助けたネコが「にゃー」と言う (ぉけいさん)
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走れパパ!

 

 もうすぐ4月だというのに、朝6時というのは未だに肌寒く感じる。目覚めて歯磨き、顔を洗って着替える。毎朝のある種ルーティンを済ませて下駄箱の上の帽子を手に取りながら靴を履き自宅兼店舗のシャッターを物音を最小限にとどめながらゆっくり開ける。

 

 

 

 さて、今日も頑張りますか!と朝日を浴びながら体を伸ばそうとすると、

 

 

「ん?」

 

 

 蠢く黒い集団が目の前に存在した。それはバサバサと音をたて、カーカーと目の前のエサに歓喜するかのように声を上げ、なにかをついばんでいた。その蠢く集団の様子に、ある種の怖いもの見たさ、好奇心でつい、そのエサの方に目をやってみると、

 

(店前で轢かれてしまったか。可哀想に)

 

 多分白かったであろう毛並みを真っ赤にし、体があるべき形では無くなったネコの亡骸があった。

 

(帰ったら片付けないとな、いや、むしろやってくれてるかな?)

 

 と、目の前の凄惨たる景色を見ながら、そろそろ起きるであろう愛する妻のことを脳裏に過ぎらせ、仕事のための車に数歩向かわせた。すると先程よりかは小さい塊ながらバッサバッサと動く別の集団が目線に入った。

 

(パーツの奪い合いでもしてるのか?)

 

 また興味本位でその獲物へと目線をもっていく。

 そしてその獲物を見た瞬間、考えるよりも先に、早朝のご近所迷惑なんて関係ないと言わんばかりに、

 

 

「おいおい、まだ生きとるやないかい! おんどりゃ! お前ら弱いもんイジメやめろや!!」

 

 

 叫び、ソコへ走り出した。

 

 

 

 

 

 突然の人間の来訪に驚き飛び去っていくカラス達。

 そしてその飛び去っていった場所にポツンと残された小さな、本当に小さな子ネコ。白い毛並みは突かれたせいか、所々から出ている血のせいで赤くなっている。

 

 この小さな体では相当のダメージだったのだろう、息も絶え絶え、震えながらか細く鳴く。

 

 

(これはマズイ)

 

 

 すぐさま震える小さな命を抱え、もう片方の空いた手でポケットからスマホを取り出すと、名前検索から一人の知人をピックアップし、すぐに発信する。それと同時に先程丁寧に閉めたシャッターを激しく開け放ち、下駄箱前に靴を脱ぎ散らかして、洗面所へと走りカトラリーからタオルを取り出し小さな震える体に巻き付けた。そのタイミングでコール音が途切れ相手に繋がった。

 

『なんしたぁ? 朝早くに?』

 

「今からお前んとこ行くから!」

 

『はぁあ!? 朝っぱらからなに言っ―――』ブツッ

 

 

 言いたいことだけ言って直ぐに電話を切る。

 

 

「どうしたの!? そんなに朝からバタバタして! 琥珀(こはく)が起きちゃうじゃない!」

 

「ごめん! でも急がないとコイツ死んじゃうから!」

 

 

 遠慮なしに開かれたシャッターの音と夫の声により、先程目が覚めたばかりの覚醒しきれない頭に響いたイライラで、何事かと強く問いかけることとなったが、返ってきた言葉と必死な顔に“コイツ”、とは何かがよくわからなかったが、夫が何かタオルに包ませて大事に抱え込んでいるそれを見てなにか大事が起きていることを察した。そして、今目の前でバタバタと飛び出し車に乗り込み走り出した夫に、

 

 

 

『落ち着いたら連絡して』

 

 

 

 と、メッセージを送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とイジメられたみたいだな。ひとまず傷口の処置をしてはみたけど、なんと言うか、衰弱しきってるからあとはコイツの気力次第かな」

 

 処置室から出てきた友人もとい、動物医から告げられたのは希望の言葉とは決して言い難いものであった。そしてなお、こちらの顔を見ながら真剣な表情で口を開く。

 

「野良のネコに対してお前がどこまで面倒みるのか知らねえけど、とりあえず一旦これ以上治療はしないぞ。動物治療は一時のエゴの為に払うにしては決して安価じゃないし、お前には自分の子どもが居るんだから野良の偶然助けた子ネコに金を落とすより、息子にお金使ってやったほうが良いだろ?」

 

 

 朝から騒々しく駆け込んだ友人の家、もとい動物病院では至極迷惑そうながらも、タオルに包まれながら来院した小さな子ネコを目にし、時間外ながらもため息一つ、治療を行ってくれた友人。そんな相手からはぐうの音も出ない正論を浴びせられることとなった。

 

 

「ひとまず、お前は今日の仕入れに行かないといけないだろ? その間だけ診ててやるから早く行ってこい。目が覚めたから俺も開院時間までやることねぇしな」

 

「すまん。助かる。仕入れ終わったらすぐ引き取りにくるよ。ちなみに傷の手当の治療費どんぐらいなる?戻ってきたついでに持ってくるわ」

 

「いらねぇよ。ただ傷薬塗っただけだし、その程度でお前の優しさに漬け込みたくねぇわ」

 

 言いながら少し照れくさかったのか体を先程出てきた処置室の方に向け歩き出した友人に対し、「ありがとう」と伝え仕事に向かうこととした。若干後ろ髪をひかれつつではあるが。

 



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チャンスは一度でいい

 市場に着くのが大幅に遅れてしまったが、前日に最低限必要なものをピックアップして連絡をしていた商品は確保してもらっていたため配達先の注文の欠品という最悪の事態は免れた。しかし余分に注文しようとしていた商品などはすでに商談が終わり引き取りが始まっていた。

 ひとまず確保してもらった商品を引き取りに行くかと歩みを進めた。

 

「どうしたんね? 新谷田(にやた)君。遅刻とは珍しい。お子さんかなにかトラブルでもあったのかい?」

 

「うぉっ、山本さん! 背後からいきなりビックリするじゃないですか! もし僕が眉毛の立派なあのスナイパーだったら山本さん命はなかったですよ!」

 

「報酬はスイス銀行に送金しとくよ」

 

 市場の責任者の山本さんがいつの間にか背後に現れたので、肩をビクりとさせ、文句がてらにボケをかますが、流れるようにそのボケの意味を汲み取りノッてくれる。さすが責任者。頭の回転が早い。

 

「子どもは今回は関係ないんですが、家を出るときにカラスに襲われてる子ネコを助けましてね。幼なじみがやっている綿貫(わたぬき)動物病院に連れて行ったんですよ。」

 

「そりゃぁ、良い事したね。それで遅刻なら仕方ない」

 

「でも幼なじみに言われたんです。エゴで助けるほど動物治療は安くない。野良ネコに治療費使うくらいなら自分の子どもに使えって」

 

「確かに、その考えは間違ってないよなぁ。でも新谷田君としては悩んでるでしょ? エゴだけど助けたいって感情と金銭的なことでのリアルな部分で」

 

 やはりひと回り年上ならではの功なのか、今の自分の中のモヤモヤをズバリと言い当てた山本さん。さすが責任者。頭の毛が薄い。

 

「おい、誰がハゲや?」

 

「言ってないやないですか!?」

 

「目が言っとるわ!」

 

 ヘッドロックを決められバタバタと体を動かしてどうにか逃げる。

 

「理不尽だ」

 

「まぁ新谷田君、悩むより先に行動だよ。なんにも考えず子ネコを助けに飛び出したんでしょ? お金のことも全部片付けてから考えたらいいんじゃないの。人様の家庭の懐事情の話だからこれ以上は私から言うことではないけどね」

 

 山本さんはそう言うと、んじゃ仕事に戻るわと手を振りながら事務所のある奥の方へと消えていった。

 

(悩むより先に行動か)

 

 助けたからにはしっかり面倒はみたいが、そうなると妻にも負担をかけてしまう。ひとまず相談をしようと思いスマホを取り出すと、その妻からメッセージが着ていたことに今更ながら気づき、返信を打とうとするが、多少の煩わしさを感じ返信せずにコールを鳴らした。

 

「ごめんね(りん)ちゃん朝っぱらからバタバタしてしまって。琥珀も大丈夫だった?」

 

 通話が始まって早々に、早朝から慌ただしくしてしまったことを謝り、息子の睡眠を邪魔してないかの確認をする。

 

『それは大丈夫だったけど、どうしたの? なんか死ぬとかなんとか物騒なこといってたけど』

 

 朝のトーンとは違い落ち着いた様子で返答をしてきてくれたことに内心安心しながら、事の顛末と、治療を受けさせるかどうかで悩んでいる事を伝えると、

 

『せっかく助けたんだからしっかり治療してもらったほうがいいんじゃない? 命は命。野良でも飼いネコでも関係ないよ。助かるかもしれないならそのほうがいいでしょ。それに見捨てたら見捨てたで後悔しかないんじゃない?』

 

 なんとも凛々しい返答。それを聞き自分の中でも覚悟が固まった。

 

「わかった。ひとまず荷下ろししに帰って病院行って治療の件伝えてくる」

 

『納品先には私が卸してくるよ。それまでお店閉めておくけど、それでいいよね?』

 

「構わないよ。ありがとう。助かる!」

 

 そうと決まれば早く行動をしよう。商品を急いで荷台に詰め込み自宅へと車を急がせた。

 

 



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エリザベスの襟ざます

 治療の間、綿貫に渡されたメモに記された物を購入しに出かけることとなった。

 綿貫に治療すると告げたとき、ネコを家に招く為の必需品などをまとめてメモしそれを渡してきた。その際、夫婦揃ってお人好しだと呆れながら言ってきた。なんだかんだ面倒見のいい綿貫も十分お人好しだと思うが、それを言うと恥ずかしがって照れながらハブてる姿が安易に想像できた。ということで、茶化すように伝え、動物病院から逃げるように車に飛び乗った。

 

 

 仕入れに行っている間にイロイロと調べてくれたようで、助けた子ネコは生後2ヶ月前後で、性別はメス。元々栄養が足りてないみたいで少し痩せ細っているらしい。エサを探してる時に一緒にいた親猫が車に轢かれてしまったんじゃないか。というのが、綿貫の推測だった。

 

 

 一緒に親猫と歩いていたら目の前で親が車に轢かれて息絶え、そしてその後カラスの餌食とされる様を見たというのは、自分だったらと考えると想像し難い惨状であることは間違いないだろう。そして、その後自分もカラスに襲われるのだから、もしかしたらトラウマになっているかも知れないな。

 メモを頼りに開店して間もないホームセンターで商品を探しながら物思いに耽る。

 

 普段ペットコーナーというのは立ち寄りもしないので、どういった品揃えなのかはイメージしづらかったが、案外動物の種類毎に大まかに振り分けられていて、メモに記されたエサや、猫砂などはすぐに見つかった。しかし様々なメーカーから販売されて値段もそれぞれピンキリ。どれがいいかはよく分からないので、フィーリングを信じてカートに詰め込んだ。ちなみに綿貫に気をつけるように言われていたのでエサはしっかり適応年齢の表記を確認をした。

 

 

 

 

 

(エサや猫砂など消耗品ってどれぐらいの頻度で無くなるんだろうか)

 

 会計を済ませたあと、この金額が今後続いていくという事実に改めて生き物を飼うことの大変さを感じつつ、綿貫の所に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえずやれることはやったから。あとは家でしっかり面倒見てやるんだよ。わからないことがあれば何時でも連絡してこい」

 

 迎えに行った子ネコはエリザベスカラーを装着されつつも静かに眠っていた。綿貫曰く少量の麻酔を使って治療を行ったので時期に目覚めるとのこと。

 そして、やはりというべきか治療費に関しては人間とは比べ物にならないほど高額で、キリリと胃が痛むような感覚を覚えることとなったが、これも命を救うための大切な痛みだ。と自分自身をしっかり納得させたのであった。

 

 

 

 

 

 自宅に戻る車の中、サービスということで綿貫が貸してくれたゲージから、目覚めたのかガサガサという物音が聞こえ、か細い声でにゃーにゃーと不安そうな声で鳴き始めた。

 

「もう怖いのはいないよ。今日からキミはオレの家族だ、いつでも助けてやるからな」

 

 運転しつつも横目にその様子を見ながら、優しく声をかける。子ネコにとってこの言葉の意味はわかるはずはないのだが、先程のか細い声ではなく、どこか嬉しそうな声でにゃーと子ネコは鳴いたような気がした。

 

 

 

 




誤字修正しました。情報提供ありがとうございました!


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おかわりもあるぞ

「着いたぞ、キミの新しいお家だ」

 

 駐車場に車を停め、片手でゲージを優しく持ち上げ、もう一方の手でホームセンターで購入した品物を持ち帰宅をする。シャッターは空いているが入口には力強く達筆な文字で、

 

『配達ナウ』

 

 と、筆ペンで書かれた半紙が貼られていた。

 

 荷物を起きポケットを弄り、鍵を取り出し入り口の扉を開ける。電気が付いていない店内は小窓からの日の光は入ってくるが薄暗いが、その少量の明かりさえあれば家主にとって造作もなくスタスタ歩き店エリアから住居エリアへの移動ができた。

 

 下駄箱の上に荷物を置いて靴を脱ぎ廊下を進んでいき、洗面所にたどり着く。そっとゲージを床に置いて手を洗いながら横目に洗濯機を見ると、ひとまずは洗い物を回すだけ回して子どもの保育園へ連れていき、配達に出かけたのだろう。洗い終わり脱水された洋服達が洗濯機の中で待機していた。

 ポイポイッとそれらを乾燥機に投げ込み機械を操作する。

 終わったら取り込んでおこうと思いながらゲージを拾い上げリビングに向かう。

 

 リビングに付くとスペースにゲージを置く。すぐに開けようかと思ったが、先に下駄箱に置いた荷物を取りに行く。

 買った品の中から皿を2つ取り出し、一つは水を入れもう一つにエサを入れる。

 

 エサはウェットフードと呼ばれる柔らかいエサを少量取り出し敢えて少量水を足し更に柔らかくしておいた。特に綿貫からそうしろと言われた訳ではないが、人間も体調不良の時にはお粥とか柔らかい食べ物を食べるし、栄養不足になるほど痩せている体に、少しでも消化の負荷を減らそうと考えたからだ。

 

 2つの皿をゲージの前に起き、いよいよゲージを開放。

 

 が、しかし子ネコは警戒しているのか、出てくる気配はなかった。

 

(まぁ、気長に待とうか)

 

 子ネコが出てくるのをじっと待とうかと思ったが、ひとまず先程キッチンで水を入れた時に視界に入っていた、朝食終わりの食器達を片付けることとした。

 そういえば朝食を食べなかったなぁと思いながら時計を見ると、もうそろそろ12時になろうという時間だった。それを確認すると尚更空腹感が増長されたので、ひとまずお湯を沸かして戸棚からカップ麺のストックを取り出すのであった。

 

 

 

 お湯を入れてからテーブルにそれを起き、コップや箸を準備していたとき、ゲージからゆっくりと周りを確認しながら子ネコが出てこようとする様が視界に入った。そのままエサを食べるか注視しそうになったが、あまり見すぎると視線に警戒してゲージに引っ込むかもしれないと、グッと見るのを我慢し、自身の昼ごはんに目線を戻す。

 

 固めが好きなので表示時間より早いタイミングで開封し、付属のスープを入れてよくかき混ぜる。しっかり底までかき混ぜた後、適量を箸で掬い上げ、息で冷ましてからズルズルと啜る。

 

 物静かな部屋のなかでラーメンを啜る音が響いていたが、途中から啜る音以外の、ピチャピチャと水分量の感じる音が別の場所から始まった。

 

(食べ始めてくれたんだな)

 

 横目に食事を始めた子ネコを軽く見ながら安堵する。

 

 ゆったりとした空間で、咀嚼音が2つ穏やかに流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま! ネコちゃんはどんな様子?」

 

 食事を終え食器等を片付けていたとき、妻が配達から帰ってきた。

 

「おかえり凛ちゃん。とりあえず用意したご飯は食べてくれて、今またゲージの中でゆっくりお休みしてるよ。少量だけどおかわりも食べたし、案外すぐ元気にはなるかもしれないね」

 

 お皿に置いた柔らかいエサを食べ終え、まだ足りないというようにこちらを見てニャーと鳴いた時のことを思い出し、つい頬が緩みながら妻に伝える。思った以上に食べてくれたので今後の回復が楽しみだ。

 

 妻はというと、その報告を聞きながらゆっくり音を立てずにゲージの方へと近づき、中を確認しようとしていた。

 

「きゃー、ちっちゃくてカワイイー」

 

 様子を見るやいなや、中にいる子ネコをビックリさせないように声を絞りながら、でも溢れんばかりの感情を言葉に出した。そして、キラキラした目をこちらに向けて、

 

「抱っこしたい」

 

「ストレスになるかもしれないから今は我慢しなさい」

 

 子どものように思いをぶつけてきたので、落ち着いて諭す。慣れてない環境なのに、いきなり抱っこしてさらにストレスを与えてしまうのは、先程ケガの治療をしたばかりの小さな体には負荷になるのではないのだろうか。

 自分自身の判断ではあるが、動物と接することが今まで無かったので慎重になるべきだと思う。

 

「まぁゆっくり慣れてくれたら沢山抱っこ出来るし、今は仕方ないね」

 

 妻に自分の考えを告げると、それもそうよねと納得してくれた。

 

「ひとまず休憩がてら、子ネコちゃんを眺めとくか」

 

 そう言いながら妻はゲージの前でうつ伏せになり、手に顎を起き足をパタパタとさせながら、ニコニコとゲージの中を覗くのであった。

 

 



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やったね琥珀 家族が増えるよ

「ただーまー!」

 

 保育園から帰ってきた息子が元気よく店前で声をあげる。その声に店内で品定めをしていたお客さんも思わずニッコリとし、おかえりなさいと声をかけてくれる人もチラホラといた。

 

 来月から年中組にランクアップする息子は我が店の看板息子だ。子供ならではの屈託のない笑顔と愛嬌は来店してくださっているお客さんを癒やしているみたいで、息子が居るタイミングで来店してくれる常連さんもいるくらいだ。その人曰く孫に会いに来ている気持ちに近いらしい。

 

「おかえり、手洗いうがいしてくるんよ。お菓子あるからね」

 

「あーい」

 

 

 お菓子というワードにピクリと反応し、走りながら居住エリアへと走って行った。

 と、思ったらすぐに戻って来て興奮しながら、

 

「パパ!! にゃんにゃん!! にゃんにゃんいる!!」

 

 目を輝かせながら報告をしてきた。

 

 

 

「今日からにゃんにゃんと一緒に暮らすぞ。でもにゃんにゃん今ケガしてるから触ったりしたらダメだよ。あとビックリするからにゃんにゃんの近くでおっきい声出さないように気をつけてね」

 

「にゃんにゃん痛い痛いしてるの?」

 

「そうだよ。でもタヌキのオジちゃんに診てもらったからすぐに元気になるよ。だから元気になるまで見るだけで我慢してね」

 

「わかた! にゃんにゃん早く元気になって欲しいね!」

 

 幼いながらも、ケガをしていて元気がないという事を理解してくれたみたいだ。今だ興奮冷めやらぬ様子だが、小声で騒いじゃダメ、騒いじゃダメと呟きながら戻っていく姿に、我が子ながら優しい気持ちが育ってくれていることに嬉しく思うのであった。

 

 

 

 

 

 客足が落ち着いた時間帯に一旦子ネコの様子を見にリビングへと足を運ぶと、そこには目を覚ましたのかゲージの中でウロウロしている子ネコと、そのゲージの前でコロリと眠っている息子がいた。

 

 眠っている息子に毛布を掛けた後、子ネコに水を飲ませようと皿に用意しゲージ前に配置する。そして、ゆっくりと優しくゲージを開けると、それと同時に子ネコが出てきてお皿に向かって行った。

 

 案外短時間で環境に慣れてくれたのかな?と思いつつ、ついでにエサも別皿に少量入れて、そっと水の隣に置いた。置く直前に何かが近づいて来たと察知した子ネコがじっとこちらの方を見て固まっていたが、お皿を置いて少し離れる様子を見て、再度水を飲みだし、隣のエサも咀嚼し始めた。

 

 しばらくの間、子ネコの食事風景を少し離れた所で胡座をかいて見守っていると、エサの皿を空にした子ネコがジッとこちらを見つめてきた。

 

 食べ足りなかったのかな?

 

 そう思った矢先、ニャーと鳴いたと思うとテトテトと子ネコがこちらに向かってやってきて、胡座で空いている股の間にコテンと寝転んだ。

 

 ネコが寝転んだか······。

 

 我ながらしょうもないことを考えながらも、いきなりの子ネコ側からのコミュニケーションに驚きと同時に嬉しさが湧いてきた。野良だからなかなか懐かないと思っていたが、子ネコだからか案外すぐに人間との壁が薄いのかもしれない。

 

 小さいながらも感じる重みと生き物としての温かみを足に感じながら、恐る恐る子ネコの頭を撫でてみる。エリザベスカラーのせいで手のひらでワシワシと撫でることは出来ないので、指の腹でなぞるように触ってみる。子ネコは嫌がることなくそれを受け入れてくれる。

 

 撫でながら改めて子ネコを見てみる。

 体の所々包帯が巻かれ、その包帯をイジらないようにと着けられたエリザベスカラーも相まって、痛々しそうな見た目となってしまっている。真っ白な包帯に負けないくらい白い毛並みは野良の割にはフワフワに感じられた。

 

 しばらく撫でていると満足したのか、ニャーとこちらを見ながら一鳴きしてきた。その顔を見たとき新しく発見があった。

 片方はコハクのようなキレイに輝く黄色、もう片方はエメラルドのような透き通った緑の瞳。キレイなオッドアイだ。

 

 そのキレイな瞳に心を奪われジッと子ネコに魅入っていると、

 

「ニャー起きたんだ! 僕も抱っこする!」

 

 いつの間にか起きた息子が、父親と子ネコが仲良くしている姿を見て声を掛けてきた。

 

 子ネコは突然の声にビックリしたのか、体をビクっと反応させた後、ゲージに一目散に戻っていった。

 

「あちゃー。にゃんにゃん驚いてゲージに戻っちゃったね」

 

「むー」

 

「まぁにゃんにゃんが慣れてきたらすぐ抱っこできるさ。それまで我慢だよ。無理矢理抱っこするとにゃんにゃんに嫌われちゃうからね」

 

 触れ合えると思っていたのに逃げられてしまったことで悔しそうにする息子の頭を先程子ネコにやったものとは違う、手のひら全体で撫でまわしながら慰めるのであった。

 



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ネコの名を言ってみろ!!

 

「ありがとうございました!」

 

 本日最後のお客様をお見送りし閉店準備を行う。ひとまずシャッターを閉め、レジ精算。基本的に閉店後の店の管理は自分で行い、妻に家の事をやってもらう。これが我が家の役割分担。

 と言っても、実際はお互いがお互いにサポートしあっているので、手が回らないときは補い合っている。

 

 いつもどおりに処理を行い帳簿を付ける。今日は昼からの営業のため、いつもよりかは店頭販売の売上は低いが、配達での売上がメインなので許容出来る範囲だ。店を引き継いだ当初は毎日赤字との戦いだったが、妻と二人でイロイロとアイデアを出し合い、徐々にその創意工夫の成果が出てきて家族三人で問題なく暮らせる程度には軌道に乗ることができた。

 

 過去の苦労を思い出しながら閉店作業も終わる頃には、晩ごはんの調理が終盤に差し掛かっているみたいで、空腹を誘う美味そうな香りが鼻孔をくすぐった。

 

 

 

 

 

 

「「「いただきます!」」」

 

 テーブルの上にはハンバーグやサラダが乗せられ、三人一緒に食事前の挨拶を行う。テーブルから少し離れたゲージの前にもエサと水を置いて子ネコも食事が出来るようにした。夕方頃の食べっぷりが良かったので今回からはパウチから出したままの状態にし、ネットで調べた分量にした。

 

「ママ、美味しい」

 

 ハンバーグを頬張り笑顔で息子が感想を言う。妻の得意料理で、自身の胃袋を掴まれたそのハンバーグは、やはり我が子というところか、今となっては息子の好物のひとつとなり、口の周りにソースを塗りたくりながらガツガツと勢いよく食べている。

 

 そんな息子の姿を見ている妻と目が合い二人して微笑みながら、食卓に漂う温かい雰囲気を満喫していた。

 

「あ、ニャーが出てきたよ」

 

 ふと息子がそう言ったので、ゲージの方を見てみると、子ネコがゆっくりとゲージから出てきて周囲を見渡していた。その様子を見ていると、ふと子ネコと目が合った。そう思った瞬間トテトテとこちらにやって来て、足に頭をスリスリと擦りつけてきた。

 

「子ネコちゃん、だいぶパパに懐いたね」

 

「お、おう。正直ビックリだよ。人に馴れるのに時間かかると思ってたよ」

 

 エリザベスカラーのせいで擦りつけにくそうだか、暫くの間堪能すると満足したのか離れていった。と、思ったら次に妻の足元に歩いていき、先程と同様足に頭を擦りつけ始めた。

 

「私にもやってくれるの? ありがとぉー!」

 

 初めて触れ合う子ネコに声のトーンが少し高くなりながら、足に来る感触に妻は身悶えている。すごく嬉しそうだ。

 

「ニャー! こっちにもおいで! おいで!」

 

 両親と子ネコの触れ合いにジェラシーを感じたのか、息子が椅子から降りて手招きをする。食事中にそうやって席から外れるのは、マナーがよろしくないので注意しようとも考えたが、両親が二人して食事中に子ネコと触れ合いを楽しんでいる時点で同じ穴の狢、今回は多目に見ておこう。

 

 手招きする息子をジッと子ネコは見つめ、ニャーと一鳴きした後、

 

「わぁ、ニャーちっちゃいねぇー。柔らかいねぇ。可愛いねぇ」

 

 息子の元に擦り寄り、触れさせることを許した。

 

「琥珀と子ネコちゃんが触れ合ってる姿かわいい!!」

 

 そんな息子と子ネコの触れ合いに、気付けばスマホ片手にカシャカシャとカメラを連射し感嘆の声を上げる妻がいた。

 

 食卓には先程とはまた違う、心地よく温かく楽しい空間を子ネコ一匹が中心となって作り上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、この子名前はどうしよっか?」

 

 食事が終わり食器を洗っていると、リビングのソファーに座り膝の上に子ネコを乗せていた妻がこちらを向いて聞いてきた。

 

 名前か、これから一緒に暮らす家族になるからいいの付けてあげないとな。

 

 イロイロな名前を頭の中で思い描いていると、

 

「ニャーはニャーだよ!」

 

 息子がなにか言い出した。

 

「どういうこと?」

 

「ニャーはニャーって名前なの! ね、ニャー?」

 

 息子が子ネコに向かって同意するよう話しかけると、子ネコもニャーと鳴いて返事をした(ただ、そう見えただけだろうが)。

 

「さすがにニャーって名前は辞めたほうがいいと思うけど」

 

「いや! ニャーはニャーなの!!」

 

 確固たる意志があるようで、息子は全く引く気にはなってないようだ。

 

「いいんじゃない?この子なりに考えた名前なんだし、なんだかんだ呼びやすいと思うよ?」

 

 最終的に妻がアシストした形となり、子ネコの名前は『ニャー』となった。

 

 

「これからよろしくね。ニャー」

 

「にゃー」

 

 息子がそうやって名前を呼ぶと、一鳴きして返事をしたように見えるのであった。

 

 



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名前はまだニャー

「ニャー、ママ、パパおやすみなさい」

 

「おやすみ、琥珀」

 

 はしゃぎ疲れたのか、いつもより早い時間に息子がおネムとなった。名前を決めた後、ニャーを優しく抱きしめ、撫でていた息子にニャーが粗相をしてしまい、それに驚きギャン泣きしたり、ニャーをお風呂に無理矢理連れて行こうとして、駄目だと注意したら、嫌だー!と地団駄踏んで大泣きしたりなどのかわいいトラブルがあったのが原因だろう。

 

 斯くいう自分も、朝から慣れないことの連続で変に気疲れをしているみたいだったので、早めに布団の中に入ることにした。

 

 妻を一人ゆっくりお風呂に浸からせて、一応なにかあったらいけないので、ゲージにニャーを入れて寝室に連れてきている。

 

 隣でスヤスヤと眠る息子の様子を眺めながら段々と微睡んできていると、ゲージからニャーニャーと寂しそうな鳴き声が聞こえてきた。

 

「どうした? 一緒に寝たいのか?」

 

 返事がないことは承知だが、あえて聞いてみると、ニャーと一鳴きした。人間の言葉わかってるのかな?とふと考えさせるほど自然に返答がやってきたので、思わず微笑んでしまった。

 

 ゲージを開け中からニャーを優しく抱き上げながら自分の布団に入り込み、ニャーを仰向けの自身の腹の上に乗せる。軽いが確かにある重みと生き物ならではの温かさを感じながら微睡みに身を任せ始めた。

 

 

 

 

 

 

 その時自分でも寝ぼけてしまっていたのだろうか、ニャーに付いているエリザベスカラーのマジックテープを無意識に外し、手のひら全体で頭を撫で回しながら意識を眠りの世界に向かわせるのであった。

 

 

 

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 柔らかな日差しの中、芝生が青々しく生い茂った公園に家族でやってきた。妻がレジャーシートを広げたので、その上に荷物を置いて、空いたスペースに座る。息子は公園に着いたと同時に駆け出して走り回ってる。

 あまり遠くに行くなよ。と声をかけると、元気よく返事をしてくるその姿を見ながら、隣に座ってきた妻の手を握りしめ微笑んだ。

 

「天気もいいし、良いときに来れたね」

 

 そう妻に語りかけると、そうだねと妻も微笑み返してくれた。

 

 穏やかな空間だなぁ。

 

 見上げるとそこには本当にキレイな青空が広がっており、少しだけ浮かんでいる雲が空の景色のいいアクセントとなっている。

 

 こんな穏やかな日がこれからも沢山味わえたらいいな。そう考えながら視線を走り回ってる息子に戻した。

 

 すると息子よりひと回り小さい子どもが息子と遊んでいる姿が見えた。その様子は普段からよく一緒に遊んでいるようで、子どもたちがはしゃぐその風景を少し離れたレジャーシートの上でボンヤリと眺める。

 あまりに自然な風景に思考が回らなかったが、ふと違和感に気づいた。

 

(あの子、いつからいたんだ?)

 

 公園に来たときには自分達家族以外だれも居らず、貸し切り状態だったのに、目線を空に少し移してから息子に戻したその間に小さな子が現れたように感じられた。

 

 息子とその突然現れた小さな子は楽しそうに遊んでいて、それを見ている妻もニコニコとその様子を眺めている。異様なことが起きているはずなのに、何故か急にその感覚や違和が無くなり、それが当たり前のように思えた。

 

 すると小さな子がこっちの方を見て満面の笑顔で手を振っていたので、こちらも笑顔で振り返す。そして気づいた。

 

(あ、これ夢だ)

 

 小さな子は手を振りながら、なにか楽しそうに声を出しているけど、その声はこちらの耳に入る前に無音となっていた。そしてなにより口元以外の顔がボヤけたように認識されて、現実ではありえない見え方をしている。

 ただ、傍から見たらありえない状態にも関わらず、心の中はとても穏やかになり、それがとても尊く感じる。

 そして気づいたら目から多くの温かい涙が溢れていた。

 

 夢は夢でも、これはもしかしたら本当は見れていたかもしれない景色だったのではないか。でももうそれは決して叶うことはなく、自分達夫婦が乗り越えないといけないことでもあった。

 

 ふと目の前に小さな子がやって来て、こちらをジッと見ている。―――といっても顔が全体的にボヤけて見えてる為、見ているだろうという思い込みだが。

 

 

 

 そして多分、いや、間違いなく満面の笑みを浮かべながらムギュっと抱き着いてきて、コチラの顔を見つめながら口を開いた。

 

 

 

 

 

 

―――ただいまっ!―――

 

 

 

 

 

 

 声は音がなく聞こえなかったが頭の中にその言葉が聞こえたような気がした。

 

「あぁ、おかえり!」

 

 小さな子を抱きしめ返す。頬を伝う涙は止めどなく流れるが、その涙と抱きしめた小さな子の温かさに身を委ねるのであった。

 

 

 

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_______________________

 

 

 

 

「っは!」

 

 なんの夢を見ていたか覚えてないが、夢の中で泣いていたのか、自身の頬に伝う涙で目を覚ました。目覚めた時にあまり不快感が無かったので悪い夢ではなかったのだろう。

 

(まだアラーム鳴ってるわけじゃないし、しっかり寝とこう)

 

 一度開いた目を再度閉じ、時間一杯睡眠を貪ろうとしようとしたのだが、お腹の当たりに寝る前とは違う、それなりの重量の物が乗っている感じがした。

 

(また琥珀が寝ぼけて乗ってきてるな)

 

 子ども特有の寝相の悪さか、時折息子が自分に乗っかかってくることがある。そういった時はいつも息子の体を転がすようにして元の位置に戻す。

 寝ぼけた意識の中、いつもどおり転がそうと体を持とうとしたとき強烈な違和感に襲われ、思わず呟いてしまう。

 

「琥珀ぅ、寝ながらなんで裸になってんの?」

 

 本来あるべき布の感触が全く感じられず、代わりに感じた人肌の感触に驚きながら、もぞもそとそこらへんに有るであろう服を手探る。

 

「んぁあ? ねぇなぁ」

 

「なにもぞもぞしてるの?」

 

 先程の呟きと、布団をガサガサとしている音のせいか、妻を起こしてしまったようだ。

 

「ごめん。起こしちゃったね。琥珀が全裸でオレの上に乗ってきてるんだけど、服そこらへんにない?」

 

「服ぅ?そんなのないよ。というか琥珀は私の横にいっ―――!?」

 

 すごい中途半端な所で言葉を区切った妻の方を薄目を開けて見てみると、まさに驚愕っ!といった顔でこちらの方を見ている。

 

「ん?どしたの?―――っぁえ?」

 

 驚愕した顔でフリーズしている妻を見ていると、ふと顔になにかペタペタ当たる感触を覚える。

 その当たってくる感触の原因が居るであろう方向に顔を向けると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おっさんの顔を楽しそうにペタペタしている全裸の幼女が眼前に現れた。

 

 

 

 

 そしてその幼女はこちらと目が合うと嬉しそうにニッコリ笑いながら

 

 

 

 

「にゃー」

 

 と言った。

 

 

 




はじめまして!ぉけいです!
ひとつのアイデアがふと頭に浮かんで、その場面を文書にしようとしてたらなんやかんやバックボーンとかも浮かんだり、考えたことを文書に起こそうとしてたら1ヶ月近く掛かってしまいました。
そして、なんとかその浮かんできたアイデアの欠片をこのページに収めることができました。
これからこの浮かんできたアイデアをしっかり表現できるよう拙い文書ではございますが、マイペースに連載してまいりますので、お付き合いよろしくおねがいします。

2022.2.25

2022.2.26 一部修正しました。
本筋は変わっておりませんが、一部表現を変えております。


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YOFUKASHI

 朝早くに叩き起こされた形とはなったが、急患の対応など普段から良くあるので多少の睡眠不足感はあったものの一日の診療はつつがなく終えることが出来た。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 幼稚園からの腐れ縁で親友の大和(ヤマト)がこの家兼診療所の建物に遊びに来るのではなく、患者を連れてくるのは、なんだかんだ長い付き合いの中で初めてのことだったので、内心ではとても驚きが大きかった。

 

 大和に抱え込まれてやってきた小さな子ネコは、明らかに衰弱していて、ガリガリに痩せ細った体に何箇所も深いキズが見受けられる。

 

(なかなか治すのが難儀をしそうだ)

 

 正直な感想を頭の中に浮かべる。

 

 大和はネコなんて飼って無かったはずだ。だがこうしてボロボロの子ネコを連れてきたということは大方野良を助けたんだろう。大和の優しさは親友だからか痛いほどわかるが、彼はその優しさで何度も痛い目を見ているということも知っている。

 

 目下、心配なのは治療費など金銭面だ。大和自身、親の店を借金とともに引き継いで、毎月の返済分と家族で生活出来るほどの利益が出せほど立て直すまで、凛ちゃんとすごい苦労をしているのを知っている。

 もっと言うならここ数年、多分琥珀くんが凛ちゃんのお腹に宿った頃から、コチラが心配になって何度も止めようしたほど、毎日朝から夜までいろんな所を駆け回り、小さい仕事でも我武者羅に拾い上げていった。

 

 本人曰く、今頑張らないと後悔する。頑張ってダメなら仕方ないけど、頑張らないでダメになるのは勿体ないじゃん。

 とのこと。

 

 その甲斐あってか、今は無理な仕事をせずとも普通に生活出来るまでの経営状況まで回復できている。

 

 

 

 だが、生き物を新たに飼うとすると話は変わってくる。親友だから何となくわかるが、普通に生活出来るお金はあるだろうが、動物を飼うほどの余裕はないのではないか?

 毎日のエサなどの消耗品はもちろん、急病やケガをしたときの治療費は保険が効く人間と違って頭を悩ますほどである。ペット保険などもあるにはあるが、そもそもペットを飼わなければこんな問題は起きないのである。獣医としてそう思うのはどうか、とも思うが、実際に治療費が払えず、命を諦める飼い主などをそれなりに見ている身としては、イロイロ考えてしまう部分もある。

 

 

 

 

 ため息ひとつついてから、子ネコを治療室に連れていき応急処置的に消毒を行い、塗り薬をキズにつける。

 

(案外大人しいな)

 

 消毒などがキズに沁みるだろうが暴れる事なく治療を受けている子ネコを見て、相当衰弱してるのだと感じられた。もはやされるがままの状態だったので、ついでにとスポイトに経口栄養剤を入れて子ネコの口元に持っていく。

 ゆっくりとだが、確実にスポイトの中身が減っていき、全部飲ませたのを確認し、清潔なタオルを敷いたゲージの中に子ネコを寝かせた。

 

 

 待ち合いで待っている大和の元に行き、厳しい口調になりつつも心配していると大和に伝え、一旦大和を仕事に行かせる。その際こちらの思いを素直に聞き、どうしようかと悩む姿が見えた。

 

 

(まぁでも助ける道を選ぶんだろうな)

 

 

 親友だから、大和のことがわかるからそう思えた。

 

 

 

(ならやることはやってあげないとな)

 

 

 そう、考えながら子ネコの治療を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 〜♪!!〜♪!!

 

 

 夜中、規則正しく寝息をたてて意識は完全に夢の世界に持っていっていたのだが、それはけたたましいスマートフォンの音で現実世界に戻された。

 

 今日も急患かと思いながら、寝ぼけ眼で画面を見ると昨日と同様の名前が画面に映し出されている。

 

 昨日の子ネコに何かあったのかと思い、寝ぼけた頭を必死に起こし通話を開始する。

 

「どうした? こんな夜中に?」

 

『ニャーが···、ニャーがさ』

 

「ニャー?昨日のネコがどうした? 様子がおかしいのか!?」

 

 電話越しの声は、動揺なのかすごく焦っているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間の女の子になった』

 

 

 

 

 いくら親友といえど意味がわからなかったので、

 

 

「あ、おかしいのはお前の頭か。電話する病院間違っているぞ」

 

 

 ひとまず、そう言い返すのであった。

 



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履かせたおむつ パンパンやん

 

「にゃー♪」

 

 楽しそうにペタペタと顔を触ってくる見知らぬ幼女に完全に思考が止まり固まっていると、隣で驚いた表情をしていた妻が混乱から覚めたのか、一言

 

「どこから攫ってきたの?」

 

 いや、まだ混乱してるみたいだ。完全に驚きの表情から犯罪者を見る表情に変わっている。

 

「いやいやいやいや! 攫ってないし、この子誰よ? どこから来たの? え? なんで裸?」

 

 だがコチラは妻以上に混乱している。

 

(え? 寝ている間に誘拐したの? 無意識に犯罪行為してしまった? それともこの子強盗? 命狙いに来ましたって感じ? 全裸の異性に寝込み襲われるなんて凛ちゃんにもやられたことないのに。むしろ凛ちゃんにやるくらいなのに)

 

 

「あれぇ〜? ニャーがおっきくなってるぅ。なんでぇ?」

 

 

 頭の中でイロイロ思考を巡らしていると、ぐっすりと寝ていた息子がバタバタしている両親のせいか目を覚ましたようで、目をこすりながら寝ぼけた声を上げる。

 

「ニャーじゃないよ。女の子だよ」

 

 我ながらよくわからないツッコミを息子に入れるが、息子は間髪入れずに口を開く。

 

「でもニャーのシッポとお耳だよ?」

 

「女の子にシッポなんてあるわけ······、あるじゃん」

 

 

 全裸の姿に気を取られて全体を見れてなかったが確かにピョロピョロと幼女の背後から、シッポのようなフサフサな物が左右に動いている。そして幼女の顔を見てみると頭の上に2つの突起のようなものがあり、俗にいうネコミミみたいな形をしていた。

 

 さらに明らかに異質というべきか、特徴的だと思えたのはその幼女の体や髪の毛、睫毛眉毛といった全ての部分が異様に白い。アルビノというものだろうか?

 

 

 

 しばらくニコニコと楽しそうにしている特徴的過ぎな幼女を眺めていたが、ふと体を起こして左右を見渡す。その際上に乗っていた幼女ごと体を動かしたので、キャッキャ言いながら幼女は布団の上に落ちていった。

 

(ニャーがいない)

 

 薄暗がりの中ではあるが、布団の中にもゲージの中にも昨日助けた子ネコの姿はない。

 

 息子の言うように本当に目の前で布団に転がりまわってはじゃいでるネコミミ幼女がニャーだというのか?

 確かにニャーは白ネコであり、目の前の幼女もアルビノの人のように白い体をしているが、それだけで決めつけていいものか。今だ状況が良く掴めてないが、ひとまず詳しいであろう人物に電話を掛ける、時間なんて関係ない。いつでも連絡してこいって言ってたし。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『あ、おかしいのはお前の頭か。電話する病院間違っているぞ』

 

 綿貫から電話越しに痛烈な返しを浴びたが、こちらとしては事実しか言ってない。このまま電話越しだと埒が明かないと思ったので、

 

「うるせぇ! ホントだわ! 今からお前のとこ行くから準備しておけ」

 

『え? マジ!? 今から? お前正気なブツッ――――』

 

 強制的に電話を切り着替えの為に起き上がる。隣で寝ていた凛ちゃんも起き、何やら押入れをガサゴソとあさり始めた。

 

「とりあえず琥珀のお古だけど服を着せないと。さすがに裸で外に出せないわよ」

 

 

 この妻の判断のおかげで全裸の幼女を夜に連れ回すおっさんという、文面からでも漂うヤバい状況を防ぐことができた。

 

 

 自分が着替えている間、妻は引っ張り出した服を幼女に着せ始める。息子が卒業した紙おむつが数枚残っていたみたいで、まずそれを履かせてみると、

 

「漏らしたみたいになっちゃうね」

 

 シッポを中に収めると、おむつのお尻のほうが何とも悲惨な惨劇あとみたいに膨れ上がっていた。見栄えが悪いし、もしも本物を催した際にシッポが汚れてしまってはいけないと思いシッポを外に出すと、半ケツ状態になってしまう。汚れるよりかはということでそのままズボンと長袖Tシャツを着せる。

 服の着心地が嫌なのか、幼女はモゾモゾと服を脱ごうと悪戦苦闘しているが、ついに諦めてしゅんとするのであったその際シッポとネコミミが垂れ下がっているように見えた。

 

 

 

―――――――――――

 

 

「それじゃ行ってくる。琥珀もちゃんと寝るんだぞ」

 

「わかったぁ。パパ、ニャー、いってらっしゃい」

 

 服を着せたあと、お店のことはなんとかするから大丈夫と妻に言われ感謝の言葉を返した。夜中の外は寒いので、毛布にネコミミ幼女をくるんで抱きかかえ、妻と息子に見送られながら家を出た。

 

 琥珀が使うチャイルドシートにネコミミ幼女を固定しようとすると、若干の抵抗をしてきたが、万が一が起きてはいけないと、心を鬼にして無理矢理ベルトを締めた。なにやらにゃーにゃーと抗議の声を出してきたが、我慢してねと頭を撫でると抗議は多少収まってくれた。

 

 

「それじゃ、出発するよ」

 

「にゃー」

 

 そうして、深夜の短い距離ではあるがドライブがスタートするのであった。



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あの日見た綿貫の顔を僕はまだ知らない

「あぁ、ついに幼なじみが犯罪に手を染めてしまった······」

 

 病院に到着し、待ち受けていた綿貫はこちらの姿を確認した瞬間愕然とし、膝から崩れ落ちていった。

 

「まてまて、この子が電話で言ってた女の子だよ!」

 

「お前、幼女にネコミミとネコシッポつけて友人に紹介ってどういうことだよ。凛ちゃんと琥珀がそんな姿みたら泣くぞ。悪いことは言わないから、俺と一緒に自首しような? なっ?」

 

 完全に犯罪者を諭すような物言いに、どう言い返してやろうかと頭を抱える。確かに30歳近い男が夜中にネコミミ、シッポをつけた幼女を友達に紹介するのは、仮に逆の立場になったとしたら間違いなく通報ものだ。スマホ片手に既のところで通話ボタンを押さずにいてくれてる友人には感謝するべきなのだろうか。

 

「確かに状況的には犯罪臭しかしないけど、断じてオレはそんなもんに手を出してない。ホントに昨日の子ネコなんだよ。耳とシッポを触ってみてくれよ」

 

「いやいや、夜中に幼女連れてきて触れってお前ヤバいこと口走ってない!?」

 

 確かに。いや、でもここで問答してても仕方ない。グイッとネコミミ幼女を綿貫に近づける。ここまで抱きかかえられていたネコミミ幼女は綿貫に近づけられた途端、ピョンと腕から飛び退きテトテトと綿貫の方に歩いていき足に抱きつき頭を擦りつけた。

 

 その一連の流れに30歳近い男二人はただただ固まって見ている。

 

「え? なんでこんなこの子懐いてるん?」

 

 綿貫が動揺を隠しきれず聞いてくる。確かに何故だろうと考えて、これまでの仮説をもとに思ったことを口にする。

 

「多分、お前が治療してあげたから?」

 

「いやいや、俺子どもなんて治療したことないし······」

 

「お前の動揺はよくわかるし、現実的じゃないのはすげぇ分かってる。でもその子のネコミミやシッポ、真っ白な体と髪の毛は明らかに普通じゃないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綿貫自身も、この不思議なネコミミ幼女が普通の人間ではないのはわかっていた。ピクピクと動くネコミミ、ふらんふらんと振られるシッポ、明らかに人工物ではなく、そこにそれらがあるのが当然というように体、頭にある。こんなことがあり得ていいのか。

 

 目の前の友人が言うように昨日治療した子ネコが次の日には幼女になっていましたなんて、そんなのファンタジーの世界だ。しかし目の前には自分にスリスリと頭をこするネコミミとシッポが生えた幼女がいる。さらに治療した子ネコの毛並みと同じ真っ白な幼女だ。冷静に考えても有り得ない不思議な事だが目の前の現実に目を背けることはできない。

 

 

「······どういう状況でこの子に成ったんだ?」

 

 一旦頭を整理したいがため、目の前の押しかけ友人に質問をするが、

 

 

 

「しらん。目が覚めたらこの子に成ってた」

 

 全く使えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこのミミとシッポは直接体から生えてるみたいだな。それに俺らみたいな耳がこの子にはないな」

 

 しばらく経ち、混乱が落ち着いてきた頃綿貫が、ネコミミ幼女の体を調べ始めた。ネコミミ幼女は触診される度にくすぐったそうにキャッキャと声をだしている。

 

 綿貫の診察でわかったのは、ネコミミとシッポ意外は普通のヒトと見た目は変わらないということ、そして診察の副産物として、にゃーという言葉以外、幼児特有の言葉になってない言葉も発することが出来るということだ。

 

「さすがにウチじゃ人間の細かい診察は出来ないから、これ以上のことは分からないな。普通の病院、例えば小児科とかで診てもらったほうがいいとは思うんだが······」

 

 そこまで言うと、チラッとこちらの方を見て、そしてその視線を膝の上にいるネコミミ幼女に移した。

 

「どうした?」

 

「この子って検査費とかどうなるんだろうかと思ってね」

 

「そんなもん、子どもだから市から助成金でるんじゃないの?」

 

「いや、戸籍ないだろ?そもそもその子は元々ネコなんだから。てかその子戸籍取れるのかすらよくわからないぞ。見た目はほとんどヒトだけど、ネコミミとシッポついてるし」

 

「え? どうしたらいいの?」

 

「知らぇよ。明らかに専門外だよ。市役所とか児童相談所とかに聞いてくれ」 

 

 確かにこれ以上のことはここで話し合っていても明確な答えが出ないと思われる。一息ついた後に、綿貫にそうするよと伝え帰る支度を始めた。

 

 

 

 

「夜中にありがとな」

 

「ああ、刺激的な夜になったぞ。まぁなんかあったら頼ってくれ。出来ることならやってやるから」

 

 

 

 病院から帰るとき、名残惜しそうにするネコミミ幼女の頭を撫でで、またねと声をかける綿貫の顔はとても穏やかで、コイツもヒトの親になったらこんな顔するんだろうなっと勝手なことを思いながら車に乗り込むのであった。

 

 



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すとーく

 私、河野(コウノ) 東里(トウリ)はこの仕事に着いてもう10年近くになるが、これまでにない事例に動揺を隠せないでいる。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 電話口で通話相手から、子ネコが幼女になった、こういう時はどうしたらいいのか? という意味のわからない質問を受け新手のイタズラ電話かと思ったのだが、ひとまず今から連れていきます。という食い気味な電話相手に、お待ちしておりますと反射的に答えてしまった。

 

 しばらくすると受付が私を呼びに来たのだがその様子がおかしい。怪訝に思いながら待合室まで行くと同世代くらいだろう男性と、その膝の上になにやら白く小さい塊が乗っているのが目に入った。

 

「お待たせいたしました。新谷田様でお間違えないでしょうか? お電話で対応させて頂きました河野です」

 

 挨拶をするためお辞儀をし顔を戻した時、男性の膝に乗っていた白い塊は男性の後ろにスッと隠れていた。そして恐る恐るといった風にコチラを覗きこんでくる際になにやら2つピョコッとしたものが見えた。それを見た私は自分の目を疑い反射的に声を上げる。

 

 

「ネコミミ!?」

 

 私の驚きの声で再度白い小さな塊は男性の後ろに引っ込んでいった。

 

 

 

 

――――――――――

 

「で、ではそちらの席にお座り下さい」

 

 動揺を隠せずにはいるが相談室の席へと促す。男性はネコミミの生えた白い幼女を椅子に座らせようとしたが、がっしりと服にしがみついて離れようとしない。しばらく悪戦苦闘していたが、諦めたようで自身の膝の上に座らせるのであった。座ってからなおも、白い幼女は男性をギュッとして離す様子はなかった。

 

「えぇっと、本日はそちらのお子様の件でのご相談でよろしいのでしょうか?」

 

 どう切り出そうかと思ったが、ひとまずは牽制の意味をもってそう質問した。自分から聞いていてなんだが、それ以外の要件があるはずないのはわかっている。寧ろそれ以外の要件だったらカオスすぎてツッコミを入れざるを得ない。

 

 

「はい、そのですね······なんというか、信じがたいことだとは重々承知ではあるんですが······昨日ですね――――」

 

 

 男性は歯切れの悪い言葉を重ねながらも昨日から今に至るまでの経緯を語りだした。

 

 昨日の朝カラスに襲われた子ネコを助けて治療して、家に連れて帰って行ってなんやかんや夜になって、一緒に寝てたら白い幼女になってた。治療してもらった動物病院の先生にとりあえず相談出来るとこに行けと言われて、ここ―児童相談所―に来たということだ。

 

「この子がどういった存在なのかを知りたいのですが、保険証などもあるはずがないので検査費用の不安もあります。そもそも戸籍すらないですし」

 

 そう言うと膝に乗った白い幼女の頭を撫でながら男性は困ったような表情を浮かべた。

 

 

「私はまだにわかに信じられてはいないので、仮にもし本当にネコから人間の女の子になったとしたらと思いながら話します」

 

 一旦頭の中で整理された内容を困り顔の男性に伝える。

 

「親ネコを亡くしたネコが女の子の姿に変わった段階で女の子は孤児と同じと考えていいと思われます。ネコの時ではありますが新谷田様が保護し、家族に迎え入れられていますので、この女の子も新谷田様の養子という形で受け入れられれば戸籍もどうにかなると思いますし、児童手当等の制度もご利用できると思います。ただこれは私の解釈になるので間違っているかもしれませんのでその際はご容赦下さい」

 

 ひとまずの意見を伝え、一呼吸おいて更に言葉を続ける。

 

「しかし、これは本来にネコが人間に変化したという確証が前提ですし、もちろんそんな前例はありません。戸籍を取られる前にDNA鑑定など検査が必要だと思われます。こちらは児童養護施設措置を使い公費で対応させていただけると思います」

 

 遺伝子レベルで人間とは程遠ければ、動物と変わり無い為戸籍を与えることは無理な話で、そこはまずは検査が前提で話を進めないといけない。幸い、我が街では児童養護施設の子どもの治療費を守る制度があるのでそれを適用することができそうだと踏んでいる。

 

 

「ひとまず今から対応して貰える病院を確認いたしますので、待合室の方でお待ちいただけますか?」

 

「ありがとうございます。ではよろしくおねがいします」

 

 男性は白い幼女を抱えながら立ち上がり深々と頭を下げた。そして退室するため背を向けた際、しがみついていた幼女がチラッとコチラのほうを向いてきた。私はにこやかに手を振ってみると、目が合った幼女はニパァッと笑顔になり手を振り返してくれた。

 

 その時初めて顔をしっかり見て私は見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 エメラルドとコハクのようなキレイなオッドアイの瞳に―――。

 

 

 

 

 

 




作者より

行政とか児童相談所とかの設定がゆるゆるですみません。
そのあたりは温かい目で見てもらえると嬉しいです。
少しこのページは難産でした。


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オレの髭触りずむ(剃り残し編)

 

 

「ひとまず明日は市場も休みだし、納品もないからいっそのことお店閉めて皆で行こうか!」

 

 

 河野さんに案内された病院には明日行くこととなり、そのまま家に帰ることとなった。帰り際ネコミミ幼女は河野さんに何度もバイバイを繰り返し幼心に別れを惜しんでいた。

 

 家に帰り妻に児童相談所での見解を伝えると、ネコミミ幼女を抱きしめ頭を撫でながら妻は提案してきた。撫でるというより撫で回すという状態か、ネコミミ幼女はされるがままに頭をこねくり回されているが、嫌がる様子はなく寧ろ楽しんでいるように見えるので微笑ましくその様子を見ることとした。

 

「正直、私まだ驚いているけど、この子がこの姿になったのを心のどこかでもう受け入れてるの。そうなるのが当たり前だった、みたいな感情? まぁよくわかんないんだけど、でもこの子がこうやって私達家族の元でこの姿に変わったのは、あの子(・・・)がきっと何か私達に奇跡をくれたのかなぁなんて思ってるよ」

 

 そう妻は語りながら、リビングの隅に置かれた写真の置かれていない簡易的な仏壇の方に目を向けて目を細める。

 

「奇跡の贈り物かぁ」

 

 自身も妻の視線に誘われるように目を向けて呟く。

 案外、物事には何かしら繋がりがあるものだからそういう妻の考えも悪くないのかもしれないな。

 

 

 

 

「にゃー、まんまぁー」

 

「ん? お腹すいたの?」

 

「にゃー」

 

 そういえばこの子について驚くことがまだあった。学習能力というか成長スピードが尋常ではない。

 始めは「にゃー」としか言葉を発しなかったが半日も経たずしてコチラの言葉を聞いて覚えたのか、安易な言葉なら綿貫に診てもらったときよりもしっかりと言葉として発せれるようになっている。さらにコチラの言葉をある程度理解したのか、ちょっとした会話も出来るようになっているのでいる。

 

 正直、今の妻とネコミミ幼女の会話も引くほどビックリしているが、妻はそれが当たり前の会話のように接している様子を見ると、先程の言葉にあったように心のどこかで受け入れてるが故だろう。

 

「昼ごはんにしよっか。何食べたい?」

 

「ぁうーあにゃー」

 

「うん。よくわからないから焼き飯にするね」

 

 なんの為の質問だったのかよくわからないが、妻は名残惜しそうにネコミミ幼女を下ろしてキッチンに向かっていくのだった。

 

 テトテトとネコミミ幼女は妻についていこうとしたが、危ないからパパのところに居なさい。と妻に言われ、シュンとしながらこちらにやってきた。

 

 

「ぱぱー」

 

 手を伸ばしながら見つめてきたのでそのまま抱きかかえながら向かい合う形になった。先程妻から追いやられシュンとしていた表情は、パッと明るくなり、目を合わせるとニコニコと笑顔の表情となる。そして、こちらの顔に手を伸ばしてきてペタペタと触ったり引っ張ったりして遊び始めた。

 

「いや、めちゃくちゃ顔触るね。なんなん? そんな触り心地いいの?」

 

「髭の触感とかが面白いんじゃない?」

 

 料理を作りながら、対面キッチンからこちらの様子を妻は微笑ましく見ているのであった。

 

 

 

「「いただきます」」

 

「いぅあうあ!」

 

 妻がキッチンの奥から引っ張り出した、息子のお下がりの食べこぼしキャッチするエプロンをネコミミ幼女につけ食事の挨拶をする。ネコミミ幼女は目の前のお皿に盛られた焼き飯をエプロンとともに出されたスプーンを持って、もう片方の手で焼き飯を掴んで食べる。

 

「美味しい?」

 

「おぃしぃ!」

 

 ポロポロとこぼしてそのままエプロンの中に収まっているが、わんぱくに食べるその姿を見て息子の昔の姿を思い出した。

 

(そういえばご飯食べるときスプーン使わないのに片手でよく握りしめてたなぁ。んで、めちゃめちゃこぼす)

 

 お下がりのエプロンも相まってそう見えてしまっているのかもしれない。ただ何となく覚えた既視感はどこか引っかかるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ほわいと&ちょこれーと

 

「ニャー! あそぼー!!」

 

 保育園から帰ってくるやいなや、車から降りた息子はネコミミ幼女の元へと駆けていく。

 

「コラ琥珀! 先に手を洗いなさい! あと砂だらけだから服着替えるよ!」

 

 その後ろから息子の荷物を抱えた妻がバタバタと追いかけ、家が砂だらけになるのを防ごうとしていたが、時すでに遅し。息子はネコミミ幼女が居るリビングに到達していた。

 

 間に合わなかった。と項垂れる妻を横目にレジ打ちしつつ、お客様と目が合うと互いに苦笑いを浮かべ、

 

「大変そうですね」

 

「ですねぇ」

 

 と軽い会話をするのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「ニャーなにするぅ?」

 

「にゃー! ぅあらーまぁ」

 

「よくわからないけど、まぁいっか。オモチャであそぼー」

 

 リビングの一角で子ども達はおもちゃ箱をひっくり返して、各々そこにあった目ぼしい物で遊び始める。その様子を微笑ましく見ながら、砂だらけの服と砂だらけになった床をキレイにしながら眺める。

 

 琥珀はすごく嬉しそうに、白い女の子にオモチャの遊び方をレクチャーし、白い女の子も初めて見るオモチャに目を輝かせながら琥珀のレクチャーを見様見真似する。

 

 

 

 

 

 そうやってキャッキャとはしゃぐ二人を眺めていると、頬に一筋涙が溢れたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

「凛ちゃん掃除しとこうか? ―――って、凛ちゃんどした? なんで泣いてるの?」

 

 店の方が一段落したのか、大和くんがこちらの様子を見に来ていて、私が泣いてる姿に動揺をしていた。

 

「なんかね、二人が遊んでる姿を見てるとね、すごく嬉しくて、すごく切ないんだ。琥珀がいつも一人で遊んでる姿を見てるのが申し訳なくて、辛かったから」

 

 言葉に出すと涙が押し寄せてきて、瞳からずっと溢れ顔を濡らしていく。大和くんはそんな私の頭に手を乗せゆっくりと撫でてくれた。

 

「もしかしたらこの光景って、あり得たんじゃないかなって思ってしまったの。琥珀の隣に(スイ)がいて、こうやって二人で楽しく遊んでたのかなって。そう思ったらすごく切なくなっちゃった」

 

 部屋の隅にある小さな仏壇に目を向かわせながら心情を吐露する。本来見れてたかも知れない兄妹が遊ぶ姿。奇しくも血の繋がった兄妹ではないが、年齢差もそれに近い二人を見て心を揺さぶられてしまう。

 

「本当に仲良く遊んでるね。友達というより、兄妹みたいにみえるね。琥珀が兄ちゃんやってるように見えるからさらにそう感じちゃうね」

 

 自分の思ったように遊んでくれない白い女の子に、どう教えたら分かってくれるのか四苦八苦している琥珀を見ながら大和くんはそう言った。確かに自分より幼い子に頑張って伝えようとするその姿は、すごく大変そうだけど、でも何処か得意気に見えた。少なからずそれは琥珀なりに年上でお兄ちゃんだからという気持ちがどこかにあるのだと思う。

 

 私達二人は、子ども達の遊ぶ風景をしばらく見つめながら肩を抱き寄せていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「お腹すいたね。お菓子食べよ」

 

「にゃーい」

 

 ニャーとふたり、お菓子が入っている扉に行く。

 

「待っててねニャー、今取るからね」

 

 うんしょうんしょと、椅子を持ってきて少し高いところにある扉の前に置く。そして、椅子に登って立ち上がると僕でも扉が簡単に開く。ニャーはその様子を期待がこもった目で見てくれている気がするからなんだか気分がいい。今日は沢山出しちゃおう。

 

 ポテチに、クッキー、チョコにキャンディ。今日はニャーがいるからパーティーだ。

 

 意気揚々とお菓子を取り出し椅子から降りようとする。そんな僕を見てニャーは早く頂戴と急かしてくる。

 

「待ってね。机に持っていくからね」

 

 服の下を伸ばしてその中に回収したお菓子を入れて机に向かう。

 

「ぅわぁ、ニャーダメだって」

 

 しかし、ニャーが相当お菓子が欲しかったのか机に向かう途中で服を引っ張ってお菓子を取ろうとしたため、床にお菓子が全部落ちた。

 

 ニャーは落ちたお菓子を拾って食べようとしていたけど、お菓子の袋の開け方がわかってないのか、困った顔でこっちを見てきた。

 

「お兄ちゃんが開けるから貸して」

 

 そう言って手を差し出すと、お菓子を僕に渡してきたので袋をベリっと開けて中身を再びニャーの手に渡す。するとニャーはすごく嬉しそうな顔をしてそれを食べる。

 

 その様子を見て僕はなんだか楽しくなって、机にお菓子を乗せるのも忘れて、床に座りながら袋を開けてはお菓子をニャーにあげていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 琥珀の服を手洗いしたり、お店のフォローをしたりしてリビングに戻ると、二人は床にお菓子を広げて食べていた。

 

 

 クッキーや、ポテチの欠片が床にポロポロ落ちているのを見て、やられた、掃除が大変だ。なんて思ったのも束の間、私の目に映ったお菓子の空袋に背筋に冷たいものが走った感覚があり、そしてその目を白い女の子に移した瞬間、私は駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元ネコの白い女の子はチョコレートを口にしていた。

 

 

 

 



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チ○コレート ※○には『ョ』が入ります

 

 動物を飼う上で気をつけないといけないことは沢山あるが、その中でも食べてはいけない物の誤食は時に命に関わるので特に注意しなければならない。

 

 例えばネギ類は赤血球を破壊してしまうため血尿や下痢、嘔吐を引き起こしてしまったりする。

 

 その中でも代表的な食べさせてはいけない物として、チョコレートがある。

 甘く食べたら多幸感を覚えるそのスイーツは、動物、特にネコや犬が食べると、カカオに含まれている成分が中枢神経を刺激し、場合によっては痙攣や下痢、嘔吐を起こし最悪死に繋がってしまうのである。

 

 

 

 

 大和くんがタヌキくんにそう言われたと聞いたのは子ネコを受け入れた日の夜。私はそれをしっかり聞いていたのだが、子ネコが女の子に変わった衝撃で今の今までそれが頭から抜けていた。

 

 そもそも琥珀が取りにくいだろうと思っていた戸棚の中にお菓子を入れていたので、それを子ネコが勝手に取るなんてことはあり得ないから大丈夫だろうとすら思っていた。

 

 しかし実際には子ネコは女の子になり、琥珀は多分椅子かなにかを使ったのだろうか、戸棚からお菓子を取り出している。確かに最近悪知恵がついたのかお菓子を取り出す行為はたまにやっていたのは知っていたが、机の上に食べれる分だけを器用に持っていって食べたらしっかり片付けもしていたので、そのことについては目を瞑っていた。

 

 今回も、琥珀に初めて出来た妹分にいいトコロを見せようとお菓子を振る舞っていたのかもしれない。その行為自体は大人でも後輩が出来たらご飯奢りたくなるものと同じだろうから咎めることはしない。

 

 

 

 けど、食べさせたものが悪い。

 

 

 

 私が白い女の子に近寄って行く間に、白い女の子はチョコレートを咀嚼し終わったのかゴクンと喉を鳴らしたと思うと俯き震えだした。

 

 

 

 マズイ。やっぱり元々ネコだからチョコレートで体に異常が起きてしまったのか?

 

 

 焦る気持ちを抑え、冷静に。女の子の背中を擦りながら様子を見る。

 

「······う、·····うぅ」

 

「大丈夫!?」

 

 俯きながら体を震わせる白い女の子は、呻くような声を小さくあげている。

 

 

 救急車を呼んだほうがいいよね!? 大和くんに伝えないと!!

 

「大和くん!! 大変!! 女の子がチョコレート―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うみゃゃやぁぁあああい!!♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? ふぇ?」

 

 私が大和くんを呼ぶため叫んでいる最中、白い女の子は私の方にキラキラとした目を向けて大声で叫んだ。心なしかシッポもピンッとしっかり立ち上がり、喜びを爆発させているように見える。

 

「え!? なに? なんて言ったの?」

 

「ニャー、そんなにチョコ美味しかったの? もっといる?」

 

「にゃー♪ ちょーだぁ」

 

 私は突然の事だったので何を言ってきたのかわからなかったが、琥珀はわかったいたようで新たにチョコレートを白い女の子に差し出そうとしていた。その様子を見て、混乱しつつもそれを横から手を出して静止する。

 目の前で受け取れるはずだったチョコレートを横取りされたと思ったのか、白い女の子はにゃーにゃーと抗議の声をあげる様を見ながら、本当に異常がないかを確認する。

 

 ひとまず蕁麻疹とかは出てなさそう。でも後から症状出るかもしれないし······。

 

 

「なんかあったの!?」

 

 私が頭の中でイロイロ考えを巡らせていると、バタバタと大和くんがやってきた。私の叫び声のせいか相当焦っているみたいで、来る途中に壁にぶつかったような音が聞こえた。

 

 

「女の子がチョコレート食べちゃったの。今は何ともないけど、病院連れてったほうがいいかな?」

 

 私がそういうと大和くんは白い女の子に目を移す。そして私に抱きしめられながら未だに元気よくにゃーにゃー抗議する白い女の子の様子を見て、

 

「······とりあえず元気みたいだから、一旦様子を見ておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 結局、数時間経っても元気だった。



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今日はオムライス 家は賑やか お祭り騒ぎ

 

 店じまいをしてすぐ、子ども服や用品を売っているお店に向かった。オムツや、食器、チャイルドシートに食事の時の椅子。諸々を購入しすぐに家に戻る。

 

 レジで増えていく数字を見ながら、昨日買ってほぼ全く使われなかったネコ用品の事を思い出し多少虚しさを感じたのはそのまま心に留めておいた。

 

 家に付くと早速食事の椅子を組み立てる。その際息子と白い幼女が興味津々に覗き込んだり、パーツを奪って遊びだしたりして激しく邪魔をしてきたので、二人の頭に軽くチョップし向こうで遊んで来なさいと促す場面もあったが、息子が使っている物と同じ品を選んでいたため、程なくして手こずることなく完成した。

 

 

 そのタイミングで晩ごはんも出来た様で息子と白い幼女の手を洗い、初めての四人での食事を迎えることとなった。

 

 

 

 今晩の献立は、オムライスと唐揚げ。鶏に感謝の組み合わせだ。

 

「いただきま―――」

 

「に゛ぁっち!!」

 

 合掌し食前の言葉を述べている途中で、横に座った白い幼女が小さい悲鳴をあげて、なにかが手からこぼれ落ちた。

 

「そりゃ揚げたてだから熱いよ。気をつけて」

 

 どうやら唐揚げを食べようとしたところ、中がしっかりジューシーだった為お口の中一杯に熱い肉汁が襲ってきたのだろう。涙目になりつつ、恨めしそうに唐揚げを見つめる白い幼女の頭を優しく撫で、テーブルの上に転がっている唐揚げを自分の皿に置いて箸で小さく小分けをする。そして小分けになった唐揚げの欠片をひとつ箸でつまみ、フーフーと息をかけて冷ましてから白い幼女の口元に近づけた。

 

 先程熱い思いをしたためか、警戒してジッと唐揚げを見つめる白い幼女に、冷ましたからもう大丈夫よと声をかけて食べるよう促す。

 

 そして恐る恐る、こちらと唐揚げを交互に何度か見たあと意を決したように唐揚げに食らいついた。しっかりとモグモグと口を動かしているのを見届け、自分も食べ始める。

 

「っあっちゃ!!」

 

 目の前の息子も肉汁に襲われて悲鳴をあげているのを眺めつつ、自分も唐揚げを食べてみる。揚げたてのカラッとした食感が口に広がる。しっかりと醤油と生姜のタレによる下味がついているので、口がお米を求める。

 チキンライスを優しく包んでいる卵と共にスプーンで取り上げ一気に口に進ませる。卵のまろやかさとケチャップの酸味と旨味がお米とともにやって来て多幸感が口いっぱいに広がった。

 

「凛ちゃん美味しいよ」

 

「ママ、おいしー」

 

「にゃいしー」

 

 

 それぞれ味の感想を妻に伝えると、嬉しそうに口角をあげながらドヤ顔をしながら自身も食事に手を付け始めた。

 

 

「なんかいいね。この光景」

 

 ふと食事をしばらく取っていた最中に妻が一言こぼした。

 

「いつも三人の食卓だったけど、一人増えるだけで凄く賑やかになるね」

 

 一昨日までは三人の食卓、昨日は三人と一匹、そして今日は四人と増えた食卓の景色。数字で見れば一人しか変わらないのだが、その一人増えるだけで家は騒がしく賑やかになるのを確かに感じる。

 

 目の前には妻とオムライスの卵だけを捲りあげて口に頬張る息子と、横にはオムライスのケチャップで手と口が真っ赤になった白い幼女。

 体が白い為にケチャップの赤が凄い映えるなと思いつつ、手と口をウェットティッシュで拭ってあげる。その行動はかつて目の前で妻が数年前に息子にやってあげてた行動と全く同じであった。

 

「そうだよね。子ども一人増えるだけでホントに賑やかになるね」

 

 そう返して妻と目を合わせる。互いにふっと笑顔になりつつ目を細めた。

 

「ニャーすごい散らかすね」

 

「琥珀もよく溢して散らかしてたのよ」

 

「今溢してないもん」

 

 

 テーブルの上には空になった皿が増えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、この子名前どうしようか」

 

「ニャーはニャーだよ!」

 

 食事を終え片付いたテーブルの上で昨日聞いたような会話が飛ばされた。

 

「もうネコさんじゃないからニャーは可哀想だよ」

 

「ニャーはニャーだもん!!」

 

 さすがに見た目がネコミミと尻尾の生えた人間だからといって、ネコに付けるような名前は流石に可哀想だと思うので息子を諭すように伝えてみたが、息子の意志は固い。

 

 確かに、息子としては人生初めての命名ということなので、並々ならぬ思いがこの名前にはあるのかもしれない。かといってこのまま『ニャー』という名前というのは如何なものかと思われる。

 

「ニャーもニャーがいいよね!?」

 

「にゃー?」

 

 息子は同意を白い幼女に求め、更に勢いつけようとしていたが、当の本人は食後のヨーグルトに夢中で何も聞いていなかった。今度は白い口元がヨーグルトで余計に真っ白テカテカになっている。

 

「ねぇ琥珀、琥珀がイヌさんネコさんみたいに周りから呼ばれたらどう思う?」

 

 妻は息子の顔を優しく見つめて問いかけた。

 

「うーん、なんか嫌だ。僕は人間だもん」

 

「ならこの子もネコみたいに呼ばれたら嫌かもしれないよ」

 

「でもニャーはニャーだもん」

 

 どうやら息子の意志は相当に固いようで、譲る気配はないようだ。妻はそんな息子にどうしたら説得できるのかを頭を悩ませながら考え込んでいる様子。困ったようにコチラのほうに顔を向けてくる。

 

 どうしたものかと自身も頭を悩ませていると、ふと白い幼女と目が合った。真っ白で艶がある髪の毛と色素の薄い肌。フワフワとしたネコミミと尻尾、琥珀色とエメラルドの色をした左右の瞳。

 

 

 

―――ニャーはニャーだもん。―――

 

 

 

 息子の言葉が頭に過ぎった。確かにこんな姿のネコはどこにも居ないし、人間だっていない。目の前の白い幼女は唯一無二の存在だ。息子は小さいながらそういう事を言っていたのではないかと感じた。本当にそこまで考えての発言かはわからないが。

 

 

 

 そうだ! こうしよう!

 

 

 頭にふと名案が浮かんできて、すぐさまスマホを取り出して調べ物をする。そしてイロイロなページを見て自分なりにピッタリ来たものをメモ用紙を手にとり大きく二文字を書いて三人に見せつけた。

 

 

 

 

 

丹愛(ニア)! この子は今日から新谷田 丹愛だ!」

 

 



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起き耳にウォーター

「琥珀ー、丹愛ー、風呂入るぞー」

 

「はーい!」

 

「にゃー?」

 

 風呂の湯を溜め終え、風呂場に息子と丹愛を呼ぶ。息子は素直にこちらに駆けてきたが丹愛は風呂というものが分かってないようで、返事はしたもののとりあえず息子に着いてきた形となった。

 

 息子はいの一番に服を脱ぎ捨て風呂場に入っていく。丹愛はどうしたらいいのか分からない表情でこちらを見上げてくる。

 ひとまず自分は服を脱ぎ、オムライスのケチャップやらヨーグルトやらが服に纏わりついている丹愛を抱きかかえながらそのまま風呂場に入れ、そこで服を脱がした。息子がまだ丹愛くらい小さい時によくやっていた方法で、脱衣場が汚れるのを最小限に抑え、汚れた服をそのまま風呂に入りながら手洗いで粗方の汚れを落とせるのがメリットだ。デメリットは排水口にどうしてもゴミが溜まりやすくなるので、こまめに掃除しないといけないというだけだ。

 

 シャワーの出だしはどうしても冷たい水が出てくるのでシャワーヘッドを手に取り排水口近くで水を流しながら暖かいお湯が出てくるまでしばらく待つ。

 

「にゃっ!!」

 

 シャワーから流れる水に手を伸ばした丹愛は冷たかったのか驚いたように悲鳴をあげた。そうこうしているとお湯に変わったようで、丹愛の頭にシャワーを当てた。と、同時に

 

「に゛ゃーーー!!」

 

「あっ! ヤッベ」

 

 ネコミミに水がイン。丹愛は先程より大きな悲鳴をあげバタバタと頭を振って耳に入った水の不快感から逃れようとしていた。

 

 人間の頭を流す感覚でやるとネコミミの構造上水が入りやすいみたいで、必死に悶える丹愛を見ながらゴメンゴメンと平謝りする。

 

 今度は椅子に座っている足の間に丹愛を入れ、抱き寄せるようにして後ろからシャワーを当てた。お湯が当たった瞬間ビクッと体か震えたがシャワーを持っていないもう片方の手で優しく頭を撫でると落ち着いてくれた。そのまま先程よりも慎重に頭にシャワーをかけていく。

 後ろから前に流れるようにシャワーを当てながら髪全体を潤していく。そして一旦シャワーを止めてからシャンプーを手に取り髪を泡だて始める。

 

 先程のシャワーの失敗を参考に耳の穴に気をつけながら全体を洗う。が、

 

「に゛ゃゃぁぁぁ」

 

 次は目にシャンプーが入ったようだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、あとはココだけか······」

 

 紆余曲折ありつつも一通り頭と体を洗い終わって、残った一部分に目を向ける。ひょこひょこと動くその部分を見つめつつ、

 

(ボディソープじゃなくてシャンプーのほうがいいよな。リンスとかコンディショナーはどうしよう)

 

 今は濡れてシュンっとなっている尻尾は、通常時はふわふわとしている。髪の毛同様にしっかりと手入れするのがいいだろうと思い、妻の愛用のシャンプーを手に取る。

 軽く手で泡だて尻尾を手に取ると、

 

「にゃっ!!」

 

 と何度目かがわからないがまた軽く悲鳴あげてコチラを遂に睨んできた。

 

「いやいや、睨まれてもキレイにしてるだけだから。我慢しんさい」

 

 まぁただ、睨まれたところで幼女。何も怖くない。彼女なりの必死の抵抗を無視し、足の間に体を挟み入れて動けなくしてワシワシと尻尾を洗う。

 

 洗われる手に合わせて逃げるように動く尻尾を見ると改めて不思議な感覚に襲われる。見た目は人間の幼女なのに人間にはない物を持っている。本当にこの子は何なのだろうか? どうしてこの姿になったんだろうか? そんなことを片隅に考えながら洗い終わり泡を流した。

 

 妻愛用のトリートメントを手に広げ、撫でるように尻尾全体に

薄く伸ばすように付けてから洗い流し、洗浄という戦場が終わりとなった。

 

 

 

 

 

「にゃっにゃっにゃーーー」

 

 丹愛を抱きかかえながらゆっくりとお風呂の湯に浸かろうとすると、足にお湯が当たった瞬間ビクッと身を縮めて逃れようとしていた。それを無視してそのまま腰を下げていくと、また足にお湯があたり逃げようとし、でもそれ以上逃げれず諦めと悲しみが感じられる声を上げながら遂に肩まで湯船に浸かった。

 

「ふぃー、きもちぃー」

 

「パパー、体洗うから見ててぇー」

 

 コチラと入れ替わる様に息子が湯船から出ていき、意気揚々と体を洗い始めた。今までこんなことは無かったが、丹愛に良いところを見せようとしているのかもしれない。

 

 子ども用のシャンプーを手にとり髪を洗い出す。が、髪の前側だけを重点的にやっているだけで、後頭部側は全く洗えていなかった。

 

「頑張れぇ。しっかり後ろもゴシゴシしんさいよ」

 

 息子の小さな成長を微笑みながら見ながら、自分の足の間に体を収めてお湯に浸かる丹愛を流し見る。すると丹愛は思いの外気持ちいいのか、目をつむりながらしみじみと味わうような表情で寛いでいる。その様子を見て、内心風呂の中でまで暴れるんじゃないかと思っていた不安が杞憂ですんで良かったと思うのであった。

 

 

 

 

 



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半ケツの逃亡者

 

 

 風呂から上がり脱衣室。今大苦戦している。

 

 丹愛にオムツを半ケツで履かせて、肌着を着せたまでは良かったのだが、髪の毛と尻尾はタオルで軽くしか水分をとってないのでそれが不快なのか、思い切りブルブルとさせ水分を弾き飛ばそうとしている。

 その様子を見て、早くドライヤーで乾かしてあげようと手にとりスイッチを入れると、音に驚いたのか驚愕を浮かべた表情で固まった。

 

 そのまま頭に近づけ髪を乾かし始めるが、音が怖いのか、熱風が嫌なのか、

 

「にゃー!」

「うわっ、こら!」

 

 凄い勢いで身を捩ってこちらの腕の拘束から逃げそのまま脱衣室から出ていった。

 

 脱衣室に取り残された自身と息子。ひとまずパジャマを自ら着た息子の頭を先程満足に仕事が出来なかったドライヤーで乾かしていると、逃亡者を確保した妻が脱衣室にやってきた。

 

「ずぶ濡れ容疑の逃走者、確保いたしました」

 

「ご苦労。では逃げないようにそのまま拘束をしてくれ」

 

 茶番をすませ、息子の髪を乾かし終わった後メインイベントへ差し替える。先程とは違い妻の抱擁で安心しているのか、音に怯えながらも逃げようとする素振りはなくなった。

 風を当てながら指で髪の毛をわしゃわしゃさせ全体的にドライしていく。幼いからか、この子の髪質の性なのかはわからないが、段々乾いていくとふわっふわで綿のように柔らかくなってきた。

 

 ある程度乾いたので手櫛で軽く整え髪の毛のドライを終わらせた。

 通常ならここで終わるのだが丹愛には尻尾がある。髪の毛同様にドライヤーを当てていく。

 

「髪の毛ふわふわなったねぇ」

 

「にゃにゃん♪」

 

 髪の毛とは違い、ドライヤーの音が離れた為か気持ちに余裕ができているようで妻と一緒にふわふわの手触りの良い髪の毛を触りながらキャッキャしている。

 

 尻尾を髪の毛同様わしゃわしゃしながら乾かしていくが、これまた苦戦する。丹愛自身は意識してないのだろうが、本能的な部分か、反射なのかはこれまた不明だがドライヤーの風が当たるたびにピョコピョコと動き、なかなか同じ所を乾かすことができない。

 

 髪の毛の時よりも時間はかかったが、なんとか尻尾を乾かすことができた。髪の毛と同じで乾いた尻尾の毛並みはふわふわとしており、心なしか丹愛本人も満足そうであった。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 先程、脱衣室での戦いがあったばかりなのだが、また新たな戦いが始まろうとしていた。

 

「丹愛お口開けてぇ。あーってやって」

 

「あー」

 

「いいねぇ、そのまましててねぇ」

 

 シャカ

 

「ぃにゃーー!」

 

「あ、口閉じないで。あけんさい」

 

 

 

 

 ――――歯磨き――――

 

 

 

 それは息子の時もそうだったが、慣れるまで多くの涙と悲鳴で抵抗され、そしてコチラはそれでも清潔さを保つために心を鬼にしてその抵抗に対して必死に対抗する親と子どもの戦いである。

 

 口の中で人工物の毛が音を立てたことで、慣れない感覚に口を閉じ歯ブラシを噛んで動きを止めようとする丹愛に対し、アゴを指でグッと下に押して無理矢理口を開けさせる。

 

「いににににー!」

 

「そんな頑張って抵抗しなくてもいいから、はやく口あけんさい」

 

 どうにか口から歯ブラシを引っ張り出し、そのままの流れで固く閉ざしている唇と歯の間に滑り込ませ、歯の表側をゴシゴシと磨き始める。

 

「ぬーー!」

 

 口元で蠢く歯ブラシに対し唇を固く閉じ動かせないようにしてくるので、なかなかスムーズに磨くことは出来ないが、それでもなんとか磨いていくと、今度は口を開け表側を磨かせないようにしてきた。

 

 僥幸―――。

 

 その隙に内側に歯ブラシを入れ、更に反対の手の親指を下の前歯に当ててグッと力を入れ口を開いた状態で固定した。

 

「ゃーやーーー!」

 

 

 顔を左右にさせながら頭全体で歯ブラシから逃れようとしているが、固定されているせいで逃れることはできないようだ。

 

 

 こうして格闘すること数分後、そこには満身創痍、抵抗で疲れて息を整えている丹愛と、ひと仕事やり終わり満足感溢れる男がいるのだった。

 

 

 

 

 



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寝るときはごめん寝

 

 先程まで息子とわちゃわちゃと遊び回っていた丹愛は、突然スイッチが切れたかのようになり、コチラにやって来るなり抱っこをせがんできた。要求どうり抱っこしてあげると、モノの数秒で眠りの世界に旅立っていった。

 

 自身も早朝から動き回っていた分、睡魔が晩ごはんを食べたあたりから暴れまわっていたので、丹愛を布団で寝かしつける流れで一緒に寝ることとした。

 

 布団の中に丹愛を抱え込みながら潜る。そして丹愛をそっと布団の上に着地させて自身も楽な体制になり目を閉じる。なんだか今日は自分の人生の中でも、なかなかに濃厚な一日だったのではないだろうか? まさか子ネコがネコミミ幼女に姿を変えるなんてこれまでの人生でも、これからの人生でも体験することはもうないだろうな。

 

 そんなことを頭に巡らせつつ意識は眠りの世界に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 大和くんが丹愛ちゃんと布団に行った後、私も寝支度を済ませ、まだ一人で遊んでいる琥珀の元に向かった。

 

「琥珀ぅ、もう寝る時間よぉ」

 

「ねぇママ。明日はニャーどっちかな?」

 

「? なにがどっちなの?」

 

「ネコなの? 女の子なの?」

 

 

 

 そう問いかけられたとき、頭にガツンと衝撃を感じた。

 

 

 確かに明日も丹愛が丹愛の保証なんてないのかもしれない。明日以降もずっと丹愛かもしれないし、ニャーに戻ってしまうかもしれない。

 無意識の中で丹愛がずっとあの姿だと思っていたけど、そんな絶対なんてないはずだ。だって丹愛に姿が変わった時から常識なんて吹っ飛んでいってしまってるし。

 

「ママ?」

 

「ん? あぁごめんね」

 

 少し考え事をして返答できなかった私を不安そうに見つめながら琥珀が声をかけてくれたことで、思考を巡らせてた私は意識を戻すこととなった。

 

「琥珀は丹愛とニャーどっちがいい?」

 

 何気なしに私が聞くと、琥珀は悩むことなく真っ直ぐと私を見つめて、

 

「女の子のニャー! 明日も沢山遊ぶんだ」

 

 両手を広げながら即答してくれた。

 

「ふふ、そうね。なら明日の為に今日はもう寝よう! 明日も元気いっぱいで遊ばないとね」

 

「うん!」

 

 

 

 琥珀の願いが叶いますように。

 

 そして、私の叶った願いがいつまでも続いてくれますように。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ピピピピ

 

 スマホのアラームで目が覚める。しまった。いつもの仕事の時間に設定したままだった為、予定よりも早くアラームを鳴らしてしまった。

 

 設定をいじり、もう一眠りしようとしたが、ふと隣にあるはずの暖かさがないことに気づいた。

 

「丹愛?」

 

 ふぁさっと布団を捲っても姿はなく、部屋を見回してみたがどこかに居るような気配はなかった。どこにいったんだろう? そう思っていると部屋の扉が開いていることに気づいた。

 

 部屋から出て、廊下を進む。電気は点いていないが住み慣れた家、感覚でリビングまで行くと何やら気配を感じた。

 

「丹ぁ·······」

 

 声を掛けようとしたが、暗闇に慣れた目が映し出した光景に固まってしまう。

 

 リビングの隅。小さな仏壇の前で立っているネコミミ幼女。その白い肌、白い髪は淡く発光しているかのように周りを薄く照らしており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 そして仏壇に対しじっと見つめながら、時折頷いているのか縦に頭が動いているように見えた。

 

 その景色に暫し見惚れていたが、ふと自分が何をしにここに来たのかを思い出し、丹愛に近づいていった。

 

「おはよう丹愛。お話していたの?」

 

 こちらが話しかけると、ふっと丹愛から醸し出されていた雰囲気はなくなり、こちらに視線を移した丹愛はふにゃっとした顔をしながら、しゃがんで目線の合わせているコチラの体にムギュッと腕を回してきた。

 

「ねむむぅ」

 

「ありゃ? まだ眠いの? ならもう一眠りするか」

 

 丹愛を抱きかかえながら立ち上がり、再度布団へと丹愛を連れて行く。リビングから出るとき、チラッと仏壇に目を向けるが、いつも通り何も変わったところはないのであった。

 

 

 

 

 

 

 さっきのは何だったんだろうか? なんか丹愛光ってなかった? 

 

 布団の中に入って目を閉じるが、先程の光景が思い出されて寝付けなくなってしまっている。

 ただ、何故かあの光景は不思議には感じたが、恐ろしく感じることはなかった。

 

 

 

 

 そんなに気にすることでもないんじゃないだろうか?

 

 

 

 

 何故か自分の中でその答えが浮かび上がり、そして納得するのであった。

 

 



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ちゃいるどぷすり

 

 

 

「丹愛ちゃんを調べさせて頂きましたが、結論から言いますと現段階の診察でわかる範疇では、丹愛ちゃんは人間と同じだと思ってもらってかまいません。耳の代わりにネコミミ、そして尻尾があるだけで、その他骨の形成や内蔵組織など同年代と思われる一般の幼児と差異はありません。血液やDNA検査など結果が出るのに時間がかかる検査の結果待ちなところはありますが、私個人の想像ではありますが、そちらの結果も同じように他の幼児との差異はないんじゃないかなと思います」

 

 

 検査結果を伝えると先生は丹愛の頭を撫でながら、今日は沢山頑張ったねと丹愛に言い微笑んだ。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 朝から病院に向かい、入口で河野さんと合流して病院で受付をする。突如現れたネコミミ幼女に周囲の患者さん達から多くの視線を感じたが、その視線の主役、丹愛は初めて入る施設にキョロキョロ目線を彷徨わせている。

 

「児童相談所から参りました河野です。昨日の相談者様の件で伺いました」

 

 河野さんが受付対応してくれたおかげでスムーズに診察室まで案内してもらえることとなった。

 

 診察室に入ると、高齢のベテラン先生が待ち構えており、その後ろには研修生や現職のドクターがその診察風景を学ぼうと立っている。

 

 先生は一目丹愛を見ると一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかな微笑みに表情を変えた。

 

「よろしくおねがいします」

 

「いえいえ、こちらこそよろしくおねがいします。皆さんの椅子をご用意してますので、どうぞお座り下さい」

 

 先生がそう言うと、後ろに控えていた研修生達がパイプ椅子を広げてくれた。それぞれ椅子に座ったが丹愛は目の前に知らない人が多い為かはよくわからないが、緊張で縮こまってしまっており、手をギュッと握ったまま離さなかった。仕方ないのでそのまま一度抱きかかえ、膝の上に乗せることとした。

 

 

「はじめまして。私は小児科医長の好大(コウダイ) 供子(トモジ)と申します。本日はお嬢さんを責任持ってしっかり調べさせていただきます」

 

 互いに頭を下げ、好大先生は丹愛の方に目を向ける。

 

「今日はよろしくね。お名前は、えっと。読み方あってるかな? にあ? ちゃん」

 

「読み方、にあで大丈夫です」

 

 先生に話しかけられ、丹愛はチラッと先生の方を見た。目が合い先生が微笑むと、その微笑みで緊張が少し和らいだのか丹愛は顔を先生の方に向けることができた。

 

「おお、カワイイお顔してるね。よし、今日は頑張って沢山調べようね」

 

 

 先生はそう言いながら丹愛の頭を微笑みながら撫で、ある程度撫でるとなるほどねと一言呟き、カルテに何かをメモ書きしていた。

 

 

「では早速ですがDNA検査と採血をさせてもらいます。結果が出るまで時間を頂きますので、本日結果は出せないのですが、身体のことを調べるために大切なことなので頑張りましょう。じゃぁ丹愛ちゃんお注射頑張ろうね!」

 

 初めて聞く言葉に頭にハテナマークを浮かべている丹愛は興味津々に着々と準備される注射に目を輝かせている。

 

「新谷田さん、ギュッとしててあげてくださいね。じゃぁ丹愛ちゃんちょっと痛いけど頑張ろうね」

 

 まだ何が起こるのか分かっていない丹愛だったが、先端の尖った物が自分の身体に近づいていることを理解し、本能的に身体を固く緊張させはじめた。

 

 

 

 

 ぷちゅ

 

 

 

 

 

「にゃぁぁぁぁああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 診察室に丹愛の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「はい、終わりだよ。よく頑張ったね」

 

 採血が終わり、先生が優しく頭を撫でるが、痛みと驚きのせいで大泣きしている丹愛は、大粒の涙を流す目で先生を睨んでいた。

 

 よくよく考えると、初めて丹愛の涙を見た気がするな。そう関心しながら丹愛を抱きしめてあげる。ひとまずTシャツが涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっているのを感じながら。

 

 

 

 

 しばらく泣いていたが落ち着いたのか、いつの間にか腕の中で丹愛は寝息を立てていた。

 

「丹愛ちゃん寝ちゃいましたね。今のうちにレントゲンなどしましょうか。チャンスです」

 

 先生がそう言うとどこからともなく案内役の看護師が現れた。

 

「では、いってらっしゃいませ」

 

 

―――――――――

 

 

 一日を通し様々な検査を終え、検査対象である丹愛はやりきったような満足気な顔をしながらグッスリとチャイルドシートの中で寝ている。

 

 血液とDNA検査の結果は来週となったが、今日の所見では同年代の幼児と変わらないという言葉は心の中で少し安心を与えてくれた。昨日は丹愛は丹愛だと言っていたが、やはり人間なのかそうじゃないのかという問題は心の中で引っかかっている。

 だけど、先生の言葉でその引っかかりが少し解けたような気がした。来週の結果次第ではそれがいい方向で解決するんじゃないかなと期待を膨らませつつ、ハンドルを握るのであった。

 

 



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机の中も鞄の中も探したけれど上は見ない

 

 

 丹愛がやってきて数日、家の中は以前と比べて騒がしさ、賑やかさがすごく増した。とくに琥珀と二人して遊んだりイタズラをするので部屋の散らかり具合がとんでもないことになっている。

 

 片付けても片付けても、片付けている横で散らかされていくオモチャに遂に私のイライラは爆発した。

 

 

「ごぅるるらぁぁぁ! あんたたち! いい加減しなさい! 遊んだオモチャ片付けなさい!!」

 

 

 突然の怒号に背筋をピンっとさせ、驚きの表情で琥珀と丹愛は私の方を見た後、部屋を一瞥し、目と目で合図したかと思うとそれぞれ散り散りに別れ

 

 

 

 

 逃げた

 

 

 

 

 

 

「あ、待っ! あんた達! 逃げるな!!」

 

 

 斯くして、私か勝手に鬼となった隠れんぼが我が家で開催されることとなった。

 

 

 

 店舗兼自宅ということで、一階部分は居住空間は少ない我が家だが、二階部分は下層に店舗の売り場面積を確保している分、一般家庭よりも広い。寝室を含め物置やら、旦那の父母の寝室だった部屋も含めると6部屋もの隠れ場所がある。さらにそれぞれ大小なりの押入れやクローゼットがほぼあるため、隠れる側には有利な部分が多い。

 

 

 

 だが、所詮は子どもの隠れんぼ。

 

 

 

 

 早く見つけ出して二人のほっぺをムニムニ抓りながらお説教しなければ。これより二階の全部屋をローラー作戦を行います。

 

 

 

 最初は普段寝ている寝室。勢いよく扉をあける。

 

 ひとまず部屋の中を見渡すが、布団を仕舞っているので部屋の中で物陰に隠れるということは不可能。押入れも一応扉を開けて確認してみるが特に変わった様子もない。

 

 予想はしていたがこの部屋はシロ。子ども達はいなかった。

 

 

 次に隣の部屋に入る。この部屋は親戚とかがお客さんが来た時用の部屋らしく、空き部屋となっているのだが、大和くん曰く数回しか使ってるのを見たことがない部屋らしい。

 将来的には琥珀が大きくなったら琥珀の部屋にしようと考えてる部屋だ。

 

 この部屋も寝室同様、部屋全体ガランとしており、クローゼットもなにも入れていないので常に扉を開けており換気させるようにしている。ひとまず部屋を一瞥し二人の姿がないことを確認し次の部屋へと移る。

 

 

 他の部屋より狭いその部屋は、数台の本棚が並べられている書斎となっている。とは言っても本がびっしり並んでいる訳ではなく、CDやDVD、ブルーレイ、ゲームソフト、はたまたフィギュアやプラモデルなど大和くんの趣味のものが飾られている。

 

 そして本棚の対面には作業机がありデスクトップPCやプリンターが置かれていて、見積もりなどの書類がまとめられたファイルが幾らか立てて並べられている。言わばこの書斎は大和くんの趣味兼仕事部屋だ。この部屋自体は私も偶にしか入らないが、大和くんのマメな性格かキレイに整理整頓されている。

 

 この部屋に子どもたちが入った気配はなさそうだ。そもそも隠れるスペースがない。クローゼットや押入れもこの部屋だけないし、部屋全体も見渡せるようキレイに整理されているが物はしっかりあるので、隠れる隙がないからだ。

 

 一応は確認の為に開けた部屋だが、すぐ次の部屋に向かう。

 

 

 私に宛てがわれた部屋。化粧道具が並べられた化粧台や趣味の手芸の為のミシン台。モチョモチョの大きなビーズクッション。あとは私の好きなネコのシリーズ『ネコ娘〜プリティーニャンコ〜』のキャラクター達のモチモチぬいぐるみが棚に並べられている。

 あとは私がここで作業しているときに琥珀がよく遊びに来ているのでその時用の小さなおもちゃ箱を棚の下に並べている。

 

 化粧台の下や作業台の下を探したり、クローゼットの中を開けるがこの部屋にも来ていないようだ。

 部屋を一周して退室。次へと向かう。

 

 大和くんの両親の寝室だった部屋。今は宿主が居らずある程度整理されたこの部屋は、畳が敷かれ昔から使われていたであろう年季の入った箪笥や机、椅子が置かれているため、レトロな雰囲気のある部屋となっている。

 たまに換気の為に部屋の窓を開けたり掃除機をかけにくるが、畳特有のイグサの香りが心を落ち着かせてくれる。

 

 そしてそのイグサの香りに癒やされ油断したのか、私が部屋に入った瞬間に黒い瞳と目があった。

 

「コラ琥珀! 逃げたなぁ」

 

「ごへんなはぁーい」

 

 部屋の真ん中、畳の上で仰向けに寝転んでいた琥珀を見つけ、そのポヨポヨのほっぺたをウリウリと抓んだり潰したりしながらお説教をする。

 

 ある程度ほっぺたの感触を楽しんだ後に開放してあげて、

 

「早く下の部屋を片付けて来なさい」

 

 と一言伝え、片付けるよう促した。観念したのか琥珀は肩を落としながら階段を降りていった。

 

 

「さて、あとは本命の部屋だね」

 

 そう、最後の部屋である物置が本命である。

 物が雑多に置かれ死角が多いこの部屋は隠れるのに最適だ。

 

「さて、子ネコちゃん。いつまで隠れていられるかしらね」

 

 琥珀を見つけことでテンションが上がっていたのか、自分でもよく分けのわからないことを言いながら捜索を始めた。

 

 

「ここか!? ·······いない」

 

「ここね! ······ちがう」

 

「そいやっ! ·······さぁ」

 

 

 

 全く見つからない。物陰や隙間など隠れれそうなスペース全てを見てみたが気配すら感じない。

 

 何で居ないの? 他の部屋で見落としてた?

 

 一旦、冷静になるため部屋から出て一回みた部屋に戻ろうとすると何やら下の階からワイワイと騒ぎ声が聞こえた。

 

(?)

 

 琥珀しか居ないハズなのにと思い、下の階のリビングに戻るとそこには、

 

「な、なんで·······?」

 

 

 先程より比べ物にならないくらい散らかりあげたオモチャ達とそのオモチャ達に囲まれた琥珀と丹愛がキャッキャキャッキャと楽しそうに遊んでいる景色が広がっていた。

 

 

 さっき片付けたのに。そして丹愛はどこに隠れていたか見つけられなかった敗北感で、私は膝からガックリと崩れ落ちるのであった。



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