SCP-000『オール・イン・ワン』 Object Class: Thaumiel / Apollyon (アママサ二次創作)
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第1話 直談判

SCP熱にうなされて書きました。出典記載が多くて後悔しました。


 扉をノックした要は、室内からの入室許可を受けて扉を開ける。そこは小さな会議室のような場所で机は1つを除いて撤去されており、その机の向こう側に3人の人間が腰掛けていた。中央の1人は見た目は鼠のように見えるが、この超常社会。人は人の形を失った。鼠の見た目をした人間ぐらい存在するだろう。他の2人は女性が1人に男性が1人。ヒーローという存在を育成するコースを持っているためか彼らは全員プロヒーローであり、この場にもコスチュームで来ていた。

 

「失礼します。財田要です。本日はお時間を頂きありがとうございます」

 

 おそらく自分用に用意されているであろう椅子の隣まで進み、要は対面の人物に一礼をする。

 

「気楽にしてくれて良いのさ! さ、座って!」

「ありがとうございます」

 

 要が席につくと早速本題とばかりに中央の男が話し始める。

 

「さて、今日は君の『世界を終わらせたくないのであれば俺を入学させろ』という連絡を受けてこの場を設けたのさ。あってるかい?」

「そのような口調で述べたつもりはありませんが、概ねその通りです」

 

 今日この場は、非公式の場として。そして要からの脅しとも取れる連絡によって設けられていた。普通であればこのような電話は意味をなさないであろうが、そこは天下の雄英高校である。職員の大半は現役のプロヒーローで、世界が滅ぶとなれば話を聞かざるを得ない。

 

「うん、では詳しいことを聞かせてほしいのさ」

「本日は『学内での権限が特に高いお一方』とのみお話したいとお伝えしたと思いますが、3人いるように見受けられます」

 

 要が堅い口調のままそう伝えると、中央の男の代わりに右側の女性がそれに答える。

 

「いきなり連絡してきた相手と1人で会うような危険はおかせないわ。そもそも校内に入れたことすら特例よ。あなたがヴィランであった場合はどうするの?」

「私はヴィランの類ではない、と宣言しますが?」

「おいおい。まったくふてぶてしい坊主だぜ。良いか、この場を設けていることすら特例なんだよ。話を聞いてほしけりゃこの場で話しやがれ」

 

 反対側の金髪をトサカのように立てた男性の苛ついた口調に、要は表情を変えずに問答を続ける。

 

「私の話を聞いた場合、今後取られるすべての手段に関わらざるを得なくなります。よろしいですか?」

「……いったい何をやらせようってんだ?」

「端的に言えば、特殊な事情によって世界の終わりが近づきますので、それに対処する活動を極力外部に漏らさないまま行う必要がある、ということです。話を聞いた方には情報の流出を防ぐために活動に関わっていただく必要があります」

 

 世界の終わりが近づく、という要の説明に左右の男女は眉を潜めるがが中央の鼠男は話を促す。

 

「どうしてそこまで1人であることを気にするのさ?」

「私から話をお伝えした後に他の方にお伝えする分には一切の問題ではありません。ですがこの学校において活動する場合はメンバーを厳選する必要があり、またそれを考慮していただくために、最初は最も権限を持つ方のみにお伝えし、その後考えていただく必要があると考えました。が、そうおっしゃるので話を始めさせていただきます。よろしいですか?」

「……構わないのさ! 結局雄英の教師の中では共有することになるのさ」

 

 その答えを聞くと、要は小さく息を吸った。実際今のは話の重要さを示すためのブラフであり、その必要性は必ずしも無い。

 

「では。まず私のお送りした書類を見てください。ご覧の通り、現在の私の個性は『無個性』で登録されています」

「うん、どうやらそのようだね。これが虚偽である、と?」

 

 要が提出したのは、住民票の写しだ。そこには確かに、要の個性は『無個性』であると示されていた。

 

「はい。ですが私がこれまで外部に対して個性を一度も使ったことが無いだけで、実際は個性を所有しています。またその性能も限定的にでありますが個人での実験によって調査を行っています」

 

 要の説明に誰も相槌を打たないので、要は話を続ける。

 

「その個性の内容を端的に説明すると、『とある世界に存在する“異常性を持つ”物体、人物、場所、現象、概念などに関する調査報告書を脳内で閲覧し、実際にその存在を現実に呼び出す』力です」

「“異常性を持つ”、とは?」

「様々です。数は種類で1万以上、更にその存在によって一種類が複数個、あるいは複数体存在します」

 

 要の説明に、教師の3人は顔を見合わせて相談した後、質問を投げかけてくる。

 

「その存在が、世界の終わりに関わる、ということ?」

「そうです」

「具体的にどのように世界の終わりが近づくのかしら」

「数が相当数ありますのですべての説明はいたしかねますが、いくつか具体的に説明してもよろしいですか?」

 

 教師の首肯を見て、要は話し始める。

 

「その世界においてそうした異常な存在はSCiP、あるいはアノマリー、オブジェクトなど様々な呼び方をされますが、ここではオブジェクトと呼ばせていただきます。そしてそうしたオブジェクトを『確保、収容、保護』し、世界に異常が及ぶ、あるいは世界が終わるのを防ぐために活動する財団という機関が存在します。私の脳内にある情報はすべてその財団が収集した情報の調査書、あるいはそれに関する物語という形で保存されています」

 

 続けて短く息を吐いた後、要は脳内にある情報を参照しながら説明を始める。

 

「今は、22XX年ですね?」

「そうね」

「まどろっこしいな。もっと簡潔には言えねえのか?」

「危険さを認識していただくために、少々お時間をいただきます」

 

 金髪の男の苦情をにべもなくはねつけたあと、要はいよいよその存在の説明に入る。

 

「SCP-3519 These Quiet Days“静かなる日々” オブジェクトクラス《Keter》」

「あ゛? 早速わからねえものばかりだぜ」

「説明は後ほどまとめていたしますので。特別収容プロトコル『SCP-3519への感受性を有する人物が生き残っていないことから、これ以上の収容は必要とされません。感染は無力化したとみなされます』。SCP-3519は、印刷物・視覚メディア・聴覚メディアにおける複数の媒介物によって拡散するミーム感染です。このミーム感染は『2019年3月5日に世界の終わりが来るということ、そしてその事象が発生する前に自殺するのが望ましい』ということへの強い確信からなっています」

 

 ここまで聞いて、顔色を変えるものはいない。だが、次の説明を聞いて一気に青ざめた。

 

「詳細な時系列はここでは必要ないと思われますので省きます。この感染する自殺衝動に対して財団はそのミームに対する忘却剤、あるいは対抗するミームの作成などを行って対抗しようとしますが、その影響の大きさとミーム感染の容易さからすべて失敗しました。結果。」

 

 ―――当該世界の地球の人口は、2019年3月5日の段階で一桁まで減少しました。

 

 淡々とした。だからこそ深刻さ冷酷さ。そしてそんな大事を語っているとは思えないようなギャップを孕んだ要の言葉に、3名の教師は数秒の間反応することが出来なかった。

 

「減少、って」

「はい。自殺しました。このオブジェクトは自殺衝動がかなり強いので、そうした状況下の混乱の中での死亡者より自殺者の方が遥かに多いと考えられます」

 

 しばし沈黙が続く。その後、中央の男が口を開いた。

 

「その記録は誰が取ったのさ?」

「財団の生き残った職員です。職員の数名は対抗策のために薬物などを利用して生きながらえたり、また特定の状況下における睡眠ガスによって3月5日を突破し、またその期日を超えたことで当オブジェクトの影響は失われたようです」

「人類絶滅、ってことか……」

 

 信じられないと言いたげにつぶやいた金髪の男性の言葉。それを要は心外だと言いたげに否定する。

 

「いえ? 世界は滅んでいませんよ」

「は? さっき一桁って……まさかそこから復興したのか!?」

「正確にはそうですが、おそらく考えてらっしゃることは外れています。これは別のオブジェクトの報告書から判明したのですが、その後世界は別のオブジェクトによって再構築されました」

「さい、こうちく……?」

 

 呆然といったつぶやきに、要は律儀に答える。

 

「はい。SCP-2000 Deus Ex Machina“機械仕掛けの神”、オブジェクトクラス《Thaumiel》の起動に生き残った職員が成功し、世界は再構築されました」

「どうやって……?」

「SCP-2000は、財団が建築した大型の施設です。内部にはそれまでに存在したあらゆる時代の文化基板のデータが保存されており、またそれを再現するための建築資材、器具、その他工場機械、農具などあらゆる道具が保存されており、またそれらを作成する設備を備えています。他にもデータベースには人間の遺伝子情報が保存されており、内部に50万基設置されているヒト科複製機を用いて『存在しうる』すべての個体を、5日間で任意の年齢まで成長させ、更に記憶を植え付けることが可能となっています」

「……つまり?」

「全滅した人類と個体単位で全く同じものを機械によってもう一度作り直し、世界を立て直し、最後に世界を立て直したという事実を忘れてやり直します。言ってみれば、世界のセーブ&ロードです」

 

 

 

 最初に嗚咽を漏らしたのは、右の女性と左の男性どちらだっただろうか。2人が必死に堪える中、まだましな状態の中央の男は重要なことを尋ねる。

 

「それが、世界の終わり、ということかい?」

「いえ、これは取り敢えず期日を過ぎていますので大丈夫だと思います。ただ、財団の報告書にはこれが可愛く思えるようなオブジェクトが無数に存在しています。これは少なくとも“機械仕掛けの神”を用いて世界の復興が可能ですが、そうでないものも相当数存在します。私の持っている情報群には実際に発生した際の記録は存在しませんが、最低でも将来的にはSCP-2317“世界を貪るもの”、SCP-2700“テレフォース”、SCP-1548“きらいきらい星”、SCP-1690-JP“犭貪あるいはウロボロス”によって世界が滅びることは確定していますし、他にも異常性が十全に発揮された場合には世界が滅びるものが多数存在します」

「それぞれ、どういうものなんだい?」

「封印が近い将来解ける全長200キロの人型生物、解除できないタイマーの設定された世界を消し飛ばすエネルギー兵器、地球に対して敵意を送りながら超高速で接近してくる中性子星、宇宙そのものを飲み込む宇宙の崩壊現象、です。先にお伝えしたいのは、先程述べたSCP-3519“静かなる日々”はあくまで人間だけが死ぬものであり、他の動物や自然は残るのでやり直しがききます。一方で今述べた全ては、地球が消し飛ぶか、あるいは宇宙、世界そのものが消滅するものです。そういう存在を、私は無数に内包しており、またその特性をある程度知っています」

 

 もはや個性とか超常とか、そういうレベルではない要の話に、さしものプロヒーローも黙り込む。だがやがて、女性が口を開いた。

 

「それが何故世界を滅ぼすの? あなたが個性を使わなければ良い話でしょ?」

「財団世界には、平行世界という概念が存在します。すなわち似た性質を持った、けれど別の世界です。そして財団世界ではその世界間である程度の情報収集を行ったり、また特定の世界でのみ発生した異常が平行世界に伝播したり、ということが起きています」

「それで?」

「私の個性としてこのようなものが宿った以上、この世界が財団の世界と平行世界ではない可能性は否定できません。それはすなわち、この世界でもオブジェクトが発生する、あるいは存在している可能性が示唆されます。また特定世界の財団は、世界を滅ぼす可能性のあるオブジェクトを近隣世界に投棄する性質があります。それらが出現する可能性に備えることこそが、私の役割だと考えています」

 

 要の一通りの説明を聞いた3人は、一度要を下がらせて相談を行う。その後、再び要を呼び戻した。

 要の話が真実であれば、それは憂慮すべきことであるし、対策を取らなければ要の言う通り世界が終わる可能性もある。

 

 真実であれば。

 

「つまり、君は僕たちにその財団を設立する手伝いをしてほしい、ということかい?」

「将来的にはそうですが、私が貴校への入学を求めるのはその前段階を達成することです。すなわち、現在世界においてそうした存在への対策を最も得意とするプロヒーローとなることで、将来的に財団と似通った機能を持つ組織を設立するための資金力、発言力、権限、人脈などを獲得することが目的です」

「……つまり、君を受け入れさえすれば後は君自身が自分で獲得する、ということかな」

「はい。現段階でお三方を含めてすべての人間には私の発言を信用することは困難でしょう。ですから私は、今後信用していただけるだけの実績を獲得することを第一目標とします」

 

 すなわち。ここまでSCiPに関する情報を多少公開したが、その目的はただ1つ雄英のヒーロー科に入学する、というものであった。それさえ許可されれば、後はこんな迂遠な手段を用いず堂々と地位と権限を獲得して達成していく、と宣言しているのだ。

 

「……もう少し、君の知っている知識について教えてほしいのさ。例えば、その財団は何を目的としてどのような活動をしているのか、や、君が実際にそのオブジェクトとやらを生み出したときに何が起きたのか、を。どのような危険があるのか、もさ」

「わかりました。先に述べるのを忘れていましたが、この件について私の入学に関する議論以外で外部に漏らすことは一切禁止してください。では」

 

 そこで要は立ち上がると、制服の上着を脱ぎ始める。何をしているのかと金髪の男が止めようとするが、それは中央の男が抑えた。

 

 やがて上着を脱ぎ去った要は、その腕の内側、普段は脇のあたりに隠れていて見えない場所を指し示す。その場所は通常の人間の肌ではなく、カラフルな布で出来ていた。

 

「これは比較的安全なSCiPを用いて、それを召喚し、またそれが私にも影響を及ぼすのかを確かめた跡です。オブジェクトはSCP-2295“パッチワークのハートがあるクマ”。パッチワークで出来たクマのぬいぐるみであり、周囲に体内組織、体表組織に関わらず負傷している者がいた場合、周囲の布などのパッチワークによってその部位を置換し、治療を行うオブジェクトです。それによって私の切り傷が治療された結果、私のこの場所の表皮は現在布で出来ています。またこれは通常の体組織と全く同じ機能を果たしています」

「……聞くところ危険には思えねえぞ」

「財団の目的は、『それがどのようなものであれ』異常性を有するオブジェクトの確保、収容、保護です。例え人間にとって有益であろうが異常であれば収容します。ですがこれはこの世界においては不適切です。というのは、この世界でこのままの思想を唱えた場合、まず収容すべきはすべての個性を持つ人類となるからです」

「なるほど。個性の存在しない世界における異常、ということだね。それは今後考えていかなければならない、と。そのクマのぬいぐるみは今はどうしているのさ?」

「私の家のロッカーで保管されています」

「壊せねえのか?」

「可否に関わらず、それはするべきことではありません」

「どうしてだい? 破壊できるのなら破壊するべきじゃないのかい? 財団の目的でも『破壊』は唱えられていないようだね」

 

 それは至極当然の考えだろう。異常なものが危険を及ぼすのであれば、破壊すればいい。ただそれは、真にSCiPのことを理解していないからこそ言えることである。それに服を着直しながら要は答える。

 

「SCiPは科学で解明できない異常です。その性質に関する調査報告は存在しますが、あくまでそれは様々な実験をした結果のものであり、またその実験の過程で人命が失われたことも多々あります。更に報告書内にいくつか実例が存在しますが、当初は安全であると考えられていたものの実際は判明していない性質を備えており非常に危険であると判明したオブジェクトや、今おっしゃったような破壊、あるいは収容のための試みによって敵意を増大させた危険性を増したもの、また内部に危険な実体、ようするに神か悪魔のようなものが封印されているために異常性を有するようなものも存在します。つまり、そのままの状態で保存することが最も望ましく、破壊した場合に何が起きるかわからないものも相当数存在します。そのため、オブジェクトの終了が最善の選択である場合を除き、オブジェクトの終了は行わない方が良いと考えます」

「……結局、オブジェクトってのはなんなんだよ」

「そうですね……。では、何か不思議なものを考えてみてください。不思議な能力、あるいは物体、なんでもいいです」

 

 質問で質問に返した要に、金髪の男は首を捻った後口を開く。

 

「あー、じゃあ触ったら死ぬペン、とか?」

「ありがとうございます。SCiPには、そういったものも存在しえます」

「あ? あんのか?」

「死ぬ、という言葉の意味にもよりますが、接触によって最終的に死に至る物体というのは無数に存在します。コップや水晶などが一例です。また存在『し得る』と言った通り、発見されていなくてもある可能性は非常に高いです」

「あー、じゃあ思ったことを叶えるものとかは?」

「そうした人型実体、あるいは場所が複数存在します」

「不死身の生物はいるのかしら」

「います。そのうちいくつかは財団が収容ではなく終了することを目的として扱いましたが、殺しきれていません」

「どうやって殺そうとしたの?」

「通常の火器は使用され効果があったものの異常な回復能力によって無効化された場合と、そもそも傷一つつけられなかった場合があります。薬物も基本的には通用しないか、通用しても回復されています。核兵器は使用されたオブジェクトと使用されなかったオブジェクトがありますが、使用された場合にはすべて失敗しています。ただし、SCP-2935 O, Death“あゝ死よ”、死という概念に対しては無力であり死亡しているのが確認されています」

「それはどういうものなの?」

「文字通り死という概念です。並行世界間を繋ぐ通路と、そこを通過する生物を運び手として世界を渡っていく“死”という概念です。この概念が渡った世界のすべての生命、人工知能、また知性ある異常実体、すなわち『生きているように思えるすべて』はその活動を完全に停止します。要するに世界が死にます。またこの死という概念がどの程度の規模を持つかは判明していませんが、少なくとも地球全土を覆うには十分のようであり、地球はその概念が渡ってきた瞬間に終わります」

 

 先程の自殺願望のミーム感染よりも、更に危険なもの。それに思わず3人は息を呑む。

 

「そんな、そんな馬鹿な話あるか!? だいたいそれが本当ならどうやってその記録が取られたんだよ!」

「“あゝ死よ”に関しては、世界を一定数殺した後、とある世界の財団がそこの調査を行った際にその特性に気づき、内部に侵入した機動隊員が核兵器によって自決することで死の運び手となることを避け、通路をコンクリートで封鎖しました」

「それで世界は生き残った……」

「おそらくですが、私の脳内にある報告書は複数の並行世界で記録された報告書が一箇所に集められているのだと推察します。でなければ、世界が軽く数十度は滅んでいるのにも関わらずこれほどの記録、あるいは未来の記録が存在することがありえないからです」

 

 ううむ、と考え込んだ中央の男は、再び要に質問をする。

 

「君なら、そうした異常存在を安全に確保できるのかい?」

「いえ。確かに財団が行っていた確立された方法は存在します。ですが、全ては不可能です。先程いくつかのオブジェクトについて述べた際、私が《オブジェクトクラス》というものについて言及したのは覚えていますか?」

「言ってたな、ケテル、だっけか?」

「はい。オブジェクトは基本的に《Safe》《Euclid》《Keter》の3種類に分類されます。あくまで簡易的な説明にはなりますが、Safeは完全に収容できるもの、Euclidは収容出来ているものの収容違反、すなわち収容できていない状態の発生が懸念されるもの、Keterはそもそも収容が困難なものです」

「それが分類されているということは、財団でも収容出来てないものが存在する……」

「そうです。またここで気をつけてほしいのは、これはあくまで収容の難易度であるということです」

「どういうこと?」

「例えば、ここに核爆弾とその爆破スイッチがあるとします。これをオブジェクトに分類する場合どうなると思いますか?」

「そんなの……Keter、でしょ?」

 

 女性の返答に対して、中央の男性がそれを否定する。この場で一番冷静で頭が回るのは彼のようである。

 

「いや、Safeなのさ」

「え? 校長、本気ですか?」

「正解です。Safeです」

「「は?」」

 

 要の肯定に他の2人は怪訝な表情をする。

 

「スイッチを押しさえしなければ収容違反、すなわち爆発はありえません。つまり、収容する手順が確立されています。だからどれだけ被害が大きかろうとSafeなのです」

「じゃ、じゃあEuclidやKeterなんて……」

「Euclidに指定されているものは、その収容に必要とされる手順の難易度が高い、あるいは収容したとしても状況次第では自発的に脱出されてしまうものを指します。例えばSCP-096“シャイガイ”は鋼鉄製の密封された独房に閉じ込められていますが、条件が満たされた場合には鋼鉄を軽く破って脱出します。またその行動を止める方法が見つかっていません。ちなみに先程述べた不死身の1体がこいつです」

「条件、って?」

「それは……まあ少し話がそれますがお話します。SCP-096の収容されている独房に一切の光学カメラが設置されることは禁止されています。これがどういうことかわかりますか?」

「……見ちゃいけねえ、ってことか?」

「はい。正確には、顔を目撃してはいけません。肌は真っ白です。光学映像、写真を介して目撃しても、です。CG、あるいはイラストレーションならば大丈夫のようです」

「見た場合には脱出される……何故?」

「目撃したものを殺すためです」

「「は?」」

 

 今度もまたポカンと2人が口を開く。

 

「シャイガイは顔を見たものを殺します。殺す、というかぐちゃぐちゃにすることが目的です。ぐちゃぐちゃにされる過程で死亡していようがその行為は最後まで達成されます」

「それは……じゃあ見なければいいのでは?」

「そう考えられ、感圧センサーなど光学観測以外の方法で観測されながら拘束されていました。しかし、脱出されました。シャイガイの顔が写った写真を見たものがいたからです」

「それは……どうやって撮影したの?」

「雪山を撮影した写真の中に、シャイガイの顔が4ピクセル写り込んでいました」

「……え?」

「4ピクセル、写り込んでいました。これを介して顔を見られたことを察知したシャイガイは脱走、最低時速35kmで対象の場所まで移動し殺害しました」

「4ピクセル……」

「シャイガイは身長2m20cmほどの人型実体です。肉はほとんどなく痩せていて、腕の長さは1.5mほど。これの顔なので人間と大きさは変わりません。また先程も言った通り不死身であり、戦闘機からの機銃掃射や対戦車砲に耐え、本体は裸であるにも関わらず極寒の地域にも耐え、更に深海1万メートルの水圧にも耐えます」

「深海1万……どうやって?」

「深海1万メートルの潜水艦内で1人の職員に写真を見ながらシャイガイの顔の絵を書かせました」

「そこまで追ってきたの?」

「来ました。潜水艦は沈められました」

「職員死んでるじゃない……」

「財団が雇用する職員の中にはDクラスと呼ばれる職員群が存在します。彼らは死刑囚であり、要するに死んでも良い人員です。他にも様々なオブジェクトの調査の際に使用されています。また通常職員の機動部隊ですら、オブジェクトの調査や収容において死亡しています」

「死んでも良い人員……」

「収容のためにその性質を調査することは必須であり、必要な人員とみなされています。財団の目的は人類の存続であり、個人の生命ではありません」

「……それを、やろうってのか?」

「場合によっては」

 

 世界が終わることに比べれば安いものでしょう。そう平然と言い切る要に、金髪の男性はなんとも言えない嫌な物を感じる。それは倫理的に、現代においてありえないことだ。

 

 だが。世界の終わりを直接見たようなものである要にとっては、そんなのどうでも良いことなのである。人類が終わらない事に比べれば。

 

「話がそれました。とにかくEuclidはそのようなものです。そしてKeterですが、これは収容は基本無理なものが多いです。瞬間移動によって収容から脱出するものや、世界中で発生する現象であり完全な発見と収容が困難なもの、また拡散性の非常に高いミーム感染などを指します」

「さっきの自殺願望もKeterだったね。瞬間移動は理解できるとして、世界中で発生するというのはどういうものなんだい?」

「現象ではありませんが、例えばSCP-4999 Someone to Watch Over Us“私たちを見守るもの”などです。これは細かい要件はありますが、世界中で孤独死しようとしている人間の側に出現し、その最後を見守る黒いスーツを着た中年の男性です。対象者の死の20分ほど前に出現し、死んだら消滅するので収容が困難です」

「何が危険なの?」

「危険はない、と考えられ、Keterであるものの無理な収容の試みは行われていません。むしろ対象者は彼の存在に安心感を抱き、安らかに亡くなります。財団はこれに対して、彼の写り込んだ監視カメラなどの映像を回収し、目撃者には記憶処理を施します」

 

 あえて現象ではないこれを説明したのは、Keterだからといって危険とは限らない、ということを示すためである。

 

「どういうこと?」

「伝え忘れていましたが、財団はオブジェクトの存在を一般に広めないようにしています。単純に知っただけでアウトなオブジェクトも存在しますし、そうでなくても混乱を招きます。そこでオブジェクトに接触した人物に対しては、薬物などでその記憶を忘れさせます」

「秘密結社みたいね」

「みたいではなく、まさにそうです『人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』というのが財団の使命です」

 

 それは、まさにヒーローとも言える行動だ。ただ。誰にも讃えられず、ただ戦い、そして死ぬという現代のヒーロー達には信じがたいものでもある。

 

「そう言えば、さっき人類を再構成するときにはオブジェクトクラスタウ、なんとかって言ってたわね。それは何?」

「先程のオブジェクトクラスはあくまで基本であり、これに当てはまらない例外が複数存在します。代表的なものとしてはNeutralized、Thaumiel、Apollyonがあげられます」

「それぞれどんなものだい?」

「Neutralizedはオブジェクトが破壊されたなどの理由で異常性が失われたものです。Thaumielは財団の切り札であり、特定のSCiPの影響を抑え込んだり、あるいは人類の再構成、また世界の滅亡を避けるために利用可能な様々なオブジェクトを指します。とはいえこれらの大半は本質的にはKeterあるいはApollyonであり、利用にもデメリットが存在します。言ってみれば、四肢を失うとしても生き延びた方が良い、というような状態です。そしてApollyonは先刻のKeterの更に上のクラスであり、基本的に『避けられない滅亡』を指します」

「世界が滅ぶ、ってこと?」

「……ここが少し報告書を読んでいる際に困った点なのですが、どうやら財団世界ではすでに並行世界間の移動技術が、将来的にタイムリープなどの技術が存在しているようでして、それを元にした推測のようなものも含まれています」

「どういうこと?」

「SCP-2002はApollyonでこそありませんが、説明に用いやすいのでこれについてお話します。これは端的に言えば、未来の人類が送り出した宇宙船でした。中には人類の胚などが載せられており、未来のとある段階において流行し世界を滅ぼすウイルスが無くなった更に後の時代の地球の未来で再び文明を築く、という目的の元送り出されました」

「……それで?」

「ですがこれは現代の財団の地球に出現し、財団以外の組織の手によって破壊されました」

 

 そこで間を置く要に、首を捻った金髪の男が問いかける。

 

「それが滅び、なのかよ?」

「このオブジェクトが示しているのは、将来的に人類が滅びに際してより未来に希望を託したとして、その宇宙船は誤作動を起こして過去に到達し、破壊される、という単純な事実です。即ち、人類が滅ばないようにという試みが『失敗するという事実』はこの段階で確定されました」

 

 将来滅ぶという事実を確定させてしまった、という意味で、このオブジェクトはまた『約束された滅亡』と言えるのである。

 黙り込む3人に要は説明する。

 

「こうした並行世界の関係やタイムリープの概念などを理解のために必要とするオブジェクトが複数存在します。そのため私自身の理解も正確ではない可能性が存在しますが、基本的にApollyonが発生した場合は、世界は終わる、あるいは結局的には世界の終わりを約束するものです。避けるのは不可能です。先程の“あゝ死よ”は影響に関してはApollyonレベルではありますが、一応こちらからアクセスしない限りは大丈夫です。それに対してApollyonというのは、能動的に滅ぼしに来るオブジェクトです。例えば“世界を貪るもの”は、封印が解けるのは時間の問題であり、解けた場合には広範な破壊現象とともに身長200kmの人型実体が出現するため、『滅亡は避けられない』と考えられます」

 

 これは要も感動したことではあるが。

 

 財団世界では、基本的に終わりが約束されている場合が多い。にも関わらず、財団の職員たちは、一日でも長く人類が存続し人々がその生を謳歌できるように闇に潜み活動を続ける。

 

 これ以上の献身が存在するだろうか。

 

「世界が終わるのがわかってんなら、なんで財団なんてものを作るんだ?」

「それは、いつかは死ぬのになぜヒーローなどしているのか、という質問と本質的に同じ物であると考えます。終わりに関わらず、財団は異常を収容し、人々の生活を守ります。世界が終わるその瞬間まで、です」

 

 要の言葉に、3人は黙り込む。そこで要は、財団ではなく『自分の』思いを口にする。

 

「私が財団と同様の組織をこの世界で作ろうとするのは、私が唯一この世界で、オブジェクトに関して知る人間であるからです。オブジェクト群はこの世界に出現しない可能性は十分にあります。ですから、私を入学させる意味は無いかもしれません。ですが一方で、出現する可能性があります。だからこそ私は、その有無に関わらず自分の人生をその準備へと捧げなければならないのです」

「なるほど……君の話は理解したのさ。確かに本当であれば前向きに検討することが必要なのさ。それに、具体例もひとまずあるようだ」

「ありがとうございます」

「君の話に関しては、広めない方が良いのさ?」

「財団同様、SCiPに関する情報は対処する組織内にとどめたいと考えています。ただ、仮に私が入学出来た場合には、あくまで自分の個性、あるいは創作物という形で級友には話したいと考えています」

「なぜだい?」

「一定の知識があれば、いざその組織を設立した際に納得してもらいやすいからです。ですので、私が今話したような『SCiPが自然に発生しうる』という情報は隠してほしいですが、それ以外の部分、つまり私の個性に関しては特に問題無いです。また教師の方々での私の入学に関する話し合いに関しては、その情報の共有は仕方の無いものだと考えますが、そこから外部に拡散することは固く禁じていただきたいです」

「了解したのさ。それで、ここで不合格になったらどうするのさ」

「ここか士傑の一般入試を受けます。個性を使えないとは言えある程度は鍛えていますので、現状の戦力的には他の学生にもそれほど引けを取らないかと」

「なるほど……」

 

 そこで校長は少し考え込む。そして数分後口を開く。

 

「君には、特別入試の招待状を後日送るのさ」

「特別入試、ですか?」

「そうなのさ。特に有望と思える人材に雄英の側から来てくれないかと声をかけるものなのさ。校長の権限で1人ぐらいは呼べるのさ」

「なるほど。わかりました。ありがとうございます」

 

 校長は、要の入学を正規の方法で承認しようとしているのである。つまり、今日要が話したから入学を特例的に認めた、ではなく、要が有望な人材であるために雄英の側から声をかけ、結果入学が決まった、という形にしようとしたのだ。そうすれば他の教師陣からも不要な疑いをかけられることなく、また外部への説明も容易い。

 

 こうして、要は雄英高校に入学することが決まった。




SCPについてある程度説明するために長くなりました。主人公に関する詳細は次話以降です。



この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-3519 静かなる日々
著者:sirpudding
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-3519
作成年:2017年

SCP-2000 機械仕掛けの神
著者:HammerMaiden
URL:http://www.scp-wiki.net/scp-2000
作成年:2014年


SCP-2000-JP
著者:WagnasCousin, Fes_ryuukatetu, furabbit
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000-jp
作成年:2020年

SCP-2317 異世界への扉
著者:DrClef
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2317
作成年:2015年

SCP-2700 テレフォース
著者:Anborough
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2700
作成年:2016

SCP-1548 きらいきらい星
著者:Von Pincier
URL:http://scp-jp.wikidot.com/deleted:scp-1548
作成年:2015年
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SCP-1690-JP 犭貪あるいはウロボロス
著者:physicslike
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1690-jp
作成年:2016年

SCP-2295 パッチワークのハートがあるクマ
著者:K Mota
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2295
作成年:2016年

SCP-198 コーヒーを1杯
著者:Soulbane
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-198
作成年:2013年

SCP-409 伝染性の水晶
著者:Dr Gears
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-409
作成年:2013年

SCP-2935 あゝ死よ
著者:djkaktus
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2935
作成年:2016年

SCP-096  "シャイガイ"
著者:Dr Dan
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-096
作成年:2013年

SCP-4999 私たちを見守るもの
著者:CadaverCommander
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-4999
作成年:2018年

SCP-2002 死した未来
著者:Crayne
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2002
作成年:2016年


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第2話 よく知っている

 財田要の一日は、1つの拳銃と弾丸を用意し、複数のSCPの報告書を脳内で細部まで読み込むことから始まる。

 

 閲覧する報告書はすべて、『知るだけでアウト』な認識災害の存在を示すもの。要は、あえてそれを閲覧するようにしている。

 

 自分がそれを読み、感染しないことを確認した上でその存在がまだこの世界に出ていないことを否定するためだ。

 

 そもそも、知った時点で終わりなSCiPに関する報告書を読むなどどうかしている、と思う人も多いだろう。

 

 だがそういう意味で言えば、要は幼少期にすべての報告書に目を通しているので既に知ってしまっている。

 それをあえて繰り返しているのは、仮にそうした存在が発生したと確認できた場合、即座に自分を終了するためである。深刻な認識災害、あるいはミーム感染を引き起こすSCiPの多くは、それを他者へ伝播させることで被害者を増加させる傾向にある。

 

 そしてそうしたSCiPに関する情報は、全て要の頭の中に詰まっている。つまり。

 

 要が自身を終了することで、それが解き放たれる時間を先延ばしすることができる。自分が最も知ってしまっているからこそ、仮にそれが訪れた時に即座に自分の命を断つと決めているのだ。

 

 ちなみに、脳内の報告書がそうした認識災害の感染源になりうるのかは判明していない。

 

 だからこれは、要の自己満足のための行動でしか無いのだ。そしてまた、再確認するための行動でもある。

 

 SCiPの全ては存在するだけで恐ろしく絶望的なもので。

 

 だからこそそれが発生したときのために要は財団を作り上げなければならないのだと。

 

 

 毎朝のそんなルーティーンが終わると、要は朝食を簡単に作り、1人で食べる。要の両親はいない。交通事故で亡くなってしまったのだ。それから要は1人で生きている。

 

 両親がそれなりに裕福であったため、その財産が引き継がれたことで金は十分以上にあり、また父が社長を努めていた会社からは。父の会社に対する貢献は計り知れないということで、息子である要の生活の援助が行われている。

 

 そのため、経済面において要は1人で生きていくことが十分に可能であった。

 

 また精神面において、ある意味財団の報告書に脳を侵されているような状態の要にとっては、1人で暮らすことぐらいなんでも無いことであった。

 

 侵されている、といっても何らかのオブジェクトによって認識災害やミーム汚染が引き起こされているわけではない。ただ、物心つく前から報告書をひたすらに読んできた要は、その根底にある常識が財団基準になっているのだ。

 

 つまり、残酷では無いけれど冷酷であり、失われるのは当然で幸せなど訪れるものではなく、一般的には他の子供と比べて愛に恵まれない自分の人生など悲嘆するに値しない。

 

 もちろん、本来自分の人生はそういうものなのである、というのを、考え方の上では理解していた。社会で生きていくためには、社会に合わせたミームというのは持っていなければならない。

 

 ただ、要はそれを知識として知った上で周りに合わせるように利用しているのだ。

 

 歳の割に異常に大人びた思考と知識を持ち、また悟りを開いたような人間が財田要という男なのだ。

 

 

 朝食を終えた要は、ハンガーにかけてあった制服に袖を通す。中学時代まで来ていた学ランではなく、おしゃれなブレザー。雄英高校と呼ばれる、日本でもトップクラスであると言える高校のものだ。

 

 12月時の雄英高校への訪問を終えた後要のもとには、校長の言っていた通り特別入学に関する書類が、つまり雄英高校からのスカウトが届いた。それを受け取った要は再度高校を訪れて学力試験と、その際に持参したSCP-2295“パッチワークのハートがあるクマ”を利用して個性の説明を行い、無事合格が決まったのだ。

 

 そのため通常の受験の過程は利用していない。今年の特別入学は要、ともう1人だけだ。そのもう1人とは、既に特別な事情で顔合わせが済まされている。というか特別入試の際に遭遇した。

 

 正直、会ったときには笑ってしまった。おそらく学校に行けばまた向こうから話しかけてくるのだろうが、『あれがこう変わるのか』というのが面白くて仕方がない。

 

 一通りの準備を終えた要は、最後に室内に置かれた大きなロッカーを開ける。大きなロッカーの割に、中にしまわれているのは2つのオブジェクトだけである。SCP-2295“パッチワークのハートがあるクマ”と、SCP-348 A Gift from Dad“パパの贈り物”。それぞれに、要が自分の個性の正体を確かめるために利用しても安全であると考えたオブジェクトだ。

 

 そのうちただのスープ皿であるSCP-348は良いとして、SCP-2295は意志持つクマのぬいぐるみだ。だから毎朝毎晩、要は彼に声をかけたり。あるいは夜は一緒に寝たりと、彼を安全に収容するための行動を行っている。またその中で、例え怪我人がいたとしても自分の許可がない限りは治療を行わないでほしい、と伝えてもいる。最もそれを聞いてくれるかは別だが。

 

「俺は学校に行ってくる。静かに待っているように」

 

 “パッチワークのハートがあるクマ”、通称パチクマはロッカーの中に腰掛けたまま、要の方を見上げてコクリとうなずいた。パチクマは自分の側からの意思伝達の手段は持たずまたそうしたことをしようともしないのだが、言っていることは認識しているのだ。

 

 家を出ると自転車で15分ほど。資金は少なくとも一生生きていくには十分なぐらい潤沢にあるので学校の近くに部屋を借りた。

 

 正門から入場し、駐輪場に自転車を置いて学校の中へと入っていく。以前来た際には案内されて直接小会議室に行ったので通常の教室周りを見たのは初めてのことだ。

 

「大きい……」

 

 教室の入り口の扉は身長170センチの要からすると大きく。というか3メートル以上あるので、大半の人間にとっては大きすぎるだろう。どうやってこれを開けたものかと一瞬要が思案している、後ろから大きな衝撃を受ける。

 

 がっしりと肩を組まれ、体重をずっしりと要にかけてくる。要より幾分大きな体躯が背中の接触点から感じられた。鍛えてある要の体が揺らぐことはないものの、それでも重たいものは重たい。

 

「おはよう十影」

「おーっすおはよう要。クソトカゲって呼んでもいいぜ?」

「別に中身がお前ならクソじゃない。お前もこっちか?」

「いーや、俺はB組の方。流石に特入2人同じクラスにはしないだろ」

 

 そう言っている間も十影の腕は要の肩にかけられたままだ。要はどうせしばらくしたら離れていくのでそのまま放っていても良かったのだが、他の生徒が教室に入りたそうにしているのを見て嘆息する。

 

「十影、他の人の邪魔になってる」

「おー、悪い悪い。じゃあ中に入ろうぜ」

 

 そう言った十影は要の肩から腕を外すと、要が動く前に教室を開けてずんずんと入っていってしまった。荷物を持っていないところを見ると既に自分の教室に行ったのだろう。要も後から来た髪の長い女子生徒にペコリと頭を下げた後、教室の前方の黒板で自分の席の場所を確認して席に向かった。

 

 そこでは既に十影が机に腰掛けて待っている。

 

「行儀が悪いな」

「お前の椅子が無くなるのは嫌だろ?」

「嫌だ。で、朝からなんの用だ?」

「暇なんだよ。なんか面白いの教えてくれよ。前も話してくれただろ?」

「あのなあ……。人前では話せない、って言っただろ?」

「そうだっけか? んじゃあ屋上行こうぜ」

 

 そう言うと、十影はヒョイっと要を担ぎ上げてそのまま教室の出口へと向かっていってしまった。周囲の生徒がぽかんとあっけに取られているが、要の目にも十影の目にも、他の生徒は有意な実体として捉えられていない。つまり興味がない。

 

 そして要も、こいつに何かをされた際には言葉以外で抵抗するのは無意味だとわかっているので、降ろせとは言いつつも暴れて抵抗などはしない。少ない邂逅ではあるが、こいつのことはもうよく知っている。

 

 ああ、そうだ。こいつがこいつである前から。《Keter》クラスのオブジェクトであった頃から知っている。

 

「さー屋上についたぜ!」

 

 意外と優しく屋上に降ろされた要は、その場にあぐらをかいて座り込む。そして、空を見上げて思いついた。

 

「時間も無いし、1個だけな」

「おー面白いやつか?」

「まあ……強い奴ではない。ただ考えると面白い」

 

 そう言うと、要は彼に1つの物語を語り始めた。

 

 

******

 

 

「SCP-8900-EX Sky Blue Sky“青い、青い空”」

「EXってなんだ? SafeとEuclidとKeterだけだろ? Keterよりやばい、ってことか?」

「いや、EXはExplainedの略、つまり異常だと思われてたのが科学的に解明されて異常じゃなかったと判明したものとか……とにかく異常ではないと扱われるものだ」

「なんでそれがSCiPなんだ?」

「記録として残り続けるんだこういうのは」

 

 そして咳払いをして声を作った要は、淡々と報告書を読み上げる。

 

「SCP-8900は接触によって感染する、可視スペクトルに影響を与える複雑な知覚現象です。この現象は最近開発された技術を用いて撮影することができますが、この異常現象を撮影することは現象の迅速な拡散を招くと思われるため、推奨されません。この現象は1800年代中期から後期に特定の撮影技術の副産物として発生しました」

 

 要が言葉を切ると、十影は顎にその鱗に覆われた手を当てて考え込む。財団の報告書は、時にわかりづらい、あるいは専門的知識、オブジェクトに関する経験や知識が無いと理解しづらい言葉で書かれていることがある。このオブジェクトの場合は専門知識というより、普段は認識しないものを言葉によって表現したために、結果として理解が難しくなっているのだ。

 

「可視スペクトル、ってことは目に見えるものだよな。というか光線、だな」

「ああ。もしかすると、お前にも覚えがあるかもしれないぞ。影響が人間に出始めたのは1935年頃。それ以降に殺したときの記憶があれば、な」

 

 要の言葉に、十影は目を閉じて自分の記憶をたどる。正確には、個性によって与えられた、自分ではない自分の記憶、であるが。そしてそれを見つける。

 

 そうだ。あの瞬間何故か、血が“赤く”なったのだ。いや、それ以前も赤かったのだが、“赤く”なったのだ。

 

「もしかしてあの色が気持ち悪くなったやつか?」

「覚えているか。ということは、SCP-8900-EXはお前にも影響があった、と。お前に記憶処理剤は効かないだろうからな」

「あーあれか……なんであれがEXなんだよ。説明出来たのか?」

「ん? いや、説明出来てないぞ」

 

 要の言葉に、十影は首をかしげる。それを見てニヤリと笑った要は、彼の大好きなこの物語の続きを話し始めた。

 

「この報告書には、O5、つまり財団で一番えらい人物の1人の書き置きが記録されている。閲覧もO5権限、O5しか見れない」

「やばいもん、ってことか」

「まあお前より物理的にやばいものじゃない」

 

 そして要は、それを語り始める。

 

「『諸君、我々は失敗した。SCP-8900の影響はあまりにも広く拡散し、ありふれたものになってしまった。空の自然な青は下品で不自然な色合いに変わり、木々の緑は等しく汚された。SCP-8900は全ての可視スペクトルに荒廃をもたらし、我々は覆い尽くされた。正反対の影響を及ぼす「感染症」を作り出すという試みもまた失敗した。我々は被験者に対して自然な色彩を復元させることに成功したが、この処置は被験者の口を利けなくしてしまうようだ。その上、今しがた使者がオフィスに到着し、我々の試みが収容違反を起こしたことを伝えてくれた。未来のエージェントはこれ自体をSCPオブジェクトとして扱わなくてはならないかもしれないな。我々にはたった一つの選択肢が残されたのだ、諸君。私は財団の最終フェイルセーフ手段、アンニュイ・プロトコルを実行する』」

 

 そこで一旦言葉を切り、十影が理解を示しているのを見た要は続きを言い切った。

 

「『適切な権限を持つ君達がこのメッセージを受領する頃には、財団は世界中の資源を動員し、保有する中で最も微細な効果を引き起こす記憶処理薬である化合物ENUI-5、その大量散布を終えていることだろう。世界中のこのような恐怖を味わうべきでない男女が、立ち止まり、困惑し、自らの生活に戻るだろう、この現象が常に存在していたと確信し、何を失ったかを決して知らないまま。ただ一つ、SCP-8900の影響を受けていない写真のみが真実を伝えていくことだろう。私は残念でならない、諸君。本当に残念だよ。これはやり遂げられねばならない。

— O5-8.

確保、収容、保護。』」

 

 最後まで聞いた十影は、うつむいていて。顔をあげたときには目をうるませていた。彼は、記憶の中の彼とは違ってどこか単純な性格をしていた。

 

「負けたんだな……」

「ああ。負けた。財団はその異常を抑えられなかった。だから、それが異常であることを全員で忘れることにした。そうすれば、異常は異常ではなくなる。それが日常になる」

 

 そうして。血は美しい“赤”に。木々は燃えるような“緑”に。

 

 そして空は。

 

 透きとおる“青”に。

 

「青い、青い空は、今日も変わることなく広がっている」

 

 そう言いながら要は、雲一つない青空を指差した。

 

 財団がはっきりと敗北を宣言し受け入れたのは、この件を除いて存在しない。世界が滅亡する場合には、明確にあがいて最後の1人まであがききっている。

 

 だがこのときの財団は、人々の生活のために、あがくのをやめたのだ。

 

「……財団って、ほんとすげえな」

 

 十影の感想に、要はニヤリと笑う。

 

「何を今更。お前が収容されてたんだ。すごくないはず無いだろ」

 

 そう言われて、それもそうか、と。藤見十影は。

 

 かつて、SCP-682“不死身の爬虫類”として生き、財団に収容されていた記憶を持つ男は納得を示した。




やっぱりね。主人公だけがそっち関係じゃあ面白く無いでしょう。ということで。ハロークソトカゲ。まあ人間になったのでクソじゃないかもしれないですが。

SCP-8900-EX、『財団唯一の敗北』ではないですよね。実際何回も世界は滅んでるので唯一の敗北ではないと思います。
でも、『財団唯一の敗北宣言』って、まさにそのとおりだなと。人々の生活を守るために異常と戦うことを決めた財団が、人々の生活のために異常を受け入れた。すげえなあって思います。もう1個こういうオブジェクトあるんですけど、わかる方いますか?



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この作品はCC BY-SA 3.0に基づいて作成されています。


SCP-682 不死身の爬虫類
著者:Dr Gears, Epic Phail Spy
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-682
作成年:2013年

SCP-8900-EX 青い青い空
著者:tunedtoadeadchannel
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-8900-ex
作成年:2014年

SCP-2295 パッチワークのハートがあるクマ
著者:K Mota
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2295
作成年:2016年

SCP-348 パパの贈り物
著者:Zyn
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-348
作成年:2013年


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第3話 体力テスト

 十影に開放されて時間ギリギリで教室に滑り込んだ要は、教室の前に黄色い芋虫が転がってるのに気づいた。まず最初に考えたのは、そんなオブジェクトが要の脳内報告書に存在しているか、ということである。人間である場合には気にする必要は一切ないのだ。

 

 やがて要が距離を取って見守る中その物体からのそりと人が立ち上がった。そこでそれがオブジェクトではないと確認した要は、ようやくその後を追って教室に入り込む。

 

 黄色い芋虫、よく見れば寝袋から抜け出したのは、無精髭に長い髪を生やした人間の男性のようであり、要が教室に入り込むと一瞬じろりと視線を向けてきた。そしてその後、彼の登場に固まっているクラスに対して話し始める。

 

「俺は担任の相澤消太。よろしく。それじゃあ全員、コレ着てグラウンドに出てこい」

 

 短くそう言った相澤は、教卓の上に人数分の体操服を並べると生徒の反応を見ないまま教室外へと出ていってしまった。

 

 全員が意味のわからない状況に困惑し周囲の新しい友人と顔を見合わせる中、一足はやく要は卓上から自分の名前が書かれた体操服を回収し、鞄にしまってあった入学のしおりを頼りに更衣室へと向かう。

 

 上に立つものの不合理に思える命令に対しても、即座に100%の精度でもって答えなければならないのが財団だ。だから、相澤と名乗った教師の指示の意図は理解出来ていなかったものの、要はおとなしく指示に従うことにしたのである。

 

 

******

 

 

 要が一足先に更衣を済ませていると、他のクラスメイトたちも困惑した様子ながら更衣室へと入ってきた。それを尻目に更衣を終えた要はグラウンドへと出る。グラウンドには先程の相澤という男が1人で立っており、出てきた要の方に視線を向けて手招きしてきた。

 

 要が近づくと、相澤は話しかけてきた。

 

「財田。担任の俺はお前に関する話を聞いている。12月の件もだ」

「はい」

「通達した通り、お前の個性は『大量の物語群を脳内に記憶している』という扱いになっている。オブジェクトを召喚するなよ」

「はい」

 

 事前に伝えた要の個性や、SCP財団に関する話の全ては全教師には伝えられていない。ただ要がそういう知識を初めから脳内に持っており、またそれを召喚できてしまう、ということは伝えられていた。そして話し合った結果、要が望まないのであれば召喚させない、という形を取ることになったのだ。その際本当の事情を話されていない教師は『なぜ個性を使わない生徒を入学させるのか』と反発したが、要の雄英への入学は個性を暴発させないための取り組みの1つである、と校長が説明したことで結果として特別入学が認められたのである。そのため要は、報告書の内容を語る以外にヒーローを目指す過程で個性を使用できないのである。

 

 その後少し待っていると、他の生徒達も出てきた。

 

「はい、注目。今から個性把握テストをやる」

「て、テスト!? 初日から!?」

「せ、先生! 入学式とかガイダンスはやらないんですか!?」

「ヒーローになりたいならそんな非合理的な行事出てる時間はない」

 

 生徒の1人、茶髪のボブの少女からの質問に視線を向けることなく答えた相澤は、隣に置いてあったカゴの中からボールのような物を取り出す。

 

「うちは自由な校風が売り文句だが、それは教師も一緒だ。俺は俺のやりたいようにやる。ということで。爆豪」

 

 相澤が呼んだのは爆豪という、尖った金髪をした好戦的な男子生徒だ。

 

「中学のソフトボール投げの記録は?」

「67メートル」

「じゃあ個性使ってやってみろ。円から出なけりゃ何しても良い」

「あ? 個性使って良いんか」

「“個性禁止”の体力テストなんて非合理的だ。平均なんてそんなに変わらないのにいつまでも同じ記録を作り続けてる。そんなことするより、個性を使わせて自分の限界を知っておいたほうが良い。はよ」

 

 促されるままに爆豪は思い切り振りかぶる。この世界においてはすべての人間が要の知識からすればオブジェクトであり、“個性”という解明されていない超能力を有している。今相澤が指示したのは、普段は使用が禁止されているそれを自由に使って良いという内容だ。要で言えば、好きなオブジェクトを呼び出してそれを利用して、円内から出ないままボールをできるだけ遠くに持っていけ、ということだろう。オブジェクトを召喚することは禁止されているが、仮に要がオブジェクトを召喚してそれにボールを運ばせた場合、記録はどうなるのだろうか、なんてことが気になってしまった。

 

 そうこうしているうちに爆豪はボールを投擲する。

 

「死ねえ!!」

 

 物騒である。彼の手から放たれたボールは、おそらくは手のひらで発生した爆発に後押しされてはるかかなたまで飛んでいった。手のひらから爆発を発生させる、いや、あるいは体表、もしくは爆発性の何かを操るという異常性、否、個性かもしれない。

 

「まずは自分の今の限界を知る。それがヒーローを目指す第一歩だ」

「なにこれすげー面白そうじゃん!」

「706m、って爆発! 凄いなあいつ!」

「個性使って良いんだ。さすがヒーロー科」

 

 相澤の言葉に、要のクラスメイト達は楽しそうに話す。それがいけなかった。

 

「面白そう、か。お前らは、ヒーローになるための3年間そんな心持ちで過ごすつもりか?」

 

 低い声で話し始めた相澤に、場がシンと静まる。

 

「なら、トータル成績最下位の者は見込みなしとして除籍処分にしよう」

「は、え、除籍、って」

「退学ってことですか!?」

「嘘だろ!?」

 

 生徒らがざわめく中、相澤は最後の宣言をする。

 

「他科ならともかく、ここはヒーロー科。生徒の如何は俺達の自由だ。ようこそ、雄英高校ヒーロー科へ」

「そ、そんなん理不尽すぎる!!」

 

 生徒の叫びに、相澤が話しだそうとしたところで、別の声が響いた。けして大きいとは言えない声。だがそれは、その場にいる全員の耳に強調されて響く。

 

「自然災害、大事故、ヴィラン。ヒーローはそうした理不尽に立ち向かう存在であり、遊びのようなつもりでいられては困る。だからこそ、最下位は除籍というペナルティーを設けることで生徒の気を引き締める必要がある。ということですよね、先生」

「……そういうことだ。雄英はこれから3年間、全力で君たちに苦難を与え続ける。“Plus Ultra”。ヒーローを本気で目指すならば乗り越えてこい」

 

 言葉を発したのは、クラスメイトから少し離れた場所に立っていた要である。わかりそうなものだ。ここは通常の青春を経験できるような高校ではない。言ってみれば、財団エージェントを養成するための教育機関である。遊ぶようなつもりでいられてはたまらない。

 

 最も、せっかく選びぬいた生徒を簡単に手放すかどうかは要には判断がつかないところではあるが。

 

「わかったらさっさと始めるぞ。まずは短距離走から」

 

 要の言葉と相澤の言葉に停止していた生徒達は、その指示を聞いて動揺しながらも動き始める。だが、この場所にいるのは選ばれたものたちばかりであるからか、皆すぐにテストの方へと集中を持っていっているのはさすがというところだろう。

 

(あれはおそらくエンジンを内蔵している。彼女は……蛙の特性、か)

 

 他のクラスメイトたちが集団を作って話しながらも種目に挑む中、要は自分の番が来るまで他のクラスメイトを観察していた。友人となりうるクラスメイトのことを知りたかったというのもあるが、目的の一部は誰がどのような個性を持っていてオブジェクトの収容に有用であるかどうか、ということである。個性は現段階では解明されていないものが多く、それ自体がオブジェクトの異常性に近いものであり、また下手にオブジェクトと接触させた場合予期せぬ出来事が発生する可能性もある。

 

 だが一方で、それはうまく使えればオブジェクトの収容、封じ込め、あるいは終了に利用できる可能性も高い。財団内でも一部のオブジェクトを《Thaumiel》クラスとしてオブジェクトの収容に利用したり、戦闘力の高いオブジェクトを機動部隊として、他のオブジェクトとの戦闘に参戦させていたりした。そういう使い方を想像しているのだ。

 

 そうこうしていると要の番である。要の相方は口田という生徒で、おどおどしているのが見受けられる。先程いきなり話しだしたので変なやつと思われたのか、スタート地点についている際にペコリと頭を下げられた後、目を合わせないように顔を逸らされた。

 

 とはいえ。この体力テストにおいて要が他のクラスメイトのようにできることは存在しない。ただ中学の頃と同じようにやるしかない。それでも体はかなり鍛えてあるので一部のクラスメイトに負けることは無いだろうと要は考えていた。もちろんオブジェクトの大半は相手することを想定しても体を鍛える意味など存在しない。だが一方で、何かに使える可能性もある。出来うる限りの用意をするのだ。

 

「『財田君6秒1』!」

「こんなものか。遅いな」

 

 他のクラスメイトらは、個性を使えるものたちは皆5秒台かそれより早い記録を出している。それと比べると、要のタイムは大したものではなかった。

 

 その後も、テスト開始前の発言のせいで変に注目されながらも、要は淡々と競技をこなしていく。そして最後の種目が終わる頃には、特段要に注目する相手はいなくなっていた。

 

 

******

 

 

「はい。これが成績。ちなみに除籍は嘘ね」

「「嘘ォ!?」」

「お前らの最大限を引き出す合理的虚偽だ。本気になれただろ?」

「「「えぇぇぇぇ!?」」」

 

 成績を表示しながら言った相澤の言葉クラスの殆どが悲鳴とも取れない叫びを上げるが、八百万や轟、爆豪といった一部の面々は事前にそれに気づいていたか、あるいは自分が除籍になることは無いと確信していたのか特に騒ぐことはない。クラスメイトの一部は最初に脅すようなことを言った要の方に視線を向けてきたが、要がああ言ったのはあくまで相澤がそうしたいのであろうと思ったからだ。別に実際そうであると断定したわけではない。

 

「個性把握テストは終わりだ。各自更衣後教室に戻ってカリキュラムなんかの書類に目を通しておけ。それと緑谷」

「は、はい!」

「リカバリーガールのところで治してもらえ。明日からはもっと過酷な試験が多くなる。負傷は残さないように」

 

 相澤と緑谷がそう会話している中、要は自分の順位を確認する。耳郎や葉隠といった女子生徒や上鳴、切島といった個性をテストに活かすことが困難だったクラスメイトと比べれば要の順位は高い。純粋な身体能力という意味で言えばクラス内でもある程度上位にいる、ということだろう。

 

 他の個性を持つクラスメイトと比べて、要は“不思議な物語”を語る以外に個性を使ってできることはない。つまりこの素の身体能力こそが、要がヒーローを目指す唯一の武器なのである。




ヒロアカ系小説複数書いてますが、体力テストはいつも省いても良いかなと思いつつ、主人公のことを描写するのに割と有用だなと思ったり。

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第4話 聞こえたかい?

 昼休みは十影に拉致されて屋上でオブジェクトについて語りながら食事をさせられ、その後のガイダンスなどは特に問題もなく過ぎた。放課後になって要が荷物をまとめていると、再び十影が来襲してくる。

 

「おーい要ー! またなんか面白い話教えてくれ!」

 

 そう大声で言いながらやってきた十影の頭を、要はがっしりと掴んで口元まで引き寄せる。

 

「(秘密だって言っただろ)」

「(不思議なお話、って感じで話すんだろ? なら良くね?)」

「(まあそう言えばそうだが)」

「てことでなんか話してくれよ!」

 

 大声で十影がそう話していると、それを見かねた切島が2人に声をかけてくれた。ちなみに最もそういうのにうるさそうな飯田は既に教室を出てしまっている。

 

「おい、なんか揉め事か? やめろよいきなり喧嘩なんて」

「え?」

「だから! いきなり来て喧嘩売るなって言ってるの!」

「ああ、いや。すまない切島。これは一応知り合いだ」

「おう。友達だ」

 

 要と肩を組もうとする十影と、嫌そうにしながらもそれを受け入れる要の姿に切島は目を白黒させる。その騒動に、教室に残っていたクラスメイトの大半は注目していた。

 

「まじで? 悪い! 勘違いで失礼なこと言った!」

「良いって気にすんな。俺はB組の藤見だ。よろしく」

 

 勢いよく頭を下げる切島に対して、藤見は全く気にしていない様子を見せて手を指しだす。

 

「俺は切島鋭児郎。よろしくな!」

「ほら、要も自己紹介しとけよ。どうせお前、クラスの人と話してないんだろ?」

「自己紹介は学活でやってる」

 

 何が悲しくて元オブジェクトに気を使われなければならんのだ、と思うが、十影はこういう男である。人間を忌々しいものとして嫌悪していたSCP-682と比べて、彼は非常にフレンドリーでありまた人を思いやるのだ。

 

「財田、だよな。よろしく」

「よろしく」

「よし。じゃあ話せ要。なんか面白い話」

「さっきから藤見は何を言ってるんだ?」

 

 切島と要の挨拶が終わった後、下校していた要の隣の麗日の席に座り込む藤見に切島が尋ねる。

 

「お? 切島こいつの個性何か聞いてないのか?」

「いや、聞いてねえ。ってか個性把握テストでもどんな個性かわかんなかったぜ」

 

 要の個性の話になって、周囲で自分たちの会話をしながら話をうかがっていた他のクラスメイトたちの注目が一層集まる。

 

「個性把握テストじゃあ使いようが無かったからな」

「そうなのか?」

「まあ、そうだな。俺の個性は、頭の中に他で見たことが無い無数の物語の知識があって、それを好きな時に映像や文章で閲覧できる、っていう個性だ。後はそれについて話すときに臨場感が出たり、人を感動させやすい、って感じだ」

 

 十影がどんどん自分の個性に関する方向へと話を持っていくので、仕方なく要は自分の個性に対するカバーストーリー『語り手』を口にする。これは十影には既に伝えているので、特に突っ込まれはしなかった。

 

「なん、つーか、不思議な個性、だな」

「ああ。そのせいでこいつがいつも何か面白い話をしろとうるさいんだ」

「良いだろ、お前の話面白えんだから。ほら、お前らもそんな遠くで盗み聞きしてねえで面白い話聞きたけりゃあ来いよ」

 

 まだ要はこの場で何か話すとも確約していないのに、十影は勝手にクラスに残っていたクラスメイトらを呼び集めてしまう。教室に残っていたのは、瀬呂、上鳴、峰田、芦戸、葉隠、耳郎の6人である。他のクラスメイトは何らかの用事か、あるいは単純に下校してしまったかでいなかった。

 

「なになに、なんか面白い話?」

「おう、要が話してくれるぜ」

「いや、……はあ。じゃあ1つ話すか」

「話、って何の話するんだ?」

 

 先程までの会話がよく聞こえていなかった上鳴にそう尋ねられ、要は再度『語り手』を説明する。

 

「そんな個性もあるんだ」

「別に興味無いやつは帰ってくれていいからな?」

「普通に聞いてみたい!」

「私も」

「俺も別に急いでないしね」

「エロい話か!? なあ、エロい話だろ!?」

 

 要は興味ないものは去るようにと暗に促すが、誰も去ろうとはしなかった。

 

「はあ。じゃあ話すか」

 

 息を吐いた要は、その場に集っているクラスメイトの1人の個性について思い出し、それに関する話をすることにする。

 

「怖い話……若干グロテスクだが、それよりもホラーのような話で大丈夫か?」

 

 要が問いかけると、ほぼ全員が力強く頷き、他の者も若干引きながらもうなずく。

 

「どれぐらい怖い?」

「どれぐらい……基準があまりわからないな。怪談のようなものだな」

「ああ、それぐらいならまあ……」

「なに、耳郎もしかして怖いの苦手?」

「別にそういうわけじゃない」

 

 全員の許可が得られたことで、要は1つのオブジェクトについて若干物語風に、そしてなるべく怖く語ることにする。そしてそのために、机の中にスマホを置き、ごく小さい音量でとある音源をループ再生した。

 

 

******

 

 

「よし。じゃあ話すが。まず今から話す話は、いわゆる小説っぽい書き方じゃないものだ。とある組織が、ある化け物について調べた報告書、みたいな感じで話が進む」

「とある組織って何? あと化け物って?」

「組織っていうのは、単純に化け物を捕まえて一般人が襲われないようにする組織だ。化け物の正体は話の中で出てくるから今は秘密だ」

「へー」

 

 他に質問が出てこない事を確認して、要はいよいよ話を始める。

 

「話のタイトルは、『時間切れ』。その組織はいろんな怪物を捕まえているから、怪物のことを番号で説明する。それと、ここからは俺が話を振るまでは話の邪魔はしないでくれ。解説は最後にするから」

 

 そう言って要は、鞄から出したノートにその化け物のイラストを書いていく。

 

「その化け物、番号4975は、こんな感じのフラミンゴやダチョウみたいに自由に動かせる長い首に鳥みたいなくちばしを持ったやつだ。手の先は鎌みたいになっていて、これで獲物を殴ったり切ったりして仕留める。ちなみにこいつの主食は……人間だ」

 

 主食が人間、という言葉に若干顔をしかめた者もいたが、別にそれぐらいはゾンビ映画なんかを見ていればよくあるので、大半は気にしなかった。

 

「こいつは獲物を狩る時にいきなり襲いかからない。ある方法で獲物をストーカーしてストレスを与え続け、数ヶ月経って獲物がストレスで疲弊しきったときに襲いかかって食べてしまうんだ。けどこの物語の中では、4975番はもう組織に捕まって、鋼鉄の檻に閉じ込められているんだ」

「方法って―――」

 

 情報を言い切らないままに先に進もうとする要に対して芦戸が思わず声を上げるが、それに対して要は、口元に人差し指を立てて静かにするように促す。

 

 そのちょっとした動きが全員の意識を集中させ。より物語へと引きずり込んだ。

 

「こいつを閉じ込めておく方法は単純。閉じ込めて、こいつの獲物になってしまわないようにこいつの近くに人間は行かない。それだけだ。これで化け物は閉じ込められ、もう二度と人間は食べられなかった」

 

 ―――そうなれば、どれほど良かったか。

 

 シン、と。一層沈み込む要の声色に、全員が息を呑んで話の続きを待つ。

 

「こいつが閉じ込められた後、しばらくして組織は、こいつにストーカーされている男性を保護した。でもこいつは閉じ込められているから、ストーカーは出来ないはずだ。そこで組織は、こいつが一匹じゃない、って気づいたんだ。そして取り敢えずその被害者が食われてしまわないように保護した。けど、その後できることならこの人を狙って出てくる4975の別の個体を殺したい。そこで組織は、この人の周りを何人もの兵士で取り囲んで、初めてストーカーされてる事に気づいた森にみんなで向かった」

 

 そこで要は言葉を切り、少し間を置く。気になる程度の。けれど、集中が途切れない程度の。

 

「その森に行った途端、被害者の男性は急に怯えだした。そして指を何もない場所に向けて、『怪物がいる』。そう言ったんだ。けど、その人が指差したところには当然何もいない」

 

 ―――そして次の瞬間、男性は何かに殴られたかのように吹き飛ばされ、更に何かから暴行を受けているような状態になった。

 

「化け物が透明になれるのかと考えた兵士たちは、男を殴っているものがいるだろう場所や、先程男が指差した場所へと射撃を行った。けど、何も起きなかった。そのうち男性の体は引き裂かれ始め、引き裂かれた場所からどんどん消滅していった。透明の化け物に男性は食われた」

 

 ―――そう、誰もが思った。

 

 

「実はちょうどこれと同じ時、捕まっていた化け物が不思議な行動をしているのに組織は気づいていたんだ。普段はずっと動き回っているこいつが、男性が『何かがいる』と言っていた時には動きを止めて、檻の南東の方向を全く動かずに見つめていたんだ。そして更に、男性の体が引き裂かれていたその瞬間、檻の中に居て餌を与えられていないはずのこの怪物は動き始め、()()()()()()()()()()()()()()動きをしていたんだ」

 

 話が終わる頃には、その場の全員が要の話に引き込まれていた。

 

「そこで、組織の人たちはようやく気づいた。『こいつは、捕まえていても意味がない』、と。捕まえていても、一切見てないはずの獲物をストーキングし、はるか遠くから念力で攻撃して殺害し。そして、食べる瞬間にはその肉だけを自分の口の中に瞬間移動させて食べてしまう」

 

 ―――こいつは、そういう。捕まえても意味のない化け物だったんだ。

 

 

 要の言葉に、ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。

 

「実は、こいつはずっと昔から存在していたらしくて、とある民謡には、こいつのことを表現しているであろう歌があるんだ。最後に、それを歌って終わりにしようと思う」

 

 そう言って要は、再び声を変え、優しい女性のような声で歌い始めた。

 

「“チクタク”、カッコウ時計は刻む。

“カッコー”、中では鳥が鳴く。

チクタク、チクタク、チクタク、チクタク」

 

 奇妙な、韻を踏んですらいないような歌。だがそれは、要の美しい声によって優しい響きを持つ。そして特に、『チクタク』という擬音が、非常に体にしみるように響いた。

 

 ああ、優しい歌だな、と。皆が思った。

 

「時の刻みは、ハートの刻み。

歌が聴こえるほど、長生きできる。

チクタク、チクタク、チクタク、チクタク」

 

 だが、2番には不穏な歌詞がまじり込んでいた。心なしか、声に不穏な響きが混ざっているように聞こえる。

 

 聞いている皆の表情は優れず、特に耳郎に至っては半分ほど耳を抑えてしまっていた。

 

「よくお聞き、それが止まる時

雛鳥が家から飛び出してくる。

チクタク、チクタク、チクタク、チクタク」

 

 皆が理解した。そのチクタクという時計の音が。

 

 化け物が獲物に与えるストレスなのだと。

 

 ―――聞こえたかい? 止まったかい?

 

    お嬢ちゃん、それは

    。

    時間切れ、という意味さ

    

    

 最後の言葉の後に余韻を持たせると、要はパン、と一度手を打ち合わせた。それによって現実に引き戻され、かたずを呑んでいたクラスメイト達は大きく息を吐き出した。

 

「それなりに怖かった、か?」

「結構怖かったぜ」

「今回の話も面白かったぞ。ありがとな」

「なんか、すごい話に引き込まれた。ゾンビ映画とかなら見れるんだけど―――って耳郎どうしたの?」

 

 皆が思い思いに感想を言っている中で、芦戸は耳郎が顔を真っ青にして耳を抑えている事に気づく。

 

「え、ほんとだ耳郎ちゃんどうしたの? 怖いの駄目だった?」

 

 葉隠にそう言われ、耳郎は首を横にふるふると振る。

 

「聞こえる」

「聞こえる、って?」

「チクタク、チクタク、って。小さい、音だけど話の途中から」

「え?」

 

 耳郎の言葉に葉隠は惚けるが、次の耳郎の悲鳴とも取れる叫びで、耳郎の言っていることを理解した。

 

「だから! さっきからずっと私には聞こえてるの。チクタクチクタク、って。ねえ!? これ何!? うちが狙われてるの!?」

 

 最後の方は悲鳴のように叫ぶことしか出来ない耳郎に、他の者もただ事ではないと気づいて声をかけ始めた。

 

「落ち着けよ耳郎」

「だって! あんたには聞こえないんでしょ!? 話の途中からずっとチクタクって聞こえるんだよ!」

 

 耳郎の言葉に、騒然となるその場。その中で十影は、要がかすかに笑っているのに気づいた。

 

「お前、趣味が悪いな」

「まあ、せっかく話すならしっかりやらないとな」

 

 十影の言葉に答えた要は、混乱している耳郎とそれをなだめようとする上鳴以外が注目する中、机の中に隠していたスマホを取り出す。そして音量を最大まであげた。

 

 チクタク、チクタク。耳郎が聞いたというその音は、要の持つスマホのスピーカーから再生されていた。

 

「え、っと?」

 

 その音がはっきり皆にも聞こえている事に気づいた耳郎も、要の方へ意識を向けてくれた。

 

「音に関する怪談だから、耳郎さんの優れた聴覚を貸してもらったんだ」

「え……は?」

 

 底冷えのする声で聞き返す耳郎に、要は再度説明しようと試みる。

 

「だから、耳郎さんが聞いてたチクタクって音は俺が音を出した偽物。ほら、止まっただろ? だから安心して゛っ゛!?」

 

 結果。騙された事に気づいた耳郎がぶっ刺したジャックから特大の心音を流し込まれて、要は机の上に倒れ込んだ。

 

「どういうことだ?」

「怪談の中で出てきた音を、財田がスマホで再生することで、本当にその音が聞こえてるんじゃないか、って余計に怖がらせようとした、ってことだろ?」

「うわ、財田

たちわる、ってか怖」

「おいらでも引くぞ……」

「財田くんやりすぎでしょ! ほら、耳郎ちゃん泣きそうになってるじゃん!」

「泣いて、ないし……!」

 

 嗚咽を漏らしながら言われても説得力はない。

 

 散々な言われようをした要は、頭を振って脳を復活させながら反論する。

 

「もっと怖く出来たのに、抑えたんだぞ」

「え、今ので十分怖かったんだけど? てかどうやんのよもっとって」

 

 瀬呂の問いかけに、要は鞄からもう一つの端末を取り出した。

 

「今は、1つ目の端末で偽物の音だった、て明かした」

「うん」

「けど例えば、俺がこうやったら―――」

 

 そう言って要は、1つ目の端末でチクタクという、耳郎に聞かせていた音を流す。そして今度は、もう1つの端末で一番小さい状態から、全く別のチクタクという音を流して音量を最大まであげた。

 

「こうしたら、どうなる?」

「どう……?」

「耳郎さんには、こっちの音が聞こえていた。そこで俺はネタバレとして、もう片方の音を大きくした。『ああ、これで安心だ』。みんなそう思うはずだ。でも、耳郎さんだけは気づいてる。俺がスマホから流していた音と、自分が聞いていた音は別のものだ。そして今この瞬間も、最初の音は自分に聞こえている。つまり。俺が偽物だと言っているけど実はそこに本当の化け物が混ざり込んだんじゃないか」

 

 ―――そう思うだろ?

 

 要の説明に、全員がゾクリと背筋を寒くする。

 

「財田、お前おっかないのな」

「話す練習はたくさんしてきた。小道具の使い方も練習してる」

「でも女の子泣かせちゃ駄目じゃん。ね、耳郎ちゃん」

 

 未だに嗚咽を漏らしている耳郎な、左右を葉隠と芦戸に挟まれ、頭を撫でられていた。

 

「それは、悪い。久しぶりに本気で話したから加減を間違えた」

「いや、まじで俺も心臓止まるかと思ったからね? お前の話し方怖すぎ」

「なあ、なあ、お前が官能小説の音読なんてしたらどうなるんだ?」

 

 ナチュラルにセクハラ発言を打ち込んでくる峰田は極力無視だが、耳郎の方へは再度謝っておく。

 

「勝手に驚かして悪かった。すまない耳郎さん」

「……怖かった」

 

 ポツリと。正直な心情をまだほぼ初対面の相手に漏らした耳郎をケアするように左右から芦戸が話しかける。

 

「耳郎、パフェ行って楽しいお話しようよ。そうしたら怖くないって」

「え?」

「パフェ? パフェ行く? よーしじゃあ今日は財田くんのおごりだー!」

「おー! 財田、怖がらせたんだからおごりだよ!」

 

 そうして、あれよあれよという間にその場にいるメンバーに引きずられて、要と、ついでについてきた十影は近くのファミレスに行くことになった。

 

 ちなみに、流石に先程ので要の話を聞くのに腰が引けたのか、再び話を要求されることはなかった。十影はずっと言っていたが、取り敢えず無視した。




このSCPは、純粋に作者が『怖い』と感じたSCPです。描写がグロいのとかは他にもあるんですが、これと『塔』はホラーチックな怖さがすごくて結構苦手というか、好きなんだけど怖いです。

聞こえませんか? チクタクチクタク―――





Pixiv fanboxやってます。創作を続けるために是非支援お願いします。



SCP-4975 時間切れ
著者:Scented_Shadow
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-4975
作成年:2019年


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第5話 友よ共に

 耳郎を泣かせてしまったことでそのままファミレスまで連行され、1時間半ほどでようやく解放された。資金的には十分なので別に良いと言えば良いのだが、したいことがいくつかあったのでその点は誤算だった。それもこれも、余計なことを言いに来たクソトカゲのせいである。

 

 そして何故かその十影は、要の家までついてきた。

 

「おじゃましまーす」

「邪魔するなら帰れ」

「そのネタは古いぞ流石に」

「本気だ」

 

 十影に悪態をつきつつも要が家の鍵を開けると、十影は律儀に挨拶をしてから家へと入ってきた。

 

「へー、これがお前の家か」

「ああ。適当に座ってろ。お茶ぐらいなら出せる」

「はいよ」

 

 ペタン、とリビングの床に十影は座り込む。ちなみに要の家にはソファは無く、リビングは地面に直接座る形になっている。そこに十影を待たせておいて、要はキッチンにお茶を注ぎに行った。そして戻ってくると、何やら棚やテレビの下の収納を十影がゴソゴソと漁っている。

 

「何をしてる」

「え? いやどっかにオブジェクト入ってねえかなあと思って」

「やっぱりそれが目的か」

 

 机の上にコップを置いて、要も床に座った。

 

「あったとして人目につくところに置いておくと思うか?」

「お? てことはお前の部屋か?」

「そういうことじゃなくてだな……おい待て十影。一回座って話を聞け」

 

 オブジェクトの隠し場所が要の部屋であると推測を立てた十影が意気揚々と部屋から出ていこうとするので、要は真剣な声音でそれを止める。

 

「何だよ」

「オブジェクトを見たいならまずは話を聞け」

「えー。まあ良いけど」

 

 口では文句を言いながらも、十影はおとなしく要の前に座る。一見要に対しては傍若無人に振る舞っている十影だが、要が真剣に何かを言っているときとある程度十影の勝手を許容しているときを区別している。要が真剣に何かを言うのはめったにないことだが、今はそれであった。

 

「ありがとう。まず、お前は今後俺に協力するつもりはあるか?」

「お前に、って財団のことか?」

「ああ。もう説明したと思うが、俺はこの世界で財団を作るつもりだ。それに協力するつもりがあるのかどうか」

 

 初めて十影と特別入試の会場で出会ったとき、試験の後2人は近くのファミリーレストランに行った。そしてそこで要は一部財団について知っている十影に、ある程度の情報を共有した。

 

「うーん……別にヒーローを全力でしたいわけでもないもんな。良いぜ、手伝う。でも何すりゃあ良いんだ?」

「今すぐどうというわけじゃない。ただ、財団に入らない相手をオブジェクトに接触させるわけにはいかないってだけだ」

「あーそう言う。まじで財団みたいだな」

「人型実体は現代においては普通の存在だ。俺とお前含めて。言ってみればSCP-8900-EXで正常と見なされるようになった色と同じようなものだ。けどそれ以外の現象、物体、生物に関しては別だ。そんなものが存在するとは誰も思ってない。だからそれらは隠蔽したほうが良いんだ」

「オーケー了解」

「ありがとう。それじゃあついて来い」

 

 十影が理解を示すと、今度は要が先に立ち上がる。そして十影を自分の部屋へ案内した。部屋には、一人暮らしではあるが鍵をかけている。窓にもと鉄格子をつけているので、要の部屋に泥棒などが侵入しようとした場合には、頑丈なドアを破るか、鉄格子を突破する秘密がある。

 

「これがお前の部屋か」

「ああ」

 

 十影の言葉に答えながら、要は部屋の隅に置かれている鍵付きのロッカーを開ける。

 

「ほら。今のところこの2つだけだ」

「どれど――おわ゛ぁ゛!?」

 

 要がどいた後にロッカーの中を覗き込んだ十影は、奇妙な叫びをあげて部屋の外まで飛び退いた。その動きは圧倒的に早く、要は目で追えなかった。

 

「どうした?」

「どうしたっておまっ、それ!」

「ああ、こいつか? もしかしてキチクマだと思ったか?」

「え、違うの?」

 

 要はロッカーの中からパッチワークのハートがあるクマを取り出し、腕に優しく抱える。

 

「キチクマなんて呼び出すはず無いだろう。こいつはパッチワークのハートがあるクマ。こら、擦り傷は治療しなくていい。軽いけがは自分で治さないと人間は強くなれないんだ。大怪我だけで良いよ」

 

 パチクマは基本的には、半径2メートルに負傷者がいないと活性化しない、つまり動き出さない。ただ彼の怪我の基準が非常に低いので、ちょっとした擦り傷も治療しようとするのだ。

 

「ごめんな。ありがとうクマ」

 

 そう言って要が頭を撫でると、動いていたパチクマはその動きを止める。

 

「あー、そいつどういう奴?」

「怪我とか病気のある人間が近づいたら動き出して、その部位をパッチワーク、つまり布の切り貼りで治療する。布で治療されるから見た目上はおかしいけど、機能としては完璧に機能する」

「はー……すげえびびった」

「呼ぶかあんな危険なの。今の所召喚してるオブジェクトはこいつとSCP-348“パパの贈り物”だけだ」

 

 そう言って要は、今度はロッカーから陶器製のボウルを取り出す。

 

「それも安全なやつ?」

「ああ。怪我人や病人が目の前に立ったら中がスープで満たされる。そいつが子供ならそれは子供にとってたまらないほど美味しいもので、大人なら普通のスープになる。で、子供が全部食べ終わったら中に父親からのメッセージが表示される」

「子供に優しいオブジェクトってことか?」

「そういうことだ」

 

 そう言って要は、2つのオブジェクトを十影に渡す。十影はそれを受け取るが、特にそれらが起動することはない。

 

「なんも起きないぞ」

「なんかが起きたら困るからそれで実験したんだ。そいつらは条件を満たさない限り動かないし、動いたところで被害は出ない。とはいえそれでも本来は収容しないといけないんだけどな」

「なんだ。つまんね」

「お前みたいなのがいる方がやばいだろ」

「そりゃあ、まあ」

 

 納得行かなそうな十影から2つのオブジェクトを受け取って再度ロッカーに収納する。

 

「さてと。お前、帰らないで大丈夫か?」

「お? ああもうこんな時間か。じゃあ、まあ用もすんだし帰るか。ほんとは面白い話聞きたいんだけどな」

「また今度な。親がいるならちゃんと帰ってやれ」

 

 おー、と気の抜ける返事を返しながら、十影はリビングへと戻っていく。要は学習机の引き出しから1つの端末を取り出して、それを持って彼の後を追った。

 

「そういや、要の親は帰ってこねえの?」

「俺の親は居ないぞ」

「は? 親がいないってお前どうやって生まれたんだよ」

「普通に親からだ。交通事故で死んだだけだ」

 

 ことも無げにそう言って、要は持ってきた端末を十影に渡す。

 

「え、いや、なにこれ?」

「俺がこっちのボタンを押したとき、それにGPSで探知して俺の居場所が送信される」

「ほんほん」

「助けに来い」

「え?」

「学校の生徒で俺の個性について知っているのはお前ぐらいだし、お前の個性なら心おきなく頼れる」

「死なねえから?」

「強いからだ。とにかく、俺は実質個性を使えないし、下手に死にかけると個性を暴走させる可能性がある」

「あー……超収容違反」

「そういうことだ。だからお前に助けてほしい」

 

 要がそう言うと、十影は端末をしばらく見下ろした後、それを鞄にしまって要をぎゅっと抱きしめた。

 

「どうした?」

「お前は、親に守ってもらえなかったんだと思って。わかった。俺がお前を守ってやる。俺はクソトカゲだからな。どんな危険な場所でも呼んでくれていいぞ」

 

 人を思いやる心の強い十影は、両親が死んだという要の説明に衝撃を覚えていた。自分は生まれてから両親の愛情を受けてきた。十影の個性は変異で発現した個性なので両親とは系統が違うし、体格がそうとうに良い十影に対して、両親ともに小柄な人物である。それでも両親は、十影に愛情を注いでくれた。

 

 それを受け取れないまま、要は1人で世界を救おうとしているのだ。

 

「俺が両親がいないぐらいで参ると思ったか?」

「しんどいだろ。誰も愛してくれないなんて」

 

 そう答える十影を押して、要は体を離す。

 

「俺は大丈夫だ。両親が死んだのは10歳の頃だからそれまではちゃんと愛されてた。俺にはもったいないくらい優しい人達だった。それにその後も、父親の会社の仲間が助けてくれた。少なくとも父親の親友だった人たちは打算抜きで接してくれていたように思えるし、今も頻繁に食事だったりに誘ってくれる。流石に養子になるのは申し訳ないし動きづらいから断ったけどな。だから俺は大丈夫だ」

「……本当か?」

「本当だ。でも確かに、俺は鍛えているとはいえ個性を使って戦えないから弱い。だからお前が俺を助けてくれ」

 

 要がそう言うと、十影は力強くうなずく。

 

「わかった。俺がお前を助ける」

「よろしく。それじゃあ、これ。ちゃんと充電してくれよ。後学校で持ち歩け」

「おう」

 

 その後十影はリュックを背負い、玄関に向かう。そして玄関を出るところで振り返った。

 

「なあ要」

「なんだ?」

「お前親いないなら……いや、うちに来るのも無理か」

「オブジェクトがあるからな。俺は1人でここに住むしか無い」

 

 今は要のいるこの家が財団唯一の施設で。要が唯一の職員だ。

 

「そうだな。じゃあ」

「ああ。……そうだ十影」

「何だ?」

「明日から昼休みとか放課後、お前が良かったら戦闘訓練付き合ってくれないか?」

「訓練か?」

「ああ。多少鍛えていると言ってもあくまで多少武術や射撃を練習しただけで俺は基本素人だ。お前は本能的に強い、だろ?」

「まあ。武術も一通り練習したしな。クソトカゲだったのに割と人間にやられた記憶が結構あったから。わかった。訓練付き合うぜ」

「ありがとう。それじゃあまた明日」

 

 そう言うと、十影は今度こそ自分の家へと帰っていった。要は久しぶりに、何か暖かなものが胸を満たしているのを感じながら、日課のトレーニングに向かった。




十影めっちゃ良い奴。相棒感が半端ないです。


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この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

SCP-8900-EX 青い青い空
著者:tunedtoadeadchannel
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-8900-ex
作成年:2014年

SCP-348 パパの贈り物
著者:Zyn
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-348
作成年:2013年

SCP-2295 パッチワークのハートがあるクマ
著者:K Mota
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2295
作成年:2016年



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第6話 コスチューム? いえ、軍服です

 翌日。学校に行ってすぐに十影に拉致され、解放されたのはこれまた朝の学活の直前になってからだった。

 

 そして昼休みも、同じように十影に教室から引っ張り出される。おかげで、クラスメイト達と食事を摂ることも出来ない。

 

「お前、俺に構ってないでクラスメイトと仲良くしないで良いのか?」

「おー? まあ別に良いだろ。そういやあよ。もしかしてお前ら昨日いなかったの、個性把握テストやってたのか?」

「ん? ああ入学式か。そうだな。朝教室に行ったらいきなり体操服着ろって言われた。お前らは今日か?」

「おう。お前、個性使えないのにテストどうやったんだ?」

 

 要はカツカレー。十影はラーメンにカツ丼に唐揚げ定食に……要から見ると胸焼けしそうなぐらいの量の学食を購入してきて、2人で食堂の隅の方で昼食を取っていた。

 

「使えないから普通に。お前はどうせ無茶苦茶したんだろう?」

「まあ……握力計とかボールが壊れたぐらい」

「身体能力凄まじいな」

 

 十影の個性は、SCP-682“不死身の爬虫類”をベースとした異形、変形型のハイブリッドである。普段の姿から体のあちこちに鱗に覆われた部分があったり指先が尖っていたりするが基本の形は人間型を保っており、また頭部も顎から耳の後ろまでが鱗で覆われていることを除けば一応普通の人間である。

 

 そしてそこから体を変化、というか変身する事によって“不死身の爬虫類”の姿になることができるらしい。ちなみに不死身の爬虫類、クソトカゲなんて言っているが、あくまでトカゲや爬虫類っぽい特徴を持っているというだけでそのまま巨大なトカゲの見た目をしているわけではない。完全に変身した状態の見た目は四足歩行の化け物である。そもそも爬虫類と言いながら何故か髪の毛のようなものが生えていたりする。

 

 また不死身の爬虫類はその特性から体を一時的に別のものに変化させる能力を持っており、それは十影にも、人型から不死身の爬虫類型の間で変身の段階を自由に使い分け、また部分的な変化などを可能にする、という形で現れている。

 

 その個性を十全に身体能力を強化する方向へ発揮すればどうなるか。

 

 まあ。銃火器で武装し訓練を十分に行った財団職員を身体能力だけで軽く屠ることを考えれば、どうなるかなど簡単にわかるだろう。

 

「んー。そう言えば訓練したいんだっけか?」

「食べ終わったら屋上で」

「りょーかい。武術で良いのか?」

「何を身につけるのが良いのかはまだ思案中だ。俺のただの身体能力で体術を身につけるだけで良いのかは疑問だからな。射撃術もやっていると言ったがそれも多少威力の高いエアガンで練習したぐらいだ。昨日うちの担任の縄、というか布で敵を拘束する術を見て便利そうだなとは思ったが」

「コスチュームの申請は何書いた?」

「コスチューム自体は防弾チョッキとプロテクターにゴーグルヘルメット、道具類は拘束用のロープと移動用の鉤縄もどきとナイフと警棒と非致死性のエアガン。エアガンは法律に引っかからないようになるから多分威力はたかが知れてるがな」

 

 最後のカツを口に放り込みながら答える要に、十影はポカンとした表情をする。

 

「特殊部隊か何かか?」

「個性が無いんだからそっちにいくしかないだろう。まあさっき言った通りうちの担任は個性自体は戦闘に使えるものじゃないけど布みたいなので格闘戦できるみたいだがな。そっちを目指すのもありかもしれん」

 

 要がそう答えると、十影は首を捻った後ぽんと手を叩いた。

 

「今日放課後、コスチューム一式持って演習場行こうぜ。何ができるか考えてやるからよ」

「もう届いているのか? というか持ち出して良いものなのか?」

「届いてるだろ。俺ら午前中に着たし。持ち出すのも演習なら良いだろ。見てみねえとわからねえからな。心配すんな。銃器の扱いも一通り学んでる」

「ほんとか?」

「ほんとほんと。といっても独学の部分もそれなりにあるけどな。というか記憶を辿ればいくらでも出てくるし。敵として」

 

 そう言えばそうである。十影は不死身の爬虫類時代に特殊部隊のようなエージェントをずっと相手にしてきたのだ。そこからその動きを分析するのはわけないだろう。

 

「ああそうか」

「でも銃火器となると相手を殺しかねないからな。使うなら麻酔銃か多少痛い程度のエアガンか。後はテーザー銃なんてのもあるか」

「テーザー銃?」

「スタンガンの遠距離用だ。ワイヤーのついた針を打ち出して電気を流す。まあこれも一般じゃあ所持は禁止されてるが、ヒーローなら許されるらしいぜ?」

 

 十影の言葉に、要はそれについて思案する。確かに、それであれば多少痛い程度のエアガンよりも制圧力は高そうである。

 

「なるほど。そういうのもあるのか」

「ま、おいおい何が使えそうか考えていこうぜ。取り敢えずヒーローになるなら、相手はオブジェクトじゃなくて人間だしな。やりようはいくらでもある」

「ああ。ありがとう。ということで行くぞ」

「おん。ごちそーさんでした」

 

 それぞれに短時間で食事を追えた2人は、そのまま連れ立って食器を返却し、屋上へと向かった。屋上に上がると他に生徒の姿は無く、十分にトレーニングに使えそうである。

 

「よし、かかってこい」

「何か大事な過程が吹っ飛んでいるように思うんだが」

「取り敢えずお前の実力を知っておこうってことよ。良いから来いって」

 

 十影にそう促され、戦う事に関しては彼に従うと決めている要はおとなしくブレザーの上着を脱ぎ、彼の前に立つ。身長175センチとクラスの中でも高身長な部類に入る要だが、2メートルを超えている十影の前ではまるでの子供のようなものだ。

 

「行くぞ」

「遠慮なくどうぞ」

 

 十影の答えが終わるか終わらないかのうちに、要はその顎を狙って下から拳を突き出す。それが十影に軽く躱されるよりも前に引き戻し、上に伸び上がっていた体を下に引きつけ、両足を踏ん張って腹部に向けての正拳突き。

 

 だが十影はそれに堪えた様子は無く、また要も効かないのはわかっているので今度は十影の胸元と袖を掴み、柔道の技術を応用してその体制を崩そうとするが、十影の体は微動だにしない。そこでしゃがみこんだ要は、全力で跳ね上がりながら腕の力も使って体を引き上げ、十影の顔面に膝蹴りを入れた。

 

「よし。十分だぜ」

 

 その蹴りを軽く手で受け止め、十影は言った。

 

「ある程度は体動くんだな。けどまだ威力不足というか体の使い方が上手くない。後は鍛え方もちょっと足りないか。後はまあ、実戦こなせば強くなるんじゃないか?」

「体の使い方、ってのは?」

「蹴りのときの重心の動かし方とか、動きと動きの移行とか。けど基礎自体は多少ある感じがしたな。ちなみに何の武術やってたんだ?」

「柔道と空手とボクシングと……後は書籍から学んだ程度だが古武術だ。どれも1つに偏らないように混ぜるようにしてるんだが」

「あーなるほど。それがまだ体に馴染んでないんだわ要。だからぎこちなさがある、って感じかな。まあでもこれなら、下手に俺が教えるより俺とひたすら殴り合ったほうが良いかもなあ。理論自体は自分で組み立てれるみたいだし」

「わかった。よろしく頼む」

 

 おう、と十影が答えようとしたところで予鈴がなる。いつの間にか昼休みの終わりになっていたのだ。

 

 慌てて2人は上着を羽織、それぞれの教室へとダッシュする。

 

「放課後教室いろよ!」

「わかった」

 

 自分の教室の前から叫んでくる十影に応えて、要も自分の教室へと入る。幸いまだ授業開始前だったので、担当の教師は来ていなかったしクラスメイト達も好き勝手に会話している。

 

 自分の席についた要は、次の授業に用意するものは無いのを確認して、先程の十影との戦いを振り返った。

 

 シンプルな話ではあるが、怪力かつ頑強な体を持つ十影に対して要が有効打を与えるのは不可能だ。そしてこれは、十影だけでなく例えヴィランであってもパワータイプや頑丈なタイプの個性を持つ相手には全般的に言えることだろう。そうした物を叩き割るための体術、あるいは道具。何かがあると良いのだが。残念ながら要には、自分の身体能力での運用が可能で、かつ法律的にオーケーな手段というのが重い浮かばなかった。それこそ、真剣でも使えればそれはそれで戦えると思うのだが、ありだろうか。そういう意味では、ナイフも申請したが使用許可が降りるのかは疑問である。ヒーローという個性を用いてヴィランを傷つけつつ制圧する職業ならば許される気もするのだが。

 

 そんなことを考えていると、本鈴とともに教室の扉が勢いよく開いた。

 

「わーたーしーがー普通にドアから来た!!」

 

 大きな笑い声とともに教室に入ってきたのはオールマイトである。その登場にクラスメイト達は沸き立つ。要自身はクラスメイトほど熱狂的に彼のことを好きなわけではないが、一方でオブジェクトの対処に利用することを考えた場合彼の強さというのは確かに有用なものなので、そうした意味では彼に会えるというのは楽しみであった。

 

「私が担当するのはヒーロー基礎学! ヒーローに必要な様々な技能を訓練する課目だ! そして早速だが今日はコレ!」

 

 そう言ってオールマイトが突き出したカードには、『BATTLE』と英語で書かれていた。

 

「戦闘訓練! 細かいことは現地で説明しよう!」

「現地?」

 

 オールマイトの質問に一部のクラスメイトが疑問の声を上げる中、彼は更にボタンを操作する。すると壁際にあった装置が起動し、その棚がせり出してきた。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に従って作られた戦闘服だ! これに着替えたら順次グラウンドβに集まってくれ!」

「「「はーい!!!」」」

 

 オールマイトの指示に、皆喜び遺産でコスチュームを取りに行く。ヒーローとはやはりかっこいい存在であり、そのための見た目、というのも特に重要視されるものなのである。

 

 クラスメイトたちが棚に殺到していたので、要は一番最後に棚からコスチュームを取り出した。他のものがケース1つとヘルメットであったりするのに対して、要はケース2つ分。おそらくは一方がコスチュームで、もう一方に武器類が入っているのだろうというのは予想がついた。

 

 それぞれに自分のコスチュームに対する希望などを語りながら更衣室へと向かうクラスメイトを追って、要も更衣室へと向かう。

 

 ケースの1つ目は案の定プロテクターやヘルメットなどの防具類が入っていた。長袖長ズボンの迷彩服に、ゴーグルとヘルメット。口元までを覆うマスクなども入っている。道理で大型なわけである。

 

 そして2つ目のケースもまた思った通り。こちらには武器類が収納されていた。ロープや警棒、銃器類は基本として、更には様々な状況を想定したメッセージを送っていたためか、警棒だけではなく携帯型のスコップやカラビナなど、一層特殊部隊じみた装備が追加されている。

 

 そして肝心の遠距離用の武器だが、どうやら二種類用意されているようだ。一方は拳銃ほどの大きさのもの。説明書によるとまさに先程十影が言っていたテーザー銃らしい。小型の弾頭を発射することになっており、それがバッテリーを内蔵していて相手に突き刺さって電撃が流れる。

 

 また大型の方、見た目としてはショットガンのような大口径なのだが、これは多用途向けのようで、様々な種類の弾薬がケースに収められていた。先程の戦闘服の方を見ると、たしかにそれらを収納できるパーツが胴体やベルト部分などに見受けられる。

 

 弾薬のタイプとしては、スタングレネード弾、発煙弾、そしてテーザー銃としての弾にゴム弾。見るところによると前者2つはスイッチの切替で手投げ式の手榴弾としても機能するらしい。形状としてはショットガンが近いのだが、散弾は無いようだ。

 

『個性の内容と要望から個性を使用せずにヴィランの制圧、救助活動を行うことを想定しているようでしたので、それに対応した弾丸を用意させていただきました。また要望があればお知らせください。またそれに合わせて特殊部隊を意識した道具も入れていますので是非お使いください。個性を使えぬ中ヒーローを目指すあなたに敬意を評して』

 

 説明書の武装のところに書かれていたメッセージだ。これほどありがたい文章も無いだろう。

 

「よし、着てみよう」

 

 まずは制服を脱いでインナーに身を通し、その上から戦闘服を装着する。防弾ジャケットのようなものがあるかと思ったが、各部に既にプレートが内臓されているらしい。確かに胴体や太ももの外側など触ってみると確かな硬さがあるのだが、にも関わらず非常に軽い。そしてその上から膝や肘のプロテクターを装備していく。

 

 ヘルメットとゴーグルの装備は一番後で良いだろう。

 

 そしてまずは弾薬類を、一緒にケースに入っていたポーチやストックを使ってベルトや胸部などに収納していく。一箇所に収めないようになっているのは、攻撃を受けた際に一気に紛失するのを避けるため、だろうか。そしてその他の応急手当用の道具やスマホ、ロープなどもポーチに収納していく。

 

 警棒は腰の右太ももの側面に。そしてナイフは右のコンバットブーツの側面だ。

 

 そして2つのウェポン。説明書によると銃と呼ぶのはヒーローとしてまずいらしく、ウェポンという呼称をすることにしたらしい。それぞれABでも12でもαβでも好きな名をつけてくれということだ。

 

 まずは大型の方、ウェポン1にスリングという銃を装備する用のベルトを取り付け、肩を通して体の後方に吊るす。扱い方についても説明書に記載してくれていて、前に吊るせばウェポンをすぐに発射できる状態に持っていけるが、代わりに格闘戦が困難になる。そして背中にまわした場合には持ち直すのに少し時間がかかるが、格闘戦はしやすくなるという。また放棄したい場合のためにスリングをワンタッチで取り外せる装置もついている。使いやすいようにとにかく考えてくれているらしい。

 

 そして拳銃型のウェポン2は腰のホルスターに。ショットガンの方が使い道は多いが、格闘戦の中で扱うのはこちらになるのだろう。

 

 そして最後に、ヘルメットとゴーグルを装備し、首元のマスクを鼻を覆う位置まで引き上げる。素材の都合上か、息苦しさはほとんどない。両手には指先だけ露出したコンバットグローブをつけ、左の手首に腕時計を巻く。

 

 他にも暗視ゴーグルや前述した携帯スコップにガスマスクなどいろいろな道具が入っていたが、それらはおそらく今日は使用しないので置いてきた。小型の無線機なんて話せる相手がいない。せめてペアで入れていてくれれば通信相手もいたのだが。

 

 コスチュームが軽装であったり装備がしやすいクラスメイトは皆先に出ていってしまっており、更衣室には緑谷と要だけが残されていた。要の方は緑谷を気にせずに出ていこうとしたが、緑谷の方から声をかけてきた。

 

「財田くん、その、コスチューム? 軍人、みたいだね」

「それをイメージしている。個性の都合上、戦闘は武器に頼らざるを得ないからな」

「そ、そうなの? 財田くんの個性って、どんななの?」

 

 おどおどとしながら問いかける緑谷に軽く視線を向けて前に戻した後、要は自分のストーリーのカバーストーリーを答える。

 

「記憶の中に結構な数の物語があって、その文章や絵、映像音声を好きな時に閲覧できる。そしてそれを他人に伝える時に臨場感を出したり気をひきつけたりできる、ぐらいだ」

「え?」

「どうした?」

 

 要の答えに、緑谷は信じられないと言いたげな目を向ける。それはつまり、要は無個性であのテストを突破し、入学したことを示しているのだ。

 

「いや、えっと、なんでヒーロー目指そうと思ったの? いや、ほら例えば小説家とか、なれたのかな~って思って……」

 

 しどろもどろになりながら問いかける緑谷に、要はこれまたカバーストーリーを答えた。

 

「それだけ多くの物語を見ている。ヒーローのような存在に憧れてしまっただけだ」

 

 あながち間違い、でも無いのだが。財団のエージェントの中には、要の憧れる相手もいる。何より、一般の人々が光の中で生を謳歌できるように闇の中でひっそりと戦い続ける、という献身。それを見てかっこいいと、思わないはずがなかった。

 

「そ、っか。そうだよね。どういう装備なの?」

「俺も全部把握してるわけじゃない。要望を書いたら揃えてくれたんだ」

 

 全部を明かすことは控えつつ歩いていくと、既に他のクラスメイト達は全員揃っており、2人が最後だった。その集団の一番うしろにひっそりと立ち、要は授業の進行を待った。




とある人気なヒロアカ二次創作を読んだ時にその主人公が銃を使ってまして。『あ、良いんだ』と思って主人公はこんな感じになりました。まあそうしないと戦いになりませんので。見た目はがっちがちな特殊部隊が、APEXのミラージュみたいな感じにしようか悩みましたが、要の性格上ヘルメットとか絶対使うだろうな、ということでガチガチの特殊部隊仕様です。あしからず。

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第7話 命の重さ

「全員揃ったね! では、戦闘訓練のお時間だ! 似合ってるぜ、みんな!」

 

 全員が揃ったことを確認したオールマイトは、喜ばしそうに声を上げる。

 

「先生! 入試の会場ということは本日は市街戦演習を行うのでしょうか!」

 

 感慨深げにうなずいているオールマイトにそう問いかけたのは、クラスでも堅く生真面目な様子を見せている飯田だ。

 

「いいや! 今日やるのは屋内での対人戦闘訓練さ! もっと先に進むよ!」

 

 そう言うとオールマイトは、今日の訓練の意図について説明し始めた。曰く、目立つヴィラン対峙や大捕物は屋外で行われているが、実際のところそうして屋外で暴れるヴィランはただ個性を持て余しただけの者が多く、より狡猾な、あるいは計画性のある犯罪を犯しているヴィランは屋内での犯罪を行うことが多いらしい。そうでなくても、何らかの企みをするときにも屋外ではなく屋内の密室などで行うことが考えられる。

 

 そうしたヴィランとの戦闘を想定し、また、初めての授業で人間相手に暴力を振るう、戦うということを理解させる。それが、初めての授業でいきなり対人戦闘訓練を行う理由であった。そもそも壊して良い相手や壊して良い街であれば、ある程度破壊して入試を突破してきたのがこの場にいる者たちだ。だからこそ、壊してはいけないことの難しさを理解させるのである。

 

「良いかい! シチュエーションはヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理する! ヒーロー側の勝利条件は制限時間内にヴィランを確保するか核兵器を確保すること! そしてヴィランの勝利条件はその逆、核兵器を守り切るか、ヒーローを捕まえることだ!」

 

 カンペを読みながらそうルールを説明したオールマイトに、要はマスクに隠れて見えないものの若干呆れの表情をした。その屋内に、それも普通のビルに核兵器を保管するヴィランは、一体どんな異常な物を収容しているのだろうかと。

 

 状況設定がそもそもありえないのだ。普通に動いてそんな状況になりようが無いのである。誰が自分のアジトに核兵器など持ち込むものか。それもビルであるとすれば、それなりに本拠地である可能性がある。これが港の倉庫などであれば隠し場所にもってこいだと思うのだが。

 

 ちなみに要の脳内にある報告書には、意外な事に核兵器という記載は結構な量ある。そのうちいくつかは、不死身の爬虫類含め凶悪でかつ攻撃的なオブジェクトを止める、あるいは処分するための手段として考案され、また一部では実際に使われている。

 

 そして残りの大半は、収容違反が発生した際の抑止力として、そこに勤めている人間ごとサイト、即ち拠点を1つ吹き飛ばすという手段に用いられる。これが設置されている拠点というのは、存外多い。それだけ危険度の高いオブジェクトを収容していたということだ。この処置ももはやそのサイトの生き残った人間は生き残りと考えられておらず、その状況下においては核に殺されるかオブジェクトに殺されるかの違いしか無い、という判断がなされているために定められた手順だ。

 

 それを考えると、自分の拠点内に核兵器をぽんと設置するようなことは、普通に言えば考えられないのである。

 

「コンビ及び対戦相手はくじ引きだ! さあみんな引いてくれ!」

「くじで良いのですか!?」

「どうせみんな互いのこと知らないだろうし、どんな相手でも連携する。それがヒーローというものさ!」

 

 飯田のツッコミにスラスラと答えるオールマイトに促されて、皆1人ずつくじを引いていく。と、途中でまた気づいた飯田が声をあげた。

 

「先生! 21名居ます!」

「ああ! だから一組だけは3人でやってもらう! その分連携は難しくなるが、戦力も多くなる。よく考えるんだ!」

 

 そうしてくじ引きを行っていく。

 

 要の組はA。味方は緑谷と麗日であった。チームメイトが決まったところで、2人の個性について昨日の個性把握テストを思い出す。

 

 確か麗日の個性は触れたものの重さを0にする、という個性だったように思う。物体を好きな方向に飛ばし続ける力にしては、ボールを投げた後に集中していなかった。おそらく手放した段階で発揮されているはずだ。

 

 そして緑谷は、指を損傷するほどのパワーの個性。正直言って対人でまともに使える個性じゃない。威力の加減ができる、というわけではないのだろう。出来ているなら怪我などしていないし、あの力を他の種目でも発揮しているはずだ。

 

「それでは一試合目!」

 

 そう言ってオールマイトが引いたくじ。Aチームがヒーロー側でDチームがヴィラン側。相手は爆豪と飯田だ。爆豪はおそらく手のひらを爆発させる個性。爆発地点の操作などは出来ないだろう。そして飯田はふくらはぎの部分にエンジンがあるようで、それを推力にして高速で走っていた。おそらく蹴りや、使い方しだいでは跳躍にも転用ができる。

 

 そんなことを考えているうちにヴィラン組は屋内に移動するようにとオールマイトから指示が出た。

 

「よ、よろしく財田くん」

「財田くんなんかごっついなあ。自衛隊、みたいな感じやね!」

「よろしく」

 

 短く2人に返して、要はビルの見取り図に目を通す。

 

(まあ、中の地形がわかってて何がいるかわかってるだけまし、か)

 

 大体の中身を暗記してしまった要は、その用紙を畳んで腰のポーチにしまう。ウェポン1に装填されている弾丸はテーザー弾。ウェポン1は複数弾同時に装填することができるが、弾丸を切り替えることを考えて一発だけに留めている。戦闘前に準備する暇があるなら弾を込め直せばいいし、この相手に奇襲を受けた場合には一発撃ちきってウェポン2に持ち帰ればいい。こちらには2発テーザー弾が入っている。

 

 緑谷と麗日が作戦会議、というにはのほほんとした会話をしていたが、要は1人で別行動をするつもりなので関係ない。そもそも相手と比べて1人メンバーが多いのである。それを利用して手数を増やした方が合理的である。各個撃破、ができる相手ではないだろう。特に爆豪は。

 

「ざ、財田くん、あの、作戦どうする?」

「……俺は1人で侵入する。そっちは2人で行くか分かれるかは任せる」

「え、一まとまりにならんの?」

「相手によりけりだが、相手のうちどちらか、あるいは両方が核の場所を離れて動いている場合は遭遇したやつはその場で足止めをして、あまった1人が核を取ればいい。とにかく、相手1人に対して2人以上かけたり時間を稼がれたりする方が問題だ。逆に相手が2人とも核を守っているなら通信で全員揃うのを待ってから攻め込めばいい。1対1であたって時間を稼げば良いんだ。たった1人生き残ればいい」

「はー、財田くんって頭良いんやね」

「……いや」

 

 財田にとっては、これは割と当たり前というべきか。とにかく目的を達成をすることが最優先事項である財団の作戦の記録などに目を通しているので、それから考えただけである。今の作戦は言ってみれば、例えば爆豪が待ち伏せに回ってるとしたら、それに遭遇したのが麗日であれ緑谷であれ、そして要であれ、なるべく時間を稼いでボコられろ、という話をしているのである。犠牲を許容する考え方だ。

 

「そ、っか。わかった。じゃあ財田くんは一階部分から」

「いや。麗日さん、俺を浮かせられるか?」

「え、うん。浮かせられるけど。こう、指5本で触ったら」

「なら浮かせてくれ。俺は一番上の階から侵入する。俺が合図を……手を振ったら個性を解除してほしい」

 

 要の説明に麗日が頭の上にはてなマークを浮かべるが、緑谷がそれを補足してくれた。

 

「別れて攻めようってことだよ。はさみうち、みたいな感じで。だから僕たちが下から行って、財田くんが上、ってことだよね?」

「ああ。逆でも良いが」

「あ、ごめん私自分は浮かせられんのよ」

「なら俺が最上階だ。上まで行ってから屋上に一旦着地するか直接窓にアクセスするか決めるから、手を振るまで待っててくれ」

 

 麗日が頷いてくれたのを確認して、要はビルの見取り図に思いを馳せる。どうもビルというが不思議な構造をしていて、部屋の数はそれほど多くない。その代わりに屋内に柱があったりする。要がその部屋に到達出来た場合には、スタングレネードと発煙筒で目くらましをしている間に確保するのが妥当だろう。

 

『では、試合開始だ!!』

 

 地下のモニタールームに移動したオールマイトからの放送で試合が始まる。要は一旦ウェポン1を背中に背負い、麗日に浮かしてもらう。そして3階のあたりの窓に向かって押し出してもらった。

 

 麗日の個性はその物を無重力状態に置くだけらしく、浮き上がる方向に力が働くわけではないらしい。そこで一旦3階の辺りに取り付き、そこから手を伸ばして少しずつ上に上がっていこうというのだ。ちなみに落ちたら死ぬので、取り付くまで麗日に下で待機していてもらった。

 

 そのまま5階部分に顔を出した要は部屋の中を覗き込む。室内には誰もいない。また窓は鍵がかかっていないようで、外から開けることが出来た。開いていなかった場合は屋上からラペリングをしてぶち破るしかないかと思ったが、どうやらその必要は無かったようである。ちなみにラペリングの際の安全装置は無いので、今度作ってもらわないといけないだろう。というかラペリングなんて知識だけで実践したことはないので、実践しないといけない。

 

 窓を開けて室内にそっと降り立った要は足を地面に押し付けた後、窓から顔を出して下に手を振った。それを合図に麗日が個性を解除し、体に重さが戻ってきた。

 

(凄いもんだな、個性は)

 

 それは、要が初めて感じる超常の力。自分で自分に及ぼせないだけに、人生で初めて、個性の力というのを体感したのだ。

 

 そしてそのまま要は、部屋の入口あたりまで移動した後数分待機することになっている。要の侵入まで2人は下で待機していたので、今から侵入して上ってくるのに時間がかかるのだ。そして要が動き出すのは、2人が誰かと遭遇した場合か、核を見つけた場合である。もっとも、緑谷の意見からおそらく前者になることは予想できている。

 

 と。

 

『ば、爆豪くん来た……!』

「ラジャー」

 

 下の方の階で爆発音がし、直後に息が上がった麗日からそう無線で報告がある。自前の無線を持ってこなかった要だが、チームでの訓練だからか無線は貸し出された。今はそれを装着しており、それで会話を行っている。

 

(なら、俺が動く番だな)

 

 ビルの見取り図を思い出した要は、相手に後ろを取られることがないように廊下をクリアリングしていく。クリアリングのために用意してもらった鏡も大活躍だ。

 

 そして。5階の部屋を最初に入った部屋含めて3つ確認し終えたところで、中央の部屋の入り口が視認できる位置まで来た。手鏡を使って部屋の中を覗くと、部屋の中に核と、入り口に背を向けて飯田が立っているのを確認する。何やらブツブツ言っているようだったが、要の知ったことではない。

 

 先程から階下から連続で爆発音が聞こえてくる中で、飯田の位置を確認した要はスタングレネードと発煙弾をそれぞれ1つずつ取り出し、ピンを切って部屋の中に放り込む。そして耳と目を塞ぎ、口を開けた。

 

 直後。スタングレネードが起動し、爆音が走るとともに室外にいた要のまぶたの裏まで光が走る。直視していればしばらくは視界が効かなくなる。

 

 爆発を確認した直後、要はその場から駆け出しウェポン1を構えたまま室内に突入する。室内は既に煙が覆っており、そのまま要が核に到達するのを飯田が止めることは無かった。というか、音からの推測だが、おそらく地面に倒れ込んでもがいていたのだろう。

 

『ヒーローチームゥゥ!! WINNNNNN!!』

 

 その大声での放送聞いた要はウェポンを背中にぶら下げ、床でもがいているだろう飯田の救出に向かった。力の入っていない様子のその肩に手を貸し、煙幕がほとんど漏れ出していない室外へと連れて行く。

 

 そこに一旦座らせ、取り敢えずポーチから携帯用の水分入れを出して飲ませる。

 

「大丈夫か?」

「ああ、財田君、か。いや、俺は、何が……」

「スタングレネードだ。音と閃光で人間の動きを止める」

「ああ、そうか、それで。まだ頭が揺れてるみたいだ」

 

 そう言いながら飯田は頭を左右に振り、そして立ち上がった。

 

「大丈夫か?」

「ああ、歩く分には、問題ない。よし、もう回復してきた」

 

 おそらくだが、威力が後を惹かない程度に制限されているのだろう。良い調整だ。これは感謝をデザイン事務所に送っておかないといけないだろう。

 

「下に降りるぞ」

 

 要に促され、足元のふらつきも収まった飯田も下へと向かう。

 

「君は、その、いつ来たんだ?」

 

 階段を降りながら飯田がそう話しかけてきた。

 

「一番最初に5階の窓から侵入した」

「窓!? どうやって……」

「麗日さんが俺を浮かせてくれて、そこからアクセスした」

 

 要が言うと、飯田がマスクの下で驚いている表情をしているのがわかった。

 

「そうか! 彼女の個性であれば……! 俺はしなければならない想定が出来ていなかったというわけか……!」

 

 悔しそうに言う飯田に、要は特に何も言わない。実際そうなのであるし、それをわざわざ言うまでもないからだ。ただ。

 

「それ以前に、あの部屋で入り口に背を向けてどうするんだ?」

「ど、どういうことだい?」

「だから。飯田の役目はあの部屋の守護だ。そして入り口は扉しかない。なら扉の方を見ておくしか無いだろう。まあ室内にスタングレネードを入れられた時点で対策が難しいというのはあるが、お前の早さなら部屋の外に逃げ出すか、グレネードを拾って投げ返すか出来たはずだ」

「そ、そうか。確かに……俺は気を抜いていたのか」

 

 モニター室に到着すると、まだ3人は戻っていなかった。どうやらモニターを見ると、爆豪と緑谷が揉めていたらしい。それを止めるためにオールマイトが向かったようだ。やがて、いらついた爆豪と気まずそうな緑谷、そして麗日がオールマイトに連れられて戻ってきた。

 

 そしてオールマイトの講評が始まる。

 

「今回のベストは財田少年だ!! といっても財田少年にも改善すべき点はある! まあイヤホンで聞いていた私だけがわかることだけなんだけどな!」

 

 オールマイトがそう言うと、生徒達は首をかしげる。それを説明する前に、オールマイトは観戦していたクラスメイトに問いかけた。

 

「はい! じゃあ今の試合それぞれのメンバーの良かったところと悪かったところが分かる人!」

 

 その問いかけに、八百万が手をあげた。彼女は随分軽装のコスチュームをまとっている。軽装というか、露出過多というべきだろう。

 

「はい。爆豪さんは独断で先行しすぎですわ。連携も出来ていませんでしたし、実際麗日さんも逃してしまいました。ヴィランとしても役割から外れています。緑谷さんはあの場面で麗日さんを行かせることが良かったとは思えません。既に財田さんが上の階から侵入した以上先に核に接触するのは彼です。また財田さんには麗日さんを待つ様子が無かったので、そこの連携も取れていません。爆豪さんとの私怨を優先していたように見えます。麗日さんも同様です。飯田さんは気を抜いていた部分があります。そこを財田さんにつかれました。財田さんには目に見える欠点は無いようでしたが、下との連携を取ろうとせず1人で確保に急いだというのがあげられます。実際確保に成功しましたが、飯田さんが気づいていた場合には回避されてしまいますわ」

「室内にいる限りスタングレネードは避けられないし、スモークがある以上飯田の視界は奪っている。この条件での核の確保の問題は無いだろう」

 

 八百万の指摘に対して要は反論した。戦闘慣れ、という点で、飯田がスタングレネードを回避するのはありえない。そこまで判断してのスタングレネードだし、そっちを回避されたところでスモークで視界が無くなった以上、要が核に到達するのを避けるのは不可能だ。

 

「では、何故発煙弾まで使用したのですか? スタングレネードで無力化して拘束することも出来たと思います。発煙弾は不確定要素になりますわ」

「財田少年の問題は、まさにそこだね!!」

 

 財田と八百万の間に若干不穏な空気が漂いかけたところで、オールマイトが割って入る。

 

「財田少年、君は戦闘前のブリーフィングでこんなことを言っていたね。『最後に1人生き残ればいい』」

「はい」

「それはどういう意味だったかな?」

「文字通りです。爆豪と戦って緑谷が倒れようと、あるいは飯田と戦って俺が倒れようと、最後の1人が核にたどり着けばいい、という意味です」

「そうだね。じゃあ最後のスモークの意味は?」

「最後は核を確保すればいいわけですから、見られていない間に近寄ろうと考えました。その過程で俺が腕を持っていかれようがどうなろうが、それは些末なことで。とにかく突破することだけを考えていました」

 

 財田の答えに、オールマイトは満足げにうなずく。その、『どんな犠牲を払ってでも成し遂げる』というのは財田の強いところでもあり、また弱いところでもある。

 

「確かに、目的達成、という意味で言えば財田少年の作戦は正しい」

「ありがとうございます」

「で、ですがっ!」

 

 何か言おうとした八百万を止めて、オールマイトは続ける。

 

「だけどね。ヒーローは最初から犠牲を出す前提で作戦を行っては駄目なんだ。ヒーローは、自分たち自身すら守らなくてはいけない。人々を安心させるためにはね。もちろん、命をかける覚悟というのは常に必要だ。だが、だからといって命を駒にしていいわけではない。私の言っている意味がわかるかい?」

 

 オールマイトの諭すような言葉に、要は少しの沈黙の後口を開く。

 

「理解は出来ます。ですが今回の作戦は核兵器の確保が任務。3人のヒーローの命ならば安いものです」

「それが、駄目なんだ。命に安い重いは無い。例えどれだけ重要な場面でも、命を大切にしなければならない。例え、最後に命をかけることになったとしても」

 

 それは、要の倫理観の問題である。財団は、命を駒として、あるいは出汁としてオブジェクトを収容してきた。だがそれは、ヒーローの倫理的にはありえない。誰も死なずに全員助ける。そんな綺麗事を実践するのがヒーローであり、実践することしか許されないのだ。



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第8話 襲撃事件・1

 雄英高校に通学しはじめて数日が過ぎた。昼休みや放課後は十影に引きずり出されて、あるいは要の方から声をかけて、十影の知らないオブジェクトの中でも積極的な利用が不可能なものか、知っても危険性の無いものについて話したり、あるいは要の戦闘力向上のためのトレーニングを行っている。

 

 はじめての戦闘訓練の次の日には学級委員長決めというものがあった。他のクラスメイトの反応からすると、ヒーローを目指す彼らにとって学級委員長という役目は確かな経験を積める場として有用なものらしい。

 

 だが要からしてみればそんなものは必要としているものではない。将来的に財団を作ることを目標としている要にとって重要なのは、人間の感情や意思を抜きにして機能するシステムを構築するための知識であり、またそれを実行させるだけの組織力である。

 むしろ要という個人が強く認められ、人に慕われるというのはあってはならないのだ。上位の役職についている人間に従い、役目をまっとうする。そんな働きアリを集めた巨大な組織が財団である。

 

 そうした思考の結果要は学級委員長に立候補せず、また興味を持っていない自分が投票をするのは悪いと考え、何も記入せず無効票としての投票を行った。結果緑谷と八百万が学級委員となり、翌日には緑谷の意向によって飯田が緑谷の代わりに学級委員長となった。飯田はかなり真面目な性格で空回りする部分が多いように思えるが、要から見れば誰が委員長になったところで大した違いはないだろうという認識である。明確にリーダーシップに優れているような人物は、このクラスには存在しない。

 

「今日のヒーロー基礎学は俺とオールマイトに職員をもう1人加えて3人で見る」

 

 午後から行われるヒーロー基礎学の授業において相澤がそう指示したのは、先日雄英高校に対してメディアが侵入したために雄英側も警戒を強めているからだ。メディアの侵入に関してはいつものメディアの我儘ということで処理できるのだが、問題となるのはその侵入方法だ。

 

 頑強なセキュリティを誇り、物理的にも強固であるはずの雄英高校正門のシャッターが、何らかの形で破壊、というよりは粉々にされていた。普通に考えて、例え視聴率などのために非合法的な手段を取ることを躊躇わないこともあるメディアとはいえ、実際に雄英のセキュリティを破壊する能力を持ち合わせているはずがない。

 

 つまり、それを手助けした何者が存在する。

 

 その正体が判明していない以上、警戒を強化する必要があるのだ。

 

「せんせー、何するんですか?」

「災害水難事故などにおける『人命救助訓練』だ」

 

 相澤の説明に、はじめてレスキュー訓練を行うクラスメイト達は盛り上がる。

 

「レスキュー……前も大変だったけどこれも大変そうだな」

「ねー!」

「これこそヒーローの本分だろ!? 腕が鳴るぜ!」

 

 まだ相澤という教師に完全に慣れきっていないから話の途中でも勝手に盛り上がってしまうのである。

 

「おい、まだ途中だ。聞け」

 

 そう言った相澤がスイッチを操作すると、先日同様に壁からコスチュームの収納された棚がせり出してくる。

 

「今回はコスチュームの着用は各自で判断しろ。救助活動で邪魔になるコスチュームもあるだろうからな。そのあたりも自分たちでよく考えてより使いやすいコスチュームにするよう考えておけ。訓練場は少し遠い。移動はバスで行う。以上。準備しろ」

 

 相澤の指示とともに、皆が一斉に立ち上がり、互いにレスキュー訓練について語りあいながらコスチュームを持って更衣室へと向かう。

 

 要もまた棚からコスチュームを取り、更衣室へと向かった。

 

 

******

 

 

 ヒーローを目指すためには、救助活動というのも欠かせない。特にこの救助活動というのは、一部の人達からはヴィランと戦う活動以上に素晴らしいものだと認められていた。

 

 ヴィランという存在は、個性が出現した事によって生まれた。そしてヒーローはそれを個性によって倒し、市民を守る。言ってみれば個性によってマッチポンプが発生してしまっているのだ。例えヒーローが市民を守っているとは言っても、それは個性によって発生した敵であり、『個性さえ無ければ』なんて考えも少なくない。

 

 一方でレスキューにおいてヒーローが立ち向かう災害や事故というのは、個性出現以前から存在したものだ。そしてそれに立ち向かうのはかつては個性を持たない消防士や自衛隊などであり、結果として救えない命も多くあった。だが現在は個性という超常の力の扱いに長けた者達がそれを救助に使用することで、かつては失われていた多くの命が救われる社会になったのだ。 

 

 そういう意味で、救助活動というのはヴィランと戦うというヒーローの役目と比べて純粋に個性の出現が社会に良い影響をもたらしたものなのである。

 

(ロープは前回より多めだな。ウェポンは……ヒーローになれば常に携帯するものだ。置いていくわけにはいかないだろう)

 

 追加のロープや多機能携帯スコップなど先日以上に重装備を備えた要は、外に待っているであろうバスの元へと向かう。その姿はもはや完全に、特殊部隊員のような、あるいはウェポンを持っていなければ救助活動に向かう自衛官のような姿であった。

 

「財田やっぱりごついなコスチューム」

「まあ……そうだな。基本全部自前で用意しておかないといけないから」

 

 バスの前にクラスメイトが揃うのを待っていると、先に来ていた砂藤がそう話しかけてきた。彼と言葉を交わしたことは、要の覚える限り一度もない。

 

 その気持ちが若干言葉に現れていたのだろう、砂藤に笑いながら言われた。

 

「別に馬鹿にしようってんじゃないぞ。ただ財田とも話してみたいと思ってよ。自分から話しかけてくる感じじゃないし、俺からいかねえとな、と思って」

「なるほど。ありがとう」

「おう。にしても、その武器とかはまだわかるけど、なんでスコップ?」

 

 砂藤はそう言いながら、要の背負っている多機能携帯スコップを物珍しそうに見ている。

 

「要望には使えない個性で活動できるような道具がいる、というのと特殊部隊のようなコスチュームにしてほしいと要望を書いておいたら、色々とそれらしいものや便利そうな物を用意してくれたんだ」

「デザイン事務所?」

「ああ」

「へー……そんなのもあるんだな。俺なんてシンプルにって書いたからこれだぜ?」

 

 そう言いながら砂藤は自分のコスチュームを示す。シンプルなボディスーツのようなコスチュームは、身体能力を一時的に跳ね上げるという彼の個性からしてみれば十分に合理的なものだ。彼の場合は、道具を使わないほうが強いのである。

 

「シンプルだな」

「だろ? お前のは道具多すぎて俺じゃあ使い切れねえ気もするけど、爆豪みたいなちょっとごついのとかめっちゃかっこよくていいと思うんだよな」

「そうだな。爆豪や……爆豪が一番かっこいいな」

「だよな。ちなみに、さっき色々って言ってたけど他にどんな道具送ってもらったん?」

 

 興味津々な様子の砂藤に、要はその腕時計や腰にぶら下げたガスマスク、それにどのような環境下でも使用が可能なメモ帳とペンなどを見せる。

 

「こんな感じだな。調べてみたところ本当の特殊部隊で似たようなものが使われてるらしい」

「かっこいい腕時計だな。市販か?」

「G-Washingtonっていうモデルの1つのバージョンらしい。詳しいことは覚えてない。悪いな」

「自分で調べてみるぜ。ガスマスクはたしかに救助とかだと必要だな。今日やるかわからないけど、俺もほしい」

「いざヒーローになったらそういう現場に行くときには警察なんかが用意してくれるだろ。どこに行くときにもガスマスク持ってるヒーローなんていやだろ?」

「まー見た目は怖いかもしれないけどよ、でもいつガスが街中で発生するかもわからねえだろ? やっぱあったほうがいい気はするぜ。火事のときとかも使えるだろうし」

「火事ぐらいなら、こんなガチガチのガスマスクじゃなくて、こっちぐらいのシンプルなマスクがあるといいかもな」

 

 そう言って要は、首元まで下ろしていた布を口や鼻を覆う位置まで引き上げる。

 

「それがマスク?」

「普段使う用だ。特殊部隊員は顔を公に出来ないらしいから、こういうので顔を覆うんだろう。ほとんど息苦しくないが、説明書によると砂塵やビルが破壊されたときの塵なんかを防いでくれるらしい。煙にも対応してる」

「はー、そういうのもあるのか」

「まあ、砂藤がつけると肌の露出が全く無くなるけどな」

 

 砂藤のコスチュームを見上げながら要は答える。砂藤のコスチュームは全体的にピッタリと張り付くボディースーツなのだが、顔の上半分もほとんどコスチュームが覆っており、仮に要のように口や鼻を覆ってしまうと顔が全部隠れてしまうのだ。

 

「別にいいんじゃねえか? 口だけ出しときたいってわけでもねえし」

「なら、頼んでみると良いと思うぞ。個性が使えるとはいえ、俺達は人間だからな。使える道具には頼ったほうが良い」

「おう。今度お礼と一緒に書いて送ってみるぜ」

 

 砂藤がそう言い切ったところで、先日委員長になったばかりの飯田が元気よく声を張り上げる。学級委員長としての務めを果たそうと努力しているのだ。

 

「スムーズに乗れるように番号順に2列で並んでくれ!」

「あら、飯田ちゃん、これ2列のシートじゃないわよ」

「何ー!!」

「よーし乗ろうぜ―!」

 

 残念ながらから回るのであるが。

 

 

******

 

 

 バスに乗り込んだ要は、バスの一番奥の方に砂藤と並んで座る。

 

「そう言えばよ、財田が担がれてったのって誰なんだ?」

「担がれた?」

「ほら、あの入学式の日の朝。後昼休みとかに呼びに来るのも同じ人だよな」

 

 顎に手をあてた砂藤の問いかけに、要はああとうなずく。

 

「十影のことか」

「十影、って名前か? 名字?」

「藤見十影だ。1年B組の。ちょっとした知り合いでな」

「そういうことね。にしては結構財田のところに来るよな」

「まあ……それなりに仲が良い、というか腐れ縁と言うべきか。俺もあいつはもっとクラスメイトと仲良くするべきだと思うんだがな」

「まあそりゃああんだけ来てたらクラスメイトと話せないよな」

 

 と、そこまで言ったところで砂藤はふと思い出したことがあったと手を叩く。

 

「そう言えばよ、今年はAB両方とも21人ずついるよな。なんでかって前から思ってたんだけどよ」

「ああ、そう言えばそうだな」

「最低点が3人いたのかね」

「どういう偶然だ。藤見に関してはあれだ、あいつは特別入学だ」

 

 特別入学、という聞き慣れない単語に、砂藤は首をかしげる。

 

「あまり喧伝しないほうが良いのかもしれないが、推薦の逆バージョンだ。あいつは雄英の側から声をかけられて入学してる」

「まじか!? そんなのがあるのかよ……。どんだけ凄い奴なんだ……」

 

 要の言葉を聞いて大声を出すことは無かったが、砂藤は表情と動きで驚きを明らかにする。他のクラスメイト達は蛙吹から始まった個性に関する会話で盛り上がっていたので、2人の会話に気づくことは無かった。

 

「まあ……シンプルに化け物、だな。もちろん褒め言葉だ」

「おおう、財田が化け物っていうなら相当なんだな」

「俺をなんだと思ってる」

 

 思わずそう突っ込むと、砂藤は目をパチクリさせてから笑う。

 

「そっか、財田はあのときいなかったよな」

「あの時?」

「この前戦闘訓練やった日。あの後みんなでファミレスで反省会やったんだけどよ、お前は爆豪とか轟とはまた別のベクトルですげえなって話になったんだよ」

「なんでそういう話になってるんだ」

「反省会だから誰がすごいとかいう話はなるだろ。なんか他のやつと比べて戦闘慣れしてる感じがしてよ」

「……まあ、個性の都合上頭を使うのは得意だし、そういう話もいっぱい知ってるからな」

 

 そんな話をしているうちに、やがてバスは訓練場へと到着し、2人を含めた生徒はバスから降りる。

 

「すげ、なんか遊園地みてえだ」

「そうなのか?」

「いやまあこんな物騒な遊園地は無いんだけどよ。なんか派手さが、って意味だぜ」

 

 バスに乗る前の流れからなんとなく一緒にいる2人がそんな話をしていると、より盛り上がっている他のクラスメイトを鎮めるように声が響く。

 

「水難事故、土砂災害、火事……あらゆる事故や災害に対応する訓練を行えるように僕が作った演習場です」

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助で大活躍のヒーロー!」

「私13号のファンなの!」

 

 雄英の教師である彼女もまた、当然のことながらプロヒーローである。そして要もまた彼女についてよく知っている。身体能力を高めるだけの個性と違い、彼女の個性は一部のSCiPの終了や収容に利用できる可能性があるのである。

 

「えー、始める前に何個かお小言を……」

 

 相澤と何か話し込んでいた13号は、生徒達の方を向いて話し始める。

 

「皆さんご存知だと思いますが、僕の個性は“ブラックホール”です。どんなものでも吸い込んで塵へと変えます」

「その個性で災害救助をしているんですよね!」

「ええ。ですが、同時に簡単に人を殺せる個性です」

 

 そのとおりである。だからこそ要も、彼女には注目していたのだ。ブラックホールを積極的に利用することは、かつての財団には不可能なことであったのである。

 

「皆さんの中にも、そういう個性の方がいるでしょう。現代の超人社会は、“個性”の使用を資格制にすることで一般の使用を規制し、一見成り立っているように見えます。しかし、それは一方では、使ってしまえば容易に人を殺せる個性が溢れていることを示しています」

 

 例えどれだけ有用な個性であろうと、好き勝手に利用させれば何が起こるかわからない。だからこそ現代は、一般の個性の使用を禁止する方向へと進んでいた。

 

「相澤さんの個性把握テストで自身の力の可能性を、オールマイト先生の対人戦闘訓練でその危険性を体験したと思います。この授業では観点を大きく変えて」

 

 ―――救うために!

 

「個性をどう扱っていけば良いのか。それを学びましょう。私達ヒーローの力は、人を傷つけるものではない。救うために存在するのだと、しっかりと心に刻み込んでおいてください。以上で、私の話は終わります」

「じゃあまずは―――」

 

 続いて、13号の後を引き取って話そうとした相澤の言葉が、止まった。

 

 黒い悪意が、宙に扉を開き、溢れ出す。




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第9話 襲撃事件・2

「くそっあの靄の奴……!」

「財田大丈夫か!?」

「受け身は取った」

 

 要たちが集まっていた場所から下の方。噴水の前に出現した黒い靄のようなものから、複数の人間が溢れ出すように出現した。

 

 自らをヴィラン、と。そう名乗る彼らの目的はまさに生徒達を傷つけ、そしてヒーローを殺すことで。複数名が抵抗しようとしたものの、先刻ヴィランを運んできた靄の個性の持ち主にバラバラの場所に飛ばされてしまった。要が飛ばされたのは火事現場のような場所。一緒にいるのは尾白だけだ。

 

 しかも何らかの手段でジャミングが行われているようで、せっかく対電子戦対策まで施してある要の信号装置が機能していない。

 

「っ! 来た!」

「尾白」

「何っ!?」

 

 生徒を散り散りに飛ばした先でそれぞれに攻撃する方法は見つかっていたのか、地面に降りた2人のところに10人以上のヴィランが近づいてくる。その表情は愉悦に染まっており、彼らを殺すのが楽しみで仕方ない、と示していた。

 

「キタキタ。俺がこんがり焼いてやるぜ。焼けた肉の匂いはたまらねえ」

「お前だけにやらせるわけねえだろ。あたしの獲物だよ」

「言ってろ」

 

 今にも襲いかかってくるつもり満々のヴィランたちに、尾白はファイティングポーズを取る。

 

「おっ? こいつ戦う気満々だぜ?」

「かわいいねえ。ああ、その顔燃やしてやりたい」

「尾白、30秒1人で稼げるか?」

「……稼ぐだけでいいの?」

「フラグ立てるな。後で説明する。よろしく」

 

 尾白の方にヴィランたちが詰め寄ろうとしているのを確認した要は、少し後ずさって建物の影に身を隠す。

 

「逃げんのかー!? ヒーローなんだろぉお!?」

「何いってんだい。ヒーローなんて夢見ちゃってる可愛そうなぼっちゃんだろ」

「ギャハハハハハハ、違いねえ」

 

 ヴィランたちがそう馬鹿にする声は感覚をシャットアウトした要には届かない。両の手のひらを打ち合わせた要は、脳内に1つのオブジェクトの報告書を思い浮かべる。そして合わせていた手のひらをゆっくりと離していくと、その間から報告書らしき紙が実体を持って出現する。

 

 出現した報告書は要が持たずとも空中に佇み。要が手を打ち合わせると、そこに書かれた文字や書式が紙の中央に向かって集まり、やがて物理的な実体を持ったものが紙の上方に出現した。代わりに報告書は白紙になっている。

 

 その空中に飛び出したオブジェクト、銀色のハンドベル。『SCP-662“執事のハンドベル”』。そう呼ばれるそれを、要は小さく鳴らした。

 

 涼やかな音とともに数秒の後、要の後方から声がかけられる。

 

「こんにちは、財田要様。なんなりと仰せ付けください」

 

 声に呼ばれて振り返ると、まさに執事と呼ぶのがふさわしく思える服装に顔つき体つきをした白人の男性が立っていた。

 

「初めましてデーズさん。状況がわからないと思いますが取り急ぎのお願いが1つあります」

「なんなりと。私は執事ですから」

 

 そう答えたデーズという男に、要は先程から何度も起動しようとした救命信号のスイッチを渡した。

 

「コレがなにかわかりますか」

「……わかりました。藤見十影様に伝わる救命信号ですね」

「コレを利用しても良いので、あなたの存在が十影以外にばれないように私のところまでアイツを助けに越させてください」

「わかりました」

「お願いします。終わったらその装置は俺のポーチに入れておいてください」

 

 そこまで言った要は、デーズに背を向ける。その直後には、すでにデーズと呼ばれていた男は、そこに存在しなかった。

 

 彼がそうやって姿を消す存在であると知っている要はそれを気にせず。ウェポン1を構え、左手にはロープを巻き付けた状態で尾白が戦っている場所へと突入した。

 

「尾白生きてるか!」

「財田! 何やってたの!?」

「戦う準備だ。悪い、救助訓練だから準備してなかった」

「そういう、ことっ!」

 

 要の言葉に答えながら、尾白は目の前のヴィランの顔を尻尾で殴打して下がらせる。

 

「財田、実戦は?」

「それなりに。時間稼ぐのと減らすのどっちが良い?」

「減らす!」

 

 そう叫んだ尾白が先頭をきって突っ込んでいき、要が追従する。突っ込むと言っても無闇に突撃するのではなく、地面に転がっている瓦礫などを盾としてヴィランの攻撃を避けつつ距離を詰めていく。

 

 そして連携が乱され、近距離まで踏み込まれて焦ったヴィランに対して、要がテーザー弾をどんどん撃ち込んでいく。あっという間に2人を無力化することが出来た。

 

 だがそれで警戒をしたヴィランは距離を取り、半円状に2人を囲むように展開し。互いに攻撃を仕掛けること無くにらみ合いが始まった。その間に、肩を並べた尾白と要は小声で会話する。

 

「財田何ができる?」

「遠距離スタンガン、スモーク、スタングレ、ゴム弾、ナイフと警棒、ロープの格闘戦」

「火耐性は?」

「コスチュームは火に多少は強い」

「っ!? 避けろ!」

 

 作戦を打ち合わせている最中に、しびれを切らしたヴィランが火の玉を撃ち込んでくる。そういう個性の相手がいるのだろう。

 

 別の瓦礫の影に飛び込んでそれを回避した要は、弾薬ポーチから発煙弾とスタングレネードを取り出す。

 

「尾白! 耳と目を塞げ!」

 

 その叫びに尾白が反応して別の瓦礫の裏に身を隠したのを確認した要は、ヴィランの場所を確認するとそれぞれのヴィランに有効なダメージを与えるように複数のスタングレネードを投擲する。そもそも室内での使用が主となるようなものだが、十分に近距離であれば効果はある。

 

 瞬く閃光と耳をつんざく爆音。それに耐えた要は、ヴィランが無力化されているうちに捕縛してしまおうとウェポン1を片手に隠れていた瓦礫を乗り越える。だが、その必要は無かった。視界の端では、同じように瓦礫の影から飛び出した尾白が驚きの表情で固まっている。

 

「おーい助けに来たぞ要ー」

 

 そして要と尾白の視線の先では、半分破れた制服を着た大柄な男が、敵対していたヴィランを山のように積み上げていた。

 

 その男を尾白が警戒する一方、要は躊躇いなく近づいていった。

 

「財田っ!」

「大丈夫だ。こいつはB組のやつだ」

「え?」

 

 戸惑う尾白を放っておいて、要は十影に指示を出す。

 

「俺達が縛っておくから、十影は他の所に行ってやってくれ」

「他って?」

 

 首をかしげる十影に、要はヴィランがこの訓練場に出現し、生徒があちこちに飛ばされたことを説明した。

 

「あー、そういう状況か。なら真ん中へんのもヴィランだったんか」

「任せる」

「あいよ! また後でな!」

 

 そう一言告げると、十影はその足の構造を変化させて、勢いよくジャンプして離脱していく。

 

 そこになってようやく、硬直していた尾白が動き始めた。

 

「財田、何、今の人。ヒーロー?」

「1年B組の生徒だ。もともと仲が良くて俺の方があいつより遥かに弱いから、何かあったら呼べって言われてたんだ」

「呼べ、って……」

 

 説明をきいてもなお尾白は困惑の表情である。それもそうだ。まだヒーローでもない個人が個人に対して助けに行くというのもおかしな話だし、どうやってこの状況になっているのを知ったのかという話だ。

 

「俺がボタンを押したら、俺の現在地と救命信号が送られるボタンを用意したんだ。ジャミングに負けないように対策しっかりした奴を。さっきそれを押したから来てくれたんだと思う」

「授業中なのに?」

「ああ。取り敢えずこいつら縛ってしまおう」

「そ、そうだね」

 

 腑に落ちない様子ではあるが、尾白はそれ以上追求してこなかった。要の言ったとことに嘘はない。ただ、十影と要の関係を知らないものから見れば奇妙に思えてしまうのだろう。最も、要はそれを話すつもりはない。ただ、十影とは仲の良い友人である、とだけ言えば良いのだ。

 

 ヴィランの手足を縛りながら、尾白は要に問いかけてくる。

 

「財田。さっきの人とは、どういう関係?」

「友人だ」

「え、それだけ?」

「それだけとは?」

 

 要が問い返すと、尾白はなにやら手を動かしながら自分が聞きたかったことを説明する。

 

「いや、その、普通の友達だったらそんなことしないだろうから、なんか事情があるのかと思って」

「ああ、そういうことか」

 

 そう答えた要は、その後しばらく無言のままヴィランたちを縛っていく。そして全員を縛り終えたところでようやく口を開いた。

 

「特に大きな事情があるわけじゃない」

「あ、無視されてなかったんだ」

「考えてただけだ」

 

 一息つくと、要は自分と十影の関係について説明を始める。

 

「あいつの個性は、俺が全部勝手に言うわけには行かないが、かなり強力なものだ。それに比べて俺はこういう、戦うのには全く使えない個性だ」

「うん」

「だからあいつが、戦う分は自分に任せろと言ってくれたんだ。頭を使うのは俺に任せるからと。あいつの個性は耐久力も高いから、俺の代わりに傷ついたとしても大したことはない、らしい」

「それで、来てくれたの?」

「……ここから先は、俺とあいつの深いところに踏み込むことになる。それは、今の尾白には見せたくない」

「あはは、そう言われるとちょっと辛いね」

「別にお前が嫌いというわけじゃない。ただ、俺が両親を失くして1人で暮らしている、なんて話は、おいそれとすべき話ではないだろ?」

「……え?」

 

 唐突にもたらされた要の事情に、尾白はほうけた声を出す。

 

「そういうことだ。人の深いところというのは、簡単に外に出すものではない。あいつは俺のそう言うところを知っている。だから気を使ってくれているだけだ」

 

 さあ、行こう。そう言って要は身を翻し、エリアの出口へと向かっていく。その後姿を見ながら尾白は、つい今もたらされた情報に呆然としていた。

 

 

******

 

 

 時は少しさかのぼり。緑谷、蛙吹、峰田の3人はヴィランの襲撃を退けたあと、入り口近くの最初に相澤が戦闘を始めた噴水の辺りまでやってきていた。

 

 ヴィランを退けたことで気を良くした、というと慢心しているように見えるかもしれないが、純粋に相澤を助けたいと考えた緑谷、他の2人を説得してその場に留め、何かできることはないかと考えていた。

 

 だが。

 

 明確にそれは、甘かったのだ。

 

「なんだ、あれ……」

「緑谷、駄目だって、見りゃわかるだろ……?」

「ケロォ……」

 

 それまでヴィランの集団を相手に善戦していた相澤、いや、ヒーローイレイザーヘッド。だが、それまで参戦していなかった1人のヴィランによって、一瞬で無力化された。

 

 鳥の嘴のような口と、むき出しの脳みそと目。人と言うにはいささか異形が過ぎる見た目だが、その強さは本物だ。相澤が個性を消しているにも関わらずそのパワーは相澤を圧倒するもので、簡単に組み伏せてしまった。更に、その手で掴まれるだけで相澤の腕の骨が折れていく音が聞こえる。

 

 と。先程USJの入り口まで移動していたはずの黒い靄、黒霧がヴィランの首魁の場所まで戻ってきた。

 

「死柄木弔」

「13号はやったのか」

「はい。ですが生徒の1人に逃げられました」

 

 生徒達をあちこちに飛ばした死柄木は、そのまま入り口付近に陣取って残りの生徒がUSJから脱出しないように備えていた。その過程でプロのヒーローである13号の無力化には成功したのだが、代わりに生徒の1人に突破され脱出されてしまったのである。

 

 脱出者がでてしまった以上、それが他のヒーローに伝わって彼らが揃うのにそれほど時間はかからないだろう。

 

「は?」

 

 黒霧の言葉に苛立ちの声を上げた死柄木は、更に何度も怒りの声を上げながら体をかきむしる。

 

 と。

 

 何かが上から落ちてきた。そしてそれは、黒霧と死柄木が反応する前に相澤を拘束していた大男に体当たりをし、相澤の上から押しのける。

 

「なんだ、お前……」

「あーあー、ボコボコじゃねえか」

 

 死柄木の言葉に答えること無く、その男、十影は、相澤先生の容態を確認し、近くで見ていた緑谷たちを手招きする。

 

「おい、あんたらA組の生徒だろ? これ持って離れてろ。下手に動かすなよ」

 

 そう十影が指示を出し、緑谷が慌てて動き出そうとした直後、今度は死柄木が攻撃を指示した。

 

「殺せ、脳無。全員だ」

 

 その指示を受け取った脳無は即座に動き出し、まずは自分を押し飛ばした十影に殴りかかった。その速度はそれまでの動きとは全く違い、緑谷たちの目には追えないもので。

 

 だがその攻撃を受けた十影は、拳の進路をそらすことで相手の攻撃を無効化していた。

 

「良いパワーだ……!」

 

 そう相手を讃える十影の上半身、そして下半身が大きく膨らみ始め、まだ原型をとどめていた制服が弾け飛ぶ。

 

「何の個性だ、こいつ……」

「気をつけてください、死柄木弔。脳無の攻撃を受け止めました」

「まぐれだろ。やれ、脳無」

 

 脳無の攻撃に対してその2本の腕で対応した十影は、脇の下から3本目の腕を生やして相澤の体を掴み上げる。そしてそれを、多少の雑さはあるものの変に回転しないようにそっと緑谷たちの方へと投げた。

 

「え、うわ!」

「ゼンゼェェ!! 生きてるか!?」

「息はあるわ」

「お前らが守ってろ。こいつは骨が折れるぜ」

 

 そう3人に告げた十影は、その固めた3本目の拳で脳無の顔面、というか脳みそ部分を思い切り殴りつけるが、たいして威力が発揮できている感じがない。

 

「パンチが効くはずないだろ。そいつは怪人脳無。オールマイトを殺せる化け物だぞ」

「んじゃあ斬撃で、ってことだな!」

 

 死柄木が意気揚々とそう語った直後、今度は爪を生やした十影の3本目の腕が、脳無の右腕の脇から腰のあたりまでの肉をえぐり取った。だが、その傷もすぐにふさがり始める。

 

「へえ、回復か。良いじゃねえか」

 

 脳無の圧倒的性能にも引けを取らず、楽しそうに戦う十影。それに苛立った死柄木は、今のうちに残りの生徒とイレイザーヘッドの命を奪っておく事に決めた。

 

「生徒の1人も奪っておけば、ヒーローに守れるものなんてないことを理解できるだろ」

 

 そう呟いた死柄木が動き出そうとした直後。

 

『バガァァァン!!』

 

 大きな音とともに、USJにの入り口が吹き飛ばされる。

 

 ――――もう大丈夫。

 

 

『私が来た』

 

 彼のその言葉、叫び声ではなかったにも関わらず、彼を視認していたすべての人間の耳に、染み渡るように響いた。

 

 

******

 

 

「来たなオールマイト。社会のゴミめ。お前ら、とっととあいつをやれ。脳無、お前もだ」

 

 死柄木の指示に、オールマイトという現代の絶対的強者に向かってヴィランたちが駆けていく。数秒と持たず無力化されたが。

 

 そしてヴィランたちを無力化したオールマイトはそのまま、緑谷たちとヒーロー正面へと立ちふさがる。

 

「皆、相澤くんを連れてそのまま入り口へ!」

「お、オールマイトォォ!」

 

 3人の中で最も混乱の極みにあった峰田がオールマイトの登場に大声を上げるが、緑谷は冷静に彼を見ていて、オールマイトが笑っていないことに気づいていた。

 

「おい、脳無、早くやれ。脳無?」

 

 一方脳無に指示を出してオールマイトを殺させようとしていた死柄木は、脳無が反応しないことに疑問を抱き、先程まで脳無が戦っていた場所を振り返る。そして、信じがたい物を見た。

 

 先程脳無と戦っていた何者かが、脳無を達磨にし、再生した端からその肉を削ぎ続けていたのだ。

 

「なにっ……! どういうことだ黒霧……!」

 

 死柄木にそう詰めよられた黒霧も困惑した様子で首を振る。

 

「いえ、私もわかりません。確かに脳無は衝撃吸収の個性を持っているので斬撃自体は通用します。しかしあれほどまでたやすく無力化するとは……」

 

 それをしている十影に、2人は薄ら寒い視線を向ける。オールマイトを殺せるだけの兵士を揃えたはずだ。脳無がその最たるものである。にも関わらず、オールマイトではないものがそれを無力化しているのである。

 

 脳無を開放するために黒霧がその人物をワープさせようとすると、脳無に馬乗りになっていたそれは大きく飛び退ってオールマイトらの側までやってくる。そのときにはすでに、その体は普通の人間ぐらいのものまで戻っていた。そして衣服が破れたせいでほとんど全裸になっている。

 

「君は……何故君がここに?」

「あいつに呼ばれたので。それよりあれ」

 

 オールマイトの質問に端的に返した十影は、あれと、既に手足が生え揃いつつあるそのヴィランを指さす。

 

「怪力と再生能力、それに打撃に対する高い耐性があるっす。痛覚はないっぽいですね。あんだけそいでも悲鳴上げなかったんで」

「……ああ、ありがとう。藤見少年。ここからは私の役目だ。君も、避難しなさい」

「りょうかい」

 

 オールマイトの指示を受けた十影は、おとなしく言うことを聞き、緑谷から相澤をさっと奪い取ってお姫様抱っこをする。自分が強く、また不死身であるという認識はあるが、だからといってオールマイトよりも強いとは考えていなかった。だから、指示にしたがったのだ。

 

 

 その後。オールマイトが脳無と戦ったものの窮地に陥り。それを後から知った十影が『自分がやっておけばよかった』と考えたのはまた別の話である。

 

 そもそもどちらの方が強いとかいう話以前に、超回復力の相手に対する対策はオールマイトより十影の方が慣れていた。どちらかと言うと自分が晒される側であったが。確かに十影、というかSCP-682は、財団の攻撃によって常時無力化されて収容されていた。それを考えれば、脳無を無力化しつつ捕獲しておくのは十影には容易だったのである。

 

 

******

 

 

 プロヒーローたちも到着し、ヴィランのすべてが無力化、あるいは撤退したあと、現場確認のために警察を待つ間生徒達はUSJの入り口で待機していた。その間にプロヒーロー達は、数名がスナイプの攻撃によって無力化されたヴィランを捕縛するために各エリアへと向かっていた。彼らの到着段階でまだ戦闘を行っていた生徒もいたので、その救助が優先されたが。

 

 早い段階で入り口付近に到達していた要は、ウェポンやロープの手入れをしていた。ロープの方は持っていた殆どをヴィランの捕縛に使ってしまったので手元にない。ヴィランが警察に連行される以上すぐには戻ってこない、というか戻ってこない可能性が高いが、後で教師に報告しておいた方が良いだろう。担任の相澤は大怪我を負って搬送されてしまったが。

 

「なんでお前がここにいるんだ十影。いきなり授業を抜け出したとエクトプラズムから聞いたぞ」

「ああー、それは、まあ色々と理由があるんすよ」

 

 要の耳に、そんな会話が聞こえてくる。それは十影と、B組の担任であるブラドキングとの会話だった。その内容を理解した要は、いつのまにかポーチに戻ってきていた装置を確認すると、ブラドキングと十影の方へと向かう。

 

「ブラドキング先生」

「ん、お前は……財田か」

「はい。十影の件ですが、俺が彼に救助を求めたので彼は駆けつけてくれました」

「ん? どういうことだ?」

 

 ブラドキングの問いかけに、要はポーチから発信装置を取り出してそれを見せる。

 

「これが発信装置で、押すと救命信号が十影の持っていた受信機に送られます。強力なジャミング対策を施しているので連絡が取れない中でも十影に連絡が行ったんだと思います」

「……そうなのか藤見」

「はい、そうっす。要に危ないことがあったら俺が守るって約束してるんで」

 

 悪びれない十影の言葉に、ブラドキングはため息を吐いて頭をかく。

 

「事情は理解した。だがこんな危険な場所に生徒を呼ぶな。教師を頼れ。おまえたちはヒーローの資格も持ってないんだ」

「基本はそうします。今回は連絡が取れない状態でした。それに十影の実力、個性による不死性は相当なものです。十分頼るに値すると思います」

「とにかく、基本的にヒーロー科の生徒であれ個性で人を傷つけることは禁止されているんだ。今回は校内ということで処理できるが、今後はしないように」

 

 それだけ告げると、ブラドキングは他の教師に呼ばれてそっちに行ってしまった。後に残された要は、十影の肩を叩く。

 

「助かった」

「おう。ちゃんと機能したんだな、それ」

「ああ、いや……」

「あ? 違うのか?」

「ちょっとオブジェクト使ったんだ。後で説明する」

 

 ブラドキングにああ説明したのは、デーズ氏について説明しないで済ませるためだ。危険が迫っていたとはいえ、新しいオブジェクトを召喚してしまったのである。

 

「まじ? 危なくない奴?」

「……使い方次第だ」

「わーお……」

 

 驚いている十影は、1人だけ状況が違うということで戻ってきたブラドキングに連れて行かれた。その後要たちも警察からのちょっとした事情聴取を受け、その日は下校となった。




少し皆さんにお聞きしたいのですが、SCPのほとんど関わらない普通のヒロアカ的なところってどれぐらい興味がありますか? 例えば今回の襲撃事件はデーズ氏でてきたのでSCP関係ありますが、体育祭とかはオブジェクトもそれに関する話もでないし、あんまり関係ないと思います。そういう場面も楽しんで読んでいただけるんでしょうか。私としては要が活躍しないにしても普通に書きたいと思っているのですが、もしそんな場面いらないからどんどん飛ばせ、っていう意見があったら教えていただきたいです。いきなりそういう場面全部失くしはしませんが、描写でショートカットしたり描写量を減らしてそういう場面に早くたどり着くように気をつけたいと思います。

今回も、学級委員長決めなどのあたりもショートカットしてます。


この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。


SCP-662 執事のハンドベル
著者:Rick Revelry
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-662




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あの人にはもう会えない

 雄英高校では、体育祭というイベントがある。旧時代のそれとおおよそは変わらないのだが、個性が発達した現代に合わせて個性を利用した競技も存在している。そして特に国内随一のヒーロー科を持つ雄英高校の体育祭は、見ていて面白い。

 

 結果として、個性出現以降衰退した他のスポーツ競技に変わってエンタメとしての地位を確立していた。

 

 そんな体育祭が迫っている。

 

 とはいえ、テストの直前詰め込みと違って特別なことを無理にしたところで何が変わるわけでもなく。ヒーロー科の生徒達は、普段どおりの訓練にいつもより真面目に取り組んでいる。

 

 そんな中、要は毎日の日課となったトレーニングへと向かっていた。今日のトレーニングは室内のトレーニングルームを使った十影との組手。すぐとなりにはトレーニングマシンなどがあり、主にヒーロー科のメンバーが筋トレなどを行っている。今日はA組でもかなりの頻度で筋トレを行っている切島、砂藤がトレーニングマシンを使っており、他にも葉隠と尾白が組手の訓練、芦戸と耳郎も同じく体術の訓練をしにきていた。

 

「そろそろ休憩しようぜ。お前結構きついだろ」

「はぁ……はぁ……確かに、きつい」

「ほら、スポドリ飲んでろ」

 

 十影の言葉とともに床にへたり込んだ要に、十影がスポーツドリンクのボトルを放ってくる。それを受け取った要は、一旦立ち上がってトレーニングルームの端の方まで歩いていって壁にもたれかかって座る。

 

 そのまましばらく無言で息を整えていると、目の前に2人分の影が立つ。要が見上げると、先程まで尾白に組手を教えてもらっていた葉隠と芦戸が立っていた。

 

「今日も聞きたいのか?」

「「聞きたい!」」

 

 食い気味に答える2人に、要は軽くため息をついた後立ち上がる。

 

「じゃあ休憩室に行こう。切島と砂藤も聞きたいなら来るように行ってくれ」

「わかったー!」

 

 芦戸が元気よく去っていき、代わりに尾白と耳郎が3人のところにやってくる。

 

「おつかれ財田」

「ああ、おつかれ。お前も聞いていくか?」

「んー、そうだね。休憩に丁度いいから聞かせてほしいな」

「わかった。十影も?」

「もちろんだぜ」

「耳郎さんは……」

「……聞く」

 

 3人の意思を確認した後、4人は連れ立ってトレーニングルーム脇の休憩室へと移動した。後から切島、砂藤、芦戸も合流してくる。

 

 

 

 要のもう一つの日課。それはトレーニングの合間などに、そこにいるクラスメイトや十影に自分の知っている物語という体でSCPに関する報告書を語る、というものだ。もともとそれをクラスメイトに浸透させる、というのは要の目標にはあったのだが、それが楽しかったのか芦戸や葉隠、砂藤、切島らに話をするようにお願いされたのである。他にも上鳴などは興味があるようであったが、彼はほとんどトレーニングルームに寄り付かないのであまり話を聞いていない。芦戸や耳郎あたりは、むしろトレーニングの方がおまけのようなものになっているが、まあ真面目にトレーニングはしているようなので問題はないのだろう。

 

 

「じゃあ、今日も1つ話をしよう。前も言った通り、先に怖いか感動するかを言ってしまっては面白くないからどんな話かは聞くまでわからない。それでも良いか?」

 

 要の問いかけに、話を聞いている7人は頷く。7人の中でももともと興味津々なメンバーは良いとして、耳郎などは要から見ても明らかに怖いのが苦手である。それは入学式の日に“時間切れ”について語った際に明らかであった。

 

 にも関わらず、それを克服したいのか、あるいは怖いものみたさなのか、耳郎は話を聞こうとする。そのため要も少しばかり気をつかっていた。だから今日までは、比較的穏やかなものについて話していたのだが、今日は少し最後に恐怖が待っている物語を語るつもりである。だからこそ再度確認したのだ。

 

 とはいえ、耳郎自身が聞く覚悟を示しているなら要がとやかく言うことではない。全員が聞く姿勢を見せているのを確認して、要は自分の役割、『語り手』となって物語を語り始めた。

 

 

******

 

 

「では。今日の物語、タイトルは『あの人にはもう会えない』。この物語は、とある1つのテーマにそって書かれているが、その話は一番最後にしよう」

 

 要の静かな語りに、聞いているクラスメイト達は息をのむように聞き入る。少し小さな声で語ることで集中させるのだ。

 

「とある女の子がいました。歳は15歳。とても可愛らしい女の子で、優しく、賢く、誰からも好かれるような、そんな素敵な少女でした」

 

 以前要の話した怖いところのある物語と違い、普通の人間、それも可愛らしい少女が主人公ということで

 

「彼女は母親を幼い頃に失っていましたが、とても優しいお父さんと一緒に暮らしていました。母親がいないけれど笑顔で毎日を全力で生きていくその親子を、近所の人たちや学校の友人達はとても素敵な親子だと、見守っていました」

 

 ―――けれど。そんな幸せは長くは続きませんでした。

 

 突如として深く沈み込んだ要の言葉に、耳郎の肩がビクリと揺れる。怖いのが嫌なのであれば聞かなければよいのに、と思う反面、そういう反応を返してくれると要の側としては楽しかったりする。

 

 少しの間を作った要は、更に話を続ける。

 

「お父さんは、ある雨の日に少女を学校まで迎えに行くときに交通事故にあい、亡くなってしまったのです。事故は、お父さんは安全運転をしていたにも関わらず、交差点で信号を見間違えたトラックに追突されて起こったものでした」

 

 ―――少女は、嘆きました。

 

「母親を亡くしたのは、少女がまだ幼いときでした。その辛い時を、父と娘、2人で手を取り合って乗り越えました。けれど、今回は? 唯一の身内であった父親を失くした少女は近所に住んでいた親戚に引き取られました。でも、少女と一緒に悲しみを乗り越えてくれる誰かは、もういません。父親を失くして悲しみにくれた少女は、そのまま学校に行くことも出来ず。自分の部屋に引きこもって、泣くだけの日を過ごしていました」

 

 そこで言葉を切る。その物語の悲劇に、その場にいる全員が悲しそうな表情になる。

 

 だが、要の話はそこでは終わらない。そう、ただ悲しみを与えるだけの物語は、ないのだ。

 

「そうして、少女が泣き続けて一月が立った頃。少女と仲の良かった同級生からメッセージが届きました。それは、『あなたがどれだけ悲しいのか、わかってる、なんて私には言えない。でも、〇〇ちゃんとまた一緒に話して、ご飯食べて、笑いたい。だから私にできることが無いか調べたの。すぐには元気になれないと思う。でももし何か話せるなら、私にも話してほしい。話すと楽になるんだって』という短いメッセージと、1つのURLが添付されていました」

 

 ―――そのメッセージを読んだ少女は、一日ほど経った後、彼女にメッセージを送りました。それは、少女が一月ぶりに、誰かと言葉を交わした瞬間でした。

 

「『心配かけてごめんね。ちゃんと前を向いて進まないと駄目なのはわかってるの。でも、お父さんともっと話しておけばよかったな。もっと、一緒にいたかったな。最後にお礼も言えなかったなって。そう思うととても悲しいの』。少女が送ると、すぐにメッセージが帰ってきます」

「『そ、っか。ねえ、〇〇。お父さんに最後にもう一回だけ会って話せるとしたら、会いたい?』」

 

 ―――それは、友人の必死の試みでした。

 

「『会いたい。会って、話がしたい。お礼が言いたいの』。少女がそう返すと、友人はURLを開いてそのページを見てほしいと言ってきました」

 

 もしかして、可愛そうな少女はもう一度父と会えるのだろうか。そう考えた皆は、息を殺して話の続きを待つ。

 

「そのURLは、都市伝説のようなページに繋がっていました。その都市伝説の内容は、とある踏切についてのものでした。特定の時間帯に特定の条件を満たすと、亡くなった人と会える、というものでした」

 

 なんだ都市伝説か。そんな雰囲気が漂い始めたところに、要は少し語気を強めて語る。

 

「ですが。不思議なのは、他の都市伝説と比べてその都市伝説には、短い報告が多いことです。他の都市伝説は、それを見たと主張する人たちが、自分の話をみんなに見てほしい、あるいは話題になってほしいと、長々とした、あるいはわざと興味を引くような文章を書いています。けれどその都市伝説についての文章はすべて短くまとめられており、また実際に遭遇した、という人たちの感想も短いものでした。『あの人に会えた。ありがとう』『最後にもう一度話せて幸せだった』」

 

 ―――そんな、まるでそれが本当であるかのような文章がたくさん書かれていたのです。

 

「実はこの都市伝説。噂ではなく、本当のことでした。この都市伝説の通りに踏切にいきちゃんと手順を踏めば、数十分の間、亡くなった大切な人と会い、話ができるのです。そのことをより詳しく調べて知った少女は、この踏切に行ってみることにしました」

 

 要の語る物語に、聞いている皆の表情が少し明るくなる。これは、親子の再会の感動の物語なのである。

 

「そうして手順を覚えた少女は、その踏切に行きました。亡くなった人と会うための条件はそれほど多くはありません。深夜2時に特定の方向から踏切に近づいて、亡くなった人ともう一度会いたいと強く念じるだけです。そのとき踏切の半径200メートル以内に、他の人がいてはいけませんが、田舎の踏切です。深夜2時に人がいるはずがありません。そんな場所へ少女は、怖さを感じながらも向かいました。ただ、会いたい、という一心で」

 

 ゴクリ、と、聞いている誰かの喉が鳴る。深夜2時。1人。その言葉が、嫌な雰囲気を醸し出していた。

 

「少女は、その踏切の前まで行って、『お父さんに会いたい』と強く願いました」

 

 ―――すると、なんと、お父さんが現れたのです。

 

「『お父さん!』。そう少女は呼びかけました。すると父は照れくさそうに、そして少し申し訳無さそうに答えました。『久しぶり、〇〇。ごめんな、お前を置いていっちゃって』。父親の方へ近づこうと踏切を乗り越えようとした少女でしたが、そこには透明な壁があって近づくことが出来ませんでした。生きている人は、死んでいる人の手を握ることはできません。同じように、死んでいる人は生きている人を抱きしめることは出来ません。だけど。せめて、言葉を交わせるように。そんな祈りが、この踏切には詰まっていました」

 

 物語の光景を想像し、聞いている皆が感動する。葉隠などは涙ぐんでいた。

 

「少女と父親は、たくさん話をしました。父は、娘に頑張ってほしい、と。少女は、父にありがとう、と。たくさんの思い出を語りました。そして30分が経った頃、父親の後ろに可愛らしい子供の姿をした、白い翼の生えた人物が現れます。その子供が父の手を取って笑うと、父はその子供に笑いかけました。それを見て、少女は気づきました。ああ、お父さんは、天使に連れられて、天国に行くんだな、と。そうして、お父さんは少女の前から姿を消しました」

 

 要がそこまで語り切ると、皆が詰めていた息を吐き出す。可愛そうな少女は、最後に父と言葉を交わすことが出来たのだ。

 

「それから少女は、元気を取り戻し、また学校へ行くようになりました。そして学校に行くと、あのURLを送ってくれた友達にもお礼を言いました。『あなたのおかげでお父さんに会えた』と。それに友達も答えました。『良かったね。お父さんは、どうなったの?』。『たくさんお話した後、天使が連れて行っちゃった。ちょっと寂しいけど、お父さんは天国に行けるんだもんね』『そっか。良かったね』『うん』」

 

 二人分の会話を、要は声を変えることで聞いていてわかりやすいようにする。

 

「こうして、少女は、大切なあの人に、会うことが出来たのです」

 

 要が語り終えると、聞いていた皆は静かに拍手を始める。

 

 

 だが。それを要が手で制した。まだ話は終わっていない、と。

 

 

「この不思議な踏切は、とても昔からあったそうです。そしてこれまで、たくさんの人がこの踏切のおかげで亡くなった人と出会い、それぞれに前を向いて人生を歩き始めました。こんな不思議な踏切ですから当然それを調べようという団体もいました。けれど、こんな素敵な踏切を独占する気にはなれず、この踏切を使っている人が来たら録音記録を取ったり、話を聞いたりするだけでした。もっとも、何故か録音にはノイズが入ってしまうので、実際は体験した人にインタビューすることしかできません」

 

 それは、当然の話である。こんな素敵な踏切だ。皆が使いたいだろう。例え全員が押しかけたら使えなくなってしまうから都市伝説になってるとしても。

 

「記録を取り始めてから、たくさんの人がこの踏切に来ました。最初に来たのは10代の男性でした。男性は、亡くなった交際相手に会いに来たのです。そうして26分ほど会話をした後、女性は天使に連れられて去ってしまいました。その後調査している団体が男性に話を聞いたところ、男性はとても幸せそうでした。またその後男性がもう一度元交際相手に会いに行ったそうですが、天国へと行ってしまったのかもう二度と彼女が現れることはありませんでした」

 

「次に来たのは、20代の男性でした。彼は、病死した弟に会いに来たそうです。彼もまた弟と会うことが出来、24分ほど会話をした後、天使に連れられて弟は姿を消しました」

 

「次に来たのは、30代の女性でした。彼女は亡くなってしまった父に会いに来たそうです。父親は生前は認知症が進んでいたそうですが、その様子は見せず、女性のことを気遣う発言や、自分にとらわれず前に進んでほしいという言葉を繰り返しました。そして話し始めてから22分ぐらいで、天使に連れられて姿を消しました」

 

「次に来たのは、90代の女性でした。現れたのはなんと、20代の男性です。男性は、女性の夫でしたが戦争で亡くなってしまっていたそうでした。2人の間には長い長い時間の溝があったにも関わらず、2人の会話には問題が無かったそうです。ただし、男性が亡くなってしまってからの知識は無いようでした。そうして男性は女性に愛情を注げて、20分程で天使と共にいなくなりました」

 

「ここから団体は、自分たちの知り合いで大切な人を失くした人に調査を手伝ってもらおうと、声をかけました。亡くなった人に会えるならと協力してくれる人はたくさんいました」

 

 調査、と。少し話の様子が変わってきたことに気づいた皆が、怪訝な表情をするが、要は構わずに物語を進める。

 

「最初に実験をしたのは30代の女性でした。彼女は婚約者を事故で失くしていました。そして彼女がこの踏切を使うと、たしかに男性が現れ、互いに涙しながら愛を伝えあいました。そして今回ははじめて2人の天使が現れ、話し始めてから13分たった頃に男性と一緒にいなくなりました」

 

 何かが起こっている。だが、何が?

 

「そして次の実験のために録音器具などを設置しようと団体の人達が踏切の近くまでいくと、何故か、まだ深夜2時になっていないにも関わらず天使が現れました。それも、これまでと比べて遥かに多い8人。団体の人達は彼らに声をかけましたが、天使たちは笑っているだけでした。結局天使たちはそのまま深夜2時までそこにいたので、構わずに実験が行われました。しかし、その実験が始まってすぐ、異変が起こりました」

 

 異変という言葉に、全員の表情が強ばる。

 

「亡くなった人が踏切の向こう側に現れてすぐ、天使たちがその人物に群がるようにして、その体のあちこちを引っ張り始めたのです。そして亡くなった人が現れて3分ぐらいで、その人物を引きずるようにしてすぐに消えてしまいました」

 

 

 それは、まるで。

 

 

「それからも何度か実験が計画されましたが、そのたびに実験を始める前には複数の天使が現れるようになりました。これでは、話が出来ません。天使は、天国から逃げ出した魂をすぐに連れ戻そうとしているのでしょう。亡くなった人と話せていたのは、まさしく奇跡なのです」

 

 ああ、やはり死んだ人と会うのは、ずるいことだったんだ、と聞いていた皆は考えた。だからこそ、少女が父親と長く話せたのは奇跡なのだと。

 

 

 しかし。

 

 要の話はそこで終わらない。

 

 

「実験が行えないので、団体は別の方法でこれについて調査しようとしました。つまり、都市伝説をたどって、一番最初はどんなものだったのか調べようとしたのです。すると、不思議なことがわかりました」

 

 ―――とある時期より昔は、亡くなった人は天使とともにいなくなるのではなく、電車に乗って帰っていく、というものだったのです。

 

「ここで、この踏切で起きる出来事が変わっているのがわかりました。そして、もう一つわかったことがあります」

 

「この踏切での録音を取ると、必ずノイズが入るのですが、このノイズは特定のパターンが存在しているのです。すべてのノイズが同じような歪み方をしており、それを逆にたどることでこのノイズを元の音声に戻すことに成功したのです」

 

 ―――つまり。なぜうまく録音できないのかがこれでわかる。そう考えてこれを再生した彼らは、後悔しました。

 

 

 後悔、と。不穏な単語に、聞き手は眉を潜めた。これは、感動的なお話ではないのか、と。

 

「後悔って?」

 

 そう問いかけた芦戸に、要はニコリと笑って話を続ける。

 

 

「復元された音声は、これまで確認できているすべての記録において、『咀嚼音』に類似した未知の音響と、踏切の向こう側に出現した故人の『絶え間ない絶叫』の組み合わせで構成されていました」

 

 要の言った言葉を皆が理解するのに有した時間は、有に10秒以上。

 

「最初に言い忘れていましたね。この物語のテーマは『捕食』。『大切なあの人』には『もう会えません』。だってみんな、天使の見た目をした化け物に食われてしまったのですから」

 

 ああ、そうだ。それはまるで。餌を待つペットのように。

 

「これで今回のお話はおしまい。お代は結構。楽しんでいただけましたか?」

 

 

 

******

 

 

 

 要の話が終わって1分ほど。誰も言葉を発することなく沈黙が続く。その空間を他のクラスや学年の生徒が奇妙そうに見ながら通り過ぎていくが、誰もそれに反応できない。

 

 やがて、砂藤が口を開いた。

 

「なあ、財田」

「なんだ?」

「今日のは話は、感動系じゃないのか?」

「いや? 感動と見せかけて絶望系の話だ」

「たちわる」

 

 砂藤の感想に要はニコリと笑う。そう言ってもらえれば、このオブジェクトについて語った価値があるというものだ。世界は、理由のない理不尽にみちている。それを端的に示してくれるオブジェクトである。

 

「え、じゃあお父さん食べられちゃったの!?」

「多分な。少女の時はまだ記録がされてなかったが、天使がでてきた以上食べられてるんだろう」

「えー!? 感動する話じゃないの!? 財田くんは鬼なの!?」

「いや、これは俺が考えたんじゃなくて、個性で頭の中にある――」

「そんな話する時点で鬼じゃん! ほら、耳郎ちゃんまた泣きそうになってる!」

「ちょっと葉隠! 今回はなってないから! 怖いって言っても前のと違うじゃん!」

「でも耳郎目濡れてるよ?」

「う、うるさい芦戸! 別にそういうのじゃないから!というか財田! なんであんたの話はそんなのばっかりなの!?」

「いや、この前の“パッチワークのハートがあるクマ”とか“恩人へ”とかは感動系だっただろ」

 

 耳郎の怒りの声に要はそう答えるが、耳郎の怒りは収まらない。

 

「絶対怖いやつ出てくるし誰か死ぬじゃん!」

「あー、まあそれは確かに……でもそういう話しか頭の中に無いからな」

「もう絶対うち聞かないから」

「怖いのか?」

「そういうわけじゃない!」

「じゃあまた次も聞いてくれるよな」

 

 うまいこと耳郎に次も聞かせようとする要と、嫌そうにしながらもそれに言い返せない耳郎の会話を、芦戸と葉隠は笑いながら見ている。

 

 一方で、男子陣は密かに今の物語の怖さを共有していた。一部を除いて。

 

「切島、理解できた?」

「いや、ぜんっぜんわからねえ。なんで女子はあんなに騒いでんだ?」

「知らないほうが幸せかもね、この話は」

 

 そう答える尾白の顔色は若干青い。話が終わった後に実際にそれを想像して、気分が悪くなったのだ。

 

「なんだよ、そんな怖いのか?」

「まー怖いと言うか、なんかいやな気分がするっていうか……おーい財田! 切島がわからねえってよ」

 

 女子陣に責められていた財田は、砂藤に呼ばれたのを良いことにそこから離れて切島の方にやってくる。

 

「なんだ、わからなかったか? というか十影もわかってない感じかその感じだと」

 

 切島と、1人で首を捻っている十影を見て要はわかりやすく説明することにする。この話は、たしかに遠回しの言い方が多く、気づかなければわからない部分もあるだろう。

 

「つまり、この踏切は2つの出来事が起きるんだ」

「2つ? 死んだ人と会えるんじゃないのか?」

 

 切島の言葉に十影も頷いているのを確認して要は説明を続ける。

 

「そうだ。1つ目は、死んだ人と会える。そしてもう一つは、死んだ人を何かが食べてしまう」

「え?」

「最後に言っただろ。このノイズの音を解析したら、咀嚼音、つまり何かを食べる音と、悲鳴だったって。それに、この天使みたいな奴らがたくさん出てきて、話をする前に亡くなった人を連れて行ってしまう」

 

 そう丁寧に解説していると、既に半分限界を迎えていた尾白がよろよろと離れていった。そして耳郎と共に葉隠たちに慰められている。

 

「え!? じゃあせっかくお父さんと会えたのにそのせいでお父さん食べられたのかよ! 男らしくねえ話だな!」

「物語に男らしさを求めるな。だから、物語のテーマは『捕食』だし、最初にタイトルを言っただろ? 『あの人にはもう会えない』。食べられた人とは二度と会えないんだ。この話では」

「なんか、普通に聞くと変な感じなのに考えれば考えるほど怖い、っつーか嫌な気分になる話だな」

「だろ? まあ、俺は結構好きではあるけどな。このどんでん返し感」

「趣味悪いのな、財田」

「趣味が多様なだけだ。普通に感動するのも好きだ」

 

 とんでもない言われように要は反論をするが、たしかにこの物語が好きなのは少し普通ではない嗜好ではあるのだろう。とはいえ、シンプルなオブジェクトが多い中で物語として語りやすいものであるのも確かだ。また、聞いていない他のクラスメイトに是非語ってみたいと思う要であった。




ちゃんと語る話も混ぜていこうかな、なんて。


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SCP-1283-JP 踏切の向こう
著者:rkondo_001
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1283-jp




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第11話 Is he?

「やあ! 君もオブジェクトかい?」

 

 カフェに入ってすぐ、そう言って手を上げた人物の首元にぶら下がっている首飾りを見て、要は額に手を当て大きなため息を吐いた。

 

 

 

******

 

 

 

「おーすおはよう要」

 

 体育祭の翌日。登校した要が、他のクラスメイトの話を聞いていると十影が教室に入ってくる。いつもの光景だ。

 

「お! 藤見! お前朝凄かったんじゃね?」

「絶対注目されたでしょ! 圧倒的1位だったし!」

 

 教室に入ってきた十影に、芦戸や切島など放課後のトレーニングでそれなりの知り合いになっていたメンバーが声をかけた。

 

 雄英の体育祭は1万人以上の観客を誇り、また全国で生放送をされるため、そこで活躍すると大きな注目を集める。今朝A組のほとんどのクラスメイトは、周りの一般人からかなりの注目、ある種の芸能人を見るような視線を向けられながら学校にやってきたのである。彼らにとってそれは、ヒーローという職業の夢を感じさせるものであり、それでクラスが盛り上がっていたのだ。

 

 そしてそれは、トーナメントでそれなりの順位につけた自分たちよりも、圧倒的な1位になった十影が凄かったのだろうと声をかけたのである。

 

 だが、十影の反応は鈍いものだった。

 

「あー、まあな。それよりちょっと要借りてくぜ」

 

 そう答えると、クラスメイトの話を聞きながら教科書をめくっていた要が何かを言う前に肩に担いで教室から出る。背中の側にいる要には久しぶりの光景にぽかんとするクラスメイトの顔が見えたが、それもすぐに教室の扉に遮られて見えなくなった。やがて階段の踊り場で要は地面に下ろされる。

 

「急にどうした?」

「あー、今日の放課後、空いてたりする?」

「トレーニングの予定しか無いから空いていると言えば空いているが。どうした?」

 

 そう問い返すと、十影は少しばかり悩むようにした後話し始める。

 

「実は昨日、うちに来客があってよ」

「ああ」

「親父もお袋も知らねえ相手だったけど、なんつーか、俺も見覚えのある首飾りをしてたんだよな」

 

 大抵の休日は要の家に遊びに来るか、要と一緒に高校のトレーニングルームや演習場で訓練をしている十影が、体育祭直後には遊びに来なかった。別に毎日要に絡むのが彼の義務というわけでもないし、そういうこともあるだろう程度に考えていたのだが、どうやら昨日十影のところには来客があったらしい。

 

 そこまではまだいい。

 

 問題は、その来客者だ。

 

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「だからよ、変な首飾り、っつーか見覚えのある首飾りしたやつが来て色々話していこうとしやがったんだよ。記憶のことは親にもはっきりとは言ってねえから、取り敢えず近くの公園まで引きずっていって話聞いたんだよ。凄い自分勝手な人でさ」

 

 十影の言った人物。変な、十影の見覚えのある首飾り。自分勝手。

 

 聞き覚えがあるではないか。

 

「くすぐりスライムがどうとか、幼女がどうとか。見覚えがあるかとか色々と言ってきてさ」

 

 その話の細部を要に伝える必要はない、と十影は省略する。要も、それだけの情報を知ればわかる。

 

「……なんて答えたんだ」

「1人じゃあ判断がつかねえからまた連絡する、っつって電話番号もらってきた」

 

 そう答える十影に、要はポケットから出したメモ帳に脳内にある1つの首飾りを描く。

 

「その首飾りは、これか?」

「それ」

「相手は名乗ってたか?」

「いや、名乗ってはくれなかった。聞いたんだけど、思い出せないなら話すわけにはいかない、って言ってよ。あれは俺に記憶があるって気づいてたな」

「だろうな」

 

 そう答えた要は、ポケットにメモ帳を突っ込んでから少し考え込む。その相手の正体には、正直心当たりしかない。ただ、いきなり会っても良いものか決めかねている。とはいえ。

 

「会わないわけにもいかない、か。今日の放課後って言ったか?」

「会うなら早い方が良いと思ってよ。じゃあ放課後に会えるように連絡しとくぜ?」

「頼む。と、もう時間だ。後は昼休み」

「りょーかい」

 

 朝の学活の時間が近づいたので、話を切り上げて教室に戻る。要が自分の席についた直後、相澤が教室に入ってきた。

 

「今日の“ヒーロー情報学”はちょっといつもと違ったことをやる。『コードネーム』。つまりヒーロー名の考案だ」

「「「ヒーローっぽいの来たあああああ!!!」」」

 

 相澤の指示に、クラスが大きく沸き立つ。コードネーム。即ち、ヒーローとして活動する際の名前だ。例えばオールマイトやミッドナイトというのは彼彼女の本名ではなく、そのヒーローとしての姿を示すためのものだ。相澤で言えば、イレイザーヘッドというのがヒーロー名である。

 

 それを、自分たちで考える。まさにヒーローとしての第一歩ともいえる。

 

「静かに。このタイミングでこれをするのは、先日話した『プロからのドラフト指名』があるからだ。端的に言えば、お前らにはこの指名の有無に関わらず『職場体験』に行ってもらう。プロの活動を実際に体験して、今後の訓練を充実したものにしようってことだ」

 

 そこで盛り上がりそうになるクラスだが、相澤がざわりと髪の毛を逆立てると一瞬で静かになる。

 

「指名が本格化するのは実力が確かなものになる2、3年から。言ってみれば今回のは才能のありそうなやつに唾つけとこうってことだ。とはいえ、ここで実力を見せれれば来年以降の指名につながるし、逆に興味を失われたら今後一切声がかからない、なんてこともありえる」

 

 ―――で、その指名の結果がこれ。

 

 そう言って相澤が黒板を叩くと、そこにグラフが表示される。

 

 トーナメントで上位に入った轟、常闇、爆豪らの数が多く、続いてトーナメント出場者の名前ばかりが集まっている。

 

「例年はもっとばらけるんだが、今回は上位に集まった。まあ、一番多かったのはB組の藤見だがな。あいつ1人でこのクラスの合計より多い」

「まじか……!」

「とにかく、この指名をもらえたやつはその中から選んで。それ以外のやつも、こっちで契約している事務所から選んで職場体験に行ってもらう。ということで、その前にヒーロー名決めだ。後は―――ミッドナイトさん」

 

 相澤の言葉と同時に、ミッドナイトが教室に入ってくる。

 

「ヒーロー名を考えるお手伝いは私がするわ!」

「俺にそのあたりのセンスは無い。後はミッドナイトさんに聞いてくれ」

 

 そう言うと相澤は教室の隅で寝袋に潜り込んでしまった。

 

 そして、ミッドナイトが話を初めて、クラスメイトたちが順にヒーロー名を発表していく。そんな中朝十影にされた話について考えていた要が、『エージェント』という適当な名前をつけてしまったのは、仕方の無いことだろう。

 

 

 

******

 

 

 放課後。十影と合流した要は、学校から離れたとあるカフェに来ていた。個室ありのそのカフェが密談にちょうど良く、また学校の生徒に目撃される可能性が低く丁度いい、ということでそこに決まったのだ。

 

「準備は良いか?」

「俺は別に良いけど……ってか捕まりそうになったら逃げられるし。お前の方がやばくね?」

「……財団が存在するなら俺を収容してもらえば良い」

「まあそうだけどよ」

 

 指示された個室の前で足を止めた2人は、軽く深呼吸をし、十影が先に立ってその個室の扉を引き開けた。




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第12話 問題児

「やあ! 昨日ぶり! そっちの君もオブジェクトかい?」

 

 個室の扉を開けた十影とその後ろの要に話しかけたのは、金髪をオールバックにまとめた白人の男性だった。白人の割には、その言葉は日本人のものとなんら相違ない。

 

「いえ。ミスターブライト?」

「そんな堅苦しい呼び方をしないでくれよ。ブライトさんの方がましだよ」

 

 かまをかけるように相手の名前を読んだ要に対して、その男性は否定も肯定もしない。警戒しながらも、要と十影は彼と相対する位置に座った。個室は6人で利用する広さになっているようで、スペースにはかなり余裕がある。

 

「ブライトさん、詳しい話を―――」

 

 要がそう話はじめようとすると、個室のドアがノックされる。

 

「どうぞー!」

 

 白人の男がそう返事をすると、扉が開く。扉の向こうには、1人の女子高生が立っていた。制服からして、雄英高校の、それもヒーロー科の人間であろう。茶髪に白い肌をしており、顔つき体つきは一般的に見てかなりの美少女と言えるのであろう。

 

「やあ! 昨日ぶりだね! 取り敢えず座ってくれたまえ」

「……どうも」

 

 勢いの良い男性の挨拶に対して女子生徒は短く返すと、少し迷った後要の隣に座り込んできた。

 

「さあ、取り敢えず注文しよう! 好きなものを頼んでいいよ!」

 

 そう元気よく男性は言うが、3人はそれぞれに言葉を発さない。はっきり言って胡散臭い相手に、それほど心を許すことは出来ない。

 

 それを見て取ったのか、男性は4人分のコーヒーと自分の分のチーズケーキを注文しようとする。そこに至ってようやく、後から個室に入ってきた女子生徒が声を上げた。

 

「私カフェラテで」

 

 それを聞いた男性は、嬉しそうに声を上げる。

 

「おや! ブラックは苦手かい?」

「カフェラテが好きなだけです」

 

 ニヤニヤと、からかうような口調で言う男性に対して、冷たい対応をする女子生徒。もっとも、この男性に呼ばれた、即ちこの男性のことを少しでも知っているなら当然とも言える反応かもしれない。

 

 しばらく無言の時間が続き、やがてそれぞれの飲み物や男性のチーズケーキが届いたところで男性が話し始める。

 

「さてさて、それじゃあ私の自己紹介から始めようかな。といっても、君たちはもう気づいているだろう?」

 

 どうだい? という男性の視線に女子生徒は答えようとせず、十影は要に任せるといった視線を向けてくる。仕方なく要が3人を代表する形でそれに答えた。

 

「ジャック・ブライト博士。その首飾りはSCP-963“不死の首飾り”ですか?」

「うーん残念! 私は確かにジャック・ブライトだ。正確に言えば、この心と頭脳はジャック・ブライトだ。けれどこの体は、ジャック・ブライトではない。そしてこれも、君が思ってるような代物じゃない」

 

 そう言ったブライトは、首飾りを外そうとその輪っか頭から外そうとする。だが、外そうとした首飾りは首の後ろのなにかに引っかかっているようであり、外れることが無かった。

 

「俺が思っている代物ではない、とは?」

「そのままの意味さ! これはオブジェクトじゃない。私の体の一部なんだ。異形系の個性、とでも言えば良いのかな」 

 

 そう言ったブライトは、首飾りを外そうとする行動をやめて、机に両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せる。

 

「さてさて。私の話はした。今度は君たちの話も聞かせてほしいな」

「待ってくれ、何のことかわからねえぞ」

 

 話をこちら側に振ってくる男性に対し、十影が待ったをかける。

 

「つまり、あんたはあのブライト博士なのか? あの頭のおかしい?」

「中身はそうさ。財団職員のジャック・ブライトだ。と言ってもこれは通じてるのかな? まあとにかく、ジャック・ブライトだ。けどこの体はたしかにこの世界に生まれた人間だ。何の因果かしらないが、私の精神がこの世界で生まれる子供に宿ってしまったようでね。私は確かにこの世界の人間で、この首飾りもオブジェクトじゃない。ただの個性さ」

 

 なるほど、と。十影と要が頷く一方で、もうひとりの女子生徒は若干苛ついた様子で口を開く。

 

「あなたが何者なのかはどうだって良い。私はなんであなたが私のもう一つの記憶について知ってるのかを聞きに来たの」

「知ってどうしたい?」

「……さあ。ただ興味があるだけ」

 

 質問に質問で返される形になった女子生徒は不機嫌そうな表情になるが、ブライトと名乗った男性はそれをあえて無視して要の方へと向き直る。

 

「それで、君は何故来たのかな? 何か彼と、682と関係あるのかい?」

「おい、今の俺は藤見十影って名前がちゃんとあるんだからな」

「おっと、これは失礼。聞きたかったんだけど、君の人格はあの爬虫類のものではないのかい? 違うんだろうね。そうだったら雄英高校でヒーローなど目指してないだろうから。でも記憶はある、と」

 

 十影とブライトの会話に、今度は女子生徒が興味を示す。

 

「あなたも記憶があるの?」

「まあ、記憶っつうか前世の記憶みたいなのがあるぜ。そういうあんたも?」

「……あるわ。あなたのは、どんな記憶?」

 

 女子生徒の言葉に十影が答えようとしたところで、要がそれを抑えた口を開く。

 

「そういう話は後で2人でしてもらって良いか? 今は取り敢えず、ブライトさんとの話をすませてしまおう」

「……まあ、別に良いけど」

「おう、じゃあ要よろしく」

 

 不承不承ながら頷いた女子生徒を確認した要は、ブライトに向き直って話始める。

 

「何故わざわざ、私は置いておいてこの2人を集めたのですか? 収容するためですか?」

 

 要の問に、ブライトは肩をすくめて答える。

 

「いやいや。そもそもこの世界に今のところ財団は存在してないよ」

「では何故?」

「何故……いやあ、話を聞いて記憶があるみたいだったから、良かったら私の知り合いの事務所に来ないかと思ってね」

「知り合い、というとヒーローですか?」

「ああ。まあ、その話は取り敢えず置いておいて。収容、ということは、君も何かのオブジェクトに由来する個性を持っているのかい?」

 

 核心に迫るブライトの問いかけ。その問いかけに答えるか否か要が悩んでいる間に、女子生徒が口を開いた。

 

「さっきから収容とか財団とか言ってるけど、それが私の記憶に関係があるの?」

 

 女子生徒の問いかけに、ブライトは笑顔で頷いて答える。

 

「そうさ。君が記憶の中でいた研究所のような施設、わかるかい?」

 

 ブライトの問いかけに、女子生徒は嫌そうに顔をしかめながら頷く。

 

「その組織が財団さ。私達は、君の過去の姿のような異常なものが一般の人間に悪影響を及ぼさないように収容していたんだ」

「なぜ……なぜ記憶の中のわたしはこんなひどいことができるの?」

「さあ? 最も、そう言えるということは今の君がそれとは全く違うというころだろうね。それに、おそらく昔の君にはまともな思考と言えるようなものが存在していないんじゃないかな? だから今の君が記憶をたどったところで理解が出来ない。けどそっちの君は昔の自分が何を考えていたのか覚えているだろう? 昔の君は、高度な知能を持っていたからね」

 

 ブライトが話を振ると、十影はそれに頷いて答える。

 

「ああ、まあ。なんつーか、生き物が大嫌いだったのはわかる。後は他にどんな会話をしたかとかも覚えてるぜ」

「あなたは話すことが出来たの?」

「ああ。あんたは出来なかったのか?」

「出来ないわ。だって私、動けるといってもクマのぬいぐるみだったもの。変な話よね。こんな記憶があるなんて」

 

 その言葉を聞いた瞬間、要はコーヒーを吹き出しそうになったのを必死で耐えた。

 

「すまない、1つ聞きたいんだが」

「何?」

「あなたは、もしかして記憶の中でいろんな物をくっつけて自分と同じ形の物を作っていたか?」

 

 要のその質問に、女子生徒は顔色を変える。

 

「なんで、知ってるの? 私が何で、人形を作っていたのかも知ってる?」

「全部じゃない。記録されてる限りでしか知らない。しかし、そうか……」

 

 なんとなくここに揃っているメンバーについてわかった要は、ブライトではなくその女子生徒に対して、まずは彼女の記憶のもととなったものについて説明することにした。ブライトならば、その話を聞いていれば要についておおよそのことを把握できてしまうだろう。

 

「まずあなたのその記憶は、ブライトさんの話が正しければこことは違う世界でのとある存在の記憶だ」

「こことは違う世界、ってラノベとかである異世界のこと?」

「ああ、そのようなものだ。その世界は、今俺たちのいるこの世界とは違って個性が存在しない世界だった。超常黎明以前、と同じような状態だな。そして代わりに、そこには様々な異常なものが存在していた。この場合の異常というのは人間の科学で解明出来ない力や効力を秘めている、ということだ」

「異常なもの……それってもしかして、昔の私も……自分で動くクマのぬいぐるみも居るの?」

「ああ。その世界では、そうした異常な存在を『確保・収容・保護』する組織があった。それがさっき話に出てきた財団だ。記憶の中にいるあなたも、その異常なものの1つとして財団が収容していたんだ」

 

 要の説明を聞いて女子生徒は少し考え込んだ後、疑問を要にぶつける。

 

「その異常なものって、他にどんなものがあったの? 後なんであなたはそれを知ってるの? なんで、私の記憶はとぎれとぎれの映像しかないの?」

「他の異常で言えば、例えばこいつは、体育祭の1年の映像を見てもらえばわかると思うが巨大な爬虫類の姿をしている。既存の生物には存在せず、またありえないレベルの再生能力を持っている。他にも、とにかく様々なものが存在した」

 

 体育祭、と言われた女子生徒は、スマホでその映像を探し始める。そして決勝戦で明らかになったその姿を確認して、軽く悲鳴をもらした。

 

「怖い……」

「傷つくぞおい」

「あっ、えと、ごめんなさい」

「次の疑問についてだが、あなたの記憶がとぎれとぎれだったりするのは、おそらくあなたの元がただのクマのぬいぐるみだったからだと思う。人間のような思考回路や記憶のための器官が無かったから、人間であるあなたが記憶を思い出そうとしても上手くいかないんだろう」

「人間じゃなかったから、ってことね」

「ああ」

「それで、なんであなたはそんなことを知ってるの? あなたもそこのおじさんみたいに異世界から転生した、ってこと?」

 

 おじさん、と言われたブライトは、ニコニコとしながら話を聞いている。

 

「いや……。おそらくは俺の個性、だと思うんだが、俺の頭の中にはその財団という組織がまとめてきたすべての報告書が存在しているんだ」

「報告書?」

「ああ。例えばあなたについてなら動くクマのぬいぐるみがどんなことをできるのか、どんな危険性があるのか、どんな事件を起こしたのか、なんてことが記録されてる」

「それで私の記憶を知ってたの?」

「ああ。ひどいことをしたクマのぬいぐるみ、というのでわかった」

「そっか……」

 

 そう言って呟いた後、女子生徒は何やら考え込む。その間に要はブライトの方へと視線を向けた。

 

「今言った通り、俺は財団の残した報告書、それもおそらく複数の世界の財団が残した報告書を脳内で閲覧できます。それに加えて、おそらくすべてのオブジェクトをこの世界に出現させることができます」

「閲覧、というのはどういう精度だい?」

「報告書の文書や映像、音声記録を目の前で閲覧しているような感じです」

「つまり精度は完璧、と。それで、オブジェクトを召喚できるというのは?」

「もう既に複数の召喚に成功してます。家に保管していますが。おそらく、報告書に存在しているすべてのオブジェクトを出現させることが出来ます。Keter、Apollyonクラスですら、です」

「Wow……」

 

 要の説明に、ブライトも驚いたような感嘆したような声を出す。

 

「それは、勝手に出てくることはないのかい?」

「おそらくそういうことはない、と思います。けど何が起きるかわかりません。それに、この世界にオブジェクトが存在しているのかもわかりません。だから自分でこの世界に財団を作ろうと思っていたんですが……」

「ああ、そういうことか。それで十影くんとも知り合いだったってことか」

「いえ、こいつとは普通に高校の入試で知り合いました。俺の方が一方的に知ってたんですが、記憶があるようだったので話したんです」

 

 要の説明を聞くと、ブライトは少し考え込む。そして再び口を開いた。

 

「うん、やっぱり君も私の知り合いのところにおいでよ。財団を作ろうと思っているならちょうど良い」

「それは職場体験で、ということですか?」

「うん、そうだね。今日中にスカウトを送らせておくよ。十影くんも。ところで君名前は?」

「財田要です」

「わかった」

 

 ブライトは何やらサラサラと、メモ帳に書き記している。その間に今度は女子生徒が要に話しかけてきた。

 

「財団を作るって、この世界にも昔の私みたいな危ないものがある、ってこと?」

「絶対にあるかはわからない。けど、オブジェクトの中には放置しているだけで世界が終わるようなものが無数にある。自分の記憶に苦しんでいるあなたに言うのは悪いかもしれないが、あなたがしたことはそうしたものと比べると大したことがないレベルなんだ」

 

 遠慮の無い要の言い様に、女子生徒は息をのむ。

 

「大したことがない、って……。何人も人を、その……」

「あなたのはせいぜい十数人だ。それも小さくて捕まえにくいから捕まってないだけだ。だけど、例えばこいつは厳重な警備のもと収容されていた。それでも何回も脱出しては、武装した相手を100人以上を殺してる」

「俺じゃねえけどな」

「ああ。とにかく、そんなものが報告書には溢れてる。しかもそれでも可愛い方だ。例えばもっと危ないものだったら、知るだけで世界中の人間が死んでいくようなものだってある」

「知るだけで……?」

「そういう存在があることを俺は知っているし、実際に召喚できてしまう。そうである以上、この世界にそういうものが出現する可能性は十分にある。だから俺は、自分で財団を作らないといけない、と思ってる」

「なんで?」

「その危険を、俺だけが知っているからだ」

 

 話が一区切りついたところで、ブライトが女子生徒に声をかけた。

 

「それで、久美ちゃんはどうするんだい? 私の知り合いのところに来るかい? 来るならスカウトを送っておくよ」

「……はい」

 

 こうして、元オブジェクト2人と、報告書を網羅したメンバーが、財団きっての問題児『ブライト博士』の元で職場体験をすることが決まった。

 




ちょっと話の展開を急ぎすぎ、かな?


次話は久美(キチクマ)との会話です。久美は知性の低いオブジェクトであり(能力の行使以外という意味)また682の方には他のオブジェクトに対する知識がある描写があったので、十影よりもSCPに関して無知です。



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第13話 ビルダーベア

 話が一息ついたところで、ブライト博士はチーズケーキを美味しそうに食べ始める。

 

「ブライトさん、食い物頼んでいいか? 腹減った」

「構わないよ。ちなみに今の君の食欲はどうなってるんだい?」

「あ、食欲? そりゃあ普通に食べるけど」

「いやいや、そういうことじゃないよ。要くんはわかるよね?」

 

 ブライトにそう問いかけられた、スマホを操作していた要は顔を上げる。

 

「682の特徴の話か? 基本食事を必要としないし、塩酸を分解することでえら呼吸のようなものを行う、塩酸からエネルギーを吸収している、ぐらいか」

「は? 俺そんなことできんの?」

「お前ができるかわからない。だが再生能力と適応能力がある以上、ずっとそういう環境におかれれば適応するだろ」

「はー、なるほどね」

 

 要の説明に頷いた十影は、メニューを眺めながら自分の個性でできることはまだ存在するのだと考えを巡らせる。一方要は、隣に座っている女子生徒から話しかけられていた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど」

「はい、なんです?」

「えっと、なんで敬語?」

「よく考えたら先輩だなと思ったので雄英のヒーロー科の2年生か3年生ですよね?」

 

 要が問いかけると、女子生徒は目をパチクリさせる。そこでようやく、要と十影が雄英の生徒であることを認識したようだ。それだけ、自分の前世の記憶を知っている相手に対する警戒や恐れが強かったのである。

 

「2年A組人形久美。あなた達は1年生、よね」

「1年A組財田要です。こっちはB組の藤見十影」

「よろしく!」

 

 メニューから顔を上げずにそう言った十影は、そのまま卓上に設置された端末を操作して食事を注文していた。

 

「先輩と要もなんかいる?」

「適当に食い物」

「私は家で食べるから良い」

「はいよ」

 

 十影に答え終えた要が久美の方に振り返ると、何やら悩んだ様子の彼女が要の方を向いていた。

 

「それで、話というのは?」

「あー、その……私の昔のこととか、他の危険なその、異常なもの? のこととか。聞いてみたいと思って」

「……先輩の記憶のことは先輩にも聞く権利があると思いますが、他の異常なものについて聞くなら俺に協力することを約束してほしいです」

「財団を作るって話?」

「はい。別に絶対に所属しろとは言いませんが、ヒーローになったとして要請をした場合には協力してもらいたいです」

 

 要の言葉に、少し悩んだ後久美は頷いた。

 

「ヒーローとしての仕事ってことでしょ?」

「そうですね。外部協力者ならそういう形になると思います」

「なら協力するよ。そんな危ないもの放っておけないし」

「ありがとうございます。では、取り敢えず先輩の記憶の話からですね」

「うん。私が何をして人間からどう見えていたか、教えてほしい」

「かなり衝撃的だと思いますが、大丈夫ですか?」

 

 要の問に、今度は久美は躊躇いなく頷いた。生まれて、個性が発現してからずっと、自分のものではない記憶にうなされ続けてきた。自分が恐ろしくてたまらなかった。いつか、家族や友人をそうやって傷つけてしまうんではないかと。

 

 それが怖くて、自分は傷つけるのではなく助ける側になりたいと思って。ヒーローを目指そうと思ったのだ。だから。もし自分のことに関する記録があるなら、聞いておきたい。

 

「では」

 

 

******

 

 

 

 SCP-1048“ビルダーベア”は、高さ33センチの小さなテディベアです。調査が行われましたがその異常性以外には通常のテディベアとの差異は見つからず、なぜ動いているのかは解明されていません。

 

 SCP-1048は自分で移動する能力を持ち、四肢を動かすなどの行為によってよってコミュニケーションを取ることが可能です。またその行動は通常の人間から見ると非常に愛らしいものです。足に抱きつく行動は日常的に行われ、その他にもダンスやその場で飛び跳ねる、子供が書くような絵を職員に書くなどの行動を取っていました。

 

 その危険性の無さ、愛情表現からsafeクラスのオブジェクトに分類され、サイト内では自由に行動する権利が行われていました。

 

 

「しかし。とある事件をきっかけにその危険性が見直され、Keterクラスのオブジェクトに再分類されました」

 

 要の言葉に、久美はゴクリと喉をならす。ここまでは、偽物の記憶だ。ここから先が、自分の本性。それを聴いたことのある十影は、食べ物が食べられなくなってはたまらないとイヤホンで両耳を塞いでいた。

 

 

 SCP-1048は、様々な素材を用いて自分のレプリカを組み立てます。現在までに3種類のレプリカが確認されており、これらはそれぞれSCP-1048-A、SCP-1048-B、SCP-1048-Cと呼ばれています。

 

 SCP-1048-Aは、本体であるSCP-1048と一緒にサイト内をさまよっているところを発見されました。対象はその体のすべてが人間の耳で作られており、人間に対して非常に攻撃的です。セキュリティチームが対応に向かった際には甲高い金切り声を上げ、半径5メートル内にいた者の全身に耳のような腫瘍を急激に成長させ、死亡させました。死因は腫瘍によって口と気管が塞がれたことによる窒息死だと判明しています。

 

 SCP-1048-Bは、サイト内のカフェテリアで不自然でぎくしゃくした動き方をしているところを発見されました。当初対象はスタッフに反応を示しませんでしたが、やがて体の継ぎ目から人間の幼児に似た手と腕を伸ばし、空気をつかむような仕草をしました。その後それを見て悲鳴を上げた職員に対して大怪我を追わせ、セキュリティチームによって処分されました。また当事案から3時間後、財団の博士がオフィスで意識不明となっているのが発見されました。博士が昏倒している間に中絶処分が行われており、胎内からは8ヶ月になる胎児が消えていました。このことから、SCP-1048が何らかの方法で博士を昏倒させ、中絶手術を行った上で胎児をSCP-1048-Bの素材にしたと考えられています。

 

 SCP-1048-Cは形状はテディベアですが、その体は錆びた金属のスクラップで構成されています。対象は非常に凶暴でかつ運動能力が高く、逃走する過程で数名のスタッフを殺害しています。

 

 処分されていない2つのレプリカと本体は逃走していましたが、その後SCP-3092“ゴリラ戦”によって無力化されました。また無力化の過程において人間の耳を球状に丸めた武器を使用しており、SCP-1048が作成するレプリカの形状はテディベアに限らないと考えられます。

 

 

「おおよその記録は以上です。大丈夫、じゃないですね」

 

 あえて久美の表情を無視して話し終えたが、話が終わる頃には久美の顔は真っ青で、そのまま何も言わずに部屋から出ていってしまった。

 

「お前、ほんと容赦ないのな」

「いい具合に狂ってるねえ、君も」

 

 退室した久美に変わって十影とブライトが要の語りを評価する。

 

「どうせ、いつかは知れることだ。先輩が自分の記憶について知ろうとするなら。それに、おそらくほぼすべてのオブジェクトの報告書なんて読んでたら、多少狂うのも仕方ないでしょう?」

「そうだね。私もそう思うよ」

 

 要の返答に、ブライトはニコニコと笑う。

 

 ブライト、正確にはその前世の姿である『ジャック・ブライト博士』は財団の職員の中でも特殊な立ち位置にあった。彼は、とあるオブジェクトの異常性によって死ぬことができなくなったのである。正確には、他者の体をのっとって自分のものとして使うことが可能となり、またその優秀さも相まって財団から死なせてもらえなくなったのである。

 

 そこから彼はおかしくなった。様々なオブジェクトでまるで遊ぶかのような行動が多くなり、財団で彼のしてはいけないことのリストが作成される程になったのである。

 

 だって、どうやっても死ぬことが出来ないのだ。どれだけ狂ったようなことをしても、彼は死なない。新しい体を使ってまたオブジェクトの研究をしなければならない。

 

 それは、どれほどの苦痛だろうか。だからこそ彼は、正しく狂っているのである。

 

「なんか、要もブライトさんも大変なんだな」

 

 若干呆れたような感嘆したような十影の感想。それにブライトは声を上げて笑い、要は当然だというように頷く。

 

「財団なんてそんなものだ」

「ふふっ、面白いね君は。言っておくけど、財団にもすべての報告書に目を通している者なんていなかったよ?」

「それがセキュリティのために必要なことだったんでしょう。むしろ……知ったらまずいものもあります」

「だろうねえ。私もいくつか弱いのに感染したことがあるけど、あまり気持ちの良いものではなかったよ」

 

 主にブライトが財団での思い出話を語り、要がそれに突っ込んだり自分の知っている情報を提供する、あるいは十影に説明する。そうしているうちに、久美が戻ってきた。青ざめていた表情も多少はマシになっているように見える。

 

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫。私がしたわけじゃないのはわかってるんだけど、ちょっと怖かったから」

「そうだよなー。自分の知らない記憶ってだけでもきついのに、やってることがやってることだもんな」

 

 これに関しては、要よりも十影の方が適役である。要が知識しか持っていないのに対して、十影は久美と同様にオブジェクト時代の記憶を持っている。だからこそわかることもある。

 

「今日はもう帰ったほうがいいんじゃないですか? ここからまた衝撃的な話を聞くのはしんどいかと。学校でも昼休みや放課後に呼んでもらえれば行きます」

「……ごめんなさい、私が弱いばっかりに」

「いえ。普通のことだと思いますよ。それじゃあ帰りましょう。もう遅いし家まで送ります」

 

 そう言って要は十影を促し、荷物をまとめて立ち上がる。

 

「え? いや、そこまでしなくていいわよ」

「そうですか? 今すぐ1人になるのはしんどくないですか?」

 

 見透かすような要の問に、久美は言葉につまる。確かに今、1人になるのはこわかった。誰も見ていない場所に行ってしまうと、自分が自分ではない、怪物になってしまいそうな気がする。

 

 だがまさかそれを、会ったばかりの後輩に見抜かれるとは思わなかった。強気で冷たい態度を見せていたが、久美は基本的にはメンタルが弱いのである。それを知っているのは、一部のクラスメイトぐらいのものだ。

 

「……ありがとう。じゃあ、送ってもらうわ」

「はい。それじゃあブライトさん、また今度」

「ばいばいブライトさん」

「うん、また今度ね。次会えるのを楽しみにしているよ」

 

 それぞれにブライトに別れの挨拶を告げると、3人はカフェを後にする。その後は、久美の家につくまで誰も一言も発さなかった。会話が無くても、誰かがいるというのはそれだけで心強かった





SCP-1048 ビルダーベア
著者:Researcher Dios
URL:http://www.scp-wiki.net/scp-1048



SCP-3092 ゴリラ戦
著者:HunkyChunky
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-3092






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第14話 指名

「―――。それと財田はこの後職員室に来い。以上」

 

 相澤の号令で学活が終わり、学校での一日が終わる。相澤に呼ばれた要は、荷物をまとめた後相澤から少し遅れて教室を出た。相澤に呼ばれるのは普段は学級委員の2人か小テストの点数がよろしくない数名ぐらいなので、要が呼ばれたことに何人かは不思議そうな目を向けてきた。

 

 職員室につくと、相澤に手招きされて職員室から面談室へ移動する。

 

「取り敢えず座れ」

「はい」

 

 言われたとおりに相澤と机を挟む位置で座ると、相澤は1枚の紙を要の方に差し出してきた。

 

「お前のところに指名が来た」

「はい」

「それ自体は問題ないんだが、お前の体育祭での成績とアピールがスカウトに値するものじゃなかったってのは自分でも認識してるな?」

 

 体育祭における要の活躍。それはクラスの他の指名が来ていない生徒よりも端的に言ってしょぼいものだった。最初の障害物競走自体は素の身体能力で突破したものの、その後の騎馬戦であえなく敗退。しかも目に見える個性を使えていないので、活躍と言える活躍を一切残していないのである。

 

「はい。それが問題、ということですか?」

「ああ。と言っても疑ってるわけじゃない。あくまで確認というだけの話だ。うちの生徒に対する指名においては、事務所と生徒の事前交渉は禁止されている。今回お前のところに指名が来たのは疑うに値する、ということだ」

「なるほど。それは十影にも同じ事務所から来ているからですか?」

 

 冷静に返した要の問いかけに、相澤は小さくため息をついて答える。

 

「お前が藤見と何らかの関係があるのは俺たちでも把握している。正直、お前が指名の来た事務所に行くのは問題じゃない。ただ藤見の場合は別だ。あいつは今回の1年生で一番注目されている」

「なるほど。ちなみに指名が来た事務所の名前は?」

「それに書いてるだろ」

 

 言われるままに紙を見て、要は口元を緩めた。やはりというべきか。ブライト博士の知人というプロヒーロー。こっち側の人間である。

 

「この際ですからお話して起きたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「自分と十影の関係についてです」

 

 要の言葉に、相澤は怪訝そうに眉を潜める。そこの関係に関しては、あくまで仲が良いだけだと認識していたからだ。

 

「何かあるのか?」

 

 相澤の言葉に、要は数瞬の間を作ってから答える。このあたりの話術というのは、要が個人的に鍛えたものである。

 

「十影には、前世の記憶があるそうです」

「前世、というと生まれ変わるというあれか?」

「はい。その生まれ変わり前が自分のよく知るものだったのでそこから仲良くなりました」

「お前のよく知るもの?」

 

 遠回しな話で相澤を引き込んだところで、本題を放り込む。

 

「SCP-682“不死身の爬虫類”です」

 

 要の言葉に、相澤の表情が僅かに変わる。

 

「どういうことだ?」

「十影の個性は、俺の知っているSCP-682というオブジェクトの特性とほとんど一緒でした。おそらく個性の由来に、このオブジェクトが存在しています。またそのオブジェクトであった頃の記憶もある程度保持しているようです。自分と十影の間ですり合わせを行った結果、自分の知っているオブジェクトの記録と十影の前世の記憶に大部分の一致が確認できました」

「つまり……お前の言うオブジェクトとやらが転生したのが藤見だ、というのか?」

 

 確認するような相澤の問に、要は首を横に振る。

 

「十影の人格はあくまであいつのもののようです。しかし記憶や知識として、オブジェクトであった頃の過去を持っている感じのようです。そもそも十影の元になったオブジェクトはすべての生命を嫌悪する存在なので、全く同じだった場合にはこんなところにいないでしょう」

「……それが今回の指名に関係する、と?」

「昨日、十影とはまた別の、財団の存在した世界からの生まれ変わりである人物に遭遇しました」

「そいつも十影のようにオブジェクトだった頃の記憶があるのか?」

「いえ、彼の場合は十影と違って元から人間です。ちょっとしたオブジェクトの影響は受けていましたが、人間であったままその人格のまま転生してきています」

 

 説明を聴いた相澤は、少しの間額に手を当てて考え込む。

 

 要の話があくまで懸念程度に抑えられていたのは、それに関する存在が要だけだったからだ。だが。もうひとりの特別入学生である藤見や、他の転生したという人物。

 

 その存在は、即ちオブジェクトの存在を現しているのではないだろうか。

 

「……もう少し詳しく聞かせろ。この指名の来た事務所に覚えはあるのか? その転生したという人物がそこのヒーロー、ということか?」

「その人は自分がヒーローであるかどうかは言っていませんでした。ただその事務所のヒーローは知り合いである、と言ってました。それとその事務所の名前からして、多分そのヒーローの人も元オブジェクトです」

「何? それは確かか?」

「オブジェクトの1人がその名前を名乗っていたというだけで名前自体は聖書に出てくるものですが、あの人の知り合いということはそういうことなのだろうと思っています」

 

 少し考え込んだ相澤は、指名がプリントアウトされた紙の裏側にここまでの話を軽くメモする。これは自分の懐で収めるのではなく、校長まで通さなければならないものだ。

 

「じゃあもう1つ。2年生にも1人この事務所から指名が来てるんだが、心当たりはあるか?」

「昨日転生したという人物と会った際に1人先輩がいました。その方はオブジェクトの特性上記憶は曖昧のようですが、個性の内容は記憶の断片からオブジェクトの前世を持つことは間違い無いと思います」

「そうか……」

「ですが、その先輩は俺や十影と違って自分の記憶を嫌っていたようでしたので、学校からそれに関して何かアクションを起こすというのはやめた方が良いと思います」

 

 要の言葉に、一旦教室を出た相澤は録音用の端末を持ってきた。今更ながらに、この会話を録音しておいて校長に聞かせることを思いついたのだ。

 

「取り敢えず藤見と、その2年生、それと指名先のヒーローそれぞれのもともとのオブジェクトについて教えろ……。いや、基本的に今は個性だ。となると詮索すべきじゃない、か」

「先輩に関しては彼女自身もまだ整理がついていない様子だったのでお伝えは出来ませんが、十影と受け入れ先のヒーローに関しては問題ないと思います」

「……助かる」

「いえ。では」

 

 

 

******

 

 

 

「十影のもとになっているオブジェクトはさっき言った通りSCP-682“不死身の爬虫類”、オブジェクトクラスは《Keter》です。その本体は体育祭の決勝で十影が見せたあの大きな爬虫類の状態です。かなりの力と俊敏性を備えており武装した兵士程度なら軽く殺しますが、特筆すべきはその回復力と適応力です。またかなり高い知性を備えており、特に多くのオブジェクトに対して初見であるにも関わらずその特性を理解した行動を見せました」

「つまり……強靭な生物か?」

「はい。ただ強靭さは想像の遥か上にいくと思います。SCP-682は体の最大87%を失った状態から回復したのが確認されています。また体を両断された際にはそれぞれがSCP-682へと回復しました。他にも適応力が高く、両目をライフルで破壊された際には体中に無数の目を生成し、またそれぞれの目にライフルすら弾く保護膜を生成していました。その収容の困難さから常に傷つく高濃度の塩酸のプールに沈められた状態で収容されているにも関わらずエラ呼吸と塩酸を分解することでエネルギーを獲得して生存しています」

「……文字通りの不死身、か」

「はい。十影はそれを使って俺に協力することを約束してくれました。次に指名のヒーローに関して話していいですか?」

 

 わずかな間の後、相澤が頷いたのを確認して要は受け入れ先のヒーローとそのもとになっているであろうオブジェクトについて話し始めた。

 

「SCP-076“アベル”、オブジェクトクラスはこちらも《Keter》です。ただ“不死身の爬虫類”と違うのは、こちらが2つの存在で構成されていることです。1つ目は、破壊不可能な黒い変成岩で出来た立方体で、もう1つはその中にいる人型の存在です。この人型の存在を“アベル”と呼んでいます。アベルは身体能力が非常に高いです。具体的には、『4分間の銃火器の射撃に耐え、鉄で補強された安全ドアを素手で引き裂く』『64メートルの範囲内の敵を3秒で排除』『複数の弾丸で脳に大きな損傷を受けても数分間停止せず戦闘を続行する』『無酸素で1時間生存する』『鉄製の棒で銃弾を叩き落とす』などがあげられます。また武器として、ブレード状の武器を出現させて使用します」

「めちゃくちゃだな」

「ですがアベルは“不死身の爬虫類”とは違って死にます。財団もそれなりの回数アベルの殺害には成功しています。ただ問題は死んだ後です。アベルが死亡した直後、その体は塵となって消滅します。そして先述した黒い変成岩の立方体の中である程度の時間をかけて蘇生し、やがてまた傷一つない状態で中から出てきます。まあこれが個性でどの程度再現されているかはわかりませんが」

「こっちも不死身か……」

 

 飛び出してきた2つのオブジェクトとその規格外さに、相澤は頭をかく。そんな存在が、人間としてではなく人間の敵として出現する可能性があるというのだ。

 

「……この話の内容は取り敢えず校長には報告する。それと、場合によってはお前の扱いも変わるかもしれん」

「退学ですか?」

「いや……。確かなことは言えんが、こうした存在の出現が確定した場合は、このまま学校に通ってるというわけにもいかないだろう?」

「まあ、正直そう思います。取り敢えずそのあたりも含めて、アベルさんや昨日会った人にも相談してみたいと思います。現在の俺よりは確かにつてが大きいでしょうから」

「その会った相手というのは、いったいなんなんだ?」

 

 相澤の問いかけに要は一瞬悩むが、ブライトについても話しておくことにする。そもそもあの人にはあまり配慮は必要ないだろう。

 

「もともとは財団の博士として勤務していたそうです。俺の脳内の報告書にもそれなりの回数登場します」

「なるほど……それでお前、いや、藤見と2年に声をかけてきた、ということか」

「はい。本人がそう言っていました。もっとも正確なところはわかりませんが。何分、かなり問題のある素行が目立つ人物なので」

「問題?」

「いろんなオブジェクトで遊ぼうとするんです。例えば“アベル”も“不死身の爬虫類”も基本的に目の前に来た人間は殺そうとするんですが、博士は爬虫類を乗り回したりアベルとボードゲームをしたりするんです」

 

 要の言い出したいきなりシリアスさを欠いた説明に、相澤は一瞬固まる。

 

「それはジョークか?」

「いえ、ジョークではありません。話が長くなるので省略しますが、博士もとある理由で不死身になってます。なので結構ふざけたことを平気でするみたいです」

 

 ポンポンと不死身という単語が飛び出してくる要の話に、相澤は今度こそ寝袋に潜り込んで考えることを放棄したくなった。




財団は存在していないので、これぐらいの戦力は必要だと思います。ブライトの個性も多少魔改造気味です。





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SCP-076 アベル
著者:Kain Pathos Crow(原著), DrClef(改稿)
URL:http://www.scp-wiki.net/scp-076



SCP-682 不死身の爬虫類
著者:Dr Gears, Epic Phail Spy
URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-682
作成年:2013年



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第15話 勧誘

 指名を受けた要と十影がアベル事務所での職場体験を決めた翌日。昼休みに十影の襲撃を受けなかった要が放課後荷物をまとめていると、教室の扉が勢いよく開かれる。

 

「要ー! 先輩来たぞー!」

 

 入り口からそう叫ぶ十影の後ろには、先日話したばかりの2年生の久美が立っていた。

 

「財田知り合いの先輩? てか可愛くね?」

「ああ」

 

 通り際に話しかけてくる上鳴に短く答え、2人のところまでいく。

 

「こんにちは人形先輩。何か御用ですか?」

「どうも。そのさ、他人行儀なのやめない?」

「他人行儀、ですか?」

「そ。財田君の敬語固すぎるから、聴いててあんま嬉しくないし。別に敬語使わなくてもいいから」

「……そういうことなら。それで、俺のところに来たのは他のオブジェクトについて聞きたいから?」

 

 敬語を使うのをやめた要がそう問いかけると、久美は小さく頷く。その間十影が2人をクラスメイトの視線から隠していたものの、あまり人が通る場所で話すべきことでもない。十影と久美を促し、3人で屋上へと向かった。この学校の屋上は開放はされているものの、他にも日差しのあたる中庭やベンチなどがそれなりに存在しているので屋上を積極的に利用する生徒はほとんどいない。

 

「昼休みは俺が知ってるのをちょっと話したんだけどなー。俺が全然お前の言った話覚えてないからわかりづれえって話になってよ」

「それで昼休み来なかったのか」

「おう! 悪いな、心配した?」

「いや……。久しぶりに読書が出来た」

 

 のほほんとした会話をする2人だが、その会話は初めて見る久美からすると妙に仲が良く見えた。会話の内容としては大したことはないのだが、互いに互いのことをよく知っている、というべきだろうか。

 

「2人はもともと知り合いなの?」

「おん?」

「なんか仲良いっていうか、互いに信頼してるみたいな感じがしたから」

 

 そう言われた十影が要の方を見るが、要は肩をすくめるだけだ。

 

「あー、今年の入試からだな。俺もこいつも特別入学枠で、入試の時に会った。そんで話しかけたら、まあこいつが俺の昔のこと知ってて……そんな感じか?」

「ああ」

「そ、っか。それでそんな仲良い感じなんだ」

「仲は確かに良いよな!」

「そうかもな」

 

 確かに要にとって、十影ほど仲が良い相手というのはいない。そもそも要は知人から友人に進むのが苦手なので、そういう意味でも友人として関わってくれる十影の存在はありがたかった。

 

「まあ、少なくとも信頼できる。こいつなら死なないだろうからな」

「あ、そういう感じの?」

「こっちの話に巻き込めない相手とはある程度の距離を保つようにしてる」

「ふーん……」

 

 要が財団を作るつもりであるといった話は、まだ久美には一切話していない。そのため久美にとっては、『自分の秘密を話せない相手とは距離を取っている』という意味に聞こえる。

 

「それで、具体的には何を聞きたいんだ?」

 

 本題に入ろうと要がそう切り出す。それに久美は表情を少し固くして頷いた。

 

「この前、私よりも危ないものがたくさんある、って言ってたよね?」

「言ったな」

「どういうものがあるのか聞いてみたくて」

「なるほど。先日も聞いたが、先輩は俺達に協力してくれる、ってことで良いんだな?」

 

 改めて確認する要に対して、久美は質問で返した。

 

「この前は聞き忘れたけど、何をするの? 普通のヒーローの仕事じゃないの?」

「……完全に普通のヒーローと同じわけではない。そもそもオブジェクトは生物に限らず、ものや建築物、場所、そして現象など様々だ。基本的にはそれらの確保やそれらから市民を守ること、そしてそれらを市民の目から遠ざけることをヒーローに依頼することになる」

「……普通のヒーローじゃない?」

「いや……ヒーローと違って超法規的な……要するには、市民の記憶を消したり、市民を拘束したり、現場や物品から市民を遠ざけるためにその建物や場所を奪ったり……最悪の場合は殺すことも財団の仕事に含まれる。そこまで含めて協力するかどうか、という話だ」

 

 正直に話した要の説明に、久美は耳を疑う。それはヒーローの仕事からはかけ離れたものだった。

 

「ちょ、っと待って。どういうこと?」

「今言った通りだ。今言ったのを聞いて、その上で協力するというならオブジェクトに関する情報も話す」

「……聞けば、財田君の言ってる仕事の内容が理解できるの?」

「できるはずだ。財団の理念、つまり俺達の方針についても伝える」

 

 要のその言葉を聞いて、久美は目を閉じてしばらく黙り込んだ。要の話を聞かなければ、自分の前世やそれに関わるものについても知ることが出来ない。

 

 だが、要が言っている言葉はそもそもが法に反する行動が多い。ヴィラン犯罪において、それからトラウマを受けた一般人に対してメンタルケアが行われることは多いが、それでも記憶を消してしまうことはない。それにヴィランの立てこもり場所になったとしてもヴィランが逮捕された後はそれは民間人に返還される。そして最後の。

 

 最悪の場合は殺す。なんて。

 

 それを容認は、出来ない。そもそもヒーローを目指すものとして明らかに失格な考え方だ。だからこそ話を聞いて、その上で2人を止めようと久美は考えた。

 

「良いわ。協力する。私にも関係ある話みたいだし」

 

 その言葉が嘘であるというのは、要にも十影にもわかった。わかったが、今の2人は何の権力も持たず、仲間を増やすためには説明してこちら側に引き入れるしかない。

 

「わかった。ありがとう。それじゃあ……どういう意味で知りたいんだ? 先輩よりも被害が大きかったものを話せば良いのか?」

「そうね。まずはそれを聞きたい」

 

 久美が頷いたのを確認して、要は話を初めた。

 

 

 

******

 

 

「じゃあまずは被害が大きいもの、か。まずは宇宙そのもの、というか世界そのものが消滅するオブジェクトが複数ある。世界が滅ぶというのは、それほど難しい話じゃあない」

 

「…………はい?」

 

 要の言葉に久美が答えるまで数秒の間が空いた。

 

「宇宙が無くなる、って言った?」

「言った。あくまでこの世界ではなく、財団の存在した世界の話だが」

「どうやって無くなるの?」

「いろんなパターンがある。1つは自然現象にも近いんだが、広がっている宇宙が端から消滅していくというものだ。何かに飲み込まれて消えていく、と言ったほうが良いかもしれない。その飲み込まれる速度が光より早いから、人類は消滅の瞬間まで気づくことが出来ないだろう、と報告がされている。逃げるためのプランもいくつか考えられていたが、どれも手詰まりのようだな」

「……他には?」

「ニコラ・テスラが発明したとされている装置が、世界の消滅を引き起こすと考えられている。そもそもこの装置は、複数の世界、いわゆるパラレルワールドからそれぞれ優秀な科学者を集めて開発されたものだ。ニコラ・テスラはその1人だった。ただ想定されていなかった機能が発生して、結果としてその機能が発揮されたときにはこの世界、つまりニコラ・テスラがその装置を持って帰ってきた財団の存在した世界が消滅する、ということが明らかになっているらしい。その機能はタイマーで起動するが停止が出来ないし、そもそも装置の内部に秘められたエネルギーによって破壊が発生するから、装置を壊せばタイムリミットを待たず宇宙が消滅する」

「それが、本当に存在した、っていうの?」

 

 信じられないと言いたげの久美の言葉に、要は肩をすくめる。

 

「自分の記憶に聞いてみたらどうだ?」

 

 その言葉に、久美は言葉に詰まる。そうなのだ。そもそも久美が要の話を聞いているのは、要が久美の誰にも話したことのない記憶について知っていたからなのだ。つまり、存在しないことを久美自身が否定しているのだ。

 

「今言った2つは、あまりに大きすぎる現実離れしたものだ。他にも、何か聞いてみたいものに対して指定があればある程度は教える」

「……じゃあ、さっき言ってた私に協力してほしい内容について、それぞれなんで必要になるのか、その、『オブジェクト』? についても教えて」

「……わかった」

 

 彼女の言葉に頷いた要は、脳内で報告書を漁りながら1つずつその質問に答えることにする。

 

「まず記憶を消すのに関しては、オブジェクトの問題もあるが、財団、つまり異常な存在に対処する組織としての理念がある。それは、『知られてはならない』というものだ。異常な存在が日々に紛れ込んでいることを知れば、人々は安心して日々を生きることは出来ない。更にそれらや財団の存在について一般人が知っていると、その活動の邪魔になったり、不要な終末論などが発生してしまうこともある。端的に言えば、知らない方が幸せなこともある、ということだ」

「だから、知ってしまったら忘れさせる」

「ああ。たいして問題のないオブジェクトでも、それらからより危険なものに関する情報が漏洩する可能性があり、また『そういうものが存在しうる』というのが市民の恐怖を煽る可能性が高い。だから、そうした全てに関して隠蔽を行う」

「ヒーローだけが知るの?」

「いや。一般のヒーローにも知らせない。あくまで所属するエージェントと、綿密な協力関係にあるヒーローだけだ。そうした異常が確認された場合には、ヒーローとして勤務している協力者から財団に連絡を行い、財団が収容する、という仕組みを考えている」

 

 既に要の話を聞いた十影は退屈そうに、屋上の入り口で他の生徒が来ないか見張りを行っている。

 一方久美は要の説明を聞いて少しばかり考え込んでいた。

 

「そこまでして隠さないといけないの?」

「明日、あるいは今日世界が滅ぶと聞いて、先輩は幸せに生きることができるか?」

「それは……難しいかな」

「そういうことだ。ヒーロー、あるいは警察に対する情報の共有に関しては議論の余地があるが、一般人に対する公開はありえない。警察やヒーローに対しても、一部になるだろう」

「……わかった。それで、他には?」

「市民を拘束というのは、強制的に事情聴取などを行う、言ってみれば警察の事情聴取とたいして変わらない。ただ法律に財団の存在を公的に示すわけにはいかないから、事情聴取に関しては記憶処理、つまり聞いたあとに忘れてもらう。これはさっき言ったのも関わってくる。物品や土地、建築物を市民から取り上げるというのは、危険な物から市民を引き離し財団で収容するためだ。これは基本強制的におこない、そのためにそのオブジェクトに関する記憶の処理などを行う。これも法律には残さないので、超法規的に行うことになる」

「超法規的、って……そんなことが許されるの?」

「財団の世界では、財団は各国の上層部とつながっている。だから各国での活動も認められている。他にも財団のフロント企業として複数の企業を持っているのでそれらの影に隠れて活動をしていた」

「あの……陰謀論みたいなのでよくある秘密結社みたいなもの?」

「ああ。秘密結社というのはまさに財団のことを示しているだろう」

 

 わずかにチープさの発生した要の言葉に、久美は安心した。人は、知らないものわからないものを恐れる。それを本能的に遠ざけようとする。

 

 だが知っているものとなると、途端にそれを軽視するようになる。

 

「その秘密結社とやらを、作ろうっていうこと?」

 

 秘密結社、という単語に、少しからかうような響きが含まれているのに気づいた要はその質問に答えず、最後の1つについて説明をする。

 

「市民を最悪の場合殺す、と言ったのは、既に手遅れになっているものを殺すことでそれ以上の拡散を止める、という意味だ」

「手遅れ、って?」

「オブジェクトの中には、感染するものも多数存在する。そうしたオブジェクトの影響を市民が受けた場合、回復させられない場合には殺害することでそれ以上の被害を防ぐ必要がある」

「感染するもの、って?」

「大体は精神汚染、あるいはミーム感染と言われることが多い。つまり、知ることで思考がそれに支配され、更にそれを他の人に伝えることで感染者が拡大するものだ」

「それは……どうなるの?」

「どう、とは?」

「感染したら何が起きるのか、ってことよ」

「最初に言っただろう。世界が滅ぶのはそう難しいことじゃあない、と。例えば……『世界は1月以内に滅ぶ。だから、それまでに自殺しなければならない』という強迫観念が伝染し世界中に広まった結果、世界の人口は一桁まで減少した」

 

 そう言うと、要は壁にもたれていた体を起こし、久美の方を向き直る。

 

「『世界に明日はない。昨日はあったかどうか怪しい。そもそも我々が生きているこれは、本当に今日なのだろうか』」

「どういう意味?」

「オブジェクトに道理は通用しない。世界のすべての記憶を書き換え痕跡を消すことで存在した文明を完全に消滅させたり、現行の人類に成り代わって地球の支配者となったり、すべての生物を別の生命体に変えてしまったりするものも普通に存在する。先輩の身近にいる人間は、既に人間ではないかもしれない。毎日話していた友人が、先輩含めたすべての人の記憶から消えてしまうこともあるだろう。昨日まで大切だと思っていた何かが、今日には取るに足らないことになり、何かに押し付けられたものが宝物になるかもしれない。明日には世界は滅んでいるかもしれない。昨日は、何かによって作られた偽物の記憶かもしれない。今生きていると思っている今日は、既に何かに支配されてそう思っているだけかもしれない。それがオブジェクトの恐ろしさだ。ありとあらゆる理不尽を想像しろ。そのすべては、可能性ではなく、現実に起こり得る」

 

 それまでの静かな語りはそのままに、張り詰めるような厳しさを秘めた要の言葉に、久美は息をのむ。

 

 それはすべて、要の見てきたことだ。無数の世界の財団が、世界を終わらせぬために挑み、そして散ってきた記録だ。

 

 だからこそ、この世界は。そのすべてを先に記録することに成功したこの世界は、終わらせてはならぬのだ。

 

「……だから、財田君がそれを防ぐの?」

「『確保し、収容し、保護する』。俺はそれを作るが、やるのは俺ではない。財団に所属するすべての人間がやるんだ。『人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』。それが財団の使命であり、成すべきことだ」

 

 それが、財団。人知れず戦い、人知れず異常に侵され。そして人知れず死んでいく。満たされるのは多少の好奇心、ぐらいだろう。最も、好奇心に殺されることなど数え切れないぐらいあるが。

 

 だが、そう。要が言っているこのヒーロー社会では信じられないような方針はすべて“必要”なものなのである。もちろん、この世界では人型のオブジェクトというのは出現したところでまず収容されないだろう。それは基本的に個性と同様のものだと考えられるからだ。危険な個性であると判断された場合には、そうした施設に入れられる可能性が高い。

 

 他にも、『冷酷であっても残酷であってはならない』というのは、より徹底されるべきだ。財団の職員や研究者の中には、使い捨てにDクラスだからとその生命を粗末にするようなものもいた。それらはより精査されるべきである。

 

 だが、おおよそ全ては必要なものなのだ。実験を行うための犠牲も、財団やオブジェクトの存在を一般から隠すことも。

 

 それを久美のように疑う人々に伝えていくのもまた、要の役目なのだ。

 

「というわけだ。こういう組織を俺は作るから、部分的にそれについて知っている先輩にも協力してもらいたい」

「……それ、拒否できないよね。世界が滅ぶとか言われたら」

「別に、拒否してすべてを忘れて生きてもいいぞ?」

「できるわけ無いでしょ。てか怖くて忘れられないし。わかった。私も協力する。できる限りね。それに――」

 

 ―――聞いた限りじゃあ、最高にかっこいいヒーローでしょ?

 

 そう言って笑う久美、要ははっきりと頷いた。




次話から職場体験、の前に語る話を一話ぐらいいれるかもです。


最近神経科に通ってます。正直あと少しで『万事順調です』をやらかしそうでした。人と話すのって楽しいんですね。




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第16話 お礼は必ずいたします

 職場体験を翌日に控えたある日。職場体験を前にして緊張しているのか楽しみにしているのか、放課後になっても教室に残って雑談をしているクラスメイトが多くいた。そんな中で要も、職場体験に備えて持って帰らなければならないコスチュームとウェポン類の手入れを行っていた。

 

 まずはコスチュームのパーツや戦闘服に不備が無いかを確認していく。最も戦闘服に関しては他のクラスメイトと比べて特段高性能な部分などは無いので、確認も楽だ。

 

 次に各装備類の確認。

 

 まずはウェポン類に不備がないか、取扱説明書を参照しながら確認していく。それが終わったら腕時計やゴーグルのバンドなど、1つずつ確認していく。整備は雄英が提携しているデザイン事務所、つまりコスチュームを作ってくれた事務所がやってくれてはいるのだが、最終的に自分の命を預けるものになりえる、ということで使う前に目を通すようにしているのだ。

 

 要が翌日に備えている一方で、教室に残っている殆どのクラスメイトは雑談をしている。

 

「あー、やっぱ直前まで来るとなんか緊張するよな」

「そうか? プロの活動を見れるなんて最高に熱いだろ!」

「熱いとかで考えないのよ普通は」

 

 そんないつも一緒にいる3人組の声を聞きながらコスチュームの整備をしている要のところへ砂藤がやってくる。

 

「おーす財田、何してんだ?」

「コスチュームの整備」

「整備って、あの銃みたいなのとかか?」

「そんなところだ」

 

 興味深げに眺めている砂藤に答えながら整備を続けていると、今度は芦戸、葉隠の2人が声をかけてきた。

 

「財田ー、今から時間ある?」

「……少しなら」

「久しぶりになんか面白い話してよ。最近放課後トレーニングルームとか来てなかったでしょ?」

 

 ここ数日、十影と屋外演習場でのトレーニングをしたり久美と話したりで、クラスメイトと同じ場所でトレーニングをすることが無かった。そのため、放課後の日課のようになっていたSCPに関する話もしていなかったのだ。

 

「興味を持ってもらえるかと話してみたんだが……そんなに面白かったか?」

「うん。あんまり小説とか読まないけど、短いし音読してくれるなら聞きやすいし」

「どんでん返しがあって面白いんだよね!」

「俺もまた聞きたいぜ。怖いけど面白いところもあるしよ」

 

 思いの外要の話は好評であったらしい。それならばということで、要も教室にいるクラスメイトで話を聞きたいという者達に新しい物語を話すことにした。

 

 

 

******

 

 

 

「じゃあ、そうだな……。前から言ってる通り、俺の話は感動するものなのか、それとも怖いものなのか、それを最初には言わない。それは良いか?」

「どゆこと?」

 

 その場にいたクラスメイト、芦戸、葉隠、耳郎、八百万、尾白、切島、上鳴、瀬呂、砂藤が要の机の周囲に椅子を持ってきたりして集まり、その中心で要が話し始める。

 

「先に感動する、とか怖い、とかいうとなんとなくオチが読めてしまうだろ? だからそういう前情報は一切なしで聞いてくれ、ということだ」

「そゆことね。オッケーよ俺はどんな話でも」

「まあ、では最後まで結果がわからないんですね。楽しみですわ」

 

 初めて聞く瀬呂の疑問に要が答えると、今度は芦戸がニヤニヤした顔で耳郎を弄り始める。

 

「耳郎、怖いかも知れないけど良いの?」

「は、はぁ!? 別にうち怖いの苦手とかじゃないから!」

「まあ、耳郎さん、苦手なのですか?」

「違うから! ってか財田も笑ってないで早く始めろ!」

「わかった。それじゃあ……今回はこの話にしよう。質問があったら話の途中でしてくれてもいいが、流れを切らないために無視することもあるからな」

 

 そう言った要は1つ咳払いをして、早速その物語を話し始めた。

 

 

「今回のお話のお題は、『お礼は必ずいたします』です。では、皆さん、一言一句に注意して良くお聞きください」

 

 

 

******

 

 

 

 とあるクラウドファンディングのサイトに、極稀に出現する不思議なプロジェクト群があります。プロジェクトのタイトルは『〇〇ちゃんの病気を治してください』、です。

 

 はい、芦戸さん。

 

 ああ、クラウドファンディングの説明ですね。クラウドファンディングというのは、何らかの目的を持った人物、あるいは団体が、『私達はこういうことをしたいと思っているので、募金をしてください。代わりにこんなお礼をします』というように不特定多数の人から資金を集めるしくみです。例えば今回の話題のように病気の治療の他にも、『こういう種類のゲームを作るので募金をしてください。面白いゲームにします』など様々なクラウドファンディングがあります。お金が無い人、あるいは団体が、その目標を応援してくれる人からお金を集める仕組みですね。

 

 今回はそんなクラウドファンディングのサイトに現れる、不思議なプロジェクト群のお話です。『群』と言ったのは、これが共通する特徴を持った複数のプロジェクトに関するお話だからです。

 

 では、その特徴について説明します。

  

 1つ目は、今言ったタイトル。プロジェクトの名前は必ず『〇〇ちゃんの病気を治してください』になっています。〇〇の部分が子供に合わせてかわる形ですね。

 

 2つ目は、プロジェクトの概要。『〇〇ちゃんの難病を治すために資金を集めている。難病なので多額の治療費が必要である』という説明と、その具体的な病気の内容、そしてその子供の顔写真がのっています。

 

 3つ目は金額。どのプロジェクトでも、どんな難病でも、必ず3000万円ぴったりになっています。

 

 4つ目はリターン。さっきも言った通り、クラウドファンディングは募金です。そしてその募金のために、募金してくれた人にお礼を提示することで募金を勧誘する、というシステムとして『リターン』というのが設定されています。募金してくれた人に対するお礼だと思ってくれれば結構です。このリターンが、これらのプロジェクトでは『お礼は必ずいたします。私達の幸せをお配りさせていただきます』となっています。

 

 5つ目は期間です。期間は必ず1ヶ月になっています。

 

 

 

 さてさて、では実際にクラウドファンディングが行われてからのお話です。

 

 期間中に目標金額が達成されなかった場合、支援者に出資金が返還された上で、電子メールで『資金不足で治療が間に合わず、子供が助からなかった』というメッセージと、その子供の遺影のような画像が送られてきます。資金が足りなくてクラウドファンディングをしているわけですから、当然資金が集まらなければ、子供は助かりません。残念ながら。

 

 

 

 はい、切島さん。

 

 ああ、子供が死にそうになってるなら助けるのが普通だろ、ですか。

 

 これは難しい話になるとは思いますが、人間にとって自分とは関係の無い人間の生き死にというのは、多分どうでもいい話なんですよね。はっきりと言えば、ですが。

 

 例えば、切島さん。あなたは、毎日クラウドファンディングサイト、確認してます? してませんよね。多分いままで知らなかったでしょうし。

 

 でも、あなたが見ていない間もサイトでは難病のこどもの治療に関するプロジェクトなんかたくさん出てると思いますよ。でも、見ないでしょう? ああ、別にそれを責めてるわけではないですよ。ただ普通の人にとっては多分遠くの誰かの子供が生きるか死ぬかより、今日ちょっとお高いご飯が食べられるかどうかの方が大事なんです。自分が友人の中で人気者になれるかの方が大事なんです。

 

 別にこれを悪いことだと言ってるわけじゃありません。ただ、人間はあまり遠すぎることを深刻なことだと認識できないんです。だから、こういうプロジェクトを見かけても、まあ良いかな、となってしまう人が多いんでしょうね。本当は、そういうのこそ国の支援金なんかでどうにかしてほしいものですが。

 

 

 

 すいません、急にこんな重たい話をして。話を戻しますね。

 

 では、お金が集まった場合です。

 

 この場合は、当然のことながら子供は治療を受けることが出来ます。そしてそれを感謝するメールが届きます。『治療を受けることが出来ました。ありがとうございます』といった感じですね。

 

 そしてそれから5ヶ月間の間、定期的に動画が送信されます。動画の内容は、その子供が元気にリハビリを受けていたり、治療を受けていたりする映像です。他にも遊んでいる様子など、微笑ましいものもあります。ときには、画面のこちらがわ、つまり募金をした人たちにたいしてお礼を言うような映像もあります。

 

 実際どんな、ですか。

 

 そうですね。例えば、歩くリハビリの映像では、子供が車椅子から立ち上がって、テープを引かれた場所まで歩いていく場面が撮影されています。松葉杖などを使ってはいますが、何度かこけそうになりながらもなんとか歩ききる、と言った場面です。

 

 他にも、以前は飲めなかった苦い粉薬を飲めるようになった子供が、早く元気になってお母さんに会いたい、という場面の映像もあります。

 

 

 はい、葉隠さん。ああ、お母さんについて、ですね。どうやらこのプロジェクトをしているのは難病の子供を治療する何らかの団体のようで、子供のご両親とは別の人物のようです。映像の中にはその人達は写ってないので、実際に誰なのかは特定できていません。

 

 

 

 

 そして、リハビリが終わり、子供が完治した日。一本の映像が送られてきます。今回は顔を隠してはいますが、これまで子供の治療に付き添っていた大人が画面に登場して挨拶をします。

 

『こんにちは、支援者の皆さん。今日は、〇〇ちゃんがお礼を言いたいそうです』

 

 その声に促されて画面に子供が現れて、小さくお辞儀をします。

 

『みなさん、ありがとうございます。おかげでこんなによくなりました。私は幸せです』

 

 そう言って子供が頭を下げると、周りからは拍手の音が響きます。

 

 そして最後に、治療に付き添った大人がもう一度出てきます。

 

『ご支援いただいたみなさま。ありがとうございました。おかげさまで私達の幸せはこんなに笑顔になりました。ビデオレターは今回で最後になります。ほんとうにありがとうございました』

 

 これは、この不思議なプロジェクトの全てに当てはまる工程です。どのプロジェクトでも、子供は無事に難病から回復し、最後に応援してくれた人たちにお礼を言います。

 

 

 

******

 

 

「さて、そしてビデオレターも届かなくなった1か月後。支援をした人の住居に、一通の手紙と荷物が配達されて、この物語は終わります」

 

 ―――『ご支援ありがとうございました。お約束どおり、私達の幸せをお配りいたします』。

 

「これで話はおしまい。ここからは、皆さんの疑問に答えていきましょう」

 

 普段は全くしない敬語を使い親しみやすい話し方をしている要だが、それが話の内容に妙にマッチして心地よく、それに疑問を呈する者はいなかった。普段は浮かべない柔らかい表情もそれを加速させている。

 

 

「はいはいはい! 最後の荷物ってなんですか!」

「それは考えてみてください。ちゃんとお話の中にヒントはありますよ」

「えー!」

「一番最後に答え合わせはしますよ。それまで少し考えてみてください。他の方も、是非考えてみてくださいね」

 

 早く教えろと言わんばかりに不平を言う芦戸に答えて、要は他のクラスメイトの方を振り返る。

 

「じゃあ、瀬呂さん。正直この話聞いて、どう思いました?」

「……いやー、こういう言い方は悪いけど、切島が言ってたほど面白いとは思わんかった。というか、切島が聞いたっていう話は面白そうだったからそっちの話聞きたかったかな。悪いね、あんま良い感想言えなくて」

「なるほど。ありがとうございます」

 

 瀬呂の酷評にたいして笑顔で頷いた要は、今度は八百万の方を振り返る。

 

「八百万さんは、どうでした?」

 

 その問いかけにたいして、八百万は少し困ったような評定をする。

 

「あの、この物語はまだ終わっていないんじゃありませんの?」

「ほう、というと?」

「いえ、あの、今おっしゃっていた話だけですと起承転結が無いですし、普通のクラウドファンディングと変わりません。ですから、まだ何かあるのかと……」

 

 八百万のその指摘に、一瞬周りで話していた全員の声が止まる。

 

「え、あの? 私、何か間違え――」

「だよねヤオモモ! なんか物足りないと思った!」

「はい!?」

 

 八百万の指摘に同意を示した芦戸が、葉隠と一緒に要に詰め寄ってくる。

 

「続きあるんでしょ財田!」

「話した方が身のためだよ!」

「いや身のためって……」

 

 それを見ている男子陣は呆れつつも、まだ話に続きがあるんだろうと要に注目する。それに対して、まだ演じたままの要は答える。

 

「先程から言っているでしょう。答え合わせは最後にいたします、と。そうです。確かに、この答え合わせまで含めてこの物語です」

「じゃあ――」

「物語の中には、答えを聞くのではなく、何度も読んで、何度も聞いて自ら見つけることで、さらなる感動を生み出すものもあるんですよ。ですから気づくまでのお手伝いはしますが、答えを教えることは最後までとっておかせてください」

 

 そういう物語になるように、要が報告書の内容を変えて話したのだ。せっかくそういう話し方をしたのだから、いきなり答えを言ってしまっても面白くない。

 

 あくまで語り手という役になりきって話す要にそれ以上強くは言えず、詰め寄っていた2人も引き下がる。

 

「むう……この話の中で気づくって、何?」

「あれじゃね? さっき芦戸の言ってた荷物の中身じゃね?」

「でもそんなのわからないじゃん」

「おそらく、物語の中に何らかのヒントがあるということではありませんか? それを見つけることができれば、気づくことができる、と」

 

 八百万の言葉に、そうなのか? と自分の方を見てくるクラスメイトにたいして、要はニコリと笑うことで答えてみせる。それがクラスメイトの闘争心に火をつけた。

 

「絶対答え見つけるから! 財田にやられたって思わせてやる!」

 

 そこまでが要の物語なのだが、それをあえて指摘するほど要は怖いもの知らずではない。

 

 

******

 

 

 

「お礼の荷物の中身でしょ? なんか話の中で答え書いてたかな」

「いえ……具体的な中身は財田さんは話していなかったと思いますわ」

「普通こういうクラウドナントカのお礼って何が送られんだ? やっぱ食い物とかか?」

「ゲームとか会社作るのとかだったらその商品とかだろうけど、難病の治療だとお礼ってあんま思いつかないよな」

「そうなのか?」

「医療は何かを生み出すってわけじゃないのよ。他と違って。だから送れるものがあんま無いのね。それこそ、資金が集まった後に送られてきたリハビリの動画とか元気に笑ってる動画とかがお礼になるんじゃないの?」

「そう考えると、なんか素敵だよね。子供の笑顔のために皆でお金を集めるって」

「尾白くんロマンチックだね!」

「え!? いや別にそういうわけじゃ、ていうかこの話だと募金するのってそういうことじゃないの?」

 

 色々と意見は出るが、話はあっちこっちへと行ったり来たりをして先へと進まない。そんな中、八百万と2人で静かに考えていた耳郎がポツリと口にした。

 

「あのさ、うち、1個気になってるんだけど」

「なんですか?」

「財田、話し出す前に、『良くきいていてください』みたいな感じでなんか言ったよね?」

「ええ。『一言一句に注意してよくお聞きください』と言いました」

 

 それは、要があえて言った言葉だ。このオブジェクトは、ある種の言葉遊びと捉えることができる。それに気づかせるために、『一言一句』に注目してほしかったのだ。

 

「それがどうかしたの?」

「これさ、今まで話聞いた時言ってた覚えが無いんだよね。だから、これもヒントになってるんじゃない?」

「うぇ? どゆこと?」

「財田の話した言葉を一言一句、つまり細かいところまで見ろ、ってことか」

「お話から推測できるのではなく、言葉として明確にヒントが隠れている、ということでしょうか」

 

 耳郎の指摘に、全員が要の話した話の内容を思い出そうとする。

 

「財田さん、最後に届いたお手紙の内容をもう一度伺ってもよろしいですか?」

「『ご支援ありがとうございました。お約束どおり、私達の幸せをお配りいたします』というのが手紙の内容です」

 

 期待を込めてそれを聞いていたクラスメイトたちだが、その内容の薄さに落胆する。結局何か具体的な事物はそこには書かれていない。

 

「幸せってなんだよー。もうちょいわかりやすくしてほしいぜ」

「むー難しいのわからない! 勉強じゃないのに頭使ってる」

「一言一句、って言ってもこれじゃ流石にわかんないよね……」

 

 ほとんどの者がそう首を捻る中、切島が何気なく尋ねた質問に全員の注目が集まる。

 

「なあ、『私達の幸せ』ってなんなんだ?」

「だからそれがわからないって言ってんのよ」

「いや、でも幸せってちゃんと、言葉にすんの難しいかもしんないけどあるだろ? てことはそれに関連するものが送られて来てんじゃねえかなって思って。ちなみに俺の場合はうまいもの食ってる瞬間とか、こうやって学校でみんなで話してるときが幸せだぜ」

「それ配れねえじゃん」

「あ、そっか」

 

 ようやく気づいた様子の切島の言葉に、皆がどっと笑いをこぼす。だが。

 

 そこで、八百万がとあることに気づいた。そして、要に質問をする。

 

「財田さん」

「はい」

「お話の中で、幸せ、という単語が出てきた部分を抜き出して教えていただけますか?」

「はい。では、初めから順に。『『お礼は必ずいたします。私達の幸せをお配りさせていただきます』『みなさんありがとうございます。おかげでこんなによくなりました。私は幸せです』『ご支援いただいたみなさま。ありがとうございました。おかげさまで私達の幸せはこんなに笑顔になりました』『ご支援ありがとうございました。お約束通り私たちの幸せをお配りいたします』。以上4箇所です」

 

 それを聞いて、一人ひとりがその内容を吟味する。

 

「結局、何なのかわからなくね? やっぱビデオレターの続きとか? 子供のことを幸せって言ってるし」

「難病の子を治療したって話だし、それっぽいよね。寝たきりだった子が元気よく走り回ってる映像とか、感動しない?」

「確かにそれなら感動するかもな。こうやって話で聞いたら分かりづらいけど、実際に見たらぐっとくる気がするぜ」

「親御さんからしても嬉しいだろうな」

「熱いぜそういうの!」

「まあ、そのあたりが妥当よね。ところでヤオモモなんか答え見つかったの? さっきから黙っちゃったけど」

 

 瀬呂に話を振られた八百万はひどく動揺した様子で頷く。

 

「ほんと!? 言ってヤオモモ! 財田を打ちのめせ!」

「いやそういうものじゃないでしょ。てか、ちゃんとヒントみたいなのあったの?」

 

 耳郎に問いかけられた八百万は、若干血の気の引いた顔で要の方を向く。

 

「財田さん。もし私の想像通りなのであれば、私の口からは言いたくありません」

「はい」

「ですので、もし私の予想があたっているならば財田さんから言っていただけませんか?」

 

 自分の予想を説明せずにそういう八百万に、要はニコリと笑って口を開いた。

 

「さて。では答え合わせの方をいたしましょう」

 

 

 

******

 

 

 

「まず注目してもらいたいのは、クラウドファンディングの内容に含まれているリターンです。リターンは『お礼は必ずいたします。私達の幸せをお配りさせていただきます』です。そして最後の手紙の内容は、『ご支援ありがとうございました。お約束通り私たちの幸せをお配りいたします』というものです。この2つで、リターンの中身がわかります」

「どういうこと?」

 

 芦戸の問いかけに、要は人差し指を立てる。

 

「私達の『幸せ』をお配りさせていただきます。そして、私達の『幸せ』をお配りいたします。つまり、このプロジェクトにおけるリターンは『幸せ』なのです」

「いや、でも幸せって配れるものじゃないじゃん」

「そのご指摘はもっともです。ですので、ここでは、リターンで配られる物をアルファベットのAで示しましょう。そうすると、この文章は『私達のAをお配りさせていただきます』と『私達のAをお配りいたします』という形になります。『幸せ』という単語に、『A』という別の言葉を当てはめただけですね。これはよろしいですか?」

 

 首をかしげるクラスメイトにたいして、要は別の例えで説明する。

 

「では、リターンを『お礼の品』と考えてください。この物語においてはこの『お礼の品』という変数、つまりクラウドファンディングのプロジェクトによって変化する部分に、『幸せ』というものを当てはめています。それがわかりにくいようですので、代わりに『幸せ』ではなく『A』を当てはめることにしましょう。『幸せ』という単語の代わりに、『A』という文字を使って表現するだけです」

「それでどうするんだ?」

「こうして物語を振り返れば、すぐに分かると思いますよ」

 

 ますます首をかしげるクラスメイトにニコリとわらった要は、説明を続ける。

 

「『幸せ』という単語を『A』という文字に置き換えた場合、この物語の中で文章が変わる部分があります。それは、治療を受けた子供のお礼の言葉と、その後の治療に付き添った大人の言葉です。では、置き換えてみましょう」

 

 ―――私は『A』です。

 

 ―――おかげさまで私達の『A』はこんなに笑顔になりました。

 

 

  そこで要は、たっぷりと間を取る。それに耐えきれなくなった上鳴が口を開いた

  

「結局どゆこと? 俺全然わかんねえんだけど」

「文字通りですよ。では、ここまでの言葉を並べてみましょう。お礼として私達の『A』をお配りします。少女は、『私はA』だと言います。そして付き添った大人も、『私達のAは笑顔になった』と言っています。そして、手紙には」

 

 ―――私たちのAをお配りします。

 

 

「さて、荷物の中身、即ち『A』は、なんでしょうか」

「何、って……」

 

 まだ理解の及んでいないクラスメイトに、表情を青くして耳郎の腕につかまった八百万が答えを口にする。

 

「治療を受けた子供、ですわ」

「え?」

「どゆこと、ヤオモモ」

「あ、まじでそういう……」

 

「はい。大正解です八百万さん」

「嬉しくありませんわこんな問題に正解しても。むしろ、なんでこんな恐ろしい話をそんな笑顔で話せるのですか」

 

 そう問われてようやく、要は演じるのをやめた。

 

「最初から怖い話し方をすればそう気付ける。だが、こうやって話したほうが内容とのギャップでゾッと来るだろ?」

「悪趣味ですわ……」

「え、ちょっとまって全くわかんないだけど。つまりどういうこと?」

「2人で納得するなー!」

「全くわかんないよもう」

「瀬呂わかった? 俺全くなんだけど」

「あー、まあわかったっちゃあわかったかな」

 

 わかった、と口にした瀬呂に注目があつまり、それを受けて瀬呂が説明をする。

 

「この物語の『幸せ』って単語は、俺達が思ってるような『感じ方』とか概念を示すものじゃないのよ。この治療を受けた子供のことを『幸せ』って呼んでるのね」

「つまり、『幸せ』ちゃん、ってこと?」

「そんな感じでとらえてちょ。で、リターンとして届いた荷物は、『幸せ』が配られたものなの。これさ、財田。中身、『幸せ』ちゃんの手とか足だろ?」

「「「「「……は?」」」」」

 

 理解している瀬呂と八百万以外の全員がそうほうけた声を上げる。

 

「正解だ。最後に送られてきた荷物。中身は身体の部位だ。クラウドファンディングにおけるすべての支援者に等しい質量分ずつ送られてくるらしい。それを全部集めて縫い合わせると、当の『〇〇』ちゃんと同じ外見でDNAもまったく同じ遺体が完成する」

 

 数秒の後。理解の追いついた芦戸や葉隠が悲鳴をあげ、尾白が顔をひきつらせ。上鳴は引きつった笑いを浮かべる。耳郎は腰を抜かして八百万に支えられ、切島はその付き添いの大人をぶん殴ると宣言し、砂藤は顔をしかめる。

 

 そうだろう。そういう表情をするような物語だ。

 

 これが物語であれば、どれほど良かっただろうか。この世界にそれが存在しないことを、要は切に願っている。




『幸せ』をどうぞ。






予想以上に長くなっちゃった。
このオブジェクト最近知ったんですが、どうしても書きたいなと思ってぶっこみました。次回はちゃんと話が進みます。長々とこんなところを書いてすいません。




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第17話 職場体験へ

 職場体験当日の朝。早めの時間に駅に到着した要は、ぼうっと今後の予定に思考を巡らせながら集合時間を待っていた。

 

 一人で立っているのを見かねたのかあるいは自分も一人で退屈なのか、そこに緑谷が声をかけてくる。

 

「ざ、財田くんおはよう」

「おはよう」

 

 短く返すだけの要に会話は続かず途切れてしまうが、めげずに緑谷は話を続ける。

 

「あ、あのさ、財田くんの体験先って、どこなのか聞いても大丈夫?」

「ん、ああ、アベル事務所だ。関東にある」

「アベル事務所……どんなヒーローが所属してるかわかる?」

「……いや。何故か指名が来たから受けたが……よく考えたら所長の名前がアベルじゃないかもしれないのか。調べてなかったな」

「あ、知らなかったんだ。職場体験が終わったら話聞いてもいいかな。その、僕知らないヒーローのことは知りたいから」

「ああ、いつものうるさいの」

「うるさいのって、まあ、たしかにそうだけど……」

「嘘だ。職場体験が終わって時間があったら話そう」

 

 緑谷がヒーローオタクで、様々なヒーローに関する情報をノートにまとめているというのは要も知っている。ヒーローに関する話だと途端に早口言葉になることを弄ったが、その熱意自体は要も認めているのだ。それがうるさいのもまた事実だが。

 

 そんな緑谷でも、アベル事務所という名前に聞き覚えは無いらしい。もっとも彼が情報を集めているのは個々のヒーローなので、事務所に関して知らないこともあるだろうが、アベルというヒーロー名にも緑谷は覚えがなかった。つまり、アベルというのはそれだけ知名度の低いヒーローなのである。要の脳内報告書のあちこちに散見されるアベルの強さを鑑みればヒーローをして名が売れないということが信じられないのだが、ブライトも関わっている以上何らかの理由があることは想像に難くない。

 

 

 集合時間が近づくにつれクラスメイトたちも集まり、やがて相澤もやってくる。駅構内では他にもB組や上級生のヒーロー科が各々のクラスで集合していた。

 

「コスチュームはちゃんと持ってるな。被服控除があるとはいえ高価なもんだ。無くすなよ」

「はーい!」

「伸ばすな。じゃあ行って来い。くれぐれも先方に失礼のないようにな」

 

 集合した生徒たちに相澤がそう言葉をかけ、その場は解散となる。相澤の言葉が短いのはいつものことだ。

 

 ここから生徒達は、それぞれに新幹線や電車などの交通手段を利用してそれぞれの職場体験先へと向かうことになる。近場の生徒はほんの数駅でつくが、遠くは九州や東北まで職場体験に行く生徒もいる。

 

 互いに声を掛け合っているクラスメイトから離れて自分の乗り場に向かっていた要は、後ろからの衝撃に足を止めた。そのままがっしりと肩を組まれ、背面からの重さを受けて前に数歩よろめく。

 

「重い」

「お? 悪い悪い、駅の中で大声出すわけにもいかねえだろ?」

「その気遣いを俺に対しても持ってほしかったな」

「あ、そう言えばよ」

 

 要の文句をサラリと流して、十影は組んでいた肩を外して周囲を見渡し始める。

 

「どうした?」

「先輩も一緒に行くって言ってたからどこにいるかなと思って」

「そんな話になってたか?」

「お? 俺には連絡来たぞ。お前来てねえの?」

「来てない」

「そか。もしかしてお前先輩に嫌われてる?」

「俺が聞きたいな」

 

 普通なら相手に嫌がられそうな発言をぽんぽんする十影から離れた要は、バンドでまとめているコスチュームケースを抱え直す。

 

「先に上がっておくぞ」

「先輩待たないのか?」

「先輩がお前にだけ連絡してきたならお前だけに話したい何かがあるのかもしれないだろ」

「なるほど。でも俺にだけ話したいこととかあるか?」

「さあな。もし特段そういうわけじゃないなら俺を探してくれればいい」

「りょーかーい」

 

 要の言葉に答えた十影は端末を取り出して連絡を確認し始める。それを見送った要は、一足先に新幹線へと向かった。

 

 

 

******

 

 

 

 結局、新幹線が到着するまで十影と久美が合流してくることはなく、改札を抜けたところでようやく2人と要は合流した。

 

「おーい要ー」

「どうした?」

「いや、事務所まで一緒に行こうぜ」

「良いのか?」

「あー、先輩のことなら心配いらねえぜ。だって話の内容――」

「ちょ、ちょっと! 言うな!」

 

 十影が会話の内容を教えてくれようとしたようだが、それを久美が焦って止める。やはり何か要には聞かせたくない内容だったのだろうかと考えたが、それでは十影の言っていることと矛盾する。取り敢えずわざわざそんなことを聞きたいわけではないので、要はそれを流して先を促すことにした。

 

「そういうことなら一緒に行くか。おはようございます先輩」

「……おはよ」

 

 少しむすっとした感じで挨拶されるが、十影が笑っているところを見るとこれで問題は無いらしい。

 

 駅から10分ほど、アベル事務所に向けて地図を頼りに歩を進める。

 

「先輩、1つ聞きたいことがあるんだが、今良いか?」

「何?」

「先輩の個性の細かい部分について聞きたい」

「個性? 知ってどうするの?」

「元のオブジェクトと比較したい」

「比較?」

 

 首をかしげる久美に、要は自分が彼女の個性について聞きたがっている理由について説明する。

 

「ああ。十影や先輩、ブライトさんの前例がある以上、同じようにオブジェクト由来の個性を持つ人間がいる可能性は高いし、最悪の場合ヴィランになっている可能性がある。そのときにどれぐらい本来のオブジェクトから特性が変化しうるか調べてみたいんだ」

「ああ、そういうこと。それは私も気になってた」

「個性の使い道を考えた時に、か?」

「うん。財田君に聞いてから色々試してみたら、私の個性でもっとできることがあったんだよね」

「というと?」

「私はずっと、まあ、その記憶があったから、個性はいろんな物をクマのぬいぐるみの形に成形して操れるものだって思ってた。で、これまでもそうやって使ってきたわけ」

 

 そう言って彼女は鞄からゴミの袋を取り出すと、それを手の上に乗せて個性を使う。するとそれの形が変わっていき、やがて小さなクマの人形の形になった。

 

「こんな感じ。でも、よく考えたらおかしいんだよね」

「というと?」

「クマのぬいぐるみが、自分の形の人形作ってたわけでしょ。じゃあ私はなんで自分の形の人形作らないのか、って。やってみたら普通に出来た。それに、そのどっちじゃないものも作れるみたい。まだうまく出来ないけど」

 

 そう言っている久美の手の上では、生まれたばかりのクマの人形が楽しそうに踊っている。

 

「なるほど……。先輩の個性ではその材料の特性が発揮されることはあるか? ビルダーベアの場合は耳で―――」

「それ以上言わなくていいから。思い出すと怖い。ていうかその名前、その、昔の名前に使わないで。私のヒーロー名だから。でも、うん。できるみたい。サポート科のところで余ってる配線とかパーツ借りてやってみたんだけど、電源無いのに放電したりとかもともとの機械の性能を発揮したりとかあった。どれぐらいでどうなるのかはまだはっきりとしてないけど」

「そうか……」

 

 それを聞いた要は顎に手を当てて考え込む。十影と久美の話を聞く限りでは、少しばかりまずい、かもしれない。

 

「どうしたのそんな考え込んで」

「ん? ああ、今聞いたのから考えると、オブジェクト由来の個性持ちは少々、というかかなりやばいかもしれない、と思って」

「やばいの? でも私がこの個性だから絶対に人間を対象にしたりはしない、って決めれるよ。人間が制御する分オブジェクトより安全じゃない?」

「いや、逆、だと思うぜ」

 

 久美の意見に、十影が反対を表明する。

 

「逆?」

「もともと現象だったり単純な思考回路でしか動いてなかったオブジェクトに人間の思考回路がついちまうんだ。もともと人型だったり超能力を持った人間みたいだった奴らは変わらないかもしれねえけど。例えば俺だったら、報告書では『適応力が高い』って書かれてていろんな攻撃にたいして順応するって書かれてるけど、今の俺は経験しなくても自分で変化することができる」

「能力を完全に使いこなす……」

「そういうことだ。先輩の場合も、元のクマ、キチクマの本来の能力を引き出したことで、クマの人形だけでなく他の形のものも自由に作ることができる、と考えれば」

「他の人達も、同じようにもとよりやばくなってる可能性もある」

「あくまで可能性だがな」

 

 あくまで可能性だ。もしかしたら、もうこれ以上オブジェクト由来の個性を持った人間はいないかもしれない。

 

 オブジェクトは、この世界には出現しないかもしれない。

 

 だが。そうしたすべての可能性に備えるのが要の目指す財団のありようだ。例えこの世界においてはオブジェクト由来でも個性だからと普通にヒーローが対応するとしても、その際の対策を練ることはできるのだ。

  

 

 

******

 

 

 

「ここね」

「あー、なんつうか……普通だな」

「あくまで今は人間、ということだろ」

 

 目的の3階建ての小さな事務所を見上げながら3人はそれぞれに感想を口にする。3人が言った通り、そこはヒーローとしては普通の事務所のように見えた。

 

 と。

 

「おーい」

 

 右の方からそんな声が聞こえる。そちらに視線を向けると、いつか見た金髪の男性が3人の方に歩いてきていた。今日は先日整えられていた髪は、適当に下ろされている。

 

「ブライトさん」

「買い出しか?」

「ということはあの人もヒーロー……」

 

 三人が見つめるうちに、その男はすぐ目の前まで迫ってしまっている。

 

「やあ、久しぶりだね。入らないのかい? あ、じゃがりこ食べるかい?」

「食べません。今到着したところです」

「相変わらず君は堅いねえ。脳みそが報告書で出来てるのかと思うぐらいだよ」

「まさにそうなんだが」

「おっと、これは失礼」

 

 敬語をやめた要にそうおちゃらけたブライトは、久美と十影にもじゃがりこの箱を突き出して勧めた後、3人を事務所へと誘った。




寮のトイレに見覚えのない扉があるのマジで怖い。2年間気づかなかったのか……?



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第18話 アベル事務所

 ブライトに促されて、3人は事務所の中へと入る。内装も至って通常と変わらない事務所だ。受付のようなスペースは無く、応接用のソファーとテーブルらしきものと、仕切りの奥には作業用のデスクが複数設置されているのが見える。

 

「おーい2人ともー。雄英の生徒が来たよー」

 

 そう奥に向かって叫んだブライトは、そのまま買ってきたものを持って二階へと上がっていってしまう。入り口付近に取り残された3人が手持ち無沙汰で待っていると、奥のオフィスのその更に向こうの扉から1人の男性が出てきた。

 

「出迎えが遅れてすいません。ようこそアベル事務所へ」

 

 そう言って丁寧に一礼をしたのは、褐色の肌をした男性である。身長は要と十影の中間ぐらいの大きさで、その額には何やら青く輝くシンボルが刻まれている。

 

「こんにちは、カインさん。よろしくおねがいします」

 

 他の2人が何も答えない中挨拶に応じたのは要だった。その見覚えのある見た目に、あえて相手の名乗らなかった名前をもって応じる。その答えに対して、彼、カインも満足げな表情で頷いた。

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします。あなたが財田要さんですね」

「そうです」

 

 カインが指の先から肘のあたりまでを何らかの布で覆った腕を差し出して握手を求めてくるので、要もそれに応えて握手をする。少し力を入れて握ってみると、布製の手袋の下から堅い金属の感触が感じられる。

 

 その後カインは、改めて他の2人の方へと向き直った。

 

「改めまして。プロヒーローのカインと申します。ようこそアベル事務所へ」

「あー、雄英高校1年生の藤見十影です。よろしく」

「雄英高校2年生の人形久美です。よろしくおねがいします」

 

 カインは2人ともそれぞれ握手を行う。その後3人を応接間のソファへと案内した。

 

「さて、早速職場体験、といきたいところなのですが、現在所長のアベルは事件があったとのことで見回りに出ています。そこで、彼が戻ってくるまでに1年生のお二人にはヒーローという存在について基本的な部分をおさらいさせていただきたいと思います。久美さんには申し訳ないのですが、少しの間待っていていただけるでしょうか」

「別に、良いですけど。カインさんは見回りしないんですか?」

「私は1年生のお2人を担当してヒーローの業務に関する基本的なことを伝え、久美さんにはアベルについてより実践的な活動をしていただく予定です」

「ああ、そういうことですか。わかりました」

「ありがとうございます」

 

 久美に礼を言ったカインは1年生2人の方へと向き直ると、職業としてのヒーローの基本的なことに関して説明を初めた。ヒーローの社会的な立ち位置や警察との関係、給料の形態など、ある程度学校でもやった内容ではあるが、それを改めてヒーローとして活動しているカインから説明された。

 

 

 

******

 

 

 

 カインの説明がほとんど終わる頃になってようやく、上の階からブライトが降りてきた。

 

「あれ? まだ見回りに行っているのかい?」

「ブライト……あなたこそ何をしてたんですか? 今日は書類整理をする日でしょう?」

「ああ、そう言えばそうだったね。で、アベルは?」

 

 全くと言って良いほど話を聞くつもりの無さそうなブライトにため息をついたカインは、先程3人にしたのと同じ説明を繰り返す。

 

「ふーん、ヴィランかい?」

「殺人ですから、十中八九ヴィランでしょうね。詳しい情報はまだ出てないようですが」

「ふーん」

 

 何を考えているのかわからない様子で応えたブライトは、そのまま奥のオフィスの更に奥へと消えていく。それをいつものことだと見送ったカインは、3人の生徒の方へと向き直って別の話を初めた。

 

「さて、これでひとまずヒーローという職業に関する講義は終わりです。まだ弟も戻ってきませんし、次は私達の事務所に3人をお呼びした理由について話させていただきたいと思います」

「あの、弟、ってここの所長さんのことですか?」

 

 久美が尋ねたタイミングで、事務所の扉が開き、1名の男性が入ってくる。上半身下半身ともにゆったりとした布を巻いているだけであり、露出しているオリーブ色の肌のあちこちには真っ赤な入れ墨のようなものが多数存在する。

 

「弟が帰ってきましたね」

 

 カインがそう言っている間に、その男性は4人の方へと近づいてきた。

 

「すまない。随分と待たせてしまったようだ」

 

 そう言うとその男性は、カインの隣へと座り込む。

 

「さて、自己紹介は必要無いと思うが、俺がこの事務所の所長をしているアベルだ。以後よろしく頼む」

 

 アベルの自己紹介に、3人もそれぞれ自己紹介で返す。その後、アベルは隣のカインの方を向いて尋ねた。

 

「どこまで進んでいる?」

「もうほとんどの説明が終わっていますよ。後は私達の活動についてだけです」

「そうか。じゃあそこまでは兄貴に任せる」

 

 それだけを言うと、アベルは席を立って奥へと消えていってしまった。

 

「すいません、弟はああいう性格なので。3人が来るのも楽しみにしてたのですが、楽しみを表現するのが苦手なんです」

「余計なことを言わないでくれ兄貴」

 

 奥から聞こえるアベルの苦情に応えず、カインは説明の続きを始める。

 

「さて、先程の続き、3人をこの事務所にお呼びした理由についてお話しましょう。十影さんと久美さんは、ご自分の自分のものではない記憶が何なのか、もう知っていますか?」

「オブジェクト、っていう異常なものだ、っていうのは財田くんから聞きました」

「同じく、です」

「そうですか。では話が早いですね。お2人同様に、この事務所の構成員である私達3人もそれぞれオブジェクトであった過去を持っています。もっともブライトに関しては少し違いますが、個性の由来がとあるオブジェクトであることに変わりありません。ここまでは良いですか?」

 

 カインは3人が頷いたのを確認して話を続ける。

 

「そして私達はこう考えています。『私達は、オブジェクトの異常性を個性として持って生まれた。ならば、同様に異常性を個性として持った者は他にも存在するはずだ』と。そこで、ヒーローとしての活動の傍ら、そうした者がいないかと情報収集を行っています」

「何故?」

「オブジェクトの中には、人類、あるいは地球そのものを滅ぼしかねない異常性を持ったものも存在します。そうした異常性を個性として持ってしまったものがいた場合には、その扱いについてアドバイスや援助、実際に個性を使うこと無く概要の提供を行い、危険性を発揮しないようにするためです。また仮にその個性を持った者がヴィランであった場合には、対処するヒーローに情報を提供することで被害を減らし、その後の逮捕の手順に関して情報提供を行います」

「これまで実績はあるんですか?」

「幸いなことに、今の所あなた方以外に確認できていません」

 

 カインたちがやろうとしているのは、要が作ろうとしている財団の対象を人間に絞ったバージョンである。要がそうした人間をあくまで個性として無視しようとしている一方で、彼らはそうした個性を持った人間こそ危険になりうると考えているのだ。

 

「俺たちもそれに参加してくれ、ってこと?」

「十影さんと久美さんはそうです。本来であれば久美さんは昨年お招きしようかと考えていたのですが、こちらが手が回らず今年指名することにしました。個性の扱いに関しても落ち着いている、と考えていたのですが……記憶に関して嫌悪感を抱いていることには気づきませんでした。申し訳ありません」

「えーと……なんで私に謝るんですか?」

「私達の活動の重要な役割として、こうした個性を持った人物に対するメンタルケアがあります。久美さんに対してはその役割を果たすことが出来ませんでした」

 

 おそらくは、ブライトから久美がSCP-1048に関する情報を聞いた際に激しく動揺したことを聞いていたのだろう。

 

「あー……正直謝られても困る、っていうか……一応自分の中でふんぎりはつきましたし。この個性を私が使って、今度は人を助けようって今は思ってるので」

「そうですか。私達もご協力できることがあれば協力しますので、何なりとおっしゃってください」

 

 久美、そして特に記憶に対する嫌悪感などはもともと持ち合わせていなかった十影との話を終え、カインは要の方へと向き直る。

 

「要さんについては、ご自身で為さろうとしていることがありますね?」

「財団をこの世界にも作る、ということに関してはそうです。この世界に合わせて個性など鑑みなければならないことは数多くありますが、同規模ではなくとも同様の機能を持った組織を作れるように活動したいと考えています」

「わかりました。では、提案があります」

「何でしょうか」

「ひとまずは、私達とともにオブジェクト由来の個性と記憶を持った人物に対しての支援を行う組織として活動をしませんか? オブジェクトが少なくとも確認されていない現在では、財団ほどの規模の組織を“未知の脅威”に対応するためだけに設立、維持することは非常に困難でしょう」

「はい」

「そこで、自分ではないなにかの記憶を持っており、なおかつその個性が危険なものである人物を保護、支援するための組織として活動する中で、実際のオブジェクトに対応するための用意を整えていく、という形を取ることを提案します。もちろん、現状要さんが考えている方策があるならば、それとは別に行っていただいて結構です」

 

 その提案に、要は少しの間考え込む。要が雄英に乗り込むような形で入学までこぎつけたのは、もちろんかつて説明した通りヒーローになって地位を確立する、というのもあるが、自分の関われる範囲で大きな権限を持つ人間に名を売り、興味を引くためであった。それはもちろん、ゆくゆくの財団設立に利用するためである。

 

 だが、例えどれだけの脅威を語られたとしても、実際にその脅威が発生していないときにそれに対して多くの資金や労力を確保するというのは非常に困難な話だ。

 

 そこで、アベルたちの活動をカモフラージュに利用してはどうか、と言っているのである。オブジェクト由来の個性持ちに対処することができ、またそれを理由に様々な設備を整えることができる可能性が高い。

 

「……よく考えておきます」

「それで結構です。私達としてもオブジェクトがこの世界に悪影響を及ぼすことはなんとしても避けたいことですので、あなたの目指すところには協力すべきだと考えています」

 

 そうアベルが語り終えたところで、ちょうどよくブライトが奥から出てくる。

 

「要するに、あの狂気の世界を知る者同士仲良くやろうというわけさ」

「ブライトの言い方は大雑把に過ぎますが、その認識で間違いありません。あまり堅く考えないでください」

 

 カインの言葉に、3人はそれぞれに頷く。

 

 ここに、財団に関わる者達の共同戦線が出来上がった。

 

 

******

 

 

 

 

「カインさんも元はオブジェクト、ですよね」

「はい。私はSCP-073でした」

「どういう異常性だったか、聞いてもいいですか?」

 

 アベル事務所、という名前を聞いた時点で予想で来ていたアベルに関して、要は久美にも説明していた。だがカインがいるとは思っていなかったのでそれに関しては説明していなかったのだ。

 

「私の異常性は複数ありました。1つ目は映像記憶です。遥か昔のことから今この瞬間まで、すべてのことを映像記憶で覚えています」

「遥か昔っていうのは?」

 

 久美と同じくカインに関して詳しく知らない十影がそう質問を投げかける。

 

「あの世界での私の生まれは、西暦で換算される現在から数えれば遥か数万年以上前。現在の人類ではない複数の種族が存在していた時代です」

「数万年分の映像記憶……」

「このあたりの話は話すと長くなりますので先に進みましょう」

 

 そのあたりの記憶、歴史を話し始めると、いくつかの人類史を語るようなものになる。それはこの場では不適切だった。

 

「2つ目の異常性は、あらゆる外からの危害を、それを直接的、間接的に関わらず加えた人間に対して跳ね返します。例えば私を殴れば自分が殴られる衝撃を受けますし、私を銃で撃てば撃った人が撃った傷を負います」

「それって、無敵じゃないですか?」

「そうですね。ですが完全な災害に関してはその限りではない、と……まあ試したくありませんが。3つ目は、私の存在する周囲20メートルのあらゆる植物、土で成長する菌類は死に絶え、植物性由来の製品も触れると腐敗するというものです」

「半径20メートル!? 道歩けないんじゃないか?」

「かつては、そうでしたね。そもそも施設から出るのを禁止されていたので。ですが現在は個性へと変化したためか、意識的にその影響力を抑えることが出来ます」

 

 話が途切れたところで、それ以上の追求を避けようとアベルは3人に更衣室に行ってコスチュームに着替えてくるように指示する。要には知られていることが多いだろうが、カインとて人に知られたくない過去はあるのだ。




カインはカインですが、アベルはアベルではありません(意味深)
カインの説明読んで理解が出来なかった部分があるのですが、を中心としたエリアに植物が生息できないのか、それともカインの両手足の金属が土に触れることが問題なんでしょうか。まあ前者な気がしますが、後者の解釈もできそうだなと。


小説関係で非常に嬉しいことがあったのでテンション上がっています。拙作の1つがランキング上位に入っていたり非常に嬉しい評価をいただけたり……報告忘れていましたがこの小説も一時期ランキングに入っていました。応援ありがとうございます。


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この小説はCC BY-SA 3.0に基づき作成されています。

SCP-073 カイン
著者:Kain Pathos Crow
URL: http://www.scp-wiki.net/scp-073


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第19話 職場体験初日

「あまりヒーローらしくないね。もしかして機動部隊を意識してるのかい?」

「……まあ、そうだな。俺の個性では戦闘に個性を使えないから戦うための武器が欲しかった。それに俺にとってのヒーローは……これだからな」

「なるほどね」

 

 コスチュームに着替えて出てきた要を見ながらブライトはニヤニヤしている。特殊部隊然とした要の姿は確かにヒーローらしくはない。ヒーローはただの兵士ではなく、文字通りのヒーローとして、かっこいい存在でなければならない。だからこそそのコスチュームは、機能を重視すると同時にその見た目も重視される。今の要にはそれが無かった。

 

「確かにヒーローとしては少々不適切かもしれませんね。ですがそのあたりはデザイン事務所に要望を出せばある程度の見た目は確保してくれますよ。それに目立つというのはあくまでヒーローの1つの要素にしかすぎません。私以外にも目立たないコスチュームを使用しているヒーローは存在しますよ」

 

 自分も同じ様な経験のあるカインがコスチュームを整えながら教えてくれる。カインのコスチュームは両腕を肘の辺りまで覆う手袋にその上に着た白のワイシャツ、会社員などが着用しているようなスーツのパンツに革靴と、とてもではないがヒーローには見えない。髪を後ろでくくることで額の青い宝石は露出しているが、それだけではただの異形系の個性を持った会社員に見えてしまう。

 

 だが、最後にカインはその上から黒のコートを羽織る。あちこちに鎖や青い紋章で装飾の施されたそれは、たしかにカインがヒーローであるということを主張していた。

 

「もしかしてそのコートは飾りっすか?」

「概ね飾りですね。通常のコートと同じ様な機能しかありませんが……私の個性ならばこうした装飾品も身につけられますから」

 

 そう言いながらカインは、全体的に青色のイヤリングやネックレス、ブレスレットなどを装着していく。その青色は彼の体において人間のものと入れ替わっている金属質な部分とほとんど同じ色をしている。彼のパーソナルカラーともいえるものなのだ。

 

「アベルさんは、ヒーローっぽいっつうか、蛮族? でもあれだな。昔よりは露出が少ない」

「弟はめんどくさがりですから。身につけるのに時間がかかるコスチュームは嫌いなんですよ。それに戦ってしまえば大体コスチュームをボロボロにしてしまいますからね」

「俺に防具は必要ない」

 

 アベルのコスチュームは、先程も彼が着用していた、というと語弊があるかもしれないが、体に巻き付けていた布のようなものである。基本素の身体能力や耐久性が高く、また例え死亡しても復活する彼にはコスチュームによる防御力は必要ない。またその身体能力を武器とするので道具もいらない。結果として、見た目と着やすさを意識した布のようなのがコスチュームになっているのだ。

 

「お前は、思ってたよりしっかりしたコスチュームだな」

 

 初めて十影のコスチュームを見た要は意外そうに言う。

 

「あー、まあな。俺も最初はいらねえと思ってたんだけどよ。まあなんか色々考えてもらったらこうなった」

 

 十影は異形系と変身系のハイブリッドの個性である。そのためコスチュームは最低限の、変身しても破れない程度のものかと思っていたのだが、全身を覆う無数の鱗で出来たプロテクターのようになっているのである。

 

「変身したときにはどうするんだ?」

「この鱗みたいなのの継ぎ目が強い力がかかると外れるようになっててよ。でまた普通の状態に戻ったら合体する、って感じだ」

「なるほど。それで変身しても破れないようになってるのか」

 

 普段は全身を覆っているコスチュームだが、十影が変身すると繋がっている一部が切り離されて変身した身体の一部分だけを覆うように形状が変化するようになっている。例えば十影が完全な“不死身の爬虫類”状態になったときにはコスチュームの背中の部分が裂け、手足も同様に後ろ側の部分が裂けて、お腹の下の部分だけを覆うプロテクターへと早変わりする。十影が自分の詳細なサイズを要望の中に入れて送ったためにこうなったらしい。

 

 そうこうしていると、最後に着替えていた久美が更衣室から出てくる。この事務所の更衣室は男女別になっていないので、順番に着替える必要があったのだ。

 

 彼女のコスチュームは白いシャツにオーバーオール、編み上げブーツと作業用に見える手袋、そして帽子と、機械の整備などをしていそうな見た目をしたものだった。といってもやはりコスチュームなので、可愛らしくかつかっこよくデザインがされている。

 

「……そんなに見てどうしたの?」

「いや……俺もコスチュームはもう少し考えた方が良いかと思って」

「あーそうゆうこと。だったらデザイン事務所にそう頼んでみると良いよ。機能性維持したまま見栄え良くしてくださいって。私もそれでこんな感じになったから。昔はただのつなぎだったし」

 

 そう言って彼女はそのコスチュームを見せるように両手をあげてみせる。その動作のせいで若干幼く見えてしまうのは、オーバーオールがダボダボなサイズだからだろう。

 

「では、久美さんは弟と。要さんと十影さんは私と行きましょうか。ブライトは留守番をお願いします」

「はいはーい」

 

 カインの指示にブライトがのんきな返事を返す。

 

「行くって、何に?」

「基本的には見回りですよ。事件が発生したときにはその対応に。ではアベル、また後ほど」

「行くぞ久美……お前らそれぞれヒーロー名は?」

 

 アベルの問いかけに、3人はそれぞれヒーロー名を答える。要は『エージェント』、十影は『グランガチ』、そして久美は『ビルダーベア』。ちなみに十影は『クソトカゲ』を堂々とヒーロー名にしようとして先生やクラスメイトに止められたために、適当な爬虫類の神話の生物にしたそうだ。

 

「では、行くぞビルダーベア」

「私達も行きましょうか。エージェント、グランガチ。職場体験ではヒーローとしての活動を体験していただきますから、ちゃんとヒーロー名で呼び合ってくださいね」

 

 それに慣れている久美は別として、要と十影は顔を見合わせる。その名前自体はどうということはない。青山のようにぶっ飛んだ名前にしてしまったわけではない。とはいえ、ヒーロー名で呼び合うというのはどこかくすぐったい感じのする行為だった。

 

 

 

******

 

 

 

 事務所を出た二組は、それぞれ別の方向へと移動し始める。アベルとビルダーベアは、午前中にアベルが見回りをしていたエリアへ。町外れのほうで死体が複数出ているらしく、その近くにまだ犯人が潜んでいる可能性があるとして近くに事務所を持っているヒーロー達はそちらの見回りを行っているらしい。といってもこの街はけして大きいと言える街ではないため、そちらにヒーローの人員が割かれることで街の他の部分が手薄になってしまう。

 

 そこでカインは、要たちにヒーローとしての仕事に慣れてもらう事を兼ねて他のエリアを見回ることにしていた。

 

 ヴィランというのは、何故か人口密集地でこそ暴れようとする。本質的にただ力を持て余しただけのバカが多いのか、それともそうした場所で犯罪を起こした方が稼ぎが良いのか。母数が多いためにその中に含まれるヴィランが多い、というのもあるだろう。

 

 ただその特徴のせいで、この国におけるヒーローの分布というのはかなり偏ったものになっている。ヴィランが多い分ヒーローが必要となるというのもあるし、そっちの方がヒーローも名前をあげたり稼ぐことが可能であるというのもある。一般人からの需要もヒーローからの需要も高いというわけだ。

 

 結果として人口の密集具合と一緒で大都市にヒーローの大半が集中してしまい、国土の大半を占める人口の少ない街や農村部などにはヒーローが全くと言っていいほどいないのだ。このアベル事務所のある街も、事務所はアベル事務所含めて3つしかなく、ヒーローの総数も10人ほどしかいない。

 

 そんなヒーロー事情をカインから説明されながら要と十影は街の中を見て回る。人通りも大都市などと比べると少ない。というか平日の昼間であるこの時間帯には人はほとんど見られない。子どもたちがいれば体育祭で活躍した十影に集まってきたりするのだろうが、時間帯的にそんなこともない。

 

 見回りは短い昼食休憩を挟んで夕方まで行われた。

 

 

 

******

 

 

 

 夕方になって事務所へと戻ると、ちょうどアベル達のグループも戻ってきていた。

 

「おや、おかえり」

 

 パソコンの前で何やら打ち込んでいたブライトが、5人が揃って戻ってきたのを見てそう口にする。

 

「アベル、夕食はどうする?」

「俺はすぐに出る。置いといてくれ」

「はいはい」

 

 もう長いこと一緒にいるのか、2人の会話は聞いているカイン以外の3人からすればわかりづらいものだったが、2人とカインの間では十分に伝わるものだったらしい。

 

「出る、って、アベルさん今から仕事ですか?」

「ああ。明日の朝は7時にはまた見回りに出る。それまでには起きて用意をしておけ」

「あの、その仕事の見学は……」

「必要ない」

 

 短く答えると、アベルはそれ以上久美の言葉を待たずに事務所から出ていってしまう。それを見た久美は、何故か珍しくしょんぼりした様子を見せていた。それを見かねたカインが、久美を慰める。

 

「久美さん、弟が失礼な言い方をして申し訳ありません。弟は口下手ですから、自分の考えを伝えるのがあまり上手くないのです」

 

 そう言われて、カインや十影から心配する目で見られていることに気づいた久美はハッとした様子で顔を上げる。

 

「大丈夫です! それで、あの、アベルさんが今からする仕事というのは?」

「見回りの続きですよ」

 

 カインの言葉に3人が疑問の表情を浮かべると、今度はブライトがパソコンの前から顔を向けずに答えてくれる。

 

「カインとアベルは疲労を感じないからね。食事も人として楽しむ程度のものさ。貧弱な君たちには休憩する時間を作って自分は働くなんて、なんて素晴らしいヒーローなんだろうねえ」

「ブライト……その言い方はあまり適切ではないように思いますが」

「そうかい? 君やアベルに比べたら、他の人間が体力的な意味で貧弱なのは事実だろう?」

「言い方の問題ですよ」

 

 まったく、とため息を吐いたカインは、改めて3人の方を向き直って説明してくれた。

 

「ブライトが言った通り、私と弟は疲労というものを感じません。そのため一日中働き続けることも可能です。それにあなた方をずっと連れていくことは出来ないので、夜間は私達は個々ではたらき、昼間はあなた方の指導に当たっているわけです。久美さんには今回の職場体験で夜間の見回りも経験していただく予定になっていますから、そのつもりでいてくださいね」

 

 ただ事情を説明するだけでなく、久美に様々な経験をさせる用意はしているとフォローを含めてカインは説明した。それを受けて3人は納得した表情を見せ、順番に更衣室へと入っていった。

 

 

 

******

 

 

 

 夜。肉だらけの食事を終えた3人がそれぞれの就寝スペースへと移動した後、一回の事務所にはブライトとカインだけが残っていた。

 

「そう言えば、警察から今回の事件に関して何か連絡はありましたか?」

 

 カインが尋ねているのは、アベルが昼間見回りに行っていたという事件のことである。こうした個性を使用したであろう事件に関してはヴィランへの対策をするためにヒーローには情報が共有されるようになっている。

 

「ああ、さっきメールが来てたね。えーと……? 『何らかの方法で体内から心臓を引き抜き殺害。それ以外に外傷は見つからず』ということらしいよ」

「となると確実にヴィランということですか。それも条件次第ですがかなり凶悪な個性のようですね」

「まあ君たちには関係ないだろう。問題は学生3人組だ。682は心臓ぐらいなら再生するだろうが、1048と000は心臓を抜かれると少しきついだろうねえ」

「十分に気をつけますよ。あなたも、気をつけてくださいね」

「僕が殺しても死なないのは知っているだろう?」

 

 自分を心配するカインがおかしいと言わんばかりに笑うブライトに、カインは肩をすくめることで答えてみせた。

 

 この街で起きる事件は、大抵が強盗やひったくりといった他愛もないものであった。言ってみれば、ヒーローがほとんどいらない平和な街だったのだ。

 

 だが、ヴィランが現れてしまった。大都市と違ってヴィランへの慣れが無いだけに一般人の不安は計り知れないものになるだろう。

 

 早く犯人を見つけなければと、カインは今後のことにお見を巡らせた。




おっとぉ……?





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第20話 忍び寄る影

 翌日もまた、朝から要達は二手に分かれて街のパトロールへと出発した。個人的に連絡を取っている砂藤や芦戸によると他の事務所ではプロヒーローとの模擬戦のような実力を高めるための訓練をしてくれたりしているようだが、今のところアベルからその予定は告げられていない。代わりに書類仕事を見学させてくれるらしい。ブライトが担当するということでどの程度まともなものになるかはわからないが。

 

「平和だな」

「そうそう頻繁に事件が起こっても困るだろ」

 

 アベルとともに近くのより大きな街にパトロールに行っている久美とは違い、大して事件の起こらないパトロールをしている2人は、有り体に言ってしまえば暇であった。確かにそれは望ましいことなのかもしれないが、ヒーローとしての活動を学びに来た2人にとってはいささか不適切に思える。

 

「カイン、さん。ちょっと質問があるんすけど」

「何でしょう?」

「なんでこの街にいるんすか?」

 

 十影のその問いかけに、カインは足を止めて振り返る。

 

「というと?」

「いや、その、お2人の個性って強力ですよね。ならもっとヴィランが暴れる大きい街の方が活躍できるんじゃないすか? ヒーローってある程度成果制だし給料的にもそっちの方が良い気がするんすけど」

 

 名前も売れる、金も稼げる。そして2人の実力上危険は危険とは言い難い。忙しくはなるだろうが、それもこの退屈とすら言い切れる状態を考えると多少の忙しさには耐えられるのは無いだろうか。

 

 そんな十影の問いかけに、カインはニコリと笑う。

 

「そうですね。ですが、私達にはそれが都合が良いんですよ。何故だと思います?」

 

 あえて質問に質問で返したカインに、悩む十影に代わって要が答える。

 

「目的がヒーロー活動ではないから、ということか?」

 

 要の言葉に再び笑ったカインは、再度背を向けて歩き始めた。マイペースなカインの行動に十影が肩をすくめてみせる中、カインは話し始める。

 

「私達の目的は、私達のようにオブジェクトの記憶、能力を持ってこの世界に生まれてしまった人たちを保護し、その力を暴走させないようにすることです。そんな私達に取って、この街でヒーローになるというのは都合が良いことなんですよ」

「都合が良い?」

「ええ。ヒーローというのは、正式な資格を持って活動していれば他の事務所や警察にも顔が効きます。事務所の代表としてならなおさらです。過去起きた事件や不可解な事件が起きていないかを調べることぐらい造作もありません。そしてそんなことをしていても、並のサラリーマンと同等の給料を国からいただくことができますし、経費などで色々と言い訳がききます。この街では大きな事件はあまり起こらないので業務に忙殺されるということもありません」

 

 カインの言葉に、要は彼の言いたいことを察する。

 

「ヒーローという立場を利用するには忙しすぎないここが都合が良い、ということか」

「はい。その通りです。それにですね」

 

 そう言ったカインは、ちょうど通り過ぎようとしていた大きな交差点の角で足を止め、街を見渡す。

 

「平和とは、良いものですよ」

 

 交差点を通過する乗用車やトラックが足を止めて待つのは、横断歩道を渡っていく老人や子どもたち。道を渡り終えた子どもたちは、振り返って待ってくれた相手に頭を下げて大きな声で礼を言っている。その向こうでは八百屋のおじさんが声を張り上げ、そこに主婦であろう女性たちが集まっている。

 

「平和とは、なかなか得難いものです」

 

 その言葉には、彼の、彼らの、血塗られた、けして穏やかとは言えない前世を思えば、その重さに震えずにはいられない。

 

 毎日誰かが死ぬ。

 

 世界を救うために、誰かが犠牲にならなければならない。

 

 人々のために自らの命を費やす。

 

 そんな英雄を見てきた彼らの。

 

 

「退屈な街、という人もいるのでしょう」

 

 カインは語る。

 

「だからこそ私達は、それがどうしようもなく嬉しい」

 

 激しく燃え尽きる花火の様な人生を多くの人は望むのだろう。だが長く死と向き合ってきた彼らには、穏やかなろうそくの火こそが何よりも尊く思えた。

 

「と、語りすぎましたね」

 

 そう言いながらカインは、照れくさそうに2人に向けて笑う。

 

「ヒーローとしては珍しいのかもしれませんが、私達にはオールマイトやエンデヴァーのような派手な活躍や大捕物ではなく、毎日平和な街をパトロールして町民の皆さんと笑って、という活動の方があっているのですよ」

 

 そう告げるカインの表情があまりにも穏やかで。2人はそれにうなずくことしかできなかった

 

 

******

 

 

 近くのファミリーレストランに入って昼食をとった3人は、その後もパトロールを続ける。カインはこの街の少ないヒーローとして有名なのか、昼間に食事を取りに来ていた主婦たちやご老人の方々から挨拶をされていた。といってもそれは通常人々がヒーローに向けるような『偶像を見る』視線ではなく、街の友人を見るような視線であったのだが。

 

 ヒーローとヴィランという存在が現れたことで、大都市部とそれ以外に流れる雰囲気は過去に増して異なるものとなっている。そんな差を2人も、理由ははっきりとし無いながらも確かに感じていた。

 

「この街でのヴィランは年にどの程度出現するんだ?」

「そうですね。個性を使って強盗などを企む者も含めれば年に30件ほど。そのうち他者に直接危害を加えようとするものとなると5件あるかどうか、といったところでしょう」

「少ない、な。それにヒーローが10人もいんのか?」

 

 カインに対して敬語を使うのをやめている要に引きずられるようにして十影もその敬語を放り捨てる。

 

「ヒーローはいる街だけで活動するわけではありませんし、この街は規模に対して特に穏やかなんですよ」 

 

 個性という管理しづらい力を誰もが扱えるようになったことで犯罪件数はかつてと比べて増加している。目に見える派手な犯罪が増えたということでもあるのだが、それに対してこの街は、何故か犯罪件数が少ない。

 

 そしてそんな街にいるヒーロー達も、そうした場所を好む者たちが多かった。

 

 3人で老婦人の買い物帰りらしき荷物を運ぶのを手伝った直後、カインがなにかの連絡を受け取る。

 

『────』 

「なるほど。わかりました。雄英の職場体験の生徒がいるのですが、連れて行ってもよろしいですね?」

『────』

「わかっています。危険な場合にはすぐに遠ざけます。では」

 

 電話を切ったカインは、2人の方へと向き直る。

 

「事件が起きたようなので今から現場に向かいます。といってもまず対処するのは警察の仕事ですので、警察から声がかかるまでの私達の仕事はパトロールになります。」

「事件て? ヴィランか?」

 

 十影の問いかけに、カインは頭を振る。怪訝そうに2人が見つめる中、少し遠い目をしたカインはそれを口に出す。

 

「いえ。死体が1つ、見つかったようです。昨日に続いて2件目です」

 

 静かなカインの言葉に、2人は表情を強張らせた。

 

 

******

 

 

 他のヒーローからの連絡を受けて3人が急行したのは、街の北、森に隣接したエリアだった。昨日不審死の死体が発見されたということで事件性がある可能性を考えてヒーローのパトロールを増やしていたが、2体目が見つかったとあって急遽街にいるヒーローの大半を集めて警戒態勢をしくことになったのだ。

 

「パトロールをするってことはヴィラン犯罪の可能性が高い、ってことか?」

「事故と殺人の区別ぐらい警察がしているだろう。何らかの証拠があるんだろうな」

「そうですね。警察はヴィランによる殺人として捜査をしています。少なくとも昨日の件に関しては。今日発見された分は検死をしてみなければ分からないですが……少なくとも目立った外傷は無いようです。となると交通事故ではありませんね。後は心臓発作などの病か、何らかの個性か……」

 

 昨日の事件に関しては、すでに検死の結果をカインは聞いている。が、それは警察内部の情報を回してもらったものであるため軽々しく話すことのできるものではない。そもそも2人にはヴィランの相手をさせるつもりは一切ない。遭遇した瞬間に逃げてプロヒーローに報告をすれば良いだけなのだ。

 

「さて」

 

 カインが携帯を操作して2人に地図情報を送ってくる。死体の発見された地点と、そこから考えられたパトロールするエリアだ。現在地、一旦警察や他のヒーローに声をかけるために街を突っ切って街はずれのあたりまで来た3人の現在地も記載されている。

 

「今からこのエリアのパトロールを行います」

 

 3人はそれぞれに自分のスマホで地図を確認する。死体が発見された地点を囲うように、北は森の手前までがパトロール範囲になっている。

 

「ヴィランがいた場合森に潜伏している可能性は?」

「ありえます。ですが私達の現在の役目はパトロールです。ヴィランの捜索は私達ではなく適した個性を持ったヒーローに声がかかるでしょう。ちょうど良いのでここで講義を1つしておきましょう。ヒーローの個性とその役割分担についてです」

 

 個性を使って人助けをする者達を一括りにヒーローと言うが、その中にも様々なものがいる。要のクラスメイトで例えるならば、1つ目は爆豪のような戦闘特化タイプ。これは特に戦闘力が高い個性の者が当てはまる。

 

 次に麗日や蛙吹など、限定状況下ではあるが災害救助に強みを発揮する者。これは、例えば戦闘特化に思えるオールマイトや緑谷でもその個性の使い方次第では人助けに使えるように、他の区分と重なる部分がある。

 

 3つ目は、耳郎や葉隠、障子のように探索に優れたもの。鋭敏な感覚や隠密能力を活用することで犯人の捜査や潜入任務などで活躍する。

 

 4つ目は例外区分で、八百万のように活用する方法が多いものがある。これに関しては千差万別な個性なのでそもそも区分することすら馬鹿らしい。

 

「このように、プロヒーローになった後の活動内容は、本人の適性などによって選ぶと良いでしょう。事務所によっては潜入任務や捜査に特化していたり、逆に戦闘に特化していたりします。そうしたことも、他事務所との連携を考える際には必要になってきます」

「この街には捜査が得意なヒーローがいるのか?」

「1名います。おそらくは彼女の力を借りることになるかと」

 

 そう言ってカインは話は終わりとばかりにスマホをしまう。普段は他の人間から話しかけられた場合にはしっかりと答えるカインだが、今ばかりは半分緊急事態である。呑気に喋っているわけにもいかないのである。

 

 と。

 

「なあ、あれ」

 

 野生の勘で察知したのか、十影が2人に通りの先を示す。互いに向けていた視線を2人がそちらに向けると。

 

 通りの先から、黒い影が近づいてきていた。




お久しぶりです。少し書くのから離れると書くのが遅くなってなんか気持ち悪いです。頑張って書きます。


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第21話 先の無い黒き扉

「あれヴィランか?」

 

 まだ高い日の中で、その黒い影だけは真っ黒に。

 

 まるでそこだけ光が吸い込まれているかのような存在感を放っている。どのような個性かはわからないが、闇そのものと言っても過言ではない。

 

「一応声をかけるのか?」

「そうですね。パトロール中ですし、例え市民であってもあそこまで大っぴらに個性を使っているとなると問題です」

「想定されているヴィランの個性はなんだ?」

 

 3人でその黒い影──おそらくは背を向けて離れていこうとしている──それへと足早に近づく中、戦闘を想定した要はパトロールをしている理由である殺人事件を引き起こしたであろうヴィランの個性を尋ねる。

 

「私が声をかけますので、2人は下がっていてください」

 

 問いかけに対してカインがそう答えたのは、まだ調査段階であり、現在は『死因としてしか認識されていない』それを、個性として伝えるのを躊躇ったからである。

 

 いつでも距離を取れるようにしつつ、カインはその黒い影の塊へと近づいていく。自身の個性の攻撃反射能力が個性による非物理的な攻撃、例えば心操の洗脳や相澤の抹消に対しても効果があるのは確認済みであるので、警戒しつつもその動きによどみはない。

 

 そして──。

 

 突如として振り返った黒い影が、ゆっくりと腕をかかげ。その腕を、カインの胸元へと突き出した。

 

 常人並の、3人からすれば緩慢とも取れる動きで突き出された手を見たカインは難なく躱して距離を取る。それもある程度は想定していた動きだ。他を一切傷つけずに心臓だけを抜く、という状況に対してまさか直接手で来るとは思わなかったが。

 

「やはり、2人とも気をつけてください。心臓を抜かれます」

「心臓だけか!?」

「おそらくは」

 

 淡々としたカインの指示に対して、十影は大声で問いかけながら黒い影へと向かって飛びかかっていった。十影もカインもそうなのだが、基本的に死なない個性な上に異形系で体の構造がそもそも人でないせいか無茶をしがちである。普通なら様子を伺いつつなのだが、そういう考えがほとんどない。くらってみてから考えるというスタンスなのだ。

 

 ゴーグルをおろした要がカインの斜め後ろへと移動しながらウェポンを取り出す。

 

「俺はどうする?」

 

 たずねている間にも、十影が胴体に対して攻撃を加えるも効果はなく。代わりに再び心臓を狙って突き出されたであろう影の腕は、弾こうとした十影の腕をすり抜け、その胸へと何の抵抗もなく入り込んだ。十影の本気を考えれば遥かに遅い動きだが、攻撃が通じるかどうか。そして。

 

 攻撃を受けたらどうなるか、確かめるためにあえて一度当てて喰らうことを選択したのだ。

 

「うぉっ! まじだ!」

 

 悲鳴、というよりは素で驚いたと言いたげな十影の声と同時に、つきこまれていた影の腕が引き抜かれる。そこには、脈打つ赤い何かが──。

 

 あえてはっきりと言うならば、十影の心臓が掴まれていた。そのまま影は、通りを奥へと走っていく。途中で路地へと消えてしまうが、その瞬間には3人とも動き出しており、すぐに影の背中を路地の奥に捉えた。

 

「グランガチは大丈夫ですね。追いますよ」

 

 痛そうというよりは胸の中身が無くなって気持ち悪そうに胸を叩いている十影を一瞥したカインはそのまま通路の奥へと走り出し、それを要と十影もすぐに追う。軽々と走る十影と端末で他のヒーローに連絡しながら走るカインに対して要は置いていかれないように必死だ。

 

「治った」

 

 こともなげに言う十影は、おそらく無くなった心臓が復旧したと言いたいのだろう。相変わらず呆れた回復能力だ。そもそも心臓が大小2個ある上に即席で増やせる十影にとって、心臓を手で抜きにくる相手は特段怖い相手ではないのだ。しかもおそらく全部無くなっても復活する。

 

「ああそれと、要、じゃねえエージェント」

 

 そんななか。全力で走っているので答える余裕の無い要に対して十影が話しかけてくる。

 

「あれさ、もしかしてオブジェクトじゃね?」

 

 その十影の言葉に、要は目を剥いて十影の方を見上げ。

 

 そのまま地面の段差に気づかず躓いた。

 

「大丈夫か?」

「……悪い。助かった」

 

 とっさに手を伸ばした十影に猫のごとくぶら下げられたまま搬送してもらうことを選んだ要は、十影の発言に意味について訪ねた。

 

「なんであれがオブジェクトなんだ?」

 

 その問いかけに対して、十影は首を捻る。

 

「あー、なんつーか……勘?」

 

 あまりにも抽象的な答えだが、その答えの秘める意味に要は気づいた。

 

「お前自身、というよりは682の勘、か」

「そういうこと」

 

 十影の言うことに要がうなずくと同時、話を聞いていたカインが視線を影に据えたまま話に入ってくる。

 

「確かにもとの682はオブジェクトの異常性を理解していたようでしたが……それが感じられたということですか?」

「多分。あー、いや。あん時みたいに詳細はわからねえ。ただ、なんつーか個性じゃない感じっつーか。違う感じがする。俺たちみたいなオブジェクトに似た個性とかじゃない、って感じはわかるんだけどよ。あと背筋が粟立つ、って言えば良いのかな。ゾクッと来る感じだ。と言ってもさっきの一瞬だけだけどな」

「そうですか……」

 

 何かを思案するカインとともに、自分で走る必要が無くなった要も脳内で報告書をめくっていた。要のこの個性、報告書を読み込みすぎたからか、ある程度の検索のようなことが出来るようになっている。検索と言っても報告書の単語ではなくイメージのようなものだが。

 

 今回イメージするのは、目の前の黒い影。

 

 だが。どうも報告書がいくつか見えようとしているのに、該当しそうなものが見当たらない。一つぼやけているもの謎だ。

 

 と。

 

 いつの間にか街を突き抜け、森に突入していた十影とカインが足を止める。慣性のままに十影の腕の先で振り子のごとく揺れていた要は、その腕をタップして降ろしてもらうように告げる。

 

「サンキュ────」

 

 そして目の前の。

 

「あの扉の中に入っていきましたね」

「アジトってことか?」

 

 くろぐろとした。

 

 ポッカリと口を開けるようにして存在するその小屋に。

 

 全身にゾワリと悪寒が走るのを感じた。そして同時に、脳内の報告書がイメージから取捨選択され、ぼやけていた一つが検索結果として現れるのも。

 

「最悪だ……」

「何故ですか?」

 

 ポツリとこぼした要の言葉にカインが反応する。それに対して要は、あなたも知識として持っているはずだと。こう答えた。

 

「SCP-1983だ」

 

 要の言葉に十影が続きの説明を待つ中、自分の記憶からそれを知ったカインは、ああ、と。要に肯定を返した。

 

「どうやら、その可能性が高そうですね」

 

 

******

 

 

 SCP-1983《先の無い扉》。オブジェクト自体はその異空間へとつながる扉の存在する小屋も指定されており、黒い影は、言ってみればそこに巣食う、あるいはそこから出てくる存在だ。2つの存在を合わせて一つのオブジェクト。だからこそ、要の検索に対してぼやけて結果がかえってきたのである。

 

「近隣を封鎖しましょう。他のヒーローにも伝えます。警察にも連絡します」

「出来ることなら、だが。動物を集めるべきだ」

「グランガチでは駄目ですか? 心臓復活するでしょう?」

 

 要の提案に対して問を返しながらも、カインの端末を操作する指は止まらない。おそらくそちらはヒーローネットワークの近隣チャンネル。つまりは近くのヒーローにのみ伝わるメッセージといったところだろう。

 

「いや……可能性の話だが、グランガチの心臓から1983-2が生まれた場合、通常の1983-2よりも強力、あるいは俊敏になる可能性がある」

「……なるほど。そうですね。ですが動物……」

 

 要の答えに、そこまでは想定していなかったカインは顎に手を当てる。が。

 

「ひとまず警察に連絡します。それまでに出てきた場合には時間稼ぎをお願いします」

 

 2人にそう告げると、カインはどこかへと連絡をし始める。

 

「オブジェクトか?」

「ああ。さっきの黒い人影と、この扉の向こうに広がる異空間で構成されたオブジェクトだ」

「なるほどね。だから人影だけじゃあ気づかなかったのか」

「まさかいきなりオブジェクト引き当てるとは思ってなかったからな」

 

 いくらオブジェクトを警戒しているとはいえ、全てをそう見るのはよろしくない、と要は考えている。むしろそっちの方が事例は少ないし、オブジェクトを警戒するあまりヴィランやその個性に対応出来ないとあっては意味がないからだ。

 

「んで、どうやって倒すの」

「……まず相手が正真正銘オブジェクトなのか、それとも俺たちみたいにもと人間なのかが問題だ。俺の知ってる対処法は、相手を殺すことしか出来ない。……試すことは出来るけどな」

「どうやんの?」

「銀の弾丸だ。祈りを込めて放つことであの黒い人影──1983-2を消滅させることが出来る」

 

 それが、報告書に記載されたあの黒い人影の潰し方。その方法で倒しつつあの扉の向こうへと侵入し、奴らの魂とも言える奪われた心臓を破壊する。そうすることで、あのオブジェクト。SCP-1983は無力化、すなわち推定《Neutralized》された。

 

「祈りと銀が大事ってことか? それならわざわざ銃にしなくても大丈夫そうだけどな」

 

 要の言葉の意味を正確に汲み取った十影は、その試す方法を口にする。つまり、銃弾なら高威力過ぎて殺してしまうのなら、もっと威力の低い銀で対処すれば良いのではないか、ということだ。例えば棍棒とかパチンコとか。

 

「だが向こうの言葉では、『突破口』という意味で『Silver Bullet』、すなわち『銀弾』を使うことがある。その言霊が意味を成しているとするなら、弾丸以外は意味がないということになる」

「なるほどなー。試すのも命がけだしな」

 

 そして、それ以前に重大な問題が一つ。

 

「そしてそもそも、銀の弾丸なんて普通は持っていない」

 

 だが、だからこそ。

 

 要は彼女に目をつけていたし、彼女の職場体験先を記憶していた。

 

 カインが警察への電話を終えて、2人の方へとやってくる。

 

「警察、プロヒーロー共に声をかけました。アベルとビルダーベアもこちらに向かっているようです。突入要員としてブライトにも声をかけました」

「銀の弾丸は?」

 

 そう問いかける要に対して、カインは表情を崩さないまま答える。

 

「それはあなたの方が用意できるのではありませんか?」

 

 その言葉に、要は決めた。

 

「八百万を呼ぶ。ウワバミに連絡を」



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第22話 必要なのは

 敵がオブジェクト、あるいはオブジェクト由来の個性であるとわかったカインが、素早く警察と街の他のヒーローへと連絡を取る。警察に対しては、街のこちらがわ、つまり森に接する部分の封鎖と見張り、そして街へと近づく道路の封鎖を。ヒーローには、森の中の邸宅に引きこもっているヴィランに対処するという報告と、数は多くなく個性的にも対処出来るので、ある程度森側によりつつも街でのパトロールを続けてほしいことを。

 

 それぞれにオブジェクトに関する情報が漏れないようにしつつ、対応できる動きをするように指示を出す。これが街中の場合は警察と他のヒーローも集めてすぐに対応することが求められるのだが、場所が街の外ということで、ヴィランの逮捕よりも『街の防御』が優先されることになったのである。

 

 これも個性社会とそれ以前で異なっているところである。ヴィランといういつ暴れ出すかわからない爆弾が出現したことで、ヒーローが複数常駐できないような小さな集落や村、町は消滅し、一定以上の規模を持つ街が地方には出現したのである。街の端が遠い大都市圏と違ってそうした地方の街では、ヴィランはヒーローが捕縛するという選択肢と、街の外へと誘導するという二つの選択肢が存在するのだ。

 

 そしてそのヴィランの『追討任務』を請け負うのが、今回の場合は要ら3人というわけだ。もちろん警察も街の封鎖ができ次第何人か合流してくるだろうが、対ヴィランに関しては警察よりもヒーローが前に出ることになる。

 

「グランガチ、あれが出現した場合に備えて非常に弱らせた心臓を複数個作っておいてください」

「りょーかい!」

 

 カインがこの場で出来る対処をグランガチに伝えている間に、要は今回の対処の要となる八百万へとメッセージを送る。おそらくカインからの連絡を受けて急いでこちらへ向かっているだろうから、手が空いたときに確認出来るようにとテキストメッセージにしたのだ。

 

 八百万が職場体験をしているウワバミの事務所に要請を出したのは自分が職場体験をしている事務所であること。現在追っているヴィランに対して有効なのが銀の弾丸だけであり、それを八百万に用意してもらいたいこと。カインと警察の間の話で今回に限り緊急で拳銃の使用許可が出たのでそれに合わせて弾丸を作るか、銃から製造してもらいたいこと。

 

 それらをまとめたメッセージを送ると、ものの数分で電話がかかってきた。

 

「財田です」

『財田さん! これは、いったいどういうことなんですか?』

「少し厄介な個性のヴィランと遭遇した。通常の物理的な攻撃の一切が通用しない相手だ」

 

 要の説明に電話の向こうで息を呑んだような気配がする。

 

『それは……対処するために、銀の銃弾が必要、ということですか』

「ああ」

『銃を……』

 

 ヒーローが銃を使う。そのことに対して八百万は何か葛藤があるようである。もっとも、この国の超常黎明以降も中途半端に変わっていない銃に対する嫌悪感を考えればおかしな話ではない。

 

 この国は『ヒーローによる暴力』を認めている癖に、『刃物や銃』といった凶器を認めていないのだ。ヒーローのふるう個性などそれらを遥かに超えることもあるというのに、ヒーローだからとそれを『凶器』だとは認めないのだ。全く、ヒーローに対する厚い信頼に涙が出てきそうだ。それが今は悪い方向に作用しているのだからなおさらである。

 

「絶対に必要だ」

『……わかりました。そちらのプロヒーローの方もそう言っているのですね?』

「少し待ってくれ。確認する」

 

 八百万に必要となるものを正確に伝えるために、要はカインの方を振り返る。カインの姿が視界に入ると同時に、黒い扉から再び染み出してくる黒い影の姿が目に飛び込んできた。

 

「っ!」

「任せろ!」

 

 要が声をかける前に自分の役目を理解している十影が飛び出し、黒い影の腕を誘導するようにして、本来の心臓がある左胸ではなく、新しく虚弱な心臓を生成していた脇腹へとその手を突っ込ませた。それを持った黒い影は、それ以上暴れることなく静かに扉の中へと戻っていった。

 

「前回の影が消えてからおよそ……20分ですか。ペースが上がったのか、それとももともとこのペースで人ではなく動物の心臓を取っていたのか……」

「カインさん、八百万と電話繋がりました。必要なのは銀の弾丸だけですか? それとも銀の棒や剣も試しますか?」

「そうですね──」

「おーこれかい? 君たちがオブジェクトだって言ってるのは」

 

 カインと要が話している横から口を挟んだのは、いつの間にか到着していたブライトである。ヒーローとしての資格を持っていない彼だが、今回の相手、SCP-1983に関しては彼の個性が有用だとカインが呼び寄せていたのだ。

 

「なんでここに?」

「カインが呼ぶから来ただけだよ。それで? 私を呼ぶということは、私の個性が必要、ということかな?」

「ええ、その予定でお呼びしました。これは────」

 

 カインがブライトに説明を始めたことで、少し時間がかかると要は八百万との通話に戻る。

 

「すまない。こちらも少しゴタゴタしている」

『いえ、ヴィランに対処しているのですから当然ですわ。それでそのヴィランというのは、どのような個性を使っているのですか? それと、銀の弾丸で倒せるというのはどう判明したのですか? そこから考えれば、何か他の対処法が見つかるかもしれませんわ』

 

 八百万からの確信を突く問いかけに、要は数瞬黙リ込む。

 

 そもそも今回、このヴィラン、つまりSCP-1983の詳細がわかっているのは、要が“それ”を知っているからにほかならない。それは裏を返せば、『現状では調査をしても何も判明しない』ということでもある。例えば銀の弾丸で倒せるからと八百万を呼び寄せたのも、何故銀の弾丸が無いはずなのにそれがわかっているのか、ということを説明できないのだ。八百万が深いところまで踏み込んできた場合には、それを要が『知っている』というところまで説明しなければならなくなる。

 

 だからこそ要は、この場で隠すことを選んだ。

 

「詳しくは言えない。だが、この相手には銀の弾丸しか通用しないことはわかっている」

『……わかりました。では銀の弾丸とそれに合わせた規格の銃、それと銀の剣と銀の棒、つまりは鈍器ですわね』

「ああ。……すまない。助かる」

 

 “言えない”という要の言い回しに、何かがあると気づいたであろう八百万は指摘しないことを選んでくれた。

 

 財団は秘密主義である。その存在、目的、活動内容。その全てを一般市民に知られてはならず、人知れずに異常と戦う。それは要も理解している。

 

 だが。

 

 関わった相手には、説明したほうが良いのではないだろうか。

 

 それが要の悩みであった。

 

 合理的な面から見ても、あるいは誠実さから見ても話したほうが良いかもしれないのだ。

 

 例えば今回。八百万は大人しく追及をしないでいてくれたものの、これを追及したり、あるいは作戦中に余計な探りを入れてくるような相手だった場合には、思わぬ事故につながる可能性がある。それを考えると、事前に明かせる情報は明かしておいた方が良いのではないか。

 

 だが一方で、そこからでも情報が漏洩してしまう可能性を考えるとすべきではない、というのもまた理解出来る。

 

 そのあたりは要1人では決められることではなく、カインやブライト、十影や久美、関わってくるのであれば校長や相澤にも相談すべきだと考えていたところなのだが、その前に今回の事件が起きてしまったのである。

 

 だからこそ。これが解決した後にはそうした相談をブライトらとして。話せる限りのことを、八百万にはしようと要は決めた。

 

『あと二十分ほどで到着する、とサイドキックの方がおっしゃっています』

「わかった。ありがとう。通話はこのまま繋いでおくことにしよう」

『はい。ではまた、何かあったら声をかけてください』

「そこにいるのは、八百万さんとサイドキックの人だけか?」

『ウワバミさんとB組の拳藤さんがいらっしゃいます』

「そうか……了解した」

 

 八百万はともかくとして、プロヒーロー。職場体験なのだから面倒を見るのは当然といえば当然なのだが、あるいは八百万よりも鋭く突っ込んでくる可能性もある。それが面倒だとは思いつつも、いずれは直面する事態だったのだと、要はため息を吐いた。

 

 

******

 

 

 黒い影の襲撃を更に一度さばいて20分後。ようやく、警察の運転するパトカーに乗って、八百万と他3人が到着する。

 

「よくお越しくださいました。アベル事務所のサイドキックをしているカインです。こちら雄英高校からの職場体験で来ている、1年生の財田要と藤見十影です」

「ウワバミ・プロダクションのウワバミです。クリエティの個性が必要ということでしたが、そのヴィランはどちらに?」

 

 代表者同士で言葉を交わすカインとウワバミ。ウワバミの問いかけにカインが指さした先を、ウワバミら4人は見る。

 

「立てこもりってことですか?」

「いえ、あの扉……普通の建物じゃない、ってことね?」

 

 サイドキックの女性ヒーローはその邸宅の外観を見て気づかずに言うが、それをよく見えているウワバミが指摘する。よく見れば蛇だという彼女の髪が落ち着かなげにウロウロとしており、異質なものを彼女も感じているのだろう。

 

「はい。打開のためには銀の弾丸が。それと通じるか確認したいので銀でできた棒など打撃用の鈍器も作っていただけると助かります」

「わかったわ。クリエティ、お願い。それで、突入部隊は? 私達は戦闘出来る人員を連れてきてないわよ」

「それは彼が」

 

 そう言ってカインが指した先では、スマホをいじっていたブライトが注目が集まったのに気づいて顔をあげる。

 

「ようやく私の出番かい?」

「ええ。よろしくお願いします」

 

 カインの言葉を受けて、ブライトはその個性を使う。するとその隣。ブライトを挟むように左右に、2人の人間が出現した。男性と女性。その面影は、どこかブライトに近いものを感じる。

 

「分身?」

「そんな大したものじゃあないよ。さて、目覚めたまえよ私達」

 

 ブライトの言葉。その命令を受けて、目をつぶっていた2人の胸元にかかる大きな赤い宝石のついた首飾りが妖しく輝く。

 

『んーー、流石に自分の身体よりは少し動かしづらいね』

『久しぶりの女性の身体だよ。まったく。男性は無かったのかい?』

「バランスよく使いたいだろう?」

 

 3人それぞれに違う声音。だがその口調は、紛れもなく1人のものだった。

 

「この個性なら被害が出ることもない、ということね」

「ええ」

 

 ウワバミの独り言に、カインは大げさに頷いてみせる。想定している被害の規模は全く違うが、それを悟らせない見事な演技だった。

 

「すいません、弾丸は何発必要でしょうか。銃はアサルトライフルを作ったのですが」

『それぞれ30発マガジンで6つずつ頼むよ。最初から装填している分も含めて1人210発だ』

『私、タクティカルベストはどこかな?』

「ここだよ」

 

 本体のブライトが足元においてあった大きなバッグを開けると、中から軍隊で使用するようなタクティカルベストが出てくる。他にもヘッドライトなど、これから戦争でもするのかと言うような装備だ。

 

「200発ですか!?」

「ちょっとまって、そんなに大量の弾丸何に使うの?」

「200? 20の間違いじゃなくて?」

『間違えてないさ。必要だから言っているに決まっているだろう?』

 

 八百万、ウワバミ、拳藤が驚きの声を上げるものの、ブライトは飄々とした様子で煽るように返す。それをカインは取りなして、事情を説明されていない4人に向けて頭を下げた。

 

「ブライトが申し訳ありません。ですが、言っているものはたしかに必要なものです。事情は後ほど説明しますので、今は先に弾丸の準備を、お願いします」

「……わかったわ」

 

 納得していない様子のウワバミは、それでも言葉上は納得を示し、それを受けて八百万も弾丸の生産に専念する。計400発ともなるとかなりのもので作るにもそれなりの時間がかかった。

 

「ブライトさんの個性、便利じゃね?」

「さあな。だがあれは『不死身の首飾り』だぞ? 何かしらデメリットがあるはずだ」

「それもそうか」

 

 再びどこかに連絡しているカインの脇で要と十影はコソコソとそんな言葉を交わす。そんな2人のところに、手すきの拳藤が話しかけにきた。

 

「十影、元気そうだね。そっちの人は」

「財田要だ。よろしく」

「私はB組の拳藤一佳。よろしくね」

 

 そう言って差し出してくる手を取り軽く握手する。

 

「これ、どういう状況なの?」

 

 要はともかく十影は普段からクラスメイトとして接しているということで話しかけやすいと思ったのだろう。拳藤は学校でするように話しかけてくる。

 

「ああ、ちょっとめんどくさいのが──!」

 

 それに答えている最中も警戒を怠っていなかった十影は、また先の無い扉の中から黒い影が外に踏み出してきたのに気づく。

 

「ヴィランっ!?」

「速い──!」

 

 これまでの影とは比べ物にならない速度で飛び出してきた歪な影の塊の前に飛び出した十影は、今度は二つ同時に心臓を持っていかれることになる。

 

「あれ? 二個持ってかれたぞ?」

「やっぱりお前の心臓よくなかったんだろ。元気が良すぎるんだ」

「おそらくは最初の健康だった心臓から生まれたのでしょう」

 

 もう慣れたとばかりにアベル事務所組が軽く話している一方、ウワバミ・プロダクション組はその光景に青ざめる。

 

「今、心臓を……?」

「え、心臓ですよね? 今のドクドクしてたの心臓ですよね? 大丈夫なんです?」

 

 ウワバミとサイドキックがそう絞り出す一方、拳藤と八百万は完全に固まっていた。

 

『君、おーい。大丈夫かい?』

「い、いまのがヴィランですか……?」

 

 弾丸を作る手が止まった八百万をブライトの複製体達がなだめ、こちらで固まっている拳藤は要と十影が宥める。

 

「おーい、拳藤?」

「……なに、今の……」

 

 自分たちが狙われていれば、死んでいた。それが理解できる程度に頭の良い2人は、だからこそ恐怖してしまう。

 

「言っているだろう? 必要なんだと。あれがなんだとか、どういうものなのかとか、そういうのはどうでも良いんだよ。今私達はあれに対処する必要がある。あるのはその事実だけだ」

 

 それまでの飄々とした雰囲気を消したブライトの表情はどこまでも真剣で。

 

 誰よりも多く、オブジェクトと向き合い、対処してきた財団の博士としての経験が現れていた。




普通に考えたら心臓スポーン! されてるの見たらSAN値チェックですよね。

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第23話 幸運を 見送る者より敬礼を

 扉から出現した何かを見て動きを止めていた八百万に声をかけて武器の生産を頼んだ要は、動揺から一足早く復活してカインに詰め寄っているウワバミのところに向かう。

 

「いったいどんなヴィランなの? さっきの光景からして物質を透過するのかしら。それに彼、心臓を取られて大丈夫なの?」

「私達も特性を掴みきれてはいないのですが、物理的な接触は透過するようです。ただ、地面を通り抜けることは無いようなので何か条件があるのでしょう。彼は体内器官を自由に生成することができるので、囮の心臓を作ってヴィランを引き寄せてもらっています」

 

 ウワバミからヴィランに対する対処に関して尋ねられているカインは、今のところはある程度情報をぼかし、相手を個性を悪用するヴィランと思わせるような返事をしていた。戦力は十分なのかといった質問もされているが、それに関しては当事務所で十分であるとしか言えない。

 

 ウワバミが色々と問い詰めているのもわかる話ではある。そもそもアベル事務所は表に出ている情報が少ない。それは市民向けだけでなくヒーローに向けても同じである。といっても情報を積極的に秘匿しているというわけでもなく、ただ大きな成果を残しておらず、またそういったものを共有することもほとんどしてきていないというだけの話なのだが。情報が存在しない場所はたとえどれだけ見たところで情報になり得ない。

 

 だからこそ、ヴィランの対処にこれ以上の応援は必要ないのか、という確認と、同じ現場に対処するヒーローとして情報の共有を求めているのである。

 

「カイン、俺たちは何をしておくべきだ?」

「職場体験生は私達の後ろに控えていてください。ヴィランへの対処は適正のあるグランガチを中心に、戦闘になった場合は私が動きます。まもなくアベルとビルダーベアも現着しますので」

「了解した」

 

 あえて割って入るような形でカインに声をかけた要は、返事に答えるとすぐに武器を作っている八百万と、それを見守っている拳藤、ブライトの化身達のところへと戻った。目的は追及の邪魔をすることと、職場体験生としての立場を見せておくことだったので。

 

「何の話だったのかな?」

 

 真っ先に声をかけてきたのはオリジナルのブライトである。他の2人は八百万が作った端から弾丸を弾倉へと込め、装備したタクティカルベストへと装着していく。軍で使うほどしっかりした装備ではなく、上はジャケット、下はジーパンという軽装の2人だが、そこにタクティカルベストを纏うことでサバゲーをしているような様相を呈している。

 

「俺たちはどうしておくべきかという話を聞いてきた」

「ああ、なるほどね。たしかに、君たち職場体験生は下がっておくべきだ。前に出ても役に立たないからね」

「ああ」

 

 オリジナルのブライトに答えておいて、要は分身2人へと近づいていった。

 

「これを。カインから任務の内容だ」

『おお、ありがとう。暗記しておいたほうがいいのかな?』

「できることなら。流石に書いたやつと同じようにペンライトで文章を確認する余裕ぐらいはあると思うが、光をつけないのが最善であることに変わりない」

『オーケイ、完璧に覚えてみせよう』

 

 それは、カインと要が互いの持っている情報をすり合わせて、SCP-1983に関する情報をまとめたものである。元の報告書、収容プロトコルが書かれていたものから、読み取った内容を整理して実際にそれと対峙し、葬るためのものへと書き換え、余計な情報を省いて注意事項をまとめてある。八百万らが到着するまでに作っておいたのだ。

 

「あの、結局これどういうヴィランなの? それに銃なんて、まさかヴィランに使うわけじゃないよね」

 

 流石にプロヒーローの任務の内容を覗き見ないだけの分別があった拳藤は、書類を読み込んでいるブライトの分身の方を気にしつつも要に問いかけてきた。それを受けた要はどうすべきかとブライトに視線を送るものの、ブライトはそれに対して肩を竦めることで答える。対応を丸投げしてきたのだ。そのあたり、つまり、オブジェクト由来の個性を持った人間ではなく、本物のオブジェクトが確認された場合プロヒーローや同級生らに対してどの程度真実を話すかというのはこれから考えていこうと思っていたので。まさかいきなり遭遇する羽目になるとは考えていなかったのである。

 

 ひとまず敵の特性を、あくまで個性の説明だと誤解させるように説明することにした要は、わずかな間の後に敵の説明をする。

 

「分身体を作る能力を持っていて、その分身体を作るために心臓を使う。自分の心臓じゃなくて他者、あるいは動物の心臓だけどな。比率は1対1。そして分身体は外部からの接触を基本的に透過するが、人体に対して接触したときは皮膚や筋肉を透過して心臓だけを掴んで引き抜いていく。さっきグランガチがやられたことだな」

「それ……めちゃくちゃ危険なヴィラン、だよね」

「確かに危険だな。加えて、分身体を止めるには祈りをこめた銀の弾丸しか通じない」

 

 ごまかす内容を考えつつ応えたために少々不自然な言い回しになったが、結局今要がしたかったのは、『このヴィランが心臓を使って増える何かを作る個性の持ち主』であり、『それを倒すには八百万の作った銃と銀の弾丸が不可欠』であるという勘違いを納得させることだった。そうすれば、全てが嘘というわけではないが、敵がヴィランではない『ナニカ』であるということを知られずにすむ。

 

 どうせ八百万が冷静になれば不自然なところに気づくのだろうが、今はこの場で混乱されて無駄に時間を使われることのほうが問題なのでちょっとした時間稼ぎをさせてもらったのである。

 

「それで、なんで、えっと……」

 

 ブライトの方に視線をやりつつ拳藤が口ごもる。

 

「ブライトがどうかしたか?」

「ブライトさん、って言うんだ。なんでブライトさんなのかなって思ってさ。ほら、銃と銀の弾丸で倒せるなら、皆で対処したほうがいいんじゃないの?」

 

 作戦の内容について尋ねる拳藤は、職場体験で初めてのヒーロー対ヴィランの現場で、学べる限りのことを学ぼうとしていた。要はそんな拳藤の内心を知っている訳では無いが、ここでブライトの分身を突入させる意味はブライトの個性をはっきりとは知らない要でも十分に理解できる。そしてそれは財団に限った話ではなく、ヒーローとして普通に必要となる知識だ。

 

「いくらプロヒーローが優れているといっても何が起こるかわからないからな。その点ブライトの分身なら何かがあっても装備の損失だけで済む」

「何か、って……」

「今回の件で言えば、触られたら心臓を抜かれて確実に終わる。心臓取られて死なないのなんてグランガチぐらいなもんだ。警戒するのは当然だろう。ヒーローは体を張るのも大事だが、少しでもリスクを減らすのも努めだ」

 

 ヒーローは、現代社会の軸となっている。それは治安維持だけでなく、人々の心の拠り所であり、エンタメであり、支えである。だからこそヒーローは、少しでもリスクをへらす考え方をしなければならない、と要は考えている。実際にはヒーローは体を張るものという考えをする人が多いのだろうが、だからといってヒーローは傷ついていいわけではない。自分達も、守るべきものも傷つかないというのが理想なのだ。たとえ守れたとしても、ヒーローが傷つくだけで人々は不安になり、社会は揺らぐ。

 

「……そっか。そうだね。私の考えが浅かった」

「ちなみに、ブライトの個性はどんなものなんだ?」

 

 少し考えた納得した様子の拳藤に、今度は要がブライトに問いかける。カイン、アベルはオブジェクトとしての能力をほとんどそのまま持っているようだったが、ブライトだけは元はオブジェクトの影響を受けていたただの人間だったのでその限りでないのである。

 

「私の個性は『デッド・マンズ・ボディ』だね。見ての通りただの分身じゃなくて、既に死んでいる実在の人間の身体を再現してそこに私の人格が入るようなものさ」

「そ、れは……なんていうか……」

「悪趣味だな」

 

 どう答えるべきか言葉に詰まった拳藤をよそに、要はブライトに辛辣な評価を送る。このあたりは、ブライトは他者からの評価を気にする人間ではないという要の知識と、要は自身のことを知識としてよく知っているというブライトの相互認識があって成り立つ距離感だ。それが拳藤からはおかしなものに感じられたのか、わずかに引きつった笑みを要へと向けている。

 

「特に使っている上で困ることは無いからね。大した問題ではないよ」

 

 ブライトの方も要に対して、そう言って肩を竦める。実際はブライトの個性は本人にとってデメリットが存在しているのだが、それをあえて拳藤の前で言う必要は無いと判断してここでは言わずに済ませたのだ。『不死の首飾り』は、『上書きするもの』である、とだけ言えばわかるだろうか。

 

 ともあれ、今回の件に対処するにあたっては、ブライトが適任なのである。

 

 

 

******

 

 

 

 しばらくして八百万が武器と弾薬の生産を終え、ブライトの分身達がそれらの確認と装着を終えた。タクティカルベストに加えてベルトに食料や水をある程度用意しているのは、場合によっては長期戦になる可能性があるからだ。実際報告書の中でも、SCP-1983が無力化されるまで半日程度かかっている。

 

「では今後の打ち合わせを。突入はミスター・ブライトの個性で作った分身、それぞれα、βと呼称します。α、βは突入後、室内を探索、目的を達成してください。我々アベル事務所はその間警察と連携してこの場を死守します。ウワバミさん、そちらは?」

「最後まで見守らせてもらう、と言いたいところだけど、スケジュールが詰まっているから戻らせてもらうわ。本当に大丈夫なのよね?」

「はい。予備もクリエティに作っていただけましたので。報告書はデータを送ります」

「そう、わかったわ。なら私達は突入まで見守った後撤退します」

 

 現在ここにいる事務所の代表、アベルとウワバミ、そして警察の代表の3人で行われる会議を他のメンバーは後ろから見守っていた。会議といっても突入作戦の内容はカインが考案しブライトα、ブライトβに直接指示したことになっているので、ここで確認されるのはそれ以外のそれぞれの組織の役目だ。

 

「本当に突入はそっちの2人で大丈夫なのか」

「あの扉の様子からして何らかの個性で室内が覆われている可能性があります。被害を出さないためにも分身でまずは偵察を。分身が行動可能かどうかは個性の持ち主としてブライトが判断します」

「……わかった。あんたらに任せる。我々はこの一帯の封鎖を行う。南西に走っている道路の封鎖は必要無いんだな?」

「距離がそれなりにありますのでその前に対処します」

 

 軽く打ち合わせが行われ、カイン主導で話が進んでいく。こうしたヴィランに対応する現場の場合、大抵は警察よりもヒーローに主導権が与えられていることが多い。主導権というよりは自己裁量権というべきだろうか。ヒーローは各自の判断で対応するので、警察がそれに合わせる必要が出てくるのである。戦闘になった際に矢面に立つのがヒーローである、というのも力関係の理由だ。

 

 それはこの場合も一緒で、警察は周囲に被害が及ばないように封鎖や見張りなどの、言わば裏方を。そして直接ヴィランと対峙する役目をヒーローであるカイン達が担っている。

 

「では作戦開始とします。α、β、準備はよろしいですか?」

『ああ、もちろん。存分に役目を果たそう』

『任せてくれたまえ』

 

 それぞれに装備を固めた2人は、ニヤリと。ブライト本人のように緊張を感じさせない表情で笑う。

 

 そんな2人の前に、十影や八百万らと一緒に後方で控えていた要は進み出た。その動きにウワバミらが何をするのかと疑問を抱く中、要は口を開く。

 

「『Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく貴方に敬礼を).』」

 

 突如として要の口から放たれたのは、古い言語。もはや使う者の存在しない言語の、祈りの言葉。死にゆく者と見送る者の間で交わされる畏敬の言葉。

 

 要の言葉に一瞬キョトンとしたαとβは、続いて笑い出した。奇妙な者を見る目でウワバミらや警察が見守る中、彼らは口を開く。

 

『なるほど。私達を『銀の弾丸(シルバーバレット)』にするのか』

『粋なはからいだね? では、私達からも君に返すとしよう』

 

『『Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).』』

 

 

******

 

 

 

 SCP‐1983の報告書には一枚のメモの内容が添付されている。というより、そのメモこそが、このSCP-1983の正体を暴く手がかりとして保存されていた。

 

 それは、SCP-1983が発見された際に“先の無い扉”へと突入し、命を落とした1人の隊員が残したメモ。

 

 心の臓を奪う怪物が住まう暗闇へと踏み込んだ彼ら。怪物に抗う手段は唯一祈りを込めた弾丸のみ。引き返せば光に溶ける身体にもはや撤退は許されず、恐怖から敵を葬るに十分な祈りを込めることも出来ない。

 

 そんな彼らに対して怪物は牙を剥いた。暗闇から染み出す、いや、暗闇そのものの怪物は、光の中でこそ実体を持ち隊員たちに襲いかかる。仲間の心臓が奪われ、あるいは仲間がまるごと連れ去られ。

 

 恐怖の果てにメモの主は、彼らの巣を。彼らの中心部、まさに“心臓”たる場所を見た。

 

 だが、それを見た彼にはもはや抗う力は無かった。恐怖が彼を支配していた。敵を打ち破る程の祈りを、弾丸に込めることは叶わなかった。

 

 だから彼は、ただ1人。生き残った己の命を使ってメモを残した。

 

 暗闇の中でわずかなペンライトの明かりを頼りに。時折迫る怪物の気配に怯えてクローゼットに隠れて。

 

 彼は託した。後から来るものに。自分に続く者に。

 

『奴らを、怪物を。その祈りと銀の弾丸を持って殺してくれ』、と。

 

そのメモの最後、一文が残されている。

 

Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).』

 

 死にゆくメモの主が、それを読むであろう人物に残したただのメッセージに思えるそれ。

 

 だが、思い出して欲しい。

 

 このSCP-1983の。“先の無い扉”に住まう怪物を打ち払うのに必要となるものは、なんだったであろうか。

 

 銀の弾丸と、祈り。

 

 それを持つのは、メモの主から先を託された、メモを読み、怪物を打ち払った者。それはもちろんそうであろう。だからこそ報告書ではSCP-1983の無力化が確認された。

 

 だが。

 

 

 “本当にそれだけだったのだろうか”

 

 

 西洋では、銀の弾丸、即ち『Silver bullet(シルバーバレット)』にはこんな意味があるらしい。

 

 曰く、『状況を打破する特効薬』である、と。かつて伝承や信仰において、銀の銃弾が狼男や悪魔に有効であると言われたことから使われるようになった言葉だ。

 

 その意味を持つからこそ“銀の銃弾”は、ただの物質的な銃弾以上の意味を持つことが出来た。

 

 

 特効薬、それ即ち。メモを読み、メモの主の意思を遂行するもの。『怪物を打ち払わんと、銃を手にするその者自身』。

 

 そんな“Silver bullet”に、メモの主は最後の祈りを込めたのだ。

 

 “Good luck(幸運を). Morituri te salutant(死にゆく者より敬礼を).”

 

 誰でもいい、このメモを読んでいる者よ。怪物に心臓を奪われぬようにこれから命を断つ私の代わりに、怪物を殺してくれ、と。

 

 そうして、祈りでもって放たれた“銀の弾丸”は、たしかに、怪物の心臓を食い破った。

 

 

******

 

 

 要達の見送る先で、武器手にした2人の男女が扉の前に立つ。

 

『準備は良いかな? 私』

『もちろんだ。奴らに対峙するのに、こんなにしっかりと準備が出来たことは殆ど無いだろう?』

『違いない』

 

 黒々と口を開ける扉を前に、2人は足を止めて軽口を交わす。そんな2人に、自然と。意識することなく要は姿勢を正していた。そして自然にウェポンを胸の前に下げ、右手の指先を揃えて伸ばし、額に当てる。

 

 あくまで生まれ自体は一般人でしか無い要は敬礼の正しい所作等知らない。

 

 それでも。彼らには最大限の敬意を込めて見送らねばならぬと感じる。

 

 彼らは、ブライトの個性から生まれた分身かもしれない。

 

 ブライトがオリジナルで、自分たちは消えても問題のない模造品(レプリカ)だと、理解し、無意識下でも納得しているのかもしれない。

 

 だが、それでも。

 

 彼らは今から、正常を離れ。異常の領域へと踏み込む。

 

 そこは、生きて帰れぬ人外の領域。たとえ目的を達成しても、彼らが返ってくる確率は万に一つあるかないか。もともと未帰還が前提の作戦である。

 

 そこに彼らは、己の存在を賭して進む。

 

『人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が()の中で暮らす間、我々は暗闇()の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』

 

 財団の理念が正しくそれだ。

 

 人々の正常なる、健やかなる生のために。財団は異常へ立ち向かい、死へと突き進む。

 

 一人残らず、暗闇の中で死んでゆく。

 

 ただ人々の、正常なる明日のために。

 

 そこにいるすべてが、要にとっては敬意の対象なのだ。




長らくお待たせしました。先のない扉はここで終わりとなります。後日談などはちらほら出てきますが。




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