ストライク・ザ・スピリッツ (青は澄んでいる)
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設定(内容変更と追加)

これは主人公とこの作品の那月の簡単な設定となっています。


工藤裕樹(髪が白く瞳が紫色

吸血鬼の力を発揮したりする際には瞳は赤くなる)

見た目年齢は古城より2つ上だが実際の年齢は那月と同じく26歳

 

好きなもの:那月 カレー 友人 

嫌いなもの:ディミトリエ・ヴァトラー 那月や友人に危害を加えるもの 

 

コアの光主として6体の眷獣を使役しその他にも何体もの僕を従えている。

かつて彼は彼と那月の友とのとある事件によって吸血鬼としての力に覚醒するが、元が人間の彼は覚醒して数日でこの世から消え去ってしまうと誰かの声によって知らされそれを防ぐ為には血の伴侶をつくりその人物に光主の眷獣を与え、魔力の流れを安定させる必要があった。

そして彼は最初は迷うものの那月に鼓舞され彼女を自らの血の伴侶にする事を決意。

コアの光主である彼の使役する眷獣の抑止力、及び守護者となる眷獣を彼女に与え自らの血を与えた事で彼女を血の伴侶にし現在は絃神島で彼女の所有する高級マンションに同居している。

 

南宮那月

年齢や性格などは原作通り。だがそれは成長していればの話で現在成長は止まっている。が元の彼女の見た目年齢が見た目だけにそれほど変化は無い。

だが眷獣を召喚したりなど吸血鬼としての力を発揮すると瞳が赤くなる。

 

元は魔女として魔族から恐れられていた。

裕樹が吸血鬼の力に覚醒しこのままでは数日で消えてしまう事を知り彼から解決策を書き出し血の伴侶となる事を決意する。

だが裕樹は彼女を血の伴侶にして縛り付ける事に抵抗があったが裕樹の頬を引っ叩くなどして強引にでも彼を説得し彼の本音を引き出した。

その後彼の血の伴侶となる。

その後は裕樹の伴侶となった事で手に入れた2体の眷獣により彼女は更に魔族から特に吸血鬼からはそれ以上に恐れられることとなった。

 

コアの光主の眷獣

裕樹が使役する6体の眷属

その一体一体が莫大な魔力を保有し真祖の眷獣さえも凌ぐ力を保有する。

その他にも数々の僕がおりそれらを含めた全てが姿を現す際に赤、紫、黄、白、青、緑のシンボルから現れる。

それが裕樹がコアの光主と呼ばれる所以にもなったのだ。

そして6体の眷獣達には隠された能力があるが現在は不明…

尚、現在は那月によって一体を除いた5体の眷獣を封印しており、その力及び武器の一部を使う事はできるが完全に力を開放するには伴侶である彼女の血を吸う必要があが現在外に出ている彼女は実際の肉体では無い為、彼女の血ではなく魔力や霊力で代用している。

だがそれともう一つ封印を解く方法があるがそれは今は不明。

 

 

 

那月が使役する眷獣

黒の竜と鳳凰が如き姿の怪鳥の姿をしてそれぞれがコアの光主の抑止力、及び守護者としての役割を担っている。

特に黒の竜の方はその特性故に吸血鬼の眷獣に対する特攻がある。

そして怪鳥の方も凄まじい力を持っており空隙の魔女である南宮那月はその力故に「黒龍と鳳凰の魔女」或いは「光主の花嫁」として魔族、特に吸血鬼から恐れられる様になる。

こちらは6体の眷獣とは違い隠された能力等は確認されていないがそれを抜きにしたとしても強力な力を持ち特に黒の龍に関しては抑止力としての役割故に裕樹の眷獣とも有利に戦えると考えられる。

 

 

 

コアの光主とその眷獣

彼らは元々は地球では無い6つの世界で暮らしていたが突如現れた幻羅の竜によってその世界は消滅したが、自らをシンボルとして封じそれらを収める器となる存在を作り上げ地球へと降り立った。

その器はそこで友を2人つくり親友となったが神々によりその2人は死にそれが器である彼の逆鱗に触れた。

だがそんな時再び幻羅の竜が現れ器はその力の全てを使いその竜と相討ちとなった。

そしてその結末を見た神々は器の親友が作り出した禁呪により滅びた。

 

 

 

 

 

 

 

 




と言った具合の設定を考えてみました。


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聖者の右腕編
聖者の右腕編Ⅰ


監獄結界

 

そこの監獄の中では2人の男女がいた。

1人は雪を思わせる白い髪に真っ赤な赤い瞳の少年

もう一人は、男よりも背は低くその黒い長髪に青い瞳の少女だった。

 

2人は互いに見つめあっていた。

少女の方は何かを決意した顔をしているが、少年の方には微かに迷いの色が見えた。

 

 

「本当に良いのか那月…」

 

「何度も迷うな話し合って決めた事だろう」

 

「それはそうだが」

 

「ハァ、全く。決めた事は最後までやり通せ馬鹿者」

 

「…」

 

「それが、お前をこの世に留める唯一の方法なのだろう

 

 

 

祐樹」

 

「…」

 

少年、工藤祐樹(くどうゆうき)は目の前の少女、南宮那月(みなみやなつき)に鼓舞され改めて決心した顔つきとなった。

 

「分かったよ。では始めよう」

 

祐樹は自身の胸の前に両手を掲げた。

 

 

すると彼の手の間から赤、紫、黄、白、青、緑の宝石のような形をしたシンボルが現れ彼らの周りを浮遊した。

 

そして彼らの周りでそれらは弾けるとそのシンボルが弾けた場所から異様の存在が佇んでいた。

 

赤い体に緑の瞳の雷の竜

 

ゾンビや怨霊、亡霊などを連想させる怪物

 

巫女の様な衣装に身を包み天使の翼を生やした女性

 

まるで要塞を思わせる白き王

 

古代ローマの戦士を思わせる巨人

 

幾つもの刃をその尾と口に備えた白き虎

 

そしてその存在達は再びシンボルにその身を収めると、祐樹と那月の頭上に紫と緑のシンボルが降りてきた。

 

それが弾けると、そこからは最初の赤い竜と見た目は似ているがその体は黒く、黒の翼と白の翼を合わせ持ち黒き鎧を身に纏っていた。

そしてもう一体は色鮮やかな羽をした怪鳥でその姿は伝説上の存在、鳳凰を連想させる姿をしていた。

そしてソレも再び紫と緑のシンボルに収まると祐樹の手の上に降りてきて停止した。

 

祐樹はその紫と緑のシンボルを那月の方へ捧げた。

那月はそれを受け入れるように両手を横へ軽く広げた。そんな彼女を祐樹は涙を流して見つめていた。

 

「ごめん那月…俺のわがままで…」

 

「良いよ、私が選んだ道だ。それにこんなにわがままで寂しがりなお前を宥められるのは私くらいだからな」

 

その会話の後、祐樹は紫と緑のシンボルを彼女に向けて差し出した。

2つのシンボルは祐樹の手から那月に向かって浮遊し、最終的に彼女の胸の中へと消えていった。

 

「よし最後は」

 

「ああ…」

 

祐樹は自身の唇を噛み、その切れた唇の傷から彼の血が流れてきた。

祐樹はそのあと膝をつき那月と同じ目線にまでしゃがんだ。

 

「那月…」

 

「もう何も言うな、私は後悔などしない。未来永劫お前と共にいるお前を一人にはしない」

 

那月は祐樹の頬に両手を添えて彼の眼を見る。

 

「祐樹、お前の事が好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる」

 

「ああ、俺もだ。愛してるよ那月」

 

そして2人は顔を近づけお互いの唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数年後~

 

 

第四真祖

世界最強の吸血鬼と噂されている4番目の真祖。

 

彼のものは不死にして不滅、一切の血族同胞を持たず支配を望まない。

そしてその象徴たる12の眷属を従える。

 

彼のものは絃神島(いとがみじま)という極東の魔族特区にいるとは言われているがその存在を見た者はおらずそのすべてが都市伝説として扱われていた。

 

だが第四真祖の他にもう一つ絃神島には噂があった。

その存在は実際に目撃されているためその存在が信じられていた。

 

彼のものは真祖でないにも関わらず彼らと同等かそれ以上の力を持ちその象徴たる6の眷属を従えている。

そしてその眷属の他にも数々の僕を付き従えた。

その僕を含めた彼のものの眷属は皆現れるとき6色のシンボルより現れる。

彼のものの眷属はまるでそれぞれの色の守護者あるいは王の様にも感じられそれらを従える者を人々はこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コアの光主と

 

そしてそんなコアの光主は現在…

 

 

 

 

 

 

不機嫌な彼の”伴侶”と共に高級マンションの一室にいた。

 

「随分と不機嫌そうだな那月」

 

「ふんっ、暁の奴が補習で私の仕事を増やした上に魔族の連続襲撃事件なんてものが起きればそれは不機嫌にもなる」

 

コアの光主、工藤祐樹はその”紫の瞳”で困ったように彼女、南宮那月を苦笑いしながら見つめ、彼女をどう宥めたものかを考えた。

 

「まあ古城くんは第四真祖といっても吸血鬼なんだから朝一のテストは辛いものがあるんだよ。だから大目に見てあげなって」

 

「私はそんな吸血鬼の同族の伴侶だが問題はないぞ」

 

「いや俺たちが色々特殊なだけで他の吸血鬼は結構辛いって古城くんから聞いたよ」

 

「それより、最近の魔族の襲撃事件だがどうやら吸血鬼(コウモリ)が襲われたのが殆どらしい」

 

「へぇ吸血鬼が」

 

「そうだ。お前なら大丈夫だとは思うが1人で出歩く時は特に注意しろ」

 

そう、最近の事件はその殆どが吸血鬼を標的に行われていた。

不幸中の幸い全員重症なだけで命に別状はないらしいが今のところそれくらいしか手掛かりが無い状況だ。

 

「安心しろ那月、俺は絶対に死なない。それがお前との約束だからな」

 

祐樹は那月を背後から抱きしめた。

那月は突然の事に一瞬ポカンとするが直ぐに「ハッ」と我に返って顔を赤くし抗議のこえを上げる。

 

「きゅっ、急に抱きしめる者がいるか!早く離せ!」

 

「アハハッごめんごめん」

 

祐樹は一応謝るが全く悪びれた様子はない。

那月は彼を赤くなった顔で睨みつける。

 

「全くお前は!」

 

「だからごめんってば、そんじゃ俺は少し街をふらついてくるよ」

 

祐樹は彼女が落ち着くまで街を出歩く事にしたようでヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行った。

部屋には那月がやり場のない感情を抑えながら先ほど祐樹が出て行った方を睨みつけていた。

 

彼女はしばらくその方向を睨みつけた後へやに置かれたソファーの上に体を寝かせ置いてあったクッションに顔を埋めた。

 

「全く、あのバカが…」

 

彼女がそんな風につぶやくと

 

 

「ピィー」

 

「?、ああブレイドラか」

 

鳴き声の方を見るとそこには先ほどまでは居なかった小型で翼が剣の様になっている小竜がいた。

那月は小竜、ブレイドラが頭を差し出しているのを見ると微笑みその頭を撫でた。

 

「あのバカは、あんなセリフをよくもまあ恥ずかしげもなく言えると思わあないか?あれだと近々他に女を引っかけてこないかが不安だよ。お前もそう思うだろ?」

 

「キュイー」

 

「ふふっ、悪いが暫く私の愚痴に付き合ってもらうぞ」

 

「キュゥ~」

 

その後那月は宣言通り暫く愚痴をこぼし、ブレイドラはそれを大人しく聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅱ

マンションから外出した祐樹は現在暇つぶしの一環でアイランド・ウエストに来ていた。

 

「いや~少しからかいすぎたか」

 

現在は昼、絃神島は常時真夏の暑さが続く人工島である。本来であれば吸血鬼にとっては最悪と言ってもいい程である。

だが祐樹は夏特有の暑さを感じてはいるが特に気だるげになっている様子はない。

 

それは彼の従えている眷獣の影響であるためでありそれは祐樹が他の眷獣とは別に例外的に封印をしていない者だ。

 

「それにしても暑いな相変わらず…ん?」

 

そんな事を呟きながら歩いているとショッピングモールの出口あたりに何やら固まっている男性二人と中学生位の少女が一人いた。

男性二人の方はホスト風の金髪とアロハシャツの男だった。

どう見てもナンパの現場である。

 

「全くいい歳した大人が女子中学生をナンパって……あっ」

 

そこまで言って祐樹は思い出した。

 

(そういえば、今まで気にしてこなかったけど那月の見た目って下手したら小学生位だよな?てことは俺もほぼ一緒なのでは?)

 

そう、祐樹と那月は血の伴侶であり今まで互いに大して気にしてはいなかった。

だが那月の見た目は祐樹の言った通り下手をすれば小学生程の年端もいかない少女なのだ。実年齢は見た目とは合わず二人とも大人なのだがそれを知らない者たちからしたら完全に事案である。

 

(いっ、いやいやいやいや!大丈夫だ!向こうは見た目も実年齢も見たまんまの中学生のはずだ!那月は見た目は小っちゃいけどリアル見た目は子ども頭脳は大人な女性だ!そう中身は大人だから事案にはならない筈だ!)←予想外の事態に意外とテンパっています。

 

もう色々とヤバイ思考になろうとしているところで「ハッ」と我に返り頭を振り現状を思い出した。

 

「てんな場合じゃねえな(とにかく流石に見捨てるのは後味悪いし助けるか)」

 

祐樹が助けに入ろうと歩を進めようとしたときふとその男女の少し先の方向に見覚えのある白いパーカーの少年が見えた。

 

(アレは古城くん?なんでこんなところに)

 

 

 

 

「若雷ッ!」

 

「グエッ!」

 

『!?』

 

祐樹が疑問に思っているとナンパをされている少女が手のひらをアロハシャツの男に突き出したと思うと雷を纏った発勁(はっけい)は男を勢いよく後ろへ吹き飛ばし電信柱に衝突させた。

その時吹き飛ばされた男の顔が動物っぽい顔つきに変化していた。

 

「獣人種か(にしても魔族だったんだな)」

 

祐樹は男の手首に巻かれているこの島の登録魔族であることを示す魔族登録章が巻かれていた。

遠目で分かりにくかったがよく見るとホスト風の男にも同じ物が巻かれていた。

 

(あの娘もまさか攻魔師だったとはな、そしてその近くに第四真祖である古城くんか…まさかあの娘)

 

「てめぇ攻魔師か!」

 

祐樹が思考していると男が少女の正体に気が付くとすぐさま臨戦態勢をとっていた。

その際に、男の瞳が赤くなり歯も犬歯が鋭く尖っていた。

 

D種

それは、様々な血族に別れた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる“忘却の戦王”を真祖とする者たちを指す。

 

(D種か、よりにもよって吸血鬼とはな)

 

男は体から魔力を溢れ出させるとその膨大な魔力が形を成し一頭の炎の馬の姿となった。

 

「ちっ(こんな街中で眷属をぶっ放すとはな)」

 

灼蹄(シャクテイ)!その女をやっちまえ!」

 

「ッ!雪霞狼(せっかろう)!」

 

 

眷獣が攻撃に移ろうとすると少女は背負っていたギターケースから一本の銀の槍を取り出した。

 

「ッ!?(七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)!ってことはやっぱり獅子王機関か!)ちっ!」

 

 

祐樹はすぐさま吸血鬼の脚力を全開にして駆け付けた。

 

『!?』

 

そして少女と男のいる地点に到着しその2人は突然の乱入者に驚き動きを止めた。が、眷獣はそうもいかずそのまま祐樹に直撃しようとしていた。

 

「力を貸せ”イグドラシル”」

 

祐樹がそうつぶやくと彼の右手に雪の様な魔力が集結して一本の剣を作り出した。

それは美しい緑の意匠などが施され白の刃の両刃の片手剣だった。

 

「シッ!」

 

祐樹はその剣を眷獣にぶつけた。

 

すると眷獣はその炎ごと凍りつき砕け散った。

 

「な!?俺の眷獣が一撃で!」

 

「!?」

 

男と少女は目の前で眷獣が破壊されたことに驚愕する。

祐樹は剣を肩に担ぎ男と少女を見据えた。

 

「全くこんな真昼間から騒ぎを起こすんじゃないよ。おいそこの吸血鬼」

 

「な、なんだよ…」

 

「今回は見逃してやる。これ以上面倒を起こしたくなかったらさっさとそこでのびている獣人連れて行け」

 

「お、おう。悪いな、恩にきるよ…」

 

男は祐樹に礼を言うとすぐさま仲間を回収して退散した。

 

 

 

 

 

「さてと、君いくらナンパされたとはいえいきなり手を出すのはいただけないな」

 

「…どうして邪魔をしたんですか?」

 

少女は突然の乱入に驚いたがすぐに我に返り祐樹を睨みつけた。

 

「いやいや、眷獣が攻撃してきたのまではまあ正当防衛だけど君、その後あの吸血鬼も殺すつもりだったでしょ?」

 

「公の場での眷獣の使用、明らかな聖域条約違反です。彼らは殺されても文句は言えないはずです。」

 

「それを言ったら先に手ぇ出したのはお前の方だろ」

 

2人が話していると途中から話に入ってきた人物がいた。

そちらを見るとそこには古城が立っていた。

 

「!暁古城!?ッ」

 

少女は古城の姿を確認すると慌てて後ろへ飛びのきそこにあった車の上に立った。

 

「やあ古城くん。元気?」

 

「祐樹、悪いな。本当は俺が止めようとしたけどアンタのお陰でそうしなくて済んだわ」

 

古城は祐樹より年下だが祐樹が「同じ吸血鬼なんだしため口でよろしく」といったためこう砕けた口調で話しているのだ。

 

「いや偶然通りかかった所にあんな場面目撃したら止めなきゃなって思ってさ。まあ今はそれより」

 

祐樹は古城との雑談を中止し、再び少女へと向き直った。

すると少女は少し考える様子を見せると直ぐに気まずそうな表情を浮かべていた。

 

(流石に自分から手を出した自覚はあるみたいだね)

 

祐樹が内心苦笑いを浮かべていると遠くからサイレンが聞こえてきた。

どうやら通報を受けて特区警備隊(アイランド・ガード)が急行してきたみたいだ。

 

祐樹も古城も吸血鬼だが先ほどの男が付けていた魔族登録証を身に着けていないのでここで捕まるとややこしいことになる。

 

「じゃあ古城くん俺そろそろ行くから。そこの君も早くここから離れた方がいいよ」

 

「あ、ちょっと!」

 

「祐樹!?」

 

2人は彼を呼び止めようとするが吸血鬼の脚力によって直ぐに見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「ピィー」

 

気の抜けた声で帰宅した祐樹を一匹の小竜が出迎えた。

 

「おーブレイドラ、ただいま」

 

「キュウゥー」

 

祐樹は出迎えてくれたブレイドラの顎したをくすぐった。

 

「お帰り祐樹」

 

「ああただいま。あ、那月さっきはからかい過ぎたよ。悪い」

 

「ふん、別にもう気にしていない。それより悪いと思っているなら今日の今晩はお前が作れ」

 

「はい、仰せのままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

祐樹が作った晩御飯の和食を食べていた。

(ブレイドラは元の場所へと戻った)

 

「そういえば祐樹、今日アイランド・ウエストで眷獣をぶっ放した馬鹿な吸血鬼(コウモリ)がいたらしいがお前何か知らないか?」

 

「ああ、知ってるよ。今日街をふらついてたらその現場に出くわした。しかも面倒な事にそこに古城くんと獅子王機関の剣巫(けんなぎ)もいたよ」

 

「何?…」

 

獅子王機関

政府の国家公安委員会内に設置された特務機関。大規模な魔導災害や魔導テロを阻止するための情報収集や工作を行っている組織であり那月の所属する人工島管理公社とは商売敵なため犬猿の仲なのである。

 

「アイツ等多分、古城くんにあの娘の血を吸わせようとしてるんじゃない?そうじゃなきゃ今回会って分かったことだけど見習いらしいあの娘に第四真祖の監視をさせる理由がないからね」

 

「ちっ、面倒な事を。…それで?お前はどうする」

 

「?別に何も」

 

「ほう、珍しいな。お前にとって暁は友人だろう?」

 

「獅子王機関の連中は兎も角今日会ったあの娘は問題ないと思うよ。ちょっと頭が固そうだけど暗躍とかそういうのはしてこないだろうし。

 

あ、でも…」

 

「!」

 

那月は表情を少し強張らせた。

今の祐樹の瞳は少しの怒りの感情が見え隠れしていたからだ。

 

「もし俺の友人を利用したりしてそれ以上にくだらないことしようとかしたら

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツ等潰しちまうかもしれないな

 

 

 

 

「…」

 

那月は落ち着きを取り戻し一旦箸を置きテーブルを立った。

 

そして向かいに座る祐樹の隣まで移動し右手で彼の顔を自分の方に振り向かせ唇を重ねた。

 

「!」

 

「…」

 

それは数秒続きその後彼女は唇を離し彼の瞳を見つめた。

 

「少しは落ち着いたか?」

 

「…悪い那月、取り乱した」

 

「お前が怒りを感じるのは無理もないが、お前が本気で怒り狂い暴れたらこの島は簡単に沈むぞ。”6の皇”は封印してはいるがそれでなくてもお前の眷獣は強力過ぎるからな」

 

「ああ…」

 

祐樹の象徴となる眷獣は現在那月によって封印されている。

しかしそれ以外の彼の眷獣たちはそれらに匹敵する力の持ち主ばかりである。その気になれば、祐樹は那月の言う通り絃神島を沈める程度は簡単なのだ。

 

「まあ分かっているのならば良い。さて、こんな話は終わりにして夕食を食べてしまおう」

 

「ああ.......なあ那月」

 

「ん?」

 

「ありがとな。いつも」

 

「ふっ、気にするな。私はお前の伴侶だこのくらいはするさ」

 

祐樹も落ち着き那月が自分の椅子に座るのを確認すると2人は夕食を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅲ

前日の眷獣ぶっ放し事件の翌日、那月は本日に行う古城の補修テストの為に学校に来ていた。

 

「それにしても何で俺まで連れてこられたの?」

 

「どうせ暇だろう、それに変に放置してまた妙な厄介ごとを起こされても困る。お前は暁に負けず劣らずのトラブルメーカーだからな」

 

「ひっでえ人を疫病神みたいに」

 

「それに補修のあと、例の魔族連続襲撃事件の被害者が出たらしいからな。私もそうだが吸血鬼であるお前の意見も聞いておこうと思ってな」

 

「…また出たのか」

 

この絃神島では近頃魔族が襲われる事件が多発している。

しかもその殆どの被害者が吸血鬼で幸いにも死者は出てはいないが重症だそうだ。

 

「今回の被害者も吸血鬼か?」

 

「ああ、例のごとく死にはしていないが重症だ」

 

「成程、それでその吸血鬼の持ち物が盗られていないとなると怨恨の可能性が妥当だけど」

 

「こんな無差別にしかも吸血鬼だけを狙った犯行となると吸血鬼にしかない何かが狙いだろう。だとすれば」

 

「眷獣、だな」

 

眷獣

それはとんでもない魔力の塊であるがその性質故に宿主の命を喰らうといった特徴がある。

その為不死身である祐樹や那月、そして古城のような吸血鬼にしか扱えない。

 

「けど仮にそうだとして、何のために犯人は眷獣を狙ったんだ?」

 

「それは現在調査中だ。だが、それさえ分かれば恐らく犯人の目的も割り出せるやもしれん」

 

「そうか、でもなら尚更古城くんは危ないな」

 

「あぁ」

 

第四真祖の従える12の眷獣

それは真祖の眷獣の名に恥じぬ厄災のごとき怪物だ。

その1体1体がとんでもない力を宿している。

 

だが、暁古城はこの間までただの人間だった上に吸血行為をしたことがなかった。

しかも真祖の眷獣なだけにただ血を吸えばいいというわけでなく上質な霊媒の血が必要になる。

 

そのため彼の眷獣は彼を主とは認めておらずしかし彼が傷を負えばたちまち文字通りの厄災が如き魔力を周囲にまき散らす。

 

「今回の補修で一応注意は呼び掛けておく。あいつも一応常識は持ち合わせている、夜中に街を徘徊するなどといった馬鹿な真似はしないだろう」

 

「だと良いんだけどね」

 

この時二人はまだ知らなかった。

第四真祖は、眷獣だけではなく宿主も予測不能だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暁古城は学校での補修を終えた後、昨日出会った少女”姫柊雪菜(ひめらぎゆきな)”と近くのファストフード店で昼食を食べていた。

経緯としては彼が彼女の落とした財布を拾い彼女が昼食を奢るという事になった。

 

そしてそこで古城は彼女が”獅子王機関”という対魔導犯罪組織から彼を監視するために送り込まれた剣巫で場合によっては抹殺するために来たことを知る。

 

「そういえば先輩、先輩は”コアの光主”を知ってますか?」

 

「コアの光主?…あぁ、確かそいつも吸血鬼なんだろ?何か真祖の連中よりも強いかもしれないとかってのは聞いたことがあるな。そしてその吸血鬼に寄り添う一人の伴侶もいるとか」

 

「はい。”光主の花嫁”ですね」

 

「けど何で急にその話なんだ?俺には関係なさそうなんだけど」

 

「…はぁ、先輩は知らなさすぎです」

 

「な、何だよ仕方ねえだろ。こちとら自分の事で手一杯なんだからよ」

 

雪菜の責めるような視線に古城はたじろぎ彼女は仕方が無さそうな目で彼を見る。

 

「そのコアの光主は、今この島にいるんですよ。先輩は最近まで人間だったとはいえど自分の周りの事は調べておくべきです」

 

「悪かったな無知で。ってか待てよソイツこの島にいんの?」

 

「はい。獅子王機関もそれは知っているのですが、彼には一切の監視が付いていないんです」

 

「え?俺みたいな吸血鬼の真祖には付いてなんでソイツにはつかないんだ?」

 

「いえ、付かないんじゃなくて付けられないんです」

 

「付けられない?」

 

「はい。その吸血鬼には真祖の眷獣すら凌駕する眷獣の他にも数々の僕を従えていて、下手に監視をつけて怒りを買おうものなら絃神島だけではなく下手をすれば世界をも滅ぼしかねないとのことで彼の存在には監視が付けられないんです」

 

「おい、それって結構やばいんじゃねえか?」

 

「そこは安心してください。彼のものは基本はこちらから何かしら手を出さない限りは向こうも手を出さないようですし、彼の伴侶である”光主の花嫁”がストッパーになって最悪彼女が止める役割を担っています」

 

「そうなのか」

 

「先輩も気を付けてくださいね」

 

「いやいや、何でなんだ?俺はそいつに喧嘩を売るつもりも何かしらの問題を起こすつもりもないぞ」

 

古城は雪菜の訳のわからない忠告に戸惑った。

そもそも彼はコアの光主の正体なんて知らないのだから無理もない。

しかしそんな彼の様子を雪菜は呆れた目で見ていた。

 

「先輩は自覚がないにしろ真祖であり正式ではありませんがこの島が貴方の夜の帝国(ドミニオン)なんですよ。だったらいつかは遭遇するかもしれません。ですからちゃんとそのあたりはしっかりとしてください」

 

「そんなこと言われてもな」

 

「いいですね?」

 

「…はい」

 

 

雪菜の有無も言わさない目つきに古城は頷くしかなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、祐樹と那月は街の見回りを行っていた

周りはすっかり夜で、街には祐樹と那月以外にはほとんどが大人だけで学生は出歩いていなかった。

 

「今のところ異常は無いな」

 

「ああ」

 

夜の街には現在は殆どが大人ばっかりで、見た目が学生や子供な祐樹と那月は少し浮いていた。

はたから見たら兄妹に見えるからだ。

 

「にしても俺たち一応見回りの為に出てきてはいるけど浮いてないか?」

 

「ふん、私はこの見た目だからな。なんならお兄ちゃんとでも呼んでやろうか?」

 

「やめてくれ、お前が猫なで声でそんな風に俺を呼ぶなんて違和感が凄い」

 

「ほ~う?私は猫なで声など一言も言っていないが?」

 

「あっ」

 

祐樹は自身で墓穴を掘った事に気が付き間の抜けた声を上げてしまう。

ここだけの話、祐樹は那月の幼い見た目を見て密かにふとそんな風に自身を呼ぶ彼女の姿を思い浮かべた事があった。

その彼女の姿を思い浮かべると思わず一人妄想していたという所謂黒歴史なるものがあった。

それ故に誰にも言わずそのことは死んでも明かさないつもりでいたのだ。

それがうっかり口を滑らせてしまったが為に一番バレたくない人物に知られてしまった。

 

要するに彼の自業自得である。

 

「い、いや待て那月。これは違くてだな…」

 

「そう隠す事はない、お前も男だからなそういった性癖の一つや二つもあるだろう。それに教師という職業柄、そういった事を否定はしないから安心しろ」

 

祐樹は必死に弁明しようとするが那月は意味深な笑みを浮かべ話を聞かなかった。

 

「な、那月さん。ひょっとしてこの前からかった事、まだ引きずっていらっしゃいます?」

 

「何のことだ?まあこれに懲りたら私をからかおうだなんて考えない事だな」

 

「…はい、申し訳ありませんでした那月様」

 

祐樹はガクリと肩を落とした。

 

「…祐樹、少ししゃがめ」

 

「え?…!?」

 

祐樹は那月の言葉に一瞬ポカンとしたが直ぐに何かを察したのか頭を押さえた。

 

「な、那月。流石に扇子か日傘による攻撃は勘弁してくれ!古城くんがやられてるの見てすっげえ痛そうだったぞ!?」

 

「違うわ馬鹿者!良いからしゃがめ」

 

那月の次に行われるかもしれない行動に危機感を感じながらも祐樹は片膝をつきしゃがんだ。

そして那月は日傘を閉じて片腕に引っかけ彼の耳に両手を当てそこに口を近づけた。

これなら周りの人が見ても特に違和感はない。

 

「お、おい那月」

 

「大人しくしていろ」

 

怖くなった祐樹だったがこうなってはもう後には引けない。

祐樹はその時が来るのをまった。

そして…

 

「お兄ちゃん♪」

 

「…へっ?」

 

那月の予想の斜め上を行く言葉に祐樹は呆気にとられた。

 

「よし、見回りを再開するぞ」

 

「ちょ、ちょっと那月!?い、今のはどういう」

 

「ええい煩い!さっさと行くぞ!」

 

「ま、待てって那月!」

 

那月は有無を言わさずカツカツと靴を鳴らしながら速足で歩き祐樹はその後を追って行った。

そしてその時の那月の顔は、耳まで赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の那月の祐樹へのお兄ちゃん呼びはデアラの琴里を想像していただければ分かりやすいかもしれません。


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聖者の右腕編Ⅳ

祐樹と那月は問題なく街の見回りを行っていた。

そして特に問題なく何も異常は発生していなかった。ただ一つの例外を除いて。

 

『・・・』

 

2人の目の前には何故か今この場にいない筈の見慣れた白いパーカーの男子生徒と祐樹にとっては二度目の遭遇となる中等部の少女の姿が店の前に置かれていたクレーンゲームの前にいたのだ。

 

「何をやっているんだあの馬鹿は」

 

「あ、アハハハ…これは流石に予想外だったな」

 

那月は最近は魔族狩りが出没しているため気をつけろと言われていた、なのでこんな夜に出歩くとは祐樹も那月も思わなかったのである。

そんな彼に呆れた顔をする彼女であったが、それはすぐに消え何故か何やら思いついたかのような笑みを浮かべた。

 

(あっ、これはやばい奴だ)

 

祐樹は那月のこの状態を知っていた。これは、所謂ドSな彼女が引き出される時の笑みだと。

 

「おいそこの2人、彩海学園の生徒だな。こんな時間に何をしている」

 

「「!?」」

 

那月は古城と少女の後ろから声をかけた。

2人はクレーンゲームのガラス越しに那月の姿を確認すると気まずい表情をしていた。

那月は意地の悪い笑みを浮かべてじわじわと彼らを追い詰めるつもりでいた。

 

(やっべぇー。ゆ、祐樹!助けてくれ!)

 

古城は絶体絶命の危機に陥りガラス越しに那月と一緒に見えた祐樹の姿を視認すると助けを求める視線を送る。

しかし、祐樹は先ほどの事で下手に庇うとどんな反撃を喰らうか分かったものではなかった。

なので…

 

(ごめん古城くん、今の那月には逆らえないんだ。自分で乗り越えてくれ)

 

(祐樹ぃーーーーーーーーー!)

 

祐樹は苦笑いで両手を合わせ友人の助けが借りられない事に古城は軽く絶望した。

 

 

「ん?そこのパーカーの男は見覚えがあるな。こっちを向いてもらおうか」

 

(ぜってぇ気付いてんじゃねえか!てかそれよりヤバイ)

 

古城はこの状況をどう切り抜けるのかを考えたが相手が那月ではそれは出来ないも当然になってしまっている。

 

しかしそこでこの場の全員にとって予想外の事が起こった。

 

『!?』

 

突如夜の街に爆発音が鳴り響いた。

 

「!行くぞ姫柊」

 

「え!?」

 

それをチャンスと思った古城は少女、姫柊雪菜の手を引いて走り出した。

 

「な!?待て!暁!」

 

「遊んでるからでしょう」

 

「うるさいぞ!それより早く追いかけろ!」

 

「了解した」

 

怒った那月の指示に従い祐樹は古城達の後を追い爆発が起きた場所にまで走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐樹は現場に到着したが既にそこでは戦闘が繰り広げられていた。

その地点である倉庫街では雪菜が槍を構えその先には大柄で片眼鏡の戦斧を構えた男と素肌にケープコートを羽織った藍色の髪のホムンクルスの少女が戦っていた。

 

(あの二人組、まさか最近噂になっている魔族狩りの犯人か?)

 

祐樹はここに来る途中で見かけた重症の吸血鬼を見つけ現在目の前にいる二人組がこの事件の犯人ではないかとあたりをつける。

 

そんな考察をしていると戦闘を行っていたホムンクルスの少女の背中から虹色の光を纏った片翼の翼が展開された。

 

(アレは、まさか眷獣だと!?)

 

その様子に祐樹は驚きを隠せなかった。

眷獣はその特性上吸血鬼にしか使役できず、ホムンクルスが扱えるわけがないからだ。

 

そしてその翼と思われた眷獣は巨大な一本の腕に変化し雪菜に攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「流石に相手が相手だ。助太刀しないとな」

 

祐樹はそういうと片手をかざした。

 

「こい。”神機グングニル”」

 

すると白のシンボルが目の前に現れ砕け散った。

そこから現れたのは全体的に尖がったフォルムで機械的な印象を受ける人型の眷獣だ。

 

「頼むぞグングニル」

 

「承知した我らが主よ」

 

グングニルはその体を一本の槍に変形させると猛スピードでホムンクルスの眷獣に向かって突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『!?』

 

突然眷獣が弾き飛ばされた事にその場にいる全員が目を見開いた。

 

そしてその原因であるグングニルが変形した槍であると分かるとすぐさま警戒の色を見せた。

 

「あの槍は?」

 

「姫柊!」

 

「!先輩!?」

 

困惑しているところで恐らく追ってきたのであろう古城が駆けつけてきた。

 

「どうしてここに」

 

「どうしてはこっちのセリフだ姫柊の馬鹿!」

 

「ば、馬鹿!?」

 

古城の突然の馬鹿発言に戸惑いを隠せない雪菜だったが古城は少し前に雪菜が様子を見るだけだと言って慌てて駆けつけたら戦闘になっていたのだからそういうのも無理も無い事だろう。

 

「様子見するだけじゃなかったのかよ!何で戦闘になってんだ!」

 

「うっ、それは…」

 

「まあこの話はあとにして何なんだあいつ等は、それにあの眷獣っぽい奴も」

 

「あっはい、ロタリンギアの宣教師と眷獣付のホムンクルスらしいです。アレについては私も分からなくて」

 

古城はホムンクルスの少女が眷獣を持っている事にも驚いたが槍っぽい見た目をしている眷獣についても驚いた。

しかしその思考は直ぐに途切れさせられる事になる。

 

「ッアスタルテ!」

 

「!?」

 

突如男達に向かってVの形をした炎が彼らを襲った。  

その攻撃はホムンクルスの少女が眷獣の腕でガードの体制で防いだ。

 

「今の攻撃は「いやーお見事。並の眷獣なら焼き消せる威力でやった筈なんだけど」!?」

 

突如第三者の男の声が聞こえて全員がそちらの方向を見た。

そこにはいつもの紫に瞳を赤くした祐樹がコンテナの上に立っていた。

 

祐樹はコンテナから飛び降りて古城と雪菜の前に立ち男達を見た。

 

男の方は祐樹を油断なく観察していた。

 

「この魔力、それに先ほどの炎と眷獣…もしや、貴方方が第四真祖とコアの光主ですか?」

 

「コアの光主⁉︎」

 

男の言葉に雪菜は驚いた。

まさか真祖以上の力を持つと言われている吸血鬼がこんなに近くにいたとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「へえ、古城や俺の事を知っているとはな」

 

「ええ、第四真祖は都市伝説程度の認識でしたがコアの光主に関しては確認されているという情報も多かったですしね」

 

「まあそれはどうでもいい。担当直入に聞くが、お前らがここ最近魔族狩りを行っている奴らで間違いないな?」

 

「もしそうだと言えば?」

 

「決まってるだろ」

 

祐樹は剣を生成して右手にそれを構え男を睨みつけグングニルも同じく戦闘態勢に入っていた。

 

「ここでお前らを拘束する」

 

「それは困りますね」

 

男は困ったような顔をして懐に手をいれそこから一つのグレネードを取り出した。

そして素早くピンを外し祐樹達に向かって投げた。

 

「!?ちっ」

 

祐樹はすぐさま危険だと判断し手をかざした。

グングニルもそれを防ごうと対応したがそれでは間に合わないと判断し、魔法を発動した。

 

「”リミテッドバリア”」

 

祐樹がそういうと目の前に障壁が展開された。

 

そしてグレネードは爆発した。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と思われたが、放たれたのは爆発ではなく辺りを包み込む眩い光だった。

 

 

「!?(しまった、閃光弾か!)」

 

 

祐樹が気付いた時にはすでに遅く眩い光で視界が塞がれ、祐樹含む3人は目を覆った。   

 

 

 

そして光が収まったころにはそこには既に男とホムンクルスの少女は居なくなっていた。

 

「くそ!グングニル、奴らがどっちに逃げたか分かるか?」

 

「すまない主よ、あまりの光に視界が塞がれ確認できなかった」

 

「そうか、ありがとな。今回はもう戻ってくれ」

 

祐樹はグングニルを白のシンボルに戻すとそれは祐樹の中に戻っていった。

 

 

「さて、古城くんとえっと」

 

「あ、姫柊です。姫柊雪菜」

 

「そうか。それじゃ古城くんと姫柊さん、ここには恐らくあと少しで特区警備隊が来る。一旦ここから離れよう、その後にあの男とホムンクルスについて話してもらうよ」

 

「お、おう俺は構わないけど」

 

「私も構いません」

 

3人は現状把握の為情報交換するために倉庫街から移動した。

 

 

そしてその後の古城達の話から男の方はロタリンギアの宣教師”ルードルフ・オイスタッハ”そしてホムンクルスの少女は”アスタルテ”と呼ばれていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅴ

「ここは」

 

祐樹が目を覚ましたのは吹雪が吹き荒れる森の中だった。

 

「懐かしいな…!?」

 

祐樹はそこまで言って違和感を覚えた、彼はここに初めて訪れる。

なので懐かしいと思うのは不自然なのだ。

 

「俺は何で懐かしいなんて…!」

 

その時、祐樹の頭の中にある一つのイメージが浮かび上がった。

 

「…こっちか」

 

祐樹はそのイメージの導くまま森の中を歩き始めた。

普通なら遭難しても可笑しくない吹雪の森の中を迷いなく歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼がたどり着いたのは、一つの城だった。

 

「ここは、城?」

 

祐樹が考察していると城の扉が開き入口に備え付けられた明かりが灯された。

 

「入ってこいってことか?」

 

祐樹は突然開いた扉に驚きはしたが何故か警戒ことなく進んでいった。

 

 

 

そして、たどり着いた場所にそれは居た。

それは、白い要塞を思わせる皇だった。

しかしその体は紫の鎖に縛られ動けないでいた。

 

「お前は」

 

「久しいな、我らが主よ」

 

白の皇は祐樹に向かって主と言いそれを聞いた祐樹は恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「それやめろ、俺は皇とかそういうキャラじゃねえだろ」

 

「すまないな、それは慣れてくれとしか言えないな」

 

「まあそんな事より、ここはどこだよ」

 

「ここは元々我らのいた”白の世界”を再現した場所だ。今回は我が眷属が今宵に起きた主たちの異変についてだ」

 

「ああ、グングニルから聞いたのか」

 

「そうでなくても白の世界と”赤の世界”の魔術を使ったのだ、少なからず異変があったとは思う」

 

「そういえばそうだったな」

 

祐樹が先ほど使った魔術は彼の従える眷獣が元居た世界から生まれたものである。

 

「それよりグングニルより話は聞いたが、主よ今回の異変恐らく我の力が必要になるやもしれん」

 

「そうなのか?」

 

祐樹は今回遭遇した二人組の古城達から聞いた情報を思い返すが、男の方は戦斧を使い身体強化の魔術で攻撃を仕掛けてきて、ホムンクルスの少女は眷獣で相手の魔力を吸い取るという特性を持っているらしい。

 

「今は他の眷属でも対応は可能な範囲ではあるらしいが、何やら嫌な予感がする」

 

「それは俺も何となく感じるが、本当か?封印から脱出したいだけではないよな?」

 

「主に対してそのような事などしないよ」

 

「信用してほしいならいい加減に教えろ。何でお前たちは俺に従う、第四真祖の眷獣でさえ上質な霊媒の血を吸う必要があるのにお前たちはまるで以前から知っているという風に従う。かつてお前たちは俺と何処かで会ったのか?」

 

「…」

 

白の皇は俯きそれ以上は話そうとはしなかった。

 

「…ハア、まあお前たちが悪意で俺に力を貸してるのではないというのは今までの事から分かっているから無理には聞かないよ」

 

「礼を言う主よ」

 

そこまで話すと、祐樹の体が光に包まれてきた。

 

「おい、何だよこれ!」

 

「安心してくれ、夢から覚めるだけだ。それでは主よ、また会おう」

 

そこまで言うと、祐樹の体は光に包まれて消えていった。

 

「…主よ、今度こそ貴方と貴方の友、そして我らが姫君と幸せにあらん事を」

 

白の皇は、祐樹が居なくなったあとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

祐樹は慌てて目を覚ますと、そこは彼の部屋のベッドの上だった。

 

「夢か(それにしてもリアルな夢だったな)」

 

「う、ん…」

 

「ん?」

 

祐樹は先ほど見ていた夢の事を思い返していると聞こえてきた声に考えを停止した。

そこには、パジャマ姿の那月が眠っていた。

 

「そういえば、昨日結構イラついてそれを収める為に一緒に寝たんだっけ。ってそういえば今日も学校だったよな?おい那月、起きろ」

 

「うーん…」

 

祐樹がそう起こそうとするも彼女は起きなかった。

 

「いや起きろよ。今日も授業が…!?」

 

その時彼は見てしまった。

寝返りをうった事によってパジャマがはだけた部分から、彼女の素肌が見えてしまっていたのだ。

普段彼女はゴスロリのドレスばかりを着ていて肌の露出で言えばかなり少ないのだ。

 

「やべっ」

 

そんな普段は見れない伴侶の無防備な姿に彼は吸血衝動に襲われ目を赤くした。

この世界の吸血鬼の吸血衝動とはすなわち性欲、性的興奮がトリガーとなる。

祐樹は吸血衝動を普段は抑えられているのだが、那月限定でそれが起こる。

なので決して彼がロリコンというわけではない!←ここ大事

 

「ッく」

 

祐樹は咄嗟に伸びた自分の犬歯で自分の腕を噛んだ。

そして血を吸い始めた。

これなら彼の眷獣の封印が解ける事はない。

 

「…ふぅー、危なかった」

 

祐樹がこうなったのは初めてではないが、いつまでったってもこれは慣れずにいた。

 

「…さっさと起こすか」

 

祐樹はこれ以上吸血衝動を起こしてうっかりを起こさない為に彼女を起こす作業を再開した。

 

 

余談だが、起きて自身の服がはだけており目の前に祐樹がいたことに気付いた那月は彼の頬に強烈な平手打ちを叩き込んだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅵ

彩海学園の那月の執務室。

 

一教師の執務室にしては豪華な意匠や家具が置かれたその部屋には椅子に腰かけた那月とソファーに寝転がった祐樹の姿があった。

 

「那月、あれからあの宣教師とホムンクルスの情報はあるか?」

 

「いや、特区警備隊もロタリンギア関連の企業に探りを入れたが未だに見つかっていないとのことだ」

 

あれから祐樹は那月に昨晩あった出来事を話、その情報を元に絃神島内にあるロタリンギアの企業を当たってもらったのだが未だに彼らについての新たな情報は入ってこなかった。

 

「そもそもお前の情報が確かなら、そいつらはかなり目立つ筈だ。そんな奴らが、変装なり何なんなりを何もしていない筈がないからな。ロタリンギアの企業は当てにしない方が良いだろうな」

 

「だよなー」

 

祐樹がため息をつくと、那月は席を立ち部屋を出ようとした。

 

「私は暁と転校生を呼び出して昨晩の事の注意を促してくる。分かってるとは思うが、勝手に出歩くなよ?」

 

「分かってるよ」

 

そういい那月は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「しかし、ホムンクルスのしかも眷獣持ちならそれを調整する設備が必要になる筈だが、奴らは一体この島のどこにそんな物を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在那月は、古城と雪菜を生徒指導室に呼び出していた。

 

「お前たち、一昨晩アイランド・イーストで派手な爆発事故があったのは知ってるな?」

 

「え?まあニュースになってたからな」

 

いきなり那月の確信を付いた質問に古城は動揺しながらも答える。

雪菜も表面では平常心を保っていたが、内心焦っていた。

 

「実は、その現場近くで、旧き世代の吸血鬼が一匹、確保されたそうだ。 重傷を負って死にかけていると、誰かが匿名で消防署に通報したらしい。 さて、何者の仕業なのだろうな?」

 

「さ、さあ」

 

那月の説明に古城はとぼけるしかなかった。

 

「ふむ、実は吸血鬼が襲われるのはこれが初めてじゃなくてなこれまでにも似たような事件が計6件起こっている。流石に古き世代が襲われたのは初めてだけどな」

 

 

那月はそこまで説明すると分厚い資料の束を机に広げた。

そこにある写真の中に古城と雪菜の見知った顔もあった。

 

「こいつ等は、あの時のナンパ野郎じゃねえか」

 

「知り合いか?」

 

「いや、知り合いって訳じゃないけど。で、こいつはどうなったんだ、那月ちゃん」

 

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな! はあ、まあいい。 入院中だ。 一命は取り留めたそうだが、今も意識は戻っていない。 生命力が取り柄の獣人(イヌ)と、不老不死のを相手に、どうやったらそんなことが出来るかは知らないが」

 

 

那月はそこまで言うと古城を険しい目つきで睨んだ。

 

「企業に飼われている魔族や、その血族には、魔族狩りに気をつけろと、すでに警告が回っているらしい。 お前たちには、そんな上等な知り合いはいなそうだから、私が代わりに警告してやる。 感謝するがいい」

 

「はい…」

 

古城が馬鹿正直に返事を返すと、雪菜の責めるような視線に気づき慌てた様子で訂正した。

 

「いやいやいや!夜遊びと言われても何の事だか」

 

「ふん、兎に角伝えたからな」

 

自分の話が終わると那月はもう用はないと言わんばかりに扇子を横に振った。

 

古城が退室し、その後に雪菜が退室しようとすると那月から待ったがかかった。

 

「待て転校生」

 

「え?」

 

呼ばれて振り向くと突然雪菜に向かって何かが投げ渡された。

反射でそれを受け取りそれを見ると、昨晩雪菜が古城にクレーンゲームで取ってもらって那月から逃げる際に置いたままになっていたぬいぐるみだった。

 

「…ネコマたん」

 

雪菜は思わずそう呟くと、ニヤリと笑みを浮かべていた那月が視界に入った。

そこで雪菜は自ら墓穴を掘った事に気付いた。

 

「忘れ物だ、それはお前のだろ?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りー、それでどうだった古城くんたちの方は」

 

「ああ、一応昨日の様な夜遊びは控えるようにとは言ってはおいたが恐らくはあの問題児には効果は期待しない方が良いだろうな」

 

「アハハ」

 

「兎に角私はこの後授業がある、宣教師達についての考察は悪いがその後だ」

 

「はいよ」

 

 

 

 

 

 

 

~数十分後~

 

那月はホームルームの為に自分の担当する古城達のクラスに向かいその後も祐樹は一人考察を続けた。

 

「お前たち、ホームルームを始めるぞ。さっさと席に就け」

 

那月の一声により先ほどまで談笑していた生徒たちはすぐさま自分の席に着いた。

生徒が全員席に着き出席をとろうとしたとき、那月は本来ならばいる筈の人物(第四真祖)の姿が確認できなかった。

 

「?おい暁古城はどこに行った」

 

那月の問いかけにクラスの生徒たちは自分の周りを見回すなりして困惑する。

そんな中那月の問いかけに答えたのは、制服を校則ギリギリにまで崩して金髪の文字通りのギャルな見た目の女子生徒”藍羽浅葱”だった。

 

彼女はこれからホームルームであるにも関わらずカバンを持ち教室を出ようとしていた。

彼女は人工島管理公社でプログラマーとしてのアルバイトをしているのでこれからそのバイトなのだ。

彼女は那月に近づき話した。

 

「あっ那月ちゃん、私多分古城がどこ行ったか知ってるわ」

 

「藍羽か、教師をちゃん付けで呼ぶな。まあ今はそれより、あの馬鹿はどこに向かった?」

 

「えっと確か、私にロタリンギアの企業について聞いてその後廃止された企業についても聞いて、その後に顔色変えて教室を飛び出して行きましたけど」

 

「なんだと?」

 

浅葱の言葉に那月は眉を細める。

 

「(暁の奴、大人しくしてる筈は無いとは思ってはいたがまさかこんなに早く行動するとは。ちっ、面倒な)それで?暁はどの企業について聞いて教室を出た?」

 

「え?あーえっと確かステレべ製薬の研究所だったと思いますけど」

 

「なに!?」

 

浅葱の今言った場所は主にホムンクルスを利用した新薬実験で現在は封鎖されている。

現在は封鎖されているが、もし現在もそこの設備が使える或いは機材を運び込み利用可能なのだとしたら、十中八九宣教師たちはそこを隠れ家にしている可能性が高い。

 

「礼を言うぞ藍羽。すまんが私は急用ができた、残りの者も今回は自習とする」

 

「え!?ちょっと那月ちゃん!」

 

浅葱の呼び止める声を振り切り、そのまま教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐樹!まずい事態になったぞ!」

 

「うおっ!?どうした那月、そんなに慌てて」

 

「暁の馬鹿が宣教師のアジトを藍羽に調べさせて現在そこに向かったらしい」

 

「なっ!?」

 

祐樹は驚愕に目を見開く。

 

「場所は既に藍羽から聞き出してある!直ぐに飛ぶぞ!」

 

「お、おう!」

 

祐樹は慌てて立ち上がり、那月はすぐさま空間転移の為の魔法陣を展開すると2人の姿はそこから消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだな」

 

「ああ」

 

2人は目的の場所についたが、その建物のドアは不自然な程に綺麗だった。

 

「ここをアジトにするなら偽装の魔術位は施していた筈だよな?」

 

「ああ、剣巫の槍だろう。それよりさっさと行くぞ」

 

「分かってる」

 

祐樹と那月は扉を開き、そのまま中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…ぐすっ…」

 

「これは…」

 

「ちっ、遅かったか」

 

祐樹達が駆けつけると、そこに古城と雪菜は居た。

しかし古城はその身を真っ二つに引き裂かれ、雪菜は彼の返り血を浴び古城の頭を大事に抱え泣いていた。

 

祐樹たちが来る前に、古城と雪菜は例の宣教師とホムンクルスと戦闘を行っていたのだが、ホムンクルスは前回の戦闘で手に入れていたのか雪菜の持つ槍と同じ全ての決壊を破壊し魔力を打ち消す術式をコピーされた上に眷獣もゴーレムの様な形となり、結果的に古城達は追い詰められ殺されそうになった雪菜を古城は庇ったのだ。

 

「姫柊さん」

 

「ぐすっ…工藤、さん…南宮先生…」

 

祐樹に声を掛けられ雪菜は振り向くと祐樹の他に那月がいる事に驚くが、今の彼女にはそれを気にしている精神的余裕が無かった。

 

「全く人が忠告してやったそばからコレとは、問題児を教え子に持つと苦労するな」

 

「まあ、大方自分の正当防衛等を証明するためとかの理由だろうけど、早まったな」

 

「ッ!ど、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!先輩が、暁先輩が死んでしまったのに!」

 

雪菜は自分の先輩が酷い有様で死体となっているのに、普段通りの態度を崩さない彼らを睨みつけて非難の声を上げる。

 

「どうしても何もコレはお前たちが行動を起こした結果だ」

 

「それに、この程度で死ねるなら第四真祖が世界最強の吸血鬼だなんて呼ばれるはずがないだろう。見てみろ」

 

「えっ…」

 

祐樹の言葉の意味を理解できないまま雪菜は古城の体に目線を移した。

 

「!」

 

すると古城の体は、まるでビデオを逆再生したかのように体の傷が塞がっていき雪菜にかかった血も彼の体に戻っていた。

そして数秒したらそこには傷一つない古城の姿があった。

 

「これは…」

 

「というわけだ。だから泣くな」

 

「それよりここではアレだ、場所を変えるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…つつ、ここは」

 

「起きたかい古城くん」

 

「!7ゆ、祐樹…」

 

古城は目を覚ますと、突然聞こえた声に驚き体を起こした。

古城が周りを見回すと、先ほどまで自分に膝枕をしてくれていたのか雪菜が古城の近くに降りそして声のした方向を見るとそこには彼の担任教師である那月と古城を普段なら向けないであろう冷たい目で見ている祐樹がいた。

 

「大まかな事情は姫柊さんから聞いたよ。まあ今はそれはさておき」

 

祐樹は古城に近づき彼を立たせると

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ」

 

「先輩!?」

 

祐樹は古城の右頬を思いっきり殴った。

殴られた古城はしりもちをつき倒れ頬を抑える。

 

「何で自分が殴られたのか、言わなくても分かるよね?」

 

「…」

 

祐樹の言葉に古城は黙るしかなかった。

 

「君が第四真祖でこの島の敵を排除しようとしたのか、或いは昨日の自分の行動の正当性を証明しようとしたのかはこの際どうでもいい。何で俺や那月を頼らなかった?」

 

「…これは、元々は俺の事情でそれにアンタや那月ちゃんを巻き込む訳にはいかなかったんだ」

 

「成程、まあ不必要に他人を巻き込もうとしないその姿勢は良い。だが、昨日の事は俺も当事者だからとやかくは言いたくは無いが、そうやって勝手に行動した結果がこの様か?」

 

「…」

 

祐樹のその物言いに古城は今度こそ何も言えなかった。

 

「工藤さん!そこまで言う必要はないじゃないですか!先輩が一体どんな思いでっ」

 

「それは俺も吸血鬼だ、古城くんの気持ちも分からなくはないがそれはそれだ」

 

「それにだ姫柊雪菜、本来であれば第四真祖が問題を起こさない様にするための監視役がその行動を手助けしている時点でお前には何も言う資格はあるまい」

 

「ッ!」

 

今度は那月の言葉に雪菜が黙り込む番だった。

 

「そもそも眷獣を一体もろくに従えられない半人前の真祖と、見習いの剣巫風情でどうにかなるとでも思ったのか?だとしたら随分と思いあがったな」

 

『…』

 

祐樹の言葉に古城と雪菜は歯を食いしばって俯く。

彼らも自分たちが負けた事実をこうやって指摘されると、流石に堪えるのだろう。

 

 

すると

 

『!?』

 

突如として地震が発生した。

揺れ自体は大したことはない、問題はこの島で地震が起こったことなのだ。

 

「じ、地震!?」

 

「何を驚いているんですか?この程度の揺れなんて大したこと…」

 

「忘れたのか姫柊雪菜。ここは人工島だぞ」

 

「あっ」

 

そう、この絃神島は海の上に浮かんでいて今まで地震なんて一度も起きたことが無いのだ。

そんな普通なら起きる筈のない地震が起こったという事は島自体に異常が起こったという事だ。

 

すると古城のスマホにメールが届いた。

 

「ん?誰だこんな時に…なっ⁉︎」

 

「これって!」

 

古城はその内容を見て戦慄した。

メールの内容は古城のクラスメイトである矢瀬基樹と築島倫から送られてきたもので、浅葱のいるキーストーンゲートが襲撃されたと言うものだった。

 

古城はそれを見ると慌ててスマホから浅葱のスマホに電話をかけた。

 

「頼む繋がってくれ!…」

 

そして数コールの後すぐに電話は繋がった。

 

「浅葱!無事か⁉︎」

 

『古城⁉︎無事じゃ無いわよ!一体なんなのよアイツら!』

 

浅葱の怯えてはいるが古城の声を聞いて少し安心したのかいつもと変わらない言葉遣いに古城は安堵の表情を浮かべるが、そのまま話を続けた

 

「侵入者はガタイのデカイオッサンと眷獣持ちのホムンクルスか?」

 

『そうだけどなんで知って…アンタまさかアイツらに襲われたの⁉︎大丈夫なわけ!』

 

「ああ、一度死にかけたがなんとか大丈夫だ」

 

『死にかけたって…』

 

「とにかく俺は生きてるから大丈夫だ!それよりオッサン達の方はどこ行った?」

 

『下の方、最下層ね』

 

「そこに何かあるのか?」

 

『何も無いわよ、あるにしても無駄に丈夫なアンカーがあるってだけ』

 

「じゃあオッサンが言ってた至宝って言うのは…」

 

「至宝?ちょっとまって、今調べるわ…って何よこれ⁉︎軍事機密並みのプロテクトじゃない!モグワイ!ぶち破って!」

 

「やれやれ俺はコイツに手出し出来ないんだがな…まぁ相棒の頼みなら仕方ねえな、言っとくが後悔するなよ?」

 

浅葱は自身の相棒であるAIにプロテクトの解除を行わせる。

そうして意外とすぐにその情報は掲示された。

だがその予想外の情報を見て浅葱は息を呑む。

 

「嘘でしょ…これって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事だったのか」

 

「先輩、早く向かいましょう!でないと藍羽先輩が」

 

「…」

 

「ダメに決まってるだろう」

 

「!ど、どうしてですか!?」

 

祐樹のまさかの言葉に雪菜は彼を睨みつけ問い詰めた。

 

「ついさっき敵わなかった癖にまた殺されに行きたいのか?」

 

「そ、それは…」

 

「それに、古城くんはどうする?」

 

「…俺は」

 

祐樹は古城が妙に暗い事に気付いていた。

幾ら祐樹に先ほど論破されたとはいえここまで落ち込むのは不自然だったからだ。

 

「俺は、行かない」

 

「え?」

 

「勿論浅葱は助けるし他に助けられるだけの人を助けて凪沙や母さん、学校の友達も島の外に逃がす。俺に出来るのはそこまでだ」

 

「先輩、何を言っているんですか?」

 

「あのオッサン達がしようとしている事は、ある意味じゃ正しいことなんだよ。それが本当に正しいのか俺には選べない、いや。俺は、それを選んじゃいけないんだよ…」

 

「先輩…」

 

「…まあ確かに、お前が行ったとしてもさっきの二の舞だ。だから行かないのが正解なんだろう」

 

「ッ工藤さん!」

 

祐樹の無遠慮な物言いに雪菜は抗議の声を上げる。

だが祐樹の言葉はそれで終わりじゃなかった。

 

「けどな”暁古城”、本当にそれで間に合うのか?」

 

「えっ?」

 

「確かにお前の言う人々を避難させる手段は間違ってはいない。だが、この島から出るための船の手配とその船に人々を乗り込ませて島の外に避難させるのには相当時間がかかる。その間に奴らはこの島を沈めるぞ」

 

「!」

 

祐樹の言葉に古城は戦慄した。

その話の通り、例え古城が吸血鬼の身体能力を全開で島中を走り回って島の住民を避難させようとしても、オイスタッハ達がこの島を沈めるのが遥かに早いだろう。

そうなってしまっては、いくら古城が急いだところで無意味となってしまう。

 

「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ。間に合わないんじゃ意味が…」

 

「だったら止めに行けば良いじゃないか」

 

「え?」

 

「止めに行けよ。今回は俺も手を貸す、それで今回の件は貸にしといてやる」

 

「で、でも俺が行ったってまたさっきみたいに…」

 

「おいおい随分と弱気じゃないか。まあ確かにお前が行っても大してさっきとは変わらないだろうな」

 

「…」

 

古城は俯くしかなかった。

祐樹に言われた事は全て事実だからだ。

 

「だが、それはお前が眷獣を従えられなかった場合の話だ」

 

「?それってどういう…」

 

「確かにあのホムンクルスの従える眷獣は強力だ、だがそれは第四真祖の眷獣には敵わない筈だ」

 

「で、でも仮にそうだとしてもどうしたら」

 

「そこに居るじゃないか、上質な霊媒の血を持つお前の後輩が」

 

「へ?」

 

祐樹が指さした方を見ると、そこには雪菜が立っていた。

つまり祐樹は古城に雪菜の血を吸えと言っているのだ。

確かに巫女である彼女であればかなり上質な霊媒となるだろう。

 

「で、でも…」

 

「ま、後はお前たちで話をつけろ。那月行くぞ」

 

「ああ」

 

祐樹はそこまで告げると、那月と共にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし普段友人思いなお前が、ぶん殴るとは思わなかったぞ」

 

「別に、手っ取り早く分からせるにはこうするしかなかったと思うだけだ」

 

祐樹と那月はしばらく進んだところで立ち止まった。

 

「あー那月、一つ頼みがある」

 

「?」

 

「今回の相手は、姫柊さんの話が本当なら向こうはシュネーヴァルツァーの術式を持っているはずだ。そうなってくると、今の眷獣達では少し厳しいかもしれない。だから」

 

「分かった、もう皆まで言うな。要するに6の皇の内の一体を開放するということだろう?」

 

「ああ、しかもこの事態に一番適するのは”白の皇”だ」

 

祐樹は昨夜見た夢での会話を思い出した。

 

「(まさかアイツの言った通りになるとはな)それじゃあ那月、頼む」

 

「ああ」

 

祐樹がそういうと、那月は自身が着ているゴスロリドレスも肩の部分をずらしその下に隠された肩の素肌が露わになった。

 

そして祐樹は彼女に近づき片膝を突くと、彼女の両肩に手を置いた。

そんな彼の瞳は赤く染まり、口の中から覗く犬歯は鋭く伸びていた。

 

「すぅ…はぁー…ッ!」

 

「ッつ…」

 

祐樹はその犬歯を彼女の首筋に食い込ませた。

本来であれば吸血鬼として血を吸うはずだが、彼女の体は本来の体ではない。

 

なので、血の代わりに彼女の霊力を祐樹は吸っている。

 

「ぅはぁ…ゆう…き」

 

那月は祐樹の首後ろに両手を回し、片手で彼の後頭部を撫でた。

この時、今祐樹の目には那月しか映っておらず、また那月の目にも祐樹しか映っていなかった。

 

そして、祐樹の中では一体の皇の鎖が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅶ

今回で最後にしようかと思ったのですが、次回まで聖者の右腕編は続きます。












キーストーンゲート最下層

 

そこには、此処に来るまでの警備を蹴散らしてきて到着したオイスタッハと眷獣を纏ったアスタルテがいた。

 

「おお…おおぉぉ」

 

その中央に位置する場所にある”ソレ”を見てオイスタッハは感嘆の声を上げながら涙を流した。

そこにあったのは、要石。そしてその中には誰かの右腕があった。

 

オイスタッハはその右腕をみて、悲しみの涙を流していたがその表情は、段々と狂気の笑みえと変貌しそれと同じく狂った様な笑い声をあげった。

 

「ロタリンギアの聖堂より簒奪されし不朽体....我ら信徒の手に取り戻す日を

 待ちわびたぞ! アスタルテ! もはや我らの行く手を阻むものはなし! 

 あの忌まわしき楔を引き抜き、退廃の島に裁きを下しなさい!」

 

命令認識(リシブート)。しかし前提条件に誤認があります、故に命令の再選択を要求します」

 

「何?」

 

オイスタッハはアスタルテの言葉の意味が理解できなかった。

確かに障害となる第四真祖は殺し、剣巫は戦意を喪失するはずである。

 

しかし、オイスタッハは目の前の自身の目的の物に気を取られていて忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

この島には、真祖ですら超越する化け物がいた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、その命令はキャンセルで頼むわ」

 

「!?」

 

突然聞こえた声にオイスタッハは慌ててその方向を振り向いた。

 

「邪魔者が来たからな」

 

そこには、祐樹と那月がオイスタッハを見下ろしていた。

 

「コアの光主、それにそちらの貴方はまさか、空隙いえ”黒龍と鳳凰の魔女”!?」

 

「ほう、私を知っているか」

 

オイスタッハは祐樹と彼の隣に立つ那月を見て驚愕した。

 

”黒龍と鳳凰の魔女”とは、彼女を恐れる吸血鬼達により付けられた異名でその異名はたちまち他の魔族に広がり祐樹の伴侶であることから”光主の花嫁”とも呼ばれていた。

 

そんなオイスタッハの反応などどうでもいいとでも言うふうに祐樹は要石の中に保存されている右腕を見た。

 

 

「しかし、もしやとは思ったがやはりお前たちの狙いはそこにある”聖人の右腕”か」

 

「ええ、それを知っているという事は私の目的も分かっている訳ですね」

 

「ああ」

 

”聖人の右腕”

そもそも絃神島は、龍脈が広がる東洋の海洋の上に都市を建設するという当時画期的とされていた計画の上で島の創設者”絃神千羅”によってつくられた。

しかしその当時どうしても足りなかったものが、要石の強度である。

 

そして絃神千羅が考え付いたものは”供儀建材”、すなわち人柱である。

しかしそれは生きた人間を生贄に捧げるという邪法で、それにより結果的に要石に必要な強度は得られたがそれが今回の悲劇へとつながった。

 

「しっかしわざわざヨーロッパからご苦労なこったな」

 

「あなた方には分かるまい!我らの怒りが、我らの悲願が!」

 

「ああ、確かに分からないな。そもそもくだらない」

 

「な!?」

 

祐樹はオイスタッハを冷めた目で見ていた。

睨みつける訳でもなくただ見ている。

しかしその目が、オイスタッハに本能的な恐怖を引き出しただけではなく同時に怒りも湧きあがらせた。

 

「くだらない、だと…我らの悲願を、くだらないと言ったのか!」

 

「ああ、何時までも過去に囚われてそれを理由に大量虐殺をしようとしている奴の企みなんて実にくだらない」

 

「この島の罪を考えれば、この島の住民が何人死のうと関係ない!これは我らとこの島の戦争いえ聖戦なのですから!」

 

「ハッ、それは違うな」

 

「何?」

 

オイスタッハの叫びも祐樹はくだらないといった風に聞き流し話を続けた。

 

「お前がどんなに自分を正当化しようが、お前は関係ない奴らを巻き込みすぎた。しかもその結果、多くの命を奪い未来を閉ざそうとする。そんなものが聖戦だと?

笑わせるな、結局お前は大層なお題を勝手に掲げえて自分勝手に虐殺を行う、ただの大量殺人鬼だ」

 

「黙れ黙れ!もう貴様とは何を言っても無駄のようだな!」

 

「おいおい、二人称は”あなた”じゃなかったのか?大物ぶっていた化けの皮が剝がれているぞ」

 

祐樹の言葉を受けてオイスタッハは先ほどの紳士的な言葉などかなぐり捨て、激怒し戦闘態勢に入った。

祐樹と那月も構えようとしたが、彼らとは別の膨大な魔力が近づいてくる事に気付いた。

 

「それによ、お前の相手は俺たちじゃない」

 

「何だと?…!」

 

祐樹の言葉の意味が分からなかったオイスタッハだったが、彼も近づいてくる魔力に気付いたようだ。

 

 

 

 

 

 

「さあ、後はお前たちの出番だ。ここで挽回して見せろ2人とも」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

勢いよく飛び出し、オイスタッハ達の前に立ちはだかったのは古城と雪菜だった。

先ほど戦闘不能に追い詰めた敵の出現にオイスタッハは忌々し気に表情を歪めた。

 

「第四真祖…」

 

「オイスタッハ宣教師!もうこれ以上、あなた方の好きにはさせません!」

 

「悪いなオッサン。アンタのやろうとしている事も、ある意味では正しいんだろうぜ。けど、生憎とそれをはいそうですかって受け入れられる訳がねえ。

だからあんた達を止めさせてもらうぜ。

 

ここから先は、(第四真祖)戦争(ケンカ)だ!」

 

「いいえ、先輩」

 

古城の高らかな言葉に、雪菜は彼に寄り添いその言葉を訂正する。

 

「私たちの聖戦(ケンカ)です!」

 

今ここに、闘いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

「ッ!」

 

雪菜はアスタルテとの戦闘を開始し、得意の槍裁きと未来視を駆使して戦闘に及んでいた。

 

アスタルテも薔薇の指先の巨大な腕で攻撃を行ってはいるが。

いくら眷獣とはいえ、人間の形をしているが故か攻撃の際には必ず振りかぶる動作により一瞬のタイムラグがある。

昨晩と先ほどはあまりに予想外な事で同様して動きが鈍った雪菜だったが、落ち着いて対処してしまえば

 

「(未来視と合わせてその動作の一つ一つに対処しつつ攻撃できる!)ハァ!」

 

「!?」

 

アスタルテは何とか対応しようとするが、自身の攻撃を受け流しながら攻撃を仕掛ける雪菜の動きに翻弄されていた。

しかし同じ術式故か、決定打を与えられず攻めあぐね居ているのは雪菜も同じだった。

 

「くっ…」

 

 

 

 

 

 

雪菜とところ変わって、古城はオイスタッハに接近戦を仕掛けたが彼の扱う戦斧による攻撃や身のこなしに苦戦していた。

 

 

 

「そのお粗末な動き、まるで素人同然では無いですか」

 

「同然じゃなくて本当に素人なんだよっ!」

 

古城は流石にまともに向かうのは不利と感じたのだろう、バスケで鍛えたフットワークを利用して手元に作り出した雷球をバスケットボールの要領でオイスタッハに放った。

 

「ッ!、先程の言葉は撤回です。 認めましょう、やはり貴方は、侮れぬ敵だと。ゆえに覚悟をもって相手をさせてもらいます! ロタリンギアの技術によって造られし“要塞の衣(アルカサバ)”この光をもちて、我が障害を排除する!」

 

オイスタッハはマントを脱ぐとその下に隠された光を放つ鎧を開示すると攻撃速度も増し、装甲鎧が筋力を向上させた。

鎧から放たれる光に古城は視界を奪われてほとんど感で交わすが頬に一撃擦り鮮血が飛び散る。

 

「汚ねえぞオッサン!そんな切り札を隠し持って嫌がったのかよ!だったらこっちも手加減は無しだ。死ぬなよオッサン…」

 

「!」

 

オイスタッハは危機を感知し飛び退いた。

そして古城は高らかに右腕を上げその手は黒くなりそこには赤い模様なようなものが浮かび鮮血が舞う。

そして古城は第四真祖が操る眷獣を呼び出そうとしていた。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を引き継ぎし者、暁古城が汝の枷を解き放つ!疾く在れ(来やがれ)、5番目の眷獣!獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

次の瞬間にはそれは現れた。

それは正しく雷撃を纏った黄金の獅子だった。

これこそが第四真祖の操る12の眷獣の一体、5番目の眷獣である。

 

 

「これが第四真祖の眷獣!これほどの力をこのような密閉された空間で使うとは…無謀な!」

 

獅子の黄金の前足がオイスタッハを襲いオイスタッハは数メートル後ろに跳ね飛ばされた。

そして攻撃の余波はキーストーンゲートにも及んだ。

 

「ぐっ、アスタルテ!」

 

獅子の黄金は更に追撃しようとすると憂太と雪菜を振り払ったアスタルテが間に入り込む。

そしてアスタルテの眷獣と獅子の黄金がぶつかり合い獅子の黄金の攻撃を受け止め反射した。

 

「うおッ!」

 

「きゃあっ!」

 

反射された雷撃は周囲にまき散らされ古城と雪菜は慌てて回避する。

 

「ちっ、祐樹」

 

「わかってるよ。”リミテッドバリア”」

 

祐樹は那月を背にして庇うようにすると、昨晩使用した白の世界の魔術による障壁で雷撃を防いだ。

 

「しかし暁の奴、認められたはいいが制御がなってないな」

 

「まあ初めてにしてはまだ被害は少ない方かな」

 

「だがどうする?このままではいたずらに被害が増えるだけだ。私が”奴”を呼び出して一気に殲滅する事もできるが」

 

「それだと意味がない。まあでもこのままじゃ悪戯に第四真祖の力がまき散らされるだけだし、少し手助けしてやるかね」

 

祐樹はそういうと自身の胸の前に片手を添える。

そして彼は呼ぶ。

白の世界を統べる皇を。

 

 

 

 

 

 

 

「コアの光主、工藤祐樹が命じる。

白き世界の皇よ、今こそその姿を現し力を振るえ」

 

 

 

祐樹がそう言うと、彼の胸の前に輝く白のシンボルが現れた。

そして、白の世界の皇が遂に現れようとしていた。

 

 

「そびえよ!美しき鋼の城!

”鉄騎皇イグドラシル”!」

 

白のシンボルが砕け散りそれは姿を現した。

 

嵐の様な吹雪を伴い現れたそれは、鋼の体、手に持つ美しい剣、純白のマント、その雰囲気全てが皇と呼ぶに相応しい風格を帯びていた。

 

『ようやく呼んでくれたな、主よ』

 

(ああ、後輩たちの為にお前の力使うぞ)

 

『承知した。このイグドラシル、主の為にこの剣を振るおう』

 

祐樹とイグドラシルはそのつながり故に脳内での会話も可能だ。

そして、それは彼の伴侶である那月も同じことだった。

 

(おい、話は後にしてさっさと片付けろ)

 

(はいはい)

 

「あ、アレが祐樹の眷獣」

 

「コアの光主の眷獣…とんでもない魔力量です」

 

突然のイグドラシルの登場に古城と雪菜は圧倒される。

そしてそれはオイスタッハにも言える事だった。

 

「それが、噂に名高きコアの光主の眷獣ですか。恐ろしい威圧感ですね。だがしかし、神格振動波駆動術式を持つアスタルテさえいればいくら貴方の眷獣が強力であろうが我らの勝利は揺るがない!」

 

「おいおい随分となめられたものだな。それによ、俺は飽くまでも手助けをしてやるだけだ。さあ古城くん姫柊さん、あのホムンクルスの動きは止めといてやるから、後はお前らで決めろ」

 

「いやけど、俺の眷獣じゃあ…」

 

「大丈夫ですよ先輩」

 

祐樹の言葉に不安を見せる古城だったが、それは直ぐに雪菜の自信に満ちた目によって振り払われる。

 

「姫柊…」

 

「先輩、私を信じてください」

 

「…ああ、頼むぜ!」

 

「はい!」

 

「方針は決まった様だな。行けイグドラシル」

 

祐樹の命令に従いイグドラシルは剣を構えてアスタルテに切りかかった。

 

「!?迎え撃ちなさいアスタルテ!」

 

オイスタッハの命に従いアスタルテも迎撃を開始する。

 

2体の眷獣はその拳と剣で激しい打ち合いを行った。

しかし、その打ち合いも数撃打ち合いをして突如として終わりを迎える。

 

「!?」

 

アスタルテの薔薇の指先の丁度イグドラシルに殴られ切られた箇所が凍っていた。

 

イグドラシルの能力

それは、対象の魔力、霊力、呪力もしくはそれを伴う物や人物を凍らせるといったものだ。

なのでとんでもない魔力を有している眷獣との相性は相手にとっては最悪で、問答無用でその攻撃を受けた個所から凍らされてしまう。

 

そして、イグドラシルのその能力は何も物理攻撃に限った話ではない。

 

「イグドラシル、奴の動きを封じろ」

 

『承知した』

 

祐樹の命令を承諾すると、イグドラシルはその赤い目を怪しく光らせるとイグドラシルを中心として吹雪が吹き荒れた。

 

「うおっ!?さっむ!」

 

「こ、これはいったい…」

 

「!アスタルテ!」

 

全員が困惑していると、アスタルテの薔薇の指先の両手両足が徐々に凍らされていった。

 

「ば、馬鹿な!シュネーヴァルツァーの術式はどんな結界や魔力をも無効にするのではないのか!?」

 

「生憎だったな、イグドラシルの攻撃はその術式そのものにも及ぶんだよ」

 

「なんだと!?」

 

「さあ動きは止めてやったぞ、古城くん!姫柊さん!」

 

『おう!/はい!』

 

祐樹の合図で古城と雪菜は走り出した。

 

そして雪菜は祝詞を紡ぐ。

 

「獅子の神子たる、高神の剣巫が願い奉る」

 

その祝詞は、まるで勝利を約束する歌の様に響いた。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて、我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

そうして完成された祝詞の後に雪菜は槍をアスタルテの眷獣目がけて振るい、突き刺した。

 

「先輩!」

 

「おう!疾く在れ!獅子の黄金!」

 

そしてその突き刺された槍に向かって、古城は雷の獅子をぶつけた。

その雷撃は雪霞狼を避雷針の様にし、アスタルテ自身にダメージを与えた。

 

「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁっ!」

 

あまりにも大きなダメージを負ったアスタルテは眷獣を維持できなくなり、その場で床に落ち意識を失った。

その際に雪霞狼の刃は折れたが、結果的に作戦は上手くいった。

 

「アスタルテ!」

 

オイスタッハは自身の計画の要を失い動揺する。

だがそんな暇もなく雪菜は彼に近づき攻撃を放った。

 

「響よ!」

 

「ぐぁっ!」

 

オイスタッハは腹に受けた衝撃で鎧の腹部分を砕かれよろめく。

 

「終わりだ!オッサン!」

 

「グォッ」

 

そして最後に古城の拳を受けて下に落ちる。

そしてオイスタッハは要石にある右腕に手を伸ばして意識を失いその手を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー見事な連携だったよ二人とも」

 

「祐樹、ありがとな。アンタがいなけりゃどうなってたか」

 

祐樹は事態が収まった事を確認すると、古城と雪菜のところに那月と共に降り立った。

 

「しかし暁、この件が全て片付いたらお前には大量に追試を用意してやるから覚悟しろ」

 

「げっ!そ、それは勘弁してくれよ那月ちゃん。せめてもう少し手加減して、って痛って!」

 

「教師をちゃん付けで呼ぶな!」

 

「アハハハ、まあそれはさて置き。姫柊さん」

 

「?はい何でしょうか」

 

那月と古城のやり取りに苦笑いを浮かべながらも祐樹は雪菜に要件を伝えた。

 

「今回のこの事件、確かに解決したのは君たちだけど俺たちの助けが無ければもっと苦戦したのも事実だ。だからさ、さっきの借りをここで返してもらうよ」

 

「…それは、この2人の身柄をそちらに引き渡せということでしょうか」

 

雪菜は厳しい目線で祐樹を見た。

確かに彼らの助けが無ければ事態が悪化したのは事実で、実際に助けてもらった身としてはそれもやぶさかでは無かったが、獅子王機関の剣巫という立場なうえにこれは元々は自分たちの管轄であったため素直に承諾は出来なかった。

 

「いや、俺もお前らの仕事がどんなものかは理解している。だから、そこのホムンクルスの少女はこちらがそっちはそこの計画の首謀者である宣教師を連行する。それで手打ちにしようぜ」

 

「…分かりました。私としてもその方が機関の剣巫としての役割も果たせます、ですがそのホムンクルスは…」

 

雪菜はアスタルテをみて少し不安な顔をした。

それは彼女の中の眷獣が彼女の寿命を吸い取り、宣教師の言葉を信じるなら彼女はもう長くないだろう。

 

「それは大丈夫だ、俺に考えがある。それより早くここから離れようか」

 

「はい、そうですね」

 

その会話を終えると、祐樹達は那月の空間転移の魔術を使いオイスタッハとアスタルテを回収してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖者の右腕編Ⅷ

今回はかなりR-18ギリッギリを攻めました。




「ん…?」

 

オイスタッハ宣教師によって引き起こされた事件を解決してしばらくした後、ホムンクルスの少女アスタルテは見覚えのない部屋のベッドで目を覚ました。

 

「ここは…」

 

アスタルテは何故ここにいるのか、いやそもそも何故今も生きているのかが理解できなかった。

 

「おう、目が覚めたかな」

 

「!?」

 

突然声をかけられて彼女は慌ててそちらに目線を向けた。

 

そこには祐樹が立っていた。

 

「コアの光主…」

 

「おいおいそんなに警戒するなよ。本来なら即刻公社に引き渡す筈だったお前を、那月が手を回して何とか俺たちが保護観察処分することになったんだから」

 

「…何故ですか」

 

「ん?」

 

「何故私を殺さなかったのですか?私たちはこの島を沈めようとした。本来ならば、即拘束し死刑にでもするのが妥当なはずです」

 

「…」

 

祐樹は彼女の言葉に沈黙した。

別に彼女の言葉に後ろ向きになったとかそういったものではない。

祐樹としては確かに彼女の言う通り死刑とまでは行かなくとも公社に引き渡した方が手っ取り早いのかもしれない。

しかし、それでも彼がそうしないのは彼が事件解決後に古城から聞いた話に合った。

 

「古城くん…第四真祖から聞いたんだ」

 

「?」

 

「君は本来ならこの島を沈めてそこに居る人々がどうなろうがどうでもいいはずだ。それでも君は古城君を含めた島の住民を心配して、せめて島の外に逃げるように警告した。君は本当は戦いたく無かったんじゃないのか?現に今まで襲われた被害者は確かに全員重症だったが、命までは奪われてはいなかったからね。

だから俺は君を生かす事にした」

 

「…ですが…それでは…」

 

祐樹は彼女に気にする必要はない事を言うが、元々の彼女に性格故なのかアスタルテはまだ戸惑っている様子だった。

 

「…では、こうしよう」

 

「?」

 

祐樹は一旦言葉を区切ると一瞬だが少しばかり迷った表情をしたがそれも直ぐに消え去る。

なぜなら今から彼が行おうとしているのは、ある意味で彼が数年前に那月を自らの伴侶にしたときに酷似するからだ。

 

「君がどうしても自分のしたことが許されない事だと思っているのなら、生きて償え」

 

「生きて…」

 

「そうだ。君の言う通り確かに君が死ぬ事でも償いにはなりはする。だけど、死んだらそこで終わりだ。償う間もなく終わってしまう。

しかし、生き続ければ君は自分のやった行いを償う事にその命を使える」

 

そこまで言うと祐樹は彼女に手を差し出した。

 

「だからその命、俺と那月の為に使え」

 

祐樹は自分で言っていて随分と身勝手だと自分に嫌悪感を向ける。

本来、一度犯した罪は一生消えずその者の中に一生残り続ける。

 

償いなどと聞こえの言い言葉を並べ彼女を生きさせる事が祐樹の選択だった。

 

「…わかりました」

 

それを恐らく彼女も薄々気づいてはいるのだろう。

それでも彼女は彼の手を取ることを選んだ。

 

彼女自身も祐樹や古城への恩を変えす手段だと感じたからだ。

 

「今日から私は、あなた方を主として仕えさせていただきます

ご主人様(マスター)

 

アスタルテは新たな主として祐樹と、今ここには居ない那月に仕える事を誓いその手を取った。

 

「それでいい…」

 

祐樹は彼女の意思が固まった事を確認すると瞳を赤くして自身の胸に握られていない方の手を置いた。

 

すると、彼の胸からは光輝く”青のシンボル”が現れた。

 

「!?」

 

「安心しろ、これはお前の寿命を延ばす為の措置だ。

お前は眷獣を植え付けられてただでさえあと2~3日の命な上にかなり疲労しているからな」

 

アスタルテは眷獣を植え付けられた所為でかなり寿命を吸われた上、祐樹たちとの戦闘によってかなり疲労していた。

本来なら彼女の血を吸って彼女の眷獣の支配権を自身に移せばいいだけなのだが、祐樹の眷獣であるイグドラシルの力によって彼女の眷獣”薔薇の指先(ロドダクテュロス)”事態は大した問題は無かったのだが、彼女の眷獣に刻まれたシュネーヴァルツァーの術式を凍らせて消した事により彼女自身に何かしらの後遺症等が無いとも限らない。

 

なので祐樹は彼女の眷獣と比較的適合しそうな青の眷獣を彼女に適合させ”薔薇の指先”の形や魔力を変質させる手段を選んだ。

 

そして、祐樹は青のシンボルを彼女に与えシンボルはアスタルテの胸の中に飲み込まれていった。

しかし、これではまだ終わりではない。

 

 

この手順を完成させるには、アスタルテ自身を疑似吸血鬼すなわち”血の従者”にする必要があるからだ。

 

そして、従者にするには祐樹の血を彼女に与える必要がある。

 

(うーん…しかしどうするか、口移しだとこの子も嫌だろうし何より那月が許さないだろうしな…あっそうだ)

 

祐樹は何やら思いつくとアスタルテから手を離すと自身の指先を自身の魔力を固めて作った針で刺した。

針を消すとその傷口からは少量の血が出てきた。

 

祐樹はその人差し指を特に顔色を変えずにアスタルテに差し出した。

 

「?」

 

「いや、後は俺の血を与えればいいんだけど少量でも取り込めれば良いからこれが手っ取り早いんだ。まあ嫌ならそれ以外の方法をとるけど」

 

「…いいえ、そのままでいいです」

 

アスタルテは祐樹の腕を掴むと、その人差し指を加えた。

 

「あむっ」

 

傍から見るとみるとかなり危ない光景だが、祐樹自身に特にそういった下心などは無くアスタルテも必要な手順だとは理解できたので二人とも特に反応は示さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事?アスタルテを血の従者にすることに成功した後、祐樹は彼女をベッドに寝かせアスタルテも眠りについたところで彼は部屋を後にした。

 

「終わったか」

 

「那月、帰ったのか」

 

祐樹が部屋を後にしてリビングに来ると、そこには那月がソファーに座り優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「つい先ほど手続きが終了してな、あのホムンクルス。アスタルテと言ったか、奴の身柄は私とお前で預かる事になった」

 

「そうか」

 

「しかし、お前との繋がりで気付いたが祐樹。お前奴に青の眷属を適合させたな」

 

祐樹と那月は血の従者である為か、彼か彼女が光主の眷獣関連の力を使えば何となく分かるのだ。

 

「ああ、あの子の眷獣の戦闘スタイル等も考慮すると一番適するのは青だったからな」

 

「そうか……ところで祐樹、ちょっと来い」

 

「ん?ああ」

 

那月の言葉の真意を理解できなかった祐樹だが大人しく彼女の後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐樹が那月に連れられて来たのは、彼と彼女の寝室だった。

寝室にあるのは、化粧台や人2人が寝られる位のシングルベッドだった。

 

「どうしたんだよ那月、いきなり寝室に連れてきて」

 

「良いから、兎に角ベッドの上に仰向けになれ」

 

「え?なんで?」

 

「いいからいう通りにしろ」

 

「お、おう…」

 

那月の有無も言わさぬ雰囲気に祐樹は圧倒され彼女の言う通りにベッドに仰向けとなり寝転がった。

 

「いったいこれに何の意味が…うぉっ!?」

 

祐樹が寝転がった瞬間に、那月はこの近距離でもあるにも関わらず空間転移で彼のお腹の上に馬乗りになり跨った。

 

「…」チュッ

 

「ンッ!?」

 

すると、彼女は彼の両頬にてを添えると口付けをした。

いきなりの事で祐樹は驚きの声を上げようとするが、唇で自分の唇を塞がれている為少しくぐもった声が出るだけだった。

 

そして数秒後、那月は彼の口から自らの唇を離した。

 

「お、おい那月!これはいったい…!」

 

祐樹は那月にこの現状の説明を要求しようとしたが、彼は見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の赤く火照った頬といつもの”青の瞳”が吸血鬼を示す”赤”に変わっていたことを。

そして彼女の口元からは鋭い犬歯が見え隠れしていた。

 

この世界の吸血鬼が目を赤くするときは自らの力を開放する時。

 

そして性的興奮を覚えた時だ。

 

「那月?」

 

「悪いな、祐樹。しかしな…」

 

那月は自身の首元をさすり、妖美な笑みを浮かべ彼を見た。

 

「私とて女だ。お前にあんな事をされれば、嫌でもその気になる。

戦闘時は状況が状況だったから何ともなかったが、後から思い返すと何とも抑えが効かなくてな」

 

那月は祐樹の上着の襟をずらすと、露わになった彼の首筋に食いついた。

 

「うっ」

 

「…」チューチュー

 

那月は祐樹の首筋に鋭く尖った犬歯を突き立て彼の血を吸った。

その行為は、実際には数十秒の出来事だったが二人にとっては何時間にも感じるほどだった。

 

そして暫くすると、彼女は満足し彼の首筋から口を離した。

 

「おい、お前…」

 

「そう怒るな。言っただろう、私とて女だと。

それに、私としてはまだ満足出来ていないな」

 

那月はもう十分に祐樹の血を吸った。

しかしまだ満足はしていないという事は、伴侶という事を考慮するにつまりはそういう事だ。

 

 

「…いや、俺としてはやぶさかではないが…明日も仕事だろう」

 

「安心しろ、この体だ。何も影響はない」

 

「そ、それに部屋は違うが別の部屋にアスタルテが居るぞ!」

 

「お前や私が声を抑えれば問題ない」

 

祐樹は何とかこの場を乗り切ろうとするが、彼に退路は存在しないようだ。

 

「それに、お前が私をこんな体にしたのだ。その責任を取ってくれてもいいんじゃないのか?」

 

「い、いやこれに関しては吸血鬼関係ないんじゃ「何か言ったか?」い、いえ!」

 

「さて祐樹、そろそろ観念しろ」

 

「…分かったよ。だけど、久しぶりだからあんまり期待はするなよ」

 

祐樹は諦めて那月の要望に応える事にした。

彼らは部屋の明かりを消してカーテンを閉めた。

 

 

そして、その日の祐樹と那月の寝室には彼らの激しく交わる音と声が聞こえたとか。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編
戦王の使者編Ⅰ


絃神島のとある港

 

そこはもう夜で人っ子一人いない静かな場所だった。

しかし、そんな場所は現在多数の悲鳴や銃撃音が鳴り響いていた。

 

「クソッ!クソッ!クソッ!」

 

そんな銃撃から逃げる様に一人の獣人が疾走していた。

その獣人は銃弾が被弾したのか体に付いた傷口から血を流し、悪態をつきながら銃声が聞こえる場所を忌々し気に睨みつけていた。

 

「許さんぞ人間どもッ!」

 

男はテロリスト組織“黒死皇派"という戦王領域からのテロリストである。

 

彼らはとある目的で絃神島に潜入したのだが、どこから情報が漏れたのか彼らの潜伏先がバレて現在アイランド・ガードに襲撃されていた。

 

「許さんぞ、奴ら…必ず後悔させてやる!」

 

男はそう言うとどこから取り出したのか、何かのスイッチを取り出した。

 

それは爆弾のスイッチであり男が前もって仕掛けていた爆弾は二つある。

 

最初の一つは逃げて来た港の倉庫で使ってしまったが、もう一つ、港湾地区の地下水路に仕掛けたものが残っている。

負傷者の救援の為に呼ばれたアイランド・ガードの増援部隊がそのあたりを通過しているだろう。

 

この爆発で、彼らを殲滅する算段だ。

 

「同志の仇だ、思い知れ!」

 

男は勢いよくスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし何時までたっても仕掛けた爆弾は爆発しなかった。

 

「なっ!?どういうことだ!いったい何が・・・ぐっ!?」

 

獣人の男が困惑していると男の手元に衝撃が走り、男は慌てて手元を確認すると握り締めていた筈の起爆スイッチが無くなっていた。

 

「今時暗号化処理もされていないアナログ無線式起爆装置か」

 

「!?」

 

男は急に聞こえてきた少女の声に驚き声の主を探す。

そして向けた目線の先にその人物はいた。

黒いゴスロリドレスを着て夜にも関わらずフリルがあしらわれた黒い日傘を差していた。

そしてその少女の手には先ほどまで男が握っていた起爆装置がアンテナ部分をつまむ形で握られていた。

 

「貴様!攻魔師か。どうやって追いついた!」

 

「私から逃げられると思ったのか?思い上がりも甚だしいな」

 

少女は小ばかにした口調で獣人の男を挑発する。

それが気に障ったのか獣人の男はその白い牙をむき出しにして目の前の少女に殺意を抱いた。

 

「舐めるんじゃねえぞ!クソガキが!」

 

男は獣人の持つ高い身体能力をフル活用して少女にその鋭い爪で襲い掛かった。

 

少女はそれに慌てる事無くその攻撃を難なく躱す。

 

「察するに、クリストフ・ガルドシュの部下といったところか」

 

男の爪の攻撃が数回続いた辺りで少女はその体からは考えられない跳躍力で上のコンテナに立った。

 

「黒死皇派の犬どもが海を越えて態々ご苦労な事だ」

 

「・・・テメェ!」

 

少女の言葉に男は激怒し跳躍し爪を思いっきり振りかぶった。

 

しかしその攻撃も少女にはかすりもしなかった。

それどころか、まるでそこには居なかったかのようにいなくなっていた。

 

「な!?何処に行った!・・・!」

 

男は居なくなった少女を探そうとして嗅覚を頼りに当たりを探すと直ぐに反応はあった。

しかし少女が次に現れていたのは先程よりも高い位置だった。

 

男はこの現象に見覚えがあった。

 

「空間転移だと!?馬鹿な、そんな芸当行為魔法使いでも・・・まさかお前!」

 

男は驚きながら自身を見下ろしながら日傘を折りたたんでいる少女を見た。

 

「”光主の花嫁”、南宮那月!?」

 

「その呼び名もすっかり定着したか。まあ良い、さっさと捕らえる」

 

 

少女、那月は気だるい表情をしながら魔法陣を展開してそこから射出した鎖で、目の前の男を拘束した。

その際に男の断末魔というオマケ付きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣人の男を拘束し終えた那月は男を適当な所でぶら下げていた。

 

「後は特区警備隊に任せるか、明日の授業の準備もあるしな」

 

『で?帰って祐樹に”那月頑張ったよ、褒めて褒めて”っておねだりでもするの?キャーッ』

 

「・・・」

 

那月は帰ろうとしたのだが、聞こえて着た女性の声で足を止めざるをえなくなった。

 

「何故現界している、”ソフィア”」

 

那月はジト目で振り返ると、天使の羽が生え巫女服に身を包んだ女性が浮かんでいた。

 

彼女の名は”天使長ソフィア”

 

祐樹の従える眷獣であり、イグドラシルと同じく”6の皇”の一体?なのだ。

 

本来は眷獣は主人の命令なく現界は出来ないのだがソフィアは何故かその例外に当たるのだ。

 

『だって祐樹のところに現れると魔力たどって那月嫉妬してめんどくさいんだもん。それに最近イグちゃんが封印解かれて普通に出てこられる様になったじゃない?私一応封印はされていないけどイグちゃんだけズルいじゃない!』

 

「ハァ…誰が眷獣相手に嫉妬などするか。それにイグドラシルは自由に出てこれる訳では無い上に祐樹の命令には従っている。天使長という大層な肩書を持っているわりには現代の小娘たちの様な振る舞いをしおってからに」

 

『私が年造だっていうの!?言っておくけど、眷獣は年取らないし那月だって祐樹の伴侶にならなかったら同じようなものじゃない!』

 

「はぁ、もういい。取り合えず帰る、お前も早く戻れ・・・?」

 

『ん?どうしたの那月・・・ああアレって』

 

那月とソフィアは港で聞こえて来た船の汽笛と、感じた魔力に反応してそちらに目を向ける。

 

「これは、面倒な事になりそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、ようやく会えるネ。ユウキ」

 

とある船の上のデッキの上で、一人の白スーツの金髪の男が笑みを浮かべながら立っていた。

 

「君と第四真祖の魔力を感じた時はそれはもう興奮したよ」

 

男は笑みを更に深め、たまらないとでも言わんばかりに肩を震わし笑いを堪える様にしていた。

 

「しかし君を僕の者にするためにはやっぱりあの女が邪魔だな」

 

男は夜空に浮かぶ月を見つめながら何やら決意表明の様に言葉を紡ぐ。

 

「まあ良い。障害は大きければ大きいほど良いからね。

例え伴侶であろうが何だろうが、君の気持ちを僕に向けて破局させてしまえば良いだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていてくれよ。マイハニー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」ゾクッ

 

祐樹はリビングのソファーで寝転がっていたところを思わず飛び起きる。

 

『どうしたんだ?我が主よ』

 

「イグドラシルか…いや何でもない。少し悪寒がしただけだから(今の寒気、まさか・・・)」

 

祐樹はかつて出会った、蛇の吸血鬼を思い出す。

彼にとって、あれ程悪夢と呼ぶにふさわしい出来事はないだろう。

 

「いやいやいやいや、流石に奴でもこの島にわざわざ来るわけが・・・」

 

『?』

 

祐樹は底知れぬ不安感に襲われ暫く悪寒が収まらなかった。

 

 

そしてその日は、吸血衝動を感じる余裕もなく那月を抱きしめて寝ることにしたようだ。

 

〈余談だが、その時の那月は普段滅多に見せない位の赤い顔をしていたとか〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅱ

 

 

「あぁ暇だ」

 

「お前の場合、事件さえ無ければ基本年中暇だろ」

 

祐樹と那月は現在学園にある那月に用意された部屋で現在は担当の授業も無いのと、今は殆どの学年で近々行われる球技大会の準備や練習でもちきりだ。

 

因みに那月に用意されたこの部屋は彼女が国家攻魔官であるのが関係しているのかかなり優遇されており、この学園の校長室よりも豪華な見た目になっている。

 

 

ご主人様(マスター)、教官。新しい紅茶が入りました」

 

「おっ、ありがとうアスタルテ」

 

「貰おう」

 

そんな祐樹たちにトレイに乗せた紅茶を渡す藍色の髪の毛の少女がいた。

 

アスタルテだ。彼女は以前おきた事件によって、現在は祐樹と那月による保護観察処分として彼らと同じ家で過ごしている。

彼女は那月が用意したメイド服を着こなしている。

 

「というかさ、そのメイド服…無理して着ないでいいんだよ?」

 

「いいえ、ご主人様に対するお礼と忠義を誓う証だからと。南宮教官から着ることを義務付けられています。

それに教官から聞きました。ご主人様はこの服が好きだと」

 

「那月!?アスタルテに何教えてんの!?」

 

祐樹はアスタルテの口から出て来たまさか過ぎる言葉に思わず自分の伴侶を見る。

だが、那月は自前の扇子で自分を仰ぐだけで特に顔色を変えない。

 

「ふんっ。お前が仕方なかったとはいえ新しい女を引っかけたからだ。

そんなに文句を言うな、ついでに私のも見せてやったろ?」

 

「それは…まあ……ありがとうございます」

 

そう、実はこのメイド服を初披露する際にアスタルテだけでなく那月も見せたのだ。

その際に普段のゴスロリドレスとはまた違った魅力があり、祐樹は思わず吸血鬼の吸血衝動を抑えきれずに鼻血が出そうにまでなったのだ。

その時の彼女の写真は現在も祐樹のスマホの中に大切に保存されている。

 

「し、しかしもう球技大会の時期か。懐かしいな」

 

「そうだな…お前がやった競技は確かバスケだったか」

 

「ああ。俺って基本バレーとか地面に付けない系の球技は苦手だからさ。だからバスケだったらディフェンスに徹していれば良いからまだマシな方だったんだよな~」

 

「お前はあのころから運動は出来たからな、お前が守っているゴールには相手チームがお手上げ状態な程に点数が開いたからな」

 

「あれは楽しかった。まあお前がその体故にチアガールさせられてクラスの男子だけじゃなく他の男子の視線には殺意さえ覚えたけどな」

 

2人はそれぞれのこの学園で過ごした思い出に浸っていると、突然校舎の一角に明らかに攻撃性の魔力が出現したのを感知した。

 

「「!?」」

 

2人はそれに目を見開き立ち上がる。アスタルテもそれを感知したようで祐樹達に指示を仰ぐ。

 

「ご主人様、これは…」

 

「ああ、明らかに敵意をもって出された魔力だ。この座標だと、体育館近くのあのベンチ辺りか」

 

「兎も角、生徒が巻き込まれる前に飛ぶぞ。アスタルテはここで待機」

 

命令受諾(アクセプト)

 

2人はアスタルテを待機させると、那月の空間転移を使いその座標へと飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が飛んだ先には古城が式神で作られたライオンと狼に襲われているが間一髪駆けつけた雪菜が雪霞狼を投擲したところだった。

 

「アレが攻撃的な魔力の正体か。古城君を狙ってるのか?」

 

「だが、アレは手紙などを送り届けるタイプの筈だ。何故暁を襲っている?」

 

「だよな、明らかに敵意というか殺意みたいなもん感じるし。

まあ今はんな事どうでもいいな、今はそれより」

 

「術者の特定が先だな」

 

「”ソフィア”、少し力を借りるぞ」

 

(どうぞどうぞ~♪ご自由に)

 

祐樹は限定解除した眷獣、ソフィアの持つ魔力を司る力で式神の魔力の主を探す。

 

 

そして式神の魔力の流れを探ると、学園から少し離れた建物の屋上に同じ魔力がするのを察知した。

 

「見つけた、あの建物だ」

 

「分かった」

 

祐樹が指さした建物に当たりを付けて那月は空間転移を発動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ」

 

祐樹が見つけた建物の屋上。

そこには身長が高く、その手には身の丈近くはあるのではないかと思う弓を丁度今矢を放った体制で舌打ちをしていた。

 

その人物は女性でどこかの学園の物と思わしき制服を着てその長い髪をポニーテールにしていた。

 

彼女の視線は先程式神を放った場所に居る古城と雪菜。

いや、正確には古城に対して殺意ともとれる感情を浮かべていた。

 

「暁古城…私の雪菜に対してなれなれしく……まあ良いわ、任務は果たしたし「おいちょっと待て」っ!?誰!」

 

女性は突然のこの場に居る筈のない人物の声に手に持っていた弓を剣に変形させ背後に向かって斬撃を行う。

 

しかし、その斬撃は背後にいた人物、祐樹が顕現させたイグドラシルの剣で受け止められていた。

 

「うおっと、危ねっ」

 

「ッ!貴方は!」

 

女性は祐樹の姿を確認すると何かに気付いた様にはじかれる様に背後に跳ぶ。

 

「ったく、あんな式神よりによって学園にけしかけるとはな」

 

「…コアの光主」

 

「その名前知っていて、その武器とくれば。お前、獅子王機関の舞威姫か」

 

「全く、暁の奴は余程獅子王機関に気に入られたらしいな」

 

「!?」

 

祐樹の他に那月が出て来た事で女性の表情は更に険しいものになる。

 

「光主の花嫁まで!?」

 

「おい小娘、こんな白昼堂々と暁を襲撃したのは生徒への被害が出なかったから一応は見逃してやる。

が、一体何が目的で此処に来た?」

 

「こ、小娘!?…ま、まあ良いわ。丁度良かった、貴方のところにも伺おうと思っていたところです。コアの光主様」

 

女性は先程までの雰囲気は何処にいったのか剣を下ろして祐樹に対して頭を下げる。

 

「俺のところに?」

 

「はい。実は本日この絃神島に戦王領域からアルデアル公爵ディミトリエ・ヴァトラーが来日されており、今夜、アルデアル公の船で船上パーティーが開かれることになりました。

そこに、コアの光主である貴方も招待せよと招待状を預かっています」

 

女性はそう言うと、懐から黒い封筒に入れられた一通の手紙を取り出した。恐らくそれが招待状の入った封筒なのだろう。

 

「げっ、アイツこの島に来てんの?えー……」

 

「そ、その。お気持ちは分からないでも無いのですが…」

 

「はぁ、分かってる。これに行かないとあのクソヘビ何しでかすか分からんしな」

 

「ありがとうございます…。あ、光主の花嫁もどうぞ」

 

女性は祐樹の様子に共感を覚えながらも那月にも同じ封筒を渡す。

 

「ほう、意外だな。私にもか」

 

「はい、貴方もお誘いするようにと申し使っているので」

 

「意外だな、あの蛇使いは私を快く思ってなかった筈だが?」

 

「そ、それがとても楽しそうにしていたので真意は不明で…」

 

「もういい、頭が痛くなってくる」

 

那月と同じく祐樹も頭を抱える。

ディミトリエ・ヴァトラー。

戦王領域の貴族ではあるのだが、その根っこの性格は超が付くほどの戦闘狂で以前祐樹がそこに気分転換という目的で訪れたら、まあ気分転換どころでなくなりしかも何故か気に入られたのだ。

 

それ以来、祐樹は彼が嫌いなのだ。

 

「まあ兎に角、招待状については了解した。

もう式神嗾けんなよ?対応するのは基本俺たちなんだからな」

 

「それについては申し訳ありません、決してあなた方を敵に回したかった訳では…」

 

「そんな事はどうでもいい。それより早く失せろ小娘、私たちとて暇ではないのだ」

 

「ッ~。分かりました」

 

女性は那月の言動に何か言いたげな雰囲気だったが、ここは大人しく引いてくれるようだ。

 

彼女は剣を近くに転がっていた恐らくカモフラージュ用の楽器ケースに仕舞うとその場を後にした。

 

 

「しかし、俺あの蛇野郎に合うの嫌なんだけど」

 

「気持ちは分かるが諦めろ。私だって嫌だが、行くしかあるまい」

 

 

 

こうして2人は憂鬱な気持ちを抱えながら空間転移で学園に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~その日の夜~

 

 

祐樹達は学園が終わった後、住んでいるマンションに帰宅し船上パーティーに行く為の服装に着替えていた。

 

那月はアスタルテが1人で留守番は可哀そうだと、招待状が2人分配られたがパートナー扱いで連れて行くことにしたようだ。

 

そして今は黒いドレスに着替えた那月はアスタルテの髪と同じ藍色のドレスの着付けを手伝っていた。

 

「教官、私も同席して大丈夫だったのでしょうか」

 

「問題ないだろう。奴からの招待状には1人くらいの同伴は認めるとご丁寧に書いてあったんだ。

お前は保護観察処分の身ではあるが、1人で留守番するよりは有意義な時間が過ごせるだろう」

 

「…ありがとうございます」

 

「気にするな。ほら、出来たぞ」

 

那月はアスタルテの首にネックレスを付け終えるとアスタルテは上げていた髪を下ろす。

 

「どうでしょうか?」

 

「ああ、似合っている。私の見立てに間違いは無かったな」

 

 

 

「おーい那月、アスタルテ。俺着替え終わったけど、入っても良いか?」

 

「祐樹か。入れ」

 

那月の許しを得て祐樹は黒のタキシードを着こなし部屋に入って来る。

 

「どうだ?どこも違和感無いか?」

 

「ああ似合っているよ。それより、私たちの感想も言ってほしいものだが?」

 

那月は祐樹の服装を褒めた後、その場で1回回って見せて祐樹の感想を聞く。心なしかアスタルテもそれを期待しているようだった。

 

「ああ二人ともよく似合ってるよ。那月はやっぱり黒が似合うし、アスタルテもそのドレスとても綺麗だ」

 

「そ、そうか……」

 

「ありがとうございます」

 

那月は祐樹の率直すぎる予想外の感想に顔を赤くしアスタルテは一見すると表情は変わってない様に見えるが、ほんの少し顔が赤くなっていた。

 

「そ、それえより祐樹!ネクタイが曲がっている、直してやるからしゃがめ!」

 

「え?マジか。って那月どうしたんだ?そんな顔を赤くして」

 

「ええい煩い!大人しく直されてろ!」

 

「わ、分かった!分かったからそんな怒るなって!」

 

祐樹は那月が何故怒ってるのかをイマイチ理解出来ておらず、その後なんとも釈然としない思いをしながらネクタイを直された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして暫くしてなんやかんや有りながらも祐樹達はマンションの前に待機していた迎えのリムジンの前に来ていた。

 

「お待ちしておりました、コアの光主様に光主の花嫁様。そちらの方はご同伴の方ですね。

私は獅子王機関の舞威姫”煌坂紗矢華”です」

 

「お前は学園に居た」

 

「まさか、獅子王機関の舞威姫があの蛇使いの監視とはな」

 

「私もこれが仕事ですから…それより、こちらのリムジンにお乗りください。アルデアル公が待ってます」

 

「なあ、あのクソヘビ殴っていいとか無い?」

 

「ありませんよ!?」

 

こうして祐樹は胸の内にヴァトラーに対する憂鬱と嫌悪を抱える反面、伴侶と従者のドレス姿を見れた幸福を抱えながら船上パーティーの会場の船へと向けたリムジンに乗り込み移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!このクソヘビがあああああああああああああ!」

 

「ゴモラッ!?」

 

「あ、アルデアルこーーーーーーーーーう!?」

 

 

そしてこの時はまさか、こんな事になるとは誰も予想していなかっただろう・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅲ

 

祐樹達は獅子王機関の舞威姫(まいひめ)、煌坂紗耶華に連れられ現在は港に止めてある大型の船の前にいた。

 

 

「オシアナス・グレイブ、洋上の墓場・・・相変わらずだが碌なセンスしていないなあのクソヘビ」

 

「今更だろ」

 

彼らは豪華な見た目と反して不吉過ぎるネーミングのこの船の主に対して悪態をつく。

その様子にアスタルテはいつもの様子を貫き、紗耶華は何とも言えない表情でいた。

 

「で、俺たちを呼び出したクソヘビはどこに居る?」

 

「クソヘビ…あ、いえ。アルデアル公はこの船のデッキにてお待ちの筈ですよ。

ご案内いたしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と言いたい事は有りつつも祐樹たちはオシアナス・グレイブの内部に足を運んだ。

 

船のパーティーホールには、この船の主に招待されたスーツやドレス姿の男と女がワイン片手に談笑したり、挨拶を交わしたりしていた。

 

「流石は戦王領域の貴族主催の船上パーティーだ、雑誌やニュースで見た事のある有名人ばっかりだな」

 

「どいつもこいつも、自分より力ある企業と繋がりを作る為に愛想笑いが目立つな。

こういった場所ではよくあるが」

 

「・・・」

 

「アスタルテ、あまり見るな」

 

「そうだ。企業の人間って裏があり過ぎるからな」

 

「命令受諾」

 

「あ、貴方たち…」

 

祐樹たちの大物たちを目にしても物怖じしないどころか毒を吐く物言いに紗耶華は早くも先が思いやられていた。

 

「ま、俺たちは社交界とかに参加しに来たんじゃねえんだ。

早くあのクソヘビの用件聞いてとっとと帰ろう。さっきから嫌な悪寒が凄いんだが」

 

「は、はい…」

 

紗耶華は、最早どうとでもなれとほぼ投げやりな感情が浮かびながらもなんとか彼らを案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんやかんやとあって、祐樹たちは紗耶華の案内でオシアナス・グレイブのデッキまでたどり着いた。

しかし、そこには誰も居らずただ夜の潮風が流れる程度であった。

 

「おい、あのクソヘビは何処だ?まさか、俺たちを罠にでも嵌めたんじゃねえだろうな?」

 

「い、いえ!そのような事は決してありません!

で、ですがアルデアル公は何処に…」

 

呼び出した当の本人が居ない事に当然ながら祐樹はご立腹の様子だ。

 

 

 

 

 

「!」

 

そんな時、彼の背筋をざわつかせる嫌な感じと共に殺気が襲い掛かって来た。

 

その次の瞬間に、彼らに向けて3つの殺意の塊が放たれた。

 

それは、蛇の形をした魔力の塊、即ち吸血鬼の眷獣だ。

 

「ちっ!イグドラシル!」

 

祐樹は即座にそれの対処に当たる為に、イグドラシルの剣を現界させまず自分の目の前に来る1匹を薙ぎ払う。

すると、その眷獣は剣が触れた瞬間に凍り付き粉々に砕け散り消えていった。

 

だが、1匹撃破してももう1匹残っている。

 

「那月!アスタルテ!」

 

「問題ない」

 

那月はアスタルテを背に庇う様に立ち、まずは1匹の眷獣に向けて魔女としての守護者を解放した。

 

「起きろ、輪環王(ラインゴルド)

 

彼女のその言葉と共に、黄金の守護者が彼女とアスタルテを守る様に現れる。

 

それこそが、彼女の魔女としての力であり守護者である。

その黄金の鎧の守護者は1体の眷獣を手に持つ茨の鞭で難なく拘束する。

 

しかし、眷獣は2体。あともう1体が彼女達に襲い掛かる。

 

「教官、私が対処しますか?」

 

「問題ないと言った筈だ」

 

残り1体となった眷獣に対してアスタルテが応戦しようとするのを手で制した後に、那月の瞳が普段の青い瞳から吸血鬼を示す赤に変わる。

そして、彼女が発する魔力も更に強さを増してこの状況を打破する力を呼び出す。

 

 

 

「来い、ダークヴルム・ノヴァ

 

 

彼女の呼びかけと共に、目の前の空間が紫電を伴い歪み始めた。

 

その歪んだ空間からは、まるで人の様なそれでいて人にしては爪が鋭くどちらかと言えば魔物に近い黒い手が現れた。

 

「捻りつぶせ」

 

その手は、蛇の眷獣を無造作に殴りつけるとまるでガラス細工の様にその眷獣を粉々に砕いた。

 

その突然現れた黒い手は標的を打ち砕くと歪みと共に消え去り、それを見るのが初めてなアスタルテに紗耶華は思わず呆気に取られている。

 

「い、今のは…」

 

 

 

”パチッ、パチッ、パチッ、パチッ”

 

 

眷獣が消滅した後に、船のデッキにテンポのいい拍手が聞こえて来た。

その音はどんどん近づいて来て、ついにはその主が肉眼で確認できるところまで出て来た。

 

 

「いやはや、相変わらず見事なものだね。

コアの光主に、不本意ながら”空隙の魔女”よ。ようこそ、我がオシアナスg「おらぁ!このクソヘビがあああああああああああああ!」ゴモラッ!?」

 

デッキに出て来た白いスーツ姿の金髪碧眼の青年は、セリフを全て言い終わる前に祐樹によって殴り飛ばされた。

 

 

「あ、アルデアルこーーーーーーーーーうっ!?」

 

その瞬間、紗耶華の絶望の声が夜の船の上に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~酷いじゃないか、感動の再会なのにこんなに乱暴にして」

 

「聞く奴が聞いたら誤解を招く発言をするんじゃねえ気色悪い。あと頬を赤くするな」

 

数分後、祐樹達を呼び出した張本人、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーは少しボロボロになったスーツを着て船の中に設けられたゲストルームで祐樹達と対面していた。

 

そんなヴァトラーは祐樹の次に、今度は蛇の様な目で那月を見る。

 

「そういえば、こうやって直接会うのは久しぶりだね空隙の魔女。

ボクからユウキを奪った泥棒魔女」

 

「はっ、そもそも可能性が一ミリも無いヤツに泥棒魔女呼ばわりされるいわれは無いな。

第一、私を敢えて空隙の魔女と呼んで光主の花嫁と呼ばない辺り、随分と悔しい様だな」

 

「「・・・」」

 

無言。只々2人の間に無言の間が続きしかも気のせいか2人の間で火花が散っている光景まで見えてきそうだった。

 

そんな中、紗耶華だけは少し慌てた様子で祐樹に問いただしていた。

 

「何してんの!?ねえ貴方なにしてんの!?い、いえ何をしてるんですか!

アルデアル公を殴り飛ばすとか!」

 

「ムカついたから殴った。安心しろ、戦王領域の真祖から許可は貰ってるから」

 

「嘘ですよね!?第一真祖がそんな事言う訳ないでしょう!」

 

マジである。

 

「ふふふ、まあボクとしては気持ちのいい一撃だったけどね」

 

「氷漬けにして海の底に沈めるぞ」

 

ヴァトラーの発言に流石に疲れて来たのか祐樹は力なく言い放つ。

 

「しかし…」

 

「?」

 

ヴァトラーは一旦祐樹から視線を外すと、彼らの後ろで控えているアスタルテを見た。

 

「この感じ、彼女はキミの新しい伴侶。いや、眷属かな。

しかも、青の力か」

 

「!?」

 

まるで日常会話でもするように自然に発せられた言葉。

祐樹はそれを見逃さず、一気に殺気を放つ。

 

「お前、何でそれを知っている…」

 

「おや?どうしたのかな?ボクが何か言ったかい?」

 

「とぼけるな。青の力、つまりお前は俺の眷獣がどんなものかを知ってるって事だよな?

そんな事を知ってるのは、俺を除いて那月やアスタルテと他の真祖。それとあと1人だけの筈だ…」

 

祐樹の眷獣に関して知っている者は少ない。

何故なら、彼自身もよく知らないし世界に居る他の真祖もコアの光主の事については知っている素振りは見せるが詳しい事は話してくれなかった。

だが、それについては真祖達が情報規制をしていて知ることが出来るのは一般で噂されている話だけだ。

 

そんな情報を、いくら貴族とはいえヴァトラーが知っている筈が無かった。

 

「もう一度聞くぞ、どこでそれを知った。場合によっては」

 

「ボクと殺しあうかい?良いね、ボクとキミとの愛を確かめ合う良い機会じゃないか」

 

祐樹の殺気に応える様に、ヴァトラーも殺気を放つ。

室内を重い空気が支配する中で、周りは緊張に包まれ動けなかった。

 

 

 

 

ただ1人を除いて。

 

「落ち着け祐樹。こんなところで戦えばこの蛇の思うつぼだ。

それに、私たちは戦いに来たのではない。それを忘れるな」

 

「・・・」

 

那月は、2人の殺気に怯むことなく祐樹に寄り添い彼を落ち着かせる。

彼女の声のお陰で、祐樹の思考は余裕を取り戻し周りをよく見る余裕が出来た。

 

「…悪い。頭に血が上ってた」

 

「気にするな。

それと、蛇使い。お前が何を知ってるかは知らないが、もし祐樹に何かしてみろ」

 

那月はヴァトラーを睨みつけると、瞳を赤くする。

すると、彼女の背後に黒い竜の幻影が現れる。

 

「その時は、お前の存在をこの世から消してやる」

 

「……」

 

溢れる殺気にヴァトラーは表情を険しくし、アスタルテは普段の表情から一変して額には冷や汗が流れ紗耶華も那月の放つ殺気に息を詰まらせる。

 

 

「…フハハハハハ。良いね、キミの事は気に入らないけど強敵と戦えるの大歓迎だよ。

だけど、流石にこのままだとオシアナス・グレイブごと沈められかねないからね。今日のところは止めておこう」

 

「ほう、戦闘狂の蝙蝠にしては賢明だな」

 

ヴァトラーの様子から本当に戦闘をする意思はない事を確認した那月は、背後の黒龍の幻影を消した。

 

室内の空気は元に戻りアスタルテたちも緊張から解放されて息をつく。

 

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか。

どうして俺たちを態々呼んだ?」

 

「キミに会うというのも目的ではあったんだよ。

ま、別の用件があるのも事実なんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリストフ・ガルドシュと言う名前を知っているかい」

 

「「!?」」

 

彼の口から出た名前に祐樹達は驚愕する。

何故なら、つい最近那月がその人物のシンパを捕らえて今朝もそこの研究員を捕らえたばかりだからだ。

 

「その様子だと、知っていたようだね」

 

「…ああ。最近ソイツの関係者を捕らえたからな」

 

 

クリストフ・ガルドシュ。

十年前のプラハ国立劇場占拠事件で四百人の死傷者を出した黒死皇派の残党が新たな指導者として雇い入れたテロリストの名前だ。

 

「黒死皇派の名前は知っていたが、何年か前に壊滅した筈じゃないのか?」

 

「ああ。その時の指導者はボクが殺した。

少々厄介な特技を持った獣人の爺さんだったけどね」

 

「あの暗殺事件お前だったのかよ。

まあそれは良い。問題はどうしてそいつ等がこの絃神島に来ているのかって話だ」

 

「ほう、というと?」

 

祐樹の発言に、ヴァトラーは聞き返す。

 

「黒死皇派の目的は、聖域条約の完全破棄と戦王領域の支配権を第一真祖から奪い取ることだ。わざわざリスクを犯してまで、欧州より遠くの魔族特区を狙うのは不自然だ。

ま、それでも奴らが来た目的といったら大方第一真祖を殺す為の手段でも見つけたとかだろう」

 

「第一真祖を!?」

 

祐樹の発言に先程から聞き手に徹していた紗耶華は思わず声を上げてしまう。

それほどまでに、その情報は無視できるものでは無かったのだ。

 

「成程、ナラクヴェーラか」

 

「那月、何か知ってるのか?」

 

「いや、実は研究員を捕らえた時気になる資料を見つけてな。

それが、ナラクヴェーラ。最初はただの骨董品だと気にも留めてなくて話さなかったが、成程、それならば奴らが態々この島で活動していたのも納得がいく」

 

「南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された"神々の兵器"か。

そういえば、カノウ・アルケミカルという会社が遺跡から出土したサンプル品を一体非合法に輸入していたみたいだが奴等に強奪されたって聞いた事がある」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!もしその話が本当だとしたら、大変な事になるんじゃ…」

 

「あ、それ多分大丈夫だ。

そもそも、ナラクヴェーラを奴らが動かすのは不可能だろうしな」

 

「え?」

 

そう。そもそもナラクヴェーラは神々の兵器と呼ばれるだけあって、それを起動する為のコマンドに制御するためのコマンドなどその他も含めて存在していた。

しかもそれは、世界各地の研究者が血眼になって調べても解読出来なかった代物だ。

 

更に、それを解読しようとしていた黒死皇派の研究員も那月達によって既に捕らえられている。

 

「だから、奴らにナラクヴェーラを動かすのは無理なわけだ」

 

「な、成程…」

 

「なぁんだ。それは残念だ」

 

ヴァトラーはいかにも残念と言いたげにジェスチャーをするが、その顔からは笑みが消える事は無かった。

彼にとって強敵との戦いは生きる喜びそのものだ。

それが、出来ないのにまだ笑みを浮かべられているのは恐らく何かあるのだろう。

 

祐樹もそれを悟り、ヴァトラーを睨む。

 

 

「…お前、何を企んでいる」

 

「おや、何の話かな?」

 

「惚けるなよ。

第一、戦王領域の貴族のお前が黒死皇派が潜んでいるこの島で、こんな分かりやすい船で来た時点で奴らをこの船におびき寄せる気満々じゃねえか」

 

「流石はユウキ、矢張りバレるか」

 

「意外とアッサリ自白するんだな」

 

「キミ相手に、なるべく隠し事はしないようにしているんでね」

 

「・・・」

 

ヴァトラーの変わらずマイペースな言動と態度に最早頭を抱えたくなってきた祐樹であった。

 

「はぁ…もう良い。知りたい事は知れたから俺たちはもう帰らせてもらう。

行くぞ、那月、アスタルテ」

 

「ああ」

 

「畏まりました」

 

祐樹の呼びかけに、那月は立ち上がりアスタルテはその後を付いていく。

 

「あ、船の外までご案内します」

 

「必要ない。お前はそこのクソ蛇が後を付けてこないか見張っておけ。

それから、ヴァトラー。これだけは言っておくが、もしこの島で那月や他の奴らを危険に晒してみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時は、今度はソフィアの光で瀕死にするだけで済むと思うな」

 

 

最後に殺気をヴァトラーだけに放ち、祐樹たちはその部屋から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オシアナス・グレイブの外に出た祐樹達はここまで乗って来たリムジンの前に来ていた。

 

「あんのクソ蛇。今度会ったら本当に殺してやろうか…」

 

「止めておけ、色々と面倒な事になる。

…しかし」

 

「ああ。問題は奴よりナラクヴェーラだ。

骨董品で動くかどうか分からない上にそれを動かすための石板の解析さえ出来てない状況だとしても、どうしても何か引っ掛かる」

 

裕樹たちは、ヴァトラーとの会談が終わっても嫌な予感が消えないでいた。

何か見落としてる気がする。それも、決定的な何かを。

 

「ダァクソ!何か見落としたそうなのは何となく分かるのに、肝心なそれが何か分からねぇ!」

 

「裕樹落ち着け。どちらにせよ今は情報が足りない。

あの蛇使いの情報だけでは、まだ決定打にはならないしな。だが、無理に様々な可能性を考え過ぎても逆に絞り込めずに終わるだけだ。

本腰を入れるのは明日からになる、お前も万が一に備えて休める時に休んでおけ」

 

「那月…」

 

「ご主人様、私からもご主人様の休息を推奨します」

 

「アスタルテ…」

 

自分の伴侶と従者の自分を気遣う言葉と様子に、裕樹は先程までの様々な考えを一旦頭から消し、彼女達の言うようにリラックスする事にした。

 

「ごめん、それとありがとうな。

そんじゃお言葉に甘えて、しっかり休みますか」

 

「そうしろ。

ところで、帰りは矢張り私がするのか?」

 

「あぁ、悪いけど頼むわ。

あのクソ蛇が用意した車ってどうしても抵抗があるんだわ」

 

裕樹は乗ってきたリムジンを色々と複雑な心情が合わさったかの様な顔で見る。

無いとは思うが、リムジンに何か仕組まれているのではとどうしても警戒してしまうのだ。

 

 

「成程な。まあ気持ちはわからんでも無い。

では、少し手間は掛かるが空間転移で移動する。アスタルテ、慣れない感覚だろうが少し我慢してくれ」

 

「命令受諾」

 

「悪いな2人とも」

 

裕樹の謝罪に那月とアスタルテは「気にするな(気にしないでください)」と言い、那月の空間転移で自宅であるマンションに戻っていった。

 

 

 

因みに余談だが、この後裕樹たちと入れ替わりになる形で古城と雪菜が到着し、古城は紗矢華に敵意を向けられたりヴァトラーには裕樹ほどでは無いが愛を囁かれたりと災難だったそうな。

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅳ

 

ヴァトラーとの会談から翌日。

祐樹はいつも通り那月とアスタルテと共に学園に来て彼女の執務室で過ごしていた。

 

だが、執務室にいる祐樹の顔色はどこか優れなかった。

 

「う~ん…」

 

「おい祐樹どうした。今日は朝から随分と難しい顔をしているな」

 

「ん?ああ。実は昨日から例の見落としてる部分について考えているんだが、全く思いつかないんだ…」

 

「お前…昨日はあんなに休めるときに休めと言っただろうに…」

 

そう。実は昨日ああは言ったものの、矢張り一度気になり始めたものは止まらずずっと考えていたのだ。

しかし、あと少しで何か出てきそうなところでいつも躓くのだ。

 

「それで?私たちの言いつけを破って考え付いた結果を聞こうじゃないか?」

 

「ご主人様…」

 

「わ…悪かったよ。

そ、それで…結果だけど……何も思いつきませんでした…」

 

色々と何とかひねり出そうとしたが、目の前の伴侶と従者の剣幕にどうしようもなくなり素直に土下座をする決断をした祐樹であった。

 

「ハァ…まあ、公社の連中が必死に調査しても見つけられないテロリストの事を考えても仕方あるまい。

それより、昨日はあの蛇使いの所為とはいえ”ヤツ”の力を使った訳だが。お前の方は何も問題ないか?」

 

「ああ、アイツの事か。

それなら問題ない。ただ少しだけ魔力を持ってかれただけで、俺自身は何も」

 

「そうか。

コアの光主の眷獣は未知な部分が多い。私としても、お前には余り負担をかけたくはなかったからな」

 

「大げさだって、現に俺は何ともないんだから」

 

「だと良いが…ん?」

 

祐樹の言葉に少しばかり信用ならないという表情をしていた那月は、突然扉の方を見ると近くにあった出席簿を手に取り構える。

 

「どうした?」

 

「いや、恐らくもう直ぐでこれが役に立つ」

 

那月の言葉の真意に祐樹が理解できる事無く、間もなくして部屋の扉が開かれた。

 

 

「那月ちゃん、少し良いかって痛った!」

 

「せ、先輩!?」

 

部屋に入って来た人物、暁古城は那月が構えていた出席簿の投擲を食らい頭を押さえ、その隣にいた姫柊雪菜は突然の襲撃にあった古城を心配する。

これを見た祐樹は「痛そう…」と思ったとか思わなかったとか。

 

「私を”ちゃん”付けで呼ぶなといつも言ってるだろう、暁古城。

ん?姫柊雪菜も一緒だったか。どうした?まさか子作りの方法でも教わりに来たか?」

 

 

「「「こっ!?」」」

 

那月が発したとんでもない単語に古城と雪菜、そして祐樹は思わず言葉に詰まってしまう。

 

「何故お前まで反応してるんだ、祐樹」

 

「い、いや。別に…」

 

那月は恐らくいつもの冗談のつもりで言った言葉なのだろう。

しかし、祐樹としてはその子作りのやり方を実際にやったばかりなので、とても他人事で済む事情ではないのだ。

 

そんな祐樹をスルーして、話は進められる。

 

「そういえば、工藤さんはどうして此処に?」

 

「コイツは存在が存在だからな、下手に自由に歩き回らせて厄介ごとに巻き込まれたら敵わん。

だから、休日以外はこうしてこの部屋で大人しくしてもらっている。

それより、さっさと本題に入れ。私は忙しいんだ」

 

「お、おう」

 

明らかに不機嫌ですと言いたげな彼女の雰囲気に飲まれる古城に代わって雪菜が話を続ける。

 

「クリストフ・ガルドシュについて教えてください」

 

「…どこでその名前を。ああ、蛇遣いから聞いたのか」

 

「ヴァトラーの奴を知ってるのか!?」

 

那月の口から出た予想外の言葉に古城が反応する。

古城と雪菜も昨晩祐樹たちと入れ替わる形でヴァトラーに会っていた上に彼女が知り合いだとは知らなかったのでその反応も当然だろう。

 

「当たり前だ。

それに、昨晩恐らくお前達が誘われたであろう船上パーティーにも行ったからな」

 

「そうなのか!?」

 

「そういえば、私たちが着いた時に何故か船着き場に無人のリムジンがありましたけど。アレって南宮先生たちだったんですか!?」

 

「(あぁ、古城くんたちも行ったのか。

まあよく考えたら一応この島が領地である第四真祖を呼ばない理由が無いか)

兎に角話を進めよう。それで、古城くん達はガルドシュについて知ってどうするのかな?

まさかと思うけど、またこの間みたいに勝手に行動して殺されに行きたいのか?」

 

「ッ!」

 

祐樹の特にトーンを変えずに言った言葉が雪菜の胸の内に突き刺さる。

彼女と古城は、先日の事件で自分の未熟さを嫌と言うほど実感したばかりだ。

 

そんな古城と雪菜に紅茶を運んできたアスタルテが声をかける。

 

「紅茶をお持ちしました」

 

「お、お前!」

 

「オイスタッハ宣教師の時の!」

 

予想外の人物の登場に、古城と雪菜は先程の気の重さを一瞬忘れ彼女を見る。

 

「ど、どうして…」

 

「あ、言ってなかったけ?

彼女、保護観察処分が降りて今は俺と那月が彼女の身元引受人になったんだよ。

そうだ、アスタルテ。2人に伝えたい事があったんだろ?」

 

「はい。

第四真祖、そして剣巫。先日はご迷惑をおかけしました。心よりお詫びします。

そして、私を止めてくれてありがとうございます」

 

「い、いや良いって!お前だって命令されてやっちまった事だし、実際には死人は出てないらしいしさ。

それより、体はもう大丈夫なのか?」

 

「問題ありません。ご主人様によって、私の中の眷獣によって寿命を吸い取られる事は無くなりました」

 

「そっか…良かったな」

 

アスタルテは古城の許しの言葉に、どこか安心した様に表情を緩めた。

 

「アスタルテ、ソイツ等に紅茶はいらん勿体ない。

それより私に新しい紅茶を頼む」

 

「命令受諾」

 

アスタルテはトレイを下げて、那月に命令通り新しいお茶を入れ始める。

 

「さて、話を戻すが。

ガルドシュの事を聞いて、お前達はどうするつもりだ?まさか、祐樹の言う通りお前達で捕まえる気か?」

 

「…はい。でないと、ガルドシュがアルデアル公と接触し絃神島に甚大な被害が出る可能性があります」

 

「……成程」

 

雪菜の言葉を聞き、祐樹と那月は合点の行く顔をする。

確かにあの戦闘狂の蛇に対して、黒死皇派という極上過ぎる餌を与えてしまえばどうなるか。

 

まだ、奴らだけで殺し合うならそこまで深刻にはならないが、それが島全土を巻き込む可能性がある。というか確実に巻き込む大戦争になるのは目に見えている。

そうなれば、何万人もの人や魔族が犠牲になる上に、最悪の場合、事と次第によっては世界中を巻き込む大混乱が起きる可能性だってゼロではない。

 

だから雪菜は、黒死皇派の動向を把握していそうな那月達を頼って来たのだろう。

 

 

 

 

だが、それで「はい分かりました」と素直に情報を話す程、南宮那月という人間はお人好しでも何でもなかった。

 

「お前達の言い分は理解できた、だが必要ない」

 

「ッ!それは、何故…」

 

「ほう?では逆に聞くが、公社(私たち)獅子王機関(お前達)に情報を素直に教えると思うか?」

 

「お、おい那月ちゃん。今はんな事に拘ってる場合じゃ…」

 

「あぁ…古城くん。何か勘違いしているみたいだけど、本当に教える必要が無いんだよ」

 

「え?」

 

祐樹の言葉に古城は少し困惑する。

 

「恐らく君たちもあのクソヘビからナラクヴェーラについての情報を聞いたんだろう。

だからこそ必要無いんだよ。何せあの古代兵器は起動や制御といった幾つもの古代文字が書かれた石板を解読しないと動きもしない上にそれを解読しようとしていた黒死皇派の研究員は捕縛済み。

オマケに、ナラクヴェーラ自体も島から持ち出された形跡が無い上に随分と年季の入った骨董品みたいなもんだから、まず動くかさえ怪しい代物だ。

そんなわけで、態々君たちが動かなくても奴らが捕まるのは時間の問題って訳」

 

「な、成程…」

 

「という訳だ。もう用が無いのならさっさと自分たちの教室に戻れ」

 

那月は扇子をシッシッという動作で振り古城たちに部屋から出ていく様に促す。

 

古城と雪菜も、流石にそこまで言われたら引き下がるしかなく大人しく部屋から出ようとする。

 

「あ、そうだ古城くん。1つ言い忘れてた」

 

「?」

 

「あのクソヘビ。ディミトリエ・ヴァトラーには気を付けろ。

奴は真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を既に2人喰っているからな」

 

「同族の吸血鬼を喰った!?アイツが!?」

 

「奴が、“真祖に最も近い存在”といわれる所以だ。せいぜいお前も喰われないようにする事だ。

分かったならとっとと出て行け。私ももう出る」

 

一応古城に注意勧告した後に、今度こそ彼らは執務室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、祐樹。無いとは思うが万が一の為にお前はアスタルテと共に此処に残れ」

 

「良いのか?一応これから向かう先って増設人工島(サブフロート)だろ?

黒死皇派の残党を殲滅するだけとはいえ」

 

「安心しろ。万が一になれば”奴ら”を開放して一気に終わらせる。

それより、暁と転校生がまた何かしでかさんとも限らんからな。お前にはそれをお抑える役割も頼みたい」

 

古城たちが退室した部屋で那月は外出の準備をし、祐樹はアスタルテと共に留守番をすることになったらしい。

 

「成程、じゃあ留守番は任されたけど、絶対に無理だけはするなよ?」

 

「それこそ問題ない。私を誰だと思っている?

真祖と同等かそれ以上の力を持つ吸血鬼の伴侶だぞ?」

 

「それもそうだな」

 

「では行って来る。

アスタルテ、留守番は任せるぞ」

 

「命令受諾」

 

そう言い残し、彼女は部屋を出た。

そして部屋に残ったのは、祐樹と那月が飲み終わった紅茶を片付けるアスタルテだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那月が外出して数十分後、時刻としては既に昼を回っており祐樹とアスタルテは昼食を済ませ現在は祐樹が部屋に持ち込んでいた漫画を読んでいた。

 

「この漫画、結構面白いですね」

 

「ああ。人間と吸血鬼の戦いってありきたりと思ったけど、この作品ってそれだけじゃなくて天使だの鬼だのも出て来るから中々に見ごたえあるんだよな」

 

『でも私、アニメがもうやってないのは少し残念だわ…』

 

「まあ、漫画の時期とアニメ放送の時期が悪かったとしか言いようが無いな」

 

『この真〇って人、アニメだと私と声一緒だから続きが楽しみだったのに…』

 

何故かソフィアも現界して一緒に読み始めるという異様な空間だが。

(因みに作者が声優の名前が分からないのでキャラ名になるが、ソフィアのCVは終わ〇の〇〇フの柊〇昼である)

 

『あ、祐樹。それって最新巻じゃない?読み終わったら貸して』

 

「はいはい。少し待って……ッ!?」

 

待ってくれと言おうとした祐樹は、突然感じた魔力の乱れを察知し弾かれる様に窓の方に目を向ける。

 

その瞬間、恐らく学園全体を揺るがす程の音の衝撃が襲い祐樹たちの居た部屋の窓ガラスが音を立てて我始めた。

 

「アスタルテ!ソフィア!」

 

祐樹は直ぐに立ち上がり2人を庇う様に前に出て、力を開放するために瞳を赤く染める。

 

すると、彼らの目の前に氷の壁が発生しガラス片を防ぐ。

そして全て防ぎきると氷の壁は崩れ去り、部屋には床に大量のガラス片が散らばっていた。

 

『び、ビックリしたぁ』

 

「ご主人様、これは…」

 

「ああ、眷獣の魔力だ。

しかもこの魔力の感じからすると、古城くんか?」

 

祐樹は今の魔力の波長から、第四真祖の眷獣が暴走したものと当たりを付ける。

だがそうなってくると、真祖の眷獣が暴走する事態が発生した事になる。

 

「兎に角、アスタルテは恐らくこの騒動で怪我人が出る可能性があるから保健室で運ばれて来る生徒の対処に当たれ。

ソフィアは俺の中に一旦戻れ」

 

『わ、分かった!』

 

「ご主人様、部屋のガラスは…」

 

「んなのは後で良い。それよりは、人命優先。ただ、廊下にもガラスが飛び散ってるだろうからそれには注意しろ。

そんじゃ行って来る」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 

祐樹はアスタルテを保健室に向かわせ自分もソフィアを戻し魔力の発生地点であると思われる屋上へと向かった。

 

「(しかし、どうして第四真祖の眷獣が暴走を?まさか黒死皇派が古城くんを狙って?

だとしたら急がないとマズイ!)」

 

祐樹は血相を変えて屋上へと急いだ。

 

 

 

だがこの時の彼はまだ知らなかった。

まさか真祖の眷獣が暴走したのが、とんでもなくしょうもない事だと。

 

 

 

 

その理由を彼が知るのと、彼の怒りが表に出るのは今から数分後の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅴ

 

突如として眷獣の魔力が学園を揺るがしその発生源へと向かった祐樹は、そこで恐らく眷獣の魔力の暴走で出来たのであろうひび割れの中心にいた古城とそんな古城の近くで槍を持つ雪菜と剣を持っていた紗耶華。

そして、丁度そんな雪菜と一緒に何故かその場に気絶して倒れていた古城のクラスメイトの藍羽浅葱を運ぼうとしていた古城の妹である暁凪沙と遭遇した。

 

詳しい経緯は不明だが、雪菜に「暁先輩と紗耶華さんをお願いします」とだけ言われてその場に残された。

 

それで、祐樹は状況が理解出来ないままその場に残った古城達に説明を求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを聞いた瞬間に彼の怒りが表に出て来る事となった。

 

「さて、今回のこの事態だが。何か弁明があるなら聞いてやろうじゃないか。

えぇ?”獅子王機関の舞威姫様”?」

 

「お、おおお、落ち着きくださいコアの光主さま!こ、これには深い訳が…」

 

「ああ。だからそれを聞いてやってるんだ。

で?第四真祖の眷獣が1体を除いて制御不能だというのに、それを知ってか知らずかその宿主を害した上に学園を危険に晒した理由が嫉妬によるものだった事への弁明を聞こうじゃないか」

 

今の祐樹は、恐らく以前古城がオイスタッハに殺された時に彼を説教した時より怒っていた。

まあ無理も無い。只でさえ第四真祖の眷獣が制御不能な眷獣を黒死皇派が襲撃したのではなくよりによって第四真祖を監視するはずの立場にある雪菜の同僚らしい女がしでかしたというのだから。

しかも態々獅子王機関の名前と彼女の立場を強調して言った事から相当に頭に来ているらしい。

 

「ゆ、祐樹。そ、そのだな。コイツだって悪気があったわけじゃ…」

 

「眷獣の制御が未だに1体しかままになっていない半人前の真祖は黙っててもらえませんか?」

 

「…はい、黙ってます」

 

流石に今の祐樹の剣幕に晒されたままなのは可哀そうと思ったのか古城が助け舟を流そうとしたが敢え無く撃沈。

そんな古城に内心「自分が命狙われたのに何言ってんだコイツ」と、お人好し過ぎる自分の友人に呆れかえるばかりの祐樹であった。

 

「第一、吸血鬼のそれも真祖クラスの眷獣が宿主を害されて大人しくしてる筈が無いだろうが。

それともアレか?俺や那月に手を出さなければ他の奴には何をしても良いって獅子王機関の連中は言っていたのか?だとしたら俺も随分と舐められたものだな。

それとも?俺が、俺の友人を殺されそうになっても”俺には手を出してないから良いよ”と言う薄情な奴だと思ったのか?だとすればお前のところの機関とはミッチリと話し合った方が良いか?

まあ俺も鬼じゃない。ついさっきアスタルテや岬に連絡したら浅葱ちゃんを除いて保健室に運ばる程の重症を負った生徒などは居ない様だったからな。

ガラスやその他もろもろの修理費用はお前達の組織に請求するとして、仏の顔も三度までならぬ、吸血鬼の慈悲も三度までだ。今後こんな学園そのものを巻き込む騒動を起こしたらその時はこっちにも考えがある。

分かったか?分かったな、分かったと言え」

 

「は、はい…ま、真に…申し訳ございませんでした……」

 

「(こ、怖ぇぇぇぇええええええ…凪沙のマシンガントーク以上に早く喋るし祐樹マジでキレてるから直さあら怖ぇ…)」

 

古城の妹の凪沙もそれなりにマシンガントークをするが、今の祐樹は恐らくそんな彼女を超える程だろう。

そんな祐樹の剣幕に古城は自分が直接怒られていないが常夏の島にも関わらず冷や汗を流し、紗耶華などはもう涙目になり古城以上に汗を流して土下座までする始末だ。

 

「ふぅ………さて、古城くん。結局、浅葱ちゃんとは何を話してたのかな?」

 

「…へ?」

 

「そこの舞威姫様の話だと態々教師の部屋に忍び込んで調べ物をしてたんだろ?

一体何を調べてたんだ?」

 

「あ、あぁ…」

 

古城は祐樹の言葉で先程までの事を思い返す。

一瞬どうしようか考えたが、別に秘密にする話でもないし大丈夫だろうと判断して祐樹にも先ほど浅葱と話した事を教えた。

 

「実はちょっと生徒会のパソコンを使ってナラクヴェーラについて調べてたんだよ」

 

「ナラクヴェーラを?

どうしてまた生徒会室に」

 

「いや、使える部屋が今のところそこしか無かったんだよ…」

 

「あそこって関係者以外は入れない筈なんだけどね…。まあそれは今は良い。それより、そのナラクヴェーラについて何か分かったわけ?」

 

「いや、何かとんでもない武装を持っているとんでもない兵器って事ぐらいしか分からなくてそれ以上の事は何も…。あ、でも…」

 

「ん?」

 

古城は自分が得た情報を掲示している内に1つ思い出した様だった。

 

「どうした?」

 

「いや実は、そのナラクヴェーラについて調べてるとな、浅葱が気になる事言ってたんだよ」

 

「気になる事?」

 

「ああ。何か”ナラクヴェーラの制御コマンドって解読出来たら何か不味かったりする?”って言ってた。

そういえばどうしてアイツあんな事を聞いたんだ?」

 

「ッ!」

 

古城はどうして浅葱がそんな事を聞いたのか分からないでいたが、どうやら祐樹は違ったらしい。

 

「(おいおいちょっと待て。浅葱ちゃんがそんな事を聞くって事は少なくとも彼女はナラクヴェーラについてどこかで知ったって事か?

しかも、態々制御コマンドの事を聞いてきた…。そういえば、彼女ってただの学生の割には公社でプログラム関連のバイトをするほどに頭は良かったよな…。

もし、黒死皇派が何かしらの手段で彼女に制御コマンドの解読を頼んでそれを万が一にも彼女が解いたとしたら…)マズイッ!」

 

そこまで思考して、彼は恐らく最悪な展開を予想して顔色を変えた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「古城くん!舞威姫!早く保健室に向かうぞ!もし俺の考えが正しかったら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐樹が行動を起こそうとするのと、学園に銃声が鳴り響いたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

「な、なんだ今の音は!?保健室の方からみたいだけど…」

 

「じゅ、銃声!?」

 

「遅かった!」

 

「お、おい祐樹!」

 

戸惑う古城達に構わず祐樹は急いで銃声がなったと思わしき保健室に向けて走り出す。

 

古城と紗耶華は驚きながらも、走っていく祐樹の後を追う。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたんだよ!それに今の銃声は」

 

「多分黒死皇派の連中だ!奴らの狙いは、恐らく浅葱ちゃんだ!」

 

「浅葱を!?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!浅葱って、さっき保健室に運ばれた人ですよね!?どうして彼女が黒死皇派に狙われるんですか!?」

 

保健室に向かう道中、祐樹達は走りながらどうして黒死皇派が学園に来たのかについて話していた。

 

「詳しい経緯は不明だが、恐らく黒死皇派はネットか何かを経由して彼女にナラクヴェーラのコマンドの解析を依頼したんだろう。

そして、彼女はそれを偶然か何かで解いてしまった。ナラクヴェーラのコマンドは古代文字で書かれている上に世界中の研究者が血眼になって解析しても解読出来なかった代物だ。

しかもそれを解読しようとしていた黒死皇派の研究員も捕まってしまったから、奴らにとって浅葱ちゃんという人材は喉から手が出る程に欲しい存在なんだろう」

 

「で、でも!どうして浅葱がそんなもんを解読なんて出来るんだ!?」

 

「さあな!けど、彼女は公社の警備システムとかそれ関連のプログラムをあの年で組み上げられる一種の天才だ。

それが今回に限っては厄したな」

 

そもそも、この島の最重要の情報に掛けられたセキュリティをぶち破れる程のAIまで付いてる上に彼女自身の腕前も確かだ、例え古代兵器のコマンドを解読出来たとしても不思議ではない。

 

「とにかく急ぐぞ!」

 

本来なら窓から飛び降りるなりしてショートカットした方が早いのだが、ここは学園だ。

他にも大勢生徒が居る上に祐樹と古城は未登録魔族な上に紗耶華は部外者だ。

そんな状態で下手に人間離れした動きをすれば、後々面倒な事になる事は避けられないだろう。

 

そんな歯がゆい思いをしながら、祐樹達は目的の場所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来るだけ全速力で走って、祐樹達は目的の保健室の前に辿り着いた。

 

「着いたな…ッ!?」

 

「おい祐樹!これって…」

 

辿りつた祐樹達のは何漂って来たのは、恐らく保健室からしているのであろう血の匂いだった。

 

「おい!皆無事か!?」

 

祐樹は血相を変えて保健室の扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するとそこに広がっていたのは、窓ガラスが割れ外側のドアが開いた室内と

 

 

 

 

 

壁にもたれ掛かる様に倒れ、腹部から大量の血を流していたアスタルテの姿だった。

 

 

「アスタルテッ!」

 

祐樹は慌てて彼女に駆け寄り血で汚れる事も構わずに彼女を抱き起こした。

 

「アスタルテ!どうしたんだ!何があった!」

 

「おい、どうしてこんな…ッ!凪沙たちはどこに!?」

 

「お、落ち着きなさい!まだ奴らの仲間が近くにいるかも…」

 

 

 

 

「っ…ぅぅ」

 

「ッ!?アスタルテ!」

 

各々があまりの惨状に動揺していると、意識不明と思われたアスタルテが目を開けた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「ご、ご主人様…申し訳ありません。私が居ながら…ミス姫柊達を…」

 

「説明も謝罪も今はは良い!それより、早く傷を治すぞ!」

 

祐樹はアスタルテを急いでベッドの上に上げる。

そして、彼女の傷口を観察する。

 

「(この傷は銃弾によるものか。この分だと見て分かる通りかなりの出血も見られる)」

 

祐樹は冷静にアスタルテの傷口を観察し、その傷の状態や出血の量から彼女の状態を推測する。

 

「(落ち着け、不幸中の幸いな事に弾丸は貫通している。

それに俺の従者なのが幸いして傷の方もほんの僅かだが修復してきている。これなら)」

 

祐樹はアスタルテの傷を見る為に置いていた手を彼女から退かすと、胸に手を当てた。

すると、彼の胸からは黄色に輝くシンボルが出現する。

 

「ちょ!?こんな場所で眷獣を出す気ですか!」

 

「安心しろ。コイツは他の奴と違って戦闘力より支援や回復に力が回ってるんだよ。

 

来い。天使長ソフィア」

 

 

祐樹は6の皇の一体。黄色の世界の皇である彼女を呼び出す。

黄色のシンボルは弾け光を放ち、その光から天使の羽を生やし巫女服を着た女性。天使長ソフィアが現れた。

 

『…祐樹、これは』

 

「言いたい事は色々あるとは思うが、今はアスタルテの手当が先だ。

頼めるか」

 

『…分かったわ。アスタルテちゃん、あと少しの辛抱だからね』

 

ソフィアはアスタルテの惨状に眉を顰めるが、直ぐに状況を理解し彼女に手を向ける。

すると、彼女の手から黄色の光が粒子状に出て来てアスタルテの傷口に吸い込まれる様に放たれた。

 

そして、その光が当たった傷口はまるでその光がまるで銃撃によって破られた皮膚を補強するように埋まっていった。

最終的には、その光が傷口全てを覆い終わるとその光は収まりそこには、まるで傷口など最初から無かったかのように治っていた。

 

『ふぅ…よし、これで大丈夫』

 

「ありがとう」

 

『良いわよ、アスタルテちゃんとってもいい子だもん。彼女がここで死ぬなんて、理不尽過ぎるでしょ?』

 

「それもそうだな。

…さて、古城、舞威姫。お前達は一旦外に出ろ」

 

「え?」

 

「あ、あの。それはどうして…」

 

「万が一にも外に奴らの仲間が居ないとは限らん、お前達は外で一応警戒しておいてほしい。

それに、今からやるのは余り他人には見せられないからな…頼む」

 

「祐樹…」

 

古城は祐樹の言葉が真剣なものだと分かっている。

そもそも祐樹が自分を「古城」と呼び捨てにするのは、本気で怒っている時や余裕が無い時くらいだ。

そんな彼がそう言うのだから、そうなのだろう。

 

「分かった、何かあったら直ぐに呼べよ。

行くぞ煌坂、行くぞ」

 

「えっ?わ、分かったわ」

 

古城を目の敵にしている紗耶華も流石に状況が状況なので、素直に従い2人は外に出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、アスタルテ。ソフィアの力で傷は治ったが、血は足りてるのか?」

 

「…報告、現在多量の血液を失い少し目まいなどに似た症状を確認。

ですが、休息を取り必要な栄養を採取すれば問題はありません」

 

「だが、血が今のところ足りてないんだな」

 

「…肯定」

 

「なら」

 

祐樹はアスタルテの状態を確認すると、彼女を抱き起こし自分のシャツの襟元をずらすと自分の首筋を露出させた。

 

「あっ…」

 

「俺の血を飲め。そうすれば、少なくとも血はどうにかなるだろ」

 

「…ですが、それではご主人様の血が」

 

「そこは安心しろ。万が一の為の輸血パックは取り合えず持ってるから、お前は遠慮なく俺の血を吸え」

 

「…命令受諾」

 

祐樹の体の事を心配するアスタルテだったが、彼の説得に折れてそのまま彼の首筋を見据える。

そして青い瞳は吸血鬼特有の赤色に変わりその口元からは犬歯を覗かせ、彼女はその牙をそのまま少し躊躇しながっらも彼の首に埋めた。

 

「……んっ」

 

「……」

 

アスタルテは初めて行う吸血行為に少し頬を赤くし、祐樹は那月以外で初めて血を吸われたので少し慣れない感覚があった。

そしてソフィアは空気を呼んで、その光景に背を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸血行為が終わり、アスタルテは祐樹に雪菜たちがクリストフ・ガルドシュを名乗る男に拉致された事を伝えると休息の為に保健室のベッドの上で眠りにつく。

祐樹は、彼女を寝たのを確認するとソフィアに向き直る。

 

「寝たな。

さて、ソフィア。お前にはアスタルテの護衛と万が一に備えてここに待機しておいてほしい」

 

『それは良いけど、これからどうするの?アスタルテちゃんの話だけだと、そのガルドシュって獣人の居場所の特定は難しいんじゃ…』

 

「それについては問題ない少し心当たりがある。

それよりお前はこれ以上生徒に被害が出ない様に岬にも連絡して学校全体の警備に当たれ。警備の要員は、コイツ等を使えばいい」

 

祐樹は、何も無い空間に向けて手を翳す。

すると、そこには白と黄色と緑のシンボルが合計で3つ現れた。

 

「来い、”神機レーヴァテイン”、”グレムリー”、”マッハジー”」

 

祐樹がそう呼びかけるとシンボルが弾けそこから3体の眷獣が出現する。

 

1体は銀色の体でどこか剣を思わせる造形をしており、片手に剣を片手に盾を持つ人型。

1体は祐樹達より背は低く、人型の兎の形をしており片手にはスパナを持っている。

そしてもう1体は、黄色と緑の体で蟲の様な見た目をした小型で、頭部からは剣の様に尖った部分が伸びており高速で羽を動かす事で飛んでいた。

 

『及びでしょうか、主よ』

 

『わー!やっと呼んでくれたよ!』

 

『待ちくたびれたぜ』

 

「お前等、呼び出して早速悪いが仕事だ。

今眠っている俺の従者とこの学園の生徒の護衛を頼みたい。お前達なら下手な獣人相手でも無力化する事は出来るだろ。

ソフィアは保健室でアスタルテを守れ。レーヴァテインはこの近くに学園を見れる建物があるからそこの屋上で万が一に備えて待機。

グレムリーは適当な茂みに潜み、マッハジーは屋上にスタンバイ」

 

『ねーねー祐樹!どうしてボクだけ茂みなの?見つかったりしない?』

 

「お前の場合は万が一見つかっても適当なマスコットで通る見た目だからな。

それにそれならこの混乱で同様している生徒を多少は落ち着けられるだろ」

 

『成程!』

 

『『『それで良いの(かよ)!?』』』

 

 

とても緊急事態で行われる筈のない会話を終えて、祐樹は保健室を後にしようとする。

 

「それじゃ、俺はこんな事をしでかした獣畜生どもを始末してくる。

留守は任せたぞ」

 

『分かったわ』

 

『主よ、お気を付けて』

 

『いってらっしゃーい!』

 

『任せろ』

 

眷獣たちはソフィアを除きそれぞれの持ち場に着くために一旦体をシンボルに戻し、その状態で各々の持ち場へと飛んで行った。

 

それを確認した祐樹はソフィアと、ソフィアに任せるアスタルテを優し気に見つめた後、今度こそ保健室を後にして外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に出た祐樹は、古城と紗耶華を連れて校門の外にまで来ていた。

 

「そういえば、これからどうするんだ?凪沙たちを連れ去った奴らってお前の話じゃガルドシュってオッサンらしいじゃねえか。

居場所の検討は付いてるのか?」

 

「ああ。実は今日黒死皇派の残党が増設人工島に居るって情報が入って今は那月達が向かっている。

だが、奴らが浅葱ちゃんを使ってナラクヴェーラを動かせるのだとしたら、奴ががその島に立てこもってるのはただ追い詰められたからじゃない」

 

「ッ!ナラクヴェーラの実戦テストに、特区警備隊を当てようっていうんですか!?」

 

「恐らくはな」

 

紗耶華は祐樹の推理に最悪の展開を予想した様だ。

 

「おいおい、それが本当だとしたら急がないと!早くタクシーを拾って…」

 

「待て、それだと少しばかり時間が掛かる」

 

「じゃあどうすんだよ!走って行ったらまず間に合いそうには」

 

「落ち着け。今から援軍を呼ぶ」

 

居ても立っても居られないといった古城を宥め祐樹は懐からスマホを取り出し、直ぐに一つの番号にかける。

 

 

そして数コールした所で通話が繋がり話しかける。

 

「ああ俺だ。実は緊急事態が発生してな、今すぐ彩海学園の校門前まで来てくれ。…え?どれくらい急げ?んなもん全速力でだ。お前のドラテクなら2~3分くらいで着くだろ。…おう、待ってるぞ」

 

そんなどこか物騒な事を言いながら祐樹は通話を終え通話を切る。

 

「よし、少し待てば応援が来るぞ」

 

「おいちょっとまて!今2~3分くらいって言ったか?どんだけ飛ばせばんな早く着くんだ!?」

 

「まーまー落ち着け。暫く待てば分かるからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、祐樹の電話から数分後その言葉の意味が分かった。

 

校門前で古城達の目の前に現れたのは、とんでもないスピードでこちらに向かって来る1台の乗用車だった。

 

「「ちょっ!?」」

 

古城と紗耶華は突然の出来事にビックリし慌てて校門の裏に隠れた。

 

そして車はブレーキをかけて激しい音を鳴らしながら若干のスピンをかけつつ祐樹の方に迫り最終的には彼の前で綺麗に止まった。

 

止まった車のドアが開くと、そこから警備の制服らしい物を着た一人の金髪の女性が降りて来て祐樹に敬礼をした。

 

「工藤様、ステラ・コラベリシチコフ、只今現着しました」

 

「ああ、予想より早い到着ご苦労だった」

 

そんな2人の会話が聞こえたのか古城と紗耶華は校門から顔を出し、たった今到着した金髪の女性を見た。

 

「あ、あの…貴方は?」

 

「あら、こちらが噂の第四真祖?それにそっちは獅子王機関の舞威姫ね。

始めまして、私は特区警備隊のステラ・コラベリシチコフ。よろしく」

 

「は、はぁ…」

 

「というかちょっと待って!?特区警備隊!?

どうして…」

 

「どうして俺の正体を知ってるのか不思議か?

よく考えてみろ、幾ら那月がそれなりの権力を持っていてもアイツが俺の伴侶なのを完璧に隠しきるのは組織に属している以上は厳しい。だから公社の連中には俺の存在を明らかにして協力体制を敷いて、更には彼女の様な俺と那月直属の部下で編成された部隊を結成した訳だ。

さて、無駄話はこれくらいにして。ドクター・ステラ、着いて早々で悪いが増設人工島まで頼む」

 

「了解です。

さっ、貴方たちも早く乗って」

 

 

ステラに促されて古城と紗耶華は祐樹に続こうとする。

 

 

しかし、先ほどの運転を見て安心して乗れというのが無理な話である。

だが、今はそんな事を言っている場合では無いと2人共理解している為覚悟を決めて車に乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?今日は剣臓は一緒じゃないのか?」

 

「最初は呼んだのですが、どういう訳か全力で拒否られたんですよ。彼の分析能力が必要になると思ったんですが。どうしてのでしょう…」

 

「ふーん、どうしてだろうな?」

 

そんな2人の会話が車内で行われ、古城と紗耶華は「(これ、俺(私)生きてられるかな…)」と不安になったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅵ

 

絃神島にある増設人工島。そこでは、現在黒死皇派の残党と特区警備隊の部隊が銃撃戦を繰り広げていた。

 

その銃声が鳴り響く戦場とも形容すべき光景を、南宮那月は離れた場所で見ていた。

本来であれば彼女が自身の身に宿る眷獣を開放すれば一瞬で片が付くのだが、流石に何でもかんでも彼女が持って行っては特区警備隊の面目が無い。

だから彼らに花を持たせようと傍観に徹しているのである。

 

「ふん、所詮は犬っ頃の悪あがきだ。多少の損害は免れないだろうが、私の出る幕ではないな。(だが何だ?この胸騒ぎは)」

 

彼女は愛用の日傘を差しながらその光景を見ていたが、どうにも嫌な予感が拭えないでいた。

 

「(祐樹の直観が移ったか?だとしたら不味いな、アイツの嫌な予感は大抵当たってしまうって)ん?」

 

那月はそこまで思考すると、島本体の方から高速で向かって来る膨大な魔力が2つ近づいてくるのを察知した。

 

「これは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那月が魔力を感じた丁度そのころ、彩海学園からドクター・ステラの運転する高速で走る車で増設人工島に……ではなく、その近くのその島の向かいにある港に来ていた。

 

「し、死ぬかと思った…」

 

「ま、全くよ…」

 

車から降りた古城と紗耶華は、とんでもなくグッタリしていた。

 

「どうしたお前等、そんな暗い顔して」

 

「お…お前は…何でそんな平然としてんだよ…」

 

「は?何でって、普通に車乗っててどうしてそんなんになるんだ?」

 

「「え!?」」

 

祐樹の余りに意外過ぎる言葉に古城と紗耶華は驚かずにはいられなかった。

普通の人間(人間ではないが)があの暴走車に乗っていればまず間違いなくただでは済まない。

 

それなのに目の前の男は平然としていた。

 

が、今はその理由について議論している場合では無かった。

 

「工藤様、直接増設人工島に乗り込まなくてよろしかったのですか?」

 

「それは却下。俺たちだけならともかく、第四真祖と獅子王機関の奴を一緒に乗せてたら面倒くさい事になるだろ。それからドクター、アンタは学園に戻って生徒達の警護を頼む。

一応俺の眷獣たちを付けてはいるが、万が一という事もある」

 

「よろしいので?」

 

「まさかお前の車で助走つけて乗り込む訳にもいかんだろ」

 

「はっ!了解しました」

 

ステラは祐樹の指示に従い再び車に戻ると、またしても超スピードで今来た道を引き返していった。

 

 

 

 

 

 

「と、とんでもない人だったな…」

 

「そ、それよりどうするの?ここからじゃとてもあの島には…」

 

「何言ってんだ。普通に飛べば良い話だろ」

 

「「はぁっ!?」」

 

今回の2人は色々驚いてばかりである。

 

「飛ぶって蝙蝠の羽でも生やせってか!俺が眷獣一体しかまだ制御出来てないの分かってんだろ!」

 

「私だって舞威姫の技術やら呪符やらの中にも空を飛ぶなんてないんですけど!

くっ、仕方ない。こうなったら見張りの警備を気絶させて」

 

「そうなった場合、気絶させた奴らへの慰謝料も請求するぞ。

そうじゃなくてだな。”ウィングブーツ”」

 

紗耶華が強硬手段に出る前に祐樹が手を前に出して自身と古城達に黄色の光を浴びせる。

 

すると、彼らの足というより靴に羽らしきものが靴一足に対して2枚出現していた。

 

「おわっ!は、羽!?」

 

「眷獣たちの影響で使えるようになった魔術の1つだ。オイスタッハの時防御の魔術つかったろ?アレと同じ原理だよ」

 

「な、成程」

 

「と、とにかくこれであの島に行けるんですね!」

 

「あ、まっ…」

 

待てと言おうとした祐樹だったが紗耶華はそれを聞かずに急いで増設人工島に向おうとした。

 

 

が、飛び上がろうとした瞬間、彼女がバランスを崩し空中でジタバタし始める。

 

「あ、あれ!?ど、どうして!?ありゃ!」

 

「ったくだから待てと言ったんだ。

いきなり羽生えて素人が漫画みたいに上手く飛べるわけねえだろ。

古城くんも、足で空を蹴るイメージで一回地面を軽く蹴ってみろ。そうすれば自然に浮かんで後は鳥か何かをイメージして向かいたい方向に体を少し傾けろ。そうすれば移動できるから」

 

「お、おう…」

 

祐樹の言う通りの方法で古城は少し戸惑いながら飛び上がる。

結果は難なく成功し飛行に成功する。

 

「うぉ、本当に飛んだ」

 

「さ、早く行くぞ」

 

「お、おい!待てって!」

 

古城は慌てて祐樹の後を追う様に飛行を始める。

その際に未だに空中でジタバタしている紗耶華を横抱きにして運ぶ。

 

「あっ…」

 

「悪い今は我慢してくれ」

 

古城は紗耶華の反応に構う事無く飛行に集中して増設人工島に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

そしてどうにか慣れない飛行移動をしながらも祐樹達は増設人工島に辿り着いた。

 

「よっと」

 

「おし、着いたな」

 

古城は横抱きにしていた紗耶華を下ろす。

 

「・・・」

 

「ん?どうした?」

 

「え!?な、ななな何でもないから!」

 

「?」

 

 

「(あー古城くん、また女無意識に堕としたか…)」

 

紗耶華が何故顔を赤くして起こっているのかは古城には理解出来なかったが祐樹には理解できた。だが、それを態々言う必要は無いし今はそれを言っている場合では無かった。

 

そんなこんなで祐樹達は増設人工島の状況を目にする。

そこでは既に激しい銃撃戦が行われていた。

 

 

「おーおーこりゃドンパチやってんな」

 

「スゲェな…っと、それよりガルドシュはっ」

 

 

 

 

「矢張りお前達か」

 

「あ、那月か」

 

ガルドシュを探し出そうとする祐樹達の前に空間転移で飛んできた那月と遭遇する。

彼女は祐樹達をジト目で見ていると速足で祐樹に近づき彼の耳を引っ張る。

 

「痛って!」

 

「どうして暁に舞威姫だけでなくお前までここに居る?アスタルテと一緒に留守を任せた筈だが?」

 

「痛い、痛いって!話を聞け!実は学園にガルドシュが来てアスタルテを撃った後浅葱ちゃん達を拉致しやがったんだ!

しかもガルドシュは浅葱ちゃんを使ってナラクヴェーラを起動させることに成功している可能性がある!」

 

「何?」

 

祐樹の口から出た言葉に彼女は耳を引っ張っていた手を離し事情を聞く。

 

「どういう事だ?」

 

「詳しく話している時間は無い!それより早く特区警備隊を退避させて…」

 

 

撤退させてくれと言おうとした祐樹の言葉を遮る様に爆発が発生し、轟音が轟いた。

 

『!?』

 

 

「今の爆発は…」

 

 

 

 

 

「ふぅん。 よくわからないけどサ、まずいんじゃないのかなぁ。 これは」

 

いきなりの爆発に驚いている祐樹達の耳に突然別の男の声が聞こえた。

そちらを見ると、そこには楽しそうに笑いながら爆発した地点を見るヴァトラーの姿があった。

 

 

「…何の用だ、蛇遣い」

 

「まぁまぁ、積もる話は後にして早く君たちの部隊を撤退させた方が良いんじゃないかな?」

 

「どういう意味だ」

 

「那月!早くあいつ等を撤退させないとマズイ!奴らはナラクヴェーラを特区警備隊に…ッ!」

 

 

祐樹の言葉は最後まで続かなかった。

 

 

 

祐樹だけでなく古城達もその姿を視認する。

それはまるで蜘蛛の様な足に頭部に当たる部分には赤く光る眼の様な1つの光が見えた。

 

 

「あ、アレが…」

 

「ナラクヴェーラ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナラクヴェーラが動き出したのと同時刻、ガルドシュに掴まった雪菜たちは捕らえられて連れて来られた船の倉庫の中に居り、雪菜と浅葱は魔族恐怖症によって気絶している凪沙を庇う様に立ち部下と思わしき人物をトランシーバーで会話していたガルドシュと向かい合っていた。

 

彼は通話を終えるとトランシーバーを懐に入れ雪菜たちに向き直る。

 

「了解だグレゴリーレ。

さて、他に何か質問はあるかね?」

 

 

 

 

「…何故ですか?」

 

「ほう、何故。とは?」

 

「どうしてアルデアル公が貴方たちに強力しているんですか」

 

「我々の目的はすでに説明したと思ったが?」

 

「いいえ、そうではなく。何故、アルデアル公があなた達に協力したのか、ということです」

 

雪菜がそう聞くと、ガルドシュは微かな驚きの表情を浮かべた。

が、直ぐにどこか納得したような顔になる。

 

「そうか。服装は違うから分からなかったが、君はあの夜の、第四真祖の同伴者だな」

 

「ここは“オシアナス・グレイヴ”の中なんですね」

 

実は、昨晩の船上パーティーで古城と雪菜がヴァトラーと話していた時部屋に入って料理を運びワインを運んでいた執事たちがいた。

その中の1人が今目の前にいるガルドシュだったと雪菜もつい先ほど気が付いた。

 

「何故ですか? 獣人優位主義の黒死皇派は、戦王領域の貴族であるアルデアル公と敵対関係にあるはずです。ましてや彼は、あなた方の指導者を暗殺した張本人なのに....」

 

「そう。だから魔族特区の警備隊も、この船を疑おうともしなかった。

この船の乗組員の約半分は、我らが黒死皇派の生き残りだ。しかし、ああ見えて

ヴァトラーは貴族だからな。自分の船に乗り組んでいる船員の素性など、いちいち詮索したりはしない。船員を雇った船の管理会社の責任、ということになるな....」

 

それを聞いて、雪菜は不快そうに眉をひそめた。

 

「アルデアル公は何も知らなかった、と言い張るつもりですか。

そんなことをして、彼になんのメリットが....」

 

「不老不死の吸血鬼の考えなど知ったことではないが、おそらく退屈なのだろうさ」

 

「...退屈?」

 

「そうだ。だからナラクヴェーラとの戦いを求めた。

真祖をも倒しうるやもしれぬ神々の兵器。暇を持て余した吸血鬼にはちょうどいい遊び相手だ。それに、ナラクヴェーラが暴れればコアの光主に光主の花嫁が本気を出し戦えるかもしれぬと考えたのだろう」

 

「な!?(工藤さんに南宮先生と!?そんな事になったらこの島は…)」

 

雪菜の脳裏にはナラクヴェーラによって島が滅茶苦茶になりその上ヴァトラーと戦う祐樹と那月の姿が浮かび、最悪の未来を想定してしまう。

 

「…コアの光主だか光主の花嫁の事は知らないけど、どのみち私には選択肢はないってわけね。

いいわ。だけどこの貸しは高くつくわよ」

 

その言葉に満足したのか、ガルドシュは部下を連れて部屋から出て行った。

すると、浅葱は部屋の奥にある扉を乱暴に蹴り開けた。

冷蔵室の中には、魚や肉などではなく、スーパーコンピューターが置かれていた。回路を冷却するために、冷やされた部屋の中へ浅葱が入ろうとすると、思いがけない方向から声がした。

 

 

「焦るな、娘」

 

雪菜が声が聞こえた方を見ると、さっきまで眠っていた凪沙が立っていた。

だが、その様子は普段とは違い短く結い上げた髪が解けて、腰近くまで流れ落ちており声も普段とは違っていた。

 

「心を乱すな。お前とその機械の性能なら、滅び去った文明如きの書きつけを読み解くのに、さして時はかかるまいよ」

 

「凪沙…ちゃん?」

 

普段とは別人のような凪沙に、浅葱と雪菜は戸惑っていた。

そして、雪菜はあることに気が付く。

 

「いえ、違います…この状態は、神憑りか、憑依?」

 

「ふふ、そうか。おまえも巫女だったな、獅子王の剣巫よ」

 

凪沙はそう言って愉快そうに笑った。

 

「ならばおまえにもわかっていよう。心配せずとも、あの坊やが時を稼いでくれる。

そこの娘の策が練り上がるまでの時はな。....それに、どうやら奴も動いているようだからな」

 

「あなたは一体....!」

 

雪菜は凪沙の姿をした何者かにそう問いかけるがその答えが返ってくる事は無くその謎の気配は消え去り凪沙は糸が切れた様に再び気を失い倒れそうになる。

そんな凪沙を雪菜は慌てて受け止め様子を確認するが、眠っている彼女は普段の凪沙そのものだった。

 

「今のは、何? 誰なの?」

 

浅葱の言葉に、雪菜は首を横に振る事しかできなかった。雪菜も何が起こったのか分からなかったからだ。そして、何を思いついたのか彼女は浅葱に一つ頼み事をした。

 

「藍羽先輩、携帯を貸していただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、祐樹達の前に姿を現したナラクヴェーラは目の様な部分から赤い光を放ち増設人工島の倉庫街を無差別に攻撃し始めた。

 

そうやって辺りが滅茶苦茶になっている状態でヴァトラーはその攻撃に対し拍手を送っていた。

 

「アレがナラクヴェーラの"火を噴く槍"か。まぁまぁ、良い感じの威力じゃないか」

 

「あぁくそ! 何であんたがここにいるんだ。 自慢の船はどうした!?」

 

ヴァトラーの余裕そうな様子に古城は苛立っていた。

 

「ああ、実はオシアナス・グレイヴを乗っ取られてしまってね。命からがら逃げて来たのさ」

 

「乗っ取られた!?」

 

ヴァトラーがここに居る理由を聞いて古城は驚きの声を上げる。

 

しかし祐樹と那月だけは、ヴァトラーのその言葉の真意を理解する。

 

「おいクソヘビ、お前そこまで行くと怒りを通り越して尊敬するぞ」

 

「だな。奴の実力ならテロリスト共に後れを取ることは無い筈だ。つまり…」

 

ヴァトラーはの乗っ取られたというのは嘘。

恐らく黒死皇派を船に忍ばせていたか、乗っ取られたのは本当だがそれを敢えて放置してそのままにしていたと祐樹達は辺りを付ける。

実際、彼らの読みは殆ど当たっていた。

 

が、ヴァトラーはもとより隠すつもりが有るのか無いのか逆に堂々としていた。

 

「そんなに熱い視線を向けないでくれよユウキ興奮するじゃないか。

空隙の魔女は遠慮願うけどね。あそうそう、実は逃げている途中でこんなのを拾ったんだけど」

 

ヴァトラーは今思い出したといった風に足元に倒れていたらしい人物の服の襟を持ち上げ乱暴に祐樹達の方に投げ捨てた。

 

その人物を古城は慌てて受け止めその人物の顔を確認する。

 

「や、矢瀬!?」

 

「落ち着け古城、気を失っているだけだ」

 

「おや?もしかして君たちの知り合いだった?」

 

「テメェッ…!」

 

「本気で殺してやろうかクソヘビ…!」

 

祐樹と古城はこんな事態を引き起こしただけでなく、矢瀬をこんな目に合わせたのに悪びれもしないヴァトラーに対して隠しきれない殺気を放つ。

特に祐樹に関しては間接的にとはいえ彼の所為でアスタルテを害され雪菜たちまで攫われたのだ、怒りを抑えるのも限界が近かった。

 

「いいねぇ、その殺気。今の君たちなら最高の死闘がやれそうだ」

 

 

ヴァトラーはそんな2人の様子に獰猛な笑みを浮かべ魔力を帯び彼らの間では今にも戦闘が始まりそうな様子だった。

 

「ま、待って!こんなところで貴方たちが戦ったらこの島もただじゃ済まないわよ!」

 

「そうだ馬鹿者ども、落ち着け」

 

そんな彼ら、というより祐樹と古城を那月と紗耶華が止めた。

彼らが戦えば、まず間違いなくこの島は沈んでしまうだろう。

 

「…悪い、頭に血が上ってた」

 

「俺の方も、わりぃ」

 

「おやおや、折角楽しめそうだったのに余計な事をしてくれるね」

 

「あ、アルデアル公。流石に今回の事はやり過ぎどころの話ではありません!」

 

「それに貴様の事など知った事か。これ以上私の伴侶に要らん事を言うのは止めてもらおうか」

 

紗耶華は険しい目つきでヴァトラーを睨み、那月はそれを超える殺気を放ちながら彼を睨みつける。

そんな2人の視線をヴァトラーはどこ吹く風と言うふうに気にしなかった。

 

「ま、安心してくれ。ナラクヴェーラはボクが責任を持って始末するよ」

 

「ふざけんな!

ふざけんな!お前最初からそれが目的だったろ!」

 

 

古城はヴァトラーの狙いに気付いてたまらず声を荒げる。

 

すると、そんな彼の携帯に電話がかかって来る。

 

「んだよこんな時に!・・・って浅葱!?」

 

古城はスマホの画面を確認すると、電話の相手はなんと今ガルドシュに捕まっている筈の浅葱からだった。

 

彼は慌ててその電話に出る。

 

「もしもし浅葱!?無事なのか!」

 

 

『私です、先輩』

 

「姫柊!?」

 

「雪菜!?ねえ無事なの雪菜!」

 

古城の口から聞こえた名前に紗耶華は古城が耳に当てている電話に自分の耳を近づける。

 

『紗耶華さんもそこに居るんですね。なら丁度良かったです』

 

雪菜は古城に自分達は無事である事、そして今のナラクヴェーラは制御不能で今浅葱がそれを制御するためのコマンドを解析しているという事。

そしてそれさえ出来れば今の無秩序な破壊は止まるから古城達にナラクヴェーラを足止めしておいて欲しいという事を伝えた。

途中で何故か紗耶華だけ外され古城にだけ何か言っていたそうだがやるべきことは分かった。

 

「分かった。ナラクヴェーラの足止めは任せろ。お前も気を付けろよ」

 

『はい、先輩もお気をつけて』

 

古城は雪菜の要件を聞き入れると通話を終了する。

 

「てことで祐樹、どうやら俺たちは浅葱が制御コマンドを解読し終わるまであいつ等の足止めらしい」

 

「制御コマンドを?

…まあ今の現状だとそれしかなさそうだな。分かった」

 

「ちょっと、他人の得物を横取りしようだなんて礼儀知らずじゃないかな?幾らユウキでもこればかりは…」

 

「黙ってろヴァトラー!それなら人様の縄張りで好き勝手にしているお前こそ、礼儀知らずだろうが!

俺と祐樹がくたばるまでお前は引っ込んでろ!」

 

まだ引き下がろうとしないヴァトラーに流石に痺れを切らし古城は彼に向って思いっきり叫ぶ様に言う。

 

それにヴァトラーも思う所はあったのか考える仕草をしていた。

 

「ふぅむ、そう言われると返す言葉も無いか」

 

古城の言葉にヴァトラーはアッサリと引き下がる。

 

 

 

 

「よし、じゃあ行くか。

っとその前に」

 

祐樹はいざ行動を起こそうとする前に、増設人工島と絃神島を連結させるアンカーの方を見て手を翳す。

 

すると、彼の手から赤い光が煌めく。

 

「”フレイムフィールド”」

 

祐樹がそう口にすると、島同士を連結しているアンカーだけでなく増設人工島周囲に囲い込む様に赤い炎が発生する。

 

「お、おい祐樹何やって」

 

「安心しろ。ただ島への被害を気にしなくていい様にしただけだ。

それより、早くナラクヴェーラを止めるぞ」

 

「お、おう…」

 

祐樹達は準備を完了すると、ナラクヴェーラに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅶ

 

祐樹はイグドラシルの剣を顕現させ古城達と共にナラクヴェーラへと攻撃を開始した。

 

だがナラクヴェーラは祐樹達の接近を察知し赤いレーザーを放つ。

 

「危ねっ!」

 

「ちっ!」

 

そんなナラクヴェーラの攻撃を裕樹と紗矢華は左右に飛ぶ事で躱し、古城は攻撃が当たる前にスライディングしてナラクヴェーラの下に滑り込む形で見事に躱した。

 

しかしナラクヴェーラは一番近くにいた古城の方へ向き直り再びレーザーによる攻撃を行おうとしていた。

 

「やべっ!」

 

それを見て古城は慌てて立ち上がろうとするが、それよりも早く今にもレーザーが発射されそうになっていた。

 

「くっ、ガブノハシ!」

 

祐樹はそれを見て素早く新たな眷獣を呼び出す。

緑のシンボルが弾け現れたのは、黄緑色の植物の様な部分がある人型に近いどこか眷獣を出現させそのままナラクヴェーラに体当たりを仕掛けさせた。

 

しかしナラクヴェーラはそんな不安定な体制でも標的である古城目掛けてえそのままレーザーを発射した。

 

 

 

 

その攻撃を避けられないと判断した古城は咄嗟に腕でガードの体制に入る。

が、間一髪のところで紗耶華が彼の前に立ち手に持つその剣でレーザーを迎え撃ち、剣の刃に触れたレーザーはそのまま受け流された。

 

「煌坂っ」

 

「私の持つ”煌華麟(こうかりん)”の能力は2つ。1つは一つは物理攻撃の無効化よ。感謝なさい暁古城、私が居なかったら貴方今頃死んでたわよ。

煌華麟が斬り裂くのは物質ではなく、物資を支える空間同士の連結。

どんな攻撃も、空間切断による断層を越えることはできない....だからこの剣が薙いだ空間は、一瞬だけ絶対無敵の障壁となるの。

そして....」

 

紗耶華はそこまで言うと、ガブノハシによって倒され今まさに起き上がろうとしていたナラクヴェーラに攻撃を開始する。

 

 

「あらゆる攻撃を防ぐ障壁は、この世で最も堅牢な刃となる!」

 

彼女は素早い動きでナラクヴェーラに近づき右足部分を切断する。

 

そして、そのままナラクヴェーラの頭部に跳躍し剣を上段で振りかぶり振り下ろす。

 

 

 

しかし、その刃が届くことは無くそれはナラクヴェーラの頭部に到達する前に結界の様な物に阻まれた。

 

「なっ!?」

 

自分の攻撃が防がれた事に驚愕する紗耶華はもう一度刃を振り下ろす。

だが結果は同じでその攻撃はナラクヴェーラに到達する前に止まってしまう。

 

 

「くっ、舞威姫!離れろ!」

 

祐樹はガブノハシに再びナラクヴェーラを攻撃させ、その間に紗耶華はナラクヴェーラから降りて祐樹達の元に戻る。

 

 

 

「今のって…」

 

「恐らく斥力場の結界だな。あの野郎、俺たちの攻撃を学習してやがる。

多分だが、例え真祖クラスの攻撃でも一撃で沈めないと同じ事の繰り返しだ」

 

「マジかよ…」

 

つまりナラクヴェーラを倒す方法は機能停止させるか、祐樹の言う通り一撃で破壊するしかないという事だ。

だが、相手は神々の兵器と呼ばれ黒死皇派が対第一真祖の切り札として用意したものだ。破壊するのは容易な事では無いだろう。

祐樹がイグドラシルを呼び出せば良いのだが、仮に倒せたとしても黒死皇派がナラクヴェーラを1体だけ保有しているとは限らない。最悪の場合、イグドラシルにも対策してくる可能性もあった。

 

 

そんな考察をしていると、突然ナラクヴェーラがブースターを噴射して上に上昇し始めた。

 

「と、飛んだ!?まさか…」

 

「このまま島に渡ろうってのか!」

 

 

祐樹が増設人工島周囲に巡らせたフレイムフィールドは、あくまで地上に対して有効なものだ。

空中を飛行してくる相手に対しては無力と言っていいだろう。

 

「させるか、叩き落とせ!獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

「待て!古城くん!」

 

祐樹が止める間もなく、古城は自ら使役し唯一制御が可能な稲妻を纏った獅子を顕現させそのまま飛び上がろうとしたナラクヴェーラを攻撃させる。

 

 

 

 

しかし、その攻撃によってナラクヴェーラは島の地面に叩きつけられそのまま地面を破壊し地下へと落ちていった。

そしてその亀裂は古城達の足元にまで及び崩れていく。

 

 

「やばっ」

 

「祐樹!」

 

地面の崩落に巻き込まれそうになった祐樹達だったが、那月が祐樹だけでもと空間転移で駆けつけて直ぐに安全な箇所まで移動する。

 

だが、その際に古城と紗耶華だけは間に合わずそのままナラクヴェーラと一緒に地下へと落ちて行ってしまう。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「バカ         !!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危ねぇ…」

 

「ちっ、暁め加減を知らんのか」

 

崩落した島の地面を眺めて、間一髪それから逃れた祐樹達はその惨状を見て祐樹は唖然とし那月は悪態をつく。

 

「しかし、古城くん達大丈夫か?随分と深く落ちたみたいだけど…」

 

「暁は曲がりなりにも真祖だ、たかがこの程度で死にはしないだろう。舞威姫もな。

それより、問題はアッチだ」

 

那月はナラクヴェーラと古城達が落ちた地面から少し離れた海の上にあるヴァトラーの船、オシアナス・グレイヴを見る。

 

「ナラクヴェーラが今の1体で終わりとは思えん。

本来なら直ぐに船ごと沈めても構わんが、向こうには藍羽たちも居るからな」

 

「迂闊に手は出せない、か。空間転移で向かえないのか?」

 

「既に試してはみたが、私を警戒してか船には空間転移に対する結界が張られていた。それをどうにかしない限りは空を飛んで行くしかないが、それでは奴らの用意した他のナラクヴェーラに撃ち落とされかねんからな」

 

「やっぱり、浅葱ちゃんが制御コマンドを解析し終わるまで待つしかないか」

 

幸いな事に、今のところナラクヴェーラが追加で投入される様子は無いが迂闊に手を出せないのも事実だ。

 

「祐樹、仮に他にナラクヴェーラが来たらイグドラシルとソフィアで殲滅は可能か?」

 

「いや、実はソフィアはアスタルテの警護として学園に居てもらってる。

イグドラシルで倒せない事は無いが、何せ向こうは学習能力持ちだ。万が一にも1体が受けたダメージを学習して他の個体にも共有されたら、手の打ちようが無い」

 

そう、最悪の展開は此方の攻撃を全て学習されて手も足も出なくなる事だった。

そうなった場合、幾ら祐樹や古城の持つ眷獣でも太刀打ちできなくなってしまう。

 

「…そうか」

 

「那月?」

 

そんな状況で、何やら那月の方は考える仕草をしていた。

彼女の様子に祐樹が訝しんでいると、何か思いついたのか那月は祐樹に問いかける。

 

「祐樹、封印している六の皇の中で奴らを問答無用で破壊出来る奴が居たな」

 

「青の事か?けどアイツだとこの島を沈めちまう可能性がある。

他に可能性があるとしたら緑だが…まさか」

 

「そういう事だ。随分短期間での開放になるが、奴らの封印を1体解くぞ」

 

那月は祐樹にそう提案してきた。

実は祐樹の眷獣の中には、ナラクヴェーラを直接倒すのではなく一気に動きを止める事が出来る者が1体存在する。

一応確実に倒せる存在は居るが、それを開放してしまうと増設人工島は跡形もなく破壊されてしまう可能性があった。

 

だからそれ以外で可能性のある緑を開放する事にしたのだ。

 

「そ、それは別に構わないけどよ。…流石にこんな場所で堂々と吸血する程見境なくは無いぞ?」

 

「そこは安心しろ。周囲の避難が完了したのが幸いし、今周囲の建物には人は居ない。その中の1つを借りるぞ」

 

「おい、それって不法侵入になるんんじゃ…」

 

「非常事態だ、こういう時は目を瞑れ。

それより時間が惜しい、飛ぶぞ」

 

「あ、おいっ」

 

祐樹が止める間もなく、彼と那月は近くの建物へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2人は、どこかの建物の更衣室に転移していた。

 

「さあ、早く済ませるぞ」

 

「いやいやいやちょっと待て!俺はまだ心の準備が…」

 

「そんな事を言っている場合か、このままでは手遅れになる可能性があるぞ。

それにこの前はお前から求めて来ただろ」

 

「そうだけど!色々な意味でそうなんですが!」

 

流石の状況に祐樹は動揺していた。そもそも前回のは色々な状況が重なり勢いで行ったのも関係しているので、改めてこの状態で冷静に促されると戸惑ってしまう祐樹であった。

だが、那月の言う様にいつまでも黒死皇派が大人しくしているとは限らない為、一刻の猶予も無いのだ。

 

「それとも、お前は一方的にやっておいて私の誘いでは吸えないというのか?」

 

「いや、それは…」

 

「それに、私はお前に吸われるのは…嫌ではないからな」

 

「那月…」

 

彼女が頬を染めながらそう言う様子に、祐樹は普段の彼女からは考えられない新鮮な反応に胸の高鳴りを感じていた。

そして今のこの状況は、彼の吸血衝動を引き起こすのに十分すぎた。

それを理解した祐樹は、もう覚悟を決め一呼吸置く。

 

「…分かったよ、那月」

 

「あっ…」

 

祐樹は彼女に歩み寄ると抱きしめ彼女が来ている黒いゴスロリドレスの襟部分をずらして彼女の首筋の素肌を露出させる。

 

そして、祐樹の瞳も赤くなり犬歯が鋭く尖る。そして彼は、その牙を那月の柔肌へと突き立てた。

 

「う…はぁ…」

 

首筋に感じる感触に思わず声を上げてしまう那月。

そんな彼女に構わず、祐樹は彼女から霊力を吸い上げる。

 

「あ…あぁ…」

 

今回は抱きしめられている為抱き返す事は出来ないが、それでも那月は彼を受け入れ続けた。

そして、また新たに1体、皇が開放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅷ

 

那月の霊力を吸い終わった祐樹は、彼女と共に空間転移で元の現場へと戻っていた。

 

幸いな事に、まだ他のナラクヴェーラは出てきていなかったが古城達もまだ上がって来ては居なかった。

 

「今のところ、現状に変化なしか。

ナラクヴェーラも今のところ追加は無いけど…」

 

「ん?」

 

祐樹がこれからどうしたものかと考察していると、那月が未だに動きを見せないオシアナス・グレイヴから何か感じ取ったのかそちらの方を見る。

 

「どうした?」

 

「いや、どうやら船に張られていた結界が消えた様だ。今なら空間転移で乗り込める」

 

「何?」

 

彼女に言われて祐樹もソフィアの力を使って船を見る。

確かに、先程まで船を覆っていた魔力の反応が消失していた。

 

元々あった結界を消失させることができる物があるとすれば。

 

「姫柊さんの雪霞狼か。でも、どうして」

 

「理由は後だ、私は直ぐに飛ぶ。ここは任せたぞ」

 

 

那月はそれを確認した後直ぐにオシアナス・グレイヴに空間転移で移動した。

 

 

それを見届けた祐樹は、一人取り残された事で今のところは見張りしかやる事が無くなってしまった。

 

「さてと、任されたは良いがこれからどうするか…」

 

今のところ動きが無いだけに迂闊にたった今開放した眷獣の使いどころが見つからない状態だ。

そんな状態でまさか無意味に眷獣を出すわけにもいかない。

 

 

 

 

そう考えていると、海の方からナラクヴェーラが海水に濡れながら飛び上がり浮上してきた。

 

「ナラクヴェーラ!?

(どうして海から……って、古城くんに落とされた個体か。サブフロート地下の壁を破壊して海に出やがったのか)」

 

そうやって考察している間にもナラクヴェーラはサブフロートに上陸し、丁度目の前に立っていた祐樹に対して攻撃の構えを見せる。

 

「おっとやる気か(学習されるのは厄介だが、このまま放置するわけにもいかないしな)」

 

このまま戦闘を避けてもナラクヴェーラは無秩序な破壊をもたらす危険がある。

だから、学習されて後々戦いにくくはなるがイグドラシルを召喚して目の前のナラクヴェーラを倒す事を選択した。

 

 

 

だが、それは背後から吹き荒れる魔力によって中断せざるを得なくなった。

 

「!?」

 

祐樹はそれを察知しナラクヴェーラとその魔力に挟まれる前にその場を立ち退く。

すると、古城達が落ちた穴の地点から途轍もない魔力の塊、第四真祖の新たな眷獣が姿を現した。

 

それは緋色の鬣をした巨大な双角獣(バイコーン)だった。

 

「アレは…」

 

突如として現れたその眷獣に唖然としていると、丁度その眷獣が出て来た地点から2人の人影を見つけた。

それは、先ほど落ちた古城と何故か古城のパーカーを羽織っている紗耶華だった。

 

 

それを確認すると祐樹は直ぐに古城達の元へと駆け寄った。

 

「古城くん!舞威姫!無事か!」

 

「祐樹!」

 

古城達も駆けつけて来た祐樹に気が付きすぐさま合流を完了する。

 

「無事だったか」

 

「ああ、そっちもな」

 

「”そっちもな”って言ってる場合!?アンタ加減ってものを考えなさいよ!

私の煌華麟で障壁を張ってなかったら今頃私たち生き埋めだったんですけど!」

 

「しょ、しょうがねえだろ。初めて召喚する奴だったし。

それに俺は道を塞いでいる瓦礫をどうにかしてもらえればそれで良かったんだよ…」

 

どうやら、召喚したは良いが制御はまだまだの様だ。

 

そんな事をしている間に、ナラクヴェーラはこちらに向けて攻撃を放とうとしていた。

 

「おい、漫才やってる場合じゃないみたいだよ」

 

「分かってる!

疾く在れ(きやがれ)”!9番目の眷獣、双角の深緋(アルナスル・ミ二ウム)!」

 

攻撃しようとしてきたナラクヴェーラに向かい古城は眷獣に命令を下す。

命令された眷獣は咆哮を上げ、衝撃の弾丸を打ちはなった。

 

その弾丸は、ナラクヴェーラに直撃すると装甲を砕き足をへし折った。

そしてナラクヴェーラはその機体をボロボロにしながら地面へと叩きつけられ動きを止めた。

 

「やべっ、中の操縦者は…死んだか?」

 

「獣人の生命力なら大丈夫よ、しばらく身動きは出来ないでしょうけどね。

それより、アッチの5機を!操縦者が乗り込む前に!」

 

「お、おう…」

 

紗耶華が指さした方向にはまだ動いていないナラクヴェーラ達がオシアナス・グレイヴから運び出されている様子だった。

あの数が起動したら、厄介な事になるのは目に見えていた。

 

そして古城は眷獣に新たな命令を下そうとする。

 

 

 

 

が、そんな眷獣目掛けて円盤状の何かが飛来してきて直撃。

直撃した物体は爆発を引き起こして古城の眷獣は退いてしまう。

 

チャクラムと呼ばれる物に似たその爆弾は、眷獣だけでなくその後ろに見える街の方にまで向かって行った。

 

「くっ、”ブリザードウォール”!」

 

それを見た祐樹は悪態を突きながら白の世界の魔術を発動した。

 

発動されたそれは、島の前に吹雪の防壁を発生させその壁に迫った爆弾はそれに阻まれ空中で爆発していく。

 

「何だよ今のは…ッ!」

 

攻撃が飛んできた方向を見るとそこには、他のナラクヴェーラより明らかに大型の個体が居た。

巨大な体で足は8本はあるだろう。

三つの頭、そして女王アリのように膨らんだ胴体を持った個体だ。

 

恐らくアレがナラクヴェーラの親玉。女王ナラクヴェーラだろう。

 

「とうとう本丸のお出ましか。

古城くん、お前は逃げろ。って、言ったところで聞く訳ないか」

 

「ああ勿論だ。

どいつもこいつも好き勝手しやがって、いい加減こっちは頭に来てんだよ!」

 

古城はナラクヴェーラ達を睨みつけ、第四真祖としての血を滾らせる。

 

「相手が古代兵器だろうが戦王領域のテロリストだか知った事か!

此処から先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

 

魔力を発しナラクヴェーラ達へと視線を向ける古城の両隣りに祐樹と紗耶華は並び立つ。

 

 

そして、どこから現れたのかいつの間にか駆けつけていたとある人物も古城の前に降り立った。

 

 

「いいえ先輩。私たちの聖戦(ケンカ)です」

 

降り立った少女、雪菜はどこか拗ねた様に雪霞狼を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、姫柊…どうしてここに?」

 

「監視役ですから。私が、先輩の」

 

何故か”私”と”先輩”の部分を強調してきた雪菜に少したじろいでいると、祐樹のスマホに電話がかかって来た。

 

「誰だ?」

 

祐樹は事態が事態なので相手の名前を確認せずにそのまま通話に出る。

 

「はい、もしもし」

 

『祐樹か。私だ』

 

「那月?どうしてんだ?」

 

『今そこに姫柊雪菜が向かったから察しているだろうとは思うが、藍羽と暁妹の方も救出を完了した。

2人共無事だ。後はそこにある骨董品をまとめてスクラップにしてやるだけだ』

 

「本当か!?2人の容態はどうなっている?」

 

那月からの電話の内容に表情を明るくする祐樹だったが、直ぐに2人の容態を確認する。

 

『案ずるな、2人とも気絶しているだけで怪我などは負っていない。

それより、これ以上戦闘が長引けばサブフロートが持たん。さっさと終わらせろ』

 

「了解だ」

 

通話を終えて、古城達に大まかな説明を行う。

 

「那月から電話で、凪沙ちゃん達は無事みたいだ。

後はアイツ等を叩き潰せば終わる」

 

「本当か!?良かった…。

ならコッチも遠慮なくぶっ放すぜ。”獅子の黄金”!」

 

古城は凪沙たちの無事に安堵すると、直ぐに稲妻の獅子を召喚して女王ナラクヴェーラへと突貫させる。

 

だが、その攻撃は女王に直撃こそしたがその表面を雷撃で少し焦がしただけに留まった。

 

「なっ!? 効いてねぇのかよ!」

 

『その獅子の黄金の攻撃は君達が戦っていたナラクヴェーラを通して既に学習済みだ。

もう通用しないのだよ、第四真祖!』

 

女王の機体からはガルドシュらしき男の声が聞こえてきた。

 

「マジかよ....! そんなもん、どうやって倒すんだよ!」

 

「大丈夫ですよ先輩。方法ならあります」

 

雪菜はそう言うと、制服のポケットからスマホを取り出して見せる。

 

「この中に、藍羽先輩が作ったナラクヴェーラの自己修復を利用して強制停止させるコマンドがあります。

その音声をあの女王ナラクヴェーラに流せれば、恐らく他のナラクヴェーラ共々動きを止める事が出来ます」

 

「マジか!」

 

「はい。ですけど、問題はあの数のナラクヴェーラを相手にどうやって女王まで近づくかですが…」

 

雪菜たちの目の前には、女王を除いて5機のナラクヴェーラが既に操縦者も乗り動き始めていた。

そんな小型機たちの攻撃を潜り抜け女王にコマンド音声を聞かせるのは、並大抵の手段では突破は不可能だった。

 

 

何か、少しの間ナラクヴェーラの動きを止めることが出来れば。

 

 

 

 

 

「なら、俺が動きを止める。

古城くん達は、その間にあのデカ物を叩け」

 

「祐樹!?い、いやでも。幾らお前でもあの数を相手に…」

 

「安心しろ、この状況にピッタリな奴が1体居る。足止め程度は軽くこなしてやるよ」

 

古城達を安心させるように笑いかけた後、祐樹は自身の胸に手を置く。

そして、いつかのイグドラシルの時と同じように胸の辺りから緑のシンボルが現れる。

 

 

「コアの光主、工藤祐樹が命じる。

緑の世界の皇よ、今こそその姿を現し力を振るえ」

 

その詠唱の後に、緑のシンボルはまるで内側から無数の剣に切り裂かれる様にヒビが入り内側からは無数の剣が出現し弾ける。

 

そして目の前に緑の嵐が吹き荒れその中心には、ナラクヴェーラ達を睨む獣の影が見えた。

それが、緑の世界の皇。イグドラシルと同じ六の皇の1体だった。

 

 

 

「剣舞え!白き牙を剥け!

剣皇獣ビャクガロウ!」

 

その呼び声と共に、荒しを吹き飛ばし現れたのは一本の刀を咥えた白い虎だった。

その虎は、体に紫の着物を羽織っており六本の尻尾には種類は違えど無数の刃が握られている。

 

 

 

これが、コアの光主の従える六の皇の1体。

緑の世界の皇、剣皇獣ビャクガロウの全容だった。

 

そしてその獣は、自らの存在を示すかの様に空へ向けて雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦王の使者編Ⅸ

 

女王ナラクヴェーラを止める為に召喚んした祐樹の新たな眷獣”剣皇獣ビャクガロウ”の登場に、古城達は驚愕を露わにする。

 

「こ、これはっ!」

 

「コアの光主の新たな眷獣!?」

 

「け、けど。それであの数のナラクヴェーラをどうやって…」

 

「まあ見てろ。ビャクガロウ、早速働いてもらうぞ」

 

祐樹はビャクガロウに呼びかける。

するとビャクガロウは、久々に呼び出されて直接目にする主人の方は視線だけ向けてきた。

 

『主よ、我を呼んでくれた事。感謝する』

 

「久しぶりに出てきて話したい事は有るだろうが、今は目の前の奴らに集中だ」

 

彼のその言葉に従い再びナラクヴェーラを睨み付ける。

その瞳には、一切の油断など無い正しく王の目だった。

 

『ナラクヴェーラ…高々骨董品の分際で神々の兵器を名乗るとは、随分と大きく出たものだな』

 

「お前にとっては骨董品程度でも、俺たちにとっちゃ面倒な代物だからな」

 

複数体のナラクヴェーラに乗り込んでいた操縦者たちはビャクガロウの出現に驚いたのか一瞬動きが鈍る素振りを見せるが、直ぐに持ち直して頭部からレーザーを放つべく光を灯らせる。

 

 

だが、そんな僅かな隙さえもこの獣は見逃さない。

 

『ふんっ、遅い!』

 

ビャクガロウは剣を握るその尾をまるで拘束で回る風車の様に回転させ始める。

 

すると、ビャクガロウを中心に緑の暴風が吹き荒れ始める。その風は目の前の複数の小型、そして女王ナラクヴェーラを包み込む。

そしてその風に包まれたナラクヴェーラ達は、まるで体に何か重石でも積み上げられたかのように地面に倒れ伏す。

 

それは女王であっても例外ではない。

 

『ぬぉっ⁉な、何だこれは!』

 

『たっ隊長!ナラクヴェーラの出力が落ちています!』

 

『これではまともに動けません!』

 

『何だと⁉』

 

 

 

 

 

 

「な、何が起こってんだ?」

 

「アレは一体…」

 

「モタモタしない。さっさと奴らを叩くぞ!」

 

突然の目の前の敵の変化についていけない古城達に呼びかけ、祐樹は一人真っ直ぐに女王ナラクヴェーラへと向かって行く。

 

「あっ祐樹!ったくはいはい!」

 

色々と聞きたい事はあったが、祐樹の言う通りなので、古城達はその後に続く。

 

 

 

 

 

しかし動きが止まったといっても、周りのナラクヴェーラからは威力が多少下がったレーザーが飛んでくる。

 

 

「うぉっ⁉おい攻撃止まってねえぞ!」

 

「贅沢言うな!アイツの”暴風”最大出力でやったら周りが大惨事だっつうの!」

 

「先輩方!今はそれどころじゃありません!」

 

「そうよ!それにさっきよりレーザーの軌道に正確性が無いわ!攻めるなら今が絶好のチャンス!」

 

彼らはそれぞれ、剣で攻撃事態を凍らせ、槍と剣で攻撃を薙ぎ払い、持前の身体能力で躱しながら女王の元へと全速力で走る。

 

しかしその時、女王からの攻撃も加わり始めた。

 

「ッ!あんにゃろッ…テメェは大人しく」

 

流石に女王からの攻撃も加わったら面倒と判断した古城は、獅子の黄金を呼び出して女王目掛けて突貫させる。

 

だが、ナラクヴェーラの自己学習機能による耐性の所為でその攻撃は当たりはしたものの、大したダメージは入れられない。

 

『効かんと言って「してやがれ!」ッなぁ⁉』

 

攻撃を防いだと安堵したのもつかの間、今度は獅子の黄金の後から続いてきた双角の深緋が突貫してくる。

2体の眷獣の攻撃はまるで螺旋を描くように混ざり合い、複合された攻撃は女王ナラクヴェーラの装甲に大ダメージを与えた。

 

確かにナラクヴェーラの恐るべき能力はその自己学習により一度受けた攻撃はほぼ効かなくなる事だろう。

しかし。

 

「(流石に2体の眷獣の同時攻撃までは学習してねえだろ!)祐樹!」

 

「上出来だ、古城くん!」

 

女王の攻撃が止まったタイミングで、祐樹は白のシンボルを出現させる。

 

「イグドラシル!周りの邪魔な奴らを凍らせろ!」

 

シンボルが弾けた中からは、鉄騎皇イグドラシルが吹雪を伴って現れる。

 

『了解した、我が主よ!』

 

イグドラシルは主の命令に従い、その赤い瞳を光らせ周囲のナラクヴェーラの周りを吹雪で覆いつくす。

すると、ナラクヴェーラ達は足元から一気に凍っていき、最終的には中の操縦者諸共凍りの塊の中へと閉じ込めてしまった。

 

 

これで暫くは、他のナラクヴェーラも動けない。

 

 

「よし!後は「先輩!アレは!」ッ!」

 

周囲のナラクヴェーラが動けない事を確認した古城は一瞬安堵しかけるが、雪菜の呼びかけによって彼女が指さした方角。つまりは女王ナラクヴェーラの頭部を指さす。

 

そこにあるコックピットからは、ガルドシュがコンバットナイフを片手に飛び降りて来た。

 

「ハハハハハッ!戦争は楽しいなぁ!剣巫!」

 

「ッ、守るべき国も!守るべき民も居ない貴方にっ、戦争を語る資格はありません!」

 

「ほざけぇっ!」

 

ガルドシュはオシアナスグレイブでの戦闘でどうやら雪菜に片腕を切り落とされたらしいが、それでも長年の戦闘経験ゆえか動きには衰えが見えない。

 

古城達は攻撃を仕掛けて来たガルドシュから一旦距離を取り、ナイフの一撃が空ぶったガルドシュは直ぐに標的を雪菜に絞り攻撃してきた。

 

「くっ!」

 

「ハハァッ!どうした!」

 

槍とナイフではリーチに差があるが、それでも攻撃の素早さという点においてはナイフに分がある。

それに咄嗟の回避によって懐に潜られてしまったので、彼女は回避に精一杯になってしまっている。

 

 

 

だが、その状況が続くのは彼女が1人だった場合の話だ。

 

「ぐぁっ⁉」

 

「!」

 

攻撃を繰り出していたガルドシュの攻撃が突然止まったのだ。彼の足をよく見てみると、片足の膝裏に一本の矢が突き刺さっている。

 

 

「アンタ、私の雪菜に何してくれてんのよ!」

 

矢を放った人物の正体は紗耶華だった。よく見ると彼女の持っていた剣が弓の形に変形しておりそれを使って矢を放っていたのだ。

 

「そういえばお前…学園でホムンクルスの女の子撃ったろ」

 

「?」

 

片足をやられまともに動けないガルドシュの前に飛び出し剣を左手に持ち替え、右手に氷を纏わせる。

その時の彼の顔に表情は無かった。だが、その瞳には静かな怒りが現れていた。

 

「ッ!」

 

「テメェ、俺の眷属に何してくれてんだコラァ!」

 

彼の怒りと魔力を乗せた氷の拳は助走を付けた事と、吸血鬼特有の腕力なども合わさりガルドシュの頭部に直撃した。

 

「グォハァッ!」

 

ガルドシュは生体障壁を張る暇も無く、頭部にその拳をモロに喰らった。

獣人なので死にはしないとはいえ、魔力も籠った拳によって脳震盪を起こしその場に倒れる。

 

 

 

 

その間に、雪菜は動かなくなりガルドシュが出てきた事によって開いたナラクヴェーラのコックピットに降り立ち、浅葱のスマホを取り出す。

 

「ぶち壊れてくださいナラクヴェーラ!」

 

彼女はそのスマホの中に組み込まれたナラクヴェーラの強制停止のコマンドを起動。

そしてそれをコックピット内に投げ出して彼女は直ぐ様そこから離脱する。

 

 

 

 

すると、コマンドが起動すると同時に女王ナラクヴェーラは完全に活動を停止して、周りの凍り付けになった個体も頭部からは光が無くなり完全に停止していた。

 

「と、止まった?」

 

「どうやら…そうみたい」

 

 

 

「先輩、紗矢華さん、お疲れ様でした」

 

戦闘が終わったと思い警戒を解く古城達の元に、雪菜も槍を片手に駆け寄ってくる。

 

「雪菜!」

 

「姫柊、終わったのか?」

 

「はい、藍羽先輩が急いで作り上げてくれたコマンドのお陰で何とかなりました。さて」

 

お互いの無事が確認出来たところで、雪菜は地面に倒れて獣人化も解かれた状態のガルドシュを見下ろす。

 

「彼の身柄を早く拘束しなくては」

 

 

「あぁ、それならこっちでやっとくよ」

 

ガルドシュを拘束しなようとしたところに裕樹が彼の隣に立ち、いつの間に持ってきたのか魔族としての力を封じる拘束具を彼の両手と首に装着させた。

 

「工藤さん…」

 

「言っとくけどコイツら全員の身柄は俺たちが確保する。

それに、コイツには俺の眷属を撃った礼をしなくちゃいけなくてね。この場は譲ってもらうよ」

 

「……はい、わかりました」

 

雪菜は学園の保健室でアスタルテが撃たれた状況を見ていたので、彼の怒りが理解でき引き下がる。

そして紗矢華自身も思うところがあったらしくて口を出さなかった。

 

「あーそれから古城くん、また血を吸ったみたいだねぇ。

姫柊さんへの言い訳、考えといた方が良いよ」

 

「ちょっ⁉︎何で今それ言った⁉︎」

 

 

 

「そうでした先輩。紗矢華さんの血を吸ったんでしたね」

 

「ま、待て姫柊!これには深い訳が…」

 

「そ、そそそそうよ雪菜!これは不可抗力的な何かがあって…」

 

 

 

「それじゃ、俺はこれで。

君たちも特区警備隊に捕まらないうちに、早く立ち去った方が良いよ〜」

 

そんな爆弾を投下した裕樹は、古城達に一応忠告だけしておいてガルドシュを特区警備隊に引き渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

あの後裕樹は、ガルドシュに“色々とお礼“をした後に彼を公社へ引き渡した後は獅子王機関への今回の騒動での学園への損害賠償請求。

更にはその後に今回の事件で大した怪我は負ってないが検査入院という事で少しの間病院に居る事になった浅葱や凪沙へのお見舞いをしてきて帰ってきたところだ。

 

「あれ?那月は?」

 

「教官は今回の事件の後処理などの業務で帰宅は少々遅くなる可能性があります」

 

「あぁ、確かに今回の事で学園にも色々被害が出たから仕方ないか」

 

今回の騒動で、学園だけだなく特区警備隊側にもかなりの被害が出た上に生徒にも軽傷ではあるが怪我人が出て、しかもその生徒の内3人が誘拐されたとあっては保護者の方にも対応する必要が出てくる。

 

裕樹は正体が正体なので、あまりこう言う事には向かないのだ。

 

「それからご主人様、今回は私の為に治療を施してくださりありがとうございます」

 

「別に気にするな。それに、お前が無事で良かったよ」

 

 

アスタルテは今回の事件で重症を負ったが裕樹の中にいるソフィアの力によって完全に傷が癒えた。

彼女の様子や魔力の安定性などを実際に見て裕樹は本当に問題は無いのだろうと安堵の表情を浮かべる。

 

「どうだ?一応ちゃんと治療は出来てるとは思うが、どこか痛かったり違和感があったりはするか?」

 

「いえ、私の体の臓器にも骨にも異常は認められませんでした。

体の表面に痣なども見受けられませんでした」

 

「そっか。あっ、そういえば保健室では浅葱ちゃん達を守ろうとしてくれたんだろ?こっちこそありがとうな」

 

「いえ、私は結局は何も…」

 

「それでも、お前は彼女達を守ろうとしてくれた」

 

お礼を言われるとは思ってなかったのか少し戸惑いがちなアスタルテの頭に、裕樹は右手を乗せて撫でる。

 

「それだけでも、お前はあの日から十分成長してるよ。

よく頑張ったな」

 

「……」

 

頭を撫でられた事で彼女は少し顔を俯かせる。

その際に彼女の頬がほんのりと赤い事を彼は理解していたが、そこから先は見た目的にも歳の差的にもアウト的な案件になりそうなので見てみぬふりをしている。

 

「…伴侶が仕事をしている間にメイドを攻略済みか。

お前は随分と女たらしに磨きがかかった様だな」

 

「「⁉︎」」

 

そんな彼らの横に、いつの間にか恐らく空間転移を使って帰ってきたのだろう那月が呆れ顔で立っていた。

 

「なっ、那月⁉︎は、早かったんだな」

 

「ああ、ある程度の書類をさっさと処理して後はステラや肝臓に任せてきた」

 

「そ、そうなのか。ってその肝臓ってもしかしなくても剣蔵だろ」

 

「どちらでも良いだろいつもの事だ。それより、お前宛にこんな物が届いていたぞ」

 

そう言うと那月は手に持っていた一通の手紙を裕樹に渡してきた。

 

「これは……げっ…」

 

彼が手渡された手紙にはこう書かれていた。

 

 

“やぁ僕のユウキ。実はこの島に戦王領域の大使館を作る事になってね。僕がその特命全権大使に任命されたのは。

これで、多少立場の枷はあるけど君の近くに居られるよ。これからが楽しみだね“

 

そして最後に“アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー“と書いてあった。

恐らく古城という第四真祖や裕樹というコアの光主といったイレギュラーを監視する目的もあるのだろう。

 

裕樹自身は彼の眷獣の特性もあり監視されるとは考えにくいが、それでも気が重くなるのは確かだった。

そして彼は、その手紙を見た後魔力を流して一気に消滅させた。

 

「この手紙は見なかった事にしよう…」

 

「そうした方が良いだろうな」

 

「…お疲れ様です」

 

 

そしてその日、彼らはその日の疲れを癒すために早く夕食を食べて風呂も入り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで裕樹、今夜もヤルぞ」

 

「今夜⁉︎いや待て!今回はアスタルテも起きてるし色々とマズイだろ!というか息をする様にとんでもない事言うなお前!」

 

「何だそんな事を気にしてるのか。ではアスタルテ、お前も参加しろ。お前は裕樹の眷属だ主人の性欲を発散させるのもメイドの勤めだぞ」

 

「…命令受諾、ご主人様お覚悟を」

 

「アスタルテ⁉︎

待て待て待て!何でんな命令承諾してんだ!そもそもお前は完全に治ったといっても腹撃たれた後だろうが!」

 

「心配ご無用です。これはリハビリでもあるのです」

 

「んな滅茶苦茶でアカンリハビリがあってたまるか!」

 

「全く煩いなお前は、良いから大人しくしていろ」

 

那月は裕樹を逃がさないと言わんばかりに戒めの鎖を展開して彼を拘束。

そのまま寝室まで彼を連行し始める。

 

「ちょっ⁉︎こんな事に戒めの鎖使うな!

い、イグドラシル!ソフィア!ビャクガロウ!誰か助けて!」

 

『『『……』』』

 

「お前らこう言う時に限って沈黙決めてんじゃねえぞーーーーーーー!!」

 

色々と抵抗した彼だったが、あまり力を出して部屋を壊すわけにもいかなかったので、結局はそのまま連行されて行った。

 

 

先程の発言を一部訂正しよう。

正確には、食事の後に那月達は異様に歯磨きなどを徹底して行なった後に行為に及び、そしてその後に眠りに着いたのだ。

 

 

 

 

 

そしてその日の夜、夜に行われる神聖なアレを行う時に女の声が1人追加されたとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天使炎上編
天使炎上編Ⅰ


 

ある日の深夜1時ごろ。

殆どの者が寝静まったであろうその時間に、絃神島の西地区には特区警備隊が駆り出されていた。

 

その理由はこの西地区で発生した謎の魔族と思われる飛翔生物が起こした破壊活動が関係している。

ここ最近この島で夜な夜な謎の魔族と思われる正体不明の者達が暴れ回っていたのだ。

幸いな事に今のところ民間人への被害自体は確認されていないが少なくは無い数の建物が破壊されている。

 

オマケに正体不明の者達は暴れる際必ず2体で現れてはお互いに殺し合いを行っているらしい。

何故それがわかるかと言えば、騒動の後は必ずその者達の片割れが死体の状態、或いは瀕死の重傷を負った状態で発見されるからである。

 

 

「んで、今回も例に漏れず横隔膜と腎臓周辺。つまりは腔神経叢(マニプーラ・チャクラ)の箇所を喰われてた訳か」

 

 

裕樹は那月と共に西地区に出動していた特区警備隊のトレーラーの中にて運び込まれた遺体に目を通していた。

 

体つきからして女性なのは間違いないが、彼女の体にはこれまでの者達と同様に戦闘した際についたであろう複数の傷跡に食いちぎられたかの様な後が有り、その中でも特に傷の深い横隔膜と腎臓周辺を確認していた。

 

「そして例に漏れず、もう片方は姿を消している。

それで?今回も」

 

「……ああ間違いない。ソフィアの力を通して解析してみたが、これまでの奴らと同じだ。

この遺体から“天使“の力を僅かながら感じる」

 

 

今回のこの事件。何故コアの光主である裕樹が呼ばれたのか、その理由がコレである。

以前出現した個体を偶々那月に同伴していた裕樹が見た際に感じた残穢に違和感を感じたと言うので彼女の権限を駆使して今までに回収された個体を詳しく見てもらった。

 

そして今回のこの個体を見て彼が感じた違和感の正体の確信を掴んだのである。

 

「けど分からないのが、何で彼女達は天使の力なんて物を行使出来たんだ?」

 

「普通に考えればその手の類に類似した未登録魔族か、天使関連の魔法を扱う魔術師などが考えられるが…」

 

「それは無いな。今までの子達もそしてこの子も、紛う事なき人間だ。

体を色々と弄られてはいたが公社の検査結果を見てもそれは疑い用が無い」

 

「だとしたら、ただの人間が飛び回って街を破壊しながら殺し合いをしたと言う事になるな。全く、ふざけた事をする連中もいたものだ」

 

 

那月は今回の個体と今まで発見された個体の無惨な姿、そして今回の事件の異質さに僅かに眉を顰める。

 

そんな彼女の横で遺体の状態を確認し終えた裕樹も思考を巡らせる。

 

「今回の騒動に天使の力が関係してるとなると、考えられるのは天使に関する術式か何かの実験や儀式なんかが考えられるが。そもそもの問題として何で天使なのか以前に、こんな事をしでかした奴の目的が分からない。

しかも態々その天使達を殺し合わせてるんだから尚更な」

 

「蠱毒の様な共喰いでもさせて特定の個体を強化したいのか…それとも天使同士に殺し合わせる行為自体に意味があるのか…。

どちらにせよ今の状況では判断材料が少な過ぎる。せめて生きた状態で其奴らを捕獲出来れば良いのだが」

 

「…はぁ。ここ最近厄介ごとばかりが起こってないか?」

 

「全くだ」

 

2人はここ最近に起きた出来事を思い返しながら、今まで自分達が遭遇してきた厄介ごとの多さに思わず苦笑いが浮かぶ。

 

 

「何にせよ、我々は例の“仮面憑き“が次にどこに出現するのかを予測し早急に対策を練らなければならん。

お前も万が一に備えていつでも戦える様にしておけ」

 

「あれ?今回は随分積極的に事件に関わらせんのな」

 

「今までの流れでいけば、恐らくお前は確実にこの件に首を突っ込む以外に無くなるのはほぼ確実だろうからな。

それに、万が一の場合は皇達の力も必要になるやもしれん」

 

「いや俺だって好きで首突っ込んでるわけじゃ無いからな?」

 

どちらにせよ、このままトレーラーの中で話していてもこれ以上進展は無いだろうと判断した2人は那月の空間転移にてアスタルテの全くマンションへと戻ろうと準備を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば近々アルディギア王国から王者が来るって話だったけど、こんな事件が起きてる中で大丈夫なのか?」

 

「問題ないだろう。向こうの騎士団から護衛が何人も同伴して来る上にあの国の王女も中々の腹黒だ、こんな騒動があったとしても問題は無いだろう」

 

「腹黒って…」

 

「………」

 

「那月?」

 

 

 

 

「(だが、どう言うわけかアルディギアの飛行船からの連絡が途絶えてると聞く。

公社の連中が何度も連絡しても通信が繋がらないと聞くが…。何だこの胸騒ぎは)」

 

那月の脳裏を最悪の可能性が過る。しかも今回の騒動の最中に島外とは言え一国の王女を乗せた飛行船が突然の音信不通である。

確実に何か良からぬことが起ころうとしているのは火を見るより明らかだ。

 

だが、ここでそれを裕樹に悟られてしまえば確実にいつも通りに自分から危ない橋を渡るだろう。

 

「(今は隠し通すしかない、か)

いや何でもない。それより早く帰るぞ、アスタルテが待っている」

 

「お、おう」

 

何か違和感を感じている裕樹であったが、彼はその正体に気づく間も無く彼女と共に空間転移でその場から消えるのであった。

 

 

 

 

 

しかしこの時の彼女は知らない。

どちらにせよ、工藤裕樹という吸血鬼は厄介ごとに巻き込まれてしまうと言う事に。

 

 

 

 

 

 

 

 



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