桐生院先生の日常〜生徒たちが良い子すぎて困る (メジロマッチョイーン)
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なんでみんな良い子なんだ!!

 とある中庭。

 ベンチに腰を下ろし頭を抱える。

 

「……はぁ」

 

 就職活動に失敗したかもしれない。

 そもそも生まれてきた世界に失敗したかもしれない。

 

 ああ、失敗した。

 

「先生どうしたんですか?」

 

 いや絶対に失敗したわ。

 俺を先生と呼ぶ少女に目を向ける。

 

 特徴的な耳としっぽを持った少女。

 それは馬と呼ばれる動物と全く同じ。

 

 ……ウマ娘って言うらしい。

 なんだそれは人と馬のこ………。

 

 なんだって言うんだ。

 この世界に馬は存在しない。

 

 その代わりと言わんばかりウマ娘という人に近しい生物が存在していた。

 

 犬とか猫は存在するのにピンポイントで馬だけ存在しない。

 

 他にもどえらい事がある。

 俺でも知っている名馬としてゴールドシップを上げよう。

 

 ……この世界に存在します。

 そのゴールドシップが女の子として。

 

 他にも聞いたことがある名馬の名を持つ少女がチラホラいる。

 

 不穏な気がしてならない。

 

 あ、今更ですが転生しました。

 と言っても転生なのか怪しいところ。

 

 たまたま通り魔に刺され意識を失ったと思ったら子供に戻っていた。

 

 それも同じ名前や容姿のままで。

 両親や妹も若々しい状態でだ。

 

 記憶も持ってたこともありひたすら勉強を頑張った。

 

 全国模試で上位を狙えるくらいには……大人になって勉強が必要とわかったからこそ根気よく続けることが出来たんだよな。

 

 良い大学に行って程よいキャンパスライフを送って今は就職して働いて……。

 

 その働いてる場所が問題だったりするんだけど━━

 

「……なんでもないよ」

 

「そうですか?」

 

「うん。トレーニングは終わったかい?」

 

「はい!」

 

「そっか。じゃあ勉強━━」

 

「もう一走りしてきまーす」

 

 逃げるように走り去っていくウマ娘。

 

 勉強は苦手、または嫌いと、ね。

 

「……普通の教師になりたかったなぁ」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 ここの教師をしている。

 

 ただの女子校だよ。

 

 こう青春できる学校の教師に憧れていたのに就職先は花の女学園。

 

 はぁ……やめたい。

 

 女性が苦手というわけじゃないけど……

 

「やめたいなぁ」

 

 理事長に話だけはしておこう。

 

 なんとか異動できないかだけは。

 

「……っ…またか」

 

 急に背筋が震える。

 

 周りを見渡しても誰もいない。

 

「……幽霊を理由にやめるのもありかな」

 

 最近は特に酷いし。

 

「よし。帰るか」

 

 ベンチから立ち上がりその場を後にした。

 

 俺は知らなかった。やめたいなぁ……その一言で渦中に巻き込まれることを。

 

 〜翌日

 

 

()()()()()! おはようございます!」

 

「おはよう。元気があっていいね」

 

 朝の廊下を歩くとウマ娘が集まってくる。

 

 ……マジで。言い方が悪くなるかもしれないけど砂糖に群がるアリの様だ。

 

 不良なんて居らずニコニコと寄ってくる姿は妹と重なって見える。

 

 前世……でいいのか。あの時は自然と会話が少なくなり目を合わせたら軽く喋るていど。

 

 今世じゃなんていうか……べったりで本人曰く兄離れできてないらしい。

 

 本人が自覚してちゃダメだろ。

 

 一人暮らしをすると言った時はついて行くと言って聞かなかった。

 

 最終的には毎週1回実家に帰ることを約束に諦めて貰ったんだよな。

 

 家族の大切さを知った愚か者なりの行動だったんだけど。

 

 ……失敗したなぁ。

 

 男の影一つないから将来が心配だよお兄ちゃん。

 

 ああ、桐生院ってのは俺のこと。

 生前も桐生院だからなんら違和感はなかったけどこの世界だと有名らしい。

 

 初めから先生になるつもりだった俺は聞き流してたしあんまり覚えてない。

 

 数々の名ウマ娘を育て上げてきた名門トレーナーの一族だったか? 

 

 俺も一応その血筋ではあるらしく両親はトレーナーにするつもり満々だった。

 

 でも先生になると言ったらあっさりと引き下がったんだよな。

 

 今考えても謎だ。

 ……考えても分からないしいいか。

 

「桐生院先生おはようございます」

 

「駿川さんおはようございます」

 

「人気ですね」

 

「若い男性教師が珍しいだけですよ」

 

 微笑ましそうに俺とウマ娘を交互に眺める女性は駿川たづなさん。トレセン学園理事長秘書。

 

 同年代ぐらいなのにキャリアを積んでいると考えたら尊敬する。

 

 理事長も理事長で凄いんだけど。

 見た目だけなら子供にしか見えないし。

 

 初めてあった時なんか迷子かと思って手を引き職員室まで連れていったなぁ。

 

 青ざめた職員を裏腹に理事長は面白おかしく笑っていた。父さんとは友人で事前に聞いていたとか。

 

 お咎めなしで面白い教師と言うレッテルを貼られたよ。……お咎めなしだけでありがたいよな。

 

「……知らぬが仏ですね」

 

「なんかいいました?」

 

「いえ。私はこれで失礼します」

 

 駿川さんも行ったことだし早く職員室に行って授業の準備をしないとな。

 

「あ、はい。……みんなごめんね。もう時間だから。休み時間なら好きに声をかけてきていいからね」

 

 聞き分けの良すぎる生徒たちは元気よく頷くと道を開けてくれた。

 

 これが不良なら熱々の反抗期とかあったのかと考えると……なぁ。

 

「…良い子たちなんだけど、なぁ」

 

 刺激がないというか。

 スーパーボールのごとく反発してくれる方がやりがいがあるというか、ね。

 

 なんなら卒業式に御礼参りぐらいする不良が欲しかった。

 

 ……返り討ちにしてやるから。

 その為だけにボクシングやってたし。

 

 ウマ娘のみんなに限っては無さそう……無いな。

 

 教師の基本に慣れるように頑張って……程よい時期に異動を考えよう。

 

 

 

「……桐生院さん」

 

 まさか先生になるとは夢にも思いませんでした。名門トレーナーの一族である桐生院家。その中でも選りすぐり名トレーナーを生み出してきた本家の長男でもある。

 

 あの桐生院家の中では異質な存在。

 ベクトルが全然違うんです。私が知る桐生院家のトレーナーは……堅物ばかりなんですよね。

 

 ウマ娘と関係も良好、とは言えなかった。彼の父親の代で大分丸くなったとは思いますがそれでも……距離があった。

 

 なのに彼ときたら同じ目線でウマ娘に接している。フラットで見ている。日も経たないのにあれだけウマ娘に慕われている。

 

 彼はトレーナーの道を外れ教師の道へと歩いた。……妹に道を譲るため。理事長からそう聞いている。

 

 ……教師のままにするのは惜しい人材。

 どうにかしてトレーナーにしたい。

 

 理事長もそのつもりの様ですし……。

 

「それはそれで問題なんですけどね」

 

 もし彼がトレーナーになればウマ娘からの逆スカウトが絶えないことは目に見えて分かる。

 

 チームを組ませることを考えても……。

 ありとあらゆるウマ娘が彼の担当になろうと躍起になるでしょう。

 

 そうなると彼が先生になった意味がなくなる。妹に道を譲った意味が……。

 

「……難しいですね」

 

 一人で考えても仕方ありません。

 理事長ともう一度話をしましょう。



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ブラコンという名の怪物

「……やば!? 遅刻……あぁ」

 

 ベッドから飛び起き慌てて時計を確認する。……が、今日は休みだった。

 

 時刻は9時過ぎ……学校なら遅刻確定だった。アラームをかけ忘れたかと思ったけどそもそも休みにアラームをかけない。

 

 ……二度寝しようか。

 今日は土曜日。明日実家に帰れば問題な━━

 

「ふわぁ……んぅ?」

 

 ピンポーン、とチャイムが鳴る。

 ……誰? …ネットで注文した覚えはないし来客の予定も入ってない。

 

 お隣さんと間違えて鳴らされた可能性も……ないか。

 

 二度目のチャイム。

 宗教勧誘なら断ればいいか。

 

 覚束無い足取りで玄関に向かう。

 シャツパンだけど……まぁ大丈夫だろ。

 

「ふわぁ…い。どちら様……」

 

 欠伸を噛み締めドアを開ける。

 

「あ、兄さん! おはようござ……っ!?」

 

 ……兄さん? 

 あ、俺の事か。……え? 

 

()? ……なんで」

 

「ふ、ふふ……!!」

 

 どうしたんだ。そんなに顔赤くして━━

 

「服を着てください!!」

 

 妹の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 私、桐生院葵には自慢の兄がいる。

 優しく強く尊敬する兄が━━

 

「……全く」

 

 そんな兄さんの下着姿は私には刺激が強過ぎます。シャツの隙間から見える腹筋とか……触ったら絶対に硬いんだろうな

 

 って…なんか変態みたいじゃないですか!? 

 

「別に減るもんじゃないし」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

 私の精神が減るんです!! 

 

「あはは……葵は真面目だな。どうしたんだ? 朝早くに……しかもキャリーケースまで……」

 

 私の隣に置かれたキャリーケースを不思議そうに見ている。

 

 あ、そういえば兄さんに報告するのを忘れていました。

 

「今日からお世話になります」

 

 丁寧に頭を下げた。

 もちろんみつゆびも忘れてません! 

 

「そゆことか。てことはトレーナーに」

 

「はい。これも兄さんが勉強見てくれたおかげです」

 

「おめでとう。凄いな……トレセン学園のトレーナーのライセンス……しかも中央の試験って鬼畜レベルなのに」

 

 兄さんが言うと皮肉に聞こえますよ。

 教職員の試験も同じぐらい大変だってこと知ってるんですから。

 

「ん? トレーナー専用の寮がなかったか?」

 

「? ……ありますよ」

 

 初めはトレーナー寮に入る予定でしたし。

 

「なんで俺の家でお世話になるの?」

 

「そ、それは……えっと……」

 

 一緒に居たかったから……なんて口が裂けても言えない。

 

「……言いたくないなら別にいいけど、そっか。折角だし合格祝いでなにか食べに行く?」

 

 口篭る私を気にしてかそれ以上は聞かなかった。…もしかしてバレてるのかな。

 

 ……兄離れできてないってちゃんと言ってあるし…できないものは仕方ない。

 

「うん!」

 

「あ、荷物はこれだけ?」

 

「ううん、お昼過ぎには来ると思う」

 

「んじゃ荷解き終わらせたらにしよう」

 

「うん」

 

 だって……こんなに優しいんだもん。

 学生時代は同級生に異常な程仲良過ぎって散々言われてきた。

 

 兄さんは何時も私の傍にいてくれた。

 両親が忙しい時、熱を出した時、寂しい夜も……傍にいてくれた。

 

 ……人見知りで友達のいない私には兄さんしかいなかった。

 

 兄さんは沢山友達がいた。

 兄さんの妹ってことでよく一緒に混ざって遊んだりお出かけしたり……。

 

 友達ができたのだって兄さんのおかげ。

 私の人生に兄さんは必要不可欠。

 

 もし兄さんがいなくなったら……なんて考えでもしたらどうにかなってしまいそうな程……。

 

 ちょっと寂しいけど毎週楽しみにしていた兄さんとはこれでお別れ。

 

 今日からは毎日兄さんに会える。

 傍にいることができる。

 

 ずっとずっーと待っていた。

 兄さんに恩を返す日を……。

 

 ……両親から聞いたんだよ。

 兄さんが私の為にトレーナーを諦めたこと。

 

 私よりずっとトレーナーの才能があったのに……私なんかの為に道を譲ってくれたこと……知ってるんだよ? 

 

 兄さんは自分のことを蔑ろにし過ぎだよ。……兄さんらしいけど。

 

 でもほんのちょっとだけ安心してる。

 もし兄さんがトレーナーになって担当ウマ娘ができたら……。

 

 ……………………できたら。

 

「……葵……葵?」

 

「うぇ!? ……ど、どうしたの?」

 

 目の前に兄さんの顔。

 思わず変な声を上げてしまった。

 

「ボーッとしてるけど大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫!」

 

「そっか。無理はするなよ?」

 

「……兄さんもね」

 

「分かってる」

 

 考えても仕方ないよね。

 だって兄さんはトレーナーじゃないから。

 

 ……トレーナーじゃない…から。

 

 

 

 ……俺には妹がいる。

 完璧超人も真っ青な妹が。

 

 文武両道才色兼備。少々堅いところを除けば至って普通の女の子。

 

 あ、訂正するわ。

 

「んぅ……ふへへ」

 

 ブラコンも除かないといけない。

 

 俺の腕を完全にロックした妹はそれはもういい寝顔を無防備に晒していた。

 

 この歳になって一緒に寝たいなんて言われると思わなかったよ。

 

 妹だし別にダメって訳じゃないんだけど……うん、やっぱりお兄ちゃん心配だよ。

 

 昔は人見知りが激しく常に俺の背中に隠れていた。

 両親が現役だった頃は家に帰ってこないことなんてザラにあったせいで必然的に傍にいた。

 

 かく言う俺も愛情を注いできたつもりだ。前世じゃほぼ他人みたいなものだったし……。

 

 やり直せるなら仲良くなりたいと思ったから。

 

 葵を連れ出して色んなところに行った。

 両親が教えないことも俺は教えていった。良いことも、悪いことも全部。

 

 その結果ブラコンという怪物を生み出してしまった訳なんだけど……失敗したなぁ。

 

 前世と変わらず出会いがないと…言うか。それを言ったら俺もそうなんだけどさ。

 

 悲しい現実だ。

 

 ……葵は可愛いしモテる方だと思う。

 

 ダチには将来美人になると耳にタコができるほど言われてきた。

 

 なんなら葵をくれと言い出す輩もいた。

 葵が良いなら全然貰ってくれて構わないと何回返したことか。

 

 なのに葵ときたら……。

 

『兄さん以外に興味ないです』

 

 真顔で言ってたからな。

 余りにもキッパリと言い放ってたからその時に危惧すべきだった。

 

 まだまだ兄離れできない可愛い妹だと思ってたけど……。

 

「……いや、はぁ…」

 

 冗談で男紹介したら洒落にならないだろうなぁ。……まぁまぁそこは置いておけないけど無理やり置くとして。

 

「……明日どうするか」

 

 実家に帰る必要はなくなったし暇になった。葵はもう担当ウマ娘がいるらしく一緒にお出かけに行くみたいだし一人なんだよなぁ。

 

 ……散歩行くか。

 

「おやすみ葵」

 

 穴だらけの予定を作った俺は葵の頭を一撫でするとゆっくり瞳を閉じた。




後でタグ追加しときます。


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やっぱり勝てなかったよ……

「……一服したい」

 

 休日の街中を歩きながら嘆く。

 

 タバコが吸いたくて仕方ない。

 ここでは吸ってなかったけどあっちではヘビースモーカーまでとはいかないがかなり吸っていた。

 

 試しに吸ったらハマったとダメの典型的理由。疲れが取れるわけでもないのになんで吸ってたのか。……今は吸いたいんだけど。

 

 キッカケは些細なものでコンビニの外で喫煙者を見かけた時。

 

 いい匂いではないけど落ち着くどこか懐かしい匂い。……臭いの間違いだな。

 

 それからは仕事帰りコンビニに寄るようになりカウンター越しからタバコを眺めるようになった。

 

 ちゃんとコーヒーだけ買ってるから。

 

 前世の名残りって奴だ。

 成人してるし何度買おうと思ったことか。普通の高校教師なら買ってるよ。

 

 他にも校舎裏でタバコを吸う不良生徒から没収して目の前で吸って見せたりしたい。真面目に見えるのにタバコを吸うギャップとか。

 

 カッコよくね? めっちゃカッコイイじゃん!! ……だけどさ。

 

 女子校の教師なんだよ。……しかもウマ娘たちの。

 

 ウマ娘は人間……あーヒト族と言うんだっけか。ウマ娘はそのヒト族よりも嗅覚が鋭敏らしい。

 

 馬が人間の約1000倍の嗅覚だったはず。

 ウマ娘もそれぐらいだと……思う。

 

 人間の数千倍から1億倍の嗅覚を持つ犬に比べたら……気休めにしかならない。

 

 タバコの臭いは人でも分かる。……タバコを吸えば直ぐにバレてしまうだろう。

 

 洗濯して消臭スプレーを限界までかけても気づかれると思う。……バレる分にはいいんだ。イメージとか気にしてないし目の前で吸うなんてことはしない。

 

 吸っても自宅……は葵がいるからダメか。コンビニや喫煙所で吸えればいいんだ。

 

 問題なのはウマ娘たちを不快にさせてしまうこと。常に顔を合わせる先生がタバコ臭いなんて嫌だろう。なにより対処のしようがない。香水で誤魔化すのもありだけど……香水も香水でキツいだろうし。

 

 ずっと居るわけじゃないからそれまで我慢しよう。歩いて喉が渇いたからコンビニで飲み物でも━━

 

「……といいつつ買っちゃったよ」

 

 手にはタバコとライター。

 やっぱり誘惑には勝てなかった。

 

 だ、大丈夫だよな? 

 明日仕事だけど洗濯して消臭スプレーして体もしっかり洗い口臭ケアも忘れない。……いける! いけるはずだ! 

 

 てことで久々のタバコだー! わーい! 

 …………ん? 

 

 

 

「トレーナーは桐生院先生の事が大好きなんですね」

 

「ふぁ!? と、突然なにを言い出すんですかミーク!!」

 

 否定もしない。

 満更でも無さそうに頬を赤く染める。

 

「突然じゃないです」

 

「突然ですよ……」

 

 何かあれば桐生院先生のこと話してます。あとは私のこと。さっきまでいた水族館でも良く兄さんと遊びに行ったんですよーとか兄さんの好きなものは海月なんですよーと勝手に喋ってます。

 

 トレーナーよりも桐生院先生のことばっかり詳しくなりそうです。

 

 折角のおでかけなのにちょっと……。

 ん……トレーナーが楽しいならいいですけど━━

 

「私はトレーナーのことが知りたいです」

 

「……分かりました。兄さんの話と比べて何の面白みもありませんよ?」

 

 少し困った顔をするとぽつりぽつりと教えてくれた。昔は人見知りで兄さん以外誰もいなかった。

 

 ……また桐生院先生の話になってますよ。

 

「兄さんはどんな時もずっと傍に居てくれた。孤独で外を知らない私を兄さんは白馬の王子様みたいに外に連れ出してくれたんです。色んな景色を見せてくれた。……色んなことを教えてくれた」

 

 実の兄に持っちゃいけない感情を持ってますよ。あと顔が完全に卑……女の顔をしています。

 

「それに兄さんは━━」

 

 ……? あれは……桐生院先生? 

 トレーナーの話を聞き流しながら向かい側のコンビニで桐生院先生を見つけた。

 

 壁に背中を預けて手には……タバコ? 

 

 桐生院先生の隣には黒いスーツを着たウマ娘がタバコを吸っている。

 

 二人は楽しそうに談笑を交わしていた。

 

「ミーク? 聞いてますか?」

 

「! ……聞いてますよ」

 

 トレーナーは気づいて、ない。

 ……言った方がいいのかな。

 

 ………ん。

 

「トレーナー」

 

「はい」

 

「桐生院先生はタバコを吸いますか?」

 

「? ……吸わないですよ。どうしてそんなことを」

 

「気になっただけです」

 

 ……言わない方がいいかも。

 トレーナーが桐生院先生を見つけないようにその場から離れた方がいい。

 

 トレーナーの手を握る。

 

「ミーク……?」

 

「お腹が空きました。何か食べに行きましょう」

 

「え? は、はぁ……分かりま…ミーク? ちょっと引っ張らなくても」

 

 引っ張らないと困るんです。

 ……桐生院先生。トレーナーの兄で人気の新任教師。

 

 トレーナーも知らない裏の顔。

 桐生院先生……私はあなたがわかりません。

 

 

 

「……はぁ、やっぱタバコは最高だ」

 

 勢い余って五本は吸ってしまった。

 はぁ……臭い消しが大変だ。

 

 ……タバコを好むウマ娘がいるとは思わなかったなぁ。

 

 黒いスーツにタバコは似合い過ぎだろ。

 俺なんてジャージだってのに……。

 

 なのに財布を忘れてタバコを買えなくて耳としっぽが垂れ下がった姿はギャップの横幅を振り切っていた。

 

 偶然同じ銘柄を好んでいたのもあってあげたら何回も頭を下げられて……タバコに魅入られちゃったのかぁ。

 

 ウマ娘だからって吸っちゃいけない理由はない。成人していたら尚更だ。

 

 色々と話もした。オフなのにスーツを着ているのは警備の隊長を任されているからとか、喫煙者は自分しか居ないから肩身が狭いとか……。

 

 その気持ちよーく分かった。

 

 葵はもちろんだけど両親はタバコを嫌ってるからなぁ。吸ってたのバレたら怒られそう。……それでも吸うんだけどさ。

 

 思わず意気投合した流れで連絡先も交換しちゃったし……今度必ずお礼をさせて頂きますとも言われて……。喫煙者仲間ができただけで嬉しいのに。

 

 ウマ娘なんだけど……生徒じゃないから大丈夫、か。

 

「っとと……葵より先に帰らないと」

 

 コーヒー買って……最後に一本吸いますか。




今回は殿下の出現フラグを回収、ですかねぇ(知らんけど)
次からはサイレンススズカですねぇ。



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速さ(決断力)が足りない

クソみたいな文になった。エイプリルフールだから許してぇ


「先生! 一緒に走りませんか!」

 

「先生こんにちは……ってスペちゃん!?」

 

 珍しく仕事が早く終わって職員室を出たところでジャージを着た生徒たちに声をかけられた。

 

 元気な声と物静かで、また戸惑った声。

 

 ……スペシャルウィークとサイレンススズカだったかな。

 

 名前は知ってるんだけど名馬としては馬券を紙くずにしたゴールドシップ以外は分からない。……いや、サイレンススズカは……聞いたことがあるかもしれない。

 

 覚えてないから結局分からないんだけどさ。

 

 生徒としてのスペシャルウィークとサイレンススズカならよく知っている。

 

 スペシャルウィークは真面目で頑張り屋さん。トレーナーは居ないがポテンシャルが高く人当たりの良さもあり教師や教官の間で高く評価されている。んだけど一方勉強面は乏しくちょくちょく赤点が目立つらしい。

 

 最近は赤点回避の為に個人的に勉強を教えることもある。赤点取ったら補習でトレーニングの時間が無くなるから本人も気が気じゃないんだろうね。

 

 分からないことは直ぐに聞いてくれるから教えやすいし先生としてはとても接しやすい。

 

 サイレンススズカは物静かでクール……だと思っていたんだけど実際は走ることが大好きなだけで普通の女の子。普通じゃないか……天才って言えばいいのかな。

 

 スペシャルウィークと同じくトレーナーは居ないらしいけど選抜レースや模擬レースで初めから最後まで先頭を走り続ける大逃げでトレーナー達を戦慄させたとか。

 

 本来ならトレーナーが居てもおかしくないんだけど、ね。話を聞いたらスカウトを全て断っているんだって。

 

 誰よりも走ることが大好きな彼女がレースの参加条件であるトレーナーのスカウトを断りづけている理由は分からない。

 

 ……レースでも大逃げを見せて欲しいな、と先生として願っとこう。

 

 しかし走る、かぁ。

 仕事漬けで運動してなかったし丁度いい。タバコを吸い始めたし適度に運動しないと困るからね。

 

 ……それはまぁいいんだけど。

 

「そうだね。少し走ろっかな……っとと」

 

「ありがとうございます!」

 

「ス、スペちゃん……! …はしたないわ」

 

 スペシャルウィークはぱぁと笑顔を咲かせると勢いよく抱きついてきた。ぶんぶんとしっぽを振っている。

 

 サイレンススズカはスペシャルウィークの大胆な行動に驚きながらも恥ずかしそうに注意を促していた。

 

 ん、んー。純粋すぎる故かこういうスキンシップが多い。……先輩教師たち曰くこういうことをする子ではないらしいんだけどなぁ。

 

 じゃれあいのつもりとか? ……もしかして先生として見られてなかったり? 

 

 ……普通に有り得そうだよ。

 舐められてるってわけでも無さそうだし若造なりに少しずつ教師としての威厳をつけていけば大丈夫だろう。

 

 お返しに頭を撫でると擽ったそうに耳をぴくぴくと揺らした。

 

「ジャージを取りに行ってくるね」

 

「はい! 待ってます!」

 

「……あ、はい。待ってます」

 

 先に行ってても……無理か。

 早く取りに行こう。

 

 

 

 ソワソワと落ち着きのないスペちゃん。

 飼い主を待つ子犬のように今か今かと待ちわびていた。

 

 なにより出会って間もないのにスペちゃんの懐きようは異常だった。私が知る限りじゃ桐生院先生以外の大人に密接なスキンシップをしたところを見たことがない。

 

「スペちゃん、先生にそういうことしたらだめよ」

 

「うっ……今度から気をつけます」

 

 二度目の注意でペタンと耳としっぽをだらりと下げる。

 

 幾ら桐生院先生でも男性だし…歳もそんなに離れている訳じゃない。下心はないし生徒に変なことは絶対にしないから大丈夫。だけど……やっぱり……男の人、だし。

 

 ちょっと……ほんのちょっとだけスペちゃんが羨ましいと思ったのは内緒。私にそんな勇気はこれっぽっちもないから。

 

 スペちゃんの純粋で真っ直ぐなところ。好きだし尊敬するわ。

 

 桐生院先生はどんな些細な事でも真摯に受け止め向き合ってくれる。本来先生が私たちウマ娘と一緒に走るなんてありえないこと。

 

 教官やトレーナーだってそう。ヒト族とウマ娘の身体能力を考えれば当たり前。だけど嫌な顔一つせずこうやって桐生院先生は付き合ってくる。必ず手を取ってくれる。

 

 家族や友人には話せないことも桐生院先生なら話せる……そんな子もいる。

 

 ……殆どのウマ娘が喉から手が出るほど欲する存在。それほど桐生院先生はウマ娘たちの中心にいる。

 

 こんなお兄ちゃんがいたら、と思ってしまうこともあったわ。……桐生院先生には妹さんがいてトレセン学園のトレーナーをやっている。

 

 一緒に住んでいるらしく噂は直ぐに広まり同時に羨みや嫉妬が溢れている。家族なのだからおかしくない。

 

 それでも中高生。まだまだ夢を見たいお年頃。先生と生徒の関係。……それだけでも十分幸せじゃない? と言えれば良かった。

 

 これがもしトレーナーと担当ウマ娘の関係ならば……変わっていたのかもしれないわ。その時、は……。ほら、私も夢を見ている。

 

「そういえばなんでスペちゃんは桐生院先生に抱きつくのかしら?」

 

 落ち着くために前々から気になっていたことを聞くことにした。スペちゃんは桐生院先生と出会うと必ず抱きつくの。

 

 人目もはばからずさっきのように私がいてもお構いなし。

 

 初めはスペちゃんだから、で片付けていたけど毎日一回は桐生院先生に抱きつくのは流石に……。

 

「え、と……その……」

 

 ピコンっと耳を立ち上げるとお手本みたいに人差し指をくっつけ恥ずかしそうにモジモジと……。え…っ…。

 

「まさかスペちゃん……?」

 

「ち、違いますよ! …その……先生…お母ちゃんと同じ良い匂いがするんです」

 

「……匂い?」

 

 確かに桐生院先生は良い匂いがする。最近はちょっとだけ変な匂いも混じっている。よく分からないけど不快…とは思わない不思議な匂い。

 

「はい。…だから先生がお母ちゃんと重なって見えて…つい……」

 

「……スペちゃん」

 

 そっか。スペちゃん……北海道から来てるものね。何時でも家族に会えるわけじゃない。

 

「あ! スズカさんも先生に抱きつきましょう! そしたら分かりますよ!」

 

 少しでも多くスペちゃんの隣にいよう。と心の中で決心をしたところなのにスペちゃんが突拍子もないことを言い出す。

 

「……え?」

 

 一瞬頭の中が真っ白になった。……え!? 桐生院先生にだ、抱きつく!? 

 

「お待たせ。どうせだから着替えてきたよ」

 

 ……あっ。

 

 タイミングが良いのか悪いのかまるで私たちの会話を聞いていたように職員室から出てきた。

 

 キッチリとしたスーツからラフなジャージに着替えた桐生院先生。……?? スーツの時よりも不思議な匂いが強くなった。……何かを燃やしたような少し苦い匂い。

 

「先生!」

 

「どうしたんだい?」

 

「スズカさんを抱きしめてください!」

 

 ……? …スペちゃん……? 

 あ、えと……ウソでしょ……? 

 

 私に言ったことと齟齬(そご)が生じてるわよ!? なにやりきったみたいな顔をしてるのスペちゃん!! 

 

「……」

 

 スペちゃんの言葉に目が点になった桐生院先生は油の切れたブリキの玩具みたいにぎこちなく私に顔を向ける。

 

 困惑がこれでもかと含まれた顔。……うぅ……。

 

「あ……あの…」

 

「……あー…後でいいかな?」

 

 桐生院先生!? 

 

「それでお願いします!」

 

 スペちゃん!? 

 

 

 

 練習場には練習に勤しむウマ娘と担当ウマ娘を見極めるトレーナー。放課後だし当たり前だよね。

 

「あれは桐生院先生とサイレンススズカ……なにをしているんだ?」

 

「あ、先生! …………え? スズカ先輩…? え? え?」

 

 俺……達を見るとざわざわと騒ぎ出す。

 そりゃそうだ。逆の立場ならそうなる。

 

 ……なんでこんなことになったんだろうか。着替えている間に何があったっていうんだ。

 

「どうですかスズカさん?」

 

 その観衆の中でスペシャルウィークだけは真っ直ぐな笑みを浮かべていた。

 

「……あ、え……分からないわ…」

 

 顔を俯かせたサイレンススズカ。大丈夫だよ俺も分からないし。

 

「先生はどうですか?」

 

 矛先が俺に向いた。……あの…。

 

「……ど、どういう意味かな?」

 

 何がどうなのか分からないよ。

 

「え? ……えーと…スズカさんの抱き心地はどうですか!」

 

「ス、スペちゃん……!」

 

 サイレンススズカの真っ赤にした顔が容易に想像できる。

 

 いや、ね? これ普通にセクハラになっちゃうからさ。……そもそも、ね。

 

 なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をすることになったのか教えて欲しいよ。

 

 一緒に走ろうと誘われたからついてきたのに練習場に来て直ぐにこれだよ? 

 

 やってしまった俺も俺だけどさ。

 ……えぇ…。

 

 なんて答えればいいんだ、これ。

 

 抱き心地最高です! とか言えばいいの? 

 普通にセクハラからの懲戒処分だよ? 

 

 桐生院家の面汚しからの勘当されて路頭に迷うことになるよ? 

 

 ふ、普通? …普通ってなんだよ。

 人生で抱きしめた相手なんて両親と妹しかいないわ!! 

 

 ……悲しくなってきた。

 こうなるなら断れば良かった。

 失敗した……なぁ。

 

 でも断るのは、なぁ。

 ……失礼、というか。

 

 まるでサイレンススズカに魅力がない、と言ってるみたいな感じがして……。

 

 ……ああああああぁ!!! 

 こうなれば自棄だ!!! 

 

「そうだね。とても抱き心地が良いよ。髪もサラサラで良い匂いもするしずっと抱きしめていたいくらいだよ」

 

 ギュッと強く抱きしめる。

 

 はい……終わった。絶対に嫌われたよ。

 恐る恐る観衆を見れば顔を真っ赤にして怒っているし。……気持ち悪い発言をしたらそうなる。

 

 このまま生徒やトレーナーに虐め倒されるのかなぁ。

 まぁ悪くない、か。その時はその時…。寧ろ異動する理由ができたと思えば……ね。

 

 異動する前に人生終わりそうだけど。

 

「そうですよね! スズカさん凄く良い匂いがするんですよ!」

 

 解釈の一致が嬉しいスペシャルウィークはしっぽを振りながらうんうんと頷いた。

 

 そうだねー……ははっ……。

 

「…ぇ……せ、先生ぃ……?」

 

 サイレンススズカの震え声。耳まで真っ赤になってキレていますはい。

 

 本当にごめんよ。クソキモ教師でごめんよ……。

 

 ……バイト、探さなきゃなぁ。

 で、どのタイミングで降ろせばいいんだろ。

 

 

 体……熱い。

 全身が脈を打つ。

 

 良い匂い…好きな匂いが染みこんでいく感覚。

 

 バクバクと鳴り止まない心臓の鼓動。

 熱い息が髪を靡かせる。

 

 ……私、抱き心地……いいんだ。

 先生は…私をずっと……抱きしめていたいんだ。

 

 ……不味いわ。嬉しくて顔のニヤけがとまらない。……私にもこんな気持ちがあったのね。

 

「ずっとこうしてるのもなんだし走ろうか」

 

 んっ…ふっ、先生の息……くすぐったい。

 

「はい!走りま…スズカさんどうしました? 顔赤いですよ?」

 

「っ…な、なんでもないわ。……あ…」

 

 先生の腕が解ける。先生が立つと同時に半ば立たされた。

 

 思わず声が漏れる。……恥ずかしかっただけなのに…名残惜しい、そう思ってしまう。

 

「はいはい。時間は有限。走る走る」

 

「はーい! 行ってきます!」

 

 スペちゃんは勢いよくターフへ駆け出した。……先生、と二人きり。

 

「あ? え…? ……一緒に走るんじゃないの?」

 

 呆然とスペちゃんを見送る先生。……今日はスペちゃんに振り回されっぱなしね。

 

 私も……先生、も。

 

「はは…全く。……元気だなぁ」

 

 愛しそうにスペちゃんを見つめる。

 慈愛に満ちた女神みたいな……見るもの全てを惹きつける綺麗な瞳。

 

「……先生…」

 

「っ…どうしたの?」

 

「…あの……先生…私、どうでしたか?」

 

「……え?」

 

 自分で何を言ってるのか理解できない。

 口が勝手に……理性を捨てて……。

 

 本能に身を任せている。

 

「あ、あー……うん、良かったよ」

 

「っ…先生が…良ければ……また…抱きしめても…いいです…から…っ」

 

「…………へ?」

 

 惚けた声が後ろから聞こえた。

 どんな顔をしてるのか分からない。

 

 私は逃げるようにターフを駆けているから。風が冷たく感じる……。

 

 どうしよう。……顔はまだ熱い。

 あ、明日からどんな顔して会えばいいの……。

 

 

 

「……え?」

 

「…………え?」



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ヤサイマシマシ、ニンニクヌキ、煮豚ディカプル

投稿遅れてしまい申し訳ありません。
お気に入り登録が1000人超えました。

沢山の評価も貰え、嬉しいです。モチベもあがります。
高評価低評価構わず読んでいただきありがとうございます。

言い訳になりますがニワカが良いところなので復習、予習を含め頑張っていきたいです。


 ……周りの視線が気になってしまう。

 仕方ないっちゃ仕方ない。

 

 これを買ってしまった訳だし。

 

 抗えない性と言いますか、ね? 

 特に前世ではかなりハマっていたのもあり寄り道した店のショーケースに飾られてるのを見た瞬間に一目惚れして衝動買い。

 

 手持ちじゃ足りなくてコンビニにお金を引き出しに行ったよ。

 

「……ふふっ」

 

 今もほくほくの笑顔を晒していることだろう。

 

 その店はミリタリーショップで買ったものはモデルガン。

 

 男心をくすぐるアイテム代表。

 特に洋画や刑事ドラマなどを見ていたら自然と憧れが出てくると思う。

 

 子供の頃は手が出せない代物でも大人になれば手を出すことができる。

 

 自由だって掴み取れる。

 今は自由……の筈。

 

「葵には言えないな」

 

 絶対に怒られるし最悪捨てられる。タバコもそうだし隠すのは気が引けるけど……お金をドブに捨てたくない。

 

 真面目ってのもあるが両親の性格を引き継いでいるってとこが大きいからね。

 

 それに今世も前世と同じく両親は厳しかったからなぁ。常に余裕を持っておけと口酸っぱく言われたよ。

 

 ははっ! こちとら訳が分からない不思議現象に巻き込まれたんだから余裕なんてある訳ないだろ! 

 

 それは別にいいとして━━

 桐生院家の男として空手だけは否が応でもやらせると言われた時は絶望した。

 

 興味が無かったし子供相手に容赦ねぇもん。しかも有段者になって解放されたんだ。

 

 ……されてないな。

 葵に護身用として教えろと言われたっけか。

 教えこんでやっとだったはず。

 

 アンタ師範代だろ!? 

 と反論したらコテンパンにやられた思い出よ。

 

 後にボクシングをやってね。

 空手とボクシングのおかげか運動神経は悪くなかったから友人とパルクールやってさ。

 

 見ていた葵が興味を持って……いつの間にか俺や友人よりも上手くなって、な。

 

 空手の実力もみるみる伸ばしていった。

 

 葵がひったくり犯を捕まえて感謝状を貰ったっけか。賞賛する両親と反面、俺は怒ったんだよな。

 

 何も無かったかもしれないけど相手はナイフを持っていたんだ。そういう奴は追い詰められると何をするか分からない。

 

 なにより葵に何かあったら俺はそのひったくり犯を絶対に許せなくなる。

 

 それに……結構痛いからね。

 ああ、死ぬほど痛かったよ。もう二度と経験したくない痛みだった。

 

 話はモデルガンに戻そう。これまた凄くてね。精巧に作られていて本物と見間違えるほどにクオリティが高いんだ。

 

 ……調子に乗った勢いでショルダーホルスターを買って身につけていますはい。上着に隠れているけどバレたら通報されてしょっぴかれる。

 

 大の大人がモデルガンにはしゃいでましたーなんて口が裂けても言えない。さっさと家に帰って隠さなきゃな。

 

 本当は飾りたいけど……さー。

 そういえば……。

 

 あの一件でサイレンススズカからは避けられるようになった。すれ違えば顔を烈火のごとく真っ赤にさせ大逃げに恥じない速度で逃げていく。授業中に至ってはずっと顔を俯かせていて指名することが躊躇われるレベルだよ。

 

 スペシャルウィークは相変わらずだったね。会う度に抱きついてくる。……他にも膝の上に座ってきたり、とか。

 

 俺を陥れるためなのか生徒からのスキンシップが増えてきた。スペシャルウィークみたいにくっついてきたり、撫でてーと頭を出してきたり、挙句にはしっぽの手入れを頼んできたり。

 

 トレーナーもよく話しかけてくるようになったね。試すかのようにウマ娘の事を聞きにくる。最後には先生お勧めのウマ娘は誰ですか? ……ってね。

 

 その時に限って近くにサイレンススズカが居るんだよ。……あはははは…。

 

 ……勘弁してくれ。

 

 止める? 断る? できるわけがない。

 生殺与奪の権はトレセン学園に握られているわけだし、ね。

 

 いつでも俺を消すことができるんだ。

 理事長のひとことで。

 

 異動するまではなんとか消されないように細心の注意をはかろう。

 

「…………はぁ」

 

 ショルダーホルスターとモデルガン……。

 勢いに任せて身につけて後悔している。

 

 急に恥ずかしくなってきた。

 それに━━

 

「お腹減った」

 

 飢えた叫びを上げる。

 お腹を擦りながら何かないかと首を左右に動かした。

 

 お、ラーメン屋。

 

「……ラーメン、か」

 

 何時ぶりだろう。

 よし、お腹を満たすには丁度いい。

 

 ん、食べて帰るだけだし。

 ついでにモデルガンもしまっちゃおう。

 

「……大丈夫でしょ」

 

 と、思っている時期が俺にもありました。

 

 

 

 隊長とラーメンを食べ終えた時、あの人はやってきたんだ。

 

 ラーメンは相変わらず美味しかったよ。

 

「貴方はあの時の」

 

「警備の……え? 君はファインモーション?」

 

「桐生院先生?」

 

 先生、だった。

 最近赴任してきた教師。

 

「先生だったんですね」

 

「あはは……見えませんよね」

 

 トレセンで見るスーツやジャージじゃなくてカジュアルな服装。

 

 モデルさんと見間違うぐらい似合っていた。

 

「そ、そんな! とんでもない!」

 

 苦笑いをする先生にワタワタと慌てる隊長。

 

 有名なトレーナーの一族である桐生院家現当主の長男。

 

 なのに教師の道を行った変わり者。

 その桐生院家は、一度調べたことがあるけど……いい噂は聞かない。

 

 裏を含めたらキリがないかも。

 

 誰にも分け目なくニコニコしていて胡散臭……初めはそうだったなー。

 

 どうせ先生も……って、

 そう思っていた。

 

 あれは凄かったなぁ。

 だって練習場でウマ娘を膝の上に乗せ抱きしめて愛を説いていたんだから。

 

 偽りない本音を……。

 大胆不敵に正々堂々と……。

 ただウマ娘のことが大好きな先生。

 

 それだけは十二分に分かった。

 

 隊長さんが言ってた人って先生のことだったんだ。……タバコ、吸うんだね。

 

 すれ違ったとき隊長さんと同じ匂いがするから気にはなってた。

 

「あの……」

 

「どうしました?」

 

 …隊長さんが珍しく落ち着かない様子。

 あれぇ? ……もしかして……? 

 

「良ければここでお礼の方をさせて頂きたいのですが、ご一緒にどうでしょうか?」

 

 わーお、だいたーん。

 

「え、ああ。…タバコですしお礼は嬉しいのですが……」

 

「店主。この方にヤサイマシマシ、ニンニクヌキ、大豚ディカプルをお願いします」

 

 サラッと自分と同じ注文しちゃって。

 いつも冷静沈着だから新鮮だなー。

 

「はいよ!」

 

 店主の気合いの入った声。

 

「…えっ」

 

「こちらへどうぞ」

 

 先生の手を取り隣に座らせた。

 

 ……あれぇ? 私の有無は? 

 隊長は私のSPなんだよね……? 

 

 この構図じゃ先生のSPにしか見えないんだけど……。

 

 今日は休みだしいっか。

 

「あはは……ありがとうございます。ごちそうになりますね。ふぅ……!」

 

「……えっ?」

 

 思わず声を漏らす。

 

 先生が上着を脱ごうと袖を引っ張る。

 その時……僅かに見えた。

 ……見えちゃった。

 

 脇下のショルダーホルスターが。

 

 隊長たちSPの皆が装備している。

 ……拳銃も見えた。

 

「……どうしたの?」

 

 脱ぐのを止めて羽織り直した先生は無表情でジーッと私を見つめる。

 

「な、なんでもないよ」

 

 一瞬たじろぐもなんとか平静を装う。

 

 けど……バレてる。

 見てしまったことを……。

 

 隊長、も気づいてるよね。

 さっきの態度はどこに行ったのか先生を警戒している。

 

 いつでも抜けるよう懐に手を━━

 

 先生の澄んだ瞳が映る。

 真っ直ぐで……私を射抜かんとする、その瞳。

 

 とても冷たい……。

 今の先生には学校で見る温かさがまるでなかった。

 

 絶対零度……それぐらいに……。

 これが…先生の━━

 

 騒がしいはずなのにこの場だけは沈黙が支配していた。ちょっとだけ肌寒さを感じる。

 

「ヤサイマシマシ、ニンニクヌキ、大豚ディカプルお待ち」

 

「……え?」

 

 その沈黙は店主の声に壊される。

 先生の目の前には……うん、煮豚のお城が築き上げられていた。

 

「どうぞ、食べてください」

 

「え、あ……えっ?」

 

 いつもの先生に戻る。

 同時に疲れがどっと出ていった。

 

 はぁ……なんか、疲れた。

 何もなくて良かったよ。

 

 ……ただの教師が持つことはありえない。

 

「大丈夫です。私も食べましたから」

 

 先生……貴方は……。

 

「そうなの!? …そうなんですね。…そ、それじゃ……いただきます」

 

 ……何者、なの? 

 

 

 

「うぷっ……」

 

 口を押さえる。

 

 な、なんとか完食できた。

 ……お腹が張り裂けそうだ。

 

 歩く度に胃の中で肉と野菜が荒れ狂う。

 

 ディカプルって聞いて嫌な予感はしていたけどあれはやり過ぎだろ。

 

 本当、なにあれ? 

 肉がピラミッドみたいに積み上がっていたよ? 

 

 その下には大量の野菜ときた。

 そのまた下にオマケみたいな麺が……。

 

 ラーメンというより肉と野菜を食べていた。そう錯覚させるほどに凄かった。

 

 あ、うん。あれはラーメンじゃない。

 ラーメンの名を騙った肉料理だ。

 

 しかもうっかり上着を脱ぎかけてモデルガンがバレるところだった。いや……ファインモーションの反応を見るにバレてるよなぁ。

 

 えっ? って言ってたし。

 思わず反応しちゃったしさ。どういう顔をすればいいか分からなかったよ。

 

 はぁ……どうしようか。

 

 チラッと隣を歩くファインモーションを見る。その少し先に隊長さんが歩いていた。

 

 ちょこちょこ後方確認をしている。

 そりゃ当たり前、か。SP……セキュリティポリス、だし。

 

 まさかあの人がファインモーションのSPだなんて思っても見なかった。

 

 警備と聞いていたけどSPとは思わないよなぁ。

 

 ファインモーション……。先輩教師から聞いてたけどアイルランドからの留学生で名家のお嬢様。殿下と呼ばれることもあり、隊長さんも殿下と呼んでいたね。

 

 殿下だよ? 皇族の敬称だよ? 

 

 王族、との噂もあるんだとか。

 ここまでくると本物のお嬢様。

 

 ん? アイルランドの貴族って……でもアイルランド自由国が……今は大統領制国家……あー、後で調べてみよう。

 

「……先生」

 

 ファインモーションが立ち止まる。

 少し遅れて隊長さんも足を止めた。

 

「どうしたの?」

 

 悩んでいる。……聞きたいけど聞きにくいような、そんな顔をしていた。

 

「懐の…あの…えっと、見えたんだけど…」

 

「……殿下」

 

 あー……モデルガンの、こと…だよなぁ。

 それは聞きにくいわけだよ。

 

 休みの日にモデルガンを持って街中を歩き回る教師なんてきっとこの先俺しかいないだろう。

 

 ……失望されたよなぁ。

 隊長さんなんて心配そうに━━

 

 こんな頭のプリティー(イカれた)な教師が護衛対象の近くにいたら気が気でもないだろうし。

 

 あはは……サイレンススズカの件に比べたらまだマシかもしれない、か? 

 

 そんな訳がない。

 

 ファインモーションは言いふらすような子じゃないだろう。

 

 お願いしてみるか。

 

「そっか」

 

「……うん」

 

「秘密にしてくれないかな」

 

「……先生」

 

 言いたいことは分かるよ。

 こんなアホみたいないことを保身のために口止めなんて……教師のする事じゃない。

 

 何をやってるんだろうな。

 それでも選択の余地がないんだよなぁ。

 

「お願い」

 

「……分りました」

 

「ありがとう。……隊長さんご馳走してくれてありがとうございます。ファインモーション明日学校だから寝坊しないようにね」

 

「……はい」

 

 ……なんとかなったぁ。

 はぁ居心地が……自業自得だけどさ。

 

 恥ずかしさでいたたまれなくなり二人に頭を下げて立ち去った。

 

 コンビニのトイレで外さないとね。

 葵は帰ってるよな。……あ、晩御飯……葵の分だけ作る。のもなんだ…。

 

 少しだけ食べよっか。

 

 

 

「殿下」

 

「大丈夫。……隊長」

 

「なんでございましょう」

 

「桐生院先生の素性を徹底的に調べ上げてください。……それと…」

 

「分かってますよ。……私にお任せを」

 

「……ありがとう」

 

「もう少しで日没になります。寮にお戻りになりましょう殿下」

 

「はい、戻りましょう」



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どけ!俺がお兄さまだ!(泣)

大変お待たせしました。
メッッッッチャッ!ミホノブルボンが難しかったです。
文も終わってますね(白目)随時修正します。
私ではこれが限界ですごめんなさいなんでもしますから許してください!

お気に入り増えてました。ありがとうございます。




「……お兄さまと呼びたい?」

 

 ライスに相談を受けました。

 ステータス『困惑』を確認。

 

 ……これは仕方ないでしょう。

 

 朝早くに言われれば私でも困惑します。

 

「う、うん」

 

「誰を、でしょうか?」

 

「……そ、それは………ぃ」

 

 ライスの表情からステータス『羞恥心』を感知。

 同時に体温の上昇を確認。

 

 ふむ、ライスがお兄さまと呼びたい人物を検索……しなくても分かります。

 

()()()()()のことでしょう。

 トレーナーと教官はない。ライスの性格上先生の中でも限られていく。その上で男性に絞るなら…桐生院先生しか有り得ない。

 

 別に桐生院先生の後をついてく、ついてくと呟きながら尾行しているところや偶然を装い待ち伏せしている所を目撃したわけではありません。

 

 決してそのような事はありません。

 ……はい。

 

 Q.E.D.証明終了、です。

 

「桐生院先生ですね」

 

「ぁ…うっ。う、うん…でも……」

 

「……先生には妹がいます」

 

「あうっ」

 

 図星みたいのようです。

 実の妹がいるのにお兄さまと呼ぶのは倫理的にも難易度が高いでしょう。

 

 ……私はライスの友達。

 このままだとライスの状態も悪化を辿る一方。授業やトレーニングに、最悪の場合は日常に支障が出てしまう。

 

 ここは私が一肌脱ぐことになりそうですね。……しかしどうすれば━━

 

「……先生に妹がいなければいいんだよね」

 

「ラ、ライス……?」

 

 ライスの瞳から光沢が消える。手を前に出しギュッと握りしめたナイフを焦点が合わない目でじっと見つめていた。

 

 何処から取り出したんですか!? 

 制服ですよね……? 勝負服じゃないですよね? 

 

「ブルボンさんもそう思う、よね?」

 

 んんん! 虚ろな瞳が…ががガ…ピー…。

 ERROR! ERROR! メインシステム機能停止。予備電源に切り替え自動修復を開始します。

 

 ……はっ!? 予期せぬエラーが起こりましたが私はまだ大丈夫のようです。

 

 メインシステムが破損しましたが自動修復により10%復旧を確認。

 メインシステムに切り替えます。…まだ……まだ戦えます。

 

 が……ス、ススステータスに異常を確認。こ、これは……ヤンデ……ご、ごほんっ! 

 

「ライス!」

 

「うひゃ!」

 

「私に任せてください!」

 

「ブルボンさん……?」

 

 よし! 光沢が戻りました。

 ……一肌脱ぐ、言うよりもキャストオフしなければいけません。

 

「安心してください」

 

「ほ、本当……?」

 

 ライスの潤んだ瞳が上目遣い、で……。

 

 ううっ……ライスの笑顔……コンディションのため。私が頑張らないといけない。

 

 じゃないと最上級災害が発生しかねない。……事件、とか……はい。

 

 と、取り敢えず!! 

 オペレーション『お兄さま』を開始! 

 

 ……放課後先生に会いに行きましょう。

 

 

 

「と、言うわけです」

 

「あ、あはは……ミホノブルボンが苦労しているのは分かったよ」

 

「そう、ですか……」

 

 この子はミホノブルボン。人呼んで()()()()() 。なんて言われているけど感情が乏しいわけじゃない。

 

 無表情で近寄り難い、とか何を考えているか分からない等教師達は言っていたけどこの子ほどわかり易い子はそういない気がする。

 

 本当に分からないのは仮面を着けている……子。例えば……誰だろうね。俺が知る限り心当たりはないかな。

 

 窓から空を眺める。ああ、空はこんなにも赤いのになぁ……。

 

 しかし、ねぇ。

 お兄さまと呼びたい……か。

 

 なんというか放課後に職員室までやってきたミホノブルボンには驚いた。まあ腕を掴まれここまで連れてこられただけですが。

 

 これだけでも不味いのにお兄さま呼びときた。

 

 流石に不味いんだよね。サイレンススズカの件はもう諦めてるよ。自業自得だし。……ファインモーションについては黙っていてくれているみたいだし今のところは大丈夫、だと思う。

 

 ……最近になってSPの皆さんが学園内で警備をしていることも気にしなくなったよ。

 

 俺みたいなヤバい教師から生徒……主にファインモーションを守るためだろうし、ね。……本っ当にごめんなさい。

 

 ライスシャワーがお兄さまと呼びたい件なんだけど断る他ない。

 

 別に嫌いなわけじゃないんだ。

 出会いは危うかった。警察のお世話になりかけたしね。

 

 それでもライスシャワーは生徒。一緒にいると不幸になるから、と初めこそ距離があった。今は顔を合わすと先生と呼び、笑顔で駆け寄ってくれる。

 

 優しい心を持った女の子。健気で一生懸命。

 好きになる理由はあれど嫌いになる理由は微塵もない。

 

 だけど、ね。

 俺には妹が居るんだ。妹以外に兄と呼ばれるのは些か抵抗がある。

 

 倫理観的にも、さ。

 

 妹は葵ただ一人。

 ひとりっ子なら、まぁ……ね? 

 

 葵だっていい気はしないだろう。

 ……後が怖いのもある。

 

 ただでさえ危ない橋を渡っているのに生徒にお兄さまと呼ばれた日には崖っぷちだ。

 

 追い込まれた犯人みたいに、さ。

 

「申し訳ないんだけどお兄さまと呼ばれるのは━━」

 

「はい、先生ならそう言うと思っていました」

 

 それならなんでわざわざ俺のところに? 

 

「ですがこのままだと事件に発展します」

 

「……え?」

 

 じ、事件? 

 ……はっ!? も、もしかして━━

 

()()()()()()()()()()()()()!? 

 それ、をそ、の……ライスシャワーが知っている……の、か? 

 

 なんでバレた……? 

 どうしてバレた……? 

 

 まさかファインモーションが? 

 それはない。隊長さんに限ってもだ。

 

 と、いうことは見られていた? 

 

 何時、何処で……ラーメン屋にいた? 

 その前……? 

 

 ミリタリーショップでの一部始終? 

 

 もしかしたら最後のコンビニで? 

 

 必死に記憶を掘り起こすが何も分からない。……困った、な。

 

 困ったのレベルじゃない。本当に人生が終わりそうだよ。

 

 つまり、だよ? 俺の生殺与奪はウマ娘にも握られている、と。何時でも俺を握り潰すことができるよ、てことだよね? 

 

 警告として受け取ってもいいの、これ? 

 それとも脅迫? 

 

 セリフからミホノブルボンも知っている、よね。

 

 えっと? ラ、ライスシャワーさん……そ、そんなにお兄さまと呼びたいんですか? 

 

 ……良い男じゃないよ? 

 ライスシャワーさん可愛いし探せば星の数ほどの男が見つかる、よ? 

 

 だ、だから、さ? 

 お、落ち着いてくれない、かな? 

 

 この場に居ないライスシャワーに向けて必死に懇願することしかできない。

 

「最悪の場合」

 

 ミホノブルボンが口を小さく開いた。

 

「さ、最悪の場合……?」

 

 額に流れる汗を拭い息を飲む。

 

「……死者が出ると思われます」

 

 目を伏せそう言った。

 

 あっあっあっ。

 ……あは、あはは……。

 

 死者、か。そっかぁ……。

 それ……ってさ? 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 それってさ……ああ、うん……ダメだね。

 

 

 

「……分かった」

 

「せ、先生?」

 

 苦渋に満ちた真っ青な顔。

 

 事件、と言った辺りから先生のバイタルに異常を感知。

 

 呼吸、体温共に等しく低下が見られました。ステータスの異常も確認……これは『憔悴』でしょうか。

 

「……お兄さま、と呼ぶのは構わないよ」

 

「先生……!」

 

「ライスシャワー、に……そう言っといてくれないかな」

 

 ぎこちない笑顔。

 あっ……先生、貴方は……! 

 

 ライスのことをしっかり考えて……。

 先生にも立場がある。生徒にお兄さまと呼ばれては示しがつかない。

 

 先生の人気も関係します。

 私も少なからず好意は、ある。

 

 こんなにもウマ娘(私たち)に親身になってくれるんです。

 嫌う理由はありません。

 

 ですが先生と生徒、です。

 トレーナーじゃ、ない。

 

 ……ライスの風当たりも悪くなってしまう。ウマ娘(私たち)は走る為に、この場所にいる。

 

()()()()()になる。

 ……私には夢がある。

 

 私に限った話ではありません。

 皆が皆、夢を抱えている。

 

 ……まだトレーナーもいない身、です。

 

 一つの過ちで取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 

 バ鹿でした……。

 ライスの為にと何も考えてなかった。

 

 友達であるのならライスを止めるべきだったのに。

 ……私は………。

 

「そんな顔しちゃだめだよ」

 

「……先生」

 

 ぽふんっと頭が重くなる。

 左右に行き来する先生の手は懐かしく……心地よい。

 

 安心する。まるで……お父さんみた、い……。

 

「僕のせいだし」

 

「ぁ……ち、ちが」

 

 先生のせいではありません! 

 これは私の━━

 

「ううん、これは僕の責任なんだ。愚かな行為をしてしまったからさ。失望させてしまったね……」

 

 自虐的にそう……呟いた。……笑った。

 そんな先生の顔を見て……我慢できなくなった。

 

「そんなことありません!」

 

 愚かな行為……? 失望……? 

 私達を理解してくれるのにそれが愚かな行為……? そんなことない……! 

 

「……ミホノブルボン…?」

 

 今にも消えてしまいそうな先生に抱きついた。感情も何も分からない。

 

 ただ……離したらいけないと思った。

 だって……何処かに行ってしまいそうだったから。

 

「先生は立派です。……私が保証します」

 

「……ありがとう」

 

 先生の笑顔。

 ……な、なんでしょうか。

 この感情、は。ステータス━━

 ERROR。データベースに該当するものがありません。……分からない、です。

 

 ですが……とても安心する。

 全身がポカポカする。先生の匂いを嗅ぐと冷却しないといけないぐらいに熱を帯びていく……。

 

 ……あ、そうだ。

 ……笑顔…そう、先生の笑顔。

 

 ……お父さんと同じなんだ。

 同、じ。

 

 違う。これは━━━━

 

「………………先生」

 

「?」

 

「……お願いがあります」

 

「お願い……? あ、あー……叶えられる範囲なら……」

 

 先生……貴方は。

 

「━━━━━━━━━」

 

 どうして……。

 

「え? ━━━━━━━?」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「先生おはようー!」

 

「おはようございます」

 

 朝の廊下を歩き生徒たちと挨拶を交わしていく。いつも通りの朝だ。

 

 いや、少しだけ変わったかも。

 

「あっ…」

 

「……おはよう。ライスシャワー」

 

「っ! ……おはよう! ()()()()!」

 

 抱きついてくるライスシャワーを受け止める。なんだろう、ね。

 セクハラや変態と言われる覚悟をしていたのに、さ。

 

 ……暖かい視線を感じるんだよね。

 

 因みに俺に対しての苦情は一件もなかった。たづなさんに確認したら、何言ってるんだ? みたいな顔をされたよ。

 

 はぁ……泳がされているのか、弄ばれているのか。結局は手の平の上で踊らされているってことなんだろう。

 

 今は踊り続けよう。

 そして……絶対に異動をする。

 

「もう少しで授業だよ?」

 

「え、えへへ……お兄さま…」

 

 ……話を聞いてくれない。

 

「ライスもう少しで授業が始まりますよ」

 

「ブルボンさん…! う、うん! えっと……お兄さま…またね!」

 

 ミホノブルボンの言うことは聞いてくれるのね。

 ……取り敢えず助かった。

 

「あ、うん」

 

 ご機嫌な様子で去っていくライスシャワーを見送り……あれ? ミホノブルボンは? 

 

「…………おはようございますマスター」

 

「!?」

 

 背中にピトリと引っ付いて耳元で囁くミホノブルボン。俺以外に聞こえてはいないみたいだ。

 

 ウマ娘の聴力なら聞こえていてもおかしくない。

 ……ミホノブルボンの行動に驚いて気づいてない。

 

 そう思っておこう。じゃないと精神的にキツい。

 

 あーうん。

 何故かミホノブルボンはマスター、と呼ぶようになった。

 

 隠れて、だけどね。

 ……はは、いやー……マジで、さ。

 

 どうすんのこれ? 

 バレたら終わる。ミホノブルボンにマスターと呼ばせている性癖歪んだ変態教師だよ。いっそ殺してくれ……はぁ。

 

 モデルガンの件みたいに気が気でない。

 ……俺には何もできないんだけどね! 

 

「すぅ……はぁ……充電完了しました」

 

 でも充電と称して匂いの嗅がれるのはちょっと……ね。

 

「あ、うん。お疲れ様?」

 

「はい。私はこれで……」

 

 背中から離れて去っていくミホノブルボン。

 同時にチャイムが鳴り響いた。

 

 気が付けば廊下には誰もいない。

 当たり前だ。今から授業だし。

 

「……葵にどう説明しよう」

 

 まだ言ってないし……この時間は準備ぐらいで次の授業まで暇だし少し考える、か。




次はアンケート通りマックイーンになるかと思います、はい。

今回はアンケートおやすみです。



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邂逅

大変お待たせ致しました。
メジロマックイーンから急遽変更しております。

後ほど修復していきますのでご了承ください。
暑くて脳が熔けていきますね。もう自分が何書いてるか分からなくなります。だから少しでも涼もうと思ったらこうなりました。
夏といえばホラー……。

誤字、脱字修正は後日して


「……終わったぁ」

 

 机には積まれた資料。飲みかけの珈琲。

 

 ペンを落とし腕を伸ばせばポキポキと軽い音が響いた。

 

 やっぱり教師は大変だ。

 受け持つ教科によって多少は変わると思うけど。

 

 クラスを受け持ってないだけマシか。

 こんな若造がクラスを任せられるわけもなく……。

 

 といっても中高一貫校なので教科担任でも学年クラスごとに授業の進行度を把握しないといけない。

 

 レースに目が行きがちのトレセン学園だが偏差値も高い。赤点や補習にならないようしっかり生徒たちに教えていかないと。

 

 ……と、言っても覚えることが多過ぎる。

 

 四苦八苦していた俺を見兼ねてアドバイスしてくれる先輩教師もいてなんとか終わらせることができた。

 

 今度何かご馳走させて頂こう。

 

「ふわぁ……夜だ」

 

 職員室の窓から月が見える。

 俺以外の教師はもう居ない。

 

 ウマ娘やトレーナーと違い寮があるわけじゃないし車で数時間かけて出勤する強者もいる。

 

 歩いて数分の俺には無縁なんだけどさ。

 睡魔もピークに達しそうだしパパっと帰る準備を━━

 

「ん?」

 

 コーヒーを飲み干し資料を纏めていると上の方から音が聞こえた。

 

 地面をカツンカツンと叩く音。

 足音? ……誰か居るの? 

 

 消灯時間はもう過ぎてる。

 夜間外出の許可があっても厳しい時間。

 

 どこの教室にも備え付けられている時計を見た。

 午前2時過ぎ。

 ……流石に寝ているだろうね。

 

「……はは」

 

 まさか幽霊……とか、ないよな? 

 ……怖くはないけど気味が悪い。

 

 どちらかと言えば超常現象の類は好き。

 好きだけど…好きだけどそれは傍観をしている時に限る。

 

 渦中に立たされたり巻き込まれるのは嫌だ。よく考えたら丑三つ時、ね。

 

 偶然にしては出来過ぎた現象に心臓の鼓動が早くなる。

 

「ッ!」

 

 ……後ろから扉が開く音。背中に這い寄る視線。加速する鼓動に引き攣る顔。

 

 全身に鳥肌が走り額には冷や汗が流れる。……だ、大丈夫。深呼吸、深呼吸。

 

「だ、誰かな?」

 

 忘れ物を取りに来た教師かなーと塵レベルの望みを携えながら振り返った。

 

「桐生院先生」

 

 良かった……生徒だ。

 ほっとしつつ生徒を見つめる。

 

「……君は━━」

 

 黒い長髪で片目の隠れた少女。

 とても不思議な雰囲気を纏っている。

 

「マンハッタンカフェ……だったかな?」

 

「…………覚えていてくれたんですね」

 

「生徒の名前は覚えてるよ」

 

 教師内ではよく耳にする名前だし。

 ……ゴールドシップとアグネスタキオン……ナリタタイシンとか。

 

 アグネスタキオンとはなんだかんだ、ね。少し前の事だけど先輩教師に頼まれてアグネスタキオンの様子を見に行ったら倒れていて……。

 

 何事かと慌てて駆け寄ったらお腹の音。昼に食べる予定だった弁当を食べさせたらお気に召したみたいでさ。

 

 それからちょくちょくね。

 他の教師は……なんていうかアグネスタキオンに関わりたくないみたいでさ。

 

 授業や選抜レースを頻繁にサボっていて除籍が危ぶまれたことがあったんだっけ? なんとかしよう頑張っても無理だったとか。

 

 なんとか除籍は免れているんだと。

 

 だからといって教師が生徒を見限るのは間違っている。……俺だけでも支えていこう。……異動するまでの間だけど、ね。

 

 選抜レースは赴任してからまだみたことないから分からないけど授業には参加してくれているから大丈夫だろうと思う。

 

「先生?」

 

「あ、ごめん」

 

 しかしこんな時間に職員室に来るなんて……まさか不良!? な、わけないか。

 

 容姿だけ見ればオカルトマニアの方がしっくりくる。夜の校舎に肝試しをしに来たと言われたら方がまだ信じられる。

 

「こんな時間にどうしたの? 門限はとっくに過ぎてるよ」

 

「……ちょっと気分転換に」

 

「そうなんだ」

 

 気分転換で夜の校舎に来られるのも困るんだけどなぁ。

 

 ここはビシッと注意を……と、思ったんだけどさ。……あのー……。

 

「…………」

 

「……先生どうしました?」

 

 いやー、あのー……。

 

「マンハッタンカフェ」

 

「……はい」

 

「もう一人いたんだね」

 

 マンハッタンカフェの後ろから少女が見えた。……ウマ娘、みたいだけど。

 

「…………え? ……()()()んです、か?」

 

「?」

 

 口元に手を当て驚くマンハッタンカフェ。見えるって……後ろの少女のこと、だよね? 

 

()()()けど……それがどうしたんだい?」

 

「……少し待ってください」

 

「あ、うん」

 

 マンハッタンカフェは振り返ると後ろの少女を連れてくる。俺とマンハッタンカフェで少女を挟む形になった。

 

 白い肌で長い髪。顔は隠れて見えないけど美人だと思う。目隠れさんが美人なのは定番だからね。

 

 なにより特徴的な耳と尻尾がウマ娘と物語っていた。顔を見ないことには……これじゃ確認のしようがない。

 

「…………見えますか?」

 

「もちろん。うーん……ちょっとごめんね」

 

「……ッ…!」

 

「先生……!?」

 

 少女の前髪に上げて顔を確認する。

 うーん……やっぱり見たことない。

 

 美人というよりは可愛いよりだった。

 それよりも……なんていうか()()()()()()()()()()()()()()()()だね。

 

 これで姉妹と言われたら納得する。

 

「……この子は生徒じゃないよね?」

 

「あ、は……はい。お友達は生徒ではありません」

 

 少女の髪を下ろしてマンハッタンカフェに顔を向ける。まだ驚いているみたいでぎこちない。

 

 んー……この子どうしよう。

 もう夜中だしご家族の方も心配しているはず…………うーん…。

 

 

 

 私はとても動揺している。

 

「君はこの辺りに住んでいるのかな?」

 

「……」

 

 先生はジッとお友達を見つめていてお友達は恥ずかしそうに首を上下に振っている。

 

 常に一緒。だからお友達が答えは間違っていない。間違ってはいないんですけど……。

 

「そっか。それじゃあ送るよ」

 

「ッ!」

 

「夜遅いし一人だと危ないだろうし」

 

 それは……お友達に視線を送られますが助けを求められても困ります。

 

 ……桐生院先生。トレセン学園で知らない人はいない。もちろんいい意味で。

 

 ウマ娘の誰かにどの先生が好みかと問えば開口一番に先生の名が上がることでしょう。

 

 あのタキオンさんも先生の前では大人しい。……最近は顔を合わせれば先生に差し入れてもらったお弁当の内容を自慢げに語ってますし。

 

 普通にムカつきますが……羨ましいとも思います。あれだけ尻尾を興奮気味に振って……どれだけ美味しかったのか気になってしまう。

 

 ……先生の手料理だけで大変なことになりそうな方もいそうですけど。

 

 女性の嫉妬は怖いですからね。

 闇夜には気をつけた方がいいですよタキオンさん。

 

 あ、流石のお友達も限界のようですね。

 

「先生」

 

「ん?」

 

「お友達には今日は寮に泊まって貰います」

 

 ……今更ですが先生はお友達をただのウマ娘だと思っている。視える人みたいですが自覚がない。

 

 ……面白い先生。

 お友達があんなに取り乱すなんて━━

 

「だ、大丈夫? バレたら大変だと思うんだけど……」

 

 やっぱり……。

 本当に私やお友達の身を案じている。

 

 それを感じ取ったお友達。

 控えめながらも尻尾を左右に大きく振っている。

 

 あー……お友達(族ならざぬ者)に優しくしてしまうと懐かれて(憑かれて)しまいますよ? 

 

「……なんとかしてみます。先生もお友達の事はご内密にお願いします」

 

「うん、分かった。この事は僕とマンハッタンカフェと……君だけの秘密ね」

 

 そんな事は知らずに先生は無邪気な笑みを私とお友達に向けた。

 

「…………」

 

 お友達は私の後ろへと隠れる。

 これは……。

 

「……あっ…怖い顔してたかな」

 

 しょんぼりと項垂れる。

 照れてるだけですよ……とは言いません。

 

 コロコロと表情が変わる先生。

 タキオンさんや他のウマ娘がああなってしまうのにも納得できます。

 

 ……ええ、とっても。

 

「ごめん。お手洗いに行ってくるから少しだけ待っててくれないかな?」

 

「はい」

 

 顔だけ出しコクリと頷くお友達。

 

「ありがとう」

 

 先生はゆっくりと職員室から出ていく。

 視界から先生が消えるとホッと息を吐く。

 

「面白い人ですね」

 

「…………」

 

「ええ……()()、ですね」

 

 先生の机に……マグカップ。底に見えるコーヒーの痕。

 ……今度ご馳走しましょうか。

 

 

 …昨日……今日は色々とあったなぁ。

 二人を美浦寮まで送り届けたのまでは良かったんだけどね。

 

 寮長であるヒシアマゾンに怒られてしまった。

 ……仕方ないっちゃ仕方ない。

 

 咄嗟に口から出てしまったんだ。

 僕が深夜まで連れ出してしまったって……。

 

 マンハッタンカフェの目が点になってた。

 

 だってヒシアマゾンが凄い顔してマンハッタンカフェを問い詰めていたし……あの子も怯えていたからね。

 

 そのせいで大変なことになったんだけど。

 

 時が止まったかと思うぐらいの沈黙が続く中、急にヒシアマゾンが顔を真っ赤にすると俺の胸ぐら掴んで……。

 

 就寝中の生徒達を起こしちゃって……軽いお祭り騒ぎ。……窓から手を振る生徒もいて思わず振り返したらヒシアマゾンに頭突きをかまされた。

 

 トラブルが収拾して自宅に帰った頃には朝日が登っていたよ。

 

 一徹……前世に比べればマシ、か。

 

 それよりもマンハッタンカフェとあの子は大丈夫だっ━━

 

「ふわぁ……んあっ!?」

 

 廊下で欠伸をしていると背中に小さな衝撃。

 慌てて振り返ると昨日……じゃなくて今日出会った少女がいた。

 

 トレセン学園の制服を着た。

 

「あれ? 君は……その制服」

 

「………………」

 

 悪戯が成功した子供のように口元を歪ませると離れ駆け出していく。

 

「あ……待って!」

 

「先生おはようございます!」

 

 慌てて追いかけるが生徒の声で足を止める。制服を着てるってことはここの生徒だったのかぁ。

 

 マンハッタンカフェは生徒じゃないと言っていたけど。

 

 ……まあいっか。

 

「おはよう。少し良いかな?」

 

「はい!」

 

「さっき走っていった生徒のことなんだけど」

 

「そんな生徒いましたっけ?」

 

 見えなかった? ……でも目の前で走っていたんだけど。

 

「ついさっき一緒に居たんだけど」

 

「……先生」

 

「うん?」

 

「遠目で見ていたんですけど……()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

「せ、先生……?」

 

 ……え? 

 いや……え? 

 

 あー……おーけーおーけー。

 疲れが溜まっているみたいだね。

 

 ……今日は早退しよう。




あータイトルが思いつかなかった為、後で変えますね。


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