のプロテクターをつけてレッグにホルスターを装着した。

 

 軽装すぎると専属アドバイザーのエイナ様が難色を示したけど、これ以上着けると重いのだ。俺の力はパルゥム相応で非常に低い。敏捷も大して高くない以上、あまり防具をつけると動きが悪くなるのだ。

 

 そもそも防御なんか棒で十分なので動きを良くして被弾しないって方面で行くべきだろう。噂に聞く【勇者】様も軽装らしいしこれくらいが丁度いいはずだ。

 

 ちなみに棒じゃなくて槍を持たないのかと言われて試そうとしたけれど、重心が先端に偏りすぎていて使いこなせなかった。両刃薙刀とかあればイケるかもしれないけど、それだと今度は【大黒柱】ってスキルの『柱状武器』って指定から外れると思うしな。

 

 あとバックパックとかは装備できない。

 

 重いし棒振るのに邪魔だからだ。

 

 だから荷物持ちはベルに全部お任せだ。悪いな。

 

 

「───ニィ、そろそろ準備できた?」

「バッチリっス。いつでも行けるッスよ」

 

 

 俺が着替えるってことで別の部屋に行ってたベルがひょいっと顔を出した。ノックしないとアブナイんじゃないかと思うけどどうやら悪気はないみたいだし言及しない。ヘスティア様もとかをうっかり覗いて顔真っ赤にするところ見てみたいし。

 

 

「⋯⋯あ、そうッス、今日行く前に『豊穣の女主人』に挨拶しとかないッスか?」

「えっと、シルさんのいるあの酒場だよね? そこに行くって⋯⋯どうして?」

「いやァ、ちょっとあそこの人達に結構ボロクソ言われてるンスよね。ベルが」

「僕がボロクソに!?⋯⋯⋯あ、そういえば」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中で───」

「ああぁ! あん時幼女(ロリ)置いて食い逃げした白髪野郎と男に逃げられた幼女(ロリ)ニャ!!」

「いやロリじゃないッス。18歳ッス」

 

 訂正、ボロクソに言われてるのはベルだけじゃなかった。なんだよ男に逃げられたって。

 

 ものすごい失礼な物言いの猫人(キャットピープル)と、少し目を丸くしたエルフのオネーサンがお店の準備をしてた。

 

 あとベルくん、なんでそんな驚いてるの。え、俺の年齢? いや少なくとも中身は18歳だよ。この体はどうか知らんけど⋯⋯

 

「えっと、スンマセン。シルさんってみえますか? こないだかなーり失礼なことしちゃったンで謝罪させてもらいたいなって⋯⋯」

「す、すいません⋯⋯」

「シルに貢がせるだけ貢がせて要らなくなったらポイした男にシルは渡さないニャ!!」

「少し黙っていてください」

「ぶニャ!?」

 

 ヒエッ。

 

 キャットピープルの店員さんが白目剝いて倒れた。とんでもない速さの手刀、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。昏倒した店員を引きずってエルフのオネーサンがシルさんを呼びに行った。

 

 こんなヤバい店員のいる店で、ベル君は椅子倒して逃げてったわけだ。よく捕まらなかったな。たふん相当心象は悪いだろうけど。

 

 かくいう俺もあの時は精神的にいっぱいいっぱいで無愛想な対応した気がするし、なんにせよ謝らないと。

 

 

「ベルさん!?」

 

 

 パタパタと足音がしてシルさんがやってきた。おーい俺もいるよ。アウトオブ眼中ですか? あ、小さすぎて物理的に眼中にないと。悪かったなチビで。

 

 

「お、一昨日はごめんなさい⋯⋯いきなり、お金も払わずお店飛び出して⋯⋯」

「いえ大丈夫ですよ⋯⋯戻ってきてもらえただけでも嬉しいです」

 

 

 ちなみにベルには俺を置いてどっか行ったことを死ぬほど謝り倒されてる。いや、俺はいいんだけどね。ベルが幼女に貢がせてるクソ野郎扱いされてる方が困る。ウチの子はそんな悪い子じゃないんだが? あと俺は幼女じゃない。

 

 あとシルさんは大きなバスケットを持ってきてこれを昼食にしてくれと言ってきた。え、マジでいいの? これ大きさ考えるに二人分だよな。なにか裏がある⋯⋯訳でもなさそうだ。

 

 これ、もしかしかくてもシルさん惚れてるな? ベル君に。

 

 うーんすまなかった。正直腹黒女狐だと思ってたけど、これは乙女ですね。いや腹黒なのは変わらないけどベルに悪いことしようとしてるわけじゃないみたいだし、ちょっと印象変わったな。

 

「坊主達が来てるんだって?」

 

 そんなこと思いながらぼけーっと二人の様子を見てたら、店の奥から女将さんが出てきた。シルさんは仕事の途中でこっちに来てたみたいで中に戻っていく。

 

「⋯⋯坊主、冒険者だからって見栄をはるもんじゃないよ? そんなことしたってろくなことないからね」

 

 ⋯⋯この女将さん、例の『トマト野郎』の話把握してたんだ。あんな忙しそうにしてたのによく聞いてたな。すごいわ。

 

「いいかい、最初のうちは生きることに必死になりゃいいんだ。最後まで二本の足で立ってたやつが一番だからね。そんで帰ってきたやつにはアタシが酒でもなんでも振る舞ってやる。そういうヤツが一番の勝ち組さ。違うかい?」

 

 ニッと豪快に笑う女将さん。いやカッコいいな。俺もこんな感じに年取りたいわ。

 

 

「あと小娘」

「あ、ハイ。ジブンッスか」

「甲斐甲斐しいのはいいがね、あんま男を甘やかすんじゃないよ? アレくらいの叱咤跳ねのけてこそまともな男ってヤツさ。世話焼いてばっかじゃアンタは損するしコイツも成長しないってもんだ」

 

 

 ⋯⋯もしかして、俺がベルに惚れてるとか勘違いされてないか? いや確かに好きではあるし惚れ込んではいるけれど、あくまで家族としてだからな。

 

 

「⋯⋯あの、違うっスよ? そういうアレじゃないッスからね?」

「なんだそうかい! まあなんにせよお節介は程々にすることさ」

 

 豪快に笑い飛ばされた。

 

 あ、そうだ。折角だからこの女将さんに聞いときたいことあったわ。

 

「スンマセン、こんな時にアレなんスけど。夜間に臨時のバイトとかって募集してないッスか⋯⋯?」

「なんだい、金に困ってるクチかい?」

「いえ、その⋯⋯ジブンここらの人間じゃないんで、ここの料理とか勉強したいンスよ。なんでもしよかったら雇ってもらって、厨房の様子見せてもらいたいなーかんて。調理とかはできる方なんで即戦力になれるとは思うンスけど」

「⋯⋯ウチの味を盗もうってかい?」

 

 ヒエッ、チビリそう。

 

 ニイと片方の口の端を吊り上げて女将さんが笑う。食い殺されるんじゃないかと思うような威圧感。

 

 いや虫のいい話だもんね。

 

「しゅ、守秘義務は、守るンで⋯⋯」

「悪いけど、今は店員足りてるからね。バイトとして雇うってのは難しい。でも忙しい時に顔だしてくれりゃお手伝いとして使ってやらんこともない。もちろん小遣いも出すさ」

「ほ、ホントッスか⋯⋯!」

「フン、せいぜいこき使ってやるからね。泣き言言うんじゃないよ?」

 

 

 やったぜ。

 

 女将さんいい人すぎる。オカンって呼んでも? あ、ダメ⋯⋯

 

 

「あ、ベル、ごめんなさいッス⋯⋯勝手に決めて⋯⋯」

「僕はいいけど、大丈夫? ダンジョンに潜った後とかだと疲れてるでしょ?」

「いやベルに荷物とか持ってもらってるし、あんまり足動かすわけでもないンで実はそんなに疲れないンスよね」

「そっか、でも無理はしないでね」

「もちろんッス」

 

 

 無理して倒れたら女神様もベルくんも怒りそうだしね。ほどほどにしとくよ。

 

 それで直近の忙しい日ってやつが───なになに怪物祭(モンスターフィリア)ってイベントの日か。店員が休暇取ってるのと来客が多そうってことで来てくれると助かるってことか。

 

 うわ明日じゃん。うーん、明日ダンジョン行くつもりだったし⋯⋯

 

 

「無理に来るんじゃないよ。どうせいる人間だけで回すつもりなんだ。期待せずにいるさ」

 

 

 うーん包容力。

 頼もしすぎる女将さんの言葉。前もって連絡入れなくてもいいんだと。時間あるときに手伝いに来てくれればいいって、それは俺に都合が良すぎないか?

 

 ヘスティア様以外の誰かに母性を感じたのはこれが初めてだ。無意味な仮定だけど、今のファミリアがなければ自分はこの女将さんに一生ついてきそうな確信がある。

 

 まあそんな感じでいつでもお手伝いに行ける権利を手にした俺たちは、ホクホク顔でダンジョンに向かった。



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17話

「いつかああいう装備してみたいね⋯⋯」

「ああいう装備って、さっき見てたヤツッスか?」

「うーん、まあね」

 

 

 ダンジョンの帰り道、武具屋のショーウィンドウに収められていた大型のナイフに目を奪われていたベルを引き剥がした俺は、頭の中でざっくりと算盤を弾いていた。

 

 まともな装備品ってのはそれだけでもう十分に高い。冒険者が高給取りっていうのを前提にしてもめちゃくちゃ高い。そんで()()()()()ってやつを探すと目ン玉飛び出るくらい高い。

 

 第一級冒険者とかが使ってるようなマジモンの最高品質のやつは「建築物かな?」って思うようなぶっ飛んだ金がかかってるらしい。

 

 そうでなくともベルが魅入ってた()()()()()()ナイフも万単位の値段がする。今の収入なら、四週間⋯⋯いや三週間きっちり稼いで節約を心がければ手が届くはずだけど、いずれにせよ今すぐってわけにはいかない。

 

 あと俺の使ってる棒は結構いい性能してるらしい。

 

 どんだけ派手にぶつけても歪みない上、程よい金属のしなりと軽さが共存してる。さすがロキ・ファミリアでいただいた代物だ。ちなみに棒術は技術として一般的ではないらしく全然売られてなかった。

 

 

「ニィはそういうの憧れない? 魔法使いなら杖とか使うイメージあるけど」

「杖ッスかー、自分は特にはないッスね⋯⋯硬くて軽い棒ならなんでもいいッスから」

 

 それこそ物干し竿でも大して変わらないことできるからな。俺は。

 

 回復魔法でポーション代も浮く安上がりなニィちゃんなので。あとエンゲル係数も低くていいぞ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 女神ヘファイストス。

 

 下界に在るが故に『神の力(アルカナム)』を振るえない環境にありながら『神匠』の名を(ほしいまま)にする世界最高峰の鍛冶師。

 

 彼女の【ヘファイストス・ファミリア】に所属する上級鍛冶師の腕前は冒険者にとって、おいそれと手の出せぬほど高品質の代物だとされている。その相場は桁外れの収入を得ている第一級冒険者ですら二の足を踏むような法外の値段であり、例えば零細ファミリアたる【ヘスティア・ファミリア】には逆立ちしても手に入ることなどないだろう。

 

 

───本来なら。

 

 

 眷属のためになにかしてやりたいという思いに突き動かされたヘスティアによる交渉術(土下座)はついに女神ヘファイストスにローンを前提とした武器の製作を約束させた。

 

 ⋯⋯武具の類に強い誇りを持つ鍛冶神が、ただの土下座だけで折れたわけではないのは言うまでもなく、眷属を思う女神の心意気にこそ屈したわけではあるのだが、それを言うのは野暮というものである。

 

 

「ヒューマンの子の得物はナイフで、パルゥムは棒と」

「う、うん、そうなんだ」

 

 

 右目に眼帯をかける赤髪の女性───女神ヘファイストスがため息混じりに確認する。

 

 

「⋯⋯ナイフの方は、今からやってやる。けどパルゥムの子の方は今すぐにとはいかないね」

「えっ⋯⋯つ、作ってくれるんじゃなかったのかい!?」

「やるって言った手前もちろん作るわ。でもあんたから聞いた話だけじゃ、その小人に何作ってやるべきか判断がつかない」

 

 

 曰く、棒とはなんだと。

 

 回復魔法を使うヒーラーであるなら杖を作るべき。しかしどうにも前衛で壁役(タンク)をやっているらしく、それなら棍棒が必要ということか。

 

 話を聞くだけではパルゥムの戦い方や求めている武器が想像もつかない。

 

 ならば防具はどうかと言うと、こちらもそう簡単に作ってやれるものでもない。

 

 件のパルゥムは小人族らしく、極めて力と耐久が低いと聞く。ならば防具を身に纏ったところで衝撃に体が耐えられないだろう。そもそも戦いぶりからしてプロテクター以上の装備はかえって動作を邪魔しかねない可能性がある。

 

 

「そ、そういうことか⋯⋯」

「だから今度そのパルゥムを連れてくることね。そしたら考えるよ」

「わかったよ⋯⋯!」

「それじゃあナイフの方は今から打つからあんたも手伝いなさい」

「ああ、任せてくれよ!」

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

「やっぱり酒場の方には行けないって連絡しとこうと思うンスよ」

「わかった⋯⋯それじゃあ早めに行っておこうか」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)なるイベントの当日、俺とベルはやっぱりダンジョンに行く予定なので、酒場の方でお手伝いさせてもらうのは難しいということになった。連絡はいらないと言われてたけど礼儀ってものがあるし、ダンジョン向かいがてら挨拶しておこう。

 

 地下室を出て路地裏に飛び出すと、ベルはすぐに駆け出した。それに続いて俺も走り出す。単純な敏捷さではベルに追いつけないが加減してもらいながら走ってるのと、小柄を活かしてパルクールのように動いているのでついていけている。パルゥムのパルはパルクールのパルなのだ。嘘だけど。

 

 あっという間に西の大通りに出て、当の酒場を目指す。

 

 すると路地の角で獣人の店員がたむろしているのが見えた。彼女らがこちらに気付くとブンブン手を振ってきた。

 

 

「おーいっ、そこの白髪(しらが)頭とおチビー!」

「チビじゃないッス!!⋯⋯いやチビか⋯⋯」

 

 キャットピープルの店員だ。

 ロリ呼ばわりは直ってたのでまあいいか。でもベルを白髪呼ばわりするのはやめようよ。

 

「おはようございます、ニャ。おチビは今日手伝いに来てくれるんニャ?」

「お、おはようございます。⋯⋯そ、そのことなんですけど」

「えっと⋯⋯ハイ、今日もダンジョン潜るんで、その⋯⋯ゴメンナサイッス⋯⋯」

「そうニャ⋯⋯シルも店番サボってお祭り行ったのニャ、今日は災難なのニャ」

 

 す、すごく申し訳ない気分になる。

 お手伝いさせてほしいって都合のいいこと言ってるわけだからな。店が大変なときなのに行きませんって言っていい気分になるはずもない。

 

「あ、そうニャ。白髪頭はシルのマブダチニャ。ちょっとコレを渡してきてほしいニャ」

「へっ? こ、これ財布ですか? えっと⋯⋯どういうこと⋯⋯?」

「アーニャ、それでは説明不足です。お二人が困ってますよ」

 

 カフェテラスからエルフの店員がやってきて事情を説明してくれた。

 

 なんでもシルさんが怪物祭(モンスターフィリア)っていうお祭りに行ったんだけど、財布を忘れてしまったらしい。店員は店の準備で忙しいから届けてくれると嬉しいとのこと。

 

 そして件の怪物祭(モンスターフィリア)ってやつは、闘技場でモンスターを調教する様をショーにしたものらしい。へーそんなの面白いんかな。なんか野蛮な見世物とシルさんの雰囲気があんまり一致しなくて意外。

 

「わかりました。東の大通りから人についていけば、闘技場に行けるんですね?」

「そうニャ。シルはさっき出かけたばっかりだから、すぐに追いつけるはずニャ」

 

 お店手伝えない罪悪感もあって、俺は了承した。お人好しのベルも躊躇なく快諾してる。

 

 邪魔になるだろう荷物───ベルのバックパックと俺の棒───を置いて、俺たちは早速大通りに向けて歩き出した。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

「ふぎゃーーッ!? むりむりムリッス⋯⋯!!」

「に、ニィ大丈夫!!?」

 

 

 人混みにパルゥムは無力すぎた。他の人の腰辺りに顔がある俺には、道行く人の膝が腹や背中にドスドス刺さる。痛い痛い。たぶん神の恩恵(ファルナ)なきゃ悶絶してるぞ。

 

 人波に飲まれた体は一瞬で浮いてあわやベルと逸れるのではないかというところで、腕を掴んで引き戻された。

 

「た、助かったッス⋯⋯というかシルさんこんなとこ通ってるンスかね⋯⋯」

 

 闘技場を間もなくとしながらも全く前の見えない俺じゃあシルさんも探せない。

 

 痛っ! あいたっ!?

 

 目の前歩いてるおっちゃんのポーチががんがん顔に当たってめっちゃ痛い。

 

 いやホントこの調子じゃ人探しなんて無理だぞ。

 

 そうやって懸命に人混みをかき分けるベルの体を盾にして進んでいた時のことだ。

 

 

「おーいっ、ベルくーーん!!」

「かっ、神様!?」

 

 

 少し離れたところから聞き覚えのある声。俺にはなんも見えないけどベルが驚いたように振り向き、進路を変えたのを見てついていく。

 

 果たしてそこにいたのは女神ヘスティア様。ガネーシャ・ファミリアのパーティーに出ていたためホームになかなか帰ってこれなかった我らの主神がそこにいた。

 

 

「おや、ニィ君も一緒だったか! 久しぶりだね!」

「どうしてここに!?」

「おいおい馬鹿言わないでくれ、君たちに会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 

 腕の中あったかい⋯⋯

 頭撫でられるのきもちいい⋯⋯

 

⋯⋯ハッ、お、俺は一体なにを

 

 自然に両手を広げてきた神様に対して、俺は吸い込まれるようにしがみついてた。こ、これが母性か。

 

 あーでも、もうちょっとこうしてもらってもいいですか。うりうりとお腹に顔を擦りつけながら、温もりを感じてたい。ベルくんは恥ずかしがるからやらせてくれないんだよね。

 

 生暖かい目が突き刺さってるのを感じるけどいい年こいてなにやってんだって視線はこない。大通りで(ひと)の腹に顔埋めてても違和感のない外見が活きてるな。俺パルゥムで良かったよ。

 

 

「悪かったねニィ君。寂しい思いしたかな?」

「ヤ⋯⋯ベルがいたんで、大丈夫ッス」

「えっと、ところで神様⋯⋯その箱は一体?」

「これかい? これはねー、むふふー」

 

 

 後ろ手にヘスティア様がなにか持ってるな。カステラかなにかの箱っぽい。お土産だろうか。

 

 

「やっぱりおしえなーい! 後のお楽しみだ!」

「えーっ!?」

 

 

 よし。

 満足したから離れるか。名残惜しいけど。

 

 さてこれからどうしようか。俺たちはシルさんに財布届けなきゃならないんだけど、神様を連れ回すわけにはいかないよな。

 

 悩みながらも周りを見ればお祭り騒ぎだ。人混みから少し離れたここからは親子連れやカップルもそこそこ見られる。

 

 

 ⋯⋯いいこと思いついたぞ。

 

 

「ベル、これ借りるッス」

「え、なになに。それシルさんの財布⋯⋯」

「⋯⋯なんで君はどこぞの女の財布を持ってるんだい?」

「た、頼まれたんです! シルさんの友人から届けてほしいって⋯⋯!」

 

 がま口財布をゲット。そんで身を翻して二人から距離を取る。

 

「じゃあシルさんはジブンが探しとくッス! ベルは神様を案内しててくださいッス!」

「⋯⋯に、ニィ君⋯⋯君というやつは⋯⋯!!」

 

 返事を聞かずに走り出す。

 

 うんうん。元はと言えばお手伝いに行かなかった俺が引き受けるべき仕事だったからな。ベルに面倒事させるべきじゃない。

 

 というわけで神様はベルくんとデートを楽しんでくれ。

 

 帰ったら神様頭撫でてくれるかな。「でかした」って感じで⋯⋯

 

 笑顔の神様によしよしされている自分を想像して頬が緩んできた。うへへ。

 

 気色悪い笑みを見られないように、とりあえず俺は人気の少ない路地に飛び込んだ。



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