若手の陸自幹部さん、トレセンに行く (ο2等海士)
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序章 ー自衛官トレーナー、着任しましたー
1話 ーStarting GATE-


初投稿です。楽しんでいただけたらと思います。
ちなみに、私は自衛官ではないです。


「申告します!トレーナー3尉、他、4名の者は、ウマ娘教育隊で実施される令和4年自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程に参加を命ぜられました!敬礼!」

桜のつぼみが顔を見せる3月頃。

陸上自衛隊朝霞駐屯地のとある施設内にて陸、海、空の自衛官達が敬礼をする。

 

彼らはウマ娘のトレーナーライセンスを持つ者達だ。これから3年間、地方及び中央のトレセン学園にトレーナーとして勤務する。

陸海空の曹が3名。陸の幹部が2名だ。中には、ウマ娘の自衛官もいる。

 

「以上をもって、訓示とする。」

教育隊長の訓示が終わる。

 

「敬礼!」

代表のトレーナーが号令をかける。

こうして、式は滞りなく行われた。

 

 

突然ですが、皆さんは陸上自衛隊をご存知ですか?災害派遣でよくお目にすると思いますが、陸上自衛隊は我が国の平和と独立を守るべく、日々、訓練や演習、警戒・監視などをして、皆さんが平和に暮らせるように尽力しております。

 

僕はそんな陸上自衛隊の隊員で、約2年前に、福岡県は久留米市の幹部候補生学校を卒業し、初級幹部課程のため富士に行き、水陸機動団のある相浦に配属。

 

その後、自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程のためウマ娘が多数所属する朝霞駐屯地に配属されました。教育のために各地域のトレセンに勤務するのですが、大学の時に中央トレーナーのライセンスを取得したこともあり、日本ウマ娘トレーニングセンター学園に勤務することになりました。

 

あ、自己紹介を忘れていましたね。改めて、僕の名前はトレーナー。陸上自衛官で階級は3等陸尉。年齢は24歳。出身は修羅の国。今はそうでもないけどね。

自衛隊入隊前は一般大学生で、予備自衛官も経験しました。

趣味は登山と水泳、サバゲーも多少嗜む。身長178cm。体重65kg。誕生日は1月14日。

好きなことは美味しいものを食べること。嫌いなものはたくさんある。

 

ちなみに、トレーナー資格を取ろうとした理由は、あるウマ娘がきっかけです。『トキノミノル』というウマ娘です。

前置きが長くなりましたね。これは、ウマ娘と共に最高にロックな日々を過ごす僕のお話になります。

 

 

「期待ッ!今後ともよろしく頼むぞ!!」

時は進んで4月。体育館で行われた辞令書交付式も終わり、理事長室にて理事長に激励の言葉をかけられる。

「ありがとうございます!」

「うむっ!では、行くが良い!重ね重ね、君には期待しているぞ!!」

こうして、理事長室から退室する。

「さてと、次は…。」

案内図を開き、目的地に向かう。次は生徒会室に向かう予定だ。そこで、この学園の生徒会長と面談をする予定だ。

 

廊下を歩いていると、60代くらいの女性トレーナーに声をかけられる。

「こんにちは。貴方が噂の新人さんね?生徒会室に向かうのかしら?ご一緒しても良いかな?」

「こんにちは。その通りです。…噂?」

「ええ。何でも、自衛隊からトレーナーさんがいらっしゃるというのですから、気になって。」

今は、陸自の制服を着ているから、ひと目でわかるのだろう。

「そうなんですね。あ、僕の名前はトレーナーと申します。」

「これはご丁寧にありがとう!私は新堀と言います。似たような名前のシンボリルドルフちゃんの担当をやってるのよ。」

 

2人で歩きながら、生徒会室に向かう。

シンボリルドルフ。トレセン学園の生徒会長にして、無敗の三冠ウマ娘だ。有馬記念も制している。そして、今年の天皇賞・春に出走するため調整中とのこと。

「あの子は本当にすごいのよ!最後にあの子のトレーナーになれて本当に良かったわ!」

「最後…ですか?」

「ん?ああ、そうよ。私、5月末でこの学園を去るの。定年退職ってやつね。」

「そうなんですね…。」

「うん、だから、春天で最後の勇姿を見届けて、それから退職するの。それまでは、出来る限りサポートするつもりだけどね!」

 

そんな話をしているうちに生徒会室にたどり着く。ノックをして入室する。

「入ります!」

「失礼するね。」

そこには生徒会長のシンボリルドルフがいた。彼女は椅子に座っていた。

「やぁ、待っていたよ。新堀トレーナーもご一緒でしたか、どうぞ。」

促されるままソファーに座る。向かい合う形で、テーブルを挟んで座り、早速本題に入る。

「まずは、初めまして。僕はトレーナー。陸上自衛隊の三等陸尉。今日から3年間、トレセン学園に勤務することになりました。」

「私は、この学園の生徒会会長を務めている、シンボリルドルフだ。よろしく頼む。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

敬語はよしてくれとシンボリルドルフに困った顔をされながら指摘された。

 

新堀さんも交えて3人で会話をする。

しばらくすると、新堀さんが、

「そうだ、ルドルフちゃん。この子をサブトレーナーにしても良いかしら?」

「ええ、構いませんよ。是非とも、彼のことをもっと知りたい。」

先ほどの会話で気に入られたのか、あっさり承諾される。

「そういうわけだから、トレーナー君。よろしくね。」

「かしこまりました。」

こうして、僕はしばらくの間、彼女のサブトレーナーとして働くことになった。

 

 

「では、帰ります!」

挨拶をし、部屋を出る。

「ふぅ……。」

緊張した。威厳がすごい。さすがは皇帝だ。

これで今日の要件は終わりだ。後は、明日まで完全にフリーだ。何をしようか。

 

そんなことを考えていると、声をかけられる。

「ねえ君!さっき生徒会室から出てきたね!何してたの?」

快活そうなウマ娘が話しかけてくる。

 

「あ、はじめまして!ボクはトウカイテイオーだよ!君の名前を教えてくれるかな?あっ!ボクは生徒会じゃないけど、たまに顔を出すんだ!よろしくね!!」

元気いっぱいに自己紹介される。

 

「ああ、うん。僕、トレーナーていうんだ。よろしくね!」

こちらも負けじと名乗り返す。

 

「トレーナーかー。いい名前だね!!それで、どうして生徒会室にいたの?」

「ああ、実は僕、自衛隊からここに来た新人トレーナーなんだ。さっきまで、シンボリルドルフ会長とそのトレーナーさんとお話していたんだよ。」

「へぇ〜、そうなんだ。ねえ!これから暇だったら、一緒にカフェテリアでご飯食べない?」

「えっ!?良いの?」

「もちろん!それから、この学園のこと色々案内するよ!」

こうして、彼女と行動を共にすることになった。

 

トウカイテイオーに学園を案内してもらいながら、食堂に向かう。

途中、様々なウマ娘達に出会った。

トウカイテイオーのクラスメイトの芦毛の娘とクリスマスカラーのメンコの娘、生徒会副会長の2人に同室の子…などなど。

交友関係広いなこの子。

目の前で人参ハンバーグを頬張る彼女を見ながら、感心する。

「おいしい!あれ?トレーナー、食べないの?」

「いや、気にしないで。」

周りを見てみると、山盛りの料理に舌鼓を打っている子達が散見される。それだけでお腹いっぱいになりそうだ。さすがはウマ娘といったところだ。

 

「ごちそうさま!」

「早ッ!もう食べたの?」

「うん!美味しかったからね!」

僕も食べ物をかき込む。

「急がなくていいのに…。」

「ん?あぁ確かに、ここは自衛隊じゃないからね…。」

 

とか言いつつ、5分と経たずに腹の中。

「ごちそうさま。」

「食べ終わったね。じゃあ、行こうか!」

再び彼女に連れられ、学園内を散策していく。グラウンド、スポーツジム、図書室、プール、大樹のウロetc……

 

一通り見て回った後、3女神の像の前に着く。

「どうだった?トレセン学園は。」

「すっげぇ広いなぁ……って思うよ。」

「でしょう?なんといっても、日本一のトレセン学園だからね!」

「ここまで広いと迷子になるよね。」

「あ〜それは確かに…。毎年、新入生の子達は、みんな迷子になっちゃうんだ。」

「やっぱりそうなのか……。」

「まあ、だからこそ、ボク達先輩が案内しているんだ!」

「なるほど……。」

 

その後、僕はトウカイテイオーと他愛のないお話をして時間をつぶす。

「よし、そろそろ時間だね。ボクは寮に戻るよ!」

「わかった。今日はありがとう。テイオー。」

「にししっ。良いってことよ、トレーナー!また会おうねー!!」

そう言って、彼女は走り去っていった。

僕も寮に戻ろう。

 

 

次の日、今日は入学式が行われる。暇を持て余していたので、体育館にて、シンボリルドルフ達生徒会を手伝っている。

高校、大学と生徒会や学生自治会に入っていたので、こういうのは慣れっこだ。

 

「トレーナー君。おはよう。手伝ってくれてありがとね。」

「おはようございます。新堀さん。みんなが頑張っているので、ぜひとも、力になりたいんです。」

「ふふっ。君は本当に頼れるトレーナーだ。」

シンボリルドルフに褒められる。

「いや、そんなことはないよ。」

ダイレクトに褒められると照れる。

 

「君のおかげで準備が早く終わったよ。トレーナー君、学園内の見回りに行ってくれないか?この学園は複雑多岐、非常に迷いやすいんだ。毎年、迷子になる子達が多い。だから、そんな子達を助けてやってほしい。」

なるほど。昨日、トウカイテイオーが言った通りだ。

「わかった!行ってきまーーす!」

直後にトラックにはね飛ばされそうな少女のテンションで僕は校内を見回りに行く。

 

 

「ねえ、キタちゃん。」

「どうしたの?サトちゃん?」

「あんまり考えたくないんだけど……。私達、迷子になった?」

「そ、そんなことないよ!…多分。」

新入生のキタサンブラックとサトノダイヤモンドは絶賛迷子の真っ最中であった。

「どうしよう…このままだと式に間に合わないよぉ…。」

 

サトノダイヤモンドの瞳からは、今にも涙がこぼれそうだ。キタサンブラックも不安そうな表情でキョロキョロ周りを見渡している。

「あっ、あそこにいる人、警備員さんっぽいし……声かけてみる?」

キタサンブラックがそう提案する。その警備員とは、陸自の制服を着たトレーナーである。

「でも、仕事で忙しいかもしれないよ……。」

サトノダイヤモンドは遠慮しているようだ。

「大丈夫だよ!ほら、こっち来てる!」

キタサンブラックの言う通り、トレーナーはこちらに向かってくる。

 

「あの……すみません。」

「ん?どうした?」

「道に迷ってしまって……。」

「ああ、そうか。じゃあ、一緒に行くよ。」

そう言って、トレーナーは二人を先導する。

「いやぁ、助かりました!ありがとうございます!」

「いやいや、いいんだよ。ほら、こっちこっち。」

そうやって歩いていくと、だんだん校舎が見えてきた。

そして、また同じ所に着く。

あれれ?おかしいぞ……。

二人も不思議に思いながらも、そのままついていく。

「ここさっきも通ったな…。」

「えぇ!?じゃあ、私達ずっと迷っていたって事ですか……?」

「いや……そんなはずは……。」

そう言っているうちに、また元の場所に戻ってくる。

「どういうことだ?……まさか……!」

トレーナーはある事に気づく。

「僕も迷子になっちゃった…。」

「「えええええええ〜〜〜!?」」

 

 

あの後、偶然手元にあった案内図を見ながら、無事?に2人を送り出した僕は、体育館にて入学式に参列する。

時折、新入生達から好奇の目を向けられながらも、式は終わり、今は教職員室にいる。ここでも好奇の目を向けられている。スーツ着ろ…。

「トレーナー君。明日はぜひともルドルフちゃんのトレーニングをみてほしいの。私もできる限り教えられることは君に教えたいし。」

書類仕事をしていると、新堀さんに声をかけられる。

「新堀さん。ありがとうございます。」

「じゃあ、私はここで失礼するわ。また明日ね、トレーナー君。」

「はい。お疲れ様です。」

そう言って、彼女は部屋を出て行った。

 

その数時間後、僕も仕事を終わらせ退室する。

一旦、寮に戻り、スーツに着替える。そして、また学園に向かう。ウマ娘達が新入生をチームに勧誘している光景が見受けられる。候補生だった頃を思い出す。

しみじみとしながら歩いていると、急に視界が塞がる。

「よっしゃあ!野生のトレーナー、ゲットだぜ!!」

…はい?

「お、おい!何するんだ!離せコラ!」

抵抗するも虚しく連れ去られてしまった。

 

 

「よっし、ついたぞ。」

そうして、地面に降ろされる。

「ここはどこだ?」

「ようこそ、ゴルゴル島へ!」

目を塞いでいたものが外される。見上げると、ウマ娘と海が目に入る。

 

「はい?」

「ゴルゴル島は、ゴルシ様のゴルシ様によるゴルシ様のためのアイランドだ!そこに呼ばれるとはお前、さては惑星ゴルシの国賓であらせられるな?」

最高に意味がわからん。だがしかし、目の前にいるウマ娘はそんなことお構い無しに話を続ける。

「ちなみにここは、学園から1番近い無人島らしいぜ!」

知るかボケェ。というツッコミを飲み込みながら周りを見渡す。

孤島である事は確かみたいだ。

あたりはすっかり日が落ちている。

「こんな所に僕を連れてきてどうするつもりだ?」

「こんな所とはお言葉だな。まあでも、教えてやるぜ。」

ゴルゴル島のウマ娘はニヤつきながら決めポーズを取る。

 

「どうするつもりと聞かれたら。答えてあげるが世の情け。世界の破壊を防ぐため。世界の平和を守るため。愛と真実の正義を貫く、ラブリーチャーミーなゴルシちゃん。ターフを駆けるこのアタシの未来には!ホワイトホール、面白い明日が待ってるぜ!」

答えになってないし、どっかで聞いたことある口上だ。

「なーんてな!」

なんとも言えない空気が流れる。少し乗ってやるか。

 

「現れたな!ド○ンボー!!」

「おっ?なかなかやるじゃねーか。褒美に世界の半分をやろう。代わりに、お前の半分をよこせ!」

「いいえ。」

「ボロ?」

「いいえ。」

「ボロい家?」

「いいえ。」

「……それじゃあ、何が欲しいんだよ!」

「僕の命。」

「やれるもんならやってみろよ!」

そう言って、彼女は木の杖を取り出す。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理…ああもう、めんどくせぇ!エクスプロージョン!!」

その瞬間、地面から炎が上がる。そして、爆発する。

「うわぁ!?」

爆風に吹き飛ばされる。どういう原理だこれ。

「ふぅ〜。最高だぜ。」

ウマ娘は地面に倒れ込む。

「もう、身動き1つ取れません…。ってことで、起こしてくれねぇか?」

そう言って手を差し出してくる。仕方ないので、その手を掴んで引き起こす。

 

「サンキューな!そう言えば名乗っていなかったな。アタシの名前はゴールドシップだ。田中なり佐々木なり好きに呼んでくれよな。よろしくな!」

「トレーナーだ。なら、ゴルシと呼ばせてもらおうかな。よろしくねゴルシ。」

掴んだ手のまま握手を交わす。

「じゃあ、いきなり!黄金伝説。の始まりだぜ!」

「はい?」

「とりあえず、この島を探検しようぜ!トレーナーもついてこいよ。」

そう言って、僕の手を引いて走り出す。

「ちょ、ちょっと待って。」

こうして、僕と彼女の冒険が始まったのだった。

 

 

「オメェ…このゴルシ様以上にサバイバルに長けてるとは……見上げたやつだな。」

「それはどうも。」

火を起こし、ゴールドシップから拝借したナイフでヘビと魚を調理しながらそう返す。

「アタシ、普段からこんなんだからよ、着いてこれるヤツがいないんだ。」

「そりゃそうでしょ。」

「でもオメーなら大丈夫かもしれねえ。一緒に7つの海を制覇できるかもな!」

なんか話が壮大になっている。

 

ちなみに今は深夜1時だ。島を探索したり、食料を採ったり、漂着物と植物で寝床を作っていたらこんな時間になっていた。

「よし、できた!。」

「おお!スゲーな!さっそく焼いて食おうぜ!」

 

捌いた食材を枝に刺し、焚火の回りに突き刺していく。しばらくすると、こんがりと焼き目がつく。とても良い匂いが漂ってくる。

ゴールドシップがキラキラした目で眺めてくる。

「「いただきま〜す!!」」

非常に淡白だが、悪くない。

「うまぁ〜!!」

彼女を見ると、目を細めて美味しそうにしている。釣られて笑顔になってしまう。そんな感じの食事を終える。

 

お腹がいっぱいになり、急に眠気が襲ってくる。

「おい、何寝ようとしてんだよ。夜はこれからだぞ!」

そんなこと言われても、眠いものは眠い。演習じゃないんだから、寝かせてほしい。

「ったく。しょーがねえな…。気付けにまたかましてやるか!」

ゴールドシップはまた杖を取り出し、詠唱を始める。

「紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象昇温の理。崩壊破壊の別名なり。永劫の鉄槌は我がもとに下れ!エクスプロージョン!」

またもや地面から炎が上がる。しかも規模が大きい。

 

「あ、やべっ。」

「熱っ!!あつつつつつつ!!!!!」

炎は焚木と寝床を巻き込んで燃え上がる。

「服が!服が燃えてるぅ!!」

僕は近くの海に急いで飛び込む。せっかくのスーツがお亡くなりになられた。

幸い水場があったから良かったが、なければ焼け死んでいただろう。

「ゴルシィィィィイ!!」

「アッハハハハハハ!悪ぃって!!」ゴールドシップはとても愉快そうに笑う。

僕はため息をつきながら、陸に上がる。そして、ゴールドシップに近づき、彼女をお姫様抱っこする。

 

「へ?」

と間抜けな声を上げるゴールドシップを無視し、海に近づく。

「ヤダ。トレピッピったら…熱にあてられちゃったの?ダ・イ・タ・ン♡」

「そぉぉおおおおおい!!!!!」

ゴールドシップを海に放り投げる。バシャン!という音が響く。

「何すんだオメーー!!」

と言って海から顔を出すゴールドシップ。

「仕返しだ。いいから、火を消すぞ!」

燃え広がる前に何とか消火できた。

 

その後、ゴールドシップは満足したのか、船を出してトレセン学園まで送り届けてくれるのだった。

「また遊ぼーな!」

彼女は無邪気に笑うのだった。

 

 

あの日から月日が経ち、天皇賞・春当日。シンボリルドルフの走りを観客席から見ている。

『ゴールまであと、200!シンボリルドルフ先頭!さあ、ゴールまで100mに入った!…ゴールイン!!』

皇帝の圧倒的な走りは会場を沸かせた。

「カッコよかったよ〜!カイチョー!!」

隣のトウカイテイオーが興奮気味に声をかける。僕も鳥肌が立っている。

『やはり皇帝は強かった!5冠ウマ娘、ここに誕生です!!』

実況の声と共に歓声が巻き起こる。

「ルドルフちゃん。また貴女の夢に1歩ちかづいたのね…。」

新堀さんはうっすらと涙をうかべる。

「さあ、トレーナー君、テイオーちゃん、あの子のところに行くわよ。」

 

そうして連れて行かれたのは、控え室。そこには、シンボリルドルフがいた。

「カイチョ〜〜!今日もいいレースだったよぉ!!」

「おめでとう、ルドルフ。感動しちゃったよ。」

「やっぱすごいねぇ!ルドルフちゃん。」

3人で祝福の言葉を送る。シンボリルドルフは微笑みながら感謝の言葉を述べる。

 

「これで私も後腐れなく退職できるわ。そうだ。」

新堀トレーナーは2枚の紙を取り出す。

「何ですかそれ?」

僕は新堀トレーナーに質問する。

「契約解除書と、担当契約書よ。」

「ということは…。」

「これからルドルフちゃんを君に任せようと思うの。」

「えっ。」

突然のことに驚く。いや、確かに、彼女とは生徒会の仕事を手伝ったりだとかで親交は深めてきた訳だが。

 

それにしても急すぎる。そして、皇帝のトレーナーは新人の僕には荷が重すぎる。

答えに逡巡していると、シンボリルドルフが口を開く。

「我々の活躍にトレーナーは欠かせない。しかしそれは、ただトレーナーがウマ娘のトレーニングを見るだけではダメだ。公私共に支えあってこそだと私は考える。それに気づかせてくれたのは、他でもない君だよ、トレーナー君。ぜひ、戮力協心、これから共に歩んでほしい。」

彼女の目は真剣そのもの。嘘偽りはないようだ。

そこまで言うならそれを無下にするわけにはいかない。

「わかりました。」

「よし、決まりね!」

この日、僕は皇帝と契りを交わし、トレーナーとして本格的に活動することとなる。

幹部自衛官が送る、ウマ娘トレーナーライフ、開幕である。



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2話 日常

主人公のヒミツ①
実は、家族の女性陣はみんなウマ娘


トレーナーの名前ですが、とりあえず『トレーナー』表記にします。
役職のトレーナーと混ざるかもしれませんが、どうかご了承ください。

それでは、お楽しみください。


「うっへぇ…今日も暑いなぁ……」

あれから時は流れ6月、梅雨の時期だが今日は天気が良くて絶好のトレーニング日和だ。

あれから、色々なウマ娘と出会うことができた。

機会があったらお話しよう。

 

65式作業服に身を包みながら、同期のトレーナー室へ向かっていた。

「おはよう!」

元気よく挨拶をしてトレーナー室の扉を開ける。そこには、1人の女性自衛官がいた。彼女は、僕の自衛隊同期である女性自衛官(24)だった。

 

彼女はスーツを着ており、黒色の髪をポニーテールにして纏めている。ちなみに彼女はウマ娘だ。

「おっす〜、起こしてくれてありがとね〜。」

「またこんな時間まで寝ていたの?」

「まあね……最近、仕事が多くてさぁ。」

『URAファイナルズ』と書かれた紙を、ヒラヒラさせながら愚痴をこぼしている。

 

「そっか。大変だなぁ…。」

「そうなのよ。あ、今日は合同トレーニングに誘ってくれてありがとね!」

「良いってことよ。じゃ、僕はこれにて。」

「あいよ〜。」

こうして僕は彼女のトレーナー室を出た。

彼女と対照的に僕は何もすることがないので、ランニングすることに決めた。

 

「ホンット、いい天気だなぁ……」

太陽にソフトモヒカンの頭を照らされながら、学園内をランニングしていた。

 

「大丈夫かな、アレ…。」

ふと、先ほど見た同期の顔を思い出す。相当仕事に追われていたのだろうか、少し疲れたような顔をしていた。彼女は早くも5人と担当契約し、チームを作っている。

その上で、理事長が提案した、URAファイナルズ創設にも従事している。心労は計り知れないだろう。

 

しばらく走っていると、ぐぎゅるるるる…。と腹の虫が鳴る。

お腹空いたな。腕時計を見て現在時刻を確認する。1155。もうすぐ昼休みの時間だ。

食堂に行こう。そう思い、速度を上げた。

 

「おや?トレーナー君じゃないか!」

聞き慣れた声に呼ばれ振り返るとそこには担当の1人、シンボリルドルフがいた。

 

「やあ、珍しいね。こんな時間にここで会うなんて。」

「ああ、少し諸用があってね。そういう君はどうしたんだい?」

「僕はこれから食堂に行くところなんだ。」

「ほう、そうなのか。良かったら、一緒に食べないか?」

「うん、良いよ」

「よし、決まりだ。では、行くぞ!」

僕たちは並んで歩き出した。

 

しばらくすると後ろから足音が聞こえてきた。振り向くと、そこにいたのは、同じく担当のトウカイテイオーだった。彼女は、ボクもカイチョーと一緒に頑張りたいと契約を申し出てくれたのだ。

 

「あっれぇ? トレーナーとカイチョーじゃん! 何してんのぉ?」

「おお、テイオーか。私はこれから彼と昼食を食べようと思っていてね。」

「え!?︎ トレーナーとご飯食べるの!?︎ ずるぅーい!!ボクもトレーナーと一緒に食べたいなぁー!」

「ハハハ…。テイオー、そんなに怒らないでくれ。」

「むぅー!」

トウカイテイオーは頬を膨らませている。

 

僕はそれを横目に苦笑いしながら、2人に言った。

「あのさ、せっかくだし3人で食べない?」

「いいの!?トレーナー?ヤッター!!早く行こ!!」

「フフッ。良かったな、テイオー。」

3人は仲良く食堂に向かっていった。

 

それからしばらくして……。

「ねえ、トレーナー。」

「ん?」

「トレーナーってさ、自衛隊ではどんな仕事をしていたの?」

「急になんだい?」

「だって気になるんだもん。」

「そうだなぁ……自衛隊にいた時か……。」

少し考えた。実のところ、現場の経験はまだ浅い。ほとんどは教育を受けるばかりで語れることはあまりない。

もちろん、幹候学校や水機団での日々は濃密ではあった。

 

「教育ばかりだったかな。」

「そうなの?」

「うん。でも、ウマ娘達のために何かしたいとは思っていたかな」

「へー、例えば?」

「それは秘密だよ。」

「ちぇー、ケチぃ。」

 

トウカイテイオーは口を尖らせた。そんな彼女に僕は笑って言う。

「ははは、ごめんごめん。まあ、トレーナーになった以上、頑張るつもりだから応援よろしくね!」

「もちろんだよ!」

「当たり前だろう?」

 

2人とも口々に言う。それを聞いて嬉しく思う。

「ありがとう。じゃ、午後からも頑張っていこうか!」

「「おー!!!」

 

 

その日の夜……。

「はぁ〜……疲れた〜……」

寮にある自室のベッドで大の字になって寝転んでいた。

トレーナーの仕事はハードだがやりがいもある。

 

今日は金曜日なので、土日は休日となる。そのため、2人のトレーニングは休みにしている。

ただ、自主トレとして走り込みや筋トレなどをしても構わないと伝えている。

 

それに付き合うのも良いかもしれない。しかし、何かイベントがあったような気がする。

「……寝るか。」

そんなことは気にせず、明日は何もしないことに決めた。

 

そして、次の日。

時刻は0600になる。いつものように目を覚ます。

「あー…。いつものクセで起きてしまった…。」

今日一日は寝て過ごそうと考えていたので、もう一度タオルケットを被る。

おやすみ。

 

2度寝していると、ドアをノックする音とともに声が聞こえる。

「おはようございます!朝ですよ!」

「んー…騒々しいなぁ…。」

大声で叫ぶ訪問客に文句を言いながら起き上がり、玄関のドアを開ける。

 

訪ねてきたのはトレーナー同期の桐生院葵さんだ。彼女とは意見交換や合同トレーニングと何かとお世話になっている。担当のハッピーミークにも併走でお世話になっている。同期の女性自衛官とは大変仲が良い。

 

「早くしないと遅刻しますよ?」

「ん~?もうそんな時間ですか?」

「もう8時ですけど!?」

8時と言われてもまだ眠い。僕は三度寝しようとベッドに向かうも、再び彼女の声で邪魔される。

 

「早く支度して下さい!今日は大事な日でしょう!?」

「何かあったかな・・・。」

今日は確か・・・。ああそうだ。今日は土曜日だったね。休みなのに起きちゃってどうすんだろ。

「何を言ってるんですか!今日は選抜レースがあるじゃないですか!!」

 

「ああっ!!」

そういえば選抜レースのある日だった。忘れていた。すっかり1日中寝るつもりでいた。

「今からでも遅くないんで、一緒に行きましょう!」

「行かなきゃダメ?」

「ダメです!!行かないと困るのは貴方ですよ!?」

この人は僕の母親か何かだろうか。まあいいや。着替えるか。

少し待ってくださいと桐生院さんに伝え、着替えに部屋に戻る。

 

作業服を着て、玄関へ向かう。

「あのぉ・・・。」

「どうしました?」

「その格好は何なんでしょうか?」

「これ?これは自衛隊のOD作業服ですよ。」

「それはわかりますけど…。どうしてそんな格好をしているんですか?」

彼女の目にこれは奇抜に映るのだろう。

「だってこれ、動きやすいですし。」

「そういう問題じゃありません!ウマ娘に対しては服装から真摯に向き合うべきです!」

彼女はそう熱論する。真面目な方だ。

別にいいではないか。楽なんだし。

 

「せめてスーツとかにしませんか?」

「持ってないです。」

持ってたやつは燃えてお亡くなりになられた。

「だったら買ってください!」

さっきから彼女が言うことはもっともなのだが、それはさすがに面倒だ。

 

何とか彼女を説得し、学園のレース場へと向かう。

しばらく歩くと、集合場所である学園のレース場に到着した。すでに多くのトレーナーが集まっており、今か今かと待機していた。

そして、しばらくすると一人の女性が歩いてくる。

 

「全員揃っていますね。それではこれより選抜レースを始めます。」

いよいよ始まるようだ。さっきまで騒いでいた人も静かになり、みんな真剣な表情になる。

 

 

選抜レースが終わり、トレーナー達は各々気になったウマ娘に声をかけている。そんな中、僕はというと特に誰とも契約できずにいた。

いや、声をかけようとはしたが、避けられてしまった。

気になるウマ娘もいたが、見当たらない。

いつの間にか、桐生院さんの姿もない。僕をここまで送り届けて帰ったのだろう。

 

「運がなかったか…。」

そう落ち込んでいると、ある女性に話しかけられる。

「トレーナーさん。お疲れ様です。」

理事長秘書の駿川たづなさんだ。

 

「お疲れ様です。たづなさん。こんなところで何をされているんですか?」

「私もレースを見に来たのですよ。」

「そうなんですね。それにしても凄かったですね。どの子も速かった。」

「はい。皆さん、とても素晴らしい素質をお持ちの娘ばかりです。」

確かにどれも良い走りをするウマ娘ばかりだった。

 

「それで、あなたはどの娘と契約するつもりだったんですか?」

「僕はですね…。」

言い終わる前に彼女は続ける。

「あら、あの芦毛の子がこちらを見てますね。あの娘は確か…。」

「えっ?」

 

彼女は僕の後ろを指差した。振り返るとそこには一際目を引くウマ娘がいた。優雅な佇まいが印象的だ。

そして、その娘こそ、僕が気になるウマ娘だった。トウカイテイオーのクラスメイトで、かなりの実力を秘めていることがひと目でわかる。

ただ、今回は調子が悪かったのか、あまり良い順位ではなかった。

 

「名門メジロ家の令嬢にして、最強のステイヤーとなる可能性を秘めたウマ娘、メジロマックイーンさんですね。」

「ウソっ。メジロ家!?」

その娘は、誰もが1度は聞いたことある名門中の名門出身だった。

僕が声をかけるよりも先に、彼女は真っ直ぐ僕の方に向かってきた。

 

「ご無沙汰しております。改めて、私の名前はメジロマックイーンと申します。突然ですが、どうか、私のトレーナーになって下さい!」

「えっ?僕が君の?」

突然すぎて理解が追いつかない。

「はい!」

彼女は力強く返事をした。

「でも僕なんかで本当に大丈夫なの?」

「はい!貴方とならきっと、天皇賞をとることができると考えております。」

彼女はじっと僕の顔を見つめてくる。

面食らったが、願ったり叶ったりではある。

 

「わかった。君と契約するよ。」

「ありがとうございます!」

こうして僕は、3人目の担当を持つことになった。

 

 

月曜日のトレーニングの時間。

「ハイ、というわけで新しい仲間が増えました〜。今日からトレーニングに参加することになりま〜す。」

メジロマックイーンをシンボリルドルフとトウカイテイオーに紹介する。

 

「メジロ家より参りました。メジロマックイーンと申します。よろしくお願いします。」

「ああ、シンボリルドルフだ。これからよろしく頼む。」

「マックイーン!これからトレーニングも一緒だね!ボク、負けないよ!」

「ええ、もちろんです。私もテイオーさんに遅れをとるつもりはありませんわ。」

二人共やる気満々といった感じだ。お互いに切磋琢磨し合えるというのは良いことだ。

 

「では、早速トレーニングを始めよう。今日はスピードトレーニングを行う。君達の最高速度を高めていきたい。」

「はい!よろしくお願いします!」

「うんっ!頑張るぞー!!」

2人はやる気まんまんといったところだ。

シンボリルドルフはそんな2人を微笑ましく見つめていた。

 

最高速度を高めるためには、ピッチとストライドが大切だと言われている。ピッチとは1歩踏み出すときの速さのこと、ストライドとは1歩踏み出すときの歩幅のことである。

 

この組み合わせがキモになってくる。

歩幅を長めにとり、ピッチを早くすれば速度が上がるということだ。

 

しかし、ただそうすれば良いとは言えない。

ピッチを上げれば、その分速く進めるようになるのだが、ストライドが短くなってしまう。つまり、足をはやく動かしてるだけでそんなに進まないのである。

反対に、ストライドを長くすると、ピッチが遅くなってしまう。これは減速にもつながる。

したがって、この二つを上手く調整しながら走らなければならない。

それを体得させるのが目標である。

 

以上のことを3人に伝える。

 

「まずは、私がやってみせよう。」

やってみせということで、シンボリルドルフは走り出した。

さすがは三冠ウマ娘というべきか。

圧倒的なスピードだ。しかも無駄がない。

まるで風のように走る姿はとても美しかった。

 

「こんなものかな。お手本になったかい?」

「すごいですわ……!」

「かっこいい……!」

メジロマックイーンとトウカイテイオーが思わず感嘆の声をあげる。

 

「このように、ピッチとストライドが噛み合うと速く走れるんだ。じゃあ、君達もやってみようか。」

二人に指示して走ってもらった。

 

「こんなものかな!」

「いかがでしょうか?」

2人とも悪くはなかったが、多分に伸びしろがある。さらに回数を積めば、もっと速くなるだろう。

そのことをそのまま2人に伝える。

 

 

「ありがとうございます!まだまだ頑張りますわ!」

「ボクだって負けないもんね!よーし、もう一度だ!」

「私も、もう一度やってみます。」

 

2人は何度も繰り返し走った。その度に上達しているのを感じる。要領が良いというのか、飲み込みが早い。

 

日が落ちてきた。今日のトレーニングはここで終わりとする。

「よし、今日はここでおしまい。各自、ストレッチを忘れないようにね。」

「ああ、わかった。」

「オーケー!」

「かしこまりましたわ。」

3人が返事をする。

 

 

ストレッチが終わり、トレーナー室へ戻る。

「トレーナーさん。少し、よろしいでしょうか?」

「どうした?マックイーン。」

「トレーナーさんは今年初めてここで働くのですよね?」

「そうだね。それがどうかしたの?」

「いえ、3人も担当がいて大丈夫なのですか?」

「どういうこと?」

質問の意図がわからず聞き返す。

 

「えっとですね……。いきなり3人の面倒を見切れるのかという不安があります。能力的にではなく、負担が大きすぎるのではと心配しています。」

確かに、彼女の心配はもっとものことだ。

新人がいきなり3人も担当することはあまりない。

それに、仕事にまだ慣れない中で多人数と契約するのは無茶ともいえる。

しかし、そうは言ってられない。

 

「マックイーン。」

僕は真剣に答えようとする。

「確かに君の言う通り、負担はある。でもね、それは同時にやりがいでもあるんだよ。」

「やりがいですか。」

「うん。僕はトレーナーとして、ウマ娘の夢のお手伝いがしたい。ウマ娘のために全力を尽くすことが僕のやりたいことなんだ。だから、例え大変であっても、やり遂げてみたいんだ。」

「トレーナーさん……。」

「まぁ、そんな感じだよ。」

 

マックイーンは納得してくれたようだ。

「私の考えすぎだったようです。申し訳ございません。」

「大丈夫だよマックイーン。これから天皇賞制覇に向けて共に頑張ろうね。」

「はい!改めて、よろしくお願いしますわ!」

 

 

3人がトレーナー室を退出し、書類仕事も終わったので、学園を散歩してみる。

敷地の広さにいまだに圧倒されるものの、概ねどこがどこだかがわかってきた。

 

ある場所へ足を運ぶ。

そこは校舎内にある理科室みたいな所だ。

窓から怪しい液体が見える。

何の部屋なんだろうか気になる。

 

すると、突然扉が開いた。

「うわっ!びっくりした〜。」

「おや、トレーナー君じゃないか、どうしたんだい?こんな所で。」

そこには、白衣を着たウマ娘がいた。

「あれ?タキオンじゃないか。」

アグネスタキオン。彼女は同期のチームの一員で、よく実験をしているらしい。

なるほど、ここは彼女の研究室なのか。

 

「ここで話すのも何だから、中に入ると良い。歓迎するよ。」

彼女の言葉に甘えて研究室に入れてもらう。

「……あ、こんにちは……トレーナーさん。」

先客がいたようだ。

彼女はマンハッタンカフェ。アグネスタキオンと同じく、同期のチームの一員である。ミステリアスな子である。

 

そして、初めて見るピンクの髪の子。

彼女は…。

「彼女はアグネスデジタル。今は寝てしまっているが、面白い子だよ。」

寝てるのか?死んでるように見える。

「アグネスデジタルです!よろしくお願いしましゅ!」

起きた。いや、生き返った?

「トレーナーだ。よろしくね。」

挨拶を返す。

 

「ああ、そういえば、用事があるんだった。私はこれで失礼するよ。」

「……私もです。トレーナーさん…デジタルさん…失礼致します……。」

そう言い残して、2人は部屋を出ていった。

 

「あの…トレーナーしゃん……。」

アグネスデジタルに話しかけられる。

「どうしたんだい?」

 

「少し、お話をしませんか?」

アグネスデジタルの話を聴くことにした。

その話とは、ウマ娘についてのことだった。

どんなところが好きだとか、推しが尊すぎて辛いとか、己のウマ娘愛存分に語ってくれた。

彼女の言っていることは大変理解できるものだった。

 

自然に自分も語ってしまった。

彼女はそれを否定せずにうなづいてくれる。

「あなたからはあたしと同じ仲間の匂いがします。 」

「仲間?」

「はい!ウマ娘を愛している者!」

「そっか、じゃあ僕達は同志だね。」

「同志…。はいっ!」

 

同志との語り合いは夜の帳が降りるまで続いた。

 

 

トレーナー寮の自室。

僕は今日あったことを思い返しながら、自衛隊に提出する所感分を書いている。

「気づけば2ヶ月経ってるけど、何とかやっていけそうだな。」

そんなことを考えているとノック音がした。

「トレーナー君。少し、いいかな?」

来訪者は同期の女性自衛官だった。

彼女の来訪と共に、メールの通知が来た。




2話目も読んでいただき、ありがとうございます!そして、感想、誤字報告、お気に入り、ありがとうございます!励みになります。

そんなこんなにしているうちに、本日、大学を卒業しました。しばらくは無職です。


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1章ー波乱のトレセン学園ー
3話 トレセン勤務初任務と波乱


主人公のヒミツ②
実は、ダンスが絶望的にヘタ

無職になったので初投稿です。

この話から、急展開を迎えます(多分)


同期の女性自衛官の来訪と共に、メールが届いた。

送り主は、自衛隊ウマ娘トレーナー課程の主任教官からだった。

「自衛隊ウマ娘トレーナー課程学生への任務の件」と題されている。

「メール、読んでみて。」

そう言われて僕は、そのメールを読み上げた。

 

 

朝霞駐屯地 ウマ娘教育隊

 

【重要】自衛隊ウマ娘トレーナー課程学生への任務の件

 

目的:複数人のウマ娘を指導する能力を涵養する。

 

任務内容:

1、今年12月末までに10人規模のチームを結成し、これを指導せよ。

2、来年3月までに所属チームのウマ娘5人をデビューさせよ。

備考:日本ウマ娘トレーニングセンター学園に勤務する2名については、加えて任務を追加する。

3、来年3月までに所属チームのウマ娘1名を重賞に出場させ、入着させよ。

 

なお、任務を果たせなかった学生については原隊復帰とする。

 

以上。

 

 

ははっ。やべぇ。

僕は思わず声を出して笑った。

「これは……厳しいなぁ!」

思ったことを率直に言う。任務は追って連絡するとは前に説明されていたが、こう来るか。

 

念願の中央トレーナーになったはいいものの、1年以上担当が見つからず学園を去る人はざらにいる。実はウマ娘と契約するのも簡単なことではない。

トレーナの人柄や経歴、ウマ娘の価値観など色々な要素が組み合わさり、契約に行き着くのだ。

それを10人とはなかなかの難題だ。10人集まったとして新人が半数をデビューさせるのもまた難しい。

ましてや、担当を重賞に出して結果を残すというのははっきり言って地獄である。これは運と才能がモノを言う。

 

「うぅ…教官の鬼…。」

女性自衛官がそう嘆く。

「いや、でもこの方が僕には合ってるかな?」

「え?どういうこと?」

「だって、こういう風に目標がはっきりしている方がやりやすいからね!それに……。」

僕は笑顔を浮かべて言った。

「自分の教え子たちがレースで活躍する姿を見れるかもしれないって考えたら、ワクワクするよね!!」

目標を達成するために持てる力を振り絞る。そして、それが完遂できた時は達成感を半端なく感じる。

「あー……まぁ、たしかにそれは言えてるかもね……。」

彼女は苦笑いしながら同意した。

 

「何はともあれ、作戦を練らなきゃね。任務分析を始めよう。」

任務分析、与えられた任務を吟味した上で達成すべき目標を立て、それを達成するためにどのような手段をとるかを検討するのだ。方針を立てるテクニックだ。

まず、考えるべきなのは一つ目の任務『今年12月末までに10人規模のチームを結成し、これを指導せよ。』だ。適当にだが、実際に当てはめて考えてみよう。

 

必ず達成すべき目標〜10名チームの結成。

まずは、チームメンバーを集めるきるのが先決だ。このための手段を考えよう。

 

到達することが望ましい目標〜才能溢れるウマ娘10名をスカウトする。

これは、残り2つの任務を容易に達成するためにできたら良いなくらいの気持ち。

 

○状況分析

本当は、地域の特性も考えるが、省略。彼我の状況、時間を考える。

 

・相手の状況(契約前のウマ娘になるかな)

1.担当のいないウマ娘たちが多数いる。

2.誰もが勝ちたいという気持ち、夢や目標を持っている。

3.トレーナーがいなければレースには出れない。

 

・自分の状況

1.現在、担当バは3名。あと、7名は必要になる。

2.選抜レースを忘れて一日中寝ようとしたことがある。

3.まだ新人である。

4.声をかけて避けられたことがある。

5.ウマ娘の夢を叶えたい気持ちは大きい。

 

・時間の状況

1.今は6月。期日の12月末までは約6ヶ月の猶予がある。

2.時間はあっという間に過ぎ去っていく。他の任務の期日を考えると悠長にしている暇はない。

 

ここから相手の行動を分析し、自分はどう動くかを列挙する。

 

・相手の状況から可能性の行動を列挙する(行動を想定する)

1.他のトレーナーにスカウトされる可能性がある。敵1とする

2.自分の夢や目標を叶えてくれるトレーナーを求める。何よりも共感してくれるトレーナーを求める可能性がある。敵2とする。

3.選抜レースからスカウトが主流だが、必ずしもそうなるとは限らない。偶然出会って、意気投合し、契約に行き着くこともある。しかし、不確実なのが問題だ。敵3とする。

 

・自分の行動方針の列挙(どんな行動をするか?)

長所、短所を考えると良い。

1.選抜レースには忘れず積極的に参加する。我1

2.学園のウマ娘と交流する。我2

1の長所は契約できる機会が多いこと。短所は必ずしも契約できるとは限らないこと。

2の長所は信頼関係が築けるところ。短所は契約までいけるかが不安なところ。

 

列挙したものを組み合わせてみる。

敵1×我1=選抜レースを見ても、他のトレーナーのところに行く可能性があるので確実ではない。aとする。

 

敵1×我2=知り合いになっておけば、多少はアドバンテージがとれる。bとする。

 

敵2×我1=選抜レース後にウマ娘に夢や目標についてきいてみよう。cとする。aを踏まえると、契約できない可能性もある。

 

敵2×我2=ウマ娘と交流し、夢を語り合い、信頼を築けたら契約できるはずだ。ウマ娘の夢はもちろん叶えたい。dとする。

 

敵3×我1=選抜レース以外で出会うのに選抜レースに行くのもおかしな話だ。除外する。

 

敵3×我2=選抜レース以外にも、日々の生活でウマ娘に出会い、主体的に交流するということか。これまでに何度かあった。eとする。

 

dとeについては似通っているかもしれない。夢や目標を聴くか否かが区別のポイントだろう。

 

ここで自分側に有利になる答えがでなければ自分の行動方針を考え直す必要がある。今回はその必要なし。

 

この組み合わせたものから実行案を決める。

その際、目標達成に必要な要素を洗い出し、その中でも重視する要素を決める。

 

・必要な要素

1.契約の確実性

2.ウマ娘に信じてもらえるか

 

・重視する要素

2.ウマ娘に信じてもらえるか。

時間があまりない以上、確実性を採るべきことは否定できない。しかし、これから3年間担当するのであれば、ウマ娘と信頼関係を気づくことが大事だ。お互いの信頼なくして契約は成り立たない。信頼されなければ、チームメンバーも集まらない。

 

これを踏まえて実行案を決める。まずは1つに決めて、ダメなら次の案を実行する。

適しているのは、b、c、d、eだ。eについては運も絡むが今は藁にもすがりたい気持ちだ。

1つに決めるのであれば、dだ。

結論、dの案を採用。

ちなみに、優先順位をつけるならe、c、b、だ。

 

ちなみに、結論を出したら、問題点を見つけ、対処する必要がある。そして、今後具体的にすべきことも考えないといけない。ここでは割愛。

 

「こんなものかな」

「うん、いいんじゃないかな。」

彼女は満足げにうなずく。

任務分析が終われば、次は作戦立案だ。

『dのウマ娘と交流し、夢や目標を聴き、信頼を築く』。これを行うにはどうすれば良いかの作戦を立てるわけである。既に自分のチームにいるウマ娘を介して交流したり、気になる娘に話かけたりが考えられる。まるで恋愛みたいだ。

作戦会議は白熱し気づけば寝る時間を過ぎていた。

 

 

翌朝、僕はいつもより早く起きた。

今日から、チーム結成に向けて動き出す。そのため、少しでも多くのウマ娘たちと接触し、情報を集めなければならない。

まず、朝食を食べ、着替えたらすぐに学園に向かった。

 

学園に着くと、早速、レース場に向かう。昨日の作戦会議で『自主練をしているウマ娘に声をかける。』という案が出た、これを早速実行してみた。

道中、朝練に行くウマ娘の姿が散見される。

 

レース場に近づくにつれ、徐々に人が増えてくる。そこには、練習用コースをじっと見つめているウマ娘の集団がいた。

僕が近づくとそのウマ娘達は一斉にこちらを振り向く。

「おはようございます!」

一人のウマ娘が元気よく挨拶してくる。

「ああ、おはよう。君達は今度の選抜レースに出る子達かい?」

「うん!私はファインモーション。よろしくね〜。」

 

ちなみに、選抜レースは年4回行われる訳だが、今年は今月で2回も行われる。スパン短すぎやしませんか?

 

さておき、握手を求められたので応じる。

「トレーナーだ。こちらこそよろしくね。」

「わぁっ。トレーナーなんだね。」

「まあ、一応。まだ新米だけど。」

それからファインモーションと色々話をした。

「ところでトレーナーは今度の選抜レースに来てくれるんだよね?」

「もちろんだよ。是非とも君の走りを見てみたい。」

「ふふん。任せてよ。絶対1着になってみせるから。」

自信満々と言わんばかりに胸を張る彼女。

 

「ねえ、もし私が1着になったら、契約してくれる?」

「担当契約かい?それなら今からでも問題ないけど…。」

「ううん。君には私が走っているところをしっかりと見てほしいな。」

そう言うと、他のウマ娘達のところへ駆けていった。

他のウマ娘達に何か話しかけると皆笑顔でファインモーションを迎える。

 

「じゃ、また選抜レースでね。トレーナーさん♪」

手を振られながら、その場を後にした。

その時、職員さんだろうか、スーツ姿にサングラスをかけたウマ娘とすれ違った。

 

 

その後、何人かのウマ娘に話を聞いたが、特に何もなかった。

むしろコッチの方が普通なので落ち込むことはない。

 

昼食を摂るために食堂へ向かう途中、あるウマ娘達が目の前に現れた。

「お兄ちゃんも食堂に来てたんだ〜。」

「こんにちは、お兄さま。奇遇だね。」

そう言って現れたのは、カレンチャンとライスシャワーだった。

 

実は、この2人とは面識がある。以前、彼女が街で迷子になった際に学園まで案内したのがきっかけだ。

彼女とは、その時以来、会う度に会話をする仲だ。カレンチャンの方は、遊園地で会って以降、一方的に慕っている感じだ。でも、初めてあった気がしないのは不思議だ。

ちなみに2人は同じチームに所属している。ミホノブルボンもいるとのこと。

 

「二人もこれから食事なのかい?」

「うん。ライスさんと一緒に食べる約束をしてて。」

「そうか。それは邪魔してしまったかな。」

「そんなことないよ!むしろ会えて嬉しいよ!」

ライスシャワーは必死に否定する。

 

「そっか。なら良かった。」

「お兄ちゃんも一緒に食べようよ〜。」

カレンチャンは甘えるような声で誘ってくる。

「よし、わかった。では、ご相伴にあずかろうかな。」

こうして3人で食事をすることになった。

 

「今日は何を食べるか決めてるのかい?」

「ううん。全然考えてないよ。」

「そうか。何が良いか迷うな。ライスはもう決まったの?」

「うん。ライスはこのA定食とカレーうどんとナポリタンと牛丼にするよ。」

ライスシャワーは健啖家だという噂は本当だった。

「お、美味しそうだね…。」

「うん。すごく美味しいんだよ!」

嬉しそうな顔でライスは答える。

「私はB定食にしちゃおうっと。」

カレンチャンは自分のトレーを持ってカウンターに並ぶ。

僕は、少し悩んだ後、カツ丼にした。

 

席に着くと早速3人でいただきますを言う。僕は早速ご飯を食べ始める。

しばらく黙々と箸を進めているうちに、カレンチャンとライスシャワーが何やら話をしていた。

「ねえ、ライスさん。さっきの話なんだけど……」

「私達のトレーナーさんについてだね…。でも、お兄さまの迷惑にならないかな?」

急に2人の声が暗くなる。一体どうしたのだろうか?

「ライス。僕は君達の悩みを迷惑だなんて思わないよ。話してごらん。」

努めて優しい声で話を促してみる。

 

「ありがとう。お兄さま。あのね、ライス達のトレーナーさんの指導がね、最近ひどくなっているの。」

どうやら悩みは深刻なようだ。ライスシャワーに話を続けさせる。

「ライスは……トレーナーさんを止めたいのに…それができなくて……」

「ライスさんは悪くないよ!悪いのはトレーナーさんだから!」

「ありがとうカレンさん。でもやっぱりライスはダメなんだって思うと悲しくなって……。」

「そんなことない!!︎」

2人は俯く。やはりただ事ではない。

「その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 

ことの顛末はこうだった。

ある日、2人のトレーナーは、トレーニング中にライスシャワーを転倒させケガを負わせてしまった。幸いにも大事には至らなかったものの、彼女のトレーナーは謝罪することはなかった。

 

彼女が怪我をした原因が自分の不注意にあるにも関わらず、彼女が悪いかのように振る舞った。

その際、『その程度のケガなんかトレーニングに何の支障もない。練習を続けろ。』と言われたそうだ。

 

極めつけは、トレーニングのケガが治らない中、彼女が重賞のレースに出た時だ。

ケガの影響でライスシャワーは掲示板を外した。しかし、労うこともなく『格下に負けるくらいならとっととレースの世界から去った方がいい。』と言ってのけたのだ。

 

この言葉を聞いた時、彼女は心に大きな傷を負うことになった。

カレンチャンやミホノブルボンを含むチームメイトがライスシャワーを励ましたそうだが、1度つけられた心の傷は決して癒えない。他にもチームのウマ娘に体罰をしたりとやりたい放題らしい。

 

「なるほどな……」

話を聞いた時は怒りを通り越して呆れ返ってしまった。

「それでね、ライス達であの人を止めることができないか相談していたんだ。」

ライスの言葉を聞きながら、ふつふつと何か黒い感情が湧き上がってくるのを感じる。

「お願いします。お兄さま。どうか力を貸してください。」

「もちろんだよ。」

「本当に!?︎」

ライスとカレンは目を輝かせる。

「ああ。僕に任せなさい。」

こうして僕は、クズトレーナーから2人とチームメイトを助けるために動くのだった。

 

 

「という訳なんだ。」

場所は生徒会室。僕は昼飯の時にライスシャワー達から聴いた話をシンボリルドルフに伝える。

「そうか…。そういうことがあったのか。」

「2人とも相当悩んでいるみたいでね。なんとか助けてあげたいと思っている。」

「我々としてもこの問題を見過ごすことはできない。まずは証拠集めが必要だ。」

「すまないな。助かるよ。」

こうして僕らは、彼女達の救済に向けて動き出すことにした。

 

「とりあえずは助っ人を呼ぼうかな。」

僕はスマホを取り出すと、とある人物に連絡を入れた。

「もしもし、元気?実はちょっと相談したいことがあって…」

「トレーナー君。誰と話してたんだい?」

電話を終えて、ルドルフに話しかけられる。

「あぁ、僕の同志達に協力をお願いしようと思って。」

「そうか。ところでその同志とは一体何者なんだい?」

「それはね……。」

 

コンコンコン。しばらく経って、生徒会室のドアを叩く音がする。

「どうぞ。」

ガチャリ。ドアを開け入ってきたのは……。

「失礼しまーす。呼ばれたので来ましたー。」

ピンクの髪にツーサイドアップのウマ娘。彼女は……

「アグネスデジタルじゃないか。珍しいな。こんなところに来るなんて。」

「こんにちは、デジタル。この度はありがとう。」

「ひゃっほぉおおおおい!!︎推しカプが目の前にいるぅううう!!︎」

急に叫びだすアグネスデジタル。

この娘、トレーナー×ウマ娘でもいけるのだろうか?

 

「落ち着け。」

「はっ!すいません。つい興奮してしまいました。」

「彼女がトレーナー君の言っていた同志かい?」

「そうだよ。ちなみにあと、もう1人呼んだ。」

再び扉が開く。

しかし、そこに立っていた者はいない。そして、足元に小さな影が見える。

「隙あり!」

 

その瞬間、身体に衝撃が走る。どうやら誰かに抱きつかれたようだ。

「久しぶりだな〜。トレピッピ〜。」

聞き覚えのある声に目を向けるとそこには……

「来たてくれたか。ゴールドシップ。」

「おう。ゴルシちゃん参上ってな。」

そう言ってゴールドシップはニカッと笑うのだった。

「それで、話というのは何だ?」

「2人に相談があるんだ。」

 

僕は2人に状況を説明した。

「つまり、そのウマ娘達を救いたいってことだろ?」

ゴールドシップの言葉に僕はうなづいた。

「確かにトレセン学園内での不祥事は大問題だ。早急な解決が求められる。」

「だよな。アタシもそう思うぜ。」

シンボリルドルフとゴールドシップは真剣に考えてくれる。

 

「では、私は皆の証言を集めることとしよう。」

「あたしもそうします。」

「なら、アタシはソイツの手がかりを探すことにするわ。」

3人は次々と役割分担を決めていく。

 

「じゃあ、僕は……。」

「トレーナー君はあの子達を安心させてあげるべきだと思うぞ。」

「え?」

「おそらく、今の彼女達は精神的にも肉体的にもかなり追い込まれているはずだ。そんな時に頼れる人間がいた方が心の支えになるだろう。」

確かにその通りだ。

「わかった。」

こうして僕たちは救出作戦チームを結成した。

 

 

数日後、トレセン学園内の食堂。

いつものように昼食をとっていると、

「お兄さま?」

ライスに声をかけられた。

「あぁ、ライスか。」

「やっぱり、お兄さまだ。お隣いい?」

「もちろん。」

ライスは嬉しそうに微笑むと僕の隣の席についた。彼女のトレーには美味しそうなカツ丼が載っている。しかし、今日はやけに量が少ない。

 

それはさておき、ライスシャワーと昼飯を食べる。

こういう時は、普通の会話を心がけよう。

「そういや、ライスは今日もトレーニングなのか?」

「うん。毎日やっておかないとレースに勝てないから。」

「そうか…偉いな。」

「そんなことないよ。」

と言いながら照れくさそうにするライス。彼女は本当に努力家だなと思った。

 

しばらくすると、

「あっ!ブルボンさん!」

ライスは立ち上がり手を振る。そこには、ミホノブルボンの姿があった。

 

「ライスさん。ここにいましたか。」

「はい。お兄さまと一緒にご飯を食べます。」

「そうでしたか。あなたが噂のライスさんのお兄さまですね。」

「君がミホノブルボンだね。話は聞いている。よろしく頼む。」

「こちらこそ。」

ミホノブルボンと挨拶を交わした時だった。

 

「おい。」

後ろから肩を掴まれる。振り向くとそこには……

「最近、俺の担当にちょっかいかけてるヤツはお前か。」

鬼の形相をした彼女達のトレーナーだった。

ついに噂の本人が現れたか。

彼はトレーナー間でもあまり良い評判を聞かないトレーナーだった。名は川原という。

「川原さんじゃないですか。どうしたんですか?」

「表出ろや。お前見ると何か無性にムカつくんだよ。」

周囲の椅子と机を巻き込んで僕を引きずり込んでいく。

何事かと周囲がざわめき出す。

 

「やめて!川原トレーナー!」

ライスシャワーが止めに入るも、意に介せず僕を引っ張っていく。

しばらく彼に付き合うとしよう。そんな悠長なことを考えるのであった。




いつも感想、ありがとうございます!

敵キャラみたいなのが登場しましたね。
これから川原がどんなことをしでかすのか、トレーナー達はどう対処するのか、それを描写できればと思います。


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4話 オペレーション衝撃

主人公のヒミツ③
実は、相手の脚部を触るとある程度その人の状態などがわかる。

いつもご感想ありがとうございます!非常に励みになります。
感想のGoodボタンはなぜ1回しか押せないんでしょうね。

皆さんはAIのべりすとをご存知ですか?
今回はそれを活用してみましたが、やはり自分で書く方が良いですね。
読み込んでは全消しして自分で書いて…を繰り返すばかりです。

結論:AIは人間に勝てない


川原は僕を引っ張りながら進んで行く。僕は抵抗することもなく引きずられていく。

川原が歩みを止める。そこは人気がない校舎裏だった。

 

「ここならいいか。」

そう呟くと、川原は振り返った。

「今からお前をボコボコにするわ。歯ぁ食いしばれよ?」

え?なんでそうなんの!?

「いやちょっと待ってください!」

「待つわけねぇだろボケェ!!」

 

その瞬間、頬に強い衝撃を感じた。

 

「……つっ!何すんだよ!」

「ああん!?文句あるのかてめぇ!」

再び殴りかかってくる。今度は腹パンしてきた。

「うぐぅ………。」

「オラァ!!まだ終わってねぇぞぉ!!!」

次は蹴りを入れてきた。

「グフッ!!」

モロに喰らった。

 

その後も何度も殴られ蹴られを繰り返しされた。

そして最後に思いっきり顔面にパンチを食らい、倒れ込んだ。

口の中も切れたようで、血の味がする。

「ハハハハハッざまあみろ!」

川原は高笑いしながら去って行った。

 

去ったのを確認して起き上がる。

「激しいなぁもう…。」

僕は立ち上がって服についた汚れを払う。

そして、茂みの方を見る。

 

そこには迷彩服を着たゴールドシップが隠れていた。

「大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だよ。それよりも撮れた?」

「バッチリですぜ旦那!」

ゴルシちゃん特製小型カメラで撮影していたようだ。さすがである。

「よし、じゃあ戻るか。」

「あいよ〜。」

こうして僕らはトレーナー室に戻った。

 

 

トレーナー室に戻ってきた僕らは、メンバーを集めてすぐに動画を確認する。

「しかしまぁ派手にやられたものだね。トレーナー君。」

「1発もらうだけじゃあまり効果は無いんじゃないかと思ってね。結果、付け上がらせてしまったけど。」

「確かにそうだな。」

 

確認しているとドアが開かれた。

入ってきたのはエアシャカールだった。

「おいゴルシ、この前の話だけどよォ……。」

「おうなんだ?」

「この学園のデータベースをハッキングして、川原の情報を手に入れてきた。」

なんでそんなことできるんだ?だが、ベストタイミングだ。

「おお!やるじゃねーか!それでどんな感じだった?」

ゴールドシップが尋ねる。

 

「それがよォ、コイツ過去に何回かやらかして懲戒処分喰らってンだよ。」

マジですか。

「問題児じゃん。」

「だから、また何かしら問題起こすンじゃねえかと思うんだけどよォ。」

なるほど、狙うならそこだな。

 

「わかった。ありがとう。引き続き頼むよ。」

「アァ…。お安い御用だぜ。」

そう言って彼女は部屋を出ていった。

それにしても、ウマ娘への暴言に体罰、同僚への暴行、過去の問題行動…。どう考えてもヤバい奴じゃないか。

クビが飛ぶどころかお縄につくレベルだ。

こんなやつを改心させるのは正直言って不可能だ。

 

「となると、ライス達を救うためには……。」

他人を陥れるのは好きではない。だが、彼女達が救われるのであれば手段を選んではいられない。

僕は決意した。

「川原をたたきつぶす。徹底的にだ。」

 

 

川原を潰すと決めた次の日、アグネスデジタルと共に川原の過去を調べ上げることにしたのだ。

しかし、わかったことはあまり多くなかった。

 

川原は元々自衛官候補生として2011年、19歳の時に陸上自衛隊に入隊したらしい。陸上自衛隊では、第40普通科連隊に所属していた。

そこでも問題行動があったようだ。訓練中に教官を殴ったり、仲間を蹴飛ばしたり、後輩を自殺に追い込んだり、上官を侮辱したりとやりたい放題だった。結果、2年も経たずに懲戒免職された。

 

紆余曲折あって、中央トレーナーのライセンスを取り、ここに来たといったところだ。

「うわぁ……。」

 

思わず声が出てしまうほどのクズっぷりだった。

てか、コイツ元自かよ。自衛隊でもここでも問題行動起こすって救いようがないよ…。

元とはいえ、身内の行動に気分が悪くなりそうだった。

 

川原の人間性を変えることはやはり無理だと再認識した。

絶対に追い込んでやる。

そのためには、学園やURAに証拠を突きつける必要がある。

衝撃!中央トレーナーの問題行動!?がマスコミを騒がす日が楽しみだ。

 

「よし!デジタル!出番だよ!」

「はいはーい!」

アグネスデジタルは元気よく返事をして立ち上がった。

 

「デジタル!君の力が必要だ!協力してくれるかい?」

「もちろんです!任せてください!」

アグネスデジタルに任務を伝える。

「頼んだよ。」

「はい!行ってきます!!」

そして、アグネスデジタルは川原の元へ向かった。

 

 

あたしはデジタルです。今日から、とある任務のために動き出しました!

その任務とは、あのクソ野郎のチームを偵察することです!デジたんなら川原のペースに呑まれることなく遂行できるとトレーナーさんは信じてくれています。

 

私はトレーナー室から出て、トレーナーさんに渡された地図を見ながら目的地に向かい始めました。

「えっと〜確かこの辺りにあるはずですけど〜。」

しばらく歩いていると目的の部屋を見つけました。

チーム『フォース』と書かれたプレートが扉の上に掲げられています。

 

「ここで間違いないですね。」

ゆっくりと部屋の中に入っていき、ある人物に声をかけました。

「失礼しまぁす。」

そこには、椅子に座っているいけ好かない男がいました。

彼は突然現れたあたしに驚き、目を丸くしていたのです。

 

「あなたが、川原トレーナーでよろしいでしょうか?」

念の為に確認します。

「あ、ああ。そうだが。お前は?」

「初めまして。あたし、アグネスデジタルと申します。」

「それで、俺に何か用か?俺に文句を言いに来たのか?」

「いえ、そういうわけではありません。」

「じゃあなんだっていうんだ?」

「単刀直入に言いましょう。あなたのチームを見学させてください!」

「なにぃっ!!︎」

驚愕というか、動揺している様子ですね。

 

「なに驚いてるんですかぁ。別にいいじゃないですかぁ。」

「ま、待ってくれ。そんないきなり…。」

「どうしてですか?理由を教えてもらえませんかね?」

「それは……言えない。」

「じゃあいいですよー。勝手に見させていただきますね。」

「おい、ちょっと待てや!勝手なことをするな。」

「嫌だと言ったらどうしますかぁ?」

「実力行使に出るまでだ。」

川原はあたしに向かって殴りかかってきました。

ですが、そんなものデジたんには止まって見えます。

 

その後も何度も殴りかかられますが、全て交わします。

「くそぉ!なんで当たらない!」

攻撃は空振りばかりです。まあ、当然だといえます。

所詮、彼は人間。

いくら自衛隊の経験があっても、デジたん達ウマ娘との身体能力の差は歴然です。

 

現に、川原は息が上がり始めているのに対し、あたしは何ともありません。

「どうしましたか?もう終わりですかぁ。」

あたしがそう挑発すると、川原は悔しそうな表情を浮かべました。

 

「あぁクソっ!勝手にしろ!」

「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて勝手に見て回らせて頂きますねぇ。それでは、また後ほど。」

そうして、あたしは部屋を出ていきました。

 

少し扉の前で聞き耳を立てていると、机を蹴り飛ばしたような音が聞こえました。

「ふざけやがってぇ……舐めやがって……ぶっ殺してやる。」

おお〜、怖。

では、早々に退散しますかね。

 

 

アグネスデジタルはチーム『フォース』の練習風景を見ていた。

「うっひょ〜!やっぱウマ娘ちゃんが練習している姿はたまらねぇぜ!カレンチャンさんは存在そのものがカワイイですし、ライスシャワーさんの真剣な表情はデジたん的にポイント高めですぅ〜。あ!ミホノブルボンさんもいますねぇ!嗚呼、天国…。」

あまりの尊さに意識を手放しかける。

 

「おっと、いけねぇ…今は我が使命を果たさなければ…。」

そう言って、彼女たちの元へと向かうのだった。

それにしても、先程は思わぬ収穫があった。

まさか、川原が殴りかかってくるとは。

リボンに仕込んだ小型カメラはしっかりとそのシーンを録っているだろう。

ウマ娘への暴力行為の証拠になる。

あとは、チーム『フォース』への行動をカメラに収めるだけだ。

 

チームの元につくと、アグネスデジタルはみんなに声をかける。

「皆さんお疲れ様でーす!」

すると、全員がこちらを向いて挨拶をする。

「「「「お疲れ様です。」」」」

「今日も頑張ってますね〜。」

「はい、ありがとうございます。」

「デジタルさんは今日は何しに来られたのですか?」

「それはですね〜。実はみなさんにお願いがあってきたんですけど……。」

そこで言葉を止める。

 

「なんでしょうか?私達にできることなら何でもしますよ」

「ん?今、何でもするって?まあ、お願いというのはしばらく皆さんの練習を見学させてほしいのですよ。あとは、練習風景をビデオに撮りたいのです。もちろん、皆さんの邪魔はしません!」

「えっと、別にいいですが……。どうして急にそんなことを?」

「ちょっとした野暮用がありましてね〜。では、しばらくの間よろしくお願いしますね〜。」

 

そして、練習が再開された後、彼女は練習の様子をじっと見つめていた。

(何とか潜入することができましたね。あとは川原がどう動くかですね。)

すると、川原が現れた。

「おい!お前たち!何やってんだ!?︎」

「申し訳ありません!︎」

突然、栗毛のウマ娘が顔を青くする。

それを見た川原はニヤリと笑みを浮かべる。

「そうだな。じゃあ、まずはこの場で四つん這いになれ。それで許してやるよ。」

「は…はい!わかりました!」

そういうと、栗毛のウマ娘は跪こうとする。それを見下ろしている川原は実に楽しそうな表情をしている。

(川原が来た途端の栗毛の子の慌てよう…。なるほど、ウマ娘ちゃん達を恐怖で支配し、パワハラ三昧している訳ですね。彼女達は逆らったら何をされるかわからないから言うことを聞いている。といったところでしょうか?)

アグネスデジタルはそう推理する。

 

しかし、このままでは栗毛の娘は癒えないキズを負ってしまう。彼女の尊厳のためにもここで助け出さなければならない。

そこで、アグネスデジタルは行動に出ることにした。

川原の背後に回り込み、脳を揺らす。

川原は気絶したのかその場に倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫ですか?」

彼女が栗毛のウマ娘に声をかけると、目に涙をためながらも、震え声で感謝の言葉を述べる。

「あ、ありがとうございます!本当に助かりました。」

「いえいえ〜。困っているウマ娘ちゃんがいたら助けるのは当然のことですよ〜。」

その言葉を聞いて、チームのみんなは笑顔を見せ始める。

自分達は助かるのかもしれない。そう思うことができたからだ。

 

「ひょっとして、デジタルさんはお兄さまの知り合いですか?」

ライスシャワーは尋ねる。

「お兄さま…?あぁ、もしかして、トレーナーしゃんのことですか?」

「はい!私のお兄さまなんです!」

「あら〜。そうなのですか〜。そうですね。あの人とは同志ともいえる関係です!」

そう聞いて、ライスの目に涙が浮かぶ。

「本当に、助けに来てくれたんだ…。」

「ライスちゃん。やっぱりお兄ちゃんは優しい人だよね!カレンも嬉しいな!」

ライスに続いて、カレンチャンも喜びの声を上げる。

他のみんなも嬉しそうである。

 

すると、チームのリーダーであるミホノブルボンが質問してきた。

「デジタルさん。あなたは一体、マスターをどうするつもりですか。」

「どうすると言われても、あたしはただ、この腐れ外道の行いを暴くためにここにきただけです。川原の処理は然るべきところにお願いしますよ。」

「然るべきところとは?」

「大人の方々ですかね〜。」

アグネスデジタルはそれだけ伝えると、練習場を後にしようとする。

デジたんはクールに去るぜ。

 

「デジタルさん!」

ライスが呼び止める。

「あの、本当にありがとうございました!」

「はい〜。これからも頑張ってくださいね〜。」

そこでアグネスデジタルはふと気づく。

「いや、明日もよろしくお願いします。が正しいですかね。」

 

 

トレーナー室。

アグネスデジタルを川原の元に送って数日後、それはそれはパワハラの証拠が出てくる。

中にはセクハラ行為も見受けられる。

「これで、証拠は十分だね。」

「生徒会も川原トレーナーの言動について、生徒からの証言を集めることができたよ。」

ここまでの成果が出るとは思わなかった。

 

川原が不在の時や自主練を課した時は、僕は『フォース』の子達を誘って合同トレーニングを行ったり、同期と共に心のケアを行った。

日に日に持ち前の明るさを取り戻しているのがわかる。

しっかりと立ち直れそうだ。

 

さて、そろそろ僕も本格的に動くか。

秋川理事長に川原の行動を報告しに行く。

 

「待ってくれ、トレーナー君。川原トレーナーの経歴についてだが。」

「どうした?」

「少し気になる点があるんだ。」

 

失礼します。とエアグルーヴが入室し、資料を持ってくる。

「ん?これは……。」

川原トレーナーの履歴書だった。

「どうだい?何か気づいたことはないかい?」

「いや、特にないが……。」

元自衛官ぐらいしかわからない。

 

すると、今度はナリタブライアンが入室し、発言する。

「実はな、川原トレーナーの退職後が少し不思議でな。」

「退職後?」

「ああ、退職した後からトレセンに来るまでの空白の期間についてだ。」

「それがどうかしたのか?」

「コイツはこの空白期間、何をしていたと思う?」

「何って、ここに来るために中央トレーナーライセンスを取得したんじゃ…。」

この履歴書にもそう書いてあったはずだ。

取得年と採用年月日に目を向ける。

 

「え?」

思わず声が出てしまう。

「2012年…8月!?︎」

川原が自衛隊を辞めてすぐにライセンスを取り、すぐにここに来たことになる。

 

それがおかしいのだ。

 

莫大な勉強時間がかかり、合格率も低い中央トレーナーライセンスを何故こんなに早く取れるのか?

4月に辞令交付が通例で途中採用はこれまで行われなかったのに、何故こんな早くにウマ娘トレーナーとして従事できるのか?

 

前者は才能で説明できるかもだが、後者はそうはいかない。

「つまりはこういうことなのだよ。」

シンボリルドルフは深刻な表情を見せる。

 

「彼には、我々では想像できないようなコネがあるのかもしれない。」

 

ありえない話ではない。

川原の親族にURAの幹部がいるかもしれない。

あるいは、名門トレーナー家の可能性も。

どちらにせよ、権力があるといえる。

「この事実を無視することはできないよトレーナー君…。」

「ああ、今回のことをすっぱ抜いても権力でもみ消される可能性があるね。」

 

問題行動が多数あっても免職されなかったのは強力なバックがいたからだろう。

秋川理事長もたづなさんもその事は知る由もないだろう。

 

「人事に口出しできるのはURAの幹部だろうか…。川原を守る盾と言うべきか…これをどうにかしないとライス達を救えないな…。」

それどころか、こちらにも危害が及ぶだろう。担当の娘達にそんな目は遭わせたくない。

 

「であれば、私にお任せください。」

メジロマックイーンが名乗り出る。

「メジロ家の力をもって、必ずやその不届き者を探し出し、妨害を阻止してみせます。」

 

なるほど、権力には権力をぶつけるか。確かに、今はそれに頼る他ない。

「なら、マックイーン、頼んだよ。」

「はい!」

彼女は意気揚々と部屋を出て行った。

流れは確実にこちらに来ている。

これでライス達を助けることができる。僕は心の中で大きくガッツポーズをした。




今回もご覧いただき、ありがとうございます。

少しシリアスが入りましたが、それを書くのはなかなか難しいものですね。
これから精進いたします。


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5話 王女連結

主人公のヒミツ④
実は、トレセン学園の同僚達からは『隊長』と呼ばれている。


サブタイトルの由来は某ヤバいですねのゲームからです。
王女つながりで、あのキャラの登場です。


川原の後ろ盾を処理する計画は順調だ。あとは実行に移すのみ。

メジロマックイーンから連絡が来る。

昨日の今日で実行にまで移せるとは流石だ。仕事が早い。

確実に川原を追い詰めている。

 

しかし、こうも計画が順調に上手くいくと不安を感じる。

このままいけば川原はひとたまりもないだろう。

それはいいのだが、何か見落としがあるのではないか?

川原の奴、何か企んでいるんじゃないか?

そう思うと僕は落ち着かなくなった。

 

杞憂だろうか?

 

 

川原に対して不安は尽きないが、本来の業務は怠るべきではない。

僕は選抜レースの会場に来ていた。

ここで、あるウマ娘の走りを観るためだ。

 

そのウマ娘の名はファインモーション。

 

「あ! トレーナー!」

会場に入り、観客席に向かおうとすると、僕を呼ぶ声がする。

振り向くとそこにはファインモーションがいた。

「どうしてここに?」

「見つけたから、声をかけてみたんだ♪」

ファインモーションは屈託のない笑顔を浮かべて言った。

 

「それはどうも。レース前だけど、緊張はしないのかい?」

「大丈夫!何度も選抜レースに出てるからね!」

あっけらかんとそう答える彼女。

しかし、何度もこのレースに出ているということは…。

 

「私、今日のレース頑張るから応援してね♪」

そんな僕の心配をよそに、ファインモーションは僕の手を握り、目を輝かせながら言う。

-周囲から殺気を感じる…。

「ああ…。頑張ってくれよ。」

殺気のありかを探りつつ、ファインモーションを送り出す。

 

彼女は満足した様子でコースへ向かって行った。

さて、仕事に戻るとしよう。

止まない殺気を感じつつ、再び観客席に向かって歩き出した。

 

 

ファインモーションは選抜レースで見事1着をとった。

見事なレース運びだった。

レース後、ファインモーションに話しかけられた。

「トレーナー、私の走りどうだった?」

ファインモーションは少し興奮しているようだった。

 

「凄かったよ。特に末脚には驚いたな。」

「ホント!?︎やったぁー!!︎」

ファインモーションは飛び跳ねるように喜んだ。

 

さて、そろそろ本題に入ろうか。

「ファインモーション、契約の件なんだけど…」

「うん!」

ファインモーションは嬉しそうな表情のまま、こちらを見る。

「ぜひとも、僕の担当になってもらえないか?」

「うん!モチロン!」

こうして、ファインモーションとの契約が決まった。

 

「それは困ります。殿下。」

背後から声が聞こえる。

振り返るとそこにはスーツを着たウマ娘の姿があった。

先ほどと同じ殺気を感じる。

なるほど、あの殺気は彼女から発せられたものだろう。

 

「あ、隊長!」

「隊長?」

ファインモーションの言葉を聞き、スーツ姿のウマ娘を観察する。

思い出した。ファインモーションと初めてあった時にすれ違った、あのスーツのウマ娘だ。

彼女は無言で僕を見つめてくる。そして、口を開いた。

「はじめまして、私は殿下の身辺警護を任されてるSP隊長です。以後、お見知り置きを。」

「これはご丁寧に。僕はシンボリルドルフ達を担当しているトレーナーです。よろしくお願いします。」

 

そう聞いて、SP隊長は少しだけ表情を柔らかくした。

「それで、困るとはどういうことですか?」

僕は尋ねる。すると、SP隊長は険しい表情に戻った。

「言葉通りの意味ですよ。あなたのような新人と契約なんてさせられません。」

確かに彼女の言うことはごもっともだ。

ファインモーションはアイルランド王国の王女だ。

そんな重要人物の契約者が新人トレーナーだというのなら、彼女を溺愛する王家は納得しないだろう。

 

だが、こちらも引くわけにはいかない。ファインモーションの才能は本物だ。この機会を逃したくはない。

 

「失礼ですが、SP隊長さん。僕だって、ただの新人トレーナーではありませんよ?」

「ほう? であれば貴方は何者ですか?」

「僕はウマ娘のトレーナーであると同時に、自衛官でもあります。」

「自衛官?ほう……。」

自衛官という単語を聞いて、彼女は腑に落ちたのか、表情を和らげる。

もう一押しか?

「僕は、トレーナーとしてはもとより、幹部自衛官としてウマ娘を指導する立場にいます。もちろん、中央トレーナーのライセンスもあります。確かに、アスリートの指導者としては未熟ではあります。しかし、そんな僕を信じて契約を結んでくれた娘達もいます。僕は彼女達と共に成長していきたい。」

熱意と勢いを込めて説得する。

 

「……なるほど、言いたい事はわかりました。しかし、それでもやはり納得できません。」

「それは何故ですか?」

「殿下の身の安全を守ることが我々の使命だからです。」

「それと僕がファインのトレーナーにふさわしくないことに何か関係でも?」

「もちろんです。我々は殿下を案じているからこそ、このような判断をしたのです。」

「……それはファインのためってことか?」

語気を強めて言ってみる。

 

「……えぇ。そうです。」

「なら、ファイン自らが選んだ人を信頼するっていうのがファインのためじゃないのか?」

「それは……。」

「それとも、僕の事を認めたくない理由でもあるんですか?」

「そのようなことはありません!」

「それなら、僕を信用して下さい。」

「しかし……。」

「いいじゃん♪」

僕とSP隊長が話し合っていると、ファインモーションが割り込んできた。

 

「殿下!何を仰っているのですか!?︎」

ファインモーションの言葉にSP隊長は慌てた様子を見せる。

「だって、彼、すっごく良い人だもん。大丈夫だよ♪」

ファインモーションは無邪気に言う。

「い、いえ……しかし……」

「もう決めたの♪」

「……はぁ、分かりました。」

結局、ファインモーションに押し切られる形でSP隊長は折れてくれた。

 

ファインモーションの希望もあり、今後は僕の元でトレーニングすることとなった。こうして、僕に新しい仲間が加わった。

 

「実は、今まで誰も契約してくれなくて寂しかったんだ…。でも、これからは違う。キミがいるからね!」

ファインモーションの悲喜が交ざった声が聞こえた。

 

 

「素敵な仲間が増えますよ!」

午後のトレーニングの時間、担当のみんなにそう伝える。

「大慶至極。私とテイオーだけだったのも大分賑やかになるな。」

シンボリルドルフは満足げにしている。

 

「楽しみだね〜。ボクも早く会いたいなぁ〜」

トウカイテイオーはウキウキしている。

「あの、トレーナーさん。その方とはどこで会えるのでしょうか?」

メジロマックイーンは少し不安そうな表情で尋ねてくる。

「心配しないで、マックイーン。直に来ると思うから。」

 

すると、扉を叩く音がする。

 

「トレーナー、入っても良いかな〜。」

「入って、どうぞ。」

許可を出すと、ファインモーションが入ってきた。

「はじめまして、ファインモーションと言います。これからよろしくお願いします!」

ファインモーションが挨拶をする。

 

「はじめまして。私はシンボリルドルフだ。生徒会の会長もやっている。これから切磋琢磨し頑張っていこう。」

「ボクはトウカイテイオーだよ〜。よろしくね〜。」

「はじめまして、私はメジロマックイーンですわ。よろしくお願いします。」

「ゴールドシップだぜ!よろしく頼むぜ!!」

おっと、招かれざる客を確認。

 

「待った。君とはまだ契約してないでしょうが。」

「まあ、細かいこと言うなって、な?」

「全く、あなたという人は……。」

メジロマックイーンはため息をつく。

「まあ、でもマックちゃんがいるなら、正式に担当契約するのもアリだな。」

ゴールドシップは言う。

 

「ちょ、ちょっと、何言ってるんですか!?︎」

「ん? 別に問題ないんじゃねえか? なあ、トレーナー?」

「ああ、そうだね。」

「貴方はなんで落ち着いているんですの!?」

「いや、ゴルシだし。」

「そういう問題ではありません!」

こうして、ゴールドシップとの契約も決まる。

 

「なんだか楽しくなりそうだね♪」

ファインモーションが微笑みながら言う。

「これからもっと楽しくなるさ。きっとね。」

「うん、そうだよね♪」

ファインモーションは満面の笑みを浮かべていた。

 

これで、僕は5名のウマ娘を担当することになる。

「では、早速トレーニングを始めようか。」

「了解だ。」

「おー!」

「参りましょう!」

「レッツゴー!」

「おう!」

みんなの元気の良い返事を聞き、トレーニングを開始する。

 

「課目、レーストレーニング。細目、模擬レース。着眼、自分の能力の確認。」

レース勘の涵養はもちろんのこと、5名の実力を認識するために行う。

 

シンボリルドルフ達についてはその実力を把握はしているが、ゴールドシップについては未知数だ。

また、5人で走るとなると今までとは違った発見があるので、非常に有意義になるだろう。

 

「本日は模擬レースを行う。今回のレース、距離については中距離2000メートル、バ場は芝で良バ場となる。ここでは、レースの駆け引きとかはもちろん、各人の実力を今一度確認してもらいたい。何か質問は?」

僕が尋ねると、1番に手を挙げたのはファインモーションだった。

「はい、ファインモーション。」

「このレースは誰が勝つのかな?」

「わからない。」

「えぇ!?︎」

僕の答えを聞いたファインモーションは驚いた表情を見せる。

 

「このレースで誰が勝ってもおかしくない。だから、今回は勝ち負けではなく、自分の実力を知ることに重きを置いて欲しいんだ。」

「うん、わかったよ!トレーナー!頑張るね!」

「私も全力を尽くしますわ!」

「アタシも本気出すぜ〜。」

みんなやる気十分だ。

「では、10分後に実施する。事後の行動にかかれ!」

「「「「「はい!!」」」」」

5人は一斉に散り、それぞれ準備運動をしたり、柔軟したり、アップを始める。

 

しばらくして、出走の準備ができたようだ。

「位置について…用意…」

一呼吸おいて…

「スタート!!!」

その合図と共に5人はスタートする。

 

 

序盤の順位を見ると

1番手メジロマックイーン

2番手トウカイテイオー

3番手シンボリルドルフ

4番手ファインモーション

5番手ゴールドシップ

となる。

まとまることなく、離れすぎずな位置関係だ。

それぞれが得意な脚質で走っているのだろう。

 

中盤に入ると、先頭を走る2人の差が広がり始める。

「残り1000メートル。このままだとマックイーンが逃げ切るかな。」

みんなはどこで仕掛けるだろうか、目が離せません!

 

そんなことを考えていると、外から一気に追い上げてくる者がいた。

「あれは、ゴルシ!?︎」

なんとゴールドシップが後方から一気に追い上げてきたのだ。

「これはすごい!!ゴルシがどんどん前に出て行く!」

それにつられてか、シンボリルドルフ達も加速していく。

いよいよ、どうなるかがわからない。

 

シンボリルドルフがメジロマックイーンとトウカイテイオーを抜かし、先頭に躍り出た。

ゴールドシップも負けじと追いすがり、2番手になる。先頭争いはこの2人になりそうだ。

 

レースが終盤に入る。

相変わらず、2人の先頭争いだ。

2番手のゴールドシップと3番手のメジロマックイーンとは2バ身離れている。

ゴールドシップが少しづつ詰め寄っていく。シンボリルドルフも負けじと速度を上げる。

 

そして、ついにゴールだ。

勝ったのはシンボリルドルフ。2着はゴールドシップ。

しかし、ハナ差まで迫っていた。非常に惜しかった。

3着はメジロマックイーン。4着はトウカイテイオー。クビ差だった。

5着はファインモーション。

トウカイテイオーとは2分の1バ身だった。

 

「お疲れ様。」

息を整えてるみんなの前まで近寄る。

「危なかった…。」

「はぁっ、はあっ、はあ、はあ……」

「はあっ、はあっ……ふう。」

「うぅ、悔しいなぁ……。」

「くそぉ、負けた!」

各々感想を言う。やはりと言うべきか、ゴールドシップが一番悔しそうにしている。

 

「ゴールドシップ。」

「何だよ、トレーナー。」

「ナイスガッツ!」

「……へ?」

「よく頑張ったね!」

「お、おう!」

「あと一歩だったね!」

「まあな!」

「でも、すごく良かったよ!」

「当たり前じゃん!」

「次は勝とうね!」

「ああ!」

 

「トレーナ〜」

「はい、どうした?」

「ボクは?」

「もちろん、テイオーもよくやったぞ!」

「えへへー!」

「ただ、もう少しスタミナをつけないとな。」

「分かった!これから頑張るよ!」

 

「わたくしもよろしいですか?」

「ああ。マックイーンもよく走ったと思う。」

「うふふっ♪」

「次はもっとパワーつけようね。」

「分かりましたわ。」

 

「トレーナー、私も〜。」

「ファインも良く頑張ってたよ!」

「わあい!」

「これからはもっとスピードを鍛えてみるか。」

「うん!」

 

「私もいいかな?トレーナー君。」

「ルドルフもすごかったぞ!次からは作戦の幅を広げられるな!」

「了解した。」

と、それぞれに評価を下した。

これなら、シンボリルドルフは次のG1に、4人はデビュー戦で闘えそうだ。

 

その後、トレーナー室に戻り、諸連絡を行い、時間が来るまでみんなとおしゃべりした。

「それでは、皆、今日はここまで。明日は休みにするから、身体を休めたりして自由にしてほしい。」

解散の号令をかける。

 

みんな、帰りの身支度をしている。

「トレーナー君。今日もお疲れ様。」

「バイバーイ!」

「失礼しました。」

「またねー。」

「バイビー!」

騒がしかったこの部屋も一気に静かになる。さっきまでの賑やかさが嘘みたいだ。

「よし、僕も帰るか。」

 

荷物をまとめ、寮へ向かう。

「オイ、てめェ。」

その途中、とあるウマ娘に声をかけられる。

彼女は…。

「エアシャカールか。どうしたの?」

僕がそう聞くと、エアシャカールは目を細めて睨みつけてきた。

「えっと……?」

「てめェに話がある。少し付き合え。」

 

 

「それで、話って…。」

「ファインと担当契約を結んだだろ?それが何を意味するのか、わかってるよなァ?」

エアシャカールの言葉を聞きながら、僕は考える。

考えうることは…。

「1歩間違えれば、ファインモーションとの契約を破棄されるかもしれないってこと?」

「それも間違いではねェが、そうじゃねェ…。」

そう言うと、エアシャカールはため息をつく。

そして続けた。

 

「知っているかもしれねェが、アイツはアイルランド王国の王女様だ。そんなヤツと契約するってことがどういう意味を持つかわかっているのか?」

「それは…。」

「教えてやるよッ!アイツに何かあったら、それは即ち国際問題だ!下手すりゃ国同士の戦争にだってなりかねないんだぞ!」

さらに彼女は続ける。

「お前は自分の立場を理解できているのか?アイツは王族なんだぜ?それでお前は?自衛官だろ?王家から見りゃァ、他国の軍人に自国の姫の面倒を任せているもンだ。これがどういう意味かわかンだろ?」

そこまで言って、エアシャカールは改めて僕を見る。

 

「覚悟が無ェのなら、さっさと契約を辞めちまえ。それとも、この学園での立場を、いや、全てを失いたいのか?」

 

確かに彼女の言っていることも一理ある。

しかし、それでもなお僕はファインモーションとの契約を切る気はなかった。

 

『実は、今まで誰も契約してくれなくて寂しかったんだ…。でも、これからは違う。キミがいるからね!』

ファインモーションのその言葉が脳裏をよぎる。

その時から、僕の決意は確固たるものになったかもしれない。

 

「覚悟か…。覚悟ならないことも無い。」

 

「ンだァ?…その煮え切らねェ返事はよォ。」

僕の返答を聞いたエアシャカールは、少し苛立ちを含んだ声で言った。

 

「ファインとの契約を決めたのは他でもない、僕だ。その決意には当然、覚悟がある。」

「ハッ!よく言い切ったモンだな!だが、覚悟があったところでどうにもならねェことがあるんだよ。いつか、それがわかる時が来る。」

忠告したからなと言い残し、彼女は去る。

口調は乱暴だが、僕のことを思って言ってくれたのだろう。

 

「トレーナー様。」

エアシャカールからの言葉を反芻していると、声をかけられる。

後ろを振り返ると、そこにはSP隊長がいた。

「聴かれてましたか…。それで、どうかされましたか?」

「貴方に伝えたいことがあります。」

そう言うと、彼女は真剣な表情でこちらを見つめた。

 

「まずは、午前の件、申し訳ございませんでした。殿下の身を守ることに固執しすぎたがゆえに、本心を蔑ろにしておりました。それを貴方に気づかされました。」

彼女は頭を下げて謝る。

 

「そして、殿下と契約してくださり、ありがとうございます。あのように嬉しそうな顔を見たのは久しぶりです。」

そう言うと、彼女は優しく微笑む。

 

「殿下と契約している限り、これからは貴方も護衛対象です。不束者ですが、よろしくお願いします。」

「は…はい。こちらこそよろしくお願いいたします。」

突然のことに面食らうも、なんとか返事を返す。

 

「どうか敬語はよしてください。貴方の部下に接する感じでお願いします。」

「そ、そういうわけにはいきませんよ……。」

「ふふっ。であれば、いずれ慣れていただければ結構ですよ。」

 

その後、彼女と色々な話をした。

SPのメンバーのこと、昔のファインモーションのこと、まだ幼い彼女から手作りの勲章をもらったこと、アイルランド国防軍にお世話になっていること、訳あってSP隊の指揮官になったこと、色々話してくれた。

ひょっとすると、彼女は軍人なのかもしれない。

 

こうして話せば、彼女のことを他人とは思えなくなった。

気づけば、敬語からくだけた口調で話せるようになっていた。

「そろそろ時間ですね……。最後に1つだけいいですか?」

「どうしたの?」

 

「国王陛下からの伝言です。ファインのことをくれぐれも頼む。また、時を改め、リモートでも良いから顔を合わせたい。とのことです。」

それだけ言うと、彼女は去って行った。

 

『覚悟』という言葉が再び心に浮かぶ。

 

 

ファインモーション絡みで色々とあったが、寮に戻る。

飯と風呂も終わり、OD作業服にプレスをかけているとスマホから通知音が聞こえた。

 

画面を見ると、ライスシャワーからの連絡だった。

 

『こんばんは、お兄さま!』

『突然でごめんなさい。明日は空いてる?』

と、メッセージが来た。

 

『こんばんは。空いてるけど、どうしたの?』

『ライス、お兄さまと一緒にお出かけしたいなって思って……。ダメかな?』

なんだ、お出かけのお誘いか。

 

『いいよ。どこに行くの?』

『遊園地に行ってみたいなって。』

『わかった。行こう!』

了解の返事を送り、スマホを置く。

 

すると、3分後にまた通知が来る。

『ごめんなさい。大事なことを伝え忘れてました。』

『カレンさんもきます。』

これは全力で兄を遂行しなければならない。

 

『了解。待ち合わせ場所はどうするの?』

『9時に正門前でどうかな?』

と、地図が送られてきた。バスと電車を乗り継いでだいたい1時間かかる所だ。

 

『大丈夫だよ。楽しみにしてるね。』

『こちらこそです。おやすみなさない。お兄さま。』

『おやすみ、ライス。』

そこでやり取りを終えた。

 

「明日の準備しないと。」

明日に向けて準備をし、その日は眠りについた。




今回もご覧いただきありがとうございます!

SP隊長がアイルランド国防軍の関係者というのは、オリジナル設定になるのでご了承ください。



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6話 兄と妹

主人公のヒミツ⑤
実は、ファッションセンスも壊滅的。

〜あらすじ〜
ウマ娘達にパワハラ三昧を働く川原に裁きをなすべく、主人公トレーナー3尉は画策する。一方で、アイルランドの王女ファインモーションと破天荒ゴールドシップを仲間にし、任務達成にも邁進していく。
そんな中、ライスシャワーとカレンチャンからお出かけのお誘いがあり…。



お久しぶりです。時間が空いてしまいましたが、投稿再開です。

意外にも本職の方に読まれていることに驚きと喜びを隠せません。
秘のこともあるので、あまり詳しく正確には書けないです。ご了承ください。

また、力不足のところもありますが、面白いと言っていただけるだけで、モチベーションが上がります。

では、6話目です。お楽しみください!


「お兄ちゃんって自衛官になりたいの?トレーナーになりたいの?」

高校2年生の妹にそう尋ねられる。

「そうだなぁ…。実は、迷ってるんだよね。」

大学2年生の秋、僕は自衛官になるかウマ娘のトレーナーになるか悩んでいた。

どちらもやりがいが多そうで、実際にやりたいこともたくさんある。

 

「う〜ん。だったら、お兄ちゃんは何でトレーナーライセンスの勉強をしてるの?何で公務員試験の勉強してるの?迷ってるのに努力できるの?」

妹は何で何で?と不思議そうな顔をしながら僕を見つめた。

 

「……なりたいからやっている。かな?」

「なんで疑問文なの?」

妹とそんなやり取りしていると、ガチャりとドアが開く。

 

「やっほー!」

元気よく入ってきたのは、姉だった。

「姉ちゃん、どうしたの?」

「いや~暇だから来ただけ!それより、お困りのようだねぇ弟君。」

尻尾をバタバタとはためかせながら姉ちゃんは僕の隣に座ってくる。

「いやね、僕は結局どうなりたいかがわからないんだ。」

「なるほど、確かにそれは悩ましい問題ですねぇ。」

姉ちゃんは腕を組みうんうんと悩み始める。

 

「自分の好きなことを貫くべきだと思う!っていうのが模範解答なんだろうけど、弟君の悩みはそうはいかないよねぇ…。」

「どっちも好きなことだからね…。」

姉ちゃんの言葉に僕は苦笑いをするしかなかった。

 

転機が訪れたのは、大学3年生になる前の春、自衛隊のインターンシップに参加した時だった。

自衛隊にもウマ娘のトレーナーが存在していると聞いた。

 

それが『自衛隊ウマ娘トレーナー』だ。

 

自衛隊所属のウマ娘の教官あるいは指揮官として活躍する自衛官。

その教育のために、各地のトレセン学園に3年間研修するとのこと。

 

トレーナーの資格は要るらしいが、資格取得のために自衛隊でサポートしてくれるそうだ。

もちろん、既に持っていればそれで良い。

 

僕の進むべき道は決まった。

 

「それで、お兄ちゃんは自衛官になると。」

「そうそう。」

妹の質問に僕は答える。

すると、彼女は何か思い立ったように耳をピンと立てた。

「じゃあ私も自衛官になる!!」

「えぇ!?」

唐突な宣言に驚く。

 

「実は、私も高校卒業した後の進路に迷ってたんだ。でも、お兄ちゃんの話を聴いて、自衛隊良いかなって思った。」

「そっか……。」

 

「私も自衛官として誰かのために頑張りたい!だから、一緒に自衛官になろうよ!」

 

兄妹で同じ道を進もうという提案に、少し嬉しくなる。

「もちろん!じゃあ、一緒に頑張ろうか。」

こうして、僕達は揃って自衛官の道を目指すことになった。

 

そして、大学3年生の1月。

高3の妹は防衛大学校に合格した。

これには驚いたが、1番驚いたのは彼女自身だろう。

「いや〜、まさか防大に行けるなんて思わなかったよ。」

合格通知を手にしながら、妹は言う。

「すごいじゃないか!おめでとう!」

「ありがとう。お兄ちゃん。」

妹は満面の笑みを浮かべていた。

 

「次はお兄ちゃんの番だね。」

 

翌年7月。僕も陸上自衛隊一般幹部候補生の採用が決まった。

さらに嬉しいことに、中央トレーナーのライセンスも取得できた。

 

そこからは、幹部候補生として教育訓練を受け、憧れだった水陸機動団で部隊勤務し、今に至る。

 

一方、妹はと言うと、順調に防大生活を送っているようだ。

確か、今は4年生になるのだろうか。

陸上要員として訓練に励んでいる。来年は、幹部候補生だ。

二度とくるめぇな所だが、それを乗り越えて立派な幹部自衛官になってほしい。

 

ちなみに、なぜ今こんな回想をしているのかというと、妹から久しぶりに連絡が着たからだ。

 

『久しぶり!お兄ちゃん!元気にしてますか?』

スマホ越しに聞こえてくる声は前よりも凛としている。

兄として妹の成長が喜ばしい。

 

「元気だよ。そっちはどう?」

妹の成長を目の当たりにし、泣きそうな気持ちを抑え、近況を確認する。

『どうしようもないほど元気!今ね、外泊してて、同期達と一緒!楽しく過ごしているよ!』

楽しそうな声で妹は報告してくれた。

「そっか。それは良いね。」

『うん!それでね、電話した理由なんだけど…。」

妹はそういうと、音声通話からビデオ通話に切り替えた。画面には、妹の他に、3人の少女が映っていた。

3人のうち、1人がウマ娘だ。

 

『え!?この人がアンタのお兄さん?なんか思ったより……普通。』

いきなり失礼なことを言い出した。

『こら!初対面なのにそんなこと言わないの!』

別の女の子が注意する。

「いやいや、大丈夫だよ。」

僕は慌ててフォローを入れる。

 

『お兄さん、本当にごめんなさい。ほら、謝りなさい!』

ウマ娘の子が叱る。

『ごめんなさい…。』

女の子は申し訳なさそうに頭を下げる。

「全然気にして無いから!大丈夫大丈夫。」

『だって事実だもんね。』

オイオイ。それは言っちゃいけないぜ……。

画面の向こうで、妹がケラケラと笑っている。それにつられてみんなで笑う。

 

「あぁ、自己紹介が遅れたね。僕はトレーナー3等陸尉。水陸機動団を経て、今は自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程のために日本ウマ娘トレーニングセンター学園にいるよ。」

『3等陸尉!?』

『水陸機動団!?』

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園!?』

三者三様で驚くところが違うのは面白い。

『あれ?みんなに言ってなかったっけ?』

妹がそう言うと、3人は口を揃えて言った。

『『『聞いてません!!』』』

『あれ〜?』

妹は首を傾げている。

自衛隊に兄がいることぐらいしか教えていなかったようだ。

 

「それで、今日は何の用事で電話をかけてきたのかな?」

僕の言葉を聞いて、妹は思い出したように手を叩いた。

『そう!お兄ちゃんに電話した理由はね、色々と聞きたいことがあるからなんだ!』

 

妹の言葉を皮切りに、3人から質問攻めにあった。

幹部候補生学校や部隊勤務について、トレセン学園での話等、根掘り葉掘り聞かれた。

なので、答えられる範囲のことは全て話した。

 

3人にとって印象的だったのは、トレセン学園の話らしい。

特に担当の子達の話に興味津々だった。

『え!?お兄さんって、あのシンボリルドルフのトレーナー!?』

『メジロってあのメジロ家?』

『王女様も担当することになったのですか!?』

続々と驚きの声を上げていた。

他にも、はちみーの味や無人島でのサバイバルも楽しそうに聴いてくれた。

 

輝きを放つ目に少しばかりこそばゆい気持ちがある。

「でも、まだまだ未熟者だから頑張らないと。」

照れ隠しにそんなことを言う。

すると、3人とも感心した様子で僕のことを見ていた。

 

反対に、妹はムッとした顔をしていた。

『お兄ちゃんのウマ娘たらし。』

「……今なんて?」

『ウマ娘たらし。』

妹は不満げな顔で言い直してきた。

解せぬ。

「いやいや、そんなつもりはないから。」

『ふーん…。』

妹の目が怖いです……。

現に、妹の同期達は縮こまっている。

 

『あ、あの!お兄さんは今日は何する予定ですか?』

ウマ娘の子が話題を変えようと、僕の予定を尋ねてくる。

「そうだね。担当の子ではないけど、仲の良い子達とお出かけするんだ。」

『へぇ〜!そうなんですね!その子達はどんな子達なんですか?』

「どんな…。まあ、素直な子達だよ。妹のように思ってるよ。」

とりあえず、出てきた言葉がそれだった。

 

しかし、それがまずかった。

 

『……妹のよう?』

その言葉を聴いた我が妹君は、耳を絞り、それはもう凄い形相をしている。その表情を見て、3人は恐怖している。

 

『お兄様は教え子をたらしこんだばかりでなく、妹扱いしていると?そういうことですね?』

妹が淡々と問いかけてくる。

なんか怖い!怖すぎる!!

「いや、違う!断じて違う!!」

『何が違うのですか?』

「えぇっと…。」

『答えられないのでしょう?昔からお兄様はウマ娘をたらしこむ才能がありましたものね。』

「だからそんなつもりはないって…。」

 

たらしだのそうじゃないだのやり取りを繰り返していると、次第に妹の同期達は落ち着きを取り戻し、微笑ましく兄妹喧嘩を眺めていた。

 

しばらくしたところで、

『お兄さんのこと好きすぎでしょ。』

『嫉妬しちゃって〜。』

『お2人は本当に仲が良いですね。』

とそれはたいそう笑顔でコメントした。

妹は3人の言葉でハッとし、バツの悪い顔をして黙ってしまった。

 

妹が冷静になったのを見計い、

「ごめんね。見苦しいものを見せて……。」

『少し熱くなっちゃった…。ごめんなさい。』

兄妹で3人に謝る。

 

『謝る対象が違うでしょ?』

『仲直り、仲直り。』

『ほら、自分に素直になって。』

3人は優しい声で妹に言う。

すると、妹は僕に向かってこう言った。

『ごめんなさい。お兄ちゃん。お兄ちゃんと一緒に居れるトレセン学園の皆さんが、ちょっとだけ羨ましくなっちゃった。』

妹は申し訳なさそうに言う。

この様子だと兄離れはできていないようだ。当分先だろう。

 

そんな妹に僕は優しく声をかける。

「大丈夫だよ。次の帰省の時は一緒にどこか行こう!」

『うん!』

僕の言葉を聴いて、妹は嬉しそうに笑っていた。

 

3人も妹の様子をみて、安心したようだ。

その後は、世間話や自衛隊の話をした。

そして、時間がきたので電話を切ることにした。

「じゃあ、またね。みんなで力を合わせて、頑張ってね。」

『うん!』

『『『はい!』』』

元気のいい返事を聞くことができ、電話を切った。

時刻は0830。

良い時間だ。そろそろ正門前に行こう。

 

 

時刻は1030。僕はライスシャワーとカレンチャンと共に遊園地に来ていた。

 

「お兄さま…。今日は本当にありがとう。」

「気にしないで。僕も息抜きがしたかったからね。」

「カレンもお兄ちゃんと一緒に遊ぶの楽しみにしてたんだ!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあ行こうか。」

「うんっ! わーい!」

2人とも本当に嬉しそうだ。

つられて笑顔になる。

 

「ははっ。まずは何に乗る?」

「えっとね…。」

 

こうして僕らはアトラクションを楽しんだ。定番のジェットコースターや立ち乗りコースター、ウォータースライダー、何か360度回るヤツ、空中ブランコ…色々乗った。いや、絶叫系多いな。

他にも、ワークショップでグッズを作ったり、食べ歩きをした。

気がつくと、もう帰る時間だ。

 

「楽しかったぁ〜♪」

「そうだな。少し疲れちゃったけど……。」

「ふふっ。お兄さま、大丈夫?」

「ん? ああ、これくらい平気だよ。」

「でも、顔真っ青だけど…。」

「……ちょっと休めば治るさ。それより、そろそろ帰らないと門限に間に合わないぞ?」

「あっ本当だ。急がないと!」

こうして、トレセン学園へと足を進めるのであった。

 

電車の中、2人は遊び疲れたのか、寝てしまった。まあ、あれだけ遊べばそうなるか。

すると、僕の肩にもたれかかってくる子がいた。

「くぅ……。」

「……カレン?」

なんだろうこの感覚。まるでずっと前から知っているような。

そんな感じだった。

なんてことを考えているうちに自分も眠ってしまった。

 

 

ふと目が覚めるとトレセン学園の最寄り駅に近づいていた。

2人を起こす。

「2人とも、そろそろ着くよ。」

「んぇ……?……ハッ!?︎ ごめんなさいお兄さま!」

「ん〜?……うにゃ? もう着くのぉ?」

「とりあえず降りる準備しようか。」

「「うん!」」

 

駅を降り、学園に着く。

そのまま2人を見送りにトレセン学園の寮へと向かう途中のことだった。

「おいおい、練習もしないで遊びに行くとはいいご身分だな。」

目下、悩みの種の川原が絡んできた。

せっかく良い気分だったのに。

 

「何しに来たんですか?」

「決まってんだろうが! テメエらに文句を言いに来てやったんだよ!」

「文句ですか? それはわざわざどうも。」

「おう。それでだな……。」

「では、これで失礼します。」

僕はその場を離れようとした。

 

しかしその時、後ろから蹴り飛ばされた。

「うぉわっ!?︎……な、何をするんですか!」

「お前のことは調べさせてもらったぞ。」

川原はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なんでも、陸上自衛隊の幹部様ではないですか。これはこれは大層なお方ですねぇ?」

皮肉のつもりだろうか。

「それがなにか?」

「ふん! 自衛隊には借りがあるからな! ここでその借りを返してやるよ!」

そう言って、彼はナイフを取り出してきた。

「ひっ!」

それを見たカレンチャンが悲鳴をあげた。

 

ライスシャワーは庇うように僕達の前に出る。

「お兄さま達に手を出すなら容赦しない。」

「ははっ! 俺に歯向かうとはな!いい度胸じゃねえか。だが、俺の目的はコイツじゃねえ。お前らだ!」

川原はハナからライスシャワー達に危害を加えようとしたわけだ。

とんでもないドクズだ。

 

「ライス、カレンと一緒にここから逃げろ。」

ウマ娘なら、川原程度何とかなるかもしれない。

だが、大切な生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「でも……。」

「行くんだ! 頼む……。」

「……わかった。」

良い子だ。

 

「カレンさん!こっち!」

「お兄ちゃん! 死んじゃダメだからね!」

コクリと頷く。

さて、これで心配はいらないな。

 

「ちっ、まあいい…。アイツらはまた今度痛めつけてやる。泣いて喚こうが絶対に許さねぇ。」

「させると思うのか?」

「邪魔するのか?ならば、まずはお前からだ!覚悟しろ!」

 

そう言って切りかかってくる。

しかし、

「ぐはぁっ!」

刺突をかわし、膝蹴りを見舞う。

上手く腹部を捉えたようだ。

 

川原の手からナイフが落ちる。それを人気がないところまで蹴飛ばす。

「この野郎……ふざけやがって!」

まだやる気なのか。

「はあ!」

中段回し蹴りがとんでくる。その蹴り足を掴み、もう片方の膝小僧に前蹴りをかます。

 

ここで言うのも何だが、僕は相手の脚部を触ることでその人の能力やコンディションをある程度読み取ることができる。

つまり、川原の実力が少しわかった。

力が強いだけで、動きは素人そのものだ。

 

「ぐうおっ!」

川原は倒れる。

「クッ、クソっ!こんなザコにぃ!!」

「もう終わりか?」

「舐めるなぁ!」

突っ込んできて殴ってくる。その手を掴んで小手を返す。

 

川原の顔が歪んでいく。

「クソっ…手がぁ……。」

「……まだやるか?」

「ちくしょう……。覚えてろよぉ……!」

捨て台詞を残してどこかへ行ってしまった。

 

パトカーのサイレン音がする。

逃がすべきではなかったかもしれない。

「大丈夫でしたか?」

たづなさんに話しかけられる。

 

「大丈夫です。たづなさん。特にケガはありません。」

「それなら良かったです…。それにしても、あの身のこなしは一体…。」

「ただの徒手格闘術ですよ。」

「ナイフを持ってる相手によく立ち向かえましたね。私なら怖くて動けないですよ…。」

確かに、ナイフなどの凶器を持った人間は脅威に値する。

 

しかし、守るべきものがある以上はそうは言ってられない。

 

守るべきものを自分の身を賭して守る。

それが僕ら自衛官の使命だ。

 

「ところで、先程のナイフはどうしたんですか?」

「あ、それはですね…。」

遠くに蹴飛ばしてそのままだった。

当たりを見渡し、ナイフを探す。

 

すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「トレーナー君。」

「ん?この声は…。」

「少し話を聞かせてもらおう。」

いつの間にかシンボリルドルフがいた。2人ほど警察の人もいる。

「ルドルフ!どうしてここに!?︎」

「君を探していたんだ。無事でよかった。」

「探していた? 」

「実は、ライスシャワーが教えてくれてね。」

ライスシャワーが警察に通報し、シンボリルドルフに僕の危険を知らせてくれたらしい。そして、警察の2人を学園内に案内し、途中でシンボリルドルフに引き継いだとのことだ。

 

「この学園の生徒を手にかけようとした川原トレーナーをもはや野放しにはしておけない。」

怒り心頭のようだ。まあ、当然だろう。僕もそうだ。

 

「トレーナーさん。私は警視庁の田代と申します。お隣は守山。事情聴取のため、少しお時間をいただきます。」

2人は警察手帳を僕に見せながら自己紹介する。

 

「今回の件は、理事長にも報告せねばなるまい。」

「そうですね。皆さん、御手数ですが、理事長室へ参りましょう。」

シンボリルドルフの意見にたづなさんが賛同する。

こうして、僕は彼女達と一緒に理事長の元へ向かった。

 

 

「入ります。」

「歓迎ッ!待っていたぞ!トレーナーくん!」

秋川やよい理事長が出迎えてくれる。

「陳謝ッ!まずは、トレーナーくんが無用な暴力を振るわれたことについて謝罪しよう。すまなかった。」

「いえ、お気になさらないでください。理事長のせいではありませんので。」

「そして、ありがとう。この学園の生徒を守ってくれたこと、感謝する。」

「いえ、ウマ娘を守るのもトレーナーの仕事なので。」

「立派ッ!ますます気に入った。」

そう言われるとすこしくすぐったい。

 

「では、今回何があったか教えていただけませんか?」

「はい。」

田代さんに促され僕は話し始める。

 

「生徒2人と学園内の寮に向かう途中、川原トレーナーに会いました。彼は因縁をつけてきましたが、私はそれを無視して彼の横を通り過ぎました。そしたら、蹴り飛ばされました。」

「ふむ。それで。」

「その後、彼はナイフを取り出し、2人に危害を加えようとしたので、私は彼を制圧しました。」

「その時の様子を詳しくお願いします。」

僕はなるべく丁寧に今回のことを話す。

 

「ちなみに、トレーナーさん。川原はどこへ行きましたか?」

「分かりません。」

「そうですか。」

 

田代さんは僕が話したことをまとめると、こう言った。

「秋川さん。明日からは学園周辺の警備を強化します。」

「了解ッ!よろしくお願いする!」

「今、我々ができることはこれくらいです。明日からは生徒も多数いると思うので、安全を確保してください。」

「うむ!」

「それでは、我々は失礼します。」

こうして、警察の2人は帰って行った。

 

「解散ッ!今日はもう疲れただろうから休みたまえ。」

「理事長。川原のこれまでの問題行動についてこちらで調べた資料があります。それを明日、提出いたします。」

「了解ッ!よろしく頼むぞ!」

「はい、それでは。用件終わり、帰ります。」

 

理事長室から出て寮に帰ろうとすると。

「トレーナーさん。」

たづなさんに声をかけられた。

「なんでしょうか?」

「ちょっといいですか?」

「はい。」

「私達はあなたに感謝しています。」

「え?」

「あの時、貴方がいなければ、最悪なことになっていたかもしれません。本当にありがとうございます。」

深々と頭を下げられる。

 

「やめてくださいよ。僕は当たり前のことしかしていませんから。」

「それでも、ですよ。」

「ありがとうございます……。」

なんか照れる。

 

「トレーナー君。顔が赤いぞ。」

シンボリルドルフにそう指摘される。顔がカッカッしているのを自覚する。

 

恥ずかしいので、逃げるようにその場を去る。

「待ってください〜!トレーナーさーん!!」

後ろで何か言っているような気がするが、聞かなかったことにしよう。

 

 

トレーナー寮。

ライスシャワーとカレンチャンからの連絡に気づく。

『お兄さま。ルドルフ会長から聞きました。ご無事で何よりです。』

『お兄ちゃん、カレン達を助けてくれてありがとう。ケガはない?』

心配してくれているようだ。本当に良い子達だ。

それぞれに無事を伝える。

2人から安堵の返事がくる。

 

「ふぅ…。」

やっと一息つけた。しかし、安心してはいられない。

川原があの状態では、ライスシャワーやカレンチャンだけでなく、ミホノブルボンをはじめとしたチーム『フォース』の皆にも危険が及ぶ。

警察のパトロールもあるが、それでも不安は残る。

 

とりあえず、明日は学園周辺を巡回し、しばらくはトレーニングも合同で行おう。

後で同期と桐生院さんにも相談しよう。

そう考えながら、眠りについた。




今回も読んでいただき、ありがとうございます!

久しぶりに執筆しました。
リハビリのため、短編の番外編でも書こうかなと思っております。

ものすごく更新は遅くなりますが、気長にお待ちいただけると幸いです。


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7話 コメディ・リリーフ

主人公のヒミツ⑥
実は、迷彩服を勝負服とみなしている節がある。


コメディ・リリーフ〜シリアスシーンの中に面白おかしいキャラやシーンを挿入し、緊張を和らげやる描写。これによりシリアスが一層際立つとのこと。コミック・リリーフともいう。



川原とのバトルから1週間後の昼、警察の巡回とは別に、僕も独自でトレセン学園を巡回している。

もちろん、他のトレーナーの皆さんも自主的に巡回してくれている。

ちなみに、僕はみんなが寝静まった夜も巡回している。

理事長達に心配されるが、そこは当直幹部としての経験もあるので心配なし。

 

なお、格好がいつものOD作業服なので、事情を知らない警察の人からすると、不審者に思われるだろう。

なので、

「誰だ!」

「はい!陸上自衛隊朝霞駐屯地ウマ娘教育隊所属、トレーナー3尉です!」

「あ、ウワサの…。」

と最初の方はよく誰何されたものだ。

焦っているせいか、自衛隊生活のクセのせいか、所属を自衛隊のままにして応える始末だ。

 

しかし、今では…。

「お疲れ様ですっ!トレーナーさん!」

「お疲れ様です!今日も見回り、ありがとうございます!」

とこのように、敬礼を受ける身である。

 

ちなみに、今現在、授業が行われている教室の近くの廊下にいる。

大きな声でこんなやり取りをしていると…。

「あの…。隊長さん、おまわりさん…。授業中なので、もう少し声を抑えてくれませんか?」

と教師の方から注意されてしまった。

 

隊長とは僕のあだ名である。

いつの間にか、教職員の方やトレーナーの皆さんからはそう呼ばれるようになった。

 

「「申し訳ありません。」」

僕たちは謝まる。

クラスから笑いが起きる。

そこには、メジロマックイーンやトウカイテイオーもいた。

ヤダ、担当に見られちゃった。

非常に恥ずかしい。顔が真っ赤になるのを自覚する。

 

そんなこともありながら、川原の魔の手が学園の生徒に迫らないように警戒しているのであった。

 

 

放課後。

しばらくは安全確保のために一緒にトレーニングせよと学園の方針が示された。

その方針に従い、合同トレーニングを実施している。

チーム『フォース』のみんなの他に、同期のチームや桐生院さんとハッピーミークもいる。

 

他にも、至る所で合同トレーニングをしている様子が見受けられる。

そんなトレーニングもそろそろ解散と言う時間、

「それで、トレーナーったらおまわりさんと一緒に先生に怒られちゃってね!その時の顔が耳まで赤くてね!ボク、面白すぎて笑い止まらなかったんだ〜!」

「授業中、ずっと笑っていましたわね。かく言う私も、堪えるのに必死でしたわ。」

 

トウカイテイオーとメジロマックイーンが今日の出来事をみんなの前で話している。

もうホントに恥ずかしいのでやめていただきたい。

しかし、悲しいかな、みんな大爆笑していらっしゃる。

 

「それで言ったら、トレーナー君、幹部候補生学校の時もそうだったよね〜。座学の時、トレーナー君居眠りしててね、いきなり、『前方15、中堆土の線まで、早駆け!』って言うもんだから、みんなびっくりしちゃって!それでその寝言でトレーナー君が起きてね、状況を把握したのか、顔を真っ赤にして慌ててたのよ。もう、みんな大爆笑だよ〜。」

追い打ちをかけるように、同期は僕の黒歴史をみんなにお話していらっしゃる。

「教官に『そんなに戦闘訓練が好きなら、これから高良台に行くか?』って言われて、顔真っ青になってたよね〜。赤くなったり青くなったりでまたみんな大爆笑!後は、幹部候補生学校卒業の時にボロ泣きしてたねぇ。」

僕は頭を抱えて悶絶する。

もちろん、座学の後はこってり絞られたし、卒業式はみんな泣いていた。僕だけ異常だったが。

 

現実逃避気味に過去を振り返ってみたが、まだ話はやまないようだ。

「そういえば、トレーナーさん。辞令交付式の時に礼をする時、敬礼してましたよね。」

桐生院さんが挙手の敬礼をしながら楽しそうに言う。

「確かに〜。自衛隊の制服も相まって、1人だけ異質だったよね〜。」

「いや、君もつられて敬礼したじゃないか。」

 

なぜか最近、みんなからイジられている。いつからかは忘れた。

「トレーナー様、お顔を見せてください。」

ファインモーションのSP隊長がからかうように声をかける。

「ほっといて。」

僕は顔を背けて答える。

 

「そんなトレーナー様も、私は素敵だと思いますよ?」

「ほんとぉ?」

彼女の言葉に少しだけ元気が出る。

「などと、その気になってた貴方の姿はお笑いでしたよ。」

SP隊長は微笑みながら言う。

コ、コイツ…!上げて落としてきやがった。

「「「「「あははははは!」」」」」

みんなの笑い声がこだまする。

 

「えぇい!もういいでしょ!はい終わりでーす!終わりでぇーす!」

僕は無理やり話を終わらせる。

 

みんなは笑いながらも整列する。

「この後は自由行動ね。自主練するなり、休むなり好きに過ごしてね。」

「「「「「はい!!!」」」」」

「事後の行動にかかれ、わかれッ!!」

「「「「「「別れます!!!!!」」」」」

と礼をする。

自衛隊がよくつかう解散の号令だが、同期と2人で使っていると、みんな真似をし始めた。今では、これが解散の号令となっている。

こうして、今日のトレーニングも終わる。

僕は逃げるように去っていった。

 

 

トレーニングが終わり、教職員室に顔を出す。

「隊長、お疲れ!」

「今日も女子連中にイジられたなぁ!」

「隊長はモテモテでうらやましいなぁ。」

などと言いながら僕の周りに集まってくる人が3人。

見られていたのか。

「お疲れ様です。もう、そんなんじゃありませんから。」

苦笑しながら返す。

 

「まあ、イジられるってことは、愛されてる証拠だよね。」

この人は、マヤノトップガンのトレーナーの水野さん(33)。

元航空自衛隊の戦闘機パイロットだったらしく、退官してトレーナーとして従事している。

TACネームは『パピルス』だったらしい。

その由来は、当時、提出する紙をたくさんぶちまけてしまったことが上官に見られ、名付けられたそうだ。

 

「隊長は人気者だからなぁ。」

この人は、用務員の宮崎さん(56)。

草刈りなど施設の整備を行っている。

ちなみに元陸自。定年退職後、再就職でここに来たらしい。

昔は空挺レンジャーとして活躍していた化け物だ。

 

「うーん…教師というのはどうもモテないのよな…。」

この人は、トレセン学園の社会科教師の小林さん(28)。

ここで教鞭をとっている傍ら、即応予備自衛官として活躍している。

かなりやりがいがあるという話をよく聞く。

現在、ウマ娘の彼女募集中。いつかは幸せになってほしいものである。

 

3人とはここに来てすぐに仲良くなった。

自衛隊という共通の話題のおかげか、3人とも話が合い、今では飲みに行く仲である。

 

会話に混ざって4人で話す。

今日の出来事など、世間話をしていると突然、

「さて、隊長。」

水野さんが真剣な表情になる。

「はい。」

僕も釣られて真面目な顔になる。

 

「お前の本命は誰だ?」

「へっ?」

変な声が出る。

何の話だろうか。

 

「いやね?あの娘達の中で誰が1番好みなのかなって。やっぱりシンボリルドルフか?いや、でもテイマクコンビもありか。あ〜ファインモーションもいいな〜。」

水野さんは目をキラキラさせながら言う。

途中から個人の感想である。というより、生徒にそんな目を向けていません。

 

「バカ言っちゃあいけないよ、パピルス君。隊長の本命は同期ちゃんだ!なぜなら、幹部候補生学校からずっと一緒にいるからだ。同期の絆はついに夫婦の絆になるだろうよ!いや、その点でいくと桐生院ちゃんも考えられる…。」

と、宮崎さんまでノリに乗ってきた。

このセクハラ親父め。2人とはそんな関係ではないのだが…。

 

「いやいや、お2人さん。どう考えてもゴールドシップですよ。だって、隊長に対するあのスキンシップの多さ!絶対ホの字ですよあれは!俺にはわかる!」

小林さんも便乗する。

「「「それだけはないな。」」」

と、同時に否定する。

 

「童貞乙。」

「彼女はちょっと違うんじゃないか?」

水野さんと宮崎さんがそれぞれコメントする。

「じゃあ何であんなに密着してるんだよぉ。」

それに納得いかないのか、小林さんが抗議している。

「そりゃ、子供が近所のお兄ちゃんと遊んでるのと同じ感覚でしょう。」

度は過ぎてはいるが。

 

しばらく沈黙が続く。

そして、

「たしかに……。」

と小林さんは納得してしまったようだ。

 

「え?トレピッピ…ゴルシちゃんとは遊びだったっていうのか…?」

とゴールドシップが泣きそうな声でつぶやく。

「いや、そういうわけじゃないけど……。っていつからいたの!?」

と僕は驚く。

「水野トレーナーが貴方に質問した時からですわ。」

と、後ろからメジロマックイーンが答える。

最悪なタイミングじゃないか。

 

「それで、何をお話していたのか、話していただけませんこと?」

笑顔だが目が笑ってない。

「別に大した話はしてないです…。」

「ほう…。であれば、ここまで白熱していた理由を教えてもらいましょうか。」

「もしかして恋バナ?だったらボクも混ぜてよー!」

シンボリルドルフとトウカイテイオーが続いてやってくる。

「「うぉっ!!」」

水野さん達は驚いて腰を抜かす。

「おいおい、大丈夫か?」

と、宮崎さんが彼らを起こす。

「会長さん。俺達はただ、隊長がどの娘が1番好みかを聞いていただけだよ。」

「……それで?」

シンボリルドルフは興味深そうに耳を傾けた。

「それはもう、隊長の周りは素敵な女性が多くてね。」

「なるほど。で、その結論は?」

「出なかった…。」

と、小林さんは言う。

 

「マックイ〜ン…ゴルシちゃんトレーナーにすてられるよ〜。一夜を過ごした仲なのにおもちゃ扱いされたよ〜。うぇぇえええん。」

と泣くゴールドシップ。

「ちょっと!?話がこんがらがるので泣き真似はやめてくださいまし!え?これ泣き真似ですよね?本気で泣いてません?」

と慌てるメジロマックイーン。

 

「夜はあんなに熱く激しかったじゃん!アタシのこと愛してるんじゃないのかよ〜。」

「な、ななな何仰ってるんですの!トレーナーさん?これは本当ですか?もしも本当なら、川原の前に貴方を潰す必要がありますわ…。」

と僕を見る。

「違うよ。そんな事実はないよ!! ゴルシもそんな誤解を生む言い方はよせよ!夜中、君に拉致されて、焚き火の火で服が燃えて物理的に熱くなっただけじゃん!」

と弁明する。

「ちぇっ、騙されなかったか。」

と、つまらなさそうにするゴールドシップ。

無理があるだろう。

 

「というかなんでここにいるのさ。」

と尋ねると、テレビでとあるアナウンスが流れる。

『本日、URA幹部の汚職が発覚しました。』

 

まさか。と思い、メジロマックイーンを見る。

「えぇ。トレーナーさんが想像している通りですわ。川原の後ろ盾を見つけ出し、その権力を失わせることに成功しましたわ。」

とメジロマックイーンは微笑む。

そして、事の顛末を話してくれる。

 

「川原の後ろ盾はトレーナーさんの予想通り、URAの幹部でした。川原の唯一の親族で育ての親だそうです。人事に口出ししており、川原の懲戒処分についても厳しく罰せられないように根回しをしていたようです。合わせて、隠蔽も行っていたそうです。また、彼自身優秀であるためか、次期URAのトップとしての呼び声も高いそうです。」

なるほど、身内が問題行動を起こせば自分の出世が危うくなるからもみ消した。ということだろう。

 

メジロマックイーンは続ける。

「そこで、私はメジロ家の探偵を使い、彼の調査を行いました。その結果、彼と繋がりがありそうな人間を見つけることができましたわ。」

と写真を見せる。

それには、とある大物政治家の顔写真が映っている。

「こいつは……。」

「ええ、この男はURAとつながりのある国会議員です。」

以前から、ウマ娘のレースをギャンブル化するべきだと主張している男だった。

これについては賛否あるが、ウマ娘の努力を金稼ぎに利用するのかと否定意見が多数だ。また、コイツは競艇で八百長をした前歴がある。

 

「その男が関係あると?」

「はい、間違いなく関わっていますわ。」

さらに、メジロマックイーンは続ける。

「探偵は、URA幹部とその政治家が居酒屋に入ったところを追跡し、『もう時期、URAを牛耳ることができます。そうなれば、先生はウマ娘のレースを意のままに…。』

『ついにここまで来たな。そうなれば、俺の力でお前をさらに偉くしてやろう。』

と話しているのを聞いたとのこと。」

「なるほど……。」

 

自分がURAの実権を握り、政治家と癒着することで甘い蜜をすすろうとしたのだろう。

政治家も自分の傀儡がトップになれば、ウマ娘のレースをかねてからの主張通り、ギャンブル化できるわけだ。

最悪、競艇のように八百長し、自分好みのレースを作り出すだろう。

 

考えただけで胸クソ悪い。

でも、そんな計画もここで終わりだ。

 

「フフッ、ハッハッハッ。」

「どうしましたの?トレーナーさん?」

自然と笑みがこぼれてしまった。それをメジロマックイーンに心配された。

「笑わずにはいられないよ。なんて滑稽なヤツらなんだろうな。」

まさか川原を潰す計画がこうも大きくなるとは。

川原と政治家に直接の関係はないだろうが、どちらにせよ、障害となるので潰すだけだ。

 

「これで、川原の後ろ盾はいなくなった。後は、川原を捕まえるだけだ…。やっとだ。やっとライス達を救える…。それと、マックイーン。」

「はい。」

「ついでにこの政治家も潰してくれ。レースを自分の意のままにしてウマ娘達の努力を無駄にするなどあってはならない。」

「既に抜かりなく。まもなくマスコミにリークされるでしょう。」

とメジロマックイーンは微笑む。

流石メジロ家。仕事が早い。

あとは、川原を捕まえるだけだ。

非常に良い気分だ。

 

「さて、皆さん。僕はここで失礼いたします。」

と、教職員室を後にする。

寮に戻り、シャワーと食事を済ませ、巡回する予定だ。

 

「何かいろいろあったけど、お疲れ!隊長。また話そうな。」

「またな。」

「お疲れ。」

3人からそれぞれ挨拶を返してもらい、退出する。

 

「じゃあ、俺達も帰るか。」

水野さんがそう言うと、

「いえ、皆さんにはまだお話があります。少しばかりお付き合い願います。」

とシンボリルドルフが止める。

「な、なんですか。」

「トレーナー君と何を話していたのか洗いざらい聴かせてもらう所存です。」

「ボクもトレーナーがみんなと何しゃべったか気になるな〜。」

「はいはい。わかったよ。」

 

そうして3人は、生徒達に質問責めされるのであった。解放されたのは寮の門限近くになってからだったそうな。

 

 

数日経ったある日の夜、

『URA幹部と大物政治家の癒着。闇取引の実態!』という報道がワイドショーを騒がしている。

URA幹部と政治家はこれで終わりだろう。

 

しかし、相変わらず川原の行方はわからない。今、どこにいるのだろうか。

明日には、警察の巡回も終わるとのこと。それまでには見つかってほしいものだ。

そんなことを思いながら、僕は一眠りする。何事も起こらないことを祈って。

 

しかし、それを嘲るかのように事件は起きてしまう。




今回は少し短めです。

次回からしばらく、本編はひとまず置いて、番外編を投稿します。


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8話 暗雲

お疲れ様です。
本編、投稿します。

トレーナーのヒミツ⑦
実は、射撃が得意。

ここまでの流れ
防大4年生の妹との電話に加え、ライスシャワー、カレンチャンと遊園地に行って帰ったら川原に襲われたりとトラブルばかりの一日を過ごしたトレーナー3尉。
川原の一件以降、合同トレーニングや見回りなど、学園の生徒を見守りつつ、トレセン学園で愉快な仲間達と過ごす中、メジロ家から川原の後ろ盾を潰すことに成功したと連絡を受ける。
このまま無事に解決すれば良いものだが…。


警察の巡回も終わり数日が立ったある日、僕は校舎内のある所に向かう。

「入るよ。」

ノックをして扉を開ける。

するとそこには一人のウマ娘が座っている。

「やあ、よく来たね。トレーナー君。待っていたよ。」

彼女はアグネスタキオン。

同期のチームの1人で、そのよしみで親交がある。同期のチームについてはまた今度紹介しよう。

「今日は何の用かな?」

椅子に腰をかけ、要件を聞く。

「実は、この部屋に少し違和感を覚えてね。というのも、誰かが触ったような感じがするんだよ。」

「具体的には?」

「そうだなぁ…。例えばここに何かを置いていたとするだろう。それを誰かが動かしたように思うんだよ。」

ふむ……。考えられることとすれば…。

 

「カフェのお友だちが動かしたんじゃないの?」

カフェとはマンハッタンカフェのことである。

彼女も同期のチームの1人で、アグネスタキオンとこの部屋を共有している。

『お友だち』とは彼女だけに見えている謎の存在である。

しかし、たまに僕に対して何かしたり、メジロマックイーンに付きまとったりしているらしい。

それはさておき、

「その線も考えたが、カフェから何も触ってないと教えられてねぇ…。」

違うようだ。

 

となると、

「誰かが立ち入ったとか?」

「そうなんだよ。トレーナー君。私はそうにらんでいるのさ。」

彼女は既に結論に至っていたようだ。

 

「そして、さらに最悪なことに、薬品がいくつか盗まれた。」

「え!?︎本当かい?それは大変じゃないか!」

「そうさ。だから、君に相談…いや、警告さ。」

「何だ…?」

嫌な予感しかしないんだけど。

 

「しばらくは、私以外の君と親しいウマ娘には近寄らない方が良い。」

 

「……どうして?」

「いくつか盗まれんだが、その一つはヒトに対するウマ娘の好感度を反転させる薬さ。それを何者かに使われた。」

「そんなものがあるのか…。」

「ああ。だが安心してくれ。3日もすれば治るはずだ。気化して使われたのだろうか、それがせめてもの救いだ。」

「分かった。気をつけるようにする。」

「頼むよ。気をつけてくれ。」

 

「ところで、なんで君は平気なんだ?」

「ん?ああ。盗まれたことに気づいた時に効果を打ち消す薬を飲んでね。ちなみに理事長にもあげた。」

おかげでその薬はゼロさ。とアグネスタキオンは嘆く。

 

「なるほど。それを作ってみんなに飲んでもらうのはできるの?」

「できるが、製作日数と被害者の数を考慮すると効果切れを待つ方が早くてね。大変だと思うが承知してほしい。」

「了解。ちなみに、犯人の目星はついているのか?」

「ああ。…川原だよ。」

「あいつ…。」

してやられた。何か企んでるとは思ったが、こうきたか。警備が手薄になったところを狙われたといったところだろう。好感度反転ということは、嫌われ者の川原にとっては都合の良い状況だ。

 

「とにかく、無理しない程度に頑張ってくれたまえ。そうだ、これを渡しておくよ。」

アグネスタキオンは錠剤を3つ手渡す。

「何だい?これ?」

「ヒトの身体能力を数分間、ウマ娘並にする薬さ。あまりアテにしてほしくないが、どうしてもという時に飲むといい。」

そんな便利なものもあるのか…。

「ありがとう。助かるよ。」

「できれば、教職員や他のトレーナー達にもこのことは共有してほしい。これは学園の危機になり得る。」

「了解。任せて。」

彼女のお願いを聞き、僕は部屋を出て真っ先に教職員室に向かった。

 

 

教職員やトレーナーに対し、好感度反転薬が散布されたことを報告した。

最初はみんな半信半疑だったが、ウマ娘の同期が来てないこと、水野さんがマヤノトップガンにやられたのかボロボロになった姿を見て認識を改めた。

しばらくすると、理事長が現れ、緊急事態ということで学園全体を臨時休校することになった。

 

その夜、寮に戻ると、ドアの前に人影があった。

近づくにつれてそれが誰なのか分かってくる。

シンボリルドルフだ。

非常にまずい…。最も遭遇したくないウマ娘ランキングトップ3に入る。

残り2人は、同期とSP隊長。

 

僕は回れ右をしてその場から離れようとした。が、 気づかれてしまった。

「逃げるとは感心できないな。」

僕は観念して振り返る。

「やあ、トレーナー君。ちょっと話があってね。少しいいだろうか?」

口調は普段と変わらないが、耳が絞られているので、機嫌の悪さがひと目でわかる。

 

「後にしてくれないか。」

「そう言うな。君の今後の活動に関わることだぞ。」

「明日聞くよ。」

「ふぅん。まあいい…。それなら、力づくで行かせてもらう!」

彼女は一気に間合いを詰めてくる。僕は反射的に避けるが、彼女はそれを読んでいたかのように蹴りを入れてきた。

「ぐっ!」

なんとかガードしたが、威力が強く体勢がくずれた。

そこに彼女はすかさず足払いをかけ、僕は地面に倒れ込む。倒れたところを彼女は足で押さえつけた。

「いてて…。」

「さあ、トレーナー君。お話をしよう。」

「話すことなんてない。」

「そう言わずに。」

「なら、足をどかせ!」

「そうやって逃がすとでも?」

 

その時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「カイチョー、そのへんにしときなって。」

「会長。それでは私達の楽しみも減るじゃありませんか?」

「えー?もっとやっても良いと思うんだけどなー?」

「おいおい、ゴルシちゃん抜きで面白いことしてんじゃねーよ。」

僕が担当しているみんなだ。

「みんな集まってきて何事だ。」

シンボリルドルフに腹を踏まれたまま声を振り絞る。

彼女達の用件はおおむね予想がつく。

 

「カイチョー。もういいんじゃない?」

「そうだな。一旦止めよう。」

彼女は足を退かしながら言う。

「さて、トレーナー君。話をしようじゃないか?」

「後でって言ったはずなんだけど?」

「まあまあ、そうおっしゃらないでくださいませ。」

「そうだぜ?カイチョーがキレる前に大人しく話聞けっての。」

「私は別に怒ってなどいないのだが?」

ウソつけと内心でつぶやく。

しかし、これ以上刺激するのはまずい…。

僕は覚悟を決めた。

 

「…わかった。話を聴こう。」

「話が早くて助かるよ。では、単刀直入に言おう。」

シンボリルドルフは一呼吸おいて、続ける。

「我々と契約解除してくれ。」

「了解。」

僕は即答する。予想通りの展開だったからだ。

嫌いなやつに担当してもらいたくないといったところか。

 

「随分とあっさり承諾してくれるんだな。」

「ああ。ただし、条件がある。」

「なんだ?」

僕は淡々と答える。

「3日だけ待ってくれないか?5人同時に解除するとなると色々と手続きが要るからね。」

まあ、嘘なんですけどね。

 

しかし、彼女達は契約解除できればそれで良いという気持ちが強かったのか、

「なるほど。了解した。」

すんなり了承してくれた。

「では、3日後の放課後に。その時に契約解除書を渡すからね。」

これで何とかなりそうだ。

「じゃあ、そういうことでよろしく頼むよ。」

寮に帰るのを諦め、その場を立ち去ろうとすると…。

 

ガシッ、肩を掴まれる。

恐る恐る振り向くとそこには鬼の形相をした彼女達が居た。

「何を勘違いしている?」

「え?」

「誰が帰って良いと言った?」

「いや、話は終わったんじゃ…。」

「まだ終わってないぞ。」

そう言うと、シンボリルドルフは壁を殴りつけた。

見事にクレーターができている。

これがウマ娘の力か。

「次は貴様がこうなる番だ。」

彼我の力の差に圧倒されていると、皇帝から死刑宣告に近い言葉をいただく。

「勘弁して下さい。お願いします。」さすがにここで死にたくはないので、僕は必死に懇願した。

 

「ダメだ。」

わかっていたが、無慈悲に願いを拒否される。

本能が命の危機を察したのか、身体の震えが止まらない。

「アハッ、怯えてるー!」

「逃がしませんわよ。」

「ほら、行くよー♪」

「観念しやがれ!」

担当達に引きずられていく

その後、僕はボロ雑巾のようにされ、ゴミのように捨てられた。

 

 

目が覚めると、そこは見慣れない天井だった。どうやら保健室らしい。隣には泥にまみれたOD作業服が置いてある。

 

「なんでこんなところに?」

確か僕は彼女達にボコられて……。そこからの記憶がない。

ただ、ケガの手当はされている。誰かが処置してくれたのだろうか。

 

「チャオ☆お目覚めかしら?」

僕は驚いて飛び起きる。

「何だこのおば…変人!?」

目の前には金髪サングラスの女性がいた。

「失礼なこと言わないでくれるかしら?」

「あ、はい。申し訳ございません。」

僕は反射的に謝ってしまう。

おそらくこの人が手当をしてくれたのだろう。恩人に無礼を働いてしまった。

 

しかし、このままでは誰かがわからないので質問する。

「ところで、あなたは何者ですか?」

「ワオ!私を知らないの?」

「ごめんなさい。知りません。」

「そう、なら自己紹介しないとね。」

そう言って彼女は名乗った。

 

「私は安心沢刺々美よ、ワォ、あんし〜ん。」

 

聞いたことあるような無いような名前だ。

 

「私のことは刺々美でいいわ。」

「分かりました。刺々美さん。僕はトレーナーです。」

「あら?あなたが噂のトレーナーさんなのね。」

「僕のことをご存知で?」

「ええ。有名よ?陸上自衛隊の幹部で、あの皇帝シンボリルドルフと契約したトレーナーがいるって。」

「そ、そうですか…。」

「それにしても、随分と派手にやられたみたいね。」

「ええ。ウマ娘の力はヒトのそれよりもはるかに強いとは存じてましたが、実際にこうして体感するとは思いもしませんでしたよ。」

久しぶりに死を覚悟した。

 

「ふぅーん。でも、よく生きてたわね。」

「はい。手当をしてくれて、本当にありがとうございます。」

「気にしないで頂戴。それより、あなたの担当の子達だけど……。」

「何かあったんですか?」

「いえ、むしろ何事もなかったかのように楽しそうにトレーニングしてるわ。しかも、いけ好かない男と一緒に。」

「え?」

「せっかくだから教えてあげる。そのトレーナー、チームを持っているのよ。確か、そのチームの名は…。」

嫌な予感しかしない。

「『フォース』」

 

 

「まさかこんなに計画が上手く行くとは、予想外だ。」

川原はチームのトレーニングを見ながら独りごちる。

その場には、『フォース』のみんなはもちろん、トレーナーの担当達、同期の女性自衛官のチームもいる。

 

「これでこの学園も、その関係者も、アイツも終わりだ。」

川原は笑みを浮かべる。

 

「川原さん。」

同期の女性自衛官が声をかけてくる。

「おう、どうした?」

「これを見て下さい。」

彼女はタブレット端末を差し出す。そこには……。

「ヤツは生きておりました。」

トレーナーの姿があった。

「生きていたのか。まあ、そんな簡単にくたばられても困るな。」

「次はどうしますか?」

「そうだな…。」

川原は考える。

 

「よし、決めた。」

川原はそう言い、みんなを集める。

「アイツを徹底的に潰す。周りのヤツらも巻き添えにしてな。」

 

 

トレセン学園教職員室。

今、この場は阿鼻叫喚の嵐となっていた。

「痛てぇ…。ウマ娘やべぇよぉ…。」

「クソっ。なにもできない自分が憎い…。」

「なんで俺達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!?」

「俺もうトレーナーとしてやっていけないよ…。」

 

被害は、無視や嫌がらせ、暴行に暴言と様々だ。また、トレーナーだけでなく、教職員や用務員の方も被害に遭っている。

そして、わかったことがある。ウマ娘との強い信頼関係があるほど、被害は大きい。

 

「隊長さん!なんとかならないんですか!?これじゃ死人が出かねませんよ!」

1人のトレーナーが僕に詰め寄る。「申し訳ありません。今の僕にはどうすることも……。」

「やめてやれ!隊長も被害者なんだよ…。」

「落ち着けって。」

「うるさい!俺は……俺は……。」

彼はそのまま泣き崩れてしまった。

その時、ドアが開く。

「ここにいる者は動くな。」

入ってきたのは、生徒会を始めとしたウマ娘だった。

 

「抵抗すればタダではすまない。」

その言葉を聞いて全員が震え上がる。中には失禁している者もいた。

 

トレーナー達が彼女達から逃げても、彼女達が一方的に追い詰める。

絶望からは逃げられない。

ならば、立ち向かう他ない。

 

「「「「「隊長!?」」」」」

シンボリルドルフの前へ立ち塞がる。

「何しに来た?」

「貴様が来てくれるとは都合が良い。何、ちょっと話し合いがしたいだけだ。」

どうせ話し合うといって鬱憤晴らしに危害を加えるつもりだろう。

「断ると言ったら?」

「力づくでも押し通してみせるさ。」

やはりか。

「まあ、そういうと思ったよ。」

 

僕はOD作業服の胸ポケットに手を入れる。

「それは何の真似だ?まさかとは思うが、我々と戦うつもりなのか?」

「うん。」

「バカを言うな。たかがヒト風情が、我々と戦おうというのか?」

「そうだね。でも、真っ向から戦うつもりは無い。」

「ほう、面白い。ならば見せてみるがいい。」

「言われなくても。」

胸ポケットからアグネスタキオンからもらった錠剤を取り出す。そしてそれを飲み込む。

 

「なんだ、それ?」

「ただの薬だ。」

「ただの薬だと?貴様はジョークの才能があるようだな。しかし、いくらなんでも無謀すぎるだろう?」

「心配してくれてありがとう。それに、君にジョークを褒められるとは光栄だよ。」

「減らず口も大概にしろ。」

彼女がこちらに向かってくる。そして、僕の腕を掴む。

「ほら、さっさとどけ。」

僕は同じように彼女の腕を掴む。

「何をしている?」

「か細い腕だなぁって。」

「なんだと!?」

彼女は怒りに任せて僕を横に投げ飛ばそうとする。

しかし、

「ダメだよルドルフ。乱暴したら。」

彼女の手を振りほどき、抱きしめて拘束する。ベアハッグというやつだ。

「ぐあっ……。」

「貴様ぁ!」

「お前、よくも会長をっ…!」

「許さんぞ……。」

「殺す……。」

 

皆さん、殺意剥き出しである。怖っ。

「まあ、落ち着いてよ。君たちの望む話し合いをしようじゃないか。それとも…。」

少し声にドスをきかせる。

「僕と殴り合いでもしたいのか?」

「「ひぃっ!?すみませんでした!」」

シンボリルドルフを置いて、ウマ娘達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。

もちろん、殴り合いなぞするつもりは毛頭ない。大切な生徒だからね。ただ、抑止力にはなったようだ。

「それで、お話というのはなんだったんでしょうか?」

教員の方が質問する。

「この場にいるみんなをボコボコにするつもりだったんでしょうね。」

「ひぇっ…。」

周囲から悲鳴があがる。

「それで、隊長はいつまでそうするのですか?」

あ、シンボリルドルフを抱き抱えたままだった。拘束を解く。

「はぁはぁ…。次はこうはいかんぞ……。」

およそ皇帝に似つかわしくない捨て台詞をはきながら去っていく。

ちょうどアグネスタキオンからもらった薬の効果も切れたようだ。

これにて一件落着。

というわけにもいかなかった。

 

「貴様。あの娘達に何をした?」

冷ややかな目をした同期が現れた。口調もいつもと違い冷たさを感じる。

あぁ…ついに最も会いたくない人に出会っちゃった。

 

「何って。ちょっとお話しただけだよ。」

「嘘をつくな。じゃあ、あの娘達の怯えようは何だ?」

「だから、お話しただけだって。」

「そうか…。あくまでシラをきるつもりか…。」

そう言うと、同期は僕の首を掴む。

「うっ…ぐぅっ!」

「や、やめてください!同期さん!」

桐生院さんが止めに入るも、振り払われる。

「邪魔をするな!!」

「きゃっ!?」

桐生院さんは尻もちを着いた。

 

「これからお前に地獄を見せてやる。」

そう言うと、同期は僕のみぞおちに拳を入れる。

「かはっ…。」

呼吸がうまくできず、僕は意識を手放した。

 

 

目が覚めると、あたり一面が真っ暗闇だった。目隠しをされているのだろう。しかも、身体が縛りつけられている感覚がする。

 

「いてて…。ここはどこなんだ?」

「やっと起きたか。」

またしても同期の冷たい声が聞こえる。

「まずはこれを見てもらおうか。」

すると、目隠しが外される。

「えっ?」

驚きの光景が目に入る。

「なんで…。みんながここに…?」

そこには、見知った顔がたくさんいた。

僕の担当の子達や同期のチームのみんなチーム『フォース』のメンバーにアグネスデジタルと勢揃いだ。

 

「そんなもの決まっている。貴様の罪を裁くためだ。」

「罪だって!?僕は何もしていないけど?」

「オイオイ。そんなこと言われたら困るなぁ…?」

憎い声がする。その声の正体は…。

「川原…。」

「お前、俺のこと嗅ぎ回っては散々邪魔をしてくれたなぁ…?」

「因果応報だろ。」

「うるせぇ!!お前のせいで俺は……!」

どうやら逆恨みらしい。

 

「だが、お前はもう終わりだ。」

「はぁ……?」

「これから、お前を再起不能にするまでボコボコにするんだよ。とはいえ、俺は手を下さねぇ。俺は優しいからな…。」

川原は振り返り、みんなを指さす。

「お前を壊すのはコイツらだ!他でもない、自分の大切な仲間に壊されるんだよ!お前は!」

「なんだそれ。ふざけてるのか?」

「ふざけているのはどちらだろうな?おい、やれ。」

「はい。」

みんなは一斉に襲いかかろうと攻撃態勢に入る。

「ハハハハハっ!いくら身体が強いお前でも心が壊されるとどうなるんだろうなぁ?自衛官と言っても所詮は人間。二度と、日の目を見れないようにしてやるぜ!」

川原は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「さあ、素敵な悪夢の始まりだ。」




俗に言う、嫌われ展開ですね。

ここから主人公はどう学園のピンチを救うのか。お楽しみください。


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9話 雨はいつか止む。悪夢はいつか覚める

トレーナーのヒミツ⑧
実は、影響を受けやすい。

お疲れ様です。
9話目です。

あらすじ
川原により、好感度反転薬をばらまかれたトレセン学園。
ウマ娘は嫌悪感から学園のトレーナー、教職員達に危害を加える。
主人公のトレーナーも例外ではなく、シンボリルドルフをはじめとした担当に襲われる。

トレセン学園の危機にトレーナーはどう立ち向かうか?

暴力的なシーン有りですので、苦手な方は閲覧をお控えください。


「君達に最後に伝えたいことがある。」

幹部候補生学校の卒業式の日。

お世話になった付教官からの訓示だ。

 

「我々、陸上…いや、全自衛官にとって最も大切なことは何か?だ。何だと思う?」

 

「……はい!規律です!」

しばらくの沈黙の後、男性が手を挙げて答えた。

「そうだな。規律は大切だ。己や仲間を守ることにつながる。他には?」

「はい!体力です!」

同期の女性自衛官が答える。

「それも大切だな。身体は資本とも言うしな。他には?」

 

「はい!協調性です!」

僕はそう答える。

「ふむ。言うまでもなくそれも大切だ。しかし、私が言いたいのはそれではない。」

なかなか難しい質問である。

 

「私はこう思うのだ。一番大事なものは使命感だと。」

なるほど。と、一同はうなづく。

 

「使命感。自分の与えられた使命を全うするという心がけだな。我々は日々訓練を行い、災害派遣や防衛出動など命の危険を伴う任務に備えている。そして、この国のために戦っているという誇りを持って職務に当たっている。何でそうしているんだろうな?」

「はい!国の平和を守るためです!」

またも男性隊員が元気よく挙手をする。

 

「そうだな。正解だ。しかし、さらにもう一歩踏み込んだ答えをほしいところだな。」

「はい!国民が安心して暮らせるためにです!」

と僕は自信を持って答える。

「そうだな。彼らは、我々が守るべき者だ。」

付教官は大きくうなづいた後、僕達の方を見て言った。

 

「では、我々の使命は何だ?」

 

「はい!我が国の領土・領海・領空を脅かすものを排除することです!」

他の隊員が答える。

「その通りだ。だが、これまでの話を踏まえると、こう考えてほしい。」

 

付教官は一呼吸置いて、続ける。

「我々の使命とは、守るべきものを守るために闘うことだ。君達はみんなの盾となり、守り抜かなければならない。そのことを忘れないでほしい。」

「はい!」

僕たちは大きく返事をする。

 

「そして、もうひとつ、約束してほしい。」

 

僕達は息を飲む。

「時には、逃げたくなるときもあるだろう。それは仕方がない。逃げたら負けとは言わない。しかし、後ろに守るべき者がいるにもかかわらず、逃げてしまったら、どうなる?」

 

沈黙が続く。

「言うまでもなく、彼らは被害に遭う。最悪、死ぬかもしれない。だからこそ、そういう状況に出くわしたら、もはや立ち向かうしかない。文字通り、命を懸けてな。いいか?」

「はいっ!!」

僕らは力強く返事をした。

 

「何事もいつかは終わるのだ。止まない雨はない。覚めない悪夢はない。それを忘れないでほしい。」

 

 

夢を見た。

幹部候補生学校の時の夢だ。付教官の話は今でも心に残っている。

守るべきものを守る。それが僕の使命だ。使命を果たすまでは逃げない。

 

殴られたところが痛む。

身体はもう限界だ。それでも、心はまだ大丈夫だ。

「僕は絶対に折れたりしない…。ここで折れたら、悲しむのはみんなだ…。」

うわ言のようにつぶやく。

 

今の彼女達は、薬の影響で暴走しているだけだ。

それももうすぐ終わる。

薬の効果は明日の放課後には切れるはずだ。それまで持ちこたえれば良い。

「だから、あと少しだけ力を…。」

 

もしも、この状況下でウマ娘がトレーナーや教職員のみんなに手をかけてしまったら?

薬の効果が切れた彼女達は一生癒えないキズを負ってしまう。

そうならないために、暴走するウマ娘達から彼らを守る必要もある。

 

今、僕にできることはただ耐えること。

心が折れることは敵前逃亡に等しい。

 

好感度反転薬が散布されて2日目。

陽は昇る。

今日もまた朝が来る。そして、悪夢が始まる。

「目覚めたかな?では、今日も始めるとしよう。」

シンボリルドルフ達がやってきた。アグネスデジタルや『フォース』のメンバーも顔を揃えている。

手足を拘束される。

果てして、今日はどんなことをされるのだろうか。

 

「昨日はなかなか楽しかったよ。」

「…そうか。」

「今日も貴様が壊れるまで、ずっと付き合ってもらうからな。ライスシャワー。」

「はい。…お兄さまを傷つけた報いを受けてもらうね。」

「やめろっ……君のお兄さまはアイツじゃなっ……。」

バキッ!! 頬に強い衝撃を感じる。踏ん張りきれず、倒れる。

「お前こそ、ライスのお兄さまじゃない!」

「ぐふぅっ!?」

ライスシャワーは僕のみぞおちを踏みつける。

 

「ほら、早く立ってくださいまし!」

メジロマックイーンが僕の首を引っ張って無理やり立たせる。

僕は抵抗する気も起きず、されるがままである。

そのまま、ライスシャワーの方に向けて投げられる。

 

「カレンさん!」

「はい!」

「「せーのっ!!」」

ドカッ!!!

カレンチャンとライスシャワーの強烈な蹴りが同時にみぞおちに入る。

「うぐっ!!」

「「まだだよ!」」

ドスッ!ゴスッ!

痛みのあまり意識が飛びそうになるが、かろうじて保つ。

「これで終わり!」

「とどめ!」

ドゴッ!!!

2人同時の攻撃が炸裂する。内臓が破裂したかのような感覚に陥る。

血反吐をぶちまける。

 

「ごほっ……がはっ……。」

「どうだい?これがウマ娘の力だよ。ヒトなんてゴミクズ同然の存在だ。」

まだ終わりじゃないとシンボリルドルフを見つめる。

「何だ?まだやるつもりかい?強情な奴め。なら、もっと痛ぶってやろうじゃないか。」

「カイチョー。昨日から蹴って殴ってばっかりじゃん。これじゃコイツの心になんのダメージもないよー。」

「それもそうだな、テイオー。よし、ならば趣向を変えよう。」

「え?何か思いついたんですか?」

カレンチャンが尋ねる。

「ああ。」

 

何をするつもりだろうか?

「これを使う。」

シンボリルドルフが取り出したのは、黒い布切れであった。

「カイチョー、それ何に使うの?」

トウカイテイオーが興味深々に聞く。

 

「こう使うんだよ。」

その瞬間、視界を奪われた。そして、床に転がされる。

「では、始めよう。デジタル、しっかりカメラに収めてくれ。」

「了解であります!会長様!」

アグネスデジタルはビデオカメラで撮影を始める。

 

「では、まずはこれだ。」

上衣を無理やり脱がされる。

「うわぁ~!すご〜い!」

ファインモーションが興奮気味で話す。

「次はこっちだ。」

下衣を脱がされ、下着だけの姿にさせられる。

 

「惨めだね、ムシケラさん。」

「ホント、生きてて恥ずかしくないのかな〜。」

「対象からステータス『羞恥』を確認。」

「撮れてるか?」

「はい!バッチリですよ!」

では、とシンボリルドルフはカメラの前で宣言する。

「さあ、公開処刑の時間だ。ネットでコイツの醜態を晒してやる。」

さすがにこれはマズイ。

「やめろ……やめろっ!!。」

必死の懇願は虚しくも届かない。

 

すると、ゴールドシップが、

「カイチョーさんよ。コイツの部屋から良いモン見つけたぜ!」

とシンボリルドルフに声をかけた。

「ほう。これはコイツの89式ガスガンじゃないか。」

「そうだな。なあ、アイツを的にして楽しもうぜ!」

カシャ。

弾倉がはめられた音がする。

「そういうわけだ。楽しませてもらうぞ。」

カチリッと、引金を引く音が聞こえた。

 

痛みに備え、身体をこわばらせたが何も感じない。

「壊れてるじゃないか。」

「そうみてえだな。」

「失望落胆だ。しかし、目隠しして視界を奪っても、服を剥ぎ取って恥辱を与えても折れはしない…。」

そうだ。この程度で折れるわけにはいかない。

 

「ならば、オスとしての尊厳を壊すのはどうかな?」

悪魔の提案とも言える発言をしながら同期が入室する。

 

「どういうことですか?」

メジロマックイーンが尋ねる。

「言葉通りだよ。」

「同期さん!ボクもそれ賛成だよ!」

トウカイテイオーが手を挙げて賛同する。

「確かに悪くはない考えですが、どうするのですか?」

シンボリルドルフは賛同するものの、具体的に何をするかはわかっていないようだ。

 

「簡単だよ。」

そう言うと、彼女は目隠しを外し、僕の下着を脱がそうとする。

「や、やめろ!本当に!これだけはっ!!」

僕は必死に抵抗する。

しかし、ウマ娘相手に抵抗など無意味である。

 

「大人しくしろ!」

横っ腹を蹴られる。

「ぐっ……!」

そのまま、彼女の手が下腹部に触れようとすると…。

ガラッ。扉が開いた。

 

「そこまでです!」

 

そこに現れたのは……。

「たづなさん?」

「あなた達!トレーナーさんに何しているんですか!?」

「何って、見てわからないのですか?」

同期が呆れたように発言する。

「わかりますよ。だから、今すぐやめなさい!」

「それは出来ない相談ですね。」

「なら、力ずくでも辞めさせます。」

「例えたづなさんでも、ソイツを庇うのであれば容赦はしませんよ。」

「たづなさん!無茶です!相手はウマ娘です!それにこんな大勢じゃ分が悪過ぎます!」

「大丈夫ですよ。トレーナーさん。」

「心配はいりませんよ。」

桐生院さんも駆けつける。

「なぜなら、たづなさんは。」

「なぜなら、私は。」

 

「「強い。ですから!」」

 

 

その後、たづなさんは大勢のウマ娘相手に無双した。

その光景は言葉には言い表し難い。

「あの程度の薬に負かされるなんて、皆さんもまだまだトレーニングが足りませんね。」

何か言ってたような気がするが、あまり聞こえなかった。

 

川原がナイフを持って現れたとき、闘えたのでは?と思うまである。

「凶器がないとわかっているならこちらのものです。」

僕の頭の中を読み取ったかのようにたづなさんはつぶやく。

ちなみに、アグネスデジタルのカメラも破壊された。

 

「トレーナーさん無事…ではないですね。桐生院さん。彼をひとまず保健室に連れて行きましょう。」

「はい!」

たづなさんは僕を抱き抱える。

「待て!まだ、終わっていない。」

「これ以上何をするつもりですか?」

「そいつの心を折るまでだ。」

 

「無駄です。」

たづなさんは断言する。

 

「彼の心は鋼よりも固い。それに…。」

「それに?」

「彼は、私達が守ります。」

たづなさんのその顔はとても凛々しかった。

「トレーナーさん。もう、安心して下さいね。」

「ありがとうございます。助かりました。」

「いえ、当然のことをしたまでです。」

 

その後、僕は保健室に連れて行ってもらった。

着ていた65式作業服はボロボロになったので、部屋から戦闘服を持ってきてもらった。

作業服がPX品で良かった。

 

ちなみに、僕のケガの度合いは、勝手に学園に侵入した刺々美さん曰く、

「骨は折れてなく、打撲で済んだのが幸いね。貴方、ひょっとして人間辞めてる?」

とのこと。

 

その後、刺々美さんはたづなさんに連行された。

 

 

翌日。

今日で薬の効果が切れる日となる。

 

僕は理事長室に向かった。

たづなさんに関して気になることがあるからだ。

「トレーナー、入ります。」

どうぞ。とドアが開けられる。

理事長は不在で、代わりにたづなさんがいた。

しかし、いつも被っている帽子を被っていなかった。

そして、そこにはヒトにはないモノが生えていた。

 

「そうでしたか。やはりあなたは…。」

気になることとは、たづなさんはヒトではなくウマ娘ではないかということだ。

確信したのは昨日で、うすうす気づいてはいた。

ウマ娘大勢を相手に大立ち回りを演じ、それを制したのだ。

はっきり言って、ウマ娘でないのがおかしい。

 

「トレーナーさん。隠していたつもりはなかったのですが、すみません。そうです。実は……。」

そして、たづなさんは語りはじめた。

 

自分がウマ娘であること。しかし、今は訳あって普通の人間として生活していることを。かつては『パーフェクト』と呼ばれ、生涯無敗のウマ娘であったこと。実名はトキノミノルだということ。日本ダービーを最後に、脚を故障してレースの世界から引退したこと。そして、レースを走るウマ娘の力になりたいという夢があること。

 

「これが、私の全てです。」

衝撃だった。まさか、たづなさんがあの伝説のトキノミノルだということも。

でもそれ以上に嬉しかった。

僕がトレーナー資格を取ろうとしたきっかけの人に会えるだなんて。

 

「やっと…出会えた…。」

「トレーナーさん?」

「ずっと……会いたいと思っていました。あなたに……。」

「あのー?」

「嬉しいです…。また、あなたの姿を見れることに……。」

「……っ!」

「本当に……良かった……。」

「トレーナーさん……。」

僕は泣いた。

涙を止めることができなかった。

「あ…すみません。涙が……。」

「ふふっ。いいんですよ。」

たづなさんはハンカチを差し出す。

 

…しばらくすると涙が止まる。

「失礼しました。」

「いえ、構いませんよ。」

「たづなさん。このことは…。」

「はい。内緒でお願いします。」

「わかりました。」

「それと、トレーナーさん。」

「なんでしょうか?」

「これからも見守ります。いつもより少し近くで…。」

 

 

たづなさんと理事長室で話すこと数時間。

同僚のトレーナーから、校舎内でウマ娘が暴動を起こしていると連絡があった。

前よりも殺意マシマシで、このままだと、教職員室にカチコミに来そうだと。

 

おそらく、薬の効果は今が最高潮なのだろう。

このままでは、本当に死人が出る。

 

部屋を出ると、数人のウマ娘が暴れているのを確認する。

彼女達はこちらを認識すると、一気に襲いかかってくる。

 

アグネスタキオンからもらった錠剤を服用し、ウマ娘の猛攻をたづなさんと捌きながら教職員室を目指す。その道中、簡易的なバリケードも作っておいた。

 

到着。

たづなさんと共に教職員室に入る。みんな揃っているようだ。

「トレーナーさん!お身体は大丈夫ですか!?」

桐生院さんが駆け寄ってくる。

「はい。なんとか。」

「よかったぁ…。」

「心配かけてすいませんでした。」

「いえ、無事ならそれで良いんです。」

 

「隊長!もっと自分の体を大事にしなさい!桐生院ちゃんずっと心配してたんだからね!」

保健体育の女性教師に注意される。

「はい。以後気をつけます。」

「よろしい!」

 

しばらくすると、理事長が入室する。

「諸君!今日は集まってくれて感謝する。」

皆、一斉に姿勢を正す。

「では、本題に入ろう。この度のウマ娘の暴動についてだ。」

雰囲気が重くなる。

 

「この度、私は3日間だけならば大丈夫だろと事態を楽観視していた。しかし、その結果、負傷者が続出し…中には退職者も現れた。」

理事長は声を震わせながら話す。

「私の責任である。誠に申し訳ない。」

理事長は頭を下げる。

「理事長!顔を上げてください!」

桐生院さんが言う。

 

「しかし……。」

「確かにこれは理事長だけの責任ではねえな。」

「理事長は悪くありませんよ。」

「ですです!」

他の先生方も理事長を擁護する。

「ありがとう……。」

理事長はゆっくりと頭を上げる。

「生徒達が正気に戻るまで、力を合わせましょう!」

「そうだよ。」

先程の雰囲気はどこへやら。みんなの気持ちが1つになるのを感じた。

 

「まずは放課後まで生き延びる必要があるよなぁ?」

宮崎さんが確認するように言う。

「ワクワクしてきた…。」

下手すりゃ死ぬかもしれないのに能天気なことを言う小林さん。

「早くマヤちゃんに会いたいよ〜。」

「私もミークの様子が気になります。」

「俺もタイシンが不安だ!」

どんなことがあっても担当の子達は大切なのだ。

 

「ところで、隊長君。」

ベテラントレーナーが質問する。

「ここに来るまで何人のウマ娘を相手にしたんだ?」

「だいたい30人くらいですね。」

「そいつらはどうした?」

「全員無力化させました。」

「そうか…。」

少し引かれた。

 

「その人数だと、氷山の一角、先遣隊っぽいよなあ。」

宮崎さんは顎に手を当てながら呟く。

「まあ、あくまで推測だがな。本隊が出てくる可能性は考えられる。」

確かに、僕達に怨恨を抱き、殺意すらあるのに、たった30人で終わりなんてことはないだろう。

偵察のため、あるいは30人で事足りると思われたのだろうか。

 

それができなかったので、本隊で徹底的にたたきのめしに来るだろう。

「そうなると、かなり厄介ですよね……。」

「ああ。」

僕は考える。

このまま籠城戦を続けるべきか? それとも…。

様々な案が浮かぶ。

「たづなさん、現在、学園の敷地内にいる生徒の人数はわかりますか?」

相手の戦力がどれくらいかを把握するために知ってそうな人に聞いてみる。

「200人くらいでしょうか…。申し訳ありません。あまり把握できていません。」

「そうですか……。」

まあ、そうだろう。どうしたものか…。

 

「トレーナーさん、提案があるのですが……。」

桐生院さんが手を挙げる。

「何か良い案でも?」

「ウマ娘と取引を持ちかけるのはどうでしょう?」

「取引、ですか?」

「はい。彼女たちの要件を聞き出し、矛を収めさせるのです。」

「なるほど……。」

あの状態のウマ娘と取引をするのか…。

平和的ではあるが…。

「条件次第かもしれんな。」

中堅トレーナーが意見を言う。

「ウマ娘の条件とは?」

桐生院さんが尋ねる。

 

「例えば、理事長の身柄とかが考えられる。」

「驚愕ッ!それは困るぞ!」

当然、理事長は動揺する。

こちらとしても理事長がいなくなるのは困る。

「落ち着いてください。あくまでも可能性の話です!」

たづなさんがたしなめる。

 

「ウマ娘がこちらの要求を飲むとは限らないんですよね?」

他の若手トレーナーが中堅トレーナーに質問する。

確かに、平和的に解決はしたいが、それはこちらの要望が通ればの話だ。

そもそも、話し合いに応じてくれるかどうかだ。

「そうだな。」

「取引はリスクが高すぎますね。交渉の席にすらつけないかも知れません。」

日本史の男性教諭がそう結論づけた。

桐生院さんの意見は却下された。

 

一同は悩む。

「薬の効果が切れる放課後まで4時間あります。時間稼ぎのため、手荒くはなりますが、彼女達が攻めてきたら妨害行為を実施し、追い返しましょう。」

と提案してみる。

 

「賛成です。」

「私も同意致します。」

「私もです。」

「俺もだ。」

「同じく。」

「私も。」

僕の考えにみんな賛同してくれたようだ。

「決定ッ!具体的にどうするか、作戦会議を始めよう!」

「「「「「はい!」」」」」

理事長の鶴の一声で作戦会議を始めることにした。

 

 

一方、生徒会室。

「一体どういうことだ!?︎先遣隊は何している!」

「知るか!」

エアグルーヴとナリタブライアンが混乱している中、シンボリルドルフは冷静だった。

「落ち着きたまえ2人とも。」

「会長!」

「だが…。」

2人は未だに落ち着かない様子である。

 

そんな中、部屋の電話機が鳴った。

 

『生徒会室。こちら司令部。おくれ。』

声の主は同期の女性自衛官である。

シンボリルドルフが受話器をとる。

「こちら生徒会室。」

『状況を報告しろ。』

「現在、先遣隊を送り、報告を待っている。」

『了。連絡はあったか?おくれ。』

「なし。」

『了。先遣隊は壊滅したと判断。ただいまより本隊を出動させ、校舎を制圧せよ。』

薬の効果が切れるまであと、3時間。

 

嫌悪と憤怒、闘争心に身を委ねたウマ娘達はその力を以て、仇を排除せんとする。




好感度反転薬により、暴徒と化すウマ娘達。
しかし、トレーナー達もやられてばかりではありません。

彼女達に対してトレーナー達はどう対抗するのか。
続きをお待ちください。


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10話 トレセン学園での攻防 -前段作戦-

トレーナーのヒミツ⑨
実は、生き物に好かれやすい

気がつけば前回更新から約1ヶ月経っていました。

あらすじ
担当達に暴行されたトレーナーだったが、たづなさんの介入もあり、間一髪のところを助けられる。たづなさんの秘密を知り、それを共有したところで、ウマ娘が暴動を起こしていると知る。既に押し寄せていた生徒を制圧し、教職員室に向かったところ、理事長から負傷者や退職者も出たことを伝えられる。
一方、ウマ娘側はその力を以てをトレーナー達を排除せんとする。
トレセン学園の緊急事態にトレーナーはどう立ち向かうか。


教職員室。

現在、作戦会議が行われている。

その会議も煮詰まってきたところだ。

「…という作戦で彼女達を足止めします。ここまでは大丈夫ですか?」

みんなを見回す。

首を縦に振っているのを確認する。

 

「では、次に役割分担を決めましょう。まずは……。」

「ちょっと待て!」

老年のベテラントレーナーが手を挙げる。

「どうしましたか?」

「どうしたって、なんでお前が仕切ってるんだ?」

周囲がざわめく。

何を今更?と言った表情でベテラントレーナーを見る者が多数だ。

 

しかし、それを意に介さず彼は不平を言う。

「ここはトレセン学園だぞ!URA管轄だぞ!自衛隊じゃないんだぞ!」

「それはそうですが……。」

「別にいいじゃないか。」

宮崎さんがなだめようとするが聞く耳を持たない。

「部外者のお前は、俺らに指示する立場じゃないだろ!なんで指揮を執っているんだ!?」

確かに、僕はここでトレーナーをしているが、もとを正せば自衛官だ。

部外者であるのは間違いない。

彼は、そんな人間がトレセン学園の危機に対し、リーダーシップをとっているのが面白くないと感じているのだろう。

 

「だいたい幹部だか隊長だか知らんが、こんな若造が指揮を執るなんておかしいだろ!もっと経験のある人間の方が適任だと思うが!それに…!」

「そのへんにしとけ。」

ベテラントレーナーは宮崎さんの声に気づかずに続ける。

 

「人殺しの命令なんて聞けるか!」

 

ざわめいていた部屋が静寂に包まれる。

そして、僕はこの言葉に唖然とした。

「自衛隊はいつも俺らの金で人を殺す訓練やってるんだろ!?そんなところで働いてるヤツに従って闘えだと!?︎冗談じゃない!俺は降りるぞ!こんな命令聞け………。」

 

「いい加減にしろ!!!!!」

 

とうとう宮崎さんは怒鳴り声を上げた。

彼は椅子を蹴り飛ばし、ベテラントレーナーの前に立つと胸ぐらを掴んだ。

「聞いてりゃ、テメェふざけんなよ!誰のおかげでここにいられると思ってやがる!」

 

いつも温厚な宮崎さんの怒声を聞いた教職員達はざわつく。

それを気にせず、宮崎さんは話を続ける。

「俺達が被害に遭わないようにしてくれてるのも、万が一それで生徒達が後々悲しまないようにしてくれているのも、全部彼のおかげだろうが!それなのに何が人殺しだよ!文句ばっか言ってんじゃねぇぞコラァ!!」

宮崎さんはベテラントレーナーを突き飛ばす。

 

「それに自衛隊だってな、好きで人を殺す訓練をしているわけじゃねえ!!国民を守るために必死で汗水たらして努力してんだよ!!!それでも批判するのはテメェの勝手だ!だがな、テメェみたいなヤツを有事の際、命張って助けれるんは自衛隊だけだ!それだけは覚えとけ!!」

 

静まり返った会議室で宮崎さんは深呼吸をする。

そして周りを見て言った。

「すまなかった。熱くなって言いすぎた。」

宮崎さんは倒したイスを戻しながら席に戻る。

同時に、ベテラントレーナーもバツが悪そうにしながら席に戻った。

「落着ッ!トレーナー君、そのまま指揮を執ってくれたまえ。」

「ありがとうございます。理事長。では、役割分担について話を進めます。」

 

 

役割分担についての話は滞りなく終了した。数名にはバリケードを作りに行ってもらった。

「以上になりますが、質問はありますか?」

「一ついいかね?隊長。」

別のベテラントレーナーが挙手する。

「はい、どうぞ。」

「もし、作戦が失敗したらどうするんだい?」

「その場合、我々は撤退します。退却路は確保しています。」

「撤退はできるのかい?」

「はい。退却路は屋上になります。そして、ヘリを使います。」

「ヘリ?」

「はい。ヘリで脱出します。」

「ヘリか……。」

「はい。説明しますね。桐生院さんと理事長が、それぞれの家が所有するヘリを数機、用意してくれています。これを使って、脱出する予定です。」

両家の所有するヘリは10人は乗れるという。万が一の際は、それを数機調達するとの事。金持ってんな。

今思えば、最初からそうすれば良かったのかもしれない。

だが、ここのみんなが生徒達を放って逃げるとは到底思えない。

 

「俺は絶対に逃げない。」

「僕も…に、逃げるなら…こ、ここで人生を全うする…。」

現に、この話をしても、ここに留まるぞという声が多数聞こえる。

彼らの責任感や職への気持ちの強さは無駄にはしない。そして、見習うべきだ。

この局面を乗り切るために持てる力を尽くす。

心でそう誓った。

 

「もしもの時の話は以上です。他には?」

「はい!」

今度は若い女性トレーナーが手を挙げる。

「どうぞ。」

「どうして、私達をそんなに守ってくれるのですか?」

「どうして、ですか?」

「はい。どうしてそこまでしてくれるのか気になって……。その……。」

その答えは至ってシンプルだ。

「それが僕達、自衛隊だから。ですよ。」

「えっと…。どういう意味ですか?」

女性トレーナーは首をかしげた。

シンプル過ぎたかな?

「僕達は自衛官に任官した際に、宣誓をします。」

「宣誓…。」

「はい。服務の宣誓というものです。その中に、『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる』という文言があります。」

「それが何か関係があるのですか?」

「僕達は、国民の皆さんを守ることを責務としています。これを果たすため、自分の身を、ひいては、命さえ惜しまずに任務に当たります。全ては皆さんの信頼に応えるために。」

僕の言葉に、水野さんと宮崎さんが頷く。

対照的に、女性トレーナーはまだわからないといった顔をしている。

「えーと……。つまり、皆さんを守ることが僕達、自衛官のやるべきことで、僕は皆さんを守るために色々やってるわけです。」

「ふふっ。わかりました。ありがとうございます!」

最後は上手く締められなかったが、納得してくれたようだ。良かった。

 

「他にありませんか?」

手は挙がらなかった。

「では、これで終了します。」

全員、与えられた役割を再確認し、来るべき時に備え、準備に取りかかる。

「さてと……。」

僕は携帯端末を取り出し、とある人物に連絡を入れた。

「あぁ、僕だよ。例のモノはできてるかい?うん、そうか。仕事が早い。ありがとう。」

この例のモノが何かは後ほど伝えよう。

 

「隊長!ウマ娘の姿を確認!」

偵察の職員が報告する。

とうとう来たか。

「了解。総員、戦闘配置につけ。」

遂に闘いの火蓋が切られた。

 

 

三女神像前。そこにはウマ娘が集結していた。

「諸君。この度はよく集まってくれた。これより決起集会を行う。」

同期の女性自衛官が司会をする。

「シンボリルドルフ会長。頼んだ。」

「了解しました。」

 

シンボリルドルフは壇上に上がり、マイクを手に取り、話し始めた。

 

「諸君。我々は今日、大きな闘いをする。そこに敵がいるからだ。」

皇帝の演説を一同は見守る。

「敵の指揮官たる者は、卑劣無比。一筋縄ではいかない存在だ。現に、我々は彼奴に一杯食わされた。だが、今日は違う!」

 

彼女の声は次第に熱を帯びていく。

「今、この場には!一騎当千の強者である諸君らがいる!我らが一致団結すればどんな困難も乗り越えられる!そうだろう!?」

会場は歓声に包まれた。ウマ娘達のヤる気は絶好調となった。。

「我らはこの闘いを制し、平穏を勝ち取るのだ!!」

「「「「「おぉー!!!」」」」」

全員が拳を突き上げ、雄叫びを上げた。

薬の効果が切れるまで残り2時間。

 

 

場所は変わって、トレセン学園校舎3階教室。ここを作戦本部としている。

作戦本部長は秋川理事長。作戦を続けるか否かの決定権を持つ。

 

僕は指揮官として全体の指揮にあたる。

幕僚は、たづなさん、桐生院さん、宮崎さん、そして、ファインモーションのSP隊長が務める。

SP隊長は薬の効果が出たものの、数時間で克服したらしい。

主のファインモーションを別の場所に隔離した後、こちらに来てくれた。

 

4コ中隊を編成し、各中隊に偵察と通信を置いている。

1中隊は1階を2中隊は2階と3階への階段の防衛を任務とする。

3中隊は3階の防衛。

4中隊は、作戦本部の防衛と偵察・通信、そして、負傷者の衛生を担当している。

なんで中隊単位なの?とか、陸自の実際の編成とは違うのでは?と思うだろうが、便宜上、こうさせてもらった。

 

外がやけに騒々しい。耳を澄ますと、おぉー!!!というウマ娘達の雄叫びが聞こえた。

気になって、窓からそっと覗いてみると、明らかに異常な雰囲気を放っているウマ娘達が確認できた。

「まずいですね…。」

決起集会が終わり、こちらに向かってくる。数はおよそ300か。

士気・統率が非常に高い水準にある。

「おいおい、隊長。あれだけ見ると第1空挺団とタメを張れるよ。彼我の戦力差が違いすぎる。」

元空挺レンジャーの宮崎さんが言うから間違いない。

「えぇ。正直言って、これだけ見れば勝てる見込みは薄いですね……。」

「どうするんだい?」

「実力はまだわかりません。まずは当初の通り行くしかないでしょう。」

「了解。」

 

1つ目の作戦はこうだ。

入口と1階にかけて大量のビー玉をばら撒く。

事後、煙幕を焚き、進撃を止める。

ウマ娘のスピードを逆手に取り、出鼻をくじければ良し。

「1中隊。こちら作戦本部。おくれ。」

『こちら1中隊。おくれ。』

「まもなく、ウマ娘が来る。作戦を開始せよ。」

『了解。』

1中隊は頃合を見計らってビー玉を撒く。

『作戦本部。こちら1中隊。おくれ。』

「こちら作戦本部。おくれ。」

『ビー玉、撒き終わりました。』

「了解。煙幕を撒いた後、所定の防火扉を閉め、バリケードを構築し、直ちに屋上まで退避せよ。」

『了解。』

煙幕が撒かれる前に、ウマ娘達が1階に突入する。

しかし、

「…っ!みんな!止まって!」

ビー玉に気づかず、先頭は皆ビー玉の餌食となる。

「うああぁぁぁ!!止まれなぁぁあいぃぃ!!!」

ブレーキが効かず、壁に激突する者が多数。

続いて。

「煙幕撒けぇええ!!」

「ひいいぃぃぃい!!」

「うわああああぁぁぁぁ!!」

「撤退!」

煙で視界も奪われ、ウマ娘達はパニックに陥る。後続も巻き込まれる。

彼女達は出鼻をくじかれた。

「お前達!大丈夫か!?」

リーダーのエアグルーヴが声をかける。

「はい!ですが……!」

「落ち着け。我々がついてる。さぁ、立て直せ!」

「「はいっ!」」

 

視界が悪い中、再び、ウマ娘達が突入してくる。

 

『作戦本部。こちら1中隊。おくれ。』

「こちら作戦本部。おくれ。」

『1階、突破されそうです。まもなくこちらにきます。』

「了解。2中隊に引き継ぐ。そのまま撤退せよ。」

『了解。』

 

1中隊との連絡を終え、次いで、2中隊に連絡を繋ぐ。

「2中隊、こちら作戦本部。ウマ娘の姿が見え次第、作戦を実行せよ。」

『了解。』

2中隊の作戦は爆竹及びフラッシュバンを使用し、足止めする。

音と光で視聴覚を奪い、混乱を引き起こす。

 

「よし、準備は良いか?……今だっ!」

一斉に火のついた爆竹を投げ込む。

パンッ!パンッ!と大きな破裂音が響く。

「きゃあああああ!!」

「耳が!」

「助けてぇえぇ!!」

「落ち着け!お前達。これはただの爆竹だ。耳をふざけ!」

 

同時に、フラッシュバンも投げ込まれる。ピカッと光を放つ。

ウマ娘に考慮したためか、フラッシュバンにしては光は強くはないが彼女達を混乱させるには事足りる。

「うぅ…………。」

「あぁぁ……」

「目が……。」

効果は絶大だった。

さらに投げ込み、混乱させる。

「くっ、まだあるのか…。無策で突入するのはさすがに無謀だったな…。撤退だ!態勢を立て直すぞ!」

「はい!」

エアグルーヴ率いる集団は去っていった。

 

一方その頃…。

 

「おいおい。こんなに激しくしたらさすがに警察沙汰だろ。マスコミも黙っちゃいねぇぜ。しかし…。」

薬の効果から回復していたゴールドシップは校舎1階に足を踏み入れ、その場にしゃがみ込む。

「ふーん。こんなもの使うんだ。」

ゴールドシップはビー玉を手に持つ。

「こんな面白いこと考えるのはアイツしかいねえよな。」

ゴールドシップは二カリと笑う。

「待ってろよ。トレピッピ。今、助けてやるからな。」

 

 

エアグルーヴ達が撤退した頃には既に20分経っていた。薬が切れるまで残り100分。幸先は良い。

しかし、気を抜いてられない。そんなことを考えていると。

『こちら2中隊!爆竹、フラッシュバンに不備あり!手持ちももうありません!』

物品の不具合が発生した。彼らの出番はここまでのようだ。

「作戦本部、了解。物品を全て回収して屋上まで撤退せよ。バリケードの設置も忘れずに。」

『了解。』

ふぅ…とため息をつく。

 

「これは非常に厳しい状況ではないですか?」

桐生院さんが心配する。

「確かに、想定より早くこちらに来そうですね…。」

たづなさんも少し焦りを見せている。

「予定調和に行く方が珍しいものです。それは向こうにも言えます。しかし、今の状況はいささかこちらに不利でしょう。何か、秘策があれば…。」

SP隊長は冷静に分析している。

ふむ、秘策か。

「秘策なら、あります。」

僕がそう言うと、扉が開く。

「失礼するよ。」

アグネスタキオンが入ってくる。

ちょうど良いタイミングだ。

「例のモノを持ってきたよ。トレーナー君。」

ガスボンベと拳銃のようなものが渡される。

「何だこれ?」

宮崎さんは尋ねる。

「催眠ガスと麻酔銃さ。」

アグネスタキオンは平然と答える。

 

「なんでそんなものがあるんですか!?」

桐生院さんが驚いている。

「トレーナー君にみんなの護身用に作ることはできないかと言われてね。まさかここで使うことになるとは思わなかったが…。」

アグネスタキオンは持っているだけの催眠ガスと麻酔銃を机に並べた。

「急ピッチで作ったから、この量しかない。検証もできてないから彼女達に効くかどうかはわからない。」

「それでもないよりマシさ。ありがとう。」

お礼の言葉を述べると、アグネスタキオンは誇らしそうに胸を張った。

 

「問題はこれをいつ使うかだ。」

宮崎さんが言う。

「確かにそうですね。ぜひとも、切り札として取っておきたいところではありますね。」

使い時を考えていると、通信機から声が聞こえた。

『作戦本部、こ、こちら3中隊!』

声に動揺が伺える。

「こちら作戦本部。おくれ。」

『さ、先程よりも大勢のウマ娘が押し寄せております!ここに来るのも時間の問題です。増援を!』

「了解。屋上に撤退しているものを何名か増援に充てます。」

『了解!ありがとうございます!』

「どうやら思った以上に事態は深刻なようですね。」

「そうですね。2階を突破されるのも時間の問題でしょう。1、2中隊。こちら作戦本部。追加の任務を頼みます。作戦本部まで。」

『『了解。』』

 

 

生徒会室。

今、ここはウマ娘側の司令部になっている。

 

エアグルーヴ達が撤退したと聞き、同期の女性自衛官は苛立ちを露わにする。

「情けない。ヒト如きに負けてしまうとは…。そんな指揮を執った自分が本当に情けない…。」

ウマ娘がヒトに負けた。その事実が彼女にとって屈辱だった。

彼女は若干、レイシストのきらいがある。それが薬の効果により表面化している。

「トレーナー。お気になさらないでください。これは私の責任でもあります。」

エアグルーヴが慰める。

「ありがとう。君は本当に優しい子だな。」

彼女の顔は笑顔だったがどこか寂しげだった。

 

「諸君。作戦変更だ!一気に攻め落としてやるぞ!ブライアンとヒシアマの隊は出撃の準備をしろ!」

同期は状況を打開すべく、指示する。

「「はっ!」」

ナリタブライアンとヒシアマゾンが部屋を出ていく。

 

「私も準備があるからこれで失礼するよ。」

「お待ちください。報告があります。」

シンボリルドルフが入ってくる。

「ウマ娘の過半数が戦意を失っております。」

「なんだと?どういうことだ?」

彼女は眉間にしわを寄せた。

 

「これまで自分を育ててくれたトレーナーや教職員達を傷つけることなどできないとのこと。」

「そんなもの、一時の迷いだ!」

「さっきまでトレーナー達が憎かった。なのに、気がついたらトレーナー達を手にかけようとしていた。自分のやっていることが全く理解できないと泣いているものもいます。」

 

それは戦力の喪失を意味する。

ウマ娘の力と数で闘う作戦を採ったがゆえに、ダメージは大きい。

「くそっ!一体どうすればいいんだ。」

「今は、動けるものでなんとかするしかありません。」

「…そうだな。」

シンボリルドルフの言葉を聞き、渋々承諾した。

トレセン学園校舎を見据える。

そこにいるはずの男を想起しながら。

「この闘いをもって、指揮官としてお前より優れてると証明してやる…。絶対に負けない……。」

「同期トレーナー?」

「なんでもない。行こう。」

2人は広場に向かって歩き出す。

薬の効果が切れるまで、残り90分。

 

 

「バクシンバクシンバクシーーン!!」

「なんだろう、廊下をバクシンするのやめてもらっていいですか?」

サクラバクシンオーが飛び込んでくる。そしてそのままの勢いで壁に激突する。

「大丈夫?」

サクラバクシンオーのトレーナーの西村が心配する。

「はい!問題ありませーん!」

「それならよかった。」

「私が言うのもあれですが、トレーナーさんはもう少し厳しくなった方が良いですよ。」

「そう?でもそれって、あなたの感想ですよね?」

「はい!では、行ってまいります!」

「はい、頑張ってくださーい。」

「バクシーン!!!」

再び叫びながら走り去って行った。

 

「こんな時に何漫才してるんだ?」

水野トレーナーがツッコむ。

今まさに、ウマ娘の大軍が押し寄せていた。

「僕、担当というか、愛バというか、バクちゃんというか、彼女と他愛のないやり取りするのが幸せなんすよね。」

「気持ちはわかる気がする。それより、あいつらがきた。いくぞ。」

「は〜い。」

防護マスクを装着し、グレネードを構える。

「投擲手。目標、正面のウマ娘の足元。投擲用意。ピン抜け……投げ!」

一斉にスモークグレネードが投げられる。

「撤退するぞ!催涙弾!」

煙幕に混じって、催涙弾も投げられる。

ウマ娘達の悲鳴が上がる。

「今のうちに逃げるぞ!」

「は〜い。」

ウマ娘達を煙幕で足止めしているうちに、その場から脱出する。

「1、2中隊、俺たちは撤退する。後は頼んだ。」

「了解。」

『1、2中隊、こちら4中隊偵察。ナリタブライアンが率いるウマ娘達は未だ前進を継続している。警戒を厳とせよ。』

「了解!」

 

一方、作戦本部では…。

 

「ですから、より脅威度の高いシンボリルドルフさん達に対して催眠ガスと麻酔銃を使うべきです!」

「ですが、ナリタブライアンさん達を食い止めなければ私達の負けです。」

桐生院さんとたづなさんが議論していた。

「トレーナー様。このままでは、埒が明きません。」

「決断ッ!トレーナー君、君次第だ!」

「そうだ隊長。君が決めてやれ。」

「そうですね。」

2人の討論に終止符を打とうとした時、扉が開く。

「おっと、その必要はねえぜ!アタシに任せときな!」

扉を開いて現れたのは…。

「ゴ、ゴルシっ!?」

たづなさんが庇うように僕達の前に出る。

「安心しろって…。もう敵じゃねぇよ。」

ゴールドシップは申し訳なさそうな顔をして言う。

「そうと言いきれる根拠はあるんですか?」

「あるさ。」

彼女はニヤリと笑った。

 

すると、彼女は僕に近づき、そして、抱きしめた。

 

「えっ?ちょっ!?ゴルシ?」

「ほら、これでいいか?」

「…わかりました。」

たづなさんは納得したようだ。

僕は顔を真っ赤にして抗議する。

「はなして。」

「いいじゃんか〜減るもんじゃないし〜。あー!ドキドキしてるぅ〜!!」

抱きしめる力が強くなってくる。

彼女は自分の耳を僕の胸に当てて、反応を楽しんでいる。

「今はそれどころじゃないんだ。」

「はいはい。」

渋々と言った感じで放してくれた。

 

「それで、なぜここに来たんだ?」

「もちろん、愛しのトレピッピを助けるためだ。ブライアン達はアタシに任せろ!」

「助かるよ。でも、無理だけはするな。」

「わかってるさ!」

ゴールドシップは颯爽と部屋を出ていった。

「ヘヘッ。ゴルシちゃんのビックリドッキリアイテムが火を噴くぜ。」

 

 

ウマ娘達の喧騒が聴こえる。

「クソっ、煙が邪魔だな…。」

「アイツら、やってくれたな…!」

ヒシアマゾンとナリタブライアンが立ち尽くしている。

『ウマ娘諸君らに告ぐ。今すぐそこから立ち去らなければ諸君らはきっと後悔することになるだろう。大人しく帰りやがれ!』

ゴールドシップが拡声器で呼びかける。

「「誰が帰るか!」」

『HAHAHAHAHAHA!そうかそうか。では、このゴルシちゃん特製のフルコースを楽しむというのかね?では、見せてあげよう!ラピ○タの雷を!』

ゴールドシップは謎装置を取り出し、ニヤつく。

『さあ、素敵なパーティしましょ!』




次話の投稿はなるべく早くします。


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11話 トレセン学園での攻防 ー後段作戦ー

トレーナーのヒミツ⑩
実は、かなりの足フェチ。

あらすじ
力による敵の排除を試みるウマ娘とそれに徹底抗戦するトレーナー率いる教職員陣の闘いが幕を開ける。人海戦術で真正面に突入を仕掛けるウマ娘に対し、煙幕やフラッシュバン等を駆使して対抗する教職員達。
お互いが予定調和にいかない中、トレーナーの秘策、アグネスタキオン製の睡眠薬及び麻酔銃が届く。さらには、薬の効果がきれたゴールドシップが加勢にくる。…謎装置を携えて。
ゴルシちゃんのビックリドッキリアイテムとは一体何なのだろうか。


天から雷撃が降り注ぎ、地を揺るがす程の轟音が響きわたる。

落雷とともに暴風が吹き荒れ、周囲のウマ娘達を吹き飛ばした。

「うわぁぁぁああ!!!???」

「ハッハッ!見ろ、ゴミのようだ!」

吹き飛んだウマ娘の様子を見て、同じウマ娘であるゴールドシップは哄笑する。彼女のビックリドッキリアイテムはこれで終わりではない。

「ゴルシちゃんスイッチ『か』!」

ゴールドシップがボタンを押すと、カブトムシとクワガタのロボットのようなものがたくさん、飛び出してきた。

「うおおお!?」

「わあああ!?」

「なにこれ!!」

「はっはっは! 今週のビックリドッキリメカだぜーー!!」

突如として出てきたカブト・クワガタロボットもどき達に翻弄される。

「チャージ3回!フリーエントリー!ノーオプションバトル!」

「なにそれええええええ!!!?」

「カブトボ○グだ!行くぜ!レッドアウト・ゴールデンマキシマム・バーニング!!」

謎メーターが浮かび上がった途端、速度上げ、突進して行く。

カブトボー○の集団に翻弄され、周りのウマ娘がみんな転倒していく。

「まだまだいくぜ!ゴルシちゃんスイッチ『き』」

カ○トボークが集合し、巨大な壁になった。そして、そのままウマ娘の集団に倒れ込む。

「いゃあああ!!潰れちゃうよおおお!!!」

「助けてぇぇ!!」

「ハッハッハッハッハー!!お次は、『く』だ!」

今度はラジコンカーの車列が現れた。

「なんだあれ?」

車はナリタブライアン達の手前で停止する。すると、ピピピッと音がし始めた。

「判決〜。地獄行きぃ〜〜。」

ゴールドシップは琵琶をジャカジャカと鳴らす。

ピーー…。

「…ん?この音は…。」

「爆発する気だ!」

「逃げろぉぉ!!!」

そう言って、全員がその場から離れる。

その間、ドォンッ!!という爆発音が数回鳴り響いた。

「ヘッ、汚ねえ花火だ。」

爆発により、教室の一角が吹き飛んでしまった。

「やべぇ…やりすぎたかも……。」

さすがのゴールドシップも冷や汗をかいていた。

「でも、アイツら逃げてったな。残りの2つはどうするか……。うん。次に取っておくか!」

そう言って、スイッチをポケットの中へと入れた。

「んじゃ、トレーナーのところにもどるか!」

 

 

ナリタブライアンとヒシアマゾン達はあの爆発から何とか逃げることができた。

「ハァハァ…。アイツ、ムチャクチャしやがる…。殺す気か…。」

「もうヤダ。行きたくない…。」

2人は地面に倒れ込む。

「2人とも、帰ってきたのか…。」

シンボリルドルフが現れる。

「私達はとんでもないヤツらに喧嘩を売ってしまったようだ…。」

「もうアタシらの気力はゼロだ。」

先ほどのゴルシちゃんスイッチに2人は辟易した。そして、泥のように寝てしまった。

「ふむ。そうか…。2人とも、あとは私に任せろ。」

そう言うと、彼女は三女神像の前へと進み出る。

 

「我が隊及びまだ戦意のある者は集まれ!」

 

彼女が叫ぶと、すぐにウマ娘が集まった。

その中には、先程の爆発に巻き込まれそうになった者も居る。

「よく集まってくれた。まずは礼を言いたい。ありがとう。」

群衆がざわめく。

「我々は今、窮地に立たされている。やはり、相手は思ったより手強い。君達の中には、それを実感したものもいるだろう。しかし!」

皆、皇帝の言葉に耳を傾ける。

その表情は真剣そのものだ。

「負けるわけにはいかない!我々が果たすべき目標を果たす!そのために闘う!勝つために闘う!だから、立ち上がれ!今一度、闘志を燃やせ!今こそが、我々の力を見せつける時だ!さあ、行くぞ!」

ウオオオオッ!!!と声が上がる。

士気は再び、最高潮に達した。

同期の女性自衛官が前に出る。

 

「これより我々は、『トレセン解放軍』と名乗る!我らに平穏を!勝利を!総員、出撃の準備をしろ!」

「「「「「了解!!」」」」」

薬の効果が切れるまで残り、30分。

 

 

「『トレセン解放軍』だって?なかなか面白い名前つけたんじゃあないか?」

宮崎さんは笑みを浮かべる。

「ただ、今までとは明らかに雰囲気が違いますね。お遊びはここまでといったところでしょうか。」

桐生院さんがそう言った瞬間だった。

突然、後ろの方からガラスが割れる音が聞こえた。振り返ると石が投げられていた。

「ついに道具を使ってきましたか。見るからに彼女達は武装してこちらに来るようですね。」

たづなさんが分析する。

丸腰だったこれまでとは違い、メットや鈍器が確認できる。

一昔前の安保闘争を連想させる。

「心配は無用ッ!トレーナー君。作戦を続けたまえ!」

理事長は『続行』と書かれた扇子広げる。

「了解です。4中隊!続く投擲物に注意!」

「了解!」

4中隊は盾を持ち、窓側につく。

「こちらも編成を変えます。こちら作戦本部。全中隊に達する!」

全中隊から返事がくる。

「相手は戦力を統合し、トレセン解放軍と名乗り、こちらに向かっている。武装しているのを確認した。これに対抗するため、こちらも部隊を統合する。」

『『了解。』』

「統合後、名前は『トレセン自衛隊』と名を改める。任務は作戦本部周辺の防衛。速やかにこちらまで。」

『『了解。』』

こちらも、トレセン解放軍に対抗すべく名前と編成を見直す。

 

こっちも面白い名前をつけたなと宮崎さんは嬉しそうだ。

……この状態を楽しめるのは化け物すぎるだろう。

さておき、再集合後は、残りのアグネスタキオン特製の催眠ガスや爆竹、スモークグレネードなど物資も渡す。

「諸君。君達のウマ娘に対する情熱は本物だ。その熱意で彼女達を正気に戻させてほしい。」

理事長が皆に言葉をかける。

「「「「「了解!!!!!」」」」」

 

 

トレセン解放軍VSトレセン自衛隊の闘いは作戦本部への連続した投石により幕を開けた。

こちらはバリケードを再度築き、防御に徹していた。トレーナー陣と用務員方の仕事の早さにより、襲撃前には間に合った。

一方、シンボリルドルフ率いる解放軍は正面からの突撃を試みたが、ゴルシちゃんスイッチによる迎撃を受け、足止めを食らっていた。

校舎1階、目の前には軽戦車が。

「なんで学園に戦車があるんだ……?」

エアグルーヴが当然の疑問を口にする。

「だってアタシのだし。」

「貴様の仕業かっ!規律はどうなってんだ規律は!」

「これもエ○ンの賜物だな。」

「意味がわからん!」

「なら、その身体に教えてやるぜ!野郎ども!やっちまいな!」

「特殊武器投下!」

アグネスタキオンの催眠ガスが充満する。

「ふわぁ〜〜…。」

「眠い……。」

ものの5分で解放軍の4分の1が戦闘不能になった。

「フフフッ。薬に耐性のあるウマ娘相手にこの効果とは…いやはや、私の才能が恐ろしいよ。」

「自画自賛は後にしてくれ!来るぞ!」

ゴールドシップがたしなめる。

 

「いけぇえ!」

残りのウマ娘達が突撃を続けるものの、急に足が止まる。

「なんだよこれ……動けねぇ……。」

「どうなって……?」

「安心したまえ。これは、私の開発した特製麻酔銃だよ。少し大人しくしてもらうよ。」

アグネスタキオンの麻酔銃班が迎え撃つ。

「くそぉおお!」

「君達に恨みはないが、これも仕事なのでね。悪く思わないでくれたまえ。」

こうして、解放軍を無力化していく。しかし、長くは持たなかった。

 

「持ってきた催眠ガスが切れた!」

「麻酔銃の弾も底を尽いた!」

「今だ!行け!エルコンドルパサー!カワカミ!」

「「はいッ!!!」」

2人のウマ娘の拳によって、戦車が破壊されていく。

「こいつらのパワーヤバすぎだろ!クソっ、ハリボテ軽戦車はダメだったか…。」

ゴールドシップが嘆く。

「あれ、ハリボテですの!?」

メジロマックイーンが驚くなか、2人のウマ娘の手によって戦車は瞬く間に破壊された。

 

同時刻。

ヒトとウマ娘の闘争を眺めているものが1人。

「クククッ…。いいぞ、バカなヤツらめ…。もっと潰しあえ。」

川原だった。

「たかがクスリでこんなになるとはな。そんで、アイツらを焚き付けたらこのザマだ。これでトレセン学園も終わりだ。あぁ、いい気味だ。」

川原は高笑いをする。

すると、川原の携帯に電話がかかる。

「同期か。ああ、そうだ。ヤツを捕まえたら俺のところに連れてこい。」

電話を切る。

「これで俺の復讐は果たされる…。首を洗って待っていろ。トレーナー。お前だけはこの手で殺してやる!」

 

場所を戻して、校舎では。

「まずいな。一旦撤退だ!」

ゴールドシップ達は撤退する。

「ふぅー。なんとかなったみたいですわ!」

「一時はどうなるかと思ったデース。」

「いいぞ、みんな!そのまま進め!」

ウマ娘達は2階へと進む。

2階はビー玉やネット、カブト〇ーグが散乱している。

「何ですか?ここは?」

「危ない!」

「へ?」

あるウマ娘が落とし罠に引っかかる。

その瞬間、トラップが作動した。

「イヤャアァア!」

「大丈夫か!」

○ブトボーグと本物の昆虫が飛び交った!

同時に、またゴールドシップが現れた。

「ゴルシちゃんスイッチ『こ』は昆虫だ!コテンパンでもいいかもな!まぁ、いいや。総員!放水用意!…放水始め!」

昆虫が飛び去ると、ゴールドシップの指揮で、消火栓のホースから放水される。

「キャァア!」

「ウワァア!」

水圧に耐えきれず、集団は後退する。

「やばいよ!このままじゃ前に進めない!」

「気にするな。進め!」

シンボリルドルフの号令により、グラスワンダーとエイシンフラッシュ、タイキシャトルが突撃する。

「参ります!」

「人間がウマ娘に適うわけありません!」

「ウチコワシデース!」

薙刀でネットを切り、レイピアとリボルバーでカブトボー○を破壊する。

「ラ、ライスも!」

ライスシャワーは短剣でネットを切る。

「そう来ると思ったぜ。放て!」

放水がまた開始される。

4人は水圧に押し流され、得物を手放してしまった。

「やべっ。ホースから水が出なくなった。」

「仕方ねえ。俺たちはここで退散だな!さらばだ!」

薬が切れるまで、残り15分。解放軍は眠らされたもの以外は無事だ。

「フフフッ。最初は出鼻をくじかれたが、決着の時は近い。一気呵成に攻めるぞ!」

シンボリルドルフが鼓舞する。

 

 

「隊長!ウマ娘がこちらに来ます!」

偵察から報告を受ける。

「増援をさらに回します。放課後の時間まで15分の辛抱です。」

「了解しました!」

偵察は持ち場に戻る。

「約数名。薬の効果が切れたのか、撤退していってますよ。これはいけるのでは?」

4中隊偵察の小林さんが言う。

相手の戦力も減っているようだ。

しかし…。

「隊長!水野トレーナーがウマ娘にやられました!」

「すまねえ、隊長…。」

「同じく、西村トレーナーも被害に!」

「いつの間にかやられた自分に驚いたんだよね。」

数名、こちらに被害が出始めた。

「そうですか。衛生、キズの手当を。」

「了解です!」

その時だった。

「隊長、大変です!」

「今度はどうしましたか!?」

「2階の最後の防護壁が突破寸前です!まもなく、来ます!」

「わかりました。」

「いよいよだな。」

「そうですね。みなさんも準備をお願いします。」

「トレーナー。オメェの89式だ。護身用に持っとけ。ガスと弾は装填してるから使えるぞ。動作も正常だ。」

「ありがとう。ゴルシ。」

愛銃を手渡される。思うと、あの時にシンボリルドルフに渡された89式はガスを入れてなかったのだろう。だから、弾が出なかった。

ゴールドシップはあの時には薬の効果がきれていたのだろう。

さておき、手渡された愛銃の負い紐を緩め、肩にかける。本来守るべき、大切な生徒に銃を向けることはしないが、盾にはなってくれるだろう。

弾倉は左胸ポケットに入れておく。

「それじゃ、アタシはアイツらを止めてくる。この、トムキャット○ッドビートルでな!」

そう言うと、ゴールドシップは○ブトボーグを取り出し、出ていった。

…カブトムシというよりクワガタのような見た目だが、気にしないでおこう。

『敵襲!迎え撃て!』

廊下が騒然とする。

決戦の時だ。

 

同時刻。

3階への階段はどれも粘着マットが敷いてあった。

前にいた者は全てその餌食になった。

「ルドルフ会長!身動き取れません!」

「そうか…。ならば、後続の者は粘着マットに捕らわれているものを踏み越え、バリケードを破壊しろ!」

「会長!」

「すまない…。許してくれ。」

後続メンバーが次々と乗り越え破壊していく。

そして、3階にたどり着く。

「敵襲!」

教員が叫ぶ。

「総員!突撃せよ!」

「「「うぉおお!」」」

ウマ娘の群れが突っ込んでくる。

「くっ!なんてパワーだ!」

ウマ娘達の突進や鈍器での打撃を盾で受け止める。

「チャージイン!」

ゴールドシップが例のアレを投げる。

「こんなもの!」

メジロマックイーンが踏み割る。

「あぁ…!アタシのト○キャットレッドビートル…。」

「絶対違いますわ!」

「マックイーン!遊んでないで行くよ!」

「デジたんは皆さんの盾になりますぅ〜う!ウマ娘ちゃん達のためなら本望でしゅ!」

顔馴染みのメンバーもなだれ込む。

「っ!前方に飛来物を確認!これは…皆さん!」

ミホノブルボンが警告する。投げられた者は催涙ガスにフラッシュバンだった。

「閃光弾と催涙ガスだ!目を塞げ!」

「うぅ…目が!」

視界はゼロになる。

「今だ!制圧しろ!」

「「了解!!」」

トレーナー達は制圧しにかかる。

ウマ娘達もそれに抵抗する。

「クソっやられた!」

「こちらも負傷者が!」

応戦の末、お互いに負傷者が続出する。

「私、なんでこんなことを…。トレーナぁー…。」

「トレーナーさん。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイゴメンナサイ。」

ウマ娘達も薬の効果が切れたものが続出する。

まさに阿鼻叫喚。

 

 

薬の効果が切れるまで、残り10分。

こちら側で動ける者はわずかとなった。

「隊長。こちらに残された人員はもはや15くらいだ。」

「対して、あちら側は50名くらいです。」

「トレーナーさん。こちらに勝ち目はあるのでしょうか?」

「トレーナー君。苦しいだろうが…。」

「わかっています。だが、僕達は最後まで戦うしかない。」

「同意ッ!ここまで来た以上、耐えしのぐべきだ。」

 

理事長が作戦続行を判断したその時だった。

 

「隊長!最終防衛ラインが持ちそうにありません!」

「こちらの備品も全て尽きてしまいました!」

戦況報告が作戦本部に舞い降りた。

我の状況は不利である。

不覚。だが、やむを得ない。

「……そうですか。ご報告ありがとうございます。」

覚悟を決めて立ち上がる。

「僕が最後の砦として、皆さんを守ります。どうか、屋上に逃げてください。事後の指揮は宮崎さん。頼みます。」

戦闘服を着直す。

「無理だ隊長。君も一緒に逃げろ。」

「それこそ無理な頼みです。宮崎さん。この身を盾にしてまでも、皆さんを守らなければならないのです。」

 

「こんの、バカヤローー!!」

 

ゴールドシップに殴り飛ばされる。

床を転がり壁に激突する。

「ゴルシ!どういうつもりだ!」

「そんなことしたらアタシが許さねぇぞ!仮にアンタの自己犠牲で皆が助かったとして、誰が喜ぶ?誰も喜ばねえよ!アンタを助けれなかったこと、ぜってぇ後悔する!」

「しかし、このままでは……!」

「それは違うぞ隊長。なぜなら俺たちは闘えるからな。」

「この学園のトレーナー達はヤワではないことを教えてやるぜ!」

「起死回生と参りましょう。」

「みなさん…。」

「立てよ、トレーナー。アタシ達がついてるぜ。」

「カッコつけずにたまには私達を頼りたまえ。トレーナー君。」

「ゴルシ…タキオン…。」

「さあ、命令を。」

僕は立ち上がり命令を出す。

「これが最後の作戦です。我々の総力を持って迎え撃ちましょう。」

「「「「「了解!!!!!」」」」」

 

 

トレセン解放軍は最後の防護壁を破壊すべく奮闘している。薬の効果が切れ、50人いたところがその半分となっていた。そのうちのほとんどはご存知の顔ぶれだ。

「後は正面突破あるのみだ。各員!突入用意!」

同期の女性自衛官が現場に現れ、指揮を執る。

ついに、防護壁が崩される。

「突入!」

「「うぉおおおおおお!!!」」

ウマ娘達は雄叫びを上げて突撃する。

「そこまでだ!総員、迎え撃て!」

トレーナーが命令する。

「今度こそホンモノだ!行け!トムキャットレッド○ートル!!」

ゴールドシップがアレを投げる。

「こいつ、ちょこまかと!」

「気を取られるな!!」

解放軍が隙を見せたところに、

「水圧で押し流すぞ!放水用意!」

「放水用意!」

「放水開始!」

ホースから水が発射され、解放軍の足を止める。しかし、

「進め!進め!」

「「「おー!!!」」」

彼女達は態勢を建て直し、再び前進する。

「目標はただ1つ。トレーナー3尉の首をとれ!」

「「「「「させるかぁあああ!!」」」」」

教職員一同が叫び、応戦する。

振りかざされる鈍器を盾で防ぐ。

「2対1でかかれ!1人で相手にせず連携しろ!確実に叩き潰せ!」

「「了解!」」

「くそっ!強い!」

「隊長!このままでは!」

「こちらも連携して猛攻をしのぎましょう。もうすぐ薬の効果が切れます!それまでは!」

投擲される石や鈍器を89式で弾きながら鼓舞する。

 

その時だった。

 

「うぐッ!」

「どうした!?」

「あ……、脚が……。」

「おい!しっかりしろ!」

警護してくれている教員が脚を負傷してしまった。結果、態勢が崩れてしまった。

その隙を見逃すほど、解放軍は甘くなかった。

「今だ!進め!」

「まずい!トレーナー!」

ゴールドシップが駆け寄る。

しかし、間に合わないだろう。

「「「隊長!」」」

ウマ娘達が僕の元に殺到する。

観念して、手を挙げる。

そして、トウカイテイオー達にあっという間に組み伏せられ、地面に倒される。

「私達の勝ちだ。トレーナー3尉。」

同期に頭を踏まれる。

「最後に言い残すことはないか?」

同期は足を上げた。そのまま僕の頭をかち割るつもりだろう。

だが、お生憎様、そうはさせない。

「…勝利を宣言するには少し早いんじゃないかい?」

「どういうことだ?」

 

「まだ、終わっていないってことさ。」

 

拘束されてはいるが、なんとか手を動かし、ポケットに隠し持っていた手榴弾を取り出す。

そして、ピンを抜き、彼女達の足元に転がした。

「…!?。全員離れろ!爆発するぞ!」

隙を見て拘束を振り解き、床に転がり込む。

そして、ゴールドシップに保護される。

手榴弾はポンッと音だけを立てた。

「訓練用の手榴弾…?貴様っ!?私達をからかったのか!」

「からかってなんかいないさ。これも作戦のうち。だから言ったじゃないか。まだ終わりじゃないって。」

僕は立ち上がり、ホコリを払った。

「……るな…。」

「ん?」

「ふざけるな!!このっクソ野郎!!」

同期は僕を殴ろうと駆ける。

しかし、その拳が僕に当たることはなかった。

「……え?あれ?……力が……入らない……。」

「おっと。」

同期は倒れそうになる。僕はそれを抱きとめた。

「なんで…?なんで私はこんなことを…?こわいよ…。助けて…トレーナー君……。」

どうやら、薬の効果が切れたようだ。

「私がトレーナー君を…そんな…バカな…。」

「ト、トレーナー…。ボクはなんで…?許して許してユルシテユルシテ…。」

「嘘ですよね……。わたくしはなんて事を……トレーナーさん……。ごめんなさい……。」

「グスッ。お兄様…酷いことしてごめんなさい……。」

「カレンも、お兄ちゃんに暴力を降ってごめんなさい!!」

担当の子達が泣き出す。みんな、パニックに陥っていた。

「大丈夫だ。辛かったね…。でも、もう終わったんだよ。」

努めて、優しい声で慰める。

「「「「「ごめんなさ〜〜い!!!!!」」」」」

僕の言葉を聞いて、みんなは駆け寄ってきた。

「薬のせいだ。君達のせいではない。安心してくれ。」

みんなの目を見つめ、そして、ゆっくりと語りかけた。

「いいかい、よく聞いてくれ。今回の件、僕は怒っていない。みんなが戻ってくれて良かった。」

「トレーナー君……。ありがとう……。」

「トレーナーの優しさに感謝しろよな!」

「いや、君が言えた口ではないよね?ゴルシ。」

「うるせー!細かいことは気にすんじゃねぇ!」

少しは気にしてほしい。

「とにかく、戻ってくれて良かった。」

「トレーナー君、本当にすまなかった。どうか、償わせて欲しい。」

「それはいいんだ。ルドルフ。それより、みんなに少し手伝ってほしいことがある。作戦本部まで来てほしい。」

「作戦本部……?わかった。」

こうして、2時間にわたるトレセン学園の抗争は幕を下ろした。

僕は、みんなを引き連れて作戦本部へと戻った。

後は、全ての元凶の川原に鉄槌をくだすだけだ。

 

心の中で静かに怒りの炎を燃やす。




今現在、なかなか端末機器を触れる環境にいないので投稿が滞っていました。
不定期投稿になりますが、ちょくちょくと投稿していきます。

次回、決着!


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12話 事に臨んでは

トレーナーのヒミツ⑪
実は、彼女いない歴=年齢。


あらすじ
ゴルシちゃんスイッチ気持ちよすぎだろ!みんなも元に戻って素敵だね。


作戦本部に戻り、開口一番に事の顛末をみんなに報告する。

「というわけで、生徒達はみんな正気に戻りました。」

ドワッと作戦本部から歓声が上がる。

「ヤッター!これでマヤちゃんとお出かけできるぞー!」

「僕もバクちゃんとデートできるって考えると嬉しくなるんですよね。」

「いや、お前らはケガを治せよ。」

担当の子達が戻って嬉しいのか、トレーナー陣は彼女達に何をしてあげようかと話をしている。

しばらくして、いつの間にか主を呼びに行ってたSP隊長と隔離されてたファインモーションが入ってくる。

ファインモーションは僕の姿を見るとすぐに駆け寄ってきた。

「……ご迷惑おかけしました。本当にごめんなさい。トレーナー…。」

「いいんだファイン。君も辛いだろう。」

ファインモーションにつられて、他の担当の子達も浮かない顔をする。

この騒動が落ち着いたら、みんなのメンタルケアが急務になるだろう。

「トレーナー君。この度は誠にご苦労であった。」

どうメンタルケアをしてあげようか考えていると、理事長が僕の肩に手を置いてねぎらいの言葉をかけてくれた。

「いえいえ、皆さんの協力があったおかげです。私の作戦をみごとに実現してくれたからこそ、最悪なシナリオを回避できました。本当にありがとうございました。」

そう言って頭を下げると、再び作戦本部では歓声が上がった。

「でも、まだ終わりではありません。」

僕の発言に作戦本部は静まり返った。

「今回の騒動の原因である好感度反転薬。それをばらまいた黒幕を確保しなければなりません。」

その言葉に一同は頷く。

「ご存知でしょうが、その黒幕の名は川原です。彼に裁きを与えましょう。そうすれば、大団円です。」

僕の宣言に作戦本部は再三沸いた。

「しかし、トレーナー君。どうやって彼を確保するんだ?」

シンボリルドルフが聞いてくる。

「そこで、君達にお手伝いしてほしい。」

 

 

「こんなところに呼び出して、どうした?」

川原が校舎の屋上にやってくる。

「よく来てくれました、川原さん。さあ、来い!」

同期が声をかけると、ライスシャワーとカレンチャンがずた袋を被った僕を連れ出す。

「トレーナー3尉を連れて来ました。」

「ほう。でかした。」

川原はニヤリと笑う。

「無様だなぁ。トレーナーさんよぉ?どうだ?仲間達に裏切られた気分は?」

刃渡りの長いナイフを2本取り出す。

「今なら土下座すれば許してやるぜ?」

川原はゲスな笑みを浮かべる。

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。川原。」

ずた袋を脱ぎ捨てる。

それと同時に担当のみんなや同期のチーム、『フォース』のメンバー、教職員とトレーナー達が屋上に集結する。

「テメェら!ど、どうしてここに!?」

川原は動揺を隠し切れない様子だ。

「お前に裁きを下すためだ。」

「大人しく捕まってもらうぞ。」

「よくもオレと担当の子の仲を引き裂いてくれたな…!」

「人間のクズがこの野郎…。」

みんな、口々に川原を批難する。

 

しかし…。

 

「ククク…。そう簡単に捕まるわけにはいかねぇんだよな!!」

川原はポケットから試験管を取り出した。そして、液体を口に放り込む。

「まさか!?それは身体強化薬!?」

アグネスタキオンが叫ぶ。

「そうだ。お前の研究室から盗ませてもらった。これで俺は…無敵だ!」

いくつか盗まれたと聞いたが、アレもそうなんだろう。

そんなことを考えているうちに、川原の体が筋肉質になる。

「あれはトレーナー君が持ってる薬とは違うのか?」

シンボリルドルフがアグネスタキオンに尋ねる。

「ああ、違うとも。あの薬は服用者の筋力を限界以上に強化する代物だ。もともとは、虚弱体質に悩むウマ娘のために開発したものだが、上手くいかなくてね。……この状況で言いたくはないが、効果は永遠に続く。」

…この事件が終わったら、アグネスタキオンの研究室は差し押さえた方が良いかもしれない。

しかし、そんなものを隠し持っていたとは、捕まえる計画が狂ってしまった。

「オイオイ、クッソやべぇやつじゃねえか!」

ゴールドシップが言う。

「だだだだ、大丈夫なの!?」

「もう捕まえるってレベルじゃねえですわ!」

トウカイテイオーとメジロマックイーンが慌てる。

「退化薬があればあるいは…。研究室から取ってくるよ!」

アグネスタキオンはダッシュで研究室へと向かう。

「殿下、ここはお逃げください。あなただけでも無事でいてくれれば…。」

「ううん。学園の平和のため、ここで逃げるわけにはいかないの。隊長、私のわがまま、聞いてもらえる?」

「……殿下がそうおっしゃるのなら、仕方ありません。ただし、本当にまずいと思ったら逃げてもらいますからね!」

「ひぇぇぇえええ!この展開、非常にまずいのではぁぁぁあああ!?!?」

動揺しながらも、彼女達は戦闘態勢に入る。

確かに、ウマ娘が力を合わせれば余裕で制圧できるだろう。

「おっと!お前らウマ娘は手出しすんなよ!そうしたら、ここにいるヒトの命はないと思え!どっちにしろ、全員殺すがな!!」

そうは問屋が卸してくれないようだ。

川原は、ナイフを理事長達に向ける。

川原の言葉に反応してか、シンボリルドルフは戦闘態勢を解く。

であれば、トレーナーや教職員が束になればいけるだろうか?

こちらには、フィジカルお化けの桐生院さんやウマ娘という正体を隠してるたづなさん、元空挺レンジャーの宮崎さんがいる。

他にも、武道の心得がある人もいるかもしれない。

ちらりとみんなを見る。

「もうダメだ…おしまいだぁ…。みんな…殺される。」

「はい、終わりでーーす!」

「お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください…。スペ、エル、グラス、キング、スカイ、最後まで面倒見切れずごめんな……。」

「グスッ…念願の中央トレーナーになれたのにここで終わりなんて……。うぅ…。」

闘う以前の問題だった。

真面目に考えると、トレセン学園のみんなは戦闘訓練を受けていないのだ。まともに闘えるわけがない。気が動転していた。

「なぁに、そう簡単に殺しはしねぇよ!トレーナーを出せ。そうしたら、お前達は助けてやる……。コイツが死ぬまではな!コイツを殺したら、次はお前達だ!せいぜいつかの間の生を楽しむが良い!」

川原は僕とタイマンを張りたいらしい。ある意味、渡りに船だ。

「本当に、僕が生きている間は誰にも手を出さないんだよな?」

「ん?そう言ってるだろ?まあ、それもすぐに終わるだろうけどな!」

「わかった。」

 

みんなを庇うように前に出る。

 

「おい、トレーナー!」

またかよ。という目でゴールドシップに見られる。

本当に申し訳ない。でも、今だけは…。

また1歩、川原に歩み寄ろうとすると。

「トレーナー君!無茶だよ!」

「死ぬような真似はやめてください!」

同期と桐生院さんに腕を抱きとめられる。

「隊長!勝てるのかあんな化け物に!」

「死んじゃうよ!」

水野さんと小林さんからも止められる。

「大丈夫。それより皆さんはここから離れてください!」

「「「「でも!」」」」

「4人とも、止めてくれるな。隊長ならきっとなんとかしてくれるさ。俺達にできるのは、無事を祈ることさ。」

「今、この状況を何とかできるのはトレーナーさんだけです。皆さん、信じてあげましょう。」

宮崎さんとたづなさんは僕の覚悟を汲み取ったのか、4人を説得してくれた。

「負託ッ!トレーナー君、頼むぞ。」

理事長の言葉に頷く。

たづなさんの誘導のもと、全員が避難していく。

「お兄さま…。どうか無事で…。」

「お兄ちゃん…。負けないで!」

「トレーナーさんがあの人に勝つ可能性は2%。しかし、不可能ではありません。応援しましょう。そして、信じましょう。彼を。」

「「「「「どうか、勝ってください!!!!!」」」」」

みんなの声を受ける。

みんなが避難したのを確認すると、改めて、川原を見据える。

必成目標、川原を倒す。ただそれだけ。

戦闘服装を正し、息を整える。

 

ー事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もってみんなの負託にこたえるー

 

心の中で一文を変えた服務の宣誓の一節を唱える。

「この力があれば俺は負けない!お前はここで俺に殺される!お前の最期を鮮やかに彩ってやろう!ありがたく思え!」

そう叫ぶと、川原は両手にナイフを携え襲いかかってくる。

ついに闘いの火蓋が切られた。

川原の初動は、連続しての切りつけだった。

その一つ一つを捌いていく。

「オラオラ!」

攻撃の手は止まない。

ついには、捌ききれずにナイフの刺突が左胸を襲う。

「しまっ…。」

しかし、左胸に痛みは感じなかった。

「チッ、悪運の良いヤツめ。」

左胸ポケットに入れていた弾倉が身代わりになってくれたようだ。

弾倉を取り出し、川原の鼻めがけて叩きつける。

 

「フガッ!」

クリーンヒット!

すかさず、川原の腹に膝を入れる。

川原はよろけるが、すぐに体勢を立て直そうとする。

「はっ!効いてねぇな!俺はまだ動けるぜ!」

川原は僕に向かって飛びかかってくる。

掴まれる前に顔面に拳を見舞い、腕を掴み背負い投げをする。川原は地面に叩きつけられる。

右足を大きく上げ、踵落としの構えをとる。その足を川原は掴む。

「バカが!隙だらけだ!!」

そのまま壁に向けて投げ飛ばす。

「ふんっ!」

壁に激突する前に受け身を取れたため、ダメージはあまりない。

「クソが!」

川原は距離を詰め、僕の胸ぐらを掴む。

「調子に乗ってんじゃねえぞ!ザコが!」

川原は僕を地面に叩きつける。

「カハッ…。」

背中に強い衝撃が走る。

「死ね!」

川原にウマ乗りされ、拳が振り下ろされる。

しかし、拳は顔に当たることなく、空を切る。

顔を逸らして避けることができた。

川原の顎に掌底をかます。

彼の腰が浮き、拘束から抜け出す。

川原は倒れそうになるが、なんとか堪える。

「ふざけんなよ……!この俺が……!」

川原はまた襲い掛かってきた。

僕は川原の攻撃を全て見切り、捌く。

大振りな中段回し蹴りがとんでくる。

 

チャンスだ。

 

直撃しないよう避けつつ、空かしたところを掴み、地面に叩きつける。

決定打とはならず、川原は立ち上がり、ナイフを取り出す。

「死ねぇえ!!!」

そして、ナイフを構え突進してきた。

その手を蹴り飛ばした。

「学習しないな、お前は。こうなることはわかっていただろ?」

相手を煽り、集中を途切れさせる。

精神攻撃は基本。

「ふぅ…。うるせぇ!黙れ!黙りやがれ!」

うまく乗ってくれたようだ。

川原はナイフを拾い、切りつけてくる。

僕はそれを避ける。

「無駄だと分からないのか?諦めの悪い奴だな。」

「はあっ…はあっ…。黙れ!俺はお前を殺すまでやめねぇ!」

さて、先ほど脚部を触ってわかることがある。

薬のためか、持ち前の力の強さは確かに跳ね上がっている。

まともに喰らえば骨折、いや、死亡は免れない。

 

ただ、言ってしまえばそれだけだ。

 

スピード、スタミナはそこまで強化されているわけではないだろう。

現に、息を切らし始めてる。アグネスタキオンが上手くいかなかったと言った点はこのことだろう。

それに動きは相変わらず素人のものだ。少なからず勝機はあるだろう。

油断をせずにかつ、一撃も喰らわないようにしなければならない。

「くたばれぇ!!!」

川原はまたナイフを構えながら突進してくる。

横に飛び退く。すると、川原は速度を落としきれなかったのか、壁にぶつかりそうになった。

その分、間合いが取れたが、その間合いを縮めるために、川原は再度突進する。攻撃に備え、身体をリラックスさせ、呼吸を整える。

「やっと観念したか!いいぜ、俺に殺されろぉおおお!!!」

川原はナイフを振り下ろす。

その横をすり抜け、ナイフを持っている手を掴んだまま川原を背負い投げる。

川原は床に叩きつけられた。そのまま顔面に拳を叩き込む。

すると、川原の手からナイフがこぼれ落ちる。それを遠くに蹴飛ばした。

「はあ……はぁ……くそっ!」

川原は立ち上がり、もう一本のナイフを構える。

「まだやる気なのか?」

「当たり前だ!殺す!殺してやる!」

「さっきから殺す殺すと物騒だな。」

川原はまたまたナイフを構えながら突っ込んでくる。それを紙一重で避ける。

川原はそのまま壁にぶつかる。

攻撃がワンパターンすぎる。

「ぐっ!」

川原はフラつきながらも向き直る。

「はぁっ…はあっ…。俺はまだ負けてない!俺は、俺はまだ!」

川原はナイフを持ち直し、再度向かってきた。

「遊びはここまでだ!」

川原は再びナイフを突き出してくる。避けようとするが、切っ先が頬を掠めてしまった。

頬から血が垂れる。

痛いが、呼吸を整え平常心を保つ。

「ちっ!」

川原は連続で斬りつけてきた。

バックステップで距離を取る。対して、川原は追いかけるように距離を詰めてくる。

「どうした!?避けてるだけか!」

川原はナイフを振るってくる。

隙を見て腕を掴み、そのまま遠くに投げ飛ばすが、川原は受け身をとり、すぐに立ち上がった。

「なんだそりゃ!それで終わりか!」

川原はまた僕に向かって走ってきた。

右の蹴り足に力を込め、川原の鼻を目掛け、半長靴の鉄板部分で回し蹴りを放った。

ガツンと鈍い音がする。

川原は後ろに吹き飛び、仰向けに倒れた。2本目のナイフも手放したところで、それをまた遠くに蹴飛ばす。

「これでもう武器はないぞ。」

僕はそう言い、川原に歩み寄る。

「ふざけるな……。」

川原は起き上がり、僕を睨みつける。

「ふざけるな!ふざけるなふざけるな!ふざけるな!!なんでだよ!こんなハズじゃ…!」

「ふざけているのはお前の方だ。お前はこれまで一体何人を不幸にしてきた?」

「知るか!そんなことどうでもいいんだよ!」

川原はまたポケットからさっきと同じ薬を取り出す。

 

「もう、容赦しねぇ!」

 

それを飲み込んだ。瞬間、川原の体が膨れ上がる。

「ふぅー!ふぅー!殺してやる!ぶっ殺してやる!!」

某伝説の超サ○ヤ人のような姿になる。

「ハーハッハッハッ!!素晴らしいパワーだ!もはや誰にも止められん!」

川原は雄叫びを上げながら、屋上の床を破壊していく。

 

「さあ、第2ラウンドといこうか?」

 

 

「小隊長、ここは敵の守りが堅いです。正面突破は厳しいと判断します。」

上級格闘指導官の2等陸曹が地図のとある地点を指差し、僕に伝える。

「そうですね。ただ、ここを奪取しないことには、全ての作戦に支障をきたします。何としてでも、ここは取らなければなりません。」

とある演習中、水陸機動団第1水陸機動連隊第1中隊の第2小隊長として僕は作戦に従事していた。

A地点を奪取することが僕達の小隊に課せられた任務だった。

しかし、防御を崩すことはできず、作戦は難航していた。

 

「奪取は不可能…か?」

つい、口に出てしまった。

「いえ、小隊長、そうでもありませんよ。」

陸曹長がある地点を指をさす。

「ここは?」

「偵察の報告も踏まえると、2曹が示した所は特に防御が硬いエリアになります。おそらく、敵はここに戦力を集中させていると考えられます。反対に…。」

さっき示した所からやや右後ろの所を指さす。現在地から10キロ離れた所にある。

「ここは比較的、防御が薄いところになります。ここから攻め入れば、奪取は不可能ではありません。」

陸曹長は地図を見ながら説明をする。

「なるほど……。わかりました。それなら、そこから進行し、制圧しましょう。」

突破するポイントがある。そう思った瞬間、不可能だという考えは棄てた。

僕は部下達に指示をだす。

「「「「「了解!」」」」」

その後、各分隊は迅速に制圧にかかり、目標を奪取した。これにて任務完了だ。

僕は無線機で中隊に連絡を入れる。

『こちら、2小隊。目標の奪取に成功。おくれ。』

無線の相手は中隊長である。

『よくやった。ご苦労。しばらくその場で待機せよ。』

その後、順調に演習は進み。無事に状況終了となった。

 

ある日、打ち上げで陸曹長から話を伺う機会があった。

「お疲れ様です!」

「小隊長、お疲れ様です。」

打ち上げに集まった陸自の隊員達はビールを飲んでいる。みんな、だいぶ酔っているようだ。

「しかし、あの時の演習は大成功でしたね。」

隣に座っていた陸曹長に話しかける。

「そうですなぁ。しかし、なかなか手強かったですよ。」

陸曹長はジョッキに入ったハイボールを飲み干した。

「演習と言えばですが、陸曹長はなぜ、あの場で奪取は不可能じゃないと気づけたのですか?」

僕はずっと疑問に思っていたことを質問した。

「簡単なことですよ。」

彼は僕の方を向き、答えてくれた。

 

「それはですね、弱点があったからです。」

 

さらに続ける。

「どれだけ強いものでも、それには必ず弱点がある。その弱点をつければ、勝ちにつながる。」

「なるほど……。」

「これは色んなことにも言えるんです。」

陸曹長はさらに話を続ける。

「小隊長は自衛隊ウマ娘トレーナーを目指していましたね?ならば、ウマ娘という生き物について考えてみましょうか。」

陸曹長は腕を組み、考え込むような仕草をした。

「まず、ヒトと比べて、はるかに身体能力が高いことはご存知ですね?」

「はい。そうですね。」

「それがために、武器を使わない限り、我々はウマ娘に勝つことはできない。ですが反面、ウマ娘は我々よりも大きなハンデを背負っています。」

「ハンデ…。」

「はい。生物的なハンデです。ウマ娘はオスが存在しないので、子孫を残すにはヒトのオスが欠かせない。これは、明らかにウマ娘の弱点といえるでしょう。」

「確かに、そうかもしれませんね。」

「しかし、不思議な話です。我々、ヒトと似たような存在がヒトよりも強いのです。普通なら、脅威でしかなく、排除しにかかるのが本能とも言えます。しかし…。」

「それをしなかったんですね?」

「そうです。我々の先祖はウマ娘を害さなかった。何故だと思いますか?」

「それはきっと、ウマ娘達は我々を脅かす存在ではないと気づいたからでしょうか。」

「確かにそれもあるでしょう。しかし、結論としてはウマ娘の生殖の弱点を利用し、共存する道を選んだからです。排除するよりも仲間として歓迎した方が諍いを生まずに済む。それが形を変え、いつしかヒトとウマ娘が協力する世界になった。まあ、エジプトなんかではウマ娘を崇拝していたりとしてたので、諸説はありますが…。」

「なるほど……。」

「まあ、何が言いたいかって言いますと、どれだけ強かろうが人や物には必ず弱点があるから、それを利用しようって話ですね!」

 

 

どんな相手にも必ず弱点がある。それを見つけ、利用すれば勝利につながる。

では、目の前の川原の弱点は何だ?

圧倒的なパワーを得た川原の攻撃に防戦一方である。昨日の打ち身や、ナイフの切り傷が痛む。

「ハッハッ!ボロボロじゃねぇかよ!」

川原が攻撃の手を止めずに言葉をかける。

「ふぅ…ふぅ…。どうした!?もう終わりか?」

「まだだ……!」

「なら、終わりにしてやる。」

川原の蹴りが入る。

直撃は避けられたが、吹き飛び、倒れこむ。

なかなかの衝撃だ。だが、諦めるわけにはいかない。僕がここで倒れたら、次はみんながやられる。残りの力を振り絞り、立ち上がる。

「はぁ…はぁ…しぶてぇ奴だ。」

川原が近づいてくる。

「オラァッ!!」

そして、殴りかかってくる。

避けれない!

腕を交差させ、防御の構えをとる。

しかし、想像よりも弱い衝撃を感じた。

「え?」

不思議に思い、顔を上げると、息を切らし、立ち尽くす川原の姿があった。

「はぁ……はぁ……。どうだ……。」

無言で川原の股間を蹴り上げる。

「うぉおおお!!!」

痛みに耐えかねたのか、川原は悶絶している。

僕、わかっちゃった。

 

スタミナ不足。

 

これが川原の弱点だ。

先程から息が上がっていることから、スタミナは無尽蔵ではないことがわかる。

ならば、やることは1つ。

相手が動けない程のスタミナ切れを狙う。

僕は右胸ポケットから錠剤を取り出す。

最後の身体能力をウマ娘並にする薬だ。速度で翻弄し、早期のスタミナ切れを狙う。

薬を飲みこむ。

「さあ、行くぞ。」

「くそがっ!!舐めんじゃねえぞ!!!」

川原も向かって来る。

「俺は最強の力を手に入れたんだ!負けるはずがないんだ!!!」

川原が拳を振るってくる。

それをジャンプして避ける。そのまま頭に蹴りを見舞う。

川原は盛大に吹っ飛び、壁にめり込んだ。

ウマ娘の力、恐るべし。

「うおおおおっ!!!」

川原は叫びながら起き上がる。その表情からは悔しさが滲み出ていた。

「クソが……。なんでだよ……。俺の方が強いはずだろ……。」

川原は頭を押さえ、苦しんでいる。

ヒトがウマ娘に適うわけがないのだ。

「そうだ!俺は強い!お前は俺に殺されるべきなんだ!」

川原の瞳孔は大きく開き、口元には笑みを浮かべている。狂気を感じさせるような笑顔だった。

「死ね!!」

川原が襲いかかる。しかし、先ほどまでのスピードはない。

川原の攻撃を難なくかわす。

「なっ……。」

何度も何度も、川原は殴ってくる。

それをことごとくかわしてみせる。

「はぁ……はぁ……はぁ……。」

川原の呼吸が荒くなる。スタミナ切れが近い証拠だろう。

「なぜだ!?どうして当たらねぇんだ!?」

川原が叫ぶ。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

誰かが呼んでくれたのだろう。

「もう、終わりにしよう。」

僕はそう言って川原に近づく。

「ふざけんなよ……。俺はこんなところで終わるわけにはいかない……。俺は、トレセン学園のトップになり、ゆくゆくはURAのトップになり、ウマ娘を支配するんだ!!」

「ウマ娘の支配?」

「そうだ!世界中のウマ娘を服従させ、俺だけの楽園を作る!そのために、金を稼ぐために嫌々自衛隊に入り、コネを使ってトレーナーになった!バカにするやつや楯突くやつは全員、排除してきた!」

そんなことのために、今回の騒動を起こしたのか。

未だかつてないほど、腸が煮えくり返っている。

川原はフラつきながらも、声を張り上げる。

「トレセン学園を混乱に陥れ、それに乗じて乗っ取ろうとした!学園のウマ娘達を支配するためにな!権力でチームの奴らを力づくで従わせたりもした!最初は順調だった!…だが!」

川原は熱弁を続ける。

「その計画も全てパーだ!学園中にクスリをバラ撒いてウマ娘の好意を俺に向けさせた!嫌われているとわかっているからこそ、あのトチ狂ったウマ娘の好感度反転薬を利用した!お前達が築き上げた信頼関係を壊し、学園を絶望に陥れた!とてもいい気味だった!だが、俺が思っていた以上に効果は薄かった!そして、お前達は最後までウマ娘を信じ、希望を棄てなかった!終いにゃ、実力行使でお前達を手にかけることも指示した!だけどよ!」

川原は僕を指し、絶叫した。

「お前だ!お前がことごとく俺の邪魔をしやがった!お前がいなければ、計画通りだった!部外者のお前が邪魔しなければ!!だからこそ、俺はお前を許さねぇ!お前をこの手で殺し、今一度、俺の悲願を叶えてやる!」

悪あがきのつもりか、川原は床の瓦礫を手に取る。

「おらぁあああっ!!」

川原は僕に向かって瓦礫を投げた。

それを蹴り落とす。

「クソッタレ!!」

川原はまた、瓦礫を拾って投げる。

今度はそれをキャッチしてみせる。

「クソがぁあああ!」

川原が突進してくる。

「うおおおお!」

「無駄なことを…今、楽にしてやる。」

川原のパンチをいなし、前蹴りを見舞う。

「これは、自衛隊の先輩方の分!」

「ぐふぅ……。」

川原がお腹を抱え込む。

続いて、顔に膝蹴りをかます。

「これは、泣き寝入りした先輩トレーナー達の分!」

よろめいたところで足を払う。倒れる直前に横蹴り。川原は地面を転がる。

「これは、理事長やたづなさん、教職員達の分!」

「グゥ……。ガハッ……!」

川原が口から血を吐き、倒れこむ。

「ぐぅ……!この……野郎……。」

川原はゆっくりと立ち上がる。

「これは、トレーナーの皆さんとそのウマ娘達の分!」

追い討ちをかけるように右ストレートを繰り出す。川原の顔面を正確に捉えた。

「ぐへぇえっ!」

「これは同期の分!」

僕はさらに追撃を加えるため、アッパーを喰らわす。

川原は後ろに倒れ、地面に叩きつけられた。

しかし、川原はしぶとくもまた立ち上がる。

「うおおおっ!!」

川原は雄叫びを上げながら突っ込んでくる。僕はそれを避ける。川原はそのまま壁に激突した。

「くそっ……。」

川原は壁伝いに立ち上がろうとする。僕はその隙を突き、川原の顔目掛けてドロップキックをかました。

「これは僕の担当の子達の分!」

「ぶげぇっ!!」

そのまま投げ飛ばす。

川原はヨロヨロと立ち上がった。しかし、それ以上動くことはなかった。もう、スタミナは尽きたのだろう。

「これで最後だ。」

僕は高く跳躍し、空中回転しながら、右足を振り上げる。

「そしてこれが、チーム『フォース』の…、ライスとカレン達の受けた痛みだ!!」

回し蹴りが川原の脳天に炸裂した。

ついに川原は動かなくなった。

「全てに対して、詰めが甘かったな、川原…。それがお前の敗因……。」

そう呟くと、地面に倒れた。

終わった……。

安堵のため息が出た。しかし、身体中が痛い。

「お兄さま!」

「お兄ちゃん!」

ライスシャワーとカレンチャンの声だ。

声の方を見ると、そこには涙目の2人がいた。

他にも、みんなが駆け寄るのが見える。警視庁の田代さんと守山さんの姿もある。

「これにて、任務完了……。」

そう言って、僕は意識を手放した。




字数が多くなりつつあることに気づいた自分に驚いたんだよね。
といったところで、ついに川原に誅することができました。

1章はもう少しだけ続きます。


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13話 怒闘の後に

トレーナーのヒミツ⑫
実は、自衛隊オタク。


あらすじ
アグネスタキオンの薬によりパワーアップした川原。圧倒的パワーを前にトレーナーは追い詰められるが、スタミナ不足という弱点をつき、逆転。これを制圧する。しかし、無理が祟ったのか気絶し病院送りとなった。


ふと目が覚める。目を開けると視界には見慣れない天井と見慣れたアメジストの瞳が目に入る。

「…っ!?トレーナー君!やっと目が覚めたんだね!」

目を開けるやいなや、シンボリルドルフに思いっきり抱きつかれた。

「や、やあ、ルドルフ……ちょっと苦しいかも…。いてててて…。」

「あ、ごめん…。」

気持ちは嬉しいが、満身創痍の身体にウマ娘パワーの抱擁は痛すぎる。

僕が痛がってるのを見て、シンボリルドルフは抱きしめる力を少し緩める。

「それはそうと、ここはどこの病院なんだ?」

「ここかい?ここは、メジロ家が所有する病院だよ。」

川原と闘って気絶した後、ここまで運ばれたのだろう。

「僕が倒れてから何日が経っているの?」

周りに日付を確認できる物がないので、シンボリルドルフに聞いてみる。現状がつかめない以上、聞きたいことは山ほどある。

「あれから、2日経っているよ。聞きたいことは山ほどあるだろうが、まずは、お医者さんを呼ぼう。」

ひょっとして僕の心読んでいるのだろうか?そう思わせるほどの察しの良さだ。

彼女はスイッチを手に取り、ナースコールを押した。

 

数分後、お医者さんが来た。

「あぁ、よかった。意識が戻ったんですね。」

そう言って彼は安堵の表情を浮かべた。

「えぇ、ご心配をおかけしました。」

「いえいえ、本当に良かったです。どこか痛いところはありますか?」

「そうですね。全身が筋肉痛なのと、打撲した箇所と切り傷が痛みます。」

「わかりました。鎮痛剤を出しておきますので、安静にしてください。何かあれば、すぐナースコールを押してください。」

「ありがとうございます。」

「それじゃあ私はこれで失礼します。」

そう言ってお医者さんは病室から出て行った。それを確認し、2人で軽く頷き本題に入る。

「さて、トレーナー君。お医者さんも帰ったところで、色々と聞きたいことがあるだろう。こちらからも伝えたいことがあるんだ。」

まず聞きたいことといえば。

「あの後、何があったのか教えてくれないか?川原はどうなった?」

そう言うと、彼女は真剣な眼差しでこう言った。

「まずは川原についてだが、アグネスタキオンにより退化薬を打たれ、駆けつけた警察に連行された。今は取り調べを受けているだろう。間違いなく起訴されるはずだ。」

当然の結果だ。だが、チーム『フォース』はトレーナー不在となる。

「チーム『フォース』はどうなるんだ?」

「ああ、彼のチームなんだが、すでに解散した。」

まあ、これも当然といえばそうだろう。川原の作ったチームなど誰も残りたくないはずだ。となると、1つ疑問が生まれる。

「じゃあ、ライス達はどうなったの?」

「栗毛の子達2人は他のトレーナーのもとに行き、ミホノブルボンは同期トレーナーのチームに、そして、ライスシャワーとカレンチャンは……。おっと。」

「え?なになに?」

「2人はそろそろここに来ると思うから、ここから先は本人達から聞いてくれ。他に何かあるかい?」

続きが気になるが、彼女が終わりと言えば終わりだ。

さっきまでは色々と聴きたいことがあったが、安心したためだろうか、その気持ちはなくなってしまった。

「なし。」

「わかった。では、私から伝えることがいくつかある。まず、今回の件を受けて、URA幹部の大幅な人事異動が行われた。」

川原の親戚の悪事を見て見ぬふりをしたということで世間から大顰蹙を買ったそうな。沈静化のためにも、人事異動は速やかに行われたとのこと。

組織の自浄作用が働くのは良いことだ。

「この人事異動で、元トレーナーの若手職員が幹部に就任したりもしたんだ。」

この人だ。と人事異動の資料を見せてくる。件の幹部の名は、樫本理子という名前だそうだ。

「へー!すごいじゃん!」

若くして大組織の幹部を務めるのは本当にすごい。尊敬する。

「ああ、他にも、実績のある人物が幹部に選ばれたんだ。これで、URAの体制が大きく変わるかもしれない。」

ぜひとも、新しい風を吹かしてほしいものだ。

「他にも報告がある。テイオー達のデビュー戦についてだ。」

「あぁ……それね。大丈夫なの?トレーニングとか精神面とか。」

「心配無用。無事に出走できそうだよ。みんな、君に酷いことをしてしまった分、デビュー戦の勝利をもってその罪を償いたいと言っている。」

薬のせいだから別に気にしなくても良いのに。

「ちなみに、レースは7月某日の日曜日だ。」

「その日はと言うと…。」

「明日だ。」

「明日!?」

なんというベリーバッドなタイミングだろうか。

僕の不安とは対照的に、シンボリルドルフは心配ないと言った感じで頷いている。

しばしの静寂のあと、コンコンとドアがノックされ、二人のウマ娘が入ってきた。

「起きてるかな?お兄ちゃん。」

「お邪魔します。お兄さま。」

その声の主はライスシャワーとカレンチャンであった。

「やあ、2人ともよく来てくれたね。」

先ほどの不安を隠すように気さくに振る舞う。2人は僕の姿を確認すると共に駆け寄り、思いっきり抱きついてきた。

「いってぇーーーー!!!!!!」

本日2度目のウマ娘パワーの抱擁を味わい、絶叫するのであった。

 

 

しばらく経ち、痛みも治まってくる。

だが、ライスシャワー達はいまだに僕にしがみついて離れない。2人がどれだけ心配してくれたのかがわかる。

「心配かけてごめんね。」

2人の頭をポンポンと優しくタッチする。

「ううん、無事でよかったよ。お兄さま。」

そう言うライスシャワーは目元に若干の涙を浮かべていた。

見ると、カレンチャンの方も少し涙ぐんでいた。

しばらくして。

「お兄ちゃん。」

カレンチャンは改まった様子で声をかけた。

「何だい?」

「あのね、2人でずっと言いたかったことがあるんだけど、聞いてくれる?」

一体なんのことだろうか。これは聴いてあげねば。

「もちろんだよ。」

「ありがとう!じゃあ言うね。」

2人は深呼吸して言った。

「「私のトレーナーになってください!!」」

「こちらこそお願いします。」

即答した。川原の件が片付けばそうするつもりだった。

あまりの返事の早さに、シンボリルドルフもニッコリ。なるほど、彼女が言わんとしてたのはこのことか。

2人は嬉しそうにこちらを見る。

「やったー!!これからよろしくね!お兄ちゃん!」

「これからよろしくお願いします!お兄さま!」

「うん、改めてよろしくね。」

こうして、僕の元に新たな担当バが誕生したのである。

その後は、2人の今後の予定を話し、時間になったといったところで帰って行った。部屋にはまた僕とシンボリルドルフの2名だけになる。

「そうだ。テイオー達から、起きたら教えてほしいと言われているんだ。トレーナー君、声を聞かせてあげてくれないか。」

彼女はどこかにあった僕の携帯電話を手渡してきた。

「わかった。今から電話しよう。」

トウカイテイオーに電話をかける。

3コールほどで繋がった。

『トレーナーなの?』

「やあ、テイオー。」

『トレーナーだ!みんなー!!』

電話越しにみんなを呼ぶ声がする。

『え?ホントにトレーナーさんですの?』

『うん。トレーナー。』

『わぁ〜ホンモノだぁ〜。』

『目が覚めたみてえだな。』

担当の子達の声がする。すると、音声通話からビデオ通話に切り替わる。みんなトレーニングをしていたのかジャージ姿だった。

「やあ、みんな。レース前日なのに精が出るね。」

『うん。だってボク達の晴れ舞台だからね!』

『明日は頑張りますわ。』

『絶対勝つから!』

デビューする3人はやる気まんまんなようだ。

『帰って来たら、退院祝いと祝勝会兼ねてパーティだな!』

唯一デビュー戦に出ないゴールドシップがそんな提案をする。

「あぁ、楽しみにしているよ。」

その後、少し話をして電話を切った。

「みんな、張り切っていたね。」

「それもそうだろう。これから夢に向かって走り始めるのだからね。」

彼女達は、無敗の三冠や天皇賞制覇、楽しく走るなど形はそれぞれだが、今まで、その夢に向かって生きてきたのだ。その夢を支え、共に走り抜くのが僕の使命といえる。

「ところで、トレーナー君。」

「どうしたの?」

「最後の報告があるんだが、いいだろうか?」

「もちろん。」

「実は、トレーナー寮にお邪魔してね、君の郵便受けにこれが入ってたんだ。差出人は自衛隊の方だ。」

シンボリルドルフから封筒を渡される。

開封すると、当然だが、中から紙が出てくる。

「これは?」

「見た感じ何かの案内のようだね。」

紙をめくるとそこには…。

「か、幹部レンジャー!?」

幹部レンジャーの募集要項であった。

「トレーナー君。幹部レンジャーってなんだい?」

シンボリルドルフは

「幹部レンジャーは陸上自衛隊における資格の一つで、ゲリラコマンド、言わば、特殊な任務を遂行するための技能を身につける教育訓練があるんだ。僕のような幹部自衛官は指導法も学ぶよ。ただ、陸上自衛隊でも最も過酷な訓練だと言われる。」

「そんなものがあるんだね。」

「うん。以前から、受けたいなとは思っていたんだ。」

「ふむ。それで、この紙は、その幹部レンジャーの教育を受けろということだね?」

「そうなんじゃないかな?でも、強制でもなさそうだし、君達のトレーニングもあるからなぁ…。」

すると、もう1枚紙が出てくる。

「これは……?」

ウマ娘教育隊長からの手紙だった。その手紙を読んでみる。

 

トレーナー君へ

この手紙に同封しているのは、幹部レンジャーの募集要項です。見りゃわかるか。君にこの件について話が来ているんだ。実は私も一枚噛んでいる。詳細は追って連絡する。

 

追伸

君の活躍は秋川さんより聞いてるよ。面白い日々を送っているんだね。

 

ウマ娘教育隊長より

「教育隊長……。」

「上司からの手紙だね?幹部レンジャーと何か関係が?」

「ある。どうやらこの件はさらに上の人間も絡んでいるような気がするよ。ちょっと不安になってきた…。」

「何があろうと心配無用だ、トレーナー君。それで、受けるのかい?幹部レンジャーを。」

「…まあ、保留だね。」

「…そうか。まあ、君の好きにすると良いよ。きっと、同期トレーナーも協力してくれるだろうしね。では、用件も終わったし、私はそろそろ帰ろうかな。みんなの引率に備えて休んでおかないと。」

「うん。じゃあね。」

シンボリルドルフは部屋を出て行った。

「…急に暇になったな…。」

とは言ったものの、募集要項に目を通したり、携帯を扱ったりしていると、いつしかまぶたは重くなっていった。

 

 

『川原容疑者の悪行は未然に防ぐことができなかったのでしょうか。それではCMです。』

明くる日の午後。

病院の娯楽室でテレビを観ている。川原の件でトレセン学園のニュースばかりが映っている。これでは気が滅入る。隣のおじいさんもそう思ったのか、番組を変える。

時間が経つと、レースの映像が映る。デビュー戦を迎えるウマ娘の紹介があり、その中にはもちろん、担当の子達もいた。

「いよいよ始まるのか……。」

心臓がバクバクしているのを感じながら、かじりつくようにテレビを観る。

「おい、兄ちゃん。今日走るウマ娘はみんなかわいい子ばっかだな。」

隣の椅子に座ってるおじいさんに話しかけられる。

「そうですね。みんな可愛いですよね。」

「おうよ!俺の孫も1人がウマ娘でな!それが、めっちゃかわいくってなぁ。」

おじいさんが話し始めると止まらない。孫の自慢話がどんどん続く。

「そういえば、あんたはトレーナーさんかい?」

「まあ、そんな感じですね。」

「そうか。若いのにすごいねぇ。」

「おっ!レースが始まるぞ!」

他愛のない話をしていると、後ろの席のおじいさんが興奮してレース開始を告げる。

ついに来た。今日のデビュー戦は3レースあるようだ。それぞれのレースに1人ずつ担当の子達が走る。

まずはトウカイテイオーだ。

『ゲートイン完了。出走の準備が完了しました。』

『スタートしました!一斉に飛び出していきます!先頭はトウカイテイオー!…。』

「頑張れ、テイオー。」

トウカイテイオーはなかなか良い位置にいる。これなら勝てるかもしれない。

「うぉぉ!!行けェ!!!」

「頑張れー!」

「いけー!」

いつの間にか集まっていたのか周りからも声援が上がる。

『最後の直線!先頭は依然、トウカイテイオー!強い!』

そのまま大差をつけトウカイテイオーがゴールした。

『トウカイテイオー圧勝でゴールイン!!』

「やったぁ!!!」

「すげぇな、あの子は。」

「いい走りだったぜ。」

「すごかったわね。」

周りの人達からは称賛の声が上がる。

「残りのレースも楽しみだな!兄ちゃん!!」

「そうですね。きっと、みんなやってくれますよ。」

次は、メジロマックイーンが出走する。

「頑張れよ。マックイーン。」

「おぉ!メジロ!この子はここの病院の保有者のご令嬢か!」

「こりゃ、応援しなきゃだな!」

『3枠6番、メジロマックイーーン!!!』

観客から割れんばかりの声援が送られる。生で観れないのが悔やまれる。『ゲート入り完了。出走準備が整いました。…スタートしました!』

スタート直後、すぐに先頭に躍り出る。

「いいぞォ!!」

「その調子だァ!!」

周りも盛り上がる。

その後、中盤に入っても先頭をキープし、2番の子から6バ身も差をつけている。

さあ、終盤だ。

「いけェ!いけェ!」

「頑張るんだよ〜!」

「いっけぇええ!!」

『残り200m。メジロマックイーン!突き放していく!』

「あと少しだ!がんばれー!」

『ゴールイン!勝ったのはメジロマックイーンだ!』

「おっしゃあああ!!!」

「よく頑張った!お嬢様!」

「いい勝負だったぞ!」

「いやぁ!良かった!」

周りの人にも祝福されている。

「いやぁ……、凄いね。」

「うん……。やっぱり凄いな。」

興奮冷めやらぬ中、次のレースが開始される。

『1番人気はこの娘、ファインモーション!』

「この子はアイルランドのお姫様じゃないか!」

「お姫様がGIを走る姿を見れるのかい!?」

「面白くなりそうわい。」

『さて、ゲートに入りました。』

『スタートしました!』

「おぉ!来たぞ!」

「いいスタートだ!」

ファインモーションは中団の位置にいる。

「いいぞ、ファイン。」

『第2コーナーを回って向こう正面へ!先頭は変わらず…!』

後続との差は広がっている。このまま1着争いに持ち込めそうだ。

終盤、ファインモーションは仕掛ける。

「よし、来るぞ!」

「頑張れー!」

「いいぞー!」

『ここからスパートをかけていく!』「いけぇぇぇ!!」

「もうちょっとだ!頑張れぇ!!」

『ファインモーション!抜け出した!!』

「うぉぉ!いけぇぇ!!」

「いいぞぉ!!」

『速い!!差は広がるばかり!』

「行ける!いける!!」

『ゴールイン!勝ったのはファインモーション!見事、1着でゴールインです!!』

「おっしゃああ!!」

「ナイスファイト!」

「最高だよぉ!」

気づくと娯楽室内は老若男女、様々な人で溢れていた。

「いやぁ!本当に凄かったねぇ!」

「そうじゃな。ワシもびっくりしたわい。」

「わし、感動しちゃったわい。」

娯楽室は拍手喝采に包まれる。

こうして、3人のデビュー戦は見事、みんな1着で終わったのであった。

 

 

デビュー戦後の夜、みんなにお祝いメッセージを送るとともに、自衛隊の仲間やトレーナー達からお祝いのメッセージが送られてきた。その中に、ウマ娘教育隊長からのもあったのだが。

『デビュー戦勝利おめでとう。今日の君が担当している子達の走りは見事なものだったよ。ぜひとも、実際にお会いしたいよ。』

どうやら担当の子達を気に入ったらしい。

見舞いに来てくれた同期にこのことを伝えると。

「あはは!良いことじゃん。」

ケラケラと笑っていらっしゃる。ちなみに、同期のチームにも会ってみたいと声がかかったらしい。

2人で世間話をしていると、その教育隊長から電話がかかってくる。

「トレーナー3尉です。お疲れ様です。」

『おお!トレーナー君!今日はホントにおめでとう!任務については順調かね?』

「ありがとうございます!任務の方についてはそうですね…。なんとも言えないです。」

『ははは!そうだろうなぁ!…少し見直す必要があるかもな…。』

「でも、なんとかやっていきます。」最後の方は何を言っていたのか聞こえなかったが、諦めずにやり遂げる旨を伝える。

『うん、その意気だ!頑張ってくれ。』

「はい!」

『そうだ!お話が3つあってね、時間あるかい?』

「はい、大丈夫です。」

『1つ目。実はな、秋川さんから、君の担当の子達に取材したいという記者がいるから、その許可をお願いしたいと言われてね。』

トレセン学園で勤務する自衛官を取材するには、教育隊長に話を通して、各幕僚監部からのOKをもらう必要がある。

ちなみに、自衛官トレーナーというのは話題性があるのか、よく取材されることが多いと聞く。各幕僚監部も滅多なこと以外は許可するらしい。今回は僕がその対象のようだ。

『そこで、君のトレーナー生活の様子なんかを撮影してもらっても良いかな?後日、秋川さんから話がいくだろう。陸幕にはこちらから話を通しておく。』

「了解です!」

『2つ目は、ちょっとした事情聴取だ。』

教育隊長の声のトーンが急に真面目になる。

『秋川さんより今回のURAとトレセン学園の騒動について聞いたよ。聞けば、直接的にも間接的にも君が関与しているそうじゃないか。』

「う、そうですね…。」

『そう身構えるな。別に処分するつもりはないよ。ただ、何があったか教えてほしい。』

生徒達があるトレーナーからパワハラを受けたこと、それを救うために色々と画策したこと、そのついでで親族であるURA幹部を免職に追い込んだこと、薬の影響で学園のウマ娘達が暴徒と化したこと、黒幕のパワハラトレーナーを懲らしめたこと等々、今回の事件の全てを教育隊長に説明した。

『そんなことが。やっぱり、君は面白い生活を送っているんだな!いやー、愉快愉快!』

先ほどの真剣さはどこへやら、教育隊長はゲラゲラと笑った。

『色々あったようだが、結果的にその生徒さん達は君に救われたわけだ。やるじゃないか!でも、これで君を敵に回してはいけないのがわかったな!なんせ、君のバックにはメジロ家にアイルランド王国がいるからね!ああ、シンボリ家もいるな。…あそこは政治関係者が多いからな……。』

そう言われて気づく。権力がバックにいるのは川原だけではなく、僕もそうだということ。さしずめ、毒をもって毒を制したといったところだろうか。

『じゃあ、最後の用件ね。』

「あ、はい。」

おっと、いけない。集中しなければ。

『君には、今年、幹部レンジャーの資格を取ってもらいたい。』

予想外の言葉が飛び出した。そして、それは地獄の幕開けとなるのだった。




ご無沙汰しております。
リアルが忙しく、筆が進まない状況の中、何とか投稿することができました。
次は12月頭を目処に新章に突入できるように頑張ります。


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14話 精鋭への招待状

トレーナーのヒミツ⑬
実は、同僚の頼みはなかなか断れない。

あらすじ
川原との闘いで入院生活を送るトレーナー。そんな彼のもとにライスシャワーとカレンチャンが訪れる。用件は担当契約の申し入れ。トレーナーはこれを即答し契約を結ぶ。
その次の日にトウカイテイオー達もデビュー戦を突破し、彼のトレーナー生活も軌道に乗り始めるが、教育隊長から手紙に加え、電話がかかってくる。その話は幹部レンジャーについてだった。


『君には、今年、幹部レンジャーの資格を取ってもらいたい。』

「「幹部…レンジャー…!?」」

隣にいる同期とともにその言葉をオウム返しする。

『ん?同期君もそこにいるのか。ならちょうど良い。』

教育隊長は説明を始めた。

『平成に入って自衛隊は、ウマ娘達にも門戸を開き、彼女達も戦力として運用してきた。だが現在、本当にウマ娘が活躍できる自衛隊になっていないのでは?という意見が出たんだ。それを受けて陸上自衛隊ではウマ娘だけの部隊を配備しようとしているんだ。』

「それと私の幹部レンジャー取得に何か関係性があるのですか?」

「幹部レンジャー…幹部レンジャー…。」

幹部レンジャーの話そっちのけで陸自の展望を話されたので問い質す。

隣で明後日の方を向いている同期は今はそっとしておこう。

『まあ、そう急くな。もちろんあるとも!それはね……。』

 

そこから小一時間ほど話をされた。

まとめるとこうだ。

現在、陸上自衛隊は、色々な職種から選抜したウマ娘だけの部隊の設置を計画している。現時点では細かく言えないが、特殊な任務を担わせる予定とのこと。そのため、精鋭を統率する指揮官とウマ娘への正しい理解がある指導者が必要となったが、この両者がある隊員、特に幹部は非常に少ない。

そこで、ウマ娘トレーナーとレンジャーの資格を持った隊員を養成しようという話になった。そうすれば、隊員達に適切な訓練を施すことができると考えているそうだ。

僕と同期の名前があがったのは、教育隊長たっての希望らしい。ウマ娘部隊の指揮官になり、ウマ娘のさらなる活躍に貢献してほしいとのこと。

『どうだろうか?』

こんな新米幹部がそんな大役を担うとは思いもしなかった。しかし、これが上手く行けば、きっとウマ娘たちが活躍する社会に近づけるだろう。そして、国民の平和で安全な暮らしにさらに貢献できるはずだ。それに、いつしか幹部レンジャーは取りたいとも思っていた。

だがしかし、重大な懸念がある。回答によっては断らなければならない。

「僕が幹部レンジャーを受けている間、担当の子達はどうすれば良いのですか?」

『あ、やべ。考えてなかった。』

考えてなかったんかい!

教育隊長は融通が効く人であるが、破天荒な人だ。振り回されるこっちの身にもなってほしいと各中隊長や運用訓練幹部がよく愚痴っていた。さすがにこれは論外だが…。

『担当の子達については…同期君にみてもらうしかないか…。……あ、そうだ!君の先輩にあたる者を派遣しようか。腕は確かだと聞く。』

そう来たか。

こちらとしては、同期にみてもらえるなら大助かりだが、見知らぬ人に任せるのは気が引ける。正直、申し送りがめんどいのもある。

 

幹部レンジャー課程は約3ヶ月の期間とはいえ、その期間はジャパンカップに出走予定のシンボリルドルフを徹底して見たかった。

実のところ、今年の宝塚記念の出走を考えていたが、足に違和感があるといった理由で見送ったのだ。ある日を境に回復していっているが、心配なものは心配だ。

さらに言えば、来年のクラシック期に向けてデビューしたみんなのトレーニングも見たい。

『改めて聞こう、どうだろうか?』

今回は縁がなかったと考え、また機会がある時に受けさせてもらおう。

「申し訳ありません。担当している子達が心配なので、可能ならこのトレーナー教育課程が終わってから履修させてもらえませんか?」

うん、我ながら完璧な文句だと思う。

…だが、現実は非情であった。

『そうか…それは仕方な…ん?あ、やべっ。これ言うの忘れてた。今回の幹部レンジャーの参加は上からの命令である。よって、拒否はできないと思われ。ドンマイ!…まあ、君なら絶対にやり遂げてくれると思う。うん。期待しているよ。うん。じゃっ!』

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!?あ、切りやがった!ああっクソ!」

折り返し電話しようと思ったが、無駄だろう。半ば強制的に幹部レンジャーを受けさせられることになってしまった。携帯電話をベッドに叩きつける。

「え、なになに!?どうしたの!?衝撃的すぎてほとんど聴き逃した!どんな話だったの?」

こちらの世界に戻ってきた同期が心配そうに聞いてくる。

「ハァ…そうだね…。」

教育隊長の話を一から説明する。

 

「あ、お疲れ様です…。」

同期は憐れみの目を向けてきた。

「というか、レンジャー教育の前に素養試験があるでしょ?その身体で大丈夫なの?」

「そうだね。1ヶ月くらいは準備期間はあるからそこで何とかするしかないんだろうね。まあ、幹部レンジャーは取りたかったところだから頑張るよ。」

「う〜ん…ムリはしないでほしいんだけど。でも、幹部レンジャーの資格が必ずしも要るのかな?無くても精強な部隊は作れると思うけど…。」

確かにおっしゃる通りではある。

『精鋭を統率する指揮官とウマ娘への正しい理解がある指導者』とあったが、それこそ、同期のようなウマ娘の幹部は当てはまるだろう。それにヒトだってレンジャー隊員でなくても優秀な人はいる。

上の考えてることはわからん。

ただ、レンジャー隊員はすごい人が多いのも事実なので、白羽の矢が立つのはおかしくはない話ではある。その辺は納得できる。

「まあ、受けることになった以上、頑張ってね。応援してるからさ。」

彼女は僕の両手を握り、おまじないをかけるように額をくっつけた。

「君がいない間のルドルフちゃん達は私と葵ちゃんに任せてよ。」

心強い言葉をいただいた。

面会終了時間も近づき、名残惜しそうに同期は帰っていった。

やることもないので、寝よう。お見舞いに来てくれる人が帰るとどうしても暇だ。

 

 

川原の件で、検察から取り調べをされたりもしたが、そんなこんなで退院の日を迎えた。毎日毎日、担当の子達をはじめとした知り合いが見舞いに来てくれ、なんだかんだ退屈しなかった入院生活だった。久しぶりに姉や両親とも会えた。

いつの間にか新品になっている65式作業服に着替え、荷物をまとめて、病院を出る。

「お疲れ様です。トレーナーさん。」

出迎えてくれたのは、メジロマックイーンだった。彼女がこの病院を手配してくれたのは言うまでもない。

「やあ、マックイーン。迎えに来てくれたのか?」

「ええ、もちろんですわ。どうぞ、こちらへ。」

「助かるよ。よろしくお願いします。…うおおおお!すっげえ!リムジンだ!え?これに乗るの?乗っていいの?」

初めて乗るリムジンに子供のように興奮する。

「ふふっ。もちろんですわよ。では参りましょうか。」

エンジンがかかり、車は静かに発進した。

「しばらくはこうさせてください。」

彼女は僕に密着するように座ると身体を預けてきた。

事件の影響かはわからないが、最近、みんなとの距離感が近くなった気がする。喜ばしいことだ。

 

車の中でメジロマックイーンが最近の学園の様子を教えてくれる。

川原のことでメディアが連日押しかけていること、学園も建物の修復や生徒やその担当トレーナーのメンタルケア等、事件の後処理に追われていること、その甲斐虚しく、学園を去った者がいること…。

最悪のシナリオは避けられたが川原の思惑通りなところもあるのだろうか。

 

学園に着くと、たづなさんが出迎えてくれた。幸いにも、メディア関係者は今日は帰って行ったとのこと。

退院の報告をしに、たづなさんの案内で理事長室に向かう。

コンコンとノックをして入っていく。中には待ちわびた様子の秋川理事長がいた。

「歓迎ッ!よく来てくれた!そして、退院おめでとう!」

普段と変わらない元気な姿で心なしか安心する。しかし、事後処理やメディア対応で多忙なのは想像にかたくない。

「ありがとうございます。そして、ご心配おかけして申し訳ありません。」

「謝罪など不要ッ!むしろ、この学園を救ってくれてありがとう。そして、そのためにケガを負ってしまって、こちらこそ申し訳ない!」

お詫びと感謝の気持ちとして、トレセン学園の校章があしらわれた帽子をいただいた。購買で売ってあり、部隊帽みたいだから実は買おうと思っていた。

「君が幹部レンジャーを受ける件は教育隊長殿から聞いている。ぜひ励んでほしい。」

「はい。頑張ります。」

「うむ。もっと話したいことがあるが、また別の時間にしよう。君を待ち望んでいる者達もいるはずだ。では、行くが良い!」

「はい。それでは、帰ります!」

理事長とたづなさんに見送られながらドアを開け退室する。

トレーナー室に向け前進していると、後ろから声をかけられた。

「トレーナー!」

ファインモーションが走ってきた。

「ごきげんよう、ファイン。わざわざ迎えに来てくれたの?」

「だって、主役がいないと始まらないじゃん!それに、私、早くトレーナーに会いたかったんだ〜♪」

「主役…?何はともあれ、それは嬉しいよ。ありがとう。」

主役の意味はわからないが、帰りを待ってくれている人がいるのはありがたいことだ。

「じゃあ、早速行きましょ〜!えいっ☆」

いきなり抱きつかれた。そして、腕を組んできた。

「よし!行くよ〜!レッツゴー!!」

ファインモーションに半ば強引に引きずられたため、体勢を崩した。それをお構いなしに彼女はトレーナー室とは別方向に歩いていく。どうやら空き教室に行くらしい。

 

ファインモーションに引きずられて入った部屋でまず最初に目に入ってきたのは派手に装飾された室内だった。

「退院おめでとう!!トレーナー君!!!」

シンボリルドルフ達がクラッカーを鳴らす。担当のみんなや同期とそのチームのみんな、桐生院さんとハッピーミーク、アグネスデジタルにSP隊長さんがいた。

「ありがとう。でも、これ全部用意してくれたのかい?」

「ああ、みんなに手伝ってもらってね。」

慌ただしく動いているって、パーティの準備だったのか。そして、主役というのもきっと僕のことだろう

「トレーナー、もう大丈夫なの?」

トウカイテイオーが心配そうに声をかける。

「うん。問題無いよ。心配かけてごめんね。」

「気にしないでよ。その…ボク達がつけたキズのせいでもあるし…。」

彼女の顔が暗くなる。

 

想像通り、好感度反転薬の効果で僕に暴力を振るったことをみんなは気にしていた。最初の方は僕の顔を直接見て泣き出した子もいる。

そんな彼女達と向き合って何とか落ち着きはしたが、このキズはきっと一生癒えないのかもしれない。

「まあ、気にしないでよ。みんなが元に戻って何よりだよ。僕も傷は回復していっているしね。それでいいじゃないか。」

トウカイテイオーの頭を撫でると、彼女の顔は次第に明るくなっていた。

「ボク、今日はトレーナーに甘えちゃうもんね!」

そういうと否や、彼女は僕の膝の上に座る。

瞬間、メジロマックイーンの目付きが険しくなった。

「テイオーさん、抜け駆けは良くないですわよ?」

「そう言うマックイーンこそ、トレーナーを迎えに行った時、僕達を出し抜こうとしたんじゃないの?まあ、どーせ失敗したんだろうけどね!」

「あら?そうでもありませんわよ?高級車を見て子供のように喜ぶトレーナーさんなんて見たことないでしょう?貴方。」

「「むむむむむむ………。」」

「2人とも、喧嘩はよせ。」

シンボリルドルフにたしなめられて、トウカイテイオーは僕の膝からしぶしぶ降りた。しかし、2人はドス黒いオーラを放ったままだ。怖っ……。

「コホン、それでは改めて……トレーナー君の退院を祝して、乾杯!」

乾杯!とみんなが復唱する。先ほどの空気とは一転して、にぎやかな雰囲気となった。こうして、ささやかなパーティが始まった。

 

しばらくすると、ノックの音が聞こえる。

「失礼ッ!お楽しみのところ申し訳ない!」

「お邪魔します。」

理事長とたづなさんがやってきた。

「よく来てくださいました。」

シンボリルドルフが出迎える。一緒に入口に向かう。

「うむ!君達を労うために駆けつけたのだッ!」

「そうだったんですね。ありがとうございます。」

部屋もいっぱいいっぱいになりそうだ。そして、食べる物も少なくなったため、何名かが買い出しに出掛けた。

談笑の最中、みんなは川原との闘いの話をし始めた。

「トレーナーって、やっぱりすごいよね〜。あのパワーアップした川原をボコボコに倒しちゃうなんて!カッコよかったよ〜!」

かしこくもファインモーション殿下からお褒めの言葉をいただいた。実はかなり危うかったのは黙っておこう。

あわせて、どこで見てたのかはつっこまないでおこう。

「私もそれ思います!特にトレーナーさんの蹴り技!本当にすごかったですよ!」

桐生院さんが興奮気味で言う。身体能力がウマ娘と同じになった以上、その脚力を活かさないわけにはいかないよね。

「アッパーもキレイだったねえ。ところで、トレーナー君の格闘スタイルはシステマ?それともクラヴ・マガ?」

実は格闘技大好きな同期が聞いてきた。

「そこは意識してないな。強いていうなら自衛隊格闘術かな。…合気道の要素もいれたかな?」

「合気道はカレン直伝なんだよ!」

カレンチャンが胸を張る。

「トレーナー様は徒手格闘もご堪能なんですね。今度、我々と手合わせをお願いしても?」

「あっ!それ良いかも。全然ありよね、トレーナー君?」

SP隊長はイタズラな笑みを浮かべて言い、同期が便乗する。

「なし。殺す気か。」

訓練を受けたウマ娘相手にスパーリングは自殺行為に等しい。

「…冗談ですよ。半分くらい。」

もう半分は本気なのか。

 

「トレーナー君、少し聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」

声の主はアグネスタキオン。

「どうぞ。」

「君の強さの秘訣は一体なんだい?私の薬をここまで活用できる人は初めてだよ。」

「ああ、それは……。」

僕は考えうる自分の強さの秘訣について説明した。主に精神論的なことが多いが。

「ふぅン…、なるほどねぇ……。なかなか興味深いよ。健全な精神に健全な肉体が宿る、か……。」

「…不思議ですね。あなたが精神論を支持するなんて……。」

マンハッタンカフェがアグネスタキオンに話しかける。

「ん?私は別に、精神論は嫌いではないよ。」

そう言って、アグネスタキオンはニヤリと笑みを浮かべる。

「まあ、私としても、被検体は強い方がいいからねぇ。これからも頑張ってくれたまえ、モルモット君。」

「うん、ありが……今なんて言った?」

「モルモット君と言ったが?」

「なにゆえ?」

「何、これから君には私の実験に付き合ってもらいたくてね。如何せん、同期君はウマ娘。薬剤に対する耐性が強くてね。効果がハッキリとわからないんだ。例外は好感度反転薬だが、あれは偶然の産物だ。それに対して君はヒトだ。私の薬の効果を検証するにはちょうどいい!ウマ娘の限界…、そして可能性…。ぜひとも突き詰めていきたいものだ。あぁ…楽しみだ!」

と饒舌に説明してくれた。

どうやら、彼女のマッドな研究に付き合わされるようだ。先が思いやられる…。それにしても、いつか彼女はどこかで痛い目を見た方が良いだろう。偶然の産物で危うく学園崩壊の危機だ。逆に彼女の発明品で助けられた場面もあったが。

「トレーナーさんも…大変ですね…。何かあったら……私に教えてくださいね。お話を聴きます。その時は美味しいコーヒーを淹れますので…。お友だちにも協力してもらいます…。」

マンハッタンカフェに同情される。

「ありがとう。その時は頼むよ。」

 

 

小一時間経つと、買い出しに行った子達が帰ってくる。

「「「「ただいま戻りました。」」」」

同期のチーム(一部)+ゴールドシップとライスシャワーが帰ってきた。

そうだ、同期のチームメンバーを紹介しよう。

先程の、アグネスタキオンとマンハッタンカフェ、そして…。

「会長。頼まれていたケーキを買ってまいりました。」

エアグルーヴ。

同期のチームリーダーで、トレセン学園の生徒会副会長を務めるウマ娘だ。

「やっぱり肉だな。これがないと始まらない。」

高そうな肉を机に置いたのは、ナリタブライアン。

彼女も生徒会の副会長であり、その実力はかなり高いらしい。現在、2冠目。

「わぁ〜すご〜い。」

「ご苦労だった。2人とも。」

ファインモーションがケーキと高級肉に興奮し、シンボリルドルフが2人を労る。

「ついでに、商店街の人達からおすそ分け、もらっちゃいましたよ〜。」

「やるじゃん!ネイチャ!」

トウカイテイオーに褒められた彼女の名は、ナイスネイチャ。

「私も張り切って荷物を持ちましたよ!前腕筋が喜んでます!」

メジロライアンだ。

「えっ?私の紹介それだけ!?」

「貴女は何を言ってるんですの?」

メジロマックイーンがツッコミを入れる。

メジロライアンは、メジロマックイーンと同じ、メジロ家の令嬢だ。

彼女とはライバル関係にあるが、2人は仲が良い。

「最初からそうしてくださいよぉ!」

「だから貴女は何を言っておりますの?」

思考が読まれていたのだろうか。

「皆さん。食後のデザートが5分もすればできます。自信作です。」

「私とフラッシュさんの合作です。」

そう言って現れるのは、エイシンフラッシュとミホノブルボン。どちらもクールで正確無比な娘達だ。

「うおおお!スゲェな!」

「ブルボンさん!すごい!」

買い出しから戻ったゴールドシップとライスシャワーが歓声をあげる。

以上8名が同期のチームである。

ちなみに、現在、エアシャカールとアドマイヤベガをスカウト中とのこと。

チーム名は『ローリエ』だ。

月桂樹のことで、勝利の象徴だ。似たような名前を持つウマ娘がこの学園にいるのはここだけの話。

「では、またみんなが集まったところで、仕切り直しといこう。」

シンボリルドルフが提案する。その声に全員が賛同する。

「それじゃあ、カンパーイ!!」

「「「「かんぱーい!」」」」

また会場は賑やかになった。

「せっかくケーキも買ってきたのだし、景気良くいこう!」

皇帝陛下のダジャレですぐに沈黙してしまったが。…約1名を除き。

 

 

気づけば時刻は午後10時を回っていた。外泊届けを出しているのだろうか、みんなはまだ残るとのことだ。女子会ですって。

「じゃあ、みんな、僕はここでお暇させてもらうよ。」

そういうことで、寮に帰ることにした。

「わかった。トレーナー君。おやすみ。」

「おやすみなさい!」

「おやすみ、お兄さま。」

「お兄ちゃん!ゆっくり休んでね。」

「ありがとう。君達も夜更かししないようにね。生徒会の3人と大人達もいるから大丈夫だろうけど。」

みんなに見送られながらその場を後にした。

 

明くる日の朝。

担当契約書を提出しに理事長室へ向かう。

契約相手は何を隠そう、アグネスデジタル。彼女の中に眠る才能的な何かを見出した。

きっと前人未到の成績を残すだろう。そう思うといてもたってもいられなくなった。

入院中、彼女と契約することを伝えた。

「ひょえええ〜〜!!デジたんもとうとうトレーナーしゃんがががガガガ!!!しかもウマ娘ちゃん達に囲まれてぇ……あぁ^〜……。」

と、気絶してしまった。

一緒に見舞いに来てくれたアグネスタキオン曰く。

「幸福と申し訳なさでショートしたんだろうねぇ。まったく、つくづく面白い子だねぇ。アグネスのやべー方と呼ばれるだけあるよ。」

それは多分君もだろう。

さておき、気絶してしまったのではっきりとOKかどうか聞けなかったが、反応的には了承したとみなしてよろしいだろう。

そうこうしているうちに、理事長室にたどり着く。

ノックをして、返事が聞こえたので入っていく。

そこには、やはり秋川理事長の姿があった。たづなさんは不在のようだ。

早速、契約書を提出する。

「承認ッ!これからアグネスデジタル君と共に頑張ってくれたまえ!今後の活躍をますます期待しているぞ!」

「ありがとうございます!」

そう言って、理事長室をあとにする。

「さてと…。」

次はトレーナー室に向かう。

近づくにつれ、室内の賑わいが聞こえてくる。ノックしてドアを開ける。

「おはよう。」

「トレーナーさん!おはようございましゅ!」

「あっ、トレーナーだ!」

「おはようございます。」

「おはよう。」

「おはよ〜。」

中に入ると、既に全員揃っていた。同期と桐生院さん、たづなさんもここにいた。

「トレーナーさん!あたしとの契約はどうなりましたか!」

アグネスデジタルが聞いてくる。

「ああ、承諾されたよ。」

「よかったですぅ〜……。」

アグネスデジタルはほっとした様子だった。逆に反対される理由はないと思うが。

「デジタル。これからは私達と一致団結して、歩んでいこう。」

「よろしくね〜。デジタル!」

「私もよろしくお願いしますわ。」

「うん!みんなで一緒にがんばろ〜!」

「アタシ達も最高にロックな顔ぶれになってきたな。」

「デジタルさん、よろしくお願いします!」

「一緒に頑張りましょう!!」

「はい!みなしゃま!デジたん、精一杯お仕えさせていただきます!」

こうして、僕は8人目の担当バを持ったのであった。

「ところで、トレーナー君。幹部レンジャーについてはみんなに教えたの?」

同期に質問される。

「あっやべっ、まだだった。そうだ。それについて話しておかないとね。」

彼女の呆れてそうな視線を浴びながらみんなに説明を始める。

「僕は8月下旬から約13週間、静岡県の富士学校というところで、陸上自衛隊の幹部レンジャー課程を履修することになったんだ。その間、僕はここにいない。そして、教育がある間は君達のトレーニングをまともに見ることができない。もちろん、その間のトレーニング内容やレースプランは考えてある。」

「私と桐生院ちゃんで君達のことはしっかり見るから安心してね!」

「「「「「はい!!!!!」」」」」

「伝えることは以上かな、何か質問はある?」

みんなは首を横に振る。

「よし、じゃあ、この話は終わり。」

話を切り、書類を机の上に置く。

「トレーナー君。その紙はなんだ?」

シンボリルドルフが目ざとくとある書類を見つける。

「これ?チームの結成届けの書類だよ。」

「「「「チーム!?」」」」

見事なハモりだ。

「そう。今は、それぞれと担当契約している形だけど、チームにすることで、ひとまとめに管理することができるんだよ。それに、色々と特典があるしね。えーと、詳細は……。」

「トレーナー室が広くなったり、トレーニング機器もグレードアップしたりします。あと、諸経費の負担とか金銭的な補助もあります。」

僕の代わりにたづなさんが説明してくれる。

「たづなさん。ありがとうございます。そんなわけでチームを作ろうと思うんだ。」

ワーワーと歓声が上がる。

「ならば、チーム名を決めようではないかトレーナー君。」

シンボリルドルフが提案する。うんうんと、チームのみんなもそれに首肯する。

「そうだね。じゃあ、せっかくだし、チームの名前はみんなで話し合って決めよう。では、会議にかかれ!」




幹部レンジャーを(半ば強制的に)受けることになったトレーナー3尉。ケガから復帰してすぐに素養試験の準備はなかなかエグい。

さておき、数ヶ月ぶりに投稿です。ご無沙汰してます。
続きを書き溜めたデータが消えて泣きました。加えて、F県の某市で剛健な日々を送っいてるのでなかなか更新できませんでした。
久しぶりみたら更新されてる!みたいな気持ちで待ってもらえると幸いです。

評価・コメント、大変励みになりますのでよろしくお願いします!


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番外編
番外編① トレーナーの経験談~水陸機動団編その1〜


番外編1話を投稿します。
本編よりかなり短めです。

時系列的には7話の前になります。


長崎県佐世保市相浦。

ここには陸上自衛隊水陸機動団が駐屯している。

 

その隷下部隊、第1水陸機動連隊。

とある小隊が訓練のため、整列している。

「気をつけ!」

小隊長の青年の登場とともに、陸曹が号令をかける。それに合わせ、隊員たちは不動の姿勢をとる。

「敬礼!」

一斉に挙手の敬礼を行う。

受礼者たる小隊長が答礼し、手を下げると、隊員達も手を下ろす。

 

「休め。では、これより格闘訓練を実施します。」

小隊長たる者の名はトレーナー3等陸尉。

ここに来て1年も満たない初級幹部だが、真面目な性格のためか、小隊の隊員からの信頼は厚い。

2022年3月から自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程のために朝霞駐屯地へ異動、翌月4月にトレセン学園へ3年間研修に行くことが決まっている。

 

「今回の格闘訓練は、徒手対短剣、徒手対小銃、一対多といったように自分に不利な状況を想定して行います。」

どんな状況であっても、対応できるように鍛えるのが目的だ。

不利な状況を覆してこそ、精鋭だ。

 

「私も皆さんに混ざって、訓練に参加します。なので、遠慮なく攻撃してきてください。」

一部の陸士達は驚くが、陸曹達は彼の考えを理解していた。

「小隊長。まずは、私が相手しますよ。」

上級格闘指導官の2等陸曹が声をかけた。

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

トレーナーは、2等陸曹の前に立つ。

互いに礼をし、構えを取る。

 

…決着はあっという間だった。

2分足らずで、トレーナーは地に伏していた。

あまりの強さに、周りの隊員達は言葉を失う。

「……いたた…。」

トレーナーはなんとか起き上がる。

「次は、徒手対小銃ですね。よろしくお願いします。」

トレーナーは、土を払いながら言った。

 

…今度は1分足らずに決着がついた。

またしても、トレーナーは地面に倒れていた。

「小隊長、大丈夫ですか?」

「えぇ、何とか。」

心配そうに声をかけてきた2等陸曹に対し、トレーナーは立ち上がる。

「しかし、流石は上級格闘指導官。動き方といい、捌き方といい、勉強になりました。」

「とんでもない。小隊長もなかなか筋がある。どうですか?これを機に、本格的にやってみませんか?」

「それはありがたい申し出ですね。3月までになりますが、お願いしたいです。」

 

そんなやり取りが行われた後で、他の隊員達ともそれぞれ格闘訓練を行った。

ベテランの陸曹達は2等陸曹程ではないがそれでも強く、陸士達はまだまだ伸びしろがあるが、気合いは陸曹達に負けていない。

さすがは精鋭部隊なだけあって、全体的にその練度は非常に高い。

トレーナーは改めて、指揮官としての未熟さを痛感するのであった。

 

 

課業終了後、トレーナーは仕事を終わらせ、グラウンドへ向かう。

そこには既に上級格闘指導官の2等陸曹がいた。

「お疲れ様です。これからよろしくお願いします。」

「こちらこそ。では、早速始めましょう。しばらくは徒手格闘を徹底して教えます。」

 

その後、トレーナーは格闘指導を受けた。

「突きはもう少し腰を入れる!こう!」

「重心の移動を意識!よろけたら相手にチャンスになります。」

 

それは来る日も来る日も行われた。

2等陸曹の的確なアドバイスのもと、トレーナーはメキメキと自衛隊格闘のセンスを上げていった。

次第に応用もできるようになった。

そして、徒手格闘においては2等陸曹相手に数十分も闘えるようになった。

「小銃や短剣ではまだまだ敵いませんね。」

「それでも確実に成長していますよ。あとは、絶えず経験を積むことです。3年間、トレセン学園に行かれるでしょうが、身体が覚えていればある程度は大丈夫でしょう。」

それまでの間、しっかりと身体に覚え込ませていきましょうと2等陸曹は言う。

トレーナーは、はい!と返事をする。

 

この時の訓練がトレセン学園の生徒を守るために活かされたのはまた別の話である。

 

 

「という話があってね。」

トレーナー室。

トレーナーの陸上自衛隊での経験談が聴きたいと、彼の担当バ達が押し寄せてきた。

「なるほど。トレーナー君にとって、その方は部下でもあるが、師匠でもあるんだね。」

シンボリルドルフが、紅茶を飲みながら言った。

トレーナーもその言葉に頷きつつ、コーヒーをすする。

 

「ねえねえ!他に話はないの?」

元気にさらなる話を求めるのはトウカイテイオーだ。

「うん。まだあるけど、とりあえず今日はここまでね。」

「えー!ボク、もっと聞きたいんだけどなぁ……。」

「私も興味ありますわ!」

メジロマックイーンも便乗してくる。

「わかったわかった。いずれ近いうちに話すから、今は我慢してくれないか?」

トレーナーの言葉に、渋々といった様子で納得したようだ。

 

「ねえトレーナー!質問良いかな?」

「どうしたファイン?」

「どうして、トレーナーは部下のみんなと一緒に訓練したの?」

ファインモーションが疑問を投げかける。

「いろいろあるけど、強いて言うなら、指揮官として、彼らの実力をその身で知らなければと思ったからだね。あとは、彼らが強くなるために、僕自身も強くならないとって思ったからかな。」

「ふぅん……そうなんだ。」

「この気持ちはトレーナーとして勤務してる今も大事にしてるよ。君達のトレーナーとして、君らの実力をしっかりと把握しないといけない。そして、君達の勝利のため、僕も自己研鑽を怠らない。」

トレーナーは担当達の目を見据えて言った。

「さすがはトレーナー君だ。報恩謝徳、君のその気持ちに応えられるよう、私達も精進しようじゃないか。」

シンボリルドルフのその言葉にトウカイテイオー達はうなづく。

 

皆の思いは同じだ。

 

トレーナーは、ありがとうと呟き、再び仕事に戻った。

その手にゴールドシップの問題行動に係る始末書を握りながら。




本編は時間を見つけ執筆していきます。

今しばらくお待ちください。


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番外編② お出かけ1

前回から1ヶ月経ったことに驚きです。
番外編2話目、お楽しみください。


時系列的には、1話目の後〜3話目の前になります。


私の名はシンボリルドルフ。

トレセン学園の生徒会長をしている。

巷では、皇帝と呼ばれているらしい。

 

そんな私の担当トレーナーは、少々特殊な人だ。なんでも、陸上自衛隊から研修のためにこのトレセン学園にやってきたという。

トレーナーとしては新人も同然である。しかし、彼は良いトレーナーになると思う。

その根拠はわからないが、そう思わせるだけの何かがある。

質実剛健。それが初対面での印象だ。

ただ、少しだけ問題があるとすれば責任感が強すぎることだ。

いつか心を壊さないか心配だ。

 

私は今、そんな彼と初めて二人でお出かけしている。

今日は、トレーニングのない休日。

「ルドルフ、どこか行きたいところはある?」

「トレーナー君が行きたい所ならどこでも。」

私がそう答えると、トレーナー君は困ったような表情を浮かべ、

「じゃあ、適当に街を散策してみよう。」

と提案してくれる。

「ああ、わかった。」

私は彼の隣で微笑む。

 

彼と出会って早1ヶ月。

打ち解けたのは早かったし、色々と話をする機会はあったが、それでも私は彼のことをもっと知りたい。彼と一緒に居たい。

 

きっと私は彼に一目惚れしたのだろう。

「……ん?どうしたのルドルフ?」

私がじっと見つめていることに気づいたのか、彼が尋ねてくる。

「ふふっ、何でもないよ。さぁ行こうか。」

 

 

街の散策もほどほどに私達は昼食を摂ろうと、ファミリーレストランを探す。

すると、見知った人物が目に入った。

「あー!カイチョーとトレーナーだ!」

トウカイテイオーだった。

彼女は私達を見つけるなり駆け寄ってくる。

「偶然だね〜!2人でお出かけしてたんだ!」

「まぁね。」

「うむ、そうだな。」

私達は二人揃って返答する。

「ねぇねぇ、ボクも一緒に行っていいかな!?」

テイオーが目を輝かせながら聞いてくる。

断る理由はない。むしろ歓迎すべき事態だ。

「もちろんだとも。是非おいで。」

「わーい!ヤッターー!ありがとう!!」

こうして私達は3人で食事をすることになった。

 

行きたい店があるんだというテイオーの言葉に従って、案内されたのはありふれたファミリーレストランだった。

「いらっしゃいませー。3名様ですか?空いてる席にどうぞー。」

店員さんの案内に従い、席に着く。

 

「ただいま、ファミリーキャンペーンを開催中です。御家族1組に無料でドリンクバーを提供してます。」

どうやら家族と間違えられたようだ。

「あ…。家族じゃないんです…。」

すぐにトレーナー君は否定する。

「も、申し訳ございません!ご注文が決まりましたらお呼びください!」

店員さんが厨房に戻る。

「…ボク達なんで家族に間違えられたの?」

「「さあ?」」

 

気を取り直して、メニュー表を見る。

「これこれ!この期間限定メニューを食べて見たかったんだ〜。」

テイオーはメニュー表を指さしながら満面の笑みで言う。

メニュー表には、『はちみーフェア』と書いてあった。

 

「ボクはオムライスとこれにする!」

テイオーは『はちみーたっぷりパフェ』を指さした。

「これはまた随分と甘そうな…。」

トレーナー君は笑みを浮かべている、心無しか嬉しそうだ。

なるほど、甘い物が好きなのか。

覚えておかなければ。

「2人は何にするのー?」

「僕は日替わり定食にしようかな。」

「では、私も同じものにしよう。」

「えー?2人は期間限定メニュー頼まないのー?」

「私は遠慮しておくよ。」

「僕はどうしようかな…。」

隣にいるトレーナー君は悩んでいるようだ。

 

「期間限定だよー?今食べないと後悔するよー?大丈夫なのー?」

テイオーは、どうしようかと独りごちるトレーナー君を煽るように言う。

「…よし、頼もう。」

トレーナー君は決意を固めたようだ。

店員さんを呼び、注文をする。

「オムライスと日替わり定食を2つ、はちみーたっぷりパフェと…。」

 

トレーナー君はメニュー表を指さしながら注文していく。

「それと、特大はちみースペシャルケーキを一つください。以上です。」

「「え?」」

並大抵のヒトでは食べ切れないくらいの大きいケーキをトレーナー君は注文した。

しかも、それを躊躇なく注文したので、テイオーと共に驚いてしまった。

「かしこまりましたー。」

店員さんが笑顔で去っていく。

 

「トレーナー…正気なの?病気になっちゃうよ?」

「うん、僕もそう思うけど…。でも美味しそうじゃないか!」

それはそれは満面の笑みで彼は言った。

「そっか……。もっと身体は大切にしてよ。」

テイオーは呆れたようにそう呟いた。私も全く同じ気持ちである。

本当に自分の身体を大切にしてほしいものだ。

 

 

先に出された食事を食べ、デザートが来るのを待つ。

そして数分後、注文したデザートが運ばれてきた。

「お待たせしましたー。こちら、特大はちみースペシャルケーキになります。」

「……すごいねこれ。」

「想像以上だ…。」

メニュー表の写真よりも大きいのではないかと思うほどのケーキが目の前に置かれた。

「それでは、ごゆっくりどうぞー。」

そう言って、店員さんは去っていった。

 

「……トレーナー、ほんとに食べるの?」

「……うん、勿論だよ。」

「無理しないでね?」

「心配してくれてありがとね。じゃあ、いただきます!」

そう言って彼はスプーンを手に取り、はちみつのかかった生クリームを一口食べた。

「うん、おいしい!」

トレーナー君はパクパクと美味しそうにケーキを口に入れていく。

その姿を見て、思わず、

「トレーナー君、1口くれないか?」

と言ってしまった。

「もちろん。」

「ありがとう。」

私は彼の差し出したケーキを一口に切り、頬張った。

「……確かに、これは美味しいな。」

とても濃厚なはちみーの味がする。

 

「ぴ、ぴぇぇぇ……。」

前を見ると、テイオーが顔を真っ赤にして固まっていた。

「ん?どうしたんだテイオー。」

「ふ、二人ってそんな関係だったんだ……。」

一体、何のことだろうか。

「こんな堂々とあーんするなんて……流石に恥ずかしいよぉ〜。」

「「あ。」」

2人で声を合わせる。

そして、お互いに顔を見合わせ、笑い合う。

「これはつい…。」

「テイオー、僕達はそういう関係ではないからね。」

「なぁ〜んだ。」

テイオーは少し安堵したかのように息をつく。

 

「そうだ、テイオーも1口いかが?」

「え!?いいの?やったー!」

トレーナー君はフォークでケーキをすくい、テイオーに差し出す。

「待った。」

私は咄嵯にトレーナー君の手首を掴み、動きを止める。

「ルドルフ?」

「カイチョー?」

「それは私だけの特権だ。」

「え?」

「何言ってんのカイチョー?」

「そうだろ?トレーナー君。」

「……え?」

「ちょっ、ちょっと!どういうことなのさ!」

「そのままの意味だよ。」

「ワケワカンナイヨー!」

テイオーは頭を抱えながら叫ぶ。

 

「トレーナーも黙ってないで何か言ってよ!」

テイオーはトレーナー君に向かって叫ぶ。

「え?あ、うん。」

しかし、トレーナー君は、私とテイオーのやりとりを気にすることなく、再びケーキを食べ始めていた。

既に半分はなくなっている。

「何で何事もなかったかのように食べてるの!?」

「だって……。」

「だってじゃないよ!ボクを放置しないでー!」

「ははは、ごめんテイオー。」

「もう…。ってそうじゃない!ズルいよカイチョーだけ!僕もトレーナーにケーキ食べさせてもらいたい!」

ズルいズルいとテイオーは駄々をこねる。

 

すると、今までのやり取りを見ていたサングラスをかけたおばあさんから、突然声を掛けられた。

「あらあら、仲の良い親子ねぇ。」

「いえ、僕達は決して……。」

本日2度目の誤解に対して、またしてもトレーナー君は否定する。

 

「そうなの?」

「……はい。」

「まあ、これは失礼しました。随分と可愛らしい娘さんと思ってね。」

「ぷふっ。くっふふふ…。」

おばあさんの言葉を聞いて、トレーナー君は吹き出してしまった。

「何笑ってんのー!?」

テイオーはそんなトレーナー君に抗議の声をあげる。

 

ごめんあそばせとおばあさんは去っていった。

未だにトレーナー君は笑っている。

「親子に間違えられたのはテイオーのせいなのかって納得してね。あはは。」

「ひどい!むぅー!」

テイオーは顔を膨らませてそっぽを向いてしまった。

そういうところだぞ、テイオー。

「ほら、機嫌直してくれよテイオー。」

そう言って彼はテイオーの頭を撫でる。

「……うん。」

彼女は素直に受け入れた。

「……ずるい。」

「え?」

「なんでもないよ。」

思わず口から漏れてしまった言葉に、慌てて口を塞ぐ。

……本当に、羨ましい限りである。

 

 

昼食も終わり、レストランを出る。

「美味しかったねー!」

「うん、そうだね。」

「また来よう!」

「うん、そうしようか。」

そう話していると、先程のおばあさんが再び現れた。

「あらあら、やっぱり親子だったのね。」

「だから違いますってば……。」

 

「でも、あなた達からはそれくらい強い絆を感じるわ。」

「……そうですか?」

トレーナー君は首を傾げる。

「えぇ、とても。それじゃあ、これからも頑張ってね。陰ながら見守ってるわ。」

そう言っておばあさんは再び去っていった。

その後ろ姿に既視感を感じた。

もしかすると…。

「次はどこに行こうかなー?」

テイオーの朗らかな声にその考えは打ち消される。

 

「僕は君達に着いていくよ。」

「わかった!じゃあ、次はここ!ほら、カイチョーも行こ!」

テイオーが私達の服の袖を引っ張り催促する。

「わかったわかった。そう焦るな。」

私達の足はそれぞれ同じ方向へ向かう。

その姿はもはや、家族と言っても否定できないだろうな。

でも、それも悪くない。

 

 

所離れて、某所。

「良かった。何とか上手くやっていけてるみたいね。」

広大な草原を見ながら、老婆-というには少々若いか-はつぶやく。

久々に会った青年と少女を想う。

「一目見て、この人ならルドルフちゃんを任せられると思ったけど、この目に狂いはなかったみたいね。…皇帝の理想、全てのウマ娘の幸せ、それは果てない道だけど、あなたなら、あなた達ならできる。これから先に何が待ち受けていようとも、必ず…。」

サングラスを外し、地平線の先を見つめる。

「この大地を駆けて抜けて、どこまでも走り続けて…。全ての人に希望を……。」




現在、本編の方も執筆中です。

相変わらず、亀投稿になりますが、お待ちくださいませ。


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番外編③ 自衛隊とウマ娘のあゆみ

ご無沙汰しております。
本編投稿の前に少しだけ番外編にお付き合いください。

前半はこの作品の設定的な何か。後半はトレーナー3尉の日常的なものになっています(多分)


自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程。

自衛隊所属のウマ娘を指導するトレーナーを養成することを目的に、平成初期に設立された。

 

昭和後期までウマ娘が自衛官になることは認められていなかった。それが平成に入り、ウマ娘にも門戸が開かれることとなった。

ちなみに、ウマ娘が自衛官になることを禁止されていた第一の理由は先の大戦にある。

諸説あるが、連合軍は日本軍のウマ娘に何度も何度も煮え湯を飲まされたそうだ。そのトラウマから、日本のウマ娘を軍事利用することを忌避したかったとか。

自衛隊発足後、ウマ娘にも自衛官の門戸を開くべきという論調はあった。もちろん、当時の政府も国会も検討はしたが結論は出なかった。

しかし、冷戦もあり、キューバ危機以降、議論が急ピッチで進み、あれよあれよとウマ娘への門戸開放の流れになった。まあ、彼女達の教育が始まってすぐに冷戦は終結したわけだが。

 

話を戻そう。

ウマ娘が自衛官として活躍してもらうには、それ相応の教育訓練が必要だ。

その教育訓練が開始される前夜の話をしよう。

1982年。彼女達にヒトと同じ訓練をしても意味がないという課題が生じた。彼女達の身体能力の高さを活用するには、ヒトと同じそれではダメだ。そして、効率よく訓練するには、彼女達の身体やヒトにはない特徴を理解する必要がある。

当然、ウマ娘を指導する教官も必要となる。加えて、部隊で彼女達を統率する指揮官も必要になってくる。

自衛隊はまずその教官と指揮官の養成に着手した。

まずは中央のトレーナーライセンスを保有する自衛官を集めた。ご存知だろうが、中央のトレーナーライセンスは資格取得の難易度が高く、そもそも、そのライセンスがあるならトレセン学園のトレーナーになっているだろうといったところで、その結果は芳しくなかった。後に、地方のトレーナーライセンスも対象にすべきだったと反省することになるが、省略する。

この結果を受け、自衛隊は組織内でトレーナーを養成しようと企図した。だが、前例のないことである。ノウハウはどこで培えばいいのかという課題が立ちはだかった。

そこで自衛隊が目を向けたのが、日本ウマ娘トレーニングセンター学園である。

とりわけ、そこに所属するトレーナーという職に注目した。

トレーナーとしての経験を積むことで、ウマ娘を指導するノウハウを取得できるのではないかと考えたのだ。

自衛隊はURAに交渉し、その結果、1年間、トレセン学園に30名の自衛官を派遣することとなる。これは1985年のことである。

これが自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程の先駆けとなる。当時はウマ娘指導官研究課程と呼ばれていた。

 

1期生の1人、巽在明1尉は所感として、この研修は非常に有用であるが、期間が1年間ではノウハウを習得するには不十分であり、少なくとも3年の期間は必要と述べている。

それを受け、2期生以降は3年の期間でカリキュラムが組まれた。また、2期生の隊員は全員、トレーナーライセンスを取得している状態で研修に臨んだ。そのため、人数は10名と少なくなったが、持ち前の知識と現場の経験も合わさって、質の高い成果を持ち帰ることができた。サブトレーナーとして学園のトレーナーを補佐した隊員が多数いたという。

3期生は前年に引き続き、トレーナーライセンス保有者15名が研修に行った。この時から、隊員はトレセン学園において、トレーナーとして学園の生徒と担当契約を結んで共にトゥインクル・シリーズを駆け抜けるようになる。

当然、自衛官に学園の生徒達を任せるのは如何なものかという声もあった。

しかし、それはとある自衛官の担当ウマ娘がG1を制覇したことにより、払拭される。他の隊員も重賞勝利等、優秀な成績を修めることができた。

4期生の隊員達は複数の生徒達と担当契約を結びチームを結成した。これにより、本格的に多数のウマ娘を指導する識能を身につけることができた。

5期生では、URAからの希望もあり、各地方のトレセン学園にも研修に行くことになる。幸いにも、地方トレーナーのライセンスを保有する隊員は多かった。結果、履修者数は過去最大の70名となった。この期から曹は地方へ、幹部は中央のトレセン学園へとわかれて研修が行われた。そのため、地方トレーナーのライセンスを持つ幹部が中央のライセンスを取らされるということも起きたが、これも省略。

このように、年が経つにつれ、教育内容は充実していった。

また、自衛隊はこの課程を希望する隊員で、トレーナーライセンスを持たない隊員に対して資格取得のための支援を実施した。

これは後に、自衛隊ウマ娘トレーナー資格課程として設置される。

 

そして、1989年。ついに、ウマ娘の教育が始まる。とはいえ、当初は3自衛隊合わせてもウマ娘の新入隊員は300人しかいなかった。そして、教官も心許ない人数であった。しかし、それでも教育は行われた。

この年から、自衛隊ウマ娘トレーナー教育課程と名称が改められた。ちなみに別名は、T課程またはトレーナー課程。

平成元年は自衛隊のウマ娘元年になった。

 

時が少し経ち、1995年。阪神淡路大震災が起きる。

この時に、ウマ娘の能力を最大限に活用した災害派遣が行われた。

彼女達は、救助や復興に大きく貢献した。

警備犬と共に、瓦礫に埋もれた要救助者を救出したり、重機を必要とせずに倒木や落石を撤去したり、そして、避難所の支援にあたったウマ娘は被災者にとってアイドル的存在として心の支えになったりと八面六臂の活躍をした。

この災害派遣を期に自衛隊の評価が上がったのは言うまでもないが、あわせて自衛官ウマ娘の注目度も上がった。

 

時は流れ、ウマ娘の教育もその教官の養成も軌道に乗るようになり、自衛隊だけで自己完結できるようになった。

しかし、それでもトレセン学園の派遣が終わることはなかった。

URAたっての希望で自衛官のトレーナーを欲していたのである。

トレセン学園は未曾有のトレーナー不足に陥っていた。結婚、心身の故障等を理由に、退職をしていく者が年々増加しているのが原因だった。そして、難易度の高いライセンス試験を突破する者が減少しており、新人トレーナーをなかなか確保できなかったらしい。

そんな中で、毎年その試験を突破し、3年間しっかりとトレーナーとしてその職を務めあげ、何らかの成果を残している当課程の自衛官は救世主とも言える存在だ。

そんなわけで、URAは自衛隊にトレセン学園へのトレーナー派遣の継続を強く望んだのだった。

これについては内外問わず、やはり批判があった。癒着になるのではないかというのはよく言われた。

しかし、自衛隊としてもURAとの良好な関係を築きたかったことと、質の高い教育を施すにはトレセン学園での経験が必要と判断したため、これを了承した。

そして、今に至る。

 

「『こういった経緯から、自衛官はトレセン学園に派遣されている』と……。」

トレーナー室。

担当の子達のトレーニングも終わり、パソコンでプレゼンテーションを作成している。

以上の語りは全て、トレセン学園の生徒に対する講話の一環として話すものだ。もちろん、内容はもっとソフトで優しい表現にはする予定だが。

これは遡ること、約2週間前…。

 

「要望ッ!この学園の生徒達に対して、講話をお願いしたい!」

秋川理事長に呼び出されたと思えば、急にこんなことを言われた。

びっくりしたね。

隣では、たづなさんが申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「あの、急にそんなこと言われても……何を話せば良いんですか?」

「提案ッ!自衛隊について話すのはどうか?我々にとって、自衛隊は近くて遠い存在だ!ぜひとも、君の口からどういった組織か説明してほしい!」

「はあ……。」

「無論、教育隊長殿には話を通しているぞ!自衛官募集に貢献してくれとのことだ。」

少し破天荒なきらいがある教育隊長のことだから、面白そうとか思って承認したのだろう。

…まあ、できないことはないかな。

「わかりました。やってみます。」

こうして、僕は講話に向け準備を進めることになった。後日、生徒の数の関係上、中等部、高等部とに分けて実施すると伝えられた。

準備については、同期や生徒会が協力してくれた。特に、シンボリルドルフには毎日つきっきりで協力してもらった。日々のトレーニングや生徒会の仕事もあるのにも関わらずだ……。

そのことである日、ごめんねと伝えたところ。

「トレーナー君、私は君から謝罪の言葉を聞くために手伝ってるわけじゃないんだよ。それに、君はいつも私達生徒会の仕事を手伝ってくれたり、見えないところで生徒の学園生活の安全を守ってくれたりもしてくれている。感謝してもしきれないよ。報恩謝徳、これくらい手伝わせてくれ。」

と、至近距離でそれはたいそうなイケメンスマイルで言われてしまった。危うく惚れそうになったのはここだけの話。

 

 

体育館。

何度も推敲や発表練習を積み重ね、ついに講話の日を迎える。今回は中等部が対象だ。しかし、何と生徒数の多いことやら。これをあと高等部にもやるのか……。久しぶりに着た制服にも頑張ってもらわなければならない。

「ただ今から、トレーナー3尉による講話を行う。彼は陸上自衛隊から研修のためここに派遣され、現在、私の担当を務めてくれている。ここに来る前は水陸機動団という精鋭部隊で小隊長を務めていた新進気鋭の若手幹部だ。…では、トレーナー君。こちらに。」

シンボリルドルフに誘導され壇上に上がる。そこから辺りを見回す。

うん、やっぱ多い。だが、人前で話すことは慣れている。なんなら得意ともいえる。

「ご紹介に与りましたトレーナー3尉です。まずは自己紹介から……。」

そこからは自衛隊の概要、先述のトレーナー教育課程について、僕自身の経験談を話していった。

最後は質疑応答の時間となる。

「では、質疑応答に入ります。なにか質問ある子はいるかな?」

まあそんなに質問はこないだろうと高を括っていると。

「ハイ!ハイハイ!!」

と手が挙がっているではありませんか。

真っ先に元気良く手を挙げてくれたのは、僕の担当の1人、トウカイテイオーだった。

彼女は、勢いよく起立し、飛び跳ねながら手を挙げている。

「トレーナーの家族は何をしてるの?」

おっと、いきなり僕のことを質問してきたか。プライバシーに関わらない範囲で答えるとしよう。

「父は小倉レース場の警備員、母はトイレで有名な会社の社員、姉は地元の市役所職員、妹は防大生だよ。」

「そっか…なんて言うか…。お堅い仕事が多いね…。」

そうは言ってくれるなテイオー。僕達3きょうだいが公務員になったことを両親は気にしてるんだ。

「…ほ、他に質問がある子はいるかな?」

「はい。」

次に手を挙げてくれたのは、これまた僕の担当のメジロマックイーンだった。

「トレーナーさんの好みの女性は一体どんな方でしょうか…?」

やや控えめな声音と共にまたまた僕に関する質問がきた。

しかし、答えにくい質問だ。思ったことを素直に言っていくか。

「カッコイイ女性、元気な子、お淑やかな子、好奇心旺盛な子、一緒にいて面白い子、庇護欲が掻き立てられる子、魔性な子、好きなものに一直線な子…。」

身近にいる女性の性格を羅列してみた。でも、何よりも。

「夢や目標に向かって努力する人が1番だよね。」

おおーという歓声が上がる。

「ありがとうございます。」

メジロマックイーンは礼儀正しくあいさつし、着席した。

2人の質問を皮切りに生徒達は色々な質問をしてくれた。

「胸元で輝いてるのはなんですか?」

「このバッジのことかな?水陸両用徽章っていって、水陸機動団のある教育を受けたらもらえるんだ。」

「この学園に来て印象に残っていることはありますか?」

「新入生の子達と迷子になったこと、某芦毛のウマ娘に無人島に拉致されたこと、何よりも皇帝シンボリルドルフと契約を結んだことが印象深いね。」

舞台袖にいるシンボリルドルフが嬉しそうに耳を動かしているのが目に入った。

「いつも変な服着てるのはなんで?」

「変な服って言わないで。あれは陸自が昔着てた作業服なんだ。スーツやこの制服より動きやすいから着ているかな。本当は、迷彩の戦闘服もあるんだけど、アレはまあ、ここでは逆に目立つから着てないね。もしかしたら、着る機会はあるのかな?」

どうでもいい話だが、外に出る時はウマ娘教育隊の部隊帽を被っている。最近は、トレセン学園の校章があしらわれた帽子を被るのもアリかなと思っている。

「小倉でオススメのデートスポットはありますか?また、彼女をデートに連れて行くならどこに行きますか?」

「うーん…小倉でか…思い浮かばないな。彼女いたことないし。駅周辺かな…?他の街ならあるんだけどね。門司港とかいいかな。」

「ルドルフ会長とはどんな関係ですか?なんか距離近くないですか?付き合ってるんですか?」

「問い詰め方が新聞記者なんよ。彼女とは、担当とトレーナーの関係だよ。距離感については適切だと思います。はい。」

「今、お付き合いされてる方はいますか。」

「なし。」

「そもそもですが、彼女ほしいですか?」

「ほしいです。」

「正直、結婚願望はありますか?」

「ありま……す。」

「奥さんにするならどのような人が良いですか?やっぱ、ルドルフ会長?」

「なんでルドルフがでてくるの!?まあ、そうだね。お互いのことを理解し合えるんならそれで良いかな。」

等々、それはそれは多くの質問をいただいた。ほとんどは僕の恋愛事情に関することだが。この時間は放課後になるギリギリまで続くのだった……。

 

 

「ぬわああああん疲れたもおおおおん。」

トレーナー室。中等部への講話を終えた僕は机に突っ伏していた。

「トレーナー君。今日はお疲れ様。」

そんな僕を労わってか、シンボリルドルフはコーヒーを淹れてくれた。

ありがとう。と顔を上げ、お礼を言う。皇帝にコーヒーを淹れてもらえるとは、なんと贅沢なのだろうか。

「事後のアンケートの結果、とても有意義な時間だったという声が多数だよ。」

見てご覧。と紙束が机に置かれる。手に取って読んでみると、確かに、その意見がたくさん見られた。何が有意義だったかって、質疑応答が有意義だったらしい。

「そんな面白いこと話してないんだよなぁ…。」

「そうとも限らないぞ?多感な皆にとって、君の恋愛事情は刺激的なんだろう。私も君がどういう異性が好みなのか知れて満足だよ。」

「さいですか……。」

改めて、講話の内容を振り返る。

そこから、内容はわかりやすかったか、無駄なところはないか、もう少し話すべきところはあるかを考える。

「質問があるんだ、トレーナー君。」

改善点を考えているとシンボリルドルフから声をかけられる。

「どうした?」

「君の先輩にあたる自衛官トレーナーがここ数年、少なくとも私が在学している間は派遣されていないんだ。その理由は一体何故だい?」

「…あー、上官から聞いた話によると、希望者がいなかったかららしいよ。他にも色々と理由があるっぽいけど。」

それはトレセン学園に来る前に教育隊長や運用訓練幹部から聞いた話だ。

そもそも幹部がライセンス試験をパスできなかったとか、履修者が曹だけだったからだとか。前の教育隊長とトレセン学園理事長の関係が悪すぎたからという話を聞いた。

「でも、来年には何名か来てくれるんじゃないかな?」

あくまでも希望的観測ではある。

今、自衛隊トレーナーは若手幹部が少ない。その確保が課題となっている。それはともかく。

「多分、今年のどこかでこのトレセン学園に見学に来るかもしれないね。恒例なんだ。」

先述のトレーナー資格課程の学生達は、毎年、モチベーション維持・向上のために、レース場とトレセン学園を見学する。そこで将来の自分を思い描いてもらうのである。

「となると、1年後に君にも後輩ができるわけだ。」

「そうなるわけさ。」

色々と教えることはあるだろう。もしも、僕がチームを結成したら未来の後輩はそのサブトレーナーになるのかもしれない。ひょっとすると、ライバルとして立ちはだかるかもしれない。

どちらにせよ楽しみではある。

「さて、高等部への講話の準備もほどほどにしてトレーニングの用意をしますかね。」

グーっと背伸びをして席を立つ。ハンガーに引っ掛けていた65式作業服を手に取る。

「おっと、もうそんな時間なのか。騏驥過隙、君といると時間が経つのが早く感じるよ。」

「そういうものだよ。さあ、ルドルフもトレーニングの準備をしておいで。」

シンボリルドルフに準備を促すと途端にバタンッとドアが開く。

「ヤッホーー!トレーナー!カイチョー!さっきぶりーー!!」

「失礼いたします、お二方。先ほどの講和は大変興味深いものでしたわ。」

片や元気に、方やお淑やかに入室したのはテイマクコンビである。走って来たのか少しだけ息が上がっている。

「お、2人とも思ったより早いね。講話の時間が思ったより長引いたものだからトレーニングに遅れるんじゃないかと心配したよ。そうなると、他のトレーナーのみなさんにも迷惑がかかるからね。」

「大丈夫だよトレーナー!その分ホームルームは短かったし!」

「他のクラスもホームルームが終わっておりましたわ。」

メジロマックイーンの言う通り、外はトレーニングに向かう生徒達が多数見受けられた。高等部の生徒も散見される。

「これだとファインもそろそろ来るだろう。ゴルシは知らん。テイオー、マックイーン、来て直ぐに悪いけど、着替えてトレーニングの準備をしてくれ。」

「「了解!!」」

2人の返事の後、またしてもバタンッとドアが開く。

「ごきげんよう♪わあ!みんなはや〜い!」

ファインモーションのお出ましだ。

「ごきげんよう、ファイン。これからトレーニングだから着替えて…なんだもう着替えているのか。」

「えへへっ。」

ファインモーションはその場でクルリと回ってみせる。

「じゃあ、トレーニングの準備ができたら連絡頼むよ。僕も着替えて準備してくるよ。」

再びハンガーにかかっていた作業服を手に取り退室する。

早いところ動きやすい格好になりたいと考えていたところ、急激に視界が暗くなる。

「ヨッシャア!!野生のトレーナー、ゲットだぜぇ!!!ニックネームは何にしようかなぁ!?」

この声の主は言うまでもなく、ゴールドシップだ。

背後からセミのように張り付いている。腕でヘッドロックされてかなり痛い。

「痛い痛い!いきなり何すんだよ!!」

「いきなり何すんだよと聞かれたら!答えて……待てよ、このくだり前にもやったな。まあいいや。ポ○モンを捕まえるには弱らせてからっていうのはトレーナーの常識だぜ!」

それはトレーナー違いだし、トレーナーを捕まえてどうするのかとツッコミたいことは山ほどある。しかし、そんなことを言っている暇はない。

「とりあえず離してくれ。みんなを待たせる訳にはいかない。」

「おう、そうだな。」

お、意外とあっさり解放してくれるんだな。そう思った瞬間。

「などと、その気になってたお前の姿はお笑いだったぜ。」

「ちょ、ちょっと待って……うわああああっ!!!」

僕は彼女に抱えられて連れ去られていった。

「何事ですの?」

偶然にもトレーナー室からメジロマックイーンが出てくる。

「ゴルシさんがまた何かやってるみたいだねー。」

「懲りないよねー。」

続いて、ファインモーション、トウカイテイオーも出てくる。

「また茶番からの拉致ですか。トレーナーさんもお気の毒に。」

メジロマックイーンは同情するように呟く。

「言ってる場合かー!助けてくれーー!!」

やれやれと言った感じで3人はゴールドシップを追いかけはじめた。

「いや、待てよ。ゴルシ、このままトレセン学園を走り回ってくれないか?今日はこれをトレーニングとしよう。」

「ほう。鬼ごっこがトレーニングか…トレーナー君は奇想天外な考えをする。」

いつの間にかシンボリルドルフに追いつかれていた。獲物を狙うライオンのような目をしている。

「クソっ。さすがはカイチョーさんだぜ!だが、捕まる訳にはいかねえ!トレーナー、スピード上げるぜ!第1戦速!」

君たちは第1戦速以上出せるだろというツッコミは野暮だろう。

「ふむ、ならば私も本気で行くぞ。」

シンボリルドルフも負けじとスピードを上げる。

「あっ!ボクもトレーナー背負って走ってみたい!」

「そういえば、わたくしもヒトを背負って走った経験はありませんわね。なぜでしょうか…興味が湧いてきましたわ!」

「私も!よーし!みんなでゴルシさんを捕まえよう!」

こうして、鬼ごっこという名のトレーニングが始まった。しばらくすると、参加者が増えていた。

「面白そうなことしてるじゃん!トレーナー君。よし、私達のチームも加わるぞ!」

「お兄さま、ライス達も参加するよ!」

「あらあら、みなさん。今日も精一杯トレーニングに励んでますね。くれぐれもケガには気をつけてくださいね。……やっぱり私も混ぜてください。」

ちなみに、この鬼ごっこはたづなさんのワンサイドゲームになるまで続いた。




本編は1章完結分だけ書きだめております。
あとは、見直しをして皆さまにお届けします。


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番外編④ IFー防人の屍こそがやまとなれー前段

本編の投稿前に1章のifストーリーを書いてみました。2本立てです。
11話から分岐します。


東京都府中市にトレセン学園あり。トゥインクルシリーズで頂点を目指すウマ娘が集う学校。

しかし…。

「トレセン学園生徒諸君に告ぐ!今すぐ暴動を止めなさい!今すぐに!暴動を止めなさい!」

今は暴動の真っ只中にいた。

学園全体に響くような声で警視庁機動隊の警官が拡声器を使い叫んでいる。その声は焦りと恐怖で満ちていた。

無理もない。相手は自分達よりも何倍も大きな力を持った存在だ。

「クソッ!せめてこちらの話を聴く耳をもっていれば…。」

「中隊長!あれを……!!」

一人の隊員の声に中隊長と呼ばれた男は目を見開く。

そこには、制服を着た学生と思しき集団がいた。しかし、どうもただの生徒とは思えない。

彼女達のその手には…。

「89式5.56mm小銃にバズーカ砲だと!?なぜ学園の生徒がそんなものを!まさか!?」

「はい!あの集団には恐らく自衛隊の者も含まれると思われます!」

「くそっ!なぜ自衛隊がここにいるんだ!」

中隊長は頭を抱える。

これではまるでクーデターではないか。

「あぁ……こんなことになるなんて……。一体誰が……。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

府中市某地点。

「隊長。こちらを。」

そう言って部下から渡された新聞を手に取ると僕はトレセン学園の方を見る。

「そうか、第1普通科連隊所属のウマ娘が離反したか。」

その反応は至って淡白なものだったと思う。しかし、わかりきっていたことだ。

この学園の暴動も第1普通科連隊のウマ娘の離反も全ては好感度反転薬というもののせいだ。首謀者もわかりきっている。

「おのれ川原め…!!」

その首謀者の名を口にし拳を握る。怒りで肩が震えているのを感じた。

川原に対する怒りもだが、何よりも見積もりが甘かった自分に腹が立つ。

 

トレセン学園のトレーナーとして勤務していた自分がなぜここにいるのか説明しよう。とはいえ、どこから説明しようか。

 

まず今の状況として、学園で暴徒と化した生徒を鎮めるために警視庁機動隊が出動した。しかし、それでは対応できないため陸上自衛隊第1師団に治安出動が課された。

次に僕の現状だが、薬の効果が切れるのを見越して放課後まで籠城していた。しかし、その目論見は外れてしまった。効果は切れるどころかさらに生徒達の凶暴性が増してしまった。その理由は、川原がさらに薬を気化して散布したからだ。結果、学園からの避難を余儀なくされた。

理事長と僕の身柄を引き換えに教職員達は無傷で帰してもらったが、職を追われるハメになってしまった。理事長と僕は学園施設内に監禁されたがゴールドシップのおかげで自由の身となった。以降、理事長はどこかに匿われている。僕はこの状況で研修は無理と判断されて原隊復帰となった。そして、事の顛末を自衛隊に報告後、責任を取る形で部隊の指揮官をしているわけだ。とはいえ、その人数は30にも満たない小隊規模だ。

上官によるとこれは別働隊であり、本隊は第1師団である。ゆえに、僕の部隊の任務は本隊の行動を容易にするために活動するとのこと。しかし、事実上は実働のための戦力として投入されたようなものだろう。それも使い捨てだ。本隊は形だけのハリボテといったところか。実際、現場に駐屯するだけで何もしていない。

「隊長、攻撃目標である敵研究施設ですが…。」

名目上、治安出動であるため武器使用には制限がある。しかし、そんなものはクソ喰らえだ。勝ち目のない闘いに良い子ちゃんでいるつもりはない。手段を選んではいられない。どうせもう後はないし生き長らえるつもりはない。それはこの部隊みんなの認識だ。ならばやることは決まっている。

「ああ。武器の使用を許可する。目標は施設の破壊と人質の奪還だ。かかれ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

トレセン学園から少し離れた研究所。その地下。

「やっと完成した。」

私、アグネスタキオンは半ばここに監禁されてあるものを作っていた。それもたった今完成した。

「アグネスタキオン。例のモノはできたのか?」

部屋に入ってきた男、川原はニヤリとした笑みを浮かべながら言う。

「もちろんさ。川原トレーナー。」

私はそう言って私はたくさんの風船爆弾や砲弾、無人機を彼に見せる。

これらは全て好感度反転薬を搭載している。効果はトレセン学園や第1普通科連隊のウマ娘を見てもらうとわかるだろう。

「素晴らしい!よくやったぞ!これで日本は終わりだ!」

彼は歓喜に満ちた表情で叫ぶ。

「教えてくれないか?君はなぜここまでして日本を破滅させたいんだ?」

「簡単なことよ。全ては俺だけの楽園のためさ。」

「楽園……?」

彼の言っていることが理解できなかった。

「俺は全てのウマ娘を支配して、思うままに操りたい。それが俺の願いだ!」

にわかには信じ難い言葉が出てきた。ウマ娘を支配する?そんなことができるはずがない!それになぜ日本を破滅させる必要があるのか?

「ふっ……。信じられないという顔をしているな。まあいい。時期にわかるさ。」

次第に目の前の男に対する嫌悪感が湧いてきた。

「そいつをトレセン学園に搬入するぞ。準備しろ!」

彼は近くのウマ娘達に命じて兵器を動かす。次第に足音は遠ざかっていった。

我ながら馬鹿なことをしたと思う。興味本位で好感度反転薬など作るべきではなかった。しかし、彼に歯向かうと何をされるかわかったものではない。だから従った。

「…トレーナー君、助けておくれよぉ……。トレーナー君…。」

今、1番助けてほしい人はここにはいない。思えば彼には迷惑をかけた。担当でもないのに本当に私に良くしてくれた。

「トレーナー君…。」

しばらく時間が経つと上の階がやかましくなった。

しかし、そんなことは今、どうでもいい。早くこの恐怖から解放されたい。

 

 

「気配なし!クリア!」

「この階には何もありません!」

「了解。ならば、ここからは分散して行動するぞ。1分隊は上階の制圧、2分隊は我と共に地下へ、3分隊はこの階で待機し警戒を行なえ!」

「「「了解!!」」」

隊員達はそれぞれの持ち場につく。

僕も2分隊を従え地下に前進する。地下は薄暗く、ひんやりとしていた。

「人質は…タキオンはどこにいるんだ。」

「隊長!」

2分隊の隊員が何かを見つけたようだ。

僕はその方向に向かう。

そこには一際目立つ扉があり、表札には研究室と書かれていた。

もしかすると…。

「タキオン!」

僕は勢いよくドアを開ける。

「トレーナー君…来てくれたのか…。」

中には、涙目になって弱っているアグネスタキオンがいた。

「大丈夫か!?」

その言葉に彼女は力なくうなづく。身体が震えているのがうかがえる。

「怖かっただろ。もう安心してくれ。」

「うん……。ありがとう。」

彼女に近寄ると、僕は彼女の肩に手を回した。

「何があったかは後から聞こう。撤収するぞ!」

人質救出は容易く完了した。

研究所は予定通り爆破した。アグネスタキオン曰く、もう形も見たくないとのことだった。よほど辛い目にあったのだろう。爆破後の研究所を見て彼女は若干穏やかな表情を浮かべた。

陣地に戻り、彼女から詳しい話を聞いた。

特に気になったのは、もうすでに化学兵器が学園に搬入され、明日にはそれが日本中に散布されること。

これは真っ先に阻止しなければならない。直ちに本隊に情報を共有する。

『それはお前達の方で対処してくれ。こちらは暴徒と離反した1連隊の対応でそれどころではない。』

返ってきたのはそっけない言葉だった。

「クソっ、睨み合ってるだけで何が忙しいだよ!!このままでは日本は終わるぞ!!」

部下やアグネスタキオンの目の前で怒鳴り声を上げる。

「た、隊長…。」

「トレーナー君…。」

「すまない。」

みんなの心配そうな声で我にかえる。こっちで対処して良いのなら好きにやらせてもらおう。

「これより我が隊はトレセン学園に所在する化学兵器を破壊する。各々、情報を収集し、装備を整え次第、深夜に作戦開始だ!」

「「「了解!!!」」」

 

 

トレセン学園生徒会室。

「第1普通科連隊第2中隊中隊長、リベリオンナイト以下250名、あなた方に助太刀いたす!」

離反した第1普通科連隊、その実態は練馬駐屯地に在籍する各部隊のウマ娘の集団であった。普通科を名乗ることで敵の戦略を狂わす、ある種の情報戦略である。

「トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフです。ご協力感謝します。」

両者は互いに手を取り握手をする。

「貴方方のおかげで忌々しい警察を一掃できた。あとは自衛隊をどうにかするだけです。」

「それについては心配に及びません。我が兵力をもって一網打尽にしてやりましょう。なに、数的には不利ですが、所詮は烏合の衆。世論を恐れて攻撃するつもりはないでしょう。ゆえに、私らの敵ではありません。」

リベリオンナイトはそう言い切った。

「まずは手始めにこちらを嗅ぎ回っている小汚いネズミ共から始末しましょう。」

 

夜の帳も降りた頃。

「隊長、大変です!第1普通科連隊の実態は諸職種混合のウマ娘部隊です!」

「なんだって!?」

「さらに、彼女らは既に学園全域に陣地を構築!我々だけでは突破は無理です!」

「なっ……。」

「外からは化学兵器の場所が特定できません!もしかすると…。」

次から次へと聞きたくない情報が舞い込んでくる。

偵察による情報をまとめるも、こちらの不利には変わりない。

弱点を攻めろ。かつて水陸機動団でお世話になった陸曹の言葉を思い出す。

しかし、それすら見えてこない。

敵の隙を見つけるため、もう一度偵察を出そうと考えたその時。

「隊長!ウマ娘の集団がこちらに押し寄せてます!」

スコープで隊員が示す地点を観る。なんということだろうか、こっちの位置はわかってるとばかりに進軍してきている。

迎え撃つか、いや、そんなことしようものなら無駄死にだ。

「撤退だ。逃げるぞ!」

「隊長…それでは…。」

「日本は崩壊の一途を!」

「日本の平和と私達の命!どちらが大事か考えてください!」

「俺達なら闘えます!闘わせてください!」

隊員が口々に意見を言う。

「ダメだ!このまま応戦したら無駄死にだぞ!」

喧騒を一喝する。

「まだチャンスはある。決して諦めた訳では無い。1度態勢を整えてから来よう。」

「……わかりました。」

納得してくれたのか隊員達は全員引き下がりそのまま撤退の用意を進める。

「さて、ここからどうしよう…。」

数少ない時間で強力な軍隊が蔓延る中、これまた数少ない兵力で化学兵器を破壊する。改めてなかなか高難度な任務だ。

 

 

練馬駐屯地第1師団司令部。

「おい、どうなっているんだ!我が駐屯地のウマ娘が軒並み居なくなっているではないか!」

練馬駐屯地司令は怒り心頭であった。

「それが第1普通科連隊の離反と関係があるとのことです!」

「何!?情報源はどこだ!」

「はい!トレーナー3尉率いる別働隊です!さきほど報告がありました!」

「説明しろ。」

「はい!ヤツらの中には第1普通科連隊所属のウマ娘だけでなく、後方支援大隊、通信大隊、特防隊所属のウマ娘もいます。」

「俺達は騙されたのか…?いや、俺が部下達の人員掌握ができてなかっただけか…。」

駐屯地司令は頭を掻きむしりながら言った。

「まあまあ、副師団長。そんなに自分を責めてやるな。」

「師団長……。」

「とりあえず、今は目の前の問題に集中してくれ。」

「はい、承知しました。」

「ひとまず、1普連の隊長に連絡してくれ。そこからどうするかを決める。」

「はい!1普連本部、こちら師団司令部…。」

通信手が連絡をするも反応はなかった。

「仕方ない。他の隷下部隊を動かす他ない。」

この時、師団長達は知る由もなかった。1普連本部は既に壊滅していることを。通信は全て敵部隊に筒抜けであることも。そして、まもなく1師団も壊滅するということも…。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あっちに行ったぞ!!」

「逃がすな、追え!」

ウマ娘部隊が夜闇に紛れて街を駆け巡る。その目的はただ1つ、我の捕縛そしておそらく抹殺。

「小汚いドブネズミ共が!生きて帰れると思うな!」

背後には、リベリオンナイトと名乗るウマ娘を筆頭に兵士が怒号をあげながら追いかける。

「隊長!このままでは追いつかされてしまいます!」

「クソっ!こうなったらやけくそだ!発砲許可!目標、背後の敵散兵足元!各個に撃て!」

「了解!撃て!」

銃声が鳴り響く。弾幕を張り、時間を稼ぐ。

「怯むな!敵は少数だ!数で押しつぶせ!」

しかし、彼女達はひるまない。それどころか更に勢いを増している。

「本隊が出てきてくれたとはいえまずいな……。」

部隊を分散させ撤退を図るも、追っ手の数が多すぎる。

何よりも、どう足掻いてもウマ娘の足には到底かなわない。このままでは捕まるのも時間の問題だろう。

その時だった。

ドォーーーーン!!と遠くで爆発音が響き渡る。

「なんだ!?」

「隊長、あれを!」

隊員の指差す方向を見ると、煙が上がっているのが見えた。

「おそらく無反動砲です!あの方向には2分隊がいますが、彼らは無反動砲は持っていなかったはずです!」

「まさか。」

「最悪の事態は免れません…。」

「クソっ!」

ここに来て、ついに犠牲者が出てしまった。しかし、歩みを止めてはならない。弔いは後だ。

「総員!持っている手榴弾をあるだけぶちまけろ!」

隊員達が一斉に手榴弾をばら撒いた。

「よし、撤退!」

隊員達とともに全力疾走で撤退する。追っ手は来ない。上手く撒けたようだ。

「隊長!あれを!」

一安心していると、隊員が前方を指さす。その方を向くと、そこには2人のウマ娘がいた。

「調子はどうかな?トレーナー3尉。」

「同期……。」

それは最悪の再会だった。そして何よりも彼女の足元には…。

「…お兄ちゃん。」

大事な妹が横たわっていた。




作者は休暇をもらえてテンションあがってます。これで滞ってた育成も積読も解消できます。個人の充実ってやつですね。



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番外編⑤ IFー防人の屍こそがやまとなれー後段

ご無沙汰しております。続きです。


府中市トレセン学園から1km圏内。

「同期…妹…。どうしてこんな所に……。」

「こんな所とはとんだご挨拶だね。何、同期の無様な姿を拝みに来ただけさ。」

そう言うと彼女は妹を起こし、拳銃を突きつける。

「選べ。今すぐ貴様の部隊を撤収するかここでコイツの命を消し飛ばすかだ。」

「撤収する。だから妹は解放してくれ。」

「隊長!?」

同期からの2択に即答すると隊員達が抗議の目を向けてくる。しかし、今はそんなことを気にしている場合では無い。

「ほぅ。任務や部下よりも家族を優先させるか。自衛官失格だな。」

「何とでも言うと良いさ。家族を見捨てる方がどうかしてる。『ここ』は撤退するぞ!」

『ここ』という言葉の真意を理解してくれたのか隊員達は撤退しようとする。

しかし…。

「誰がお前達を生かして帰すと言った?」

「えっ?」

僕が振り向くと同時に銃声が鳴る。

そして次の瞬間には、分隊長が頭を撃ち抜かれて倒れていた。

「「「「分隊長ぉおおお!!」」」」隊員達が悲痛な叫びを上げる中、僕は彼女に話しかけた。

「……どうしてこんなことを?」

今まで共に死戦を乗り越えてきた仲間が目の前で死んだという事実に動揺を覚える。

「どうして?面白いことを聞くね。簡単だよ。敵だから殺しただけ。」

彼女はただ淡々と話すだけだった。

「こっちにはもう戦う意思はなかったぞ!」

「甘いことを言うな貴様は。どうせここで撤退しても別ルートで攻めてくるだろう?だから、脅威を早めに排除した。ここで貴様を殺しても良いけど、それは面白くない。」

そう言って同期は妹を解放する。すかさず、妹を保護する。

「大丈夫だったか?」

「お兄ちゃん……。」

妹はまだ震えているようだったが無事そうだ。ひとまず安心だ。

しかし、その安心もつかの間。

またしても銃声が聞こえた。それも数発。

気が付くと、武装したウマ娘に囲まれていた。そして、全隊員が撃ち抜かれ血の池を作っていた。

「嘘だろ……。みんなぁああ!!!」

「あっははははっ!良い顔だトレーナー君!その顔が見たかったんだよ!家族も部下も守ろうとしたのは良かったけど、その結果がこれだ!落ちてくる実は全て拾うことはできないんだよ!さて。」

同期はひとしきり笑った後、妹に向き直る。

「もう芝居はいいでしょ妹ちゃん。やっちゃいな。」

「了解。同期さん。」

「な、何を…。」

すると、妹は飴を咥え僕を逃すまいとホールドする。

さらに顔を固定され口移しで飴を咥えさせられた。次第に強烈な眠気が襲ってきた。

「おやすみなさい。おマヌケお兄ちゃん。」

意識が飛ぶ前に見えたのはこちらを嘲笑う2人の姿であった。

 

 

トレセン学園グラウンド。

「無人機による化学兵器の投下確認。目標である全国主要基地・駐屯地に効果が出てます。」

「風船爆弾は既に打ち上げ、いくつかは各所にて薬をばらまいています。懸念の航空自衛隊も大きな動きは見せていません。」

「いいぞ。あとはこの砲弾を撃ち込むだけだ。」

首謀者川原は相変わらず下卑た笑みを浮かべる。

知らぬうちに日本崩壊のカウントダウンは始まっていた。

「陸上自衛隊の様子はどうだ?」

「はい。第1師団隷下部隊は薬の効果でまもなく壊滅します。その上級部隊である東部方面隊も混乱状態に。関東・甲信越は陸上総隊隷下部隊を除き脅威は無いものと思われます。」

「他の地区はどうだ?」

「はい、北海道・東北は一部で混乱状態。近畿・中国は同じく混乱状態!しかし、九州・沖縄は未だ確認できておりません!理由は不明です。」

「上々だな!あとは師団規模で潰れてくれりゃコッチのもんだ。」

「無傷な陸上総隊隷下部隊は如何されますか。」

「あぁ。いくら精鋭揃いでもウマ娘の力を持ってすれば赤子に過ぎん。各地で反乱したウマ娘を扇動して対処する。」

「扇動…どのようにしてですか?」

「それを言ったら面白くないだろ。クックック…。」

「そうですね。失礼しました。」

「海空自衛隊もまもなく機能不全に陥るだろう。そうなれば日本の制圧など容易い!」

「自衛隊を抑えればこうも簡単にいくとは……。おみそれしました。」

「なに、日本で派手にドンパチやるには自衛隊動かせばいいってのは誰でも考えると思うぜ?さて…。」

川原は手を掲げる。

「最終段階に移行する!砲弾撃ち方用意!千代田区にぶち込むぞ。国政をめちゃくちゃにしてやる!」

川原の魔の手は遂に政治の中枢にまで伸びようとしていた。

 

 

朝霞駐屯地。陸上総隊司令部。

「総理官邸より連絡です!現在反乱を起こしている自衛隊部隊をクーデターと認定。鎮圧のために武器の使用を許可するとのことです!」

陸上総隊司令官、吉村豊は静かに頷いた。

「わかった。各出動部隊に通達しろ。」

「了解!」

彼の命により幕僚達は慌ただしく通信機器を操作する。

「しかし、困りましたね司令官。首都防衛の要である第1師団が壊滅寸前となるとは……。」

「全くだ。練馬の方は全滅。残る1師団だが、32、34普連隊も時間の問題。各隷下部隊も半数近くが戦闘不能。これはひどい。」

吉村はコーヒーを飲みながら苦い顔をする。

「東部方面隊規模で見ましても、如何ともし難い状況です。12旅団をはじめ各部隊も離反者が続出。こちらはウマ娘のみならず、彼女らに唆された隊員も含まれます。」

「唯一の救いは、我が隷下部隊が健在であることです。」

「そうだな。彼らさえいればあるいは…。だが、問題は…。」

「各地の状況ですね…。」

「西部以外は把握してるが、どこもかしこも酷い有様だ。」

「その西部方面隊ですが…。」

「相変わらず音信不通だろ?原因がわからん以上、どうしようもないな。」

「いえ、先ほど西部方面総監部より報告がありまして……。」

「本当か!?何と。」

「はい。情報を集めたところ、反乱の兆しは見られないとのことでした。」「おお。それは朗報だな。しかし何故西部方面隊は音信不通だったんだ?」

「それが、何かに妨害されていたらしく詳細はわからないとの事です。」

「何かかなりご都合を感じる理由だな…。だが、西部が無事なのはでかいぞ!」

「はい!これで多少なりと状況は改善されるかもしれません!」

吉村が声音を上げると幕僚達の顔にも希望の光が差す。

「よし、すぐに西部方面総監部に連絡をとれ。4師団から援軍を送れとな。」

「了解です。隷下の水陸機動団はどうしますか?」

「…そうだな。水機団は8師団と共に西日本の防衛に当たらせよう。」

「わかりました。至急手配します!」

「頼んだぞ。」

吉村はそう言うと椅子に深く腰掛ける。

 

陸上総隊司令官の決断から数時間後、第1師団司令部。

「もうダメだ…お終いだ……!」

練馬駐屯地司令こと第1師団副師団長は絶望に打ちひしがれていた。

「なぜだ…。なぜアイツらは裏切った……。」

「副師団長、落ち込んでいても仕方ない。」

「師団長は!なぜこのような状況でも平然としていられるのですか!」

冷静な表情を浮かべる師団長に詰め寄る副師団長。彼の情緒はもはや正常ではなかった。

 

数刻前、1普連の全滅を司令部は知った。次の一手を打とうとしたその時、突如通信が途絶したのだ。不審に思った副師団長はすぐに調査を命じたが、その結果は最悪なものになった。以下は第1師団壊滅状態の詳細である。

残る2コ普通科連隊は離反したウマ娘によって壊滅。後方支援連隊、通信大隊、特殊武器防護隊も機能不全に陥った。

第1特科隊は離反。これが痛手となった。砲弾により各部隊は大きな損耗を受けた。

残る偵察戦闘大隊、高射特科大隊、施設大隊、飛行隊は辛うじて存命していたが、もはや組織的な行動は不可能だった。生き残った隊員によると、弾着した飛翔物と謎の音声データによりウマ娘の隊員が急に離反したとのこと。

ともかく、戦闘損耗と非戦闘損耗により第1師団は戦うための戦力を失ったに等しい。

「失礼します。」

そんな時、1人の隊員が入ってきた。隊員という言葉で済ますには階級は高いが。

「おお、確か…中即連の隊長か。どうしてここに?」

「は、はい。ええと、端的に言いますと…あなた方に代わり、我々が当事案に対処することになりました。そ、そのことを伝えに参りました。」

副師団長の問いかけに中即連隊長は若干声を震わせながら答える。

「そうか。となると我々は…。」

「お役御免といったところだな。」

師団長のその言葉に中即連隊長は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「良いんだ連隊長殿、そんな顔をしないでくれ。責められるべきは私なんだ。彼女達に銃を向けるのを恐れ、部下を死なせるのを恐れ、世間の声を恐れ、行動に移せなかった。その結果がこの有様だ。」

「師団長…。」

「首都防衛の要たる第1師団を敗北させてしまったのは私の責任だ。別働隊の隊長から有益な情報を得たにもかかわらず、それを無視した。こんな無能な私を上層部は許さないだろう。」

自嘲気味に笑う師団長。

「中即連が来てくれてありがたいと思っているよ。君達ならば、この争いを鎮めてくれると信じている。」

「あ、ありがとうございます。か、必ずやこの事態を収めてみせましょう。」

そうして、中即連隊長は退室していった。

 

 

ふと目が覚める。視界には見慣れた部屋が目に入る。

ここは1ヶ月前にトレーナー室として使っていたプレハブ小屋だ。私物もいくつか残っている。ただ、ひどい有様だ。壁には穴が空いてるし、床はめくれている。天井も所々剥げていてボロボロだ。

「うっ。いたたたた……。」

床に雑魚寝させられていたため身体が痛む。痛みに耐えながら起き上がる。

起き上がったところでやることもない。むしろ下手に動かない方が身のためだろう。

外では銃撃の音がする。近くで戦闘をやっているのだろうか。

今思うとトレセン学園が戦場になるとは思いもしなかった。たった1人の陰謀により、日本を巻き込む騒動になるとは。とはいえ、自分もその騒動の一端だ。それどころか主要人物である。

しかし、川原はどうやってウマ娘達をあそこまで扇動したのだろうか?単に好感度が反転して悪くなっただけではここまで大規模な暴動は起こせないはずだ。

壊れかけのパイプイスに座りながら思考する。すると、部屋の扉が開いた。

「何奴!?」

咄嵯に身構えるとそこには……。

「やぁ、久しぶりだね。」

シンボリルドルフが立っていた。

「ルドルフ…。」

「調子はどうかな?」

穏やかな口調に反し、敵愾心が伺える。

「どうって、最悪に決まってるでしょ。」

「ハハッ。それは良かった。」

「は?」

「いや、こちらの話さ。」

「で、何しに来たの?」

「いやなに、少し話でもしようと思ってね。」

そう言うと彼女は近くのパイプ椅子に腰掛ける。

「川原トレーナーの悲願。それがまもなく始動する。」

「川原の悲願…。」

「ああ。彼の願いはウマ娘の楽園を作ることだ。」

そう言うと、彼女は語り始めた。

「我々ウマ娘は古来よりヒトと共にあった。時としてウマ娘が歴史の主役となったこともある。しかし、今はどうだ。」

彼女の瞳孔は開いており、怒りに満ちていた。

「ウマ娘の参政権を認めない国、ウマ娘を排斥しようとする団体、そして、ウマ娘の力を利用しようとする人間がいる!川原トレーナーは、そんな世界を変えようとしているんだ!」

「世界を……。」

「そうだ!全てのウマ娘が幸せになれる!そんな世界にしたいと言っていた!その一歩としてこの日本を

ウマ娘国家にするんだ!」

「そのためにウマ娘によるクーデターを起こしたというのか?」

「そうだ!ウマ娘のためのウマ娘によるウマ娘のための世界を作る!その魁はこの日本だ!我々の悲願は何者にも邪魔はさせない!」

シンボリルドルフは拳を強く握りしめ、熱弁を振るう。

「さて、話はこれで終わりだ。貴様には我らの悲願成就を見届けてもらう。着いてこい!」

そういうと、シンボリルドルフは出口へと向かう。

着いてこいと言われたので彼女に着いて行くことにした。

外に出てみると、そこは地獄絵図だった。

至るところで戦闘が繰り広げられており、隊員の遺体がこれまた至るところに転がっていた。

その中をシンボリルドルフは気にも止めず歩いていく。

「どうした?早く着いてこい。」

促されるままに彼女に着いて行くと、足で何かを蹴飛ばした感触がする。

「これは…。」

死亡した隊員が携行していたであろう手榴弾だった。しかし、安全ピンは外れていた。

「逃げろルドルフ!爆発するぞ!」

「え?は?」

状況を飲み込めていない彼女を尻目にその場から走り去ったのであった。

ーーーーーーーーーーーーーー

結局、爆発音がしなかったからことからあの手榴弾は不発弾だったのだろう。

ともかく、シンボリルドルフを撒いた形になった。

現在地を確認する。近くにグラウンドが視認できる。トレーナー室からかなり移動したようだ。

「ん?」

グラウンドをさらに注目してみる。

なんということだろうか。MLRS、中多、それにおびただしい数の火砲があるではないか。TPOが違えば非常にワクワクしたものを。

もしかすると特科陣地として使われているのかもしれない。

「ようこそ、我が隊へ。歓迎するよドブネズミ君。」

声のした方を見ると、そこには妙齢のウマ娘の自衛官が立っていた。

「私はリベリオンナイト。階級は1等陸尉。この反乱軍の指揮官さ。」

指揮官臨場といったところか。

「これはどうも。指揮官自らお出迎えされるとは光栄ですよ。」

皮肉を込めて言い返すと、相手は笑った。

「フッ。そうかいそうかい。まあ、すぐにおさらばすることにはなるのだがね。」

そう言うと、彼女は拳銃を取り出した。

「川原殿のため、我らの夢のため、ここで死ね!」

引き金が引かれる。死を覚悟したが、銃弾は飛んでこなかった。

「チッ、運の良いやつ。」

どうやら弾詰まりが起きているみたいだ。これはチャンスだ。

彼女が故障排除している間に逃走を試みる。

「逃がすか!」

だが、そう上手くはいかなかった。拳銃を捨てて追いかけてきた。

どう足掻いてもウマ娘から逃げ切れるわけがなくすぐ追いつかれる。

「クソッタレ……。」

こうなった以上戦うしかないだろう。しかし、勝てる見込みは少ない。一か八かである。

「ほう、私と戦うつもりかね?いいだろう。軽く遊んでやろう。」

そういうと、彼女は身軽になるべく、装具や上衣、半長靴を脱ぎ捨てる。戦闘地域であえて己の防御力を減らすのは余裕のあらわれだろう。

「いくぞ!」

先に仕掛けたのはリベリオンナイトだった。素足で地を蹴り、こちらに肉薄してくる。

「ふん!」

彼女の飛び蹴りが顔面目掛けて飛んでくる。それを間一髪避ける。

「おわぁ…。」

なんということだろうか、彼女が着地した地面は抉れていた。あんな蹴りをまともに喰らえば即死だ。

「よく避けたな。だが、いい気になるな。」

今度は拳が飛んできた。避けようとするが頬に掠ってしまった。

「ッつ!」

拳が当たった箇所がジンジンと痛む。

「どうだ?己の非力さ思い知ったか?」

ニヤリと笑う彼女を見て、恐怖を覚えた。

「さあ、どんどん行くぞ!」

次々と拳や脚技が繰り出される。なんとかギリギリで回避していくが、反撃できる隙がない。彼女の攻撃を避けるうちに何かにつまづく。どうやら、死亡した隊員に足をとられたようだ。追撃を食らう前に立ち上がる。

「ん?これは…。」

隊員の横を見ると、89式小銃が置いてあった。悪いが、使わせてもらおう。

銃を手に取り、据銃する。

「無駄だ!」

臆することなく突っ込んでくる彼女に照準を合わせる。

呼吸を整え、引き金を引く。

タンッ!という音と共に弾丸が発射される。彼女の前進を止めるにはこの一発で事足りた。

弾は彼女の脇腹に命中した。

「ぐっ!」

苦痛の声を上げ地面に倒れ込む彼女。「くそ!こんなもので!」

まだ諦めていないのか、立ち上がり近づいてくる。

往生際が悪い。

2発、3発と続けて撃つ。2発とも両脚に当たった。

「うぅ…!脚がァァアア!」

再び彼女は地に倒れ込んだ。

ウマ娘の象徴ともいえる脚を潰した。

楽にしてあげようと、彼女に近づき、銃口を向ける。

「私を殺すのか!ハハッ!ならそうすると良い!だが、貴様が何をしたって手遅れだ。まもなく、千代田区に向け砲弾が発射される。そうなればこの国はおわりだ!そして、我々の国家が生まれる!」

「それまでにあの特科陣地を潰すまでだ。」

「ああ残念だったな。あの陣地は偽物だ。本物は今まさに目的地に到着している!」

「なんだと?」

「貴様に勝ち目は最初から無かったんだよ!ハハハッ……。」

怒りに任せて撃発する。頭部を撃ち抜いた。

「クソが。」

物言わぬ屍となったリベリオンナイトを蹴飛ばし、この騒動の現況である男のもとに向かうのであった。

ーーーーーーーーーーーーーー

トレセン学園理事長室。

「第1特科隊より報告。千代田区の重要施設への弾着確認。現在、成果を調査中です。」

「了解した。これで日本は変わる。」報告を聞くと川原は満足気に呟いた。

「後は不穏分子を取り除くだけだ。といっても中即連や空挺じゃねぇ。」「では、誰ですか?」

「お前もよく知ってるヤツだよ。」

「まさか!?」

「川原ァ!」

「よぉ、遅かったじゃないか。トレーナーさんよぉ?ハハッ、すげえ血みどろじゃねえか。ここに来るまで一体何人殺して来たんだ?」

「黙れ。」

「まあいい。そんなことよりも、俺の計画を邪魔してくれた落とし前をつけさせてもらわないといけねぇよなぁ?おい、お前らやっちまえ。」

「「「「はい!」」」」

川原の指示を受け、目出し帽を被った彼の部下が一斉に襲いかかってくる。

またしても相手はウマ娘だ。さてどうしようか。

「はあっ!」

短剣を持ったウマ娘の攻撃を紙一重で避ける。

「甘い!」

「グッ!」

相手の蹴りが顔面に直撃しそうになるが、腕でガードする。

しかし、衝撃を抑えきれず吹き飛ばされてしまう。

「もらった!」

飛ばされた先で3人目のウマ娘に腕を掴まれ地面に押さえ込まれる。この動きは合気道だろうか。

「クソッ!」

「これでおしまい。」

4人目のウマ娘に首を絞められナイフを突きつけられる。

「あぁそうか…君達は…。」

4人が何者なのかに気づく。それは僕が守りたかった存在。

「妹、同期。それに、ライス…カレン…。」

「サヨナラ。」

ザクリッ。ナイフが胸を貫いた。

「ゴフッ!」

口から大量の血液が吐き出される。

「ほう。まだ生きていたのか。」

足音がさらに増える。

「ルドルフ…。」

シンボリルドルフだけじゃない。トウカイテイオーやメジロマックイーンの姿もある。

「でも、もうすぐくたばりそうだね。」

「このまま放置しておきませんこと?」

彼女たちは冷たい目でこちらを見下していた。

「僕は……。」

「まだ喋れるのか。しぶといな。」

シンボリルドルフに横腹を蹴飛ばされる。

「うがぁっ!」

無様に地べたを転がりまわる。歯を食いしばって痛みに耐える。しかし、もう虫の息だ。

「まだ生きてますわ!」

5人のウマ娘がこちらに向かってくる。

「そろそろ楽にしてあげよう。」

その言葉と同時に6人は足を振り上げる。

「さようなら。」

6つの靴底が僕の身体に降り注いだ。

「あ……。」

意識が遠退いて行く……。

最後に視界に入ったのはーー彼女達の絶望した表情だった。

 

 

朝霞駐屯地近傍。

「陸上総隊の部隊も苦戦。内閣も国会もすでに壊滅。日本はもう終わりだな。そして、私もまもなく…。」

ウマ娘教育隊長は届いた電報を確認し、独りごちる。

バタバタと複数の足音が迫ってくる。やがて、ドアが蹴破られる。

「ふむ、お客さんが来たようだ。」

彼は迫り来るウマ娘に対し、静かに微笑んでいた。

「なあ、殺す前に1つ聞いてくれないか。オッサンの辞世の句というやつさ。」

「いいだろう。」

リーダー格のウマ娘は許可を出す。

「…防人の屍こそがやまとなれ。」

「意味がわからん。」

「ありゃ、それは残念。命を懸けて戦った末に亡くなった自衛官達こそ日本である。という意味を込めたのだが…。」

「だとしたらセンスがないな。」

「ハハハ、厳しいねぇ。じゃあそろそろ頼むよ。」

1発の銃声が響いた。

ーーーーーーーーーーーー

「クククク…。お前達よくやったな。」

これで日本は俺のものだ!この調子で世界を恐怖に陥れ、俺だけの楽園を創る!」

現状を見て川原は笑みを浮かべる。

「私はなんてことを…トレーナー君…。」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」

対して、シンボリルドルフ達は絶望に打ちひしがれていた。

「貴様!私達に何をした!」

「ふむ、洗脳が解けてしまったか。」

「洗脳だと!?」

ウマ娘の女性自衛官が食ってかかる。「ああそうさ!お前達は俺の洗脳術に見事にハマったわけだ!」

「ふざけないで下さいまし!」

「おおう活きがいいな!まあいい、もう一度かければいいだけだ。」

川原は指を鳴らす。すると、ウマ娘達は虚空を見つめ始める。

「さあ、今1度俺のために働いてもらうぞ。まずはこのゴミを片付けろ。」

「了解です。川原トレーナー。」

そうして彼女達は屍となったトレーナーを運んで退出していった。

「これで邪魔者はいなくなった。もはや日本に俺の敵はいない!ハハッ、ハハハハハハ!」

川原の高笑いが響き渡る。日本が彼の手に落ちるのはそう遅くは無い。




大変な毎日ですが、元気にやってます。
1週間連勤の後、また本編を書いていきます。


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番外編⑥ トレーナー3尉の1日

ご無沙汰してます。
地獄の100キロも終わり時間にゆとりも出てきたところで再投稿の目処がたちました。

リハビリ兼ねてひとまず番外編です。お楽しみください!


時系列は1話、シンボリルドルフが春天に出走する前になります。


4月。桜の花も散り始め葉桜が垣間見える時期。

トレセン学園付近トレーナー寮。

自衛官を地獄に叩き落とす起床ラッパの音が鳴る。

「ん……。」

僕ぐらいになると起床ラッパで飛び起きたりはしない。のっそりと起きるだけだ。ただ、幹部候補生学校や初級幹部課程でイヤというほど聞いたこの音に多少の嫌悪感はある。

さておき、この寮は館内放送なんてないし、僕は起床ラッパをアラームにしてはない。となると、誰かのイタズラに違いない。

……検討はついているが。

「おはよう。ゴルシ、いるんだろ?」

「おう!おはようさん!」

声をかけると、そこにはゴールドシップがいた。

「実はやってみたかったんだよなぁ〜起床ラッパドッキリ。でも、思ってたリアクションとちょっと違ったなー。」

そう言って彼女は口をとがらせる。

「ご期待に添えなくてごめんな。でも相手が悪いよ。」

「ちぇっ、やっぱ戦闘民族サ○ヤ人は一筋縄ではいかないなー。おぉ〜し、オラは精神と時の部屋で修行してくっぞ!あばよ!」

「いや、どこ行く気だよ。……まあいいか。」

彼女は嵐のように去っていった。

ともかく、今日も僕の1日が始まる。

 

0700。身支度をし、朝食を摂るため学園の食堂に向かう。秋川理事長の計らいで、学園の生徒のみならず、トレーナーや教職員も利用できる。自炊がダルくなってきたので非常にありがたい。

トレセン学園の校門に近づくと、生徒が登校している姿がチラホラと見受けられる。

「皆さん、おはようございます。」

「おはようございます。たづなさん!」

生徒とたづなさんはいつも通り挨拶を交わす。これを見ると今日もまた一日が始まるなと感じる。

「うぉぉおおおおどいてくれぇぇええええ!!!」

けたたましい声とともに、自転車が横を通り過ぎる。

「水野さん!校門前では速度を落としてくださいって何度注意したらわかるのですか!」

たづなさんに口頭注意された彼は水野トレーナーだった。元航空自衛隊のパイロットでマヤノトップガンのトレーナーである。

「すみませんたづなさん!至急なんです!説教は後でききます!」

そう言い残すと猛スピードで走り去って行った。

「全くもう……。」

「おはようございます。たづなさん。」

「あら、トレーナーさん。おはようございます。」

「朝から大変ですね。水野さんらしいと言えばらしいんですけど。」

「ええ、本当ですよ。」

たづなさんは少し困り顔で笑う。

「では、トレーナーさん。本日もよろしくお願いします。」

「はい、こちらこそ。」

たづなさんと別れ、職員室に入る。

「おはようございま〜す。」

「はよー。」

「おはよす。」

挨拶をするとあちらこちらから挨拶が返ってくる。自分の席に座り、仕事を始める。

ちなみにだが、多数のトレーナー・教職員を有するこの学園において、職員室にトレーナー全員の席があるわけではない。基本的に、担当を持たない新人トレーナーに席は充てられているが、中にはご隠居なさっているベテラントレーナーにも充てられている。そして、僕のようにこの学園に派遣された自衛官もここに席があるのである。これにより、ここでもトレーナー室でも仕事ができる。あと自室でも。

なお、職員室に席がないトレーナーは各人のトレーナー室で業務を行っているわけである。

「失礼します。」

書類作業を進めていると1人の生徒が入ってくる。

「生徒会の書類の件で顧問に用があり参りました。」

サブトレーナーとして指導しているシンボリルドルフだった。

「うぃ、顧問っす。」

生徒会の顧問である中年の教師が返事をする。

「こちらにサインをお願いします。」

彼女は生徒会長として忙しい日々を送っている。そのため、何かと書類を持ってここに来ることが多い。

…その度に熱い視線を感じるのでこそばゆい。

「あ〜学校イベントね。クラスマッチか…。おけおけ。ほいっと。」

「ありがとうございます。」

書類に印鑑が押されたようだ。

「しっかしアレだなぁ、こうやってわざわざオレのところに来るのもめんどうだよなぁ…。そうだ!せっかくならお前さんのサブトレーナー君を副顧問につけよう!」

「え?」

「はい?」

生徒会顧問の発言に2人して素っ頓狂な声を上げる。

「なんだトレーナーさん、聞いていたのか。」

「ええ、まあ……。それより、なぜいきなり…。」

「なに、彼女達の業務を効率化できるって考えたからだよ。業務の決済も指導も生徒会長のサブトレーナーなら良い感じにできるはずだ。新堀さんは忙しいし、実際に君は彼女らのお手伝いもしてるしな。」

「それはそうかもしれませんが……。」

「ま、ダメ元でやってみないか?」

「……わかりました。謹んでお受けいたします。」

「トレーナー君…!」

シンボリルドルフは嬉しそうな顔をする。

「決まりだな!早速、秋川理事長に話を通してくる。」

生徒会顧問はそう言うと足早に去っていった。

「副顧問、か……。」

「ふふっ、君が私の側にいてくれると思うと心強いよ。」

彼女はそう言うと嬉しそうに笑うのだった。

 

0750。

シンボリルドルフも退室したところでまもなく朝礼の時間を迎える。

とするも、どうせ今日も一日頑張りましょうとかで以上終わりだろう。そんなことを思っていると、ピンポンパンポーンとアナウンスが入る。

『伝達!全校生徒及びトレーナー、教職員一同は体育館に集合すること!』

何事だろうか。何か事件があったのか?それとも何か重大発表でもあるのか?色々なことに思いをめぐらす。

「なんだなんだ?」

「さあ……?」

突然のことに教職員室にいる面々も困惑している。

さておき、体育館に向かおう。引き出しから半長靴カバーを取り出す。廊下に出ると同期と桐生院さんにエンカウントする。

「おはよートレーナー君。」

「おはようございます。」

「おはよう。」

彼女達と合流し、体育館に到着するとすでに多くの生徒達が集まっていた。

「集められてなんの話するんだろ?」

「わかんなーい。」

「何か発表があるとか?」

生徒達は口々に予想を立てている。

そうこうしているうちに全員揃ったようだ。

『それでは、これより秋川理事長から発表があります!』

司会進行役のたづなさんがそう言うと、壇上に秋川理事長が姿を表す。そして、マイクのスイッチを入れ……。

『うむ!諸君!おはよう!!急に集まってもらって申し訳ない。今回集まってもらったのは他でもない…。』

理事長は一旦言葉を区切り、大きな声をあげる。

『激熱ッ!今年はサマーウォークを開催する!』

その瞬間、生徒からは割れんばかりの歓声が、教職員陣はこの世が終わるかのような表情を浮かべる。

…なぜこんなカオスな状況になっているのだろうか。新人トレーナー達が顔を見合わせる。

「あの…水野トレーナー。サマーウォークって何ですか?」

同期が近くにいた水野さんに質問する。

「ああ…新人達は知らないのか。サマーウォークっていうのは、簡単に言うとレクリエーションみたいなやつで生徒達の英気を養うのが目的なんだ。」

水野トレーナーは遠い目をする。

「なんでレクリエーションなのにみんな暗い顔してるのですか?」

「……イベント自体は良い。問題は夏合宿と同時期に実施されることだ…。これが何を意味するのかっていうと、単純に準備で忙殺されるというのと、休みなしで作業にあたる必要があるということだ……。多数の生徒が参加するサマーウォークはトレーナー・教職員がたくさんいても負担が尋常じゃないんだよ……。」

「な……なるほど。」

言葉から発せられる悲壮感に新人トレーナー陣はゴクリと唾を飲み込む。

「特にスプラッシュ・レクというイベントは地獄だ……。エキシビションマッチで俺らも参加することになるが、マジのサバイバルゲームになる。多数のウマ娘相手に大立ち回りだ…。過去は3日にわたる戦いが繰り広げられたという。」

それが事実なら参加した人達はぜひとも自衛隊に入ってほしいものだ。

「こんな楽しそうなイベントにそんな裏話が…。」

今のを聞いて到底楽しそうとは思えなくなった新人ズの心境やいかに。

『注目!気になるスプラッシュ・レクのエキシビションマッチについてだ!』

水野さんの説明を聴いているうちにちょうどスプラッシュ・レクの話になった。

『今回は現職自衛官もいるということで、過去の事例も踏まえ、フラッグ戦で行う!トレーナー・教職員達のエリアにある旗を取ったら君達の勝ちだ!もちろん、彼らを全員倒しても勝利とする!奪取ッ!全滅ッ!』

3日にわたる戦闘が行われた理由がわかった気がする。我々自衛官の先輩達が本気を出しすぎたのだろう。

『詳細については後日達する!乞うご期待ッ!続いてだが…。』

引き続き、サマーウォークについての説明が行われ全校集会は終わった。

 

現在時刻1200。昼飯の時間となる。ちょうどお腹がすいたところだ。しかし、今日は食堂に行こうにも生徒達が列を作っているところだろう。並ぶのも良いが今回はトレーナー室でカップ麺でも食べよう。

ひと伸びして立ち上がる。ふと周囲を見渡すとみんな熱心に仕事しているのがうかがえる。その中で休憩に入ろうとしている新人達もいるが先輩が働いている中だとなかなか動きにくいだろう。

「失礼します!新人トレーナーさんいますかー!ご飯いきましょー!」

生徒の1人が新人トレーナーのもとにやってきた。

「おしっ、行くか。」

「はい!」

2人は連れ立って部屋を出て行く。

これを皮切りにトレーナー達は生徒と一緒に昼ご飯に出かけるのだった。

僕もトレーナー室へ行こう。

 

少し歩いてプレハブ小屋のトレーナー室へ着く。15人は入る大きさのため、1人だと広く感じる。

水を入れた電気ケトルのスイッチを点け数分間待つとピーッと音が鳴りお湯が沸いたことを知らせる。そこからカップ麺にお湯を注ぎ3分待つ。

…こうも静かだと少しばかり寂しさを感じる。

たいていは新堀トレーナーかシンボリルドルフを慕うトウカイテイオーがここに居る時があるが、今日は来ていない。新堀トレーナーは本日休み、トウカイテイオーは級友と昼食を摂っているのだろう。

静かな部屋の中、カップ麺ができるのを待つ。待っている間、手元にあるスマホをいじる。すると、LANEにメッセージが入っているのに気づく。

送り主はたまに話す新人トレーナーからだ。

アプリを開くとグループに招待されていた。

グループに参加し、内容を確認する。

【スプラッシュ・レク Aチーム 35名】

《全員参加したようで何よりです。》

参加するとすぐに、グループ作成者であろう先輩トレーナーからメッセージが送られる。

《今年も地獄が始まりました。前回の反省を活かし、早速今日から準備したいと思います。さしあたり、14時から話し合いましょう。》

了解です。という返信が次々に届く。

《では、14時にトレーナー室に。》

そのメッセージを最後にやり取りは終わったようだ。

気づくとカップ麺が完成している時間になっている。蓋を開け、割り箸を割って食べ始める。

麺はのびていた。

 

1400。

「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。さっそくですが、スプラッシュ・レクに向けて作戦会議をしましょう。」

空き教室に集まった面々に先輩トレーナーが声をかける。他の面々は乗り気な人、ダルそうな人と様々だ。

「まずは概要について説明します。」

先輩トレーナーがスライドをプロジェクターで映しながら説明を始める。僕も手元の資料を見ながら話を聞く。

「今回は35人×3グループのトレーナー達が参加します。対して、生徒側は未知数になります。参考までに過去は500以上もの生徒が参加したと聞いております。」

トレーナー・教職員側が3コ小隊(まとめると1コ中隊かな?)規模、生徒側が1コ大隊規模といったところだろうか。なんと数の多い。

先輩トレーナーは続けて説明を始める。

「こちらの勝利条件としては、旗の防衛及び2日間全滅せずに生き残ること、対して生徒側はこちらの旗を取ることまたは我々全員を倒すことが条件になります。」

無理ゲーじゃね?いや、どう考えてもそう思う。

先輩トレーナーは資料のページをめくる。

「今回は、どうすれば勝てるか?を議題に会議をしていきたいと思います。なにか意見がある方は?」

沈黙があたりをつつむ。確かにこれは難しい。

「ちょっと良いかな?」

「何でしょう、宮崎さん。」

用務員の宮崎さんが手を挙げる。

彼は元陸上自衛官で、かの有名な第1空挺団の隊員だった。もちろん、空挺レンジャー。(フリーフォールだったのは本人談)

そのバケモノぶりはトレセン学園に来ても健在だそう。

「ここは精鋭部隊の小隊長をやっていた彼に任せないか。」

宮崎さんはそう言うと、僕の肩をたたく。

「宮崎さんが良いと言うなら、ここは彼に一任しましょう。」

「異議なしです。」

先輩トレーナー達は口々に賛同する。そして、宮崎さんがニコニコしながら僕の方へ向き直る。

「そういうわけでトレーナーくん。いや、隊長。よろしく頼むよ!」

「え?は?」

宮崎さんがそう言うと、拍手が送られる。こっちに拒否権はないようだ。

…こうなればヤケクソだ。せっかくなら滅茶苦茶やって帰るか。

「これより、当チームの指揮をトレーナー3尉が執る!よろしく!」

「3尉殿ー!」

「3等陸尉!!」

「隊長!」

「隊長!」

「「「「「た・い・ちょう!た・い・ちょう!」」」」」

会場は盛り上がり、隊長コールが送られる。その勢いで方針や役割、他チームとの調整事項を決めていく。仕返しに宮崎さんを小隊陸曹役に抜擢したが彼はこころなしか嬉しそうだった。

「あの…皆さん。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、授業中なので静かにお願いします。」

「「「「「すいませんでした。」」」」」

 

時刻は1630。放課後である。トレセン学園が最も盛り上がる時間帯である。多分。

レースに向けてのトレーニングに部活や委員会活動、外出等々、生徒は思い思いの時間を過ごす。

そんな放課後の時間、僕はと言うと…。

「本日から生徒会の副顧問になるトレーナーです。よろしこ。」

生徒会の副顧問に任命されたといったところで生徒会長達に挨拶していた。

とはいえ、見知った顔である。

「よろしく、トレーナー君。」

「よろしく頼む。」

「よろしく。」

シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアンの3人から挨拶を返される。

「まあ、今さら改まったところでって感じだよね。あはは。」

「まあ、そう言ってくれるなトレーナー君。正式に副顧問になったところで良い結節ではないかい?」

「それもそっか。」

「貴様がいると我々としても色々助かるからな。」

エアグルーヴがそういうと横でナリタブライアンが頷く。

「アンタがいると会長さんはご機嫌になるし、副会長さんも普段以上に業務に熱が入って仕事が楽だ。」

「ブライアン……余計なことを言うのはよしてくれ…。」

少し赤くなってシンボリルドルフはナリタブライアンをたしなめる。

「え?そうなの?ルドルフはともかくエアグルーヴは意外だなぁ。」

「うるさいぞ!たわけ!」

顔を赤くして怒られた。謎だ。解せぬ。

「コホンッ。ともかく、本日の業務を始めるとしよう。この度、クラスマッチの企画が通った。今日から準備に向けて作業を進めていきたい。」

生徒会長の鶴の一声によって、本日の生徒会活動が始まった。

トレセン学園は生徒の自主性を尊重する教育方針である。その影響もあるのか、生徒会の学内での権限はかなり大きい。学内でのイベントはほぼ生徒会主導とも言える。

もちろん、イベントの企画だけが彼女らの仕事ではない。生徒からの相談事及びトラブル解決、学園生活の改善などその仕事は多岐にわたる。その傍ら、自分達のトレーニングも行っている。

 

生徒がこなす業務にしては膨大すぎる。

 

これは僕の率直な感想である。だからこそ、彼女達のサポートを願い出た。担当が生徒会長なら尚更だ。

ちなみに、副会長2人のトレーナーは僕の同期だが、彼女はまた別件で忙しく働いてる。

「トレーナー君、ちょっといいだろうか。」

「どうした?」

「少し相談があってね……。これを見てほしい。」

シンボリルドルフはそう言うと、職員の仕事割と書かれた紙を渡してきた。

「どれどれ…。」

イベント統括、資材係責任者、衛生係責任者…。それぞれの役割にトレーナー・教職員の名前があるのを確認する。決済ももらっているようだ。今朝、企画を通して、この時間までにここまで決めているとは大したものだ。

「肝心の安全係責任者を決めかねているんだ。」

安全係責任者。端的に説明すると、イベント全般にわたり、事故を未然に防ぐ役割だ。

「安全係責任者は統括に次いで責任重大だ。事故で担当ウマ娘が大ケガでもしようものなら間違いなく責められる。選手生命が絶たれるようならなおさらだ。だから、誰もなりたがる人がいないんだ…。」

シンボリルドルフはため息をつきながらそう言った。

「なるほどね。」

適任となり得る知り合いを頭に思い浮かべる。すぐに顧問の顔が浮かんだが、彼はイベント統括だ。

顧問が統括か…。

「あ。」

いるじゃないか。適任が。

胸ポケットからペンを取り出し、渡された紙に字を書く。

「トレーナー君?」

シンボリルドルフが不思議そうにこちらを見つめるが気にしない。

「これで、どうだい?」

書いた紙をシンボリルドルフに手渡す。彼女はその内容に目を通して……。

「ふふふ。やはり君は私の予想の斜め上をいくね。」

笑いながらそう言った。

「ま、君らしく言うと、適材適所ってところじゃないかな?」

「しかし、本当に良いのかい?下手すると非難轟々だぞ?」

「大丈夫。そんなことは百も承知さ。」

「…わかった。では、これでいこう。」

そう言って彼女は机から判子を取り出して、紙に押した。

改めて仕事割を確認する。そして、安全係責任者の欄に目を向ける。

「よし。」

そこにある文字を見て気合いを入れる。

【安全係責任者:トレーナー】

 

2230。業務も一通り終わり、あとは寝るだけだ。

思えば今日も色々なことがあった。生徒会副顧問への任命、半強制的に決まったレクチームのリーダー、学校イベントの安全係責任者への立候補…。

今更だけど、なんか責任重たくなってね?大丈夫そ?僕?…副顧問以外は短期間だから大丈夫か。

「それにしても……。今日は疲れたな。」

自室でそう独り言ち、ベッドに倒れこむ。

「明日もきっと何か起こるんだろうな。」

明日もまた歩武堂々とトレセンの未来を拓く。なんちゃって。

そんなことを思いつつ、微睡みの中に沈んでいった。




経験談〜幹部候補生学校編〜を書くのも良いかもしれない…。でも、その前に本編ですわ。

本編は現在執筆中です。もうしばらくお時間を…。


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