やはり俺が吸血鬼なのは間違っている。続 (角刈りツインテール)
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ゆいモンキー
001 そして俺の青春ラブコメは再び回り始める。


https://syosetu.org/novel/272841/
↑『やはり俺が吸血鬼なのは間違っている。』の続編になります。それを見ていなくても本家の化物語と流れが同じになるだけなので一向に構いません。そんな感じで『ゆいモンキー』第一話スタートです。


『一度怪異に遭った者は再び怪異に遭いやすくなる』

 

これは忍野のこぼした言葉で、それを聞いていたから多少の覚悟はあったのだ。

 

あったはずなのだが。

 

まさか———それが他人にまで及ぶなんて考えてもみなかった。

 

これは俺———比企谷八幡が地獄のような時間を乗り越えた頃の話だ。

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

第壱話(ダイイチワ)  結衣モンキー(ユイモンキー)

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「まじか……」

 

 

俺は担任の平塚先生によって板書された文字を見る。見間違えではないのかと何度も何度も確認するもそれが事実であることの証明にしかならなかった。

班長決め、という文字の横に班名が書かれており、その横には葉山を筆頭に陽キャどもの名前が連なっている。そこまではいい。いつも通りの光景だ。

そして本題はここからだ。聞いて驚け見て驚け。

 

そのメンバーのなかに俺の名前があったのだ。

デジャブである。

 

「平塚先生……これは一体どういうことですかね」

「ん?あぁ、それは数週間サボった挙句授業中睡眠をとっていた君への罰だ」

「一つ。サボりではありませんインフルです。二つ。えーーーっと……」

弁解の余地がなかった。先生の目が痛い。

「とにかく俺は班長なんてしませんよ」

「おいおい比企谷。この時期にインフルとかないだろ?つくならもっとマシな嘘をつけ」先生は深いため息をついた。「……まぁ、お前の目を見たらなんかあったってことくらいは分かる。妹関連か?というわけでこれくらいで許してあげる私の優しさに感謝しろよ」

そう言って拳を天高く突き上げながら去っていった。なにわら海賊団だよ。あんたとソウルメイトになった覚えはねぇんだけど……。

ていうか俺の目どうなってんだ?更に腐ってたりするのだろうか…あとでトイレで確認しとくか。

「あ……ヒッキー」

 

呆然としていた俺に話しかけたのは由比ヶ浜だ。なんていちいち言う必要もないだろうけども。この世界で俺をヒッキー呼ばわりするのはこいつだけだ。

「えっと、その、なんていうか……よろしくね?」

そう言うだけ言って陽キャグループへ戻って行く。ひゅーひゅー、と騒ぎ立てているのが聞こえるが無視して俺も席へ戻る。

 

俺と由比ヶ浜は付き合っている。

……なんて一言で言い表せるほどに単純な関係ではないのだが、詳しくは前作をご覧いただこう。

 

ちなみに俺と由比ヶ浜の噂は何故かすぐに広まった。()()()との噂は一切流れてこないのに...絶対に由比ヶ浜が匂わせた。そうとしか思えない。何だ、インスタでストーリーにでもあげたのか。インスタやってないからストーリーが何なのかいまいちよく分からんけど。

いやそれにしてもだろ。なんでたった二日間でこうもバレるんだよ。

 

閑話休題。

 

あの地獄を乗り越え、土日を満喫しての(溜まりまくっていたプリキュアの録画を見まくった。小町に引かれた。)月曜日だったのだがどうも疲れが取れておらず、3限目で総合学習の時間なんて無意味な時間がやってきたからさて寝るかと思ったらこの有様である。我ながら滑稽だ。吸血鬼時代はいくら睡眠不足でもこんなことならなかったんだけどなぁ、とあの時間に思いを馳せる。別に戻ろうなんて思わんが嫌いではなかった。だから俺は。

 

キスショットを助けたのだ。

……あ、今はキスショットじゃないのか。

 

———吸血鬼の搾りかす。

 

———俺が生かしてしまった、人間でも吸血鬼でもない何か。

 

まぁとにかく授業中の昼寝に対しての言い訳をさせてもらうと俺は久しぶりの人間生活に慣れていなかったのだ。体の退化に頭が追いついていない。まぁ勿論それを先生に言うつもりはないものの、やはり不服なものは不服である。ふふふ、いつか先生にぎゃふんと言わせられる時が楽しみだ…なんてニヤけていたら横から女子の小さい悲鳴が聞こえた。俺に対してのものではないと信じたい。

 

 

…….閑話休題。何回すればいいんだよ。

 

 

うちの学校の修学旅行は自分のクラスのメンバーで構成された3人班だ。ちなみに読者諸君はご存知ないと思うので述べておくが俺は生粋のぼっちなので友人は片手で数えられるほどしかいない。少なくともこのクラスに会話できる人間は2人だけだ。他クラスを含めると4人ほどだろうか。見ろ、もはや片手でさえ余っている。

1人は由比ヶ浜結衣。

では、もう1人はというと———

 

「八幡」

 

おっと、噂をすれば。

彼女……いや、彼こそが俺の数少ない友人であり唯一無二のマイエンジェル・戸塚彩加である。




そんな感じでスタートです。感想・評価などお願いします!


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002 それを人は初デートと呼ぶ。

ゆきのんはまだ出ません!!!!!そんな感じの第二話です!!よろしくお願いします!


変なところで話を切り替えてしまったので戸塚に何かがあるのだろうかと訝しんだ読者もいらっしゃるだろうが気にする必要はない。何故なら深い意味などないからだ。まぁ強いて言えば俺が戸塚の可愛さを強調したかったという一面はあったかもしれないが。ほら、体言止めとかあぁ言う感じの…。

 

「ちょっと八幡!聞いてる!?」

不意に戸塚の声で現実へと呼び覚まされる。

 

「ん?あ、あぁ……おう、聞いてるぞ。聞いてる聞いてる」

 

まずい、くだらないモノローグのせいで一ミリも聞いてなかった。恐らく修学旅行関連の話なのだろうが一体なにを言っていたのだろう……適当に返事してしまった記憶もあるんだが大丈夫だろうか。

「じゃあそういうことだから土曜日12時にららぽーと集合ね!」

「ちょ……」

戸塚はたたた、と立ち去ってしまった。

 

土曜日にららぽーと。

デートじゃね、それ。

まじかよ天才陽キャかよバイブス上がるじゃねぇの……!

 

「うっしゃ」と小さくガッツポーズを決め歓喜を表現した。本当はそれくらいで表現できるような喜びではないのだがここは公共の場だ。TPOは弁えている。その結果現在、外面は冷静を保っているが頭の中はお祭り騒ぎなのだ。戸塚とデートだ!戸塚とデートだ!と脳内神輿もひと段落ついたところでその場所について思い出す。

 

「……ららぽーと、か」

その場所といえば俺は彼を思い浮かべざるを得ない。

金髪で、常にニヒルな笑みを浮かべていた吸血鬼と人間のハーフにして吸血鬼ハンターのあの男———エピソードである。

そういえば、あいつらってどう生活を送っているんだろうか。まさか給料をくれる上司がいるわけではあるまい。だとすれば殺した吸血鬼から、とか……いや流石に吸血鬼に金銭を望むのは馬鹿だ。何せ血液以外の食事を必要としないのだから金も必要ない。

だったら本当にどうやって……ううむ、謎は深まるばかりだ。いつか忍野にでも聞いてみようか。そんなすぐに忘れてしまいそうなしょうもない疑問を胸に俺は次の授業の準備を始めた。

 

数2。

俺が最も嫌いな教科である。

 

つか俺、まだあいつらとさえデートしてねぇんだが……。

 

♦︎♦︎♦︎

 

さて、迎えた土曜日の朝。俺は約束時間の一時間前にららぽーとに到着していた。馬鹿じゃねぇの。まぁ開店時間前にならなかっただけマシだ。小町に引き止められていなかったら9時には家を出ていたはずだ。馬鹿じゃねぇの。

 

それにしても朝早くからとんでもない人数だ。流石我らがららぽ。そこに痺れる憧れる。とはいえその人だかりのほとんどは子供づれとカップルであり、俺の得意な透明化を試みようとしても目線が集中しているのを肌で感じてしまう。まぁこんな朝から腐った目をしてる奴が1人で椅子に座ってたら見るわ。俺だって見るもん。

 

「特にすることもないしなぁ……」

マッ缶でも買うか、と近くの自販機を脳内検索しつつ立ち上がろうとすると。

 

「あれ、ヒッキー?」

 

犬を連れた由比ヶ浜と目があった。

 

「えっちょっとなんで目逸らすの!?」

 

♦︎♦︎♦︎

 

「ふぅん……彩加ちゃんと買い物かぁ……」

じろりと睨まれた俺はウサギのように縮み上がる。

「いや、まぁその、すまん……」

「ヒッキーの初デート貰いたかったのに……それにあんな提案してきたことにだって私まだ怒ってるんだからね?」

「返す言葉もございません」

お前までただの買い物をデートって言い出しやがった。

ちなみにあんな提案、とは勿論二股のことである。近頃似たような設定の漫画があったために親近感すら感じるが普通に許されざる行為である。皆は真似しないようにしよう。俺みたいになんなよ。

いやでも、あの状況でどちらかを断り切れる男子なんて存在しないと思う。どちらを選んでも奉仕部内が気まずくなるし(だったらどっちも断れって感じだが)第一個人的にどちらも良い。

物凄く良いのだ。

雪ノ下は分かりやすいおしとやかな性格……と思わせておいての実は毒舌キャラ、というギャップが良い。体のある部分が少し足りないとは思うもののどこかのアニメで言っていたようにそれは希少価値でありステータスなのだ。

 

由比ヶ浜はそれとは対照的な快活な所謂誰にでも好かれる女の子という感じで良い。あの陽キャグループに属していることだけは気に食わんが彼女自身に欠点はほとんどない。精々バカなくらいだ。今更ながら何なんだやっはろーって。

「?どったのヒッキー」

顔を見すぎてしまったじゃらだろうか、由比ヶ浜が不思議そうに尋ねる。事実を伝えるわけにはいかないので「何でもねぇよ」と返す。心なしか不満げなのは見なかったことにしよう、うん。

 

「……あのさ、彩加ちゃんがくるまでまだ時間あるんだよね?」

口調を変え、恐る恐るといった感じで聞いてきた由比ヶ浜に俺は胸の鼓動を昂らせた。今心拍を測ったら確実に180くらいはある。

「……まぁ一時間くらいはあるな」

「どんだけ早くきたの……?」由比ヶ浜は引き気味に言葉を返した。「まぁぃいや。それでさヒッキー、良かったら、その……」

 

由比ヶ浜は頬を赤らめながら言った。

 

「今から私と、デ、デートしない?なんちゃって、あはは……」

「する」

 

俺は即答した。




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003 悪くはないが、少なくとも向いてはいない。

投稿するときに前作の場所に投稿してしまいそうで怖い。それは置いておいてガハマデート回です。そんなやっはろーな感じの第三話、よろしくお願いします!


俺は今、危機的状況に立っている。

 

早速だがかの有名な(?)葉山隼人を具体例としてあげよう。彼は陽キャグループの中心のような人物で、誰にでも愛想良く振る舞う聖人君主の擬人化のような男だ。俺はその辺りが気に食わないと思っているのだがその話はおいおいしていくことにしよう。今大事なのは彼が陽キャグループに所属しているという部分だ。当然その中には女子もいて、俺の観察眼では恐らくそいつは葉山に好意を抱いており、加えて葉山もそれに気が付いている。しかし彼はそんなことで狼狽えない。それどころか2人で放課後にサーティワンへ向かう所を目撃したこともある。

 

だがしかしそれは『葉山だから』成せる技であり、クラスのぼっちが女子とサーティワンに行ったとしても気まずくなるだけだ。まぁそもそもぼっちに出かけれる友人がいるかどうかすら危ういところではあるが…その典型例が俺である。

 

女子とデートなんてしたことないのだ。なのに俺は今、なんの心の準備も無しにそれを行なっている。

 

「「…………。」」

 

気っっっっまずっっっっ!!!

嘘、こんなことになるの?付き合う前でも2人になることは時々あったけどここまで静かになるなんてことはなかったぞ。やっぱりリア充って大変だ。俺には向いていないらしい。

 

———そう思ったのも束の間のことで。

由比ヶ浜の耳が真っ赤に染まっているのを見て、一瞬にして手のひらを返してしまった。

悪くないじゃん、リア充。

 

「あのさヒッキー、あのあと、変なこととか無かった?」

「変なこと…とかはまぁ無ぇけど。何、心配してくれてんの?」

「〜〜〜ッ!!!べ、別にそんなんじゃないから!や、やだなぁもう!!勘違いしないでよ…ッ」

二次元でしか見たことないレベルの恐ろしいツンデレだった。やだ可愛い。

「…お前さ」

「ん?何?」

「…俺でいいのか」

俺の言葉を聞いたのち由比ヶ浜は暫く静止した。そして「ふふ」と小さく笑う。

「ヒッキー()いいんだよ。誰が何と言おうと私はヒッキーのことカッコいいと思ってる」

普段通りを装って言ったのだろうが彼女の耳は更に真っ赤に染まっていた。無理して言わんでもいいのに…。

 

———俺がいい。

 

初めて言われたな、そんなこと。

 

「で、何すんの」

「そうだなぁ…あ、そうだ正月にサーティワンの福袋で貰った券があるから食べない?」

「何お前エスパーなの?」

「へ」

由比ヶ浜は不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。まぁそりゃそうなるわな。俺のモノローグをこいつが聞いてる訳ないし「なんでもない」と返した。

行き先が決まったところで、俺たちはエスカレーターに乗った。

「ヒッキー何食べる?」由比ヶ浜が問う。

「チョコミント」俺は即答した。小町と行く時はいつもこの味を食べている。

「チョコミントか…私あんまり好きじゃないんだよね〜あれ」

「勿論歯磨き粉とか言ったらどうなるか分かってるよな?」

「うちら恋人だよね!?なんで日常会話で脅しかけてくるの!?」

俺は冗談冗談、と顔も見ずに返した。今由比ヶ浜の顔を見たら頬が緩むのは間違いない。

 

「…やっぱ楽しいなぁ」という独り言が聞こえたのは聞こえなかった事にした。

 

♦︎♦︎♦︎

 

ようやく目的のサーティワンに到着。久しぶりの店舗に年甲斐もなくついワクワクしてしまう。

「えっと…チョコミントと…ベルギーチョコと…モンブランで!」

「あ、すんません」

由比ヶ浜が慣れた様子でアイスを注文していき、言い終わろうとするその瞬間になって俺は「チョコミントじゃなくてマスクメロンで」と変更した。

由比ヶ浜がぽかんとしてこちらを見てくる。

 

 

 

 

べ、別に由比ヶ浜と分けられる味にしたとかじゃないんだからねっ!

 

 

 

 




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004 比企谷八幡は、傷物たちの過去を物語る。

早く修学旅行行けよお前ら!!!(食い気味)
というわけで彼らは戸塚と合流して、まだまだららぽを満喫します。とはいえこの話でららぽ回は終わるので愛想尽かさないでください。そんな感じの第三話、更新遅くなりましたがよろしくお願いします。


「……あ!八幡と由比ヶ浜さん!……ってあれ、どうしたの2人とも顔真っ赤にして。熱でもあるの?」

 

誰かに休日出勤を命じられるたびに風邪を理由に無視してきた俺だから信用度としてはゼロに近いのだが、別に熱があるわけではない。今回ばかりは本当だ。

簡単にいえば『なんか恋人っぽいことをやろう』という由比ヶ浜の浅はかな提案によってあーんされそうになったのだ。あと少しで、というところで俺が後ろのエスカレーターから戸塚が上ってくるのを目視し慌てて由比ヶ浜にアイコンタクト、今に至る。

 

なんというか……馬鹿だ。

 

危なかった、と安堵。流石に今の行動を目撃されてしまったら1週間は寝込んでしまいそうだ。あぁ、そのあとすぐ修学旅行か……なら修学旅行もいっそサボってしまったほうがいいかもしれん…って、足を蹴るな由比ヶ浜。痛い痛い痛い。俺何も言ってねぇだろ。エスパーかっての。

「あ、やっはろーさいちゃん!……別に何でもないよ?」

「うす……」

由比ヶ浜は明るく、俺は対照的に暗く挨拶をした。由比ヶ浜に肘で突かれる。

「そうならいいんだけど……いやぁ、メールで由比ヶ浜さんと会っただなんて聞いてびっくりしたよ。凄い偶然だよね!」

「———っ!」

戸塚は爽やかスマイルでそう言った。可愛い。そう思った瞬間に由比ヶ浜がこちらを睨んでくる気配を感じたのですかさず視線を逸らした。

ちなみにだが、戸塚は俺たちの関係性について知らない。……いや、由比ヶ浜の失態で知っているのかもしれない。だとすれば本当にやってくれたなお前。

「ヒッキー?」

「すみません」

まぁ冗談は置いておいて実際知っているのかどうなのか気になるものの、流石にわざわざ尋ねる勇気はない。何故なら俺はス○バの注文でさえキョドるレベルのコミュ障なのだから。

それよりも早速本題に入ろう。

 

 

………。

 

 

いやちょっと待て。そういえば何をするのかなんて聞いてすらいなくないか。———なんて言ったば『だったら事前にメールで聞けばいいのに』と思われてしまうかもしれないがぼっちを極め抜いた俺からするとそんなメールも一大事なのだ。聞いている、と一度言ってしまった手前、どうも送信ボタンを押しずらい。んで結局聞かずじまいで今日を迎えてしまったという訳である。

 

由比ヶ浜だけじゃない。俺もしっかり馬鹿だった。

人はこれを、バカップルと呼ぶ。……なんか違うか?

 

まぁ単純に考えれば何か買い物だろう。それもあのタイミングということは修学旅行関連の何かという可能性が高いが決めつけるのは良くない。まずは一度濁してから尋ねるのが最適解だ。

「で、何買うんだっけ」

「え?何が?」

既に最初から間違っていた。

 

「……八幡?」

「いや、その……すまん、聞いてなかったんだがもう一度用件を言ってくれないか」

全くもう、と拗ねる戸塚はアイドルをプロデュースする音ゲーに出てくる少女そのものだった。一体どんな家庭で育ったらこうなるの。

 

……そういや戸塚の両親ってどんな人なんだろうか。両者女性すぎてもはや百合に…流石にねぇな、うん。

「前に言ってたでしょ?全部終わったら話すって」

あぁ。その言葉によって記憶が呼び覚まされた。一週間前に約束したばかりではないか。鳥頭か俺は。

 

「なるほどな。それか……分かった、約束通り教える。あのとき俺に何が起きてたのか———長話になるけどいいか?」

「いいよ。最初からそのつもりだったし」戸塚はにこりと微笑む。

あのとき。

戸塚にドラマツルギーとの戦闘を目撃された時、あれほど酷い仕打ちをしてしまったというのに、どうして見放さずにいられるのだろうか。

 

———友達だから。

 

「……んなこと分かってんだよ」

はぁ、とため息をつく。

さて、わざわざ休日を利用してまで戸塚が聞きたがっている話だ。折角だから存分に語り尽くすこととしよう。

 

 

東西東西、お立ち合い。

俺が口を閉じたのは、それから20分後の話である。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「……つーわけだ。南北」

「お疲れヒッキー」

南北は最後の挨拶ではねぇよというツッコミがどれだけ待っても誰からも来なかったので小っ恥ずかしくなりながら、あぁ疲れた、と由比ヶ浜から差し出されたコーヒーを口に含んだ。勿論マッ缶ではないのだが流石はス○バ、なかなか悪くない。

 

……あれ、なんか、赤いけど本当にこれ俺のか?

 

苺味は確か———。

「うそ……そんなことが本当に……?」

まぁ今更どうしようもない。それを喉に流し込んでからちらりと戸塚を見ると、彼の表情が呆気に包まれているのが伺えた。まぁあの非人間的なバトルを見てしまった以上信じないわけにはいかないのだがそうでなければ到底信じられる話ではないだろう。心配されるか無視されておしまいだ。

 

だが、彼は。

「なるほど、だから言えなかったんだね」呆気から復活した戸塚はそう言って微笑んだ。「なら仕方なかったな。ごめんね?迷惑かけちゃって」

その言葉を聞いた俺は即座に首を横に振る。

「迷惑とか一ミリたりとも思ってねぇよ。むしろ感謝すらしてるまであるぞ。お前の好意を悪く思うなんて天変地異が起きてもあるわけないじゃねぇか。誰だそんなことする奴。地獄に行ってしまえ」

「ひ、ヒッキーなんかキモい……」

「えぇ嘘……」

横から引き気味の声が聞こえてきた。関係は進展したのにそこをオブラートに包むつもりは毛頭ないんですね。

「ははは……それで、その……」

戸塚が妙に顔を赤らめ始めた。っつてもまぁ、全てを説明したわけだから3()()()()()についても勿論話したのだ。そりゃあ再確認したくなるのも当然であろう。てか可愛いなおい。

「2人、っていうか、その……本当に3人で付き合ってるの?」

3人———俺と由比ヶ浜と雪ノ下。改めて並べると凄いメンツだなぁと感心する。その輪の中にどうして俺のような存在がいるのか、今となっても不思議で仕方がない。

「まぁ、うん、そうだね、あははは……」

流石に第三者に知られるのには羞恥心があるのだろう、由比ヶ浜が戸塚同様に頬を赤めながら肯定した。可愛いなおい。

「そっか……色々聞きたいことはあるけどとりあえずおめでと、八幡!」

戸塚はとびきりの笑顔で俺たちを祝福した。

「おう」

「うんっ!ありがとさいちゃん!」

 

 

だが俺は———俺だけは気がついていた。

戸塚の表情が一瞬だけ陰ったことを。

あれはなんだったのだろうか。

 

 

 

俺たちはその後しばらく駄弁ってから買い物をして、ゲーセンで遊んだりもしてからそのまま帰路へ向かった。

時刻は午後3時。

修学旅行まで、あと約1週間。




読んでくださりありがとうございました!感想・評価などお願いします!


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005 水族館デート、それはフィクションである。

水族館デートなんてしたことないんですが…?
まぁ別に羨ましくなんてないですよくそが。…そんな感じの第五話です、よろしくお願いします!


修学旅行とは。

日本において小学校、中学校、高等学校、義務教育学校、中等教育学校、特別支援学校の小学部・中学部・高等部の教育や学校行事の一環として、教職員の引率により児童、生徒が団体行動で宿泊を伴う見学、研修のための旅行。特に「宿泊を伴うこと」「行き先がある程度遠隔地であること」で遠足や社会科見学とは区別され、「宿泊施設が野営地ではないこと」で野外活動と区別される。(wikiより抜粋)

 

簡単にいえばそれは文字通り「学を修める」旅行なのだ。

それなのにリア充どもはバスを降りるたびにイチャイチャイチャイチャと乳繰り始め、俺たちはそれを間近で見続けなくてはならない。

妥協。それが修学旅行で学べる『学』なのだ。

 

そして残念なことに、俺はどうやら前者らしい。

 

♦︎♦︎♦︎

 

場所は京都。

古都として昔の景観を残すこの地で、なぜか俺たちは最初に水族館を訪れていた。もはや教師陣営すら俺たちに学ばせる気がなくて笑えてくるほどだ。大丈夫か総武高校。

 

「では2時間後に再集合だ。遅れたら次の温泉街まで走ってこいよ」

俺のクラスの担任であり奉仕部の顧問である平塚先生は拡声器も使わずに生徒へ叫んだ。続けて、はーい、と不協和音が響く。うるさい。そしてこのアドレナリンマックスな状況下、数名が遅刻することは間違いないだろう。おそらく男子だ。

 

だが彼らは知らない。

平塚先生は本当に走らせる人間だということを。

ちなみに温泉街までの道はおよそ6キロである。

 

「どったのヒッキー?」

後ろから名前を呼ばれて現実に引き戻される。

「あ、あぁ…なんでもねぇよ」

「そう?じゃあ行こっか!あ、ゆきのんどこだろ…」

「どこだろうな…って」

由比ヶ浜に加勢して俺も雪ノ下を探し始めたのだが、見つけたのはそれよりもっと禍々しいものだった。

「うわぁ……」

こちらを睨んで血の涙を流す平塚先生。「お前だけは味方だと思ってたのに…」とでも言いたげな表情だがそれに関してはアンタが仕向けたも同然だろ。こちらとしては感謝したいくらいだ。

…そういえば、俺があの時、平塚先生の『部活に入れ』を『教育委員会に訴える』なんて屁理屈で強引に蹴っていたらどうなってたんだろうか。それはそれである意味平凡で幸福な人生を送れていたのかもしれないが今となっては想像もできない。

閑話休題。

 

「なぁ由比ヶ浜。ここじゃ人が多いから一旦中に入ろうぜ」

「あ、そうだね。じゃあ私メールしてみる」

 

俺は先生の視線から逃げるようにすごすごと館内へと向かった。

その道中、由比ヶ浜が俺の手を握ろうとしてやめたのは見なかったことにした。

可愛すぎて理性が飛びそうなんだよ。ったくもう。

 

にしても水族館デート、か。

「あれって架空の存在じゃなかったのか」

「あっはは…まぁ私も初めてなんだけどね?…って、あ!いたいた!おーい!ちょっとゆきのんなんで目逸らすの!?」

まだ俺が見つけられていない雪ノ下は、どうやら先週の俺と全く同じ行動をとったらしい。

可哀想に。

あとでラムネでもあげよう。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「わ〜見て見て!マンボウだよ!!!気持ち悪ぅ…」

「本人を前にそりゃねぇだろ…」

「けど、確かに似ているわね」

「本人を前にそりゃねぇだろ!?」

分かる人には「奉仕部グループ」だと理解し納得できたのかもしれないが分からない人には分からなすぎる班。それが我々である。

 

そこの腐り目、何者だよ———こんな具合に。

 

加えて由比ヶ浜と俺の関係性については既に公然の事実と化しており、それが尚更そのグループを異色化させていた。

 

なんでいるんだ、雪ノ下———こんな具合に。

 

 

「…………はぁ」

周囲からの目が痛い。ハリセンボンのように身体中に針が突き刺さっているような感覚に気が滅入りそうだ。俺は誰にも気付かれないようにため息をついた。

ふと俺は水槽ではなく周囲を見る。予想通りリア充で溢れかえっており、俺の目はさらに腐った。…あぁ、俺もこいつらと同じなんだった…つい本能が拒否してしまう…。

「そういえば比企谷くん、土曜日は楽しかったのかしら?」

「…!?」

いやいやいやなんで知ってんのこいつ。まじで鳥肌立ったんだけど。

「な、な、何のことでしゅか」

無駄なことと分かっていながらも抵抗を試みる。

「あら、わからないのかしら?」彼女はにこりと微笑む。「ならもう少し直接的な言い方をしましょうか。由比ヶ浜さんとのデー」

「わ、ちょ、馬鹿やめろ!楽しかったから!」

そう、と自分で言っておきながら興味なさげな感想を口に出す雪ノ下。本当に何がしたいんだよ、急に大声出し始めたり…心臓止まるかと思ったじゃねぇか。

「…では」それでこの話題は終わりかと思いきや、さらに雪ノ下は声を出した。

「その、わ…私とも…いつかいいかしら」

「———っ!」

雪ノ下は顔を赤らめながら上目遣いで俺に問いかけた。

可愛い。脳内がそれ一色になった。

『一色』という文字に対する謎の既視感に疑問を抱きながら俺は「考えとく」という言葉をなんとか捻り出し足を速めた。後ろから女子2名の笑い声が聞こえたためこいつらの関係性も良好なようだ。良かった、俺のせいで不仲になってたりしたら人間関係の難しさに再びひきこもり始める所だった。

 

「おぉ…これはすげぇな」

「綺麗…!」

「そうね…」

それから俺たちはクラゲの水槽のトンネル、お触りコーナー(無理矢理ナマコを触らせられた)、エイなどほとんど全てのブースを周り終え、残るところは()()しか残っていない。時間的にもこれを見たらお終いであろう。そう思い我々は歩き出す。

あれとは何か、なんてのは愚問だ。水族館のメインイベントと言って差し支えないだろうし、事実俺も小町と水族館に行った時はいつも見ていた。

そう。

 

「きゃーーーー!すごいすごい!!可愛い〜〜〜!!」

 

イルカショーである。

あまりの可愛さに語彙力が幼稚園児と化していた。…割といつも通りか?

 

「比企谷くん、珍しく楽しそうね。あなたのことだから『はっ、下等生物が泳いでるのなんて見て何が面白いんだか』とか言いそうだと思っていたのだけれど」

「いや流石の俺でもそこまでは言わねぇだろ」

俺いつもそんな感じだと思われてるのか…。

哀愁を漂わせようとした瞬間、ザパーン、と勢いよくイルカが跳ね上がり最前席の人々がブルーシートに身を寄せ合う。

俺たちが来たのはショーが始まる寸前だったため前方の席は埋まっており、結局最後尾に立つこととなったのだが、これはこれでいい眺めだ。陽キャどもを見下……上から見るゆえにショーを全貌を見ることができ、最善席とはまた違った楽しみ方をすることができた。

 

ちなみに。

恥ずかしながら俺も少しワクワクしていた。

 

『ミューちゃんに大きな拍手をッ!!』

 

それは由比ヶ浜も雪ノ下も同じであろう。普段あまり表情を動かさない雪ノ下さえも表情筋を緩ませて拍手をしている。

 

———あぁ、幸せだ。

イルカの大ジャンプを見ながらそう感じざるを得なかった。




次回、温泉街です。感想・評価なども是非よろしくお願いします!!


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006 土産屋には時折怪しいものが置かれている。

タイトル作りが一番迷う…絶対何かもっといいのあるよなぁと思いながら作っているのでもっといいのあるぜという方は感想欄にでもお願いします。
そんな感じの第六話、よろしくお願いします!!


温泉街。

それは即ち観光客が多いことを指す。加えてそれは彼らを狙った土産屋が多いことを指す。京都では特にそれが顕著に現れており、四方八方に土産屋が聳え立っていた。

「人が多い。帰る」

「ちょ、ヒッキー冗談だよね!?」由比ヶ浜が言う。

「これが冗談に見えるか?」

「?見えるけど……え、うそ本気なの?」

「冗談だ」

ぽかぽかと肩を叩かれた。全く痛くないし肩たたきにすらならないレベルだった。つーか可愛いなおい。

さて、昼に京都に着いてから時刻は午後3時を過ぎていた。ピークは過ぎたとはいえまだ暑さは続いている。どこかでソフトクリームでも食べたい気分だ、と思っていた矢先。

「あ!ねぇねぇソフトクリームあるよ!うわぁ黒糖味……絶対美味しい……」

ちょうど目の前に販売している店があった。なんて偶然。いや、運命か。どちらにせよ、これは食べないわけにはいくまい。帰ったら小町にでも自慢しよう。

「じゃ、折角だし食うか」

「そうね」雪ノ下も素直に頷いた。「あぁでも……悪いけれど先にトイレに行かせてもらってもいいかしら」

「あ、じゃあ私も〜ごめんヒッキー3人分買っておいて!」

「は!?おいちょっと待っ……」

俺も行きたい、と言おうとしたが既に両者とも消えてしまっていた。全く、どうすんだ、大丈夫か俺。ワックの注文でさえキョドってしまうというのにソフトクリームなんて買えるのだろうか…いつもは小町に頼んでるからなぁ。

「マジで俺小町無しで生きていけないんじゃねぇのか」

値段を確認し、列に並ぶ前に財布の中身を取り出そうとしたその時———

 

「———?」

爆音。

続いて。

 

「はぁっ!?」

ドーン、となにかが勢いよく衝突してきた。俺もその巻き添えを喰らい吹き飛ぶ。

 

「え———」

ちょっと待て。

何、これ。

怪異か?

死ぬのか俺。

そう思ってしまうほどの衝撃だった。

今のは比喩でなく軽トラックのそれだ。

現に俺は今頭の後ろから血が出ており———つまるところ、俺が吸血鬼じゃなかったら死んでいたかもしれない。

一体何者だ———と立ち上がりながら投げた人物を確認しようとするもそれは叶わなかった。

なぜか。

「あの……大丈夫ですか」

何とびっくり、飛んできたその物体は人間だったのだ。

いや、なんでだよ。

そんでどうしてこんな大事に限って場面で人影がなくなるんだ。

「あ…はい、大丈夫で」

「あ!おーい!いーたん大丈夫かー!」

俺の言葉を遮る、快活な女性の声が聞こえてきたため目線をそちらへ移す。そして俺は再び仰天する羽目となるのだがこればかりは仕方ないと思う。この男を投球したであろう人物が女性で———しかも全身真っ赤だったらそら驚くだろ。いやまじで全身赤い…服はまだしも髪まで赤いって…京都の街並みとアンマッチすぎる。高い看板みたいに条例で出歩くの禁止されねぇのかな。

「わりぃなうちのいーたんが迷惑かけたみたいで!」

「いや、それは貴方が投げたのが悪いでしょう」

「るっせーな、私の名前を苗字で呼んだんだからこれくらい当然だろ」

「何時代の人間なんですか……それよりも急ぎましょうよ哀か…潤さん。約束の時間に遅れます」

「ん?あぁそういやそうだったな。約束なんてすっかり忘れてたぜ」

「戯言ですよね?」

「どうだろうな。つーわけで少年、色々悪かった!お詫びと言っちゃなんだが名刺やるから困ったときはいつでも連絡してくれ!じゃ!」

「あ……うっす……」

「えぇ、では」

そう言ってお辞儀した少年。一見してみると礼儀正しいように見えるが違う。108のスキルを持つ俺にはわかる。

彼の目は俺以上に腐っていて。

まるで感情のないような。

人生を諦めているような、そんな———

 

———なんて意味のない考察をしている間に彼らは消えていた。

「まじで何もないんですね…はぁ、ただの日常パートかよ」

嵐のような人だ、と思いながら名刺を見る。

「哀川潤…………請負人?」

そこに書かれた文字を声に出して読み上げ、困惑する。なんだよ請負人って。奉仕部ばりに聞かない名前だぞ…いや、さっきのは本当に何だったんだろうか。怪異というにはあまりに生き生きとしていたし問題はないはずだが。いや、ある意味問題といえば問題なのか…。

とりあえず俺から言えることはただひとつ。

「お待たせ〜……あれ、ソフトは?」

「あ」俺はつい目線を逸らす。「えっとですね、それはあれがあれでして…あの、お二人とも、落ち着いて?」

「……比企谷くん?」

 

テメェらまじで許さねぇからな。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「おいひ〜!」

「やっぱりただで食べるものは美味しいわね」

「それには同感なんだけどな……」

あのあと、罰として3人分奢らされた。最悪だよほんと。請負人だかなんだか知らんがだったら俺のソフトクリーム代くらい請け負ってくれよ…どうせ金持ちなんだろ。

今回の俺、損しかしてないぞ。

「いや、なんかごめんね?お金今更だけど返そうか?」

「別にいい。未来への投資だと思えばギリ大丈夫」

「ギリなんだ」

「まぁ、それも比企谷くんらしいといえばらしいのだけれどね」

「そうそう!この前もさぁ……」

仲睦まじいその姿にこれは思わずほっこりしてしまった。この笑顔が見れる限り日本は平和なのかもしれなかった。リコリスの皆様、どうか頑張ってください。

「……ん、どったの?」

 

田舎のおじいちゃんのような俺の目線に気がついたのか、不思議そうに尋ねる由比ヶ浜。

俺は「なんでもねぇ」と返して「ほらさっさと決めるぞ」と言った。

我々は今、土産屋の前でストラップを見ている。

キューピーや京都のゆるキャラだと思われるヒヨコ?などご当地のさまざまなストラップが並んでおり…あれ、なんでくまモンのストラップが……?お馴染みの何故お土産店にあるのか分からない厨二臭満載の剣とドラゴンのストラップもある……これほんとどこにでもあるな。ということはある程度の売り上げは維持できているということなのだろうか。おいおい、日本大丈夫か。

「私これにする!」

由比ヶ浜が手に取ったのはネット民に馴染みの深い、所謂『しょぼん』のストラップだった。まぁ猫だし可愛いんだけどな。猫といえば……。

 

「…………っ!」キラキラした目でそのストラップを眺めている雪ノ下が俺の横にはいた。でしょうね、猫だもんね。

 

「なぁ折角だからおソロにしようぜ。ほいこれ」

「プライドが許さなかったのか最後まで手を伸ばそうとしなかった雪ノ下に、俺はしょぼんのストラップを手渡す。

「珍しいね、ヒッキーがお揃いにしようだなんて……」

「珍しいっていうか、したことないっていうか……」

「可哀想ね。まぁかく言う私も初めてなのだけれど。だから嬉しいわ」

ありがとう、と雪ノ下。その一言で、彼女の今まで罵声を全て許せたような気がした。

 

「……ほ、ほら、早く会計するぞ」

気恥ずかしさを誤魔化したくて俺はレジへ急いだ。

後ろから女性陣のクスクス笑いを聞くのは、修学旅行ではこれが2度目だ。

 

♦︎♦︎♦︎

 

残り時間もあと30分となったところで俺たちは特に用事もなくあたりの雰囲気を楽しみながら散歩に興じていた。時間を無駄遣いしていると言われそうだがこれもなかなか悪くない。古都の名前は伊達ではなく、至る所に昔の日本を感じられてかなり面白い。少なくとも歩きスマホしている陽キャグループよりかはこの旅行を楽しんでいる自信があった。この俺が楽しめるなんて予想だにしていなかったので驚きである。

散歩を続けてかれこれ10分。さてそろそろバスへ向かおうかとなったそのとき、由比ヶ浜が何かに惹かれて立ち止まった。

 

「へぇ〜何これすごい可愛いじゃん!」

彼女が立ち止まったのは古い骨董品店。趣がありすぎて逆に怪しささえ感じてしまうその建物のなかから由比ヶ浜はあるものを見つけ出した。

 

「猿の……手?」

そう、名札に書かれていた。加えて、『それに願い事をすると願いが叶う』と。

「うさんくさ……」誰にも聞こえないように呟いた瞬間、横から「胡散臭いわね」と通常音声の声。ちょっと雪ノ下さん?空気読みましょう?

「いや、でも1000円だし、これ可愛くない!?」

可愛い……か?いや、少なくとも俺の中ではしわくちゃの腕の模型を可愛いとは言わないのだが、と雪ノ下へのアイコンタクトを試みると同感よ、と帰ってきた。あらやだ以心伝心。

「ま、別に財布に支障もないんだしいいんじゃねぇの?買うなら早く買ってこいよ」

「うん、そうする!」

たたた、と店の奥へ向かった。

 

「「はぁ……」」

「「あ」」

「……はっ」「……ふふ」

似ていると最初に雪ノ下に出会った時にそう感じたのだが、どうやらそれは間違っていなかったらしい。それは付き合い始めてから顕著に現れてきており、そのたびに恥ずかしくなる。

同時に、由比ヶ浜のあの予言も正しかったのかもしれないと思い返す。

 

———ゆきのんとヒッキーはいつか必ず付き合う。

 

俺が吸血鬼になってなかったとしても、別の道を辿って雪ノ下とともに歩む結末に行きついていたのかもしれない。まぁ今の関係はそれより随分と歪なものだが悪くはない。つーか、むしろいいと思う。

誰も不幸にならずに生きることの何が悪いんだ。

俺はそう思う。

 

 

 

否———そう、思っていた。

 




京都ということで戯言シリーズよりいーちゃんと哀川潤を出してみました。多分物語にはなんの影響もないのでわざわざ調べてもらわなくても大丈夫です。


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007 せめてバスの車内くらいは落ち着いていたい。

骨董品店に置かれていた怪しげな猿の手の模型…一体誰が売りに出したんでしょうね。そんな頑張る感じの第七話、よろしくお願いします。

あと最近ウマ娘にハマっているので更新頻度があれです。セイちゃんかわええ。


土産屋でのあれこれを終えてついにホテルへ向かうぞ、というバスの中。

 

「なんでこれの可愛さが分からないかな…」

陽キャグループに包まれてでぶつぶつ呟いている由比ヶ浜を前方に確認しながら俺は窓の外に目を向けた。眠気のあまり欠伸を出しながら、しかし眠ってしまうのは何かもったいないような気がして景色を楽しむことにした。大分都会に近づいてきたのだろう、言われなければ京都だと分からないほどに近未来になっている。まぁ悪くないんじゃねぇの。千葉ほどじゃねぇけどな。うん。

 

「ねぇ、八幡」

横から聞こえた声は戸塚のものである。一瞬で目が覚めた俺は今日一番の柔和な表情で「なんだ?」と返事をした。我ながら気色悪い。ちょいちょい、と耳を寄越せとの合図があったのでそれに従う。

 

「デートはどうだった?」

 

女子のような可愛らしい囁き声とともに彼の口から漏れた生暖かい吐息が俺の耳をくすぐった。

「———っ!」

がばっ、と俺は咄嗟に退いてしまい、戸塚に「大丈夫?」と心配されるが割と大丈夫ではない。心臓の音がうるさすぎてもう何も聞こえないまである。なるほど。これが噂のASMRとやらか。

なんて恐ろしい兵器なのだろう。道理で流行るわけだ———俺は感心さえ覚えてしまった。

 

「八幡?」

「あ…あぁ、悪い。俺、耳弱いから」

「あっそうだったんだ…ごめんね?」

「そうなんだよ。そうそう耳といえばこの前な———」

「で、デートどうだったの?」

 

語尾を強めて問われた。むう、誤魔化せなかったか。俺の108の特技のうちの一つ『論点すり替え』でなんとかいけると思ったんだけどな…。おい、そんな目をキラキラさせながら聞くなよ。余計に断りずらくなっちゃうだろうが。あとちょっと顔赤くすんのもやめろ、うっかり手出しそうになるじゃねぇか。…冗談だよ?

 

「…オソロでこれ買った」

仕方なく俺はお土産屋で購入した京都仕様『しょぼん』を見せた。

ちなみにまだ開封していない。透明な袋に覆われた新品状態である。

「おぉ〜可愛い〜!」戸塚は自分の音のように嬉しそうな表情でそう言った。

お前のほうが———とは言わない。

「いいなぁ、僕にもいつかそういう人ができるのかなぁ…」

「は?できるに決まってるだろ」

「なんで怒ってるの?」

いい加減自分の魅力に気がつけという件について、である。彼の魅力というのは即ち『可愛さ』である。だが、もし女性たちが戸塚の外見しか見なければその『好き』は猫やハムスターに対するものと同じで———その点で言えば彼の本当の内面に気がついてくれる人が現れるかどうかだけが心配である。

いや、もういっそ俺が貰ってやろうかな…。「こいつとも付き合うことにしたわ」とか言って戸塚を紹介したら2人はどんな顔をするのか…少し気になったりもする。

 

  ———『ヒッキー…ごめん、もうついていけないや』

  ———『比企谷くん、失望したわ』

 

「……。」

苦虫を噛んだような気分になった。

最悪愛想を尽かされる可能性を考慮すると、来年のエイプリルフールにでもやるのが無難だろう。覚えていたらの話だが。恐らく忘れる。

「そういや戸塚誰と回ってたんだ?一回もすれ違ってない気がするんだが」

「うん、僕も記憶にないから多分すれ違って無いと思う。同じ部活の人と回ってたよ」

 

ほう、同じ部活の人とな。

 

「男子か?」

「いや、女子もいた……え、八幡!?どうして泣いてるの!?」

いかんいかん、嫉妬のあまり感情豊かになってしまった。抑えなければ。俺は「何でもねぇよ」と再び窓の外を見る。

丁度信号が赤になりバスも止まる。

「……あ」

偶然窓の外にある人物を目撃する。誰か、なんてわざわざ問う必要もないだろう。俺に京都の知り合いなんていない。千葉の知り合いすら少ないというのに。まぁそれは置いておき、その人物とは、俺に先程のお土産通りで被害を加えてきた哀川潤とやらだった。そしてもう1人の、俺にぶつかってきた(?)青年は———。

 

担がれている。

…まさか、気絶してんのか?

「はっ…まじで怪異じゃねぇだろうな…」

苦笑いを浮かべながらも、今後言葉を交わすことは無いだろうと気がつき、ついに全ての思考が面倒になった。

「悪い、寝るから着いたら起こしてくれるか」

「あ、うんいいよ」

 

これで安心、と俺はカーテンで目隠しをしてから睡眠に入った。その瞬間『よし、ではそろそろホテルに着くから荷物の準備をしておけ』という平塚先生の爆音が聞こえ、最悪の気分になった。

とりあえず聞かなかったフリをしようとカーテンを固く握りしめたのだが、数十秒後にいつの間にか俺の目の前に来ていた先生に土手っ腹を殴られて永遠の眠りに誘われそうになった。

 

 

 

 

頼むから、バスの中くらいは落ち着かせてくれ…。

 

 

 

 




ヒッキー、次回は修学旅行から帰還しています。『なんでこんな微妙なタイミングで終わるんだよ飽きたのかこのくそツインテールが』と言いたい気持ちはよく分かりますがゆーて特筆するような出来事は無いので…てかここでやめないと八雪結のイチャコラを書きすぎて怪異現象にまで持っていく自信がないんですよ。
修学旅行をもっと書くとしたら番外編かなぁという感じです。感想・評価などお願いします!


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008 されど休みは始まらない。

修学旅行から帰還した後のお話。


帰宅。

 

「おかえりお兄ちゃ———いやなんでいつもより目が腐ってんの!?」

「眠い。今だけは寝かせろ…」

「あいあいさー」

 

久しぶりの愛する妹とのハートフルな会話を終えた俺は一目さんに自室のベッドへ向かい倒れ込んだ。

ふはぁ、と我ながら気持ち悪い声が出てくるが嬉しいことに、今までのように自室に他人がいるなんてことはない。これこそが俺の望んでいた完全なぼっち世界なのだ。だから今だけは少しくらいは許容してほしいと思う。

 

「はぁ…」俺は仰向けになって懐かしい天井のシミを見つめる。

 

それにしても疲れた。が、同時に楽しくもあった。ホテルの同室が葉山一味だったことを除けば基本的に充実した修学旅行になったのではないかと思う。どうやら戸部が海老なんとかさんに振られたらしいが俺の知った話じゃねぇ。他人のせいで気分悪くなってたまるかっての。

「…寝るか」

もう既に体は悲鳴を上げていて、懐かしささえ覚えてしまうこの家の空気に俺の瞼は閉じるのを我慢しきれなくなっていた。

幸運なことに明日は土曜日だ。

全力で休むことにしよう。

 

おやすみ。誰に言うでもなくそう呟いてから意識を海の底に沈ませた。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「ん…?どこだ、ここ…」

いつの間にか床に倒れていた俺は目を覚まし、立ち上がる———いや、これは夢だな、となんとなく理解する。

ふわふわと揺蕩う感覚。

そして、ありえない光景。

俺は今、雪ノ下の部屋の中にいた。なんか見覚えあると思ったわこの豪華な部屋。とはいえ夢にまで見るほど切望した覚えはない。掃除一つでも疲れてしまいそうだし何より気が休まらない。家は安息の地であるべきだ。であれば一体どうしたことだろうか。

「…正夢とか」

ボソリとこぼしてから「ねぇか」、と首を振る。それにもしそれがありえるなら同じ割合で逆夢の可能性だってあるのだ。とやかく言ったところで意味はない。

 

無意味で、無価値だ。

「…あ」

不自然に開いている扉の向こうから吐息が聞こえる。おそらくは眠っている雪ノ下だろう。

 

———と、そう思ったのだがどうやら違うらしい。

 

「は———あッ…はぁ…はぁ…はぁ」

 

ただの呼吸というよりは喘ぎ声のような艶めかしい雰囲気だった。

どきりと心臓が鳴る。

 

「…まさかな」

はは、と笑おうとするも表情が引き攣ってしまい上手く笑えない。夢だと分かっているのに、裏切られた気持ちになってしまう。

どうする、俺。

無論これはただの夢だ。

だが本当に見てもいいのか…?

「は…はぁ….んっ…」

見たら確実に後悔するぞ。

それでも、本当に。

 

 

「た———()()()()()()

 

たすけて?

喘ぎ声———ってまさか。

先程からおまけ程度の吸血鬼の嗅覚でなんとなく匂っていた血の香りは。

 

「雪」

雪ノ下、と叫ぼうとしたその瞬間、体がぐらりと傾いた。息が苦しい。どうしたものかと、ふと自分の腹を見るとそこには獣が爪で引っ掻いたような大きな切り傷があった。

「か…は…ッ!」

先程の雪ノ下のように酸素を取り込もうとして必死に呼吸をするが上手く出来ない。音がなくなっていく。視界が霞んでいく。

間違いない。

雪ノ下はこいつに殺されたのだ。

 

いったい誰だ、と満身創痍のなか最後に見たものは——黄色いレインコートを着た———猿のように毛深い腕を持つ何者かだった。

「く、そが……」

これが現実じゃなくて良かった、と薄れゆく思考のなかで思いながら俺はゆっくりと瞼を閉じた。




さて、こいつは一体誰なのか…とか言いつつ皆さんもう分かっていると思いますが…まぁ少なくともばるかん後輩ではないですね。
よろしければ感想・評価などお願いします!!!


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009 比企谷八幡の心は乱れ、奉仕部の波も乱れ始める。

タイトルが本当に思いつかない…。


———という悪夢を見た3日後の朝。天気は晴れだが対照的に俺は至極不愉快な気持ちで登校をしていた。あの後あまり眠れていなかったからか、心なしか頭痛がするし寝不足状態で俺の目はいつにも増して濁り切っていた。

それにしても、夢にしてははっきりしてたなぁと思い返す。

まるでその場にいたと錯覚してしまいそうな感覚。

加えて、夢から覚める前に見たあの人物には心当たりがあった。

レインコートからちらっと覗いた髪の毛の色は。

 

「あ、ヒッキー!やっはろー!」

噂をすればなんとやら、で靴箱の向こうに由比ヶ浜が立っていた。いつものように軽く挨拶を返し、並んで歩く。

「…この状況、いいのか?」

「へ?何が?」

「だってお前、朝2人で登校してたら勘違いされてもおかしくねぇだろ」

「?別に勘違いじゃないんだし良くない?」

何を言っているんだこいつは、と言いたげな表情を浮かべた由比ヶ浜は、そう尋ねた。まぁそうなんですけどこちらとしても準備がいると言いますかなんと言いますか。てかほんとすげぇな。よくそこまでオープンに出来るわ。阿保ゆえだろうか。阿保ゆえだな、うん。

「てか、付き合う前から時々一緒に階段上がったりしてたじゃん。今更でしょ」

「まぁ確かに」

いつも通り。そう考えることで少しは気が楽になった気がする。先ほどから心音が大きすぎてどうかなりそうだ。

「そういえば戸部っちからの依頼ってどう?出来そう?」

「ありゃ厳しいだろ。つーか、そもそもアイツでなくても人間関係ってのは壊しやすい割に修復すんのは難しいんだよ。例えばいじめだな。今まで仲良かった奴がいじめっ子側についたとするだろ。たとえその理由がいじめっ子が怖いからであって内心では心配していたとしてもお前はそいつを許せるか?」

「え?あー、…たしかに許せないかも」

「そういうことだ」

ま、悪の組織から救うくらいのことをすりゃ話は別だがな———俺は心底どうでもよさそうにそう呟いた。

あまりにも幼稚な考え方だったため誰にも聞こえないように発した言葉だったはずなのだが、由比ヶ浜にはギリギリ聞こえていたらしく。

「もうあんなことはしないでよ」と言われた。

あんなこととはどんなことだろうか、と脳内検索を行なってしばらくしてから文化祭でのことだと思い当たった。

自分が悪役になるという一番楽な方法。

訓練されたぼっちである俺はそれくらいで傷つかない。故にそういった行動も迷わずできてしまうのだ。だから保証はできないと思い、そのまま素直に「頑張る」と返した。それだけで満足だったらしくうんうんと頷く由比ヶ浜は世界一可愛いのかもしれなかった。

閑話休題。

修学旅行から帰ってすぐの月曜日の放課後。久しぶりの奉仕部にいきなり依頼人がやってきた。それが由比ヶ浜も所属している、我らが2-Fの陽キャ集団のうちの1人・戸部(かける)だった。

依頼内容は「関係を修復したい」。

修学旅行2日目、戸部は同じく陽キャグループの海老名姫菜に告白し見事に砕け散った。その日の夜は戸部が泣いててうるさいことこの上なかたのだがその話は置いておこう。

つまりこういうことだ。

『振られたせいでグループ内が気まずくなっており、どうにかして解消したい。』

 

お前が蒔いた種だろうがと言いたくなる気持ちは山々なのだが、由比ヶ浜の上目遣いにやられて結局引き受けることになってしまった。やはり可愛いは正義。

 

「…ま、善処する」

「…うん、ありがとね」由比ヶ浜は悲しげな表情を浮かべてから俯く。

「私、戸部っちのあんな顔見るの初めてで…だからどうしたらいいのか分かんないんだよね。この関係が終わっちゃうのかなぁって、少し怖くて…だから、お願い」

瞳をうるうるさせながらの由比ヶ浜の懇願。これを断れる奴この世に存在しないだろ。

と言えるわけもなく、なるべくいつも通りに「だからやるっつってんだろ。人の話聞けよ」と返した。

「…ヒッキーって、優しいよね」

「だろ?」

「そうね、その通りだわ」

階段の先に、ロングの女子の姿があった。というか、雪ノ下雪乃だった。

…今、その通りって言った?あの雪ノ下さんが俺のことを優しいって言った?あの深窓の令嬢が?嘘だろ?何か裏があるんじゃねぇのか。と思ったがいつもの暴言は返ってこず、それはつまりただ褒めただけということを表していた。

 

「おう」

そんな思考を読まれないように由比ヶ浜にした時と同様に挨拶をする。

 

「…比企谷くんはもう少しまともな挨拶ができないの?」

「何言ってんだ。会話が出来ないから友達も出来ないんだろ」

「どうしてそこまで胸を張れるのかしら…まぁ、貴方らしいといえば貴方らしいけど。では行きましょうか」

そう言って雪ノ下は俺の横についた。彼女の頬は桃色に染まっていた。風邪か、なんて聞けるほどに俺は鈍感系主人公ではない。敏感どころかむしろあれこれ勘違いしてしまう救いようのない男なのである。

 

だから、これも勘違いなのだろうか。

それとも、夢———

 

「…雪ノ下さん?」

「あら、何かしら」

「これこそ勘違いされると言いますか、何と言いますか…」

「だからそれも事実じゃん」由比ヶ浜が笑う。同じように雪ノ下も笑い、同時に俺はため息をつく。

それ———つまり、二股。

しかも俺が提案したことなのだから文句を言える立場ではないことは分かっているのだが、なんというか、『なんだあの美少女2人に挟まれている目が腐った男は….!』みたいな視線が先ほどから突き刺さっていて痛い。むしろ痛々しいと言うべきかもしれない。

 

だがしかし、別に嫌なわけではない。「ほれ、早く行くぞ」と言って2人の背中を無理やり押す。2人は驚いたのち顔を見合わせながら小さく笑い合った。仲がよろしいことで。

 

 

———と、言いたいところだったのだがそんな安いポーカーフェイスで俺の目は騙せない。

「…………。」

由比ヶ浜結衣の表情にはどこか陰りがあったことを、俺は見逃していなかった。

 

 




おや?由比ヶ浜のようすが…みたいな第9話でした。如何だったでしょうか。感想・評価などお願いします!


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010 そして、あの夢の続きが始まる。

作者、テストにつき更新が一時途絶えます。


ガシャゴン、と馴染み深い音を立てながら自販機がマッ缶を排出する。すかさず俺はそれを回収し蓋を開けた。そしてそのまま自転車を押して歩き始める。

時刻は午後7時を過ぎている。どうして性懲りもなくこんな真夜中に下校しているのかと問われれば、平塚先生に頼まれた用事があって強制的に手伝われたのだ。

いい加減自分でやれよ…。

ちなみに本日、由比ヶ浜は風邪につき休みをとっている。この時期に?と不思議に思わないでもないが早計な行動で地雷を踏んでしまってはいけない。何か伝えるにしてもメールくらいにしておこう。

 

それにしても人が少ない。折角だから歌でも歌おうか。夜の空気に飲み込まれないようなポップな歌がいい。ウマ娘か。ウマ娘だな、そうしよう。

「君の愛馬が♪ すきゅんどきゅん走りだ———あ」

 

人がいた。

しかもうまぴょいしている最中である。恥ずかしいことこの上ない事実に俺の顔はあっという間にオーバーヒートした。108のスキルの一つ『隠密行動』を用いて「…っす」とでも言って逃げようかと思ったのだが。

「———。—…——・————。———」

それは叶わなかった。何故なら、それは見覚えがある人物で、だが未だ会ったことのない何者かだったから。

「え」

俺は一体何を言おうとしたのだろうか。それすらも分からないまま、開いた口は塞がらなくなる。それは慣用句的な意味でもあり、事実でもあった。

 

「がッ……!?」

 

何故なら俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのパンチは脇腹を抉り、アスファルトには血が流れた。

「う……あ…!」

今のは一体なんだ。

俺が知っているこいつは、こんな非人間的なスピードで動くことなんてできないし、なんなら一般の女子より運動能力が低い。

なのに今の攻撃はキスショット———とまでは行かないまでも、それに近しい感覚を覚えた。

 

その人物を俺は確かに知っていて、だけど何か違和感を覚えた。

ゆらり、ゆらりと先程のスピードとは打って変わって酔っ払いのように歩み寄ってくるレインコート。その顔は闇に包まれていて、引きずり込まれそうで———どこまでも不気味だった。

と、そこでようやく違和感に気がつく。むしろどうして今まで気がつかなかったのだろうかと疑問を抱くほどに大きな違和感———そいつの腕は人間とは思えないほどに太く、猿のように毛深かった。まるで、由比ヶ浜が修学旅行で購入していた猿の手のように。

 

「はぁ…はぁ…」

……不味い。

意識が、保たねぇ。

視界が狭まっていく。

吸血鬼の回復能力で死ぬことはないと思うが、寝ている間に殴られ続けたら流石に死ねる。不味い、どうする俺。どうすればこの状況を切り抜けられる。

30秒。

30秒だけでも時間を稼げたら回復も終えて逃げられるのだ。

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ———!

 

「比企谷くん?」

 

そのとき、誰もいなかったはずのこの場所に第三者の声が聞こえた。そのせいかレインコートも肩を震わせて動きを止める。

 

「ゆ……雪ノ、下、逃げ」

「逃げる?何から?それよりも比企谷くん、その傷は———!?」

「は?だ、だから、こいつから———」

いつの間にか回復していた腹を右手で労りながら左手でアイツがいる場所を指さす。

アイツがいる場所。

「は…どこに消えた…」

レインコートは少し目を離した隙に消えていた。肉脳筋キャラかと思われたがどうやら他人に見られるのはまずいという程度の判断はできるらしい。はぁ、と脱力すると再び痛みが襲ってきた。どうやらまだ完全には治っていないらしい。全盛期からすれば恐ろしい退化である。まぁ俺がもしただの人間だったら今頃すでに死んでいるのだから文句は言えまい。

 

「…大丈夫なの?」

俺と同じ目線まで倒れ込み、心配そうに患部を見つめる雪ノ下。どことなく猫っぽさを感じるその体勢に可愛いなぁと思いつつ立ち上がる。

「大丈夫だよこんくらい。今まで雪ノ下から食らってきた精神攻撃に比べたらなんのこっちゃねぇ」

「そうやって軽口が叩けるのなら、本当に大丈夫なのでしょうね」

でも、と雪ノ下。

「あなたが大丈夫と言っても私は心配だわ。あなたの家、まだかなりあるし一旦うちにくるのはどうかしら」

「いやいやいやそれはまずいっていうかなんていうか」

「何が?」

「いえ、是非お邪魔させていただきたいと思います」

今の鋭い眼光まじで怖かった…なんならさっきのレインコートよりも怖かったわ。漏れるかと思った。

 

「つか、こんな遅くまで何やってたんだよ」

「塾よ。もう少しでテストがあるから勉強しておかなければと思って」

「学年順位一桁が何を言ってらっしゃいますか」

「貴方だって国語はいいじゃない。前回なんて負けてしまったし。悔しいから今回のテスト勉強は国語を重点的にすることにしているの」

「やめろよ、得意教科っつても他の教科と比べたらなんだからガチ勉強されたらすぐ抜かされるんだって」

 

 

なんて軽口を言いながら俺は別のことに思いを巡らせていた。

 

レインコートの人物の正体。

 

推測、なんてものではなくそれはもはや確信に近かった。

 

その腕は猿のようで。

 

 

だが、それ以外はアイツと全く同じで—————

 

 

「それから、比企谷くん」

「あ?なんだよ」

「勿論家族はいないのだけれど———変な気を起こさなようにね」

雪ノ下は顔を赤らめながら、にこりと微笑んだ。

うーん…出来るかなぁ…。

あまりにも不安だったので俺は「善処する」とだけ呟いて歩幅を伸ばした。

 




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011 そもそも俺が女子の部屋にいるなんてありえない。

感゛想゛が゛欲゛し゛い゛!゛!゛
そういえばお気に入り100件ありがとうございます!(情緒不安定)


男子諸君は女性の部屋に入ったことがあるだろうか。女子が男子の、という逆も然りである。勿論だが家族は除く。義理の妹は…まぁ許そう。そもそもそんなのは都市伝説みたいなものだし。2次元にしか存在しないと考えていいと思う。

まぁそれはさておき。

異性の部屋というのはなかなか入りづらいものだ。

それは一体何故だろうか?

いい匂いがして緊張するからとか恋人と2人きり色々あるのだろう。くそが。

だが安心してくれ。その緊張は全く恥ずべきことではないと告げておこう。

例えば俺を見ろ。

男子の部屋だって入ったことない俺に女子の部屋が緊張しないわけないじゃないか。

だけどその緊張は他の人とは一線を画す。いい意味か悪い意味かは置いておいてくれ。つまりその緊張は至極当然のもので世の中には更に心拍数を上げるやつだっているのだから際立って君がヘタレというわけではない。

 

で、今回俺が言えることは一つだ。

 

 

女子の部屋、めっちゃいい匂いする…。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

「上がって頂戴」

「お、おう…」

彼女の部屋に上がるのはこれで2回目だ。1回目は文化祭で雪ノ下が体調を崩したときのお見舞い。2回目が今回、というわけで。

だが最初に入った時には俺と共に由比ヶ浜もいて、そのお陰でなんとかコミュ障を発動せずにいられたのだった。

 

今の俺は1人である。

ざっけんな。

 

高級感に加え女子の部屋特有のいい匂い(アロマ?フルーツ?)のせいか、俺の心臓は先ほどからバクバクしたまま収まらない。寿命が縮んでしまいそうだ。

ちなみに雪ノ下の部屋がどのようなものかご存じない方もために説明しておくが———先ほどから部屋と言っている時点でマンションというのは想像がついていると思うが———ただのマンションではない。高級ホテルのような内装に一見してお金持ちだとわかる。どうやら両親は県議会議員と地元中堅ゼネコンの創業家らしく、なるほど当然金持ちであると言わざるを得ない。

「服がかなり汚れているわね…」雪ノ下は俺を上から下まで見て一言。「何があったの?」

まぁ聞かれるだろうとは思っていたが本当にいきなりだな…。

「何も」

「騙されると思う?」

まぁそうだろうな、とため息をついた。出来ることならこの案件は俺だけで解決したかったのだ。何故なら、雪ノ下がこの事件に足を突っ込んでしまえばそれは即ち怪異に出逢うことと同じ意味を持つのだから。

一度怪異に遭った人間は再び怪異に遭いやすくなる。

もしそれが無かったとしても、雪ノ下の人間関係は多かれ少なかれ変化を遂げる。

俺はそれを阻止したい。

なんとしてでも。

 

 

暫くの間俺が黙っていたからであろう。雪ノ下は小さくため息を吐いて背中を向いた。

「ここに座っててくれるかしら。お茶とコーヒーどちらがいい?」

つまり、俺に飲み物を出してくれるということらしい。その中で聞き出せれば上々、といったところか。

「あ、いや別にお構いなく…」と言おうとしたのだが途端に彼女が悲しそうな顔をし始めたので即座に「お茶で」と返した。そんな表情をされてまで断る気はない。ならせめて面倒の少ないお茶の方が良いと思ったのだ。

その様子を見て彼女は微笑み、少し待ってて、とリビングに俺を残した。

バタン、とドアの開く音がして俺は正真正銘の1人になる。深いため息をついて上を見上げた。思考以外に特にすることもないのだ。

つーか体の傷、もう直ってんだけどな…ここに来る前にはもう切り傷さえ残されていなかった。さすが吸血鬼。つまりさすが俺。なんて考えつつ雪ノ下の帰還を待った。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「おまたせ」

2分ほど経ってどうやく戻ってきた雪ノ下の手にはお茶———ではなく———いや正確にはお茶なのだが———何やら古風な道具と緑の葉が入ったケースがあった。

……え?

「えっと、雪ノ下さん、それ…」

「?お茶だけど…何か?」そう言いながらも手際良く作業を進めていく雪ノ下。

カカカカ、と手際良く抹茶がかき混ぜられていく。

何か?じゃねぇよ。

普通お茶って言ったらティーパックとかだろ。なんでそこから作ろうとしてんだよ本格的すぎるわ。

「いやそこまで本格的なものとは思わなくてな…だったらコーヒーで良かったんだが」

「気にしなくていいわよ。あなたは客人なのだから」

「…………。」

「どうかした?」

「いや別に」

そう、と言って抹茶を混ぜる姿は驚くほど様になった。まさに大和撫子、と言った感じでいつまでも見ていたくなる。てか可愛い。

まぁそれは置いておいて俺が不思議に思ったことは別にある。

 

 

なんか雪ノ下さん、優しくない?

 

 

別にいつもが優しくないとは言わない。部室では完全に浮いている俺にお茶を注いでくれるし細かい配慮もできるのだ。だが彼女は恐ろしく口が悪い。事あるごとに俺を罵倒する雪ノ下さんはどこへ行ったんですか。それ逆に怖いんですけど…?

 

「どうぞ」そう言って差し出された茶碗の中には一種のグロテスクとも言えそうな毒々しい緑をした抹茶が入っていた。飲む前から分かる苦味…いや、雪ノ下が淹れたものが格段というわけではなくあくまで一般的な苦さだ。さらに言えば普段からマッ缶———ちげぇ、コーヒーを好むものからすればその苦味は嫌いじゃない。むしろ良い。

「…作法とか知らねぇぞ」

「別にそこまでする必要はないわよ…」

「そうか。んじゃいただきます」

まずは一口頂く。

「うまっ…!?」

なんだこれ。

なんだこれ!?———程よい苦味、どころか甘みさえ感じる。隠し味に何か入れているのだろうか。美味すぎる。感動のあまり雪ノ下と茶碗を交互に見ていると彼女はおかしそうに笑った。

「失礼…比企谷くんが子供みたいな表情をしていたから、つい」

今そんな顔してたのか。はっず。

「うるせぇよ…まじで美味しいなこれ」そう言いつつ俺は一気に全て飲み干した。

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

 

言え、ということなのだろう。俺のことを抹茶で釣れるようなやつだと思ってんのかお前は。俺を買収したけりゃマッ缶一年分くらい用意しろ。

「つーわけで悪いな」

「そう、なら仕方ないわね」雪ノ下は再びため息をついた。「比企谷くん。帰り道には気をつけなさい」

「何する気なんですか…」

「な、な、何って…その、ね」と、突然顔を真っ赤にし始めた。「か…彼女として、彼氏が危険な目に遭うのを黙ってみてるわけには行けないと思うの」

「分かった、全部話す」

 

可愛すぎるだろ!何今の上目遣い!どこで学んだんだよ、んなもん…!

最悪だ。その場のノリで話すと言ってしまったがなかなか話せる内容ではない。せめて()()()に許可を取るべきだろう...いや、俺を殺しかけた人に許可を取る必要なんてないとは思うが。

「明日」

 

だから俺はこう言った。

 

「明日…全て話すからそれまで待ってくれ」

 

雪ノ下はそれを聞いて、ふっと微笑んだ。

 

「えぇ、待ってるわ」

 

その表情は、恋する乙女さながらだった。

 

 

 

「それと、お願い」

「…なんだよ」

()()()()()()絡みでの隠し事はもうやめましょう」

恋人なんだから。

それは、なんとも言い難い甘美な言葉だった。




ゆきのんパートを書きたかったけどデレるゆきのんってそれだけでもうキャラ崩壊な気がして大丈夫かこれって書きながらなってました。まぁ可愛いので個人的には良いんですが…それはそうと感想評価お願いします(2回目)


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012 由比ヶ浜結衣は力なく笑う。(前)

お願い、たこピー。頭の中のアイデアが一瞬で文章になる技術をください。


今までの快適な暖かさとは打って変わって肌寒さを感じ始め、乾いた風が哀愁を乗せて吹いてくる。

そんな木曜日の放課後、俺はいつもの通学路とは異なる道を歩いていた。目的地は由比ヶ浜結衣の家である。

「……ここか」

もはや隠す必要もあるまい。あの時のレインコートの正体———それは由比ヶ浜である。…というかもう既にどこかでもう言ったか?詳しくは忘れたけどまぁいいか。特に支障はない。

あの時。

レインコートのフードからちらりと覗いた髪は桃色がかった茶髪で、そんな色の髪の人間を俺は1人しか知らない。

…まぁ、単に交友関係が狭いだけで他にもいるのかもしれんが。

今回はその可能性を除いて構わないだろう———というのは、勘に近いもので———だが、確実に合っている自信があった。

 

「…ふぅ」

 

一度深呼吸をしてから俺はインターホンを鳴らす。部屋の中から「ピンポーン」という音が聞こえ、続いて「はいはーい」と元気な声が聞こえてきた。

暫くしてドアが開き、その声の主が姿を現す。

「あ、どう…」

「あら、ヒッキーくん!久しぶり〜!」

「…っす」

 

彼女は由比ヶ浜の母。どのような人物かと問われれば…まぁ、この親あってあの娘ありという感じだ。要するに物凄く明るいし、美人だ。20代と言われても納得するレベルの肌の潤い。これを美人と言わずして何と言うのか俺は知らない。

「結衣なら自分の部屋にいるわよ〜!さ、どうぞどうぞ!」

「…お邪魔します。あ、これ良かったら」

「本当に!?もう気使わなくていいのに…わ、美味しそう…!」由比ヶ浜の母は太陽のような笑みを浮かべた。「ありがとね!」

やっぱテンション高いなぁ10代かよと感心しつつ靴を脱ぎ部屋に上がる。以前に一度入ったことがあるとはいえ、昨日も雪ノ下の家に上がったとはいえやはり女子の家に上がるのには緊張がつきものだ。

「で、憑き物もいるわけだが…」

「?何が?」

「何でもありません」

微妙な親父ギャグを言ったのち、由比ヶ浜の部屋の前にたどり着いた。ドアの前には『ゆい』というハート型のネームプレートがある。姉妹もいないんだからいらねぇだろ。

「結衣〜ヒッキーくんがきたよ〜」

「あ、ヒッキー!?ちょ、ごめんちょっとだけ待って!」

ドア越しに慌ただしい音が聞こえだす。それだと俺が突然やってきたみたいな感じになってない?ちゃんとメールもしたし返事も返ってきてますよ?

「…お待たせ」

ガハママ(?)も下へ降りてしまいそこから2分ほど経ったころ、ようやく扉が開かれる。その息切れと頬の紅葉については問わない方がいいのであろう。男女問わず自分の部屋の汚さに触れてほしい人間なんて存在しないのだ。

「…っす」

「入ってよ」

「…あぁ、そうする」

入らなかったら俺は何をしにここまで来たんだよ、というツッコミはなんとなく飲み込んで由比ヶ浜の部屋に入った。前に彼女の家に来た時はこの部屋まで来ていなかったのだが、いやはや予想通りというべきか何というか…高校生男子が想像する乙女の部屋、みたいな感じだった。部屋は全体的にピンクで構成されており、俺でさえ知っているようなキャラクターのぬいぐるみなども沢山ある。

「…あんま見んなし、馬鹿」

既に座っている由比ヶ浜は恥ずかしげにそう言った。だから上目遣いは反則ですって。どこのあざとい後輩だよ。…あれ、誰だ後輩って。部活にもいないしそんな存在いないと思うのだが。

宇宙意志を感じる。

「ここ座って」

ぱんぱん、と自分の横の床を叩く。

 

 

叩いたその手は左手で。

 

 

そして、右手には———

 

「やー、久しぶりだね、ヒッキー」

「別に言うほどだろ」

「そうだっけ?」

はは、と笑ってみせる由比ヶ浜。だが、そんなものでは俺を騙せない。その笑顔の裏には何かが隠されている。

空虚な笑みだった。

だから、俺も似た表情を浮かべながら話しかけた。

 

「なぁ由比ヶ浜」

「…何?」

「風邪は治ったのか」

どきり、と肩が震える。分かりやすすぎて面白くなるほどだ。

だがこの現状は、ちっとも笑えない。

「あ、えっと、うん、だ、大丈夫だよ!昼にはもう治っ」

「休んだ原因、それだろ」

 

俺は右手を指差して———()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう尋ねた。その言葉を聞いた由比ヶ浜は観念したようにため息を吐いた。

 

♦︎♦︎♦︎

 

卒業式間際の今思い返せば、俺の周辺に異変が訪れたのはこれが最初かもしれない。由比ヶ浜の一件をきっかけに雪ノ下や一色や———大勢が怪異に巻き込まれる羽目になった。

 

「ヒッキーは何でも分かるね」

「なんでもは分からねぇよ。分かることだけだ」

「…えぇっと、どういうこと?」

「さぁな、さっぱりわからん」

「言った本人すら分からないんだ!?…うん、そうだよ」

 

悲しげにそう言った由比ヶ浜は、その包帯をするすると解いていく。全てが外されて露わになった彼女の腕を見て、俺はこう思った。

 

 

あぁ。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている、と。




感想・評価などお願いします!!


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012 由比ヶ浜結衣は力なく笑う。(後)

後編です。


「いや、それ…」

包帯が外され露わになった由比ヶ浜の右手。それは今まで見たことの無いような禍々しい———いや、正しくは一度だけ見たことがある。

なんのことはない、ただの日常の一つで。

怪異とは全く関係のない話だと思っていたのに。

 

『一度怪異に遭うと再び怪異に遭いやすくなる』

 

「それ———修学旅行で買った」

「うん……猿の手」

 

由比ヶ浜の華奢で白い腕は、毛むくじゃらの、まるで猿のように黒く太い腕へと変貌を遂げていた。それは偶然と言うにはあまりにも、骨董品店で由比ヶ浜が購入していた『可愛い』置物と似すぎていた。なるほど、これでは学校へ来れまい。怪異なので恐らく他者に見えることは無いだろうがそれはそれ、これはこれである。由比ヶ浜だって年頃の乙女なのだ———なんて俺が言っていいことなのか分からんが…ともかく、恥ずかしいに決まっている。

彼女の笑顔が、嘘だとすぐに分かるくらいには。

 

「…なんでそうなってんの?」

そう、とは腕に同化していることである。

「分かんないよ…!」由比ヶ浜の瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

猿の手。

怪異。

 

分からない。そう思っていたのだが、二つのワードを繋ぎ合わせることで俺は気がつく。一つだけ思い当たる節があった、なんてわざわざ言うほどのものでは無いのだが…。そう、あれはかつて読んだ怪奇小説のタイトルで、作者名は確か———

 

「ジェイコブズ…?」

 

いやまさかな、と思いつつ、つい声に出してしまう。

しかし、声に出すことで否が応でも現実味が増す。その説明なら全てが説明できる。…いや、怪異な時点で現実味も何もないのだが…。

勘違いだと思いたい。だが微かな嫌な予感を感じて冷や汗が流れる。由比ヶ浜に俺の呟きが聞こえてしまったらしく「じぇい…こぶ?」と尋ねられたため、説明することとなった。以降はその説明を要約したものである。

 

♦︎♦︎♦︎

 

『猿の手』——— W・W・ジェイコブズ

 

老いたホワイト夫妻と彼らの息子ハーバートは、インドの行者が作った猿の手のミイラを知り合いのモリスからもらい受けた。彼が言うには、猿の手には魔力が宿っていて、持ち主の望みを3つだけ叶える力があるらしい。だがそれは、「定められた運命を無理に変えようとすれば災いが伴う」との教訓を示すためのものであり、自分も悩まされたという理由で渡すことを渋るモリスから、ホワイトは半ば強引にもらい受けたのだった。

 

ホワイト夫妻の息子は200ポンド欲しいと猿の手に願ったが、彼は働いていた工場で死んでしまい、会社から弔慰金200ポンドが支払われることに。

そして。

 

———「息子を蘇らせてくれ」

 

息子を喪って嘆き悲しむ母親が猿の手に頼んだその夜、家のドアをノックする者が現れる。恐れおののいた父親は猿の手に「息子を墓に帰してくれ」、するとノックの音はぴたりと止んだ──

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っつーことだな———俺は由比ヶ浜がきっと今のあらすじだけでは理解できないだろうと思い、教訓を、簡潔に分かりやすく伝えて締めくくった。

「まぁ、まさか本当に猿の手ってわけじゃあるまいし———って」

由比ヶ浜?そう問いかけようとした寸前で自身の声が、飲み込まれた唾液と共に消える。

絶句。

彼女の顔は真っ青で———あまりにも絶望に染まりすぎていた。

「…大丈」

「ヒッキー…どうしよ」

由比ヶ浜は俺の言葉を遮って縋るように問いかけた。まるで余命を宣告されたような、吐き気を堪えるような表情で、俺を見つめる。

 

「私……お願いしちゃった…!」

 

その言葉をきっかけに堪えきれなくなった由比ヶ浜は涙をこぼし始める。ここで慰めたりできたらいいのだろうが、生憎今の俺は混乱、呆然としてしまっていた。頭が上手く回らず、ただ疑問だけがグルグルと回り続ける。

 

———願った?

———何を?

 

「なぁ…由比ヶ浜。おまえ、あの骨董品店の人から何を聞いた」

俺は何とか言葉を絞り出して尋ねる。

由比ヶ浜は涙ながらに答える。

「ふぅ……骨董品店の、店員に、言われたの…これは三つだけ願いを叶えてくれる手だって…!だから、冗談半分で...()()()()()()()()()()()()()()()()()、って...!」

ごめんなさい、と由比ヶ浜は再び泣き始める。

それを聞いて俺の仮説は確信に変わる。そして納得もした。

修学旅行で俺は雪ノ下、由比ヶ浜とともに周った。どちらを優先するでもなくどちらにも平等に接していたつもりだった。

つもりだったのだ。

俺は雪ノ下と話している最中ずっと由比ヶ浜の嫉妬のこもった目線を感じていて、だが俺にはどうすることもできないと諦め切って気が付いていないフリをしていた。あの時何か言うべきだった、と今更後悔してもどうしようもない。それに行動していたとしても対して状況が変わったとも思えない。

「だから目の前のことを考えるべきなんだ…が…って、ちょっと待てよ」

俺は不意にあることを察知する。

代償。

 

『比企谷八幡が死ねば雪ノ下に奪われることはない』という願い。

そして、俺の命。

 

もしもそれが願いに対する代償なのだとすれば俺の考えは正しかったということになるであろう。

だとすれば。

由比ヶ浜の腕には今、『猿の手』が取り憑いていること、彼女の願いはまだ叶っていないことを考慮して一つ言えることがある。

これが何を意味しているのか。俺は理解しなければならない。

「おいおいおい…嘘だろ…」

そう———あの化物が再び俺を殺すべく襲ってくるということだ。

俺が死ぬまで、由比ヶ浜の願いを叶えるまで何度でも何度も。

このままでは俺は死に、由比ヶ浜はいつまでも後悔に苛み続けるだろう。雪ノ下だって、今までのように独りになって———

それを阻止するために俺にできることはない。だが、由比ヶ浜にできることはあるはずだ。

 

人は1人で勝手に助かるだけ、である。

 

「由比ヶ浜」

「…なに?」

「今すぐ忍野のところに行くぞ」

 

学習塾跡に住むアロハシャツのおっさん。

俺たちは再び彼に依頼をすることになる。




感想・評価などお願いします!それから、ストーリーや登場人物の口調に違和感を感じたい部分があればそちらも教えてくれるとありがたいです。


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013 忍野メメは、これの持ち主を知っている。

テスト期間に入るので更新途切れます。許してヒヤシンス!!日本史Bやべぇ!ウマ娘おもれぇ!!!(情緒不安定)


「やぁ比企谷くん。待ちくたびれたよ」

「いや嘘つけ」

———と言いつつ、その言葉が嘘ではないことをなんとなく察せていた。俺がまだ吸血鬼だったころにも何度か由比ヶ浜たちの来訪を言い当てたことがあったし、何より彼の全てを見透かしたようなその態度は俺の108のスキルを使っても虚勢には見えない。どういった手段を用いているのか、それが怪異的な何かなのかさえ分からないがこいつなら、と思えてしまった。…いや、どうして正体不明のアロハシャツのおっさんにこれほどまでの信頼を寄せているのだろうか…。

ちらりと横目で壁にいる人物を確認する。

旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

美しき鬼の成れの果て。

吸血鬼の搾りかす。

すぅ、と挨拶がわりに軽く手を挙げる。だがめぼしい反応は見られず、体育座りを徹底させていた。

いつになったら話してくれるんだよ。お前は喧嘩中の小町か。

まぁ仕方がないといえば仕方がないのかもしれんが。しかし無視されて悲しくないはずがない。俺は近寄って彼女の頭をぐわんぐわんさせてみる。

 

ぐわんぐわん。

 

ぐわんぐわんぐわん。

 

「………。」

回しすぎたのだろうか、彼女は初めて俺に反応を取る。

というか、腕を払い除けた。

「…ヒッキー?」

悲しみが増大した。

「なんでもねぇよ」

「はっはー。それで比企谷くん、一体何の用事だい? …て、ありゃ、団子頭ちゃんじゃないの。やっはろー」

忍野はまるで由比ヶ浜の存在に今気が付いたかのような反応を見せ(白々しいことこの上ない)、由比ヶ浜お馴染みの挨拶をやってみせた。由比ヶ浜は一瞬どう返すか迷って、

 

「や、やっはろー…?」

 

と返した。

「お前ですら困惑すんのな…」

由比ヶ浜のやっはろーなら可愛いので許せるが中年のおっさんがやったところで何処にも需要はない。つーかそもそもやっはろーって何なんだよ。ほんと今更だけど。

「な…!馬鹿にすんなし!年上への礼儀ぐらいあるから!」

「そうか。お前誕生日いつだっけ」

「え?えーっと、6月18日」

「俺5月20日。はい敬え」

「それは流石に酷すぎない!?」

嘘である。俺の実際の誕生日は8月8日で、お察しの通り八幡という名前はここから来ている。小町と違って名付け方安直すぎるだろと苦言を呈したくなる気持ちもあるのだが割とお洒落な名前で気に入ってはいるので許容する。

「はっはー、夫婦喧嘩はよそでやってくれ———おや、団子頭ちゃん、それ」忍野は静かにゆっくりと腕を動かし、そして最終的にある一点を指差した。

 

「その包帯———なかなか格好いいじゃない」

その言葉を待っていたように、由比ヶ浜はスルスルと包帯を外し、再び毛むくじゃらの腕を露わにさせる。ふぅん、と面白そうな表情で頷いた忍野はタバコケースからタバコを取り出し———宙へ投げ———そして口でキャッチした。横で「おー」と感激する声が聞こえる。いやしなくていいから。ピュアかよ可愛いなおい。

 

「なるほどねぇ…」

 

本当に。

本当にどこまでも見透かしてやがる、と俺は苦虫を噛んだ気分になった。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「先に言っておくけどそれ猿の手じゃないよ」

経緯を説明し終えた矢先、突然忍野はそう言い放った。

「「え」」

声がハモる。目が合う。照れるの三段構えで頭がどうかなりそうだったがいい加減忍野から見放されそうなので気を引き締め、さりげなく由比ヶ浜の腕を見る。

包帯が外された彼女の右腕は確かに禍々しい。とはいえ、どこからどう見ても猿にしか見えないが…。

いや、普通にこれ猿の手じゃないの?

だったら何なんだ?

「でも忍野。猿の手って確か『持ち主の意に沿わぬ形で願いを叶える』怪異だったと思うんだが間違ってるか?」

「間違ってないよ?」

「なら違うかどうかなんて分かん」

「でも致命的な違いが一つある」

びし、と人差し指を天に突き出す。

怪しいホームレスなくせ、異様に様になっているそのポーズはこの上なくウザったらしかった。

軽く戸部と並ぶレベルである。

「国ごとに色々とアレンジはあるんだろうけど———少なくとも猿の手が持ち主の腕と同化するなんて聞いたこともないね」

そういって忍野は咥えていた煙草をゆらゆらを揺らし遊び始めた。

あぁ、と俺は納得する。そもそも原作を知らない由比ヶ浜はパッとしていないようだがたしかにその通りだ。この違和感については最初から分かっており、しかしまぁフィクションなんだからとどこかでなんとなく解釈を付けていた。

だけど。

だけど、もし本当に違うのだとすれば。

 

「じゃあ…()()は一体何なんだよ」

 

忍野メメの口から出された俺の質問への答え。

 

それは猿なんて恐ろしいものではなく。

 

 

「悪魔さ」

 

 

それよりももっと———()()()()()()恐ろしいものだった。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

「その説明の前にひとつだけいいかな」忍野は再び人差し指で『いち』を表現する。「その腕の元所有者の名前とか聞いてたりするかな?」

「え?あ、あー、えっとぉ」

まさか自分への質問だったと思っていなかったらしく、突然慌てふためく由比ヶ浜。いや、どう考えても貴方の問題なんだから貴方への質問以外ないでしょうよ…。

「確か聞いたんだよね…なんだっけな…カッコいい名前だった気がするんだけど。あ、ヒッキー、ちょっと厨二病っぽい言葉並べていって」

なんで厨二病と言ったら俺、みたいな漢字になってんだよ。お前の中での俺そうなってんの?こちとら厨二病はもうとっくに卒業してるわ。

「大天使ミカエル」

「そういうのじゃない」

「龍」

「違うなぁ…」

「一方通行」

「名前にそれが入ってるわけないよね!?ヒッキーそれ真面目に考えてる!?」

「あぁ、勿論初めから至極真面目に答えてるぜ。何故なら一方通行(アクセラレータ)は人の名前だからだ」

「いや、意味わかんないし」

だろうな。

えーとあと他に何があるだろうか…名前に使われそうな厨二ワード…もっとシンプルなやつでそういうのあった気がするんだけどな———そう思っていた矢先、答えは唐突に降ってきた。

しかしそれは自分自身から出たものではなく、他者からの言葉———つまり、忍野が導き出したものだった。

いや、そうじゃない。

忍野は最初からなんとなく検討がついていたのだろう。

でなければ流石に触診もせずその正体を確かめることなんてできまい。俺だって一時期(厨二病時代)に都市伝説にハマって様々な書籍を漁りまくったがこんな悪魔は聞いたことがない。恐らくかなりマイナーな怪異だ。

なのに何故知っているか。

可能性①は、純粋に、俺には想像がつかないほどの知識の膨大さ故。

可能性②は。

 

()

「え」

神原(かんばる)———じゃないのかい?」

 

忍野メメは、これの持ち主を知っている。

 




前作の枠にて番外編も書いています。( https://syosetu.org/novel/272841/37.html )よろしければ。


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014 猿は去らずにあくまで嗤い続ける。

これ我ながらかなり良いタイトルなのでは…?


「ひょっとしてそれは———神原、じゃないのかい?」

忍野はそう尋ねた。

いつものヘラヘラした雰囲気はどこかへ消し去り、静かに。それはどこか、エピソードを殺そうとした俺を諭したときの表情と似ていて、自然と身震いしてしまう。

「……知り合いなのか?」

俺の言葉に忍野は考えるような素振りを見せる。その時にはもう素手の威圧感は嘘のように消え去っていた。

「んー、まぁ知り合いといえばそうなるのかな。持ち主の姉と接点があってさ」

まじか。こいつに女性の知り合いがいたとは思わなかった。てっきり男だらけの謎のサークルでしっかり陰キャしていたのだとばかり……。

いやむしろ周りに女子を侍らせて誰よりもチャラチャラしていた可能性もある。どちらでも想像がついてしまうあたり、こいつのキャラの掴みづらさが窺える。

「そ、それって前に言ってた大学のサークルですか?」

由比ヶ浜も気になったのだろう、そんな疑問を出していた。そういえば、と思い出す。吸血鬼期間だったか、それ以降だったか曖昧だが以前、忍野が教えてくれたことがあった。怪異関連のサークルに入っていて、それがきっかけでこの道に進むことを決めたのだと———踏み外したのだと。

「そうそう。神原……まぁ名前は違うけど、元々僕の先輩だったんでね。はっはー、それにしても縁ってのは凄いねぇ」

言葉ではそう言っているものの、忍野の顔はどこか苦々しい。どうやらその先輩に対してあまり好意的な感情は抱いていなかったようだ。出来ることなら会いたくないが彼女も怪異絡みの仕事をしているのだとすれば、俺が怪異に関わっている以上どこかで出会ってしまうかもしれない。是非とも今後は、忍野と同じ雰囲気を持つ奴が通りすがったら回れ右させてもらうことにしよう。やれやれ、俺が回れ右する立場になるなんて思ってもいなかったぜ。中学時代は俺がされてたからな。廊下を歩いていたら即座に道を開けてくれていたまである。どんだけ嫌われてんだよ俺。

……それにしても、このおっさんが苦手とする人物。

陽乃さんみたいなのだったら困るけど……まぁ、あんなのが2人も3人もいてたまるかという話である。

目的を達成するためには手段を選ばなかったりニコニコ顔で恐ろしいことを言ったりする人ではあるまい。

まさかな。

ありえないありえない。

まさか受験前の人間を粉々にして文字通り地獄送りにするような恐ろしい人間ではないだろう。…と、信じている。

閑話休題。

「で、その悪魔って何なんだ?」

「レイニーデビル」

忍野は怪異の名前を言い放つ。

 

「レイニーデビル———その名の通り、雨合羽を着た悪魔だ」

 

♦︎♦︎♦︎

 

W・W・ジェイコブス短編に出てくる、持ち主の()()()()()()形で願いを叶えるいわくつきのアイテム『猿の手』の怪異———ではなく。

 

古くからヨーロッパに伝わる悪魔。

契約を行使する際願った人間と同化するのが特徴で、人の悪意や嫉妬などのネガティブな感情を引き出しその願いを叶える低級悪魔。

家出した子供が雨の日に猿の群れに食い殺されたという伝承を起源に持つ。

雨降りの悪魔。

泣き虫の悪魔。

 

———その姿は、多くは雨合羽を着た猿で描かれる。

 

 

契約として、人の魂と引換に3つの願いを叶える。そして、3つの願いを叶え終えた時、その人間の生命と肉体と乗っ取ってしまう。

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

大方、忍野の説明はこんな感じだったと思う。

俺は衝撃を受けた。恐らく、由比ヶ浜も。

現在の境遇と全く同じだったのだから当然だ。

確かに今、由比ヶ浜の腕は猿———いや、悪魔———めんどくせぇなもう猿でいいか———と同化している。

全くもって何もかもがどうかしている。

だが納得はできる。何故悪魔が人の願いを、意に沿わない方法ではあれ叶えてくれるのか。それはあちら側に利益があるからに他ならない。ノーリターンで願いを叶えてくれるような甘い猿はいないし、いわんや悪魔をや、である。この場合はそれが人の魂だったのだ。なんて分かりやすい。そして、なんて恐ろしい怪異なんだろうと背筋が凍る。

同時に三つ叶える前で良かった、と安堵も覚える。

基礎知識は身につけた。では二つ目の質問に移ることにしよう。

「じゃあどうやったらソイツ退治できんの?」

「おいおい退治だなんて。物騒だなぁ比企谷くんは。何かいいことでもあったのかい?」

そして、ふぅ、と火のついていない煙草の煙を吐くような素振りを見せてから静かにこちらを睨みつける。

 

 

自分から指を突っ込んでおいて———いささか都合が良すぎるんじゃないのかな。

 

 

ごくりと唾液を呑む音。それは果たして誰のものだったか。

俺か、もしくは。

しかし少なくとも。

 

 

 

「………私は」

 

 

 

忍野の台詞が由比ヶ浜を責めるものだということだけは確かで、俺にはまるで悪魔の笑い声のように聞こえた。




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015 それでは吸血鬼を始めよう。前

受験生である作者が何故が受験前の夏休みになって突然戻ってくるとかいう怪異現象。


俺は視野が広く、思いつめることなんてめったにない。故に目移りもしない。

前言は固く守り、信念も変えない。

すべてを得ようとなんてせず、平穏な日常だけを望む。

それが俺だ。比企谷八幡だ。

 

♦︎♦︎♦︎

 

「わ、私はそんなこと知らなくて……」

「———へぇ、『知らなくて』かぁ……」

 

はっはー、と。

忍野はいつものように笑った。

いつものように、ごく自然に———その瞬間、世界が凍ったような感覚に陥った。俺は身震いし、額に汗が流れ、体中の器官が俺自身に警告を告げる。しかしそれとは反して蛇に睨まれたうさぎのように体が全く動かない。

確かに今までも忍野を不気味だと思ったことがあるが、ここまではっきりとした恐怖を感じたのは初めてだった。

忍野の言葉は完全に由比ヶ浜を責めているもので、明らかにこう言いたげな表情をしていた。

 

 

『知らない、なんて言い訳で許されるのかな?』

 

 

人がを1人殺しかけておいて。

俺を、比企谷八幡を、殺しかけていて。

あの日の夜、もしも雪ノ下が来ていなかったら俺は今頃———。

ゾッとしなくもない。というか、マジで怖かった。チビるかと思った。

が、しかし。

誰が悪いのか。それはただの客観的事実に過ぎない。

悪いのはあくまで———悪魔。

レイニーデヴィル。

「……忍野。俺は別に怒ってねぇんだが」

「君は優しいね」忍野は、にこりと笑った。「優しくて———イライラしてくるよ」

う、と息が詰まりそうになる。

違うと言いたくても何を反論すればいいのかわからず、結局何も言えないままで終わった。

過度な優しさは無責任だ。怒らないことは一見して良いことであるかのように語られるが、それは本物ではない。もっと別の、ちょっとしたことで崩れる偽物だ。

偽物。

『本物』なんかではない。

偽物というのは今の俺のことで、だからこそ何も言い返せない。ただ唯一、

「そんなんじゃありませんよ俺は。もっと———もっと、腐りまくってます」

とだけなんとか返して黙った。

忍野は俺の冗談を聞いて、『全て分かってる』とでも言いたげな笑みを浮かべた。心音が大きさを増す。ふわりと吹いた生暖かい風が気持ち悪くて仕方がなかった。

「はっはー、確かにそうかもね」

そう笑って、再び由比ヶ浜の方を向いた。それからじっと彼女の顔を見て黙る。次に何を発するか、見極めているかのように。いや、実際にその通りだったのだろう。由比ヶ浜の言葉をただ待った。

どうするべきか分かっている由比ヶ浜が。

それを言葉にできるまで待ち続けた。

しばらく経って深呼吸の音が聞こえた。そして。

「……ヒッキー」

由比ヶ浜は声を震わせながら俺を呼んだ。

「なんだ」

 

ゆっくり、ゆっくりと由比ヶ浜は言葉を紡いでいく。

 

「どうやったら———許してくれるかな」

「っ! だから俺は怒ってるわけじゃ」

「———違うの」

違う、とはつまり俺が怒っていないということは既に分かっているということで、なら本当の意味はどこにあるのか。答えは簡単だ。由比ヶ浜は今、自分が許せていない。

俺を傷つけたことも勿論だが、一番は恐らく猿の手に願ってしまったこと自体だ。軽い気持ちとはいえそれは願ってはいけないことだった、と自責の念を抱いている由比ヶ浜に「そんなことない」なんて無責任なことを俺は言えなかった。その場凌ぎにはなるかもしれないかったが、それが根本的な解決になるとは思えない。

 

願いはジーニーに告げてしまった時点で既に願いではない。

それは『意志』なのだ。

 

「こんな手、切っちゃえばいいかな」

「おい由比ヶ浜」

「ヒッキー……手伝ってくれないかな」

「由比ヶ浜ッ!」

ついあげてしまった怒鳴り声に自分でも驚く。俺はこれほど感情的な人間だっただろうか。一体いつからこうなってしまったのだろうか。

俺も、由比ヶ浜も。

「そうだよね。ヒッキーの手は煩わせられないや。ごめんね。自分でするのは流石に怖いから車にでも引っ張って貰えば———」

「だ、から、そうじゃなくて——!」

俺は再び怒鳴った。そうじゃなくて、何なのだろうか。自分でもよく分からなくなってしまっていた。

そして、俺は忍野に尋ねる。

「おい忍野。どうやったらこいつを退治できるんだ」

「はっはー、退治なんて、比企谷くんは元気がいいなぁ、何かいいことでもあったのかい?———ただまぁ、ひとつだけ方法がないこともない」

「! なんだよ、さっさと教えろよ」

「レイニーデヴィルは願いを叶える———例え持ち主の意に沿わぬ形だとしても、願いを叶える怪異なんだ。だから、それが叶えられないことをレイニーデヴィルに分からせればいい」

「願いが叶えられないことの、証明」

俺はその言葉を繰り返した。この場合の願いとは、『俺を殺すこと』。俺のことを殺せないと理解して諦めてもらう。なるほどたしかに理にかなっている。だがどうやって。

「どうって君。戦うほかにあるのかい?」

「いや、それだって結構物騒じゃねぇか」

それじゃ人のこと言えないだろ。

お前だよ良いことあったのは。

だけど———確かに、それしかない、とも思う。

レイニーデヴィルに格の違いを分からせてあげればいい。

吸血鬼と悪魔の差。それが一体どれほどのものなのか素人な俺にはさっぱり分からん。故に危険な賭けではあるが。

さて、どうする俺。

「ヒッキー」

……なんて、考えるフリなんてしても、結局結論は決まってるんだがな。

 

「やる」

 

その一言を聞いた忍野は、いつものように「はっはー」と笑い、「そうこなくっちゃね」と言った。

嫌な笑みだった。

 

時刻は今日の深夜十二時。

いよいよ、戦いが始まる。




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015 それでは吸血鬼を始めよう。後

推薦入試まで、あと一週間。
プラチナ受かっているといいね。


同日の午後12時。満月が煌々と照り輝く、怪しくも艶かしい雰囲気が漂う暗闇の中、俺と忍野メメは背中合わせで語り合っていた。

 

「貴重品は僕が持っといてあげるから安心しなよ」

「いや、勝手に触るなよ?」

「はっはー、信用されてないなぁ。君を吸血鬼から戻してあげたのは誰だと思っているんだい?」

 

忍野は傷ついた様子も見せず、飄々と笑ってみせた。先程、見ていてイライラすると言った相手に、である。この人は普通の生活を送っていたら、相当世渡り上手な人間なのだろうなと思った。まぁ、今だって各地の廃墟を点々としているという違う意味で世渡り上手ではあるが。

 

「早く日本でもベーシックインカムが導入されて欲しいもんだね」

「それには俺も同意だな」

「あぁ。雑草だけで空腹を満たす生活が終わると思うと実に感慨深いよ」

「同意しねぇよ!?」

 

そこまで命懸けではない。本当に何なんだその生活。今からしなけりゃならん戦いとどっこいどっこいじゃねぇか。違う。俺はただただ働きたくないだけだ。月7万円の支給だとすれば、千葉での生活は流石に困難だとしても、地方に移住すれば働かなくても余裕で生きていけるだろう。

①働かない。

②愛する千葉を離れる。

うわぁ、何その選択……選べるわけねぇだろこんちくしょう。

 

「…………面倒かけるな」

「いいよ」

 

パシ、とリュックを投げる。いとも容易く空中でキャッチをしたのを見たところ、それなりに運動能力は持ち合わせているらしい。なら貴方が戦ってくれればいいと思うんですが、何故傍観者を決める気満々なんですかね……。

あぁ、そうか、それでは駄目なのか。

俺が一人で戦って。

勝って。

それも、圧勝で完膚なきまでに叩き潰して勝つ。

そして、猿に格の差を理解させる——————それがこの勝負の目的だ。誰かが勝てばいいなんて容易な話ではない。故にこれは世界中で俺にしか出来ない仕事。極力仕事はしたくないものの、恋人のためなら仕方あるまい。自分がこんなキザな台詞を言うとは思っても見なかったが、彼女のためなら何でもできるとはこのことなんだなぁと始めて実感した。

だから——————俺が。

「行ってくる」

「あいよ」

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

ヒュウ、と割れた窓ガラスの隙間から肌寒い風が吹き抜ける、とある教室。かなりの広さだ。恐らく集会か何かをしていた場所なのだろう。

が、今現在ここに小学生は——————人間はおらず。

 

「…………」

「…………」

 

ただ静かに、吸血鬼と悪魔が双方を睨んでいるのみだった。

レイニーデビル。

 

W・W・ジェイコブス短編に出てくる、持ち主の「意に添わない」形で願いを叶えるいわくつきのアイテム『猿の手』の怪異——————ではなく。

 

古くからヨーロッパに伝わる悪魔で、人の悪意や嫉妬などのネガティブな感情を引き出し、その願いを叶える低級悪魔である。家出した子供が雨の日に猿の群れに食い殺されたという伝承を起源に持つ。

 

その姿は、多くは雨合羽を着た猿で描かれる。

 

契約として、人の魂と引換に3つの願いを叶える。そして、3つの願いを叶え終えた時、その人間の生命と肉体と乗っ取ってしまう、というものである。

 

 

「なぁ」

 

最初に動いた——————言葉を発したのは、俺。

 

「今、()()()だ?」

 

しかし俺の言葉に対する返答はなく——————悪魔は足を一歩前に向けた。

それが返事のようなものだった。

俺も応じて動く。

が。

いつの間にか猿は目の前に———

早———!

 

「…………っ!」

自分の身体の一部から大量のコウモリを生み出し、間一髪、猿の攻撃を防いだ。

人はそれを、比企谷シールドと呼ぶ。

当然ながらこれは、吸血鬼の物体生成能力の賜物。普段は搾りかすの名に相応しいショボい力しか発揮されないが、忍野忍に血を与えた場合のみ、共に吸血鬼性が向上するのだ。そして、応用すればこんなこともできる。

 

「悪い、由比ヶ浜!」

 

——————比企谷ブレード。

 

両腕から2本の黒い刃を生成。驚きなのか停止している猿に向かって、走り出し、そのまま切りつける。

由比ヶ浜は、悪魔は痛がる素振りを見せている。つまり今の攻撃がしっかり効いているということだ。このままならいける。勝てる。勝てる。勝てる。

そう、思っていた矢先。

 

憎い

 

ぽつり。

由比ヶ浜のものとは思えないどす黒い声が何かを呟いた。

「な、なんだ——————」

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!

 

「由比、ヶ浜……は!?」

 

ゾッとする隙もなく。

目の前。目と鼻の先。

フード姿の悪魔の眼光がこちらを睨んでいた。

コウモリを——————が、間に合わない。

俺は抵抗するまでもなく、いつの間にか土手っ腹に悪魔のキックを喰らっていたのだった。

ドン!と壁に打ち付けられ、コンクリートが綺麗な円形に凹む。余裕があったら「ヤムチャしやがって……」のようなボケをかますことができていたのかもしれないがそれも叶わない。敵わない。

 

「い…………てぇ……」

 

ゲホ、と2、3度咳。地面に血の色が染みた。

まさか、ここまで強いとは思っていなかった。普段の由比ヶ浜からは想像もつかない破壊力。内臓が潰れているかもしれない。腹部が痛い。明らかに、この前より強い。一体、何故なのか——————。

 

…………靴?

あの時は、恐らく、長靴。雨の悪魔なのだからそうだろうというただの憶測だが、少なくとも今とは違う。

今。

彼女の靴は。

まさか——————

 

「ヒールかよこんちくしょう……!」

 

そりゃあその靴で蹴られたら痛いに決まってんだろ馬鹿野郎!

わざわざ相手を強化してどうすんだ!

 

憎い憎い憎い憎い憎い!!!!

「ガハッ——————!」

 

起き上がる寸前、再びキックが俺を襲った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

立ち上がろうと、地面に手をつく。

ぐにょりと君の悪い感触。

視線を向ける。

自分の腸だった。

 

ああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

悪魔が、それを鷲掴みし、引っ張る。

普通の人間なら腸は千切れて。

というか、十中八九死んでいただろうが、

吸血鬼の不死身は内臓にまで及んでいた。

千切れない。

なら必然、

身体は引っ張られることになる。

死にはしない。

が、

中途半端に吸血鬼化した俺は、

痛みを感じない境地にまでは、

未だ達していない。

というか、

めちゃくちゃ痛い。

お腹が。

耳が。

目が。

鼻が。

足が。

心が。

痛い。

痛い。

痛い。

痛々しい。

ぐるぐるぐるぐると、

メリーゴーランドのように回される。

酔いなんてそんな、

生やさしいものではなく、

今にも死に絶えてしまいそうな、

されど死ねない、

中途半端な、

この状況。

風圧で耳が聞こえない。

悪魔が何か怒鳴っている気もするし、

怒鳴っていない気もする。

ふわりとした気味の悪い感覚が続く。

 

 

これでは圧勝どころか。

ただの勝利でさえ、危うい。

 

 

どうする、どうする、どうする、と振り回されながらも思考を重ねる。が、貧血でそれもままならない。

もう無理かもしれねぇ——————そう諦めかけたその時。

 

 

「——————あら、二人して楽しそうね」

 

 

部外者の人影が、視界の片隅に見えた。

いや、部外者ではない。当事者とも言えよう。俺と由比ヶ浜と共に生きようとしている、奉仕部のメンバーの1人であり、俺の彼女。

 

「な、んで……」

 

それは俺の声だったか、由比ヶ浜の声だったか、不明だ。

だが一つ確かな事実がある。悪魔は遠心力で加速した僕の腸から、驚きのあまり突如手を離してしまったのである。

 

 

…………え、嘘ですよね?




『憎い』、流石に多すぎましたね。反省。

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