生存戦争 ~転生者バトルロイヤル~ (セリカ・シルフィル)
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下準備
第一話 『天界』


 勢い良く吹き荒れる風の荒波に顔面を打たれた男性は違和感に気づく間もなく顔を歪ませる。

 背けていた両目を無理矢理こじ開けると、そこには空中を飛翔する大地と現在進行形で落下し続けている自身の姿がそこにはあった。

 

「……はぁ……ぁ? ァアアアアアアアアア!!」

 

 何がどうしてこうなった!?

 頭痛のように葛藤(かっとう)を響かせているのは、そんな届くはずもない心からの叫びであった。

 

 風は今も顔面を攻撃し、痛覚は既に正しく機能していない。

 日本人特有の黒髪も猛速度に打ちひしがれ乱れまくっている。

 そんな時、場違いな程落ち着いた元気な声が男の耳に届く。

 

『やっと次の客人、見ーつけた!!』

 

 そんな拍子抜けするような声が頭上から聞こえてきた。

 しかし、男性の状況は一切改善しておらず、意識を完全にそちらへ向けることができなかった。

 

 それどころか、正しく頭を働かせれば遠くない未来に黒髪の男性はラピュタのような浮かぶ大地と接吻(せっぷん)する羽目になり、その後、汚い花火となって地面の染みの一つになるだろう。

 自体に追いつけない頭を懸命に振り絞り、この危機から脱出する方法を考えるが、興奮しきっている頭脳では役に立たない。

 そこでやっと、頭上から声を掛けてくれる誰かの存在を視野に入れると急いで助けを求めようとした。

 しかし吹き荒れる暴風が、それを阻害して男性はクルクルと地面に落ちる速度が増すだけだった。

 地面までそう距離もなく、もはや助からないと本能が悟り、男性は両目を力の限り閉じると死神の鎌が落ちるのを待った。

 

『やぁっとぉ! 追ぉいついたぁ! はぁい、そぉこぉをぉ、逃がぁさない!!』

 

 元気の色を隠せない場違いな声と同時に背中の服を強引に掴まれたような感覚に合う。

 その瞬間、喉を潰しかねない程の重圧が男性に降りかかり、息を詰まらせる。

 しかし苦しい思いも一瞬、すぐに楽になると猛速度で落下していた男性の身体は嘘のように空中で止まっていた。

 恐らくは落下中であった男性の服を強引に引っ張ったことが負担を受けた原因だろう。

 だが、今はそんな苦しさから解放され、救出されたという思いから一安心をしていた。

 深い溜息をつき、周囲の状況を把握した後に加熱した頭を冷やし、助けてくれた者に振り返ろうとして。

 謎の違和感を覚える。

 男性を助けたのは頭上で服を掴んでいる者が正しいだろう。

 だが、何故、『空中の上で完全停止』しているのかが気になった。

 相手がパラシュート等を着用していたとしてもそれは最低限の速度低下に過ぎず、結局は緩やかに落下していくし、初めから二人で飛ぶことを想定していなければ重さにも耐えられない。

 嫌な予感と共に背中から気持ち悪い汗が流れる。

 まるでオルゴールのように少しずつ振り返る。

 そこには機械音を響かせる光輪、羽ばたいているせいか嫌でも目立つ純白の右片翼と漆黒の左片翼を持つ、正真正銘の銀髪美少女が勝ち誇ったような顔でそこにいた。

 

 まさか天s……いや、化物か!?

 

『よくも人間の分際でメアにここまで手間をかけさせてくれたな。呆れを通り越し、いっそ誇ってもいいぞ!』

 

 状況が正しく理解できていない男性は思わず服を掴まれている手を振り払おうとして、その動きを止めた。

 自身をメアと名乗る美少女の正体はまるで不明だが、少なくとも男を助けてくれた。

 いや、現在進行形で『助けてくれている』が、今の態度を見るにここで思いのまま叫び散らした挙句、腕を振り解くと再び落下が始まり、もう一度助けてくれるという都合の良いことをしてくれるとは限らない。

 せめて、この状況を打開しない限りはこの受け入れがたい現実と向き合わなければ生き残ることすら怪しい。

 

「なあ、そろそろ降ろしてくれないか。服が引っ張られて痛いんで」

「メアだって好きで貴様のような穢らわしい人間を担いでいるわけではない! ふん! このまま降ろして、落としてしまおうかしら」

「いや、ここで降ろしたら確実に俺がお陀仏だから、縁起でもないことを言うのはYA・ME・RO!」

「ふーん、冗談の通じない奴。まあいいわ。貴様のような下等生物でも天界に招待してあげる」

 

 メアと名乗る銀髪美少女天使は、それだけ言うと空中を飛翔する大地の奥深くまで男性を軽々と担いだまま進むと神殿のような場所へ降ろした。

 神殿は中世頃を思わせるような作りをしていながらも、誰かを信仰しているような石像も石版もなく、ただそれこそが逆に怪しさを充満させていた。

 

「ここは……、どこだ?」

 

 震える身体を意志で押さえつけると男性はこの場所、この世界についてを天使モドキに訪ねた。

 

「ここは誰かの為の墓場。無理に知ろうとすれば耐えられず発狂するし、ここではそれだけ知っていれば十分よ」

 

 正直に言えば、メアの言っていることは理解すらできなかった。

 しかし『発狂』という言葉が男の行動を恐怖で縛り上げているのか、思うような質問が思いつかない。

 改めてメアの姿を直視するとその人間離れした完璧なまでの美貌は相手を虜にして油断させる為ではないのかという可能性すら過る。

 

「俺は……どうして、こんな異世界にいるんだ」

 

 ここで『メアが知るわけないだろう』と言われればそれまでだが、メアは男性のことを『客人』と一度だけ呼んだ。

 つまり、無関係ではないということだ。

 

「ふん! 随分と飲み込みの悪い人間だな。これが転生者候補生だと言われるなど虫酸が走る」

「転生者……候補生……?」

「そうだ。貴様には二つの選択肢が与えられている」

 

 すると先程までの上から目線で元気の良い少女の面影を失くし、同じ上から目線にも関わらず、全くの別人と会話をしているような気分になる。

 

「一つ、このメア様と手を取り合い選ばれた者達、転生者候補生の一人として生存戦争に参加して異世界に転生する為の条件をクリアするか。

 二つ、メアの話を聞かず、潔くこの天界から追放されるか」

 

 『転生者候補生』というのは自分のことを指しているのだろう。

 しかし同時に『選ばれた者達』ということは自分以外にも同じようにメアか他の天使モドキに連れてこられた可能性もある。

 第一に二つ目の選択肢である『天界に追放される』という言葉には何処か嫌な予感がする。

 

「質問していいか?」

「無知な人間を導くのもメアの役目だ。何でも聞いてくれて構わないぞ」

「転生者候補生というのはなんだ? 他にも参加している人数を教えろ」

「随分と強気になったな。人間の分際で、自分の立場を弁えていないのか?」

「質問をしているのは俺の方だ。お前だってこのまま前に進めないのは嫌だろう」

「ふん! まあいいか。この手度の知識も知らぬようではこれから先が思いやられるからな。このメア様が特別に教えてやろう」

 

 少し前まで『無知な人間を導くのもメアの役目』と言っていたのは一体何処の誰だっただろうか。

 仕方なく、特別に現在の最大の謎とも思われる中枢の話を聞かせてもらった。

 

「転生者候補生とは、こことは別の『下位世界』に転生させられる者達の総称だ。貴様の序列は第七位(セヴンス)。この天界に招かれた栄光ある人間の七人目だ」

「栄光あるってさっきまで人間を見下していなったか?」

「それは貴様限定だ。それよりも話を逸らすな。貴様はこれからセヴンスを名乗れ。実名はこの生存戦争において混乱を招きかねないからな」

「混乱? どういった例が挙げられてるんだ?」

「『上位世界』における個人情報の流出。及び、『上位世界』における転生者候補生からの干渉を受ける可能性がある。『上位世界』の問題は此方の関与するところではないから十分に注意するがいい!」

 

 何か大事なことだということは十分にわかるが、『上位世界』も『下位世界』も理解できない。

 

「上位世界やら、下位世界やら、一体何なんだ?」

「おい、嘘だろう。人間とはここまで無知なのか? 流石のメアでもお手上げだぞ」

「説明されてないんだからわかるわけないだろ」

 

 セヴンスはこれまでの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように半ギレ状態で答えた。

 しかしメアは呆れた様子でセヴンスに対応する。

 

「全く、自分の無知を他人の責任に押し付けるとは……。無知は罪なのは何処の時代も変わらないな。仕方ない。無知で惨めな人間にメアから慈悲を与えよう。『上位世界』とは現実世界以上の世界を意味する。『下位世界』は空想世界以下の世界を意味する。そして生存戦争の舞台となるここ天界は『上位世界』と『下位世界』の狭間だ」

「なるほどな。ようやくお前の言い分も少しは理解できるようになった」

 

 嘘だ。セヴンスはメアの言い分等殆ど理解仕切っていない。

 

「……人間よ。先程からその『お前』というのは止めろ。見下されてるようで殺したくなる」

「お前仮にも天使だろ!? 何危ない発言をサラッと流してんだ」

「お前言うな! それに天使、天使と言っているがメアの序列は天使じゃないぞ」

 

 そういえば、普通に会話していたがメアのことなど殆ど知りもしない。逆に言えばメアもセヴンスのことをそこまで知らないのかもしれない。

 個人情報の話をした手前、他にも正体不明の怪物かも知れない相手に素性を明かすことは危険かも知れない。

 けれど、自分のことを分からせなければ、必然的に相手のことが分からないのも道理。

 

「おま……メア、出来れば素性を教えてくれ」

「……やっとか。人間、存外頭が悪いんじゃないか? 知らない大人について行ってはダメだと聞かされたこともないのか」

「メアだって人間、人間って俺のことを呼んでるだろ。せめてセヴンスって呼べよ」

「ふん! それは貴様がもう少し利口になったら考えてやらんでもない。それよりもメアのことであったな。メアは『神想教会』を信仰する『十二使徒』が一人にして『天使八位階』大天使(アークエンジェル)、天人のメルティア=アークエンジェル」

 

 神想教会? 十二使徒? 天使八位階? 大天使?

 

 歴史に疎いセヴンスが悪いのか。セヴンスに理解させないメアを改めメルティアが悪いのか。

 

 セヴンスの知っていることと言えば、十二使徒が遣えることを意味し、天使八位階とは天使九位階という天使の中のヒエラルキーのようなものだ。

 しかし天人と名前の前に付け足すということは、天使という種族ではなく、例えていると捉えて良いものなのだろうか。

 

「人間。これも何かの縁だ。貴様に限り、メアのことをメアと呼ぶことを許可する」

「俺さっき思いっきりメアって呼んでた気がするんだけど」

「それは『お前』と呼べない現状ではメアのことをどう呼ぶかなど選択肢の幅が狭まっているのだろう? 存外、メアもそこまで愚かではない」

 

 流石にこれで逆ギレされたりなどしたらセヴンスだって居た堪れない。

 

「最後の質問だ、メア。二つ目の選択肢、天界から追放されたりしたらどうなるんだ?」

「そのままの意味だ。天界にいる資格を剥奪され、天界から追放される。貴様にも分かりやすく言えば、最初と同じように空中ダイブしてもらうことになる」

「それ選択肢じゃなくね!?」

 

 危なかった。

 この質問をせずに、自分可愛さに辞退など申し出せば地面の藻屑になるところだった。

 しかも、今度はメルティアの助けはあり得ない状態だからこそ、次という機会は現れないだろう。

 もはや、選択肢など合ってないようなものである。

 

『覚悟ができたようだな。それでは第七位(セヴンス)を転生者候補生の一人として生存戦争への参加を許可してやろう』

 

 メルティアの声は再び見た目とは離れたような気迫を帯びた状態で宣言する。

 そこでやっとセヴンスは再び、目の前のメルティアと名乗る天人が只者ではないということを再認識するのであった。



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第二話 『転生特典』

 セヴンスの現状はメルティアの言葉を頼りにしていながらも信じてない微塵もいなかった。

 だが、メルティアが最後の質問に語った『天界から追放する』という言葉は、メルティアがセヴンスを軽々と持ち上げられるだけの力があることから虚言だと切り捨てることもできない。セブンスは今、最も生存確率の高い選択肢を選ばなくてはならなかった。

 セヴンスから見てメルティアは、嘘をついているようには見えないが、言葉は信じられるか? と聞かれるなら到底信じられるものではない。

 

「ようこそ、転生者候補生セヴンス。やっと同等の立場となったな。それじゃあ早速、生存戦争に必要な転生特典を選ぶがいい」

「……は? ……転生、特典?」

「まさかここまで知らないのか? メアの期待をこうも裏切ってくるとは策士か?」

「いや、いくら哀れんでるところ悪いけど、相変わらず説明されてない部分に期待の眼差しを向けられても困るぞ」

「貴様達、人間の文化にも最低限根付いているではないか」

 

 『転生』という言葉はよくネットでも見かけるが、これがそうだとは考えても見なかった。

 特典というからには相当なものを要求しても答えてくれるだろうが、如何せん、現状では見極めるだけの材料が足りない。

 

「なあ、また質問してもいいか?」

「別にメアは構わないぞ。セヴンスが生存戦争に参加の意志を表した以上は此方も最低限のサポートは義務付けられているからな」

「最低限、ねぇ」

 

 それがどこまで有効なのかを見極めるだけでも視野の幅は天と地ほどの差が生まれる。

 ならば最初に聞くべき質問は『転生』についてだろうか?

 

「なあ、生存戦争の勝者は絶対に転生しないといけないのか?」

「決まってるだろう。それがなければ何のための生存戦争だ、ということになる。先に言っておくが、転生先は最重要機密項目だからいくら抜け穴を探そうと質問してもそれだけは答えないからな」

「……なるほどな。わかったよ」

 

 つまり、勝者は強制的に転生が義務として存在する。そして敗者がどうなるのかは誰にも分からない。

 メルティアに聞けば答えてくれそうだが、返事によっては聞いたことがきっかけで恐怖の対象になりかねない。

 ならば前向きに、そして自分から質問しても損の少ない道は……。

 

「次の質問だ。転生特典は最低でも何個まで手に入れることが可能なんだ」

「最低でも一個は絶対だ」

「それじゃあ質問を変える。どうすれば複数の特典を得られるんだ?」

 

 メルティアは「最低でも一個は絶対だ」と答えた。

 大抵なら一個が限界数だと思うかもしれない。

 しかしメルティアは「一個だけ」ではなく、「一個は」と答えた。

 憶測に過ぎないかも知れないが、可能性がある内は質問していくことこそが視野の幅を見極めるのに必要な作業なのかもしれない。

 

「敢えて特典に制限を与えることで特典の容量を変化させることは可能だ。例えば、同じ作品内でのみ特典を複数選択する。他にも弱い特典を複数所持することも可能だ。逆に強過ぎて生存戦争に支障を与えるものならば特別に制限を掛けられることもあるから注意しろ」

 

 この情報は上記でセヴンスが「最大でも何個まで手に入れることが可能なんだ」と聞いた場合は「最大でも一個」と返事が返ってきて、この事実に気づけなかっただろう。

 質問をする、しないの違いだけでここまでの情報量を誇っている。

 しかしこの程度ならばセブンスの他にも数名の転生者候補生達は別窓口から入手している可能性は高い。

 質問を怠った者は正しい情報が配られておらず、情報戦においては劣勢を強いられることだろう。

 

 強過ぎる能力は制限される。

 敢えて弱い能力は続けて複数所持出来る。

 弱点を加えることで容量を増やせる。

 

 不用意に特典を選ぶと、単純に強過ぎる特典を選んだ後に制限を掛けられて自分の望んだ能力と違うと思うかもしれない。

 幾ら「聞いていない」と言っても「聞かれていない」と言われれば、それだけで反論を重ねても良い結果は生まれないだろう。

 

「続けて質問だ。転生特典に課せられる制限の詳細を教えてくれ」

「転生特典における強制的な制限の例えは見ただけで相手を殺せるほどの能力を特典として選んでも当然のように制限は掛けられるわ。制限が課せられた場合は相手を見ても弱体化は可能だけど、やっぱり殺害は不可能という判定に収まってしまうのよ。他にも能力をご所望しても剣術のような経験則から積み重ねる技術の体得は天界の技術でも不可能よ」

 

 この条件が正しければ格闘系は全滅したに等しいだろう。

 幅広い選択肢を選んでいけばその限りでもないのかもしれないが、残念なことにセヴンスはそこまで物事の視野が広いわけでもなく、特典選択においてはどこまでが強過ぎで、どこまでが弱いのかの判断が難しい。

 加えて現代人に過ぎないセヴンスでは技術面においてもどれだけ努力を重ねたところで剣術等は剣道までが限界だろう

 こと殺し合いに発展しかねない生存戦争においてはむしろ人を殺せない技術などは返って足でまといになりかねない。

 

「技術面の問題を克服するための例外を幾つか教えてくれ」

「そんな深く考えなくても抜け穴なんて山のようにあるわよ? 例えば、転生特典を能力ではなく、能力を使える本人を選ぶとか」

「なるほどな。でも、選んだ特典が死んだ場合はどんな処理が下されるんだ?」

「転生者候補生の方々は生存戦争の終焉まで『死ぬ』ことは許されていないけどぉ。所有物に関する破損は管轄外よ」

 

 つまり、死んでしまえば丸腰も同然ということになるのだろう。

 いや、死ぬという危険性を敢えて制限として受け入れた上で強いキャラクターを転生特典として選んでみるのも選択肢の一つに加えてもいいのかもしれない。

 そもそも武器を選んでも壊れたら意味はない。能力も使えなければ同じである。

 

「俺の転生特典は決まったぜ」

「へぇ、色々質問攻めしてきた割にはあっさり決まったじゃない」

「生憎とそこまで頭は回らないんでね。俺は俺である程度は初めから決まっていたんだよ」

「ならば聞いてやるわ! セヴンスの転生特典はなに?」

 

 セヴンスは考え抜いた頭を冷やすように深呼吸すると身体を落ち着かせた。

 そして決意を顕にしたようなハッキリとした口調で――。

 

「俺の転生特典は『戦女神』シリーズの登場人物、セリカ=シルフィルだ!」

 

 メルティアの息を呑む音がセヴンスまで伝わってくる。

 それは強過ぎるから、驚いているから、そんな感じではない。

 むしろ、制限の多いキャラクターを選択したことについて驚いていると言っていい。

 

「呆れた。貴様はもっと利口な男だと思っていたのだけどね」

「そりゃあ過剰評価って奴だろう。少なくとも俺ってのはこの程度の存在だ」

「本当に理解しているわけ? わざわざ、忠告まで発してあげたっていうのに。その特典は死亡した時点で使い物にならなくなる。思い通りに動かせなくて自分の身も守れないかも知れない」

「人間っていうのはデメリットをメリットに変える猿なんだぜ? 使い物にならなくなる? この世に消耗品じゃない物なんてありゃしねぇだろう。思い通りに動かせない? 自分の身も守れない? 少なくとも俺の考えてることよりも有能だ。それに最低限の護衛として使えれば問題はなくなる。逆に自分の頼りにならない感覚を頼るよりはまだ信頼できるね」

 

 デメリットをメリットに変える。

 確かにその発想は素晴らしいだろう。

 しかし、それはデメリットが消えたわけではないのだ。

 弱点を弱点として使われてしまえば、そのまま弱さに繋がる。

 

「いいだろう、セヴンス。先程の発言は撤回してやる。光栄に思うんだな」

「ああ、そうしてくれ」

「全く、相変わらず都合の良い考えをするやつだ。まああの程度の相手ならすぐに『用意』してきてやる!」

「……ああ! ……ん? 用意?」

 

 セヴンスがメルティアの言葉に疑問を抱いたと同時にメルティアは空高く舞い上がり、セブンスの視覚では捉えきれない程の速さで何処かで消えてしまう。



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第三話 『下準備』

 彼らにとって今日という日は何も変わらない一日の筈だった。

 けれども、それは悪魔のような左右の片翼に聖魔を宿す銀髪の天人によって呆気なく崩されたのだった。

 

 上位世界と下位世界の狭間世界。

 そこから抜け出した一人の天人は目にも止まらぬ速さで世界を駆け回る。

 ディル=リフィーナ、ラウルバーシュ大陸、レウィニア神権国。

 レウィニア神権国に建ち並ぶ屋敷の一つ。敷地内の庭では二人の使徒とひと振りの魔剣を持つ神殺しが言葉を交わしあっていた。

 だが、それを無視するかのようにディル=リフィーナの世界に現れた天人は目的地へ神速で接近すると懐から黒槍を取り出し、狙いを定める。

 この異常事態に唯一、気づくことの出来た使徒の中では間違いなく最強の能力を宿す金髪の使徒とその主である燃えるような髪色を持つ神殺し。そして相棒である魔剣に眠る権限者であった。

 

 だが、時既に遅し。

 神速クラスで加速を繰り返し続ける天人は、神殺しが魔剣の為に新調した鞘から抜くよりも速く到達し、既に狙いの定まった黒槍を前に突き出した。

 その時間は一瞬の時間さえ、通り越すほどに速い手際の良さであった。

 

 神々から恐れられてきた神殺しは、天人の突き出した黒槍によって正確に神核の位置に到達していた。

 目の前で起こった状況に追いつけなかった赤髪の使徒は、一瞬にも満たない時に、主の屍が出来上がったという現実が信じられず、また、状況に追いつけていないのか、放心し、身体が硬直していた。

 突如、目の前に現れた銀髪の天使の行動に追いつけなかった金髪の使徒は、一瞬の出来事によって、迎撃用の魔術が崩れたが、すぐに我に返り、天人と自らの主を一刻も早く引き剥がす為、殺気を放ちながら接近しようとする。

 赤髪の剣士から溢れ落ちた鞘から半分だけ抜けきっていない魔剣からは神殺しを含む、全ての周囲を歪ませるほどの魔力が漏れ始めていた。

 

 その全ての行動に、元凶である天人、メルティア=アークエンジェルは振り向きもせず、無表情で黒槍に神核を潰され、急激な女神化が進行している神殺しだけを見つめていた。

 

「……人間。何故、貴様はこの程度の人材を欲したのか。メアには分からないよ。定められた選択にメアは覆すことはできない。けれど、一度でいい、メアを選んで欲しかった」 

 

 虚空に呟くメルティアは、黒槍に突き刺さっている神殺しだった者を、神核諸共、引き剥がすと、地面に横たわらせる。

 その瞬間、敷地内の庭の空気はこれ以上にないほど唖然とした。

 そこには、信頼を寄せて、絶対を疑わなかった主が、奇襲とはいえ、瞬殺され、剰え、それを自分達は気づくことすら困難であったこと。

 それだけならば、金髪の使徒が唖然と、その足を止める理由はない。

 決定的となったのは、メルティアの、その黒槍に問題があった。

 何故ならば、神核を一突きされた筈の赤髪の神殺しの胸元には黒槍で突かれた筈の傷は一つもなく、代わりに引き抜かれた黒槍の矛先には、地面に捨てられた筈の神殺しが、白髪で女神化に侵食されていない状態で、黒槍に突き刺さっていたのだ。

 この真に理解できない光景には最有力候補の使徒も、その足を止めざる得なかった。

 

「下位世界より、この地での用事は終えた。済まなかったな、使徒、魔神、そして女神アストライア」

 

 彼らにとって謎でしかない天人は、短く非礼を詫びると粒子分解するように、白髪の神殺しと共に、ディルリフィーナの世界から姿を消した。

 

 侵入者が姿を消し、気配すら感じなくなるとメイド姿をした金髪の使徒と赤髪の使徒は急いで女神化に侵食されていた神殺しの元へ駆け寄る。

 屋敷内では、同じように異常事態に気づいた他の使徒達も同様に駆けつけようとしている。

 

 しかし、赤髪の神殺しに寄り添い続けた魔の宿る剣だけは、消え去った天人の言葉を正しく理解し、使徒達でさえ、理解できていない絶望に気づいていた。そして、魔力の放出をやめられず、溢れ出る怒りが爆発したかのように空間に亀裂が走った。



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第四話 『準備完了』

 セヴンスの選んだ転生特典『神殺し、セリカ=シルフィル』を手に入れる為、狭間の世界から『下位世界』に干渉し、戦女神の世界ディル=リフィーナで『神殺し』セリカ=シルフィルを討ち取った最強の天使、メルティア=アークエンジェル。

 その結果、セリカと女神アストライアは分断され、大幅に弱体化し、白髪となった神殺し、セリカ=シルフィルはメルティアに連れられて『上位世界』と『下位世界』の狭間の世界の天界にある神殿へ戻った。

 そして、物語は現在へ遡る。

 

「セリカを転生特典として選んで発生する制限、デメリットはどの程度なんだ?」

「セリカ自身を縛る制限はないわ。既にセリカは当初の計画よりも大幅に弱体化してるもの。これに制限なんて加えた日には『公平』という言葉が生存戦争で使われなくなるわ」

「つまり、そこで白髪になって寝ているセリカには制限はない。掛けられないということか?」

「察しがいいな、人間。当然、強くなった者の能力は自ら勝ち得たものだ。それをメアの独断で奪うことは生存戦争の『公平』に反する」

「なるほどな。それを聞いて安心したぜ」

 

 運ばれてきたセリカが白髪になっているのは、女神アストライアの身体と能力の大半を失った証だとメルティアから説明をセヴンスは受けている。

 何故、そのようなことをしたのか。

 セヴンスが説明を求めるとメルティアは拒否した。

 詳細は語れないが、簡単な説明を受けるとその全貌も明らかとなる。

 メルティアにセヴンスが転生特典として要求したものは『神殺し、セリカ=シルフィル』だ。

 当初、下位世界からセリカを捕獲する為に出撃したメルティアはそこでセリカの中と外に不純物が紛れ込んでいると気づいた。

 すぐに、女神アストライアを不純物と見たメルティアはセリカ=シルフィルから切り離した。

 これが、簡単な説明を受けてセヴンスがまとめた事件の全貌である。

 

 流石のセヴンスもこれには戸惑いを隠せなかった。

 女神アストライアの身体も能力も持たないセリカといえば、ZEROに出てくる初期魔神ハイシェラと同等、それ以下の戦力しかない。

 虚ろな器時代のセリカならまだ希望はあったかもしれないが、すげぇ気持ちよく寝ている姿を見ただけでも、彼が健康体であることは間違いなかった。

 しかし、これもセヴンスの見当違いだと思い知らされる。

 セヴンスが求めていた転生特典はあくまでも『神殺し、セリカ=シルフィル』であり、ただのセリカ=シルフィルではない。

 つまり、セヴンスの目の前で寝ているセリカは神殺しではあるが、女神アストライアの能力を持たず、身体も言ってみれば残香に等しい。

 だが、今は弱いだけで育て上げればそれなりの成果は挙げられるだろう。

 でなければ困る。

 

「それで、さっきから全然起きそうにない此奴はどうすれば目覚めるんだ?」

 

 セヴンスが最も気になっていたのは、そこだった。

 戦力であるセリカは頬をつついても、引っ張っても目を覚ます気配が微塵もない。

 というか、近くにいるだけですげぇ良い匂いがする。女の子って不思議。あれ、こいつ男だったよな。

 

「今日目覚めることはない。女神の身体、それも残香にも等しいほどだけど、それでも秘めている能力は相当高いわ。疲労も明日になれば消え去ってるでしょうね」

 

 それじゃあ、これからどうすればいいって言うのだろうか。

 このまま生存戦争とやらに参加しても、戦力が爆睡している以上は戦闘にすらならない。

 最悪、叩き落とすことも視野に入れるが、生憎とセリカの頬が予想以上に柔らかいことを知ってしまったせいか、躊躇してしまう。

 

「生存戦争は今日、明日で始まるものでもないわ。そんなに警戒しなくてもいい」

「――お前、意識を読む事でもできるのか?」

「貴様の不安そうな顔を見ただけで察せるわよ。メアは人間とは違うからな」

 

 最悪の事態は免れた。

 しかし、これから何をすればいいのだろうか。

 そもそも、神殿と言っても部屋があるわけでもない。

 まさか野宿!?

 

「人間。これ以上、天界に用がないようなら眠れ。さすれば上位世界への扉は開かれるであろう」

「いや、こんな場所で睡眠が取れるわけないだろう」

「全く、仕方がない人間だ。今回は特別にメアが眠らせてやろう。感謝するのだな」

 

 眠らせる? 呪文でも唱えるのだろうか? それとも、膝枕で――。

 

「歯を食いしばれ! 人間! メアの一撃はちょっとばかり響くぞ!」

「おい! ちょっと待て! まさか! やめ――ぐはぁ!」

 

 目にも止まらぬ速さで顔面を殴られたセヴンスは、強制的に眠らせられた。

 そして狭間の世界から抜け、『上位世界』、現実で目を覚ました。

 無論、ベッドから転げ落ちたセヴンスはいつも踏み歩いている床と接吻する羽目になったのだとか。



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生存戦争
第五話 『説明』


 妙に現実的な悪夢を見てベッドから転げ落ちて床と接吻してしまった男は、ゲッソリとした顔を洗うと朝食を食べた。

 眠気は吹き飛び、腹も満たした。

 改めて、夢の内容を思い出そうとするが、夢というのは時間が経つ毎に忘れやすくなっていき、最後には曖昧になってしまう。

 よくあることだ。

 最強の天人、メルティア=アークエンジェル。神殺し、セリカ=シルフィル。

 最低限、覚えている内容はこの程度だったが、いつ忘れてしまうかも分からない。

 所詮は夢だ。そう切り捨てることも出来るかも知れない。

 だが、一つだけ不安な要素もあった。

 男はスカイダイビングをしたこともないのに、夢の中ではリアルに再現されていた。

 それだけが気がかりでならなかったが、昼過ぎになると、そんなことも忘れてしまう。

 男の生活は、殆ど無職ニートにも近い生活である。

 一日を無駄に潰し、ベッドに腰を掛けると眠った。

 

 そして、天界の神殿の奥に用意されていた部屋で目覚めて――。

 

「ーん……朝……じゃない」

「よく眠れたか?」

「…………」

 

 隣で同じ布団に潜り込んでいる黒髪の女神(♂)は、セヴンスの耳元で呟いた。

 

「うわあああぁぁっ! セ、セリカ!? って、ここは……?」

 

 周りを見渡し、床や壁の材質が神殿と同じものだと認識できると、上位世界で忘却した記憶を思い出した。

 

「昨日は……凄かったな」

「」

 

 昨日は凄かった? 昨日ってなんだ? 起きた途端に上空から落とされて、脅迫まがいの行為にあった挙句、顔面を殴られてブラックアウトした。

 いや、これは、昨日は昨日でも、夢の、狭間世界での出来事か。

 

「凄かったってなんだぁ!? 寝言か!? いびきか!? それとも寝相のことかぁ!? つーか、なんで俺が野郎と一緒に寝てんだよ!」

 

 昨日まで時点では色はせた白髪だった筈のセリカの髪の毛は、綺麗な黒髪に変わっていた。

 

「同じ布団に入れられたのは主様の方だ。俺が後から入ったわけじゃない」

「俺が言ってるのはそういうことじゃねぇ……」

 

 ならば、何が問題なのか?

 セリカは本当に分かっていないかのように首を傾げる。

 

 それから、状況を改めて判断できたセヴンスは、セリカを連れて部屋を出た。

 

「遅かったな、人間。起きていたなら、早く部屋を出ればいいだろうに」

 

 部屋の外では、セヴンスが目覚めたことを予期でもしていたのか、メルティアが既に待機していた。

 

「それにしても貴様がニートだったとはな。失望したぞ」

「悪かったな、俺には俺で事情があるんだよ」

 

 社会不適合者等で見下されていると思ったセヴンスは、言い訳にも見苦しい言葉を使うが、どんな言葉を並べたところで自分がニートである事実が変わるわけではない。それが、自覚しているならなおタチが悪い。

 

「何を言い訳している? それに勘違いとは滑稽だな。メアはニートならさっさと二度寝して早く来ればいいと言ったのだ」

「俺にも生活があるんだよ。それに、一夜の夢だと思ってもう来れないとも思ってたし」

「生活? 一日を食いつぶしていた貴様が? 生存戦争に参加している以上は逃げ場などあるわけがないだろう」

「ソウデスネー」

 

 メルティアとの会話を反面、構ってもらえないセリカは好奇心に満ちた瞳でセヴンスを眺めていた。

 なぜだ?

 

「なんかセリカの俺に対する接し方が初対面のそれと違うんだけど」

「女神アストライアと分離する前の記憶は失ってたのよ。だから、貴様が飼い主だと伝えたまでだ」

「いや、間違ってはないけどさ。それを本人の前で言うと本末転倒じゃね?」

「そうでもないみたいだぞ。貴様だって同じ状況に巻き込まれた同じ穴の狢、セリカの現状で抱く心情くらいは予想出来る筈だ」

 

 メルティアの意味深い言葉に誘導されていると気づいていながらも、同時に試されているとセヴンスは感じ取った。

 曰く、この程度も分からないようでは、セリカを従える資格はない。とでも言うかのように。

 

 今のセリカには記憶はなく、ハイシェラのように自分を証明する為の相棒もいない。

 誰かが自分を引っ張ってくれるわけでもなく、自分の進むべき道が明確に記されているわけでもない。

 神殺しとして狙われている時ですら、逃げる、迎撃するといった行動を選択肢として用意されているのだ。

 それすらない楽園、天界では、セヴンスこそが自分の存在意義だと言っても過言ではないのかもしれない。

 しかし、これは全てセヴンスの予想しただけに過ぎず、自身を過信しているだけという可能性も否めない。

 

「なるほどな。人間にしては面白い考え方ではないか。メアは嫌いではないぞ」

「悪かったなっ!」

 

 セヴンスの反応を見て、メルティアはセヴンスがどのような解釈をしたのか察知したかのように振舞う。

 いや、絶対に分かっていないだろう。雰囲気に流されたな。

 セヴンスはジト目で、誇らしげにしているメルティアを見つめながら間違いないと思った。

 

「無駄話が過ぎたな。ついてこい。立ち話もなんだ。話しながら目的地へ向かうとしよう」

 

 メルティアは、セヴンス達を案内するように先頭を歩く。

 それに続くように無関心だったセリカも歩き、最後にセヴンスも後ろをついて行った。

 

「まずは生存戦争がどのようなものについてだったな」

 

 メルティアから語られる『説明』はそれ程難しくはなく、参加することを前提としていれば、補足説明のようなものでしかなかった。

 

 一つ、生存戦争の最大期限は一年間であり、一ヶ月に一試合を行う。

 二つ、試合は一体一で行い、一ヶ月間の期間中にお互いに主催者へ申請をしなければならない。一ヶ月間に申請がされなければ、負けとなる。

 三つ、最初の一ヶ月間は自由期間とし、手に入れた転生特典に慣れてもらう。また、手に入れた転生特典を上手く使いこなし、時には強化に励んでもいい。

 四つ、生存戦争の対戦相手はお互いに転生特典に関する記述を提出しなければならない。ゲームやアニメであれば、作品タイトルの公開を。西遊記やアーサー物語のような逸話ならば、作品の名前を。

 五つ、一番勝ち星の多い転生者候補生が『下位世界』へ転生しなければならず、そこには自由意思は含まれない。

 六つ、『下位世界』に転生する転生者候補生は、一つだけ主催者へ要求する権利が与えられる。

 

「四つ目は、有名な作品であれば、あるほど強力な転生特典である可能性が高く、逆にマイナーな作品の特典だと転生特典の特定が難しいわけか」

「然り。貴様のようなニートが選んだエロゲキャラならマイナーな存在であり、同時に強力な存在でもあるな。弱体化したことを除けば」

「勝手に言ってろ」

 

 セヴンスは一度も振り返らず喋るメルティアを何処か不気味に思いながら問い返す。

 

「五つ目の転生はやっぱり強制なのか?」

「貴様にはどのように聞こえたのだ? 自分にとって都合の良い展開など早々あるわけもなかろう」

「……その理由はなんだ」

「意図が見えぬな」

「下位世界の転生が強制である理由を教えろ。俺達はお互いに殺し合うというリスクを背負ってまで参加してるんだ。それに対してメアの言い分は一方的だ」

「ふん! 目の前しか見えない種族が。どこが一方的だ。メアは主催者で、貴様達は参加者だ。六つ目の権利は賞品であり、五つ目の転生は義務だ。願いを叶える為に課せられたな。生存戦争の参加が自由意思である以上、生存戦争はその過程に過ぎない」

「……なるほど。全然分からん」

 

 自分で質問してなんだが、自分の理解を超えた答えを返されるとは思ってもみなかった。

 しかし、考えてみれば、目の前にいるのは天人であり、自分は人間だ。

 考え方が違えば、答えも違う。

 一瞬だけセリカを見たが、セヴンスとメルティアの会話に興味がないのか動揺がない。

 元人間のセリカならば、メルティアの思想を理解できるのではないか、と思ってみたが、すぐに切り捨てる。

 興味のない者からすれば、どれだけ価値があろうが、意味がない。

 

「六つ目だ。メアの、主催者の叶えられる願いに限度、限界はないのか?」

「メアの叶えられる願いなら叶えてやる。だが、回数を増やす願いはやめておいた方が身の為だぞ。……メアにとっても、貴様にとっても」

「……肝に銘じておく」

 

 そこからは質問せず、大人しくメルティアの背後を歩いて行った。



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第六話 『願望』

 メルティアの背後を無言で歩いているセヴンスはセリカが気になっていた。

 目覚めた時に一緒の布団に入っていたハプニングで軽くパニックを起こしたが、それ以外では全くと言っていいほど会話をしていない。

 セリカがどのような人物なのか。

 戦女神では、何度か見てきたが、実物が同じとは限らない。

 さらに、女神アストライアと分離したことで大半の記憶は消失しているらしい。

 もしかすると、セヴンスの知っているセリカではない可能性も十分にあるのだ。

 

 ここまで前にいる彼について思ってみたことを言葉にしてみたが、言ってみれば憧れの存在が目の前にいることに興奮している。

 セリカの容姿は間違いなく、女性のそれと同じである。

 身体と能力の大半を置き去りにしてこようとも、神殺しをご所望したセヴンスの要望通り、独特の髪型をしている黒髪の美男子はセリカだった。

 

 最初など見知らぬ美少女が同じベッドに入っていると勘違いしていた自分が恥ずかしい。

 容姿も、声も、女性ソックリで、自分が男であると主張しなければ気づいてもらえないほどの美貌を持つ神殺し。

 セヴンスの内なる感情では黒い靄のようなものが、広がっていく。

 これはもう、自分の物だ。どんな欲望に塗れた行為をしても許される。

 思わず、手が伸びそうになり――。

 

「ついたぞ、若造。初々しいところ悪いが先に此方の用事を済ませてからにしろ」

 

 メルティアの声が聞こえてきて我に返る。

 自分は今、何をしようとしていたのだろうか。

 自分自身というものが言うことを聞かないなど今までに一度もなかった行為に愕然としながらも、それを表に出さないよう気配りをする。

 そうでもしなければ、自分が保てそうになかったからだ。

 

 セリカも、後ろを歩いていた主である黒髪の青年の異変に気づいていたが、一度だけ横目で確認した後、興味を失くしたような顔をして、再び、メルティアの背後を追った。

 

 セヴンスのたどり着いた場所は『第七位(セヴンス)』のプレートが貼り付けられている扉の部屋だった。

 部屋の中は、ベッド、風呂、トレーニング機材等が揃っている。

 

「ここが貴様達の割り当てられた部屋だ。用意されているトレーニングの機材は此方から貴様の転生特典に合った物を選んできている。他にも風呂に入れば、上位世界と同等の湯船に肩をつけられるだろうが、それで上位世界の自分が綺麗になったとでも思わんことだな。ベッドで寝れば、上位世界で目覚められるだろう。出来る限り、上位世界にある貴様のベッドと似せて作ったのだ。これだけメアに貢がせたのだから、大いに感謝するがいい!」

 

 幸先のいい報告ばかりだが、言ってみれば他の転生者候補生にも同じような待遇を受けているのだろう。

 そう思ってしまうと素直に喜べないのはゆとりのサガという奴か。

 

「メアからは以上だ。用事があってもこれからは呼ぶことは出来ないからな。聞きたいことがあるなら今の内に好きなだけ聞くがいい。メアだって鬼じゃない。存分に答えてやろう」

「いや、結構です」

 

 本当は聞きたいことは山ほどあったが、先程から収まらないセリカに対する衝動が強いせいか、メルティアの好意を蔑ろにした。

 

「じゃあな、人間。メアがいなくなるからってハメを外しすぎるなよ」

「とっとと帰れ!」

 

 妙に腹立つようなドヤ顔を叱って、メルティアを部屋から追い出した。

 そして、二人っきりになったところで改めてセリカを見た。

 先に部屋へ入った筈のセリカは何もせず、無言で立ち続けていた。

 普通なら座ればいいとか、立ってないで寛げばいい、と言うだろう。

 しかし、少し前の異常と、今も食いるようにセリカの美貌を覗き込むセヴンスは、見とれていた。

 

「…………?」

「っあ!? 悪い」

 

 夢中になってセリカを眺めていたことを不思議に思われたことを隠すこともできなかった。

 慌てて顔を背けるセヴンスは内心で何処かのラブコメ主人公を気取ってるつもりか! と自分に意味の分からない説教をする。

 暫くして、再びセリカを横目で確認してみるが、部屋に入ってきた位置から一歩も動いていなかった。

 

「あー……セリカ、別に無理して立ってる必要はないから。ここはもう、俺達の部屋だから汚さない程度に自由にしてていいからな?」

「……別に、俺はこれでも自由にしているつもりだが」

 

 全然そうは見えないんですけど。

 そう思いながら、セヴンスはあることを思い出した。

 この世界ではセヴンスのような転生者候補生という例外を除けば、束縛されるようなものは何もない。

 逆に言えば、セリカは理由がなければ、何もしないし、何もできない。

 座る必要がなければ、座らないし、自由にしろと言われても、自由にしているからこそ、動くことすら必要としない。

 

 ――そう、セヴンスが命令を与えない限りは、セリカは自分の意思というものを主張しないのだ。

 

 セリカの飼い主。

 少し前に聞いたその言葉が、セヴンスの欲望を高める。

 それだけでもなく、セヴンスは初めてセリカを見た時から、いや、それ以前から気になってたことがある。

 それは、セリカが本当に男なのか? という疑問だった。

 今のセリカは少なくとも女神アストライアと分離した状態であり、絶対に女神化等のバッドステータスは存在しないだろう。

 しかし、現物で見るセリカは男であることは分かっている筈なのに、どうしても確証が得られない。

 この疑問をどのように解決するか?

 いや、こんなことは理由でもなく、既にやり方など決まっている。

 人間は信じられないものを信じられるものに変える唯一にして、絶対の方法は行動で証明するのだ。

 この手で、セリカの華奢な身体を隅から隅まで余すことなく自身の欲望で包み込む。

 想像するだけで黒い欲求は高まり、自分でも気づかぬ内に口元が笑っていた。

 彼を止める為のメルティアは消え、残っているのは彼のどんな命令でも忠実にこなす駒だけである。

 

「……なぁ、セリカ。お前は本当に『俺の物』なんだよな」

「ああ、どうやらそうらしい」

 

 曖昧な返事だったが、異常なセヴンスの様子に臆することなく、平然と返答する。

 その回答は、セヴンスの汚れた牙を尖らせ、剥き出しにさせる。

 

「……俺さ……疑問だったことがあるんだ……だから、それを解決する為に協力してくれないか?」

「俺は主様の物だ。勝手に命令すればいい」

「っ……そうか……」

 

 後戻りできる最後の警告を発信したつもりだったが、払い除けられ、自由にしてもいいと許可すら出してきた。

 

 ああ、もう我慢できない。

 もう、相手が了承しているのだ。我慢する必要は何処にもない。

 

 何処にでもいる小物臭を纏う下衆のような笑い声を上げながら口元を歪める。

 

「服を脱げ」

 

 セリカが女性なら拒絶するであろう言葉を吐き捨てる。

 例え、男だったとしても、いきなり同性に『脱げ』などと命令されれば躊躇する筈だったが。

 しかし、セリカの答えは違った。

 

「わかった」

 

 腰のベルトを手馴れた手つきで外し、紅黒いコートを脱ぐ。

 そこにはシャツだけのセリカが、男性とは到底思えないような健康的な肌が見えていた。

 セヴンスに見られながらも、動きを緩めることなく、下着も脱ごうとして――。

 

「待て、そっちは後でいい。許可を出すまで下着は脱ぐな」

「……わかった」

 

 男性なのか? 女性なのか?

 それだけを確かめるだけなら、そもそも上服だけを脱がさず、下服を脱がして見ればいい。

 それをしなかったのは、常にセヴンスの頭の中には男女を見極めるという目的が抜けているからである。

 セリカの従順で、無防備な姿は、セヴンスを駆り立てる。

 

「これでいいのか」

「ああ、十分だ。許可を出すまでそのまま動くな」

 

 上着のみを脱ぎ終えた姿は、とても男性とは思えない綺麗で華奢な上半身がそこにはあった。

 胸元は膨らんでおり、胸の大きさに固執するような男でなければ、その魅力的な姿に虜にされていたかもしれない。

 胸の善し悪しなど分からないセヴンスにとっては、セリカが男性であると内心では考えているので、最後の一線だけはしっかりと引いている。

 ただ、これ以上セリカに魅了され、男でも構わねぇぞ! と思わされたが最後、セヴンスは男としての大切な掛け替えのないものを失ってしまうと理解していた。

 

「……ん……ぁ……」

「……や、柔らかい……」

 

 恐る恐る指先で胸に触れるが、その感触は男性のものとは思えない弾力があり、指先を滑らせるように触れていくと病みつきになるほど心地良い感覚がセヴンスを支配しようとしていた。

 途中から焦れったくなったセヴンスは、両手で胸を集めるように揉みだした。

 揉めば揉むほど止められず、男のものということすらも忘れかける。

 

「は、ぁ……ぅ……ぃ……」

 

 触り方は次第に激しくなり、漏れてくるようになった色っぽい声が耳元まで届く。

 その声が聞こえてくる毎に虐心が牙を出し、二人の距離も前を踏み出せば触れてしまうほど近く、吐息すら感じられる。

 

 ついに耐えられなくなったセヴンスは震えながら顔を胸まで近づけると、一度だけ、ペロリと舌で乳首を舐めた。

 

「くっ……ぁ……」

 

 興奮していたのか。小さい悲鳴が聞こえるが、そこには拒絶の色は見られない。

 最早、頭では何も考えられず、体温は高まり、沸騰しているように、顔が赤くなっていることは鏡で見なくとも十分に理解できる。

 

「ああ、もう……セリカ、俺、我慢できねぇ――がぁ!?」

 

 遂に、同棲という最終防衛ラインまでもが突破されそうになり、しかし、その時はやって来なかった。

 口を胸で埋めようと考えていたが、セヴンスが顔を近づけるよりも速く、セリカが両腕をセヴンスの後頭部へ回し、必死になって胸に押し付けているのだ。

 視界は真っ暗になり、息継ぎのできない状態が続く事に苦しみに苛まれる。

 そして、我慢できなくなったセヴンスは意識までも手放した。




これ、18禁に入らないですよね(焦り)?
だって胸だけだし、DxDでもセーフだし、だってセリカは男だし……。
ま、まあ俺のような描写の下手な奴だし、問題はないといいなぁ。


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第七話 『訓練』

 天界で黒髪の美男女によって酸欠状態に陥り、気絶した男は、上位世界に意識が戻ってきたと同時に顔を歪ませ、悶え苦しみながら必死に酸素を体内に吸い込むと息を荒くしながら、その場で硬直した。

 もう少し、男が上位世界から帰ってくることが遅ければ、現実の身体は酸欠状態に陥り、現実での死を迎えていただろう。

 そう思うと、男はセリカに対する囁かな憎しみと自分が何故あのような行為に及んだのか理解に苦しんだ。

 メルティアと別れる前まではセリカに何もしないと自身に決め事を作っていたにも関わらず、思いの外、あっさりと破った。

 我慢できなくなり、欲望に忠実になった? あり得ない話ではない。しかし、男の場合は性別の壁からして、セリカに欲情するなどありえはしない。

 散々考えた結果、自分は神殺しが抱える女神アストライアの魅了する術に嵌ってしまったのではないかという結論に落ち着いた。

 原作でもアビルースという男がセリカに魅了され、魔術師として道を踏み外してしまったのだ。

 それ以外に自分で自分が抑えられないという現象が起きる理由など説明がつかなかった。

 

「悪夢だぁ」

 

 既にわかりきっていることを虚空に語りかけるように呟く。

 しかし、これは言い訳に過ぎないとも内心では理解していた。

 どのような理由を後付けしたところで、自分はセリカを(性的に)襲った。

 その事実だけは絶対に覆らない。

 

 そう考えると自分がまさか男性の肌を揉みながら、舐め回す日が訪れようとは思ってもみなかった。

 自分は少なくともホモでもゲイでもない以上は特殊性癖を持たず、清く正しい交際や一生童貞で終わると思っていた。

 現実は非情であったが。

 セリカの肌に触れた時、自分が想像していた以上に柔らかく、鍛えている男性特有の硬さはなかった。

 人肌とは想像では測りしえないほど神秘的なものだったのか。それともセリカ自身が特別なのか。

 野郎の肌については興味はないが、初めて自分以外の人肌に触れた感想を言えば、新鮮な体験だったと言えよう。

 幾ら神殺しセリカと言っても、男性の肌で欲情した経験は上位世界まで持ち越され、セヴンスの黒歴史の一つとなったことは否めない。

 

 言い訳による完結を終えたところで、一つ疑問が浮かび上がった。

 いや、これは上位世界へ戻された時に真っ先に疑い、真っ先に憤怒する筈のことだった。

 セリカが主であるセヴンスを仮死状態まで追い込む真似をしたのだろうか。

 此方が上位世界の住人である以上は狭間世界と言っても上位世界に劣るのだ。

 天界にいたセヴンスは殺され、上位世界にいる一人の男は悪夢から目覚める。

 結果はそれだけのことに過ぎないが今後の関係を築き上げるに当たっては、セリカの裏切りも考慮していかなければならない。

 考えてみれば、あのような行動を実行した理由よりも、あのような行動を実行する必要性を考えていった方が早い。

 自らの主を酸欠状態に追い込めば、当然のように不信感を持たれ、今後の関係にも少なからず支障が出るだろう。

 それを踏まえて、セリカがそれでもセヴンスを酸欠状態へ追い込む必要があった理由を考えてみたが……浮かばない。

 いや、最も簡単で、最も可能性のある答えにはたどり着いているが、認めたくない。

 

 ――それすなわち、セリカの照れ隠し。

 

 原作でセリカが性魔術を行う場面は幾らでもあるが、その殆どに置いてセリカは感情を制限している。

 天界において、感情を制限する必要もないセリカが無防備状態でそのまま快感を感じていたとすれば、セヴンスは間違いなく、同棲である男性を散々喘がせた挙句、抱きしめられて窒息死したホモ野郎認定を受けることは間違いない。

 どれだけ可能性を考えようと確証にまで至ることはなかった。

 

 状況を出来る限りまとめて自分なりの区切りをつけた男は、ベッドから立ち上がると部屋を出て行った。

 いつものように顔を洗い、朝食を口にするとPCの前に立ち、エロゲファイルから『戦女神』を選択する。

 男の選んだ戦女神シリーズは、最もセリカ=シルフィルが弱体化した作品であり、最近リメイクされたものである。

 同時に攻略サイトを開きながらセリカに関する情報を出来る限り調べる。

 時間は有限であり、彼の体力もまた有限であった。

 精神的に疲労し、それでもセリカに関する情報を暗記して天界へ持ち帰る為に無駄な努力を続けた。

 

 そして、いざベッドに入り眠るだけの作業ができず、頭を抱える羽目にもなる。

 言ってみれば簡単な話で、セリカに対する恐怖心が染み付いて、不信感を抱かざるえないのだ。

 幾ら自分の中では結論を導き出していると言っても外れる可能性だってある。

 セリカの意思で抱きしめられたのだとしたら起きた瞬間に首を絞められかねないのだ。

 そうなれば、当然のように地獄のような苦しみをもう一度経験しなければならなくなる。

 それが生存戦争中、つまり一年間も継続されるなら自殺すら考えるかも知れない。

 

 恐怖は恐怖を呼び、より恐怖心を大きく煽っていく。

 目を閉じ、恐怖を意思で押し付けながら、男は眠りについた。

 

 そして上位世界で寝たセヴンスは、天界で意識を覚醒させる。

 目覚めたセヴンスは、迷いなく目を開けると咄嗟に周りを確認する。

 そこは、天魔の翼を持つ銀髪の美少女、メルティアに用意された部屋のままであった。

 自分はそのベッドで寝かされており、ベッドの下では黒髪の美男子が無表情で正座していた。

 

「お、おはよう……」

「ああ、おはよう。主様」

 

 声色を変えない女性の声にすら聞き間違えてしまいそうになるその声に感情の色は込められていなかった。

 セリカの服装は、上着を着用しており、あの時の状態のままではなくなっていた。

 まあ、あの状態のままだとセヴンスの少ない良心まで傷ついてしまっていたかもしれないので、むしろ、自分から動いたという行為には素直に感心を寄せる。

 

 だが、何故だろう。

 分かっているのに、ダメだと決めているのに、どうしてもセリカを虐めたくなる。

 湧き上がるムラムラする衝動は、一度発散させたくて仕方がない。

 気が付けば、腕はセリカの胸へ迫っていた。

 

「……ぁ……ぅん……」

 

 上着の上から胸を弄り、顔をセリカの首筋に近づけ、犬のように舐める。

 顔は見えないが、喘ぎ声を聞くだけで衝動は高まっていく。

 このままでは以前と何も変わらないと分かっているが、夢中になったそれを止める術を持ち合わせてはいない。

 

 それから、暫くはセリカを喘がせながら自分の欲求を満たしていった。

 欲求が満たされた頃には、セリカの姿は紅黒いコートも、シャツも脱いでいた。

 セリカ自身、荒く肩で息をしており、その目にはうっすらと小さく涙が浮かべてあった。

 その姿を見るだけでもう一度虐めたくなる衝動に駆られるが、満足した意思でそれらを抑え付ける。

 

 セリカが落ち着きを取り戻し、上着を羽織るまで待った。

 回復は思ったよりも速く、快楽に呑まれていた顔は元の無表情へ戻っていた。

 少しだけ顔が赤いままだったのはセヴンスの見間違いだろう。

 

 それからセヴンスは現在のセリカがどの程度の能力を発揮できるのか実験を行った。

 魔術の実験では、詠唱なしに<雷撃>と<落雷>を成功させる。

 戦女神でも詠唱は必要らしく、戦闘シーン以外では仲間の使徒が詠唱していたイベントがあったが、セリカには必要ないらしい。

 それでも、魔術を成功させるには時間がそれなりにかかる。

 

 <雷撃>は、頭上から直線上に稲妻を落とし爆発させる魔術。

 <雷撃>を発射させる方向は自由だが、真っ直ぐにしか効果はなく、曲げることなどは出来ない。

 その分、直撃すれば攻撃力は申し分ないほど高い。

 

 <落雷>は、頭上から稲妻を落とし大炸裂を引き起こす魔術。

 指定した位置の周囲を丸ごと巻き込む事が出来る魔術だが、自分達の近くで発動させると巻き込まれる危険性も高く、威力も分散してしまいやすい。

 その分、集団戦においては思わぬところからの攻撃で集団戦を根本から覆しかねない高性能を誇る。

 しかし、一体一の戦闘においてはその性能が発揮されることは間違いなくないだろう。

 

 剣については、持ち合わせがないのでセリカの代名詞たる飛燕剣は使い物にならないだろう。

 召喚系の魔術についても女神アストライアとの分離時に白紙となり、媒介もないので現状では頼りにならない。

 吸収魔術についてはセリカに触れている状態で<性魔術>の発動を直に確認できた。

 

 <性魔術>は、戦女神でよく使われるエロゲ特有の吸収魔術の一つである。

 魔術による打撃から相手の力を吸収することで有名。

 これを使えば神殺しの魅了にも対処出来るのでは? と考えて実行してみると体力を奪われて疲れるが、それでも性欲を奪うことも可能だった。

 

 それから暫くは、生存戦争が本格化するまで特訓に明け暮れる日々が続いた。

 電撃魔術は成功度が上がり、発動する時間も短縮されるようになり、接近戦が十八番のセリカが剣がなくても戦えるように二人で格闘を積み重ねていくが、神殺しの身体であるセリカの能力は人間であるセヴンスよりも遥かに凌ぎ、身体が覚えているのかセヴンスよりも上達は凄まじく早かった。

 

 吸収魔術だけは例外で、天界で目覚めると傍では黒髪の美少女にも見間違える美貌を持つセリカが、セヴンスの指に口づけを交わし、色っぽくご奉仕する姿を見る度に興奮を覚えるが、<性魔術>が終了すると正常に戻る為、慣れるまでは精神的に参っていた。

 

 ――だが、そんな日々も生存戦争の名のもとに終わりを迎える筈だったのだが……。



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第八話 『始まりの大地』

 以前、メルティアと会話した四番目の自由期間が残りわずかになった時のことだった。

 いつものように上位世界で眠りにつき、天界へ意識を移そうとしたセヴンスは、狭間世界の別の空間に呼び出されていた。

 その場所は、あらゆる害意を許さない聖殿であり、そこにはセヴンスの他にも黒髪の少年が一人だけ存在している。

「ようこそ、第七位(セヴンス)。歓迎するよ。ここは<始まりの大地(イザヴェル)>だ。僕は君と同じ転生者候補生の一人であり、遊戯主(ゲームマスター)を任された第一位(ファースト)を冠する始まりの転生者でもある」

「お前が俺をここへ呼び出したのか?」

 

 ここが何処なのかという問はしなかった。彼が転生者候補生である以上、ここは天界の何処かである。

 <始まりの大地(イザヴェル)>に引っかかりを覚えるが、この緊急事態では思うように思考が回らない。

 今考えるべきは、奴が何者であるかではなく、奴が何の目的でセヴンスをここへ呼び出したのか。

 その真偽を見極めることが重要である。

 さらに、戦力である神殺しはセヴンスと違ってこの空間には招かれていないので、ここで殺されたら、二度寝しなくてはならない。

 

「そう硬くならないでよ。僕は別にセヴンス君と争いにこの場を設けたわけじゃない。ただ取引の為に呼び出しただけさ」

「……取引?」

 

 交渉のテーブルの為にセヴンスは呼び出されたらしい。

 ファーストがなんの取引を持ち掛けてくるのか。

 分かりやすい答えは手を組むとか、最低限の同盟を組んでお互いに争わないとか、自分の為に死んで欲しいとか。

 嫌いではないが、セヴンスは応じないだろう。

 

「そう、取引だ。僕達で同盟を組み、お互いに助け合いながら、お互いの勝ち星の為に貢献し合おうじゃないか」

「……俺を選んだ理由はなんだ。そもそも、お前はゲームマスターとやらじゃあなかったか? こんなことをして何の意味がある」

「僕もゲームマスターである以前に参加者なんだ。序列と特典の応用性からゲームマスターに選ばれたに過ぎないよ。セヴンス君を選んだ理由だったね。それは単純にセヴンス君が一番弱く、勝目が薄そうに見えたからかな」

「容赦ねぇなぁ、ファースト」

 

 全てお見通しというわけか。

 彼がセヴンスを勧誘しに来たにしては当然の理由でも合った。

 彼は自分がセヴンスよりも優れていると思っているし、セヴンスが裏切っても処分すればいいと考えているだろう。

 逆にセヴンスが裏切っても、実力で劣れば無駄死に同然である。

 そう、これはどう考えても対等の取引なのではなく、セヴンスにとって極めて不利であり、脅迫でもあった。

 

「俺がそんな脅しでビビるとでも思ってんじゃねぇよなぁ!」

「無駄無駄。『概念魔術空間』である<始まりの大地(イザヴェル)>の中ではあらゆる武力、害意による接触行為は禁止されているのさ。なにせ、<始まりの大地(イザヴェル)>は転生者候補生の話し合いの席として許可されてるからね」

 

 殴りかかろうとしたセヴンスが行為が実行されず、身体がひたすら硬直してしまったのは、そんな理由が隠されていたからなのだろう。

 だが、歯向かってきた相手に対して何もしないという行動が腑に落ちない。

 哀れんでいるのか、それともファーストにはまだセヴンスと交渉の余地があるとでもいうのか。最もセヴンスにとって望ましい結果はゲームマスターも――。

「――例外ではなく、<始まりの大地(イザヴェル)>の前では等しく人の身に落とされる」

「まるで自分が人間ではない言い方をするじゃねぇか」

「そうだね。ある意味では人間の形をした化物かも知れない」

 

 転生特典を自身に付加した時点で人間を辞める奴らは大勢いる。

 セヴンスの場合は自分で戦うことが怖い。特典の引き継げない部分があることが嫌だ。

 そんな我儘から他の世界に迷惑をかけてまで、自分にあった相棒を手に入れたのだ。

 まあ一番迷惑をかけられたのは、戦いを強いられたセヴンスでもあり、相性が悪く、燃費も悪い相棒を手に入れたことも否めないが。

 

「俺はお前がなんであろうと叩き潰すだけだ。それに、ゲームマスター権限がどれだけ偉いものなのかは知らないが、お山の天狗にでもなったつもりか? 勝利に揺るぎがないなら俺を脅迫する必要なんざ何処にもねぇだろうが」

「これは手厳しいな。僕はこれでも周りを確認できるほど余裕は持ってるつもりだけど」

「周りばかり見て、自分の手札を曝け出してちゃ意味ねぇだろう。それはもう余裕じゃねぇ、慢心だ。そんな奴と同盟張るなんざこっちから願い下げだ」

「……どうあっても取引には応じない、か。ならば交渉決裂だ。精々、僕と敵対したことを悔いるがいい!」

 

 そんな時は訪れねぇよ。

 一つの世界が終わり、目覚めると上位世界に戻ってきていた。

 

 男の戦場は変わる。

 PCの電源を入れると『概念魔術空間』、<始まりの大地(イザヴェル)>について調べていた。

 そして、見つけた。

 そこには最もゲームマスターに相応しい人智を超えた神々について記されていた。

 ――『fortissimo(フォルテシモ)

 

 男がすぐさまエロゲファイルを開いたのは言うまでもない。



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第九話 『第十位』

 後に第十位(テンス)と蔑まれる男の人生には常に軍服という枷が付きまとっていた。

 生まれた頃から戦場の中心で奇跡的に生き延びていた男に不満はない。

 これが当然だ。日常だ。ありふれた光景だ。

 生きるために産まれてきた男は死ぬために戦場へ身を投じるのみ。

 何も変わらない。何も変えられない。そんな日々が当然のように続いていくと本当に信じていた。

 

 ――そんな愚者の日々も絡繰が解けると終わりも告げる。

 

 軍服を来た青年は、外の世界を知ってしまった。

 それだけで歯車は容易く縺れる。

 自分はどうして彼らと違い死ぬ為に戦い、彼らはどうして自分とは違い日常で戦っているのだろう。

 男にとって平和は眩しく、喉から手が出るほど欲した。

 

 こうして、男は初めて軍服を脱ぎ捨て、平和を手にすることができた。

 今までの働きに免じて人生を楽しむだけの金額は貰ったが、男には関係なかった。

 これからは自分の知らない祝福に満ちた未知を体験するのだと心が躍った。

 そんな幻想が呆気なく崩れることも知らずに。

 

 男が目指した道は、外の世界を知ってしまったことで中途半端な結果を迎えた。

 平和を知らずに戦場を駆け回れば、英雄になれた可能性も、怪物と恐れられた可能性も残っていた。

 戦場を知らずに平和に生き続けていれば、経済を歯車となり、世間の荒波に立ち向かっていたかもしれない。

 中途半端な道を辿ったことで男は狭間を生き続ける。

 

 そして気づいてしまった。

 平和に生きる者達は、戦場の過酷差を知らず、戦場で生きる者達は、平和の素晴らしさを知らない。

 どちらが外の世界で、どちらが鳥籠の中なのか。

 何も知らず、誰かの為に戦場で生き続けることか。何も知らず、自分達の為に命をかけている者達のことも知らず、平和に浸り生き続けることか。

 

 そんな時だった。

 自分が進むべき道も分からなくなった人間の前に現れた純白の悪魔。

 漆黒の翼と純白の翼を生やし、銀髪美少女を自称する天人、メルティア=アークエンジェルと名乗る天使と出会ったのは……。

 

 戦場で迷う男に戦場と平和の狭間で生きるために戦い戦争を起こしている事実を銀髪の天使は告げた。

 何処から現れた。何故姿を現した。

 そんな疑問が湧いたが、それよりも重要視するべき問題を聞かされた。

 自分が悩み続けた世界は悪意の欠片に過ぎず、この『上位世界』こそ平和な世界であり、『下位世界』こそが戦場であったこと。

 そして、その狭間では生存を賭けて戦争が開始されそうだったこと。

 

 この世界は鳥籠で、さらに外の世界が、次の鳥籠が存在していた事実。

 これではキリがないのではないか?

 彼の生に意味などあったのだろうか。

 天使は告げる。

 

『貴様は世界の一部であり、歯車の欠片に過ぎない。行動、行為、自分にとって意味はなくとも、世界にはなくてはならぬ存在だ』

 

 男に逃げ場はない。

 否、必要もない。

 脱ぎ捨てた筈の軍服に身を包むと彼は戦場へ足を運んだ。



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第十話 『敗北』

 初戦となる生存戦争の当日。

 いつもと変わらぬ毎日を送る一人の無職は、上位世界で眠りにつき、セヴンスとなる。

 天界で目覚めると黒髪の美少女にも見間違える美貌を持つ神殺しが目覚めのご奉仕をしていた。

 

「……んっ……ちゅぅ……ぁ」

 

 上着を脱がされ、セリカの舌で乳首を舐められているセヴンスは、ゾッとしながらベッドからセリカを退かす。

 かつてのセヴンスだったなら、禁断症状の発作で喜んでいたかも知れないが、上位世界にいる間ずっと天界にある身体から<性魔術>で性欲を奪われ続けているセヴンスは、男に乳首を舐められているという現実が正常に気持ち悪く思える。

 このまま性欲を奪われ続ける日々が続いて性欲を失うなんて事にならないよな……。

 

「っふん! 人間……よもやそのような趣味に目覚めていようとはな」

「」

 

 久々に聞く、聞き覚えのある声に嫌な予感が背中を逆なでする。

 恐る恐る振り返ると不愉快そうに顔を歪めている銀髪の美少女、メルティアがそこにはいた。

 

「いやっ、これは違うんだ。話せば長くなるかもしれないが――」

「やめろ! 言い訳なんて聞きたくない。貴様がそういう性癖の持ち主だということはよくわかった。だからメアではなく、セリカを転生特典に選んだこともようやく納得できるから!」

「だから違うって言ってんだろ!」

 

 妙に興奮気味のメルティアに必死になって説得し、現在悩まされている呪いに等しい現象を説明することでやっとメルティアはやっと納得した。

 ベッドに投げ出されていた上着を着ると先程とは一変し、真剣な目つきでメルティアに話しかける。

 

「メアが出てきたってことはようやく自由期間が終わって生存戦争が開始されたって受け取っていいんだよな」

「そうだ。メアは誓約の一つにある申請の確認に来ただけだ。貴様の対戦相手、同じ人間の第十位(テンス)は既に申請を終えているからな」

「へぇ、なるほどな。てっきりファーストが初戦の相手だと思っていたが、彼奴も真剣に駒を増やそうとしていただけだったのか」

「……ファースト? おい、人間。どうしてファーストの名が今ここで出てくる」

「あー……気にするな。最近になって偶然出会っただけだ」

「……偶然? 確か天界で転生者候補生達が鉢合わせするようなことは……まあ、別にいいか」

 

 何やら考え込んでいたようだが、悩みを深追いする性格でもないらしく、すぐに顔は晴れる。

 

「それで俺も申請しときたんだけど。何か準備とか必要だったか?」

「いや、必要ない。敢えて必要な物があるとするなら、それは貴様の返事だけだろうからな」

 

 ニヤリと笑うメルティアの顔に意味深い何かを感じたが、次の現象に気を取られて忘れてしまう。

 水滴が水溜りに溢れ落ちるような音が聞こえ、咄嗟に振り返るが発信源には誰もいない。

 だが、天界はその空間の性質を変え、蒼い空の世界に包まれる。

 透明だった世界は蒼く染まり、まるで水の中にいるような感想を抱くが酸素があり、周囲は見覚えのあるセヴンスが受け取った部屋のままだ。

 

 セヴンスはこの現象に心当たりがある。

 それどころかファーストがゲームマスターとして選ばれたことで、予想すらしていた。

 <悠久の幻影(アイ・スペース)>

 恐らくはゲームマスターを任されたファーストが場作りの為に用意した特殊な概念魔術空間の一つ。

 フォルテシモの設定では、この空間には通常『召喚せし者』以外は存在できず、それ以外の生物は互いに干渉することが不可能となる。

 故に、この空間で破壊された建造物などは全て実際の世界への影響を及ぼさない。

 

 本当にゲームマスターとしては有能過ぎる転生特典である。

 振り返っていた顔を戻すとメルティアの姿はなく、ベッドの上でチョコンと座っている神殺しだけだった。

 メルティアも<悠久の幻影(アイ・スペース)>の中では例外なく干渉出来なくなるのか。それとも、主催者として傍観に走ったのか。

 幾ら考えても憶測の域を出さない問題だったが、仲間でもないメルティアに時間を割く訳にもいかず、セリカを連れて部屋を出た。

 

 神殿内を黒髪の神殺しと歩きながら試行錯誤する。

 ファーストと出会う前までは、どのように生存戦争をするのか気になっていた。

 メルティアに出した条件の中に一体一が含まれていたからだ。

 当初は同盟などで利害の一致する相手と組むことが生存戦争の鍵だと思っていた。

 実際にファーストが勧誘しに来た時も想定していたからこそ冷静に判断して拒むこともできたのだ。

 今回の出来事はその計算の全てを覆す事象でもある。

 この空間では間違いなく、存在するのはセヴンスとセリカ。そして対戦者たる謎の人物テンス。

 

 そこでやっと気づいた事実だった。

 相手側も<悠久の幻影(アイ・スペース)>の効果を知り、ファーストと接触していれば、セリカと同時にセヴンスを発見されてしまうとどう思うのか。

 

「まず考えそうなのは誓約の違反。次は正解である転生特典か」

「……?」

 

 セリカがセヴンスの呟きに首を傾げているが、この際は指摘せずに無視する。

 

 前者ならば、警戒程度はするかもしれないが、後者だと厄介である。

 何故なら間違いなく狙われるのはセヴンスの可能性が高いからだ。

 女性と勘違いしたり、セリカの登場する原作を知らない場合はセヴンスを特典だと判断される可能性もないわけではないが、気づかれるのも時間の問題である。

 

「セリカ、俺の傍を離れて歩け。誰かが接近する気配を感じればすぐに応戦しろ。俺が命令するまでは余計なことをするな」

「ああ、わかった」

 

 こうしてセリカはセヴンスからは見えない程度まで距離を取った。

 神殿の外へ出ると軍服を着た三十代の男が既に先客として待ち伏せしている。

 セリカは単純に神殿の門に隠れているので気づかれてはいないだろう。

 

「貴様がセヴンスか」

「そうだと言ったら?」

 

 挑発するように返答するセヴンスに対して男は訝しむように見つめ、名乗りを挙げる。

「私は第十位(テンス)。能力は<強制召喚>だ。何処にも含まれない自分で指名した能力故に作品名ではなく、能力名で勘弁してもらう」

「いや、十分だ。俺はさっき頷いたが第七位(セヴンス)だ。悪いが此方は能力名は教えられない。転生特典の原作は『戦女神』」

 

 お互いに所有する特定の情報を共有したが、テンスの表情は変わっていない。

 何かを考えているなら、少しでも顔に出るだろうし、様子を見る限りでは知らないのか。元より興味がなかったのか。

 逆にテンスの能力は分かりやすい。

 <強制召喚>は、『何か』を召喚することが前提となるので前記に『強制』とあるのは『何か』を強制的に働かせる類だと判断できる。

 

「それじゃあ始めさせてもらうが……――この程度で『死ぬ』なよ?」

「――――ッ!?」

 

 セヴンスの口元がニヤついた瞬間、テンスは咄嗟にその場から距離を取る。

 頭上からは無数の稲妻が地上へ突き落とされるが、テンスは掠り傷程度で最初の関門を突破する。

 

「ほらぁほらぁほらぁ! どんどん行くぞ! 俺を楽しませろ!」

 

 次々と天より放たれる電撃はテンスを追尾するかのように彼のいる地上へ落下してくる。

 それを巧みに避けるテンスの技量も中々のものだが、全てを避けきれているわけではなく、無数の傷を背負っていた。

 少しずつだが、テンスはセヴンスへ接近を図る。

 セヴンスの予想ではテンスはセヴンスの能力を遠距離型<落雷>だとでも勘違いしたのだろう。

 警戒心を緩めていないのは、その根拠が憶測の域に達していないのか。それともただ油断していないだけなのか。

 テンスの接近が近くなればなるほど<落雷>の数は減っていく。

 万が一にも間違えて自分に当たってしまっては元も子もないので、セリカには常にセヴンスの近くでは<落雷>を使用するなという命令が今になって仇となるか。

 接近戦でも落雷を使用できるように訓練を施した方がよかったかも知れない。今になって悔やまれるが、今は現状の問題を優先する。

 

「――――ハァ!」

 

 <落雷>を避ける勢いに乗ったテンスは、右手にひと振りの刀を出現させると真っ直ぐセヴンスを突き出す。

 それを待ってましたとばかりに神殿の門を突き抜けて強力な<雷撃>が一直線にテンス目掛けて飛んできた。

 

「っなぁ!?」

 

 目を見開いたテンスは左腕で防ぎながら慌てて距離を取る。

 しかし感電している以上は身体全体に痛みが走っているだろう。

 左腕は痺れているのか痙攣しながらも自由に動かせそうにはない。

 

 壊れた神殿の門からはセリカの姿がバッチリと顕現している。

 

「……二人? いや……違うか」

 

 テンスはセヴンスと黒髪の美少女にも見間違えそうな神殺しの両方を見ながら思考していた。

 だが、そんな隙を逃すほどセヴンスは優しい性格をしていないし、セヴンスはテンスの都合に合わせてやる必要もない。

 

 再び、<落雷>の嵐がテンスを襲う。

 しかし、先程テンスにセリカの姿を見られたのは失態だった。

 左腕は封じ、身体も痺れて本領が出せないだろうが、それでも彼は避け続ける。

 神殿の門から<雷撃>が飛んできたこともあり、テンスは間違いなくセリカを疑うだろう。

 

「セリカァ! 前に出ろ!」

 

 命令に従ってセリカはテンスに接近戦を仕掛ける。

 テンスもセリカを魔術師の類だと考えていたのか少しばかり動揺があった。

 だが、彼の技量はセヴンスが思っていた以上に素晴らしいもので当初は身体能力を気取られないように隠していたのか。今は見間違えるほどに素早く、的確にセリカと互角の戦闘を繰り広げていた。

 

 黒髪の神殺しの速度は人間の限界を遥かに超えた速度で拳を突き出していたが、テンスはそれを受け流すことで神殺しというアドバンテージを相殺し、人間の身体能力で渡り合っていた。

 隙あらばテンスは斬撃でセリカを沈めようとし、それを避けたセリカが拳による一撃を繰り出そうとするが、テンスはその全てを完璧に受け流す。

 一つでも歯車が狂ってしまえば、勝敗が決する戦いをセヴンスは見守ることしかできない。

 セヴンスもセリカと一時は訓練したことがあるが、テンスの動きは明らかに素人のそれとは全く異なる。

 無理に介入すれば、足でまといになるのは目に見えている。

 

 暫くの間、均衡が続き、勝負は続いた。

 しかし均衡が崩れるのは一瞬の出来事である。

 

 テンスは何を血迷ったのか接近するセリカに対して背後へ距離を取ると右手に所持していた刀を投げつけ、踵を返して走り出した。

 咄嗟の自体であったが、セリカは正確に刀を受け止め、無傷で振り返る。

 

 そこには猛速度でセヴンスへ駆け寄るテンスの姿が映った。

 

 暫く続いた戦闘で大口を叩いていた割には何もしてこないセヴンスに対してテンスは疑問が沸いていた。

 そして、それはセヴンスが逃げ腰になることで確信へと変わる。

 セヴンスは何もしないのではなく、何もできないのではないか。

 それが先程までずっとテンスの抱いていた疑問であった。

 

 セヴンスとテンスにはかなりの距離があり、セヴンスへ接近しようとするテンスの姿を見たセリカは急いでテンスの後を追った。

 どれだけテンスの足が速かろうと人間と神殺し。

 その差は見る見る内に縮まっていく。

 それに対してセヴンスとテンスの距離はまだ大分開きがあった。

 そこで安心してしまったセヴンスは致命的な油断を引き起こしてしまう。そして、その油断を見逃してくれるほどテンスも余裕はなかった。

 油断してしまった瞬間を狙ったかのように右手から槍を出現させたテンスは、背後から迫ってきているセリカにもお構いなしとばかりに槍の標準をセヴンスに定める。

 構え方から誰から見ても槍を投げる姿勢だと分かる。

 

「――くっ!」

 

 油断してしまったことで対応に遅れたセヴンスはそれでも逃れようと試みるが、油断大敵。

 テンスから放たれた槍は、容赦なく、正確にセヴンスの心臓を貫いた。



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第十一話 『欲望』

 最近は『上位世界』で保たれてきた変わらない日常にも支障が出始めている。

 『敗北』したことも確かに影響しているのかもしれないが、最も男を悩ませている原因の割合の殆どは人を惑わす美貌を持つ神殺しであった。

 ここのところ、男のセリカを求める欲求が日に日に高まっている気がしてならない。

 天界でセヴンスを名乗っている時でさえ、訓練中に禁断症状が発作として起こり、気が付けばセリカを貪り、大切な一日を食いつぶした日もある。

 いや、正直に言おう。

 現実世界でも、狭間世界でも、セリカのことばかり考えて人間として当然の生活も支障が出て、天界でも目覚めて最初に映る<性魔術>でご奉仕しているセリカを猛烈に求めてしまうのだ。

 予防策として<性魔術>で欲望、性欲を奪っている筈だったが、その速度を上回る速さでセリカを自分の物にしたい。セリカは自分の物だ。という独占欲が急激に高まっているのだ。

 これがアビルースを狂わせた呪いの欠片の一部だと思うとゾッとする。

 自分には男を愛でる趣味はないし、今後もそんなことはあってはならない。

 まるで自分が自分でないような、自分を作り替えられて取り返しのつかない事態に陥りそうな予感すらする。

 

 運命の日は決まって偶然から始まるものだった。

 決め手となったのは、何を思ってか現実世界でセリカに関することしか考えられなくなり、いよいよ精神的に限界を迎えそうな時だった。

 PCでセリカの画像、セリカの情報を閲覧している時に偶然目に入り、偶然考えてしまったことが、この時になって救いとなったのだろう。

 

 ――『女神の体を男性体として維持する為魔力が必要。枯渇すると女性の体になってしまう』

 

 PCを操作していた手が止まる。

 この一文を見て、頭の中で何かが浮かびそうな、そんな感覚に囚われた男は一時的に正気に戻っていたが、それ自体も無意識で気付けなかった。

 

 男性と行動を共にしている黒髪の神殺しは、女神アストライアという古神の面影は残しているが、それ以外は、全て分離している。

 神殺しセリカと女神アストライアが完全な分離に成功しているからこそ、セリカの髪色は黒であり、魔力が枯渇しても女神化することはなく、一時的に白髪に変色するだけである。

 男性が悩まされている原因は、望んだ特典が『神殺し』であり、不純物と認識された女神アストライアが分離した時点で本来ならば『神殺し』ではなくなり、セリカの命も風前の灯だっただろう。

 『神殺し』と付け加えたことで、男は悩まされ、セリカは一命を取り留めた。

 女神アストライアと分離したが、古神の肉体と神核を持つ神格者。

 

 ここで気がついたこと。

 それは本編で女の身体を男の身体に変える為に魔力を消費して身体の状態を維持し続けられるなら、その逆の状態である現状のセリカも女体化できるのではないか?

 という至極当然な疑問であった。

 作中ではセリカの身体が元々男であったからこそ、あのような手段を取る必要があったが、神殺し、強いては古神の身体は元々女である。

 その逆もできない通りはない。

 

 多少の魔力消費は訓練にも支障が出てしまうだろうが、現状を打開できるなら安い対価でもある。

 現状では訓練どころではないのだから。

 

 セリカを女体化するメリットは二つある。

 一つは、男性体よりも単純に効率が上がるだろうし、男としてはやりやすい。

 二つは、単純な欲望を満たし、尚且つ発作を抑えるには適任であるからだ。

 

 誰が望んで男の身体で満足しなければならないのか。

 戦闘では男性体の方が効率がよく、魔力消費もないので便利である。

 

 その晩は発作の影響と現状を打開できる自我の目的が一致していたことが原因なのかもしれないが、心が躍るような晴れ晴れとした気分だった。

 今までストレスを溜め込み、精神的に病んでいた頃を思えば、開き直ってしまうことこそが、一番の解決法だったのかもしれない。

 まあ、これで一番苦労する羽目になるのは毎日慰みものにされているセリカ自身なのかもしれないが。

 

 上位世界で眠りについた男は、予定通り天界で目を覚ます。

 目を開けると黒髪の美男子が精一杯ご奉仕していた。

 この行為も日課になっていたな。

 

「あー……ちょっと待ってくれ。今日は別のことをしてもらう予定だからな」

「……?」

 

 どうした? と言わんばかりの表情で首を傾げていたが、無視する。

 性転換に必要なものは何だったのかを思い出そうとするが、思い出せない。

 大体、<性魔術>でどうにかなっていた気がする。

 

「セリカ、今回は女性体になってくれ。<性魔術>を発動させたままでいいから」

「……ああ、やってみる」

 

 いつもとは違う申し出であったのか。混乱していたが、命令には素直に従った。

 セリカは目を閉じるとセヴンスには理解できない魔術に意識を集中させる。

 セヴンスから見て、セリカの様子に違和感もなく、特に変わっていないと思っていたが、変化が訪れるには、そう時間はかからなかった。

 顔も、身体も、尻も、変化は乏しかったが、胸の大きさだけは少しずつだが、目に見える速度で変化していた。

 そこには男性体だった頃にはない女性特有の胸があり、大人の男の拳ほどの大きさはあった。

 大人の女性の平均からすれば少し大きい程度で、珍しくもないだろうが、それは女体化に慣れていないことやセリカの人格にも作用するのかもしれない。

 我儘は言ってられないが、そこには紛れもなく黒髪の美少女、セリカ=シルフィルが無表情だが、よく見れば顔を赤らめていることが分かる。

 まあ、さっきからずっと胸だけに釘付けですからね。

 

「なんというか……凄いというべきか……神秘的というべきか」

「……っ」

 

 なんだこの可愛い生物は。

 無駄に視線に反応する姿を見て一つの仮説が思いつく。

 感情を制御する必要がない分、考えていることや思っていることが表に出やすくなっているのだろう。

 まあ、失ってしまった一部の感情が返却されてないだけマシか。

 

「んんっ……何をっ……?」

 

 我慢できなくなったセヴンスは感情に身を任せてセリカを押し倒し、覆いかぶさる。

 反射的に突き出してきた腕を掴み、指の先から舐め始める。

 女性体になったことが原因なのかセリカから甘く痺れるような匂いを感じる。

 状況が理解できないセリカは、意表を突かれ、思わず声を漏らす

「あぁ……セリカ、お前は俺の物だ。俺だけの物だ。誰にも渡さない。誰にも返さない。これ(・・)はもう、俺の物だからな」

 

 思ってもいないことが意思とは関係なく、口から漏れる。

 いや、厳密には、自分の意思を思ってもいない方向に捻じ曲げられ、独占欲がこれまでにないほど高められたことや、目の前にある見たこともないほど美しい美貌と男を惑わす能力を持つ神殺しがこれ以上ないほど愛おしいのだ。

 

「っっ……はぁっ……くぅっ……はぁ……」

「やべぇ、止められねぇ。なんだこれ」

 

 上着越しで掴んだ大胸はセヴンスを拒絶せず、包み込むような感触に支配する。

 一度揉み出したら止まらない。

 セリカから今まで以上に乱れた声を上げるが、聞くたびに心地良い感情がセヴンスの思考を麻痺させる。

 

「あぁ……んぅ……くぁぁっ……んんっ……」

 

 次第に高まる欲望と共に揉み続けていた手も激しくなる。

 それでもセリカは従順にセヴンスのされるがまま、跳ね除けようとすれば赤子の手をひねるように簡単にも関わらずそれをしない。

 求められるがまま、どんな快楽でも受け入れる様子はセヴンスの命令通り<性魔術>を解除していない証でもある。

 

「こっちはどれだけ出来上がってるかなっと」

「……えぇっ……んぁ……」

 

 抑えていた片手で腰のベルトを外し、胸を揉んでいた手で上着を捲し上げる。

 そこには一つの芸術にも等しい綺麗な美乳、そして勃起している乳首があった。

 

「……ぁ……あぁぁ……」

 

 見られた。

 セリカの顔は見る見る内に赤く染まる。

 男性体の頃は何度も見た胸元であったが、女性体となり、膨れ上がった胸にはセヴンスも絶句するしかなかった。

 

「綺麗、だ。……これも、全ては俺の……」

「ぁっ……やぁめ……」

 

 邪魔な衣服のなくなった美乳に顔を伸ばし、赤子が乳を吸うように口に含む。

 もう一つの胸も右手で揉み、左腕をセリカの腰へ回して逃げられないようにする。

 乳首を舐めるように吸うと身体がビクりと痙攣するように反応する。

 <性魔術>がより効率よくセリカを犯し、快楽を与えていると考えるだけで胸が高まる。

 

「……これ以上はっ……やぁ……ぁ……」

 

 感情を欠落している彼女が快楽に溺れ、乱れる姿は美しく、そして愛おしい。

 言葉とは裏腹にセヴンスの欲望を一身に受ける身体は、受け入れるだけではなく、逆に求め、セヴンスを虜にしてしまう。

 遂に我慢できなくなったのか。セリカが両腕でセヴンスを抱きしめると痙攣するように身体が震えて耳元で悲鳴を上げる。

 

「くぁぁっ……んんっ……ぁ……ぅ……」

「……ん? ……これは、まさか……」

 

 吸っていた胸から微量だが、水分のようなものを感じ、揉んでいた右手にも液体のようなものが飛びかかっていた。

 口に入った液体を飲んでみるが馴染むような味はせず、かと言って水を飲んでいるような感覚でもなかった。

 

「ぁ……吸っちゃ……やぁ……」

「んー……これはなんだろうなー」

 

 分かってはいたが、発情しきっているセリカに問いかけてみる。

 既に顔が赤いセリカは、セヴンスの問いかけに耳を傾けた後、そっぽ向くように顔を背ける。

 流石にやり過ぎたか。

 そう、思ったが、セリカの反抗的な姿を見て、収まりかけていた欲望が新たに牙を研ぎ澄ませる。

 

「ひぁっ!? ……ぁ……」

 

 乳首を甘噛みすると驚いたような悲鳴を上げた後、すぐに快楽に染まったような甘い声を発する。

 慌ててセヴンスを見るセリカの瞳には捨てられた子犬を連想させられるが、セヴンスは止まらない。

 揉めば揉むほど、舐めれば舐めるほど、噛めば噛むほど。

 腰をガクガクと震えさせ、今のセリカでは限界にも近い快楽が身体を支配しているのだろう。

 それでも受け入れようとするこいつもこいつだが。

 

「ほら、何処を触って欲しいんだ?」

「っ……ぁぅ……」

 

 逃げられないように腰を固定していた左手を滑らせて尻を揉む。

 女性体になったせいか。それともなる前からなのか。セリカは本当に揉み心地の良いものばかり持っている。

 形も、肌触りも、見た目も完璧だ。

 これが自分だけの物だと思うと口元がニヤつく。

 

「どうしたんだ? 言ってみろよ」

 

 喋りたくても喋れないことを分かっている上で誰にも責められないことをいいことにセヴンスはセリカを虐める。

 セリカは何とか喋ろうと口を開くが魚のようにパクパクしてるだけで言葉になっていない。

 それどころか、生真面目に声を出そうとしているだけセヴンスにどれだけ従順なのか伺える。

 

 このまま虐め続けたい。このまま終わらない快楽に身を任せたい。

 訓練に支障が出ない為に提案した女体化は、逆に終わらない快楽に身を投じる為の布石となってしまった。

 しかし、セヴンスは忘れていた。

 なぜ、セリカがここまで必要以上に感じていたのか。

 自分が命令した重要なことに。

 

「……あ、れ? ……意識が……どうして……」

「……ぁ……」

 

 身体から力が入らなくなり、意識も靄がかかるように乱れる。

 瞳から光を失くし、どうしてこうなったのかを冴えていく頭で考えていくと思い出した。

 

 ――『<性魔術>を発動させたままでいいから』

 

 セリカは感じれば感じるほどセヴンスから精気を奪い取っていたのだろう。

 そして、セヴンスも感じれば感じるほど、欲望が高まれば高まるほど精気を高めていった。

 これはそのツケなのだろう。

 甘んじて受け入れたセヴンスは、天界で意識を落とした。

 

 上位世界、現実世界。

 目を覚ましたセヴンスは、ハッキリと自我を保っていた。

 生活が疎かになるほどセリカのことで頭がいっぱいになることはないが、それでもセリカの痴態を思い出すたびに身体がゾッとする。

 女体化したとはいえ、元が男であるセリカを発情させ、虐めて楽しんでいたのだ。

 しかもその時考えていたことを覚えているので尚タチが悪い。

 

 こうして、男を性転換させた挙句、虐めて楽しんだという新たな黒歴史を刻んだ男は、違う意味で悩まされるのだった。

 

 しかし、彼の生活は今までどおりに戻った。

 一つだけ、身体が怠いということを除けば。

 これは、精気を必要以上に吸われたことが原因かもしれないが、確証があるわけではない。

 不健康な生活を送っているツケかもしれないし、彼の考えすぎかも知れない。

 異変は小さく、そう深く考えるほどでもないと割り切った。

 

 上位世界で平和な一日を過ごし、改めて天界でセヴンスとなった男は、すぐに新たな問題に激突する。

 それは、天界で目覚めてから目の前が真っ暗なのだ。

 いや、正確には目を開けても何か柔らかいものを押し付けられているような感覚に襲われる。

 それだけでなく、口に大きなものを含んでいるのか息もできない。

 

「……ぁ……ん……」

 

 口にあるものを噛もうとしても、引き抜こうとしても、動くだけで耳元から色っぽい悲鳴が聞こえる。

 仕方なく、覆いかぶさっている者の肩を掴むとセヴンスは自分から引き剥がした。

 そして、そこにいたのは上着を脱いで両手で胸を隠す黒髪の美少女だった。

 

「朝っぱらから何やってんだよ」

「……仕方が、なかった。主様が寝てた後からいつ目覚めるか見当がつかない。だから、<性魔術>で欲望と性欲を奪い続ける必要があった」

「ずっと盛ってたのか」

 

 顔を赤くしながら小さく頷くセリカを見て、本当に正直者だよな。と思う。

 だが、効果はあるようで、今までのような欲求に駆られることはない。

 あれは本当に厄介である。

 

 こうして、セヴンスは眠った後からずっとセリカに<性魔術>を施してもらうように頼むのだった。




遂にR15にお世話になる時がやってきました。
で、でも、まだR18さんはお呼びじゃないです。
あー、まだじゃなくて、そうじゃなくてえぇー。
とにかく、行為に及んでいない以上はセーフな筈。
大体キスもしてないし。
なぜ、キスをしないのか。
本当になんでだろうねー。


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第十二話 『修練』

 結論から話を始めると時間が圧倒的に足りなかったという一文で締めくくられる。

 初戦の相手である軍服を身に纏う三十代前半の黒髪の男、テンスとの対決では奇しくも敗北を味わった。

 その経験を次の対戦で活かす為にも、残りの一ヶ月間で鍛え直す必要があったわけですが……。

 この冴えない男と何を考えているか分からない神殺しは、よりにもよって一週間を食い潰してしまったのだ。

 セヴンスとセリカの相性は悪いのか。

 作中にも登場したアビルースという狂った男と同じ症状がセヴンスにも見受けられた。

 違う点と言えば、アビルースはセリカの寵愛を受けられず、セヴンスには受けられたところである。

 だからこそ、時間を食い潰してしまったのかもしれないが。

 セリカの美貌には人を惑わし、道を狂わせるほどの能力が秘めている。

 それは彼の意思とは関わらず、受け取る側の問題だが、その症状に悩まされる側の気持ちも考えて欲しいものだ。

 故に、ただでさえ少ない一ヶ月間の一週間を無駄に過ごした。

 

 対処法も丁度一週間後に発見されて最悪の事態だけは避けられたが、残り三週間でどれだけ頑張っていけるのか。

 少しでも強くなる為には非情になることも必要かも知れない。

 

 前回の生存戦争の反省点は、神殺しの能力を過信した点と自分の立ち位置を間違えてしまった点である。

 

 現状ではセリカが扱うことのできる魔術は電撃魔術と吸収魔術に他ならない。

 以前の戦闘では電撃魔術で敵を圧倒していたように見えたかもしれないが、それは事前に立てた作戦だけを見て、戦況を正しく見ていなかったからだろう。

 <落雷>を続けていれば、テンスが接近戦に持ち込めることは予想出来ていたにも関わらず、その対処法を<雷撃>一つに絞込み、敵が付近にいるだけで<落雷>の威力が下がってしまうような状況に陥ってしまったのは完全にセヴンスの落ち度である。

 

 電撃魔術をもう少しだけ使いこなせるように訓練を施し、仲間が周囲にいても安心して魔術を組み込めるようにしていれば、相手を牽制出来たかもしれない。

 そうなれば、接近してきたテンスの油断も広がり、<雷撃>を防いだ左腕だけではなく、直撃も夢ではなかったかもしれない。

 直線上に放たれる<雷撃>も攻撃力を下げることで射程範囲を伸ばすという工夫も取り入れれば、槍を投げる前に動作を中断させて、勝利することもできたかもしれない。

 

 吸収魔術とて例外ではないのだ。

 セリカの得意とする<性魔術>も、肌に触れるだけで発動だけなら可能だ。

 事前に<性魔術>を発動した状態で近接戦闘を開始していれば、徐々に相手の体力を奪い取り、消耗戦に持ち込むことも出来たかもしれない。

 

 これらの戦術は決して時間不足が原因だったわけではない。

 それどころかセヴンスが一声注意すれば戦術として組み込むことも可能だった。

 それが出来なかったのは一言で表せば『油断』に他ならない。

 セリカに対する絶対的な信頼こそが、敗北に繋がったのだ。

 今まで訓練で見てきた神殺しの圧倒的な能力に魅了でもされたのだろう。

 

 ――『これだけの能力が揃っていれば勝てる。我が軍は圧倒的ではないか!』

 

 この自己中心的な油断が勝敗に繋がり、敗北の結末を迎えてしまったのだろう。

 

 だが、それは過去の出来事に過ぎない。

 以前の自分は、セリカに全てを任せすぎていた。

 敗北してしまったのは、自分が死んでしまったからであり、その主な理由はセリカが不利な状況に陥れば即座に白旗を上げようという甘さが残っていたからだ。

 セリカの死亡は勝利条件が満たされなくなるだけであり、セヴンスの死亡は敗北条件を意味している。

 この戦争で最も必要なものは勝利であり、セリカはその手段に過ぎない。

 取るべき順序を間違えてしまったからこそ、彼は決定的な敗北の瞬間を相手に与えてしまったに過ぎない。

 最初からセリカだけを敵対させていれば、或いは足手まいになったセヴンスが敵からは見えない位置まで移動していればあの結果にはならなかったのかもしれない。

 既に決まってしまった結果を嘆いていても変わるわけでもないということは十分に理解しているが、それでも、嘆かずにはいられない。

 だって人間だもの。

 

 ――『これからは、一に自分、二に神殺し、三に相手』

 

 よし! これで大丈夫……多分。

 絶対というものはないので、勝利するだけならこれで問題はない。

 要はセリカの生死を考慮していないだけである。

 

 随分と暗い話で満ちてしまったが、朗報もある。

 セヴンスの死亡後、<悠久の幻影(アイ・スペース)>は解除された。

 その時にテンスがセリカへ投げつけていた刀が消えずに残っていたのだ。

 思わぬ戦利品であったが、名称までは調べてみてもわからなかった。

 切れ味は鋭く、名刀であるのは間違いない。

 

 手に入れた刀で早速セリカには神殺しの代名詞にもなっている飛燕剣を試してもらおうと思ったが、記憶のないセリカがそれを使いこなせるわけもなく、刀を使いこなすだけでも一週間は消費した。

 刀という武器は滅多に使わないらしく、というか記憶がない時点で使ったことないだろう。

 薙ぎ払うだけで空間は乱れ、風圧で周囲のものを吹き飛ばしていた。

 彼が刀という消耗品を使いこなし、能力を制御するのに一週間である。

 それだけの為に残り少ない三週間の一週間を消費したのだ。

 無論、その間は刀一筋で魔術の修練など以ての外である。

 ここまで長期に渡って時間がかかってしまったのは、二つほど理由があった。

 一つは、記憶にはないが剣と刀では使い方が違うのだとか。

 剣は叩き切るタイプであり、刀は速度で斬るタイプであるらしい。

 二つは、セリカが納得する使い方が中々定まらず、気づけば飛燕剣の基本型を使えるまでになっていたのだ。

 変化の兆しが見えていたので、セヴンスは一週間も耐えていたが、それがなければ、刀を諦めていたかもしれない。

 

 生存戦争まで残り二週間。

 この二週間を活用して電撃魔術の修練に取り組んでもらった。

 <雷撃>と<落雷>の上位版である<爆雷閃>と<轟雷>を使えるようになるまで口先だけで教え続けたのだ。

 <爆雷閃>と<轟雷>は<雷撃>と<落雷>の威力も倍で、射程範囲も広がり、消費する魔力も膨大であった。

 こうして使えるようになった<爆雷閃>と<轟雷>だが、無理して使わなければ成功しない。

 二週間では足りなかったのだ。

 制御もままならず、失敗すれば何が起こるかも予想がつかない。

 実践で使えるような代物でもないので、実際は使えないも同然である。

 

 飛燕剣については、基本型を粗方慣れてきたところで、<身妖舞>の練習に入り、使いこなせるほどに上達した。

 

 <身妖舞>は、剣の舞を連想させる飛燕剣の基本連続剣。

 接近戦で、相手に隙ができた瞬間にお見舞いできるかも知れないが、それ以外では逆に大きな隙を作ってしまう要因にもなりかねない。

 一撃必殺のように相手の意表を突くことでペースを見出せることも可能かも知れないが、所詮は基本型に過ぎないので、以前のように過信してはならない。

 一度でも見切られれば二度目は通用しない手と思っていい。

 

 こうして、準備の足りないまま運命の時がやってくる筈だった……。



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第十三話 『高嶺咲』

 顔面はそれ程美形というわけでもなく、遠目から見れば何処にでもいるような、黒髪の冴えない男は、片手に花束を持ち外出した。

 男を見ている周りの人々は、特に彼を気にする必要はなかったが、何をしているのかを想像すると大抵の人は、情けない男が勇気を振り絞って告白しに行く瞬間だと思ってしまうかも知れない。

 それとも、ただ、墓参りの為に用意したものだと思うかもしれない。

 答えは、どちらでもあり、どちらでもない。

 男が向かった先は何気ない病院であった。

 その病室では、もう何年も前から目覚める気配もない一人の美少女が眠っている。

 花束を飾り、男は少女を見る。

 彼女はどんな医療を施しても、どんな悪さをしても、目覚めることはない。

 綺麗な長髪に化粧をせずとも若さと美貌を同時に兼ね備える人形のような少女。

 彼にとって幼馴染であり、初恋の相手であり、当然のようにいつも隣を歩いてくれていた存在。

 気づけば、男は少女に恋していた。

 美少女に分類されるほど可愛かったから好きになれたのかもしれない。彼女の持つ優しさの触れ合えたから好きになれたのかもしれない。

 そんな希望の象徴でもあった少女は、ずっと眠り続けている。

 少女が眠り始めてから、男の人生も歯車が噛み合うように狂い出した。

 いや、狂い始めた原因は少女にあったのかもしれないが、その後からの失敗は全て男自身の責任である。

 変わろうと思えばいつでも変えられた。

 自分の人生が狂ってしまった原因の全てを未だに目覚めない少女に押し付けてしまっている情けない男こそが変わらなければならなかったのだ。

 少しでも前を踏み出せば、やり直すだけの機会は幾らでもあった。

 心の傷は時間が忘れさせてくれる。

 それでも愚かな男は前を踏み出す恐怖に怯えて待ち続ける。

 時間という敵に負けて、本当に覚えていなければいけない約束を忘れてしまわない為に。

 

 寝ている少女の目を向ける。

 スヤスヤと眠っている彼女はどんな夢を見ているのだろう。

 楽園のような世界を旅している夢なのかもしれない。悪夢を現実として捉えて苦しんでいるのかもしれない。

 どんな夢を彼女が体験しようとも、男にはそれを認識するだけの能力は持ち合わせていないのだ。

 もしかするとただ暗闇の中を彷徨い続けているだけかもしれない。

 いつからだろうか。

 ずっと隣を歩いていた彼女と自分の距離が取り返しのつかないところまで離れてしまったのは……。

 寝ている彼女を見ている度に思い出される。

 彼女と過ごしてきた大切な日々を――。

 

 ――『おはようございます、変態。約束通り罰ゲームで朝起こしに来て上げましたよ。え? 朝のお世話もしろと? 私にどんな卑猥なことをさせるつもりですか? この外道が』

 

 ――『いや、罰ゲームはお前が悪いし、そんなことは一言も言ってねぇだろうが』

 

 ……あれ? 思い出せ。

 忘れてはならない大切で掛け替えのない思い出を――。

 

 ――『……ぁ……だめぇ……これ以上は……妊娠、しちゃうぅのぉ……!』

 

 ――『お前よく人様の家で堂々とエロビを見ていられるよな。どういう神経してんだ』

 

 ――『これは貴方のエロビですよ? ベッドの下で見つけました』

 

 ――『いや、そういう問題じゃねぇから』

 

 ――『そういう問題ですよ。だって、貴方は幼馴染の私にエロビを見させて興奮する変態なんでしょう』

 

 ――『俺はお前の中でどんな扱いを受けてるんだよ』

 

 ――『私を人気のない公園に連れ出して茂みに誘導して押し倒して妊娠させた変態』

 

 ――『そんなことした記憶ねぇよ。大体お前まだ中学生だろうが』

 

 ――『貴方だって同じじゃないですか』

 

 ――『…………』

 

 ――『…………』

 

 ……ロクな思い出がない。

 どうしよう。……やっぱり病院通うのやめて真面目に仕事探そうかな。



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第十四話 『選択肢』

 二ヶ月の時を繰り返し夢見ている感覚に多少は慣れてきた。

 違和感すら感じることなく上位世界で当然のように目覚める。

 目の前に飛び込んでくるのは、未だに慣れることのない光景であった。

 健康そうな女の肌とそこに実る二つの果実。

 女性特有の甘い匂いがセヴンスの嗅覚を麻痺させて堕落の道へ誘い込む。

 案の定、上着を脱ぎ、女体化した黒髪の神殺しも唸り声を上げながら眠たげな目を擦っていた。

 

 人を惑わす罪な女(?)は、上着を脱ぎ、ずっとセヴンスの口元に胸を押し付ける姿勢で寝ていたのだろうか?

 寒くはないのか? 苦しくはないのか?

 疑問は浮かび上がるが、この状況で平然と場違いな疑問に悩まされているセヴンスも大概だな。

 

 素肌を晒して抱きついている神殺しを複雑な心境で退かす。

 彼が壁となって気付けなかったのか。

 部屋の後方でセヴンスと同じように複雑な感情を胸に抱いていながら、冷めた目付きで彼を睨みつける一匹の天人の姿が眼球に焼き付けられる。

 

 その姿を見て、彼女がどれだけ複雑な思いを秘めているのか感じることのできるセヴンスは同時にどれだけ弁解を求めても信用までは取り戻せないだろうな。と他人を見るような感覚で自分の現状に後悔する。

 

「遂に貴様はそこまでの境地に到達してしまったのか。それとも常にその段階を超えるつもりであったか。以前は冗談で済まされたが、今の神殺しどう見ても雄の味を知った雌の顔。薄々予感していたが、勘違いだとメアは自身を叱った日もあった。やはり貴様という奴はメア如きでは測りきれぬ領域であったか。すまない、人間。もうメアでは、どうすることもできない」

「やめろぉ! 俺に同情するような、憐れむような目で見るのはやめろぉ! 後、『やはり』ってなんだよぉう」

「たった二ヶ月だぞ。節操のない貴様には呆れを通り越して賞賛すら贈りたくなる。もう、何も言うな。言い訳だけは聞きたくない」

「弁解を。せめて、弁解だけでもお許しを!」

 

 必死に頭を下げて弁解の機会を求めたセヴンスは、その行動ゆえに軽くメルティアに引かれたが、今はそれどころではなかった。

 渋々弁解(言い訳)の機会を譲ったメルティアとそれに喜んだセヴンスの図は滑稽なほど簡単である。

 汗水たらしながら口先達者に弁解するセヴンスはこれ以上ないほど気持ち悪かったが、そのかいもあってお互いの誤解だけは消化された。

 最初から話を真剣に聞こうとしないメルティアは面倒になって適当に頷いているようにしか見えなかったのは自分の心が汚い証であろう。そうに違いない。きっとそうだ。そうでないと困る。

 

 贖罪は週末を迎える。

 弁解の時間をセリカは、上着を着たり、刀を整えたりと実に有意義な時間の使い方をしていた。

 仕事とプライベートを両立させることのできる人間が少ないように、プライベートな時間の終わりにはお互いに真剣な顔つきに変わっていた。

 自分は生存を賭けた戦争に駆り出されている心境をセヴンスは改めて取り戻す。

 

 正直に言えば、今回の訓練は準備不十分だと言える。

 訓練時は前もって計画まで練っていたにも関わらず、警戒していた予想外にも対処が間に合わず、大事な時間を大幅に消費した。

 時間足らずで中途半端に終えた訓練では、刀の使い方を覚え、飛燕剣の基本型を刀でも扱うことができるほど上達したが、それまでである。

 上位魔術にいても、使用するだけなら簡単だが、数々の問題が山積みにされて何一つ解決されていない以上、実践で無理に使うことは当然できない。

 以前のように本体のセヴンスが姿を現して、敵がセヴンスに気を取られている内に魔術を連発して牽制する作戦も考えたが、逆に動きが読まれ、場合によってはセヴンスの身が無駄に危険にさらされる以上は後のない作戦として没となった。

 

 前回で獲得した敗北という屈辱的な経験は、夢見気分のセヴンスの目を覚まさせる劇薬となる。

 苦い経験を糧として、戦場で得られた戦利品を惜しげなく利用して、それでやっと得られるのが生存戦争における勝利である。

 神殺しの全体的弱体化は痛手、しかしレベルを上げて物理で殴るタイプのエロゲ主人公。

 どんな経験でも無駄にせず、取り入れて強くなれる神殺しセリカなら以前よりも急激な強化がなされている筈。そう思いたい。

 

 セヴンス達の強みは、他では見られない特殊な数の力にある。

 大抵の人は能力付加を選択し、中には『王の軍勢』のような数の暴力で押し切ろうとする輩もいるであろう。

 純粋な戦闘能力でも強く、本人であるゆえに原作本人バレしない限りは決して詳細な仲間の数が知れることはない。

 お互いの足を引っ張り合ったり、片方が集中的に狙われるなど弱点になるが、それを強みに変えると誓ったのもセヴンス自身である。

 狙われたなら罠に誘い込めばいい。神殺しを狙うなら、悠々と援護に回れる。絡繰に気づかれてもセリカと離れなければ殺されることはない。

 

 考えを振り返り、用意していた作戦を見直し、やる気に満ちたセヴンスだったが、裏腹に苦い顔をするメルティアは申し訳なさそうに口を開く。

 

「戦意に満ちいているところ悪いが、残念なお知らせと嬉しいお知らせがある。どちらから聞きたい?」

「……? それじゃあ残念な方から」

 

 面倒なほど元気なメルティアが、急に静まり返り、場の空気は緊張感に支配され重くなる。

 嫌な予感が過るが、セリカの事件を踏まえてから想定外の事態に陥っても想定外すら想定するようになった。

 だからこそ、並大抵の言葉をぶつけられても平気でいられると、そう思っていた。しかし現実は異なる。

 

「相手側の転生者候補生が棄権したわ。申請を承諾すれば貴様達の勝利で終わる筈だ」

「……はぁ?」

 

 予想通り、予想外の事態に陥った。

 しかし、セヴンスが予想していた予想外の範疇を超えており、自分にとって都合の悪い知らせに身構えていたのだ。

 言われた言葉が理解できず、疑問は浮かばなかった。

 呆けたように声を出し、頭で処理しきれずに時間が過ぎる。

 暫くしてやっと状況を飲み込めるまで経過すると我に返って必死になって問いただしていた。

 

「それの何処が残念なお知らせなんだよ。朗報じゃねぇか」

「……貴様はそれでいいのか?」

「へっ? 何が?」

 

 セヴンスの思いとは裏腹に落ち込んでいるような仕草を見せるメルティアは、恐る恐るセヴンスの疑問に答えを出す。

 

「だって貴様は……さっきまで闘気に満ち溢れていた面構えをしていたではないか! メアの双眼は真実を映し出す。貴様は間違いなく、前回の対戦にはなかった覚悟を決めていた。相手を本当の意味で殺すという決意も伝わってくる。その全てをメアは言葉一つで踏みにじったんだぞ!?」

 

 メルティアの必死の弁解に思わず息を呑む。

 だからこそ、セヴンスも虚言で真実を捻じ曲げることはせず、訓練で得た教訓を胸に、自分の思いのたけを語る。

 

「……? だからなんだ? 勝てれば別にいいじゃん。勝てば軍師、負ければ策士だ」

「」

 

 どうやら勘違いしてくれているようだが、勝負とは手段であり、目的は勝利に他ならない。

 前回の対戦で学んだ教訓だ。

 棄権してくれたなら結構。それを突っぱねるほどお人好しになった記憶もない。

 

「貴様は本当にどうしようもない奴だな。メアに心情を踏みにじりおって!」

「そういう前置きはいいから本題を言え。さっきのが残念なお知らせなら残った嬉しいお知らせはなんだ」

 

 問題はここからだ。

 メルティアから見てセヴンスにとって勝負なき勝利が残念なお知らせだとメルティアは答えた。

 ならば、嬉しいお知らせというのはそれ以上に重要性が高いということになる。

 まあ、普通に考えれば勝利よりも嬉しいお知らせなど早々ありはしないだろうが。

 

「相手側の人間が棄権を条件に貴様と話し合いの席を要求したのだ。これに応じない場合は申請を承諾しないことになり、敗北となる」

「……はぁ?」

 

 二度目の間抜けな声が上がる。

 棄権を条件に? 話し合いの席を要求した? 応じないと敗北になる?

 

「……ふざけてんのか、お前!」

「お前言うな! 生存戦争の全てが戦いで決まると誰が決めた? このような心理戦も列記として存在はする」

 

 思わず怒鳴りつけてしまうが、それに臆することなく、メルティアは反論する。

 酷く頭が痛くなる。

 なんという悪足掻きだろう。

 

「何処が嬉しいお知らせなんだよ。悪戯でもここまで酷くはないぞ」

「相手側が人間の雌だったのだ。貴様のような雄は好物なのだろう? いや、神殺しを抱いている貴様は……すまなかった。全面的にメアが謝罪しよう」

「やめろ! 悲しくなる。俺は無実なんだ」

 

 未だにセヴンスの説得を微塵も信じていなかったからこそぼろが出たのだろう。

 だが、それよりも聞きたいことがセヴンスを占めており、寸止めのところでセヴンスは愚痴を止めて本筋へ入る。

 

「相手側の目的はなんだ。勝利が目的じゃないのか?」

「メアが知るわけないだろう。こんな事例は珍しいことなんだ。人間の分際で生存戦争をダシに使おうとする魂胆がまた厭らしい」

 

 勝利よりも話し合いを要求されたことに戸惑いを覚えるが、同時に狙っているものが勝利以外に別物なのか。それとも、勝利自体を拒んでいるのか。

 真相を確かめるには本人の前まで出向くのが一番の近道でもあったが、相手の掌に踊らされているようで気分が悪い。

 まるで、上記の悪い予感が的中したかにも見える。

 

「おっと、忘れるところだった。貴様から相手側へ言伝も頼まれていたのだ」

「……言伝? あ、ああ、それを先に言えって」

 

 前もってこの状況を説明するだけの言葉をメルティアに聞かせていたのだろう。

 こんな混乱を防ぐ為に用意したにも関わらず、それを忘れていたメルティアのせいで台無しだ。

 混乱した後に聞かされても説得力はないんだろうなぁ。

 セヴンスはそう思っていたが、メルティアの口から語られる言葉はセヴンスの思い描いていた最低ラインを貫いた。

 

「えっと、『お久しぶりですね。童貞坊屋。私がいなくて寂しかったですか? 私は肩の荷が落ちた気分です。ええ、本当に清々します。メアの声では誰なのか分からないなんて考えてないでしょうね。考えているなら貴方が私の前に来る必要はありません』だったかなぁ」

「」

 

 誰だよ。

 来てくれと言ったり、来るなと言ったり、訳がわからないよ。

 

「確か、『名乗りを挙げるなら貴方の恋人兼幼馴染の高嶺咲です。思い出したならさっさと来てください。忘れたなら来ないでください』以上が言伝だ」

「訳がわからないよ」

 

 悲しいかな。頭の先から麻痺していたセヴンスは名前を聞いた当初は誰のことは分からなかったが、『恋人兼幼馴染』という単語を思い出して、数少ない人物像を思い描いた結果。すぐに昨日までお見舞いに行っていた寝たきり少女だと思い出した。

 

「それでどうする、人間。会いたくない相手なら策士の罠に嵌るが如く、会いたいならさっさと肯け」

「え、いや、だって……え?」

「どうした人間。決めるなら早くしろ」

「……参加しているのか? 咲も、この殺し合いの戦争に」

「さあな。メアは詮索しない類だ。そもそも参加しているなら棄権する必要も話し合いのテーブルを用意する必要もなかろう」

「あ、そっか」

 

 考えてみれば、当たり前でもある。

 セヴンスが悩んでいたのは、誰かもわからない相手から棄権されて動機も理由もわからず、さらに話し合いまで持ちかけて脅してきた。

 しかし、それが高嶺咲ならば話は変わってくる。

 同じように参加していたセヴンスをいち早く気づいた彼女が、殺し合いを望まず、話し合いたいと思っても不思議ではない。だが、万が一にもセヴンスが話し合いを拒絶する可能性だってある。申請の条件とは保険であり、脅しでもあったのだろう。

 

「いいぜ、会いに行ってやるよ」

「貴様はそれでいいのか?」

「わざとらしいんだよ。さっきまで選択を迫ってた奴のセリフじゃねぇだろ。俺は俺の道を決めただけだ。勝利が欲しい。だから承諾した。俺のしたことって言えば、たったそれだけのことじゃねぇの?」

「ふん! 確かにそうであったな。例え罵声を浴びせられようとも、軽蔑されるように視線を送られようとも、勝利のためなら惜しまない。それが貴様だ」

「誰だそれは。嫌だよ。そんなことまでして手に入れた勝利とか絶対ロクな事にならないだろうが」

 

 くっくっ、と笑うメルティアに反発するが、悪い空気を払拭する為の冗談だとすぐにわかった。

 罵られた筈なのに憎めない。あれ? ドMにでも目覚めたのか?

 

「さらばだ、人間。精々、勝利に走りすぎて後ろが見えなくなるという事態には陥るなよ」

「そんなことになったりしねぇよ。心配してくれてるのか? さっさと籠絡させて勝利を手に入れてみせるぜ」

 

 その言葉を最後にセヴンスの視点は大きく揺らいだ。

 視野が変わり、その場所には聖魔の翼を持つ天人も、黒髪に染まった神殺しの姿もなく、自然発生を繰り返している光と恩恵に満ちた世界が彼を歓迎する。



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第十五話 『毒舌清楚系眼鏡彼女』

 世界が生まれ変わる瞬間を垣間見る。

 世界から拒絶され、独特の浮遊感に包まれていく。それは上位世界から天界へ移動する時のような感覚。

 

「ここ、は――……」

 

 一度は不意打ちと言えど立ち寄らざる得なかった新世界に動揺するセヴンス。

 そこは、住み慣れていた神殿の部屋とは明らかに異質な世界だと見ただけで、吸っただけで、触れただけで理解する。

 <始まりの大地(イザヴェル)>

 

 この生存戦争のためだけに用意された話し合いの世界。

 フォルテシモという作品に登場する魔術で創り出された概念魔術空間の一種。

 ゲームマスターであるファーストが管理、支配している数少ない空間。

 

 どこまでも続くような広大な草原、幻想的な光の輝き、美しくも儚い印象を植え付けられる世界。

 まるで自分達の他には、何の生命も存在しないような……時間という概念が消え去ったような、そんな世界。

 

 セヴンスは知っている。

 <始まりの大地(イザヴェル)>に入場できるのはゲームマスターであるファーストに招かれた者だけであると。

 それは原作を知っているからであり、同時に実際に経験したことだからだ。

 

「いるんだろ。出てこいよファースト。覗き見とは趣味が悪いな」

 

 一つの人影がセヴンスの前で揺らめき合い、人の形を象っていく。

 それはやがて黒髪の少年を産み落とした。

 

「なんてことはない。戦略の一つさ。この生存戦争で珍しい戦い方をしている少女に興味が湧いてね」

「あー……なるほどな。けど、やめといた方がいいぞ。あの女はお前の手に負えるような相手じゃない」

「それはどうかな。確かに彼女と僕の相性は君が思っている以上に最悪だ。けれど、似た者同士というのは解せないよね。似ているからこそ、何処か自分とは違うところが分かりやすい。だからこそ、仲も相性も悪い」

「なんだ……わかってんじゃねぇか」

 

 高嶺咲を心配しての提案でもあったが、同時にファーストとの仲が拗れて悲劇を招きかねない。

 そう考えてもいたが、どうやらファーストも愚かではなく、その程度は十分に理解していたらしい。

 ……似た者同士。ある意味ではその通りかも知れない。

 

「それじゃあ僕は言われた通りに退散させて貰うとするよ。彼女が君と手を組むというなら、彼女は僕の敵であり、君が彼女と手を組まないというなら僕は彼女の敵ではない」

「忠告のつもりか? お前は一言も『味方』だとは言ってねぇのに」

「ははっ、やっぱり君は面白いよ。セヴンス君。確かに味方でもないね。言っただろう? 僕は傍観者で居続けると。上記の君の発言は通用しない」

「後悔しても知らねぇからな」

「それこそお互い様じゃないか。精々、僕と君が対峙するその日まで僕を楽しませてくれよ」

 

 その言葉を最後にファーストは再び影となり、セヴンスの影に吸収されて消えてしまった。

 眼前にファーストとは別の人影が揺らめき合う。

 その人は、小柄な体格で、反対的に胸が非情に大きい不安定な身体付きであったが酷く大人しい印象を受ける女性でもあった。

 

「お久しぶりですね。高貴で高名な私のご主人様」

「久しぶりだな。相変わらず冗談の通じない悪戯をしてるようで安心だ」

「そうでしょうか。私の胸を熱くさせるこの思いは貴方が知らないだけで本心かも知れませんよ。言葉では拒絶しつつも、本心ではチョロイン曰く貴方を猛烈に慕っているのかも」

「飴と鞭の使い方が下手だな。お前の場合は一方的に相手を嬲る方が楽しんだろ。俺の知っている高嶺咲って人間はそういう奴だったよ」

「人は変わるものです。変わらないものなんて存在しません」

「…………」

 

 『久しぶり』とお互いに挨拶したにも関わらず、その会話は、常に会っているような感覚である。

 セヴンスも何も感じないわけではない。しかし、高嶺咲の変わらない反応を返すには対応するしかない。

 

「見てくれだけなら清楚系眼鏡美少女なのにな。毒舌の一言がなければ完璧だ」

「そうでしょうか。以前の貴方は身体のバランスが悪いやら、私の告白を十三回も振った偉大な人物ではないですか」

「よく覚えてるな。そんな細かいこと」

「一度覚えたことは絶対に忘れないので」

 

 眼鏡を賢そうにズラしながら口元が笑っているので台無しである。

 そんな彼女を見ているだけでやっぱり根本的なところは変わっていないのだと実感する。

 

「どうしたのですか? 情熱的な眼差しで私を見て……ハッ!? 久しぶりに再会した幼馴染にエロい視線を送って喘がせたいという欲望に駆られたのですね!? そうですね。相変わらず、無害そうで中身は危険な男。でも安心してください。そんな屑な貴方でも私は貴方を愛します」

「誰だよ。そんな欲望に忠実なセヴンスは……。それが今の俺なら、もう少し<性魔術>についても従順に進んでる筈なんだけど」

「……なんですか? それ。……<性魔術>? 聴き慣れない単語ですね。ゲームやアニメで使われる単語のようなものでしょうか。これでも私は良い子なので詳しくわからないのですが」

「良い子ちゃんアピールと相手の能力詮索を同時に行った……だと……。それに<性魔術>が知られたら男として終了じゃねぇか!?」

「私は既に人として終了していますが」

 

 <性魔術>で男と一線は超えていないが、それ以外のことを仕出かしている等と知られてしまうと一番面倒な種類の人材である。

 主に一生からかわれる材料にされかねない。

 

「本当に変わってないな。高嶺咲」

「あら? 一年前のように咲って呼び捨てにしてもいいんですよ。逆に貴方に苗字まで呼ばれると吐き気がします」

「なんでだよ!? なに? なんで俺が発言するたびに罵られてるんだよ。俺だってお前がそこまで無防備じゃなかったら……」

「……なかったら? 私をどうするんですか?」

「……ならかったら……お、襲ってたかもしれないだろ。告白だって格好つけて弱みを握られてるかも知れなかったし。お前の場合は、防御力固めに見えて、中身は無防備同然なんだから自覚くらいしろよ!」

「必死なところも可愛いですね。まるで初心な人みたい。それとも久しぶりに再会した自分の女が変わっていないことに安心でもしましたか?」

「否定もしないし、肯定もしない。ただ、自分の女ってところは否定してやるよ。……正直に言えば変わってないお前を見て安心してた……かも知れない」

「それはお互い様でしょう。貴方だって変わっているようには見えません。いえ、正確には『あの日』から変われなくなってしまった私とは違って、変わろうともしない人ということは見ただけでわかります」

「…………」

 

 意地悪そうな視線を向ける高嶺咲とは正反対に冷ややかな汗を流すセヴンス。

 彼は変わろうと思えばいつでも変われたのだ。

 変わる機会すら失ってしまった高嶺咲とは違って。

「なるほどな。抜けているようで防御(ガード)は完璧じゃねぇか」

「お褒めに預かり光栄です。……忠告に一つ。変わらないものは存在しない。例え変わりたくなくても変われないものはない。それは貴方も例外じゃない」

「……忠告感謝する」

 

 やはり高嶺咲はファーストと似ている節がある。

 似ているだけで本人ではないが、何処か腹の中を見れない感じである。

 何を考えているのか。何を隠しているのか。何を抱えているのか。

 全てが見えず、見せずの幼馴染は最高に怖い。

 

「怖い顔をしないでください。そんな顔をさせる為に勝利を捨ててまで貴方と対話するための席を用意してもらったわけではないのですから」

「さっきまで盛大に罵っていた奴の言葉とは思えねぇ。それに対話するだけなら戦争に参加してても可能だっただろう?」

「保険ですよ。名乗りを挙げたら自由ですから。自分の罪の重さに耐えかねて攻撃されても困ります。信じてはいますが、人は思っている以上に脆いものなんですよ」

 

 薄く笑う高嶺咲とは対照的にセヴンスは底の見えない闇を見ているような気分に浸かる。

 『棄権』の単語を思い浮かべたことで、自分が呼び出された理由を一度も訪ねていないことに今更ながら気がつかされた。

 今までの全てが話を逸らすためのフェイクならば、高嶺咲という人物がどれだけ話術に優れているのか分からなくなる。

 話の流れから<性魔術>について聞き出そうとすらしていたのだ。

 反応と評価を同時に改める必要も出てくる。

 

「それで遅くなったが俺を呼び出した理由はなんだ?」

「やっぱり気づかれてしまいましたか。いえ、久しぶりの会話で随分と図々しく成長したなぁと思いまして。私を殺して逃げたくせに……。本当にどの面下げて私の前に顔を出してきたんでしょうね。貴方という人間は……」

「否定も、肯定もしない。お前が思ったならそうなんだろうな」

 

 二人の間にある圧倒的な溝が見えた瞬間だったが、それを埋める材料は何もない。

 いや、材料があるとすればこれから提示される問題の内容が左右するだろう。

 だが、セヴンスもこれ以上は負けるわけにはいかない。

 立場的に無駄だと判断すれば幼馴染でも切り捨てる覚悟が必要である。

 認識を改めよう。ここはもう、ただの悪夢ではない。

 精神的に苦痛を与えられるだけの世界ではなく、良くも悪くもセヴンスが『選択』しなければならないのだ。

 変わるために。

 

「率直に言います。私は貴方と共同戦線を張りたいと思っています」

「……ファーストの差金か?」

「……ファースト? ああ、初戦の相手ですね。そういえば私にも戦闘前に話を持ちかけられました。まあ、あの程度と組むなんて死んでもごめんですから。しっかり殺して上げましたよ」

 

 つまり、ファーストとは縁がない? いや、ファーストと初戦で相対しているのだ。

 だが、高嶺咲の口ぶりからファーストが負けたと聞こえる。

 奴自身も自分が最強だと自負していたにも関わらず?

 

「単純に私とファーストの相性が頗る良かっただけですよ。私の『魔眼』ではハッキリと彼の『神の見えざる掌』を観測出来ましたので」

「……『神の見えざる掌』?」

「……あれ? まだ、対戦していないのですか? てっきり私は前提に考えていましたが」

「今が二回戦だろ。初戦の相手がお前だったならどうあっても俺とファーストが戦えるわけがない。それに俺がファーストと出会ったのはここだ」

 

 後から気づいたように『ハッ』と反応するがわざとらしかったとだけ言っておこう。

 それから提案された共同戦線の内容については単純なものだった。

 

 曰く、お互いに敵同士だが、勝利した場合の願いを同一化するという内容。

 元々勝利してもその先のないセヴンスが手に入れることのできるかも怪しいものだったが、願いの内容が『勝利者を指導者として、生存戦争に参加した他の転生者候補生も同様に転生させる』というものだった。

 提案は曖昧なもので、拒否しても良かったが、自分が敗退したときの保険が用意されていると思えば気も軽くなる。

 既に一戦目を敗北しているので、共同戦線を張る意味はあるかもしれないが、その場合は自分の願い枠が潰されることになる。

 願いのないセヴンスが願うとすれば、こんな茶番劇の悪夢を終わらせて欲しいことくらいだろうが、その願いは叶えられないことは承知済みだ。

 よって、セヴンスは保険程度と考えて了承した。

 

 その後は、セヴンスの生活と高嶺咲の生活を話し合った。

 無論だが、共同戦線を張ったといえど情報漏洩しない為にもセヴンスは極力転生特典の内容は秘匿にする。

 

「俺はお前がいなくなってからは人間社会ではダメな人間になったけど、お前はどうなんだ?」

「そうですね……ダメ人間な貴方と違って有意義に死後の世界を満喫していますよ」

「死後の……世界?」

 

 セヴンスの知る限りでは高嶺咲は数年前……いや、正確には一年前が正しい。

 その頃になってとある事件に巻き込まれて重軽傷を負って未だに昏睡状態に陥っている筈である。

 高嶺咲の親族の中にはもう無理に生き続けらせるよりも終わらせた方が本人の為ではないかという空論も出始めているが、両親が猛反発して防いでいる。

 しかし、それをここで口にすれば何かが変わってしまうかも知れない。そう思ったが、その前に高嶺咲が語った死後の世界というのが気になった。

 

「不幸な人生を送った者だけがたどり着ける世界。私の場合はどれだけ手を伸ばしても届かなかった高校生活を満喫しています。まあ、満喫し過ぎて消えてしまう人も偶に見かけますが」

「消える? どういうことだ」

「死後の世界に運ばれてくるのは不幸な人生を送った者だけと言いましたよね。経験した不幸な体験よりも幸福な人生を死後の世界で送る事が出来ると死後になって残る未練がなくなり、消えてしまうのですよ」

「成仏ってことか?」

「そうですね。そう考える人も大勢います」

 

 頭の何処かで知っているような、靄がかかって重要な事が思い出せないような感覚に苛まれる。

 上位世界に戻れば、緊張感が抜けて思い出せるのだが、それまではどうしても重要な事がわからなくなるのだ。

 

「そういえば、お前の選んだ転生特典ってどんなものなんだ」

「自分の特典は明かさないくせに他人の情報は要求するとは我儘にも程があります。親の顔が見てみたいですね」

「さっき<性魔術>というキーワードを与えた筈だが?」

「口を滑らせたの間違いでしょう? 私だって『魔眼』や『神の見えざる掌』というキーワードを教えてます」

 

 どうやらそう簡単には情報公開はしないようだ。

 お互い様と言えど、ここまで拮抗するのも珍しい。

 話し合いの席なのに必要な情報が手に入れにくい。

 

「それじゃあ取引だ。俺は前の対戦者の能力と詳細な情報を提供する。お前も俺に能力を教えろ」

「命令口調がしゃくに障りますね。拒否権だってこちら側にあるというのに」

「お前の次の対戦相手になる確率が高い。それでもいらないというならそれでいい」

 

 消去法である。

 セヴンスの前の対戦者がテンスで、次の相手が高嶺咲。

 高嶺咲もファーストが一回戦の相手で、次の相手がセヴンス。

 ファーストとも、セヴンスとも試合を終えている高嶺咲が次に対戦するのは、テンスの可能性が一番高いのだ。

 セヴンスもテンスと高嶺咲の試合を終えているので、三回戦の相手がファーストでなくとも、それが逆に高嶺咲がテンスと当たる確率が高くなるのだ。

 

「分かりました。気に入りませんが、取引しましょう。ですが、先に情報を提供するのは貴方が先であることが条件です」

「わかってるって」

 

 これで高嶺咲が情報だけ聞いて逃げ出しても、彼女と前もって結んでいた共同戦線が白紙になるだけなので得策ではないだろう。

 セヴンスは自分の知る限りのテンスに関する情報を高嶺咲に提供した。

 

 曰く、彼の能力名は<強制召喚>であること。

 曰く、彼の身体能力は他の転生者候補生よりも遥かに一脱していること。

 曰く、彼の能力では人間だけは呼び出せないこと。

 

 最後の人間だけは呼び出せないというのにも確信がある。

 もしも呼び出せるならセヴンスの最後で、槍を投げる必要はなく、呼び出して殺せばいい。

 それをしなかったのは、出来なかったということであろう。

 左腕が感電している状態でそれでも賭けに出たのだ。

 ブラフである必要はどこにもない。

 

「次はお前の番だ。さあ、お前の能力を教えてくれ」

「分かりました。そこまで知りたいと尻尾を振って懇願するなら仕方なく教えましょう」

「おい」

「私の能力は<直死の魔眼>です。いえ、正確には特殊な眼であって<直死の魔眼>を選んだわけではないんですけどね。既に死を経験して、死後の世界でも何度も死んでしまったので苦労せず、死を理解できました。私のかけているこの眼鏡だって列記とした<魔眼殺し>です」

「<直死の魔眼>……?」

「物の死を視る事が出来る特殊な眼ですよ。知っているでしょう? だって良い子の私に悪いことを教えたのは貴方なんですから」

「……あ、ああ……そうだったな」

 

 聞いたことあるが、よく思い出せなかったとだけ言っておこう。

 冷静にアニメやゲームの話題を頭の中で膨らませると能力についても思い出せる。

 それでも、<始まりの大地(イザヴェル)>の神秘性が邪魔してかどうしても落ち着きを取り戻せない。

 

「死後の世界では幸福な体験をすることだけが成仏する条件だって言ってたよな。でもそれって、<直死の魔眼>を使えば他の死人も殺せるんじゃないか?」

「できますよ? 実際に試して消えた人もいますし、メアが私の前に現れてから私の静かだった学園生活はとうの昔に崩壊しています」

「あー……そういえば居たんだったな。そっちの世界にも『天使』が」

「いえ、正確には『天使』と呼ばれている生徒会長ですね。私も生徒会書記です」

「へぇ、やっぱりお前らって仲がいいのか?」

「それもどうでしょう。生徒会長と私の思想は離れていますし、彼女は幸せな人生を送れなかった人を成仏させたいのであって、私のように無理矢理消滅させることを望んでいるわけではなさそうです」

「お前そんなことしてたのか……天使にも嫌われるってお前仲間いねぇだろ」

「……そうですね。仲間はいませんが、貴方という彼氏は過去にいましたね」

「だからちげぇって」

 

 情報交換を交わしながらも、次第に目の前が歪んでいく。

 上位世界の自分が目覚めようとしているのだろう。

 

「もう時間ですか。短い再会でしたが、案外つまらないものですね」

「俺は久しぶりにお前と会えて嬉しかったぜ、咲。これでも昨日だってお見舞いに行ったんだからな」

「……っ……、う、嬉しかったって!? そ、それにお見舞いってどういうことですか! 私はもう……」

「はい、残念。時間切れだ。続きが知りたくなったら、勝ち上がって来い。俺に勝てたら教えてやるよ」

 それを最後にセヴンスは<始まりの大地(イザヴェル)>から姿を消した。

 最後の最後でセヴンスは今まで冷静だった高嶺咲の驚く顔に満足していたのは言うまでもない。

 

 そして一人。

 草原で佇む清楚な女性は俯いた顔を上げて呟く。

 

「……約束……ですよ」



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第十六話 『希望』

 古神の人間を老若男女関係なく無差別に魅了する能力によって意識を暴走させられ、一時は日常生活にまで支障を及ぼしていたが、時期が過ぎ去ると落ち着きを取り戻していた。

 人間が成長と退化を繰り返して変化し続ける限り、セリカも<性魔術>を行使する度に精度も上昇し、より効率よく精気を奪えるようになっていった。精気を奪われるセヴンス本人としてはたまったものではない。

 

 最も完成度の高い<性魔術>を行使された時等は、精気を奪われすぎて瀕死の状態に追い込まれたことすらある。

 その時は立ち上がることすら困難で、訓練どころではなくなってしまった。

 解決法はなく、<性魔術>の手を緩めるだけでセヴンスはセリカが好きで好きで仕方がなくなる。

 中には訓練の終わりに<性魔術>で精気を大量に吸い取り殺されることで上位世界へ戻るという俗に言う『死に戻り』まで試したこともある。

 結果は成功したが、上位世界で目覚めた当初は身体が重く怠かったので影響力が関係しているのだろう。

 それに死ぬほどの快楽を経験するセヴンスが果たして普通の快楽で満足出来なくなる日がやってきてしまうかも知れない。そもそも、どうあっても苦しむのはやっぱりセヴンスだけである。

 

 悪いことばかりが続いているようにも聞こえるが、<性魔術>の精度が上がったことで得られるメリットも存在する。

 一つ目は、<性魔術>関連の精度が上がれば手に入る精気も上がり、セヴンスが主に苦しむ羽目になるが、反面、奪い取ることのできる精気を調整できるまでに精度が上達すれば苦しい思いも少なくなり、溜まった性欲や抑えきれない欲望を精気として効率よく吸収することもできるだろう。

 二つ目は、精気をより多く奪うことによって得られる能力は神殺しとしての能力に強化を施す事ができる。神殺しの強化方法は主に敵を殺して魔力補給を行ったり、<性魔術>で精気を吸収するしかない。

 神殺しとしての能力とは関係なく、セリカ自身としての能力でも戦闘経験を積むことでそれを効率よく活用したりできるはずだ。ファンタジー主人公の特権だもの。

 

 最低限の<性魔術>で最大限の効果を得られることこそが最も素晴らしい結果足り得るが、それでも苦しむ羽目になるのはセヴンス一人だけである。

 

 勝利の為ならば手段は選ばない(キリッ)なんて誓ってはいるが、どれだけ目をそらしたつもりでも、痛い思いも、苦しい思いも、消えたわけではなく言い逃れの事実であることはどうあっても変わらない。

 

 苦しみの先にこそ、輝かしい勝利の栄光が約束されていると昔の人は言っていたような言わなかったような気がするが、その勝利が苦しみよりも価値の低いものならば無駄骨同然である。

 

 しかも判断できる材料が少なく特定もできない。

 転生すら義務と言っていたので、もしかするとブラック企業なのではないだろうか。

 後悔だけなら幾らでも考えつくが、現状では不安に押しつぶされるだけなら苦労はしない。

 そうならないように精神科に通い続け、それでも天界でこれが最善の策だと無理矢理自分を納得させることで耐え忍ぶしかない。

 だからといって耐え続けるだけで山積みになっている問題が自然に解決することがあるわけでもない。

 

 問題点其の壱、セヴンスは至って正常な恋愛的感性を保持している。神殺しが元人間だったとしても、人間と化物が本気で好きなるようなものは作り物の世界だけだ。そんなものは人間がエーリアンに恋するのと同じである。

 問題点其ノ弐、セヴンスは神殺しの持つ古神の身体による魅了でおかしくなっているのであって、同性愛者ではない。そもそも、同性を本気で好きになることは、例え女性体に性転換できるセリカであろうとあり得ない。

 問題点其の参、情報化社会の荒波はセヴンスにとって恐怖の対象でしかなく、元気に満ちている銀髪の美少女が無表情で冷たい眼差しをセヴンスに向けるだけで彼の心は大きく傷つき立ち直るまでに時間がかかってしまう。

 

 他にも問題点は山ほど残っているが、表立ってセヴンスを苦しめているのは主にこの三つだけだ。

 他の問題点はどうにかできるわけでもないが、どうにもならないわけでもない。

 セリカに眠る神殺しとしての真価を発揮するための代償だと割り切って恥を捨てれば楽になれるのだが、それをすると性欲や欲望を抑える必要がなくなるという結論に落ち着きかねない。

 人間としての感性だけは忘れない者としてセリカと結ばれることだけはあってはならない。男が好きなわけでもなく、夢で出会っている男に本気の恋した等と口が裂けても言えるわけもなく、誰かに聞かれても引きこもり生活で頭がおかしくなった人だと思われるのがオチである。

 

 今のセヴンスが取れる行動は人間としての感性を忘れず、自尊心を傷つけ、恥を捨てて勝利を得るような方法である。

 限りなく苦しみに侵食されているが、押しつぶされないように用意されている『希望』に縋り付くしか方法もない。

 逆に言えば、道は用意されているのでそれに従って人間らしく進んでいくことこそがセヴンスらしく、人間らしいのかもしれない。

 神殺しと出会ってから人間らしさが薄れていたかも知れないが、それもまた勝利の代償だと割り切っておくことにしよう。



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第十七話 『限界』

 高嶺咲の棄権によって不戦勝を得たセヴンスは、有り余った一ヶ月という期間を無償で手に入れた。

 目指すは電撃魔術の<爆雷閃>と<轟雷>の完成と最後に待ち受ける関門を突破すること。

 

 やっていることは、電撃魔術を使いこなす為の日夜欠かさず訓練を繰り返しているのみ。

 それだけでも<爆雷閃>と<轟雷>の成功度は見るよりも明らかに上達している。

 <爆雷閃>と<轟雷>だけでなく、使い勝手の良い<雷撃>と<落雷>の練習も欠かさない。

 応用や牽制の類に使えるのだ。

 最低限の出費で最大限の利益を得るのはどの世界でも変わらない。

 魔力を最小限に消費して、魔術の威力をできる限り高める訓練も忘れない。

 

 高まる技術と手応えのある経験を繰り返し、<爆雷閃>と<轟雷>を完全に使いこなすまでに一週間はかかった。

 逆に言えば一週間で習得したと言える。

 前もって発動は出来ていたのでそれ程苦でもなかったが、問題はその先にあった。

 

 最弱の神殺しが使うことの許される電撃魔術の奥義<旋風爆雷閃>と<審判の轟雷>は、今までの魔術と比べて明らかに難易度が高く、消費される魔力も桁違いだった。

 それによって魔術は発動せず、酷い時などは反動すら受けてしまう。

 

 今までとは明らかに異なる現象を前にして必死に考えた結果。一つの結論に至る。

 セリカは今まで神殺しの強すぎる能力を制御できず、使いこなすまでに努力を続けていた。

 しかし、今回は身に余る魔術を使おうとして魔力が足りず、失敗したのだ。

 セリカが蓄えることのできる魔力はかなりのものだろうが、今のセリカは例えるなら水の入っていない小瓶と同じである。

 幾ら、魔力の入る身体でも中に魔力がなければ魔術も成功しない。

 それに、今までは記憶のないセリカに原作のできる限りのアドバイスは加えたが、一つの奥義を習得するのにそんな曖昧なもので使えるわけがない。

 言ってみれば、爆弾を考えるのではなく、感覚だけで解除しようとするようなものである。

 

 神殺しの肉体であるセリカが魔力を補給するには敵を殺して吸収するか。

 セヴンスとより深い<性魔術>を行使して多くの精気を吸い取るしか方法はない。

 

 前者は敵が存在せず、一ヶ月後に相対できるが、今まで二度も倒すことはできていないので魔力は吸収できていない。

 後者はセヴンスが男としての尊厳を捨てれば全てが解決するのだが、そうして得た勝利に意味が有るのは分からなくなる。そもそも、男を好き勝手にする趣味はセヴンスにはない。

 

 よって、考えた末に一つの結論に至る。

 それは神殺しではなく、セリカの技量を底上げする作戦であった。

 魔力補給については効率が悪く、逆に刀を手に入れたことで元からある剣術の技術を高めていくのである。

 魔力消費のない剣術ならば無理をする要素はなく、近接戦で役立つのは間違いなく飛燕剣だろう。

 

 こうして<蓬妖舞>、<円舞剣>、<紅燐剣>の習得に成功する。

 習得までに費やした期間はそれぞれ一週間ずつであり、魔術研究の期間を合計すると丁度一ヶ月である。

 

 尚、習得した<蓬妖舞>という剣術は、セヴンスの見た限りでは剣を振ったように見えた時には既に振り終えているらしい。つまり、セヴンスの視界から見える斬撃の全てが残像であり、超光速の剣技らしい。

 

 <円舞剣>という剣技は、直線上にいる障害物を高速で切り込む剣技で、セヴンスの目には真空の刃を飛ばしているようにしか見えないが、セリカは動いているらしい。流石は古神の身体。人間にできないことを平然とやってのける。

 

 <紅燐剣>という剣技は、巨大な真空の刃を解き放って、逃げ場のない一撃だったが、届くまでに時間が掛かり、原作と違って避けられる危険性がある。

 

 そして、また生存戦争第三試合の日がやってきた。



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第十八話 『第二位』

 後に第二位(セカンド)と呼ばれるようになる黒髪の少女の話。

 

 その少女は『神想教会』の信徒だった。

 別に神様を盲信しているわけでも、存在しないものでも縋らなければならないわけでもない。

 神を信じる者は、それに縋り、それを憎むことで己の欲求を満たしているに過ぎないのだと少女は考えている。

 そもそも神は人の上を行く存在だとされているが、どの文献にも神々は倒されたり、倒したりしている物が多数存在する。

 中には神々で戦を起こしたり、内情で争っているものまである。

 神は人間の上を行く存在だと人間が認めているのに実際は強弱を付けられたり、人間のような感情に基づく行動を強いられている。

 これは人間が考えた神であり、上限の決められた虚構に過ぎない。

 

 それに対して『神想教会』は分かりやすかった。

 神は己の中に存在する。

 己の欲望こそが、神であり、己の掌に収まらない者が神である。

 それは、神を愚弄しているのではなく、人間の思考ではわからないことを意味していた。

 故に神は無敵、無敗、無情である。

 

 『神想教会』には三つの説がある。

 

 神想項目第一条『怠惰』説。

 人はなぜ、怠惰に溺れるのか。

 それは、人間が楽な道へ、二択を決めつけて、より安全な道を選ぼうとするから。

 神もまた、人間の中にいる。

 人間の抱える欲望こそが神々の顕現である。

 

 神想項目第二条『遊戯』説。

 人はつまらない道よりも、面白い道を辿る。それは性欲だろうと、未知だろうと、興味があることは意識していることである。上下。人間は安全な未知、危険で自分には徳のない未知。それらを自らの手で安全だと信じれば間違いなく実行するだろう。傍から見れば危ないと理解していながらも、気づいていない者は手を出してしまう。

 

 神想項目第三条『異物』説。

 人は自分とは、周りとは違う者を嘲笑い、または無情に貶すであろう。

 自分よりも弱い者であれば、尚更である。

 それが自然だから。深い意味もなく、自分とは違うから。

 遠ざける。

 それが誰であろうとも。相手が傷ついているとわかっても精神に響かない。

 

 人が『怠惰』を謳歌していると同じような生活をしている人間が努力をしていれば、努力している人間を見下すことがあるかもしれない。

 逆に努力もしていないのに『怠惰』に浸る人間を見て軽蔑する者が現れるもしれない。

 

 少女にとって『怠惰』に善悪はない。

 努力しているから『怠惰』ではないという法則に疑問も抱いている。

 努力することで『怠惰』を、利益を得たいということは『怠惰』なのではないか?

 逆に利益も、見返りもなく、人助けをする人間がどれだけ存在するのだろう。

 そんな奴は自暴自棄になっているとしか思えない。

 

 少女は『神想教会』を知ってから全てが予定調和なのだと思い始めた。

 人は誰かが選択することで未来も過去の意味も大きく変わるというが間違いだと思い始めた。

 人が悩むのも、答えを出すのも、最後にはそう決まっているのではないか?

 機械に設定された行動をなぞるように、全てが生まれた頃より決まっていたのではないか?

 

例え未来の記憶を持ち越してこようとも、それは未来が変わったのではなく、自分の中にだけある未来の記憶が変わったのであって、変えたのは現在なのではないか?

 

 無数の疑問と無数の答えの中で少女の願望は繋がっていた。

 少女が憎しむ『時間』の呪い。

 

 現在を守りたいと願いを少女は求めた。

 ただ、一つだけ変わらないものが欲しい。

 人は何もしなくても必ず動き続けてしまう。

 内蔵が動いて生きながらえさせようとしているから。

 少女が望むのは生死ではなく、変わらないものである。

 生きてても、死んでいても変わらないものなんて存在しない。

 例え心臓の鼓動が止まろうとも、異臭を放ち、腐り続けて、灰になる。

 

 機械が電気を入れ続けても中身の部品から壊れていくように、人間も食事を繰り返しても擦り切れて壊れていくのかもしれない。

 古い部品から入れ替えていけば問題ないのかもしれないが、脳髄という重要な部品の中身にある記憶は機械と違って『まだ』コピーや移動ができない。

 

 嫌われし怠惰なる時間。

 少女にとっての元凶であり、嫌がりながらも背中を押すように前だけを進まされる。

 どんな状況でも等しく平等に不公平を与える恩恵。

 

 罪もない家族の家に強盗が押し寄せてきても、強盗は罪が無いほど幸せそうな家族を敢えて標的にしたと供述するだろう。

 頑張っても敵は作られ、頑張らなくても見下す敵が現れる。

 

 終わりなき絶望に終止符を打つのは果たして少女なのだろうか。

 それとも、別の誰かが少女と同じ思想にたどり着き、その後を引き継ぐのだろうか。

 

『やっと見つけた』

 

 夢の終わりで少女は白い悪魔と出会った。

 その悪魔は当然のように取引を持ちかけてくるが、少女が応じる必要はない。

 そもそも悪魔と名乗っているだけの偽善者を少女は嫌う。

 

『僕と契約して魔法少女になってよ』

 

 自滅の道であると理解していても、悪魔の手を少女は噛みちぎる。

 それは契約の証。

 人は等しく不幸であるべきである。



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第十九話 『勝利』

 <悠久の幻影(アイ・スペース)>の発動と共に火蓋は切って落とされた。

 部屋を出て神殿の外へ行くと敵対者は既に待機していた。

 

「貴方が今回の相手でいいのかしら?」

「……そうだ」

 

 敵対者は長い黒髪と物静かな印象を兼ね備えた歳下の美少女だった。

 それに相対する者の返事は男性とは思えないほどの美声。

 

「セリカ=シルフィルだ。原作とやらは戦女神を参照している」

「……なるほどね。実名でも特定されにくい諸外国の者か。私は第二位(セカンド)。白い悪魔と契約した魔法少女よ」

 

 物陰に身を潜めて二人を遠くから観察している人物はセヴンスである。

 セリカには前もって指示を出しており、戦闘中にも隙があれば指示を送るように命令している。

 弱点であるセヴンスが態々姿を現して危険度を高める必要はどこにもない。

 中にはテンスやファースト、高嶺咲等の例外もいるが、セカンドの場合は初見なのでこの作戦は十分に効果があるだろう。

 

 セヴンスの主な目的は、隙の出来たセカンドに攻撃すること。セカンドの能力を見極めてセリカに的確な指示を送ること。そして、セリカが隙を突かれて危ない状況に陥った時、セカンドがセリカを仕留める瞬間を狙って逆に不利を利用してセカンドを潰すこと。

 チャンスを得たないなら、逆にチャンスを敢えて与えることも計算の内に入れておかなければならない。危険は伴うが、危険を冒さなければ勝利は得られない。

 

 セカンドの勝利条件はセヴンスを殺すことであり、セヴンスの敗北条件はセリカの死亡である。

 敵の能力を見極める為、『見』に徹してセリカにも本気は出すなと伝えてある。

 だが、この作戦の要は『敵が自分達より弱いことが前提』である。

 

「それじゃあ挨拶代わりで悪いようだけど……さようなら」

「――――ッ」

 

 お互いに最低限の素性を曝け出して生存戦争の条件が整った瞬間――全てが終わっていた。

 セカンドの動きを一字一句記憶して見逃さないように監視していたにも関わらず、セヴンスの両目で捉えていた姿は掻き消える。

 同時に聴き慣れない鈍い音が複数同時に周囲から響くように炸裂する。

 彼女の姿を見失ったセヴンスは反射的に音の発信源である神殺しのいる方向へ顔を向けると遅かった。

 

 ――セリカ=シルフィルの身体は、剥き出しの刃物のような凶器によって余すことなく串刺しにされ、血塗れになりながら倒れ込んだ。

 

 傍では無表情で佇むセカンドが静かにセリカを見下していた。

 『見』に徹すると覚悟していたセヴンスには何が起こったのか理解できない。

 いや、そもそも理解すらさせることなく全てが一瞬の時で終わってしまったのだ。

 

 三ヶ月間を共にしてきた相棒を失った損失感。

 理解不能な事態に襲われて酷く頭が痛くなる。

 そして、今までにはなかった生々しい死体を直視しているという現実。

 

 過労に襲われ、吐き気で蹲るが、どうにか耐えなければならない。

 ここで見つかれば、テンスのように一瞬で息の根を止められることは間違いなくないだろう。

 きっとセリカのように身体中を刃物で滅多刺しにされた挙句、感覚は上位世界に戻っても暫くは続くのだ。

 恐怖に身体が震えて吐き気が増大するが、頼りにしていた相棒は保険を残していたとしても重軽傷を負っている。

 

 ――ただ一つ、最悪の状況に巻き込まれながらも、頭を悩ませていたのはセヴンス一人だけではない。

 

「……どうして? 彼女は仕留めた。喉元も潰した。もう生きているはずがない。どうして終わらないの!」

 

 動揺したような荒々しい声が耳に響き咄嗟に顔を上げる。

 そこには勝利を確信していたセカンドが<悠久の幻影>の解除が終了していないことについて対義の声を上げていた。

 その姿は隙だらけだったが、彼女の中では疑問に渦巻いている以上は隙を狙って攻撃しても避けられる可能性が高確率で残っている。

 それに『見』に徹しているセヴンスは未だに能力の詳細を解析できず、セリカの二の前になる危険性すらある。

 だが、グズグズと時間を引っ張っているとセカンドが『セリカ』が転生特典で呼び出された存在だと気づきかなねない。

 

「<悠久の幻影(アイ・スペース)>が誤作動を起こしている? いえ、ファーストが運営している以上は機械的なものではなく、自己的な物のはず。それとも私が知らないだけで勝利条件を満たしていない……?」

 

 独り言は聞こえてくるが、セヴンスの立場上良くない方向へ話が進んでいく。

 速く目覚めろ神殺し。保険の発動はまだか。

 

「随分と荒い殺しをするな。神を殺すなら神核を狙えばいいものを。中途半端な殺しで俺をどうにかできるとでも本気で思っているのか?」

「……っな!? どうして! 間違いなく殺したはず。それにこれは……」

 

 潰れた喉で苦しむことなく悠々と声を上げるセリカに対してセカンドは驚く。

 それだけではなく、セリカの周りでは徐々に光の渦が優しくセリカを包み込んでいた。

 立ち上がろうとするセリカにセカンドは警戒の色を高めて瞬時に後方まで下がる。

 

「なぜ生きているの? 喉を潰し、心臓は突き刺され、両手両足は使えないように何度も切りつけたはずなのに」

「治療魔術の一種だ。得意ではないが使えないわけでもない」

 

 素直に敵の問いに答えるなよ。

 セリカの答えにセカンドは納得したような顔をしている。

 

「なるほど。それならわからなくもない。私と同系統の能力者というわけね」

 

 魔法少女と答えていたことを思い出したセヴンスは舌打ちをする。

 『魔法』という括りは制限というものが数少ない。

 それこそ、魔法だから空を飛べる。魔法だから敵の居場所が分かる。魔法だからなんでもできる。

 転生特典という縛りで相手がどの程度の驚異なのかを測ることができるが、魔法を使うというのは多彩なのだ。

 

「私の場合は同系統の能力者に弱いのだけど、理由は分かる?」

「俺を一撃で仕留めなかった辺り、決定力が足りないということか」

「……正解。だから貴方には今よりもずっと苦しんで貰うことになるわ!」

 

 もう一度、セカンドはセヴンスの包囲網から抜け出すと同時に金属音が交わるような音がセリカの周囲で響く。

 

「――なっ! どうして!」

「質問が多いぞ。その問に答える義理はない」

 

 見ると両手に刃物を持ったセカンドの素人同然の攻撃をセリカがギリギリのところで防いでいた。

 

 『見』に徹しているはずだったセヴンスは自分の役目を忘れそうになっていたが、二度目の攻撃でセリカがセカンドの攻撃を防いでいる姿を見て自分のするべきことを思い出す。

 戦闘に驚いて腰を抜かしているわけでも、殺し合いに魅入るわけでもない。セヴンスは突破口を作らなければならないのだ。

 

 セカンドがどうやって消えたのかはわからない。

 セカンドがどうやってセリカの前まで移動したのかわからない。

 セリカがどうやってセカンドの攻撃を防いだのかわからない。

 

 全てが『魔法』の一言で片付けられてしまうが為の事態である。

 その仕組みを仮に『瞬間移動』だと推理しても一度目の攻撃時に複数の刃物を同時に突き刺すなど不可能である。

 他にもロクに構えてもいないセカンドの攻撃に勢いはない筈だ。しかし、現実は消えたセカンドが繰り出す攻撃は全て勢いに乗っている。

 

「どうして『あの世界』でも貴方は!」

「人間の秤にかけるな。お前が周りを遅くするなら、俺がそれよりも速く動けばいい」

 

 セカンドが口にした『あの世界』とセリカの言った『周りを遅くするなら、速く動けばいい』という言葉は答えを示していた。

 それが意味するところは――。

 

「そんな無茶苦茶な理論! 私は世界を止めているのよ!」

「マイナスの境地が行き止まりなら、プラスの境地で補えばいい」

「このっ! 抑止力がっ!」

 

 時間停止能力。

 それを理解したことでセカンドの言い分も、セリカの言い分も意味が分かってくる。

 セリカは人間には真似できない超光速で動いていたのだろう。

 セカンドは自分の特権が攻略されたと思って必死になって反撃を繰り返している。

 だが、計算上では止まった時間の流れで如何に速くとも完全に現実の動きを再現できているとは思えない。

 認識できる時間の流れが違うように、決め手となっているのは素人であるセカンドと剣の達人であるセリカの力量によるものが大きい。

 他にもセカンドはセリカの剣撃を刃物で受け止めることはせず、全てを避けているので尚更である。

 しかし、一度でも受け止めてしまえば例え防御の姿勢を取っていたとしても木っ端微塵になっていたことだろう。

 そういう意味では臆病な姿勢を取るセカンドは気づいていないながらも凄いと言える。

 

 まあ、セヴンスは超光速に動けるわけでもないので彼女達がどのように戦っても詳細は見れないのだが。

 

 あれ? そういえばセリカには本気で戦うなって命令してなかったか?

 状況が状況なだけに仕方ないことなのだろうが、少し『お仕置き』が必要だろう。

 きっとこの感情はアビルース曰く禁断症状のようなものなので問題ないと言い訳をする。

 

 だからといってセリカが優勢というわけでもない。

 恐らくセカンドの時間停止は『魔法』によるものであり、消費されるものも魔力だけなのだろう。

 それに引き換えてセリカは身体中に魔力を滾らせて、限界に近いほどの速度を無理矢理引き出しているのだろう。

 テンスとの戦いでも『本気』を出して同等だったのだ。

 身体の限界に近いほどの速度を無理矢理出すということは、人間で言うと無意識にかけられている制限を外した上で、それを遥かに上回る限界寸前まで力を振り絞るのではなく、振り絞り続けるのだ。

 それに近いことをセリカは数分も続けている。

 

 当然ながら戦闘後は暫く安静にしなければならないし、後遺症だって残る可能性がある。

 まともな方法では決して真似できない。

 

 『神速』と『時間停止』の余波は次第に広がり、空間を震え上がらせるほどにまで拡大していった。

 流石にあの戦闘の最中に隙を見つけたから突っ込む等の自殺に等しい行為を行うほど愚かでもない。

 

「どうして貴方は止まらないの!」

「言っただろう。速く動いてお前に食い下がってると。本来なら俺も速度を上げた程度では決して手の届かない領域にお前はいるんだろうが、お前はその強過ぎる能力を使いこなせていない。だからこそ、俺はお前の後ろを歩く程度の速度は維持できる。『俺達』が貴重に訓練している間にお前は暇を持て余していたんじゃないか?」

「――くっ」

 

 セリカの奴、さっきから問題発言が漏れている。

 それに少しずつだが、セリカの動きが鈍ってきているように見えなくもない。

 セヴンスから見てセリカの動きが鈍ってきているように見えるということは、時間停止の世界ではかなり疲弊していることを悟られているのではないか?

 だが、疲弊するのは何もセリカだけではない。セリカよりも消耗の少ないと言えどセカンドも時間停止中は魔力を消費し続けている。

 さらにセリカから繰り出される剣術・飛燕剣に素人の身体で避けているのだ。時間停止があったとしても素人の中ではかなりの力量の持ち主だろう。

 

「息が上がってきているぞ。痛い目を見る前に降参する気はないのか?」

「……もう私は諦めないと決めた。疲弊しているなら貴方だって同じはず。痛みも苦しみもこの身体を手に入れてから感じる必要はなくなったわ」

 

 思い詰めた顔をしたセカンドは、標的を睨みつけると再び自分だけの世界に入り込む。

 セリカが応戦しきれなくなっているように見えるがよく見るとそれは披露から来るものではなく、セカンドの動きがより鋭く、精度がこの短時間で上達しているからだ。

 

 そして遂にセカンドの刃物はセリカの心臓を深々と貫いた。

 その瞬間だけはセヴンスも時間の止まった世界に入り込んだかのように静かだった。

 その隙に無数の刃物がセリカの顔面を歪める。

 それでも諦めなかったセリカは最後の抵抗のように手に持っていた刀を今までにない速度でセカンドへ仕留めようとするが……。

 『魔法』のように手から消えたひと振りの刀は、セリカの胴体を貫き、息の根を止めた。

 

「さようなら」

 

 肩で息をしながら地面に倒れたセリカの死体を見下ろしてセカンドは静かに呟いた。

 

「ああ、さようならだ。馬鹿野郎!」

「――なっ!」

 

 セカンドの胸元から包丁のような大きい刃物が飛び出した。

 恐る恐る振り返るとそこには刃物を持った黒髪の青年が苦しそうな顔をしながら笑みを浮かべていた。

 

「余波だけでここまで来るのに負担が掛かるなんてな」

「……貴方は?」

「俺か? 俺は第七位(セヴンス)。そこに転がっている転生特典の持ち主だ」

 

 セカンドの驚いた顔に満足しながら補足説明する。

 

「お前は時間停止していない世界で不意打ちには対処出来なかったみたいだな」

「……どう、して」

「簡単だ。お前はセリカとの対戦で魔力を使い過ぎた。戦いの終わった後にまで時間停止を使う必要なはないし、自分が本当に勝ったと心から油断した瞬間こそ狙い目だったんだ」

「……そんな、ことで……」

「それに俺の推測が正しければ、俺がお前に触れている限りは時間停止出来ないんじゃないか?」

「……くっ」

「もし、お前だけが時間停止するならお前の着ているコスプレや持ち歩いてる刃物は適用されないだろう? 意識すれば問題ないという説もなかったわけじゃないが、セリカは確かに言ったぜ。能力を使いこなしたお前なら自分は及ばないかもしれないが、お前は未熟だってな。短時間で急成長を遂げたことには驚いたが、誤差範囲内だ」

 

 セリカとセカンドの短時間による戦闘でこれほどまでの分析をセヴンスはしていた。

 無論だが、セヴンスにこれほどまでの分析能力が常時備わっているわけではない。

 大切な物が失われてしまうという焦りと緊張。そして、セリカの惨劇を見て正しくこれが殺し合いなんだという認識をした。

 それによって『本気』で相手を殺すにはどうすればいいのか。相手をどうすれば殺せるのかを本気で悩んだからこそ、出た結論である。

 

「眠れ。これ以上は無駄な努力だ。最後の最後で気を抜いたお前の『負け』だ」

「……貴方の『勝利』というわけ……。今まで臆病に隠れていた貴方が……!」

「弱者の戦い方だってことは十分にわかってる。それでもお前は『負けて』、俺は『勝った』んだ」

 

 その言葉を最後に何かが割れるような音がセヴンスの耳に届いた。

 それがなんだったのかセヴンスには分からなかったが、セカンドは粒子となって<悠久の幻影(アイ・スペース)>から消滅した。

 <悠久の幻影(アイ・スペース)>も無事に解除されてセヴンスの勝利となった。

 

 ――そして、セリカに近づき触れた瞬間、身体から力が抜けてセヴンスは死んだ。



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第二十話 『絶望』

 苛烈を極めた生存戦争第三対戦。

 勝利と引き換えにこれまでとは比較にできないほどの消耗を許してしまった神殺しは休息を余儀なくされた。

 対戦後に与えられる猶予は長くも短くも一ヶ月。

 原作の神殺しセリカですら、魔力を使い果たしただけで数百年の眠りについたのだ。

 たかが一ヶ月では到底消耗した魔力や疲労、傷の全てを完治するほどの回復は見込めない。

 セリカの世界とは違う法則で動いている世界でも、これほどの重症を一ヶ月で治すには無理があったのだ。

 

 消耗しているセリカはこれまで訓練してきた技量を差し引いても、テンスと戦っていた頃と同等、それ以下の性能に成り下がっているだろう。

 魔力不足も影響しているので、満足に魔術を使えない分、テンスと戦っていた頃よりも弱体化しているのかもしれない。

 勝利を得る為に失った対価は大きく、次の対戦にまで大きく影響を及ぼすことは予想外であったが、それは視野が狭すぎただけで当然のように付きまとうリスクだったのだ。

 知りませんでどうにかしてもらえるなら戦争など起こったりはしない。

 

 対戦者だったセカンドはセリカとは違う世界の転生特典を選んだと言っても『魔力』という概念を持ち合わせていた以上、セリカが殺していればそれなりの魔力は得られていたはずだった。

 セカンドを殺したのは、セヴンスであり、所有物であるセリカにも魔力が行き渡るなどと此方にとって都合の良い展開など早々起こるはずもない。

 

 残る魔力補給の方法は<性魔術>による魔力供給だけであった。

 魔力を補給する為には<性魔術>を行使しなければならず、セリカは魔力不足に陥って正常でもなくなってしまった。

 原作のセリカが今まで<性魔術>で何度も魔力不足の危機を乗り越えてきたように、魔力不足に陥ったセリカはセヴンスの意志とは関係なく、<性魔術>で精気を奪い取ってくるのだ。

 此方の都合等お構いなしとばかりに貪欲に精気を求めてくる姿は、セヴンスの目には醜く見えて、同時にこれ以上ないほど美しく感じた。

 

 地獄のような日々が続き、<性魔術>によって枯れ殺されることにも慣れてしまった頃になって、ようやくセヴンスはセリカの<性魔術>から開放される時がやってきた。

 魔力補給で何とか正気を取り戻すことに成功したのである。

 しかし、危機は脱したにしても問題が片付いたわけではない。

 最低限の魔力不足から脱しただけで、いつ正気を失ってセヴンスから精気を奪う行動に出るかわからない。

 それだけではなく、魔力不足では今後の戦いにも少なからず支障は出る。

 それを避けるためにも<性魔術>を行って少しでも多くの魔力を回復させなければならない。

 やっと<性魔術>で枯れ殺される日々が終わりを告げたと思っていたのに今度は自分から承知して<性魔術>を冒さなければならないとは……。

 

 これまでなら、まだセヴンスはセリカを救済する為に仕方なく<性魔術>をして爛れた生活を送っていると言い訳ができて大義名分が通用していただろう。

 現実は残酷である。

 何が言いたいのかと聞かれれば、ある意味当然にして忘れてしまっていた厄災だった。

 

 ――アビルース特有の禁断症状が再発して暴走を起こしたのである。

 

 理由は単純であり、魔力不足に陥っているセリカでは魔術以前に刀だって満足に握れない。

 そんな状態で女体化をしようとすれば、魔力が尽きて暴走しかねない。

 しかし、今までのセヴンスは禁断症状を緩和する為に女体化したセリカと<性魔術>を行っていたのだ。

 それができなくなれば、満ち足りない禁断症状が顔を見せるのはある意味必然でもある。

 

 魔力不足で嫌々ながらも仕方なく男の身体で<性魔術>を行っていたセヴンスだが、禁断症状が再発したことでその言い訳もできなくなった。

 禁断症状の再発でさらにセヴンスの精神には疲労が溜まり続ける。

 

 以前のように上位世界に戻っても、どうしてもセリカのことだけが頭に浮かんでしまう。

 天界では嬉しそうに男性のセリカの身体を満喫する光景をじっくりと視覚で、聴覚で、嗅覚で、味覚で、見せ付けられる。

 

『ああ、愛しい古神の身体ぁ……』

『俺のエヴァンゲリオンがビーストモード』

『サーチANDデストロイ! サーチANDデストロイ!』

 

 うわごとを並べるようになってからは自分でも手遅れだと思い始めた。

 否定するわけでもなく、肯定するわけでもなく、ただ流れるままに古神の神殺しの身体を蹂躙する日々が続いた。

 

 そんな日々が続く中で、手遅れだと後から知ったこともある。

 それは『絶望』の真髄である禁断症状が今まで観測できなかった『進化』『変化』『悪化』の現象を引き起こしているのだ。

 被害者であるセヴンス本人だからこそ知り得たことだったが、気づいた頃にはもう遅い。

 今の状態では、例えセリカが再び女体化できるようになっても進化した禁断症状では満足しなくなり、さらに酷い状態に陥るかも知れない。

 

 未だに接吻や性行為は行っていないのは不思議でならないが、それらを行って禁断症状を緩和したとしても、進化し続けると分かってしまった以上、いずれは性行為でも満足しなくなり、それこそ手を施しようのない状態に追い込まれる可能性だってある。

 そもそも男性と男性の性行為で童貞卒業など死んでもゴメンである。その逆であるなら尚更だ。

 

 このままではジリ貧である。

 最後の一線を超えていないのはセヴンスが寸止めのところで意識を戻しているからであって、それさえなければ命令されたセリカはセヴンスに身を委ねて腕の中で喘ぎ歓喜するだろう。

 それを防ぐ為に意識を嫌でも目を背けずに意識を向けているが、精神的な疲労は否めない。

 このままでは、セリカが魔力不足で行動不能になってしまうのが先か。セヴンスの精神が崩壊してしまうのが先か。見える二択は同じ結末を迎えていた。

 

 唯一の救いは、今のセリカでも倒せる相手で、セヴンスが壊れる前に生存戦争が始まることである。

 対戦相手をセリカが殺して魔力を得られると今の危険状態を脱することができるかも知れない。

 分の悪い賭けだということは充分に分かっている。

 大前提として相手が魔力を身に宿した転生特典であるという可能性が確率的に低い。

 例え魔力を身に宿していたとしても、吸収できた魔力が現状を打開するほどのものでなければ、近いうちに自滅するのは目に見えている。

 逆に魔力が強すぎて、今のセリカでも倒せなければ、それだけで積んでしまう。

 

 それ以前にセリカとセヴンスが敵を倒せるのかという問題が残っている。

 弱体化したセリカでは魔力の問題の前に敵を倒せない可能性があるし、正気を失っているセヴンスが戦闘中に的確な指示を出せるわけがない。

 以前の生存戦争では、セリカの独断とは言え、それがなければ得られなかった勝利である。

 現状ではあれこれ考える以前にどうやって敵を倒せばいいのか。自分達の状態を少しでも緩和、利用できるのかを考える方が先決である。

 

 早く来い。

 早く始まれ。

 早くしなければ壊れてしまう。

 早く、早く、早く!

 

 転生者候補生達に与えられた一ヶ月間は逆にセヴンスを苦しめる檻となってしまった。

 一日でも早く地獄から抜け出し、一日でも早く敵と戦いたい。

 今までは練習期間がなくなってしまうことを惜しんでいたのに妙な話である。

 早く戦わなければ、セリカに溺れて完全に意識が乗っ取られる。

 いや、自分という方針がセリカを認めてしまう。

 セヴンスの願いは地獄の日々から脱却すること。

 その一番の願いがセリカを認めることで変わってしまう。

 それが怖い。

 自分の思いを欲望に塗り替えられた時こそが終わりの時。

 

 ……さあ、早く生存戦争よ。



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第二十一話 『第三位』

 白髪の老婆はベッドの上で残り少ない寿命を感じながら笑っていた。

 なぜ笑っているのか。何に対して笑っているのか。

 その答えは本人にもわからない。

 白髪の老婆はもう思い出せそうにない人生を必死になって思い出そうとしていた。

 

 ――大金を築き上げて無心に笑っていた頃があった。

 

 ――過ぎていく日々の中で自分は幸せだと思っていた頃もあった。

 

 ――事故に巻き込まれて複雑な感情を抱いたこともあった。

 

 ――息子が嫁を連れてきた時など一番の複雑な気持ちを抱いた。

 

 ――年月が過ぎ、老人だと歌われて、家を追い出された時など何を感じて生きていただろうか。

 

 息子を恨んでいた? 憎しみを抱いた?

 

 それとも何も感じることがなかっただろうか?

 

 思い出せる。

 しかし、今では答えがでない。

 

 老婆は沈黙を許し悩む。

 自分の人生に意味はあったのだろうか?

 自分がいたことで世界は変わったのだろうか?

 自分は自分以外の何かを世界に残すことができたのだろうか?

 

 ――自分の人生とは一体誰のために存在していたのだろうか。

 

「悩んでるな、人間。貴様の生など世界のためにあったのだろう」

 

 最近になってお見舞いに来るようになった親戚の少女である。

 海外出身でメルティアと名乗っていた気がする。

 

「例え世界が消費されただけだとしても、それでも貴様は世界を動かした。ゴミ屑程度かも知れない。それでもだ」

 

 口煩い老人の悩みに真剣に答えてくれるが、その答えはいつも手厳しい。

 だが、銀髪の少女に出会ったことで悩みの一部が解消したことも事実である。

 

 世界のため、確かに聞こえはいい。

 しかし、自分は世界を動かすために世界のマイナスでしかないことを続けて、そして何も残せずに死んでいく。

 後の世界で影響するかしないか、それすらも危うい。

 遊戯で言うならちょっとした数値の変動程度の変化だろう。

 

「貴様の犠牲は必要だった。それに貴様も自分は人間であり、それ以外の生物ではないと考えているではないか」

「……?」

「貴様も世界の一部だ。人間が自分達より上の存在を知らず、認めないからこそ、貴様も自身を特別視しているのだろうな」

 

 世界はビッグバンから始まり、星が出来上がり、プランクトンが生まれ、海から陸へ生物が駆け上がり、その中で猿が別種の進化を遂げて今に至ると言われている。

 信じているし、信じていない。

 そもそも、誰かが何かをしないと何も起こらない。

 ビッグバン説は有効ではない。

 もしかすると誰かが見ている画面の中こそが、自分達の世界なのかもしれない。

 

「話が逸れているぞ。目を逸らすな。余命少ない貴様のために態々尊い時間を無駄に使っている此方の身にもなってくれ」

 

 メルティアの話し方は癪に障るが、目を逸らすなという言葉は意味が分かった。

 若い頃はこのようなことを考えたこともなかったからだ。

 今の自分は考える事柄でもないと放置していたツケがここで精算されているのだろう。

 もっと早く気づいていれば人生の見方も変わっていたと悔やむが、どうあっても人生が戻るわけはない。 

 

 これからは老人よろしく他人のために同情を買うように人生を尽くしていくのか?

 無論だが、真っ平御免被るね。

 自分のためにやってきた行いが、結果的に他人を苦しめたり、喜ばせたりしたことは何度もあるが、これは話が違う。

 

 望んでいるものは、人生の死を恐れているのではなく、自分の人生がなんだったのかがわからないことに恐れているのだ。

 欲しかったものを手に入れた……その後は?

 死にたくないと願った……その後は?

 

 結局、欲しかったものを手に入れても使い果たせば惜しむか、どうでもよくなるの二択であった。

 死にたくないと当時は願ったこともあるが、それは漫画や遊戯などの未練という奴で、それを果たした後も未練は残った。

 時間が流れることで、未練が残っていても人生に面白みがなく、このまま死んでしまいたいと願ったこともある。

 

 今は違う。

 見方が変わってしまったことが原因なのか自分の人生に尊さを微塵も感じ得なくなった。

 死ぬことに抵抗はなく、死ぬために生まれてきたとすら思える。

 

 ただ一つ、他人のための人生だけが気に入らない。

 自分の意志すらも後にして考えれば誰かが操っていたように感じる。

 人生の中で登場した同級生、子供、他人などが自分を踏み台にして先に進んでいったような。

 そう感じるだけで吐き気がする。

 

 救われたいために老害よろしく神様に縋るか?

 ダメだ。

 自分の性格では神など存在しないと考えてしまう。

 神々は人々の欲望の中心であり、経済の流れなどが神だと思えてくる。

 世界が廻るのは人々に住まう欲望という名の神様がいるからかもしれない。

 人々はどうしても都合の良い存在を神様へと仕立て上げる。

 そして都合の悪い存在を悪魔や同じ神であっても死神だと別称を与える。

 

「結論は今日も出なかったな。……ん? それはなんだ?」

 

 メルティアの指差す方向には最近ハマった遊戯のソフトが転がっていた。

 PCソフトで、メルティア以外には誰もいない病室でこっそりと老人が嗜む遊戯の一つである。

 人々は老人になると最近の遊戯にはついていけないという考えが頻繁に発生しているが、正確には間違いである。

 老人は劣化した頭脳で自分達では最近の遊戯は理解できないと感じれるのだ。

 だからこそ、自分達でも理解できる遊戯ならば例え最近のものであっても問題はない。

 

「へぇ、そうなのか。意外だな。メア達の問題には関係ないか……。いや、待てよ……」

 

 確かにメルティアと老婆の問題に遊戯の話は全く関係はなかった。

 残りの人生を遊戯で遊ぶことも面白いと考えてしまうが、すぐに切り捨てる。

 先程も言ったとおり、理解できる遊戯なら可能だが、老人に理解できる遊戯などたかがしれている。

 老人にとって、面白くても、他人にとってはつまらないものだろう。

 

 病室の窓から空を眺めるが、老婆は何も感じない。

 

 ――ただ、窓から入り込んだ一本の白黒の羽を意識あれ、無意識あれ、掴んだこと以外は。



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第二十二話 『大妖怪』

「おーい、聞こえているか? 人間。貴様がそっちの道を極めることは十分に分かったからいい加減に返事くらい返せ。盛っているところ悪いが、メアも暇ではない。いい加減にしないとメアも出るところ出るぞ。人間の分際で生意気な態度を取っていると自覚しているんじゃないか?」

「……女神、俺の……俺のぉ古神の身体ぁ……」

「……んっ……くぅ……」

「くそっ、人間の分際でぇ……」

 

 生存戦争第四試合の幕開けとしてメルティアが申請を確かめに来てみれば、相変わらずセヴンスはセリカにゾッコンだった。

 勢いは止まることを知らず、セリカを誠心誠意、愛していた。

 それゆえにメルティアが言葉を耳元で発しても返事ところか皮肉すら返ってこない。

 

『難儀しているようだな。メア嬢ちゃん』

 

 途方に暮れていたメルティアの耳に聴き慣れない声が木霊する。

 振り返るとそこには金髪の綺麗な老婆が部屋に用意された椅子に座っていた。

第三位(サード)。待たせている身で悪いが、貴様はなぜここにいる? 貴様は待たされている身だろう?」

「そう警戒するな。待たされすぎて様子が気になった哀れな老婆に天使様は慈悲の一つでも恵んではくれんのか?」

「誰にモノを言っている。メアのことを天使と呼ぶな。二度目はないぞ」

「分かってるって。私は自分の天界の神殿の部屋とそこのセヴンス坊やの天界の部屋の『境界』を繋げただけだ。そう難しいことでもないだろう?」

「ああ、難しくはないな。余計に迷惑だ。全く、あっちの天界のメアは一体何をしている。違反者を野放しにするなど許される行為でもないだろうに」

「そう自分を責めるな。あっちのメア嬢ちゃんは私に無理矢理押さえ込まれて仕方なく承諾したに過ぎんよ」

「……メアが貴様のような下等種族に負けたというのか?」

「いやいや、運が悪かっただけで――」

「――いい加減にその笑い顔をやめろ。次は右足を貰うぞ?」

 

 ガクン、よろめくように倒れるサードは何が起きたのか理解できずにいた。

 異変の起こった両足を見ると左足に黒槍が刺さっている。

 しかし、痛みで叫ぶこともせず、何もないかのようにサードは平然とメルティアとの会話を続ける。

 

「メア嬢ちゃんの本気は十分に分かった。バレバレの冗談を口にしたことは謝ろう」

「ふん! それでいいのだ、人間。それが正しい。弱者は強者に従うのはどの世界でも共通だ。メアの慈悲に免じて、今の一撃は取り消してやる。感謝しろよ」

 

 気が付くとサードの左足に刺さっていた黒槍は消えており、傷口も、痛みも、なくなっていた。

 

「それでは質問の続きだ。対話の席も用意していない状態で転生者候補生同士が対面することは本来許されていない。この場合、貴様を厳しく処罰するのが当たり前なんだが……」

 

 そこで一度、言葉を止めてセヴンスを見る。

 欲望のまま、セリカを貪り、セリカはセヴンスの欲望を一心に受け入れる器に成り果てていた。

 

「どうやら此方にも非があるようだな。猶予をやる。そこにいる二人から承諾を手に入れて来い」

「棄権にはならないのか? 戦う意思がなさそうだが」

「本来ならメアを侮辱した貴様が負けの戦争だ。猶予はやると言ったが、メアの機嫌次第だ」

「……せっかちなことで」

 

 観念したような顔をするサードは向き直るとセヴンスとセリカの前まで行く。

 サードが彼らの前まで行くが興味がないのか振り向きすらしない。

 ただ己の欲を満たすために溺れ続けている。

 そう、サードの目には見えた。

 

「そういうわけだ、セヴンス坊や。いい加減に無視を決め込む前に私と対戦してもらおうか」

「……対、戦? 戦……争? 生、存……?」

「そうだ。セヴンス坊やはただ承諾するだけでいい」

「……承諾、する……する……するぅ!」

 

 何も興味ないかのように振舞っていたセヴンスだったが、生存戦争という言葉と承諾する意思に関してはこれ以上ないほど敏感に反応する。

 

 だが、セヴンスの発した『承諾』という言葉と同時に世界は蒼く歪められた。

 そこには圧倒的な能力を誇る最強の天人の姿はなく、代わりに余裕のない黒髪の男性と前回の怪我と魔力不足で能力を満足に出せない黒髪の神殺し、そして金髪の老婆の姿をした妖怪だけだった。

 

「いい加減に目を覚まそうか。『努力を怠るもの全て怠惰であり、得る為の努力全ても怠惰である。汝、その意味が理解できるか?』――セヴンス坊や」

「――――ぐっ! がはっ!」

 

 詠唱を繰り返し唱えたサードの一撃によってセヴンスは壁に叩きつけられる。

 

「坊やを正気に戻すには骨が折れる。少しは自分の馬鹿さ加減に気づけたかな?」

「黙れ、糞婆が。痛てぇんだよ」

「全く、口の汚い餓鬼はこれだから嫌いなんだ。少しは老人を労ろうという気持ちはないものかね」

「戦場のど真ん中でもう一度同じ事を言ってみろ。もれなく頭を撃たれるぞ」

 

 サードを睨みつけながらセヴンスは皮肉交じりに言葉を紡ぐ。

 目の前の怪物によって自分は冷静さを取り戻すことができたが、状況は最悪である。

 手札の全てはサードに見られ、セヴンスの戦闘力も測られたと思っていいだろう。

 肝心のセリカは未だに傷も癒えず、魔力も完全には回復しきってはいない。

 セヴンスですら、冷静に戻っても完全に禁断症状が解除されたわけではなく、寧ろ現在進行形でセヴンスを蝕んでいた。

 

「どうやら先程までの腰抜けっぷりは抜け切ったようだな。こういう場合は喜べばいいのか、悲しむべきか。悩み所だねぇ」

「笑えばいいと思うよ」

 

 何気なく会話をしているが、内心では荒れている。

 どうすれば勝ち目があるのか。

 相手の能力はどんなものなのか。

 サードの後ろに隠れて見えないセリカはどんな状態なのか。

 悩めば悩むほど名案は浮かばず、焦りだけが溜まっていく。

 

「青春だねぇ。悩むことはいいことだ」

「……っ」

 

 読まれている?

 いや、物事が顔に出やすいだけだろう。

 

 周りを確認するが、それらしい物は見当たらない。

 そもそも、神殿の外にも出ていないのでこの部屋で戦うのはセリカと地形の問題を考慮しても不利だろう。

 サードもそれを狙っているのか、いないのか。

 獲物を見る眼でセヴンスをギラギラと睨みつけながら口元が笑う。

 

「度胸だけはありそうだが、それだけだな。セヴンス坊や。お前さん、一度死んでみんか?」

「……は? っぁあ!」

 

 いきなり急接近してくる金髪の怪物の変化にいち早く気づけたセヴンスは横へ避けるが、サードの一撃は横腹を綺麗に蹴り上げた。

 今度は横の壁に頭からぶつけて痛みに悶え苦しむ羽目になるセヴンスは今までにない苦痛の数々を知る羽目になる。

 

「セヴンス坊や。お前さんはまだ痛みに慣れていないようだな。弱っているところを速攻でケリをつけようと思ったが予定変更だ。ジワリジワリと嬲り殺してやる」

「――っ」

 

 これ以上ないほどの殺気を当てられたセヴンスは足が竦み、床に張り付いたように動けなくなる。

 声も出せなくなり、再び接近してくるサードに恐怖していた。

 

 思わず、近くに転がっていた『何か』をサードへ向けて投げ飛ばすが、サードは綺麗にそれを避ける。

 

「『刀』は投げるための武器じゃないってことは教わらなかったのか? そんなんじゃあ私に傷一つ付けられんよ」

 

 再び接近してくるサードに打つ手がなくなったセヴンスは、思わず目を閉じる。

 暗闇の中ではセリカに関する情報が禁断症状と共に渦巻いていた。

 これで死んでしまえば、もう一度地獄の日常に逆戻り。

 今度こそ、セヴンスは耐えられず、壊れてしまうだろう。

 

 ――無論、そんな機会は現れなかったが。

 

「そうでもないぞ。受け止めず、避けたお陰でこうして刀を俺の手に委ねる機会を与えたお前の失態だ。避ける癖でもあるんじゃないか?」

 

 言葉の発する方向へ意識を向き直すサードは、しかし圧倒的に遅かった。

 その行動は致命的な弱点を敢えて誘発してしまう原因となってしまったのだから。

 

「ぐっ……やるねぇ嬢ちゃん。ただの性欲処理の飾りだと思っていたけど、実はそっちが本命だったとはね。歯応えのない坊やの方が差し詰め性欲処理の飾りだったか? それだと訂正しなければならないな。セヴンス嬢ちゃん」

 

 セヴンス嬢ちゃんと呼ばれた神殺しは苦い顔をしながらサードを睨みつける。

 

「俺は男だ。それにセヴンスとは主様のことであって俺ではない。俺はセリカ。セリカ=シルフィルだ」

「なるほどねぇ、自己紹介か。そういえばまだしてなかったな。私は第三位(サード)。原作は東方Projectに登場する大妖怪八雲紫の『境界を操る程度の能力』を転生特典として選んだ」

「…………」

「これ以上の自己紹介がないところを見ると転生者候補生には見えないな。転生特典として選ばれた人材かもしれないし、違うかも知れない。些細な問題だ。両方潰せば問題ないか」

「……っ」

 

 セヴンスやセリカを含む全ての空間がサードの都合の良い方向へ歪む。

 

「セリカ=シルフィルなんて知らないし、興味もない。これから潰す人間だ。精々足掻くといい。もしかするとお前さん達が私の終焉かも知れないぞ?」

 <悠久の幻影(アイ・スペース)>を詳しく知っている者なら対戦者以外の転生者候補生が割り込み参加してくることなど絶対にありえないと気づけるはずだ。

 それともサードのような境界を操る程度の能力を持つ存在が他にも存在しているのかもしれない。

 だが、それをセヴンスは知らないし、今のところ眼中に入れる必要はない。

 

「三下らしく無様に逃げ惑え。その果に私の求める答えがあるならば用意せよ!」

「……くっ、来い! セリカ」

 

 丁度、セヴンスとセリカでサードを挟み撃ちにしている状態から脱するためにセリカに指示を告げる。

 セリカもセヴンスの言葉に従ってセヴンスの下へ向かうが、サードの策略の一端が顔を出す。

 

 空間の歪みが大量に発生し、そこから様々な道具が出入りし、その一部がセリカへ向けて弾幕として飛んでいく。

 剛速球で飛び回るそれらは、圧力に耐え切れず擦り切れる物もあれば、床や壁に当たって膨大な破壊力を撒き散らしている物まである。

 

 必死に逃げているセリカもその全てが躱しきれるわけでもなく、躱せないものは手に入れた刀で切り崩し、避けきれず、切り崩せなかった弾幕は掠り傷のように増えていった。

 

 しかし、セリカばかりに攻撃が集中していたからこそ、セヴンスもセリカに視線が集中していたのだろう。肝心のサードを完全に野ばらしにしてしまう。

 

「他人に心配をしている暇があるなら、まずは自分の安全を確保する方が先決ではないか?」

「――っな!」

 

 完全な隙を突かれた攻撃だったが、寸止めのところで防御の姿勢をとってそれを回避する。

 だが、完全に回避しきれたか? と聞かれると否と返さなければならない。

 防御した筈の腕からは今までに一度も聞いたことのないような音が炸裂する。

 さらに一撃受けただけで再び壁まで飛ばされ、床と接吻する羽目になった。

 

「足が竦んで動けないことを理由に戦闘を放棄した餓鬼かと思っていたが、存外有能ではないか。まさか、サンドバッグになる程度の能力は秘めていたのか」

「……痛ってぇなぁ。本当に人間の攻撃かよ」

 

 一度だけ防いだ筈の腕は痺れて動かしている感覚がなくなっていた。

 指先を見ると五本ある指先の全てが見たこともないような方向へねじ曲がっていた。

 

 それを見て――認識して――遅れて――激痛が――襲う。

 

「……なん、だ……これぇ……っ!? あ……ガ、アアアアアァァァァァッッッ!!! 痛ッテェェエエエエッッ!!」

「思った以上の反応だな。痛みに対する耐性が少なすぎるとは思っていが、戦闘経験が少なすぎるんじゃないか? まさか今まで全部そこのセリカ坊やに任せていたんじゃあないだろうねぇ」

「黙れぇぇえええ! 痛ってぇんだよぉ!! この糞婆の分際でぇ! 殺すぅ、絶対に殺してやる!」

「威勢がいいのは言葉だけか? 言葉が現実にできないならただの嘘だ。実現できないことを口にするものではないぞ?」

「黙れって言ってんだろうがぁ!」

 

 悶え苦しむセヴンスにはこれ以上の雑音は聞きたくない。

 今までのような苦しむことなく殺されてきた時と違ってこの相手は本気でセヴンスを嬲り殺すと決めているらしい。

 セリカが弾幕に苦戦を強いられている内に本格的に動き出す

 

「いいや、黙らんよ。そもそもそんな状態じゃあ正常に聴覚も機能していないだろうに。それとも気が立って敏感になっているのか?」

「……黙れぇ」

「さっきから黙れとしか言ってこないな。我儘も大概にしておくように。満足に吠えることしかできない坊やに何ができる。その冷静さの欠けた判断能力では吠えるだけが限界か?」

「うるせぇんだよぉ! 耳障りなんだ。冷静さが欠けてるのもてめぇが原因だろうがっ!」

「……? 何を言っている? 私が言っているのはそれより前の話だ。私が攻撃する前から、私が目を覚まさせてやった時から正気に戻ったフリをしていただろう?」

「……っ!?」

 

 痛みで我を失っているのは間違いないが、それよりも前からセヴンスは禁断症状に蝕まれて苦しんでいた。

 それどころか、痛みによって無理矢理、禁断症状を押さえ込もうとすらしている。

 だが、それすらもサードは見抜いていた。

 どうして見抜けるのかわからなかったが、サードにはサードなりの視点があるのだろう。

 

「戦いの最中に随分と舐めたことをしているじゃないか。目の前にいる危機よりも自分が大事かい? その余裕こそが破滅を呼び寄せる元凶だ」

「仕方ねぇだろうがぁ! どうしようもねぇんだよ! 俺だって好きでこんな身体になってるんじゃねぇ! 言い訳だってことは分かってる。あいつを手に入れる為の障壁があったことくらい想定できた。それでも我慢できねぇんだよ!」

「人を舐めるのも大概にしろって言いたいが、こればかりはもうどうにもできそうにないな。……もういい。ここで殺す。これ以上の期待は見込み違いにも程がある。私の目が曇っていたんだろう。最後の慈悲だ。今すぐ消えろ。一撃で葬ってやる」

 

 何に対して怒っているのかセヴンスには分からなかったが、興味もなかった。

 逆に言えば、興味がないことがサードに伝わって怒っているのかも知れない。

 それとも、戦いの最中でありながら自分が追い込まれすぎて、敵に対して知っていても喋ってはならないことを喋ってしまったセヴンスに激怒しているのかもしれない。

 どちらかも知れないし、どちらでもないかもしれない。

 それすらも、セヴンスの興味対象から外れていた。

『――我が手に手繰り寄せるは(Sich Handfläche zieht ein)憐憫の理(Mitleid)

届かぬなら駆け寄り(kommt nicht an läuft aufwärts)追い付けぬなら羽ばたこう(holt nicht auf flattert)

我が疾走は何者にも侵されない(Sich Huschen Wer Behindernd Noninterferential) そして我が歩みは愛すべき者と共に(Sich Zu Fuß Liebhaber Zusammen)

陸を塗り替えた(Kontinent streicht neu) 海を跳んだ(Tiefes Meer fliegt) 空を越えた(Himmel überstieg) 星を掴んだ(Stern hat gehalten)

私が導こう(Sich Leitung)愛すべき仲間を(Das Umwerben Freund)

私が打ち砕こう(Sich zerbricht)仲間を害する者を(Freund Schaden die planen)

永久に忘れぬ誓いをここに(Bleibend vergißt nicht Schwur)――『』を織り成す螺旋の牢獄(webt Spiralförmig Gefängnis)

全ての人の罪は私が決め(Alles Mann Verbrechen Sich Entscheidung)私が裁く(Sich urteilt)!!』

 

「おい、ちょっと待て。お前の能力は『境界を操る程度の能力』であって転生特典は――っ!?」

 ――流出(Atziluth)――

『<陽陰・始まりの終わり(Ursprung Anfang Ende)>』

 

 老人の細腕に握られている一本の漆黒の魔剣からは殺気が漏れていた。

 今までの対戦者とは全く違う。

 あの剣に斬られては、あの剣に触れてしまうことだけは絶対にあってはならないと自分の全てが拒絶していた。

「<陽陰・始まりの終わり(ノーブルファンタズム)>は、私の渇望が形となって発動したものだ。形状は『剣』、渇望は『殺意』。もう終わりだ。どうすることもできない」

「やめろ……やめろぉ! 殺されるだけならいい! 今すぐやれ! こんな地獄はもう真っ平だ。でも、それだけはダメだ! それを使うと後戻りできない。取り返しのつかないことになる!」

「終わりだと言ったはずだ。諦めろ」

 

 金髪の大妖怪は無表情で剣を振るう。

 目の前には泣きじゃくる手負いの虎が蹲っている。

 慈悲もなく、容赦もなく、不快感もなく、ただ欲望を叶える為に剣を降ろした。

 

「――ひぃっ!?」

「避けるな。逃げるな。動くな。この神聖な戦いを穢した愚者に相応しい償いだ。この戦争は坊やには不釣り合いだった。だからこそ、ここで坊やの一生を犠牲にして退場させてやる」

「ふ、巫山戯るなぁ! 何が神聖な戦いだ。ただの殺し合いだろうがぁ!」

「そうか。なら、殺し合いに対する誠意くらいは見せろ。私から見た坊やは命を賭けて参加した戦争よりも保身に走っているようにしか見えない。吐き気がする。この戦いを穢す行為は、私達、転生者候補生の覚悟を穢しているのと同じだ。覚悟の足りないくせに生半可な覚悟で参加した自分を恨め!」

 

 サードの言っていることがまるで理解が出来なかった。

 いや、理解したくなかった。

 セヴンスは無理矢理参加させられた。

 セヴンスの目的は無事に終わりを迎えることだ。

 こんな巫山戯た戦争から抜け出すことだけ。

 病院にだって通った。薬物だって試した。寝ない日だってあった。

 どれも成果が乏しく、勝ち進めるしか道が用意されていなかった。

 

「……巫山戯るな。誰も彼もがお前と同じことを考えているわけじゃない」

「……なに?」

「自分の意思で参加した人はいた。自分の意思とは関係なく巻き込まれた人もいた。考えなしに取り敢えず参加した奴だっている。……けどな。その全てがお前と同じ事を考えなくちゃいけない理由なんてどこにもねぇだろうがぁ! お前の言い分は自分だけが正しい。自分こそが正しいって我儘言ってるだけだろうがぁよぉ!」

「セヴンス坊や……お前は何を言っている?」

「そうやって知らねぇくせに自分の世界に巻き込んで満足してんじゃねぇぞ。三下がぁぁあああっ!!」

 

 セヴンスの語った言葉はどれもサードを貶めるための言葉に過ぎなかった。

 サードを脅し、サードを辱め、サードを穢し、サードを馬鹿にした。

 けれど、それはサードの知らない物語でもあった。

 

「避けろ。逃げろ。今すぐ離れろ。間に合わなくなる前に早く! 今の私では――」

 

 初めてサードが本気で焦り、そしてセカンドのために割いた時間は……しかし、遅すぎた。

 

 形状が崩れていく漆黒の魔剣だったものは水銀となってセヴンスに迫る。

 恐怖の象徴である漆黒の魔剣が水銀となって迫ったことで足を滑らせて転んだ。

 そして、そのまま水銀の中に取り込まれた。

 

「セヴンス坊や、返事をしろ! 今すぐ『それ』の中から出てこい! 間に合わなくなるぞ!」

 

 ――その声は……届かない。




自分でも読んでて恥ずかしくなった。


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第二十三話 『常識』

 水銀に飲み込まれたセヴンスは痛みを感じなくなっていた。

 恐ろしいほど冷静だった。

 

 しかし、禁断症状はこれ以上ないほどセヴンスと反発して苦しめていた。

 

『殺し合いに対する誠意を見せろ。坊やはどう見ても、殺し合いよりも保身に走っている』

 

 歪んだサードの声が聞こえる。

 これはサードが選ばなかった道。

 サードが選んでいれば、変わっていたかもしれないもう一つの可能性。

 

「仕方ないだろうがぁ。頭の中がセリカで溢れてるんだよ。こうでもしないと避けることもできねぇ。戦うなんて夢のまた夢だ」

『……? それは坊やが抗っているからだろう。その溢れる感情を全て肯定すればいいじゃないか。何が坊やの決断を揺るがしている』

「セリカは男だ。『常識』的に考えても抱きたくないし、愛せないだろうが!」

『……馬鹿が。『常識』に囚われるな。ここは『常識』の通用しない世界。ここで通用する常識は限られている。その溢れて止まらない感情も『常識』を捨てて『肯定』すれば管理できるようになる』

「違う! 負けるんだ。肯定すれば乗っ取られる!」

 

 『常識』:この中途半端な狭間の世界に度々入るごとに失い、手に入れていくもの。セヴンスは最低限の『常識』だけでも失わないように頑張ってきた。それを失ってしまえば、現実でも男性好きに目覚めたり、人殺しに何の感情も湧かなくなるかも知れない。それが怖い。

 

『怖がる必要が何処にある。それに肯定しただけで乗っ取られたりはしない。ただ、自分の『常識』として感じるようになるだけだ。よく言うだろう。万引きを一度でもしてしまうと簡単なものなら払うよりも盗む。それが定着して隙を生み出し、流れる川の如く捕まる』

「……黙れ」

『言い訳みたいに『黙れ』を連呼するものではない。それに『常識』を捨てる覚悟も持たない小坊主は、私から見たら逆に私を小馬鹿にしているように感じる。この世界での人殺しは肯定するくせに、自分の都合の悪いものだけ耳を閉ざす。都合の良いことはそれが危ないことでも肯定する。まるでただの餓鬼じゃないか』

「俺は変わりたくない。俺はこのままでいい。男性好きなんて誰得なんだよ。ただのガチホモじゃねぇか」

『それが君の中に巣くう『常識』の一端だ。押さえ込もうとしているだけで肯定すれば力になる。どれだけ気持ちの悪いものでも肯定し続ければ変わる。拒んでいるのは紛れもない坊や自身だけだ』

 

 そんなことはとっくの昔から知っている。

 自分が男性を愛せないのは当たり前だからと割り切っている。

 それが当然だと親から教えられる前から知っていた。

 

 原作の戦女神に登場するアビルースも有名な魔術師でありながら魔術の腕はそこまで凄くなかった。

 彼を変えたのは紛れもない執着心だ。

 セヴンスにそんな執着心はない。だからこそ、彼はセリカを肯定しても善悪の区別が正しくつく。

 世間一般的には男性同士が付き合うことはいけないと肯定した後もわかっているし、自分ならわかった上で、それも諦めないだろう。

 この苦しい思いは自分の中から出ているものだ。それなら自分の中に戻して制御することも不可能ではないはずだ。

 その方法だって知っている。ただ、自分の我儘でそれをしないだけ。

 

 男性だが女顔のセリカ、男性だったが女体化できるセリカ。

 『それでもいい』という考えが思いついてしまえば、もう自分は手遅れなのだと自覚できる。

 世間一般的な常識を自分の意思で守り通してきた。

 

 その全てを――。

 

「お前は無駄にしたんだ」

『おお、怖い怖い。確かに捨てるには惜しいほどの努力はしてきた。他の友人、家族、知人も坊やのことを普通の人間だと思っているだろう。事実そうである。男性同士の付き合いなんて知られてしまえば間違いなく軽蔑されるだろうな。……だが、それだけだ。他人の評価に怯えて燻っているのが坊やなんだよ』

 

 人間は流されやすい。

 甘い考えに誘われて一度でも肯定してしまえば後戻りができなくなる。

 自分は知っているからこそ、流されやすい。

 人間は肯定してしまうと気を許してしまう。

 

『とり憑かれているものはわからなかったが、それでも坊やが肯定しないことには前にも後ろにも進めはしない。否定し続ける世界も一つの選択だろう。厳しい道だが、その先に何もないことだけは確かだ。中途半端なのは否定しているくせに愛情表現に答えているからだ。言ってみれば優柔不断とも取れる』

「肯定するだけが全てじゃねぇんだよ。否定したくてもできねぇなら優柔不断だって受けて立つぜ」

『綺麗事を並べるな。現状を正しく認識しろ。解決できる問題に振り回されて周りを見失った坊やに何ができる』

「……黙れぇ、黙れよ。俺は……俺、は……お、れ、は……」

 

 甘い考えが脳裏をよぎる。

 

『もういいんじゃないか?』

 

『セリカだって女体化できる』

 

『その美貌は老若男女関係なく魅了するし、坊やだってその被害者の一人だ』

 

『今までの中途半端だったことの方が悪いんじゃないか?』

 

『もう肯定して好き勝手にした方がいい。開放感は凄いぞ』

 

『可憐な神殺しを思う存分に穢して、淫乱な身体をグチャグチャにして、愛し、愛されればいいんじゃないか?』

 

『精気吸収だって捗るじゃないか』

 

『何も悪いことはない』

 

『だた、一つの問題が終わりを迎えるだけだ』

 

『傷つくのは無駄に固めてきた『常識』だけ』

 

『勝利を得るためならどんなことだってすると誓ったではないか』

 

 自分にとって都合の良い方向へ思考が傾いていくのが分かる。

 徐々に誘導されていると理解しているのに我慢する苦しさよりも肩の重みが揺らぐ。

 もう逃げてもいいんじゃないか? 自分は十分に頑張った。その果に怒る人がいても自分は何も知らないと言い張れる。

 そもそも逃げて悪いのか?

 例えば目の前に殺人犯が凶器を持って飛び出してきても逃げずに戦わなければならないのか?

 逃げてもいいんじゃないか?

 自分じゃない誰かに背中を押される必要だってもうなんじゃないか?

 

 ――逃げてもいい。逃げても……。

 

「……してやる」

 

 その声は暗闇の中で反響するように堂々と聞こえた。

 追い込まれたセヴンスはしかし、後悔はない。

 追い込まれたからこそ、自分はようやく他の転生者候補生達と同じ土台に立つことができる。

 

「『肯定』、してやるよぉ!」

 

 その問いに対する答えは誰も口にしなかった。

 ただ、一つ。

 

「やっと見つけたぞ。セヴンス坊や。さあ帰る時間だ」

「……お休み、主様。後は俺達に任せろ」

 その言葉を聞いて、安心して、セヴンスは金髪のスキマ妖怪と蒼髪(・・)の神殺しを見て意識を落とした。

時よ止まれ お前は美しい(Verweile doch du bist so schön)

我が裁きは罪人の為に(Sich Gericht Sünder Zu einem Sake)

総てを超えし語られる物語(Also sprach Zarathustra)

 

「終わりだ。お前には何の慈悲も与えない。これが全ての答えだ」

 ――流出(Atziluth)――

『<陽陰・始まりの終わり(Ursprung Anfang Ende)>』



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第二十四話 『神格化』

 副題 『風の神に愛されし者(シルフィル)

 

 気を失ったセヴンスが目覚めると上位世界の天井……ではなく、天界で愛用している部屋の天井だった。

 今まで考えていた難しいことばかりが吹っ飛んだようにセヴンスの頭は働かず、視線を天井に向けたまま動かなかった。

 

「……目覚めたか」

「ん? ああ、セリカ……か?」

「どうかしたか?」

「え、あ……あれ?」

 

 顔を横に向けるとセリカの『優しい顔』がセヴンスを見下していた。

 今まで見てきたセリカの顔は無表情ばかりだったので新鮮なものがあったのだろう。

 しかし、それだけではなく、セリカがセヴンスに向けてくる『優しい顔』にセヴンスは引き込まれそうになる。

 今までのセヴンスならばセリカがどんな顔をしていても心を開かなかっただろう。

 しかし、今のセヴンスは『肯定』したことでセリカに対して恋愛感情を向けることもあれば、容易く心を許してしまうことだってある。

 セヴンスを苦しめてきた禁断症状すらも今のセヴンスは心地よく感じる。

 セリカを愛したい。セリカと繋がりたい。

 今までのセヴンスでは決して『男性』とは一線を超えないという『常識』を身体に染みこませて防いできたが、そんな枷が外れると女顔のセリカの『優しい顔』も、『苦しむ顔』も、興奮すら覚える。

 

 よく見るとセヴンスの頭は床についておらず、柔らかいものが下に引いてあり、少しだけ浮いていた。

 頭を上げてみると人肌であり、真横にいるセリカが膝枕をしてくれていた。

 男性の肌の筈なのに甘い匂いと気持ちの良い肌触りに包まれながら、改めてセリカを見る。

 

 そう、変わってしまったセリカは慈愛に満ちた『優しい顔』でセヴンスを心配してくれる。

 もう一つ、セリカの黒髪だった髪色が、綺麗な蒼髪に変化していた。

 今までのセリカは無表情の黒髪も、弱々しい白髪も、優しい顔をする蒼髪もするようになった。

 

「……あっ……んっ……」

 

 思わず手が伸びてしまったセヴンスは、綺麗な蒼髪を撫でるように触る。

 その蒼髪は、糸に触れているような繊細さを秘めていた。

 髪を触られているセリカも目を閉じてされるがままである。

 その姿に黒い感情が鳴りを潜めるが、今は表に出さない。

 こうして開き直ってみると開放感で充実している。

 

「セリカ。俺が倒れてから何があったのか教えてくれ」

「……ぁ、ああ、分かった」

 

 こうしてセリカから聞かされた話は信じられないものであり、それでも納得している自分に純粋に驚いていた。

 

 セヴンスが倒れた後、セリカがサードを倒したらしい。

 サードから得られた魔力を思っていた以上に膨大であり、今もこうして余裕を持って会話ができるほどにまで回復できた理由もそこにあった。

 流石は大妖怪を転生特典として選んだだけのことはある。

 素直に感心しながらも、幾つかの謎が出来上がる。

 

 セリカはあの後、どうやってサードを倒したのか。

 セリカはサードを倒せたとしても得られる魔力が多すぎる気がする。

 原作では、得られる魔力は<性魔術>と比べて明らかに少ない筈である。

 エロゲ原作故に仕方なし、と思えるかもしれないが、現実に考えても本格的に弱体化したセリカに負けるほどの存在がそこまで魔力を吐き出すものだろうか。

 

「主様が取り込まれてから頭に血が上ったような状態になってな。主様から教わった<円舞剣>や<紅燐剣>の動きが明らかに変わった。サードを戦闘不能に追い込むまでそう時間は掛からなかった。この髪色も主様を看病している最中に気づいたんだ」

「なにそれ。主人公特有の覚醒か何かか? ……いや、まあ確かに主人公(エロゲ)かも知れないけどさ……」

 

 話を聞く限りでは、セリカが愛用する剣術・飛燕剣が感覚的に急上達したらしい。

 実際に見せてもらっても、その違いは段違いである。

 元来は刀では使わない飛燕剣でありながら、放たれる一撃が既に<円舞剣>や<紅燐剣>の名前を借りた別物になっていた。

 言ってみれば、<爆雷閃>や<轟雷>のような威力や消費される魔力だけが<雷撃>や<落雷>と違うようなものと同じである。

 

 蒼髪を眺めながら数ある可能性からセリカの変化を想定しているが、どれも破綻していて成り立たない。

 セヴンスが危険な状況に巻き込まれて覚醒したという状況も、サードと戦う前から何度もあった。

 他にも考えてみるが、どれもが憶測の域を超えない。

 可能性の一つには、原作の戦女神ZERO時代の人間だった頃のセリカは確かに蒼髪だったな。急激な感情の変化や技術の上達についても関係しているのかもしれない。

 しかし、一方でセリカの蒼髪は、神殺しになった後の髪型であることと、綺麗な蒼髪の触り心地も滑らかな印象を受けてしまいどうしても人間だった頃のような硬い想像とは異なってしまう。

 

「それで魔力についてはどうやって余分なほど手に入れたんだ?」

「それは勿論、<性魔術>で――」

 

 この先の話はセヴンスの耳には届かなかった。

 綺麗な顔つきの金髪の大妖怪ではあったが、流石に老婆に対してそんな鬼畜の所業をセリカがするわけがない。

 内心ではそう考えながらも、否定するほど容疑は深まっていく。

 原作のセリカも美徳には拘らず、老若などは特に気にしないと言っていた気がする。

 

 ――セリカ恐ろしい子。

 

 恐ろしい想像で身体を震わせていると心配したのか頭を撫でてくる。

 少なくとも無表情だったセリカではこのような配慮はしなかっただろう。

 この短時間で急激に変化したセリカに対して二重の意味で驚く羽目になった。

 

「……ありがとな」

「いや、別にいい。主様が気にすることじゃない」

 

 男性とは言え、セリカに撫でられて悪い気はしない。

 それも優しい眼差しを向けてセヴンスに優しくしてくれるなら尚更である。

 考えてみれば、今までここまで他人に優しくされたことはかつてあっただろうか。

 

「そういえば、今更だけど俺ってよく降参と思われなかったな。気を失った程度じゃあ終わらない戦争って本気で殺しにかかって来てる」

「今までは一撃で沈められたり、吸い殺されたりして戦争後を知らなかった」

「いや、吸い殺したのはお前だぞ」

 

 首を傾げるセリカに苦笑しながら、この奇跡のような幸せを噛みしめる。

 少なくとも蒼髪にならなければ、急激な技術の上達はなかっただろう。

 そうなれば、前回の対戦で引きずっている傷と回復しきっていない魔力でサードと戦い生き残れる可能性は限りなく低かった。

 いや、覚醒した後だってサードが何かを切り札を隠していた可能性だってある。

 中身の読めないサードだったからこそ、今回の戦いでは寧ろセヴンスがセリカに的確な指示を送る必要があった。

 そういう意味では、今回の対戦では後手に周ってしまった。

 

「……御免なセリカ。俺のせいで足を引っ張った」

「主様が気にすることじゃない。元を正せば古神の身体で魅了した俺にも責任はある」

「そうか。でもこれからは安心してくれ。『肯定』した以上はどんなことがあっても足だけは引っ張らない。……あ、でも『肯定』したからこそ、俺はお前がすげぇ欲しい」

「……勝手にすればいい。俺はそれだけの存在だ」

「ああ、勝手にしてやるよ」

 

 セヴンスはセリカを押し倒すと初めての口づけを交わす。

 

「んっ……ちゅ、ふ……んくっ」

 

 お互いの舌が絡み合い、唾液を舐め合う音がダダ漏れになる。

 頭が熱くなるが、それを冷やすように心地よい風がセヴンスを通り越す。

 ……風?

 

 冷めた頭で周りを見渡すとセヴンスとセリカを祝福するかのように風が二人を包み込んでいた。

 周りに置かれた物の中には宙に浮いているものまである。

 それは次第に強風になっていく。

 セリカの胸に手を置いていたセヴンスは周りの変化に気づいていたからこそ触覚が正常だったのだろう。

 セリカの鼓動が高くなり、身体が暖かくなるについて周りの風も強さを増しているように見えた。

 

「セリカ、ストップ。止まれ。興奮するな。発情禁止!」

「……ぁ……ぅく……」

 

 表情が豊かになったせいか。妙に色っぽいセリカに静止をかける。

 少しずつ落ち着くにつれて風も収まっていった。

 だが、胸に手を置いて状態を調べようとすると時々感情が再び荒ぶってしまうことが偶にある。

 

「偶然かと思ったけど……この部屋で起こる超常現象の正体は全てセリカだった説は有効か」

「……?」

「いや、こっちの話だ。気にするな」

 サードの残した能力の名残だと最初は思ったが、<悠久の幻影(アイ・スペース)>で戦っていた以上は絶対にありえない。

 <悠久の幻影(アイ・スペース)>とはこことは別の空間であり、<悠久の幻影(アイ・スペース)>が解除されるとそれまでの被害は全てなかったことになる。

 故に原因はサードではなく、セリカ自身にあるとすぐに判明した。

 それなら感情が高ぶって発情しきった雌の顔をしているセリカを落ち着かせてから様子を見ればいい。

 結果だけ言えば、落ち着かせただけで風は収まったが。

 

「これも変化と関係があるのか?」

「分からない」

「知ってる」

 

 セリカの強化の代償に支払われる料金も意外と多いのかもしれない。

 謎多き能力だが、モノにできればかなりの強化が施せるだろう。

 なにせ、強化なしでセカンドと全力を出して互角であり、強化込みで弱体化中のセリカはサードを倒したのだ。

 今の傷も魔力も完全回復した強化込みのセリカが戦うならば、相当の相手が出てこない限りは負けはないだろう。

 

 ……何かフラグを踏んだ気がするが気のせいである。

 

 ――変わってしまった自分をそれでも暖かく迎え入れてくれたセリカの優しさに触れ合いながら慌ただしい一日は幕を閉じる。



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第二十五話 『願望・欲望・希望・絶望』

 一ヶ月の自由期間最後の日。

 神殿に割り振られた部屋の一角では扉越しでも分かるほどの淫乱な喘ぎ声と甘い匂いが漂っていた。

 

「くぅ……ぁあ……んぅ!」

 

 左腕を背中へ回し、右手で胸を荒々しく揉んでいるセヴンスは膨らんでいるもう一つの胸をしゃぶるように吸う。

 責められて感じているような声を出すセリカはそれでも両手でセヴンスを抱きしめて離そうとしない。

 

 その行為はセヴンスが満足するまで永遠と続けられた。

 

 セヴンスが無事満足し、セリカを見る。

 セリカは身体に力が入らないのかグッタリとベッドで横になっていた。

 その目には精気の色は見えず、放心状態と言っても過言ではない。

 

 本来なら<性魔術>で精気を吸収するセリカがこんな状態になるはずはなく、これにも理由はあった。

 セヴンスが<性魔術>で勝ち、わざとセリカに負けるように、隅々まで極限に感じるように命令したからである。

 対戦面ではセリカに精気吸収させないのは効率に悪いが、今のセヴンスは溢れる感情を抑えきれない。

 原作のセリカと違って感情の一部が欠落している共通点を除けば、<性魔術>による感情制御をセリカは行っていない。

 だからこそ、セリカはセヴンスとの<性魔術>の時でも自然な反応を見せていたが、興味本位だろうか。

 愛しいセリカの感じる姿をもっと見ていたくなったのだ。

 言ってみれば、これは己の『願望』であり、満たされるのは己の『欲望』のみである。

 それを差し引いても、セリカの感じる姿は新鮮そのものだった。

 

 壊れたようなセリカの姿を見て、これをもう一度、いや何度も壊し続けたいと思えてしまうのは仕方ないことなのだろうか。

 放心状態のセリカに迫ったセヴンスは抵抗の色すら見せることのないセリカを貪り尽くした。

 

 行為を終えたセヴンスは完全に気絶してしまった後のセリカをそれでも堪能していた記憶を胸に仕舞いながらセリカの綺麗な蒼髪を優しく撫でた。

 

「刻まれた身体はさらに俺の色に染まったか」

 

 ただ必要以上に感じさせるだけではなく、<性魔術>を発動させてセヴンスはセリカを支配し続けていた。

 初期から従順だったセリカだが、蒼髪になってから感情的になるようになった。

 それでも命令は聞いてくれるので問題はなかったが、今のセヴンスはただセリカが欲しい。

 故に理由などなくてもセリカに<性魔術>で破れない命令を刻み込み『絶対服従』を永遠のものとする。

 茶番でしかないが、セヴンスは同じ命令を、同じ作業を、この一ヶ月間繰り返してきた。

 無意味だということは百も承知だった。

 それでも関係なく、この溢れる感情の赴くまま支配し続けてきたのだ。

 

「そういえば主様はなぜ俺を抱かないんだ?」

「……何言ってるんだ? 抱いたじゃん。さっきもお前が溺れるほど」

「いや、そっちじゃなくて……『肯定』したのに一度も俺を犯さないから気になった」

「ああ、そっちか。……お前は犯されたかったのか?」

「そうじゃない。単純な疑問だ。深い意味はないし、主様も深い意味がないなら言わなくてもいい」

「言うなと言われたら言いたくなるのが人間だ。と言ってもそれほど複雑な事情があるわけじゃねぇよ。まあ、なんだ。今ここでお前の処女を破って滅茶苦茶に引っ掻き回すのが『勿体無い』と思っただけだ。……それに……」

 

 なんだかんだで守ってきた初めてをこんな中途半端なところで散らしてグチャグチャにするのは一時の欲求が癒されるだけで意味がない。

 ここまで来たら次の戦争も勝ち抜いて二人で獣のように貪り合いたいと思ったのだ。

 我慢するという行為に慣れておらず、代わりにセリカの身体で遊ぶ時間が増えてしまったが、気にしなくなった。

 

 ……それに、セヴンスの見方ではセリカの大胸は素晴らしいが、それも感情補正が入っているのだろう。

 世間一般的に言えばセリカの大胸は平均より少し下くらいで……。

 いや、でも顔を埋めれるし、揉み心地は病み付きになるほど最高だ。

 ……そうは言っても……。

 

「…………」

 

 気づけばセリカの胸に視線が集まっていた。

 セリカもそれに気づいたのかセヴンスを見た後、自分の胸を見る。

 

 なんでセリカは自分の身体をペタペタと触り始めたのだろう……。

 

「……主様」

「……駄目だ、セリカ。その願いは俺の力を遥かに凌駕している」

「まだ何も言ってない。……それに主様にパイオツカイデーにしてもらおうなんて思ってない」

「よく知ってんなそんな言葉」

 

 妙な覚醒を迎えて蒼髪にイメージチェンジ(イメチェン)した影響の一つだろうか。

 セリカの謎知識に素直に感心していると、セリカはおもむろにセヴンスに擦り寄ってきて膝の上に乗ると首裏に手を回してくる。

 その顔は優しく微笑んでいた。

 まるで甘えるように誘っているかのように思えてゾクゾクするが理性を押さえつける。

 流石にこれ以上の負担をセリカにかければ明日の戦争にも影響してしまうかもしれない。

 なんだかんだ言って、今までロクな練習もせずにイチャイチャしていただけだったので、幾ら強化したとは言え、不安も募る。

 

「……この身体でも、俺を抱かないのか?」

「あん?」

 

 女体化したセリカは自身の胸を両手で挟み込むと谷間を作り、セヴンスを魅了するかのように見せつける。

 セリカの自分から行った行動に呆然としつつも、それがセヴンスを虜にする為の行動であることはわかった。

 

「……これでも主様の好きな胸はある」

「いや、別に胸が極端に好きなわけでもないが……胸があるって言っても……」

 

 別にセヴンスが特別巨乳好きというわけではない。

 セリカの腹筋を枕代わりに頭を置いた時も男性の肌にも関わらず、柔らかくて居眠りしてしまったことだってある。

 特に一つだけが好きというわけではなく、セリカの身体は至る所で満喫できる。

 

 だが、頑張って寄せているであろう胸を見て思わず……。

 

「…………っふ」

「死んでみるか?」

「おい、こら、よせ、やめろ!?」

 

 セリカの手にある刀を押し退けながら告げると、セリカは愛刀たる凶器を何気なく放り出し、セヴンスに甘えるように縋り付く。

 それは猫が人に甘えてくる動作と似ていたので優しく顎を撫でた。

 

 常に知り得ていることだったが、次の対戦で生存戦争は終了するらしい。

 生存戦争の終わりには誰が一番勝ち星が多いか発表されることになる。

 しかし、セヴンスは次の対戦相手が必ずファーストだとわかっていた。

 理由にはセヴンスはテンス以外の対戦相手には全勝しているし、テンスが一度も負けない限りは、高嶺咲に一敗しているファーストと当たるだろう。

 高嶺咲もセヴンスに不戦勝で負けているので、ここまで勝ち上がってこない限りは必ずファーストである。

 そもそも一年間が十二ヶ月なのに戦った相手はテンス、高嶺咲、セカンド、サード、そしてこれから戦うであろうファーストを合わせても五ヶ月しかない。

 残りの七ヶ月はどこに消えた? そう思えてくるが、気にしたら負けだろ思う。

 

「勝とうが負けようが次で最後。長期に渡って続いてきたこの悪夢もようやく終わりが見えてきたな」

「……むぅ」

「なんでお前はそんなに不機嫌なんだよ」

 

 セリカがセヴンスを不機嫌な態度で睨みつけているが、その理由がさっぱり思い当たらない。

 もしかすると転生特典として転生後もこき使われるのが嫌なのではないだろうか?

 流石のセヴンスでもセリカの視点から今までの扱いを緩和見てもあり得ない話ではないと思える。

 

 それにセヴンスが残りの日々や転生について語っている時に決まって不機嫌になる。

 最悪の場合は刀を振り回して話を逸らそうとするもんだから、怯えて過ごす日もあった。

 感情が豊かになって新鮮なセリカが見られるようになった反面、制御が今まで以上に難しくなった。

 だが、セヴンスには転生してまでセリカを束縛するほど外道でもない。

 

「別にいいんだぜ。嫌ならここに残ってても、元の世界に帰りたいなら俺から事前にメアに話をして記憶を取り戻させてから元の世界に送ってもらえるように便宜を計らうけど」

 

 転生特典のない転生は苦しい道のりになるとは思うが、次の人生について考えると逆に邪魔になる代物かも知れない。

 セヴンスはあくまでも日常を謳歌することだけが目的であり、非日常に憧れているわけでもない。

 学生時代のセヴンスだったなら少なからず興味は持っていたかも知れないが、今のセヴンスにはそんな感情は微塵もない。

 そもそも前世の知識という他の誰も手に入れたことのない能力があるので、無理してセリカを連れて行くよりも、学生時代をやり直して、充実した人生を満喫した方がお得かも知れない。

 

 まあ、なんだ。つまり、結論から言うとセリカは邪魔なわけで……。

 

「……行く!」

 

 この従者、主に向かって刀投げつけてきやがった。

 

「……さようでございますか」

 

 リスのように頬を膨らませて、セリカは『不満だ撫でろ』と言いたげに甘えるように顔を擦りつけて来る。

 その姿に微笑ましい感情を胸に抱きながら、セリカの頭へ手を伸ばす。

 

「うー……」

 

 髪の毛を乱暴に撫でると猫みたいな唸り声を出した。

 

「今更過ぎるかもしれないけど、今までよくお前も俺の命令を素直に従ってたよな。完全ブラックでいつ逃げ出されてもおかしくないって考えてたけど。やっぱり、転生特典の強制力でも働いてるのか?」

 

 どれだけ戦闘でセリカをこき使ったり、柔肌に傷を増やしていったのか覚えてもいない。他にも<性魔術>でセリカを不必要に責めたりしている以上はセヴンスに従う価値はない。

 従者と主という関係がなければ、とっくに刀で斬られているか、逃げ出されてもおかしくはない、ってことくらいは自覚している。

 

「……それは」

 

 セリカはセヴンスに撫でられながら、不安そうな顔をした後、不満気に唇を尖らせる。

 

「……主様が……いないと」

「俺が? いないと?」

「…………」

「この世界の『全てが揃って何もしなくていい幸せ』に押しつぶされそうだったから。記憶を無くした時点で行動に意味がなく、意味のないことをする必要性を感じなかった。あのままだと生きる必要すら失いそうで主様に縋った」

「そこまで大袈裟な話だったっけ?」

「この世界は主様の知ってる世界とはまるで違う、はず。狭間の世界、天界だからこそ、生きてても死んでてもどちらでも構わない。だからこそ、あそこで見捨てられてたら死んでた」

 

 転生特典でセリカを手に入れた当初も同じ結論に至っていたが、まさか本当に死ぬ間際まで追い詰められていたとは……。

 幸せも度が過ぎると全てが必要なくなって『生きる必要』すら危ぶまれる。

 理由のあるセヴンスに縋ることで自分の生きる理由をセヴンスに従うことにしたのだろう。

 原作ですら様々な問題がセリカに付きまとっていた。

 だからこそ、セリカは『生きる』ことができたのかもしれない。

 

 ――そして、次の対戦はやって来た。




元ネタ『悪女装』


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第二十六話 『第一位』

 第一位(ファースト)と呼ばれている黒髪の少年は、愛国心に満ちていた。

 内心に秘める愛国心は、欲望の表れでもある。

 この国が好きだ。この国を愛している。この国が欲しい。

 けれども、国に巣喰う国王に嫉妬と失望を抱えていた。

 なぜ、この程度の人材が国の代表に立っている?

 王とは指導者であり、国を導く者だ。民は王に従い道を切り開く者だ。

 国は王にとって財産であり、そこにいる民もまた王の財産である。

 その財産を食い潰して混乱を招き入れている国王が少年には許せなかった。

 

 ――簡単なことではない。思っている以上に難しいことだ。お前なんかではできるはずがない。

 

 簡単なことではないことは当然のことだろう。

 思っていた以上に難しい? それくらい想定しておけ。事が起こってから動くようでは国王なんて務まるわけがない。

 お前なんかにできるはずがない? 高い位置に立ってから己が特別な存在にでもなったつもりか?

 

 王とはこの世で最高の指導者であり、王の終わりは国の終わりを意味している。

 例え血縁者がいようとも、真の指導者の資格はない。

 意味を知らぬ者にとって、王という甘い汁を維持する為に、王という立場に立って甘い汁を吸うために。

 国に尽くし、民の為の王になる者は相応しくない。

 国とは王の力の一端に過ぎず、それを理解できぬ者は偽善者と罵られるだろう。

 国があるから王なのではない。

 そんな者達では、原初の王には届かない。

 

 誰かが言った。

 

『王は人の子ではない。王は神の子である』

 

 王とは栄光の神である。

 神とは人の欲望の中にこそ秘めている。満たされることのない欲望。上を目指すとさらに上が見えてしまう。

 

 自らの欲望を極めた者が王であるからこそ、欲望の頂点に君臨する王は栄光の神である。

 

 王は二人も必要ない。

 無能な王を脱落させたいが、この世界の国王と民は原初の王を失い破滅する定めから逃れる為に、民から選ばれた者を代表としている。

 破滅する未来から逃げる為の行為だとしても愚かとしか言い様がない。

 今まで王の示してきた道ばかりを歩いてきた模造品が、王の先の道を描くなど並大抵のことではない。

 そもそも、正規の指導者でもない無能が人気で選ばれただけで国を上手く導けるのかは別である。

 

 黒髪の少年は夢を見る。

 生まれてから一度も見たことのない夢を見るようになった。

 

 純白の片翼と漆黒の片翼を持つ、銀髪の美少女のメルティア=アークエンジェルが『今回』の生存戦争に置いて最初に出会った黒髪の少年。

 彼は第一位(ファースト)と呼ばれて、この生存戦争の遊戯主(ゲームマスター)を任された。

 ゲームマスターとは、場を支配し、ゲームを自分の選んだ物語へ進ませる存在である。

 故に少年は願う。

 己は神々の頂点に立ち、神々の願いを叶える礎となる。

 欲望を叶え、欲望のまま進んでいく。

 それはきっと自分以外の全てを不幸へと変えてしまうことになるだろう。

 人が世界の一部であるように、世界を苦しめて手に入れた欲望で王は娯楽で欲望を満たす。

 満たされない欲望を胸に、誰も到達できない欲望を手に入れる。




『神は栄光の王である』
 逆から読むと『王は栄光の神である』になる。
 しかも、この作品では、人間の欲望=人間が考える中で最高の神様 になる。
 王とは欲望の頂点に君臨する者。
 故に神々の頂点に君臨するとも言える。


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第二十七話 『決着』

「堂々と僕の前に現れるなんて君はやはりどうしようもない愚者だったようだね」

「うるせぇよ。どうせ<悠久の幻影《アイ・スペース》>を張るお前なら俺の居場所なんぞ隠れてたって一発で探し当てられるんだろうが。そんな状態で単独行動なんてとった日には負け確定になっちまうだろう」

 

 神殿の外では余裕の笑みを浮かべる黒髪の少年と蒼髪の従者を連れている黒髪の青年が対峙していた。

 周りは既に青い世界に包まれており、決戦は既に火蓋を切っていた。

 

「今更僕の方から名乗る必要はないと思うけど、まあ所詮は戯れ合いだ。改めて名乗らせてもらおう。僕の名は第一位(ファースト)。この生存戦争の遊戯主(ゲームマスター)にして、神々の頂点に立つ『王』であり、神々の叡智の一つである召喚せし者だ」

「俺は第七位(セヴンス)。この生存戦争に巻き込まれた優勝候補の一人だ。原作は……見ての通り戦女神シリーズの主人公であるセリカ=シルフィルを連れ歩いている」

 

 名乗りは上げた。

 両者を縛る鎖はもう何も残っていないと見ていいだろう。

 どちらかが飛び出せば、その瞬間から勝負の火蓋は幕を開ける。

 そこからはただの殺し合い。

 どちらかが死ぬまで続く地獄。

 ただ一つ。ファーストを倒せる可能性が皆無であることを除けば。

 

「名乗りを上げて早速で悪いけど、さよなら」

「――っ」

 

 ファーストの言葉に動揺しながらも奴の思惑であり、何もしてこないと頭を無理矢理納得させようとする。

 しかし、嫌な予感は無くなるところか増していく。

 その理由は分からない。

 

「『神の見えざる掌』『不可視の一撃』『知覚不能の衝撃』」

「……くそがっ!」

 

 ファーストの口から次々と紡がれる言葉に違和感を覚えたセヴンスは納得させようとしていた頭を諦めさせて、後方へ下がる。

 しかし時既に遅し、まるで小槌に腹部を殴られたような衝撃がセヴンスを襲うと肺に溜まっていた空気が漏れ出し、嗚咽を上げながら吹き飛ばされる。

 蒼髪の神殺しはファーストの知覚できない速度で接近を図ろうとするが、セヴンスと同じように後方へ吹き飛ばされる。

 

「がはっ!? ……ぐっ……ぁ……」

「あははっ、弱いねぇ。そんなに弱くてよくここまで勝ち残ってこれたよね。そっちのセリカって子を見習いなよ。顔色一つ変えてないよ?」

 

 そんなことは分かっている。

 セヴンスにとってセリカは宝のような存在だが、同時にセヴンスではセリカを使いこなせないことはわかりきっていた。

 価値観からして全く噛み合っていないのだ。

 セヴンスが受けた一撃も、セリカが受けた一撃も、全く同じ攻撃にも関わらず、セヴンスは満身創痍。セリカは傷一つない。

 

「……セリ、カ。注意しろ。奴の攻撃は見えない。ただ透明にしては察知することすら出来なかった。彼奴が変な行動をとらなければ片鱗すら見えない」

「……大丈夫だ。『見えている』」

「……?」

 

 セリカの妙な言い回しに疑問を覚えたセヴンスだが、ゆっくりと迫るファーストを見て顔色を変える。

 すぐに立ち上がって逃げようと思ったが、腹部からこみ上げられてくる吐き気に襲われて上手く立ち上がれない。

 よく考えれば何処に逃げても無駄であることを思い出せるのだが、人間悲しいかな。

 冷静ではないほど、邪念が交じり、冷静な判断力を失う。

 

「それじゃあ終わりだ。これ以上、苦しむことがないように徹底的に、そしてこの一撃で終わらせてあげるよ」

「――来る!」

 

 負担の大きい身体に鞭打って動かし、後方へ滑るように移動するが、ファーストの笑みは崩れない。

 そうこうしている間にファーストのみに見える『神の見えざる掌』は文字通りセリカの横を通り過ぎ――なかった。

 セヴンスへ迫る直前に刀を取り出したセリカが高速移動でセヴンスの下へ駆けつけると虚空を斬りつける。

 意味不明な行動に疑問視していたセヴンスだったが、対照的にファーストはあからさまに顔色を変えてセリカを睨みつける。

 

「どういうことだ……! 君は『見えて』いるのか?」

 

 まるで仇敵でも殺さんとするかのように睨みつけるファーストに対して涼しげに目を逸らすセリカは何も答えない。

 

「答えろセリカ。一体何がどうなっている? なぜファーストは動揺しているんだ?」

「『見えている』『黄金の掌』『数多ある指先』」

「……!?」

 

 ファーストの驚き不機嫌になる顔を見てセヴンスは直感する。

 セリカはファーストの弱点となり得る不可視の『戦略破壊魔術兵器(マホウ)』が見えているのだ。

 

 そういえば、ファーストは一度だけ敗北している。

 その敗北がなければ、セヴンスはファーストと対決することはなかっただろう。

 ファーストが唯一敗北した相手はセヴンスの幼馴染である高嶺咲だ。

 高嶺咲は特別な眼を持ち<直死の魔眼>を開眼させている。

 見えざるものを見ることが出来る眼。

 そこに共通点があるのかもしれない。

 

 神々の叡智を持つ人間と女神から切り離された神殺し。

 

「あー……大分楽になってきた。なあ、ファースト。焦ってるところ悪いが一つ質問していいか?」

「何を言っている! 僕が、この僕がお前ら程度に焦るわけがないだろう。それに戦争を前にして敵に質問するなんてやはり愚者だね」

「何とでも言え。俺が聞きたいのはただ一つだ。前に<始まりの大地(イザヴェル)>で俺に協定を結ぶように依頼してきたよな」

「それがなんだ? 今更命乞いかい? 残念だけど今の僕は君に救いを与えてやるほど慈悲深くはないんだ」

「そうじゃねぇよ。俺が聞きたいのはお前が俺と対面する前からセリカがお前の能力が見えることを知っていたんじゃねぇか?」

「な、何を言っている!?」

「前々から疑問だったことがあるんだ。同盟を組むにしても基本的に俺達は一体一だ。俺のような予想外を外せばこの原則は守らねぇとならねぇよな。お前がゲームマスターだから問題ないと当初は思っていたが、進めば進むほどに疑問は膨らんだ。その大前提に当たるのが俺がお前より弱いと分かっていながら同盟を申し出たことだ」

「……」

「当たり、か。まあよく考えれば自分より弱い奴と組んで得られるメリットは少ないよな。二対一で追い込むにしても前から俺の転生特典を知っているかも知れないお前が俺だけを呼び出したのも不自然だ」

「……僕が前から君の能力を知っていたという根拠は?」

「そんなもんお前が自白しただろうが。『生存戦争で一番弱い君を選んだ』ってね」

「……なるほど。よくできた妄想だ」

「何とでも言え……兎に角、お前が否定しない以上は肯定として受け取るぞ」

「肯定した覚えもないけどね。……まあ、勝手にしなよ。解釈は人それぞれだ」

 

 するべき話を終えた両者は再び殺気を放つ。

 本当ならセヴンスが一方的に聞くだけではなく、ファーストからの質問もできる限りの範囲でなら受け入れるセヴンスだったが、相手が相手だ。

 迂闊な言葉を口にして下手に不利に追い込まれるほど腐ってもいない。

 

「セリカ。できる限り『腕』を潰せ。ファーストは邪魔にならない程度なら無視しても構わない。さっきのお前の行動で腕が潰れたのか弾かれたのか分からなかったが、取り敢えず全ての『腕』は潰して構わん」

「……わかった」

 

 突進するように敵前へ迫るセリカに驚きながらもファーストはその腕を伸ばしているらしい。

 見えない腕に翻弄されるだけならセヴンスのいる意味はないだろう。

 セヴンスは敵前逃亡するかのようにファーストの傍から離れていく。

 セヴンスの考えが正しければファーストの『腕』は自分の周囲にしか放てないかもしれない。

 例え周りへ拡散させることができたとしても逃げ回るセヴンスに集中を割いている間にセリカの勢いは上がっていく。

 しかし、セヴンスは腕が見えているわけでもなく、一歩でも間違えれば腕に捕まる危険性がある。

 故にその足を止めることは許されず、走り回る。

 腕がセヴンスを追っているのかなんて知りはしない。

 酸素不足で腹部から激痛が走るが、それでも止まらない。

 そして極限まで走り回ったセヴンスは<悠久の幻影(アイ・スペース)>が無事に解除されるまで死ぬ思いをしながら走り回り、最後には無言で地面に倒れた。



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第二十八話(EX) 『登場人物』

 ――四十七転生(転生者候補生)

第一位(ファースト)

 ・容姿、性格:黒髪の少年。誰に対しても上から目線で、他人を見下しているが、見下す相手は選ぶ性質で、それ相応の能力を兼ね備えている。

 ・欲望:『王』

 ・転生特典<神の見えざる掌>:フォルテシモより、『召喚せし者』以外には視覚することの出来ない腕と触れたものを例外なく黄金に変換させる<黄金錬成>の能力を兼ね備えている。

第二位(セカンド)

 ・容姿、性格:綺麗な黒髪の少女。物静かな性格で何を考えているのか読めない。

 ・欲望:『怠惰』『怠惰なる時間に復讐を』

 ・転生特典<魔法少女>:魔法少女まどか☆マギカより、白い悪魔(キュゥべえ)と契約を交わした魔法少女の一人。魔法少女の秘密を知っても臆することはなかった。ソウルジェムが破壊されない限り、死ぬことのない身体と時間停止を保持する。

第三位(サード)

 ・容姿、性格:金髪の綺麗な容姿をしている老婆。その正体は大妖怪。若い頃は黒髪だったが、年老いてから白髪になる。このまま死んでいく自分の生に意味があったのか疑問を抱えている。

 ・欲望:『最高の終わりを望んでいる』『意義のあった終焉』

 ・転生特典<境界を操る程度の能力>:東方Projectより、スキマ妖怪の八雲紫の能力を望んだ結果、年老いて白髪となった髪は金髪となり、劣化していた身体はスキマ妖怪となった。

第七位(セヴンス)

 ・容姿、性格:冴えない黒髪の青年。口が悪く、誰に対しても同じ口調で話しかけるが、痛めつけられたりするとすぐに暗くなる。

 ・欲望:『地獄の終わり』『変わりたくない思考』

 ・転生特典<セリカ=シルフィル>:戦女神より、神殺しセリカ=シルフィルをメルティアに頼んで手に入れた。

第十位(テンス)

 ・容姿、性格:ガタイのいい黒髪の男。常に軍服を身に纏う。堅苦しい性格だが、嫌いにはなれない。

 ・欲望:『戦争と平和の狭間』『全ての真実』

 ・転生特典<強制召喚>:他を見ない本物。『上位世界』に存在するものは複製して召喚される。『下位世界』に存在するものはどんなものでも直接呼び出すことができる。

 

・高嶺咲

 ・容姿、性格:毒舌清楚系眼鏡彼女。綺麗な長い黒髪とクールな性格を持つ。

 ・欲望:『一定以上の好意を人は愛と呼ぶ』『好きだが、裏切る』

 ・転生特典<直死の魔眼>:月姫や空の境界の登場人物である遠野志貴や両儀式が所有する<直死の魔眼>と同じ性質を持つ魔眼を高嶺咲も所有している。しかし、高嶺咲が望んだ転生特典は<直死の魔眼>ではなく、『特別な眼』であり、<直死の魔眼>は、高嶺咲が死を経験して、死後の世界へ導かれて、死を理解したからこそ『特別な眼』の恩恵もあり、手に入れた副産物に過ぎない。普段は<魔眼殺し>の眼鏡をかけているので生活には支障はない。

 

 ――神想教会

 

・メルティア=アークエンジェル

 ・容姿、性格:純白の翼と漆黒の翼をそれぞれ左右に持つ天人。銀髪の美少女で自分のことを『メア』と呼び、他人にも呼ばせている。我儘な性格だが、他人に強制はせず自ら選択させる。常に上から目線でモノを見る癖がある。

 ・欲望:『愉悦』

 ・????<地獄の槍>:???

 

 ――転生特典

 

・セリカ=シルフィル

 ・容姿、性格:独特の髪型と綺麗な黒髪が特徴の女性に間違われやすい容姿を持つ男性。原作とは違い天界では目的も意味も持ち合わせておらず、狙われているわけでもないので逃げる必要もない。故に生きる目的すら失いかけたところをセヴンスの従者となることで打開する。第三位との戦闘後からは感情も表に出し、綺麗な蒼髪になる。

 ・欲望:『第七位と???(不純)したい』

 ・能力<神殺し>:大女神アストライアの身体と精神を分離させられた存在。それでも<神殺し>としての古神の身体は残り、過去の記憶を喪失する。



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