サイヤ人 in ヒロアカ (H & J)
しおりを挟む

第1章
第1話 えっ、もうそんなに? 早すぎない?


 今回が初投稿です。何かと至らない点はありますが、どうぞよろしくお願いします。


 転生と言うものがある。

 

 宗教的な意味合いの方ではなく、創作小説などでよく起こる転生の方だ。何らかの形で不幸にも命を落とした者が、神様みたいな人に人生をやり直してみないかと言われたり、はたまた気付いたら前世の記憶を持った状態で生まれ変わっていたりなど、実に色々な形の転生が存在する。

 

 そんな数多くある転生だが、必ずと言っていいほど存在する共通点がある。それはずばり、チートだ。作品によっては転生特典、恩恵と呼び方は様々だが、それら全てを総称してチートと呼ばれている。

 

 それらは絶対的な力だったり、転生した人にしか扱えない特別な武器や技だったりと、とにかく転生した先の世界では考えられない常識外れの能力、才能を意味する。

 

 そして、ここにいる人物もまた、その世界の中ではチートと呼ぶに値する力を秘めて生まれ変わった転生者だ。

 

 

「本当に転生なんて存在するんだ。いざ自分がなってみると、何というかこう、感慨深いものがあるような、無いような……」

 

 

 この転生者、今はどこからどう見ても4歳くらいの少年だが、前の世界では元気溢れる若者だった。

 

 この人がどんな経緯で命を落としてこの世界に生まれてきたのか。転生した今とはなってはどうでもいい話だし、そもそも死んだ時と転生してきた時の記憶なんて残っていない。命を落とす前後の記憶を除いた、それ以外の前世の記憶を持って今いる世界に生まれてきたのだ。

 

 

「しかもここ、前に住んでいた所とは似ても似つかない世界だ。間違いない」

 

 

 少年がそう断言するのも無理はない。

 

 ぱっと見では前の世界とそんなに変わりはないし、なんならこの少年が生まれた場所は同じ日本だ。転生していながら生まれ故郷が一緒だなんて、とんでもない確率だとしか言いようがない。だが、それでも前世とは全くと言っていいほど違う世界だというのには理由がある。

 

 この世界には、前世には無かった特殊能力なるものが存在し、世界の総人口の約8割が何らかの能力を持って生まれているからだ。世間ではその力を『個性』と呼び、その『個性』が今の社会の根幹を担っているといっても過言では無かった。

 

 しかもこの世界、前世では漫画やアニメの中の存在でしかなかったヒーローという職業が存在し、個性を悪用して暴れ回る犯罪者、(ヴィラン)と呼ばれる者を捕まえて世間から脚光を浴びているのだ。こんな滅茶苦茶な世界が前世と同じだなんて、口が裂けても言えやしない。

 

 さて、そんな個性が存在する世界にやってきた少年だが、ここで1つ気になる事があるだろう。

 

 少年はどんな個性を持っているのかという疑問だ。

 

 先程も言った通り、少年はこの世界ではチートと呼ぶに相応しい力を秘めているわけだが、一体どんな出鱈目な個性を持って生まれたのか気になるところだろう。

 

 だが、非常に残念な事に、少年に個性はない。所謂『無個性』と呼ばれる者であり、この個性社会においては差別や偏見の対象として見られている人々に分類される。では先程言った事は嘘だったのか? そう聞かれれば、その答えはNOだ。

 

 個性は持たないで生まれた少年。そう、個性()持っていないのだ。個性は。

 

 では何を持っているのか。それは少年の姿を見れば何となく察しがつく。

 

 

「お尻のちょっと上に尻尾らしきものが生えてる。しかもこの尻尾、やけに見覚えがある尻尾だ。というか、鏡に映っているこの顔。これってどこからどう見ても……」

 

 

 少年の言う通り、尾骶骨からは細く、それでいて丈夫な尻尾が生えており、しかも鏡に映る姿には見覚えがあった。というか、見間違えるはずがなかった。

 

 

「この顔、ドラゴンボールに出てくる孫悟空の顔にそっくりなんだが……どういう事だ?」

 

 

 少年の顔は、前世では超有名な漫画であるドラゴンボールに出てくる主人公、孫悟空の顔にそっくりなのだ。もうここまで説明すれば、少年の正体が何なのか分かるだろう。

 

 そう、少年はサイヤ人なのだ。しかも純粋な。

 

 なぜ純粋と言えるのか? その理由は簡単。少年は近い内に知る事になるが、少年の住んでいる家の地下深くには彼の両親が仕事でよく使う研究所があり、その研究所の更に奥の部屋に、人1人が入れる大きさの球体が厳重に保管されている。

 

 この球体、あの有名な1人用のポッドである。某伝説の超サイヤ人が中に入った父親ごとペシャンコにした事でも有名なあのポッドだ。

 

 そんなポッドが存在している。これがどういう事を意味するか。

 

 少年は送り込まれてきた存在、言わば異星人なのだ。この地球を侵略して何十年後かに高く売る事を目的として。だが、少年を送り込んだ者達の意図はこの時点で潰えてしまった。送り込まれた少年が、前世の記憶と穏やかな心を持ったサイヤ人だったからだ。

 

 ちなみに、少年は確かに孫悟空と同じ顔をしているが、決して孫悟空というわけでは無い。ポッドで送られてきたという事は、少年は下級戦士のサイヤ人だという事を意味するが、下級戦士は同じ顔をした者が沢山いるという特徴がある。つまり、少年の顔が孫悟空とそっくりなのは至極当然とも言える。

 

 以上の理由から、少年は純粋なサイヤ人である。彼を育てている両親も、当然の如く彼の生みの親ではない。若かりし頃に世界中を旅していた途中、とある国の山奥で、偶然ポッドから出てきて泣いていた少年を見つけて保護し、秘密裏にポッドごと家に持ち帰ったのだ。

 

 そして、ポッドは家の地下研究所の最奥に保管し、一緒に連れ帰った少年は、まるで実の息子の様にひたすら可愛がって育てているのだ。彼を拾ってくれた両親がとても良い人だったのは非常に幸運と言えるだろう。

 

 先程も言ったように、少年は個性を持っていない。この星に生まれてきた人間ではないので、個性なんぞ最初から持っているはずもない。

 

 だが少年はサイヤ人だ。全宇宙最強の戦闘民族と謳われ、何百何千という星々を侵略してきた歴史を持つ生粋の戦闘オタクなのだ。継続して修行を積み重ね、怒りの感情をコントロールできるようになれば、超サイヤ人にもなれる可能性を多分に秘めているのだ。

 

 こうして、自身をサイヤ人だと直感的に理解した少年は小さな声で呟いた。

 

 

「修行、頑張ってみるか。せっかくこの体で生まれたんだし、どこまで強くなれるのか気になる。……重力室とか、頼めば造ってもらえたりするかな? 技術的に出来るかどうかは置いといて」

 

 

 こうして、少年の修行の日々が始まった。

 

 

 


 

 

 

 あれから月日は流れ、修行を頑張ると決めた日から10年以上の時が経った。

 

 現在の少年の歳は15歳。修行云々の前に学生である彼の日常は、当然の如く受験勉強に染まっている。

 

 とはいえ、前世から勉強は嫌いではなかった上に、今の両親の影響もあって物を造る事が強くなる事と同じくらい好きになっている彼にとって、理数系の教科を筆頭に成績は常にトップクラスだ。故に、受験勉強で苦しむような状況には陥っていない。

 

 そんな彼だが、この10年の間で色々な事があった。

 

 修行を頑張ると決心したあの日以降、基本的なトレーニングを繰り返し行うようにしたのだが、始めたばかりの頃は成長幅が今一つだった。着実に強くなっているのは分かっていたが、それでもだった。

 

 そこで、亀仙流の修行の様にとはいかないが、年端も行かない少年がやったらまずオーバーワークで死んでしまう程の修行を決行した。どんな事をしたのかは敢えて触れないでおこう。

 

 だが、流石サイヤ人の体というべきか、普通の人なら倒れて動けなくなってしまうような厳しすぎる修行にも難なく対応出来た。出来てしまった。そこで油断したのがいけなかった。

 

 彼が5歳の時、両親に頼んで造ってもらった重力室が完成した。両親は色々な分野で世界中に事業展開している巨大企業を経営する一家であり、それと同時にブリーフ博士の様な天才科学者でもあった。ちなみに、企業の名は『カプセルコーポレーション』。どんな偶然なんだと言いたい。実際、企業名を知った少年は声高になんでやねんとツッコんだ。

 

 大層な肩書を持つ両親だが、大切に育てている息子の頼みを無下にする事などなく、なんと地下室に保管してあったポッドの仕組みを解明し、その技術を応用して僅か1年足らずで十分な広さを持つ重力室を完成させてしまった。これには少年も驚きを通り越して乾いた笑いしか出なかった。

 

 こうして完成した重力室だが、今までの修行を難なくこなして慢心しきっていた少年は、何を血迷ったのか初っ端から50倍の重力で修行しようとしたのだ。あの悟空でさえ、最初の頃は10倍の重力に苦戦していたにも拘わらずだ。はっきり言って、馬鹿としか言いようがない。

 

 当然の如く少年は死にかけた。事態を察知して慌てて駆け付けた両親が緊急停止ボタンを押さなければ、少年は潰れたザクロの様になっていただろう。助けてくれた両親には感謝しかない。

 

 とはいえ、全身複雑骨折以上の重症を負った少年はしばらく入院する事になった。サイヤ人特有の驚異的な生命力と回復力のおかげで後遺症こそ残らなかったものの、痛い思いをした事で身の丈を知った彼は、長い入院生活の中で2度とこんな目に遭って堪るかと心に誓った。長い入院生活を終えて家に戻った彼は、それからも懲りずに重力室を使い続けたが。

 

 両親は前回の事を省みて、彼が重力室を使う事に対してあまり良しとしなかった。だが、彼が自身の丈にあった重力下で慎重に修行する姿を見て、大怪我を負わない範囲であれば好きに使って良いと許可を出した。本当は心配で堪らなかったが、それでも頑張る息子をそっと見守る道を選択した彼の両親は本当に良い人だと言えよう。

 

 こうして再び重力室を使い始めた彼は、まず10倍の重力下で修行を開始した。怪我はしなかったものの、一歩歩くだけでもかなりの重労働だった。まず10倍の重力下で死なないどころか怪我しないだけでも凄い事だが、サイヤ人の彼としては死活問題だ。自身のプライド的に、いつまでも動くだけで精一杯なのは許せなかったのだ。

 

 だから彼は頑張った。来る日も来る日も部屋の中でトレーニングを積み重ねた。げに恐ろしきは狂気ともいえる彼の精神力だ。高重力下で日々過ごしていれば、普通は精神が持たない。間違いなくどこかで病んでしまう。しかし彼は修行を続けた。高重力の環境に体が慣れるまで何年も掛けて。それも全ては、自分はどこまで強くなれるのかという好奇心を満たすために。

 

 最初の1年で10倍に適応した。もはや10倍の重力ではなんとも思わなくなった程度には縦横無尽に動けるようになっていた。10倍に慣れたので、今度は20倍の重力に挑戦した。今までの倍の重力なので苦労はしたが、この1年間で高重力の環境に適応するコツを掴んでいた彼は、1年も経たずに20倍の重力に適応した。

 

 こうして20倍、30倍、40倍と、どんどん掛ける重力の値を増やしていった少年は、10年以上経った現在、なんと最大450倍の重力の中で動けるまでに成長した。といっても、今の重力装置が出せる倍率が450倍までだから最大450倍と言っているだけで、本当はどこまで耐えられるのか本人ですら把握出来ていない。

 

 もうこの時点で、周りと比べて規格外の域にまで達した彼だが、10年にも及ぶ彼の修行の成果はこれだけでは終わらない。

 

 まず始めに、気のコントロールがある程度出来るようになった。これにより、状況に合わせて自身の戦闘力を変化させる事が可能となる。更に言えば、ドラゴンボールに出てくるほぼ全ての気功術の類が使えたり相手の気を探ったりも出来る。瞬間移動のような特殊な技も例外ではない。

 

 何故誰かに教わったわけでも無いのに気を扱えるようになっているのか? それは彼自身もよく分かっていない。毎日重力室で修行してコツコツ戦闘力を上げていたら、それに付随していつの間にか出来るようになっていたとしか答えようがないからだ。

 

 そしてもう1つ。こちらが彼の修行の成果の真骨頂とも言えるものだが、なんと超サイヤ人に変身出来るようになった。

 

 今から2年ほど前、彼が初めて450倍の重力に挑戦しようした時の事だった。当時250倍の重力にようやく慣れたばかりだった彼は、一気に最大値の450倍に挑戦してみようと考えた。特に理由なんてない、唐突で衝動的で考え無しな行動だった。人生2度目の無茶ぶりなのだが、彼はどうしても450倍の重力を1度体感してみたかったのだ。

 

 だが、案の定と言うべきか、彼の体はまだ450倍に耐えられるレベルではなかった。それまで10倍ずつ増やしながら修行していた彼では、1.8倍も上の重力の環境の変化に付いて行けなかったのだ。

 

 彼はすぐに地に伏せた。この時、両親は長期出張で家を留守にしており、また使用人達もほとんどが出払っていたので、助けを呼んでも無駄な状況だった。彼が大怪我を負い、地に伏せたまま永久に眠ってしまう羽目になるのは時間の問題だった。指1本たりとも動かせない状況で、彼は思った。

 

 こんなしょうもない事で死んでしまうのか。こんな呆気なく終わってしまうのか。ある程度予想はしていたが、まさか緊急停止ボタンを押す事すら出来ないだなんて思ってもみなかった、と。

 

 全て自分が招いた災難。誰かを責める事も出来ない、完全に自業自得な状況だとはいえ、ここまで何も出来ない自分自身に憤った。ようやく250倍の重力にも慣れてきたのに、お前はまだまだ弱いと言われたような気分だった。穏やかな心を持ちながら、その一方でサイヤ人としてのプライドも持ち合わせている彼にとっては、とても大きな衝撃だった。

 

 その時だった。そんなのは嫌だ。自分がどこまで強くなれるのか、まだ知りたい、知ってみたい。限界を超えて強くなりたい。だからこの程度の事で何も出来なくなってしまう自分は嫌だ! そんな自問自答の末に沸いて出てきた自分自身への怒りが、彼の中で膨らみ続け、それが遂に力となって爆発した。

 

 そして、気が付いたら体が軽くなっていた。今までになかった高揚感と、体の奥底からどんどん湧き上がってくる力が彼にあった。金髪碧眼となり、黄金色の炎のようなものが体全体を覆っていた。こうして彼は超サイヤ人に変身出来るようになった。

 

 10代の時点でここまで成長出来たのは、もはや奇跡としか言いようがない。とはいえ、原作の孫悟飯は10歳前後、孫悟天に至っては7歳の時点で超サイヤ人に変身出来るようになっているので、漫画の中の存在といえど、上には上がいるという事を忘れてはいけない。

 

 

 


 

 

 

 そんな出来事がこの10年の間に起こった。

 

 現在彼は15歳。先程も言ったように、どの高校に進学するかを考える受験生なのだ。しかし、元々勉強が出来る人なので成績で困るような事は決して無い。家で破茶滅茶な行動を取っている分、学校で問題行動を起こしたという事は無く、内申もかなり良好だ。だが、それは外面が良いだけともいう。

 

 それが良いのかどうかはさて置いて、少年は悩んだ。高校をどこにするか。希望が特にあるわけでは無い。大好きな修行も物造りも、全て家の中で解決してしまうのだ。

 

 そもそも、世界でも有数の巨大企業のトップが、腕に縒りを掛けて整えた修行場所と最新鋭の設備を備えた工房がセットになっている家なのだ。これよりも良環境の高校があるならそこへ行く価値はあるが、残念ながら日本国内にそんな高校は存在しない。

 

 ならば海外に行くかと聞かれれば、この選択肢もそこまで乗り気ではない。本人は修行と物造りを同時並行でやりたいのだ。だがそれは、先程も言ったように家で全て解決してしまう。海外に行くと、それらの両立が日本にいるよりも難しくなってしまう。I・アイランドに行く事も考えたが、あそこは行こうと思えばいつでも行けるし、本格的にあの島に引っ越したら隔離されてしまうので、すぐに選択肢から切り捨てた。

 

 そう、ぶっちゃけると少年は、家から出たくなかったのだ。出来るだけ家から離れたくないというのがより正確な表現だが。

 

 このような理由から、彼の進路決めは難航した。選択肢が多い人ほど進路決めに時間が掛かるというが、その中でも彼はギリギリまで粘った。

 

 担任の教師からは、成績も良いし個性も悪くないから、雄英高校のヒーロー科に行くのはどうかと薦められた。だが、彼はヒーローになる気など毛頭なかった。

 

 空前のヒーローブームとなっている今の社会では、成績が良くて実力があるなら、まずヒーローを目指す事が一般常識となっている。それは彼も理解しているのだが、どうしてもヒーローになろうとは思えなかったのだ。

 

 別にヒーローが嫌いというわけでは無い。人々を笑顔で救い、体を張って敵を倒し、安心感を与える彼らの事は素直に尊敬しているし、彼らがいるからこそ街の治安は一定に保たれているという事も理解している。

 

 だが、彼はヒーローになった自分の姿というものをどうしても想像できなかった。自分は正義のヒーローというわけでは無いし、強くなる事が必ずしもヒーローになる事と同義でも無い。そもそもヒーローになったら自分のやりたい事から余計に遠ざかってしまう。そう思っているのだ。

 

 しかし、だからといって、他に希望があるのかと聞かれれば、無いと答えるしかない。

 

 

「だったら尚更、出来るだけ良い高校に行くべきなんじゃないのか? 正直なところ、お前の成績と個性で雄英のヒーロー科に行かないのはかなり勿体ない。今時ヒーローになる気はないとか言ってる生徒は、俺のクラスじゃお前1人だけだぞ」

 

「確かにそれはそうなんですけど……。でもやっぱりヒーローになろうとは思えませんね」

 

「それでも雄英が良いと思うけどな。お前の家とそんなに距離が離れているわけでもないから、通学の便も悪くない。それに、あそこは国立最難関高校だ。ヒーロー科でなくとも、あそこを卒業すればそれだけ将来の選択肢が広まる。まあ、お前に限っては今の時点で将来が約束されたも同然なんだけどな。とにかく、進路決めは後悔の無いようにな」

 

「はーい、分かりました」

 

「はいは伸ばさない」

 

「はい」

 

 

 その日、担任からの言葉を受けて、彼は考えた。

 

 確かに自分は、どこの高校に行くか希望があるわけではない。だからといって、高校を適当に選んだら、それはそれで後悔するだろう。だったら担任の言う通り、出来るだけ良い高校に行くべきだと。

 

 そうなってくると、やはり行き先は雄英高校に絞られてくる。家から遠すぎるわけでもないし、学歴としても申し分ないからだ。しかし何度も言うが、彼はヒーローになる気など全くない。それだけは御免なのだ。

 

 だから彼は考えた。考えて考えて考えて、ひたすら考え続けたその結果。

 

 彼は雄英高校に行く事を決めた。

 

 そう、雄英高校サポート科に行く事を。

 

 

 




 読んでみて、思い思いの評価をして頂ければ幸いです。

 主人公は送り込まれたサイヤ人だと言いましたが、フリーザとかベジータとか孫悟空とか、そのような本家ドラゴンボールのキャラが出てきたりはしません。というか、作者の文章力だとそこまで話を整理出来ないので無理です。なのでこの話は、ヒロアカの世界にやってきたサイヤ人の物語とだけ認識してお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 類は友を呼ぶ(混ぜるな危険)


 第2話です。何なりとご覧ください。
 第1話、読み返したけど会話文が少なすぎて、自分でもこれ大丈夫かな? と思っている今日この頃です。会話文は徐々に増えていく……はず。多分。恐らく。



 

 雄英高校サポート科を受験する事にした。

 

 その事を学校側に伝えると、サポート科の受験頑張れよと言って彼を応援する人が半分、やっぱり今からでもヒーロー科に行く気はないかと薦めてくる人が半分だった。

 

 クラスメイトからもヒーロー科を受けない事で大いに驚かれた。お前の成績と個性ならヒーロー科も夢じゃないのになんで!? と言われ、返答に困ったのは記憶に新しい。

 

 両親にも当然伝えたが、そこまでヒーローになる事に執着がないのか、サポート科を受けると言った彼に対して口を挟むような事は無かった。

 

 そう? 頑張ってね。両親が放ったこの短い二言で、長きに渡る彼の進路決めは幕を閉じたのだ。

 

 進路が決まれば後は合格に向けて勉強するだけ。勉強机に向かった少年は、伊達眼鏡を掛けて額にハチマキを巻き、気合いを入れて早速ノートを……なんて事をするわけもなく、机の上に何やら精密な機械類をいくつも並べて弄り出した。組み合わせたり分解したりと、市販の工具セットを駆使して実に多くのアイテムを作成していく。

 

 これは、少年が修行と同じくらい毎日やっている作業の一環である。精密機器をとにかく弄り回し、自分がイメージした物を片っ端から作りあげていくのだ。これにより、今の彼は同年代どころか下手な科学者よりも機械工学に精通している。もはや匠の域に達しているといっても過言ではない。

 

 という感じで、彼は受験勉強で困るような事は何一つ無いので、こうして今まで通り趣味に没頭する日々を送っている。これを他の受験生が見たら、ふざけるなと言って教科書を投げつけてくる事請け合いだ。

 

 それからは特に代わり映えの無い日々を送った。昼間は学校で勉強、朝と夕方は修行、夜は物造りというサイクルをただ毎日繰り返す。定期的に学校で行われる模試ではいつものように高得点を取り、学力が落ちていない事を確認する。

 

 雄英高校サポート科の成績評価は常にA判定だった。ちなみに、彼はヒーロー科の判定も常にAだったが、ヒーロー科を受けない彼にとっては凄くどうでもいい情報だった。先生達は模試の結果を見る度に微妙な顔をするが、それも特に気にする事は無かった。

 

 そして遂に迎えた受験当日。流石の彼も、この日ばかりは緊張で手が震える……なんて事があるはずもなく、試験が終わったら早く家に帰って修行の続きをしようと考えながら、余裕を持って受験会場へ歩を進める。

 

 雄英高校の正門前に到着すると、そこには彼と同じ受験生が大勢いた。混雑を避けるために各科の受験日はある程度ずらされていて、今日はサポート科を志願した受験生しかここには来ない。それでも若干渋滞気味になっている所を見るに、雄英高校がいかに規格外の学校なのかがよく分かる。

 

 これほどの人数を捌かないといけない雄英の教師陣はさぞ大変だろう。目の前の光景にそんな事を思いながら、彼は受験会場へ入っていった。

 

 

 


 

 

 

 試験が終わった。案の定というべきか、少年が苦戦するような問題は無かった。特に理数系の科目に至っては、試験時間の半分も経たずに全問を解き終え、目を瞑ってイメージトレーニングに集中するほど余裕だった。つまり暇していたのだ。

 

 これだけ余裕綽々な態度を取っておいてサポート科に受からなかったら一生のお笑い者なのだが、非常に腹立たしい事に、少年は余裕で合格した。しかも全教科満点。余裕も余裕、文句なしの満点主席合格だ。もはやここまでくると流石としか言いようがない。

 

 自身の趣味を全面に押し出した試験問題を、まさか全問正解されるとは思ってもみなかった数学の教師に至っては、感嘆の息を漏らすほどだった。他の教師陣も同様に、久しぶりに現れた満点合格者の彼に対して驚きの声を上げていた。

 

 受験が終わってしばらく経ったある日、雄英高校からの合格通知を受け取った彼は、相も変わらず修行と物造りに精を出していた。ものの数分で雄英高校に提出する書類を纏めて送付した後、合格通知と一緒に送られてきた教科書類をざっと見通した彼は、それらが既に学習している内容だという事を確認。流れるような動作で全ての教科書を鞄の中に詰め込んだ。

 

 合格した事を周りに報告した所、彼の担任からはよく頑張ったな、お疲れ様という労いの言葉をもらい、友達からはおめでとうと賞賛する文言が送られてきた。両親からも合格おめでとうと褒められ、その日は御馳走が振舞われた。

 

 だが彼は、受験期間中ずっと趣味に没頭していたため、周りから送られてくる賞賛の嵐に若干の罪悪感を抱く事になる。その感情はものの数分で頭から消え去ったが。

 

 こうして彼は、雄英高校サポート科に通う事となった。

 

 

 


 

 

 

 季節は春。今日から雄英高校に通う少年は、両親に見送られながら学校へ向かった。雄英高校に合格した人は、彼が通っていた中学校の中では彼1人のみなので、友達は一から作り直さないといけない。だが、中学校の友達とは今も仲が良く、休日によく会っているので、彼には少しも寂しいという気持ちがない。

 

 電車に揺られる事1時間弱。再びやって来た雄英高校を前に、特に何かを思う事もなく、掲示板に貼られた自分のクラスと出席番号を確認して教室へ向かう。

 

 異形型の個性持ちに配慮して作られたと思われる縦長の扉を開けると、教室には既に何人か席に着いており、楽しく駄弁っている姿が見えた。彼も荷物を自分の机に置くと、早速その集団に飛び込み、あっという間に打ち解けて雑談に興じる。そうしている内にどんどん人が入ってきて、やがて朝礼の時間になったので解散した。

 

 自分の席に戻ったと同時に担任の先生が教室に入ってきた。雄英高校に勤める教師は全員がプロヒーローなのだが、彼のクラスの担任はパワーローダーという名のプロヒーローだ。聞けば機械工学の分野を専門としており、コスチューム開発のライセンスも持っている、まさにサポート科にとって必要不可欠な役割を担う先生だった。

 

 そんなパワーローダー先生からこれからの行事予定を聞かされ、入学式に出席するべく体育館へ向かおうとすると、彼の肩を何者かが突いた。振り返るとそこには、彼の肩くらいの背丈でピンク色の特徴的な髪形をした女子が、頭に装着しているゴーグルを持ち上げてどこか怪しげな笑みを浮かべていた。

 

 その女子が溌剌とした声で話しかける。

 

 

「初めまして、隣の人! 私、発目明と言います! あなたと私の席が隣同士になったのも何かの縁。クラスメイトとして、これからよろしくお願いしますね!」

 

 

 顔と顔がくっ付きそうなくらいの距離で挨拶された彼は、やや体を仰け反らせながらも手を差し出し、こちらこそよろしくと言って握手する。その手を握り締めてブンブン振り回す発目は、より一層深い笑みを浮かべる。

 

 

「で、あなたのお名前はなんでしょう!」

 

 

 向こうから自己紹介してくれたのに、こちらだけ名前を教えないというのは失礼だ。そう思った彼は佇まいを直して名乗った。

 

 

「良い名前ですね! それはそうと、この入学式が終わったらちょっと付いて来てくれませんか? あなたに手伝ってもらいたい事があるんです!」

 

 

 張り付いたような笑みを浮かべたまま、発目は彼の手を力強く握り締め、至近距離でジッと見つめてきた。そんな彼女に対し、断る理由が特に無かった彼はその頼みを快く受け入れる。帰って修行したい気持ちもあったのだが、何となく発目がやろうとしている事に好奇心が湧いたので、彼女の頼みを聞いて付いていく事に決めたのだ。

 

 出会って知り合ったばかりの発目とそんなやりとりを交わした後、彼らは入学式に出席した。体育館には生徒や先生、保護者の他にも、数々の著名人達が来賓として訪れていて、その中にはなんと彼の両親も含まれていた。

 

 彼の両親は、世界規模の超巨大企業である『カプセルコーポレーション』のトップにして、天才科学者としても世に名を馳せている。しかも今回は、彼らの息子が雄英高校に入学してきたのだ。呼ばれない道理など無い。

 

 全ての人が出揃ったところで入学式スタート……と思いきや、そこで会場全体に戸惑いが走った。なんと、ヒーロー科のA組とその担任が全員欠席していたのだ。

 

 雄英高校の花型とも言えるヒーロー科が1クラス丸々いない事があっていいのか? そんな声が広がったが、教師陣は手慣れた様子で事態の対処にあたり、無事混乱が収まったところで入学式が始まった。

 

 

 


 

 

 

 数時間後、長きに渡る入学式がようやく終わって教室に戻った後、担任からのガイダンスも済んで放課後となった現在。

 

 彼と発目は学校の工房にいた。工房の使用許可は発目が既に取っているらしく、完全下校時刻までは好きに使っても良いとの事だ。ここで彼は、今から一体何をするのかと発目に尋ねた。

 

 

「良くぞ聞いてくれました! 今回あなたをここへ呼んだのはずばり、私のベイビー開発を色んな形で手伝って欲しいからです! 私1人でもベイビー開発は出来ますが、それを手伝ってくれる人がいれば、その分開発も捗って助かりますからね。あなたを選んだのはたまたま席が隣だったからで、特に深い理由はありません! なのであなたの事、たっぷり利用させてください!」

 

 

 清々しいまでの告白だった。発目の告白を聞いて、ここまで自分のためだけに相手を引っ掻き回そうとする人がいるのか。そんな人が教室では自分の隣の席なのか。何となくだが、きっとこれから毎日これに付き合わされるのだろう。彼はそう思った。

 

 だが彼は、同時にこうも思った。最高に面白そうじゃないか、と。そう、自分の好きな事のためなら他人を無理やりにでも引っ掻き回そうとする発目の性格は嫌いでは無かったのだ。いやむしろ、彼自身も発目と似たような性格を持っているため、この2人組は雄英高校の中でも特に相性が良かった。

 

 気が付いたら彼は、自然と発目の手を取っていた。お互い不敵な笑みを浮かべ、体中から不穏なオーラが溢れ出ていた。偶然なのか運命なのか、雄英高校の中でも取り分け頭のおかしい2人が手を組んだ瞬間だった。

 

 

「では、そうと決まれば早速ベイビー開発に取り掛かりましょう!」

 

 

 それからというもの、彼と発目は放課後になると学校の工房に入り浸るようになった。彼らの担任のパワーローダー先生も巻き込んで、自分達がイメージした物をその場で作り上げては爆発させる日々を送る。

 

 巻き込まれたパワーローダー先生は初日の時点で既に涙目だったが、頭のネジがそもそも存在していない2人の前では、彼の切実な訴えが届く事など無いに等しい。

 

 毎日アイテムを作り上げては、故意にやってるとしか思えないレベルでひたすらアイテムの爆発を繰り返す2人組。ちなみに、発目の場合は純粋に調整を間違えてしまったが故にアイテムを爆発させてしまうが、彼の場合はそうではない。そもそも彼の手に掛かれば、作ったアイテムが爆発するなど決して起こり得ないのだ。

 

 それではどうして毎度の如く爆発するのか。その答えは簡単。意図的に爆発物を仕掛けているからだ。爆発物と言っても、威力自体は人体に影響が出ない程度に抑えている。だが、音と見た目だけは大掛かりなものに仕上げている。そんな爆発物をしれっとアイテムの中に仕込ませては、出来上がった後でタイミングよく爆発させているのだ。

 

 なぜ彼が故意にこんな事をしているのか。彼曰く、芸術は爆発だ、との事。それ以外の理由は特に無い。パワーローダー先生に今すぐ土下座で謝ってほしい所存だ。

 

 こうして、2人のマッドサイエンティストと1人の哀れなプロヒーローは、本日も3人仲良くアイテムを作っては、爆発を食らって吹っ飛ばされるのだった。パワーローダー先生には、是非とも強く生きてほしいと願うばかりである。

 

 

 


 

 

 

 3人が爆発を食らって吹っ飛ばされている間にも、雄英高校では非常に多くの出来事があった。

 

 今年から雄英高校に教師として赴任したNo.1ヒーロー、オールマイトの事を取材しようと大勢のマスコミが学校の正門前で待ち伏せたり、そのマスコミが校門のゲートを破壊して校内に侵入した事で、学校中がパニックになったりと、イベントは盛り沢山だ。

 

 マスコミが待ち伏せしていた時は、彼がサポート科であり、オールマイトの授業は受けていない事を伝えるとすぐに離れてくれた。マスコミが侵入してきた時も、彼らの気を感じ取って早々に事態を把握していたので慌てる事は無かった。仮に敵が侵入したとしても、彼に勝てる存在がこの惑星内にいるかどうかは怪しいが。

 

 そんな数あるイベントの中でも、本物の敵が雄英高校を襲撃してきた事件は記憶に新しい。敵連合と名乗る集団が雄英高校を急襲し、現場に居合わせた生徒や先生に少なくない被害を与えて逃走したのだ。雄英高校初の大事件である。

 

 この事件は瞬く間にニュースとなって全国に広まり、テレビでは連日事件の事や逃走した主犯に関する報道が繰り返されている。連合の目的がオールマイトの殺害だったという事も、世間で注目を浴びている原因の1つだろう。

 

 事件が起きた翌日、学校は臨時休校となった。この日は特にする事も無かったので、彼は早々に修行を終えると、中学の友達と一緒に遊びに出掛けた。出会って早々友達に心配されたが、彼はサポート科なので何の問題も無い事を伝える。久しぶりに友達と行くゲームセンターは楽しかったとだけ言っておこう。

 

 与えられた休日を遊んで過ごした彼は、その翌日の朝礼でパワーローダー先生から雄英体育祭が2週間後に迫っている事を知らされた。

 

 雄英体育祭。今や日本で知らない人はいないとまで言われる年に1度のビックイベントである。ここで活躍して注目を浴びた生徒は、プロヒーローから多数の指名が入り、ヒーローへの道が大幅に広がる又と無いチャンスが訪れる。そのため、毎年この体育祭に並々ならぬ思いを掛ける生徒は多い。特に、ヒーロー科と普通科にその傾向が見られる。

 

 体育祭なので当然全ての科が出場するのだが、基本的にはヒーロー科の独壇場だ。サポート科が活躍するような場面は無いに等しいと言える。しかし、日頃から戦闘訓練しているヒーロー科との公平を期すため、サポート科だけは自分で作ったアイテムに限り持ち込みが許可されている。

 

 ここで重要なのは、自分で作った物なら持ち込みが許可されているという事だ。裏を返せば、自作であれば()()()()()()()()()()という事を意味する。とはいえ、殺傷能力の高い武器や危険物の持参は流石に禁止されている。よって、その規定を越えない範囲の物を用意する必要がある。

 

 そこで彼は考えた。体育祭に持ち込む物は何にしようかと。彼の戦闘力を考慮すれば、身体能力強化や機動力を補う等のアイテムは必要無い。むしろ力が有り余り過ぎて、手加減しても相手を木っ端微塵にしてしまう恐れがある。

 

 ある日、軽いノリのつもりでパワーローダー先生の背中を軽く叩いたら、先生の体が工房の壁を突き抜けて隣の部屋の壁にめり込んだと言えば、今の彼の強さが理解できるだろう。ちなみに、先生が負った怪我はリカバリーガールの治癒で事無きを得ている。その後で2人にしこたま怒られたが。

 

 という事があり、彼は自分の力ではなくアイテムの力に頼っていこうと決めている。そうでもしないとこの年で前科持ちになってしまう事請け合いだからだ。危なくて使えない。

 

 ではどういった物を作るべきか?

 

 

「別にそこまで深く考える必要はないと思いますよ。ほら、いつもアイテムの中に仕込んでいる爆弾があるでしょう? あれだけでもかなり強力ですから」

 

「おいちょっと待て、そんな危険物の持ち込みが許可されるわけ……って、本当にちょっと待て。発目、お前今なんて言った? いつもアイテムの中に仕込んでいるって聞こえたんだが、毎度毎度こいつの作ったアイテムが爆発するのって、もしかして……」

 

 

 確かにいつもの爆弾を使う事も考えたが、体育祭に持って行く物としては少々インパクトに欠けるだろう。ド派手な個性を持つヒーロー科に対し、爆弾なんてありきたり且つ誰でもすぐに作れるような物では役不足だ。もっと別の方法を探らないといけない。

 

 

「なるほど、確かに並のアイテムでは観客に強烈なインパクトを与えるのは難しいですね。では一体どうすれば……」

 

「いやいや、爆弾は充分に強烈なインパクトを与えるからな? 2人とも、それ本気で言ってるのか? というか、お前の作ったアイテムが毎回爆発する件について問い詰めたい事があるんだが……」

 

 

 しかし、別の方法と言っても今すぐに何かが思い浮かぶわけでは無い。いつもやってる物作りとは勝手が違うのだ。そう簡単には行かないだろう。

 

 だが、いつまでも考えてばかりではいられない。今すぐに何かを作らなければ。最悪どうしようもなくなったら、最後の手段として爆弾を持って行こう。

 

 そう決めた彼は作業机に向かうと、設計図用の用紙を広げて考える。

 

 

「いやだから、爆弾を持って行くのは流石にアウトなんだよ! 威力にもよるけど、お前の作る爆弾は絶対碌な事にならない。それに、お前の言うインパクトを与えるアイテムも不安でしかない。頼むからよく考えて物は作れよ? ……おーい、聞いてるかお前?」

 

 

 パワーローダー先生が何か言ってくるが、今の彼はそれどころではなかったので少々静かにしてほしかった。文句があるなら後で受け付けるから、今話し掛けるのは勘弁してほしかったのだ。

 

 そんな時だった。発目がポンと手を打ったのは。

 

 

「今思ったんですけど、別に武器に限定する必要無くないですか? 例えば画期的な便利グッズとか作って使う所を見せれば、それだけでも皆に多少のインパクトは与えられますし、武器系から乗り物系にシフトするのもアリだと思いません?」

 

 

 発目の言葉を受けて、彼は驚愕に目を見開いた。そして無意識に発目の手を握り締めてブンブン振り回す。

 

 そうだった。なにも戦闘で使うアイテムのみを作る必要はないのだ。サポートアイテムとはいえ、その形は実に様々だ。体育祭に持って行くという事で、イメージが少々凝り固まっていた。だから、目を覚まさせてくれた発目には感謝の念しかない。

 

 急いで作業に取り掛かる。発目が気付かせてくれたこのチャンスを、彼は無駄にしたくなかったのだ。

 

 その後しばらく考えて、彼はある1つの妙案を思いついた。決して武器というわけでは無いが、それでも人々に強烈なインパクトを与える事が出来る物を。だが、これには2つ問題点があった。それは体育祭当日までに間に合うのかという問題と、今の技術と知識で作れるのかという問題だ。

 

 もしこれが当日までに完成すれば、人々に強烈なインパクトを与えるという彼の目的は間違いなく達成できる。

 

 最悪、爆弾という保険がある。だったらやるだけやってみようと、彼は製作に取り掛かる決心をした。

 

 

「おお、いつになく楽しそうな笑顔ですね! これは私も負けていられません!」

 

「もう既に嫌な予感しかない。 ……胃薬、持って来ようかな。ストレスで吐きそう」

 

 

 





 第2話で発目さん登場です。巻き込まれたパワーローダー先生どんまい。先生の事は一生忘れないから。
 この話の主人公は発目と相性が滅茶苦茶良いです。そういう設定にしました。発目は適当に選んだと言っていますが、実際の所はどうなんでしょうかね。本当にただの偶然か、それとも何か目的があって近付いたのか。主人公が知る由はありません。
 というわけで、何とか書き切りました。思っていた以上に大変な事に、今から不安で仕方ありません。これがいつまで続くのか、そもそも続ける余裕があるのか、それはその時になってみないと分かりません。それでも暖かく見守ってくれたら嬉しい限りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 物流業界に革命が起こった


 第3話、何とか書き終えました。リアルの方で用事が重なってしまい、投稿が遅れました。今回の内容はネタ? に走っています。これが今後どうなる事やら……。
 継続は力なりというけれど、小説投稿って1度やったら後には戻れない感じがあるから末恐ろしい。作家の大変さが少しだけ理解出来たような気がする(幻覚)



 

 とあるアイテムの製作開始から2週間後、遂に雄英体育祭当日を迎えた。

 

 この日までに何度も徹夜を繰り返し、今日の朝になってようやく目的のアイテムが完成した。そのため体育祭開始までの間、彼は疲労と眠気から仮眠を取ると言いつつ熟睡している。入場5分前だというのに全く起きる気配がしない。周りのクラスメイトが彼を起こそうと何度も肩や背中を叩くが、一向に目を覚ます気配がない。

 

 さてどうしようかとクラスメイトが頭を悩ませていると、サポートアイテムを全身に装備した発目が彼の側に立つ。その手には何やら得体の知れない粉末の入った小瓶が握られている。

 

 クラスメイトが固唾を飲んで見守る中、発目が小瓶の蓋を開け、黒色の粉を彼の口の中に押し込んだ。その数秒後、彼は一瞬顔を顰めたかと思うと、突然飛び起きて口に含んだ粉を勢いよく吹き出した。

 

 発目が咄嗟に吹き出された粉を板でガードする中、彼は何度も咳き込みながら、自身をこんな目に遭わせた元凶を睨め付ける。だが、彼の顔は今にも死にそうなほど青褪めており、睨め付けられた所で覇気がないので全く怖くない。

 

 あっけらかんとした態度を取る発目には何を言っても無駄と悟った彼は、落ち着いて深呼吸を繰り返しつつ、少量の水を流し込んで口を漱ぐ。そして、先ほど自分の口内に押し込んだ物は何だったのかを尋ねる。

 

 

「ああ、あれですか? サルミアッキですよサルミアッキ。持ってたら面白いだろうなと思いまして、先日ネットから取り寄せたんです。どうでしたか、お味の程は? 砕いて粉末状にしたので、より一層味がダイレクトに伝わったかと思います。これでばっちり目が覚めたでしょう?」

 

 

 満面の笑みで教える元凶に、確かに徹夜明けの自分には効果的だったと言葉を返す。

 

 2人のやり取りにクラスメイト全員がドン引きしていると、いよいよ入場の時刻となったので控室を出て待機する。入場門の向こう側からは今か今かと期待して待つ観客達の声が聞こえ、その歓声を耳にしたクラスメイトは、若干緊張した面持ちでたたらを踏んだ。

 

 ふと彼は、隣にいる発目を見た。他の人と同様、発目も緊張しているか気になったからだ。しかし、彼女は緊張のきの字もないどころか、どうやって自分の作ったサポートアイテムを観客にアピールしようかワクワクしている。そう言ってるかの様な表情だった。

 

 これは自分も負けていられないと気合を入れ直した彼は、今朝完成したばかりのアイテムがしっかりポケットの中にある事を確認し、薄らと笑みを浮かべる。これをどこでどのタイミングで使おうか、今から楽しみで仕方がなかった。最初から披露して度肝を抜くのもあり、後から公開して印象に残すのもありだ。

 

 そんな事を企んでいる間にも時間は経っており、とうとう選手入場の時がやってきた。入場の合図がかかり、彼はクラスメイトと共に入場門を潜り抜けて会場に出る。

 

 門を潜った先は見渡す限り人だらけで、あちこちから大歓声が沸き起こっている。改めて雄英体育祭の規模の大きさに感心していると、会場のスピーカーからアナウンスの声が鳴り響いた。

 

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に1度の大バトル!! どうせお前らあれだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!! ヒーロー科1年A組だろぉ!?』

 

 

 アナウンスのそんな声が会場全体に響くと、観客達がそれに応えるかのように一際大きな歓声を上げる。

 

 だが彼は思った。敵の襲撃を退けたのは凄いし、注目が集まるのも当然なのだが、雄英側がそんな事を言っても大丈夫なのか? 幸いにして死者は出なかったらしいが、それでも襲撃を許す失態を犯しておいて、その事を棚上げして美談であるかのように語るのはかなり不味いのではないか? これでもう1度襲撃を許してしまったら、今度こそ雄英の信頼は崩れ去ってしまうだろう、と。

 

 だが、それは雄英高校の教師達がどうにかすべき問題であって、ただの一生徒でしかない彼がその事に口出しするのはお門違いにも程がある。だから彼は、雄英に対して批判的な意見を持ちつつも、それを口に出す事はしなかった。

 

 

『A組だけじゃない、こっちも精鋭揃いだ! ヒーロー科1年B組!! 続いて普通科C・D・E組! サポート科のF・G・H組も来た! そして経営科……!』

 

 

 A組の大々的な紹介と比べると雑過ぎるにも程があるクラス紹介に、A組以外の生徒達が眉を顰める。特にB組と普通科の生徒にその傾向が強い。自分達だって選手としてここにいるのに、観客の注目を全部A組に奪われて見向きもされていない事実に苛立っているからだろう。心なしか空気も殺伐としている。

 

 それに比べてサポート科と経営科はなんと平穏な事か。最初から体育祭に対する熱意が無いか、彼や発目のように参加する目的がヒーロー科や普通科とは根本的に異なるからである。そのような理由があるので、A組に対する敵対心はこれっぽっちも抱いてない。無論、頭のおかしい2人組も例に漏れず。

 

 そうこうしている内に全ての生徒が壇上前に並ぶ。

 

 

「選手宣誓!」

 

 

 壇上に変態が1人現れた。全身ピチピチのタイツに身を包み、鞭を片手に携えて舌舐めずりするその姿は、どこに出しても恥ずかしくない模範的な変態。そう、18禁ヒーロー、ミッドナイトの登場だ。今年の主審は彼女が務める事になっている。

 

 

「どうしたんですか? そんな顔をして」

 

 

 どこか微妙な顔をしている彼に、隣にいる発目が話しかけてきた。

 

 今のミッドナイトの年齢を考えると、あの格好はエロさじゃない痛さを感じる。だが、恥ずかし気もなく大衆の前に出られるその神経には目を見張るものがある。そのような思いが混ざり合った結果、今のような表情になっているのだろう。彼はそう答えた。

 

 

「あー確かに、良い歳した大人があの格好はちょっと笑えないですね。もし私の親があれだったら全力で他人の振りしますよ」

 

 

 発目の言葉に彼も心の底から同意して首を振る。自分の親があの格好とか、それはどんな悪夢だろうか? 想像したくもない。

 

 

「お黙り! そこの2人、生意気な事言ってんじゃないよ! 特にそこの坊や、今度生意気な事抜かしたら、一生忘れられないお仕置きしてやるからね! 覚悟してなさい!」

 

 

 どうやら会話の内容が本人の耳にも届いていたらしい。声を細めて言ったはずなのにどんな耳をしているのだろうか。というかお仕置きは勘弁してほしい。A組にいる葡萄みたいな頭をした男子が羨ましそうな視線を向けてくるが、彼はちっとも嬉しいとは思わなかった。

 

 思わず目を逸らすと舌打ちして進行を始めるミッドナイト。選手宣誓に爆豪勝己と呼ぶ声が響く。例年体育祭の選手宣誓は、その年のヒーロー科の入試1位が行う事になっている。だが、壇上に現れたのはどこからどう見てもチンピラとしか思えない風貌の男子だった。とてもヒーローを目指している人には見えない。

 

 

『せんせー……俺が1位になる』

 

 

 瞬間、爆豪に対するブーイングの嵐。そして、調子に乗るなと抗議する生徒達に向かって爆豪は首を掻っ切る仕草を取り、せめて跳ねの良い踏み台になってくれと言葉を返す。その態度が更にブーイングを加速させる。

 

 ちなみに、抗議しているのはヒーロー科と普通科のみで、サポート科と経営科の面々は気にも止めていない。無論、彼と発目も全く気にしていない。繰り返し言うが、彼らは体育祭にかける熱量と参加する目的が違うのだ。

 

 

「さて、それじゃあ早速第1種目行きましょう!」

 

 

 第1種目は障害物競走。全クラス総当たりで行うレースで、4kmのコースを回って順位を競い合う。そして、コースの外に出さえしなければ何をしても構わないというルールだ。

 

 皆がスタートラインに並ぶ中、彼は発目を呼び寄せる。

 

 

「なんですか? もうすぐスタートなので早く行かないと……」

 

 

 急ぐ彼女に待ったをかけ、そしてある提案を持ちかける。この障害物競走でアイテムの使用は控えてほしいという提案を。その提案に当然発目は顔を顰めた。

 

 

「ちょっと待ってください、それは駄目ですよ! どうして私のベイビーをアピールしたらいけないんですか!? いくらあなたと言えど、その頼みは聞けませんね!」

 

 

 その反論は想定内だ。だから彼は、彼女にそのような提案を持ち掛けた理由を簡潔に説明する。その説明を聞いて、発目は驚きに目を見開く。

 

 

「えっ、それ本当なんですか!? いえ、確かにそれならあなたの提案に乗っても良いとは思いますが……。もしその話が本当だとしたらとんでもない事ですよ」

 

 

 信じられないといった目を彼に向けるが、とりあえず納得はしてくれたので急いでスタートラインに立つ。初めて彼女の驚く顔を見られて、彼はそれだけでもご満悦だった。

 

 

「スターーーート!!」

 

 

 スタートの合図と同時、生徒達が一斉にゲートを通ろうとして大渋滞を起こす。2人は後方に位置していたため、渋滞の煽りをモロに受けてしまった。その時、前方から大量の冷気が押し寄せてきたので、彼は咄嗟に発目の手を取ると舞空術で飛び上がる。

 

 飛び上がった直後、前を走っていた生徒達の足元が凍結されていく。間一髪凍結の被害を免れた発目は、振り落とされないように彼の体にしがみ付く。

 

 

「いやー助かりました! 危ない所でしたよ!」

 

 

 ゲートを潜り抜けて氷が張っていない場所に降り立つと、飛び降りた発目が袖を引っ張って急かす。

 

 

「さあ、やるなら早くしてください! 急がないとどんどん置いて行かれます!」

 

 

 発目の言葉を背に、彼はポケットからアイテムを取り出すとコースの中心から外れ、人気のない場所へ移動する。この時点で先頭集団は既に第一関門を突破しているのだが、彼らにとってはなんの問題も無い。もう少し遅くても巻き返しが可能なほどには余裕だった。

 

 

「ほうほう、それが先程言ってたアイテムですか。ちょうど手に収まるサイズ、持ち運びには不自由無さそうですが……どれほどの性能か見せてもらいましょう!」

 

 

 


 

 

 

 障害物競走が始まってしばらく経った頃。先頭集団を始め、ヒーロー科等の面々は第3関門を突破しようとしていた。

 

 怒りのアフガンと名付けられたその場所は、コース一面に大量の地雷が仕掛けられている。無理に突破しようとすると地雷の爆風に煽られて大幅なタイムロスをしてしまい、先頭であればあるほど不利な障害だ。

 

 

「はっはー! 俺には関係ねぇー!!」

 

『ここで先頭が入れ替わった! 喜べマスメディア、お前ら好みの展開だああああ!!』

 

 

 そんな中、常に先頭を走っていた轟焦凍に爆豪が追い付き、トップを賭けた苛烈な攻防が始まる。2人の後を追う形で他の生徒も地雷原を乗り越えていく。

 

 だが、依然としてトップに立つ2人が圧倒的にリードしており、このまま順位は決定する。そう思われていた。

 

 その時だった。

 

 

『後方で大爆発!? なんだあの威力!? 偶然か故意か……A組緑谷、爆風で猛追ー!? つーか、抜いたああああー!!』

 

 

 地雷原の入口付近でせっせと地雷を搔き集め、その大爆発を利用して吹き飛んだ緑谷出久が先頭の2人を追い越した。

 

 それを見た爆豪が爆破の加速で緑谷を追いかける。

 

 

「デクぁ!! 俺の前を行くんじゃねえ!!」

 

「後ろ気にしてる場合じゃねえ……!」

 

 

 轟も氷を出して、一気に緑谷に追い付こうと走り出す。

 

 

『元先頭の2人、足の引っ張り合いを止めて緑谷を追う! 共通の敵が現れれば人は争いを止める! 争いは無くならないがな!』

 

『何言ってんだお前?』

 

 

 掴みどころのないプレゼントマイクのボケに、イレイザーヘッドこと相澤が淡々とツッコミを入れる。

 

 その間にも、空中で失速して一瞬で追い抜かれそうになった緑谷は、第1関門のロボから回収した鉄の板を強引に振り下ろす。

 

 地面に叩き付けられた鋼鉄の板によって、地中に埋もれる大量の地雷が起爆して大爆発を起こした。その爆発の煽りを受けて轟と爆豪は横に吹き飛ばされたが、ほんの少しだけ前にいた緑谷は前方に飛んで行った。

 

 地面の上を勢いよく転がりつつもすぐに立ち上がり、少しでも早くゴールしようと全力で駆け出す緑谷。その姿に、アナウンス席にいる2人が感心した様子で実況する。

 

 

『緑谷、間髪入れず後続妨害! なんと地雷原即クリア! イレイザーヘッド、お前のクラスすげえな! どういう教育してんだ!』

 

『俺は何もしてねえよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう』

 

 

 相澤の端的な返答に、しかしプレゼントマイクは無視して実況を続ける。

 

 

『さあさあ、序盤の展開から誰が予想出来た!?』

 

『無視かおい』

 

『今一番にスタジアムへ還ってきたその男、緑谷出久の存ざ…………ん? あれっ!?』

 

 

 第1種目の1位を発表しようとしたプレゼントマイクだったが、スクリーンに映し出された緑谷の順位を見て素っ頓狂な声を上げた。スクリーンを見ている観客達からも動揺の声が広がっている。

 

 それもそのはず。

 

 

『えっ、3()()緑谷? ちょっと待ってくれ、これは一体どういう事だぁ!?』

 

「えっ? 僕3位なの!? なんで!?」

 

 

 スクリーンに映し出された緑谷の順位は3位。誰もが1位と思っていた彼よりも、なんと2人も先にゴールしていたのだ。

 

 では、本当の1位は誰なのか。その答えは順位表に載っている名前を見て判明した。

 

 

『第1位、()()()? おいおいマジか、マジなのか!? ちょっと待てよ、こんな展開誰が予想出来るかってんだ! このスタジアムに1番乗りで還ってきたのはなんと、サポート科1年H組、発目明だああああー!!』

 

 

 今だ会場全体の動揺が収まらない中、その様子を見ていた発目は満足気に頷いた。

 

 

「うふふふふ……! 会場の皆さんの注目が私に集まっていますねぇ! 最高に良い流れですよこれは! それもこれも、全てあなたのおかげです!」

 

 

 発目が振り向いた先には、発目の次にゴールした彼が立っていた。つまり同じサポート科である彼が、この競技においての2位なのだ。

 

 

「まさか本当に聞いた通り、いや、それ以上の性能だったとは思いませんでした。一体どうやって作ったんですか?」

 

 

 彼の手に握られているアイテムを指差して、彼女はそんな疑問を口にした。

 

 

「その『ホイポイカプセル』とかいうアイテムは」

 

 

 彼の手の中にある『ホイポイカプセル』を指差して。

 

 

 


 

 

 

 それは数分前に遡る。 

 

 

「ほうほう、それが先程言ってたアイテムですか。ちょうど手に収まるサイズ、持ち運びには不自由無さそうですが……どれほどの性能か見せてもらいましょう!」

 

 

 発目の言葉を背に、彼はポケットから取り出したホイポイカプセルを持つと、先端にあるスイッチを押して広い場所に放り投げた。

 

 すると、地面に転がったカプセルがポンッ! という軽快な音と共に煙に包まれる。そして煙が晴れた先にあったのは、2人乗り用の自動車だった。だが、自動車にしては肝心のタイヤがどこにもない。

 

 というのも、ホイポイカプセルに次いでこちらも何気に凄い発明品で、彼の家にあるポッドを利用して作った物であり、反重力の技術を搭載した新型の自動車とも飛行機とも言える乗り物だ。詰まる所、ドラゴンボールに出てくる宙に浮く自動車、エアカーと同じである。

 

 四次元ポケットみたいなカプセルに、宇宙の技術を利用して作った最先端の自動車を前に、発目の瞳はこれ以上に無いくらい光り輝いていた。

 

 

「おおー!! 小さなカプセルから自動車サイズの乗り物が出てくるとは! これ中身どうなっているんですか!? 乗り物の方も気になります! 是非とも私のベイビーと組み合わせてみたいですね! うふふふふ……!」

 

 

 初めて見るホイポイカプセルに早くも笑いが止まらない発目を横目に、彼はエアカーの運転席に乗り込むと発目にも乗るように催促する。そろそろ行かないと追い付けなくなってしまう。既に先頭は第2関門を突破しているのだ。

 

 

「では失礼して……さあ、全員牛蒡抜きにしてやりましょう!」

 

 

 助手席に座った発目が片手を掲げながら高らかに宣言する。彼も一緒に片手を掲げると、エンジンを付けてハンドルを握り締める。その瞬間、車体が地面から少し離れてその場で静止する。

 

 これで出発の準備は整った。性能テストは自宅の敷地内で済ませたので問題無い。彼は車体を一気に上空へ飛び上がらせると、思い切りアクセルを踏み込んだ。

 

 瞬間、速度ゼロから一気に最高速度の時速250kmで飛行する鋼鉄の塊が爆誕した。コースの距離は4kmなので、この速度で飛行すれば1分程度でゴール出来る。発目の言葉通り、全員を牛蒡抜きにするのはあっという間だった。

 

 

「風が気持ち良いですね! しかもこの高さなら全員の視界から完全に外れているので、途中で妨害される心配もありませんね」

 

 

 今彼らがいる場所は、第一関門にいるロボ・インフェルノの頭上の遥か上空。手を伸ばせば雲に届きそうな位置にいると言えば、どれほどの高さで飛行しているかが分かるだろう。

 

 ちなみに、彼がホイポイカプセルを使う瞬間から2人が上空に飛び上がって飛行する姿は、他の生徒達にも映像越しに見る観客達にも見えていない。常に彼らの注目は先頭を走るヒーロー科の面々に向けられ、他の生徒達の動向は気にも留めていなかったからだ。レースを中継するカメラロボもそんな観客の意図を汲み取ってか、既に後方にいる生徒達からは離れていた。

 

 だからこそ、誰も気が付かなかった。遥か上空を飛行する2人があっという間に全員を追い越し、ゴール手前で地上に降り立つ瞬間を。

 

 そしてゴールする直前。

 

 

「エアカーはちゃんと回収しましたね? ではさっさとゴールしちゃいましょう。どちらが先にゴールするか、じゃんけんで決めません?」

 

 

 じゃんけんの結果、彼がパーで発目がチョキだった。

 

 

「ではお先に失礼します」

 

 

 発目が先にゴールゲートを潜り、彼もその後に続いてゲートを通過する。だが、観客達はヒーロー科の生徒達に注目しており、尚且つあちこちから歓声が沸き起こっているため、彼らがゴールした事にまたしても気付かない。

 

 自分達のゴールに一切目を向けない観客達を他所に、2人はスタジアムの端の壁に寄り掛かって談笑を始める。お題は勿論、ホイポイカプセルとエアカーについてだ。

 

 それから数分後、遂に先頭(と思われていた緑谷達)がゴールして今に至る。

 

 

「いやー、それにしてもホイポイカプセルには驚かされましたよ。エアカーもですけど、どちらも世紀の大発明品じゃないですか。これ、両方とも市場に出回ったら今の物流業界が崩壊しますよ絶対。まあ、片方だけでも十分なんですけどね」

 

 

 発目が発したその言葉に、彼は今更になって、我ながらとんでもない物を作ってしまったのではないかと思うようになった。いくら原案者が別にいるとはいえ、この世界でのカプセル等の開発者は彼だ。今後の経済に多大な影響を与える可能性が非常に高いアイテムをどうするのか。その決定権の殆どは彼にあるのだ。

 

 事の重大さと責任の重さを今になって自覚した彼は、どうしようかと数分間悩みに悩んだ結果。

 

 深く考えるのは止めて、流れのままに身を任せようという結論を出した。思考を放棄したともいう。

 

 そうこうしている内に続々とゴールする者が集い始め、遂に第1種目の全てが終了する。

 

 そして、1つ目の予選を勝ち抜いた生徒達を呼び集める主審の声が聞こえたので、彼と発目は即座に話を止めて第2種目の説明を受けに行った。

 

 

 




 どうやって主人公はホイポイカプセルとエアカーを作ったかって? 要所要所で両親からのアドバイスを受けながら、気合と根性でどうにか完成まで漕ぎ着けました。自作したアイテムしか持ち運べないという規定だけど、別に他人からアドバイスをもらってはいけないとは言われてないからね。そこの君、屁理屈って言わない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 翻弄される騎馬戦

 あれから随分時間が経ってしまいましたが、4話目の投稿です。そして数々の誤字報告ありがとうございます。指摘された間違いは漏れなく修正しました。
 それではどうぞ。



 第1種目の全てが終わり、予選通過者が揃ったところで次の競技の説明が始まった。

 

 

「予選通過者は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されているわ! そしていよいよ本選よ! ここからは取材陣も白熱してくるよ! 気張りなさい!!」

 

「良いですねえ、皆さんの注目が私に集まっていますよ! これは絶好のアピールチャンス!」

 

「何はともあれ僕は3位。でもここからだ。本当に実力を試されるのはここからなんだ……!」

 

「クソッ、またデクに……! しかも全然知らねえモブ共にまで……!」

 

「僕だけヒーロー科で唯一通過出来てない……☆」

 

「どんまいね、青山ちゃん」

 

 

 結果を見て、観客の注目が集まって不敵な笑みを浮かべる生徒(発目)、好成績に浮かれる事無く気を引き締める生徒(緑谷)、格下と思っていた相手に負けた事を悔しがる生徒(爆豪)、予選を通過出来ずに落ち込む生徒(青山)、それを慰める生徒(蛙吹)といった風に反応が分かれる。

 

 

「さーて第2種目よ! 私はもう知ってるけど……何かしら!? 言ってる側からこれよ!!」

 

 

 モニターに表示された次の競技は騎馬戦。説明によると、参加者は2人以上4人以下で自由にチームを組んで騎馬を作り、通常の騎馬戦と同様に鉢巻を取り合うとの事。だが通常の騎馬戦との相違点として、先程の予選の結果に基づいて各自にポイントが振り当てられる。そして、騎馬戦でそのポイントが記載された鉢巻を取り合う仕組みだ。

 

 

「そして与えられるポイントは下から5ずつ! 42位が5ポイント、41位が10ポイント……といった具合よ。そして……」

 

 

 ミッドナイトは発目を一瞥し、衝撃の宣言をする。

 

 

「1位に与えられるポイントは、1000万!!」

 

「「「「……えっ?」」」」

 

 

 明らかにおかしいポイントの配分にその場の全員が思わず声を上げる。なぜなら発目のポイントを取るという事は騎馬戦で1位に成れる事と同義であるからだ。それ故に、発目は誰よりも狙われ続ける立場になってしまう。

 

 

「上位の奴ほど狙われちゃう、下克上サバイバルよ!」

 

 

 全員の視線が一斉に1人へ注がれる。その目はまるで、獲物を虎視眈々と狙い続ける肉食獣の目と同様。だが肝心の本人は、絶体絶命の危機とも言えるこの状況下でいつも通りに笑っていた。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。

 

 ヒーロー科でもないのに非常に強固な精神を持つ彼女を見て、流石発目と褒めてやりたいところだと彼は思った。

 

 

 


 

 

 

 第2種目の説明が終わり、チーム決めの時間に入った。15分以内にチームを組んで作戦まで練っておかなければならない。だが当然とも言えるべきか、1000万という常識外のポイントを持ち、他の科との親交がゼロのサポート科である発目と組もうとする人は誰もいなかった。

 

 それこそ、同じサポート科である彼以外は。

 

 

「いやー、助かりましたよ本当に。あなただけでも組んでくれる人がいて良かったです。このまま誰とも組めなかったら失格になる所でした」

 

 

 予選の1位通過者がチームを組めずに失格とは、それはどんな悲劇だろうか。とても全国放映で流して良いものでは無い。完全に放送事故だ。起こるかもしれなかった最悪の事態に、彼の頬を一雫の冷や汗が伝い落ちる。

 

 

「しかしどうします? 出来る事ならもう少し人手が欲しかったんですが、もう殆どの人がチームを組み終えていますし……どうやらこれ以上のメンバーは望めなさそうですね」

 

 

 周りを見渡すと、他の人は既にチームを決めて作戦を組み立てている真っ最中だった。確かにこれ以上のメンバーの追加は期待できない。

 

 

「仕方がないですね、こうなったら2人で騎馬戦に挑みましょう! ポイントは問題ないですし、2人の方が機動力が増して逃げやすいと思うので。逆に人数が少ない方がちょうど良いかもしれません。それに……」

 

 

 そこまで言って、いつもの大胆不敵且つ子供の様な無邪気な笑顔になる。

 

 

「障害物競走が始まる前にあなたが持ちかけてきたあの提案、実行するためには提案者であるあなたの協力が必要不可欠ですからね」

 

 

 その時、15分が経過した事を伝えるアナウンスが会場内に響き渡る。

 

 

「そう、全てはドッ可愛いベイビー達のために」

 

 

 そして、アナウンスを聞いて準備を始める2人の体から何やら不穏なオーラが溢れ出ていた。

 

 

 


 

 

 

『シンキングタイムも終了していよいよ騎馬戦の始まりだぁー!! 今回の注目はなんと言っても、ヒーロー科の奴らを差し置いて障害物競走で1位を取ったサポート科、発目明のチーム……って、あれっ!? 発目チームたったの2人!? しかも騎馬やってるもう1人もサポート科じゃねーか! これ本当に大丈夫なのかぁー!?』

 

『これは……中々面白い組み合わせになったな』

 

 

 サポート科のみで構成された2人だけの騎馬を見てプレゼントマイクが驚きの声を上げる中、全体を俯瞰していた相澤が各チームのメンバーの組み合わせに関心を寄せる。

 

 

「今回も頼りにしてますよ! さあ、自慢のベイビー達をじゃんじゃんアピールしていきましょう!」

 

 

 そう言ってサムズアップしてくる発目に、彼女のサポートアイテム(ベイビー)に身を固めた彼もサムズアップで返す。騎手である発目の額には、『10,000,205P』と書かれた鉢巻が巻かれている。

 

 

『まあ良いか! 何はともあれ開始は開始だ! 準備は良いかなんて聞かねーぞ! それじゃあ行くぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』

 

 

 プレゼントマイクの言葉に、発目のチームを取り囲む全員の視線が集中する。

 

 

『3!』

 

 

 サポートアイテムをいつでも使用出来るようにスイッチを片手に構えて。

 

 

『2!』

 

 

 周りを取り囲んでいるチームを警戒しながら。

 

 

『1!』

 

 

 気合を入れるため、発目と同じ様にゴーグルを掛ける。

 

 

『今、スタートだああああー!!』

 

 

 プレゼントマイクの開始宣言と共に始まる騎馬戦。

 

 

「つってもよぉー! 実質それ(1000万)の争奪戦だ!」

 

「はっはっはっー! 悪いけど貰っちゃうよー!」

 

 

 早速2人の騎馬目掛けて2組のチームが突撃してきた。鉄哲チームと葉隠チームの2組だ。どちらとも相手がサポート科だからといって容赦する気は欠片もない。むしろ自分達が集めるはずだった注目を取られ、その意趣返しをしてやろうという気があった。

 

 彼と発目も狙われ続ける事は想定内だったため、焦らず冷静に背中のサポートアイテムのスイッチを入れる。鉄哲チームにいる骨抜が足元の地面を柔らかくするが関係無い。

 

 

「なっ!?」

 

「飛んだ!? サポートアイテムか! 逃がさん!」

 

 

 他のチームがあの手この手で迫ってくるよりも前に、発目が背中のジェットパックを起動して空を飛び、包囲網から素早く脱出する。彼の舞空術で飛んだ方がもっと速いというのは言いっこなしだ。

 

 

『おーっと発目チーム、サポートアイテムを駆使して飛んだー!! やるじゃねえかサポート科!!』

 

『しかも2人だけだから機動力も遺憾なく発揮出来ている。同じサポート科という事もあって、空中でも連携が取れた行動が可能。合理的だな』

 

 

 実況と解説の2人が発目チームの行動を褒める。その間にも多くのチームが発目の鉢巻を狙って追いかける。

 

 

「耳郎ちゃん!」

 

「分かってる!」

 

 

 葉隠が叫ぶと、耳たぶがイヤホンジャックの耳郎がすかさず後ろから2人を攻撃する。だが、それも発目達には関係ない。

 

 

「後ろからの攻撃も対策済みです! 全方位センサーのおかげで死角も楽々カバー出来るので!」

 

 

 ジェットパックに付随されたセンサーによって事前に攻撃が分かっていた発目は、耳郎の攻撃をあっさり躱すと同時に銃を取り出し、その銃口を葉隠チームに向けて引き金を引いた。

 

 

「キャッ!? な、なにこれネット!? すっごく絡まって取れないんだけど!?」

 

「対敵捕縛用のネットです! 暴れれば暴れるほど絡まり易くなっています! 炭素繊維を混ぜ込んだネットを使用しているので、無理やり引き千切るのは至難の業! 時間をかけてゆっくり解く事をオススメしますよ!」

 

 

 銃から発射されたネットによってその場に拘束された葉隠チームを横目に、彼は他のチームの動向を探るためステージ全体を見渡す。

 

 発目の背中にジェットパック、彼の両足に飛行用ジェット搭載のブーツが装着されているので、2人で息を合わせながら長時間の飛行を可能にしている。燃料の量にも問題無い。だからこそ、他のチームにはない滞空というアドバンテージを持っていた。繰り返すが、舞空術を使えばもっと楽になれるというのは言いっこなしだ。

 

 

「良いですよ良いですよ、この調子です! さあ、このまま張り切っていきましょう!」

 

 

 調子の良い声で発目がそんな事を口にする。すると突然、全方位センサーに又もや反応があった。

 

 

「来ましたね。今度は一体どこのチームが……」

 

「調子乗ってんじゃねえぞクソモブ共がぁ!!」

 

 

 横から反応があったのでその方向に首を傾けると、爆破の衝撃で飛びながら急接近する爆豪の姿があった。

 

 

「死ねぇ!!」

 

「そんなあなたにはこれをプレゼント!」

 

 

 急接近してきた爆豪に臆する事無く、発目は冷静に銃口を向けて捕縛用ネットを発射。瞬間、爆豪を覆い被さらんとするネットが迫る。

 

 

「甘えんだよクソが!!」

 

 

 だが、爆豪は迫りくるネットを爆破の衝撃で吹き飛ばしつつ、空中で器用に体勢を整えて今度こそ攻撃を当てようと接近する。

 

 

「今度は当ててやる! くたばりやがれ!!」

 

 

 どこからどう見ても凶悪敵にしか見えない笑みを浮かべながら発目の目の前まで飛ぶと、容赦なく爆破の攻撃を当てようと右腕を大きく振り被る。

 

 傍目には絶対絶命の危機だ。だが、鋼の精神を持つ発目がこの程度で動揺する事はない。

 

 

「掛かりましたね! 目の前まで近付いたのがあなたの運の尽き!」

 

 

 発目のゴーグルには様々な機能が付いている。そんなゴーグルの横に取り付けられたスイッチを押すと、頭部にある円形のガラスから光が放たれた。その瞬間、発目と爆豪の周囲が昼間以上に明るく照らされる。

 

 

「なっ!? 目が……!」

 

「隙あり!」

 

 

 突然の光の放射に思わず目を瞑る爆豪。その隙を突いてすかさず捕縛用ネットを発射すると、視界を塞がれた爆豪はあっさりとネットに絡まった。

 

 

「しまっ…‥クソがああああー!!」

 

 

 そして、悔しさと怒りを織り交ぜた叫声を上げながら地面に落下。衝突する直前でテープを射出する個性の瀬呂に巻き取られ、自身の騎馬まで戻される。

 

 

『瀬呂、落下する爆豪を既の所で回収したー! つーか爆豪の奴、騎馬から離れたぞ!? 騎馬戦的に良いのかあれ!?』

 

「テクニカルなので大丈夫! 地面に足付いてたら駄目だったけど!」

 

 

 どうやら反則ではないらしい。

 

 

『開始早々に鉢巻を奪われると思っていたよ! でもどうだ!? 発目チーム、予想以上に善戦しているぞー! つーか、逆にヒーロー科の連中を翻弄してねーかこれ!?』

 

『自作のサポートアイテムを使えるという特権を全面的に活かした作戦。そして何度も言うが、2人という必要最低限の人数だからこそ、ああした派手な立ち回りを可能にしている』

 

『解説サンキュー、イレイザー!!』

 

 

 2人の会話を聞きながら、彼と発目はサポートアイテム(ベイビー達)が注目されている事実に笑みを浮かべる。

 

 

「今のは危なかったですねえ。咄嗟に目潰ししていなければ、こっちがやられていましたよ」

 

 

 言葉の割には随分余裕そうだった事については触れないでおこう。彼はそう思った。

 

 ちなみに2人が掛けているゴーグルは、その場の明るさに左右されない構造となっている。だからこそ、急に明るくなっても2人の視界だけはいつも通りだった。

 

 爆豪の特攻が失敗した事を受けてか、堂々と鉢巻を取りに来るチームが途絶えたので、その間に全体の様子を確認する。

 

 大体のチームが歯痒い思いを顔に出した状態でこちらを見ていて、いつどうやって鉢巻を取ろうかと様子を窺っている。ネットの餌食となった2チームは今も尚ネットからの解放に苦戦しており、特に爆豪チームに至っては、解いている最中にB組のチームに鉢巻を奪われる始末。爆豪の怒声が一段と大きくなった。

 

 そんな中、発目チームを狙わない所もいくつか存在した。1人の騎馬の背中に身を隠した峰田チームが緑谷チームに猛攻撃を仕掛け、それを騎手の緑谷が紙一重で躱し続けている。他には、先ほど爆豪チームから鉢巻を奪い、追い討ちとばかりに爆豪を煽りまくるB組のチームもいる。そしてポイントだけで見れば、全体的にB組の方がやや優勢だろう。

 

 

『さっきまで狙われまくってた1位だが、急にどこのチームも攻撃しなくなったぞ! やはり爆豪の単騎特攻の失敗を受けて警戒しているのかぁ!? となった所で今、試合時間の半分が経過した! 持ちポイントはどうなっているのか、残り時間7分となった現在のランクを見てみよう!』

 

 

 プレゼントマイクはそう言って、現在の順位をモニターに表示する。

 

 

『あれっ!? ちょっと待てよこれ。発目チームは置いといて、A組そんなにパッとしてねえぞ? どっちかと言うと、B組の方がやや優勢か? というか、爆豪のポイントがゼロって……』

 

 

 やはり彼の予想通り、B組の方が優勢だった。鉢巻を取られてゼロポイントになったチームの多くがA組だ。体育祭開始前から注目されていたA組のまさかの劣勢に、観客の多くも動揺を隠せない。

 

 各々のチームが入り乱れて戦う展開となった地上を眺めながら上空を飛び回る発目達にとっては、非常に好都合な事この上ない状況だ。1位の鉢巻の奪取を諦めて下位のチームの鉢巻を狙う作戦に移ってくれたおかげで、その分発目のベイビー達を大々的にアピール出来て、尚且つ次の本選に進み易くなるからだ。

 

 そう、この状況こそが彼の狙いの1つである。第1種目が始まる前、彼は発目にこう言ったのだ。自分の作ったアイテムを使えば間違いなく障害物競走で1位に成れる。そして1位になって観客の注目が最高潮に達した所で自慢のベイビー達を見せつければ、より一層強烈なインパクトを与える事が出来るだろうと。

 

 障害物競走の様子は映像越しで見る事しか出来ない。しかも多くの生徒が自慢の個性を披露しながら走るので、1人1人に対する注目度は下がってしまう。ましてやサポート科なんて誰も見向きやしない。それではせっかくのベイビーの晴れ舞台も微妙になる事請け合いだ。そんな半端な結果はいらない。

 

 どうせ披露するなら、1位という箔を付けて必然的に注目度が増す状況で。映像越しではなく、直接目で、耳で、肌で感じ取ってもらう。そうすればより一層、会場にいる全員にドッ可愛いベイビー達の魅力を知ってもらえる。強烈な印象を持ってもらえる。だからこそ、障害物競走ではベイビー達の使用を控え、次に備えた方が良いと提案した。

 

 ちなみに彼が使ったホイポイカプセルとエアカーだが、使った場面は映像に一切残っておらず、発目と彼がゴールする瞬間の映像しか残っていなかった。映像を確認したパワーローダー先生によると、何故か2人がスタートした直後とゴールする直前のカメラの映像に乱れが生じていたとの事。一体何が原因でそんな事が起こったのか、その真相は定かではない。

 

 よって、彼が作ったアイテムの存在はまだ発目しか知らないのだが、会場の皆にお披露目する事を止めたわけでは無い。後に続く本選で大々的に披露するつもりである。彼も発目と同様、自分の作ったアイテムを見せるなら間近で見せた方が良いという考えだ。

 

 

『ここで残り時間3分を切った! 試合展開も大きく変わっている! だが、1位は依然として発目チームのままだ! ダークホースのサポート科、障害物競走のように1位のままで逃げ切るかぁー!?』

 

 

 だが、そうこうしている内に試合展開は目紛るしく変わっていく。僅か数分の間に、やや優勢だったB組が怒涛の追い上げを見せるA組に徐々に押され始めた。

 

 爆豪を煽り散らかしていたB組の騎馬は、怒り狂った爆豪の返り討ちと容赦ない追撃に遭って撃沈。その他にも多くのポイントを所持するB組の騎馬がちらほらいたが、轟チームによる広範囲電撃と氷結の合わせ技で拘束されて、軒並みポイントを奪われてしまった。

 

 緑谷チームも、猛追を仕掛ける峰田達をどうにか退けた上にポイントまで奪い、現在4位という高順位をキープしている。現在鉢巻を持っているB組は鉄哲のチームのみで、残りは全てA組の3チームが鉢巻を占有している。そして最後に、例外でサポート科の発目チーム。この5つのチームによるポイントの奪い合いとなった。

 

 

『順位は見ての通りだぜリスナーども! 1位は発目チーム、2位轟チーム、3位爆豪チーム、4位緑谷チーム、5位鉄哲チームだ! 他のチームは轟の氷で身動きが取れない状況だから、実質この5チームで鉢巻を奪い合う形となる! と言いたい所だけど、この状況あれじゃね!? 次にどこが狙われるか決まってねえか!?』

 

『確かに、1000万ポイントを持つサポート科の騎馬がいるこの状況下で、常にトップを追い求めるあいつらが取りに行かない道理は無い。だからといって迂闊に近付いたら、爆豪のように返り討ちに遭ってしまう。あの2人が持ってるサポートアイテムの数は計り知れない。ヒーロー科と比べて戦闘経験に乏しいとはいえ、舐めて掛かると痛い目に遭うのは確実。それに……』

 

『それに?』

 

 

 ステージの状況を淡々と解説する相澤は、発目達を見て目を細める。

 

 

『あの2人はまだ、個性を一切見せていない。今はまだアイテム頼りだが、裏を返せば個性を使わず自作のアイテムのみであいつらを翻弄していた事になる。個性の内容によっては……まあ、警戒は必須だな』

 

『……言われてみれば確かに! 2人が個性使った所まだ見てねえじゃん! という事はさ、あれか!?』

 

 

 相澤の解説を聞いて、発目と彼がまだ1度も個性を使っていない事実に気付いたプレゼントマイクは、このタイミングでヒーロー科にとって聞き捨てならない爆弾発言を投下する事になる。

 

 

『あの2人の手に掛かれば、ヒーロー科全員敵わねえって事になるわけか!? 本気出さなくても余裕だぜって感じで! マジでヤバいな今年のサポート科!!』

 

 

 プレゼントマイクが放ったその言葉に、2人に向ける皆の視線が険しくなった。特に爆豪の目は悪鬼修羅の如く。小さな子供が見たら確実に大泣きするレベルだ。周囲の空気が重くなったのも気のせいでは無いだろう。

 

 これには流石の発目と彼も不味いと感じて冷や汗を……かく事は無かった。むしろこの状況を楽しんでいるのか、2人とも不敵な笑みを浮かべている。その態度がプレゼントマイクの言葉を裏付けしているかの様で、全員の闘志がより一層漲る結果となった。

 

 とはいえ相澤の言った通り、無策で突っ込むと目潰しと捕縛ネットのデスコンボを食らってしまうのがオチだ。全方位センサーがあるので余程の事が無ければ不意打ちも通じない。他にもどんなアイテムを持っているのか分からない以上、迂闊に手を出すのは得策ではない。何気に滞空しているのも厄介な点だ。

 

 1000万ポイントを狙うチームは、どうすれば発目チームから鉢巻を奪えるのか考えを巡らせる。

 

 

『残り時間2分となった! さあ、果たして1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!!』

 

 

 




 正直言って、騎馬戦はこの1話で終わらせるつもりでした。ですが気付けば長引いてしまい、このまま無理やり終わらせるのは微妙だよなと思い、もう1話追加する事にしました。とはいえ、次の話が丸ごと騎馬戦の攻防になる可能性は低いです。
 とりあえず、今後も1話ずつ確実に投稿していく所存です。(そして青山君、ごめん。本当にごめんね……。1人増えたから必然的にこうなってしまうの。だからお願い。許してください、なんでもしますから……!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 混乱と策略の終盤戦

 4話目投稿してから評価数・UA共に急増して驚いてます。ありがとうございます。
 最初、オリ主サイドではなく原作キャラサイドから話が始まります。横線引いて話を一旦区切る所まではそっちサイドです。個人的にどうしても書きたかったんです。……完全に我が儘ですね、はい。
 まあ何はともあれどうぞ。


『残り時間2分となった! さあ、果たして1000万ポイントは誰に頭を垂れるのか!!』

 

 

 プレゼントマイクの実況を聞きながら、緑谷チームのリーダーである緑谷出久は考える。

 

 

(時間はあと2分。それまでに轟君やかっちゃん達のチームよりも先に1000万ポイントを取らないと……! でも、迂闊に近付いたら反撃されてしまうし、個性もどんな物か情報がない。だからこそ、僕達のチームが1位になるためには……!)

 

 

 周りを警戒しながらもどう立ち回っていくか、必死に頭をフル回転させる。

 

 

「残り時間ももう少ない。でも、焦らず時間ギリギリまで僕達3人で粘るんだ。1000万を取るまでは、決して()()()()()()2()()()()()()()()()()立ち回るんだ!」

 

 

 額に自分の鉢巻と峰田チームから取った鉢巻を巻いた緑谷は、作られた騎馬の上でチームメンバーにそう告げる。

 

 

「やるよ! 麗日さん、常闇君!」

 

「うん!」

 

「ああ」

 

『アイヨ!』

 

 

 そして、緑谷は彼に声をかける。

 

 

()()()!」

 

「……ああ」

 

 

 4人目のメンバーである心操人使も、絶対に取ってやるという気概を見せながら言葉を返した。

 

 

 

 

 事の発端は、見るからにお人好しそうな人の集まりを見つけた事だ。警戒心のけの字もない緑谷と麗日に、若干の警戒はあるものの普通に接してくれる常闇の3人を見た心操は、彼らを利用しようと近付いた。

 

 

「そこにいる3人。……そう、お前らの事だよ。ちょっと良いか?」

 

「えっ? あっ、はい……」

 

「私達に何か……」

 

「用でもあるのか……」

 

 

 瞬間、3人の動きが止まった。彼の個性『洗脳』を食らってしまった証拠である。後は適当に指示を出して扱き使い、利用するだけ利用して騎馬戦を乗り切れば良い。

 

 そう思っていた時だった。

 

 

「よしお前ら、騎馬になって俺を上に乗せ……」

 

『オイ、ドーシタフミカゲ?』

 

 

 知性を持った常闇の個性、『黒影(ダークシャドウ)』が現れて常闇本人の頭を叩いた。

 

 不味いと思い、再び洗脳しようと試みる心操だったが既に遅かった。

 

 

「ハッ! か、体が動く……緑谷、麗日!」

 

 

 叩かれた衝撃で洗脳を解いた常闇は、すかさず緑谷と麗日の体を力強く揺さぶる。すると、ピクリとも動かなかった2人も息を吹き返したかの様に声を上げる。

 

 

「あっ! び、びっくりしたー!」

 

「返事をしたら急に靄がかかったみたいに動けんくなった! ねえ、今のってもしかして……」

 

「間違いなくこいつの個性だろうな。状況から考えるに、恐らく返事をさせる事で相手を支配下に置ける個性……差し詰め『洗脳』といった所か。2人とも、返事はするな!」

 

「えっ……?」

 

「洗脳って、それ……」

 

 

 洗脳を解かれたどころか、洗脳の種までバレてしまった心操の内心は穏やかでは無かった。これでもう1度洗脳するのが難しくなったからだ。仮に出来たとしても、また先程のように一瞬で洗脳を解かれてしまう。

 

 もうこの3人を洗脳して自分の駒にするのは無理だ。急いで別のチームに当たるべきだ。そう結論を出した心操は、サッと踵を返してその場から離れようとする。

 

 

「……あっ、ちょっと待って!」

 

 

 だが離れようとした途端、緑谷が彼の肩を掴んで引き留めた。なぜ止めたのか疑問に感じた心操だったが、恐らく洗脳してきた自分に文句を言おうとしてるに違いないと考えた。

 

 一瞬迷ったが、いきなり洗脳された上に利用されかけたら、そりゃあ文句の1つも言いたくなるよなと思い、素直に歩みを止めて再び振り向く。

 

 

「あっ、えっと……何て名前……」

 

「……心操人使だ」

 

 

 名前を聞かれた心操は、どうして自分の名前を聞いてくるのかと思いながらも、数瞬の時を経て自身の名前を教える。

 

 すると突然、緑谷が彼の肩を力強く掴んで言った。

 

 

「心操君、僕達とチームを組んでほしい!」

 

「……えっ?」

 

 

 緑谷の口から出てきた言葉は、彼が予想だにしていなかったものだった。

 

 洗脳されて文句を言われこそすれど、自分達を利用しようとしてきた人に対してチームを組んで欲しいと言う理由が分からなかった。

 

 だが、そんな疑問が彼の口から出てくる前に、緑谷は続けてこう言った。

 

 

「心操君がいればこの騎馬戦で1位になれる! 君の力が必要なんだ!」

 

 

 心操は自身の個性に対してあまり良い感情を抱いていない。齢4歳の時から持つ洗脳の個性のせいで、周囲の人からは『敵みたい』と言われ続け、日々偏見の目で見られる人生を送ってきたからだ。

 

 だから、いつか彼が洗脳の個性に対する想いを改める時が来るとすれば、その切っ掛けは目の前にいる度を越したお人好し(緑谷出久)と出会った事だろう。

 

 

 

 

 こうして心操は、緑谷チームの最後のメンバーとして騎馬戦に挑む事となった。途中、峰田チームに奇襲されるというアクシデントがあったものの、洗脳の個性を使って峰田達の動きを止めた事で、危機を脱した上に鉢巻まで取る事に成功している。

 

 残るは発目チームが持つ1000万ポイントの鉢巻を奪取するだけだ。上空で爆豪、轟、鉄哲の3チームの猛攻を捌き続ける発目達を見ながら、緑谷は鉢巻を奪える瞬間を虎視眈々と狙うのだった。

 

 

 


 

 

 

『残り時間あと1分と30秒だ! まだ1度も鉢巻を奪われていない発目チームだが、ヒーロー科の絶え間ない猛攻をたった2人で凌ぎ続けるなんて想像以上だ! 凄い、凄すぎる! これマジで逃げ切れるんじゃね!? なあイレイザー!!』

 

『爆豪達の攻撃も悪くはない。だが、やはりあの高さで滞空し続けている奴らが相手だとどうしても決定打に欠けるな。空中だと踏ん張りが利かないから、その分攻撃も弱まってしまう。対する向こうは安定した飛行で回避と防御に徹している。サポートアイテム頼りだから肉体的疲労も爆豪達ほどじゃない。だから余計に鉢巻を奪いにくい』

 

 

 相澤の言う通り、3チームとも鉢巻を奪おうとあの手この手で攻め続けているが、空中に留まり続ける発目チームから未だに1000万ポイントを奪えずにいた。滞空というアドバンテージが想像以上に大きい事を示している。

 

 これを可能にしているサポートアイテムは全て発目の自作だ。ホイポイカプセルシリーズを作った彼も大概だが、圧倒的な数のサポートアイテムを短期間で作成して使いこなす発目も同様におかしい。

 

 そして、この2人組の堅い守りに攻めあぐねている事実に、各チームのメンバーの表情は険しくなる一方だ。

 

 

「クソッ、モブの癖に調子乗りやがって……!」

 

「おい、どうする爆豪!? あいつら思っていた以上に素早い動きするから追いかけるのも一苦労だぜ。瀬呂のテープも悉く避けるしよ。それにお前の攻撃もさっきから……!」

 

「黙れ切島ぶっ殺すぞ! テメ―に言われなくとも、次は絶対取ってやる!」

 

 

 ある者は肥大化する怒りの感情を原動力に、獰猛な肉食獣の様な目で相手を睨み付け。

 

 

「最大出力の氷で一気に拘束して……いや、駄目だ。そんな規模で放ったら騎馬の3人が巻き添えを食らってしまう。……飯田、何か作戦はねえか?」

 

「すまない轟君。俺も今考えているんだが、あんな上空に留まられると俺では何も出来ない。せめてジャンプして届く高さまで2人が降りてくれたらチャンスはあるんだが……」

 

 

 ある者はどうやって鉢巻を奪うか頭を悩ませ。

 

 

「クッソー、舐めやがって……! よし塩崎、俺を奴らの所まで投げ飛ばせ! こうなったら俺が直接分捕りに行ってやる!」

 

「無茶言わないでください鉄哲さん! あなたを抱えてあの高さまで投げ飛ばすのは相当厳しいですよ! 仮にあそこまで投げ飛ばせたとしても、身動きが取れない空中では相手の思う壺です!」

 

「んなもんやってみなきゃ分かんねえよ! とにかく、どうにかして1000万ポイントを……」

 

 

 またある者は、もはや作戦と呼べるかどうか疑わしい方法で無理やり1000万ポイントの鉢巻を奪おうとしていた。だが、いくら考えてもいくら取りに行こうと動いても、のらりくらりと躱され逃げられてしまうのみ。

 

 そんなヒーロー科の生徒にとってもどかしい状況を作り出した元凶の2人組は、全員を見下ろす形でとても良い笑顔をしていた。

 

 

「良いですねえ良いですねえ! 私のドッ可愛いベイビー達が大活躍して会場中の注目を独り占めしてますよ! ……あっそうだ、今度はこっちから仕掛けてみませんか! 今まではただ逃げて守っての繰り返しでしたし、最後くらい目に物見せてやりましょう!」

 

 

 そんな中、乗りに乗っている発目がこちらから攻撃しようと言ってきた。今まで散々狙われ続けた鬱憤を発散するにはちょうど良いのだろう。

 

 だが珍しい事に、この提案に彼はあまり乗り気ではなかった。以前にも言ったが彼はサイヤ人であり、その力は過剰すぎると言えるほどにまで成長している。力加減はある程度可能だが、何かの弾みでちょっとでも力み過ぎてしまったら相手の大怪我待ったなしだ。

 

 よって、いざ攻撃するとなると人一倍気を使わないといけない。彼だけではなく周りのためにも、出来る事なら攻撃はしない方が良い。

 

 攻撃せずにこのまま待機で良いのでは? そう提案したが、発目が首を横に振って否定する。

 

 

「それでは困ります。試作機21号の性能を確かめるためにも、ここで使っておきたいんです」

 

 

 言いながら発目が背中から取り出した物は、一体どこにそんな物しまっていたんだと聞きたくなるような大きさの砲門だった。詰まる所、ロケットランチャーである。

 

 恐らく殺傷力は極限まで抑えられているだろうが、これを食らってヒーロー科の人達が無事で入られる保証は皆無に等しい。むしろトラウマを植え付けるかもしれないレベルの代物である可能性が高い。発目ならやりかねない。

 

 そんな事を思っていた時だった。

 

 

「別にあなたも一緒に攻撃してくれと言ってるわけではありません。ただ試作機21号を使える位置までの移動を手伝って欲しいだけです。あなたがどれほどの力を持っているかは計りかねますが、パワーローダー先生を軽く吹っ飛ばした時の事を考えると、力を使う事に乗り気でないその気持ちも分かります。無理強いをさせる気はありませんよ」

 

 

 発目の口から出てきた言葉に彼は驚いた。

 

 あの発目が。初対面の彼に向かって利用させてくださいとあけすけに言い放ち、他人への迷惑など1ミリも考えていないあの発目が、いきなり気を遣った言葉をかけたのだ。これで驚かない方が無理がある。

 

 だからこそ、意外な一面を見せてくれた彼女の期待に応えるためにも、最後に一発だけ大きな花火をぶつけてやろうという気になった。それに彼自身、試作機21号がどれほどの物か見てみたいという欲があった。何だかんだ言って、彼と発目は似た者同士なのだ。

 

 

『おーっと、急にどうした発目チーム!? 残り時間あと僅かって時に、急に高度を下げて距離を詰めてきた……って、デカッ!? えっ、どこにそんなもん隠し持ってたの? というか、あれってもしかしなくてロケランだよね? まさか使う気か? 最後の最後であれを使う気なのかぁー!?』

 

 

 プレゼントマイクの驚く声を聞きながら、彼は徐々に高度を下げて皆との距離を詰めていく。その間、発目はいつでも撃てるようにロケランを肩に抱え、砲門を皆がいるステージの中央に向ける。それを見て殆どの人が動揺するが関係ない。

 

 

「うふふふふ……! では行きますよ! 皆さんちゃんと避けて下さいね! 3、2……!」

 

 

 だがロケランを撃つ直前、下の方から爆発音が響いてきた。それに加え、心なしか周囲の気温も段々と低くなっている。

 

 咄嗟に音がした方に顔を向けると、そこには殺意的な目で迫りくる爆豪と巨大な氷塊を生成してぶつけようとする轟の姿があった。更に爆豪の後ろからはどうやってここまで飛んできたのか、全身を鋼鉄に変化させた鉄哲が飛んでくる姿も見える。

 

 3人とも先程までの読み合いなど無かったかのような勢いでこちらに向かってくる。普通ならどうしようもない状況だが、これまでずっと逃げ続けてきた発目達にとって3人の攻撃を回避するのは朝飯前だ。

 

 

「余裕かましてんじゃねえぞモブ共がぁ!!」

 

「ここまで虚仮にされて黙ってられるかよ……!」

 

「正々堂々と勝負しろやコノヤローッ!!」

 

 

 始めに、今いる場所から素早く轟の近くへ飛んで行く。もちろん捕まらないように不規則な軌道を描きながら。これでただ真っすぐ飛んでくるだけの鉄哲は何も出来ない。まずは1人目。

 

 

「さあ爆豪さん、こっちですよ! また返り討ちにしてやりますから!」

 

「舐めんなクソがああああー!」

 

 

 次に爆豪を煽って怒りを誘う。怒った相手ほど視野が狭くなり、その分集中力も低下する。つまり周囲への警戒が薄くなるのだ。

 

 だがこれまでの経験で、爆豪は例え怒っても冷静に物事を判断出来る事が判明している。だからこそ、爆豪が攻撃してくるギリギリまで引き付けて、ここぞというタイミングで発目が頭に取り付けた照明のスイッチを入れる。

 

 

「うぐっ……! もう慣れてんだよ!」

 

「いいえ、作戦通りです!」

 

 

 照明によって視界を塞がれる爆豪だが、既に1度経験しているため発目の位置を感覚で掴んでいる。このままでは爆破の攻撃をモロに食らってしまうだろう。

 

 ただ、忘れてはいけない存在がすぐ近くにいる事を爆豪は忘れていた。

 

 

「ガッ!? しまった、半分野郎の氷が……!」

 

 

 そう、視界を遮られたせいで近くにいる轟からの氷結攻撃の対処に遅れてしまったのだ。この氷結、元々は発目達に向けて放たれたものだが、その攻撃を逆に2人に利用されてしまった形となる。

 

 こうして攻撃の軌道上に入ってしまった爆豪は、氷に激突した衝撃で一瞬身動きが取れなくなる。その隙を発目は見逃さない。

 

 

「掛かりましたね! 駄目押しにもう1撃どうぞ!」

 

「ああああああクソがああああー!!」

 

 

 本日2度目となる捕縛ネットに引っ掛かった事で、今日一番の怒声を上げながら落下していく爆豪。数分前と全く同じ光景だった。これで2人目。

 

 これで残るは轟のチームのみ。ここまで来れば、後はこの4人を煮るなり焼くなり好きにするだけだ。

 

 

「これで残るは轟さん、あなたのチームだけですね。このまま大人しく降参するなら見逃してやっても良いですよ」

 

 

 追いかけられていたのは発目の方なのに、いつの間にか立場が逆転していた。

 

 発目の挑発的な言葉に一瞬歯を食い縛る轟だったが、ここで闇雲に攻撃しても自分達の首を絞めるだけだと考えを改め、努めて冷静であろうとする。

 

 

「……随分余裕だな。そんなに俺達が大した事なかったのか?」

 

「いえいえ、そんな事はありませんよ。私も正直言って、彼と騎馬を組んでいなければとっくの昔に鉢巻を奪われていました。いくら私のベイビーでも、流石に1人ではどうしようもありませんからね。他の誰でもない、彼のおかげでこうして逃げ切れているんです」

 

 

 そう言うと発目は、一緒に騎馬を組んでくれた彼の方に視線を向ける。

 

 

「なるほど、確かにそれもそうだな。だけど今の感じ……まるでそいつの方が、実力は俺達よりも上だと言っている様に聞こえたんだが?」

 

「……と仰ってますが、実際どうなんです?」

 

 

 どう? と聞かれても、別に嘘を吐くつもりも無かったので、彼は轟の質問に正直に答える。実力は自分の方が随分上だと思う、と。

 

 彼の返答を信じるか否かは聞いた相手次第だが、どう受け取られようとも彼にとってはどうでも良い事だ。しかし当然とも言うべきか、その返答は轟にとって聞き捨てならないものだった。いや、轟だけではなく他の3人にとっても聞き捨てならなかった。

 

 

「……俺達相手に大きく出たな。そんなに実力あるなら見せてもらおうじゃねえか……!」

 

 

 話はこれで終わりだとでも言うかのように、いきなり轟チームが戦闘態勢に入った。

 

 返答の内容を間違えてしまったと心の中で省みながら、彼も攻撃に備えて素早く身構える。

 

 

「せっかちさんですね。そんなに慌てなくても……」

 

 

 発目も同様に、下げていたロケランをいつでも撃てるように素早く肩に抱える。

 

 と、その時だった。

 

 

「皆、今だ! 常闇君!」

 

「よし、やれ黒影!」

 

『アイヨ!』

 

「わっ、いきなりですか!」

 

「なっ!? 緑谷だと!?」

 

 

 突如発目達の横から緑谷チームがやってきた。あまりに突然すぎて両チームとも対応が遅れてしまう中、麗日の個性で軽くなった緑谷が常闇の黒影に投げ飛ばされ、猛スピードで発目に向かって飛んでいく。

 

 だが、どちらも驚いたのは一瞬だけですぐに迎撃態勢を整えて待ち構える。このままではせっかく奇襲を仕掛けてきた緑谷も成す術なく叩き落とされてしまうだけだ。

 

 ただしそれは、緑谷だけの力だった場合に限る。

 

 

「そのサポートアイテム、逃げるために使ってばかりで全然大した事ないな! あんたらもそう思わないか!」

 

 

 緑谷チームの1人、心操が大声で発目自慢のベイビー達を馬鹿にしてきた。明らかな挑発だというのはすぐに分かったので彼は無視したが、ベイビー達を馬鹿にされた発目本人に無視という選択肢はあり得なかった。

 

 

「なっ!? 今言ってはならない事を……!」

 

 

 だからこそ、心操の洗脳にあっさりと掛かって動きを止めた。いきなり完全停止した発目を見て、こればかりは彼も動揺を隠せない。何度も呼びかけるも返事が返って来る様子はなく、虚な目をしたまま立ち尽くすだけだった。

 

 その一方で、目の前で突然動きを止めた発目を見て、困惑しながらも鉢巻を奪い取る絶好の機会だと判断した轟は、急いで2人を拘束するため巨大な氷を出そうとする。

 

 

「ヒーロー科のトップがその様とか、情けないと思わないか? ええ、轟さんよぉ!」

 

 

 だが、氷結で拘束しようとする轟を見て危機を感じ取った心操が、今度は轟を洗脳しようと咄嗟に大声で煽る。それも名指しで。

 

 

「何だとてめぇ……!」

 

 

 挑発には無視が一番なのだが、この時鉢巻を取る事に必死で焦りが生じて苛ついていた轟は、反射的に返答して心操の洗脳にまんまと引っ掛かってしまった。結果、轟も糸が切れたマリオネットの様に停止した。

 

 動かなくなった轟に異変を感じ取った騎馬の3人が何度も呼びかけるも、轟からの返事はない。

 

 

「止まった! 成功した! 『発目明、鉢巻を外して緑谷に投げろ』!!」

 

 

 2つのチームが止まっている間に、心操が発目に命令を下す。すると、発目は抵抗する事無く自身の鉢巻を外して、目の前まで近付いた緑谷に投げ付けた。心操の命令に従って行動する発目に、騎馬である彼の動揺が更に大きくなる。

 

 

「取った……取ったああああああー!!」

 

 

 その隙に緑谷が飛んできた鉢巻を掴み取ると、常闇が黒影を伸ばして即座に回収。急いでその場から離れて行った。

 

 これら一連の動きを全て見ていたプレゼントマイクは、驚きの余り大声で叫ぶ。

 

 

『お、おおおおおおー!! やった! 遂にやりやがった! 緑谷チーム、発目チームから1000万ポイントを奪い取ったああああー!! この土壇場で誰も成し得なかった偉業を緑谷チームがやり遂げたああああー!!』

 

『マジかよ、やるなあいつ』

 

 

 解説の相澤もこればかりは珍しく手放しで緑谷を褒め称える。観客席から観ていたオールマイトに至っては、思わず立ち上がって盛大な拍手を送っている。

 

 その興奮は観客達も同様。まさかまさかの展開に、会場中から大歓声が沸き起こった。空気が振動してステージもビリビリと震える。

 

 その間に洗脳の効果が切れたのか、どこかスッキリしない表情のままようやく発目が動き出した。

 

 

「はあ、やられました……。まさか人を操る個性持ちがいたなんて思いもよらなかったです。あれだけ暴れておいて、最後の最後で油断してしまいました。今回ばかりは本当にすみません……」

 

 

 珍しく落ち込んで謝る発目に、これも結果だから気にしなくて良いと彼は言葉を返す。

 

 

「まあ、そうですよね! 過ぎた事を悔やんでも仕方ありません! 残念ながら次の本選には行けませんでしたが、多くのベイビーを使って暴れる事が出来たので良しとしましょう!」

 

 

 だが、そう言って笑う発目の表情はどこか無理をしている様で、いつものあっけらかんとした彼女とは遠くかけ離れていた。その様子に違和感を抱いた彼は発目に言った。

 

 本音を言ってくれ、と。彼の言葉に、発目は深い溜め息を吐くと正直に話した。

 

 

「……本当は、まだ終わりたくありません。紹介してないベイビー達がまだあるんです。だから次の本選にも出て、もっともっと私のベイビーを皆に見てもらいたいんです。それまでは終われません」

 

 

 今回、この騎馬戦でヒーロー科の生徒達を散々弄んできた発目だったが、それでも先程の失態は精神的にかなり堪えていたらしい。彼女にしては本当に珍しい事だ。

 

 それを理解した彼は分かったと一言だけ呟くと、突然身に着けていたサポートアイテムを外し始めた。その行動に発目は首を傾げる。

 

 

「急にどうしたんですか? まさか、今から鉢巻を取り返す気で……? そのお気持ちはありがたいですが、もう残り10秒しかありませんよ? それに確か、個性を使いたくなかったはずでは?」

 

 

 10秒どころか1秒もあれば十分だ。

 

 正直言って、下手に力を使うのは危ないからアイテム頼りで体育祭を乗り切る気だった。だが、その見通しはどうやら間違っていたらしい。アイテムだけで乗り切れるほど相手も甘くは無かったという事だ。

 

 そして何よりも、いつもの発目に戻ってほしいという気持ちがあった。いつまでも沈んだ彼女を見るのは、彼にとってもあまり気分の良い物ではない。だから今だけは、鉢巻を取り返す事にだけ力を使おうと決心した。

 

 攻撃をしなければそれでいい。ただし移動の際、誤って相手に当たって吹き飛ばさないように細心の注意を払う必要があるが。

 

 

『さあ、ここでカウントダウン行くぜぇー! 残り5秒前! 5、4……!』

 

 

 ベイビー達を素早く外し終えて発目に預け。

 

 

『……3、2!』

 

 

 他の皆に気付かれないように、静かに気を高めると。

 

 

『……1!』

 

 

 彼は、その場から姿を消した。

 

 

『ゼロォォォォーッ!! 波乱万丈の騎馬戦だったが、ド派手な戦いを制して1000万ポイントを獲得したのは、緑谷出久率いる緑谷チー……んっ? あれっ!? あれぇー!?』

 

 

 終了の合図が鳴り響き、プレゼントマイクが興奮冷めやらぬまま緑谷チームの勝利を伝えようとした。しかし、その声はモニターに映し出された順位表を見て徐々に小さくなり、そして障害物競走の時と同様に素っ頓狂な声を上げた。

 

 

『えっ、ちょっと待って嘘だろ!? 第1位、()()()()()? ……なんで? 発目のとこは緑谷チームに鉢巻奪われたじゃねーか! おい、どうなってんだよ一体! これ集計ミスってるぞ!』

 

 

 混乱するプレゼントマイクの実況を聞いて、緑谷チームのみならず他の皆にも動揺が奔る。

 

 

「えっ、そんな!? 確かにあの時、1000万の鉢巻を……あれっ? あれっ!? 鉢巻が無い! 1000万の鉢巻だけどこにもない!!」

 

「嘘やろデク君!?」

 

「何だと!? それは本当か緑谷!」

 

「おい、どういう事だよ!」

 

 

 会場にいる誰もが混乱する中、相澤だけは発目チームにいる彼の動向を目撃していた。

 

 

(あいつ……最後の1秒で緑谷から鉢巻を奪い取りやがった。本人でさえ奪われた事に気付かないスピードで移動して。一体何なんだあいつは……?)

 

 

 その視線の先には、奪い返した1000万の鉢巻を発目に手渡す彼の姿があった。

 

 

 




 前回の後書きで騎馬戦の話は途中までしか書かないって言ってたはずなのに、いつの間にか1話丸ごと使って書いてた……。しかもいつもより1500字くらい長いし。(でも本当はもっと長くて、これでも3000字は削って少なくした方だなんて口が裂けても言えない……! というか、発目ってあんなに落ち込むキャラじゃなかったような……まあ細かい事は良いか!)
 今後もこのような事が起こる可能性は高いですが、それでも読んで頂ければ嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 Let's Start Crazy Party !!

 6話目です。何とか書き上げました。遅くなってすみません。今回はネタ方面というか、どうしても書いてみたかった事だったので書きました。特に理由のない余興パートです。でもその割には長く、10000字を超えました。
 それではどうぞ。


 予想外の最後に未だ混乱は続いていたが、騎馬戦が終わった事に変わりは無いのでとりあえず昼休憩を挟む事となった。

 

 興奮と混乱で騒ぐ観客達。その一方で、教員専用の控室に集まった雄英の教師達は先程の騎馬戦の映像を確認していた。確認する箇所は勿論、騎馬戦終了間際の部分だ。

 

 

「皆さん、この部分をよく見て下さい。試合終了間際のこの部分です。発目明と一緒に騎馬を組んでいたもう1人のサポート科……残り1秒で見せた彼の動向を」

 

 

 映像を確認しながら、彼の動向を目撃していた相澤は他の教師達にそう告げる。

 

 カメラに映っていたのは、残り10秒で身に着けたサポートアイテムを全て外した後、残り1秒でその場から姿を消したと思ったら、いつの間にか1000万の鉢巻を握り締めていた彼の姿。

 

 それを見たプレゼントマイクが疑問を口にする。

 

 

「なあイレイザー、これどうなってんだ? 最後の1秒でこいつが鉢巻を取り返したって事は分かったんだが……」

 

 

 プレゼントマイクの言葉に、主審のミッドナイトが続けて言う。

 

 

「サポートアイテムを使ったとかじゃないのは見て分かるけど……ねえ、彼の個性って何?」

 

「ちょっと待ってください、今資料を……あったこれだ。えーと……彼の個性は『尻尾』。その名の通り、尻尾が生えているという個性です。資料にはそう書かれています」

 

 

 相澤の答えを聞いて動揺が奔る中、プレゼントマイクが肩を竦める。

 

 

「おいおいイレイザー、冗談言ってんじゃねえぜ? 尻尾が生えているだけの奴が、たった1秒で緑谷から鉢巻を奪えるかって話だ。まさかとは思うが、個性登録を偽装しているとかじゃねえよなぁ?」

 

「でも尻尾が生えているのも事実。100%偽装しているとは言えないし、そもそも情報が少なすぎるわ。彼について何か知っている人はいるかしら?」

 

 

 ちなみに彼の個性名が尻尾である理由だが、彼の両親が『とりあえず尻尾生えているから尻尾で登録しておこう』という適当な判断で個性登録したからであって、特に深い理由があるわけではない。

 

 そんな事情など知る由もないミッドナイトの質問に、彼のクラスの担任であるパワーローダー先生が手を挙げる。

 

 

「担任として言わせてもらう。まず確実に言える事だが、あいつにはとんでもないパワーがある。以前工房であいつに背中を叩かれたんだが、あまりの衝撃に壁を突き抜けて隣の部屋まで吹っ飛ばされてな。正直死ぬかと思ったが、本人は軽いノリのつもりでやったらしい。軽く叩いただけでその威力だ、本気を出したらどうなるか見当も付かない」

 

 

 パワーローダー先生が言った彼の情報を聞いて、周りがシンと静かになる。全員が信じられないといった目をしていた。

 

 そんな静寂を相澤が破る。

 

 

「……騎馬戦で見せたあの超高速移動。超スローで再生して、辛うじて影が一瞬だけ見えるほどの意味不明な速度です。彼のパワーがどれほどの物かは分かりません。ただ、1秒足らずで数十mも離れた緑谷から鉢巻を奪って戻った所を見るに、少なくともスピードはオールマイト並みである事に間違いないでしょう」

 

「オールマイト並みのスピードか……確かにな」

 

「僕なんてスロー再生でも全く見えませんでしたよ……」

 

 

 雄英のプロヒーローであるブラドキングと13号が納得した顔でそう呟く。

 

 

「……なあ、とりあえずこの話は一旦置いといて、今は最終種目のトーナメント戦をどうするか決めようぜ。1位の発目チームが2人だから、最終種目に進む人数もトーナメントの組合せも予定とはズレちまっているんだぞ?」

 

 

 と、ここでプレゼントマイクが話の流れを変えて最終種目の話題を切り出した。

 

 予定では上位4チームの計16名が最終種目に進むはずだったが、発目達が1位になった事で2人分の空きが出来てしまっているのだ。

 

 

「確かにそれもそうね……イレイザーはどうする? このまま14人で決勝やっちゃう?」

 

「そこは先輩の好きなようにすればいいと思いますよ。今年の主審は先輩なんですから細かい調整は任せます。ただ、予定より人数が増減しても2人くらいならそんなに問題は無いかと……俺個人の意見ですが」

 

 

 ミッドナイトに意見を求められた相澤が自身の考えを述べると、それを聞いたミッドナイトが顎に手を当てて考える。

 

 結論が出たのはその数秒後だった。

 

 

「それじゃあもう2人増やして18人での決勝戦にしましょう。14人だけだと何か物足りないし、だったらもう1チーム分増やした方が良いと思わない?」

 

 

 ミッドナイトが出した結論に反論する者はいなかったので、騎馬戦の上位5チームによる決勝戦を行う事が決定した。

 

 こうして話が一通り済んだところで一先ず解散となったが、ここでプロヒーローのセメントスが今までずっと思っていた疑問を口にする。

 

 

「あの、ずっと気になっていたんですが……オールマイト、どこに行っちゃったんですか?」

 

 

 セメントス含めた何人かの教師がずっと思っていた疑問。1年生のクラスを担当する教師の殆どが集まる中、オールマイトだけがどこにもいなかったのだ。

 

 そんな疑問に答えたのはパワーローダー先生だった。

 

 

「ああ、オールマイトなら所用で来れないってさっき連絡が来たよ。なんでも決勝前にあるレクリエーションで準備する事があるらしくてな。しかも何故か、俺のクラスの問題児2人が関わっているとか何とか……」

 

 

 一言一言話す度にどんどん顔色が悪くなっていくパワーローダー先生を見て、相澤は微妙な顔をしながらも尋ねる。

 

 

「問題児2人……多分あの2人でしょうけど、何するか知らないんですか? 出来れば詳しい内容を教えて欲しいんですが……」

 

「知ってたらとっくの昔に教えてるよ。まったく、あいつら担任の俺にも教えないで何をするつもりなんだ? 頼むからこれ以上ヤバい事はしないでくれよ……!」

 

 

 担任でさえ何をするか把握出来ていない状況に、相澤の表情は暗くなる一方だった。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、騎馬戦を終えた彼と発目は食堂で昼食を取っていた。これまで彼はお弁当を持参していたが、今日に限っては用意する時間が無かったので食堂を利用するのは今回が初めてだったりする。だからというべきか、クックヒーローのランチラッシュが作る料理の味は一流シェフに匹敵する美味しさで感動という他なかった。

 

 そして、騎馬戦が始まった頃からヒーロー科を含めた全ての科からどことなく注目を集めていた2人。そんな2人は今、食堂で更なる注目を集めている。

 

 

「……ねえ飯田君。あれ、どうなってるか分かる……?」

 

「麗日君、俺にそんな事聞かれても困るんだが……。こちらが知りたいくらいなんだが、本当にどうなっているんだ?」

 

 

 A組の中でも特に仲が良いと言われている3人組の内の2人(飯田と麗日)が震える手で発目達を指差す。ちなみに、残りの1人は現在轟に呼び出されているためここにはいない。

 

 

「……なあ嘘だろ。あんなに食べて体型が全く変わってないとか、そんなのあり?」

 

「耳郎ちゃん落ち着いて? 顔が凄い事になってるから……体型変わんないとかズルい

 

「葉隠ちゃんも落ち着いて。個性の性質上、ああなのかもしれないじゃない」

 

「それでもズルいものはズルい! 私だって何も気にせず美味しい物いっぱい食べたい! 太らない体になりたい! こっちは毎日必死でダイエット頑張ってるのに不公平だ!」

 

 

 羨望と嫉妬の眼差しで彼に注視する耳郎と葉隠に、蛙吹が必死に宥めて落ち着かせようとする。

 

 他にも多くの生徒が彼と発目が座っている席に注目していた。もっと言えば、発目の隣で信じられない数の料理を食べ続けている彼の事を。

 

 

「いやー、前々からよく食べる方だとは分かってましたが、改めて見ると本当に規格外ですね。胃袋どうなってるんですか?」

 

 

 デザートのエクレアを頬張りながら感心した声でそう呟く発目に彼は、これでもまだまだ胃袋に余裕がある事を告げる。

 

 

「それだけ食べてまだ余裕があるとかおかしいですよ。もうかれこれ40人分は食べてると思いますが? それに見て下さいよあれ、ランチラッシュ先生が涙目になってますよ」

 

 

 そう言って発目が指差した先には、前代未聞の事態に薄ら涙を浮かべながら厨房を慌ただしく駆け回るランチラッシュの姿があった。先生には強く生きて欲しいと願うばかりである。

 

 涙目のランチラッシュを一切気に掛ける事無く食べるペースを落とさない無慈悲な彼を見て、周りの生徒達が彼の畜生っぷりにドン引きする。

 

 それからも彼は思いのままに食べ続け、結局食べる手を止めたのは30分後の事だった。

 

 

「……食いやがった。あいつ、あんだけあった飯を全部食いやがった。マジで信じられねえぜ!」

 

「ありゃもう大食漢ってレベルじゃねえぞ。自分の体積より食べてなかったか?」

 

「正直、あそこまで行くと驚きを通り越して凄えとしか言いようがねえや」

 

 

 終始全員の注目を集め続けた彼の食いっぷりに切島、瀬呂、上鳴の3人が感嘆の声を上げる。周りの皆も似た様な感想を抱いていた。

 

 そんな中、ようやく食べ終わった彼と発目は飲み物を片手に話し合う。

 

 

「やっと食べ終えた事ですし早く行きましょう。そろそろ準備しないとレクリエーションに間に合いませんし」

 

 

 発目の言う通り、2人は午後から始まるレクリエーションでとある事をしようと計画しているため、今すぐ準備に取り掛からないといけない。これは会場を賑わせるためのサプライズイベントなので、担任のパワーローダー先生にも詳しい内容は伝えていない。ただし協力者は3人いる。

 

 1人は根津校長先生。体育祭が始まる1週間前、サプライズイベントを行っても良いか根津校長に直談判したところ、面白そうだからとあっさり了承してくれた。しかも細かい予定の調整もしてくれたので校長先生には感謝しかない。他の先生に詳しい内容が一切知られていないのは校長の存在が大きい。

 

 2人目はリカバリーガール。雄英高校内では校長先生並みに発言権のある先生なので、協力してもらうに越した事はなかった。普段は厳しい先生というイメージがあり反対されるかと思いきや、意外にも乗り気だった事には驚いたが。

 

 こうして雄英の二大巨頭を味方にした事で多少の無理も押し通せるようになった。そして残る1人は……。

 

 

「さあ急ぎましょう、今回のイベントはかなり大掛かりなんですから。食事に時間を費やした分、準備する時間を切り詰めないといけないんですよ?」

 

 

 発目が空になったコップを片付けて、彼の手を引いて食堂を出ていく。様子を見ていた皆が暖かい眼差しを向ける中、危うくこけそうになりながらも発目の後に付いて行く彼だった。

 

 

 


 

 

 

 休憩も終わって午後の部。会場内は相変わらず大勢の観客で賑わっており、これから始まるレクリエーションにも歓声が轟く。

 

 そんな中、プレゼントマイクが声を張り上げる。

 

 

『最終種目の前に予選落ちの皆へ朗報だ! これはあくまで体育祭なので、ちゃんと全員参加のレクリエーションも用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んだし、午後からも一層盛り上がっていこうぜぇー! ……と言いたいところだが、1つ言わせてくれ……どうしたA組!?』

 

『何やってんだあいつら……?』

 

 

 プレゼントマイクのツッコミと相澤の疑問の声が会場内に響き渡る。

 

 それもそのはず、現在ステージにはチアリーダーの恰好をしたA組の女子が立ち並んでいるのだ。露出の多い煽情的な衣装を前に男子達がそわそわしている。それとは対照的にA組の女子は全員死んだ目をしていた。

 

 その内の何人かが大声で猛抗議。聞く限り、どうやら同じクラスの男子数名に騙されたらしい。しかも担任の名前まで出して欺いたとの事。ヒーロー科としてそれで良いのかと彼は思った。彼も人の事を言える立場では無いが。

 

 

『まあ良いか! せっかくの体育祭なんだし、今日くらい羽目外してどんちゃん騒ぎといこうじゃねーか!』

 

『いや、流石に羽目を外したら駄目だろ』

 

『というわけで、皆楽しく競い合えよ! レクリエーションスタートだぁー!!』

 

『だから無視すんなって』

 

 

 それからしばらくは楽しく平穏にレクリエーションが進んでいった。借り物競争、玉転がし、クラス対抗リレー、チアリーダーによる応援合戦など実に様々な競技が執り行われ、会場の皆も相応の盛り上がりをみせる。

 

 そうしてほとんどの競技が終わり、最終種目の時間が目前まで迫ったところでプレゼントマイクが再び声を上げる。

 

 

『いよいよレクリエーションも大詰め、ラストの項目だ! これが終われば30分の休憩を挟んで最終種目となるぜ! そんなわけでレクリエーション最後の項目は……これだぁー!!』

 

 

 その声に呼応して、巨大スクリーンに『ビンゴ大会』という文字が表示される。

 

 

『えっ、ビンゴ大会? ……あー、実を言うと俺も詳しい事はよく知らなくてよ。なんでもサポート科によるサプライズイベントだとかで、実際に何をするかまでは教えてくれなくてさ……』

 

 

 戸惑いを見せる観客達に困った顔で説明するプレゼントマイクの態度は、根津校長の働きかけによる効果がしっかりと表れている証拠でもある。

 

 

『まあ何はともあれ、サポート科によるビンゴ大会の始まりだ! それではサポート科の諸君、やっちゃってくれ!』

 

 

 遂にこの時が来た。アイテム作りと並行して、体育祭が始まる1週間前から発目と共に準備してきたサプライズイベントの始まりが。

 

 彼と発目は満を持して入場門を出てステージに上がった。その傍らには大仰な機械類が輸送用ロボットによって運ばれており、メカメカしい存在感を放っている。

 

 観客からの戸惑いの声が上がっては静かになっていく中、ステージ中央に立った発目がマイクを持って言った。

 

 

『皆さん、長らくお待たせしました! ただいまより我々サポート科によるビンゴ大会の始まりです! 早速ですが、今回のビンゴ大会について詳しい説明を行いたいと思います!』

 

 

 今回、彼と発目が企画したビンゴ大会の詳細はこうだ。

 

 まず、彼らが持ってきた機械から巨大なホログラムが投影され、そこに巨大なQRコードが映し出されるので、それを各自のスマホで読み取る事。

 

 次に、QRコードを読み取ったら今回のために2人で作成したビンゴ大会専用のホームページに飛ぶので、そこで必要項目を書き込んでアカウントの登録をする事。

 

 登録が済んだ人にはそれぞれ違ったビンゴカードが画面に表示されるので、後はビンゴ大会でカードにある数字が発表されたら画面をタップして、ビンゴになるまで空いてる数字を埋めていく事。

 

 もちろん、画面に誤って触れようが不正にタップしようが問題無いように工夫はしてある。そして、参加者は今この会場に来ている人達に限定されている。お茶の間で観ている人は対象外だ。

 

 

『……とまあ、ビンゴ大会の詳しいルール説明はこれで以上となります。ここまでで何か質問はありますか?』

 

 

 特に声を上げる者もいなかったので質問者無しと断定し、更に続けて言う。

 

 

『では今から3分後にビンゴ大会を始めましょう。さあ皆さん、登録をお早めに! ……と言いたいところですが、会場の皆さんのテンションがあまり高くありませんね? そんなに乗り気では無いのでしょうか?』

 

 

 会場の盛り上がりが先程までと比べて明らかに下がったのは言うまでもない。何が悲しくて体育祭でビンゴ大会をやるのかとツッコミたいし、そもそもビンゴになったところで大して意味もないだろう。そんな目をした人が大半だ。

 

 確実に白けた空気となってしまったが、2人にとってこの状況は想定内。だからこそ、根津校長、リカバリーガールに続き、3人目の協力者の力が必要なのだ。

 

 

『まあ、多分こうなるだろうとは予想していましたよ……。だから、こんな事もあろうかと思い、このビンゴ大会を盛り上げるためのサプライズゲストを呼んでいます! では早速来てもらいましょう、サプライズゲストはこの方です! どうぞ!』

 

 

 発目が掛け声と共に片手を上げてサインを出すと、会場のスピーカーから声が聞こえてきた。

 

 

『HAHAHAHAHAー!! どうした皆、やけに辛気臭い顔しちゃってさ! そんな顔してないで、もっと楽しんで盛り上がろうぜ!!』

 

「えっ? この声って……」

 

「しかもこの笑い方にこの口調……」

 

「も、もしかして……!」

 

 

 突如スピーカーから聞こえてきた声に、会場にいる誰もが驚き騒がしくなる。なぜならその声は、日本に住む者なら1度は必ず聞いた事のある声だからだ。それほどまでに圧倒的な支持率を誇る人気絶頂のヒーロー。

 

 そう、2人と手を組んでいるもう1人の協力者とは……。

 

 

『私がぁー……サプライズゲストとしてビンゴ大会に来た!!』

 

「「「「オールマイトォォォォー!!」」」」

 

 

 サプライズゲストのオールマイトがコスチュームを着た状態で空から降ってきた。瞬間、No.1ヒーローの登場に会場内の興奮が最高潮に達する。あちこちから響く鳴りやまない拍手と歓声がオールマイトの人気を裏付けしていると言える。

 

 会場の盛り上がりが回復したところで発目が再びマイクを手に取った。

 

 

『では改めて紹介しましょう! 本日のサプライズゲスト、オールマイト先生です!!』

 

『HAHAHA! 皆、今日は楽しめているかなー?』

 

「「「「おおおおおおおおー!!」」」」

 

 

 オールマイトが呼びかけると、それに反応して観客から大歓声が返ってくる。凄まじい反響っぷりである。

 

 

『オールマイトだってぇー!? あの2人、いきなりビンゴ大会を始めたかと思ったらオールマイトと手を組んでたとかマジかよ! 超ウケる! でも俺はこういうの好きだぜ、気に入った!!』

 

『本当に何やってんだあの人は……』

 

 

 実況と解説のアナウンスを聞き流しつつ、彼はオールマイトの横に静かに立った。彼の行動に観客が騒めく中、オールマイトが両手を高く掲げて声高に言った。

 

 

『さあ皆、準備は良いかな? 楽しい楽しいビンゴ大会の始まりだぁー!!』

 

 

 今回、このビンゴ大会を開催した目的は2つある。

 

 1つ目は保険。最終種目までに大してアピール出来なかった時の対策として、レクリエーションで何かしらのアクションを起こせば、本選ではサポートアイテムにも注目が集まるだろうと考えたのだ。

 

 これが理由の2割。もう1つは……。

 

 

『……ん? なんだこの音楽は? やけにポップな曲だが一体どこから……』

 

『あの2人が持ってきた機械に付いてるスピーカーからだな。というか、あいつもオールマイトも急にどうしたんだ? いきなり変な踊り始めて』

 

 

 発目がビンゴ大会で使う装置に取り付けていたスピーカーから大音量で音楽を流し出す。会場内の動揺が更に加速し、前に出て並ぶ彼とオールマイトに衆目の視線が集まる中、2人は音楽に合わせて急に踊り出した。

 

 そして軽快なリズムを刻みながら響く伴奏に、楽し気な歌い声が流れ出す。

 

 

 ビンゴ! ビンゴ! ビンゴ! 楽しいビンゴ!

 

 今日は楽しい体育祭! 皆もやろうよ楽しいビンゴ! 楽しいビンゴ! 

 

 

 最後に、曲の終わりと同時に勢いよく掛け声を発して決めポーズを取る。彼とオールマイトによる楽しいビンゴダンスが完璧に決まった証拠である。

 

 そしてこれこそがビンゴ大会を開いたもう1つの理由。理由の8割を占める大本命とも言えるもの。

 

 それは『オールマイトにビンゴダンスを躍らせる』事だ。

 

 切っ掛けはとても些細なものだ。アイテム作りに精を出していたある日、彼はふと思ったのだ。体育祭でオールマイトにビンゴダンスやらせたら面白いんじゃね? と。ドラゴンボール超でベジータが躍ったあの伝説のビンゴダンスを。

 

 特に理由なんて無い。実際にビンゴダンスをさせた所で意味があるわけでもない。正直言って、彼の身勝手で我が儘な自己満足にすぎない。それでも彼はどうしてもオールマイトにビンゴダンスをやらせたかった。

 

 だからこそ、彼はこのレクリエーションの時間を狙った。オールマイトのビンゴダンスを見たいがために、発目と協力してビンゴ大会開催に必要な物を準備したり、校長先生らに頼んで予定を調整してもらったり、オールマイトに直接会ってビンゴダンスを踊ってほしいと懇願したり、放課後は一緒にダンスの練習をしたりなど、実に様々な行動を1週間に渡り取ってきた。

 

 1つ目の理由なんて彼にとっては建前に過ぎない。本当の理由はビンゴダンスにあるのだから。

 

 そう、オールマイトにビンゴダンスをやらせたいという何の意味もない事を実現させるためだけに、彼は身の回りにあるもの全てを利用したのだ。

 

 以前にも言ったが彼も発目と同様、自分の好きな事のためなら他人を無理やりにでも引っ掻き回す性格を有しているからこそ出来た行動である。ヒーロー科の生徒だったら絶対に出来ない真似だ。

 

 こうして彼は無事に自身の目的を完遂出来たわけだが、果たしてビンゴダンスを見た皆の反応は……。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 会場内に気まずい沈黙が満ち、生ぬるい風が吹いた。

 

 

『……ダサッ! なんかもう、本当にダサいとしか言えねえよ! 2人共なにキメ顔でそんなポーズ取ってるの!? 流石の俺もここまで最高にダサい踊りは初めて見たよ!!』

 

 

 プレゼントマイクが吠えた。一緒に見ていた観客達も勢いよく首を縦に振っている。緑谷だけはキラキラした目でオールマイトを見ているが。

 

 今日のために原曲の歌詞を体育祭バージョンに変えて作ったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。周りの皆の微妙な反応にオールマイトが困った顔で彼を見る。

 

 ……こうも盛大に滑るとは思わなかったが、とりあえず予定通りビンゴ大会を続けよう。彼の言葉でようやく止まった時が動き出す。

 

 

『それでは気を取り直して、ビンゴ大会を始めましょう! 皆さん、準備は良いですね?』

 

 

 発目が司会進行、彼がそのサポート、オールマイトがゲストとして皆に愛嬌を振りまく。3人による見事な連携でビンゴ大会が始まった。

 

 勿論ビンゴした人に渡す景品はちゃんと用意してある。全部で3等まであり、3等が期間限定のオールマイトグッズ一式、2等がオールマイトの直筆サイン色紙、1等がオールマイトの生声が録音されたスピーカー付き等身大オールマイトパネルである。ちなみにパネルは折り畳み収納が出来るように作ってある。

 

 1等から3等までオールマイトに関連する景品だったが、会場は予想以上の盛り上がりを見せた。特に緑谷が、クラスメイトもビビる程の本気(マジ)の目をしていた。あそこだけ異様な雰囲気だった。

 

 そして……。

 

 

『残る景品はあと1つ! 1等の等身大オールマイトパネルのみ! さあ、いち早くビンゴして1等を手にするのは誰になるのか! というわけで最後のルーレットスタート!!』

 

 

 2等と3等の景品が無くなり1等だけが最後に残った現在、発目が次の数字を決めるべく電子版のルーレットを回す。

 

 会場にいるほとんどの人がスマホを握り締め固唾を飲んで見守る中、いよいよ最後となるであろう数字がモニターに映し出された。

 

 

『ルーレットで出た次の数字は……9番! 9番です! さあ、ここでビンゴになった人は……』

 

「やったああああああおらああああああー!!」

 

「うるせー黙れクソデク!!」

 

『おおっと、あちらからとても大きな叫び声が! どうやら1人はいるみたいですね! さあさあ、他にもビンゴになったという方は今すぐステージへお越しください!』

 

 

 数分後、発目達の前へやってきたのはスマホを握り締めて喜びのオーラを全身から放っている緑谷と、ポケットに手を突っ込みイライラした顔で緑谷を睨み付ける爆豪の2人だけだった。

 

 

『ビンゴになった方は2人だけのようなので、1等の景品はあなた方の物です! ……と言いたいところですが、1等の景品は当然1つしかありません。こうなった場合は仕方がないので、どちらか1人は諦めてオールマイトの直筆サイン色紙で我慢してもらいましょうか』

 

 

 発目が放った無慈悲な言葉に、緑谷と爆豪が互いに向き合って睨み合う。

 

 

「おいデク、てめえ俺に譲れやコラ」

 

「……悪いけど、こればっかりはかっちゃんにも譲れないよ。それに僕の方が先にここへ来たんだ。景品は僕が貰うよ」

 

「ああ!? んだとコラ! それなら俺の方が先にリーチになってたから、俺が景品を貰うのが筋ってもんだろ!」

 

「それは違うよ! リーチになった順番なんてビンゴしたら関係ないじゃないか!」

 

「先に来た方が貰うとか抜かしてた奴には言われたかねーよ!」

 

「それでも僕はオールマイトの等身大パネルが欲しいんだ!」

 

「だったら勝負だデク! どっちが景品を手に入れるかここで勝負しろ! そんで俺の方が強え事も同時に証明してやる! 2度は負けねえ!」

 

「望むところだ、かっちゃん……!」

 

 

 景品のために1対1(サシ)で戦おうとする緑谷と爆豪を前に、発目がのほほんとした態度で事の顛末を見守る。

 

 

『いやー、お互い譲れない物のために死力を尽くして戦う……青春ですねぇ! 火事と喧嘩は江戸の華と言いますが、まさに今の状況がそれですね! 体育()も立派な祭り事! お祭りはこうでなくては!』

 

『発目少女!? 呑気な事言ってる場合じゃないからね!? 緑谷少年と爆豪少年も、ここで暴れるのは良くないから!』

 

 

 発目とオールマイトの漫才じみた会話がマイクを通して観客の耳に届き、あたふたするオールマイトの姿も相まって会場が爆笑の渦に包まれる。

 

 その後、1等の景品の譲渡相手は簡単なくじ引きで決める事となり、見事緑谷が当たりのくじを引いて狂喜乱舞する結果となった。その様相は傍目から見てヤバかったとだけ言っておこう。

 

 こうして無事にビンゴ大会の全てが終了し、予想以上の大盛り上がりを見せたところでプレゼントマイクが言った。

 

 

『これにてレクリエーションの全てが終了した! さあ、30分間の休憩を挟めばいよいよ最終種目の始まりだぁー!!』

 

 

 




 オールマイトにビンゴダンスやらせたかった……ただそれだけです。面白そうだよなぁと思ってつい……すみません。
 次回からいよいよ最終種目スタートです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 相性最悪!? どうしよう……

遅くなってすみませんが、いよいよ体育祭本選です。さあ、気張っていきましょう!



 サポート科によるビンゴ大会もようやく終わり、いよいよ最終種目の時間がやってきた。それに伴って、騎馬戦を勝ち抜いた上位5チームの生徒が壇上前に集まっている。

 

 最終種目の内容は毎年異なるが、今年は1対1で戦い勝ち上がるトーメント方式。ここにいる18名の中から優勝が決まる。

 

 

「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったら10分後に第1試合の開始となります。そして進出者が18名だから2組は1回戦、それ以外は2回戦目からの出場よ。つまりその2組は1試合分多く出る事になるけど、Plus Ultraの精神で乗り越えてね! それじゃあ1位のチームから順にくじを引いて頂戴!」

 

 

 ミッドナイトの説明も程々にくじ引きが行われた。その結果、先程までチーム同士だった相手と戦う事になり驚く生徒、侮れない相手故に警戒を強める生徒といった風に反応が分かれる。

 

 ちなみに発目の最初の対戦相手は飯田である。そんな彼女は今、その飯田に何やら話し掛けているがどうせ碌な事では無いので放っておく。

 

 

「俺の最初の対戦相手って君だよね? さっきの騎馬戦じゃ色々あったけど、最終種目では心機一転! お互い悔いの残らない試合にしよう! よろしくね!」

 

 

 そして、気になる彼の最初の対戦相手は今ちょうど話し掛けてきた人だ。名前は骨抜柔造、ヒーロー科B組の生徒である。騎馬戦では鉄哲チームの前騎馬を務めていた。

 

 骨抜が明るい笑顔で挨拶してきたので、彼もこちらこそよろしくと言葉を返す。お互い手を振って分かれると、そのまま自分達の席へ戻って行った。

 

 それから10分後、プレゼントマイクの興奮が会場に響き渡る。

 

 

『ヘイガイズ、アーユーレディ!? 色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! 心技体に知恵知識、総動員して駆け上がれ!』

 

 

 ビンゴ大会の時よりも観客の声が一層大きくなり、ステージ中央に視線が集中するのが見て取れる。

 

 

『1回戦第1試合はこの2人! 優秀! 優秀なのに拭い切れないその地味さは何だ! ヒーロー科瀬呂範太!! (バーサス)、B組からの刺客! 綺麗なあれには棘があるってか? ヒーロー科塩崎茨!!』

 

 

 1回戦第1試合はヒーロー科のA組とB組による対戦。ミッドナイトの言う通り、この2人ともう1組が1試合分多く出場する必要があるため、優勝への道のりはその分難しくなる事請け合いだ。

 

 何より辛いのは、第1試合で勝った方はもう1つの1回戦が終わった後すぐに2回戦が始まるため、次の試合までの休憩時間が極端に短いという点である。ちなみに2回戦目の対戦相手は轟で確定している。噂によると轟はA組最強と謳われているそうなので、どちらが勝っても次の試合での勝率はかなり低いと思われる。それでも2人には是非とも頑張ってほしいと願うばかりだ。

 

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする、あとは降参させても勝ちのガチンコ勝負だ! 怪我上等! こちとらリカバリーガールが待機してっから道徳倫理は一旦捨て置け! だが、命に関わるような害悪行為はクソだぜ! レッドカードで即行退場だ! 良いな!?』

 

 

 簡単なルール説明がされている間も期待の声はどんどん高まっており、カメラを向けるマスメディア達も今か今かと待ち焦がれている中、その時は遂に来た。

 

 

『そんじゃ早速始めようか! レディー……スタァァァァート!!』

 

 

 プレゼントマイクが放った開始の合図と共に、両者一斉に個性を発動させた。

 

 

 


 

 

 

 1回戦第1試合が始まってからしばらく時間が経った。

 

 結果から言うと、最初の試合はB組の塩崎が勝利した。瀬呂も塩崎も相手を拘束させる事に長けた個性であるが故に、どちらが先に行動不能に出来るかの勝負だった。だが、塩崎の出すツルは切り離し可能なうえに攻撃と防御を同時に出来る強みがあった。そして何より、大量のツルの放出による圧倒的な物量に頼った攻撃が勝敗を分けた。

 

 結果、塩崎の攻撃を捌き切れずに拘束されてしまった瀬呂が降参を認めた事で第1試合が終了した。

 

 続く第2試合、もう1つの1回戦はA組の麗日とB組の泡瀬の対戦だった。これもまたA組とB組による試合だったが、この戦いはすぐに勝敗が決した。というのも、泡瀬の個性はどんな物でも分子レベルで溶接可能で生物も例外ではない強力な個性だが、触れた物を無重力にする麗日の前では少し相性が悪かったのだ。

 

 勿論、泡瀬も麗日の両腕同士を溶接して自由に動かせないようにしていた。しかし溶接するために近付きすぎたのが仇となり、溶接と同時に麗日に体を触れられ無重力状態にされてしまう。故にそのまま麗日に体当たりされ、場外まで飛ばされたところで地面に落とされ場外負けとなった。

 

 こうしてあっという間に1回戦が終了し、3試合目からいよいよ2回戦に突入した。正直言って最初の2試合は前夜祭のようなもので、むしろトーナメントはここからが本番といえる。

 

 そして今、2回戦第1試合となる轟と塩崎の対戦が始まった。だが、その結果はあまりに一方的且つ瞬間的なものだった。

 

 

「ハァー、ハァー……か、体が動かない……!」

 

「すまねえ、イラついててつい……やりすぎた」

 

 

 試合開始と同時に塩崎が大量のツルを放出して轟を拘束したまでは良かったものの、その直後に轟が大氷壁を展開した事であっさり形勢逆転。全身を凍り付けにされた塩崎と、ツルを凍らせて叩き割り拘束から自由の身となった轟という構図が出来上がった。

 

 

「塩崎さん……動ける?」

 

「む、無理です……悔しいですが降参します」

 

「塩崎さん降参! 轟君、3回戦進出!」

 

 

 ほぼ一瞬で決まった勝敗に、会場からは塩崎に対するドンマイコールが湧き上がる。その様子に観客席から見ていた瀬呂は、もし自分が轟と戦っていたらという想像に顔を青くさせる。そんな中、氷を溶かすために左手から炎を出す轟の顔が妙に歪んで見えたのは気のせいだろうか。考えても仕方がないので次の試合に集中する。

 

 

『続いての試合はこちら! 障害物競走、騎馬戦に続き今度も皆をあっと驚かせてみせるか!? ヒーロー科緑谷出久!! (バーサス)、騎馬戦じゃまさかの大活躍! 普通科心操人使!!』

 

 

 続く第2試合の出場者は緑谷と心操。騎馬戦で一緒だったチーム同士での対戦だ。同じチームだったので当然互いの手の内は知られている。情報というアドバンテージがない状況で、いかに相手を出し抜けるかが勝負の鍵となるだろう。

 

 発目の隣の席で彼がそんな事を思っている中、ステージ上で心操と向かい合う緑谷は微妙な面持ちをしていた。先程まで1位を取るために協力して騎馬戦を勝ち抜いた相手と、今度は敵として争い合う。他者を思いやる優しい心を持つ緑谷にとって、手を取り合った相手をすぐに蹴落とすような行為は心の奥底では受け入れ難いものだった。

 

 しかし彼もヒーロー科。強く思う将来があるからこそ、皆の期待に応えたいからこそ、ここで負ける気は微塵もなかった。つい先程まで仲間だった相手にも拳を振るって勝つ不退転の覚悟も持っている。

 

 そして何より、ステージに出る前にオールマイトから言われた『怖い時、不安な時こそ笑っちまって臨むんだ』という言葉を胸に、気を取り直して今度は真剣な表情で心操を見遣った。

 

 

『2人とも準備は良いな!? そんじゃ始めるぜ! レディー……スタァァァァート!!』

 

 

 プレゼントマイクの開始の合図と同時に緑谷は身構えた。洗脳の個性がどういうものか理解しているため、心操の一挙手一投足に細心の注意を払う必要があった。もし何かの拍子に返事をしてしまったら、その時点で負けはほぼ確定。油断など出来るわけがない。だから全力を持って心操に勝つ。

 

 そう思っている時だった。

 

 

「その目……明らかに警戒しているな。まあそれもそうか。俺の問いかけに答えたらその時点で負けだもんな。その対応も仕方がない。そして俺は、洗脳が通じなかったらただの一般人だ。だから……」

 

 

 油断なく身構える緑谷とは対照的に、心操は未だその場に立ち尽くしたまま言った。

 

 

「……俺は、ここでは()()()使()()()()。勿論強く思う将来があるから負けられないって気持ちはある。でも個性ばかりに頼った戦い方じゃ駄目だ。騎馬戦を通じてそれが良く分かった。壁を乗り越えてこそのヒーロー……だからこそ、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが俺の将来への第一歩だと思ったからな」

 

「……ッ!?」

 

 

 心操の言葉に緑谷が戸惑いを見せる中、心操も拳を固めて身構える。

 

 

「さあ、来いよ緑谷。個性を使わずともお前に勝ってやるよ」

 

 

 そう言って少しだけ笑みを浮かべる心操とは対照的に、緑谷の心中は驚きと不満の感情で一杯だった。

 

 皆、全力で戦って勝ち進む。将来のためにも、持てる力を余す事無く使って頂点を取りに行く。そう思っていた矢先に目の前の相手から言われた個性封印宣言は、緑谷の心に確かな衝撃を与えた。

 

 個性を使わず勝ってみせる? それが自分の将来への第一歩だと思ったから? 理屈は分かるが心が納得出来ない。出来るわけがない。確かに個性に頼った戦い方だけでは駄目なのは分かるが、少なくともそれは今じゃない。ここまで来た以上、相手が誰であろうと全力で立ち向かってきてほしかった。

 

 だからこそ、咄嗟に叫んでしまった。

 

 

「そ、そんなの納得出来るわけ……!」

 

 

 だが、緑谷の口からそれ以上言葉が出てくる事は無かった。代わりに構えを解いた心操が言葉の続きを述べる。

 

 

「……そう、納得出来るわけないよな。相手に舐めプ宣言されたら誰だって良い気はしない。俺だってそう思う。特に緑谷、お前はそういうのに意外と敏感なんだろ? 騎馬戦の時のお前を見て確信した。だからそこを突かせてもらった。完全に騙し討ちとなったわけだが……悪いね、これが今の俺に出来る全力だ」

 

 

 完全に立ち止まった緑谷を前に訥々と語った心操は早速命令を下す。

 

 

「『振り向いてそのまま場外まで歩け』……さあ、俺のために負けてくれ」

 

 

 命令通りに場外の方向へ歩み始めた緑谷を見て、会場からは動揺の声が広がる。

 

 

『おおっと、命令通り場外まで歩みを止めようとしないぞー!? これ見ると心操の個性って超エグいな! 緑谷が文字通り手も足も出せていない!』

 

『個性の種がバレていながらも、相手の心の隙を突いた言動で返事をさせた心操の作戦は実に合理的。緑谷ももう少し警戒が強ければどうにかなったもんだが……』

 

 

 プレゼントマイクと相澤が心操の実力に感嘆している中、様子を見ていたオールマイトは内心焦り、緑谷も現状をどうにかしようと頭の中で必死に藻掻いていた。

 

 

(駄目だ! 体が勝手に! 1度食らって分かってたはずなのに、反射的に答えてしまうなんて! 馬鹿か僕は! ちくしょう止まれ! 止まれって! 折角ここまで来たのに、こんなあっけなく……!)

 

 

 何をどう思っても歩みが止まらない。場外まであと数歩となったところで、背を向けている緑谷に向かって心操が静かに語る。

 

 

「騎馬戦の時、お前が俺の個性を恐れずに必要としてくれた事、結構嬉しかったんだぜ? ずっと怖がられてきたからさ、あんな風に言われたのは初めてだったんだ。だから少しだけ、ほんの少しだけ、自分の個性の見方が変わったよ。終わる前にこれだけは言いたかったんだ……それじゃあな」

 

 

 せめて決着が付くまではこの目でしっかり見届けよう。そう思い真っ直ぐな瞳で緑谷の背中を見つめる心操。そして会場にいる誰もが心操の勝利を確信する。

 

 だが、この勝負の行方は意外な形で収まる事となる。

 

 

(皆、託してくれたのに! オールマイトも応援してくれてるのに! こんなところで終わっ……ッ!?)

 

 

 あまりにも唐突だった。未だに頭の中で抵抗を試みていた緑谷の目の前に、複数の人影の様なものが現れたのだ。突如として現れたそれらに緑谷は驚きを隠せない。

 

 一体何なんだこれは? そんな事を思っていると、今度は指先に力が伝わっていく感覚を認識した。これまた唐突な事で、更に動揺が加速する。

 

 そして、場外まであと1歩のところで指先を中心に爆風が巻き起こり、個性が暴発した反動で緑谷は正気に戻り立ち止まった。

 

 

「……は?」

 

 

 突如起こった事態に心操が呆気にとられて固まる中、洗脳から解放された緑谷はゆっくり振り向くと、そのまま心操に向かって全力で駆け出し……!

 

 

 


 

 

 

『さあ、続いての試合はこの2人! 雄英体育祭じゃ結構レアなヒーロー科とサポート科の試合だぜ! この試合、どう考えてもヒーロー科の方が勝つ! ……って言いたいところだが、今回に限っちゃどうなるか分からないぞ!』

 

 

 いよいよ彼と骨抜の対戦となった。

 

 緑谷と心操の試合は、緑谷が洗脳の個性を強引に解いた後すぐに終わった。全力で駆け出した緑谷が抵抗する心操などお構いなしに押し続け、最後は見事な一本背負いで場外まで投げ飛ばした事で勝負が付いたのだ。

 

 あとちょっとで勝てる試合だったが故に、負けた心操はとても悔しそうな表情をしていた。だがそれと同時に、何かが吹っ切れた様な晴れやかな表情にも見えたのは気のせいだろうか。ステージで骨抜と向かい合っている彼は、試合直前にも拘わらずそんな事を思っていた。

 

 2人の名前を高らかに紹介するプレゼントマイクの声を聞き流しながらも彼の思考は止まらない。現在、彼の頭の中は緑谷出久の事で一杯だ。なぜなら緑谷は他の人と比べてかなり特殊だからである。

 

 何が特殊かと聞かれれば、『気』と即答するだろう。『気』とは、人間1人1人の体の奥底に眠る秘められたエネルギーの様なもの。個性とは違った全く別のエネルギーだ。個性の有無に拘わらず誰でも等しく持っているので、気をコントロール出来るようになれば空を飛んだり力の増強が出来たり気功術を使えたりと、実に様々な活躍が出来て非常に汎用性が高い。

 

 そんな気というエネルギーだが、1人1人が持つ気の性質は全く違うという特徴がある。どんなに近しい間柄でも、それこそ血の繋がった家族が相手だとしても気の性質はある程度違ってくる。赤の他人の気など以ての外だ。

 

 だが、緑谷だけはその法則に当てはまらない。どういうわけか、緑谷からは赤の他人とも言える全く別の気を複数感じ取れるのだ。いや、正確にはオールマイトも緑谷と同じ様な感じなのだが、どちらかというと緑谷の方がより顕著にそれが現れている。

 

 というよりも、緑谷からオールマイトの気まで感じ取れるのは一体どういう事なのか? それも似ているなどというレベルではなく、全く同じ性質の気を。まるで某究極の人造人間のようで、どうしても緑谷の方に注目が寄ってしまう。

 

 しかし忘れてはいけない。これからは彼は骨抜と戦わなければいけないのだ。本来なら試合直前でそんな悠長な事を考えてる暇はない。その証拠に、彼が考え事をして茫としているとプレゼントマイクの声が鮮烈に聞こえてきた。

 

 

『じゃあ始めるぜ! レディー……スタァァァァート!!』

 

 

 開始の合図だけがやけに響いて届いたので、彼は一旦考える事を止めて向かい合う骨抜を見遣る。

 

 頬が痩けているためぱっと見ひょろひょろとしてそうな雰囲気を醸し出しているが、よく見ると腕も胴体も太くがっちりとした肉付きで、かなり鍛えられている事が分かる。実際、骨抜の気は他のヒーロー科と比べても上位に位置するほど大きい。

 

 聞いた話ではヒーロー科の数少ない推薦入学者だというが、その情報の信憑性はほぼ100%とみて良いだろう。

 

 

「……来ないのかい? 騎馬戦の時を鑑みて、君なら絶対に何かを仕掛けてくると思って警戒してたんだけど。……もしかして何か企んでるとか?」

 

 

 開始の合図から微動だにしない彼に痺れを切らしたのか、骨抜が彼に話しかけてきた。なぜ攻撃してこないのかと思っていたが、どうやら動きを警戒して様子見に徹していたらしい。

 

 そして隠すつもりも無かったので彼は質問に答えた。自分はサポート科なので、当然発目と同様にアイテムを作って持ってきている事。だからこの場を借りて皆にそれらをアピールしたいという事。そのため今は戦うのを止めて、是非ともアピールに協力してほしい事。優勝する事が目的ではないので、アピールが終われば自ら場外に出て勝ちを譲るつもりでいる事など、簡潔に纏めて説明した。

 

 忘れてはいけないのは、彼がここまで勝ち進んだのはあくまでホイポイカプセルシリーズをここにいる全員にアピールして強烈なインパクトを与える事であって、体育祭で優勝する事が目的ではない。正直言って、目的を果たせれば優勝など彼にとっては無価値に等しい。

 

 繰り返し言うが彼はサポート科だ。最初からヒーロー科とは体育祭に参加する目的も掛ける熱量も違う。よって、彼としては今言った提案に骨抜が素直に乗ってくれるのが最も効率的でありがたいのだ。

 

 もし骨抜が彼の提案に乗れば、彼はアイテムを皆にアピール出来て幸せ、骨抜も無駄に体力を消耗する事無く次に試合に進めて幸せ、誰も困らないハッピーな結果が待っている。だからこそ、この提案には乗るだろうと彼は思っていた。

 

 だが、そんな彼の淡い期待は瞬く間に砕かれる事となる。

 

 

「なるほどね、そういう事だったのか。という事は騎馬戦での大立ち回りも、自分達の作ったアイテムをアピールするためだったってわけだね? で、今俺が君のアイテムのアピールに協力すれば、俺に勝ちを譲るって言ってるわけか」

 

 

 いつまで経っても戦いを始めようとしない2人に観客達の戸惑いがどんどん大きくなる中、彼の説明を聞いた骨抜は、腕を組み納得した表情でうんうんと頷いた。

 

 しかし、骨抜はひとしきり頷き目を開けると、突然しゃがみ込んで両手を地面に付けて言った。

 

 

「でも断るよ! どうしてもアピールしたいなら俺に勝って次の試合でやってくれ!」

 

 

 その言葉と同時、骨抜いる場所も含めたステージ全体の地面が底なし沼の様にドロドロになって沈下する。当然、彼も足元を取られ徐々に地面の中へ沈み始めた。

 

 

『おおーっと!? 今まで戦うそぶりも見せずにずっと話し込んでた両者だったが、ここに来て骨抜が仕掛けた! さっきの会話で一体何があったんだ!?』

 

 

 突如として始まった攻撃に実況の高ぶった声が響き渡る。観客もようやく始まった戦いにボルテージが一気に上昇する。

 

 そんな中、いきなり始まった先制攻撃に驚きを隠せない彼が骨抜に尋ねた。なんで提案を断ったのか? と。

 

 

「……さっきの騎馬戦、俺達のチームは君達に完封された。始めはサポート科2人だけのチームだからすぐに取れると思ってたんだ。でも実際はそんな事無くて、君達に手も足も出せずに終わってしまった。正直凄く悔しかったんだ。最後まで君達に触れる事すら叶わずに終わって、甘く見ていた自分に情けないとも思った。だから……」

 

 

 骨抜は段々と語気を強めながら地面を急速に柔らかくして潜り、そして地面から顔だけ出して彼を見る。

 

 

「……今度は最初から本気で戦うよ。もうサポート科だからって油断しない、全力で君に挑ませてもらう! 悪いけど、そっちが自分の都合を通すつもりなら、こっちも自分の都合を通させてもらうから!」

 

 

 地面に半分沈みかけた彼を拘束しようと、骨抜が柔化した地面を操り波を発生させる。その勢いはステージ全体に広がり、地面なのに何故か波音を立てて進んでいく。

 

 これには流石の彼も不味いと感じ取り、舞空術で一気に地面から抜け出し脱出。寸での所で難を逃れた。

 

 サポートアイテム無しでいきなり飛んだ彼に、骨抜も周りの皆も驚きを隠せない。

 

 

『と、飛んだー!? というかあいつ空()飛べたの? じゃあ何で騎馬戦でサポートアイテム使ってたんだって話だが……まあ今は良いや! とにかくこれは面白くなってきたぞー!!』

 

『骨抜の個性の事を考えると、空を飛べる相手は骨抜にとって相性最悪。ここからどう奴を攻略していくのか見物だな』

 

 

 空中で留まる彼の姿に実況も観客達も大興奮の最中、骨抜は地中に潜った状態のまま彼を見上げる。

 

 

「まさか飛べるとは……それが君の個性ってわけかい? はたまた個性の応用で空を飛んでいるのか……いずれにしろ倒すのは至難の業だね」

 

 

 そう言いつつも柔らかくした地面を波立たせ、的確に彼のいる位置まで攻撃を届かせる骨抜の技量と力は如何なものか。騎馬戦でそのような技を見た覚えはない。

 

 

「そりゃそうでしょ。こんな大技、騎馬戦でやったら仲間まで巻き添えにしてしまうから使うに使えないよ! だからこの技は1対1の今だからこそ真価を発揮するんだ!」

 

『おおーっ!! 骨抜、柔らかくした地面を波立たせて立て続けに攻撃してる! しかも波の高さがどんどん上昇してまるで巨大津波の様だ!』

 

『これが空を飛ぶ相手に対する骨抜の答えってわけか。しかも即座にあの行動を取れるって事は、こうなる事も予め想定していたんだろう』

 

 

 ……骨抜も会場にいる皆も大興奮しているが、対照的に彼は内心焦っていた。サポートアイテムが一切使えないという事態に。

 

 骨抜が地面を柔らかくしたせいで、ホイポイカプセルを投げ込んだとしてもすぐに沈んで使い物にならないのだ。これでは皆にアピールするどころではない。

 

 しかも不運な事に、彼はカプセルシリーズ以外のアイテムを一切持ち込んでいない。いや、実際はカプセル作りに時間を掛けすぎたせいで他に用意する暇が無かったというのが正解だ。まさかここに来てカプセルを作った事が裏目に出るとは彼自身も予想外の出来事で、どうしようかと対応に頭を悩ませる。

 

 本当なら骨抜の協力を得てアイテムのアピールに専念するはずだった。だが、その思惑は骨抜自身の拒否によって破綻してしまった。結果、迫り来る地面の波を避け続けるという構図が出来上がっている。

 

 こうなってしまってはもうどうしようもない。骨抜の言う通り、勝って次の試合でアイテムのアピールをするしか方法はないだろう。今はそれしか思い浮かばない。

 

 だが勝つにしてもどうすれば良いのか。正直言って勝つ事自体は難しくない。彼我の実力差は天と地の差どころではないのだ。骨抜の実力ではどう転んでも彼を倒す事は出来ない。しかしそれ故に、彼にとっても骨抜を倒す事は困難を極める。力が過剰なせいで、仮に殴った場合は良くて重傷、当たり所によっては最悪死亡させてしまう。

 

 ではどうすべきか? 背後に回って首元に手刀を食らわせ気絶させる……これは却下だ。もし何かの拍子に力加減を間違えたら首の骨が粉々に砕けてしまう。とても危なくて出来ない。

 

 気合い砲で触れずに場外まで吹き飛ばす……これも却下だ。勢い余って相手をミンチにしてしまう危険性がある。四肢欠損どころでは済まなくなる。流石にこの歳で前科持ちは避けたい。

 

 気功術を使って気絶させる……論外だ。骨抜の戦闘力では肉体が消滅してしまう。いや、消滅しない程度に威力を抑えれば良いのだが、それでも重傷は必至だろう。リカバリーガールの治癒で事足りるかどうか。

 

 色々悩んだ結果、実質打つ手なしという結論に至った。よって相手が個性の過剰使用で疲弊するまで待つという行動に移る。

 

 

『骨抜の猛攻を紙一重で避け続けているぞー! 騎馬戦で逃げ続けた実力は伊達じゃないってか!?』

 

『この均衡がいつまで持つかだが……』

 

 

 しかしそれも長くは続かない。いつまでも攻撃を避け続けるだけで何もしてこない彼に、とうとう痺れを切らした骨抜が言った。

 

 

「ねえ、いつまでそうやって避け続ける気なんだい! 何というかさ、絶対に手を抜いてるよね!? 騎馬戦であんな大立ち回りを演じた君がこのくらいで苦戦するとはとても思えないんだ! それに俺、騎馬戦で君と轟の会話が聞こえたんだ!」

 

 

 何度も大技を放ったせいで既に息を切らしているが、攻撃の手を止めずに続けて言う。

 

 

「君、轟よりも実力は上なんだってね!? 轟はさ、知っての通りヒーロー科の推薦入学者なんだ! それも1位通過の! そんな轟よりも上だって言うのなら、その実力見せて欲しいな! 多分俺が疲れ果てるまで待とうって魂胆なんだろうけど、そんな戦いはヒーロー科としてここいる以上どうしても納得できないんだ! だからさ……」

 

 

 そして力強く真っ直ぐな瞳で彼を見つめ、自身が今抱えている気持ちを声高に訴える。

 

 

「使ってきてよ、君の力! 皆本気でやっているんだ! 君だけがそうやって手を抜くなんて冗談じゃない! 全力で掛かってこいよ!!」

 

 

 ……体育祭の参加目的は、自身が作成したアイテムをアピールして全員にインパクトを残す事だ。その目的は今も変わらないし今後揺らぐ事も絶対にない。彼の中でそこだけは確かだ。

 

 だが骨抜の訴えを受けて、体育祭が始まる前から力の使用をずっと躊躇っていた彼の心にまたしても変化が起こった。騎馬戦の終盤で悲しみに暮れる発目を見た時とは別の僅かな変化が。

 

 

『おっと、急にどうしたんだあいつ? さっきまで縦横無尽に飛び回っていたのに、いきなり動きが止まったぞ? 何だ何だ、もしかして疲れちまったのか?』

 

(あいつ、本当に何をする気だ? 骨抜が何かを叫んでいたが、もしかしてそれで心境に何かしらの変化が起こったのか?)

 

 

 避ける事を止めて急に空中で止まった彼に、見ている人全員の視線が注目する。それは骨抜自身も例外ではなかったが、すぐに気を取り直して地面の波を大量に押し付ける。

 

 地面の波は彼に迫るほど高さを増し、遂には空にいる彼を丸ごと覆えるものにまで成長する。当然、波は一切動かなくなった彼をそのまま飲み込み、瞬間骨抜が個性を解除した事でそのままの状態で固定された。

 

 固い地面に拘束されて姿が見えなくなった事で、見ていた全員が骨抜の勝利だと思った。しかし緑谷の時と同様、勝敗は最後までどうなるか分からない。

 

 その証拠に、拘束されて動けないはずの彼が固い地面を粉々に砕き割って這い出てきた。一瞬の出来事だった。

 

 

「なっ!? あの拘束をあんなに容易く……ッ!?」

 

 

 あっさりと拘束を破って出てきた彼に驚きを隠せない骨抜だったが、悠長に驚いている暇は無かった。

 

 なぜなら瞬きする間に彼が目の前まで迫って来ていたからだ。骨抜は彼の接近に直感で悟ったが、気付いた時には既に手遅れだった。これでもほんの一瞬の出来事だった。

 

 そして相手の目の前まで接近した彼は、空気を押し出す様なイメージで開いた右手を前に突き出した。骨抜の体までバラバラにならないように、細心の注意を払い必要最小限の力で。

 

 

「うぐっ……うわああああああああー!!」

 

 

 それでも勢いが強すぎたのか、突然の衝撃と爆風に骨抜はあっという間に場外まで吹き飛ばされ、勢い余って後方の壁に激突してめり込んだ。

 

 その上彼が繰り出した暴風は骨抜のみならず軌道上に座っていた観客達まで浮かせ、そのまま固い地面の上に叩き付けた。それによって数名怪我を負った者が現れたが命に別状はない。

 

 肝心の骨抜だが壁に勢いよく激突した事で完全に気を失い、どころか体の様々な部位から血を垂れ流しているため、傍目から見ても非常に危険な状態だと分かる。

 

 骨抜の言葉に感化されてつい一瞬だけ力を使った彼だったが、いくら手加減したとはいえ流石にこれはやり過ぎたと心の中で猛省する結果となった。後で骨抜には直々に謝っておこうと誓う。

 

 ここまで時間にしてほんの数秒。しかも彼が移動して攻撃するまでの瞬間は、オールマイトやエンデヴァーなどを除く会場にいる全員が認識すら出来ていなかった。そのトップヒーロー達も目で追うのがやっとだったが。

 

 気が付いたら彼が右手を前に突き出してて、骨抜が血だらけの状態で壁にめり込み、その後ろにいる観客達まで吹き飛ばされている。そんなカオスな状況が出来上がっていた。

 

 会場内がシンと静まる中、この状況にいち早く反応したのは相澤だった。

 

 

『……おいミッドナイト、今すぐ骨抜を婆さんの所まで運べ! 早くしないとヤバい事になるぞ!』

 

「……はっ!? た、確かにそれもそうね! 救護ロボは大至急、彼をリカバリーガールの部屋まで搬送を!」

 

 

 相澤の一言で止まった時が動き出し、駆け付けた救護ロボが骨抜を壁から救出して搬送する。

 

 それを見送った後、ミッドナイトの勝利宣言を背に彼は自分の席へ戻って行った。

 

 彼がステージから退出して次の試合が始まるまでの間、会場内の混乱が収まる事は無かった。

 

 

 




ホイポイカプセルシリーズをアピールしたくても使えないならどうしようもないですね。骨抜は尊い犠牲となったのです……南無。
この小説では体育祭最終種目に出場する人数が違うので、思い切って順番とか組み合わせを色々と変えました。その方が面白そうでもあったので。しかし原作と異なる分イメージが湧きにくいと思うので、どんなトーナメント表になっているのか資料を載せておきました。そちらの方をご覧いただければより深く理解できると思います。

【挿絵表示】


※2022/3/14現在をもって、第1話の内容を少し変更しました。以前は『超サイヤ人のまま日常生活を送れるようになった』と書いていましたが、この部分を物語の進行上削除しました。なので、主人公は超サイヤ人に『成れる』事は出来ますが、『慣れる』事は出来ていない状態となっています。以上です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 ちょっと試してみる

第8話です。本選の続き、まだまだ行きます!


 雄英体育祭1年ステージ最終種目、1対1で戦い勝ち抜くトーメント。その2回戦第3試合の様子は全国に中継されていた。

 

 現在、会場にいる観客のみならず、お茶の間で観戦していた視聴者のほとんどがテレビに釘付けとなっている。その異様なまでの注目は第3試合に出場し、つい先程ヒーロー科の骨抜に圧勝した彼が原因だ。

 

 サポート科であるにも関わらず、第1種目及び第2種目は2位と1位。決して悪くないどころかむしろ大活躍とも言える輝かしい成績の割に、発目と比べてどこか印象の薄い生徒。そんな風に思われていた。

 

 だがどうだろうか? そんな生徒が今、サポートアイテムを使う事無くヒーロー科の生徒と互角の戦いを繰り広げたかと思いきや、突如攻撃に移ったと認識した時には既に勝負を決めていた。一瞬で相手を瀕死に追い込み、その後ろにいる観客達まで巻き添えで吹き飛ばして。

 

 余りに現実離れした光景にほとんどの人が状況を呑み込めない。止まった時が動き出したのは、相澤がミッドナイトに声を掛けてからだった。

 

 

『……おいミッドナイト、今すぐ骨抜を婆さんの所まで運べ! 早くしないとヤバい事になるぞ!』

 

「……はっ!? た、確かにそれもそうね! 救護ロボは大至急、彼をリカバリーガールの部屋まで搬送を!」

 

 

 救護ロボによって骨抜が搬送され、その後ミッドナイトの勝利宣言が行われる。

 

 これにて第3試合が終わったのでさっさとステージを後にする彼の背中越しにプレゼントマイクの驚愕する声が響き渡る。

 

 

『……は、はああああああー!? な、何なんだ今のは!? 一体何が起こったんだ!? えっと、骨抜が気付いたら吹き飛ばされてて、観客も巻き添えで何人か吹き飛んでて、壁にはめり込んだ跡が出来てて……もう訳が分かんねえよ! つーかあいつ、拘束されてたのにあっさり抜け出しやがった! どんなパワーしてんだ!?』

 

 

 一般客もヒーローも同様に、動揺し騒めく声が徐々に伝播する。そんな声も彼は全く気にする事無く自分の席に戻る。そんな中、様子を見ていたパワーローダー先生は頭を抱えて溜め息を吐き、オールマイトは驚きつつも彼の行動を分析していた。

 

 

「……今の攻撃見えましたか、オールマイト?」

 

「ああ、ちゃんと見えていたよ。だが今ので彼のスピードは間違いなく脳無よりも上だという事が分かった。それに右手を前に突き出しただけであの風圧。パワーも相当なものだ。まさか一緒にビンゴダンスを踊ったあの子にあれ程の力があったとは……」

 

「脳無って確か、オールマイト相手に真正面から張り合えた敵だって聞いたような……。あいつがそれを上回るスペックとか、想定を超え過ぎててちょっと信じられない」

 

 

 オールマイトに尋ねたパワーローダー先生が、返答を聞いて更に頭を抱えて深い深い溜め息を何度も吐く隣で、オールマイトは内心冷や汗を掻いていた。

 

 

(パワーローダーにはああ言ったが、正直言って私でも目で追うのがやっとだった。動きが見えたのは本当だが、少しだけ見栄を張っちゃったな。それに……)

 

 

 オールマイトが彼について色々と考察している一方で、放送席にいたこの男もオールマイトと同じ事を考えていた。

 

 

(あいつはまだまだ本気じゃない……)

 

 

 次の試合への準備が進められる様子を眺めながら、相澤はそんな事を考えていた。

 

 

(骨抜に攻撃した直後、あいつは()()()()()()()()()とでも言いたげな顔をしていた。仮にさっきの攻撃が全力だとしたらあんな顔にはならない。それに試合開始から終盤まで、息切れどころか汗一つ掻いてる様子もなかった。これまでの動きから考えるに、恐らく奴の戦闘力は経験抜きで語るならオールマイト並み……いや、それ以上の可能性もあるな)

 

 

 彼の底知れぬ実力に早くも勘付いたオールマイトと相澤の2人だったが、まだ決定的な証拠が出揃ったわけではないので、この考察はしばらく心の中に留めておこうと考える。

 

 その一方で、自分の席に戻った時にクラスメイトのみならず他のクラスや観客達の視線まで彼に集中していたが、プレゼントマイクのアナウンスでその集中も霧散する。

 

 

『……えー、かなり衝撃的なラストだったけど、時間が時間なのでそろそろ次の試合に行ってみようか! 次の試合はこの2人だぁー!! ……って、あれ?』

 

 

 アナウンスと同時にステージに上がったのは、第4試合に出場する予定の発目だ。対戦相手はヒーロー科A組の飯田。聞けばクラス委員長を務めているとか。

 

 その飯田だが、先程の試合程では無いが会場内に動揺が奔った。というのも、飯田がヒーロー科であるにも関わらずサポートアイテムを全身に装着していたからである。それも発目が開発した物を。

 

 ミッドナイトが理由を尋ねると、こちらにも聞こえる非常にハキハキとした声で飯田は語った。

 

 曰く、ここまで来た以上対等な立場なので、お互いサポートアイテムを持った上でフェアな戦いをしようと発目に提案された事。サポート科でありながら惜しげもなくアイテムを渡し、出来るだけ対等であろうと行動する彼女のスポーツマンシップに心打たれた事。そして、そんな発目の気概を無下に扱うのは、彼女に対する侮辱に他ならないと考えた事。だから自身もサポートアイテムを身に着けたという。

 

 どうなるかと思ったが、力強い声で熱弁する飯田の姿が琴線に触れたのか、ミッドナイトが顔を赤らめながらOKのサインを出した。

 

 だが彼は知っている。飯田と向き合う発目の目。あれは欲望に濁りきった目をしている。もうこの時点で試合のオチが読めた。そしてこうも思った。自分も発目のようにすれば良かったと。

 

 

『んー……まあOKも出たって事で始めようか! それじゃあ第4試合、スタートしてくれぇー!!』

 

 

 開始の合図を聞いて飯田が真っ直ぐ飛び出す。サポートアイテムで強化されているのか、騎馬戦の時よりも動きが軽やかに見える。

 

 そんな飯田を前に、小型マイクを身に着けた発目の笑みが一気に深くなる。

 

 

『素晴らしい加速じゃないですか、飯田君!!』

 

 

 スピーカーも内蔵されているようで、発目の声が会場全体に響き渡る。突然の奇行に飯田が首を傾げるがお構いなしだ。

 

 

『普段よりも足が軽く上がりませんか!? それもそのはず! そのレッグパーツが着用者の動きをフォローしているのです!』

 

 

 テレビショッピングのようなノリで自身のベイビー達の解説を始める発目に、ようやく飯田にサポートアイテムを渡した意図を察した相澤とプレゼントマイクが一言。

 

 

『売り込み根性逞しいなおい……』

 

『今年のサポート科って皆あんな感じなの? 変わり種多すぎない? 魔境かな?』

 

 

 クラスメイトが勢いよく首を横に振り、席に着いてる彼とステージにいる発目を交互に指差す。変人は2人だけで、俺達は違うから同類扱いしないでくれという意図を全力で周りにアピールする。

 

 その後、ベイビー解説付きの鬼ごっこは10分もの間繰り広げられた。飯田は悉く発目の良い様に振り回されては遊ばれ、その光景はまるで猫に玩具代わりに弄ばれるネズミの様だった。

 

 そして、全てのアイテムの説明を終えた発目は実に満足気な笑みを浮かべ、自ら場外に出て負けた。

 

 

「騙したなああああー! 嫌いだ君ぃぃぃぃー!」

 

 

 悔しさを存分に孕んだ飯田の叫びが聞こえてくるも、肝心の発目はどこ吹く風といった感じで全く気にしてなどいなかった。飯田には強く生きて欲しいと願うばかりである。

 

 そしてこれにより、次の彼の対戦相手が飯田で確定した。発目が1度騙してアイテム解説に付き合わせたので、もう同じ手は通用しないだろう。どころか彼の目的に協力してくれるかどうかも怪しくなってきた。一応提案はするつもりだが、あまり期待は出来ないだろう。

 

 ……こんな調子で、果たして目的を無事に達成する事は出来るのだろうか? 彼の心に一抹の不安が過った。

 

 

 


 

 

 

「お疲れ様です! いやー、実に良いアピールが出来ました! 私はもう大満足ですよ本当に! 飯田君を唆して利用した甲斐がありました!」

 

 

 席に戻って来て早々碌でもない事を口にする発目だが、とりあえず体育祭を終えた彼女の健闘を称えて労う。

 

 

「ああ、あなたも初戦突破おめでとうございます。といっても、そんなに嬉しくは無いと思いますが。まあ、どこかで挽回出来れば結果オーライですからね! まだチャンスはありますよ!」

 

 

 今まで一緒に濃い日常を送ってきただけの事はあり、彼の気持ちなど発目には全てお見通し。体育祭で優勝する気など更々無い彼らにとって、勝ち進めば進むだけ事態が面倒臭くなっていくのだ。

 

 着々と勝ち上がる者が決まっていくステージを眺めながら、発目が彼の試合の事について話し始めた。

 

 

「それにしても先程の試合は凄かったですねえ。B組のあの人を壁に叩き付けて瀕死に追い込むとは、あなたも中々とんでもない事しますよね。あれじゃあ絶対B組の人達に恨まれてますよ。わざとですか?」

 

 

 そんなわけがない。わざとでやるにしてもあれは流石にやり過ぎだろう。まさかあそこまで吹っ飛ぶとは思わなかったのだ。

 

 

「だったら別の方法で勝てば良かったんじゃないですか? ほら、例えば拘束するなり引っ張り上げるなりして場外まで飛んで落とすとか。それくらいなら流石に出来るでしょうに、他の方法を取らずにわざわざ攻撃したから、何か理由あっての事なのかと……」

 

 

 彼はスッと視線を逸らした。口が裂けても言えやしない。もっと安全な方法があった事を度忘れしていた事に。しかも今の発目の言葉で気付いたのだから余計に言えない。

 

 だが先程も言ったように彼の気持ちなど発目には全てお見通し。急に黙りこくった彼を見て、彼が今何を思っているか一発で見抜いた。その上で言った。

 

 

「……こんな事言うのもなんですが、あなたってひょっとしなくてもかなり阿呆ですよね? 何というか、その……変な所で大ポカやらかす傾向ありますよね?」

 

 

 図星過ぎて何も言い返せないとはこれ如何に。このままでは埒が明かない。こういう場合は無理やり話題を変えるに限る。

 

 そう思った彼は、冷や汗タラタラ状態を隠す事無く強引に別の話題へすり替える。骨抜を吹っ飛ばしたのは本当に吃驚で、そもそも力の加減が思っていたより難しかったのだと。

 

 話題を変えようとするあからさまな態度にジト目を送る発目だったが、結局何も言わず、すり替えた話に付き合ってあげる事に。

 

 

「あー、まあ確かにパワーローダー先生を誤って吹っ飛ばした事もありましたもんね。普段の学校生活でも結構意識している節はありますし、何となく分かる気がします。……あれっ、でもそしたら変ですね。そこまで力の調整が難しくても日常生活をほぼ問題無く送れているなら、先程の試合もある程度調整出来たはずでは?」

 

 

 その疑問も最もだろう。だが考えてもみてほしい。例え日常生活を問題無く送れていたとしても、人に攻撃した経験を一切持たない人が、一発で完璧に力を調整して攻撃する事が出来るだろうか。パワーローダー先生を吹っ飛ばした時は攻撃しようと思ってやったわけではないので正直何とも言えない。

 

 もちろん彼自身の計算では調整は完璧だった。日常生活を送る際に出来ている力加減を念頭に置き、相手の戦闘力をしっかりと見極め細心の注意を払って攻撃したつもりだ。だが結果はあの有り様だった。

 

 その事を発目に話すと、彼女は顎に手を当ててしばらく考え込み、今の説明で何か分かったのかポンと手を打った。

 

 

「疑問に思った事があるのでちょっと質問良いですか? さっき計算では完璧だったと言いましたね? でも人に攻撃した経験はないとも。……本当に今まで何かに攻撃した経験は無いんですか?」

 

 

 人以外ならいくらでもある。いつもの修行ではレーザー等の攻撃をしてくる滞空ロボを使っている。重力室の仕様に耐えるため頑強な作りになっているのが特徴的だ。だから非常に壊し甲斐があり、ぶっ壊すと達成感が湧くので重宝している。これまで壊した回数は数知れず。

 

 

「なるほど……それじゃあ調整が上手くいくわけないですね。ロボットはただ壊すだけでどうにかなりますが、人が相手だとそうはいきません。そこはあなたも分かっていると思いますが、今まで頑丈なロボットを壊し続けてきたせいで、無意識の内に対象が耐えられる限度を超えた攻撃をする()が付いたのではないでしょうか? いくら頭では理解していても、付いてしまった癖があると必ずどこかで狂いますし。それでも骨抜さんが生きているのは最早奇跡と言うしか……どうです、私の考えは?」

 

 

 なるほど、一理ある。というかその説は1番有力かもしれない。それなら調整に失敗してしまった理由にも納得出来る上に、事実なら今後はその癖を直していけば骨抜の二の舞を演じる人がいなくなる。

 

 

「原因が癖だと確定したわけではありませんよ。あくまで私の憶測に過ぎません。まあ、仮に癖が原因だったとして、それを矯正するにはやはり生きている人に攻撃して経験を積むのが一番手っ取り早いんですけどね。……で、どうするんですか?」

 

 

 どうするもこうするも無い。体育祭はまだ終わっていないのだ。今後このような事が起こらないとも限らないと分かったし、ちょうど良い機会だから上手く調整出来るまでちょっと試してみよう。幸い骨抜への攻撃で大体の要領は得た。今日で完璧に出来るとは思えないが、骨抜の時よりは幾分かマシになるだろう。彼はそう決心した。もちろん当初の目的を果たした後でだが。

 

 こうして体育祭に参加する意義が1つ増えた彼は、次の対戦相手の飯田にどう対処していこうか考えるのだった。

 

 

 


 

 

 

 発目としばらく雑談している内に試合はどんどん進み、たった今2回戦の全てが終了した。

 

 現在ステージでは個性の使用限界を迎えて倒れ込んだ麗日を、爆豪が突っ立ったまま呆然と見下ろしている。この試合も中々に壮絶なもので、序盤から女性相手に容赦ない爆破を食らわせる爆豪に観客から大ブーイングが巻き起こった。

 

 その時は相澤の一喝ですぐに収まったが、麗日が爆破で破壊されたステージの破片を大量に浮かしているのに気付いていなかった事には驚いた。ブーイングしていた観客の多くが現役ヒーローだったが、そんな狭い視野で果たして大丈夫なのかと少し不安になってしまう。ヒーローにはもう少し頑張ってもらいたいものである。

 

 そんなこんなで試合は進み、途中まで良い感じに麗日の作戦が決まったかと思われたが、最後に爆豪がその策を正面からねじ伏せた時点で勝敗は決した。その後は体力も策も尽きた麗日が倒れて試合終了。爆豪の勝利となって今に至る。

 

 救護ロボに運ばれていく麗日の背中をただ静かに見据えながら、爆豪は何か思うところがあるのか少ししんみりした顔付きでステージを去って行った。

 

 

『ああ麗日……うん、爆豪2回戦突破。これにて2回戦終了、15分休憩挟んだら次行きます……はあ』

 

『私情凄えなおい。やるならちゃんとやれ』

 

 

 これにて2回戦の全てが終了、次から3回戦に突入する。

 

 現在トーナメントに残っているのは8人。この時点でB組は全員敗退しており、内7人がヒーロー科A組で、残る1人はサポート科の彼だけとなっている。正直言って場違い感が凄まじい事この上ないが。

 

 

『さあ、気を取り直して3回戦目! 最初の試合はこの2人だぁー!!』

 

 

 あっという間に15分間の休憩が終わり、そして今から始まる3回戦目の第1試合はヒーロー科A組の轟と緑谷の対決だ。片や現役ヒーローの息子で半冷半燃という強個性を持つA組最強格、片や超パワーを使える代わりに体を壊す個性を持ち、不思議な気をその身に宿す変わった人。

 

 お互いに何やら思うところがあるのか、向かい合っている2人の表情はどこか険しい。ステージに上がる前に何かあったのだろうか。

 

 そんな疑問がプレゼントマイクの甲高いアナウンスによって掻き消される。

 

 

『今回の体育祭で大活躍の2人! 一体どんな試合になるのか気になるよなぁー!? てな感じで始めようぜ! 2人とも準備は良いな? そんじゃあ行くぜ!』

 

 

 アナウンスを聞いて2人が一気に臨戦態勢に入った。もう先程の様な表情は見られない。

 

 

『レディー……スタァァァァート!!』

 

 

 本大会の中でも特に注目の対決が今始まった。

 

 

 


 

 

 

 試合開始から10分後。

 

 

「……み、緑谷君場外。轟君の勝利!」

 

 

 シンと静まった会場内に、ステージ中央で半裸になっている轟と、場外の壁にもたれ掛かったまま気絶しているボロボロの緑谷という構図が出来上がっていた。そして先程の麗日と同じ様に救護ロボに運ばれていく緑谷を、轟はジッと見つめたまま動かない。

 

 ステージは至る所が破損しており、焼け焦げた跡や深く抉られた箇所が特に目立つ。それに加えて観客が座る席にもステージの細かい破片が点在し、2人の戦闘の凄まじさを物語っている。

 

 

「……み、緑谷の奴、煽るだけ煽っといて負けちまったよ」

 

「策があったわけでもなくただ挑発しただけ? 轟に勝ちたかったのか負けたかったのか……」

 

「何にせよ恐ろしいパワーだぜあれは。使う度に怪我をしなければ完璧だったんだが……惜しいな」

 

「気迫は買う」

 

「騎馬戦までは面白い奴だと思ったんだがなあ」

 

 

 試合が終わり、会場のあちこちから緑谷への評価の声が飛んでくる。そんなヒーロー達の談義に耳を傾けつつ、彼は先程の試合を頭の中で振り返る。

 

 緑谷と轟の試合は開始からしばらくまでは轟が押していた。轟が塩崎戦で見せた圧倒的な質量の氷を立て続けに生成し、それを緑谷が指を弾く事で生まれる風圧と衝撃波で相殺していた。だが、個性を使う度に超パワーから来る反動で体がボロボロになる緑谷では、強力な攻撃を連続して放てる轟相手では分が悪かった。

 

 結果、全ての指を使い果たすどころか焦りからか左腕まで使ってしまったため、攻撃手段を失いあっさり轟に負けてしまった……そう思われた。しかし戦いはそこで終わらなかった。

 

 指は全て使えなくなった。左腕も重傷で使えない。ならどうやって戦いを続けたか? 答えは簡単、何と既に使って壊れた指をもう1度弾いて応戦し始めたのだ。いくらリカバーリーガールの治癒で治るからとはいえ、自ら更なる激痛に飛び込もうとする緑谷には驚かされたもので、その精神力は凄まじいものだったと言える。

 

 その直後、観客にも聞こえる声量で轟に向かって叫んだ『全力で掛かって来い』という言葉。それを皮切りに轟の動きが鈍くなり、劣勢だった緑谷が徐々に押し始めた。轟の体が微かに震えていたので、恐らく氷結の過剰使用による身体機能の低下が原因だろうが、緑谷が放った言葉にも多少の影響を受けていると思われる。

 

 そんな中でも緑谷は何かを言い続け、それに呼応して轟の表情も段々と憎悪を孕んだものへと変化していった。何を言ってるかまでは正確に聞き取れなかったが、先程の発言と轟の表情から鑑みるに緑谷が煽っているのではないかとの見解が観客達の間で出る。そして、このまま消耗戦に突入するかと思われた矢先だった。

 

『君の力じゃないか』

 

 もう1度聞こえる大きさの声量で緑谷がそう叫んだ直後、轟が左側から炎を出した。緑谷に散々煽られて頭にきたのか、はたまたもっと別の理由があるのか。今まで何故か戦闘で使わなかった炎を突然使った事に疑問を抱いたが、考えても仕方がないので試合の続きに集中した。

 

 とはいえ、その後の試合展開はスムーズだった。轟に攻撃しようと懐まで跳んで近付いた緑谷に対して、轟が炎と氷を同時に出して反撃。それまで散々冷やされた空気が炎の熱で一気に膨張した事で、観客も吹っ飛びかける程の大爆発が巻き起こった。

 

 少しして爆発の余波も収まり、後に残ったのは場外の壁にもたれ掛かる緑谷と半裸状態の轟の2人だけだった。ステージの破片が至る所に散らばっているのも、最後の大爆発が原因である。

 

 結局緑谷が何をしたかったのかは最後まで分かりかねるが、試合後の轟の表情が試合前と比べて明らかに変わっていた。もしかすると勝負ではない別の何かのために、緑谷は轟にずっと叫んでいたのかもしれない。勘に過ぎないが。

 

 そうこうしている内に爆発で大破損したステージもようやく修復され、次の試合へ移る事に。

 

 次の試合もこれまた大注目。そう、飯田と彼の対決だ。特に飯田ではなく彼の方に観客の注目は偏っている。

 

 

『さあさあ、ステージも直ったし次の試合行くぜぇー!! まずこちらは……!』

 

 

 プレゼントマイクの放送を聞き流しながら、彼は飯田への対応をどうしようか考える。

 

 発目に言われた通り、拘束して場外まで飛んで行く方法が最も安全かつ確実な勝ち方だろう。前の試合では『勝利する=攻撃して決める』という固定概念があったので候補にすら無かったが、この試合は何も攻撃する事だけが勝つ手段ではない。今にして思えば、骨抜との試合より前に轟が塩崎を氷漬けにしていたのに、どうして同様の方法を取ろうと思わなかったのか不思議でならない。

 

 だがそれと同時に、自分の力をより上手にコントロールするためにちょっと試してみたいという気持ちもある。今のところ発目が唱えた『過剰な力を発揮する癖がある説』が最も有力だが、癖が本当に原因なのか定かではない。もっと別の原因なのかもしれない。しかしその説が合ってようがいまいが、日常生活を送る時には出来ているはずの力の調整が、戦いの時になると何故か上手くいかない事には変わりない。

 

 安全を考慮して拘束して摘み出すか、多少の危険を冒して力のコントロールに専念するか。しばらく考えた結果、後者の選択肢を取る事に決めた。人に向けて力を使っても問題ない機会は、これを逃せば来年以降に持ち越しとなるだろうという考えからだ。やはり今の内に試せるだけ試した方がお得だろう。その前にアイテムのアピールをしてからだが。

 

 当初の目的から果たそうと、彼はポケットに入れてるホイポイカプセルを取り出そうと手を突っ込む。その時プレゼントマイクの声が響いた。

 

 

『2人とも準備は出来たな? それじゃあ始めるぜ! 3回戦第2試合スタァァァァート!!』

 

 

 開始の合図を聞き流しながら、彼は使う予定のホイポイカプセルを選んでポケットから取り出す。だが彼は見ていなかった。

 

 

「先手必勝、トルクオーバー……!」

 

 

 カプセルを取り出すのに意識が向いていたせいで、クラウチングスタートの構えを取り攻撃態勢に入っていた飯田の姿を。これに関しては完全に彼の落ち度なのだが、飯田に意識が向いていなかったこの一瞬が勝敗を分けた。

 

 カプセルを取り終えた彼が片手を上げて友好的に接しようと前を向いた瞬間、飯田が今までに見ない程の超スピードで駆け出した。脹脛にあるマフラーからは蒼炎と大量の煙が噴出し、見るからに自身の奥の手を繰り出そうとしている様子だった。

 

 

「食らえ、レシプロバーストォォォォー!!」

 

 

 最大加速で駆け出し、最高速度で一気に勝負を決める。飯田の作戦は悪く無かった。

 

 2回戦目で見た彼の実力。サポート科であるにも拘わらず、ヒーロー科推薦組の骨抜をあっさりと瀕死に追い込んだ圧倒的とも言える(パワー)移動速度(スピード)は、飯田の警戒心を最大限に高める要因となっていた。

 

 ほんの少しでも反撃の隙を見せたら負けるのは自分の方だ。直感でそう理解していたが故に、飯田は反撃の余地も許さぬ勢いで先制攻撃を仕掛ける作戦に出た。いくら奴の力が桁外れでも、自身が隠し持つ技で急所を突けば徒では済まないだろうと考えたのだ。

 

 そして幸運にも、開始の合図が出ているのに余所見していて自分に意識が向いていない。先制攻撃を仕掛けようと決めていた飯田にとって、彼が見せた隙はこれ以上ないくらい絶好の機会だった。

 

 だから、今まで誰にも見せていなかった隠し技である『レシプロバースト』を躊躇なく使った。これを使えば反動でエンストを起こし、しばらく身動きが取れなくなるというデメリットがある。動けなくなれば隙だらけとなり、敗北は決定的となる。

 

 それでも飯田は構わなかった。生半可なスピードでは容易に避けられ、体力を余計に消耗してしまう可能性が高いためだ。そもそも出し惜しみをして勝てるような相手ではない。だからその一撃に全てを込めて、誰よりも(はや)く、(はや)く、(はや)く。

 

 そうして繰り出された脚蹴りは、重たく芯に響くような音を出して決まった。見事彼の首元に命中し、その勢いで彼は背中を大きく仰け反らせた。

 

 決まった、これは勝負ありだ。会場の誰もがそう思った。

 

 

『……き、決まったああああああ!! 先手必勝、飯田の蹴りが首元に命中! ていうかはっや! 速すぎるでしょ今の! 移動する瞬間全然見えなかったんだけど! そんな超加速あるなら予選の時から使っ……!』

 

 

 だが、観客の歓声やプレゼントマイクの声はそこで遮られた。

 

 

「……えっ? あっ、ああああああぐああああああああっ!!」

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、誰もが思考停止した。何故超スピードで蹴ったはずの飯田が脚を抱えて蹲り、蹴られたはずの彼が何事も無かったかの様に平然と突っ立っているのか。そして、何故蹴ったはずの飯田の右脚があらぬ方向に折れ曲がっているのかという事に。

 

 その理由に気付くまで全員が騒ぐのを止め、ただただ2人を交互に見ていた。蹲って激痛に叫ぶ飯田と、それを見てオロオロする彼の姿を。

 

 しばらくしてこの惨状を見かねたミッドナイトが飯田の元に駆け寄り、しゃがみ込んで飯田の右脚を確認する。その右脚は紅く腫れ上がり、逆くの字の方向に折れ曲がっていた。それも曲がっているのは関節部分ではなく、最も痛いと言われる向こう脛の部分。想像しただけで震え上がる痛さなのは間違いない。

 

 このまま試合を続けるのは無理だと判断したミッドナイトは、静かに片手を上げると声高に宣言した。

 

 

「飯田君、行動不能! よってこの試合、強制終了とします!」

 

 

 静まり返った会場内に、ミッドナイトが出した試合終了の合図が木霊する。それを聞いてようやく我に返った観客達が再び騒めき出す。

 

 そして、急いでリカバリーガールの元へ搬送されていく飯田を見送った彼は、騒がしくなった会場を背にしてステージを去った。

 

 過程こそ違うが、状況が骨抜の時とほぼ同じだった。それもアイテム紹介どころかちょっと試す事すら叶わず。

 

 本当にこの調子で大丈夫なのだろうか? 彼の不安は大きくなる一方だった。

 

 

 




飯田の作戦は悪くないと思います。ただ惜しむらくは彼、ひいてはサイヤ人の肉体強度を見誤っていた。これですね。他には素足晒して蹴った事も原因です。コスチュームを着ていたらあんな事にはなりませんでした。ズボンの裾を捲り上げないとマフラーがつっかえるとはいえ、流石に今回ばかりはどうしようもないです。初戦は発目に弄ばれ、2戦目は開始10秒程度で敗退。これって冷静に考えると滅茶苦茶不憫すぎる……。
それと紹介されなかった他の2回戦ですが、結果と勝因だけここに記載しておきます。

2回戦第5試合 上鳴 vs 芦戸
勝者……芦戸
勝因……開始早々上鳴の無差別放電を食らったものの、持ち前の高い身体能力のおかげか根性で何とか耐え抜き、阿呆になって抵抗する力を失った上鳴を場外に押し出した。酸性の液体は電気を通し易いため、敢えて酸を出さなかったのは英断と言えるだろう。

2回戦第6試合 常闇 vs 八百万
勝者……常闇
勝因……原作通り。黒影の猛攻に八百万は反撃する機会すら与えられず、そのまま場外まで押し出されてしまった。常闇強い。

2回戦第7試合 切島 vs 鉄哲
勝者……切島
勝因……根性で押し通した。お互いに策の欠片もない正面からの殴り合いだったが、それでは勝負が決まらなかった。最後は腕相撲で勝者を決める事となり、結果切島がギリギリの所で鉄哲を下した。これも原作通り。熱い男は気分が盛り上がるから良いね。

以上となります。これらも本文で書くと長くなり過ぎるのでカットしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 惹き付ける者と惹き付けられる者

あと1,2話くらいで体育祭編終わると思います。ここまで随分かかった感じがする。


 雄英体育祭最終種目、3回戦第2試合で大怪我を負った飯田がリカバリーガールの元へ搬送され、勝利した彼が騒がしくなった観客を背にして自分の席に戻る中、試合を見ていた爆豪勝己はイラついていた。その原因はもちろん彼の存在だ。

 

 

「ただのモブだと思ってたのに……!」

 

 

 最初は眼中に無かった。いや、存在すら認知していなかった。この体育祭において自身が超えるべき壁は同じヒーロー科の面々のみ。特に緑谷出久と轟焦凍、この2人だけだと思っていた。

 

 その内の1人は先程の試合で敗れ、もう1人は今まで使ってこなかった炎を使うようになった。これだけでも十分警戒に値するもので、爆豪の優勝への道のりは一気に難しくなった。

 

 そんな所へ現れたのが彼の存在だ。サポート科でありながら、ヒーロー科どころか現役ヒーロー顔負けの実力を持ち、騎馬戦では発目と一緒に自分達を終盤まで翻弄し続けた機転と視野の広さを持つ相手。爆豪の目に留まらないわけが無かった。

 

 もはや敵はヒーロー科の生徒だけではない。いや、もしかするとこの体育祭で自分が本当に越えなければいけない壁はサポート科の彼の方かもしれない。そんな疑問が爆豪の脳裏を過る。そして、そんな事実に苛立ってしょうがない。

 

 

「おい爆豪、常闇と芦戸の試合終わったら次俺らの番だ。そろそろ控え室に行っとこうぜ」

 

 

 近くに座る次の対戦相手(切島鋭児郎)が呼びかける。今は常闇と芦戸が試合を始めようとしていて、それが終われば次は3回戦第4試合、爆豪達の番だ。相性から考えて、恐らく常闇の先制攻撃で勝負が決まるから出番は近い。すぐに行った方が良いのは爆豪も分かっていたので、()()()()()()()()控え室へ歩を進める。

 

 

「……? あっ、ちょっと待てよ爆豪! 置いて行くなよー!」

 

 

 普段なら呼びかけに対して「黙れ今行くわ」だの「うっせー分かってるわ」だの言ってくるはずが、何故か一言も発さないで控え室に向かう爆豪に疑問を抱いた切島だったが、すぐに考えるのを止めて走って後を追いかける。

 

 その一方で爆豪は、彼に対して苛立つと同時にこうも思っていた。

 

 

(サポート科だろうが何だろうが関係ねえ。相手が誰であれ結局俺のやる事は変わらないからな。完膚なきまでの1位を取って、俺が1番強い事を証明してやる……!)

 

 

 彼に対する苛立ちと怒りを抑え込んで闘争心に変え、彼と対戦した時に備えて頭の中で作戦を組み立てる。切島の呼びかけに吠えなかったのはこれが要因なのだが、爆豪はまだ知らない。

 

 彼の力が実は個性ではないという事。そして……。

 

 

(今までの試合で見た感じ、奴のパワーとスピードは相当なもんだが絶対に対応出来ないって程ではねえ。動き自体は見えなくとも、攻略の糸口が必ずどこかにあるはずだ。耐久力もあるが、そこは俺の爆破にどこまで耐えられるかの我慢比べ……)

 

 

 彼と爆豪の実力差が想像を絶する程かけ離れているという事を。

 

 

 


 

 

 

 思わぬ形で飯田に勝利した彼はげんなりした様子で自身の席に戻った。飯田が開始早々に自滅した事で、アイテム紹介も力のコントロールの練習すらも出来なかったのだ。彼の肉体強度はこの星の人間よりも遥かに上回っているので、下手に攻撃したらどうなるのか分かっていたが、それでも先程の試合はどうにも勝った気になれなかった。

 

 そんなこんなで落ち込んだ彼を発目が優しく肩を叩いて慰める。

 

 

「まあ、その……こういう時も偶にはありますよ。今日が不運にも上手く物事が進まない日だっただけで。だから次こそは目的を果たせると良いですね」

 

 

 その優しさにほろりとさせられたが、同時にいつもは自分本位な発目がそんな事を言うなんて、何か裏があるのではとゲスな勘繰りを自然としてしまうのはこれ如何に。人の好意を素直に受け取れないなんて性格が悪いにも程がある。

 

 いや、元々そんなに褒められる様な性格ではなかったか。体育祭の騎馬戦や今までの学校生活がそれを証明している。彼は自身の内面を今一度見つめ直した。

 

 

「しかしまあ、あなたもこの体育祭で大分注目されるようになりましたね。今やヒーロー科に負けず劣らずの知名度ですよ。ほら見て下さい、あそこの席……そう、ここから見て左斜め前の少し上ら辺の席です」

 

 

 発目に言われた方角に目を向けると、派手な格好をした観客達がこちらを見ながら何かを話している姿を視認した。

 

 

「あの格好、間違いなくヒーローですよ。しかもこちら、というかあなたを見てますねあれは。何か話し合っているようですが、話題は何でしょうね?」

 

 

 ここからでは歓声に掻き消されて聞こえないが、恐らく先程の試合の感想を言い合っていると思われる。実際はどうか知らない。というか興味もない。

 

 彼の考えに発目も軽く頷きつつ口を開く。

 

 

「これでベスト4入りが決定したわけですが、聞く所によるとサポート科が最終種目でそこまで進んだのは二十数年ぶりだそうですよ? 殆どはヒーロー科で、時々普通科の人が入ってくる事があるそうですが、サポート科は本当に体育祭で勝ち残りにくいみたいです。そう考えるとあなたって結構凄い事やってますよね!」

 

 

 確かにそう。冷静に考えれば二十数年ぶりの快挙を達成しているので、本来ならもっと自慢して誇りに思っても良いくらいだ。それは分かっている。

 

 だが彼の目的はあくまでアイテムのアピールであって、決してトーナメントを勝ち進む事では無い。対人戦で力をコントロールする訓練もしたいとは思っているが、そちらの方は最悪出来なくても構わない。

 

 肝心なのは当初の目的。それがこの体育祭に参加する意義であり、彼が負けずに勝ち進んでいる理由なのだ。目的を果たすまでは、まだ負けられない。

 

 

「何度も言いますが、無事に達成できると良いですね。結果がどうであれ、私は応援していますよ。……とまあ、そんな事言ってる間にもう3試合目が終わりましたか。意外と早かったですね」

 

 

 気が付けば常闇と芦戸の試合が終わっていた。

 

 勝者は常闇。プレゼントマイクの話を聞くに、常闇の黒影が速攻を仕掛け、逃げ回る芦戸を場外まで押し出したとの事。

 

 常闇は黒影を用いた中遠距離からの攻撃を得意とするので、距離を取れば取るほど相手側の対処は難しくなる。しかし見た感じ近接戦闘に弱そうなので、黒影の攻撃を掻い潜って懐まで入り込めば勝機はありそうだ。実際にやってみなければ分からないが。

 

 そして次が爆豪と切島の対戦。それが終わって休憩を挟み次第すぐに準決勝、また彼の出番となる。

 

 今度の相手は轟。今まで戦ってきた2人と違い、轟はヒーロー科の中でも別次元の実力なので、ちょっとやそっとの事では倒れない……と信じたい。

 

 

「そろそろ控え室に向かった方が良いのでは?」

 

 

 発目にそう促された彼はコクリと頷き、ステージ上で相対する爆豪達を横目に控え室へ向かう。その道すがら、彼は次の対戦ですべき事を脳内で整理する。

 

 まずはアイテムのアピールをして、あわよくば力の調整もそこで行う。それらを達成したら自主的に場外へ出るか降参する。これが今までの大まかな計画だった。だが、果たして本当にそれで良いのだろうか? 度重なるやらかしを経て、彼はそう思うようになっていた。

 

 同時に今まで上手くいかなかったその原因を考えた。それからしばらくして1つの結論を出した。

 

 アイテムのアピールにばかり拘っていたから上手くいかなかったのだと。初戦も2戦目も、アイテム紹介を先にやろうとしたから結局何も出来なかった。1つの事に執着していたから柔軟な対応が出来ず、悲惨な結果を生み出してしまったのだ。

 

 ならば逆に考えよう。アイテム紹介は後回しにしても良いやと、逆に考えるのだ。先程はアイテム紹介が目的で、それを達成するまで終われないと言った。だが本当に目的を果たしたいのであれば、先に力の調整から始めてみてはどうだろうか。

 

 最悪出来なくても構わないと思っていたもう1つの目的だったが、もし果たせばその分の精神的な負担は軽くなりモチベーションにも繋がる。悪くはないはずだ。

 

 実際はどうなるか分からないが、今までのやり方でダメなら別の方法で切り込むしかないだろう。試合が始まってしばらくは轟とちゃんばらごっこの時間だ。

 

 こうして試合での行動指針を切り替えた彼は、出番が来るまで控え室で待ち続けた。

 

 

 


 

 

 

 ──それから数十分後。

 

 

『爆豪と切島の試合も終わって休憩も済んだ。ここからは準決勝! 残った4人で熾烈な優勝争いの時間だぜぇー! 準備は良いかぁー!?』

 

「「「「うおおおおおおおおー!!」」」」

 

 

 爆豪と切島の試合は爆豪の勝利に終わった。最初は硬化した切島の猛攻に防戦一方だったが、次第に疲労が積み重なって硬化が脆くなった瞬間を狙い、絨毯爆撃を食らわせて一気に勝負を決めた。

 

 攻撃している時の爆豪の顔はまさに悪鬼羅刹の如く。街中なら間違いなく職質を受けるレベルの凶悪さだった。小さな子供が見れば泣きながら裸足で逃げ出す事請け合いだろう。何度も思うが、本当にあれでヒーロー科なのだろうか。

 

 ステージに立った彼は先程の試合を振り返り、凶悪な笑みを浮かべる爆豪を思い浮かべて内心苦笑する。

 

 

『さーてお前ら、準備は良いな? やっぱ無理ですなんて言わせねーぜ! とっとと始めるからな!』

 

 

 考え事をしている内に立ち合う両者の紹介が済まされ、いよいよ準決勝の始まりが目前まで近付いてきた。

 

 対戦相手の轟は先程の緑谷との対戦で炎を使うようになった。戦いの幅が一気に広がった上に、最後に見せたあの爆発も使ってくる事だろう。ホイポイカプセルを披露する時はその攻撃に要注意だ。あの爆発に巻き込まれたら一溜まりもない。

 

 とはいえ、轟の出す氷結は力の調整に持ってこいだ。壊しても何の問題も無く、いくらでも生成してくれるだろうから何度でもやり直せる。この機会を無駄にしては駄目だ。思う存分有効活用させてもらう。

 

 

「随分と余裕そうな面してんな。まあ、今までの試合を見ればその態度も理解できるわけだが……」

 

 

 試合開始直前に轟が話し掛けてきた。今まさにプレゼントマイクが開始の合図を出そうしているが、急にどうしたのだろうか。

 

 

「騎馬戦の時、お前に言われた事を俺は忘れちゃいない。かなり頭に来たからな。だからここで証明してやるよ……」

 

『レディー……』

 

 

 騎馬戦の時に言われた事とは、もしかしなくてもあれだろう。実力は轟よりも上だと断言したあの時の事だ。轟にこうして言われなければそのまま綺麗さっぱり忘れていた。

 

 確かに今考えてみればあの発言はかなり腹が立つ。逆の立場なら間違いなく根に持っていた。だがそれと同時に事実でもあるので、中途半端に適当な事を嘯くよりは正直に伝えた方が良いだろうと思う。

 

 それにしても証明するという今の発言、一体何を証明する気なのか。大体の予想は付くが、一応確認のために聞いておく。

 

 

「何を証明するかって? そりゃあもちろん……」

 

 

 言いながら地面に屈み込んで右手を付けた轟は、少しも身構えない彼を鋭く睨め付けて言った。

 

 

『スタァァァァート!!』

 

「お前に勝って、俺の方が強いって事をだよ」

 

 

 開始の合図と同時に押し寄せてくる巨大な氷塊。多くの者がこれに阻まれ、苦戦を強いられてきた。まさに圧巻。A組最強と言われるだけの事はある。

 

 そんな氷結攻撃を前に彼はゆっくりと、しかし冷静に左手を差し出し、気を込めて中指を弾いた。轟と相対した緑谷を参考にして。

 

 

「ぐっ……緑谷の時と同じ様に……!」

 

 

 瞬間、押し寄せる氷塊を綺麗さっぱり吹き飛ばす程の衝撃波と暴風が発生し、その風に煽られて轟が半歩後退る。

 

 轟まで吹き飛ばされなかったのは、氷が良い感じに衝撃波と風を和らげてくれたからだろう。これである程度力を使っても問題無い事が証明された。後は細かい調整が出来るようになるまで反復するだけだ。それまで轟には持ち堪えてもらいたい。

 

 次の攻撃がいつ来ても良い様に中指を丸めながら、彼は気のコントロールに集中する。

 

 

「だったらお前の体力が尽きるまで何度でも食らわせてやる」

 

 

 その言葉と共に次の氷塊がやってきたので、今度は先程よりも気持ち弱めに指を弾いた。

 

 またしても氷は吹き飛ばされたが、隅にある細かい塊がいくらか地面に残った。前より弱めに撃てたようで何よりだ。この調子でどんどんいこう。さあ、次を出してもらおうか。

 

 もっと多くの氷塊を生成してもらうため、手招きして分かりやすく煽ると、轟の表情がみるみる内に険しく怒気を孕んだものへと変化していく。ここまで分かりやすい表情の変化は中々お目にかかれない。

 

 

「馬鹿にしてんのかてめぇ……!」

 

 

 前の2つより一回り大きな氷が襲ってきた。余程煽られたのが癪に障ったらしい、量も迫り来るスピードも明らかに上がっている。怒りによって攻撃力が大幅に増すのはサイヤ人もこの星の人間も共通のようだ。

 

 この氷塊も彼は落ち着いて指を弾き、バラバラに吹き飛ばして相殺した。散らばった氷の破片が観客に降り注いで悲鳴が上がるが気にしない。コラテラルダメージだと思って我慢してもらおう。

 

 

『連続ッ! 大質量の氷結を繰り出す轟の猛攻、それを圧倒的なパワーで粉砕していくぅー! 緑谷戦でも見た光景だが、何度見ても圧巻だなこれ! マジ凄えや!』

 

『しかも緑谷と違って、あいつは超パワーで相殺しても体が壊れない。怪我のリスクを気にせず力を振るえるアドバンテージがある。というかあいつの実力なら、わざわざ真正面から相殺しなくても取れる策はあるはずなんだが……轟のペースに合わせて戦ってる様に見えるな』

 

『……マジで? つまりあれか? あの轟相手に手加減しているって事か!? 嘘だろ、どんだけ強いんだよあいつ!』

 

 

 2人の会話が会場に響き渡り、観客の注目がより一層彼に集まる。

 

 そんな中、放送を聞いて轟も気になったのか、攻撃を続けながらも尋ねた。

 

 

「今さっきの放送聞いただろ。あれ本当なのか? 俺のペースに合わせてるってのは」

 

 

 ペースを合わせたつもりはないが、その気になれば0.1秒と掛からず勝負を決めていたので、結果的に合わせているという解釈で間違いなさそうだ。

 

 

「マジで最初から手加減していたって事か。ふざけやがって……! 全力で来いって言った緑谷の気持ち、今なら良く分かる。あいつもこんな気持ちだったのか。確かにこれはムカつくな」

 

 

 不機嫌さを隠そうともせず不満を漏らしているが、そういう轟の方は人の事を言える立場だろうか?

 

 緑谷との試合で頑なに使わなかった炎を使うようになり、てっきり今回の試合でも左側を使った戦いをして来ると思っていた。だが、炎を出そうとする感じがまったく見受けられないのはこれ如何に。

 

 氷結のみの攻撃はこちらとしてもありがたいのだが、同様に全力を出していない轟が自分の事を棚に上げて苦情を述べるのは都合が良すぎる。人の振り見て我が振り直せ、全力を出してほしいなら、まずはそちらから有言実行してもらおう。

 

 

「ッッ!! それはっ……! それは……」

 

 

 捲し立てるように炎の事について聞くと途端に押し黙った。どうやら痛い所を突いてしまったらしい。代わりに新たな氷が飛んできた。

 

 すぐさま指を弾いて相殺し、轟から何かしらの返答がないか待ってみる。

 

 

「分かんねえんだ……さっき緑谷に言われて、これから自分がどうすべきか……今まで自分のしてきた事が、本当に良いのか悪いのか……」

 

 

 小声で訥々と語り出した轟は、霜が体表に纏わり付くのも意に介さず、更に大きな氷を差し向ける。

 

 

「分かんなくなっちまってんだ……!」

 

 

 だから左の炎は使わないと言いたいらしい。とはいえ轟が何を思い、どのような経緯で緑谷に何を言われたのか把握しかねるので、正直今の発言を受けても何の事かさっぱりだ。肝心な部分を暈し、言葉を選んで発言しているように思える。

 

 だが、轟から発せられる重苦しい雰囲気を見るに、人には言えない複雑な事情があるのだろう。そうとなればあまり深くは聞くまい。これ以上他人の事情に踏み入るのは野暮というものだ。

 

 彼は差し向けられた氷塊を軽々と粉砕しながら、左の炎についてはもう何も聞くまいと心に留めておく。

 

 

『氷がより一層大きくなっているが、そんなもん知らんとばかりに片っ端から粉砕! これでもう何度目だぁー!? つーかいつまで続くんだこれ!?』

 

『よく見てみろ、轟の動きがさっきよりも鈍くなっている。まあ、あれほどの規模で氷を出し続けたら体温が下がって身体機能も低下していくわな。大規模攻撃で一気に勝負を付けるのは合理的だが、それが効かない相手に連発するのは逆効果。緑谷戦で学んだと思っていたが……こりゃ、どちらが先に倒れるか明白だな』

 

 

 その言葉は轟の癪に酷く触れた。

 

 騎馬戦で言われた事を思い出して苛立ち、つい勢いで『勝って、お前より強い事を証明する』と啖呵を切ったばかりなのに、気が付けば自滅しそうになっている。しかも相手はまだまだ余裕で、力の底を見せていないときた。その事実が轟の顔を曇らせる。

 

 それだけではない。今まで自身が抱いてきた父親に対する憎悪から始まり、先程の緑谷戦での出来事を経て、そしてサポート科の彼にも左側の力を使わないのかと指摘された今、轟の心は崩れかけのジェンガの様に激しく揺れ動いていた。

 

 憎しみを抱き、ただ父親を見返すためだけの人生を送ってきた事が本当に正しかったのか、そしてこれからどうすればいいのか。緑谷に「ふざけるな」と一蹴され、今まで歩んできた道が突如として消え去ったため、轟の心に迷いが生じてしまった。そのタイミングで飛んできた彼の容赦ない言葉による追撃は、轟の心を更に掻き乱すには十分過ぎた。

 

 第三者から切っ掛けをもらい、復讐を果たそうと躍起になっていた人生から目が覚めたとはいえ、長年憎み続けたものを数時間の内にすんなりと受け入れられるほど人の心は強くない。最低でも数日は考える期間が必要だろう。轟が炎の使用を躊躇うのはある意味当然の事だった。

 

 

(俺は……俺はどうすれば……)

 

 

 もはや試合前に啖呵を切った時の威勢など残っていなかった。何度も氷を相殺され、緑谷戦以上の苦戦を強いられ、それでも届かない相手。左の力を使おうにも、あと一歩の所で踏み止まってしまう。迷い、焦り、冷静な判断が下せない。過去のトラウマが次から次へとフラッシュバックする。

 

 気付いた頃には全身に霜が降り、真っ白な息を吐き、ガタガタ震えて跪いていた。まるで轟の周囲だけが真冬の様で、誰が見ても異常と思える光景だ。

 

 体温が急激に低下すると、人は思考が鈍り正常な判断力が失われてしまう。轟も見事にその状態に陥っており、呼吸は激しくなる一方なのに脳が正常に働かない。

 

 そして、これで何度目になるかも分からない氷結攻撃を、障子を破るように軽々と破壊していく彼を見て、轟の心はもう1度()()()()()……。

 

 

「轟君、負けるな! 頑張れぇぇぇぇー!!」

 

「緑谷……!」

 

 

 瞬間、轟は立ち上がった。観客席から一際大きな声で声援を送る緑谷に背中を押され、冷えかけた心はもう1度烈火の如く燃え上がる。

 

 その心境の変化を象徴するかの様に、先程まで冷え切っていた体は再び人の体温を取り戻し、それどころか周囲に人を寄せ付けないほど熱く、眩しく燃え上がる。

 

 轟が再び左の炎を使った。その光景にいち早く声を上げたのはプレゼントマイク達だった。

 

 

『おぉーっと!? 轟、本日2度目となる炎を使った! これはもしや、緑谷戦で見せたあの超爆発がまた見れるのかぁー!?』

 

『これを機にどう戦況が変化していくのか注目だな』

 

 

 その興奮は観客にも伝播し、あちこちから歓声が沸き上がる。今まで氷しか使ってこなかった轟が、1人の声援によって再び炎も使うようになったのだ。これからどんな戦いを見せてくれるのか、全員の期待が高まる。

 

 そんな中彼は、大きな声で轟を応援した緑谷に目を向けた。

 

 やはり緑谷はどこか不思議な人だ。第一にそう思った。複数人の気を持ち併せているだけでも注目が寄るのに、それ抜きでも何故か自然と意識を向けてしまう。注目するようになったのはどのタイミングだったか。

 

 初戦では心操の洗脳を自力で解き、2戦目では自らをも破壊するパワーと常軌を逸した精神力で轟相手に食い下がり、更には左の力まで使わせた。

 

 別に、実力が他のヒーロー科と比べて突出しているわけではない。活躍らしい活躍といえば、精々が騎馬戦で1000万の鉢巻を奪い取ったくらい。だというのに、どうしてここまで惹き付けられてしまうのだろうか。そして惹かれれば惹かれるほど、益々どんな人なのか知りたくなってしまうのだ。

 

 彼が緑谷に対してそんな事を思っていると、炎を出して体を温めていた轟が声を掛けた。

 

 

「……お前も気になるのか? あいつの事が」

 

 

 あいつの事とはもしかしなくても緑谷出久の事だろう。どうやらチラッと目を向けた瞬間を見られていたらしい。

 

 

「不思議な奴だよ、あいつは。俺が今まで抱え込んでたもん全部ぶち壊して、今もあいつの声援に押されちまった。さっきまでずっと迷ってたのが嘘みたいに、急に頭が冴えたんだ。……本当に不思議な気分だ」

 

 

 轟も戦いより不思議な奴の方が気になるようで、お互いに目を合わせ、そして一瞬だけ笑みを浮かべた。今の雰囲気が面白可笑しく感じられ、ついつい笑わずにはいられなかったのだ。

 

 その瞬間彼は理解した。ああ、自分はどうやらあの不思議な奴の事を気に入ってしまったらしいと。惹き付けられる理由はこれだと。まだ言葉も交わした事のない、今日初めて知ったばかりの相手だというのに。実際はどんな素性なのかも分かっていないというのに。それでも彼は自然と、無意識の内に、緑谷出久という男に強い関心を寄せていた。

 

 

「……で、どうすんだこれから?」

 

 

 轟が再び尋ねてきたが、そんなものは決まっている。この状況でやる事は1つだけだろう。

 

 

「まあ、そうだよな。でもお前、何か他にもやりたい事あるんじゃないのか? 本当なら一瞬で勝てたのに、わざわざ俺のペースに合わせて戦っていただろ?」

 

 

 本来なら倒さない程度に戦い、程よく轟を疲労させた後で自身が作ったアイテムのアピールをするつもりだった。今までの反省を活かした作戦で今度こそ目的を達成しようと考えていた。

 

 だが今ので気が変わった。アイテム紹介は次の試合へ持ち越す事に決めた。どうして緑谷に惹かれるのか、その理由を自分なりに理解してスッキリ出来た上に、せっかく轟が炎を出して本気になってくれたのだ。これは応えねばなるまい。

 

 それに、どうせアイテム紹介するなら最も注目の集まる決勝戦で行った方がお得だろう。ここまで来たなら決勝の晴れ舞台で堂々とアピールの一択だ。

 

 

「……お前、ずっとそんな事企んでたのか? 中々えげつない事しようとしてたんだな」

 

 

 今更そんな事言われても、これが体育祭に参加している本来の目的であって、ヒーロー科とは全然違うのだ。

 

 

「まあ良い、分かった。それじゃあ……やってやるよ」

 

 

 轟が臨戦態勢に入った。

 

 一歩、力強く右足を踏み込み、そこから特大サイズの氷塊を作り出す。そして左腕から煌々と燃え上がる紅蓮の炎を巻き上げ、相反する2つのエネルギー量をどんどん増幅していく。

 

 会場内の誰もが、これから一世一代の大技が放たれようとしている事を理解した。恐らく緑谷戦で見せた超爆発よりも更に威力、衝撃、熱量のどれもが上位の大技を。その期待に応えるかの如く、相対する彼も今までの様に指ではなく拳を構えて腰を落とした。

 

 初戦の骨抜戦では誤って瀕死に追いやってしまった。だが今は違う。先程まで指とはいえ何回も轟の氷を粉砕した事で、どの程度の力で拳を振るえば良いのか、その大体の要領を体で覚えた。

 

 それに相手も全力で攻撃をぶつけてくるのだ。多少力の調整がぶれたとしても威力は相殺され、大惨事になるリスクは減るだろう。彼は右の拳に気を込めた。

 

 2人を取り囲む観客達の誰もが息を呑む。これからどうなるのだろう。一体どんな結末を迎えるのだろう。そうして注目が最高潮に高まった所で、その時は遂に来た。

 

 

「ありがとな、緑谷。お前のおかげでまた吹っ切れたよ。そしてあんたも、今度機会があったらまた手合わせ頼む」

 

 

 そう言って、目の前で2つのエネルギーを思い切りぶつけて凝縮する轟に、暇な時はいつでも良いよと彼は答えた。

 

 その返答を聞いて一瞬満足気な笑みを浮かべた轟は、次の瞬間鋭い眼差しになり、そして凝縮されたエネルギーの塊を彼の目の前で()()()()

 

 瞬間、会場が吹っ飛ぶかと思われる程の衝撃波と圧倒的な質量と熱を孕んだ爆風が彼に襲い掛かる。普通の人が目の前でこれを食らえばただでは済まない。どころか、ほぼ確実に死に至る。そうでなくとも重傷は免れない威力だ。

 

 そんな即死レベルの大技を前に、彼は今一度拳を握り締めると──。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 轟は驚きに目を見開いた。

 

 凄まじい勢いで迫り来る爆発の衝撃波と爆風に向かって彼が拳を振るった瞬間、今の攻撃がまるで無かったかのように綺麗さっぱり霧散して消え去ったのだ。これで驚かない方が無理がある。

 

 初めて計算通り、轟にまで害を及ぼす事無く攻撃のみを消し去った彼は、突き出した右拳を下ろして言った。

 

 次はどうする? と。

 

 

「……お前に勝てるとはもう思ってなかったけど、まさかこんなに力の差があるなんてな」

 

 

 数瞬の時を経て、轟は深い溜め息を吐いた。

 

 

「……参った、降参だ。あれが全く通用しないんじゃ、どう転んでも今の俺に勝ち目はねえよ」

 

 

 降参を選択した轟は負けたのに悔しさの表情が全く見られず、どころかこちらを見るその瞳はとても真っ直ぐなものだった。

 

 そして、轟の降参を聞いたミッドナイトが試合終了の合図を声高に宣言する。瞬間沸き上がる歓声に、プレゼントマイクの興奮が会場内に響き渡る。

 

 

『し、試合終了ぉぉぉぉー!! 意外も意外! 轟の降参により決勝に進む1人目が決まったー! つーか最後のぶつかり合いヤバかったな! 今までの戦いの中で一番興奮したぜ! マジで凄えよお前ら! いや本当に! 会場の皆、両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』

 

 

 プレゼントマイクの一言で、会場中から両者を称える惜しみない拍手が送られる。期待を大きく上回るド派手な戦いぶりに、心の底から魅せられたが故のものだった。

 

 その拍手喝采を一身に受けながら、2人はステージを降りて真っ直ぐ帰路へ向かった。

 

 

 




オリ主、無意識の内に原作主人公に惹き付けられる。流石緑谷君、何もしなくても自然と人を魅了してしまうとは……! 狂人と狂人は惹かれ合うってやつですね(一方的)。そしてこの戦いを機に轟君とも仲良くやっていけそうだぁ!
……問題は次の試合です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 4分33秒

これ含めてあと2話で体育祭終わりです……多分。
新年度始まった時のごたごたで書ける時間があまり確保出来ず、その期間分だけ投稿が遅れました。すみません。3割くらいスマホで書いたけど凄く書き辛かった……。


 雄英体育祭1年ステージ最終種目、準決勝第1試合の興奮もようやく収まった。とはいえその戦いは人々の記憶に深く刻まれ、今後しばらくはその話題が上がる事を彼はまだ知らない。

 

 そして15分間の休憩もあっという間に過ぎ去り、もう1人の決勝戦進出者を決める第2試合が始まる。自身の席に戻った彼はその様子を観戦していなかった。

 

 

「お疲れ様です! 先程の試合、凄かったですよ!」

 

『準決勝第2試合、爆豪と常闇の戦いが今、スタートだぁー!!』

 

 

 意気揚々と話し掛けてきたので彼は両手を上げて発目に向き合い、言葉の代わりにハイタッチで返す。

 

 ノリが良い発目は当然の如くハイタッチしてくれ、続けてウィンクとサムズアップもそこへ追加する。サポート科としてアイテムの紹介も欠かせないが、何より今日は年に1度の祭り事。楽しまないと損だ。よって、彼らは彼らなりにこの体育祭を楽しんでいた。

 

 

「あなたが強いのはもう周知の事実でしたけど、まさか轟さんが最後に見せたあの大爆発まで相殺するとは予想外でした。益々興味が湧いてきます。今度私の実験に付き合って頂いてもよろしいですか? あなたの体について色々調べたくて」

 

『おっと? これは一体どういう事だ!? 常闇がここでまさかの防衛に入ったぞ! 八百万、芦戸の2人を瞬殺して勝ち上がってきたのに、爆豪相手に攻撃出来てねーじゃん! どうなってんだ!?』

 

 

 発目相手に色々調べたいと言われると、何だか嫌な予感がして堪らない。変な薬品でも打ち込まれそうな雰囲気があるため警戒心が高まってしまう。

 

 一体何をするつもりなのか、それくらいは確認しなければならない。彼自身もそうだが、発目もやると言ったらやる性格なのだ。平気でとんでもない事をしでかす可能性は十分にある。彼も人の事を言える性格ではないが。

 

 

「何を想像しているのか把握しかねますが、そこまで物騒な事はしませんよ。ちょっと爆弾とか薬品とかぶつけたり、私が開発したベイビーの実験台になってもらったりするだけですから。変な物を体内に打ち込むなんて危険な事はしないので、そこら辺は心配しなくて大丈夫です」

 

『まだまだ続く! 爆豪のラッシュが止まらない! 無敵に近い個性で勝ち上がってきた常闇が未だ反撃すら出来ていないなんて! 防戦一辺倒だぁー!』

 

 

 なるほど、そんな事だったのか。それなら何も問題無い。変な薬品を体内に打ち込まれるなんて危険な事に比べれば、発目がやろうとしている実験は安心安全。それくらいなら時間がある時にいくらでも付き合ってあげよう。御安い御用だ。彼は快く承諾した。

 

 その返答を聞いて深い笑みを浮かべる発目。それにつられて彼も思わず口角が吊り上がる。

 

 結果、突如不気味な笑みを浮かべる2人に周りのクラスメイトが視線を四方八方に逸らし、少しだけ2人から距離を取った。

 

 

『おおっ! 爆豪の奴、華麗に攻撃を避けて常闇の裏を取り、すかさず爆破ぁー! ……って、おいおい、煙幕で全然様子が見えねえぞ。どうなってんだ? ええ?』

 

 

 しかし、発目が実験に付き合わせるというのであれば、こちらも何かあった時は発目に手を貸してもらおう。実験に付き合うのだから、これくらいの頼みは聞いてくれても良いはずだ。お互い助け合いの精神だと思ってほしい。

 

 

「ええ、言われなくとも分かってますよ。あなたも、もし私の手を借りたい時があれば遠慮なく申し出て下さい。その時は色々してあげますから」

 

『おっ、やっと煙が晴れてきたな! ええと、これは……あっ、常闇が爆豪に取り押さえられてる! いつの間に! つーか爆豪は片手で何やってんだ? 細かい爆破なんか繰り返して』

 

 

 実に頼もしい、これからのサポートライフが楽しみだ。いつでも作業に取り掛かれるよう、彼はこの体育祭が終わったらどんな物を作っていこうか考えを巡らせる。

 

 本当はこれからの決勝戦でどうアイテム紹介を成功させるかに集中すべきなのだが、どうしても今後何を作ろうかなと考えを巡らせ、没頭してしまう。1つの事に集中すると、忽ち自分の世界に入ってしまうのが彼や発目の悪癖である。

 

 

『常闇降参! 勝者は爆豪に決定! これで決勝に進む2人が出揃ったぁー! 30分間の休憩を取ったらいよいよお待ちかね、決勝戦の開幕だぜ!』

 

「それで、これからどんな物を作っていくつもりで……っと、話している内に試合が終わったみたいですね。じゃあこの話はまた今度って事で、今は決勝頑張ってください」

 

 

 これからの事に考えを巡らせていたら試合が終わっていたので、発目の言う通りに控え室へ向かうとしよう。ポケットにホイポイカプセルが入っている事を確かめ、水分補給もしっかり済ませ、靴紐を固く結び直して準備万端、出発だ。彼は席を立った。

 

 観客達が束の間の休憩に入る中、彼は真っ直ぐ控え室へ向かう。すれ違う人達からの注目が自然と集まるが、彼は一切気にしない。

 

 そんな中、彼を鬼の形相で睨む者がいた。

 

 

(あの野郎、最後までこっちを見ていなかった……! 俺は眼中にねえってか? クソがっ!)

 

 

 試合中、隙を見て彼を観察していた爆豪は、終始発目との雑談に没頭していた彼の態度に苛立ちを募らせていくのだった。

 

 

 


 

 

 

 試合開始時間になるまで控え室で待機していると、突然誰かがドアを開けて入ってきた。

 

 

「あ? なんでてめぇがここに……って、ここ2番の控え室か! 反対側かよクソが!」

 

 

 入ってきたのは爆豪だった。どうやら入る控え室を間違えてしまったらしい。何故キレたのかは分からないが、気にしてもしょうがないので物思いに耽る。

 

 だが、様子を黙って見守っていたら、爆豪が彼に詰め寄ってきた。その顔は怒りに満ち満ちており、すぐにでも攻撃してきそうな勢いだ。

 

 一体どうしたのだろうと思っていると、爆豪は彼が座っている椅子の隣に立ち、右手をバンッと勢い良くテーブルに叩き付けて言った。

 

 

「部屋間違えたのは俺だけどよぉ……決勝相手にその態度はどうなんだよ? あぁ? 余所見してんじゃねえよ尻尾野郎が!」

 

 

 叩き付けた右手から爆発が起こった。テーブルの表面が焼け焦げるが、爆豪は意に介さず更に続ける。

 

 

「今までの戦い、見せてもらった。てめぇ随分とまあ調子に乗ってるじゃねえか。さっきも俺が戦っていた傍らでぺちゃくちゃ喋ってばっかでよ。なあ、おい……」

 

 

 突然キレたかと思えば、どこか説教臭い事を言い始めた。この爆豪勝己という男、ベクトルは全く違うが発目ばりに変わってて不思議な人だ。

 

 最初は本当にこんな奴がヒーロー科で大丈夫なのかと思ったが、ここまで来ると一周回って微笑ましく思えてくるのは何故だろう。現在進行形でこちらを睨んでいるが、全く恐怖とかが感じられない。

 

 というか、今さっき『尻尾野郎』と言われた気がしたが、もしかしなくてもあだ名だろうか? ネーミングセンスは微妙のようだ。

 

 

「……何だよその目は? そんな目で見てくんじゃねえよクソが! イラつくんだよてめぇ!」

 

 

 反抗期の子供を優しく見守る親の様な目で見ていると、爆豪の顔が更に怒りで歪んだ。この表情の変化は見ていて面白い。工夫次第でもっとどうにか出来そうだ。

 

 いかにして爆豪の表情を変化させるかゲーム感覚で考えていたら、その思考を遮るように大声が部屋中に響いた。

 

 

「調子乗ってんのも今の内だ、騎馬戦での借りを返してやる! だから全力で来やがれ! てめぇの全力を、俺にぶつけて来い! それを俺が、上から捩じ伏せてやる!」

 

 

 そう言うと爆豪は部屋を出て行った。純粋に入る部屋を間違えただけが、まさかキレながら詰め寄られ、最後は大声で宣戦布告されるとは思わなかった。こんな体験は中々出来ないだろう。

 

 ある意味敵に遭遇するよりもレアな境遇に巡り合わせてくれた爆豪には、試合が終わった後で感謝の意を伝えよう。試合前に貴重な体験が出来たお礼だ。それくらいはして当然だろう。

 

 試合直前、苛立ちが募っていく爆豪とは裏腹に、どやされた彼の機嫌は何故か良くなる一方だった。

 

 

 


 

 

 

『──長かったこの雄英体育祭、それもいよいよ終わりが近付いてきた。さあリスナーのお前ら、フィナーレの開幕だ! 天辺を決める戦いが今、始まるぞぉー!!』

 

 

 30分間の休憩もあっという間に経過し、いよいよ決勝戦の時間がやってきた。

 

 ステージに上がった彼の相手は、闘争心を剝き出しにして不敵な笑みを浮かべる爆豪勝己。既にその両手からは煙が漏れ出ている。戦う準備は万端である証拠だ。

 

 一方の彼は、先程の控え室でのやり取りからどこか上機嫌だ。強者の余裕か、或いは別の理由からか。爆豪と同じくその表情は明るい。ただし、闘争心から来る笑いではなく、どこか得体の知れない恐怖を与える様な笑みだ。それに気付けている者が、この会場内に果たして何人いるだろうか。

 

 プレゼントマイクの興奮と共に、会場のあちこちから歓声が沸き起こる。皆、待ちに待った決勝戦が楽しみで仕方ないのだ。その興奮は会場のみならず、全国にも波及している。

 

 そんな中、遂にその時はやってきた。

 

 

『そこから見ろ! 向こうから見ろ! 体育祭最後の試合が今……!』

 

 

 爆豪がグッと腰を低く落とし、前傾姿勢になる。

 

 

『レディー……スタァァァァート!!』

 

 

 決勝の合図が出た。

 

 瞬間、開始のゴングを掻き消すような爆音と共に、爆豪が彼に飛びかかる。

 

 彼との距離を一気に詰めると、右掌に凶悪な花火を携え、言葉と共に振り下ろす。

 

 

「食らえッ!」

 

 

 ステージの表面は一瞬にして焼け焦げ、抉られ、轟音と熱波が周囲にも撒き散らされる。

 

 同じヒーロー科の生徒でも、真面に食らえば大火傷どころか皮膚が爛れるほどの爆破。いや、人によっては意識不明の重体もあり得る。そう思えるくらい暴力的だ。

 

 今の爆破だけでも並の相手なら十分だろう。だが、爆豪はそこで止まる人間ではない。

 

 

「まだだ! もっと行くぞオラァ!」

 

 

 間髪入れず追加の爆撃を食らわせる。切島戦で見せた絨毯爆撃をもう1度ここで炸裂させたのだ。

 

 爆破による衝撃と爆風でステージがどんどん削られ、粉塵が巻き起こり、周囲一帯の空間が黒く塗り潰される。

 

 どこからどう見てもオーバーキルな攻撃の嵐に、プレゼントマイク達も思わず叫ぶ。

 

 

『初っ端から飛ばしていく爆豪! 凶悪な笑みと共に凶悪な爆破を連続で食らわせていく! つーかもう最初の1発だけでも十分じゃね? 明らかにオーバーキルだろこれ! やり過ぎだ! ……って、言いたい所だが……』

 

『そうとは言い切れない奴が相手だからな。他の奴らならいざ知らず、あいつに限って今のでやられているとはどうにも……』

 

 

 これまでの戦いを見て流石に学習してきたのか、今の爆発で決着が付いたとは2人共、そして観客達も思わなかった。

 

 それは爆豪もまた然り。連続で爆破を食らわせ続けていたが、突如攻撃の手を止め、爆破で後方に飛んで距離を取る。

 

 キッと前方を睨み付け、いつでも爆破を繰り出せるように油断なく身構える。その視線の先には──。

 

 

「……まあ、この程度でくたばるタマじゃねえわな」

 

 

 粉塵が晴れたその中央には、煙たそうに咳き込みながら服に付着した土埃を払う彼の姿があった。当然の如く無傷だ。掠り傷一つ付いていない。

 

 何となく分かっていたとはいえ普通では考えられない結果に、観客達は信じられないものを見る目で彼に注目する。プレゼントマイクに至っては顎が外れそうなほど口が開いていた。

 

 そして、そんな結果に誰よりも苛立ちを覚えたのが爆豪である。いくら今の攻撃で倒れないと分かっていても、流石に何かしらの影響はあるだろうと踏んでいた。だが実際はそうならず、相手はただ煙たそうに埃を払っているだけ。これで怒らないわけがない。

 

 

「こんなんで勝てるとは思ってねえけどよぉ……その舐め腐った態度はどうにかなんねえのか? あぁ? ぶっ殺すぞてめぇ!」

 

 

 衆目がある前で宣った殺害宣言に、埃を払っていた彼は一瞬ビクリと肩を震わせる。爆豪の怒りに恐れを成したからではない。公衆の面前でそんな粗野な言動を口にして、果たして大丈夫なのだろうかと不安に感じたからだ。流石に人前での言動には気を付けたほうが良い。

 

 だが、体育祭開始前に行った選手宣誓の時点で既に手遅れだった事を思い出し、今感じた不安を即行で捨て去る。この間僅か0.1秒未満。

 

 その2秒後、再び爆豪が攻撃を開始する。

 

 

「さっきなんで反撃しなかった!? お前のパワーならもっとどうにか出来ただろうが!」

 

 

 そして、怒りのままに叫びながら爆破を彼にお見舞いする。心なしか先程よりも威力が上がっているように見えるのは気のせいか。

 

 そんな疑問を抱きつつも、彼は攻撃する素振りを一切見せず、ただただ爆豪の攻撃を受けるのみ。避ける行動すら起こさず、その場に立ち尽くすだけだ。その様子が、爆豪の神経を更に逆撫でする。

 

 

「てめぇ、人を虚仮にするのも大概にしろよ! 俺じゃあ力不足だってか!? あぁ!?」

 

 

 爆豪の怒りの叫びに呼応しているのか、爆破の威力がもっと上昇した。やはり気のせいではなく、時間経過と共に爆破の威力、性能が徐々に上がっている。

 

 それに加えて爆豪が持つ戦闘センスの高さだ。先程の動きだけでも良く分かる。あの攻撃の1つ1つにどれほどの技術と動きの緻密さが詰め込まれているか。あれは、俗に言う天才という奴だ。

 

 立て続けに攻撃される中、彼はそう思った。

 

 そんな事を考えている間に、爆豪の叫びは最高潮に達する。

 

 

「俺が取るのは完膚なきまでの1位なんだよ! 舐めプのクソカスに勝っても意味ねえんだよ! 勝つつもりもねえなら俺の前に立つな! なんでここに立っとんだクソが!」

 

 

 もちろん、自作のアイテムをアピールするためである。体育祭が始まる前からの揺るぎない目的だ。正直言って勝ち負けは二の次で、アイテムを大々的に宣伝すれば、個人的にはそれで目的達成。それ以上参加する意味も無くなる。

 

 だからこの試合の中で何としてでもアイテムのアピールが出来ないか模索しているのだが……爆破の威力が予想以上に強すぎて、せっかく作ったカプセルも木っ端微塵になる可能性が高い。

 

 彼が先程から一歩も動く素振りを見せないのは、相手に余裕を見せつけるためではなく、どうやって目的を達成しようか頭の片隅で考え続け、集中していたからだ。

 

 爆豪に何故? と聞かれたので、彼は自身の目的を正直に答えた。隠す理由もなく、バレてもやる事は変わらないためである。

 

 案の定、爆豪は怒った。性格から考えて、予想通りの結果だ。

 

 

「アイテムのアピールだと? ……ふざけてんのかてめぇ! いい加減にしろよ! なぁおい!? どんだけ人を虚仮にすれば気が済むんだ!」

 

 

 ふざけてなどいない、大真面目である。大真面目に、真剣に、本気で、彼はその目標を達成しようと奔走しているのだ。そうでなければ一体何のために、2週間も徹夜漬けでホイポイカプセルを作ったのか分からなくなってしまう。

 

 本気で戦ってほしいという譲れない気持ちが爆豪にあるように、彼にもまた譲れない気持ちがあるのだ。お互いに譲れないものがあって、それが見事に噛み合っていない。今の状況はそれだけの事だ。ただそれだけの事なのだ。

 

 よって爆豪が何をどう言おうと、彼は掲げた目標を取り下げるつもりはない。

 

 

「そうかよ……てめぇの言い分はよぉく分かった。戦う気がねえって言うなら、俺がその気にさせてやんよ。下手な事言わなきゃ良かったって後悔させてやる……!」

 

 

 怒りに震える声でそう言った爆豪は、先程より機敏に、よりパワフルに動き周り、彼に直接爆撃を食らわせる。攻撃の度にステージが吹き飛んで凸凹になり、場外を示す白線も徐々に消えかけていく。

 

 それでも彼の体に傷が付く事はなく、依然として平然と突っ立っている。爆撃なんて最初から無かったとでも言うかの如く、着ている服も綺麗なままだ。

 

 そんな最中、彼は考えていた。このまま待ち続けてもアイテム紹介を出来る隙が生まれないから、どうにかしてその隙を作らねば、と。

 

 爆豪を程良く疲れさせた後で……なんて最初は考えていたが、地の果てまで追いかけて来そうな程の執着を見せる爆豪が、疲れた程度で果たして動きを止めるのだろうか。否、時間が経てば経つほど面倒になるに違いない。

 

 拘束してから……なんて事も考えたが、その場合爆豪は大声で騒ぐだろう。アイテムの説明中にそんな事をされたら、聴衆の気が散ってしまう。よって拘束するのは止めた。

 

 取れる手段は限られてくる。この場合、考え得る最良の手段はあれくらいだろう。そうと決まれば早速行動だ。

 

 今まで攻撃を受けてばかりだった彼は、唐突にその場から姿を消した。

 

 

「ッ!? 消えた!? どこだ!」

 

 

 これに驚いたのは爆豪だ。彼が目の前で消えたので、攻撃を止めて辺りを見回す。

 

 ようやくその気になったか……と、爆豪は僅かに口角を上げたが、その予想は外れだ。今の彼が爆豪の期待に応えるなんて事はない。

 

 案の定、いきなり姿を消した彼は超速で爆豪の背後に立つと、暴れても問題ないようにがっちりと爆豪の胴体を掴んで持ち上げた。

 

 

「なっ!? てめぇいつの間に!? は、離せこの野郎!」

 

 

 拘束された爆豪が抵抗して爆破を至近距離から食らわせるが、いくら当ててもびくともしなかった。爆破を食らっている彼の表情が苦痛に歪む事はない。

 

 見事拘束する事に成功した彼は爆豪を高々と持ち上げて振りかぶると、その視線を青空に向ける。

 

 今から爆豪には、1人で快適な空の旅を楽しんできてほしい。彼はそう告げると両腕に気を込めた。

 

 

「……はっ? お前、いきなり何を言ってええええええええーッッ!?」

 

 

 ぶつけられた疑問に耳を貸す事なく、彼は空に向かって思い切り爆豪を投げ飛ばした。あの様子だと力を込め過ぎて怪我をさせたなんて事にはなっていないだろう。掴む力の調整が上手く出来たので、彼はほっと胸を撫で下ろした。

 

 そして、投げ飛ばされた勢いで会場の外を出て、やがて姿が見えなくなるまで飛んで行った爆豪を見届けると、彼はくるりと振り向きポケットから小型マイクを取り出す。

 

 あまりの奇行にシンと会場内が静まる中、最初に口を開いたのはプレゼントマイクだった。

 

 

『……あ、えっと、その……いきなり爆豪が投げ飛ばされて見えなくなっちゃった、けど……これは一体……なんで?』

 

 

 気を探った感じ、爆豪が今いる位置から考えて、ここに戻ってくるまで最低でも5分弱は掛かるだろう。5分もあれば充分。その間にアイテムのアピールを終わらせる。気分は爆発寸前のナメック星でフリーザと戦う孫悟空だ。

 

 プレゼントマイクの質問を華麗にスルーして、手にした小型マイク越しに彼は言った。

 

 諸事情により爆豪が1人で空の旅に行ってしまったので、ここに戻ってくるまでの間、サポート科として自作したアイテムの一覧を御紹介しましょう、と。同時に彼は、ポケットからホイポイカプセルを取り出した。

 

 

『えっ? いや、あの、諸事情によりって、爆豪を投げ飛ばしたのお前じゃん? ……えっ、なに? もしかしてここで発目と同じ事するの? 決勝戦で? このタイミングで!?』

 

 

 もちのろんである。そもそも彼の目的は最初から自作したアイテムを観客にアピールする事なのだ。今までは様々な事象が重なって出来なかっただけで、目的を達成したらその時点で彼の体育祭は終わる。そして、その時が今なのだ。ただそれだけの事である。

 

 さあ、説明は済んだ。爆豪がここへ戻ってくる前に、急いで目的を達成させたい。タイムリミットまであと5分。早く本題へ移ろう。

 

 彼は手にしたホイポイカプセルを手に持つと、実演も兼ねて観客全員にアピールを始めた。彼に吠えるプレゼントマイクの声を無視しながら。

 

 

『ちょいちょいちょい、ちょっと待てええええー! 本当に始めちゃったよ! えっ、マジでやる気なの? 嘘でしょ? というか手に持ってるそれ何なの? 小型のカプセルに見えるけど……って、はあっ!? カプセルから車とバイクと一軒家が出てきたんだけど!? 中身どうなってんの!? 物理法則無視してねーか!? ……って、そうじゃねええええー!!』

 

 

 騒がれたら聴衆の気が散るからと思って爆豪を遠くまで投げ飛ばしたが、プレゼントマイクにこうも騒がれてしまっては意味が無い。彼が爆豪にやった事はある意味無駄骨になってしまった。

 

 それでもと思い、少し静かにしてほしいとプレゼントマイクを注意する。

 

 

『いやいや、いやいやいや! それどころじゃないのよ! お前、準決勝は轟とあんなに感動的な戦いを見せてくれたっていうのに、決勝でそれやるとかどうなの!? 準決勝のあれは全部まやかしだったの!? 幻覚だったの!? そんなの嫌だよ! 準決勝のあの感動を返してくれぇー!』

 

 

 今更そんな事を言われても、もうここまで来たら後には引き返せないし、引き返すつもりもない。それだけの覚悟を持って今ここにいるのだから、邪魔はなるべくしないでほしい。少なくとも爆豪が戻ってくるまでは。

 

 彼は騒ぐプレゼントマイクの叫び声をBGMに、ホイポイカプセルの説明を再開した。会場内の反応は2通りで、このカオスな状況に戸惑いを見せる者が半分、彼が使って見せたホイポイカプセルに早速釘付けになっている者が半分だ。

 

 掴みは上々、このまま突っ走ろう。彼は、今日のために作成した2週間の努力の結晶について皆に熱弁する。

 

 

『鬼! 鬼だよあんた! 準決勝まではめちゃくちゃ面白い奴だと思ってたけど、今のでガラッと印象変わったよ! 爆豪投げ飛ばして自分はやりたい事やるって鬼畜の所業だよ! いや、鬼畜なんて生温いもんじゃねえ……悪魔だ、悪魔だよお前! 悪魔の所業だよ!』

 

 

 ちょっと待て、その名は駄目だ。彼は説明を一旦止めて、プレゼントマイクに抗議した。

 

 別に、悪魔と言われた事自体に腹が立ったわけではない。『悪魔』という二つ名は既に別の者が持っているからである。

 

 この『悪魔』という二つ名は、見る者全員に絶望を与えた某伝説の超サイヤ人にのみ名乗る事が許されている特別な名なのだ。矮小で身勝手な下級サイヤ人如きの自分が安易に名乗って良い名ではない。繰り返し言うが『悪魔』は特別な名だ。誰彼構わず名乗って良いほど安っぽいものではない。

 

 自分に二つ名を付けるなら悪魔ではなく鬼畜の方に訂正してほしいと抗議した彼は、いつもの調子に戻って説明の続きを始めた。

 

 思わぬ抗議にポカンと口を開けるプレゼントマイクだったが、すぐに動き出し、またしても彼に吠える。

 

 

『いや、訂正する箇所そこじゃねええええええーッッ!!』

 

 

 最終的に、ホイポイカプセルの説明は4分33秒で終わった──。

 

 

 


 

 

 

 アピールタイムは満足のいく結果に終わり、実演のために出したエアカー、エアバイク、一軒家をホイポイカプセルの中にしまってポケットの中に突っ込む。その様子に、ツッコミばかりしていたプレゼントマイクが感嘆の溜め息を吐いた。

 

 

『いやー……一通り説明聴いたけど、あんたマジでとんでもないもん作ったんだな。ホイポイカプセルだっけ? それ市場に出回ったら物流が変わるぞ、色んな意味で。販売開始はいつからなんだ? 言い値で買うぜ』

 

『おいお前、あんだけ騒いでたのにもう丸め込まれて……いや、やっぱり何でもない』

 

 

 ホイポイカプセルの利便性に魅せられて丸め込まれたプレゼントマイクに、相澤が何かを言おうとして止める。包帯だらけで表情は見えないはずなのに、どこか呆れた雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな2人のやり取りを横目に、ホイポイカプセルを全て片付け終えた彼は周囲に目を向ける。観客もプレゼントマイクと同じ様な反応で、サポート会社の関係者に至っては、何やら真剣な顔で話し合っていた。

 

 もちろん、ホイポイカプセルはカプセルコーポレーション製の商品として今後売り出す予定だ。あの様子だと間違いなく商談が弾むだろう。今からその時が楽しみだ。

 

 そのためにも商標登録を早期に済ませる必要がある。通常審査だと1年近く掛かるので、早期審査で登録に掛かる期間を大幅に短縮するつもりだ。あれなら2ヶ月程度で登録が完了する。早期審査を行うに必要な条件は満たしているので問題ないだろう。国内のみならず、国際登録も当然行う予定だ。

 

 という感じで、今後の活動予定について考えを巡らしていたが、段々とこちらに近付いてくる気を感じ取り、彼は空を見上げた。

 

 様子が一変した彼に気付いたのか、観客も1人、また1人と空を見上げた。ほとんどの人がホイポイカプセルのインパクトで忘れかけていたが、今は雄英体育祭決勝戦の時間。戦いの時間なのだ。

 

 そう、遥か空の向こうから、般若の如き怒りの表情を浮かべて会場に戻って来る生徒が1人いた。

 

 注目が集まる中、その影はポツリと現れ、やがて人の形を成して徐々に大きくなっていく。爆音や雄叫びと共に。

 

 

『あっ、やっと見えた! 色々あったけどようやく決勝再開だな! というか、なんか叫んでね?』

 

『まあ、叫びたくなる気持ちも分かるが……これは……』

 

 

 2人の呟く声が響くが、それを掻き消すほどの大声が全員の耳に入る。

 

 

「オラァァァァァァー!!」

 

 

 はっきりと姿が見えるまで戻ってきた爆豪は、その雄叫びと共に、両手を左右逆方向に向けて爆発を連続発生させ、反動で錐揉み回転しながら身構える彼に向かって突撃する。

 

 爆焔を噴き上げながら落下していくその姿は、まさに人間ミサイル。

 

 そしてお互いがぶつかるギリギリの所で、爆豪は彼に向けて両手を突き出し、力の限り叫んだ。

 

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォォォォーッッ!!」

 

 

 爆豪の超必殺技が彼に命中した。

 

 

 




場外に出ても、地面に足が着かなければセーフなんじゃね? と思い、爆豪を遠くに投げ飛ばすという展開にしました。本当はどうか分かりません。ドラゴンボールの天下一武道会を参考にした私の完全な独断と偏見です。ヒロアカ原作にそのようなルールは明記されていません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 良い雰囲気で終わりそうな時ほど、ハプニングって起こるよね

これにて体育祭編は終わりです。さて、ここからどうしていこうか……。


 ──遡る事5分前。

 

 彼によって会場の外に投げ飛ばされた爆豪は、遥か上空を猛スピードで飛んでいた。

 

 

「おおおおおおクソがああああああッッ!!」

 

 

 抵抗しようと進行方向とは逆方向へ爆破を繰り返すも、勢いは収まる事を知らず、会場からどんどん突き放されていく。

 

 

(こんだけ爆破で抵抗してるっつーのに、全然止まらねえ! なんてパワーしてやがるんだあいつは! この圧倒的なまでの力、まるで……!)

 

 

 爆破を繰り返す中、桁違いの力をその身に受けた事で、爆豪はサポート科である彼をとある人物と重ねた。ヒーローを目指す切っ掛けとなった、今でも憧れを抱くあのヒーローと。

 

 だが、そんな事は今考えるべきではないと意識を切り替え、この後どう対処すべきかに集中する。

 

 やがて爆破による抵抗が効いてきたのか、投げ飛ばされた時の勢いは徐々に失われ、遂には空中でその場に留まる事に成功した。結構な距離を移動したのに、それでも雄英の敷地から出ていないのは流石と言うべきか。雄英高校の敷地面積がいかに広大かが窺える。

 

 空中で留まった爆豪は、遠く離れた会場へ鋭い視線を向けながら、沸々と煮え滾る怒りを口にした。

 

 

「あの野郎、よくも……ぶっ殺す!」

 

 

 短く発したその言葉と共に、特大の火花を撒き散らしながら会場へ戻る。

 

 汗を掻けば掻くほど爆破の威力が増していく個性は、何度も使っていく内に急成長し、かつてない火力を叩き出していた。もはや彼との試合で最初に見せた爆撃とは比にならない。

 

 会場へ戻る最中、着いたらまず最大火力を彼にぶつけようと心に決めて飛んできた道を辿っていく。

 

 こうして飛び続ける事5分弱、やっとの思いで会場に戻って来た爆豪は、腕の疲労を無視して彼に突撃した。怒りのままに雄叫びを上げて。

 

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォォォォーッッ!!」

 

 

 そして現在に至る──。

 

 

 


 

 

 

 戻って来て早々に爆豪の超必殺技を食らった彼は、相変わらずその場に立ち尽くしたまま目の前の相手を見据えた。

 

 ここまで全速力で飛んできたのだろう、痛そうに腕を抑え、大量の汗を掻きながら、短い息を絶え間なく吐いている。それでも闘志はまだまだ健在のようで、油断なくこちらを睨め付けていた。

 

 

『遥か彼方に投げ飛ばされて早数分、やっと戻ってきたと思ったら、麗日戦で見せた特大火力をぶつけやがった! 勢いと回転も加わってまさに人間榴弾! ヤバすぎる! ……って言いたかったけど、今のをモロに受けても平気って、それってどうなん? あいつの体どうなってんの? こんな事言うのもあれだけど、これ爆豪に勝ち目あるの?』

 

『さあな、これからどうなるかはまだ分からん。だが、あのイカれた耐久力もそうだが、桁外れのパワーにスピード、更には安定した飛行能力。勝ちに行くならそれらを全部、爆豪は攻略する必要がある』

 

『……改めて聞くと、本当にとんでも性能だな。何というかこう、強いよね。ただひたすらに強いって感じ。そんな奴がなんでサポート科にいるのって思うけど』

 

 

 スピーカーから響いてくる2人の声を聞き取りつつも、彼は爆豪から片時も目を離さない。

 

 対して、今までの戦いでかなりの体力を使ったであろう爆豪は、最大火力の必殺を食らってもなお平然としている彼に、疲労で震える体を抑え込みつつ怒りの声を上げる。

 

 

「……てめぇ、さっきはよくもあんな事してくれやがったなぁ。おかげでこちとら大量に汗を掻いて更に爆破の威力が上がったぞ! ……あ? 何が言いたいかって?」

 

 

 いきなり会場の外に投げ飛ばされてやはりというべきか、爆豪はちゃんと怒っていた。しかも皮肉まで言うほどに。そして、この後に続く言葉が何となく予想出来てしまうのは、彼が爆豪の行動パターンに大分慣れてきた証拠だろう。

 

 

「てめぇを……ぶっ殺す」

 

 

 やはり想像通りだった。絶対に『殺す』という単語を使ってくると思っていた。既に分かっていた。予想が見事に的中し、彼は心の中でガッツポーズを取った。

 

 そんな事を考えている内に、爆豪はすかさず爆破の衝撃で飛び上がって彼に接近する。

 

 

「オラァァァァーッ!!」

 

 

 頭上からハンマーを振り下ろすような動作で両腕を振り下ろし、その勢いで顔面に爆破を1回。すかさず彼の頭部を直接掴み、ゼロ距離からの爆破を更に複数回。隙を見せない二段攻撃で揺さぶりをかけようとする。

 

 だが、爆破を顔面に食らっても彼は無傷のままで、煙たそうに咳き込んでるだけ。戦い始めの時となんの変化もない。その様子を見て、反撃される前に爆豪は距離を取った。

 

 

「クソが……どうなってんだよてめぇの体」

 

 

 先程食らわせた必殺技も彼には全然通用せず、顔面に爆破を繰り返しても煙たがれるだけでダメージは全くない。彼からの反撃は一切ないのに、戦いを続ければ続けるほど彼我の戦闘力差が如実に表れていく。

 

 爆豪もその事実に薄々勘付いてはいたが、心の奥底で認めたくない自分がいた。まさか、今の実力ではどう足掻いても勝てない存在が同じ学年に、ましてやヒーロー科でも普通科でもなくサポート科にいるなんて誰が想像出来ようか。

 

 そして何よりも、オールマイトが勝つ姿に憧れて、最後には必ず勝つヒーローを目指す爆豪自身、『絶対に勝てない』なんて考えを持つわけにはいかなかった。もし認めてしまったら、それは爆豪にとって完全敗北を意味する。だからこそ闘志を燃やし続け、たとえ無駄だと分かっていても攻撃の手を止めなかった。

 

 そのはずだった。しかし、最初の時と状況が全く変化していない現実を嫌でも目の当たりした事で、流石の爆豪も思わず苦笑いを浮かべた。

 

 そんな爆豪の心情など知る由もない彼は、何を思ったのか突然背を向け、場外に向かって歩き出した。その行動に一瞬呆気に取られる爆豪だったが、すぐに気を取り直して彼に怒号を飛ばす。

 

 

「おいてめぇ! なんで俺に背を向けて歩き出してんだ! 馬鹿にしてんのか!」

 

 

 その疑問に彼は歩みを止めて振り返り、はっきりと答えた。

 

 アイテムを大々的に披露するという1番の目的を果たしたので、もうこれ以上体育祭に参加する意義がなくなった。だから自ら場外に出て早く体育祭を終わらせよう、と。

 

 彼が言い放ったあまりにも酷い返答は、爆豪の逆鱗に触れた。

 

 

「……て、てめぇ! どこまで性根が腐ってやがるんだ! どこまで俺()を侮辱すれば気が済むんだ! あぁ!?」

 

 

 性根が腐っているとは言うが、爆豪も選手宣誓であんな発言をした以上お互い様だろう。選手宣誓での優勝宣言は相手を貶すためではなく、自分自身を追い込んで鼓舞するためだというのは察しが付くが、それでもだ。どうしても粗野な言動が目立ってしまう。

 

 とはいえ、爆豪の本質はそこまで酷いものではないという事は分かっている。さらりと「俺」ではなく「俺達」と言ったり、騎馬戦の時にチームの力を信頼してB組から鉢巻を奪い返したり、麗日戦では相手の実力を認めて正々堂々と全力で戦っていたりと、良く探せば至る所でさりげない信頼をクラスメイトに寄せているのだ。そんな爆豪と酷さ対決をすれば、勝つのは間違いなくこちらだろう。

 

 

「あっ!? 待てやてめぇ! 無視すんな!」

 

 

 彼はそう思いながらも引き止めようとする爆豪の言葉を無視し、再び場外へ歩を進め……ようとして、数歩進んだ所ではたと立ち止まった。

 

 爆豪の静止に正直に従ったわけではない。ただ、先ほど爆豪を投げ飛ばした時にプレゼントマイクに言われた事をふと思い出したのだ。『爆豪を投げ飛ばして自分はやりたい事やるって鬼畜の所業だ』と言われた事を。

 

 ここで自ら負けるのは簡単だ。場外に出れば良いし、何よりこれ以上試合を続ける意義が彼にはない。それは変わらない。だが、自分はやりたい放題やっておきながら相手の要望に応えずとんずらするのは、それは幾ら何でも不義理ではないのか? そんな事を思った。あの発目でさえ、基本的には自分本位な行動ばかり取るが、発明絡みの約束事は守るし最低限の義理は通す。

 

 そして彼自身、これまでの試合で骨抜や轟の期待に応えてきた事実がある。これで爆豪だけ仲間外れはあんまりな話だろう。流石に爆豪が可哀想だ。

 

 彼はくるりと振り返り、爆豪と向かい合った。ほんのちょっとだけ思い直した結果だった。

 

 

「ッ!! ……はっ、やっとその気になったかよ」

 

 

 前言撤回、試合を続行する意思を汲み取った爆豪は、一瞬ホッとした顔を浮かべ、そしてすぐさま臨戦態勢に入った。

 

 

『場外まで歩こうとしてて一瞬ヒヤッとしたけど、どうやら試合を続ける気になったみたいだな! 爆豪の引き止めが通じたかぁー!?』

 

『そんな感じには見えなかったが……まあ良いか』

 

 

 実況の2人と観客達の歓声が盛り上がりを見せる中、爆豪が大声を張り上げる。その表情はどこか嬉しそうだった。

 

 

「行くぜ! 今度こそがっかりさせんなよ!」

 

 

 爆豪の掛け声に、いつでも掛かって来いという意図を込めて腰を落とし、身構える。

 

 それにしても、相手は度重なる連戦で既に疲労が蓄積し、本当はかなり無理をしているはずにも拘わらず、まだ戦う気満々なのは驚愕に値する。

 

 スタミナがあるから、という理由だけではもはや説明が付かない。それももちろんあるだろうが、それだけが動ける理由ではないだろう。他のヒーロー科の生徒なら個性の使い過ぎでとっくの昔に倒れている。

 

 あるのは執念。勝利に対する異常なまでの執念。恐らく今の爆豪の体を突き動かしているのはそれだ。それでもただの勝利ではなく、完膚なきまでの勝利だ。その覚悟は生半可な意思では保てない。

 

 たとえどんなに自分が不利な状況に立たされたとしても、それでも常に完璧な勝者であろうとする。相手が誰であろうと全身全霊を賭けて勝ちに行く。これが爆豪勝己という男なのかもしれない。今までの会話や戦いを振り返り、彼はそんな事を思った。

 

 そんな爆豪が力強く地面を蹴った。

 

 

「しゃおらああああーッ! 歯ぁ食い縛れ!」

 

 

 意図的か無意識か、好戦的な笑みを浮かべた爆豪が一直線に飛びかかり、左手で彼の体操服の上着を握り締めて高く飛び上がる。

 

 もう片方の手で爆破を繰り返して推進力を確保、加えてバランスを崩さないように器用に掌の角度を調整している。一見簡単そうに見える動きだが、慣れない者がやろうとすると忽ちバランスを崩し、地面と熱烈な口付けをする事請け合いだ。血塗れの顔面をくしゃくしゃにしながら、苦痛に泣き叫ぶ事だろう。

 

 故に難易度の高い動作を無意識にやってのける爆豪は、やはり戦闘の天才と言わざるを得ない。無理を押して尚動けば動くほどキレが増し、感覚も疲労で鈍るどころか徐々に鋭敏になっている節がある。

 

 なるほど、爆豪が他のヒーロー科とは一線を画す実力を持っているわけだ。これは強い。たとえ彼と爆豪との間に絶望的な力の差があったとしても、誰が何を言おうと爆豪の実力は本物だ。今後も著しい成長を遂げるだろう。

 

 

「くたばれぇぇぇぇーッ!!」

 

 

 物騒な掛け声と共に場外に向かって彼を投げ飛ばす爆豪。先程遥か彼方まで投げ飛ばされた際の意趣返しなのか、投げる瞬間の服を掴む力が必要以上に強い気がした。

 

 そして特大の爆発を起こし、その衝撃波と風圧で彼の体を更に場外へ押し出す推進力を生む。上空でそんな事をされた彼の行き先は、偶然か故意か、地面ではなく観客席だった。それもヒーロー科A組の。

 

 

「わわっ!? こ、こっちに来る!」

 

「あかん! このままやとぶつかる!」

 

「皆伏せろーッ!!」

 

 

 投げ飛ばされた方向の延長線上に座っていた緑谷は突然の事態に慌てふためき、隣に座る麗日も焦り、爆豪の友人である切島がクラスメイト達に伏せろと咄嗟に声を張り上げた。

 

 その声に反応して即座に回避行動が取れるのは流石ヒーロー科と言うべきか。全員が一斉に伏せ、A組に向かって飛んでくる彼の姿を並ぶ椅子の隙間からそっと見た。

 

 だがその必要は無かった。投げ飛ばされた彼がA組の座る席にぶつかる直前、いきなり空中で静止したからだ。目と鼻の先だった。

 

 

「う、嘘でしょっ!? かっちゃんにあんな勢いで投げられたのに……!」

 

「信じられへん……あとデク君凄い顔しとる」

 

 

 騒つくA組の声には耳を貸さず、彼は空中で態勢を整える間もなくその場から姿を消した。僅か数秒の出来事で、彼が消える瞬間は誰の目にも追えなかった。

 

 それは観客席にいたA組のみならず、上空にいる爆豪も例外ではない。どうせ投げ飛ばしても対処されるだろう事は想定内だったが、分かっていても見えなかった。

 

 

「ちっ、どこに消えやがったあいつ……!」

 

 

 その疑問はすぐに解決した。なぜならその言葉を口にした時にはもう、彼は爆豪の背後に回っていたからだ。気配を完全に殺し、爆豪を見下ろす形で空中に留まっていた。

 

 

「ッ!? このやろ……!」

 

 

 背後にいる彼の存在に気付いた爆豪が、振り向きざまに爆発を起こそうと腕を振るう。後ろの存在に気付いてからの対応の早さは流石と言える。

 

 それでも背後を取られた時点で時すでに遅し。爆豪の攻撃が振るわれる前に、彼はカッと目を見開いた。

 

 瞬間、膨大な質量の空気圧と衝撃波が爆豪を襲う。彼の放った気合い砲が炸裂したのだ。もちろん威力は弱くしたが、爆豪の戦闘力を考慮すれば十分な威力だろう。回数を重ねる毎に気の調整が上達しているのを実感する。

 

 

「ガッ!? うがああああああッ!!」

 

 

 気合い砲を食らい苦痛に叫び声を上げながら地面に落下する爆豪は、その傍ら頭を高速回転させどうやって現状を切り抜けるか模索していた。

 

 

(このままじゃあ後1,2秒で地面にぶつかる! この勢いはマズい、流石にやられる! どうする!? いや、方法は1つしかねえ! 地面にぶつかるギリギリで最大火力をぶっ放し、勢いを相殺する! 間に合え……!)

 

 

 咄嗟に体を捻じり地面に向かってうつ伏せの状態になった爆豪は、その両手から自身が今出せる最大限の爆発を起こす。

 

 

「ああああああああーッッ!!」

 

 

 幸か不幸か、勢いそのままに叩き付けられる事は無く、爆発の衝撃で何とか威力の相殺に成功。辺り一面に真っ赤な絵の具を塗らずに済んだ。

 

 しかし、それでも落下の勢いは残ったのか、爆豪の体は地面の上を何度もバウンドしながら転がり、ステージの端でようやく止まった。

 

 頭部や手足からは血も僅かに滲み出ており、彼の気合い砲がいかに強烈だったのかが伺える。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 会場内の全員がシンと静まり返って息を飲む中、爆豪がフラフラになりながらもゆっくりと立ち上がる。その様子をステージに降り立った彼はジッと見ていた。

 

 

「ハァー、ハァー、ハァー……ち、畜生が……!」

 

 

 激しく息を切らし、見るからに満身創痍の姿となった爆豪に、戦いをまだ続けるのかと彼は尋ねた。疲労とダメージの積み重ねでそろそろ限界が来てもおかしくないと思ったからだ。

 

 

「馬鹿言うな……続けるに決まってんだろ」

 

 

 だが、降参の意志が爆豪にない事は、未だ衰えていない鋭い眼光が証明していた。

 

 恐らくそう言うだろう事は予想していたし、案の定戦いを続ける気満々だった。しかし何度も言うが、今のダメージで本当に限界間近だと思われるので、あまり無理をしない方が身のためだ。

 

 勝利に執着するのは大いに結構だし立派な志だが、今ここで身を滅ぼすような真似はしなくても良いだろう。そういう事はもっと先、ヒーローとして活躍するようになってからでも十分だ。少なくとも今ではない。

 

 だから、悔しいと思うがもう少し自分の体を労ってあげたらどうだろうか。『いのちだいじに』という奴だ。

 

 大体、そんなフラフラの状態でどうやって戦いを続けるというのか。その様子だと出血、擦り傷、幾らかの骨折及び脳震盪まで起こっているはず。仮にまだ動けたとして、それでも勝てる保証があるわけでは──。

 

 

「うるせぇな」

 

 

 地の底から這い上がってきたかのような、そんな重く冷たい声に彼は思わず閉口する。一瞬だけ、爆豪の放つ気迫に気圧されてしまった。

 

 

「勝つんだよ……絶対に勝つんだよ! それが、()()()()()()()()()……!」

 

 

 爆豪が放ったその一言に、彼は僅かに目を見開いた。

 

 今まで爆豪の事は、粗野な言動とは裏腹に周囲への信頼を寄せ、最後まで勝利に執着する志の高い人、というイメージを持っていた。恐らくそのイメージは間違っていないだろうが、勝利に拘る動機については一切知らなかった。

 

 しかし今、その動機を知った事で、爆豪の中にあるヒーローの素質が垣間見えたような気がした。暴虐の底に眠る、如何なる干渉にも屈しない誇り高き正義の心を。

 

 どうやらもう少しだけ、爆豪に対するイメージを修正する必要がありそうだ。知れば知るほど、目の前の相手を上辺だけの行動で判断すべきではないと思い知らされる。本当に、面白い人だ。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。試合をこれ以上続けるわけにはいかない。いや、いかなくなったと言うべきか。

 

 一度聞いておいてなんだが、先程から爆豪の頭部から流れ出る血の量が徐々に増えている事に気付いた。最初は滲み出る程度だと思っていたが、どうやら想定していた以上に重傷だったらしい。このまま続けたらいよいよ爆豪の生命に関わる。よって、早急に戦いを終わらせ頭部の治療を行う必要がある。

 

 満身創痍でフラフラの状態ながらも、彼を鋭く睨め付ける爆豪の意識を刈り取ろうと彼は身構えた。

 

 

「ハァー、ハァー……来やがれ、このやろ──」

 

 

 そして、移動したとすら認識出来ない速度で爆豪の背後に回ると、その首元に当て身を食らわせる。慎重に、しかし素早く冷静に。

 

 

「うっ!? て、てめぇ……」

 

 

 果たして首元を小突かれた爆豪は、何かを言いかけようとして倒れ込んだ。首の骨が折れていないか調べ、何の異常もない事を確認。力の調整が完璧だったのは良いが、喜ぶのは後にして急いでリカバリーガールの元へ搬送しなければ。

 

 この時点で体育祭の優勝者が決まってしまったが、それでもこれ以上無理に続けるよりはマシだろう。

 

 そんな事を思いながら爆豪を抱えた彼は、主審であるミッドナイトの方を見た。急いで試合終了の合図を出してもらうために。

 

 その意図を汲み取ったのか、ミッドナイトはゆっくりと首を縦に振ると、片手に持った鞭を高々と掲げて言った。

 

 

()()! よって勝者は、()()()()!」

 

 

 耳を疑った。フラフラの相手を気絶させたのだ。どう見ても勝者はこちらのはずなのに、まさかの爆豪の勝利宣言。彼は思わず抗議した。

 

 確かに優勝する気はなかったが、それでも虚偽の結果を宣うのは頂けない。あまり変な事を口走らず、今一度状況をよく見てほしい、と。

 

 だが、その抗議にミッドナイトは首を横に振ると、足下を指差して彼に言った。

 

 

「よく見てほしいのはこっちの台詞よ。自分の足下と今いる場所をよーく確かめてご覧なさい。爆豪君はこちらで搬送しておくから」

 

 

 ミッドナイトにそう言われ、満身創痍の爆豪を救護ロボに預けた彼は視線を足下に移した。そして気付いた。

 

 彼が今立っている場所は爆豪の背後。爆豪は彼の気合い砲によってステージの端まで転がされた。

 

 ステージの枠を定めた白線は、度重なる爆破の衝撃と熱によってそのほとんどが消し飛ばされ、境界線を目視で確認するのは難しい。しかし、四隅の部分は僅かに白線が残っており、そこから慎重に辿っていけば場外かそうでないかの判断が付く。

 

 よって、僅かに残った白線を基点として、今立っている場所まで目視で辿っていくと……彼の右足の踵部分のみ、ステージの枠外の地面に触れていた。紛う事なき場外だ。

 

 以上の事を纏めると、爆豪を気絶させようと背後に回った時点で彼の場外負けが既に決定しており、その後で当て身を食らった爆豪が気を失ったという流れになる。あの一瞬で場外と判断したミッドナイトは流石主審というべきか。鋭い観察眼である。

 

 彼は頭を抱えた。

 

 

『えっ、いや……ええええええええー!? そんな事ある!? そんな事あるの!? いや、確かにぱっと見じゃあ場外かどうかなんて判断するのは難しいけどさ! 難しいけどさぁ! こんな呆気ない形で終わるか普通!? ねぇ!? ちょっと! ええええええー!?』

 

『まあ落ち着けマイク。色々言いたい事はあるだろうが、それでも決着は決着だ。どんな結果であれ、両者の健闘を称えてやったらどうだ?』

 

『あ、うん、それもそうだな。……えー、それじゃあ、予想外の結末を迎えた決勝戦だったけど、とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!』

 

 

 会場内に微妙な空気が流れる中で起こった拍手を一身に浴びて、彼は深い深い溜め息を吐き、ちらりと発目のいる席を見やった。

 

 果たして一連の様子を観客席から見ていた発目は抱腹絶倒、彼を見ては何度も噴き出し、豪快な笑い声を上げていた。

 

 彼は不貞腐れた。

 

 

 


 

 

 

 ──試合終了から数十分後。

 

 雄英体育祭の全過程が終了し、表彰の時間に移った。1位から3位の者までが表彰台に上がり、先生からメダルを授与されるのがこの学校の伝統だ。

 

 今年のメダル授与者はなんと、あのオールマイトが行うという話を風の噂で耳にした。やはり今年度から教師として赴任してきた事もあって、より多くの注目が雄英に集まっているからだろうか。

 

 

「ねえ、何あれ……」

 

「起きてからずっと暴れてんだと」

 

 

 そんな事を考えながら2位の表彰台に立った彼は、1位の方から飛んでくる唸り声を無視し、表彰式が始まるまで空に浮かぶ雲の数を数え始める。

 

 

「────ッッ!! ────ッッ!!」

 

 

 雲を数えながら、彼は別の事も考えていた。これからの事についてを。

 

 今回、雄英体育祭という場を借りて大々的に全世界へ披露したホイポイカプセルを今後どのように売り出していくべきか。先程ニュースを確認したら、物流を担う多くの企業の株価が既に大暴落を引き起こしており、中小企業に至っては倒産しそうな勢いだった。あの様子だと、本当に倒れてしまうまで秒読みだろう。

 

 こうなってくると大量の失業者を世に輩出する上に日本経済全体にも影響が出るわけで、恐らく政府から色々と難癖付けられるだろう事は容易に想像できる。というか、政府としては文句を言わざるを得ない。

 

 職を失った者の中にはホイポイカプセルを披露した彼に恨みを抱き、敵として襲撃に来る輩が出てくるかもしれない。個性社会である現代、誰もが人に危害を加えられる過ぎた力を持っているのだ。そのような事が起こっても不思議ではない。

 

 しかしその一方で、ホイポイカプセルを求めて多くの企業が寄ってくるのは確実。特に自動車産業や建設業を営む企業はその傾向が強くなるだろう。いや、自動車産業もホイポイカプセルと一緒に紹介したエアカーとエアバイクのせいで多大な影響を受けるかもしれない。

 

 意外な事に、今はまだそこまで影響は出ていないが、あと数年もすれば徐々に大きくなっていき、やがて無視出来なくなってしまうだろう。何気にエアカーシリーズも革新的な発明なのだ。余り舐めてもらっては困る。

 

 いずれにせよ、今後ホイポイカプセルは慎重に扱っていかなければならない。とはいえ開発には彼のみならず両親も携わっているので、その責任は両親の肩にも当然圧し掛かる。そもそも両親の力添えが無ければ、ホイポイカプセルなんて代物は絶対に作れなかったが。

 

 

「────ッッ!! ────ッッ!!」

 

 

 今後の事について色々と考えている内に、いよいよ表彰の時間となった。

 

 主審のミッドナイトがメダル授与者の名前を呼び、それがステージの屋根から飛び降りてきたオールマイトの掛け声と重なってしまうというハプニングがあったものの、何事もなかったかのようにオールマイトがメダルを手に取った。

 

 3位の常闇と轟へ順々にメダルが授与され、一言二言会話がなされると次の表彰者へ。そしてあっという間に2人のメダル授与が終わり、彼の番となる。

 

 

「2位、おめでとう! まさか一緒にビンゴダンスを踊った君があんなに強いとは思わなかったよ! 驚いた! 今日最も注目を集めたといっても過言ではないだろうね!」

 

 

 オールマイトからのお褒めの言葉、彼はありがたく受け取った。本当はここまで勝ち上がる気はなかったのだが、今更そんな事を言っても嫌味にしか聞こえないので余計な事は口にせず、当り障りのない受け答えで対応する。

 

 

「でも君の戦いを見てると、攻撃力が些か過剰なんじゃないかって思うんだ。今後その無駄をもっと削る事が出来れば、君は更に強くなれる! 応援してるよ!」

 

 

 精一杯の手加減ですらあれなのに、正直あれよりも更に弱くとなると難しいどころの話ではない。オールマイトは一体何を求めているのだろうか。

 

 そもそも、どうして今後も戦う事を前提として話が進んでいるのか。仮にヒーローの道へ誘おうと思っているのであれば、是非とも止めてもらいたい、割と切実に。

 

 その間にオールマイトから2位の証である銀メダルを授与され、それを首に掛けた。

 

 ……さて、そろそろツッコむべきか。

 

 

「さて爆豪少年! 宣誓での伏線回収、見事だったな! おっと、その前にこれを外してと……」

 

 

 爆豪の前に立ったオールマイトが、その口に取り付けられている拘束具を外した。

 

 

 ──表彰式が始まる前、リカバリーガールの治癒によって完全回復した爆豪は、決勝戦の結末を聞くなり狂ったように暴れ出した。

 

 なぜ暴れ出したのかは何となく察しが付く。だからといってその場で暴れるのは論外だ。

 

 だから、その場にいた先生達が宥めようとしたが結局収拾が付かず、かといってこのまま表彰式に出させるのはマズかったので、その折衷案として提案されたのが爆豪を拘束具で雁字搦めにするという方法だった。

 

 その結果どうなったか? 石柱に拘束具で固定された爆豪が血走った目でこちらを睨み続け、低い声で唸りながら左右に揺れて暴れ出すという事態になった。クラスメイトからは「締まらない1位だ」と揶揄されていたが、それも当然の事だろう。

 

 

 そんな爆豪の口にあった拘束具が外され、怒りで限界まで捻じ曲がった顔が露わになる。凄い顔だ。

 

 その顔を見るや否や、オールマイトが一瞬たじろいだ。

 

 

「オールマイトォ……こんな1番なんて何の価値もねえんだよ。世間が認めても俺が認めてなきゃゴミなんだよ!」

 

 

 だが、底冷えするような爆豪の怒りを前に、オールマイトは気を引き締めて努めて冷静に、落ち着き払った口調で爆豪を褒め称える。

 

 そして、金メダルの受取を拒否する爆豪の口に無理やりメダルのひもを引っ掛けて受け取らせると、観客達の方を振り向き大声で言った。

 

 

「さあ、今回は彼らだった! しかし皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧いただいた通りだ! 競い、高め合い、更に上へと登っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!」

 

 

 何度も言うが、彼はここに立ちたくて勝ったわけでは無く、ヒーローになるつもりも毛頭ない。だからこそ湧き上がってくる場違い感に、彼は思わず苦笑を浮かべた。

 

 

「てな感じで最後に一言! 皆さんご唱和下さい! せーの……!」

 

 

 1人だけ仲間外れにされた様な気分を味わっていると、オールマイトから締めの言葉を要求された。

 

 ここにきて締めの言葉となると、勿論あの言葉しかないだろう。彼は大きく息を吸った。

 

 

「「「「プルス「お疲れ様でした!!」ウルトラ!!」」」」

 

 

 ……最後の最後でやらかしてしまったオールマイトに、全員の微妙な視線が突き刺さる。

 

 シンと静まり返った会場内で、痛いほど突き刺さるその視線に遂に耐え切れなくなったオールマイトは、冷や汗を大量に流しながら恐る恐る口を開いた。

 

 

「いや、あの、そのぉ……疲れたろうなと思って、つい……ごめん」

 

 

 最後の最後までハプニングだらけの体育祭となった。めでたしめでたし。

 

 

 




今話をもって遂に終わりました、体育祭! いや、本当に長かったです。疲れました。
さて、今回の体育祭で世間からかなりの注目を集めてしまう事となった主人公は、これから先どうなっていくのでしょうか? 
次回から新章スタートです(もしかしたら閑話を挟むかもしれないけど)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章
第12話 なるほど、人間の屑ですね!


投稿期間が過去一番に開いてしまいました。すみません!
続きを書こうにも中々書く時間が取れず……(刃牙おもしれぇ……SPY×FAMILYおもしれぇ……!)
まあ何はともあれ新章スタートです。ここから主人公を取り巻く環境が徐々に変化していく……はず!


 雄英体育祭が終わった。波瀾万丈が続いたその日の話題性は世間を賑わすのに十分だった。

 

 話題の中心はもちろん、サポート科でありながら他のヒーロー科を圧倒し、現役ヒーロー顔負けの実力を見せた彼だ。決勝戦でホイポイカプセルという世紀の大発明品を披露したのも注目を集める要因となっている。

 

 ある人は言った、彼は将来有望なトップヒーローの卵だと。

 

 またある人は言った、彼はこれからも世界に革命を起こす大発明を生み出す天才だと。

 

 誰もが一度はヒーローを目指す現代、世間ではヒーローになるべき人材だという声が圧倒的に多い。彼は研究者としての道を歩む方が相応しいという声は全体で見れば少数派だ。これもヒーロー飽和社会故の影響だろう。

 

 いずれにせよ彼に注目が集まっている事に変わりない。だが、彼に注目しているのは何も世間だけではない。

 

 

「ヒーロー科の生徒以外にもこんな面白い子がいたなんてね。リアルタイムで見た時は驚いたよ。そう思わないか、ドクター?」

 

「確かに、なぜヒーロー科にいないのか不思議なくらいだ。何か裏があるのではと疑いたくなるほどにの」

 

 

 日本国内、某所。とある2人組が雄英体育祭の録画を見ながら、サポート科の彼について語り合っていた。

 

 

「映像で確認しただけでも、パワー、スピード、耐久力、機動力、反射神経、どれもオールマイトに匹敵するものばかり……いや、匹敵なんてものじゃないね。間違いなくそれ以上だ。USJに送り込んだ脳無程度ではとても歯が立たない」

 

「明らかに手を抜いていた。にもかかわらずあのレベルじゃからのう。本気を出せば確かにオールマイトなんて目じゃないだろう。経験値くらいか? オールマイトがあの子に勝っているのは」

 

「ヒーローとしての精神性もだね。少なくとも、あの子からヒーローの志なんてものは感じられなかった。どちらかといえば、ヒーローではなく僕達よりの精神だろう」

 

 

 2人は彼の事を良く見ていた。故に見抜いていた。彼が決してヒーローになるべき人材ではない事を。世間では彼をヒーローとして育てるべきだという声が跡を絶たず、雄英高校もその対応で困り果てているのだが、分かる人には分かっていた。特に、裏社会でそれなりの年月を過ごした者にとっては。

 

 体育祭の決勝戦時における彼の行動は、そのどれもがヒーローを目指す人には絶対に真似出来ないものばかり。彼が披露したホイポイカプセルによる影響も加味すれば、下手な敵よりも敵らしかった。

 

 その事実に気付く者が果たして何人いるのか。少なくとも、ここにいる2人はすぐに気付いた。

 

 

「それにしてもオールマイトを彷彿とさせるあの力、最初見た時は彼が後継者かなぁと思っていたんだけどね……」

 

「違うのか? 精神性はともかくとして、実力は間違いなくオールマイト以上じゃろ? あんなのはそうそういるものではない。ヒーロー科ではないのも、我々の目を欺けるための作戦かもしれないと先生も呟いていたはずだが……」

 

 

 白衣に身を包み丸眼鏡をかけた老人の疑問に、体の至る箇所に点滴を取り付け、口以外の顔のパーツがないスーツ姿の男が首を横に振って言葉を続ける。

 

 

「確かにそうなんだけどね、その精神性が問題なんだ。さっきも言ったけど、彼にヒーローとしての志はない。果たしてオールマイトが彼のような人材を後継者として選ぶと思うかい? 感情論で動く短絡思考の平和主義者が」

 

「……うむ、無いな。オールマイトの性格を考えたら、絶対にあの子を後継者として選びはしない。むしろ敵予備軍として警戒するだろう。そうなると、真の後継者は別にいると考えた方が妥当なのか?」

 

「まだ仮説に過ぎないけどね。でもオールマイトの後継者と思しき子は他にも見受けられた。サポート科の彼を後継者と断定するのは早計だよ。そもそも力を譲渡したのかどうかすら確定したわけじゃないし」

 

 

 どうしようもない、とでも言いたげに肩を竦めるスーツ姿の男に、白衣の老人は深い溜め息を吐く。

 

 

「情報が足りない、という事か。いずれ分かる事とは思うが、こうも不確定な要素が多いと不安になるのう。彼がヒーローになるか否かにかかわらず、あの力は無視できるものではないし」

 

「まあいずれにせよ、弔には頑張ってもらうしかないね。まだまだ至らない点は多いが、ヒーローも弔の成長を待ってはくれない。だからこそ、僕らも出来る限りの教育を施して、より一層の成長を促さないと」

 

 

 会話が一段落ついた所で、次の話題に移ろうと老人が口を開きかける。だが、その前にポンとスーツ姿の男が手を打った。何かを思い出したかのように。

 

 

「そうだドクター、あの子が体育祭で披露したホイポイカプセルってアイテム、今度取り寄せてくれないかい? 僕は自由に動ける状態じゃないから、代わりに買って来てほしいんだ。流行り物には目がなくってね」

 

 

 男の頼みに、老人はゆっくりと振り返ってコクリと頷く。

 

 

「先生に言われんでも分かっとる。ワシとてあれは是非とも欲しい。ただ、市場に出回るのはしばらく先になると思うから、それまで待っといてくれ」

 

「ありがとうドクター。いつも僕の頼みを聞いてもらって悪いね」

 

「何を今更。ワシと先生の仲じゃろう? 無理をしないで安静にしておくれ」

 

 

 2つの悪意は高らかに笑う。

 

 

 


 

 

 

 ──所変わり、福岡県福岡市。

 

 ここに、1人のヒーローが颯爽と空を駆け抜けていた。太陽の光を反射して煌びやかに輝く紅の翼を目一杯広げ、優雅に羽ばたくその姿は、見る者全ての注目を集めて魅了する。

 

 そして事件が起きれば目にも止まらぬ速さで現場に駆け付け、幾千枚もの硬い羽を正確に制御しながら事件解決まで導く。それが終われば集まったファンへのサービスをそつなくこなし、また次の事件現場へ足を運ぶ。

 

 ヒーロービルボードチャートJP上半期第3位、ホークスのいつもの仕事風景である。そんなホークスの元へ、とある一本の電話がかかってきた。

 

 

「はいもしもし、こちらホークス……って、あなたですか。急にどうしたんです? 今仕事中なんすけど?」

 

『先日の雄英体育祭の件について少し調べてほしい事が出来たから、折り入ってあなたに電話をかけました。ここまでは良いわね?』

 

 

 電話の向こう側から聞こえてくる女性の声に、ホークスは気怠そうに頭を掻き毟りながら応対する。

 

 

「あー、どうせあれでしょ? サポート科のあの子でしょ? 雄英体育祭で調べてほしい事と来たらそれしかありませんし。ですよね?」

 

『話が早くて助かるわ。じゃあ早速だけど、まず彼が体育祭で披露したアイテムについて詳しい情報を集めて来てほしいの。良いわね?』

 

「えー、ちょっと待ってくださいよ、それ本当に俺が動く必要あるんすか? 俺、基本的に九州で活動してるんすよ? その気になれば日本列島縦断も数時間で出来ますけど、行き帰りは楽じゃないんすから。ホイポイカプセルでしたっけ? あれを詳しく調べたいならそっちで直接やれば良いじゃないっすか。その方が手間省けますし、楽でしょう? そもそも、その調査はウチじゃなくて経済産業省とかの管轄じゃ──」

 

『何か言ったかしら?』

 

「……いいえ、何も」

 

 

 色々と御託を並べ、面倒な仕事をどうにか回避しようと試みたホークスだったが、電話越しでも伝わる女性の有無を言わさぬ圧力を前に、大人しく首を縦に振った。

 

 

『……話を戻すわ。あなたには今からホイポイカプセルの調査に行ってもらうわけだけど、これはあくまでおまけ。いえ、勿論それも大事だけど、本当に調査してほしい事は別にあるわ。それは──』

 

「彼の力の正体について、でしょ? 最後まで言わなくても分かりますよ、それくらい」

 

『……流石ね。こちらが言いたい事は既に把握済みって事かしら?』

 

「分かり易いんすよ。把握も何も、俺だって気になるもんですし」

 

 

 相手が最後まで言い切る前に、後の言葉を全て言ったホークスは肩を竦める。

 

 体育祭の様子はラジオを通じて把握していた。仕事中にテレビを見るわけにもいかないので、仕事を終えてから映像も一緒に確かめた。そこで分かった事がある。サポート科の彼は、間違いなく自分自身(ホークス)どころかエンデヴァーやオールマイトよりも上の実力だと。

 

 世間では、彼の実力はトップヒーロー並みだという認識だが、その認識は微妙にずれている。ヒーローになって、多くの敵やヒーローを間近で見てきたからこそ気付いた。

 

 あの力は放っておくには危険過ぎる。電話の相手が警戒するのも無理はないだろう。ホークスはそう思った。

 

 

『調べてほしい事は以上よ。やり方はそちらの自由で構わないから、出来るだけ多くの情報を集めてきて頂戴。こちらはこちらですべき事がたくさんあるの。敵連合への対応とか、最近巷を騒がせてるヒーロー殺しの事とか色々ね』

 

「あー、確かにそれも気になりますね。というか、敵連合の情報はまだ集めてないんすけど、締め切りってありましたっけ?」

 

『特にないわ。けどなるべく急いで。……そうね、雄英のヒーロー科ではそろそろ職場体験が始まるから、それを利用して情報を集めるといいわ。あなたはNo.3のヒーローだから、指名すれば高確率で来てくれるはずよ』

 

「その方が良さそうっすね。こっちから行くのも面倒ですし、向こうから来てもらいましょう。ああそうだ、あの子にも指名って出来ましたっけ? 各事務所2人まで指名出来るそうですけど……」

 

『やってみて頂戴。サポート科の子に指名した前例は全然聞かないけど、出来るには出来るわ。もしもの時のために、こちらから手を回す事も可能よ。それくらいならすぐに出来るけど……どうかしら?」

 

「ええ、そういう事ならお願いします」

 

 

 それから一言二言話し合った後、ホークスは電話を切ってポケットにスマホを入れた。そして深い溜め息を吐くと、気怠げに飛びながら愚痴を溢す。

 

 

「まーったく、面倒な仕事を押し付けてくれちゃって。本当に人使いってもんが荒いんだから」

 

 

 そう言いながらも、職場体験の指名に必要な書類を作成するため、急いで事務所に戻るホークスであった。

 

 

 


 

 

 

 体育祭が終わり、2日間の休校を経て学校へ向かう彼だったが、朝から困り果てていた。

 

 

「体育祭見たよ! 凄かったねぇ本当に! ヒーローデビューが待ち遠しいよ!」

 

「ねえねえ、なんでヒーロー科じゃなくてサポート科なの? 君なら絶対トップヒーローになれるのに!」

 

「雄英から嫌がらせとか受けてたりしない? 大丈夫? 困ってる事があったら私達が協力するよ?」

 

「あの、一緒に写真撮っても良いですか!」

 

「君、ウチの事務所に来る気はない? あっ、私こういう者でして……」

 

「リアルタイムで見たけど、あれとんでもない発明だよね! どういう仕組みなの?」

 

 

 朝の満員電車の中、体育祭での活躍振りを観戦していた人々が次から次へと話しかけ、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 

 こうなるだろうとは予想していたが、実際に起こると非常に面倒で仕方がない。怒涛の質問攻めに彼は朝から対応を迫られ、精神的に疲れた状態で学校に行く羽目となる。

 

 学校に着くと多くの生徒から物珍しい目で見られたが、既に精神的にぐったりしていた彼は周囲の視線に目を向ける事なく教室へ向かった。

 

 

「おはよー……って、なんか凄いぐったりしてるけど大丈夫?」

 

「お前体育祭であんだけ暴れたら、そりゃあ声掛けられまくるに決まってるだろ。……まあ、お菓子あげるから元気だせよ」

 

「そんな事よりも今日の数学小テストあったよね? そんなに勉強してないんだけどイケるかなぁ?」

 

「赤点取らなきゃ大丈夫っしょ! 何とかなるって!」

 

 

 幸い、クラスメイトは普段の学校生活で彼の奇行振りに慣れているのか接する態度に変化はなく、教室と工房と我が家が安息の地だと彼は認識した。

 

 そんなこんなで分かりやすく周りの環境がガラリと一変した、その日の放課後。いつものように工房に立ち寄った彼は、発目と共に新たな発明に精を出していた。

 

 

「いやー、まさか1日限定の行事でここまで環境が変わるとは! 雄英体育祭様々ですね! 私も学校来る時に結構注目を集めたんですよ!」

 

 

 溌剌とした笑顔で語る発目は、工具を両手に抱えて目の前にある部品を弄り回している。そして彼との会話に夢中になって一瞬余所見をした時、回路を組み違えた瞬間を彼は見逃さなかった。爆発は免れないだろう。

 

 気付いておきながら発目に一切注意しない彼の畜生ぶりがありありと見える中、一緒に2人の会話を聞いていたパワーローダー先生が深い溜め息を吐いた。

 

 

「お前らなぁ……そりゃあ体育祭であんだけ目立ったらそうなるだろ。いやまあ、別にそこは良いんだ。胸を張って活躍するのは喜ばしい事だしな。ただ……やり方ってもんがあるだろ? なあ?」

 

 

 彼と発目は同時に目を逸らした。

 

 

「……おい、今なんで目を逸らした? やっぱりお前達も自覚あったんだろ? やり過ぎたって自覚が。そうだろおい? ……無視するな!」

 

 

 パワーローダー先生はお怒りだった。

 

 体育祭という場を利用し、自分勝手に暴れまくった2人を見て胃を痛め、遂には閉会式が始まる前に倒れ伏してリカバリーガールに看病されるという事態に陥った事もあり、何かを言わずにはいられなかった。

 

 良い歳した大人が生徒に向かって怒鳴り散らす光景は、傍から見ればとても大人気なく見える事だろう。しかし、パワーローダー先生のこの行動は正当な感情によるものである。少なくとも担任である先生だけは、2人に対して怒る権利があった。

 

 

「特にお前! 決勝戦で散々やらかしてくれたおかげで、今やあちこちで大混乱だぞ! 特に物流業界! 確かに、あのカプセルには度肝を抜かされた! 流石カプセルコーポレーションの御曹司なだけの事はある! 素晴らしい天才ぶりだ! その点は担任として誇らしいと思ったよ! ……でもな!」

 

 

 パワーローダー先生は険しい顔で彼に詰め寄ると、片手に持っていたスマホを見せる。

 

 

「これはこの2日間で変動した株価の推移、そのデータだ。見ろ、物流を担う企業の株価が大暴落している。そして資金力に弱い中小企業は軒並み倒産に追い込まれている状況だ。そのおかげで今雄英には大量のクレームが届いている。お宅の生徒のせいで職を失った、どうしてくれるんだってクレームが全国から大量に」

 

 

 それは大変だ、職を失ってしまった人達はなんて気の毒な事だろうか。彼は心にも無い言葉を棒読みで発する。

 

 

「うわぁ……」

 

「お、お前、いくらなんでもその言い方は……!」

 

 

 それを見て発目が一歩距離を取り、パワーローダー先生の表情がより一層険しくなる。

 

 だが、いくら険しい顔で詰め寄っても彼が揺らぐ事はないのを理解しているため、パワーローダー先生は怒りの感情を吐き出す様に深く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

 

 

「……かつてガラケーが広く使われていた時代に、とある企業がスマホという革命的な製品を売りに出した。その結果、あっという間に世界中でスマホが使われ始め、ガラケーは衰退の一途を辿り、遂には生産も止まってしまった。僅か数年の出来事だ。そんな過去が通信業界にはあったんだ。そして今、似たような事が物流業界で起き始めている」

 

 

 手にした資料を眺めながら静かに語り始めるパワーローダー先生に対し、彼は真剣な表情で耳を傾ける。

 

 

「お前の両親が創設したカプセルコーポレーションは、今や世界4大企業の一角を担う超巨大企業。そんな所が物流を変える発明品の販売を発表したんだ。例えまだ発表しただけで販売まで時間が掛かると言えど、世界中で影響が出るに決まってる。こうなる事は予想の範疇だったんじゃないか?」

 

 

 その疑問に、彼は迷う事なく正直に頷いた。

 

 彼はただ、観客達に強烈なインパクトを残すような発明を披露したかっただけだが、それが世間に及ぼす影響を考えていなかったわけではない。職を失う者、恨みを持つ者、混乱に乗じて悪事を企てる者、そんな輩が現れるであろう事は十分に予想出来ていた。それでも彼は、自身の目的を優先したのだ。

 

 何度も言うが、彼は好きな事のためなら他人を振り回す事も厭わない。どこまでも貪欲で、どこまでも自分本位な性格、それが彼なのだ。

 

 だから、ホイポイカプセルの発表で周囲にどんな影響が出ようが彼の知った事ではない。失業した者が現れようが悪事を働く者が現れようが、それは単なる結果論であって、彼の行動を止める要因にはならない。

 

 ただし、ホイポイカプセルの製作を手伝ってもらった両親も影響の煽りを受けてしまう事だけは申し訳なく思っている。彼は自身を大切に育ててくれた両親や親しい友人相手にはとことん甘いのだ。

 

 

「……はあ、まあ良い。過ぎてしまったものはもうどうしようもない。それに発明自体は素晴らしいからな。サポート科の先生としては手放しで褒めたいくらいだ。だが、今起こっている事の影響は必ずどこかでお前に返ってくる。くれぐれもその事を忘れないように。俺達教師も出来る限りの対応はするが……夜道を歩く時は背後に気を付けろよ。良いな?」

 

 

 それは承知している、当然だろう。彼は首を縦に振った。

 

 話に一段落付いたところで作業を再開しようと工具を手に取る彼と発目。だが、そんな彼の肩にパワーローダー先生がポンと手を乗せて言った。

 

 

「1つ言い忘れてたが、ちょっと今から校長室まで来てくれないか? 校長がお前を呼んでるんだ」

 

 

 


 

 

 

 ──遡ること数時間前、朝礼の時刻にて。

 

 休み明けのヒーロー科A組の教室では、担任の相澤が生徒達に今後の活動について話を進めていた。

 

 

「おはよう。早速だが今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」

 

 

 ヒーロー科のみ履修する授業、ヒーロー情報学。普段はヒーロー関連の法律やヒーロー活動の基礎など、ヒーローに関わる内容を重点的に学ぶ教科であり、頻繁に小テストが行われるため、一部の生徒からは苦手意識を持たれている。

 

 そのため、「特別」と聞いて何がくるのか警戒心が高まり静まり返る中、相澤が口を開いた。

 

 

「コードネーム、所謂ヒーロー名の考案だ」

 

「「「「胸膨らむヤツ来たああああッ!!」」」」

 

 

 警戒から一転、一気にクラス内のボルテージが最高潮に達する。

 

 瞬間、相澤が鋭い眼光で生徒達の興奮を鎮める。このクラスではいつもの光景だ。

 

 

「……というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として期待できる2年生と3年生から。つまり、今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が無くなれば、一方的に関係断ち切り、なんてケースも珍しくない」

 

 

 ドラフト指名の現実を教えられ、ビクリと肩を震わせる生徒がちらほらと現れる。もしかしたら自分がそうなってしまうかも、という漠然とした不安が一瞬脳裏をよぎったためだ。

 

 

「んで、その指名の結果に関係なく、全員職場体験に行ってもらう。お前らはUSJの事件で既に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってのが目的だ」

 

「なるほど、それでヒーロー名の考案ってわけなんですね!」

 

 

 納得したと言わんばかりの満面とした笑みで頷く麗日の返事に、相澤は静かに肯定した。

 

 

「そういう事だ。そして気になる指名の結果だが……今年はかなり特殊だぞ。まず、A()()()この2人に注目が偏った。例年はもっとバラけるんだがな」

 

 

 教室のスクリーンに表示されたグラフには、2人の生徒に多くの票が入っていた。体育祭で活躍した轟と爆豪の2人に。

 

 ただ、優勝したはずの爆豪より3位の轟の方が多くの票を集めている結果に教室内が騒がしくなる。

 

 

「あーあ、白黒ついちゃった! 悔しい!」

 

「見る目ないよね、プロ」

 

「というか1位と3位逆転してんじゃん。やっぱ表彰台で拘束されたヤツとかビビるもんなぁ」

 

「ビビってんじゃねーよプロが!」

 

「わああああ! 指名あったよ飯田君!」

 

「うむ、良かったじゃないか麗日君」

 

「お前の指名、全然無いな。やっぱ怖かったんだ」

 

「……うん」

 

 

 指名の結果を受けて十人十色の反応が見られる中、A組内で1番多くの票を集めた轟がとある疑問を口にする。

 

 

「……先生、ふと思ったんですが、全体的に合計の票数が少なくないですか? 毎年1万以上の事務所が指名するって聞いたのに、皆の分を足しても5000程度にしかならないなんて……」

 

「うおっ!? 意外な所からまさかの質問! でも、言われてみれば確かにそうかも?」

 

 

 普段は無口の轟から飛んできた質問に、意外に思った瀬呂が驚きの声を上げる。

 

 そして、瀬呂の一言で確かにそうかもと疑問に感じた生徒達の注目が相澤に集まり、相澤もその質問を受けてゆっくりと頷いた。

 

 

「轟の言う通りだ。例年なら1万以上の指名がヒーロー科に集まる。だがさっき言っただろ? 今年はかなり特殊だと。そしてA()()()2人に指名が集中したとな」

 

「ま、まさか……」

 

 

 どこか勿体ぶったような相澤の言い方に、誰かが小さな声を漏らす。

 

 他の生徒達もとある可能性と人物を頭に思い浮かべる。爆豪に至っては途端に表情が険しくなった。

 

 

「そう、そのまさかだ。お前らも覚えてるだろうが、体育祭で大暴れした例のサポート科のあいつ。あいつがA組B組を差し置いて最も多くの指名を集めている。ちなみに、これがその結果だ」

 

 

 スクリーンに表示された指名の数、6000超。

 

 ヒーロー科の中で最も多くの指名を集めた轟が約2500、次点で多い爆豪が約2000。今年がいかに特殊なのかが良く分かる結果となった。

 

 予想以上の結果にクラスのほとんどが驚きに目を見開く中、相澤が淡々と語る。

 

 

「これを見て分かるように、ヒーロー科以外の生徒が体育祭で最も多くの注目を集めた。まあ何が言いたいかというと、ライバルはお前達ヒーロー科だけじゃないって事だ。場合によってはヒーロー科への編入もあり得る。その逆もまた然りだ。体育祭で少々浮かれ気味になってる所に水を差すようで悪いが、決して気を抜くな。そんで体育祭で思うような結果を残せなかったヤツ、もっと焦れよ? 『Plus Ultra』の精神で追い付いて来い」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 生徒達の大きな返事が教室内に響き渡る。

 

 それと同時に教室のドアが開け放たれ、際どい格好をしたミッドナイトが華麗な歩きで教壇に立った。

 

 

「話が終わったところでヒーロー情報学に入るわよ! もう知ってると思うけど、今日はヒーロー名の考案。よーく考えて決めなさい! この時の名が世に認知されて、そのままプロ名になってる人多いからね!」

 

「ミッドナイトの言う通りだ。適当なもん付けるとプロになって後悔するから名前決めは慎重に。俺はその辺のセンスないから、名前決まったらこの人に査定してもらうように。以上だ」

 

 

 そう言って寝袋に包まる相澤を横目に、ミッドナイトによるヒーロー名考案の時間が始まった。

 

 

 


 

 

 

 ──時は戻り、時刻は夕方。

 

 作業の続きに取り掛かろうとしたところでパワーローダー先生に呼び出され、校長室にやって来た彼は、現在雄英の教師陣に囲まれる形で校長の根津とテーブルを挟み向かい合っていた。

 

 

「突然呼び出してすまないね! ちょっと話したい事があって、こうして君を呼んだのさ!」

 

 

 根津校長とは、体育祭の1週間前にビンゴダンスに向けての準備を手伝ってもらった事が切っ掛けで知り合った。よって、彼と校長は既に面識があり、準備を手伝ってもらった事に彼は感謝している。

 

 そんな校長からの呼び出し。用件は何なのか、それはもう分かっていた。

 

 

「あっ、その顔は呼び出された理由が分かってるって顔だね! なら単刀直入に聞くけど……ヒーロー科に転科する気はある?」

 

 

 勿論ない、当然ない、毛頭ない、天地がひっくり返ってもない。彼は即答した。

 

 

「そこまで頑なに否定するとはね……まあ何となく分かってたけどさ」

 

 

 ならばどうして分かりきった事を聞いたのだろうか。校長ともあろうものが、こんな事で生徒1人に時間を費やすのは非常に勿体ない。校長のためにもならない。

 

 そんな彼の疑問に根津校長は何度も頷きながらも、彼の前に紙束を差し出した。

 

 渡された紙束を手に取り目を通すと、そこには『ヒーロー事務所 指名一覧』と記載されたタイトルと共に、大量のヒーロー事務所の名がずらずらと書き記されている。

 

 

「それは今回の体育祭を経て、君をドラフト指名したヒーロー事務所の一覧表さ。総指名数6090、ヒーロー科の生徒を差し置いてぶっちぎりのトップなんだ。つまりこれだけ大勢のヒーロー事務所が、近々ヒーロー科で行われる職場体験に是非とも来てほしいと希望しているって事になるのさ」

 

 

 なるほど、確かに今日の朝もヒーロー事務所の関係者と思しき者から数多のスカウトを受けた。それが数値として具現化されたのが、この一覧表という事になる。

 

 だがサポート科の生徒にこれを渡して、果たして何になるというのか? はっきり言って、この指名を受ける気は当然ない。

 

 

「それは勿論知ってるさ。君が将来ヒーローを目指しているわけではないという事も。正直言って僕自身、ヒーローへの道を君に強制する気はないしね。さっき転科するかどうかを聞いたのも、色々と事情があっての事なのさ」

 

 

 校長にも立場というものがある。世間では、彼を立派なヒーローに育て上げるべきだ、あれほどの人材がサポート科にいるのはおかしいし勿体ない、という声が多く、雄英もその対応に困っている事を彼は知っている。

 

 それに加え、恐らく校長より上の立場の者からも色々と言われていると思われる。世間であれほど騒がれているのだ、嫌でも公的機関の目に留まる。

 

 これは推測だが、校長は絶え間なくやってくる世間からのクレームに近い願望と上からの指示を潰すために、あえて転科の件を持ち出し、こちらの意向を打診したのだろう。

 

 だが、それらを踏まえてもなお、ヒーロー科のみが行う職場体験に行く事を勧めようとしている気がする。これは一体どういう事なのか。

 

 

「でも、職場体験だけは参加しても良いんじゃないかと思ってるんだ。なんでって思うよね? その理由は君が作ったホイポイカプセルにあるのさ」

 

 

 ヒーロー云々の話からいきなりホイポイカプセルの話になった瞬間、何となく校長の意図が読めてしまった。

 

 大方、数ヶ月後に販売する予定のホイポイカプセルを、職場体験という場を利用して、実際に街中で使うとどうなるのか確かめたらどうだと言いたいのだろう。

 

 実の所、体育祭で披露したホイポイカプセルは、確かに本来の機能は完璧であるという自負があるものの、販売までにクリアしておきたい不安要素は多々存在するのだ。

 

 その中でも最も知っておきたい要素の1つが、実際に街中で有効的に使えるのかどうかである。いくら性能が良くても実際の現場や生活で使えなかったら、どんな機器もただのガラクタと化してしまう。世間からの注目度が高い故に、販売まで慎重に物事を進めていきたいと考えている。

 

 しかし、いくら彼に超巨大企業のバックアップがあれど、公共の場で新製品の性能実験なんて真似は出来ない。どれだけ大規模であろうとカプセルコーポレーションは民間企業、公共の場でやれる事には限界がある。やるからにはやはり、公的機関からの許可が必須となる。

 

 ただし、実際に許可を取って実験となるとそれなりに費用は掛かるし時間も消費する。しかも万が一の事が起きたら、その責任は全て彼とカプセルコーポレーションが背負う事になる。正直言って面倒だ。出来る事なら手間をかけずに事を進めたい。

 

 だからこその職場体験だと思われる。ヒーロー事務所への職場体験は雄英高校、引いてはその上の機関のヒーロー公安委員会の指示の下、毎年執り行われる恒例行事である。そして生徒達に何かあれば、その責任は受け入れ先のヒーロー事務所と雄英高校、事の規模によっては公安委員会が責任を取る仕組みとなっている。

 

 もちろん生徒自身にも一定のペナルティは課せられるが、何かあれば責任の大部分は公的機関が背負ってくれる。しかも職場体験という場を利用すれば、実験の許可に必要な費用と時間の大幅削減が可能となるだろう。

 

 彼は自身の解釈を校長に述べた。

 

 

「うん、大体その解釈で間違いないよ。ホイポイカプセルは確かに素晴らしい発明品だけど、まだまだ課題は山積みなんじゃないかなって思ったんだよね。だからこそこうして勧めてるんだけど、君にとっても悪くない提案だと思わないかい?」

 

 

 校長にそう聞かれ、彼は顎に手を当てて考える。

 

 確かに提案は悪くない。カプセル販売までに不安要素は出来るだけ早く潰しておきたいし、何かあってもこちらが背負うリスクは限りなく軽減される保障もある。

 

 正直こちら側に有利すぎる内容で、絶対に何か裏があるのは確定。政府や公安委員会などが関わっているのではと踏んでいるが、それを差し引いてもこちらにメリットがあるのは事実。

 

 この提案に隠れた目的があったとしても、校長の提案に乗る理由としては十分だろう。それに、校長には体育祭で秘密裏に協力してもらった借りがある。その借りを返す意味でも、提案を素直に受け入れよう。

 

 彼は決心した。

 

 

「職場体験、参加する気になってくれたのかい? それは良かった。こちらとしても色々と準備した甲斐があるってものさ。そもそもサポート科はヒーローを間接的に援助するのが目的で存在する学科。自分の好きな物を作るのは止めないけど、少しはヒーロー達の方にも目を向けてほしいのさ。それじゃあ資料を渡しておくから、今週末までに希望する事務所を決めて提出するように──」

 

 

 


 

 

 

 話を終えた彼は資料を手に取って校長室を出た。

 

 まさかヒーロー科限定の行事に他科の生徒が行く事になるとは思わなかったが、これも何かの縁。帰ったらどの事務所に行くか考えよう。行き先選びは慎重に。

 

 そんな事を思いながら工房へ戻る彼の後ろ姿を、一緒にいた教師達が眺めながら根津校長に尋ねる。

 

 

「よろしかったのですか、校長?」

 

「ん? 何がだい相澤君?」

 

「最初、ヒーロー科への転科を勧めてたでしょう? それが最終的に職場体験の参加のみ。しかも彼の目的はヒーロー活動の体験でも援助でもなく、自分が作ったアイテムの試運転です。個人でやるべき事を、どうして雄英までその片棒を担ぐような真似を……?」

 

 

 相澤の疑問は最もだった。

 

 いくら今回の職場体験で何か裏の目的があったとしても、彼がやろうとしている事はやはりプライベートで行うべきで、雄英が手伝うのは合理性に欠けているのだ。

 

 そんな疑問に、校長は腕を組んで逆に尋ねた。

 

 

「……相澤君は、彼がヒーロー科へ移る事に賛成するかい?」

 

「……しませんね。他の皆さんがどう思っているかは知りませんが、少なくとも俺は反対です。力があれば成り立つほどヒーローは甘くありません。はっきり言って、彼にはヒーローとしての資質がない。それに本人もヒーローになりたくなさそうですし。望んでもいない人に無理やりヒーローの道を歩ませるなんて、あまりに残酷ですよ」

 

 

 相澤の意見に教師達が首を縦に振って肯定する。全員似たような意見を持っている証拠だ。

 

 その返答を予想していたのか、校長も相澤の意見に頷いて肯定する。

 

 

「僕も皆と同じさ。確かにあの子の力は抜きん出てるけど、それだけでヒーロー科に行かせようとは思わない。それに、今年のヒーロー科は優秀なヒーローの卵達ばかり。僕達がやるべき事は彼をヒーローにさせる事ではなく、今いるヒーロー科の生徒達を立派なヒーローになるまで全力で育て上げる事。大切なのはそこだと僕は思っている」

 

「なら尚更どうして彼に転科を勧めて……? それに職場体験まで……」

 

 

 今度はミッドナイトから飛んできた疑問の声に、校長は腕を組み難しい顔で答えた。

 

 

「上からの指示さ」

 

「上……という事は、公安からですか?」

 

「そう、公安からの要請でね。あの子をヒーロー科に転科させるか、もしくは何らかの形でヒーローと密接な関わりを持たせるようにって指示が来てさ。あの子の意思を無理やり捻じ曲げるような真似はしたくないけど、かといって要請を丸々無視したらいつか強引な手段に出るかもと思ってね。形だけでも向こうの要請に応えた方が、彼のためにもなると思ったんだ」

 

「なるほど、それであんなにも職場体験の参加を勧めたわけですか……」

 

 

 校長の説明を聞いて全てを理解した相澤だったが、内心は全く納得していなかった。

 

 

(公安の奴らめ……自分達の都合で生徒に過酷な道を歩ませようとしやがって……)

 

 

 




根津校長の個性は『ハイスペック』。人間以上の知能を持つから、主人公の思考をここまで予測しててもおかしくはないかなぁと思いました。
あと主人公の考えがドライすぎて、書いたの自分なのに読み返してかなり引いた。いつからこんなにも乾いた心を持つようになったのか……。これじゃあ元気玉作れない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 媚び売り・ご機嫌取り・コネ作り

何だかんだ言って結局職場体験に行く事になった主人公、果たしてどこを選ぶのか……。


 何だかんだ言って結局ヒーロー科と一緒に職場体験へ行く事になった彼は、手にした資料を1枚ずつ目に通しながら工房へ戻った。

 

 

「……で、断る気満々だった職場体験に参加する事になったと? ホイポイカプセルを街中で使いたくて、でも責任は取りたくないから雄英に背負わせる算段で? なるほど、人間のクズですね! 全くもって清々しい! アハハハハッ!!」

 

 

 言われなくても分かっているから今すぐ黙って欲しい。お口チャック。

 

 発目に痛い所を突かれた彼は、ジト目で発目を睨み付ける。だが、元からそんな程度で怯むような柔な精神を持っていない発目には全く通用しなかった。彼を指差して大笑い、相変わらずである。

 

 

「アハハ……いやー、笑っちゃいますね。本当、話題に事欠かない人ですよあなたは。こちらも暇を持て余す時間がないってものです。それで、どこに行くとか決めてます? いっぱい指名受けてるんでしょう?」

 

 

 一頻り笑った発目にそう聞かれ、彼は顎に手を当てて資料に目を向ける。

 

 資料に記載されているヒーロー事務所の数は全部で6090、全国津々浦々からたくさんの指名が来ている。週末までに、この大量の紙束の中からどれか1つだけを選ばないといけない。

 

 名の知れた所から全く聞いた事もない事務所まで知名度の幅はピンキリで、これら全てを確かめていくのは正直言って面倒くさい。よって、ヒーローランキングの高い順から数えて上位100名までの中から行き先を決める事にした。

 

 工房の片隅で資料の内容を整理しながら事務所の名をピックアップする事1時間、最終的に残った100の事務所を別の用紙に纏め上げた。

 

 

「あ、ようやく終わった感じですか? ちょっと私にも見せてくださいよ。どれどれ……うわ、有名所ばかりが残りましたね。どこの事務所もかなりの大手ですよ」

 

 

 確かにその通りで、残った100の事務所は1番低い所でもヒーローランキング200位以内に入る一流だ。トップ10位以内のヒーローからも指名が来ており、最高順位は現在ヒーローランキング3位のホークスからだ。

 

 他にも4位のベストジーニスト、5位のエッジショット、6位のクラスト、8位のヨロイムシャ、9位のリューキュウ、10位のギャングオルカと、ほとんどのトップヒーローが指名している。指名していないのはオールマイト、エンデヴァー、ミルコの3人だけ。

 

 雄英教員のオールマイトは言わずもがな、2位のエンデヴァーはおそらく息子である轟焦凍を指名していると思われるため、こちらへの指名は無い。7位のミルコはそもそも事務所を構えず、サイドキックも連れないという独自の活動体系を取り入れているヒーロー。基本的に1人で活動しているので、指名がないのは当然と言えるだろう。

 

 だがその3人を抜きにしても、シンリンカムイ、Mt.レディ、デステゴロなど、名のあるヒーローからの指名も来ている。

 

 錚々たる面々からの指名の嵐。ヒーローを目指す者にとってはまさに選り取り見取り、夢のようなシチュエーションだろう。

 

 しかし、彼からしてみればホイポイカプセルの性能実験をちゃんと出来る環境であるならどこでも構わず、上位100名に絞ったのも、トップヒーローであればあるほどその環境が整っているからだ。正直言って、個々の活動実績に興味はない。

 

 

「それで、この残った100の事務所の中からどれか1つを選ぶわけですね? 正直どれを選んでも良いとは思いますけど、やっぱり行くならより有名でより注目のある事務所に行くべきだと思うんですよね! それが結果的にあなたのためにもなると思いますし、はい!」

 

 

 何故だろうか、どれでも良いと言う割にはやけに行き先を気にしてるように見える。こういう時は何か企んでいる可能性が高い。

 

 訝しげに感じた彼は、本音を言ってほしい旨を発目に伝える。

 

 

「ぶっちゃけ言うとですね、あなたにはトップヒーローの事務所に行って欲しいです! だって彼らはいつも注目の的で皆の人気者じゃないですか! そんな人の近くでベイビー達が活躍する場を見せたら更に注目が集まるじゃないですか! だから私の可愛いベイビー達を持って、ホイポイカプセルと一緒に使ってください! あと体験先のヒーローの連絡先も教えてください! あなたが作ったコネを私も利用したいので! というわけでお願いします! ヒーローとのコネ作り、健闘を祈ってますので!」

 

 

 清々しい告白だった。

 

 先程まで「人間のクズ」などと宣い爆笑していた人が頼むような事ではない。人の事を笑えないレベルで不純な動機である。

 

 とはいえ、発目の言う事にも一理ある。100のヒーロー事務所に絞った身として、発目と利害が一致しているからだ。ホイポイカプセルだけ使うのなら、検証は1日ですぐ終わるというのもある。発目の思惑に乗っかるのもまた一興だろう。

 

 なにより、欲望に忠実な彼女の行動は嫌いじゃない。そしてその欲望を包み隠さず正直に打ち明ける豪胆さも。むしろどんと来いとさえ思う。

 

 彼は発目の手を取った。良いだろう、その話乗った! 元気な声で承諾した彼に、発目の笑みがより一層深くなる。

 

 

「では交渉成立という事で! さあ決めましょう、あなたがどこのヒーロー事務所へ媚を売りに行くのかを!」

 

 

 発目の高らかな笑い声が工房中に響いた。

 

 

 


 

 

 

 ──2週間後、職場体験当日。

 

 雄英高校最寄りの駅にて。

 

 駅の改札口前に雄英高校1年A組の生徒と担任が集まっていた。これから各々が決めた職場体験先に、公共交通機関を利用して向かう予定となっている。

 

 

「全員コスチューム持ったな。本来なら公共の場での着用は厳禁なんだ。間違っても無くしたり落としたりするなよ?」

 

「はーい! 分かりました先生!」

 

「伸ばすな、『はい』だ芦戸。それじゃ……っと、その前に……」

 

 

 職場体験に行く前に、担任の相澤が点呼と注意事項の説明を生徒達に行う。その相澤の呼び掛けに呼応して、生徒達の朗らかな返事が駅内に響く。

 

 少し離れた位置からその様子を横目に眺め、A組のようにリュックもコスチュームが入ったアタッシュケースも持たず、代わりに大量の買い物袋をぶら下げながら、ラムネ味のソフトクリームを食べる生徒が1人。

 

 その生徒に相澤が近付き、A組の面々もまたその後を視線で追う。

 

 

「おい、ソフトクリームを食べるのは勝手だが、説明はちゃんと聞いてたか? それと今回のお前の参加は特例なんだ、皆に一言挨拶くらいしてやれ」

 

 

 相澤にそう諭された彼は確かにその通りだと思い、食べる手を止めてA組に向き直り、軽い自己紹介と挨拶を行った。

 

 本来はこの場にいないはずであるサポート科の彼の存在に、A組のほとんどが驚愕に声を上げる。

 

 

「あー! 君は体育祭の時のサポート科!」

 

「えっ、もしかしてお前も職場体験に行くのか!?」

 

「でも考えてみれば当然とも言えますわ。数多くの指名を頂いていましたし」

 

「まあ何はともあれよろしくな!」

 

「つーかどこに行くんだ? 行き先によっちゃあ、他の誰かと被るかもな」

 

「ウチはそんな事よりも、めっちゃ買い物してるのが気になるんだけど……というか荷物は?」

 

「ソフトクリーム良いなー! ラムネ味美味しそう! ねえねえ、一口ちょーだい!」

 

 

 アイスクリームを一口強請ってきた生徒(葉隠)の要望に応えてアイスクリームを渡し、皆からの質問に1つ1つ受け答えする。

 

 そうこうしていると、彼の存在に特に驚いた様子を見せなかった2人が彼に話し掛けた。

 

 

「体育祭で見たお前の性格から考えて、こういうもんには誘われても来ないと思っていたんだが……来るんだな。ちょっと意外だ」

 

「……よう、また会ったな。体育祭での出来事、忘れたとは言わせねえぜ」

 

 

 体育祭の決勝トーナメントで対戦した轟と爆豪だ。轟は凛としつつもどこかあどけなさも感じれるような表情で、反対に爆豪は嵐の前の静けさを体現したかのような険しい顔付きで彼に詰め寄る。

 

 約3週間ぶりとなる拳を交えた同級生達との対面に、彼も少しだけ口角を上げた。

 

 

「体育祭であんたに完敗して以来、俺ももっと強くならねえとって思ったからよ。左の力、早く使いこなせるように毎日特訓してるんだ。ちょっと前の俺じゃあ全然想像出来なかったけど、こうして前を向けるようになったのはあんたのおかげでもある。そこん所は感謝してる」

 

「俺は半分野郎と違って不満しかないけどな。勝敗はどうあれ、あの戦いの最後は未だに納得してねえ。だからもう1度勝負しろ……って言いたい所だが、今はてめぇの方に軍配が上がる。それは認めてやる。だが良い気になるなよ? すぐにてめぇを追い抜いて、本当の意味で1番になってやる」

 

 

 2人とも体育祭が終わって以降、それぞれ前に向かって歩みを進め、日々修行を重ねて成長している。その証拠に、2人とも体育祭の時よりも気が高まっており、相当の修練を積んでいる事が窺える。

 

 今まで忌避してきた自身の力を受け入れて前に進む轟も、高いプライド故に勝ち気な姿勢を崩さずストイックに鍛錬を積む爆豪も、この調子なら将来は間違いなく立派なヒーローになるだろう。未来は不確定な事だらけだが、この事に関しては断言しても良い。それは他の皆にも言える事だが。

 

 ここで話が一段落ついたので、いよいよ出発前の最終確認を相澤が行う。

 

 

「……よし、改めて俺から言う事は以上だ。それじゃあお前ら、くれぐれも体験先の事務所の方々に失礼のないように」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

 最終確認も終わり、各々が選んだ事務所の方向へバラバラに歩き出すA組の生徒達。

 

 その際、体育祭の時から気になっていた緑谷に声を掛けようとしたが、麗日、飯田の2人と何やら深刻そうな表情で話し込んでいたので止めた。デリケートな話をしていると思われるため、下手に突っ込むのは野暮というものだろう。

 

 そんな中、彼はとある人と一緒に駅のホームに向かう。

 

 

「……む? 俺と同じ新幹線に乗るか。一応聞くが、ひょっとしてお前も九州……いや、()()()()()()の元へ向かうのか?」

 

 

 新幹線が止まるホームの前で話しかけてきたのは、同じ新幹線に乗ろうとする常闇踏陰だ。頭部が烏の頭のようになっており、変幻自在の影を操作するという強力な個性を持っている。

 

 他に上げる特徴があるとすれば、どこか古臭い言い回しをしている点だろうか。どういう経緯があってこのような口調になったのかと聞きたくなるが、聞いたところで特に何かあるわけでもないので止めておく。

 

 

「俺は今から九州の福岡まで出向き、ホークスの元へヒーローの教えを乞いに馳せ参じる予定(さだめ)。ならばお前に問う、お前も俺と同じヒーローに教えを乞う同士か?」

 

 

 ……本当に、どういう経緯があってこのような口調になったのだろう。益々気になってくるが、こればかりは聞いてはいけない気がする。正直に聞いてしまった暁には、常闇の名誉に深い傷を付けてしまうかも知れない。直感でそう悟った。

 

 気を取り直した彼は常闇の質問に首を振って答える。

 

 2週間前、体験先の事務所候補をトップヒーローのみに限定してほしいという発目の要望に応え、どこにしようか迷っていた彼は、発目が言ったこの言葉で行き先を決めた。

 

 

『ホークスの事務所はどうでしょう? 福岡と言えば博多! 博多と言えば博多グルメでしょう!』

 

 

 ラーメン、もつ鍋、水炊き、焼き鳥、鉄なべ餃子、辛子明太子、うどん、あまおう、屋台街、etc……。

 

 普段行く事のない九州地方、その中でも最大の都市である福岡の名物を想像し、彼は自身の胃袋に身を委ねた。欲望に忠実なのだ。

 

 こうしてあっさりとホークスの事務所に行く事を決めた彼は、現在同じくホークスの事務所へ行く常闇と一緒の新幹線に乗っている。

 

 

「いや、まあ、轟からお前の事は聞いていたが、面と向かって話すと想像以上だな。今からホークスに会いに行くというのに、既に観光気分とは……」

 

 

 ホークスの事務所へ行く理由を聞いた常闇の表情は何とも形容し難いもので、本人もどう反応すれば良いのか困っているといった感じだ。

 

 とはいえ彼にも目的はある。そのためにも、これから1週間お世話になるホークスへ何かお土産を渡そうと思い、駅に向かう途中で大量のお土産を購入して持って来ている。要はご機嫌取りだ。

 

 

「その大量の買い物袋は全部ホークスに献上するお土産だったのか。確かにこれから1週間お世話になるし、だったら俺も何か買ってくれば良かったな」

 

 

 困り顔から一転、お土産を持参してきた彼の行動にえらく感心し、腕を組んで納得したと言わんばかりに頷く常闇。よく見ると、口調以外にも1つ1つの仕草がどこか勿体ぶっている様に感じ取れる。

 

 そんな事を思いつつも、口には出さずに常闇と雑談に興じる彼であった──。

 

 

 


 

 

 

 数時間後、福岡県福岡市博多駅にて。

 

 真昼を少し過ぎた辺りで目的地に到着した2人は、そのままの足でホークスのいる事務所へ向かった。街の中心地にある高層ビル、その最上階がホークスの事務所だ。

 

 流石は3位のヒーローと言うべきか、事務所のある高層ビルは福岡の中でも一等地、ビルの中に入ると豪勢な造りをしたエントランスがお出迎えしてくれた。

 

 受付人に雄英の学生証を見せると、最上階へ繋がる直通エレベーターへ案内される。事務所専用のエレベーターまで用意されるこのVIPぶり、ここまでの厚遇を受けるヒーローは数える程しかいない。

 

 隣を見ると、期待と緊張からか若干ソワソワしている常闇の姿があった。やはりヒーローを志す者として、本物のトップヒーローを間近で観られるのは嬉しいのだろう。楽しみなのだろう。

 

 

「「いらっしゃい! ホークスヒーロー事務所へようこそ! よう来たね!」」

 

 

 1分足らずで最上階に到着した彼らを出迎えてくれたのは、ホークスではなくそのサイドキックと思しきヒーロー2人。トップヒーローのサイドキックを務めているだけの事はあり、並のヒーローよりも高い戦闘力を有している事が気で読み取れる。

 

 彼が2人のヒーローの気を読み取り、常闇がその間に2人と挨拶を交わす。彼自身も常闇に続いて挨拶をし、買い込んだお土産の一つを2人に手渡した。

 

 

「さて、折角君らに来てもらったところ悪いんやけど、肝心のあの人は今パトロール中でな。そろそろ戻って来る頃合いやと思うけん、それまでソファーで寛いで……」

 

 

 2人に事務所の奥まで案内され、肝心の所長が不在である旨を教えてもらっていたその時、突如として最上階から街を一望できる大きくて分厚い窓が、機械音と共に自動で開き出す。

 

 

「あ、あの、いきなり窓が開き出したんですけど、これってまさか……」

 

「うん、常闇君の想像通りだよ。丁度良かタイミングで戻って来たみたい」

 

 

 サイドキックの言う通り、開き切った窓の向こうから、大きな気を持つ者が凄まじい速度で接近してくるのを感じ取る。彼を除いた、この場の誰よりも大きな気を持つ者が。

 

 その10秒後、窓から悠々と翼を羽搏かせながら事務所に入って来るヒーローが1名。黄色を基調としたコスチュームに身を包み、背中には紅く煌めく剛翼を携えたその男こそ、ヒーローランキング第3位のホークス。

 

 他の人とは違うぶっ飛んだ入り方に、常闇が驚きの余り口をパクパクさせている。かくいう彼もこれには予想外で、少々面食らってしまった。

 

 そんな2人に、ホークスはにっこりと柔和な笑みを浮かべると、快活な声で言った。

 

 

「やあ2人とも、初めまして。俺はホークス、1週間よろしくね。歓迎するよ」

 

 

 颯爽と現れ、華麗に事務所へ帰還し、爽やかに挨拶してみせたホークス。そんなヒーローに対し、彼は即座に気を取り直してお土産袋を手に持つと、その全てをホークスに手渡しながら自己紹介を済ませた。

 

 

「わああ、これって現地にしか売ってない高級スイーツでしょ? そんでこっちは地域限定の水羊羹! 確か3日しか賞味期限が持たなくて、保管がめっちゃ大変って聞くけど、よう持って来たね。皆で美味しく頂くよ!」

 

 

 喜んでいる、一切の偽りなく本心から。

 

 お土産によるご機嫌取り、掴みは上々。発目と約束したコネ作り、その目標へ1歩前進した事を彼は実感した。

 

 

「……雄英高校1年A組在籍、常闇踏陰と申します。此度の職場体験、ヒーローとなるべく研鑽を積みに参りました。よろしくお願いします」

 

「うん、常闇君もよろしくね!」

 

 

 彼とホークスとのやり取りを神妙な面持ちで見ていた常闇の自己紹介に、ホークスが笑顔で返す。その際、一瞬だけ目を細めたように見えた。まるで面白そうなものを見るような目で、笑みを深めて。

 

 それは視線を向けられた常闇自身も感じ取ったようで、ホークスに品定めされていると思ったのか、その表情は硬かった。その反応を見てくすりと微笑むホークスを見ていると、恐らく意図的に向けた視線だと思われる。

 

 そうして全員の自己紹介が終了したところで、ホークスが手を叩いて注目を集めた。

 

 

「はい、それじゃあ2人とも部屋に行って荷物を整理してきて。この事務所は広いからねえ、1人1部屋ずつ客室が用意されてるんだ。その間に俺は出発準備しておくから、そこの2人に案内してもらうように。あっ、当然コスチュームは着てよ?」

 

 

 その指示の下、彼と常闇はサイドキック達に客室まで案内された。

 

 部屋は一般的なホテルと同程度の広さと設備が整っており、1週間滞在する分には何の問題もない。流石トップヒーローと言うべきか。

 

 部屋に入った彼は、ズボンのポケットからホイポイカプセルを取り出し、スイッチを押して床に放り投げた。直後、投げ込まれたカプセルから軽快な破裂音と共に煙が上がり、大きなスーツケースが出現する。

 

 荷物の持ち運びが面倒だと感じた彼は、事前に荷物をスーツケースに纏め、それをホイポイカプセル化して持ち運んでいたのだ。だからこそ、彼はほとんど手ぶらで行動する事が出来ていた。カプセルの仕組みを理解している彼にとって、荷物をホイポイカプセルに収める作業は朝飯前なのだ。

 

 数分後、一通り荷物を整理して、制服から動きやすい服装に着替えた彼は、部屋を出てホークスの所へ向かう。ほぼ同時に常闇も部屋から出てきて、どちらも出発準備が整った。

 

 常闇のヒーローコスチュームは個性を活かすためか、真っ黒な服にマントと全身を黒一色で統一しており、どこか禍々しい見た目をしている。常闇らしい服装だろう。

 

 対する彼はというと、スポーツ用品メーカーに特注で作製してもらった黒色のジャージという、何ともヒーローらしくない格好をしている。

 

 とはいえ特注品故に、販売店で売られている物よりも耐久性、耐熱性、伸縮性ともに優れており、重量も幾分か軽い。値段は言わずもがな、一般的な物の数十倍は余裕で超えている。

 

 ヒーロー科と同じ様に、雄英高校専属のサポート会社にコスチュームを受注してもらう事も考えた。しかし、被服控除を利用すると本格的にヒーローの道へ連れていかれそうな気がしたので、自前で用意出来るものは全て揃えた。雄英に背負ってもらうものは万が一が起きた時の責任だけで良いのだから。

 

 

「おっ、やっと出発準備が整ったかな? それじゃあ早速出掛けようか」

 

 

 相変わらずの下衆な思考を発揮する彼と、そんな思惑など知る由もない常闇を前に、ホークスは傍に控えていたサイドキック達に指示を出すと、開いている窓に手を掛けた。

 

 

「あ、あの、我々はこれからどうすればよろしいので……?」

 

 

 再び出て行こうとするホークスの背後から常闇の疑問の声が飛ぶ。今まさに飛び立とうとしていたホークスはこちらを振り向くと、にこりと微笑んで言った。

 

 

「俺は先に行ってるからさ、君達はサイドキックの皆さんに説明受けながら付いて回ってよ。……ああ、俺を追って来られるならどうぞご自由に。君達は今、俺の監督下にある。プロヒーロー『ホークス』の名において、()()()()()()()個性の自由使用を認めるよ。それじゃあお先に──!」

 

 

 


 

 

 

 制限付きの個性使用の許可だけ伝えると、ホークスは翼を広げて飛んで行った。猛スピードでビルから離れ、数秒足らずで姿が見えなくなる。

 

 なるほど、世間で『速すぎる男』と言われるだけの事はある。スピードに一点特化したヒーローだ。速さは力というが、まさにその通りだと思う。

 

 ホークスの実力の一端を目にした彼は感心したように頷くと、案内役を任されたサイドキック達の所へ向かった。先に飛んで行ったホークスには目もくれずに。

 

 

「……ん? あれ、ちょっと待ってくれ。お前は行かないのか? 移動は素早いし、確か空も飛べていたはずだが……」

 

 

 それを疑問に思った常闇が、今度は彼に尋ねた。体育祭で観た彼の実力を考慮すれば、ホークスに付いて行くだろうと予想していた常闇の思考も当然の帰結だった。

 

 だが彼は首を横に振り、言った。まずはプロの人達に業務内容を聞いておかないと駄目だろう、社会人としての基本だ、と。

 

 

「いや、確かにそれはそうなんだが、新幹線でのお前の発言を聞いている身としては、ちょっと信じられないというか、何というか……。というか、お前の口から常識が出てくるとはな。妙な所で律儀な男だ」

 

 

 勿論こんなものは建前である。

 

 本音を言ってしまえば、ホークスに付いて行くとずっと飛び回る羽目になり、そうなってしまうとホイポイカプセルの検証もグルメ巡りも満足に出来ないと思ったのだ。それに付いて行こうと思えば、いつでも追い越して置いてけぼりに出来るので、今すぐ追う必要がないというのもある。

 

 本音まで言ってしまうと流石にサイドキックの人達に怒られるので心の中に仕舞い込み、皆でエレベーターに乗ってビルをゆっくりと降りて行く。

 

 そしてエントランスから小走りで街中へ駆け出ると、事務所から支給されたインカム越しにホークスの指示が飛んで来たので、足並みを揃えて急いで現場へ直行。

 

 

「遅いですって」

 

 

 数分かけて現場に着くと、ホークスが幾枚もの羽を同時に操作しながら、敵と思しき者を取り押さえて待っていた。

 

 

「完庭那のバーで客が暴れてるらしいから次そこで! 事後処理よろしくお願いしまーす!」

 

 

 軽い息切れを起こしているサイドキック達と、息も絶え絶えに遅れてやって来た常闇にそう言うと、翼を大きく広げて颯爽と飛んで行く。

 

 その後ろ姿を眺めながら敵を拘束していると、サイドキックから説明が入った。

 

 

「俺らはほぼ後始末係でね。ホークスは速すぎるけん、この形が一番効率的たい」

 

「いやあ、折角ここまで来てもろうたのに何かごめんね。俺らの脚じゃあ、とてもホークスに追いつけなくてさ。でも、もたもたしてる間に被害拡大とか本末転倒でしょ? やけんこれが一番良かとよ」

 

 

 確かに考えてみればその通り。今は皆と足並み揃えて走っている彼だが、もしホークスと同じ立場だったらさっさと1人で現場に向かい、全力で事件解決に尽力するだろう。これで『皆と一緒に走っていたので間に合いませんでした』となっては、ヒーローの面目丸潰れだ。職務怠慢ともいう。

 

 だからこそ、一刻も早く現場へ赴き、一刻も早く事件を鎮静化する。それを日々延々と繰り返すのだ、たった1人で。

 

 彼は今一度、ヒーローとしてのホークスの凄さを実感した。

 

 

 ──結局その日は、ホークスの仕事ぶりを目の当たりにしながら、ただひたすら皆と走って追いかけては事後処理の手伝いに徹するという作業の繰り返しだった。

 

 その間でも、彼は街中で見つけた焼き鳥専門店からしれっと焼き鳥を何本か購入し、こっそり食べながら走っていた。完全にサボりなのだが、サイドキック達にはバレていないのが凄いところ。常闇は忙しすぎて余裕が無かったのか、焼き鳥を頬張る彼を見ても何も言わなかった。

 

 あと、焼き鳥はとても美味しかったとだけ言っておこう。

 

 ホイポイカプセルの検証等やるべき事がたくさんある中、職場体験初日はホークスヒーロー事務所の活動スタイルを徹底的に頭に叩き込んで夜を迎えた。

 

 

 

 

 ちなみに、職場体験に来た2人を置いて颯爽と飛んで行ったホークスはというと、予想と違い、終始全く付いて来なかった彼の行動に面食らっていたとの事。だが、そんな出来事を彼が知る事は未来永劫なかった。

 

 

「──あれっ、全然来ないんだけど!? えっ、ちょっと待って!? 追って来るかなあと思って敢えて挑発したのに、その気じゃないって事? マジで言ってる? これは一筋縄ではいかなさそうだな……はあ、面倒くさ」

 

 

 




またもや更新が遅れてしまったすみません。実を言うと、偶々アマプラで発見したアニメが面白くてそればっかり見てしまい……はい、すみません。
しかし! 更新が遅れた事は申し訳ないと思っていますが、そのアニメをずっと観ていた事に後悔はありません! 面白かったので!
というわけで、今後もこのような事があると思うので、温かい目で見守ってくれると幸いです。
……さっ、更新もしたし、早くHELLSINGの続き見ないとなあ。AMEN!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 深夜の衝突

ホークスの事務所へ職場体験に赴いた主人公。だが、1週間何も起こらないはずもなく……。


 職場体験2日目。

 

 ホークスヒーロー事務所に行った彼は、初日と変わらず常闇達と一緒にホークスの後を追いかけていた。

 

 追いかけていると、時々ホークスが彼をチラチラ見ているような感じがしたものの、肝心の本人は特に気にする事もなく敵の後処理係に徹している。

 

 

「次、博多駅近くの焼き肉店で酔った客が個性使って暴れ出したと通報が入りました! すぐ止めに行くんで出来るだけ急いでください!」

 

「了解! 急いで追い付くけん、ホークスは早よ早よ!」

 

 

 サイドキックの催促と同時に翼を広げ、猛スピードで街の上空を飛行するホークスを眺めながら、彼が敵の拘束、常闇が駆け付けた警察官へ敵の引き渡しを執り行う。

 

 2日目にして、慣れた手付きでテキパキと業務をこなす2人に、様子を見ていたサイドキック達から感嘆の声が漏れる。

 

 

「いやぁ、最近の子はほんまに優秀な子ばっかりやなぁ。もうウチの事務所に溶け込んどる」

 

「確かに。俺らがヒーローになった時は、仕事覚えるのにもっと時間掛かったっていうとにね」

 

 

 お褒めの言葉は聞いていて気持ちが良いので、素直に礼を言ってありがたく受け取っておく。常闇も彼に続いて礼を言った。

 

 確かに2日目にして、もう随分と数多くの事件の後処理を行ってきた。そうなってくると、彼も常闇も物覚えが凄まじく良いのであっという間に業務に慣れてしまったのだ。伊達に国内最難関の雄英高校に通っていないという事だ。

 

 とはいえ、そんな2人よりもサイドキック達の方がまだ圧倒的に作業効率は良いので、これで天狗になって調子に乗る、という様な事にはならない。

 

 

「さて、引き渡しも済んだし急いで行こか。ホークスが俺らを待っとる」

 

「そうやな。2人とも、まだまだ走るけんしっかり付いて来てね」

 

「御意」

 

 

 常闇に続き、彼も静かに首を振って応えた。

 

 こうして4人はホークスが解決した事件の後始末に奔走し、大した変化もないまま2日目の午前が終了した。

 

 午前の業務が無事終了したので、ホークスも含めた全員が昼休憩のために一旦事務所に集合する。

 

 

「はい、午前の業務お疲れ様でした。ご飯食べて休憩したらまたすぐに巡回するんで、それまでしっかり休んでください。君達も今の内にしっかり休んでね」

 

 

 ではお言葉に甘えてしっかり休むとしよう。彼は昼食を取る事にした。

 

 本日の昼食は大盛の博多ラーメンと鉄なべ餃子。実を言うと、ホークスがオススメの店から事前に出前を取ってくれたのだ。ホークス曰く、『せっかく福岡に来たのなら、福岡の美味いもん食べないと損でしょ?』との事らしい。

 

 ちなみに初日の夕飯は水炊きだった。あれも凄く美味しかったのでまた食べたい。

 

 そんな事を思いながら熱々のラーメンを美味しそうに啜る彼を、ホークスはニコニコ顔で遠目に見ていた。だが彼は気付かない。既に意識はラーメンと餃子に向いており、味を堪能する事に集中しているためだ。

 

 とはいえその集中もあまり長くは続かない。あっという間に完食してしまったのだ。底なしの胃袋を持つ彼にとって、大盛ラーメンと餃子だけでは正直量が足りないのだが、ここで追加注文を相手側に要求するのは余計な手間を掛けさせてしまうので却下。業務中におやつを買ってコソコソ食べるか、夜食で足りない分を補給するかのどちらかで対応するしかない。

 

 隣を見ると、常闇が熱々のラーメンを口に近付け、息を吹きかけてから慎重に口に運んでいた。猫舌なのか、食べるのに苦戦している様は見ていて微笑ましく思えてしまう。

 

 そんな視線に気付いたのか、常闇が食べる手を止めてこちらを振り向く。

 

 

「……む、どうした? そんな顔でこちらを見て、俺の顔に何か付いているのか?」

 

 

 見られている事に疑問を抱いた常闇に、理由を正直に話すのも良いかもしれない。ただ余計なトラブルに発展しそうな気がして、出かかった言葉を直前で飲み込む。これ以上人が食事する様を意味なく見続けるのも失礼なので、さっさと出発の準備に取り掛かろう。

 

 尋ねてきた常闇にお茶を濁すと、彼は一旦部屋に戻って休憩を取ることに。

 

 それからしばらくして、皆に呼びかけるホークスの声が聞こえてきた。午後の業務の時間だ。

 

 

「はい、皆さん注目。時間も良い感じなんで、そろそろ午後の業務に取り掛かりましょう。各班持ち場について巡回しといてください。俺は先に行っとくんで、決して遅れないように。では解散!」

 

 

 ホークスの呼び掛けと同時に、先程まで携帯を弄りながら雑談に興じていたサイドキック達の表情が変わる。一瞬で仕事モードに切り替わり、急いでエレベーターに乗り込んでいく。

 

 今更だが、ホークスの事務所で働くサイドキックはたくさんいる。それこそ数十人単位で。そして2,3人で班を作り、班ごとに街中を巡回しているのだ。

 

 何故そのようにしているのか。理由は単純、ホークスが速すぎるからだ。事件、事故が起きた時、ホークスが秒で駆け付けて解決するのだが、その余りの速さにサイドキック達は全員付いて来られない。故に、常に遅れてホークスの元に駆け付ける。しかし、律儀に到着を待っていてはホークスが次の現場へすぐに向かう事が出来ず、業務全体に支障を来してしまう。

 

 よって、事後処理を任せたホークスがサイドキック達に伝えるのは「次の次」、「次の次の次」の目的地だ。こうまでしないとホークスの仕事は成り立たない。これでもサイドキックの方が遅れてしまう事は多々あるのだが。

 

 ホークスが先に向かい、事件を解決する。その事後処理を合流したサイドキック達が請け負う。そして別の班が次の現場へ駆け付け、その間に事後処理を済ませた班が次の次の現場へ先回りする。これがホークスヒーロー事務所の基本的な活動スタイルだ。

 

 改めて考えるととんでもない活動スタイルに驚きを隠せないが、これがこの事務所での普通。作業効率と優先度を考慮すると、この形が一番理に適った方法だと思う。

 

 そんな事を考えながらサイドキック達と一緒にエレベーターへ乗り込もうとした所、突然背後から誰かに肩を突かれた。

 

 振り向くと、ホークスがそこにいた。

 

 

「……えっと、急にどうしたのですか? 我々に何か用でも……?」

 

 

 どうやら常闇も同じく肩を突かれたらしい。

 

 いきなりどうしたのだろうかと疑問に思う2人に構わず、ホークスの口が開く。

 

 

「用って程でもないんだけど、このまま皆と一緒に事後処理するだけなのも面白くないかなって思ってさ。せっかくの職場体験だし、色んな事に挑戦してみないとね。だからちょっとしたゲームでもやろうよ」

 

「ゲーム?」

 

「そう。今から俺と競走して、俺より先に現場に着いたら好きな物を1個、君らに何でも奢るってゲーム。本当に何でも。食べ物じゃなくても良い。2回勝てば2個、3回勝てば3個、10回勝てば10個って感じで。まあ強要する気はないんだけどさ、ちょっとした余興があった方が楽しいじゃん?」

 

 

 勝てば勝つほど、より多くの物を強請る事が出来るゲーム。なるほど、実にシンプルな内容だ。しかも何でもだ。これは聞き捨てならない。つい先程、昼食の量に物足りなさを感じていた所なのだから。

 

 隣に視線を向ければ、常闇もやる気に満ち満ちた目をしていた。食べ物に釣られたのか、はたまた純粋に勝ちたいという気持ちからなのかは知らない。だが互いに共通して言えるのは、2人ともこのゲームに乗り気になったという事だ。

 

 

「で、どうする? やってみる?」

 

 

 そのゲーム、喜んで引き受けよう。分かりやすいルールだし、報酬の内容もシンプルで良い。常闇も了承して頷いた。

 

 

「決まりだね。2人とも、俺を見失って迷子にならないように気を付けて。ああそれと、くどい様だけど敵との戦闘行為は駄目だからね。よっぽどの事が無い限りは許可出さないから」

 

 

 その説明は昨日にも聞いたので問題無い。要は接敵しても傍観していろという事だ。仮に目の前で見知らぬ一般市民が敵に殺されそうになっていて、プロヒーローが助けに来なかったとしても、容赦なく見殺しにしろという事だ。

 

 常闇のようなヒーロー科の生徒達には到底看過出来るものではないが、彼にはそれが出来る。微塵の躊躇もなく、一片の後悔もなく、目の前でどんなに惨たらしい死を迎えていたとしても、彼は見殺しにする事が出来る。

 

 何故なら彼はサイヤ人だからだ。この星の人間とは根底から違うのだ。

 

 そんな事情など露ほども知らないホークスが笑顔で言った。

 

 

「よし、それじゃあ早速行こうか。よーいドン!」

 

 

 


 

 

 

 ──1時間後。

 

 

「次、北西5km先の大通り沿いで轢き逃げ事件発生したんで、そこの現場に直行してください。こっちは逃走中の犯人追うんでお願いしまーす!」

 

 

 午後の業務開始から既に5件の事件・事故を解決したホークスが、今しがた到着したサイドキック達に指示を飛ばす。

 

 現時点でホークスとの競走ゲームの戦績は5戦全勝、彼の完全勝利となっている。これで好きな物を5個も奢ってもらえる権利を獲得した。

 

 ホークスに何を奢ってもらおうかとあれこれ考えていると、そのホークスから声が掛かる。

 

 

「ぼーっとしてないで次行くよ。ほら早く」

 

 

 そう告げると翼を広げて颯爽と飛び去って行った。あっという間に飛んでいる姿が小さくなっていくが、何ら問題はない。

 

 彼は舞空術で地面から離れると、次の瞬間にはホークスの数m背後まで超スピードで移動していた。この間0.1秒未満。数百mの距離をほぼ一瞬で移動した事になる。本気とはまだまだ程遠いが、ホークスの後を追うには十分過ぎる速さだ。

 

 その様子を観察していたホークスは、彼に関心を寄せていた。

 

 

(……まただ。また気付いたらすぐ後ろを飛んでいる。俺のスピードに平然とついて来ているし、もう1時間以上飛び続けているのに息一つ乱していない。それどころかまだまだ余裕って感じだな)

 

 

 彼がどのようにしてホークスに勝っているか。その方法は実にシンプルだ。

 

 現場近くまではホークスの後ろをべったりついて行き、現場を目視で確認したら、ホークスの飛行速度を超える速度で現場へ直行する。これの繰り返しである。

 

 単純だが、彼の移動速度を持ってすれば容易に出来る芸当。たとえホークスの方が一歩早く行動に移っていたとしても、彼はその差を一瞬で埋め、逆に追い越してしまうのだ。

 

 これを1時間もされ続けているのだから、当の本人は堪ったものではない。だが、ホークスに悔しいという感情はなく、逆に感心していた。

 

 

「まーったく、最近の子は恐ろしか」

 

 

 そんな2人を遥か遠くから眺める人が1人。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……!」

 

 

 激しく息を切らしながら歩道を全速力で走る常闇だ。

 

 

(あいつはホークスのスピードに追い付いているというのに、俺ときたら……!)

 

 

 ホークスに勝負を持ち掛けられ、少しでも追い付いてみせるという気概を持って挑んだ。そのはずなのに、現実は甘くなかった。

 

 分かっていた事とはいえ、今の実力ではホークスの後を追うなど到底不可能で、だというのにもう1人は涼しげな顔でホークスと行動を共にしている。この現実が、常闇の矜持に大きな衝撃を与えていた。

 

 

「ツクヨミ君、あんま無理せんと」

 

「それ以上続けると身が持たんばい。一旦休憩しいや」

 

 

 不安を感じたサイドキック達の呼び止める声が背後から聞こえてくる。だが、それくらいで止まるほど常闇の精神は柔ではない。

 

 

「お気遣い感謝します。ですが、もう少しだけ頑張らせてください」

 

 

 そう言い残すと、再び全速力で駆け出した。その後ろ姿を眺めながら、感嘆の息を漏らすサイドキック達。

 

 

「ツクヨミ君、気張ってるなぁ!」

 

「伸び代やね。もう少しだけ見守っていようか」

 

 

 情熱に押され、がむしゃらに追い付こうとするヒーローの卵を懐かしい目で見つめる。いつの間にか忘れてしまった挑戦する心に、かつての自分達の姿を思い出していた。

 

 だが、情熱だけではホークス達に追い付けるわけもなく。その日、常闇が2人に追い付く事は終ぞ無かった。

 

 一方、ホークスに余裕で勝ち続けた彼は、最終的に26連続勝利という大挙を成し遂げ、ホークスの財布の中身がすっからかんになるまで博多グルメを堪能したという。

 

 ホークスは青褪めた。

 

 

 


 

 

 

 ──翌日、夕方。

 

 3日の職場体験となり、彼も常闇もこの事務所の活動体系を完全に覚え、その日の業務も無事に終えた現在。

 

 

「はい、それじゃあ時間も良い感じなんで、本日の業務はこれにて終了とします。お疲れ様でしたー」

 

「「「「お疲れ様でした!」」」」

 

 

 業務の終わりに必ず行う全員揃っての挨拶をした後は、自室に戻ってゆっくり休憩するだけとなる。

 

 彼も常闇も、そしてサイドキック達も解散して帰路に就く中、ホークスだけが何やら大量の書類を束ねてバックパックに詰めていた。

 

 一体何をしているのだろうか。昨日たくさん奢ってもらった礼があるので、何か手伝える事があれば手伝おうという、彼にしては珍しい気紛れでホークスに尋ねる。

 

 

「ん? 何をしているのかって? ああ、これから怖ーいおじさんおばさん達とお話する予定があってね。で、この書類はそのために必要な物なんだけど、今から東京まで来いって言うからもう大変! まあ行くんだけど」

 

 

 なるほど、恐らく警察や公安の関係者と何かしらの会議をしに行くのだろう。トップヒーローともなると、それくらいあっても不思議ではない。オールマイトも警察の方々と頻繁にお話すると聞いた事があるくらいだ。

 

 しかし、今から東京まで行くとはまた面倒な事だ。ホークスの飛行速度なら3時間もあれば十分だろうが、それでも面倒な事に変わりはない。テレワークでどうにかならないのか。

 

 

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……ほら、君も何となく分かるでしょ? テレワークだと結構リスキーなの」

 

 

 言われてみれば確かにそう。トップヒーローがわざわざ東京へ出向いてまでするお話だ。内容によっては、今後の日本の未来を左右する可能性だってある。テレワークでは情報漏洩する危険性があるため、避けられるリスクは回避するに限る。

 

 ならば手伝う事は何もない。瞬間移動でホークスを目的地まで送っていく事も考えたが、これから大事なお話をしに行く相手に、部外者が不用意に目的地の詳細を聞くのは不躾にも程がある。

 

 結果、ホークスの事情を考慮して、今日もお疲れ様でしたと一言告げるだけに留まった。

 

 

「うん、お疲れ様。それじゃあゆっくり休んでね。明日も朝早いし。ああ、心配せずとも、朝までには帰ってくるから」

 

 

 そう言うと、ホークスはバックパックを背負って華麗に窓から飛び出して行った。そして翼を目一杯広げ、猛スピードで薄暗い東の空へ消えていく。

 

 背後から来る沈みかけの夕日の光が、ホークスの紅い翼を照らし、輝かせ、何とも幻想的な光景を作り出す。

 

 それが見えなくなるまで見送ると、彼は今度こそ自身の部屋へ戻った。

 

 

 

 

 ──その日の夜。

 

 晩御飯を食べ終え、いよいよもって後は寝るだけとなった時の事だった。彼の部屋に、突然常闇が入って来た。

 

 一体何事なのかと疑問に思う彼に、常闇自身も非常に困惑した顔で口を開く。

 

 

「いや、こんな夜中にすまんが、ちょっと聞きたい事があってだな。……これ、どういう事だと思う?」

 

 

 疑問と共にスマホの画面を見せてきた。画面に写っているのは1年A組のグループチャットだ。

 

 雑多な会話が続いている中、1つだけ目を引くものがあった。緑谷からクラスメイト全員への送信。内容は位置情報のみで、詳しい説明は無し。1分前に送信されたばかりだが、何事なのかと他のクラスメイトから次々と心配の声が上がっている。

 

 

「つい先程、緑谷からこんなものが送られてきた。位置情報だけでそれ以外に分かるものは無し。どういう意味なのか、今考えている所なのだが……」

 

 

 今すぐこの住所へ近くの警察とヒーローを向かわせるように通報しよう。何がどういう事なのかさっぱりだが、とりあえず困ったら警察に通報で良いと思う。これで何も無かったら、早とちりしてすみませんと誠心誠意込めて謝罪すれば良いだけの話だ。

 

 それに、こういう位置情報だけを送りつけてくる時は、助けを呼びたいけど自分では呼びに行けず、周囲の人にSOSのメッセージを送るので精一杯である状況だと決まっている。物語でよくある展開なので、きっとこれもそうに違いない。いや、そうに決まっている。

 

 

「なるほどな。ふむ……」

 

 

 10割ほど適当な考えで言った彼の意見に、常闇はツッコミも入れず、とても真剣な表情で画面と睨めっこしだした。これには彼も、まさか本気にされるとは思っていなかったため、少々焦りを覚える。

 

 そうして黙り込む事十数秒、常闇が顔を上げた。

 

 

「うん、とりあえず警察に通報しようと思う。まだ何の情報も無いが、何かあってからでは遅いからな。お前の言う通り、困ったら警察に頼るべきだろう。ヒーロー志望の俺が言うのもなんだがな」

 

 

 ヒーローでも困ったら警察に頼って良いと思う。そう思ったが、これはわざわざ口にするような事でもないので黙っておく。

 

 しかし通報すると決めたのなら、早く行動に移した方が良いだろう。

 

 

「ああそうだな、早くしなければ。では、俺はこれで失礼する。……話を聞いてくれてありがとう」

 

 

 静かに部屋を出て自室へ戻る常闇を見送った後、彼はふかふかのベッドに転がり込んで眠りに就いた。

 

 

 


 

 

 

 ──更に数時間が経ち、深夜2時半を回った頃。

 

 皆が寝静まった真夜中に、突如彼は目を覚まして起き上がった。

 

 ベッドから立ち上がると、寝間着から日中着用しているジャージに素早く着替える。

 

 そして部屋に元から備わっているベランダへ出ると、冷たい夜の風に当たりながらも身を乗り出し、ビルの屋上から勢いよく飛び降りた。

 

 何故彼が深夜にいきなりこんな事をしているのか。その理由は数十分後に明らかになる。

 

 

「……ん? あいつ、部屋から出てきやがった。それも1人で。恐らくだが、俺の存在に気付いてるな……!」

 

 

 彼がビルから飛び降りる瞬間を目撃している者が1名、ホークスヒーロー事務所から数km離れた所に位置するビルの屋上に居座り、双眼鏡で観ていた。

 

 そして、対象が建物から建物へ移動する後を追うように、その者もまた建物から建物へ飛び移って追跡する。

 

 それが分かっているのか、追われている彼の方も定期的に周囲をチラチラと確認しながらゆっくり移動する。まるでついて来いと言わんばかりに。

 

 

「昼間にホークスを追ってた時ほどのスピードじゃねえ。しかもこっちがちゃんと来てるか確かめてやがる。こりゃあ確定だな」

 

 

 そうして移動し続ける事30分。時刻は深夜3時を回った頃、ようやく彼は歩みを止めた。

 

 辺りを見渡せば、光り輝く都心部から随分離れた所に位置する、ただひたすらに木々が生い茂る山奥。人も建物も無く、あるのは山々をすり抜けるように走る1本の細い道路のみ。

 

 いくら大声で叫んでも、いくら個性を使って暴れようとも、ヒーローも警察も来ないどころか、そもそも何が起きたのかすら気付かれない、そんな場所だ。

 

 そこで移動を止めた彼は、後を追って来ている者の到着を待った。

 

 数十秒経ってやって来た。

 

 

「はっはぁぁぁぁー!! ようやくその気になったみてぇだな! おいクソガキ、俺と遊ぼうぜ!!」

 

 

 声と同時に頭上から飛び込んでくる気配を感じ取った彼は、後ろに飛んで奇襲を回避した。

 

 後ろに飛び退いた直後、細い道路がぐしゃぐしゃにひび割れて深くめり込む威力の拳が降って来た。並の人間が真面に食らえば間違いなく即死するほどの殴打である。

 

 そんな攻撃をいきなり仕掛けてきた男から距離を取った彼は、佇まいを直して尋ねた。誰だお前は? と。

 

 

「へええ、今のを軽々避けんのか。大抵の奴はあれで避け切れずに死ぬか、避けるので精一杯なんだがな。まあ、ホークスに付いて行けるだけの事はあるか……ん? 俺が誰かって?」

 

 

 大抵の奴は死ぬ。これだけで、目の前の男が人の命を奪った事のある敵であると分かる。しかもこの気の大きさ、敵の中でもかなり強い部類だ。

 

 確実に今のヒーロー科の生徒達よりも実力は上。全員で束になってようやく互角といった所だろうか。

 

 そんな事を考えていると、男が饒舌に語り始める。

 

 

「俺ぁただ個性使って好きに暴れたいだけの奴だよ。世間じゃ俺の事を『マスキュラ―』だとか『血狂い』だとか呼んじゃいるが、まあ呼び名はこの際どうでも良いんだ。それよりも……」

 

 

 なるほど、道理でどこか見覚えがあると思えば『マスキュラ―』、聞いた事のある敵名だった。一時期ニュースでも話題になっていたから記憶に残っている。左目に嵌め込んでいる義眼も特徴的だ。

 

 全国各地を飛び回り、多くの市民とヒーローを快楽のままに嬲り殺す、非常に残虐性の高い敵。確か2年程前にも有名なヒーロー2人が殺害されたとか何とか。

 

 ここで疑問なのは、どうしてそんな敵がピンポイントで自身を狙って来たのかという事。体育祭での彼の活躍を一目見て、自分自身の戦闘欲求が刺激されたのか。はたまた誰かに依頼もしくは命令されてここへ来たのか。

 

 いずれにせよ、ホークスが不在の時に満を持して襲って来たという事は、今までずっと監視されていたという事を意味する。

 

 夜中に強烈な敵意を感じ取って思わず目を覚ましたから、念の為だとこんな山奥まで移動した。だが、もしあのまま事務所に籠っていたら、ホークスがいないため躊躇なく事務所に乗り込んでいただろう。この男の性格ならそうする可能性が高い。

 

 と、短い時間の間に色々考えを巡らせている内に、マスキュラ―がいよいよ戦闘態勢に入った。

 

 

「今はただ、俺と遊ぼうぜぇぇぇぇー!!」

 

 

 体全体を覆う様に全身のあらゆる部位から大量の筋繊維が飛び出し、それらが重なり合って体がどんどん肥大化していく。

 

 確か『筋肉増強』という非常にシンプルかつ強力な個性だと聞いた。目の前にあるこの姿を見れば、並のヒーローでは太刀打ち出来ない理由が良く分かる。

 

 

「オラァァァァァァー!!」

 

 

 掛け声と共に駆け出したかと思えば、一瞬で距離を詰めてきた。筋肉が肥大化した事で、スピードも踏み込むパワーも上がっているためだろう。

 

 そして限界まで右腕を引き絞ると、腹を貫かんとする勢いでボディブローを繰り出した。

 

 彼はこの攻撃を避ける事なくモロに食らい、そのまま猛スピードで吹き飛ばされる。

 

 

「まだまだぁ!!」

 

 

 だがマスキュラ―の攻撃はこれで終わらない。再び地面を強く踏み込み、吹き飛ばされている彼よりも遥かに上回るスピードで後ろに回り込む。

 

 くの字になって迫ってくる彼の背中に、今度は強烈なタックルを食らわせ、更に脇腹を抉るような回し蹴りもお見舞いした。

 

 抵抗もせず、されるがままの状態となっている彼の体は、蹴られた勢いそのままに多くの木々を薙ぎ倒し続け、その先にあった大岩にぶつかった。

 

 その衝撃で土煙が舞い上がり、辺りの視界が悪くなる。そして物音一つしない。

 

 その様子に、マスキュラ―は実に残念そうな顔で言った。

 

 

「なんだぁ? 体育祭で見た感じ、あのくらいじゃ死なねえと思ってたんだが、ひょっとしてもう終わりか? ……ったく、全然大した事ねえじゃねえかよ。弱すぎる」

 

 

 思っていた以上にあっさりと終わった空気に、マスキュラ―の気分は一気に落ち込んでいく。テレビ中継で体育祭の様子を見ていたからこそ、期待とのギャップにショックを受けていた。

 

 

「所詮は雑魚どもによる過大評価。結局ガキはガキというわけか。スピードはあったからそれなりに楽しめると思ってたんだがなぁ……ん?」

 

 

 だがマスキュラ―は知らない。この程度の攻撃で彼が倒れる事など、それどころか負傷すらあり得ないという事を。

 

 その証拠に、土煙が晴れた向こう側には、大岩の前で何事も無かったかのように佇む彼の姿があった。

 

 これにはマスキュラ―も喜びを隠せない。

 

 

「おっ! なんだなんだ、結構大丈夫そうじゃねーか! 今のであっさり終わらなくて良かったぜ! さあ、早く続きを始めようか! お楽しみはこれからだ!」

 

 

 マスキュラ―の言う通り、この戦いがほんの少しだけ楽しくなってきた。やはり体育祭の時のような試合(リハーサル)とは全然違う。

 

 職場体験中に突如起こった思わぬ戦いに、彼も思わず不敵な笑みを浮かべるのであった──。

 

 

 




マスキュラ―を出そうかどうか迷いましたが、何かパンチが欲しいなと思い登場させました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 1日の始まりは意外にもあっさりと

突如始まったオリ主vsマスキュラー。深夜の山奥で派手に繰り広げられる戦いは、誰にも見られる事なく進んでいた。
勝負の行方や如何に……。


 マスキュラーが彼に勝負を仕掛ける2日前の事。

 

 人里から随分離れたとある山中に位置するログハウス内で、2人の男性が話していた。

 

 1人は左目に義眼を嵌め込んだ大柄で筋肉質な男、マスキュラー。何を隠そう、ここはマスキュラーが活動拠点として住んでいる家である。ちなみに、そこに元々住んでいた家族は既に全員始末され、遺体は山奥に投棄されている。両親も、幼い子供達も関係無く。

 

 理不尽に殺された家族は非常に可哀想な事この上ないが、残念ながらその者達の死は、今この場においては全く関係のない話である。

 

 

「……で、この写真のガキを襲えと? わざわざ俺に頼み込んで来たわけか」

 

「ええ、そうです。これはあなたへの正式な依頼。依頼を受ける様な方でない事は重々承知していますが、どうかお願いします。その分報酬は弾みますので」

 

「……まあ、俺は好きに暴れられるなら何でも良いんだけどよ。なんで俺なんだ? ちょっかい掛けたきゃお前らで勝手にやれば良かっただろ。雄英襲ったお前ら()()()がよ。()()だっけか? なあ?」

 

 

 もう1人の男は黒霧だった。先日、雄英高校に侵入し、USJにて居合わせたヒーロー科1年A組と教師達を襲撃。その過程で少なくない被害をもたらした敵の1人である。

 

 今回その男が、現在の主である死柄木弔とは行動を別にしてマスキュラーと対談していた。その内容は、先日雄英体育祭で大活躍したサポート科の彼を襲撃するという非常にシンプルなものだ。

 

 マスキュラーからの至極当然な質問に、黒霧はスッと目を細めて言った。

 

 

「我々もそうしたいのは山々ですが……如何せんこちらも色々と忙しく、この子の方にまで時間を割く余裕も人員も不足しているんです。かく言う私も、この後別件で保須に行く予定があります。だからこそ、こうしてあなたに依頼という形でお願いしています。今年の雄英体育祭はご覧になりましたか? サポート科の彼について、我々はより詳しい情報が欲しい」

 

「詳しい情報……戦闘データか。それで俺に?」

 

「ええ、敵として全国的に有名なあなたなら適任だろうと。半端な敵では話になりませんので」

 

 

 まだ疑問に思う点はある。だがマスキュラーは難しく考えるのを止めた。要は写真に載っている奴と好きなように戦えば良いのだ。弱い者イジメも強者との戦闘も大好きなマスキュラーにとってはまさにぴったりな依頼。しかも報酬まで貰えるおまけ付き。これを受けない道理はない。

 

 

「良いぜ、受けてやるよその依頼。面白そうだしな。んで、どこに居るんだそのガキは? 場所を早く教えろよ」

 

「今は職場体験でホークスの事務所にいます。ここから福岡市までは距離があるので、そこまでは私が送迎しましょう。襲撃のタイミングはそちらの自由で構いませんが、出来る事なら職場体験期間中の決行が望ましい。戦闘データの収集手段はこちらで用意しているので、あなたはただ戦うだけで構いません。では改めて、お願いしますよ──」

 

 

 

 ──という事が2日前にあり、そして今に至る。

 

 

「なるほどなぁ……奴らが情報を欲しがるわけだ。こいつ本当に高1のガキか? 半端な攻撃じゃあ全然効かねえようだな」

 

 

 殴り飛ばした相手が何事も無かったかのように平然としている様を見て、マスキュラーが感嘆の声を上げる。

 

 並のプロヒーローなら最初の攻撃だけで軽く2,3回は死んでいるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。その事実がマスキュラーを驚かせ、そして堪らなく興奮させた。自身の打撃を受けても倒れない相手に。死ぬ気配が全く見えない相手に。

 

 だからこそ、マスキュラーは決心した。

 

 

「止めだ止め! 小手調べだとか様子見だとか、そんなちゃちな事するのはもう止める! だってお前強いもん! 今のでよーく分かった。遊ぼうって言葉は撤回するよ! だからここから先は……本気の義眼()だ」

 

 

 先程まで嵌めていた義眼を取り外し、代わりに真っ黒なデザインをした義眼を装着する。

 

 そして最初とは比較にならない量と分厚さの筋繊維を生成し、それを幾層も全身に行き渡らせる。

 

 明らかに様相が変化したマスキュラーを前にして、彼は依然その場に突っ立っているまま。一切動揺する事なく、冷静に変化していく様子を観察していた。

 

 

「さあてと、準備万端だ! こっから先は本気で行かせてもらうぜ……簡単に死ぬなよっと!」

 

 

 強烈な殺意を感じ取ったので咄嗟に横へ避けた。

 

 瞬間、先程まで立っていた場所の地面が周辺の木々ごと隆起し、抉られ、跡形もなく吹き飛んでいく。見た目に限らず、パワーもスピードも最初とは比較にならない。気の大きさも数倍に膨れ上がっている。

 

 どう考えても学生が相手して良い敵ではないだろと内心思いながらも、彼は冷静にマスキュラ―の動きに対処する。

 

 だが、マスキュラーも横に飛んで逃げた彼の動きに即座に反応し、地面を蹴って進行方向を90度変えて突進。スピードを一切緩めず彼の目の前まで肉薄した。

 

 

「おら行くぜぇぇぇぇー!!」

 

 

 次の瞬間、マスキュラーの容赦ない右拳が彼の鳩尾を捉えた。その打拳は肉を抉り腹を貫かんとする勢いで、数多の木々を粉砕しながら後方へ押し出していく。

 

 しかしマスキュラーの攻撃はそれだけに留まらない。

 

 

「たああぁぁぁぁー!!」

 

 

 今度は左脚を大きく振り上げ、彼の体を遥か上空へ蹴飛ばした。

 

 蹴られた彼は勢いのままに宙を舞って上空へ、そのまま数百mほど離れた地点まで飛ばされる。その間、暗い森の中をほんのり明るく照らす綺麗な上弦の月が目に映る。今夜が満月の夜でない事は、彼を含め全地球人にとって幸運と言えよう。

 

 そんな彼の事情など露知らず、マスキュラーが地面を蹴って高く飛び上がり、今度こそ止めを刺そうと再び彼の前に現れる。

 

 そして右腕を大きく振りかぶり、拳を固く握り締め、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「血ぃ見せろやぁぁぁぁー!!」

 

 

 その大声と同時に極太の右腕を振り下ろし、彼の顔面を思い切り殴り付けた。

 

 殴られた彼は猛スピードで落下し、地面に激突する。その瞬間、周辺の木々は薙ぎ倒され、地面は深く抉れてクレーターが出来上がり、辺り一帯にもうもうと土煙が立ち込める。

 

 それを見たマスキュラーがクレーターのすぐ近くに降り立ち、邪悪な笑みを浮かべたまま穴の底を見下ろす。

 

 

「へへっ、どうだ! 15000層の筋繊維装甲の威力はよぉ! いつもより3000層も追加で盛り込んだんだぜ? お前のためにここまでやったんだ! なあ、おい!」

 

 

 自慢げに語るマスキュラー。だが、彼からの返答はなかった。数秒、数十秒経てど、物音一つしてこない。

 

 

「……?」

 

 

 やがてそれを不思議に思ったマスキュラーが笑うのを止め、徐々に土煙が晴れていく中、そっとクレーターの底を注視した。

 

 そして気付いた。

 

 

「なっ!? い、いねえだと!? いや、そんなはずはない! どこだ? どこに身を隠してやがる!?」

 

 

 そう、彼の姿がどこにも見当たらない事に。

 

 確かに顔面を殴り、地面に叩き付けた。クレーターから這い出てくる様子も見られなかった。にも拘わらず、土に埋もれているはずの彼の姿が見当たらない。

 

 ここで初めてマスキュラーが動揺を見せた。予想とは違う結果に面食らってしまったのだ。

 

 その時だった。突然、何者かが肩をポンポンと軽く叩いた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 突然の出来事に驚きを隠せなかった。

 

 マスキュラーは咄嗟に振り返った。そして目を見開いた。なんと土に埋もれているはずの彼が、気付かれる事なくマスキュラーの背後に立っていたのだ。

 

 驚きのあまり言葉を失っているマスキュラーに、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。まるで「はい、残念でした」とでも言って嘲笑うかの様に。

 

 そして……。

 

 

「こんの────ぐほぉあ!?」

 

 

 マスキュラーが動き出すよりも先に、肩に置いた手を握り締め、強烈な打拳をマスキュラーの頬に繰り出した。

 

 彼にとっては軽く殴った程度だが、マスキュラーからしてみれば、今まで体感した事がないくらい重く鋭い一撃。一瞬意識が飛びかけた。

 

 しかし、彼の殴打の威力はそれだけに留まらず、殴られた衝撃で今度はマスキュラーが猛スピードで吹っ飛ばされる。

 

 

「ガッ! ゴホッ! ウグッ……!」

 

 

 木々を何本も突き破り、弾丸の様に真っ直ぐ飛び続け、背中の筋繊維装甲をガリガリ削りながら地面の上を滑っていく。

 

 最終的に数百mもの距離を移動した所でようやく勢いは消え、地面の上に仰向けの状態で転がるマスキュラー。たった1発、彼の攻撃を受けただけで、背中の装甲は大部分が剥がれ落ち、息も絶え絶え、頭から血を流していた。

 

 血を見せろと言った方があっさり返り討ちに遭い、逆に血を流している。何とも言えない状況である。そんな状態のマスキュラーの側に立った彼は、笑みを浮かべたまま言った。

 

 どうした? 1発殴られてはい終わりなんて、そんな中途半端な結果で終わると思うか? ほら、早く立てよ。

 

 倒れ伏した相手を見下ろし、冷淡に、残酷に、嘲笑う様にそう告げた彼の言葉に、マスキュラーの表情が険しくなり、目付きが鋭くなる。

 

 

「こ、このガキ……! ふざけやがって、調子に乗んなよ……!」

 

 

 残念ながら、ふざけているのも調子に乗っているのもそちらの方だ。相手との実力差も推し測れず、命知らずにも殺し合いを仕掛け、想定外の事態への対処がぐだぐだ。全然なっていない。

 

 だが、こうも実力差がはっきりしているとはいえ、戦いはまだ続いている。ならば一通り勝敗が決するまで戦いを継続するのが筋というもの。降参すれば即終了の体育祭とは全く違うのだ。そこの所は覚悟してもらおう。

 

 彼はそう言って、マスキュラーの胸ぐらを掴んで持ち上げる。

 

 

「ぐっ……クソッ!」

 

 

 相変わらず鋭い目付きでこちらを睨んでいるが気にしない。彼はマスキュラーを高く放り投げると、そのまま人差し指を立てた。

 

 数秒して、その人差し指の先端に青白い光の粒が集まり出し、やがてビー玉程度の小さな球体が形成される。これで準備は完了した。

 

 そうこうしている内に、放り投げたマスキュラーが重力に従って落下する。落下地点はちょうど今いる場所の目と鼻の先、コントロールはばっちりだ。

 

 

「お、おい、何だよその光は!? 体育祭でそんなの見てねえぞ!? そいつは一体……!?」

 

 

 何やら叫んでいるが無視。非常に心苦しいが、殺し合いを仕掛けてきた時点でこうなる事は決定済み。これも結果だと受け入れてもらうしかない。

 

 だが安心してほしい。そちらは殺す気で急襲してきたが、正直な話、こちらは相手の命を取る事にそこまで躍起になっていない。だから、運が良ければ生きているかもしれない。

 

 指先に集まった光の球体がビー玉程度の大きさから更に集束して小さくなる。それと同時に青白い光が更に濃く、眩い光となって辺りを照らす。

 

 そしてマスキュラーが地面に激突する直前で、限界まで圧縮したエネルギーの塊を一気に解き放った。

 

 

「ちょ、ちょっとま────ぐがああああああああああッッ!!」

 

 

 瞬間、大地を揺るがす大爆発が巻き起こり、辺り一帯を昼間以上に明るく照らし、天高く粉塵を巻き上げて、爆風と衝撃波が森林全体に広まっていく。

 

 爆発の範囲自体は狭めたが、その分威力は相対的に上がっており、これをモロに受けた者がどうなるかは想像に難くない。

 

 当然の如く、爆発の影響でマスキュラーは遥か彼方に吹っ飛ばされ、どこかの遠くの山奥に落下していく様子が見られた。肉体が消滅していないだけ流石と言えよう。

 

 今からその落下地点へ向かうが、果たして生きているのだろうか。非常に結果が気になる。急いで行かなければ。

 

 どうなっているのだろうという好奇心を胸に落下地点まで飛び、そして……見つけた。

 

 

「ァ……カハッ……」

 

 

 体中のあちこちに火傷の痕を負い、分厚い筋繊維装甲が全て焼失している状態で倒れ伏し、白目を剝いて気を失っているマスキュラーを発見した。

 

 かなりの重傷だが、あれ程の大爆発を目の当たりにしておきながら、肉体を保ちつつちゃんと息がある時点で十分だと言える。15000層の筋繊維装甲のおかげだろうか。何気に四肢欠損していないのもポイントが高い。

 

 とりあえず、これで勝敗は決した。マスキュラーが気絶し、これ以上の戦闘続行が不可能となった時点で、彼の勝利が決定したのだ。

 

 そうと決まればさっさと事務所に帰還しよう。もうこれ以上この場に留まる理由がない。宿泊している部屋にシャワーがあるので、体に付いた汚れを洗い落とし、フカフカのベッドに転がろう。

 

 その前にマスキュラーをどうするかだが、このまま放置で良いだろうという結論に至った。別に命を奪うほどの相手でもなく、事務所まで連行して今夜あった事を馬鹿正直に皆に伝えたら面倒な事になるからだ。

 

 むしろ今回の敗北を機に研鑽を重ね、更に強くなってまた勝負を仕掛けに来てほしいとすら思っている。ならば尚更命を奪うわけにも、連行するわけにもいかない。

 

 今ここで捕らえなければ、今後更に大勢の被害者が出る事は想像に難くないが、生憎彼はヒーローでも警察でもない。まだ見ぬ被害者の身を案じる優しさまで持ち併せていないのだ。全てはただ、今後の自分への楽しみのために──。

 

 

 

 

 ──数分後、気絶したマスキュラーを放置して、彼は真夜中の大空へ飛び上がった。

 

 戦闘開始から5分と経っていない。非常に短い間だったが、職場体験中の良いアクセントになったと思う。

 

 あと1時間半程度で夜明けだが、彼の移動速度を持ってすれば、誰にも視認される事なく事務所まで戻れる。抜かりはない。

 

 そんな事を思いながら、沈みかけた上弦の月が照らす夜の空を、ひたすら真っ直ぐ飛んで行くのであった。

 

 

 


 

 

 

 彼がマスキュラーとの戦闘に勝利し、事務所へ帰って行った直後の事。

 

 日本国内、某所。薄暗い部屋の中で、壁一面を覆う大きさのモニターを前に2人の男性が語り合っていた。例の白衣を着た老人と、口以外の顔のパーツが無いスーツ姿の男だ。

 

 2人が座って眺めているモニターには、彼とマスキュラーの戦闘の様子が映し出されている。

 

 

「予想はしていたが、あれ程の実力差があるとは思わなんだ。並のプロヒーローなら何度死んでもおかしくないはずだが、まさかの無傷! 久しぶりに年甲斐もなく驚いたわ」

 

「そうだね。僕も観ていて思わず叫びたくなったよ。スポーツ観戦に熱中していた子供の頃の興奮を思い出す。今回の彼らの戦いはそれだけ素晴らしいものだった」

 

 

 先程の戦いを観戦していた2人は興奮冷めやらぬといった様子で、その表情はとても晴れやかで嬉々としていた。それだけ2人にとって、彼とマスキュラーの戦闘は凄かったのだろう。

 

 

「しかも戦いの最後で見せたあの光。映像越しでも分かるくらいに途轍もない密度と質量を持ったエネルギーの塊だ。あれも気になる。というか、今回の一番の目玉だね。火力はエンデヴァー並み……いや、本気じゃなさそうだったし、その気になれば軽く超えられるだろうね」

 

「凄まじい爆発じゃったしの。あれ程のエネルギーが体のどこに内包されているのやら。今すぐにでも捕まえて研究したいわい。どうにかならんか先生?」

 

「ははは、それはちょっと無理かなドクター。流石の僕も、オールマイト以上の力を持つ子を相手にするのは勘弁願いたい。今は映像だけで我慢してくれ」

 

「ううむ、先生がそこまで言うとは……最近の子は恐ろしいな」

 

 

 顔無しの男に笑顔でやんわりと断られ、心底残念そうな表情になる老人。しかしすぐに気持ちを切り替え、再びモニターに目を向ける。

 

 

「とにかく、このまま観察を続けよう。幸い、僕とドクターで作った超小型ドローンの存在はまだバレていない。今はひたすら情報収集に徹するとしよう」

 

「コバエ程度の大きさだから、よーく目を凝らさんと視認するのも難しい代物じゃ。仮にバレたとしても、自壊機能が備わっておる。抜かりはない」

 

「そうだね、抜かりはない。けど警戒は怠らないように。いつこちらが足を掬われるか分からないからね。……ああいけない、今回頑張ったマスキュラーには後日報酬を渡さないと。本当に良く頑張ったから、少し色を付けておこう。今、黒霧に頼むか」

 

「黒霧も大変じゃな。つい先程まで保須市で死柄木の面倒をずっと見ていたというのに」

 

「それは言わない約束だよ、ドクター」

 

 

 そう言って、顔無しの男はテーブルに置いてあるパソコンを開くと、ビデオ通話をONにした。

 

 

「黒霧、お疲れのところ悪いけど、今から急用を頼めるかな?」

 

 

 


 

 

 

 戦闘終了から5時間以上経ち、午前8時半。

 

 朝礼の時刻が差し迫り、事務所で働くヒーロー達がいつもの様に広間に集まり始めた。常闇も皆と同じ様にコスチュームを着用し、部屋から出て広間に向かう。

 

 そんな中で同級生の彼だけが、瞼を擦りながら眠たそうな顔で部屋から出てきた。明らかに夜更かししたと分かる様子だ。

 

 それを見て不思議に思った常闇が尋ねた。

 

 

「おはよう、と言いいたい所だが、一体どうした? 凄く眠たそうだが……」

 

 

 気にしなくて大丈夫、昨夜は中々寝付けなかっただけだから。常闇の疑問に、彼はそう言ってお茶を濁す。

 

 少々いい加減な返答だったが、常闇は特に何も聞き返さず「そうか、まあそういう日もあるよな」とだけ返した。

 

 そうこうしている内に、ホークスが広間の中心にやって来た。

 

 

「はい皆さん、おはようございます。今日も1日、張り切って仕事しましょう」

 

「「「「はい!」」」」

 

「では早速準備に取り掛かってください。30分後に街のパトロール開始ですので、遅れないように」

 

 

 朝礼が終わってサイドキック達が一斉に散らばる中、ホークスが彼と常闇に向かって来た。

 

 ホークスは昨日の夕方から東京まで飛んで行って怖い人達とお話をし、それから朝方に九州まで飛んで帰って来た。つまり大して寝ていないはずなのに、眠そうな様子を一切見せていない。流石プロというべきか。

 

 そんな事を考えていると、眠そうな彼にホークスが詰め寄った。

 

 

「おはよう2人とも! 今日で4日目だけど、ここの業務にはもう慣れた? それにしても君、今日なんか随分眠そうだけどどうしたの? 大丈夫?」

 

 

 常闇と同じ事を聞かれたのでまた同じ様に返答した。

 

 マスキュラーとの戦闘が終わり、急いで部屋に帰ってシャワーを浴びたのだが、そのせいで完全に目が覚めてしまいしばらく寝れなかった。

 

 再び目を閉じたのは朝の5時になってからだったので、ほぼ仮眠と一緒なのだ。だから眠たく、そして寝付けなかったのもあながち嘘ではない。

 

 彼の返答に、常闇がすかさずフォローを入れる。

 

 

「何かの拍子で中々寝付けない日はあると思いますよ。環境が変わって、その影響が今日になって表れたのかもしれませんし」

 

「ふーん、何かの拍子でねぇ……。まあ確かに常闇君の言う通り、寝床が変わった影響で一時的な体調不良に陥ったのかもね。で、大丈夫? 今日行ける? ……あ、大丈夫そう? 分かった。でも、しんどくなったらすぐに言ってよ?」

 

 

 常闇のフォローを受け、ホークスが一瞬鋭い視線をこちらに向けてきたが、それもすぐに解けていつもの飄々とした様子に戻る。

 

 まさかとは思うが、昨夜の戦いがバレているのだろうか。そうではないと信じたいが、先程の視線が気になってしょうがない。あれは完全に信用しきっていない目だった。

 

 とはいえ、いつまでもそれを気にしているといずれ態度に出てしまう恐れがあるので、すぐに気持ちを切り替えてこれからの業務の準備に取り掛かった。

 

 

 ──それから30分後、9時になったのでパトロールをしに街を出た。昨夜は山奥であんな戦いがあったが、今日も今日とていつも通りの業務である。

 

 ホークスの後を飛んで追い、現場近くでスピードを上げて一気に追い越す。そしてサイドキック達が来るのを待って、すぐに次の現場へ直行する。その後ろを、常闇が全力で走って必死に追いかける。

 

 そんな感じで昨日と何も変わらない時間を過ごしていた。だが、今日は少しだけ違った。

 

 

『──救援要請! こちら西区の××番地、中央公園前の○○銀行で強盗事件発生! 犯人は男女合わせて6人で、現在2台の車両に乗って逃走中! 全員拳銃及び刃物を所持しており、内4名がサブマシンガンを所持! 人質はいない模様! 繰り返す──』

 

 

 事務所から支給されたインカム越しに、前触れもなくそんな情報が流れてきた。

 

 アナウンスを聞いたホークスはすぐさま皆に指示を出し、方向転換して現場へ直行する。

 

 

「まったく、刃物と拳銃だけならまだしも、マシンガンとかどこで手に入れたのやら。アメリカじゃなくて、ここ日本なんだけどな。後でどうやって入手したか聞いておかないと……」

 

 

 と、ブツブツ言いながらも周囲を見渡しつつ猛スピードで飛ぶホークスは流石と言える。一分の隙も無駄もない。

 

 それから1分後、被害にあった銀行から数km離れた通りに目的の車両が見つかった。

 

 2台とも普通自動車、前方の車両を次々と追い越しながら逃走を続けている。その後ろから数台の警察車両がサイレンを鳴らしながら追跡しているが、数多くの自動車が犯人グループに無理やり追い越された影響で混乱し、渋滞を起こしている。そのせいで警察車両も追跡するのが難しい状況。

 

 そんな時だった。

 

 

「犯人グループは見つけたけど……うーん、そうだな……ねえ、敵の確保手伝ってとか言ったら、やってくれたりする?」

 

 

 状況を把握したホークスが突然そんな事を言い出した。

 

 彼は一瞬驚いたがすぐに気を取り直し、やっても良いけど戦闘行為は避けられないのでは? と返す。職場体験初日に言われた『戦闘行為を除く個性の使用許可』の縛りがあるためだ。

 

 だが、ホークスは問題無いという表情で首を横に振る。

 

 

「それなら心配ない。限定的に個性を用いての戦闘を許可するから。でもやるかどうかは君次第。確かに危険な任務だし、本当は学生にやらせるべき事じゃないんだけどさ、なんか君なら問題無さそうに思えたんだよね。だから1回だけでも見てみたいなって思ってね」

 

 

 なるほど、そういう理由か。要するに、気になるから戦う所を見せてほしいという事だ。分かりやすくてシンプルな理由である。

 

 まあ、理由はどうあれちょうど良い。業務内容が同じ事の繰り返しで少し飽きてきた所なのだ。少しでも良いから刺激が欲しい。

 

 だから彼は承諾した、犯人グループの確保に。

 

 

「よし、そうとなれば決まりだね。じゃあ行くよ! 俺は右に逃げた車両追うから、そっちは左の車両をお願い!」

 

 

 ホークスの指示に従い、彼は2台ある内の左方向に逃げた車両に向かって急降下する。そして時速100km以上は出ているであろう自動車の数十m手前で道路上に降り立った。

 

 当然、逃走していた犯人達にとっては一溜まりもない。なにせ全速力で逃げていたら、いきなり空から人が目の前に降って来たのだ。だから彼の姿を認識した瞬間、急ブレーキをかけてハンドルを切った。轢いてしまったら余計面倒な事になるが故に。

 

 しかし車は急に止まれない。急ブレーキも虚しく、自動車は猛スピードのまま彼と激突。周りで見ていた通行人が悲鳴を上げ、辺りが騒然となる。

 

 だが、その直後もっと騒がしくなる。

 

 

「きゃああああああああ!」

 

「大変だ! 今誰かが車に轢かれたぞ……ってええっ!?」

 

「ちょ、ちょっと待って! 嘘でしょ!?」

 

 

 なんと車と衝突した彼は、何事も無かったかのようにその場に突っ立っていたのだ。それも無傷で。

 

 逆にぶつかった自動車の方がぐしゃぐしゃに潰れており、見るも無残な有り様になっている。とはいえエアバッグのおかげか、中に乗っていた犯人達は無事なようで、普通にドアを開けて出てきた。もちろん銃を所持して。

 

 

「ク、クソが……! なんだてめぇ、いきなり俺らの前に現れてよぉ! しかもなんで車の方が酷い目に遭って、轢かれたお前はピンピンしてんだよ!? おかしいだろどう考えても! 普通逆だろ!」

 

 

 確かにおかしいのだが、そんな事を言ってないで大人しく自首したらどうだろうか。この一瞬で、ホークスを始めとした大勢のヒーローがここへ集まって来ているのだ。下手に抵抗したら痛い目に遭う可能性が高くなる。

 

 だがそんな形だけの説得も虚しく、犯人達はハッと鼻で笑い、馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

 

「ハッ、馬鹿言ってんじゃねえぞガキ。ここまでやっといて、今更引き下がれるかって話なんだよ」

 

「そういう事だ。というかお前、どっかで見た顔だと思ったら、こないだの雄英体育祭で2位になったサポート科じゃん。確か数日前、ホークスの事務所で職場体験してるってSNSで話題になってたな。なるほど、道理でここに」

 

「でも残念、いくら体育祭で良い成績取ったからと言っても所詮はガキ。車にぶつかっても平気なのは驚いたけど、それだけじゃ私らには勝てないよ」

 

 

 そう言って3人が取り出したのは銃。1人が拳銃で、2人が例のサブマシンガン。恐らくホークスが追って行った方の車両に、もう2人のマシンガン持ちがいると思われる。

 

 そして現在こちらに向かっている常闇達の気を探ってみた所、ここからまだ2kmも距離がある事を確認。すぐにサイドキック達は来られない。

 

 つまり、たった1人で武装したこの3人の相手をしなければならないという事になる。先程ホークス自身も言っていたが、どう考えても職場体験中の学生に任せて良い仕事ではない。戦う姿を見てみたい気持ちも理解できるから何も言わないが。

 

 

「つーかよ、あんた学生だろ? ヒーロー免許どころか仮免許もまだだよな? 良いのかよ、免許ないのに個性使って。そうやって下らん正義のヒーローごっこやってるけどさ、それ立派な法律違反だぞ? ヴィジランテだぞ? 分かってんのか?」

 

 

 色々考えていると犯人達にいきなり煽られたが、その手の煽りは効かないし問題無い。既にホークスから個性の使用許可は貰っている。というか、ホークスが自ら許可したのだ。だから何も問題は無い。

 

 

「あっそう、あのホークスがそんな事をねぇ……じゃあそんな許可を出した事を後悔させてやるよ。ガキのお前を痛めつけて殺せば、あのクソ生意気なヒーローも多少は曇るだろ」

 

「ははっ、違いねえ」

 

「ちゃっちゃと殺って、警察とヒーローに囲まれる前に逃げるとしますか」

 

 

 目の前で随分と余裕綽々な態度を取っているが、セリフの内容がフラグを建てる時によく聞く言葉だらけで反応に困る。

 

 もしかしてわざとなのか。3人共わざと言っているのだろうか? これでわざとではなかったら拍手を送りたい気分だ。

 

 そんな複雑な気分になりながらも、マスキュラー戦に次いで公の場での戦いが突如始まったのであった──。

 

 

 




はい、恐らく次回で職場体験編は終わりです。マスキュラー戦と尺稼ぎで急遽入れた強盗達との戦いで話的には充分良いパンチになったんじゃないかと思い、残りの期間の話を超あっさりな内容にしようと考えています。
なので職場体験編は割と短めです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 次のステップへ

今回で職場体験編は終わり、次回から新たな話へ移ります。


 ホークスに敵退治の援護を頼まれ、拳銃やマシンガンを携帯した強盗達との戦いが街中の大通りで突如始まった。

 

 

「……ん? なんだこの人だかり? 何かのイベントか?」

 

「違う違う、敵だって。全員銃持ってるから騒ぎになってんの」

 

「えっ、マジかよ。今どうなってんの?」

 

 

 周辺を見回すと、先程までのやり取りを聞いていた大勢の通行人が歩道に立ち並んでおり、こちらの様子を固唾を飲んで見守っている。

 

 

「おい見ろよ、あそこにいるのって雄英体育祭で準優勝した例の……!」

 

「あ、本当だ、サポート科の子じゃん! 生で見るのは初めてかも! 写メ撮ろっと」

 

「ねえ、向こうの敵さ、全員銃持ってるじゃん。危なくない? 怖いし早く逃げた方が……」

 

「大丈夫でしょ! あの子の活躍を近くで見れるし、それにすぐヒーローが来てくれるから」

 

 

 中にはスマホやカメラを持ち、一部始終を映像や写真に収めようする者もいて、ちょっとどころか結構な人だかりが出来ていた。要するに危機管理能力の低い野次馬である。

 

 危ないし邪魔なので今すぐどっかに行けと言いたい。しかし、それによって彼1人にだけ意識が集中しているこの状況が崩れてしまう恐れがある。もし人質を取られでもしたら、彼は困らなくても皆がパニックになって更に面倒な事になる。

 

 色々考えた末、犯人達の意識が野次馬に向いていない内に事態を収束させる方が良いという結論に至り、敢えて避難勧告を出さずに前を向いた。

 

 それに、これから相手をする3人の気の大きさを読んでみた所、マスキュラーとは比較するのも馬鹿馬鹿しいほど小さかった。いくらマシンガンを所持しているとはいえ、この程度ならマスキュラーの方が何十倍も強い。

 

 彼は犯人達に向かってゆっくりと歩を進めた。

 

 

「……なんだてめぇ、まさか丸腰で来る気か? 随分と舐められたもんだな」

 

「体育祭で2位取って自信過剰になったのか、それともただの馬鹿なのか……」

 

「どちらにせよ蜂の巣にして──ッ!?」

 

 

 3人目の男が何かを言いかけたが、その言葉の続きが口から出てくる事はなかった。

 

 何故なら男の目の前にはいつの間にか彼が立っており、そして男が所持していた拳銃を握り潰していたからだ。数十mあった距離を一瞬で詰めて来て。

 

 この間僅か0.01秒未満。故に、拳銃を壊されたと男が認識したのはその3秒後。マシンガンを所持している他の2人も同様である。

 

 

「なっ!? このガキぶっ殺して──うぐっ!?」

 

 

 そして、すかさず男の首元に当て身を食らわせ、抵抗する隙を一切与えずに眠らせた。

 

 その手刀は人の目で動いたと認識出来る速度を超えており、見ていた誰もが、そして気絶した本人でさえも何をされたのか分からないレベル。

 

 何が起きたのか認識出来ないまま仲間がやられてしまった事で、残った2人は得体の知れない恐怖を覚えた。だからマシンガンを力強く握り締め、彼に向けて引き金を引いた。

 

 

「……う、うわああああああああッ!!」

 

「死ねっ! 死ねっ! 何なんだよ、今何をしたんだよお前!」

 

 

 罵声と共に飛んでくる無数の銃弾。恐怖に慄いてがむしゃらに撃ちまくる2人は、目の前の脅威を排除しようと必死だった。

 

 だが、彼にとって銃弾は文字通り止まって見える程度の速度であり、それが100発だろうが1000発だろうが関係ない。自前の動体視力と身体能力だけで、向かって来る全ての銃弾を素手で掴むのは朝飯前なのだ。

 

 だから目の前で撃たれても彼は一切取り乱さず片手を構え、飛んで来た銃弾を1発も漏らさず正確に掴み取る。さも当然とでも言わんばかりの表情で、何の感情の揺らぎも見せず。

 

 

「……す、凄え。あいつ、銃弾掴んでるよ」

 

「う、嘘でしょ? 素手で全部受け止めてるし、しかも片手って。というか腕の動き全然見えないんだけど」

 

「どういう身体能力してるの? まず素手で銃弾掴んでる時点で頭おかしいし、あの速度に反応してるのも意味分かんない」

 

「と、とにかくカメラ! 早く動画撮ってアップしようぜ!」

 

 

 普通の人にとって、視認出来る速度を超えた数百もの銃弾を、負傷せずに片手で全て掴み取る所業は、目隠しながら精密機器を組み立てるに等しいまさに神業。到底人の成せる業ではない。故に見ている人全員の度肝を抜いた。

 

 そんな人間離れした動きをいとも簡単にやってのけた彼は、全ての弾を撃ち終えて呆気に取られた2人の目の前に現れ、これまた素手でマシンガンを握り潰した。

 

 

「……ひっ!? く、来るなぁ!」

 

「クソ、クソッ! どっか行け化け物め!」

 

 

 瞬間、先程までの勢いは一体どこへやら、完全に戦意を失い罵声を浴びせる2人。

 

 それを見て彼は特に残念がるでもなく、淡々と首元に手刀を食らわせ意識を刈り取った。このような結果になる事は既に分かっていたため、最初からこの犯人グループに期待などしていなかったのだ。

 

 こうして強盗団と彼との戦闘は開始30秒程度で呆気なく終わった。マスキュラーよりも遥かに弱い分、戦闘時間も非常に短かった。

 

 気絶した強盗団から武器となるものを全て回収し、3人を歩道まで引き摺って常闇達が来るのを待つ。もちろん、衝突時に大破した自動車も一緒に担いで道路の端に寄せる。

 

 彼の一挙手一投足に周囲から歓声が湧き上がるが、当の本人は特に気にせず他の皆が来るのを待ち続ける。

 

 と、そんな時だった。

 

 

「お疲れ様、君の活躍見ていたよ。凄かったねぇ、正直マジで驚いた。あ、一応聞くけど怪我はない?」

 

 

 彼の目の前にスポーツドリンクを携えたホークスがやって来た。どうやら向こうも速攻で戦闘を終わらせたようだ。流石速すぎる男、侮れない。

 

 そんな感想を抱きつつ、差し出されたスポーツドリンクを受け取り怪我はない事を伝える。仮に銃弾が当たっていたとしても、その程度で傷が付くほど柔い体はしていないが。

 

 ホークスも彼の返答にほっと胸を撫で下ろし、大量の羽根を操作しながら言った。

 

 

「それじゃあ、皆が来るまでここで少し待とうか。あっちで捕まえた敵も連れて来たからさ」

 

 

 その背後には、ぐったりと項垂れた状態で吊るされている別の3人の男女の姿。ホークスが追いかけた方の強盗団だ。

 

 一人一人を1枚の羽根で釣り上げている事から、羽根のパワーと強度がどれほどのものか窺える。パワー押しには割と無力とかこの前言っていたが、羽根にこれだけの力があれば十分だろう。

 

 こうして武装した強盗団をあっさりと捕まえた2人は、常闇達が駆け付ける5分後まで次の仕事の話を続けたのだった。

 

 ちなみに、今回の出来事は様子を見ていた通行人達が当日SNSに動画をアップし、瞬く間に全国中へ知らされる所となった。

 

 この一件が決定打となり、彼の非公式ファンクラブが結成された事を当の本人は知らない。その存在を初めて知るのは、職場体験が終わって発目と1週間ぶりに再会した時の事である。

 

 

 


 

 

 

 強盗団との追いかけっこも終わり、その後の業務も難なくこなしたその日の夕方。

 

 

「なんで指名したのかって? いきなりそんな事聞いてどうしたの、ツクヨミ君?」

 

 

 街のパトロールから帰り、今日解決した事件事故の事務処理に勤しむホークスとサイドキック達の元へ、常闇がそんな質問を投げかけた。

 

 近くで聞いていたサイドキック達は1度常闇の方に視線を向けるも、すぐにパソコンに向かい合って作業に集中する。

 

 そんなサイドキック達の対応を見て、ホークスが「俺に丸投げぇ? えー、皆薄情すぎない? まあ指名したの俺だけど」と独り言ちりながらも、常闇の質問に答えた。

 

 

「んーとね、鳥仲間」

 

「……お巫山戯で?」

 

 

 返ってきたあまりにも簡潔な答えに、常闇の表情が険しくなる。返す言葉も口調こそ丁寧で冷静なものだが、そこには煮え滾るような怒気を孕んでいた。

 

 そんな常闇の怒りを前にしても、ホークスは相も変わらず飄々とした態度を崩さない。

 

 

「いーや2割本気。半分は1年A組の人から話を聞きたくて。君らを襲った敵連合とかいうチンピラのね」

 

 

 今回ホークスが職場体験で指名するのは初めてと聞いており、どうして今年になっていきなり指名に参加したのか疑問だった。

 

 しかしなるほど、そういう理由なら納得がいく。ヒーローなら確かに敵連合の話は気になるだろう。常闇は悔しそうに歯を食い縛っているが。

 

 

「んで、どうせなら俺に着いて来れそうな優秀な人って事で、上位から良さ気な鳥人をと思ってね。……あっ、君もその1人だよ」

 

 

 ぺらぺらと指名された理由を語られる。その度に常闇の表情がより一層険しくなっていくが、ホークスは全く臆しないし気にしない。ホークスに鳥人間と判定された彼も全く気にしていない。

 

 傍から聞いていたサイドキック達はジト目でホークスを見やるが、その視線にもホークスは気にせずスルー。

 

 それから数十秒経っただろうか、口を噤んで聞いていた常闇が口を開いた。

 

 

「……あの日、敵連合が姿を見せたのは、授業前に13号先生の話を聞いている時だった」

 

 

 USJに現れた敵がどんな様相で、どんな事を言って、どんな個性を持っていて、どんな行動をして、どんな方法で襲って来たのか。それら全てを常闇は淡々と静かに話し出す。

 

 込み上げてくる怒りと悔しさの感情を抑え込み、さも何でもないかのように。

 

 

「へえ、逃げようとしたら黒い靄を操る敵に出口を塞がれて、そいつに暴風・大雨ゾーンって場所へワープさせられたんだ」

 

「ああ、その後は待ち伏せしていた敵の集団を他のクラスメイトと共に──」

 

 

 USJ襲撃事件の話が長引きそうな気がしたので、近くで聞いていた彼は席を立って部屋に戻った。

 

 

 


 

 

 

 ──それから数日後。

 

 残りの期間もあっという間に過ぎ去り、本日が職場体験最終日。

 

 事務所の広間には、荷物を纏めた制服姿の彼と常闇に、ホークスとサイドキック達が向かい合っていた。

 

 

「今日まで大変お世話になりました。心底より感謝申し上げます、ホークス」

 

 

 感謝の意を述べて頭を下げる常闇に続き、彼も一緒に頭を下げて礼を言う。昼前の時間帯、本来ならまだ街のパトロールに行っている時間にも拘わらず、事務所にいるヒーローのほとんどが揃っている。

 

 そんな中、先頭にいるホークスがニコッと笑う。

 

 

「いやあ、感謝するのはこっちの方だって。初めての指名で不安だったけど、2人が職場体験に来てくれて良かったよ」

 

「うんうん。2人が頑張っている姿を見てると、俺らも頑張らんとってやる気出た。良い刺激になったばい」

 

 

 ホークスとサイドキックの言葉に、他の人達が首を縦に振って頷く。

 

 こうして感謝されると、ここまで来た甲斐があったというもの。お別れの時間が迫り、しみじみとした空気が流れ出す。

 

 

「改めて、本当にありがとうね」

 

 

 いつもの飄々とした態度を崩さず、それでも柔和な笑みを見せるホークス。その感謝の言葉は、本心から出た言葉なのだろう。

 

 彼も常闇も、お互いプロヒーローが活躍する実際の現場を何度も目の当たりにしてきた。程度に差はあれど、それぞれが多くの事を学んだ。

 

 そして彼に限って言えば、3日目の夜に相対した本物の敵との殺し合いも、普段の生活では味わえない良い刺激を得たと言えるだろう。

 

 常闇もまた、自身とホークス、そして彼との実力差を間近で見続けた結果、現状の分析とこれからの課題を見つけていた。これからの成長具合に期待である。

 

 そうして別れの挨拶が続き、いよいよ事務所を出る時間になった所でホークスが最後に言った。

 

 

「後期になったらインターン始まるよね? その時、もし仮免試験に合格してたらまた来なよ。まあ、ツクヨミ君はともかく、君は来るかどうか分かんないけどね」

 

 

 それでも気が向いたらいつでもおいで。そう言ってホークスは手を振った。

 

 他のサイドキック達も、別れを惜しむように手を振って2人を見送る。それをちらりと見て会釈で返し、彼と常闇は事務所を出て博多駅へ向かった。

 

 

 

 

 ──そして帰りの新幹線の中。

 

 2人は向かい合って座り、彼がお土産と一緒に購入した福岡名物、あまおうのいちご大福を頬張っている中、常闇が外の景色を眺めながらぼそりと呟く。

 

 

「……流石だな。此度の職場体験、1週間行動を共にして、お前の凄まじさを改めて理解した」

 

 

 常闇に話し掛けられ、食べる手を止めて首を傾げる。そして手に取った大福を1つ差し出した。

 

 

「いや、共にというのはいささか誇張が過ぎるか。後半になってからというもの、お前がホークスと共に行動する中、俺はただその後を走り追いかけ、遠目から背中を眺める事しか出来なかったからな」

 

 

 差し出された大福を前に、片手を前に出して遠慮する意を伝えつつ、1週間の内容を振り返る常闇。その声は非常に穏やかだ。

 

 

「加えてお前がホークスと共に捕まえた強盗団の話を聞いて、己の未熟さと無力感にただただ打ちひしがれたよ。現場にいた者達がアップした動画を確かめたが、今の俺にあんな芸当はどう頑張っても出来ん。

 いや、そもそもあの状況下で市民を守る事さえ出来たかどうか……。すまんな、食事中にいきなりこんな話を持ち出して」

 

 

 別にそれくらいで食事の邪魔にはならないので謝る必要はない。気にしていないから大丈夫だ。

 

 それよりも、先程から褒めちぎっている常闇の雰囲気が、どうも嫉妬染みた感情を纏っているように見える。羨望を通り越した嫉妬、あるいはそれ以外の負の感情。そんな感じだろうか。

 

 

「嫉妬? ……ああ、そうだな。その通りだな。俺はお前に嫉妬している。醜い話だが、この1週間の間で突き付けられたお前との差を理解して、俺はずっと嫉妬しているんだ。どうしてヒーロー志望でも何でもない、サポート科のお前にそれほどの実力があって、俺はプロに付いていく事すらままならないのだと。普通逆じゃないのかと。

 だがそれ以上に、何も出来なかった自分自身が悔しくて仕方がなかった。情けなくて堪らなかったのだ。だから、飛んでいるお前の姿を見る度に、俺の心の中はどす黒い感情で一杯だった。嫉妬と無念と怒りに満ち満ちていた」

 

 

 訥々と自身の心境を語る常闇。その独白を聞いて、彼は何て事ないかのような軽い口調で返した。

 

 じゃあ、ヒーロー目指すの止める? そう言っていちご大福を口一杯に頬張った。

 

 

「止める、だと……? どういう事だ?」

 

 

 あまりにも軽い口調で言われ、常闇が怪訝そうな顔で聞き返す。その声には若干の怒気が籠っていた。だが、常闇が放つ険呑な雰囲気など、彼にとってはそよ風にも等しい。

 

 常闇は嫉妬しているし情けないと言っているが、そんな事をいつまでも心の中で抱え込んでもどうしようもないのだ。いくら相手や自分に対して負の感情を抱え込んでも、現状の差が埋まる事はない。

 

 それどころか、自身を過小評価しては暗い気持ちになるという負のスパイラルに陥ってしまう。そんなのは惨め以外の何物でもない。

 

 今の常闇に必要なのは、ただがむしゃらに突き進む事だと思う。前へ前へ、血反吐を吐いて、地べたを這い蹲いながらも。嫉妬も、無念も、怒りも、その全てを力に換えて。

 

 負の感情は力だ。その力は使い時によっては牙を剝くが、逆に言えば、使い時を誤らなければ自分の限界の一歩先まで連れて行ってくれる源なのだ。

 

 今の常闇は負の感情を()()()()()()()()()()()()()()。その先に踏み込んでいないのだ。出来ていないと言っても良い。だから自身を過小評価する羽目になるし、無力感に苛まれている。

 

 吐き出すのだ、心の中に抱え込まないで。もっと自由に、もっと我が儘に。自分の上に誰かがいるなら、それら全てを呑み込んで自分のものにするくらいの勢いで、欲望のままに進み続けるのだ。

 

 そうして自身の()()を満たし続けてきた者が頂点に立っているのだから。分からなければ、帰って爆豪を見れば良いだろう。爆豪は今言った事が出来ている側の人だから。

 

 そこまで言い切って、彼はもう1度問い質した。ヒーローを目指すの止めるか? と。

 

 

「………………」

 

 

 常闇は何も言わない。考えているようだ。

 

 別に返答を求めているわけはないので、答えようと答えまいとどちらでも良いのだが、常闇は真剣に考えているようなので待つ事に。

 

 そうして数分経っただろうか、最後のいちご大福に手を伸ばしかけた所で、常闇がゆっくりと口を開いた。

 

 

「……正直、俺はまだお前の言っている事の全てに納得出来たわけじゃない。そのやり方が俺にとって本当に適しているのかどうかも、実際にやってみないと分からん」

 

 

 いきなり我が儘になれだの欲望のままに進めだのと言われても、ヒーローを目指すやり方として、本当に良いのかという懐疑的な気持ちはあるのだろう。これはあくまでも個人の意見なので、手放しで賛同出来るとは限らないのだ。

 

 そう思っていると、常闇が「だが」と話を区切って言った。

 

 

「頂点……確かにそうだな。欲望のままに進むのが本当に良いのかどうかは分からないが、頂点に立ち続ける者達は皆、欲望を抑え込んでいない。ヒーローに限らず、どこの分野でも共通している」

 

 

 常闇の言う通り、常にトップに立ち続ける事は、現状を維持し、その場に立ち止まって成せる芸当ではない。常に何かしらの欲望が頂点を追い続ける源となっている。

 

 例えば、オールマイトは「人を助けたい」という思い一つで各地を飛び回り、何十年も頂点に君臨している。個人の考えだが、何十年も消える事のないその思いは、もはや善意を通り越して欲望の域にまで達していると言えるだろう。

 

 頂点に立つ者は欲望を抑え込んでいないという常闇の言葉は、ある意味で真実だ。

 

 

「だから、これから自分がどうしていきたいか、どのように進んでいくべきか、改めて考えながらヒーローを目指していこうと思う」

 

 

 そんなこんなで、常闇の中である程度の結論が出た。これ以上は新幹線の中で考えても仕方がないので、帰ってから自分に見合ったやり方をじっくり決めれば良い。

 

 話が一段落着いたので、彼は最後のいちご大福を頬張ると、今度は大量の弁当を取り出した。時刻は午後1時を回ったところ、まだ昼食の時間の真っ最中である。

 

 と、弁当箱の山を見た常闇が呆れた口調で一言。

 

 

「……お前は逆に、自制を覚えた方が良いと思う」

 

 

 やかましい。

 

 

 


 

 

 

 それから2日間の休日を挟み、1週間ぶりの雄英高校にて。

 

 

「おはようございます! 1週間離れていただけなのに、何だか随分久しぶりな気がしますね! で、どうでしたか?」

 

 

 教室に入って早々、発目に職場体験中の出来事についてあれやこれやと質問攻めされた。

 

 他のクラスメイトもどうだったのかが気になるようで、机の周りにちょっとした人だかりが形成される。

 

 とりあえず、ホークスの活躍ぶりを間近で見続けた時の様子から話す事に。話が進む度にクラスメイト、特に女子からの歓声が沸き起こる。ホークスの女性人気は伊達ではない証拠だ。

 

 

「ふむふむ。流石はホークス、速すぎる男と言われるだけの事はあります。これもデータとして保存して、ベイビー開発時の参考にしましょう。……そう言えばあなたも活躍してましたよね? 逃げる強盗団を大通りで捕まえたって。大変気になります。その時の状況を詳しく! さあ!」

 

 

 あれは職場体験4日目の出来事で、今までの業務とは違う事をしたので良く覚えている。今思えば、よくホークスは戦闘許可を出したなと思う。一歩間違えれば、ホークスのヒーローとしての信頼と地位が崩れるかもしれなかったのに、だ。

 

 いくら大丈夫そうだからと言っても、ヒーロー科でもない高校生を戦闘に参加させる理由としては弱過ぎる。体育祭での活躍などを考慮してもだ。それともNo.3ヒーローという事で、万が一不測の事態が起こっても何らかの保険があったのだろうか。

 

 仮にその推測が本当だったとしても、どう考えてもマシンガンを所持した敵の対処など、人目が付く場所で任せる仕事ではない。規格外の戦闘力を有する彼だからこそ、何の問題もなく解決出来たわけだが。

 

 考えれば考えるほど不思議で堪らない。しかしもう過ぎた事。今更考えた所で所詮は推測の域を出ないし、無事に事件を解決出来ているので結果オーライとしよう。

 

 あっさりと思考を放棄した彼は、発目の要求に淡々と応える。

 

 

「ほうほう、やはりSNSにアップされたあの動画は眉唾では無かったですか。普通なら信じられませんが、あなたの実力なら納得です。というか、あなたは逆に何が出来ないんでしょうかねぇ」

 

 

 感心した様子でそう言う発目だが、彼にだって出来ない事はたくさんある。彼は確かに強いしまだまだ成長の余地はあるが、万能ではないのだ。

 

 こうして朝のホームルームが始まるまで発目からの質問に答え続けた彼は、1週間ぶりに教室で普通の授業を受けた。ここ最近非日常的な日々を送っていたため、こちらの方が逆に新鮮味を感じる程には普通の授業だった。

 

 

 

 

 ──その日の放課後。

 

 いつもなら発目と一緒に工房に籠って何かを作っているのだが、現在彼は校長室にいた。1週間の職場体験を振り返ってどうだったかを伝えるために。

 

 

「1週間の職場体験、お疲れ様! とても実りある体験になったかな?」

 

 

 明るく陽気な声で話しかけてくる根津校長に、彼は静かに首を振って肯定する。

 

 確かに、今回の体験は色々な意味で充実した日々だった。ホークスやサイドキック達との交流、常闇との交流、街のパトロール、そして戦闘。どれもが良い思い出になったと言える。

 

 特に博多のグルメ巡りは、数ある思い出の中でも群を抜いて充実したものと断言できる。ラーメンはもちろん、餃子、鶏料理、いちご大福、明太子、そのどれもに舌鼓を打った。最高だった。

 

 それを聞いた校長はうんうんと嬉しそうに相槌を打って頷く。

 

 

「それは良かった。校長である私にとっても、生徒が充実した日々を過ごしてくれたようで何よりさ。それでどうだった? プロの活躍を間近で見て、何か学べた事はあったかい?」

 

 

 プロの活躍を見て思った事は、ホークスは本当に凄いヒーローであると言える事。『速すぎる男』の異名通り、本当に周りのヒーローや警察を全て置き去りにして街を飛び回り、たった1人で事件解決まで導いていた。

 

 ずっと近くで飛んでいた彼だからこそ分かる。あれほどの速度で飛び回りながら、周囲の異変を瞬時に察知して行動に移す力は誰もが真似出来る事ではない。しかも幾枚もの羽根を1枚ずつ緻密にコントロールしていた。

 

 仮に他の人が『剛翼』の個性を持っていたとしても、ホークスほど上手くは立ち回れないだろう。あれはホークスが持つ天性の才能と、積み重ねた努力と経験、この3つの要素が合わさった結果と言える。

 

 これらの事を総括すると、プロヒーローは戦闘力だけでは成り立たないという事。トップにもなるとそれはもう顕著、強いだけでヒーローにはなれないのだ。

 

 こうしてみると、やはり自分はどこまでもヒーローに向いていないと自覚させられる。今回の職場体験で学んだ事があるとすれば、一番は恐らくそれだろう。

 

 

「ヒーローには向いていない、か……。なるほど、一周回って面白いね。ヒーロー飽和社会となったこの時代、プロの活躍を見てそういう結論が出た生徒は君が初めてさ」

 

 

 現代の学生達、特にヒーロー科とは真逆の意見。下手するとヒーロー飽和社会に対するアンチテーゼとも受け取られかねないこの発言に、校長は肯定も否定もせず、ただニコニコと頷くだけだった。

 

 

「まあ何はともあれ、君にとって充実した1週間となった。それだけでも今回の職場体験は何物にも代え難い価値がある。体験先で積み上げた経験や思い出は、これからもずっと大切にする事さ──」

 

 

 それから数十分後、ようやく校長への報告が終わったので、すぐさま発目のいる工房へ足を運ぶ事に。

 

 その道すがら、彼は考えていた。

 

 1週間の職場体験を経て、確かに自分はヒーローに向いていないと改めて自覚した。数日前、自信喪失しかけていた常闇には、ヒーローとして大成したいならもっと我が儘になれとアドバイスしたが、そう言う自分はそれ以前の問題だ、と。

 

 だが、ヒーローに向いていないからとって、その程度では全く困らない。そもそも彼のやりたい事、好きな事はヒーロー活動ではないからだ。

 

 彼の好きな事は今も変わらず食事と発明だ。ここ最近の出来事でサイヤ人の本能が若干刺激されたのか、戦闘も楽しいと思えるようになってきたが、満足出来るレベルかと言われればそれは否だ。あくまでも暇潰しの範疇を出ない。

 

 もちろん職場体験の思い出は大切にする。だが、これからの行動指針に影響を及ぼす事はない。今回の事は、結局どこまで行っても()()()なのだ。

 

 そして、ホイポイカプセルの性能実験を行うという当初の目的は当然達成している。職場体験6日目に1日かけて行い、目立ったトラブルもなくカプセルが正常に作動した事や、街中で使う時の安全性や細かい改善点なども確認した。後は家に帰って細かい微調整を行うだけである。

 

 故に、そろそろ次の発明に本格的に取り掛かろうと決めていた。どれほどの期間と予算を掛けて何を作るかはまだ決まっていないが、可能であれば発目と共同で作ってみたいと思っている。

 

 職場体験が終わり、これから始まる発明ライフを想像しながら、彼は工房で待つ発目に会いに行くのだった。

 

 

 




これからの予定として、期末試験編、合宿編、神野事件編と順当に話を進めようかどうか決めかねているのが現状です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 期末試験に向けて

ドラゴンボールとのクロスオーバーだからかな、毎回誰かしらと戦っている気がする。今回はちょっと短めだけど、ほぼ日常回です。


 職場体験が終わり、いつもの学校生活に戻ってから数週間が経過した。

 

 6月も中盤を越えて、徐々に期末テストの存在が大きくなりつつあるこの時期。彼のクラス、1年H組サポート科の教室内では、放課後にも拘わらず半数以上のクラスメイト達が意見を交わしていた。

 

 

「やっぱり作るとするなら見た目派手な物が良いんじゃね? 巨大ロボットとかロマンでしょ!」

 

「何言ってんのよ、巨大ロボットってただデカいだけじゃない。組み立てだけで重労働だし、そもそも体育祭のレースで飽きるほど見たから新鮮味が無いわ。やるなら精密かつ小さい物よ。時代は小型化なんだから」

 

「でもそれはそれで少しありきたり過ぎない? ロボットほどじゃないけど、少しくらいデザイン性がある物作ろうよ」

 

「逆にデザインの方を凝り過ぎて機能面が疎かになる可能性もあるから、そこんとこの配分をどうするかは重要だぞ」

 

 

 今、彼らがどうしてこんなにも意見を交わし合っているのか。それは今朝のホームルームでパワーローダー先生が言った事が発端である。

 

 

『えー、6月も後半になってそろそろ夏休みも近くなってきたわけだが、その前に7月初めに期末テストがある事、忘れてないな? 期末テストは中間と違って教科書の範囲広いから、復習は決して怠らないように。

 それともう1つ。期末テストでは筆記とは別の試験が存在する。今からプリント渡すからよーく見ておくんだぞ』

 

 

 クラス全員に配られたプリント。そこには『実技試験』と一番上にタイトルが載っており、その下に詳しい説明が記載されていた。

 

 

『サポート科もヒーロー科と同様、筆記試験の他に実技試験が存在する。サポート科の場合、決められた期限までに何か1つ、サポートアイテムを創作して提出するのが試験内容となっている。詳細はプリントに記載されているからよく読んどけ。

 ただ、この実技試験はちょっと特殊でな。個人で作って提出するのも勿論ありなんだが、数人でチームを組んで何か1つアイテムを創作するのもOKとなっている。その場合は事前に担任に申告する必要があるが、もしチームを組んで作りたいのであれば、今週末までにメンバーを伝えるように──』

 

 

 という事があり、現在に至る。

 

 プリントに記載された説明によると、例えば3人でアイテムを作って提出した場合、100点満点中70点の評価を受けたとしたら、そのチームメンバー3人がそれぞれ70点を貰えるという。

 

 つまりこの試験、チームで作って全員等しい評価を受けるか、個人で作って高得点を狙うかで、1人1人の行動が変わってくるという事になる。チームで作るメリット、個人で作るメリット、どちらを取るかは生徒達の判断に委ねられているのだ。

 

 とはいえ、雄英に入学して3カ月も経っていない1年生は、技術力も経験もまだまだ発展途上。よって、この試験は明らかにチームで作るメリットの方が大きく、そのためクラスメイトのほとんどが誰かとチームを組んでいた。

 

 1チームにつき最低2人、最高でも5人まで。割合でいえば3人から4人のチームが最も多い。

 

 そして先程、教室内で積極的に意見を交換し合っていた生徒達は、その実技試験に向けて早速チームを組んだ人達である。

 

 その人達の会話を聞き流しながら、彼は隣に座る発目の方に目を向けた。

 

 

「いやー、遅くなってしまい申し訳ありません。なんせ急に頼まれたものですから、少し時間が掛かっちゃいました。さあ、早く行きましょう!」

 

 

 急に入った委員会の仕事をちょうど今終えて、これから工房へ向かおうと鞄の中身を纏める発目。彼は発目が仕事を終えるまで、ずっと教室で待っていたのだ。

 

 そして教室を出て工房へ向かうその道中、彼は隣を歩く発目に提案した。

 

 

「……期末の実技試験で提出するアイテム、私達でチームを組んで作ろう、ですか。おお、それ悪くないですねえ! 勿論良いですよ、組む相手があなたなら断る理由なんてありません! 共に最高のベイビーを作ろうではありませんか!」

 

 

 職場体験も終えて、そろそろ何か本格的な物を作ろうと思っていた手前、発目と共同でアイテム開発したいと思っていた。だから想定以上にノリノリでOKしてくれた発目には感謝しかない。

 

 こうなった以上、お互い気合いを入れて作るのみ。早速何を作るか話し合いといこう。期限は筆記試験が終わった次の週の金曜日まで。

 

 期間にして今日から約4週間、つまり1カ月間だ。時間はあるが、今の1年生の技量を考慮すればやや短めな方だろう。加えて筆記試験も重なっているため時間的猶予は更に厳しくなる。時間は有限、1分1秒を大切にしないといけない。

 

 工房に入った2人は、いつもの席に座ると早速意見を出し合った。

 

 

「では早速ですが、まず私達2人で作るので、すぐ終わるような物にはしたくないです。機能面とデザイン面、どちらに重きを置くかは各チームの判断に委ねられますが、私はどちらも100点満点を目指そうと思っています」

 

 

 それについて異論はない。期末試験だろうと何だろうと、手を抜いた発明などこちらからお断りだ。やるからには全力で製作させてもらう。

 

 しかし一体どんな物を作ろうか。1カ月を費やしてまで2人で作るとなると相当な物になるだろう。彼は思考を巡らせた。

 

 ちなみにこれは完全に自慢だが、彼も発目も筆記試験の成績は良い。中間試験のクラス内成績は、彼が1位、発目が3位とトップクラス。筆記試験の勉強そっちのけで開発に勤しんでも問題無いくらいには、2人とも勉強が出来るのだ。

 

 よってこの2人にとっては、本当の意味で丸々1カ月分の時間的猶予が存在する。これは他のグループに比べて、極めて大きなアドバンテージとなる。

 

 正直ここまで来ると、成績が良い者同士で組んだチームの方がより良い成績を貰えて有利なのだが、ここは自由な校風が売りの雄英高校。サポート科の実技試験の内容をどうするかも教師の自由となっている。

 

 

「というわけで、何か色々と考えてくれてるのはありがたいんですが、実は私、既にいくつかベイビーの候補があるんです。ちょっと紙に描くんで見てください」

 

 

 何を作ろうかとあれやこれやと考える前に、発目は既に複数の候補を絞り出していた。こういう発想の速さやイメージ力は発目の方に分がある。彼は心の中で舌を巻いた。

 

 そして取り出した紙にサラサラと描き出されたラフな絵。それぞれ番号が割り振られており、1番から3番まである。

 

 

「とりあえず今思い浮かんだ候補は全部で3つです。1つ目は超高性能な戦闘ロボット、2つ目は相手の位置を特定するなど、広範囲の索敵に優れた小型レーダー。3つ目は全自動で怪我の治癒を行ってくれるサポーター。ざっとこんな感じです。どうでしょう?」

 

 

 描いたものを見せながら発目に問われた彼は思った。これ、全部ドラゴンボールで出てきた物じゃないのか、と。

 

 一体どういう偶然か、たった今発目が提案した物は全てドラゴンボールで出た発明品に似ているのだ。1番はDr.ゲロが作り出した人造人間シリーズ、2番はフリーザ軍が良く使っているスカウター、3番はサポーターとは少し違うが、これまたフリーザ軍でお馴染みのメディカルマシーンを彷彿とさせる。

 

 決してドラゴンボールとは関係ないのは分かっているが、どうしてもドラゴンボールの物と関連付けてしまうのはこれ如何に。

 

 とはいえ、いざ作ろうとしたらどれもが一筋縄ではいかないものばかり。作り甲斐はあるが、万が一間に合わなかったら本末転倒なので、もし選ぶ時は慎重に考えないといけない。

 

 これらの案は一旦保留とした。

 

 

「……うーん、ぱっと思い付いたのはこの3つですが、他に何か良い物ってあります?」

 

 

 良い物というわけではないが、あったら便利だなと思える物ならいくつかある。

 

 まずは自動でコスチュームに着替えられる機械。イメージとしては、ドラゴンボールZで孫悟飯がグレートサイヤマンへ変身する時に使った腕時計と同じもの。腕時計に付いたボタン1つで、いつもの服装からヒーローコスチュームへ早着替え出来るあれは、あったら便利だなと思っている。

 

 ただし、あれはホイポイカプセルの機能を応用して作られた物で、物語内では天才科学者ブルマが2時間で完成させた。正直なところ、そこまで難しい物ではない。かく言う彼も、2時間とまではいかなくとも、3,4時間程度で作れる技量は充分にある。

 

 他にはフリーザ軍が使用していた戦闘服や光線銃、ナメック星でフリーザが移動の際に乗っていた小型ポッドなど、ドラゴンボールの中で出てきた『こんなのあったら便利だな』と思える物だろうか。

 

 こうしてみると、ドラゴンボールの発明品の大半はフリーザ軍が関係しているように思える。流石宇宙の技術というべきだろう。

 

 これらの案を、『ドラゴンボール』の事は伏せた状態で発目に伝える。

 

 

「ふむふむ、確かにどれも便利そうな物ではありますね。しかしそこまで手間が掛からないのであれば、コスチュームに早着替え出来る時計とかは今度時間がある時に作ると良いでしょう。なんなら今からやってみます? 2人で協力すれば時間短縮になりますし、本番前のちょっとしたリハーサルにもなりますよ」

 

 

 ──というわけで2時間後、家から持参していた空のホイポイカプセルと自前の腕時計を使い、発目と共同で作り上げた。

 

 1人で作ると恐らく4時間近く掛かった工程が、発目と協力する事で半分の2時間に短縮出来たのは上出来と言える。

 

 そして今、彼の左手首には魔改造された腕時計が装着されている。分解した腕時計にホイポイカプセルの機能を盛り込み、そこに好きなコスチュームを内部にセットして準備完了だ。

 

 言葉だけで説明するとたったこれだけの工程。しかし、『言うは易く行うは難し』ということわざがあるように、これも本来は簡単な作業ではない。彼と発目の2人だからこそ成せる所業なのだ。

 

 こうして放課後の一時の間に作られた変身用腕時計。

 

 

「準備は良いですか? では、押してみて下さい!」

 

 

 その腕時計に付いたボタンを押すと、彼の服装が工房内で着る作業着から雄英の体操服に一瞬で切り替わる。

 

 それを見た彼と発目の目がキラキラと輝く。

 

 

「おおー! やりましたね、実験成功ですよ! 何気に1度も爆発を起こさなかったのもポイント高めですし、2人で協力すればここまで作業がスムーズに進む事も知れて良かったです! 思い返せば私達、1度も協力してベイビーを作った事がなかったので、何だか新鮮味を感じますね!」

 

 

 発目の言葉に、彼も首を縦に振って肯定する。

 

 今までは各々が好きな物を好きなだけ自由に作って満足していたので、初めて共同でアイテムを開発したこの経験と思い出はとても新鮮味があって貴重だ。演習試験のリハーサルとしては、この上ない成功と言えるだろう。

 

 と、ここで完全下校30分前を知らせる校内アナウンスが流れ出した。

 

 アナウンスを耳にした瞬間、腕時計のボタンをもう1度押して元の作業着に戻り、急いで散らかった工房内を片付けた後、制服に着替えて完全下校10分前に学校を出た。

 

 その帰り道。

 

 

「……で、結局どうしましょう? 演習試験で先生に披露するベイビーの候補、私が最初に提案した3つと、あなたが提案した便利な物シリーズに絞って考えます? それともこれらとは別の物にします?」

 

 

 どれか1つはまだ決めかねないが、今から別の物を考えるのも面倒なので、今ある候補の中で選ぶとしよう。出来る事なら今日中には決めたいところだ。

 

 

「うーん……でしたらもういっその事、ランダムで決めてみません? 思い付いたら即ベイビーを作る事が私の信条ですが、偶にはくじで育てるベイビーを決めるのも悪くないですし」

 

 

 発目が提案した、くじでどれを作るか決める方法はありだと思う。というか色々と考えた結果、この決め方の方が後腐れしなくて済みそうだ。

 

 彼はサムズアップで返した。

 

 

「OK、ではそういう事で……よっと」

 

 

 返答を受け、鞄から手頃な紙を取り出し、それを数枚に千切ってそれぞれに候補の名前を書き記す発目。その紙束を片手に持ち、彼の前に差し出して言った。

 

 

「さあ、ここにベイビー候補の名前を書き記したくじがあります。この中からどれか1つを選んでください。あなたが引いたベイビーを明日から私達で育てるのです」

 

 

 そう言われ、一番最初に目に付いた手前側のくじを徐に引いた。

 

 そして発目と一緒に確かめると、引いたくじに書かれていた候補の名前は──。

 

 

 


 

 

 

 ──それから1週間後。6月も最終週となり、期末試験まで残すところ1週間を切っていた。

 

 そんな中、ヒーロー科A組にて。

 

 

「「全く勉強してねー!!」」

 

 

 教室内に、上鳴電気と芦戸三奈の絶叫が響き渡る。クラス内でも赤点候補筆頭の2人にとって、筆記試験は最大の難所だった。

 

 それは他のクラスメイト達も同様で、中間試験で思うような成績を取れなかった人にとっては不安の種となっている。

 

 そんな人達に、更に追い打ちをかける言葉を発する者が数名。

 

 

「芦戸さん、上鳴君! が、頑張ろうよ! やっぱ全員で林間合宿行きたいもん! ね!」

 

「うむ!」

 

「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねえだろ」

 

「うっ!? お前ら、言葉には気を付けろ!」

 

 

 クラス内でも上位の成績を誇る緑谷、飯田、轟の3人。この3人は中間試験で5位以内にランクインするほど座学に秀でている生徒である。

 

 別に悪意も何もない、嘘偽りのない本心を口にしているだけなのだが、それが成績下位者にとってどれほど心を抉る言葉か。上鳴達の表情が苦しげなものに変化する。

 

 しかし、更なる追い打ちをかける者もいれば、救う者もまた同時に存在する。

 

 

「上鳴さん、芦戸さん、座学なら私、お力添え出来るかもしれません」

 

「「ヤオモモー!!」」

 

 

 A組内でも座学において右に出る者はいない天才、八百万百である。中間試験でも1位の成績を誇り、他のA組と比べて圧倒的な頭脳と豊富な知識を保有している。

 

 そんな彼女の提案に、苦手科目で躓いた他の生徒達も寄って来た。そして、そんな彼らのやり取りを見て溜め息を吐く者が1名。

 

 

「……この人徳の差よ」

 

「うるせぇ俺もあるわ。てめぇ教え殺したろか」

 

「おお、頼む!」

 

 

 切島と爆豪は本日も通常運転である。

 

 

 

 

 ──数時間後。

 

 午前の授業を終え、緑谷、飯田、轟、麗日、蛙吹、葉隠の6人はランチラッシュの食堂に来ていた。

 

 

「普通科目は授業範囲内からでまだ何とかなるけど、演習試験が内容不透明で怖いね……」

 

「突飛な事はしないと思うがなぁ」

 

「普通科目はまだ何とかなるんやな……」

 

 

 いただきます、と合掌しながら、麗日は遠い目をしてご飯を頬張る。緑谷達と自身との学力の差に軽く打ちひしがれていた。

 

 

「確かにね! 一学期でやった事の総合的内容」

 

「とだけしか教えてくれないんだもの、相澤先生」

 

「戦闘訓練と救助訓練、後はほぼ基礎トレだよね」

 

 

 葉隠、蛙吹、麗日の順に、演習試験に対する疑問を口にする。 

 

 サポート科と同様、ヒーロー科も筆記試験の他に演習試験が存在し、その具体的な内容がサポート科と違って教えられていないのが、6人にとって目下の悩みの種となっていた。

 

 

「そうだよね、分からない以上は試験勉強に加えて体力面でも万全に……あイタッ!」

 

 

 ごつん、と鈍い音が響く。緑谷が頭を押さえながら顔を見上げると、ぶつかって来た相手はフッと笑みを浮かべ見下ろしていた。

 

 

「ああごめん、頭が大きいから当たってしまった」

 

「B組の! えっと……物間君! よくも!」

 

 

 ヒーロー科1年B組、物間寧人。雄英体育祭では先を見越した策を練り上げ、騎馬戦で爆豪達を翻弄し活躍していた生徒である。頭の回転が速く、言葉巧みに人を翻弄するのが上手い。

 

 そして、何故かA組に対する当たりが強く、性格もかなり捻くれているため、A組の面々からは『変な奴』という不名誉な認識をされている。黙っていればクールビューティーなイケメンだけに、何とも勿体ない限りである。

 

 

「君らヒーロー殺しに遭遇したんだってね? 体育祭に続いて注目を浴びる要素ばかり増えていくよねA組って。ただその注目って、決して期待値とかじゃなくてトラブルメーカー的なものだよね」

 

「「「ッ!?」」」

 

「あー怖い! いつか君達が呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らにまで被害が及ぶかもしれないなあ! ああ怖……ふぐっ!」

 

「洒落にならん、飯田の件知らないの?」

 

 

 と、鬼気迫る表情であれこれ喋る物間の首筋に、鋭くコンパクトな当て身を食らわせつつ、物間が手放したトレーを華麗にキャッチする。そんな芸当を軽々とやってのけたもう1人のB組の生徒、拳藤一佳。

 

 一癖も二癖もあるB組の面々を纏める委員長を務め、その男勝りな性格と面倒見の良さから、姉御的存在としてクラスメイト達から慕われている。

 

 

「ごめんなA組、こいつ心がちょっとアレなんだよ」

 

「拳藤君!」

 

 

 飯田がほっとした表情で名前を呼ぶと、オレンジ色のサイドテールを揺らして、彼女は微笑み返した。

 

 

「あんたらさ、さっき期末の演習試験不透明とか言ってたね。入試の時みたいな対ロボットの実践演習らしいよ」

 

「……えっ?」

 

 

 突然知らされた情報に、その場にいたA組全員の目が丸くなる。

 

 

「えっ、本当に!? 何で知ってるの!?」

 

「私先輩に知り合いがいるからさ。ちょっとズルだけど聞いたんだ」

 

「ズルじゃないよ! そうだきっと前情報の収集も試験の一環に織り込まれてたんだそっか先輩に聞けば良かったんだ何で気付かなかったんだもっと早くその考えに至れば試験に向けての対策も……」

 

「えっ、えっ、えっ? 何これ、緑谷っていつもこんな感じなの?」

 

「そうやねぇ、久々に見たけどキレキレやねぇ」

 

 

 戸惑う拳藤の疑問に、ニコニコとどこか嬉しそうに麗日が答える。そんな中意識を取り戻したらしい物間が、ぐぎぎ、と歯軋りの音を溢した。

 

 

「馬鹿なのかい拳藤、せっかくの情報アドバンテージを! こここそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ……!」

 

「憎くはないっつーの!」

 

「うっ!?」

 

 

 しぶとく何かを呟く物間の首筋に、先程よりも強めの当て身を食らわせて沈黙させた拳藤。今度こそ意識を失った物間の首根っこを掴みながら、一言謝ってその場を立ち去ろうとする。

 

 その時だった。

 

 

「……なんだ、ロボット演習だったのか。せっかくあいつに訓練頼もうと思ってたけど、これじゃあ意味ないかもな……」

 

「えっ?」

 

 

 拳藤が教えてくれた演習試験の内容に、轟が少し残念そうな顔でぼそっと呟いた。その発言に、聞いていた全員が首を傾げる。

 

 

「えっと、轟君? あいつに訓練頼もうって……誰に?」

 

「サポート科の。以前体育祭であいつと対戦した時、『手合わせしたかったらいつでもおいで』って言ってたから、演習試験に備えて1度あいつに頼んで戦闘訓練に付き合ってもらおうかなと思って。でも試験内容が対ロボットなら、今すぐそこまでやる意味もねえなと……」

 

「いや、そんな事はないよ轟君!」

 

「……?」

 

 

 体育祭で活躍したサポート科の彼に、演習試験に備えて戦闘訓練に付き合ってもらう考えだった轟。だが試験の内容を知り、流石にロボット相手にそこまで入念に準備する必要はないと思っていた。

 

 しかし、その結論を聞いていた緑谷が途中で遮った。

 

 

「今回はロボット相手だから、確かに訓練してもしなくても意味はないのかもしれない。でもその訓練は絶対後になって活きるよ! 大体、僕達ヒーローになったら相手はロボットじゃなくなるし、自分よりも強い敵と相対する時だってたくさんある。

 その点、彼の強さは体育祭で見たから良く知ってる。だからもし一緒に訓練出来たら、その経験は間違いなく大きな糧になる! だからやろう! お願いしに行こう! 今日の放課後にでも!」

 

 

 緑谷が言ったその理由に、轟も「ああ、確かにな」と呟いて頷く。

 

 それを聞いていた周りの人も、首を縦に振って肯定していた。

 

 

「ちょっと待って。サポート科のあの子と戦闘訓練は悪くないと思うけど、本当に頼みに行っても良いのかしら? 私達は筆記と演習で忙しいけれど、それはサポート科も同じなのよ。相手の都合が悪い時にこちらのお願いばかり聞いてもらうのは失礼じゃないかしら?」

 

 

 だがここで蛙吹が、相手の都合が悪い時に自分達の都合を押し付けて良いものかと反論した。

 

 一理あるどころか正論ですらあるこの疑問に、轟が答える。

 

 

「それもそうだが……でも緑谷が言ってた事を聞いて、確かにそうだって納得しちまった。それに、俺はあいつに1度完膚無きまでに敗北した。だからどうしてもあいつともう1度手合わせしたい。……まあ、向こうが断ったら当然手を引くよ」

 

「ケロ……そう言われると何だか反論しづらいわ」

 

「じゃあさ、折角なんだし轟君の他にもいっぱい人呼ぼうよ! 余裕がある人だけ来て、轟君と一緒にサポート科の人と戦うってのはどうかな? だってあの人超強いじゃん!」

 

 

 2人の会話に割って入った葉隠。彼女が言ったその考えに轟は頷いた。

 

 

「それはありだな。じゃあ他に行けそうな人集めて、皆であいつに挑んでみよう……お前達はどうする?」

 

「もちろん!」

 

「ウチも!」

 

「ケロケロ」

 

「じゃあ私も!」

 

「当然、俺達も参加させてくれ。俺も1度、体育祭で彼と戦って完敗したからな」

 

「……決まりだな。教室戻ったら他の皆にも伝えよう」

 

 

 彼との戦闘訓練について大体の話が決まったところで、この話はまた教室に戻ってから……となる前に、一緒に聞いていた拳藤が待ったをかけた。

 

 

「ちょっと待ってよ。A組だけ参加って、それはないんじゃない? ねえ、もし良かったら私達も参加して良いかな?」

 

「ああ、構わねえ。じゃあB組の奴らにも今言った事を伝えといてくれ。とは言っても、肝心の本人に断られたらこの話は全部無かった事になるから、そこだけは注意してくれ」

 

「うん、分かってる」

 

 

 こうして、期末の演習試験の話からサポート科の彼との戦闘訓練の予定に会話の流れが変わったところで、その場はお開きとなった。

 

 まだ完全に決まったわけではない。だがもし予定が定まった暁には、きっと大勢のヒーロー科の生徒達がたった1人の生徒に挑む事となるだろう。

 

 そして、ヒーロー科の間でそんな話が進んでいるとは露知らず、肝心の彼は発目との共同開発に勤しむのであった──。

 

 

 




今のヒーロー科A組・B組の実力だと、主人公の相手は厳しいどころではないかなあ、なんて思ったり。でも精一杯頑張って、主人公に一泡吹かせて欲しい気持ちもある。難易度ハイパールナティックだけど。
ちなみに、今回のサポート科の実技試験の仕組みは、筆者が大学1年生の時に受けていたとある講義の最終レポート課題で実際にあった仕組みを、ほぼそのままの形で持ってきたものです。最終課題をチームでやるか1人でやるか好きに選べとか、ボッチに優しくないじゃん! と、当時思わずツッコんだ記憶があります笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 vs ヒーロー科

戦闘訓練はこの話で終わらせようと思っていたけど、結局収まりきらなかった。予定通りにはいかないって事ね。


 食堂に集ったヒーロー科の生徒達が、サポート科の彼と戦闘訓練する旨を話し合った、その日の放課後。

 

 いつもの工房にて。

 

 

「えっ、良いの? 本当に?」

 

 

 普段はサポート科の生徒と先生しか出入りしないこの部屋に、珍しくヒーロー科の生徒の声が響き渡った。

 

 

「いや、こちらからお願いしておいてなんだけど、本当に訓練に付き合ってくれるの? その、テスト勉強とかは……」

 

 

 心配そうな眼差しを向ける緑谷に対し、彼は作業する手を止めて頷く。

 

 高校で習う内容は中学卒業の時点で既に学習済みなので、筆記試験に関しては何の問題もない。その証拠に、中間試験の時はクラス内順位が1位だった。念には念を入れて復習も済ませている。

 

 そして実技試験においても開発は順調で、今のところ目立った問題は発生していない。まだ3回しか爆発を起こしていないため、壁まで修理する時間を省けているのも大きい。このペースでいけば、締切の3日前には完成まで持っていけるだろう。

 

 よって、ヒーロー科の訓練に付き合う程度、何の問題もない。むしろ良い気分転換になる。

 

 

「そ、そっか。3回も爆発を起こして問題ないって言うのは意味分かんないけど、とにかく大丈夫そうで良かったよ。それなら早速だけど、いつにするか予定決めよう」

 

 

 そう言ってメモ帳を取り出した緑谷に、どうせやるなら明日にしようと彼は言った。

 

 当然、緑谷は驚いた。

 

 

「ええっ!? あ、明日!? 明日って、いくら何でも急過ぎない!? ど、どうして?」

 

 

 理由は単純。思い立ったが吉日、行動を起こすならなるべく早い方が良いと思っているから。出来る事なら今日にしたかったが、今から始めてもすぐ下校時間になって大した訓練にならないので、妥協して明日の放課後だ。

 

 現に緑谷達も今日の昼休憩中に皆で話し合ってここへ来たという。ならば今日中に話し合って決めて、明日に訓練でも良いと思うのだが。

 

 それとも、ヒーロー科の皆はこの程度の事にも対応出来ないほど(のろ)いのか。そうであるなら残念だ。

 

 

「そ、そんな事はない! 確かにやるならすぐ行動に移すべきだったね! うん、それじゃあ明日の放課後、5時半になったら君のいる教室へ行くからさ。準備が整ったらすぐに訓練を始めよう。それで良い?」

 

 

 それで構わない。

 

 では明日の5時半までには準備を済ませておくから、そちらもなるべく大勢のヒーロー科を連れて来るように努めてほしい。

 

 きっと楽しい訓練になると思うから。

 

 

「えっ、何その含みのある言い方。嫌な予感がして凄く怖いんだけど……というか、場所はどこにする? どこか希望があるとか……」

 

 

 場所もそちらの自由で構わない。そちらにとって戦いやすく、有利な場所を選んでほしい。

 

 街中、入り組んだ工業地帯、見晴らしの良い平原等、とにかくどこでも良い。一切の遠慮はいらない。

 

 その旨を伝えると、緑谷はうんうんと頷きながらメモを取り、顔を上げて言った。

 

 

「うん、分かった。どうもありがとう。明日また迎えに来るから、その時に訓練場所も教えるね。それじゃあ今日の所はこれで失礼……あ、轟君は何か言いたい事あったりする?」

 

 

 粗方の予定を決め、工房を出ようとする緑谷だったが、一緒に来ていた轟の方を振り向き尋ねる。

 

 轟はこれまで一言も会話の中に入り込まず、緑谷に交渉の全てを任せていた。

 

 

「……いや、今は特に言う事ねえよ。これ以上ここに居座って邪魔するのも悪いし、早く帰ろう。ただ……明日を楽しみに待ってる。じゃあな」

 

 

 そう言って片手を上げる轟に、彼はサムズアップと笑顔で返す。

 

 そして緑谷と轟が教室に帰った後、その一部始終を作業しながら聞いていた発目がすぐさま寄って来た。

 

 

「いやはや、面白い事になりましたねえ。まさかあなた1人とヒーロー科全員が戦う事になるとは。良ければ私も助力しますけど、要ります? 要らないなら私は工房に籠って作業の続きしてますけど」

 

 

 いや、こちらは1人で十分だ。ついでに言うと、過剰戦力になるからサポートアイテムの類も要らない。

 

 だが何のハンデも無しだと流石に向こうの身が持たないので、身体を鍛える時によく着用する特殊な素材で作られた重い運動着を着るとしよう。見た目は普通の運動着だが、それに反して総重量は300kg超えという超特殊な一品だ。

 

 これで少しくらいはハンデになる……気が微塵もしないが、無いよりはマシだろう。

 

 こうして、急遽決まったヒーロー科との戦闘訓練に備えて色々と準備を進め、あっという間に1日が経過した。

 

 

 


 

 

 

 次の日、雄英高校の職員室にて。

 

 

「ねえ聞いたマイク? 今日の放課後、A組とB組が合同で戦闘訓練するんだって。何でも演習試験に備えてだとか!」

 

 

 残って業務を熟していてるプレゼントマイクに、近くにいたミッドナイトがヒーロー科の合同訓練について話す。

 

 昨日の今日で急に決まった事なので、それを知らなかったプレゼントマイクは首を傾げる。

 

 

「合同訓練って……試験はロボット演習だっていう前情報しか持ってないはずでしょ? まさかどっかから情報が漏れたとか……?」

 

 

 今年の演習試験は例年通り対ロボット演習。いくら頑張っても生徒達はそれしか把握出来ていないはずで、USJ襲撃事件やヒーロー殺しの件を踏まえ、今年から大幅に試験の内容を変えた事はまだ極秘となっている。

 

 だというのに極めて実戦に近い合同訓練を試験直前になって行う。いつの間にか情報漏洩したとプレゼントマイクが考えるのは当然の事だった。

 

 しかし、ミッドナイトが首を横に振ってその考えを否定する。

 

 

「いいえ、情報は漏れていないと思うわ。漏れていたらこんな目立つ事せずにこっそり備えておく思うし、それに合同訓練の内容もかなり特殊なの」

 

「特殊って?」

 

「ほら、いるでしょ、例のサポート科のあの子。彼がA組とB組の全員を相手するらしくてね。イレイザーがそう言ってたの」

 

「1人でヒーロー科全員の相手を!? それってどうなの……というか、どう考えてもただのリンチじゃん! と言っても、体育祭での活躍ぶりを見たらなあ……」

 

 

 体育祭で見た彼の活躍と暴れっぷりを思い出し、どこか遠い目で呟くプレゼントマイク。それに同意するようにミッドナイトも頷いた。

 

 

「イレイザーもよく許可出したなーって思うわ」

 

「……で、そのイレイザーはどこに? まさかとは思うけど……」

 

「ええ、そのまさか。何かあったら困るからって、こっそり見に行ってるの。ついでに言うと、オールマイトも一緒らしいわよ」

 

「……あの2人、心配性な所はお互い共通してますよね」

 

 

 


 

 

 

 ──授業も終わり、午後5時半過ぎ。

 

 ここはヒーロー科の一般入試の時にも使用される数ある演習場の内の1つ。大通りを中心に大小様々な建物が建ち並ぶ市街地演習場である。

 

 その大通りのど真ん中に、彼と向かい合う形で大勢のヒーロー科の生徒達が集まっていた。流石に全員というわけではないが、ぱっと見ても30人以上は出揃っており、そのほとんどがヒーローコスチュームに身を包んでいる。

 

 そんな中、全員を代表して飯田が声を上げる。

 

 

「ではこれより、我々生徒らによる戦闘訓練を始める! 皆、準備は良いかぁー!?」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 

 その掛け声と同時に全員が一斉に身構える。そんな中で1人対峙する彼は、全体を見渡してある事に気付いた。

 

 爆豪がどこにもいないのだ。

 

 

「えっ、かっちゃん? あー、それが実は、今日合同訓練するって事伝えようとしたんだけど、かっちゃん1人で先に帰ったから伝え損ねちゃって……一応、さっきメール送ったんだけどね?

 でも、切島君に毎日勉強を教えてるみたいだし、そもそもメールの存在に気付いてくれるかどうか……。そういう訳で、かっちゃんは今ここにはいないよ。その関係で切島君もいないんだ」

 

 

 なるほど、先に帰っちゃったのか。如何にも爆豪らしい。それに友人にテスト勉強を毎日教えているなんて、案外面倒見が良いのだろう。

 

 爆豪の意外な一面を知れたところで、彼は改めて全体を見渡し観察する。

 

 まず爆豪と切島、それと雷を放出する個性の上鳴と酸を放出する個性の芦戸が不在。後は名前は知らないが、体育祭の時にヒーロー科の中で唯一予選落ちした、お腹からレーザーを放出する個性の男子生徒、それら計5名のA組生徒がいない。

 

 

「あ、ちなみに上鳴君と芦戸さんはテスト勉強がヤバくて訓練どころじゃないって言って帰ったよ。それと青山君は……まあ、うん、そもそも話が通じなかったというか、何というか……。まあそんなわけで、今ここにいるA組は15人なんだ」

 

 

 訓練に参加しない理由としてテスト勉強を優先するのは分かるが、もう1人の話が通じなかったとはこれ如何に。気になるが、知ってもここでは関係ないので放っておこう。それにこの訓練は強制ではないので、断る理由は何だって良いだろう。

 

 これで残るはB組だが、B組の方が明らかに人数が多い。そう思っていると、B組の拳藤一佳が声を上げる。

 

 

「ちなみにB組は全員来てるから。20人揃い踏みだよ! だから今日はよろしくね!」

 

 

 B組の方は全員来ていた。欠席者無しとなると、A組の出席率の低さがどうしても目立ってしまう。だがそんな事はどうでも良いだろう。B組の物間がこれ見よがしにA組に突っ掛かっているが気にしない。

 

 総勢35名が彼の対戦相手。傍から見ればただのリンチだが、実際には実力に雲泥の差があるため普通に戦っては彼が圧勝してしまう。そのため家から持参した重量300kg超えの特殊な運動着を着用している。これで少しはマシになるかもしれない。

 

 そしてもう1つ。訓練に当たり、あるルールを設定している。

 

 それは勝敗の付け方。その内容は、彼を戦闘不能状態にするか、八百万に創造の個性で作って貰った手錠を彼に掛けるか。このどちらかを果たせばヒーロー科側の勝利となる。

 

 反対に彼は、全員を戦闘不能状態にするか、制限時間が過ぎるまで逃げ切るかのどちらか一方を満たせば勝利となる。

 

 制限時間は30分。これを1ゲームとして、小休憩を挟みながら下校時間ギリギリまで繰り返すのが今日の訓練となっている。

 

 そして今、最初の1ゲーム目が始まろうとしていた。

 

 

「制限時間は30分、俺の携帯のアラームが鳴ったら終了だ! では行くぞ! よーい……スタート!」

 

 

 飯田による開始の合図が響き渡る。

 

 瞬間、中遠距離攻撃が主体の個性持ちが一斉に攻撃を仕掛けた。黒影、テープ、音、舌、紫色の球体、ツル、鱗、角、オノマトペ、他多数……。それら全ての攻撃が彼に向かって飛んで行き、そして彼に届く直前で──────ゆっくり停止した。

 

 避けられたでも防がれたでもなく、ゆっくり停止した。彼に近付けば近付くほどスピードは遅くなっていき、そして彼の目と鼻の先で完全に動きが止まったのだ。耳郎の繰り出した音のように、実体のない攻撃も例外にあらず。

 

 その現象を目の当たりにしたヒーロー科側は驚きを隠せない。

 

 

「えっ、なに、どういう事? 何で攻撃が当たらないの!? 超パワーと空中浮遊の複合個性じゃなかったっけ!?」

 

「おい黒影、どうなってるんだ!? 説明しろ!」

 

『踏陰ェ……、何デカ知ラネーガコレ以上アイツノ所マデ近付ケネェ! イクラブン殴ロウトシテモダメダ! 動キガ遅クナル!』

 

「オイラのもぎもぎもあれじゃくっ付かねーよ!」

 

「ケロ、何だか不思議な感覚だわ……」

 

「ちょっと、ウチの攻撃も効いてないっぽいんだけど!? かなりの心音食らわせたのに何で……!」

 

 

 一斉に困惑しだしたヒーロー科達の会話を聞き流しながら、もしこれら全部が当たったら一体どうなるのだろうと、彼は呑気にそんな事を思っていた。

 

 

「皆どいてろ! 俺がやる!」

 

 

 だが、その思考を遮るように突如氷の大壁が押し寄せる。轟が仕掛けて来た証拠だ。

 

 しかしその攻撃はもう経験済み。あっという間に押し寄せて来た氷の塊を前に、彼は体育祭の時のように指を弾き、発生した風圧と衝撃波で粉砕した。

 

 

「……まあ、この程度でどうにかなるわけねーよな。けど今回は体育祭の時と違って俺1人じゃねえんだ」

 

「スマッシュ!!」

 

「はああああー!!」

 

「うおりゃああああー!!」

 

 

 そう言った轟の言葉に応えるように、今度は近接攻撃がメインの人達が攻撃を仕掛けた。

 

 まず緑谷、拳藤、鉄哲の3人が個性を使い、彼を取り囲む形で3方向から殴り掛かる。だが彼からしてみれば3人とも動きは鈍く、マスキュラーの方が数十倍も速いと言える程度には遅かった。

 

 彼は3人の攻撃をあっさり躱すと、そのまま歩きながら後ろに下がり、追撃する3人をポケットに手を突っ込んだまま対処する。

 

 3人で攻めても余裕綽々なその態度に、3人の中で1番血の気の多い鉄哲が声を張り上げる。

 

 

「こんの野郎がああああああ!! てめぇ、人をおちょくるのも大概にしやがれオラァァァァー!!」

 

 

 しかし、そんな鉄哲の叫びも彼の心には響かないし、叫んだところで状況は変わらない。

 

 それは相手も分かっているようで、追撃を続ける拳藤が鉄哲に続いて声を上げる。

 

 

「皆、今だよ! 取り囲んで!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 

 その掛け声と同時に、戦場を迂回してきた他の近接主体のメンバーが逃げ道を塞ぐように彼の背後に立つ。同時に彼も歩みを止め、ポケットから手を出した。

 

 辺りを見渡すと、まず近距離部隊が5mほど距離を取って円形状に取り囲み、その更に10m後方に中遠距離部隊が攻撃態勢を整えているのが目に入る。

 

 

「行くぜッ! 歯ぁ食い縛れやああああ!!」

 

 

 と、観察するのも束の間、鉄哲が体を金属化して殴り掛かる。それを難なく避けると、今度は左右から尻尾と拳が飛んできた。尾白と砂藤の攻撃である。

 

 この2人の攻撃も当然遅いので、後ろに飛んでひらりと躱す。それを見るや否や、2人の後に続くように他の人達も一斉に飛び掛かった。

 

 だが、10人以上の近距離メンバーが総攻撃を繰り出すも、全ての攻撃が紙一重で躱されてしまう。そんな状況が続くので、いつまでも攻撃が当たらないもどかしさが皆の心に募り始めていた。

 

 

「ちくしょう、何で攻撃が当たんねえんだ!」

 

「いくら殴っても殴っても全部躱されちまう!」

 

「背後から不意を突けば……って嘘でしょ!? こっち見てないのに何で今のが避けられるの!?」

 

「皆さん、落ち着いて! そして下がってください! 準備が出来ましたわ!」

 

 

 攻撃を全て躱している中で聞こえた一際大きな澄んだ声に、彼は思わずそちらに目を向けた。

 

 その視線の先には、皆が一斉に横へ飛んで逃げる中、八百万が巨大な大砲を3つ作り終えて待ち構えていた。どうやらいつでも発射可能状態らしい。

 

 それを見て、最初の先制攻撃を止めたように気の圧力で見えない壁を作り、今度は逆に砲弾を押し返してやろうかと瞬時に考える。

 

 だが、その目論見は見事に外れる。

 

 

「これが今の私の最大限……発射ッ!!」

 

 

 3つの大砲から同時に3つの大きな砲弾が飛び出し、それが彼のいる方向へ猛スピードで飛んで行く。

 

 彼もそれに合わせ、一瞬で不可視の壁を作り出す。本当はこんな事をしなくてもダメージは無いのだが、今着ている超重量の服は汚れると洗うのが大変なため、なるべく埃を被りたくないのだ。

 

 そして放たれた砲弾は真っ直ぐ飛んで行き……彼にではなく、その手前の地面に着弾した。

 

 瞬間、砲弾が爆発を起こして地面が抉れ、彼の周囲に土煙がもうもうと立ち込める。これにより、周囲にいるヒーロー科達の姿が目視で把握出来なくなる。

 

 土煙はあっても鬱陶しいだけ。さっさと視界をクリアにするため、煙を振り払おうと掌を広げて構える。

 

 と、その時だった。

 

 

「──えっ? 嘘、何で!? 何で今のが避けられたの!? 私の姿は見えないはずなのに……!」

 

 

 背後からこっそり近付いていた葉隠が音も立てずに飛び掛かって来たので、彼は咄嗟に横に体を傾けて避けた。

 

 透明なためその姿を視認する事は出来ないが、八百万製の手錠が浮いている所を見るに、この煙幕に乗じて手錠を掛けようとしたのだろう。

 

 恐らく先程の砲弾はブラフで、煙幕を張って視界を遮る事で葉隠の奇襲を成功させるために撃ったと思われる。短時間で考えたにしては悪くない作戦だ。

 

 だが、彼は基本的に相手の気を読み取って動きを把握しているため、余程の事が無い限り煙幕は意味を成さない。つまり、葉隠の奇襲は最初から成功するわけがなかったのだ。

 

 奇襲に失敗し、手錠を振り回しながら「くっそー」と呟く葉隠を横目に、彼は手を振って土煙を払った。

 

 

「葉隠さん、奇襲は……!」

 

「ごめんヤオモモちゃん、避けられちゃった! 気配は消してたんだけどね、何でか知らないけど私の行動、向こうに把握されてるっぽい!」

 

「そんな……!」

 

 

 そんな2人のやり取りを聞いて、緑谷と轟と飯田が顔を合わせて頷き合う。

 

 

「轟君、飯田君!」

 

「ああ分かってる。どういう理屈かは知らねえが、あいつには目で見ずとも俺達の行動を把握出来る方法が存在する」

 

「加えて蛙吹君らの攻撃を止めた謎の技。あれについても警戒せねばならない」

 

「彼の個性についてだけど、ここまでの情報で考えられる可能性は2つ。1つ、超パワーと浮遊の他に、相手の動きを把握したり攻撃を止めたりする事も出来る複合型個性である可能性!」

 

「そんでもう1つ。その1つ目の可能性は全部ブラフで、本当は別の個性だけど応用で超パワーとか浮遊とかを実現している可能性だな」

 

 

 再び始まった総攻撃を避けながらも聞こえてくる3人の会話に、非常に好い線を行っているなと彼は思った。

 

 当たらずと雖も遠からず。そもそも『個性である』という前提条件から間違っているため、正確にはどちらの可能性も違うのだが、それでも正解を与えるなら轟が言った2つ目の方だろう。

 

 とはいえ、舞空術や他の技はともかく超パワーは気をあまり使用していないのでほとんど素の力に近い。

 

 

「しかしどうする? 2人の推測の内どちらかが合っていたとして、それで状況が変わるわけではない。むしろこのまま長引けば不利になるのは俺達の方だぞ」

 

「確かにな。だからどうにかして奴の隙を狙うか作るかしたいんだが、そんな都合の良い展開に出来るかどうか分かんねえ。近距離は避けられるし、遠距離はそもそも当たらねえんだぞ」

 

「それでも少しずつで良い! 少しずつで良いから、今分かる範囲内で対抗策を模索して、確実に手が届く所まで持って行こう! 戦いはまだこれからなんだ、焦っちゃ駄目だ!」

 

 

 彼が色々と思っている間、轟と飯田と緑谷の会話は未だに続いており、緑谷が打開策を打ち出そうと必死に頭を回転させる。

 

 

(轟君にはああ言ったけど、どうする? 現状、彼に有効打を与えるどころか攻撃を当てる事すら出来ていない。近距離からの総攻撃を全部避けて、葉隠さんの奇襲にも難なく対応したから、やろうと思えば遠距離からの攻撃も止めずに回避出来るはず。というか、皆の攻撃が当たっても効くかどうかすら怪しい。

 そもそも本気じゃないのが見え見えだから、まだ他にどんな手があるのか分からない。今までに見せたものが全てとはとても思えないし、体力切れによる疲労まで粘るのも現実的じゃない……底力が計り知れない)

 

 

 しかし、打開策を考えれば考えるほど、如何にヒーロー科側が厳しい状況に立たされているのか思い知らされ、緑谷の頬を一雫の冷汗が伝い落ちる。

 

 そして戦いが始まって15分が経過した現在、ヒーロー科からの攻撃ばかりで彼からの攻撃は1度たりとも来ていない。それにも拘わらず、戦いが長引くほど彼我の実力差が如実に現れてくる。

 

 職場体験や更なる基礎練の積み重ねで、体育祭の時よりも更に強くなったのに、それでもまだ彼の強さに擦りもしない。底が見えない。そんなどうしようもない事実が皆の矜持を徐々に蝕んでいく。

 

 彼の強さに届くまで、一体どれほどの距離があるのだろう。どれほどの研鑽を積み重ねたら、あれだけの強さを手に入れられるのだろう。彼と戦う皆の心に、そんな疑問が生まれるのは時間の問題だった。

 

 だが、そこでぽっきりと挫けないのがヒーロー科だ。

 

 

「皆、もう1回だ! また避けられても良い! 全部避けられるなら、当たるまで何回でも何十回でも何百回でも攻め続けよう! 僅かなチャンスを作るためにも、今出来る最大限をやり切ろう!」

 

「そうだなぁ! 拳藤の言う通りだ! おい皆、ぜってーあいつの顔面に鉄拳食らわせてやろうぜ!」

 

「おうよ!」

 

「だな!」

 

「まあ、とことんやるしかねえか」

 

「いやいや、完全にやぶれかぶれじゃんかよ! これもう無理だぜ! 嫌な予感しかしねーよ!」

 

「峰田ちゃん、皆の士気を取り戻そうする時に水を差すのは感心しないわ。でも今回ばかりは峰田ちゃんの意見に私賛成かも」

 

「とはいえ、現状これと言った打開策があるわけでもないしなぁ……」

 

「とにかくやるだけやってみようよ! もしかしたら次は上手くいくかもしれないじゃん!」

 

 

 淀みかけていた空気が拳藤の掛け声一つで活気づいていく。

 

 掛け声の内容は別として、皆の士気を取り戻させた影響はとても大きい。どんな時でも逆境に強いのはヒーローにとって最大の強み言えるだろう。

 

 しかし峰田と蛙吹の言う通りで、やぶれかぶれである事には変わりない。いくら出来る事が限られているとはいえ、攻撃が当たるまで何百回も同じ事を繰り返すのは流石に効率が悪すぎる。

 

 それとも何か策でも思い付いたのだろうか。彼はあらゆる可能性について思考を巡らせる。

 

 と、その時だった。

 

 

「死ねぇぇぇぇー!! 舐めプ野郎おおおおおお!!」

 

 

 突如聞こえた大声での殺害予告に驚き咄嗟に背後を振り向くと、そこにはなんと爆豪の姿が。

 

 コスチュームに身を包み、爆破で空を飛びながら怒り狂った顔でこちらに突進してくる姿はまさに鬼神の如く。

 

 

「えっ、かっちゃん!?」

 

「ば、爆豪!? あいつ先に帰ったんじゃなかったのか!?」

 

 

 突然の登場に全員の注目が集まる中、爆豪は何の躊躇もなく彼に真っ直ぐ突っ込むと、彼の目の前で両手を突き出し叫んだ。

 

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)ォォォォーッッ!!」

 

 

 体育祭でも見せたあの大技を、何の躊躇いもなくいきなり彼に食らわせた。

 

 地面は抉れ、粉塵は巻き上がり、爆発による衝撃波と熱風が彼を取り囲む人達に押し寄せる。威力も体育祭の時とは比にならない。

 

 だがよく見ると、爆発によって抉れた地面の範囲は狭く、近くの建物への被害も精々が窓ガラスにひびを入れる程度。

 

 器用にも爆豪は、爆破の範囲は狭めつつ以前よりも数段強い威力で放つという事を実現していた。これは後に爆豪が習得する新技の前兆なのだが、この時の爆豪は無意識の行動だった。

 

 

「おいてめぇら、俺を放っておいて何面白え事やってんだああ!? 舐めた真似してんじゃねえよ!」

 

「いやいや、そんな事言ったってかっちゃんが先に帰ったんでしょ!? 僕その後ちゃんとメール送ったし……というかどうしてここに?」

 

「てめぇが送ってきたそのメール見て戻って来たんだよクソデク! やるんならもっと早くに伝えろやぶっ飛ばすぞ!」

 

「そんな理不尽な!」

 

 

 開口一番、コントじみた言い争いを繰り広げる幼馴染2人。

 

 緊張感のないそれを全員が冷めた目で見る中、爆豪の技を食らった彼が無傷で煙の中から現れた。

 

 その瞬間言い争いを止め、共に対峙する相手を注視する緑谷と爆豪。性格上全然反りが合わない2人だが、切り替えの速さは一緒だった。

 

 そして爆豪がいるという事はもう1人……。

 

 

「緑谷、メールありがとうな! お前が送ってくれたおかげで急いで戻って来れた!」

 

「あっ、切島君!」

 

 

 爆豪に勉強を教えてもらうため一緒に帰った切島も来ているという事を意味する。

 

 こうして35人から37人となったヒーロー科側の面々に、相対する彼は僅かに口角を上げた──。

 

 

 




はい、というわけで、やっぱり手も足も出せていません。完全に弄び、圧倒的な実力差で緑谷達ヒーロー科側の主人公補正を叩き潰しています。どうにもならない時は、本当に何をやっても上手くいかないのが現実って事です。でも決して無駄ではないです。
……皆の行動、上手く書けてますかね? こんな感じで良いっすかね?

※服の重さを500kgから300kgに変更しました。特に深い理由はありません。何となくです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 雲泥万里

ヒーロー科との合同訓練、果たしてどのような結果になるのだろうか……。


 昨日の今日で始まったヒーロー科との合同訓練。

 

 爆豪と切島の途中参戦により総勢37人となったヒーロー科だったが、依然として状況は変化していなかった。

 

 

「死ぃぃねぇぇぇぇー!!」

 

「おりゃああああああ!!」

 

「スマァァァァッシュ!!」

 

 

 爆豪が単騎特攻で突っ込み爆撃を食らわせ、その後に続くように左右から切島と緑谷が殴り付ける。

 

 だが、3人の攻撃は彼に届く直前で見えない何かに阻まれ、当たる事なく停止した。

 

 

「おいおいマジかよ!? 爆豪の攻撃も俺らの攻撃も全然当たらねえじゃん! 緑谷が言ってた見えない壁ってこれの事か!」

 

「うん、そうだよ切島君。僕達あれのせいで全然攻撃が当たらないんだ。仮に阻まれなかったとしても、皆の攻撃をあっさり避けられるだけのスピードと反応速度があるから余計当てられない」

 

「確かにこいつは厄介だな……」

 

「んな事誰だって分かってんだよ! ごちゃごちゃ言ってる暇あるなら、てめぇらもさっさと打開策考えろやアホが!」

 

 

 緑谷と切島の会話に爆豪が割り込んで怒鳴り散らす中、間を置かずに次の攻撃が飛んでくる。

 

 麗日、蛙吹、飯田、轟の4人による連携技である。

 

 

「レシプロ……エクステンドッ!!」

 

 

 初手、飯田の蹴りが顔面に迫っていた。彼は咄嗟に仰け反って避け、背後に回った飯田を見やる。

 

 よく見ると、飯田の脹脛にあるマフラーの周りを氷が覆っている。恐らく轟によるサポートだろう。飯田の個性は無理に使った場合、オーバーヒートを起こし故障するという特徴がある。氷はそれを未然に防ぐための対策。

 

 なるほど、よく考えられている。これで飯田は暫くの間、トップスピードを保ったままの攻撃が可能となるわけだ。

 

 縦横無尽に動き回る飯田の攻撃を躱しながら、彼は心の中で感心する。

 

 

「くっ、やはりこのスピードにも対応するか! 予想していたとはいえ、こうもあっさり避けられるのはショックだな……」

 

 

 言いながらも全力で蹴り続ける事を止めない飯田。

 

 そちらに気を取られている隙に、残った三人は何やら準備していたようで、轟がすかさず氷結攻撃を繰り出してきた。

 

 それに気付いた飯田が横に飛び退いた事で、攻撃は彼に向かって突き進む。そして当たり前のように超パワーで粉々に消し飛ばす。

 

 だが、氷結攻撃を消し飛ばしてから気付いた。

 

 

「梅雨ちゃん!」

 

「任せて! ケロォォーッ!」

 

 

 蛙吹の口から伸びる長い舌、その先に巨大な氷塊が巻かれていた。

 

 どう考えても細長い舌だけでは持ち上げられない程度の大きさの氷。それが何でもないかの如く軽々とこちらに投擲される。

 

 信じられない光景に一瞬驚いたが、麗日が個性で浮かせているから軽いのだろうと結論付け、すぐさま目の前に飛んで来た氷に意識を集中させる。

 

 

「よし、ここら辺で……解除!」

 

 

 そして氷塊が彼の頭上を通り越す手前で無重力(ゼログラビティ)の個性を解除する麗日。両手を重ね、左右の手の指同士が触れ合った瞬間、一直線に飛んでいた氷塊はミサイルのように彼の頭上へ落下する。

 

 およそ5m以上はありそうな巨大な氷塊を見上げ、吹き飛ばすために拳を握り締める。だが、2人の攻撃はこれで終わりではなかった。

 

 

「梅雨ちゃん、次これ! 私も投げるから!」

 

「ありがとう! お茶子ちゃん! そっちの! 氷塊は! 任せるわ!」

 

 

 降ってきた氷を吹き飛ばそうとする前に、更に数多くの氷塊が追加で降り注いできた。一言ずつ発する度に氷塊を投げ飛ばす蛙吹の隣で、浮かせた氷塊を一緒に投げ付ける麗日。

 

 その様はまさに流星群。どれもが人をすり潰せるくらい巨大な塊で、それらが彼を押し潰さんとやって来る。

 

 だが、この程度で動揺する事も対処出来ない事もない。

 

 

「よし、命中した! 氷の山の下敷きになってるから今の内に──ッ!?」

 

 

 連携技が決まって思わず安堵する声を漏らす麗日だったが、それもすぐに掻き消され現実に引き戻される。

 

 何故なら下敷きなっているはずの彼が、積み上がった氷塊の山の頂上に座り、4人を見下ろしてくつくつと笑っていたからだ。

 

 そう、彼は最初の氷塊に押し潰される寸前でその場から超スピードで脱出し、全ての氷塊が積み上がるまで上空で待機していたのだ。

 

 

「う、嘘やろ!? 体育祭でも使ったウチの超必……それも梅雨ちゃん達との連携やったのに、全く通用してへん……!」

 

「落ち着け麗日、相手が相手だ。むしろ計画通りにいかない事の方が多い、気にすんな」

 

「轟ちゃんの言う通りよ。相手は私達の想定を軽々飛び越えてくるような存在。冷静さを欠けば、不利になるのはこっちだわ」

 

「うん……そうやね……」

 

 

 驚愕する麗日にすかさずフォローを入れる轟と蛙吹。しかし、それでもどこかショックを拭い切れない様子の麗日が目に入った。

 

 ひょっとして先程の連携技が通用しなかった事で、体育祭決勝の爆豪戦で味わった苦い経験を思い出してしまったのだろうか。もしそうなら悪い事をしたかもしれない。そう思った彼は心の中で麗日に謝った。

 

 どこか浮かない顔の麗日から視線をずらし、周囲に意識を向ける。すると今度は、椅子代わりに座っていた氷塊がドロドロに溶けだした。

 

 何事かと辺りを見渡すと氷塊の山の麓に骨抜がおり、しゃがみ込んで地面と氷に手を置いていた。どうやら氷と周辺の地面を液状化させたらしい。麗日に気を取られていたために反応が遅れ、飛び出そうとする前に体をがっちり氷で固定されてしまった。完全に油断していた結果である。

 

 そんな彼を見事拘束した骨抜が話し掛ける。

 

 

「……やっと君を捉える事が出来た。体育祭の時は君にしてやられたからね、ずっと慎重に動いて機を窺っていたんだ。もうあの超パワーを食らうのは御免だから、俺はこの辺でお暇して、後は皆に任せるよ」

 

 

 そう言って液状化した地面に潜る骨抜。どうやら体育祭での出来事をずっと気にしていたらしい。

 

 骨抜が潜って行った後の地面をまじまじと眺めていると、この機を絶対に逃がすまいと、轟がすかさず氷結攻撃を仕掛けてきた。

 

 彼を拘束している氷塊の麓から掬うように、更に多量の氷で上空へ押し上げると、そこから幾層にも及ぶ氷の壁を追加で展開して押し固める。

 

 そう、轟はほんの十数秒の間で超巨大な氷の監獄を作り上げたのだ。これには他の皆も開いた口が塞がらない。

 

 

「ま、マジかよ……轟の奴、本気出したらあんな事まで出来んのか」

 

「いや、本当に圧巻だな。体育祭終わってからめちゃくちゃ修行頑張ってるとは聞いたけど……これ体育祭の時より氷の規模デカくなってね?」

 

 

 見る者を圧倒する氷の監獄を前に、切島と瀬呂が驚きに目を見開いたまま呟く。

 

 だが、せっかく相手の動きを止めたこの千載一遇の好機を前に呆けている暇はない。2人のように未だ唖然とする者達に、轟が炎で体温を調節しながら大声を上げる。

 

 

「ぼーっとすんな! 今があいつに攻撃できる唯一のチャンスなんだぞ! 皆で一斉に畳み掛けろ!」

 

 

 轟から発せたれた喝によって全員がハッと目を覚まし、すぐに氷の表面を蹴って彼の元へ駆け上がる。

 

 拘束された彼の元へ皆が一斉に向かう中、一番に頂上へ辿り着いたのは爆豪、緑谷、飯田の3人だった。

 

 

「やっとてめぇをぶっ飛ばせる! 半分野郎のおかげってのが癪だけどなああああーッ!!」

 

「飯田君、ステインと戦った時のように……!」

 

「ああ分かってる! あの時のように息を合わせて畳み掛けるぞ!」

 

 

 瞬間、彼の顔面に爆豪の攻撃が直撃した。周囲の氷を壊さないように爆破の範囲を抑えつつ、高い威力を保ったままの爆破だ。そんな高度な技術を駆使しながら何発も爆破を繰り返す。

 

 

「オラァァァァーッ! くたばれぇぇぇぇーッ!」

 

「緑谷君、爆豪君が一歩下がった瞬間を狙って俺達も一緒に……!」

 

「うん、行くよ飯田君……今だ! 5%・デトロイトスマッシュ!」

 

「レシプロエクステンドッ!!」

 

 

 そして爆豪が態勢を整えるため一旦距離を取った瞬間、今度は緑谷と飯田が彼の顔面と胴体に鋭い殴打と蹴りを与える。

 

 あっという間に3人の連携によるヒット&アウェイが成立し、彼に絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。

 

 だが、攻撃を続ける3人の内心は穏やかな物ではなかった。

 

 

(クソッ、俺の爆破が奴に効かねえ事は織り込み済みだが、デクと眼鏡の攻撃を顔面に受けても平然としてやがる! ……何度見ても気味が悪いぜ)

 

(こんだけ殴っているのに声の一つも上げない! それになんて硬さだ! グローブが無かったら今頃こっちが怪我してた! ステインとはまた違う強さだ!)

 

(いかん、脚の装甲にひびが入った! 素足だと俺の脚が折れてしまうから、このまま装甲が壊れたら何も出来なくなってしまう!)

 

 

 いくら攻撃してもびくともしないどころか、全く効いていない様子を見せる彼を見て、徐々に焦りと驚愕の感情が大きくなっていた。

 

 少しも油断などしていないし、絶え間なく最大威力の攻撃を当て続けている。そして直撃している。だというのに、気付けばこちらの命が握られている。そんな寒気のする感覚を3人は味わっていた。

 

 

「黒影、3人を援護しろ!」

 

『ヨッシャ任セロォォーッ!』

 

「俺達も加勢するぜ!」

 

「抜け駆けすんなよ3人とも!」

 

「ウチ後方から皆の援護するね! 後ろは任せて!」

 

「ケロッ、それじゃあ私も皆のサポートに回ろうかしら」

 

「待ってください耳郎さん、蛙吹さん。お2人は葉隠さんのサポートに回って頂けますでしょうか。私、先程とは別の方法で手錠を掛けてみようと思いますの」

 

「というわけで、よろしく頼むね2人とも!」

 

 

 と、3人が焦っていた所へ他のヒーロー科の面々が駆け付けた。A組、B組の半数以上が氷の斜面を登って彼を倒そうとやって来たのだ。

 

 そして始まる一斉攻撃。その光景は傍から見ればただのリンチである。

 

 だが、状況は3人の時と大して変わらなかった。

 

 

「ああもう! 何でこんなに攻撃してるのにピンピンしてんだよ! 耐久力高すぎだろ!」

 

「こっちも駄目だ! 黒影の攻撃がまるで効いてない!」

 

「それなら私が……痛っ!? あぐっ、手が……!」

 

「お、おい拳藤!? 手が腫れてるぞ! 肌も青くなってるし、それもう骨折してるじゃねーか! 一旦下がれ!」

 

「近接が無理なら遠距離から……って、これでも駄目なの!?」

 

「だったら僕があいつの個性をコピーして……ん? 何だこれ、もしかしてスカか? いや、それにしては何というか……」

 

「とにかく攻撃を続けるんだ! 効かないとしても、このチャンスを無駄にしちゃいけない!」

 

 

 数十人がかりで集中攻撃しても一切ダメージがないどころか、逆に怪我を負って戦線離脱してしまう人が現れる始末。流れは悪くなる一方。

 

 これまで彼からの攻撃は皆無にも拘わらず、それでもヒーロー科側の人数が減っている。そんな異様な状況が続いたせいで、皆の心の中にとある不安が芽生えていた。

 

 この状況でもし彼が反撃を始めたらどうなってしまうのだろう、と。

 

 タイミングの悪い事に、その不安はすぐにやって来た。

 

 

「行きます、準備は良いですかお三方?」

 

「ヤオモモ、こっちはいつでもOK! 後は合図だけ!」

 

「頼むよ耳郎ちゃん、梅雨ちゃん!」

 

「ケロケロ、任せて頂戴。必ず成功させ──ッ!?」

 

 

 他の皆が攻撃している間に何やらコソコソと準備を進めていた八百万、耳郎、蛙吹、葉隠の4人。だが、いざ作戦を開始しようとした瞬間、突然足場の氷が大きく揺れた。

 

 そして、一体何が起きたのか状況を確かめる間もなく、大きく揺れた衝撃によって氷がバラバラに砕け散り、足場が無くなってしまう。

 

 

「な、何なの今の衝撃はああああああッ!?」

 

「耳郎ちゃああああああああん!」

 

「一体最前線で何がありましたの!?」

 

「マズいわ、このままじゃ皆地面に叩き付けられちゃう!」

 

 

 当然、足場が無くなった事によって頂上にいたほぼ全員が地面に落下していく。そして蛙吹の言う通り、このまま落下すればほとんどの人が地面に真っ赤な花を咲かせる事だろう。

 

 だが、地面に激突するまであと数mの所で轟が氷の滑り台を生成。その表面を骨抜がドロドロにして即席のクッションに変え、落ちてきた全員を怪我させずに救出する。

 

 

「あ、危なかったー! 今死ぬかと思った!」

 

「サンキュー轟、骨抜! お前らのおかげで何とか助かった!」

 

「礼は後で良い、今は相手に集中しろ!」

 

「轟の言う通りだよ。今まで無抵抗だった彼がああして派手に拘束を解いたって事は、ここからが本番。皆、気を引き締めて」

 

「ていうか、しれっとあの氷山を全部ぶっ壊してるのね。どんなパワーしてんだよあいつ……」

 

 

 未だ困惑している者、冷静に状況を分析する者、感謝を告げる者。それぞれが十人十色な反応を見せる中、いち早く警戒を最大まで高めた者達はすぐに上空を見上げた。

 

 その視線の先には、両腕を大きく広げた体勢のまま宙に浮く彼の姿があった。

 

 

「……なんてパワーだ。腕を振っただけであれ程の風圧と衝撃波を生み出せるとはな」

 

「しかもまだまだ本気じゃなかった。彼の底力が全く見えない……」

 

「それは今どうでも良いんだよ! 派手に抵抗したって事は、ようやく向こうもその気になったって事だ! 呑気な事言ってんじゃねえぞデク!」

 

 

 飯田、緑谷、爆豪が片時も視線を逸らさず言い合う中、宙に浮く彼は地上にいる全員を見下ろしていた。

 

 これまで回避か、そもそも攻撃を当てさせないかのどちらかだったのに、今の彼は先程の集中攻撃を受けた事で少々興に乗っていた。

 

 勝てないと心の中で分かっていながらも、必死に作戦を考え実行し、見事な連携技で勝利を掴みに行こうとするヒーロー科達の気概に感心したためだ。

 

 そしてもう1つ。先程の集中攻撃によって彼が着用していた超重量の運動着が汚れてしまったのだ。これも油断と手抜きが招いた結果で、家に帰ってから面倒な手揉み洗いをする事が確定してしまった。

 

 攻撃を受けないようにしていたのは服を汚したくなかったから。その服を洗う必要が出てきたとなれば、もうこれ以上汚さないために気を遣う意味もない。

 

 彼はストレッチとばかりに軽く伸びをすると、着ていた上着部分、つまり超重量の服を脱いで地面に投げ付けた。

 

 それを見て、いきなり上着を脱いでスポーツ用のアンダーウェアだけの軽装になった彼に疑問を抱くヒーロー科達。だが、投げた上着がコンクリート製の地面を割った瞬間を見て全員が血相を変えた。

 

 

「……おいデク、あのジャージ」

 

「分かってるよかっちゃん……うん、ちょっとこれは想像以上にマズいかもしれない」

 

「ちょっとじゃねえわアホ……あの野郎、今まであんな物着て動き回ってたのかよ。クソが……」

 

 

 爆豪と緑谷が事の深刻さに冷や汗を掻いている傍ら、上着の落下地点の近くにいた数名が恐る恐る上着を持ち上げようとする。

 

 

「服が地面割ったんだけど。一体どういう構造したジャージなん……だ……ろう?」

 

「ん、どうした?」

 

「……持てない」

 

「……は?」

 

「全然持てないんだよ。何だよこれ、嘘だろ。どうなってんだよこのジャージ! 全っ然! びくともしねえ! いやいやいや、まさかあいつ、これを着てずっと俺達の相手を? いくら何でもそりゃあねえだろ……」

 

「どれ、俺も少し……なっ!? この重さは!?」

 

 

 上着の重量をその身で感じて理解した峰田と障子は、あまりの重さにショックを禁じ得なかった。

 

 そして2人の反応を見て周囲の人達にも動揺が広がる。今まで自分達が戦っていた相手は、攻撃せず手加減して戦っていただけではなく、最初から特大のハンデを背負っていたのだ。それでもなお実力に大きな差があるという事実に、峰田達と同様にショックを受ける者は少なくなかった。

 

 しかし、その事実に気付くには少々遅過ぎた。

 

 

「くっ……皆、気持ちは分かるが今は落ち込んでる場合じゃない! 気を取り直して集中だ!」

 

「飯田の言う通りだ! ここで隙を見せたら、それこそ奴の思う壺! 全員戦闘態勢を整え……て……から……」

 

 

 飯田がショックを受けた者達へ鼓舞し、轟がそれに賛同しながらも油断なく上空を見上げるも、その声は途中から尻すぼみしていく。

 

 それもそのはず、先程から片時も目を離さず見張っていたはずの彼が、瞬きの間に上空から姿を消し、気付いた時には轟の背後に立ってコスチュームを鷲掴みしていたのだから。

 

 

(い、いつの間に轟君の後ろへ……)

 

(……動け、動け動け動け動け! 動けよ身体! 止まったら駄目だろ!)

 

 

 意識の外から接近されて背後を取られた衝撃に、身体が硬直して動かせない飯田と轟。

 

 束の間の出来事に反撃出来ない2人に対し、轟を捕まえた彼はニヤリと笑みを浮かべて言った。

 

 せっかく面白くなってきたんだ、思い切りやろう、と。

 

 

「ッ!? あぐうううあああああああーッ!!」

 

「と、轟君!」

 

 

 その言葉通り、コスチュームを掴んでいた方の腕を横薙ぎに振り払い、轟を遥か遠くに放り投げた。

 

 しっかり調整しているとはいえ、それでもオールマイト並みの力で投げられたら普通は堪ったものではない。轟は膨大な力の奔流に逆らえず、市街地の上空を真っ直ぐ突き進む。

 

 

(軽く投げられただけでこんなにも……何てパワーしてん──ッ!?)

 

 

 上空に飛ばされても何とか態勢を立て直そうと踠く轟。だが、そんな事を考える暇すら与えられる事はない。

 

 目を見開けばまたしても轟の視界に彼の姿が映り、次の瞬間には強烈な衝撃と痛みが中腹部から全身へ広がった。彼が轟の腹を蹴ったのだ。蹴られた瞬間、轟の口から吐瀉物ではなく血が吐き出される。

 

 あまりの衝撃に脳が全身に危険信号を送り出し、生命維持のために全身からアドレナリンが分泌され、身体が何とか痛みを和らげようと尽力する。

 

 それでもなお消えない苦痛に追い討ちを掛けるように、蹴飛ばされた轟の身体は猛スピードで市街地のビルに激突。

 

 

「あがっ! うぐっ! がああああああーッ!!」

 

 

 あっという間に1つ、2つと突き抜け、3つ目のビルにめり込んでようやく止まった。

 

 たった1回、彼にとっては軽く蹴っただけだが、それでも轟の耐えられる限界を超えており、血を垂れ流しながらあっさりと意識を手放した。

 

 その様子を唖然として見ていた他のヒーロー科達。その表情は完全に恐怖一色に染まっており、ほとんどが明らかに戦意を喪失している。

 

 だが、それでも諦めない人はいる。

 

 

「クソがああああああー! 閃光弾(スタングレネード)ッ!」

 

 

 轟の様子を間近で見ようと向かう途中で、ヒーロー科の中で唯一空中戦が可能な爆豪が飛んで猛追してきた。

 

 そして彼の目の前で手を突き出すと、昼間以上に眩い光を放ち視界を奪う。

 

 

「ずっとやられっぱなしで黙ってられるかよ! 榴弾砲(ハウザー)……ッ!」

 

 

 そしてお馴染みの最大火力攻撃を顔面に食らわせようとする。しかし、その時には既に彼の姿はなく、爆豪ただ1人だけが宙に浮いていた。

 

 

「って、後ろか! そう何度も同じ手が通用するとぐほぉあ!?」

 

 

 残念、爆豪の実力ならこれまでの経験を活かし、後ろからの攻撃には即対応してくると思ったので、対応出来る速度以上で移動して横から殴らせてもらった。顔面は不味そうだったので脇腹の方を。膵臓がある方ではないのでそこは安心してほしい。

 

 だが、彼の分かりにくい配慮など爆豪にとっては無意味なもので、殴られた衝撃でこれまた口から血を溢した。

 

 

「ぐぎっ! ごほっ! がはっ! ぐふっ!」

 

 

 そして殴り飛ばされた爆豪は轟と同様、市街地内の大きな建物を何軒も突き破って真っ直ぐ進み、最終的に市街地演習場を取り囲む巨大な壁にめり込んでようやく止まった。

 

 たった1発、彼にとっては軽く殴っただけだが、それでも爆豪の耐えられる限界を超えており、血を垂れ流しながらあっさりと意識を手放した。

 

 A組最強格の2人が一瞬で倒された事で、残った全員の士気が輪を掛けて低くなる。雰囲気は完全にお通夜と同等である。

 

 しかし、それでもまだ諦めない勇敢な人もいる。

 

 

「5%……いや駄目だ! これじゃあ全く通用しなかった。ならば……!」

 

 

 緑谷が建物と建物の間を蹴って進み、彼のいる所まで登ってきた。

 

 今までとは明らかに異なる雰囲気を纏っており、その鬼気迫る表情には途轍もない覚悟と凄みがあった。

 

 そんな緑谷が右腕を大きく振りかぶり、力の限り叫ぶ。

 

 

「100%・デトロイトスマァァァァッシュ!!」

 

 

 大きく振りかぶった右腕を全力で振り下ろした瞬間、緑谷と彼を中心に大嵐の如き暴風が巻き起こった。

 

 衝撃波で周辺一帯の建物の窓ガラスは全て粉砕され、直下の地面には大きなクレーターが形成され、遠くで見ていたヒーロー科達にも荒れ狂う暴風が襲い掛かる。

 

 凄まじいの一言に尽きる一撃。そんな殴打を繰り出した緑谷は、体力を消耗し空中で激しく息を切らしていた。

 

 

(……ん? あれっ!? ()()()()()()()()!? 100%で打ったのに壊れなかった? USJで脳無を殴った時以来、また無意識の内に力のセーブに成功して……いや、そんな事よりも、今ので彼が大怪我していないか確認を──ッ!?)

 

 

 全力で殴った反動が腕に来なかった驚きで、一瞬気を抜いてしまった緑谷。呑気にも先程の殴打を食らって怪我していないか確かめようと前を向いた。

 

 だが、()()()()()倒れるほど、それどころか怪我をするほど相手は甘くない。

 

 

「……う、嘘だろ? 全力、100%なのに……オールマイト並みの力なのに……!」

 

 

 緑谷が受けた衝撃は凄まじかった。

 

 憧れのNO.1ヒーローから受け継いだ力を、一切の出し惜しみなく全力で解き放ったのだ。自身が知り得る限り最強の2文字を体現した存在から貰ったその力は、緑谷にとって諸刃の剣であると同時に希望の光でもある。

 

 そんな力の結晶の全力の一撃は、()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そ、そんな……こんな事が……」

 

 

 先程までの勢いはどこへやら、緑谷は完全に戦意を喪失してしまった。

 

 その隙を見逃すほど彼は優しくない。超スピードで緑谷の背後に回ると、両手を組んで振りかぶり、そして緑谷の背中に振り下ろした。

 

 

「あがああああああああーッッ!!」

 

 

 瞬間、強烈な一撃が背中を襲い、あまりの衝撃に緑谷は苦痛に満ちた叫び声を上げる。

 

 そして勢い良く地面に叩き付けられた緑谷を中心に、コンクリートの地面は深く沈み込み、天高く粉塵が巻き上げられる。

 

 たった1撃、彼にとっては軽く振り下ろしただけだが、それでも緑谷の耐えられる限界を超えており、血を垂れ流しながらあっさりと意識を手放した。

 

 

「あ……あ……そんな、デク君が……」

 

「爆豪が……あんなにあっさり……」

 

「轟もあんなに強くなってたのに……抵抗すら出来ず……」

 

「こ、こんなのってあるかよ……これはもう、駄目だろ……」

 

 

 僅か30秒の間に、轟、爆豪、緑谷の3人が何も出来ずに一瞬でやられてしまった事で、残った皆の戦意は今度こそ粉々に砕かれ失った。

 

 それでもやると決めたからには最後まで容赦しない彼は、無慈悲にも今度は残った全員の目の前に超スピードで移動する。

 

 そして急に現れた彼の存在に皆が驚く間もなく、彼は軽く一振り、腕を大きく振り払った。

 

 その瞬間、嵐以上の暴風と衝撃波の襲来によって全員漏れなく吹き飛ばされ、飛ばされた先にあった建物に激突して気を失い、戦闘不能に追い込まれる。

 

 この間僅か10秒未満。反撃開始から40秒も経たない内に、A組もB組も全滅して彼の勝利が決定した。完膚なきまでの圧勝である。

 

 この衝撃的な結果に、遠方から様子を観察していた相澤とオールマイトは、驚きに目を見開いていた。

 

 

「彼の強さ、ある程度は分かっているつもりだったが……こ、これ程だったなんて……」

 

「ええ、俺もびっくりしてますよオールマイトさん。あそこまで過剰な力を持った奴は見た事がありません。一体何者なんですかね、あいつ。……それよりも、怪我した生徒達を婆さんの所まで運びましょう。ちゃんと見に来て良かった」

 

「あ、ああ、そうだな……なるべく急ごう」

 

 

 こうして、放課後ギリギリまで続ける予定だった訓練は、彼の一方的な蹂躙により開始から30分程度で終了した──。

 

 

 


 

 

 

 戦闘訓練が終了したその日の放課後、リカバリーガールのいる保健室にて。

 

 

「全く、あんたって子は! あんな派手に吹き飛ばす必要もなかったでしょうが! やるにしても、もうちょっとだけ加減出来ないのかい!? 最大限の努力はしてるようだけど、それでも相手にとっちゃただの言い訳だからね!」

 

 

 あの後、様子を見守っていた相澤先生やオールマイトと協力し、大怪我を負った轟、爆豪、緑谷の3人を集中治療室に運んだ彼は、現在カンカンに怒ったリカバリーガールからがみがみと説教を食らっていた。

 

 説教が始まって既に結構な時間が経つのだが、その一言一言がぐうの音も出ない正論なだけに、彼も反論の余地がなかった。人生の大先輩が発する言葉の重みは違うのだ。

 

 

「はあ……全くもう。爆豪の肝臓と緑谷の背中、これギリギリだったよ。今はほぼ完治してるけど、あたしじゃなかったら後遺症残ってたからね」

 

 

 どうやら思っていた以上に深刻な状態だったらしい。起こるかも知れなかった最悪の未来を想像し、彼の頬に一雫の冷や汗が伝い落ちる。

 

 これは早急にどんな怪我をしても大丈夫な物を開発する必要がありそうだ。今後もこのような事があっては、またリカバリーガールにどやされてしまう。

 

 今回の期末試験で作る物は医療系ではないので、試験が終わったらメディカルマシーンの開発に本格的に取り掛かろう。それが出来れば今後どんな怪我を負ってもなんとかなるし、何より作り甲斐がある。

 

 そんな事を考えながら、彼はすやすやと寝息を立てる3人に目をやった。

 

 3人ともまだまだ実力不足だが、戦闘において重要な分析能力や精神力など、実力以外の要素は高い水準を誇っていた。それは他のヒーロー科にも言える事で、今後の成長に期待だ。

 

 ちなみに、重傷を負った3人以外は既に治療を終えて帰っている。今回の訓練で全員相当なショックを受けている様子だったが、それも今だけの事で明日にはすぐ復活している事だろう。大丈夫、全員「Plus Ultra」の精神で確実に乗り越えてくる。何の心配もいらない。

 

 ……そうだ、今回の戦闘訓練で気分転換出来たお礼に空の飛び方、つまり舞空術でも今度教えてあげよう。個性で空を飛べる者も飛べない者も、習得すれば相当なアドバンテージになるのは確実だろう。それと簡単な気の操作も一緒に教えよう。彼はそう思った。

 

 それからしばらくして、リカバリーガールの説教もやっと終わったので、彼は土塗れになった運動着を洗うべく急いで家に帰って行った──。

 

 

 




戦闘訓練の結末どうしようかなと考えましたが、キャラ補正とか物語の起伏とかを全て無視し、実力差を考慮してヒーロー科が徹底的に打ちのめされる展開にしました。
期末試験編は次回で終わりの予定です。ちょうど20話目で第2章終了とし、21話目から第3章にしようと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 問題児2人、ただし天才

ヒーロー科との合同訓練も終わり、後は期末試験と実技試験を残すのみ。というか、ここからが本番。2人は一体何を作ったのだろうか……。
それと、今話はちょっと短めです。


 ヒーロー科との戦闘訓練が終わり、次の週。

 

 7月に入り、1学期もいよいよ残り僅かとなった現在、1年H組サポート科の教室にて。

 

 

「はい、時間だよ。全員筆記用具を置いて、後ろから答案用紙を回収してって」

 

 

 静かな教室内に、パワーローダー先生のテスト終了を告げる声が響き渡る。先生の指示に従い、後ろの席から生徒達の答案用紙が回収されていく。

 

 今日で全ての筆記試験が終了し、残すは実技試験のサポートアイテム開発だけとなった。答案用紙が回収されていく様子をぼんやり眺めながら、彼は締切までの残り1週間をどうするか考える。

 

 とは言っても提出するアイテムの開発は概ね順調で、あと3日もあれば完成する予定となっている。完成したら担任に提出して期末試験は終わりだ。試運転もしっかり予定に組み込んでいる。

 

 その後はメディカルマシーンの開発に取り掛かる。出来る事なら、今回の期末試験のようにまた発目が協力してくれるとありがたいが、果たしてどうだろうか。

 

 

「ああ、全然問題ないですよ。むしろばっち来いです。こちらとしても育て甲斐がありますし、あなたとのベイビー作りはとても楽しくてワクワクしますから。

 それにしてもメディカルマシーンですか……前に私が提案した選択肢の1つを改良した物でしょう? なら尚更一緒にやりましょう!」

 

 

 全然OKだった。むしろばっち来いなんて言われた。少し誤解を招きそうな言い回しが気になるが、些細な事だから流しておこう。

 

 そして筆記試験が終わったその日の放課後、いつもの様に発目との共同開発に勤しむ。

 

 先程も言ったように開発は順調で、今日を含めて3日で完成する流れとなっている。全工程の9割近くは完了しており、残る1割は細かい微調整と試運転と改良の3つ。100点満点のものを求めたい一心から一切の妥協も許さない。

 

 情けない話、開発当初はどこから着手すれば良いのか随分と悩んだ。くじ引きで決めたは良いものの、いざ作ろうとなった時に軽く後悔を覚えた。結果、初日はひたすら発目と話し合って何も出来なかったという稀な1日を過ごしている。

 

 しかしそこで諦める事はなかった。次の日には初日の反省を活かし、()()()()()()()破竹の勢いで開発を進め、パワーローダー先生もびっくりな速度で作りたい物を形にしていったのだ。

 

 

「さあ、残る工程も僅かです。あと少しで我々の共同ベイビーが誕生しますよ! 気張っていきましょう!」

 

 

 発目による激励の言葉を追い風に、彼も完成に向けて今一度気合いを入れ直す。

 

 工房内で他のサポート科のグループが思い思いの物を作り上げている中、そちらに一切目もくれない程の集中力を発揮する2人。

 

 そうしてあっという間に3日が経過し、遂に実技試験で提出する発明品が完成したのだった──。

 

 

 


 

 

 

 発目と彼が発明品を完成させた頃、ヒーロー科の方では演習試験が行われようとしていた。

 

 

「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねえヘマはするなよ?」

 

「……先生多くない?」

 

 

 校舎裏のグラウンドに集まったA組達は、演習試験にやって来た教師陣の多さに疑問を抱く。

 

 ざっと確認しただけでも8人。対ロボット演習にしては明らかに過剰すぎる人員である。普通なら2人だけで十分足りるにも拘わらずだ。

 

 殆どの生徒達がそんな事を思っていると、相澤の捕縛布の中に包まっていた校長から、今年から演習試験の内容が変わった旨が伝えられる。

 

 

「校長先生、変更って一体……」

 

「ああ、それはね……」

 

 

 生徒からの質問に、校長から試験内容を変更した理由が説明される。

 

 曰く、ここ数カ月の間で急激に敵が活性化している現状、これからの社会において対敵戦闘が激化すると考えた結果、ロボットとの戦闘訓練は相応しくないとの事。

 

 だから、これからは対人戦闘や活動を見据えた、より実践的な教えを重視するべきだという結論に至ったという。

 

 

「というわけで……諸君らにはこれから、2人1組でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

「せ、先生方と……戦闘!?」

 

 

 いきなり告げられた試験内容を聞いて、A組内に動揺が奔る。変更された事にも驚きだったが、それ以上に雄英教師を務める程の実力派ヒーローと戦う事になるのだ。これで驚かない方が無理がある。

 

 そんな生徒達の動揺を余所に、校長にバトンタッチされた相澤がペアの組と対戦する教師を淡々と告げていく。そこで更に動揺が広がるA組達。

 

 中でも緑谷と爆豪のチームはそれが顕著に表れていた。お世辞にも仲が良いと言えない関係なのに、対戦相手があのオールマイトだったからだ。

 

 そしていつものように、作戦を練ろうと話し掛ける緑谷に爆豪は目もくれず、お互い話し合わずに試験直前まで暇を持て余す事になる……はずだった。

 

 だが、今日の2人は少し違った。

 

 

「……か、かっちゃん。あの……い、今から作戦、を……」

 

「ああ? んなもん言われんでも分かっとるわ。オールマイトをぶっ潰す作戦、今から練っておくぞ。さっさと来いやクソナード」

 

「えっ……?」

 

「……どうした? てめぇから話し掛けといてシカトすんのかよ。舐めた事してんじゃねえぞデク」

 

「あっ、うん! ごめん、ついびっくりしちゃって! 今行くから! 一緒にオールマイトに勝つ作戦を考えよう!」

 

「言っておくが、俺の足を引っ張る真似だけはすんなよ!」

 

「うん!」

 

 

 緑谷との話し合いに素直に応じる爆豪。

 

 いつもとは違い過ぎる2人の行動に、相澤とオールマイトが顔を近付けてヒソヒソと話をする。

 

 

「……あ、相澤君、何というか2人の仲、ほんの少しだけど改善されてる感じしない?」

 

「ですね。俺も内心びっくりしてます。緑谷はともかく、あの爆豪が素直に作戦会議に応じるとは……。恐らく、何らかの要因で爆豪の心境と2人の関係に変化が起こったのでしょう。何にせよ良い事です」

 

「そうだね。これを機に2人がもっと互いに歩み寄ってくれたら、教師としては嬉しい事この上ないね」

 

 

 オールマイトと話し合う相澤だが、2人の関係が少しずつ改善している理由に内心当たりを付けていた。

 

 それは先日行われたA組・B組の合同訓練。

 

 

(あの2人に、特に爆豪に何らかの変化があったとすれば、一番考えられる可能性はこの前の合同訓練だろう。体育祭に続き2度目となるあいつとの対戦を経て、より現実を見据えた勝ち方を選ぶようになったと思われる。緑谷もまた、奴にコテンパンにされたせいなのか、あの日以降から行動に積極性が増している)

 

 

 憶測の域を出ない、根拠無き推論に過ぎない。それでも相澤は、2人の関係が改善されたであろう切っ掛けを作った、サポート科にいる彼に心の中でお礼を言った。

 

 その数時間後、緑谷と爆豪のチームは終始高いレベルの連携を発揮してオールマイトを翻弄。何と試験開始から10分と経たずに演習試験場の脱出ゲートを潜り抜け、見事クリアを果たしたのであった。

 

 

 


 

 

 

 場所は変わり、開発工房にて。

 

 1年A組の演習試験が無事終了し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その次の日の放課後の事。

 

 彼と発目は、1カ月前から開発を進めていた物が遂に完成したので、サポート科1年H組の担任であるパワーローダー先生の所に来ていた。

 

 

「──で、お前達2人が共同で一体どんなアイテムを作ったのか……早速見せてもらおうか」

 

「ええ、では篤とご覧あれ! 今回我々が開発したベイビーはこちらになります!」

 

 

 アイテムが完成して上機嫌な発目は、元気溌剌とした声でアタッシュケースを取り出すと、それを慎重にテーブルに置いて丁寧に開く。

 

 開かれたケースの中に入っていた物は、掌から少しはみ出る大きさの精密機器。半透明なガラスと吸着盤とスイッチの付いた機械が合体しており、片眼鏡に似た構造をしている。

 

 それを見たパワーローダー先生が発目達に尋ねた。

 

 

「これは……何だ?」

 

「これは『スカウター』という物ですよ! パワーローダー先生!」

 

「スカウター?」

 

 

 この『スカウター』というアイテムは、片耳に装着して使用する単眼式のHMDみたいな物で、様々な機能が備わっている精密機器である。

 

 主な機能として、目標の位置を特定する索敵機能、目標の距離や方角を算出する誘導機能、戦闘力の数値換算により個体戦力を可視化する分析機能、機種間での無線音声通話を可能とする通信機能の4つがある。

 

 それらの情報はスイッチを押す事によって測定・算出され、付属する半透明の小型スクリーンに表示される。ちなみに本家ドラゴンボールでは傍受機能もあったが、プライバシー保護の観点からその機能は付けていない。

 

 最大索敵範囲は半径30km、通信機能限定だと約3倍の半径100kmに及ぶ。惑星規模での索敵、宇宙規模での通信が可能な本家スカウターの足元にも及ばないが、それでも関東のほぼ全域をカバー出来る距離なのでまあ良しとしよう。従来のインカムに比べれば破格の通信距離である。

 

 

「索敵範囲30km、通信距離100kmって……従来のインカムの性能を軽く超えてるじゃん。んな恐ろしいもんポンポン生み出すとかお前らマジ何なの? というか、どんな原理で索敵しているんだそれ? 相手の戦闘力を数値化するって機能もどういう仕組みか気になるし……」

 

 

 そう、パワーローダー先生が疑問に思った通り、スカウターの最大の特徴はそこにある。

 

 対象の戦闘力を数値化して見れるという機能。それに加え、索敵機能と誘導機能も相手の生体エネルギー、つまり気を感知して作動している。これがスカウターを開発する上で一番の難点だった。

 

 何せ『気』という全ての生き物にある生体エネルギーは、この世界では存在自体が認知されていない。彼自身は気を感知する感覚もコツも分かるのだが、それをどう科学技術で再現すれば良いのか全くイメージが湧かなかった。

 

 開発初日で行き詰ったのはこれが原因である。そうして初日は何も進まないまま終了した。

 

 だが、そこで止まったままにはならなかった。次の日、彼は考えたのだ。自分1人では分からないのであれば、気という生体エネルギーの存在を他の人にも共有すれば良いという事に。当たり前すぎて見落としていた事に。

 

 つまり、共同で開発する発目に気の存在を教え、感じ取ってもらう事にしたのだ。元はと言えば『広範囲の索敵に優れた小型レーダー』という案は彼女が出したもの。これを機に、発目にも気の存在を知ってもらおうと思った。

 

 気の存在を教える事自体はとても簡単。発目の手を取り、発目の体内に彼自身の気をほんの少しだけ流して操作する。この惑星の人類が初めて『気』を実感した瞬間だった。

 

 

『────ッ!? お、おおっ!? おおおおおおおおッ!? こ、これが気というエネルギーですか!? あっ、あっ、あっ! す、凄いぃぃー! これ、とっても凄いですぅぅぅぅー! 何か不思議な感覚で、身体中がぽわぽわしますぅー!』

 

 

 というようなやり取りの末、発目は気という生体エネルギーの存在を、その身を以て理解した。

 

 そして気を実感した後の発目は凄まじかった。

 

 

『……ふむふむ、なるほど。この未知なるエネルギーを利用するなら、これをこうして、こういう感じの仕組みにすれば機械でも行ける気が……』

 

 

 彼では到底思い付きもしなかったアイデアを次々と打ち出し、それをすかさずメモして図に残していった。彼はそのアイデアを実物として形にしただけに過ぎない。

 

 そう、2人で共同開発したスカウターだが、その大元となる仕組みの大半は発目によって考案されたものである。もしも発目がいなければ、彼が自力でスカウターを作るのはもっと先だったかもしれない。

 

 相手の気を読み取るのは高難易度の技術なのに、どうして気の存在を実感したばかりの発目にそこまでの事が出来たのか。そこは甚だ疑問だが、発目だから出来たと考えれば妙に納得した。彼女は本物の天才なのだ。

 

 こうして、出来るかどうか不安だったスカウターの開発は、発目の活躍により予想を超える速度で完成したのであった──。

 

 

「──なるほど、つまりその『気』とかいう謎のエネルギーを感知して、スカウターは作動しているというわけか。うん、1度聞いただけじゃ訳が分からんな」

 

 

 当然と言えば当然の反応に彼は苦笑し、発目は笑顔で自慢げに胸を張る。

 

 そして2つある完成品の内1つを取り出すと、それを左耳に装着しスイッチを押す。すると機械音と共にスクリーンに様々な情報が表示され、真ん中に表示された数値がどんどん上昇していく。

 

 視線の先はパワーローダー先生。数秒後、上昇していた数値が止まり、再び無機質な機械音が工房内に響く。

 

 

「……ほうほう、パワーローダー先生の戦闘力は830。流石プロヒーロー、戦闘時でもないのにこの数値とは。伊達に鍛えているわけではないようですね」

 

「えっ、なに? 今度は何なの? もしかしてさっき言ってた戦闘力の数値化?」

 

 

 その通り。これがスカウターのメイン機能である戦闘力の計測だ。

 

 ただ、戦闘力の値が原作と同じだと大した数値は出てこないため、基準となる数値の設定を調整し、戦闘力の値の更なる細分化に努めた。よって数値の基準は原作とは大きく乖離している。

 

 だからほんの少し体を鍛えただけでも戦闘力は劇的に変化するし、プロヒーローにもなると戦闘時以外でも一般人より非常に高い戦闘力数値を叩き出す。

 

 とはいえこれはあくまでも目安。個性を使えばその分だけ戦闘力は上昇する。特に『爆破』や『半冷半燃』のような物理的な破壊力を持った個性だと、その変化は顕著に表れる。

 

 反対に『無重力』や『抹消』など、物理的な破壊力を持たない個性の場合、個性を発動しても数値はあまり変化しない。何回か検証してみて分かった結果だ。

 

 だから、スカウターを使えば相手の戦闘力はほぼ正確に読み取れるが、それは現時点での戦闘力というだけの話。個性の内容や経験次第で相手の強さは大きく変化するので、出た数値に頼り切る事がないように注意する必要がある。

 

 以上が今試験で共同開発したスカウターの説明だ。

 

 

「へええ、そういう感じで数値化されるんだな。本当、またとんでもない物を作って……ん、ちょっと待てよ。何で個性の種類によって戦闘力が大きく変化するって判明出来たんだ? そういうのいつ検証したんだ?」

 

「ああ、それはですね、昨日のA組の演習試験の会場にいくつか潜入して、そこでスカウターの試運転を行ったからですよ。いやあ、おかげで多くのデータを収集出来ました!」

 

「なるほど、そういう事だったのか。それなら納得……っておい! 人が見てない所で何やってんだよお前ら! 他クラスの試験会場に潜り込むとか普通にアウトだよ! ……おい、2人とも目を背けないで、ちゃんと前向いてこっち見ろ!」

 

 

 発目よ、どうしてその事をうっかり漏らしてしまったのだ。いくら何でも気が抜けすぎではなかろうか。彼は内心で溜め息を吐いた。

 

 その後、他クラスの演習試験場に勝手に侵入したとして、2人は反省文10枚を書くよう命じられたのであった──。

 

 

 


 

 

 

 ──それから1週間後。

 

 期末試験が終わり、筆記試験も実技試験も満足のいく結果を出せた今日この頃。

 

 夏休みまで残り僅かとなった今、彼と発目は今日も工房でうんうん唸っていた。理由は次なる大型共同開発品、メディカルマシーンにある。

 

 

「うーん……ある程度の構造は出来ましたけど、流石に行き詰ってきた感じがします。構造自体はそこまで難しく考えなくて良かったんですけど、それを実現するために一番重要な治療液が無いのが難点ですよね」

 

 

 メディカルマシーンの製作に取り掛かったは良いものの、1週間経った今、彼も発目も行き詰っていた。スカウターの開発をスラスラとやってのけた発目ですらだ。

 

 原因は治療液の存在。どんな大怪我も呼吸器を装着して数十分浸かるだけで完治する奇跡のような治療液。メディカルマシーンの大前提ともいえるそれが、どうしても2人だけでは作れなかったのだ。

 

 故に悩んでいた。

 

 

「本当にどうしましょうか。というか、このまま2人だけで考えても仕方ないですよ。ぶっちゃけ私達、そこまで医療に詳しいわけでもありませんし」

 

 

 確かにそれはそう。医療科学の専門家ではない彼と発目がこれ以上考えた所で意味はない。ただ時間を浪費するだけだ。

 

 ならばこうしようと、彼は発目にある提案した。

 

 

「……私達の活動に協力してくれる有志の専門家と一緒に治療液の開発に取り組む、ですか。高校生の私達に協力してくれるかどうかは分かりませんが、それしか方法は無さそうですね。では早速、リカバリーガールに尋ねてみます」

 

 

 ならばこちらは外部の専門家に声を掛けてみるとしよう。協力者はなるべく多い方が良い。

 

 こうして開発の手を一旦止め、2人は開発に協力してくれる有志を集める活動に移った。

 

 だが……。

 

 

「治療液の共同開発? ああ、すまないけどあたしゃこう見えても忙しいんだ。時間がある時なら手伝えるけど、今はちょっと無理さね」

 

 

 リカバリーガールには「仕事が多くて忙しい」という理由であっさり断られた。

 

 外部の専門家もほぼ全員そのような返事だった。「忙しい」「いくら何でも無理がある」「時間とコストが割に合わない」等々、様々な理由で悉く断られた。

 

 だが、そんな専門家達の中でもたった1人だけ、2人の活動に協力しようと快く承諾してくれた専門家がいた。何十人と声を掛けた専門家達の中でたった1人だけだ。

 

 だから早速その人が運営しているという病院へ、休日に発目と2人で向かう事に。

 

 

 ──そして現在、目的地周辺を走る市営バスの中で。

 

 

「いやー、まさか私達に協力してくれる有志が現れるとは思いませんでした。何ともありがたい話ですよ。その人がどんな方かは知りませんが、良好な関係を築いていきたいですね!」

 

 

 揺れるバスの中、隣に座る発目が笑顔でそう言った。彼も発目の言葉に首を振って肯定する。

 

 今回、メディカルマシーンの治療液開発に協力してくれる専門家は総合病院の理事長を務めている。その他にも数多くの個人病院や施設などを運営し、慈善事業に精を出している著名な人だ。医学界で知らない者はいない程だという。

 

 それ程までに権威ある人との提携。確かに良好な関係を築いていくべきだろう。新たなビジネスチャンスにも繋がる。

 

 そんな事を考えていると、バスのアナウンスが耳に入った。ようやく目的地に到着したようだ。

 

 

『次はー蛇腔総合病院前、蛇腔総合病院前。お出口は左側です。お降りの際は足元に気を付けて……』

 

 

 今回の目的地、蛇腔総合病院に──。

 

 

 




これにて第2章終わり、次回から第3章スタートです。1章分が10話程度の構成で、物語の進み具合的にヒロアカのアニメとほぼリンクしてますね。このペースで行くと漫画のヒロアカ最新話まで150話も掛からない気がするけど、まあこの調子でも良いかなと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章
第21話 蛇腔総合病院


お待たせしました、ここから第3章スタートです。合宿の悲劇や神野事件も近付いているこの状況で、とんでもない所へ赴いた主人公達。果たしてどんなやり取りが起こるのか……。


 蛇腔総合病院に着いた彼と発目の2人は、受付で用件を伝えて早速目的の人物と面会した。

 

 

「初めましてお二方。そしてようこそ、蛇腔総合病院へ。私がここの理事長を務めている殻木球大と申します」

 

 

 広々とした応接室に入りソファーに腰掛けた2人は、テーブルを挟んで向かい合う形で座る白衣姿の老人から自己紹介を受けた。

 

 初対面という事で、彼と発目も失礼のないように定型的な挨拶で対応する。

 

 普段の彼らからは似ても似つかない、礼儀正しく堂々たる振る舞い。とても16歳になったばかりの学生とは思えない貫禄を感じさせる一方で、殻木の方は子供に対するものとしては些か畏まり過ぎている様にも見える応対。

 

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。しかし殻木先生、そう畏まられるとこちらも恐縮してしまいますね。私達はまだ若輩の身ですし、立場としてはお願いする方なのですから、そう硬くならなくても良いのでは?」

 

「私達は初対面ですから。それにお願いする方とは言いますが、私としてはお互い対等な立場だと思っておりますよ。ですが、どうしても気になるようでしたら改めましょうか」

 

「では、そのようにお願いします。こちらとしても格式ばった場は得意ではありませんから。少しばかり胸襟を開いて話し合いたいと思っておりましたので」

 

 

 発目にそう言われながらも彼と殻木は中々敬語を崩そうとしなかったが、早速発目がいつもの口調に戻ったのを見て、他の2人も普段通りの口調で話し合う事になる。これにより、その場に漂っていた見えない緊張の糸が緩まった。

 

 

「──という事があって、どんな大怪我もすぐに完治できるメディカルマシーンなるものを実現したくて、こうして殻木先生の所に来たというわけなんですよ!」

 

「ふむふむ、それはまたとんでもないの。体育祭で披露したホイポイカプセル、あれの登場で物流業界は大荒れだと言うのに、今度は医療業界に革命をもたらす気とは! やはり若い子は良いのう、才能と活力に満ち溢れておる」

 

「おっと、そういう反応を示すという事は!?」

 

「ああ、君達のいうメディカルマシーンの治療液、その研究開発に是非とも助力しよう。ワシの心の内にある研究魂が疼くわい」

 

 

 話し始めて数分後、あっさり殻木との共同による治療液開発が正式に決まり、彼はほっと息を吐いた。とりあえず、直前で突っ撥ねられて交渉決裂という事態にならなくて良かったと思うばかりだ。

 

 それにしても「研究魂が疼く」と言っていたが、普段は一体どのような研究をしているのだろうか。少し気になった彼は殻木に尋ねた。

 

 

「どんな研究してるかって? まあ、簡単に言えば個性に関する研究だな。ほら、ワシが経営しておる病院や施設の理念は『個性に根差した地域医療』じゃろう? その理念に基づいて、病院設立から今日まで色んな個性の研究を進めておる。時に患者にも協力を得て研究する事も少なくないぞ」

 

 

 言われてみれば確かに、この部屋に来るまで実に多くの病室を横目に見ていたが、患者1人1人の個性に合わせて適切な治療や処置を看護師達が行っていた。

 

 中には自身の個性を使って患者の世話をする病院の先生もいた。現行の医療のみに頼っていない、一味違った医療体制をこの病院は取っている。

 

 やっている事がどことなくリカバリーガールに似ている。恐らくそれらを可能にしているのが、普段行っている個性の研究なのだろう。

 

 殻木の返答を聞いた彼はこれまでの記憶を振り返り、確かにと納得して頷いた。

 

 

「それじゃあ早速本題の方に移ろうか。まずはどこまでメディカルマシーンの開発が進んでいるのか、それを詳しく知っておきたい」

 

「分かりました、それじゃあ一から説明していきますね。まずは──」

 

 

 それから15分間、彼と発目はメディカルマシーンの開発の進捗具合を説明した。

 

 

「……なるほど、大体は理解した。ワシは治療液開発の協力だけで良いという話だったが、本当にそれ以外は完成しているとは。まだ作り始めて1週間程度なのに、とんでもない製作スピードじゃ」

 

「まあ、ぶっちゃけ液体入れる容器に呼吸器を付けてプログラム設定するだけなんで、そこまで難しくはないですよ。ついこの間まで、もっとややこしい物を作っていましたし」

 

「そうなのか? それを難しくないと言い切れる君達の技術力がおかしいのだが……まあ良いか。ついて来ておくれ」

 

 

殻木に突っ込まれるまで彼は気に留めていなかったが、メディカルマシーンは治療液だけではなく機械の部分も高度な開発技術が要求される。

 

 彼も発目も、1週間前までスカウターなんて代物を作ったばかりからか、開発が難しいか難しくないかの境界線が曖昧になっている。雄英のサポート科1年どころか全学年の中で比較しても、2人の技術力は群を抜いていた。

 

 そんな事情など露ほども知らない殻木は、席を立って応接室を出ると、後からついて来る2人をとある場所まで案内する。

 

 そこは蛇腔総合病院の裏口を出てすぐ目の前、病院の後ろに隠れる形で建っている立方体に近い建物の内部。その建物の最奥に位置する部屋に、殻木は2人を招き入れた。

 

 

「この部屋じゃ、ワシが研究のために使っているのは。ここには色んな設備、資材、データが存在する。治療液の開発に持ってこいだろう」

 

「おお、これは……!」

 

 

 部屋に入ると見渡す限りの医療用実験器具、薬品、色んな臓器の模型、大量の試験管、何台ものデスクトップPCなどがずらりと並んでいた。

 

 流石は総合病院の理事長、非常に設備が充実している。

 

 

「ちなみに隣の実験室に行けば実験用のマウスがいるから、それを使った簡単な実験も行えるぞ」

 

 

 流石は総合病院の理事長、本当に設備が充実している。

 

 用意の良い殻木の対応に彼は舌を巻いた。確かにこれだけの設備が整っていれば、治療液の開発も十分だろう。

 

 

「荷物は邪魔にならない所ならどこに置いても構わないから、早速腰を据えて意見を出し合おうじゃないか」

 

 

 その日の会話は大変盛り上がった。

 

 

 


 

 

 

 ──殻木と出会って1週間以上が経ったある日。

 

 本日は雄英高校1学期最終日。明日から本格的に夏休みに突入する。

 

 やたらと話の長い根津高校の挨拶を聞き流し、終業式を終えた直後のサポート科の教室には、明日から始まる夏休みに浮き足立つクラスメイトで溢れ返っていた。

 

 もちろんこの2人も例外ではない。

 

 

「いやあ、ついに明日からですね夏休み! 今日から9月初めまでの約40日間! 思う存分ベイビー作りに励もうではありませんか! アッハッハッハッハ!」

 

 

 これから始まるサマーバケーション、もちろん彼も楽しみにしている。

 

 何やらヒーロー科の方では、ショッピングモールで敵連合のリーダーと偶然接触するという珍事件がつい最近起きたらしいが、サポート科にとってそんな事はどうでも良い。

 

 敵連合とヒーロー科とのいざこざは完全に蚊帳の外。対岸の火事なので関心が薄いのだ。変に関わる事もないだろう。

 

 それよりも今は、蛇腔総合病院で殻木と一緒に治療液の開発をしている状況。彼と発目にとってはそちらの方が重要であり、夏休みの大きな課題なのだ。

 

 

「しっかしまあ、治療液の共同開発から今日で1週間弱、まだまだ完成への道のりは遠いですね」

 

 

 現在、意見や案を一通り出し合った3人は手当たり次第にマウスを使っての実験を繰り返すという絶え間ない作業を行っている。

 

 肉体が傷を負った時どのようにして傷が癒えていくのか、何が傷を癒やすのか、傷を完治するために治療液に求められている性能は何か、足りない性能をどうやって補完するか、等々。

 

 山積みの課題を前に実験を通じて1つ1つ地道にクリアしていく毎日。平日はお互い集う時間が無かったため、彼と発目は学校で、殻木は病院でそれぞれ実験を行った。

 

 元々足りなかった医療知識は実験と並行して急速に取り込んでいる。分からない部分はリカバリーガールに直接聞いたり、電話で殻木に聞いたりしている。専門的な知識は独学よりも専門家に聞いた方が確実なのだ。

 

 とはいえ道のりはまだまだ長い。課題が山のようにある現状、どれだけ治療液が早く完成したとしても、この夏休み中に完成は難しい()()()()()()

 

 かもしれないというのは、まだ確定したわけではないため。創造力と発想のセンスが飛び抜けている発目が、スカウター製作時のようにまた画期的なアイデアを打ち出すかもしれない。殻木が医師として積み重ねた経験を活かし、短期間で治療液を作り出すかもしれない。

 

 3人寄れば文殊の知恵と言われる様に、3人の手に掛かれば思ったよりも早く治療液が完成する可能性もゼロではないのだ。

 

 

「明日から蛇腔総合病院の所の研究室に毎日通い詰めですし、この夏休み中に完成出来れば良いんですがねぇ……どうなる事やら」

 

 

 どうなるかは分からないが、少なくとも開発のペースが上がるのは間違いない。

 

 そう思いながら発目と話していると、担任のパワーローダー先生が教室にやって来た。

 

 

「はい、皆終業式お疲れ様。明日から夏休みなわけだが、ヒーロー科と違って9月初めまでサポート科は学校お休みだからな。夏休みの課題もちゃんとやった上でしっかり満喫してくれ。

 でも開発工房は開いているから、何かサポートアイテムを作りたいという人がいれば好きに使ってくれ。でもその前に、職員室に寄って先生に報告する事を忘れるなよ」

 

 

 夏休み中でも工房は空いているとはありがたい。と言いたい所だが、生憎彼と発目は学校ではなく病院に通う予定なので、恐らく夏休み中に学校に行く事はないだろう。

 

 パワーローダー先生がこちらの方を見ながら話しているが、当分の間爆発騒ぎは起こらないので安心してほしい。多分。

 

 その後も夏休み中の過ごし方や注意すべき事など、多くの連絡事項が読み上げられていく。

 

 

「──よし、連絡事項はこれで全部だ。それじゃあ1学期お疲れ様って事で、皆楽しい夏休みを過ごしてくれ。以上、解散」

 

 

 ホームルームが終わり、静かだった教室内が再び喧騒に包まれる。

 

 すぐに教室を出て家に帰る人、教室に残って友達と雑談する人、部活動に行く人など、各生徒が思い思いに行動を開始する。

 

 今はまだ午前中だが、午後からの授業はないので残った時間は好きに使えるのだ。こんな時でもヒーロー科は午後も授業があるらしいが。

 

 そうこうしている内に荷物を持った発目が立ち上がり、彼の手を取って言った。

 

 

「それじゃあ今日はもう帰りましょうか。集合は明日の午前11時、蛇腔総合病院前のバス停で。荷物はホイポイカプセルにでも詰めてください」

 

 

 発目はそのまま駅に向かって、一足先に実家に帰るらしい。蛇腔総合病院が京都府蛇腔市、そして発目の地元が京都府播土(はんど)市。隣接する市のため、実家から直接行く方が楽だとの事。

 

 彼も一旦家に帰って身支度を済ませたら、翌日の朝に京都まで新幹線で向かう予定なので、今日中に買い物を済ませておく必要がある。

 

 それと、以前ヒーロー科との合同訓練の後に考えていた「ヒーロー科に気の存在と使い方を教える」件についてだが、この夏休み中は治療液の開発で無理そうなので、2学期以降に機会があれば教えるという事にしておこう。

 

 こうして高校生活1年目の1学期は終わり、2人は帰路に就いた──。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、都内某所。

 

 とあるこぢんまりとしたバーの中にて。

 

 人の手を模したマスクを顔に着用した不気味な青年と、バーテンダーの恰好をしたどこか紳士的な雰囲気のする霧状の男が、カウンター越しに向かい合い酒を口にしていた。

 

 その他にも、鋭利なナイフを携帯しているセーラー服姿の女子、体中の至る箇所が火傷に覆われた継ぎ接ぎ姿の青年、タンクトップ姿の筋肉質な大男、マフラーを巻いてタバコを咥えたサングラスの男の4人がカウンター席に座っている。

 

 そう、ここは敵連合のアジト。普段は会員限定の隠れ家的なバーとして合法的に運営されているが、裏では様々な敵との交渉の場として利用されたり、こうして仲間達の集う場として使われたりする。

 

 そんな連合の拠点に集った曲者達だが、今彼らはとある映像を視聴していた。

 

 

「……先生とドクターから面白いもんがあるって言われたから見てみたら、何なんだこれは? おい黒霧、説明しろ」

 

「はい、それは先日の保須事件があった後、福岡のとある山奥で撮影された戦闘です。画面左に映っているのが、今目の前にいるマスキュラー。そしてもう1人が、雄英体育祭で一躍有名人となった例のサポート科の──」

 

「んな事は知ってんだよ。俺が聞いているのはそこじゃねえ。何なんだこいつは? どう考えても高校生のガキの強さじゃないだろ」

 

 

 バーテンダーの黒霧に問いかけているのは、つい先日ショッピングモールで緑谷と遭遇した敵連合のリーダー、死柄木弔。USJ事件、保須事件、緑谷との遭遇を経て、自身の信念を抱き仲間も集まりつつある急成長中の敵だ。

 

 そして今、カウンター席の端に座って酒を一杯仰いでいるタンクトップ姿の大男。福岡の山奥でサポート科の彼を急襲し返り討ちにあった敵、マスキュラーである。

 

 彼と戦い惨敗したマスキュラーにとって、今見た映像は苦い記憶。本気を出したのに碌にダメージを与えられず、終始小馬鹿にされながら最後は放置されて情けを掛けられるという、ある意味で屈辱的な敗北を経験したからだ。

 

 

「いやはや、こいつぁ驚いたよ。あの血狂いマスキュラーが全く相手にされていないとはね。全国指名手配中の凶悪敵ですら、この子の前では関係ないってか? 体育祭見て強いって事は知ってたけど、これ程とは思わなかったわ」

 

 

 今度はサングラスの男がタバコを吹かし、ニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。

 

 この男の名は義爛。現在は敵連合に武器と人材の斡旋を行っている超大物の闇のブローカーである。

 

 

「こいつ、本当に俺達と同じ人間か……? ガキでもここまで強いと流石に気色悪いぜ。しかも体育祭では一切見せなかった謎の爆破攻撃。この火力、必殺技打つ時のエンデヴァー並みじゃねえか」

 

 

 映像を見て気味悪がっているのは、全身に火傷を負った継ぎ接ぎの青年である荼毘。普段は冷酷で残虐非道な性格の荼毘ですら、映像に映る彼とだけは遭遇しないように気を付けようと心に誓う。

 

 

「本当にびっくりしました。出来る事なら調子付いてる彼を刺して、直接血をチウチウ吸ってやりたいです。まあ、この映像を見てる限り出来そうにないのが残念ですが。というか、全然私の好みじゃない」

 

 

 最後の1人、セーラー服を着た女子の名前はトガヒミコ。他の皆からはトガと呼ばれ、現在連続失血死事件の容疑者としてヒーローと警察に追われている。

 

 そして、同じ敵である死柄木や荼毘からも「破綻JK」「イカレ女」などと、散々な名で呼ばれる程クレイジーな性格をしている。

 

 そんな彼らを前に、黒霧がまた新たなホログラムを携えてやって来た。

 

 

「……おい黒霧、今度は一体何だ? 何を持って来たんだ?」

 

「今度は別の映像です。死柄木が緑谷出久と遭遇するよりも少し前に撮影された、サポート科の彼とヒーロー科1年全員による戦闘訓練の様子です。結果はまあ、あなた方が想像している通りですが」

 

「じゃあわざわざ見るまでもねえな。今はそのガキに構ってる場合じゃないんだ、今度やる襲撃の計画に不備がないかもう1度確かめないと……」

 

「おっ、良いねえ。今ちょうど暇してる所なんだ、そいつも見せてくれよ。結果は分かっててもどんな内容か気になるし」

 

 

 映像を見ようともせず拒否する死柄木の言葉を遮って、隣に座る義爛が是非映像を見たいと言い出した。

 

 

「俺からも良いか? その映像を見せてくれ」

 

「あー私も! どんなものか気になります!」

 

「俺もだ。今一度あいつの強さをこの目で見ておきたい」

 

 

 義爛に続いて荼毘、トガ、マスキュラーの3人も見てみたいと言い出す始末。こうなってしまっては止まらない。

 

 1度は拒否した死柄木も、カウンターに座る皆と黒霧を交互に見て、深い溜め息を吐いた。

 

 

「……分かった、んじゃそれも見る。黒霧、すぐに映像出せ。皆に見えやすいようにな」

 

「分かりました」

 

 

 それから数十分後、映像を見終えた彼らの騒がしい声がバー中に響き渡った。

 

 

 


 

 

 

 1学期が終了した次の日、夏休み初日。

 

 蛇腔総合病院前のバス停にて発目は待っていた。

 

 

「いやー、昨日は帰ってから色々と大変でしたね……」

 

 

 彼の到着を待つ間、発目はバス停の近くで独り言ちる。

 

 一体何があったのかと言うと、昨晩発目と彼女の両親の間で一悶着あったのだ。その内容は至極単純。

 

 

「まさか友人が実家に泊まりに来るってだけで、あんなお祭り騒ぎになるとは思いませんでした。流石の私も少し引いちゃいましたよ……」

 

 

 実は彼と発目、蛇腔総合病院に毎日通い詰める間どこに泊まるか話し合った結果、2人とも発目の実家に泊まった方が効率的かつ合理的という結論に至っている。

 

 そのため、彼は夏休みの間ずっと発目の実家に泊まり、そこから病院に通い続ける約束を発目と交わしているのだ。

 

 雄英高校からも夏休み中の長期外出は控えるようにと言われているため、ホテルよりは友人の実家の方が幾分かマシだろうという理由もある。

 

 だが、そこで黙って見過ごさないのが実家にいる発目の両親。可愛い1人娘である発目が夏休みに男友達を連れて帰ってくると聞き、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。

 

 発目は()()()()()()に疎く興味がないので気付いていないが、若い女性が実家に男を連れて帰ってくるという事は、普通なら()()()()()を意味するのだ。

 

 そのため、2人の普段の学校生活を把握しきれていない両親からしてみれば吃驚仰天ものであり、その興奮度合いはお祝いに赤飯でも炊こうかと騒ぐほどだった。

 

 というような事が昨晩あり、騒ぎ立てる両親を宥めるのに一苦労した発目は、現在珍しく疲労の色を見せていた。

 

 

「肉体的には大丈夫でも、精神的には大分疲れました。それにしても、そろそろ約束の午前11時頃だと思うのですが……」

 

 

 そんなこんなで独り言を呟きながら待つ事数十分、約束の午前11時に差し掛かったので病院前に停まるいくつものバスに目をやるも、彼と思しき姿がどこにも見当たらない。

 

 もしかして約束の時間に間に合わなかったのだろうか。それとも会う時間を間違えてしまったのか。何か急な用事が入って来れなくなってしまったのか。様々な疑問が頭の中を飛び交うが、発目は特に焦る事もなく彼の携帯に電話を掛けた。

 

 

「はいもしもし、もう約束の時間になったのですが、今どこにいます? 私、今バス停の前でずっと待っているんですけど、あなたの姿がどこにも見当たらなくて……えっ、もう着いてる?」

 

 

 全然姿が見当たらないので電話を掛けてみたら、何と彼は既に病院に着いているとの事。

 

 一体どこで見過ごしたのやらと、発目がそんな事を思いながら通話していると、突然誰かに背後から肩に手を置かれた。

 

 このタイミングで彼女に用がある人など1人しかいない。背後にいる人が誰なのかすぐに分かった発目は、待ってましたと言わんばかりに勢い良く後ろを振り向き……そして困惑した。

 

 

「やっと来ましたか! ここに来てから随分待ったんで…………あの、誰ですか?」

 

 

 何故なら発目の背後にいたのは、黒髪黒目のいつもの彼ではなく、金髪碧眼で変わった髪型をした謎の青年だったのだから──。

 

 

 




殻木球大ってさ、確かにマッドサイエンティストで悪行の限りを尽くす極悪人なんだけど、その医療技術とか知識は間違いなく本物なんだよね。むしろ非道な実験を繰り返していたからこそ、表社会でも活躍していたと言えるし。やっぱ人間どこか狂っている人の方が能力高かったりすると思うのよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 魔境の発目さん家

蛇腔総合病院に通う日々となった夏休み。でも近い内に起こるビックイベントを前に2人はどんな反応を示すのだろうか……。


 夏休み初日、蛇腔総合病院前のバス停にて。

 

 

「あの……誰ですか?」

 

 

 出会って早々、開口一番に発目にそう言われた彼は、金縛りにあったかの如く動きを止めた。

 

 だが発目の反応も無理はない。何故なら今の彼は、サイヤ人の血を持つ者にしかなれない伝説の戦士、『(スーパー)サイヤ人』に変身しているのだから。

 

 超サイヤ人に変身出来るようになったのは2年以上も前だが、人前でその姿を見せるのは今回が初めてである。普段とは見た目も雰囲気も180度変わっているので、発目が初見で彼の事だと気付かないのは当然と言えるのだ。

 

 だからこそ、彼も気を取り直して発目の名を呼ぶ。その一言で発目もすぐに気が付いた。

 

 

「その声、その口調……なんだ、あなたでしたか。普段と全然違うので分かりませんでしたよ。しかしまあ、改めて見ると本当にいつもとは違いますね。

 急にどうしたんですか? 金髪碧眼にして、髪型も変えて。大胆なイメチェンしますね。今更になって高校デビューってやつですか」

 

 

 声と口調で気付いてくれたのは嬉しいが、やはりこの姿には食い付くらしい。

 

 それもそうかと心の中で思いつつ、説明が長くなるので後で詳しく話すと発目に伝える。本人は今すぐ聞きたそうにしていたが、時間が時間なので渋々引き下がってくれた。

 

 

「それでは行きましょうか。殻木先生が待っていると思うので」

 

 

 立ち話も程々に、彼と発目はバス停を離れて病院へ。

 

 そして病院の受付に真っ直ぐ向かい、殻木と会う約束をしている旨を受付の人に伝える。

 

 

「ねえ、ちょっと見てよ。受付の所にいる人。ほら、あの金髪の……!」

 

「わああ! ちょっとちょっと、何よあのイケメンは!」

 

「病院であんなイケメンに出会えるとかマジ眼福なんですけど!」

 

「あのキリッとした表情の合間に見せるちょっとした笑みが良いアクセントよねー!」

 

「ほら見てよ、受付の人も若干顔が赤くなってる。何とか平静を保ってるっぽいけど」

 

「隣にいるの彼女さん? 羨ましすぎるんですけど」

 

 

 受付で用件を伝えている間、周囲にいる人々の視線、特に女性からの視線が彼に集まっていたが無視。衆目に晒されるのは体育祭や職場体験で既に慣れている。今更どうとも思わない。

 

 だが、それを見ていた発目が受付を済ませて殻木のいる部屋へ向かう途中、クスクスと笑いながら彼の肩をポンと叩く。

 

 

「結構な注目を集めていましたね。そのイメチェンを変装目的でやったのであれば、逆効果だったかもしれませんね。受付の人も声のトーンが高くなっていましたよ?」

 

 

 確かにこれは逆効果だった。

 

 正直言うと、超サイヤ人になった理由の1つとして変装目的も多少は含まれていたのだが、まさかあそこまで注目を浴びる羽目になるとは思わなかった。とは言え、変身したのはそれだけが理由ではないので問題ない。

 

 変身しようがしまいが、周囲の注目を集めるのは避けられないと分かっただけでも良しとしよう。

 

 そう思いながら殻木のいる部屋に入ると、ソファーに腰掛けお茶を入れている殻木の姿が目に入った。どうやら待たせてしまったらしい。

 

 

「おお、やっと来たか2人とも! 研究室に行く前に、お茶でも飲んで寛いで……発目よ、隣にいる人はどちら様で?」

 

「まあ、やっぱりそうなりますよね。えー、この人はですね──」

 

 

 見た目が変わった彼を見て当然の如く疑問を口にした殻木だったが、発目の説明を聞いて愉快な笑い声を上げた。

 

 

「ハッハッハッ! いやあ、久々に大笑いしたわい。やはり若いとは良いもんじゃのう。まさかそこまで印象が変わるとは驚いた!」

 

 

 前に見た黒髪黒目の時とは似ても似つかない、凄まじい変化っぷりがどうやら笑いのツボに入ったらしい。

 

 そう言って大笑いする殻木を横目に、ソファーに座った彼は提供されたお茶と茶菓子を嗜んだ。

 

 

「……さて、年甲斐もなく笑った事だし、そろそろ治療液の開発に取り掛かろうかの。お2人さん、まずは研究室に移動しようか」

 

 

 お茶菓子を片付け、雑談しながら研究室に向かった3人は、この1週間でそれぞれ積み上げた研究成果を早速報告しあった。とは言え1週間で得られた成果などたかが知れたもので、目を見張るような進捗は見られなかった。

 

 

「ほうほう、そちらも同じ感じか。まあ、1週間そこらでどうにかなるものでもないしの」

 

「そうは言っても1週間掛けてまだこれだけしか課題をクリア出来ていないのはちょっと……うーん、アプローチを変えるべきでしょうか?」

 

 

 予想していた事とはいえ、今まで紆余曲折しながらも最終的にアイテム開発を成功させてきた彼と発目は、ここに来てとてももどかしい気分を味わっていた。失敗した事は数え切れない程あるが、全く進展しなかったのは初めての経験だったからだ。

 

 だが、そんな2人を見て朗らかに笑う殻木。2人より何倍も長い年月を生きてきたこの老人には、今の2人と違って確かな余裕があった。

 

 

「まあまあ、そう焦る事はない。別に期限があるわけでもないしの。焦らずゆっくり研究を進めていけばそれで良い。そう急がなくても、いつかは完成するじゃろうて。

 良いか2人とも、こういう時こそ余裕を持って動きなさい。物事が上手くいかない時も楽しんでこその人生というもの。今は分からずとも、どんな状況でも楽しめる時がいつかは来るじゃろうて」

 

 

 流石は人生の大先輩と言うべきか、その言葉には確かな重みがあったと思う。焦らずゆっくり、とは良く言われるものの、そう簡単に出来る事ではない。

 

 上手くいかない時があると、人間誰しも焦りを覚える。だが、殻木に限ってはそのような焦りは一切見受けられなかった。今の言葉が慰めなどではなく、本心から出たものだと良く分かる。

 

 成功も失敗も多く経験してきたからこそ滲み出る余裕。その余裕から出た言葉に、2人は首を振って肯定するでも反論するでもなく、ただ黙って傾聴するのであった。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、ヒーロー科1年A組達の方では。

 

 

「うああああ! 凄い、これがI•アイランド! 至る所にヒーローコスチュームやサポートアイテムがこんなにたくさん!」

 

「ふふっ、どう? 驚いたでしょ? ここも最先端技術を惜しみなく使用して作られたアイテムで目白押しなの! それと当然、展示してある物のほとんどが、パパが取得した特許を元に作られてるのよ!」

 

「えっ、ここもですか!? さ、流石世界を代表する科学者デヴィット・シールド……話の規模が違い過ぎる!」

 

 

 海外の海上に浮かぶ巨大な人工移動都市、I・アイランド。世界中のヒーロー関連企業が出資し、個性の研究やヒーローアイテムの発明などを行うために作られた学術研究都市。世界中の科学者達にとって憧れの地であり、ここで研究出来る事は科学者にとって最高の誉れとなる。

 

 そんな世界中の科学者達の英知が集まった、まさにサイエンスハリウッドのような島で、個性やヒーローアイテムの研究成果を展示した個性技術博覧会であるI・エキスポが開催されていた。

 

 本日はそのプレオープンの日。A組の緑谷はI・エキスポに招待されたオールマイトに誘われ、I・アイランドに着いた先で出会ったオールマイトの親友の娘、メリッサ・シールドと共にI・エキスポを満喫していた。

 

 その道中で他のA組の面々とも出会い、現在大所帯で色んな施設を回っている。

 

 

「例えばこのスーツ。素材が1枚の薄い生地のように見えるけど、実は特殊な製法で作られた超極薄の緩衝材が使われていてね。それが150層も折り重なってて、これを着用すれば高さ30mから落下しても軽い怪我で済むくらい衝撃吸収に優れているのよ」

 

「吸収能力が半端ない!」

 

「例えばこのヘリコプター。一見ただのヘリコプターにしか見えないけど、陸・海・空それぞれの場所によって瞬時に適した形に変化する仕組みがあるの。しかも上は標高6000m、下は深海3000mまで耐えられるくらい頑丈よ!」

 

「もはやヘリコプターの性能じゃない!」

 

「例えばこのゴーグル。一度捕捉した相手を30kmまで追跡出来る機能とか、他の人と100km以上離れても通話出来るインカムとか、他にも4つの機能を搭載した特殊なゴーグルなの!」

 

「機能が多すぎる!」

 

 

 展示されているアイテム1つ1つをメリッサが説明し、それを聞いて驚愕し続ける緑谷。

 

 更にその後ろで2人のやり取りを静かに見守るA組の生徒達。麗日に至っては薄ら笑いを浮かべながら緑谷とメリッサの会話を聞いている始末。口は笑っているが目が笑っていない。

 

 そんな雰囲気の中、メリッサがふと何かを思い出したようにそう言えばと声を上げた。

 

 

「ねえねえ、ちょっと気になっていた事があるんだけど、1つ聞いても良い?」

 

「ふぇっ!? あ、はい! どうぞ!」

 

「皆、雄英高校のヒーロー科にいるでしょう? だから知っている範囲内で良いんだけど、体育祭で活躍していたあのサポート科の男の子。彼は今日、I・エキスポに来ていないのかなぁ……と思っててね」

 

 

 何を聞いてくるのかと思えば、例のサポート科の彼の事について尋ねられた緑谷達。

 

 期末試験前にヒーロー科全員で合同訓練を行って以降、彼とは特にこれといった交流はしていない。故に彼が今どこで何をしているのか、緑谷達の中に知っている者はいない。

 

 その事を緑谷が代表してメリッサに教える。

 

 

「すみませんメリッサさん、僕達まだそこまで彼と深い交流があるわけじゃなくて、その……ここにいるのかどうか分からないんです」

 

「あっ、良いの良いの、謝らなくて! ちょっとした興味本位で聞いただけだから! でもそっか、知らないならしょうがないわね。彼とは是非、1度会って話してみたいなって思ってたけど」

 

 

 サポート科の彼と会えない事に少し残念がっているメリッサを見て、緑谷が再度ごめんなさいと言って頭を下げる。

 

 別に緑谷もメリッサも謝るような事はしていないが、お互い性根が優しすぎるためにどちらも謝り倒すという奇妙な光景が出来ていた。

 

 そんな状況を止めたのは一緒にいた飯田だった。

 

 

「まあまあ、2人とも一旦落ち着いて。それにしても、メリッサさんはどうして彼に会いたいと?」

 

「だってほら、彼って体育祭の時にホイポイカプセルとかエアカーとか、I・アイランドで作られるアイテムに負けないクオリティの物を作ってるでしょ? 同じ科学者として興味があるというか、負けてられないなーっていう対抗心? みたいな?

 ……あ、あははは! やだもう、何かごめんなさいね! 本当に私個人の勝手な事情だから、そんなに気にしないで! ねっ?」

 

 

 そう言って何度も平謝りするメリッサを前に、緑谷達は今もどこかで研究しているであろう彼の姿を思い浮かべた。

 

 ヒーロー科ですら全く寄せ付けない圧倒的な実力があり、メリッサのようなI・アイランドの優秀なアカデミー生にも科学者として名を知られている。

 

 そんな人が雄英高校にいる現状に、本当にとんでもない人と同じ学年になったなと、どこか遠い目をするのであった。

 

 

「あっ、そうこうしている内にもうこんな時間! そろそろ閉園も近いし、レセプションパーティーに行くための準備しないと!」

 

「言われてみれば、今は17時半。閉園は18時で、パーティーが始まるのは19時から。確かに、そろそろ準備に取り掛かった方が良いな。……よし皆、ここは一時解散して各自ホテルに戻ろう! 正装に着替えて30分後に集合だ!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

 I・エキスポの開催を記念して開かれるレセプションパーティーに遅れないよう、各々が正装に着替えるためホテルに戻って行く。

 

 その後、緑谷がメリッサから『フルガントレット』というサポートアイテムをもらったり、パーティー中に敵の集団が襲撃して来たりなど、実に様々な出来事がI・アイランドで起こるのだが、この時の緑谷達は知る由もなかった──。

 

 

 


 

 

 

 ──場所は戻り、蛇腔総合病院の研究室にて。

 

 研究開始から随分と時間が経ち、午後8時半を回った頃。

 

 

「……ん? もうこんな時間か。2人とも、ひとまず研究はこの辺にして、また明日にしよう。病院ももう閉まっているし、外もとっくに暗くなっている。今日はもう帰りなさい」

 

「いやいや、まだまだこれからですよ殻木先生! 今良いところなんです! あとちょっとだけ、ちょっとだけですからもう2,3時間は粘って……あっ」

 

 

 殻木から帰宅を命じられ、研究途中の発目はまだ帰らないという拒否の姿勢を見せたが、思い出したように彼の方を見て静かになった。

 

 先程まで鼻歌交じりに室内を動き回っていた発目が急に黙りこくったので、隣にいる彼が心配そうに見ていると、いきなり実験の手を止めて荷物を纏め出した。

 

 

「……ええ、確かにそうですね。今日はもう暗いので帰る事にします。それではまた明日、朝9時にはこの研究室に来ますので。お先に失礼します、殻木先生」

 

「あ、ああ、お休みなさい発目君。君もお休みなさい。今日はしっかり寝て、また明日から研究に打ち込もう」

 

 

 荷物をバックパックに纏め、それを背負って殻木に挨拶する発目。態度の急変ぶりに殻木が戸惑いの様子を見せるも、発目はそれを気にする事なく研究室を後にする。

 

 彼も殻木に軽く挨拶をしてから研究室を後にすると、急いで発目の後を追いかけ隣に立ち並ぶ。

 

 それにしても急にどうしたのだろうか。あの病的なまでに自分本位の発目が、殻木に1度帰宅を命じられた程度で大人しく引き下がるとは思わなかった。正直言って、本当に3時間くらいは粘ると予想していた。

 

 何か事情でもあるのだろうか。疑問に思った彼は発目に尋ねた。

 

 

「えっ? あそこで大人しく引き下がった理由? 困りましたねぇ、思い出してくださいよ。あなた、これから毎晩どこに泊まるかもう忘れたんですか?」

 

 

 発目にそう言われて彼は思い出した。夏休みの間、今日から毎晩発目の実家に居候する事を。

 

 まだ荷解きもしていないのに初日から深夜帰宅なんてしたら、発目の実家にお邪魔する時、一緒に住んでいる他のご家族に迷惑を掛けてしまう。

 

 だから先程は大人しく引き下がったのだろう。家族になるべく負担を掛けさせないために。

 

 

「今日から私の家に泊まるんですよ? 全くもう、今から乙女の家に行くのですから、少しは緊張感を持ったらどうです? こう見えても私、年頃の女の子なんですから。こんな事、普通はあり得ないんですよ?」

 

 

 言われてみれば確かにそう。年頃の女性が異性を自身の家に、ましてや実家に泊まらせてくれるなど普通はない。

 

 3大欲求が食欲・睡眠欲・性欲ではなく、食欲・睡眠欲・戦闘欲のサイヤ人故か、全く緊張していなかったし記憶から飛んでいた。今もなお、一片たりとも緊張していないが。

 

 だがこの反応を見るに、何だかんだ言って発目はそれなりに気にしていた様で、それに気付いていなかった時点で配慮に欠けていた。これは良くない、反省すべき点だろう。

 

 本来なら他人の事情など微塵も興味ないのだが、発目の事となると途端に甘くなってしまうのはこれ如何に。謎である。

 

 そんな事を思いながら市営バスと電車を乗り継いで帰路に就く事40分。京都府蛇腔市に隣接する播土市、その中心地から少し離れた場所の住宅街に発目の家はある。

 

 発展した街の中心地近くとは思えないほど閑静な住宅街。しかし、建ち並ぶ家々を一目見れば分かる。ここは間違いなく高級住宅街だ。彼の実家もそのような場所にあるので良く分かる。

 

 そんな住宅街を横切る公道を歩き続ける事更に20分、計1時間掛けてようやく発目の実家に辿り着いた。

 

 2,3階建ての一軒家が建ち並ぶ中で聳え立つ近未来的な直方体の建物。いわゆる高級マンションだ。

 

 

「まあ、実家とは言いましたがそこまで大層な物ではありませんよ。このマンションの一室が私の家ってだけの話です」

 

 

 大層な物ではないと言うが、1階当たりのマンションの面積と部屋数から推測するに、1部屋の広さは相当なものだと思われる。謙遜にしては些か無理があるのではなかろうか。

 

 こうしてマンションの中に入り、エレベーターで10階まで登った彼は、遂に発目が住んでいる一室の玄関前に立った。

 

 

「さあさあ、ここが私の家ですよ。遠慮せずにどうぞ上がってください」

 

 

 そう言われて家にお邪魔した彼を待っていたのは、壮年の男女2人。発目の家は両親と発目の家族3人暮らしだと聞いているので、この2人が発目の両親と見て間違いないだろう。

 

 彼は2人に対して丁寧にお辞儀すると、挨拶と共に事前に用意していた菓子折りを取り出した。

 

 その菓子折りを受け取った発目の両親は、柔和な笑みを浮かべてお礼を言うと、丁寧なお辞儀と挨拶で快く彼を迎え入れる。

 

 

「こちらこそ初めまして、いつも明がお世話になっております。父の明良(あきら)です」

 

「母の明理(あかり)です」

 

 

 明良に明理。発目の下の名前が明だから、家族揃って明るい名前をしている。雰囲気とかではなく、名前の文字そのものが。

 

 とりあえず色々と突っ込みたくなるような名前は一旦置いて、挨拶を済ませたので靴を脱いで家に上がる。

 

 奥に進むと広々としたリビングがあり、ダイニングテーブル、ソファー、大型テレビなど、多くの家具家電が置かれていた。マンション自体もそうだったが、家具家電も高級感溢れる良い物を取り寄せているのが分かる。

 

 ざっと室内を見渡した感じ3LDKの贅沢空間で、外に出れば余裕でBBQが出来る広さのバルコニーもあり、ゆったり寛げる仕様となっている。

 

 これで3人暮らしだというのだから驚きだ。もしかしたら発目は案外お嬢様な所があるのかもしれない。そう思うと、殻木と初めて会った際に礼儀正しい振る舞いが出来ていた理由にも納得出来る。

 

 

「急にどうしたんですか? 1人でうんうん頷いて。何かあったんですか?」

 

 

 どうやら心の中の声がつい外にも出てしまっていたようだ。自重しなければ。彼は気を引き締めた。

 

 こうして発目の実家にお邪魔した彼は、その後両親が作ってくれた晩御飯を食べ、シャワーを浴びて心も体もリフレッシュすると、そのまま発目の部屋に入った。

 

 何でも3つある部屋の内1つは物置部屋として使用しており、客室としては全く使えないとの事。そして、残りの部屋の内1つは発目の両親の寝室として、もう1つは発目の自室として使われていた。

 

 だから必然的にリビングで雑魚寝する事になると、彼はそう考えていた。

 

 だが……。

 

 

「いやいや、せっかく来て頂いた客人、それも娘と1番仲の良いクラスメイトをリビングで雑魚寝させるのは流石に申し訳ないよ」

 

 

 という理由で、娘の部屋のベッドで一緒に寝てどうぞと発目の両親から声が上がったのだ。

 

 発目自身も特に反論は無く、両親の意見はびっくりする程すんなり通った。

 

 だが、いくら仲の良い友人とは言え異性を年頃の1人娘と同じベッドで寝かせるなど、親として果たしてそれで良いのだろうかと彼は疑問に思った。

 

 更に解せないのは、物置部屋に入った時に客人用の寝具を見つけたのだが、何故かそれを使わずに発目の部屋のベッドで寝るのを勧められた事だ。ベッド自体はダブルベッド並みの広さなので、寝る分には大して問題無いのだが。

 

 極め付けに、部屋に入る直前で両親から「これからも末永く、娘と仲良くしてやってください」と、笑顔でサムズアップされたのだから余計に困惑している。

 

 こんな事、本来なら既成事実の1つ2つ出来てしまってもおかしくないほど危ない橋だ。一緒に寝る相手が峰田の様な性欲の権化だったら、それはもう大変な事になっていただろう。

 

 そんな事を思いながら発目が使うベッドに腰掛けた彼は、今日の朝からずっと維持し続けていた超サイヤ人の変身を解いた。寝る時だけは流石に変身を解くようにしているのだ。

 

 そしていきなり変身を解いたので当然の事だが、金髪碧眼の逆立った髪型からいつもの黒髪黒目に戻る瞬間を、隣に座る発目も目撃していた。

 

 

「……えっ? ちょ、ちょっと待ってください。何ですか今の? 今、あなたの容姿が金髪碧眼から一瞬でいつもの黒髪黒目に変化したように見えたのですが……私の幻覚ですかね? あの、出来る範囲で良いので説明……してくれます?」

 

 

 もちろんそのつもりだ。そのつもりで、わざわざ目の前で変身を解いた。

 

 今日の昼、病院前のバス停で会った時に、説明が長くなるので後で詳しく話すと伝えた。

 

 だから今、寝るまでにまだ時間もあるので詳しく話す事にしたのだ。雄英校内で最も信頼している、彼が両親以外で唯一と言って良いほど心を許している発目になら、正直に教えても良いと判断して。

 

 とはいえ、何としてでも絶対に隠しておきたい話というわけでもない。何かの拍子で世間に詳細がバレたとしても、それはそれで構わないと思っている。そんな程度。

 

 そういう事なので、寝るための睡眠導入剤代わりに聞いてくれたらそれで良い。

 

 その旨を発目に伝えたところで、彼は超サイヤ人について詳しく話し始めた──。

 

 

 




最近リアルの生活が忙しくなってきたし、9月なのにまだ外は暑いしで大変っす。これを読んでいる読者の皆さんも体調を崩さないように気を付けてね。
ちなみに発目の両親の名前は独自設定、この物語限定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 ある日の夜空の下で

超サイヤ人の事を発目に打ち明けた主人公。急に明かされた衝撃の事実に、発目はどんな反応を示すのか……。


 事の発端は雄英体育祭が終わった後の、その日の夜だった。

 

 雄英体育祭を通して世間に知れ渡った彼の力は、その日の夜のニュース番組の話題を全て掻っ攫った。全国のヒーロー、市民、敵が、彼の桁外れの実力に注目した。

 

 そんな中、家に帰った彼は考えていた。流石に次のステージへ進むべきだと。

 

 体育祭という場で、生まれて初めて自身の力を人に使った事で露呈した気の精密操作の技術不足。いくら相手が弱過ぎるからといっても、本戦で当たったヒーロー科のほとんどが重傷を負う結果となった。最後の最後で何とかコントロールのコツを掴んだものの、まだまだ荒削り。

 

 戦いの内容を振り返り、このままでは良くないとこの時の彼は考えた。

 

 今まで積み重ねてきた修行の大半は重力室での高負荷トレーニングばかりで、相手の実力に合わせた気の精密なコントロールはほぼ度外視していた。だが、これから先もっと強くなるためにも、体育祭で判明した課題を野放しにするわけにはいかなくなった。

 

 幼少の頃から重力室で毎日のように修行を積み重ね、2年前には遂に伝説の超サイヤ人にも変身出来るようにもなった。そんな彼が、判明した課題をどうやって克服しようとしたか。

 

 その答えはすぐに見つかった。超サイヤ人のまま日常生活を送る事である。

 

 これはドラゴンボールの原作で、完全体になった人造人間セルに少しでも対抗するために、当時悟空が編み出した修行方法。怒りによって変身する超サイヤ人を、興奮や苛立ちを抑えながら一日中維持して生活するこの方法は、急激に気を高めた時に掛かる体の負担を最小限に抑え、それにより爆発的な戦闘力の向上を可能にする。

 

 更に、ただでさえ力の加減が難しく負担も掛かる超サイヤ人を維持した状態で日常生活を送るため、自然と気の精密操作の技術も劇的に向上するのだ。

 

 つまりこの修行は、彼の戦闘力を更に底上げしつつ、体育祭で判明した課題も同時に解決出来る、まさに一石二鳥の方法なのである。

 

 超サイヤ人に変身出来るようになったが故の達成感や高揚感。そこから生まれた傲慢さと慢心による現状維持のためのトレーニング。これら2つの理由により、超サイヤ人のまま過ごすという修行を怠っていた彼は、ここに来て2年ぶりに前進した。

 

 とはいえ、最初から1日中超サイヤ人のまま生活するのは容易ではない。超サイヤ人は変身を維持するだけでも肉体に莫大な負担が掛かるため、体力の消耗が非常に激しいのだ。超サイヤ人の状態に慣れるというのはそれだけ難しい。

 

 だから最初は、無理に1日中変身したまま過ごそうとはしなかった。学校から家に帰ってすぐ超サイヤ人に変身し、寝る直前までの数時間だけ維持し続ける。朝起きてから家を出るまでの数時間だけ超サイヤ人を維持し続ける。体育祭が終わって以降、職場体験の時を除きこれを毎日続けた。

 

 校内でこの修行をしなかったのは、まだそこまで体力が足りなかったのと、何かの拍子にトラブルになる可能性を潰すため。まだ気のコントロールにブレがある状態で、超サイヤ人のまま誤って教室を吹っ飛ばしてしまったら洒落にならない。だから校内では流石に控え、修行場所を家の中に限定した。

 

 ただ毎日続けていると体にも変化が現れる。超サイヤ人になった時の負荷が段々と軽くなり、維持できる時間もそれに伴って伸びたのだ。

 

 6月最終週辺り、ヒーロー科との合同訓練を行っていた頃にもなると、休みの日は半日以上超サイヤ人のまま過ごす事を可能にしており、気のコントロールも修行開始に比べて劇的に向上していた。

 

 それから更に1カ月後、超サイヤ人状態での生活もまあまあ板についてきた彼は本日、満を持して発目の前に超サイヤ人の姿で現れた。

 

 そして現在、蛇腔総合病院から帰った後の発目の自室、発目の目の前で超サイヤ人の変身を解いたのであった──。

 

 

 

 

「──つまり今さっきまでの姿が『超サイヤ人』と呼ばれている、あなたが説明してくれた『サイヤ人』とかいう戦闘民族固有の強化形態ですか? 染髪とか、そういう類のものではなく?

 ……いやー、話は一通り理解しましたが、俄かには信じ難いですね。ただでさえ先程の金髪碧眼が変身によるものだっただけでも驚きなのに、その原因が個性ではなくまさかの種族由来だったなんて。

 しかもその種族は地球には存在せず、宇宙中で暴れ回っている戦闘民族で、あなたはその種族の血を引いた宇宙人だとか。……これ、もうどこから突っ込めば良いのかさっぱりですよ」

 

 

 超サイヤ人の説明から始まり、それに伴って戦闘民族サイヤ人の事まで長々と語った彼は、話のスケールの違いについて行けずに惚けている発目を見た。

 

 いつもは自分本位な言動と行動の連続で担任や周囲の人を振り回し、鋼の精神力で大抵の事では動揺を見せない発目。だがそんな彼女を以ってしても、今の話を聞いて平常心を保つのは無理があった。

 

 そもそも、同じクラスの仲の良い友達からいきなり「自分は宇宙人です」とカミングアウトされたのだ。急に頭がおかしくなったのかと心配になるし、とても信じられるような内容ではない。冗談にしても無理がある。

 

 しかし、口では信じられないと言いつつ心の内ではどこか納得している発目だった。

 

 彼の口から語られた内容は、いつもなら笑い飛ばし茶化していた事だろう。だが、普段とは違う彼の真剣な表情や口調から、どうしても嘘だと言い切れる自信がなかったのだ。むしろ数学の難問を解いた時の様な、スッキリとした晴れやかな気分をその身に感じていた。

 

 

「というか、あなたにとって人生最大とも言える秘密、私に話して良かったんですか? 仮に今の話が本当だとして、もし何らかの拍子で世間にバレてしまったら、それこそ大騒ぎどころの話じゃありませんよ」

 

 

 秘密を知った発目が心配そうな眼差しで彼の顔を覗き込むが、その心配はいらない。

 

 説明する前にも言ったように、今話した内容は死に物狂いで隠したい程の秘密ではないのだ。大っぴらに打ち明ける真似は決してしないが、バレたらバレたで仕方がないと割り切るだけの事。

 

 仮にバレてしまったとして、その時は色んな障害が降り掛かってくると予想されるが、その程度で困り果てる彼ではない。むしろ中途半端に手を出して彼の怒りを買ってしまったら、それこそ宇宙にでも逃げ出さない限り相手の命はない。

 

 その気になれば地球程度の惑星、一瞬で木っ端微塵に出来る戦闘力はある。なんなら金星や火星など、そこらにある近くの適当な惑星を破壊して牽制してやっても良い。

 

 そんな物騒な考えを持つ彼とは裏腹に、発目は「そうですか」と一言だけ呟くと、今日はもう疲れたのか欠伸をしながらベッドに寝転がった。

 

 

「あなたがどうしてそんな重大な秘密を私に打ち明けたのか。それは謎ですが、少なくとも他の人に言いふらす真似だけはしません。だからそこは安心して下さい。どうやら私は、あなたに相当信頼されているようですからね。

 ……さあ、今日はもう寝ましょう。明日の朝も早いですし。ほら、私とくっ付いて寝ようが抱き枕にして寝ようが自由なので、ちゃんと寝られるベッドでしっかり睡眠を取りましょう」

 

 

 そう言ってベッドの空いたスペースをポンポンと叩く発目。彼もその日は疲れていたので、お言葉に甘えて発目の隣に寝転がる。

 

 寝返りを打てばお互いの唇と唇がくっ付きそうなほどの至近距離。それでも2人は一切の緊張を見せず、その夜は深い眠りに就いた。

 

 

 


 

 

 

 ──それから1週間後の7月最終週、某県某所の山の中にて。

 

 この日は朝からヒーロー科1年のA組とB組が雄英に集まり、大型バスに乗ってそれぞれとある目的地へ向かっていた。

 

 I・アイランドで起こった、敵の集団によるテロという前代未聞の大事件。それをオールマイトと共に解決まで持って行った功労者の緑谷は、今日から始まる林間合宿に胸を躍らせており、他の皆も同じ気持ちだった。

 

 だが、意気揚々と始まったはずの合宿に行く道中、皆の心には早くも不安の種が芽生えていた。

 

 

「──というわけで、今回の合宿でお世話になるプッシーキャッツの皆さんだ。お前ら、ちゃんと挨拶しておけ」

 

 

 合宿施設に向かう途中で止まったバス。しかし、止まった場所はどうみてもパーキングエリアには見えないただの広場。眼前には広大な森林と山々が連なっており、照り付ける真夏の日差しを浴びて強烈な緑の輝きを放っている。

 

 そこで出会ったヒーロー、『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ』のマンダレイとピクシーボブから唐突にこんな言葉が出た。

 

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山の麓にあるわ」

 

「えっ!? ……と、遠くないですか?」

 

 

 マンダレイがそう言って指差した方向は遥か先の山。今いる広場から直線距離で測っても5km以上は確実にあるその場所に、今回の合宿で利用する施設があると説明された。

 

 この時点で、もう既に嫌な予感しかしない。絶対に碌な目に遭わない。直感でそう思った皆の表情が僅かに引き攣る。

 

 

「い、いやいや、まさかそんなわけ……」

 

「バス、戻ろうか? 早く……な?」

 

 

 嫌な空気が流れ出す中、誰かがポツリと呟いたその声を発端に、全員が一斉にバスへ乗り込もうと駆け足になる。

 

 そこへ更に、マンダレイがA組に追い打ちを掛ける一言。

 

 

「今は午前9時30分。早ければ……そうねぇ、12時前後ってところかしら? なら12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね!」

 

 

 止めとなる一言。

 

 それを皮切りに、バスに乗り込もうとする全員が駆け足から全速力に変わる。

 

 しかし時すでに遅し。バスへ戻る先頭集団の前に、地面に両手を着けたピクシーボブが立ちはだかる。

 

 

「悪いね諸君。合宿はもう……始まってる」

 

「いやああああああああ!!」

 

「あそうそう、私有地につき個性の使用は自由だから! 今から3時間、自分の足で施設までおいでませ! この『魔獣の森』を駆け抜けて!」

 

 

 個性『土流』を持つピクシーボブの手により、地形を操作されて広場から森林の入口に放り投げられるA組の生徒達。

 

 誰かの悲鳴が上がる中、後から相澤の淡々とした声とマンダレイの溌剌とした声が耳に入る。

 

 動揺が生徒達の間で広がる。

 

 

「雄英ってこういうの多すぎない!?」

 

「というか魔獣の森って……!? 何それ!?」

 

「知るか! 今は取りあえず、急いでこの森突っ切って行かねえ……と……」

 

 

 唐突な事態に未だ動揺が収まらないA組の前に、今度は地響きと共に土塊の巨大な猛獣が這い出てきた。

 

 悍ましい見た目と圧倒的な体格差。その姿はまさに魔獣。とても現実世界に実在する生き物のようには見えない。

 

 そのため崖の上から様子を観察していたプッシーキャッツ達は、いきなりこれらと遭遇すれば思わず及び腰になる者も現れるだろうと、そんな予想を立てていた。

 

 だが、2人の予想は一瞬で覆される。

 

 

「スマッシュ!」

 

「死ねぇぇぇぇー!」

 

「凍れ……!」

 

「レシプロバースト!」

 

 

 多くの敵を相手取り、既に戦い慣れている4人を皮切りに──。

 

 

「行け、黒影!」

 

「おらおらおらぁぁぁぁー!」

 

「行くよ梅雨ちゃん!」

 

「任せてお茶子ちゃん!」

 

「お待ちください皆さん、一塊になって行動を! そして交代交代で攻撃と休息を繰り返しながら進みましょう! 焦りは禁物ですわ!」

 

「罠と拘束はテープの俺と峰田に任せとけ!」

 

「ちくしょおおおおー! お前らのせいでトイレ間に合わなかったじゃねーか! これでも食らえ!」

 

「耳郎、俺達は後方に回って索敵に徹するべきだ!」

 

「確かに、ウチと障子が前衛は悪手か……よし皆、後ろは任せて!」

 

 

 一瞬で状況を判断し、誰1人として戸惑いも躊躇もなく魔獣に攻撃を仕掛け、各々が自らの役割に徹して効率良く、最短ルートで森の中を突き進む。

 

 とても高校1年生とは思えない対応の速さ、20人全員による見事な連携技の連続。多くの予想外にすっかり面食らったプッシーキャッツ達は、思わず相澤に問い詰めた。

 

 

「……ね、ねえイレイザーヘッド? 何だかあの子達、妙に手馴れてる感じしないかな? いくら何でも切り替え早過ぎない!?」

 

「確かにそれ思った! ある程度の連携は出来るでしょうと思ってたらびっくり! 1年生であそこまでの完成度とか聞いてないんだけど!?」

 

 

 驚愕に染まった表情で見つめる2人を前に、相澤は静かに首を縦に振って言った。

 

 

「だから事前に言ったでしょう? 甘く見てると大変な目に遭いますよって。彼らは色々あって、例年の1年生に比べて大幅に成長してるんです。

 とはいえまだまだ課題は多い。今回の合宿はそれを克服するためのもの。これから1週間お願いしますよ、プッシーキャッツの皆さん?」

 

「……12時前後って、私達ならって意味のつもりで言ったんだけどね」

 

「このペースだと、本当に12時半までに施設に辿り着きそうよね……ねえマンダレイ、どうしよう? どうせ夕方まで掛かるだろうと思って、ご飯の用意まだそこまで出来てないんだけど……」

 

「……急いで施設に戻るわよ。本当の意味でお昼抜きになったら彼らに顔向け出来ないわ! ラグドールと虎にも連絡しないと!」

 

 

 車に乗って慌てふためく2人を横目に、相澤もバスに乗ってゆっくり施設へ向かう。

 

 バスに揺られながら目を閉じた相澤の脳裏に浮かぶのは、先日行われたヒーロー科全員とサポート科1人による合同訓練の様子。あの一件以来、いつにもましてヒーロー科全体の士気が上がり、訓練により一層真剣に取り組むようになった。

 

 そして3時間後、12時29分になって施設の入口にA組が現れ、初日から何度も度肝を抜かれるプッシーキャッツの面々であった──。

 

 

 


 

 

 

 それから更に数日が経った、ある日の夜。

 

 今日も研究に1日を費やした彼と発目の2人は、蛇腔総合病院を出て家に帰り、一通り入浴と夕食を済ませて部屋の中にいた。

 

 

「いやー、本格的に研究を始めてもう少しで2週間が経ちますけど、まだまだ先は長いですね。まあ、だからこそ作り甲斐があるんですけどね」

 

 

 ベッドに転がった発目が一言。

 

 同じベッドで一緒に寝るようになってから2週間近くともなれば、もうお互い服装の事など気にしておらず、相手に対する遠慮もほとんどない。

 

 現在、彼はタンクトップに短パンというカジュアルな夏の恰好で、発目は黒のキャミソールにスポーツ用のショートパンツという露出の激しい恰好で室内を彷徨いている。

 

 そんな2人は、殻木と共に進めてきた今までの研究を振り返っていた。

 

 

「とりあえず治療液の開発は、まあ概ね順調といったところでしょうか? 最終的に目指す性能を100点満点としたら、現在の完成度もとい進捗度は……そうですね、20点くらいですかね? 飛び切り甘く採点して、ですけど」

 

 

 それでも確実に進んではいる。まだまだ課題は多いが、少なくとも2人だけの時に比べれば信じられないペースだ。

 

 殻木の助力が想像以上に大きいからだろう。本当に協力関係を結んでおいて正解だった。長く生きている分、達観した人生観を以って話をするから勉強にもなる。

 

 邪悪な気を多分に内包しているのが少し気になるところだが、そもそも科学者はある程度狂っていないとやっていけないので、殻木の持つ邪悪な気は科学者として正常だ。彼の両親や彼を除く雄英の人達などは例外だが。

 

 何はともあれ、治療液の開発は夏休みが終わるまでには完成しそうだ。この勢いのまま研究を進めて行こう。

 

 

「あ、そう言えば今日は隣の町で夏祭りやってる日でしたね。道理で街中が閑散としているなあと思っていましたよ。研究に明け暮れていたからすっかり忘れてました」

 

 

 これからの研究の日々に思いを馳せていると、唐突に発目がそんな事を口にした。祭りという言葉に反応して、彼は少し前の記憶を遡る。

 

 確かに帰りの電車内は人でごった返していた。あの電車に乗っていたのが全員祭りのために行く人だったと考えると、恐らく相当な規模の祭りなのだろう。

 

 そして重要なのは、何故発目は急にそんな事を言い出したのかだ。もしやと思うが、今から祭りを見に行こうとでも言うわけではあるまい。今調べてみたら、もう少しで閉会の時間だった。行ったところで大して回る事は出来ないだろう。

 

 急にどうしたのかと尋ねる彼に、発目は部屋のドアを開けて言った。

 

 

「隣町でやってる祭りはですね、京都でも有数の規模の祭りなんです。で、例年その最後は数千以上の打ち上げ花火で締め括りなのですが……何とその花火、家のバルコニーからでも見られるんですよ。それも結構はっきりと。というわけで……」

 

 

 彼の手を取り、リビングを抜けてバルコニーに出た発目は、夜空を見上げて満面の笑みを浮かべる。

 

 

「一緒に見ましょう、打ち上げ花火! 私、こういう夏の風情を感じるものが結構好きなんですよ。意外でしょう?」

 

 

 確かに意外だ。発目の事だからてっきりアイテム開発以外は全く興味ないと思っていたが、ここで新たに発目の知らない一面を知った。

 

 彼も花火は好きなので、発目の提案を快く承諾した。

 

 

「花火の打ち上げ、予定の時間までまだ3分はありますけど、何か飲み物でも用意します? ジュースもお酒もありますけど」

 

 

 それは遠慮しておこう。今日はもう歯磨きまで済ませた。ジュースを飲んでもう1度歯磨きする羽目になるのは面倒臭い。それにお酒は駄目だ。年齢もアウトだし、明日大変な事になってしまう。

 

 このようなやり取りをしている内に、あっという間に3分が経過した。

 

 そして予定時刻になった瞬間、遥か彼方に見える山の頂上付近から火の玉が打ち上がった。

 

 

「おっ、遂に始まったようですよ! 3、2、1……せーの!」

 

 

 タイミングを見計らい、打ち上がった火の玉が頂点に達して夜空に華を咲かせた瞬間、発目が山に向かって大声で叫ぶ。

 

 

「たーまやー!!」

 

 

 発目と一緒に彼も大きな声で「たまや」と叫ぶ。

 

 その時2人の声が微妙にずれてしまい、その可笑しさに思わず笑いが出てしまう。

 

 ああ、やはり楽しい。発目と一緒にいると、戦闘でもないのに何故か楽しいと思う気持ちが湧いてくる。不思議だ。彼はそう思った。

 

 

「綺麗ですねー……」

 

 

 最初の1発目を皮切りに、連続して絶え間なく光の華が咲く夜空を眺め、発目が小さな声でぽつりと一言。

 

 その時の笑顔が、とても眩しく感じられて。

 

 彼も首を縦に振ってその言葉を肯定し、綺麗な華を咲かせる夜空に目をやった。

 

 それから1時間後、色とりどりの花火を見終えて満足した2人はその夜、非常にぐっすり眠る事が出来たという──。

 

 

 

 

 ──その次の日の早朝、発目の部屋にて。

 

 寝相の悪さによりお互いに抱き合った状態から目を覚ました彼は、朝から部屋のドアを引っ切り無しにノックする音に引き寄せられ、部屋のドアを開けた。

 

 開けた先にいたのは、発目の両親だった。

 

 

「おはよう、と言いたい所だが大変だ! 2人とも今すぐ起きてニュースを見てくれ! 雄英がとんでもない事になってるぞ!」

 

「ごめんなさいね、2人で仲良く寝ていた所を邪魔しちゃって! でもこれは流石に急いで知らせなければと思ってね! というわけで明を起こしてくれる?」

 

 

 何やら切羽詰まった様子だったので、2つ返事で頷いた彼は急いで発目を起こし、一緒にリビングへ向かった。

 

 そこで最初に目に入ったのは、大型テレビに映っているニュース番組。テレビの向こう側は何やら慌ただしい様子だった。

 

 いつもなら朝食を口にしながら軽く聞き流す程度。だがしかし、今日の内容は流石の2人でも驚愕に目を見開いた。

 

 何故ならその内容というのが……。

 

 

『速報です。昨夜未明、林間合宿中だった雄英高校ヒーロー科の1年生が、突如として敵の集団による襲撃に見舞われました。相手は『敵連合開闢行動隊』と名乗っており──』

 

 

 誰が予想出来ただろうか。昨晩どこかで合宿中だったヒーロー科達が、いきなり敵連合の襲撃に遭うだなんて。

 

 その被害の規模は甚大。多数の重軽傷者を出し、居合わせたプロヒーローも何人か重傷を負っていたという。

 

 そして極め付けは、最後に伝えられた情報。

 

 

『──そして生徒の1人、爆豪勝己君が行方不明』

 

 

 何とあの爆豪が、どういうわけか敵連合に誘拐されていた。彼は度肝を抜かれた。

 

 

 




一緒に花火を見る家デートって何か良くない? 想像してみ? めっちゃお洒落だと思うんだよね。個人的な感想だけど。

ちなみに、今の主人公の戦闘力は……

完全体セル(フルパワー状態)>>>>>>孫悟空&孫悟飯(セルゲーム開始時)>>>>>>主人公(不完全な超サイヤ人第4段階)>>>>>>越えられない壁>>>>>>第二形態セル

くらいを想定しています。
主人公が孫家よりも劣っているのは、単純に戦闘経験と修行量の差が原因です。どちらも同じ超サイヤ人第4段階でも質が全然違います。とはいえ主人公も発展途上、まだまだ成長の余地はあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 電撃訪問

発目と実家でイチャコラしていた主人公は、ある日突然雄英が襲撃に遭ったニュースを知る事に。
果たして主人公の心中や如何に……。
今回もかなり短めです。いつもは7000~8000字くらいだけど今回は6500字くらい。


「え……ええええええっ!? ヒーロー科が合宿中に襲撃されて、その上生徒まで誘拐された!? しかも相手はあの爆豪さん!? 

 ええ……敵連合の人達は頭がおかしいのでしょうか? 絶対碌な目に遭わないと思うのですが……主に誘拐した方が。正気とは思えませんね、明らかに人選ミスってますよ」

 

 

 確かにそう思う、同感だ。

 

 彼は発目の呟きを聞いて、首を縦に振って全力で肯定する。

 

 敵連合が合宿中のヒーロー科を襲撃した理由には何となく察しが付く。大方、国内最高峰のヒーロー科を持つ雄英を襲撃する事で、雄英の信頼と信用を失墜させるのが目的なのだろう。

 

 その決定打として、生徒を1人誘拐する。確かに悪くない手だろう。ヒーロー飽和社会の根幹を成す雄英が失墜するとなれば、少なくとも敵にとってはこの上ない吉報に違いない。

 

 だが誘拐する生徒の人選を間違っている。一番肝心な所でミスを犯している。よりにもよって何故爆豪を選んだのだろう。発目の言う通り、絶対に碌な目に遭わない。敵連合の方が。

 

 せめて誘拐するなら大人しい性格の人、押しに弱い人、純情な人のどれかにすべきだろう。つまり御しやすい人が良いという事だ。具体例として、男子なら口田や峰田、女子なら麗日や蛙吹や耳郎などが挙げられる。

 

 ついでに言うと緑谷や轟は候補として相応しくない。どちらも平常時は大人しい性格だが、極度の緊張状態になると攻撃的な性格に変化する傾向にあるからだ。

 

 そのため、普段から攻撃的かつプライドがベジータ並みに高い爆豪は一番の外れくじなのだ。

 

 しかし、だからこそと言うべきか。少し興味が湧いた。

 

 雄英を何度も襲撃する大胆な行動を繰り返し、爆豪という一番扱い難く厄介な劇物を自陣に持って行くその度胸、思考回路。

 

 敵連合には一体どんな変わり者が集まっているのだろうか。実際に会って話してみるのもまた一興かもしれない。

 

 そんな物騒な事を考える彼だったが、そこで腹の鳴る音が耳に入り、まだ朝食すら取っていない事を思い出す。

 

 

「あっ……とりあえず、朝ご飯にしよっか?」

 

 

 彼と発目を呼び起こした発目の父親、明良の一言により皆で朝食を取る事にした。

 

 

 

 

 ──数十分後、朝食を取り終えた彼と発目はいつも通り蛇腔総合病院に来ていた。

 

 襲撃事件のニュースを受け、今は外出を控えた方が良いのではと心配する両親を何とか説得し、電車とバスに揺られながら急いで時間ギリギリにやって来たのだ。

 

 両親の心配はごもっともだが、生憎2人には2人の事情がある。何としてでも夏休みが終わるまでにはメディカルマシーン用の治療液を完成させておきたい。その思いがあるからこその決断だった。

 

 とはいえ流石に他の人にも心配はされるようで、病院に着くや否や、殻木から何度も心配そうな眼差しを向けられている。

 

 

「来てくれるのはありがたいのじゃが……今来て本当に大丈夫なのかお2人さん? 今朝のニュースを見たじゃろう? 雄英が敵の襲撃に遭い、生徒が1人誘拐されたとな。

 どこもかしこも雄英に対する非難の声が上がっているし、混乱に乗じて他の雄英生徒がまた敵連合に誘拐されるやも知れんという声もある。そんな中2人だけでここまで来るのは危なくないかの? 流石に数日くらいは自宅待機しておいた方が……」

 

 

 そう言って何度も諭す殻木だったが、彼は首を振って否定の意を示す。

 

 確かに今、不用意に外出するのは危険かもしれない。雄英を見る世間の目も厳しいものになっている。体育祭で名前と顔が知られている彼と発目は特に注意が必要で、至る所で多くの人の注目を集めてしまう。超サイヤ人に変身して見た目を誤魔化しても、その姿が世に知れ渡るのは時間の問題だろう。

 

 しかし、それでも今は治療液の開発を出来る限り進めたいのだ。正直言って、この程度の事で研究を止められては堪ったものではない。ヒーロー科には悪いが「よそはよそ、うちはうち」というやつだ。

 

 そういうわけで、今日もいつも通り研究を進めるつもりだ。まだまだ課題はたくさんあるので1日も無駄には出来ない。早く研究室に行って昨日の続きから始めなくては。

 

 殻木の心配も意に介さず、そのままの足で研究室に向かう2人。

 

 そんな2人を見た殻木は観念したのか深く溜め息を吐き、その後を追って行った。

 

 

「……全く、2人の気持ちも良く分かるからこそ、下手に止める事も出来んわい。同じ科学者として、どんな時でも研究したい性には逆らえんのう」

 

 

 


 

 

 

 ──時は少々遡り、約10時間前。日本国内某県某所の山中にて。

 

 雄英高校ヒーロー科1年A組とB組は、強化合宿の合間に行われた肝試しの最中、突如として敵連合開闢行動隊の襲撃を受けた。

 

 そんな中、突然の奇襲に混乱しながらも、各々が考え事態の対処に当たっていた。

 

 それも至る所で。それこそ、普通なら誰も来ない崖の上の広場でも。

 

 

「殺させてぇぇぇぇ……堪るかああああああああーッ!!」

 

「ちょ、ちょっと待て! 何かパワー上がってねえかお前!?」

 

 

 轟音響く拳と拳のぶつかり合いの中で聞こえる少年の叫び。

 

 その叫びと思いに呼応して少年の力が底上げされる。その事実に驚いた相手から、思わず戸惑いの声が漏れた。

 

 

「1000000%! デラウェア・デトロイトスマアアアアアアッシュ!!」

 

「────ッ!! …………ガハッ」

 

 

 今しがた決着が付いた戦い。

 

 勝者として戦場に立っているのは緑谷。その近くに倒れ伏している敗者は敵のマスキュラー。つい2カ月程前、九州の山奥でサポート科の生徒に戦いを仕掛け、コテンパンに打ちのめされた男である。

 

 今回の合宿襲撃にはマスキュラーも参加しており、10分前にとある事情で人気のない崖上にいた少年、洸太と接触。

 

 景気付けに洸太を殴り殺そうとした所で、場所を知っていた緑谷が間一髪のタイミングで洸太を救出し、そのまま1対1の戦闘に入った。

 

 サポート科の彼には為す術なく惨敗したマスキュラーだが、それは単に相手が悪過ぎただけの事で、他の人にとっては脅威的な強さを誇る。そのため、緑谷もマスキュラーの圧倒的な強さにどんどん追い詰められてしまう。

 

 戦いの最中、負けじと意を決して100%の打撃を放つも、マスキュラーの全身を覆う分厚い筋繊維によって防がれ大きなダメージにはならず。更に追い込まれる事態に。

 

 だが、そこで諦めないのがヒーロー科の緑谷。マスキュラーとの打撃の押し合いに負け、あと少しで殺害されそうになるも、洸太の声援を受けて火事場の馬鹿力を発揮。

 

 最後の力を振り絞り、気合いと共に放った1撃は見事マスキュラーの防御を打ち破る事に成功。マスキュラーに大ダメージを与え、辛くも勝利を手にする事が出来た。

 

 

「あ、おい! 大丈夫なのかよ、それ……!」

 

「大丈夫、だよ……。それに、まだやらなきゃいけない事が、あるんだ」

 

「そんなボロボロで何をしなきゃいけねえんだよ!? 早く戻って休んだ方が……!」

 

 

 掴んだ勝利の代償は大きかった。

 

 両腕は骨折し、全身が痣だらけの血だらけ。100%の力を2度も使った右腕は肌が変色し、見るも無残な状態になっていた。既に痛みで気を失っていてもおかしくない重傷である。

 

 それでも緑谷は言う。

 

 

「もしこの夜襲にきた敵が全員このレベルなら皆が危ない。その上狙いは僕ら生徒かもしれない。その事を先生方に伝えなきゃいけない。だから、僕が動いて助けられるなら、動かなきゃいけないだろ……!」

 

「────ッ!!」

 

 

 緑谷の容態を見て不安を感じ、必死に止めようとした洸太も、この時の緑谷の鬼気迫る表情と気迫に圧されて黙ってしまう。

 

 もはや今の緑谷を止める者は誰もいない。目的を達成しない限り、どんなに重傷でも動き続ける事だろう。

 

 洸太を背負った緑谷は、怪我の痛みを無視して急いで施設に走り去って行った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────痛ってえな、おい」

 

 

 緑谷が施設に向かって走り去った数分後、人気のない崖の上で男の低い声が響いた。

 

 声の主は、緑谷に倒されたはずのマスキュラー。本来ならここで気を失ったまま倒れ伏し、その後駆け付けた警察に捕まってしまう。そのはずだった。

 

 だが、マスキュラーは目を覚ました。

 

 

「……あー、最後の一発。あれはマジに効いたなあ。まさか筋繊維の防御を突き破ってくるとは思わなかったぜ。あの緑谷とか言うガキ、とんでもねえパワーだった」

 

 

 先程の戦いを振り返り、緑谷に食らった最後の一撃の痛みを思い出す。

 

 本気で挑んだ。勝機も十分だった。あと少しで勝ちが確定するところだった。しかし、それでも負けた。ピンチを覆すヒーローの意地に、最後の最後で押し負けた。

 

 その事実がマスキュラーの顔を歪めるも、それも一瞬の事。負けたのは悔しいが、それ以上に緑谷との戦いが楽しかったのだ。

 

 数分前の興奮を思い出したマスキュラーの口角が僅かに上がる。

 

 

「楽しかったなあ、緑谷との戦い。やっぱ戦いはこうでないとな。九州での戦いも確かに凄かったが、楽しさは断然こっちの方が上だった。()()は強過ぎて最初から勝負になってねえしな」

 

 

 九州の戦いと今回の戦いを比較して、しばらくの間物思いに耽るマスキュラー。

 

 だが、ここに寝たきりのままでいるといつか警察に捕まってしまうので、ふらつきながらも残った体力で何とか立ち上がる。

 

 

「ああクソ、真っ直ぐ歩けねえや。こりゃさっきの一撃で脳が揺れたな。しばらくすりゃ治るとは思うが、今日中には無理そうかもな。めっちゃくちゃ残念だが、今日はこれ以上戦うのを止めて大人しく引き下がるか」

 

 

 緑谷との戦いの前に経験した、九州での彼との戦い。

 

 あの戦いでマスキュラーは、緑谷から食らった打撃以上の攻撃を既に経験している。強大な力を持った者の強大な攻撃をその身で受けたからこそ、マスキュラーの肉体にはある程度の耐性が付いていた。

 

 それが原因で、本来辿るはずだった未来から大きく異なる結果へと繋がったのだ。

 

 

「しっかしまあ、俺のパワーがああもあっさり跳ね返されるとはな。最近のガキ共は本当に侮れねえぜ。……帰ったら久々に体鍛えるか。俺ももっと強くならねえと」

 

 

 覚束無い足取りながらも約束の集合場所へ少しずつ進む中、連合のアジトに帰ったら久々に筋トレを始めようと決心するマスキュラーであった。

 

 

 


 

 

 

 ──時は戻り、合宿襲撃後の翌日の夕方

 

 周囲の心配を他所に、いつも通り病院の研究室で治療液の開発に取り組んだ彼と発目は、既に家に帰って寛いでいた。

 

 時刻は午後8時。本来ならもう少し遅い時間帯に帰っているのだが、今日くらいは早く家に帰りなさいと殻木に何度も催促されたため、渋々研究を早めに切り上げた。

 

 そういうわけで、いつも遅い時間に帰っていた弊害なのか、現在2人は暇を持て余している。

 

 暇潰しのためにある夏休みの課題は既になくなってしまった。2人とも集中力が凄まじいので、課題をやり始めるとあっという間に終わらせてしまうのだ。

 

 就寝時間まで数時間もある。ベッドでゴロゴロするのも飽きてきた彼は、どうやって暇を潰そうか考えた。

 

 だが、考える時間はそう長くなかった。すぐに思い付いたのだ。否、正確には思い出したと言う方が近い。

 

 それは朝早くに起きて、合宿襲撃のニュースを見た時の事。あの時彼はこう思ったのだ。

 

 

『敵連合には一体どんな変わり者が集まっているのだろうか。実際に会って話してみるのもまた一興かもしれない』

 

 

 元々はただの興味本位だったが、暇を持て余している現状をどうにかするにはちょうど良い。

 

 思い立ったが吉日、彼はすぐに立ち上がると急いで運動着に着替え始めた。

 

 その様子を訝し気に見つめる発目が、すぐさま彼に疑問の声を投げ掛ける。

 

 

「どうしたんですか、急にジャージに着替え出して? 今からお出かけですか?」

 

 

 そういう事だ。今から少々散歩に出かけてくるので気にしなくて結構。寝るまでの暇潰しである。

 

 

「出かけるのは別に構いませんが、一応気を付けて行ってくださいね?」

 

 

 心配そうな眼差しで発目にそう言われた彼は、大丈夫という意味を込めてサムズアップで返す。

 

 その後すぐに着替え終えると部屋を出て玄関に向かい、運動靴を履いて家を出た。

 

 閑静な住宅街に伸びる薄暗い道をただ1人、鼻歌を口ずさみながら歩いて行く。その途中で見つけたコンビニに寄って、適当にお菓子やジュースを購入し袋に詰める。

 

 そしてコンビニで購入した物を片手に持ち、1度来た道をすぐに引き返して発目の家に戻る途中。

 

 誰もいない、人目もない、街灯も監視カメラもない真っ暗な夜道のど真ん中で、彼は徐に人差し指と中指を立てて額に当てると────。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────のわああああっ!? だ、誰だてめぇ!? どうやってここに来た!?」

 

「なっ、なんだこいつ!? まさかヒーロー!?」

 

「ええーっ!? 知らない人が急に現れたぁ!?」

 

「…………ッ!!」

 

 

 最初に見えたのは、全身が緑の鱗に覆われた筋肉質な男。恰好がどこかヒーロー殺しに似ているのは偶然か故意か。

 

 その隣にはシルクハットを被り、顔に仮面をつけて素顔を隠している紳士風な男が1人。そして、腰に数多のナイフを携帯しているセーラー服姿の女子も1人。

 

 3人の背後には、紺色の服とコートに身を包んだ黒髪の青年が壁にもたれ掛かっており、驚愕に見開いた目でこちらを見ている。全身の至る箇所に焼け爛れた皮膚と縫合の痕が残っているのが何とも痛々しい。

 

 辺りを見渡せば、バーらしき室内にあるカウンター席に、人の手を模したマスクを顔に着用した変な青年と、バーテンダーの恰好をした靄状の男が立っていた。

 

 その他にも、サングラスを掛けたロン毛の男、黒と灰色のラバースーツとマスクを着用した男、2カ月前に九州の山奥で戦った敵のマスキュラーもいる。

 

 計9人の男女が狭い室内に集まっていた。

 

 そして最後に、彼が立っている場所の隣によく見知った人物が1人。

 

 

「誰だてめぇ、見ねえ顔だな。見た感じヒーローってわけでもなさそうだが……何者だ?」

 

 

 敵に囲まれているにも拘らず、相変わらず勝ち気な口調を崩していない誇り高き雄英生徒、爆豪勝己。

 

 手足を拘束され、頑丈そうな椅子に固定されているが、この反応を見るからに普通に元気そうだ。流石というべきか、凄まじい精神力である。

 

 そう、ここは敵連合のアジト。つい昨日、合宿中だった雄英のヒーロー科達を奇襲して目的を果たし、今世間で最も注目を集めている集団の本拠地である。

 

 そんな魔境の地に彼は1人でやって来た。もちろん寝る前の時間帯なので超サイヤ人の変身はまだ解いていない。傍から見れば、金髪碧眼の謎の青年が何の前触れもなく、いきなり自分達の前に現れたように見えるだろう。

 

 突然この場に姿を現した事で全員が硬直しているので、緊張を解す意味で彼は軽く自己紹介を行った。

 

 その際、敵連合を相手に深々と丁寧にお辞儀する。礼儀作法がしっかりと身に付いている証拠の、完璧な一礼。

 

 

「……はっ? その名前、ひょっとしてお前、雄英にいる例のサポート科の……」

 

 

 誰かの疑問の声が聞こえたが無視。

 

 挨拶を終えた所で、彼はコンビニで買ってきた大量のお菓子とジュースの詰まった袋を、注目している皆の前で取り出して見せた。

 

 お酒のおつまみからパーティー用のお菓子の詰め合わせまで何でもあるので、それぞれ是非好きな物を手に取って頂きたい。彼は笑顔でそう言った。

 

 しかし、敵を前にして呑気にもそんな態度で接する彼とは対照的に、周囲の警戒はどんどん高まり留まるところを知らない。今この場において、彼ほど場違いかつ不気味な存在はいなかった。

 

 

「おいてめぇ、何でここに……!?」

 

 

 そして、これまでの黒髪黒目からは想像も出来ない金髪碧眼の姿に戸惑いつつも、自己紹介を聞いてサポート科の彼だと認識した爆豪から疑問の声が飛んでくる。

 

 だが、彼からの返答はない。明らかに無視されたその態度に、爆豪の表情が見る見る内に険しくなっていく。

 

 

 ──斯くして役者は出揃った。

 

 

 お菓子とジュースを持参し、暇潰し感覚で敵連合のアジトにやって来た彼。

 

 合宿中に夜襲を受けて誘拐され、頑丈に拘束されている爆豪。

 

 戸惑いつつも目の前に現れた存在に対して即座に臨戦態勢を取り、警戒を高める敵連合。

 

 未だヒーローと警察が血眼になって爆豪の行方と敵連合のアジトを探し回っている状況の中、前代未聞の珍事がこのバーの中で始まろうとしていた。

 

 

 




自分で書いてて思ったけど、主人公のやってる事って普通に敵だな。原作でA組の皆があんなに葛藤していた爆豪の救出とか敵連合の確保とか、やろうと思えば一瞬でやれるはずなのに平然と放置してるもん。
まあ、これだけの戦闘力と倫理観持ってるサイヤ人からしてみれば、ヒーローも敵も同じ地球人だからね……。
正直な話、USJ襲撃事件・保須事件・合宿襲撃事件・神野事件・その後に起こる大事件とかも、累計で数百億以上の命を虐殺して、星まで滅ぼしている民族に比べれば随分可愛いものだよなって書きながら思ったり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 時代が変わる前夜

軽い気持ちで敵連合のアジトに直接乗り込んだ主人公。
当然の如く皆から警戒されているが、一体何をやらかすつもりなのだろうか……。

※5分遅れてしまった……くそう。


 日本国内、某県某所のとあるバーにて。

 

 世間を騒がす敵連合のアジトにいきなり乗り込んだ彼は、合宿中に攫われ拘束された爆豪には目もくれず、敵連合のメンバーと向かい合っていた。

 

 両者の間には緊張が走っており、予断を許されない状況。あまりの緊張感に、傍から見ているだけの爆豪の頬から冷や汗が伝い落ちる。

 

 とはいえ、その張り詰めた空気を作っているのは敵連合の方で、一方の彼はまるで数年ぶりに旧友と再開したかのような態度で、笑顔で相手に手を振っている。

 

 余りにも差があり過ぎる両者の雰囲気に、緊張感に加え不気味さまで醸し出していた。

 

 

「……おいお前、いきなり俺達の前に現れて何が目的だ? というか、どうやってここに来た? 言え、言わないと殺すぞ」

 

 

 連合のリーダー、死柄木弔がサポート科の彼を睨み付けて低い声で脅しをかける。

 

 死柄木の個性は五指で触れた物を分子レベルでボロボロに分解する『崩壊』。そんな『死』を象徴する恐るべき右手が、目の前にいる彼の眼前に差し向けられる。

 

 だが、彼の態度に変化はない。相変わらずニコニコとした表情で死柄木を見つめるばかりで、向けられた右手に対して振り払ったり後退ったりする様子は見られない。

 

 心底舐め切っているとしか思えないその態度が、死柄木の苛立ちを増長させる。

 

 

「いやはや、高校生らしからぬ実力があるのは体育祭で知ってたが、まさか1人でこんな所にやって来るとはね。余程自分の実力に自信があるのか馬鹿なのか……」

 

「いや、馬鹿だろ。どうかしてるぜこいつ」

 

 

 呆れたと言わんばかりに肩を竦めるのは、シルクハットと仮面を被った紳士風の男、Mr.コンプレス。そしてコンプレスの言葉に反応したのは、全身が火傷の跡に覆われた青年、荼毘。

 

 彼を見る荼毘の目は心底相手を見下し残酷に冷笑するもので、どこか薄気味悪さを感じさせる。だが、普通の人なら恐怖で竦み上がるその表情も、彼を前にしては全く通用しない。

 

 

「まあここに来た以上、生かして帰すわけにもいかねえよな。大体、敵陣のど真ん中に突っ込んで何するつもりだ? そこのガキを助けに来たのか? それとも俺達を捕まえに来たか? そのつもりだったらお生憎様。あまり舐めてると後悔するぜ」

 

 

 荼毘が続けて彼を嘲笑し、左手に僅かばかりの蒼炎を灯しながら構える。それを見て他の連合も次々と武器を手に取り、いつでも相手の命を刈り取れる準備を整えた。

 

 連合の殺気を感じ取り、彼の側で拘束されている爆豪が「どうするんだ」と問い掛ける目で彼を見やるが、彼の表情は依然変わらず。差し迫った危機を前に、まるで今から宴会でも行うかのような軽い足取りで彼は歩き出した。

 

 その瞬間、連合側が動いた。

 

 

「自ら近付いて来るとは、舐められたもんだな!」

 

「ごめんなさいね、爆豪君と違ってあなたは全然お呼びじゃないの!」

 

「とりあえず刺します! 刺して血をちぅちぅ吸ってやるのです!」

 

 

 緑色のトカゲの様な姿をしているスピナーが長剣を振り上げ、サングラスを掛け女口調で喋る男のマグネが直方体の大きな鈍器を肩に担ぎ、セーラー服に身を包んだ女子のトガがナイフを握り締め接近する。

 

 3方向からの容赦ない攻撃。殺すという一点のみに特化した、一切の躊躇がない動き。

 

 3人の相手がもしヒーロー科の生徒なら、殆どの生徒が成す術なく殺害され、悲惨な最後を遂げていた事だろう。

 

 

「いっ!?」

 

「なあっ!?」

 

「ええっ!?」

 

 

 ──スピナー達の殺意は、彼に届く目前の虚空で完全に停止した。

 

 目標の脳天まであと10cm。しかしどんなに力を入れても、どんなに体を揺らそうとしても、凶器を振り下ろしかけた姿勢から一寸たりとも動かない。動かせない。

 

 彼は驚愕に目を見開く3人を素通りして、そのまま荼毘の横を通り過ぎようとする。

 

 

「……おい、良いもんやるよ。受け取りな」

 

 

 通り過ぎた直後、彼の肩に荼毘の手が置かれた。

 

 何かと思い振り向いた瞬間、彼の視界が蒼に染まる。荼毘の蒼炎が彼の顔面に直撃したのだ。

 

 轟の出す紅い炎よりも更に灼熱の蒼い炎が、彼の皮膚を焼き侵食する勢いで激しく燃え上がる。常人ならこれだけで即死か重症になってもおかしくない。

 

 だが、目の前にいるのは人の枠組みから外れた化け物(サイヤ人)

 

 

「────ッ!?」

 

 

 刹那、彼の右手が荼毘に向かって伸びた。

 

 余りに一瞬の出来事。伸ばした彼の右手が()()()()()()()()()()()()まで、荼毘はその動きを認識する事が出来なかった。

 

 そして暫しの硬直時間。数秒か数十秒か、顔面を覆う蒼炎が徐々に消えて無くなり、当たり前のように無傷だった彼を見て、ようやく荼毘が口を開く。

 

 

「……おい、その手をどけろ。邪魔だ」

 

 

 荼毘がそう言うと、彼はあっさりと頭に添えていた手を引っ込め、軽く手を振ってみせた。

 

 そして皆の注目が集まっている中、彼は荼毘との距離を一気に詰めると、その耳に口を近付けて直接呟いた。荼毘にしか聞こえない小さな声で。

 

 

「あ? 何だお前、急に近寄って…………おい、何でお前がそれを知ってやがる?」

 

 

 彼の呟いた一言に、鬱陶しそうにしていた荼毘の態度が急変する。今までの他者を見下すような笑みと余裕は消え、悍ましい程にどす黒い感情の籠もった目で彼を睨む。

 

 再び室内に緊張が走るが、彼はいつもの明るい口調で適当にお茶を濁した。流石の荼毘もこれには苛立ちを隠せない。

 

 

「いい加減にしやがれてめぇ。いつまでも調子乗ってんじゃ……ちっ、俺もかよ」

 

 

 苛立ちの感情のままに、今度は手加減無しで蒼炎を繰り出そうとした荼毘。しかし、その行動は実際に行われる直前で、スピナー達と同様に虚空で停止した。

 

 これをされてはもう打つ手がない。荼毘は何とか荒れ狂う感情を心の底に抑え込み、すんなりと抵抗を止めて引き下がる。

 

 その一方で、興味本位で荼毘の頭の中を覗いたら、まさかあのヒーローと繋がりがあったなんて……、と内心驚く彼であった。

 

 アジトにやって来た瞬間から、荼毘の持つ気が何となくA組のとある人物と似ていたので、気になった彼は思わず荼毘の過去の記憶を覗いてみたのだ。

 

 それによって判明したある重大な事実は、流石の彼でも驚きを禁じ得なかった。下手すれば現代のヒーロー社会が崩壊するレベルである。

 

 これは心の中に仕舞っておこう。取り繕った笑顔の裏で、彼は荼毘の抱える重大な秘密を2度と口には出さないと決意した。

 

 

「黒霧! 早くこいつ飛ばせ!」

 

「ええ、これ以上この場で好き勝手されては困りますので……お帰り願います!」

 

 

 彼が荼毘の動きを封じていると、今度は黒霧と死柄木が動き出した。

 

 死柄木の指示の下、黒霧が個性を発動させワープゲートを展開。瞬間、彼の足元に円形状の黒い靄みたいなゲートが出現する。

 

 他の人なら重力に逆らえずゲートに向かって落下し、どこか遠くの場所へワープさせられていただろう。少なくともこの時、死柄木達はそうなるだろうと思っていた。

 

 だが、彼は足元に現れたゲートを確認すると、重力に従って落下せずその場に止まり────ゲートを横に蹴り飛ばした。

 

 

「「「「……………………」」」」

 

「…………おい、誰かツッコめよ」

 

 

 荼毘の呟きが室内に響く。だが、それに答える者はいない。

 

 そう、蹴り飛ばしたのだ。普通なら掴む事すら出来ない靄状のゲートを、彼はまるでサッカーボールの如く蹴り飛ばしたのである。

 

 これには流石の黒霧も面喰らっており、死柄木も信じられない物を見る目で彼を凝視していた。動きを止められた他の人は、もう訳が分からないとでも言いたげな顔をしている。

 

 途端に黒霧と死柄木が焦り出す。

 

 

「い、如何致しますか死柄木弔!? もう半数近くが行動不能にされていますが……!」

 

「待て、焦るな黒霧! まだ勝負が付いたわけじゃない。こうなれば脳無を出して……!」

 

 

 はい、そこまで。死柄木とか言う人も一旦落ち着いてほしい。焦る気持ちは分かるが、別に敵連合をどうこうする気はないのだから。

 

 そう考えている彼は2人の背後に一瞬で移動すると、落ち着いてもらおうと肩に手を置いた。

 

 

「なっ!? いつの間に……!」

 

「触るなガキ! 崩れろ!」

 

 

 だが、彼の一方的な気遣いが相手に伝わるわけもない。

 

 案の定背後を取られた2人は、彼を害そうとすぐさま個性を発動させて襲い掛かり────彼に触れる直前で動きを止めた。否、止められた。

 

 これまた荼毘達と同様、目に見えない強大な力によって指1本すら碌に動かせず、襲い掛かった体勢のままその場に立っている事しか出来ない。

 

 普段から命のやり取りをしている敵にとって、全ての行動が支配下に置かれるのは死活問題。これ以上ない屈辱と憎悪が死柄木の心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

 

 だが、今日まで逃げ延びてきた連合もただではやられない。

 

 

(……隙あり)

 

 

 コソコソ隠れて動き回り、彼の背後に回ったコンプレスが一気に距離を詰め、死柄木達に釘付けだった彼の背中に触れる。

 

 一瞬、彼の全身が僅かに光ったかと思えば、次の瞬間には180cm近くあった肉体が一気に縮まり、ビー玉程度の小さな球体に変化した。

 

 

「よし、成功だ! 閉じ込めちまえばこっちのもんだな。まあ、油断してると痛い目見るんだぜ坊や」

 

 

 彼が閉じ込められた事を確認し、球体を握り締めて思わずガッツポーズするコンプレス。これには他の皆も表情が明るくなり、見返してやったと晴れやかな気分になる。

 

 それでも不安を拭い切れない者もいる。特に警戒心が一際強い荼毘や死柄木は、圧倒的有利とも言えるこの状況下でも一切気を抜いていなかった。

 

 彼はコンプレスによって閉じ込められたはずなのに、どうして体の主導権を握られた人達は未だ動く事が出来ないのか。この不可解な現象を前に、2人の気が休まるわけもなかった。

 

 その嫌な予感はすぐに的中する。

 

 

「よーし、こいつどうしてくれようか? とりあえず一旦眠らせてから……ん? 何だ、腕が勝手に動いて────ぐほぉあ!?」

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 状況が一変する。

 

 球体を握り締めていた右手が独りでに動いたかと思うと、いきなりコンプレスの顔面を真正面から殴り飛ばした。その衝撃で仮面が外れて床に転げ落ち、コンプレスは不意に殴られた痛みで顔を抑えて蹲る。

 

 先程まで喜びに満ちていたスピナー、マグネ、トガの3人は再び困惑に満ちた顔になり、当人のコンプレスも眼球が零れ落ちんばかりに目を見開いて驚愕していた。

 

 コンプレスの右手から球体が飛び出し宙に浮かぶ。

 

 本来なら閉じ込められた時点で抵抗も脱出も出来ず、良いようにされるがままの状態を強制される。それがコンプレスの個性だ。あの爆豪でさえ、圧縮され球体の中に閉じ込められては何も出来なかった。

 

 しかし何度も言うが、目の前にいるのは人外の化け物。人の枠組みから外れた彼にそんな理屈は通用しない。例え肉体がビー玉サイズに圧縮されても、縦横無尽に動き回り相手を圧倒する。そもそも彼がその気になれば、コンプレスの個性など簡単に無効化出来るのだ。

 

 これは何も今回に限った話ではない。最も殺傷能力が高い死柄木の個性であっても、彼の前ではただの悪足掻きにしかならない。仮に個性による攻撃を有効打にしたければ、彼と同等かそれに近い戦闘力を持つ必要がある。

 

 そういうわけで、驚愕に満ちた表情を晒すコンプレス達を横目に、彼は自身を閉じ込めている球体の膜を目力で破壊。いとも簡単に脱出して皆の前に姿を現した。

 

 

「マジかよ……俺の個性がこんなにあっさり……」

 

 

 今まで誰にも破られた事がない個性なのにまるで歯が立たない。絶望的な実力差を目の前で見せつけられ、コンプレスはショックを受けた。

 

 9人中7人の敵連合がたった1人の高校生相手に手も足も出せず完封された。その事実に、ずっと様子を見ていた爆豪の顔が悔しそうに歪む。

 

 

(クソが……俺らがあんだけ協力し合っても苦戦した相手をこうもあっさりと倒しやがる。ほぼ予想していた通りだったが悔しいな……)

 

 

 そして残る2人、黒と灰色のラバースーツを着て支離滅裂な言動を繰り返すトゥワイスと、タンクトップ姿の筋肉質な大男であるマスキュラーが一連の動きを見て言った。

 

 

「おいおい、お前の言った通りになったなマスキュラー!『なってねえよ!』 皆一瞬でやられちまった、ヤバすぎるぜ!『当然の結果だろ!』 お前が咄嗟に止めてくれなかったら、俺も大変な目に遭っていたなこれ!」

 

「だから言っただろ、どうせ行くだけ無駄だって。何故かあいつだけ強さがバグってるし、この場合は穏便に対応した方が早い。流石の俺でもそこは学習している。お前も下手に刺激すんなよ」

 

「OK、分かったさ!『いや知らねーよ!』 肝に銘じておくぜ!」

 

 

 九州で会った時は戦闘狂の節を見せていたマスキュラーだったが、今は驚くほど腰を据えた対応を取っている。

 

 全国的に有名な敵で『血狂い』の二つ名を持つ男とは思えない落ち着きぶりに、彼はすっかり面喰らっていた。

 

 だが気持ちをすぐに切り替え、買ってきたお菓子やジュースを袋から取り出し、それらをカウンターテーブルに置いて席に座る。それと同時に、動きを止めていた連合全員の拘束を解いた。

 

 今夜は寝るまで暇だから、少しだけ皆と雑談しよう。それを聞いてほとんどの人が理解に苦しむ中、隣に座るトゥワイスと早速ハイタッチを交わしてすっかり意気投合する彼であった──。

 

 

 


 

 

 

 それから30分以上が経過した。

 

 

「ええ、まあそうですね。あなたの推測通り、職場体験中にあなたを襲撃するようマスキュラーに依頼したのは私です。して、それを聞いてどうするおつもりで? こうしてバレてしまった以上、仕返しされるのも仕方がないと思って……えっ? ちょうど良い暇潰しになったから良かった? は、はあ……そうですか」

 

「おいお前、いくら強いからって言葉には気を付けてくれよ。あの時は全力で戦ったんだぞ。それを暇潰しなんて言われたら俺の立つ瀬がねえだろ……」

 

「……おい」

 

 

 やはり推測通り、九州でマスキュラーと戦ったのは敵連合の仕業だった。

 

 マスキュラーの性格から考えて、依頼を受けて動くタイプの敵ではないと思っていた。しかしこうして敵連合のアジトにいる以上、2カ月前の戦いも連合と何らかの関わりがあったに違いないと思った。

 

 それをマスキュラーと黒霧に問い詰めたところ、2人とも観念してあっさりと認めてくれた。とはいえ、あの時の事は別に恨んでいないし良い暇潰しになったので個人的には満足している。それを言ったらマスキュラーが目に見えて落ち込んだが。

 

 

「ま、まあマスキュラーも十分過ぎるくらい強いから、そう落ち込むなって。なっ? ほら、酒でも飲んでスッキリしろよ。美味いお摘まみもあるしよ」

 

「あら、それじゃあ私も頂こうかしら? 黒霧、私にも何か入れて頂戴な。出来ればこの生ハムに合う物を」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

「……おい」

 

 

 落ち込み出したマスキュラーの肩に手を乗せて、お酒を勧めて励まそうと声を掛けるスピナー。

 

 何となくだが、スピナーは色々と世話焼きな面があるように見える。戦闘員というよりはサポート役の方が向いていそうだ。個人的な感想だが。

 

 そして、スピナーの言葉に賛同して一緒にお酒を飲もうとするマグネ。発言の内容や佇まいから、連合の中でも取り分け人生経験に富んでいる節があり、皆の姉御的存在と言えるだろう。

 

 黒霧が棚から白ワインのボトルを取り出し、華麗にグラスに注ぐ様を眺めながら、彼はそんな事を思った。

 

 

「あっ、このグミ貰いますね! 私これのイチゴ味が好きなので。とっても赤くて甘いのです! 1番のお気に入り!」

 

「トガちゃんトガちゃん、俺の事大好き? マジで!?『ごめん無理!』 俺も好きだ、付き合おう!」

 

「しっかしまあ、こんなに買ってきて貰って何か悪いな。おっ、このポテチ意外と行けるぞ。どれどれ……レモン醤油味か、そりゃ美味いわけだ」

 

「……おい」

 

 

 気に入ってもらえて何よりだ。

 

 コンプレスが口にしているポテトチップスはつい最近発売された新作。個人的に薄塩味に次ぐお気に入りで、さっぱりとした味わいが特徴だ。

 

 トガの方もお気に入りのお菓子が見つかって良かった。やはり年齢が1つしか違わない若者同士のためか、味の好みが若干似通っている気がする。

 

 トゥワイスがどさくさ紛れに愛の告白をしているが、トガはそれを華麗にスルーしてグミと炭酸ジュースを味わっていた。

 

 

「いやあ、最初はどうなるかと思ったけど、何だかんだ丸く収まって良かったな! これが雨降って地固まるってやつ? なあお前、今度来た時はカップ麺頼むぜ! 俺、豚骨のこってりしたやつが──」

 

「「「おいって言ってんだろ! 聞けよ!」」」

 

 

 トガにあっさり振られたトゥワイスが、今度は彼に買って来てほしい物を注文していると、爆豪、死柄木、荼毘の怒声が重なって飛んできた。

 

 

「おいてめぇ! 何で雄英生の癖に敵と仲良くなってんだよああ!? 駄目だろどう考えても!」

 

「お前らも何でそいつと意気投合してんだよ。そいつ俺達の敵だぞ、一応は殺害対象なんだぞ? 談笑してる場合じゃねえんだよ」

 

「てめぇら、信用出来ない相手とさも当然の如く飲み食いしてる場合かよ……ステインが切っ掛けでここに来たはずなのに何してんだ。ステインが刑務所で泣いてるぞ」

 

 

 爆豪も死柄木も荼毘も、どうやら今の状況に着いて来れていないらしい。とてもピリピリしている。

 

 ひょっとしてお腹が空いているのだろうか? そんな堅苦しい事言ってないで、お菓子でも食べて落ち着いてほしいところだ。もう対立はとっくの昔に終わっているというのに。

 

 

「お菓子食ってる場合じゃないんだよ! てめぇ、敵連合と連んで何がしてえんだよ!? 裏切る気か!」

 

 

 大丈夫、そんなつもりは毛頭ない。爆豪が思っているような事にはならないので安心してほしい。彼はそう言って爆豪を宥める。

 

 そもそも彼からしてみれば、ヒーローも敵もそこまで大差がある存在ではない。ここにいる人達は確かに犯罪者の烙印を押されているが、言ってしまえばそれだけの事。ヒーローや敵である前に、同じ人間、同じ地球人なのだ。

 

 正直言って、たかだか数人殺害したり誘拐したりの程度でそんなに騒いでいたら切りがない。むしろサイヤ人と比較すれば、仏の如く慈悲深い存在と断言出来る。

 

 少なくとも、その星に住む全ての住人を容赦なく鏖殺して、挙句には星ごと破壊して宇宙の塵にするほど敵連合は狂っていない。

 

 

「まあまあ、死柄木もそうピリピリすんなって。俺はもう割り切る事にしたよ。確かにこいつは殺害対象で敵だけど、殺そうとした所でまた返り討ちにされるだけだぞ。さっきの二の舞になるのがオチだ」

 

「荼毘も何をそんなに苛ついてんだ? そりゃまあ、あんだけコテンパンにされて何とも思ってないわけじゃないけどさ?

 でも今の俺達でこいつをどうこう出来るとも思えんし……とりあえず敵意は無いみたいだから、もうそれを信じるしかなくね?」

 

 

 コンプレスが死柄木を、スピナーが荼毘を宥めようと話し掛ける。

 

 それでも2人はまだ納得していないようで、仲間の説得に対して苛立ちをぶつけている。とはいえ死柄木と荼毘の言い分も間違っていないので、彼から言う事は何もない。2人の説得はスピナー達に任せるとしよう。

 

 そう思いながら、彼は黒霧、マスキュラーの2人と世間話に興ずる。

 

 

 ──突如乗り込んで来た彼の存在により、紆余曲折ありながらも友達のように飲み食いしながら談笑する敵連合。本来なら世間を騒がす超危険な存在で、警察とヒーローが未だ血眼になって捜索している集団。

 

 しかし、今この瞬間だけは犯罪者ではなく普通の人間として、雄英生と交流を持ち、騒がしい一夜を過ごすのであった。

 

 

「つーかよ、ずっと気になってたんだが、お前どうやってここに来たんだ? お前が良いなら教えて……えっ、瞬間移動? お前ワープまで出来るのか? なるほどなあ、それでここが分かって……はっ? これでいつでもどこでも俺達の所へ飛んで行ける? 嘘だろおい」

 

「私が使うワープとはまた違うようですね。よろしければもう少し詳しく教えて頂けませんか? 同じワープ持ちとして、私も気になって──」

 

 

 

 

 ──彼が敵連合と談笑する様子を、モニター越しに楽しげに見ている者が2人。

 

 

「やけに楽しそうじゃの先生。あの子がやって来た事がそんなに嬉しかったのか?」

 

「まあね。いやはや、彼は本当に面白いよ。まさかあそこまで『ヒーローと敵』という境界線を気にしない子だったなんてね。ユーモアがあって、それを裏付けるだけの実力もある……良いね、益々気に入ったよ。弔にも、あの子の度量とユーモアを少しは見習ってほしいね」

 

「ほっほ! 確かにのう!」

 

 

 2つの悪意は高らかに笑う。

 

 

 




神野事件はスルーします。何故なら主人公にとって、オールマイトのピンチとか引退は割とどうでもいい話だから。
AFOとの戦いの行く末は多少気になるけど、だからと言って変に介入するような性格ではありません。サイヤ人の立場的に、1対1の真剣勝負に水を差すような真似は極力駄目だと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 災厄へのカウントダウン

敵連合のアジトに単身乗り込み、何やかんやあって連合メンバーと仲良くなった主人公。
はてさて、これ今後どのように影響していくのか……。

※投稿が遅れてすいません……。


 敵連合のアジトに電撃訪問してから2時間近くが経過した。

 

 

「もう夜の10時過ぎたし、今日は家に帰って早く寝ときな!『いーや、夜はまだまだここからだ!』 次来た時は豚骨ラーメン頼むわ!『あっさり醤油味で!』 それじゃ!」

 

「今日はわざわざここまでご足労頂き、ありがとうございました。お陰様で、とても有意義な時間となりました。またのお越しをお待ちしております」

 

「そんじゃあまたな。別にいつ来ても構わねーけど、事前に連絡寄越すくらいはしてくれよー」

 

 

 そろそろ寝る時間なので家に帰る旨を伝えた所、この2時間ですっかり意気投合したトゥワイス、黒霧、マスキュラーの3人が快く手を振って見送ってくれた。

 

 

「おい、マジでこのまま帰すのかよ。俺らのいる場所ヒーロー共に言い触らすだろ絶対」

 

「俺もこいつを何の縛りもなく雄英に帰すのは反対だ。確実に面倒な事になる」

 

 

 死柄木と荼毘は最後まで機嫌が悪く、談笑してる時に度々不意を突いて襲い掛かってきた。その度に彼のデコピンで1秒と掛からず返り討ちにされていたが。

 

 

「そうは言っても、俺達じゃこいつを抑えられねえだろ。こうなりゃ賭けだ、こいつがヒーロー達に情報を漏らさない事を祈ろうぜ」

 

「弔君も荼毘君も、この子に全然勝てなくて拗ねちゃったのです!」

 

「「うるせえイカレ女」」

 

「まあまあ、2人も落ち着きなさいな。気持ちは分かるけど、良い歳した大人がみっともないわ」

 

「そうだぜマグネの言う通りだ。今更騒いだところでどうにかなるわけでもないだろ。俺の個性もあっさり破られたし……」

 

 

 スピナー、トガ、マグネ、コンプレスの4人も完全に警戒を解いたわけではないが、飲み食いしながら談笑するくらいには打ち解けた。

 

 今回は思い付きで行動したわけだが、彼としてはとても楽しい時間を過ごせたので満足している。

 

 ちなみに爆豪はというと────。

 

 

『あ? 助けは要るのかだって? 要らねーわんなもん! てめぇの助けなんざ無くとも、こんな辛気臭え所なんか自力で脱出してやる! というか、てめぇの手だけは絶対に借りたくねぇ!』

 

 

 爆豪も死柄木や荼毘と同じく不機嫌なままで、終始話し掛けても真面に取り合ってくれなかった。

 

 それと一応、今夜の出来事は雄英に帰ってから誰かに言いふらしても別に構わない旨を伝えておいた。

 

 

『……そうかよ。じゃあ一応、伝えるかどうか考えとく』

 

 

 伝えたらこのような返事をされた。爆豪はどちらの選択をするのだろう。それは今回の騒動が全て終わってからでないと分からない。

 

 というような事があり、楽しい時間もあっという間に過ぎた午後10時15分。

 

 彼は瞬間移動で発目の家の、発目の部屋の中に飛んで帰った。

 

 

「────うわっ! び、びっくりしたー」

 

 

 部屋に飛ぶと、薄着の恰好の発目がベッドでゴロゴロしている姿が目に入る。

 

 彼が戻って来るまでの間、スマホを弄って暇を潰していた発目は、突如部屋に現れた彼の姿を見てビクッと肩を震わせた。

 

 

「やっと戻って来ましたか。全く、こんな夜遅くまでどこをほっつき歩いていたのやら。人様の心配を無下にしないでくださいよ」

 

 

 だがびっくりしたのも一瞬で、怪我もなく平然とした様子の彼を見て、ほっと安堵の溜め息を吐く。

 

 想定以上に発目を心配させてしまっていたという事実に、彼は少しだけ今回の行動を反省した。そして、今度からは発目の不安を煽るような行動を、発目のいる前で取らないように注意しようと決心するのであった。

 

 

「まあ良いです。どこに行ったとか何をしていたとか、それを根掘り葉掘り聞き出しはしません。とにかく無事に帰って来たのなら、私としてはそれで十分ですから」

 

 

 そう言ってにっこりと笑う発目に釣られ、彼も堪らず微笑む。

 

 何だかんだ言って発目が相手だとつい甘くなってしまう。その事実を彼は改めて自覚した。

 

 

「さっ、明日も朝早いんですからもう寝ましょう。でもお風呂には入ってくださいよ? 2時間も外出していたのですから、それなりに汗を掻いていると思いますし」

 

 

 早寝を急かされた彼は、急いでお風呂に入って体を洗うと、すぐ発目と一緒にベッドで横になった。

 

 そして明日の朝に備え、その日もいつも通り寝た。つい先程まで超危険な場所にいたとは思えないほど落ち着き払った様子で、何事も無かったかのように。

 

 

 

 

 ──それから更に丸1日が経った次の日の夜。

 

 

『テレビをご覧になっている皆さん、これが見えますでしょうか!? まさに悪夢のような光景! 突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました! 現在オールマイト氏が元凶と思われる敵と交戦中!

 し、信じられません! 敵はたった1人! 街を壊し、数多のヒーローを追い詰め、平和の象徴と互角以上に渡り合って──』

 

 

 この日の夜を境に、時代が変わった。

 

 

 


 

 

 

 8月初旬、真夏の日差しが容赦なく照りつける猛暑日。

 

 京都府蛇腔市は今日もいつもと変わらない日々を送っていた。

 

 ただし、これまでの日々とは決定的に違う事がある。それは──。

 

 

「きゃああああ! だ、誰かー!」

 

「うああああ! 敵だ、敵が出たぞー! 早くヒーローを呼んでくれー!」

 

「ぎゃはははは! やった、ついにやっちまったぜ俺達! もう引き返せねぇ!」

 

「オールマイトが引退したんだ! この機を逃すわけねえよなぁ!」

 

「助けを呼んでも無駄だよ! 平和の象徴様はもう引退したんだ! 諦めな!」

 

「よーし、今日から俺達4人がこの街のボスだ! ヒーロー共が来たら片っ端から殺しまくってやろうぜ!」

 

「「「「おう!」」」」

 

 

 発目と一緒に病院に向かう道中、誰かの悲鳴と下品な嗤い声、ガラスの割れる音や爆発音が響き渡る。

 

 朝から嫌なものを見たと思った彼と発目は、今まさに銀行の入り口から飛び出て来た4人の敵を冷めた目で見やった。

 

 数日前に会ったばかりの敵連合も同じ敵なのだが、ここにいる4人組と違って連合には品性があり信念と言えるものがあった。それらの有無でここまで印象が変わるのかと彼は内心驚く。

 

 

「オールマイトがヒーローを引退してまだ1週間と経っていないのに、この街でもあちらこちらで敵による犯罪が頻発してますね。平和の象徴の影響力は伊達じゃなかったという事ですか」

 

 

 そう言って溜め息を吐く発目に、彼は静かに首を振って同意する。

 

 

 ──数日前、オールマイトがヒーローを引退した。事の経緯はこうだ。

 

 彼が暇潰しに敵連合のアジトに乗り込んだ次の日の夜、神奈川県神野区にて突如謎の敵が出現し、街を壊滅に追い込んだ。

 

 その敵はたった1人にも拘わらず、その場に居合わせたトップヒーロー達を一瞬で蹴散らし、多くの民間人を虐殺する実力を持っていた。

 

 騒動が加速し報道陣がヘリコプターから街の様子を中継する中、オールマイトが謎の敵と戦闘を開始。激闘を繰り広げた。

 

 だが敵の力はあまりに強大で、オールマイトは徐々に防戦一方となってしまう。更には筋骨隆々のオールマイトがゾンビの様な痩せこけた姿になるなどのアクシデントが発生し、絶対絶命のピンチに追い込まれた。

 

 しかし、そこで折れないのが平和の象徴。何とか持ち直したオールマイトは渾身の力を振り絞り、エンデヴァー達の援護の下、敵との一騎討ちに出た。

 

 それを見た敵も負けじと右腕を肥大化させ応戦。街全体を揺るがし、爆音と突風を巻き起こす激しいぶつかり合いに発展する。

 

 戦いを見守る全ての人が固唾を飲む中、オールマイトが敵の虚を突き、顔面に渾身の一撃を食らわせ雌雄を決した。

 

 瞬間、テレビ越しに聞こえる湧き上がる歓声。家で一緒に戦いを観ていた発目の両親も歓声を上げ、涙ぐみながらオールマイトが勝って良かったと喜んだ。

 

 発目もオールマイトの身を案じていたのかほっと胸を撫で下ろし、彼も心の中でオールマイトに労いの言葉を送った。

 

 だが、戦いに勝利した代償はあまりに大きかった。

 

 オールマイトの弱体化が世間に知れ渡り、そしてオールマイト自身も体力の限界で戦える体ではなくなってしまったのだ。

 

 神野区で起きた大事件。あの日を境に、オールマイトはヒーロー業からの引退を表明、全世界に激震が走った。

 

 以上が数日前に起こった事件のあらましである。

 

 そして今……。

 

 

「おのれ悪辣な敵め! オールマイトさんが引退したからと言って、この街で好き勝手出来るわけではないぞ! お前達の悪行はこの俺『スノウマン』が止めてやる!」

 

「へっ、それはどうかな? 俺達を止めるなんて100年早いんだよー!」

 

「抜かせ! そう言ってられる余裕も今のう──」

 

「隙あり! 俺様の最強個性を食らえ!」

 

「なっ!? い、いつの間に背後へ……!」

 

「ばーか、油断してるからそうなるんだ! 俺の個性『迷彩』で周囲の風景と同化して移動したんだよ! 後はこいつの個性『手刀』で背中を切ればお終いよ!」

 

「おら今の内だ、飛び掛かれ!」

 

 

 平和の象徴として何十年も日本で活躍し、犯罪の抑止力になるほどの存在となっていたオールマイト。その引退の影響は全国に波及しており、現在街の至る箇所で敵が徒党を組んで現れ、ヒーローと日々交戦を繰り広げている。

 

 今も彼と発目が見ている前で、駆け付けたヒーローが銀行強盗を働いた敵に不意を突かれて倒れ込み、4人から滅多刺しにされている。

 

 それを見ていた周囲の人が恐怖に青褪めた顔で一斉に逃げ惑う中、発目が上着の裾をくいくいと引っ張った。

 

 

「どうします? 恐らく他のヒーローがすぐ来るはずなので大丈夫だとは思いますが……」

 

 

 すぐにヒーローが来るのであれば大丈夫だろう。滅多刺しにされているヒーローには気の毒だが、ヒーロー以外の者は戦う事が許されていないのでどうする事も出来ない。

 

 よってここは、病院への近道を諦めて大人しく遠回りする迂回ルートを通って行くしかない。下手に首を突っ込んで騒動を大きくするのも面倒臭いし、そもそも興味がない。

 

 彼は終始冷めた目で4人組の敵を見ながら、別の道を迂回して行こうと言った。それを聞いて、倒れ伏したヒーローを見る発目の表情が一瞬悲しげなものになったが、すぐいつも通りの表情に戻った。

 

 ……流石の発目もショッキングな光景を目の当たりにして、胸を痛めているのだろうか。

 

 そんな疑問を抱いていると、ヒーローを瀕死の重傷に追い込んだ4人が突如こちらに接近して来た。

 

 

「おい、こいつ痛め付けるのも良いがそろそろずらかるぞ! 他のヒーローがやって来る!」

 

「金は持ったな? 走れ走れ!」

 

「邪魔する奴はぶち殺す!」

 

「ひゃっはー! 最高の気分だ……ん?」

 

 

 強盗達が逃げた先はよりにもよって、今まさに別の道から病院へ行こうとしていた2人のいる方向。それに気付いたお互いの目が合った。

 

 瞬間、向かって来た敵が個性を発動して襲い掛かる。

 

 だが……。

 

 

「邪魔だつってんだろ! どけやこの──ぽぇ」

 

「ガキ共が! 切り刻んで──ぷぎっ」

 

「死ね! ゴミカス野郎が──ぺぎょ」

 

「俺様の最強個性を食ら──ぴぎゅ」

 

 

 たった今強盗を働き逃げようとした4人の敵は、彼の一撃で全員もれなく蹴飛ばされ、情けない声を出しながら建物の壁にめり込み気絶した。

 

 隣でその様子を見ていた発目が溜め息を吐き、気絶した4人に呆れた目を向ける。

 

 

「……オールマイトのヒーロー引退で、これから先もあんな輩に絡まれるとかキリがないですよ。何とかならないものですかねぇ」

 

 

 確かにそれはそう。相手が強いのであれば話は別だが、今みたいな事がこれからも繰り返し起こるのは流石に勘弁してほしいところだ。鬱陶しくて仕方がない。

 

 オールマイトがヒーローを引退したので、次のNo.1ヒーローは繰り上がりでエンデヴァーになる。轟焦凍や荼毘の件があるが、何とか乗り越えて頑張ってもらいたい。もちろん他のトップヒーロー達も同様に。

 

 

「で、どうします? この人達、このまま放置するのは不味いのでは? 応援に来たヒーローと警察に事の経緯を説明しないといけませんし……」

 

 

 面倒臭いから早く行こう。それに殻木が研究室で待っている。これ以上待たせては申し訳ない。

 

 そう言って居残ろうとする発目の背中を無理やり押して、現場を後にする。発目がかなり不安そうな表情をしているが、ヒーローらしき気の持ち主が複数こちらへ向かっているので問題はないだろう。

 

 混乱渦巻く状況になりつつある世の中で、自分達には関係ないと他人事のように考える彼は、たった今倒した敵を放置して別の道から蛇腔病院へ向かうのだった。

 

 

 ──その数分後、応援に駆け付けたヒーロー達が現場の有り様を見て、その不可解な状況に首を傾げた。

 

 

「おい、スノウマンが倒れてるぞ! かなり酷い出血だ! 傷も多いし深い! 救急車急いで! 早く!」

 

「敵は複数人と聞いたが……傷跡から見るに、恐らく不意打ちを食らってやられた感じだな。まだ近くにいるかもしれん、手分けして探そう!」

 

「おーい皆、こっち来てくれ! 人がマンションの壁にめり込んでるぞ!」

 

「本当だ、4人とも見事に壁にめり込んでるな。全員気絶してるが……敵にやられた一般人か?」

 

「いや、よく見ろ。こいつら全員武装してるし、持ってる鞄の中身は大量の札束だ。多分、この4人が強盗を働いた敵だよ」

 

「えっ、それじゃあ誰がこの4人を倒したんだ? 通りすがりのヒーロー……じゃあないな。ひょっとして一般人か? 襲われそうだったから反撃した的な?」

 

「かもな。まあ何にせよ、こいつらも病院に連れて行くぞ。目を覚ましたら事情聴取して、誰にやられたのか聞けば良い。目撃者もいるからすぐに分かる事だろう」

 

「とりあえず事件当時の状況を目撃者に聞いて回るか。手分けして行こう」

 

 

 こうして現場に駆け付けたヒーロー達の協力により、騒ぎの鎮静化や目撃者からの事情聴取などが行われ、事件の後処理はスムーズに進んだ。

 

 敵に滅多刺しにされたヒーローも何とか一命を取り留め、奪われた金も無事全額回収する事に成功し、その結果に皆が安堵する。

 

 だが1つだけ問題があった。4人の敵を倒した相手が誰なのかが分かっていない事である。

 

 病院で目を覚ました敵は、当たり所が悪かったのか倒される直前の記憶がすっぽり抜けていて全く情報を得られず。

 

 現場にいた人達も、敵が逃走する際に個性で無差別に攻撃しようとしていた事もあって、全員現場から避難していたという。つまり誰も敵が倒される瞬間を目撃していなかったのだ。

 

 街中で起きた強盗事件で、周囲の注目を集めていたにも拘わらず、まさかの目撃者ゼロという信じられない調査結果に、誰もが目を剥いて驚いた。

 

 その後も敵を倒した謎の人の調査が1週間ほど進められるが、事件が既に解決している事や得られる情報がどれも曖昧だった事もあって、結局分からず仕舞いのまま調査は打ち切りとなった。

 

 

 


 

 

 

 それから更に時は経ち、神野事件から2週間が過ぎた頃。

 

 現在、発目の実家には微妙な空気が漂っていた。

 

 

「「「「………………」」」」

 

 

 彼と発目、そして発目の両親が並んでソファーに座り、テーブルを挟んだ向かい側に担任のパワーローダー先生が1人用のソファーに腰掛けている。

 

 色々な書類を持ち込んできたパワーローダー先生は、向い側に座る4人、特に彼と発目の2人を神妙な面持ちで注視しており、幾度となく深呼吸を繰り返しては溜め息を吐いている。

 

 そうして両者沈黙の状態が続く事数分、パワーローダー先生がようやく口を開いた。

 

 

「……えー、お久しぶりです発目夫妻、担任のパワーローダーです。本日は雄英高校がこの夏から全寮制に変更した事について、そのご案内とご説明をするべくそちらのご自宅にお伺いしました。

 つきましては早速、明さんの寮生活について詳しい資料を渡そうと思うのですが、その前に1つだけこちらからの質問良いですか? ……どうして私の生徒がもう1人、ここにいらっしゃるのでしょうか?」

 

「「「………………」」」

 

 

 質問に誰も答えない。否、答えられない。

 

 この空気の中では、流石の彼も思う所があるのか口を開こうとしない。むしろパワーローダー先生の視線から意図的に目を逸らし、素知らぬ振りをしている。

 

 だがこのままでは話が進まないので、観念した彼は大人しく発目の実家に居候している経緯を説明した。

 

 

「……マジか、マジかお前。いやまあ、治療液の共同開発の話はリカバリーガールから粗方聞いているから、お前が京都にいる理由は理解出来る。一応雄英としては、2週間前の事件もあるから夏休み中の外出は控えてほしいし、そうするよう全校生徒に伝えたんだけどな?

 でもまさか、ねえ……いくら仲が良いとはいえ異性の、それも年頃の女の子の家に毎日寝泊まりってお前……。まあホテルに外泊とかじゃなくて、友達の実家に泊まっているだけまだマシ……なのか? 一応聞くけどさ、間違いとかは起こってないよな?」

 

 

 少なくともパワーローダー先生が心配しているような事にはなっていないので大丈夫だ。

 

 確かに夏休み初日から発目の実家で毎晩寝泊まりしているが、特段これといった出来事はない。家族と一緒にご飯を食べて、発目と同じベッドに入って眠りに就く。色々と危ないと思うかもしれないが、実際はそうでもないのだ。

 

 

「おう、そうか……もうそこまで深い関係になっていたとはな。先生驚いたよ、驚きすぎてツッコむ気力も無くなったよ。どうやらご両親も公認しているっぽいし、だったらもう俺から言う事は何もない。

 お前は経済力もあるし社会的責任を負う能力も……まあそれなりにある。そこまで備わっていれば、余程の事が無い限り大丈夫だろう。男としてちゃんと責任を取って、発目を幸せにしてやるんだぞ? 分かったな?」

 

 

 駄目だ全然分かっていない。やはりとんでもない勘違いをしている。百聞は一見に如かずとはまさにこの事か。

 

 納得した様子で頷くパワーローダー先生を見て、1人の説明だけで先生の勘違いを正すのは難しいと判断した彼は、隣に座る発目に助太刀を求めた。

 

 

「安心してくださいパワーローダー先生! 先生が心配しているような事には決してならないので! この人には毎晩優しくしてもらってますから、私も安心して身を委ねられるというものです!」

 

「そうかそうか、それを聞いて安心した……何となくだけど、子を持つ親の気持ちを理解出来た気がするなぁ」

 

 

 ……ここから誤解を解くのはもう無理な気がする。下手に弁明すればするほど、徐々に外堀が埋められていく感じだ。

 

 発目の両親は先程からずっとニコニコと良い笑顔を浮かべて何も言わない。パワーローダー先生は感極まったのか若干涙目になっている。

 

 ふと隣に目をやると、誤解を招く発言をした発目が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。その表情で、先程はわざと先生を勘違いさせる発言をしたのだと察した。明らかにこちらの反応を楽しんでいる。完全にしてやられた。

 

 やはり発目は発目だったと、心の中でそう思った彼は今一度この状況をどうしようかと暫し考え……開き直る事にした。

 

 経緯はどうあれ、周りの人がここまで喜び涙ぐむ中で、1人だけずっと否定し続けているのが何だか馬鹿らしくなってきたのだ。思考を放棄したとも言う。

 

 

「あれ、急に笑顔になってどうしたんですか? さっきまで真顔だったじゃないですか! 一体どうし……えっ? 何故に私の肩を掴んで……わわっ!? ちょっ、いきなり抱き寄せてくるとかびっくりしま……あの、ひょっとして怒ってます? 先生の誤解を招く説明をした事、根に持ってます?

 すみません、出来心で軽はずみな発言したのは謝るので、そろそろ離してくれるとありがたいというか、家族にこれを見られるのはちょっと恥ずかしいというか……あの、聞いてます? あのー……」

 

 

 焦り出した発目が何か言っているが無視。これくらいの仕返し(ハグ)はさせてほしい所だ。

 

 そして、皆に見られているという羞恥心に耐え切れなくなった発目が、頭を下げて謝るのは5分後の事だった──。

 

 

 


 

 

 

 パワーローダー先生が発目の実家にやって来た日から更に4日後。

 

 蛇腔総合病院の研究室内にて。

 

 

「……では、行きますよ?」

 

 

 緊張した面持ちの発目が発した声に、彼と殻木の2人がゴクリと喉を鳴らして頷く。

 

 2人の合図を確認した発目は手にした試験管を傾け、その中に入っていた翡翠色の液体を実験用のマウスにそっと数滴垂らした。

 

 実験用のマウスの皮膚には切り傷が入っており、僅かに血が滲み出ている状態。

 

 そんなマウスの傷口近くに垂らされた液体が、傷口に触れた瞬間──。

 

 

「……お、おおおおおおー!」

 

「こ、これは想像以上じゃわい!」

 

 

 発目と殻木が感嘆の声を上げる。彼も2人と同様、目を見開いて驚嘆した。

 

 液体に触れた傷口は、まるでビデオテープの逆再生の如くみるみる内に引いて行き、数分程度で傷口は塞がれほぼ完治したのだ。

 

 いくら自分達で開発を進めてきたとはいえ、この光景を目の当たりにして驚かずにはいられない。

 

 

「いやあ、遂にここまで来ましたねぇ! やっと完成の兆しが見えてきたかと思います!」

 

「いかにも、発目君の言う通りじゃ! ようやく万能治療液の実現が現実味を帯びてきたわい! 取りあえず、マウスを使った軽い怪我の治癒には成功したのう」

 

 

 そう、夏休みの課題であるメディカルマシーン実現に最も必要な存在、万能治療液の開発がいよいよ現実の物となり始めたのだ。

 

 最終的には、四肢欠損や内臓破裂等の生死に直接関わるレベルの大怪我も完治出来るようにするのが理想。現段階ではまだそのレベルに至っていないが、それでも軽い傷程度ならごく短時間での完治を可能にするほどだ。

 

 研究開発の開始からそれなりの日々を過ごしたが、ここに来てやっと大いなる目標に近付く事が出来たと言えよう。

 

 実験用のマウスは傷が浅かったとはいえ、信じられない速度で治っていく光景を目にした彼は、そう思いながらいきなり左腕の袖を捲り上げた。

 

 

「えっ、急に腕を捲ってどうしたのですか? まさかとは思いますけど……」

 

「今使った開発途中の治療液を、今度は君自身の肉体で試すつもりなのか? いやまあ、確かに気になるが……」

 

 

 その通り、勿論である。

 

 最終的に人に使っていく物なので、人の肉体に効果がないと意味がないのだ。マウスでは成功したが、果たして今の段階で人体にどの程度の影響を及ぼすのか。

 

 興味は尽きない。どうしても気になる彼は、手に持ったメスを気で強化して切れ味を格段に上げると、左腕に薄皮一枚程度の軽い切り傷を入れた。

 

 

「「あっ!?」」

 

 

 発目と殻木が声を上げるも時すでに遅し。

 

 メスによって入れられた傷口から、じんわりと彼の血が滲み出てくる。2人は心配そうに彼を見やるが、当の本人にはこの程度の傷など何ともないので心配は要らない。

 

 とはいえ、垂れ落ちた血が床やテーブルに散らばると後々の掃除が面倒になるのは必至。彼は近くの棚から空のビーカーを取り出すと、そこに垂れた血が溜まるようテーブルに設置した。

 

 そして治療液の入った試験管を取り出すと、ほんの数滴だけ傷口に垂らし経過を観察する。

 

 すると、治療液を垂らして数分で傷口が塞がり始めた。

 

 

「お、おお……! 傷がどんどん塞がって……どうやら人体にも問題無いようですね」

 

「ふう、久々に肝を冷やしたわい。全く、いきなり自分で自分の体に傷を付けるとは。少しは躊躇というもんを覚えたらどうじゃ?」

 

「本当ですよ。それに今回は何も起こらなかったから良かったものの、人体に対して強烈な拒絶反応を起こす欠陥とかが治療液にあった場合、大変な事になっていましたからね?」

 

 

 成功してほっと安堵したのも束の間、すぐさま心配した2人に詰め寄られた。

 

 確かに今の行動は下手したら大変な事になっていたが、それでも好奇心の方が勝ってしまったし、結果的に上手くいったので多めに見てほしい。

 

 しかし2人の言い分も正しいので一概に否定は出来ない。肝に銘じておくとしよう。

 

 

「おっと、そうこうしている内にもうこんな時間か。研究に没頭すると時間の進みもやけに早く感じるのう。2人とも、そろそろ時間だから今日はもう帰りなさい。また明日……と言いたい所だが、明日から中々来れなくなるんじゃったか?」

 

「ええ、そうです。雄英が明日から本格的に全寮制に移行するので。まあ流石にあんな大事件が立て続けに起これば、雄英の決断も仕方ないとは思いますけどね」

 

 

 ──パワーローダー先生が発目の実家に訪問したあの日、全寮制について詳しい説明を受けた彼と発目は、せめて治療液が完成するまでは発目の実家に居残りさせてもらえないか頼み込んだ。

 

 だが、今回ばかりは雄英も譲れなかったらしく、彼と発目の要望は聞き届けられず却下。寮生活は確実なものとなった。

 

 しかし、今までの頑張りは先生も雄英も知っており、それに免じて土・日・祝日は特別に蛇腔総合病院に行って研究しても良いと言われた。

 

 よって、これからは毎日ではなく週に1回のペースで病院へ行く事になる。正直、殻木には申し訳ないと思っている。

 

 

「いやいや、そんなに気にせんで良い。今回ばかりは仕方なかろうて。ほっほ!」

 

 

 そう言ってもらえるとありがたい。殻木の度量の大きさに感謝だ。

 

 それに、ここまで研究開発を進めてきたのだから、何としてでも完成まで持って行きたいのだ。研究をあっさり終わらせる事などあってはならない。

 

 そんな事を思いながら荷支度を済ませた彼は、殻木に挨拶して発目と一緒に研究室を後にした。

 

 明日からは雄英で新たな生活が始まるので、朝早く起きて発目と一緒に新幹線に乗る必要がある。その途中で彼の実家にも一回寄る予定だ。集合時間は午前中なので、かなり急いで行かないと間に合わないだろう──。

 

 

 

 

 

 

「────帰ったか。ふう、今日もワシにしては随分とまあ真面目な研究に没頭したのう。まあ、あの子達とやる研究は面白いし楽しいから文句はないが……それよりも、だ」

 

 

 2人が帰り、ただ1人研究室に残った殻木。

 

 普段の朗らかな雰囲気からは想像もつかないほど邪悪な笑みを浮かべ、テーブルに置かれた『ある物』に目を向けた。

 

 

「ふふ、まさか最後の最後でこんな素敵な置き土産をくれるとはな。彼には感謝してもしきれんわい」

 

 

 殻木の視線の先にあるのはビーカー。何の変哲もないただのビーカーだ。

 

 ただ1つ特徴を上げるとするなら、そのビーカーの底には血が溜まっているという点だろう。先程、治療液の性能を確かめるために自ら傷を付けて垂らしたサイヤ人()の血が。

 

 殻木は思わずほくそ笑む。

 

 

「……神野の戦いでオールマイトに負け、先生が捕まった時はかなりショックを受けたものじゃ。だが、運はまだ我々に味方してくれている。その証拠に、彼の血が思わぬ形で手に入った!

 オールマイトを軽く凌駕する身体能力、エンデヴァー以上の超火力、ホークスよりも素早く緻密な飛行性能、他にも数え上げたら切りがない! よし、この血は地下に持ち帰って早速研究じゃ!」

 

 

 彼の血が入ったビーカーにしっかりと蓋をして台車に乗せると、間違っても落とさないよう慎重に運搬する。

 

 しかし、慎重過ぎる行動とは裏腹に、殻木改めドクターの気分は非常に高揚していた。

 

 

「彼が本当はどんな()()を持っておるのか、分析結果が楽しみじゃのう!」

 

 

 




悲報:ヒロアカのラスボス、主人公と1度たりとも出会う事なくオールマイトに倒されタルタロスにぶち込まれる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 魔改造寮生活

ドクターこと殻木との研究も強制的に一区切り打って雄英に戻る事になった2人。
主人公の影響でヒロアカ原作と比べて随分と違う日々を送る発目が、真面な寮生活を果たして送るのであろうか……。


 8月も残り2週間を切った、とある夏の日。

 

 雄英高校の敷地内、校舎から徒歩5分の場所にて。

 

 

「おー、ここが私達の新たな住居ですか! 確か『ハイツアライアンス』でしたっけ? 思っていたよりも大きくて広そうじゃないですか!」

 

 

 雄英の校舎近くに建てられた築3日の新居を前にして、発目が感嘆した声を上げる。

 

 殻木との治療液開発も半ば強制的に一区切り打つ事となった彼と発目。京都から雄英に戻った2人は、1年H組のクラスメイト達と共に新築の学生寮に来ていた。

 

 そんな彼らの前に立っているのは担任のパワーローダー先生。

 

 

「えー、皆おはよう。クラス全員、元気にまた集まれて先生はほっとしているよ。それじゃあ早速だが、中に入って説明するからついて来い」

 

 

 再会の挨拶も程々に済ませ、寮に入って内装の説明を1つ1つ丁寧に行う担任。

 

 その後を追う形で寮内の様々な設備を見て回るクラスメイト達は、新築故の清潔感と予想以上の広さに歓喜と驚愕の声を上げる。

 

 和気藹々とした空気の中、パワーローダー先生が各生徒の部屋割りを記載したプリントを見せてきた。

 

 

「えーと、どれどれ……私が女子棟の5階で、あなたが男子棟の5階ですね。というか位置的にお向かいさんじゃないですかこれ」

 

 

 一体どういう偶然か、彼と発目の部屋は最上階のちょうど向かい合う位置にあった。とても近い位置関係にある。

 

 こんな偶然もあるんですねと発目が呟いていると、それを聞いていたパワーローダー先生が2人にヒソヒソと話し掛けてきた。

 

 

「同じ階で、しかもお向かい同士だ。凄く近い位置に部屋があると思うだろう? でも実は近いように見えて結構遠いぞそれ」

 

 

 その言葉を聞いて、どういう事かと詳しい説明を求めた。

 

 曰く、女子棟と男子棟は1階の共同スペースでしか繋がっていないから、反対側の部屋に行くには、わざわざ1階まで降りる必要があるとの事。つまり最上階に位置する2人の部屋は、その分だけ行き来に時間と労力が必要になる。

 

 そして最近、2人とも仲睦まじいのは良いが、敷地内であまりいちゃいちゃするのもどうかと思ったのと、いつか不純異性交遊と他の先生に思われるリスクを考慮して、先生が独断で2人の部屋の距離が遠くなるように変えたという。真正面にしたのはせめてもの情けだとも。

 

 そんな先生の話を聞いて妙に納得した表情を見せる2人。

 

 何もそこまで気を遣う必要はないが、何だかんだ言って先生も色々と考えて配慮しているのだなと彼は内心思った。

 

 そんな事をしても大して効果は無いのだが。

 

 

「よし、説明も大体済んだし今日はここらで解散だ。各自残った時間で部屋作っておけ。終わったら好きに過ごして良いからな。明日また今後の動きを説明する」

 

「「「「はい、先生!」」」」

 

「うん、良い返事だ。それじゃあ俺は校舎に戻るから、用があったら電話してくれ。また明日なー」

 

 

 全ての説明を終えたパワーローダー先生が、学生寮を後にして校舎に戻って行く。その姿を確認したクラスメイト達は各々部屋に赴き、部屋作りに取り掛かった。

 

 彼もその例に漏れず。部屋に入り、早速鞄からホイポイカプセルを数個取り出すと、スイッチを押して床に放り投げる。

 

 ポンという軽快な破裂音を鳴らして煙を出すと、生活に必要な家具や衣類、電化製品や大量の食材といった多種多様の物がその場に出現した。

 

 それらを部屋の各所に持ち運んであっという間に整理整頓を済ませると、また鞄からホイポイカプセルを数個取り出しスイッチを入れる。

 

 次にカプセルから出てきた物は、アイテム開発に必要な工具や機械等の設備一式。元々は彼の実家の自室にある道具類その他諸々を、カプセルに詰めて持ってこれるだけ大量に持ってきたのだ。普段家にいる時はこれらを駆使し、色々なアイテムを作り出している。

 

 だが、学生寮の部屋の広さは実家の部屋と比べて何倍も狭い。この広さでは精々工具箱と製図台を置くのが限界で、それ以外の物は室内を余計に圧迫するだけの邪魔物でしかない。しかし使う気で持ってきた以上、どうしても設置するスペースは欲しい。

 

 ならばどうするか? 答えは簡単、()()()()()()()だけの話だ。

 

 

『もしもし、発目です。こちらもちょうど部屋を作り終えました。いやー、あなたがホイポイカプセルを貸してくれたおかげで作業が楽ちんでしたよ。ありがとうございます』

 

 

 タイミングが良いのか、発目から部屋作りを終えたという電話が入ったので、次の作業に取り掛かる事にした。

 

 

『それじゃあ早速始めましょうか。とは言っても、あなたの力があれば割と数時間で済む作業ですけどね。恐らく今日中には問題無く終わるかと』

 

 

 ──それはハイツアライアンスに到着する直前の事。

 

 間違いなく学生寮の部屋は十分な広さが無いと予想していた彼は、実家から持ってきた数々の設備一式をどこに置くのか、雄英に向かう道中で少し考えていた。

 

 そして数秒の思考で閃いたのだ。スペースが無いなら作れば良いだけだ、と。

 

 それを発目に相談すると……。

 

 

『良いですね! では増設しましょう!』

 

 

 このような返事が来たので、引っ越し初日に大規模な増設を行う事が決定したのだ。

 

 このようなやり取りを経て、現在彼は部屋を出て廊下に立っている。外に面する廊下の壁はガラス張りとなっており、反対側にある女子棟の廊下が良く見える。部屋から出てきた発目が笑顔で手を振っている姿もばっちりだ。

 

 そんな廊下の、自室のドアの真正面に位置する1枚の窓に、彼は左手を押し当て気を込めた。

 

 すると、窓ガラスが1枚丸ごと綺麗に切り取られ、そのまま最上階から地面に落下するかと思いきや、シャボン玉の様にふよふよと空中に浮かぶ。

 

 普通ではまずあり得ない怪奇現象。目の当たりにした発目が目を見開く中、窓から飛び出した彼は正面にある女子棟の窓にも手を押し当てると、これまた簡単に切り取って回収した。

 

 

「あんなに大きな窓ガラスが風船みたいに……気という物は本当に摩訶不思議な力ですね」

 

 

 目の前で気を駆使して工事を進める彼に、感嘆の声を漏らす発目。

 

 期末試験でスカウターを製作した時から気の存在を認知している彼女だが、それでも気というエネルギーの可能性には毎度驚かされるばかりだった。

 

 そんな発目に、その気になれば相手の記憶を読み取ったりテレパシーを行ったり、その技術を応用して格下の相手になら精神世界に干渉する事も可能だと彼は伝えた。

 

 

「マジですか? 気ってそんな事も出来るんですね。もうこれ個性の完全上位互換じゃないですか。出来る事が多すぎますよ」

 

 

 否定はしない。だが少しだけ違う。

 

 個性も高い戦闘力を有する者が使えばその分強力になるし、サイヤ人の彼にだって当然通用するレベルの物へと変貌する。だが、この星に生きる住人とサイヤ人である彼との戦闘力に雲泥の差があるため、どうしても気は個性の上位互換にあると見えてしまうのだ。

 

 ただ利便性と汎用性という点では個性を軽く上回っていると自負しており、実際その通りなので発目の発言もあながち間違いではない。

 

 廊下の窓を次々と剥ぎ取り、予め持参していた大量のホイポイカプセルを取り出しながら、彼はそう思った。

 

 

「さあさあ、工事はまだ始まったばかりですよ。力仕事とか大体の工程はそちらに任せますが、こちらも出来る限りの手は尽くしますので」

 

 

 発目に急かされるままにカプセルから取り出したのは巨大な金属の塊。他にも建設に必要な材料は一式、それも十分すぎる量を取り揃えている。

 

 これらを使って今から増設する物、それは工房である。

 

 雄英の校舎内にも立派な工房は存在するが、わざわざ学生寮から校舎まで向かうのは割と億劫なもの。出来る事なら自室から近い場所にも工房が欲しいのだ。もっと言えば、寮を改造して好き勝手したいのが本音である。特に深い理由はない。

 

 以上の動機の元、彼は身体から発した気を駆使し、様々な資材を遠隔操作する事で一気に組み立てていく。傍から見れば、大量の金属の塊が縦横無尽に空中を飛び回っているように思えるだろう。

 

 その光景はまさに圧巻。2人のしている事に気付いた他のクラスメイト達が驚きと興奮に声を上げる。

 

 

「おお、2人ともまた何かやってるねぇ! 寮に行っても相変わらずだな!」

 

「面白そうだしウチらも行ってみようよ! 先生が見たらびっくりするよ!」

 

「いや、確かにそうかもしれないけど、これ大丈夫かな……後で怒られたりしないよね?」

 

「しっかしまあ、あいつの個性マジで強いよな。逆に何が出来ないんだろ?」

 

「本当にな。ヒーロー科に居たら今頃とんでもないヒーローになっていただろうに。……まあ、考え方は人それぞれってやつだな」

 

「とりあえず言える事は……あの2人本当にマジで頭おかしい」

 

「「「「それな」」」」

 

 

 頭がおかしいという割には止めもせず、それどころか2人の作業を手伝おうとノリノリで現場に集まり始めた時点で、サポート科1年H組に真面な人はいない。

 

 非常に悲しい事だが、現在クラスメイト達は彼と発目のやる事成す事にいつの間にか慣れてしまい、その結果すっかり感性が狂ってしまっている。担任のパワーローダー先生が浮かばれないが、こればかりはどうしようもない。

 

 こうして2人で始めた増築工事は、いつの間にかクラス総出での大規模工事へと発展し、その賑わいは日没まで続く。

 

 

「…………やっと、やっと完成しましたね。最初は5階部分のみの増設、それも簡易的な工房のはずでしたが……」

 

 

 工事開始から数時間が経ち、ようやく完成した頃にはすっかり日は暮れていた。

 

 発目の言葉通り、当初の考えでは2人の部屋を繋ぐ新たな通路と工房のみを作るはずだった。

 

 しかし期せずして、クラスメイト全員が興味本位で参加した事により、あれよこれよと色々な物が更に追加で建てられた。そして最終的に、1階から5階までの高さを誇る、寮とは別の大きな棟が中庭に建つ結果となった。

 

 これには彼も発目も、そしてクラスメイト達も、協力して1つの大きな物を作り上げた達成感と高揚感で歓喜に震える。

 

 

「おおー! 出来たー!」

 

「すっげぇぇぇぇ! でけぇぇぇぇ!」

 

「俺らもやれば案外何とかなるもんだな!」

 

「力仕事は全部1人に任せっきりだったけど、ウチらはウチらでやれる事やったって感じ? みたいな?」

 

「とにかくこれを半日足らずで完成させたのはマジで感激だわぁ」

 

「パワーローダー先生どんな反応するかな? 怒るか呆れるか叫ぶか喜ぶか……喜ぶはなさそうだね」

 

「よっしゃ、記念に皆で写真撮っとこうぜ!」

 

 

 誰かが発したその言葉に全員が賛同し、出来上がったばかりの超大型工房の前で記念にと集合写真を撮る。

 

 他のクラスでは突然の引っ越しでストレスが溜まり、空気が悪くなる一方で、サポート科1年H組の生徒達だけは異様な賑わいと共に充実感を噛み締めていた。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、ヒーロー科1年A組の学生寮にて。

 

 引っ越し初日に開催された部屋王決定戦が無事終了し、その後神野事件に赴いた緑谷達5人組が蛙吹の本心を聞いて打ち解け合っている頃。

 

 

「……………………」

 

 

 部屋王決定戦に参加せず早々に部屋に籠もった爆豪は、未だに寝付けずぼんやりと天井を眺めていた。その脳裏に浮かぶのは、敵連合のアジトで敵連合と打ち解け合い談笑する、とあるサポート科の同級生の姿。

 

 個性伸ばしの訓練の最中、突如連合の襲撃に遭い攫われた爆豪は、極度の緊張状態を長時間強いられていた。

 

 その時に突如現れた彼の存在に、爆豪も敵連合も驚愕したのは言うまでもない。何の前触れもなく姿を見せたのだから当然である。

 

 だが、爆豪にとってはその後の事の方がもっと衝撃的だった。なんと敵連合のメンバーの大半を相手に、彼は余裕の態度を一切崩す事なくたった1人で完勝してみせたのだ。

 

 

(俺1人じゃどうしようも出来なかった奴らを、ああも一方的に……)

 

 

 ヒーロー科A組・B組が総力を挙げて戦ったにも拘わらず、それでも命懸けで退けるのが精一杯の精鋭達。それが敵連合に対する強さのイメージだった。

 

 しかし現実は非情である。ヒーローでもヒーロー科の生徒でもない、同じ学年のサポート科の生徒1人が、自分達が苦戦を強いられた相手を一方的に追い詰めていた。

 

 一切触れる事なく、近付く事すら許さず相手の動きを拘束。燃え盛る炎を顔面に浴びても全くのダメージ無し。ワープゲートを蹴り飛ばすという奇想天外な対処方法。肉体を圧縮されても優勢を保ち、圧倒的な実力差で逆に相手の戦意を挫く。

 

 天下のヒーロー育成機関である雄英高校を幾度となく襲撃し、社会を震撼させた敵連合。そんな連合メンバーが次から次へと呆気なく倒されていったあの衝撃を、爆豪は生涯忘れないだろう。

 

 

(ちっ、クソが……)

 

 

 そして神野事件の前夜に彼が起こした出来事を、爆豪は未だ誰にも伝えていない。クラスメイトにも、教師にも、家族にも。そして憧れのヒーローやムカつく幼馴染にも。

 

 今回の事は誰かに言い触らしても構わないと彼に言われてはいるものの、爆豪は何故かあまりその気になれなかった。漠然とした理由だが、とにかく他の人に伝えようという気力が湧かないのだ。

 

 勿論、そんな事はヒーローとしてあるまじき行為。オールマイトをも超えるヒーローを目指す爆豪としても、そこの所はしっかりと自覚している。それでもやはり、結論は変わらない。

 

 

(……俺はこんなにも弱かったのか? ジーニストを瀕死に追いやって、オールマイトまで終わらせて……クソが……)

 

 

 それからしばらくして、今はこれ以上考えてもどうしようもないという結論に至り、今日はもう早く寝ようと目を瞑る爆豪だった。

 

 しかし、その日の夜は中々寝付けなかった。

 

 

 


 

 

 

 そして翌日、校舎内の工房にて。

 

 学生寮の中庭に建てられた巨大な工房を目の当たりにして、様子見に来たパワーローダー先生が案の定発狂して倒れたその後。

 

 発目はパワーローダー先生と共に、アイテム開発に勤しんでいた。

 

 

「いやー、先生きっとびっくりするだろうなとは思っていましたが、まさかいきなり叫んで気絶するとは予想外でした。あれそんなに衝撃的でしたか?」

 

 

 今朝、いきなり担任が倒れる瞬間を目撃した発目が、当時の状況を思い出したのか、茶化すような笑みを浮かべて尋ねる。

 

 だが、尋ねられた当の本人にしてみれば全く笑える状況ではない。

 

 

「衝撃的も何も、まさか引っ越し初日にあれをクラス総出で建てるとか普通思わんだろ。お陰様で俺の仕事がまた1つ余計に増えたよ。というかどうするんだよあの建物……校長先生あれを見て唖然としてたぞ。俺、あんな顔する校長を見たの初めてなんだが」

 

「それはそれは……悪い事しましたね。校長先生には後で菓子折りでも持って詫びに行きましょうか先生」

 

「悪い事したってお前……その原因を作った奴が今更何を言っているんだ白々しい。というか、何で俺も謝りに行く前提なんだよ。一緒に行くの俺じゃないだろ」

 

 

 発目の言葉に即座に反論するパワーローダー先生。

 

 今回の騒動のそもそもの原因を作った、雄英始まって以来の1番の問題児の顔を思い浮かべ、先生の表情がより一層暗くなる。

 

 ここ数ヶ月で数々の問題を起こしている彼と発目の存在は、パワーローダー先生のストレスを急増させる最大の要因となっており、胃を痛めては溜め息を吐く日々が続いている。

 

 サポート科の教師として、2人のアイテム開発の速度と技術の高さ、発想の自由度などは目を見張る物があり、実力自体は高く評価している。だが、それらの長所を打ち消して余りあるデメリットの存在が全てを台無しにしている。

 

 黙って大人しくしていれば何も言う事はないのだが、それがどれほど困難で高い壁か。加えて最近では、そんな2人の自由奔放さに影響されたのか、周りのクラスメイト達も徐々に行動に躊躇がなくなっている傾向にある。悪い方向に向かっているのだ。

 

 それが顕著になったのが昨日の大規模増設工事。始めは2人のみの工事が、いつの間にかクラスメイト全員での工事に発展し、最終的に巨大な工房が中庭に建つ結果となった。これには先生も頭を抱えており、緊急性の高い目下の課題となっている。

 

 

「で、肝心のあいつはどこに行ったんだ? 昼になって工房出ていったけど、いつになったら戻って来るんだか。もう4時間は経ってるぞ」

 

「ああ、彼なら今寮に戻っていますよ。言ってませんでしたっけ? 多分、今日はもうここに戻らないと思いますよ」

 

 

 クラスの問題児が昼を過ぎてから工房にいない事に疑問を持ったパワーローダー先生が尋ねると、発目から意外な答えが返ってくる。

 

 常に訓練があるヒーロー科と違い、普通科やサポート科などはまだ夏休み中という事もあって校舎に行くか寮で寛ぐかは生徒の自由となっている。よって校舎に来る生徒の数は全体で見れば非常に少ない。

 

 だが、いつも工房に籠もってはアイテム開発に没頭していた彼がいないというのは相当に珍しい事態。これには先生も予想外で面食らっており、一体何があったのだろうと気になり続けて質問を飛ばす。

 

 

「いや、今日はもう戻って来ないってどういう事だ? あいつに限ってそんな事あるのか? 急にどうした、何か変な物でも食べたのか?」

 

「先生は彼を何だと思っているのですか? まあ、その気持ちは分かりますが……」

 

 

 生徒に対する担任の散々な言いように、発目は若干呆れた表情になるものの、その気持ちに肯定しつつ質問に答える。

 

 

「本人曰く、どうやら寮に戻って────あっ」

 

「へっ……?」

 

 

 だが、質問の答えは発目の素っ頓狂な声によって途切れ、それを聞いたパワーローダー先生も間の抜けた声を上げる。

 

 そして次の瞬間──。

 

 

「「どわひゃああああああああっ!?」」

 

 

 開発工房内に爆音が轟き、衝撃波と熱波が押し寄せる。

 

 またしても発目がしくじった事で、アイテムが異常を来し爆発を起こしてしまったのだ。その影響で近くにいた発目とパワーローダー先生は、回避する間もなくものの見事に吹っ飛ばされる。

 

 工具はあちこちに散乱し、作りかけのアイテムは爆発により黒焦げ、工房内は黒煙に塗れ、分厚い金属製の扉は形を歪め廊下に倒れた。

 

 やがて煙が収まり、視界が良好になったところで起き上がった先生が声を荒げる。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ……お前なぁ! 思い付いた物を何でもかんでも組むんじゃないよ!」

 

「フフフフフ、失敗は発明の母ですよパワーローダー先生。かのトーマス・エジソンが仰ってます。作った物が計画通りに機能しないからといって、それが無駄とは限らな……」

 

「今そういう話じゃないんだよぉ! 1度で良いから話を聞きなさい! 発目!」

 

「まあまあ、そう声を荒げないで……おや?」

 

 

 怒鳴られるも全く反省する様子を見せない発目に、もはや怒りを通り越して泣きたい感情が湧いてきたパワーローダー先生。ここまでくると可哀想になってくるが、そんな先生には目もくれず、発目は自身の胸に妙な感触を覚えて前を向いた。

 

 するとそこには、発目の下敷きになる形で仰向けに倒れている緑谷がいた。すぐ側には麗日と飯田が唖然とした表情で発目を凝視している。否、正確には発目のある一点に3人の視線は集まっている。

 

 16歳の少女のものとは思えない、発目が持つ非常に豊かな2つの双丘に。

 

 それらが緑谷の硬く筋肉質な胸板に、変形して潰れそうなほど押し付けられている。これにより、女子と真面に触れ合った経験のない緑谷の緊張が、一気に極限まで引き上げられた。

 

 

「あれ!? あなたは何時ぞやの!」

 

(あ、あが、あががが……お、お、おっ……!)

 

(……っぱい!)

 

 

 緑谷と麗日の、2人の思考が見事に重なり合った瞬間だった。

 

 

 




まあ、この2人が寮生活するとなったらこうなるかなと思って書きました。
発目単体だと、原作通り工房に籠もって爆発騒ぎを起こすだけでしたが、如何せんもう1人による影響がねー。
……さて、第3章もようやく終わりが見えてきましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 その瞬間、世界中が震撼した

主人公不在の中、発目達のいる開発工房にやって来た緑谷、麗日、飯田の3人トリオ。
果たして何の用で来たのだろうか……。

※午前11時に投稿してきたけど、ちょっと億劫になってきた……。


 雄英での寮生活2日目、校舎内の開発工房にて。

 

 

「突然の爆発、失礼しました! お久しぶりですね! ヒーロー科の……えっと……全員お名前忘れました!」

 

「み、みみみ、緑谷い、いず、出久、です……」

 

「飯田天哉だ! 体育祭トーナメントにて君が広告塔に利用した男だ!」

 

「なるほど! では私、ベイビー開発で忙しいのでこれで!」

 

 

 発目が起こした爆発事故もようやく片付き、お互いに挨拶を交わす。とはいえ、発目の豊満な身体の感触を味わった緑谷は緊張ですっかり縮こまり、飯田は体育祭で利用された恨みからか厳しい口調で発目に詰め寄る。麗日もどこか暗い表情で緑谷の方を見詰めている。

 

 しかし、3人の異なる反応には目もくれず、アイテムの開発作業にさっさと戻ろうと発目は背を向けた。

 

 

「あっ……ちょっと待って! あの、コスチューム改良の件でパワーローダー先生に相談があるんだけど……」

 

「へー、そうなんで……コスチューム改良!? 興味あります!」

 

 

 コスチューム改良という緑谷の発言に、無視を決め込んでいた発目の目の色が変わる。そして勢いそのままに緑谷に急接近するも、その直前でパワーローダー先生から待ったがかかる。

 

 

「おい発目……寮制になって工房に入り浸るのは良いが、これ以上荒らすと出禁にするぞ」

 

「その時は寮に建てた工房でベイビー開発するだけです! 問題はありません!」

 

「問題ありまくりなんだよ! 雄英の敷地内だからまだ良いが、あの建物レッドゾーンに片足突っ込んでるからな! 間違ってもあの中で作ったアイテムを勝手に外部に持ち出すなよ? 必ず俺に一言伝えるんだ、分かったな!」

 

 

 パワーローダー先生が『出禁』という単語をちらつかせて牽制するも、寮に建てた巨大工房の存在により発目に効果は無い。

 

 脅しが効かなくなった狂人ほど恐ろしいものは無い。改めてとんでもない生徒達の担任になってしまったと、パワーローダー先生は頭を抱えた。

 

 

「ふ、2人とも何の話してるんだろ……?」

 

「デク君、多分これ気にしたらあかんやつだ。今のは聞かなかった事にしよ」

 

「いや……レッドゾーンって聞こえたが大丈夫なのか? というか、まだコスチューム改良の話に全然入れていないのだが……」

 

 

 1年H組の生徒達と教師達の間でしか分からない話に全くついて行けない緑谷達。

 

 耳に入ってしまった会話の内容をなるべくスルーした3人は、工房に来た肝心の目的を再度切り出した。

 

 これにより、ようやくパワーローダー先生が発目との言い争いを止めて向き直った。

 

 

「いやぁ、3人共すまないね。お見苦しい所を見せちゃって。それで、必殺技に伴うコスチューム改良の話だろ? イレイザーヘッドから聞いてる。とりあえず説明書見せてくれ」

 

「あ、はい。こちらです、どうぞ……」

 

 

 パワーローダー先生の前に、3人分のコスチューム説明書が差し出される。横から発目が何枚か引っ手繰って読んでいるが、今更そんな事で目くじらを立てる先生ではなかった。

 

 その様子に苦笑いする3人を余所に、説明書の内容を全て確認した先生がふむふむと頷きながら顔を上げる。

 

 

「うん、大体把握した。じゃあ1人ずつ要望言ってくれ。すぐに変更出来そうなやつはここで改良、そうじゃない場合はデザイン事務所に依頼する形となっている。まあ、ウチと提携している事務所は超一流だから、3日くらいで戻って来るよ」

 

「あの、僕は腕の靭帯への負担を軽減出来ないかと思って……そういうのって可能ですか?」

 

「ああ、緑谷君は拳や指で戦うスタイルだったね。そういう事ならお安い御用さ。すぐにでも改良出来るよ」

 

 

 変更可能だと即答された緑谷の表情が一気に明るくなった。林間合宿時の戦闘により、腕の靭帯に無視出来ない負担を掛けてしまったため、不安に感じていたのだ。

 

 その表情の変わり様を見て、一緒に聞いていた麗日も喜ぶ。

 

 

「良かった! やったねデク君!」

 

「うん、本当に良かっ……た……へぁ?」

 

 

 だがその喜びと笑顔は、緑谷の間の抜けた声と共に一瞬にして消え去った。

 

 

「はい……はいはい……なるほど。あの人ほどではありませんが、意外とがっしりしてますね。良い筋肉を持ってるじゃあないですか」

 

「は、発目さん、一体何を……?」

 

「何って、フフフフ……体に触れているんですよ。こうやって自分の手であちこち触った方が、クライアントの体について分かる事が多いですからね」

 

 

 音もなく2人の背後に回った発目が、後ろから抱き着く形で緑谷の全身を丁寧に触診していた。これには緑谷も頬を赤らめ、隣にいる麗日も一瞬で表情が暗くなる。

 

 そして突然の緊急事態に混乱している緑谷に、いきなり自身が開発したパワードスーツを無理やり装着させて勝手に実験を始める発目。

 

 その様子をずっと見ていた飯田は、発目が緑谷達の相手をしている間に、警戒心を保ちながらパワーローダー先生にそっと歩み寄り、耳元でこっそりと囁く。

 

 

「あの、俺は脚部の冷却機を強化して頂きたく……」

 

「なるほど、そういう事ならお任せあれ!」

 

「うっ!?」

 

 

 だが、発目からは逃れられない。

 

 緑谷と同様、飯田も困惑している内にアイテムを装着され、勝手に実験を始められて散々な目に遭う事となった。体育祭トーナメントの時と同じく、また発目に利用されていた。

 

 

「俺の個性は脚なんだが!? それがどうして腕にブースター着けられて、天井に頭打つ羽目になっているんだ! 全然関係ないじゃないか!」

 

「フフフ、確かにそうですね。でも私、それ見て思うんですよ。『脚を冷やしたいなら、腕で走れば良いじゃないか』って!」

 

「……ッ!」

 

 

 また利用されて憤慨する飯田に物怖じせず、良く分からない事を言い出す発目。それを受けて「何を言っとるんだ君はもう!」と更に怒る飯田だったが、緑谷は違った。

 

 発目が何気なく放った言葉に、緑谷は何かに気付いたのかはっと息を呑んだ。今までの凝り固まった考えが一気に崩れていくかの様な、とても新鮮な感覚。

 

 まだ具体的なイメージは出来上がっていないが、後もう少しで現状抱えている問題を打開出来るような気がする。何となくだが緑谷はそう思った。

 

 

「本当にすまないね。彼女は病的に自分本位なんだ。今のはよくあるやり取りでね」

 

「ええ、よく存じております……」

 

「うん……」

 

 

 一方で、発目に振り回されて散々な目に遭った飯田と麗日は、パワーローダー先生の言葉に何度も首を振って肯定する。体育祭から始まった交流の中で、2人の発目に対するイメージは決して良いものとは言えなかった。

 

 そんな2人の反応に苦笑いしつつも、パワーローダー先生はいつになく真剣な表情で発目の方を見遣る。

 

 

「それでも、ヒーロー志望なら彼女との縁を大切にしておくべきだよ。プロになってからきっと……いや、必ず世話になる」

 

 

 その言葉に3人ともはっと息を呑む。

 

 何でもないかの様に思えるこの時の交流が、将来プロヒーローになってから掛け替えのないものになる事。それを身を以て知っている今のプロヒーローからの、大切なアドバイスだった。

 

 

「今まで多くのサポート科を見てきたけど、その中でも発目はやはり特異だ。『常識とは18歳までに身に付けた偏見である』って言葉があるように、彼女は失敗を恐れず常に発想し試行している。

 イノベーションを起こす人間ってのは、既成概念に囚われないんだよ」

 

「あっ……!」

 

 

 パワーローダー先生の言葉を聞いて、緑谷の脳内で何かが閃いた。

 

 雄英の入学試験から始まり、体力テスト、USJ事件、体育祭、職場体験、期末試験、林間合宿、神野事件と、数多くの記憶と経験が頭の中でぐるぐると駆け巡る。

 

 そしてこれまでの経験を思い返して、そして今の発目とパワーローダー先生の発言を照らし合わせた結果、緑谷の中でとあるアイデアが浮かび上がってきた。現状の問題を全てひっくり返す程の、シンプルかつ画期的なアイデアが。

 

 緑谷は早速行動に移した。

 

 

「飯田君、ちょっと教えてもらえないかな!? 聞きたい事がたくさんあるんだけど……!」

 

「な、何か知らんが待ちたまえ。気付いてないかもしれんが、コスチュームの件が何も進展していない」

 

「ああ、そっか! まずそっちが先だったね!」

 

「デク君急に顔面が晴れたね!」

 

「えっ!? そ、そうかな!? そう言えば麗日さんはどこか改良するの?」

 

「私はもっと酔いを抑えたくて……」

 

「それならこれなんてどうでしょう!?」

 

「ひっ!?」

 

 

 どこか吹っ切れた様子を見せる緑谷に、飯田と麗日もつられて表情が明るくなる。その後の発目の乱入で、再び工房内は混乱極まる状況に陥ってしまったが。

 

 それを見かねたパワーローダー先生が3人と発目に間に割って入り、混乱をどうにか抑えようと必死に宥める。

 

 

「おい発目、やる気があるのは良いが一旦落ち着け。それ以上やらかすとマジで出禁にするからな。それとお前達も、こっから先は俺がやっておくから、要望だけ伝えたら今日はもう戻れ。そろそろ訓練も終わる時間だろうし」

 

「えー……」

 

「あ、分かりました。ではまた明日お伺いします」

 

 

 そんなこんなでどうにか工房内の平和を取り戻す事に成功し、ほっと胸を撫で下ろす先生。

 

 話も取りあえず一段落したので、後は要望だけ伝えて今日はもう帰ろうという雰囲気になる。そこで緑谷は少し気になっていた事を発目に尋ねた。

 

 

「あ、そう言えばずっと気になっていたんだけど、今日工房にいるのは発目さんだけなのかな? いつも2人で行動しているイメージがあったから、1人だけって凄く珍しいなあと思って……」

 

「確かに、単独なのは珍しい気もするな。時折校内で見かける時も2人一緒だった覚えがある」

 

「そう言われるとウチも気になってくるなぁ……」

 

 

 いつもはいるはずの、もう1人の頭のおかしいサポート科。緑谷達ヒーロー科全員と戦った事もある彼がいない事に、3人はとても珍しく思っていた。

 

 そんな疑問を持つ緑谷達に、質問された発目は今までのやり取りですっかり彼の存在を忘れていたのか、はたと手を打つ。

 

 

「そう言えば、パワーローダー先生にも彼が今何をしているのか言いそびれてましたね。ちょうど良いタイミングですし、コスチューム改良の話が終わったら一旦寮に戻りましょうか。

 あなた達もどうです? 確か、必殺技を開発する訓練をしているんですよね? もし難航中でしたら、何か良いヒントを得られるかもしれませんよ? それに、見たらきっとびっくりすると思いますから」

 

 

 


 

 

 

 ── 1年H組サポート科の学生寮にて。

 

 寮の玄関前には前庭が広がっており、一軒家を建てられる程の十分なスペースがある。

 

 そんな芝生が隙間なく敷き詰められた緑の土地だが、現在そこには寮の長閑な雰囲気を見事にぶち壊す、近未来的な外観をした物体が堂々と鎮座していた。

 

 直径10m以上はある特殊合金製の巨大な球体、それを支える数本の太く頑強なアーム、所々に取り付けられた分厚いガラス窓。そして、球体の表面にゴシック体で記載されている『GRAVITY ROOM』の文字。

 

 良くも悪くも色々と注目を集めてしまう謎の物体。この球体の室内の中心で現在、1人静かに座禅を組む者がいた。

 

 

「……ねえ、もう3時間以上もあの状態のままだけど、大丈夫かな? ピクリとも動く様子が見えないんだけど……」

 

「というかそれ以前に、あの姿勢を保っていられるのが凄いよ。バランス感覚どうなってるの?」

 

「あれもう完全に人間を止めてない? 私じゃ絶対に無理。どう考えてもおかしいでしょ」

 

「確かにそれはそう。いやだって……ねえ?」

 

「どうしてあんな細い棒の上に座って、3時間以上も座禅組めるのよ……」

 

 

 球体の中は広々とした空間が広がっており、窓から室内の様子が観察出来るようになっている。そのため1年H組のクラスメイト達が窓から室内を覗き込んでいるのだが、室内で長時間座禅を組み続けている彼の存在に、驚愕と困惑の表情を浮かべていた。

 

 彼はただ座禅を組んでいるわけではなかった。室内の中心に立つ細長く丈夫な棒につま先だけで乗り、その上で座禅を組んでいた。

 

 ヒーロー科との訓練時にも着た300kg超えの運動着を着用しており、クラスメイト達の言う通り、かれこれ3時間はずっとこの状態を維持している。

 

 そして、室内の壁に設置された大きなモニター。その真っ黒な画面に白文字で『200G』という謎の数値が表示されていた。

 

 

「あれっ、何なんだろあの人だか……デカッ!?」

 

「えっ、えっ、えっ? 何やあの丸っこいの!? 一体どうやってこんな大きな物……!」

 

「なっ……!」

 

 

 クラスメイト達が揃って室内の様子を観察していると、そこへちょうど緑谷達3人のヒーロー科を連れて発目が寮に戻って来た。

 

 

「おや、どうやら賑わってるみたいですね。まああれだけ大きいと人目を惹きますし、当然と言えば当然ですか。

 ……あっ、これ『重力室』って言うそうですよ。持って来た本人がそう言ってました」

 

「「「重力室?」」」

 

 

 聞き慣れない名称に緑谷達が首を傾げる。

 

 重力室────それを聞いてピンとくる者はこの惑星に住む者の中でも非常に限られる。

 

 緑谷達の目の前で堂々と鎮座しているそれは、元々とある小型宇宙船の仕組みを利用して作られた物であり、今まで所有者である彼の実家の中にあった。つまり存在そのものが露見していないのだ。

 

 それが今回、雄英が寮生活になったという事で、彼が実家から部屋ごとホイポイカプセルに収納して持って来ていた。

 

 そしてこの重力室最大の特徴といえば、室内の重力を好きに変更出来るという点だろう。地球の重力を1倍として、室内を数倍から数十倍、果ては数百倍の重力下に置く事が可能となっている。

 

 重力室が出来た当初は100倍が上限だったが、その後200倍、300倍、450倍と徐々に上限を上げており、今では最大500倍の重力まで引き上げる事を可能としている。

 

 常人なら一瞬で肉体が潰れてミンチになる地獄の様な環境を作り出す。それがこの『重力室』である。

 

 

「──とまあ、どういう仕組みなのか詳しい事はまだ分かりませんが、あんな感じで室内の重力を好きに設定して修行するそうです! で、今室内のモニターに『200G』って表示されているので、言葉通りなら室内の重力は地球の200倍になっているという事になりますね!

 普通なら即死は免れないイカれた環境です。ですが平然と座禅を組んでいる様子を見るに、どうやら200倍の環境には既に慣れているみたいですね!」

 

「「「……………………」」」

 

 

 重力室について彼に教えてもらった事を何とは無しに説明する発目。生粋の発明オタクなのか、どこか興奮気味な様子で早口になっている。

 

 だが、そんな彼女の興奮が緑谷達に届く事はない。説明を聞いていた3人は重力室のあまりに馬鹿げた性能と、そんな危険過ぎる代物を平然と使用している彼のぶっ飛び具合を理解して、すっかり引き攣った表情になっていた。つまりドン引きしたのだ。

 

 それと同時に、彼がサポート科でありながらヒーロー科を圧倒するほど底知れない強さを秘めている理由も、今の説明で何となく理解出来たような気がした。

 

 

「さて、重力室の説明もしましたし、これ以上ここで待っても暇なんでそろそろ出て来てもらいましょうか。えーと、確かゲート近くのこの辺りに呼び出しボタンがあるって言ってた覚えが……あ、あったあった。これをポチッと!」

 

 

 重力室の入口近くに取り付けられている赤いボタンを発目が押した瞬間、室内に充満していた異様な空気がたちまち霧散し、棒の上で座禅を組んでいた彼も辺りをキョロキョロと見回す。

 

 たった今発目が押したボタンは、実際は呼び出しボタンではなく安全を考慮して設置された緊急停止用のボタンなのだが、押した当人は知る由も無い。 

 

 そうして重力室の機能を強制的に解除した発目の存在に気付き、彼は修行を止めて室内から出てきた。

 

 

「いやぁ、修行中にわざわざ呼び出しちゃってすみません。ちょっと色々あってあなたに用がありましてね。聞いてくれます?」

 

 

 修行を中止して出てきた彼に、発目が工房内で緑谷達と話した内容を詳しく説明する。

 

 ヒーロー科が個性伸ばしの圧縮訓練と同時並行で必殺技の開発をしている事。そのためにコスチュームを改良する必要があり、開発工房に訪れていた事。個性伸ばしや必殺技の開発に苦労しているので、何か良いヒントになればと思い、発目が3人を連れて寮に戻って来た事。

 

 早口で説明されるその内容に、彼は表情を一切変えず、頷きもせず、ただ静かに耳を傾けていた。

 

 

「……で、話を聞いてどうです? 今ので何か思うところはありますか?」

 

 

 発目の問い掛けに彼は腕を組んで俯き、ただの一言も発さず真顔でじっと考え込む。

 

 普段の破天荒な行動からは想像も付かないほど真剣な様子に、一緒に話を聞いていたクラスメイト達が瞠目する中、彼は腕組みを解いて緑谷達に向き直った。

 

 そして尋ねた、目の前にいた緑谷に。

 

 

「えっ、今どのくらいまで力を振るえるかって? えっと、僕の個性の最大パワーを100%としたら、今は大体5%が限度だよ。それ以上の力を使うと体を痛めるし、行き過ぎると体がバキバキに壊れるから注意する必要があるんだ。だからそのリスクを無くすためにもフルカウルを考えたんだけど……あっ、フルカウルってのは体の一部だけじゃなくて全身に個性の力を行き渡らせる技の事だよ。

 でも、この前の合宿で敵の襲撃を受けた時に無理し過ぎちゃって、そのせいで腕に爆弾が出来て……。だからこれ以上腕に無理を強いると、一生腕の使えない生活になるって言われたんだ。そこでさっき発目さんと少し話し合ったんだけど、腕から脚を中心に使う戦い方にスタイルを変更してみようと思ってるんだ。もちろんこれ以上体を壊さないためにも、使える力の上限を引き上げる訓練は続けるけど、技術的な面での戦いの幅も並行して広げる必要があるから、今以上に訓練に励まないとすぐ追い付かなくなってしまうんだ。

 そこで君に聞きたいんだけど、これから脚技メインの戦い方に変更するに当たって、何か注意すべき事とかこうすれば良いみたいなコツとかある? 飯田君にも後で聞くけど、君からの意見も是非とも欲しいんだ。僕はもっと強くならないといけないから。あっ、コスチュームの改良は発目さんに考えがあるみたいだから、そこは大丈夫だよ!」

 

 

 話が長く、発目以上の早口。

 

 情報提供はありがたいが、質問に対する返答は最初の一言だけで事足りている。

 

 緑谷の長過ぎる話に、この場にいる大半の人がついて行けてない。かく言う彼も、まさかこんなに長い返答が来るとは思っておらず、少しばかり答えるのが億劫になっていた。

 

 緑谷の対応は後に回して、とりあえず麗日と飯田の話も聴こう。そう考えを改めた彼は、麗日にも緑谷と似たような質問を投げ掛けた。

 

 

「私? 私は既に方向性も決まっとるし、特には無いけど……やっぱり個性使う度に酔っちゃうのは苦労するよ。今は自分自身を浮かす訓練をやってるんだけど、これがもう難しくって!

 だから今よりももっと酔いを抑えるコスチュームにしてほしくて、デク君と飯田君の3人で工房に来てたんだ」

 

 

 麗日の返答に彼は相槌を打ちながら傾聴し、発目から聞いた内容も含めて情報を整理した。

 

 こちらは特に言うべき事があるわけでもなく、課題も本人の頑張り次第でいずれ解消されるもの。わざわざアドバイスしなくとも、何とかなるだろうと彼は思った。

 

 それと、返答が緑谷と比べてとても短く、ゆっくり話すので聞き取りやすかった。

 

 

「最後は俺か。俺はレシプロのデメリットを軽減したい。先程開発工房に赴いた際は、パワーローダー先生にラジエーターの改良をお願いしておいた。冷却機能が強化されれば、多少エンジンが熱くなっても問題無く長時間の活動が出来るからな」

 

 

 こちらも非常に分かりやすい課題だった。

 

 簡潔に纏めて質問に答えているから内容を理解しやすいのもあるだろう。やはり最初の緑谷の話だけ異常な量の情報と早口だった。緑谷は他の2人を見習って、せめて喋り過ぎる癖だけは直してほしい。20文字以内に簡潔に纏めてくれると尚ありがたい。

 

 3人の話を聞き終えた彼は、それぞれの現状と課題を頭の中で整理し、どんな事を言うべきか思考を巡らせる。

 

 それから10秒後、考えを纏めた彼は改めて3人に向き直った。

 

 

「えっ、これを身に付けろって? これは……アンクルウェイトじゃないか。なるほど、つまりそれを身に付けて走る事で、更なる脚力強化に努めろというわけだな? 

 分かった、ありがたく使わせて……重たっ!? えっ、ちょっ、まさかこれを両足に巻いて走るのか? 本気で言ってるのか? おい正気か君!?」

 

 

 まず初めに、飯田にアンクルウェイトを手渡した。

 

 これは足に巻くタイプの重りで、足腰を鍛えるトレーニング用品としてスポーツ店でも普通に売られている。そしてたった今飯田に渡した物は、重力室の中に置いてあったちょっと重めのタイプで、片方だけで15kgはある。

 

 計30kgの重り。これを足に巻いた状態でいつも以上のトレーニングに励んでもらいたい。恐らくかなり四苦八苦すると思われるが。

 

 とりあえず飯田の場合はこれで良い。レシプロのデメリットを軽減するのが本来の目的だが、そちらはパワーローダー先生が何とかしてくれると思うので、こちらがわざわざ考える必要はないだろう。

 

 

「それじゃあ私は……へっ、筋トレ? それって具体的に何をすれば……えっ? 腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10km……これを毎日した後に自分自身を浮かす訓練をしろって!? んな無茶苦茶な!?」

 

 

 次に麗日だが、彼女には筋トレを勧めておいた。

 

 腕立て、上体起こし、スクワットをそれぞれ100回、そしてランニング10km。正直言って、麗日がこれを毎日続けるのは難しいし、その後に個性を使った訓練をするのは無茶にも程がある。

 

 ただ麗日の場合、筋トレして体を鍛えたら現状抱えている問題は自然と解決する。何となくそんな気がしたのだ。

 

 大事なのは、個性を鍛える他に体を鍛えるトレーニングも並行して継続する事。今言ったトレーニングの内容はあくまで例に過ぎないので、無理のない内容に変えても構わない。とにかく継続する事を念頭に置いてほしい。

 

 

「い、飯田君も麗日さんもかなりヤバそうだね。この調子だと僕もとんでもない事を要求されそう……」

 

 

 その予想、大当たり。

 

 とりあえず緑谷にはフルカウルを発動してもらう。話はそこからだ。

 

 

「えっ、何でいきなりフルカウル? 別に良いけど……フッ!」

 

 

 息を吸い込み拳を握り締め、全身に力を入れる緑谷。その瞬間、翡翠色の放電が全身から迸り、それに伴い体の奥底から力が湧き上がってくる。

 

 最初は使いこなすのに苦労していた緑谷だったが、今では無意識に発動して柔軟に動き回れるようになっていた。

 

 そう言えば期末試験の直前で行った合同訓練の時も使っていたなと、フルカウルを発動させた緑谷を見て数か月前の記憶を思い返しながら、彼は続けて言った。

 

 

「で、フルカウル発動したけど今度は…………これから寝る時以外はこれをずっと維持したまま1日を過ごせだって!? ひょっとして授業中も休憩中も? 嘘でしょ!? というか脚技のコツは!? そっちの方は何か言う事ないの!?」

 

 

 残念ながら脚技について言う事はない。別に無いわけでもないが、それについては話が長くなるのでまた今度の機会に伝えようと思う。

 

 そう言って緑谷の要望をばっさり切り捨てた彼は、自身が超サイヤ人の状態を維持したまま日常生活を送っていたように、緑谷にフルカウルを維持したまま1日を過ごすようにとアドバイスした。

 

 常に負荷が掛かっている状態に体が慣れていれば、いざという時に個性の出力を急激に上げても体への負担は極力小さくて済む。偶然にも彼が行った修行はそのまま緑谷にも有効的なのだ。

 

 現状、緑谷は着々と実力を伸ばしつつあるのは間違いないが、それでもまだパワーもスピードも圧倒的に不足している。話を聞くに、恐らく個性の力が強過ぎて体が耐え切れないから、5%なんて極端な制限を受けているのだろうと思われる。

 

 個人的な意見だが、やはりどう考えてもこちらの問題を優先的に解決すべきだと考えている。そもそも体が十分に鍛えられていれば、腕は不安だから脚をメインに、なんて事にはならなかっただろう。緑谷自身も分かっているとは思うが、それでもあえて言う。

 

 

「ああ、なるほど……確かに言われてみればそうだね。体に負荷を掛けて鍛えるのがトレーニングの基本だし……でもその発想は全然思い付かなかったよ。ただ本当にやると、相澤先生とかに凄く怒られそうで怖いのがちょっと……」

 

 

 フルカウルを維持し続けるのは確かに大変かもしれないが、それによって得られる物は大きいのでやってみる価値は十分にあると思う。

 

 これで3人に言いたい事は言った。後はこれを本当に実践するかどうか。

 

 ただ、常日頃からヒーロー科は厳しい訓練を受けているので、別にやらなくても構わないし、無理し過ぎると流石に体を壊す。それは本末転倒なので、本当に余裕のある時にやってみる程度で良いと思う。

 

 それでも、どうしても早く力を付けたいのであればまた言ってほしい。その時は重力室の使い方でも教えよう。

 

 

「あ、うん。その時はまたよろしく! 忙しい時にありがとう!」

 

 

 緑谷にお礼を言われたので一先ずはこれで良いかと、彼は再び重力室の中に戻ろうと……。

 

 

「あのー、ずっと気になってたんでこの際聞きますけど、あなたって本気出したらどのくらい強くなれるんですか?」

 

 

 背を向けようとしたところで、発目から唐突な疑問が飛んできた。

 

 確かに、今まで誰にも本気になった状態を見せた事がない。そもそも本気で戦える相手がこの惑星内に存在しないから出していないのだが、とにかく見せた事はただの1度もない。

 

 しかし珍しい、発目がアイテム開発以外の事に興味を持つなんて。何かあるのだろうか。

 

 

「いえ、別に今までの話とは全然関係ないんですけど、ちょっと気になっただけなので。あ、見せたくないのであれば聞き流してもらって構わないですよ。そこまで無理強いはしてませんから」

 

 

 ちょっと気になったから。発目らしい如何にもな理由が返ってきた。

 

 周囲を見回すと、他の人も気になるのか若干期待の籠もった視線を向けている。緑谷達も例に漏れず。

 

 そんなにお望みとあらば、フルパワーになった状態を披露しようではないか。何よりも発目からの要望、断るなんて選択肢は始めからない。

 

 だがここは学生寮の目の前。ここで超サイヤ人になって全力で気を解放したら、膨大な気の圧力によって1年H組の寮は間違いなく消滅する。流石に住む場所がなくなるのは避けたい。

 

 見せても良いけど場所は変えさせて────彼はそう言って舞空術で飛び立つと、あっという間に遠方の空へ消えて行った。

 

 いとも簡単に音速を超える速度で飛んだ彼に、その場にいる全員が驚愕に目を見開く中、発目のスマホから着信音が鳴り響いた。

 

 

「はいもしもし……あっ、もう準備が整った感じですか? ちなみに今どこに……ああ、入試に使われる市街地の試験場ですか。確かにあそこなら多少荒れても何とかなりますからね。……ええ、こちらは大丈夫ですよ。いつでもどうぞ!」

 

 

 電話で彼と会話する発目の言葉を耳にして、段々と期待が高まるクラスメイトと緑谷達。

 

 そして通話を切り終えた発目も、彼が飛んで行った方向を見つめながら今か今かと待ち侘びる、その時だった────。

 

 

「……えっ、地震?」

 

 

 突如として、地面が大きく揺れ始めた。

 

 

 




発目に本気を見せてと言われたら、雄英の敷地内だろうと被害そっちのけで要望に応えちゃう。それが主人公です。
相変わらず発目にだけ極端に甘い。





※ifストーリー『3年後の麗日(ネタ)』


凶悪な敵「なんだ貴様? お前みたいな雑魚ヒーロー如きがこの俺に勝てるとでも思っているのか? 舐めるなよ! 俺に盾突いたガキは嬲り殺しにして後悔させて────ぷぎゃああああああっ!?」

麗日「…………また、ワンパンで終わっちゃった」


こんな麗日見たくねえ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 面会希望者

本気を出したらどのくらい強いのかと発目に聞かれ、期待に応えるべくノリノリで気を全力開放する主人公。
雄英どころか地球そのものが割とピンチになっているこの状況、世界各地でどのような影響を齎すのだろうか……。

※ぼっち・ざ・ろっくとチェンソーマンずっと見てて全然書いてませんでした。1ヶ月空いて申し訳ない……。


 現在、雄英高校はかつてない規模の危機に直面していた。

 

 

「いやああああ! ぎゃああああああ!」

 

「うわっ、うわああああっ! 地面割れてる! 揺れてる!」

 

「どうにかして寮に入り……って危なっ!? 窓ガラス割れて落ちてきたんだけど!?」

 

「か、風強すぎぃぃぃぃ! どっかに捕まってないと飛ばされちゃう……!」

 

「あっ、木が! 木があり得ないくらい曲がってる! これ折れないよね!? 折れたら確実に吹っ飛ばされるんだけど!?」

 

「というか空めっちゃ暗くなってない!? 雷の音もヤバいんだけど!?」

 

 

 突如始まった地面の大きな揺れを皮切りに、大気は震え、建物の窓ガラスは割れ、空には巨大な雷雲が発生し、突風が木々を激しく揺らす。

 

 1分にも満たない短い時間の内に、一瞬にして地獄絵図と化した雄英校内。この未曾有の大災害に、1年H組の寮では阿鼻叫喚の巷と化していた。

 

 それどころか、既に校内の至る箇所で数えきれないほどの被害が出ており、その勢いは留まる所を知らない。これには流石のクラスメイト達も冷静さを保つのは無理だった。

 

 それは当然、その場にいたヒーロー科の緑谷達も同様である。

 

 

「あわわわわわ……! う、麗日さん、飯田君、そっちは大丈夫!?」

 

「こっちは大丈夫! それよりもデク君、これの揺れってひょっとして……」

 

「本物の地震じゃないのは間違いないと思う。ただの地震にしては明らかに災害の規模が大き過ぎる」

 

「つまりはこれが彼の本気で、この未曾有の大災害はそれによって発生した弊害というわけ……おっと! 危ない、危うく割れた地面の間に落ちる所だった」

 

 

 荒れ狂う暴風に飛ばされまいと近くの大木にしがみ付き、割れる地面やガラスに気を付けながら、状況を分析して何とか冷静さを保とうとする。

 

 サポート科と違い、日々の訓練で緊急時に対する行動が早いヒーロー科。そこは訓練の成果が発揮出来ているのだが、それでもこの様な状況に陥るとは思っていなかった。

 

 それもそのはず。サポート科の彼が強いという事は身に染みて理解している緑谷達だが、3人のみならず殆どの人がオールマイトに近い実力を持つ同級生、という認識を持っていた。いくら強いとはいえ、オールマイトには流石に及ばないだろうと。

 

 だからこそ彼が本気を出す際、寮から離れた場所に移動すると言った時は、別にそこまで慎重になる必要は無いのに、なんて事を思って内心苦笑していた。

 

 そこから来る予想と現実の落差は、緑谷達に確かな衝撃を与えた。

 

 そしてその衝撃は、緑谷達のみに留まらない。

 

 

「────えっ、なにっ!? 何なの!?」

 

「じ、地震!? ヤバいよこの揺れ、皆どこかに掴まって! 早く!」

 

(揺れと共に感じる異常なまでの威圧感、連合のアジトで経験した常に背後を取られているかの様な緊張感……間違いねぇ、やつだ! 何故かは知らんが、とにかくあの金髪野郎が原因に違いねぇ!)

 

 

 必殺技の開発に専念している1年A組の生徒達が、突如始まった揺れと轟音に戦慄し狼狽える。

 

 その中でただ1人、爆豪だけはこの揺れの原因に即座に当たりを付けていた。

 

 

「────な、なんだいこの揺れは!?」

 

「これは……地震? いや、地震にしては……はっ! リカバリーガール、今はとにかく身を守らないと! 私の事は良いのでお先に机の下に隠れて……」

 

「そう言うあんたの方こそ、もう少し自分の体を労りなさい! 私の事は私で何とか出来るよ!」

 

 

 1年A組の全員にアドバイスして回り、神野事件で負った怪我の治療で保健室を訪れていたオールマイトと、触診していたリカバリーガール。

 

 保健室にいる2人も、突然の揺れに驚きつつもすぐに気持ちを切り替えて冷静に対処する。その対応の早さは生徒達の比ではない。

 

 

「────根津校長! これは一体……!?」

 

「わ、分からない……ただ物凄い規模の揺れだよこれは。皆、揺れが収まり次第手分けして校内を回るんだ! 生徒達の安全確保を最優先に!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 職員室内でも謎の大揺れに困惑していた。

 

 幸いにも全員がプロヒーローという事もあり、対応の早さは目を見張るものがあったが、それでも動揺は隠し切れない。

 

 雄英高校の校舎は頑丈な作りになっているため、揺れに耐え切れず校舎が倒壊する事態にならないのが不幸中の幸いだろうか。

 

 

「────あれ、揺れてる? 気のせいかな? 今微かに感じたよう…………なっ!?」

 

「ホ、ホークス! 地震や! しかもこの揺れかなり大きか……!」

 

(それだけじゃない! 今確かに感じた、気が付けば命を握られているかの様な、背筋が凍る感覚! 他の皆は感じていないのか? ……何だ、一体何が起こっているんだ!?)

 

 

 九州の事務所内で、その日の活動の報告書を作成していたホークスやサイドキック達も、突然の大揺れに困惑する。

 

 街では道行く人々がパニック状態に陥っており、パトロール中のヒーローが必死に声を掛けながら、市民の心を落ち着かせようと尽力する。

 

 そうしてヒーロー含む大勢の人々が大きな揺れに慄く中、ホークスだけは原因不明の悪寒を感じ取り戦慄していた。

 

 

「────うおおおおおおおおおっ!? 何じゃこの揺れはーっ!? えっ、地震!?」

 

「わ、わわっ、わわわっ!? と、弔君、これかなり大きな地震ですよ!? これってかなりヤバくないですか!?」

 

「スピナー、トガ、2人とも落ち着け。今回の相手はヒーローじゃなく自然。こういう時こそ冷静に動ける奴が自然災害では生き残って────痛ってぇぇぇぇ!?」

 

「だ、大丈夫ですか死柄木弔!? 今コップが勢い良く後頭部に落ちましたが……その、お怪我はありませんか?」

 

「く、黒霧お前……これ見て大丈夫な様に見えるかってんだ! くっそ痛ぇな畜生……!」

 

「しっかし急に地震とはなぁ……確かに地震は多い国だけどよぉ、こんな大きな揺れは生まれて初めてだぜ」

 

「マスキュラーも筋繊維でガードしてるからって、随分呑気だな……今そんな事言ってる場合じゃないだろうに」

 

「揺れが来るなり自分だけビー玉の中に閉じ籠ろうとした奴に言われたくはないな」

 

 

 日本国内、某所。

 

 とある山地の奥に位置する小さな建物の中に潜伏している敵連合のメンバーもまた、突如起こった巨大地震に慌てふためいていた。

 

 連合の何人かは全国各地に散らばってこの場にはいないが、それでも死柄木達と似たような反応をしていた事をここに明記しておく。

 

 

「────ななな何じゃ!? い、いきなり地震じゃと!? これはいかんぞ、何としてでもあの子の血だけは死守せねば!

 昨日とんでもない真実が判明したばかりだというのに、こんな所で貴重なサンプルを失うわけには……!」

 

 

 京都府蛇腔市、蛇腔総合病院。その病院の地下に秘密裏に存在する謎の施設。

 

 病院の理事長である殻木ことドクターはその地下施設内で、大きな揺れに動揺しつつも最近手に入れたばかりのサンプルを全力で死守していた。

 

 頑丈なジュラルミンケースの中に少量の血が入ったビーカーを保管し、それを更に頑丈な金庫へ移し丁重に収納する。

 

 その徹底した丁寧な扱いには、これだけは絶対に失わないというドクターの執念めいたものが感じ取れた。

 

 

「────なっ!? こ、これは一体!?」

 

「……今やって来た謎の威圧感、一瞬ゾクッとしたな。何かあったのか?」

 

「あっちの方角の遠い位置から来たように感じたが……この方角は日本か? いやでもまさか、仮に日本で何かあったとしても、ここから向こうまで10000km以上は余裕で離れてるしな。流石に無いか、なあスター?」

 

「……さあ、今は何とも。でももし日本で何かとんでもない事が起こって、その影響がここまで来たのなら、私達はこれを無視する事は出来ない。何たって(マスター)の身に危険が無いか心配だ」

 

「つい最近ヒーローを引退したってニュースでやってたしな。あれには心底驚いちゃったよ」

 

「それな!」

 

 

 大海を越え、日本から遠く離れた陸地にある大国。

 

 その国のとある軍事施設内でも、幾人かは日本からやって来た正体不明の気配を敏感に察知し、警戒心を強めていた。

 

 日本で今何が起こっているのか。事態をまだ把握出来ていない彼らが数分後、海を越えて押し寄せて来た揺れに戦慄したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 ────こうして、彼が本気で気を解放した事により、僅か数分の間で雄英どころか世界中が文字通り震撼していた。

 

 揺れる地盤、震える大気、響く轟音、吹き荒れる暴風、辺りを暗く染める雷雲、波立つ海面。

 

 この世の地獄、世界の終わり。そう表現するのが相応しいまでに阿鼻叫喚と化した地球でただ1人、発目はその様子を遠目から呆然と眺めていた。

 

 彼が降り立ったであろう市街地の試験場はもはや街の面影すら無く、綺麗さっぱり更地と化している。周辺の山々は土砂崩れを起こした事で山の原型を失い、道路は上空から降って来た稲妻により真っ黒な焦げ跡と抉られた跡が目立つ。

 

 発目にだけこっそり気のバリアを張るという彼の気遣いにより、他の人と違い発目だけは周辺の景色が崩れていく様子を落ち着いて観察する事が出来ていたのだが、それ故に受けた衝撃は大きかった。

 

 そうして彼が全力で気を解放して数分、ようやく揺れが収まり雷雲も晴れた頃には世界が荒れていた。

 

 それを見て発目が一言。

 

 

「……あっ、これヤバいやつですね、はい」

 

 

 思考停止した。

 

 

 


 

 

 

 翌日、正午を少し過ぎた頃。

 

 

『昨日の午後4時半頃に発生した巨大地震ですが、この地震による揺れは全国各地で非常に強い震度を観測しており、各地で様々な被害が報告されています。

 特に震源地のすぐ近くだった雄英高校では、数々の施設の窓が割れたり一部建物が倒壊したりなど、他の地域よりも甚大な被害を受けています。そして地震による影響がアメリカにまで及んでいた事も先程判明しており────』

 

『先月末の敵連合による襲撃と今月初めに起きた神野事件を重く受け止めた雄英は、2日前から急遽全寮制に変更してより強固に生徒達を守る体制を整えていました。

 しかし、新たなスタートを切った矢先に今回の地震。悪意なき災害とは言え多大な被害を被った雄英に、早くも世間では懸念の声が広がっています。更には────』

 

『不幸中の幸いと言っては何ですが、今のところ死者が1人もいないのがせめてもの救いでしょうか。負傷者は多数いるものの、それ以上の人的被害がゼロなのは奇跡的と言えるかもしれません。

 しかし地震による被害はやはり大きく、この混乱に乗じて更に敵の活性化が進むだろうという声もあります。これもオールマイトがヒーローを引退した事による影響が出ているのでしょうか? そう思っても仕方がないと言えるまでに────』

 

 

 現在、どのテレビ局でも昨日の夕方に発生した謎の巨大地震の話題で持ち切りだった。

 

 日本全国で揺れが確認された今回の地震は、過去の地震と比較しても非常に大きな規模であり、その影響は太平洋を越えてアメリカにまで及んでいたという。特に震源地のすぐ近くが雄英高校だった事もあり、世間的にもその注目度は凄まじいものである。

 

 一部では、これもオールマイトがヒーローを引退した後の不穏な社会を指し示しているに違いないというオカルトめいた話が盛り上がっている。だが、少なくとも今回の地震による被害が今後更に社会を混乱に導く要因になる可能性は高く、非論理的なこの話もあながち間違いとも言い切れない。

 

 そんな歴史的な大地震となった昨日の出来事だが、これがまさか人為的に引き起こされたものであるとは、流石の世間もマスコミも知らない。

 

 そして今、急ピッチで修繕作業が行われている雄英高校の校長室では、根津校長を筆頭に雄英の教師陣が一堂に会しており、テーブルを挟んだその正面に生徒が1人座っていた。

 

 今回の地震の原因、地震そのものを引き起こした張本人である。

 

 

「……さて、君に来てもらったのは昨日の地震の事でなんだけど……何か言う事はあるかな?」

 

 

 落ち着いた様子で話を切り出した根津校長に、彼は席を立つと腰を直角に曲げて深々と頭を下げた。

 

 申し訳ございませんでした、という謝罪の言葉が異様に静かな室内に響き渡り、それを耳にした教師達の目付きが鋭くなる。

 

 そして数十秒間の沈黙の後、根津校長が再び口を開いた。

 

 

「……頭を上げて。とりあえず、君からの謝罪の言葉はちゃんと受け取ったよ。どうしてここに呼ばれたのか自覚はあるみたいだから、このまま話を続けるね。

 まずは確認だけど、昨日の大地震は君が原因で起きたもので間違いないかい?」

 

 

 校長の問い掛けに彼はゆっくりと首を縦に振った。

 

 昨日の夕方、発目に本気を見せてと懇願された彼は今の実力を見せるべく、雄英の敷地内で全力で気を開放した。

 

 超サイヤ人に変身してもなお上昇し続ける戦闘力。その膨大過ぎる気の圧力に地球が耐え切れなくなった結果、地震という天変地異で世界中に影響を及ぼしてしまったのだ。

 

 これが昨日起こった事の全貌であり、たったの数分で雄英は壊滅的な被害を負った。

 

 彼はこれらの事を詳細に説明した。

 

 

「……なるほど、そういう事だったんだね。うん、よく分かったよ」

 

 

 説明を聞いて校長は二度三度頷きながら、他の教師達と何か意思疎通をしているかの如く目を合わせる。

 

 一体教師陣が何をどう思っているのかは分からない。だが少なくとも、こちらに対する警戒心はグッと高まったに違いない。彼はそう思った。

 

 事実、教師達も彼の底知れない力を身を以て理解し、内心ではかなり肝を冷やしていた。たった1人で世界中に影響を及ぼす程の大地震を引き起こした桁外れの力を。

 

 あの体のどこにそれ程のエネルギーが秘められているのか、どうやってそれ程の力を手に入れたのか。とても信じられない事で、出来る事なら信じたくなかったし夢であって欲しかった。しかし、現実は非情である。

 

 もはや教師達の心に、彼に対する怒りの感情は残っていなかった。あまりにも次元が違い過ぎる力を前にして、一周回って冷静になっていた。

 

 あのオールマイトよりも強いという事は薄々勘付いていたが、百戦錬磨の教師達でもここまで想定を遥かに超える強さとは夢にも思わなかったのだ。

 

 だからこそ、一旦話し合う必要があった。

 

 

「……ちょっと、こちら側で色々と話し合いたい事があるから、今日の所はここまでにして君は寮に戻ってくれ。今後の君の処分とか、そういう込み入った話はまた後日という事で」

 

 

 それから数回の質疑応答の後、校長に促されるまま彼は寮に戻って行った。

 

 

 

 

 ────彼が退室した後の校長室では、残った教師陣が意見を交わし合っていた。

 

 

「先程、ヒーロー公安委員会にも事情を説明したよ」

 

「……どうでしたか?」

 

「今回の出来事は絶対に世間に漏れ出ないよう、何が何でも情報を秘匿しろとの要請が来たよ。とりあえず、事情を把握している生徒達には箝口令を敷いておいた。

 公安の方でも、事実が明るみに出ないように徹底した情報統制を行うみたいだ」

 

 

 重苦しい雰囲気の中、校長から伝達された公安からの回答に教師達の表情が一層暗いものとなる。

 

 シンと静まり返った室内で全員が頭を悩ませていると、隣に座る相澤が溜め息を吐きながらも口を開いた。

 

 

「……まあ、今回は事情が事情だけに、そうなるのも仕方がないですよ」

 

「……珍しいわね。イレイザーがそんな事言うなんて。こういうの絶対反論すると思ってたわ」

 

「そりゃいつもならそうしてますよ。この前の体育祭の件で、公安のやり方は合理性に欠けると思っていましたから。

 でも仮に事実を公表したらそれこそ日本、いや、世界中で収拾の付かない混乱が巻き起こります。たった1人の人間が数分足らずで世界を崩壊寸前に追い込んだなんて、そんなの誰が予想出来ます? 事実が明るみに出れば、間違いなく世界中で彼を巡っての争奪戦が勃発するでしょうね。ヒーローと敵、その区別関係なく」

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 淡々と、努めて冷静に、事実を公表した場合に起こり得る事態を語る相澤の言葉に、それは違うと反論する者は誰もいなかった。

 

 想像を絶する巨大過ぎる力は、周りから冷淡とまで揶揄されるほど冷静沈着なヒーローの意見すら、いとも簡単に捻じ曲げたのだ。

 

 そして、事実を公表せずに情報を徹底して秘匿するという事は、つまり今回の騒動における元凶の彼は何のお咎めも無し、というよりも不可能に近いという事を意味している。

 

 いつどこで情報が漏れ出るか分からない現代において、下手に厳正な処罰を下しては情報漏洩のリスクを高めるだけ。敢えて何もしない事で真実を隠す方法を雄英と公安は選択した。

 

 そもそもの話、仮に厳正な処罰を下した所で元凶には何の効果もない事は言うまでもないだろう。

 

 

 


 

 

 

 結局、何のお咎めもなくいつも通りの学校生活を送るようにパワーローダー先生から言われた、その数日後。

 

 夏休み最終日となった今日。ヒーロー科1年のA組・B組は雄英高校にいない。

 

 ここ数日は幾人ものヒーロー科が工房を訪れていたのでいつもよりずっと騒がしかったのだが、今日は閑散としていて手も空いている。

 

 それもそのはず、本日はヒーロー仮免許試験の当日。そのため、どちらの組も全国のヒーロー科の生徒達が集まる受験会場に赴いている。

 

 通常のカリキュラムなら仮免許を取得するのは2年生になってから。しかし、今年に入ってから幾度にも及ぶ敵連合との接触を許すという失態を犯した雄英は、少しでも早く生徒達に自ら防衛出来る術を持たせるため、カリキュラムを前倒しして試験を受けさせていた。

 

 夏休み中に行った圧縮訓練もそのための準備であり、コスチューム改良や必殺技の開発もそれに繋がるものである。

 

 試験自体は難しく、仮とはいえ合格率は例年5割を下回る。それでも合格したら晴れてセミプロ、緊急時に限り自身の判断で個性の使用が許可されるようになるので、ヒーローを目指す者なら誰しもが通る道であり、越えるべき壁となる。

 

 とはいえ明日から始業式なので学校生活も再開し、忙しい日々に戻るのは確実なのだが、そんなの関係ないと言わんばかりに試験会場へ向かったヒーロー科には労いの言葉でも掛けてあげたくなる。

 

 ヒーロー科に対してそんな思いを抱きながら、今日もいつも通り発目とアイテム作りに勤しんでいた彼は、今工房にやって来た意外な人物に目を丸くしていた。

 

 

「Hey少年、今日も元気かい? こうして会うのは久しぶりだね。体育祭でダンスを披露した時以来かな?」

 

 

 ブカブカのヒーローコスチュームに身を包み、片手を上げて気さくに話し掛けてきたのは元No.1ヒーロー、平和の象徴であるオールマイト。

 

 神野事件での戦闘を機にヒーローを現役引退したばかりなので、今までずっと見ていた筋骨隆々の巨体からは想像も出来ないほど痩せ細った姿には未だに慣れていない。

 

 そんなオールマイトはヒーローを引退した現在、今後は雄英でヒーロー科の後進育成に専念すると報道で発表していた。それがどうして別の科であるサポート科の工房に入って来たのだろうか。てっきり仮免許試験を受ける生徒達の応援に行ったばかり思っていたので、彼は内心驚いていた。

 

 ひょっとしてこの前の地震騒動が何か関係しているのかもしれない。思い当たる節がそれしかない彼は、そのように推測してオールマイトに尋ねた。

 

 

「……えっ? ああいや、その事ではないんだ。いや、関係あると言えばあるかもしれないが、違うと言えば違うし……。というか、ここでその話は絶対にしないように言われてるだろ? 箝口令が敷かれてるの忘れたのかい?」

 

 

 おっといけない、そう言えばそうだった。つい口が滑ってしまった、次からは気を付けなくては。

 

 このように、彼にとっては地震を引き起こした事実が世間に知られようがいまいが興味も無いし、非難や糾弾程度で止まる性格ではない。故に自ら口を滑らしそうになっては先生に小さな声で注意されるというやり取りを数日の内に4回繰り返している。

 

 軽く注意されて咄嗟に片手で口を抑える姿に、オールマイトは何とも言えない微妙な表情になった。

 

 

「ま、まあ良いや。今はそれよりももっと厄介な事態に直面しててさ。それで、君には何としてでも来てもらいたいらしくてね。だから急な頼みで申し訳ないんだけど……ちょっと一緒に来てくれるかい?」

 

 

 急な頼みとは一体何だろうか? あのオールマイトが厄介な事態と言うくらいだから余程の事に違いない。それに『来てもらいたい』という言い方も気になる。それではまるで、誰かに頼まれて呼びに来たようではないか。

 

 多少気になったが、とはいえ面倒臭いので断ろうとした。今はアイテム開発の途中なので、そちらの方が優先順位が高い。たとえオールマイトからの要望でもその考えは変わらない……はずだった。

 

 

「行ってあげたらどうですか? オールマイト先生直々のお願いなんて普通ありませんし、何より私も話を聞いて何なのか気になっちゃいましたから!」

 

 

 話が聞こえていたのか、横から発目が会話に割って入ってそう言った。

 

 発目がそう言うのであれば仕方がない。オールマイト直々のお願い、快く受けようではないか。用件は何だったのか後でちゃんと伝えるために。

 

 彼はオールマイトの頼みを二つ返事で承諾した。

 

 

「……ちょっと複雑な心境だけど、受けてくれるって事で良いんだね? ありがとう、それじゃあ一緒に来てくれ。場所を変えよう」

 

 

 いってらっしゃいと言って手を振る発目に手を振り返し、工房を出たオールマイトの後をついて行く。

 

 しばらく校舎内を歩き回り、また校長室に行くのかと思いきや迷う事なく外に出て校舎裏の駐車場へ向かうオールマイトに、彼は一体どこへ行くのだろうと不思議でならなかった。

 

 分からないまま彼も駐車場へ向かうと、そこには一台の真っ黒な自動車の隣に佇むスーツ姿の壮年の男がいた。

 

 その男がオールマイトの存在に気付くと和やかに歩み寄り、その後ろにいた彼に一礼する。

 

 

「紹介するよ少年。彼は塚内君、警察の中で最も仲が良い、私の自慢の親友さ」

 

 

 胸を張って自慢気に男の紹介をするオールマイト。どうやらお世辞ではなく心の底から誇りに思っているのだろう、その表情は明るかった。

 

 そんなオールマイトの紹介を聞いて「おいおい、照れるじゃないかオールマイト」と笑顔で返す塚内という男もまた、オールマイトに相当の信頼を寄せているのだろうと彼は感じ取った。

 

 

「やあ、初めまして。君が例のサポート科の子かい? 君の噂は警察でも良く耳にしているよ。今日はよろしくね」

 

 

 柔和な笑みで挨拶する塚内。その差し出された手を掴み、固い握手を交わした彼も軽い自己紹介を行う。

 

 その後は塚内が運転する自動車に乗り、雄英高校を後にした。

 

 その道中、高速道路を経由してしばらく走った辺りで彼は2人に再度尋ねた。今回は一体何の用件なのか、一体どこへ向かっているのか、と。

 

 

「そうだね、そろそろ話しても良い頃合いだろう」

 

「ああ、もうすぐ目的地に着くからな。いや、今日は本当に急ですまなかった。いつもなら校内放送で呼べばもう少し落ち着いて行動出来たはずなんだが、今回はちょっと急過ぎてね……。そういうわけで、失礼ながら工房にお邪魔させてもらったわけなんだが……」

 

 

 今になってそういう謝罪は要らないので早く本題に移って欲しい。

 

 確かに、人目を気にしていたなら校内放送で呼べば良かったというのは間違いではない。だが、今更になってそんな細かい所を気にしても意味がない。

 

 時間が勿体無いからとオールマイトの謝罪を切り上げ話を急かす彼に、塚内が淡々と話し出した。

 

 

「今回君を呼んだのは面会のためだよ」

 

 

 面会? どういう事だろうか?

 

 

「今朝、これから向かう場所に居るとある者が、1度君と会って是非とも話をしたいと急に言い出したんだ。

 最初は僕もオールマイトも強く反対したし今も納得していないんだけど、面会の拒否は本人のみ可能って言われて全然聞き入れてくれなくってね。で、確認のために1度君を直接連れて来るよう言われたんだ」

 

 

 急に来て欲しいと頼まれたのはそのためだったのか。話を聞く限り、これから向かう先はどうやら手続きがかなり厳しい場所らしい。

 

 その呼び出し係にオールマイトが選ばれたのは、ひょっとしてオールマイトも今日そこへ行く予定だったのだろうか?

 

 

「ああ、そういう事さ。オールマイトが個人的にそいつと話したい事があって、それで今日面会に行く予定だったんだ。だから、どうせ行くなら今から君も一緒に来てもらった方が都合が良いと思ってね」

 

 

 なるほど、これで気になっていた事は大体把握した。

 

 ではそれらを踏まえて改めて聞こう。今から一体どこで、誰と面会するのかを。

 

 

「……今から向かうのは、重罪を犯した敵を収容する世界最大級の要塞タルタロス。そこで面会するのは、今月初めにあった神野事件でオールマイトが戦った『オール・フォー・ワン(AFO)』という名の敵だよ。

 ……ほら、見えてきた。あれがタルタロスだ」

 

 

 そう言われて塚内の視線の先を追うように前を向くと、長い長い橋を渡った先の海の向こう側に薄らと、それでいて異様な雰囲気を放つ不気味な要塞『タルタロス』が、その存在感を露わにしていた。

 

 

 




タルタロスにて原作のラスボスと主人公が遂に対面!?
そんな2人のやり取りを目の前で見るであろうオールマイトの表情が急激に曇っていく……!?


AFO「アハハハハ、良いねぇ君! 最高だよ!」

オールマイト「……ねえ、泣いても良い?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 ALL FOR ONE

小説投稿そっちのけでマイクラやってました……。


 塚内警部とオールマイトに連れられやって来たタルタロス。日本が世界に誇る最大級の特殊刑務所であるこの要塞は、1度収容されると脱出は不可能と言われるほど堅牢な作りをしている。

 

 長い橋を渡り巨大な門を潜ると、噂に恥じない不気味な要塞が待ち構えていた。

 

 なるほど、確かにこれは脱出不可能と言われるだけの事はある。まだほんの一部しか見ていない彼だが、そのような感想を抱いた。

 

 

「本日面会を希望されていたオールマイト様と塚内様ですね。急遽来られたそちらの方もこちらで手続きを済ませておきますので、向こうの3番ゲートからお入りください。職員の者が案内致します」

 

 

 話は既に通っていた様で、特に何か足止めされるわけでもなくすんなりとタルタロスの内部に入った。

 

 中は刑務所らしく随分と殺風景な造りをしており、至る箇所にマシンガンと合体した厳つい監視カメラが設置されている。

 

 すれ違う職員達の目も鋭く、まだ残暑の残る時期だというのに分厚いコートを着用している。そして当然の如く銃火器を携帯していた。

 

 こうしてタルタロスがどのような施設か理解しつつ、職員に案内されながら分厚い金属製の扉を何度も潜り抜ける事30分。

 

 長い長いエレベーターに乗ってタルタロスの最下層に降りた3人は、遂に面会室の目前まで辿り着いた。

 

 

「それじゃあ、僕は隣の部屋で君達の会話を聞き届けるからこれで。オールマイト、くれぐれも冷静に頼むよ」

 

「ああ分かってる。生徒が一緒なんだ、みっともない姿は見せられんさ」

 

 

 と、ここで塚内警部はオールマイトと別れて隣の部屋へ入って行った。案内していた職員も同様に隣の部屋へ行ったので、ここから先はオールマイトと彼の2人だけで進む事になる。

 

 

「準備は良いかい、少年? 大丈夫、怖がるような事は決して……いや、君に対してその心配はいらないかな? それじゃあ……入るよ」

 

 

 意を決してオールマイトが先に部屋へ入る。

 

 その後に続いて彼も面会室に入ると、まず目に付いたのは中央が分厚いガラス板で仕切られた真っ白い殺風景な部屋。

 

 そしてガラスの向こう側に、全身をあらゆる拘束具で縛られ椅子に固定され、人口呼吸器を装着している目と鼻の無い男がいた。

 

 男は目の無い顔をこちらに向けるや否や、何が面白いのか口元を歪ませケタケタと笑った。

 

 

「おいおい、これはまた珍しいお客さんじゃあないか。良いのかいオールマイト、この時期にこんな所に来ちゃって? そろそろ後期が始まるだろうから、君は教育に専念するものだと思っていたんだが……今更僕に何を求める?」

 

「……ケジメを付けるだけさ、オール・フォー・ワン」

 

「ふーん、そうか……それはそうと、今日は急に呼び出しちゃってすまないね。君とどうしてもお話がしたくてさ」

 

 

 オールマイトの返答を興味なさげに流した男────オール・フォー・ワンは彼に顔を向けると、オールマイトの時と違って心底嬉しそうに笑う。

 

 対して、雁字搦めに拘束された姿を見て窮屈そうだと思っていた彼は、改めてオール・フォー・ワンに向き直ると丁寧にお辞儀をして自己紹介を行った。

 

 

「ああ、初めまして。今日はよろしくね」

 

 

 とても優しい声で、柔和な態度を見せるオール・フォー・ワンだった。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、国立多古場競技場。

 

 この日、雄英高校ヒーロー科1年A組はヒーローの仮免許を取得するために、県を跨いだ試験場に足を運んでいた。

 

 試験会場には全国津々浦々のヒーロー科の生徒達が集っており、各々緊張した面持ちで待機している。それはA組の面々も例外ではなく、合格出来るのかどうか不安に駆られる者もちらほらいた。

 

 そんな中、雄英の生徒だからと試験前にも関わらず交流を図る強かな生徒もいた。

 

 

「それじゃあ行くぞ! せーのっ! プルス……」

 

「ウルトラァ!!」

 

「うわびっくりしたぁ!?」

 

「……勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよ、イナサ」

 

 

 例えば、雄英と肩を並べる難関校、士傑高校の生徒。

 

 

「おお、雄英生! 本物じゃん!」

 

「凄いよ凄いよ! テレビで観た人ばっかり! 私サイン貰っちゃおっかなー!」

 

「やあ初めまして! 俺は真堂! 今年の雄英はトラブル続きで大変だったけど、君達はこうしてヒーローを志し続けているんだね! 素晴らしいよ!」

 

 

 例えば、相澤の知人のヒーローが受け持つ傑物学園高校2年2組の生徒。

 

 雄英体育祭で全国放送されて以来すっかり有名人になっていた事実を、他校の生徒達との交流を通じて緑谷達は改めて認識した。

 

 そして、雄英体育祭をしっかり観ていた者達だからこそ、会話の中でこのような疑問もあった。

 

 

「それはそうと、試験に来たのは君達だけなのかい? 僕はてっきり、サポート科のあの子も来るんじゃないかと思ってたんだけど……ほら、体育祭であんなに活躍してたしさ。あのホークスの事務所にも職場体験で来ていたみたいだし、てっきりヒーローになる道を選んだんだなって。……あれ、ひょっとして違う感じ?」

 

 

 考えてみれば当然の話。

 

 コスチューム改良などで定期的に関わりがある緑谷達と違い、基本的に体育祭までの情報しかない他校の生徒はサポート科の彼の事情など知りもしない。

 

 そのため、ヒーロー科が主役の体育祭で大活躍した生徒がまさかヒーローになる気が無く、今もサポート科としてアイテム開発に勤しんでいるとは普通考えない。『体育祭という場であれだけ注目を集めたのだから、どこかでヒーローになる道へ進路を変更したに違いない』という考えに至るのは仕方のない事だった。

 

 

「はい、そうですよ。彼は今でもサポート科で、今日ここには来てません。この前話を聞いたら、今後もヒーロー科に行く気はないって言ってましたし」

 

「へぇ、そうなんだ。俺としてはなんか惜しい気もするけど、まあ生き方は人それぞれだよね。力があるからって、必ずしもヒーローになるってわけでもないし。

 ……おっと、もうそろそろ時間だ。それじゃあ話はここまでにして、今日は合格目指して精一杯頑張ろう! 雄英の君達と一緒に競い合えるなんて光栄だからね!」

 

((((え、笑顔が眩しい……!))))

 

 

 こうしてA組の面々が他校の生徒と色々な話題で盛り上がる中、会話を聞いていた爆豪は終始険しい表情をしていた。

 

 神野事件の前夜に起こった敵連合のアジトでの出来事を思い出し、連合メンバーと談笑する彼の姿を思い出し、そして神野事件で痩せ細ったオールマイトの姿を目にした瞬間を思い出し、更に不機嫌になっていく。

 

 

「チッ、クソが……」

 

 

 試験前に嫌な事を思い出したと、ご機嫌斜めの爆豪は早足で会場に入って行った。

 

 

 


 

 

 

 対個性最高警備特殊拘置所、通称タルタロス。

 

 現代において『個性社会の闇』とまで言われるこの収容施設は現在、創設以来最高レベルの厳戒態勢が敷かれていた。

 

 真夏の猛暑を過ぎ、秋の訪れを感じさせる心地よい風が吹く晴天の日。平穏な日々を象徴するかの様な天候も、今はどういうわけかタルタロスを中心に雷雲が広がっており、蒼い空を灰色に染め上げている。

 

 このように各所で緊張が奔っている中、世界で最も危険な場所であるタルタロスの地下最深部の面会室では────。

 

 

「アハハハハ! 良いねぇ君、本当に面白い! 最高だよ!」

 

「……え、何なのこれ?」

 

 

 どんちゃん騒ぎの様な雰囲気になっていた。

 

 まるで旧知の仲の如く楽し気に談笑する彼とオール・フォー・ワン。そしてガラス窓の向こう側にいるオール・フォー・ワンと、彼の隣に座っているオールマイトのテンションの落差。

 

 目の前に広がるこの異様な光景に、隣の部屋で会話を聴いている塚内達はただただ唖然としていた。

 

 何故このような事態になっているのか。その原因は今2人が話している内容にあった。

 

 

「確かにそうなんだよ。放った脳無をアジト周辺に留まらせないで、どこかのタイミングで散開させて避難所に行かせて、そこでパニックを起こすように命令しておけばねぇ……。

 そうすればヒーローも戦場から離れざるを得ないし、その分オールマイトへの援護を遅らせる事が出来るから、予断を許さないあの状況ではかなり効果的だったと思うんだよね。でも聞いてよ、あの時は……」

 

 

 脳無、ヒーロー、援護、オールマイト。

 

 これらの単語と、会話の相手がオール・フォー・ワンという事もあり、以前起きた神野事件について話しているという事が分かる。

 

 だが、2人はただ神野事件の事について雑談しているわけではない。

 

 

「アハハ、本当に楽しいねぇ。君と『神野の戦いでどうすればオールマイトを倒せたか』について語り合うのは。あの時は結局負けちゃったから今更考えても仕方がないってのはそうだけど、想像するのは自由だからね。

 君が提案した『脳無パニック大作戦』も、よりオールマイトを追い詰めるには十分な効果を齎すだろう。あの時エンデヴァー達の邪魔が無ければ、もしかしたらオールマイトを殺せたかもしれないし」

 

 

 あの日、あの夜起きた神野の悲劇の最中、どうすればオールマイトを倒す事が出来たのか。つまりオールマイトの殺害方法を熱く語り合っていた。オールマイト本人の目の前で。

 

 誰もが予想出来なかったこの状況に、会話を聴いている塚内らはおろか、オールマイトですら理解が追い付いていない。怒ったり会話を止めたり出来ず完全に固まっている。

 

 面会を始めて数分の内は、オールマイトとオール・フォー・ワンが煽り煽られの会話をしており、しばらくの間は緊迫した空気が流れていた。

 

 オール・フォー・ワンが敵になった理由が悪の魔王に憧れたからというシンプルな動機だったり、オールマイトが絶対に死柄木弔には殺されないと鬼気迫る表情で言い返したりと、もっと詳しい事情を知りたくなるような会話内容で、これには隣に座っていた彼も黙って傾聴していた。

 

 そして大人同士の会話が一段落したところで、今度はオール・フォー・ワンと彼との面会に自然と移行した。

 

 もしも未来ある生徒がオール・フォー・ワンの言葉に感化されてしまったらと、この時のオールマイトはいざとなったら体を張ってでも会話を止めようと警戒していた。

 

 しかし、面会が始まって彼が最初に放った「神野での戦い、テレビで観てました。凄かったですね!」の第一声で、これまでの緊迫した空気が一気にひっくり返る事に。

 

 これにはオール・フォー・ワンも一瞬戸惑ったが、やはり面白い子だと気を取り直してすぐに対応。状況の整理が追い付かないオールマイトを放置して、2人だけでどんどん話が盛り上がっていき、今に至る。

 

 

「いやぁ、笑った笑った。オールマイトの前でオールマイトの殺し方を語る……実に爽快だよ。気が合う者同士の会話はやっぱり楽しいね。

 ……どうしたオールマイト? 何か言いたげな顔をしてるけど、具合でも悪いのかい?」

 

「き、貴様、よくもそんな白々しい顔で……! 本当に人をイラつかせるのが上手い奴だな」

 

「おいおい、そんな急に褒められても! 君に潰された顔だけど、案外表情は伝わるものなんだねぇ」

 

「褒めてない! ふざけるな貴様!」

 

 

 暗い表情のオールマイトをこれ見よがしに煽って苛立たせるオール・フォー・ワン。先程までの緊迫した雰囲気は一体どこへやら、今のオールマイトに覇気は感じられなかった。

 

 

「ぐっ……まあ良い、貴様は後だ。それよりも少年、これは私からの忠告だが、やはりこの男とは言葉を交わさない方が良い。下手に関わると碌な事にならない。というか今の会話で確信した。

 さっきの話は聞かなかった事にするから、面会はこの辺で終わりにして雄英に帰ろう。さあ……」

 

 

 嫌だ、超断る。

 

 彼は拒絶の意を示した。

 

 今は楽しく雑談している最中なので、人の会話に割り込んで無理やり終わらせないでほしい。

 

 そう言って人差し指をばつ印のように交差させる彼にすっかり面食らったのか、オールマイトの動きが一瞬止まる。が、すぐに気を取り直し、彼の肩を掴んで真剣な表情で語り出す。

 

 

「確かに人の会話に文句を言うのは良くない。だがこの男だけは例外なんだ。奴の口車に乗せられて悲惨な末路を辿った者の数は計り知れない。それ程の相手だ。

 いくら君といえど、この男と関わると想像も出来ないほど酷い目に遭うかもしれない。後悔するかもしれない。そうなってしまってはもう遅いんだ。だから……」

 

 

 そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。確かにオールマイトの忠告も一理あるが、まだ何も起きていないのにビクついて会話を止める理由にはならない。

 

 オール・フォー・ワンがどう思っているかは知らないが、今はただ、この特殊だけど充実した出会いと時間に感謝して話を続けたい。

 

 彼は再び拒絶の意を示した。

 

 

「……ふふっ、アハハッ、アハハハハッ!」

 

 

 突如、オール・フォー・ワンが今日一番の笑い声を上げた。

 

 口だけの顔で狂ったように大笑いするその姿に、オールマイトも隣室で聴いている塚内達も言いようもない緊張感と底知れない不気味さを覚えた。

 

 

「今日は本当に君を呼んできて良かったよ。何がとは言わないけど、おかげで良いもの見れたしね」

 

 

 ひとしきり笑った後、オールマイトを見ながらニヤリと口角を上げるオール・フォー・ワン。

 

 煽るような口調と態度にオールマイトの顔が凄まじい事になるが、どこ吹く風といった様子で2人の会話は続く。

 

 

「それにしてもこの間の地震は本当にヤバかったね。そっちも大変だったでしょ? 雄英は大丈夫なのかい?」

 

『外の情報は遮断して────』

 

 

 何気ない感じで直近の出来事を聞かれた彼は、雄英も壊滅的な被害を負ったが今は無事復旧しているので問題ない事を伝える。

 

 しかしこんな地下深くに居ても地震があった事を知っているとは、ひょっとしてタルタロスも相当大変な目に遭ったのではなかろうか? 堅牢なタルタロス全体が地震で揺れるなんて相当な事だと思う。

 

 そんな彼の疑問に、オール・フォー・ワンはくつくつと笑みを浮かべて答えた。

 

 

『タルタロス内部での情報も遮断され────』

 

「ああごめん、ちょっと地震が起きた時の事を思い出してね。そうだよ、確かに大変な目に遭ったさ。ここの職員達が随分とまあ慌てていてね、タルタロスの警備システムが一瞬停止したんだって。まあ、すぐ復旧システムが作動して事無きを得たんだけど。

 ……どうやってその情報をだって? そりゃまあ、慌てふためく職員達の怒号が結構聞こえていたからね。多分僕以外にも、ここの囚人達はほとんど知ってるんじゃない?」

 

『おいこらお前ら! 無視してペラペラ喋んな!』

 

 

 会話を傍聴していた職員の怒号が響き渡る。注意しても一切聞く耳を持たない態度にキレてしまったのだ。

 

 これにはタルタロス側も黙っていない。面会における禁止行為を繰り返す2人を止めるべく、室内に仕掛けられたマシンガン付き監視カメラが一斉に銃口を向ける。

 

 だが、2人とも命を握られている状況にも拘らず、その態度に変化は起こらない。殺伐とした室内で2人の間の空間だけ、未だにほんわかとした雰囲気が残っていた。

 

 

「ま、マズい! 巻き込まれ……あれっ? 撃ってこない……?」

 

 

 そして、もう既に一斉射撃が行われても文句は言えない程にルールを破っているはずが、いつまで経っても2人に銃弾の雨が飛ぶ気配はない。

 

 怒号が飛び交い、銃口を向けられようとも平然としている2人の圧倒的な余裕が、職員達の判断を惑わせていたのだ。

 

 そんな中でも2人の会話は止まらない。

 

 

「ねえ、単刀直入に聞くんだけど……この前の地震はひょっとして、君が原因だったりしないかな? だって地震にしては揺れ方に違和感あったし、仮に人為的な何かが原因だとしたら、可能性があるのは君くらいだしね。

 ……あっ、やっぱりそう? なるほど、僕の推測通りだったわけか。それにしても君、そんな重要な事をここであっさり喋って良かったの? 大丈夫? 

 ……へえ、知られようとも興味ないんだ。うん、やっぱり今日ここに呼んできて正解だったよ。君とのお話は本当に面白い」

 

「ちょっ、何しれっとバラしちゃってんのさ!? それは絶対口にしちゃいけないって何度も言ったじゃないか!」

 

「ちょっとオールマイト、少し静かにしてくれないかな? 煩いんだけど?」

 

「そっちこそ黙ってろオール・フォー・ワン!」

 

 

 箝口令が敷かれていた情報をあっさりと認める彼に焦って詰め寄るオールマイトへ、オール・フォー・ワンが心底鬱陶しそうに溜め息を吐く。

 

 再び両者の間に険呑な空気が漂う。

 

 お互いツンデレでも照れ隠し的なアレでもなく、本当に分かり合えない犬猿の仲なのだと、2人を見て彼はそう思った。

 

 と、そんな時だった。

 

 

『オールマイト、あと1分で面会終了です。時間が来たら退室してください』

 

「うっ、もうそんな時間か……分かった、奴に言いたい事はまだたくさんあるが、今度こそ雄英に帰ろう」

 

「待ってくれ、そりゃないだろう! ……はあ、分かったよ。今日は十分楽しめたし良いか」

 

 

 無機質な声で、面会の残り時間を告げるアナウンス。これには言い争っていたオールマイト達も冷静さを取り戻して静かになる。

 

 だが、一瞬にして静まり返った室内で、アナウンスを聞いた彼は静かに右手を挙げた。

 

 

「……えっ、急にどうした少年?」

 

 

 驚いたオールマイトが尋ねるが、それを無視して彼は言った。

 

 1時間延長で。

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 室内が更に静かになった。というよりも、空気が凍った。

 

 誰もが予想だにしていない発言を二度やってのけた彼に、隣席のオールマイトも隣室の塚内達も、全員が眼球が零れ落ちんばかりに目を見開いて驚愕していた。

 

 しかし、当の本人は何事も無かったかのように右手を下ろし、再びオール・フォー・ワンに向き合い、じゃあ話を続けましょうとにこやかに笑う。

 

 

「……ふ、ふふっ、ふふふふふっ、アハハハハッ! アハハハハハハハハッ!!」

 

 

 抱腹絶倒。

 

 正しくそう表現するのが相応しいほど、オール・フォー・ワンの笑い声がタルタロスの最深部内に響き渡る。

 

 瞬間、凍った空気が解けて周囲も一斉に動き出した。

 

 

「何言ってるの少年!? ねえ、いきなり何言っちゃってるの!? 正気!? 延長!? 1時間延長って……ここカラオケじゃないんだけど!? 追加料金払えばOKとかじゃないんだけど!? ねえ、ねえってば!?」

 

『ふっざけんじゃねーぞクソガキがぁ! もう頭にきた! さっきから散々舐め腐った態度取りやがって! てめぇ大人舐めるのもいい加減にしろよああん!? 所長、こいつらはもうダメです! 2人纏めてシバき倒しましょう!』

 

『……この面会が終わったら、ちょっと僕の署まで同行してもらうか。オールマイト、彼から目を離さないようにね?』

 

「えっ? ど、どうしたの塚内君? 何だか声が怖いんだけど……ねえ、泣いても良いかな?」

 

 

 まじカオス。

 

 

 


 

 

 

 ────その後、笑いに笑うオール・フォー・ワンを落ち着かせ、怒りに燃えるタルタロスの職員達と塚内警部を必死に宥め、涙目のオールマイトを励まして、どうにかして事無きを得た。

 

 結局、30分だけ面会時間の延長を許され、オールマイトを除いた2人で大いに爆笑した。タルタロスが面会時間の延長という我が儘を受け入れたのは、今回が創設以来初との事。

 

 何気に凄い事をしたなぁと、自身がやらかしたとんでもない奇行を呑気に振り返る彼は、面会が終わるとすぐにタルタロスを出て雄英に帰った。

 

 

「おかえりなさい! やっと戻ってきましたか! では早速、何があったのか話してもらいましょうか!」

 

「ああ、すまない発目少女。その事なんだが、実は……」

 

 

 ずっと帰りを待っていた発目は、工房に入るなり何があったのか次々と質問をぶつけてきた。だが、秘匿情報だからという理由でオールマイトと塚内警部に止められてしまい、教える事は出来なかった。

 

 ええーそんなぁ、と残念がっていた発目には、何があったのか後でこっそりと教えよう。スマホでの通話も一時的に制限されてしまった今こそ、誰にも見せてこなかったテレパシーを使う時かもしれない。

 

 こうして、怒涛の半日を過ごした彼は現在、クラスメイト達と共にたこ焼きパーティーを開いていた。

 

 

「あーあ、明日からとうとう2学期かぁ。夏休みも終わっちゃうのねぇ……」

 

「怒涛の夏休みだったよな。もう一生忘れられんわ」

 

「ねー。ヒーロー科が敵に襲撃されて、オールマイトがヒーロー引退して、その影響で寮生活する事になっちゃって……こんな経験あんまり出来ないよ」

 

「まあこうして一緒に生活するのは楽しいから、俺は全然アリだけどな」

 

「それ私も私も! 実家に帰っても田舎だからどうせ1人だし、皆といる方がワイワイ出来て良いや」

 

「確かに! もうそろそろ寮生活にも慣れてきた感じだし? 生活に余裕が出てくると、案外楽しく過ごせるもんなのねー」

 

 

 皆、思い思いにたこ焼きを頬張りながら楽し気に雑談する。

 

 その輪の中に彼も当然入り、発目と一緒にたこ焼きを頬張る。

 

 先程まで裏社会の王と面会していたとは思えないお気楽っぷりで、もう既にタルタロスの職員達に怒られた事など記憶からすっぽりと抜け落ちていた。

 

 そして、そんな緊迫した状況があった事など全く知らない発目は、相も変わらずいつもの調子で彼に接する。

 

 

「何だかんだで楽しかったですね、夏休み。まあ、ヒーロー科の皆さんはそうじゃないかもしれませんが、少なくとも私は大好きなベイビー開発がたくさん出来たの良しです。あなたもそうでしょう?

 メディカルマシーンの治療液もかなり形になってきましたし、この調子なら1カ月もあれば完成するんじゃないですか? 後はまあ、試運転なり何なりして……それも終わったら、今度は何を作りましょうか?」

 

 

 まだそこまでは決めていないが、少なくともすぐに出来そうにない物にするだろう。それまでの間は治療液の開発に集中だ。

 

 結局夏休み中に研究開発を終わらせる事は出来なかったが、それでも研究は順調に進んでいるので概ね良しとしよう。

 

 そう思っていると、トントンと肩を突いた発目が溌剌とした笑みで顔を見上げて言った。

 

 

「2学期も、一緒にドッ可愛いベイビー作りましょう! 頼りにしていますよ!」

 

 

 ……正直、この笑顔を見れただけでも一生忘れられない夏休みになったのではなかろうか?

 

 熱々のたこ焼きをたくさん頬張る中、彼の心は不思議と感慨深い気持ちで満たされていくのであった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ここであの子の血を織り交ぜて……っと。よし、これで大体の治療は終わったな。

 後は細胞が完全に定着するまで4カ月以上、様子を観ながら念入りに調整して…………うひひっ! 4カ月後が待ち遠しいのぉ!」

 

 

 




これにて第3章終わりです。
夏休みが終わり、時代も変わり、主人公と発目は今後どのような奇行を見せてくれるのか……乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章
第31話 まるでボウリングのように


遅くなりました、ここから第4章開始です。
とはいえ、死穢八斎會編どうしようかなと考えた時、どう考えても主人公とオーバーホールが戦う未来が見えなかったので、4章はその分短くなると踏んでいます。話数とか、1話辺りの文章量とか。
今回、過去一短いです。


 2学期が始まった。

 

 雄英高校に入学してから今日まで、多くの人と出会い、濃密な日々を過ごしてきたが、新たな季節の幕開けは驚くほど静かで平穏だった。

 

 まず、根津校長の恐ろしくどうでも良いのにあり得ないほど長い話を聞き、その後は教室に戻って軽い挨拶をしてから通常授業に入った。

 

 休み明けという事もあり、夏休みが終わった喪失感から抜け出せていない生徒が多い中、対照的にとても上機嫌だった彼は授業中も終始元気良く発表し、ニコニコと笑顔を絶やさなかった。

 

 これには教師達も不気味に思い、かなりの戸惑いを見せていたとかいなかったとか。

 

 そんなこんなで平穏無事な1日を過ごした彼は、いつも通り開発工房でアイテム開発に勤しんでいた。

 

 

「……ふう、これでようやく全パーツの組み立てが終わりましたか。後は問題なく動作するか、細かくチェックしながらプログラムを調整するだけですね。

……ところで、そっちは今何を作っているんですか? ぱっと見じゃ良く分からないんですけど……錠剤?」

 

 

 作業を一段階終えた発目が後ろを振り向き、彼が開発している()()に注目する。

 

 否、開発というよりは調合していると表現した方が正しいそれは、発目がぼそりと呟いた通り、錠剤のような見た目をしていた。

 

 いつもとは明らかに作る物の分野が違うため、疑問を抱いた発目が思わず尋ねるのは至極当然の事だった。

 

 

「……ああ、やっぱり錠剤だったんですね、それ。というか、よくそこまでジャンルの違う物を作れましたね。殻木先生に色々と教えてもらった賜物ですか? 私も今度試してみるのも良いかもしれません。

 ……で、結局何の錠剤ですか?」

 

 

 よくぞ聞いてくれた。

 

 彼はそう言って、たった今出来上がったばかりの錠剤を手に取ると、自慢げな顔で発目に見せびらかし、説明した。

 

 前提として、これは自分専用のサポートアイテムである事。こんなのあったら便利だなと想像し、思い付きで開発した事。結果として満足のいく出来映えになった事。

 

 アイテム名は『食べる空気』

 

 読んで字の如く、空気を錠剤という形で固形にした物である。これを一粒飲むだけで、生命活動に必要な量の空気が体内を循環し、最大で1時間は空気のない場所でも生きていられるという代物だ。

 

 錠剤を1粒飲めば1時間、2粒で2時間、5粒飲めば5時間も活動し続けられる。

 

 この世界の技術力を持ってすれば、意外とこういう物は簡単に作れるのだ。

 

 

「へぇ、そんな大層な物だったんですね。あと、意外と簡単とか言ってますけど、あなた自身の技術力があってこそだと思いますよ? それと同じ物を作れる人って結構限られるかと」

 

 

 細かい事はどうだって良い。要は空気のない場所でも活動が可能になったというのが重要だ。

 

 つまり、水中はもちろんの事、宇宙空間でも長時間の活動が可能になったという事を意味する。

 

 元来、サイヤ人は宇宙空間での長時間活動が出来ない。それは偏に、宇宙には空気がないから。

 

 だが裏を返せば、真空の課題さえクリアしてしまえば宇宙空間でも活動出来るという事であり、後はサイヤ人が持つ強靭な肉体でどうにでもなる。

 

 そこで作ったのが今回の錠剤なのだ。思い付きで作ったにしては十分過ぎる性能だろう。

 

 

「でもそれって使う機会あるんですか? 自分専用とか言ってますけど、そもそもヒーローでも何でもないでしょう?

 それに、錠剤を飲んでちゃんと機能するかをどうやって確かめるんです? 今からプールにでも行きますか?」

 

 

 確かにヒーローでもない以上、使う機会が来ないのは間違いない。何せ、これは思い付きで衝動的に作ったのだから。

 

 性能テストに関しては確かめる方法が幾つかある。しかし、プールに潜るのは悪くないが、今から使用許可を貰いに職員室へ向かうのは面倒くさい。それに面白味もない。

 

 だから、もう1つの方法で性能テストをしようと思う。

 

 プールのように使用許可など取る必要がなく、そもそも個性の使用制限という法律(ルール)すら手の届かない、広大な場所で。

 

 彼は出来たばかりの錠剤を徐に1粒摘んで呑み込むと、工房の窓を開けて縁に立った。

 

 

「あ、やっぱり今からプールで泳ぐつもりでしたか? 既に1粒飲んでますし、今から確かめに行くので……何で急に窓を?」

 

 

 職員室に向かわず、今にも飛び降りそうな姿勢を見て首を傾げる発目。

 

 そんな彼女に、彼は「行ってくる」と一言だけ口にして────窓から身を乗り出し、遥か上空へ一気に飛び上がった。

 

 

「あー……なるほど、その方法でしたか。確かにそっちの方が分かりやすいですもんね。まあ何にせよ、お気を付けて」

 

 

 上空へ飛び上がった彼の後ろ姿を見て、全てを理解した発目。相変わらずだと思いつつ、軽く手を振って見送った。

 

 その一方で、彼も見送る発目を遠目に見やると、極超音速を遥かに上回る速度で上昇し、あっという間に地球の大気圏と宇宙空間との境目に辿り着いた。

 

 周囲は澄み切った青から無明の闇へと変化しており、空気もほとんど存在していない、地獄の一歩手前のような環境。

 

 常人であれば即死は免れない場所で、彼はその更に先の地獄へと容易く足を踏み入れた。

 

 

 

 

 ────無音の世界。

 

 

 

 

 闇が全身を包み込み、大気は完全に周囲から消え失せた。

 

 文字通り何もない。どこまでも広がり続け、平穏から掛け離れた静かで残酷な空間は、不用意に侵入した生命(いのち)を容赦なく襲い、刈り取る。

 

 だが、今回の侵入者に限っては……。

 

 

《はい、何でしょう? あっ、ひょっとしてもう宇宙空間に入った感じですか? ……なるほど、どうやら上手くいったっぽいですね。それなら良かったです。……ええ、では!》

 

 

 宇宙空間内でも平然と活動を続け、雄英にいる発目とテレパシーで連絡を取り合っていた。

 

 そして錠剤の効果が無事に出た事をすぐに報告した彼は、せっかく宇宙に来たので別の惑星でも見に行ってみようと考え、更に速度を上げて飛んで行く。

 

 

 ────まずは地球の衛星、月。

 

 

 地球から40万kmも離れていないこの衛星は、暇潰しがてらに寄る場所としては些か物足りない。

 

 というのも、宇宙には大気がないので空気抵抗がない。邪魔する物がない分、思っていたよりも早く着いたのだ。

 

 ただ、少々スピードを出し過ぎて、月面着陸の際にちょっとしたクレーターを作ってしまった。おかげで服が汚れてしまったので、帰って念入りに洗濯しなければならなくなった。

 

 それはそれとして月面である。

 

 人類が唯一足を踏み入れた地球以外の天体で、未だにここへ辿り着くのは難しい。そんな場所へ軽々と行く着く事が出来た。

 

 錠剤の効果がしっかり出ている証拠で、その点は素直に良かったと思っている。ただ、岩石以外に何もないので、すぐに飽きてしまった。次の星へ向かう事に。

 

 

 ────続いて向かったのは赤い惑星、火星。

 

 

 太陽から4番目に近い位置を公転する惑星。太陽系の中でも2番目に小さい惑星で、地球と似た所も多々あるこの天体は、僅かながらも薄い大気に覆われている。

 

 とはいえ、ほとんどが二酸化炭素かつ大気圧も極端に低いため、常人では呼吸すら出来ずに即死してしまう。平均気温も氷点下60度を下回るため、気温の面でも生存出来る環境ではない。

 

 そんな惑星に降り立った彼は、赤色に染まった広大な大地をさっと眺めると、観光がてら火星で最も標高の高い山へ向かった。

 

 その途中、どこかの国が飛ばしたであろう火星探査機を見つけたので、カメラの前に立ち、笑顔でピースサインしてその場を離れる。

 

 これを偶然見つけた暁には、きっとびっくり仰天して腰を抜かすに違いない。

 

 

 ────3番目は太陽系最大の惑星、木星。

 

 

 地球とは比較にならない体積と質量を持つこの天体は、重力は地球の2倍以上、衛星の数も数十個と大規模だ。

 

 太陽と同様に、常に致死量の放射線を発しており、近付けば人間なら即死、機械も耐性が無ければすぐに故障してしまう。それに加え、平均気温も氷点下100度を下回るため、近付く事すら危険な惑星と言える。

 

 そして、木星には降り立つための地面が存在しない。ここへ辿り着いた彼は、木星を間近で回って観察した後、近くの衛星に寄ると時間ギリギリまで木星の雄大な景色を眺めた。

 

 

 

 

「────おお、びっくりした! 急に目の前に現れるとか心臓に悪過ぎますよー。気を付けてください。

 ……で、どうでしたか、宇宙旅行の感想は? 多分、色んな所を回ったと思うんですけど、是非とも感想聞かせてください」

 

 

 木星を眺めている間に錠剤の効果が切れそうになったので、発目の気を探して瞬間移動し、一瞬で地球に帰還した。

 

 思い付きで作った錠剤がしっかり機能して、それなりに宇宙旅行も楽しめた。そして、雄英でずっと待っていた発目のために、ちょっとしたお土産も持って帰って来た。

 

 今回訪れた月、火星、木星の衛星、これら3つの天体からそれぞれ採取した岩石。それに加えて、木星の表面を構成する気体の成分を詰め込んだボトル。以上だ。

 

 宇宙を専門的に研究する機関辺りが欲しがりそうな物だが、彼はそういった所へ売り渡す気は一切ない。全て発目に渡すつもりである。

 

 

「へぇぇ、これが月の岩石ですか。んで、こっちが火星で、もう1つが木星の衛星。それで、この厳ついフォルムをしたボトルの中に木星の気体が詰め込まれていると……。

 うん、これは良い物をもらいました。わざわざ取ってきてくれてありがとうございます。これ、大事に保管しておきましょう。……あっ、一応パワーローダー先生に報告しますか?」

 

 

 パワーローダー先生に報告するか否かは発目の自由にすれば良いとは思うが、個人的にどんな反応をするのか見てみたい気持ちがある。

 

 何気ない会話の中でしれっと言ってみるのはどうだろうか。きっと面白いものが見れる。

 

 

「……あなたらしいですね。別に構いませんけど、偶には気遣ってくださいよ。先生の胃もそろそろストレスでヤバいと思うので」

 

 

 それに関しては発目も人の事を言えないと思う。お互いに先生のストレスの原因筆頭だ。自覚はある。

 

 ただ、発目の言う事も無視出来ないので、今後は程々にしておこう。出来る範囲で。

 

 彼はにこりと微笑んだ。

 

 

 後日、パワーローダー先生に伝えたところ、ショックのあまりその日はフリーズしたとかしていないとか。

 

 

 


 

 

 

 それから数日後、サー・ナイトアイ事務所にて。

 

 

「本日の任務はパトロール兼監視。私とバブルガール、ミリオと緑谷の二手に分かれて行う」

 

 

 オールマイトの元サイドキック、サー・ナイトアイが運営・管理するヒーロー事務所。そこには今日行う任務を伝えるナイトアイと、緊張した面持ちで傾聴する緑谷達がいた。

 

 

「監視?」

 

「そう、今ナイトアイ事務所は秘密の捜査中なんだよ」

 

「秘密の……どこの捜査ですか?」

 

「『死穢八斎會』という小さな指定敵団体だ」

 

 

 インターン初日で内容をまだ把握していない緑谷の疑問に、バブルガールとナイトアイがそれぞれ答える。

 

 そして、ナイトアイが1枚の写真を取り出しテーブルに置いた。写真に写っていたのは、不気味で厳ついデザインをしたペストマスクを身に付けた若い男だった。

 

 

「この写真に載っている『治崎』という男が、最近妙な動きを見せ始めた」

 

「指定敵団体……いわゆるヤクザと呼ばれる人達ですね。でもそういう人達って、結構大人しいイメージがあるんですけど……」

 

 

 ヒーロー飽和社会と謳われるこのご時世、極道(ヤクザ)と呼ばれる団体はほとんど残っておらず、居たとしても組織の規模が小さいためか、活動内容は比較的大人しい。

 

 世間が抱く極道(ヤクザ)のイメージとは、このような感じである。緑谷が話の重大さにピンと来ていないのも当然の事だった。

 

 

「まあ、過去に大解体されているからね。あまりピンと来ないのも仕方ないよ。

 でも、この治崎って奴はそんな連中をどういうわけか集め始めている。最近だと、あの敵連合とも接触を図ったわ。意図も顛末も不明だけど」

 

「えっ、敵連合と……!?」

 

 

 バブルガールの説明を聞いていた緑谷が驚愕に目を見開く。

 

 敵連合と言えば、まだ記憶に真新しい合宿襲撃事件を思い出す。あの事件が切っ掛けで緑谷を取り巻く環境がガラリと一変したからだ。

 

 そんな苦々しい思い出があるために、緑谷は敵連合をかなり警戒している。だからこそ、ようやく事の重大さを実感しつつあった。

 

 

「ただ、奴が何か悪事を企んでいるという証拠を掴めない。そのために八斎會は黒に近いグレー、ギリギリで敵扱いが出来ない。

 よって、我がナイトアイ事務所が狙うのは奴らの犯行証拠。くれぐれも向こうに気取られぬように。以上、解散」

 

「「「イエッサー!!」」」

 

 

 ナイトアイの言葉に、緑谷、通形、バブルガールの3人は大きな声を出して意気込んだ。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃。

 

 宇宙旅行の話を聞かされたパワーローダー先生が、ショックで固まった日から数日後。

 

 本日は日曜日、雲一つない快晴で絶好の買い物日和である。

 

 そんな日に彼は、雄英を出て少し離れた街中を散歩していた。

 

 安全のため、基本的には休日も雄英の敷地内で過ごすのが原則だが、外出許可を貰えば買い物に出かけたり散歩に行ったりと、ある程度の自由が認められている。

 

 彼は彼で、いつもなら発目と一緒に工房で爆発騒ぎを起こしていた。だが、先日の宇宙旅行の件でキレたパワーローダー先生から、

 

 

『お前、1週間工房の出入り禁止な。寮に建てたあの工房も駄目だから。それと反省文10枚も追加で書いてこい』

 

 

 と、このような説教を喰らってしまったのだ。

 

 これにより休日が暇になってしまったので、雄英を出て別の街へ行き、当てもなく街中をぶらぶらと歩き回っている。

 

 そして現在、時刻はまだ昼を過ぎたばかりで、時間はまだまだたっぷりある。そろそろお腹も空いてきたので何か適当に食べて行こうかと、彼はそんな呑気な事を考えていた。

 

 だが、偶然なのか故意なのか、呑気な思考を一瞬で消し飛ばす出来事が彼の下へ舞い込む事に。

 

 

「────ハア……ハア……痛あぐぁっ!?」

 

 

 唐突だった。

 

 どこの飲食店に入ろうかと悩んでいたら、いきなり路地裏から小さな女の子が飛び出し、ぶつかって来た。

 

 お互いに周りを見ていなかったが故に起きた事故。少女の悲鳴を耳にして初めて、彼はぶつかった相手の存在を認知した。

 

 だが、ここで忘れてはいけない。彼は人という枠組みから外れた戦闘民族、サイヤ人。

 

 不慮の事故とはいえ、ただでさえ素の力がオールマイトを軽く超える者とぶつかって、小柄で力の弱い女の子が果たしてその場に転がる程度で済むだろうか?

 

 

「いぎゃああああああああああっ!?」

 

 

 答えは否、少女はぶっ飛ばされた。

 

 先程通って来た路地裏を逆戻りする形で、地面と水平に真っ直ぐ飛んで行く。

 

 ぶつかった瞬間、僅かだが少女の体からミシリと不穏な音が聞こえたが、多分気のせいだろう。気のせいだと信じたい。

 

 とはいえ、このまま飛ばされた少女を放っておくのも悪いと思った彼は、少女がどこかの建物にぶつかって悲惨な目に遭う前に、急いで先回りしようと一歩踏み出し……。

 

 

「……全く、どこへ行くつもりだ壊理? ほら、良い子だから戻って────ぶごはぁっ!?

 

 

 少女が飛んで行った先の曲がり角から、今度は厳ついペストマスクを装着した若い男が現れた。

 

 そして案の定、猛スピードで飛んで来た少女の存在に気付く前に、お互いの額が嫌な音を立ててぶつかり合った。

 

 その衝撃で2人ともその場に倒れ伏し、しばらく様子見するが、起き上がってくる気配が一向に見られない。

 

 不思議に思った彼がそっと2人の顔を覗き込むと……どちらも白目を剥いて気絶していた。額から血を垂れ流して。

 

 よく見ると、少女の額からは先端の鋭い角が生えており、男の額には若干凹んだ跡があった。恐らく、この角が原因で男の方もあっさりと気を失ったのだろう。

 

 …………さて、どうしようか?

 

 良く晴れた日曜日の午後、あまりにも突飛過ぎる事態を前に、彼の思考は停止した。

 

 

 




壊理ちゃんとかオーバーホールの個性はマジで強力だけど、主人公の戦闘力ならそれでも無効化出来るんじゃね?

……今ので壊理ちゃん死んでないかって? 大丈夫、(物語の都合上)ちゃんと生きてます。オーバーホールも無事です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 効かない

誤って壊理ちゃんを蹴っ飛ばし、ボウリングの様にオーバーホールまで気絶させてしまった主人公。
思考停止した主人公が次に取った行動は……!


「……はっ!? 俺は一体、何を……いや、それよりもここはどこだ……?」

 

 

 無事に起きたようで何より。だが、傷は既に癒えているとはいえ治ったばかりなので、もうしばらく安静にしておいた方が良いだろう。

 

 そう言って彼は、ベッドで横になっている男のために、切り分けたリンゴを載せた皿を近くのテーブルに置いた。

 

 しかし、男の方は彼の事など眼中に無いようで、必死に辺りをキョロキョロと見回している。

 

 

「壊理……壊理はどこだ!?」

 

 

 開口一番、男は『壊理』という名を連呼しながらベッドから出ようと布団を押しのけた。

 

 恐らく、路地裏の角で誤って蹴飛ばしてしまったあの少女の名前を呼んでいるのだろう。そしてこの慌てぶりからして、あの少女は娘か、それに近しい間柄なのだと推測出来る。

 

 よほど大事に思っているのだろう。これはすぐに伝えなければ。

 

 

「おいお前、壊理をどこへやった!? それとここはどこだ? 答えろ!」

 

 

 ここは自宅で、今いる部屋はその内の一室。

 

 あなたの娘は無事なので安心してほしい。怪我の程度がちょっと酷かったので一時はかなり焦ったが、早急に治療を施したおかげで今は何とかなっている。

 

 ちょっと酷かったといっても、右腕の骨折と右肩の脱臼、加えてほとんどの肋骨が複雑骨折していたのだが。それと頭蓋骨にも少しヒビが入っていた。

 

 今は隣の部屋のベッドで寝かせているので、起きるまでは安静にさせておいた方が良い。怪我をさせた立場で言うのもあれだが。

 

 彼は苦笑しながらも男の質問に1つ1つ答えた。

 

 そして、彼の返答を聞いた男は最初の動揺など何処へやら、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 

「……そうか。ここはお前の家で、壊理は隣の部屋で寝ているのか。なるほど、それは良かった」

 

 

 すっかり落ち着き払った相手に、彼は心の中でほっと胸を撫で下ろす。

 

 もっと長時間糾弾され、殴られてもしょうがないと思っていたので、予想以上に早く冷静さを取り戻してくれたのは好都合だったのだ。

 

 だが、この時彼は理解していなかった。男が冷静だったのは、決して壊理という娘が無事だったからでは無い事に。

 

 

「そういう事なら尚更────」

 

 

 男が冷静だったのは……。

 

 

「掃除する手間が省ける」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったからだ。

 

 

「じゃあな、クソガ……キ…………はっ?」

 

 

 だが、男の方も理解していなかった。目の前にいる相手が人外の化け物(サイヤ人)だという事を。

 

 ずっと身に付けていた手袋を脱ぎ取り、素手で彼の腕に触れて個性を発動したところまでは良かった。男の個性は触れた対象の分解と修復が可能という、とても稀有で強力な代物。

 

 人に向ければ、相手の肉体を分解して殺したり、そこから修復して怪我や病気を治したりと、幅広い使い道が存在するほど。

 

 戦闘になれば、並のヒーローどころかトップヒーローでも対処が難しい力。触れたら終わり、それが男の個性である。

 

 しかし、今回の相手は一味違った。

 

 

(一体どういう事だ!? このガキ、何故死なない!? 間違いなく個性は発動していて、こいつはバラバラの死体になっている……はずなのに!)

 

 

 個性が効かなかったのだ。一切、全く、全然。

 

 予想とは全く違う光景に、男は暫しの間呆然としていた。だが、キョトンとした顔で首を傾げる彼を見て、再び正気を取り戻し、慌てて手袋をはめ直す。

 

 そして、急にどうしたのだろうと先程の行動に疑問を抱く彼に笑顔を見せた。

 

 

「いやぁ、すみません。知らない場所で娘も見当たらなかったから、ちょっと動揺しちゃいまして。仮にも君が誘拐犯とか、そういう類の敵かもしれないと思うと急に不安になってしまって、つい……」

 

 

 色々とボロを出し過ぎた後でこの言い分は流石に無理があるか、と思いつつも、何とか平静を装って相手の様子を伺う。

 

 しかし、そんな男の不安は杞憂に終わったのか、説明を聞いた彼は納得した顔で頷き、そういう事ならリンゴでも食べて落ち着きましょうと、リンゴを載せた皿を差し出した。

 

 

「本当にすみません、せっかく介抱してくれたのに攻撃的な態度を取ってしまって……。それじゃあお言葉に甘えて、リンゴ頂きますね」

 

 

 差し出されたリンゴを受け取ると、1口齧って飲み込む。

 

 ちなみに、男が着けていたペストマスクは治療の際に取り外されており、その素顔が露わになっている。

 

 端正な顔付きで、思慮深く知性の高さを感じさせる雰囲気を纏っている。言葉使いもとても丁寧なので、彼は思わず感心していた。

 

 その数分後、皿に盛られたリンゴを殆んど食べ終えたところで、彼は壊理が寝ている部屋へ男を案内した。

 

 その際、名前も聞いた。

 

 

「名前? ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私はオー……治崎廻です。気軽に治崎と呼んで頂いて結構ですよ」

 

 

 ここで初めて男の名前が治崎だという事を彼は知る。その後、彼も治崎に自己紹介をしつつ隣室に入った。

 

 

「へえ、かなり広い部屋ですね。それで壊理は……ああ、いたいた。どうやら大人しく寝ているようですね」

 

 

 部屋に入ると、広々とした部屋の中にクイーンサイズのベッドが1つ。そこにスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てて転がっている壊理がいた。

 

 壊理には出会った当初に着ていたボロボロの服ではなく、客人用として家に置いてあった高級素材使用のネグリジェを着せている。

 

 誰が見ても可愛らしいと言える容姿と相まって、寝ているその姿は正しく、童話に出てくるお姫様のようだった。

 

 そして、彼が誤って蹴飛ばした事で負わせた怪我はすっかり治っており、骨折、脱臼した肩、頭蓋骨のヒビ等はもう見られない。

 

 ついでに、手足に痕として残っていた夥しい数の切創も治しておいた。まだ目を凝らせば薄らと痕が見える状態だが、包帯を巻かなくても良い程度には引いている。

 

 

「ふむ……あなたが負わせてしまったという怪我は見られませんし……おお、手足の傷もすっかり治っている。凄いですね、どうやって?」

 

 

 良くぞ聞いてくれた。

 

 そう言って彼は、仰々しい仕草で自慢げに説明した。

 

 今、同級生と知り合いの病院の先生の3人で、どんな怪我でも治せる魔法の様な治療液を開発中である事。

 

 それの開発がかなり進んでいて、もうすぐ完成品が出来そうな状況にある事。そして、その治療液の一部が実家に保管されており、近々性能テストを行うつもりだったので、これ幸いと思い壊理に使ってみた事。

 

 しれっと小さな女の子を使って勝手に臨床試験を行うという外道行為を実行しているが、安全性に関しては既に彼の体で確認済み。実際、壊理の身体には何の支障もなく、むしろ怪我をする前よりも健康的な肉体に変化している。

 

 結果的に好転しているので治崎も特に言う事は無く、むしろ頭を下げて礼を言うほどだった。

 

 

「何から何まで本当にありがとうございます。娘は最近、家にある色んな物を勝手に持ち出しては危ない事をして遊ぶもので……。

 遊び盛りだからと最初は見守る程度だったんですが、気付けば徐々にエスカレートしていて、それであのような酷い傷をたくさん負ってしまって……。娘には普段からきつく言っているんですが、全然言う事を聞いてくれないから困ります」

 

 

 治崎の話を聞きながら、彼は小さかった頃の記憶を懐かしく思い振り返った。

 

 彼も壊理くらいの年頃はまだ弱く、重力室でハード過ぎる修行を毎日続けては月一のペースで複雑骨折や出血といった怪我を繰り返し、時には死にかけた。サイヤ人故に回復が非常に早かったから良かったものの、常人ならば既に死んでいる。

 

 だから危ない事をして酷い怪我を負う壊理の気持ちは理解出来るし、それを心配する親の気持ちも良く分かる。

 

 ただ、子供への躾は大事だと思うが、何事にも限度というものがあるから程々に。

 

 彼の注意に、治崎は「ええ、ちゃんと分かっていますとも」といってにこやかに笑う。

 

 と、その時だった。

 

 

「……ん、ここは……?」

 

 

 2人で雑談に興じていたところへ、話題の中心だった壊理がようやく目を覚ました。

 

 むくりと上体を起こし、目を擦って周囲を見回す。

 

 

「……お兄さん、誰な────ひっ!?」

 

 

 そして、最初に視界に映った彼の存在に疑問を持ち、続いてその隣に立つ治崎を見た瞬間、壊理は小さく短い悲鳴を上げた。

 

 目の焦点は合っておらず、僅かながらに肩を震わせ、布団の端をギュッと掴んで離さない。

 

 この怯えた様子に疑問を感じた彼は、治崎の方を振り返って尋ねた。

 

 

「ああ、それは多分、あなたと出会う前にきつく叱りつけたからだと思います。先程も言いましたけど、あまりにも言う事を聞かないものだから、あの時はつい力んでしまって。

 ……ええ、分かっています。娘がこんなにも怯えてしまったのは私の責任です。もう今後はこのような事が無いように気を付けますから」

 

 

 今ので若干治崎の言動が怪しくなってきたが、だからと言って、そこで深掘りするような性格を彼は持ち併せていない。

 

 他所の家庭事情に首を突っ込む気は更々無いのだ。発言の真偽がどうあれ、治崎が気を付けると言うのであれば、彼はそれに頷くだけ。

 

 何故なら彼は、ヒーローではなくサイヤ人だから。

 

 蹴飛ばしてしまった負い目から出来る限りの治療は施したが、基本的にそれ以上の事はしない。たとえ壊理が目の前で怯えていようとも、それを気に掛ける優しさが彼女に向けられる事はない。

 

 彼が気に掛ける相手は、極一部の限られた人達のみ。

 

 

「では、娘も無事に目を覚ました事ですし、私達はこれで失礼します。今日はありがとうございました。……ほら壊理、早く家に帰るぞ」

 

 

 治崎は改めて礼を言うと、未だに肩を震わす壊理の下へ歩み寄り、その手を掴んだ。

 

 そのまま壊理を引き連れて帰る……かと思われたが、当の本人はその場から立とうとも動こうともしない。

 

 どころか、近くにいた彼にしがみ付くと、涙目になりながらか細い声で一言。

 

 

「お願い……行かないで……」

 

 

 悲痛な叫びだった。なけなしの勇気を振り絞って出した、助けを求める声だった。

 

 もしもこの叫びを聞いた相手がヒーローか、はたまた普通の感性を持った人であれば流石に異常だと気付き、治崎を問い詰めるか警察などの公的機関に通報するかしていただろう。

 

 だが、非常に運の悪い事に壊理が助けを求めた相手は、壊理とは違うベクトルで過酷過ぎる幼少期を過ごし、生まれた時からイカれた感性を持つ戦闘民族(サイヤ人)

 

 壊理の心の叫びを聞いた彼は、『やはり父親の行き過ぎた躾がトラウマになっているのか。ちょっと面倒な事になったけど、どうしたら早く帰ってくれるだろうか』と、少々困ったなと思う程度だった。

 

 

「おい壊理、何をそんなに意固地になっているんだ? きつく叱り過ぎてしまった事は父さんも反省しているが、ここで彼に迷惑をかけるのは流石に良くない。

 ほら見てみろ、ちょっと戸惑っているじゃないか。家の中で我が儘を通すのはまだ良いにしても、他所様の家で同じ事をするのは感心しないぞ」

 

 

 治崎も困っているようで、何とかして壊理を宥めて連れて行こうとするが、それでも壊理は全く彼から離れようとしない。

 

 さてどうしようかと、2人してうんうん唸って考える。

 

 

(どうする……出来る事なら壊理を力尽くで引き剥がしてでも連れ帰りたいが、流石にそれをやったらこいつに怪しまれてしまうし、何よりリスクが高過ぎる。

 いつもなら俺の個性で相手を分解して、口封じも済ませているんだが……何故かは知らんがこのガキに俺の個性が一切通用しない。よって常套手段は無理、どうにか穏便に壊理を連れて行くしか……)

 

 

 穏やかな表情の裏で、内心かなり過激な発言を繰り返す治崎。

 

 目の前にいる彼があまりに不気味過ぎる存在である事も相まって、相当な苛立ちが募っていた。

 

 だが、ここで治崎は思い出す。

 

 

(いや待てよ? 確かにこいつに俺の個性は通用しなかったが、それを知っているのは俺だけで、壊理はその事をまだ知らない。つまり俺がこいつの命を脅かそうとする素振りを見せれば、壊理の性格上すぐに離れてくれるのでは……?

 それに、こいつ自身も俺と壊理の関係性にあまり首を突っ込む気は無いようだし、そこまで気にしていない……いや、興味自体が無いのか? まあ何にせよ、1度試す価値はありそうだな)

 

 

 すぐに考えを改めた治崎は、ここで思考の渦から抜け出し外の世界に意識を向ける。

 

 そして未だに泣きそうな顔で彼にしがみ付く壊理を見やると、治崎は2人に背を向けて淡々と語り出した。

 

 

「参りましたね……娘がこうなってしまった以上はどうしようもありません。出来る事なら、あなたにあまり迷惑を掛けたくは無かったんですけど……仕方ありませんね。

 すみませんが、ちょっと壊理を抱っこしたままこちらに来てくれませんか? ここにずっといるのもあれですし、壊理の気が済むまで3人でちょっとした立ち話でも……」

 

「────────ッッ!!!!」

 

 

 その時、壊理の様子が明らかに変わった。

 

 治崎が2人に背を向けて語りながら手袋を外そうとした瞬間、壊理が血相を変えて彼から離れ、慌てるように治崎の下へ駆け寄ったのだ。

 

 これには彼もポカンと口を開けて眺めており、不思議そうに治崎と壊理の2人を見つめていた。

 

 

「……ん、何だ? もう駄々は済んだのか?」

 

「……うん」

 

「そうか。それじゃあ今度こそ家に帰るぞ壊理。もう周りを心配させるような行動は止めてくれ。良いな?

 ……すみません、最後までご迷惑をお掛けして。どうやら娘の我が儘も終わったようですし、そろそろ失礼します。では……」

 

 

 そう言って丁寧にお辞儀をしてから、治崎は壊理を引き連れて部屋を出て行こうとする。

 

 彼は彼で、先程の壊理の行動は意味不明だったが、結果的に事態が丸く収まるのであればそれで良いかと、深く考えるのを止めた。

 

 そして、広大な敷地を誇る実家の中で迷ってもいけないので、2人を玄関まで案内し、玄関先で手を振って見送る。

 

 その際、壊理がどこか絶望に染まりきった様な、希望が完全に断たれた様な、そんな暗い表情になっていたのがやけに記憶に残った。

 

 誤って蹴飛ばしてしまった出会いからお別れの最後まで、どこまでも異質で不思議な親子。それが、彼が最終的に2人に対して抱いた印象だった。

 

 こうして彼の、長い長い平穏な1日は終わりを迎えるのであった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────えっ? あれはひょっとして、調査対象の治崎!? どうしてこんな場所に……? それにあの女の子は一体……」

 

「……どうやら、また新たな情報を得たようだね。とりあえずサーに連絡して指示を仰ごう。それにしても、今あの2人が出てきた豪邸は誰の物なんだろうね? 八斎會の物とは考えにくいし……」

 

「それも後で調べて……えっ? 何で、彼があそこに……?」

 

「あれは……体育祭のVTRで見た事あるよ。今年1番注目を集めた、例のサポート科の人だよね。ひょっとしてあの豪邸、彼の家なんじゃないかな? どうしてそこから治崎が出てきたのかは謎だけど」

 

「とにかく、ナイトアイに連絡しないと……あっ、見逃さないように治崎を尾行しておいた方が……」

 

「駄目駄目! ここで下手に行動するのはリスクが高い! それに、俺達の任務はあくまで周辺地域のパトロール。実際に調査するのはサーとバブルガールの方なんだから、ね?」

 

「は、はい……分かりました……」

 

「うん、それじゃあ早速サーに連絡だ。……あ、もしもし? 俺ですサー、ルミリオンです。今ちょっとパトロールしていたら、偶然治崎の姿を目撃しちゃいまして!

 ……ええ、はい。それなんですが、俺達新たな情報を手に入れたかもしれません」

 

 

 




はい、これで主人公とオーバーホールが関わる時は二度とありません!
……と言いたいところですが、どうなるのでしょうか? 緑谷達から話を聞いたサー・ナイトアイが黙っていないと思うけど……。

というか今回の話、壊理ちゃんにとってはあまりにも絶望的過ぎて……。

壊理ちゃんに救いは……救いは無いのですか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 ちょっと待ってほしい

壊理ちゃんを保護出来る絶好のチャンスをふいにした主人公。
しかし、オーバーホールを家に招いた事を緑谷達に知られていた……。


 治崎と壊理を自宅で介抱した日から数日後。

 

 パワーローダー先生から告げられた工房出禁の罰も解除され、彼はいつもと変わらない日々を再び送り出していた。

 

 ところが……。

 

 

「おーい、イレイザーヘッドがお前に話があるってさ。応接室で待ってるから今すぐ来てほしいって」

 

 

 工房でアイテム開発に勤しんでいる最中、様子を見に来たパワーローダー先生からこのような伝言を受けた。

 

 正直、結構忙しかったので本当は断りたかった。だがしかし、「流石にイレイザーヘッドの頼みを無視したら後が怖いから行っとけ」と言われ、仕方なく応接室へ行く事に。

 

 

「……ん、やっと来たか。急に呼び出して悪いな。まあ、そこ座れ」

 

 

 校内を歩き回って応接室に入ると、イレイザーヘッドこと相澤がソファーに腰掛けており、不機嫌そうな顔をこちらに向けてくる。

 

 一体どのような理由でいきなり別クラスの生徒を呼び出したのか。これがパワーローダー先生なら思い当たる節があり過ぎて悩むが、相澤の場合は全く見当が付かない。

 

 ただ、少なくとも明るい話題では無さそうだ。

 

 

「早速だがお前にちょっと聞きたい事があってな。数日前に外出していた時、治崎って名の男と会ったか? あと、その男と一緒にいた女の子も」

 

 

 何を聞かれるかと思ったら、数日前に出会った治崎と壊理の2人について質問された。

 

 どうして相澤がその事を知っているのだろうか。確かに怪しい2人組ではあったが、それにしても全然関係ない人の口から治崎の名が出てくるのはおかしい。

 

 やはりあの親子には何かあるのだろう。自分が気付いていないだけで、実はとんでもない事態に巻き込まれそうになっている気がする。

 

 

「その反応、やっぱり会ってるみたいだな。じゃあ続けて質問だが、治崎と一緒に居た女の子の名前を教えてくれるか? それと、どういう経緯でお前と出会い、どんなやり取りをしたのかも。答えられる範囲で構わないが、出来る事なら詳細に頼む」

 

 

 話し始めて1分もしない内に事情聴取のようなやり取りをしている。こちらも色々と尋ねたい事はあるが、ひとまず相澤の質問に答えよう。確実に苦言を呈されるだろうが、必死になって隠すような事でもないから。

 

 特に何の逡巡もなく、彼は相澤の質問に淡々と答えた。

 

 

「……ふむ。女の子の名前は壊理で、治崎とは父娘の関係。出会った経緯は互いの不注意によって起きた不慮の事故。お前は怪我を負わせてしまった罪滅ぼしに、2人を自宅に運んで治療を施した、と。

 ……話の経緯は分かった。怪我人を病院ではなく自宅に運んだ事と、勝手に治療した事については後で説教するとして、次の質問に移るぞ」

 

 

 やはりあの時に取った行動は駄目だった。こうなる事は分かっていたので精神的なダメージは特に無いが、相澤の説教がどんなものか検討が付かない。

 

 風の噂だが、数多くの生徒を除籍処分で退学にし、時にはクラス丸ごと退学になったという話を聞いた事がある。警戒しておこう。

 

 

「その2人と話した時に、何か怪しい行動やおかしな言動は無かったか? ほんの些細な事でも構わない。疑問に感じた点を思い付く限り全部だ」

 

 

 怪しい行動やおかしな言動。

 

 存在そのものが怪しい2人なので、そんな人が怪しい行動を取ったところで何もおかしくはないのだが、よくよく思い返せば確かに不可解な点は多く見られた。

 

 まず、父娘という割にはやたらと壊理が怯えていた事。目を覚ましたばかりの治崎の言動が刺々しかった事と、いきなり腕を掴んできてボディタッチが多かった事。

 

 他には、壊理の着ていた服があまりにボロボロでみすぼらしく、裸足で走り回っていて靴すら履いていなかった事。

 

 そして最後に、壊理の手足に夥しい量の包帯が巻かれていて、それを剝がすと痛々しい切創の痕がたくさん見つかった事。

 

 ざっとこのくらいだろうか。

 

 

「……それ、どう考えても警察かヒーローに通報するレベルだよな? まあ、危険性を考慮して通報しなかったにしても、どこかで誰かに話すくらいはすると思うんだが……今聞かれて思い返すまで、お前は何とも思わなかったのか?」

 

 

 確かに変だなと思いはしたが、言ってしまえばそれだけ。他人の家庭事情など興味は無いし、いちいち首を突っ込めるほど2人と親しい間柄でもない。

 

 壊理の傷痕に関しても、自分も小さい頃は同じ様な負傷を修行の過程で日常的に負っていたからか、特に激情に駆られるわけでもなく自然と受け入れる事が出来た。

 

 それに、一応治崎の方からざっくりとした事情は説明されていたし、説明の内容にもそこまで矛盾点は無かった。

 

 ならばそれに納得する他なく、それ以上先に踏み込む事は出来ない。自分に出来る事は負傷した箇所を治療して元通りにするだけ。

 

 彼は淡々と語り、相澤の顔を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「……そうか、分かった」

 

 

 話を聞いた相澤はと言うと、どこか呆れと諦めの感情が入り混じったかのような目をしており、聞いた事をメモしながら小さく頷いた。

 

 

 

 

 ────それからもしばらく問答は続き、何事もなく質疑応答の時間は終わった。

 

 時間にして大体30分弱といったところで、長引く事態にならなくて良かったと彼は安堵する。

 

 そして話の最後で、結局どのような理由で治崎と壊理の事について聞いてきたのか尋ねたが……。

 

 

「一方的で悪いが、俺からあまり詳しい事情は言えないんだ。ただ、こちらの質問に素直に答えてくれた事は感謝する。とても有益な情報だった。あと、お前への説教はパワーローダーに任せるよ」

 

 

 詳しい事情は一切教えてもらえなかった。

 

 それは残念と思いつつも、いつか気になったら自分で調べれば良いかと考えを改め、すぐに退室して工房へ戻る事に。

 

 その翌日、相澤からある程度の事情を聞いたらしいパワーローダー先生がカンカンに怒って説教を開始。最終的に反省文10枚と1週間の寮内謹慎、寮内共有スペースの清掃で手打ちとなった。

 

 新学期が開始して早々、数日の間で色々な事が起こっているなと、寮内を掃除しながら物思いに耽る彼だった。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、死穢八斎會本拠地の地下施設にある一室にて。

 

 

「殺風景な部屋だな。もう少し何とかならなかったのか?」

 

「ごちゃごちゃしたレイアウトは好みじゃないんでね」

 

「地下をぐるぐる30分以上も歩かされたんだが? 蟻の巣じゃあるまいし、どうなってやがるんだヤクザの家ってのは」

 

 

 八斎會の若頭、治崎改めオーバーホールと敵連合のリーダーの死柄木弔がテーブルを挟んで向かい合い、2人の周囲を治崎の側近達が取り囲んでいた。

 

 両者の間には剣呑な空気が漂っており、お世辞にも良好な関係とは言えない。互いに警戒心を高め、相手の出方を常に窺っている。

 

 礼儀の欠片も無い刺々しい口調で挨拶を交わすと、2人は早速本題に移った。

 

 

「それで、先日の電話は本当なんだろうね? 条件次第で八斎會(ウチ)に与するっていう話は」

 

「違えよ、都合の良い解釈すんな」

 

 

 治崎の側近の1人が尋ねると、機嫌を損ねたのか死柄木は眉間に皺を寄せ、一段と低い声で否定する。

 

 

「そっちは連合の名が欲しい。俺達は勢力を拡大したい。お互いにニーズは合致している。

 ……提携、いわゆる五分って形ならこっちも協力してやるよ。少なくともお前らの傘下にはならん。俺達は俺達の好きなように動く。ここまでは良いな?」

 

 

 オーバーホールを睨み付けながら、ドスの効いた低い声で恨みつらみを吐くかの様に1つ1つ要求を言い連ねる。

 

 対するオーバーホールは眉一つ動かさずに黙って聞いているが、傍にいる側近達の表情が要求を聞くごとに険しくなっていく。

 

 空気は悪くなっていく一方だが、それでも死柄木はお構いなしに協力する条件を提示する。

 

 

「それともう1つ。あの時お前が言っていた『計画』……その内容を聞かせろ、詳しく。自然な条件だ。連合の名を貸すメリットがあるのか検討したい。まあ、もっとも……」

 

「調子に乗るなよ?」

 

 

 死柄木の言葉はそこで遮られた。

 

 攻撃的な口調、横柄な態度、敵意剥き出しの表情。そんな死柄木の行動1つ1つに苛立ちを募らせていた側近達が、我慢の限界を迎えていきなり死柄木を取り囲んだ。

 

 その後頭部に銃口を突き付けて。

 

 

「自由過ぎるでしょう色々と」

 

「さっきから何様だチンピラがぁ!!」

 

 

 1人は苛立った感情をぶつけるように声を荒げて死柄木の胸倉を掴み、銃を持ったもう1人は冷酷な眼差しを向けて引き金に指を掛ける。

 

 2人の気分次第でいつでも命を刈り取れる絶体絶命な状況。しかし、その程度の脅しで動揺する死柄木ではない。

 

 

「そっちが何様だろ。本来お前らは頭を下げる立場、それを自覚してんのか? にも拘わらず敵連合(こっち)マグネ(オカマ)を殺しやがって。

 おまけに止めようとしたコンプレスまで殺そうとしていたよな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺達はもう1人失うところだったんだぞ。それに免じて少しは譲歩しろよ。ああ?」

 

「先に手を出したのはそっちなんだが……まあ良い、2人とも下がれ。せっかく前向きに検討してくれて来たんだ、最後まで話を聞こう」

 

 

 死柄木の主張に呆れた顔で溜め息を吐くオーバーホールだったが、すぐに前向きな考えに改めて側近2人を宥める。

 

 そうして取り押さえる者がいなくなったところで、死柄木が懐から変わった形状をした銃弾を取り出して見せた。

 

 

「お前の言っていた『計画』……こいつが関係してんだろ? こいつを撃ち込まれたコンプレスは丸1日個性が使えなくなった。

 ……一体何なんだこれは? これを使って何をするつもりだ? 教えろ」

 

「理を壊すんだ」

 

 

 それからしばらくの間、オーバーホールの口からこれから実行しようとしている計画の全貌が語られる。

 

 あまりにも悍ましい内容の計画だったが、それを死柄木は表情1つ変えずに終始黙って聞いていた。

 

 

 


 

 

 

 更に1週間以上が経過した、とある日の午後。

 

 場所は戻り、雄英高校内の開発工房にて。

 

 

「いやー、最近あなたの姿を見かける事が無かったからか、何だか凄く新鮮味を感じますね。……それで、寮内謹慎から晴れて自由の身となった感想はいかがですか?」

 

 

 開発工房で発目に感想を聞かれた彼は、ふっと微笑みを湛えて「良い気分転換になった」と一言だけ答えた。

 

 昨日まで、治崎と壊理の件で再びパワーローダー先生の説教を受け、罰として1週間の謹慎処分を下されていた。

 

 その間、掃除や洗濯、ゴミ拾いなどの家事全般を日がな一日行っていたわけだが、如何せん久しぶりの家事という事もあってか中々思う通りに作業が進まず、彼にしては珍しく悪戦苦闘していた。

 

 

「ああ、確かにあなたにとっては刺激的で良い気分転換になったでしょう。やる事のほとんどが人生初に等しいのですから。初日はかなり酷かったですし……料理とか特に」

 

 

 特に料理に関しては「最後にご飯を作ったのいつだっけ?」と過去の記憶を思い返すくらいには久しくやっておらず、午前は掃除と洗濯、午後は料理の練習に費やす日もあったほど。

 

 実家が金持ちで普段から雇った使用人に家事全般を任せてきた弊害を受けたため、そういう意味では今回の謹慎処分は彼にとって良い薬となった。

 

 とはいえ飲み込みも非常に早く、多少粗削りだが、3日も経てば20人分の家事全般を1人で熟せる程度には慣れていた。

 

 ただし、料理の腕前は何故かいつまで経っても上達せず、発目やクラスメイト達から「普通の味ですね」とか「可もなく不可もなし」などという地味な感想しか貰っていない。酷い時は端的に不味いと評される時もある。

 

 そう、彼は料理があまり得意ではなかったのだ。ちなみに、対照的に発目は物凄く料理が上手い。

 

 

「まあ何はともあれ、1週間お疲れ様でした。これからは長期間工房を空けるなんて事にならないよう、くれぐれも気を付けてくださいね。

 私ずっと1人でベイビー作ってましたけど、話し相手がいなくて寂しかったんですよ? パワーローダー先生は最近忙しいようで工房を留守にしていますし……」

 

 

 それは悪かった、本当に。

 

 発目に寂しい思いをさせてしまった申し訳なさから、彼は心からの謝罪の気持ちを込めて頭を下げた。

 

 しかしそれとは裏腹に、発目にとって自身がそのような存在であるという裏返しになっている事にも気付き、ちょっぴり嬉しく思っていたりもする。

 

 

「それじゃあ、早速何か作りましょう! ……とは言っても、メディカルマシーン用の治療液も完成間近で後は細々とした調整だけなので、そろそろ次に作りたい物を決めませんか? だってほら、来月には文化祭が待っていますし」

 

 

 確かにそうした方が良いかもしれない。

 

 発目の言う通り、来月の10月中旬には文化祭が開催される。そして今は9月下旬に差し掛かったところ。もたついていたらあっという間に時間は過ぎ去ってしまう。

 

 別に各自で好きな物を自由に作っても良いのだが、やはり年に1度しかない大事なイベント。しかも文化祭はヒーロー科以外の科、普通科、サポート科、経営科が脚光を浴びる催し。

 

 度重なる敵連合の襲撃とそれに伴う敵の活発化によって規模は相当縮小されるみたいだが、それでも多くの人が訪れるので気合が入る。

 

 出来る事なら2人で何か大掛かりな物を作りたい。

 

 

「では何にします? 流石に治療液レベルの大掛かりな物、今から作ったとしても間に合わないと思いますが……あっ! そう言えばこの前、宇宙旅行に行ってましたよね!?

 宇宙で今思い付いたんですけど、今後の趣味と実益を兼ねて人工衛星とか宇宙船を作るってのはどうでしょう? あなたがいればそういうのも結構捗りますし、妙案だと思いませんか?」

 

 

 その案、即採用。

 

 体育祭の時と同じく、何かインパクトのある物を文化祭で披露したいとなれば、相応の物を用意する必要がある。

 

 それで言うなら宇宙に目を向けるのはかなり、いや、非常に良い着眼点だろう。発目と手を組めば他の皆には決して真似出来ない、一意性のある素晴らしいアイテムが開発可能だ。ただし、残念ながら宇宙船に関しては既に存在している。

 

 発目ならすぐに分かると思うが、サイヤ人として地球にやって来た時に乗っていたポッド。あれが実家に保管されているし、何なら寮に設置している重力室も宇宙船としての機能を果たしている。

 

 だから作るなら人工衛星や探査機などの類がちょうど良い。

 

 

「……ああ、そう言えばあなたがこの星にやって来た時の宇宙船がありましたね。で、その宇宙の技術を応用して作られたのがあの重力室……でしたっけ? ならばその宇宙の技術をもう1度使って、今度は衛星……作っちゃいますか!」

 

 

 作っちゃいましょう!

 

 テンション上げ上げのノリノリで尋ねる発目に、彼も不敵な笑みを浮かべ、拳を掲げて元気良く答えた。

 

 発目の言う通り、宇宙の技術を最大限活用して地球の物とは比較にならない性能を持った規格外の衛星を作り上げようではないか。そして、それを宇宙に打ち上げれば今後のアイテム開発にも必ず役立つ。個人で衛星は1つ確保しておきたい。

 

 そうなるとやはり衛星の打ち上げは文化祭当日に限る。残り1カ月で規格外の衛星を完成させ、当日に皆が見守る中で打ち上げる。

 

 大丈夫。もしもの時は、御神輿を担ぐ要領で自ら衛星を抱えて宇宙空間まで飛び、軌道上に乗せれば何とかなる。

 

 やり様はいくらでもあるのだ。

 

 

「よっし! ではそれで決まりですね! さあ、思い立ったが吉日って奴です! どんな人工衛星にするか話し合って────」

 

「おーい、2人とも。楽しそうにしてるとこ悪いけど、ちょっと良いか?」

 

 

 と、そこで突然会話は遮られた。

 

 声がした方を振り返ると、そこにいたのは息を切らした担任のパワーローダー先生。その手にはスマホが握られている。

 

 一体どうしたのだろうかと彼が尋ねると、パワーローダー先生はとても深刻な表情で2人に言った。

 

 

「突然ですまんが、今から言う場所にすぐ向かってほしい」

 

「えっ、いきなりどうして……」

 

「詳しい事情は向かいながら話す。……ああそれと、これを確認しなきゃならないんだが、お前達って確かメディカルマシーンとかいう装置の治療液、ずっと作ってたよな?」

 

「ええ、まあ……」

 

 

 発目が戸惑いながらも答えているが、どうしていきなり治療液の話を?

 

 彼は訝しんだ。

 

 

「確認だが、それって今どのくらいまで仕上がっているんだ?」

 

「どのくらい……まあ、肝心の治療液はほぼ完成していて、後は細かい調整を済ませば……」

 

「ふむ……じゃあ実用段階には至っているのか?」

 

「その細かい調整を行うために、最終的なテストが必要って感じですね。臨床試験がどうしても必須なので、今度殻木先生の病院にいる患者さんに協力してもらう所です。まあ、人に使おうと思えば使えますよ」

 

「じゃあ治療液とメディカルマシーンの本体は、今どこにある?」

 

「そりゃあ、殻木先生のいる蛇腔総合病院と、一応この人の実家にも保管していますけど……あの、もしかしてメディカルマシーンを今すぐ誰かに使って欲しい感じですか?」

 

「ああ、そうみたいだ」

 

「ええっ!? 本当に!?」

 

 

 なんと、これは驚いた。まさか急にメディカルマシーンを必要とする者が現れるとは。

 

 あまりに突拍子過ぎる展開に、彼も発目も思わず声を上げて驚いた。

 

 だがしかし、そうなると一体誰が必要としているのだろうか。メディカルマシーンの存在を知っている者は極々少数に限られている。

 

 何故ならまだ世間に公表すらしていないのだから。

 

 

「……とりあえず、分かったら一旦作業を中断して付いて来てほしい。お前の実家にも途中で寄る。良いな?」

 

 

 あれこれ考え込んでいると、パワーローダー先生に催促されたので急いで出掛ける準備を整えてから、学校の駐車場へ。

 

 そして理由も判然としないまま、慌てて車に乗り込み急いで雄英を出た後、高速道路に入ったところで再び先生の口が開いた。

 

 

「悪いな、急に呼び出して。いかんせん事態が事態だからな、説明を省いて急かしてしまった」

 

「いえ、それは別に構いませんけど……詳しい説明、お願いします」

 

 

 発目の言う事はもっともだ。

 

 今まで散々パワーローダー先生に迷惑を掛けてきた身としては、今更先生に急に呼び出された程度でどうとも思わない。

 

 だが、一体どのような理由で誰が必要としているのか。流石にそれは把握しておきたい。詳しいデータを取るためにも。

 

 そう思っていると、先生が淡々と説明し始めた。

 

 

「君達を呼んだのはリカバリーガールとオールマイト。プラスで緑谷と、通形っていうヒーロー科の3年生もだな。その4人が今すぐ来てほしいって強く懇願していてね。

 ……ところで2人とも、今朝のニュースは見たか? 今日の朝、死穢八斎會っていうヤクザの邸宅にヒーローが突入して、かなりの重軽傷者を出したって今ニュースでやってる。確かめられるならすぐに確かめて欲しいんだが……」

 

 

 パワーローダー先生に言われた通り、スマホの電源を入れてニュースを見ると、確かに現在進行形で報道されていた。

 

 

『今朝のニュースです。今日の午前8時30分頃、指定敵団体の死穢八斎會邸宅に、ヒーローと警察が家宅捜索で大規模な突入を敢行しました。調べによりますと、死穢八斎會は前々から敵組織や反社会勢力と違法薬物等の売買を繰り返しており────』

 

 

 どうやら先程ようやく事態が収束したばかりの事件の様で、上空からの映像を見ると現場はかなり荒れていた。相当大規模な戦闘があったのだろう。このニュースでようやく事態が見えてきた。

 

 そう思いながらニュースを見ていると……。

 

 

『そして激しい抗争の末、午前9時20分頃、違法取引を行っていた死穢八斎會の若頭、()()()を始めとした構成員60余名が逮捕され────』

 

 

 おいちょっと待て。

 

 

 




死穢八斎會突入編をどうしようかと考えながら書いたけど、やっぱり主人公はサポート科なのでヒーローと一緒に戦う事はないし展開的にも無理があるなと思い直し、全部カットしました。

原作でも死穢八斎會に関する情報には箝口令を敷かれていて、インターン組以外のA組の面々でさえ当日まで事情を一切知らなかったので、オーバーホールや壊理ちゃんと多少関わりがあるとは言え、別クラスの生徒に情報が与えられるなんて尚更有り得ませんし。

関わらせるなら、全てが片付いた後かなと……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 メディカルマシーン

文化祭に向けて準備していたら、突然パワーローダー先生と一緒に外出する事になった主人公と発目の2人。
メディカルマシーンを使いたい相手がいるとの事だが、その人物とは一体……。


 突然治崎が逮捕されたという衝撃が抜け切らないまま、パワーローダー先生の車に乗って走り続けること30分と少し。

 

 実家にも寄りつつ、かなりのスピードを出して向かった場所はとある大学病院。実家からもそこそこ近い場所にあるこの病院内に、今回2人を呼び出した人達はいた。

 

 

「あっ、来た! やっと来てくれた! ああ、いきなり呼んでごめんね! でも今緊急事態で……!」

 

「俺からもお願いしたい! 頼む! サーに死んでほしくないんだ! だから……!」

 

「私も彼に言わなくちゃならない事がまだたくさんある! だからお願いだ少年少女、勝手な我儘だがナイトアイをどうにか救って……!」

 

「こらっ! 3人とも落ち着きなさい!」

 

 

 病院の入口で待っていたのは4人。

 

 緑谷、オールマイト、リカバリーガール、そして名も知らない金髪の青年。その内の男性3人が涙目になりながら一気に詰め寄ろうとした所を、リカバリーガールが後ろから杖で叩いて落ち着かせる。

 

 カツンッ! と響く乾いた音を聞きながら、彼と発目はリカバリーガールの方に視線を向けた。

 

 

「いきなり呼び出して悪かったね。本来なら私がどうにかしなきゃならないんだが、いかんせん事態が事態でね。悔しいが、今回は私じゃどうにもならなかったのさ」

 

「いえ、別にそこまで謝る事はありませんが……それで、メディカルマシーンが必要な方はどこに?」

 

「……確かに、今は謝ってる場合じゃなかったね。急いで患者のいる部屋まで案内するよ」

 

 

 発目に催促され、リカバリーガールを先頭に全員で患者のいる病室まで向かう。その間、初対面の金髪の青年と互いに自己紹介した。

 

 

「2人とも初めましてだね! 俺はヒーロー科3年の通形ミリオ。ヒーロー名はルミリオン! 先輩だからって堅苦しくしなくても大丈夫! 気軽に接してね! よろしく!」

 

「こちらこそ初めまして! 私、サポート科1年の発目明と申します! よろしくお願いしますミリオさん!」

 

 

 先程までの切羽詰まった表情と違い、落ち着きを取り戻したのか笑顔でフレンドリーに接してきた。とても明るく振る舞っており、非常に親しみと好感が持てる。こちらとしても接しやすいのでありがたい。

 

 こうして軽く自己紹介を済ませていると、前を歩いていたリカバリーガールの足が止まった。どうやら目的の部屋に着いたようだ。

 

 

「着いたさね、この部屋だよ。ほら、お入り」

 

 

 案内されるがままに病室へ失礼すると、まず目の前にいたのはヒーローと思しき2人の男女とイレイザーヘッドこと相澤の計3人。

 

 その更に奥にこの病院の医師と看護師の数名、中心に人口呼吸器と大量の管に繋がれた男がベッドで横になっている。

 

 目的地に着いた来たところで、まずは一体どういう状況なのか詳しく説明してもらおう。

 

 

「来たか2人とも。すまんな、急に呼び出して。早速だがメディカルマシーンってやつを用意してほしい。詳しい説明は俺からするよ」

 

 

 室内にいた相澤からそう言われ、早速メディカルマシーンの準備に取り掛かる事に。

 

 ポケットからホイポイカプセルを幾つか取り出すと、それを室内の空いたスペースに投げて中身を展開。軽快な破裂音と共にマシーンの本体と要の治療液が入ったケースが出現した。

 

 背後から緑谷達が「おお……!」と感嘆の声を上げる中、発目と2人でテキパキと組み立てる。

 

 

「まず、今回治療が必要なのはサー・ナイトアイというヒーローだ。その人がさっき死穢八斎會との戦闘中に腹を貫かれてな。それで今、危険な状態なんだ。

 で、俺の隣にいるこちらの2人がナイトアイのサイドキック、バブルガールとセンチピーダーだ」

 

「センチピーダーだ、よろしく」

 

「よろしくね、2人とも!」

 

 

 簡潔に話す相澤の声の後、2人の挨拶が聞こえたので一瞬だけ振り返ると、ムカデのような頭部をしたスーツの男と青肌の女性が柔和な笑みを浮かべていた。

 

 だが、よく見るとその表情は若干強張っていた。緊張が滲み出ている。無理をして笑顔を振る舞っているのが明らかだった。とても不安で気が気でないという感情。

 

 今、虫の息となっているサー・ナイトアイというヒーローは、それだけ周囲の人達に慕われているという事だ。

 

 

「ここまで準備しておいて今更ですが、本当にメディカルマシーンをその人に使っても大丈夫なんですか? これ、まだ世間に公表していない物ですけど、それって医療従事者の観点から見てどうなんでしょうか、リカバリーガール先生? あと、そこにいるお医者さんも」

 

 

 ナイトアイとサイドキック達との関係性を推察していると、マシーンの準備を進めている発目がいきなり尋ねた。

 

 ほぼ完成品とはいえ完璧というわけではない医療機器を使っての治療。しかもそれを操作するのは齢16の学生2人。

 

 確かに、これからやろうとしている事は正直言って不味い。何がとは言わないが、色々と不味い。これで仮に治療失敗で亡くなってしまったら、後々面倒な事になるのは間違いない。

 

 だが、リカバリーガール達の反応は意外にもあっさりしたもので……。

 

 

「このまま延命措置を行ったところで焼け石に水。どう頑張っても明日を迎える事は絶対に適わない。ならば、一縷の望みに賭けてみたくなったのさ。私も、ナイトアイには死んでほしくないからね……」

 

「確かに発目さんの言う通り、医療従事者としての立場で考えると、助からないからといって学生に任せるのは駄目です。

 ただ、やはり目の前で死にゆく一方の患者を診るのは、その……色々と心にくるものがありましてね。完全に私情ですが……」

 

 

 どうやら駄目なものは駄目という事はしっかり自覚しているが、助かる可能性があるならやはり死んでほしくないという思いらしい。

 

 人の死と幾度となく向き合う医療従事者でも、慣れないものはどうしても慣れないのだろう。時にはこういう私情で動く事も大切なのかもしれない。

 

 そうこう話している内に、メディカルマシーンの設置がようやく完了した。

 

 

「これが…‥メディカルマシーン……」

 

 

 誰かのぼそっと呟く声が耳に入る。

 

 見た目は完全に原作のドラゴンボールに登場したメディカルマシーンそのもので、人1人が入れる治療カプセルの中に呼吸器が取り付けられている。

 

 他にも患者の状態を診るために、バイタルサインを測定するための装置や脳波測定器などの機器も搭載しており、仮に異常が起こったとしてもすぐに対応する事が可能だ。

 

 これを使って、今から本格的な治療を行う。

 

 サー・ナイトアイの負傷はかなりのものだが、それでもメディカルマシーンの回復性能なら概ね問題はない。実際に使ってみないと分からない部分はあるが、それでも早ければ1時間、遅くても3時間あれば完治するだろう。

 

 さあ、やってやろうではないか。

 

 

「さあ、準備は終わりました。それでは今から治療に入ります。まずはナイトアイさんに着けている呼吸器と管を全部外して、カプセルの中に移動させます。その間は時間との勝負です」

 

「「「はい、分かりました」」」

 

「それと、治療に関係ない方は一旦部屋から出て行ってください。治療の邪魔なので」

 

「「「あっはい」」」

 

 

 というわけで、発目の言葉を皮切りにナイトアイの治療が始まった。

 

 メディカルマシーンの目の前まで移動させたナイトアイの傍に、治療に携わる者全員が集まる。

 

 そして医師と看護師協力の下、ナイトアイの身体と繋がっている管を全て抜き取り、身体中に巻かれている包帯も取り除く。

 

 

「ナイトアイさん、少しの間しんどいですが頑張ってください」

 

「全て外しました! 出血を抑えて! 行きますよ、せーのっ!」

 

「慎重に慎重に! 極力負担のかからないように!」

 

「はい大丈夫です! 呼吸器着けて!」

 

「セット完了、カプセル閉じます! 皆さん急いで離れてください!」

 

 

 ものの30秒もしない内に取り外しからセットまでの工程を全て完了させ、メディカルマシーンのカプセルを閉じていく。

 

 ある意味で最も死ぬリスクが高い工程を何とか切り抜けたところで、次の治療液でカプセル内を満たす工程に急いで移る。

 

 

「では治療液を投入します。損傷の酷い腹部を重点的に治癒するように設定して……スイッチON!」

 

 

 専用のタブレット端末を操作しながら治療開始のボタンを押す。

 

 するとみるみる内にカプセル内が翡翠色の液体で満たされ、瀕死のナイトアイを優しく包み込んでいく。

 

 やがて頭部まで完全に浸かり切ったところで、治療液の投入を止めてタブレット端末をテーブルに置いた。

 

 

「……はい、これでひとまず終了です。後は心拍数とか脳波をチェックしながら、何か異常があれば適宜対応する感じですね。

 まあ、3時間もあれば完治すると思いますよ」

 

「えっ、嘘……もう終わり? しかも3時間で完治? あの大怪我で……?」

 

 

 発目の発言に驚愕する看護師の声が聞こえた。

 

 今までの医学の常識では到底考えられないので、そのような反応をするのも当然と言える。ただし、まだ完全に終わったわけではないから油断は出来ない。

 

 しかもドラゴンボールに出てきた本家メディカルマシーンだと、旧式タイプでも1時間もしない内に傷を癒せるのだが、今回は残念ながらそこまでの性能には至らなかった。肝心の治癒性能は本家と遜色ないのだが、その分時間が倍以上掛かる。

 

 ナイトアイの治癒が終わった後は治癒時間の短縮にも力を入れようか。

 

 

「これでナイトアイの怪我が治ったら凄い事さね。雄英でも使われるようになれば、私も安心して老後を過ごせそうだね」

 

「これ、学生2人でどうやって作ったのか疑問でしたけど、製作にあの殻木先生が携わっているんですね。それなら納得ですよ」

 

「す、凄い……これが雄英高校サポート科……!」

 

 

 治療が終わるまでの間、リカバリーガールと病院の医師達の会話を聞きながら、発目と2人でメディカルマシーンに不調が出ていないかチェックしながらデータ収集に徹した。

 

 そうこうしている内に時間は流れ、あっという間に3時間が経過して……。

 

 

「……よし、そろそろ良い感じですかね。じゃあマシーンを止めてナイトアイさんを出しますか」

 

 

 もしもの事があればすぐにでも機器を止めてナイトアイを出す予定だったが、それも杞憂に終わった。

 

 3時間が経過した今、カプセル内で治療液に浸っているナイトアイに傷は一切見当たらない。背中まで貫通していた腹部の大怪我も3時間の間ですっかり塞がっており、6つに割れた引き締まった腹筋を露わにしている。

 

 

「ほ、本当に3時間で治った……革命だ」

 

 

 ナイトアイの容体を見てもう大丈夫と判断し、再びタブレット端末を操作してカプセル内の治療液を抜いていく。

 

 それからカプセルを開けて呼吸器などを看護師達に取り除いてもらい、身体を拭いて病衣に着替えさせる。

 

 そこでようやくナイトアイが目を覚ました。

 

 

「……ん、ここは……それに私は一体……?」

 

「おはようございますナイトアイさん、九死に一生を得た感想はどうですか? 突然ですが、あなたの負っていた怪我は全て治りました」

 

「君は……」

 

「私は発目明。雄英高校サポート科の1年です、よろしくお願いします。早速ですが、今の状況について軽く説明しますね」

 

 

 目を覚ましたばかりのナイトアイに簡潔に自己紹介を済ませると、今の状況について簡単に説明する発目。

 

 所々省略しながらの大雑把な説明だったが、ナイトアイの理解力は非常に高く、すぐに状況を把握してくれた。自身の怪我が完治した事も含めて。

 

 

「……そうか、私は助かったのか。潔く死を受け入れる覚悟でいたが、ギリギリのところで……そう言えばオールマイトは? 意識が無くなる直前でオールマイトと話をしたんだが、今あの人はどこに? それにミリオと緑谷も」

 

「ああ、その3人なら部屋の外で待機していますよ。あなたのサイドキック2人も一緒です。今呼ぶのでちょっと待っててください」

 

 

 そう言って発目が部屋のドアを開ける。

 

 すると、慌ただしく駆け寄る足音が複数聞こえ……。

 

 

「ナイトアイ! ナイトアイは無事で……ッ!! ナイトアイッ!!」

 

「サーが生きてる! 本当に治ったんだ! やったぁぁぁぁー!!」

 

「うああああああああん! サーが無事で良がっだぁぁぁぁぁぁ!」

 

「バブルガール、ハンカチを貸すからこれで拭きなさい」

 

 

 緑谷、ミリオ、バブルガール、センチピーダーが部屋に入り、完全に回復したナイトアイの姿を見るや否や、一斉に駆け寄り涙ながらに喜びを露わにする。

 

 

「「失礼します」」

 

 

 その4人の後に続いて部屋に入ったのは相澤とオールマイト。先に入った4人の喜ぶ声を聴いて、この2人もナイトアイの治療が成功に終わった事を理解していた。

 

 オールマイトは薄らと目に涙を浮かべており、それでいてとても晴れやかな笑顔を見せている。

 

 そして、部屋に入って来たオールマイトとそれに気付いたナイトアイ、両者の目が合う。

 

 

「……本当に無事で良かったよ、ナイトアイ」

 

「あなたこそ、元気でいてくれて良かった、オールマイト」

 

 

 2人の笑顔が弾けた。

 

 

 


 

 

 

 サー・ナイトアイを治療してから数日後の事。

 

 

『そうかそうか、成功したのか! そりゃ良かった! 3人で苦労して作った甲斐があったわい!』

 

 

 とある場所へ向かう車の中、彼は蛇腔総合病院にいる殻木にナイトアイの治療の件を報告していた。

 

 いきなりメディカルマシーンを使って治療したと聞き、最初こそ驚愕し動揺した殻木だったが、事の経緯と結果を聞いて安心したように笑い声を上げた。

 

 

『ナイトアイはその後、身体に異常は起きてないのかね? ……ふむ、なるほど。今のところ問題は無さそうじゃの。()()1()()の方も異常は無いようだし……ならば今後も引き続き観察を頼む。では切るぞ……』

 

 

 電話を切って軽く息を吐く。

 

 あれからというもの、死穢八斎會との戦闘で負傷したヒーロー達のほとんどは通常の治療で回復し、既に退院して帰路に就いている。

 

 雄英のヒーロー科も全員学校に帰っているのだが、その中でも通形だけは個性を失うというかなり特殊な傷を負ってしまったらしく、しばらくの間休学するとの事。

 

 それを聞いて、通形の個性もメディカルマシーンで治せないかどうか一応試してみたのだが、残念ながらナイトアイの様には上手くいかなかった。

 

 通形の個性が消された絡繰りは、どうやら外傷とは全くの別物という事が分かり、現状メディカルマシーンですらどうにもならなかったのだ。こればかりは今も入院して寝込んでいる壊理の個性次第だろう。

 

 そして肝心のナイトアイだが、治療した次の日になって「もうとっくに回復したので、早く死穢八斎會の事件の後処理をしに事務所へ戻る」と宣い、そのまま退院。

 

 今では数日前まで腹に大穴が開いていたとは思えないくらい元気に働いており、無事に社会復帰を果たしている。ただし、メディカルマシーンを使った事による異常が今後出ないとも限らないので、今もまだ容体の観察は続いている。

 

 

「……よし、着いたよ。まさか君をもう1度ここに連れてくる事になるとはね。頼むから今日は余計な事しないでくれよ?」

 

「へい少年、今日は奴と面会する時間とか無いから、そのつもりでね?」

 

 

 と、ここ数日の出来事を思い返している途中で声が掛かり、意識を外界に向ける。

 

 短い間に色々な事が起こったのだが、そんな彼は現在オールマイトと塚内警部、そして()()1()()を加えた計4人で再びタルタロスに来ていた。

 

 タルタロスに来たという事は当然囚人との面会に来たわけだが、今回の相手はオール・フォー・ワンではない。

 

 あっという間に手続きを済ませ、この前と同じくタルタロスの地下収容施設へ。

 

 タルタロスの地下は全部で30の階層に分かれているのだが、今から会う予定の囚人の部屋は最深部ではなく途中の地下20階。

 

 このタイミングで用がある囚人と言えば1人しかいない。

 

 

「……お前は、あの時の……今更俺に何の用なんだ……?」

 

 

 そう、死穢八斎會の若頭、治崎廻ことオーバーホールである。

 

 

 


 

 

 

 数週間ぶりに知人に会って、真っ先に目に付いたのは腕だった。

 

 肘から先の部分が両腕とも消失しており、どう考えても不便そうなのが見て取れる。

 

 そして何よりも注目すべきは治崎の表情。

 

 生気が一切感じられないのだ。出会った当初は柔和な笑顔の裏で鋭い眼光を放ち、野心と活力に満ち満ちていた。

 

 それが今では嘘みたいに消え去っている。まるで別人だった。

 

 そう言えば逮捕された治崎の護送中にその護送車を敵連合が襲撃して多大な被害を出したというニュースが流れていたなと思い出しながら、彼は改めて治崎と向き合った。

 

 

「……言っておくが、お前に話す事は何もないぞ。話す気もない。時間の無駄だ、帰れ」

 

 

 出会って早々この態度、これは相当な重症だ。

 

 どうやら会話の余地すらないらしい。

 

 

組長(オヤジ)……ごめんなぁオヤジ……俺がしくじったせいで、全て失っちまった……ごめん……」

 

 

 視線を下に向け、ただうわ言のように『組長(オヤジ)』と何度も呟き謝り続ける治崎。どうやら相当未練があるようだが、これはこれでちょうど良い。

 

 どう頑張っても会話の余地など無いし、治崎の言う通り話す事も無い。ただし、それは他の人だったらの話。

 

 実を言うと、今回治崎との面会を望んだ人は別にいる。

 

 まだここに来たばかりだが、落ち込んでいる治崎に早速サプライズゲストを紹介しよう。

 

 そう思い、彼は右手を挙げて合図を出した。

 

 

「ごめんオヤジ……本当にごめ────」

 

「謝るべき相手が他にいるんじゃねえのか、治崎?」

 

「────ッ!? その声は……!」

 

 

 ブツブツと謝る治崎の言葉を遮り、貫禄のある低い声が部屋中に響き渡る。

 

 それを聞いて誰よりも驚いたのは治崎だった。驚愕を露わにした顔で見上げると、そこにいたのは白髪でガタイの良い老齢の男。

 

 落ち着きと貫禄を兼ね備えたその風格は、まさに今まで生き延びてきた極道を纏める長に相応しく、威厳ある堂々とした立ち振る舞い。

 

 死穢八斎會の組長、ご本人様の登場である。

 

 

「な、んで……どうしてオヤジがここに……寝たきりだったはずじゃ……?」

 

 

 未だに動揺を抑えきれない治崎が、ガラス越しに目の前に立つ組長に尋ねる。

 

 一方で、見るも無残な姿に変わり果てた治崎を見て、組長は一瞬顔を顰めるも、その疑問に淡々と答えた。

 

 

「この坊やに治してもらったんだよ。寝たきりだった俺を、坊やが作った医療機器を使ってな。んで、お前がここに収監されていると聞いて、1度会って話がしたいと俺が頼んだのさ」

 

 

 ────今から3日前。

 

 ナイトアイが事務所に戻った後で、リカバリーガールから直々に頼まれたのだ。「死穢八斎會の組長と思しき寝たきりの老人を、メディカルマシーンを使って治療出来ないか?」と。

 

 話を聞けば、どうやら警察側が重要参考人として事情聴取をしたいらしく、しかし脳に原因不明の負傷があり寝たきりなので、現状どうにもならないとの事。

 

 リカバリーガールの個性で治せないのか尋ねたところ、人の自然治癒力を活性化させる事は出来るが、そこから逸脱した治癒までは不可能なようで、脳の負傷は治癒の対象外と言われた。

 

 というわけで、仕方がないしずっと寝たきりのままも何だか可哀想だと思い、発目と共にメディカルマシーンを使用して組長も治療したのだ。

 

 そして現在に至る。

 

 

「いきなりですまんが坊や、ちょっとこのバカと2人きりにさせてやくれねえか? 腰を据えて話がしてぇんだ」

 

 

 部屋に入るや否や、治崎と2人きりにしてほしいと懇願する組長。

 

 何やら色々と積もる話もありそうで、今回ばかりは部外者がここにいても会話の邪魔にしかならないと分かっているので、大人しくその頼みを聞く事に。

 

 面会時間は限られているけど、時間の許す限り2人で色々と話し合ってください。そう言って面会室を出て、オールマイト達のいる隣室へ移動する。

 

 そして部屋に残ったのは、ボロボロに泣き崩れる治崎と険しい表情をした組長の2人。

 

 2人がその後どんな言葉を交わしたのか。それは2人の名誉のためにも、今後ずっと内密にしておこうと思う────。

 

 

 




サー・ナイトアイは勿論なんだけど、寝たきりの組長もついでに治しちゃえ! みたいなノリでこういう展開になりました。

やったねオーバーホール! これで組長に謝罪出来るし、大人しく敵連合の活躍を黙って眺めていられるよ! これには組長さんもニッコリ!

そして次回から文化祭編です。個人的に早く第5章に入りたいのです……。

※主人公は自分に関する機密情報に対しては口が軽いけど、他人の秘密とかに関してはかなり口が堅いです。ただし場合にも依ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 文化祭……でもその前に

ヤクザの話が終わり、いよいよここからは文化祭です。

前回から投稿が非常に遅くなってすみません。


 10月初旬、秋の季節。

 

 

「えー、皆分かっていると思うが文化祭が近くなってきている。既に準備し始めている生徒もチラホラ見かけるが、例年サポート科は全学年一律で技術展示会を開く事になっているから、そのつもりで。

 残り1カ月を切ったし、まだ作る物も決めてない生徒は少し急いだ方が良いかもな? まあ、グループを組んで何か1つ作るっていうのも全然構わないから、やり方はそれぞれ好きなようにしてくれ」

 

 

 朝のホームルームの時間、担任のパワーローダー先生から文化祭の事について話があった。

 

 教室内は拍手喝采の大団円、とまではいかないが、今にもそうなりそうな程の盛り上がりを見せている。見て分かる通り、全員が楽しみにしていた。

 

 それは彼と発目も例外ではなく、今からどんな文化祭にしようかあれこれ想像しては不敵な笑みを浮かべている。

 

 

「ただまあ、今年は夏休みまでの間に色々あったからな。例年に比べ、規模も人数も制限しての開催となる。

 楽しみにしているイベントがこんな事になってしまってすまないが、それでも出来る事を一生懸命やって、全力で文化祭を盛り上げていこうじゃないか」

 

「「「「おー!!」」」」

 

 

 クラスメイト達の明るい掛け声が湧き上がった。

 

 

 

 

 ────その日の放課後、工房にて。

 

 文化祭に向けて多くのサポート科の生徒達がアイテム開発に勤しむ中、彼と発目の2人も同様に作業に没頭していた。

 

 人工衛星を文化祭当日に打ち上げるという目標の下、大量に集めた細かい部品を組み立て、形にしていく。

 

 作る物の規模が比較的大きく雑にこなせる作業内容ではないので、気を抜いていられない。元より雑に扱うつもりも無いが。

 

 そうして文化祭一色となっている雄英校内でも相変わらず異彩を放つ2人に、じっと様子を見ていたパワーローダー先生が尋ねる。

 

 

「……なあ、今度は一体何をやらかす気なんだ? 手遅れになる前に一応知っておきたい」

 

「失礼ですね。どうして問題を起こす前提で話を進めてくるのですか? それが先生のする事ではないでしょう」

 

「まあ確かに、生徒達の作る物に首を突っ込むのは野暮だ。それは分かってる。分かっているんだが、お前達に限っては一応聞いておかないとな。雄英に入って半年間、幾度とやらかしを重ねてきたのか忘れたとは言わせんぞ?」

 

「…………」

 

 

 発目は一瞬で黙ってしまった。自覚があるのか、疑いの眼差しを向けてくるパワーローダー先生と目を合わせまいと必死に顔を背けている。

 

 そして隣で会話を聞いていた彼も、担任に言われた事に関して思い当たる節があり過ぎたため、何も言い返す事が出来ずにいた。

 

 だが、今に限って言えば比較的問題を起こしづらい物を作っているので、担任の疑問に正直に答えた。

 

 

「なるほど、人工衛星か……これはまた凄い物を作ろうとしてるな。まあ、文化祭当日に打ち上げるのは別に構わないと思うが、校長からの許可はちゃんと取っておけよ。今年も文化祭を開催出来るようになったのは校長のご尽力あってのものだからな」

 

 

 彼もその話の詳細は風の噂で聞いており、何やら文化祭の開催にあたって警察の上層部と相当揉めたという事を知っている。

 

 もしも校長が警察の意見に従っていたら、文化祭に向けて準備していた物が全て無駄になるところだったので、普段は傍若無人な彼も今回ばかりは校長に素直に感謝している。

 

 パワーローダー先生の言う通り、校長からの許可はちゃんと取っておこうと思う彼だった。

 

 その傍らで……。

 

 

「とにかく、そこまで心配する必要はありませんよ。私達だって文化祭を楽しみにしていますし、そこで全部台無しにするようなヘマは犯しません。だから安心してください、パワーローダー先生。その分絶対に忘れられない文化祭にしてあげますから」

 

「発目にそう言われると余計不安になるんだが……頼むから最後まで穏便に過ごしてくれよ? いや本当にマジで」

 

「だから大丈夫ですよ。そう何度も言われなくたって、私達も決してバカでは────あっ」

 

「えっ?」

 

 

 何度も釘を刺すパワーローダー先生の目の前で、いきなり発目が素っ頓狂な声を上げた。

 

 その声に全員の体が一瞬固まるのも束の間、たった今発目が弄っていたアイテムが徐々に輝きを強め────大爆発した。

 

 

「どわひゃああああああああっ!?」

 

 

 あまりにも唐突な爆発に、反応に遅れたパワーローダー先生が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。

 

 目の前で爆発を受けた発目も当然の如く吹き飛ばされ、工房の分厚い扉を破って廊下に放り出される。

 

 そして爆発の後、室内に残ったのは爆発によって黒焦げになった壁と、粗大ゴミと化した金属の塊のみ。

 

 

「…………今年の文化祭、こいつらのせいで中止になる予感しかしない」

 

「あっはっは、ごめんなさい! 確かに今のは私のミスですが、心配はご無用です! 文化祭当日にはこんな事が起こらないよう善処します!」

 

「……好きにしてくれ。俺はもう、何も言わん」

 

 

 明らかにダメージを受けているパワーローダー先生に対して何故かほぼ無傷の発目。

 

 更に追い討ちとばかりに、無邪気な笑顔で堂々と信用ならない事を宣言する生徒を前に、ボロボロの担任は考えるのを止めた。

 

 

 


 

 

 

 それから1週間がたったある日。

 

 彼はとある総合病院の個室にいた。現在、壊理が入院している部屋だ。

 

 隣には緑谷とミリオ、そしてつい最近メディカルマシーンで治療したサー・ナイトアイの3人が並んでいる。

 

 更に付き添いでA組担任の相澤も一緒に来ており、今は部屋の隅でじっと佇んでいる。

 

 室内に死穢八斎會の事件の関係者が集まる中、人工衛星の開発で掛かり切りのはずの彼がどうして緑谷達と共にいるのか。

 

 それは数時間前、雄英の開発工房にて……。

 

 

『お前がこの間会った壊理ちゃんだが、緑谷達の他にお前にも会いたいとの事だ。あの子が要望を口にするのは初めてだそうでな。文化祭の準備で忙しいとは思うが、壊理ちゃんに免じて少しだけ付き合ってやってくれないか?』

 

 

 と、相澤からこのように言われ、最初はきっぱりと断っていた彼だったが、会話を聞いていた発目に諭されやって来ていた。

 

 そうして病院のベッドに座る壊理の前に、相澤を除く4人が揃って椅子に座る。

 

 まず最初に緑谷とミリオが話し掛けた。

 

 

「ずっと会いに来れなくてごめんね、壊理ちゃん」

 

「これ、俺から壊理ちゃんにプレゼント! フルーツの盛り合わせだよ! 良かったら食べて!

 あっ、君の好きなフルーツ当てても良いかな? 桃でしょ? ピーチっぽい雰囲気あるもんね!」

 

「……リンゴ」

 

「だと思ったよね! それじゃあリンゴ切り分けておくね!」

 

 

 何気ない軽いやり取りを行った後、ミリオが果物ナイフを使ってリンゴをウサギ型に切り分けていく。

 

 その様を横目に、今度はナイトアイが壊理に話し掛けた。

 

 

「久しぶりだ、壊理ちゃん。私の事は覚えているか? 私の名はサー・ナイトアイ。ヒーローをしている者だ」

 

「サー……ナイトアイさん。私を救けてくれたあの時にいた、眼鏡をしていた人……だよね? 私のせいで、とても酷い怪我をしていたけど……怪我はもう、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ、問題無い。怪我は既に完治しているし、そもそもあの怪我は私自身の問題だ。間違っても君のせいではない」

 

「あ、はい……」

 

 

 ナイトアイに諭された壊理が何か言いたげな表情をしているが、ナイトアイから発せられる独特の雰囲気と圧に押され、吃ってしまう。

 

 ナイトアイは決して悪くなく、フォローもちゃんとしていて良い対応なのだが、如何せん表情が険しいせいか壊理に怖がられている。

 

 彼は心の中でナイトアイにどんまいコールを送ると、改めて壊理と向き合って話し出した。

 

 

「あ、お兄さんの事もずっと考えていて……その、名前は分からないけど、私のせいで怪我していないか心配で……えっと、その、私のせいで迷惑かけてごめんなさい……」

 

 

 1カ月も前の事を覚えているのは感心するが、迷惑を掛けられた覚えはない彼は内心動揺していた。

 

 壊理を誤って蹴飛ばして重傷を負わせた挙句、メディカルマシーンの性能を確かめたいがために勝手に臨床試験を行ったのに、全く非が無い向こうの方から深々と頭を下げて謝られたからだ。

 

 はっきり言って、気まずい事この上ない。だが、このまま黙っているのも良くないと思い、動揺する心を抑え、努めて冷静に対応する。

 

 迷惑だとは思っていない、むしろ怪我を負わせてしまって申し訳なかったと、彼も壊理に謝罪した。

 

 

「で、でも、むしろあの時、私が勝手に逃げ出さなかったらお兄さんが謝る事も……!」

 

 

 はいそこまで。既に過ぎた事なのでそれ以上自分を責めても仕方がない。あと、幼女に謝られるとこちらが惨めな気持ちになるので止めて欲しいという理由もある。

 

 まあ何はともあれ、過去でも未来でもなく今この瞬間を全力で生きようではないか。

 

 迷惑を掛けても良いからやりたいようにやろう。

 

 

「えっ!? は、はい……」

 

 

 未だに納得がいかない様子だが、今はこれで無理やり飲み込んでもらおう。そして時間が経って忘れるまで触れないでおこう。

 

 お互いのためにもそれが良い気がする。決して対応が面倒臭くなってきたわけではない。断じて。

 

 そんな彼の思惑など露ほども知らない壊理は、彼の発言を聞いて驚いたように目を瞠るも、すぐに暗めの表情になって緑谷の方を向いた。

 

 

「あ、それでその……寝ている間ずっと皆の事を考えていたけど、その……ルミリオンさん以外のお名前が分からなかったの。眼鏡の人がナイトアイさんで、えっと……」

 

「僕は緑谷出久! ヒーロー名はデクだよ! うーんと……デクの方が短いし覚えやすいから……デク! デクです!」

 

「ヒーロー名?」

 

「あだ名みたいなものだよ。気軽に呼んでね!」

 

「デクさん……それじゃあ、お兄さんは……?」

 

 

 名前を聞かれ、彼も他の人達に倣って丁寧に自己紹介を行う。最後に「よろしく」と言って挨拶すると、たどたどしい声で「よろしくお願いします」と返す壊理。

 

 そうして簡単に自己紹介を済ませたところで、壊理が再び口を開いた。

 

 

「あの、あの時皆が救けてくれて、私とても嬉しかったの……でも、私のせいで皆に苦しい思いもさせちゃって……。

 ルミリオンさんも、私のせいで力を無くして……だからちゃんと謝りたくて……本当にごめんなさい……」

 

 

 彼は壊理の救出作戦に一切参加していないので全く分からないが、現場にいた他の人達は壊理の謝罪を受けて表情が曇る。

 

 しかしそこで黙らないのがヒーローというもので、ミリオが壊理の頭にポンと優しく手を置いてニコッと笑う。

 

 

「大丈夫だよ壊理ちゃん、苦しい思いをしたなんて思っている人はいない! むしろ皆言ってたよ、『壊理ちゃんが無事に助かって良かった』って!

 怪我をした人達も今じゃすっかり元気だし、君が心配していたサーだってこの通り! だから気楽にいこう! 皆、君の笑顔が見たくて戦ったんだ!」

 

 

 自責の念に駆られて涙ぐむ少女を、一切の迷いなく励まして元気付けるミリオ。

 

 緑谷もそうだが、やはりヒーローを志す者達は一味違うと、目の前で見ていた彼はそう感じた。

 

 さて、そんな元気溌剌のミリオから励ましを貰った壊理はというと……。

 

 

「ん……!」

 

 

 何を思ったのかいきなり両手で自身の頬を抓り、限界まで横に引っ張りだした。

 

 唐突な謎の行動に全員が首を傾げていると、壊理はすぐに頬を抓むのを止め項垂れながら言った。

 

 

「ごめんなさい……笑顔ってどうすれば良いのか分からなくて……」

 

 

 その言葉に又もや緑谷達の表情が固まる。

 

 笑顔が見たくて必死に助け出したのに、助けた相手がそもそも笑顔というものを知らないときたのだ。これは予想外。

 

 しかし、笑顔がどんなものか分からないのであれば、実際に色々な人の笑顔を見せてあげようではないか。こちらは今、相手に大怪我を負わせた挙句、メディカルマシーンの臨床試験を勝手に行った負い目がある。

 

 せめてもの罪滅ぼしだ。今すぐには出来なくとも参考程度にはなるだろう。

 

 先程のミリオの時のように、彼は壊理の頭に優しく手を置いた。

 

 

「……えっと、急にどうしたの? そりゃあ、何かしら励ましたくなる気持ちは分かるけど……」

 

 

 疑問に思った緑谷が何か言っているが無視。

 

 他の人も首を傾げて見つめる中、彼は自身の"気"を器用に操作する。

 

 すると────。

 

 

「えっ、あれっ!? これ、は……何? 色んな人の顔が、どんどん頭の中に流れ込んで……!?」

 

「壊理ちゃん!? ちょ、ちょっと君、急に一体何をしているんだい!? ねえ、ねえってば!?」

 

「おいお前、無視してないでさっさとミリオの質問に答えたらどうだ? 壊理ちゃんが明らかに普通ではない反応をしているのだが? というか、この場で許可なく個性は……」

 

 

 急に動揺しだした壊理を見て、ミリオとナイトアイがすぐに詰め寄って来た。

 

 ナイトアイが個性の使用云々に関して何か言っているが、そこはご愛嬌という事でもう少しだけ黙って見ていてほしい。

 

 実際、動揺していた壊理もすぐに落ち着きを取り戻し始めた。

 

 

「あ、でも……何だろうこれ? 皆の顔……凄く笑ってる? 良く分からないけど、とっても温かい……かも?」

 

 

 それが笑顔というものである。

 

 そう、今壊理に見せている物は、自分自身がこれまで生きてきた中で出会った人々の笑顔の記憶。テレパシーの応用で、記憶に残っている光景を壊理の頭の中に直接流し込んでいるのだ。

 

 先程も述べたように、笑顔が分からないというのであれば、色々な人の笑顔を実際に見せてやれば良い。少しは笑顔というものが分かるかもしれない。

 

 例えば発目の笑顔はどうだろう? 元気溌剌で、発明に全力を注いでいる時の彼女の笑顔。永遠に眺めていられる程、とても素敵ではなかろうか?

 

 そうして自身の記憶を壊理に見せつつ、緑谷達の質問にも簡潔に答える。

 

 

「じ、自分の記憶を壊理ちゃんに見せてる……? しかもテレパシーの応用って……そんな事も出来たの? えっ、凄い」

 

「笑顔が分からないから笑っている人の表情をたくさん見せる、ね……。要は君なりの優しさでもあり励ましってわけだね! まあ、個性を勝手に使ったのはあれだけど!」

 

「そうだな。個性を勝手に使用した件については、この後で雄英の先生方にも叱ってもらうとしよう。だが、結果的には壊理ちゃんのためになっている様だから、そこだけは評価する。そこだけは、な」

 

 

 新しく知った情報に驚く緑谷、説明を聞いて理解し褒めるミリオ、最低限の評価をしつつもしっかりと叱るナイトアイ。

 

 三者三様の反応を見せており、それによって先程まで静かだった室内に賑わいが訪れる。

 

 その時だった。

 

 

「……フフッ」

 

 

 その賑わいっぷりを見て何を感じ取ったのか、暗い表情ばかり見せていた壊理がほんの一瞬、僅かにクスリとほほ笑んだ。

 

 記憶を見せたお陰なのかどうかはさておき、壊理が初めて見せた微笑に、緑谷とミリオの表情も一気に明るくなる。

 

 

「わあああ……! 笑った、壊理ちゃんが笑いましたよ先輩!」

 

「そうだね! 僕も今見たよ、壊理ちゃんが笑うとこ! そうそう、それだよ壊理ちゃん! 笑うっていうのは今みたいなのを言うんだよ!」

 

「今のが、笑う……。私、笑うって事を少しは分かった、かも……?」

 

「分かってる分かってる! 絶対に分かってるよ! いやぁ、壊理ちゃんは物覚えが早いんだね、凄いや!」

 

 

 こうして見ると、まだ完全に心の傷は癒えてなさそうとは言え、形だけでも笑顔というものが知れたのは大きいだろう。形から入ってみる事も時には大切だ。彼はそう思った。

 

 その間にも話は盛り上がる。

 

 

「あっ、そうだ! ねえ壊理ちゃん、もし良かったらだけど、今度僕達の文化祭に来てみない? きっと笑顔でいられる楽しい1日になると思うよ!」

 

「文化祭……?」

 

「おお、それは名案だ! 良いかい壊理ちゃん、文化祭っていうのは俺達の通う学校で行うお祭りさ! 学校中の人が皆に楽しんで貰えるよう、出し物をしたり食べ物を出したりするんだ!

 もしかしたらリンゴ……いや、リンゴ飴だって出るかもしれないよ!」

 

「リンゴ飴……?」

 

「リンゴをあろう事か更に甘くしちゃったスイーツさ! とっても美味しいよ!」

 

「更に……甘く……!」

 

 

 緑谷の提案により、壊理を文化祭に招待してはどうかという話に移り変わる。

 

 初めて聞く言葉に首を傾げる壊理に、懇切丁寧に文化祭について教え込むミリオ。そして話を聞く内に段々と文化祭への期待が高まり、リンゴ飴の存在を知って思わず涎を垂らしてしまう壊理。

 

 隣で話を聞いていた彼も、サポート科が開催する技術展示会へ壊理を招待しようと、ここぞとばかりにサポート科の魅力をアピールし始める。

 

 その一部始終を後ろで見ていた相澤は徐にポケットからスマホを取り出した。

 

 

「壊理ちゃんも文化祭に来れないか、校長に掛け合ってみるとするか……」

 

 

 そしてもう1人。

 

 

「……元気とユーモアの無い社会に、明るい未来はやって来ない。だが、どうやらその心配は要らなさそうだ、オールマイト」

 

 

 いつの間にか会話の席から離れ、後ろで静観していたナイトアイも、残った4人のやり取りを見て僅かながらに微笑むのであった────。

 

 

 




今回は珍しく平和に終わった回だったけど、決して忘れないでほしい。

ジェントルが来ても来てなくても、結局この問題児2人がいる限り文化祭が大変な事になるのは避けられないと思うんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 文化祭当日①

お久しぶりです。モチベーションの低下とリアルが忙しくなったせいで、なかなか更新できてませんでした。

それでもこれからも何とか頑張って投稿していこうと思います。

では続きをどうぞ!



 病院で壊理と面会した日から更に日が経ち、あっという間に1カ月が経過した。

 

 来る人工衛星の打ち上げに向けて、発目と共に着々と準備を進めてきた彼は、遂に目的の物を完成させるに至った。

 

 そして文化祭当日。

 

 

『お待たせしました! それでは只今より、雄英高校文化祭を開催します!』

 

「「「「イエェェェェェーイッ!!」」」」

 

 

体育館の舞台上に上がった司会の宣言に、集まった大勢の生徒の歓声がどっと沸き上がる。

 

 

「いやー、遂に待ちに待ったこの日がやって来ましたか。楽しみですねぇ」

 

 

 鳴り止まぬ歓声の中、発目もまた身体を震わせてうずうずしている。

 

 今日この日のために入念な準備を進めてきたのだ。抜かりはない。むしろ中止にさえならなければそれで良い。そのための対策も既に済ませている。

 

 今はただ、全力で楽しもうではないか。

 

 

「そうですね。ひとまず舞台を楽しんでから、その後で最終調整に入りますか」

 

 

 彼の言葉に発目は笑顔で頷き、楽しそうに右手を高々と振り上げた。

 

 そうこうしている内に舞台の幕が開き、最初の出し物が披露される。最初はヒーロー科1年A組、内容はダンスホール的なライブ演奏との事。

 

 今年は敵との衝突で何かと世間を騒がせ、雄英にも大きな影響を齎した中心的存在。そんな彼らの事を好ましく思わない者は数多く存在するが、完全アウェーな舞台でどんなパフォーマンスを披露するのか。

 

 そんなある種の期待を胸に見守っていると、暗闇に包まれた体育館が一気に明るくなり、よく知った声が響き渡った。

 

 

「いくぞコラァアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 ────雄英全員、音で()るぞ!!

 

 

 

 

 

 いつにも増して荒々しく力強い爆豪の掛け声と同時に、ド派手で煌びやかなA組の演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 さて、雄英高校文化祭が始まるまでの1カ月間にどんな日々を過ごしたのか、ダイジェストでお送りしようと思う。

 

 

 緑谷や通形と一緒に壊理のいる病院へお見舞いに行った1週間後のある日、人工衛星の製作を進めている彼と発目の所へ件の2人がやって来た。

 

 すぐ傍にエリを連れて。

 

 

「やあ、久しぶり……ってわけでもないね! 作業は順調かい?」

 

「やたらと大きいけど今度は何を作ってるの?」

 

「…………」

 

 

 通形も緑谷も相変わらず元気そうで何よりである。

 

 傍にいるエリも、開発工房特有の機械音や油の臭い、飛び交う大声におっかなびっくりし過ぎたのか、茫然とした様子で部屋中を見渡している。

 

 

「おお、これはこれは緑谷さんに通形先輩。今日は一体どのようなご用件で? 用が無いのでしたら私忙しいので、これで失礼しますね! では!」

 

「あっ、ちょっと待って発目さん……って、何か凄く汚れてない?」

 

「お風呂に入る時間も勿体なくて! それで何でしょう? ひょっとして新たなベイビーの開発依頼ですか!?」

 

「あ、うん、そうだけど……近い」

 

 

 会話のペースに全くついていけない緑谷が戸惑うも、バグった距離感で一気に詰め寄る発目を見て彼は思わず苦笑した。

 

 その後、緑谷の話を聞く限り、どうやら個性の扱いが洗練されて上手にパワーを引き出せるようになったので、更なる攻撃手段を増やしていきたいとの事だった。

 

 具体的には指を弾いて風圧による遠距離攻撃がしたいので、指向性やコントロールを補助してくれるグローブが欲しいと緑谷は口にした。

 

 

「ふむ、なるほどなるほど。それはまた面白そうな要望ですね。良いですよ、是非とも喜んで作りましょう」

 

「良いの? ありがとう! あっでも、文化祭終わった後でも構わないからね」

 

「いえいえ、そんな遠慮しないで今すぐ作りましょう! クライアントの無茶に答えるのが出来るデザイナーというものですから!」

 

「あ、ありがとう発目さん……!」

 

 

 文化祭前で忙しそうな様子に遠慮しがちな緑谷を、発目は豪快に笑い飛ばすと早速ペンと紙を片手に机へと向かった。

 

 この思いきりの良さと行動力は、発目の大いなる武器と言える。やり取りを見ていた彼はそう思った。

 

 となれば、人工衛星の開発はこちらで黙々と進めておこう。ああなってしまうと、発目は一通り作業が終わるまで動く事はない。

 

 

「ねえねえ、ところで君は何を作ってるの? もし良かったら教えてよ!」

 

 

 発目を見て微笑んでいると、暇を持て余した通形がこちらに話しかけてきた。

 

 どうやら2人で製作中の人工衛星に興味津々らしい。気になるなら是非とも詳しく教えてあげようじゃないか。

 

 彼はノリノリで人工衛星の打ち上げ計画を語った。通形もエリも興味津々で傾聴してくれた。

 

 

「人工衛星かぁ。この前のメディカルマシーンといい、うちのサポート科は本当に凄いや。どれもこれも作る物のレベルが高い」

 

「空に飛ばして宇宙を飛び回る……お兄さんが作る物、どんな物か楽しみ」

 

 

 2人とも説明を聞いて期待十分なようで、熱心に語った彼もこれには満足気に笑った。

 

 是非とも当日を楽しみにしていてほしいと思う。きっと忘れられない文化祭になるだろうから。

 

 

「体育祭はヒーロー科に対する副次的なアピールチャンスの場でした。が、今回は私達が主役の場を与えられているのです!」

 

「おお……!」

 

 

 彼らの背後では発目が文化祭に対する意気込みを熱心に緑谷に喋っている。彼女も文化祭という日を待ちに待っているという事だ。

 

 

「それよりアイアンソールはその後どうでしょう? また何かあればすぐ言って下さい!」

 

「うん、ありが……あっ、発目さん、後ろ……」

 

「えっ……ああっ!? ベイビー!?」

 

 

 熱心に語っている発目の背後で、発目が担当していた人工衛星の一部が激しい炎を纏っていた。恐らく緑谷のサポートアイテムの話に夢中になって、一瞬目を離したのが原因だろう。

 

 それを見た瞬間、彼は急いで火消の水を用意しに駆け出す。

 

 

「わーっ!? お前らまたかよ!」

 

「水! 水持ってこい!」

 

「な、何かごめん発目さん!」

 

「行こうエリちゃん! ここは危ない!」

 

「うん、びっくりした」

 

 

 騒ぎが大きくなりそうな予感を察知して緑谷達は去って行った。

 

 それは別に良いのだが、ちょっと目を離しただけでここまで炎上するとは思わなかった。まだまだ改良の余地がありそうだ。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 それから少し時が経って、1週間が経過した頃。

 

 雄英の敷地内で発目が開発したアイテムの試運転を行っていると、緑谷とオールマイトの2人組に遭遇した。

 

 見たところ何やら修行中のようだった。

 

 

「いやー、すみません。お怪我はありませんか?」

 

「発目さん!? それに君も……いや、怪我は無いから大丈夫なんだけど……」

 

 

 こちらの存在を認識した途端、緑谷が急にあたふたし始めたが何か不都合な事でもあるのだろうか。

 

 

「私達たまにここでベイビーのテストしてるんですよ! 受け止めてくれてありがとうございます!それは今開発中の小型第三の目ベイビーなんですが、ちょっと不調を起こして暴走しちゃったみたいでして!」

 

「そうだね。気を付けないといかんよ、少年少女」

 

 

 発目が開発した超高性能カメラを搭載した自立型の小型飛行ロボット、通称『第三の目』。

 

 性能テスト中に暴走したそれがオールマイト達の所へ飛んで行ったが、オールマイトがさっと受け止めてくれたおかげで事無きを得た。

 

 これがパワーローダー先生ならグチグチ言われていたが、オールマイトは少し注意する程度で済ませた。優しい。

 

 

「そうだ緑谷君! この前頼まれた例の新アイテムですが、ちょうど似たような性能のベイビーがいたので、あなた用に今カスタマイズしてます。申請通ったらすぐお渡しいたしますよ!」

 

「えっ……文化祭の後で良いって言ったと思うけど、本当に作ってくれてたの!?」

 

「勿論です! 絵描きが休憩に絵を描くのと同じですから! 元があるので時間も大してかかってないんですよ!」

 

「何かもう……色々とありがとう!」

 

 

 それはそうと、緑谷の新サポートアイテムだ。

 

 この前依頼された物だが、指を弾いて遠距離攻撃がしたいという要望に応えるべく、只今発目が開発の真っ最中である。

 

 彼も手伝おうか尋ねたが、人工衛星の製作も同時並行で進めないといけない関係上、今回彼は開発に携わっていない。

 

 とはいえ製作過程はしっかり見届けているので、どんな物になるかは殆ど予想できている。

 

 

「そうだ少年、もし良かったら少し手伝ってほしい。君の個性は緑谷少年と同じパワー型だし、扱いも君の方が上手い。何かアドバイスしてくれないか?」

 

 

 アイテム開発中の発目の表情を振り返っていると、オールマイトが話しかけてきた。緑谷の修行に付き合ってほしいとの事らしい。

 

 人工衛星の開発も概ね順調に進んでいて余裕があるし、何より修行と聞いて断るサイヤ人は存在しない。

 

 彼は二つ返事で了承した。

 

 

「ありがとう。早速だが、今緑谷少年は遠距離攻撃ができるようになるための特訓中だ。彼も扱えるパワーが増したからね。

 指を弾いて風圧で攻撃するらしいんだが、如何せんコントロールが難しくてね」

 

 

 この前緑谷から聞いていた通りの内容だ。

 

 オールマイトと緑谷は個性が似ている事もあってか結構仲が良いとは聞く。だが話を聞く限り、オールマイトは感覚で動く派で緑谷に適切なアドバイスができないらしい。

 

 今現在、緑谷に課している特訓内容は瞬間的に出力するパワーの切り替え、微細な力のコントロール。

 

 身体が壊れるギリギリのラインを引き出して遠距離攻撃をしつつ、それ以外は安定した出力で機敏に動き回るというもので、確かに人によっては難しい修行だった。

 

 とはいえ、彼もぶっちゃけ感覚派なので大したアドバイスは出来そうにない。それでも相手になるくらいは可能だ。

 

 無意識に出来るようになるまで何度も繰り返し、少しずつ慣らしていこうじゃないか。

 

 

「特訓に付き合ってくれるの? ありがとう!」

 

 

 緑谷もやる気十分なようで何より。

 

 では早速始めよう。

 

 

「じゃあ行くよ……フルカウル・8%!」

 

 

 瞬間、緑谷の全身に翡翠色の火花が迸る。

 

 彼がほんの少しだけ気が膨れ上がる感覚を覚えたのも束の間、全身を強化した緑谷が一気に間合いを詰めてきた。

 

 

「ハアッ!」

 

 

 彼の顔面に緑谷の右足が迫る。

 

 最近になって変えたシュートスタイルという新たな戦闘スタイルらしいが、実際に見たのはこれが初めてだ。

 

 正直このまま受けてもダメージは無かったが、体育祭の時の飯田戦を思い出し、寸前で緑谷の蹴りを屈んで回避する。

 

 あのまま蹴りが直撃していたら、逆に緑谷の足がへし折れて悲惨な結末になるところだった。危ない。

 

 

「やっぱり反応が速い……というか今の、当たってたら僕の足がヤバかったな。忘れてた」

 

 

 やっぱり忘れてたんかい。

 

 とはいえ、手合わせするのはこれで2度目。期末試験直前にヒーロー科全員と戦ったが、それから結構時間が経っている。それより前の体育祭の記憶が薄れているのも仕方ないだろう。

 

 そんな事を思っていると、緑谷が後ろに下がって距離を取った。早速撃ってくるつもりだ。

 

 

「イメージ……強いイメージを持って……撃つ!」

 

 

 緑谷が指を弾いた瞬間、凄まじい暴風が波となって襲いかかる。

 

 周辺の木々が彎曲し、草木が吹き飛んで土煙が舞い上がる。人なんて簡単に吹き飛ばしてしまう程の風圧。

 

 それでも彼にとってはそよ風にも満たないもので、何事もなくその場に立っていた。それは緑谷も分かっていた事で、分かっているからこそ遠慮なく攻撃を放つ。

 

 

「まだ……まだまだぁ!」

 

 

 木から木へと飛び移りながら、空中で体勢を変えて様々な角度から空気の塊を飛ばしてくる。

 

 だが、その塊には指向性が無い。彼に届く頃にはかなり広範囲に分散し、それに伴って威力もかなり減衰している。

 

 そこそこの敵相手なら今の時点で十分だが、トップヒーローを目指すのであれば更なる改良が必要である。特に、敵連合のような手練れには一切通用しない。

 

 だからこそ発目にサポートアイテムの開発を依頼したのだろう。それは有効な手だが、ある程度は自分でもコントロールできるようになった方が良いと思う。

 

 それこそオールマイトや爆豪のように。

 

 

「ッ!? なるほど、確かにそれもそうだね。オールマイトも言ってた、アイテムに頼りすぎないようにって!」

 

 

 今思った感想を緑谷に伝えると、本人もそれを自覚しており、苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。

 

 自覚があるならそれで良い。今の自分に何が足りていないか、どんな課題があるのかを自覚しているのはとても重要な事だ。恐らく緑谷はすぐに克服できるだろう。

 

 

 ──それからしばらく時間は経って、緑谷の動きが徐々に洗練されてきた。実際に相手に撃つ事で、遠距離攻撃の感覚を少しずつ掴んできたらしい。

 

 

「フッ! タアッ! ハアアアッ!」

 

 

 そろそろ10分が経過するが、今もなお健気に空気砲を撃ち続け、成長を遂げている。

 

 空中で体勢を整えながら攻撃するのもかなり形になってきた。指向性の問題はまだ解決途中だが、今日はこれで十分だろう。

 

 最後に少しだけ反撃して終わりにしよう。

 

 

「ッ!? 構えた! 攻撃が来る!」

 

 

 彼の動きに緑谷は敏感に察知し、素早く態勢を整えた。どんな攻撃が来ても可能な限り対処できるように。

 

 コンマ数秒、緑谷の警戒が一気に上昇する中、彼は飛び回る緑谷に向けて右手を伸ばす。

 

 

「まさか、僕と同じ……」

 

 

 彼の手の形が変わる。

 

 緑谷の表情が警戒から驚愕に移り行く中、親指で抑えつける事によって蓄積した中指のエネルギーが、一気に解き放たれた。

 

 

「ガッ……!?」

 

 

 指を弾いて生み出された空気の塊が、避ける間もなく緑谷の胴体に直撃した。

 

 先程の緑谷のように、広範囲に風が広がって威力が減衰する事はなく、しっかりと形を保ったまま大砲の如く突き刺さる。

 

 完璧な指向性を持った、今後緑谷が目指すべき空気砲の完成形である。

 

 

「ぐぁああああああああっ!?」

 

 

 あまりの衝撃に血反吐を吐きながら、緑谷は勢いよく吹き飛ばされた。

 

 立ち並ぶ木々を薙ぎ倒して後方へ飛ばされ、地面を削りながら何度も跳ねて転がっていく。

 

 一応空気砲が緑谷の身体を貫通しないように威力は調整したが、それでも今の緑谷が耐えられる上限を超えていたらしい。

 

 

「ァ……カハッ……」

 

 

 その後、数百m吹き飛ばされた緑谷の様子を見に行くと、本人は全身傷だらけの状態で白目を向いていた。

 

 四肢の骨が滅茶苦茶にへし折れてかなりの重傷だが、今すぐ死ぬレベルの怪我ではない。適当にメディカルマシーンに入れて放置すれば完治するだろう。

 

 

「み、緑谷少年!? ちょっと君、いくら何でもこれはやり過ぎだよ! もう少し加減して!」

 

「相変わらず容赦がないですよねー。まぁ、あなたらしいですが」

 

 

 とはいえ、これには修行を頼み込んだオールマイトもご立腹なようで、流石に抗議されてしまった。発目は発目で遠い目をしていたが、特に何かを言われる事は無かった。

 

 そんなこんなで強制的に修行は中止となったが、緑谷にとってかなり良い経験になったのではなかろうか。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 その後、急いで保健室へ直行し、勝手に設置したメディカルマシーンに緑谷を入れて治療した。

 

 緑谷は1時間程度で完治した。

 

 

「いやー、緑谷さんかなりの重傷でしたね。厳しい特訓お疲れ様です」

 

「あはは、お疲れ……」

 

 

 ボコボコにされてげっそりした緑谷に、発目が呑気な口調で労いの言葉をかけた。

 

 朝から散々な目に遭ったせいか、修行中に見せた覇気は全くない。肉体は完治しているが精神的に相当疲れているようだ。

 

 そんな緑谷から尋ねられた。

 

 

「ねえ、最後に君が見せた空気砲だけど、あれはどうやってやったの?」

 

 

 最後に食らわせた攻撃の謎を聞かれ、彼は快く答えた。

 

 原理は簡単。指を弾く瞬間、拳を放つ要領で腕を真っ直ぐ伸ばすだけである。要は押し出す要領で空気の塊を飛ばしているのだ。砲丸投げをイメージしてくれたら理解が早まるだろう。

 

 指を弾いて空気の塊を作る。それを壊さないように腕全体を使い、押し出すように真っ直ぐ飛ばす。この2つの工程を同時に行っているだけだ。

 

 慣れればアイテム無しで精密な遠距離攻撃が可能になる。いざという時に取れる手段は多いに越した事はない。

 

 

「なるほど、砲丸投げのイメージ! その発想があったか。でも言うは易し、行うは難し。実際にやろうとしたら凄く時間がかかるぞ」

 

 

 緑谷の空気砲に関してはまだまだ課題だらけだ。だが本人がそれを自覚しているので、その点は問題ないだろう。 

 

 彼が問題視しているのは、やはり緑谷の扱うパワーそのものにある。

 

 

「えっ、現時点で身体を壊さず出せる力がどのくらいか? 全力を100としたら、今は20くらいが限度だよ」

 

 

 彼が思う緑谷の課題は、やはり出力できるパワーが小さすぎるという点だった。

 

 ちょっと前までは8%が限度と聞いていたので、それを考えれば随分な成長だ。だが、何度も言うがトップクラスの敵を相手取るにはまだまだ足りない。

 

 そう思いながら、彼は更に質問を重ねた。

 

 

「空気砲の時の出力が20%かって? うん、そうだよ。オールマイトと話し合って、普段は8%で動いて瞬間的に20%の力を引き出してるんだ」

 

 

 つまり空気砲を打ち出す瞬間、手だけ通常の倍以上のパワーを出して攻撃しているという事になる。

 

 確かに部分的にパワーを上げて攻撃するのは構わないが、変化が倍以上となると肉体にかかる負荷が大きすぎる。体力の消耗もより激しくなるだろう。

 

 それではいずれどこかでボロが出る。バランスが悪く、圧倒的に長期戦に向いていないのだ。それは好ましくない。

 

 

「言われてみれば確かにそうだけど、ならどうすれば良いのやら……」

 

 

 思い当たる節があったからか、新たな戦闘スタイルの問題点を指摘されて緑谷は唸った。

 

 改善方法に随分お悩みのようだが、1つシンプルな方法がある。

 

 15%だ。

 

 

「えっ……?」

 

 

 緑谷はこれから、寝る時以外は常に15%の力を引き出したまま学校生活を送るのだ。無論、身体がその負荷に慣れるまで。

 

 最初は結構きついだろうが、その状態に慣れればいざという時に限界まで力を引き上げても、身体にかかる負担は最小限で済む。

 

 瞬間的な出力の切り替えも、8%から20%より15%から20%の方が容易だろう。加えて力のコントロール技術の向上や体力の増加にも繋がる。

 

 厳しい分、得られるリターンは大きい。ただ無理強いをするつもりはない。今後どうするかはオールマイトと相談して決めればいい。

 

 こちらからは以上だ。

 

 

「……分かった、ありがとう。君のアドバイスを上手に活かせるよう、もっと頑張るよ」

 

 

 こうしてその日の修行は終了した。今後の緑谷の更なる成長に期待が高まるばかりである。

 

 なお、途中からオールマイトが完全に空気になっていたが、これもまた時代の流れというものだろうか。非常に物悲しい限りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようなやり取りが1ヵ月の間にあり、そして現在、文化祭当日に至る。

 

 

 




冒頭の部分、原作では文化祭の開幕は9時、A組のライブは10時からで時間差あるけど、まあここら辺はちょっとくらい変更しても問題ないかなって思ったり思わなかったり。

ちなみに、ジェントル戦はカットしました。あれは緑谷が相手するからこそ意味があるのです。あとは主人公が参戦すると話がダレるし、そもそもジェントルと主人公は相性最悪だと思ったので。

多分文化祭編はあと1話、2話くらいで終わって第5章に移ると思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 文化祭当日②

主人公にボコボコにされながらも健気に修行に励む原作主人公。

そんな中、遂に文化祭の日がやって来た。



 時は飛んで文化祭当日。

 

 文化祭のトップバッターを飾った1年A組のライブは、それはもう凄まじい盛り上がりを魅せた。

 

 彼らに対して反抗的な感情を抱く者が多い中、逆境を撥ね退け会場に集まった全員の心を躍らせたのだ。大成功といって良いだろう。クラス全員の熱量と、1ヵ月で仕上げたとは思えない高いクオリティが、成功に大きく響いたと思われる。

 

 会場に来ていたエリもライブにご満悦だったので、わざわざ病院からここまで足を運んだ甲斐があるというもの。

 

 気になってライブを見に来たこの2人もしっかりと楽しんでいた。

 

 

「いやー、凄かったですね。まさかあそこまで凄まじいライブとは思いませんでした!」

 

 

 発目の感想に彼も頷く。

 

 確かにA組のライブは凄かった。だがそれと同時に、こちらも負けていられないという気持ちが強くなった。

 

 

「さあ、ライブを見てしっかり気分転換しました。次は私達の番です」

 

 

 発目と一緒に賑わう校内を歩き回りながら、彼は気持ちを切り替えた。

 

 模擬店で買った大量の食べ物を口一杯に頬張り、午後から行われる技術展示会の最終調整を行う。

 

 

「私達の発表は結構終盤の時間ですね。文化祭のフィナーレを飾れそうで丁度良いじゃないですか」

 

 

 発表の時間までそれなりに時間が空いているので、本番に向けて入念な調整ができそうだ。空いたこの時間をしっかり有効活用させていただこう。

 

 彼は人工衛星の打ち上げに向けて意気込んだ。

 

 

「ここまで来れば、後腐れのないように全力で楽しむだけです。雄英に集まった全員の度肝を抜いてやりましょう!」

 

 

 そう言って発目は拳を突き出したので、彼もそれに合わせて拳を突き出し、コツンと合わせた。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 それから数時間後、遂にその時がやって来た。

 

 

「お集まり頂いた皆さん、お待たせしました。それではこれより、私達の自慢のベイビーを紹介していこうと思います!」

 

 

 雄英の敷地内に設置された技術展示会の会場内、その一角でマイクを手にした発目が仰々しく手を振った。

 

 彼と発目の前には、発明品が気になって見に来た生徒や教員達が大勢集まっている。

 

 そんな衆目に晒される中、2人は最初にして最大の見せ場を披露する。

 

 

「今回私達が文化祭に向けて開発したベイビーはこちら! そう、人工衛星です!」

 

「「「「おおっ!?」」」」

 

 

 観客の驚く声が響き渡る。

 

 覆い被さった布を剝ぎ取るとそこにあったのは、如何にもなフォルムをした巨大な人工衛星が鎮座していた。

 

 その隣には大型のロケットが設置されており、そちらもかなり目を引く存在感を放っている。

 

 

「私達はこの文化祭で何か大きな事をやってみたいと思い、考えました。その結果、人工衛星を作って宇宙に飛ばしてみようという結論に至ったのです!」

 

 

 それから発目は熱弁した。

 

 人工衛星の製作開始から完成に至るまでの軌跡、こだわった部分や他の衛星とは何が違うのか等々。

 

 それから皆して気になって耳を傾ける中、15分程の説明が終わった。本当はまだまだ語れるし、伝えていない事もたくさんあるのだが、あまり長々話しても退屈なので簡潔に済ませた。

 

 

「とまあこんな感じで、私達は見事衛星の開発および打ち上げ準備まで整える事ができたわけですが……」

 

「ですが……?」

 

 

 発目の言葉に観客が更に身を寄せる。

 

 最低限の説明を済ませたところで、ここからが本題である。もうお分かりだと思うが、ここまで来てやる事は1つしかない。

 

 

「その開発した人工衛星を、今から宇宙へ打ち上げてみようと思いまーす!」

 

「「「「「おおおおおおーっ!!」」」」」

 

 

 その言葉に、更に大きな歓声が沸き上がる。

 

 人工衛星の打ち上げ。それを聞いて気にならない者はこの場に居ない。

 

 ごく限られた場所の限られたタイミングで、限られた人しか目にする事ができない瞬間を一高校の文化祭で見れるのだ。迫力満点、大興奮間違いないに決まってる。

 

 とはいえ、打ち上げるのは観客の目の前にある衛星ではない。

 

 

「今皆さんの目の前にある衛星とロケットはただのハリボテ。流石にこんな所で打ち上げるわけにもいきませんからね。本物は既にグラウンドの中心に設置したロケットの中にあります」

 

 

 ここは技術展示会の会場。周りには他のサポート科が開発したアイテムが所狭しと並んでいる。

 

 こんな場所で衛星の打ち上げなんて馬鹿な真似はしない。流石に狭すぎる。なのでここからは外に出て、打ち上がる光景が見える位置に移動してもらう。

 

 それから観客と共に会場の外に出て、打ち上げが見えるポイントまで歩いて行った。この時点でかなり大がかりな発表だ。

 

 

「さあさあ皆さん、カメラの準備はよろしいですか? たった1度のシャッターチャンスですよ! では行きましょう、発射まで10秒前!」

 

 

 観客の注目、盛り上がりが最高潮に達したところで発目が打ち上げのカウントダウンを開始した。

 

 その手には如何にもな発射用の青いボタンが握られている。

 

 

「9、8、7……!」

 

 

 発目の声に合わせて周囲も声を張り上げる。ノリが良くて大変結構だ。

 

 

「6、5、4……!」

 

 

 カウントダウンを叫ぶ皆の声につられ、他のクラスの出し物に行っていた人の注目が一気に集まる。

 

 

「3、2、1……!」

 

 

 そして、たった2人の発表のために集まった大勢の観客が、一斉にカメラをグラウンドの方に向けた。

 

 

「発射!!」

 

 

 カウントダウンがゼロになったと同時に、発目が青いボタンを力強く押した。

 

 瞬間、グラウンドに設置されたロケットの噴射口から夥しい量の煙と炎が舞い上がる。

 

 そのまま人工衛星を乗せたロケットは徐々に地面から離れ、数十秒足らずであっという間に上空へと飛び立った。

 

 

「「「「わああああああーっ!!」」」」

 

 

 打ち上げの瞬間、飛び立つロケット。それらを見た観客が今日一番の凄まじい歓声を上げた。

 

 校内にいるほぼ全ての人達が注目していると言っても過言ではない状況で、見事打ち上げに成功したのだ。

 

 

「2人とも凄いなぁ……まさかあんな大がかりな代物を1ヵ月で作り上げるなんて」

 

「確かにね! 俺も正直驚いてるよ。ここまでやれる1年生なんて見た事ないからさ。エリちゃんはどう?」

 

「うん、何というか……ぶわぁああってなって、大きな音がして、すっごく速くて、とってもキラキラしてた」

 

「そりゃ良かった!」

 

 

 会場でロケット打ち上げの瞬間を見ていた緑谷達も、サポート科2名の壮大な発明に感嘆の声を漏らしていた。

 

 特に午前中にA組のライブを観て、屈託のない飛び切りの笑顔を見せたエリもこれには感動しており、今も輝いた目で上空のロケットを見つめている。

 

 これには通形も喜んだ。 

 

 

「あの2人、何かいつも凄い事やってるよねー」

 

「確かにそうね。特に今回は人工衛星の打ち上げだもの。本当に凄いわ、ケロケロ」

 

「ほわぁあああ……一体いくらしたんや……」

 

 

 一緒に文化祭を回っていた葉隠、蛙吹、麗日の3人も思い思いの感想を口にする。若干1名違うところに注目しているが、それもまた一興というものだろう。

 

 

「人工衛星か……やっぱあいつ凄ぇな」

 

「おっ、轟が珍しく褒めた。こんな事もあるんだな」

 

「お前もそう思わねえか、爆豪?」

 

「けっ、知るかんなもん。つーか何で俺まで半分野郎と一緒にいるんだおい」

 

「まぁまぁ、今日ぐらい良いじゃねーか。皆で一緒に楽しもうぜ」

 

 

 少し遠くに離れた場所では、轟、瀬呂、上鳴、爆豪、切島の5人がごちゃごちゃ話しながらも飛び立つロケットを眺めていた。

 

 爆豪は何やら気に食わない様子だったが、彼らしいといえば彼らしい表情である。

 

 

 このように、会場に集ったそれぞれが十人十色の反応を見せる中、遥か上空へ飛んで行ったロケットを見つめていた発目が、再びマイクを手に取った。

 

 

「……はい、たった今切り離しが終わりました。先端に搭載した人工衛星だけが宇宙へ飛び立ちましたね。これにて人工衛星の打ち上げ及び、私達の発表の終わりです」

 

 

 人工衛星を上空まで運ぶ役目のロケットが切り離され、無事に衛星が大気圏からの脱出に入った事と、発表時間の終わりを告げる。

 

 今回の人工衛星は通常の物とは違い、かなり特殊な作りをしている。そのため地球を脱出して更に遠くへ進むのだが……、

 

 

「以上、お集まり頂いた皆さん、ありがとうございましたー……と、言いたいところですが」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

 しかし、ここで終わるかと思った途端、発目が発したその言葉で一気に会場の空気が変わった。

 

 終わったかーなどと呑気に呟いて会場を後にしようとした人達の足が止まり、一斉に彼と発目の方へ視線が戻る。

 

 

「人工衛星を打ち上げてはい終わり、なんて、それだけでは少々物足りないと我々思いましてね」

 

「「「「えっ、えっ?」」」」

 

 

 皆の困惑が収まらないが、そんな事などお構いなしに発目は言葉を綴る。

 

 

「そこで、ここから私達にできる事はないかと考えました。その結果……」

 

 

 観客の注目が再び集まったところで、発目はポケットからとある物を取り出した。

 

 ボタンである。先程のロケット発射用の青いボタンとは違う、濃く禍々しい雰囲気を纏った赤いボタン。見るからに危険信号が伝わる真っ赤なボタン。

 

 それが今、発目の掌の上に乗っていた。

 

 

「これが何だか分かりますか? そう、ボタンです。では一体何のボタンでしょうか?」

 

「「「「えっと……」」」」

 

 

 突然投げ掛けられた疑問に全員が一斉に静かになり、言葉を詰まらせた。

 

 シンと静まり返った会場内で、発目は更に続けた。

 

 

「それからもう1つ。私の最も親しき友人は過去にこう語ってました。『芸術は爆発だ』と……そう、爆発です。爆発……」

 

 

 何故か意味深に爆発という単語を連呼し始めた発目に、会場の皆は嫌な予感が脳裏に過った。

 

 この2人がいつも爆発騒ぎを起こして担任と揉めている話は結構有名である。だけどまさか、まさかこの特別な日にそんな事をするわけがないと、心のどこかでそう思っていた。

 

 その期待は見事に砕け散る事になる。

 

 

「これが私達のフィナーレ(答え)です! ポチッとな!」

 

 

 皆の注目がある中で、発目は手に持ったそのボタンを勢いよく押した。

 

 その瞬間──、

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 突如、遥か上空が昼間以上に明るく照らされた。

 

 太陽の光以上に眩い光が見ていた全員の目に入り込み、一瞬視界を奪う。

 

 それと同時に感じる僅かな熱。別に火傷する程の高温ではないが、それでもほんのり温かくなったと確信できる。

 

 その後から襲ってきたのは、思わず耳を塞いでしまう程の巨大な爆発音。凄まじい衝撃波と轟音が空気を伝い、激しい暴風となって地上にまで降りかかってきたのだ。

 

 紛う事なき大爆発。芸術的なまでに綺麗で、激しい、ド派手な大爆発。先程の打ち上げの感動を軽々超える衝撃が、集まった人々の脳裏に刻まれた。

 

 

「「「「……………………」」」」

 

 

 あまりの衝撃に全員が言葉を失った。

 

 唐突過ぎる大爆発でパニックになるでもなく、泣き喚くでもなく、ただ只管にシンと静まり返った。

 

 いつまでも情報が完結しない。予想以上の大爆発に脳が理解を拒んでいた。

 

 

「はい、いかがでしたか? 切り離されて残ったロケット部分をかつてないレベルで大爆発させてみました! いやー、発表の最後を飾る良い演出になったのではないでしょうか!?」

 

 

 全員が未だに唖然としたまま上空を見つめる最中、空気を読まない発目が爆発の説明を行った。

 

 人工衛星の開発途中、彼と考えて仕込んだ物である。

 

 

「これで今度こそ私達の発表の終わりです! それでは皆さん、ご清聴ありがとうございましたー!」

 

 

 拍手は返ってこない。

 

 誰もが空に目を奪われ放心状態となっているのだ。魂が抜けたように、その場に突っ立っているのだ。反応などあるわけがなかった。

 

 しかし、何事にも例外は存在する。

 

 

「……やりやがった。マジかよあの2人、やりやがった……何やってんだお前らぁああああああああっ!!

 

 

 シンと静まり返った会場内でただ1人、担任のパワーローダー先生の大絶叫が響き渡った。

 

 その後、終盤に差し掛かっていた事もあり、色々とありながらも文化祭は最後まで続行した。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 爆発騒ぎで多少揉めながらも、何だかんだ最後まで文化祭をやり通した翌日。

 

 校長室にて、彼と発目は先生達の前に呼び出されていた。

 

 

「さて、何か申し開きはあるかな?」

 

「ありません! 強いて言うなら、爆発した時に文字が浮かぶような細工を施せば良かったなと思ってます!」

 

「なるほど、全く反省していない事だけはよく分かったよ!」

 

 

 中心に座る根津校長に尋ねられ、発目は大きな声ではっきりと即答した。隣に座る彼も発目と同様、ありませんと冷静に返す。

 

 とはいえ、全く反省していないと言われるのは少し心外だ。勿論反省はしている。せっかく警察の上層部と揉めながらも行われた文化祭を、あわや中止寸前まで追い込んだのだ。

 

 だが、何も考慮しなかったわけではない。あえて上空で爆破したのはそのためで、雄英バリアに大きな干渉が無ければ誤報も何もないと判断していた。

 

 その結果はご覧の通りだし、結構なニュースにもなったが、それでも人的被害も物的損害もゼロに収まっている。全て計算通りだ。

 

 なので反省はしているが後悔はしていない。

 

 

「いや、計算通りって。まずそんな事するなよ」

 

 

 彼らの説明を聞いた相澤が冷静にツッコみを入れた。これには他の教員達も何度も頷く。

 

 

「今年の文化祭の開催で、校長が警察庁と相当揉めたのを知っててなお実行したのはどうなのよ?」

 

「しかもそれを知ってるからこそ、中止の条件に引っ掛からないギリギリを攻めた内容ぶち込んできたの、余計質が悪ぃぜ」

 

「変なところで理性的なのどうなってんだ?」

 

 

 相澤に続いてミッドナイト、プレゼントマイク、スナイプの3人が矢継ぎ早に叱ってくる。

 

 これには横で聞いていたオールマイトも悩ましい顔で眉間に手を当てるだけだった。

 

 

「あれ、そういえばパワーローダー先生はどこへ? 担任のはずなのに見当たりませんね」

 

「お前達の担任なら今保健室のベッドで横になってるよ。度重なるストレスで胃を痛めたらしくてな。リカバリーガールも呆れてたよ」

 

「えっ、そうだったんですか? それはお気の毒に……後でお見舞いがてら様子でも見に行きますか」

 

「……お前らが行くと逆に負担になるから、パワーローダーが回復するまで接触禁止な」

 

 

 おっと、これは困った。担任の先生とまさかの接触禁止令を下されてしまった。仮にも生徒相手にそんな事を言っても良いのだろうか。これは断固抗義だ、許せん……冗談だが。

 

 そんな事を思っていると、校長が「はい注目!」と手を挙げて言った。

 

 

「とりあえず、今後は事前に何をするのか伝えてから行動に移してほしい。サプライズにしても、せめて私にだけは予め教えてくれると嬉しい。

 そうすればこちらも柔軟に対応できるからね。だからくれぐれも、今回みたいな事は勘弁してくれたまえ。分かったかな?」

 

 

 笑顔で淡々と言うが、目は笑っていない。有無を言わさぬ圧力でこちらに訴えかけているのがよく分かる。

 

 だけど確かに今回のサプライズは、全責任者の校長だけでも伝えるべきだったと言える。そこは反省ポイントだ。今度からはそこにも気を付けながら行動しよう。

 

 

 ──その後も彼と発目は教員達の説教をしこたま受け、1時間以上経ってようやく解放された。

 

 今もなお寝込んでいるパワーローダーのお見舞いに行けないのは残念だが、あの先生の事だ。すぐにでも復活するだろう。

 

 そう思いながら、彼は発目と一緒に寮へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさかあそこまで堂々とした態度を取られるとは思いませんでしたね。あの2人の倫理観どうなってるんですか?」

 

「要はマジもんのマッドサイエンティストって事だろ。ったく、パワーローダーが思いやられるぜ」

 

「でも作る物は毎回レベルが高いですよね。素人目で見てもよく分かります」

 

「天才と馬鹿は紙一重とは、まさにこの事だな」

 

 

 2人が退室した後、教師それぞれが思った事を口にしあう。他とは明らかにズレた思考を持つ2人に、皆して頭を悩ませていた。

 

 それだけではない。悩める問題は他にもある。

 

 

「にしても、昨日公安から直接連絡が来たのはびっくりしましたね」

 

「普通あれだけの爆発騒ぎを起こせば、いくら雄英バリアが反応しなかったとはいえ一発で退学、最低でも停学は確実なんだが……」

 

「まさか2人の退学処分取消を要請してくるとは。それだけ公安にとっては2人を手放したくない、という事ですかね」

 

「手放したくないというよりは、手放したら不味いというのが正しい解釈かと。彼の場合は特に」

 

 

 文化祭が終わった直後、例の爆発騒ぎの件で公安から1本の電話が掛かってきた。

 

 その内容は、今回の騒ぎに関しては一切を不問とし、2人の退学を検討しているのであれば直ちに取り消せというもの。

 

 その要請がどれ程の意味を持つかを、ここにいる全員は良く理解している。

 

 

「まぁ、最初から退学させるつもりは無かったけどね。彼は前にも1度やらかしてるし、これくらいどうって事ないさ」

 

「本当にお疲れ様です、校長……」

 

 

 ただ、例の問題児は1度世界が崩壊する一歩手前まで追い込んだ前科があるので、今更このくらいで停学や退学処分を下すつもりは更々無かった。

 

 その判断を下した校長の気苦労を想像し、相澤は深い溜め息を吐いて校長に労いの言葉をかけた。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 波乱万丈の文化祭が終わって数週間後。

 

 

「いやー、楽しかったですね文化祭。少し揉めちゃいましたけど、あれも思い出の1つです」

 

「おいコラ、あれだけの事をやっておいて『楽しかった』の一言で済まそうとすんな」

 

 

 いつもの開発工房内にて、発目が何気なく発したその言葉にパワーローダーが厳しく咎める。

 

 

「またまたぁ、本当は先生も予想していたはずです。私達がただ発表して終わるわけがないって」

 

「ああ、そうだな。確かに分かっていたさ、お前らが文化祭という日だろうと絶対やらかす事くらいは。でもな……あんなの誰が予想できるんだよ!」

 

 

 パワーローダーは文化祭の日を振り返り、発目ら2人に対して酷く憤慨した様子を見せる。今回の事でかなりご立腹らしい。

 

 

「大体なんだよ、ロケットに爆弾詰めて上空爆破って!? 人工衛星打ち上げてはい終わりで十分感動だっただろ! 何でそこに余計なムーブ加えるの!? 

 しかもあれ、もし地上で爆発したら雄英が半分消し飛んでたぞ! 上空だったから被害無くて済んだけどさ、今思うと滅茶苦茶怖ぇよ! ちょっとは加減しろよ!」

 

 

 捲し立てるように怒鳴り散らしてくるが、芸術は爆発なのだから仕方ない節はある。最早ある意味そういう性なのかもしれない。

 

 というか人生は予想外の連続なのだから、先生もいい加減このパターンに適応してみてはどうだろうか。その方がストレスも少なくて済む。

 

 

「ばっかじゃねーの!? お前の方こそ何言ってるんだよ! あんなのに慣れてたまるか! もし慣れてしまったら、こう……人として大切な何かを失う気がするんだよ!」

 

 

 お前は何を言ってるんだと、ドン引きした表情を浮かべてこちらを見てきた。

 

 そうは言うが、あれでご立腹だったのは先生達くらいで、他は意外にも「何かよく分からんけど凄かった」みたいな普通のコメントばかり残している。

 

 特にクラスメイトの皆に至っては、「何かしてくると思ったけどあれは予想外だった」や、「予想が外れて悔しい。絶対当たったと思ってたのに」など、もはやゲーム感覚でこちらの行動を予測して当てようとしていた。

 

 

「えっ、嘘……俺の生徒、何かヤバい方向に転がってる感じ?」

 

 

 今更気付いたのか。しかしもう遅い。

 

 とはいえ別に洗脳だとか常識を変えようとか、そんな事は一切していない。好き勝手やり続けていたら自然と皆も適応していただけの話だ。

 

 後は先生だけである。

 

 

「い、嫌だぁああああああ! 適応したくない! 誰か1人はまともな奴が居ないとクラスが崩壊する!」

 

 

 八方塞がりな状況に陥ってた事実を知り、パワーローダーは大声を上げて頭を抱えた。

 

 哀愁さえ感じるその姿を見て、クラスを受け持つ担任は本当に大変なんだなぁと、どこか他人事のように考える彼であった。

 

 

 




はい、見事にやらかした2人ですね。彼らがただ人工衛星を打ち上げて終わるわけないじゃないですかヤダー! 文化祭が中止にならなかっただけマシですね。


※次回から第5章です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5章
第38話 I・エキスポ、再び


お待たせしました、ここから第5章です。時期的にはヒロアカのアニメ5期くらい。オリジナルストーリーです。



 文化祭の日から月日が経ち、12月。

 

 彼と発目はこの日、パワーローダーに呼び出されて応接室に来ていた。向かい側に座る担任の隣にはオールマイトもおり、とても真剣な表情をしている。

 

 

「で、今日は一体何用ですか先生?」

 

「2人ともよく来てくれたな。実はお前達に重大な話があるんだ」

 

 

 開口一番重苦しい雰囲気を纏ったパワーローダーの声が部屋中に響き渡る。

 

 その表情には緊張が混じっており、もしかしてまた何かの説教なのかと思う中、パワーローダーは口を開いた。

 

 

「お前達宛に【Re:I・エキスポ】の招待状が届いた。雄英を通じてな」

 

「ああ、そういえばこの前ニュースでやってましたね。I・アイランドで1度中止になったI・エキスポを再開すると」

 

 

 何事かと思えばただの招待だった。

 

 今から半年程前、夏頃に開催された時はプレオープン日に敵の急襲で中止となってしまったI・エキスポ。

 

 巨大人工移動都市【I・アイランド】で起こった前代未聞の大事件から月日が経ち、準備が整い満を持しての再開が決定したと先日ニュースになっていた。

 

 

「雄英体育祭で発表したホイポイカプセルが今度の【Re:I・エキスポ】で展示されるから、開発者をそのレセプションパーティーへ招待しますとの事だ」

 

「ああ、ホイポイカプセル……懐かしいですね」

 

 

 春頃に作って体育祭の場で発表したホイポイカプセルが今になって展示される事に、2人は一瞬遠い目をして体育祭の日の出来事を振り返った。

 

 思えばあれから色んなものを作ってきたが、まさかここに来てホイポイカプセルが再び脚光を浴びるとは予想だにしなかった。

 

 

「まぁ、正確にはお前個人に招待状が届いているわけだが、チケットは2枚あるんだ。で、お前の事だからもう1枚は発目に渡すだろう? だから2人を呼んだってわけ」

 

 

 なるほど、よく分かっているじゃないかパワーローダー先生。

 

 ホイポイカプセルの開発者は彼なので、呼ばれていない発目は本来パーティーには参加できない。だがチケットが2枚あるとなれば、当然発目に渡すのが筋というもの。

 

 しかし、1度敵の襲撃を受けているにもかかわらず、よくこの時期に開催する気になったと思う。

 

 

「確かに俺も同じ事を思ったが、今年の雄英体育祭と同じ理由だろう。逆に開催する事で敵に屈しない強固な姿勢をアピールするって感じでな」

 

「それが見事に裏目に出たのが雄英ですけどね」

 

「そ、それはそうだが……あまり痛い所を突かないでくれると嬉しい」

 

 

 唐突過ぎる発目の容赦ない口撃に、パワーローダーが苦しそうな反応を見せる。

 

 やはり度重なる敵連合の襲撃は雄英に少なくないダメージを与えており、今でも大きな古傷として痛むらしい。

 

 

「と、とにかく、そのI・エキスポへの招待状だがお前らどうする? 出席するか否か……」

 

「行きましょう行きましょう! 以前はメディカルマシーンの開発で忙しかったので、残念ながら見送りになりましたし。全世界の科学者が集まって開発したベイビー達……必見ですよこれは!」

 

 

 というわけだ。発目が行きたいそうなので一緒に行くとしよう。

 

 彼は2つ返事で参加を希望した。

 

 

「そうか。まっ、概ね予想通りだな。ただ流石に2人だけで行かせるのは不味くてな。引率の先生がどうしても必要なんだ」

 

「ああ、それでオールマイト先生がここにいるわけですね」

 

「その通りだよ発目少女」

 

 

 どうしてオールマイトまで部屋にいるのかようやく分かった。今回のI・エキスポ参加に当たって、オールマイトが引率を務めてくれるらしい。

 

 

「私宛にチケットが届いたのもあるが、I・アイランドには私の友人がいてね。久しぶりに顔を見たくなったんだ」

 

「それってひょっとしてデヴィット・シールドの事ですか? 確か敵襲撃に関与したとして捕まったとニュースで……」

 

「そうさ。デイヴは今I・アイランドの収容施設にいるから、余計話せる時間が無くなってね。丁度良い機会だから、君達の引率ついでに彼と直接話をしに行こうと思って」

 

 

 なるほど、それで引率というわけか。シンプルな理由で分かりやすいし、これ以上の適任は存在しないだろう。

 

 

「他にも理由はある。今回のI・エキスポにはあのスターアンドストライプが警備に付いてる。私は彼女とも何度か面識があってね。是非とも会って話がしたいんだ」

 

 

 スターアンドストライプといえば、アメリカNo.1ヒーローとして君臨する世界最強の女である。

 

 滅多に本国から出ないと噂のヒーローがわざわざ海上都市に赴くとは、それだけ今回のI・エキスポには力を入れているのだろう。

 

 他にも世界の名だたるヒーロー達が集結するとの話で、主催側の本気度が分かる。

 

 

「というわけで、よろしく頼むよ2人とも。くれぐれも向こうの土地でやらかす事の無いようにね?」

 

「ええ、分かってますよそれくらい」

 

 

 こうして彼と発目とオールマイトの3人でI・アイランドに行く事が決まった。

 

 ちなみに【Re:I・エキスポ】の開催時期は1月なので、その時までゆっくり雄英で過ごすとしよう。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 それから数週間後、12月24日。

 

 本日はクリスマスの前夜祭。日本全国が赤と白の2色に染まる中、ここ雄英でも年に1度の祭典を盛大に祝っていた。

 

 

「「「「メリークリスマス!!」」」」

 

 

 クラス一同の大合唱と共に掲げられるコップをくっつけ合いながら、彼も皆と一緒に目の前の御馳走にありつく。

 

 七面鳥、フライドポテト、ローストビーフ、ケーキなど、テーブルに並べられた豪華な料理はクラス全員の共同制作。

 

 ランチラッシュには確かに及ばないものの、これも中々どうして、美味と言えるクオリティである。

 

 

「いつもベイビーの開発に掛かり切りでこういう事はあまりしませんけど、たまにすると結構楽しいものですね! あっ、このエクレア美味しい……」

 

 

 彼の隣で同じように料理を食べる発目も、クリスマスをしっかり楽しんでいるようで何よりだ。

 

 あと、そのエクレアを作ったのは自分だ。発目の好物なので一応作っておいたが、お気に召してくれたのであれば嬉しい限りである。

 

 

「そうだったんですね。まさか私の好物をちゃんと覚えてくれてたとは。ちなみにあなたが今食べてるチョコケーキ、作ったの私ですけどお味はどうですか?」

 

 

 めっちゃ美味しい。割とマジで。

 

 勿論発目が作ってくれた物はどれも美味しいのだが、このチョコケーキ、チョコと生クリームのバランスが完璧で口にした時は内心驚いた。

 

 思っていた以上のクオリティで、お世辞抜きで面食らったのだ。発目がクラス内で一番料理上手なのは全員の共通認識だが、まさかこれ程とは。

 

 

「そうですか。そこまで褒められると何だか照れますね。前日から準備を進めて作った甲斐があります」

 

 

 自作のケーキをこれでもかとべた褒めされ、珍しく照れ臭そうにもじもじする発目。

 

 可愛い。シンプルにそう思った。

 

 この極上の表情は是非とも写真に撮って保存しておきたかった。高画質の一眼レフで。今持っていない事が何よりも悔やまれる。

 

 今後は発目の最高の1枚を撮影できるように、常にカメラを携帯しておこうと心に誓う彼であった。

 

 

「そういえば、この前先生方に呼び出された件はどうなりました? 確かヒーロー事務所へのインターンシップ、でしたよね?」

 

 

 話題は変わって、インターンシップの話を発目に尋ねられた。

 

 

 

 

 

 ──実は数日前、もう何度目かも分からない校長室への呼び出しを食らった彼は、そこで校長からこんな話を持ち出された。

 

 

「突然呼び出してすまないね。今回はヒーロー事務所へのインターンシップの件で話があるのさ」

 

 

 話を聞くところによると、つい先週ヒーロー公安委員会が全国のヒーロー科がある高校へこのような要請を出したという。

 

 

『ヒーロー科全生徒の実地研修実施』

 

 

 昨今増加している組織化した敵への対応学習が目的との事らしいが、話を聞く限りどうにもきな臭い。

 

 現在雄英は度重なる敵連合の襲撃や世間体もあり、インターンの自粛期間を設けていた。だというのに、ヒーロー社会の大元からやれと言われたのだ。何の前触れもなく、まだ世間からの目も厳しい中でのインターン再開。何かあるとしか思えない。

 

 実地研修をする目的は使える人材を増やす事だ。インターンでプロヒーローの活動をより身近に経験すれば、その生徒は1人前のヒーローへと成長するだろう。

 

 つまり今回の要請は、「ヒーローが足りないのでなるべく早く若手を育ててくださいね」という公安からのメッセージ。

 

 しかし解せないのは、今はどこでもヒーローが闊歩するヒーロー飽和社会であるという事。学生を急いで叩き上げる必要性が本当にあるのかと問いたいところだ。

 

 それでも公安はインターンの実施を要請した。

 

 

 ……そういえば、つい最近愛知県の泥花市で街全体を巻き込んだ暴動が起こったとニュースになっていた。何でも被害規模は神野区事件を上回るとか。

 

 保須市、神野区に続き今回の泥花市。立て続けに都市規模の人災が起こり過ぎて、遂に公安も重い腰を上げたと解釈できるが、それなら神野区の時点で要請を出しているはず。そもそも前者2つは敵連合が事件の発端だ。

 

 となると、推し測るに今回のインターン要請の真の目的は、対敵連合に向けての戦力増強といったところか。

 

 そして、学生を駆り出してまで人員を確保するという事は、それだけ敵の数が多いという事を意味する。つまり戦う相手は敵連合だけではないのだろう。

 

 ……まさかとは思うが、異能解放軍なんて随分昔の革命サークルが敵なんて可能性はあるだろうか。ここ数カ月、異能解放を謳う啓発本が突然再販され、現在やたらと売れている。

 

 何かの前衛的な思想に染まった人間が社会に紛れて水面下で活動するのはよくある話だ。そういう団体に限って無駄に数が多かったりする。

 

 

 と、そこまで考えていたところで校長から声がかかり、そちらに意識を向けた。

 

 

「で、話の続きなんだけど、今回その要請を出した公安から、なんと君にもヒーロー事務所へのインターンに行けないか打診しろと言われたのさ。恐らく君の実力を見込んでのものだろうね」

 

 

 大方そうだろうなという気はしていた。

 

 これまで散々力の片鱗を見せてきたのだ。その殆どが世間には知られていないが、雄英の上の立場の公安が自身に関する情報を掴んでいるのは把握済み。

 

 別に必死になって隠す気もないから、そのような要望が来たところで「だろうな」としか思わない。

 

 それよりもインターンである。

 

 公安は既に知っているだろう、自身がオールマイトを超える力を有している事を。その気になればたった1人で国どころか世界をひっくり返せる事を。

 

 こちらも知っている。自分の力がもしも社会に牙を向けたら不味いので、どうにかして秩序側に取り込めないか色々と摸索している事を。その最も有効な手段がヒーローにさせる事だと。

 

 

 だが、生憎とこちらは初めからヒーローになるつもりなど毛頭ない。個人的に守りたいと思った相手さえ無事なら、他がどうなろうとぶっちゃけどうでも良いのだ。

 

 ヒーローになると助ける気も無い人達にまで気を配る必要が出てくる。態々どうでもいい相手のために動く義理などこちらには一切ない。

 

 分け隔てなく助けるのはヒーローの領分だ。自分ではない。

 

 

「結果は分かり切ってるけど一応聞くね。要請に応えてインターンに行くかい?」

 

 

 校長からの問いかけに、彼は否を主張した。即答だった。

 

 

「OK、答えてくれてありがとう。公安にはこちらから伝えておくよ。話はこれでお終いさ、お疲れ様」

 

 

 こうして校長との形骸化したやり取りを済ませた彼は、校長室を後にして寮へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 ──という事が数日前にあったわけだが、それがどうかしたのだろうか。

 

 

「いえ、特に何かあるわけでは。しかしあなたも相変わらず意固地ですね。頑なにヒーローになりたくないと言ってる方はあなたが初めてですよ」

 

 

 そう言われても、こればかりは個人の価値観の話なので勘弁してくれると助かる。

 

 彼は深い溜め息を吐いた。

 

 

「大丈夫です、分かってますよ。私だって気の進まない事を他人に押し付ける気はありませんから」

 

 

 その発言はお互いにとってブーメランになる気しかしないが、とにかくこちらのヒーローに対する価値観、人生観につべこべ言わないでくれるのはありがたい。

 

 つくづく発目と出会って本当に良かったと思う。

 

 

「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるではありませんか。ならばもっと楽しみましょう。何たって今日はクリスマスイヴですから!」

 

 

 発目の満面の笑みがヒマワリのように花開いた。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 12月末、蛇腔総合病院の地下研究所にて。

 

 この日、敵連合改め超常解放戦線の幹部となった荼毘は、殻木球大ことドクターのもとへ訪れていた。

 

 

「ようドクター、研究は順調か?」

 

「荼毘か、久しいな。ああ、脳無の研究はすこぶる順調じゃよ。過去一番と言ってもいい」

 

 

 荼毘の質問に、ドクターはにんまり笑った顔で答えた。弾んだ声からすこぶる上機嫌である事が分かる。

 

 

「リーダーはどうした? 見当たらねぇぞ」

 

「死柄木弔なら今部屋で仮眠を取っているところじゃ。これまでの戦闘で蓄積した疲労がまだ尾を引いておるようじゃの」

 

「おいおい大丈夫か、今度大事な手術が控えてんだろ。この前デトネラットの社長(ハゲ)に使ったメディカルマシーンってやつで治してやれよ」

 

「それはもうやった。だから傷は癒えとる。疲労の原因は長期間に及ぶ睡眠不足じゃ。ギガントマキアと会った時から碌に寝れてなかったからな」

 

 

 疲労で寝ている死柄木弔の状態を憂う素振りを見せる荼毘。しかし薄笑いを浮かべており、心から心配しているようには見えない。

 

 

「にしても聞いたぞ荼毘、あのホークスを仲間に引き入れたとな。良い仲間を見つけたと以前言っておったが、まさかNo.2を連れて来るとは思わんかったわい。土壇場で手の平を返されても知らんぞ?」

 

「多分、いやほぼ確実に裏があるとは思うが、それを差し引いてもあいつには利用価値がある。No.2ともなりゃ、多少のリスクは織り込み済みだ」

 

「それなら良いがの。くれぐれも飼い犬に手を嚙まれん事じゃな」

 

「ああ、ちゃんと躾けておくよ」

 

 

 つい最近、敵連合は異能解放軍との激闘の末に勝利し、死柄木を中心とした新たなリーダーとして君臨した。

 

 そして名を改め、超常解放戦線という11万人超えの戦闘員を抱える超巨大組織へと変貌し、異能の解放を目指して国家転覆を目論んでいる。

 

 荼毘は新しく発足した組織の幹部に抜擢されたわけだが、そうなる前からホークスとは様々な取引を繰り返しており、今回の新組織発足を機に仲間として迎え入れたのだ。

 

 十中八九ホークスはスパイだと察しているが、それでも利用価値があると踏んで今でも気付いてないふりをしている。

 

 とはいえ一歩間違えれば大惨事なので細心の注意は払っている。

 

 

「話を戻すが、脳無の研究はそんなに順調なのか? ブレイクタイムがてら少し聞かせてくれよ」

 

「いいぞ、お前とは審美眼が合うからの」

 

 

 話題は再び脳無の研究に戻り、ふと気になった荼毘は研究の成果を尋ねた。

 

 ドクターもその要望を快く受け入れ、早速荼毘を引き連れて研究所の奥へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

「まずはこれを見てくれ」

 

「こいつは……ひょっとしてここにいる奴ら全員……」

 

「ああそうじゃ、全てハイエンド脳無じゃよ」

 

 

 研究所の奥へと向かった荼毘が目にしたのは、巨大な試験管の中で液体に浸った怪物の軍団。脳無と呼ばれる脳が剥き出しの化け物、その中でも最上位のハイエンドタイプがずらりと並んでいた。

 

 ハイエンドは上位種と同じく全身黒い肌色が特徴的で、複数の個性使用と自律思考が可能な知能を持ち合わせている。先の九州で起こったハイエンドvsエンデヴァー&ホークスの激闘を思い出せば分かるだろう。

 

 

「前にここへ来た時はこんなにいなかったはずだ」

 

「まだ製造途中だったからな。だがこれを見て分かるように、こんなにも多くのハイエンドの製造に成功しておる。現時点で18体が製造完了、完成間際が12体、これから製造予定の個体が10体といったところかの」

 

「はっ、マジかよ。凄ぇじゃねえか。一体どんな裏技を使ったんだドクター?」

 

 

 脳無の中でも最も強いハイエンド。エンデヴァーとホークスのチームアップを圧倒した個体が、製造予定も含めて計40体。

 

 この出鱈目すぎる個体数に、いつもは相手を冷笑してばかりの荼毘も流石に驚きを隠せなかった。

 

 

「ふふふっ、それはの……この血のおかげじゃよ」

 

「血? それがハイエンド量産の秘訣か?」

 

 

 疑問に思う荼毘を更に驚かさんと、ドクターは血の入った容器を見せた。厳重に保管されており、取り出す際はドクターしか解錠できない仕組みになっている。

 

 

「ああ、そうだとも。この血はお前さんも良く知っとるあの子から秘密裏に回収した物での」

 

「いや、あの子って誰だよ。そんな奴いたか?」

 

「前に1度会ったじゃろ。雄英にいる例のサポート科の彼じゃよ」

 

「……なるほど、あのガキか。よーく覚えてるよ。人の家庭事情に土足で踏み込んで来たからな。むかつく野郎だ」

 

 

 ドクターとの答え合わせで血の持ち主を理解し、荼毘は途端に顔を顰めた。

 

 思い返すは神野事件の前夜。突如敵連合のアジトに乗り込んできたサポート科の彼に、連合メンバーはあれよあれよと翻弄された。

 

 その際、彼に頭を掴まれた荼毘は、自身が今までずっと隠してきた最大の秘密を彼に知られてしまい、その事を耳元で囁かれたのだ。だから彼の事を荼毘は気に食わないと思っており、さっさと死ねとすら願っている。

 

 そんな苛立ちを見せる荼毘を、ドクターは手で制して気持ちを落ち着かせる。

 

 

「そう言うな、この血のおかげでより多くの力を蓄えられたからの。とはいえ苦労したぞ。初めは血を馴染ませるのにかなりの時間を費やした。というかそれが一番大変だった」

 

 

 ドクター曰く、強大な力を持つ彼の血を使うと、何と打ち込まれた個体は大きすぎる力に耐え切れず、肉体が勝手に自壊してしまったとの事。

 

 だから肉体がギリギリ耐えられるレベルまで彼の血を希釈し、その上で少量ずつ打ち込んでゆっくり馴染ませる工程を踏んだ。

 

 そこから度重なる失敗の末にようやく成功し、徐々に製造個体数を増やして今に至る。

 

 

「彼の血を使う事でハイエンド脳無の製造効率が一気に増した。何せ極限まで希釈した血を肉体に馴染ませるだけで、オールマイト並みの超パワーと耐久力が備わるからの」

 

「へえ、そいつは良かったじゃねえか」

 

「それだけではない。彼の血を取り込んだハイエンドは全員空を飛べるようになった。恐らく本能で理解したのだろう。おかげで飛行の個性を態々取り込ませる必要が無くなったわい」

 

 

 ドクターが語る新タイプのハイエンド脳無は末恐ろしい性能だった。

 

 極限まで薄めた彼の血を少量打ち込むだけで、悪意を持ったオールマイトが誕生するのだ。

 

 過度な肉体改造で無理矢理パワーと耐久力を上げる手間が大幅に省略され、おまけに飛行まで可能となれば、それだけで値千金の凄まじい効果だろう。

 

 ちなみに、従来のハイエンドと同様に『超再生』の個性も当然備わっている。再生持ちのオールマイトが相手なんて、考えただけでぞっとする話である。

 

 

「言っておくが、超パワー・超耐久・飛行・超再生の4つだけではないぞ。他の個性も勿論持たせておる。肉体(ハード)の性能が良すぎて膨大な個性(メモリ)が驚く程あっさり馴染むんじゃこれが」

 

 

 本来、オール・フォー・ワンの個性で無理矢理個性を譲渡しなければ複数個性の所持は難しい。

 

 だが、彼の血を取り込んで飛躍的に向上した肉体があれば、オール・フォー・ワンを介さずとも、ドクターの手術で複数の個性を持たせる事が可能となった。

 

 

「マジでとんでもねぇ事になってるな。これもうリーダーとか解放軍抜きでこの国引っくり返せるだろ」

 

「テスト段階の時点で問題なく動けるのも確認済みじゃ。起動から安定まで1時間で済むのも何気に大きい。フードちゃんの時は10時間かかったからの」

 

 

 聞けば聞くほど戦慄する新たなハイエンド脳無。これら全てが死柄木弔、引いてはオール・フォー・ワンのために作られている事実は、まだヒーロー側には知られていない。

 

 だが、ドクターの研究の成果はこれだけでは終わらない。むしろここまでは茶番に過ぎない。

 

 

「次はこれじゃ。ワシの最高傑作といえる代物……今だけ特別じゃぞ?」

 

「どれどれ……何だよ、脳無じゃねえか。さっきの奴らと殆ど変わら……いや、それにしてはどこか雰囲気が違う?」

 

「おおっ、一発で違いに気付いてくれたか! やはりお前さんとは話が合う!」

 

 

 研究所の最奥に連れて行かれた荼毘が見たのは、先程と同様にカプセルの中で眠る2体の脳無だった。1体は普通の人間と殆ど変わらない背丈で、もう1体は他のハイエンドと同じく数m以上の巨体。

 

 だが、明らかにどこか雰囲気が違う。今までのハイエンド脳無とは比べ物にならない格がある。

 

 それに気付いた荼毘を褒めちぎりながら、ドクターはハイテンションで語り始めた。

 

 

「この脳無はのう、先程のハイエンドよりも更に格上! あの子の血が()()()()()()で肉体に馴染んだ奇跡の適合体なんじゃ。当然戦闘力もハイエンドとは比較にならんぞ」

 

「へぇ……」

 

 

 新タイプのハイエンド脳無とは比較にならないという事は、オールマイトよりも遥かに強い事を意味する。

 

 その事実を悟った荼毘の口角が僅かに上がる。

 

 

「とはいえ、実はこの2体の間にも大きな戦闘力の差がある。片方は戦闘力を抑えた代わりに、知能は人間と殆ど変わらん。言葉は流暢に喋れるし、人間の仕事も普通に熟せる。黒霧と同じタイプだな」

 

 

 それでも十分凄い。荼毘は内心そう思った。

 

 戦闘力を抑えたとはいえ、それでもオールマイトより強い事には変わりない。むしろ人間と変わらない理性と知能がある分、黒霧の完全上位互換と言える。

 

 

「もう片方は知能が低い代わりに戦闘力に極振りしておる。だが戦いに対する学習能力は凄まじいぞ。言葉が分からないだけで考える頭はあるからな」

 

 

 今の説明だけで、もう1体も最高傑作と呼ぶに相応しい性能だと荼毘は理解した。

 

 とにかく更に凄い脳無が2体いるとだけ認識する。

 

 

「あのガキ様様だな」

 

「そうじゃの。先程の脳無がハイエンドならば、こっちの2体は差し詰め(スーパー)ハイエンドといったところかの」

 

「超ハイエンドね……。んで、こいつらもリーダーが起きた時に起動すんのか」

 

「それなんじゃが、まだどれも実戦で試した事がなくてだな。出来る事なら強いヒーローと戦わせて確かめたい。この超ハイエンド達も含めてな。何か良い案はあるか?」

 

「……そういや、1月にI・アイランドで開催される【Re:I・エキスポ】に、世界中から有名なヒーロー共が集結するらしいな。中にはあのスターアンドストライプもいるとか何とか。そこにぶつけるってのはどうだ? 悪い案じゃねえだろ」

 

「ほっほ、確かにそれは名案じゃの。超常解放戦線が着々と準備を進めてる今、日本で事を起こすのは逆に迷惑になるからな。どれ、宣伝がてら15体くらい送り込んで好きに暴れさせてみるかの」

 

「どうせ送るなら一番嫌なタイミングにしようぜ。リーダーならそうする。この場合だと最終日の3日目だな」

 

「思う存分祭典を楽しませた後で、全員を一気に地獄へ叩き落とす算段か。とことん嫌がらせに本気じゃのう。良いだろう、それで決まりじゃ!」

 

 

 ヒーローへの全力の嫌がらせに意見が合致する2人だったが、これが後にとんでもない事態へ発展する事を、この時はまだ知る由もなかった。

 

 

 




アニメ5期ってサポート科の出番皆無なんですよね。だからこの際日本を出て海へ飛んで行っちゃおうとなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。