朱の双槍は舞い踊る (H-13)
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始まり

呪術界に現在居る特級術師は五つ。その一角、楔の現当主である女は畏怖にも似た視線を受けつつ廊下を歩く。

 

腰より下まで伸ばされた赤みがかった髪に深紅の瞳。メリハリのある身体のラインを確りと晒すノーネクタイのパンツスーツは仕事人を彷彿とさせるもの。両の手の皮は分厚くか弱い女性の雰囲気など欠片も無い。女王、それが彼女を表すのに1番良いだろう。

 

 

バンッ。案内された部屋の襖を勝手に開けばずかずかと中へ。胡座をかきいつもの様に瓢箪片手に呑み明かしている禪院家当主を見下ろす。

 

「良く来た、楔家当主楔颯殿。」

 

「普段通り呼べばいいだろう?改まってどうした。儂が目にかけてやっていた甚爾を追いやった貴様らには興味の欠けらも無いが…正式に依頼された当主同士の会合だ。話だけは聞いてやるから早く要件を伝えるが良い、直毘人。」

 

「ブッハッハ。あの程度で折れるならば何方にせよ呪術師としても何れ折れていただろうよ。…お前、弟子でも探していたな?俺の子では無いが甚爾に似たような奴が居る。預かってみんか?」

 

「貴様の子は軟弱な者しか居なかったがな。見込みがあると思えば我が家で預かろう。預かるならば毎月3貰う。いずれ我が家でも両手に入る程度にはしてやろう。さて、呼ぶが良い。そこに居るのだろう?」

 

「真希、入ってこい。」

 

襖を開けるのは和服でメガネを掛けた少女。中学…1.2年といったところか。その首筋、脳天、脇腹、鳩尾。急所という急所に針のような鋭くも直線的な殺気が叩き付けられる。常人ならば失禁し無様な姿を晒しているそれを彼女はギリギリのところで受けきって見せた。

 

「で?こいつの親は誰だ。」

 

「扇だ、それがどうした。」

 

「ああ、成程な。ろくに力も無いくせに自分の観察眼が冴えていると思っている愚物か。そいつに指導費は請求する、全額払わせろ。」

 

置いてけぼりの儘脚をガタガタと震わせながらもへたり込まずたっている真希の姿を一瞥するだけすれば、置いてきぼりのまま話をどんどんと進んで行く。

 

一時間後には真希の多くもない荷物が軽トラの荷台に積まれて行く。個人所有の小太刀もあったが呪具ですら無くそんなものは楔家で幾らでも用意できる。無論呪具で、である。

 

「私に子は居らん故、子の扱いは知らぬが貴様が求めるのはそれでは無かろう?我が家では3つの時から体術と槍術を仕込む。貴様には高専に入るまでに及第点までは育てる。これは決定事項だ。強かになる事を望むのならば掴み取れ。環境は用意してやろう。」

 

楔家に向かう車の中。隣に座る彼女に一方的に話してから獰猛な笑みを浮かべる。こうしてひとつの可能性が芽吹くと思うと将来が楽しみである。

 

儂を殺してくれる存在。巡り会えたのならばこの身好きな様にして全てをくれてやっても良いのだが。居ないのならば育てるまで。

 

五条のアレは唆られぬ上に心躍る死闘を共に踊り狂う玉ではない。知識の中で…となり復活する可能性があるとなると…宿儺か。生きているうちに覇を競えれば良いがな、と物騒な事を自分の願いの為に考えている始末。

 

数年後願いが現実になるとは夢程度にしか思っていなかった颯であった。

 

 

____________________

 

二年、二年である。モンキー・D・ルフィが覇気の修行をした年数と変わらぬ時間を真希は強くなる為だけに費やした。

 

方向性が定まらず中国武術を齧り様々な動きを取り入れた本来の真希は我流の不完全な体術しか自らのモノに出来ていなかった。そして呪具。楔家でなまくらと言われる程度のものしか所有出来ていなかったからこそ、一級にも満たないモノすら祓えなかったのだ。

 

先ずは身体。天与呪縛により何もしなくとも超人的なスタミナとセンス、底力を見せるがそれだけ。武を極めた者ならば呪力無しで動きの再現は可能である。逆に云うならば既にその域に到達しているのだ。無駄を削ぎ落とし武を修め相応の呪具を持てば特級すら祓えぬ道理は無い。

 

故に真希の指導は身体操作、体術、槍術の順に行われた。並行で行うのではない。一つが及第点を貰える度に増やしていくのだ。

 

楔家の子が幼少期からの鍛錬により無意識に行っている身体操作をこの歳で身体に叩き込むのだ。最初の2.3日は颯自身が朝起きてから寝るまで付きっきりで指導を行った程。

 

身体操作、理。これを用いて体術を行い、槍を扱うのだ。全てが身体操作の延長となり逆からの習得は不可能。

 

基礎は奥義も当然故に身体操作を真希が及第点を出されたのは修行を初めて一年経ってからである。然し本来ならば4.5年かけて身体に染み込ませるもの。どれだけ天与呪縛の恩恵が凄まじいか分かるだろう。

 

 

ここからは早い。基盤が出来たが故に様に後は流れる様に技術を習得し三ヶ月後には槍を握るようになった。楔家の師範代も気に入る程の成長である。

 

進度を確認する為に軽く手合わせをすれば入学まで後2,3ヶ月あるというのに事前に決めた及第点に達している。

 

だからこそ手合わせする程に颯の脳裏には甚爾の顔が浮かぶ。当時まだ次期当主でしか無かった自らの権力で禪院と交渉等無駄足にしかならぬと考えていた。

 

今ならば違う。真希から色々と聞く限り天与呪縛により呪力の無い甚爾の扱いは耳を疑うものであり、価値観の違いと表面上諦めたが諦めきれたものでは無い。

 

彼の持ちうる全てをもってすればこの儂を殺しうる。その切り札を意図して追いやり意味も無い死に繋がらせたのだ。失望以外の何物でもないだろう。

 

至近距離まで詰めてきた真希が一瞬に5メートル程度引き距離をとる。ムダの無い滑らかな動き故にうんうんと頷きながらクルクルと槍を回す。

 

「すまんな、殺気が漏れていた。良かろう。真希、お前は私が設定した及第点を既に達した。故に試練をやろう。これをくれてやる。四級から順々に一級まで祓って来るが良い。この儂に力を見せろ、良いな?」

 

投げ渡したのは壁に立て掛けておいた槍。込められた呪力は一級相当。銘は無く古くから楔家に保管されている呪具である。穂先だけでは無く柄すら呪具化しているこれはどれ程の呪霊の血を吸っているのか。

 

 

この一ヶ月後単独での一級呪霊討伐により真希は「特別一級術師」として颯に認められその肩書きをもって東京都立呪術高等専門学校に入学する事になる。

 

 

__________________

 

「私が貴様を好かぬのは知っておろうが。それを知っておいて連絡するか。だから嫌われるのだ。」

 

「え〜?でもちゃんとこうして会ってくれるじゃん。禪院真希、あの子を二年であそこまで育てた手腕を呪術高専で借りたい。」

 

「そんな暇があると思うか?」

 

「うーん。ま、颯に求めるのは実技方面だけだし、週3.4回午後来てくれたらいいよ。」

 

「はぁ…どうせ夜蛾を通さぬ独断だろう。貴様から毎月10貰う。私が暇ではない時は師範代レベルを寄越す。真希の鍛錬になるレベルだ。そこいらの学生ならそれで十分だろう。」

 

「まぁそれでもいっか。じゃぁ4月からよろしく~。」

 




真希大好き民なので強化します。正直ちゃんとした身体操作と武術、武器持たせれば1番成長するのは真希さんだと思ってたりします。

今回の1とか10とかは1が100万です。


感想評価等々お待ちしてます


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ネタバレ注意追記ありの設定集

長々とかけるか分からないから先に全部公開しちゃう。


楔 颯(くさび そう)

性別:女

年齢:3…(五条悟より歳上は確実。年齢不詳)

立場:楔家現当主兼呪術東京高専実技講師

身長:168cm

容姿:紫がかった髪に赤い瞳。スタイルは成熟しておりメリハリのある身体。ちなみに巨乳に分類される。

階級:特級呪術師

 

術式:呪詛操術(相伝)

文字通りの呪詛を媒体を用いて具現化する術式。文字、声、服、武器など多岐に渡る。込める呪力量やイメージの具体化によって効果増減。モノに刻む場合はその器の許容上限を超えた場合モノの破損という形で視覚的に現れる。

 

術式反転:自他に祝福を施し具現化するもの。

 

虚式:呪詛、祝福の根本は因果操作。世界に干渉し直接対象の因果を捻じ曲げ作用させる。+と-を組み合わせたのならば結果を押し付けてから行動を行うことも出来る呪詛操術の極致へと至る。他者の因果に干渉する場合領域展開にも劣らぬ呪力消費が必須の必殺技。

 

反転術式:使用可能。アウトプットする場合は術式反転との併用が必要。その為他者を治療する場合普通の倍近くの呪力を消費する。

 

領域展開:刻黒暗国(こくこくあんこく)

影の国、世界の外側、死したモノの行き着く先。所持者が今まで殺した又は祓った呪力が一定以上ある存在が眷属となりひしめき合う魔界の地。侵入してきた者を仲間に引き入れようとする死の兵団。見た目は無限に広がる夜の闘技場。

能力は術式と呪力の上限解除。意図的な縛りにより必中必殺効果を消しその分のリソースが術式の強化に使われている。伏黒恵が120~130%だったのに対して颯は200%以上。領域展開の根幹を犠牲にしているため強化率は他を圧倒している。

全ての攻撃は自動発動する虚式により必中に。込める呪の形は死そのもの。

 

所有呪具

・『 怨 』:二振りの全身が赤黒い槍。分類は特級。柄から穂先までが特殊な骨の様なナニカで構成されている。代々当主であり相伝の呪詛操術の使い手に継承されて来た。歴代の当主の呪詛が馴染んでおり楔家の呪力に良く合う。遠くにあっても呼べば飛んで来て手元に収まる便利さ。楔家の家宝であり、当主の証。

 

・蜻蛉切:楔家が管理する本物の蜻蛉切。等級は特級。治癒阻害と防御不可の2種類が付与されている反面強度は呪力を持たぬ武具程度しかない為慎重に扱わないと破損する恐れあり。

 

・無銘・槍:二級~一級相当の無銘の呪具。楔家には多数存在している。等級相当の耐久性と殺傷性を有する。適当な呪霊ならばこれ一本で事足りる。

 

【概要】

家柄は古く最低でも両面宿儺の生前から存在していた『最も呪術使い』らしい家系。古くから呪詛と槍を操る一族として畏れられてきた。

性別年齢の区別無く相伝術式である呪詛操術の所持者の中から最強の者が当主となる。現当主が生きていたとしても当主が認める又は勝負により打ち勝てば当主は交代となる。

呪術界隈で槍の一族と言えば楔家と言われる程であり、幼少期から呪力を持つ者は槍の修行を課され相伝術式継承者には追加で双槍術も仕込まれる。

簡単に言えば権力<強さを家訓としており御三家に名を連ねていないのもその理由のひとつになる。現状の総合的な一族単位の総力を比べた場合五条家(五条悟)すら危うい程の戦力を持つ。その為か上層部も中々口を出せない地位を確立している。

 

呪詛操術は簡単に言えばデバフ(対象を害する)、術式反転がバフ(対象を守り、支える)、虚式が因果操作に分類される。歴代の当主によって戦闘時に短時間で効果を発揮出来る形が異なり、家伝書にはほぼ全て追記も含め歴代当主によって記載されている。颯が選んだ形はルーン文字。使用するにつれて改良を重ねた結果現在は所謂原初のルーンを扱っている。(2文字以上が1文字に纏められる為発動速度が上がる)

 

当代の呪詛操術の使い手は2人。颯と奏(かな)の姉妹である。颯が呪術も槍術も稀に見る鬼才だったのに対し奏は呪術の分野では颯を超えていたものの槍の才能が著しく欠けていた為当主には颯が選ばれた。仲は非常に良好であり、当主の仕事の半分は奏がこなしていたりする。ちなみに奏も特級呪術師である。

 

 



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東京校強化フラグ

続きました。


禪院真希にとって楔颯は憧れでもあり、尊敬する人でもあり、…こう言っては失礼かもしれないが畏怖の対象である。特別一級術師として高専に入学した今で、だ。

 

2年間徹底的に扱かれ楔家の師範代にもある程度の勝負が出来るようになってきたからこそ、あの人の異常性がよく分かる。どれだけ彼女と自分の力量差が離れているのか鮮明に分かってしまう。

 

フィジカルギフテッド持ちの自分を呪力すら使わずころころと掌の上で転がすようにどれ程遊ぶ様に手加減されながら修行を受けたか。裏をかこうとも動く先に槍の穂先を、足を、拳を置かれ自らがそれに突っ込んで行くような形となる。

 

先の先。先読みの極。どれ程の死線と修練を積めばここまで行けるのか。

 

極めつけは対人で出来ることを全て対呪霊でも十全に発揮出来ることだ。最初の最初に手本として最初に示されたのは一級上位特級下位レベルの呪霊に対する一級呪具の槍1本での討伐。

 

目指すべきはここだと言わんばかりの呪力使用無しでの蹂躙に近いそれは今でも目に焼き付いている。

 

槍を振る音は無音。無駄を極限まで削ぎ落としたそれは風切り音すら無く呪霊の身体に傷を増やして行く。

 

呪霊が移動能力の大半を捨て防御力に回し殻に引き篭ったなら、槍を放り投げ続くように跳びその殻に向けて蹴り込む暴挙。それで確りと殻の裏側まで穂先を貫通させて祓ってしまうのだから空いた口が閉じなかったのを覚えている。

 

ついでに言えばその日行ったのは真希に教えられる範囲の技しか使っておらず本気である双槍を使っていなかったのは後日知った事である。

 

高専に入り、楔家とは一旦距離が離れるかと思いつつ同級生3人で初めての体育の時間。校庭に向かえば五条先生以外に二人、良く知っている雰囲気の彼女らが居た。

 

「こっちこっち〜!じゃ、実技の特別講師を紹介しやす!楔家のお2人です!拍手!!」

 

「私が当主の颯だ。基本的な体術を中心に教える。教えるに足るレベルに達していない場合は達するまで走って体力と胆力をつけろと言うところだったが…悪くは無いな。よろしく頼もう。こっちが師範代の一(はじめ)だ。私が暇ではない時にはこいつが教える事になるだろう。」

 

「どーも、ご紹介に預かりました師範代の一です。当主サマの説明補足させて頂きます。基本的には颯サマと私で見させて頂きます。狗巻棘君、パンダ君は私が。真希ちゃんは…当主サマと時間まで無限模擬戦になります。頑張ってくださいね?当主サマの時間が取れなかった場合は真希ちゃんの相手はまた別の方を呼びます。」

 

「という事だ。こんな成りだが今のところ真希よりは強いぞ?此奴が依頼して来たとはいえ若人が強くなる手伝いをするのは嫌いではない。励めよ 」

 

大きく息を吐き出す。強くなる環境がこれ程整っていることに恵まれていると感じるものの数時間後の自分の姿が容易に想像出来てしまうのがダメなところ。

 

 

予想通りと言うか何と言うか。骨折流血こそ無いものの気絶失神は両手のほどに達した。昼に詰め込んだ食べ物は全て吐き出されている。全身打撲痕でボロボロに関わらず師である彼女の身体は綺麗なまま。服の裾が多少切れていたりするが肌に傷が無いのが全てである。

 

真希は支給された一級呪具である槍を使っているのに対して颯が持つものはただの木の棒。

 

その様子を横から見ている3人はドン引きし一は遠い目をしていたとだけは言っておきたい。



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