正義の味方にやさしい世界 (アンリマユ)
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プロローグ
正義の味方の旅立ち


以前にじファンという小説投稿サイトで違う名前で投稿させて頂いておりました。
にじファン、理想郷、と移動してきましたが、使いやすさということもあって、ここハーメルンで頑張らせていただきたいと思います。
始めましての方も、お久しぶりの方もよろしくお願いします!!


       I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

        

 

    Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子。)

        

 

   I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗。)

        

 

        Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく、)

        

 

        Nor known to Life.(ただの一度も理解されない。)

       

 

  Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。)

     

 

  Yet, those hands will never hold anything. (故に、生涯に意味はなく。)

         

 

     So as I pray, unlimited blade works.(その体は、きっと剣で出来ていた。)

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『答えは得た。大丈夫だよ遠坂、オレもこれから頑張っていくから』

 

 少年のような笑顔を浮かべ赤い騎士の戦いは幕を閉じた。

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

衛宮士郎のなれの果て。英霊エミヤは何もない無の世界を彷徨っていた。

 

「ここは……聖杯の中か」

 

“座”に戻ればこの記憶も『記録』になってしまう。

それでも、英霊エミヤは遠坂凛のサーヴァントアーチャー、遠坂凛の友人エミヤシロウとして、凛と約束したように頑張っていこうと静に目を閉じた。

 

「貴方は本当にそれでいいの?」

 

聞こえるはずのない声。勘違いだろうか?

いや、それにしてもありえない。何故なら、今の声は……。

 

「今の記憶が記録になってしまってもいいの?」

 

「イリヤスフィール……」

 

目を開けると、そこには声の主。救うことができなかったはずの白き少女がいた。

 

「ひさしぶりねアーチャー……ううん、シロウって呼んだらいいのかな?」

 

白い少女は、無邪気に笑い話しかけてきた。

彼女はアーチャーの真名がエミヤシロウだとわかっている。何故?

いや、わからない筈がない。彼女は聖杯なのだから、ここに来た時点で正体なぞすぐにわかるのだろう。

 

「ああ、久しぶりイリヤ。だが、なぜ君がここに?」

 

肩の力が抜けているからなのか、それとも姉を前にして気が緩んだのか。

口調こそいつもの無愛想なものだが、その言葉に込められた思いは、とても柔らかなものになっていた。

 

「だって、私はシロウのお姉ちゃんだもん。頑張った弟を褒めてあげなくっちゃね」

 

イリヤは小さな手をシロウの頭に乗せ、いい子いい子をしてくる。

傍から見ればおかしな光景かもしれないが、されているシロウ自身は気恥ずかしさ以上に嬉しさや懐かしさといった感情が湧き上がってくる。

 

「ねぇシロウ、本当にこのまま“座”に戻ってもいいの?」

 

「む……」

 

いいかどうかと聞かれれば、答えは当然「否」だ。

しかし、シロウにはそれに抗う術が無い。

 

「それは……オレだってできればこの『答え』を記憶として残したい。でも、こればっかりは仕方がないだろう」

 

そうだ。どんなにこの記憶を覚えておこうとしても、“座”に戻ればそれは記録となり、守護者として様々な世界に召喚され掃除屋として過ごす日々がまた始まる。

それでも忘れない。誓ったんだ、頑張っていくと。記憶にではなく、魂に。

 

「うんっ! じゃあシロウの願いを叶えてあげる! だって私はシロウのお姉ちゃんだもん!」

 

「なっ! そんなことできるわけ……!?」

 

その瞬間、白い光に包まれた。

 

「大丈夫。第三魔法で物質化したシロウの魂を、聖杯の願望器としての機能を使って平行世界へ飛ばすわ」

 

体が何かに引っ張られるような感じがした。おそらく、イリヤの第三魔法によって魂の物質化が始まったのだろう。

 

「だからシロウ。正義の味方もいいけど、誰かを切り捨ててまで理想を求めるのはもうやめてね。護りたいんだったら無様でもカッコ悪くてもいいから、最後までちゃんと足掻きなさい。お姉ちゃんとの約束」

 

シロウに向けられた小さな小指。その白くか細い指に、シロウも小指を差し出して結ぶ。

指切り。日本人なら誰でも知ってる契約だ。

 

「私が蘇生できるのは精々魂だけ。だからイメージしなさいシロウ。自分の体を」

 

「……同調(トレース)開始(オン)

 

何も無い無色の魔力の中で、シロウは自分の体があるものとして魔術回路に魔力を通す。

 

───体は剣で出来ている。

 

そう、この身は一振りの剣だ。

ならば、イメージ出来ぬ筈が無い。

 

「それと、これはリンとシロウのよく知るセイバーからの餞別」

 

それは、エミヤシロウの命を救った赤い宝石と聖剣の鞘だった。

 

《ああ────本当にオレは助けられてばっかりだ》

 

その一瞬がいけなかったのか、過去の自分の姿と今の自分の姿の両方のイメージが混ざってしまう。

そして、魔法を発動させようとしているイリヤの衛宮士郎のイメージも混ざり合う。

今さらどうしようもない。ならば、覚悟を決めようではないか。

 

「ありがとう。それと、いってきます“姉さん”」

 

「うんっ! いってらっしゃい、シロウ!」

 

光に包まれていく最中、シロウが最後に見たのは、雪のように白い姉の眩しいくらいの笑顔だった。

 

 

 

 

 

───こうして正義の味方は新たな世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 




あらためまして皆様、アンリマユですよろしくお願いします。私の事は気軽にアンリとお呼びください。
さて、前書きでも書きましたが、この小説は以前他サイトで書かせていただいていたものを修正し投稿させてもらっています。なので、タイトル内容も若干変えさせて頂きました。
頑張って続けていこうと思うので、よろしくお願いします!!


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麻帆良学園 編
少女は運命と出会う


その日、少女は運命と出会う──────

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ……!」

 

近衛このかは今、必死に走っていた。

 

「いそがな、追いつかれてまう」

 

このかの後ろからは黒いスーツを着た男たちが数人追いかけてきている。

 

「見つけたぞっ、こっちだ!」

 

「しもた!」

 

見つかってしまった。動きずらい着物を着た状態ではすぐに追いつかれてしまうだろう。

必死になって逃げるも虚しく、近づいてきた男たちがこのかを捕まえようと腕を伸ばす。

 

このかはもうダメだと思い目を閉じた。

 

「……?」

 

だが、男たちの腕はいつまで経っても来なかった。

おそるおそる目を開けると、そこには───

 

 

「やれやれ。たった一人の少女に大の大人が数人がかりとは情けない」

 

 

───赤いコートを着た白髪の青年が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、そこは広場のようなところだった。

 

「ここは、どこだ?」

 

イリヤの話が本当ならば、ここは平行世界ということになる。

幸いな事に周りに人は見当たらなかったので、シロウがいきなり現れたところは誰にも見られていないだろう。

 

同調(トレース)開始(オン)

 

まず、自身の状態を把握するべく体に魔力を通す。

 

身体年齢、18歳、身長体重それに伴い低下。

 

身体能力、筋力、耐久力。共に低下。

 

魔術回路、27本正常稼動。

 

魔力量、英霊時と同等。

 

固有結界、“無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)”発動可能。ただし、英霊時と比べ肉体にかかる負担が増量。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)、停止中。セイバーはいないが、魔力を通せば若干ながら稼働可能。

 

肉体、完全に受肉。

 

「18歳? 確か私の姿は20代後半だったはずだが? いや、そもそも受肉しているだと? ……まさか」

 

イリヤの言っていた事を思い出す。

第三魔法とは確か魂の物質化。イリヤは自分には魂しか蘇生できないと言っていた。そして、自分の姿をイメージしろと。

シロウはそれを霊体を形成するものだと思い込んでいた。わかりやすく言えば、魂という粘土を、エミヤシロウという形に変形させるのだと。

しかし、聖杯の力が作用し結果は受肉。聖杯の魔力という粘土でエミヤシロウという人形を精製。その中に、エミヤシロウという(中身)が入り込んだと言う事になる。

そういえば、あの英雄王も聖杯の泥を浴びて受肉していた。

 

「身体能力低下や体格によるリーチの変動は痛いが……まあ、望みすぎるのは贅沢というものか」

 

若返った理由は、おそらく最後にぶれたシロウのイメージと、イリヤの知る衛宮士郎の姿が混ざってしまった結果だろう。

 

「この服装は……ああ、あの終わることのない4日間での私の私服か」

 

着ていた服は黒いシャツとズボンに変わっていたので、とりあえず赤いコートを投影し、シロウは広場を去った。

 

 

 

 

しばらく歩いていると、着物を着た女の子が走っているのが見えた。

 

「?」

 

その後ろからは、数人の男たちが少女の去っていった方へ走っていく。

 

「追われているのか?」

 

そう考えた瞬間、シロウは走り出していた。

転んでしまい逃げる事の出来ない少女へ男たちは手を伸ばす。

 

「……ギリギリ間に合うか」

 

シロウは男たちを追い抜き、少女と男達の間、男達の前へと立ちはだかった。

「答え」を得て、自分の理想は間違っていなかったと信じる事ができた。

そして、目の前に困っている人がいれば黙ってはいられない。

 

なぜならこの身は“エミヤシロウ”なのだから。

 

「やれやれ。たった一人の少女に大の大人が数人がかりとは情けない」

 

 

 

 

───こうして、異世界の正義の味方と1人のやさしい少女は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、早々の2話です。まあ、短いですし以前書いたものを修正しているだけなので当然と言えば当然ですね。
さて、今回まではいいところで区切る為に短めですか、次話から段々と文量を多くしていきたいと思います。
それでは、また次回お会いしましょう!!


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魔法使いの住む世界

「やれやれ。たった一人の少女に大の大人が数人がかりとは情けない」

 

シロウは少女の前に立ち、黒服の男達に言った。

 

「何故この少女を追う? まさか、そろいもそろってロリコンというわけでもあるまい?」

 

挑発の意味もかねて皮肉げに言う。

黒服の男達は、突然私シロウが現れた事に動揺していたようだが、しばらくすると一人の男が前に出てきた。

 

「貴方には関係のない事だ、気にしないで頂きたい」

 

男はこちらを睨むように拒絶の言葉を口にした。

どうやら理由を話す気は無いようだ。ならば、こちらもそれ相応の対応をしなければならない。

 

「まったく。聞く耳なしかね? できれば穏便に済ませたかったんだが……仕方あるまい」

 

相手を威圧しながら、一歩前に踏み出そうとしたその瞬間「だめっ!」……少女が私に抱きつくように止めに入ってきた。

英霊になってから久しく言う事は無かったが、せっかく若返ったのだ。ここはあえて言わせてもらおう。

 

「なんでさ?」

 

突然の事に固まってしまったシロウに少女は言った。

 

「あっ!え、え~と、あの……と、とりあえず逃げなっ!」

 

少女はシロウの手を引いて走り出す。どうやら色々と事情があるようだ。

だが、悲しいかな。少女の走る速さなどたかが知れているし、服装は着物。そして何よりシロウの手を引いているのだ。このままでは捕まるのは時間の問題。

 

「仕方ないか。失礼する」

 

私は少女を抱き上げた。(俗に言うお姫様だっこ)

 

「ふわわっ!?」

 

「悪いが、このままでは追いつかれてしまうので我慢してくれ。強化(トレース)開始(オン)

 

シロウは体に強化をかけ、走り出す。

英霊だった頃ならば強化をせずとも逃げ切れるのだが、受肉し、尚且つ弱体化した体では難しい。

それに加え、現状を把握したいという気持ちがあったシロウは一気に黒服達を撒く事にした。

人1人抱えているとはいえ、魔力で強化された元英霊の速度に一般人が追いつける筈も無く、黒服たちはすぐに見えなくなった。

 

「ふぅ、ここまで来れば大丈夫か」

 

少女を抱えかなりの距離を走ったし、もう大丈夫だろう。

たどり着いたのはまたも人気のない建物の前。ふと見れば、建物の入り口内に靴箱のようなものが見える。

ここは学校なのだろうか?

 

「あの~、そろそろおろしてくれへん?」

 

腕の中にいる少女が。顔を真っ赤にしながら言ってきた。

どうやら、少女を抱えていたのを忘れてしまっていたようだ。

 

「ああ、すまない」

 

「ええよ、運んでくれてありがとな~」

 

ほわほわ~ とこちらまで暖かくなるような笑みを浮かべて少女は言った。

その笑顔を見て「救えてよかったと」嬉しくなる。

シロウはこんな笑顔を護る為に正義の味方を目指していたのだと、改めて実感することができた。

 

「そういえば、どうして君は追われていたんだ?」

 

「ああ、それはな~」

 

と少女が話そうとした瞬間、目の前の光景に驚愕した。なんと、少年が杖に乗って空を飛んでいたのだ。

それは、童話や絵本などで語られる、魔法使いそのもの。その少年は2人の近くに降りようとして、シロウの横にいる少女と目が合った。

 

「ど、どこのどなたか存じませんが! 今のは、あの~その~」

 

目の前の少年からは魔力を感じる。

この世界にも、元いたの世界と同じかはわからないが魔術が存在するようだ。

そして少年のあわてぶりを見る限り、隠匿されていると見たほうがいいだろう。

 

「アレです! 今流行のワイヤーワークっていうか……そう! CGなんです!」

 

……いや、少年よ流石にCGは無いだろう。

周りに一切機材はないし、見たところそこまで技術が発達した世界とも思えない。

そんな嘘を信じるわけが……

 

「そっか~CGなんか~」

 

信じるのか!?

 

「はっはい!CGなんです!」

 

この世界ではこれが当たり前なのだろうか?

それとも、シロウの推測が間違いで、日常的にCGが使われるほど、科学技術が発達している世界だったのだろうか?

 

「ネギ君こんなところで何してるん?」

 

「えっ?あの、どなたですか?」

 

少女の問いに ? 顔で返す少年。

 

「ウチや、ウチ」

 

「え?ウチ……! こっ、このかさん!?」

 

「そやえ~」

 

どうやら2人は知り合いだったようだ。

慌てていた少年だが、少女が知り合いだと気づき多少安心したのか、少年はシロウと目が合い存在に気づく。

 

「あの~、こちらの方は?」

 

「ああ、ウチの事たすけてくれたんよ~」

 

「そうなんですか?ありがとうございます」

 

「ありがとうな~」

 

はて?

何故この少年が礼を言うのだろうか?

 

「ああ、気にしなくていい。だが、何故君がお礼を?」

 

「このかさんは僕の生徒ですから」

 

……は?この少年は今なんと言った?

このかとはおそらくこの少女。その少女が僕の生徒?

いや、聞き間違いだろう。おそらく少女の方がこの少年に勉強を教えてあげたが故に「このかの生徒」と言ったのを聞き間違えたのだ。

うむ、きっとそうだ。

 

「すまない。もう一度言ってくれるかな?」

 

「ですから、このかさんは僕の生徒で、僕はこのかさんの先生なんです」

 

先生って……教師か!?

こんな子供が!? この世界の労働基準法はどうなっている!?

 

「そ、そうか。まだ子供なのに立派だな」

 

今だこの世界の事はよくわからないので、とりあえず保留する事にする。

ここがイリヤの言う通り平行世界ならば、就職に年齢制限が無い世界もあるのかもしれない。

そう、青い狸に良く似たロボットもそんな世界を体験する道具を持っていたではないか。

 

「いえ、そんな事は……そういえば、このかさんは着物を着て何をしていたんですか?」

 

「それはやね~」

 

それはシロウ自身も知りたかったのだが、このまま立ち話と言うのも目立つ。

 

「まぁ、立ち話もなんだ。どこか座れる場所に行こう」

 

そして3人でベンチへ。

 

「それでやね」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

「どうしたん?」

 

「度々すまないが、大事な事を忘れている」

 

「「?」」

 

2人とも頭に ? を浮かべている。

 

「まだお互い自己紹介をしていないだろう? 私の名前は衛宮士郎(エミヤシロウ)という。君達は?」

 

「ウチは近衛このか、このかでええよ。よろしゅうな、しろう~」

 

「僕はネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いしますシロウさん」

 

「このかにネギか。いい名前だな」

 

そう言うと2人は笑顔になった。

その後、2人から事情を聞いた。

どうやら、このかは無理やり決められたお見合いから逃げているところで、ネギ君は生徒たちから追いかけられているところだったらしい。

そして、シロウが行く当てが無い事を話すと、このかが助けてくれたお礼という事で、このかの祖父であるここ麻帆良学園の学園長を紹介してくれるということになった。

話を終えネギと別れた後、シロウとこのかの2人は、麻帆良学園を目指した。

 

 

 

 

 

 

「どうしたもんかのう?」

 

近衛近右衛門は困っていた。

昼頃現れた謎の魔力反応について一切わかっていなかったからだ。

 

コンコンッ

 

そんな時、学園長室の扉を誰かが叩いた。

 

「誰じゃ?」

 

「ウチやえ~、おじいちゃん」

 

扉の向こうから現れたのは、目に入れても痛くないほど可愛い孫のこのかだった。

近右衛門は突然の孫の訪問で気持ちが緩む。

しかし……

 

「なんじゃ、このか……君は誰じゃ?」

 

扉を開けたこのかの後ろには、赤いコートを着た白髪の青年が立っていた。

 

 

 

 

 

シロウは今、このかと供に学園長室へと向かっている。

周りの教室を覗いてみるが、シロウの世界の学校と特に変わったところは無い。

少し違うと言えば、シロウの知る学校より少し洋風というだけだ。

 

「ここやえ~」

 

そんな事を考えているうちに、学園長室についたようだ。

 

「誰じゃ?」

 

このかがドアを叩くと老人の声が聞こえた。

 

「ウチやえ~、おじいちゃん」

 

「なんじゃ?このか……」

 

この人がこのかの祖父であり学園長なのだろう。笑顔でこのかを迎え入れ、

 

「君は誰じゃ?」

 

シロウと目が合った瞬間その眼光は鋭くなった。

その後、このかにより簡単事情が説明された。

 

「ふむ、大体の事情はわかった。このかよ、これからエミヤ君と話があるからの、お主はもう帰っていいぞい」

 

「ほな、しろうのことよろしくな、おじいちゃん。またな~、しろう~」

 

「ああ、ありがとうこのか。気をつけて帰るんだぞ」

 

このかが部屋を出た瞬間、空気が変わった。

わざわざこのかを帰したということは、シロウの存在を多少なり警戒しているということだろう。

 

「さて、エミヤ君。君はいったい何者じゃ?」

 

目の前の老人は、シロウが普通の人間ではないということに気づいたようだ。

老人からはかなりの魔力が感じられる。おそらくこちら(魔術師)側の人間なのだろう。

 

「私が何者か答えるのはいいが、その前に此方からいくつか質問してもかまわんかね? 何せ、私自身現状を把握できていないのでね」

 

「……うむ、まぁいいじゃろう」

 

この世界の魔術について何もわかっていない現状で、事情を話すのはまずいだろう。

エミヤシロウと名乗ってはしまったが、ここが平行世界ならば、この世界の衛宮士郎が存在するかもしれない。

 

「近衛老、貴方は魔術師か?」

 

「いかにも、ワシは魔法使いじゃが?」

 

魔術師ではなく、魔法使いか。

 

「では、貴方以外に魔法使いは何人くらいいる?」

 

「この学園だけでも数十名、世界規模で言うなら数えられんくらいいるの。お主はそんなことも知らんのか?」

 

近衛老は呆れとも困惑ともとれる表情をしているが、そんなことを気にする暇はなかった。

魔法使いが数え切れないほどいると言う事は、シロウの世界で言う魔術師をこの世界では魔法使いと呼んでいる可能性が高い。

この世界は先ほどまでいた世界と違うという事はわかったが、あくまであの世界と違うというだけであって、根本から違うとは言い切れない。

もっと情報が必要だ。

 

「近衛老。貴方達魔法使いの在り方、組織について教えてくれ。それと、冬木市という場所と衛宮士郎という人物、それから魔法関係で遠坂、アインツベルン、間桐、またはマキリという家系についても調べてもらいたい」

 

「ふむ。まぁ、いいじゃろうおぬしにも事情があるようじゃし、すぐに調べるが多少時間がかかる。その間に魔法使いについて話すということでいいかの?」

 

「すまない感謝する」

 

そして、近衛老から魔法について話してもらった。

立派な魔法使い(マギステル・マギ)千の呪文の男(サウザンド・マスター)従者(パートナー)、パクティオーカード、関東魔法協会、関西呪術協会、京都神鳴流、魔法の隠匿、オコジョ。

話が終わりシロウは唖然としていた。何故ならこの世界の魔法使い(・・・・)はシロウが世界の魔術師とは全てが違っていたからだ。

この世界の魔法使いは、ほとんどが立派な魔法使い(マギステル・マギ)になる為、人を救う為に魔法を使っているという。

その事実を知り羨ましさと同時に、なんてやさしい世界なんだろう、と思った。

そんなことを考えていると、近衛老の机の上の電話が鳴っる。

 

「もしもし、ワシじゃが……ふむ、ふむ。そうか、ご苦労じゃった。」

 

近衛老は会話を済ませると受話器を置き、深呼吸してから口を開いた。

 

「エミヤ君、君の言っていた冬木市という場所と衛宮士郎という人物は存在せんかった。そして、遠坂という名の魔法使いは、隣町で宝石商を営んでおる。アインツベルンはドイツで有名な魔法使いの家系じゃな。錬金術と魔法の研究をしているとのことじゃ。後もう1つ、間桐、マキリという家系は調べた限りでは存在はせんな」

 

……そうか、この世界には冬木も衛宮士郎も存在しないのか。

 

「どういうことか説明してくれるかの?」

 

ここが完璧に私のいた世界と違う事はわかった。そしてこの老人が良い人だということも。

この老人がいい人でなければ、見ず知らずの男にここまで話してはくれないだろう。

最悪の場合、得体の知れない魔術師……いや、彼らにとっては魔法使いか。その魔法使いが現れれば、即拘束されてもおかしくはない。

故に、この人は信用できる。感謝の意味も込めてシロウはこの世界に来た経緯をある程度話してもも大丈夫だろうと判断し、大まかに説明をした。

 

「なるほどのう、そんなことが……君の言うことが真実であれば、君が突然現れたのにも納得がいく」

 

近衛老は複雑そうな表情で頷いた。

 

「悪いんじゃが、君の魔術を見せてくれんかね?」

 

確かに、信用してもらうには必要なことだろう。

シロウは唯一自分ができる魔術を使って見せた。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

そう呟くと同時に手に現れたのは、陰陽剣 干将(かんしょう)・莫耶《ばくや》

シロウが好んで使う夫婦剣である。

 

「ほう、これは……」

 

近右衛門は驚いた、2つの剣にはかなりの魔力が込められている上、彼の話が本当ならばこの剣は自身の魔力で作られていることになる。

この世界の魔法使いは魔法具、武器などのアーティファクトの召喚には例外はあれどカードが必要だが、カードを使った素振りはないのでそれは真実なのだろう。

 

「……あいわかった。一先ずお主を信用しよう。ようこそ麻帆良学園へ、異世界の魔術使いよ」

 

正体を知って尚、近衛老が迎え入れてくれた事にシロウは感謝した。

 

「クッ、光栄だよ近衛近右衛門殿。ところで、図々しいようだができれば何か仕事を紹介してくないか? なにせ今の私は金も無ければ住む場所も無いからな」

 

「うむ。それならばエミヤ君にはネギ先生の補佐をしてもらうとしようかの」

 

「ネギ? このかの先生と言っていた少年のことか?」

 

先程会った少年の事を思い出す。

杖に乗って空を飛んでいたということは、彼も魔法使いなのだろうな。

 

「なんじゃ? 知っておったのか、ならば話は早い。エミヤ君にはネギ君のサポートをしてもらう、君なら学力的な問題も大丈夫じゃろ?」

 

「教師をしたことはないが、一応平均的な大学卒業程度の学力はあるつもりだ」

 

「ならば大丈夫じゃ。ちなみにネギ君も魔法使いじゃから、そっちの方でも力になってやってくれ」

 

やはりそうか。ということは学校の先生というのも立派な魔法使い(マギステル・マギ)になる為の修行の一環なのか?

いや、だからといって、この世界にも労働基準法というものが……

 

「それと警備員と女子寮の寮長をしてもらう」

 

「……は?」

 

近衛老の発言に、一瞬思考が停止する。

少し量が多すぎやしないか? いや、量の事はまだいい。こちらは職を紹介してもらう立場なのだから、文句は言うまい。

しかし、しかしだ。

 

「じゃから、警備員と女子寮の寮長「ちょっと待て!」なんじゃ?」

 

「ネギ君の補佐と警備員はまだいい。だが、何故男の私が女子寮の寮長をしなければならんのだ?」

 

「それについてはまず、警備員の仕事の方から説明しよう」

 

近衛老は説明を始めた。

この学園には貴重なモノが多く、それを狙って異形の者や魔法使いが侵入することがあるそうだ。

それを他の魔法先生と供に撃退する仕事らしい。

 

「警備員についてはわかった。が、それと女子寮の寮長とどう関係している」

 

「まあまあ、最後まで話しを聞きなさい。ここからが本題じゃ」

 

近衛老の孫であるこのかは、かなりの魔力を保有している。

その為、このかの実家である関西呪術協会の中で、西洋の魔法使いを良く思っていない連中に狙われる可能性がある。

だから、護衛を兼ねて私に寮長を頼みたいらしい。

 

「ふむ。事情はわかったが、このかはその事を知っているのか?」

 

「いや、このかは魔法の事はもちろん、狙われてることも知らんよ」

 

「それは、まずいんじゃないのか?」

 

力がある無いに関係なく、知ってるのと知らないのでは全然違うはずだ。

知っていれば、なんらかの対処法を教える事ができる。

だが、知らないということは、それだけ危険も多くなる。

 

「ワシもそう思うんじゃがの。このかの父が、できればこのかには普通に過ごして欲しいと言っているのじゃ。それに一応護衛は付けておるのじゃよ」

 

「ならば、私は必要ないのではないか?」

 

そう言うと、近衛老は渋い顔をする。

何か事情があるらしい。

 

「そうもいかんのじゃ。護衛してるのは桜咲刹那という子で、神鳴流の剣士なんじゃが……まだ14歳の女の子じゃ。できれば彼女にも危険な目にあってほしくはないんじゃよ」

 

そう言った近衛老の顔は、なんとも複雑な表情をしていた。

本当にいい人だなこの老人は。純粋に刹那という子の身を案じている。

なら、断るわけにはいかないな。

 

「了解した。寮長の仕事も引き受けるとしよう」

 

「すまんのぅ。じゃが良いのか?」

 

「気にすることはない。このかや刹那という子を思う貴方の気持ちは本当のようだからな。喜んで協力させてもらうよ」

 

「うむ。ではとりあえず、今日のところは学園の宿直室に泊まるとよい。明日には寮のほうに部屋を用意しておくからのぅ」

 

「感謝する」

 

シロウは説明された宿直室へ向かう。

新しい世界でどうなることかと思ったが、心配はないようだ。

むしろ、住居と就職先が早々に見つかったのだ。幸運値(ラック)の低いシロウとしては大成功ではないだろうか?

 

「遠坂、イリヤ。オレはこの世界で頑張ってみるよ」

 

明日からの事を考えると、自然と笑みがこぼれるシロウであった。

 

 

 

 




どうもどうもアンリです。
昨日言い忘れてましたが、なんと私昨日は池袋の第四次聖杯戦争展に行ってました。まぁなんというか……楽しかったですの一言ですね。とりあえず物販コーナーで英雄王のTシャツと、「俺のサーヴァントは最強なんだ!」ストラップを買ってきました。
と、それはさておき、次回から「魔法先生エミヤ!」が始まります……嘘です。いやあながちウソでもないですけど。
次の話から他のネギま!メンバーもちらほら出始めるのでお楽しみに。


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魔法先生エミヤ!

 

 

目が覚めると、最初に目に映ったのは見慣れない天井だった。

 

「……そうか、私は麻帆良に来たのだったな」

 

現状を思い出しとりあえず朝食を作ることにする。

 

「ふむ。この体になり心配だったが、料理の腕は落ちていないようだ」

 

自分の作った料理を食べながら、体に異常がないことを改めて確認する。

その後食事を終え、食器を片付けシロウは気づいた。

 

「やはりスーツの方がいいのだろうか?」

 

スーツを投影していこうかとも考えたが、万が一傷がついたりしてスーツが消えてしまったら目も当てられない。

仕方なく、そのままの黒いシャツとズボンで行くことににした。

 

「まぁ、派手な服装というわけでもないし大丈夫だろう」

 

さっさと身支度を整え、いまだ慣れない豪華な校舎内を学園町室へ向けて歩く。

勝手知ったるなんとやらとまではいかないが、昨日一度通った道だ。シロウは迷うことなく学園長室へ辿り着き、その扉をノックした。

 

「失礼する」

 

「おお、待っとったぞエミヤ君」

 

近衛老の隣には、眼鏡をかけた男性が立っていた。魔力を感じるところを見るに、彼は魔法先生なのだろう。

そして、この場に呼んだという事は、それなりに実力も信用もある人物。

 

「彼は高畑先生。ちなみに彼も魔法先生じゃ、エミヤ君のことも話してある」

 

「……」

 

シロウの顔を見た瞬間、高畑と呼ばれた男は僅かにだが目を見開き驚く。

だが、すぐに表情を戻し、手を差し出してきた。

 

「はじめまして、高畑・T・タカミチです。よろしくエミヤ先生」

 

「はじめまして、エミヤシロウという。よろしく頼むよ高畑教諭」

 

人のよさそうな笑顔で手を差し出しているタカミチの手を握り返す。

その瞬間にわかった。この男は強い、と。

 

「僕の事はタカミチで構わないよ。」

 

「了解したよタカミチ。私の事は好きに呼んでくれ。それと敬語は必要ない、私の方が年下のようだからな」

 

もちろん、今の肉体から見てである。

元の姿なら同じくらいだろうか?

 

「わかった、これからはエミヤと呼ぶことにするよ」

 

お互いに自己紹介をして握手を交わした後、近衛老へと向き直る。

 

「自己紹介も済んだところで、本題に入ってもいいかの?」

 

「ああ、頼む」

 

「うむ、昨日言った通りエミヤ君には副担任としてネギ君を補佐してもらう事になる。先生とはいえまだ10歳の子供じゃ、しっかりとサポートしてやってくれ」

 

「了解した」

 

その時、ノックの音とともに丁度ネギが学園長室へ入ってきた。

 

「失礼します。学園長、急な用とはなんでしょうか?」

 

「やあ、ネギ君」

 

「あっ、シロウさん!」

 

私の顔を見たネギ君は驚きの声を上げる。

 

「フォフォフォ、ネギ君彼は今日からネギ君のクラスの副担任をしてくれるエミヤシロウ先生じゃ、ちなみに彼も魔法使いじゃから困ったことがあれば相談するとよい」

 

近衛老がそう言うと、ネギはシロウと近衛老の顔を見比べあわてて頭を下げた。

 

「はっ、はい! よろしくお願いしますシロウさん!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

頭を下げるネギに笑顔で答える。

真面目そうではあるが、本当にこんな子供が教師などできるのだろうか?

 

「そろそろ授業が始まる時間じゃな、では頼んだぞ2人とも」

 

「はい!」「ああ」

 

「それからエミヤ君、ワシの事をこれからは学園長と呼ぶようにの」

 

なるほど。この学園の教員になるのに、いつまでも近衛老と呼ぶわけにはいかない。

 

「了解した」

 

そう言ってネギと共に学園長室を出て教室へと向かう。

 

「シロウさんは少しここで待っててください、しばらくしたら呼びますので」

 

とある教室の前に着くとネギはそう言ってきた。

3-A。どうやら、ここかシロウの受け持つクラスらしい。

 

「ああ、わかった」

 

 

 

 

 

 

「「3年A組!! ネギ先生ーっ!!」」

 

某教師のドラマよろしく、元気な声が教室に響く。

 

「えと……改めまして3年A組担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。これから来年の3月までの1年間よろしくお願いします」

 

「「はーい!」」 

 

「「よろしくー!」」

 

ネギの挨拶に元気よく応える生徒達。

ちょっと中学生らしくもない気がするが……いや、元気があるのはいいことだ。

 

「えーと、まず皆さんに報告があります。今日から新しくこの3─Aに副担任の先生が来ることになりました」

 

「「おお~!!」」

 

新たな先生の出現に、驚きと期待に満ちた声が上がる。

中には「副担任って高畑先生じゃないの!?」と、あからさまに落胆する生徒もいたが……。

 

「それではシロウさん入ってきてください」

 

 

 

 

 

 

入り口の前で待っていると「「3年A組!!ネギ先生ーっ!!」」と元気な声が聞こえた。

 

「ふむ、元気のある楽しそうなクラスだな」

 

微かに覚えている生前の記憶の中から「こんなはじまり方のドラマもあったな」と、そんなことを考えていると、ネギから声がかかる。

 

「それではシロウさん入ってきてください」

 

(よし、では行くか)

 

扉に手をかけ中に入り、クラス全体を見渡す。外観が洋風だから教室内も洋風なのかと思ったが、四足の机と椅子。均等に並んだ席はシロウの知る日本の学校と変わらないものだった。

懐かしさを感じつつも、いつまでも扉のそばで立っているのはさすがに不審なので、教卓の前まで歩き黒板に名前を書く。

そして生徒達の方を向いた。

 

「今日より3年A組の副担任をすることになった衛宮 士郎(エミヤ シロウ)だ。私は基本ネギ君の補佐なので授業をすることはないと思うが、何かあれば遠慮なく頼ってくれ。よろしく」

 

「……」

 

反応がないただの屍のようだ。……いや違うだろう。

 

「……」

 

「「……か」」

 

か?……か、か……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

 

「「かっこいいーーーーー!!」」

 

「どこから来たんですかー?」「日本人なんですかー?」

 

「何歳ですかー?」「彼女はいますかー?」

 

怒涛の質問攻め。

思った以上にに元気だなーとか、自分が中学の頃はどうだっただろうか? 等と考えていたシロウだが、このままではまずいので止めることにした。

 

「静かに!」

 

少し強めに言うと、教室が静まり返る。

 

「自分達の知らない人が来て興味が沸くのはわかる。だが、今日の予定はこれから身体測定だと聞いている。君達も3年生なのだからけじめぐらいつけるように」

 

注意を促すと教室からどんよりとした空気が漂い始める。

 

出会って早々怒るのはまずかっただろうか?

確かに、中学生ということを考えれば少し強く言い過ぎたと思わなくもないが……

 

「……だが、休み時間ならいくら話しかけてくれても構わない。私としても皆とは仲良くしたいからな」

 

流石にこのままでは可哀想なので、今までの厳しい口調ではなく少し柔らかな口調で言う。

シロウが笑顔で言うと、皆ホッとした顔になった。中には何故か顔を赤らめる生徒もいたのだが、当の本人は……

 

(やはり、新任の先生に怒られて恥ずかしかったのだろうか?)

 

などと、お門違いな事を考えている。

やはり英霊になっても、エミヤシロウは衛宮士郎なのである。

 

自己紹介を終えた後、シロウとネギは2人で廊下に立っていた。別に悪い事をして反省させられているわけではない。

隣のクラス担任であるしずな教諭から3-Aの生徒から身体測定をはじめると連絡を受けたからだ。

特にすることもなし、今のうちに名簿で顔と名前の確認をしておくのが得策といえよう。何人か気になる生徒もいたからな。

 

「ネギ君。生徒の名簿を見せてもらえるか? 早く生徒の顔と名前を憶えたいのでね」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

ネギから名簿を受け取り目を通す。

 

(出席番号1番 相坂さよ、か・・・)

 

自己紹介をした時、クラスにいた少女の霊を思い出す。

 

彼女はどうやら自縛霊のようだが、周りの子達も気づいてないし害も無い様だ。

学園長も何も言ってなかったし、放っておいても構わないのだろう。

 

(ただ、私と目が合った途端、物凄くあわてていたのが気になったが……)

 

その他にも、気になった生徒を確認していく。

 

(10番 絡繰茶々丸、12番 古菲、15番 桜咲刹那、18番 龍宮真名、20番 長瀬楓、26番 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、31番 ザジ・レイニーデイ)

 

彼女らは只者ではないとシロウは感じた。

特に刹那、真名、茶々丸、エヴァンジェリン、ザジに関しては人間ではないだろうと。

 

刹那はそういう感じがするというだけで何かはわからない。真名とザジも正体はわからないが、似た気配を感じるので同種の可能性が高い。

茶々丸は機械の駆動音の様なものも聞こえたし、見た目からしてロボットだろう。

そして、エヴァンジェリン。多少の違いはあれど、彼女の気配は……

 

「……考えすぎか? いや、しかし……」

 

「何か言いましたか、シロウさん?」

 

「いや。独り言だ」

 

「そうですか」

 

シロウはエヴァンジェリンから身に覚えのある気配がすることに気づいていた。それは、シロウの世界にもいたとても厄介な存在。

だが、それほど魔力を感じない為困惑している。

 

(なぜ彼女から■■■の気配が?)

 

「先生ーっ、大変やーっ! まき絵が・・・まき絵がーっ!!」

 

そんなことを考えていると、出席番号5番 和泉亜子が慌てた様子でやってきた。

 

「どうした、和泉?」

 

「どうしたんですか、亜子さん?」

 

「あのっ、えと、まき絵が桜通りで倒れてるのが見つかって今保健室に……」

 

そこまで聞いて、私は保健室へと走り出していた。

 

(何か嫌な予感がするな)

 

この感が外れてくれと願いながら保健室に着き、直ぐに佐々木まき絵の体に異常が無いか確認する。

 

(特に外傷は……ん?)

 

首筋に小さな2つの傷を見つける。

まるで、何かに咬まれたような様な……

 

「これは、咬まれた跡……わずかだが魔力も感じる」

 

最悪の想像が思考を埋め尽くす。

思い出すのは、一つの町を滅ぼす原因となった吸血鬼の死徒。あの町の死者(住民)は、皆首筋に咬まれた後があった。

 

「いや、まだ諦めるのは早い」

 

魔術の形態が全然違うのだから吸血鬼の特性も違うかもしれない。そう思いシロウは解析の魔術を使う。

シロウの属性は“剣”なので剣以外のモノの解析は精度が落ちる。

だが、自身の肉体を強化できるのだ。肉体の単純な解析ぐらいならば問題は無い。

 

解析(トレース)開始(オン)

 

表面組織 首筋に軽い裂傷

 

脳、異常無し

 

筋肉、異常無し

 

内臓、異常無し

 

解析完了、多少魔力が残留しているが問題は無し

 

「ふう」

 

「シロウさん!」 「「衛宮先生!」」

 

安心していると、ネギと3-Aの数名が保健室に入ってくる。

 

「まき絵さんは大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。多分軽い貧血だろう」

 

まさか吸血鬼に襲われたというわけにもいかず、その場は誤魔化す。

 

「「よかった~」」

 

(ネギ君)

 

シロウ周囲を伺いながら、生徒達に聞こえない様に小声でネギに話しかける。

 

(どうしたんですか?)

 

(佐々木の体をよく見てみろ)

 

(? ……こっ、これは魔力!)

 

(それに、首筋にある咬まれた跡はたぶん吸血鬼のものだろう。ネギ君何か知らないか)

 

(きゅ、吸血鬼ですか!? いえ僕は何も……)

 

(そうか……では、私は学園長に話を聞いてみる)

 

(わかりました。生徒達のことは僕に任せてください)

 

「しろう、どうかしたん?」

 

ネギと小声で話しているのを疑問に思ったのか、このかが心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「ああ、このかか。なんでもないさ。それより私は学園長に用があるので失礼するよ」

 

「そうなん? ほな、また後でな」

 

「ああ……(後で?)」

 

このかの言葉は気になったが、まき絵の件があるので学園町室へと向かう。

 

「学園長」

 

「なんじゃエミヤ君。そんなに慌てて?」

 

部屋に入ると仕事中だったのか、判子を片手に驚く学園長がいた。

 

「佐々木まき絵が吸血鬼と思われる者に襲われた」

 

「何? まき絵君が?……困ったのう」

 

学園長は吸血鬼の存在に驚くでもなく、困ったと言った。

という事は、吸血鬼に心当たりがあるということだろう。

 

「学園長、貴方はその吸血鬼に心当たりがあるな」

 

「……」

 

学園長は何も答えない。

 

ふむ。それならば、カマをかけてみるか。

 

「……エヴァンジェリンか」

 

「知っておったのか!?」

 

やはり、彼女が吸血鬼だったのか。

シロウはエヴァンジェリンからシロウの世界の吸血鬼とよく似た気配がしていたので、そうではないかと思っていたのだ。

 

「ああ。確証は無かったが、私の世界にも吸血鬼という存在はいたのでね。彼女からはそれによく似た気配がしたよ」

 

「なんと、気配で吸血鬼に感づくとは……流石じゃのう、エミヤ君」

 

学園長は何故か吸血鬼について……いや、吸血鬼というより、エヴァンジェリンについてはぐらかそうとしている気がする。

 

「……」

 

シロウと学園長が無言で睨み合い場の空気は停止していたが、

 

「学園長」

 

学園長室にきてから、一度も言葉を発していなかった男が口を開いたことにより空気は動き出す。

 

「なんじゃタカミチ君」

 

「エミヤに全て話しましょう。その方が都合がいいと思います」

 

「うーむ、そうじゃのう。まあ、その方がいいかの」

 

タカミチに促され、しぶしぶながら学園長は説明を始めた。

 

どうやらエヴァンジェリンとネギの父であるナギ・スプリングフィールドは色々因縁があるらしく、魔力を封じられたエヴァンジェリンはその呪いを解く為に魔力を集め、ネギの血を狙っているとのこと。

エヴァンジェリンは、女、子供は殺さないのを信条としているので、ネギにはいい経験になるからできれば手を出さないでほしいらしい。

 

「話はわかったが、一ついいか?」

 

「なんじゃ?」

 

「こちらの吸血鬼に血を吸われた者はどうなる? 吸血鬼になったりしないのか?」

 

先ほどのまき絵の件からいって、おそらく吸血鬼化の心配は無いだろう。だが、万が一ということもある。

できるだけ、この世界の吸血鬼がどういった存在なのか知っておきたい。

 

「その心配は無いぞい。たとえ吸血鬼にされても解呪する事は可能じゃ。まあ、真祖の吸血鬼は別じゃがの」

 

なるほど。魔法で解呪が可能ならば、破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)でも解呪できる可能性がある。

だが真祖だと? 星の触覚である真祖がこの世界にも存在するのか?

 

思い出すのは自分とは相容れない存在である“殺人貴”が護りし“真祖の姫君”。

もし彼女同様、真祖の吸血鬼が星の抑止力なのだとしたら……星はエミヤシロウという異物をどう考えるのだろう。

 

「エヴァンジェリンの件は了解した。ところで真祖とはどのような存在だ?」

 

「今は失われし禁呪での、人を吸血鬼に変える儀式魔法じゃ。エヴァ君はその真祖ということになるかの」

 

人を吸血鬼に変える魔法か……私の世界の理論で言えば、それは死徒に分類されるだろう。

やはり、私の世界の吸血鬼とは根本から違うらしい。

 

「そうか。ではこれで失礼するが、ネギ君の命が危険と判断した場合私は介入するが構わないな?」

 

「うむ、その時は仕方あるまい」

 

そう言って、学園長室を出ようとしたところで、

 

「しろうおる~?」

 

ノックと共にこのかが入ってきた。

 

「どうしたこのか?」

 

「あ、しろう。今からちょっとええ?」

 

「ああ、構わないが」

 

特に用事も無かったので了承する。

 

「ほな、ついてきてな~」

 

このかの後に続き部屋を出た。

 

「あ、エミヤ君。君の部屋このかの部屋の隣になったからよろしくの」

 

扉が閉まる瞬間、学園長がそんなふざけた事を言った。

色々言いたいことはあるが、このかを待たせるわけにもいかず、その場を後にする。

 

「……ところでこのか、どこに行くんだ?」

 

手を引きながら歩くこのかに尋ねる。

昇降口とは逆方向へ向かっているので、帰るわけではないというのはわかるのだが……

 

「ひみつや。でもびっくりしたわ、まさかしろうがウチのクラスの副担任になるなんて」

 

「まあ、副担任といっても私はネギ君のサポートくらいしかしないがな。それと、このかの住んでいる寮の寮長もすることになった」

 

「え、そうなん? じゃあ寮に住むんや?」

 

「ああ、しかもどこかの狸爺のせいでこのかの部屋の隣だ」

 

「あ~おじいちゃんか。まぁええやん。じゃあ今度遊びに行くえ」

 

このかは嬉しそうに言う。

ふむ。このかの笑顔が見れた事は、学園長に感謝しておこう。

 

「そうだな、その時は歓迎しよう。学園長を紹介してくれたお礼に、料理をご馳走するよ」

 

「そんなんええのに……てゆーかしろう料理できるん?」

 

今まで会った人は皆そう言うが、そんなに料理ができなさそうな人間に見えるのだろうか?

 

「む、料理は趣味でもあるからな。それなりにはできるつもりだ」

 

「ほんま~?」

 

このかは、凛が見せるような意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「そこまで言うならいいだろう。あっと驚くものを食べさせて後悔させてやるから、覚悟しておくといい」

 

「あ~ん、怒らんといて。堪忍や~」

 

「怒ってなどいないさ。だが、後でさっきの言葉を撤回しても遅いからな」

 

などと話してるうちに、3-A前まで来た。

 

「このかが用があるのは教室なのか?」

 

「そやえ~」

 

そう言ってこのかがドアを開け中へと押される。

すると、

 

「「ようこそ、衛宮先生ーっ!」」

 

3-Aの生徒達に歓迎された。

 

「これは……」

 

「しろうの歓迎パ-ティ-やよ」

 

急だというのに、教室には手の込んだ様々な飾り。机に並べられる見事な料理の数々。

そして、髪や服、手などが多少の汚れている生徒達。

 

「そうか……ありがとうみんな」

 

みんなの気持ちが嬉しくて自然と頬が緩む。

シロウがこんな気持ちになったのはどれくらいぶりだろう。もしかすると、生前までさかのぼるかもしれない。

そんなシロウの表情を見て、生徒達も笑顔になる。

 

「っと、衛宮先生。呆けてないで色々取材させてもらうよー!」

 

満足顔の生徒達を押しのけて、カメラを持った1人の少女がでてきた。

 

「む、君は確か朝倉和美だったか? お手柔らかに頼むよ」

 

こうしてエミヤシロウの歓迎会は始まった。

誰かと食事をするのはとても久しぶりで、質問攻めなどで疲れはしたがとても楽しい時間だった。

ただ、一つ気になったのは、シロウを常に見ていた少女の存在……

 

「やれやれ、本当に退屈しない世界だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもアンリです。はい4話です。いつまでこのペースでの更新が続けられるやら……「まだだ、まだ終わらんよ!!」
ここまでは、ほのぼのな感じが続いていますが、次回は多少シリアスな場面が出てくると思います。まぁ、私の文章力のせいでシリアスに感じられない方もいるかもしれませんが、そこは頑張りたいと思います。
まだ始まったばかりであれですが、感想はもうジャンジャン書いちゃってください。
気になるところがあれば修正しますし、応援などは私のやる気がupしますので。
それではまた次回で会いましょう!


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吸血鬼の存在

 

 

 

「「衛宮先生ーさよーならー」」

 

「ああ、気をつけて帰るんだぞ」

 

乱雑に並べられた机。食い散らかされた食べ物。その他紙コップや皿、空のペットボトル等のゴミを皆が帰った後シロウは後片付けている。

勘違いしないように言っておくが、3-Aの生徒達は断ったが、パーティーの礼だといってシロウが強引に仕事を奪ったのだ。

ちなみにそれでも引かずに手伝うとこの場に残ったのは、このかとこのかのせいで巻き添えを食らった神楽坂の2人だ。(ネギ君は用事があるらしく先に帰った)

 

「よし、そろそろ帰ろうか。2人ともありがとうな」

 

「「はーい」」

 

3人で歩く帰り道。ちょうど桜の咲く季節。

桜通りと呼ばれているだけあって、寮まで続くしばらくの道のりは桜並木となっている。

昼に花見をするのもいいかもしれないが、月明かりに照らされ舞い散る桜色の花弁もとても美しい。

そんな道を歩いていれば、話下手な私シロウでもそれなりに会話は進むというものだ。

 

「そうか、ネギ君はこのかと神楽坂の部屋に住んでいるのか」

 

「そーなんですよ。衛宮先生、何とかならな……りませんか? 先生の部屋に住むとか」

 

返事をしたのはツインテールの似合う元気な子、神楽坂アスナだ。

 

「いや、寮長としての仕事もあるからな。それに学園長の指示なら、勝手に私の部屋に住まわせるわけにもいかんよ」

 

たぶん学園長にも何か理由があるのだろうから、勝手に対処するわけには行かない。

……そうだよな学園長?

 

「そっかー……じゃない、そうですかー」

 

ガックリと肩を落とす神楽坂。

そんなに嫌なのだろうか?

 

「神楽坂。君の敬語に違和感を感じるのだが……もしかして敬語は苦手か? だとしたら早々に克服することだな。でないと後に後悔することになる」

 

ちなみに、このかがシロウに対してタメ口なのはもうあきらめている。

一応、パーティーの最中に注意はしたが、一向に変わる気配はない。

 

「うっ……すいません。このかがタメ口だからつい……」

 

神楽坂の落胆様、自分でも気づいてはいるという事か。

パーティー中、タカミチやしずなには敬語がつかえていたから、おそらくはシロウの容姿も関係しているのだろう。

元の姿だったのならば、つい敬語を忘れるなどという事態も起きまい。

 

「そうだな……。では、普段は敬語でなくても大目に見よう。 無論、校内や授業中に敬語を怠るようであれば、それは注意させてもらうが」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「本来はよくはないのだろうが、私は正規の教員ではないからな。学校外でまでうるさくは言わんよ」

 

「そ、そう? じゃあ、このかと同じで士郎って呼ぶ……ね? 私のことはアスナでいいから」

 

シロウの言葉を聞くと、アスナは上目づかいで恐る恐る口を開いた。

その姿を見れば、普段のアスナを知るクラスメイト達は大爆笑するだろう。

 

「クッ、了解したよアスナ」

 

そんなことを話していると「キャァァアアアッ!」と女性の悲鳴が聞こえた。

3人の中に走る緊張感。女性の悲鳴が否応なしに今朝の佐々木まき絵の事と生徒達の中で流れていた噂を思い出させる。

“桜通りの吸血鬼”今シロウ達はその桜通りにいるのだ。

 

「私は様子を見てくるから2人は桜通りを使わず寮までもどれ! 何かあれば悲鳴を上げろ、その時はすぐに駆けつける!」

 

このかとアスナ返事を待たず、シロウはその場を後にする。

どこまでも続く桜並木。走れども景色が変わらない道は、まるで幻術にでもかけられたような気分になる。

しかし、その光景もようやく終わりを告げる。並木道の途中、少し開けた場所に黒き外套に身を包んだ吸血鬼と、裸の少女を抱くネギがいた。

 

「……!?」

 

シロウが一歩近づくと、吸血鬼は飛んで逃げる。

だが、確かに見た。月の光に照らされて、闇夜に輝く金色の髪を。

 

「ネギ君、無事か?」

 

「シロウさん! はい、僕は大丈夫ですけど……」

 

ネギの腕の中には裸で気を失う少女の姿が。

 

「その子は、3-Aの宮崎のどかか。噛まれたのか?」

 

「いえ、気絶してはいますが噛まれてはいません」

 

そう言うネギの腕からは血が滴っている。

見た目ほど酷いけがではないが、吸血鬼と接触し戦闘になったことがわかる。

 

「宮崎さんを頼みます。僕は犯人をおいますので。心配は無いですので先に帰っていてください」

 

「待て、ネギく……!」

 

シロウにのどかを預けると、ネギは舞い散る桜の花びらを巻き上げながら、ものすごい速度で走っていく。

魔力による身体強化か、はたまたこの世界特有の魔法の力か。子供とはいえ、流石魔法使いといったところだ。

しかし、他人に危険が及ばぬ様にする為とはいえ、1人で犯人を追うというのはいただけない。

相手が吸血鬼だというのならば尚更だ。

 

「くっ、宮崎をこのままにもしておけないか」

 

シロウは外套を投影するとのどかに羽織らせ、足に強化をかけて桜通りを一気に寮まで駆け抜ける。

ネギのように見た目こそ派手さはないが、その速さは人ひとりを抱えているとは思えないほどである。

桜通りを抜けた先、巨大なマンションのような建物の入り口付近に、先に寮へと帰したこのかがいた。

 

「しろう、早かっ……って、のどか!? どうかしたん!?」

 

寮へと入ろうとしていたこのかはシロウを見つけると踵を返し、外套に包まれ気絶しているのどかの下へと駆け寄ってきた。

 

「事情は後で話す。悪いがアスナと2人で宮崎を……まて、アスナはどうした?」

 

そこまで言ってふと気づく。別れる前までこのかと一緒にいたアスナがいないではないか。

別れてからここまでシロウが来る時間を考えれば、すでに部屋にいるという事は考えにくい。現に、このかはちょうど寮へ着いたところのようだし。

 

「アスナならネギ君を迎えに行くゆーて、途中で別れたえ」

 

「なっ……!? はぁ、すまないこのか。宮崎を頼んだぞ」

 

「ん。了解や~」

 

のどかをこのかに頼み、シロウは寮の裏へと回る。

周囲に人がいないか細心の注意を払い、身体を強化して寮の壁面。主に換気口や雨樋のパイプなどを足場に一気に屋上へと駆け上がる。

 

「さて、ネギ君とアスナはどこに行ったのか」

 

強化した視力で見えるのは街頭や部屋の電気で明るい街。さすが学園都市とまで呼ばれる麻帆良。夜でも明るい為よく見える。

先ほどまでいた桜通りは桜の花弁のおかげか、桃色に光って幻想的な空間を作り上げている。

 

「ふむ。このような事態でなければ、ゆっくりと眺めていたいものだが……いたな」

 

桜通りから少し離れた場所の民家の屋根の上。ネギと逃げた吸血鬼、もといエヴァンジェリンを見つける。

何故か下着姿で息を荒げているエヴァンジェリンに、杖を構えるネギ。おかしな図ではあるが、誰が見てもネギが優勢なのは明らかである。

 

「どうやら追い詰めたようだな。やるじゃないかネギ君」

 

しかし、新たに現れた人物? 絡繰茶々丸によって形勢は逆転する。

魔法を出そうにも呪文を唱えきる前に茶々丸による攻撃を受け、ネギは魔法を使うことができない。

そうなれば、多少魔法による身体強化が可能とはいえネギは10歳の少年。ロボットに勝てる道理はない

 

「なるほど、アレが魔法使いの従者(パートナー)の役割ということか」

 

今エヴァンジェリンは何もしていないが、本来は従者が敵と戦闘している間に後衛の魔法使いが魔法で攻撃するのだろう。

その辺りはシロウの世界でのあり方と似ている。だからこそ、凛は聖杯戦争でセイバーを引き当てたかったのだ。

ネギは何とか呪文を唱えようとするが悉く茶々丸に邪魔されてしまっている。

ネギの主な攻撃手段は魔法。接近戦に慣れていないネギの勝利はゼロに等しいだろう。

頑張ってはいたが、ついに、茶々丸の攻撃を裁ききれなくなったネギは、エヴァンジェリンに血を吸われそうになる。

 

「まあ、ネギ君も頑張ったし2対1だからな。学園長との約束はあるが……矢一本分くらいは助けてやるか」

 

シロウは黒塗りの弓と先端がゴムで加工された矢を投影。

加工してあるので刺さることはないが、この離れた距離からの遠距離射撃。当たれば常人なら痛い程度では済まないだろう。

だが、相手は真祖の吸血鬼。ネギの首筋に噛みつこうとしているエヴァンジェリンの額を、シロウは容赦なく射った。

 

「も゛っ!?」

 

「マスター!?」

 

変な声を上げて、エヴァジェリンがのけぞる。

そこへ……

 

「ウチの居候になにすんのよー!」

 

「はぶっ!」

 

アスナの綺麗な跳び蹴りが炸裂して、エヴァンジェリンは吹っ飛んだ。

 

「クッ、くはははははは。見事な一撃だアスナ」

 

あまりにもタイミングよく登場し、あまつさえエヴァンジェリンへの見事な跳び蹴り。本当に、見事としか言いようがない。

綺麗に決まった一撃で、エヴァンジェリンは数メートルも飛んだのだから。これはもう笑うしかあるまい。

だが、それと同時に疑問に思うこともあった。

 

「アスナのあの力は……」

 

エヴァンジェリンの周囲には魔力の壁のようなものがあった。

だがアスナはそれを破壊して、否まるで魔力の壁など無いかの如く蹴りを入れたのだ。

 

「……完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)?」

 

完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)”その名の通り魔力を無効化する能力の事だ。

確かにその能力だけならばシロウの知る宝具にも似たようなものがあるから、それほど珍しくも無い。そう、その効果だけならば。

だがしかし、何の魔法道具(マジックアイテム)も無しに、1人の人間が完全魔法無効化能力などを持っているものなのだろうか?

何にしろ、今日の報告もかねて後で学園長にでも聞いてみるとしよう。……だが、今はそれよりも。

 

「私に何か用かね?」

 

ネギの方はもう大丈夫そうなので、先程からこちらを見ていた人物へ問いかける。

シロウの問いかけで屋上の入り口から出てきたのは……

 

「……桜咲刹那か」

 

野太刀を手にこちらを警戒する、桜咲刹那だった。

 

「衛宮先生、貴方は何者ですか?」

 

「私が何者かだと? おかしなことを言う。今日から赴任してきた3-Aの副担任だと自己紹介をしたはずだが……君は聞いていなかったのか? だとしたら気を付けたまえ。ほかの授業でそのように呆けていれば、成績に響くぞ」

 

「そんなことはわかっています。私が聞きたいのは、あなたの目的です。このかお嬢様に危害を加えるようならば、排除します」

 

学園長から、刹那がこのかの護衛をしている事は聞いていたが……なんというか、抜き身の刀みたいな娘だ。

殺気の鋭さから14歳とは思えない実力があることはわかる。だが、簡単に折れてしまいそうな脆さも感じる。

 

「排除するとはまた物騒だな。意気込むのはいいが、あまり気を張りすぎると足元をすくわれるぞ?」

 

「話をはぐらかさないで下さい!! 貴方はいったい何なんですか!」

 

一向に話が進まないことに苛立ちを感じたのか、刹那は野太刀を鞘から抜き構える。

 

「はぁ……わかった。きちんと説明するから、まずは刀を下げてくれ」

 

大きく溜息をつき、両手を上げて降参の格好をするシロウを見て、ようやく刹那は構えを解いた。

無論、今だ野太刀は鞘から抜かれたままだが。

 

「私に目的は特にはないんだが……そうだな、しいて言うならば、今は麻帆良の警備とこの寮の管理、そしてこのかの護衛だな」

 

「お嬢様の……護衛? それはどういう」

 

シロウを警戒していた桜咲刹那だったが、予想外の答えに戸惑いを見せる。

 

「ふむ。昨日の今日ではまだ連絡はいっていないか。いや、そもそもあの老人は連絡する気があるのかどうかさえ怪しいな」

 

「は? 何を言って……」

 

「私は手を上げてここから動かないから、学園長に確認を取りたまえ。携帯電話くらいは持っているのだろう?」

 

「はぁ、では失礼します」

 

完全に拍子抜けの回答を得た刹那は、先ほどまでの殺気はどこへやら、呆けた様子で携帯を取り出した。

 

「もしもし、桜咲です。あの……ええ……えっ? は、はい! ……わかりました」

 

電話を切ると、刹那はものすごい勢いで頭を下げた。

それはもう、頭が取れるのではないかというほどに。

 

「申し訳ありません! 学園長に確認を取りました。大変失礼なことを……!!」

 

「い、いや。桜咲そこまでかしこまる必要はないぞ? 今回の件は連絡をちゃんとしていなかった学園長の落ち度だ。それに、このかの護衛という役職に関しては君の方が先輩だからな」

 

「いえ。先ほどの射を拝見させていただきましたが、弓に詳しくない私でも素晴らしい腕だという事がわかりました。お互いこのかお嬢様を護る為に全力を尽くしましょう。それと、私の事は刹那で構いません」

 

同じ目的を持つシロウに仲間意識でも芽生えたのか? いや、それだけではあるまい。学園長はいったいどんな説明を彼女にしたのだ?

まぁ、それはおいおい問い詰めるとして……。

 

「さて、では刹那よ。私は事後処理があるからもう行くが、君ももう部屋へ戻りたまえよ」

 

そう言って、シロウは来たとき同様、寮の壁面を駆け下りる。途中屋上から「えええ~~~!?」という刹那の声が聞こえたが……まぁいいか。

というより、帰りは別に普通に階段を使ってもよかったんだと降りてから気づく。

 

「ふっ……!」

 

膝を曲げ勢いを殺し、寮の裏手の草の上にきれいに着地。

 

「このかとネギ君、それから学園長に状況説明……ああ、後アスナにもか」

 

面倒だ、と呟きながらも、どこか楽しげな表情でシロウは歩いていく。

こうして、エミヤシロウ初赴任の一日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい……うん。シリアス展開まで行かなかった……。刹那登場辺りが多少シリアスと言えばシリアスかもしれませんが、次回はもうちょっとシリアスな部分が出てくるかな?……だといいな。
では、また次回!


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正義の味方と吸血鬼

桜通りの一件から数日。いつもと変わらず授業は進む。

あれから桜通りで吸血鬼が出たという噂は聞かない。

そして、エヴァンジェリンは学校を休んで……もとい、サボっている。

学園長の話ではよくあるとのことなので、この間の件が関係しているわけではないと思うのだが……。

 

「一度彼女とは話をしておいた方がいいか」

 

今回の件に限らず、エヴァンジェリンがこの地の警護をしているのなら一度話をすべきだろう。

つまらない誤解で敵対するのは避けたい。

 

───そして放課後。

HRが終わり、帰り支度を済ませて席を立つ絡繰茶々丸を呼び止める。

 

「絡繰、少しいいだろうか?」

 

「なんでしょうか、衛宮先生? それから、私の事は茶々丸と呼んで頂いて構いません」

 

「そうか、では茶々丸。エヴァンジェリンと話がしたいのだが、彼女の家を知らなくてね。空いている時でいいから案内を頼みたい」

 

「わかりました」

 

茶々丸は思案した様子もなく即答する。

多少警戒されるか思案すると思ったのだが、思いのほかすんなりOKを出されたのでさすがにシロウも驚いた。

 

「今日はネコ達にエサをあげるくらいしか予定はありませんので、お待ちいただければ今日にでも」

 

「わかった、そういうことなら私もつき合おう。急な話なのにすまないな」

 

「いえ。マスター……エヴァンジェリンさんとは同じ家に住まわせてもらっているので特に問題はありません」

 

マスター。そして、同じ家に住んでいるか。

この間は流れ上茶々丸がエヴァンジェリンの従者だと推測したが、間違いなさそうだ。

 

「では、いきましょう」

 

「よろしく頼む」

 

放課後の生徒がまだ下校をしている中、浅黒い肌に白髪、黒いシャツとズボンに赤い薄手のコートを羽織った若い教師と制服を着たロボットの女子生徒という奇妙な2人組は、野良猫の集まる広場へと向かう。

途中、風船が木に引っ掛かってしまった少女を助けたり、荷物が重くて運べないおばあさんを手伝ったり、道行く子供達の相手をしたりと時間を食ってはしまったが、茶々丸の生き生きした? というのもおかしいかもしれないが、生き生きした表情が見れたので良しとしよう。

そして、あと少しで広場へとつこうかという時、直ぐ近くの橋の方から数人の悲鳴等の騒がしい声が聞こえてきた。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「ああ、少し様子を見てみるか」

 

茶々丸と共に広場へ向かう道から逸れ、橋の方へ向かう。

 

「大変! どうしましょう?」

 

「警察に連絡だ!」

 

橋の上や土手には野次馬が群がり、何やら騒いでいた。

野次馬達が指をさす方向を見れば、そこには川に浮かんでいるダンボール。

そして、その中にはおびえた様子で鳴く、白い子猫の姿があった。

 

「いけない!」

 

「まて」

 

子猫の姿を確認した茶々丸はすぐに川へと向かうが、シロウの静止の声でわずらわしそうにしながらも立ち止まる。

その表情はいつも無表情の彼女にしては珍しく、明らかに苛立ちの色が見える。

 

「なんでしょう?」

 

「私が行こう。生徒を、ましてや中学生の女の子を濡らすわけにはいかないからな」

 

「えっ、あのっ」

 

シロウの言動にによほどびっくりしたのか、一瞬フリーズしておろおろする茶々丸。

これは好機とシロウは茶々丸を無視して通り過ぎ、土手にいる野次馬たちの中へ。

見た目の異様さも相まってか、まるでモーゼの十戒の如く野次馬は割れ、シロウは難なく川に入り子猫の救出に成功した。

 

「いいぞー、兄ちゃん!」

 

「かっこいいー!」

 

見ていた野次馬達が賛辞を送る。当然最初子猫を助けようとした茶々丸も。

 

「ありがとうございます。衛宮先生」

 

「気にするな。それよりも、子猫が無事でよかった」

 

子猫は今私の手の中で「みゃーみゃー」と元気に鳴いている。

 

これだけ元気なら、助けたかいもあるというものだ。

しかし、今ので服が濡れてしまった。まさか、濡れたまま他人の家にお邪魔すわけにもいかない。

 

「すまないが、一度着替えに帰ってもいいか?」

 

「わかりました。私はあちらで猫達にエサをあげてますので」

 

シロウは茶々丸の指差す方向を確認し頷く。

広場の方にはすでに数匹の猫が集まり、茶々丸の持ってきたエサを まだか まだか と待ち構えていた。

 

「了解した。では、また後で」

 

シロウは寮へと走り出す。

 

(……そういえば、ネギ君とアスナは何をしていたんだろうか?)

 

途中から自分と茶々丸の事を追いかけてきていた、ネギとアスナの行動を疑問に思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、待たせたら悪いし急がなければ」

 

シロウは新しい服に着替え家を出る。といっても、学園長に頼んで今月の給料を先にもらい同じ服を数着買っただけなので、先ほどと何も変わらない。

違うとすれば赤いコートがないくらいか。シャツやズボンは数着買えど、コートまで複数は買わない。

早足でシロウが広場へと戻ると、そこにいたのはくつろぐ野良猫たち。

 

「茶々丸?」

 

周囲を探すが茶々丸はいない。彼女の性格からいって勝手にいなくなるという事はないと思うのだが……

 

「!!」

 

先ほど子猫を助けた橋の向こう側。民家の屋根の上で茶々丸とネギ、アスナの3人を発見する。

3人の間に流れ得る空気は明らかに緊迫している。

 

「まさかとは思うが……」

 

嫌な予感がしてシロウは駆け出した。

距離にして300メートルといったところだろうか。そこで事態は一変する。

アスナの体がネギの魔力で包まれ、茶々丸と接近戦を始め、ネギの周囲には魔力でできた光の球体が停滞する。

あの魔法がどのようなモノかはわからないが、茶々丸の焦りの表情から、食らえばただではすまないだろうことがわかる。

シロウは足を魔力で強化をして走るが、間に合うかどうか微妙なところだ。

 

「くそっ、間に合わないか!」

 

放たれる九つの魔力の矢。すでに矢を切り裂く為の 干将・莫耶()はこの手に投影済みだ。

だが届かない。あと10秒。たった10秒早く気が付いていれば間に合ったというのに。

そんなシロウの耳に、小さいながらも確かに声が聞こえた……

 

「すいませんマスター……衛宮先生、私が動かなくなったらネコ達の事を頼みます」

 

そんな、諦めた茶々丸の声が。

 

「たわけ! そんな台詞を吐く暇があるなら最後まであがけ!」

 

叫びと共にシロウは自らの足に限界以上の魔力を注ぎ込む。

足の筋肉、骨が軋む。血管は切れ、内出血をおこし青黒い痣となる。

 

だが、それがどうした。自分の生徒も守れないヤツが、何を護れるというのだ。

今まで私は多くのモノを取り零してきた。イリヤのおかげでせっかく得た2度目の生なのだ。

この世界では何一つとして大切なモノを取りこぼしてやるわけにはいかない!!

 

強化(トレース)重装(フラクタル)!!」

 

今この瞬間に限り、シロウはあの青い槍兵をも凌駕する速さで魔法の矢と茶々丸の間に入り、全ての矢を切り伏せた。

 

「きゃっ! いったい何!?」

 

「い、今誰かが……!?」

 

魔法の矢がかき消されたことにより煙で視界が悪くなる。

突然の事で困惑したネギとアスナは、煙が晴れ現れた人物に更に驚いた。

 

「シ、シロウさん……!?」

 

「何で士郎が! まさか士郎も魔法使いなの!?」

 

アスナはネギ君と共に茶々丸を狙い、私の魔術を見て『魔法』という単語を出した。

つまりアスナは魔法のことを知り、エヴァンジェリンの事もネギ君から聞いた上で、全てを知った上で、今の行為に手を貸したという事か。

 

「やいやい、アンタ邪魔しないでくれよっ!」

 

ネギ君の肩に乗っているイタチ? が何か言っているが、私が一睨みするとネギ君の後ろへと隠れる。

使い魔か何かの類であろうが、今はどうでもいい。そんなことよりも……

 

「どういうつもりだ、ネギ君」

 

「えっ? あの?」

 

いつもより強い口調のシロウに威圧感を感じたのか、数歩下がりながらネギは何がなんだかわからないという顔をする。

それが無性に腹立たしかったのか、それともシロウの癇に障ったのか。シロウの威圧感と語気は更に強くなった。

 

「君は今、茶々丸を殺そうとしたんだぞ」

 

「え……あ……」

 

シロウが真実を突きつけると、ネギの顔は見る見るうちに青くなった。

 

まさか、この子はそんな事も理解せずに茶々丸を襲ったというのか?

 

あまりの早計さに、怒りでシロウの拳は震える。

 

「で、でも、こうでもしないとエヴァンジェリンさんには……」

 

「エヴァンジェリンの件は知っている。なるほど、確かに戦略として君の行動は正しい。だがなネギ君、君は先生だろう? 自分の生徒に危害を加えてどうする」

 

「ちょっと待ってよ! 何もそんなに怒らなくても……」

 

ネギの背後にいたアスナだが、今のシロウの威圧感に流石に危機感を感じたのか、ネギを守るように間に割って入った。

 

「そんなに怒らなくても、だと? 君は人の命を奪うような危険行為をした者を簡単に許せというのか?」

 

「そんな大げさな……」

 

「大げさではない。放った本人はわかっているだろうが、先の魔力の矢は茶々丸を破壊し(殺し)うる威力を持っていた」

 

シロウが視線をネギに移すと、ネギは更に顔を青ざめながら俯く。

 

「で、でも! 茶々丸さんはロボットだから体くらい壊れても……!」

 

恐怖で混乱していたのか、アスナは思ってもいない言葉が出てしまう。

言ってからしまったと思ったが、もはや遅い。今の言葉は完全にシロウを怒らせた。

 

神楽坂明日菜(・・・・・)。君の言っている事は他者に怪我を負わせて、どうせ治るのだからいいと言ってるのと同じ事だぞ」

 

「あう……え、あ……」

 

「それと、今日君達が茶々丸をつけていたのは知っている。なら見ただろう? 茶々丸が何をしていたかを、どんな顔をしていたかを。それでも尚、彼女をロボットだと言う事は私が許さん」

 

アスナもわかってはいるのだ、自分達が間違っていたこという事は。

ただ、年上の自分がネギを守らなければという思いで空回りしてしまっている。

 

「ネギ君、私が言った事をよく考えてみてくれ。……それと、そこのイタチ」

 

「ひっ!?」

 

シロウが改めて睨み付けると、イタチは全速力でその場を離れ、屋根から突き出た煙突の陰に隠れる。

 

「あまりネギ君に変な事を吹き込むな」

 

そう言い残し、シロウは茶々丸を抱えてその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

ネギ達のもとを離れたシロウと茶々丸は、町から少し離れた森の中を歩いていた。

 

「怪我はなかったか」

 

「はい、私に問題はありません。むしろ、衛宮先生の方が重傷だと思うのですが?」

 

ぎこちない足取りで自分の後を追うシロウを見て、茶々丸は心配そうに言う。

 

確かに私の方が重傷ではあるが、茶々丸も十分にボロボロなだろうに。

今日の行動でも分かるが、本当にやさしい娘だ。

 

「なに、この程度の傷は慣れっこだよ。……鞘もあるしな」

 

セイバーとの繋がりがない為、まともな使い道は投影して盾として使うくらいだが、魔力を通せば治癒力を促進する程度の力は発揮してくれる。

 

「何か?」

 

「なんでもない、気にするな」

 

頭に疑問符を浮かべる茶々丸を流し、2人は森の中へと入っていく。

歩くこと数十分。少し木々の開けた場所に、お洒落なログハウスが見えてきた。

 

「ここがエヴァンジェリンの家か。学園からは少し遠いが、自然に囲まれたよいところだな」

 

「マスターは人が嫌いなので、静かなこの場所がお好きなんだそうです」

 

言いながら茶々丸はドアノブにカギを差し回す。

シロウに後についてくるよう目配せして、家の中へと入っていった。

 

「ただいま帰りました」

 

「ああ、遅かったな茶々ま……なんだそいつは?」

 

私の顔を見るなり、ソファの上で寝転がり、黒いワンピースをだらしなく着崩したエヴァンジェリンはめんどくさそうに呟いた。

確かに私は招かれざる客かもしれんが、その露骨に嫌そうな顔をするのはやめてほしい。

 

「なんだとはまたご挨拶だな、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル君。引きこもりの不登校生徒を改心させようと、家庭訪問に来たのだよ」

 

「おいっ、茶々丸! なんでこいつを連れてきた! さっさと捨ててこい!」

 

おい。人を野良犬や野良猫のように言うな。

 

「すみません。マスターに話があるそうなのでお連れしました」

 

怒るエヴァンジェリンに、茶々丸は冷静にサラリと答える。

しかも、すでにお茶の準備までしているではないか。エヴァンジェリンよ、少しは茶々丸の冷静さを見習いたまえ。

 

「私に話だと?」

 

「ああ。先日の件の謝罪と、私の事情を説明しにな。勘違いで敵視されてはたまらん」

 

「先日……? あっ、あの狙撃手は貴様か!! あと一歩というところで邪魔をしおって!」

 

それから興奮気味のエヴァンジェリンを茶々丸の入れてくれた紅茶を飲みながら落ち着かせ、学園長の時同様、簡単に自分の事を説明した。

 

「なるほどな。だいたい事情は分かった」

 

簡易な説明だけで反発せずにその事実を受け入れ理解する所は、さすがに色々と噂に名高い吸血鬼といったところか。

 

「が、貴様自身の事が何もわからんな」

 

「だから言っただろう。私は英霊で、ある人物に助けられてこの世界に来たと」

 

「アホか貴様。この世界に来た事情は理解したが、貴様の人柄が見えてこない。そんな奴を敵か味方か判断などできるか」

 

エヴァンジェリン言うことはもっともだ。

もし立場が逆だったら、シロウもエヴァンジェリンと同じ結論を下すだろう。

 

「私に過去でも話せというかね?」

 

「ふん、馬鹿にするなよ? 誰にでも聞かれたくない過去ぐらいあるだろう、特に貴様のように英霊なんてモノになってしまうほどの者ではな。貴様の過去に興味がないといえば嘘になるが、それを詮索しようとも思わん」

 

エヴァンジェリンはぶっきらぼうな口調に多少の寂しさを感じさせつつ、茶々丸の入れた紅茶を飲みほし、テーブルに置かれたお菓子を口に放り込んだ。

 

「ではどうしろと?」

 

「繰り返しになるが、過去を話せとは言わん。だが、貴様自身、嘘偽りなく自分を言い表してみろ。その言葉で貴様を信用たる人間か判断してやる」

 

エヴァンジェリンの目はスッと細まり、今までで一番真剣な表情になる。

故に、シロウも偽りなく自分を表すに相応しい言葉を選んだ。

 

「そうだな……私は理想に溺れた愚か者さ。平和などというありもしないモノを目指して、いつしか“正義の体現者”となってしまった者だよ」

 

お互い見つめあい、一方は真意を探り、一方は偽りなく全てを曝け出す。

部屋の中を重い空気が支配する。それは、一秒を十秒くらいに感じてしまうほどに。

だが、エヴァンジェリンの不敵な笑みで、その空気は霧散した。

 

「……なるほど“正義の体現者”か。なら私は、さしずめ“悪の体現者”といったところだな。フッ、私と貴様は正反対の存在のようだが、何故か近しいモノを覚えるよ。なぁ『正義の味方』?」

 

多少の……いや、かなりの皮肉を込めて、エヴァンジェリンはシロウを正義の味方と呼ぶ。

 

「生憎、正義の味方は廃業したのだよ。今の私は精々そこらのお人よし程度の存在だ。だから、君が人を殺さないのであれば、私は傍観に徹させてもらう。……だが」

 

弛緩した場の空気をもう一度引き締める。

これから発する言葉が本気だと言わんが如きに。

 

「私の手の届く範囲にいる者。このかや3-Aの生徒に危害を加えるのならば、相応の覚悟をしてもらう事になる」

 

「ふん、安心しろ。女、子供は殺さん主義だ」

 

冷静に返事はしたが、エヴァの心は心底楽しみを感じていた。エヴァは直感した。この男は、面白い存在だと。

真祖の吸血鬼であり、最強の魔法使いである自分が認められるほどの男。退屈凌ぎには十分の存在だ。

その後、エヴァンジェリンがシロウの世界の魔術に興味があるので話せと言い、シロウも色々とこの世界の魔法の事が知りたかったのでそれを了承した。

結果的にその日は泊まる事になり、次の日も日曜で学校がないからと徹夜でエヴァンジェリンの相手をさせられた。

結果、月曜日エヴァンジェリンは風邪で学校を休んだ。

 

「10歳の少女の体で夜更かしなどするからだ」

 

そんなことを呟きつつ、昼休み中に午後の授業の準備をしてしまおうと机から教材を出していると、真剣な表情でネギが近づいてきた。

 

「シロウさん」

 

「ん、どうした? ネギ君」

 

ネギの表情は休み前とは違い、何かを決意したような顔つきだった。

おそらく、ネギをそうさせる何かが休日中にあったのだろう。

 

「この間はありがとうございました。僕は、取り返しのつかないことをするところでした」

 

「いや、気づけたのならいいんだ」

 

本当に気づけたのなら、な。

もう少し、ネギ君の様子を見たほうがいいだろう。ネギ君からは、どことなく昔の私に近しいものを感じる。

もしも衛宮士郎と同じ道を歩むのであれば、その時は私が───

 

「俺っちもすまなかったな旦那!」

 

ネギの肩から顔を出す白いイタチ。

昨日も思ったのだが、喋っている。使い魔の類だろうか?

 

「ああ、貴様はあの時のイタチか。ネギ君の使い魔か?」

 

「ちっちっちっ、違うぜ旦那」

 

白いイタチは、器用にその小さな指を振る。

この間の事があってよくそんなフランクに話せるものだと、シロウは僅かながらに感心した。

 

「俺っちは由緒正しきオコジョ妖精のアルベール・カモミールってんだ。カモって呼んでくれ」

 

「オコジョ妖精のカモ……か」

 

いささか言いたいことはあるが、たぶんオコジョ妖精とは猫妖精(ケットシー)みたいなものなのだろうと納得する。

 

「あの、シロウさん。僕エヴァンジェリンさんと正々堂々勝負する事にしました」

 

オコジョのせいで話がそがれていたが、ネギが口を開いて場の空気が真剣なものへと戻される。

正式な一対一の戦い。それがネギの出した答え。なら、シロウが口を挟めることではない。

 

「そうか、私は何もできないが頑張ってくれ」

 

「はいっ! あ、それでですね、今からエヴァンジェリンさんに果たし状を渡しに行こうと思うんですが……」

 

「待て、授業はどうする気だ。副担任という役職なのに申し訳ないが、私は授業はできないぞ」

 

一応一般水準の大学卒業程度の学力はあるので、わからないところを教える程度ならできるだろう。

しかし、授業となれば話は別だ。

 

「授業が始まるまでには、帰ってくるつもりです」

 

「……わかった。くれぐれも授業までに帰れないなどと言うことがないようにな」

 

そして、ネギはエヴァの家へと向かった。

 

「……しまった。そういえば、エヴァンジェリンは風邪で寝込んでるんじゃなかったか?」

 

ついさっきまでそのことを考えていたというのに忘れてしまうとは……凛のうっかりが移ったか?

 

「まあ……いいか」

 

結局、ネギは授業が始まっても帰ってこなく、他に手の空いてる教諭もいなかった為、シロウが授業する事になってしまった。

 

「藤ねぇ……オレ、はじめて貴女を尊敬したかもしれない」

 

そして、普段いいかげんに見えていた姉代わりだった人の仕事が、どんなに大変かを知ったのであった。

 

 

───そんなドタバタの日々を終えた翌日。「今夜ぼーやと戦う事にしたよ」とエヴァから告げられた。

 

 

 

 

 

時刻は夜の7時。科学技術を利用した学園結界の整備をする為、麻帆良は一時的に停電となり、暗闇が訪れる。

無論、停電中は結界も効果をなさないので、エヴァンジェリンは制限なく力を使えるというわけだ。

今シロウがいるのは、橋の見える位置にある高い家の屋根の上。

 

「ほう、捕縛結界とはネギ君もなかなか器用だな。戦略としても悪くない」

 

一見やられている様に見えたネギだったが、エヴァンジェリンが橋へきた時に予め設置しておいたのであろう捕縛用の魔法を発動させた。

さすが天才少年と言われているだけあって、中々の策士のようだ。

だが、相手は数百年を生きる真祖の吸血鬼。そう簡単に捕まえられるわけもなく、茶々丸によって捕縛結界は破られネギは血を吸われそうになる。

 

「ネギ君も頑張ったが、まぁ、こんなものだろうな……ん? あれは」

 

エヴァンジェリンの勝利かと思われた時、両サイドで結った長い髪を揺らしながら、橋に向かって走ってくる人影が見えた。

 

(何故かこの光景にデジャヴが……)

 

なんて思っていると、カモがマグネシウムに火を灯し強烈な発光によって茶々丸に目くらましをする。

精巧に作られているのが仇になったのか、ロボットである茶々丸に目くらましは十分に効果を発揮したようだ。

その隙に、前回同様アスナはエヴァンジェリンにとび蹴りを食らわせ、ネギとその場から離脱。仮契約(パクティオー)を完了させた。

これでお互い2対2になったわけだが、茶々丸と素人のアスナでは戦力に差がありすぎるだろう……と考えていたシロウだが、実際は違った。

 

「ほう……?」

 

アスナはネギからの魔力供給と、素人とは思えない動きで完全に茶々丸を抑えている。

本当に、アスナには驚かされてばかりだ。

 

雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」

 

闇の吹雪(ニウイス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 

従者同士が戦っている間に、ネギとエヴァンジェリンの魔法がぶつかり合う。

2人の魔法は、属性こそ違うが同種の魔法。最初は拮抗していたものの、やはり経験の差か、エヴァンジェリンの闇の吹雪がネギの雷の暴風を押し始める。

 

「これは、僅かな差でネギ君の負けだな」

 

そう思った瞬間、

 

「へクションッ!」

 

くしゃみと共にネギの魔力が瞬間的に跳ね上がり、エヴァンジェリンの魔法を押し返してしまった。

 

「……は? いや、まさか本当にネギ君がエヴァンジェリンに勝ってしまうとは」

 

そう感心? していた時、丁度学園都市の電気が回復し始めた。

都市の中心からだんだんと明るくなってくる。だが、そこでエヴァンジェリン、茶々丸、シロウの3人は気が付いた。

電気が供給され始めたと言いうことは、間もなく学園結界は再起動すると。

 

「マスター!!」

 

「きゃんっ」

 

茶々丸が叫んだが遅かった。結界が復活した事によりエヴァンジェリンの魔力は封印され、電気ショックを受け気絶したかのように川へと落下していく。

 

「まずい! 彼女が吸血鬼なら……!!」

 

世界が違うとはいえ、大まかな部分はシロウの世界と同じ。

ならば、吸血鬼であるエヴァンジェリンは流水に弱い可能性がある。

すぐにシロウは足を強化し、屋根の上を跳んでいく。

 

投影(トレース)開始(オン)!」

 

投影するのはライダーが使っていた鎖つきの短剣。その片方を橋の上にいる茶々丸に投げる。

シロウがいる事に気がついていたのか、茶々丸は驚いた様子も見せず頷いて短剣をしっかりと掴む。

そして、もう片方は鎖の部分を自分の右腕に巻きつけ、落下するエヴァンジェリンを抱き寄せた。

 

「ぐっ……無事かね? エヴァンジェリン」

 

「なっ!? 貴様……!!」

 

エヴァンジェリンは、全裸でシロウの腕の中にいる状態に気づき暴れだす。

 

「放せ、バカ!」

 

「放すのはいいが川へ落ちるぞ?」

 

「むっ……!」

 

結界のショックで一瞬意識が飛び混乱していたエヴァンジェリンだが、状況を把握すると直ぐにおとなしくなった。

この期に及んで暴れるほど、冷静さを欠いているわけではないらしい。

 

「ふん。私は別に流水が苦手なわけではないが……すまん、助かった」

 

普段のエヴァンジェリンらしからぬ素直な感謝の言葉に、不謹慎ながらも笑いが漏れてしまう。

 

「クッ、まさか君に素直に礼を言われるとは。明日は雨か?」

 

「っ!! 何だとこのっ、人が素直に礼を言えばっ」

 

「君は人ではないだろう」

 

「うがぁぁぁあああーーーー!!」

 

どうもこの少女を見ていると、姿形は全く違うというのに、私の恩人でありパートナーであった赤い少女を思い出しからかいたくなってしまう。

 

「すまん、冗談だよエヴァンジェリン」

 

「……エヴァでいい」

 

「ん?」

 

「エヴァと呼べと言ったのだっ!」

 

ああそういうことか。

エヴァンジェリンの言いたい事を理解し、今度は何のからかいもなく真面目に答える。

 

 

「了解したよ───エヴァ」

 

 

 

 

こうして吸血鬼騒動は幕を閉じるのであった。

 

 

 




はいどうもアンリマユです。僕の事は親しみを込めてアンリさんと呼びなさい♪(某漫画のチートキャラ風)。
はい、こんな感じでとりあえず吸血鬼篇的なモノが終わりひと段落です。次回からは修学旅行編というか京都編というか……まぁ、わかりやすく言えばこのかと刹那が一杯出てくる話ですかね。

えーとはい。それで今回からあとがきで、話中に出てきた宝具紹介をしていきたいと思います。


干将(カンショウ) 莫耶(バクヤ)
春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が作り上げた夫婦剣。
なかなか剣が完成せず思い悩む夫を見た妻の莫耶が、神の加護を得る為の人身御供として自ら炉に飛び込んだという逸話がある。干将の妻・莫耶の命を以って五山精、六英金を溶け合わせた、陰陽を体現した夫婦剣であり、紛失しても必ず持ち主の元へ戻るといわれ、互いに引き合う性質を持つ。
尚、アーチャーのいかなる趣向か、刀身には魔除けと思われる言葉が刻まれている。
 鶴翼不欠落
 心技至泰山
 心技渡黄河
 唯名納別天
 両雄倶別命
 ――――両雄、共命別。


それでは、また次回!


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修学旅行 編
修学旅行


吸血鬼事件から早いものでもう数週間。何事もなかったかのように時は刻まれていく。

絶え間なく教室から聞こえてくる楽しげな声。それもそのはず、3年生は修学旅行を控えているのだ。その日が近づくにつれはしゃいでしまうのもしょうがないだろう。

だが、何故かそんな中シロウとネギは思案顔で学園長室へと足を向ける。

 

「いったい何の用なんでしょうか? はっ、まさか修学旅行が中止とか」

 

「いや、流石にそれはないだろう」

 

「そっ、そうですよね!」

 

どうやらネギは父親である千の呪文の男(サウザンド・マスター)の手がかりが京都にあるとエヴァに言われたらしく、修学旅行が中止になるのではないかと心配しているようだ。

普通に考えれば今まで何の連絡もなかったし、生徒達も楽しみにしている修学旅行を急遽中止にすることなどありえない。

話があるとすれば、前に説明された関西呪術教会とやらの件あたりだろうとシロウは考えていたのだが、学園長室へ入った瞬間その考えは打ち砕かれた。

 

「ネギ君、エミヤ君。実はの、修学旅行が中止に……「ええ~!修学旅行が中止~!?」……む?」

 

そのまま へなへな と壁に寄りかかるネギ。

まさか本当に修学旅行が中止になるとは哀れなり。

 

「待て待て、まだ完全に中止とは言っとらん。ただ、ちょっと先方が嫌がっていての」

 

学園長は関西呪術協会が西洋の魔法使いであるネギが来るのを良く思ってないと説明する。

その為、ネギに特使として西の長に親書を届けてもらいたいらしい。

 

「ただ、道中西からの妨害があるかもしれんが……」

 

「わかりました、任せてください学園長。」

 

「うむ、では頼んだぞ。ああ、エミヤ君は話があるので残ってくれ」

 

「わかった」

 

こうなる事は大体予想は出来ていた。親書の件だけならば、わざわざシロウを呼ぶ必要は無い。

ネギが学園町室を出たのを確認すると、学園長は口を開いた。

 

「実は、問題なのは親書の事だけではなくての」

 

「このかの事……だけではないな。関西呪術協会で派閥でもあるのか?」

 

「むぅ……いつものことながら鋭いのぅエミヤ君」

 

頭に汗を浮かべながら、半ば呆れたように言う学園長。

そうは言っても推測しやすすぎる。ここへ呼び出される時は何かしらこのか関連の事で学園長が困っている時だ。

それに、このかの実家が関西呪術教会だという事も聞いている。

 

「なに、貴方からの説明を繋ぎ合せれば推測はそう難しくないさ。更に言えば、このかの護衛に京都の神鳴流剣士である刹那が付いているからな」

 

京都出身であるこのかが、護衛までつけて他県の麻帆良に入学している。

となれば、内輪で何か問題があるのでは? と推論するのはたやすい。

 

「うむ、その通りじゃ。西の奴らの中でこちらを良く思っていない者達が、このかの魔力を利用しようとするかもしれん。そこで、エミヤ君には刹那君と共にこのかの護衛を頼みたい」

 

「それは構わん。だが、ネギ君には話さなくてもいいのか?」

 

「ネギ君には親書のことがあるからの、あまり負担を掛けたくないのじゃ」

 

確かに、生徒達の面倒を見ながら親書を渡すという任務に加え、このかの護衛ともなれば戦闘は避けられないだろう。

魔法使いとはいえ、10歳のネギには少し荷が重い。

 

「わかった。このかの事は任せるといい」

 

「うむ、頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

修学旅行当日

 

少し早めに来たはずだったが、3-Aの生徒達は何人かもう来ている。

 

「おはよう、しろう~」

 

「ああ、おはようこのか。それとネギ君にアスナ」

 

「あ、シロウさん。おはようございます!」

 

「おはよう、士郎。じゃなくて、士郎先生」

 

ネギはよほど楽しみなのか、朝からテンションが高い。そんなネギに、保護者のアスナはやれやれといった感じだ。

それから、しばらくして3年生の全員がそろったので新幹線へと乗り込む。

 

「ネギ先生」

 

「どうしたんですか? 桜咲刹那さんにザジさん」

 

「エヴァンジェリンさん達がいない為、私達の班は2人になってしまったのですが」

 

「あ、わかりました。それじゃあ桜咲さんはアスナさんの班に、ザジさんはいいんちょさんの班でお願いします」

 

どうやら、エヴァは修学旅行に来ないようだ。

普段の授業はサボっているが、エヴァは旅行が好きそうだから、来ると思ったのだが……

 

「ああ、件の呪いか」

 

そこでシロウはエヴァの登校地獄の呪いの事を思い出す。

宝具の中には、エヴァの呪いを解くことも可能なモノがある。言ってくれれば力を貸す事も出来たが、仮にも世界最強を名乗っているのだ。そう易々と他人に頭を下げる事はできないだろう。

 

「あ……せっちゃん。一緒の班やなぁ」

 

「あ……」

 

このかの言葉にお辞儀だけして、刹那は行ってしまう。

 

「む? 刹那はこのかと仲が悪いのだろうか……いや、でもそれなら護衛などしないか」

 

悩みながらも、教職員用の席に着く。

新幹線が発車してしばらくすると、何か光の玉のようなものが飛んできた。

 

「衛宮先生~」

 

「ん?」

 

よく見ると、手のひらくらいの大きさの刹那だった。

 

「君は、刹那か?」

 

「はい! 私は桜咲刹那の式紙で、ちびせつなと言います」

 

式紙……確か、陰陽師が使う、使い魔みたいなものだったはずだ。

 

「そうか、よろしくちびせつな」

 

そう言うと、ちびせつなはペコリと可愛くお辞儀する。

 

「あの、本体が話があるので来てほしいと言っているんですが」

 

本体という事は刹那か。

話とは、やはりこのかの護衛の件だろうか。

 

「わかった」

 

ちびせつなに続き、刹那の下へと向かう。

列車と列車の境目。洗面所や自動販売機が設置されている場所に、刹那が立っていた。

 

「どうした刹那?」

 

「士郎先生、わざわざすみません」

 

刹那の下に着くとちびせつなが ポンッ と人型の紙になる。

使い魔の様に契約する必要がないうえ、依代になるものが紙だけとは式紙とは便利なものだ。

 

「お嬢様の事で少し話が」

 

「ああ、学園長から大体の話は聞いている。私もこのかの護衛をする様言われた」

 

「そうなんですか、士郎先生がいるのなら心強いです」

 

刹那はこの前の夜よりだいぶ私の事を信用してくれているようだ。

それはとてもありがたい事だ。

 

……ああそうだ、このかとの事を聞かなくては。

 

「そういえば刹那。先ほどの君の行動、このかを避けてるように見えたのだが?」

 

「えっ! い、いえ、そんな事は」

 

このかの名前をだすと、あからさまに慌てだす刹那。

これはでは嘘をついていないと思う方が難しい。

 

「刹那、君達に何があったかは聞かん。だが、このかを守るというならば、その身だけでなく心も守らなければならないという事を忘れるな」

 

「え?」

 

「私は、ただ一振りの剣となって人々を護ろうとした少女を知っている───」

 

シロウは国を守る為に王となった少女を思い出す。

 

《王は人の心がわからない》

 

そう、彼女は国を、民を守る為、人ではなく王であり続けた。

自分の心を殺し、より多くの民の命を救った。

しかし、いついかなる時も王であり続けた彼女の姿を見て、民は王の心がわからなくなった。

そして、王も民の命を救う事に必死になりすぎて、臣下の心も、民の心も分からなくなってしまった。

 

だからこそ私は……オレは、彼女の心を救いたかった。

 

 

「正直、見ていられなかったよ。その少女を救いたいとも思った」

 

故に、大切な人を守る為に、自分の心を殺してまで一人戦おうとしているこの少女に、そんな思いはさせたくなかった。

 

「今の私は彼女を救えたかどうかさえ思い出せないがね」

 

「士郎先生、それはいったい……?」

 

そんな事を話していると、どうも列車内が騒がしい事に気づく。

 

「なんだ?」

 

「どうしたんでしょうか?」

 

様子を見ようと扉を開けた瞬間、手紙を銜えたツバメが飛んできた。

 

キンッ という音と共に走る白銀の線。

驚くことに、刹那はこの狭い通路の中で野太刀を居合の様に抜き放ち、ツバメを真っ二つに斬り裂いたのだ。

着られたツバメは紙切れとなって床に落ちる。

 

「式神か……と、これはネギ君の親書じゃないか」

 

ツバメが持っていたのは、ネギ君が持っているはずの親書だった。

 

「なるほど、これが西からの妨害か」

 

なんとも幼稚な……

などと思っていると、ネギが慌てた様子でやってきた。

 

「待てー!」

 

「ほら、ネギ君これだろ? ダメじゃないかちゃんと持っておかないと」

 

シロウは親書をネギに差し出す。

 

「あ、シロウさん、ありがとうございます。助かりました。」

 

「いや、礼を言うなら刹那に言ってくれ。取り返したのは刹那だからな」

 

「え、桜咲さんが? ありがとうございます」

 

刹那が取り返したという事に、ネギは多少疑問を持ったようだが、素直に礼を言った。

 

「いえ、気をつけた方がいいですね、先生。特に……向こうに着いてからはね」

 

そう言って、刹那は席へと戻る。

 

……はぁ。やれやれ、素直じゃないな刹那も。

あんな言い方では、色々と誤解されてしまうだろうに。

 

「さ、ネギ君。我々も戻ろう」

 

「はい、そうですね」

 

 

 

 

京都駅到着

 

「皆さん、京都に着きました!」

 

「いえーい!」「京都ー!」

 

3-Aはいつにも増して元気いっぱいだ。

だが、それはシロウも同じだった。この世界に来るまで戦い尽くめの毎日だったのだ。多少気分が高揚しても仕方ないと言えよう。

 

「ふむ、このかの護衛があるとはいえ、私も少しは楽しむか」

 

「しろう何してるん、早くいくえ~」

 

「ああ、今行くよ」

 

落ち着いて旅行などした事がなかったシロウは、軽い足取りで歩いていく。

 

 

 

 

清水寺

 

「おお~ここが噂の飛び降りるアレかー」

 

「誰か飛び降りろー!」

 

「いや、「清水の舞台から飛び降りる」というのは、思い切って物事を行うことの例えであって、実際にやる事では……」

 

「では、拙者が」

 

馬鹿な事を言っている生徒達にシロウが説明をしていると、一人の生徒が本当に飛び降りてしまった。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

生徒達に見えない様、服の中に手を入れて投影したのは性悪シスターが好んで使うマグダラの聖該布。

女性相手では多少丈夫な布に過ぎないが、落下した生徒を捕まえるだけならば十分な力を発揮してくれるだろう。

 

私に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)

 

「ご、ござっ!?」

 

意思を持っているかのごとく、マグダラの聖骸布は落下していく長瀬楓を拘束する。

 

 

「楓、周りに迷惑がかかることはしないように。もし次にこんな事をした場合、今夜は簀巻きの状態で寝てもらうことになる」

 

「……はいでござる」

 

 

 

 

 

地主神社 恋占いの石

 

「これで、某N先生との恋愛は見事成就ですわ!!!」

 

「ずるーい、いいんちょ目開けてるでしょ」

 

目を瞑っているはずなのに、まるで見えているかのようなスピードで歩く雪広あやか。

恋する乙女のパワーは無限大である。

 

「きゃーまたカエルー!?」

 

しかし、あやかとまき絵は途中に仕掛けられていた落とし穴に落ちてしまう。

中には、何故かカエル。

 

「くっ、何故こんなところに落とし穴がっ! あやか、まき絵大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫ですわ衛宮先生」

 

「私も平気~」

 

 

 

 

音羽の滝

 

「うぃ~」

 

「ひっく」

 

音羽の滝で水を飲んだ生徒の様子がおかしい。

顔はほんのりと赤くなり、足取りがおぼつかなくなっている。

 

「なあ、ネギ君、様子がおかしくないか?」

 

「そういえば……」

 

シロウとネギは急いで滝の水を確認する。

 

「これは……酒?」

 

「キャー!みんな酔っ払ってる」

 

「ええ~!」

 

「まずいぞネギ君、新田先生達にばれたら修学旅行が中止になってしまう!」

 

「あわわわわっ!」

 

シロウとネギはまだ酒を飲んでいなかったアスナ、刹那、このかの3人に協力してもらい、泥酔している生徒達を急いでバスに放り込んだ。

 

 

 

 

 

ホテル嵐山

 

「ふう、やっと落ち着いたか」

 

酔っ払って寝てしまった生徒達を部屋に運び、やっと一息つくことができた。

その時、通路の先から源しずな教諭がやってくる。

 

「衛宮先生、教員は早めにお風呂を済ませてくださいね」

 

「わざわざすみません、しずな教諭」

 

「いえいえ。ネギ先生も今お風呂に行ってるから早く行ってあげて」

 

「わかりました」

 

今日の疲れ(主に精神的な)を癒す為、風呂場へと向かう。

風呂場へ入るとそこには日本の和を感じさせる見事な露天風呂……ではなく、裸のネギと刹那がいた。

裸なのは風呂だから当然だろう、だが何故刹那がいるのか。

 

「刹那、ネギ君、何やってるんだ?」

 

「士郎先生!?」

 

「シロウさん!?」

 

「あ、あのこれは……!!」

 

刹那が状況を説明しようとした瞬間、

 

「ひゃぁぁああ~~~~~」

 

と、脱衣所から悲鳴が聞こえた。

 

「こ、この悲鳴は」

 

「このか!?」

 

「お嬢様!?」

 

シロウと刹那は同時に動き出す。

ドアを開けると、このかとアスナが小ザルに服を脱がされそうになっていた。

 

「このかお嬢様に何をするかー!」

 

激怒した刹那は、刀を手にサル達に斬りかかるが……

 

「キャッ、桜咲さん何やってんの! その剣本物!?」

 

「ダメですよ、おサルさん切っちゃカワイそうですよー」

 

ネギとアスナに止められ、刹那は身動きが取れなくなってしまう。

その間に、小ザル達はこのかを連れて行こうとする。

 

「たわけ! 何をしている、あのサル達は式紙だ!」

 

シロウはネギ達を叱咤しながら、干将・莫耶を投影しサルを斬る。

 

「数が多いな」

 

「士郎先生下がって!」

 

シロウが邪魔なサルを切ったところに。刹那が滑り込む。

 

「神鳴流奥義───百烈桜華斬!!」

 

刹那の技でサルは消し飛び、花弁が舞う。その光景はとても綺麗で、剣技というよりも剣舞と呼ぶに相応しいものだった。

 

「せ、せっちゃん。よーわからんけど助けてくれたん? ありがとうな」

 

「あ、いや……っ!!」

 

このかに礼を言われると、刹那は逃げ出してしまった。

 

「……なぜ逃げる刹那よ?」

 

その後ロビーに移動し、このかが刹那のとの関係を話し始めた。

このかと刹那は小さい頃から友達で、よく遊んでいたらしい。

だが、このかが麻帆良に行く事になり一度離れ離れになってしまい、中学に上がり刹那が麻帆良にやってきたので、久しぶり遊べると思ったら避けられるようになっていたそうだ。

 

「……っ」

 

このかの目から涙が落ちる。

 

「何かウチ、悪いことしたんかなぁ……せっちゃん昔見たく話してくれへんよーになってて……」

 

その姿を見てあまりにもいたたまれす、シロウはあやすようにこのかの頭をなでる。

 

「……しろう?」

 

「大丈夫だこのか。刹那はこのかの事を嫌ってなんかいないさ」

 

「ほんま?」

 

「ああ、本当だ」

 

不安げに見つめるこのかにしっかりと頷く。

これは嘘でも励ましでもない事実だ。初めて刹那に合った時の事や、今までの刹那の行動を考えればこのかのことを嫌いになったとは考えられない。

 

「ただ、刹那はちょっと恥ずかしいんだろう。久しぶりに友達と会って、何を話したらいいかわからないんだ。だから、このかが諦めずに話しかければ、そのうち前みたいに話せるようになるさ」

 

私の言葉でどこまでこのかを安心させられるかは分からない。けれど言わずにはいられなかったのだ。

やさしい少女が泣いている。この身はそれを放っておくことなどできないのだから。

 

シロウの言葉が届いたのか、いつの間にかこのかの涙は止まっていた。

 

「そっか、ウチ頑張る!」

 

握りこぶしを作るこのか。

 

「ああ、その意気だ。さ、そろそろ就寝時間だから部屋に戻りなさい」

 

「うん! ありがとなしろう。それと、ネギ君にアスナも」

 

「いいのよ、友達でしょ」

 

「僕は先生ですから」

 

そして、このかは部屋へと戻る。

このかが部屋に戻るのを確認してから、シロウ達は西の妨害対策を練る事にした。

話し合いの結果、私シロウは外の見張り。ネギ達は、ホテルの中を見回る事になった。

 

「では、私は屋根の上で見張りをする」

 

「わかりました。僕達はホテル内を見てきます」

 

ネギとアスナと別れ、シロウが屋根へと向かう途中、刹那を見かけた。

刹那は、ホテルの出入り口に符の様な物を貼っている。

 

「結界か刹那?」

 

「あ、士郎先生。はい、これは式紙返しの結界です。士郎先生は何を?」

 

「私はこれから、屋根の上に周囲を見張りに行くところだ」

 

「そうですか。では、これを」

 

刹那が出したのは、ちびせつなだった。

 

「何かあれば、式紙を通じて連絡いたしますので」

 

「了解した。では行こうか、ちびせつなよ」

 

「ハイッ!」

 

満開の星空の下。ちびせつなと2人辺りを警戒していると……

 

「本体から連絡です! このかお嬢様がさらわれました! ホテルから逃げる犯人を確認してほしいそうです!」

 

と、ちびせつなが言った。

ホテルの中と外。両方を警戒しているのだから、不審者がいればすぐに気づく。

だが、気づかなかったという事は、

 

「ちっ、既にホテルに侵入されていたか……見つけたぞ」

 

シロウは気休め程度にと赤い外套を投影して身に纏い、このかの救出に向かった。

 

 

 

 




どもどもアンリです。今回は特に戦闘もなく、ゆったりとした感じですかね。まぁ、前の話でちょっとシリアスなシーンがありましたからね。
次回では軽くですが、いよいよシロウの戦闘シーンが登場します……といっても、やはりあまり派手なものにはなりそうにないです。派手な戦闘シーンは京都編のクライマックスを楽しみにしていてください。

さてと、それでは宝具……ではないですが、ちょろっと紹介を。

『マグダラの聖骸布』
マグダラのマリアがもっていたと言われる聖骸布。
相手を拘束することに特化した礼装で、特に男性には破ることができない。しかし、あくまで拘束するものなので、拘束によるダメージは与えられない。


マグダラの聖骸布については私もよく知りません。てへぺろ♪……すいません。
なので、もし何か追記がある方は感想の方にお書きください。

ではまた次回!


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誓い

京都の夜空を赤い影が疾駆する。

赤い影は屋根から屋根へ跳躍し、このかを抱えて走るサルの着ぐるみを着た妙な女の前へ降り立った。

 

「待て」

 

「ちっ、もう追いついたんか!?」

 

シロウを見てすぐに追ってだと気付いたという事は、電車内でのツバメ、風呂場でのサルの式神の術者とみて間違いないだろう。

着ぐるみ女は札を出し呪文を唱えると、たくさんの式紙(サル)達が出てきた。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

干将・莫耶を投影しサルを切り刻む。しかし、着ぐるみ女はその隙をついて再び逃げ出した。

進行方向からして、どうやら着ぐるみ女は駅に向かっているようだ。

 

「ちびせつな、敵は駅に向かっていると刹那に伝えろ」

 

「はいっ!」

 

駅に着くと、着ぐるみ女は電車の中へと入るのでそれに続く。

 

「このかを返してもらおうか」

 

「くっ! お兄さんもしつこいどすなあ」

 

「待てー」

 

電車のドアが閉まる直前、ネギ達が飛び込んできた。

何とか間に合ったようだ。

 

「このかお嬢様を返せ!」

 

「フフ……ほな、2枚目のお札いきますえ。お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 

先程と同様、着ぐるみ女は呪文を唱えると、またも札を投げてくる。

すると……

 

「なっ!?」

 

札から大量の水が出てきた。

先ほどの術とのあまりの違いに反応が一瞬遅れ、流されそうになる。

 

「まずい!」

 

この狭い車両の中で流されるのは危険と判断し、すぐに刹那達を抱き寄せ手摺りを掴む。

 

「ゴガ、ゴボ!?」

 

シロウはまだ大丈夫だが、このままではネギ達の息がもたない。

いきなりの洪水で驚いたアスナやネギは、十分に息を吸えなかったのか、既に溺れそうだった。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

投影するのは中国に伝わる八振りの霊剣の一つ。水を斬ると二つに割れたという伝説を持つ剣。

 

「『水は断たれ交わらぬ(ダンスイ)』!!!」

 

断水(ダンスイ)を振ると、シロウ達を避けるように水が割れる。

 

「ごほっ……斬空閃っ!!」

 

水が割れ自由になった刹那は、斬撃を飛ばし列車のドアを破壊した。

水は破壊されたドアから全て流れ出し、シロウ達も無事脱出する。

 

「はぁ、はぁ……嫌がらせはあきらめて、おとなしくお嬢様を返すがいい」

 

「ハァハァ、なかなかやりますなあ。しかし、このかお嬢様は返しまへんえ」

 

何度も術を行使した事で流石に疲労したのか、着ぐるみ女は肩で息をする。

しかし、往生際の悪い事。また着ぐるみ女は逃げ出した。

 

「え……」

 

「このかお嬢様?」

 

アスナとネギは、状況がよくわからないようだ。

だが、シロウはようやく確証を得た。着ぐるみ女がこのかをお嬢様と呼ぶという事は、やはり西の……

 

「刹那、やはりあの女は……」

 

「はい。どうやらお嬢様を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうとしている連中のようです」

 

「何よそれ!」

 

「な、何ですかそれ!」

 

アスナとネギ君は、刹那の言葉に驚いている。

このかの件を知らないネギ達が驚くのも無理ないが、今は説明している暇はない。

不満げなアスナとネギを一先ずなだめ、再び着ぐるみ女を追う。

 

「くっ……私がついていながら」

 

「いや、刹那のせいだけではない。私も油断していた」

 

シロウは自分が腹立たしかった。

自分がが油断しなければ、このかはさらわれなかっただろうに。

 

「あの女、どうやらもう逃げる気はないらしいな」

 

そうこうしている内に、着ぐるみ女に追いつく。

いや、追いつくというより、着ぐるみ女が待っていたという方が正しいか。

 

「ようここまで追ってこられましたなあ」

 

いつの間にか、着ぐるみ女は着ぐるみを脱ぎ普通の和服になっている。

 

「そやけどそれもここまでですえ。3枚目の呪符いかせてもらいますえ」

 

「おのれ、させるか!」

 

女がまた札を構えるのを見て、刹那が飛び出す。

どんどん術の威力が上がっている札を警戒するのはいいが、このかの事で完全に冷静さをうしなっている。アレは危険だ。

 

「まて、刹那!」

 

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす。喰らいなはれ、三枚符術京都大文字焼き」

 

女の呪文と共に、巨大な大の字の炎が刹那を襲う。

 

「ちっ! I am the……」

 

シロウはアイアスを投影しようするが、

 

風花(フランス) 風塵乱舞(サルタテイオ・プルウエレア)!!」

 

その前に、ネギの魔法によって炎はかき消された。

そして、ネギはアスナに魔力供給をしアーティファクトを渡す。

 

「行くよ、桜咲さん!」

 

「え……は、はい!」

 

ネギとアスナの介入で、刹那はなんとか冷静さを取り戻したようだ。

気を取り直しアスナと刹那が呪符使いの女を攻撃しようとした瞬間、2体の式紙に邪魔される。

 

「ウチの猿鬼(エンキ)熊鬼(ユウキ)は、なかなか強力ですえ」

 

女は得意げに語るが、隙だらけだ。これならばネギ、アスナ、刹那の3人で抑える事ができるだろう。

シロウは着ぐるみ女から一度意識をはずし、異様な殺気でこちらを伺うもう一人の人物に声をかけた。

 

「せっかく気配を消しても、その殺気で意味がないな」

 

「あはは~、ばれてましたか~。どうも~、神鳴流です~。月詠いいます~」

 

神鳴流……刹那と同じ流派か。

西の呪術師だけでなく、神鳴流の剣士も反旗を翻した様だ。

 

「邪魔をするのなら、排除させてもらう」

 

「いけずやな~お兄さん、そんなこと言わんと楽しみましょう~」

 

話し方こそ おっとり としているが、その体からは異様な雰囲気が漂っている。

 

「生憎、戦いを楽しむ趣味などないものでね」

 

「いきますえ~。え~い、や~、と~」

 

シロウは月詠の剣撃をいなし反撃を試みる。

しかし、やる気のない掛け声とは裏腹に、その剣閃は鋭く反撃の隙がない。

 

「お兄さんお強いな~。これならどうや~、ざ~んが~んけ~ん」

 

今までの鋭い剣技とは違い、重い一撃がシロウを襲う。

斬岩剣。その名称から高威力の一撃と判断したシロウは干将・莫耶を交差させその一撃を防いだ。

 

「む!?」

 

予想を遥かに上回る重い一撃。片手で受けていれば、腕事弾かれていただろう。

 

「お~すごいですね~。じゃ~これでどうですか~? ざ~んが~んけ~ん……」

 

月詠は再び斬岩剣を放とうとした為、シロウは受けるのではなくいなそうと試みる。

しかし……

 

「にれんげ~き!」

 

「!!」

 

いなした剣の軌道は直角に曲がり、再びシロウを襲う。

やむを得ず剣で受けるシロウだが、今の肉体では筋力的に斬岩剣を何度も受けられるほど強くはなく、干将・莫耶を弾かれ無防備になってしまった。

 

「隙あり~!」

 

「フッ」

 

無防備のシロウに容赦なく迫る剣閃。

しかし、月詠の刀はシロウの手にある干将・莫耶に止められた。

 

「ほえ? どーやったんどすか~?」

 

「悪いが、敵にタネを明かすほどお人よしではないのでね」

 

シロウは月詠の刀を押し返し距離を取ると同時に干将・莫耶を投げつける。

 

「ほわっ!?」

 

月詠が干将・莫耶を防いだ瞬間。

 

「ふっ!」

 

シロウが新たに投影した、黒鍵8本によって壁に縫い付けられた。

 

「しばらくそこでじっとしていてもらおうか」

 

「え~、ほんまお兄さんはいけずやわ~。もっと楽しみましょ~?」

 

壁に縫い付けられ身動きが取れず、プラプラと刀を振りながら月詠は言う。

こんな状況だというのに、態度が変わらないとは。肝が据わっているのか、それとも天然なのか……

 

「さっきも言ったが、私に戦いを楽しむ趣味はない。それより君はまず心を鍛えるべきだ。戦いを求め続ければ、いつか魔に落ちるぞ」

 

それだけを告げ、シロウはすぐに刹那たちの下へ向かった。

 

「……魔かぁ。魔に落ちたら、お兄さんは相手してくれはるんかな~?」

 

 

 

 

 

シロウから少し離れた場所。刹那達は呪符使いの女相手に苦戦していた。もちろん実力的なものではなく、現状のせいでだ。

このかの事を気遣って、積極的に攻撃する事が出来ない刹那達。それを小馬鹿にするように、呪符使いの女は笑いながら言った。

 

「甘ちゃんやな、人質が多少怪我するくらい気にせず打ち抜けばえーのに」

 

「このかをどーするつもりなのよ」

 

「せやなー。まず、呪薬と呪符で口を利けんようにして、上手いことウチらの言うコト聞く操り人形にするのがえーな」

 

アスナの絵に描いたよーなセリフに、呪符使いは更に嘲笑うようにそんなことを言った。

だが、呪符使いのそのセリフは、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった。

 

「このかお嬢様にそのような事は絶対にさせはしな……!!」

 

怒りにまかせ呪符使いに斬りかかろうとした刹那は急に止まる。

刹那は冷や汗を掻いた。自分の怒りなど可愛く思えるほどの殺気と怒気。そして、それと同時に飛んできた何か。

 

「ひっ……ひぃ!?」

 

呪符使いはその場にへたり込み、その顔を恐怖に染める。

壁に刺さるのは、一本の剣。剣の飛んできた方向へ振り返ればその殺気の主が誰だかわかるのに、刹那もネギもアスナも、誰一人として微動だにできない。

一歩、また一歩と近づく足音。自分の横を殺気の主が通り過ぎ、ようやくその姿を確認することができた。

 

「そうか、貴様はこのかにそんなことをするつもりだったのだな」

 

殺気の主はエミヤシロウだった。

冷静な言葉に込められた感じた事の無いような殺気と怒気。

有無を言わさぬシロウの言葉に、呪符使いは完全に冷静さを失っていた。

 

「う、うわぁぁぁああああ!!!!」

 

めちゃくちゃに投げつけられた呪符。その呪符は刃となり、炎となり、流水となってシロウを襲う。

しかし、呪符はシロウに届く前に核である札の部分を剣で穿たれ消滅した。

そして、遂にシロウは呪符使いの目の前まで来た。

 

「……」

 

───私は知っている。

ただ、力があるだけで利用された少女を。

大人のくだらない願望の為に利用され、苦しんだ少女を。

忘れるわけがない。彼女を救った(殺した)のはこの私なのだから。

故に、私はその時に決めたのだ。二度とそのような事は起こさせないと

 

「ち、近づいたらこのかお嬢様がどうなっても知りませんえ!」

 

千草は必死にこのかを盾にするが、その行為はシロウの怒りを逆撫でする行為に過ぎない。

 

「やってみるがいい。だがその場合、貴様がこのかに何かをする前に───私が貴様を殺す」

 

「あ、あぁ……」

 

振り上げられた手には剣が握られている。

もう呪符使いは分かってしまった。自分は何をしても、何を言っても助からないのだと。

けれど、シロウの剣が振り下ろされることはなかった。

 

「……新手か」

 

呟きと同時にシロウは振り向き、飛来する石の槍に剣を叩きつけた。

石の槍はコンクリートの地面に突き刺さり、シロウの剣は折れ、魔力となって消滅する。

砂煙が舞う中現れたのは白髪の少年と彼に助けられたであろう月詠、そして獣の耳の生えた少年だった。

 

「まさか、君の様なイレギュラーがいるとはね。ここは引かせてもらうよ」

 

月詠とは違う意味で異様な雰囲気を出す白髪の少年。

シロウを牽制しつつ、白髪の少年達は呪符使いの女を連れ水の中へと沈んでいった。

 

「転移魔法……か」

 

ふと振り返ると、刹那達が固まっていて、ネギとアスナにいたっては座り込んでしまっている。

その光景を見てやっとシロウは冷静さを取り戻し、殺気も怒気も納めた。

 

「すまなかった」

 

シロウが頭を下げると、3人は はっ となって動き出す。

 

「士郎先生、貴方はいったい……」

 

「う、う~ん」

 

「お嬢様!」

 

刹那は何か言いかけたが、このかの事を思い出しすぐにこのかの下へ行く。

 

「んー……あーせっちゃん、ウチ夢みたえ。変なおサルにさらわれて、でも、しろうやせっちゃん、ネギ君にアスナが助けてくれるんや」

 

気絶していたこのかはまるで寝ていたかのように目をこすりながら目を開き、刹那の顔を確認すると嬉しそうに語った。

 

「よかった、もう大丈夫です。このかお嬢様」

 

「あ……よかった~、せっちゃんウチの事嫌ってる訳やなかったんやな~」

 

無事なこのかを見て、初めて刹那は柔らかな笑みを見せる。

そんな刹那を見て、このかも刹那が自分の事を嫌っていたわけではないと知り笑顔になった。

 

「そ、そりゃ、ウチかてこのちゃんと話し……はっ!」

 

京都弁で話し始めた刹那は、何を思ったのか、いきなりこのかから離れる。

 

「し、失礼しました!! 私はこのちゃ……お嬢様を守れればそれだけで幸せ。いや、それよりも陰でひっそりお支えできればそれで……あの、その……御免っ!」

 

刹那は早口でしゃべり終えると、脱兎の如く逃げ出してしまった。

 

「あ……せっちゃん」

 

このかは、しばらく名残惜しそうに刹那の走っていった方を見ていたが。

自分を助けてくれたのが刹那だけではない事を思い出し、振り返って皆に礼を言う。

 

「ネギ君もアスナもしろうも、ありがとうな」

 

「礼なんかいいわよ、親友でしょ!」

 

「はい、僕も先生ですから!」

 

ネギとアスナが返事をする中、シロウだけが無言で何も答えない。

 

「……」

 

「しろう?」

 

このかは、先程から無言のシロウを不思議に思い、数歩近づいてきた。

 

「すまなかった」

 

「え、何であやまるん? しろうは助けてくれたんやろ?」

 

このかはますます疑問に思う。

何故助けてくれたのに謝るのだろうか? そんな思いで首をかしげてしまう。

 

「いや、そもそも私がもっとしっかりしていればこのかがさらわれる事はなかった。結果的に無事だったとはいえ、決して許される事ではない」

 

「そんなことないて。ありがとうな」

 

「礼など私には言われる資格がない。本当にすまなかった」

 

必要以上に自分を責めるシロウ。このかには、そんなシロウが泣いている様に見えた。無論、本当に泣いているわけではない。

しかし、シロウの感情の無い様な顔を見ていると、何故か泣いてるように見えてしまったのだ。

 

「……えいっ!」

 

だから、このかはシロウが自分にしてくれたようにシロウの頭を撫でようとジャンプして……結果全然届かず、一瞬だったのでシロウの顔をはたいてしまった。

 

「あ、ごめんしろう。でもシロウもしつこいえ? そんなんいちいち悩んでたら、禿げてまうよ? 結果オーライ。もっと気軽に考えよ」

 

あまりの突然の出来事に、ネギもアスナも真剣な顔をしていたシロウでさえあっけにとられてしまう。

 

「こほんっ……。えーと、だからもうええんよしろう。しろうもさっき言ったやん、結果的に無事だったって。しろうはウチを助けてくれた、ならそれでええやん。それでも、まだ自分が悪いと思うんやったら。まだ自分を許せないんやったら……」

 

このかは、シロウの顔を見上げて言う。

 

「またウチが困ったら、助けに来てくれへん?」

 

「クッ……、くはははははははははは」

 

先ほどまでの空気は一変、シロウは豪快に笑いだす。

今まで自分にこんな優しい言葉をかけてくれた人がいただろうか?

裏切られ、裏切られ、裏切られ続けた人生で、こんなにも救われた事はあっただろうか?

 

「なんで笑うん、しろう! 変なのはしろうの方やのに!」

 

「いやいや失敬。なんだか肩の荷が下りたような気がしてね。私からも礼を言わせてくれ、ありがとうこのか」

 

故に、ここに誓おう。

このやさしい少女は、私が必ず護ると。

 

「それと約束しよう。このかが困った時は必ず助ける」

 

「約束やよ」

 

「ああ」

 

シロウは右手を胸に当て跪く。その光景は、まるで御伽話に出てくるお姫様と騎士のようであった。

そして、シロウは誓いの言葉を述べる。

 

「今よりこの身は君の道を切り開く剣となり、君を守る盾となろう」

 

───契約はここに完了した。

 

 

 

 

 

こうして修学旅行一日目は幕を閉じる。

 

 

 




どうもアンリです。シロウが怒ってる、シロウが怒ってるよ……愉悦♪
……ふぅ、そろそろ一日一話の更新ペースがキツくなってきた。というのも、今学校が学園祭に向けてかなり忙しくなってきて、前書いていたもののデータはありますが、修正する暇がない。一応ほぼ一日話投稿で行こうと考えていますが、場合によっては数日間が空くこともあるかもしれません。その時はご了承ください。

さて、それでは宝具……とまではいきませんが、シロウの投影した剣の紹介。

断水(ダンスイ)
越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの霊剣のうちの一つ。
この剣で水を斬ると、水は割れてふたたび合うことはなかったと伝えられている。
ちなみに、残る七つの霊剣は揜日、転魄、懸剪、驚鯢、滅魂、却邪、真剛という。

それではまた次回!!


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仮契約

修学旅行二日目

 

「それでは麻帆良中の皆さん、いただきます」

 

「「いただきまーす」」

 

ネギの号令で、皆が一斉にご飯を食べ始める。

眼前に並ぶのは、京野菜をふんだんに使った和食料理。

 

「ふむ。見た目は見事だが、その分味付けが少々雑になってしまっていのが残念だな。まぁ、団体客、しかも学生相手という事を考えれば及第点か」

 

などと料理評論家のような事を思いながらも、シロウが朝食を楽しんでいると……

 

「せっちゃん、なんで逃げるんー」

 

「わ、私は別に……」

 

生徒達の合間を縫って駆け回るこのかと刹那。せっかくの静かな朝食タイムが台無しだ。

 

「やれやれ。朝っぱらから、ましてや食事中だというのに」

 

シロウは静に立ち上がり、このかと刹那に向けて、

 

私に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)

 

と、マグダラの聖骸布を巻きつけた。もちろんご飯は無事だ。

 

「このか、刹那、今は朝ご飯の時間だ。走り回るのは、行儀が悪いんじゃないかね?」

 

「ごめんなさい」

 

「すいませんでした」

 

顔は笑顔だが、どう見ても怒っているシロウに2人はすぐに謝った。

赤い布で簀巻きにされている2人を見た3-Aの皆は、絶対にシロウを怒らせないようにしようと、心の中で固く誓うのであった。

そして、その後は静かな朝食タイムとなる。

 

 

 

 

 

朝食後は班別行動になる。

当初はシロウも生徒達と回る予定だったが、昨日の件もあり一人別行動をとることにした。

 

「刹那」

 

「士郎先生、どうしたんですか?」

 

「私は一度本山に行って、西の長と話してくる」

 

「え? では、お嬢様の護衛はどうするんです?」

 

「昨日の今日だし敵もすぐには動かないだろう。それに今日回るのは奈良だからな。奴らも自分達の領域(テリトリー)から出てまで派手な動きはしないさ」

 

それに、奴らが西のものならば、できるだけ早くこのかの父親である西の長に伝えた方がいい。

そうすれば、明日の京都観光の危険は多少減るだろう。

 

「わかりました。では、長の方には私から連絡を入れておきます。それと、案内にちびせつなをお渡ししておきますね」

 

「ああ、頼む」

 

「しろう~、せっちゃん、行くえ~」

 

シロウが刹那と話し終えると、丁度このかが呼びに来た。

 

「すまないなこのか。私は今日はちょっと用事があって、一緒に行けないんだ」

 

「え~そうなん?」

 

このかは、指をくわえて残念そうな顔をする。

できればシロウも一緒に回りたかったが、生徒達の安全の為だから仕方ない。

 

「悪いな。でも、今日は刹那が一日中一緒にいてくれるそうだ」

 

「なっ!士郎先生!!」

 

シロウの突然のフリにあわてる刹那。

このかと刹那が仲直り? いや、ケンカをしているわけではないから、仲直りというわけではないか。まあ、昔のように戻るチャンスだ。

 

「ほんま~! じゃあ、せっちゃんいこか」

 

一日中刹那といられる事が嬉しいのか、このかが笑顔になる。

 

「え、あ、あのっ……はい」

 

最初は戸惑っていた刹那だが、このかに手を繋がれ観念したのかおとなしくなる。

だがシロウは確かに見た。照れながらも嬉しそうにはにかむ刹那の顔を。

 

「えへへ~」

 

このかは刹那と手を繋ぎながら歩いていく。

ちなみに刹那は事かの方を向いている時は笑顔だが、振り向きシロウを見る時は何か言いたそうな視線を向けている。

 

「ふむ、仲良き事は美しきかな」

 

と、刹那の視線に対し、シロウは拝みながら旧友のような台詞を呟いて、視線を受け流した。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、ここか」

 

「はい、ここがお嬢様の御実家です」

 

ちびせつなの案内の下、このかの実家へと辿り着いた。

 

「それにしても……でかいな」

 

「まあ、ここはこのかお嬢様の御実家であると同時に、関西呪術協会の総本山ですから」

 

まるで平安時代にタイムスリップしてしまったのではないか? と、勘違いしそうな大きな門をくぐり中へと入る。

だが、敷地内へ入ると、違和感を感じた。

 

「……人の気配がしないな」

 

「おかしいですね? 本体が長には連絡を入れたはずなんですが……」

 

不審に思いながらも、警戒しながら奥へ進んでいくと……

 

「グァァアアア!!」

 

「何!?」

 

雄叫びを上げて、人外の者が降ってきた。

黒ずんだ赤色の肌をした者や、暗い緑色の肌をした者。

そして、額にある角。実際に見た事はないが、おそらくは古来より鬼と呼ばれる者だろう。

シロウは咄嗟に干将・莫耶を投影し鬼を切り裂く。

 

「ちびせつな、これはもしや」

 

「はい、本山が襲われたのかもしれません」

 

鬼達は10、20とぞろぞろと出てくる。

よく見れば、中には鬼だけでなくカラス天狗の様な者もいる。

 

「あれは、烏族と呼ばれる種族です。鬼よりも頭が切れるので気をつけてください」

 

シロウの疑問に答えるように、ちびせつなが話す。

 

「ですが、本山がそう簡単に落ちるとは思えないのですが」

 

「考えるのは後だ。今はこの状況をなんとかするぞ」

 

シロウもその事には多少疑問を感じたものの、この数相手に考え事をしながら戦えるほど余裕があるわけではない。

じりじりと、距離を詰める鬼達に干将・莫耶を投げつける。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「ガァァァア!?」

 

シロウが呟くと同時に剣に内包された魔力が膨れ上がり爆発した。

それを合図に、鬼達が一斉に飛び掛ってくる。

 

「なるほど固いな。干将・莫耶の魔力では倒しきる事はできんか」

 

干将・莫耶の壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で倒せた鬼は10体程度。

その他は傷つきながらもこちらに向かって突っ込んでくる。

 

「なら弱点を突かせてもらおう───投影(トレース)開始(オン)

 

シロウの手には一振りの太刀が現れ、鬼達に向かって振り下ろす。

 

鬼首落とす天下の剣(童子切安綱)!!!」

 

シロウが刀を振った瞬間、飛び込んできた鬼達の首は斬り落とされた。

童子切安綱(ドウジキリヤスツナ)は天下五剣の一つで、京都を脅かした鬼、酒呑童子の首を切り落としたといわれる最強の「鬼殺し」の「概念」を持つ刀である。

 

「あの兄ちゃん何したんや? 一振りで何体か消されたで!?」

 

鬼達に驚きの声が上がる。

 

(……鬼って人語を話せたのか。しかも関西弁とは)

 

そんな事を考えながらも、次々と鬼を斬っていく。

童子切安綱があれば、鬼の相手はそう難しくはない。

 

「我らがいるこ事を忘れてもらっては困る!」

 

そう言って烏族達も攻撃を始める。

空からの攻撃というのは厄介だ。本来ならば、弓で射ればすむのだが……

 

「ウォォオオオ!!」

 

「邪魔だ!」

 

地上の鬼達が、そんな暇を与えてくれない。

鬼も烏族も戦闘力はたいした事はないが、いかんせん数が多すぎる。

本山の正確な状況がわからない今、戦いを長引かせるわけにはいかなかった。

 

「ふっ!」

 

童子切安綱のおかげで鬼の数は減ってきたが、烏族に対しては切れ味のいい刀に過ぎない。

シロウは複数干将・莫耶を投影し、左右へと投げる。

引き寄せあい弧を描いて飛翔する6対の鶴翼は、烏族を斬り裂いていった。

残る鬼と鳥族は合計5体。地上の鬼を即座に童子切安綱で即座に切り捨て、残る鳥属は弓を投影し射抜いた。

 

「ふう、やっと終わったか」

 

「お見事」

 

シロウが全ての鬼と鳥族を倒した時、1人の男が現れた。

 

「貴様、何者だ」

 

現れた男に、問いかける。

男から敵意は感じられないが、鬼や烏族を召喚した(呼んだ)のは、この男だろう。

 

「長! 無事だったのですか!?」

 

「長だと?」

 

ちびせつなが声を上げる。

どうやらこの男が関西呪術協会の長。このかの父親だったようだ。

 

「どういう事か、説明してもらえるか?」

 

「はは、すいませんね。刹那君から話は聞いていたんですが、今の(・・)貴方の実力を知りたかったので」

 

「今の、だと?」

 

彼の話に違和感を覚える。

まるで、昔の私の実力を知っているかのような口ぶりだ。

 

「色々聞きたいことはあるが、まずはこのかの事で話がある」

 

「わかりました。では、着いてきてください。お詫びも兼ねて料理を用意させましょう」

 

「……わかった」

 

本当になんなのだろうか、この男の旧友を迎えるかのような態度。

疑問を抱えつつも、食事を終え現状を説明する。

 

「そうですか、そんな事が」

 

「ああ、明日はまた京都に来る事になるだろうから、何か対策を立ててくれるとこちらとしてもありがたいのだが」

 

「わかりました。一応京都内の警戒を強めておきますが、もし明日何かあればここへ来てください。ここなら結界が張ってあるので敵も手を出せないでしょう」

 

……結界か。

確かに、ここに入った時に感じた結界は、術式がシロウの世界とは異なるとはいえ、かなり強力なものだということがわかった。並みの術師ならば破る事はできないだろう。

しかし、気になるのは敵の中にいた白髪の少年。彼からは、何か異様な感じがした。

もし本山に逃げ込むような状況になったとしても、油断はしない方がいい。

 

「……了解した。では、私はそろそろ戻る」

 

「おや? 何か聞きたいことがあったのでは?」

 

「ああ。しかし、随分と時間が経ってしまったのでね。それに、聞いても答える気はないのだろう?」

 

食事をしていてわかったが、この男、近衛詠春は明らかに私の聞きたい事から話をそらそうとしていた。

 

「わかりました。では、時が来れば全てを話すという事で」

 

「いいだろう。では失礼する」

 

気になる事は多少あったものの、シロウが帰ろうとした時、詠春は頭を下げた。

 

「このかと刹那君をお願いします」

 

「長たる者が、易々と頭を下げるものではない。……が、このかの父親としての頼みならば喜んで聞こう」

 

そう言って歩き出すシロウの背中に、詠春は小さく「ありがとうございます」と言った。

 

 

 

 

 

本山からホテルへ帰ると、ロビーでネギが呆けていた。

あれは……声をかけたほうがいいのだろうな。

 

「どうしたネギ君」

 

「あ、シロウさん。……はぁ」

 

シロウが声をかけても、どこか ぼーっ とした様子で溜息を吐くネギ。

 

「悩み事か? 力になれるかはわからないが、私でよければ話を聞くが」

 

やはり10歳で先生をするというのは色々と大変なのだろうと思い、何か力になれればと声をかけたのだが.。

 

「僕、宮崎さんに告白されてしまったんです。それでどうしたら良いかわからなくて」

 

などと、斜め上の答えが返ってきた。

まさか、そんな色恋の悩みを相談されると思っていなかった為、数秒の間をおいてからシロウは口を開く。

 

「そ、そうか」

 

「シロウさん、僕どうしたら良いんでしょう?」

 

「どうしたら、と言われてもな」

 

シロウ自身、それほど恋愛をしたことはないし、記憶も殆ど磨耗してしまっている…? いや、僅かに浮かぶ記憶。

シロウは微かに残る記憶を手繰り寄せ、思い返す……思い出すのは、あかいあくま、腹ペコ騎士王、黒い後輩、白いこあくま、トラ。

 

「……すまない。私では力になれない」

 

「そうですか」

 

落ち込むネギ。

だが、そんなネギをよそに、シロウは考え込む。

 

おかしい。摩耗している記憶を手繰り寄せたとはいえ、思いのほか鮮明に思い出す事が出来た。

私は座にいる本体からの複製(コピー)であるにも拘らず、まるで自分の事のように。

 

そもそも座にいる英霊エミヤとは、世界と契約したエミヤシロウの集合体だ。その記録は一つではない。エミヤとなったエミヤシロウの数だけその記録はある。

それなのに、シロウは自分の記憶として思い出すことができた。

 

「何故……」

 

「はぁ……」

 

と、そこでネギの事を思い出す。

理由は分からないが、衛宮士郎(あの頃)の記憶が多少思い出せている。

なら、多少はアドバイスができるか。

 

「ネギ君。私も上手くは言えないが、素直な気持ちを伝えなければいけないと思う」

 

「素直な気持ち、ですか?」

 

顔を俯かせたネギだが、シロウの言葉に顔を上げる。

 

「そうだ、一番大事なのはネギ君がのどかをどう思っているかだろう。告白を受けるにしろ受けないにしろ、嘘をつけば相手を傷つけることになる。だから、ネギ君の素直な気持ちを伝えれば良いと思う」

 

 

「僕の気持ち……ありがとうございますシロウさん。なんかすっきりしました」

 

そう言ってネギは去っていく。

その足取りはしっかりしていて、先ほどまで呆けていたのが嘘のようだ。

 

ネギが元気になってよかったと思っていたら、その後のアスナと刹那を交えた作戦会議の時、

 

「魔法がばれちゃいました~」

 

と、新たな悩みを抱え、ネギが泣きついてきた。

色々と迂闊過ぎるぞ。

 

「なんでよりにもよって朝倉にばれんのよー!」

 

「仕方なかったんですよ~。人助けとか、ネコ助けとか……」

 

「朝倉和美、か……ん?」

 

ネギとアスナがわいわいと暴れているところに、朝倉和美がやってくる。

何故か、カモを肩に乗せて。

 

「おーいネギ先生ー」

 

「あ、朝倉あんたあんまり子供イジメんじゃないわよ」

 

「大丈夫大丈夫。あたし報道部突撃班 朝倉和美はカモっちの熱意にほだされて、ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していく事にしたよ。よろしくね」

 

「え? え~! 本当ですか?朝倉さん! よかった~」

 

ネギは純粋に喜んでいるが、和美の性格からしてこのまま大人しくしているとは考えにくい。

そんな事を考えていると、喜ぶネギをよそに和美はシロウに近づいてきた。

 

「そういえば、ここにいるってことは士郎先生も魔法使いなの?」

 

「正確には違うが関係者だ」

 

「へ~」

 

和美は値踏みするかの様に、シロウの体をじろじろと見る。

しばらく見ると満足したのか、頷いてネギとアスナの方へ向かった。

 

「さて、私はそろそろ見張りに行く。後は頼むぞ」

 

「わかりました」

 

ネギとアスナは、今だ和美に絡まれているので刹那が頷く。

 

「それと、和美、カモ」

 

「何、士郎先生?」

 

「なんすか、旦那?」

 

「何をたくらんでるか知らないが、やりすぎる様なら覚悟しておくといい」

 

そう言って「ははは~」と笑う和美達を後にして屋根へと向かう。

山が近いだけあって、屋根からの景色はとても綺麗だった。

しばらくは静かな屋根の上で外を警戒していたのだが、ホテルの中からの異様な気配に意識をそちらに向ける。

 

「何だ? ホテル内から妙な感じが……何だあれは」

 

シロウがいる側とは反対側の別館。屋根の上を通って非常階段へと向かう、綾瀬夕映と宮崎のどかがいた。

 

「ちびせつなよ、彼女らは何をしているのだろうか?」

 

「さあ、なんでしょう?」

 

2人で首をかしげていると、ネギの部屋の窓から5人のネギが出てくる。

 

「「は?」」

 

シロウとちびせつなは、2人してアホな声を上げた。

 

「ちびせつな今のは?」

 

「たぶん本体がネギ先生に渡した、身代わりの紙型だと思うんですが……」

 

嫌な予感がしてネギの部屋へ向かうと、そこにはネギにキスを迫られている夕映がいた。

 

「何をしている」

 

シロウ投影した虎竹刀で偽ネギを叩く。

すると偽ネギは ポンッ と音を立てて爆発して、紙型へと戻った。

 

「大丈夫か? 夕映」

 

「え、衛宮先生!?」

 

その後、寝ていたのどかを起こし、2人に話を聞く。

どうやら、和美がネギにキスしたら豪華商品がもらえるとイベントを始めたらしい。

キス……なるほど、目的はネギとの仮契約(パクティオー)か。

カモも和美も一般人を巻き込むような事をして。これは、お仕置きが必要だな。

 

「そんな事になってたのか。修学旅行で興奮しているのはわかるが、こんな事をするのは感心せんな」

 

明らかに怒っているシロウに、2人はすぐに頭を下げる。

 

「ごめんなさいです」

 

「ごめんなさい」

 

シロウに怒られしゅんとする2人。

その姿を見て、先ほどのネギとの会話を思い出す。

 

そういえば、のどかはネギ君に告白をしたんだったな。

それを考えると、騒ぎを起こした行為は許されないが、彼女の気持ちを無碍にするのも悪い気がする。

何せ告白だ。普段引っ込み思案なのどかの事を考えれば、どれほどの勇気が必要だったのか。

 

「本来ならば、新田先生の言った通りロビーで正座だが……」

 

シロウは ポンッ と、のどかの頭に手を置く。

 

「のどかがせっかく勇気を出して頑張ったんだ、今回は見逃そう」

 

そう言うと、2人は花が咲いたように笑顔になった。

 

「「ありがとうございます!」」

 

「さ、じゃあ新田先生にバレないよう気をつけるんだぞ」

 

「「はい」」

 

自分も甘くなったと思いながら、2人を見送る。

ふむ。甘くなったついでだ、チャンスぐらいはあげてもいいか。

 

「それとな、本物のネギ君は今外に行ってるんだが、そろそろ帰ってくると思う。玄関を張っていれば確実に会えるだろう」

 

それを聞いた夕映とのどかは、再度頭を下げて部屋を出て行った。

 

「頑張れよ、のどか」

 

閉められたドアに向かって、1人呟く。

 

「さて、私は悪を成敗しに行くか」

 

 

 

 

 

ホテルのとある一室。1人の女性徒と、1匹のオコジョが身支度を整えていた。

まるで、夜逃げでもするかのように。

 

「よっしゃ! ずらがるよカモっち!」

 

そう言って、部屋を出ようとした瞬間、何か(・・)にぶつかった。

 

「いった~、いったいなん……」

 

女生徒が鼻を押さえながら自分のぶつかった何かを見上げると、そこには……静かに怒りを込める、エミヤシロウが立っていた。

 

「和美よ私は言ったよな?「やりすぎるようなら覚悟しておくといい」と」

 

「はい、おっしゃいました」

 

「カモ、君も聞いてたよな」

 

「はい、聞いてたっす」

 

現在、和美とカモはシロウに縛られながら説教されている。

ちなみに朝倉を縛っているのはマグダラの聖骸布で、カモを縛っているのは縄である。

 

「では、君達はロビーに行くべきだな?」

 

「「はい」」

 

「よろしい。では行こうか」

 

そうして、シロウは朝倉とカモを担いでロビーへと向かう。

 

「あの~士郎先生。聖骸布(コレ)、ほどいてくんない?」

 

和美はおそるおそるシロウに言う。

しかし、シロウから返ってきたのは……

 

「何を言っているんだ和美? 君は簀巻きの(この)ままロビーに行くのだよ」

 

そんな、残酷な事実だった。

 

「なっ!? い、い~や~ぁぁぁあああぁぁぁぁ・・・」

 

こうして、ホテル嵐山のロビーには、正座をした生徒数名と簀巻き一つが置かれた。

 

 

 

 

「まったく、ウチのクラスは元気すぎるな」

 

再び屋根の上に上がり一息ついていると、屋根の下から手がのびてきた。

 

「?」

 

「しろう~」

 

手の主は、このかだった。

 

「このかか? 危ないぞこんなとこに来た……」

 

そう言った瞬間、このかがバランスを崩し落ちそうになる。

 

「このかっ!」

 

シロウはこのかを自分の方へとと引き寄せる。

しかし、思いの外このかは軽く、勢いよく引っ張った為、そのままシロウは後ろに倒れこみ……シロウとこのかの唇が合わさってしまった。

 

「ほ、ほわわわわわ!!」

 

「む、大丈夫か?」

 

このかは大慌てだが、対するシロウはこのかの無事を案じているだけで大して気にしていないようだ。

 

「あぅあぅあぅ……」

 

「顔が赤いが、本当に大丈夫か?」

 

「う、うん。だいじょうぶや」

 

そんな風に言って笑うこのか。

見た所外傷もないようだし、本人が大丈夫だと言うならいいか。

 

「そういえば、このかはどうしてここに?」

 

「ネギ君にしろうがここにいること聞いて、飲み物もってきたんよ」

 

このかはホットのミルクティーを1つこちらに差し出した。

コーヒーではなく、ミルクティーという辺りがなんともこのからしい。

 

「そうか、ありがとうこのか」

 

「ええんよ、今日はしろうとあんま話せんかったから、ちょっと話したかったし」

 

寂しそうに言うこのかに、少し罪悪感を感じてしまう。

仕方ないとはいえ、悪い事をしたな。お詫びもかねて、少し話すくらいならいいか。

 

「わかった。でも、しばらくしたら部屋に戻るんだぞ、睡眠不足は体に悪いからな」

 

「うんっ」

 

一日の疲れが吹き飛ぶような笑顔のこのかと2人で話しながら、修学旅行二日目の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

────カモの下に現れた、シロウのパクティオーカードの存在には気づかずに。

 

 

 




どうもアンリです。今回は修学旅行2日目です。断水に続き、童子切安綱が登場。今後も、ちらほら武器を出して行きたいと思います。
ついに登場、シロウの仮契約カード。まぁ、実際にアーティファクトが登場するのはまだ先ですがね。
ああ、それと皆様のおかげで最近ちょこちょこランキングのルーキー日間の方にこの作品が上がるようになりました。本当にありがとうございます!
では、続いて武器紹介。

童子切安綱(ドウジキリヤスツナ)
「童子切」の名は源頼光が大江山の酒呑童子(じゅてんどうじ)を斬ったということに由来する。日本の名刀。室町以来の天下五名刀、天下五剣のうちのひとつ。

それではまた次回!!


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目覚めの予兆

修学旅行三日目

 

「ちょっと、どうすんのよネギ!こんなにいっぱいカード作っちゃって、いったいどう責任取るつもりなのよ!?」

 

朝からアスナはネギに怒る。

その理由は、昨晩の和美のイベントのせいでパクティオーカードをスカ5枚、成立1枚の計6枚も作ってしまったからだ。

 

「アスナ、作ってしまったものはしょうがないさ。それに悪いのは和美だからな」

 

言いながら和美を見ると たははー と苦笑いをしている。

本当に悪いと思っているかどうかは分からないが、とりあえずやりすぎたとは思っているようだ。

 

「それで、ネギ君はのどかに魔法の事を話すのか?」

 

「いえ、のどかさんには秘密にしておこうかと」

 

「賢明な判断だな。中途半端にかかわらせるのは危険だ」

 

その後、カモがカードの複製(コピー)をアスナに渡し使い方を説明した。

そして話し合いの結果、シロウと刹那はこのかの護衛。ネギとアスナは本山へ親書を渡しに行く事になった。

 

「では私と刹那はこのかの護衛をする為に5班のメンバーと回る。ネギ君とアスナも気をつけてな」

 

「はい」

 

「任せといて!……ください」

 

「よろしい。修学旅行も学業の一環、他の生徒がいる前では敬語を怠らないように」

 

一度シロウと5班の班員である刹那とアスナはネギと別れ、後でそれぞれ落ち合う手筈なのだが、ネギの下を離れてカモがやってくる。

 

「旦那、旦那」

 

「どうしたカモ?」

 

何か伝え忘れた事でもあったのか? とも思ったが、カモの様子がおかしい事に気づく。

なにやら、にやけている様な……

 

「昨日の夜、俺っちの所に旦那のカードが出てきたんだが、誰かとキスしたんですかい?」

 

ムフフと笑うカモ。

 

「なん……だと……!?」

 

シロウはこのかとキスをしてしまった事を思い出す。

確かにあの時、微弱な魔力を感知したがまさか契約が実行されていたとは。

 

「……カモよ、そのカードの複製もくれないか?」

 

「いいっすよ、ところで旦那は誰と仮契約したんすか?」

 

「ちょっとした事故でな、相手はこのかだ。すまんがこの事は皆には秘密にしてくれ」

 

「いいっすけど、何でですか?」

 

このか自身が魔法の存在に気づいてない今、この事は伏せておいた方がいいだろう。

話せば刹那やアスナ達は黙っていてくれるだろうが、いかんせんこのかは勘が鋭いし、追及されれば刹那達では隠し通すのは難しい。

いや、難しい所ではない。刹那やアスナがこのかに嘘をつくのは不可能だろうな。

 

「このかの父親はこのかに魔法の事を知られたくないらしくてな。多少危険ではあるが、私もできればコチラの世界には足を踏み入れない方がいいと考えている」

 

「わかったぜ旦那。じゃ、俺っちはこれで」

 

「ああ、わざわざすまんな」

 

カモを見送った後このかの下へと向かった。

 

 

 

 

 

「今日はしろうも一緒に回れるんよね」

 

「ああ、その予定だ」

 

「ほか、よかった~」

 

「……」

 

魔法の存在を教えるかどうかはともかく、現状では何かあったときの為にこのかにカードを持っておいてもらった方がいい。

いざという時は何かしら加護くらいはあるだろう。

 

「そうだ。このかにコレを渡しておこう」

 

シロウはカモから貰った仮契約(パクティオー)カードを渡す。

 

「あ~! しろうの絵が描いてあるカードやん! ウチも自分の絵が描いてあるカード欲しいわ~」

 

このかは羨ましそうに言う。

が、動きをピタリと止めてこちらに向き直った。

 

「でも、なんでウチがしろうのカードを持つん?」

 

「あー、それはだな。え~と……」

 

しまった。渡す理由を考えていなかった。

突然他人の絵が描いてあるカードなんて渡せば、不審がるのは当然だろう。

 

「お守り……かな」

 

「お守り?」

 

「ああ、お守りだ」

 

「うん、わかったわ。ありがとうなしろう」

 

一瞬怪訝な顔をしたこのかだが、何かを納得したのか、一変して笑顔になり受け取ってくれた。

その後、アスナはこっそり抜けてネギと合流する……筈だったのだが。

ハルナに見つかりしばらく皆で回った後、ハルナ達がゲームに夢中になってる間に、こっそり合流したネギとアスナは本山へと向かった。

 

「しまった、のどかも行ってしまったか………」

 

いつの間にか、のどかがいなくなっていた。

班行動を始めた時から、のどかがネギを気にしているのは気づいていたが、まさかついて行くとは思わなかった。

いや、ついて行くと思わなかったというより、ネギ達が素人の尾行にも気づけないとは思わなかった。

てっきり、気づかれないように行ってくれると思っていたのだが……

 

「しかたない、ここはネギ君を信じよう」

 

シロウ達は、しばらくゲームセンターで遊んだ後、観光を再開した。

人もそれなりに多い道。

まさかとは思ったが、確実に敵意を持った者がこちらを見ているのを感じる。

 

「……刹那、気づいたか?」

 

「はい、何者かに見られていますね」

 

シロウと刹那がお互い周囲を警戒し、このか達を連れ場所を移動しようとした瞬間、何かが空を切る音が聞こえた。

シロウは一瞬で飛来してくる得物を確認すると、短剣(ダーク)を投影し投擲。飛んできた何かを弾き落とした。

チラリと横目で地面を見ると、そこには鉄針が落ちている。飛んできた方向を見ると、一瞬だが人影の様なものが見えた。

 

「まさか白昼堂々攻撃してくるとは」

 

シロウは目で刹那に合図を送り、このか達をつれ走りだす。すると、シネマ村が見えてきた。

確実に敵が狙っているとわかった以上、ハルナ達を巻き込むわけにはいかない。

 

「刹那、行け」

 

その言葉だけで刹那はシロウの言わんとする事を理解する。

 

「わかりました……すいません早乙女さん、綾瀬さん。わ、私、このか……さんと2人きりで回りたいんです。ここで別れましょう!!」

 

「「え?」」

 

驚く2人を無視し、刹那はこのかを抱えシネマ村へと文字通り跳んでいく。

緊急事態とはいえ、一般人の目は気にしてもらいたい。

 

「すまんなハルナ、夕映。私も用事が出来た」

 

シロウも踵を返し逆走。全力でその場を離れる。

 

「ちょっ! 桜咲さんも、士郎先生もなんなのよー!」

 

賑やかな昼の京都、ハルナの叫びが空しく響いた。

 

 

 

 

ハルナ達と別れてすぐシロウは先程までの敵意とは違う、自分に向けて殺気を放つ人物の下へ行き先を変えていた。

 

「貴様は、あの時の」

 

そこにいたのは、二日前呪符使いと月詠を逃がした白髪の少年だった。

 

「よく僕の場所がわかったね」

 

「クッ、自分から殺気を出しておいてよく言う」

 

「へぇ、やっぱり気づいたんだ。って事は本人で間違いないのかな?」

 

「何を言っている?」

 

「まぁ、なんでもいいさ。はっきり言って君の存在は邪魔なんだ、だからここで消えてもらう」

 

そう言って、白髪の少年は周囲に魔力の球体を浮かべ襲い掛かってくる。

 

「やってみるといい。私が勝ったらじっくりとさっきの言葉の意味を聞かせてもらうとしよう」

 

干将・莫耶を投影し少年を迎え撃つ。

接近してきた少年は、周囲に浮いていた魔力球を石の槍にして飛ばしてくる。

シロウはそれを最小限の動きでかわし、飛んだ先が民間人に危害が及ぶ可能性のある石の槍は、干将・莫耶で叩き落す。

対する少年も時にわざと民間人を石の槍で狙い、シロウの攻撃範囲を狭め、干将・莫耶をかわす。

そんな攻防戦を続ける事数分。

 

(……妙だな)

 

シロウは違和感を感じた。

自分を消すといいながら、少年の攻撃はどこか本気ではない。

まるで、時間を稼ぐかのような動きさえ感じられる。

 

「……!! まさか、貴様」

 

「ふむ。どうやら気づいたようだね」

 

少年は驚いたとも感心したとも取れるような表情をした。

どうやら少年の目的は足止めで間違いない様だ。

 

「ちっ……!」

 

「今頃は、千草さんと月詠さんが上手くやってるはずだよ」

 

シロウは干将・莫耶を投げ捨て(・・・・)その場を離脱する。

 

「君ほどの人物が、敵に背中を向けるとはね。正直、失望したよ」

 

少年は無防備のシロウの背中めがけ狙いを定め、呪文の詠唱を始める。

 

「私を失望するのは別に構わんが……悠長に呪文の詠唱などしていてもいいのかね?」

 

そういうシロウの手には新たな干将・莫耶。

 

「……? なっ!?」

 

風切音に少年が振り向くと、投げ捨てられた(投擲された)干将・莫耶が、弧を描いて背後から少年に迫ってきていた。

 

「くっ!」

 

予想外の方向からの攻撃。

少年が干将・莫耶を魔法障壁で防いだ瞬間。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

爆発が起こる。

手応えはあった。しかし、あの妙な雰囲気を出す少年これで倒せたとは思わない。

 

「……ふん。水の扉(ゲート)による瞬間移動(テレポート)か」

 

煙が晴れ少年がいた場所を見れば、またも少年は瞬間移動により逃げた後であった。

 

「こちらに少年がいたという事は、刹那の方は呪符使いか月詠か。どちらにしても急がなくては」

 

シロウは思考の切り替えも兼ねて投影した外套を纏い、身体を強化しシネマ村へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、刹那は月詠と死闘を繰り広げていた。

 

「くっ!」

 

「あはは~。てや~!」

 

一合。二合。三合。

四合目で僅かに手がしびれ、距離を取る。

 

「くっ、きりがない」

 

刹那の斬撃は全て月詠に防がれる。

それどころか、月詠は見かけによらず力が強く、何度も打ち合えば刹那の握力がもたない。

 

(士郎先生はいったい……)

 

中々来ないシロウに焦りを覚えつつも、刹那は月詠に攻撃を続ける。

 

「あれ見てあれ」

 

「おおっ! 城の上でも劇が」

 

観客? の声を聞き城の方を見ると……このかとネギが、城の屋根の上へと追い詰められていた。

 

「お嬢様!」

 

「ダメですよ先輩♪ 死合い中によそ見したら」

 

このかの下へ向かおうとした無防備な刹那へ月詠から刀が振るわれる。

 

「しまった!」

 

反応した時には、既に月詠の刀は回避不能な軌道を描いている。

容赦なく振るわれた月詠の刀が、刹那を斬りつけようとした瞬間。

 

「……だれですか~? じゃましはるんは~」

 

一本の()によって、月詠の刀が止められる。

 

刹那が振り向くと、塀の上に赤い外套をなびかせる弓兵が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

少し時間は巻戻り、シロウはシネマ村まであと少しというところ。

鷹の目を持つシロウは、橋の上で月詠に無防備に背中をさらしている刹那を目撃する。

 

「戦闘中に何をしているっ!」

 

それを見たシロウは、すぐに弓と剣をを投影し放つ。

間一髪の所で、刹那を狙う月詠の動きを止める事が出来た。

 

「だれですか~? じゃましはるんは~」

 

口を膨らます月詠を無視し、刹那の見ていた方向を目で追い、城の上にこのかとネギ確認する。

ネギの様子からして、あれは実態ではないと判断。刹那は月詠に苦戦し、長期戦は難しいとなれば。

 

「刹那、月詠は私が抑える。このかの下へ行け」

 

私は刹那を庇う様に、2人の間に降りる。

 

「わ、わかりました。お願いします」

 

多少動揺していた刹那だが、すぐにこのかの下へと向かった。

 

「あ、シロウはん。お久しぶりやな~」

 

「二日前に会ったばかりだろう」

 

刹那を逃がしてしまったというのに、月詠はがっかりした様子はない。

むしろ、これからの戦闘にワクワクしている様に見える。

 

「でも、ウチはシロウはんと戦いたくてうずうずしてたんやえ」

 

「そうか。悪いが私は会いたくなかったよ」

 

干将・莫耶を投影する。

 

「シロウはんはいけずや~」

 

月詠も二刀を構える。

 

「ふっ!」

 

「え~い!」

 

2本の中華剣と2本の刀が交差する。

前回の戦闘で月詠の剣撃は重く、何度も受けるのは得策ではないと学んだ。

故に、シロウは魔力で身体強化を施し、月詠の剣撃を力を受け流すように受け完璧に防ぎきる。

 

「やっぱりお強いどすな~」

 

「それはこちらのセリフだ。剣技のみでなら君の方が上だろう」

 

シロウには経験によって鍛え上げられた心眼がある。にもかかわらず、月詠の刀をいなすのが精一杯で反撃ができない。

このままではらちが明かないと思ったシロウと月詠は、互いに一旦距離を取る。

 

「これならどうですか~、ざ~んが~んけ~ん!」

 

斬岩剣。

それは、前回たったの二撃でシロウの筋力を奪い、干将・莫耶を弾き飛ばした神鳴流の奥義の1つである。

月詠は今回も斬岩剣でシロウの武器を弾きとばしシロウの魔術のからくりを見破るつもりだった。

しかし───

 

「ほえ?」

 

月詠の刀は難なくいなされてしまう。いつの間にかシロウの持っていた、長刀によって。

 

「ふわわ!?」

 

シロウからの鋭い反撃。今までの戦い方と全く異なる太刀筋に、月詠は全力で距離を取った。

シロウが投影した刀は第五次聖杯戦争でアサシンのクラス、佐々木小次郎の名で召喚された侍の刀。

刀の名は備中青江、通称「物干し竿」。

シロウは投影する際、刀の所持者の経験、技術までも読み取り、月詠の剣を防いだのだ。

 

「なんですいまの~? 今までと太刀筋が全然違いますえ~」

 

「なに、私は剣士ではないのでね。自分の技量で勝てないのであれば、他人の力を借りるまでだよ」

 

「あ……」

 

煌めく剣閃。先ほどまでと段違いに速く鋭くなったシロウの一閃は、驚きで油断していた月詠の刀を弾く。

武器を無くした月詠に警戒しつつもこのか達の方へ目を向けると、呪符使いの式紙である鬼がこのかへ向かって矢を放っていた。

 

「このかっ!」

 

急いで向かうが間に合わない。

矢が式紙のネギを貫いてこのかに当たる寸前……刹那が間に入り込んだ。

 

「せっちゃーん!」

 

このかが叫びながら刹那に抱きつき落下する。シロウは落下位置に先回りするべく走るが。

このかと刹那の2人は光に包まれ、何事もなかったかのように地面へと着地していた。

 

「せっちゃん……」

 

「お嬢様……魔法(チカラ)をお使いに?」

 

「ウ、ウチ今何やったん? 夢中で……」

 

どうやら、このかは自分が魔法を使った事に気づいてないようだ。

 

「このか! 刹那! 無事か!?」

 

「あ、しろう」

 

「士郎先生」

 

私が顔を出すと、驚いたようなこのかと、呆けた刹那がいた。

 

「怪我は……大丈夫の様だな」

 

「はい、お嬢様のおかげで何とか」

 

刹那の肩を見ると、矢による傷が跡形もなく消えている。

大切な人の危機で眠っていたこのかのチカラが目覚めた。それと同時に判断した。

無意識とはいえ能力に目覚めてしまった以上、詠春にもその事を話さねばなるまい。

 

「刹那、このかを本山に連れて行こう。既に詠春から許可は貰っている」

 

「そうですね。わかりました」

 

刹那もそれが最善と思ったのか、即答で返してくれた。

 

「ネギ君も本山で合流と言う事でいいな?」

 

傍らを浮遊していた式紙である、ちびネギに問いかける。

 

「はい。親書も渡さなきゃいけませんし、僕もそれで構いません」

 

「よし、行くぞ」

 

シロウの言葉と同時に刹那はこのかを抱える。

 

「ひゃ!?」

 

「お嬢様、これからお嬢様のご実家に参りましょう。神楽坂さん達と合流します」

 

こうしてシロウ達は本山へ向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

シロウと刹那はこのかを連れて、このかの実家である西の総本山に来たのだが……

 

「ちょっと! 士郎、桜咲さん。なんでみんなまでついてきてるのよ!?」

 

「いや、それがいつの間にか和美が刹那の鞄にGPS携帯を入れていてな」

 

「すみません」

 

「いや、私もまさかそこまでするとは思わなかったしな」

 

シロウは思った。

魔術師には近代機器が有効と自分でわかっていて、それを利用した事も生前はあったはずだ。それなのにこんなミスを犯すとは、まるで遠坂凛の様ではないか。

 

「凛……まさか君のうっかりがうつったのではあるまいな?」

 

うっかり属性がうつってしまったのではないかと本気で心配しながらも、ネギと共に歩くのどかを見て、のどかがネギ達について行ってしまったのだったと思い出す。

 

「そういえばネギ君。のどかがここにいると言う事は、魔法の事がばれたのか?」

 

「はい……あ、でもそのおかげで僕達は助かりました」

 

「そうか……」

 

できれば関わらない方が良かった。

だが、ネギ君の怪我を見るに、止むを得ない事情があったのだろう。

仕方ない、で済ませられることではないが。

 

「のどか」

 

「なんですか? 衛宮せんせー?」

 

「魔法の事を知ったんだってな」

 

「えっ! じゃあ、あの、衛宮せんせーも?」

 

魔法という言葉が出て驚いたようだが、すぐにシロウが魔法の関係者だという思考にたどり着き問いかけてきた。おっとりしているようで中々頭も回るし冷静だ。

 

「ああ、私も関係者だ」

 

「そうだったんですかー」

 

「のどか、魔法に関われば危険な目にあうかもしれない。それでも関わるのか?」

 

「……はい、私ネギせんせーの力になりたいです!」

 

のどかがはっきりと言う。

普段の気弱さはどこへ行ったのか、前髪で隠れた瞳の奥には強い意志が見られた。

 

「そうか。なら私は何も言うまい。でも、困った時はネギ君でも私でも構わん、絶対に相談すると約束してくれ」

 

「はい!」

 

そうこうしている内に門に着く。

相変わらずの大きな門をくぐると、

 

「「お帰りなさいませ、このかお嬢様」」

 

何十という女官達に盛大な出迎えをされた。

 

……詠春よ、いくらなんでも私の時と対応があまりにも違いすぎないかね?

 

やってきた詠春に広間へと案内され、ネギは詠春へと無事に親書を渡す。

その後、詠春の計らいで泊めてもらう事になった。

 

「ネギ君、私は一度ホテルに戻る」

 

「え、なんでですか?」

 

「君達は刹那が身代わりの式神を置いてきたからいいかもしれんが、私はそんな準備はしてきていないからな。それに、担任も副担任もいないのは拙いだろう」

 

「あ、そうですね。それじゃあすみませんがお願いします」

 

「ああ」

 

ネギに話を終えた後、詠春にも帰ることを告げる。

 

「このかと他の子達の事は任せてください。此処の結界は強力ですから」

 

此処の結界は強力、か。よほど結界の強度に自信があるのだろう。

事実、私も解析してみたが、本山に張られている結界は相当強力なものだということがわかる。

だがそれに慢心して最悪な事態にならなければよいのだが……

 

「では後は任せる」

 

少し不安は残るものの、ネギに刹那、詠春に数十名の呪術師がいるここならばそう簡単に落ちる事はあるまいと自分を納得させ、シロウは帰る事にした。

 

「ああ、エミヤ」

 

帰ろうとしたら、詠春に呼び止められた。

 

「なにかね?」

 

「言い忘れていましたが、敵の目的はおそらくこの地に眠る鬼神を利用しようとしていると考えられます」

 

「鬼神だと?」

 

鬼神───鬼ではあるが、式紙の鬼達とは格が違う。

シロウの世界で言えば、鬼は人々の怨念や恐怖心が具現化した言わば悪霊の類だ。

しかし、鬼神ともなればそれは神霊レベル。幻想種とほぼ同格の高位種とされている。

 

「ええ、この地にはリョウメンスクナノカミという大鬼神が封じられているのです」

 

リョウメンスクナノカミ。

その名はシロウの世界の文献にも載っていた、英雄とも妖怪とも言われている両面宿儺(りょうめんすくな)の事であろう。

両面宿儺(りょうめんすくな)は上古、仁徳天皇の時代に飛騨に現れたとされ、頭の前後に顔が二つ付いており、腕が前後一対の四本、足も前後一対の四本あったとされ、手には弓矢と剣を持ち、動きは俊敏で怪力と伝えられている。

 

「その鬼神の実力は?」

 

「かなりのものと見て間違いないかと」

 

真剣な表情の詠春。

これは最悪の場合、アレを使うことも考えておいた方がいいだろう。

 

「わかった、用心しておこう」

 

「お願いします」

 

今度こそホテルへ向かう。

ホテルへ向かう途中、近くを飛んでいた鳥を一匹捕まえた。もちろん怪我をさせないように。

 

「ふむ。一応保険をかけておくか」

 

ナイフを投影し、指の先を軽く切る。

そして、捕まえた鳥に自分の血を一滴飲ませ、簡易契約を施す。

これは、確か生前に師事を仰いでいた人に教えてもらった魔術だ。

 

「まさか、こんなところで役に立つとは───投影(トレース)開始(オン)

 

シロウの手には歪な短剣が現れた。

シロウは歪な短剣と、何かをメモした紙を鳥の足へと結びつける。

 

「コレを麻帆良のエヴァの所まで届けてくれ」

 

「キュィー」

 

投影した短剣とメモを持って鳥は飛んでいく。

 

「出来れば、使わずにすんでほしいものだ」

 

 

 

 

 




はいどうもアンリです。ここ最近気づいた。ない様考えんのも難しいんですが、タイトルはもっと難しいですね。
さて、雰囲気的にもわかるとは思いますが、次回は戦闘回です。おそらく後2話で京都編が終わりになるでしょう。
それではまた次回……の前に、武器の紹介。


『備中青江』
Fate/stay nightにて剣豪・佐々木小次郎が携えていたとされ、第五回聖杯戦争におけるアサシンが使う物干し竿と呼ばれる長刀。
『物干し竿』はあくまでも限りなく蔑称に近い通称にすぎず、銘は二天記に伝えられる備前長船長光ではなく備中青江。青江一門ではあるが、どの刀工かは不明。刀身の装飾と鍔はともになく、樋も掻かれていない。
記録では長さ三尺余とされるが、アサシンのものは五尺余に及ぶ規格外の長刀で、その間合いは槍に近い。


それでは、また次回!!


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白き翼の剣士

お久しぶりです。前回の更新から大分間が空いてしまい申し訳ありません。学校が忙しかったり、学園祭がったりとバタバタしていました。
まぁ、また授業の方が忙しくなりそうなんですが……なるべく頑張ります。


ホテル嵐山

 

「たっだいまー!」

 

このかの実家から帰る事1時間。ホテルのロビーで自由行動から帰ってくる生徒達のチェックをしていたシロウの耳に、元気な裕奈達4班の声が響く。

 

「おかえり。だが、他にも客がいるんだから、もう少し静にな。で、楽しかったか?」

 

「いやー、最高だったよUSJ!」

 

「そやね、楽しかった」

 

「うん、楽しかった」

 

裕奈の言葉に亜子とアキラが答える。その表情は、皆満足といった感じだ。

 

「そうか、それはよかった。では今日の夜は大人しくしているんだぞ」

 

「ええー」

 

シロウが忠告すると、口を尖らせて不満の声を上げる裕奈。

修学旅行の夜は、いつもと違う状況が楽しくてはしゃいでしまうのもわかる。

だが、3-Aの生徒達は、はしゃぐ程度ではすまない。シロウが副担任になってまだ日が浅いとはいえ、それくらいのことは予測できる。

 

「ええー、じゃない。もし騒いだら和美と同じ目にあってもらうからな」

 

「了解しました!」

 

しぶった裕奈だが、昨日の簀巻きになった和美を思い出し素直に返事をする。

心なしか、他の3人も動きが固くなったが、シロウはそれには気付かなかった。

 

パ~ララ パラ ララ パララ ララ~♪

 

そんな時、ゴットファーザーの曲がホテルのロビーに響く。

 

「長瀬でござる、おや?バカリーダー?」

 

どうやら楓の携帯の着信音だったようだ。

中学生の携帯の着信音がゴットファーザー……いや、深くは考えまい。

 

「どうした夕映殿? まずは落ち着くでござるよ……」

 

なにやら様子がおかしい。シロウがそう思った時、

 

(…け……て)

 

「ん?」

 

頭の中に直接声が響いた。

 

「これは……」

 

(たす……けて……)

 

「……念話?」

 

(……しろう)

 

「このかか!」

 

シロウは返事をしてみるが、それっきり念話は途絶える。

 

「本山で何かあったか!?」

 

その頃、本山は白髪の少年達に襲われ、このかが連れ去られてしまっていた。

その時のこのかの必死の叫びが、パクティオーカードの力によって奇跡的にシロウへ念話(テレパテイア)として届いたのだ。

 

「士郎殿」

 

私が急ぎ足でホテルを出ようとすると、楓が話しかけてきた。

 

「楓か、すまんが急用ができた。何かあれば新田先生か、しずな先生、瀬流彦先生に相談してくれ」

 

「いや……!」

 

悪いとは思ったが、話途中の楓を通り過ぎ、シロウは足早にホテルを後にする。

 

「交通機関では時間がかかりすぎるか───強化(トレース)開始(オン)

 

ホテルから少し離れて人気のない路地裏へ。

筋力を魔術で強化し赤い外套を投影すると、シロウは地面を蹴り民家の屋根の上へ登り、本山へと一直線に向かう。

京都の夜空を駆ける赤い影は、住宅街を通り過ぎ、木々の茂る森の中へと移動する。

本山まであと1㎞くらいの所で、シロウは舌打ちをした。

 

「ちっ、やはり嫌な予感ほどよく当たる」

 

感覚的なものと、視認したもの。二つの情報から結界が破られているのはすぐに分かった。

こんなことになるならば、詠春にもっと白髪の少年の異様さを忠告しておくべきだったと、シロウは自分の迂闊さを責めた。

しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「士郎先生~!」

 

そこへ飛んできた小さな光にシロウは足を止めた。

 

「ちびせつな!!」

 

飛んで来たちびせつなに足を止める。

その体は昨日見た時よりも薄く、向こう側が透けて見えるくらいだ。

 

「本体の方もピンチで長時間私を維持できません。説明は移動しながらで……うっ!!」

 

「!!」

 

飛来した矢をシロウは干将・莫耶で叩き落とす。

しかし、数が多かった矢を全て落とすことはできず、一本がちびせつなへと命中してしまう。

シロウはすぐに武器を剣から弓へと変え、矢を放った犯人である鳥族を射抜いた。

 

「大丈夫か!?」

 

ちびせつなの体から光がどんどん失われていく。

そんな中、彼女の小さな口が動いた。

 

《───すいません》

 

その言葉を聞いた瞬間。シロウの拳は力強く握られる。式紙だから、死んだわけではないというのは分かっている。

しかし、それでも守れなかったことに変わりはない。

 

「……」

 

シロウの周りには森の遥か先から鬼と鳥族が集まりつつある。

だが、シロウは全く動じた様子もなく、鬼たちの方へと振り向いた。

 

「安心しろちびせつな。これだけ大きな道標があるのだ、刹那の所へたどり着くのはたやすい」

 

シロウは螺旋状に捻れた()を投影しながら弦を引く。

 

────I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

強大な魔力に異形の者達は息を飲む。

主の命によりこの場へ訪れた鬼達は、一瞬の躊躇の後逃げる事を選択した。

しかし、時既に遅し。

 

『───偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 

静かに告げられる真名と放たれし螺旋の矢。

鬼と鳥族の絶叫も意に介さず、無慈悲な一撃は空間を歪ませながら森を抜け、空の彼方へと消えていった。

 

「……待っていろ」

 

鬼達の消えた道をシロウは駆ける。護らねばならぬ人の為に。

 

 

 

 

 

 

「……ハア、ハア」

 

数えるのも嫌になるほどの鬼や烏族、狐面の異形の軍勢。

その中心に、肩で息をする2人の少女が立っている。

 

「大丈夫ですか? アスナさん」

 

「う、うん! まだまだ全然へーき」

 

強がってはいるがアスナも刹那も相当消耗していた。

アスナは始めての人外との戦闘に。刹那は敵の数と、アスナを気遣いながらの戦闘に。

 

(まずいな、アスナさんももう限界だ。ネギ先生早くお嬢様を・・・)

 

「ふんっ!」

 

「!!」

 

振り下ろされた棍を夕凪で受ける。

 

「戦闘中に考え事してると命を落とすで譲ちゃん」

 

「くっ……!!」

 

一瞬の油断。

しかし、消耗した刹那には、その一瞬だけで致命的だった。

夕凪を間に割り込ませ直撃は避けたものの、鬼の怪力によって吹き飛ばされる。

今までの疲労も相まってか、起き上がった刹那の眼前には、再び巨大な棍を振り上げる鬼の姿が。

 

「しまっ……!!」

 

刹那がもう駄目だと諦めかけた瞬間。

 

「刹那、伏せろ」

 

そんな声が聞こえた。

 

「え?」

 

一瞬呆けた刹那だが、すぐに言われた通り地面に伏せる。

それは、傍から見れば不恰好だったかもしれない。

しかし、そうでもして急いで伏せなければ、自分が危なかったのだ。

 

「ギャッ!?」

 

鬼の悲鳴と何かの刺さるような音を聞き上を見上げると、鬼の額に一本の矢が刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

森を駆けること数分。少し開けた場所に、異形の者達を視認。

そして、その中心で奮闘する少女2人。しかし、刀を持った方の少女が鬼に吹き飛ばされ、危機に陥っていた。

 

「───投影(トレース)開始(オン)。……刹那、伏せろ」

 

シロウは弓と矢を投影。一言刹那に告げると、矢を放った。

 

「ギャッ!?」

 

寸分違わず眉間を打ち抜かれた鬼は塵となり消滅した。

いや、アレは召喚されたものだから、還ったという方が正しいか。

 

「無事か?」

 

「士郎!!」

 

「士郎先生!!」

 

シロウの登場に、安堵と驚きの混ざった表情をする2人。

シロウは手早く2人の無事を確認すると、敵を牽制しつつ口を開いた。

 

「アスナ、刹那。このかとネギ君は?」

 

「お嬢様は呪符使いと白髪の少年にさらわれ、ネギ先生はそれを追っています」

 

「そうか……!!」

 

その時、光の柱が立ち、森の更に奥の方から四つ腕の巨大な鬼が現れた。

その姿は多少の差異はあれど、シロウの知識にある両面宿儺(りょうめんすくな)の特徴と一致する。

 

「ネギ君は間に合わなかったか」

 

ネギは年の割に実力があるし、カモもついているから無茶はしないとは思うが、急いだほうがよさそうだ。

 

「おう兄ちゃん、いきなり現れて何話しこんどるんや?」

 

「そうや、やられたヤツの分きっちり落とし前つけさせてもらうで」

 

鬼達が騒ぎ出す。

どうでもいい事だが、関西の鬼は関西弁で話すのか?

 

「生憎とそんな時間をかけるわけにはいかん。君達には悪いが、一瞬で終わらせてもらう」

 

シロウの手にはいつの間に投影したのか、深紅の槍が握られている。

それはアイルランドの光の神子が使っていた魔槍。

 

「そんなほ細っこい槍でなにができるんや?」

 

シロウは鬼の言葉には耳を貸さず、距離を取りつつ足に強化の魔術をかける。

 

「召喚されし異形の者達よ。存分に恨んでもらって構わない───この一撃手向けと受け取れ」

 

シロウは助走を取り跳躍し、

 

突き穿つ(ゲイ)─────

 

 大きく槍を振りかぶる。

 

 ─────死翔の槍(ボルク)ッ!!!」

 

放たれた槍は、流星の如き速さで鬼達の中心へと刺さり大爆発を起こす。

轟音と共に舞い上がる砂煙。

視界が晴れると、そこには隕石でも落ちたのではないかという程の巨大なクレーター。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)によって、ほぼ全ての異形の者達が消滅した。

 

「す、すごい!」

 

刹那達は唖然とするしかなかった。

数百体はいたであろう鬼達が、一瞬で指で数えられるほどにまで減ってしまったからだ。

 

本物(オリジナル)ならば今の一撃で殲滅できたのだろうが……私ではこれが限界か」

 

シロウは意図してその台詞を言ったわけではない。

しかし、その台詞は鬼達の戦意を削ぐには十分すぎる言葉だった。

だが、鬼たち式神も召喚に応じた以上ここで戦いを止めるわけにはいかないのだ。

 

「ウ、ウォォオオオ……ガァ!?」

 

雄叫びを上げ襲い掛かってきた鬼達は、シロウ達の背後の森からの狙撃によって煙となって消えていった。

 

「はぁ……まったく君達は」

 

振り向いたシロウは思わず眉間を押さえる。

なんと、森の中にたのは3-Aの生徒。瀧宮真名と古菲だった。

 

「悪いね、衛宮先生。楓に協力を仰がれたし、高畑先生からも何かあったら協力してほしいと依頼されてたんでね」

 

なるほど。只者ではないと思っていたが、彼女はこちら側の人間だったという事か。

にしても楓、あの時私を呼び止めたのはこの事だったのか。急いでいたとはいえ、焦りすぎたか。

確か電話の相手は夕映。この場にいないという事は、楓はそちらに向かったか。

 

「真名の事は納得はしてないが、理解はできた。だが古、君は何故ここにいる」

 

「あはは、友達のピンチに駆けつけるのは当然アルヨ」

 

何ともバカな回答……いや。そこが彼女のいい所なのかもしれない。

大人になってもこのままなら問題だが、今の彼女の歳を考えれば、友達が危険だからという理由で動けるのはとても素晴らしい事だ。

 

「まぁまぁ、衛宮先生。あまり時間もないんだろう? ここは私たちに任せて、先生先に行くといいよ」

 

真名の目つきが変わる。視線の先を追えば、残っていた数対の式神と鬼、そして不敵に笑う月詠の姿。

今の真名を見て分かった。彼女はその年齢に見合わぬ経験があると。それは、おそらく同じ環境にいたシロウだからこそわかる、戦争に身を置いていた者独特の雰囲気。

真名の実力は分からないが、彼女なら月詠相手でも負けないだろうという事は確信できる。古も式神や鬼達程度なら、命の危険はないだろう。

 

「……すまない。ここは任せる」

 

激しい葛藤の末、シロウは真名と古にここを任せる事を判断した。

 

「了解」

 

「任せるアル」

 

真名と古が前へ出る。

 

「逃がしまへんえ~」

 

「行けっ、衛宮先生! あの可愛らしい先生と近衛を助けに!」

 

シロウを行かせまいと、刀を構える月詠の前に2丁のデザートイーグルを構えた真名が立ちはだかる。

 

「刹那、アスナ行くぞ!」

 

「はい! すまん、瀧宮、古!」

 

「う、うんっ」

 

巨大な鬼神目指して森を駆ける。

森を抜けると、先行していたネギ君は白髪の少年に追い詰められていた。

シロウは干将・莫耶を投影しつつ間に割って入り、白髪の少年を牽制する。

 

「大丈夫かネギ君」

 

「シ、シロウさん。すいません、間に合いませんでした」

 

そう言ったネギの体は右腕から石化し始めていた。おそらくは、詠春達を石化させたものと同じ呪い……いや、魔法。ネギの抗魔力がよほど高いのか、石化の進行速度は微々たるもの。これならば、まだ命に別状は無い。早々に決着を着ければ問題ないだろう。

 

「大丈夫だ。まだ何とかなる」

 

「また君か。やはり君は邪魔だね……千草さん」

 

白髪の少年が呪符使いの女に指示を出す。

 

「まかしとき。お兄さんこの間はよくもやってくれましたなぁ、くらいなはれっ!」

 

少年の指示もあるが、先日の事がよほど悔しかったのだろう。

千草と呼ばれた女が何か呟くと、スクナから高濃度の魔力が放射された。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

呪文とともに右手を突き出す。

引き出したるは、我が丘にある最高の盾。

 

「『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!!」

 

現れた七枚の桃色の花弁がスクナの砲撃を止める。

 

「ぐっ!」

 

直撃と同時に花弁が一枚欠ける。

 

「む……!」

 

二枚。

 

三枚目の花弁にヒビが入ったところで、スクナの砲撃を受けきった。

 

「まさか、アイアスが二枚も散るとは。投擲武器ではないとはいえ、流石は大鬼神といったところか」

 

冷静に言いはいしたものの、このままではまずい。

このかからの膨大な魔力供給があるスクナは、まだまだ強力な魔力砲が放てるだろう。

しかし、私はそう何度もアイアスが投影できるわけではない。

 

「このかを早く助けなければ、我々の負けか」

 

その言葉を聞き刹那が口を開く。

 

「士郎先生、お嬢様は私がお救いします」

 

刹那の言葉は何か覚悟を決めたのか、とても重みがあった。

まるで、大切なモノを護る為に何かを犠牲にしようとしているかのような。

 

「出来るのか? いや、いいのか?」

 

シロウのまるで全て理解しているかのような言葉に、刹那は一度目を見開いた後、コクリと頷いた。

 

「……はい。士郎先生、ネギ先生、アスナさん。私はこのかお嬢様にも皆さんにも秘密にしていた事があります」

 

どこか寂しげに言う刹那。

 

「この姿を見られたら、もうお別れしなくてはなりません。でも今なら……あなた達になら」

 

舞い上がる無数の羽根が月明かりに照らされ、幻想的な白銀の世界が作り上げられる。

その中心で、まるで天使のように背中から美しい白い翼を生やした刹那が軽く羽をはばたかせた。

 

「これが私の正体……やつらと同じ化物です。でも誤解しないで下さい、お嬢様を守りたい気持ちは本物です! 今まで秘密にしていたのは、この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かっただけ……!」

 

自分を卑下する刹那の頭ににシロウは ポンッ と手をのせる。

 

「?」

 

「刹那、自分の事を化け物なんて言うものではない。そもそも、化け物の定義を間違えている」

 

「化け物の……定義?」

 

刹那は、わからないといった感じで首をかしげている。

 

「いいか、化け物や怪物と呼ばれる者達は、皆理性を持って殺人を行う者達だ。だが、今の君は殺人はおろか、自分の大切なモノを護る為に自身が忌み嫌う力をも使おうとしている」

 

刹那は無言でシロウの言葉に耳を傾ける。

そんな刹那に、シロウはとても優しく、そして力強い声で言った。

 

「自信を持て。君は化け物なんかじゃない。それに、綺麗な羽じゃないか。その君の(チカラ)で、このかを助けてやってくれ」

 

「そうだよ刹那さん! 士郎の難しい話はよくわかんなかったけど、こんなの背中に生えてくるなんてカッコイイじゃん!」

 

「士郎先生、アスナさん……」

 

2人の言葉に、刹那は涙が出そうになるのを必死に堪える。

 

「行け刹那、援護は任せろ。アスナとネギ君は、白髪の少年を抑えてくれ」

 

「はい!」

 

「任せて!」

 

「わかりました!」

 

刹那は涙を拭い、大きな白い翼を広げて空へ。

ネギとアスナは今までの疲労はどこへやら。気合十分、白髪の少年絵と向き直った。

 

「て、言っても私たちだけでアイツを止めるのって厳しくない? ネギもボロボロだし」

 

返事をいしたはいいものの、自分の体力的な問題と、ネギの容態を見て不安そうな顔をするアスナ。

 

「フッ、なに、そろそろ助っ人が来るはずさ」

 

「助っ人?」

 

私の予想が正しければ、そろそろ……

 

(……ぼーや、聞こえるか?ぼーや)

 

その時、聞き覚えのある声が頭の中に響く。

 

「きたか」

 

「こっ、この声は!」

 

(フフフ、わずかだが貴様の戦い覗かせてもらったぞ。まだ限界ではないはずだ、ぼーや意地を見せてみろ! 後1分半持ち堪えられたなら、私が全てを終わらせてやる!)

 

「この声、これってまさか……」

 

「ああ、姐さん!!」

 

突然のエヴァの言葉に喜ぶアスナとカモ。

顔には出さないが、シロウも作戦がうまく言ってほっとしている。

 

(ぼーや、貴様は少し小利口にまとまり過ぎだ。今からそれじゃ、とても親父(あいつ)にゃ追いつかんぞ? たまには後先考えず突っ込んでみたらどうだ。ガキならガキらしく後の事は大人に任せてな)

 

「クッ、子供姿の君がよく言う」などと思いはしたが、口に出せば何を言われるかわからないので黙っておく。

 

「ふ~……アスナさん」

 

エヴァの言葉を聞き深呼吸をするネギ君。

 

「行きます!」

 

「OK!」

 

気合を入れ直し、白髪の少年に向かっていく。

さっきまでの空元気はどこへやら、その背中はとても頼もしく見えた。

 

「フッ、あれならば問題はないか」

 

後ろの心配をしなくて良くなったので、シロウは弓を引き刹那の援護に集中する。

 

(エミヤシロウッ! 貴様には後であの剣(・・・)の説明をしてもらうからなっ!)

 

……やれやれ、困ったものだな。

 

 

 

 

 

 

刹那はこのかの下へ飛ぶ。

シロウがスクナの攻撃を()で弾いるので、刹那は安心して飛べる。

 

「天ヶ崎千草、お嬢様を返してもらうぞ!」

 

刹那が現れた事により千草は2体の式紙召喚するが、縦横無尽に空を翔る刹那に式神達は一瞬で斬り伏せられる。

 

「な!?」

 

自身の式紙が一瞬で消され、驚愕した千草の隙を突いて、刹那はこのかを救出に成功した。

 

「お嬢様! ご無事ですか!」

 

「ああ、せっちゃん……また助けに来てくれたんや~」

 

刹那に抱かれ視線が合った瞬間、柔らかな笑みを見せるこのか。

 

「お嬢様」

 

このかに異常が無い事に刹那は安心する。

 

「せっ、せっちゃんその背中」

 

「あ、いや、これは、その」

 

穏やかな気持ちは一瞬で焦りへと変わる。仕方なかったとはいえ、知られてしまった。

お嬢様は、自分のことをどう思うだろうか? 驚かれるだろうか? いや、驚くだけならばまだいい。

だけどもし、怖がられたり嫌われたりしたら? そんな不安が頭の中を埋め尽くす。

しかし、このかからは、まったく違う台詞が紡がれた。

 

「キレーな羽、まるで天使みたいやな~」

 

「あ……」

 

ああ。その言葉だけで、先ほどまでの暗い気持ちが嘘のように晴れていく。

 

 

 

 

 

 

 

「キレーな羽、まるで天使みたいやな~」

 

その光景を見て、シロウは自然と頬が緩む。

 

「上手くいったみたいだな」

 

月の明かりに照らされて降り立つ、白き翼の剣士とやさしい少女。

その光景はとても幻想的で、既に摩耗したはずの遥か昔の記憶がよみがえる。

 

《問おう、貴方が私の────》

 

「……オレとセイバーの出会いも、確かこんな感じの月の綺麗な晩だったな」

 

背後では大きな轟音。我に返りネギ君の方を見ると、エヴァが白髪の少年を吹き飛ばしている所だった。

 

「あちらも終わったようだ」

 

「士郎先生」

 

「しろう~」

 

こちらに向かって歩く少女と、駆けて来る少女。

 

「刹那、このか 無事でよかった」

 

言いながら、このかに投影した外套をかける。

 

「しろうありがとな」

 

「なに、約束したからな。このかが困った時は助ける、と」

 

「えへへ~」

 

先ほどまで敵に捕らわれていたというのに、このかからは恐れや恐怖といったものが微塵も感じられない。本当に強い子だ。

 

「さて。エヴァに任せきりというのも悪いし、最後は私が決着(ケリ)を着けるか」

 

ヤツらには、多少……いや、かなりの怒りを感じている。

その穏やかな口調とは裏腹に、シロウの拳は強く握られ、その歩みは一歩一歩重みを感じる。

 

「しろう、大丈夫なん?」

 

このかが心配そうに声をかけてくる。

 

「ああ、このか。一ついいかな?」

 

そんなこのかを安心させる為、私は自信を持って答えよう。

 

「心配してくれるのは嬉しいが───別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「あはは、なんだかしろう正義の味方みたいや」

 

そんな事を言うシロウを見て、このかはきょとんとした後、ふわりと笑った。

シロウの方もこのかの言葉を聞き、苦笑いをしながらスクナへと向かっていく。

 

「正義の味方か……」

 

私にその名を語る資格は無いが、君が私を正義の味方と呼ぶのならば───

 

 

「────期待に応えるとしよう。我が主(マスター)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




このかの救出成功! そして、次回ついに修学旅行編クライマックスです。ついに、ついにあの剣が登場か!?
と、あまり書くこともないので、宝具の説明に行きたいと思います。


偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)
第五回聖杯戦争におけるアーチャー(エミヤ)が投影する剣。
本物(オリジナル)のカラドボルグは『硬き稲妻』を意味するアイルランドの英雄フェルグスが所有したとされる魔剣だが、これはアーチャーが矢として使えるように改良して投影した別物。
クーフーリンの天敵とされる魔剣で、この所有者がウルスターゆかりの者であった場合、クーフーリンは自らの誓約(ゲッシュ)により一度は敗北しなければならない宿命を負っている。


刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)or突き穿つ死翔の槍』
クー・フーリンが影の国で手に入れた魔槍。禍々しい形状をしており、呪いを内包している。
“刺し穿つ死棘の槍”と“突き穿つ死翔の槍”の二通りの使い方がある。
因果を逆転させる“原因の槍”。先に心臓を貫いたという結果を作り、その後に心臓を貫くというものだが、この効果は“刺し穿つ死棘の槍”でしか発揮されない。
これで刺された者はこの世にゲイボルクが存在する限り決して回復できず、死に至るまで傷を背負うことになる。それを回避することはよほど幸運でない限り不可能。
一説には威力を増すために足を使って投げていたといわれ、その投擲法こそが『ゲイ・ボルク』であるとされている。
その原型は北欧の主神オーディンの『大神宣言(グングニル)』。


熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)
ギリシャ神話における一大戦争、トロイア戦争で使用された英雄アイアスの盾。英霊エミヤが唯一得意とする防御用の兵装。
青銅の盾に牛皮を七枚重ねたもので、何人たりとも防げなかったというギリシャの大英雄ヘクトールの投槍を防いだ(この折、六枚の牛皮を貫かれたが七枚目で防ぎきった)。
以後、投擲兵器に対する絶対の防御力を誇る概念武装として広まり、存在を昇華した。
七枚の花弁の如き守りはその一枚一枚が古代の城壁に匹敵する。


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約束された勝利の剣

忙しくて前話からかなり間が空いてしまいました。申し訳ないです。
今後も、こんな感じで不定期更新となってしまいそうですが、よろしくお願いします。


上空で待機する茶々丸は、特殊な機関銃を構える。

 

「マスター、結界弾セットアップ」

 

「やれ」

 

「はい」

 

放たれたのは、科学技術と魔法の融合。捕縛結界の術式が組み込まれた特殊弾。

茶々丸の放った弾丸は爆音とともにスクナを包み、動きを一時的に停止させた。

 

「この質量相手では10秒程度しか拘束できません。お急ぎを」

 

スクナが停止した事を確認し、エヴァはネギ達の方に向き直る。

 

「ぼーやよくやったよ。だが、まだまだだな。いいか、このような大規模な戦いで魔法使いの役目とは、究極的にはただの砲台。つまりは火力が全てだ!」

 

エヴァはそう言いながら浮遊魔法で空へと飛び上がる。

 

「私が今から最強の魔法使いの最高の魔法を見せてやる」

 

ふはははは と笑いながら、上機嫌にぐんぐん上昇していくエヴァだが、

 

「いいな! よーく見とけよ!」

 

一度止まって念を押す。

この間ネギに負けた事が、よほど悔しかったようだ。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

エヴァが呪文の詠唱を始める。

それに伴い大気は震え、エヴァの掌には高密度の魔力が収束していき、周囲の温度が肌寒さを感じるほどに下がってくる。

 

契約に従い(ト・シユンボライオン) 我に従え(デイアーコネートー・モイ・へー) 氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)

来れ(エピゲネーテートー) とこしえのやみ(タイオーニオンエレボス)えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)!!」

 

放たれたるは「火力が全て」という言葉を実行してみせる強力な凍結魔法。

あの強大な魔力を秘める巨人が、一瞬で氷の彫刻と化す。

 

「ほぼ絶対零度、150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ。そのデカブツでも防ぐ事は適わぬぞ!」

 

スクナを凍結させたエヴァは、更に上空へと上がり腕を組む。月を背後にしたその姿は、正に物語に出てくる吸血鬼そのもの。

白き翼の刹那とは対照的だが、黒き外套を羽織るエヴァもまた幻想的な雰囲気を感じさせてくれる。

 

「我が名は吸血鬼(ヴァンパイア)エヴァンジェリン!! 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)!! 最強無敵の悪の魔法使いだよ!! アハハハハハハハハハ!!!」

 

「……」

 

「ノ、ノリノリねーエヴァちゃん」

 

エヴァの豹変振りに唖然とするネギとアスナ。せっかくの幻想的な雰囲気が台無しである。

しかし、そんなことを気にも留めない様子で、エヴァは更に呪文を続ける。

 

「これで終わりにしてやる! 全ての(バーサイス) 命ある者に(ソーアイス) 「エヴァ」 等しき死を(トン・イソン・タナトン)……「エヴァ」 何だ貴様はさっきからぁ!!」

 

いきなり怒るエヴァに抗議したい気持ちはあったが、その抗議の台詞が出ないほどに私には怒りの感情が湧いている。

無論エヴァにではない。このかを利用して、この下らん茶番を引き起こした奴らに対してだ。

奴らはこのかの意思とは関係なく、ただ力を持っていたというだけで利用し、その力で誰かを傷つけようしている。

 

「人がせっかくいい気分で魔法を使っていれば……で、なんの用だエミヤシロウ。つまらん事なら殺すぞ」

 

「いや何、子供達に任せきりというのもカッコ悪いのでね。後は私がやろう」

 

「誰が子供だっ!! ……って、何? 貴様がだと?」

 

エヴァは少し違和感を感じた。いつもの嫌味の中に明らかな怒気を感じる。

客観的に見れば、見た目十歳程度の少女に後の事を任せるというのは確かにカッコ悪いと言えよう。

しかし、この男(エミヤシロウ)がそんな理由でわざわざ他人の魔法を中断させるとは考えられない……とは言えないが、圧倒的な優勢の状態で止める理由はないだろう。

ならば、何か個人的な……ヤツの触れてはいけない部分に、敵は触れてしまったのだろう。

 

「…ガ……ガァ……」

 

凍結したスクナの体にヒビが入り始める。いや、正確には、スクナを凍結させている表面の氷に。

本来ならば、あの後エヴァが凍ったスクナを砕くはずだったのだが、途中で中断した為動き出したらしい。

 

「ふん、まあいいだろう。その代わり、私の魔法を中断させたんだ。詰まらんモノを見せたら殺すからな」

 

エヴァの言葉は既にシロウの耳には入っていなかった。只々鷹の様に鋭い眼が、巨大な鬼神を睨みつける。

 

(いにしえ)の大鬼神よ。貴様に恨みは無いが、お前の存在は私の大切な者達を傷つける……いや、これはただの詭弁だな」

 

そう。どんな綺麗事を並べようと、これはただの八つ当たり。個人的な怒りによるところが大きい。

 

───かつて自分が救えなかった少女がいた。

  彼女はいつもオレを心配してくれた。

  彼女はいつもオレに暖かな笑顔を向けてくれた。

 

───けれど、オレは彼女を護れなかった。

  オレが弱かったから彼女は利用された。

  オレが弱かったから───彼女を殺した。  

 

いつも自分を温かな笑顔で迎えてくれた少女とこのかの姿が、私の中で被る。

もう二度と、あんな事が起きてほしくは無い。

そして、それを止める事が出来なかった自分が許せない。

だから───

 

 

     I am the bone of my sword.

        体は剣で出来ている。

 

 

───あんな悲劇は決して起こさせない。

 

 

  Steel is my body, and fire is my blood.

       血潮は鉄で 心は硝子。

 

  I have created over a thousand blades.

       幾たびの戦場を越えて不敗。

 

 

特に変化があるわけでもない。だというのに何故だろう? 誰一人動く事が出来ない。

 

 

      Unknown to Death.

     ただの一度も敗走はなく、

 

      Nor known to Life.

     ただの一度も理解されない。

 

 

ここまで来て、何も変化が無い事に魔法使いと呪術師、多少なりとも知識のある者達は違和感を感じていた。

今までまともに呪文を詠唱したことが無いシロウが、これほどまでに長い呪文を唱えているというのもそうだが、今だ何の魔力の変動も起きていない事に。

魔法ならば呪文が紡がれていくにつれ、高密度の魔力が収束する。異なる世界の魔術とはいえ、これだけの詠唱ならば何かしらの変化が見えてもおかしくはない。

 

 

 Have withstood pain to create many weapons.

   彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。

 

 Yet, those hands will never hold anything.

      故に、生涯に意味はなく。

 

 

その呪文は、聞いているものの心に響く。直訳すれば、意味のおかしな日本語になってしまう。

しかし、何故かその呪文に込められた言葉を理解できてしまう。この呪文こそが彼の生き様。

その呪文を聞いた者達は皆思った───なんて悲しい呪文なのだろうと。

 

 

  So as I pray, unlimited blade works.

     その体は、きっと剣で出来ていた。

 

 

シロウが詠唱を終えた瞬間、世界は侵食される。

現れたのは剣、剣、剣、剣、剣、無限とも呼べる数の剣と赤き荒野。

そして空には巨大な歯車が回っている。その光景を見て、この場にいた全ての者は驚愕した。

 

「なっ!? これは幻術……ではない!! 自らの魔力だけでひとつの世界を作り上げただとっ!?」

 

エヴァは自身の魔力で世界を創る魔術の存在に。

 

「そんな……位置の確認が出来ない!? 先ほどいた場所とは完全に別の場所です!!」

 

茶々丸は、GPSによる座標確認が出来ず、この場所が完全に別世界だという事実に。

 

「す、すごい魔力だ。こんな魔法道具(マジックアイテム)見たことも無い!」

 

ネギは現代では殆ど見る事のできない、神秘を秘めた数々の宝具の魔力に。

 

「この剣達はいったい……!?」

 

刹那は荒野に刺さる名剣、聖剣、魔剣の素晴らしさに。

 

「ど、何処よ、ここ!?」

 

アスナは目の前で起きたありえない現象に。

 

「何……なん?これ」

 

このかはまるで墓標のように突き立つ、剣しかないこの世界の寂しさに。

 

「これは固有結界という術者の心象風景を具現化する魔術。そしてこの世界の名は“無限の剣製(アンリミテッド・ブレード・ワークス)”私の持つ唯一無二の力だ」

 

シロウが手を上げると、剣はシロウの思いを代弁するかの如くその刀身を煌めかせ浮かび上がる。

 

「ウォォォォオオオ!!」

 

瞬間、スクナの動きを止めていた凍結魔法が破られる。

体が自由になったスクナは、雄叫びを上げ、その巨大な腕を振り上げる。

 

このかの為、という気持ちに偽りはない。

大切な者達を護る為に私は戦うという思いも本当だ───が。

 

「これはただの八つ当たりだよ。私の個人的なね。悪いが二度とこんな事が起こらぬ様、貴様にはここで消えてもらう」

 

そう言ってシロウが手を振り下ろすと、宙に浮いた何千という剣群がスクナへと襲い掛かる。

 

「ギャァァァアアアーーーー!!!」

 

幾多の剣がスクナへと突き刺さり、振り下ろそうとした腕は無残にも千切れ飛び、その巨体は膝をつく。

しかし、剣の雨は止まず全ての剣がスクナへ集まっているのではないかと錯覚させるほどだ。

そして、

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

シロウが小さく呟いた瞬間───世界から音が失われた。

 

「くっ! なんという爆発だ」

 

驚愕。あろう事か、スクナに刺さった剣が一斉に爆発を起こしたのだ。あれでは、いくら大鬼神と呼ばれるスクナでもただでは済まない。

煙で視界が晴れぬ中、エヴァはシロウの姿を探す。

しばらくして煙が晴れると、首から上、頭だけを残し吹き飛んだスクナと、エミヤシロウがただずんでいた。

 

「跡形も無く消し去るつもりだったのだが、存外にしぶとい」

 

体を吹き飛ばされ、頭だけだというのに、尚スクナはこちらを睨んでいる。

シロウが傍らの剣を掴み、止めを刺そうとした瞬間。

 

「────む?」

 

スクナの口内が輝きだし、高密度の魔力を感知する。

 

「往生際の悪い。残る全魔力を放出する気か」

 

それはおそらく、先ほどシロウに放った魔力の砲撃と同じものだろう。ただ違うとすれば、それは威力。

これより放たれるであろう一撃は、魔力量から推測するに、先の数十倍の威力が予想される。

 

「はぁ……はぁ……み、皆さん、僕の後ろへ。何とか防いでみせます」

 

「その怪我じゃ無理よ、ネギ!」

 

「そうですよ、ネギ先生!その怪我と魔力量で無茶をすれば、先生の命に係わります!」

 

「ですが、僕が守らないと。……父さんなら、きっと……こうすると思います。だがら、僕も」

 

英雄の父親ならばこうしただろうと、自らを犠牲にしてでも皆を護ろうとするネギ君を、アスナと刹那が必死に止めている。

それはまるでかつての衛宮士郎だ。正義の味方に憧れて、自身が一番ボロボロなのに他人を護ろうとする。

そんな危うさを感じていると急に腕を掴まれ、意識がそちらに向けられる。

 

「しろう」

 

シロウの腕を掴んでいたのはこのかだった。その手は僅かだが震えている。

無理もない。見かけによらず胆の座っているこのかだが、この状況だ。限界が来てしまったのだろう。

 

「安心しろこのか。君達は私が必ず護る」

 

「……うん」

 

シロウが頭に手を乗せ言うと、まだ若干固さはあるものの小さく微笑み、ネギ達の方へと向かった。

このかが離れていくのを確認してから、シロウを見ていたエヴァは口を開いた。

 

「近衛このかにああ言ったという事は、何か策があるんだな?」

 

「なに、策というほどの事ではないが、アレを止める手段ならばある」

 

一、アイアスの多重投影。

不明。残る魔力では、砲撃が止むまでアイアスを維持できるかどうかがわからない。

二、壊れた幻想。

却下。固有結界内の武器を爆発させれば、砲撃を防ぐ事は可能。

しかし、その場合このか達が巻き込まれてしまう。

三、スクナの砲撃と同等かそれ以上の一撃で相殺、または飲み込む。

可能。自らの禁を破れば問題はない。

 

「皆、私の後ろから動くな」

 

シロウの手には、いつの間にか新たな剣が握られている。

数多くの剣が存在するこの世界の中でも一際輝きを放っている剣。

 

シロウは剣へと視線を落とすと、皆に聞こえないよう小さな声で呟いた。

 

「セイバー。夢に敗れたオレに、この剣を使う資格は無いのかもしれない。けど、護りたいんだ。だから、少しでいい。オレに力を貸してくれ」

 

シロウは自らに、二振りの剣を使う事を禁じていた。

一つは彼の騎士王が用いた星の聖剣に限りなく近い贋作。

理由は、単にあの剣は完全に投影ができないという事だけでなく、今の自分が使ってしまえば剣の輝きを鈍らせてしまうような気がしたから。

もう一つは、少女が王になる為に抜いた選定の剣。

理由は、大切な人の命を奪うのに使ってしまったから。

 

だが、シロウはその禁を破る。

 

赤い少女に言った「頑張っていく」という言葉を嘘にしない為に。

雪のように白い姉との約束を守る為に。

自分を正義の味方と呼んだ、やさしい少女を護る為に。

 

スクナの口内が発射直前と言わんばかりに輝きを増し、それに合わせてシロウの握る剣も金色に輝きだす。

それは、なんという輝き。なんという存在感。

その剣は不完全でありながら、本物(オリジナル)にも劣らない真に迫った迫力を醸し出す。

 

「グァァ!!」

 

スクナの口から発射される高密度の魔力。それは、一直線にシロウへと向かう。

今回シロウが投影したのは、本来ならば投影する事すら許されない、人々の願いによって星の内部で結晶・精製された神造兵装。

"最強の幻想(ラスト・ファンタズム)"。

 

その真名は─────

 

『────約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!』

 

───それは、文字通り光の線だった。

触れるモノを例外なく切断する光の刃。

拮抗したのはほんの一瞬。砲撃などまるで無かったとでも言うように、光の刃はスクナの頭を飲み込んだ。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)を地上で使えば被害は計り知れないだろう。

故に、シロウは固有結界を展開した状態で、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を使った。

 

光の本流が収まると、赤い荒野も、スクナの頭も、そして、黄金に輝く剣も消えていた。

 

「見事だな」

 

エヴァは満足していた。自分の知らない魔法が見れた事と、エミヤシロウという人を超えた存在に。

だが、同時に疑問を抱く。先ほど、シロウはエクスカリバーと叫んだ。

それは、誰もが一度は耳にしたことがあるであろう英雄アーサー王の代名詞とも呼べる剣。

シロウは一体何者なのか。ヤツの使う魔術とは一体何なのか……

しかし、そんなエヴァの思考は、勝利を喜ぶ子供達の声で中断される。

 

「しろうの勝ちや~」

 

「やったー」

 

スクナが消えた事で喜ぶのも束の間。

 

「ネ、ネギッ!」

 

ネギが倒れアスナが叫ぶ。

その体は右腕から胸あたりまで石化し始めていて顔色は悪く、呼吸がどんどん乱れていく。

 

「どうしたでござるか!?」

 

そこに、楓、夕映、真名、古の4人も遅れてやってくる。

 

「……危険な状態です。ネギ先生の魔法抵抗力が高すぎるため、石化の進行速度が非常に遅いのです。このままでは首部分まで石化した時点で、呼吸ができずに窒息してしまいます」

 

茶々丸がネギの容態を確かめ説明する。

抗魔力が高い故の危機。偉大なる父親から受け継いだ才能が仇となるとは……

と、そこまで考えてシロウはある違和感を感じた。何か、何か重要なことを見落としていないか?

 

「エヴァちゃん、何とかなんないの!?」

 

「私は治癒系の魔法は苦手なんだ、不死だから」

 

おろおろするアスナとエヴァ。

 

「そうだ! シロウ貴様はどうだ!! って、何をこんな時に呆けている!」

 

「別に呆けていたつもりはない。……すまないが、私も治癒の魔術は使えん」

 

固有結界の中には呪いを消したり、傷を癒す物もあるが、現状では真名を解放するほどの魔力が足りない。

ガラにもなく激情に任せて大技を使ってしまった自分の迂闊さが嫌になる。

 

「くっ、この役立たずめ!」

 

エヴァの暴言は聞き捨てならないが、今はそれよりもこの嫌な感じが気になる。

本当に小さな違和感だが、その見落としがとんでもない結果を招いてしまいそうで……

 

「アスナ、ウチネギ君とチューしてもええ?」

 

「ちょっ、こんな時に何言ってんのよ!?」

 

「なるほど、仮契約か」

 

「うん」

 

確かに、シネマ村で見せたこのかの治癒魔法は相当なものだ。仮契約によって潜在能力が開花すれば、ネギを助けられるだろう。

 

「……シネマ村? ……そうか!!」

 

「よっしゃ、そうと決まればさっさとヤッちまいましょう!」

 

カモが大急ぎで魔法陣を描く。

その時、シロウは既に動き始めていた。シネマ村の事を思い返して思い出した。

白髪の少年は初めて会った時とシネマ村に入る前に襲ってきた時に水のゲートを使って移動していた。

エヴァが少年を吹き飛ばしたのは確か湖の向こう側。そして、このかとネギの後方にできた不自然な水たまり。

 

「そこかっ!」

 

十数本の剣を投影し射出したのとほぼ同時に水面から石の槍が飛び出し、激しい金属音を鳴らし剣と共にごとりと地面に落ちる。そして、間髪入れずに投影した金剛杵(ヴァジュラ)を叩きこんだ。

 

「ぐっ!?」

 

苦しそうなうめき声と共に水たまりから現れたのは白髪の少年。

金剛杵(ヴァジュラ)がその腹部に深々とめり込んではいるが、致命傷になっている気配はない。

 

「まさか気づかれるとはね。やはり君は邪魔な存在だ」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「!!」

 

少年の腹に突き刺さっていた金剛杵(ヴァジュラ)が爆発する。

 

「ここまでとは予想外だったよ。……僕の名はフェイト・アーウェルンクス。君が死ななければ、また会うだろうから覚えておくといい」

 

半身を吹き飛ばされて尚、フェイトと名乗った少年は無表情を貫き、水になり消えていった。

 

「幻影か……!?」

 

私は足に力が入らず、思わずその場で膝を着く。

 

「しろうっ!」

 

ネギの治療を終え駆け寄るこのか達に心配ないと告げたいが、体は思うように動いてくれない。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)に固有結界。それに、約束された勝利の剣(エクスカリバー)金剛杵(ヴァジュラ)……魔力を使いすぎた。

 

「しろう!」

 

「シロウさん!」

 

このかやネギ達の声が遠のき、視界が黒く暗転してゆく。

ああ、拙いな。すまない皆。

 

 

 

 

 

 

「……む、朝? ここは」

 

障子の隙間から射す、日の光で目を覚ます。

 

「おはようございます。衛宮先生」

 

横には茶々丸が正座していた。心なしかホッとしているように見える。

 

「ここはこのかさんのご実家で、先生は昨日フェイトと名乗る少年を迎撃後、魔力不足による疲労で倒れられたのです」

 

私が思案しているのに気付いたのか、茶々丸は聞く前に簡潔に現状を説明してくれた。

それと同時に、昨日の事を思い出す。

 

「その後、このかさんの御実家へ帰還し、勝利を祝って宴会が行われました。おそらく皆さんはまだ寝ておられるかと」

 

皆で宴会をしていたというのに、茶々丸はここにいる。

ということは、私を見ていてくれたのだろう。悪いことをしてしまった。

 

「すまない茶々丸」

 

「何故謝るのですか?」

 

心底訳が分からないといった顔の茶々丸。

何故と聞かれても困る。謝った理由は私のせいで茶々丸が皆との時間を過ごせなかったからだ。

ただ一言そういえばいいというのに、気にも留めていない茶々丸の表情に、その一言が出なくなってしまった。

 

「……いや」

 

妙な沈黙を打ち破るべくようやく口を開いた瞬間 スパーン と障子が開かれ、現れた人物によって場の空気は吹き飛ばされた。

 

「起きたかエミヤシロウ。ならば貴様に聞きたいことがある」

 

言うだけ言って縁側へと移動するエヴァに茶々丸と2人で苦笑いをかわし、まだ重さの残る体に活を入れ部屋を出た。

 

「何だ、エヴァ?」

 

と聞いてはみたが、エヴァの聞きたいことはだいたい予想がつく。

たぶん破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)と固有結界。それに、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の事だろう。

破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)は元からエヴァを呼ぶつもりでいたから仕方ないとはいえ、やはり固有結界と約束された勝利の剣(エクスカリバー)を使ってしまったのは、自分でも熱くなりすぎたと反省している。

昔の私なら、こんなミスは犯さないだろうが、いい意味でも悪い意味でも私は変わったらしい。まさか、誰かの為にあそこまで激憤する事ができようとは。

だが、後悔はしていない。あの場面で怒るのは、なんというか……正しい気がするから。

 

「答えられるかどうかはわからんが、一応聞こうか」

 

「私の呪を解いた短剣とスクナとの戦闘で見せたあの魔法。そして、エクスカリバーと貴様が呼んだ剣は何だ?」

 

エヴァは言いながら麻帆良で呪を解いた時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

「う~む、やっぱり無理かも?」

 

「おいっ! 無理かも? じゃない、このじじいっ! 貴様の孫のピンチだろ!! 何とかしろ!!」

 

ネギから本山が襲われたと連絡があり、学園長はエヴァを向かわせようとしたが、思いのほか呪が強力すぎて一時的でも麻帆良から出すことができない。

 

「くそっ!」

 

せっかく 興味をそそられる事=弟子の育成 を見つけたというのに、このままではその楽しみを失ってしまう。

何より、あれだけカッコよく「私が全てを終わらせてやる!」と言ったのに、行けませんでしたでは洒落にもならん。

ぶつぶつとエヴァが悪態をついていると……

 

一羽の鳥が窓をつついていた。

 

「何だ? 茶々丸」

 

「はい」

 

茶々丸は窓を開け鳥を中へと入れる。

鳥の足についている紙を確認して、茶々丸は驚いた。

 

「……マスター、衛宮先生からです」

 

「何?」

 

茶々丸の抱えた鳥を見ると、短剣を持っている。

エヴァは鳥から短剣を受け取りメモを読んだ。

 

〝もし君がこちらに来なければならないような事態になった場合

この短剣を軽く突き刺してくれ

                エミヤシロウ〟

 

必要最低限の事しか書いていない所が、なんともシロウらしい。

しかし、手紙を受けとったエヴァにしてみれば、何がなんだかわからない。

 

「?」

 

不可解に思いながらもシロウが意味も無くこんな事をするわけもないか、とエヴァは短剣を胸に軽く突き刺す。

すると……

 

「っ!?」

 

ガラスの割れるような音と共に、あれほど苦労しても解呪する事が出来なかった登校地獄の呪が解けた。

いや───破壊された。

 

「なっこれは!?」

 

「なんと出鱈目な……いや、流石はエミヤ君と言うべきかのぅ」

 

こうして、呪の解けたエヴァは京都へ向ったのだった。

 

 

 

 

 

エヴァの質問は、やはり予想通りのものだった。

 

「悪いが教えることはできん」

 

「貴様……」

 

エヴァの睨みは更に鋭さを増す。

ならば、何か言われる前に、先に防波堤を作っておくとしよう。

 

「アレかね? こちらの魔法使いは何の対価もなしに他人の情報を知りえると? いや、これは失敬。あまりこちらの魔法使いの事情は良く知らなくてね」

 

あえて私は口を皮肉げに吊り上げて言う。

 

「ぐぐぐ……!」

 

エヴァも痛いところを突かれたのか少し黙る。

さて、こうしてエヴァをからかうのも面白いがそろそろ本題に入るとしよう。

 

「……そうだな。こちらの条件を飲んでくれるのであれば、多少の情報くらいは提供しよう」

 

「条件だと?」

 

エヴァは不可解そうにこちらを見るが、しばらく考えて1人頷くと、

 

「いいだろう、その条件を飲んでやる」

 

肯定の言葉を示した。

これはもう驚きを通り越して、溜息しか出ない。

 

「はぁ……君は内容も聞かずに条件を飲むというのかね?」

 

「フッ、齢600年を超える真祖の吸血鬼をなめるなよ? 貴様如き若造が望むものなど、簡単に用意してやるわ」

 

どこかの慢心王の如く ふふん と、えらそうに言うエヴァ。

凛のような性格+ギルガメッシュのような態度=……いや、考えるのはやめよう。

それにしても若造か。守護者となった私は時間という概念から外されるし、元は英霊。体感と言うのもおかしいが、私の経験した様々な時間を合わせれば、それこそ数百歳分くらいにはなると思うんだが……

まあいい。それよりも、まさかここまですんなりいくとは思わなかった。

 

「で、条件とやらは何だ?」

 

「ああ、それは……「士郎先生」刹那?」

 

私がエヴァに条件を話そうとした瞬間、刹那の呼びかけによって中断される。

 

「士郎先生、エヴァンジェリンさん、お話中すいません。昨夜のお礼を言おうと思いまして」

 

刹那は深々と頭を下げる。

 

「気にするな」

 

「ふん」

 

私はいいのだが、エヴァは話を中断させられたのが気に食わないのかちょっと不機嫌になる。

 

「で、どうしたんだ? こんな朝早……くも無いが、まだ皆は寝ているだろう?」

 

魔力不足により、いつもより遅くおきてしまった私ですら、皆より起きたのが早い。

そんな時間に身支度を整えている刹那は、何か重要な話があるとしか考えられなかった。

 

「はい、御2人にはお礼を兼ねてご挨拶を、と思いまして」

 

「挨拶?」

 

聞き返すと、刹那は少し目を伏せた後口を開く。

 

「私はお嬢様を守り、近衛家へご恩を返す事ができました。ですから私は旅に出ようと思います」

 

「……刹那よ。前に私がこのかの心も救わねばならない、と言ったのを覚えているか?」

 

「……はい。ですが士郎先生ならお嬢様の心も体も護る事ができるでしょう」

 

覚えていて尚この決断。刹那も頑固だな。

どう見ても未練があるのが丸分かりではないか。

なら私は止めなければならない。ここで刹那を行かせてしまえばどうなるか、私は身をもって知っているのだから。

 

「確かに私はこの身に代えてもこのかを護るし、できる限り心も護ろう」

 

「……」

 

「だがな、いくら私がこのかを護り続けたところで、私は私以外にはなれんのだよ」

 

「士郎先生以外には……なれない?」

 

刹那はよくわからないといったような顔をする。事実わかっていないのだろう。

私も昔は人の生死だけを重んじて、その心の事までは考えていなかったからな……

いや。「昔は」どころではない。今でもよくわからないでいる。

わかっているのは、「この世界で過ごして、大切な事がわかりかけているような気がする」と言う事がわかっているだけ。

 

「そうだ、私は私としてでしかこのかを護る事はできん、刹那の代わりにはなれない」

 

だから上手くは説明できない。それでも、刹那には伝えなければいけない。

そうでなければ、悲しむ人がいるから。

 

「私の代わり……」

 

「私がいても、このかの親友である桜咲刹那はいなくなる。そうなってはこのかは悲しむだろう」

 

「ですが、これは一族の掟なんです。正体を知られたら私は去らなければならない」

 

あれほど自分の羽を嫌っていたというのに、そこまで一族の掟に拘るとは……つくづく思うよ、やはり君は彼女に似ている。

その頑ななまでの頑固な所とか、自分よりこのかに相応しい人間がいるという考え方とかな。

 

「つまり君は、このかよりも一族の掟を守る方が大事だと。自分はこのかに相応しくない人間だったと、そういうことかね?」

 

少し意地の悪い言い方になってしまうが、これくらいわかりやすい方がいいだろう。

 

「なっ!? 違う! 私は、私だって本当はこのちゃんと!……でも、私では……掟が……」

 

刹那は怒鳴るように言う。それを聞いて、少し安心した。

このかは刹那と一緒にいたいと思っているし、刹那もこのかと一緒にいたいと思っている。

それなら、何も心配はいらない。

 

「ならば去る必要は無い。このまま、このかの傍にいればいい」

 

「ですがっ!」

 

まだ迷っている刹那にさも当然のようにシロウは言う。

 

「何を迷う? このかには刹那が必要で、刹那もこのかと共にいたい、それならば迷う事など無い。もし君が掟の事を心配しているというのなら気にする事は無い」

 

「え?」

 

シロウの言葉にうつむいていた刹那は顔を上げる。

 

「掟に従わなかった事で刹那や他の皆に災いが降りかかるというのなら、私がその悉くを排除して見せよう」

 

「士郎先生……あ、れ?」

 

刹那は知らずの内に涙が出ていた。

 

自分は此処にいてもいいのだろうか?

もっと、お嬢様と共にいてもいいのだろうか?

たくさんの友人の中、楽しく過ごしていいのだろうか?

 

「だから刹那。君はこのかと共にいてもいいんだ」

 

「刹那さ~ん」

 

「せっちゃ~ん」

 

そこへ、タイミングよくアスナとこのかがやってくる。

話を聞くと、どうやらホテルにに放っておいた身代わりの式紙に問題があったようだ。

 

「せっちゃーん、早よいくえ~」

 

手を振るこのかの方へいまだ踏み出せずにる刹那の背を軽く押してやる。

 

「ほら、このかが呼んでるぞ。行って来い刹那」

 

「ありがとうございます。……いってきます、士郎先生」

 

そう言って微笑んだ刹那の顔は、今まで見た中で一番子供らしく、可愛らしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後のシロウ&エヴァ

 

 

「ずず……ふぅ……若いっていいよなー」

 

茶を啜りながらそんな事を言うエヴァ。

 

「いきなり老け込まないで下さい、マスター」

 

「ババ臭いぞエヴァ」

 

そんなエヴァに、シロウと茶々丸が同時につっこむ。

 

「誰がババアだぁぁぁああーーーー!!」

 

エヴァは鬼の形相でシロウの首下へ掴み掛かる。

とはいえ、魔力による補助を行っていないエヴァの筋力ではまったく意味が無い。

つまり、どんなに首を絞められようと苦しくないのだ。だからこそ、冷静にからかいたくなってしまう。

 

「私はババ臭いと言っただけで、ババアとは言っていない。ふむ、君は自分をババアだと思っていたのか。なるほど。いや、間違いではあるまい。見た目こそ幼女のそれだが、年齢で言えば君は立派なババアだよ」

 

見る見るうちに赤くなるエヴァを見て、ついつい饒舌になってしまう。

エヴァは顔だけに止まらず、全身を真っ赤にして怒り、終いには青筋が浮かぶ。

 

「ふっ、貴様はいつもいつも私をからかって……そうか貴様は死にたいのか、そうかそうか」

 

エヴァからはかなりの魔力が溢れている。

顔は今まで見たことがないほどとてもいい笑顔だ。

 

マズイ。あの笑顔はマズイ。

体中からあの笑顔は危険だと警告される。

薄っすらと残る記憶が蘇る。あれは、遠坂凛がキレた時と同じ笑顔ではないか?

 

「士郎ブッ血KILL!!」

 

そう言って魔力の篭った見事な右ストレートを放つ凛。

……いやな光景が頭に浮かんだ。

 

「ま、まてまて、君をからかった事は私が悪かった! 謝罪しよう!」

 

「今更遅い! リク・ラク・ラ・ラック……」

 

エヴァが始動キーを呟き始める。

なにか、何か話題を逸らさなくては!

 

「そ、そうだ! さ、先ほど言った条件を聞かなくて良いのかね?」

 

「む、そうだったな」

 

エヴァは先ほどの話を思い出したのか、魔力を霧散させていく。

何とか誤魔化せたようだ。

 

「で? 条件は何だエミヤシロウ」

 

「ああ────私に、この世界の魔法を教えてくれないか?」

 

 

 

 

こうして、エミヤシロウの修学旅行は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 




なんとか修学旅行編は終わりました。
次は……間にちょこちょこはさんでから、オリジナル展開を混ぜつつ紳士な魔族のおっさん&エロスライムが出てくるところかな?

宝具紹介

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

アーサー王のシンボルにしてセイバーの宝具。人造の武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。
宝具として最強に最も近いとされ、聖剣というカテゴリの中では頂点に立つ。剣としての性能を重視しているため、華美な装飾はほとんど施されていない。
人々の“こうであって欲しい”という想念が地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精錬された“最強の幻想(ラストファンタズム)”。栄光という名の祈りの結晶。



それでは、また次回!!


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エミヤの日常

なんとか更新できました。


修学旅行の振り替え休日

 

「さて、買い物にでも行くか」

 

今日は前にこのかと約束した通り、このかが晩御飯を食べに来る。話を聞いたネギやアスナ、刹那も来るらしいので多めに食材を買わなければならない。

シロウは普段着の黒いシャツとズボンに赤いジャケットを着て寮を後にした。

 

「ほう……」

 

スーパーに向かうには桜通りを通る。

前に来た時は満開の桜だったが、今は桃色の花弁は散り緑の葉が顔を出している。

 

「そうか、アレからもう数ヶ月も経つのか」

 

そう、前に来たのは吸血鬼事件の時である。アレから数ヶ月。月日が経つのは早いものだ。

などと考えながらしばらく歩いていると、前の方から道路に向かってボールが飛び出してきた。

 

「ん?」

 

その後をボールの持ち主であろう少女が追う。

 

「まずい!」

 

道路の向こう側からは、トラックが迫っている。このままでは、あの少女は轢かれてしまう。

 

強化(トレース)開始(オン)!」

 

足に強化を掛け、少女の下へ走る。少女の下へ着くとすぐさま少女を抱き上げ横に飛び、間一髪シロウの横数cmの位置をトラックは通過していった。

 

「馬鹿やろう! 気をつけやがれ!」

 

トラックの運転手は止まりもせず、漫画のような定番の捨て台詞をはいてその場を去った。

 

「少女の存在にも気づいていなかったヤツがよく言う……っと、大丈夫か?」

 

「……」

 

腕の中にいる少女に問いかけるが反応がない。

どこか怪我をしてしまったのだろうか? と心配していると……

 

「れ」

 

「れ?」

 

正義(レッド)の兄ちゃんだーーー!!」

 

キラキラと目を輝かせ、そんな事を言い出した。

はて? 正義(レッド)

 

「薪ちゃん、大丈夫!?」

 

「無事か、蒔の字!」

 

そこに、この黒髪の少女の友達であろう栗色の髪の少女と、白髪の眼鏡をかけた少女が現れた。

 

「おう。由紀っち、鐘、あたしは平気さ! レッドの兄ちゃんに助けてもらったからな」

 

「よかった~ありがとうございます。正義のお兄さん」

 

「友人を助けていただき、ありがとうございます」

 

2人の少女はそれぞれ礼を言う。

しかし……レッド? 正義のお兄さん?

 

「ああ、気にしなくていい。それよりも「あらあら、みんなどうしたの?」……む?」

 

シロウがレッドやら正義やらの呼び方について尋ねようとした時、聞き覚えのある声がした。

 

「あ、千鶴お姉ちゃん! 蒔ちゃんがトラックに轢かれそうなところを正義のお兄さんが助けてくれたの」

 

「正義のお兄さん? あら、衛宮先生」

 

「む、千鶴か? 何故此処に?」

 

現れたのは3-Aの生徒である那波千鶴。

 

「ふふ、私はこの幼稚園でボランティアをしているんです」

 

「幼稚園?」

 

今まで気づかなかったが、少女達が出てきた場所は幼稚園だったらしい。

園内では、他にも大勢の園児たちが楽しそうに遊んでいる。

 

「ええ。ほらみんな、衛宮先生に挨拶して」

 

千鶴がそう言うと、3人の少女が横一列に並ぶ。

 

「あたしは蒔寺楓! よろしくレッドの兄ちゃん!」

 

黒髪のショートカットで胸に黒豹? のバッジをつけている少女が元気よく自己紹介する。

 

「はじめまして正義のお兄さん、三枝由紀香です。」

 

栗色の髪を肩の辺りで整え、ほんわりとした雰囲気の少女になんだか和む。

 

「はじめまして氷室鐘といいます。よろしくお願いします」

 

白い髪で長髪の眼鏡をかけた少女がクールに言う。なんだか大人びた感じの子だな。

 

「はじめまして、私の名はエミヤシロウ。千鶴のクラスの副担任をしている」

 

少女達に対して私も自己紹介をし、疑問に思っていたことを口に出た。

 

「ところで、何故私はレッドの兄ちゃんなどと呼ばれているのだ?」

 

この子達とは初対面のはずなのだが? と、千鶴に尋ねる。

 

「衛宮先生、前にネコを助けた事がありませんか?」

 

「ネコ?……ああ。確か、前に川に流されていたネコを助けたな」

 

数ヶ月前、茶々丸と歩いていた時の事を思い出す。

あの時は軽い騒ぎになっていたから、見られていても不思議ではない。が、呼び名の由来はわからずじまいだ。

 

「それをこの子達は見ていたらしいんです。川に流されていたネコを赤いマントのお兄さんが助け出して、そのまま颯爽と帰っていったと。その後、園内は正義の味方のお兄さんの話で大騒ぎだったんですよ」

 

ふふっ、と千鶴は笑う。

颯爽と帰っていった? ……そういえば、あの時は服が濡れたからネコを茶々丸に預け着替えに家に戻ったな。

つまりは、あの時着ていた投影品の赤いコートを少女達がマントと勘違いして、正義の味方などと思ったわけか。

 

「まいったな。私は正義の味方なんて言われるほど、立派な人間ではないんだが」

 

千鶴の言葉に対し苦笑いで返す。

真っ先にネコを助けようとしたのは茶々丸だし、私がしたのはただのおせっかいだ。称えられていいはずがない。

それに、正義の味方などと名乗るには、この手は血に汚れすぎている。

 

「あら、そんな事ないですよ? 正義の味方とは本人がどう思っているかではなく、その行動を見た人や助けられた人が正義の味方だと感じたからこそ正義の味方になるんです」

 

「……」

 

千鶴の言葉に、シロウは無言で耳を傾ける。

 

「この子達は貴方の行動を見て正義の味方だと思った。それなら、やっぱり衛宮先生はこの子達にとっても、救われたネコにとっても正義の味方だったんですよ」

 

「この子達にとっては正義の味方……いや、しかし……うむ」

 

昔の私ならば千鶴の言葉に対して、やはり自分は正義の味方などではないと直ぐに否定しただろう。

だが、今私は直ぐに否定の言葉が出せなかった。ただ単に反応が遅れたのか、麻帆良での生活ゆえなのかはわからないが、千鶴の言葉をすんなりとはいかずとも受け入れる事ができた。

 

そうだ、私もそうだったではないか。

あの時の切嗣の笑顔が、切嗣の語った理想が綺麗だったから憧れ、正義の味方を目指した。

 

子供達を見る。

すると、3人とも笑顔で私を見上げていた。

 

「ありがとう、千鶴」

 

今の言葉で全てが納得できたわけではない。私の罪が消えるわけでもない。だけど。

まさか、まだ中学生の少女に正義の在り方を諭されようとは……本当にこの世界へ来れて良かった。

 

「あら? 私は先生にお礼を言われるような事はしていませんよ?」

 

あらあら、ととぼける千鶴。

 

「ふっ、君にその気がなくとも、私は君の言葉に感謝している。故にありがとうだ」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

「レッドの兄ちゃんも、千鶴姉ちゃんも何2人して難しい話してんだよー」

 

シロウ達の話しが理解できず、つまらなかったのか楓が言う。

 

「ああ、すまんな。なに、簡単なことだ、私は千鶴に正義の味方の意味を教えてもらったのだよ」

 

「なんだ? レッドの兄ちゃんは正義の味方も知らないのかよ、だっさいなー」

 

「まっ、蒔ちゃん!」

 

「蒔の字、この方は正義の味方とは何たるかと言う大事な話をしてたのだ、邪魔をするんじゃない」

 

楓に対し由紀香はおろおろし鐘は説教をする。

 

「いや、いいんだ。本当に、今頃正義の味方がどんな存在か理解するなんて……ださいな」

 

微笑むシロウの前で、尚もじゃれあう3人。本当に仲がいい。

そういえば、遠い昔この少女達のような友人がいたような気がする。確か彼女達も、3人いつも一緒で仲が良かったな。

 

「衛宮先生。もしよろしければ、少しこの子達と遊んでいきませんか?」

 

「レッドの兄ちゃん遊んでくれんのか?」

 

「わぁーい」

 

「それはありがたい」

 

千鶴の提案に3人は喜ぶのだが……

 

「すまない。今日は夕食に人を招待していてな、これからその材料を買いにいくのだよ」

 

「えーなんだよー」

 

「残念です」

 

「それならしょうがないですね」

 

断ると3人がしゅんとしてしまう。仕方がないとはいえ、これは罪悪感を感じてしまう。

 

「では、今度改めて遊びに来るとしよう。それでいいかね?」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

シロウの言葉に対し、元気に返事をする。どうやらこの子達の笑顔を曇らせずにすみそうだ。

 

「それでは失礼するよ」

 

「はい、またいつでもいらしてください」

 

最後に千鶴に一言声をかけ、幼稚園を後にする。

 

 

 

 

 

スーパー到着。

 

「さて、何を買おうか?」

 

一番自信があるのは和食だが、中学生は食べ盛りの年頃だろう。人数も多いし、ここは質よりも量で攻めるべきか?。

などと思ってはいるものの、質を落とすことなど微塵も考えていないシロウである。

 

「ふむ。ならば中華でいくか」

 

次々とカゴへ入れられていく野菜たち。そのどれもが安くとも質の良い物。

その目はどんな小さな傷みも見逃さない。まさに「鷹の眼」である。

今ここに、歴戦の主婦(戦士)をも凌駕する、錬鉄の料理人(英雄)が光臨した。

 

───数分後

 

「よし、これだけあれば十分か」

 

そこには、カゴいっぱいに入った食材を持ち、上機嫌でレジへと向かう1人の男の姿があった。

 

「おや?」

 

足取り軽く上機嫌で歩く帰り道、見覚えのある人影を見つける。

 

「エヴァに茶々丸ではないか?」

 

「ん? ああ、シロウか」

 

「こんにちは衛宮先生」

 

「買い物か? エヴァがいるなんて珍しいな」

 

シロウはスーパーで茶々丸とはよく会うのだが、エヴァが一緒にいるのは初めてだった。

 

「まあな、ちょっとした暇つぶしだ。それにしても貴様、何だその両手いっぱいの食材は?」

 

シロウの両手に下がるはちきれんばかりのレジ袋を見て、エヴァは怪訝な顔をした。

確かに一人暮らしの男が使う量にしては、買い置きにしても多すぎる。

 

「今日はこのか達が飯を食べに来るから中華でも振舞おうかと思ってな」

 

「貴様が料理だと?」

 

「ああ、数少ない趣味の一つだからな、それなりに自信はある」

 

エヴァは不可解そうな表情でこちらを見ていたが、しばらくして、

 

「よし、私も食うぞ」

 

そんな事を言い出した。

 

「……何故だ?」

 

「何故も何もあるか。私は貴様に魔法を教えてやるのだ、飯ぐらい作っても罰は当たるまい」

 

別に料理を御馳走するのは構わないのだが、なぜエヴァはこうまでえらそうにできるのだろうか? これは才能といってもいいレベルだ。

 

「その件ならば、君に私の魔術の情報を教える対価という事ではなかったか?」

 

そのまま了承するのもつまらないので、少しからかってみる。

 

「ぐぅぅぅう~」

 

エヴァの顔は見る見るうちに赤くなる。

こうしてみると、真祖の吸血鬼とは思えない。見た目相応の少女だ。

 

「そっ、そうだ! 確かに貴様に魔法を教えるのは魔術の情報への対価だが、私に教わるという事は私の弟子になるという事だろう。ならば師である私に料理を作るのは自然な事ではないか!」

 

師に対して料理を作るのが自然かどうかは置いておくとしても、確かにエヴァは私の師匠ということになるのか。

まぁ、ここまで必死になっているわけだし、感謝をしていないわけではない。そろそろ勘弁してやるか。

 

「ふぅ、わかった。私の負けだよエヴァ、君も今夜の食事に招待しよう」

 

「そーか、そーか、わかればいいんだ。では行くぞ」

 

エヴァは急に上機嫌になり、軽い足取りで寮へと向かう。

やれやれ、現金な事だ。

 

「衛宮先生、少し荷物お持ちします」

 

「いや、構わんよ。女の子にこんな重い物を持たせるわけにもいかんしな」

 

「女の子……ですか?」

 

茶々丸は無表情ではあるが、驚いている気がする。

 

「違うのか?」

 

「……いえ、ありがとうございます」

 

いつも無表情な茶々丸だが、礼を言った茶々丸の顔は少し笑っているような気がした。

 

「さあ、お姫様(エヴァ)の機嫌が悪くならない内に我々も行こうか」

 

「はい」

 

寮までの道のりを、エヴァと茶々丸の3人で歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

「よし、茶々丸これをテーブルまで運んでくれ」

 

「はい」

 

出来上がった青椒肉絲を皿に盛り付け、茶々丸に渡す。

ちなみに、手伝ってくれるのは茶々丸だけでエヴァはお茶を飲んでくつろいでい

その時ドアがノックされた。

 

「しろう、来たえ~」

 

どうやらこのか達が来たようだ。

 

「鍵は開いてるから勝手に入ってくれ」

 

「はーい、おじゃましまーす。ってあれ? なんでエヴァちゃん達がおるん?」

 

「ああ、買い物の帰りにばったり会ってな。エヴァ達も一緒に食べる事になった。すまんな」

 

「ううん。人数が多いほうが楽しいし、別にかまわんよ」

 

「もう少しでできるから、座っててくれ」

 

「ウチも手伝うわ」

 

「私も手伝います」

 

このかと刹那は荷物を部屋の隅に置くと、直ぐに手伝いにいてくれた。

横目で確認すると、ネギとアスナはエヴァと何か話しているようだ。

 

「ああ。じゃあ茶々丸と一緒に皿を運んでくれ」

 

そうこうしているうちにシロウは回鍋肉、八宝菜、麻婆豆腐と次々に料理を完成させていく。

 

「よし完成だ。食後にはデザートの杏仁豆腐もあるからな。それじゃあ、いただきます」

 

「「いただきます!」」

 

シロウの号令を合図に、皆それぞれ箸を伸ばす。

 

「すご~い、美味しい~」

 

「しろうほんまに料理得意やったんや~」

 

「見事です!士郎先生」

 

「美味しいです!シロウさん!」

 

「ほぅ、なかなかやるではないか」

 

皆それぞれに感想を述べる。どうやら喜んでもらえたようだ。

そんな中、一口も料理に手をつけず、バツの悪そうな顔をしているものが一人。

 

「あの、衛宮先生、私は食事は……」

 

自分の前にも料理が置かれている事に、茶々丸が申し訳なさそうに声をかけてくる。

 

「食べる必要がないだけで、食べられないわけではないのだろう?」

 

栄養になるかどうかは別として、何度か飲み物を口にしている姿を見た事があるので食べられないという事は無いだろう。

 

「それは、そうなのですが……」

 

「なら気にする事はない。食事とはみんなで食べるとさらに美味しくなるものだ。ただ、茶々丸にとって迷惑だというのであれば謝ろう」

 

「いえ、そんなことは。……ありがとうございます」

 

そう言って、茶々丸はぎこちないながらも嬉しそうに食べ始めた。

 

その光景を見て、遠い昔の記憶が蘇る。

セイバーがいた、凛がいた、桜がいた、、ライダーがいた、イリヤがいた、藤ねぇがいた。時にはセラとリズ、バゼットにカレンがいたこともあった。みんなで楽しく食事をした日々。

その日々が衛宮士郎であった頃の記憶なのか、アーチャーとしての記録なのかはわからない。

けれど、また大勢で食事ができたらいいなとシロウは思った。

 

 

 

 

食事が終わり、刹那やアスナ達はそれぞれの部屋へと帰っていった。

残ったのは、洗い物を手伝ってくれているこのかとお茶を飲んでいるエヴァ。

ちなみに、茶々丸はエヴァが私に魔法を教えるのに色々と必要なものがあるらしいので、準備をしに先に帰った。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

エヴァが立ち上がって言う。

 

「帰るのか?」

 

私達と一緒に部屋を出る気が無かったのなら、何故さっき茶々丸と帰らなかったのかと問いただしたい。

 

「ああ。貴様は後で家に来い、早速魔法を教えてやる」

 

「わかった」

 

エヴァの言葉に首だけ向けて返事をする。

 

「しろうエヴァちゃんに魔法習うん?」

 

横で皿を拭いていたこのかが不思議そうに問いかける。

 

「私は魔法が使えないからな」

 

「え? でも修学旅行で剣とか出してたやん」

 

「アレは正確には魔法ではないんだ」

 

「?」

 

よくわからないといった顔をするこのか。

私自身こちらの魔法について詳しくないから、どう説明すればいいのか……

 

「そうだな。私の魔術はエヴァやネギ君の使う魔法とは少し違ってな。その中でも、私の魔術は更に特殊だからエヴァに魔法を教わろうと思ってるんだ」

 

「へ~」

 

このかは返事をしているが、たぶん理解できていないだろう。

 

「そうだ、おい」

 

そんな時、エヴァから声がかかる。

 

「どうした、忘れ物か?」

 

「違う! 家に来るとき近衛このかも連れて来い」

 

「へ、ウチも?」

 

急に自分の名前が出たので きょとん とするこのか。

 

「ああ、お前とシロウは仮契約をしているだろう。その辺も色々と説明してやるから来い」

 

「うん、わかったわ」

 

「ではな」

 

そう言って今度こそエヴァは帰る。

 

「すまんなこのか」

 

「別にええよ、ウチも興味あるし」

 

その後、シロウとこのかは洗い物を済ませエヴァの家へと向う。

しばらく森の中を歩いているとログハウスが見えてきた。

 

「着いたな」

 

「ここがエヴァちゃん家なん?」

 

「ああ」

 

そういえば、このかはエヴァの家に来た事はないんだったな。

軽く扉をノックすると、茶々丸が出迎えてくれた。

 

「お待ちしてました衛宮先生、このかさん。マスターがお待ちですので奥へどうぞ」

 

「ああ、失礼するよ」

 

「おじゃましまーす」

 

シロウとこのかは茶々丸の後に続き部屋の奥へと進む。

階段を下りると水晶の中にミニチュアのリゾート地が入っているような置物がある部屋に着いた。

 

「なんやこれ~?」

 

このかは興味津々といった感じで水晶を覗き込んでいる。

魔力を感じると言う事は何かの魔法具だろうか? 部屋を見回すが肝心のエヴァの姿が見あたらない。

 

「茶々丸、エヴァはどこにいるんだ?」

 

茶々丸に尋ねる。

すると、茶々丸は部屋にあった置物を指差した。

 

「マスターは別荘にいます」

 

「別荘?」

 

「はい、これはマスターが作った別荘で、魔法により水晶の中に圧縮された空間となっています。この中ではこちらでの一時間が一日となり、また、別荘に入ると最低一日は出てくる事ができません」

 

なるほど、浦島太郎の話の逆と言う事か。

それにしても、この世界の魔法はすごいな。空間の圧縮に時間操作など殆ど“魔法”の域ではないか。

凛がこれを見たらなんと言うか……

 

「では衛宮先生、このかさん。この魔方陣の上へ乗ってください。そうすると中に入る事ができますので」

 

茶々丸の指示に従い魔方陣の上に乗る。

すると魔方陣が光だし、シロウとこのかは一瞬にして水晶の中にあった塔の上に立っていた。

 

「ひゃ~、すごいな~」

 

「これは……すごいな」

 

2人して驚きの声を上げる。

そこは水晶の中とは思えなかった。青い空に太陽、風まで吹いている。

 

「やっと来たか、遅いぞ!」

 

周りの景色を見渡していると、塔の中からエヴァが出てきた。……怒りながら。

 

「そんな事はないだろう? 君が寮を出てから、まだ30分程しか経っていないぞ?」

 

確かに後片付けをしてから来たので多少時間がかかったが、そこまで怒るほどではない。

 

「マスターは衛宮先生達が来る10分ほど前に「そろそろ来るだろうから先に入る」と言って先に別荘の中へ入っていきました」

 

別荘の中での1日が外での1時間と言う事は、エヴァは4時間程私達を待っていたと言う事か。

それならばエヴァが遅いと怒るのも納得がいく、が。

 

「エヴァよ、それは君の自業自得だろう? 外で待っていればよかったじゃないか」

 

「う、うるさい! もういいからさっさとはじめるぞ!」

 

「……やれやれ、エヴァにも困ったものだ。まさか、うっかりまで凛に似ているのではあるまいな?」

 

怒るエヴァの後に続き砂浜へと移動する。

 

「よし、ではまずはカードの説明からはじめるぞ」

 

「ああ、頼む」

 

「うん」

 

シロウたちの返事を合図にエヴァが説明を始めた。

 

1.従者への魔力供給

呪文によって定めた時間、魔法使いが従者に対して自らの魔力を送り込む。

これにより、物理的、魔術的な防御力、身体能力が向上させられるなどの効果がある。

また、魔法使いの習練次第で時間制限を延ばすことができる。

 

2.従者の召喚

遠方の従者を魔法使いの元へと転移させることができる。

ただし限界距離はせいぜい5~10kmと短い。

また従者の意志や状況に関係なく召喚してしまうため、強制転移魔法の一種とも言える。

 

3.念話

カードを額に当てて「テレパティア」と唱えることで、離れた従者に向けて語りかけることができる。

しかし、カード一枚では一方向に語りかけることしかできず、双方向の会話を行うためには従者にもカードを持たせる必要がある。

 

「と、まぁ主にこんな所だな。近衛このかによってはシロウは更に強くなるだろう。それともう一つ、アーティファクトの召喚ができる」

 

「アスナのハリセンのことか?」

 

京都でアスナが使っていたハリセンを思い出す。

確かアレはアスナ自身の魔法無効化能力(マジックキャンセル)と同じ効果を持った武器だった。

シロウは京都でアスナのハリセンを見た時、無意識に解析していた。その時に判ったのだが、なぜハリセンが“剣”の属性なのだろうか?

 

「そうだ。だがアーティファクトは人それぞれだ。早速貴様のアーティファクトを見せてみろ。使い方はわかるな?」

 

「ああ、来たれ(アデアット)

 

声と共にカードが光だし、専用の武器が現れる。

 

「これは……」

 

手に現れたのは一振りの剣───いや、形状からして日本刀だろうか? だが、それにしては反りがない。

刀身はまるで莫耶のように薄く濁っていて、切れ味がいい様には見えないし。鍔はなく、柄には赤紫色のボロボロの布が巻かれ柄頭から垂れている。

 

「なんか汚い剣やな~」

 

「なんだ、貴様ならば面白いモノが出るかと思ったが何だそのナマクラは」

 

エヴァはつまらなそうに言うがシロウは違った。この刀は解析ができない(・・・・・・・)のだ。

アスナのハリセンが解析できたのだからアーティファクトの解析ができないという訳ではないのだろう。

何せこれは刀、剣なのだ。

 

「おいどうした?」

 

無言のシロウを不審に思ったのか、エヴァが声をかけてきた。

 

「解析が……できない」

 

「は? 何を言ってるんだお前は?」

 

エヴァは私の言葉に首をかしげる。

 

「私はモノの構造を読み取る魔術が使える。さらに私は属性が“剣”だから刀剣類の解析は例外を除いてどんなものでも解析できるはずなのだ。だが、この刀は解析する事ができん」

 

そう、まるで英雄王の乖離剣のように理解ができず、解析ができない。

 

「おい、茶々丸」

 

「はい。今、魔法協会にアクセスして調べています」

 

茶々丸はすぐにシロウのアーティファクトについて調べる。

 

「わかりました。衛宮先生のアーティファクトの名称は『全てを救う正義の味方』。ですがこのアーティファクトについては不明な点が多く、記載されている情報は二つだけになります」

 

「構わん、話せ」

 

「はい。一つ目はその能力。その能力は《想いを力に変える》能力だそうです」

 

「茶々丸よ、想いを力に変えるとは具体的にどういうことだ?」

 

「申し訳ありませんが、能力に関してはそれ以外は何も」

 

想いを力に変える? 何とも曖昧な……。

実際に使わなければわからないと言うことか。

 

「そうか」

 

「そして二つ目。これはこの刀の銘なのですが……」

 

二つ目を話し始めた途端、茶々丸が急に黙る。

 

「どうした?」

 

「茶々丸?」

 

刀の銘に何か問題があったのだろうか?

 

「……刀の銘は、『エミヤ』だそうです」

 

「「な!?」」

 

「え!?」

 

茶々丸の言葉にシロウとエヴァはもちろん、今まで静に話を聞いていたこのかでさえ驚きの声を上げる。

が、それに構わず茶々丸は説明を続けた。

 

「平安時代、1人の男が災いから都を護る為に使った刀で、(みやこ)(まもる)という意味で、エミヤと名付けられました。近代になり、かなりの魔力が秘められている事が分かり、魔法協会にアーティファクトとして登録されたそうです」

 

この刀の銘がエミヤ。それは何の因果か偶然か。

 

「くっ、くはははははは! 面白い、面白いぞエミヤシロウ。まさか、正義の味方を目指した貴様のアーティファクトの名が偶然にも『全てを救う正義の味方(エミヤ)』とはな」

 

人の気も知らないで馬鹿笑いするエヴァ。

だが、そんなことよりも気になるのはこの刀だ。

エミヤという銘もさることながら、この刀からは宝具の気配がする。確かに宝具とは長い月日を得た物や、神々の手によって作られた武具の事だ。

その点で言えばなにも問題はないのだが……

 

「おい、エミヤシロウ」

 

「なんだ?」

 

「これから模擬戦をするぞ」

 

「は?」

 

いきなりのエヴァの戦闘発言に思考が停止する。

何故彼女はこうも180度違う展開に持っていけるのか。

 

「貴様、最初の目的を忘れたか?」

 

忘れるわけがない。今日はエヴァに魔法を習う予定だったのだ。さしずめ、私の戦闘能力を測るとかそんな所だろう。

 

「いや、忘れてはいない。それで君は魔法を教える前に私の実力がどれほどか知りたいと?」

 

「察しがいいじゃないか」

 

お互い距離をとって構える。

(エミヤ)の事は気になるが、これからいくらでも調べようがある。

それよりも今は目の前の事に集中しよう。エヴァは他の事に気を取られていて相手をできるほど甘くない。

 

「このか、離れていてくれ。茶々丸このかを頼む」

 

「了解や~」

 

「分かりました」

 

茶々丸がこのかを連れて離れる。茶々丸がいれば、戦いの余波でこのかが怪我をする事もないだろう。

 

「ルールはどうする?」

 

話しながらも頭の中で干将・莫耶の設計図を組み立てる。

 

「ふっ、言うまでもなかろう? どちらかが反撃不可能となったら終了。それ以外は何でもありだ」

 

エヴァも両腕に魔力を集中させる。

 

「では」

 

エヴァが蝙蝠を集め黒い外套へと変え身に纏う。

 

「ああ」

 

こちらも同じように赤い外套を投影し身に纏う。

 

「「行くぞ!!」」

 

 

 

 




刀の正体はいったい……?
次回はバトルですね。

それではまた次回!!


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エミヤVSエヴァンジェリン

奇跡的に割と早い更新。
これがいつまで続くのか……そろそろ忙しくなるけど、来週中にあと一回は更新できるかな? できるといいな。


 

「「行くぞっ!!」」

 

シロウとエヴァは同時に飛び出す。

エヴァは魔力を込めた爪で薙ぎ。シロウは干将・莫耶で受け止める。

力は五分。いや、シロウが身体強化を施しているのに対し、エヴァは素の腕力だ。

普段からは予想もつかないが、流石は吸血鬼。純粋な力勝負になったらシロウの方が力負けする。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

エヴァは再度爪を振るってシロウを後退させ、呪文を唱え始める。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)氷の17矢(セリエス・グラキアーリス)!!」

 

エヴァが放つのは17本の氷属性の魔法の矢。

シロウは魔法の矢をかわしエヴァに接近しようとしたのだが、矢はシロウのよけた方へと追ってくる。

 

「なるほど。追尾効果のある矢か」

 

干将・莫耶で魔法の矢を打ち消す。

 

氷爆(ニウイス・カースス)!」

 

その瞬間、矢を斬る為に止まった一瞬の隙を突いて、エヴァが中級の氷魔法を放ってきた。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

すかさずエヴァの魔法に干将・莫耶を投げつけ、爆発によりエヴァの魔法を相殺する。

爆発で視界が遮られると同時に新たな干将・莫耶を投影し左右に投げる。

 

「ふっ、これで貴様の武器はない。もらった!」

 

爪がシロウの首下へ伸びる。

エヴァが勝利を確信した瞬間、再びシロウの手に現れた干将・莫耶によって防がれた。

 

「なっ!?」

 

「驚いている暇などないぞ?」

 

シロウの視線はエヴァではなく、エヴァの後ろに向けられている。

それに気づいたエヴァが振り向くと、大きな弧を描いて干将・莫耶が迫っていた。

 

「くっ! がっ!」

 

エヴァは障壁で飛んできた干将・莫耶を弾くが、その隙にシロウに左腕を斬りつけられる。

 

「浅かったか」

 

更なるシロウの追撃に、エヴァは魔法の矢を放ち距離をとる。

 

(くっ、前に見たやつの魔法で気づくべきだった。確かヤツはアレを無限の剣製と呼んでいた。つまりヤツは剣を転送していたのではなく、文字通り無限に剣を生み出す事ができるということか)

 

エヴァは斬られた腕を再生し再び呪文を唱える。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)氷の29矢(セリエス・グラキアーリス)!!」

 

「また魔法の矢か」

 

シロウは全ての矢を干将・莫耶で斬り捨てる。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾 闇の199矢(セリエス・オブスクーリー)!!」

 

さらに魔法の矢を放つエヴァ。

流石にこの量の魔法の矢を全て干将・莫耶で防ぎきるのは不可能。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

シロウは丘から最強の盾を引き出す。

 

「────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

七枚の花弁が魔法の矢を防ぐ。

どんなに数が多くとも、分類が“矢”であることに変わりがない魔法の射手ではアイアスは敗れない。なぜなら、アイアスは投擲武器に対して絶対の守りを誇るのだから。

しかし、何故シロウはアイアスの盾を選んだのか。それは、この矢が目くらましで、次に更なる強力な魔法が来ると予想したから。

 

闇を従え(クム・オブスクラテイオーニ・)吹雪け(フレット・テンペスタース・)常夜の氷雪(ニウアーリス)

 

予想通り、魔法の矢が止められる事は予測済みだったエヴァは更なる呪文の詠唱に入っている。

 

闇の吹雪(ニウイス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 

放たれるは暗闇に包まれた氷雪の暴力。

アイアスを襲う中級の魔法は、確実に盾にダメージを与えていた。

 

「くっ!」

 

段々と威力を上げてくるエヴァの魔法に耐え切れず、アイアスにヒビが入る。

 

「来れ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……」

 

「なっ!? 更なる詠唱だと!?」

 

まずい。呪文の長さから言って闇の吹雪より更に高位の魔法。

既に花弁にヒビが入り始めている今のアイアスでは耐えきれるかどうか微妙なところだ。

 

こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!!!」

 

エヴァの魔法により地面が凍りつき、氷柱が飛び出してくる。

正面からではなく下からの攻撃により、ヒビの入ったアイアスは砕け散り、行く手を阻むものがなくなった氷柱はシロウを襲う。

 

「!!」

 

シロウは咄嗟に投影した干将・莫耶を爆発させ、反動でその場を離脱する。

エヴァの魔法と壊れた幻想のダメージで、投影した外套は消し飛んでしまった。

 

「はっ、やるじゃないか。今のを、かわすとは」

 

別荘の中とはいえ、学園の結界がある状態では全力で戦えないのか、息を荒げながらエヴァが言う。

 

「いや、かわせてなどいないさ。正直驚いたよ、多少なりとも学園結界の影響を受けているこの状態でここまでとは」

 

平然と答えるて見せるが、正直かなりまずい。

アイアスの投影にかなり魔力を使い、至近距離での壊れた幻想による衝撃で体のあちこちが悲鳴を上げている。

 

「お互い、そろそろ限界のようだな」

 

「ああ、次で終わりにしよう」

 

開始時と同じようにお互い距離をとり構える。

エヴァは残りの魔力を全て使い、高密度の魔力の剣を作った。

 

(あの魔力量……干将・莫耶では打ち負けるな。ならば)

 

シロウは丘に刺さる一振りの剣を引き抜く。

それは1人の少女が王になる為に引き抜いた選定の剣。大切な人の命を奪ってしまった剣。

今までは自分の戒めの為、この剣を投影する事ができなかった。

だが、ここで生半可な剣を投影すれば、それはエヴァへの侮辱となる。

 

目の前の少女の本気に応える為。自らの罪と向き合う為。

───オレ(・・)は再びこの剣を抜こう。

 

エヴァとシロウは互いに地面を蹴り飛び出す。

 

断罪ノ剣(エンシス・エクセクエンス)!!」

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!」

 

 

断罪の剣と黄金の剣が交差した瞬間、世界は光に包まれた。

光が収まると、そこにはお互いに背を向け合い動かないエヴァとシロウ。

 

「……見事だエミヤシロウ」

 

「君もな、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 

お互がお互いに賛辞の言葉を贈り、エヴァはその場に崩れ落ちた。

 

「マスター!!」

 

「エヴァちゃん!?」

 

離れた場所で戦いを見ていた茶々丸とこのかがエヴァに近寄る。

 

「問題ない、ただの魔力切れだ」

 

近寄る2人に、大丈夫だと手を上げるエヴァ。

だが魔力切れの為傷の再生が出来ないようだ。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ないと言ってるだろう。それよりも、しばらくしたら早速魔法の修行を始めるぞ」

 

心配された事に照れているのか、怪我をしているにもかかわらずそんな事を言い出すエヴァ。

 

「その怪我では無理だろう」

 

「ふん、こんな怪我など魔力があればすぐに元に戻る」

 

参った。手を抜けばこちらがやられていたとはいえ、エヴァの怪我は私の責任でもある。

どうしたものかと悩んでいた時、シロウのカードが微かに光り脳に直接情報が流れ込む。

 

「くっ!?」

 

突然の事に少しよろめく。だが、理解できた

 

「おい、どうした?」

 

「……何故かは分からんが、今カードからアーティファクトの使用方法が流れ込んできた」

 

「なんだと?」

 

そんな事はありえない、と驚くエヴァ。茶々丸もそんな事があるはずはないと驚いている。

だが、ありえないと言われようが、事実なのだから仕方がない。言うよりも実際に使ってみせた方が早そうだ。

 

来たれ(アデアット)

 

言葉と共に現れる刀。微かだが光を放っている。

 

「エヴァ、動くなよ?」

 

「は?」

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)

 

真名開放と共にエヴァの体を斬る。

が、そこには無傷の───いや、傷の回復したエヴァの姿があった。

 

「貴様! いきなり何……を? 馬鹿な! 傷が治っただと!?」

 

「ああ、想いを力にするとは使用者のイメージした能力をこの刀に付加するという事だったのだ。つまり今のは「回復」をイメージしながらがら刀を振ったというわけだ」

 

「な、なんて出鱈目な……」

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)の能力に唖然とするエヴァ。

 

「いや、そうでもないさ。この力はある程度の威力しか出す事が出来ないようだ」

 

確かにエヴァの体の傷は殆ど消えたが、大きな傷はまだ完治していない。

 

「だが、その程度では記録通り都を護るなどできんだろう? どういうことなのだ」

 

「さてな、この刀の能力はまだ完全にはわからん。今も突然使用方法が頭に流れ込んできただけだからな」

 

「……そうか。まぁそのことは私と茶々丸が調べておく。それよりも1時間休んだらはじめるぞ」

 

やれやれ。傷はほぼ完治したとはいえ、魔力はお互い殆ど回復していないというのに。

 

「はぁ、了解した。このかも悪いな、こんなに長くつき合わせて」

 

「ええよ別に、ここやったら寝不足になる事もあらへんし」

 

こうして、私達は塔の中にある部屋へと向かう。

 

 

 

エヴァとの模擬戦から約1時間。シロウ達はエヴァの別荘で紅茶を飲んでいる。

 

「さてシロウ、今のうちに貴様の魔法……いや、魔術だったか。魔術の事を説明してもらおうか」

 

エヴァは足を組み私の入れた紅茶を飲みながら言う。ちなみにこのかは別の部屋で寝ている。

シロウ達がエヴァの家に来たのが9時30分頃で、エヴァとの模擬戦の時間も考えると実際にはもう寝てる時間なのだろう。

このかはこの部屋で紅茶を飲んでいるうちに寝てしまい茶々丸が別の部屋へと運んだ。

 

「ふむ、そうだな。では、まず私の魔術の前に、この世界の魔法と私の世界の魔術の定義の違いについて話すが構わんかね?」

 

「ああ」

 

エヴァから了承を貰い私は魔術について説明する。

 

「私の世界で魔術とは、人為的に奇跡・神秘を再現する行為の総称として使われる」

 

「人為的?」

 

「ああ、例えば魔術を使って火をおこしたとする、だがこれはライターなど人為的に作られた物でも再現が可能だろう?」

 

そう言うとエヴァが納得したように頷く

 

「つまり貴様の世界では、現代の科学技術等で再現できる現象を魔術と呼ぶわけか」

 

今の説明だけで理解できるとは、流石は最強の魔法使いを名乗るだけはあるなと感心する。

未熟だった頃の私は初めの頃は切嗣から。凛と出会ってからは凛から何度も説明を受けようやく理解したというのに。

 

「その通りだ、そして現代科学では再現できない現象を“魔法”と呼んでいる。私の世界ではこの“魔法”に到達する事が魔術師の最終目的とされている」

 

「では、私達の魔法は貴様の世界では魔術と言う事になるな」

 

「ああ」

 

エヴァはしばらく考え込んだ後、視線を私に戻し口を開く。

 

「では、貴様の魔術はどういったものなんだ?」

 

「私の魔術は“投影”という。その名の通り、魔力によってモノの贋作を作る魔術だ。だがこれは本来使い勝手が悪く、使用するものは殆どいない」

 

「何故貴様はそんな魔術を使う? 先ほどの話から考えると、もっと戦闘向きの魔術があるだろう?」

 

そう、現代科学で再現できるのが魔術だとシロウは言った。

ならば極端な話、爆弾のように爆発する魔術や、火炎放射器のような炎の魔術が使えてもおかしくはないはずだ。

 

「それについては二つ理由がある。一つは私には才能がなかった、投影以外の魔術は殆どできなかったのだ」

 

「は?」

 

突然の私の才能がない発言に口をあけて固まるエヴァ。

ツッコまれると面倒なので、気にせず説明を続ける。

 

「それと二つ目だが、私に限り投影は本来の投影と異なるのだ」

 

「本来の投影と異なる?」

 

本来のモノと異なると言う言葉を聞き固まっていたエヴァが正気に戻り、不審な顔をして問いかける。

 

「先ほど言った通り投影は使い勝手が悪い。なぜなら投影したモノは長くは持たないし、中身が空っぽなので、本物(オリジナル)を用意したほうが効率がいいからだ」

 

「それはそうだろう。どんな魔法でも魔力で作られたものが永遠に存在するわけないからな」

 

エヴァは当然だと頷く。

 

「だが私の投影は、私が壊れるとイメージするか投影したモノが破損しない限り半永久的に存在し続ける」

 

「なんだと?」

 

先ほどのあきれた顔とは違い今度は驚愕の表情のエヴァ。

 

「その中でも“剣”に属するものならば、一度目にしただけで限りなく本物(オリジナル)に近いモノの投影ができる。他にも武具なら大抵のものは投影できる」

 

「という事は、貴様が私との戦闘で最後に使った剣。あれも贋作だと言うのか!?」

 

模擬戦でシロウが最後に使った剣にはかなりの魔力が込められていて、一種の幻想ではないかと見間違うほどの輝きを放っていた。

それが贋作? そんなデタラメな事があるか。

 

「そうだ、あの剣も投影による贋作だ」

 

「あれが、贋作だと……まて、貴様一度目にしただけで、と言ったな? では貴様はあれほどの剣を見たことがあると?」

 

エヴァはシロウの言葉に驚きを隠せない。

いくらこことは違う世界とはいえ、シロウの普段の生活を見るに、この世界と大して違いのない世界にいたことは明らか。

そんな世界に、あれほどの剣が現存しているものなのだろうか?

 

「そうだな。詳しくは話せないが、私は世界中を旅していて、神話や伝説に関する様々な武具を見る機会があった。私の魔術は触れずとも見るだけで理解できてしまうから多くの武具を解析するのはそう難しくなかった」

 

実際は勝利すべき黄金の剣(カリバーン)はセイバーの記憶で見たもので、他の宝具は英雄王の蔵の中の物が殆どだが、世界を回っていた時に見た物もいくつかあるからあながち間違いではないだろう。

 

「君との戦闘で最後に使ったのが勝利すべき黄金の剣(カリバーン)。そして君の呪を解いたのが破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)と言う」

 

「カリバーン? アーサー王伝説に出てくる選定の剣の事か?」

 

どうやらエヴァはアーサー王伝説を知っているようだ。と言う事は、この世界も神話などの部分ではシロウの世界と共通していると言うことになる。

 

「さすがに知っていたか。ちなみに破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)はギリシャ神話でコルキスの女王メディアが使った裏切りの短剣だ」

 

「裏切りの短剣? 何故そんなもので呪を解く事ができる?」

 

当然の反応だろう。エクスカリバーやカリバーンのように有名で、その用途も剣としてわかりやすい物ならばともかく、裏切りの剣で呪が解けるとは誰も思うまい。

 

「そこが少し複雑な所なんだが、破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)は裏切りの魔女メディアの神性を具現化した魔術兵装なのだ」

 

「神性を具現化?」

 

「ああ。神話や伝説には必ず武具や道具などのキーアイテムが出てくるであろう? メディアで言えば、竜の骨や金羊の皮。そして、裏切りの短剣だ。宝具というのは英雄のシンボル。故に短剣には魔女メディアの神性が付加されたのだ。その効果は魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を“作られる前”の状態に戻す。だから君の呪いは解呪されたというわけだ」

 

「作られる前の状態……おい、貴様そんな危ないものを私に使わせたのか!」

 

「危ない?」

 

ルールブレイカーの効力を聞くといきなり怒り出すエヴァ。

殺傷能力はナイフ程しかないのだから、それほど危険と言う事はないと思うのだが?

 

「私の吸血鬼化が解けたらどうするつもりだったんだ!!」

 

ああ、そういうことか。

つまりエヴァはルールブレイカーによって自分の吸血鬼化が解けてしまうのではないか、と怒っていたのか。

 

「まあまて。それに関しては平気だという確信があったんだ」

 

「確信だと?」

 

「ああ。私は桜通りの一件の時、学園長に真祖について説明してもらったのだがね。君の体の吸血鬼化は単なる肉体変化ではなく、ある種の転生のようなものではないかと考えたのだ」

 

「肉体変化ではなく転生?」

 

「いくら古の儀式魔法だとしても、人の手による肉体変化で吸血鬼の真祖になどなりえると思うか?」

 

そう、いくら世界が違うとはいえ吸血鬼の真祖ともなれば、純粋な(・・・)吸血鬼でなければ真祖とは呼ばれないはずだ。

 

「つまり、吸血鬼化の儀式魔法とは肉体変化の魔法ではなく、死者の肉体を媒体とした転生、または新たな生命を生み出す魔法なのではないか? と私は考えたのだ」

 

シロウの考えにエヴァは唖然とした。

確かにそうだ、人間の肉体をただ吸血鬼に変えるだけのまがい物では真祖などとは言わないだろう。

 

「それほどの大魔術……いや、魔法ならば破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)より格上の神秘と考えられる。それに、話を聞けば君は初めからそこまで強かったわけではないのだろう? 吸血鬼になる、という事はそれだけで人間を超えた力を手にするもの。

だが、君は長きに渡る戦闘によりその力を身につけた。これこそが一から生み出された証明に他ならない。

だから私は、破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)によって破壊できるのは登校地獄の呪だけだと確信したのだよ」

 

「……なるほどな、やはり貴様は面白い。まさか話を聞いただけでこちらでも解読できていないような魔法をここまで推論できるとはな」

 

今まで自身の体についてはあまり考えなかったが、なるほどヤツの考えは理に適っている。

才能がないとヤツは言ったがそれを補う知識、そして経験がある。もしこれでシロウがこちらの魔法を覚えたらどうなるか楽しみで仕方ない。

その後、魔術回路の事やこちらの世界と魔法との相違点などを話し、いよいよこの世界の魔法を教えることになった。

 

「さて、もう十分回復しただろう? そろそろ始めるぞ」

 

そう言いながらエヴァは外へと向かう

 

「そうだな、茶々丸、悪いがこのかを起こしてきてくれないか?」

 

「はい、わかりました」

 

今まで部屋の隅で静に話を聞いていた茶々丸にこのかを起こすよう頼む。何せここを出てもまだ外は夜なのだ、寝れなくなってしまっては明日の授業に支障が出てしまう。

 

「まずは初心者用の呪文から始めるか。っとそういえば貴様は杖を持っていなかったな」

 

「ああ、やはりこちらの魔法には杖が必要なのか?」

 

エヴァはともかく、ネギが魔法を使う時に常に杖を使っていたのを思い出す。

 

「まあな、私達の使う魔法は精霊に呼びかけることによって発動させる。そのために杖は必要なんだ」

 

ふむ、精霊に呼びかける、か。やはり私の魔術とは全然違うな。

さて、杖はどうしたものか……そうだ、アレなら。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

呟くとシロウの手に一つの短剣が現れる。

 

「これで大丈夫だろうか?」

 

そう言ってエヴァに手渡したのはアゾット剣。

この剣は生前、凛から譲り受けたものだ。魔法の修行をするのならばピッタリだろう。

 

「ほう、面白いな。剣の形状でありながら、杖としての役割を果たすか。これなら問題ないだろう。ではまず魔力が体を淀みなく流れるようイメージして、プラクテ・ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)と唱えてみろ」

 

「プラクテ・ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)

 

エヴァの指示に従い呪文を唱える。すると、アゾット剣の先に小さな火が灯った。

 

「む?」

 

「ほお?」

 

どうやらこちらの魔法ならば、魔術の才能がないシロウにもある程度は扱えるようだ。

投影や強化以外の魔術が点で駄目なシロウは、小さいながらも剣の先に灯る火に少しだけ感動を覚えた。

 

「あー、剣から火が出とる!!」

 

その時現れたこのかが私のアゾット剣から火が出てるのを見て声を上げる。

 

「いいな~、ウチもやりたい~」

 

「なら、貴様もやってみるか? 近衛このか」

 

「へ? ええの」

 

このかの言葉に対し以外にも了承するエヴァ。

 

「近衛詠春からもお前が望むなら魔法の事を色々教えてやってくれといわれているからな」

 

どうやら詠春にいわれたらしい。それならば私が口を出す問題ではないし、こちらの世界にかかわってしまった以上、ある程度身を守る術は必要だと思っていたところだ。

 

「お父様が?」

 

「ああ、それでどうする?」

 

このかはしばらく考え一度私を見る。……なんだろうか?

そしてすぐにエヴァの方へと向き直り言った。

 

「じゃあ、お願いするわ」

 

こうしてこのかと共に魔法を習う事になったのだが。

 

「あ~ん、全然火がでーへん」

 

シロウは形態が違うとはいえ魔力の扱いには慣れてるからすぐにできたが、かなりの魔力を保有しているとはいえ一般人のこのかがいきなり魔法を使うのは難しかったようだ。

 

「まあ、最初はこんなもんだろう。エミヤシロウ、貴様は次の段階に行くぞ。まずは、お前専用の始動キーを考えろ」

 

始動キーか。たぶんエヴァが呪文を唱える前に言っているヤツの事だろう。

ネギが君が魔法を使う所も見たが、あまり短すぎてもダメなのだろうな。トレース・オンでは短すぎるだろうから何か考えなくては。

 

「……ふむ、体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル)でいいか?」

 

私自身を示すこの言葉ならしっくりくるし、長さ的にも問題はないだろう。

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル)か、貴様らしい呪文だな。いいだろう。では魔法の射手(サギタ・マギカ)を教える。まあ、これも初級の魔法だからな貴様ならすぐにできるんじゃないか?」

 

エヴァから魔法の射手の説明を受ける。最初はうまくいかなかったがしばらくすると。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)氷の1矢(ウナ・グラキアーリス)

 

一本の氷の剣が出るようになった……ん? 剣?

 

「おい、なんで貴様が魔法の矢を撃つと剣の形をして出てくるんだ?」

 

「さあな、私はこちらの魔法には詳しくないのでね。考えられるとすれば私の属性が“剣”だからじゃないか?」

 

エヴァに教わっているから魔法の属性こそは氷だが、私自身の属性は“剣”だからな。その影響が魔法の射手にも出たのだろう。

 

「まあ、魔法の矢が撃てるという事には変わりないからいいだろう。次は矢の数を増やしてみろ」

 

指示通り矢の数を増そうと試みるが一向に成功する気配がない

 

「……おい、貴様、真面目にやっているのか?」

 

エヴァは怒りの表情をあらわにしている。こちらは額に汗を滲ませながらやっているというのに……。

 

「失敬だな、これでも私は大真面目だ」

 

基礎の魔法や魔法の矢が出せたからこちらの魔法は私にも扱えると思ったが、やはりシロウには才能がないらしい。

少しでも魔法のレベルを上げると全て失敗してしまう。

 

「はぁ、本当に貴様は才能がないのだな」

 

「言わないでくれ、自分でも理解しているのだ」

 

少しは期待していたのだが仕方あるまい。

この体がエミヤシロウである限り、才能などとは縁のないものなのだから。

 

「まあいい、矢の数は修行して増やすしかないだろ。この分だと他の魔法も同様だろうな」

 

エヴァは「どうするか?」なんていいながら顎の下に手をつけ考え込んでいる。

しばらくすると何か思いついたのか、ポンッと手を打った。

 

「先に貴様に詠唱の必要ない魔力のみを使った戦闘方法を教えよう」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

その後エヴァにより「瞬動」や「虚空瞬動」等といった魔力を使った移動法を学ぶ。

これに関してはもともと魔力での身体強化などに慣れていたので思いのほか早く覚える事ができた。

だが魔力を体外に纏う事はどうしてもできなかった為、浮遊魔法だけは会得できなかったが……。

 

「貴様はどうやら魔力を体外に放出するといった行為が苦手なようだな。(体外への放出系魔法は苦手だが、体内での魔力運用はすんなりとこなすか。……こいつなら、あの魔法(・・・・)にも耐えられるかもな。それに異界の魔術師がアレを使ったらどうなるか興味もあるしな)」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや。よし、今日はここまでだ。明日は今日に引き続き魔法の射手の矢を増やす訓練をする。それと私のとっておきを教えてやる」

 

エヴァはいかにも悪の魔法使いといった感じの邪悪な笑みを見せる。

 

「やれやれ、お手柔らかに頼むよ」

 

明日からのエヴァの修行の事を考え、頭を痛めながらもこのかと共に別荘を後にする。

 

「明日もエヴァちゃん家行くん?」

 

帰り道、完全に目の覚めたこのかが聞いてきた。

 

「そうだな、しばらくは通う事になるだろうな」

 

「ふ~ん、じゃあウチも一緒に行ってええ?」

 

「ああ。構わないが、あまり別荘を使いすぎると早く年を取るぞ?」

 

「ははは、まだウチ若いし少しくらい平気やよ~」

 

女性は歳を気にするらしいが、このかはそうでもないらしい。まぁ、まだ中学生だしな。

そんな事を思っていると「それに早く年取れば、いつかしろうと同い年になれるしな」と小さな声で呟いた。

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「ううん、何でもないえ」

 

 

 

こうして、このかと2人、寮への道を話しながら歩いていく……

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘シーンは書いてて一番楽しいですね。まぁ、文章力がもっとつけば読者の皆さんももっと楽しませることができるのでしょうが……頑張ろう。
さて、エヴァの言うあの魔法とはお察しの通りアレです。ええ、そうですアレです。


それではまた次回!


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弟子入りテスト

更新が遅くなって誠に申し訳ございません。
中々忙しく書く暇がないので、次もいつ更新できるかわからない状況です。読んでくださっている方には申し訳ありませんが、ちゃんと完結するまでは続けようと思っていますので、なにとぞよろしくお願いします。


魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・氷の3矢(セリエス・グラキアーリス)

 

3本の氷の()が弧を描き飛んでいき、数十メートル離れた場所で一点に集中し弾ける。

今日もシロウは授業が終わった後エヴァの別荘で魔法の修業をしていた。

別荘に来てから5時間ほど矢を増やす修行を続け、ようやく3本まで出せるようになり任意の方向への誘導もできるようになってきた。

 

「ふぅ、やはり矢の本数を増やすのはなかなかに難しい」

 

魔法の矢1本分の威力はそれほど強くはない。だから、戦闘で使うにはもっと数を増やさなければ難しいだろう。

相手の体勢を崩すくらいならできるかもしれないが、相手が高位の魔法使いの場合、魔法の矢程度の速さでは障壁で簡単に防がれてしまう。

 

「……ん? まてよ?」

 

魔法の射手が剣の形状をしてるという事は偽・螺旋剣(カラドボルグ)のように弓に番えて撃つ事ができるのではないか?

 

「試してみるか」

 

空に向けて魔法の射手(サギタ・マギカ)を1本撃つ。

すぐに黒塗りの弓を投影し、新たな魔法の射手(サギタ・マギカ)を番え一度目の魔法の射手(サギタ・マギカ)に狙いを定めて放った。

弓から放たれた魔法の射手(サギタ・マギカ)は先に撃った矢を打ち消しさらに先へと飛んでいく。どうやら弓に番えた分速さと威力が増すようだ。

 

「ほう、これならば少ない矢でもやりようによって使えるな」

 

だが、弓を使うならアゾット剣が邪魔になる。敵のいない状態での修行中ならばそれほど問題はないが、戦闘ならば一瞬のタイムロスが命取りとなる。

 

「その辺はエヴァに相談するか」

 

「くそっ」

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)を使った戦闘方法を色々と考えていると、頬を赤くしたボロボロのエヴァがやってきた。

 

「どうした?」

 

「ちょっとぼーや達が来ててな」

 

バツが悪そうにエヴァが言う。

しかも、ぶつぶつと「神楽坂アスナめ」とか「真祖の障壁をなんだと思ってる」等と言っている。大方エヴァがネギに無茶を言ってアスナにはたかれたのだろう。

 

「ああそうだ。ぼーやが貴様の弟弟子になるかも知れんぞ」

 

「ネギ君が?」

 

「ああ、なにやら力が欲しいとか言ってたな。今度の土曜日弟子入りテストをすることになった」

 

魔法使いの師としてならばエヴァは最適だろう。だが何故ネギは急にそんな事を?

シロウは嫌な予感がした。ネギの目指すもの、理想は衛宮士郎に近いものを感じる。

 

「そうだ、貴様の調子はどうだ?」

 

「あ、ああ。とりあえず氷の矢は3本まで出せるようになった。それと、これだな」

 

ネギの事を考えていた思考を一旦中断させ、先ほど編み出した魔法の射手(サギタ・マギカ)を弓に番えて放つ使用法を見せる。

 

「ほう、中々面白い発想だな。しかし、弓を使えるのは知っていたが、先に放った魔法の矢を狙い撃つ程の腕とは驚きだな」

 

「まあな、以前はアーチャーと呼ばれていたこともある」

 

「魔法の才能はないくせに色々と器用なヤツだ」

 

エヴァは呆れたような感心したようなどちらともいえない返事をする。

 

「なに、もとよりとりえのない男でね、一つを極めるより多くを収める道を選んだのさ。それよりも、弓を使うときはアゾット剣が邪魔になるのだが、何とかならないか?」

 

「ん? ああ、それならこれをやろう」

 

そう言ってエヴァはこちらに向かって何かを放り投げる

 

「これは、指輪?」

 

「形は指輪だが、杖の代わりになる」

 

「いいのか? こんなもの貰って」

 

「別に構わん。もともと、お前に渡すつもりだったからな。色々と面白い存在であるお前への対価だ。せいぜい私を楽しませろ」

 

エヴァは腕を組み、別になんでもないといった感じで言う。

断るのも悪いし、何より今後この指輪は必要になる。大人しくもらっておこう。

 

「ありがたく使わせてもらうよ」

 

指輪を指にはめる。

 

「今日は闇属性の魔法の射手(サギタ・マギカ)を教えてやる」

 

エヴァの指示により闇属性の魔法の射手(サギタ・マギカ)を教わる。また矢の本数を増やすのに時間がかかるかと思いきや、意外な事に闇属性の魔法の射手(サギタ・マギカ)は初めから5本の矢を出す事に成功した。

 

「ほう、貴様は闇と相性がいいようだな」

 

氷の矢より出来が良かった闇の矢を見てエヴァが面白そうに言う。

 

「相性がいい?」

 

「ああ、貴様は特殊な属性だから色々と試してみるつもりだったが、貴様自身は闇に適正があるようだな。闇の属性なら他にも色々と使えるんじゃないか?」

 

「闇の属性か……」

 

ふと思い出すのは黒き太陽と炎の記憶。あれは衛宮士郎が生まれた瞬間。

あまり嬉しくはないが、なるほど。確かにエミヤシロウには闇の適正があるのだろう。

その後もしばらくエヴァの指示通りに魔法の射手(サギタ・マギカ)と前回覚えた瞬動、虚空瞬動を応用した修行をした。

 

「よし、ではこれから貴様に私のとっておきを教えてやろう」

 

「いや、けっこうだ」

 

エヴァの提案に即答する。基礎の魔法もろくにできないシロウがエヴァのとっておきなど扱えるわけがないし、エヴァに何を対価に取られるかわからない。

それにエヴァがそこまでする義理は無いだろう。これはまさに、凛の言う心の贅肉というヤツだ。

 

「おい! 断るとはどういうことだ! この私、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)のとっておきだぞ!? 普通何が何でも知りたいだろう!!」

 

断ったことにより教える気満々だったエヴァが激しく怒り出すが、シロウはこの世界の魔法使いではない。

いかにエヴァがこの世界で有名な魔法使いだとして、その魔法がどれほど珍しいものだったとしても、まったく興味がわいてこない。

 

「どういうことも何もない、魔法の射手もろくに使えない私が君のとっておきなど使えるわけが無いだろう。それにそんなものを教えてもらうと、私の魔術に対する対価にしては貰いすぎる」

 

「ふん、そんな事はどうでもいいな。経緯はどうあれ貴様は私の弟子になったのだ、私の魔法を教えるのは当然だろう。対価の事を気にしているなら、私は貴様に呪を解いてもらったという借りがある。それにその魔法を魔術師(貴様)が使ったらどうなるかという結果こそが対価になりえるだろう」

 

自信満々に言うエヴァにしばし唖然としてしまった。

経験上こういった輩は一度言いだしたら絶対にやめないだろう。むしろここで断れば自身に矛先が向きかねない。

それに、ここまで自分にお節介を焼いてくれる相手というのは久しぶりだ。

 

「ああ、わかった私の負けだよ。君のとっておきとやら、ご教授願おう」

 

「ふ、ふんっ! はじめからそう言えばいいんだ」

 

照れたようにそっぽを向くエヴァは気づかなかったが、参ったと言った風に両手を上げるシロウの口元は、嬉しそうにほころんでいた。

 

「で? そのとっておきとやらは私にも使えるのか?」

 

「ああ、アレに一番重要なのは技術よりも肉体と精神の強さだからな。貴様なら肉体の頑丈さも精神力の強さも大丈夫だろう。とりあえず私が実際にやってみるからそこで見ていろ」

 

エヴァはシロウから数歩離れると呪文を唱える。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

呪文を詠唱しはじめた瞬間空気が変わった。

空気中の魔力(マナ)がエヴァへと集まっていく。

 

闇を従え(クム・オブスクラテイオーニ・)吹雪け(フレット・テンペスタース・)常夜の氷雪(ニウアーリス) 闇の吹雪(ニウイス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 

「(あれは、私との戦闘で見せた確か闇と氷の複合魔法だったか……)」

 

術式固定(スタグネット)!!!」

 

「!!」

 

本来放出されるべき闇の吹雪の魔力が圧縮され拳大の球体になる。

 

掌握(コンプレクシオー)!」

 

エヴァは圧縮された魔力の塊を握りつぶした。いや、正確には握りつぶしたのではない。

エヴァの魔力の跳ね上がりようからいって、あれは握りつぶしたというより取り込んだというほうが正しいだろう。

闇の吹雪を取り込んだエヴァの体からは魔力が噴出し、肌の色が黒く変化している。

 

「これが私の編み出した魔法“闇の魔法(マギア・エレベア)”だ。学園内では闇の吹雪程度しか取り込めんが、本来はもっと強力な魔法も取り込む事ができる。ちなみに取り込んだ魔法を開放すれば使用する事も可能だ」

 

凄まじい魔力に威圧感。

先程の戦いでコレを使われていたら、負けたのはシロウのほうだったかもしれない。

 

「まずは、魔法の射手の術式を固定してみろ。矢は1本でいい」

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル)

 

始動キーを呟き、エヴァの指示通り見よう見まねで術式を固定してみる。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 闇の1矢(ウナ・オブスクーリー) 術式固定(スタグネット)

 

掌の上で闇の矢が圧縮され球状になる。

 

「ほう、いきなり成功させるとはな。……そういえば貴様は投影、魔力を物質に変化させるのが得意な魔術師だったな」

 

なるほど、とシロウは納得した。シロウは固有結界から零れ落ちた投影、変化、強化に長けている。

つまり、投影や変化の魔術に近い魔力の固定化などの行為も、他の魔法に比べ成功率が上がるというわけだ。

 

「では、その魔力を取り込んでみろ」

 

掌握(コンプレクシオー)

 

まるで剣を鞘に収めるかのようなイメージで、圧縮された闇の矢を形を崩さないように自身の体内へと取り込む。

 

「!!」

 

体内に取り込んだ闇の魔力が全身を汚染していく。

この感じはまるで操作系の魔術を掛けられたかのような感覚。自身の魔力なのに体全身が侵されていく。

否応なしに体の中の鐘が警戒を鳴らす。意思とは関係なしに浮かび上がる死のイメージ。

 

しね シね しネ シネ 死ね 死ネ 死ね 死ネ

 

死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死

 

死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し死

 

死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死

 

死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し死

 

「がっ!!(まずい、意識が……くっ! 落ち着け。冷静に魔力を制御しろ)」

 

自分を叱咤し気持ちを落ち着かせ魔力を制御する。しばらくすると闇の魔力は体に馴染み、さっきまでの苦しみが嘘のように体が軽くなる。

 

「……い! ……おい! ……返事をしろ! 大丈夫か!!」

 

意識がハッキリするにつれエヴァの声が鮮明に聞こえてくる。

 

「おいっ!」

 

「……すまん。もう大丈夫だ」

 

とりあえず無事をアピールする為、片手を挙げエヴァに言う。

 

「ったく、心配させおって。で、体の調子はどうだ?」

 

エヴァに言われ体を確認する。

体からは僅かだが魔力が溢れ、もとから黒かった肌は更に濃くなり、先程のエヴァ同様完璧に黒くなっている。

そして、筋力魔力共に上がっているのが立っているだけでもわかる。

 

「問題ない、どうやら体に馴染んだようだ───む?」

 

バシュッ と音を立てて魔力が霧散し、体が元に戻る。

やはりまだ長時間は使えないようだが、多少のけだるさがある程度で体に異常はない。

 

「今はまだその程度だが、いずれは長時間使用する事も可能だろう。次からは今までの修行に加え闇の魔法の持続時間の延長、取り込める矢の本数の増加の修行を追加しろ」

 

「了解した」

 

これで今日の修行は終わりにし寮へと帰った。

 

 

寮に着き、部屋へと向かう途中向かい側からやってきたネギと会う。

 

「やあ、ネギ君」

 

「あ、こんばんは、シロウさん」

 

いつも通り笑顔で丁寧なお辞儀をするネギ。しかしその眼には何か闇雲な力強さの感情が見える。

その眼を見た瞬間、シロウはエヴァの話を思い出した。

 

「ネギ君、君はエヴァに弟子入りするらしいな」

 

「はい、エヴァンジェリンさんに聞いたんですか?」

 

「ああ……なあネギ君。君はどうして急にエヴァに弟子入りしようと思ったんだ?」

 

どうもネギは頑なに強くなろうとしている気がする。

杞憂であればいいのだが……

 

「京都の一件で僕はまだまだ弱いという事がわかりました。だから僕はもっと強くなりたいんです」

 

ネギは拳を握り興奮気味に言う。

弱いから強くなりたい。10歳の少年ならばそう考えても仕方ないといえよう。

しかし、ネギは良くも悪くもただの子供ではない。確かに子供ではあるが、考え方などはいしっかりしていて、そんな単純な……いや、理由もなく強さを求めようとはしないはずだ。

 

「何故強さを求める?」

 

一番心配だった事をネギに尋ねる。

 

「僕は強くなって父さんのようになりたい。全ての人を救えるような立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたいんです」

 

 

「俺は全てを救えるような正義の味方になりたい」……過去の自分を思い出す。

ネギは昔のシロウに似ている。父親の背中を追うその姿も、立派な魔法使い(正義の味方)になりたいというその夢も。

そして───

 

「京都でこのかさんがさらわれた時、僕がもっと強ければすぐに助けられたはずなんです。いえ、そもそも僕が強ければさらわれる事すらなくあのフェイトと名乗った少年達を止められたかもしれない。……でも、僕が弱かったからたくさんの人を傷つけた」

 

───力がないことに嘆く姿も。

 

「だから、英雄である千の呪文の男(サウザンド・マスター)の息子の僕は、強くなって皆を守らなきゃいけない。父さんのように」

 

「そうか……だが、本当にそれでいいのか?」

 

シロウは辛そうな表情でネギに問いかける。

ネギ・スプリングフィールドは衛宮士郎と同じだ。父親に憧れ、その生き様が呪いとなっている事にも気づかず理想を信じて無茶をする。

 

「はい? 僕はいつか父さんに追いつき、立派な魔法使いになります。それではおやすみなさいシロウさん」

 

シロウの質問の意味が理解できていないネギは、的外れな答えを答えると部屋へ戻ってしまった。

 

「まいったな……嫌な予感ほどよく当たる」

 

お節介だと思ってはいるが、このままネギを放っておくことはできない。

このままでは、おそらくネギは確実にエミヤと同じ末路を辿る。同じ間違いをネギが犯してしまうというのなら、一度は間違えてしまった自分が教えてやらねばならない。

けれど、シロウには上手く伝えてやる手段が見当たらない。

 

「衛宮士郎……貴様だったらどうするのだろうな」

 

知らずの内に自分を倒した少年の名を呟く。

残酷な事実、冷たい真実を突き付けられ、尚も絶望せず立ち上がった少年。

その果てに、己の信念を貫き大切なことを教えて───否、思い出させてくれた。

 

《俺は後悔なんてしないぞ。どんな事になったって後悔だけはしない。だから……絶対に、おまえの事も認めない》

 

その時、脳裏に浮かんだのは衛宮士郎が自分に向けて言った言葉。

 

「……フッ、そうだな。ネギ君がもしお前と同じならば」

 

シロウは覚悟を決め、自室へと入る。

───戦う覚悟を。

 

 

 

 

 

 

翌日の昼休み、シロウはエヴァを尋ね屋上へと向かう。屋上へ着くとエヴァと茶々丸がシートをひいてくつろいでいた。

 

「エヴァ」

 

「ん? なんだお前か。何か用か?」

 

エヴァは片目だけ開けて返事をする。

が、真剣な表情のシロウを見てその体を起こした。

 

「ああ。ネギ君の件だが、私にネギ君の相手をさせてもらえないだろうか?」

 

「馬鹿か貴様。ぼーやではお前に触れる事すらできずに終わるだろう」

 

呆れたように言うエヴァに昨日の事を話し、ネギと戦いたい理由を説明する。

 

「なるほど、そういうことか……私としては今のままのぼーやの方が私好みだが、いいだろう。ただし条件がある」

 

「なんだ?」

 

「もともとはぼーやの実力を測るのが目的だったからな。お前は投影した武器によるぼーやへの攻撃は禁止、ぼーやがお前に一撃でも入れられたらテストは終了にする。これが条件だ」

 

無理難題を吹っ掛けられるかと思ったが、意外とまともな内容。

投影による攻撃を禁止されたのは痛いが、今のネギとの実力差ならば十分だと言える。

 

「了解した。で、今日も別荘を借りるが構わないか?」

 

「好きに使え」

 

 

 

 

 

放課後

 

今日もエヴァの別荘で修行をする。このかは刹那達とボウリングに行くらしく、後で来ると言っていた。

いつも通り初めは魔法の射手(サギタ・マギカ)の本数を増やす修行から入り、瞬動等の体術的な修行、闇の魔法(マギア・エレベア)と次々に進めていく。

 

「……ふぅ」

 

やはり闇の魔法の持続時間はそう簡単には伸びないらしい。

今の所矢の本数は3本、持続時間は1分弱が限界といった感じだ

 

「闇の魔法、か」

 

闇の魔法(マギア・エレベア)

『暗き夜の型』により肌が黒く染まり身体能力、魔力量が上がる。

術式兵装(プロ・アルマティオーネ)』により取り込んだ魔法による付加能力が追加される。

解放(エーミッタイム)』により装填した魔法を使用可能。

 

「もしかすると、投影した宝具も術式兵装可能かもしれんな」

 

そう、本物(オリジナル)ならいざ知らず、魔力によって生み出された投影品の宝具ならば、魔法同様取り込む事も可能なのではないだろうか?

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 

 

 

 

 

 

「帰るぞ茶々丸」

 

「はい、マスター」

 

授業後、エヴァは茶々丸と共に茶道部に顔を出し、何回か茶を点ててから帰宅する。

その途中、近衛このかに話しかけられた。

 

「あ、エヴァちゃん!茶々丸さん!」

 

「ん? ああ、このかか」

 

「こんにちは、このかさん」

 

こちらにやって来たこのかに茶々丸がペコリと頭を下げる。

私達に連れ添って歩き始めたと言うことは、おそらくこのかは今日も別荘へ向かう気なのだろう。

 

「今日も別荘に来るのか?」

 

「うん、今日こそは火を出してみせるんや!」

 

拳をぐっと握り、気合を入れるこのか

 

「ま、せいぜい頑張るといい」

 

このかと茶々丸の3人で家まで帰り、別荘へと向かう。

別荘の中に入るとズドォン!!! と浜辺の方で巨大な爆発が起きた。

 

「ひゃっ!?」

 

「なんだ!?」

 

敵襲、ということはありえない。では何があった?

確かあそこら辺は、いつもシロウが修行に使っている場所ではなかったか?

 

「茶々丸このかを連れてついて来い!!」

 

「はい、失礼しますこのかさん」

 

嫌な予感がして、空中浮遊の魔法を使い全力で浜辺へと飛ぶ。

 

「な、何だこれは!?」

 

浜辺に着くとそこには───大量に血を流すエミヤシロウがいた。

 

 

 

 

 

 

 

投影(トレース)開始(オン)

 

手に現れるのは彼の英雄フェルグス・マクロイの所持していた、螺旋剣ではないオリジナルの形状の魔剣カラドボルグ。

初めは普通の剣で試そうと思ったが、それでは付加能力が付かないので、ランクは高いが使い慣れたカラドボルグを選んだ。

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル) 術式固定(スタグネット)

 

投影により物質化された魔力を更に圧縮し固定するのはかなり難しい。

シロウは魔術により身体強化と掌握を強引に強化し、カラドボルグを圧縮する。

 

「ぐっ……掌握(コンプレクシオー)!!」

 

圧縮したカラドボルグを無理やり取り込むと、カラドボルグの付加能力なのか体全体から稲妻を放電される。

不安ではあったが、どうやら投影した宝具は術式兵装可能なようだ。

 

ドクンッ

 

「……? がっ!?」

 

最初は問題なかったが、カラドボルグを取り込んで数秒。体内を巡る魔力量が膨れ上がり制御が利かなくなる。

いくらシロウの肉体が頑丈で剣とは相性がいいとはいえ、やはり高ランクの宝具を取り込むのはまだ早すぎたようだ。

 

「ト、投影(トレース)破棄(カット)!!」

 

取り込んだカラドボルグを急いで廃棄する。急に廃棄した事により、放電していた魔力は行き場をなくし爆発を起こした。

そしてシロウの魔力保持量(キャパシティ)を超える魔力により肉体は崩壊。所々肉が裂け血が噴き出した。

 

「な、何だこれは!?」

 

そこに、学校から帰宅したエヴァ、茶々丸、このかがやってきた。

 

「しろう!」

 

「衛宮先生!」

 

血だらけのシロウを見てすぐに駆け寄る2人。

それを、エヴァがあわてた様子で止めた。

 

「まて!」

 

エヴァは見た。シロウの傷口。その中でギシギシと蠢く銀色の刃を。

それは、まるで止血をするかのように傷口を塞ぐ。

 

「このか。すぐにシロウを治療できるようにアーティファクトを出しておけ。茶々丸は安静にできる部屋の用意だ」

 

2人に指示をだし、エヴァもシロウの傷口に触れぬよう容体を確かめる。

 

「生きてるか? シロウ」

 

「ああ……見ての通りっ……情けない姿だがね」

 

何とかシロウはエヴァへ返事を返す。

それを聞いてエヴァは安心した。重傷なのは確かなようだが、軽口が言えるほどには元気なようだ。

 

「シロウ、その状態からどれ位経った?」

 

「2分弱……くらいだ」

 

「よし。このか、アーティファクトでシロウの傷を治せ。傷口には決して触れるなよ」

 

「うん!」

 

その後、このかのアーティファクトによって傷は完治したが、出血が酷かったので今はベットで横になっている。

今部屋の中にいるのはエヴァとシロウだけ。

 

「おい、どういうことか説明してもらうぞ」

 

エヴァが怒った様子で話しかけてくる。さて、どこまで話したものか。

流石に宝具を術式兵装しようとした事は伏せたほうがいいだろう。

 

「ああ、少し無茶をしてな。魔力が暴走した」

 

「ふざけるな。多少の無茶程度であそこまで大怪我をするかボケ。それに、貴様の傷口を塞ぐように蠢いていた刃を私が見逃すとでも思ったか?」

 

シロウの魔力が暴走し肉体が崩壊しかけたとき、幸いな事に過剰な魔力が体内のアヴァロンを起動させ、シロウの肉体を守った。その治癒力はセイバーがいた頃に比べれば微力なれど、確かにシロウの傷を塞ごうとしていたのだ。

 

「まいったな……そうたいしたものでもないのだが。魔力の暴走は、まぁ本当に無茶をしただけだ。傷に関しては起源によるものが大きい」

 

「起源……だと?」

 

「ああ」

 

起源。それはその生物の根底にあるもの。始まりの因で発生した物事の方向性。aという存在をaたらしめる核となる絶対命令のこと。

例えば“禁忌”という起源を持つモノは人に生まれようと獣に生まれようと植物になり代わろうと、群における道徳から外れた存在になる。

起源を覚醒したモノは起源に飲み込まれる反面、肉体は強大な力を手に入れることができる。

 

「以前、私の属性が“剣”だと説明しただろう? これも起源が剣である事によってのものだ。故に、私の体が私を生かそうとする時、あのような現象が起きてしまうのだ」

 

「貴様、今は英霊とはいえ本当に元人間か? 貴様の話から考えれば、貴様は起源の覚醒者だろう。それで自我を保っているなど」

 

ありえない。エヴァはそう言いたげな表情で息を飲む。

無理もない。人間とは過ぎた力を手に入れればそれだけでどんな人格者でも多少なり精神に影響を及ぼす。

精神に影響が及ばないものがいるとすれば、それは世で聖人と呼ばれるものか、もしくは……

 

「私は……元から破綻していたからな」

 

「っ……すまん。つまらんことを聞いた」

 

シロウの過去については何も知らない。けれど、前にシロウが自分を“正義の体現者”と言い表したことからどんな人生を歩んできたかはだいたい想像ができた。

だが、それはシロウが選んだ道であって、他人がどうこう言う話ではない。

たとえそれが───どんなに破綻していた道であっても。

 

「このかはもう帰らせた。明日はぼーやの試験もある、休んでいけ」

 

そう言ってエヴァは部屋を出て行った。

 

「……感謝する」

 

 

 

 

翌日、ネギの弟子入りテストの時間がやってきた。

 

「ネギ・スプリングフィールド、弟子入りテストを受けに来ました!」

 

元気よくネギがやってくる。後ろにはアスナ、このか、刹那、のどか、そして……古、楓、真名がいた。

 

「何故、君達までいる?」

 

古はネギに中国拳法を教えていたらしいからまだわかる。

だが、なぜ楓と真名までいる理由がわからない。楓なら性格上特に理由もなく見に来てもおかしくはないが、真名に至っては見当もつかない。

 

「まぁ、いいじゃないか。邪魔はしないよ、なぁ楓?」

 

「そうでござるよ士郎殿。一緒に戦った仲ではござらぬか」

 

悪びれる様子もなく2人が言う。

正直アレを一緒に戦ったと比喩してよいものか悩むところだが、邪魔をしないのであれば追い返すこともないだろう。

 

「来たか、では別荘へ移動するぞついて来い」

 

「はい!」

 

奥から出てきたエヴァに言われ別送へと移動する。

 

「うわー!」

 

「すごーい!」

 

別荘の中に入り浜辺へと移動すると、ネギやアスナは驚きの声を上げる。

 

「おい、遊びに来たわけじゃないんだ。すぐにテストを始めるぞ」

 

「は、はい!」

 

「テストの方法は以前話した通り、シロウに何でもいいから一撃を入れる事だ。ぼーや、絶対に手を抜くな。手を抜けばその瞬間貴様の負けは確定するぞ」

 

「分かりました、お願いしますシロウさん」

 

ネギが一度頭を下げ構えを取るのに対し「ああ」と短く答え、シロウはだらりと腕を下げる。

 

「はじめっ!!」

 

エヴァの声で戦いを開始する。が、シロウは相変わらず腕を下げ構えを取らない。

その様子に戸惑ったのかネギは攻めてこない。それどころか、気が緩み隙まで出来ている。

そんなネギの虚を突いて接近し、ネギに拳を叩き込む。

 

「くっ!」

 

ネギはギリギリのところで反応し、自身を魔力供給で強化してシロウの拳を受け止めるが、甘い。

シロウは即座にネギの腕を掴み投げ飛ばす。

 

「なっ!」

 

投げ飛ばされたネギは器用に空中で体勢を立て直し、杖を構えて呪文を唱えた。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・光の5矢(セリエス・ルーキス)!!」

 

ネギの放つ魔法の矢をシロウは魔力で強化した腕で防ぎきり、その光景を見て唖然とするネギに再び隙ができたのを見逃さず、蹴りを入れる。

蹴り飛ばされたネギは、大きな飛沫を上げて海の中へ。

 

「先ほどから隙が多すぎるぞネギ・スプリングフィールド。君はこの程度か? エヴァに言われただろう、手を抜くなと。この様では、立派な魔法使い(マギ・ステルマギ)など夢のまた夢だな」

 

皮肉げに口を歪め、ネギを嘲笑う。

 

「ちょっと酷くない士郎? そりゃネギはまだエヴァちゃんや士郎みたく強くはないけど、頑張ってるじゃない」

 

シロウ言葉にアスナが反論する。それに同意するかのように刹那や古達もこちらを睨んでいる。

 

「事実だよアスナ。この程度の実力では立派な魔法使い(マギ・ステルマギ)になどなれん、ましてや全てを救うなど……!」

 

白き雷(フルグラテイオー・アルビカンス)!!」

 

話し終わる前に、いや、話を遮るかのようにネギから中級の魔法が放たれる。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・雷の17矢(セリエス・フルグラーリス)!」

 

白き雷をかわしたシロウに、追尾型の魔法の射手を放つネギ。

投影を禁止されているシロウでは防ぎようがない本数の矢。ネギはそれを想定して矢を放った。

しかし、その予想は大きく外れた。

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル)

 

「え!?」

 

今まで魔法を使ったことがなかったシロウが始動キーを口にした事により、ネギは驚きの声を上げる。

シロウは始動キーを呟きながら弓を投影し、5本の闇の矢を弓に番え放った。

弓に番え威力が上がった闇の矢は、ネギの雷の矢を全て打ち消す。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 氷の1矢(ウナ・グラキアーリス)

 

「うわっ!?」

 

 

魔法の射手同士の衝突で一瞬視界が奪われた瞬間ネギの足元へ氷の矢を放ち、懐から仮契約(パクティオー)カードを取り出す。

 

来たれ(アデアット)

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)』を出し、体勢を崩したネギを斬る……筈だった。

 

「……はぁ。いったいなんの真似かな?」

 

だが、間に割って入った刹那の夕凪に全てを救う正義の味方(エミヤ)は止められた。

刹那の後ろでは古とアスナが構えネギを庇っている。このかには事情を話してあるので動かないが、明らかに怒っているのがわかる。

 

「どういうつもりですか士郎先生! 貴方は今本気でネギ先生を斬ろうとしたっ!!」

 

「どういうつもりも何も、未熟なくせに立派な魔法使い(英雄)になるなどと理想を謳う愚か者を斬ろうとしたのだが?」

 

「貴方はっ!!」

 

シロウの行動に対し怒鳴る刹那はいつも通り、いや、いつも以上に冷静なシロウの言葉に殺気を膨れ上がらせる。

今にも爆発しそうなその殺気はネギの「待ってください」という声によって止められた。

 

「シロウさんの相手は僕です。刹那さん達は下がっていてください」

 

「でも、ネギ!」

 

「これは僕の問題です。アスナさんは口を出さないで下さい」

 

アスナが立ち上がるネギを引き止めるが、ネギはその手を振り払いシロウの前に立つ。

その眼にはもはや周りの事が見えていない。いや、それどころかシロウすらも見えてはいない。

ネギの見ているものは更にその先、英雄と呼ばれた父親の背中のみだった。

 

「シロウさん、確かに僕は未熟者です。ですが、僕は英雄を目指す事を愚かだとは思いません」

 

再び自己流の『戦いの歌』で身体を強化し構えるネギ。

 

「貴方にはわからないかもしれませんが、僕の父さんはすべてを救った英雄です。そして、小さい時僕のことも助けてくれました」

 

「クッ、それはそうだろう? 英雄とは人を救う為だけに存在しているようなものだ。しかし、それは表面上の姿に過ぎない。英雄とは、より多く人を殺した者に与えられる称号だ」

 

「違う!!」

 

怒りと共にネギの魔力は膨れ上がり、先ほどの倍以上の魔法の矢を放つ。

シロウは冷静に最小限の矢の数で全てを防ぎきる。

 

「違わんよ。私はナギ・スプリングフィールドという男など知らないが、救ったというからには敵がいたはずだ。その敵はどうやって止めた? まさか話し合いで解決したわけでもあるまい」

 

シロウの言葉を聞くたびにネギの魔力は溢れ出し、攻撃も激しくなる。

しかし、それとは対照的にネギの呼吸は乱れ、シロウは余裕の表情を見せる。

 

「英雄とて万能ではない。君は英雄という存在の綺麗な部分しか見ていない。汚い部分から目をそらしている。君は───ただ父親に憧れているだけだ!」

 

ネギの魔法の雨を掻い潜り、シロウはその拳をたたきつける。それだけで、無防備だったネギは数十メートル吹き飛ばされた。

 

「憧れだけでは駄目なんだよネギ君。君はスクナが最後の一撃を放とうとした時、君は重傷にもかかわらずナギ・スプリングフィールドならこうしたと言って前に出た。自らを犠牲にしてでも皆を護ろうとしたな。だが、自分を犠牲にするようなやり方では何も守れない。何を護るべきかも定まらない」

 

「何を守るべきかはわかっています」

 

ネギはよろよろと立ちあがり、曇った眼でシロウを睨み付ける。

 

「英雄が守るものとは全てです! 僕は父さんのように全ての人を救える英雄になって見せる!」

 

「……一人でか?」

 

「え?」

 

「君は、一人で全てを救うというのか?」

 

とても辛そうに言うシロウに一瞬あっけにとられるネギ。

けれど、直ぐに頭を振って頷いた。

 

「そうか……やはり、な。───投影、開始」

 

次の瞬間、シロウは瞬動でネギの近くにいたアスナの後ろへ移動し、剣の檻にアスナを閉じ込めその頭上に剣を一本投影し待機させる。

あまりに突然の行動に見学していたメンバーはおろか、エヴァでさえ驚いている。

 

「さて、ネギ君。ここで質問だ」

 

シロウはネギに再び皮肉げな笑みを見せる。

 

「今の君にはアスナを助けられるほどの力は無い。しかし、この場にはこ状況を打破する可能性が残っている。さあ、君ならどうする?」

 

独りでは助けることができないネギがアスナを助ける方法。それは簡単だ。

多少の危険はあるが、ここにいる刹那達に協力を仰げばいい。いくらシロウが経験豊富な戦士だとしても、これだけの使い手全員が協力すればアスナを助けることなどたやすい。

だがそれは、1対1の試合を放棄するということ。弟子入りテストを放棄するということになる。

そうなれば、ナギに近づくというネギの夢は大幅に遅れてしまう。

 

「なに、それほど悩む必要もあるまい? 簡単な話だよ、多少怪我を負わせてしまうかもしれないが、テストを放棄して皆で確実にアスナを救うか。それとも、危険ではあるが自らを犠牲に無茶をして一人でアスナを助ける賭けに出るか」

 

シロウはネギを睨む。

無茶をして全てを救うか失うかの賭けに出るか、無茶をせず最善の方法を取るか。

ネギは拳を握り、血が出るほど歯を食いしばって葛藤し後、全身の力を抜いた。

 

「さあ、立派な魔法使い(マギ・ステルマギ)を目指す君は、理想と現実どちらを選ぶ?」

 

「……父さんなら、きっと一人でアスナさんを助けるでしょう。力があるから。でも、僕にはその力がない」

 

その言葉を聞いて、シロウはネギが次にいうであろう言葉がわかり笑みを浮かべる。

 

「刹那さん、古老師、楓さん、龍宮さん。僕に力を貸してください!」

 

「はいっ!」

 

「任せるアル!」

 

「承知!」

 

「ま、今回は無料サービスとさせてもらうよ」

 

言うが早いか、撃ち込まれる真名の弾丸を回避。アスナの剣の檻から離された所で刹那と楓にピッタリとつかれ、接近戦闘を余儀なくされる。

その間に古は剣の檻を拳法で砕きアスナの救出に成功する。

 

「クッ……やはり君たち二人相手では防戦一方になってしまうな」

 

投影武器での戦闘禁止を律儀に守っているシロウは、全てを救う正義の味方(エミヤ)で刹那の夕凪とクナイを防いでいる。その強固さは正に鉄壁。刹那と楓の2人がかりでさえ攻めきれないでいる。

そんな2人が急に距離を取った。

 

「なるほど、即急にしてはいいコンビネーションだ」

 

2人が離れると同時にシロウの懐にいたのはネギだった。

その拳はすでに構えられ、目にはシロウの腹が見据えられている。

 

「そうだネギ君、それでいい」

 

抵抗しようと思えば防げたであろう一撃をシロウは満足げに受け、ダメージと疲労によりネギはその場で気絶する。ネギを介抱する為、茶々丸の案内のもとネギと見学に来ていたメンバーは別荘の中の部屋へと移動した。

 

「フッ、色々と楽しめたよ」

 

浜辺に残っていたシロウに、今まで静に傍観していたエヴァが近づいてくる。

 

「ケケケ、エミヤ、オ前ノ悪者っぷりサイコーダッタゼ!!」

 

いつの間にいたのか、エヴァの足元のチャチャゼロも愉快そうに声をかけてくる。(ちなみにチャチャゼロは、主に戦闘面でシロウの修行を手伝う為、以前エヴァに紹介された)

 

「まぁ何にせよ、ぼーやはシロウに一撃入れたから約束通り弟子にしてやる」

 

「ほぅ? 君にしては珍しいな。刹那達の協力を得ての結果をよしとするのか?」

 

「ハッ、あれは貴様の反則ギリギリの小芝居で大目に見るさ。どうせここでぼーやを不合格にしたら、貴様は私にぼーやを合格にしろと説得しにきただろう」

 

「やれやれ、君には敵わないな」

 

シロウは両手を上げて降参しながら出口へと足を向ける。

 

「帰るのか?」

 

「ああ、今私はこの場に残らない方がいいだろう。ネギ君の目が覚めて皆が落ち着いた頃にでも又来るさ」

 

「貴様もぼーやの事を言えんくらいお人よしだな」

 

「なに、これは死ぬまで治らなかった性分でね。今更変えることなどできんよ。できるのは、私のような存在を生み出さぬよう若者の手助けをするくらいさ」

 

その言葉を残し、シロウはゲートから別荘の外へ出た。

誰もいなくなった浜辺で、エヴァはさっきまでシロウがいた場所を憐れむような眼で見つめ呟いた。

 

「ふん……本当にお人よしめ」

 

 

 

 

 

1




なんというか、間が空きすぎると自分でも前話までの流れがわからず、キャラブレなどが起こっていないかとても心配です。
そうならないよう頑張りたいと思います。

それではまた次回。


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エミヤの日常Ⅱ

奇跡の割と早めな更新。
感想の方はもう少し待ってください。一応チェックはしていますので、いずれまとめて返事させていただこうと考えています。


 

 

 

ネギの弟子入りテスト翌日。あの一件からシロウはまだネギ達と会っていない。

こちらで一日たったと言うことは、向こうではもうかなりの日数がたっているはず。今日は日曜日で学校も休みだから、おそらく満足いくまでエヴァのもとで修業を受けているのだろう。

一応テストの時の事を謝罪しに行こうとは思っているが、寮長としての仕事を忘れるわけにもいかず、現在は寮の掃除をしている。最近、別荘での修行でよく寮を空けていたからだいぶ汚れてきてしまった。

 

「ああっ、どうすれば~~~~~」

 

「何やってるんだ、あやか?」

 

箒で廊下を掃いていると、なにやら頭を抱え奇怪な動きをする人物、見雪広あやかを見つけ話しかける。

 

「え、衛宮先生!? ……み、見ておられましたの」

 

「ああ、何か困り事か? 私でよければ力になるが」

 

奇怪な行動を見られたのが恥ずかしいのか、顔を赤くして小さくなるあやか。

多少おてんばな所があるとはいえ、普段品行方正な彼女があそこまでおかしな行動をしているのだ、何かしらトラブルがあったと考えるのが妥当だろう。

 

「いえ、なんでもないんです」

 

手をパタパタと顔の前で振り遠慮するあやか。そんなにあわてる事もないだろうに、やはりシロウはまだクラスに馴染めてはいないらしい。

これはまずいと思い、シロウは更に会話を進めた。

 

「遠慮する事はない。せめて話だけでも聞かせてくれないか? 力になれるかもしれん」

 

「そ、そうですか? ……あの」

 

真摯なシロウの目に、あやかはおずおずと口を開き語り始めた。

どうやら、あやかの外国の友人の父親が主催するパーティーに招待されたらしい。だが、今日に限ってあやかの家の執事が体調を崩し困っていたそうだ。

 

「ほかに執事はいないのか?」

 

「いるにはいるのですが、パーティーに連れて行くとなると……」

 

「まだ執事としては未熟」とのことだ。友人の父親主催のパーティーに未熟者を連れて行くわけにもいかないのだろう。

生徒が困っているのだ、たまには教師らしく生徒を助けるか。と、シロウは自信に満ちた声で言った。

 

「では、私があやかの執事役をやろう」

 

「え、衛宮先生が? それはありがたいんですけど……あの、失礼ですけど先生は執事の体験がおありで?」

 

あやかはいぶかしむようにこちらを見る。仕方ないだろう。何せシロウの外見は18歳、執事の経験などあるとは思えない。

 

「前に知り合いの家で執事として働いていてね、それなりには役に立つと思うが?」

 

シロウ自身それが自分の記憶であるかどうかあいまいだが、英霊エミヤは確かに生前執事のバイトをした事があった。

 

「……では、申し訳ありませんが、一応家の方でテストをさせていただいても?」

 

あやかはしばし悩んだ挙句、他に案がなかったのかシロウの腕を見てからと了承する。

その後、一度あやかの実家に行き1時間ほど使ってあやかの身の回りの世話をした結果、問題なく合格。着替えてから車でパーティー会場へと向かう。

 

「それにしても、衛宮先生執事としての技量もさることながら燕尾服が似合いすぎですわね」

 

執事服姿のシロウをまじまじと見てあやかが言う。

 

「とりあえず、褒め言葉として受け取っておくよ、あやかお嬢様」

 

そうこうしているうちにパーティー会場であるホテルに到着する。

あやかをエスコートし会場内へ入ると時間ギリギリだったらしく、直ぐにパーティー主催者の挨拶が始まった。

 

「あの方が私の友人ですわ」

 

あやかに言われてステージを見る。

 

「今日は宝石店エーデルフェルト主催のパーティーに来ていただき、真にありがとうございます」

 

ステージの上で話す男の後ろに1人の少女がいる。ステージ上にいると言うことは、宝石を取り扱っている会社の令嬢なのだろう。

 

「……ん? エーデルフェルト? どこかで聞いたような……」

 

磨耗した記憶の中から微かに残る記憶を探る。

思い出すのは、あかいあくまにも匹敵するきんのあくま。その名は───。

 

「あら? あやか、来てくれたのですね」

 

「ルヴィアさん! お久しぶり」

 

考え事をしているうちにステージから降りた少女が、あやかの下へやってきていた。

 

「衛宮先生、ご紹介します。私の友人ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトさんですわ。ルヴィアさん、こちら衛宮士郎さん。私の学校の先生で、今日は私の執事の代わりをして下さってるんですの」

 

「はじめまして、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します」

 

「はじめまして、エミヤシロウという」

 

青いドレスを着た金髪縦髪ロールの少女ルヴィアゼリッタが優雅にお辞儀をする。

それに倣い、あやかに恥をかかせぬよう完璧な礼で返す。

 

「あやか、ミスタエミヤ、私は他の方へ挨拶に回りますので失礼しますが、楽しんでいって下さい」

 

そう言ってルヴィアゼリッタは去っていく。

あの容姿、立ち振る舞い。間違いなく彼女はシロウの知るルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトだった。

おそらくは並行世界の彼女なのだろう。

 

「さあ、衛宮先生。せっかくですからお食事でも楽しみましょう」

 

「そうだな」

 

あやかをエスコートしつつ共に食事をしていると、しばらくして疲れた様子のルヴィアが戻ってきた。

 

「やっとあいさつ回りが終わりましたわ」

 

「お疲れ様、ルヴィアさん」

 

シロウはすかさず近くにいたうウェイターから飲み物を貰いルヴィアへと渡す。

 

「あら? 気が利きますわね、ミスタエミヤ」

 

「なに、執事として当然の事だよ」

 

ルヴィアはシロウから受け取った飲み物を飲みながらあやかと話を始める。

その姿は先ほどまでの社交的な彼女とは異なり、年相応な女の子の姿だった。

それから3人で談笑をしていたのだが、この場にそぐわない雰囲気を出した黒服の男達が数人会場へ入ってきた。

 

「む?」

 

「衛宮先生?」

 

「どうかしまして、ミスタエミヤ?」

 

シロウの様子が変わった事に気づき、あやかとルヴィアがどうしたのかと聞いてくるが、何事もなかったかのように笑顔で応え、その場を離れる。

 

「何が狙いかはわからんが、この場にそぐわない者たちは早々に退場願うとしよう」

 

シロウは男達が会場に入った時、懐の不自然な膨らみが気になり解析したのだが、男達は皆懐に銃を忍ばせていたのだ。

これだけ人がいる会場で銃を出されては確実に怪我人が出る。

黒服の男まであと5mという所で。

 

「しまった!」

 

電気が消され会場がパニックになる。

 

「ちっ! まずいな、あやかとルヴィアの所に戻らねば」

 

シロウは引き返し、人を掻き分け戻ろうとした瞬間。

 

「きゃっ! ……何をなさむぐっ!」

 

「ちょっ! ……むぐっ!」

 

小さな悲鳴が聞こえた。

 

(今のは、あやかとルヴィアの声?……そうか! 狙いはルヴィアか!!)

 

大手の宝石店の令嬢であるルヴィアが狙われたのだとすれば合点がいく。

大方騒ぎに乗じて誘拐し、身代金でも要求するつもりなのだろう。そして、あやかはそれに巻き込まれた。

 

「だとすると、先程の黒服達は逃走経路の確保といった所か……」

 

急いであたりを見渡すが、黒服達は見当たらない。

逃げるとすればおそらくは車。シロウはビルの屋上へと上がり視力を強化して街を見下ろす。

 

「……あれか」

 

その中に、前の車を次々と抜いていくナンバープレートのない車を見つける。車を見つけるとすぐに足を強化しビルからビルへ、屋根から屋根へと跳び、車は港近くの倉庫で停車しあやかとルヴィアは倉庫内へ運ばれていった。

 

「なんともベタな展開だな」

 

何故ああいう輩はこういう時倉庫を使うのだろう? 倉庫が好きなのか?

そんな事を考えながらも、シロウは近くの公衆電話から警察に連絡を入れ、倉庫の屋根に空いている穴から中へ進入し鉄骨の上に身を潜める。

 

 

 

 

 

 

倉庫内

 

(……迂闊でしたわ。まさか、パーティー会場で襲ってくるなんて)

 

ルヴィアは焦っていた。

自分が狙われている事は知っていたが、まさか人の多いパーティー会場で襲ってくるとは思いもしなかった。

しかも無関係のあやかまで巻き込んでしまった。

 

(私1人ならば逃げる事は容易いのですけれど……)

 

横で気絶しているあやかを見て、ルヴィアじゃ小さく微笑む。

 

「友人を置いて自分だけ逃げるわけにはいきませんわね」

 

そう、縛られてはいるが縄を解いて逃げる方法ならある。

だが、気絶しているあやかを連れてとなると話は別だ。最悪の場合怪我をさせてしまう。

 

「エーデルフェルトのお嬢さん、悪いがアンタを利用させてもらうぜ」

 

黒服の男達のリーダーらしき男が話しかけてくる。

 

「あらあら、この私を利用するだなんて、なんと贅沢な方達なんでしょう。……それよりも、彼女を帰してあげてくれませんこと? 彼女は私の友人というだけで貴方達には必要ないでしょう?」

 

「そいつはできねぇな。そんな事して計画が狂っちゃ洒落にもなんねぇ」

 

だめもとであやかを帰すよう言うが、やはりダメだった。

 

「なあ高田さん、ちょとくらいこいつらに悪戯してもいいよな?」

 

黒服の男が先程のリーダーと思わしき男(高田というらしい)に話しかける。

 

「交渉材料の御嬢さんにはまだ手ぇ出すな。お友達の方は好きにしろ」

 

「へへっ、そうこなくっちゃ」

 

男は下品な笑いをしながらあやかに向かって手を伸ばす。

 

「おやめなさいこの下郎! 貴方如きが私の友人に指一本触れることは許しません!!」

 

縛られたルヴィアが何を言っても男は一向にやめる気配がない。

 

(仕方ありませんわね)

 

ルヴィアが仕方なく魔法(・・)を使おうとした瞬間。

 

「そこまでだ」

 

天井から声が聞こえ、目の前に白髪で燕尾服を着た執事が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

鉄骨の上からルヴィア達の様子を観察する。

 

(あやかは気絶しているようだが、見た感じ怪我はなさそうだな)

 

あやかに怪我がないことに安心しながらもルヴィアとリーダーらしき男の会話を聞く。

やはり目当てはルヴィアだったようだ。2人の会話が終わると、1人の黒服が男に話しかける。

 

「なあ高田さん、ちょとくらいこいつらに悪戯してもいいよな?」

 

「交渉材料の御嬢さんにはまだ手ぇ出すな。お友達の方は好きにしろ」

 

「へへっ、そうこなくっちゃ」

 

(ふん、とことん腐ったやつらだな)

 

ただの誘拐だけならば警察が来るまで様子を見ようかとも考えたが、あやかとルヴィアに手を出すというのならば黙ってはいない。

 

「そこまでだ」

 

その言葉と同時に私シロウは黒服とルヴィア達の間に飛び降りる。

 

「な!?」

 

「ミ、ミスタエミヤ!? どうして貴方が!?」

 

「どうしても何も、君達を助けにきたに決まっているだろう」

 

シロウが突然現れたことにより、その場にいた全員が驚く。

しかし、当のシロウは普段と何一つ変わらない様子で言って、服の中に手を入れナイフを投影。ルヴィア達の縄を切る。

 

「何者だ、てめえは!!」

 

「ふむ、本当ならば貴様らに様なクズに名乗ることはないが、この場ではあえてこう名乗ろうか───執事(バトラー)だと」

 

「執事だぁ? ふざけんな!!」

 

「ふっ!」

 

シロウは殴りかかってきた男を蹴り飛ばす。強化された蹴りは容赦なく男を壁まで吹っ飛ばし、男はその場で気絶した。

 

「てめぇ、やりやがったな! やっちまえ!!」

 

その掛け声と同時に、数十人の黒服達が突っ込んでくる。だが、チンピラ如きがシロウの相手になるはずもなく、全てを迎撃され気絶するはめに。

 

「やるねぇ、兄さん」

 

すると、今まで座って見ていた高田と呼ばれていた男が立ち上がる。

その雰囲気、どうやら今までの黒服達とは違うらしい。

 

「おとなしく捕まるのであれば、こちらもこれ以上危害は加えないが?」

 

言っても無駄だろうが一応警告はしておく。

 

「はっ、ここまできてやめられるかよ」

 

そう言って高田は右手を突き出す。その指には杖の代わりとなる指輪。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・火の51矢(セリエス・イグニス)!!」

 

高田は火属性の魔法の射手を放つ。ルヴィアに見られてしまうが、この場合は仕方ないだろう。

 

投影(トレース)開始(オン)!!」

 

「なんだと!?」

 

何の魔力も篭っていない普通の剣を51本投影し、魔法の矢を相殺させる。

さすがにこれは予想外だったのか、高田は驚きの声を上げる。

 

「さて、おとなしくしてもらおうか」

 

「アル……げふっ!?」

 

高田が更に呪文を唱えようと始動キーを口にした瞬間、シロウのの背後から放たれた一本の魔法の射手(サギタ・マギカ)に邪魔された。

 

「まさか、ミスタエミヤが魔法使いだとは思いませんでしたわ」

 

「私も君が魔法使いだとは思わなかったよ。ミスエーデルフェルト」

 

声に反応して振り向くと、そこには人差し指を突き出したルヴィアがいた。

 

「ちくしょう、なめやがって! 魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・火の29矢(セリエス・イグニス)!!」

 

ルヴィアの魔法の射手で気絶していなかったのか、高田は再び魔法の射手を放つ。

だが、ルヴィアの攻撃が効いていたのか先程よりも矢の本数が少ない。

 

「往生際の悪い……ルヴィア?」

 

また剣を投影して防ごうとしたところをルヴィアに手で止められる。

 

「私の友人を危険な目にあわせた事、後悔させて差し上げますわ。くらいなさい!!」

 

そう言った瞬間、ルヴィアの指先から連続で打ち出される魔法の射手(サギタ・マギカ)。その様はさながらマシンガン。

それはまさに、シロウのの世界の彼女がガンドを撃っているようであった。

 

「なるほど、面白い使い方をする」

 

一度に複数放つことのできる魔法の矢。それをな何故単発で放ったのか。

それは詠唱をして何本も矢を出すよりも、ノータイムで出す事のできる無詠唱の魔法の射手を連続で放つ方が魔力運用の効率がよく、隙も少ないからだ。

言ってみれば簡単だが矢一本ずつとはいえ、無詠唱の魔法の射手を連続で放つ事は難しいだろう。

これだけでも、彼女が凄腕の魔法使いだと言うことが見て取れる。

 

「隙ありですわ!淑女のフォークリフトと呼ばれた私の実力、思い知りなさい!! 」

 

魔法の射手の衝突で視界が遮られた瞬間、ルヴィアは男へ向かっていく。

そして男の後ろに回りこみ、男にジャーマン・スープレックスを喰らわせた。

 

「さて、これで終わりですわね。帰りましょうか、ミスタエミヤ」

 

「クックックッ、了解した」

 

何事も無かったかのように優雅に言うルヴィアに思わず笑いが漏れてしまう。やはり平行世界でも彼女は彼女のようだ。シロウは懐かしさと同時に、とても嬉しく思った。

警察には連絡してあるし、後は任せても平気だろう。あやかを背負いルヴィアと共にホテルへと向かう。

 

「ミスエーデルフェルト、君は忘却の魔法を使えるか?」

 

「ええ、当然ですわ。ですが、それがどうかしまして?」

 

突然の質問に対し、ルヴィアは首をかしげる。

 

「あやかの記憶を消してやってくれ。今日のようなことは忘れた方がいい」

 

「あら? ですがそれでは、あなたが何の為に助けに来たか分からないのではなくて?」

 

驚いたような、不思議そうな表情で言うルヴィアに対し、シロウは当然のように言う。

 

「構わんさ、別に感謝が欲しかったわけでもない。あやかと君が無事だという結果だけで、私は十分満足さ」

 

心底嬉しそうに言うシロウの言葉にしばし唖然とするルヴィア。

だが一変して表情を笑顔に変え、背負われたあやかの髪を撫でる。

 

「そうですわね。貴方の言う通り、誘拐された記憶なんて忘れた方がいいですわ。記憶の方は私にお任せください」

 

「ああ。では頼むよ、ミスエーデルフェルト」

 

「ルヴィア」

 

「?」

 

いきなりの発言に?が浮かぶシロウ。

 

「ルヴィアと呼んで頂いて構いませんわ」

 

───ああ、そういうことか。

久方ぶりに呼べるその名にできる限りの親愛を込め、シロウは口を開いた。

 

「了解したよ、ルヴィア。私の事も好きに呼んでくれて構わん」

 

「ではシェロと、そう呼ばせてもらいますわ」

 

名前を呼んで赤くした顔をそらすルヴィア。

シェロ……どうやらこちらの世界のルヴィアもシロウがうまく発音できないようだ。

でも、それがなんだか懐かしくて無性に嬉しかった。

 

「ククッ」

 

「な、なんですの? シェロ」

 

「いや、なんでもないさ」

 

「?」

 

こうして、2人並んでホテルを目指し歩く。

ホテルに着くとルヴィアが車を出してくれたので、あやかを家まで送り寮へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 




日常パートそのⅡです。偶にちょこちょこ挟んでいきます。
次回はネギの過去、その次がエミヤの過去編になると思います。

それでは、また次回!!


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それぞれの過去 編
ネギの過去


お久しぶりです。忙しくて全然これませんでしたが、久々に投稿させていただきます。
もう忘れられているかもしれませんが、どうぞよろしく。


ネギの過去

 

 

「よし」

 

満足げに寮の玄関に仁王立ちするエミヤシロウ。彼の視界には、隅々まで綺麗に掃除された寮が映っていた。

今はゴールデンウィーク中で人が少ない為、いつもはあまり掃除ができない場所を掃除する事ができた。実に満足だ。

 

「む、少し遅くなってしまったか」

 

時計を確認するとすでに時刻は夕方6時。エヴァには「夕方頃修行に来い」と言われている。

何でもネギには闇の魔法(マギア・エレベア)を見せるわけにはいかないらしい。

それで時間を潰す為、寮の掃除をいつもより徹底していたのだが思ったより時間がかかってしまった。

 

「やあ、エミヤ。これからどこか行くのかい?」

 

「ん? タカミチじゃないか、久しぶりだな」

 

急いで寮を出ると、最近出張が多く会うことが無かったタカミチがいた。

どうやら麻帆良に帰ってきていたようだ。

 

「ああ、エヴァに魔法を習っていてな。これから別荘で修行だ」

 

「懐かしいな。エヴァに用事もあるし、僕も一緒に行っていいかな?」

 

「構わんよ」

 

タカミチはエヴァに詠春からの礼の品を届ける所らしい。

しかも「ついでに修行もしていこうか」などといっている。

 

「そういえば、君は魔法使いじゃなくて魔術使いだったね」

 

ふとタカミチは思い出したように言う。

タカミチは学園長からシロウの事情を聞いているので変に隠す必要が無い分、気軽に話ができるのでシロウとも仲がいい。

 

「ああ。魔術の才能が無いからこちらの魔法なら、と期待したが……どうやらこちらの魔法も才能が無いみたいでな、偏った魔法しかできん」

 

そう言うとタカミチは哀れむような顔をして、シロウの肩を組んで握手をしてきた。

 

「エミヤ……君には妙な親近感を覚えるよ」

 

「嫌な親近感だ」

 

自分自身、魔法の才能が無いタカミチはシロウの気持ちがよくわかった。

が、たとえわかったとしても、わかってほしくなかったなどと矛盾した考えが浮かぶシロウである。

男2人で森の中を進んでいく。すると、エヴァ家の前にはネギがいた。

 

「やあ、ネギ君」

 

「あ! タカミチ、シロウさん」

 

タカミチの声でこちらを振り向くネギ。その足元には魔方陣が浮き上がっている。

 

「何をしてるんだ?」

 

「えーとですね」

 

シロウが何をしているのか聞いた瞬間魔方陣は光だし、裸のアスナ(・・・・・)がいきなり現れた。

 

「し、士郎! それに、た……高」

 

シロウとタカミチと目が合い涙目になるアスナ。

そして、無意識なのかその拳には魔力が収束され、

 

「いやーーーーーーー!!」

 

ネギを殴り去っていった。……裸のまま。

 

「はは……僕達はタイミングが悪かったかな?」

 

「そのようだ」

 

シロウとタカミチは苦笑いするしかない。

その後、おろおろするネギ君をタカミチが何とか落ち着かせ、シロウに詠春からの土産を渡し、ネギを連れて寮へと向かった。

ネギとタカミチを見送ってから家の中へ入ると、中には茶々丸、チャチャゼロ、刹那、聡美、がいた。

 

「ん? エヴァはいないのか?」

 

周りを見渡すがエヴァはいない。そういえば、このかの姿も見当たらない。

 

「マスターなら下でこのかさんと話をしています」

 

「そうか」

 

答えてくれた茶々丸に軽く手を上げ地下へと向かう。

その時、刹那に呼び止められた。

 

「士郎先生……」

 

「どうした」

 

「貴方は……いえ、私はもう帰りますのでお嬢様をお願いします」

 

何か言いかけた刹那だが、そう言って帰ってしまった。

 

「この間の一件からアスナ達の態度がおかしかったが、刹那は特におかしいな」

 

刹那の行動に試験後すぐに皆に事情を説明しなかったことを激しく後悔しながらも地下へと降りる。

地下ではこのかとエヴァが話し込んでいた。

 

「ああシロウ、来たか」

 

「あ、しろう」

 

エヴァとこのかは私に気づきこちらを向く。

 

「何を話していたんだ?」

 

「なに、正式に詠春からこのかが望むなら偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)を目指す為の力を貸してくれと頼まれたからな。魔法使いとしていくか魔法剣士としていくか話していたところだ」

 

「ほう」

 

確かにこのか程の魔力量があれば偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)を目指す事も可能。ましてやこのかは偶然にも治癒魔法に長けている。きちんと治癒魔法を覚えればたくさんの人を救うことができるだろう。

それにしても、魔法使いに魔法剣士とは。タイプ分けの話ではあろうが、まるでRPGのクラスみたいだ。

 

「治癒魔法に長けているこのかは遠距離の魔法使いタイプだと思うが」

 

「ん~、ウチまだよくわからへん。あ、でも魔法剣士もええかなって思っとるんよ」

 

なんとこのかは魔法剣士に興味があると。

失礼な言い方かもしれないが、身体能力的にも性格的にも難しいのではないだろうか?

 

「シロウの戦い何度か見たけど、舞を舞ってるみたいでかっこよかったしウチもあんな風に戦えたらなぁって」

 

「む、そう思ってくれるのは嬉しいが、あの戦い方は私にしかできないからな」

 

「あーやっぱウチ運動神経よくないし無理なんかなぁ」

 

「いや、そういう意味ではなく。あれはエミヤシロウに合った戦い方だから、他人が模倣したところで合わないんだよ。このかにはこのかに合った戦い方があるはずだ」

 

「むー」

 

「まぁ、焦る必要もあるまい。修行していればそのうち自分の戦い方というものが見えてくるものだ」

 

「うん」

 

それで話は終わり、シロウとこのかは別荘で魔法の修行をはじめる。

矢の本数を増やしたり新たな魔法を使うことは出来なかったが、毎日の修行の成果か闇の魔法の持続時間と取り込める矢の本数が増えた。

キリのいいところで今日の修業を終えると、ネギを送って寮へ向かったはずのタカミチがやってきていた。

 

「修行に来たのか?」

 

「久しぶりにね。そっちは終わったところかい?」

 

「ああ」

 

会話をしながらタカミチは柔軟やストレッチなどの準備運動を始める。

そして、準備運動を終えると帰り支度をしていたシロウに声をかけた。

 

「エミヤ、僕と勝負してくれないか」

 

「何故だ」

 

タカミチの真剣な表情を見る限り、どうやら冗談ではないらしい。

 

「ネギ君のサポートもそろそろ必要なさそうだからね。明日から魔法使いとしての仕事も再開することになった」

 

タカミチの魔法使いとしての仕事と言うことは「紅き翼(アラルブラ)」関連。つまり、少なからず戦闘もあるということ。

 

「その前に、鈍っている体のカンを取り戻したいんだ」

 

そういうタカミチは既に戦闘態勢。断ることができる様子ではない。

無論、断る気はない。

 

「いいだろう。私もここで身に着けた技術を実戦で試してみたかったところだ」

 

それに、彼のサウザンド・マスターの仲間がどれほどのものか。今後の戦闘に備えて見極めさせてもらう。

 

「む!?」

 

了承の言葉とシロウが構えるのを合図に戦いは始まった。

開始早々、タカミチが両手をポケットに入れた瞬間シロウは盛大に回避行動をとった。

 

「今のは拳か。珍しい技を使う」

 

「驚いた。見えたのかい? まさか初撃をかわされて、あまつさえ見破られるとは思わなかったな」

 

それこそタカミチが得意とする戦闘技術。その名も居合拳。

ポケットを鞘代わりにして、拳を目にも止まらぬ速さで打ち放つ。常人はその速さに何が起きたかさえ分からないだろう。

 

「眼の良さだけは自信があるのでね。次はこちらがいかせてもらう」

 

瞬間、タカミチの視界からシロウが消える。

瞬動術。この世界に来て日が浅いシロウが瞬動術を体得していたことにタカミチは驚きつつも、その後の反応は早かった。

振り返るまでもなく気配のする背後へ居合拳の乱打。確実に獲物を捕らえたであろう拳の弾幕は、鈍い金属音と共に失敗を告げる。

振り返るとそこには両手に夫婦剣を構えたシロウの姿が。そして───

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・氷の7矢(セリエス・グラキアーリス)

 

シロウの背後に停滞していた7本の氷の矢がタカミチを襲う。

 

「!!」

 

直撃に備え体を固めたタカミチは後悔した。7本の矢は一見タカミチ自身を狙っているように見えるが、その実矢が狙っていたのはタカミチの足場。

7本の矢はタカミチの体すれすれを通り抜け砂地を抉る。体を固めてしまった上に体勢を崩したタカミチは完全に無防備。

更に、追い打ちをかけるように頭上に見えるのは束になって一つの大きな魔力の塊となっている10本もの闇の矢。

 

「はは、まいったな」

 

額に汗を浮かべつつ軽口をたたくタカミチ。シロウは勝利を確信した。

しかし───

 

「───左手に「魔力」、右手に「気」」

 

「なに?」

 

浜辺に響く轟音。空へと翔る魔力に似た なにか の閃光。

一瞬にして消えた閃光の発生源を見ると、そこには無傷で頭を掻くタカミチがいた。

 

「いやー危なかった。これは僕の負けかな。これ以上やるとお互い無傷では終われないだろうし」

 

「タカミチ。今のはなんだ」

 

「何って、魔力を放出して君の闇の矢を防いだのさ」

 

「とぼけるな。確かに魔力は感じたが、純粋な魔力だけではあるまい」

 

「あー……やっぱりわかるかい? つい使っちゃったけど、できれば秘密にしておきたいんだ。僕の数少ない切り札だから」

 

タカミチの表情を見るに、からかっているわけではなく本当にバツが悪そうだ。

確かタカミチは魔力と気がどうのと呟いていたはずだ。おそらくはそれによる特殊な技法なのだろう。

そしてあの威力。いくら気が合うとはいえ、ここにきて数か月の人間に来やすく教えることはできないのは頷ける。

 

「まぁ、無理に詮索はしないさ。私も切り札はできるだけ知られたくないからな」

 

「はは、助かるよ。今日はこれで帰るけど、今度時間ができたらその時は改めて手合せ願うよ」

 

「ああ。その時は君の切り札を敗れるモノを用意しておこう」

 

帰るタカミチを見送り掻いた汗をシャワーで流した後、修行を終えたこのかと合流し寮へ帰る。

その途中、ふと刹那の事を思い出しこのかに聞いてみることにした。

 

「そうだこのか。先程刹那の様子が少し変だったんだが、何か知らないか?」

 

「へ、せっちゃんが? ウチと話してる時は普通やったけど」

 

「そうか……」

 

ということは、やはりシロウに対して何か思うことがあるということになる。

 

「ウチがそれとなく聞いておこうか?」

 

「……そうだな。頼んでもいいだろうか」

 

おそらく刹那の様子がおかしいのはネギの弟子入り試験の一件が原因だ。

が、確信が無い上に、もしその件が原因ならばシロウが自ら聞いても答えてはくれないだろう。

 

 

 

 

 

翌日

 

夕飯の買い物を終え寮へ帰る途中、楽しそうに歩くあやかに会う。

 

「こんにちは、衛宮先生」

 

「ああ、こんにちは」

 

「あの、衛宮先生は今週末は空いていまして?」

 

「週末は特に予定は無いが?」

 

「でしたら、衛宮先生も南の島の海へ行きませんこと?」

 

海か。確かに最近は夏も近いせいか気温が上がってきていて、海に行きたくなる気持ちもわかる。

それに 衛宮先生も ということは、他にも誰か行くということになる。

 

「他にも呼んでいるようだが、私も同行していいのか?」

 

「ええ、構いませんわ。一緒に行くのはネギ先生と千鶴さん達ですし、この前付き合っていただいたお礼もかねて是非」

 

そう言われては断る理由が無い。ありがたく厚意に甘えさせてもらおう。

 

「ありがとう、では一緒に行かせてもらうよ」

 

それから数日、あっという間に週末はやってきた。

 

「「海だぁぁぁぁああああーーーーーー!!」」

 

南の島リゾート地、あやかの誘いで南の島に来たのだが……クラスの約半数の生徒達が来ていた。

あやかが千鶴達と言っていたから複数だとは思ったが、まさかこれほどの多人数とは思わなかった。

しかし、それ以上に自家用機でこれほどの人数を旅行へ連れていける雪広財閥の凄さを改めて実感した。

 

「それにしても、この暑い中皆元気だな」

 

みんなが海で遊ぶ中、シロウははパラソルの下で休んでいる。

すると、このかが飲み物をもって近づいてきたので、ありがたく受け取る。

 

「しろう泳がへんの?」

 

「ああ、私は遠慮するよ」

 

海に来たからはしゃいで泳ぐなんて歳でもないし、そもそも泳ぐと言うことは水着になると言うことだ。

肌を露出すれば、この体に刻まれた様々な傷が皆の気分を害しかねない。

それに、無邪気に遊ぶ子供たちをのんびり眺めていられるというのは、シロウにとってはこの上ない幸福なのだ。

 

「む~、あっそうや! せっちゃんに話し聞いてみたえ」

 

「そうか、すまないな。どうだった?」

 

「ん~よう分からんけど、なんかしろうとネギ君が戦った時の事がきになってるみたいや」

 

「やはりそうだったか……さて、どうするか」

 

さすがにずっとこのままと言うわけにもいかない。

自分が招いてしまった種でもあるので私が嫌われる分にはいいが、そのせいで周りにまで迷惑はかけられない。

なにより、刹那がすごし辛くなってはいけない。

 

「ありがとうこのか、今度刹那と話してみるよ」

 

「ん、しろうも気が向いたら一緒に遊ぼうな~」

 

このかは手を振りながら去っていく。

このかが去った後、シロウは辺りを散歩する事にした。

太陽の心地よい暑さを感じながら浜辺を歩いていると、浜辺が騒がしいのに気づく。

 

「どうした?」

 

「サ、サメが襲われてネギ先生を!!」

 

質問に対し意味不明のことを言うあやか。

とりあえず海を見渡すと、ネギが2匹のサメに囲まれていてアスナが海に飛び込むところだった。

 

「ん? 鮫にしては動きがおかしいな?」

 

視力を強化してよく見てみると、鮫から足が生えている。

これは、どうやら脇の茂みに隠れている人物に話を聞いた方がよさそうだ。

 

「和美、どういうことか説明してくれるかね?」

 

「ははは……さすが士郎先生、ばればれか」

 

気まずそうに茂みの中から現れたのは、朝倉和美だった。

どうやらこの間の一件(タカミチにアスナの裸が見られた)からギクシャクしていたネギとアスナを仲直りさせる為の作戦らしい。

ちなみに、サメの中身は古と夏美だそうだ。水の中だというのに古はいい動きをする。

 

「サメなんかーーーーーーー!!」

 

アスナの雄叫びに振返ると、アスナがアーティファクトで海を真っ二つにしてネギを救出していた。

 

「……何だ、あの剣は!?」

 

海を割ったアスナの実力は驚きだが、シロウが一番気になったのはアスナの剣。

解析をしてみて驚いたのは、あの大剣が前に見たハリセンと同一のものだという事。

アスナ自身の能力と同じ魔法を掻き消す事ができる力があるようだ。

あの剣の投影は『全てを救う正義の味方(エミヤ)』と違って可能である。

しかし、あの剣はまるでアスナの為に存在しているかのような剣だ。

 

「バカッ!」

 

ネギを救出後、サメが偽者だという事に気づいたアスナは、泣きながらネギを殴り去っていった。

そんなアスナの後姿を、シロウは唖然と見送る。

 

「アスナ、君はいったい……」

 

 

 

 

 

その後皆で夕食(もちろん料理はシロウ特製のBBQだ)を取り、それぞれ部屋へと向かう。

明け方、シロウは外へ向かう人の気配がしたのでこっそりと後を追うとそこには。

 

「……あんたのこと、守らせてよ」

 

アスナとネギがいた。

 

「私を……アンタのちゃんとしたパートナーとして見て、ネギ」

 

不安げに、けれど真剣に見つめるアスナの眼差しに、ネギはしっかりと頷いた。

 

「フッ……どうやら、ちゃんと仲直りができたようだな」

 

その光景を見てシロウはは2人に気づかれないよう部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

数日後

 

「いかんな」

 

シロウは困っていた。何故ならネギ君の弟子入りテストの一件で、数人の生徒に警戒されてしまっている状況がいまだ続いているからだ。

1人は前から様子がおかしいと思っていた刹那。あとはアスナ、古、楓、真名、のどかに至っては怯えて逃げてしまう。

 

「どうしたものか」

 

今更ながら自分がやりすぎたことに反省するシロウであった。

刹那達をどうするか考えながらも放課後はいつも通り魔法の修行。それに、今日はいつものメンバーに加え、和美、古、夕映、楓や真名まできている。

楓と真名曰く「士郎殿/士郎さんが何をするか分からないから」らしい。相当警戒されてしまっている。

何も状況を良く出来ぬまま、修行を終え夜になった時、ネギが部屋を訪ねてきた。

 

「あのシロウさん」

 

「何かな?」

 

「見てもらいたいものがあるので、ちょっといいですか?」

 

「ここでは駄目なのか?」

 

「はい。アスナさんも一緒に見てもらいたいので」

 

「わかった」

 

いつにも増して真剣な表情のネギに着いていくと、既にアスナが待っていた。

そして、シロウの顔を見るなりあからさまに嫌そうな顔をするアスナ。

 

「士郎にも見せるの?」

 

「はい、その方がいいと思って」

 

「なんのことだ?」

 

2人の言っていることが分からなくて問いかける。

どうやらネギが父親を探すきっかけとなった過去を魔法で見せたいらしい。

 

「何故私に?」

 

「シロウさんには見てほしいんです」

 

先程と同様、真剣な表情のネギ。その表情からは不安と希望の入り混じったような感情が見て取れる。

どんな思惑があるにせよ、ここまで真剣な表情をされては断るわけにはいかない。

 

「わかった」

 

カモが床に魔法陣を描き、ネギが意識をシンクロさせる魔法を使う。

アスナはネギと額を合わせ、私シロウが2人の肩に手を乗せ目を瞑る。

すると、魔法陣輝きだし、目を開けた時には景色が変わり雪の降る町へ立っていた。

 

「ちょっ!? なんで私裸っ!!」

 

((すいません、そーゆーものなんですよ))

 

慌てて手で体を隠すアスナに、天からネギの声が響く。

どうやらここがネギの記憶の中と言うことらしい。

 

「じゃあなんで士郎は服着て……あんたホントに士郎?」

 

アスナに言われて自分の姿を確認すると、身長は伸び、体は黒いボディアーマーと聖骸布に包まれている。

つまり、英霊エミヤとしての姿だった。

 

「これは……そうか」

 

今ここにいるシロウとアスナはネギの意識の中にいる魂だけの精神体。

魂が服など着ているわけもなく、アスナは裸に。そして、シロウは既に英霊エミヤという姿に魂は固定されているが故、元の姿に戻ることになった。

 

「ねぇ! ちょっと聞いてんの?」

 

「ああ、すまない。何故こうなったかは説明できんが、正真正銘私はエミヤシロウだよ」

 

アスナは未だにブツブツと文句を言っているが、そんなことはお構いなしにネギは自分の過去を話しだす。

ネギの姉であるネカネや幼馴染のアーニャと過ごした日々。

ピンチになったら現れる正義の味方(ナギ)の存在を信じて、色々と無茶な事をやっているネギ。

その光景はまるで切嗣と暮らし始めた頃の衛宮士郎そのものだった。切嗣の様になる為、町中を駆け回り人助けをした。

 

「……(やれやれ、完全に忘れてしまったと思ったのだがな)」

 

この世界に来てからというもの、磨耗していた記憶を思い出すことが多い。

霊長の抑止力(アラヤ)から切り離されたが故なのか、それともこの世界での生活がそうさせるのか……。

 

釣りをしていたネギはネカネが帰ってくる事を思い出し村へ向かう。

すると、村は火に包まれていた。

 

「「なっ!?」」

 

その光景にシロウとアスナは思わず声を上げる。ボロボロに崩れて燃えている家。何者かに石化させられた村人達。これではまるで第四次聖杯戦争が原因で起きた大火災の様ではないか。

そんな中、小さなネギはネカネを探し炎を海を駆け回る。そんな少年の行く手を阻んだのは、漆黒の異形の存在。

 

「魔族だと!?」

 

突然現れた魔族に襲われるネギ。魔族の拳がネギ君に当たる寸前───1人の男が魔族の拳を止めた。

男は体術と魔法で次々と魔族を倒していく、ネギはその光景に逃げ出してしまう。

その記憶に引きずられ、シロウとアスナも男から離れていく。

 

「ネギっ、危ないわよ!」

 

届かないと分かっていながらも思わず声を出してしまうアスナ。

逃げた先でまたも魔族に教われそうになるネギは、ネカネと老人(スタン)が魔族を封印する事によって助けるが、老人は完全に石化してしまいネカネも足が石化して気絶してしまう。

そこに先程の男が現れ、ネギとネカネをつれて村を離れた。

 

「すまない……来るのが遅すぎた」

 

謝罪する男にネギは杖を構えた。その体は恐怖と不安に震え、目には涙が溜まっているにもかかわらず。

そう、まるで動けない姉を守るように。

 

「お前がネギか」

 

男はネギに近づいてくる。しかし、その姿に敵は全く感じられなかった。

むしろ暖かな雰囲気まで漂わせ、しゃがみこんでネギの頭をなでる。

 

「お姉ちゃんを守っているつもりか? 大きくなったな……そうだ、こいつをやろう」

 

そう言って男はネギに自分の形見だといって杖を渡す。

 

「そうか……この男がネギ君の」

 

たぶんこの男がネギの父親。千の呪文の男とよばれるサウザンド・マスターなのだろう。

 

「悪いな、お前には何にもしてやれなくて。こんなこと言えた義理じゃねぇが……元気に育て、幸せにな!」

 

その言葉を残し千の呪文の男(サウザンド・マスター)は消えてしまった。

その後ネギは魔法使いの町へ移り、魔法学校で勉強を重ね今に至る。

魔法が解除され景色が薄れゆく中、最後にネギは言った。

 

「あの出来事は 危険(ピンチ)になったらお父さんが助けに来てくれる」 なんて思った、僕への天罰なんじゃないかって……」

 

「……それは違うぞ、ネギ君」

 

シロウはネギが自分に似ているとは思っていたが、まさかここまで似通っているとは思っていなかった。

それ故にわかってしまった。おそらくネギには何を言っても無駄だ。あの頃のシロウが、周りから何を言われてもその理想を変えなかったように。

もしもネギの考え方を変えられる可能性があるとすれば、それは───

 

「「うう~(泣)」」

 

ふと気づくと別荘に来ていた全員がその場にいた。

泣いている輪の中の中心人物、のどかの手には彼女のアーティファクトが。

 

「アーティファクト「いどのえにっき」か」

 

つまり皆でネギの過去を見ていたということか。だが、みんながここに集まっているなら都合がいい。

皆がネギ君の周りに群がる中、ネギの過去を見たせいか珍しく目に薄っすらと涙を浮かべているエヴァに声をかける。

 

「エヴァ」

 

「なんだ?」

 

「私の過去を皆に見せる事はできるか?」

 

「貴様の過去だと!?」

 

私の発言に驚くエヴァ。

しかし、その表情は見るいるうちに真剣なものに変わる。

 

「できるが……いいのか」

 

「ああ、ちょうどいい機会だ。全てを話そう」

 

エヴァはカモの描いた魔法陣を基点とし、更に大きな魔法陣を描く。

そして、その魔法陣の上に皆を立たせ、シロウの周りを囲むように手を繋がせる。

 

「これから私の過去を見せるが、ネギ君の過去以上に酷い光景が映る事もあるだろう。見たくなければ部屋に戻ってくれ」

 

忠告はしたが誰も戻る気配は無い、皆了承と言う事だろう。

 

「……わかった。では頼むエヴァ」

 

エヴァが先程のネギと同じ魔法の強化版を発動させ────景色はあの忌まわしき大火災へと変わった。

 

 

 

 




久々すぎてキャラたちの性格がぶれてないかとても心配です。
次回はシロウの過去ですかねぇ……たぶん長くなるんで、2話か3話くらいかかると思いますが。
それでは磁界をお楽しみに……してくれる人いるんですかね?


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エミヤの過去 《前》

奇跡の連続更新。
とりあえず、今はノッテいるという事と、来週の月曜まではわりと暇なので良いペースで投稿できるのではないかと。


 

辺り一面は火と瓦礫で埋め尽くされ、空には黒い太陽が昇っている。

 

「なん……だ、これは」

 

この世のものとは思えない光景に唖然とするエヴァ。他の者達も皆唖然とした表情をしている。

 

「これは私が住んでいた町で行われた魔術の儀式によって起きた大災害だ」

 

荒れ果てた世界にシロウの声が響く。

 

「儀式の名は『聖杯戦争』。七人の魔術師と七騎のサーヴァント……使い魔によって、どんな願いでも叶う万能の釜を巡る───殺し合いだ」

 

「魔術師?」

 

魔法使い ではなく 魔術師 と言った事に対しこのかが疑問を浮かべる。

 

「今まで黙っていたが、私はこの世界の人間ではない。こことよく似た違う世界、平行世界から来たのだ」

 

魔術師達の殺し合いというだけでも驚きなのに、シロウの違う世界から来た宣言に皆更に驚愕する。

 

「私がどういう経緯でこの世界に来たか気になるだろうが、それは見ていればいずれわかる」

 

シロウがそう話していると、火の中を1人の少年が力無くこちらへ歩いてくる。

少年はネギたちの傍まで来ると、力なくその場に倒れこんでしまった。

 

「君! しっかりして!」

 

ネギは少年を抱き起そうとするが、その手はすり抜け空を切る。

そこへ、よれよれのコートを着た男がやってきて、少年を抱え上げた。

 

「……生きてる……良かった」

 

そう呟いた男は少年を抱きしめ。

 

「ありがとう」

 

泣きながら礼を言った。

その瞬間景色が白い部屋、病室へと変わる。

 

「何故急に景色が変わる?」

 

いきなり場所が変わった事に対してエヴァが怪訝そうな顔をする。

 

「あの少年は私だからな。私の意識が途絶えたから場面も飛んだのだろう」

 

「は? 貴様があのガキだと?」

 

「そうだが? まさか君は私が生まれたときからこの姿だったとでも?」

 

「いや、髪の色も肌の色も違うだろう」

 

エヴァの発言に同意するように皆が頷く。確かにもっともな意見だ。

しかし、いちいち質問に答えていては先へ進めない。

 

「それもいずれわかる。全てが終わった後まだ聞きたい事があれば答えよう」

 

 

 

 

エヴァがシロウと話している間に、病室には先ほど士郎を助けた黒いよれよれのコートを着た男が入ってきていた。

 

「やあ、君が士郎君だね? 突然だけど、孤児院に入れられるのと知らないおじさんに引き取られるの、どっちがいい?」

 

シロウは起きたばかりで ぼー っとしていたがこの男が自分を助けてくれたという事は覚えていた。

だから孤児院に入れられるくらいならばこの男についていこうと思った。

 

「よし、じゃあ行こうか……そうだ、その前に一つ言っておく事があるんだ」

 

士郎の手を引く男はこちらへ振り返り言った。

 

「僕はね、魔法使いなんだ」

 

 

この日、■■士郎は衛宮士郎になった。

 

 

それからは平凡……とはいえないが、楽しい日々が始まった。

毎日のように家に来ては騒ぎを起こす、姉のような存在の藤村大河。

切嗣は料理をしないうえに、大河も料理の腕が絶望的なので士郎の料理の腕はどんどん上がる。

家を度々空ける切嗣だが、家にいる時は士郎を鍛えた。

そして、何度も頼みやっと教えてくれるようになった魔術の修行。

士郎にとってはかけがえの無い日々だった。だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 

「僕はね、子供の頃……正義の味方に憧れてた」

 

ある日、切嗣と共に縁側で涼んでいると切嗣が自分の夢を語りだした。

その顔はどこか悲しげで、なにか諦めたようで。

自分にとって正義の味方(ヒーロー)である切嗣の言葉に、士郎は少しむきになる。

 

「なりたかったって、諦めたのかよ」

 

「うん……正義の味方(ヒーロー)は期間限定でね。大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

 

「そっか、それじゃしょうがないな」

 

「ああ……本当にしょうがない」

 

でも、士郎は切嗣に助けられた時、彼が本当の正義の味方に見えていた。

自分を抱えた時の切嗣の笑顔を見て、自分もあんな笑顔をしてみたいと思った。

だから───

 

「しょうがないから、俺が代わりになってやるよ」

 

自然とそんな言葉が出た。

 

「安心しろって、爺さんの夢は俺が───」

 

その言葉を聞いた切嗣は、一瞬驚いたような顔を見せたあと目を瞑る。

 

「ああ、安心した」

 

この日、衛宮切嗣は静かに息を引き取った。その顔はとても穏やかだった……

 

それから数年の月日が経ち衛宮士郎は高校生となる。

ある日の放課後、士郎は悪友の間桐慎二に頼まれ、かつて自分が所属していた弓道部の掃除をしていた。

掃除に夢中になりすぎて日が暮れ、辺りが暗くなった頃、校庭の方から金属がぶつかり合うような音が聞こえた。

 

「なんだ?」

 

疑問に思った士郎は校庭へと向かう。すると、そこには信じられない光景が映っていた。

赤い騎士と青い戦士が互いに双剣と槍を持ち、目にも止まらぬ攻防を繰り広げていた。

 

 

 

 

「あれ? ねえ士郎、あそこにいる赤いヤツ、さっきネギの記憶見た時のアンタと同じ格好してない?」

 

「そういえば、しろうに似てるな~」

 

双剣を手に戦う赤い騎士、アーチャーを指差し言うアスナ。

アスナ言葉にこのかもアチャーとシロウが似ている事を不思議に思う。

 

「どういうことだ、シロウ?」

 

「そうだな、アレは私であって私ではない」

 

「意味がわからないぞ?」

 

「もったいぶるようですまないが、今の段階で私はそこにいる小僧だ。ヤツの事もいずれわかる」

 

皆は不満げだが、シロウは気にせず進める。

 

 

 

 

 

「あれは、人間じゃない……」

 

校庭で戦っている2人は、未熟な士郎でもわかるほどの魔力を放っている。

士郎はこの場にいてはまずいと直感し引き返そうとしたが、うかつにも木の枝を踏んで音を立ててしまった。

 

「誰だ!」

 

気づかれた! そう感じた瞬間士郎は走り出していた。

無我夢中で、呼吸すら忘れて。

 

「な、なんなんだ、いったい」

 

「よぉ、ずいぶん遠くまで逃げたじゃねえか」

 

逃げ切れたと思ったのも束の間、目の前には青い槍兵が立っていた。

逃げられない。そう感じたのもつかの間、紅い槍に心臓を貫かれ意識が失われていく。

そんな中誰かが近寄ってくる足音と、どこかで聞いたような声が聞こえた。

 

「っ、何でアンタが……やめてよね」

 

何か暖かな力を感じる。力のはいらなかった体に熱が篭る。

胸の痛みは次第に消えてゆき、気がつくと胸の傷は塞がり、廊下に座り込んでいた。

 

「帰らなくちゃ」

 

朦朧とした意識の中、無意識に近くにあった赤い宝石のペンダントをポケットに入れ家へと帰った。

家へ帰ってしばらくすると、瓦が割れたような切嗣の張った外敵進入の警報がなった。

士郎は大河の持ってきたポスターを強化し構える。突如現れた青い槍兵の奇襲は防いだものの、二撃目は防ぐことが敵わず外へと蹴り飛ばされ、土蔵の中まで追いつめられる。

 

「なかなか楽しめたぜ、もしかしたらお前が七人目だったのかもな」

 

槍兵に槍を向けられた士郎が思ったことはただ一つ「死ねない」。

自分ははまだ誰も救えてない。正義の味方になっていない。

そう思った瞬間、床には魔方陣が浮かび上がり、一迅の風と共に槍兵が土蔵の外へ吹き飛ばされた。

目も眩むような風が落ち着き、現れたのはとても美しい金髪の少女だった。

 

「サーヴァント セイバー、召喚に従い参上した───問おう、貴方が私のマスターか?」

 

声が出なかった。突然の出来事に混乱していたのだろうか。

いや、そうじゃなかった……ただ目の前の少女に、そのあまりの美しさに言葉を失っていた。

 

セイバーと名乗る少女は先程の槍兵、ランサーを負傷しながらも迎撃した。

そして、すぐさま新たな敵の存在に気づき塀を越えて外へ向かう。あわてて後を追った士郎が見たものは赤い少女に斬りかかろうとするセイバーの姿。それを士郎は叫んで止める。

 

「止めろ、セイバー!」

 

士郎の叫びにセイバーは不服そうにしながらも、なんとか動きを止めてくれた。

安堵しつつも赤い少女に視線を向けると、そこにはよく知る人物がいた。

 

「お、お前は遠坂!?」

 

「こんばんは、衛宮君」

 

そう。彼女こそ士郎の通う学園のアイドル遠坂凛。なんと彼女も魔術師で、学校でランサーと戦っていた騎士は彼女のサーヴァントだそうだ。

その後、遠坂とセイバーにより聖杯戦争の説明をされ、監督役である言峰奇礼のいる言峰協会へ向かった。

教会に着き言峰と話をする中、士郎はこの戦い『聖杯戦争』を戦い抜くことを誓う。

教会からの帰り道、黒い巨人を従えた白い少女と遭遇した。

 

「こんばんはお兄ちゃん、こうして会うのは二度目だね」

 

「やばっ、桁違いだアレ」

 

白い少女の後ろに控える巨人、バーサーカーを見て凛が絶句する。

白い少女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは巨人の名をギリシャ神話の豪傑ヘラクレスだと言った。

神話や伝説に詳しくない士郎でも知っているような大英雄である。

 

「やっちゃえ! バーサーカー!」

 

イリヤの声に反応しバーサーカーは動き出す。

迫り来るバーサーカーの一撃をセイバーが不可視の剣で受け止めるも吹き飛ばされてしまい、アーチャーと凛の援護も空しく、セイバーは怪我を負ってしまう。

そんな彼女を助ける為、士郎は信じられない行動に出た。

 

「このぉぉぉぉおおおお!!!」

 

士郎はバーサーカーの斧剣からセイバーを救うべく、彼女を突き飛ばしあろうことか斧剣の一撃を受ける。

体が抉り取られてしまい意識を失った士郎は、気がつくと自分の部屋だった。

体には包帯が巻かれ治療が施されている。居間へ降りると凛とセイバーに説教され、その後昨夜の事を教えてもらった。

 

どうやら士郎の体は自然に治ったらしい。

凛は不完全な召喚によりセイバーの回復力が流れているのではないか? と言っていたが本当にそうなのだろうか?

 

「士郎、私と同盟を組みなさい」

 

話し合いの末、バーサーカーを倒すまでは凛と同盟を組む事になった。

同盟を組んだ次の日、学校へ行くと学校は得体の知れない結界に包まれていた。その結界を張ったのはライダーで、放課後マスターである慎二に同盟を組まないか?と言われるが士郎はその提案を拒否する。

 

夜になりセイバーがいないことに気づいた士郎は、凛が怪しいといっていた柳洞寺へと向かう。

そこではセイバーとアサシンが激しい剣戟を繰り広げていた。

しかし、セイバーは宝具を開放しかけたせいで倒れてしまい、責任を感じた士郎はセイバーの負担を少しでも減らす為、セイバーに剣の稽古を頼む。

翌日から士郎は学校を休み、午前中はセイバーと剣の鍛錬、午後は凛による魔術の指導が行われた。

 

数日後、間桐慎二に電話で呼び出され学校へ行くと学校に張り巡らされた結界が発動し、学校に来ていた人達は皆倒れ廊下には平然とした慎二とライダーが立っていた。

 

「慎二、お前!」

 

「怒るなよ衛宮。僕たちは魔術師なんだ、自身の魔力が足りなきゃ他から持ってくるのは当然だろ」

 

士郎は令呪でセイバーを呼び、何とかライダー達を退かせる事ができた。

しかし、被害は多く慎二を野放しにしておくのは危険だと判断した士郎はセイバーと共にライダー撃退を決意する。

夜の新都ビルでライダーと遭遇、屋上へ向かったセイバーを追い士郎も屋上へ向かう。そこで目にしたものは白き天馬に跨るライダーと黄金に輝く剣を構えたセイバーの姿だった。

 

「あれは……黄金の剣?」

 

黄金に輝く聖剣と呼ぶに相応しい剣。その剣の美しさに士郎は惹かれ目が離せなかった。

何故だろう。体がひどく熱い。

ライダーの宝具は間違いなく必殺の威力をもっている。だというのに、セイバーの剣からはそれすらたやすく打ち砕く輝きを感じる。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!!!』

 

自らの宝具の真名を開放し白い流星となって突っ込んでくるライダー。

対してセイバーは微動だにせず黄金の剣を振りかぶると剣がさらに輝きを増す。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!』

 

真名開放と共に放たれた黄金の光が白き流星を飲み込み、夜空を照らす。

その一撃によりライダーは消滅した。

しかし───

 

「セイバー!?」

 

魔力を大量に消費したセイバーは意識を保てずその場に倒れてしまう。

凛に見てもらったあと、とりあえずセイバーを寝かせ様子を見る事になった。

その夜、士郎は不思議な夢を見る。岩に刺さった剣を引き抜き、アーサー王となったセイバーを。

そして、セイバーの持つエクスカリバーとは違う美しい剣を。

 

「いい、衛宮君。落ち着いて聞きなさい……このままだと、セイバーはいずれ消えるわ」

 

翌日、セイバーがこのままでは消えてしまうと凛に言われ、今後どうするか悩みながらも買い物へ出た。

その帰りに士郎は公園でいつぞやの少女イリヤと出会う。以前とはあまりのも雰囲気の違うイリヤに警戒を解いてしまった士郎は、アインツベルンの城へと連れ去られてしまうのであった。

捉えられた士郎は1人になった時を見計らって拘束を解く。すると、凛とアーチャー、そして、動けないはずのセイバーまでも助けに来ていた。

イリヤが気づく前に逃げようとするが出口付近で待ち伏せていたイリヤに見つかってしまう。

今のセイバーでは満足に武装することもできない。勝機もなく、逃げることすら敵わない絶望的な状況で凛は覚悟を決めた。

 

「アーチャー聞こえる? 少しでいいわ、1人でアイツを足止めして」

 

以前、万全のセイバーとアーチャーの2人掛かりですら傷を負わ出ることができなかったというのに、アーチャー1人で足止めなど無謀すぎる。

そう、早い話が凛は自らのサーヴァントに向かって死ねと言った。自身の聖杯戦争を諦めたのだ。

 

「遠坂!?」

 

「ばかな!? 正気ですか凛! アーチャー1人ではバーサーカーには敵わない!」

 

セイバーも無茶だと思ったのかあわてたように言う。

しかし、自らのマスターに死刑宣告をされた当の本人は、顔色一つ変えず凛たちを庇うように一歩前へ出た。

 

「賢明な判断だ。凛達が先に逃げてくれれば私も逃げられる。単独行動は、弓兵の得意分野だからな」

 

凛は自分が酷い事を頼んだのを悔いているのか目を伏せていた。

それはそうだろう。たった数日とはいえ、命を預けたパートナーを自分は裏切ったのだから。

 

「アーチャー……私」

 

「ところで凛、一つ確認していいかな?」

 

凛が謝罪の言葉をかけようとした時、アーチャーがそれを止めた。

 

「……いいわ、何?」

 

凛は自分が非難される事も覚悟していた。どんな罵詈雑言でも甘んじて受ける気でいた。

しかし、アーチャーから出たのは予想外の言葉だった。

 

「ああ、時間を稼ぐのはいいが─────別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

あまりにもいつもと変わらない、いやむしろいつも以上に自信に満ちたアーチャーの声に一瞬呆ける凛だが、すぐに笑みを浮かべる。

そうだ、何を自分は諦めていたのだろう。初めて会った日、彼は言ったではないか。

遠坂凛は最高のマスターだと。そのマスターが召喚した自分が最強でないはずがないと。

その彼が、バーサーカーを倒すといった。ならば彼を信じよう。

たとえそれが───彼の不器用な嘘だったとしても。

 

「ええ、遠慮はいらないわ! ガツンと痛い目にあわせてやって、アーチャー!」

 

「そうか。では、期待に応えるとしよう」

 

そうと決まれば凛の行動は速かった。すぐさま出口へ向かって走っていく。

士郎もセイバーと凛の後を追うが、アーチャーに呼び止められ振り返る。

 

「いいか。お前は戦う者ではなく、生み出す者に過ぎん。余分な事など考えるな。お前に出来ることは一つだけろう? ならば、その一つを極めてみろ」

 

アーチャーの言葉は何故か士郎の胸に強く響く。

 

「忘れるな。イメージするものは常に最強の自分だ。外敵など要らぬ。お前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない」

 

そう言ってアーチャーは天井を崩し出口を塞いだ。

最後に見えたのは、黒き巨人を前に威風堂々と立ち塞がる赤い騎士の背中だった。

 

士郎、セイバー、凛の3人はひたすら森の中を走る。しばらくすると凛が急に立ち止まる。

袖をまくった凛の腕から令呪が消滅した。つまりそれは……

 

「遠坂……まさか」

 

「イリヤスフィールはすぐに追ってくるわ、急ぎましょう」

 

感情を押し殺したような声で言う凛。だがその手はわずかに震えている。

 

「あいつらに殺されるような事があったら、許さないからね」

 

凛は再び走り出す、士郎とセイバーは何も言わずすぐに後を追った。

アインツベルンの城からだいぶ離れた場所で小さな小屋を見つけそこで休む事にする。

凛の提案によりバーサーカーをここで倒す事になったのだが、それにはセイバーの回復が必要不可欠である。

その為、士郎はセイバーとラインを繋ぐ事になった。

 

 

 

いきなり景色が白くなり、エヴァを始め何人かが不満の声を上げる。

 

「おい、どういうことだ」

 

「エヴァよ、君ならば魔術を使うものがラインを結ぶ為にどうするか、予想がつくのではないかね?」

 

私の言葉に何か思い当たる事があったのか、納得のいった顔をした後あきれ顔に変わる。

 

「つまりガキどもには刺激が強すぎると?」

 

何を今さら、とあきれるエヴァを見てこのか達は疑問符を浮かべていた。

確かに今さらだが、極端な話同じ18禁でも猟奇的なものと性的なものではベクトルが違うのだ。

 

「これでも今は一応麻帆良の教員なのでね」

 

「ハッ、教師の鑑だな貴様は」

 

若干ばかにしたようなエヴァの言葉を最後に、再びシロウの記憶へと戻る。

 

 

 

無事に士郎とラインが繋がり、セイバーは宝具の使用こそ危険だが通常戦闘が可能になるまで回復した。

日が昇りきった頃現れたイリヤとバーサーカー。セイバーが攻撃した隙を突いて凛がバーサーカーの頭を吹き飛ばす。その一撃は確実にバーサーカーの命を奪った。

士郎達が勝利したと思った瞬間、凛がバーサーカーの腕に捕まる。

そう、これこそがバーサーカー、ヘラクレスの宝具『十二の試練(ゴッドハンド)』の能力

生前の十二の苦行を遂げたという伝説により十二個の命、すなわち十一個の命のストックがあるのだ。

 

「あぐっ!? う、うぅ……」

 

「凛! ……已むを得ません」

 

「駄目だ! 使うなセイバー!!」

 

苦しむ凛を見てセイバーは宝具を使おうとするが、士郎の令呪によって発動を止められる。

もうこれしか手が無い。というセイバーに背を向けた士郎は、バーサーカーの前に立ちはだかりアーチャーの言葉を思い出す。

 

《現実で勝てないのなら想像の中で勝て。自身が勝てないのなら勝てるものを幻想しろ》

 

「セイバーは宝具が使えない。なら、俺が勝てるものを用意してやる!!」

 

難しい筈はない。

不可能な事でもない。

もとよりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路――――!

 

「うぉぉぉぉおおおおお!!」

 

士郎の手にぼんやりと現れたのは夢で見たセイバーの剣。

その剣は不完全ながらもバーサーカーの腕を切断すると、役目を終え砕け散ってしまった。

 

「もう一度だ!」

 

砕けないはずの剣が砕けたのは想定に綻びがあったからだ。

 

「───投影(トレース)開始(オン)

 

創造の理念を鑑定し。

 

基本となる骨子を想定し。

 

構成された材質を複製し。

 

製作に及ぶ技術を模倣し。

 

成長に至る経験に共感し。

 

蓄積された年月を再現し。

 

あらゆる工程を凌駕し尽くし。

 

「ここに、幻想を結び剣と為す――――――――――!」

 

「あれは……私の……」

 

士郎の手に現れた、エクスカリバーとは違う黄金の剣にセイバーは声を漏らす。

剣の投影は完了したが、士郎には投影した剣を扱う技量が無い為バーサーカーに吹き飛ばされてしまう。

 

「シロウ、手を」

 

倒れる士郎にセイバーは近づき、共に剣を握る。

 

「はぁぁぁぁああああ!!!」

 

黄金色に輝く剣はバーサーカーの剣を砕きその体を貫き、しばしの静寂が訪れた。

静止して数十秒。今まで一度も喋る事の無かったバーサーカーが口を開く。

 

「それが貴様の剣か、セイバー」

 

「これは、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)……王を選定する岩の剣。永遠に失われた私の剣。ですが―――」

 

「今のは貴様の剣ではなかろう。ソレはその男が作り上げた幻想に過ぎん」

 

そう、バーサーカーが指摘した通りこの勝利すべき黄金の剣(カリバーン)は士郎の投影品。

だが、セイバーにはこの剣が偽物だとは思えなかった。

 

「所詮はまがい物。二度とは存在せぬ剣だ。だが、しかし―――」

 

バーサーカーは一度言葉を区切り、口元に小さな笑みを作る。

 

「―――その幻想も侮れぬ。よもやただの一撃で、この身を七度滅ぼすとはな」

 

まるで、士郎を称えるかのように満足げにバーサーカーは消滅した。

 

その後、戦う意志の無いイリヤを衛宮邸に置く事になる。

ある日、士郎はまたセイバーの夢を見た。1人の人としてでは無く国を守る王として生きるセイバーの夢を。

そのことをセイバーに尋ねると、セイバーは自らの事を語りだした。どうやらセイバーはまだ完全に英霊となっているのでは無く、聖杯を手に入れる為、死の直前に英霊となったらしい。

そして、士郎は己の為ではなく、国の為に聖杯を使うと言うセイバーに怒りを覚える。

士郎とセイバーの間の小さな亀裂は癒えぬまま、士郎達はキャスターの襲撃を受けピンチに陥るも突如現れた黄金の鎧を纏ったサーヴァントによってキャスターは倒された。

 

翌日、士郎はセイバーにもっと自分を大切にしてもらう為、聖杯戦争とは関係なく、ただ楽しむという目的でセイバーをデートに誘う。

新都を色々と周り、夕方頃、士郎は自分の考えをセイバーに伝えた。

 

「たとえどんなに惨い結末だろうと、起きてしまった事を変える事なんてできない。だから、セイバーには自分の為に今を生きてほしい」

 

「思いあがらないでほしい! 貴方程度の人間に、私の何がわかると言うのです!! 自分の為に生きてほしい? それを貴方に言われたくは無い!!」

 

士郎は言葉を返すことができなかった。

セイバーには自分自身の為に生きて欲しい。そう願って言った士郎の言葉はセイバーには届かなかった。

唖然とする士郎にセイバーは言葉を続ける。

 

「自身の命の重みも知らない愚か者が、よくもそんな事を言えたものです……シロウなら、解ってくれると思っていた」

 

茫然自失の士郎は、セイバーを1人残し家へ帰った。

だが、夜になっても帰ってこないセイバーが心配になり探しに行くと、セイバーはまだ橋の上にただずんでいた。

 

「セイバー、お前」

 

「あ……シロウ」

 

「まだ、ここにいたのか」

 

「はい……シロウに見放されて、これからどうしようかと」

 

淡々と述べるセイバーがとても孤独で、いつの間にか消えてしまいそうな気がして。

士郎は思わずセイバーの手を強引に引き、歩き出した。

 

「シ、シロウ?」

 

「言っとくけど、俺は絶対に謝らないからな」

 

返事はない。けれど、そんな士郎の手をセイバーはしっかりと握り返してくれた。

 

家に帰る途中、士郎とセイバーは黄金のサーヴァントと遭遇する。

自らを最古の英雄王ギルガメッシュと名乗ったサーヴァントの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』により士郎は傷つきセイバーも圧されてしまう。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を使うも、ギルガメッシュの『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』によってセイバーは瀕死の重傷を負う。

 

「シ……ロウ。貴方だけでも、逃げ……て」

 

死んでいると思った。そう思ってしまったほど、セイバーはズタズタだった。

それでも士郎を逃がそうとするセイバー。その姿を見て士郎は立ち上がる。

 

「俺は……俺には、セイバー以上に欲しいものなんて無い!!」

 

「ほう? よく立った。で、どうするのだ?」

 

ギルガメッシュは再び乖離剣エアを構える。

 

「失せろ、英雄王!」

 

痛む体に活を入れ、力の限り虚勢を張る。

自分では目の前の英雄には敵わない。そんなことは初めからわかっている。

 

《イメージするものは常に最強の自分だ》

 

士郎は魔術回路に魔力を通し、アーチャーの言葉を思い出す。

 

「イメージしろ!!!」

 

無我夢中で士郎が投影した物により、ギルガメッシュの『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』は跳ね返される。ギルガメッシュは鎧に傷がついたのが気に食わなかったのかその場を去っていった。

出血による貧血と、魔力切れによりふらつく士郎。そんな士郎をセイバーは抱きとめた。

 

「─────やっと気づいた。シロウは、私の鞘だったのですね」

 

次の日、士郎はギルガメッシュの事を言峰に報告する為言峰教会へ向かう。

そこで士郎が見たものは十年前の大火災での生き残りの人達が生きて……いや、生かされている姿だった。

唖然とする中、現れたランサーに胸を刺され意識を失う。しばらくして言峰に起こされ、視界にはセイバーの姿が。どうやら助けに来てくれたらしい。

朦朧とする意識の中、言峰がまるで傷口を広げるかのように十年前の日を思い出させ問いかけてくる。

 

「十年前のあの出来事を無かった事にできるなら、またやり直せるならお前は聖杯を欲するだろう?」

 

言峰は言った「お前が望むのなら聖杯を与えよう」と。セイバーは思った、士郎ならきっとやり直しを望むだろうと。士郎にはその権利があるだろうと。

だが胸を穿たれ、心の傷を抉られて尚、士郎から出たのは拒絶の言葉だった。

 

「いらない、そんな事は望めない」

 

士郎から出た言葉にセイバーは驚き、言峰は落胆した。

 

「……そうだ。やりなおしなんかできない。 死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みなんて持てない 」

 

「それを可能とするのが聖杯だ。万物全て、君の望むままとなる」

 

「その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じている」

 

言峰の言葉を聞いても士郎は意見を変えない。悪魔の囁きを、確かな意思をもって跳ね除ける。

 

「そうか。つまり、おまえは」

 

「聖杯なんて要らない。俺は、置き去りにしてきた物の為にも、自分を曲げる事なんて出来ない」

 

セイバーは信じられなかった。士郎は自分と同じだと、聖杯を使ってやり直しを願うと思っていた。

でも違った、士郎は自分よりもずっと強かったのだ。

 

言峰はもう士郎には興味が無いといったようセイバーへと士郎を突き飛ばした。

言峰はセイバーに言った「マスターを殺せばお前に聖杯を与えよう」と。

だが、セイバーの心にもう迷いはなかった。

 

「聖杯は欲しい。けれど、シロウは殺せない」

 

剣を言峰に向けて、偽りのない心で言った。

 

「な───に?」

 

「判らぬか下郎。そのような物より、私はシロウが欲しいと言ったのだ」

 

その言葉により、さらに落胆した言峰はギルガメッシュとランサーに士郎達を殺すよう命じ、教会を出て行った。

ギルガメッシュとランサーは武器を構える。士郎は意識を保つのが精一杯なうえ、相手は2人。

この絶望的な状況を救ったのは、思いもよらぬ人物。ランサーだった。

 

「気が変わった。降ろさせて貰うぜ」

 

「ランサー、貴方は……」

 

「勘違いするな。貴様に肩入れしているわけじゃねぇ」

 

セイバーに対し、心底うんざりというランサー。

彼はいつもそうだった。たとえ相手が仇でも、気に入れば酒を飲みかわし。たとえ相手が親友でも、理由があれば殺し合う。自らの信条を尊重し動く彼だからこそ。

 

「俺は、俺の信条に肩入れしているだけだ!! 」

 

この状況に異を唱え。主の命に逆らった。

ランサーの厚意を無碍にしない為に、士郎とセイバーは言峰教会を後にする。

体内にあるエクスカリバーの鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』によって士郎の傷を癒し家へ帰ると

部屋は荒され、血まみれになって壁に寄りかかる凛の姿が。

 

「やっと帰ってきた。……あとちょっと遅かったら、寝ちゃうとこだったわよ」

 

教会から出て行った言峰は衛宮邸へ向かいイリヤを連れ去ったらしい。

遠坂の手当てをしている時、一つのアゾット剣を渡される。

その後士郎は最終決戦に向けセイバーに鞘を返し、凛のアゾット剣を持って言峰とギルガメッシュの待つ柳洞寺へと向かった。

士郎とセイバーはお互い言峰、ギルガメッシュとそれぞれ対峙する。

 

「よくきたな、衛宮士郎。最後まで残った、ただ1人のマスターよ」

 

笑う言峰の背後ではイリヤが黒い穴の前で磔にされている。

 

「さあ、私を止めたくば命を懸けろ。あるいはこの身に届くやもしれん」

 

言峰の言葉を合図に、穴からあふれ出す泥は蛇のような動きで士郎を襲う。

士郎が紙一重でかわすと、先程立っていた地面が腐敗していた。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

士郎はアーチャーの使っていた夫婦剣、干将・莫耶を投影し蠢く泥を斬って進む。

だが、完璧ではない投影の干将・莫耶は数度泥を斬ると壊れてしまい、その隙を突かれ言峰の泥に飲み込まれる。

 

死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し死死死

死し死死し死死し死死死し死死死し死死死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し

死死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し死

死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死死死し死死し死死し死死死し死死死し死死死し死

 

頭には強制的に圧倒的な死のイメージが流れ込んでくる。

 

「切嗣は……こんなものに十年間耐え続けてきたのか!?」

 

この世全ての悪(アンリマユ)による呪で意識が薄れていく中一筋の光を見る。

 

「あ……れは」

 

体に魔力を通し思い浮かべるのは、彼女が夢見た理想郷。

何物にも穢されぬ光。その名は───

 

『───全て遠き理想郷(アヴァロン)!!!』

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)の光によってこの世全ての悪(アンリマユ)の泥は弾かれる。

そのことに驚愕する言峰。

 

「宝具の投影!? 貴様、何者だ!」

 

狼狽える言峰の隙をついて、凛から託されたアゾット剣を片手に突っ込む士郎。

 

「言峰奇礼ぇぇぇえええええ!!」

 

襲いかかる泥を避けた士郎は、言峰の心臓にアゾット剣を突き刺し。

 

「"Läßt"!!!」

 

アゾット剣の宝石部分に溜まった魔力を開放する。それにより言峰は絶命しこの世全ての悪(アンリマユ)の泥に飲み込まれた。

イリヤを救いだした士郎は、ギルガメッシュを倒したセイバーと合流する。

後はこの泥の原因である汚れた聖杯を破壊するだけだ。

 

「セイバー、その責務を果たしてくれ」

 

令呪により『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で聖杯を破壊。

すると丁度夜は開け、朝焼けで黄金色に輝く高台にセイバーと移動した。

全てを終わらせるために。

 

「貴方の剣となり敵を打ち、御身を守った。……この約束が果たせてよかった」

 

日の光に輝く彼女はいつも異常に神々しく見える。

 

「シロウ、貴方に感謝を。貴方のおかげで私は大事な事に気がついた」

 

「俺もセイバーといられて楽しかった。ありがとう」

 

セイバーの体が足元から消え始める。

話をできるのは後数秒だろう。後数秒で、二度とセイバーと会うことは敵わなくなる。

 

「貴方は……やはり、正義の味方を目指すのですね?」

 

「ああ、俺はいつか正義の味方になってみせる。俺を救ってくれた切嗣(じいさん)の様に」

 

───そして、いつも俺を助けてくれた、お前の様に。

 

セイバーの手にはいつの間にか『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が握られていた。

ふふっ と微笑みながら、セイバーは『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を士郎の手へそっと渡す。

 

「では、これを貴方に持っていてほしい」

 

「……いいのか?」

 

「貴方の事だからどうせまた無茶をするのでしょう? 私との契約が切れれば、今までのような治癒の恩恵はありませんが、良ければ御守りとして。私にはもう必要ありませんし……貴方には私の鞘でいてほしい」

 

「セイバー……」

 

その言葉が自分をいつまでもパートナーだと言ってくれているようで嬉しかった。

 

「最後に一つだけ、伝えないと」

 

「ああ、どんな?」

 

最後の言葉に対し、セイバーを心配させぬようできるだけ普段通りに問いかける。

 

「シロウ────貴方を、愛している」

 

そう言って彼女は朝日の輝きと共に消えた。

ずるいじゃないか。返事も聞かずに消えるなんて。でも───

 

「ああ、本当にお前らしい」

 

 

 

 

 

数日後、士郎は大河や大河の祖父であり書類上士郎の保護者となっている雷画を説得し、表向きは留学として学校卒業後に凛と共に倫敦へ魔術の修業をしに行くことにした。彼女と約束した正義の味方になる為に。

 

「それじゃ、行ってくる」

 

玄関まで見送りにきてくれたみんなに振り返る。

 

「士郎がいない間、この家の事はお姉ちゃんに任せなさい!」

 

胸を叩いて言う大河。

 

「ここは、士郎の家なんだからいつでも帰ってきて良いんだからね。リンの事も仕方ないから迎えてあげるわ」

 

寂しそうに、けれども笑顔で見送ってくれるイリヤ。

 

「衛宮先輩、遠坂先輩、頑張ってください。必ず帰ってきてくださいね」

 

多少頬を赤く染め、目に涙を浮かべながら士郎と凛を応援する桜。

 

「ありがとうみんな。と、桜熱でもあるのか? なんか顔が赤いけど」

 

「え? だ、大丈夫ですよ先輩」

 

あわてたように言う桜。

だが衛宮の家には大河もイリヤもいるから、何かあっても大丈夫だろう。

 

「そっか、でも体には気を付けるんだぞ。それじゃ行ってきます!」

 

「「行ってらっしゃい!!!」」

 

こうして衛宮士郎は正義の味方を目指すべく旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……この後、桜が倒れたとも知らずに。

 

 




はい。というわけでエミヤの過去《前》です。あと《中》《後》と続く予定です。
《前》はほぼ原作をなぞるので、箇条書きっぽくなってしまうところが多くオリジナル感があまり出せませんでしたが、《中》と《後》はもう少しオリジナル感を出していきたいと思っています。
それではまた次回。


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エミヤの過去 《中》

思いのほか量が多くなり、少し遅くなりました。
感想をくれた方々、ありがとうございます! アドバイスや誤字などの報告とても助かります。
皆さんの応援を胸に、これからもがんばっていきたいと思います!


凛と共に士郎は倫敦にある魔術協会の総本山「時計塔」へ。

凛の弟子、小間使いという枠で来た士郎は、基本的に凛から魔術指導を受け、それ以外の凛が授業で忙しい時間などは鍛錬やアルバイトをしていた。

一年経つ頃には凛の伝手もあり、時計塔内の雑用なんかは手伝わせてもらえるようになり、暇な時は凛の後見人であり、時計塔での講師でもあるロード・エルメエルメロイⅡことウェイバー・ベルベットが士郎の魔術を視てくれることもあった。

そして今日は、ウェイバーに頼まれた雑用を済ませ荷物を彼に届けている最中である。

 

「失礼します。ウェイバー教授、入りますよ?」

 

ドアををノックしても返事はない。

だが、いつもの事なので士郎は一声掛けて中へ入る。

 

「ファック! また負けた!」

 

この開口一番暴言を吐いて、「大戦略」と書かれたTシャツを着ている男が時計塔のプロフェッサーとまで呼ばれた大教授。ウェイバー・ベルベットである。

 

「おい、エミヤ! つっ立ってないで手伝え!」

 

「……はいはい」

 

ウェイバーは魔術の才能はないが講師の才能は時計塔随一と言うことで、当初は士郎の修業方針などを固めるために通っていたのだが、雑用から何やら手伝っているうちに気に入られ今ではゲームをする仲に。

ひとしきりゲームに付き合うと、ようやくウェイバーは本日の本題に入ってくれた。

 

「さて、じゃあ頼んでおいたものを見せてもらおうか」

 

「はい」

 

士郎は麻布で包まれた箱を渡し、ウェイバーは中身を確認する。

中に入っていたのはアルファベットの書かれてる板と、穴の開いた金属。

 

「これがなんだかわかるか?」

 

「えっと、ウィジャ版ですよね?」

 

「まぁ、半分正解だな。ウィジャボードは、降霊術もしくは心霊術を崩した娯楽のために用いる文字版で、1892年にパーカー・ブラザーズ社が占い用ゲーム用品として発売した商品だが、こいつはそれ以前のものだ。だから名はない」

 

「はぁ、何故こんなものを?」

 

「ある人物に届けるよう頼まれてな。あの人には借りがあるから仕方がない」

 

借りがあるという割にはウェイバーの表情は楽しそうだ。

彼には珍しく、それなりに気に入っている相手なのだろう。

 

「これをお前に届けてほしい」

 

「それは構わないんですけど、俺でいいんですか? 教授ならもっと信用のおける使用人とかいるんじゃ」

 

「相手の方にいろいろ事情があってな。だが時計塔の連中は信用できん、正直気に入らん。それに引き換え、この一年見ていたがお前みたいなお人好しならまぁいいだろう。遠坂には私から話しておいてやる。行って来いエミヤ」

 

という流れで、士郎はウェイバーから預かったウィジャ版を持ち一人日本へ飛び立った。

荷物の届け相手はなんと封印指定の「人形師」蒼崎橙子。

元々は荷物を渡したら帰るつもりだった士郎だが、橙子は士郎の高度な解析魔術に目をつけ、表の仕事を手伝わせる。士郎も彼女の人形に興味があり、色々な知識や魔術についても教えてくれるというので、しばらく滞在することに。

 

 

 

 

「お前の世界にも人形使い(ドールマスター)がいたのか?」

 

自身が人形使いであるエヴァが興味津々と言った感じで聞いてくる。

 

「いるにはいるが、君のように戦闘補助等の目的で人形を作るものは少ないな」

 

シロウ自身、橙子しか人形師に会ったことは無いが、戦う時は魔術や使い魔を使っていたのでおそらく間違いないだろう。

 

「では何の為に人形を作る?」

 

「君には前に話したな、魔術師は魔法を再現しようとしていると」

 

「ああ」

 

「その理由が、魔法に到達することは“根源”に近づく、という事になるからなのだ」

 

「根源?」

 

「“根源”とは、この世の全ての存在・現象の原因。万物・万象の因果の連鎖を最果てまで遡った先にあるもの。大元の一。そこでは全ての情報を得る事ができ、物事の始まりと終わりを知る事ができるという。」

 

「その根源と人形とどう関係がある?」

 

「大抵の人形師は、自身の人形、自身と全く同じ存在(モノ)を作り、死という概念を乗り越える事により“根源”至ろうとしているのだ」

 

 

 

 

 

 

伽藍の堂で士郎は3人の人物と出会う

眼鏡に全身黒一色の服を着て、片目を髪で隠している(何でも昔とある事件で怪我をしたらしい)人がよさそうな感じの黒桐幹也。

黒髪のショートカットで和服を着ている両儀式。

幹也の妹で橙子に魔術を習っている黒桐鮮花。

伽藍の堂で士郎は主に幹也と共に雑務、橙子による魔術指導、式による実戦形式の剣の指導を受けた。橙子と式の容赦無い指導により士郎はめきめきと実力を上げていく。

数ヵ月後、橙子の仕事もひと段落つき、魔術関連の知識や技術も身に付いたので倫敦にもどる事にした。

 

「頑張ってね士郎君、僕は君の夢を応援してるよ。でも、残念だなぁ、士郎君がいれば僕にちゃんと給料が入るのに」

 

そういって幹也は橙子を見るが、当の本人はそっぽを向いてタバコを吸っている。

ちなみに、何故士郎がいると橙子が給料を払うのかというと、士郎の解析の魔術によりいいものを安く買う事ができ無駄使いが減り、橙子の表の仕事である建築関係の方でも役立ち儲かっているからだ。

 

「衛宮、お前には剣の才能は無いけど、目がかなりいい。鍛錬を続ければかなり強くなれるはずだ」

 

「ほら式、ちゃんと士郎君にお礼を言わないとダメだよ」

 

「うっ、……その、兼定ありがとな」

 

幹也に言われ、式は微妙に頬を赤く染め、ぶっきらぼうに礼を言った。

士郎は剣の指導をしてくれた礼に、投影した九字兼定をプレゼントしたのだ。

 

「はぁ、せっかく弟弟子ができたと思ったのになぁ~。本当に行っちゃうの? 士郎君」

 

「すいません、鮮花さん」

 

あからさまにがっかりする鮮花。

彼女は士郎の事を弟のように可愛がっており、士郎も照れくささはあったもののそんな彼女の気遣いが嬉しかった。

 

「士郎、何か困った事があったらいつでも訪ねて来るといい。本当は色々と手伝ってくれた礼にプレゼントを製作中なのだが、間に合わなくてな。お前みたいな危なっかしい奴には必要になるだろうから、完成ししだいお前に届けよう」

 

「何から何までありがとうございます。お世話になりました」

 

橙子たち伽藍の堂の人たちに別れを告げ、士郎は倫敦へ戻る。

その途中、行き倒れのシスターを助けた挙句、巻き込まれて吸血鬼と戦うことになったり。

暴漢に襲われそうだった金髪のお嬢様を助けて執事にスカウトされたりと色々あり、当初の予定より大幅に帰宅が遅れ、凛に怒られたのは言うまでもない。

 

後にシロウは語る……真冬のテムズ川は寒かったと。

 

ある日、以前助けた女性ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトから本格的に執事としてアルバイトをするよう連絡が来る。

長期間倫敦を空け、職を失っていた士郎にとっては願ってもない話だったので受けることにしたのはいいのだが……。

ルヴィアが専攻する宝石魔術の研究をする為、同じ学科の人と会うから士郎も同席しろと言ってきた。

何でもルヴィアとその人は仲が悪いらしく、いつも喧嘩になってしまうらしい。だからそうならないよう仲介を頼みたいと。

 

「……何かいやな予感がする。確か遠坂の専攻も宝石魔術だったよな」

 

すでにその人は客間に待たせているらしいので、急いで向かう。

ルヴィアの後に続き部屋に入る。その場所にいたのは……

 

「おまたせしてすみませんわ。こちら、私の執事のシ……どうしましたの?」

 

「……(おお、ゴッド。あんたは俺が嫌いなのか?)」

 

部屋で待っていた人は、俺の顔を見るなり口をあけて固まる。

かく言う俺も固まってしまう何故なら、そこにいたのは───遠坂凛だった。

 

「……なんでさ」

 

「士郎!?」

 

「え? お2人は知り合いでしたの?」

 

驚くルヴィアをよそに、凛はマシンガンの様に大量の文句を士郎に浴びせかける。

 

「何でアンタがルヴィアんとこの執事やってんのよ!」

 

「何でって、ルヴィアが執事のバイトとしてスカウトしてくれたから……うぉわ!?」

 

いきなり視界の横を黒い塊が通り過ぎた。凛のガンドだ。

 

「そりゃ、バイトするのはいいけど、何でよりにもよってこんなヤツの所で執事なんてやってんのよー!!」

 

叫びながら凛はガンドを連射してくる。

流石にこの数は避けきれないと思った瞬間、士郎に当たる寸前でガンドは掻き消えた。

 

「ミス遠坂。(わたくし)のシェロに危害を加えるの辞めてもらいます」

 

「あら、私の士郎をどうしようと、私の勝手だと思いますけど? ミスエーデルフェルト」

 

笑っているのに笑っていない2人。

そして、士郎は心に誓った。「あかいあくま」と「きんのあくま」は怒らせてはいけないと。

その後、凛とルヴィアはふらっと時計塔にやってきた魔法使い、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから宿題を出され、宝石剣の製作を始めた。

宝石剣の製作を始めてからは、凛も忙しい為か士郎の魔術を見ることができなくなってきた。

あまり凛に迷惑をかけたくないという思いと、世界を見て回りたいという思い。

そして、だいぶ魔術師としても経験を積めた為、士郎は世界を旅することを決意する。

 

それから3年……

 

フリーランスの魔術使いとして各地を回っていた士郎は、依頼を受ける魔術協会が近いという理由で再び倫敦に部屋を借り拠点としていた。

様々な国を回るうちに、生前の衛宮切嗣の話を耳にすることもできた。

魔術師殺し(メイガス・マーダー)』の異名を持ち、切り捨てるべき1を即座に判断し切り捨てることにより、多くの命を救ってきた事。

その実力を買われアインツベルンのマスターとして第四次聖杯戦争に参加した事。

士郎は信じられなかった。あの切嗣がそんな事をしていたなんて。

前に切嗣が言っていた言葉を思い出す。

 

《誰かを救うということはね、他の誰かを救わないということなんだ》

 

切嗣(じいさん)……」

 

 

 

ある時、珍しい人物が士郎を訪ねてきた。

 

「やあ、久しぶりだね士郎君」

 

「よぉ、衛宮」

 

「幹也さん、式さん! よく俺の居場所がわかりましたね」

 

訪ねてきたのは幹也と式だった。

 

「こいつは何かを“探す”と言う事に関しては天才なんだ。それより衛宮、お前に悪い知らせだ」

 

この2人がわざわざ倫敦まで来るということは、なにか緊急事態ということだろう。

士郎は幹也と式を部屋に上げ話を聞く。

何でも、冬木市で今異変が起きてるらしい。そのことに気づいた橙子が士郎と連絡を取るために衛宮邸を訪ねた際イリヤと出会い、すぐに士郎を呼んでほしいと言われたそうだ。

 

「橙子さんは、今イリヤちゃんの様子を見る為に君の家にいる。早く……帰った方がいい」

 

幹也のあまりにも真剣で重い言葉に士郎は頷き、直ぐに支度をして日本の衛宮邸へ飛び立つ。

衛宮邸に着きすぐに家へ入る、すると玄関にはアインツベルンのメイド セラが立っていた。

 

「お嬢様がお待ちです、エミヤシロウ」

 

セラに連れられ離れにある客間へ行くと、そこには険しい顔の橙子と布団で横になるイリヤの姿が。

 

「士郎か、久しぶりだな」

 

「橙子さん、イリヤは」

 

無言で首を振る橙子。

眠っていたイリヤが目を開けるのを見て、橙子は部屋を出て行った。

 

「あ、シロウ。間に合ってよかった」

 

「イリヤ、いったい何があったんだ」

 

微笑んだ後、力無く起き上がろうとするイリヤを慌てて支える。

 

「うん、今から全部話すね」

 

イリヤはゆっくり話し始めた。士郎が旅に出てすぐ桜が倒れた事。

その原因は、桜の祖父である間桐臓硯の仕業で、臓硯は大聖杯に細工をし、士郎とセイバーが小聖杯を壊した後、英霊の魂をこの世に止め第四次聖杯戦争の聖杯のカケラを埋め込んでいた桜の体に入れたらしい。

桜は自分のせいで士郎に迷惑がかかるのを嫌がった為、イリヤが桜の中にある英霊の魂を半分自分の中に移し、その間に凛が何とか桜を助ける方法を探していたらしいのだが、もともとホムンクルスであるイリヤの寿命は短く、負担のかかったイリヤが倒れ英霊の魂を体に止めておく事ができなくなり全ての英霊の魂が桜の下へ行ってしまう。

その結果、自身の魔力を制御できなくなった桜は黒い影と共に大聖杯のある場所。柳洞寺地下へと向かったらしい。

 

「もうそろそろ限界……かな?」

 

全てを話し終えたイリヤは、一仕事終えたかのように体の力を抜いた。

支えているイリヤの体は体温が失われ、どんどん冷たくなっていく。

 

「シロウ、桜と臓硯は手ごわいわ。決して油断しちゃだめよ?」

 

「わかった、後は俺が何とかするから! 大丈夫だから! だから、もう!」

 

喋るな。そういう前に、イリヤの体から力が スッ と抜ける。

 

「私はお姉ちゃんなのに、シロウに何も出来なくって……ごめんね」

 

最後にそう言ってイリヤは息を引き取った。

悲しみの感情を心の奥に封じ込め、士郎は準備を始める。そんな士郎に近づく気配が2つ。

 

「セラ、リズはどうしたんだ?」

 

「……あの子は、お嬢様と共鳴していますから」

 

「そうか……」

 

それだけでわかってしまった。イリヤが死んだと言うことは、リズも……。

 

「行くのか、士郎」

 

「はい。橙子さん、イリヤの事ありがとうございました」

 

「気にするな。その分はきっちりお前に請求させてもらう。だから……死ぬなよ」

 

橙子の返事には答えず、イリヤの事をセラに任せ、士郎は柳洞寺へ向かった。

柳洞寺の頂上に着くと士郎は地面に手をつけ解析の魔術を行う。士郎は橙子の魔術指導によりかなり大きなものまで構造を把握できるようになっていた。

 

「見つけた」

 

林の中にある岩に隠された通路を見つけ向かう途中、士郎は思いがけない人物にあった。

 

「士郎君?」

 

「シエルさん? 何故ここに」

 

そこにいたのは、以前倒れているところを助け、吸血鬼討伐を手伝ったシスター。教会の埋葬機関第七位「弓のシエル」だった。

彼女は冬木の異変に気づき、教会側からの依頼で調査に来たらしい。

 

「中に、入るつもりですか?」

 

「はい、中に俺の後輩がいるんです。あいつはきっと苦しんでる。なら、俺が助けてやらないと」

 

揺るぎない意志のこもった士郎の目を見たシエルは、溜息を吐くと道を開けてくれた。

 

「1時間。あと1時間で埋葬機関の増援が来ます。それまでは君の好きにしなさい。それと、そんな装備では心もとないでしょう?」

 

そういって彼女が渡してくれたのは、ある聖人の聖骸布でできた外套。

 

「何でこれが……」

 

それは、見覚えがあった。聖杯戦争で凛の相棒を務めていた赤い弓兵の身にまとっていたものと同じだったのである。

 

「いいですか! 前回吸血鬼の討伐を手伝ってくれたことと、おいしいカレーをごちそうになったお礼にそれはあげます。なので、決して無茶はせず生きて帰ってくると約束してください」

 

渋々見送るシエルに礼を言い、しばらく進むと広めの空洞へと着く。そこで何者かの気配を感じた士郎は干将・莫耶を投影し構えた。闇の中から姿を現したのは顔を仮面で覆った黒い騎士。

 

「まさか、お前は……!!」

 

黒い騎士はもの凄い勢いで突進してくる。

騎士の剣を干将・莫耶を交差して受け止め、体をずらして切りつける。

かわされたものの剣先は仮面に掠り、仮面はひび割れその顔が露わになる。

 

「やっぱり、お前だったのか」

 

仮面の下から現れたのは。

 

「セイバー」

 

士郎のよく知る、パートナーの顔だった。

 

「シロウ……ですか。その格好、まるでアーチャーの様だ」

 

そう、士郎は冬木を出て数年間で身長が伸び筋肉もついた。

今の干将・莫耶を持ち赤い外套を羽織る士郎は、髪と肌の色、そして黒いボディーア-マーをつけていないところ以外アーチャーと瓜二つなのである。

 

「セイバー、そこをどいてくれ。俺は、臓硯を倒して桜を救わなければならない」

 

「臓硯はサクラの手によって死んだ。私はサクラにここを誰も通すなと言われている。たとえ相手がシロウでも例外ではない」

 

セイバーはここを通す気が無いようだ、ここを通るにはセイバーを倒さなければならない。

自分にセイバーを倒す事が出来るのか? 彼女を殺す事が出来るのか?

そんな迷いは剣を鈍らせる。セイバーの剣の嵐を捌ききれず、士郎は傷を追っていく。

だが、唐突にセイバーの剣撃が止んだ。セイバーは剣を地面に突き刺し仁王立ちしている。

 

「シロウ、貴方の理想はその程度だったのか」

 

「え?」

 

「あの丘で私に言った言葉は嘘だったのか」

 

5年前の聖杯戦争。セイバーとの別れを思い出す。

 

 

 

《貴方は……やはり、正義の味方を目指すのですね?》

 

《ああ、俺はいつか正義の味方になってみせる。俺を救ってくれた切嗣じいさんの様に》

 

───そして、いつも俺を助けてくれた、お前の様に。

 

 

 

「闇に染められたとはいえ私は騎士だ。そのような腑抜けた剣、私を侮辱しているとしか思えない……シロウ。貴方にとって、私はその程度の存在ですか」

 

そうだ、あの日セイバーに誓ったんだ。

切嗣の憧れた、正義の味方になると。

いつか、セイバーに追いつくと。

 

「おしゃべりがすぎたな……いくぞ、シロウ」

 

「ああ、こいセイバー」

 

セイバーは黒いエクスカリバーを構える。

士郎も迷いを払い剣を投影する。その手には干将・莫耶ではなく、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

お互い地面を蹴り剣を振る。

セイバーの剣は全てを叩き伏せるような一撃を放つ王の剣。

対する士郎はセイバーの剣を時に受け止め、時に受け流し、時にかわす、無骨に鍛えられた戦士の剣。

迷いの消えた士郎の剣は、完璧とは言えずともセイバーの剣を防ぎ致命傷を避ける。

 

「シロウ! 貴方にこの一撃が防げるか!!」

 

後退し、距離を取ったセイバーの剣から黒い魔力が噴出す。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!』

 

漆黒の魔剣から放たれるのは人々の絶望。

黒き暴力が士郎を襲う。本来であれば回避をするか、盾を投影し防ぐべきだが士郎の行動は違った。

士郎は自ら魔力へと駆け出す。

 

「うぉぉぉぉおおおおお! 勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!!」

 

そして、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を黒い魔力へ放ち跳んだ。

面で飲み込む黒い魔力に、士郎は一点集中させたカリバーンの魔力をぶつけ自身の体と服を魔力で強化しダメージを最小限にする。

視界が晴れて最初に見えたのは、驚愕するセイバーの顔。

自らの手を見れば、そこにはヒビが入ってはいるがまだかろうじて存在している黄金の剣。

今ならセイバーを斬れる。そう思って振りかざした剣は、無慈悲な一撃に粉々に粉砕された。

 

「驚いた。まさか、エクスカリバーに耐えるとは。成長しましたねシロウ……ですが、ここまでです」

 

「く……そ……っ!」

 

届かなかった。自身の持ちうる最高の剣を投影して、その身すら犠牲にして挑んだが彼女には届かなかった。

ここで自分が死んだら誰が桜を助ける。桜を助けるためにはセイバーを退けなければならない。

 

「(どうしたら勝てる。何があれば勝てる……)」

 

士郎は必死に自身の中から勝てるモノを検索する。だが、該当する武器が見つからない。

どんなに強い聖剣も、魔剣も、槍も、矢も、何をイメージしても勝てる気がしない中、思い浮かんだのはあろうことかアーチャーの使っていた夫婦剣。

弓兵でありながら双剣を好んで使い、ランサーの槍を防ぎ、バーサーカーに6度も死をあたえる偉業を成し遂げた。

そんな男が干将・莫耶を使っていたのは何か意味があるはずだ。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

イメージするのは27本の剣群。

 

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!!」

 

その全てをセイバーに向けて放つが、いとも容易く一薙ぎで剣群を叩き落す。

だが、それでいい。目的は時間を稼ぐことだ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

士郎は剣に内包された魔力を爆発させ煙幕を作る。

僅かにできたこの隙に、干将・莫耶をより詳しく解析する為に。

陰陽を体現した夫婦剣。最高の素材と人命で打たれたために剣としての性能も高いが、巫術、式典用の魔術兵装としての側面を持つ。

 

違う。

 

揃えて装備すると対魔術と対物理が向上する。

 

違う。

 

製作過程の出来事から紛失してもどちらか一方を所有していれば、もう片方は必ず持ち主の元へ戻るといわれ、互いに引き合う性質を持つ。

 

見つけた!

 

「シロウ……貴方は、いったい何をした」

 

戸惑うようなセイバーの声。明らかに動揺している。

それもそのはず、煙が晴れるとそこには干将・莫耶を手に立ち上がる士郎の姿。

幾度の投影に加え、己の実力を超える解析により肉体的にも負荷がかかり、その結果、士郎の髪はわずかに白くなっていき、肌も黒く変色してきた。まるで、アーチャーの様に。

 

「今度はこっちから行くぞ、セイバー」

 

士郎はセイバーに向けて干将・莫耶を全力で放つ。飛翔する鶴翼は、左右同時からセイバーへと襲いかかり、その攻撃をセイバーは当然の如く迎撃し剣を弾き飛ばした。

軌道を狂わされた干将・莫耶はセイバーの背後へと飛んでいき、好機と見たセイバーは士郎へ接近する。

まっすぐに突っ込んでくるセイバーに対し、新たな干将・莫耶を投影して構える。

 

「……一つ」

 

干将・莫耶ごと両断せん一撃を放つセイバー。そんなセイバーに有り得ない方角から奇襲があった。

 

「なっ!?」

 

驚愕の声を上げ、未来予測じみた超直感でセイバーは背後から飛来した莫耶をかわす。

その隙をつき、士郎は干将を叩きつけるが、セイバーの剣に砕かれた

 

「二つっ!!」

 

再び背後から飛来する干将。それは投擲し、セイバーに弾かれた一度目の剣だ。

干将莫耶は夫婦剣。その性質は磁石のように互いを引き寄せる。

つまり、この手に莫耶がある限り、干将は自動的に士郎の手元に戻ってくる。

 

「終わりだっ!」

 

「甘い!」

 

神業めいた反応速度を以って、セイバーは背後からの奇襲を避ける。

再びできた隙。無防備な胸元へ莫耶を伸ばすが、二度目はないと言わんばかりに、俺が繰り出す前の莫耶をセイバーの剣が打ち砕いた。

 

「今のは良い読みでした。あと二手、いえ一手あれば私に届いたかもしれない」

 

称賛を贈り剣を振り下ろすセイバー。だが、士郎は笑っていた。

 

「やっぱりお前はすごいよセイバー」

 

セイバーの事を良く知るからこそ、自分の剣技が破られることくらいわかっていた士郎は、既に最強の守りがイメージ出来ていた。

 

幻想(トレース)具現(オン)

 

具現せし幻想は、士郎が持つ唯一本物の宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。士郎はそれをセイバーへと返す。

全ての干渉から所持者を守るその力は、この世全ての悪に染められしセイバーを本来の姿へと戻した。

セイバーが正常になって動きを止めた瞬間を狙って、さらに投影していた『破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)』をセイバーの胸に刺す。

 

「……シ……ロウ?」

 

「ありがとうセイバー。聖剣の鞘(お前)に何度も助けられた……俺はもう大丈夫だから、今度こそ安らかに眠ってくれ」

 

魔力の供給減を失ったセイバーはわずかに微笑み、光となって消えた。

 

「……桜を、止めないと」

 

士郎はボロボロの体で歩き出す。

ここで止まるわけにはいかない。だって、助けを求めてるやつがいるから。

空洞を進むと、セイバーと戦った場所より更に広い空間に出る。

そこには、15年前の大火災の時に見た黒い太陽と、白く染まった髪に黒い服を着た桜が立っていた。

 

「必ず来ると思ってました先輩。喜んでもらえました? 先輩の為に、セイバーさんを呼んだんですよ? くすくす」

 

「桜……もう止めよう。臓硯はもう死んだんだろう? だったら何故こんな事を……」

 

「先輩のせいですよ? 先輩が中々帰ってきてくれないから、わたしはこうなったんです。わたしが悪い子になれば、正義の味方の先輩は私を叱りにきてくれるでしょう?」

 

桜は歪んだ笑顔を見せて言う。

誰だ。いや、なんだアレは。

 

「さぁ、先輩……天の杯(このわたし)に溺れなさい」

 

瞬間、桜の周りには数体の黒い影の巨人が現れる。

アレはまずい。アレは5年前の聖杯戦争で言峰が使ったこの世全ての悪(アンリマユ)と同質の呪だ。

アレは並大抵の宝具では倒せない。そう感じた士郎は、セイバーとの戦闘で満身創痍の状態の体に魔力を通し、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を投影し影に向かっていった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

戦い始めて数十分、士郎は限界を迎え膝をつく。

大聖杯から無尽蔵の魔力を引き上げる桜は、何度士郎が影の巨人を消してもすぐに新たな巨人を作り出してしまう。

 

「あら、もう終わりですか先輩? くすくす、案外だらしないんですね」

 

士郎の知る桜はそんな冷たい顔で笑わない。

桜の笑顔はもっと暖かな笑みだった。けれど、今の桜にはもはや昔の面影は無い。

桜は完全にこの世全ての悪(アンリマユ)に犯されてしまっている。

 

「……俺に桜は救えないのか? 冬木の人達を救えないのか?」

 

薄れゆく意識の中、切嗣の言葉が頭をよぎる。

 

《誰かを救うということはね、他の誰かを救わないということなんだよ》

 

切り捨てるべき1を即座に切り捨て、生かすことのできる9を救った衛宮切嗣。

今の士郎には桜をすくう手は無い。

 

ならばどうする?

 

桜を殺す。

 

誰が?

 

俺が。

 

桜を殺さなければ、冬木に住む人はもちろん、たくさんの人々が死ぬ事になる。

 

それはダメだ。

 

だが俺に桜を殺す事ができるのか?

 

無理だ。

 

大切な人を切り捨てる重みに耐えられるのか?

 

耐えられない。

 

ならばどうする?

 

耐えられないのなら、耐えられるものになればいい。

 

「……そうだ────この体は、硬い剣で出来ている」

 

なら、大抵の事には耐えられる。

さあ行こう。この身は一振りの剣なのだから。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

「うそ!?」

 

桜は驚愕した。すでに動く事の出来ないはずの士郎が動いた事ではなく、今一瞬だけ現れた、無限ともいえる剣の存在する荒野の世界に。

 

「……壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

「えっ!?」

 

士郎の声に桜は振り返る。いつの間にか影たちには無数の剣が突き刺さっていて、それが一斉に爆発を起こす。

 

「え……あ」

 

爆発の閃光に目が眩んだ桜は胸に違和感を感じ見てみるとそこには黄金に輝く剣が刺さっていた。

剣の先には髪は白くなり、肌は黒く変色し、血の涙を流す士郎の姿。

そこでようやく桜は理解した。自分は士郎に殺されたのだと。

 

「ありがとうございます先輩……そして、ごめんなさい」

 

士郎は桜を抱きかかえ呆然と立ち尽くす。

 

「士郎っ!! 桜っ!!」

 

そこへ、どこで話を聞きつけたのか、慌てた様子で凛がやってきた。

 

「遠坂……? お前、倫敦にいるんじゃ」

 

「え、アーチャー? アンタなんでここに……う、そ。あなた……士郎なの?」

 

かつての自分のパートナーと瓜二つの士郎の姿を見て唖然とする凛。

だが、士郎に抱えられている桜に気づき正気に戻る。

 

「衛宮君。桜を……殺したの?」

 

「ああ」

 

「っ!」

 

表情を変えず冷静に言う士郎に、凛は必死で感情を抑え込む。

 

「そう……冬木の管理者(セカンドオーナー)として礼を言うわ。町を救ってくれてありがとう」

 

凛の手からは強く握りすぎたせいで血が出ていた。

そうでもしないと、彼女は魔術師としての自分を保てなかったのだ。

 

「帰りましょう」

 

「俺は、アレを破壊しなければならない」

 

士郎はアンリ・マユの方を向いて言う。

 

「アンタ1人でなんて無理よ。私も手伝う」

 

「ダメだ。アレを破壊するにはエクスカリバークラスの宝具が必要になる。だが宝具を使えばこの空洞は崩れ落ちるだろう。それでは桜をつれて逃げるのは難しい」

 

「アンタはどうすんのよ!!」

 

「俺1人なら何とかなる。宝具の投影も無理をすれば後2回はできるし、単独行動は俺の得意分野だ」

 

士郎の背中を見て、凛はアーチャーと別れた時の事を思い出す。

アーチャーの最後の台詞を。

 

《凛達が先に逃げてくれれば私も逃げられる。単独行動は、弓兵の得意分野だからな》

 

凛はもう士郎と会えないような気がした。

だからこそ、あの時と同じように。いや、あの時以上に強く言葉にする。

 

「わかったわよ、勝手にしなさい! その代わり終わったら私の所に顔を出す事。いいわね!」

 

「ああ、善処しよう」

 

「善処じゃなくて必ずよ!」

 

凛は士郎から桜を預かると、直ぐに出口に向かった。

 

「遠坂。恨んでもらって構わない、ごめん」

 

 

 

 

凛が洞窟を出てしばらく経った。

今ならたとえ洞窟が崩れても、凛たちが巻き込まれることはないだろう。

 

「さて、そろそろ遠坂は脱出しただろう……投影、開始」

 

残りの魔力を総動員して士郎の知りうる最強の幻想をここに具現する。

それはセイバーが使う人々の祈りを込めた聖剣。完全に投影する事は出来ずとも、その剣は大聖杯をこの世全ての悪(アンリマユ)ごと破壊するには十分な輝きを放つ。

 

『────約束された勝利の剣《エクスカリバー》!!!!』

 

 

 

 

 

大聖杯破壊後、士郎は凛との約束を守ることなく旅に出た。

ある時、士郎はとある町の原子炉で起きた炉心融解(メルトダウン)を止める為、自らの死後を売り渡す。

 

「契約しよう────我が死後を預ける。その報酬をここに貰い受けたい」

 

こうして士郎は人を超えた力を手に入れ、多くの人を救い英雄と呼ばれる存在まで登りつめた。

 

世界を回る最中、士郎は様々な人と出会う。

真祖の姫君を守る為、世界を敵に回し戦う殺人貴。

遠坂の師であり、死徒二十七祖 第四位のキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

それでも士郎の理想は変わる事は無かった。

 

士郎は何度も裏切られ欺かれた。

挙句の果てには救った筈の男に罪を被せられる。

死ぬ思いで争いを収めてた士郎は争いの張本人だと言われて、体中を剣で串刺しにされ傷の手当てをするどころか、体に刺さった剣を抜かれる事も無く牢屋に閉じ込められた。

ついに正義の味方を目指す錬鉄の英雄に最後の時が訪れる。

 

「……これで、いよいよ私も終わりか」

 

人などくるはずも無い牢屋に足音が近づいてくる。

現れたのは思いもよらない人物。

 

「久しぶりね、衛宮君」

 

「遠坂……か」

 

それは数年前の事件を最後に会うことの無くなった人物、遠坂凛だった。

 

「何故ここに?」

 

「協会からの指示でアンタの死体を回収するよう言われたのよ。封印指定の剣製の魔術使いさん」

 

「……そうか」

 

うすうす感づいてはいた、(さくら)を殺された()がわざわざ会いにくるはずも無い。

となれば理由は一つだけだろう。

 

「君でよかった」

 

「っ!!」

 

自分の死体を回収するのが凛でよかった。

仇を取る事もできるし、協会からの依頼も果たすことができる。これで少しは恩を返すことが出来るだろう。

 

「何でアンタはそうなのよ! アンタそれでいいの!!」

 

怒った様にに叫ぶ凛。

ああ、本当に彼女らしい。

自分に対してここまで本気で怒ってくれるのは、もはや彼女だけだろう。

 

「ああ、悔いは無いよ。遠坂も私の死体を持っていけば、それなりに地位が上がるだろう」

 

「ふんっ、見くびらないで頂戴! 私はね、遠坂凛なの! 元弟子を売ったりするような事はしないわ。アンタの死体は私が桜の仇として、この世から消し去ってあげるんだからっ!」

 

あくまで士郎の為ではなく、自分が桜の仇討ちをする為だと言い張る凛。

それは彼女の言う心の贅肉だ。自分の地位を危うくしてまでそんなことをする義理がどこにあるというのか。

 

「待てっ! そんな事をしたら遠坂がっ……ゴホッ、ゴホッ」

 

大声を出したせいで吐血する。

 

「これから死ぬくせに人の心配してんじゃないわよ。私だってね、考えも無くこんな事やったりしないわ。だから……安心して死になさい」

 

そう言って遠坂は牢を後にする。

次の日、士郎は絞首台へと連れて行かれた。首に縄をかけられた時、朦朧とする意識の中離れた所に凛を見つける。

凛の目からは涙が零れ落ちていた。

 

「……(参ったな、遠坂を泣かせてしまった。ほんと、彼女には感謝してもしきれない)」

 

士郎の首にかけられた縄が締まる。

薄れ行く意識の中、気がつくと士郎は赤い荒野に立っていた。

 

「これで私は、守護者になってもっとたくさんの人を救うことが出来る」

 

その丘で士郎は一つの詩を謳う

 

 

────体は剣で出来ている

 

  血潮は鉄で 心は硝子

 

  幾度の戦場を越えて不敗

 

  ただの一度も敗走はなく

 

  ただの一度も理解されない

 

彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う

 

  故に、生涯に意味はなく

 

 その体は、きっと剣で出来ていた

 

 

 

 

 

 

こうして英霊エミヤは誕生した。

 

 

 

 

 

 




はいというわけで、エミヤの過去《中》終わりです。結構足早で、色々な人との出会い部分などはかなり端折らせて書かせていただいていますが、それは後に回想やらエミヤの日常やらで掘り下げていきたいと思います。
それでは、また次回。


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エミヤの過去 《後》

なんとか……過去編……終了。


「……シロウさん」

 

今まで黙っていたネギが口を開く。

 

「シロウさんは、頑張って、努力して、守護者と言う存在になり、正義の味方……理想を叶える事ができたんですよね?」

 

「……」

 

「シロウさんが弟子入りテストの時僕に厳しくしたのは、シロウさんが辛い思いをしたからですか? でも、辛い思いの果てにシロウさんは夢を叶えた。なら僕も……」

 

「ネギ君。オレ(・・)はね、正義の体現者にはなれたけど、正義の味方にはなれなかった。理想は、叶えられなかったんだ」

 

「え?」

 

「それに、一つ勘違いをしている。守護者というのは正義の味方ではなく、ただの掃除屋(・・・)なのだよ」

 

 

エミヤの記録は続く。

 

守護者となったエミヤが呼び出される世界は、いつも事が起こってしまった後だった。

人間が起こしてしまったことに対する後始末。エミヤは事件の原因となる人間、事件に関係する人間を排除することによって、結果としてその何十倍、何百倍という人類を救った。

だが、奇しくもそれは、エミヤシロウが生前やっていた事と何も変わりが無かった。

 

 

 

「どういうことだシロウ。守護者という存在は、その名の通り人を救う存在ではないのか? これではあまりにも……」

 

お前が報われないではないか。エヴァはその言葉を口には出さなかった。

 

「見ての通りさ。守護者……その中でも抑止の守護者(カウンターガーディアン)と呼ばれる存在は、既に発生した事態に対してのみ発動する」

 

世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現してこの要因を抹消する。

霊長の抑止力(アラヤ)との契約により力を得た『一般人』が滅びの要因を排除し、結果『英雄』として扱われる。

 

「……つまり私は、多くの人を救ったから『英雄』になったのではなく、守護者として都合の良い『一般人』だったから『英雄』にさせられたのだ」

 

 

 

 

自分の信じた理想()に裏切られ、それでも永遠に続く守護者としての戦い。

その最中、エミヤ何度も考えた。自分の理想は間違いだったのではないかと。

いつしかエミヤは正義の味方という理想を目指した自分を憎むようになった。

そして、万に一つでも可能性があるならば、衛宮士郎(エミヤシロウ)という存在を消す(殺す)と決めた。

 

 

そこは“座”と呼ばれる場所。上も下も無い空間。

そんな空間で、突然体か引っ張られる。

 

「ああ、また呼ばれるのか」

 

また守護者として召喚され人を殺すのかと思った。だが、今回は違った。

頭の中にあらゆる情報が流れ込んでくる。聖杯、マスター、サーヴァント、クラス。

 

「これは……聖杯戦争か!」

 

かつて自分が見た赤い弓兵が英霊エミヤなのだとしたら、このエミヤが呼ばれる可能性もあるのだ。

 

「まさか、本当にチャンスがやってくるとはな」

 

この幸運に感謝しながらも現世へと召喚される。

だが、エミヤが目にしたのは自分を呼んだマスターの姿ではなく、全身に感じる浮遊感と迫りくる屋根だった。

 

「は?」

 

案の定エミヤは屋根を突き破り、その衝撃で部屋は滅茶苦茶になった。

辺りを見渡すが、マスターらしき人物は見当たらない。とりあえず座れる場所を見つけ、座っておく。

その直後、ドンッ と扉を叩く音がして、不満そうな顔で赤い少女が扉を蹴破って入ってきた。

 

「それで、アンタなに?」

 

「開口一番それか」

 

頭が痛くなる。多分この少女がマスターなのだろうが、人のことを屋根の上に召喚しておいて、いきなり「アンタ何?」とはこれいかに。

 

「これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ」

 

思わずやれやれといった感じで肩を竦めてしまう。

これは貧乏くじを引いた。こんな事で自身の目的を果たせるだろうか?

そんな様々な考えをしつつ、マスターである少女と口論?(少女が一方的に怒っているだけだが)を繰り広げ、挙句の果てには“令呪”まで使われてしまう。

だが、今になってようやくわかる。目の前少女が優れたマスターである事が。

ハッキリとラインが確認でき、流れてくる魔力は申し分ない。それどころか令呪による「私に従え」という曖昧な命令に強制力を感じる。これは認識を改めなければならない。

その後、少女の部屋へ移動し、自分のクラスをアーチャーだと教えるとセイバーでなかったことにがっかりする少女。その事については後々後悔させる事にしよう。

 

「それでアンタ、何処の英霊なのよ、アンタ?」

 

少女が私が何処の英霊か、つまり私の真名を聞いてくる。

 

「ふむ、私の真名か。私の真名は……」

 

あれ?

 

「……それは秘密だ」

 

「は?」

 

エミヤの言動にぽかんと口をあける少女。

無理もない。聖杯戦争において最も重要である自身のサーヴァントが真名を教えないといったのだ。

 

「あのね。つまんない理由だったら怒るわよ?」

 

「いや、これは中々に深刻な問題だ。何故かと言うと、自分でもわからない」

 

「はああああああ!? なによそれ、アンタわたしの事バカにしてるわけ!?」

 

「マスターを侮辱する気はない。どうにも記憶が曖昧でね、聖杯から与えられた知識以外、自分の事が一切わからない。だがこれは、不完全な召喚を行った君のつけだぞ。どうも記憶に混乱が見られる。自分が何者であるかは判るのだが、名前や素性がどうも曖昧だ。まあ、さして重要な欠落ではないから気にする事はなかろうよ」

 

と言いつつも、実際自分でも参っていた。まさか自分の名前がわからないとは。

 

「気にする事はないって、気にするわよそんなの! アンタがどんな英霊が知らなきゃ、どのくらい強いのか判らないじゃない!」

 

自分のサーヴァントの真名がわからないことにあわてる少女。

記憶が曖昧な筈なのに、何故かそんな少女を見て“らしくない”と思ってしまった。

 

「そんな事は問題ではなかろう。些末な問題だよ、それは」

 

「些末ってアンタね、相棒の強さが判らないんじゃ作戦の立てようがないでしょ!? そんなんで戦っていけるワケないじゃない!」

 

「何を言う。私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない」

 

こんな事であわてる少女が見たくなかったエミヤは堂々と言い放った。

エミヤの言葉を聞いて少女は黙り込んでしまう。しばらくすると、多少頬を染め照れつつも嬉しそうに言った。

 

「……ま、いっか。誰にも正体が分からないって事には変わりはないんだし、敵を騙すにはまず味方からっていうし。分かった、しばらく貴方の正体に関しては不問にしましょう。それじゃアーチャー、最初の仕事だけど」

 

一変して少女は真面目な顔をする

 

「さっそくか。好戦的だな君は。それで敵は何処だ?」

 

召喚されていきなりとは驚いたが、頼もしい限りだ。

敵がどんな相手だろうと、我がマスターに勝利を捧げて見せよう……と、意気込んだのだが、少女から渡されたのは箒とちりとり。

 

「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」

 

キラリ と、極上の笑みで少女は言った。

反論するエミヤに少女は「マスターの命」として掃除を頼んだ為、逆らえば令呪の力により身体能力のランクが下がってしまうだろう。

 

「了解した。地獄に落ちろマスター」

 

了解しつつも精一杯の反抗をして部屋を後にした。

 

「……ふぅ」

 

部屋を片付けているうちに曖昧だった記憶が鮮明に思い出される。

我が真名は英霊エミヤ。過去の自分を殺す為に、聖杯戦争に参加した。

そして、少女のことを少しだけ思い出した。それは最後まで自分の身を案じてくれた女性。

 

「……」

 

長きに渡る戦いで磨耗した記憶では少女の名前は思い出せないし、過去の聖杯戦争時の事も覚えていない。

だが、かつての自分のサーヴァントと赤い少女の姿だけは色褪せる事無く覚えていた。

衛宮士郎を殺す為には少女を裏切らなければならないだろう。

 

「だが、せめてその時が来るまでは……少女()のアーチャーでいると誓おう」

 

 

 

朝方、少女の為に紅茶の用意をしているとちょうど少女が起きてきたが酷い。

いや、何が酷いのかと言うと少女の表情というか状態というか。たぶん少女は朝が苦手なのだろう。目を半分だけ開けて気だるそうにやってきた。

目覚ましの意味も込めて紅茶を手渡す。おいしそうに紅茶を飲む少女の顔を見て思わず頬が緩んでしまう。

 

「それより貴方、自分の正体は思い出せた?」

 

一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。

だが、目的を果たす為には話すわけにはいかない。

 

「いや、残念ながら」

 

「そう」

 

これ以上は昨日の繰り返しになると思ったのであろう。少女はそれ以上何も言わなかった。

 

「それじゃあ出かけましょうか。貴方の呼び出された世界を見せてあげるから」

 

そう言って立ち上がる少女。

だが困った。外を歩くのは構ない。地形の把握も重要なことだ。だが、彼女に自己紹介をしてもらわねば、少女の名を呼ぶ事が出来ない

いつまで経っても自己紹介をする気配がないので、仕方なくエミヤの方から切り出した。

 

「まて。君は一つ大切な事を忘れている」

 

「え? 大切な事って、なに?」

 

頭に?を浮かべる少女。

ああ、何だろう。今唐突に思い出した。この少女には“うっかり”があるのだった。

 

「……まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約において最も重要な交換を、私たちはまだしていない」

 

「契約において最も重要な交換――?」

 

ここまで言えばわかると思ったのだが、少女はぶつぶつとしばらく呟くが、眉間のしわがどんどん深くなっていく。

 

「……君な。朝は弱いんだな、本当に」

 

「ちょっとアーチャー、あなたいつまでも私の事 君 君 って……あ! しまった、名前……」

 

いささか時間はかかったが、気づいてくれた様でエミヤは胸をなでおろす。

 

「それでマスター、君の名前は? これからはなんと呼べばいい」

 

少女は一瞬嬉しそうに微笑むが、すぐにそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。

 

「わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなように呼んでいいわ」

 

「遠坂……凛?」

 

名前を聞いた瞬間、磨耗した記憶から彼女の事が鮮明に思い出される。

そうだ、彼女の名は「遠坂凛」その名の通り凛とした女性だ。

 

「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に合っている」

 

エミヤはは出来る限りの親愛を込めて言った。

本当は昔みたいに遠坂と呼びたかった。だが今の彼はエミヤであって衛宮士郎ではない。

今はサーヴァント アーチャーなのだ。

その後、凛と共に深山町と新都を回り、最後にビルの屋上から新都を見渡す。

 

「最初からここにくれば手間が省けたものを」

 

「何言ってるのよ。ここなら確かに全景は見渡せるけど、実際にその場に行かないと町の構造はわからないでしょ?」

 

「そうでもないが、アーチャーのクラスは伊達ではないぞ。弓兵は目が良くなくては勤まらん」

 

「ほんと? じゃあここから遠坂邸()が見える、アーチャー?」

 

「いや、流石に隣町までは見えない。せいぜい橋辺りまでだな。そのくらいならタイルの数ぐらいは見てとれる」

 

「うそぉ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、その目の良さはクラスの能力なのかい?」

 

今まで黙っていた真名が自分自身狙撃手である為、興味深そうに聞いてきた。

何でもクラス能力ではないのであれば、その術を教えてほしいらしい。

 

「いや、確かにアーチャーのクラスには幾らか視力向上の付加があるが、私はもともと視力が良くてね。普段でも1km、魔力で強化すれば4kmは見て取れる」

 

「なっ!?」

 

真名にしては珍しく、唖然とする。

そして、エヴァがぼそっと呟いた。

 

「……デタラメなヤツだな」

 

「吸血鬼の君に言われたくないな」

 

 

 

 

翌日、学校に行くと結界が張られていた。エミヤと凛は犯人を誘き出す為、学校に残る。

すると現れたのは結界を張った犯人ではなく、真紅の槍を持つ青い槍兵だった。

エミヤは凛を抱え見晴らしのいい校庭へと移動する。

 

「手助けはしないわ。あなたの力ここで見せて」

 

凛の声と同時に干将・莫耶を投影し構える。

 

「はっ、弓兵風情が剣士の真似事かぁっ!!」

 

眉間、首筋、心臓と急所を容赦なく狙うランサーの槍をエミヤは悉くいなす。

弓兵というクラスにもかかわらず二刀を巧みに使いこなすエミヤに、ランサーは一度距離をとった。

 

「てめぇ何者だ? 二刀使いの弓兵なんざ聞いた事もねぇ」

 

「そういう君は分かりやすいなランサー。君ほどの槍使いはそうはいまい? それにその真紅の槍」

 

エミヤがランサーの正体を見破った瞬間、ランサーから殺気が噴出した。

 

「貴様、俺の真名を……ならば食らうか、我が必殺の一撃を」

 

「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」

 

二人の間にしばしの静寂が訪れる。

 

「誰だっ!!」

 

音の方向を見ると、制服を着た青年の後姿が。どうやら男子生徒がまだ残っていたらしい。

ランサーは目撃者を消すため男子生徒を追う。凛とエミヤもその後をすぐ追いかけたが一足遅く、男子生徒は血を流し倒れていた。

 

「アーチャー、ランサーを追って」

 

「了解した」

 

凛の指示に従いまだ近くにいるであろうランサーの姿を探すが、さすがに最速の英霊であるランサー。どこにもランサーの姿は見当たらなかった。

凛の所へ戻ると、凛は父親の形見のペンダントに込められた魔力を使い男子生徒を助けていた。

 

「……そうか、君だったのか」

 

エミヤは懐に入れてあったペンダントを取り出す。それは生前自分の命を救ってくれた人が落とした物。

今凛が男子生徒を……衛宮士郎を救う為に使ったペンダントと同じ物だった。

 

 

 

 

 

一連の流れを見ていて、アスナが急に手を上げて言った。

 

「ねぇ、士郎。やっぱり赤い騎士って士郎だったってこと?」

 

「そうだな。確かに最初にランサーと戦っていたあいつは英霊エミヤではあるが、私ではない」

 

「どういう事?」

 

「少し難しいかもしれんが、聖杯戦争に呼ばれている英霊たちは“座”と呼ばれる場所にいる本体からのコピーなのだ」

 

「偽者ってこと?」

 

「ふむ。何をもって偽者と定義するかはこの際置いておくが、オリジナルではない、という点では偽者と言ってもいいのかもしれない。わかりやすく言えば、オリジナルの記憶を持った分身だな」

 

「それって、刹那さんの式神とか楓ちゃんの分身の術のすごい版みたいな感じ?」

 

すごい版とは何とも幼稚な表現だが、中学生のアスナ達にはその表現の方が理解しやすいだろう。

 

「ああ、そう解釈してくれて構わんよ」

 

 

 

 

 

凛と衛宮士郎が帰ったのを確認してからエミヤも遠坂邸へと戻る。

家に着くとエミヤは凛にペンダントを返した。自分のものだと言うことは告げずに。

 

「それ、お父様のペンダント……拾ってきてくれたの?」

 

「もう忘れるな。それは凛にしか似合わない」

 

やっと返すことができたペンダント。エミヤは心の中で凛に礼を言った。

 

「(ありがとう、遠坂)」

 

その後、目撃者が生きていればランサーはまた命を狙うだろうことに気づき衛宮邸へと向かった。

衛宮邸へ近づくと眩い光とともに新たなサーヴァントの気配、どうやらセイバーが召喚されたようだ。

凛達はそのまま家の中に入ろうとするが、塀を乗り越えてセイバーが現れる。

エミヤはその姿が自分の知る彼女(セイバー)と重なり、体が一瞬硬直してしまい傷を負ってしまう。

だが、止めを刺そうとした剣は衛宮士郎の令呪によって止められた。

流れでそのまま衛宮士郎を言峰教会まで連れて行き、その帰り道バーサーカーを連れたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと戦闘することになる。

エミヤは見晴らしのいい高い屋根へと移動し矢でセイバーを援護する。

しばらくするとセイバーがバーサーカーを誘導するように動き出した。

 

「この方向は……墓地か」

 

セイバーの考えが読めたエミヤは、いち早く墓地が見渡せる高台へと移動し弓を構える。

 

「凛、でかいのを放つ。少し離れろ───I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

凛に念話で注意し、返事を待たず螺旋剣()を番える。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 

放たれる螺旋の矢はバーサーカーまでの距離を一瞬でゼロにして直撃と同時に大爆発を起こす。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』内包された魔力を膨れ上がらせ爆発させる、宝具を投影できるエミヤだからこその戦術。

バーサーカーに傷は与えられなかったものの、エミヤに興味を持ったイリヤスフィールは凛達を見逃し去っていった。

翌日、昨日あれだけの事があったにもかかわらず、のこのこと学校へやってきた衛宮士郎に凛は怒りを覚える。

 

「今ならば、あの小僧を殺すことはたやすいぞ?」

 

「わかってる。私がやるから、貴方は先に帰ってなさい」

 

そうは言うが凛では衛宮士郎を殺すことができないだろう。なぜならそれが遠坂凛という魔術師だからだ。

 

「凛、それは甘さだぞ」

 

「うるさい。マスター命令よ」

 

「……了解した」

 

仕方なくエミヤは遠坂邸へ帰ることに。

しばらくすると怪我をした衛宮士郎を連れて帰ってきた。話を聞くとライダーと思わしきサーヴァントに襲われたらしい。

話し合いの結果、凛の提案で学園にいるサーヴァントを倒すまで衛宮士郎と共闘することになる。

 

 

 

 

 

数日後の夜、凛の下を離れ1人探索をしていると足取りのおぼつかない衛宮士郎を見つける。

その様子が気になり後を追うと、柳洞寺についた。

 

「柳洞寺……キャスターか」

 

霊体化して階段を登ると、アサシンと思わしきサーヴァントとすれ違う。

一瞬目が合いアサシンはこちらに気づいたが、さして興味もなさそうにエミヤを見逃した。

境内に着くと士郎はキャスターに令呪を奪われそうになっていた。

エミヤにとって別に士郎の令呪がどうなろうが知ったことではないが、自分以外の者に衛宮士郎を殺されては困る。

レーザーのような魔力弾を放ち空間固定までもを使うキャスターを、干将・莫耶と偽・螺旋剣を用いて深手を負わせるが止めは刺さず構えを解く。

 

「どうやら私と戦いに来たというわけではなかったようねアーチャー」

 

警戒していたキャスターだが、こちらに戦闘の意思がないことがわかったのか緊張を解き口を開く。

 

「不必要な戦いは避けるのが主義だ。剣を執る時は必勝の好機であり、必殺を誓った時のみだ。意味のない殺生は苦手でな」

 

そう言ったエミヤに興味を持ったキャスターは、自分につくよう交渉してくる

確かにキャスターにつけば凛の令呪の効力は消え、衛宮士郎を殺す機会が増えるだろう。

だが、現時点ではキャスターにつくメリットはない。───現時点では。

エミヤが否と答えるとキャスターは空間転移で去っていった。

キャスターを逃がしたことに当然の如く怒る士郎。そんな彼にエミヤは事実を突きつける。

 

「無関係な者を巻き込みたくない、と言ったな。ならば認めろ。一人も殺さない、などという方法では、結局誰も───救えない」

 

だが、その事実を受け入れられない士郎はキャスターを追おうとする。

その無知さに殺意が沸き、エミヤは無防備な背中を投影した莫耶で斬りつけた。

 

「がぁっ!?……お……まえ」

 

「外したか。殺気を押さえ切れなかった私の落ち度か、咄嗟に反応したお前の機転か。……まあ、どちらでも構わないが」

 

後ろヘ後ずさる士郎との距離を詰め莫耶を振り上げる。

 

「最期だ。戦う意義のない衛宮士郎はここで死ね」

 

「戦う……意義、だって……?」

 

「そうだ。自分の為ではなく誰かの為に戦うなど、ただの偽善だ。お前が望むものは勝利ではなく平和だろう。……そんなもの。この世の何処にも、ありはしないというのにな」

 

そうだ、平和な世界を夢見て戦い続けた。だがその先に平和など無くあったのは絶望だけ。

そしてエミヤは理想という海に溺れてしまった。

 

「さらばだ、理想を抱いて溺死しろ」

 

エミヤは剣を振り下ろす。だが、士郎は間一髪のところで後ろに飛び階段の下へと落ちていった。

追撃するもセイバーとの戦いを邪魔されたアサシンによって止められ、その間に士郎はセイバーによって連れて行かれた。

家に帰ると凛に事情を説明するよう要求され説教される。挙句の果てには協力関係にある限り衛宮士郎を襲うことを禁ずると令呪まで使われてしまった。

 

「まさか令呪まで使われるとはな。……やれやれ、これでいよいよキャスターを利用するしかなくなったな」

 

 

 

数日後、穂群原学園の結界が発動するも、術者であるライダーがキャスターに殺され被害は少なくてすむ。

凛達はキャスターのマスターが葛木宗一郎である事をつきとめ奇襲を仕掛けるも失敗に終わる。さらには藤村大河を人質に取られセイバーを奪われてしまう。

凛は傷を負った衛宮士郎をつけ離し、キャスターが現在陣取っている言峰教会へ向かう。

 

「(セイバーという守りがなくなった今、衛宮士郎を殺すことは容易い……ならば)」

 

エミヤは心の中で凛に謝り、思考を完璧に切り替える。

凛とキャスターの会話を遮り前に出た。

 

「以前の話受けることにするよキャスター」

 

凛の令呪を無効にする為、エミヤはキャスターにつく事にした。

キャスターの宝具である『破壊すべき全ての符(ルール無ブレイカー)』により凛との契約が切れる。

エミヤは後に凛にはセイバーと契約して聖杯戦争を続けてもらうと考えていた為、自分が無償でキャスターにつく事を条件に、この場では凛を見逃してもらった。

 

 

 

「アーチャー」

 

「何かね?」

 

教会の周囲を見張っていたエミヤにキャスターが声をかけてくる。

 

「セイバーが堕ち次第バーサーカーを叩きます。だから貴方はその前に偵察に行ってきて頂戴」

 

どうやらアインツベルンの森には結界があるらしく使い魔では偵察ができないらしい。

 

「了解した」

 

郊外にある森まで着く。そこにはキャスターの言った通り、結界が張ってあった。

確かに強力な結界ではあるが、あくまで侵入者を感知し森を迷わせる程度の結界。

霊体化して感知されないよう気を付ければ、偵察くらいなら支障はない。

しばらく森を進むと見えてきたのはイリヤの住む古城。正面から入るわけにもいかないので窓から侵入すると、いきなりイリヤスフィールと会ってしまった。

 

「あら? リンのアーチャーじゃない?1人で何か用?」

 

ばれてしまって今さら隠れる必要もないので実体化する。

 

「突然の訪問申し訳ない。だが、何故私の事がわかった?」

 

「私は聖杯だもの、サーヴァントが近づけばわかるわ」

 

「なるほど。いや、失念していたよ」

 

だが、「リンのアーチャー」と言ったという事は、エミヤがキャスターについたという事までは知らないようだ。

しかし、イリヤは一転して冷徹なマスターの顔へと変わる。

 

「今日は何御用かしら? なんならバーサーカーで相手してあげてもいいわよ?」

 

「できれば遠慮願いたいな」

 

今ここでバーサーカーとの戦闘は避けたい。

キャスターが念の為にという事でラインを切っている今、全力で戦う事はできないだろう。

どうしたものかとエミヤが考えていると くー と可愛らしくイリヤのお腹が鳴った。

 

「「……」」

 

「お腹がすいているのかね?」

 

「~~~!!」

 

イリヤは顔を真っ赤にしてこちらを睨む。

その表情は年相応のものであり、エミヤも体の力が抜けてしまう。

 

「はぁ……キッチンを貸したまえ。簡単なもので良かったら私が作ろう」

 

「えっ!? アーチャーって料理できるの?サーヴァントなのに?」

 

「サーヴァントだって生前は食事をしていたんだ。料理ができても不思議ではあるまい。まぁ、君が嫌だというならばこれで失礼するが?」

 

「ううん、じゃあお願いしようかしら。その代わり今日は見逃してあげるわ」

 

「クッ、それは有り難い」

 

無邪気に笑う少女の笑顔に、ついついエミヤの顔も緩んでしまう。

冷蔵庫の中には卵とパンしかなかったので、スクランブルエッグにパンを焼いて出しす。食事をしながらイリヤはいろいろと話してきた。

この城にはイリヤと2人のメイドの3人で住んでいて、今メイドの2人は買出しに行っているがなかなか帰ってこないらしい。

食事が終わり食器を洗っているエミヤに、暇だったのかイリヤはリビングから移動してきた。

 

「アーチャーって本当に英霊らしくないのね」

 

「生憎、私は君の相棒(パートナー)と違い偉大な事は何もしていない。凡人がいくらか人を救った末に英雄と呼ばれただけだからな」

 

「ふぅ~ん……えいっ!」

 

「……何をするイリヤスフィール」

 

イリヤはいきなり背中に飛びついてきた。

エミヤは濡れた手を拭くとイリヤが落ちないように手を後ろに回し、必然的におんぶをする形となる。

 

「ちょっと昔の事を思い出しちゃった」

 

「昔?」

 

どこか寂しげに、懐かしそうに少女は言う。

 

「うん。お父様とお母様と一緒に住んでた時の事」

 

「……」

 

「なんかアーチャーってお父様に似ている気がするの」

 

「私が……切嗣に?」

 

そう呟いてから切嗣の名を出してしまった事に後悔した。

だが、イリヤは気にならなかったようで話を続けた。

 

「話し方とか格好とかはぜんぜん違うけど、なんか雰囲気が似てる気がする」

 

「……そうか」

 

「遅くなって申し訳ありませんお嬢様。ただいま帰りました」

 

「イリヤ、ただいま」

 

その時、玄関からメイドの2人の声が聞こえたので、イリヤをそっと降ろす。

 

「では、そろそろ失礼するよ。イリヤスフィール」

 

「イリヤでいいわアーチャー。ご飯おいしかった、ありがとう。でも、次に会うときは容赦しないんだから」

 

笑顔で言うイリヤにこちらも不適に笑って返す。

 

「フッ、イリヤこそ。その時は覚悟しておくといい」

 

そう言ってエミヤは窓から外へと飛び出した。

 

「あれ? そういえば、何でアーチャーは切嗣の事知ってたのかしら?」

 

 

その後エミヤがイリヤと生きて会う事は叶わない。

教会へ帰ると、キャスターに八人目のサーヴァントによりイリヤが殺された事実を知らされる。

 

 

 

 

翌日、ランサーを連れた凛、士郎の3人が教会へとやってきた。

ランサーがエミヤの相手をし、その間に凛と士郎でセイバーを取り返す算段らしい。

だが、それはエミヤにとっても好都合。凛がいればキャスターを出し抜く事も可能だろうし、そうなれば自分に向けられている監視の目も消えるからだ。

 

凛と士郎を通しランサーと対峙する。学校での戦闘と同様、干将・莫耶で応戦するがランサーの槍は前回よりも重く鋭い。

それもそのはず、ランサーは令呪によって一度目の戦闘では全力が出せないという制約があった。つまり、今のランサーこそ彼の真の実力なのだ。

対するエミヤは修練・経験の積み重ねによって1%でも可能性があればそれを手繰り寄せることのできる眼、『心眼』をもってして立ち向かう。

それはセイバーの『直感』のような生まれ持っての才能ではなく、凡人がひたすら自らを鍛え、経験を積んだ極み、戦闘の境地。

だが、心眼をもってしても捌ききれない神速の槍はエミヤの体を削っていく。致命傷こそ無いものの体は血まみれである。

 

「解せんな……貴様、これだけの腕を持っていながらキャスターについたのか。貴様と凛ならば、キャスターになぞ遅れは取るまい」

 

「驚いたな。何を言い出すかと思えば、まだそんなことを口にするのか。ランサー、私は少しでも勝算の高い手段をとっただけだ。凛がどう思おうと、私はこれ以外の手段は無いと判断した」

 

自信に満ちた声に罪悪感など無い。エミヤは真実、主を裏切ったことを悔いてはいなかった。

その事実がランサーを苛立たせる。

 

「そうかよ。訊ねたオレが馬鹿だったぜ」

 

ランサーは静かに槍の穂先をこちらに向ける。

 

「たしかにオマエは戦上手だ。そのオマエがとった手段ならばせいぜい上手く立ち回るだろう。だが、それは王道ではない。貴様の剣には、決定的に誇りが欠けている」

 

その言葉とともにランサーからは闘気が噴出す。

誇り守る事こそがランサーの生き方。

生前の彼は己が主に忠誠を誓い、友を守る為に、国を守る為に、誇りを守る為に戦い。死ぬ瞬間でさえ自らの体を岩に縛り、倒れる事無く、誇り高い最期を迎えた。

 

「ああ、あいにく誇りなどない身だからな。だがそれがどうした。英雄としての名が汚れる?は、笑わせないでくれよランサー。汚れなど成果で洗い流せる」

 

それが英霊エミヤの戦い

勝つ為ではなく、負けない為に戦ってきた。負けない為にあらゆる手段を使い、結果として勝利を得た。

故に誇りなどというものはとうの昔に捨てた。

 

「そんな余分なプライドはな、そこいらの狗にでも食わせてしまえ」

 

その瞬間、空気は変わる。

ランサーから出ていた闘気は殺気へと変わり、周囲の温度を下げる。

 

「狗といったな、アーチャー」

 

「事実だ、クー・フーリン。英雄の誇りなど持っているのなら、今のうちに捨てておけ」

 

「────よく言った。ならば、オマエが先に逝け」

 

ランサーは広間の入り口まで跳び退き、そこで獣のように大地に四肢をつく。

距離にして百メートル以上。それは明らかに槍の間合いではなかった。

 

「オレの(ゲイ・ボルク)の能力は聞いているな、アーチャー」

 

地面に四肢をついたランサーの腰が上がる。その姿は、号砲を待つスプリンターのようだ。

 

「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい!」

 

ランサーは全身をバネのようにしならせ真上へと跳躍───否、飛翔する。

最高点にに達したランサーの体が弓なりに反り。

 

突き穿つ(ゲイ)────』

 

真紅の魔槍を振りかぶる。

 

『────死翔の槍(ボルク)!!!!』

 

放たれるは真紅の流星。これこそが魔槍ゲイボルクの真の使用法。

その呪いを最大限に開放し、渾身の力を以って投擲。

放たれれば躱されようと必ず相手を貫き、敵に刺されば無数の鏃を撒き散らしたという伝説の宝具。

心臓命中よりも破壊力を重視し、一投で一部隊をも吹き飛ばす。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

対するエミヤが用意するのは、トロイア戦争でへクトールの投げ槍を防いだとされる英雄の盾。

 

『────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!』

 

現れたのは桃色に輝く七枚の花弁。

だが、投擲武器に対する最高の守りであるはずのアイアスはゲイ・ボルクとの衝突で一瞬にして六枚の花弁が散ってしまう。

 

「ぬぅ……ぁぁああああああああ!!!!!」

 

エミヤは残る魔力を最後の花弁に注ぎ込む。

その身を貫かんとしていた深紅の魔槍はようやく勢いを失い カラン と音を立てて地面に落ちた。

 

「驚いたな。アイアスを貫通しうる槍がこの世にあるとは。君のそれは、オリジナルの”大神宣言(グングニル)”を上回っている」

 

傷は重症である。腕はいまにも千切れそうなほど力なく垂れ下がり、その表情は苦痛に歪み、想像を絶する頭痛に耐えている。

 

「……貴様、何者だ?」

 

対するランサーは無傷ではあるものの、己の全てをかけた一撃が防ぎきられたという苦い敗北感と、烈火の如き怒りがあった。

 

「ただの弓兵だが? 君の見立ては間違いではない」

 

「戯言を。弓兵が宝具を防ぐほどの盾を持つものか」

 

「場合によっては持つだろう。だが、それもこの様だ。魔力の大部分を消費したというのに片腕を潰され、アイアスも完全に破壊された。……まったく、私が持ち得る最強の守りだったのだがな、今のは」

 

軽口を叩き続けるエミヤをランサーは睨みつける。だが、ランサーからは以前のような嫌悪さはもうなかった。

ランサーは認めたのだ、自分が背負ってきた誇りの全てと同じだけの矜持をエミヤが持っている事を。

 

「それより気づいたかランサー。キャスターめ存外に苦戦していると見える。こちらに向けられていた監視が止まった」

 

「……そうかよ。そうじゃねえかと思ったけどな。テメエ、もとからそういうハラか」

 

「無論だ。言っただろう。勝率の高い手段だけをとる、と」

 

「ふん。とことん気に食わねえヤロウだな、テメエ」

 

そう言ってランサーは背を向け姿を消した。

エミヤは教会の地下へと向かう。地下には地に伏す凛と士郎、そしてキャスターを庇う様に立つ葛木宗一郎の姿があった。

 

「凛、やはり君は詰めが甘い───投影(・・)開始(・・)

 

現れた剣群が葛木とキャスターを襲う。

キャスターは葛木を庇い消滅し、キャスターが消えてなお戦闘の意思を見せる葛木をエミヤは切り捨てる。

その行動にに対し、衛宮士郎は当然の如く怒る。そんな士郎を斬ろうとするが、セイバーによりそれを阻止された。

エミヤは邪魔はさせないと言わんばかりにセイバーを壁まで吹き飛ばし、凛を剣の檻で封じる。

 

「やっぱり、何でよアーチャー! アンタ、まだ士郎を殺すつもりなの!?」

 

剣の檻の隙間から凛が必死に叫ぶ。

 

「……そう、自らの手で衛宮士郎を殺す。それだけが守護者と成り果てたオレ(・・)の、唯一つの願望だ」

 

消耗しきった身で士郎を庇ってセイバーは立ちはだかる。

 

「いつか言っていたな、セイバー。俺には英雄としての誇りがないのか、と。無論だ。そんなものが有るはずがない。この身を埋めているのは後悔だけだよ。……オレはね、セイバー。英雄になど、ならなければ良かったんだ」

 

その言葉だけでセイバーは全てを理解した。そしてそれと同時に気づいてしまった。アーチャーの正体……英霊エミヤという存在に。

それでもなおセイバーは衛宮士郎の剣となると誓った故に引かず、エミヤと数合斬り結んで力尽き倒れる。

邪魔者はいなくなり、エミヤが士郎へと止めを刺そうとした瞬間。

 

「────告げる!」

 

凛とした声が地下の空間に響く。

見れば、凛がセイバーに向けて檻から手を伸ばしている。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら───我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

「セイバーの名に懸け誓いを受ける! 貴方を我が主として認めよう、凛!」

 

凛の供給する膨大な魔力に満たされて、真の実力を現す剣の英霊セイバー。

エミヤは不利を意に介さずセイバーに突進するも、圧倒的な魔力と剣技の前に防戦一方となる。

 

「そこまでですアーチャー。キャスターを倒す為に、あれほどの宝具を使ったのです。依り代(マスター)のいない今の貴方に何ができる」

 

セイバーは切っ先をこちらに向けて言う。

 

「アーチャーのサーヴァントには、マスターがおらずとも単独で存在する能力がある。マスターを失っても二日は存命できよう。それだけあれば、あの小僧を仕留めるには十分だ」

 

「アーチャー、貴方の望みは間違っている。そんな事をしても貴方は……」

 

そう言ってセイバーは辛そうに唇を噛む。

 

「ふん、間違えているか……。それはこちらの台詞だセイバー。君こそいつまで間違った望みを抱いている」

 

それは憎しみに駆られたエミヤの心に残る唯一の本心。

エミヤの知る彼女がそうだったように、このセイバーもまたやり直しを望んでいる。

 

「アーチャー……」

 

セイバーの剣が一瞬緩む。その隙を突いてエミヤは距離をとった。

徒手空拳で立っているエミヤにセイバーは反撃の意思が無いと感じたのか剣を下ろしてしまう。

 

  I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

セイバー達には聞こえないようエミヤは小声で呟いた。この状況を覆す呪文を。

 

「セイバー、いつかお前を解き放つ者が現れる。それは今回ではないようだが……おそらくは次も、お前と関わるのは私なのだろうよ」

 

  Unknown to Death(ただの一度も敗走はなく)

 

  Nor known to Life(ただの一度も理解されない)

 

「だが、それはあくまで次の話。今のオレの目的は、衛宮士郎を殺す事だけだ。それを阻むのならば────この世界は、お前が相手でも容赦せん!!」

 

左腕を上げ最後の呪文を紡ぐ。

 

   ────unlimited blade works(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

エミヤが呪文を唱えた瞬間炎が走り世界は侵食される。

それは、一言で言うならば製鉄場だった。

燃えさかる炎と、空間に回る歯車。一面の荒野には、担い手のない剣が延々と続いている。

その剣、大地に連なる凶器は全て名剣。エミヤが使う干将・莫耶も、もとはこの世界より編み出されたもの。

 

「宝具が英霊のシンボルだと言うのなら、この固有結界(魔術)こそがオレの宝具。武器であるのならば、本物(オリジナル)を見るだけで複製し、貯蔵する。それがオレの英霊としての能力だ」

 

まるで墓標のような剣達の中心に君臨するエミヤ。

セイバーは唖然とする。無限に広がる墓標()の世界に。この世界が自分の世界と言う哀しき英霊に。

 

「試してみてもかまわんぞセイバー。お前の聖剣───確実に複製してみせよう」

 

エミヤは聖剣を使えば複製して対抗し、聖剣同士の衝突で凛や士郎がただでは済まないと言ってセイバーの剣を封じる。

エミヤが左腕を挙げると無数の剣が浮遊してセイバーに切っ先を向けた。

 

「躱すのもいいが。その場合、背後の男は諦めろ」

 

エミヤの号令とともに降り注ぐ剣の雨。

士郎は逃げるどころか限界間近の魔術回路を酷使しセイバーの前に出て、飛び交う剣を必死に投影して迎え撃つ。

激しくぶつかり合う剣と剣。砕け散った剣と共に固有結界は消失する。

エミヤは凛を捕らえて人質にとり邪魔の入らないところで決着つけると言い、士郎の提案でアインツベルン城で全ての決着をつけることになった。

 

アインツベルン城についてから凛を椅子に縛り付ける。

しばらくすると凛は目を覚まし、こちらを睨んできた。

 

「で。どういうつもりよアーチャー」

 

「どうもこうもない。オマエは衛宮士郎を釣る餌だ。それは自分でも判っているだろう」

 

「……ふん。私がいなくたって、士郎なら勝手に来るわよ。そんな事、貴方なら判るでしょうに」

 

「そうだな。だが、そこにオマエがいては都合が悪い。事が済むまで、目障りな邪魔者にはここで大人しくしていてもらう」

 

エミヤの声に以前のような親しみはない。今のエミヤは本当に冷徹な“掃除屋”だった。

それが悲しくて、悔しくて。凛は気落ちする。

 

「そう。どうあっても士郎を殺すっていうのね、貴方」

 

「ああ。あのような甘い男は、今のうちに消えた方がいい」

 

「ふん。士郎が甘いって事は言われなくても分かってるけど……」

 

そこまで言って凛は一度目を瞑り覚悟を決めた。

 

「それでもわたしは、あいつの甘いところが愛しいって思う。あいつはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる」

 

凛はアーチャーのマスターとしての遠坂凛ではなく、1人の遠坂凛という人間として衛宮士郎の生き方を認めた。

それは衛宮士郎を殺そうとするエミヤとの決別を意味した。

 

「けどアンタはどうなの。そこまでやっておいて、身勝手な理想論を振りかざすのは間違ってるって思ったわけ? 何度も何度も他人の為に戦って、何度も何度も裏切られて、何度も何度もつまらない後始末をさせられて────! それで、それで人間ってモノに愛想がつきたっていうの、アーチャー!」

 

凛の声はいつの間にか叫びに変わっていた。だが、エミヤは何も答えなかった。

しばらくするとギルガメッシュを連れた間桐慎二が現れる。

どうやら凛が目当てらしいが、エミヤは明日の朝までは渡す気はなかった。

エミヤが言った「君はマスターに相応しい」という言葉に機嫌を良くした慎二は、朝まで待てというエミヤの条件をあっさりと飲み、去っていった。

 

 

翌朝、セイバーとランサーを連れ衛宮士郎がやってきた。

ランサーは凛の救出に向かい、セイバーはエミヤと士郎の戦いを見届ける為に残る。

セイバーは一つだけ聞きたいと言って口を開いた。

 

「エミヤシロウの理想となった人物である貴方が、何故シロウを、自分を殺すような真似をするのです!」

 

エミヤはセイバーの問いには答えず、階段を一段ずつ下りていく。

 

「私にはわからない。守護者とは死後、英霊となって人間を守るものだと聞いた。その英霊が何故自分自身を殺そうなどと考えるのか」

 

セイバーの「守護者」という言葉にエミヤは歩みを止め、セイバーを見下ろした。

 

「違うよセイバー。守護者は人間を守る者ではない。アレは、ただの掃除屋だ。オレが望んでいた英雄などでは断じてない」

 

憎悪と嘲笑をこめて吐き捨てる。

確かにエミヤは幾らかの人を救い、出来る限り理想を叶え、世界の危機さえも救った。その果てに英雄という地位までたどり着いた。

だが、その果てに得たものは“後悔”残されたものは“死”だけだった。

殺して、殺して、殺し尽くした。己の理想を貫く為に多くを殺して、その数千倍の人々を救った。

 

その事実を知ったセイバーは言葉を失い唖然とし、言葉を続けることができなかった。

 

エミヤは求められれば何度でも命を賭して戦った。だが戦いに終わりはない。

何を救おうと、救われないモノは出てきてしまう。そんなものがある限り正義の味方は有り続けるしかない。

 

「だから殺したよ。一人を救う為に何十という人間の願いを踏みにじってきた。踏みにじった相手を救う為により多くの人間を蔑ろにした。何十という人間の救いを殺して、目に見えるモノだけの救いを生かして、より多くの願いを殺してきた。今度こそ終わりだと。今度こそ誰も悲しまないだろうと、つまらない意地を張り続けた」

 

語りながら一段、また一段と階段を下りていく。

 

「生きている限り争いは何処に行っても目についた。きりがなかった。何も争いの無い世界なんてものを夢見ていた訳じゃない。ただオレは、せめて自分の知りゆる限りの世界では、誰にも涙して欲しくなかっただけなのにな」

 

それは、紛れもなく衛宮士郎(自分自身)の願いのカタチ。

そして、誰しもが一度は願うであろう理想()

 

「一人を救えば、そこから視野は広がってしまうんだ。一人の次は十人。十人の次は百人。百人の次は……さて、何人だったか。そこでようやく悟ったよ。衛宮士郎という男が抱いていたものは、都合のいい理想論だったのだと」

 

「それは……何故」

 

「判りきった事を訊くなセイバー、君ならば何度も経験した事だろう。全ての人間を救う事はできない」

 

その言葉にセイバーは再び黙る。もはやセイバーは反論する意思を奪われていた。

 

犠牲を最小限に抑える為に、零れ落ちた人間を即座に切り捨てた。

それは、エミヤシロウが望んだ誰も悲しんでほしくないという願いと矛盾した正義の味方の在り方だった。

誰も悲しまない様にと口にして、その影で何人かの人間には絶望を抱かせる。

理想を守る為に理想に反し、自分が助けようとした人間しか救わず、敵対した人間は速やかに皆殺しにする。

犠牲になる“誰か”を容認してかつての理想を守り続けた。

 

「それが、英霊エミヤの正体だ。─────そら。そんな男は、今のうちに死んだ方が世の為と思わないか?」

 

「それは嘘です。貴方ならばその“誰か”を自分にして理想を追い続けたのではないのですか?」

 

セイバーの言葉に私は再び歩みを止める。

確かにそうだ。エミヤは犠牲になる“誰か”を自分にして戦った。

けれど、彼一人の犠牲で救えるほど世界は軽くない。

 

「貴方は理想に裏切られ道を見失っただけではないのですか? そうでなければ、自分を殺して罪を償おうとは思わない」

 

セイバーの償いという言葉にエミヤは心底おかしそうに笑う。

 

「オレが自分の罪を償う? 馬鹿な事を言うなよセイバー」

 

償うべき罪などないし、それを他人に押し付けるような無責任な事はしない。

そう、エミヤは誰も恨んではいないのだ。唯一恨んでいるとすればそれは自分自身。

 

「ああ、そうだったよセイバー。確かにオレは何度も裏切られ欺かれた。救った筈の男に罪を被せられた事もある。死ぬ思いで争いを収めてみれば、争いの張本人だと押し付けられて最後には絞首台だ。オレに罪があるというのならその時点で償っているだろう?」

 

「な─────うそだ、アーチャー。貴方の最後は……」

 

セイバーの顔は絶望に染まる。戦いの果てに敗れたならまだしも、彼は救った人間によって罰せられた。

 

「ふん。まあそういう事だ。だが、そんな事はどうでも良かった。初めから、感謝をして欲しかった訳じゃない。英雄などともてはやされる気もなかった。俺はただ・・・誰もが幸福だという結果だけが欲しかっただけだ」

 

だが、その願いは生前も死後も叶えられる事はなかった。

何度も見てきた。

意味のない殺戮も。

意味のない平等も。

意味のない幸福も。

自身が拒んでも見せられた。

守護者となったエミヤは自分の意思などなく、人間が作ってしまった罪の後始末をさせられるだけだった。

誰かを救うのではなく、救われなかった人の存在をなかったことにする掃除屋。

 

「そうだ。それは違う。俺が望んだものはそんなことではなかった! 俺はそんなものの為に、守護者になどなったのではないッ!!」

 

エミヤの声はもはや淡々とした口調ではなく叫びだった。

 

だからこそ、いつまでも繰り返される守護者の輪から抜け出す為に、自分殺しによる存在の消滅という奇跡に賭けたのだ。

それは、ただの八つ当たり。だがそれでも、やめるわけにはいかなかった。

 

ついにエミヤは最後の段を下り広間へと降り立つ。

 

「アーチャー。お前、後悔してるのか」

 

士郎は真剣な眼差しでエミヤを見据える。

その顔には恐れる様子は微塵もなく、むしろ妙に落ち着きが感じられた。

 

「無論だ。オレ……いや、お前は、正義の味方になぞなるべきではなかった」

 

「そうか。それじゃあ、やっぱり俺達は別人だ」

 

「なに?」

 

士郎の言葉に、エミヤは思わず眉を顰め聞き返す。

 

「俺は後悔なんてしないぞ。どんな事になったって後悔だけはしない。だから───絶対に、お前の事も認めない。お前が俺の理想だっていうんなら、そんな間違った理想は、俺自身の手でたたき出す」

 

その言葉とともに、エミヤと士郎はほぼ同時に剣を投影する。

2人の戦いは剣製を競う戦い。どちらかが敗北をイメージした瞬間、剣は砕け勝敗は決まる。

何度も折られ、何度も砕かれても士郎は剣製を続ける。剣の打ち合いでは士郎はエミヤには届かない。

切り傷だらけで満身創痍の状態の士郎。そのうち傷のせいではないモノ、流れ込んできたエミヤの末路を視る事によって士郎は顔色が悪くなってくる。だが、それとは逆に士郎の剣は鋭く、剣製は正確になっていった。

エミヤは絶望的な表情をする士郎を容赦なく偽・螺旋剣(カラドボルグ)で突く。心臓近くを抉られた士郎をさらに絶世の名剣(デュランダル)で斬りつける。

士郎は咄嗟に同じ剣を投影するも、粉々に砕かれ瓦礫へと倒れる。だが士郎は立ち上がり、再び剣を投影すした。

 

「そうか。認める訳にはいかないのは道理だな。オレがお前の理想である限り、衛宮士郎は誰よりもオレを否定しなければならない」

 

いまだ折れずに立ち向かってくる士郎にエミヤは絶望を突きつける。体だけでなく、その心をも完璧に叩きのめす為に。

 

「ふん────では訊くがな衛宮士郎。お前は本当に正義の味方になりたいと思っているのか?」

 

「何を今更……俺はなりたいんじゃなくて絶対になるんだよ……!」

 

「そう、絶対にならなければならない。何故ならそれは、衛宮士郎の唯一つの感情だからだ。逆らう事も否定する事も出来ない感情。……例えそれが自身の裡から、現れた物でないとしても」

 

その言葉に士郎の表情が凍る。そう士郎も薄々感づいていたのだ。自分自身の歪さに……

 

自分を救ってくれた衛宮切嗣。その切嗣の語った理想()が、ガランドウだった士郎の心に入り込んだ。

 

   “─────じいさんの夢は俺が”

 

その瞬間、衛宮士郎は正義の味方にならなければいけなくなった。

 

剣が奔る。罵倒を込めたエミヤの双剣は、かつてない勢いで繰り出された。

 

「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた! 」

 

はじめは憧れだった。

 

「故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない。これを偽善と言わずなんという!」

 

それが自分の理想だと信じていた。

 

「この身は誰かの為にならなければならないと、強迫観念につき動かされてきた」

 

だから救う為に戦い続けた。

 

「それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた!」

 

何があろうと、ただひたすら正義の味方になる為に。

 

「だが所詮は偽物だ。そんな偽善では何も救えない」

 

人を救う度に救う人数は増え、いつしか救いきれなくなっていく。

 

「否、もとより、何を救うべきかも定まらない―――! 」

 

そして、守らなければならない大切な人が、手のひらから零れ落ちてしまった。

 

 

怒涛の剣撃を受けてなお、士郎は倒れない。剣は消えかけ、体は立っているのが不思議なくらいだ。

それなのに士郎の心は折れない。むしろ強くなっていく。

 

「ふざけるなっ!」

 

怒声とともに顔を上げ士郎は呟いた。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

それはエミヤシロウを表す言葉。

 

「貴様、まだ」

 

セイバーとの契約が切れてなお、聖剣の鞘の加護により士郎は倒れず剣を握る。

 

「お前には負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない!!」

 

それはありえない剣戟だった。

斬りかかる体は満身創痍。指は折れ、手足は裂かれ、呼吸はとうに停止している。踏み込む速度も取るに足りなければ、繰り出す一撃も凡庸。それでも、その一撃は今までのどの一撃よりも重くエミヤの剣を押し返していく。

何処にこれだけの力があるのか。鬩ぎ合う剣戟の激しさは今までの比ではない。

確実に首を跳ばす為、一息で上下左右の四撃を放つ。だが士郎はそれをも防ぐ。否、それを上回るスピードで反撃してくる。

 

「……じゃない」

 

士郎は何かを呟やいた。だが激しい剣戟の中聞き取る事は出来ない。

 

「……なんかじゃ、ない……!」

 

なおも士郎は呟く。それは先ほどよりも大きな声。

 

一歩、後ろに引くだけで相手は自滅するというのに、エミヤはその一歩が引けない。

一歩でも引けば、決定的なモノに膝を屈する予感がある。

 

聞き取れない声は次第に大きくなる。その時、エミヤは初めてその姿を直視した。

千切れる腕で、届くまで振るい続ける。あるのはただ、全力で絞り上げる一声だけ。

 

「……、じゃない……!」

 

剣を振るう度にその声は大きくなり、エミヤへと届く。

 

「……なんかじゃ……ない!」

 

勝てぬと知って、意味がないと知って、なお挑み続けるその姿。それこそがエミヤが憎んだ過ちに他ならない。

だというのに、何故───それがどこまで続くのか、見届けようなどと思ったのか。

 

まっすぐなその視線。

過ちも偽りも、胸を穿つ全てを振り切って。

立ち止まることなく走り続けた、かつての自分(その姿)は───とても美しく見えた。

 

「─────決して、間違いなんかじゃないんだから……!」

 

その言葉とともに士郎の剣が胸に突き刺さる。

 

「アーチャー……何故?」

 

無抵抗で剣を受けたエミヤに対しセイバーは問いかける。

 

自分の胸に刺さる剣にエミヤ自身驚いていた。

何故だ。何故自分は剣を受けてしまった?

 

「俺の勝ちだ、アーチャー」

 

その言葉で全てを理解した。

 

「……(ああ。そうか、オレはお前を認めてしまったのだな)」

 

エミヤはゆっくりと目を閉じ口を開く。

 

「ああ……そして、私の敗北だ」

 

自分に言い聞かせるようにその言葉を噛み締める。

その時、丁度凛がやってくる。どうやらランサーは救出に成功したようだ。

凛は二階から広間へと飛び降り士郎の無事とエミヤの傷を確認し、喧しくも気遣いの言葉をかける。そのいつもと変わらない様子につい口が緩んでしまう。

 

「……まったく、つくづく甘い。彼女がもう少し非道な人間なら、私もかつての自分になど戻らなかったものを」

 

そうは言うが、内心は良かったと思っている。

再び遠坂凛と出会い、衛宮士郎と戦った事で自分の想いを思い出すことが出来た。

 

「……敗者は去るのみ、だな」

 

凛には何も告げずその場を去ろうとした時、階段の上にいくつも浮遊する宝具を見た。

 

「チッ!」

 

咄嗟に士郎を突き飛ばす。階段の上を見上げると、そこには腕を組むギルガメッシュの姿が。

ギルガメッシュは腕を上げ、再び無数の宝具を撃ち出した。エミヤは体を宝具に貫かれながらも再度、士郎を突き飛ばす。

土煙がおきる中、視線で衛宮士郎へ言葉を送る。

 

“──────お前が倒せ”

 

自分を負かした以上、正義の味方を目指す以上は、あの敵を倒しきれと思いを込めて。

さすがに体が限界なので霊体化してその場を離れる。しばらくすると城は燃え廃墟と化した。

 

 

 

瓦礫の中を歩く、灰に塗れてはいるがそこは中庭なのだろう。花壇らしきものがあり、そして……小さく盛り上がった地面に石が置かれていた。おそらくこれは凛と士郎が作ったイリヤの墓だろう。

 

「……すまない」

 

その言葉が届くことなどないと知っていながらも、エミヤは墓の前で頭を下げる。

自分が復讐など望まなければ、もっと早く昔の自分を思い出していれば、あるいは救うことが出来たのかもしれない。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

残り少ない魔力で投影したのはバーサーカーの斧剣と柄から刀身までもが真っ白な剣。

その二振りの剣を墓へと突き立てる。

 

「私にはこれぐらいしか出来ないが、せめて安らかな眠りを」

 

エミヤは手を合わせ、ギリシャの大英雄と雪のような白い少女の姿をその胸に刻み付けた。

 

「後は、桜か……」

 

再び霊体化したエミヤはアインツベルンの森を後にする。

───最後の責務を全うする為に。

 

 

 

柳洞寺地下、大聖杯の前に老人と少女が立っている。それは、間桐臓硯と間桐桜だった。

 

「カカカ、馬鹿な連中よ。ここで待っておれば簡単に英霊の魂が手に入るというのにのう」

 

臓硯は薄気味悪く笑う。その顔はもはや人とは思えないものであった。

 

「桜よ、準備は良いか?」

 

「……はい。お爺様」

 

臓硯の後ろで俯いていた桜が前へと出る。桜が大聖杯へと近づいたその時。

 

「ギャ!?」

 

何処からか投げられた黒鍵が臓硯を貫いた。

 

「ふん。微かに残る記憶を手繰りよせて来てみれば。やはりここだったか間桐臓硯」

 

どうやら臓硯はエミヤの過去と同様、大聖杯から“座”へと戻ろうとする英霊の魂を桜の聖杯のカケラに移そうとしていた様だ。

 

「あなたは……アーチャーさん」

 

「ぐぅぅ、貴様どこぞの英霊ぞ!何故この場所を知っている!」

 

黒鍵が深く刺さって動けない臓硯は苦しげに口を開く。

動きを封じられてはまずいと感じた臓硯は、自ら腕を切り離し自由になる。

 

「ほう? 自ら腕を切り離したか。消えろ」

 

再度投影した黒鍵は3本。その全てが臓硯の額、喉、胸へと突き刺さり、醜い寄生を上げ、その肉体は絶命した。

 

「───投影(トレース)開始(オン)

 

次いでエミヤの手に現れたのは穂先から赤い液体が滴る白い槍。

 

「え……あの、何を?」

 

槍を見て後ずさる桜の胸に、有無を言わさず槍を突き刺し真名を唱える。

 

死を宣告せし聖なる槍(ロンギヌス)

 

槍を抜くとドス黒い血とともに無数の虫が流れ出る。

だが桜自身の胸には血はおろか、槍の刺さった後さえも残ってはいなかった。

 

「蟲が……お爺様が消えた? どうして!?」

 

死を宣告せし聖なる槍(ロンギヌス)

それはキリストの死を確認するためにロンギヌスという男が使った槍。

穂先からキリストの血を滴らせた白い槍で、邪悪を“浄化”する力を持つ。

だが、ロンギヌスの能力はそれだけではない。ロンギヌスのもう一つの能力は「死の確認」。

桜のような明確な生者には傷一つつけることは出来ないが、すでに死んでいる筈の者、死んだふりをしている者に対して絶対的な力を持つ。前者はグールやゾンビ等の死者、後者は仮死状態や精神の転移等、肉体は死んでいるにもかかわらず生きているモノ。

なので既に肉体が無い筈の臓硯が桜の心臓近くに巣くって生きていた事実により、この能力が発動した。

 

「これで君は自由だ、これからどうするかは自分で決めるといい。もし魔術師を続けるというのなら凛を頼るのもいいだろう。あれは中々に面倒見がいい、ましてや自分の妹だからな」

 

エミヤは桜に背を向け出口へと歩いていく。桜は何がなんだかわからずオロオロしている。

すると、歩いていたエミヤはふと立ち止まり、桜に顔を向けていった。

 

「気づいてやれなくてごめんな、桜」

 

「あ……」

 

バツが悪そうにしながらの苦笑い。桜はその光景に見覚えがあった。

それは数年前、兄である慎二が自分()に暴力を振るっている事を先輩(士郎)が知った時の事。

自分()の為とはいえ、友人である(慎二)を殴ってしまった先輩(士郎)は、今のアーチャーと同じようにバツが悪そうな苦笑いを浮かべて。

 

《気づいてやれなくてごめんな、桜》

 

同じ台詞を言っていた。

 

「……先輩?」

 

 

 

 

大聖杯を後にして境内へ行くと、士郎はギルガメッシュと戦闘し、凛は慎二の救出に向かっていた。

幾度となくギルガメッシュの撃ち出す宝具を投影しては破壊され、ついにギルガメッシュはエアを出す。

しかし、士郎は解析のできないその剣に唖然とするだけ。

 

「馬鹿が。得体が知れなければ、まずは防御態勢をとれ!」

 

エミヤは右手を突き出し、士郎の前にアイアスを投影する。

大幅に魔力が減り自分の存在が希薄になった気がしたが、ギルガメッシュが本気でなかったと言うこともあり、なんとか士郎は一命を取り留めた。

勝ち目がないと悟った士郎は片目を瞑り、手を突き出す。士郎の腕には光る刻印が。

 

「そうか、凛とラインを繋いだか」

 

凛から魔力供給を受け固有結界を発動させるつもりらしい。

士郎が固有結界を発動させたのを確認してから凛のもとへと移動する。柳洞寺裏の湖は辺り一面肉の塊に覆われていて、膨れ上がった肉片の中から凛の声が聞こえる。

 

「ここまで、かな……いい加減、立ってるのも辛く、な……」

 

それはとても弱弱しい声。凛は自分の命をあきらめ、セイバーに聖杯の破壊を命じようとしている。

違うだろう? 遠坂凛という女性はこんな所ではあきらめない。こんな所では死なない。否───この私が死なせない。

 

「アンタにも謝っとかないと。慎二助けられなかっ────」

 

「いいから走れ。そのような泣き言、聞く耳もたん」

 

「え?」

 

驚く凛をよそに、エミヤは剣の雨を降らせた。宝具ではないにしろ、剣の豪雨は肉を蹴散らし道を作る。

凛が池に飛び込んだのを見てセイバーはエクスカリバーで聖杯を破壊し、聖杯という舞台装置が無くなった彼女は満足そうに消えていった。

単独行動のスキルがあり、消えるまでまだ猶予のあるエミヤは凛が無事なのを確認してから境内へ戻る。

すると、孔に飲み込まれたギルガメッシュに引きずり込まれそうになる士郎の姿があった。

 

「まったく、手間をかけさせる。こちらはもう殆ど魔力がないというのに」

 

ぼやきながらも黒塗りの弓と一振りの剣を投影する。

 

「……ふん。お前の勝手だが、その前に右に避けろ」

 

もがく士郎に一声かけ、()を放つ。剣はギルガメッシュの額に突き刺さり、孔の中へと押し込んだ。

士郎はもう限界だったのだろう。一度眼が合った後眠るように気絶してしまった。

 

先ほどの投影で限界だったのか、体が薄れていく。

エミヤは境内から少し離れた、町を見下ろせる高台へと歩いた。

 

「アーチャー!」

 

そこへ、凛が走ってやっくる。

 

「残念だったな。そういう訳だ、今回の聖杯は諦めろ凛」

 

いつもと変わらない口調でエミヤは凛に言う。

主を失い英雄王の一撃を受けてなお、最後の瞬間の為、現世に踏み止まり少女を見守り続けた。

赤い外套はボロボロで鎧もひび割れて砕けている。

 

「────っ!」

 

エミヤの姿を見て凛は言葉に詰まってしまう。何を言うべきか思いつかない。

この少女は、ここ一番の大事な時に機転を失う。

 

「クッ」

 

そんな変わらない少女の姿を見て思わず笑いが漏れてしまう。

 

「な、何よ。こんな時だってのに、笑う事ないじゃないっ」

 

「いや、失礼。君の姿があんまりにもアレなものでね。お互い、よくもここまでボロボロになったと呆れたのだ」

 

いつもと変わらない何の変哲もないやり取りだが、エミヤの顔には笑みが残っている。

そんなエミヤに凛は言った。

 

「アーチャー。もう一度私と契約して」

 

だがエミヤはその申し出を断った。

今の彼には後悔も未練もない。彼の戦いは終わったのだ。

 

「けど! けど、それじゃ。アンタは、いつまでたっても……」

 

「救われないじゃないの」と言葉を飲み込んで少女は俯いた。

そんな、泣きそうな顔の少女を見たくなかった。彼女にはいつも、その名の通り凛としていてほしかった。

 

「────まいったな。この世に未練はないが」

 

だからこそ言おう。

いつだって前向きで、現実主義者で、とことん甘い。いつも私を励ましてくれた少女に。

 

「────凛」

 

呼びかけに凛は顔を上げる。

 

「私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。─────君が、支えてやってくれ」

 

と、他人事のように別れを告げる。それは、この上ない別れの言葉。

 

未来は変わるかもしれない。

遠坂凛が衛宮士郎の側にいてくれるのなら、エミヤという英雄は生まれないかもしれない。

 

そんな希望が込められた、遠い言葉。

 

もう既にエミヤと士郎は違う存在。エミヤが守護者から解かれることはない。けれど、それを承知で凛は頷いた。

だからこそ、何もしてあげられなかった少女に。生前も、死後でさえも自分を救ってくれた少女に。彼は満面の笑みを返した。

 

「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう頑張るから。きっと、あいつが自分を好きになれるように頑張るから……! だから、アンタも─────」

 

今からでも自分を許してあげなさい。

言葉にはせずとも、その想いは確かに心に響く。それがどれほどの救いになったか。

今この時、エミヤはようやく理解した。始まりのあの日、縁側で切嗣が見せた笑顔。

 

   “ああ。安心した”

 

後の事を託す事ができる人間が現れた安心感。

エミヤは少女の姿を誇らしげに記憶に留める。

 

「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」

 

最後に一言だけ残しエミヤは消滅した。

 

その後、エミヤは英霊の座に戻る途中の大聖杯の中で、救えなかった白い少女イリヤと再会する。

イリヤは聖杯の力を使い、エミヤに新たな命を与え、異世界へと送った。

 

そして、エミヤは新たな世界で1人のやさしい少女と出会う……

 

 

 

 

 

 

 

「これが私、英霊エミヤの全てだ」

 

「「……」」

 

あまりにも壮絶なシロウの過去を見て皆唖然としている。

 

「ネギ君は私と似ているからな、君には私と同じようになってほしくなかった」

 

真剣に、けれどもやさしげに言うシロウをネギも真剣な眼差しで見つめた。

 

「だが、これは私の傲慢(エゴ)だ。……すまない」

 

「いえ……僕の考えが甘かったんだと思います。何も知らずにシロウさんには失礼なことを」

 

「いや、いいんだ。刹那達も、ネギ君の試験の時は危険な目にあわせてしまってすまなかった」

 

試験の時に危険な目にあわせてしまったことに対し、刹那、アスナ、古、真名、楓にも頭を下げる。

みんなどうしたら言いかわからないようで戸惑っている。

そんな空気を打ち破ったのは、アスナだった。

 

「でもさ、あれは士郎の世界の話でこの世界では関係ないんじゃない? 魔法使いはみんな立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指してるんでしょ?」

 

アスナの発言に古やのどか、夕映などのまだこちら側に詳しくないものは頷く。

だが、エヴァはその言葉をバッサリと否定した。

 

「かわらんよ神楽坂アスナ。確かにこの世界の魔法使いの大半は立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指している。だが、力があるという事はそれを悪用しようとする者もいるという事だ」

 

「でも」

 

エヴァの言葉に対しそれでも反論しようとするアスナを真名が手で制した。

 

「龍宮さん?」

 

「事実だよ神楽坂。私は昔偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)のパートナーとして世界を回っていた」

 

「「えっ!?」」

 

真名の発言にアスナだけでなくネギも驚く。

 

「だが、どこも争いは絶えなかったよ。それこそ士郎さんの過去のような光景も多々あった」

 

真名はどこか遠い目で空を見上げている。

それでシロウは理解した。彼女もまた大切な誰かを失ったのだろうと。

 

「……」

 

シロウは浜辺へ向けて1人歩き出す。

そんなシロウに、心配そうにこのかが声をかけた。

 

「しろう?」

 

「すまない。少し考えたいことがあるんだ」

 

「うん……」

 

「それと……皆もう一度よく考えてくれ。こちらの世界に足を踏み入れるということは、大なり小なり危険な目に遭うということを。それは、自身の未来を狭めてしまう可能性があるということを」

 

それだけ言ってシロウは浜辺へ移動し、近くの岩場へ腰を下ろす。

 

「……前から不思議に思っていたが、何故私に衛宮士郎だった頃の記憶がある」

 

英霊エミヤとなった時点で全てのエミヤシロウの記憶が記録として残る。だから知っていること事態はおかしくはない。

だが、先ほど過去を見せた時、エミヤの記録ではなく自分自身の過去を思い出す(観る)事ができた。

この世界にきてから段々と過去を思い出している。

 

「……この世界に来た事と何か関係があるのか」

 

 

 

 

 

 

 

その頃、別荘の外では犬上小太郎が千鶴と夏美に拾われ、学園に忍び込もうと怪しい影が動きだし始めていた。

 

「……では、エミヤシロウの相手は君に任せるよ」

 

「承知した。そなたはそなたの目的を果たすとよい」

 

 

 

 

 

 

 




なんとかエミヤの過去を書き切りました。……だいぶ端折りましたけど。
にしても、《後》が一番長くて大変でした。
さて、ここからはネギま!の原作にそりつつオリジナルな展開へと持っていきたいと思います。
が、そろそろまた忙しくなってきましたので、次の更新はまた間が空いてしまうかもしれません。ほんとすいません。
ではまた次回。


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天賦の剣VS凡賦の剣

お久しぶりです。久々の投稿です。
更新が遅くてホント申し訳ありません。社会人になったら忙しくて全然書く暇がなくて……(泣)
とりあえず昨日から10日ほどお盆休みをもらえたのでまた少し更新していきたいと思います。


 

 

 

「……さて、そろそろ出るか」

 

このか達が出て、気づけば1日が経っていた。それでも外に出れば1時間しか経っていないのだから便利なものだ。

別荘を出てエヴァと茶々丸に一言声をかけ外に出る。外は雨が降っていたので、足早に寮へと向かった。

寮へ着き人気のない廊下にふと寂しさを感じる。すると、正面から真名がやってきた。

 

「どうしたんだい士郎さん? ぼーとして」

 

「この寮はこんなにも静かだったかなと。少し寂しさを感じていた」

 

シロウの声はどこか疲れているような、それでいて自嘲気味な感じがした。

 

「士郎さんらしくないね」

 

そんなシロウに、真名も苦笑いを返す事しかできなかった。

そこへ、刹那がやってくる。

 

「あの、士郎先生」

 

「刹那か。どうした」

 

刹那は気まずそうに視線を落とすが、意を決して顔を上げる。そして、頭を下げた。

 

「すいませんでした」

 

「君に謝られる理由が思いつかないのだが?」

 

「その……最近、先生を避けてしまって」

 

「気にするな。私は避けられて当然の行動をしてしまったのだ。……覚悟はしていたさ」

 

普段以上に、否、普段多少なり表情に変化のあるシロウから表情が消える。覚悟はしていた。だが、辛いものは辛いのだ。

刹那も裏の世界にかかわっていくつか仕事をしているから、多少ではあるがシロウの気持ちが理解できてる。

救いたいものが救えなかった気持ちも。他人から蔑まれる気持ちも。

 

「ですが、先生はネギ先生を心配してあんなことをしたのでしょう!? それなのに、先生を避けるようなまね……!」

 

それは、記憶で見た生前シロウが受けた仕打ちと似た状況だ。それを自分がしてしまっていたことに刹那は悔やむ。

そんな刹那の頭に、暖かな手がのせられた。

 

「ありがとう」

 

その笑顔がやさしくて。のせられた手のひらが暖かくて。シロウが本当に感謝をしているのがわかってしまったから、刹那はそれ以上何も言えなかった。

 

「せっちゃん」

 

と、そんな時このかの声がして顔を向けると、そこには裸のこのかがいた。

 

「わぁぁぁああああ!!! 何でハダカなん!? このちゃん」

 

複雑な思いもどこへやら、口調が京都弁に戻るほど刹那はテンパる。

 

「む?」

 

だが、このかの格好がおかしい事もさることながら、このこのかからは人の気配がしない。

それに何か真水……淡水の様なにおいがする。

 

「刹那!」

 

「ふぇ!?」

 

テンパる刹那の襟首をつかみこちらに引き、このか(偽)を蹴り飛ばす。

その刹那、ホルスターから銃を抜いた真名がこのか(偽)の額をを撃ち抜いた。

 

「し、士郎先生、龍宮! 何を……!?」

 

驚く刹那だが蹴飛ばされたこのか(偽)の方を見て表情をすぐ剣士へと変え、蹴り飛ばされたこのか(偽)は、ぐにぐにと変形して水のような体に変化する。

 

「チッ、失敗カ。やはりエミヤシロウは邪魔だナ。サムライに任せるべきだったゼ」

 

「士郎さん、そいつはスライムというやつだ。通常の打撃や斬撃は効果がない」

 

真名は銃の弾丸を対魔物用の特殊弾に変えつつ言う。

 

「ヘッ、ここは退散するゼ」

 

そう言うとスライムは溶けるように消えてしまった。

このかの姿で刹那を捕らえようとしたという事は、このかは既に捕らえられている可能性が高い。

そして、気になるのはスライムの言っていた「(サムライ)」という言葉。

 

「私はエヴァに侵入者の事を聞きに行く。刹那はこのか達の安否の確認を。真名は寮の警護を頼む」

 

「わかりました」

 

「了解」

 

刹那と別れ、急いでエヴァの別荘を目指す。

幸い雨ということもあり人通りがほぼなかった。街中を全力で駆け、数十分ほどでログハウスは見えてきた。

 

「エヴァ!」

 

「いきなり何だ? ノックぐらいしたらどうだ」

 

いきなりの来訪に不機嫌そうに言うが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

「侵入者が現れた」

 

「なに? ……ちっ、気のせいではなかったか」

 

実はエヴァは何者かが侵入した可能性に気づいていた。

シロウがログハウスを出た直後、僅かだが学園内への魔力干渉を感じたが、あまりにも僅かだった為確認を怠ったのだ。

 

「このか達が襲われた可能性がある。侵入者の居場所を知りたい」

 

「そいつらが魔力(チカラ)を使えばわかるが、今は気配がないな」

 

「そうか……」

 

「士郎先生ー!」

 

その時、物凄い勢いでちびせつながやってきた。

 

「お嬢様達はすでに捕らえられていました」

 

「っ、やはりか」

 

「何故かはかりませんが那波さんも連れ去られ、現在その場に居合わせたネギ先生と犬上小太郎と共に後を追っています」

 

犬上小太郎……京都の時の狗族の少年か。確か今は詠春が身柄を預かっているはずだが?

まぁ、事情はいい。直ぐに向かわねば。

 

「敵は何者かわかるか?」

 

「犬上小太郎の話によると、相手は悪魔だそうです」

 

「悪魔か……ネギ君の村を襲ったやつの生き残りか」

 

悪魔にスライム。ネギの過去に出てきた奴らと同じ。なら目的はネギということになる。

 

「エヴァ」

 

「ああ。お前の予想通り、ぼーやの村の事件の生き残りかなんかだろう」

 

エヴァも同じ意見らしい。その恰好は既に出かける準備を終えている。

 

「ちびせつな、案内を頼む」

 

「はい!」

 

森の中を進む途中エヴァは言った。

 

「貴様は手を出すなよ。これは、ぼーやにはいい経験だ。それに、周りの連中もこちらの世界に足を踏み入れる事がどういうことか理解するだろう」

 

確かにエヴァの言う通り、これは必要な経験だと思う。自分達の踏み入れる世界がどれほど危険かと言うことを知ることができるいい機会だろう。

だが、それを素直に容認できるシロウではなかった。

 

「約束はできんな。命に危険があるようなら介入する。それに……」

 

「なんだ?」

 

「いや。なんでもない」

 

スライムの言っていた侍の存在が気になる。杞憂で終わればいいのだがな。

 

 

 

 

 

 

「皆さん無事でしょうか?」

 

「ネギ先生を来させる為の人質でしょうから無事だと思います。士郎先生にも式紙で連絡しましたのですぐ来てくれるかと」

 

刹那、ネギ、小太郎は、現在ヘルマンに指定された世界樹の下にあるステージへと向かっている。

 

「見えたぜ兄貴!」

 

カモの声に反応してステージを見ると魔法を知っているメンバー+千鶴が捕らえられていた。

 

「先制攻撃やネギ!」

 

「う、うん! ラス・テル・マ・スキル・マギステル 魔法の射手(サギタ・マギカ) 戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)!!」

 

小太郎の声を合図に、ネギは捕縛魔法である風の矢を放つ。

しかし、ネギが放った戒めの風矢はへルマンの手前でかき消されてしまった。

 

「あなたは誰ですか! こんな事をする目的は?」

 

「人質をとってすまなかったね。私はただ君達の実力が知りたいのだよ。私を倒す事ができたら彼女達は返す。話は以上だ」

 

どうしてネギの実力を知りたいのかはわからないが、今の所人質に怪我はない様なので刹那は安堵する。

そしてすぐに気を引き締め夕凪を抜いて構える。それに続きネギも構えるのだが。

 

「よしっ! 僕が行く。小太郎君は下がってて!」

 

「何!?」

 

ネギの一言が癇に障ったのか、ネギと小太郎は口喧嘩を始めてしまった。そんな一瞬の隙を突き、3対のスライムが襲い掛かってくる。

が、冷静だった刹那は瞬時に3体のスライムを切り捨て一喝。

 

「今は喧嘩を場合ではないでしょう!」

 

「す、すいません」

 

「すまん」

 

「いいですか。今は協力しなければこのかお嬢様たちを助けることはできません。2人とも冷静になってください」

 

やっと本来の目的を思い出した2人は協力して戦いだす。戦闘力があまり高くないスライムをネギと小太郎に任せ、刹那はヘルマンへと接近する。

 

「はぁ!」

 

「む?」

 

刹那は連続で夕凪を走らせるが、ヘルマンは刀の腹の部分に拳を当てすべて逸らされてしまう。

 

「やれやれ。私はネギ君の実力を測りに来たんだがね」

 

刹那が本気で打ち込んでいるにもかかわらず、ヘルマンの態度は変わらない。むしろ余裕が見える。

 

「小次郎君。すまないが彼女も任せていいかな?」

 

「!?」

 

ヘルマンがそういった瞬間、夕凪が割って入った長刀に止められる。

 

「ふむ。目的は違うがまあよかろう。ヤツと死合う前に、小鳥と戯れるのもまた一興か」

 

「……お、お前は!」

 

現れたのは陣羽織を着た侍。それは紛れもなく、先ほどシロウの記憶で見たサーヴァント アサシンだった。

 

「何故アサシンがこんな所に……」

 

「ほう? 私をアサシンと呼ぶという事は、アーチャーに話を聞いたか? 一度しか剣を交えた事はなかったが、自分語りなどする男とは思わなんだ」

 

クックックッ、と笑う侍。シロウをアーチャーといったという事は、間違いなくあのアサシンという事だ。

刹那は素の研ぎ澄まされた殺気に冷や汗が滲み出る。

 

「まあよい……では、一時戯れようぞ!」

 

アサシンから放たれる一閃を何とか交わし、夕凪で反撃する。

シロウの記憶を見た限り、刹那では敵わないだろう。

そう思った刹那は反撃の隙を与えない為、自身の出せる最速の速さで剣を振るう。

だが、すべての剣はいなされ手ごたえが感じられない、まるで水を斬ろうとしている様な感覚に陥る。

 

「くっ……神鳴流奥義 百烈桜華斬!!!」

 

刹那は焦りと恐怖から強引に奥義を繰り出す。だが、それがいけなかった。

技を発動させた瞬間隙を作ってしまい、刹那の視界からアサシンが消えた。

それと同時に背中に走る痛み。アサシンは刹那の技の発動よりも一瞬早く動いて背後を取り、斬りつけたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

痛みをこらえ、すぐに振り向いて夕凪を構える。

 

「その若さにして野太刀をここまで使いこなすとは、すばらしい剣技だ。才もある。だがまだまだ伸び盛りにして、圧倒的に経験が足りぬな」

 

先ほどまで後の先を取っていたアサシンが攻撃に転ずる。

途端にアサシンの流れるような剣についていけず、刹那はどんどん傷を負ってしまう。

 

「うっ!」

 

一際重い一撃。たまらず刹那は膝を突く。その姿は白いブラウスを赤く染めボロボロである。

全身切り傷だらけで血を流し、最初に斬られた背中と左腕の傷は思った以上に深い。もはや満足に夕凪を構えることもできない。

 

「……娘よ、ここらで引いてはくれまいか? さすがに将来美しく咲くであろう花を摘み取るのは気が引ける」

 

アサシンは構えを解いて言ってくる。

ちらりとこのか達の方を見れば、自分の姿を見て涙を流し何か叫んでいる。

刹那は痛む体に喝を入れ立ち上がり、動く右腕だけで夕立を構える。

 

「それはできない。私はお嬢様を助ける」

 

「人質か? 心配せずとも人質に手を出すような無粋な真似はせんよ」

 

「その言葉が真実かどうかわからないし、もしもということがある。それに……」

 

私はもう一度お嬢様の姿を確認する。

 

「……(ありがとう、このちゃん)」

 

お嬢様は私なんかの為に涙を流してくれている。

それだけで、私はまだ戦える。

 

「私はお嬢様を護ると誓ったんだ」

 

刹那は唯一動く右腕で夕凪を構えアサシンを睨む

 

「……良い気迫だ。実に惜しいが、こちらも世界より(めい)を与えられているのでな。せめて、我が最高の秘剣によって葬ってやろう」

 

アサシンは、こちらに背を向けるような格好で剣を構える。

 

「秘剣───燕……!」

 

アサシンが秘剣を繰り出そうとした瞬間、飛来してきた一本の剣によりアサシンは後ろ飛び退き動きを止めた。とても楽しそうな表情で。

 

 

 

 

 

 

 

 

シロウは今ちびせつなの案内の下世界樹下のステージへと向かっている。

 

「おい! 早くしろシロウ」

 

「私も急ぎたいんだがね」

 

言いながらも地面を蹴り跳躍する。

シロウは浮遊魔法が使えないため空を飛ぶ事ができない。その為、足を強化して走っているのだが、エヴァの家の付近は木が多いので全力で走っても問題はないが、雨が降っていて人が少ないとはいえ、街中を人間離れした速度で走るわけにはいかない。

だから今は屋根伝いに跳んで行っているのだ。

 

「うっ!」

 

その時ちびせつなが苦しみだす。

 

「どうした」

 

「本体の身に何かあったようです。すいませんが私はここで……」

 

最後に小さく頭を下げてちびせつなは人形(ひとがた)に戻る。

ちびせつなを維持できなくなったという事は刹那が捕まったか、あるいは式紙を維持できないほどの重傷を負ったという事だ。

 

「先に行かせるべきではなかったか」

 

多少魔力を使い人に見られる可能性はあるが、止むを得ずシロウは連続で虚空瞬動を使い空を翔る。

世界樹下のステージが見える頃には、刹那がアサシンに追い詰められていた。

 

「あの構えはまずい!」

 

アサシンの構えを見たシロウはすぐさま弓と剣を投影し、アサシン目掛けて放った。

剣はアサシンに避けられたが、動きを止める事には成功する。

シロウはもう一度虚空瞬動を使い、刹那を庇うように二人の間に割って入った。

 

「人の死合いに水を指すとは相変わらず無粋よな、アーチャー……いや、エミヤシロウと言った方がよいか?」

 

アサシンの声には戦いに水を差されたことに対する怒りが感じられない。むしろ、嬉しそうな声で言う。

 

「何故、君がここにいる? そして、何故私の真名を知る?」

 

「ふむ。そのまま教えてもいいが、それでは少々面白味に欠ける。私に勝ったら教えるとしようか」

 

アサシンはこちらに刀を向ける。

 

「……いいだろう。だが、少し待て」

 

シロウはアサシンへの警戒をしたまま刹那の下へ駆け寄る。

ざっと見た感じ、背中と左腕の傷は深いが致命傷というほどでもない。だが、血を流しすぎているのでこのままではまずい。

シロウは投影した包帯で止血をし、応急処置を施す。

止血できたとはいえ所詮投影品での応急処置。なるべく早く適切な処置を施さなければならない。

その為には───

 

「もうよいのか?」

 

「ああ、後は貴様をさっさと片付ければこのかの魔法で何とかなる」

 

シロウは干将・莫耶を投影し構える。それを確認し、アサシンも下げていた物干し竿を構えた。

 

「いざ、尋常に───勝負!」

 

掛け声と共に放たれる頭、首、胴を狙う斬撃。その全てを干将・莫耶で受け流す。

 

「ふっ!」

 

切っ先が交差する。幾度にも振るわれる剣線、幾重もの太刀筋。

弾け、火花を散らしあう双剣と刀。天賦の剣と凡賦の剣。

才能に驕る事なく己の剣を極限まで極めた者と、才能がないからこそ己自身を極限まで鍛えた者。

その剣戟は、まるで舞っているかの如く見ているものを惹きつける。

 

だがシロウは攻め込む事ができない。

アサシンの長刀の間合いは干将・莫耶よりも広い

剣をいなしつつ間合いに入れば、即座に首を跳ねんとする一刀が振るわれる

アサシンの剣にはセイバーの暴風のような重い一撃はない

だが、それを補う速さと技量がある為、こちらも攻めに転ずることができない

 

「ほう? アーチャーよ。何があったかは知らぬが、お主変わったな」

 

剣を振るう手は止めずにアサシンは話しかけてくる。

 

「前に剣を交えた時は、何か憎しみにも似た負の感情を感じたが、今のお主にはそれが感じられん」

 

「変わった……か」

 

確かにそうかもしれない。聖杯戦争(あの)頃私は衛宮士郎を殺す事だけを考えていた。

だが、答えを得て。麻帆良で過ごしてオレ(・・)は変わった気がする。

全ての人を救うことを諦めた訳ではない。自分の過去を悔やんでいる訳でもない。

だが、今のオレは身近な大切な人から護っていこうと考え始めている。

 

「確かに。今の私はあの頃の私とは違う」

 

シロウはアサシンの剣を弾き返す。まるで過去の自分と決別するかのように。

 

「だからこそ。もう二度と、私に敗走はありえない」

 

「……ふっ。やはり今のそなたは生半可な技では倒せぬな」

 

雷の斧(デュオス・テュコス)!!!」

 

大きな音がしたのでネギ達の方を見ると、丁度ネギがヘルマンを倒した所だった。

自由になったこのかはアーティファクトで刹那を回復させる。

3分以上経ってしまったので完治とはいかないが、これで刹那は安心だろう。

 

「あちらも終わったか。では、そろそろ幕引きといこう」

 

そう言ってアサシンはこちらに背を向けるように肩口に剣を構える。

秘剣・燕返し

円を描く三つの太刀筋で牢獄を作り上げる秘剣。

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)」と呼ばれる第二魔法を剣技のみで再現したもので、技術によって宝具の域に達した必殺技であり、彼が全存在をかけて練り上げた究極の一である。

 

I am the bone of my sword (体は剣で出来ている)

 

対するシロウは干将・莫耶に強化を重ねがけ、巨大な剣へと変形させる。

 

「秘剣─────燕返し!!」

 

放たれたのは同時に現れる三本の剣の牢獄。

一の太刀が頭上から股下までを断つ縦軸を狙い、二の太刀が一の太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡を描く。そして三の太刀で左右への離脱を阻む正に回避不可能の必殺剣。

強度を増した干将・莫耶はそれぞれで一の太刀と二の太刀を受け止めるが、シロウには三の太刀を受け止めるすべがなく、アサシンの刃が容赦なくシロウの胴を襲った。

アサシンは勝利を確信した。だが───

 

「なんと……」

 

アサシンの刀は折れ、斬られたのはアサシンの体だった。

 

「よもや己が身まで剣と化し我が秘剣を防ぐとは……」

 

そう、シロウは強化した干将・莫耶で一の太刀と二の太刀を止め、止めきれない三の太刀を自身の内側、体内に剣を投影して受け止めたのだ。それは自身の体を傷つけ、一歩間違えれば死にかねない捨て身の作。

だが、その結果アサシンの刀はシロウの胴を半ばまで斬った所で折れ、反撃することに成功した。

 

「いや、よく考えれば私が敗れるのは当然か。自身の為だけに剣を振るった私に対し、そなたは常に誰かの為に剣を振るってきたのだから」

 

満足そうに微笑むと、アサシンはその場に崩れ落ちた。

同時にシロウもその場に膝をつく。

 

「シロウさん!!」

 

ヘルマンを倒したネギ達と戦いを見物していたエヴァ達がこちらにやってきた。

刹那も傷が良くなったようで、このかに肩をかりながらも私に笑顔を向ける。

 

「ありがとうございました。士郎先生」

 

「いや、無事でよかった」

 

刹那への返答もそこそこ、アサシンの方へ向き直る。

 

「アサシン。何故君がここにいるのか聞かせてもらおうか」

 

「……ふむ。私も上手くは説明できぬが、そなたを殺しに来た事は確かだ」

 

「私を殺しに? 何故?」

 

「私らの世界はお主、英霊エミヤという存在が答えを得る事を良く思っておらぬらしくてな。それ故に、そなたに縁のある私が使いとして召喚されたのだ……」

 

私らの世界という事は、私がいた世界という事だろう。だが、それならばなぜアサシンなんだ?

確かにアサシンは強い。しかし、彼はイレギュラーな召喚によって呼ばれた実在しない英霊だ。

私の存在を消すならばもっと破壊に特化したモノを召喚するべきだろう。それこそ、ギルガメッシュやヘラクレスの様な、より私を消す確率の高い存在を。

それに、世界に召喚されたというわりに、アサシンにははじめから自我があった。私が守護者として召喚された時は意識はあるが自我はなく、目的を果たし終えた時、座に戻るまでの僅かな時間のみ自我があった。

アサシンの言う事は真実だろうが、そこがいまいち腑に落ちない。

 

「……む? 世界のやつめ、無粋な真似を」

 

「どうした?」

 

アサシンの顔色が見る見るうちに悪くなる。

 

「その者達を連れて逃げよ、アーチャー。……私自身制御がきかん……ぐっ!!」

 

アサシンが急に苦しみだしながら立ち上がる。その表情はもはや正気ではない。

 

「皆下がれ!!」

 

私は急いでネギたちに下がるよう言うが間に合わず、先ほどまでのアサシンをはるかに凌駕する力で殴り飛ばされた。

 

「がぁっ!?」

 

「■■■■■ーーーーーーーー!!!!!」

 

痛む体を無理やり動かし立ち上がると、そこには言葉にならない叫びを上げるアサシンがいた。

その体は漆黒の魔力に包まれ、美しかった剣技を使っていた彼とはまるで別人のように暴れまわる。

 

「うわっ!」

 

咄嗟に盾を展開するネギ君だが一撃で破壊され、シロウ同様吹き飛ばされる。

それを見たエヴァや刹那、古、楓が動くも、拳の一撃で皆倒れてしまう。

狂ったアサシンは残された戦闘力の低いこのか達の方へゆっくりと歩いていく。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

シロウは瞬動でこのか達とアサシンの間に入り込みヘラクレスの斧剣を投影し拳を受ける。

しかし、アサシンの拳は斧剣ごとシロウを数メートル後ろへと押した。

 

「ぐっ、なんという力だ。これではまるでバーサーカーではないか」

 

先ほどの刀傷がさらに広がり激痛が走る。

だがアサシンの方は世界からの魔力供給のおかげか、全ての傷が癒えている。

 

「■■■■~~~~~~!!!」

 

射殺す百頭(ナイン・ライブズ)!!』

 

再現するのはヘラクレスがヒュドラを倒す為に編み出した弓術を剣術にアレンジした九つの斬撃。

突進してくるアサシンは一撃で吹き飛ばされ、体中に穴を開ける。

 

「はぁ……はぁ……これでも、まだ止まらないか」

 

それでもアサシンは止まらない。体中ボロボロでもこちらへ進んでくる。

傷が深い過ぎてこれ以上の大技は体がもたない。だが、ここで倒れれば後ろにいるこのか達も命は無いだろう。

アサシン(アレ)は周りのモノを全て破壊しつくすまで止まらない。

 

「■■ーー!」

 

アサシンは再び拳を振り上げる。だが、そこで動きが止まった。

 

「アー……チャーよ。私をコロ……セ。これは……私の望ム…結末では……ナイ」

 

アサシンは己のに残された最後の力を振り絞って世界の意思に反発した。

 

「アサシン……」

 

その時、シロウのパクティオーカードが光出す。

頭に流れ込んでくる『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の能力。

 

「は…や……く」

 

来たれ(アデアット)

 

現れる一振りの刀はシロウの想いに呼応するように薄い赤色に輝きだす。

 

「見事だ、アサシン。いや、佐々木小次郎」

 

世界の意思に抗ってなお、自身の武士道を貫くその姿に敬意を表し、アサシンではなく彼に真名として与えられた名である佐々木小次郎と呼んだ。

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)!!!』

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)でアサシンを斬ると、アサシンの体も眩く赤く輝きだし本来の状態へと戻る。そして、足元から光の粒子となって消えていった。

 

「……忝い、感謝する。エミヤシロウよ」

 

これこそ『全てを救う正義の味方』のもう一つの能力。

使用者の想いを力に変え、斬った対象を癒し浄化する事ができる力。

この能力により『全てを救う正義の味方(エミヤ)』で斬られたモノは救われるという伝説が伝わったのだ。

 

「うっ、いたたた」

 

その時、丁度倒れていたエヴァ達が起きだした。

 

「みんな大丈夫か?」

 

「はい」 

 

「ああ」 

 

「平気です」 

 

「大丈夫でござる」

 

「平気アル」

 

みんな軽傷という訳ではないが無事なようだ。

 

「というか一番の重傷者は貴様だろう」

 

「む」

 

言われてみれば確かに。アサシンに斬られた傷は肺まで達し、その状態で射殺す百頭(ナイン・ライブズ)を使った為傷は広がり、腕の筋肉もズタズタである。

それでもこうして立っていられるのは、この身が受肉した肉体であるという事と。体内の全て遠き理想郷(アヴァロン)のおかげだろう。

 

「ちょっと、アレなんだったのよ!」

 

そこにアスナがやってきてアサシンの事について追求してくる。

シロウはその場にいた皆に先ほどアサシンから聞いた内容を説明した。

 

「じゃあ、そのせいで関係のない刹那さん達が怪我をしたって事なの」

 

アスナはシロウを狙ってきたアサシンのせいで刹那やネギ達が怪我をした事に対し怒っているようだ。

 

「いえ、私は別に……」

 

「アスナ……」

 

刹那とこのかはアスナを止めようとするがアスナの怒りは収まらない。

そんなアスナに対し、エヴァは腹立たしげに口を開いた。

 

「勝手な事をほざくなよ。神楽坂アスナ」

 

「何よエヴァちゃん」

 

「確かにアサシンがこの世界に現れたのはシロウのせいだろう。だが、そもそもお前らがこちら側の世界に首を突っ込まなければ、ヘルマンとかいう悪魔に捕らわれてアサシンと出会うことも無かったはずだ」

 

「でも、私が関わったのはネギのせいだし。そんな危ない事になるとは……」

 

エヴァの気迫に押され、声が小さくなるアスナ。

 

「はっ、ぼーやの為? 笑わせるな切欠はぼーやでも選んだのはお前だ。それにシロウがわざわざ自分の過去を見せて言っただろう? もう一度良く考えろ、と。それなのに人のせいにするとはな」

 

「うっ」

 

エヴァの言葉でアスナはバツが悪そうな顔をする。

さらに追い打ち、もとい何か言いそうなエヴァを止めるため、士郎は前に出た。

 

「もういいさエヴァ。確かにアサシンの件に関しては私のせいだからな。だが。エヴァの言うとおり、君達が魔法に関わらなければこんな目に合う事は無かった。二度目になるが、今日の事を踏まえた上でもう一度良く考えてくれ。こちらの世界に足を踏み入れるのかどうかを」

 

皆無傷というわけではない。あまり望ましくはなかったとはいえ、今回の件で恐怖も味わっただろう。

その上もう一度答えを出してもらうべく、今日はこれで解散となった。

 

 

 

「……」

 

雨の中シロウは橋の上に傘も刺さず立っている。

 

「エヴァか」

 

気配を感じ振り返ると茶々丸に傘を持たせたエヴァがいた。

 

「こんな所で何をしている」

 

「なに、少々雨に打たれたい気分なだけさ」

 

「嘘だな。どうせ、新たな侵入者が来ないよう見張りでもしていたんだろう」

 

「……やれやれ。君に隠し事はできんな」

 

シロウはまたアサシンのように自分を狙って新たな刺客がくる可能性を考え、結界の境目である橋の上で見張っていたのだ。

 

「やはり、また来るのか?」

 

「来るだろう。次はもっと強力な刺客が。世界がそう簡単に諦めるとは思えん」

 

何故、第五次聖杯戦争のサーヴァントであるアサシンが来たのかはわからないが、アサシンが敗れた今、今度はもっと強力な相手がエミヤを消しに来るだろう。

 

「……じじいに学園の結界を強化するよう言っておく。だからさっさと貴様も戻れ」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のタイトルの天賦の剣VS凡賦の剣の「凡賦」ってなんだ? って方がいると思いますが、これは私の造語ですので実際には無い言葉ですね。意味は文字通りなんですが、天賦を神から与えられた才能というならば凡賦は誰もが平等にもっているモノを駆使したものが凡賦みたいな感じで意味づけしております。うまく説明できずすいません。

それではまた次回!


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学園祭 編
エミヤの日常 Ⅲ


割と速めの更新。
お盆休み中にどこまで書けるかが勝負です!

それと、感想をくださった方、誤字報告を下さった方、ありがとうございます!
皆さんのおかげでとても助かっております! 今後も応援よろしくお願いいたします。


追記:Fate/Steins;Gate という作品も投稿し始めましたので良ければご覧ください。
   こちらがメインとなるので、投稿スピードはどうなるかわかりませんが。


 

「この時間に賑わっている学園というのは新鮮だな」

 

いつも早めに学校に出勤しているが、今は学園祭間近という事もあって早朝でも学園は大変賑わっている。

 

「ほう、これはすごいな」

 

眼前には聳え立つ巨大な門。麻帆良の学生は技術が高い。特に門や着ぐるみ等の創作物のクオリティは学生とは思えないほどの出来だ。

 

「ん? あれは」

 

その門の手前で見知った顔を見つける。

 

「おはよう。五月」

 

「おはようございます。衛宮先生」

 

四葉五月。3-Aの騒がしい生徒達の中で数少ないまとも……基、落ち着いた子だ。

確か、料理が得意でお料理研究会に所属しているんだったか?

 

「朝早くから何をしているのかね?」

 

「学園祭の期間中、超包子というお店をやるので準備をしているんです」

 

五月の話によると学園祭と学園祭の準備期間中は、超が経営する店「超包子」を開くらしい。

五月のほかに働いているのは店長である超、それから聡美、古、茶々丸達。明日から開店するので今日は準備をしているそうだ。

 

「そうか。では、開店したら是非寄らせてもらうよ」

 

「はい。お待ちしております」

 

皐月との雑談もほどほどに学園に着くと、まず学園長室に向かい昨日の事を学園長に報告した。

 

「エヴァくんに話は聞いていたが、なるほどのぅ」

 

「迷惑をかける」

 

「いや。エミヤ君が気にすることはないぞ」

 

「しかし……」

 

「悪いのは君の世界意思であって君ではない。話はこれで終わりじゃ」

 

学園長は手のひらをパンッと打って話を打ち切る。

本来であれば、責められても仕方がないことだというのに。本当に学園長には頭が下がる。

 

「感謝する。……と、そうだ一つ訊ねたいんだが」

 

「なんじゃ?」

 

シロウはアーティファクト『全てを救う正義の味方(エミヤ)』を出し学園長に見せる。

 

「ほ?……これは」

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)』を見て顔色を変える学園長。

シロウは茶々丸から聞いた『全てを救う正義の味方』の情報を伝え、何か知らないか聞いてみた。

 

「ふむ、これは元々近衛家が所持していたものじゃな」

 

「なに?」

 

学園長の話によると『全てを救う正義の味方』代々近衛家に伝わっていた刀で、誰も使用する事はできなかった事と、かなりの魔力を有している事もあり、いつか使い手が見つかるようにと学園長自身が魔法協会にアーティファクトとして登録したらしい。

 

「ワシも詳しくはわからんが、婿殿のいる京都の本山なら何か資料があるかもしれんのぅ」

 

「京都か……」

 

京都に行くとなると休日か……だが、調べるとなると数日はかかる。

早く調べたいとは思うが、今は学園祭のも迫っていて忙しいし、しばらくはお預けだな。

 

「よし。京都へ行ってきなさい」

 

「……私には仕事があるのだが?」

 

「なら、エミヤ君に休暇を出そう」

 

「は?」

 

笑顔でそんな事を言う狸爺(このじじい)

これには流石に頭を抱えずにはいられない。

 

「なに、ネギ君もそろそろ1人で大丈夫じゃろ。それに当分は学園祭の準備じゃし、問題なかろう」

 

たまに、ごくたまにだが……いや、結構頻繁に思う。こんな人が学園長でいいのだろうか? と。

 

何はともあれ、とりあえず明日から休暇という事になったので今日は普通に仕事をした。

数日留守にすることを伝える為にネギを探していると、帰り道で夕日を眺めるネギを見つける。

 

「ネギ君」

 

「あ……シロウさん」

 

様子がおかしいな?何か思い悩んでいるような……

 

「どうかしたかね?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

ネギはパッと笑顔を作って誤魔化す。だが、そんな笑顔で騙される事などない。

 

「理由は聞かんが、あまり思いつめるなよネギ君」

 

「……はい」

 

しばし無言が続く。これだけ待っても何も語らないということは、私では解決できないもしくは自分で解決すべきことなのだろう。

ならば、今は一人にさせておくべきか。

 

「そうだ。私は所用で出かけるから、数日は1人で頑張ってくれ。と言っても普段から私はあまり、補佐らしいことはしていないが」

 

「いえ、そんな事ないです。シロウさんにはいろいろとお世話になって」

 

「まあ、それはさておき。数日は頼んだぞ」

 

「はい。任せてください」

 

 

 

 

 

朝、準備を済ませ寮を出る。

 

「ああ、そうだ」

 

ふと超包子に行く約束を思い出した。しばらくは京都だろうし、学園祭中はいけるかわからない。

そう思い、いつもより早い時間で会える可能性は低いが、駅に向かう前に超包子へ行くことにした。

 

「おはよう。五月」

 

「おはようございます。いらっしゃいませ衛宮先生。今日も早いですね」

 

今日もにこやかに挨拶をする五月、ほかのメンバーはまだいないようだ。

ということは、まだ開店前の仕込み時間だったのだろうか。

 

「何か食べますか?」

 

「ああ、だがいいのか? まだ開店していないのでは?」

 

「大丈夫ですよ。仕込みはもう終わってますし、そろそろ開店するところだったので」

 

「そうか。では、これから所用で京都に行くんでな。何か軽く食べられるものを頼む」

 

「はい」

 

少しして、五月が出してくれたのはサンドウィッチとスープ。

サンドウィッチのパンは少し焼いてあるのかサクッと歯ごたえがよく、スープの方もしっかりと出汁をとってあるようでとても美味しかった。

 

「ごちそうさま。美味しかった」

 

「お粗末さまです」

 

「五月は料理が上手いんだな」

 

「いえそんな事は、ただ料理が好きなので」

 

はにかむ五月の笑顔は普段落ち着いていて大人びて見える彼女を年相応に見せた。

よほど料理が好きなのだろう。これほどの腕で料理が好きとなれば、五月は将来すばらしい料理人になれるはずだ。

 

「そういえば、衛宮先生も料理がお上手だと近衛さんに聞きました」

 

「このかが?」

 

「はい。もしよろしければ今度食べさせてください」

 

「了解した。機会があればご馳走しよう」

 

私は五月にサンドウィッチとスープの料金を渡し席を立つ。

と、そこであることを思いつき。五月にさらにもう一つ分のスープ代を渡した

 

「あの、これは?」

 

「ネギ君が元気が無いようだったのでな。もしここによる事があれば、先ほどのスープでも飲ませてやってくれ」

 

シロウは返事をする五月を後にして駅へと向かった。

 

 

 

 

京都関西呪術協会総本山

 

「いつ見ても大きいな」

 

いや、大きさが変わるなんて事はないから当然なのだが、いくら和風の家が好きな私としてもこれほど大きいと……なんというか圧倒されるものがあるな。

 

「お待ちしておりました」

 

その時、丁度詠春がこちらに歩いてきた。

 

「ああ、突然ですまないな詠春」

 

「いえいえ。お義父さんから話は聞いてますし、一剣士としてはやはり興味があるので」

 

詠春の案内の下、古い書物がたくさんある書庫に連れて行かれる。

 

「近衛家の歴史は古いですからね。すぐに見つかるといいのですが」

 

詠春は端の方から本に目を通し始める。シロウもそれに習い隣の棚から調べていく。

 

数時間後

 

「む? 詠春、見つけたぞ」

 

詠春を呼び本の内容を読む。

 

京の都に古より封印されし鬼が目覚め災いがもたらされる。

帝は兵を放つも鬼の一撃は一振りで百の兵をなぎ払う。

やがて、人々は怯え家に篭る様になり、京は絶望に染まる。

だが一人の若者立ち上がりて鬼に挑む。その者の名を「近衛京四朗」という。

京四朗は陰陽術で鬼に挑むも効果はなし。その時、空から現れし老人、京四朗に一振りの刀を授けた。

刀を手にした京四郎は赤き輝きと共に鬼を祓い、人々に救いを与える。

後に名も無きこの刀に(みやこ)を災いから(まもる)という意味を込めて、衛宮(エミヤ)という名が与えらた。

 

「わざわざ来ていただいたのに、エヴァンジェリンと茶々丸君の情報とさほど変わりませんね」

 

「いや、そうでもないさ」

 

申し訳なさそうに頬を掻く詠春に、シロウは満足そうに答える。

本の中の「空から現れし老人、京四朗に一振りの刀を授ける」という部分。

これは、はじめから(エミヤ)があったわけではないという事と、老人という新たな人物の存在を明らかにした。

全てを救う正義の味方(エミヤ)』から宝具に似た気配を感じた事からして、やはりシロウの元いた世界、もしくは他の平行世界から持ち込まれた可能性が高い。

そして、この老人。空を飛んできた(・・・・・・・)ではなく。

空から現れた(・・・・・・)と書いてあるという事は、文字通り突然現れたのだろう。

そんなとんでもない老人にシロウは心当たりがある。

 

「まあ、まさかとは思うがな……」

 

その後、他に『全てを救う正義の味方』について書かれている本がないか探すが見つからず。夜も遅いので詠春の所に泊めてもらうことになった。

 

翌日

 

「今日はどうしますか?」

 

「そうだな。思いのほか早く終わったし、麻帆良に帰るとするよ」

 

その時、家の中から電話の音が響いた。

 

「ちょっと失礼します……ああ、お義父さん。ええ、はい」

 

電話の相手はどうやら学園長らしい、言二言話した後詠春がシロウに電話を渡す。

 

「もしもし?」

 

「おお、エミヤ君か」

 

「ああ、調べ物も終わったし。今日そちらに帰る」

 

「なんじゃ、せっかくの休暇なんじゃしゆっくり観光でも……なんじゃ? 今、電話中……ふご!?」

 

話していた学園長の声が遠ざかる。遠くから何やらばれる物音。

嫌な予感がする。そう思いそっと受話器を下ろそうとして。

 

「おい、シロウ!」

 

電話から学園長ではなくエヴァの声が響いた。

 

「……只今留守にしております。ピーという発信音の後に」

 

「貴様ふざけるな! 詠春の家の電話は黒電話だっただろうが!」

 

「……何かね?」

 

「私に無断で京都へ行くとは、うらやま……どういうことだ!」

 

何か今本音が聞こえたような。

 

「どういうことも何も、私がどこへ行こうと私の勝手だろう。何故君の許可がいる?」

 

「貴様は私の弟子だろう」

 

どうだ! と言わんばかりのエヴァの声。電話の向こうでふんぞり返っている光景が目に浮かぶ。

 

「……用が無いなら切るぞ?」

 

「待て待て、用ならある」

 

電話を切ろうとした所をエヴァがあわてて止める。

 

「なら、はじめから言いたまえ。で、用件は?」

 

「宝石を買って来い」

 

 

 

 

 

 

「ふむ。この辺りにあるはずだが……」

 

今私シロウはエヴァに頼まれた宝石を買うため麻帆良の隣にある街に来ている。

エヴァに頼まれた内容はこうだ。

 

「ぼーやの修行の為に別荘の地形(フィールド)を増やす。その為に楔となる魔力の篭った宝石が必要だから買って来い」

 

シロウは麻帆良の隣街なら自分で行った方が早いと言ったのだが、エヴァは「私は忙しい」の一言でばっさり切り捨てた。

しかも電話で住所を伝えたはいいが、挙句の果てにはいつも茶々丸に頼んでいたから店の名前がわからないときた。

いくらエヴァの名前をだせば、向こうはわかるといっても会えなければ意味が無いだろう。故に、現在は今迷っている。

 

「誰かに尋ねるか?」

 

「うぅ……」

 

「ん?」

 

誰かに道を尋ねようと辺りを見渡すと、道に座り込む少女が目に入った。

 

「どうかしたのかね?」

 

「!!」

 

シロウが声をかけると体を震わせてこちらを窺ってくる。

 

「驚かせてすまない。こんな所でどうしたのかと気になってね、もし何か困っているなら力になるが?」

 

「え? ええと……」

 

話を聞くと、どうやら少女はお使いに行っていたらしいのだが、途中で転んで足を捻ってしまい歩けなくなってしまったらしい。

了解を取って足を見せてもらうと、骨は折れていないが軽く捻挫をしていて小さな少女が歩くのは難しそうだった。

 

「家はどこかね? 送っていこう」

 

シロウはそう言って少女と荷物を抱える。

 

「えっ!? い、いえ! そんな申し訳ないです!」

 

「気にする事はない。私も道に迷って困っていたのでね、君を運ぶ間にでも教えてくれると助かる」

 

「ほへ……ふ、ふふっ、わかりました」

 

シロウの言動がおかしかったのか、そう言って少女は微笑んでくれた。

ふわりと笑う少女の顔、シロウはどこか見覚えがあった。

 

「ああ、自己紹介がまだだったな。私の名はエミヤシロウというのだが、君の名前は?」

 

「あ、はい。私は遠坂桜です」

 

「遠坂……桜」

 

そうだ、この少女は桜にそっくりだ。いや、そっくりというより平行世界の桜なのだろう。

しかし苗字が間桐ではなく遠坂という事は、この世界では凛と仲良く暮らしているのだろうか。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、すまない。知り合いに同じ名前の人がいたのでね。少し思い出していたのだ」

 

「そうなんですか? あ! そこが私の家です」

 

桜が指差したのは小さなお店。『宝石店 Dignified Cherry』

威厳のある桜……いや、この場合凛とした桜と訳すのだろうか。

 

「……凛と桜か」

 

店の名前にするくらいだ。きっと2人は仲のいい姉妹なのだろう。

都合のいいことに、この店はエヴァが指定した住所と同じ場所である。

少女を連れ店に入ろうとした時。

 

「桜に何すんのよぉぉぉおおおお!!」

 

シロウの後頭部に魔力の篭った拳が叩きつけられた。

油断していたうえに、桜を抱えているので両手が使えないシロウはモロに拳を受け意識が薄れていく。

なんとか倒れる瞬間桜に怪我をさせないよう抱え込み、背後を見ると黒い髪を左右で結う赤い服を着た少女の姿があった……。

 

「……む、ここは?」

 

目が覚めると見慣れない天井。現状を把握する為、一つ一つ記憶を遡る。

 

「そうか、確か私は桜を家まで運んでいきなり殴られて……」

 

「あ、目が覚めたんですね!」

 

横を見ると目に涙を溜めた桜が座っていた。

 

「ああ、迷惑をかけた。桜、あの後どうなったんだ?」

 

「えっと、姉さんがちょっと……とりあえずお父さん呼んできます!」

 

桜はパタパタと部屋を出て行ってしまった。

部屋を見渡してみると、部屋の隅で小さくなっている少女を見つけた。

 

「君は何をしているのかね?」

 

少女はシロウが話しかけると ビクッ と反応し、もぞもぞと立ち上がる。

 

「え~と……ごめんなさい」

 

少女は申し訳なさそうに頭を下げた。

そんな少女に名前を聞くと、少女の名前は思った通り「遠坂凛」という名前だった。

桜の帰りが遅いので探しに行き、見つからなかったので先に帰ったと思い家に戻ると桜を抱えているシロウを見つけ、シロウが桜を誘拐しようとしていると思い殴りかかったらしい。

 

「些か早計ではあるが、桜を助けようとしての行動だ。気にするなとは言わんが、気に病む必要はない。だがな凛、もう少し考えてから行動したまえ。家の前で誘拐をする馬鹿がいるわけがなかろう。それに私だったからよかったものの、一般人だったら君の魔力を乗せた拳は相当危険だ」

 

凛を説教しながら思う。遠坂のうっかりは遺伝というレベルではなく、平行世界をも超える代物だったのだと。

 

「な、何よ偉そうに……って、アンタ魔力って言った!? もしかして魔法使いなの!?」

 

「こらこら、何を騒いでいるのかな? 凛、いつも言っているだろう。常に優雅たれ、と」

 

驚く凛を止めるように桜と父親と思わしき人物が入ってきた。

 

「お、お父様」

 

「さて、まずは自己紹介といこう。私の名前は遠坂時臣、よろしくエミヤシロウ君。君の事は闇の福音から聞いているよ」

 

「そうか、では早速で悪いが、エヴァの欲している宝石をもらい受けたい」

 

気絶しているうちに夜になっていたので、このままでは麻帆良に帰るのがさらに遅くなってしまう。

失礼だとは思ったが、できるだけ早く宝石をもらって帰ろうと判断した。

 

「まあ、そう慌てなくても。よければお詫びの意味も込めて今晩は家に泊まっていかれては如何かな?」

 

時臣氏の提案に桜は笑顔を見せ、凛は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「それはありがたいのだが、エヴァがなんと言うか」

 

エヴァの使いとして来たのに一日泊まって宝石を持ち帰るのが遅くなっては何を言われるかわかったもんじゃない。

 

「では、エヴァンジェリンさんの方には私から連絡を入れておくとしよう。それならば、構わないだろう?」

 

そこまで言われては逆に失礼なので、ありがたく泊めてもらうことにした。

 

「では、妻を紹介しよう。おーい、葵ー」

 

時臣氏が呼ぶとパタパタと足音とともに落ち着いた雰囲気の女性が現れる。

顔立ちは凛に似ているが、雰囲気は桜に近い。いや、逆か。凛と桜が母であるこの女性に似ているのだ。

 

「こちらはエヴァンジェリンさんのお弟子さんのエミヤシロウ君だ。彼は今日家に泊まるから料理の方を頼む」

 

「はじめまして、遠坂葵です。先ほどは凛がごめんなさいね」

 

「いや。とても元気なお子さんで」

 

ちらりと凛の方を見るとこちらを睨んでいた。その表情は優雅とは言い難い。

なので、シロウも遠坂夫妻にばれないよう皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「お食事の用意ができましたら、お呼びいたしますのでゆっくりしていて下さい」

 

そう言って葵さんと時臣氏は部屋を後にした。残されたのは私と、チラチラとこちらを伺う桜

それから、妙に殺気を出す凛だ。

 

「さて、凛。君は何を怒っているんだね?」

 

「アンタのせいで恥じかいたじゃないの!! どうしてくれんの!?」

 

いや、それは君のせいで私は関係ないだろう。

 

「それは失敬。だが先ほど時臣氏が言っていた“常に優雅たれ”はどうしたのかね?」

 

私がそういうとさらに顔を赤くして怒る凛。いかんな、どうもからかいたくなってしまう。

 

「あ、あのぅ。姉さん、シロウさん」

 

シロウ達を見ておろおろする桜。シロウはそんな桜心情を察し、頭に手をのせなでる。

 

「ああ、すまん。別に喧嘩をしているわけじゃないから心配するな」

 

すると桜は再び満面の笑みを見せてくれる。この世界の桜はよく笑うようで安心した。

 

「……」

 

「何かな凛」

 

凛はこちらを更に睨む。だが、それは先ほどのような怒りからくるものではなく、なにか羨ましそうな……。

 

「ククッ。ああ、これはこれは気づかなくて失礼」

 

そういいながら凛の頭もなでる。

 

「ちょっ! 何すんのよ!」

 

文句は言うが払いのけようとはしない。本当に素直じゃない。

 

「いやなに。君があまりにも羨ましそうな顔をするのでつい、ね」

 

「~~~~~!!」

 

凛は再び赤くなる。その後も葵さんから声がかかるまで3人で話をしたり、凛をからかったりして遊んだ。

 

 

翌朝、晩御飯と泊めてもらった礼という事で朝食の準備をさせてもらっていると桜がやってきた。

 

「おはよう。桜」

 

「おはようございます。何してるんですか?」

 

桜は興味深そうに私の手元を覗き込む。

 

「葵さんに頼んで朝食を作らせてもらっているんだ」

 

「へぇ~」と言いながらも桜の目は私の手に夢中である。

私の世界でもそうだったように、この桜も料理に興味がるのかもしれない。

 

「一緒に作ってみるか?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ、では一緒にやろうか」

 

桜と共に朝食を準備する。

最初は包丁の使い方などぎこちなかったものの、飲み込みが早くすぐに安定して包丁を扱えるようになる。

 

「……(こうして桜と料理をしていると昔を思い出すな)」

 

自分を先輩と呼び慕ってくれた桜。

最初はおにぎりすらまともに握れなかったのが、いつしか自分と並ぶほどの料理の腕になった。

 

「おはよ~」

 

「……おはよう」

 

そこに、ふらふらと幽鬼のような凛と平然としているように見えるが若干顔が悪い(要するに今の凛と似たような顔)時臣氏が現れた。

 

「2人ともこれを飲んで顔を洗ってきたまえ」

 

2人に牛乳を渡し、洗面所へ追いやる。その光景を葵さんは楽しそうに見ていた

 

「「いただきます」」

 

テーブルに並んでいるのは、シロウの作った鮭の塩焼きと味噌汁。

そして桜が作った玉子焼きとおにぎりがそれぞれに置かれた。

 

「和食は久しぶりだがこれは美味い。桜もたいしたものだ」

 

「本当。シロウ君は料理を作るのも教えるのも上手なのね」

 

「うっ、悔しいけど美味しい。桜もやるじゃない、美味しいわよ」

 

 

シロウの料理は遠坂夫妻には好評のようだ。桜も両親と姉に褒められ頬終始緩んでいた。

そんな暖かな風景に、シロウも頬が緩む。

 

「……うん。美味しいな」

 

世界が変わればこうも変わるものなのか。

私の世界の魔術師の家系は一子相伝。才ある凛が遠坂の魔術を受け継ぐ事になり、凛と同様才能があった桜は良かれと思い間桐に養子に出され家族はバラバラになってしまった。

だがこの世界の魔法はそんな事はない。そのおかげでこの家族は皆仲良く暮らしている。

この世界でも争いが無い訳ではないが、こういった在り方はとても好ましいな。もし、この世界に生まれていれば私も……いや、それは考えるべきではないな。

 

「これがエヴァンジェリンさんが注文した宝石だ」

 

朝食が終わり時臣氏は麻帆良へ帰るシロウに宝石の入った袋を渡す。

 

「確かに受け取った。世話になったな」

 

「シロウさん帰っちゃうの?」

 

桜が悲しそうに言う。正直もうしばらくここにいたいという気持ちはあるが、そういうわけにもいかない。

 

「すまない。私も仕事があるのでね」

 

「じゃあ。また今度お料理教えてくれる?」

 

「そうだな。機会があればまた教えよう」

 

桜の頭に手をのせて言う。

 

「シロウ! 今度来た時はあんたの魔法見せなさいよ!」

 

凛はぶっきらぼうに言うが、今度来た時(・・・・・)

それは遠回しに、また来いと言っているようなものだ。本当に素直じゃない。

 

「クッ、了解した。その時には君が驚く魔法(モノ)を見せると約束しよう」

 

そう言って凛の頭にも手をのせる。

 

「では、いつかまた」

 

シロウは桜と凛の頭から手を放して立ち上がり、遠坂夫婦に軽く頭を下げる。

 

「うむ。その時は歓迎しよう」

 

「お待ちしています」

 

「「またね~」」

 

シロウは凛と桜に手を振りながら、宝石店 Dignified Cherryを後にした。

 

 

 

 

 

「衛宮先生~」

 

麻帆良に着くと上機嫌な幽霊、もとい上機嫌なさよが飛んできた。

 

「さよか。何か嬉しそうだな」

 

「はい! 今日ネギ先生と朝倉さんとお友達になれました~!」

 

今までシロウ以外の人には気づいてもらえなかったのでかなり嬉しいらしい。

 

「そうか、それは良かったな」

 

「衛宮先生もなんかうれしそうですね~」

 

「ああ、古い知り合い……の様な人と会えたのでね」

 

「知り合いの様? なんかよくわかんないけど良かったですね~。やっぱり友達がいるのはいいものですよね!」

 

「そうだな」

 

上機嫌な英霊と幽霊は2人並んで歩き?だす。

 

こうしてエミヤの休日は終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。今回はエミヤの日常Ⅲでした。並行世界のFateがまた登場しましたね。
エミヤの日常ではこんな感じでFateのキャラを出していこうと考えています。
そして次回からは学園祭篇が始まります! どうぞお楽しみに。

それではまた次回!!

あ、そうだ、ついにこの物語過去に別サイトで投稿していた分の半分が投稿完了しました。いろいろ直したり増筆しつつ頑張っていきたいと思います。


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学園祭準備期間

所々で聞こえてくるトンカチで釘を打つ音や、ノコギリで木を切る音。学園祭が近づくにつれて学園全体が賑やかになってくる。

かくいう3-Aもお化け屋敷の準備で大忙しだ。

 

「ねぇねぇ~世界樹伝説って知ってる~?」

 

と思ったが、さすがは女の子。遅れているお化け屋敷の準備よりも、学園祭最終日に世界樹の下で告白すると必ず成就するという世界樹伝説の方が大事らしい。

 

「せっちゃんは、好きな人いーひんの?」

 

「えっ!? いえ、私は特にそういう男性は……」

 

いきなり話を振られあわてる刹那。

 

「しろうとかどうなん?」

 

「へ? 士郎先生ですか?」

 

思わず考え込んでしまう。確かに、刹那にとってシロウはとても頼りになる人で、気にもなっている。

だが、それが恋愛感情か? と言われると違う気がする。刹那のシロウに対する気持ちは、どちらかと言えば恋愛と言うより尊敬に近いものだ。

 

「いえ、確かに士郎先生は、その……カッコいいとは思いますが。私の感情は尊敬であって恋愛ではないかと……あ、アスナさんはどうなんですか? 高畑先生とか」

 

そういった話が苦手な刹那はアスナに話を振って逃げる。

 

「ええっ、わたし!? っと、わたたた」

 

すると、木の板を運んでいたアスナは急に話を振られ驚いて木の板を落としてしまった。

そんなアスナを手伝いつつ、このかは笑顔で応えた。

 

「ああ、アスナはだめなんよ。去年も一昨年も学園祭で告白しようとしたけど、緊張して声かけれず終まいで」

 

「うっ、わ、私の事はいいのよっ! それよりもこのかこそ、今年はどうなのよ士郎と仲いいみたいだけど」

 

「しろう?」

 

このかは先ほどの刹那同様、悩んでしまう。

このかにとってもシロウはとても頼りになる存在だ。料理が上手で、強くて、カッコよくて、いつも自分を護ってくれる。

ただ、このかにはその感情が恋愛からくるものなのか、親愛からくるものなのかいまいち判断がつかなかった。

 

「ん~、しろうの事は好きやよ。でも、恋愛の「好き」なのかはようわからヘんなー」

 

そんなこんなで、やや遅れつつも3-Aのお化け屋敷の準備は進んでいった。

 

 

 

 

 

麻帆良学園女子学生寮

 

「これは、認識阻害の魔法がかけられているな」

 

今日寮へと届いた荷物。女子寮ということもあり配達の人が中に入れない為、荷物は全て寮長の下に一旦預けられ生徒へと渡される。

その中に、認識阻害の魔法(おそらく発行先に疑問を感じない等といった効果)がかけられている荷物があった。

発行先も魔法世界、まほネットと書かれている。宛先人の名前は……アルベール・カモミール。

魔法は隠匿するもののはず。確かに認識阻害魔法がかけられていれば大抵の人間は誤魔化せるが、ここは麻帆良だ。妙に勘のいい生徒が多いなか、この程度の認識阻害魔法では心もとない。

 

「もっと気をつけてほしいものだ」

 

そう思いながらもシロウは荷物を届ける為にこのか達の部屋へ向かう。

 

「は~い」

 

ドアを叩くと中からこのかが出てきた。

 

「あれ? どしたん、しろう」

 

「ああ、カモに荷物が届いていてな」

 

「あ! すんません旦那。そーだ! 良かったら旦那もご一緒にどうぞ」

 

カモは荷物を受け取ると返事を待たず部屋の奥へと戻ってしまった。

 

「お邪魔してもいいか?」

 

「ええよ~」

 

このかの了解を得たので中に入る。部屋に入るとアスナと目があったが、気まずそうに眼を逸らされてしまった。

 

「……」

 

一瞬重い空気が流れたが、空気を読まずにカモが説明を始めた。

話を聞くと、どうやらタカミチのことが好きなアスナに自身をつける為にデートの予行演習をしようと考えていたらしい。

だが、ネギでは年齢的にタカミチの代わりが勤まらないので、先ほどカモに届いた荷物「年齢詐称薬」を使おうとしたそうだ。

 

「なあなあカモ君。ウチも使ってみてええ?」

 

「いいっすよ」

 

このかはカモから赤いあめ玉を受け取ると口の中に放り込んだ。

あめ玉を口に入れた瞬間このかは煙に包まれ、現れたのは年の頃は今のシロウと同じくらい、可愛らしさの中に美しさを兼ね備えたこのかの姿だった。

 

「見て見てアスナ。セクシーダイナマイツ☆」

 

「す、すごいわねー」

 

腰に手を当ててポーズを取るこのかに唖然とするアスナ。

 

「ふむ、便利なものだ」

 

私の世界にアレがあれば封印指定を受けてからの生活も、もう少し楽だったかもしれん。

 

「しろう、ウチきれい?」

 

「ああ、すごい美人だと思うぞ」

 

「ありがとう」

 

シロウから即答で帰ってきたのが嬉しかったのか、このかはくるくると回りながらはしゃぐ。

 

「そや、しろうも食べてみたらどうや?」

 

「私か? だが英霊である私に効くのか?」

 

この体は受肉して肉体があるとはいえ、エーテルで構成されていることに変わりはない。

そんな私に年齢詐称薬が効くのだろうか?

 

「大丈夫じゃないっすか? これは、肉体を変化させるわけじゃなくて、あくまで幻術の一種すから」

 

カモがそういうので物は試しと、シロウは赤い方のあめ玉を一粒食べてみる。

すると、歳は二十代後半くらいの英霊エミヤの時と同じ背格好になった。

 

「はー、やっぱしろうカッコええな」

 

「そうだ、姐さん。旦那に練習相手になってもらえばいいんじゃないですか?」

 

「えっ、いや、でも……ちょっと、なんというか」

 

カモの提案にあたふたとするアスナ。

無理も無いだろう。アスナはまだ「魔法に関わるかどうか考えろ」という言葉に対して答えが出ていない。

その上、この間のアサシンの一件の事すらまだ整理できていないのだ。そんな状態で、練習とはいえシロウとデートなどできるわけが無い。

結局、後日アスナはネギとデートの予行演習をすることになったのだが……

 

「私はいったい何をしているのだろうか?」

 

「しろーはよ行くえ~」

 

今シロウはこのか、刹那、カモとともにアスナとネギのデート(仮)を尾行している。

何故そうなったかというと、カモとこのかが尾行する気満々でシロウと刹那は止めようとしたのだが、2人の勢いに負け今に至る。

先ほどからカモがこのかのカード使ってネギに何か指示を出しているが、その度にネギはアスナに殴られている

 

「……不憫な」

 

「ん~やっぱここからやとよう見えんなー。……そや、カモ君昨日のあめかしてーな」

 

「どうするんすか?」

 

このかはカモから年齢詐称薬を受け取ると。

 

「しろう~」

 

「ん?」

 

「えいっ!」

 

「んぐ!?」

 

いきなりシロウの口の中に放り込んだ。

このかもあめを食べ大人の姿に変わると、直ぐに青い飴玉を取り出し。

 

「せっちゃんはこれな。あ~ん」

 

「あ、あ~ん」

 

刹那にもあめを食べさせる。すると刹那は小さな子供へと変わってしまった。

どうでもいいが刹那よ、訳もわからずつられて口を開けるな。

 

「はい、しろうこれかぶってな」

 

渡されたのは真っ赤な色のキャップ。

Cと言う文字が入っていれば、どこかの球団のファンと勘違いされそうだ。

 

「このか……君はまさか」

 

「さ、これでウチらはどこから見ても子供連れの親子や」

 

このかはシロウと刹那の手を引きネギ達に近づく。

すぐにバレるかと思いきやアスナとネギもデートを楽しみ始めたようで、こちらに全然気づく気配が無い。

 

「アスナも子供やなー。めっちゃ楽しそうや」

 

「お2人とも普通に楽しんでますね」

 

「これじゃ予行演習にならねぇじゃねぇか」

 

そう言うとカモはこのかからカードを借りネギに念話を送る。すると何故かネギはアスナの胸を掴み挙句の果てにはひっくり返ってパンツを見てしまい、アスナに殴り飛ばされシロウ達の近くまで飛ばされてきた。

 

「うおっ!? だ、大丈夫か、ネギ君?」

 

「ひぃぃい」

 

「兄貴ぃい!!」

 

とりあえず鼻血を流し倒れるネギを起こす。

すると……

 

「ア・ン・タ・た・ち」

 

ゴ ゴ ゴという擬音が目に見えるような威圧感を出したアスナが立っていた。

 

「やばっ! しろう! 撤退や、撤退!」

 

「り、了解した!」

 

アスナのもの凄い剣幕とこのかの必死な叫びに思わず体が反応し、このかと刹那を抱え、足に強化をかけてその場を全力で離脱した。

 

「ふぅ、何とか逃げ切れたわ」

 

「さあ、もう満足しただろう? 後はそっとしておこう」

 

「「えー」」

 

「駄目ですよ、お嬢様。カモさんも」

 

カモとこのかは納得がいかないのか声を上げる、シロウと刹那の2人に説教され渋々だがネギとアスナを追うのは諦めた。

 

「むー」

 

「ほら、いつまでもむくれていないでカフェで飲み物でも奢るから機嫌を直してくれたまえ」

 

「ほんま! じゃあ行こか」

 

食べ物(今回は飲み物だが)に釣られて機嫌が良くなるとはまったく現金なものだ。

 

このか、刹那、カモを連れ『カフェ・イグドラシル』を目指す。

カフェに着くと思っていた以上に混んでいた。

 

「店の中は座れそうにないな。飲み物を買ってくるから外の席を取っておいてくれ」

 

「了解や~」

 

イグドラシルは人気があり店内が混む事が多いので、店の外にもテーブルとイスがいくつか設置されている。

シロウは人の波を抜け、足早にレジへと向かう。

 

 

 

 

 

「せっちゃんここにしよ」

 

「はい、お嬢様」

 

このかは手ごろな場所が開いていたのでそこに腰掛ける。

しかし、傍から見ればおかしな光景だ。小さな子供の刹那が大人のこのかの事をお嬢様と呼んでいるのだから。

 

「お姉ーさん。俺らと遊ばない?」

 

そこに、見るからに軽そうな男達が声をかけてきた。

 

「ウチ今人を待ってるんで」

 

「そんなのいーじゃん。ちょっとだけだからさ~」

 

ナンパ男は断るこのかの手を掴み強引に連れて行こうとする。

 

「お嬢様に何をする!」

 

「ガキは引っ込んでな」

 

「うわっ!?」

 

「せっちゃん!!」

 

刹那は男を止めようとするが、男の友人が刹那の襟首をつかみ放り投げる。

本来ならば刹那が素人に負けるはずはないのだが、年齢詐称薬で子供姿になったせいでリーチが短くなってしまっている。その為、刹那が男に触れる前に投げられてしまった。

子供姿の刹那にまで手を上げたためか、周りの他の客からもざわめきが起こるが男たちはそんなこと気にも留めずにこのかに迫り続けた。

 

「ほら、ガキはほっといて行こうぜ」

 

男が嫌がるこのかを連れて行こうとした瞬間。

 

「まて」

 

赤いキャップをかぶった男に止められた……

 

 

 

 

 

「紅茶を3つ1つはストレートで後はミルク。それからカフェオレ1つ」

 

店内で飲み物を注文する。

ちなみに私シロウがストレート。このかと刹那がミルクティーでカモがカフェオレである。

 

「お待たせしました」

 

店員から飲み物の乗ったトレイを受け取り見せの外にいるこのか達を探す。すると何やらちょっとした騒ぎが起こっていた。

見てみると男がこのかの手を掴み、刹那は横に転がされていた。刹那がいれば平気だと思っていたが年齢詐称薬で子供姿になっていたのが仇になったようだ。

 

「まて」

 

「ああ? 何だてめぇ」

 

男は声をかけたシロウを睨み、男の友人たちもシロウを囲うように移動する。

 

「彼女は私の連れでね。放してもらおうか」

 

「はっ、ふざけんな! テメーは球場で○ープの応援でもしてな!」

 

そういうと男はシロウにに殴りかかった。

 

「やれやれ、いきなり殴りかかってくるとは血の気の多い若者だな」

 

シロウはトレイを持っているので手が塞がっている。その光景を見ていた人は皆シロウが殴られると思った。

 

「ぐえっ!」

 

しかし、地面に倒れているのはシロウではなくナンパ男の方だった。

そして、いつの間にかシロウはトレイを左手で持ち、右手に可愛らしい虎のストラップがついた竹刀が握られていた。

そう、それこそ正に麻帆良の格闘系の部に所属している生徒達が恐れる妖刀・虎竹刀。

かつてこの竹刀の前に数多くの生徒が犠牲となった。

早い話がすぐ揉め事お起こす生徒達をシロウは虎竹刀で鎮圧したのだ。

 

「大丈夫かこのか?」

 

「うん、ウチは平気。でも、せっちゃんが」

 

「私も大丈夫です。すいませんでした。私としたことがお嬢様を危険な目に」

 

刹那は地面に膝を突いて頭を下げる。

 

「ええんよ、せっちゃん。そんな大げさな」

 

刹那も無事なようで安心した。カモははじめから逃げていたようなので心配はしていない。

 

「やれやれ。どうやらあの男の仲間がいたらしいな」

 

ふと回りに複数の敵意を持つ気配が近づいてくるのを感じた。

どこから集まったのか周りには20人ほどの男達が。筋肉のつき方や重心の位置など何人かは格闘技をやっているようだ。

 

「ふむ。祭りが近くてはしゃぎたいのはわかるが、人に迷惑をかけるのならお仕置きが必要だな」

 

私は飲み物の乗ったトレイをこのかに渡し虎竹刀を構え直す。

 

「やっちまえ!」

 

ナンパ男の掛け声で一斉に動き出す男達だがシロウに適う筈もなく、一瞬で10人ほどが地面へと叩き伏せられる。

その動きのせいでシロウのキャップが落ち、白い髪があらわになると同時に男たちに戦慄が走る。

 

「黒い肌に白い髪……て、てめぇ、まさか麻帆良の『正義(ジャスティス)』!?」

 

「士郎先生、何ですか『正義(ジャスティス)』って?」

 

男たちの動揺具合に後ろにいた刹那が聞いてきた。

 

「ああ、麻帆良で暴れる生徒を鎮圧したり、困っている人を助けたりしていたらいつの間にか生徒達の間でそう呼ばれるようになってな」

 

正義(ジャスティス)』と呼んでいるのは生徒達だけかと思ったが、まさか一般人にまでこの呼び名が知られているとは思わなかった。

だが、シロウは知らない。麻帆良付近のチンピラや不良達の間で「麻帆良にいる『ジャスティス』と『デスメガネ』の2人には決して逆らうな」という暗黙のルールがあることを。

 

「君達、何の騒ぎかな?」

 

そこへ何の偶然かタカミチがやってきた。

 

「げぇっ!? デスメガネ高畑!! くそっ麻帆良の最恐コンビ相手にやってられるかよ」

 

シロウに加えタカミチまで現れた事により男達は一目散に逃げ出した。

男達が全員いなくなったのを確認し心配そうに見ていたこのかが近づいてくる。

 

「しろう大丈夫?」

 

「ああ、問題ないさ」

 

「ウチ、またしろうに助けられてもうたな」

 

「気にするな。前に誓っただろう? この身は君の剣であり、君を護る盾であると」

 

「えへへ。……うん!」

 

その言葉を聞いてこのかは頷いて無邪気に笑う。

年齢詐称薬を使用しているはずなのに、その姿は子供の様であった。

 

「と、そうだ。タカミチ、騒ぎを起こしてすまんな」

 

「え……?」

 

私の姿を見たタカミチは硬直する。その顔はまるで死んだと思っていた人が目の前に現れたかの様。

いくら年齢詐称薬を使っているとはいえ、ここまで驚かれるとは思わなかったのだが。

 

「あ、貴方は! どうしてここに!? ナギもアルも貴方の事を教えてくれなかったから心配したんですよ!!」

 

何を言っているんだタカミチは。もしかして私だと気づいてないのか?

いや、しかしそれにしては反応がおかしい。ナギにアル? アルという人物に心当たりはないが、ナギは確かネギの父親では……。

その時、丁度年齢詐称薬の効果が切れ元の姿に戻る。

 

「あれ、もしかしてエミヤかい?」

 

「もしかしなくても私はエミヤシロウだ。何を言っているんだ」

 

「はは、ちょっと君の姿が昔の知り合いに似ていてね。気にしないでくれ」

 

昔の知り合い? 英霊エミヤの姿の私が?

 

「タカミチそれはどういう……」

 

「高畑先生」

 

タカミチに問いかけようとした瞬間、現れた女性源しずな教諭によりさえぎられてしまった。

 

「ああ、しずな先生。悪いねエミヤ、僕はちょっと用事があるから」

 

「ごめんなさい、衛宮先生」

 

そうしてタカミチとしずな教諭は去ってしまった。

 

「しろう、どうしたん?」

 

「……いや。なんでもない」

 

タカミチの言葉は気になったが。まあ、しかたあるまい。

 

 

 

 

そして数日が過ぎ、学園祭前日

 

「やったーできたー!」

 

何日も学校に泊まって(校則違反だが)作業した事もあり、3-Aのお化け屋敷もようやく完成。

 

「まあ、中はまだ全然ですが」

 

……と言うわけではないが、一番の難問であった門は完成し、前夜祭に出る余裕ができる程には作業が進んでいた。

 

「そういえばアスナさん。タカミチのことは?」

 

「えーと、その……ん」

 

ネギの問いに対しアスナはテレながらも指で輪を作りOKのサインを出す。

事情を知るネギ、このか、刹那は自分の事のように喜んだ。

 

「ええー! 本当ですか!!」

 

「良かったやんアスナ♪」

 

「おめでとうございます」

 

皆でアスナに賛辞を贈っているとしずな教諭が教室へ入ってきた。

ネギの方を見た後、教室の後ろで待機していた私と目が合い微笑む。

 

「ネギ先生に衛宮先生も丁度良かった。学園長が至急世界樹前広場に来てほしいそうよ。できれば桜咲さんも一緒に」

 

「わ、わかりました。ありがとうございます」

 

「了解した」

 

刹那も一緒にということは魔法関係の話か。これは、他の魔法先生方と会う事になりそうだな。

侵入者の撃退という事で何度か魔法先生達と共闘した事はあるが、当初の目的がこのかの護衛なので寮の周辺にいることが多く、撃退方法も弓による狙撃だったので顔を合わせたことはない。

 

「お、ネギ君エミヤ君待っとったぞ」

 

世界樹前広場へ着くと学園長に声をかけられる。学園長の周りには予想通り魔法先生、生徒と見られる複数の人が集まっていた。よく見るとその中には犬上小太郎の姿もある。しかし、一般生徒の姿は見当たらない。

広場へ着いた時の違和感と前夜祭なのに人がいない不自然さを考えるに、人避けの魔法でも使っているのだろう。

 

「あのーこの方達は?」

 

「ふむ、ネギ君とエミヤ君にはまだ紹介してなかったの。ここにいるのは麻帆良の魔法先生、生徒達じゃ。全員ではないがの」

 

やはりそうか。だが、これで全員ではないとなると麻帆良には、いったいどれだけの魔法使いがいるのだろうか。

 

「はじめまして衛宮先生。私、高音・D・グッドマンと申します。先生のお噂はよく耳にしています」

 

「噂?」

 

「はい!」

 

聞き返すと高音は目をキラキラと輝かせ私の手を掴んだ。

 

「困った人の下に颯爽と現れては助ける、麻帆良の『正義(ジャスティス)』と。素晴らしいです。お互い立派な魔法使い(マギステル・マギ)目指して頑張りましょう!」

 

まさか不良に縁のなさそうな生徒にまでジャスティスの名が知られているとは。

やはり生徒達の間で私はそんな風に見られているのだろうか?

でも、だとしたらこの子には申し訳ないな。

 

「申し訳ないが、私が目指しているのは立派な魔法使い(マギステル・マギ)ではないんだ」

 

「えっ?」

 

私の発言に高音は きょとん としてしまう。

次いで訝しそうに訪ねてきた。

 

「では、衛宮先生は何を目指しているのですか?」

 

「ああ、大切な人を護れる『正義の味方』になりたいと思っている」

 

嘘偽りのない本心で私は答えた。

一度は間違いだと思った正義の味方になるという夢。だが、衛宮士郎のおかげで私は間違ってはいなかったと気づいた。

全てを救う正義の味方になるとまでは言わない。でも、イリヤは「無様でもカッコ悪くてもいいから、最後までちゃんと足掻きなさい」といった。ならせっかくもう一度与えられたチャンス、オレはもう切り捨てたりなどしない。

大切な人を護れる正義の味方になってみせる。

 

「……」

 

私の答えを聞いた高音は無言になってしまった。

呆れられてしまっただろうか? マギステル・マギがどのような存在ととらえるかは人それぞれだが、それはおそらくたくさんの人を救う本当に正義の味方のような存在なのだろう。だけど、私が言っているのは自分の大切な人を優先させようとしている傲慢な考えだ。呆れられても無理はない。

 

「素晴らしい!!」

 

だが、高音の反応は私の思っていたものとは逆だった。

 

「素晴らしい夢です衛宮先生! やはり大切な人を護れなければ立派な魔法使い(マギステル・マギ)とはいえないということですね!」

 

とても目を輝かせ、尊敬の眼差しでこちらを見ている。

 

「おほん」

 

その時、学園長の咳払いで今何をしにきたのか思い出す。

 

「話を始めてもいいかね?」

 

「ああ、すまん」

 

「も、申し訳ありません!」

 

皆が静かになったところで学園長は話し出す。

どうやら生徒達が騒いでいる世界樹伝説は本当の事らしい。世界樹は本当は『神木・蟠桃』といい強力な魔力を秘めた木で、22年に一度の周期で魔力が極大に達し溢れ出し、世界樹を中心とした6つの地点に魔力溜まりを形成する。その魔力は即物的な願いを叶える力はないが、こと告白に関してのみ、その成就率は120%となる。

そして、本来ならば事前に対策を立てるのだが、今回は異常気象が原因なのか1年周期が早まった為、緊急収集する形となったとのこと。

まあ、色々とつっこみたいところがある話ではあるが、本人の意思に関係なく告白が成就してしまうというのはいただけないな。

 

「ん?」

 

学園長の話はまだ続いているが、何か機械の駆動音が聞こえたのでそちらに集中する。

なるべく自然に音の方へ視線を向けると、分かりずらいが確かにそこにナニカがあった。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

「どうしたんじゃ?エミヤ君」

 

シロウは学園長の質問に答えずに投影した剣を空へと投げる。

すると、ガキィ という金属音と共に空からこちらを監視していた偵察機(ナニカ)がバラバラになって落ちてきた。

 

「これはカメラに……盗聴もされていたな」

 

私の世界の魔術師ほどではないが、こちらの世界の魔法使いも魔力の無い機械による偵察などにはガードが甘いようだ。

 

「人払いの魔法を抜けてくるとはやるなー。ウチの生徒達は侮れないですからねー」

 

「追います」

 

「深追いはせんでいいよ。こんな事ができる生徒は限られておる」

 

こちらを偵察していた犯人を捕まえるためそれぞれが動き出す。

 

「たかが告白と思うなかれ。生徒の青春に関わる重大な問題じゃ。ただし魔法の使用に関してはくれぐれも気をつけてくれたまえ。以上解散!」

 

慌ただしくなってきたので学園長が早々と解散宣言をする。すると今まで人がいなかったのが嘘のように広場が賑わい始めた。

 

「大丈夫だとは思うが、ネギ君もエミヤ君も生徒から告白されんようにの」

 

「だ、大丈夫ですよーハハハハハ」

 

「私に告白してくる生徒などいるわけ無いだろう?」

 

慌てふためくネギと呆れるシロウ。そんな2人の姿を見て刹那とカモは思う。

 

「「(ネギ先生/兄貴 も大変だろうけど……士郎先生/旦那 も相当まずい気が……)」」

 

 

 

 

「これからどうしようか?」

 

「腹も減ったし、なんか食べあるかへん? 出店もあるみたいやし」

 

「そうだね」

 

広場を離れつつ歩いていると、そんな提案を小太郎が出した。どうやらネギ達は露店を見て回るようだ。

 

「すまんが、私は用があるので抜けるよ。後で前夜祭が始まるまでにはクラスの方へ戻る」

 

「あ、そうですか? じゃあまた後でシロウさん」

 

「ああ。刹那も小太郎もまたな」

 

「はい。お気をつけて」

 

「じゃあなーシロウ兄ちゃん」

 

ネギ達から充分離れ、足早に広場の方へと戻る。何故私が戻ったかというと。

 

「さよ、和美。先ほどの事は口外しないように」

 

「きゃっ、衛宮先生!?」

 

「げっ!? 士郎先生」

 

いきなり私が話しかけたことにより2人?は驚く。これが私が広場へと戻った理由である。

先ほど偵察機を破壊した時、そのすぐそばをさよが浮遊しているのに気がついていた。さよは存在感……というか霊子が薄いため魔法先生でもそう簡単には気づかない。

さよ1人ならば見逃しても良かったが、和美と一緒にいるのを見かけてしまった以上、一応注意をしないわけにはいかなかったのだ。

 

「げっ、とはなんだ和美」

 

「いや~先生よく、さよちゃんに気づいたね」

 

「英霊である私が幽霊の存在に気づかないわけが無いだろうが」

 

そう言うと和美は露骨に舌打ちをした。

 

「やっぱり、記事にしちゃダメなんだよね?」

 

「あたりまえだろう。それよりも、前夜祭にクラスで参加するんだろう? 早く戻るぞ」

 

「ちぇ~。ネタ潰したんだから士郎先生なんか奢ってよねー」

 

「奢ってやるから、くれぐれもこの事は洩らすなよ?」

 

「りょ~かい! そうこなくっちゃ」

 

……こんな時はつくづく思う。この世界に来て私も甘くなったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒達が前夜祭を楽しむ中、上空を旋回中の飛行船の上に4つの影があった。

 

「フフッ、計画通りネ。ネギ坊主もうまくすれば仲間に引き込めるかもしれないヨ」

 

「……衛宮先生はどうするんです?」

 

「茶々丸の情報から考えれば、過去の改竄をしようとしている私を止めようとするだろうネ。でもそれには考えがあるヨ」

 

影の1人が パチンッ と指を鳴らすと、虚空から新たな人影が現れる。

 

「エミヤ先生は貴方に任せるヨ。でも、その時までは私の指示には従ってもらうネ」

 

「おうよ。アイツとの戦いの舞台を整えてくれるって言うんなら嬢ちゃんに従うぜ? だがそれ以外は好きにさせてもらう。せっかくの祭りだってのに待機なんてやってられないからな」

 

男は心底楽しそうに言う。

 

「構わないが……計画に支障が出ない程度で頼むヨ? それと、私がいいと言うまでエミヤ先生との接触も避けてもらうネ」

 

「わぁーてるって、安心しな。だが……俺とアーチャーの戦いに小細工を仕込んだりしたら命は無いと思えよ」

 

先ほどまでの雰囲気とは打って変わって冷たい殺気が場を支配する。

3つの影は男の希薄に思わず後ずさり、そして実感する。これが人を超えた英霊という存在だと。

 

「……肝に、銘じておくヨ」

 

「じゃあな。用がある時は呼んでくれ」

 

そう言うと男は飛行船を飛び降り、音も無く建物の屋根へと着地した。

 

「アーチャー……テメェ、よくも嬢ちゃんを裏切りやがったな。覚悟しとけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




てなわけで、新たな敵登場の予感ですね。まぁ、皆さんならもうだれかお気づきでしょうが。
ま、その前にとりあえず麻帆良武闘大会があるので楽しみにしていてください!
でもまぁ、次は先にFate/Steins;Gateの方を一話あげてからにしたいと思ってますので。



それでは、また次回!


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学園祭 超の企み

みなさんこんにちは、お盆ぶりですかね。
あまり休みがあるわけではありませんが、来週ちょっと連続して休みができそうなのでちょこちょこ更新していきたいと思っています。
これからもよろしくお願いします!


 

「只今より、第78回 麻帆良祭を開催いたします!」

 

アナウンスと共に麻帆良祭が始まった.。

 

「わーすごいや!僕こんな大きなお祭りとは思ってませんでした」

 

祭りの凄さにネギは驚きの声を上げる。だが、その気持ちもわからなくはない。

麻帆良の小、中、高、大、全ての学生達が合同で行う学園祭は、一般入場者の数も合わせれば相当なものである。

 

「ネギ先生、衛宮先生これ麻帆良祭のガイドマップですー」

 

「ありがとう、のどか」

 

祭りの凄さに圧倒されていると、一緒に歩いていた図書館探検部ののどかがガイドマップをくれた。

早速ガイドマップに目を通すと出し物の全体像がわかる。

 

「これは凄いな、もはや学園祭というレベルではない」

 

大きなきな遊園地と言っても問題は無いくらいだ。

マップにはまるで東京○ィズニーランドのようなアトラクションや、パレードの時間まで書かれている。

本当に麻帆良の生徒達はこういったイベントごとに対してのやる気がもの凄い。

 

「ネギ先生ー、士郎先生ー。そろそろクラス行くよー」

 

ネギと2人してマップに夢中になってしまいハルナに呼ばれてしまった。

しかし、クラスは見たいが魔法先生は中々に忙しい。

 

「ネギ君、私は件の世界樹伝説のパトロールがあるから行ってくるよ」

 

「えっ、クラスは見ていかないんですか?」

 

「見たいのはやまやまだが、相方を待たせているのでね。空き時間にでも顔を出すさ」

 

パトロールは念のため、最低2人一組で行動する事になっている。

待ち合わせ時間までもう少し時間はあるが、彼女の事だから既に準備をしているだろう。

 

「そうですか。じゃあ頑張ってください。僕も後でパトロールしますので」

 

「ああ、楽しんでくるといい」

 

ネギと別れた後、私は待ち合わせ場所である教会の塔の頂上(鐘の設置されている場所)へと移動する。

するとそこには予想通り、入念に銃の手入れをする龍宮真名の姿があった。

 

「待ったかね?」

 

「いや、それほどでもないよ」

 

真名は一度銃から視線を私に写し、口元に笑みを作って答える。

そして腕時計で時間を確認すると、直ぐに狙撃手としての顔に戻った。

 

「さて、そろそろ時間だ。私は北と東側を担当するから、士郎さんは南と西側を頼むよ」

 

「了解した」

 

そう言って私と真名は互いに自身の得物である弓とライフルを構えた。

 

 

 

「せ、先輩! 俺、前から先輩のこ、つっ?」

 

告白の最中、突如その場に力なく倒れこむ男子高校生。

 

「佐々木君、私前からあなたの事が好、ぴゃっ!?」

 

次いで告白の最中に声を上げて、まるで体当たりでも受けたかのように倒れこむ女子大生。

 

「あなたの事、ふぁ?」

 

倒れる女生徒。

 

「ずっと前から、ぎゃっ!?」

 

吹き飛ぶ男子生徒。

現在、告白しようとしていた生徒が原因不明の衝撃を受けたり睡魔に襲われたりと、ことごとく医務室送りになっている。

その犯人は精神的な疲労からか溜息をついた。

 

「はぁ、一日目なのにこの量とは……先が思いやられるな、っと」

 

言いながらも弓を構え告白しようとしている生徒に矢を掠らせる。

 

「ははっ、仕事だから仕方ないよ士郎さん。それにこの仕事、内容の割には儲かるしね」

 

真名も銃を撃つ手を休めはしない。

ちなみに真名が撃っているのは麻酔弾なので、生徒に深刻な害は無い。学祭期間中は体が麻痺して動けないらしいが、互いが想い合っている関係の男女ならば医務室でいい雰囲気になると真名は言っている。それに関しては同意見なので特に異論はない。

ちなみに、シロウの矢にも即効性の麻酔が塗られているので、掠った相手はすぐに眠る事になる。矢は投影品なので破棄すれば証拠も残らない。

 

「君はそうかもしれんが、魔法先生には特別手当なんて無いからなっ。ふぅ、今のでとりあえず最後か」

 

「そうだね、ここら辺のターゲットはあらかた片付いたし休憩するかい? ん、あれは」

 

真名は光と共にいきなりネギ達が現れるところを目撃する。

挨拶をしに行くというのでシロウも同行することにした。

シロウと真名は塔から飛び建物の屋根を伝いネギ達の下へ向かう。

 

「やあ、ネギ先生」

 

「あ! 龍宮さん。シロウさんも」

 

「クラスの方は大丈夫だったか?」

 

「はい大成功で皆でパーティ……じゃない、きっとすごいお客さんが来ると思います」

 

は? 始まったばかりでもうパーティーをするのか?

いくらうちのクラスが騒ぐのが好きでも、客をほったらかして遊ぶような子たちではない……と思うのだが。

その旨を確認すると、ネギは慌てながら何でもないと答える。

何か隠してるような気がするが……なんでもないというのなら、たとえ何かあっても私には言えない、もしくは私の力を借りるまでもないことなのだろう。ならば、深くは追及しまい。

 

「そうだ! シロウさん僕がパトロール代わるので少し学園祭を見て回ったらどうですか?」

 

「ふむ」

 

あからさまにネギは話を逸らしたが、私自身、学園祭を見て回りたいと言う気持ちもある。ならば、ここはそれに甘えさせてもらおう。ネギの事は優秀なパートナーに任せておけば心配もいらないだろうしな。

 

「では、お言葉に甘えるとするよ。真名、ネギ君を頼む」

 

「了解」

 

ネギたちと別れ3-Aへの道すがらいくつかの店を回り、差し入れを購入してから3-Aのお化け屋敷へと向かう。

 

「あ、士郎先生だ」

 

「ホントだ。おーい!」

 

「ああ、裕奈に桜子か。どうやら盛況の様だな」

 

声をかけてきたのは入り口の前で列の整列をしていた、明石裕奈と椎名桜子だった。

ヴァンパイアと化け猫のコスプレをしている2人は少々露出が多いような気もするが、とても可愛らしい。

なるほど、この格好ならばお化け屋敷のクオリティに加え男性客の増加も間違いないだろう。

 

「中見てく? なんならお客さんより先に案内するけど」

 

「いや、客を待たせて私が入るわけにもいくまい」

 

「ええー、大丈夫だって」

 

「私は一応パトロールの仕事もしているのでね、今回は様子を見に来ただけさ。それと、これは私からの差し入れだ」

 

そう言ってシロウが差し出したバッグには、チョコのお菓子と飲み物が入っていた。

甘いものに目がない女子中学生たちは、キャーキャー叫びながら差し入れを喜んだ。

喜んでくれるのは嬉しいが、客をほったらかしにしてはいけないぞ?

 

「わーい。ありがと士郎先生ー」

 

「みんなにも言っとくねー」

 

「ああ、頑張れよ」

 

私は手を振りながら3-Aを後にする。少し休もうかと特に出し物のない教室の方側へ歩いていると、「エミヤ先生」と誰かに声をかけられた。振り向くとそこにいたのは3-Aの生徒、超鈴音だった。

 

「超か。珍しいな、君が私に話しかけてくるとは」

 

「フフ、学園祭の雰囲気に乗じて仲良くなろうかと思てネ。少しいいかナ?」

 

「ああ、構わんよ」

 

3-Aに顔を出した以上特に行く当てもないし、生徒が話しかけてくれているのだ、断る理由わない。

シロウは超につれられ、麻帆良大学の出し物である飛行船へと向かった。

中にはテーブルやイス、軽い飲食店なども設置されていて、見晴らしのいいレストランのような感じになっている。

 

「さて、わざわざこんな所までやってきて何の話かな?」

 

「……」

 

超はしばらくの間無言でコーヒーを飲んでいたが、カップを置くと口を開いた。

 

「エミヤ先生……貴方は、魔法が公になった方がイイと思うカ? それとも今のまま隠匿された方がイイと思うカ?」

 

「いきなりだな。何故そんな事を?」

 

超から魔法と言う言葉が出た事自体は驚かない。茶々丸を作ったのは聡美と超だから知っていて当然だ。

だが、いきなりそんな問いを投げかけてくることに驚いた。

 

「答えてほしい」

 

超の目は真剣だ。どうやら何かの冗談というわけではないらしい。

 

「ふむ。どちらがいいかといえば、隠匿すべきだろう」

 

「何故? 魔法が公に使えれば、救えない人が救えるかもしれないのに?」

 

魔法(チカラ)というのは、なにもいい方向にのみ使われるものではない。君の言う通り、魔法が公に使えれば、現状では救えない者を救う事ができるようになるだろう。だが、その逆もありえる。」

 

「逆?」

 

「そうだ。人智を超えた魔法(チカラ)というのは恐怖を生み争いを生む。はじめは小さな恐怖でも、それはいずれ広まり、格差を生み、争いに発展する。それに対抗する為、更なるチカラが求められる。すると、それに反発するために新たな争いが生まれる」

 

それは、私自身が体験してきた出来事。何度争いを止めようと、また新たな争いは起きてしまう。

チカラがあれば、その分被害も大きくなる。それを収める為に魔術を使えば、それは恐怖の対象となり罰せられる。

 

「だから私は、わざわざ公にする必要はないと考えている」

 

「そう…カ」

 

「だが、大切な人を救うのに必要というのであれば、私は一切の躊躇なく魔術を使うがね」

 

「ふふっ、ウム。私は先生のそういうとこ好きネ」

 

「それは光栄だな」

 

私の話を聞いた超は一度何か考え込むような仕草をした後、何かを決意し顔を上げる。

 

「では、質問を変えよう。もし、とても悲惨な事件がおきてしまい、それを未然に防ぐ為に過去に戻れるとしたら。エミヤ先生、貴方なら過去を変えようとするカナ?」

 

「しないな」

 

私は迷い無く答えた。考える間など必要ない。

この身はすでに答えを得た。自分の行動に許せないことも、悩むこともある。

だが、これだけは言える。今のオレは後悔だけはしていない。オレは、間違えてなどいなかったのだと。

その答えを聞いた超は残念そうに、けれど納得したように頷いた。

 

「即答……か。まぁ、薄々そんな気はしていたネ」

 

話を終えた時、丁度空を遊覧していた飛行船が地上に不時着した。私と超は席を立ち、飛行船を降りる。

飛行船から降りる人ごみの中、不意に足を止めた超に合わせて足を止める。

 

「エミヤ先生。過去を変えないと言った理由を聞いてもイイかナ?」

 

「超鈴音よ、何故君があのような質問をしたのかは聞かん。だがな、 死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みは持ってはいけない」

 

こちらを見ようとしない超の背に言葉をかける。

それは、かつてシロウが士郎だった頃に言峰に言った言葉。

まだ青年だった頃の衛宮士郎が持っていた、言峰奇礼にも、英霊エミヤにも負けなかった強さ。

 

「たとえ君の言う事件がどれほど酷いものだったとしても、その悲しみを乗り越えた人が、乗り越えようとした人がたくさんいるはずだ。それなのに、その想いを無かった事にするなんて間違っている」

 

「フフ、そうだネ。そんな望みは間違っているのかもしれない」

 

シロウの言葉を噛みしめるように空を見上げた超。しかし、そんな超の雰囲気はガラリと変わり、こちらへ振り向く。それは、何か覚悟を決めたような人間の姿だった。

 

「それでも、私には過去を改竄してでも、想いを消してでも救いたい人達がいるんだヨ」

 

「超……まさか、君は!」

 

いつも飄々としている彼女が見せた本当の顔。

何を犠牲にしてもやり遂げると決めた、悲しい覚悟の灯った瞳。

今までの言動から考えられる可能性。今目の前にいる彼女から導き出される答え。

まさか、彼女は……。

 

「……っ!?」

 

瞬間、私は自分に向けられた強烈な殺気に振り返った。

しかし、周囲には一般生徒や来場客しか見当たらない。殺気も先ほどの一瞬以降消えている。

 

「獣のような今の殺気、アレは彼の……」

 

その殺気が誰のものだかすぐにわかった。何せ、聖杯戦争で一番剣を交えた回数が多い相手だったのだ。

そして、最後まで決着の着くことがなかった相手。忘れられるはずがない。

 

「はっ、超!」

 

思い出して振り返ると超はすでにいなくなっていて、地面には意思を重石変わりに置かれた一枚のメモ用紙が残されていた。

 

『貴方は私の敵ネ』

 

 

 

「……ああ、ではよろしく頼む」

 

携帯電話で学園長への報告を済ませ、真名との合流地点へ向かう。超のことは気になるが、そろそろパトロールに戻らなければならい。

 

「む?」

 

真名との合流場所である告白禁止地帯に入ると、魔法先生 生徒達に支給された告白しようとしている人を感知する機械が反応を示した。

数値を見ると告白しようとしている人の人数が5、10、15と、見る見るうちに増えて20人を超した。

 

「何だ、この人数は!? くっ、いた仕方あるまい。来たれ(アデアット)

 

出したのはアーティファクト『全てを救う正義の味方(エミヤ)』。イメージするのは相手の意識を刈り取る能力。

日本刀は少々派手かもしれんが、矢でいちいち狙っていては間に合わない。学園祭の最中ならば何かのアトラクションとでもいいわけできるだろう。

よく見れば告白反応のある人ごみの反対方向からは真名も銃を構えて走ってきている。

 

風を切る斬撃音と銃声。

 

一瞬のうちに大量の死体の山(気絶しているだけ)が出来上がった。

 

「映画の撮影でーす。お気になさらないでくださーい」

 

普段は見せないような営業スマイルで周りの人たちに説明する真名。さすがに、仕事だと笑顔でも(なんでも)するのだな。

すると再び告白感知器に反応が。

 

「旦那! 姉御! まだ一人残ってるぜ!」

 

「「何っ!?」」

 

カモの声に振り替えると、高校生くらいの爽やかそうな青年がこちらへ歩いてきていた。

 

「あれ……龍宮君? どうしたんだい、こんな所で」

 

「せ、芹沢部長……」

 

どうやら告白しようとしている青年は真名の知り合いらしい。

 

「どど、どうしましょうシロウさん!? あの人は龍宮さんが好きな部長さんなんです!?」

 

「何?」

 

真名の事だから仕事に私情を挟むとは思えないが……

シロウはすぐに行動できるように『全てを救う正義の味方』を構える手に力を入れる。

 

「ちょうどよかった、今日はこの場所で、君に話したい事があったんだ」

 

「……!?」

 

「実は俺、君の事を……」

 

私は姿勢を低くし、いつでも斬れるように足に力を込めたが、真名の表情を見た瞬間全身の力を抜いて、アーティファクトをカードに戻した。

 

「ありがとう先輩。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

そう言って、真名は青年に向かって引き金を引いた。

 

「私の戦場に、男は無用だ」

 

不敵に笑う真名の姿にガタガタと震えるネギの肩に乗るカモが持っているペンダント。

おそらくは真名のものだろう。そこに入れられている写真を見て、私は納得した。

 

(なるほど、そういうことか)

 

その後、小太郎と合流し。しばらく4人でパトロールをした後ネギ達と別れ、再び真名と2人きりになる。

 

「士郎さん。もし、さっき私が告白を受けようとしたらどうするつもりだったんだい?」

 

「無論。その時は、あの青年に医務室送りになってもらったさ」

「それが、両想いだとしてもかい? ネギ先生に聞いただろう。彼が私の想い人だということを」

 

真名は何か試すような眼をしている。

そんな彼女に、多少の皮肉を込めて言った。

 

「両思いだというのなら、尚更世界樹の魔力を使わせるわけにはいかないな。それに、彼と君は両思いではないだろう」

 

士郎の言葉に真名は眼を見開いた。

どうしてわかったのか? そう言いたげな真名の瞳に満足しつつ、シロウはやさしく微笑みかける。

 

「なに、たまたまカモが持っていたペンダントの写真を見ただけさ。似てはいるが、写真の人物と、先ほどの青年は別人だろう」

 

「……ふふっ、さすが士郎さんだ」

 

真名は満足そうに、そして普段の彼女を知る者からは驚かれるであろう年相応の笑顔を見せ立ち上がった。

 

「さて、そろそろ学園の仕事は終わりだ。今から龍宮神社に行くが士郎さんもどうだい? 飲み物くらいならご馳走するよ」

 

「では、ご馳走になろうか」

 

 

 

 

 

 

「まほら武道会予選会会場?」

 

龍宮神社の入り口に立てかけられた看板を見て思わず首をかしげる。

ネギと小太郎が出場すると話していたものだと思うが、確かまほら武道会の会場はここではないはずだ。

 

「お待たせ、士郎さん」

 

考え込んでいると、巫女服に着替えた真名が飲み物を持ってやってきた。

何故か、楓や古、鳴滝姉妹を連れて。

 

「真名、何故神社が武道会の会場になっているんだ?」

 

「ああ。それは、超が学園祭内の大小様々な武道会の権利を全て買い取ったからだよ。私は超に神社を会場として使えるよう許可を出した」

 

「超が?」

 

『貴方は私の敵ネ』 超のメッセージが頭をよぎる。

あのメッセージの後に、狙ったかのように起こった大規模の武道会。

境内に設置された舞台の方を見ると和美が司会をしており、主催者の挨拶と言う事で超も出てきた。

 

「私は表の世界、裏の世界を問わずこの学園の最強を見たい。飛び道具及び刃物の使用禁止。そして呪文の詠唱禁止! この2点を守れば如何なる技もOKネ!!」

 

(呪文の詠唱だと?)

 

超のやつ、この大会を利用して魔法を公にするつもりか? だとすればそれはあまりにも幼稚。

天才とまで呼ばれ、わざわざ私にまで話を持ちかけてきた彼女にしては安易すぎる。これは、何かあると考えた方がいい。

目的はおそらく魔法を公にすることではなく、周囲の注目を集めるといったところか。その間に何かを仕込むための準備時間と考えた方が自然。

 

「念の為、私も参加するか」

 

超の企みも気になるし、上手くすれば()をおびき出すこともできるかもしれん。

先ほど感じた殺気の主が、彼であったならばだがな。

 

「フフフ、中々面白い事になってるな。賞金一千万なら私も参加してみるか。なぁ、楓?」

 

「そうでござるなぁ……ばれない程度でなら」

 

どうやら、真名と楓もでるらしい。この流れなら必ず古もでるだろう。

 

「えーー!? 皆さんも出るんですかーーーー!!」

 

いつの間にいたのか、そばにいたネギが驚きの声を上げる。

ああ、そういえばネギも参加する予定なのだったな。

 

「私もでる事を忘れているんじゃないか? ぼーや」

 

「マ、師匠(マスター)ーーーーー!!!」

 

さらに現れたエヴァから告げられる残酷な事実。どうせエヴァが出る理由はネギへのいやがらせだろうが、これは思いのほか大変な戦いになるかもしれない。

 

「ネギ君達がでるなら僕も出ようかな?」

 

「タカミチも!?」

 

ほう、タカミチも出るのか。派手に魔法は使えないが、この間の続きをするのもいいかもしれん。

その後、楓、古、真名、エヴァ、タカミチだけでなく、挙句の果てには後からやってきたアスナや刹那まで武道会にでるというのでネギは完全に沈んでしまっていたのだが……。

 

「ああ、一つ言い忘れた事があるネ。実質上最後の大会となった25年前の優勝者は、学園にフラリと現れた異国の子供。ナギ・スプリングフィールドと名乗る、当時10歳の少年だった。この名前に聞き覚えのある者は……頑張るとイイネ♪」

 

超のその言葉を聞いたネギの眼には焔が灯っていた。

 

 

 

まほら武道会予選ルール

予選会は20名1組のバトルロイヤル形式

A~Hグループまでの各2名が翌日の本線に出場する事ができる

 

私が引いたくじはA。幸いな事に知り合いは一人もいなかった。

 

「まあ、一般人相手ならこれで十分か」

 

シロウはあらかじめ投影しておいた虎竹刀を構える。その竹刀についた虎のストラップとシロウの風貌を見た瞬間、舞台上がざわめいた。

 

「おい、あれジャスティスじゃねえか?」

 

「げ、マジかよ!?」

 

そんな喧噪もなんのその、試合開始の合図が出される。

 

「とりあえず……まずはジャスティスを潰せーーーー!」

 

「「うぉぉおおおお!!」」

 

シロウには強さを知り勝てないと悟ったのか、本来ならば敵同士の者たちが手を組み一斉にシロウに飛び掛った。

 

「ふむ、その意気込みは買うが」

 

飛び掛かった者達は一瞬にして虎竹刀の餌食となり、屍の山となった。

 

「1人1人の鍛え方が足りん。強者相手に数で相対する考えは悪くないが、もう少し策を加えるべきだったな」

 

「ぐぇ、こんな時も説教か…よ」

 

「さすがジャスティス……勝てねぇ」

 

今の一瞬で大人数が脱落し、残った数名も虎竹刀の餌食になりたくはなかったのか棄権してしまい、残ったのは私と黒いローブを纏った少女? だけだった。

 

「おおーっと! Aブロック早くも本選出場者が決まったーーーー!! 勝ち残ったのは黒いローブに身を包んだ少女、佐倉愛衣選手と我らがヒーロー!麻帆良の『ジャスティス』こと、エミヤシロウ選手だーーーー!!」

 

ワァァァアアアアアア!!!!

和美の実況でヒートアップする観客達。盛り上げるのは別にか構わないのだが、人の事を変な風に紹介するのは止めてほしい。

……ん、まてよ? 佐倉愛衣? 確か学園長から世界樹の説明を受けた時、魔法生徒の中にそんな名前の子がいたような。

 

「ん?」

 

クイッ クイッ と服の端を引っ張られたのでそちらを向くと、私にだけ顔が見えるようローブを捲る佐倉愛衣が立っていた。

 

「衛宮先生、私です。佐倉愛衣です」

 

「何故君が参加しているんだ?」

 

「えっと、私はでたくなかったんですが、お姉さまが……」

 

話を聞くと、高音がネギお仕置きする為(ネギが何か失態をしたらしい)に武道会に飛び入り参加し、愛衣はそれに巻き込まれたらしい。なんだろうか、この子はには親近感を覚える。なにか私と同じ苦労をする気がする。

 

「君も大変だな」

 

「いえ、なれてますし、お姉さまのお力になりたいので」

 

「ふむ。まあ、怪我と魔法の事は気をつけてな」

 

「はい。衛宮先生も頑張ってください」

 

ワァァァァァアアアアアアアア!!!!!

観客席から大歓声が起こる。どうやら話している間に、他のブロックも本選出場者が決定したようだ。

結果をまとめる為に一度下がった和美だが、数分後再び会場へ出てきた。

 

「大会委員会の厳選な抽選の結果決定した、トーナメント表を発表します。こちらです!!」

 

和美が手にした本戦のトーナメント表が映像として和美の背後に現れる。

 

一回戦

 

田中 VS 高音・D・グッドマン

 

ネギ・スプリングフィールド VS タカミチ・T・高畑

 

神楽坂明日菜 VS 衛宮士郎(エミヤシロウ)

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル VS 桜咲刹那

 

佐倉愛衣 VS 村上小太郎

 

大豪院ポチ VS クウネル・サンダース

 

長瀬楓 VS 中村達也

 

龍宮真名 VS 古菲

 

 

これほどの武道会ならば彼が出場するかと思ったが、それらしき人物はいない。しいて言えばクウネル・サンダースという人物が怪しいが、彼なら自分の姿を隠すような面倒な真似はしないだろう。

 

「超の動向に注意はしておきたいが……それよりも今は一回戦の相手か」

 

神楽坂明日菜 VS エミヤシロウ

 

「まさか、アスナと戦う事になるとは思わなかったな」

 

 

 

 

 

 

麻帆良祭1日目が終了し中夜祭。クラスの皆で軽いパーティーが行われていた

 

 

「ネギ君今日はありがとね!」

 

「可愛かったよ、ネギ君」

 

「うちの部にも来てくれて、ありがとうございます」

 

「ネギ先生。今日は最高の時間をありがとうございました!」

 

ネギは生徒達の間で揉みくちゃである。どうやらパトロールや武道会に参加しながらも、ちゃんと生徒達の方にも顔を出していたようだ。10歳とはいえ流石は教師だ。

と、そんな事を思っているとアスナが何か言いたそうにこちらを見ていた。

 

「士郎……武道会参加してたんだ」

 

「ああ、少し思うところがあってな」

 

「そう」

 

アスナの顔は思いのほか真剣だ。アサシンの襲撃があって以来、アスナはシロウを避けていた。

だが、今は目を背けることなくしっかりと見つめてくる。

 

「答えは出たのか?」

 

「うん。だからね、明日の試合本気で戦ってほしいの」

 

その眼には迷いなどは一切ない。なるほど、彼女は確かに自分を動かすだけの答えを見つけたようだ。

 

「……そうだな。君の出した答えが本気で応えるにたるものだったその時は、本気で相対すると誓おう」

 

「うん」

 

アスナはこの数日間悩み、葛藤し、それでもなお考え続け答えを見つけた。

後は彼女がその答えに劣らない想いを持っているかどうか。

明日の試合、その答えを試させてもらうぞ───神楽坂明日菜。

 

こうして学園祭1日目の夜は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 




はい。というわけで超の企みでした(笑)
皆さん期待してたかもしれないあの人はまだ出てきませんでしたね。その分まほら武道大会の方を楽しんでください! というか、楽しんでいただけるよう頑張ります!
次回はシロウVSアスナです。お楽しみに!


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アスナの決意

学園祭2日目 まほら武道会 本戦開幕

 

まほら武道会本選に出場が決まったネギ、小太郎、アスナ、刹那と別荘の持ち主であるエヴァ、付き添いのこのかは別荘で休憩や調整をしていた。

かくいうシロウも軽く体を動かした後、日課になっている闇の魔法(マギア・エレベア)の修行をしている。

最近では術式兵装の持続時間もかなり延び、実践でも問題なく使えるレベル。

相変わらず他の魔法は進歩が無いが、闇の魔法に関していえばエヴァが呆れるほどの速さで進歩している。

以前失敗したアレ(・・)でさえ、数十秒なら発動できるようになった。

 

「順調そうだな」

 

「エヴァか。どうした?」

 

ネギ達に闇の魔法を見せるわけにはいかないという理由で、かなり離れた岩場で修行していたのだが、そこにエヴァがやってきた。ネギ達の修業を見るといっていたのにここに来たということは何か話があるという事だろう。

 

「お前の修行の進み具合を見にきたのともう一つ。お前が武道会に参加した理由を知りたくてな」

 

「なに、少し腕試しがしたくてね。それに賞金一千万円というのも魅力的だと思うが?」

 

超のことは伏せ誤魔化す……つもりだったのだが、エヴァの目はスッと細まり真偽を見極めようとする。

数秒無言の時が流れた後、エヴァは口元を吊り上げ笑った。

 

「嘘つけ。お前がそんな理由で武道会なぞ参加するものか。大方、超鈴音の事だろう」

 

「驚いたな……君の所にも超が来たのか」

 

「馬鹿者。私は茶々丸のマスターだぞ?」

 

なるほど。ここ最近エヴァは一人かチャチャゼロと共に行動をしていて茶々丸と一緒にいるところは見かけていない。つまり、茶々丸は製作者である超側につき、超はそのことについてエヴァに了解を得に来たという事か。

 

「そうか、ならば君に話しておくことがある」

 

私は昨日の事をエヴァに話した。超の企みに誘われたこと、ランサーがこの世界にいるかもしれない事。

 

「で、お前はそれを1人で、しかも誰にも知られずに解決しようとしていると? つくづく、お人よしだなお前は」

 

エヴァは呆れたように言う。その言葉に対し反論できなかった。

一人で戦うことが無茶なことはわかっている。しかし。

 

「まだ覚悟のできていない者達を巻き込むわけにはいかないからな。それに、これは私の問題だ。他の魔法先生に頼るわけにもいかんよ」

 

「……そうか(なるほどな。超鈴音がどうやってシロウを抑えるのかと思ったが、まさかランサーを従えているとは。まぁ、約束した以上私は誰にも助力する気は無い。今回はせいぜい傍観に徹させてもらうとするか)」

 

「ああ、そうだエヴァ。ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

「なんだ?」

 

ほぼ完成しつつあるアレの最後のピースを埋める為、闇の魔法の開発者であるエヴァに助力を乞う。

 

「……ふむ。まぁ理論上は可能だな。発想も面白い。お前の体がもつというのなら、圧縮のイメージを変えてみたらどうだ? 純粋な魔力ではなく形あるものなのだから、圧縮というよりサイズを縮めるようなイメージにしてみろ」

 

なるほど。確かに無形の魔力の様に圧縮するイメージより、そのままの形でサイズを小さくするイメージの方がやりやすいかもしれない。上手くいけば不安定だった圧縮も安定し、技の発動までにかかる時間も短縮できるかもしれない。

 

「まぁ、考えるよりまずやってみろ」

 

「そうだな───投影(トレース)開始(オン)

 

術を発動した瞬間吹き荒れる暴風。海を水平に走る黄色い閃光。

閃光は1km程進むと大爆発を起こし、暫くの間海を分断させた。

そして、爆発によって舞い上がった海水が土砂降りの様に降り注ぐ。

 

「貴様のせいでずぶ濡れではないかっ! 死ね!」

 

「やれといったのは君だろう! それに、君は水着なのだからいいではないか!!」

 

こちらは私服だぞ!? 確かに術の威力が予想以上に強く、こんな事態を招いたことは反省すべき点がある。

威力に唖然とし傘を投影できなかったこともまぁ、百歩譲って私が悪かったといえよう。

しかし、死ねというのはあまりにも言い過ぎではないだろうか? と抗議したい。

 

「どうしたの!?」

 

「何の音ですか!?」

 

「しろう、エヴァちゃん大丈夫~?」

 

修行中だったネギと小太郎。稽古をしていたアスナと刹那。それを見ていたこのかも、ものすごい音に驚き集まってきた。

 

「って、海が割れてるじゃないの!?」

 

「ほんまやー。すごいなぁ」

 

真っ二つに割れた海は次第に元に戻り、光の発射地点と思われる場所ではシロウとエヴァがもめている。

そんな2人をネギ達はポカーンと見ていたが、小太郎が口を開いた。

 

「い、今のシロウ兄ちゃんがやったんか!?」

 

「ん? ああ、そうだが?」

 

衝撃の事実にネギと小太郎は唖然とする。2人はどこか心の中でシロウには勝てるかもしれないと思っていたのだ。今回の大会では刃物の使用が禁止の為、シロウは宝具は使えない。その上、シロウに魔法の才能がないことを知っているネギは接近戦にさえ気を付ければ可能性があると。小太郎は純粋にシロウの戦闘を見たことがない為、その実力を測りかねている。しかし、目の前の光景はそんな2人の希望を易々と打ち砕いた。

 

「安心したまえ。武道会で私は身体強化の魔術くらいしか使う気はない」

 

「え? 本当ですか」

 

「ああ、超はああ言ったが武道会だからな。まあ、君達が魔力を使う事には何も言わんよ、これはあくまで私の考えだからな」

 

そう言うと、ネギ達の顔に安堵が見られた。

 

「だが、簡単に負けてやるつもりは無いぞ」

 

「はい! お互い頑張りましょう!」

 

その後、別荘内で一日休養を取った後、武道会会場である龍宮神社へと向かった。

 

 

 

「ほな、みんな頑張ってな。ウチは観客席に行ってるわ」

 

「ああ、また後でな」

 

私達本選出場者は控え室へ行かなければならないので、このかはここで別れる。

控え室には既に他の参加者が揃っていた。タカミチを見つけたネギは2、3こと言葉を交わし戻ってくる。

その眼には動揺の色はない。あるのは1人の男としてタカミチと戦う覚悟。

弟子入りテストの日からどれだけ成長したか見せてもらうとしよう。

 

「只今より、まほら武道会一回戦第一試合に入らせて頂きます!!」

 

まほら武道会は和美のアナウンスで開幕を告げる。

 

まほら武道会本戦ルール

15m×15mの能舞台で行われる15分一本勝負

ダウン10秒

リングアウト10秒

気絶

ギブアップ で負けとなる

時間内に決着がつかなかった場合、観客によるメール投票により勝敗が決まる

 

シロウは選手席からではなく、舞台が見渡せる神社の屋根の上で戦いを観戦する。

 

一試合目 佐倉愛衣 VS 村上小太郎

 

試合が始まると愛衣はすぐにアーティファクトであるホウキを出すが、瞬動により一気に接近した小太郎の掌底による風圧でリングアウト。小太郎の勝利となった。

 

「あぶあぶ!?」

 

リングアウトで水へと落ちた愛衣が ばちゃばちゃ と慌てている……まさか、泳げないのか?

そう思った瞬間、シロウは瞬動で移動した。

 

「わ、私、泳げなっ、あれ?」

 

「大丈夫か?」

 

溺れていたはずの愛衣はいつの間にかシロウに抱きかかえられていた事実に、顔を耳まで真っ赤にしてお礼を言った。

 

「おおーっと! 麻帆良のジャスティスことエミヤシロウ選手、溺れていた佐倉選手を救出しお姫様抱っこ。そんな光景に観客からは盛大な拍手と歓声が起こっております!! エミヤ選手、勝利した小太郎選手を差し置いて観客の視線を釘付けだだぁぁぁあああ!!」

 

その光景を見た和美は、すかさず場を盛り上げるために観客を煽る。和美の煽りに盛り上がる観客。

確かに和美を司会にした超の采配に間違いはない。ないのだが、もう少し何とかならないだろうか? これでは勝利した小太郎があまりにも可哀想ではないか。和美よ、もう少し考えて実況してくれ。

 

二試合目 大豪院ポチ VS クウネル・サンダース

 

開始早々大豪院が猛攻をかけるも、全ていなされクウネルのカウンター気味の右掌底が決まり、一撃ノックダウン。

 

第三試合 長瀬楓 VS 中村達也

 

一般人にしては珍しく、気を使った「遠当て」を使いこなし戦う中村だが、それだけで楓を倒せるわけも無く、音も気配も全く感じられないような完璧な瞬動「縮地」によって後ろを取られ、手刀により気絶。楓の勝利となる。

 

「さて、次は古 対 真名か。一回戦注目のカードだが……まさか今さらここで観戦というわけでもあるまい?」

 

「おやおや、気づかれてしまいましたか。流石ですねぇ」

 

シロウはいきなり現れた背後の気配に声をかける。

現れたのはローブによって顔を隠した武道会参加者クウネル・サンダースだった。

 

「私と賭けでもしませんか?」

 

「遠慮する。賭け事はあまり好きではないのでね」

 

「フフッ、つれませんねぇ。非常に残念です」

 

そういうクウネルは、ちっとも残念そうに見えない。それに多少の闘気を向けても全く防御の姿勢すら取らない。

敵意があって近づいたわけではないようだが……

 

「貴方が勝てば、いい情報を教えてあげようと思ったんですがね。アーチャー」

 

「……何故その名を知っている。───貴様、何者だ」

 

アーチャーと言う名を出したクウネルに威圧的に問う。先ほどの真意を測るための威嚇等とは比べ物にならない、鋭く洗礼された敵意。

その姿に満足したのか、クウネルは頷くと表情を真剣なものに変えた。

 

「アーチャーと言う名を知っている理由はまだ言えませんが。私が何者かと言う質問の答えぐらいでしたら、貴方が賭けに勝てば教えましょう。もちろん、先ほど言ったいい情報と一緒に」

 

クウネルの真剣な表情を見れば、嘘をついていない事がわかる。敵か味方かはわからないが、私に対して敵意をもっているようにも見えない。それに、この男がアーチャーと言う名を知っている理由も気になる。

ならばここは賭けに乗るべきだな。

 

「……いいだろう。で、賭けの内容は?」

 

「これから始まる、龍宮真名と古菲の試合の勝者などいかがでしょう? チップは、私は私の正体と貴方に有益な情報。貴方は貴方の記憶と言う事で」

 

「記憶?」

 

「ええ、正確には記録ですかね。私のアーティファクトの能力で、他人の過去を本にできるのです。とは言っても、貴方から記憶が消えるわけではないのでご安心を」

 

他人の過去を本にするだとアーティファクトか。仮契約によるアーティファクトはその者に合ったモノが精霊によって自動的に選出されると聞く。何をたくらんでいるかは知らないが、なるほど理解した。この男は性格が悪い。他人の過去を知りたいなんてヤツに、ろくなヤツはいない。

 

「もう一つ。何故、彼女達を賭けの対象に?」

 

「特に意味はありません。しいて言うなら、観客達にとって一番の注目カードだからですかね」

 

フードで顔は良く見えないが、先ほどと変わらない口調。どうやら本当に意味はないらしい。

 

「ふむ……では、私は古に賭けよう」

 

「おや? これは驚きですね。実力的には龍宮さんの方が上では?」

 

表情が変わったような気がするところを見ると、本当に驚いたらしい。

それでも僅かな変化でしかないのだから、つくづくわからん男だ。

 

「確かに実力でいえば真名の方が上だろう。しかし、古は一般人の中では最強クラスであり、数多くの部員の上に立つ者だ。死合いならいざ知れず、試合ならばそういった想いの差で真名に勝てる可能性も低くは無い。むしろ可能性が高いと考える」

 

人の上に立つ者。人の想いを背負った者は強い。その点を考えれば、古に勝機は十分ある。

それに、これは推測だが真名はどこか本気じゃないような気がする。いや、本気ではあるのだろうが、あくまで試合での本気という感じがするのだ。

 

「では、私は龍宮さんの方に賭けましょう。フフッ、結果が楽しみです」

 

第四試合 龍宮真名 VS 古菲

 

「それでは、まほら武道会第四試合レディ……ファイ!!」

 

開始の合図と同時に観客達に動揺が走る。なんと、古と真名の両名が動きを見せる前に古が吹き飛んだのだ。

否。吹き飛ばされた。

 

「今のは、500円玉か」

 

和美にも、会場の一般客も突然古が吹き飛んだように見えただろうが、シロウの目にははっきりと見えていた。

真名の手から弾かれた、常人では捕らえきれない速さで打ち出されたコインを。

コインを打ち出す技術。確か名を羅漢銭。

中国に伝わる暗器の一つで、コインを飛ばす技術の事。

達人ともなれば一息に5打打つ事ができるというそうだが、真名が使うのであればそれ以上と考えていいだろう。

 

「おや? いきなり決まってしまいましたね」

 

「つまらん芝居は止めろ。お前にも見えていたのだろう?」

 

コインが当たる瞬間、古は自ら後ろに跳び威力を逸らしたの。

着地には失敗したようだが、受け身も取れていたしほぼダメージはないと考えていい。

起き上がった古は真名の放つマシンガンのような羅漢銭の連打をかわし、八極拳の活歩(瞬動の様な歩法)で一気に接近し真名の右腕をとるが、後ろに回した左手で羅漢銭を顎に放たれ体勢を崩してしまう。

そこに、体勢は立て直させないと言わんばかりの羅漢銭の連打。ついに古は倒れてしまった。

意識はあるようだが、その眼にはもう戦う意思は見えない。負けを認めようとしている。

 

「どうやら、賭けは私の勝ちのようですね」

 

クウネルの言葉には答えず私は古を見つめる。

古、君はここでは終わらないだろう?麻帆良に来てまだ数ヶ月しかたっていないが、私は知っている。朝早くから彼女が鍛錬を行っていることを。そして聞こえるだろう。君を応援する者達の声が。

 

「くーふぇさん! しっかりーッ!!」

 

観客達の中から聞こえた一際大きなネギの声。すると先ほどまで諦めかけていた古の拳が握り締められた。

 

「フッ、どうやらまだ終わっていないらしいぞ?」

 

「……おや?」

 

古は止めを刺そうとした真名の羅漢銭を腰に着いていた布で全て叩き落し、布を真名に巻きつけ左手を封じた。真名に右手のコインで布を外されてしまったが、古は羅漢銭を打たせない為、布の槍で猛攻をかける。

布槍術とは珍しいが、中国には武器を使った格闘術も数多くある。中国武術研究会の部長である古ならば、使えても不思議ではない。

 

真名は布の槍の雨の中、隙間を縫うように羅漢銭を放つ。その一撃は布を操る古の左腕に直撃し腕の骨を折る

が、古はひるまず羅漢銭を放った真名の一瞬の隙をついて布を巻きつけ、自分の方へ引き寄せた。

真名は古に対して接近戦は不味いと感じ残る全てのコインを古の鳩尾へと打ち込む。古の掌は真名の腹に触れることに成功したが、そこで膝をつく。

 

「終わりましたね」

 

「ああ、賭けは───」

 

会場の誰もが古の負けだと思った。だが、結果は。

 

「───私の勝ちだ」

 

瞬間、真名の背中側の服が破けその場に倒れこんだ。

古は最後の力で浸透系の技を繰り出し、勝利を掴んだ。

勝利した古は大歓声の中、笑顔で手を振りながら医務室へと歩いていった。

 

「貴方は行かなくてよろしいので?」

 

「なに。彼女の友人にこのか(優秀な治癒術師)がいる。大丈夫だろう。それより、約束を覚えているだろうな」

 

「ええ。それではお話しましょう」

 

クウネル・サンダースはフードを外し語り始めた。

 

彼の本名はアルビレオ・イマ。

ネギの父親であるナギ・スプリングフィールドの仲間で『紅き翼(アラルブラ)』の一員。

今は世界樹地下に暮らしていて、知っているのは学園長だけらしい。

武道会の参加理由は、ナギとの約束でネギに用事がある為だそうだ。

 

「話はわかった。だがクウネルよ、何故君はそれを私に話す?」

 

「貴方には、色々とお世話になりましたから」

 

そう言ったクウネルの表情は、どこか懐かしそうな悲しい表情をしていた。

だがその真意を確かめる間もなく、一変していつものにやけた表情に戻る。

 

「それと、アルで構いませんよ。私も貴方の事はエミヤと呼びたいですからね」

 

「了解したよアル。君の事だ、どうせ「色々とお世話になりましたから」という言葉の意味を追求しても何も答えてはくれないだろう」

 

「ええ。よくおわかりで」

 

話す気がないのなら、彼についての追及はここまでにしておこう。

それよりも今は気にすべきことがある。

 

「では、いい情報とやらを聞こうか」

 

するとアルは真面目な表情に変わる。

 

「貴方も気づいているとは思いますが。超鈴音にランサーがついています」

 

「君はランサーの事も知っているのか?」

 

「いえ、直接は。彼が「人あらざる存在」だと言う事はわかりますが、素性については又聞き程度です」

 

直接目にしたことはないが、ランサーの事を知っていて、その正体についても誰かから聞いている。

遠まわしに説明をするからには、おそらくその誰かというのはアルが私に話せない事柄に関係しているのだろう。私のクラス名も知っていたことだしな。

まだ油断はできないが、聖杯戦争や私の世界がらみでアーチャーと言う名を知った訳ではない様なので一先ずは安心か。

 

「いやぁぁああああああ!!!」

 

「ん?」

 

その時、いつの間にか始まっていた第五試合 田中 VS 高音・D・グッドマン。

何故か高音は半裸で田中を殴り飛ばしていた。その様子に溜息を吐かずにはいられない。

 

「何をしてるんだ……」

 

「おやおや」

 

シロウは愛用の赤いコート(素材は聖骸布)を投影する。それは戦闘時に着用する外套ではなく、あくまで私生活で出かける時に着用するものである。

 

「大変ですね貴方も」

 

「まあな。だがこの学園にいるうちに、こういった騒動にもだいぶ慣れた」

 

シロウは愛衣の時同様、瞬動で高音の下に移動しその肩にそっとコートをかけた。

 

「やはり、貴方は私達に出会う前も変わらないのですね……」

 

 

 

 

 

「全く、何をやってるんだ君は」

 

「え、衛宮先生!?……申し訳ありません」

 

大勢の前で肌を晒してしまった為か、それともシロウに見られてしまった為か、高音は顔を真っ赤にして体を抱え込む。

 

「おおーっと、またもでましたこの色男! ジャスティス エミヤシロウ。颯爽と登場し高音選手にコートをかける姿を見て女性客からは黄色い声が、男性客からはブーイングがだされています!!」

 

またかっ!!

これ以上観客を煽るのは本当に止めてほしい。

 

「後で和美は説教だな……」

 

今すぐにでも説教をしたい気持ちを抑え、舞台の中心で縮こまっている高音をつれて足早に選手控え室に向かう。

 

「あ、あの。私、着替えを取りにいってきます。ありがとうございました」

 

「そうか。そのコートは返さなくていいから着て行くといい」

 

「はい。本当にありがとうございます」

 

控室につくと、高音はペコペコ頭を下げて足早に更衣室へと向かった。

 

「さて」

 

次はネギの試合か。控室にいないということは、既に舞台に向かっているか、古の見舞いに救護室に行っているのだろう。少し様子を見てくるかな。

 

「ああ、そうそう。もう一つお教えしておきたいことが」

 

「うぉ!?」

 

いきなりアルが現れた。

 

「な、何かね?」

 

わざわざ転移してまで来たという事は、何か重要な事だろうか?

 

「エヴァンジェリンの名前はご存知で?」

 

エヴァの名前? エヴァの名前がどうかしたのだろうか?

確かフルネームはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだったはずだ。

 

「ええ。そしてミドルネームの部分のA・Kは、実はアタナシア・キティというんです」

 

アタナシア・キティ?それはなんともまあ顔に似合わず、いや、顔には似合っているが性格に似合わず可愛らしい名前だな。しかし、それがどうしたというのだろう。

 

「彼女はキティと呼ぶと面白いくらいに怒ります」

 

「ほう?」

 

今の言葉にピンと来た。予想していた重要な要件とは違うが、これはこれで今後にとってかなり重要な情報だ。アルの顔を見れば言いたいことはすぐにわかった。そのかわいらしい名前を使って、エヴァをからかえという事だろう。

今まで食えん男だと思っていたが、ふむ、なかなかどうして気が合いそうだな。

 

「つまり、そういうことかね?」

 

「はい。そういうことです」

 

2人はお互い不敵な笑みを浮かべ、手を握り合う。

 

「アル。君とはいい関係が築けそうだ」

 

「それは何よりですエミヤ」

 

「クックックッ」

 

「フフフ」

 

ここに最凶コンビが結成した……

 

 

 

 

 

「大変お待たせしました。只今より、第六試合 ネギ・スプリングフィールド選手 VS タカミチ・T・高畑選手の試合を始めたいと思います!」

 

シロウが再び屋根の上に戻った時、丁度第六試合の開始が告げられた。

舞台の上には緊張気味のネギと嬉しそうな顔のタカミチが立っている。

実力的には圧倒的にタカミチが上。そんな相手にネギはどう戦うか。

 

「君の戦いを見せてもらおう」

 

「それでは、第六試合。レディ───ファイッ!!」

 

和美の開始の合図と同時に、ネギは風盾(デフレクシオ)と腕でアゴをガードし、瞬動を使ってタカミチに一気に突っ込む。

ネギはタカミチの攻撃を全て受けきり、瞬動を成功させ背後を取る。

 

「以前一度見たことはあるが、客観視すると本当に出鱈目な技だな」

 

居合い拳と呼ばれるタカミチが放った拳。

ポケットを鞘の代わりに拳を走らせ放つその高速の技は、傍から見れば目視は敵わず、受けたものは突然衝撃を受けたように感じるだろう。

それ故、予選の時観客達はタカミチの周囲の選手達が自然に倒れていくように見えていた。

だがネギはしっかりと居合拳に対応しタカミチに接近。接近されたタカミチはポケットから拳を出し右のストレートを放つが、それをネギはさらに瞬動を使い避け、八極拳で上手くタカミチのガードをすり抜け打撃を与えつつ、魔法の射手も組み入れた連続攻撃で反撃する隙を与えない。

 

「雷華崩拳!!!」

 

収束する複数の雷の矢がネギの腕へと巻きつき、タカミチの腹へと放たれステージ外まで吹き飛ばされる。

 

「雷華崩拳。魔法の矢を拳に乗せて直接叩き込む技とは。やるじゃないかネギ君」

 

オリジナル技とは恐れ入ったが、直撃とはいえ相手はタカミチ。あの程度の威力では、大したダメージは与えられてないだろう。

案の定、水煙の中から現れたタカミチはほぼ無傷だった。

戦闘が再開されネギは何とか距離を離されないように戦うが、蹴りにより距離をとられ、居合い拳の連打によって近づく事ができない。

先ほどと同様、瞬動で接近しようとするもタカミチに同じ手が二度も通用するはずが無く、半身を逸らし足をかけ破られてしまう。

タカミチの居合い拳の射程は約10mで能舞台の四方は15m。おまけに瞬動も使えるとなると、いよいよネギの逃げ場はなくなる。

 

「魔力と……気? あの技は確か」

 

ネギと何か話していたタカミチの手が光りだす。そこ光景に私は見覚えがあった。

以前別荘でタカミチと手合わせをした際、最後にタカミチがアレを使っていた。あの時はまだ気について詳しく知らなかった為気づかなかったが、エヴァの修業をするうちに自ら使用することは敵わずとも、他者の気を感じることはできるようになったのだ。

タカミチは右手と左手にそれぞれ気と魔力を集め、2つを合成させたタカミチの体からは魔力とも気とも違う力が溢れ、まるで大砲のような居合い拳を放ち舞台に穴を開けた。

 

「あれは、咸掛法という技法で、気と魔力 相反する2つの力を合成するとても高度な技法です。そして今のは咸掛の気を拳に乗せて放つ居合い拳。豪殺・居合い拳。タカミチの師が得意とした技です」

 

「いきなりなんだ。聞いてもいないことをベラベラと」

 

古の試合の時同様、いきなり現れたアルに顔を向けずに問いかける。

いいかげん転移によってアルが現れるのにも慣れた。いちいち文句は言うまい。

 

「いえいえ。ただ、知りたいかと思いまして。それでは、私はこれで」

 

言いたい事が終わるとすぐに消えてしまった

 

「本当に、それだけの為に来たのかっ!? ……まったく」

 

試合の方に視線を戻すと、居合い拳と豪殺・居合い拳の併用でネギはどんどん追い詰められていた。距離を取れば豪殺・居合い拳で狙われ、接近しようとすれば居合い拳で阻止される。

ついにネギは避け切れず、あえなく風花(フランス)風障壁(パリエース・アエリアーリス)により豪殺・居合い拳を受け止めるが、風障壁は高位の物理防な為、連続での使用ができない。技後硬直で動けないネギにタカミチの豪殺・居合い拳が直撃した。

 

ネギ・スプリングフィールド。ここで、立ち上がる事ができなければ、君の想いは所詮その程度。いつか理想に溺れる事になるだろう。

ナギに追いつきたいというのなら、大切な人を守りたといういのなら。

多くの人を救い、立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたいというのなら。

 

タカミチ()を乗り越え、いずれここ(高み)までやって来い」

 

 

 

 

 

 

 

タカミチの豪殺・居合い拳を受けたネギはもはや虫の息。

会場はざわめき、和美もタカミチの勝利にして試合を止めようとしている。

そんな周囲など気にも留めず、タカミチはネギを見下すように言った。

 

「ネギ君。あきらめるのか? 君の想いはそんなものなのか? 僕程度に勝てないようでは、それよりも高みにいるナギやエミヤに追いつくことはできないよ」

 

タカミチの言葉を聞いて最初に脳裏に浮かんだのは父の背中。次第に意識がクリアになっていき、ぼやけている視界に人影が写る。

頭の中の父は振り返り、その人影と重なった。ネギが追いつきたいと願った、もう一人の人物。

 

「シロウ───さん?」

 

晴れていく視界の中見えたのは赤い外套を纏う騎士の姿。

赤い騎士はまるで「ここまで来い」と言うかのようにネギを見ている。

視界が完璧に晴れると、そこにいたのは赤い騎士ではなく、黒いシャツにズボンという普段と同じシロウの姿だった。

 

 

 

 

 

和美によりタカミチの勝利が宣言されそうになる中、私はネギと目が合った。

私の遥か遠くを見据えるその眼は、焦点が合っていくにつれてしっかりと私を認識する。

その眼には何が込められていたのか……。ただ、私には「必ず追いつく」と言っているような気がした。

 

聞こえてくるアスナやのどか、古や刹那の声援にネギは立ち上がる。

その表情はボロボロの姿に反して自信に満ち、勝利を確信していた。

 

ネギはタカミチが構える前に光の矢を9本背後に待機させ接近。ギリギリ反応できたタカミチの蹴りで場外の水の中へ落ちるが、直ぐに舞台へ戻り高々と宣言した。

 

「タカミチ、最後の勝負だ!」

 

「受けてたとう、その勝負!! 次が最後の一撃だ!!」

 

タカミチは快くその申し出を了承し、再び咸掛の気を纏う。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 雷の9矢(セリエス・フルグラーリス)!!』

 

『豪殺 居合い拳!!』

 

ネギは魔法の射手を瞬動によって全身に乗せた体当たり。対するタカミチは大砲のような威力の豪殺・居合い拳。

ネギは豪殺・居合い拳がぶつかる瞬間、風障壁によって豪殺・居合い拳を相殺。無防備となったタカミチは体当たりをモロに食らう。しかしタカミチはまだ倒れない。ダメージは受けているが、直ぐにネギの姿を追う。

だが、既に勝敗は決した。

 

「───解放(エーミッタイム)

 

舞台上に静かに響く声。

声の先には遅延呪文(ディレイ・スペル)により先程失敗したと錯覚させた光の矢を背後に停滞させるネギの姿。

 

「最大、桜華崩拳!!!」

 

9本の光の矢を乗せた拳は問答無用にタカミチを舞台へとめり込ませ、敗北を認めたタカミチ。

それを確認した和美が高々とネギ君の勝利を告げる。

 

「ネギ・スプリングフィールド。君の戦い、確かに見せてもらったよ」

 

オリジナル技に遅延呪文。タカミチが正面から戦うように誘導した言葉。見事としか言いようがない。

初めて出会った日から大きく成長した少年に心の中で賛辞を贈りつつ、シロウは己の戦場へと向った。

 

 

 

 

「舞台の修復で長らくお待たせしました。第七試合を始めたいと思います!!」

 

いよいよ始まる第七試合。今回の試合は私は虎竹刀ではなく、2本の中華剣を模した木刀を投影し持ってきた。いくら数か月前までは素人とはいえ、アスナは運動神経がよく最近では刹那に剣を習っている。そして、ネギからの魔力供給もあると考えると、使い慣れた干将・莫耶に似た形状の武器が一番いいと判断したからだ。

対するアスナの武器はアーティファクトであるハリセン。それはいい。、とより想定していたことだ。だが、一つだけ想定外。疑問に思う事がある。

 

「アスナ。何故君はそんなフリフリの服を着ているんだ?」

 

「う、うっさいわね。朝倉に無理やり着せられたのよ」

 

恥ずかしそうに頬を染めるアスナが来ていたのは、フリフリの沢山ついた可愛らしい服。

某オタクの集まる街に行けば、メイド服としても通用するようなものだった。

和美に対していろいろと言いたいことはあるが、見た目はどうあれ今回アスナは真剣勝負を所望だ。

今はそちらに集中するとしよう。

 

「麻帆良のジャスティス エミヤシロウ選手と戦うのは、元気いっぱいな女子中学生、神楽坂アスナ選手! さあ、ジャスティス相手に少女はどこまで戦えるのか!! 第七試合 神楽坂明日菜 VS エミヤシロウ。レディ───ファイ!!」

 

開始の合図を告げられても私もアスナは動かない。

何故なら彼女の目が語っているから。言わねばならないことがあると。

 

「士郎。私、士郎の過去見たりとか、アサシンの事件とかあったけど、まだ魔法の世界に関わるっていうのがいまいちよくわかんない」

 

「ああ……」

 

「でもね。あの時エヴァちゃんに、魔法の世界に足を踏み入れる理由をネギのせいにするなって言われて、考えてみたの。私は何の為に、戦うのかって」

 

アスナは最初こそ照れたような感じで話していたが、真剣な顔に変わる。

 

「そしたらね、ネギの事がほっとけないんだってわかった。士郎から見れば、中途半端な甘い決意かもしれない。でも、いつもボロボロになりながら戦ってるネギを見て、助けたいって思ったの。必死になって頑張るあいつの笑顔を見て、綺麗だなって思ったの。だから───だから私は、この世界に足を踏み入れる。ネギを守る為に」

 

アスナのその眼には昨晩と同様、いや、昨晩以上に迷いない意志が宿っている。

彼女は言った。甘い決意だとわかっていると。それでも守る為に戦うと。

確かに、アスナの言う事は甘いし、魔法の、裏の世界の怖さをわかっていない。

しかし、私も……オレも始めはそうだった。オレを救ってくれた切嗣にの笑顔が綺麗だったから憧れ、オレもそんな風に誰かを助けられる存在になりたくて、正義の味方を目指した。

オレの、そして私の理想は借り物だったけど、アスナは誰に言われるでもなく自分自身で考え、ネギを守る為に戦う道を選んだ。

そんな彼女を否定する事は私にはできない。

 

「いいだろう。ならば、その決意を証明して見せろ」

 

「はい!」

 

その言葉と同時に2人は弾け、ハリセンと木刀が交差する。

すると、木刀自体には傷一つつかなかったが、木刀に掛けておいた強化の魔術が若干ながら弱まった。やはりアスナのハリセンには完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)が備わっているようだ。

投影品が物質として認識されているからなのか、根本的な形態が違うからなのかはわからないが、一撃で魔力に戻される事はないようだ。

私は再度木刀に強化を掛け直し、迫りくるハリセンの乱打を悉く受け止める。

ネギから魔力供給を受けているとはいえ、アスナは筋がいい。強化を施しているシロウと、本気ではないとはいえ打ち合う事ができている。

だが、数十合打ち合った時、アスナに変化が表れた。

 

「ちょっ、アンタいきなり頭に話しかけないでよ!」

 

「?」

 

いきなり1人で話し始めたと思ったら、アスナのスピードが急激に上がる。

受け止めるのは危険と判断し、ハリセンを捌きながら観察する。すると、アスナの体からは先程とは違う力が溢れている。

タカミチの咸掛法に似ている気がするが、その力は不安定ですぐに霧散してしまった。

しかし、アスナはまた何か独り言を呟いた後、魔力と気を合成させ、今度は完璧に咸掛法を使う。

 

「やはり咸掛法か。だが、何故アスナが。確か、かなり高度な技法だといってなかったか?」

 

ふと視線を感じ選手席を見ると、ニッコリ笑ったアルの姿。

 

「シロウ!必ず勝て!負けたら殺す!!」

 

と、何故か激怒して応援するエヴァの姿。まあ、エヴァの方はどうせアルにからかわれたのだろうから置いておくとして。アスナの様子がおかしいのはアルのせいで間違いなさそうだ。

大方念話か何かで話しかけたのだろうが……

 

「ちっ!」

 

そんな事を考えているうちに、アスナノ技のキレがどんどん増してくる。

咸掛法により身体能力が大幅に向上したアスナの力に、木刀が耐えられなくなってきている。

なんとか弱まる度に強化を掛け直してはいるが、これ以上スピードが上がればそれも間に合わなくなる。

 

「なに?」

 

仕方なく、シロウは攻めに転ずるが、二刀による振り下ろしからの横薙ぎの一閃をアスナは回りながらしゃがんでかわし、遠心力を使って勢いを乗せシロウの胴を狙ってきた。

おかしい。今の一連の行動は洗礼され過ぎている。いくら身体能力が向上したとはいえ、戦闘スタイルまで変わるわけがない。

 

「確かめてみるか……」

 

腕を下げ、いつもよりわかりやすくあえて(・・・)アスナでも気づけるような隙を作る。

しかし、アスナはそこを狙ってはこない。気のせいの可能性もあるので、様々な状況で様々な場所に隙を作るがアスナはわざわざ防御している部分を力技で強引に狙ってくる。

アスナらしいといえばそうかもしれないが、明らかな隙にまで反応すら示さないというのはさすがにおかしい。

これは、私のわざと隙を作るという戦法を知っていなければできない戦い方だ。

この戦い方は、隙あえて隙を出すことによって敵の攻撃を絞り、そこから反撃に転ずるカウンターだ。

アスナは私の戦っているところを見たことがあるが、だからといってそれを崩す戦い方をすぐに見抜けるほど経験を積んでいるわけではない。

という事は、アスナに指示を出している人物がいる。そして、おそらくそれはアルビレオ・イマだ。

アーチャーという名を知っていたのだ、私の戦法を知っていてもおかしくはない。

何故そんなことをしているのか、それは私には見当もつかないが……アスナよ。人の力を借りて戦っても、君の決意は示せんぞ。

 

「ちょっと待って、クウネルさん! この戦いは、自分の力で戦わなきゃ意味が無いんです……え……うっ」

 

アスナの様子がおかしい。どうやらアルの協力を断ったようだが、少しうずいた後雰囲気がガラリと変わってしまった。

次いでアスナのハリセンは大剣へと変わり、瞬動で私に接近すると、何の躊躇もなく大剣を振り下ろしてきた

 

「くっ!」

 

体を半身に逸らしてギリギリで躱す。不意の一撃をなんとか躱すことはできたが、今のスピードにパワー、そして技能。いつまでも躱し続けるのは不可能だ。

 

「アスナ! それは、まずいって!!」

 

和美も異変を感じ取ったのか、マイクをオフにしてアスナを制止するも、声は届かずアスナは剣を振るう。

その顔に表情はなく、瞳孔が開いている。今のアスナは完全に我を忘れている。

アスナの剣は次第に鋭さを増していくが、絶対に受けるわけにはいかない。無論自身が危ないということもあるが、それ以上にアスナが正気に戻った時自らの剣で私が怪我を負ったと知ったらどうなるか。

それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

「アスナ。君はネギ君を守るのではなかったのか?」

 

シロウの声にアスナが反応する気配はない。

アスナの大剣をいなした左手の木刀が砕け散り霧散する。

 

「今の君は確かに強い。だが、その力では守るべき者でさえ傷つけてしまうぞ」

 

剣が頬を掠め血が滲む。己の弱さに歯がゆさを感じつつも、残された木刀で大きな怪我だけは避ける。

未だその剣は止まらないものの、少し速度が落ち剣筋が鈍り始めている。

 

「他人の力を借りて得たその力で戦って、君が綺麗だと感じたあの笑顔と同じ笑顔が自分に出来ると思うのか?」

 

更に剣は鈍る。しかし、同時に残された木刀もその形状を維持できず霧散してしまう。

 

「ネギ君を守るという君の決意は、その程度のものかっ!」

 

無防備な私に振り下ろされた大剣はこの身を両断する直前。額に触れるか否かという所で完全に停止した。

刃が触れたのか剣圧かはわからないが、額を温かな血が滑り落ちる。

 

「その力……君には必要か?」

 

「……違う。私は」

 

大剣の向こうのアスナの瞳は、次第に光を取り戻す。

そして、アスナは剣を手放すと会場全体に響き渡るほど盛大な音を立てて、自分の頬をおもいきり叩き、頭を下げた。

 

「ごめんなさい! 私よく覚えてないけど、途中で何がなんだかわかんなくなっちゃって! 士郎に怪我もさせちゃうし!」

 

私の言葉がきっかけとはいえ、自力で自我を取り戻したか。

それがどれほど大変なことで、彼女がどれだけショックを受けたか。似た経験のある私にはよくわかった。

 

「本当にごめんなさい!!」

 

アスナの言葉には罪悪感と悲しみ、自分への怒りが込められている。

自分のしたことの大変さを分かっているのなら、これ以上私からいう事は何もない。

故に、謝罪への答えは言葉ではなく行動で示そう。

 

「え、え~なんだかよくわかりませんが、神楽坂選手の剣は本物のようなので大会規定により…」

 

「待て、和美」

 

「へっ?」

 

試合を終わらせようとした和美を止め、アスナを見据える。

 

「神楽坂明日菜。今度こそ、君自身の力を見せてみろ」

 

「えっ……? でも試合は」

 

驚くアスナをよそに私は新たな木刀を、そして赤い外套を投影し身に纏う。

さぁ、ここからが本当の勝負。エミヤシロウと神楽坂明日菜の真剣勝負だ。

 

「おっと、エミヤ選手どこからともなく赤いマントを……じゃなくて!!」

 

「戦闘続行を許可するネ!」

 

勝手に試合を続行しようとするシロウを和美は止めようとしたが、いきなり現れた超が戦闘続行の許可を出した。

 

「かすり傷はあれどエミヤ選手に大きな怪我はないし、何より彼自身戦う気満々ネ。今後神楽坂選手が先程の剣を使わないというのなら、特別に許可するヨ♪」

 

「え、え~と、というわけで。主催者よりOKが出たので、試合を続行したいと思います!!」

 

主催者の許可が出たということもあり、半ばやけくそ気味に試合続行を告げる和美の声に会場からは歓声が湧き上がる。

そんな様子を、アスナは ぽかん と見ていた。

 

「ほら、許可が下りたんだ。ぼーっとしてないでハリセンを構えろ」

 

言われ、いつの間にか大剣から戻っていたハリセンを拾い構えるアスナ。

アスナは嬉しかった。シロウが外套を羽織った事が、自分を認めてくれた気がして。

だからこそ、さっきまでの罪悪感や怒りはすべて捨てる。シロウの返事に応える為に。

 

「行きます!!」

 

今のアスナの攻撃に先程までのパワーやスピード、技術はない。だが、今の試合で受けたどの一撃よりも重く、想いの詰まった剣だった。

そこに持ち前の運動神経を生かした蹴りなどの体術による連携も組み込まれ、再びシロウは防戦を余儀なくされる。

 

「フッ、アルの力など借りなくても、十分戦えるではないか」

 

本来のスタイルの戻ったアスナの攻撃は、予想よりもはるかに強い。

まだ甘い所は多々あれど、刹那を師に鍛えた剣術は時折鋭い一撃を放つし、アスナの蹴りは常人なら骨にひびが入ってもおかしくない威力をもっている。

だが───

 

「まだ、私に勝つには早いな」

 

アスナはその言葉を聞いて一気に突進し、ハリセンを振り上げる。

私はアスナが振り下ろしたハリセンを体をずらして躱しハリセンの先端を右の木刀で上から押さえつけ、左の木刀でアスナが握っている柄の部分を弾いた。

 

「あ……」

 

会場に響いたハリセンの落ちる音。アスナは武器を飛ばされ、首に木刀を当てられる。

 

「私の勝ちだな」

 

「……うん」

 

その時のアスナの顔は負けたにもかかわらず、とても清々しい笑顔だった。

 

「決まったーーーー!! 多少トラブルはありましたが、第七試合 エミヤシロウ選手の勝利です!!」

 

湧き上がる歓声の中、アスナはハリセンを拾い上げると姿勢を正し深々と頭を下げた。

 

「士郎……ううん。士郎さん、ありがとうございました」

 

「どうした、改まって?」

 

「うん。なんか、今はそんな気分なの」

 

彼女の顔はとても清々しく晴れやかで眩しくて、遠い昔の大切な人を思い出す。

いつも天真爛漫で、暗い顔は決して見せず、その笑顔でいつもオレを励ましてくれた姉のような存在。

オレにとって藤村大河がそうであったように。ネギにとって神楽坂明日菜は大切な姉なのだろう。

観客席から勝負を称えのにやってきたネギと言葉を交わすアスナを見て、自分と大河もこんな風に見えていたのかな、と思う。

 

「さ、行こっか士郎!」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って振返るアスナに笑顔で頷く。

 

神楽坂明日菜。君の決意、確かに見させてもらった。その道は辛く険しいもので、時には立ち止まることもあるだろう。だが、君は自らまた歩き出せる強さを持っている。

もしもそれを邪魔するものが現れた時は────全霊をもって君を護ろう。

 

それが、神楽坂明日菜の決意に対するエミヤシロウの答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。少々詰め込んで長くなってしまいましたが、アスナの決意「完」です。どうでしたでしょうか? 毎回次の話の投稿までにかなり間が空くため、キャラブレしてないかとても心配です。コワイワー。
さてみなさん、話は変わりますが新しいFate/stay nightのアニメがようやく始まりますね! ヘヴンズフィールも映画化するのでとても楽しみ! この勢いに乗じて、私も投稿スピード上げられるよう頑張ります!

それではまた次回!!


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刹那の答え

 

「そうだ、アスナ。試合中アル……クウネルに何か言われたのか?」

 

試合中アスナはアルとの念話中に様子が変わった。洗脳といった類の様には見えなかったし、彼がそんなくことをする理由が思いつかない。

その事について訊ねたかったのだが

 

「気づいてたんだ。私もその事をクウネルさんに聞きたかったんだけど……」

 

とても大切なことを思い出した気がする。と言ってアスナはの選手席を見渡すが、そこにアルの姿はない。

私は学園長からはアスナは両親がいなく、初めの頃はタカミチが育てていたという事しか聞いていない。

しかし、アルがアスナを知っているとなると色々と推測はできる。タカミチにアル、元『紅き翼(アラルブラ)』のメンバー2人がアスナの事を知っている。そして、アスナの特殊な能力。

タカミチは聞いても話してくれなさそうだが、アルもしくは詠春ならば何か聞くことができるかもしれない。

 

「士郎先生、お疲れ様です」

 

考え事をしながら歩いていると、前方から刹那がやってきた。

そういえば、次は刹那とエヴァの試合だったな。

 

「ありがとう刹那。次の試合頑張ってくれ」

 

「ありがとうございます……ですが私の力ではエヴァンジェリンさんには」

 

勝てない。少し自嘲気味に刹那は笑う。いつになく弱気だ。

しかし、学園結界により見た目同様の身体能力と、僅かな魔力運用しかできないエヴァだ。

策を弄せばいくらでもやりようはある。

 

「初めからそんなことを言っていては、勝機を逃してしまうぞ」

 

「私に勝機なんて……」

 

「弱気になるなと言ってるんだ」

 

刹那がこのかを護る為に戦うというのなら、この先己より強い者と戦う事もあるだろう。

むしろ、このかのように強大な魔力を持っているのであれば、様々な者が利用しようと狙ってくるのは当然といえる。

 

「その時、君は弱気になるのか?」

 

私の言葉に弱弱しくとも否と答え、刹那は控室へと向かった。

実際の所、私は刹那の実力はかなり高いと見ている。純粋な剣技では私は足元にも及ばないし、佐々木小次郎の名を配するほどの実力である侍のアサシン相手に生き残った。技量だけでいえば、彼女は麻帆良でもトップクラスといえよう。

そんな彼女の実力が発揮されない原因は主に二つ。一つは経験。どんなに技術的に完成されていようと、数々の戦場を知る者達には遠く及ばない。だがこれは今はどうしようもない。今後、時と共に解決されていく。

そして二つ目。心の弱さ。これが主に現状の刹那の実力を抑制してしまっている。中学3年生ならまだ心が弱くとも仕方がないが、烏族とのハーフである刹那は幼少の体験から、普通の女子中学生に比べ輪をかけて精神が不安定だ。

 

「そこをうまく乗り越えてくれるといいんだがな……」

 

 

 

第八試合 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル VS 桜咲刹那

 

舞台上にはゴスロリファッションに身を包んだ人形のような少女エヴァンジェリンと、アスナ同様フリフリのメイド服に身を包んだ刹那。

和美の合図により、試合は始まった。

 

「いいか、刹那。トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、こんな一文がある」

 

『幸福な家庭は皆同じように似ているが

 不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ』

 

「まぁ、つまり『幸せなやつはつまらん』ということだ。幸福な輩に語るべき物語はない。不幸と苦悩こそが、人に魂を宿す。シロウを見ていればよくわかるだろう?」

 

エヴァは特に構える様子もなく、腕を組んで空を見上げている。その言動に理解できず、構えたまま首をかしげて疑問に思う刹那。

しかし、見た目そのままにエヴァの雰囲気はガラリと変わる。それは噂に聞く闇の福音の名に恥じぬ威圧感。

 

「最近幸せそうじゃないか。え? 刹那」

 

意地の悪そうな、歪んだ笑みを見せるエヴァに寒気を覚え、刹那は無意識に後ろへ後退する。

 

「長話がすぎたな。さあ、来るがいい桜咲刹那!」

 

「待ってください、エヴァンジェリンさん。私にはあなたと戦う理由がありません。それに今の状態のあなたと戦ってはあなたに怪我を……」

 

試合前にシロウに言った「勝機がない」という言葉とは矛盾する言葉。

それを知っていたわけではない。だが、刹那のその言葉に込められた迷いを感じ取ったからか、それとも自分を馬鹿にする発言に対してか、もしくはその両方か。

エヴァは明らかな怒気と、僅かに殺気を滲みだした。

 

「ふざけた事をぬかすなよ刹那。これは武道大会で、お前の対戦相手は私だ。理由などそれで十分だろう。それに、以前の貴様ならいざ知らず。今のフヌケた貴様なら、最弱状態の私でも容易になぶり殺す事が可能だぞ?」

 

まるで体にまとわりつくような威圧感。そして、全てを見透かすようなその瞳に、刹那は自らの得物であるデッキブラシを持つ手に力を入れる。

 

「来んのか? ならばこちらからいこう」

 

そう言ってエヴァが指を曲げた瞬間、刹那の体は引っ張られるように宙を舞い地面に叩きつけられ、られたように身動きができなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがは人形使い。あんなものを武器にする者はそうはいまい」

 

傍から見たら刹那はまるで目には見えない力で押さえつけられているように見えるだろう。だが、視力を強化した目にはハッキリと見てとれる。刹那の身体を拘束するとても細い糸が。

魔力で強化され強度が増しているその糸は、そう簡単には外す事ができないだろう。

刹那は気を使って糸を断ち反撃するが、未だ迷いのある剣筋は鈍り、鉄扇を取り出したエヴァにデッキブラシを容易くいなされ、刹那の力を利用した動きで投げ飛ばされる。

すぐに刹那は起き上がるも、糸で足を絡み取られて体勢を崩し掌底をもろに食らう。

 

「鉄扇による合気柔術か。魔法に関してもそうだが、本当に器用なやつだ」

 

多分あれは合気柔術にアレンジを加えたオリジナルの型だろう。自分の属性ではない魔法をネギに教えたり、体術を自分流にアレンジしたりと、いったいどれ程気の遠くなる時間鍛錬すれば至れるのであろうか……。

 

「結界で縛られているからと甘く見ていた。彼女を見ていると、自分などまだまだだと思い知らされる」

 

倒された刹那は糸により空中に磔にされたような状態になる。

そんなエヴァは再び刹那に何か語りかける。会場の声援の中、聞こえるはずのないその声は、はっきりと私の耳に届いた。

 

「今のお前を見ているとイラつくよ」

 

「……?」

 

「刹那……貴様、幸せになれると思うのか? 私と同じ、人外のお前が……いや、貴様は半分だったか」

 

その瞬間刹那の様子が変わる。

瞳孔は開かれ、額から冷や汗が吹き出し、上手く呼吸ができないのかその胸は小刻みに上下し体が震える。

 

「……フフ、お前のその背中の翼……白かったな」

 

尋問のような質問に、刹那は見る見る顔が青ざめていく。

エヴァの目的がわからない。最初は迷いある刹那への助言のようにも思えたが、今エヴァは完全に刹那の心の傷を抉る行為をしている。

 

「その黒髪はどうした?染めたのか? 瞳は? カラーコンタクトか?」

 

「エヴァ!!!」

 

エヴァから更に心の傷を抉る言葉が発せられた瞬間。私は叫んでいた。

その声は舞台上のエヴァの気を引くだけではなく、会場中をしんと静まり返させる。

しかし、それでもシロウの言葉は止まらなかった。

 

「それ以上はやめておけ。私も黙っているわけにはいかなくなる」

 

先ほどからエヴァが言っているのは、人外は幸せになってはいけないと言っている様なものだ。

嫌がおうにも思い出す。自らが汚れているからという理由で幸福をあきらめた少女を。

自分は幸せになってはいけないと思い込み、助けを求める事ができなかった桜の事を。

だからこそ、人外だからという理由で幸福になる事を否定するエヴァの行為が許せなかった。

否、それ以前に、今の話だとエヴァは自分が幸せになってはいけないといっている。そんなことは認められない。

 

「士郎先生……」

 

「ちっ、うるさいやつだ……おいシロウ、貴様その殺気を止めろ。自分に向けられたものじゃなくても気分が悪くなる」

 

言われて自分が殺気を漏らしていた事に気づき殺気を収める。

エヴァの言った通り、今のはエヴァに向けたっ殺気ではない。その殺気は過去に桜をそんな目に遭わせてしまった者に対して、そしてエヴァにそんな風に思わさせてしまったナニカに対して。

 

「これ以上邪魔されては敵わん。刹那、私の目を見ろ」

 

「え?」

 

「いいから見ろ」

 

刹那とエヴァの動きが完全に停止する。

エヴァが自分の目を見させた所を見ると幻術の類だろう。おそらく戦いの続きは精神世界で行われている。

こうなってしまっては、私に干渉するすべはない。

 

「後は、刹那とエヴァを信じるのみ……か」

 

2人が制止してから、およそ5分。試合時間も残りわずかとなり、観客がざわつき始めた瞬間変化は起こった。2人のいた場所から突如爆発が起こり、それと同時に2人が動き出したのだ。

糸を斬り、体が自由になった刹那はエヴァの胴へ一閃。避ける事のできなかったエヴァは倒れ敗北を宣言。

刹那の逆転勝利となった。

刹那は試合前とは打って変わって、晴れ晴れとした顔でエヴァに頭を下げている。

 

「そうか、答えは出たんだな……」

 

舞台上で騒ぐエヴァと刹那を見て安心し、私はエヴァの運ばれていった医務室へと向かった。

肋骨を骨折していたエヴァは応急手当てを受け、ベットで横になっている。その横には刹那と、心配で来たのかネギとアスナもいた。

 

「シロウか。つまらん説教ならするなよ、傷に響く」

 

そんな気は毛頭ない。確かに試合中のエヴァの行為に怒りは覚えたが、今の刹那から迷いが消えている。

だから、エヴァに言いたかったのは説教ではなく。

 

「ああ、つまらん謝罪もいらんぞ。私に対して怒ったお前に間違いはないし、自分のしたことが間違いだとも思っていない」

 

だから謝罪はいらない。と、先に止められてしまった。

 

「そうか。感謝する」

 

故に述べるのは謝罪ではなく感謝。素直な感謝の言葉を、エヴァは鼻を赤くしながらも受け取ってくれた。

場の雰囲気が和んだところで、刹那が話を切り出した。

 

「エヴァンジェリンさん。先ほどあなたは「生まれつき不幸を背負った私には共感を覚える」と言いました……これは、あなたも不幸を背負っていたと言うことではないですか?」

 

「どういうこと?」

 

アスナの疑問に刹那は続ける。エヴァは刹那に自分の過去を重ねて、あんな形で助言をしたのではないかと。

図星なのかエヴァはバツが悪そうに私達を追い出そうとするが、アスナがしつこく食い下がる。

 

「そうはいかないわよ。エヴァちゃんがさっき刹那さんに言ったことは許してないんだからね! それを聞かない事には納得できないわ! ねっ、士郎」

 

「いや、嫌がる人の過去を知りたがるのはどうかと思うんだが」

 

「うっ、ネ、ネギは知りたいわよね! エヴァちゃんの過去」

 

「はい!知りたいです。師匠(マスター)の過去!」

 

私が敵だとわかったアスナはすぐさまネギを味方に引き込み、過去を知りたいと騒ぐ。

そんなアスナの様子に気持ちが揺らいだのか、刹那の言った「私が勝ったのですから昔話くらい……」の一言により、仕方なくエヴァは過去を語る事にすことにした。

 

「ただし、ぼーやは駄目だ。お前に聞かれるのは恥ずかしい」

 

「ええー!? 何でですか!」

 

「いいから出て行け」

 

ネギは外に放り出される。それを見て私も外に出ようとするが「貴様は残れ」とエヴァに呼び止められ、扉の前で立ち止まった。

 

「いいのか?」

 

「ああ、お前には前に過去を見せてもらったからな。知る権利がある」

 

それを言うなら君もネギの過去を見ただろう。とは言わず、頷いてエヴァの傍まで戻ると、エヴァは一度私たちを見渡した後視線を窓の外に向け、己の過去を語りだした。

 

「大昔の話だ……」

 

時代は動乱続く中世ヨーロッパ。エヴァはどこぞの領主の城に預けられ、何不自由ない少女時代をすごしていた。

その頃のエヴァは、まだ正真正銘人間だった。……その城で迎えた、10歳の誕生日までは。

10歳の誕生日、エヴァの目が覚めるともう吸血鬼の身体となっていた。周囲には血で描かれた魔法陣と、愉快気に下衆な笑いを浮かべる城の当主。

エヴァは神を呪い、自身をこんな姿にした男への復讐を果たして独り城を出た。

 

「この姿で生きていく力を得るまでの十数年が一番キツかった……最初の頃は吸血鬼らしい弱点も残っていたしな」

 

吸血鬼の弱点。日の光を避ける為、昼間は地下へ身を潜め、夜になってから移動する。

流水が苦手な為川や海は渡れず、吸血鬼狩りの者たちからの銀製品の武器や杭だけは決して受けないよう気を付けた。

 

「その時代の苦難。シロウ、お前なら推測がつくんじゃないか?」

 

「……魔女狩りか」

 

「ああ」

 

『魔女狩り』

中世末期から近代にかけてのヨーロッパや北アメリカにおいてみられた魔術行為に対する追及と、裁判から刑罰にいたる一連の行為の事。

その犠牲者は数百万人にも及ぶといわれ、そのほとんどが魔法とは無縁の一般人だったという。

 

「数年たって、それなりに魔法を使う事ができるようになっても、私の安らげる場所はどこにもなかった」

 

「なんで? 一般人のフリするとか、同じ魔法使いの人に助けてもらうとかすればよかったんじゃない?」

 

「それは無理だな。人間というのは自分と違うものに恐怖する生き物だ。まして時代は中世。今でこそ魔法使いはお人よしがが多いが、あの時代はシロウの世界の魔術師のように自己中心的な考え方の魔法使いが多かったからな……

 

殺さなければ生きられない時代もあれば、殺さずに済む十数年もあった。

南洋の孤島に居を構え、人と交わらずに生きる術を得て、自分に近づいてくるのが、戦い命を落とす覚悟のある者だけになってからは楽になった。

 

「わかるか? 私は人並みの幸せを得るには殺し過ぎたし長く生き過ぎた」

 

エヴァの顔は儚げなやさしい笑顔を浮かべている。その笑顔ができるようになるまで、どれだけの時間がかかったのだろう?どれ程の苦難を乗り越えてきたのだろう?

だからこそエヴァは、迷いを抱えたままの刹那が心配だった。

 

「刹那、お前はまだ戻れる。……意思は変わらんだろうが、もう一度言おう。剣を捨て、人並みの幸せを得るのも悪くはないぞ?」

 

それは普段本心をあまり出さないエヴァンジェリンの本音。

600年という長き時を生きて形成された今の性格とは違う、一人の少女のやさしさ。

刹那もアスナも、そんなエヴァの心が通じたのか、目に涙を溜めながらエヴァは悪くないと弁護をする。

しかし、当の本人は2人の言葉に一喝した。

 

「アホか! 圧倒的に悪いわ。経緯はどうあれ私は悪の……」

 

自らを悪だと言うエヴァの頭にアスナは手を乗せなでる。その先の言葉を言わせないように。

 

「大丈夫。今からだって遅くないよエヴァちゃん。幸せになる権利は誰にだってあるんだから」

 

「……貴様、本当に話を聞いてたのか! 私が何人この手にかけたか教えてやろうか!?」

 

それでも尚自らの罪を背負い、自らを悪だと。悪であり続けようとするエヴァにアスナは グッ と親指を突き出し大丈夫だと言った。

何が大丈夫なのかよくわからないが、アスナらしい能天気ないい意見だと思う。

 

「ええい! シロウ、貴様も笑ってないでこのアホに何とか言え!!」

 

「くっくっく。いや、いいではないかアスナの言う通りだよ」

 

「でしょ♪」

 

「貴様までそんな事を言うか! 貴様ならわかるだろう? 私は殺しすぎたんだ。今更幸せなど……」

 

得る権利はない。と、エヴァは俯いてしまう。

確かに気持ちはわかる。大災害で私は救いを求める人の姿に目をそむけ、せめて子供だけでもという女性の声に耳を塞いだ。そんな中切嗣に救われた私は、幸せになってはいけないと思った。自分だけが幸福の中にいてはいけないと思った。

それだけではない。死んでいった人達の声に報いる為、数多くの命をこの手で奪ってきた。

生前は多くの人を救う為に。死後は守護者として世界を護る為に。エヴァより遥かに多くの命を奪ってきただろう。

 

「だが、そんな私だが、今の生活に僅かながら幸せを感じている。そして、この幸せな生活を護りたいと願っている……何事も遅すぎると言う事はないのではないか?」

 

おそらく今私はやさしい顔をしているのだろう。暗い顔をしていたエヴァの顔が驚きに変わっている。

ふと見ればアスナと刹那の2人、それとカモとチャチャゼロまでも目を見開いている。

 

「ふん。まさかお前からそんな言葉が出るとはな」

 

エヴァはどこか楽しげな声で言う。それにつられて、私の声も弾む。

 

「他人から見て変化が見て取れるのなら、私は変われたのだろうな」

 

自分でも気づかないうちに、私は相当まるくなったのかもしれない。

だが、嫌な気はしない。むしろとても清々しい気分だった。

 

 

 

 

 

 

シロウが観客席の屋根へと戻ると、既に二回戦 第一試合 村上小太郎 VS クウネル・サンダース の試合が始まっていた。

息一つ乱さず微笑むクウネルことアルと、ガクつく足を支えながら立ち上がる小太郎。もはや勝敗は明白だった。

それでも小太郎は決してあきらめずアルに向かう。小太郎は7体に分身し四方八方からアルに襲い掛かり、も限界だと思っていた相手の予想外の攻撃にアルも捌ききれなくなる。

そして、ついに小太郎の一撃がアルの右腕を捉えた……ハズだった。

 

「今のは……転移の一種。いや、それよりも……」

 

サーヴァントの霊体化に近いものに見えた。姿が消えたわけではない。しかし、確かに小太郎の爪がアルを捕らえた瞬間、確かにアルはあの瞬間実体ではなかった。

故に回避不可能の一撃はアルの体をすり抜け、逆に小太郎は掌打を食らい場外まで飛ばされた。

 

「士郎殿、今の……気づいたでござるか?」

 

「楓か。おそらく魔法だろうな」

 

屋根の上で見ていた私の下へやってきた楓に答える。どうやら楓も気づいたらしい。

そして、丁度その時大きな音と共に観客が声を上げる。攻撃が通じず、それでもなお勝つ為に獣化しようとした小太郎を、アルが魔法で気絶させたのだ。

小太郎は医務室に運ばれ、楓も同行する為に医務室に向かったのだが、入れ違うように目を覚ました小太郎が猛スピードで飛び出していった。

 

「あれだけネギ君と決勝で会おうと言っていたのだ、無理もないか」

 

ライバルとの約束を守れなかった。アルとは格が違うと小太郎自身戦闘の最中に気づいただろう。だが、小太郎は男の子だ。そんな理由で納得できるはずもない。

 

「士郎殿、コタローがどこに行ったかわからぬでござるか!」

 

「小太郎なら向こうの屋根の上だ」

 

小太郎を追いかけてきた楓に屋根の方へ指を指しながら応える。

そんな私に、楓は「士郎殿は追わないのでござるか?」と目で訴える。

 

「私のような者が何か言ったところで、小太郎の心には届かないだろう」

 

「ご謙遜を。士郎殿ならば上手くアドバイスできるでござろう」

 

それは買い被りだ。私には傷ついた少年の心を慰められるほどの器用さはないし、かけていい言葉も見つからない。そもそも、小太郎と私は考え方からして違うのだからアドバイスなどできない。

小太郎は勝利する為に戦っているのに対し、私にとって勝利は結果でしかない。目的を果たす過程で勝利を得ることはあっても、勝利を目的にしたことはない。言ってしまえば、目的さえ達成できれば敗走をしても構わないのだ。

 

「そら、そんな考え方の男より、一度戦った事のある君の言葉の方が、よほど小太郎の心に響くだろう?」

 

そんなシロウの言葉に、楓は表情を緩ませた。

今のは遠回しに自分に頼むと言っていたからだ。

 

厳しい(やさしい)でござるな、士郎殿は。あいわかった。コタローの事は任されたでござる」

 

風の様に楓が消えたのと同時に、次の試合は開始を告げる。

 

 

二回戦第二試合 古菲 VS 長瀬楓は古がドクターストップの為、楓の不戦勝と発表され、今から始まるのは第三試合。

ネギ・スプリングフィールド VS 高音・D・グッドマン。

 

自信満々といった感じで舞台に立つ高音。その身には魔法の影によって編まれた兵装と、シロウの投影した聖骸布のコートを羽織っている。

 

「これが操影術近接戦闘最強奥義 『黒衣の夜想曲(ノクトウルナ・ニグレーデイニス)』!!!」

 

高音の背後に現れる巨大な影の人形。人形から伸びる数本の影はムチとなり、時には束まり槍となってネギを襲う。

 

「彼女の戦闘を見るのは初めてだが、これほどとはな」

 

ネギは無数の影の槍を防ぐので精一杯。隙を突いて魔法の矢を撃っても、影の盾に完璧に防がれる。

隙を突いた一撃を完全にガードしつつも高音が気にせず攻撃の手をやめないということは、おそらく自動防御なのだろう。

そして、現時点でネギの接近戦最高の威力を誇る、魔法の射手(サギタ・マギカ)を乗せた拳も防ぎきられる。

あの完全防御を破るのは、宝具を使わなければ私でも容易ではないだろう。

 

打撃は通じないと判断したネギは瞬動で接近。ネギは驚きで一瞬硬直した高音の腹部に手を当て、零距離で魔法の射手(サギタ・マギカ)を放ったのだが……

 

「高音が気づいてやったとは思えないが、ネギ君は災難だったな」

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)は発動することなく霧散し、ネギは影の人形に殴り飛ばされた。

本来ならばネギの一撃で負けるはずだった高音がなぜ無事なのか。それは、奇しくもシロウが貸した聖骸布のコートがその耐魔、抗魔力によって魔法の射手(サギタ・マギカ)を掻き消してしまったからである。

 

風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)!!」

 

だが、さすがネギも天才少年と呼ばれている事はある。魔法の矢がコートによって掻き消された事に気づき、武装解除で聖骸布のコートを弾き飛ばす。

これで、ネギの魔法の矢が通じるようになった。戦いはまた振り出しに戻るかと思ったのだが……

 

「キャー、衛宮先生からいただいたコートがー!」

 

影の人形を消し、高音は飛ばされたコートを追い水の中へ飛び込む。

 

「「……え?」」

 

高音の突然の意味不明な行動に会場全体が呆然と静まり返る。先ほどまで戦っていたネギでさえ、拳を構えたまま硬直している。

 

「え、えーなんだかよくわかりませんが。高音選手場外の為、カウントをとりたいと思います。1~、2~、3~」

 

刻々と進んでいく和美のカウントダウン。高音がコートを掴み、泳いで満足そうに舞台へ戻った瞬間。

 

「9~、10! 高音選手アウト! ネギ選手の勝利!!」

 

「ええぇーーーー!!」

 

こうして、ネギと高音のバトルは意外な結末を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───投影(トレース)開始(オン)

 

赤い外套をその身に纏い、シロウは舞台へと向かう。

 

二回戦 第四試合 エミヤシロウ VS 桜咲刹那

 

「それでは、二回戦第四試合をはじめたいと思います。試合の度に武器を変えて登場するエミヤ選手に、デッキブラシによる剣技が冴える桜咲選手はどう戦うのでしょうか? エミヤシロウ VS 桜咲刹那レディ───ファイッ!」

 

舞台の上で対峙するのは赤い外套に身を包み、素手でただずむシロウと納刀した刀を持つように左手でデッキブラシを持つ刹那。お互いまだ構えない。

 

「刹那、君はエヴァとの戦いで何かしらの答えを見つけたな」

 

「はい」

 

力強く応える刹那の目には迷いはなく、むしろ私を倒してみせるという意気込みすら感じる。

 

「では、そんな君に今一度問おう。君には覚悟ができたのだな」

 

「はい。私の出した答え、覚悟。この剣をもって先生にお見せしましょう!」

 

刹那の宣言を合図に私は外套の中へ手を入れ、あたかも取り出したかのように2本の小太刀を投影。

それを確認した刹那は身を低くし、居合いの要領でデッキブラシを横に薙いだ。それを半歩下がって紙一重でかわす。

 

「えー、皆様ご安心を。エミヤ選手の武器は刃が潰されているので、本大会の規約違反にはなりません」

 

迷いのない刹那の剣は、とても澄んだ鋭い一撃を放ってくる。

そんな剣をいなすのではなく受け止めつつ、先の先を取って刹那を強襲する。

 

「くっ!?」

 

刹那は自分が知るシロウの戦法とは違う剣に多少戸惑いを覚えつつ、相手の流れに飲まれまいと一度後退して大きく構えた。

構えに対し前進してくるシロウに刹那は即座に瞬動で接近。渾身の力で奥義を放つ。

 

「奥義 斬岩剣!!」

 

その攻撃に対し、刹那はシロウが避けるかいなすかで対処すると考えていた。しかし、実際のシロウの行動は……。

 

「───奥義 斬岩剣……」

 

刹那と同じ斬岩剣───否。

 

「……二連!!」

 

「なっ!?」

 

二刀用の神鳴流奥義「斬岩剣二連」だった。

そこで刹那はシロウの剣の違和感の答えに気づく。今の攻撃、そして剣の型。

それは京都で戦った神鳴流剣士「月詠」と全く同じものだったのだ。

 

「気づいたか。では次だ───斬空閃」

 

シロウから繰り出された次なる神鳴流剣技斬空閃。その飛ぶ斬撃をデッキブラシで弾き、再び接近戦に持ち込む。

確かに相手はなれない二刀使いではあるが、神鳴流の技も月詠の型も既に知っている。

二刀の嵐を掻い潜り、刹那は見事シロウの武器を破壊した。

 

「ふむ。───投影、開始」

 

次いでシロウの手に現れたのは装飾のないナイフ。

武器としては二刀よりもリーチが短く攻めやすいように見える。

しかし、ただならぬ雰囲気を滲みだすシロウに刹那は動きを止めた。

刹那は一瞬の隙も見逃さないよう集中していたのだが、一瞬でシロウの姿が視界から消える。

 

「えっ!?」

 

いや、消えたわけではない。僅かだが刹那の視界の端にシロウの姿が映った。

すぐにそちらの方向を振り向くが、また視界の端に僅かに影が映るだけ。

 

「(これは……常に私の死角に入るように動いている!?)」

 

刹那の予想通り、シロウは常に刹那の死角へ移動している。

そこから襲い掛かってくる強襲に、初めこそ苦戦していたが自分の死角。背後からしか攻撃が来ないと考えれば対処するのは容易かった。

 

「いい対応力だ。刹那、集中し感覚を研ぎ澄ませろ。でなければ、軽い怪我では済まないぞ」

 

するとシロウは外套の裾に手を入れ、複数の木刀を投影してバラバラに空中に投げる。

一瞬意味が分からなかった刹那だが、自分の周囲を囲むように投げられた木刀がシロウの足場だと気づき青ざめる。

気づいた時にはシロウの姿はもうなく、頭上で木刀が弾けた音に反応してデッキブラシを出鱈目に振り上げる。

 

「ぐっ!」

 

肩に走る激痛。頭上からの攻撃に気づいたはいいが反応が間に合わず、シロウの一閃は刹那の肩を捕らえた。

次いで弾ける音が聞こえたのは左斜め後方。急いでデッキブラシを振るうも空振り。今度は脇腹に一閃を受ける。

続いて右膝、左手と、全ての木刀が投げられてから地面に落ちるまでの約2秒間で4度の襲撃を受けた。

 

「……っ。奇抜な動きによくついてくる」

 

静に深呼吸をして呼吸を正しつつ、刹那に感嘆の言葉を漏らす。

まず最初の月詠の刀から読み取った担い手の情報をトレースした動きを完全に捌いて見せ。

次いで月詠とは全然違う動き。ナイフから読み取った暗殺の一族「七夜」の体術を初見ながらに反応して見せた。

まだ防ぐには至っていないが、反応し致命傷を避けているだけでも十分といえる。

 

「……あいつの動きは真似できてあと一度、といったところか」

 

ナイフから持ち主の情報を引出し己の身にトレースしてはいるが、私の肉体ではあの動きに追いつかない。

強化をして尚、筋肉への負担が大きい。故に、あの動きができるのはあと一度。

再び数十の木刀を外套から取り出すかのように投影し宙へと投げる。

 

「いくぞ」

 

瞬動を使って一瞬で刹那の視界の外へ移動する。

それを追う刹那の視線が私を捕らえる前に頭上へ移動、木刀を足場にさらに瞬動を使いナイフからの担い手情報を肉体にトレースすることで再び『殺人貴(あいつ)』の動きを再現する。

今度狙うのは一度のみ。最速で移動し撹乱し続け隙を突く。

 

対する刹那はデッキブラシを居合いのように構え、全身の力を抜いて目を閉じた。

目に頼るから反応が遅れる。ならば、自ら視界を閉ざし、音と気配だけで迎撃しようと。

 

勝負は一瞬。その首へと延びたシロウのナイフは。

 

「見事」

 

振り抜かれた刹那のデッキブラシに弾き飛ばされていた。

私が殺人貴と戦った時は、足場を失くすことで破ったのだが……

 

「正面から破られるとは思わなかったな」

 

「いえ、とても恐ろしい技でした。士郎先生が声をかけてくださらなければ、初撃でやられていました」

 

試合が始まってから十数分……そろそろ試合終了時間だ。

 

「時間もない……次が最後の一撃だ」

 

私は備中青江 通称「物干し竿」を投影し、その担い手、佐々木小次郎の名を与えられた無名の侍の技術を読み取る。あの秘剣を再現する為、より精巧に、より精密に。

それは、私自身にも負荷がかかる行為だが、頭痛に耐え更なる先を読み取る。

そして読み出した技術と経験を自らに憑依させる。

 

「そ、その構えは!」

 

私が背を見せるように肩口に刀を構えたのを見て、刹那は驚きの声を上げる。

 

「君が一度敗れた相手、アサシンの最高の秘剣だ。もっとも、オリジナルには程遠いがね」

 

オリジナルには程遠いといいながらも、あまりの気迫に刹那は息を呑む。

その気迫は明らかに物語っている。必殺の一撃であると。

刹那は持てる力全てを振り絞り、全力で体を気で覆う。少しでも剣の高みへ近づく為に。

 

「私は剣と幸福、どちらもこの手にしてみせる! 『神鳴流奥義 百烈桜華斬!!!』」

 

『秘剣────偽・燕返し(つばめがえし)!!!』

 

私の繰り出す三本の斬撃は多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)こそ起きないが、神速である事に変わりは無い。

対する刹那は引く事など考えていない。凄まじい速さでの突進に加え、桜が咲き乱れるが如き高速の剣の乱舞。

 

会場にはけたたましくぶつかり響く金属音。その音と衝撃に一同皆目と耳を塞ぎ、次に目を開いた時にはお互い背を向けたまま制止するシロウと刹那。

 

「こ、これはどちらが勝ったのでしょうか!?」

 

戦いの結末に、会場にも緊張が走る。そんな中、刹那が苦悶の声を漏らし膝をついた。

 

「剣と幸福……それが、エヴァとの戦いの末に出した、君自身の答えか」

 

「はい。弱気になっていては、そのどちらも手に入れられませんから」

 

「そうか」

 

シロウが満足そうに笑うと、その意を汲んだかのように物干し竿が折れた。

 

「偽物とはいえ、燕返しが破られるとは」

 

そう、刹那はシロウが偽・燕返し(つばめがえし)を出すよりも一瞬早く百烈桜華斬を繰り出し、尚且つ刀を恐れず踏み込むことによって神速と高速の差を埋め、更にはその先へと足を踏み入れた。

 

「と、いう事は……?」

 

向けられた和美のマイクに、一呼吸おいてから宣言する。

 

「ああ、私の負けだ」

 

「エミヤ選手ギブアップ宣言! 桜咲選手の勝利だぁぁぁぁあああ!!!」

 

観客の大歓声の中、刹那は最初戸惑っていたものの、照れながらも笑顔を浮かべ観客席で手を振るこのかに手を振り返していた。

 

刹那の弱点であった心の弱さ。自分を過小評価してしまう部分は完全に取り除かれたようだ。

かといって、今の戦いを見る限り自身の力に慢心したり、冷静さを欠いたりしている様子もない。

経験はこれからいくらでも積んでいけるだろう。

剣と幸福……私は自分が幸福になることを容認できなかった。だが、刹那は自ら幸福を望むことができるようになった。それなら大丈夫だ。

 

「頑張れよ、刹那」

 

客席から駆け付けたネギやアスナ達に囲まれ笑顔を浮かべる刹那を見届け、シロウは会場を後にした。

 

 




体調を崩したりといろいろとあり、またも更新が遅れましたがなんとか27話を書き終えました。
皆様の感想は忙しく返信ができていませんが、ありがたく読ませていただいております!
また次回を待っていただけたら幸いです。

それでは、また次回!!


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決別

 

 

地下へと通じる廊下を歩きつつ、己の状態を確かめるように両拳を握りしめる。

ピリピリと痛みが走るが動かすことはできる。それに、その痛み自体が神経に損傷がないことを確認させてくれる。肉体的な負担は多々あるが、過剰な解析による頭痛も収まってきた。残りの魔力も6割はある。

 

「通常戦闘程度ならば、問題はないか」

 

何故シロウが地下へ向かっているのか。

それは遡ること数十分前。試合を終え、会場を出ようとした時刹那に呼び止められた。

なんでもネギとの試合後、超のアジトを調べるといって地下へ潜ったタカミチに同行させていたちびせつなと連絡が取れなくなったらしい。

当初刹那は自分も試合を辞退してタカミチの救出に向かおうとしたが、「剣と幸福、どちらも掴むのだろう? ならば試合を楽しんで来い」とシロウがそれを止めた。故に、シロウは一人で地下を目指しているのだが。

 

「人の気配……一人、ではないな」

 

自身の背後。地下への入り口方面から近づく気配に耳を澄ませる。聞こえるのは女性と思わしき声と、4、5人の足音。

外から来たということは、超、もしくはその協力者が戻ってきたのかもしれない。

シロウは西洋剣を投影し、お互いの姿がギリギリ見えない距離で声をかける。

 

「やれやれ、こんなところに何の用かな? この先は何もない。迷ってしまったのならまっすぐ引き返すといい。武道会の会場へ出られるはずだ」

 

返答はない。が、怯えている様子でもない。

ということは、来るべくしてこの場に来たという事。

敵と判断し一歩前へ出ようとした瞬間、向こうの方が動いた。

瞬動で接近してきた人物は得物を振り上げ……

 

「む」

 

「え?」

 

お互い硬直した。

 

「アスナ……君は何をしているんだ?」

 

「し、士郎!?」

 

やってきた人物はアスナだった。その後ろには高音、愛衣、そして世界樹の説明の際に見かけたシスターの少女が2人……のうちの一人は、よく見れば3-Aの生徒 春日美空だった。驚くことに彼女は元から魔法生徒だったらしい。

シロウがいたことに驚くアスナ達に、刹那から頼まれたことを説明する。かくいうアスナも、こそこそ動いていた美空から無理やりタカミチの事を聞き出したらしく、タカミチを救出にきたらしい。

それならばと、シロウはアスナ達と一緒に行動することにした。

 

「ねぇ、士郎」

 

無言で薄暗い地下を進む時間が居心地悪かったのか、アスナが話しかけてきた。

 

「どうした?」

 

「うん。エヴァちゃんの事なんだけど……」

 

エヴァ、か。そういえば私が刹那と舞台へ向かった後も、アスナはエヴァと話していたんだったか。

 

「士郎と刹那さんが試合に向かった後ね、エヴァちゃんがまだ自分を人殺しだって言うから、襲われたりとか戦争とかで仕方なかったんでしょ? って言ったら「少なくとも、最初の1人は憎しみをもって殺した」って言われたの」

 

自らの体を望まず吸血鬼にされた。その怒りは常人には計り知れないだろう。

それを考えれば、10歳の少女が憎しみに飲まれても無理はない。

 

「それで、私何も言えなくなっちゃってさ」

 

アスナの表情は暗くなる。まるで、自分の能天気さを恨むように。自分ではエヴァを救えないというかのように。

 

「アスナ、君の明るさは好ましいものだ。その明るさには人を元気にする力がある。だがな、この世界にはそれだけでは割り切れないものも確かにあるんだ。特に、エヴァのように長く生きたものにはな……」

 

聖杯戦争で凛と再開して、彼女の彼女らしさに救われた気がした。

だが、それでも自分が数多くの人々の命を奪った事に変わりはないし、衛宮士郎(過去の自分)への憎しみを忘れる事はできなかった。

衛宮士郎への執着が消えたのは、士郎の剣が自らの胸を貫く直前だ。

だから、エヴァにもそれだけ大きな要因でもない限りは……

 

「エヴァちゃんと同じこと言ってる。エヴァちゃんも私の明るさは好ましいけど、そう簡単には割り切れないって」

 

「そうか……昔、両儀 式。私の過去に出てきた着物を着た女性だが、彼女に言われた事があるんだ」

 

 

 

思い返すのは伽藍の堂を発つ前日。

 

「衛宮、お前ここを出るのか?」

 

荷物を整理している士郎に、修行の時以外はあまり積極的に話しかけてこない式が珍しく声をかけてきた。

そのことに驚きつつ、手を止め答える。

 

「ええ、そろそろ世界を回ろうと思います」

 

「正義の味方になる為に、か?」

 

「はい」

 

士郎がそう答えると、式の表情がこわばる。

それは本当に彼女にしては珍しく、他人心配しての動揺。この場に橙子と鮮花がいたら、さぞ驚いただろう。なぜなら「伽藍の堂」の人間である橙子や鮮花ですら、幹也に関すること以外で式のそんな表情を見たことはないのだから。

 

「お前の理想にケチつけるわけじゃないけどさ、よく覚えておけ」

 

式は言う。この先、士郎が人を救い続けるというのなら、必ず人を殺さなければならない時があるだろうと。

そして、人を殺せるのは一度だけ。そこから先はもう意味のない事になる。 たった一度きりの死は、大切なものなんだと。

 

「誰かを殺してそれを使いきった者は、永遠に自分を殺してあげることができない。 人間として、死ねないんだ」

 

「大丈夫ですよ、式さん。俺は誰も殺す気はありません」

 

この時の士郎は何もわかっていなかった。正義の味方を目指す自分が人を殺すことなどあるはずがない。

ただ、全てを救うという理想だけを信じていた。

 

そんな士郎に、式はどこかあきらめたような表情で溜息をついた後、士郎の胸倉を掴んで睨みながら言った。

 

「いいか衛宮、人を救えるのは人だけだぞ。過ぎた願いは自身を滅ぼす。もしお前が人を殺して(やめて)でも人を救い続けるというのなら、その矛盾がいつかお前を殺す(壊す)だろう」 

 

式は言うべきことは言ったといわんばかりに手を放すと、そのまま伽藍の堂を後にした。

 

その後、シロウは式の言った通り大切な人()を殺す。

体を剣にして感情を殺し人々の命を救い続けるが、数多くの願いが零れ落ちる。

そして世界と契約し正義の体現者となった士郎は、人あらざる存在「英霊」となった。

 

 

 

「その後は、君も知っての通り過去の自分に憎しみを抱き、自分殺しをしようとしてしまった」

 

式の言う通りだ。人をやめた者が人を救えるわけがなかった。

人を救いたいなら、同じ人の心をもって救わなければいけなかった。

ただただ、命を救う行為を続けてきた私は。

救えなかった人にしか目を向けず、救えたモノに気づけなかったオレは。

人の心を救う事ができていなかった。

 

「士郎……」

 

「……すまん少し話がそれたな。つまりエヴァの考え方は両儀 式が言うように、人を殺してしまったが故、人として死ぬ事も、人並みの幸せを得る事も許すことができないんだろう。まして、1人とはいえ憎しみで殺したとあっては尚更な」

 

「難しいね」

 

「そうだな。こればっかりはエヴァ自身がどうするかだからな。だが───」

 

───君はそのままでいい。

そう言うと、俯いていたアスナが顔を上げる。

エヴァ自身がアスナの明るさを好ましいと思っているのなら、アスナがそばにいればきっとエヴァも変わることができる。

災害で全てを失い伽藍洞となってしまった衛宮士郎を人間に戻した藤村大河の様に。

守護者として摩耗した英霊エミヤに昔を思い出させてくれた遠坂凛の様に。

 

「君ならきっとエヴァを変えることができるさ」

 

シロウの言葉に「ありがとう」とアスナは笑顔で頷く。

その時、シロウの耳に金属の擦れる音が聞こえた。

 

「皆止まれ。どうやら敵のようだ」

 

魔力で視力を強化する。暗闇の奥に見えるのは何十という数の武道会で高音の対戦相手だった田中さんという名のロボ。確かあのロボの製作は工学部。葉加瀬 聡美が関係しているはず。という事は、彼女もグルである可能性が高い。

 

「来るぞ、皆構えろ」

 

西洋剣を投影しアスナ達の前へ出る。

 

「衛宮先生ー! お姉さまが!?」

 

「フ、フフフフ……そういえば私、皆様の前に素肌を……」

 

愛衣の声に後ろを見れば、高音が自分の世界に入っていた。

年頃の乙女が素肌を晒してしまったことを思えば仕方ないことだとは思うが、今は遠慮願いたい。

 

「高音は使い物にならん。放っておいて目の前の敵に集中しろ!」

 

そんな事を言っているうちに、射程距離まで近づいた田中さんの口が開きビームが出る。

その光線を剣を盾にするように地面に突き立て、なんとか防ぐが拡散した余波が後方のアスナ達を襲う。

 

「みんな、無事……か?」

 

「きゃー!?」

 

「いや~ん!?」

 

余波に直撃したアスナと愛衣はスカートと靴下が不自然にボロボロになっていた。

外傷がかすり傷程度なところを見ると殺傷能力は低い様だが、アレに当たると服が破けていくようだ。

なんというか……違う意味で恐いな。

 

「アスナは私と前衛、愛衣と美空は後ろから魔法で援護! ココネは高音を見ていてくれ」

 

「くっ、やってやるわよー!」

 

「は、はいっ!」

 

「え~」

 

「……(コクリ)」

 

全員の返事を合図にシロウとアスナは田中さんへ駆け、愛衣は呪文の詠唱を始める。

ロボならば牽制は必要ないと頭部目掛けて振り下ろした剣は。

 

「む? 硬いな」

 

頭から顔辺りまで斬った所で剣が止まってしまう。

シロウは一刀両断するつもりで剣を振り下ろしたのだが、腕に怪我をしているとはいえ半分も斬れないという事はかなりの強度だという事だ。

 

「やあっ!!」

 

掛け声とともに聞こえる爆発音。見れば、アスナの方も咸掛法を使った力技で強引にロボを破壊している。

そこへ呪文の詠唱を終えた愛衣の声に、シロウとアスナは左右に別れ後ろへ下がる。

 

「我が手に宿りて敵を喰らえ『紅き焔(フラグランテイア・ルビカンス)』!!」

 

放たれた焔は田中さん達を包み、小さな爆発を起こす。今ので5、6体は破壊できただろう。

残るはあと数体……と思ったのだが、さらに奥から10体の田中さんが現れる。

装甲の堅い田中さんを破壊するのは苦労する上に、こう狭い地下だと二次災害のことも考え宝具の使用がでない。

 

「ちょっ!? 衛宮先生! 後ろからもきたー!!」

 

と、背後からの奇襲で挟み撃ちにされ、先ほどから何もしていない美空が焦って騒ぐ。

 

「少しは君も手伝え! 魔法の射手(サギタ・マギカ)くらい使えるだろう!」

 

「そうよ! 美空ちゃんもちょっとは手伝いなさい!!」

 

「え? 美空ちゃん? どこ?」

 

この期に及んでまだのたまう美空に、ついにアスナがキレた。

美空の両肩をがっしりと掴みもの凄い迫力で詰め寄ると、さすがの美空もふざけるのを止め仮契約カードを取り出した。

 

「でも悪いねー、私のアーティファクト足が速くなるだけだから逃げ専門なんだよね」

 

「へっ?」

 

美空の足にアーティファクトが装備される。

まさかとは思うが、美空のヤツ……

 

「つーわけで……さいならっ♪」

 

美空はココネを担ぐと残像をその場に残すほどの速さで天井や壁を駆けていった。

戦闘において、勝てない敵の場合は即座に逃げるのが定石だ。それは理解しているのだが……なんか納得いかない。

 

「高音・D・グッドマン復活ッ! ご安心を、ここからは私も一緒に戦います」

 

美空の離脱とほぼ同時に、いいタイミングで高音が現実に戻ってきてくれた。

最初から戦ってくれていれば尚良かったのだが、それは言うまい。

その間にも続々と田中さんの数は増える。もはや数える事は不可能なくらいに。

 

「やれやれ、いつになればゴールが見えるのやら」

 

……それから数分。

 

「くっ、そろそろ腕が限界か……」

 

何十体目かのロボを破壊し終え、ついに腕が上がらなくなってきた。

 

「アスナ、大丈夫か?」

 

「なん……とか! 高音さんと愛衣ちゃんは?」

 

「はぁ、はぁ……もう魔力がありません」

 

「MPが、MPが~!!」

 

みんな体力と魔力の消耗が激しい。かくいうシロウも、度重なる剣の投影だけでなく、アスナ達を守る為に盾の投影や魔法の矢を使った為魔力、体力の消耗が大きいのに加え、痛めていた両腕はすでに剣を振り上げるのは難しくなってきている。

しかし、田中さんはまだ数十体はいるし、6本足で動く変なロボまで現れだした。

そんな時、シロウ達が弱っている事に気が付いたのか、前後の田中さんが一斉に口を開き、6足ロボの頭部も光出す。

 

「まずい、全員私のそばへ集まれ!」

 

アスナたちが集まり田中さんの口からビームが発射された瞬間、残る全魔力を総動員して前後に盾を投影する。

 

鏡の盾(ミラー・アイギス)!!』

 

それは、ペルセウスがメデューサを退治する際に用いた鏡のように磨かれた銀色の盾。

宝具ではないが、ごく少量の神秘を保有し『反射』の効力がある鏡の盾は全てのビームを反射する。

狭い通路内でたくさんのビームが反射しロボ達にダメージを与えつつ煙をおこし目くらましの役割を果たす。

シロウは即座に鏡の盾を通路の前後に投げ、

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

宝具ではない鏡の盾では小規模な爆発しか起こせないが、反射したビームで損傷しているロボ相手なら十分だ。

晴れてきた視界に映るのは、バラバラになり動きを止めたロボ達。

 

「やったの?」

 

「ああ、おそらくは」

 

煙が舞っていてまだ安心は出来ないが、動く影は見当たらない。

 

「あ、まだ残ってる!このー!!」

 

「おい、待てアスナ!……ん?」

 

煙の中に人影が現れたのを見つけたアスナは、影に向かってハリセンを振り下ろす。

だが、現れた影には先ほどのロボと違い人の気配がする。しかもこのタバコの臭いは……

 

「あたっ!? ひどいな~明日菜君」

 

「た、高畑先生!? すすすすすすみません!!」

 

やはりタカミチだった。おそらくタカミチはアスナに気づいていたのだろう。避けるそぶりすら見せず、ハリセンではたかれた所を ぽりぽり とかいている。

にしても運がいい。アスナが疲れて咸掛法を使えない状態でなければ頭がつぶれていたぞ。

 

「無事だったかタカミチ」

 

「君も来てくれたのかい? 悪いね、エミヤ。高音君達もありがとう」

 

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

「はい!」

 

2人とも麻帆良で学園長の次に強いといわれる魔法使い(タカミチ)に褒められたのが嬉しいのか、高音と愛衣は終始笑顔を浮かべている。

しかし、タカミチは拘束されていたはず。どうしてこの場所にいるのか。

 

「ああ、それは少し協力してくれた子がいてね」

 

タカミチの視線を追うと、通路の曲がり角から五月が顔だけ出してお辞儀をしてきた。足元には美空とココネが気絶している。

 

「なるほど」

 

超、聡美、五月が関係しているという事は超包子のメンバーが今回の件に関わっているということか。

それならば、エヴァは今回の件に関与する気はなさそうだし、茶々丸も今回は敵と考えた方がいいな。

 

「それじゃ行こうか、この先が超君のいる部屋らしいからね」

 

タカミチとちびせつなの後に続き通路の先にあった階段を登る。

すると、何十台というパソコンが置いてある部屋に着いたが、超の姿は見当たらなかった。

 

「我々が来るとわかっていて、いつまでもここにいるわけがないか……」

 

「むむ! 本体さんから連絡です!」

 

その時、ちびせつなが連絡を告げる。

現在まほら武道会決勝戦 ネギ・スプリングフィールドVSクウネル・サンダースの試合を行っているそうなのだが、そこで大変な事態が起きているらしい。

本体の刹那が動揺している為ちびせつなも上手く説明できないらしいが、とにかく直ぐにでも会場に来てほしいとのこと。

とはいえ、地下を長く移動して数回階段を上っている。現在が地上より3階分ほど高い位置の部屋だということはわかるのだが、正確な場所はわからない。

 

「エミヤ! こっちに窓がある早く……あ、あれは!?」

 

窓を見つけたタカミチが外へ出て驚きの声を上げる。

タカミチの後を追い窓から外に出ると、丁度まほら武道会の会場が見渡せた。

 

「!! ……なるほど。これがアルの目的か」

 

舞台の上にいるのは倒れるネギと、ネギに手を差し伸べる赤毛の男。修学旅行の時、詠春見せてもらったナギ・スプリングフィールドの写真と同じ顔。

どのような方法かは知らないが、アルはネギにナギとを会わせるのが目的だったらしい。

 

「あれが英雄といわれたネギ君の父、ナギ・スプリングフィールド……」

 

なるほど。確かに彼からは聖杯戦争で相対した英霊たちに似た、英雄の持つ雰囲気のようなものを感じる。

 

 

 

 

 

 

「んー、ここでこうやってお前と話してるって事は、俺は死んだっつーことだな……悪いな、お前には何もしてやれなくて」

 

ナギはネギが子供の頃、6年前の雪の日に告げた台詞と同じ言葉を告げ、呆然とするネギの頭に手のひらを乗せる。

 

「こんなこと言えた義理じゃねぇが……元気で育ちな」

 

ネギには聞かなければならないことが沢山あった。

しかし、いざ父を目の前にして頭が真っ白になり、言葉を発することができなかった。

必死に口を動かして何かを伝えようとして、ようやく声から音が発せられようとした時。

 

「ナギッ!!!」

 

駆けつけたエヴァの大きな声に遮られた。

 

「お?」

 

師匠(マスター)?」

 

「え? 師匠(マスター)? へ? ほぉー、ふーん」

 

ネギがエヴァの事を師匠と呼んだ事にナギは一瞬驚くが、2人を交互に指差しながらニヤニヤと笑い出した。

そんなナギに一喝をすると、エヴァは登校地獄の呪いの事を問い詰めた。

 

「呪い? ……あぁーーーっ! 呪いな! 凄く気になってたんだけどよぉー……解きにいけてないのか俺?」

 

エヴァの言葉で、今思い出した! というように ポンッ と手を打つナギ。実際今思い出したのだろう。

さすがに不味いと感じたのか、額に汗を掻きながら渇いた笑いを浮かべるが、エヴァはさほど気にした様子もなくどうでもいいと言う。

 

「どうせ忘れてたんだろう。それに呪いは他のやつが解いた」

 

「へっ? 呪いを解いたやつがいるのか? 自分で言うのもなんだが、かなりの魔力使ったからそう簡単には解けないはずなんだが」

 

呪いが解ける人物がいたことに、ナギは純粋に驚いている。

 

「ああ、異世界からきたエミヤシロウという魔術使いがな」

 

「異世界? エミヤ? ……そうか」

 

ナギは何度かシロウの名を呟き、懐かしそうに笑う。

本当にこの時代にいるのか、と。

 

「貴様、シロウを知っているのか!?」

 

「さてな? んなことより、なんか用があるんじゃねーのか? もう何秒ももたねぇぜ」

 

シロウの事も気になったが、今のエヴァには幻影とはいえナギがここにいるという事実の方が重要だった。

色々と聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるが、そんな時間もないならば願うことは一つ。

 

「では抱きしめろ、ナギ」

 

「やだ」

 

即答するナギに目に涙を潤ませながら睨み付けるエヴァ。わかっていた。わかっていたのだ。断られることは。

一見軽そうに見えて、その実思慮深く信念を持っている。それこそが、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが魅かれたナギ・スプリングフィールドという男なのだ。とはいえ、即答されたことは恨めかしい。

 

「まあいい。では頭を撫でろ」

 

「それでいいのか?」

 

「どうせそれ以上の頼みは聞かんだろう」

 

長年追い続け、思い続けていたが故、エヴァにはナギのことがよくわかっていた。

対するナギもそんなエヴァのことは嫌いではないが、一度言った事を変える気はない。

自分(ナギ)が愛する女性は、ただ1人だけなのだから。

 

「心を込めて撫でろ」

 

「あいよ」

 

ナギは普段と変わらない軽い返事で、けれどありったけの心を込めてエヴァの頭を撫でる。

その気持ちがわかったのかエヴァの目からは涙がこぼれた。

 

「ネギ……お前が今までどう生きて、何があったのか俺は知らない。けどな、この若くして英雄ともなった偉大かつ超クールな天才&最強無敵のお父様に憧れる気持ちはわかるが、俺の後を追うのはそこそこにして止めておけよ」

 

「大丈夫ですよ父さん。前に、シロウさん……エミヤシロウという人に言われたんです。僕はただ父さんに憧れているだけだって。それでは、何を護るべきかも定まらないって。だから、僕の目標は変わらず父さんだけど、みんなの力を借りて頑張りたいと思ってます」

 

ネギの言葉にナギは安心した。まあ、それでも自分が目標だというのはつまらないが。

ナギは上を向き、少し離れた建物の淵に立つ人物を一度見つめる。自分の息子を見守ってくれていた、大切な友人を。

 

「───ありがとよ」

 

彼にだけその言葉が届くように、周囲に聞こえないような小声でぼそりと呟く。

そして、視線をネギへと戻した。

 

「ネギ。お前は、おまえ自身になりな。───じゃあな。もう、泣くんじゃねぇぞ」

 

その言葉を最後に一度強く発光した後、光は収まっていき、ナギはフードを被ったアルへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

屋根の上からネギ達を見ているシロウ。

 

最初ナギはネギ、そして途中で現れたエヴァと話をし、再びネギと会話を始めその頭を撫でた所でこちらを向き

シロウと眼が合った。

それは一瞬。周囲の誰も気づかなかっただろうが、目のいいシロウのみ読み取ることができた言葉。

 

───ありがとよ

 

ナギは確かに私に、エミヤシロウに向けて礼を言った。

直後、ナギは発光と共にアルへと戻る。

 

「タカミチ、やはり彼が」

 

「ああ、アルのアーティファクトは色々と条件があるけど、一度だけ特定人物の全人格完全再生ができるんだ。だからさっきのは、間違いなくナギ本人といっていい」

 

「そうか……」

 

アルビレオ・イマ、そしてナギ・スプリングフィールド。『紅き翼(アラルブラ)』の2人が私を知っている。

これで私の予想はかなり真実に近づいた。おそらく、紅き翼(アラルブラ)はエミヤに会った事があるのだ。

いったい何故……? と、そこまで考えた所でタカミチから声がかかり、思考は中断される。

 

「エミヤ。ちょっと仕事に付き合ってくれないかな?」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

その後、武道会の3位までが表彰台に上り、会場に現れた超により表彰される。

表彰式が終了し、人がはけたのを確認してから廊下を歩く超を囲むように降り立った。

 

「これはこれは皆さんおそろいで……お仕事ご苦労様ネ」

 

超を囲む魔法先生の人数はシロウとタカミチを含め7人。

逃げる事は不可能なこの現状においても、超は落ちついている。

最初からこうなることがわかっていたのか、それともこの状況で尚逃げる算段があるのか。

タカミチもそれを理解しているのか、表情こそ笑顔だが警戒を怠らずに前に出た。

 

「職員室まで来てもらおうかな、超君」

 

「それは何の罪カナ?」

 

「ハハハ、罪じゃないよ。ただ話を聞きたいだけさ」

 

あくまで普段と変わらずに接するタカミチ。しかし、場の緊張感は高まる。

その空気に耐えられなかったのか、一人の魔法先生がタカミチとチ超の間に割って入った。

 

「何甘いことを言っているんですか、高畑先生。この子は要注意生徒どころではない、危険人物だ! 魔法使いの存在を公表するなんてとんでもない事です!!」

 

タカミチに甘いと言って起こるのはガンドルフィーニ教諭。

彼は実力はあるらしいが、熱くなりやすいようだ。だが、この場で熱くなるのは感心できない。

 

「そう熱くなることもあるまいガンドルフィーニ教諭。現状で超が逃げることは不可能、まずは冷静になれ」

 

「君は黙っていてくれ! 衛宮先生」

 

睨むようにこちらを見て怒鳴るガンドルフィーニに思わず肩をすくめる。

どうも彼は新参者の私が気に入らないようだ。ここは口出しはせず傍観に徹した方が賢明か。

 

「何故君達は魔法の存在を世界に対し隠しているのかナ? 強大な力を持つ個人が存在する事を秘密にする方が、人間社会にとっては危険ではないカ?」

 

「なっ、それは逆だ! 無用な誤解や混乱を避け、現代社会と平和裡に共存するために我々は秘密を守っている! それに、強大な力などを持つ魔法使いはごく僅かだ!!」

 

ガンドルフィーニの言い分は正しい。正しいが、楽観的すぎる。

何故自らの組織をそこまで信じられる? 何故強大な力を持つ魔法使いが僅かだと言い切れる?

確かにこの世界の多くの魔法使いは人々の為にその魔法を使い、影で世界に貢献しているといえよう。

しかしそれは汚い部分から目をそむけている、理想しか視ず、現実に目を向けていない人間の戯言だ。

超の意見に賛成するわけではないが、ガンドルフィーニの言葉はあまりにも軽すぎる。

そんな教科書に載っているような奇麗事では、信念なき言葉では、信念を持って動いている超を説得する事など不可能。

 

「と、とにかく、多少強引にでも君を連れて行く!」

 

「待てガンドルフィーニ教諭」

 

説得が無駄だと思ったガンドルフィーニが魔法を行使しようとした為、シロウはそれを制する。

だが、それが気に入らなかったのか、ガンドルフィーニはさらに熱くなり、シロウにまで食って掛かってきた。

 

「まぁ待ちたまえ。君の言い分は正しいが、生徒相手に魔法で実力行使は早計だろう。今のところ超に抵抗のそぶりもない」

 

「この子は今まで何度も我々を探るような行動をしている! ただの生徒じゃない! さっきから超君を庇うような動きばかり、君も仲間なんじゃないのか!?」

 

「いや、私は……」

 

「おー鋭いネ、ガンドルフィーニ先生。エミヤ先生には、昨日仲間にならないかと誘ったところだヨ♪」

 

狙ったかのように超は昨日の出来事を話し始める。シロウが断ったという結果は言わずに。

そのせいでガンドルフィーニだけではなく、他の魔法先生も動揺をみせる。

そして、何を焦ったのかガンドルフィーニはシロウに捕縛魔法をかけた。

シロウの体に巻きつき、その身の自由を奪う魔法の矢。

 

「みんな、衛宮先生は僕が抑える。多少手荒になっても構わないから超鈴音を捕まえるぞ!」

 

「ハイッ!」

 

一斉に超に向けて魔法を放つ魔法先生たち。

それはシロウにかけたものと同じ捕縛魔法などではなく、攻撃用の魔法の射手(サギタ・マギカ)だった。

シロウとガンドルフィーニのやり取りに気を取られていたタカミチはそのことに気づくのが一瞬遅れ、止めることができないだろう。

無抵抗の少女が攻撃されるという状況に、シロウの身体は反応していた。

 

「───投影、開始」

 

手のひらに現れた干将・莫耶は捕縛魔法を容易く切り裂き、超に向けられた魔法の矢もすべて切り裂く。

 

「君たちは正気か? 仮にも魔法先生ともあろうものが、生徒に危害を加えようとするなど」

 

「超鈴音はもはや生徒ではない! 犯罪者だ!」

 

ガンドルフィーニの言葉にシロウは自分の思考が冷めていくのを感じた。

彼の言葉も行動も、何一つ間違ってはいない。かつての自分ならば、彼と同じ行動。否、彼のように言葉など交わさず発見次第その身を拘束しただろう。

しかし、今のシロウにはそれはできない。超の事を知ってしまった。その信念も、目的も。

 

「エミヤ先生、礼を言うネ。ありがとう。そして───3日目にまた会おう。魔法使い諸君」

 

シロウ達が睨みあっている隙に超は袖から懐中時計を取り出し、一瞬の空間の歪とともにその場から完全に消え去った。

突然の事に驚く魔法先生達。そんな中、シロウは冷静に手を床についた。

 

「……解析(トレース)開始(オン)

 

「何かわかるかい、エミヤ?」

 

「この場自体に何か細工があるわけではないな」

 

周りの床などには何も異常が見当たらないし、周囲を見渡してみても超は見当たらない。

 

「気配も完全に消えているところを見ると、転移魔法の一種だろう」

 

「そんな馬鹿な! 超鈴音が魔法を使えるという情報はない!」

 

「情報はなくとも、超が魔法が使えるという可能性は0ではない。それに彼女は消える寸前に、懐中時計のようなものを取り出していた。おそらくは魔法道具(マジック・アイテム)だろう。魔法道具(マジック・アイテム)があれば、一般人でも転移することは可能だと思うが?」

 

事実を突きつけるとガンドルフィーニは黙る。

正直な所、私は超に向けて魔法の矢を放った彼らに対し怒りを感じている。多少高圧的になってしまっても勘弁してもらいたい。

 

「ぐっ、そ、そもそも君が邪魔をしなければ超鈴音を捕らえることができていた! それに君を勧誘したと言っていた話はどういう事だ!」

 

「あれは私と超の個人的な問題だ。答える気はない」

 

「貴様!」

 

「止めないか2人とも」

 

更に口論を続け、ガンドルフィーニがシロウの胸倉を掴もうとしたところで神多羅木とタカミチガが2人を引き離すように止めに入る。

 

「落ち着きましょうガンドルフィーニ先生。エミヤ、君も言いすぎだよ」

 

「くっ……すまない、高畑先生」

 

「……失礼した」

 

魔法先生の中でもそれなりの地位のある2人に止められ、シロウもガンドルフィーニも素直に謝罪をした。

しかし、これではっきりした。

 

「とりあえず、超君のことは学園長に報告しに行こう。エミヤはどうする?」

 

「すまないなタカミチ、やはり私は組織というものの中には馴染めないらしい」

 

自嘲気味に言うシロウに、タカミチは何か言おうと口を開きかけるが、何を思ったのか首を振ってその言葉を飲み込む。

その表情は、タカミチのせいではないのにとても申し訳なさそうで、辛そうだった。

 

「わかった、学園長には僕から言っておくよ。……皆さんも、僕に免じてこの場はこれで」

 

タカミチの言葉に魔法先生たちは戸惑いながらも頷く。

 

「エミヤ……すまない」

 

「いや、全ては私の責任だ。君が気に病むことではない。……今までの事、感謝する」

 

シロウはタカミチの返答を待たず、その場を後にした。

 

 

 

沢山の人々のの様々な声が聞こえる。楽しんで笑う声。驚いて叫ぶ声。感動して泣く声。

学園全体が見渡せる屋根の上で人々を見下ろすシロウ。

魔法先生たちとの関係は悪くなってしまったが、あの場で超を捕らえれば超は後悔し、絶望し生きていくことになるだろう。

全てを捨てる覚悟を持って挑んでいる超。そんな彼女を救うには、こちらも全霊をもって答えなければならない。

 

「生徒の事を全力で受け止めてやるのが教師の役目。───故に、後悔はない。そうだろう、エミヤシロウ」

 

シロウは自分に言い聞かせるように呟く。

こうして、麻帆良祭2日目午前中のまほら武道会は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。てな感じで投稿完了です。
毎回毎回更新が遅くてキャラがぶれていないか心配です(泣)
さてさて、次回……がいつになるかはわかりませんが、ついに次回あの男が登場です!
お楽しみに!


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エミヤの日常Ⅳ 学園祭篇

 

 

「さて、これからどうするか……」

 

独りで行動すると決めたのはいいが、具体的な案は何もない。

先ほど超が懐中時計で何かをして姿が消した時、周囲の魔力が急速に時計に収束していた。

世界樹の影響で今の学園内の魔力の密度は高い。その魔力を使っての転移だとすれば、相当遠くまで逃げられるだろうし、超の言った「3日目に会おう」という言葉。最悪の場合、時間移動の可能性も考えておく必要がある。

科学の力で魔法(・・)の再現などそう簡単にはできないと思うが、相手が超だけに可能性はゼロではない。

 

「士郎~どこ~?」

 

「何だ?」

 

「へっ?」

 

私が返事をしたせいで驚く、白い髪に赤い瞳の見た感じ17、8歳くらいの少女。

しまった。考え事をしていたからつい返事をしてしまったが、どうやら私の事ではないらしい。

にしても、この少女どこか見覚えのあるような……

 

「ああ、申し訳ないお嬢さん。私はエミヤシロウというものでね。名前が同じだからつい反応してしまった」

 

「あら? 私が探していたのも衛宮士郎よ」

 

「何?」

 

「もっとも、探してたのは私の弟の衛宮士郎で貴方じゃないわ。でも驚きね、まさか同姓同名の人がいるだなんて」

 

私の弟の衛宮士郎……だと?

ありえない。切嗣と私の間に血の繋がりはない。それは、たとえ平行世界といえども同じはずだ。

まさか、この世界でも士郎が衛宮の養子になっているというのか……?

 

「失礼だが、君の名前は?」

 

「私? 私の名前は衛宮イリヤ。本当はイリヤスフィール・フォン・E(エミヤ)・アインツベルンっていうんだけどね、長いから日本ではそう名乗ってるの」

 

「イ……リヤ?」

 

よく見てみれば、少女は身長や体つきこそ女性らしいものだが、雪の様に白い髪と肌、そして赤い瞳。確かにイリヤが成長したといった感じの外見だ。

ということは、この少女は平行世界のイリヤということになるのだろうか。

だが見た感じ、この少女は人造人間(ホムンクルス)ではなく人間。世界が変われば出生も変わるという事なのか……

 

「どうかしたの?」

 

「いや、なんでもない。それで? 探していると言っていたが、君の弟はどうかしたのか?」

 

「ええ、家族で麻帆良の学園祭に遊びに来たんだけど、はぐれてしまって。今、お父様とお母様と手分けして探してるの」

 

父と母か、父は切嗣だとして、母親か……

シロウの記憶では確かイリヤの母親、つまり切嗣の妻の名前はアイリスフィールという女性だったと記憶している。

 

「では、私も探すのを手伝おう。この学園の事はある程度把握しているから、力になれるだろう」

 

シロウはこの世界の衛宮士郎をこの目で見てみたいという思いもあり、イリヤに自分も探すのを手伝うよう提案する。イリヤは最初こそ申し訳ないからと断ったものの、多くの人ごみの中一人で探すのは困難だと最終的には了承してくれた。

 

「じゃあお願い」

 

「了解した」

 

とは言ったものの、この人の多さでは歩いて探しても見つけるのは難しいだろう。

アナウンスをして呼びかけようかとも考えたが、これだけ賑わっていると聞こえない可能性の方が高い。

ならばと提案したのは、つい先日超と共に乗った飛行船から探すというもの。

イリヤはそんなところから探せるのかと訝しんだが、方法があると伝えると納得してついてきてくれた。

 

「できれば飛行船乗り場に着く前に、君の弟の特徴を教えてもらえると助かるんだが」

 

「それはいいんだけど……」

 

人ごみを押しのけながら飛行船乗り場に向かう中、イリヤは不機嫌そうに立ち止まり手を差し出してきた。

一瞬の後、シロウは答えにいきあたる。

立ち止まったことで出来た小さな空間でシロウは一礼し、イリヤの手を取った。

 

「これは気が利かなくて失礼。しっかりとご案内させていただきますよお嬢さん(フロイライン)

 

「ええ、よろしくシロウ」

 

満足のいく答えをしたシロウにイリヤは上機嫌で応え、飛行船乗り場へと向かう。

その後、無事飛行船に乗り込んだのはいいんだが……

 

「うわーすごーい! 見て見てシロウ! 人があんなに小さくなってる!」

 

と、こうなったわけである。

君は弟を探していたのではなかったかね?

 

「わー」

 

「……」

 

イリヤの無邪気な笑顔を無言で見つめる。あんな笑顔を見せられてはなにも言えない。

仕方なく自分だけでも士郎を探す事にする。幸いな事に、士郎の外見は昔の私と同じ赤髪らしいから見つけやすいだろう。そう思い魔術で視力を強化すると。

 

「あら、貴方魔法使いだったの」

 

なんて、特に驚いた様子もなくイリヤが言ってきた。

あまりにも自然に気づかれた為一瞬反応が遅れたが、こちらも冷静に聞き返す。

 

「……何の事かね?」

 

「隠しても無駄よ。今、貴方の眼に僅かだけど魔力の移動が感じられたわ。にしても器用ね、腕や足とかの部分強化なら見た事あるけど、まさか眼球だけを強化するなんて。でもま、それなら確かにここからでも下の人達が見えるわね」

 

イリヤに言葉に驚かずにはいられない。微量な魔力の変動を察知しただけでなく、どの部分を強化したかまで見抜かれるとは。

 

「君も魔法使いなのか?」

 

「えっ!? 貴方、アインツベルンを知らないの!? 魔法使いなのに?」

 

む、もしかして元の世界のアインツベルンと同じで、こちらの世界でも結構有名な魔法使いの家系なのか?

だとしたら、これは失態だな。

 

「ああ、これは失敬。私が魔法に関わったのはつい最近でね、あまり魔法世界の情勢には詳しくないんだ」

 

「つい最近? そんな器用な事ができるのに?」

 

イリヤはこちらを訝しむ様な目でに見てくる。確かに、少し怪しいかもしれないが、魔法に関わったのがつい最近というのは嘘ではない。

しかし、それではあまりにも怪しいので、濁しつつ事実を話すことにする。

 

「私は父から魔力の扱いを教わりはしたが、魔法を教わる前に父が亡くなってしまってね。最近まで魔法の射手(サギタ・マギカ)すら使えなかった」

 

「……ごめんなさい」

 

イリヤは少し暗い表情で小さく答えた。父の死のことは言うべきではなかったと後悔する。

いらぬ気遣いをさせてしまった自分に腹立たしさを覚えつつも、空気を切り替える為に出来るだけ明るい声で切り出した。

 

「っと、そうだ。早く君の弟を探してやらねばな。あそこに双眼鏡があるから君はアレで探したまえ」

 

「ええ、そうするわ」

 

シロウとイリヤはそれぞれ眼と双眼鏡を使って衛宮士郎探しを再開する。

飛行船から地上を見ていると様々なものが見える。その中に、屋根やら壁やらを飛び跳ねている人を見つけた。

 

「あれは、ネギ君と……茶々丸に千雨か?」

 

何故疑問形になったかというと、ネギはこの間のアスナとデート時の大人姿で、千雨だろう少女は、幼稚園児くらいになっていたからだ。

ネギ達から少し離れたところにマイクやカメラといった機器を持った人達が大勢いる所を見るに、武道会のインタビューから逃げてきた、といったところだな。

それから視線を移し、世界樹付近を見ると、大人ネギと亜子を見つける。

 

「む、おかしいな? 確か向こうにもネギ君がいたはずだが?」

 

その後、さらにこのかと歩く子供ネギを見つける」

 

「これで、3人目か。一体どういうことだ? 同じ時間軸に3人のネギ君だと?」

 

これは後で、ネギに事情を聞く必要がある。そんな事を考えていると、「見つけたー!」というイリヤの声が聞こえ、そちらに駆けつける。

 

「どこだ?」

 

「ほら、あそこ! GALAXY WAR(ギャラクシー ウォー)ってアトラクションのとこ!」

 

「GALAXY WAR……あれか!」

 

確かに、GALAXY WARと書かれたアトラクションの所に、赤毛の少年がキョロキョロと立ちつくしている。

このまま、飛行船が下りるまで待っているとまた見失ってしまう可能性がある。

 

「仕方ないか……」

 

あたりに人が少ない事を確認し窓を開ける。

イリヤに「失礼」と一声かけ、お姫様抱っこをする。

私が抱えあげた事にイリヤは文句を言うが、のんびりしていて見失っては元も子もない。

 

「投影、開始」

 

シロウは少しだけ魔力の込めたナイフを人のいない方に投げる。次いでナイフを追うように放つのは氷の矢。

氷の矢がナイフに命中すると、形状を保てなくなったナイフの中の魔力が破裂し、爆竹程度の破裂音が飛行船内に響く。

 

「なんだ!?」

 

「何の音?」

 

「どうした!?」

 

乗客達が音に気を取られている隙に、イリヤを抱えた私は、窓から飛び降りた。

 

「ひゃぁぁぁああああああ!!!!????」

 

物凄い落下スピードにイリヤは叫ぶ。地面が段々と近づいてくる中、私は虚空瞬動で横に跳び落下速度を軽減し。

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル) 風よ(ウエンテ)

 

風の初級魔法を使ってうまく地面に着地した。

 

「大丈夫かね? イリヤ」

 

「……」

 

返事がない。やはり、いきなり飛び降りるのはまずかっただろうか?

 

「おもしろーい! シロウ!もう一回!」

 

「は?」

 

「だ・か・ら! 今のもう一回!」

 

いや、無理だろう。今のは士郎を見失わない為の行為で、アトラクションではない。

人目のことを考えると、緊急時でもない限り二度はやりたくない。

 

「君の目的は弟を探す事だろう? わがままを言ってないで行くぞ」

 

「むー、仕方ないなー」

 

見た目が成長してるから中身が大人かと思えば、私の知るイリヤとなんら変わらない子供っぽさを見せる。

そういえば、あのイリヤも見た目は小さかったが……

 

「当時の私よりも年上だったな」

 

そんな事を考えながら歩き出す。GALAXY WARに近づくと、すぐに士郎は見つかった。

 

「こら士郎! 1人でどこか行っちゃダメって言ったでしょう!!」

 

イリヤは左手を腰に当て、右手の人差し指をピッと立てて説教する。

こうやって見ると、イリヤもしっかりお姉さんだな。

 

「げっ、イリねぇ! 大丈夫だよ、俺もう14なんだから子ども扱いすんなよ」

 

衛宮士郎は生意気なガキだ。と、思ってしまうのは同族嫌悪というものなのだろうか?

いや、私はこんな少年時代ではなかった……と信じたい。

 

「14歳なんてまだまだ子供でしょ? お父様もお母様も、凄い心配して今も探してるんだから、反省しなさい!」

 

「うっ、ごめんなさい……っていうか、それ誰イリねぇ?」

 

「人に向けて指をさすな小僧」

 

「何だと!」

 

指をさす衛宮士郎に、思わず口元を歪めてしまう。

そんな睨みあう2人に、容赦ないチョップが脳天を直撃する。

 

「やめなさいっ」

 

「何をする、イリヤ/何すんだよ、イリねぇ!」

 

反論がそろう2人。それが腹立たしくて、2人は再度睨みあう。

 

「士郎、その人は士郎を探すのを手伝ってくれたんだからちゃんと御礼言いなさい。シロウも大人気ないわよ? ちゃんとあやまりなさい」

 

「……ありがとう……ございます。さっきは、すいませんでした」

 

「いや……こちらも……すまない」

 

イリヤの迫力に負け、2人とも渋々だが謝る。やはり「姉は強し」という事なのだろうか?

 

「さあ、帰るわよ士郎」

 

士郎の手を取り帰ろうとするイリヤだが、士郎はその場で踏ん張りGALAXY WARを指さしながらどうしてもやりたいから一度だけと駄々をこねる。

そんな士郎に溜息を吐きつつも、イリヤは一度だけといって一緒にアトラクションの列に並んだ。

衛宮士郎がどんな生活をしているのか気になったが、この楽しそうな2人を見てると大丈夫な気がする。

この世界の彼は、決して英霊エミヤなんてモノにはならないだろう。

 

「何してるの? 早く行こう、シロウ」

 

「む?」

 

「俺ならここにいるけど?イリねぇ」

 

自分の事を呼ばれたと思った士郎が首をかしげている。

しかし、今のイリヤが言ったシロウは、私に向けられたものだった。

 

「士郎じゃなくて、あっちのシロウに言ったの。士郎とあの人は同姓同名なのよ」

 

「へ~俺と同じ名前なのか。凄い偶然だな」

 

大して気にした風もなく、2人は私の手を引いていく。

 

「待て待て、何故私も行かねばならんのだ」

 

「えっ、こないの? せっかくここまで来たのに?」

 

考えもしなかった! とでも言うような表情で驚くイリヤ。

ならば、逆に聞きたい。何故、私が一緒に遊ぶと思っていたのか、と。

 

「いや、私の目的は君の弟を探すのを手伝う事だろう。遊ぶ理由がない」

 

「いいじゃない、理由なんかなくても。士郎もいいよね?」

 

「俺は別に構わないぞ」

 

おい、小僧。貴様さっきまで、私の事を嫌っていた雰囲気だったのに何故すんなり受け入れる。

男なら一決めたことは最後まで貫き通せ。

 

「それとも何? 貴方はレディの誘いを断るの?」

 

こう言われては、何も言い返すことができない。

それにもし断れば、何を言われるか……最悪、泣かれるかもしれない。

 

「そうだぞ、アンタ。女には優しくしろ、後が恐いからって親父が言ってたぞ」

 

貴様は黙っていろ、衛宮士郎。それと切嗣、貴様は子供に何を教え込んでいる。

いやまて、私も切嗣に同じ事を言われた記憶が……

 

「ああ、わかった降参だ。ご一緒させてもらうよ」

 

両手を挙げ降参のポーズをしながら仕方なく私も列に並ぶ。

しばらくすると、私達の順番になり、アトラクション用の銃を渡され乗り物に乗る。

このアトラクションは、手持ちの銃でCGの宇宙船を攻撃し撃墜するものらしい。

最初に名前を登録でき、上位入賞者は出入り口にあったモニターに名前が残るそうだ。

 

「私は名前そのままでいいけど、2人はどうするの?」

 

同じ名前だからどう登録するのか?と聞いてくるイリヤ。

別に名前がかぶっても構わないのだが、小僧に駄々をこねられても困る。

 

「それならば、私はアーチャーと」

 

「アーチャー?」

 

「気にするな。渾名みたいなものだ」

 

名前を登録し終わると、乗り物が動き出す。

 

「言っとくけど、アンタには絶対負けないからな」

 

宇宙船を撃ちながら、敵意剥き出しといった感じで言ってくる士郎。

子供ゆえなのか、コロコロと感情が変わるやつだ。

 

「フッ、図に乗るなよ小僧。お前如きが、私についてこれるか?」

 

「うるせぇ! テメェのほうこそ、ついてきやがれっ!」

 

私が船を撃墜しながら、挑発の意味を込めてからかうと士郎もムキになって銃を撃つ。

 

「ホント、2人とも子供よね」

 

そんな2人を、イリヤは温かく見守るのであった。

 

結果

 

1位 ARCHER PERFECT

 

2位 NEGI 500Pt

 

2位 SIROU 500Pt

 

4位 NORI 497Pt

 

「私の勝ちだな」

 

「くっそー!」

 

勝ったのは私だった。

私は全機撃墜、ノーミスのパーフェクト。

衛宮士郎は全機撃墜だが、ミスがあった為最高得点の500Pt。

 

「未熟者め、もっと洞察力を鍛えろ」

 

「くっ、まさか撃っちゃいけない機体があったなんて」

 

そう、このゲームには撃墜しなければならない宇宙船の他に、撃墜してはいけない味方機があるのだ。

撃ってしまったからといってポイントが下がる事はないが、パーフェクトを出す事はできなくなる。

 

「さあ、もういいでしょう? お父様達の所に戻るわよ」

 

「はーい」

 

イリヤは士郎の手を引いて歩き出す。どうやら、ようやく解放してもらえるようだ。

と、思ったのだが、イリヤがこちらに振り向いた。

 

「今日はありがとうシロウ。お礼に今度家へ招待するわ」

 

「……ああ、楽しみにしておくよ」

 

こうして、シロウは懐かしき姉と別れ、再び超の捜索を始めようとした時ポケットの携帯が鳴った。

 

「もしもし?」

 

「エミヤ、緊急事態だ」

 

「どうした」

 

「超君が僕らに対し宣戦布告を突き付け……退学届けを出してきた」

 

 

 

タカミチの話では、超の今までの行動と言動、武道会の最中インターネットで明らかに故意に出回った「魔法」という単語。美空とココネが見たという、対魔法先生用であろうロボの軍隊に巨大ロボ。今日出された退学届け。

これらの事により、超鈴音の目的が魔法を公にする事、そして、その後逃亡を考えていると学園長が判断したらしい。

それに伴い、魔法先生には超の目的の阻止、及び身柄の確保が命じられたと。

 

「やはり、こうなってしまったか」

 

出来ればこうなる前に超ともう一度会いたかったが……

 

「……ところでタカミチ。君たちの組織から抜けた私にそんなことを話してもいいのか?」

 

シロウの問いかけに、タカミチは笑って答えた。

そんなことは構わないと。同じ魔法先生としてではなく、一人の友人として協力を求めたいと。

 

「エミヤ。今の話を聞いてネギ君が飛び出していってしまったから、頼めるかい?」

 

「クッ、友人の頼みなら仕方あるまい。引き受けたよ。それと……感謝する」

 

タカミチとの電話を切り、暗くなってきた麻帆良を駆ける。

程なくして、屋根から屋根へ飛び移るネギを発見した。

タカミチから全て聞いたことを説明すると、ネギは深刻そうに口を開いた。

 

「シロウさん……僕、超さんと話してみようと思います」

 

「話してどうする」

 

「できる事なら説得して、話し合いで止めたいです」

 

「もし、超がそれでも止めない時は?」

 

ネギは一度黙り、覚悟を決め真剣な表情でシロウを見る。

 

「その時は───僕自身の手で超さんの目的を阻止します」

 

もしここでネギが明確な答えもなく超に挑もうとするのであれば、やはり私は1人で超を止めにいっただろう。

しかしネギは言った。自分の手で超の目的を阻止すると。自分の手で超を止めると。

ならば私はネギに力を貸し、戦いはランサーの相手だけに専念しよう。

 

「わかった。なら、その場に私も付き合おう。そして、できるかぎり君に力を貸そう」

 

「ありがとうございます」

 

その後、ネギは超に世界樹の麓にある空中庭園に来るようメールをした。

超を待つ間、飛行船に乗っていた時に見た複数のネギについて尋ねると「あれは、超さんに貰ったタイムマシンのせいです」と言われた。

懐中時計型航時機(かいちゅうどけいがたタイムマシン)カシオペア。

使用者とそれに密着した同行者を時間跳躍させる科学アイテムで、駆動エネルギーには使用者の魔力が使われているらしい。

俄かに信じ難い事ではあるが、実際に同じ時間軸にネギを数人確認しているので信じるしかないだろう。

それならば、武道会終了後に超が突然消えたのも納得がいく。

 

「ネギ坊主、話とは何かナ……おや? エミヤ先生も一緒カ」

 

ネギとの話を終えたとき、丁度ローブに身を包んだ超が現れた。

 

「安心したまえ、今日はネギ君の付き添いだ。君とネギ君の話に口をはさむ気はないから安心したまえ」

 

「フム。では、その言葉を信じよう」

 

そう言うと、超はネギの方へ視線を移す。

 

「超さん……なんで急に退学届けを? そして、なんで悪い事をしようとするんですか?」

 

「フフ、直球ネ、ネギ坊主。魔法先生達に話しを聞いたカ?」

 

「タカミチを捕まえて地下に閉じ込めたり、魔法を世界にバラすなんていうのは悪い事です。僕は他の魔法先生から話しを聞いただけだから、超さん自身から話を聞くまで信じません……だから、話してください」

 

ネギの真剣な眼差しに、超は一度眼を閉じ口を開く。

それでも、世界に魔法を公にする考えは変わらないと。

 

「……さあ、それを聞いたネギ坊主はどうする?」

 

先ほどのシロウに似た質問。既にネギの気持ちは決まっている。

 

「僕は先生ですから。生徒が悪い事をするというのなら、全力で止めます!」

 

「それは面白い」

 

その瞬間、世界樹が光りだす。超は目を開け、世界樹のほうを眺めて言った。これで自分を止めるのは難しくなったと。超の言葉に、その態度に疑問を感じた。実力的にはネギの方が上であるにも関わらず、超には焦りが感じられない。それはまるで、魔法先生に囲まれた時と同じように。

 

「現実が一つの物語だと仮定して、君は自分が正義の味方だと思うかネ? 自分の事を悪者だと思った事は?」

 

それは、わからない。ネギ自身、正しい事と思って行動しているが、他の人から見ればそれは悪なのかもしれない。同様に、超は正義だと思い行動しているのだろうが、ネギや魔法先生はそれを悪だと判断している。

 

「世に正義も悪も無く、ただ百の正義があるだけ……とまでは言わないが。───思いを通すは……ただ、力ある者のみ」

 

瞬間、超の姿は消え、ネギの背後に現れる。ネギは咄嗟に瞬動でその場を離れるが、超が使ったのは瞬動ではない。本当に一瞬で、まるで瞬間移動したかのごとく一瞬で移動したのだ。

 

「ネギ坊主。私を止めたくば、力ずくで止めるとイイ。ネギ坊主が勝てたら、私も悪い事は止めると約束するヨ。その代わり、負けたらこちらの仲間になってもらうよ!」

 

返答を待たず振るわれる超の拳を、ネギはギリギリで躱し構える。

交差する拳と掌底。ネギ相手に戦いを挑むだけの事はある。古には及ばないにしろ、その洗礼された一連の動きが超が相当の実力者であることを物語っている。

しかし、魔力で身体能力を強化したネギと戦えている理由はそれだけではない。

超の着ている服からは、戦闘を開始してから常に機械の駆動音が聞こえる。何かしらの補助が行われているに違いない。

 

戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)!!」

 

だが、魔法がつかえるネギの方が僅かに実力が上なのは変わらない。

ネギは捕縛専用の魔法の射手で超を捕らえ、勝利を確信するが……

 

「残念だたネ、ネギ坊主」

 

超は再び、謎の瞬間移動によりネギの背後に回りこむ。

 

「ちょっと痛いが、これも勝負ネ。悪く思うなナ」

 

超が放つ電気を帯びた拳にネギは敗北を感じその眼を強く閉じるが、いつまでもその拳は襲ってこない。

ネギがゆっくりと目を開けると、超の拳はシロウによって止められていた。

 

「エミヤ先生、手は出さないのでハ?」

 

「いやなに、お互いが納得したうえでの戦闘ならば手は出さないんだがな。今回はどうも納得のいっていないネギ君を強引に戦闘に誘導したように思えてね」

 

「あはは……でも、こちらも先生の対抗策は考えてあるヨ」

 

「!!」

 

敵意を感じた私は超の手を離し咄嗟に横へ飛ぶ。

すると、先ほどまで私がいた場所を真紅の槍が通り抜けた。

その深紅の魔槍の持ち主は……

 

「やはり君か、久しぶりだな───ランサー」

 

「よぉ、アーチャー。その姿、確かに面影がある。本当にテメェがあの坊主だったとはな」

 

若返っている私の姿を見て、大して驚いた様子も無く言うランサー。今の彼にとって、私が誰かなどどうでもいことなのだろう。

ネギのことも気にはなるが、少しでも隙を見せれば。

 

「オラァ!よそ見してんじゃねぇぞ!!」

 

「くっ!」

 

ランサーの槍を干将・莫耶で防ぐ。

超の瞬間移動のトリックを見破らない事には、ネギに勝ち目は無い。

だが、こちらもネギを気にかけつつ相手ができるほど甘い相手ではない。

 

「待てぇ!」

 

その時、超とネギの間に丁度現れたのは刹那と楓。

 

「刹那! 楓! 私はランサーの相手で手一杯だ、ネギ君を頼む!」

 

「はい!」

 

「御意!」

 

彼女達がいればネギは大丈夫だと判断し、全ての意識をランサーの迎撃に向ける。

 

「はっ、なかなか頼もしそうな嬢ちゃん達じゃねぇか」

 

「ふん。無駄口を叩いてると、足元をすくわれる所ではすまないぞランサー」

 

「ぬかせ! アーチャー」

 

私はランサーの槍の雨を防ぎつつも、ネギ達に被害が及ばぬよう少しずつその場を離れる。

幾度目かの槍を弾かれたランサーは、一度距離をとった。

 

「腑に落ちんな……ランサー、2つほど聞きたい事がある」

 

「あ? なんだ?」

 

「まず1つ。君は本気ではないな」

 

彼が本気だったなら、私は多少なり傷を受けているだろう。だが、今の私は無傷だ。

この世界に来ていくらか成長したかもしれないが、それだけでランサーの槍を防げると思うほどうぬぼれてはいない。

 

「よくわかったな。まぁ、それは俺があの嬢ちゃんに協力するっつー個人的な理由だから気にすんな」

 

理由は話さないが、ランサーが今手を抜いているのは超の指示と言うことか。

本気で戦わせないということは、きょう決着をつける気はないという事。やはり超はあくまで学園祭3日目にこだわるのか。

 

「では2つ目……何故君はアロハシャツなんだ?」

 

これは、彼が現れた時から思っていた疑問。

今のランサーの格好は聖杯戦争の時のような青い鎧ではなく、派手な柄のアロハシャツに黒いジーンズといったラフな格好だ。

 

「んなもん、祭りだからに決まってるじゃねぇか。テメェは祭りに鎧で参加するのかよ?」

 

ああ、そうか。つまり、理由は無いんだな

ただ単に、祭りに参加するのに鎧姿ではおかしいから着ただけだと。

そこへ、超と戦っているはずの楓がやってきた。

 

「どうした楓」

 

「事情は移動しながら話す故、着いてきて欲しいでござる」

 

何かあったのかとも思ったが見た限りどこも負傷はしておらず、焦りは感じたものの危機感は感じられなかった。

ということは、なにか別の要因で急いでいるという事か。

 

「ランサー、この勝負預けるぞ」

 

「ちょっ、待……!」

 

私はランサーの言葉を待たずに瞬動で楓の後を追い事情を聞く。

楓の話によると、超が退学する事を知った3-Aの生徒達がお別れ会を企画したらしい。それで超を上手くそこに誘導し、戦闘を回避したそうだ。

戦闘を止めたという事は超の目的はあくまで魔法を公にする事で、一般人に危害を加える気は無いという事か。それともクラスメイトだからなのか……

 

「超殿にも一度はこういう席が必要でござるからな」

 

「そうだな……」

 

今は敵対しているとはいえ、2年以上一緒にいたクラスだ。勝敗に限らず、今回の件が終われば超はこの学園を去る気でいるだろう。

それなら、こういった心の整理も必要だ。

 

「へーそういうことか。じゃあ俺も今日は止めとくわ」

 

「「は?」」

 

いきなり会話に割り込んできた男に一瞬呆けるシロウと楓。

なんと、ランサーは瞬動のスピードに走りで追いついてきたのだ。

 

「にしても面白い術使ってんな。こりゃ戦うのが楽しみだぜ!」

 

「「……」」

 

この様子だとランサーも今日は戦う気が無いようだ。

楓の方を見ると彼女も同意権なのか頷いた為、そのまま連れて行くことにした。

 

「ここでござる」

 

お別れ会会場である麻帆良学園の屋上に着くと、皆からのプレゼントに埋もれた超の姿があった。

 

「あー、遅いよ士郎先生ー!」

 

「先生も超になんかあげなよー」

 

「む?」

 

シロウのの事に気づいた、裕奈とまき絵がすぐさまその手を掴み他の生徒も集まってくる。

そして、シロウの後ろにいたランサーに気づいたハルナが指をさして「誰?」と首をかしげた。

さて、なんと言えばいいか・・・

 

「おう! 俺はエミヤの友人のセタンタってんだ。超の嬢ちゃんとも知り合いだから、俺も参加させてもらいにきたぜ」

 

ランサーは幼名を使って上手くその場を誤魔化す。

誤魔化せたのは何よりだが、いつから君は私の友人になったのかね?

 

「じゃーお兄さんも超になんかあげてよ」

 

「俺もかよ。しゃあねーなー」

 

こうしてシロウは投影したアゾット剣。ランサーは片耳のイヤリングを外し超にプレゼントすることになった。

 

「アイヤー、これはこれは。いい物をもらたヨ(英霊の所持物など、そうは手に入らないからネ♪)」

 

シロウとランサーがプレゼントを渡し終えると、親友である古から双剣のプレゼントが行われ暖かな拍手に囲まれる。

そして、超の別れの挨拶となった。

 

「この2年間はとても楽しかたネ。今日はちょと感動してしまたヨ……ありがとうみんな。私はここで学校を去るが……皆は元気で卒業してほしいネ」

 

湧き上がる歓声と拍手、そしてそれぞれが告げる別れの言葉。

超の挨拶が終わり皆で食事楽しんでいる時、まき絵が超の故郷について聞いた。

 

「私の故郷カ? どうしても知りたいカネ?」

 

「「うんうん!」」

 

まき絵だけでなく、他の生徒達も興味津々といった感じで集まってくる。

 

「実は、私は……火星から来た火星人ネ!!」

 

「「うぉおーぃい!!」」

 

「またそれか! 貴様ー!!」

 

超の発言に、亜子、風香、裕奈だけでなく、刹那までツッコミを入れている。

超が正直に自分の故郷を言うとは思ってなかったが、流石に火星はボケ過ぎだろう。

 

「なんつーか、お前面白い所で教師やってんだな」

 

「……まぁ、な」

 

クラスメイトにもみくちゃにされながら、超はネギそして私と順に視線を巡らせる。

 

「いやいや、火星人ウソつかないネ。今後百年で、火星は人が住める世界になる……私は未来からやってきた、ネギ坊主の子孫ネ!」

 

「「あはははははははは!!」」

 

超のネギの子孫発言に、またもみんなに笑いが起こる。どうやら、みんなは超の冗談だと思っているようだが。

 

「今の超の眼……」

 

私には冗談には思えなかった。彼女の顔は真剣だったし、ネギの子孫という話は置いておくとしてもタイムマシンがあるという事は本当に未来人の可能性がある。

いや、むしろ未来人だという方が色々とつじつまが合うし、事実私もその可能性を考えていた。

私に言った過去の改竄の話、魔法を公にするという目的、高度な科学技術。

 

「未来人……か」

 

その後、お別れ会は朝まで続きみんな疲れて寝てしまう。

ランサーはいつのまにかいなくなっていた為、起きているのは私、超、ネギ、刹那、楓、それと……夕映と千雨も起きているようだ。

 

「連日の徹夜で、さすがに3-Aの猛者たちもお休みのようネ」

 

超は屋上より一段高い屋根の上に移動する。ネギは後を追い、シロウを含む他の者はいつでも動ける状態でいる。

そんな緊迫した空気の中、ネギは先ほどの未来人の話は本当かと超に問いかけた。

 

「ハハハ、あまりに突飛だと、信じてくれないものネ。……私は『君達にとっての未来』『私にとっての過去』つまり、『歴史』を変える為にここへ来た。それが、本当の目的ネ」

 

やはり、超は未来人。

未来に起こる事件、彼女にとっては既に起きてしまった事件を変える為にこの時代に来たのだ。

 

「世界樹の魔力を使えば、それくらいの時間跳躍も可能ネ。そんな力が手に入ったら、ネギ坊主ならどうする? 父が死んだ10年前、村が壊滅した6年前……不幸な過去を変えてみたいと思わないカ?」

 

「思いません」

 

迷うと思った。先ほどは超の真の目的を知らないから超を止めると言っていたが、超の目的と理由の両方を知った今、ネギは超を止めることを戸惑うと思った。

だが、真実を知ったネギは迷わず否と答えた。

 

「シロウさんが、言ってました。「死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みは持ってはいけない」って。昔の僕なら、迷っていたかもしれません。でも、シロウさんの過去を見て思ったんです。父さんの事や村の事があったから、今僕はここにいるんだと。だから、そんな事は望めません」

 

ネギの答えに対し、超は嬉しいとも悲しいとも取れるような微妙な笑顔を見せた。

 

「フフ、残念ネ。やはり、この時代にエミヤ先生というイレギュラーがいるという事が問題だったようだネ……」

 

「超さん……」

 

「……今日の午前中はまだ動かない。また会おう、ネギ坊主。次に会う時は───」

 

───敵同士ネ♪ そう言い残して、超は消えた。

麻帆良学園学園祭 三日目が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




わりかし早めの更新です。
前回まで戦闘やシリアスな話が多かったので、少し日常シーンをはさみました。
そして少し出てきたランサーの兄貴。彼の本気の戦闘は次くらいで書きたいと思っています。


それではまた次回!!


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因果の槍VS逆転の剣

最近いい感じで更新できていますので、この調子を続けられるといいなーと考えています。
そして、読んで下さっている皆さん。たくさんの感想ありがとうございます。
一人一人へのお返事が中々できず、こういった場で感謝をお伝えすることになってはしまいましたが、ちゃんと読ませていただいています。
皆さんのご意見を参考により良い文章を書けるよう頑張るので、これからもよろしくお願いします!


追記:矢除けの加護の効力に対する指摘をいただいたので、修正しました。


超が姿を消した後、ネギ達は疲れを癒す為エヴァの別荘に向かった。

シロウも誘われたのだが、超がいつ動き出してもいいように外で待機するため断り、異変が起きた時は別荘にいるこのかに念話で伝える事にした。

 

現在シロウは世界樹の枝の上から学園全てを見渡している。

ネギ達が別荘に入ってから数時間、もう昼過ぎだ。超が動き始めるとすれば、そろそろだろう。

 

「……動き出したか」

 

聞こえてきたのはアトラクションでの絶叫などとは違う、恐怖を帯びた悲鳴。

声の聞こえた海の方に目を凝らすと、海中から現れたのは田中さんと地下で見た6足歩行のロボ。

ロボ達は一斉にビームを出し一般人・生徒を襲う。しかし、地下の時同様ビームに当たった人に怪我は無く、服だけが脱ぎ飛ばされていた。

 

「一般人に危害を加える気はない様だが」

 

いきなりロボ軍団が現れたら、パニックに陥った人達が逃げる最中に怪我をする可能性は大いにあるし、あのビームは建造物にはしっかりとダメージを与えるものだ。二次災害は免れない。

シロウは仮契約カードでこのかに念話を送る。

 

「このか、超が動き出した」

 

《ほんま!わかったわ。すぐネギ君に知……ら……せ》

 

このかの声が遠くなり、ノイズが混じり始める。

 

「どうした、このか?」

 

《な……これ? ……し……!!》

 

どんどんこのかの声は遠くなり、最後には念話が途絶える。

携帯の画面を確認すれば、こちらも圏外の文字。

 

「科学と魔法、どちらの連絡手段も絶たれたか」

 

これではネギ達にはおろか、タカミチと連絡する事もできない。

しかしこれだけ騒ぎになれば魔法先生たちはすぐに気づくだろうし、ネギ達もさっきの念話で別荘から出てくるだろう。

シロウはネギ達と連絡を取ることより、一般人の被害を抑える方を優先する。

弓を投影してロボを射ち、一般人が逃げるための時間稼ぎしながら魔法先生、生徒を探す。

すると、逃げる人たちの中、足を止めている2人の生徒を見つける。

 

「高音、愛衣」

 

「ひゃい! え、衛宮先生!」

 

「衛宮先生!! これは一体何が!?」

 

現在の状況がわからず、2人はおろおろとしている。

この狼狽えよう。おそらく昨日の超の件はまだ魔法生徒にまでは連絡がいっていないのだろう。

 

「超鈴音が動き出した。君達は来場者と一般生徒の避難誘導と学園長に連絡を頼む。最悪の場合は魔法を使え」

 

「で、ですが! 一般人の前で魔法は……」

 

「たわけ! 魔法の隠匿より人命が優先だ、行け!」

 

「「は、はい!」」

 

怒鳴った事により、2人はすぐに動き出す。少しかわいそうな気もするが、彼女達は混乱していたから丁度いいだろう。シロウは、再びロボを破壊しながら一般人を避難誘導を行う。

そこへようやくタカミチがやってきた。

横目でタカミチを確認しつつ、逃げ遅れた母娘を庇いながら干将でロボを切り裂く。

母娘はタカミチの指示に従い、学園の方へ避難していった。

 

「遅いぞタカミチ」

 

「そう言わないでくれ、念話が妨害されてて上手く指揮が取れてないんだ。とりあえず、今は一般人の避難を優先で動いている」

 

「それが賢明だろうな」

 

にしても、超の目的が魔法を公にするということならこの程度で終わるはずが無い。

そんな事を考えていた時、海の中から、京都の修学旅行の時に見たスクナに似た巨大なロボが3体現れる。

 

「スクナだと!?」

 

「なるほど。美空君たちが地下で見つけた巨大ロボっていうのはスクナだったのか」

 

武道会の最中、地下へタカミチを助けに行った時、美空が逃げた先で見つけた巨大ロボ。

タカミチが確認しに行った時には無くなっていたが、美空が目撃したものはアレで間違いないだろう。

 

「エミヤ、アレが上陸したらまずい! まず先に、アレから処理しよう」

 

「了解した」

 

殆ど避難は終了しているとはいえ、アレが上陸すれば被害は相当なものになる。

シロウとタカミチが偽スクナの方へ向かおうとした時、この事件の首謀者は現れた。青い槍兵を連れて。

 

「スクナを破壊させるわけにはいかないヨ」

 

「よぉ、昨日の続きをしに来たぜ。アーチャー」

 

ランサーが着ているのは、昨日のアロハシャツではなく青い鎧だ。

戦闘服を着てきたということは、この場こそ彼の戦場。ここで決着をつけるという事だろう。

 

「タカミチ、私は彼と戦わねばならん。……超の方は頼む」

 

昨日超の見せた瞬間移動の謎は解けていない。タカミチでも負ける可能性が僅かだがある。

だが、ランサーの相手はシロウがしなければならない。否、シロウでなければランサーの相手たりえない。

 

「……わかった。その代わり、この事件が片付いたら全て説明してくれよ」

 

「わかった、この件が片付いたらちゃんと話そう」

 

横目で偽スクナを見ると、3体それぞれ別方向へ向かっている。

何か目的を持って動いている偽スクナの行き先が気にはなる。それともう一つ。

念話をしてからだいぶ時間が立っているというのに、ネギ達が一向に現れない。

何か嫌な予感がする。これは早々に決着をつけたほうがいい。

 

「と、いうわけだランサー。悪いがすぐに終わらせてもらう」

 

「らしくねぇな、アーチャー。そんなに焦ると命取りだ、ぜっ!!」

 

言葉とともに、ランサーから放たれる槍を莫耶で逸らす。

しかし、すぐさまランサーは二撃目の槍を放つため反撃ができず防戦一方となった。

 

「そらそらそらそらぁっ!!」

 

「くっ!」

 

段々と速度を上げるランサーの槍は頬・肩・脇腹・腿と削っていき、シロウの服は血が滲み、もともと黒い服が更に赤黒く染まっていく。

シロウは渾身の力でランサーの槍を大きく弾き、距離をとり弓を投影する。

 

I am the boneof my sword(体は剣で出来ている)

 

弓に番えるのは、標的を地の果てまでも追い続ける緋の猟犬。

 

赤原猟犬(フルンディング)!!!』

 

駆ける緋の猟犬は、青き槍兵を襲う。込められた魔力は十全とは言えずとも、確実に敵を捉えるであろう一撃。狙うのはランサーの眉間。

そんな高速の一撃をランサーは防ごうともせず、軽く首を傾けるだけで避けた。

 

「はっ、きかねぇよ!」

 

「なるほど、それが彼の有名な矢除けの加護か。だが甘いぞランサー」

 

避けたはずのフルンディングがありえない軌道を描き、再びランサーを襲う。

それこそが赤原猟犬(フルンディング)の特性。

一度放たれれば例え弾かれようと射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける。矢除けの加護があるとはいえ、自身の周りを飛来し続ける矢に、ランサーはその足を止める。

その間に、シロウは大幅に距離をとり、次の矢を番えた。今度は先程より更に魔力を込めて。

 

(……20秒……25秒……30秒)

 

「撃たせねぇ!」

 

フルンディングを破壊したランサーがこちらに向かってくる……が、遅い!

 

「……40秒! 駆けろ! 緋の猟犬『赤原猟犬(フルンディング)』!!!!」

 

放たれた矢は先ほどの比ではない。高速を超え、音速の速さとなってランサーを襲う。

矢除けの加護などもはや関係ない。確実にランサーを射抜くはずだった矢は、人間離れした動体視力と反応速度で放たれた槍の渾身の刺突によって逸らされ、ランサーの頬に鋭い傷をつける。

しかし、一度逸らされ速度の落ちた矢は、二度目の衝突で確実に打ち砕かれた。

 

「視認すりゃ確実にとらえることのできる矢除けの加護を無視するほどの一撃とは恐れ入った。今のは中々楽しめたぜ?」

 

今の一撃を止められては矢で倒すことは難しい、そもそも二度と距離は取らせてもらえないだろう。つまり白兵戦で倒さねばならないということ。

中距離でランサーを倒す方法があるにはあるが、アレ(・・)はリスクが高すぎる。

魔力を殆どもっていかれるし、体に負担もかかる。超の目的がわからない今、迂闊には使えない。

このかがいればその問題もなくなるのだが、未だに現れない。

と、なると、やはり白兵戦だが……。

 

「やれやれ、これは思ったよりも厄介だな」

 

シロウは再び干将・莫耶を投影し、戦闘を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、タカミチは……

 

「ふん!」

 

超を襲う居合い拳の嵐。しかし、超は一瞬にしてタカミチの後ろに瞬間移動する。

これで何度目になるだろう。確実に捉えたと思った攻撃は、全て超に当たる寸前に超が消えることによってかわされる。

 

「圧倒的な能力差がありながら、ここまで粘るとは……これが戦闘経験の違い。いや、踏んできた場数の違いという事カナ?」

 

とはいえ、超にも余裕があるわけではない。

背中に仕込んだカシオペア参号機を使えば、楽に倒せると思っていた相手が存外にしぶとい。

その状況に段々と焦りが生まれていている。

 

「たとえ君が今日一人の犠牲も出さなかったとしても。一度世界に魔法の存在が知れれば、相応の混乱が世界を覆う事になる。それをわかっているのか? 超君」

 

タカミチは咸掛法を使い、拳の速度を更に上げる。

さすがの超も反応出来なかったのか、直撃を食らい壁に激突した。

 

「君のその力も、反応を超える速度なら攻撃が当たるようだね」

 

「くっ、ホント流石としか言いようがないネ……先ほどの質問に答えよう。確かに、いきなり魔法という存在が公になれば、世界は大混乱を起こすだろう。けど、それが自然に、少しずつ浸透していったらどうカナ?」

 

「まさか君は……」

 

「そう、私は世界樹の魔力をつかて、世界に強制認識魔法をかけル」

 

確かに世界全体に強制認識魔法をかけようとするならば、範囲の広さからいって徐々に魔法というものを認識していく結果になるだろう。だが、一体何の為にそんな事を?

立ち上がり再び挑んできた超をタカミチは連続で瞬動を使い、四方から豪殺・居合い拳を放って返り討ちにする。

超は豪殺・居合い拳のダメージで、その場に膝を着いた。

 

「フフ、何の為に……カ。貴方なら判るだろう高畑先生。この世界の不正と歪みと不均衡を正すには、私のようなやり方しかないと」

 

「!!」

 

超にもう抵抗する素振りはない。後は捕らえるだけだというのに、タカミチの体は動かない。

そう。タカミチもわかっているのだ。大きな混乱を生むかもしれないが、超の言うとおり魔法が公に使えれば救える人の数は格段に増えるという事を。だからこそ迷いが生まれ、その体を鈍らせる。

 

「エミヤ先生には断られたが……どうカナ? 高畑先生、私の仲間にならないか?」

 

「……そうか」

 

超の予想では、ここで動揺したタカミチを離れた所に潜んでいる真名が特殊弾で狙撃するはずだった。

しかし、必中のタイミングで放たれた真名の弾丸は、タカミチの居合い拳によって止められた。

 

「今の狙撃は、龍宮君かな?」

 

「驚いた、まさか今のを止められるとは……一体何故?」

 

あまりに予想外の出来事に超は内心冷や汗をかく。

まさか、タカミチが真名の狙撃に反応できるとは思っていなかったからだ。

 

「君の言葉のおかげだよ。もし、ただ「仲間にならないか?」と言われただけなら、僕は動揺してさっきの弾にやられていただろう」

 

タカミチは狙撃の方にも気を配りながら超の方を向く。

 

「でもエミヤが断ったと言ったからね。僕は……いや、僕達『紅き翼(アラルブラ)』は彼に恩がある。その彼が断ったのなら、僕が迷うわけにはいかない」

 

超にはタカミチの言葉の意味が判らない。確かにタカミチとシロウは仲がいいという情報があった。

だがそこまで恩を感じるほどのことはなかったはずだ。

 

「何故そこまで?」

 

「君は知らないだろうけど、僕は前に一度エミヤと会っていたんだ。まあ、アルに言われるまで気がつかなかったんだけどね」

 

こんな状況なのに、ハハハと笑って頭をかくタカミチ。そんなタカミチとは対照的に、超の表情はどんどん焦りへと色を変える。

超にとって、ここでタカミチを倒せなかった事は痛い。シロウが紅き翼と関わっていたことも想定外。

活路を見いだせない超は敗北する事も覚悟した。

しかしその時、タカミチの背後。シロウとランサーが戦っている光景が目に入り、超は安堵と共に勝利を確信した。

 

「……フ、フフフ。それは誤算だたネ。でも、そのエミヤ先生がこの世界から消えるとしたらどうするカナ?」

 

「?」

 

突如背後から感じた強大な魔力と2つの苦悶の声にタカミチが振り返り見たのは───紅い槍に胸を貫かれたシロウの姿だった。

 

「隙アリ♪」

 

「しまっ!?」

 

シロウの姿を見て隙ができた一瞬のうちに超はタカミチの背後に移動し、手に持っていた特殊弾を中てる。

すると、タカミチはその場から跡形もなく消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

何度目になるかわからない投影を行い、ランサーの猛攻を防ぎながらなんとか倒す方法を模索する。

未だネギ達が来ないということは、超になんらかの罠にはめられた可能性が高い。となれば、最悪この後の戦闘も考え魔力を温存しながら戦わねばならない。

しかし、それではランサーには……

 

「おいアーチャー。テメェ、何つまらねぇ戦い方してやがる」

 

ランサーは一度距離をとると、つまらなそうに溜息をついた。

 

「何だと?」

 

「確かに前もテメェの戦い方は堅苦しくてムカついたが、矜持が感じられた。だからこそ戦いも楽しめたが、今のテメェからは何も感じねぇ。貴様……この戦い、余計な事を考えているな」

 

ランサーは、鋭くこちらを睨みつけてくる。その様子からは怒りの感情が溢れ出している。

 

「ちっ、まあいい。これ以上長引かせるのもなんだ、次で終わりにしてやる」

 

ランサーが槍を構ると、冷たい殺気が場を支配し、周囲の魔力(マナ)がゲイ・ボルクに収束し、穂先の空間が歪む。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

突けば必ず相手の心臓を貫く呪いの槍。

因果の逆転により、相手の心臓に槍が命中したという結果を作り上げてから槍を放つ、回避不可能の必殺の一撃。

 

「最後に教えておいてやる。この世界に送り込まれた俺たちへの二つの命令を」

 

「二つの命令?」

 

「一つは英霊エミヤ、抑止の輪から外れたお前を消す事。そして、二つ目はこの世界における英霊エミヤの痕跡の抹消」

 

「痕跡の抹消? ……まさか!」

 

「分かりやすく言やぁ、テメェに関わった人、物、場所の消滅だな」

 

そう。つまりランサーはシロウを殺した後、シロウに関わったモノ全てを殺すということ。

それならアサシンが消滅する寸前、彼は暴走し周囲にいた者全てを襲いだした事にも納得がいく。

 

「それが嫌なら、最後の一撃に全てを懸けるんだな。後の事など考えれば、全てが終わりだと思え」

 

なぜ霊長の抑止力が(アラヤ)そこまで私に固執するのかはわからない。

だが、ランサーの言う通り、私が負ければ私に関わった者、つまり麻帆良の人達が死ぬ事になる。

ならば、答えは一つ。

 

「いいだろう。次の一撃で、必ず君を仕留める」

 

「よく言った……その心臓、貰い受ける!!」

 

言葉とともに、ランサーの殺気は膨れ上がる。

ランサーのゲイ・ボルクを破る方法は今の私には存在しない。因果を逆転させる槍を防ぐには、こちらも因果に干渉できる宝具を使わなければならないうえに、そもそもそうなると神造兵器レベルになるだろうから投影することがでいないだろう。私が投影が投影できる神造兵器はせいぜい「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」の劣化品よりも更に出来を悪くしたものだ。

故に、剣の丘から検索するのは、防御など考えず確実にランサーを殺せる剣。

 

投影(トレース)開始(オン)……後より出でて先に断つもの(アンサラー)

 

シロウの背後に浮遊する鉄の玉。

ある呪力、ある概念によって守られた神の剣が槍兵の心臓に狙いを定める。

それはその名の通り、因果を歪める事によって「相手の攻撃の後から発動しても先に当たる」という事実を作り上げる最強のカウンター宝具。

 

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!!!」

 

「『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!!!」

 

互いの真名開放により放たれる、呪いの紅い槍と逆光剣。

点と点が交差する。一撃は共に必殺。ランサーには剣を防ぐ盾はなく、シロウには槍をかわす術がない。

 

「ぐっ!!」

 

戦神の剣がランサーの胸を抉る。本来ならば、これでシロウの勝ち。なぜなら、ランサーは技の発動前に心臓を貫かれた事になるのだから。

だがしかし……

 

「がぁっ!!」

 

ゲイ・ボルクは逆光剣の軌跡を縫う様に進み、シロウの心臓に突き刺さって千の棘となって内臓を殲滅する。

フラガラックが順序を入れ替える呪いの剣ならば、ゲイ・ボルクは因果を逆転させる呪いの槍。

放った瞬間「既に心臓に命中している」というのなら、たとえ術者が死んでいてもその槍は心臓に命中する。

ゲイ・ボルクとフラガラック。この2つの宝具が相対した時のみ、結果は相打ちとなる。

 

「貴様! これは、バゼットの……ちっ! 相打ちたぁつまんねぇ終わり方だぜ」

 

ランサーは消えていく。アサシンの時の様に暴走しない所を見ると、一撃で心臓を破壊すれば、暴走(オーバードライブ)は起きないようだ。

ランサーの消滅を確認した時にはシロウの体も足から段々と消え始めていた。

そこへ、超が歩いて近づいてくる。タカミチがいないと言う事は、超に負けてしまったようだ。

 

「どうやら、私の勝ちのようネ」

 

「ああ、ここでは私の負けのようだな」

 

「ここでは? どういう意味カナ?」

 

「まだ、ネギ君たちがいるからな」

 

意味深な発言に超は眉を顰める。そんな超に対し、シロウは痛みなど微塵も感じさせず不敵に笑ってみせた。

なんらかの罠にかかってはいるようだが、ネギ達なら必ず来る。シロウはそう確信していた。

 

「ネギ坊主が? それはありえないと思うヨ。なにせ、次に別荘から出た時は一週間後だからネ」

 

超の言葉に全てを理解した。超は何らかの方法でエヴァの別荘に細工をし、ネギ達を監禁、もしくは未来に跳ばした(・・・・・・・)のだ。

 

「ネギ君だけならばそうだろうが、一緒にいる彼女達を甘く見ないほうがいいぞ? あの子たちは中々に頼もしい」

 

「……肝に銘じておくよ。では、私はこれで失礼するネ」

 

超は予想外にシロウがアスナ達の事を評価していて驚いたが、所詮は敗者の戯言と気にせずその場を後にした。

 

「無様だな、エミヤシロウ」

 

「やれやれ、超の次は君か。今は死に際の人間に何か言うのが流行っているのかね?」

 

超の気配が消えた頃、続いてやってきたのはエヴァだった。

エヴァは消えかけているシロウを見てつまらなそうに溜息を吐いたが、いつも通りの軽口に口元をにやりと吊り上げる。

 

「いつもいつも、私をからかって。真祖の吸血鬼を何だと思ってるんだ」

 

だから、エヴァもいつもと変わらない態度で返す。

別に憐れんだわけではない。死の間際にいて尚普段の自分を貫き通すその精神力の強さに、最高の敬意を表して。

 

「エヴァ、頼みがある」

 

「なんだ」

 

「これを、このかに渡してくれ」

 

投影したのは一振りの剣。フォウォレの王テトラの剣で名をオルナという。

伝承では、この剣は自身の成してきた業績について話し、物語ることが出来たといわれる『記録の剣』。

宝具としての能力は、この剣に封じ込めた記録をこの剣に触れたものは見る事ができる。

シロウは自身の体験した事をこの剣に記録し、赤い宝石のペンダントと共にエヴァに渡した。

 

「貴様、まだ諦めてないのか?」

 

剣を受け取ったエヴァは驚きとあきれの混じったような声を出す。

 

「生前から諦めだけは悪くてね。馬鹿は死んでも治らないとは、どうやら本当らしい」

 

苦笑いをするシロウにエヴァも苦笑いを返し、両手でしっかりとオルナを受け取る。

 

「貴様には呪いを解いてもらった恩がある。まぁ、それくらいはしてやるさ」

 

エヴァは箒に腰かけると、ゆっくりと浮上していく。

 

「また会おう」

 

「ああ。また、な」

 

エヴァは再会の言葉を残し、愉快そうに夕焼けの空へと消えていった。

 

来たれ(アデアット)

 

現れたのはアーティファクト「全てを救う正義の味方(エミヤ)」。

半分まで体は消えてしまったが、残った腕でしっかりと「全てを救う正義の味方」を握る。

 

「貴様が何だったのか、私はわからなかった。だが、本当に貴様に想いを力に変える能力があるならば、私の想いを持っていけ。必ず彼女(このか)達を護れ」

 

その言葉を聞いた「全てを救う正義の味方(エミヤ)」は、まるで意思があるかのように輝きだす。

その時、シロウの頭にある映像が流れてきた。一面に広がる花畑とその中心にずっしりと構える───

 

「───桜の花。……お前が見せているのか?」

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)」は答えることはなく、輝きは消えていきカードへと戻る。

 

「これから消える私が考えても、無駄な事か……」

 

その言葉を最後に、エミヤシロウの体は光となって消えた。

 

数時間後、世界樹を中心とした6つの基点は偽スクナに占領され、世界に強制認識魔法がかけられる。

学園祭の戦いは、超の勝利で幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 




正義の味方にやさしい世界~完~



……はい。嘘です、ごめんなさい。まだまだ続きます。
ランサーの兄貴もまだまだだしたいですから!
というわけで、次回は超が勝利した世界でのお話からです。


それではまた次回!!


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少女達の戦い

少しお知らせです。
この作品に出てくるアーティファクト『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の正体を書いたスピンオフ作品「一振りの剣は花を護る」という短編を投稿いたしましたので、良ければそちらも読んでいただけたらなと思います。
まだ、正体が知りたくない方は学園祭篇後の話で正体が明らかになる予定ですのでそれまで待っていただいてもよいと思います。


このか達は疲れを癒すのと作戦会議の為、エヴァの別荘でくつろいでいる。

そんなこのかの下へ、シロウから超が動き出したと連絡が入った。

このかはすぐにカードを額に当て、返事をする。

 

「ほんま! わかったわ。すぐネギ君に知らせるえ……?」

 

返事をしている最中、変なノイズが聞こえ始めシロウの声が遠くなってく。

大きめの声で呼びかけるがノイズが酷くなって返答は聞こえず、ブツリと念話が切れてしまった。

このかの様子にいち早く気付いた刹那がどうしたのか? と尋ねてくる。

 

「超ちゃんが何かはじめたみたいなんやけど、途中で念話が切れてしもたんよ」

 

「なるほど。急ぎネギ先生に報告に行きましょう」

 

「そやね」

 

このかと刹那は、ネギにシロウの事を報告しに行く。

超が動き出した事を聞いたネギは、みんなに「魔法の存在を世界にばらす」という超の目的と、自分は先生として超を止める。みんなの力を貸して欲しいという自分の思いを告げ、別送を出た。

別荘を出たネギは、他の魔法先生達と連絡を取り合う為に1人で移動。

残ったこのか達は念話の途絶えたシロウを探すべく世界樹の方へと向かうが、周囲の静かな雰囲気を疑問に思った千雨がパソコンで日付を確認すると、学園祭から一週間も経過していた。千雨がネットで調べた結果、魔法は公になってしまっている事が判明。

つまり、超の計画は成功してしまったのだ。

このか達は刹那の提案で、現状を整理する目的もかねて一度エヴァの家に戻る事にした。

エヴァの家へ着くと、別荘である水晶に「私の勝ちネ♪」と書かれた紙を発見。

魔法の手紙だと気づいたアスナが、内容を再生する。

 

「やあ。ネギ先生とそのお仲間達。スマナイが、これで君達の負けネ」

 

すると、立体映像の超が話し始めた。

 

「納得のいかぬ敗北ではあろうガ、最も良い戦略とは戦わずして勝つこと。悪く思わないで欲しいネ。こんな事もあろうかと、ネギ坊主に貸した航時機(タイムマシン)に罠を仕掛けさせてもらたヨ。見事私の罠にハマた君達は何とビックリ、歴史改変後の世界にいるはずヨ」

 

超の発言に皆唖然とし、言葉を発する事が出来ない。

超が言った事が真実ならば、魔法先生達が、そしてあのシロウが敗北したという事になる。

 

「───ようこそ諸君。我が新世界へ」

 

その後、超は自分の計画を全て話し、最後に「また会おう、諸君」と言葉を残し、メッセージの再生は終了した。

 

 

 

一方その頃。

ネギは超の起こした事の責任の一端が課され、武蔵麻帆良にある教会の地下の魔法使い本部のさらに地下深く、魔法の使えない部屋に連れて行かれてしまった。

そこでネギは航時機(タイムマシン)の事を話すが信じてもらえず、ガンドルフェーニ、瀬流彦、タカミチから学園祭最終日に起こった事を聞かされる。

超は学園祭最終日の世界樹の魔力が最も増大する時間に告白阻止ポイントである6箇所の魔力溜まりをロボット軍団で占拠し、直径3kmに及ぶ巨大魔方陣で「強制認識魔法」を発動させた。

「強制認識魔法」は地球上に12箇所存在する麻帆良と同等の「聖地」と共振・増幅され、3時間後には全地球を覆い尽くす。

 

「僕達はこの一週間事態の収拾に努めていたが、彼女の高度なプログラムによって守護され拡散し続ける魔法に関する情報を消去し尽くす事は不可能だった。……もうかなりの人間が世界の真相に迫っているだろう」

 

ガンドルフィーニの語る内容にネギは唖然とし声を発する事が出来ない。

 

「半年が経つ頃には、世界全ての人間が魔法の存在を自明のものとして認識する事となる」

 

ガンドルフィーニの話を最後まで聞いて、ネギは一つの疑問が浮かぶ。

シロウはどうしたのかと。シロウがいればそう簡単に超が計画を成功させられるとは思えない。

もし、シロウがランサーと戦っている間に超が計画を実行したとしても、シロウとランサーの事を教えてくれてもいいはずだ。

だが、ガンドルフィーニの話に一切シロウに関するは話なかった。

 

「あの、シロウさんは?」

 

「ああ、彼か」

 

シロウの名前を出すと、ガンドルフィーニの表情には怒りの色が見え、瀬流彦は困ったような顔、タカミチは暗い表情を見せる。

 

「彼はね、姿を消したよ」

 

「えっ!?」

 

ガンドルフィーニの言葉が理解できない。

敗北したでもなく。

逃げ出したでもなく。

姿を消した?

 

「それは、どういう?」

 

「どうもこうもない! 君には連絡を控えていたが、彼は我々の組織とは合わないとすでに魔法先生をやめていた。騒ぎが起きた時は高音君たちに一般人の非難を支持して以降、誰も目撃者がいない。超鈴音も姿が見えないところを見るに、彼も仲間だったんじゃないのか!?」

 

「そっ、そんな!」

 

シロウが過去の改竄をしようとする超に手を貸すとは思えない。

それに、シロウは自分に「できるかぎり君に力を貸そう」と言ってくれた。そんな中姿を消したということは、何か理由があるはずだ。

ネギは頭の中に浮かぶ最悪の可能性を考えないよう、自分に言い聞かせる。

 

「少し落ち着いて、ガンドルフィーニ先生」

 

怒りで興奮するガンドルフィーニをタカミチが抑える。

 

「瀬流彦先生、すまないけどガンドルフィーニ先生を頼むよ。後は僕が話しておくから」

 

「わかりました。いきましょう、ガンドルフィーニ先生」

 

瀬流彦は、ガンドルフィーニを連れ部屋を出ていった。

タカミチは一度大きく深呼吸をすると、ネギの前の席に座る。

 

「これは、まだ学園長にしか話していないんだが……ネギ君、落ち着いて聞いてくれ。彼は、エミヤは死んだ」

 

「……え?」

 

タカミチは事の全てを語る。

シロウとタカミチの前に現れた、超と青い槍兵。シロウは槍兵と、タカミチは超とそれぞれ戦う事になる。

 

「僕は超君との戦いに集中していたから、エミヤと……ランサーといったかな? その2人の戦いの様子はわからない。けれど、僕が超君に敗北する寸前、確かに見たよ。エミヤは真紅の槍に心臓を貫かれていた」

 

シロウが死んだ。その言葉を聞いた瞬間、ネギの頭の中は真っ白になり何も考えられなくなった。

よくわからない感情が体中を埋め尽くす。体温はどんどん上昇し、何かが溢れ出しそうな感覚に陥る。

 

「なっ!?」

 

ネギから溢れ出す魔力にタカミチは驚愕する。

ここは、特殊な文字の書かれた壁で出来た部屋で一切魔力を使う事が出来ない。だというのに、今のネギからは大量の魔力が溢れ出してきている。激しい感情の揺れに、ネギの膨大な魔力が暴走してしまったのだ。

 

「落ち着くんだネギ君!」

 

「うぁぁああああああああ!!!!!!」

 

タカミチの声はネギには届いていない。

 

「くっ、仕方ない」

 

タカミチはネギの鳩尾に拳を叩き込み、気絶させる事によってネギの暴走を止めた。

 

「……すまないネギ君」

 

 

 

現在、このか達は超の手がかりがないかエヴァの家を調べていた。

皆それぞれ地下やリビングを探す。その時ふとこのかは誰も2階のエヴァの部屋を探してない事に気づき、1人階段を登る。部屋に入り辺りを見渡すと、ベッドの上に置いてある包みと手紙、そして見覚えのあるペンダントを見つける。

 

「これって、しろうの……」

 

ペンダントを拾い上げると、吸い寄せられたかのようにこのかは一緒に置かれていた包みを開く。

包みの中に入っていたのは、刀身が綺麗な銀色で柄が海のように青い西洋の剣。

何故これがここにあるのだろう? 疑問に思いながら、このかは一緒に置いてあった手紙を読む。

 

 

 部屋に特定の人物意外を寄せ付けない、人避けの結界を張っておいた。

 故にこれを読んでるのは近衛このか、お前だろう。

 いいかこのか、落ち着いて読め。

 

 エミヤシロウは、ランサーとの戦いで心臓を貫かれ───この世界から消滅した。

 

 その剣とペンダントはヤツの形見だ。お前が持つのがいいだろう。

     

               エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

 

 

「ぅあ……」

 

手紙を読み終えた瞬間剣から流れ込んでくる大量の情報。

このかは頭の中が真っ白になり、体の力が抜けその場に座り込んでしまった。

手紙を開いた時点で結界は解除されたのだろう。このかを探しに来た刹那が座り込むこのかに気づき駆け寄る。

 

「お嬢様! どうしたんですか!?」

 

「せ、せっちゃん。しろうが……」

 

「お嬢様……! 失礼します!」

 

自分の肩を掴むこのかの手に握られた手紙に気づいた刹那は、その手紙を受け取り内容に目を通して驚愕した。

 

「そ、そんな……士郎先生が!!」

 

その時、下からアスナといつの間にか来ていたカモに呼ばれ。多少動揺していたものの、刹那は放心状態のこのかを支えながら1階へ降りる。

刹那に支えられるようにして下りてきたこのかを見て皆手を止めて集まり、刹那が手紙に書かれていた内容を読み上げた。

内容を聞いたアスナ達は、皆顔が見る見るうちに青ざめていく。

 

「マジかよ……まさか、旦那まで……」

 

シロウが負けた事にカモも驚いている。

 

「このか姉さん! カードは、旦那のカードはどうなってるんすか!?」

 

カモの言葉にこのかはすぐカードを確認するが、カードには魔法陣しか描かれておらず、シロウの絵が消えてしまっていた。

仮契約カードに詳しくない刹那がカモに問いかけるが、カモも詳しくはわからないらしい。

 

(マスター)の方が死ぬと背景の魔方陣が消えるらしいが、従者(パートナー)の方が死んだ時どうなるのかは俺っちもしらねぇ。噂じゃカード自体消えるはずなんだがなぁ……」

 

パクティオーカードは契約した主が死んだ場合、カードの背景が真っ白になる。

しかし、従者側であるシロウが死んだこのカードは、シロウの絵だけが消え背景の魔方陣は残っている。

従者側が死んだ時、主にはカード自体不必要となる為本来は契約が切れ消滅するといわれている。

これが普通なのか、シロウが特別なのかは分からない。だが、シロウがいないとなっては、この世界で頼れる人はいない。航時機(タイムマシン)も世界樹の魔力を利用して動くので使う事が出来ない。

まさに絶望的状況である。

 

「……どうやら、あまり考えている暇は無い様でござるよ」

 

楓の言葉に窓から外を見ると、2人の魔法先生。神鳴流剣士である刀子と、西洋魔術師の神多羅木がすぐ近くまでやってきていた。

 

「どうするでござるか? 戦うか、それともおとなしく捕まるか」

 

みんな頭が混乱していて、どうすればいいか考え付かない。

実際、現状で戦えるのは、なんとか自分の感情をコントロールできている刹那と楓くらいだろう。

 

「……やはり、ここは力ずくで切り抜けて兄貴の救出に向かおう」

 

「何でだよ!?」

 

カモの発言に、この中で唯一の一般人である千雨が講義する。

 

「まあ聞け。このまま捕まれば何時間、もしくは何日間拘束されるか分からねぇ。だが、上手く兄貴を救出できれば、学園祭3日目に戻って旦那にもまた会える可能性がある」

 

「何か策があるでござるか?」

 

「ああ、俺っちの予想通りなら上手くいくハズだ。それと、ちうっち! アンタにはネットで調べてほしい事がある」

 

千雨は一瞬考える。一般人の自分はただ巻き込まれただけだから、事情を話せばすぐに解放されるかもしれない。

ただ、それをするという事はクラスメイトを見捨てるという事だ。頭では見捨てた方がリスクがなくていいとわかっている。しかし、千雨の心は……。

 

「っ……わかったよ! けど、ここじゃ無理だ。どこかネットに繋げる環境じゃないと」

 

皆がネギを救出する事を決めたと判断した楓と刹那は視線を合わせ、頷きあう。

ここで魔法先生を足止めし、皆を逃がすのが自分たちの仕事だと。

 

「刹那」

 

「ああ」

 

刹那は人形(ヒトガタ)の紙で、古と千雨の身代わりを作る。

 

「手持ちの人形では2人しか作れませんでした。後は早乙女さんのアーティファクトで何とかしてください」

 

そして、刹那と楓は外へ向かって歩き出す。

 

「我々が、魔法先生を抑えておくでござる。皆はその隙にネギ坊主を」

 

「古、お嬢様を任せた」

 

いくら刹那と楓とはいえ、魔法先生が相手ではそう長くは持たないだろう。

2人が外に出ると、ハルナはアーティファクト『落書帝国(インペリウム・グラフィケース)』を出し、神速とも呼べるペン速で正確に残りのメンバーを描き、身代わりの簡易ゴーレム5体を召喚する。

 

「よっしゃ、ずらがるよ!」

 

「アーティファクトとかいうヤツより、お前のペン速の方が異常だよ」

 

ハルナ、千雨と次々にエヴァの家を後にする。その中で1人、ぽかんとこのかがつっ立っていた。

アスナと古は心配になり、このかの傍へよる。

すると、元気の無いこのかがふらふらと歩き出した。

 

「くーふぇい、お願い」

 

「うむ!」

 

足のおぼつかないこのかを、古が抱えて走り出す。

 

「大丈夫このか?」

 

「この剣を持った時。ウチ、見てしもうたんよ。……しろうの最後」

 

目に涙を溜めながら、このかは手に持った記録の剣(オルナ)を見せ、この剣を持った瞬間にシロウの記憶が流れ込んできた事を説明した。

そして、シロウがどんな最後だったのかを。

 

「……大丈夫よ、このか」

 

アスナは、タカミチを救出しに地下に向かった時、シロウに言われた言葉を思い出した。

 

《君の明るさは好ましいものだ。その明るさには人を元気にする力がある。》

 

今、こんな時だからこそ、自分がみんなに元気をあげなきゃいけないんじゃないだろうか?

親友のこのかを元気付けてあげなければならないんじゃないだろうか?

そう思ったアスナは、精一杯の笑顔でこのかに言う。

 

「きっと大丈夫よ、このか。カモも言ってたでしょ? また士郎に会えるかもって。ってことは、学園祭の最終日に戻る方法が何かあるのよ。その剣を士郎が残したのも、きっとこうなる事が分かっていたから。だから、このかがそんなんじゃ、士郎に会った時に怒られちゃうわよ?」

 

アスナの励ましの言葉を聞いたこのかは、目に溜まった涙を拭う。

その通りだ。泣くことならいつでもできる。でも、泣いていたせいで全てが手遅れでしたではどうしようもない。

 

「ありがとうアスナ。くーちゃんももう大丈夫や、自分で走れるえ」

 

「む? うむ、了解アル」

 

今まで静かだった古は、空気を読んで黙っていたわけではなく、ただ話の内容が理解できなかっただけらしい。

話をしているうちに、先に走っていた千雨達とも合流する事が出来た。

 

「おい、見ろオコジョ!こんな林道に電話BOXが!」

 

「ラッキー!そいつでネットに繋げるか?」

 

「ああ。ISDNだから、ちと遅いがな」

 

千雨は、パソコンとコードをカバンから出してすぐに準備を始め、カモの指示で麻帆大の「世界樹をこよなく愛する会」のHPを調べる。

千雨がパソコンを操作する中、複数の気配が近づいてくる事に古が気づく。

 

「む……来るアル!」

 

古の声にみんなはすぐに反応し。戦える古とアスナが前に出て、他の者達が少し下がる。

現れたのは、愛衣と黒髪おさげのメガネっ娘を連れた高音だった。高音の後ろには、彼女の魔法である影の人形が十数体控えている。

 

「あなた達、ここでおとなしく捕まりなさい。もし抵抗すると言うのなら、この正義の味方。高音・D・グッドマンが成敗して差し上げます!」

 

高々と声を上げて言ってはいるが、今回の件で立派な魔法使い(マギステル・マギ)なるという夢が遠のいてしまった為、若干涙目の高音からはあまり威厳が感じられない。

とはいえ、これは絶望的な状況である。戦えるものは古とアスナだけ、他の者は魔法の矢すら防げない状況。

だが、そこでアスナはあることに気づく。高音達は、遠距離型の魔法使い。高音は接近戦もできるが、魔法の付加に頼る所が大きい。と、いうことは……。

 

「くーふぇ」

 

「うむ?」

 

アスナは、ウインクで古に合図を送る。古はそれで、アスナのやろうとしてることを理解した。

さすがは、体力自慢のバカレンジャー。勉強に関しては頭が悪くとも、体を動かす事に関しては、頭の回転が速いのだ。

アスナと古は同時に飛び出す。

アスナがハリセンを振るうと、高音の『黒衣の盾』が紙切れのように消し飛とんだ。

そこに、すかさず古が拳を叩き込むが、ギリギリの所でガードされてしまう。

 

「止められたアル!」

 

「流石にやるわねっ……きゃっ!」

 

離脱しようと試みるがアスナは影に吹き飛ばされ、古も影の人形に囲まれる。

その間に愛衣とメガネの少女ナツメグは呪文を詠唱し、残りのメンバーを襲う。

 

紫炎の捕らえ手(カプトウス・フランメウス)!/流水の縛り手(ウインクトウス・アクアーリウス)!』

 

螺旋状に捻り合いながら炎と水の柱がこのか達を襲う。アスナは高音、古は影の人形に足止めをくらい、助けにいけない。目の前に迫る赤と青の螺旋に、このかは思わず目を閉じた。

その瞬間、このかのポケットに入っていたシロウとの契約(パクティオー)カードが輝き、強烈な光と共に愛衣とナツメグの魔法を掻き消した。

 

「え……あ!」

 

このかがうっすらと目を開けると、そこにあったのは宙に浮いて輝く『全てを救う正義の味方(エミヤ)』。

このかは記録の剣(オルナ)を持っていない方の右手で、『全てを救う正義の味方(エミヤ)』を掴む。

すると、記録の剣(オルナ)を掴んだ時と同様、頭の中にある映像が流れてきた。

それは、シロウが消える寸前の光景。

 

《本当に貴様に想いを力に変える能力があるならば、私の想いを持っていけ。必ず彼女(このか)達を護れ》

 

それは、本来ならばありえないこと。

全てを救う正義の味方(エミヤ)』にはオルナのように、記録を残すような能力が無い。

いや、もしかすると付加能力として付加できるのかもしれないが、シロウはそんな事はしていない。

唯一つ確かなのは、主亡き後も『全てを救う正義の味方(エミヤ)』はその命を守り、このか達を護ったということ。

 

「そっか、しろうは最後までウチらの事心配しててくれたんや」

 

シロウの思いが自分一人に向けられたものでないのが少し悔しいが、このかにはもう悲しみの感情は無い。

あるのは感謝と、もう一度会いたいという思いのみ。

高音から距離をとったアスナと影の人形を蹴散らし戻ってきた古に、このかは強く宣言する。

 

「アスナにくーちゃん。これがあればウチも戦える。はようネギ君助けに行こう!」

 

元気が戻ったこのかに、アスナは安心する。

 

「くっ、神楽坂さんの能力だけでもやっかいだというのに、あの剣も魔法を掻き消せるなんて」

 

正確には『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の能力は魔法を掻き消すというわけではない。『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の能力は色々な能力が付加である……というのは勘違い。その正体は、ある大きな力が基にされている。

それは、シロウさえも気づいていない『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の秘密。

まあ、何もしらない高音からしてみれば、アスナの完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)と同じような能力に見えるだろう。

 

「いくよ、このか!」

 

「うん!」

 

2人の振り下ろした『全てを救う正義の味方(エミヤ)』と『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』によって、高音の放つ全ての影の槍と人形が掻き消される。

高音がこのかとアスナに集中している一瞬の間に、古はナツメグを気絶させた。

 

「ナツメグ!? 愛衣!」

 

「はいっ、お姉さま!」

 

高音の言葉に愛衣はアーティファクト『オソウジダイスキ(ファウオル・ブールガンディ)』を構える。

 

「アスナ、みんなを頼むえ!」

 

「ちょっ!? このか!」

 

愛衣が構えたのを見て、このかが走り出す。今のこのかは、記録の剣から読み取ったシロウの経験を憑依した状態である。それも記録の剣の能力で、記録された人物の経験を自らに投影する事が出来る。シロウの経験を憑依させる魔術と違う所は、筋力までは変化はしない。あくまで、経験、情報だけという所。

だが、本来ならば記録の剣(オルナ)の真名を開放しなければそんな事は出来ない。なのに何故このかにそんな事が出来ているのか?

明確な理由はこのかにはわかっていないが『全てを救う正義の味方(エミヤ)』に託されたシロウの想いと記録の剣(オルナ)の記録がこのかの首に下げた赤い宝石のペンダントを基点として混ざり合い、記録の剣(オルナ)の真名開放を可能としたのだ。

エミヤシロウのアーティファクト『全てを救う正義の味方(エミヤ)』。

エミヤシロウが生涯持ち続けた遠坂凛の赤い宝石のペンダント。

エミヤシロウが投影し、自身の記憶を記録した記録の剣(オルナ)

この3つが揃って、はじめて起こる奇跡である。

 

「『全体(アド・スンマム)……武装解除(エクサルマテイオー)』!!」

 

武装解除により、ハルナ、夕映、のどかの杖とアーティファクトは吹き飛ばされる。

しかし、シロウの経験を憑依した事によって得た偽・心眼で愛衣の行動を予測していたこのかは、武装解除の範囲から離脱し高音へと迫っていた。

このかは影の槍の雨を最小限の動きでかわし、『全てを救う正義の味方(エミヤ)』で高音の『黒衣の盾』を掻き消す。

 

「やりますわね。しかし、貴女の技術では私が再び『黒衣の盾』を作る前に攻撃するのは不可能……!?」

 

読みは鋭くともこのかの身体能力自体は高くないと見抜いた高音は魔法の射手(サギタ・マギカ)を放ちながら後退するが、背後から完全魔法無効化能力で武装解除が効かなかったアスナが現れ、反応が間に合わず防ぐ手立てが無い高音は、硬い剣をモロにくらい気絶してしまう。愛衣の方も中国武術の使い手である古に接近戦で敵うはずもなく、押さえつけられていた。

 

その後、ハルナのアーティファクトで描いたカモの簡易ゴーレムを紐代わりにして高音達の腕を縛り、のどかのアーティファクト『いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)』で意識のある愛衣からネギの幽閉場所を聞きだした。カモの方も、千雨のおかげで調べたいことが確認できたらしい。

 

「よーし。いくわよ、みんな!」

 

「「おおー!!」」

 

アスナの掛け声で気合を入れ直し、このか達はネギを救出しに再び走り出した。

 

 

 

 

地下の幽閉部屋。床に毛布をかけられ寝かされていたネギは目を覚ました。

何故だか体が痛む。知らない天井。見知らぬ文字のぎっしり書かれた壁。

自分の手を見ると、師匠(エヴァ)に貰った指輪が無い。

ネギは困惑していた。何故こんな所にいるのだろうと。

 

「目が覚めたかい、ネギ君」

 

声のした方を見るとタカミチが椅子に座ってタバコを吸っていた。

その瞬間全てを思い出した。自分の居間置かれている状況も。

そして、シロウの死を知って暴走した自分のことも。

 

「あ……ごめん、タカミチ」

 

「いや。僕の方こそすまない。ストレートに言い過ぎたね」

 

「ううん……」

 

重い沈黙が部屋を包む。

一度暴走した事により落ち着きはしたが、やはりシロウの敗北。シロウの死と言う事実に、ネギは言葉が出ない。

そんな沈黙をタカミチが破った。

 

「ネギ君。君は、これからどうするつもりだい?」

 

ネギは力なく顔を上げる。

その瞳は絶望の色が見え、焦点が定まっていない。

 

「君が寝ている間に連絡があってね。アスナ君達が捕らえに来た魔法先生、生徒達を悉く退けここに向かっているらしい。おそらくは君を助ける為だろう」

 

「アスナさん達が……」

 

アスナ達がここを目指している事を知ったネギは、目を閉じ何かを考え始める。

最初ガンドルフィーニ先生にここに連れられてきた時、カモがカシオペアを持ってどこかへ行った。おそらくはアスナ達の所だ。

カシオペアを持って自分の救出に向かっていると言う事は、まだ過去にもどるチャンスがあるのかもしれない。

 

「もう一度聞くよ、ネギ君。君はどうする?」

 

「……タカミチ。学園祭最終日の事を、出来るだけ詳しく僕に教えて」

 

目を開けたネギの目には先ほどまでの絶望の色は微塵も無く。強い意志の篭った眼をしていた。

 

「僕はみんなと帰るんだ。学園祭最終日に!」

 

 

 

現在このか達は、のどかのアーティファクト『いどのえにっき』によって愛衣から聞き出した、ネギの幽閉場所である教会へ来ている。

中庭に地下への入り口があるのだが、その途中に魔法先生が2人(ガンドルフィーニと瀬流彦)がいる為、地下に向かう事が出来ない。

 

「やっぱそう簡単にはいかないかー。どうする? いっちょ正面突破でも……」

 

「馬鹿か早乙女。相手は魔法先生とかいうヤツなんだろ? 素人のアタシらじゃ、やられちまうって」

 

無茶な事を言うハルナを千雨が止める。

だが、確かに無茶かもしれないが、中庭へ行くにはあの2人を何とかしなければならない。いくらアスナ、古、このかの3人がかりでも、正面突破は難しい。となれば、上手く隙を突かなければならないだろう。

 

「……アスナ、くーちゃん。ちょい耳かして」

 

何かを思いついたこのかが、アスナと古に耳打ちする。

 

「うむ! OKアル」

 

「私らは大丈夫だと思うけど、このかは大丈夫なの?」

 

このかの作戦を聞いたアスナは心配そうに聞き返す。

このかの提案した作戦はこうだ。

まず、アスナと古が天井に登り、魔法先生達の頭上へ移動する。

そして、このかが魔法の射手を魔法先生に放ち、魔法の矢に気を取られている隙にアスナと古が2人を気絶させるという作戦。

 

「大丈夫やて。ウチもエヴァちゃんの別荘で修行しとるんよ?」

 

「そっか。じゃあ任せた」

 

「うん」

 

このかとアスナは こつん と拳を合わせた。

アスナ達が魔法先生達の頭上に移動した事を確認し、このかはポケットから練習用の小型杖を取り出す。

ちなみに、『全てを救う正義の味方(エミヤ)』は左手に持ち、記録の剣(オルナ)は移動中にハルナがアーティファクトで描いて作った鞘に入れられ腰に提げている。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の5矢(セリエス・ルーキス)

 

このかから放たれる5本の光の矢。

しかし、その矢はいつもと少し違う。普段の魔法の矢より、一回り矢が大きいのだ。

このかは疑問に思ったものの、それも『全てを救う正義の味方(エミヤ)』の能力のおかげなのだろうか? と、そんな事を考えているうちに魔法の矢は魔法先生達を襲う。

 

「む!」

 

「侵入者!?」

 

ガンドルフィーニと瀬流彦は対魔法障壁で魔法の矢を防ぐ。障壁と矢の衝突で視界が覆われた瞬間アスナと古は天井から飛び降り、アスナがハリセンでガンドルフィーニと瀬流彦の対物理障壁を破壊。そこに古が拳を叩き込み2人を気絶させた。

 

「OKアル!」

 

「あんたらスゲー!」

 

隙を突いたとはいえ魔法先生達を倒したアスナ達に、ハルナは驚きの声を上げる。

古は倒れる先生達と自分の拳を交互に見詰めて思う。アスナの障壁破壊と自分の拳法のコンボは、魔法使い達に超有効だと。

 

「やったわね、このか。凄いじゃない、さっきの魔法の矢。何かネギのより大きかったけど?」

 

「う、うん」

 

褒めてくれるのは嬉しいが、このか自身何故矢の威力があがったのかは分からない。

とりあえず、学園祭の日に戻ったらシロウとエヴァに相談しようと心に決め、今は気にせずネギの救出に集中する事にした。

中庭にあった隠し通路から、螺旋階段を下りること約40分。地下30階分くらいの下りた所で、ようやくネギの幽閉されている部屋につながる通路へと到着する。

 

「はぁ……はぁ……やっとついた」

 

「ネギ先生はこの先です~」

 

「姐さん時間がねぇ、急ごうぜ!」

 

みんなは「もうすぐネギに会える」と軽い足取りで先へと進んでいくが、ただ1人、夕映だけはこの状況に疑問を抱いていた。

 

「……約40分もかけて下りた階段が、たったの30階?」

 

確かに地下30階ともなれば、それなりに時間がかかるだろう。

しかし、夕映達は寄り道などせず、いや、そもそも一本道だから寄り道など出来るはずもない道を、ただひたすら下り続けたというのにそれにしては浅い。40分で地下30階というのは時間が合わなすぎる。

 

「待ってください皆さん。何か嫌な予感が……」

 

「え?何、夕映ちゃん?」

 

夕映の声によりアスナは足を止める。

だが、このかは見てしまった。アスナの先。暗闇の中に光る目と、よだれを滴らせた口に光る白い牙を。

 

「危ないアスナ!」

 

このかは駆け出だした。闇に中にいる獣がその太い腕を振り上げ、アスナを襲おうとした所にこのかは割り込み、記録の剣に記録されたシロウの戦闘経験から最適な方法を検索し実行する。

振り下ろされた獣の腕にタイミングを合わせて『全てを救う正義の味方』を振るい、衝撃と同時に後ろへ飛ぶ。

シロウなら勢いを殺しうまく着地する事が出来るだろうが、頭ではイメージできてもこのかの身体能力ではそれは不可能。このかは後ろにいたアスナごと吹き飛ばされ、壁へと打ちつけられてしまった。

 

「うぅ」

 

「ごほっ!」

 

「大丈夫ですか!? アスナさん、このかさん!」

 

吹き飛ばされた2人の下へ夕映が駆け寄る。このかのおかげで僅かだが勢いを殺せた為、2人とも軽傷だ。

 

「グウゥゥゥ」

 

通路の奥の闇の中から現れたのは、背中に小さな子供を乗せた頭が3つで鬣が無数の蛇になっている巨大な犬。

その姿は子供という違和感を除けば、まるで神話に出てくる地獄の番犬(ケルベロス)の様である。

 

「どこまでファンタジーなんだよっ!?」

 

「リリリ、リ、リアル地獄の番犬(ケルベロス)!?」

 

「いえー鬣が蛇ですからこの人? はケルベロスさんのお兄さんのオルトロスさんでは……あれ? でもオルトロスさんは頭が2つのハズだから……いとこさん?」

 

化け物の登場に慌てる千雨とハルナ。のどかに至っては混乱して正常な思考が出来ず解説を始めている。

 

「フリーズすんな本屋ー! つーかやべぇ!! 逃げるぞ!」

 

千雨とハルナはのどかを引っ張りながらケルベロスから逃げる。

古が助けに入ろうとするが、新たに鳥の頭と羽に鈎爪状の前足、馬の体に後ろ足の神話に出てくるヒポグリフに似た怪物がそれを阻止する。

 

「くっ! 新手アルか!?」

 

襲い掛かる爪に、古は後退する。古達が獣に襲われている中、このかとアスナはようやく起き上がった。

 

「アスナさん、このかさん、大丈夫なのですか!?」

 

心配する夕映に頷いた2人は痛む体を押さえながらも立ち上がる。

 

「待て、姐さん。あの魔獣、召喚されたものでもない限り、姐さんでもキツいぜ! それに、このか姐さんは戦い慣れてないんですから無理しないくれよ!」

 

カモは怪我をしている2人を止めようとするが、アスナもこのかもここで引く気はないらしく、お互い武器を構える。

 

「いや。君達はここで終わりだよ」

 

その時、通路の奥から現れた影と声。現れた影の正体は、とても冷たい目をしたタカミチだった。

 

「……高畑先生、通してください。じゃないと皆がオバケ犬に」

 

「では、彼女達を連れてくるべきじゃなかった」

 

タカミチは目だけでなく、声色までもとても冷たく、その事実にアスナは驚きを隠せない。

 

「エヴァにも、そして衛宮先生(・・・・)にも言われなかったかい?」

 

タカミチの右手と左手が光だし、それぞれに『魔力』と『気』が収束する。収束した魔力と気を胸の前で合わせ、咸掛法を使った。

 

「こちらの世界に首を突っ込み続けるつもりなら───それなりの、覚悟をしておけと」

 

タカミチからは、目に見えて咸掛の魔力が溢れ出している。

 

「このか、ここは私に任せて本屋ちゃん達の方に行って」

 

「アスナ……大丈夫なん?」

 

このかは心配だった。アスナが好きな相手であるタカミチと戦う事が出来るのかが。

それに、アスナはタカミチにふられたばかりだ。辛くない筈がない。

 

「ん、大丈夫! ……出来れば高畑先生とは戦いたくないけど。ここで逃げたら、士郎に言った『決意』が嘘になっちゃうからね」

 

《だから私は、この世界に足を踏み入れる。ネギを守る為に》

 

それは、武道会でアスナがシロウに宣言したこと。

魔法世界に関わるのは危険だと、自分たちを守る為に忠告し続けてくれたシロウ。

そして、自分が壁となってまでシロウは自分の決意(覚悟)を試し、最後には認めて応援してくれた。

そんな彼が認めてくれた私の決意(覚悟)を、こんな所で曲げるわけにはいかない。

 

「わかった。アスナ、頑張って」

 

その思いが伝わったのか、このかはアスナを信じのどか達の救出に向かった。

 

「うん!」

 

両手をポケットに入れるタカミチに対し、アスナはハリセンを握り直し構える。

その時、後ろにいた夕映がアスナの前に出た。確かめたいことがあると言って。

 

「綾瀬君か。君と話す事はない。下がらないと痛い目を見る事になる。僕はネギ先生ほど甘くはない」

 

「……なるほど。綾瀬君(・・・)ネギ先生(・・・・)ですか」

 

夕映は先ほどから、このタカミチに違和感を感じていた。

そして、その違和感を確実にする為にある事を試す。

 

「どうぞ、痛い目なり何なりお好きにしてくださいです。私達の元担任のあなたに、それができるのでしたら」

 

「……そうかい」

 

その瞬間、腹部と顔面に数発の居合い拳を受け、夕映は壁まで吹き飛ばされた。

アスナと夕映の肩から落ちたカモは、急いで夕映に駆け寄る。

 

「何を驚くアスナ君。この程度で動揺するようなら、君はやはりただの女子中学生として過ごした方がいい」

 

タカミチの声に恐怖し体が震える。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。

アスナは震える体に喝を入れ、その眼にしっかりとタカミチを見据えてハリセンを構えた。

 

「そうか、残念だよ。……いくぞ」

 

 

 

このかがアスナの下を離れのどか達の方へ行くと、のどかと千雨がケルベロスに足で踏みつけられていた。

 

「パル、下がって!」

 

「このか!?」

 

狙うのはケルベロスの足の付け根。今の威力の上がっている魔法の矢なら、上手くいけば足を吹き飛ばせるかもしれないし、もし吹き飛ばす事が出来なくても足をずらしてのどか達を助ける事くらいは出来るはず。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の3矢(セリエス・ルーキス)!」

 

走る光の矢は全てケルベロスの足の付け根に命中。

足を吹き飛ばす事は出来なかったが、前足に衝撃を受けたケルベロスはバランスが取れず前のめりに転倒した。

ケルベロスが転んでのどか達が解放された瞬間、ハルナはアーティファクトに絵を描き始める。

 

「よしっ、描けた! いでよ、我が下僕一号! 『剣の女神(ツルギタン)』!!!」

 

描き終わるのとほぼ同時に、ケルベロスが起き上がる。

起き上がったケルベロスの鬣の蛇が伸び襲ってくるのを、ハルナの描いた片手が鋭い剣で出来ている女騎士がケルベロスの四肢を切り落とす。

 

「やった! けどグロっ!?」

 

喜びもつかの間、ケルベロスの体はビデオの巻き戻しでも見ているかのように再生し再び襲い掛かる。

このかはハルナに向かって駆け寄りながら、振り下ろされる前足に魔法の矢を当て僅かにずらし、ハルナを突き飛ばす様に飛び込んで何とかケルベロスの前足を回避する。

しかし、飛び込んだ時に足を挫いてしまい、まともに動けない。

 

「グォォオ!」

 

突進してくるケルベロス。このかは何とか逃げようと『全てを救う正義の味方』を杖のようにして立ち上がるが、間に合わない。

 

崩拳(ポンチュワン)!!」

 

そこに、割って入った古がケルベロスを吹き飛ばす。

 

「スマナイネ。トリウマにてこずてて、遅くなたアル。このかの事は刹那に任されてるから、後は私に任せるアルよ」

 

先ほど吹き飛ばしたケルベロスと、古が倒したはずのヒポグリフが起き上がり、古達を囲むように近づいてくる。

 

「アイヤ~タフな獣達アルね~」

 

倒しても倒しても再生する獣達に、流石の古も焦りを覚え始める。

しかし、自分がここであきらめれば、後ろにいるこのか達に危害が及ぶ。刹那にこのかを任された以上、その信頼を裏切るわけにはいかない。

 

「このか、ハルナ援護を頼むアル」

 

「了解や」

 

「OK」

 

古は拳に気を集中させ、みんなより少し前へ出る。

その後ろで、このかは杖と『全てを救う正義の味方』を構え、ハルナは『落書帝国』に絵を描きいつでも古の援護が出来る状態で待つ。

 

虎撲・六合天衝(フウブウ・リィウホティエンチョオン)!!!』

 

古の拳に集中していた気が爪の様に鋭くなりヒポグリフを切り裂く。そこへ、振るわれたケルベロスの爪をこのかの魔法の矢とハルナの描いた盾を持った騎士が阻止。すかさず古がケルベロスを気の爪でバラバラにするが、2匹ともすぐに再生してしまう。

 

「また再生アルか」

 

「きりがないね~。このか、魔法で何とかなんない?」

 

「ウチまだ、魔法の射手と簡単な治癒魔法しか使えへんのよ」

 

打開策が見つからず、困り果てていた時 パキィン と、何かが割れるような音と共に目の前からケルベロスとヒポグリフが消え去った……。

 

 

 

タカミチの豪殺・居合い拳が頬を掠める。

ネギからの魔力のバックアップがない生身の状態で、アスナはタカミチの豪殺・居合い拳を避け続ける。今まで素人だったことを考えれば、それはもう達人レベルといっても過言ではない。

アスナがタカミチの相手をしている間に、夕映はこの状況を打破する方法を模索する。

 

「大丈夫か? ゆえっち」

 

「いえ。正直かなり痛いですが……この状況を打破することが出来るかもしれません」

 

そう言って、夕映はアーティファクトを出す。

 

「私のアーティファクト『世界図絵(オルビス・センスアリウム・ピクトゥス)』はただの魔法教本ではなく、魔法に関するあらゆる問いの答えを開示してくれる『魔法百科事典』、あるいは『魔法学大系』とでも呼ぶべき代物でした」

 

夕映が操作する本のからは、ホログラム映像の様にいくつも情報(ページ)が飛び出している。

 

「今調べた所、『咸掛法』や『魔法無効化』についても詳しく記されているです」

 

その事実にカモは驚愕する。

よく見れば、深度Aランクの機密情報まで載っているではないか。

こればらば、タカミチの技を破る方法も調べられるかもしれない。

 

「!!」

 

その時、タカミチの豪殺・居合い拳の直撃を食らってしまったアスナが地面に叩きつけられた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「姐さん!?」

 

床に開いた大穴の中心で倒れるアスナに駆け寄ると、アスナは力なく起き上がった。

 

「だ、大丈夫。剣で防いだから」

 

アスナの身の危険に反応したのか、ハリセンは大剣へと姿を変えていた。

倒れるアスナの下へ、タカミチが一歩一歩近づいてくる。夕映はタカミチに気づかれぬよう、小声でアスナに話しかけた。

 

「高畑先生の咸掛法を破る方法があります」

 

「え?」

 

「私の言う通りにしてください。これは、理論上高畑先生にも防げないはずです。あなたの能力は、それほど強力なのです」

 

「わかった。どうすればいいの?」

 

「まずはですね……」

 

夕映話を聞いたアスナは、再びタカミチと戦い始める。

離れれば、高威力の豪殺・居合い拳を食らう。そう思ったアスナは、多少のダメージを覚悟して接近。

 

無極而(トメー・アルケース) 太極斬(カイ・アナルキアース)

 

威力の弱い居合い拳を全身に受けながらもアスナは夕映から聞いた言葉を唱え、体を反転させ捻るように『ハマノツルギ』を峰打ちで振りおろす。

 

「む!」

 

アスナとの距離が近い為、タカミチは居合い拳は使えない。

止むを得ず、タカミチはハマノツルギを手で受け止める。

 

巻き起こる風と衝撃。夕映の話ならば、これでタカミチを倒せるはずだった。

しかし……

 

「ふ、ふはははは! 残念だったねアスナ君。何やら策があった様だけど、僕には通じないよ」

 

タカミチは無傷で、不適に笑っていた。

 

「そんなっ!? き、効いてないんですか、高畑先生!?」

 

「な、何でだ? タカミチさんの方が上手だったって事か?」

 

変化のないタカミチにアスナとカモは驚くが、夕映は違った。

 

衛宮先生(・・・・)

綾瀬君(・・・)

ネギ先生(・・・・)

元教え子を平気で攻撃するその姿勢。

タカミチらしくない笑い。

アスナの術が効かない。

 

夕映は頭の中で今までの違和感を並べ、整理し証明する。

これら全てのことにより、今まで違和感だったものが確信へと変わる。

 

「失礼ですが。高畑先生、私たちの勝ちです」

 

夕映は堂々と勝ちを宣言した。

あまりに突然なことに、タカミチだけでなく味方のアスナまで状況がつかめない。

 

「私達の知らない「裏の世界」での高畑先生が大変厳しい方だとして。元教え子の私や、ましてやアスナさんを躊躇なく傷つけて平気な顔をしていられる人でしょうか? 私にはそうは思えません。なぜなら……高畑先生、あなたはニセモノだからです」

 

夕映は ビシッ と、指をタカミチに突きつける。

 

「上手く高畑先生に似せたようですが、多少設定が甘かったですね。「衛宮先生」ではなく「エミヤ」、「ネギ先生」ではなく「ネギ君」、そして「綾瀬君」ではなく「夕映君」です。居残りの多かったバカレンジャーの面々は、皆名前で呼んでいらっしゃいました」

 

夕映の言葉に、僅かだが偽タカミチの表情に動揺の色が見える。

 

「さらに、アスナさんの無効化が効かなかったのはマズかったですね。いくら偽りの世界とはいえ、強く設定しすぎです」

 

「ど、どういうこと? 夕映ちゃん」

 

話が見えないアスナが夕映に問いかける。

すると、夕映はアスナに近づき『ハマノツルギ』に触れる。

 

「つまり、この高畑先生は……いえ、この状況そのものが全て幻覚だという事です。……ほどけよ(セー・デイソウルアント) 偽りの世界(キルクムスタンテイア・フアルサ)

 

夕映が呪文を呟くと同時に パキィン と、何かが割れるような音がして偽りの世界が崩壊する。

 

「あ……う……?」

 

そこにいたのは、ケルベロスの背中に乗っていた子供。

子供の足元には、ヒポグリフ、ケルベロス、タカミチの人形。

おそらく、それでタカミチ達を作り出していたのだろう。

 

「あなたが犯人ですね。おチビさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。というわけで、今回はこのかやアスナ達のお話でした。
ほぼ原作通りに進んでいるので、楽しんでいただけているかはわかりませんが、今後ともよろしくお願いします!

それでは、また次回!


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帰還

 

 

 

崩壊する世界。

まさか、自分の幻術が破られるとは思っていなかった、この『偽りの世界』の主は、驚いてその場へ座り込んでしまった。

 

「あなたが犯人ですね。おチビさん」

 

 

 

 

 

 

「な、なんだってー!! さっきまでの大ピンチは、全て夢!?」

 

「正確には幻覚(ハルシネーション)です」

 

夕映から先ほどまでの戦いの真実を聞いたハルナは盛大に驚き、他の者たちも驚きや納得をする。

通りでケルベロスやヒポグリフが倒しても倒しても起き上がるはずだし、それなりの怪我を負っていたこのかや夕映、のどか等の傷も実際は多少赤くなっていたり擦り傷程度の軽傷だ。

 

「こぉの、おチビー! バカガキ! フラれたばっかの憧れの人と戦わせるなんて、どーゆー神経してんのよッ!? 乙女心を弄んで! ぶん殴るくらいじゃすまないわよー!!!」

 

「ひゃうっ!?」

 

幻覚とはいえ、フラれたばかりのタカミチと戦うことになったアスナはものすごい勢いで幻覚を見せていた帽子の子供をまくし立てる。何故かその場のノリで古も一緒になって。

年上2人に迫られ帽子の子は後ずさり、その拍子に帽子が落ちて可愛い女の子の素顔が露わになった。

 

「まーまー、アスナそのへんにしとき。その子泣いとるえ?」

 

「す……すみまひぇん……ひっく」

 

「うっ」

 

さすがのアスナも、小さい女の子を泣かせえしまった為我に返る。

このかは女の子に近づき、安心させるよう頭を撫でた。

 

「驚かせてごめんな。もしよかったら、どうしてこんなことしたのかお姉ちゃんに教えてくれへんかな?」

 

「……う、うん」

 

笑顔で話すこのかに安心したのか、女の子は事情を説明し始めた。

 

「あ、あのね?パパがオコジョになっちゃうから、どうしても何かしたくて。それで・・・ご、ごめんなさい」

 

少女は ペコリ と頭を下げる。父親の為に戦おうとした小さな少女。少し怒られただけで泣いてしまうほどなのだ。怖くなかったはずが無い。

何故こんな小さな女の子が、そんなことをしなければならないのだろう?

 

記録の剣(オルナ)で見たシロウの記憶で、超がやろうとしてることは知ってる。

確かに魔法を公にすることで未来の多くの人を救えるというんなら、超のしていることは悪い事じゃないのかもしれない。

でも、その為に「現在(いま)」の時代の人達が辛い思いをするのは何か違う気がする。

超にとって護りたい“今”は“未来”でも、自分達にとって護りたい“今”は“現在”なのだから。

 

「そっか、お父さんを助けたかったんやね。……あのな、ウチらが今やろうとしていることが成功すれば、みんな助かるかもしれへんのや」

 

「お父さんも?」

 

「うん。でもな、その為にはどうしてもネギ君と会わないけないんよ」

 

このかは撫で続けていた手を一度止め、少女の目を見つめる。

 

「だから、お姉ちゃんを信じて、ここを通してくれへんかな?」

 

「……(コクリ)」

 

このかの真剣な思いか通じたのか、少女は小さく頷くと通路の奥へと走っていった。

 

「さ、みんな行くえ!」

 

「おおっ! さすがこのか!」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

みんなが気合を入れ直しいざネギを助けに向かおうとした時、千雨がそれを止めた。

 

「いいのかよ、このまま進んで! 今の一戦なんとも思わなかったのか!? 今回はたまたま怪我もしなかったし、近衛の説得で相手も引いてくれた。でも、次もそうなるとは限らねー! 私達はただの女子中学生なんだぞ? 使命や宿命を背負った物語の登場人物じゃねーんだ!」

 

メンバーの中で一番一般人に近く、今までの平穏な暮らしを望んでいる千雨が問いかけた。

これから先、怪我をするかもしれない。また辛い戦闘があるかもしれない。それでも進むのか?と。

ハルナを除くメンバーは、前にも似た問いをシロウにされたことがある。

 

《一度良く考えてくれ。こちらの世界に足を踏み入れるのかどうかを》

 

アスナとここにはいない刹那の2人は、自身の決意や答えをシロウに述べた。その思いは今も変わらない。

けれど、他のメンバーは明確な何か(・・)を出したわけではない。

だが、それぞれがよく考え、悩んだ末、この場にいる。

そして、千雨の問いに一番に答えを出したのは普段あまり自己主張をしないのどかだった。

 

「すごく怖いけど。今私達が何とかしないと、もう二度とネギ先生と会えなくなっちゃうから」

 

ただ、ネギに会いたい。それは幼稚な答えなのかもしれない。

けれど、のどかにとっては大切な、一番の理由。

 

「それは、命を懸けるほどのことなのか!? そんな覚悟ができてんのかよ!? いや、覚悟をする意味があるのか!? こう言っちゃなんだが、あのガキと私らの関係は、ただの先生と生徒……」

 

「確かに命を懸ける程かどうかなんて、私にはわかんない。でも、ネギ1人じゃ何にもできないから、私達が助けてあげなきゃでしょ?」

 

尚も自身の考えを述べる千雨の言葉を、アスナが遮る。それに続くように、このかも口を開いた。

 

「千雨ちゃんも、あんま難しく考えん方がええよ? みんなが動いてる理由なんて、誰かに会いたい。誰かを助けたい。っていう単純な理由なんやから」

 

離れてみてはじめて強く会いたいと思った。もう会えないと思った時は、何も考えらないほど頭が真っ白になった。これが恋心なのか? と聞かれても「はい」と答えられるかはわからない。けれど、会いたい。

もう一度、シロウに会いたい。このかはそう思ったのだ。

 

「いつかは、ちゃんと覚悟せなあかんと思う。けど、覚悟ってのがどういう事かわからない今は、自分の気持ちに従うのが一番だと思うんよ」

 

このかの言葉にみんなが頷く。その姿を見て、千雨も溜息と共に決心……もとい諦めた。

 

「……まぁ、私も世界があんな謎の魔獣が闊歩するファンタジーワールドになるのはごめんだから」

 

千雨が照れ隠し&自分を納得させる為にブツブツ呟いているうちに、このか達は通路の奥へと進む。

 

「って、コラ待てよテメーら!私も一緒に行くって!」

 

1人残された千雨は、急いでこのか達を追いかけていった。

 

 

少女の進んでいった道を追い通路を進むと、明るい光が見えてくる。まるで地上に出たかのような明るさに思わず目を細め、だいぶ目が慣れてきて視界がよくなると人影が見えてきた。

現れた人影は、先ほどの少女と少女の父である弐集院先生。そして……自分たちの元担任、タカミチ。

一歩前へ出たタカミチに、皆は即座に構える。その姿を見たタカミチは、小さく笑い口を開いた。

 

「行きなさい、アスナ君」

 

「へ……」

 

タカミチの発言に、皆気が抜けてしまう。

 

「立場上協力はできないけど……10分ほど居眠りをしちゃうなんてことは、僕でもあるかもな。寝てないし」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

皆呆けていたが、タカミチが自分たちを見逃してくれると理解した瞬間アスナは頭を下げ、他のみんなも笑顔でお礼を言ってタカミチの横を通り過ぎる。

アスナが通り過ぎようとした時、タカミチはその手をアスナの頭の上に置いて一言「がんばって」と言った。

アスナは一度振り返ってタカミチの背中を見つめ、先に進んだハルナ達の後を追う。

そんなアスナの姿に安心し、みんなと同じようにお礼を言って先へ進もうとしたこのかを、タカミチは呼び止めた。

 

「このか君」

 

「はい?」

 

「エミヤの事を頼んでいいかな?」

 

「しろうを?」

 

どういうことだろう? 確かにこのかはできる限りシロウの力になろうとは思っている。

けれど、このか1人ににできることなどたかが知れているだろう。

 

「彼を独りで戦わせないでほしいんだ。たぶん、独りで戦えば彼はまた自らが犠牲になるような手段をとるだろうからね」

 

戦場で積んだ経験による勘、とでも言うのだろうか。タカミチは、ランサーの槍がただの槍ではないことに気づいていた。

そして、そんなランサー相手にシロウがどうやって相打ちに持ち込んだのかを。

 

「でも、君ならそんな無茶をする彼を止められる気がするんだ」

 

「……うん。ウチがんばってみます。ほな」

 

一度頭を下げてアスナの後を追う。できる限り、頑張ってみよう。そう、決意して。

 

「なかなか頼もしい子達だね」

 

「……ええ」

 

自分たちにとっての過去、少女達にとっての現在の行く末を子供に託すことに不甲斐なさを感じながらも。彼女達なら、と期待し見送る魔法先生達であった。

 

 

 

 

 

 

「このか。高畑先生と何話してたの?」

 

皆に追いつくと、先ほどの事が気になったのかアスナが話しかけてきた。

 

「うん。しろうを独りで戦わせないでくれ、って」

 

「士郎を? なんか士郎と高畑先生って仲いいわよね」

 

言われてみれば、そうかもしれない。学園でも2人が話しているのはよく見かけるし、今日は特に心配していた。

そう言えば学園祭をシロウと見回った時、おかしなことがあったことを思い出す。

しかし、そんな思考は前を走るハルナの声でかき消されてしまった。

 

「見てあれ!」

 

何かと思い見てみると、向こうからネギ君が走ってきていた。

 

「ネギ!」

 

「アスナさん! みんな!」

 

ネギとの再会に、みんながネギに絡む。

抱きつき。小突き.。振り回す……振り回す!? ちょっとやり過ぎな気もするが、無事会えてよかった。

 

「そ、そうだ! みんな大丈夫だったんですか!? 怪我とかは!?」

 

「大丈夫、大丈夫。色々あったけど、ピンピンしてるよ」

 

「修学旅行の時ほどではないアルよー」

 

特に怪我はしていないとはいえ、危険な目にあわせた事に変わりはない。

責任を感じたネギは、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すいません。また僕のせいで皆さんに迷惑を……痛っ!?」

 

謝るネギを、アスナは軽く叩いた。

 

「またそんな言い方して頑固バカ。今回の事はあんただけの問題じゃないでしょ。それと……あんたは私達のマスターで、仲間なんでしょ?」

 

アスナの言葉にネギははっとする。気がつけば、みんながネギのことを見つめている。

その視線に気づいたネギは、力強く返事をした。

場が収まったところで、千雨とカモが現状のカシオペアが今使えないことや、世界樹のことを説明する。

世界樹の魔力で起動するカシオペアは、現在使えない。しかし、世界樹の根の中心部には、まだ魔力が残っている可能性があること。

 

「このまま。世界樹の深部へと潜る。準備はいいか?」

 

「「おおー!」」

 

千雨の声に気合を入れ直し、ネギ達は更に地下へと進んだ。ネギが幽閉されていた場所よりさらに深く下りていくと、通路にはちらほら世界樹の根が見え出してきた。

 

「見て! 世界樹の根が光ってる!」

 

「おお! 兄貴、カシオペアは!?」

 

カシオペアを確認すると、先ほどまで止まっていた秒針が カチッ カチッ と動き出していた。

 

「動いてる! 使えるよ!」

 

「よしゃあああ! これで、学園祭最終日に戻れるぜ!」

 

学園祭最終日に戻れると分かって、みんなは大喜び。これで、とりあえず一安心。

 

「後は、刹那姉さんと楓姉さんを待つだけだぜ。兄貴、刹那姉さんに連絡を」

 

「うん」

 

ネギがパクティオーカードで連絡を取ろうとした時、世界樹の根の光が スッ と消えていった。

 

「世界樹の光が……消えていく!?」

 

「マズイ! 魔力が消えてってんだ!! あの光を追わねぇと!」

 

消えていく光の後を追うのだが、このか達が後ろの方で立ち止まってついてこない。

 

「みなさん、どうしたんで……すか?」

 

ネギが声をかけると、通路の脇道から ヌウッ と巨大な生物が顔を出した。

ごつごつとした体に、凶悪な牙。腕の代わりある大きな翼。その姿は、まさしく……

 

「ドドド、ドラゴン!!!」

 

ネギには、そのドラゴンに見覚えがあった。前にナギの手がかりを探しに図書館の地下深くに潜ろうとした際、行く手を阻んだドラゴンである。

 

「み、みんな逃げてください!」

 

ネギの掛け声であたふたとしながらも世界樹の最深部へと向かって逃げる。ネギは杖に、のどか、千雨、ハルナを乗せ。夕映をアスナが、このかを古が抱えて走る。

 

「グルルゥ……」

 

深部へと進むにつれ通路が狭くなり、体の大きいドラゴンは、つっかえて進行速度が遅くなる。

このままでは逃げられると思ったのか、ドラゴンの口から煙が出始める。

 

「まずい、兄貴! あのドラゴン火を噴く気だ!」

 

ネギは杖を止め、障壁で炎に備えるが、その時このかの持つ『全てを救う正義の味方(エミヤ)』が一瞬光った。

 

「グ……グルゥ……」

 

するとドラゴンの動きが止まり、僅かだが怯えだす。まるで、竜殺し(・・・)の武器でも向けられたかのように。

 

「よくわかんねぇけど、チャンスだぜ兄貴。今のうちに刹那の姉さんを」

 

「うん」

 

ネギはカードを取り出し、念話を送る。

ネギが呪文を唱えると、魔方陣が現れそこに刹那が召喚された。

 

「ネギ先生、ご無事で!」

 

「刹那さん、おつかれさまです! それで、あの、いきなりなんですが、アレ倒せますか?」

 

ネギが指を刺す方向にいるのは、静かに唸り声を上げるドラゴン。

真剣な表情でネギの指差す方向を睨んだ刹那だが、ドラゴンを見た瞬間目を丸くした。

 

「せ、西洋竜ですかー。結構強そうですね。士郎先生なら倒せるでしょうが、専門の装備があっても未熟な私にはちょっと……」

 

退魔を専門とする神鳴流剣士の刹那でも、さすがに難しいようだ。そうと決まれば話は早い。

 

「じゃあ逃げましょう!」

 

ドラゴンの動きが鈍っているうちにと、みんなはまた全力で走り出した。

 

「せっちゃん!」

 

「お嬢様! ご無事でしたか」

 

「うん、しろうの刀が護ってくれたし、刀のおかげで、ウチも少しは戦えたんよ」

 

「そうですか。士郎先生の刀が……」

 

息を切らしながらも、元気そうなこのか。その姿を見て、刹那は ほっ とする。

別れ際のこのかの様子が心配だったが、元気になった様で安心した。

 

「……!」

 

ふと、前を走る古と目が合う。すると「約束は守たアル」とでも言うかのように、古が親指を グッ と立てた。

なので、刹那も感謝を込めて頷き返す。

 

だんだんと、木の根に宿る光に追いついてきた。通路を抜け、広い空間へとでる。

するとそこには、巨大遺跡の様で、中心の祭壇の様な場所には世界樹の残りの魔力が集まっている。

祭壇はおそらく魔力を集める装置になっているのだろう。

ネギ達が祭壇へたどり着いた時、丁度ドラゴンも通路を抜ける。

広い場所に出て翼を広げた姿は、通路で見たときより数倍その体を大きく見せた。

 

「兄貴、カシオペアは?」

 

「大丈夫、いけるよ」

 

再び、カシオペアの秒針が動き出す。

 

「よし、兄貴やっちまえ」

 

「楓さんがまだだよ!」

 

「もうダメッ。無理、行こう!」

 

翼を広げ飛んでこちらへと向かってくるドラゴンにあせり、ハルナがネギを急かすが、まだ楓がきていない。

ドラゴンとの距離はおよそ50メートル。数秒もしないうちに、ここまで来るだろう。

やむを得ず、ネギがカシオペアを起動させようとした瞬間。

 

「拙者ならここに!」

 

額に汗を光らせた楓が到着した。

 

「みんなそろった。オールOK! 行こう!」

 

「みんな手をつないで! 絶対離しちゃダメよっ」

 

みんなは、しっかりと手をつなぐ。

ドラゴンは、その大きな口を開けて近づいてくる。

 

「みんな掴まってください! 行きます!」

 

カシオペアのスイッチを押した瞬間、空間に歪みが生じる。

間一髪。ドラゴンの牙がネギを捉える前に、ネギ達は時空を超えた。

 

「「わぁぁぁぁあああ」」

 

まるで、突風に煽られているかのような衝撃を受けること数秒。爆竹のような音と共に、衝撃が消えた。

 

「ぷあっ……どうなった! 成功したのか!?」

 

「ぐっ……」

 

「ネギ君、大丈夫!?」

 

このかは隣にいるネギの様子がおかしい事に気づく。大量の汗を掻き、とても辛そうな表情をしている。

だが、そう思ったのもつかの間、自分達のおかれている状況に驚愕した。

すぐ近くを飛ぶ飛行船に、この浮遊感。ここは、麻帆良の遥か上空なのだ。

 

「ななな、何で空の上なのーっ!?」

 

「知るかー!」

 

「落ちるー!」

 

「しししし、死んじゃう!」

 

これはさすがに不味い。ネギの様子を見る限り魔法でなんとかするのは難しそうだし、このかの完全治癒魔法も即死では意味がないし1人限定である。この状況に、刹那は翼をだそうと考えるが、それでも救えて2、3人と言ったところだろう。

全員が焦る中、呆れ交じりのある男の声が耳に届く。

 

「まったく、君達は何をしているんだ?」

 

そんな聞き覚えのある男の声と共に、体がふわりと軽くなり、ネギ達はゆっくりと地面に着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界樹の枝の上。そこに、一つの人影があった。

黒いシャツにズボン。浅黒い肌に白い髪。エミヤシロウである。

 

「今のところは以上無しか」

 

超が宣言したのは午後。裏を掻いてくる可能性も考えて警戒していたが、どうやら心配ないようだ。

ということは、宣言通り午後からが勝負ということか。

 

「……む?」

 

強い魔力と歪みを感じ空を見上げると、突如このか達が現れ、あたふたとしながら落下している。

何であんな所に現れたのかは知らないが、あれは助けた方がいいのだろうな。

 

「手間をかけさせる。投影(トレース)開始(オン)

 

シロウにしては珍しく日本弓を投影して枝を蹴り、虚空瞬動で落下地点へ先回り。

思ったよりも余裕があったので、一言呆れて出た言葉を吐いてから弦を引いた。

 

「まったく、君達は何をしているんだ? ───体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル) 風よ(ウエンテ)

 

弦を放つと同時に放たれた初級の風の魔法は弓の力によって増幅され、落下するこのか達の勢いを殺し、ゆっくりと地面に下ろす。

シロウが持っている弓の名は、『梓弓』。主に呪術や魔術的な儀式に使用される弓である。

本来は梓巫女と呼ばれる巫女達がトランス状態になる為に使用されるが、武器の効果としては、使用者の呪術、魔術の効果を増幅する力がある。

 

「どういうことか説明してくれるかね……どうしたみんな?」

 

何故こんなことになったのか理解できず訊ねてみたのだが、みんな周りをキョロキョロとして、どこか挙動不審である。

 

「士郎先生がいるって事は……」

 

「戻っ……た?」

 

「せ、成功だー!!」

 

みんなが一斉に喜びだした。いや、だから何なのだ?

 

「一体全体どうし……?」

 

その時、急にこのかが抱きついてきた。しかも、泣きながら。

 

「ど、どうしたこのか?」

 

「よかった、また会えて」

 

また会えて? 何を言っているのだろう? このか達と別れてから、さほど時間はたっていない。

別荘の中では2日ほど経っているかもしれないが、泣くほどの事ではないだろう。

その時、ふとこのかの首にかかるペンダントが目に入った。

 

「ちょっと待ってこのか」

 

このかの首から下げられタペンダントを手で取る。この輝く赤い宝石は、まさしく凛のペンダント。

しかし、なぜこのペンダントがここにもある? 自分のペンダントは、肌身離さず持っている。

この世界のものかとも思ったが、傷の位置残留する魔力などシロウの持つもとを全く同一である。

 

「このか、どうしてこのペンダントを持っているんだ」

 

「あ、それはやね……」

 

「ネギ先生!!」

 

「ネギ!?」

 

このかが涙を拭いて質問に答えようとした時、ネギがその場に倒れた。

シロウは慌てるアスナ達手で制し、すぐさまネギに駆け寄り容態を確認する。

 

これは、過剰な魔力の使用による疲労と、魔力の枯渇による眩暈だな。

外傷も見当たらないし、しばらく休めば回復するだろう。

 

「どこか、落ち着いて休ませる事ができる場所はあるか? とりあえず、そこで事情を聞かせてもらおう」

 

「は、はい! 図書室なら学園祭中は誰も使わないので、大丈夫だと思います」

 

図書室の鍵を持っているのどかを先頭に、ネギを抱えて移動した。

図書室へ到着すると、とりあえずネギをソファーに寝かせ、みんなに事情を聞いた。

超の罠にはまり、一週間後の未来に飛ばされたこと。

その未来では、シロウはランサーと刺し違えて消滅こと。

世界に魔法の存在が公になり、魔法先生や魔法生徒達が大変なことになっていること。

 

「それで、消えたしろうがこの剣を残していったんよ」

 

このかは、記録の剣(オルナ)を差し出す。

未来の私がオルナを残したということは、対策を立てれば何とかできるということか。

オルナをつかんだ瞬間、未来で起こった出来事が頭の中に入ってくる。

 

「……なるほど、何があったかは概ね理解した。カモ、ネギ君が回復するまでには、どれくらいかかる?」

 

「そうだな、兄貴なら半日も寝てりゃ回復するぜ」

 

半日、超が動き出すであろう時間にはギリギリ間に合わない。

となれば、最悪の場合も考えてネギ抜きでの作戦を考えなければならないということだ。

 

「では、午後までに対策を考えるぞ」

 

「「おおー!」」

 

まずは、剣の記録と、ネギが未来のタカミチから聞いた情報を確認する。

超が動き出したのは昼過ぎ。午後7時までの間に、2500体のロボと、6体の巨大生物兵器(スクナモドキ)で6箇所の「魔力溜まり」を占拠。直径3kmの巨大魔法陣を作り、全世界に対する「強制認識魔法」を発動させる。

 

「ここまでで重要なことは2つ。1つは、6箇所の魔力溜まりのどれか1つを死守すること。2つ目は、2500体ものロボを、どう相手するかだ」

 

「旦那の魔法で、何とかなりませんかねぇ?」

 

「それは無理だ。ロボの相手だけならば可能だろうが、私の魔術では一般人に被害が出てしまう。それに、おそらくはランサーがそんな暇を与えてはくれないだろう」

 

「そうっすか」

 

私が基点の1つを守ればスクナモドキに占拠させはしないが、ランサーがそれを許さないだろう。

となれば、戦闘力の高い刹那や楓に任せるという事になるが、刹那達が守りに入ってしまえば超と真名+2500対の対処が難しくなる。

(ロボ)を抑えれば(スクナ)に押し切られる。かといって、力《スクナ》を押さえれば、(ロボ)に押し切られる。

その他にも魔法を発動させない為に術者を潰すという方法もある。

おそらく、彼女達の中で一番戦闘に向いていない聡美がその役割を担っているだろうが、超と真名がそれをさせないだろう。

うまい手だ、どれを選んでもこちらが敗北する。せめて、もう少し協力者がいれば状況は変わるのだが……

 

「僕に……いい考えがあります」

 

「ネギ君?」

 

寝ていたネギが起き上がり、作戦を説明し始めた。

まず、簡単な呪文を唱えるだけで魔力弾の放てる魔法具を大量に準備する。

そして、毎年行われる学際最終日のイベントを利用して、一般生徒達に準備した魔法具でロボ達と戦ってもらうという作戦だ。

確かに、この作戦ならば、数という超達の武器を1つ封じたことになる。

 

「確かに、大胆な作戦ですね」

 

「ふむ。それは超殿も予想外でござろうな。だが、可能なんでござるか?」

 

「それは大丈夫です。今年も大会の主催者は雪広コンツェルンですから」

 

雪広コンツェルン……なるほど、あやかの父親が主催者ということか。

だが、このやり方には相応のリスクもある。

 

「シロウさん」

 

「何だ?」

 

ネギが真剣な眼差しでこちらを見つめている。が、何が言いたいのかは、大体予想がつく。

 

「軽蔑しますか? 一般人を巻き込んだり、いいんちょさんを利用する僕を」

 

そう。ネギのやろうとしていることは、自分に好意を抱いてくれているあやかを利用し、一般人を騙して駒として使おうとしている。

その事実だけを見れば、決してほめられたものではない。

 

「私だったらそんな手は使わないだろうな。学園長に頼んで学園祭を中止してもらい、一般人の非難が完了した時点で基点となる場所ごとロボ共を殲滅し一掃する」

 

この方法ならば、おそらく被害は建物だけで怪我人は一切出ないだろう。これが私のやり方。

ネギのような方法はとらない。……いや、私にはネギのような方法はとれないといった方が正しいか。

 

シロウの言葉にネギは唇を噛み、自分の立てた作戦を嫌悪する。

しかし、そんなネギを見るシロウの目は、とてもやさしいものだった。

 

「だが……君の作戦は、現状でできる最善の策だ。君らしい、いい作戦だといえる」

 

「……え」

 

「確かに私の方法の方が怪我人は少なくて済むだろう。だが、それは人の命を数でしか見ていないやり方だ。それに比べて君のやり方は来場者に不安や恐怖を与えることなく、且つ効率のいい作戦。人々の心を重んじている。私には決してできない方法だ。だから君は自分の選択を誇っていい。後は仲間を信じてしっかりと休め」

 

シロウの言葉でいくらか心が軽くなったのか、ネギはからは目を閉じてすぐに寝息が聞こえてきた。

その寝顔に小さく笑みをこぼし、気持ちを切り替えてアスナ達の方へ向く。

 

「よし。では、皆分担して取り組むぞ。アスナと古はあやかの所へ。ハルナ、のどか、夕映は大会の告知。楓は和美を捕まえて協力させろ、渋ったら私の名前を出せ。千雨はネット関係の対処。そして、私とこのかと刹那は学園長に事情を説明しに行く」

 

「うっ、いいんちょね……了解」「任せるアル」

 

「OK」「はい~」「わかりました」

 

「御意」

 

「ま、しかたないからやりますよ」

 

「うん!」「はい」

 

「それぞれの役割が終了し次第、戦える者は戦闘の準備、戦えない者はここでネギ君の様子を見ていてくれ。解散!」

 

 

こうして、2度目の学園祭最終日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 




だいぶ間が空いてしまいまして申し訳ありません。中々落ち着いて書く暇がなく、今後も不定期に続きが更新されると思いますが、気長に待っていただけるとありがたいです。

てなわけで、戻ってきました学園祭最終日。
今度こそ超の野望を阻止することはできるのか!

それではまた次回!!


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開戦

「なんと……これは本当かね?」

 

私達から報告書を受け取った学園長は、声色こそ冷静だがその表情は驚きを隠せないでいる。

 

「全て事実だ。現に、このかと刹那は未来光景を見てきたのだからな」

 

「信じて、おじいちゃん」

 

学園長は隣に控えていた刀を持った女性教諭、葛葉刀子に意見を求める。

本心はこのかや刹那の言葉を信じているのだろうが、学園長という立場上冷静に判断をしなければならない故だろう。

 

「にわかには信じられませんが、お嬢様と刹那がこうまで言うのですから事実なのでしょう」

 

刀子教諭もこのか達の話を信じてくれたようだ。

このかをお嬢様と呼び、刹那のことも呼び捨てにしている。彼女は京都の近衛家……いや、神鳴流に関係があるのだろう。

 

「ふむ。報告は分かったぞい。後はワシらに任せて君達はしばらく休みなさい」

 

やさしい学園長のことだ、このか達だけでなく他の生徒達にも戦闘は避けさせ、大人だけで解決しようと考えているのだろう。

できれば私もそうしたいと考えている。だが、今回ばかりはそうもいかない。

 

「それでは駄目だな」

 

「む? 駄目とはどういうことかのう、エミヤ君?」

 

「魔法先生だけで手が回らないのは、すでに未来で証明されている。必ずしも同じ結果になるとまでは言わんが、はっきりと言おう。貴方たちは超を甘く見すぎだ。あのタカミチでさえ敗北したんだ。かなりの確立でこちらが負けることは目に見えている」

 

「ふむ……」

 

タカミチの敗北という言葉に、学園長の表情は険しくなる。未来の話を信じてはいるが、おそらくタカミチガ敗北する姿が想像できないのであろう。それ故に迷う。

そして数分の沈黙を破るように、カモが口を開いた。

 

「それなら、兄貴がバッチリ対策を練ってるぜ。ついては、これを用意してもらいてぇ」

 

カモはどこからかメモを取り出し、学園長へ渡した。メモに書かれた内容を見て、難しい顔をする学園長。

やはり、一般人でも魔力弾を放つことができる特殊なアイテムはそう簡単には集まらないのかと心配になる。

だが、その心配は杞憂に終わった。

 

「フフ……こっちにも独自の情報ルートがあってね。本国のクラウナダ異界国境魔法騎士団の、第17倉庫に大量に死蔵されているはずだぜ? 転移魔法で空輸すれば、夕方までには間に合うはずだ。アンタに、その程度の交渉を本国とできる力があることも承知している。これを、最低1000セット……できたら2500セット頼むぜ」

 

カモの言葉を肯定するかのように学園長の額には汗が浮かび始る。

本当にどこでそんな情報を手に入れたのか。こういうことに関しては、呆れを通り越して関心すら覚えるよ。

完璧に悪者キャラと化したカモに、刹那とこのかも目が点状態である。哀れなり学園長。

 

「……うむ。何とかしてみよう。まずは、魔法先生達を緊急召集せんとのぅ」

 

「すまんな学園長。その召集だが、私は参加できん」

 

「ほ? 何故じゃ?」

 

シロウのことも戦力に入れていたのだろう学園長は、間の抜けたような声を出す。

そんな学園長に申し訳ないと思いながらも、事前に用意しておいた辞表をだし、シロウは頭を下げた。

 

「どういう事か、説明してもらえるかのぅ」

 

「タカミチかガンドルフィーニ教諭から何か聞いていないのか?」

 

シロウがそういうと、学園長も後ろに控える刀子も思い当たる節があったのか反応を見せる。

その姿についつい苦笑いをしてしまう。

 

「というわけだ。出来る限り協力はするが、単独行動は大目に見てくれ」

 

「……うむぅ」

 

「では、色々と準備があるので我々は失礼する」

 

話を終え、私達は学園長室を後にした。

廊下をしばらく歩いたところで、カモがアスナ達の所へと向いそのタイミングでこのかは口を開く。

 

「しろう、ランサーのこと……」

 

このかはランサーの件について何を説明しなかった私を心配しているようだ。

しかし、ただでさえ超の事で手いっぱいの学園側に更なる問題を持ち込むわけにはいかないだろう。

 

「彼の相手は私がするさ。なに、こうなることはわかっていた。やりようはあるさ」

 

学園を出ると、心配そうなこのかを刹那に任せ私は世界樹へと向かう。

現在は昼過ぎ、超が動く夕方までには数時間の猶予があるが、学園祭最終日の全体イベントを利用する作戦だ。超に気づかれている可能性は十分ある。いや、告知をしているのだから、知られていない方がおかしいだろう。

となれば、こちらの裏をかいて未来で起こった時刻より計画の開始時間を早める可能性がある。

その為、麻帆良全体を見渡すことのできる世界樹の枝の上は絶好の監視場所と言えよう。

 

「ふっ」

 

足を強化して、トントンッ と、世界樹の枝から枝へと登っていく。

丁度、麻帆良全体を見渡せる高さまできた時、このかから念話が入ったのでカードを額に当てる。

 

(しろう、今どこにおるん?)

 

「世界樹の枝の上だが、どうした?」

 

念話で話しながら、私は視力を強化してこのかを探す。

 

(ちょっと話したいことがあるんやけど、ええ?)

 

見つけた。

わざわざ刹那と分かれて戻ってきたということは、何か大事な話なのか。

この場所ならば何か起こればすぐわかる。多少の雑談くらいなら構わないだろう。

 

「わかった。とりあえず、世界樹に向かって歩いてきてくれ」

 

(了解や~)

 

念話を終え、私は世界樹を下り始める……やれやれ、登ったばかりだというのに。

もともと世界樹の近くにいたこのかは、私が下りる頃には、世界樹前の広場にまで来ていた。

 

「このか」

 

「あ、しろう」

 

呼び声に気づいたこのかが、てとてと と歩いてくる。

学園祭最終日ということもあってか、世界樹前の広場には人が多い。これでは、落ち着いて話などできそうもない。

 

「落ち着いて話せる場所に移動しようか」

 

「そうやね。でも、そんなとこあるん? ここに来るまで、どこも混んでたえ?」

 

「あるさ、上にな」

 

私が上を指差すと、このかが釣られて上を向いた。

 

 

 

 

「ひゃー、すごいなー」

 

世界樹の枝の上から見る景色に、感嘆の声を上げるこのか。

人がいないからという理由でつれてきたが、これほど喜んでくれたのなら良かった。

 

「ふふっ」

 

その時、このかが唐突に笑った。

 

「む、何かおかしかったかね?」

 

「ううん。なんか修学旅行の時の事、思い出しちゃって」

 

修学旅行……ああ、確かあの時も私が外を警戒し屋根にいる時、話がしたくてこのかがやってきたんだったか。

そうか。あれから、まだ数ヶ月しか経っていないのか。色々な事があったから、かなり前の事の様に思える。

 

「それに、しろうと2人っきりになるの久しぶりやなーって」

 

ふむ。言われてみればそうか。

修学旅行後からエヴァに魔法を習い始めたり、悪魔とアサシンが現れたり。平行世界の凛達にも会ったか……そして、学園祭が始まった。

 

「そうだな。君と仮契約(パクティオー)したあの日から、結構ドタバタしていたからな」

 

「……うん」

 

小さな返事が気になりこのかの方を見ると顔が赤い。

ふむ。仮契約(キス)の事を思い出させてしまうのは、少しデリカシーにかけていたか。

そう思い、私は話題をそらすことにする。

 

「そうだ。私に何か話があるのではなかったか?」

 

「あっ、そや!」

 

顔の赤みを残しつつ、このかは ポンッ と手を打つ。

自分の首からペンダントを外し、私に差し出してきた。

 

「これ、しろうに返しとこ思って」

 

このかの手のひらの上で、赤く光るペンダント。本来なら存在しえない物。

かつて、衛宮士郎という男が命の恩人の物だからと生涯持ち続け、英霊エミヤとして召喚された為、世界に1つしかない宝石が2つになった。だが、その2つの宝石も1つはエミヤと共に平行世界へと送られる。

そして、送られてきた世界で、宝石はまた2つとなった。

 

「ソレは、このかが持っていてくれ」

 

衛宮士郎(エミヤシロウ)はこの宝石で救われた。

それは命だけではない。多くの戦場を駆けた時も、精神的な支えとして救ってくれた。

ならば、御守り程度にはなるだろう。

 

「ええの?」

 

「ああ。たいして魔力が篭っているわけではないが、御守り代わりにな」

 

「ありがとう」

 

このかはペンダントを再び首に掛ける。

このかの話したかった事とは、ペンダントの事だけなのだろうか。それなら、わざわざ引き返してまで来ることはないと思うのだが。

 

「このか。話というのは、ペンダントの事だったのか?」

 

「ううん。ペンダントもやけど、しろうのアーティファクトの事でちょっと」

 

「アーティファクト?」

 

疑問に思いながらも、このかの話を聞いた。

私が消滅した未来で、このかがピンチの時に『全てを救う正義の味方(エミヤ)』がこのかを護り。

このかが『全てを救う正義の味方(エミヤ)』を手にした状態で魔法を使うと威力が上がり。ドラゴンに向けると、ドラゴンが怯えだしたらしい。

 

「それって、しろうの刀の能力なん?」

 

「いや。私自身どれほどまで能力を付加できるかは試していないので分からないが……」

 

魔法の威力を上げる程度の能力なら付加できるだろうが、

自らの意思で動いたり、ましてや竜殺しのような付加能力を付けられるものなのか?

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

その時、私とこのかのパクティオーカードが光だす。

眩しさに目を瞑り、再び目を開くと、そこには鮮やかな世界が広がっていた。見渡す限りの花畑。

そして、私とこのかの立っている場所には、一本の大きな櫻の木が花を咲かせ、その根元に『全てを救う正義の味方』によく似た刀が突き立っていた。

 

「なんだ……ここは……」

 

見た事もない景色なのにどこか暖かく、懐かしい気持ちになる。

私はこの世界を知らないが知っている。そう、この感じはまるで───。

 

「固有結界……なのか」

 

「しろう。これって、しろうの刀とちゃう?」

 

『全てを救う正義の味方』によく似た刀を指差し、このかが言う。

確かによく似ている。見た目もさることながら、解析できないという点も。

 

「いや……似てはいるが微妙に違う」

 

「?」

 

全てを救う正義の味方(エミヤ)』は、莫耶のように刀身が薄く濁っていて鍔はなく、柄には赤い布が巻かれ、柄頭から垂れているのに対し。櫻の根元に刺さる刀の刀身は鏡のように輝き、鍔はなく、柄には赤紫の布が巻かれている。もちろん、布は柄頭から垂れてなどいない。

 

「ホントや。微妙にちゃうわ」

 

このかが刀に触れようと、手を伸ばすと。

 

「ひゃっ!?」

 

「またか」

 

光と共に先ほどの世界が消える。私達は元の世界樹の枝の上に戻っていた。

 

「あ、戻ったわ」

 

あれは何だったのだろうか? 今までの『全てを救う正義の味方』の使い方が頭に流れ込んでくるのとは違う。

それに、今回はこのかも一緒だった。

 

「……(『全てを救う正義の味方(エミヤ)』よ、貴様はいったい何なのだ)」

 

「なぁしろう。あっちの方、なんか騒がしくない?」

 

「何?」

 

このかに言われ『全てを救う正義の味方』の事を考えるのを中断する。

時が来れば、また『全てを救う正義の味方』自身が見せるだろう。

 

視力を強化して、このかの指差した方向を見る。

 

「動き出したか」

 

見えたのは、海の中から現れるロボの軍団。どうやら、思いのほか時間が経っていたらしい。

 

「このか。カードでネギ君に連絡を取れるか?」

 

動き出したと言うことは、あらゆる連絡手段が妨害されているだろうが、一応確認する。

 

「……ダメや、通じひん」

 

ネギの方に連絡を入れておきたかったがしかたあるまい。この騒ぎなら誰かしら気づいてネギを起こすはず。

このかを1人残すわけにもいかないし、ランサーが現れるまでは私はここから矢でロボの迎撃に専念するとしよう。

 

「すまんな、このか。しばらくはここからロボを迎撃する。退屈かもしれんが我慢してくれ」

 

「うん。別にええよ」

 

体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル) 魔法の射手(サギタ・マギカ) 闇の11矢(セリエス・オブスクーリー)

 

呪文を呟くと、11本の闇属性の魔法の()が背後に停滞する。

弓を投影し、見るものを惹き付ける流れるような動作で矢を放っていく。放たれた闇の矢は吸い込まれるようにロボの額に命中し、次々とその活動を停止させていった。

現在、シロウの出せる矢の最高本数は11本。矢が無くなるとすぐに新たな魔法の射手(サギタ・マギカ)を待機させる。

魔法の射手(サギタ・マギカ)3本分くらいで、宝具ではない剣1本と同じくらいの魔力を消費する。

そして、投影と違いわざわざ破棄せずとも命中すれば霧散するので投影剣よりも効率がいい。

 

「む~。しろうの矢、当たってるん?」

 

ここから浜辺までは、かなり離れている。

このかは私が矢を放っている方向を、眉間にしわを寄せながら一生懸命見ているようだが見えないらしい。

 

「ああ。麻帆良の学生達も、次々とロボを迎撃している。今回の件が終わったら、エヴァに魔力による身体強化を習うといい。そうすれば、君も視力を強化したり出来るようになるだろう」

 

「うん、そうするわ」

 

倒しても倒しても、一向に減っている気配が無いロボ軍団。イベントに参加している麻帆良の生徒達も、だんだんと広場へと後退させられる。

 

「……不味いな。魔法先生達はまだか」

 

矢で援護はしているが、6箇所全てを同時に援護する事など出来るはずも無く、苦戦を強いられる。

その時、鳴り響いた轟音。

 

「来たか」

 

イベントのヒーローユニットとして現れた、アスナと刹那がロボを破壊していく。

見れば他の箇所でも魔法先生 生徒達がイベントの演出という事で、制限無く魔法を使いロボの迎撃を開始していた。

 

「む?」

 

魔法先生、生徒達が動き始め、こちらが優勢になったのも束の間、海から巨大ロボ(スクナモドキ)が現れる。

スクナモドキも他のロボ同様ビームを発するが、これも服や装備が弾かれるだけで殺傷能力はゼロの様だ。事前に情報があった為か、スクナモドキにいち早く反応した魔法先生達が連携してスクナモドキの動きを止める。

 

「超に操られいくらか霊格が落ちているとはいえ、あの鬼神をこうも簡単に抑えるとはな」

 

そして、タカミチの豪殺・居合い拳がスクナモドキの腕を吹き飛ばし、腹に大穴を明ける。

頭部の機械を破壊すれば超の支配からとかれスクナモドキは手に負えなくなるが、あれならばスクナモドキの自由を奪えるだろう。刹那とアスナも一緒にいたし、あちら側は心配ない。

他のスクナモドキの方へ目を向けるが、どこも概ね魔法先生達が抑えている。

が、1箇所だけ魔力溜まりへと突き進むスクナモドキがいた。

 

「やはり手が足りなかったか……あれは!」

 

スクナモドキの進む先。

殆どの生徒達が撤退した中、魔力溜まりのポイントである広場に見覚えのある3人の子供が取り残されていた。

 

「鐘達が何故あんな所に!」

 

そこにいたのは、前に幼稚園の前でであった仲良し3人組の氷室鐘、蒔寺楓、三枝由紀香だった。

鐘達は3人ともローブを着ていることからイベントに参加していた事が分かる。由紀香が座り込んでいる所を見るに、おそらくは由紀香が転んでしまい逃げ遅れてしまったのだろう。

 

I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

 

私は、即座に弓を引く。

 

 ───偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!

 

空を切り裂く音速の矢は、一瞬にしてスクナモドキを捉え。

上半身と下半身を2つに断つと、魔力となって霧散する。

 

「このか、すまんが一緒に来てくれ。怪我人だ」

 

「う、うんっ!」

 

私はこのかを抱え、瞬動で鐘達のいる広場へと向かった。

屋根から屋根へと渡り、ものの数十秒で困惑している鐘達の元へ辿り着く。

 

「鐘、楓、由紀香!」

 

「士郎さん!?」

 

「レッドの兄ちゃん!?」

 

「正義のお兄さん!?」

 

広場につくと目に涙を溜めた3人が抱き着いてきたので受け止め無事な姿を確認する。

由紀香は転んだ時に足を擦り剥いてしまったみたいだが、これくらいなら平気だろう。

 

「このか、頼めるか」

 

「うん、まかして」

 

このかはポケットから練習用の杖を取り出し、呪文を唱える。

 

「プラクテ・ビギ・ナル 汝が為にユピテル王の恩寵あれ 治療(クーラ)

 

すると、怪我をした由紀香の足が淡い光に包まれ、傷が癒えた。

 

「すごーい! 怪我が治った!」

 

「すげー!」

 

「なんと!」

 

このかが怪我を治した事ではしゃぐ子供達。

京都の一件で魔法の存在を知ってから数ヶ月。軽い怪我ならアーティファクトがなくても治癒することができる。このかも随分と成長したものだ。

 

怪我が治り、泣き止んだ由紀香は、このかの服の裾を くいくいっ と引き、期待の眼差しを向ける。

みれば、鐘や楓も同じ期待に満ちた目をしている。

 

「お姉さんも正義の味方なの?」

 

その問いに困った顔を見せたこのかはこちらを見て何か思いついたのか、突然立ち上がりポーズをとった。

 

「お姉ちゃんはなー、正義の魔法使いなんよ!」

 

「「正義の魔法使い!!」」

 

このかの答えに、子供達は目をキラキラと輝かせる。

このかが何を思ってそう答えたのかはわからない。もしかすると私を気遣っての答えなのかもしれない。

だが、まさか正義の魔法使いとは。いや、実にこのからしい。

 

「ここら辺は危ないから、3人ともここから少しいった所にある、避難所にいったほうがいいえ」

 

「「はーい」」

 

「レッドの兄ちゃん!今度また遊んでくれよー!!」

 

「その時は、魔法使いのお姉さんも一緒にねー!」

 

「色々と、ありがとうございました」

 

妙に聞き分けが良く返事をした3人は ぶんぶん と手を振りながら去っていった。

3人の姿が見えなくなるまでその背を見送っていたその時。

 

「!?」

 

私達のいる広場が光りだす。

後ろを振り返れば、さっき胴から真っ二つにしたはずのスクナモドキが腕だけで這ってポイントへと到達してしまっていた。

 

「まだ動けたか!」

 

足を失ったからと油断していた。

生物兵器……生物だから、あれほどのダメージを受ければ動けまいと判断したのが甘かった。

超の作った科学装置による制御で、生物というよりは任務を遂行する為だけの機械に近かったというわけか。

 

「しろう、あれ見て!」

 

このかの声に振り向くと、魔法先生達が抑えていたはずのスクナモドキ達がポイントへ向かいゆっくりと動き始めている。

そして、かすかに聞こえる銃声や剣戟音。

 

「超や真名達が動き出したか!」

 

不味い。予想よりも早く動く事は推測していたが、それにしても早すぎる。

刹那やアスナが心配だが、向こうにはタカミチがいる。ならば、ランサーが現れる前に、ネギを起こしに行く方がいいだろう。

 

「このか、予定より早いがネギ君を起こしにいくぞ」

 

「うん!」

 

私はこのかを抱えると、足を強化した状態でさらに瞬動を使う。

多少肉体に負荷がかかるが、今はそんな事を言っている場合ではない。

このかに投影した外套を被せながら、シロウは図書室へと駆ける。

イベントに参加している生徒達の人ごみを避ける為、屋根の上を瞬動で移動していたのだが、屋根の上にもロボ達が現れ始め、止むを得ず走りに変える。

 

「瞬動は途中で方向転換ができないのが難点だなっ!」

 

新たに現れ始めた、銃を持ったロボの弾丸をギリギリでかわす。

 

「!!」

 

避けた弾丸が石に当たり、直径2m程の黒い球体となって石を飲み込んだ。

私の記録には無いが、アレがネギが未来のタカミチから聞いた特殊弾というヤツか。

石が消えたという事は、おそらく転移系の魔法弾。一撃でも食らえばアウトだな。

 

「しろう、どうしたん?」

 

動きを止めたのを不審に思ったこのかが外套から顔を出す。

 

「ロボ達がネギ君の言っていた特殊弾を使い始めた。スピードは落ちるが、ここからは慎重にいく」

 

言いながら、私は梓弓を投影しこのかに差し出す。

 

「このか。魔法の射手(サギタ・マギカ)を撃つ時はこれを使え。矢1本でもロボの動きを止められる程度には威力が上がる」

 

「うん」

 

シロウは投影した干将・莫耶を、このかは梓弓を構える。

 

「ふっ!」

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 光の1矢(ウナ・ルークス)!」

 

シロウとこのかは、ロボを倒しながら着々と進んでいく。

しかし、一般生徒達はロボの特殊弾に当たり、次々と脱落していった。

 

「フハハハハハ!! 苦戦しているようネ、魔法使いの諸君!」

 

その時、麻帆良全体に響いた超の声。

空を見上げれば、巨大な立体映像(ホログラム)の超がいた。

 

「私がこの火星ロボ軍団の首領にして、悪のラスボス 超 鈴音 ネ。流石は麻帆良の生徒諸君、やられても復活可能というルールは君達には優しすぎたようね。そこで、新ルールを用意したヨ」

 

何故超が。この目で確認したわけではないが、超はタカミチ達と戦っているのではなかったのか?

脳裏に最悪のパターンが浮かび上がる。

超が無事という事は、タカミチが敗北。スクナモドキ達の動きを見る限り、ヒーローユニットのアスナ達や魔法先生達もやられた可能性が高い。

 

超は例の特殊弾を掲げ、新ルールを説明する。

特殊弾に当たると即失格。特殊部屋に強制連行され、ゲーム終了まで眠る事になる。

 

「ちなみに、君達の頼みの綱のヒーローユニットは既に私の部下がほぼ始末した。君達の力で、我が火星ロボ軍団の進行を止められるカナ? 諸君の健闘を祈ろう」

 

ヒーローユニットがやられたという事実に、生徒達にざわめきが起こる。

上手い手だ。ヒーローユニットの出現で上がっていた参加者達の士気をヒーローユニットを排除する事で下げさせる。これは、ますます厳しい戦いになる。

 

「さあ! ついに現れました、悪の大ボス超鈴音!!」

 

「この声……和美か!」

 

超に対抗するかのごとく、マイク片手に和美が参加者を煽る。

 

「超鈴音はゲーム中、エリア内のどこかに潜んでいます。発見した方には、ボーナスポイント+特別報奨金をプレゼント! 尚、これには一般の方もご参加できます!」

 

和美の機転により、士気の下がっていた生徒達はやる気を取り戻す。

やはり、和美を協力させたのは正解だった。武道会の時もそうだったが、彼女はイベントの司会などが妙に上手い。

生徒達が活発に行動し始めた為か、ロボ達も数が減っていき行動しやすくなる。

 

「よし、今のうちだ。一気に行くぞ、このか」

 

「了解や」

 

ロボを倒しながら進み、超包子の路面電車屋台が止まる開けた場所に出る。

すると、屋台の中にいるネギを発見した。

 

「……」

 

ネギの目が覚めた。それは喜ばしい事だが、彼らは何故屋台の中にいる?

ここからでは会話を聞き取る事はできないが、まるで何者かから隠れているような……。

 

「あ、ネギ君達や。ネギく……むぐっ!?」

 

「まて、このか。様子がおかしい」

 

ネギを呼びながら出て行こうとするこのかを止め、物陰に隠れる。

辺りに敵の姿が見えないのに屋台の中に隠れているという事は、おそらく狙撃手に狙われている。

私はネギ達を狙撃するのに最も適した場所を探す。

 

「……あれか」

 

ネギ達の居場所から1km地点に狙撃手を発見。高い建物の屋根の上には、黒いローブを身に纏う真名の姿があった。

私が真名の姿を捉えた瞬間、彼女は特殊弾を撃ち超包子の屋台ごとネギ達を黒い球体に包み込んだ。

 

「しまった!」

 

黒い球体は段々と小さくなっていき、屋台を完全に消し去った。

隣の屋台にいた楓とハルナは無事だったようだが、ネギ達は完全に跳ばされた(・・・・・)

これで、こちらの状況が不利になったかと思われたが。

 

「あ、ネギ君無事や!」

 

特殊弾によって巻き起こった煙の中から、無傷のネギ達が現れた。

ネギの手には懐中時計型航時機(かいちゅうどけいがたタイムマシン)カシオペアがある。

なるほど、極短距離の時間跳躍で特殊弾をかわしたというわけか。

 

「ここは、拙者が……龍宮真名は、拙者が引き受ける。いけ、ネギ坊主」

 

「いや。ここは、私に任せてもらおうか」

 

1人で足止めしようとする楓を止める。いくら楓が忍者とはいえ、真名相手に一発もくらわず1kmの距離を縮めるのは至難の技だろう。

 

「「シロウさん!!/士郎殿!!」」

 

「ウチもいるえ~」

 

私の後ろから、このかも顔を出す。

 

「このかさんも、無事でよかったです」

 

「それよりも、ネギ君。ここは、私に任せて先に行け」

 

「で、でも……」

 

戸惑うネギ。時間跳躍弾を使う真名にカシオペアのない私が対応できるか心配しているようだ。

そんなネギに、私は不敵に笑う。

 

「遠距離戦は私の得意分野だ。それに、君は超を止めるのだろう?」

 

「……わかりました。ここはお願いします!」

 

一瞬迷ったネギだが、超の事は自分が止めなければと思い。この場をシロウに任せて、先へ進む事を決意しその場を去った。

現在、この場に残っているのはシロウとこのか。そして……

 

「何故、君まで残っているのかね? 楓」

 

私に付いてきていたこのかはまだわかる。だが、楓が残った理由が分からない。

まさか、気づいている(・・・・・・)とは思えないが……

 

「んー、士郎殿1人では多少キツイかと思ったでござるよ」

 

「私はアーチャーだぞ? 遠距離戦で遅れをとる事は無い」

 

「真名1人ならば、拙者も残りはせなんだが……もう1人いるとあっては」

 

やはり、楓は気づいていた。この場所に来てから、私に向けて放たれる闘気。

これは、間違いなくランサーのもの。

 

「気づいていたのか」

 

「拙者、幼少の頃より山で育った故。そういうのには敏感なんでござるよ」

 

ランサーは2対1になる様な闘い方はしないだろうが、真名は容赦なく隙を突いてくるだろう。

いくら私でもランサーの相手をしながら真名ほどの狙撃手(スナイパー)の弾丸をかわすのは難しい。

ならば、真名は楓に任せた方がいいか。

 

「わかった。だが、いくら君でも、真名の弾丸を避けながら近づくのは容易ではないだろう?」

 

私は話しながら弓と矢を投影する。

投影した矢は骨子を歪ませ、(パワー)よりも速さ(スピード)に特化させた『赤原猟犬(フルンディング)』。魔力を少なめにし、威力もできる限り抑える。

 

「楓、真名の所まで何秒でいける?」

 

「んー、この距離ならば3秒ほどかと」

 

真名の銃は先ほど見た限りボトルアクション。空の薬莢を出し狙いをつけて次弾を発射するまでに真名なら1,5秒かかるかかからないかといったところだろう。

ならば、一度目の弾さえなんとかすれば、後は楓が到達できる。

 

「魔力を溜める。30秒防いでくれ」

 

「うむ」

 

言うと同時に楓はクナイを投げ、真名の弾丸を空中で止める。

それが数度繰り返され、ようやく魔力が溜まった

 

「準備完了……私が矢を放つと同時に行け」

 

「御意」

 

狙うのは、真名の構えるライフルの銃口。

私は弓を引き、楓は両脚に気を巡らせ力を込める。

 

「行け!『赤原猟犬(フルンディング)』!!」

 

縮地无彊(しゅくちむきょう)

 

私の放ったフルンディングを追う様に、楓は超長距離瞬動で跳ぶ。

 

 

 

 

 

 

音速で飛ぶ矢。

シロウが矢を放つ瞬間、真名は引金を引いた。

弾丸はシロウの放った矢に当たり、転移させるはずだったのだが……

 

「!?」

 

転移でさせることがきず、矢がこちらへ向かってくる。

驚くことに弾が矢に当たり、黒い球体が矢を飲み込む前に矢は通過してしまったのだ。

真名の銃はボルトアクション。次弾の装填までに一瞬の隙ができる。

だが、その一瞬で勝負はついた。

1kmの距離を一瞬で零にした矢は、真名のライフルを射抜いた。

 

「くっ! 流石は士郎さん。アーチャーのクラスは伊達じゃないなっ!」

 

毒づいてはいるが、そんな事をしている暇はない。

なぜなら、すぐそこまで楓が迫っているからだ。

このまま、接近されては拙いと判断した真名は、転移魔法符で楓の背後へと転移する。

 

「転移魔法符でござるか!!」

 

至近距離で放たれた弾丸を、楓は空中で体を捻ることによって避けた。

 

「一枚80万円と高価だが、お前になら惜しくない」

 

「それは……光栄でござるな」

 

楓と真名はお互い笑い、クナイと銃が交差した。

 

 

 

 

 

 

「楓ちゃん、大丈夫?」

 

見えないこのかは、心配そうに聞いてくる。

 

「ああ。彼女なら、見事に真名を抑えてくれるだろう」

 

楓が真名と対峙する所は確認した。

では、私も私の戦いに専念するとしよう。

 

「なぁ、ランサーよ」

 

「気づいてやがったかよ、アーチャー」

 

よく言う。自分から闘気を放ち、私を誘っていたというのに。

 

「一応あのお嬢ちゃんが、戦う場所が用意してくれたんでな。ついてきな、アーチャー」

 

ランサーは背を向け移動し始める。

戦闘が始まれば、このかに危険が及ぶ可能性がある。ならば、このかはとはここで分かれた方がいいだろう。

 

「このか、ランサーとの戦闘は危険だから、君は避難所にでも「ダメっ!」……む」

 

このかの安全を考えて言ったのだが、力強く否定されてしまった。

 

「1人やったら、しろうは必ず無茶するやろ? ウチは、それを止める為に付いてく」

 

口を結んで、少し怒った様に言うこのか。これでは、何を言っても意見を変えなさそうだ。

 

「いや、しかしだな……」

 

「しろうは、どうしてもっと自分を大切にしないん?」

 

先程とは、うって変わって暗い表情になるこのか。その言葉に、私はひどく動揺してしまった。

生前も、凛に言われた事があった。

 

《士郎。アンタはもっと、自分を大事にしなさい》

 

自分を大切にしろ、か。

だが、私が刺し違えてでもランサーを倒さねば、麻帆良に住む大切な人たちを守る事ができない。

 

「しろうは、残された人の気持ちを全然分かってへん」

 

残された人の、気持ち?

 

「ウチは、エヴァちゃんの手紙でしろうが死んだって知って、(オルナ)でその瞬間を見て、何も考えられなくなるくらい悲しかった」

 

「……」

 

このかの叫びに、私は何一つ反論する事ができない。いや、してはいけないのだと思う。

このかの言っている事は、私にとって足りない……とても大切なものだと思うから。

 

「だからしろう。お願いやから、自分が死んでもなんて考えないで。絶対勝つって約束して」

 

「フッ……駄目だな私は」

 

このかを泣かせてしまった。

京都で刹那に「心も護らなければならない」等と偉そうに説教をしておきながら、私自身それができていなかった。

 

皆の為に。

このかの為に。

そして、自分自身の為に。

私は戦いに勝利し、必ず生き残ろう。

 

「誓おう。私は必ずランサーに勝つ。主よ(マスター)、まだまだ未熟な従者だが、力を貸してもらえるか?」

 

「うんっ! もちろんや!」

 

このかは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら微笑んでくれた。

 

「……俺はアーチャー1人だろうが、嬢ちゃんとの2人だろうがどーでもいいんだけどよ? 意気込んで案内しようとした、俺の立場はどうなんのよ?」

 

私が付いてこないので、戻ってきたのか。いつの間にか隣に立っていたランサーが愚痴をこぼした。

 

「いたのか、ランサー」

 

「気づかへんかった」

 

「ああそうかよ……まぁ、今度は付いてきてくれよ?」

 

再び案内を始めるランサーの背中は、先程とは違い哀愁が漂っていた。

 

 

 

 




お久しぶりです。一応不定期ですがまだ更新する意思はありますよ?
さてさて、始まりました学園祭3日目。最終決戦開幕です。
次週はみなさんお待ちかね、ランサーとの因縁の対決に決着がつきます!

それではまた次回!!


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貴き雷

 

 

「着いたぜ」

 

ランサーが連れてきた場所は、我がクラスの桜子、美砂、円、亜子の4人が「でこぴんロケット」というバンド名で演奏をした世界樹前のライブ会場。

人避けの結界が張ってあるのか、辺りは無人である。

 

「1つ聞くが、ランサー。アレは何だ?」

 

四方に浮遊する小型の機械。

見た感じ、偵察目的に使用されるものだろう。

 

「ああ、ありゃ俺達の戦いを中継するもんらしいぜ? ったく、見せもんじゃねぇってのによ」

 

口で言うほど、ランサーは関心がないようだ。

にしても、魔法の存在を公にする為に私達の戦いも利用するか。まったく、侮れないやつだな、超鈴音。

 

「んじゃ、始めますかねぇ!」

 

ランサーは、虚空から紅い槍(ゲイ・ボルク)を取り出し構える。

それに応えるように私も干将・莫耶を投影し腕を下げる。

 

「はぁぁあっ!」

 

「ふっ!」

 

激突する双剣と槍が火花を散らし、嵐のような攻防戦が始まった。

 

 

 

 

 

シロウがランサーと戦闘を始め、ネギも上空4000mで超と戦闘を始めた。

その頃、地上の生徒達は、皆モニターに夢中になっていた。

 

「いよいよ、ラストバトルが始まりました! 遥か上空4000mで戦うのは、悪のラスボス超鈴音と子供先生ネギ・スプリングフィールド!」

 

「頑張れー、子供先生!」

 

「負けるな、ネギ君ー!!」

 

和美の進行のもと、イベントはどんどん盛り上がっていく。

 

「そして、世界樹前のライブ会場で戦うのは、今イベントの隠しキャラと言っても過言ではありません。謎の青き槍兵、ランサーVS我らが麻帆良のジャスティス、エミヤシロウ!!」

 

「いけー! ジャスティスー!!」

 

「頑張れ、衛宮せんせー!!」

 

「今回のイベントは,

この2つの戦いに勝利できなければ私達の負けとなってしまいます! 皆さん、張り切って応援いたしましょう!! 尚、危険ですので戦場には絶対に近寄らず、モニターから観戦をしてください!」

 

たくさんの生徒達や一般参加者の中に紛れ、シロウが今まで出会った人達も戦いの様子を見ていた。

 

「素晴らしい動きですわ、シェロ」

 

ランサーの猛攻を、全て受けきるシロウに賞賛を送るルヴィア。

そして、ルヴィアのいる位置から少し離れた場所にいる子供連れの家族。

 

「葵、凛、桜。見なさい、シロウ君が戦っている」

 

「あら、ほんと」

 

「アイツ、あんなに強かったんだ」

 

「シロウさん、かっこいい」

 

時臣達は、皆モニターに夢中である。

もともとは学園祭を家族で楽しむ為に来ていたのだが、色々と事件が起きている事に時臣だけは気づき、エヴァから大体の事情を聞いていた。

 

「……(頑張ってくれ、子供先生にシロウ君。我ら魔法使いの未来は、君達に懸かっている)」

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

振り下ろされる莫耶が、ランサーの首を狙う。

 

「おぉっと!」

 

それを、ランサーは槍で受け止めると同時に弾き即座にこちらの胸目掛けて突きを出す。それを薄皮一枚で躱し、弾かれた莫耶を再度投影しつつ干将をランサーの腕目掛けて振り上げる。

だが、それもランサーは体を逸らすことで躱し、鞭のような蹴りがシロウをステージの壁まで吹き飛ばした。

ここまで、なんとかランサーに隙を与えずにきたが、ここにきて最大の隙を与えてしまった。

 

「終わりだぜ、アーチャー」

 

ゲイ・ボルクに周囲の魔力が収束する。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』に対抗できる宝具を剣の丘から検索。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

不可。

アイアスの盾では、因果の逆転までは覆せない。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガ・ラック)

却下。

逆光剣では、相打ちという結果しか生み出せない。

 

この戦いは相打ちではなく、勝たなければならない。

───ならば。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

手には銀色に輝く剣が握られる。

この剣はおそらく私の保有する宝具の中で、唯一ゲイ・ボルクの呪いに対抗できる可能性を持つ宝具。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!!!

 

因果を逆転させる紅い槍に対抗すべく投影したモノ。

それは、因果の呪いすらも凌駕する幸運。

 

輝く不敗の剣(クラウ・ソラス)』!!!

 

駆ける紅い軌跡と走る白い軌跡。

2つの軌跡は交差し、互いを打つ。

 

「がっ!?」

 

「ぐっ!」

 

クラウ・ソラスを受けたランサーは左腕が完全に消滅し、その場に膝をつく。

だが、その眼光は怒りに燃えシロウの方を睨み付ける。

 

「アーチャー……貴様、俺の刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)を躱したな」

 

「ぐっ……ケルト神話縁の君に、相応しい剣だろう?」

 

精一杯の強がりで皮肉を言うが、心臓を逸れたとはいえゲイ・ボルクは右肺を貫いた。

だが、なぜ心臓へ必中必殺のゲイボルクを躱すことができたのか。

これぞ、『輝く不敗の剣(クラウ・ソラス)』の効力。

ケルト神話に登場するダーナ神族の王、銀の腕のヌアザの所有する剣で、鞘から放たれれば相手は抵抗する事すら出来ずに二分される不敗の剣であると伝えられる。

一説では所持者に幸運をもたらすとされ、”幸運をもたらす者”と呼ばれる事もあるという。

それにより、シロウの幸運(ラック)は跳ね上がり、ランサーのゲイ・ボルクを避ける事ができた。

 

だが、喜ぶのはまだ早い。

ゲイ・ボルクによる即死を回避できたとはいえ、お互い片腕が使い物にならない。

これで勝負は五分。いや、残りの魔力量を考えれば圧倒的にシロウが不利だろう。

 

「……やれやれ、これはどうしたものか」

 

目の前で起こった信じられない光景に、僅かながら焦りを覚える。

世界からのバックアップなのか、消滅したはずのランサーの左腕が再生していく。

 

「悪りぃなアーチャー。俺も一対一の戦いに水を差されるのは納得いかねぇが……まぁ、お互い理不尽な戦いは慣れっこだろ? 英雄ってのは、いつも理不尽な命令で死ぬもんだ」

 

ランサーはめんどくさそうに、けれど感慨深げに言った。

 

「クッ、確かに。君の言う通り、理不尽な戦いは多かった。それは同感だが……」

 

来たれ(アデアット)

 

今までシロウとランサーの戦いを見ているだけだったこのかが、アーティファクトを出した。

 

「生前、私は誰かの命令で戦ったわけではないし、今の私に死ぬ気は毛頭ない」

 

このかが手に持った扇子を振るうと、魔力に包まれ肩の傷がいえる。

ゲイ・ボルクの呪いが強力とはいえ、あまりに強力で一日一回という使用制限がつくほどの完全治癒魔法。

その力はゲイ・ボルクの呪いを消し去り、完全に傷を癒した。

 

「俺のゲイ・ボルクの呪いを消すほどの治癒術師とは。テメェは、つくづくマスターに恵まれてやがる」

 

「そうだな。そのことだけに関して言えば、私はサーヴァントの中で最も幸運なサーヴァントだろうよ」

 

凛もこのかも、私などにはすぎたマスターだ。

彼女たちのおかげで、凡俗なこの身でも英雄たちと渡り合うことができる。

さて、ランサーに超再生能力があると分かった以上、それを上回るダメージを与えなければならない。

だが、ランサー程の使い手に確実に殺せる一撃を与えるのは難しい。

 

「できれば、使いたくなかったのだがな。───投影(トレース)開始(オン)

 

私が右手を上げると同時に投影された剣が、四方の小型偵察機を破壊する。

 

「なんのつもりだ、アーチャー」

 

「なに。これから使う魔法(・・)は、人に見られるわけにはいかないのでね」

 

魔法という単語にランサーは眉をピクリと動かしたが、気にせず私は空を見上げ、この戦いを見ているであろう人物に声をかける。

 

「というわけだ。エヴァ、ここら一帯に結界を張ってくれないか?」

 

「なんだ、気づいていたのか。つまらん」

 

「ケケケケケケケ」

 

すると、箒に乗ったエヴァと背中の羽で飛ぶチャチャゼロが現れた。

 

「まあいい。見物料代わりだ、それくらいならしてやる」

 

エヴァが指を鳴らすと、周囲が結界に包まれる。

 

「一応強力なやつを張っておいたが、貴様のアレには耐え切れんから気をつけろ」

 

「わかった」

 

私が返事をすると、エヴァは再び飛び上がり空からこちらを見物する。

 

「このか、君の魔力(チカラ)を貸してくれ」

 

「うん。契約執行 このかの従者 エミヤシロウ」

 

呪文と共にこのかから膨大な魔力が流れ込んでくる。

流れ込んでくる魔力を全て『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に接続し、本来の持ち主でもないのに強引に起動させる。

そして、私はカラドボルグを投影した。

 

「何をするつもりだ、アーチャー」

 

「それは、見てのお楽しみだよ。───体は剣で出来ている(カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテ・イル) 術式固定(スタグネット)

 

呪文と共にカラドボルグは音を立てて球状へと圧縮され。

 

掌握(コンプレクシオー)

 

そして、その球体を握りつぶすと同時に体内へと吸収する。

その瞬間。私の体からは魔力が溢れ、電気が放電され周囲の地面を抉る。

 

闇の魔法(マギア・エレベア)

 

術式兵装。

 

硬 イ 稲 妻(カタイイナズマ)

 

 

「おいおい、何の冗談だこりゃあ……」

 

流石のランサーも、驚きを隠せずにいる。それは当然だ。

本来武器である宝具を取り込むなど不可能。仮にできたとしても、肉体が宝具の神秘に耐えられるはずがない。それはシロウとて例外ではない。

故にシロウは『全て遠き理想郷』を起動させ肉体を修復し続けることによってそのリスクを相殺している。

シロウ自身の魔力だけでは、万全の状態であっても長くて20秒が限度というところだろう。

 

これは、シロウの宝具を投影できるという特性。

体内の『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

そして、このかによる魔力供給の3つが揃って、初めてできる戦い方である。

 

「いくぞ、ランサー」

 

「!!」

 

瞬間、シロウの姿がランサーの視界から消え、背後から衝撃が訪れる。

 

「がぁっ!?」

 

見れば、いつの間にかシロウに回り込んでランサーに拳を当てていた。

その速さは、正に雷速。サーヴァント中最速といわれるランサーが反応できなかった。

 

「俺が反応できないほどのスピードだと!?」

 

次いで気がつけば、シロウはランサー目の前にいて剣を振りかぶっている。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

常人離れした反応速度で何とか剣を防ぐが、力もろくに乗ってない出鱈目な防御では防ぎきれるわけもなく、ランサーは吹き飛ばされ観客席へと突っ込む。

 

シロウが使っている剣は、何の変哲もない普通の剣。

別荘で修行した際、宝具を取り込んだ状態でCランク以上の宝具を投影するとあまりの神秘に誘爆してしまう事が判明した。

つまり、普段愛用している干将・莫耶を始め、殆どの宝具は闇の魔法発動時に使えない。

しかし、使用している武器に取り込んだ宝具による付加効果(『硬イ稲妻』の場合は硬質化と雷の属性)を付加する事ができる。

 

「へっ……やるじゃねぇか、アーチャー。まさか、俺達の世界にはない魔法(・・)を使いやがるとは、恐れ入ったぜ」

 

瓦礫の中から、ボロボロのランサーが愉しげに起き上がる。

その時、魔力溜まりとなっていた6つの基点から光の柱が立つ。

 

「どうやら、嬢ちゃんと坊主の戦いも最終局面(クライマックス)みたいだな。俺達も、そろそろ終わりにするかねぇ!」

 

「いいだろう」

 

ランサーの体から青い魔力が溢れ出し、それに応えるようにシロウの体からも大量の電気が放電される。

 

「聖杯戦争じゃ魔力の関係で使えなかったが、俺のとっておきを見せてやるよ」

 

言うや否や、ランサーは空に文字を刻む。

ランサーの四肢に魔力が集まった事から、ルーン魔術による身体強化だということが分かる。

次いで地面にもルーンを刻む。それは見覚えがあった。

───四枝の浅瀬(アトゴウラ)

その陣を布いた戦士に敗走は許されず、その陣を見た戦士に退却は許されない。

赤枝の騎士に伝わる一騎打ちの大禁戒。

つまり、彼のすべてを掻けた一撃がくるという事。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

呪文と共に左右に5本ずつ、合計10本の剣を空中で待機させる。

2列に並んだ雷を纏う剣は呼応しあい、まるでレールの様に道を作る。

 

「その心臓───貰い受ける!!」

 

ランサーは空高く跳躍。否、飛翔する。

それは、『突き穿つ死翔の槍』を放つ時よりさらに高い。

 

「───投影(トレース)重装(フラクタル)

 

更に投影したのはアーサー王伝説に出てくる円卓の騎士の1人、トリスタンが使ったとされる弓。

無駄無しの弓(フェイルノート)

トリスタンはこの弓を使って寸分の狂いなく狙った場所を射たと言われる必中の弓。

しかし、それはあくまでトリスタンの腕によるもので『無駄無しの弓(フェイルノート)』の宝具としてのランクはD+。能力としては精々矢の精度を上げる程度である。だが、その僅かな補正が今回は重要だった。

これから使おうとする魔法には、普通の弓では耐え切れないうえ、反動が強すぎてシロウですら多少の誤差を生んでしまう。

故に、シロウはその後差を埋める為、そして全力で次の一撃を放つ為に『無駄無しの弓』を投影した。

 

貫き穿つ(ゲイ)────』

 

空中で体勢を変えたランサーは、あろう事かゲイ・ボルクの柄の端に足をかけ、大きく体を仰け反らせた。

伝承によれば、クー・フーリンはゲイ・ボルクを足で投擲したといわれている。それはその神話の再現。

 

貴き(カラド)────』

 

シロウの放電はさらに激しくなり、剣で出来たレールもそれに呼応して激しく輝きだす。

 

『────死滅の槍(ボルク)』!!!!

 

『────(ボルグ)』!!!!

 

貴き雷(カラドボルグ)

闇の魔法で取り込んだカラドボルグの術式を解放し電磁投射砲(レールガン)の原理で射出した魔法。

固い稲妻の名を持つ魔剣の力を再現したその魔法は、全てを貫く稲妻と化す。

 

真名開放と共に蹴り出される紅い魔槍と、電撃のレールより射出される雷の剣。激突する紅い流星と白い稲妻。

初めこそ拮抗していた紅と白だが、『貴き雷(カラドボルグ)』が僅かに押し始め───『貫き穿つ死滅の槍(ゲイ・ボルク)』ごとランサーを飲み込んだ。

 

 

 

「見事な一撃だったよ。クー・フーリン」

 

ボロボロになったライブ会場の観客席に横たわるランサー。その四肢は、高温で焼かれたように爛れ、動けるような状態ではなかった。

それでも、意識を失っていないのは流石としか言いようが無い。

 

「……ハッ、俺の負けかよ」

 

負けたというのに、ランサーはどこか清々しい笑顔を浮かべている。

最後の一撃は本当に凄まじい一撃だった。

私が勝てたのは、このかという(マスター)の協力があったからだ。

 

「……ちっ、本当に世界ってヤツはウゼェな。俺は敗北を認めたってのに」

 

アレほどまでボロボロになったというのに、ランサーの体は回復を始めている。

もっとも、ダメージが大きかったせいか、回復のスピードは微々たるものだ。

 

「そう言うなランサー。英雄というのは、いつも理不尽な命令に従うものだろう?」

 

私が先ほど言われた言葉に似せて皮肉を言うと、ランサーは重傷とは思えないほど盛大に笑った。

 

「ハッ、違ぇねぇ。……おい、エミヤ。どうせ最後になるんだ、テメェに俺の知る情報を教えておいてやるぜ」

 

回復しきっていない体では話すのもキツイだろうに、ランサーは語りだす。

 

今現在、私がいる世界。

ずっと平行世界だと思っていた世界は、実は平行異世界というものらしい。

 

「平行……異世界?」

 

「ああ」

 

平行異世界。聞いた事が無いな。

異世界というぐらいだから、普通の平行世界とは違うのだろうが……。

 

「平行異世界。それは、数々の平行世界の歪が重なり合い生まれた元が同じだけの完全に独立した世界だ」

 

平行異世界。

平行世界の歪が重なり合って出来た独立世界。

平行異世界には霊長の抑止力(アラヤ)星の抑止力(ガイア)も干渉できない。

では、何故アサシンやランサーが現れたのか。それは、抑止の守護者(エミヤ)という、元の世界とこの世界の繋ぐ存在がいるから。

故に、エミヤの抹消は、エミヤに縁のある者しか行えない。何の繋がりも無い者を異世界へなど送り込めないからだ。

 

「そういうことだったのか……」

 

アサシンから「答えを得たエミヤ」が必要の無いアラヤが私を抹消しようとしているのは聞いていた。

だが、何故第五次聖杯戦争のサーヴァントであるアサシンが現れたのかが疑問だったが、これでようやく納得がいった。

 

「気をつけろよエミヤ。お前がこの世界にいればいるほど霊長の抑止力とこの世界の繋がりは強くなっていく」

 

時間が経つにつれ、元の世界とこの世界の繋がりが強くなっている。故に、最初は亡霊に近い架空の英霊である佐々木小次郎が送られたが、今回は英霊であるクー・フーリンが送られてきている。

ランサーの話では、そのうちクラスに縛られていない状態で第五次聖杯戦争のサーヴァントが送られてくる可能性もあるらしい。

 

「ま、そんなところだ。……さてと。んじゃ、そろそろかねぇ」

 

完治はしていないが、手足を動かせる程度には回復したランサーがよろよろと立ち上がる。

私はいつでも『全てを救う正義の味方エ(エミヤ)』を出せるよう、ポケットにあるパクティオーカードを掴む。

アサシンとの戦闘で知ったのだが、『全てを救う正義の味方』には世界との繋がりを断ち切る力がある。

その為には相手もそれを望まなければならないわけだが、敗北を認めた今のランサーならば、解放してやる事が出来るだろう。

しかし。私が『全てを救う正義の味方』を使うことはなかった。何故なら。

 

「ごふっ……!」

 

「ランサー、何故」

 

ランサーは自身が暴走する前に、自らの心臓にゲイ・ボルクを突き刺していた。

 

「そこまで面倒かけられるかよ。……誇れよ坊主(エミヤシロウ)。お前は努力の果てに英雄(俺ら)の域にまで達したんだからよ」

 

その言葉を切欠にランサーの体は崩壊を始める。自らの心臓を貫いて尚、光の御子は倒れることはない。

 

「ああ、忘れてたぜ……ふん!」

 

「ぐっ……!?」

 

ランサーは何を思ったのか、突然私の顔を殴りつけた。

そして私を殴った方の拳をしっかり握り、天を仰いで無邪気に笑う。

 

(嬢ちゃん)、アンタに謝らせるこたぁできなかったが、アンタの代わりに一発殴っといたぜ」

 

死に体で尚折れることなく直立するその光景は、伝説に伝えられるクー・フーリンの最後と同じ、真の英雄に相応しい最後だった。

 

「しろう、勝ったん?」

 

少しはなれた所にいたこのかが、よろよろとやってきた。

慣れない魔力供給をした為か、顔には疲労の色が見える。

 

「ああ、君のおかげだ。感謝する」

 

「よかっ……た」

 

このかが倒れそうになる所を、間一髪で抱きとめる。

 

「すー……すー……」

 

規則的に聞こえる寝息。

少し心配だったが、疲労により寝てしまっただの様なので安心した。

 

「本当に助かったよ、このか」

 

大切な事を教えてくれた、やさしい少女の頭を撫でる。

 

「さて、ネギ君の方はどうなったか……」

 

近くにエヴァの気配が感じられない。きっと私とランサーの決着がついたので、ネギの戦いを見に行ったのだろう。

 

「ネギ君、私は勝ったぞ」

 

日が暮れ星が輝き始めた空を見つめ、そう一言だけ呟いた後、シロウは眠るこのかを背負い世界樹前の会場を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 




奇跡の連続更新。治すところが多々ありましたが、盛り上がるシーンのおかげでかなり速いペースで仕上げることができました!
ランサーのアニキかっこいい!

次回は遂に学園祭篇最終回です! お楽しみに!


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また会おう!

 

 

 

「すー……すー……」

 

すやすや と気持ちよさそうに眠るこのかを背に、重い体でモニターのある広場を目指す。

このかから魔力供給を受けていたとはいえ、残りの魔力は殆どない。

 

「やれやれ。『貴き雷』を使うと、一気に魔力が持っていかれるのが難点だな……!!」

 

爆音と共に光る空。

残る魔力で視力を強化し見てみると、空の上でネギと超が戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい。今のを持ちこたえたか、ネギ坊主」

 

「はぁ、はぁ……」

 

障壁を全力展開しなければ、完全にやられていた。

確実にネギ以上の魔法。凄まじい魔力だ。

超が魔法を……しかも、自分よりも強力な魔法を使った事にネギは驚いた。

だが、そんな事ありあるのか? いくら超が天才だとしても、魔法まで最強クラスの使い手なんて。

そして、超から感じる妙な魔力の流れ。

 

「ハハ……ここまでくれば、もはや策などない。後は、互いの思いをかけた、力と力のぶつかり合いがあるのみネ」

 

超の全身には、妙な模様が浮かび上がる。

 

「あれは……!!」

 

超の全身に呪紋処理が施されている。見た事もない魔法様式いや、それはもはや魔法様式というより科学様式だった。

 

「ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル……ぐっ! 『火精召喚 槍の火蜥蜴29柱』!!」

 

超が呪文を唱えると、苦しみながらも魔法を発動させる。

 

「間違いない!!」

 

超はあの全身の科学様式で、無理やり強力な魔力行使をしている。

でもあんな無理をすれば、身体に物凄く負担がかかるはずだ。現に、さっき超は魔法を使おうとした時、苦しんでいた。

 

「『風精召喚 戦乙の女17柱』!!」

 

超の火蜥蜴(サラマンダー)をネギの戦の乙女(ヴァルキリー)が相殺し、その中心でネギと超は、魔法を駆使した接近戦闘を繰り広げる。

 

「もうやめてください超さん!」

 

無茶をする超を止めようと、ネギは必死に声をかけるが。

 

「かッ……ゲほッ!?」

 

超の拳がネギの鳩尾にめり込む。

超が魔力を使う度に身体に痛みが走っていることに気づいたネギは、無意識のうちに手を緩めてしまっている。

そんな状態で、全てを懸けた超の猛攻を止める事はできない。

 

「今さら手を緩めてどうする。死ぬゾ?」

 

超の猛攻は更に続く。

 

「私はこの為だけに、この時代にやてきた! 2年の歳月と、全ての労力をこれに注いだのダ!」

 

超は叫ぶ。

その背後には、大量の火属性の魔法の射手が浮かんでいる。

 

「この計画は、今の私の全てだネギ坊主! 言葉などでは止まらぬヨ!!」

 

「全て……?」

 

超の叫びに何かを感じたのか、ネギも光属性の魔法の射手を準備する。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・火の59矢(セリエス・イグニス)

 

魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・光の37矢(セリエス・ルーキス)

 

衝突する火と光の魔法の矢。数は超の方が上。

だが、魔力の扱いに長けているネギは、1本の矢で2本の矢を止めるなど、超の約2/3程度の矢で上手く相殺させた。

 

「『紅き焔(フルグランテイア・ルビカンス)』!!」

 

しかし、超は力技で強引に吹き飛ばす。

 

「ぐっ!?」

 

ネギは爆風を利用して超から距離を取り、体勢を立て直した。

これ以上、超に魔法は使わせられない。でも、止まれと言ったからといって、超は止まらない。

いや。そもそも全てを懸けて戦っている超を、言葉で止めようなんていうのが間違いだ。

持てる全ての魔力。出せる全ての力。全力で、真正面から超さんを倒す。

 

「それが、今の僕にできることだ!!」

 

「ハァ、ハァ……やっと本気カ。……そうだ、それでいい」

 

ネギの様子が変わった事に気づいたのか、息を切らしながらも超は満足そうな顔をする。

 

「この計画を止めたくば、私を力で倒せ。完膚なきまでに。お前は……サウザンドマスターの息子ダロ!」

 

「……1つだけ、教えてください」

 

ネギは、1つだけ超に聞きたい事があった。

それは、超の気持ち。

 

「この為だけに、この時代へ来たと言いました。これが全てだと……では、くーふぇさんや葉加瀬さん、3-Aの皆と過ごしたこの2年間は、超さんにとって何だったんですか?」

 

そう。これだけは聞かずにはいられなかった。

超はこの計画が全てだといった。けど、クラスの皆との思い出まで、否定はしてほしくなかった。

だからこそ、問いかけた。

 

「クラスの……みんな」

 

超の脳裏には、この2年間の思い出が走馬灯のように映し出された。

そして、自分の宝物である双剣をくれた親友の顔が。

 

「フッ……そうネ。それが私の唯一の計算違い。驚いたことに、この2年間はとても楽しい2年間だたヨ。……だが、私にとては儚い夢のようなモノ」

 

そう言った超の表情は、先ほどまでの覚悟を決めた戦士の様な顔ではなく。

まだ、幼さの残る。1人の少女の顔だった。

 

「超さん……」

 

「おしゃべりは終わりネ」

 

ネギと超の周りには魔力が渦巻く。

お互い分かっているのだろう。

次の一撃で、勝敗が決する事を。

 

「ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル 契約に従い 我に従え炎の覇王!!」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル 来れ雷精 風の精!!」

 

呪文を唱え始めると超の手には炎が灯り、ネギの手には電撃が集まる。

 

「来れ浄化の炎 燃え盛る大剣 ほとばしれよソドムを焼きし……」

 

「雷を纏て吹きすさべ 南洋の風!」

 

超の方が威力の高い魔法だが、威力が若干劣る分ネギの方が詠唱が早い。

ネギは超が呪文を詠唱しきる前に魔法を発動させた。

 

「『雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)』!!!」

 

走る『雷の暴風』が超を襲う。

 

「くっ……火と硫酸 罪ありし者を死の塵に『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』!!!」

 

『雷の暴風』が直撃するギリギリのタイミングで超は『燃える天空』を発動させる。

『燃える天空』の方が威力が高いとはいえ、これだけの至近距離。『雷の暴風』と『燃える天空』は拮抗する。

 

「くぅぁああああああ!!!」

 

「ふぅうあああ!!!」

 

焦りによる魔力制御(コントロール)の乱れか、それとも元から限界だったのか。もしかしたら、その両方なのかもしれない。

何かが割れるような音と共に超の体の科学様式が消え去り、『雷の暴風』に飲み込まれた。

魔力も切れ、気絶してしまった超は地上へと落下していく。

 

「超さん!!」

 

ネギは何とか気絶する超の腕を掴み、落下を阻止する。

すると、超はうっすらと目を開いた。

 

「ネギ……坊主?」

 

「ハァ、ハァ……超さん、よかった!」

 

その時、聡美の起動させていた魔方陣が発動し、麻帆良上空に魔力が集まる。

 

「強制認識魔法……発動してしまったようネ」

 

「そ、そんな!」

 

「当然ネ。私を倒してもハカセを止めなければ儀式は完成する」

 

上空1万8千mまで打ち上げられた大魔法は、さらに世界樹の魔力を吸い上げ、数分後には世界12箇所の聖地と共鳴する。

 

「それで終わりネ……私との戦いに時間を取り過ぎたナ」

 

「だったら、止めるだけです!!」

 

ネギは、掴んでいた超の手を引き抱えなおす。

 

「まだ数分あるんでしょう!? それなら、今す……うぶっ……こふっ!?」

 

急に吐血するネギ。

魔力切れに過剰な魔力行使による反動。

 

「あと、少しなんだ……!」

 

ネギは、上昇する為に最後の力で魔力を絞り出すが、プツン と、糸が切れた人形のように崩れてしまう。

 

「ダメだ……超さんも抱えているのに。こんな、ところで……力尽き……」

 

ネギが気を失った事により、2人はまっ逆さまに落下してゆく。

 

無理もない。最後のは、このネギに出せる全力だ。

おまけに、超のように世界樹の魔力を利用するのではなく、自分の魔力を使ってのカシオペアの連続使用。

 

「……当然の結果ネ」

 

超はボディスーツの浮遊機能を起動させてみるが、動く気配がない。

いや、破損していて当然だろう。あれほどの魔法を食らったのだから。

 

「フム……このままでは、2人とも一巻の終わりネ」

 

死の間際に立って尚、超の心は穏やかだった。自分は使命を全うした。精一杯やったのだ。

だから、後悔も未練も何もない。……でも。

 

「私に未練はないガ……」

 

超はネギを抱きしめる。その小さな体を護るかのように。

落下する中、超は走馬燈を垣間見る。自分の走馬燈は自分が生きてきた世界での生活だと思っていた。だけど、実際は違った。

浮かんでくるのは全てこの世界でクラスメイト達と過ごした日々だったのだ。

 

「フフ……仕方あるまい。最後の魔力で私が盾になって、何とかこの子だけでも───」

 

「───たわけ。魔力が残っているなら最後まで足掻け」

 

諦めかけたその時、そんな厳しくも暖かな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

空では、ネギと超が激戦を繰り広げている。

 

「ネギ君の雰囲気が変わったな」

 

超が魔法を使ってから何やらネギの動きが鈍ったが元に戻った。

いや、元に戻ったというよりは……

 

「覚悟を決めたか、ネギ君」

 

全力で向かってくる相手を止める為には、相手が誰であろうと全力で向かわなければならない覚悟を。

 

ネギと超は、魔法の詠唱に入る。詠唱の長さから言って、この一撃で決めるつもりだろう。

しかし、見た感じ2人とも限界に近い。最悪の場合を考え、助ける手段を考えておくべきだろう。

 

「しかし、あの高さでは……ん?」

 

その時、超包子の屋台に入る五月を見かける。

いや、五月だけではない。屋台へ入ったのは、五月、美砂、桜子、円、アキラ、風香、祐奈の7人だ。

 

「な!?」

 

全員が乗り込むと、あろうことか屋台は空へと飛び立った。

まさか飛行機能が付いているとは……流石は超が責任者の店だな。

しかし、これは好都合。あの場へ行く手段を探していた私には渡りに船だ。

私は地面を蹴り、屋台の屋根へと着地する。

 

「きゃっ!? 何今の音!」

 

「ちょっ!? ホントに大丈夫なの、さっちゃん?」

 

下が騒がしい。

静かに着地したつもりだったのだが思いのほか揺れたらしい。

 

「すまん。驚かすつもりはなかったのだが」

 

「「衛宮先生!!」」

 

私が屋根から顔を出すと全員が驚く。

 

「衛宮先生、あの青いヤツとの戦いは!?」

 

美砂が身を乗り出して聞いてくる。

ああ、そうか。私が偵察機を破壊したから皆は結果を知らないのか。

 

「ああ。私の、勝ちだよ」

 

「「やったー!!」」

 

「さっすが、衛宮先生!」

 

「これで、後はネギ君が勝てば私達の勝ちだね!」

 

私の勝ちを知り皆は大喜び。その光景を見て、シロウはなんとも不思議な感じがした。

 

「ん、ん~……しろう?」

 

「目が覚めたか?」

 

その時、背中にいるこのかが目を覚ました。

 

「しろう、なんかあったん? 変な顔しとるよ?」

 

「む、そうか?」

 

「うん。なんや上手く言えへんけど……嬉しそう? なんかな」

 

このかの言葉に疑問符がついてしまうが、それは仕方ないだろう。

今まで戦いに勝利して恨まれる事、恐れられる事、疎まれる事はあれど、喜ばれる事など全くといっていいくらいなかった。

自分の勝利をこれほどまで喜んでくれる彼女らを見て、戸惑うのも無理はない。

 

「……嬉しいかどうかはわからんが、戸惑っているのは確かだな」

 

しかし、この戸惑いの感情は、う嫌なものではない。

そんな事を思うシロウであった。

 

「士郎!」

 

「……ち~っす」

 

そこへ、空で超のロボ達と戦っていたアスナと箒でアスナを運ぶ美空がやってきた。

 

「アスナに美空か。空の敵はもういいのか?」

 

「うっ……いや、その……私、刹那さんみたく空飛べないし」

 

「アスナが乗ると、なんか箒の調子が悪いんすよ……」

 

アスナが乗ると箒の調子が悪くなるというのは、おそらくアスナの魔法無効化能力のせいだろう。

飛べないアスナは戦力になれず、ここまで来たという事か。

 

「「!!」」

 

鳴り響く爆音。

見上げれば、ネギの放った魔法が超に直撃していた。意識を失い落下する超を、ネギは掴む。

しかし、お互い魔力はほぼ空。後どれくらい浮いていられるかわからない。

 

「五月、もう少し急ぐ事はできないか?」

 

「すいません。飛行機能が付いているとはいえ、一応屋台ですからこれ以上早くは……」

 

五月は、申し訳なさそうに首を振る。

無理もないか。この機能は本当に緊急用の様だからな。なら、私が何とかするしかないのだろう。

私はこのかを背中から降ろす。

 

「しろう、ネギ君と超ちゃんを迎えに行ってあげてね」

 

背から下ろしたことで私の考えが読めたのか、このかはそう言ってきた。

 

「いってらっしゃい」

 

手を振るこのかには何の疑いもない。空を飛ぶ術のない私を、何の疑問も持たず信じて送り出してくれる。

ならば、その期待に見事応えて見せよう。

 

「いってくる───投影(トレース)開始(オン)

 

呟いて、私は屋根を蹴り跳ぶ。

 

「な、なんじゃありゃー!?」

 

「すごーい!!」

 

「わぁ~!」

 

「きれい……」

 

目の前に起きた幻想的な光景に、屋台の乗っていた生徒達は驚きの声を上げた。

宙に浮かぶのは、無数の剣。剣達は空へと階段のように続き、その上をシロウが駆け上がる。

投影された剣は残りの魔力も少ない為、外見だけで中身のないモノ。

それに、もともとは剣を魔力で飛ばす為の技法であって、人が乗る為のものではない。

一度踏めば剣は耐え切れず砕け、魔力となって霧散する。だが、霧散した魔力が月明かりに照らされ青く光り、より幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「ふむ。即席の階段にしては上等だな」

 

ネギ達との距離にして約10メートルという所。

ついに限界だったのか、ネギは抱えていた超ごと落下する。

 

「ちっ!」

 

シロウは剣を登る速度を上げる。

そんな時。

 

「私に未練はないガ……」

 

ネギを護るように抱きしめる、超の声が聞こえた……。

その言葉に怒りを覚えた。彼女がそんな言葉を発したことに。彼女にそんな言葉を吐かせる状況を生み出した何かに。

だからこそ、自然と皮肉げな声がでた。

 

「───たわけ。魔力が残っているなら最後まで足掻け」

 

そんな超達を掴み、こちらへ引き寄せる。

 

「エ、エミヤ先生!? 何故貴方がここにいるネ!?」

 

上空4000mという高さに、飛ぶことのできない私が現れた事に超は驚愕する。

驚くのも無理はないと思うが……。

 

「少し口を閉じていろ。でないと舌を噛むぞ」

 

2人を抱えた状態で体勢を立て直し、ゆっくりと浮上してくる超包子の屋台の屋根へと威力を殺して着地する。

 

「大丈夫、超りん!?」

 

「何この全身傷まみれ!? 大怪我じゃん!」

 

「おわっ!? ネギ君も!」

 

「ここここ、これ特殊メイク!?リアルすぎ!!」

 

傷だらけの2人を見て、皆が屋根へ集まってくる。

 

「あはは、大丈夫やて。こんなん、ウチがこの杖を振るえばあら不思議~♪」

 

このかは惜しげもなく魔法を使い2人を治療する。

完全治癒魔法は私に使ってしまったとはいえ、エヴァの下で修行をしているこのかの魔法ならば十分だろう。

 

「シロウさん……強制認識魔法が」

 

意識を取り戻したネギはすぐに強制認識魔法の心配をする。

世界樹の真上には巨大な光球が今にも破裂せんばかりに膨らんでいる。

 

「超、アレを止める方法は?」

 

「もう遅いネ。科学で制御しているものだから、それさえなんとかすれば止められるだろうガ、茶々丸がそれを許しはしないヨ」

 

「ネギ君、千雨にカードで念話はできるか?」

 

ネギはカードを額に当て、悔しそうに首を振る。

 

「……駄目です。まだ阻害されています」

 

「衛宮先生。よろしければどうぞ」

 

五月が差しだしたのは店に備え付けられている電話の子機。何でも超と葉加瀬が手を加えてあるらしく、今の状況でも使えるらしい。

私は電話を受け取ると、作戦会議の時に念のため聞いておいた千雨の番号へと掛ける。

 

「だぁぁぁあああーーー! 誰だこんな時に! 私は今忙し───」

 

「エミヤシロウだ」

 

「あ、あー衛宮先生ですか。今もの凄く忙しーんですけど!? アンタの建てた作戦のせいでな!」

 

おお。かろうじて敬語にしようとしているようだができていない。かなり焦っているな。

やはり茶々丸の包囲網を突破するのは苦戦しているとみえる。

 

「それはすまない。では手短に話そう。あとどれくらいでセキュリティを突破できる?」

 

簡潔に。あとどのくらい時間があれば茶々丸に勝てるか問うた。

それは千雨が負けるなどという可能性は微塵もない、勝利を確信している問い。

 

「───っ! ずるいですよその言い方は。……あと1分お願いします」

 

「了解した」

 

たった一言答えて電話を切る。

このかに目配せすると、すかさずカードで魔力を送ってくれた。

 

「投影、開始」

 

手の中に現れるのは黒塗りの西洋弓と赤い槍。槍は骨子を歪めるとたちまち長さと形状を変え、矢となる。

正直世界樹上空に集まった魔力は膨大過ぎて消滅させるのは不可能。だが、この槍ならば一時的に霧散させることができる。

 

「切り裂け───『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルク)』!!」

 

紅い軌跡を残し放たれたゲイ・ジャルクは、一瞬で魔力を霧散させる。

しかし、周囲の科学式が直ぐに魔力の収束を再開する。だが、その一瞬を稼げれば千雨が茶々丸を破る。

収束した魔力が霧散する前と同じ大きさまで集まったところで、強烈に発光し弾ける。

 

周りを見渡せば、スクナモドキたちは次々と消滅していき。科学式も消えていった。

スクナを制御していたのも、科学式の魔方陣の制御も、すべて茶々丸が制御していた。

つまり。

 

「見事だ、千雨」

 

学園祭最終イベント。火星ロボ軍団体VS学園防衛魔法騎士団。

勝者───学園防衛魔法騎士団。

 

 

 

 

 

 

 

世界樹から少しはなれた所にある草原。超の特殊弾に撃たれた者達が続々と解放され賑わっている。

そこから更に少しはなれた、ストーンサークルがある場所。そこでシロウと超は対峙していた。

 

「おや、エミヤ先生。ネギ坊主たちハ?」

 

「直に来るだろう。彼らには悪いが、先に私だけ来させてもらった」

 

「そうか……エミヤ先生。貴方にも色々と迷惑をかけたネ、すまない」

 

「ああ、構わん。生前知り合いに掛けられた迷惑を考えれば今回の件など可愛いものだ」

 

冗談だと思ったのか超は一瞬笑ったが、私の心底嫌そうな顔を見て事実を言っていると気づき苦笑いをする。

 

「だとしても、面倒事には変わりないだろう。何故あなたは私をここまで気にかけてくれル? 副担任という理由にしては度が過ぎていると思うガ?」

 

「ああ。残念ながら学園には辞表を出してしまったのでね。私個人の勝手なお節介だ」

 

「え……あ、本当にすまないネ……」

 

驚いた超は私が辞表を出した経緯に思い当たったのか、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

だが、私はそれを無視して言葉を続ける。

 

「なぁ、超。私の前のマスターが言っていたことなんだが。なんでも「酷い目に遭ったんだから、せめてその後は楽しくやらなきゃ嘘でしょう」だそうだぞ」

 

それは凛が冬木の大火災で唯一の生き残りであることに罪悪感を持っていた衛宮士郎に向けて放った言葉。

 

「遠坂凛のセリフか……だが、何故それを私ニ?」

 

超の言葉に答える代りに、私は草原の向こうから走ってくる彼らに視線を向ける。

そこには、疲れる体に鞭うち必死に走るネギと3-A の生徒達。

 

「ネギ坊主、みんな……」

 

「超、過去を変えるという行為は君にとっての現在(いま)を生きる人達の思いを踏みにじる。それはどんな綺麗事を並べても許されるものではない。だが───君の想いは間違いではない。誇っていい」

 

そんな頑張り屋な彼女との別れが悲しい物であっていいはずがない。

 

「誇っていい、か。……ありがとう、エミヤ先生。貴方に逢えてよかった」

 

超は胸の前で手を合わせ、頭を下げる。

 

「さ、行きたまえ」

 

私が軽く背中を押すと、超は笑顔でネギ達の方へ駈け出した。

無邪気にクラスメイト達とはしゃぐ彼女。あれこそが本当の超の顔なのだろう。

それからひとしきり騒ぐと解散し、この場に残ったのは魔法の存在を知る関係者のみになった。

 

「では、私はそろそろ行くとするネ。楽しい別れになたヨ、感謝するネギ坊主。私には上場ネ」

 

「でも、本当にこれでいいんですか? 超さん、あなたは何一つ……っ!」

 

「いや、案ずるなネギ坊主。私の望みは既に達せられた」

 

ネギに最後まで言葉を言わせず、超は誇らしげに言った。

 

「我が計画は消えた。だが、私はまだ生きている。ならば、私は私の戦いの場に戻ろう。ネギ坊主、君はここで戦い抜いていけ」

 

超のカシオペアが輝きだし、空に巨大な魔方陣が展開する。

 

「五月、超包子を頼む。全て任せたネ」

 

「任せて」

 

五月はコクリと頷く。

次に超は、茶々丸と聡美の方へ向く。

 

「2人とも御苦労だた、ありがとう。ハカセ、未来技術(オーバーテクノロジー)についての対処は、打ち合わせ通りに。あと、この間の実験途中のデータだが……」

 

「全て、わかっていますよ。超さん」

 

聡美は超に心配させぬ為、目を瞑り胸に手を当て自信を持って答える。

 

「ウム……茶々丸。お前はもう自立した固体だ、好きに生きるがいい」

 

「……了解しました。ありがとう、超 鈴音」

 

ありがとう。

それは、茶々丸が心を持っているからこそ出た言葉だろう。

 

「……(二ッ)」

 

「……フッ」

 

魔力が溜まり超の体は宙に浮き始める。その時、超は目が合ったエヴァと微笑を交わした。

宙に浮く超を中心に、魔力が渦を巻いていく。

 

「超よ。未来に帰って、どうしても力が必要な時は、私とランサーからの贈り物(プレゼント)有効活用(・・・・)してくれたまえ。茶々丸のデータから私の過去を見ているのなら……わかるだろう?」

 

「……?」

 

不敵に笑う私に対し、超は?を浮かべるが何かに思い当たり笑顔を見せる。

 

「な、なるほど……!!。その時は、遠慮なく頼らせてもらうネ!」

 

「まぁ、私はどうなるかわからんがね」

 

手を上げ応えた超は小さく息を吐いて居直り、親友へとその目を向ける。

 

「古!! いつかまた、手合わせするネ!!」

 

「ッ……うむ! 必ず!!」

 

そのいつかは、くるかわからない。むしろこない可能性のほうが高いだろう。

それでも、親友(とも)であり宿敵(ライバル)である2人は約束をする。

 

「さらばだ、ネギ坊主。また会おう!!」

 

「ハイ! また、いつか……!!」

 

強烈な閃光と共に超の姿は薄れていき───未来へと帰った。

 

 

 

こうして、学園全体を巻き込んだ 未来人 超 鈴音の事件は幕を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。というわけで学園祭最終話でした! いかがだったでしょう?
それにしても、アニメFate UBW終わっちゃいましたね……いやーいい話でした。
私も負けずいい話で完結できるよう頑張ります。

それではまた次回!!


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アルのお茶会

 

 

今日は学園祭の振り替え休日。

クウネル・サンダースことアルビレオ・イマに茶会に呼ばれ、図書館島の深部へ向かう為に図書館島入り口でネギ達と待ち合わせをしていたのだが……。

 

「刹那よ。図書館島の内部には罠が多数あり危険だということは聞いている。しかし、君はどこか魔獣狩にでも行くのかね?」

 

あまりの重装備に、突っ込まずにはいられなかった。

刹那の現在の装備はいつも所持している夕凪。そして、見なれない十文字槍に呪術処理を施された木製の棒が五本。

これでは魔獣狩に行くと勘違いしても仕方があるまい。

 

「い、いえ。これは、万が一西洋竜と対峙した場合を考えて……」

 

「西洋竜?」

 

そういえば、学園の地下でドラゴンと遭遇したとこのかが言っていたな。

確かその時は、ドラゴンが『全てを救う正義の味方(エミヤ)』に怯えて逃げ切れたんだったか?

 

「幻想種、しかも竜種が相手か」

 

固有結界内の、竜種に対する有効な武器を検索。

該当武器複数あり。

グラム、アスカロン、アロンダイト、リジル、バルムンク、etc……

 

「アルが私たちを呼んだということは、何か手を打っているだろうが。もし戦闘になった場合は、身を護る事を第一に考えろ」

 

「はい」

 

地下に潜り続ける事数十分。

開けた場所に出たところで、空から……と言うのもおかしいか。頭上からドラゴンが現れた。

 

「飛竜か……はじめて見るな」

 

その姿は、想像以上に『(ドラゴン)』というものを実感させてくれる。

私は大事に備え頭の中にグラムの設計図を構築しておく。

だが、ネギが何かを見せると竜は素直に道を開けた。

 

「グルゥ……♪」

 

「ネギ君。それは?」

 

「あ、これはですね。クウネルさんがくれた招待状です。これを見せれば、ドラゴンが道を開けてくれると」

 

私にはそんなもの届かなかったのだが……アルよ。私が1人で向かったらどうするつもりだったのだ?

アルがうっかりでそんなミスをするとは思えない。

つまり、アルはわざと私にそれを知らせなかったということになる。

どうせ、知らずに驚く私を、遠見の魔法か何かで見て楽しみたかったのだろう。本当にいい性格をしている。

 

扉を進みしばらくすると、アルから念話で行き先を指示される。指示に従い先へ進むと、地下とは思えない明るい場所に出た。

そこには、エヴァの別荘にあるような洋風の城の一部のような家が建っている。

 

「ようこそ、私のお茶会へ。お待ちしておりました」

 

「遅かったな」

 

現れたのは今回の茶会の主賓であるアルと、何故か居るエヴァ。

 

「今回は、お招きいただきましておおきに~」

 

このかの言葉に合わせて、皆頭を下げる。

無論、私はアルに頭を下げる気など毛頭ない。

 

「やれやれ。ずいぶんとエミヤに嫌われてしまいましたね」

 

「人の驚く様を見て楽しむ趣向のある人間を、好きになれと言う方が難しいと思うがね」

 

「そうですね。ですが、私は貴方のように捻くれた方は好きですよ?」

 

笑顔を絶やさないアルからは、本気なのか冗談なのかが読み取れない。つかめない男だ。

 

「あの、アルビレオさ「ネギ君!!」は、はひっ!」

 

アルの名を呼んだネギの言葉を、アルが遮る。

 

「私のことは、クウネル・サンダースと呼んでほしいと言ったはずです」

 

「は、はぁ?」

 

いきなりの事に困惑するネギ。そこまでその名前が気に入っていたのかね?

 

「と、まあそれは置いておいて。まずはお茶にしましょう。エミヤ、紅茶を入れてくれませんか?」

 

「何故、客人であるはずの私が?」

 

「私は貴方以上に美味しく紅茶を入れる自身はありません。それでもよければ私が入れますが?」

 

鷹のような私の視線と、今だ笑みを絶やさないアルの視線が交差する。

武道会の時もそうだったが、やはりアルは私の事を知っている。しかも、それなりに深くと見ていいだろう。

 

「……いいだろう」

 

しばらく視線を合わせたが、アルには話す気がないようなので諦める。

ヤツの事だ、必要な時がくれば話すだろうし、もしかすると私自身に知る機会が訪れるかもしれん。

私が紅茶を入れ、元からアルが用意していたお菓子やスイーツを楽しむ。

あらかたティータイムを楽しんだところで、エヴァが口を開いた。

 

「それでぼーや。今回の事件はどうだった? 何か得るところはあったか?」

 

エヴァの問いに、ネギは一変して表情を真剣なものに変える。

 

「自分が、どんな場所に立っているのかを知りました。いえ……超さんに言われる前から、僕は知っていたハズでした。師匠(マスター)の言う通りです。綺麗などではいられない。いや、そもそも、最初から僕達は綺麗などであるハズがない」

 

綺麗などではいられない。それは、私も通ってきた道。

その事に気づいた状況で言えば、ネギより私の方が酷かったと言えよう。

私がそれに気づいた時は……いや、認めた時は、大切な人()の命を切り捨てねばならない状況だったのだから。

しかし、これからのネギの道は、私よりも過酷なものとなる可能性がある。

言い方は悪いが、私が多くを救う為に人を殺しても、周りの人間は私の事をただの殺人犯としか見ないだろう。

だが、ネギの場合は違う。いい意味でも、悪い意味でも背の身体に『英雄の息子』という重さが圧し掛かる。

多くを救っても「英雄の息子なのだから当然」と思われ。取りこぼしが生まれれば「英雄の息子のくせに」と言う評価を受けてしまう。

 

「フッ、超 鈴音は上出来だったな。お前のような真っ直ぐで才能のある、前途有望だが世界を知らないガキには、それを思い知らせるのが最も難しい」

 

ネギの言葉に、エヴァは満足げに言う。

お菓子や紅茶を楽しんでいた他の者達は、逆に シン…… と静まり返ってしまう。

 

「その通りだぞ、ぼーや。透徹した目で見れば、「生きること」と「悪を成すこと」は同義。この世界の構造上、何人もこの理からは逃れられぬ」

 

今の言葉は、切嗣が私に言った言葉と酷似している。

 

《「誰かを救う(生かす)」ということは、「他の誰かを救わない(殺す)」と言う事なんだ》

 

「認めろ。「悪」こそこの世の真理だ」

 

そして、今のは私が衛宮士郎に言った言葉と。

 

《認めろ。誰も殺さない等という考え方では、結局誰も救えない》

 

衛宮士郎にとっての私との戦いが、ネギにとっての超との戦い。

 

「嬉しいぞ、我が弟子よ。さあ、今こそ「エヴァンジェリン」……ぬ? 何だシロウ」

 

このままでは、流されるままエヴァの考えがネギに植え付けられてしまう。

そう思い、私は語気を強めてエヴァの名を呼んだ。

 

「君の言う事は間違いではないし、長く生きる中、君が「悪」こそが真理だと見つけたのならば、それは否定しない。だが、それをネギ君にまで押し付けるのは感心しないな」

 

「ふん。余計なお世話だ」

 

軽口を叩いてはいるが、バツの悪い表情をしている事から、自分でも急ぎすぎた事に気づいているのだろう。それならば、これ以上は何も言うまい。

 

「それでネギ君。その認識に立ち、君はどうするのですか?」

 

その険悪な雰囲気を払うかのように、いつもの胡散臭い笑顔でアルはネギに問いかけた。

 

「僕は……」

 

さあ、ネギ。君はこの先どうする。

私は体を剣にして、感情を殺して、最小限の犠牲でより多くを救う道を選んだ。

衛宮士郎は英霊エミヤ(未来)を知って尚、正義の味方という理想を目指す道を選んだ。

エヴァンジェリンは、この世は「悪」という心理を見つけた。だからこそ、誇りを持って自らがその「悪」となる道を選んだ。

 

「僕は……だからこそ、本当の意味で立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指そうと思います」

 

立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す。それが、ネギの選んだ道だった。

 

「超さんの計画を阻止した僕が立ち止まる訳にはいきません。前に進まなければ……。だから、父さんの事とは別にしても、ちゃんと立派な魔法使いになって、大切な人を護り、僕に出来る限り色々な人の力になれたらと思います」

 

ネギの答えに、アルも、心なしかエヴァでさえ満足げな表情をしている。

無論、私も。そして、同時に安心した。

ネギの目指す立派な魔法使い(マギステル・マギ)は、大切な人を護るという一番大事なものが入っている。

全てを救うなどという過ぎた願いは自身を滅ぼす。だが、今のネギなら、そんな心配は無いだろう。

ただ一つ心配なのは、ネギが色々な事を1人で抱え込んでしまうんではないかということ。

まぁ、こう言っては何だが、ネギの周りにはお節介やお人好しが多いからそれも大丈夫ではないかと思う。

その殆どが女性というのは、別の意味で心配だが……。

 

「そうですか……でしたら、どうです?ネギ君。私の弟子になってみませんか?」

 

「ブーーーっ!!」

 

アルの突然の提案に、エヴァが口に含んだ紅茶を盛大に吹き出した。

仕方ないので私は紅茶を口元に滴らせるエヴァの顔をハンカチで拭いてやる。

 

「はしたないぞエヴァ」

 

「すまん……って、そんなこと言ってる場合じゃない!」

 

「ここだけの話ですが、エヴァンジェリン……あれはいけません。あんなのに師事しては、人生を棒に振ってしまいますからね」

 

「えっ……」

 

「何だと!? アル、貴様───ッ!!!」

 

憤慨するエヴァを無視し、わざと聞こえるよう大きな声でアルは続ける。

 

「それに、私ならサウザンドマスターの戦い方をより詳しく教えられます」

 

「え!」

 

今までは悩んでいたネギだが、自分の父の戦い方をより詳しく教えてくれると言われ心が揺らぐ。

 

「あ、こら! ぼーやまで「え!」とか……」

 

ネギの気持ちが傾きかけ、流石のエヴァも焦る。

しかし、アルはそんな事お構いなしに更に話を続ける。

 

「エヴァンジェリンは氷系ですし、風系の教師としてはイマイチ」

 

「は、はぁ……」

 

「聞こえているぞ、アルビレオ・イマ! おい、アル!」

 

顔を真赤にしながら怒るエヴァを横目で見ながら、アルは細く微笑んでいる。

エヴァよ、君はからかわれている事に気づいてないのかね?

 

「重力魔法などいかがですか? 応用範囲が広いですよ?」

 

「じゅ、じゅーりょくですか?」

 

上手い。

第一にナギの名前を出す事で、ネギの興味を引き心を揺さぶる。

第二に理論的に誘導し、心の在り処を自分側に傾ける。

そして最後、第三に目新しいモノで、更なる興味を引く。

もしアルが魔法使いでなければ、詐欺師になっていたんじゃないかと思う。

ああ、通販の司会なんていうのもいいか。アルが商品の紹介をすれば、電話が殺到する事間違いなしだ。

 

「……!! (プルプル)」

 

ん?エヴァがプルプルと震えだしたな。

そろそろ爆発するか……

 

「クウネル!!!」

 

「何でしょうか、キティ?」

 

エヴァは怒鳴りながらアルの胸倉を摘み、グラグラと揺さぶる。

そんな状況なのに、アルはキラキラと笑顔を絶やさない。むしろ増している。

 

「エミヤ、私を助けてください(からかうの手伝ってください)

 

はて? 助けてくれと言う言葉が、エヴァをからかうのを手伝えと聞こえたのは私の勘違いだろうか?

否、勘違いなどではない。その細められた瞼の奥の瞳が語っている。「今こそ力を合わせる時」だと。

 

「こらこら。はしたないぞキティ」

 

私は ひょい と、エヴァの襟首を掴んでアルから引き剥がす。

それはもう躾のなってない猫を持ち上げるように。

 

「放せシロウ! というかなんだ!! 貴様もアルも、人の事をキティキティと……」

 

「「君は人ではないだろう?/貴方は人ではないでしょう?」」

 

2人の声が揃う。

 

「うがぁぁあああああああああああああ!!」

 

当然の如く怒り出すエヴァ。

なんだか久しぶりだな、このやり取り。

暴れるエヴァを片手で持っているのもだんだんと疲れてきたので、アルにパスする。

 

「ほら」

 

「ええ」

 

「ぐぇ!?」

 

私が投げたエヴァの襟首を、上手くキャッチするアル。必然エヴァの首は締まる。

苦しいのはわかるが、「ぐぇ!?」はないのではないか、エヴァ?

 

「っく、ええい! 貴様、何を企んでいる!? ぼーやを弟子に取るなどと、何が目的だ!!」

 

キティと呼ばれる事よりもネギの弟子の件の方がよっぽど重要だったのか、エヴァは再びアルの胸倉を掴む。

やはりエヴァはアルが何故ネギを弟子に取るなどと言ったか理解できていないらしい。

他人である私でもわかると言うのに。

 

「いや、キティよ。その理由なら私でもわかるぞ?」

 

「なんだとっ!? っていうかキティと呼ぶな!」

 

「では、答え合わせといきましょうか、エミヤ」

 

「ああ」

 

一瞬の沈黙。

エヴァは ゴクリ と唾を飲む。

 

「「貴方(エヴァ)がムキになって、あわてふためく姿をみたいからに決まっている だろう/じゃないですか」」

 

「死ねぇぃい!!!」

 

喋り終わると同時に放たれる、爪による鋭い一撃。

アルは霊体化してやり過ごし、私は余裕をもってひらりと躱す。

 

「おやおや」

 

「おっと」

 

別荘や結界の外ならいざ知らず。学園結界のせいで10歳の少女と同様の力しかないエヴァでは、私達を捉える事は出来ない。

 

「霊体化するなぁぁああ!! 避けるなぁぁあああ!!」

 

「いや、普通避けるだろう?」

 

「同じく」

 

その後、騒ぎはエヴァがバテるまで続いた……。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、あの……クウネルさん。今日ここをお尋ねした本題なんですが……」

 

一通りの騒ぎが終わったので、ネギは口を開く。

ネギにとって、今日はこの為に来たといっても過言ではない。

 

「父さんは……」

 

「……ええ。彼は今も生きています。私が保証しましょう」

 

信じていなかったわけではない。でも、不安だった。

だけど、ここにきて、やっとナギが生きているということが保証された。

ネギは嬉しさのあまり小さな笑みを浮かべ、拳をぎゅっと握り締める。

 

「そ、それで、父さんは今どこに?」

 

「申し訳ありません。それは私にもわからないのです」

 

「え?」

 

わからない。その事について聞こうとした時、ネギが口を開く前にアスナが尋ねた。

 

「じゃ、じゃあ、何で生きてるってわかるんですか?」

 

「それは───これです」

 

アスナの質問に対し、アル懐からカードを出して答えた。

カードには、アルとアルを取り巻くように本が描かれている。

 

「これは、私とサウザンドマスターのカード。このカードは生きている。それが、彼の生存の証拠です」

 

そこまで言うと、アルは再び懐に手を入れ数枚のカードを出した。

そのカードには、アルは描かれているが肝心のアーティファクトが描かれていない。

 

「カードが死ぬとこうなります」

 

カードが死ぬ。

つまり、契約者が何らかの理由で死んだ場合、仮契約カードはああなるのだろう。

 

「そうですか……でも、父さんは生きているんですね。何か、何か手がかりは無いんでしょうか!?」

 

ナギが生きているとわかっただけでも充分。

だが、ネギは欲を言えば何か手がかりがほしかった。

 

「私からは何も……しかし、彼の事が知りたければ、英国はウェールズに戻るといいでしょう」

 

「ウェールズに?」

 

ウェールズ。

それは、ネギの故郷。

 

「あそこには、魔法世界……ムンドゥス・マギクスがあります」

 

魔法世界(ムンドゥス・マギクス)……」

 

魔法世界。以前学園長から聞いたことがある。

日常的に魔法が使われている世界で、様々な種族が共存しているとか。私の元の世界では考えられない話だ。

 

「む?」

 

突然空気が変わったのでその中心を見れば、興奮したネギから魔力が吹き出し轟々と渦巻いている。

吹き飛ばされるほど強いわけではないが、中々の突風。台風の日に外に出た感じ、と言えばわかりやすいだろうか。

私は突然の突風に驚くこのか達の風除けになるべく移動する。

 

「あ、ありがとう しろう」

 

「ありがとうございます 士郎先生」

 

「気にするな」

 

にしてもネギよ。興奮するのはわかるが、少しは自重してくれ。

流石に、そろそろ洒落にならん風速になってきた。

 

「ちょ、ちょっとネギ! やる気出たのはわかったからこの風止め───ッ!」

 

アスナの声で多少冷静になったのか、ネギ君は魔力を収めた……と思ったのだが。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

全然冷静ではなかった。

というか、どこへ行くというのだ。

出口へとダッシュするネギの足を、エヴァが見えない糸で絡めとり、転倒させる。

 

「へぶぅ!?」

 

「馬鹿か貴様! 魔法世界なんぞホイホイと行ける訳が無いだろう!」

 

「そうよ! 全く、お父さんの事になると周りが見えなくなるんだから!」

 

エヴァとアスナにダブルで怒られ、ネギは涙目になっている。

その姿を見て、凛とルヴィアに起こられた時の事を思い出してしまった。

 

「まあまあ、落ち着け2人とも。それにネギ君。魔法世界に行くというのなら、それなりに手続きや準備も必要だろう?」

 

詳しくは知らないが、アルも頷いているので手続き等は必要なのだろう。

 

「焦らなくても、期末テストが終われば夏休みだ。夏休みになれば、何の問題も無く行けるだろう」

 

「あ、そ、そうですね」

 

怒られて頭が冷えたところに正論を言われ、ネギもようやく納得したようだ。

少し落ち込んだようだが、軽く頭を振ってからネギはアルのほうへ向き直った。

 

「あの、クウネルさん。じゃあ、今日はせめて父さんの昔話を……」

 

「こんにちはー!」

 

「おじゃましまーす!」

 

ネギはアルに話しかけたのだが、突如現れた声に遮られてしまった。

現れたのは、今回超の件に係わった3-A生徒+小太郎。

 

「アル。彼女たちも呼んでいたのかね?」

 

「……忘れていました」

 

こうして、ネギはナギの話を聞く事は出来なかった。

しかし、これからの方向性が決まったのは大きな進歩と言えよう。

 

それからは、遅れてきたメンバーが加わり馬鹿騒ぎが始まった。

 

 

 

「そういえば、くーねるはんお父さんのカード持ってるってことは……キスしたんかな?」

 

「「ええっ!?」」

 

このかのいきなりの発言に、アスナと刹那はビックリである。

 

「いや、流石に男同士だし、他に仮契約の方法があるんじゃないか?」

 

……たぶんな。

 

 

 

 

 

 

 

 



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