捻デレぼっちはあざとい後輩に恋をする (mowさん)
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プロローグ

どうも、知ってる人もいるでしょう。
私だ。
八色の小説読んでたら、俺も書きたくなっちゃった〜きゃるるーん☆きゃぴっ☆
という訳で書きました。
あー!お客様!作者を殴らないでください!あー!お客様!あー!いけません!
茶番終了。
これから先の展開とかまだふわふわしてるので、更新はあまり早くなさそうですが頑張ります。
なんか探したらありそうな設定ですけど、まあそこはご愛敬ということで許してください。
よろしくお願いいたします


本日は、3月19日。土曜日である。

桜も結構いい感じに咲き始め、3月初めくらいまで感じていた冬の寒さもほとんど感じなくなってきて、割と心地よい春の涼しさになってきている。朝はまだ寒いが、昼頃になれば大分過ごしやすい。

 

今頃、山では冬眠していた熊が目覚め、鳥たちは空を飛びまわる。そして、その辺の大地からは虫はゾロゾロと這い出てきて皆で大合唱。

うわ、想像したら気持ち悪くなってきた。俺、虫無理なんだよなぁ。特にうにょうにょ系。ムカデとかミミズとか、生理的に無理。

ちなみに俺も同級生の女子に生理的に無理って言われたことがあります。俺って虫と同レベルなの?

 

そして、春といえば何といっても花粉!なんか皆に好かれてるみたいな言い方しちゃった。全然好かれてないから。むしろ忌まわれてる。

花粉はもっと無理。いやほんと毎年毎年撒き散らすのやめてもらえません?人間で例えたら街中で無差別に子種を撒き散らしてるようなもんだぞ。

…うわ〜ガチの変態だ。想像したら気持ち悪くなってきた。今日想像で気持ち悪くなりすぎだろ。想像力豊かかよ。

杉くんまじ〜?ガチで気持ち悪いんだけど〜!キャハハ〜卍〜!

俺の中にギャル八幡が芽生えた。マジで需要ないから消えてくれ。

ギャルってリアルガチにこんな喋り方なの?話したことねえから分かんねえんだよな。

俺の中のギャルは「キャハハ〜」って笑うし、「マジ卍!」とか言うし、童貞は小学生までとか言う。

俺の中のギャル像、変な方に偏りすぎじゃない?マジ卍なんだけど。むしろ卍解。

 

そんな春の日。どんなだ。

俺は来年度から入学する予定の総武高校へと向かっていた。

総武高校は県内有数の進学校で、俺も死に物狂いで勉強して合格した。別に他の高校でも良かったんだけど、中学の同級生がいない所に行きたかった。まあ俺は友達いないし、知り合いもほとんど居ない。

…ほとんどは盛った、いない。だから俺の顔を覚えてる奴なんて居ないだろうが、念の為だ。

そして、春休みである今、高校へと向かっている理由。それは、入学に必要な書類等の受け取るためだ。まあ教科書の申し込みとかその他諸々。てか、普通に私服で来ちゃったけど。パーカーにジーンズとかいうクソラフな格好。これ大丈夫なのかしら?中学時代の制服の方が良くね?

 

「…一回帰るか…?」

 

口に出してみたは良いものの、自宅から高校までの道のりの半分はとうに過ぎてしまっている。今から戻るのも面倒臭い。

まあいいか。何とかなるだろ多分。怒られたら土下座しよ。

そんな訳で、総武高校へと向かう道を1人でテクテクと歩く。

うーん、高校まで歩くの意外とだるいな。チャリ通学も検討しよう。チャリなら遅刻しそうな小町も送ってけるし。いい加減遅刻しそうにならないでほしいが、甘やかしちゃうのがお兄ちゃんの性。この世の摂理だもの、しょうがないね。

 

そのまましばらく歩いていると、前方に交差点が見える。十字路になっている交差点は、横断歩道こそあるものの、信号がない。しかし、車通りもそれほど多くは無いため、気をつけて渡れば問題ない。余程のことが無い限り事故とかは起きないだろう。なんか今の言い方フラグみたいだな。回収はしないけど!HAHAHA!(フラグ)

横断歩道を渡る前に、一時停止する。右見て左見て、もう1回右を見る。車の気配は無さそうだ。

横断歩道は気をつけて渡ること。ちゃんと小学校で習ったからな。学習したことをしっかりアウトプットできる男、八幡です。

小学生どころか幼稚園児でも出来るんだよなぁ。やべ、なんか自分が惨めに見えてきた。こういう時はマイリトルエンジェルシスター☆小町を思い出してメンタルケアしなければ…!

……。

ーーーー。

ふぅ、やっぱり小町は最高。俺の人生に必須だな。TKGの醤油みたいなものだ。例えがしょぼすぎる。

横断歩道を無事渡り終えた後右に曲がる。すると、正面から歩きスマホをしている女子がトコトコと歩いてきた。

亜麻色の髪をセミロングあたりで切りそろえ、いかにも若者といった服装の女子だ。

あらま、そんなに肩出しちゃって。全く、けしからんわねぇ。やべ、嫌味言ってくるオバチャンみたいになっちゃったよ。気持ち悪すぎる。

 

ちなみに、女子の顔はめっちゃ可愛い。なんか普通にアイドルにいそうだし芸能人です!って言われても疑問には思わない。

小町とタイマン張れるレベル。喧嘩じゃないのでタイマンではない。

うーん、君のことは亜麻ちゃんと名付けよう。じぇじぇじぇとか言いそうな名前になっちゃった。

それにしても、ほんとに可愛いな。付き合えたら最高だね。死んでもいいわ。いや死んじゃうのかよ。

まあ、俺の人生においてこんな可愛い女子と関わることなんてないんだろうけど。言ってて悲しくなってきた。泣いていい?

 

女子とすれ違い、特に挨拶などもせずにそのまま歩く。この状況で挨拶なんかしたら完全な変質者だ。

ちらりと振り返ると、どうやら俺が渡ってきた横断歩道を渡るつもりらしい。スマホに目を落としたまま、横断歩道へと向かう。

…ん?待て、車来てねえか?

今俺が来た方向から、若い男が運転する軽自動車が向かってきている。距離はまだそこまで近くないが、このままの速度で来たら最悪の事態が起こりそうだ。

普通は歩行者がいたら停止線で止まるのだろうが…助手席に座る女子とイチャイチャしながら運転しているため、横断歩道を渡ろうとしている亜麻ちゃんに気がついてない。住宅街で歩行者も車も少ないから油断しているのだろう。

そして、亜麻ちゃんもスマホに気を取られ、それに気がついてなさそうだ。

 

「……やばくね?」

 

俺は考える間もなく、走り出していた。

俺が走り出したタイミングで、亜麻ちゃんも横断歩道へと足を踏み入れる。スマホを見ているせいか、妙に足取りが遅い。普通に歩けよ!

やばい。このままだと事故る。俺は走りながら、亜麻ちゃんに向けて声を上げた。

 

「おい!」

 

「え…?」

 

亜麻ちゃんは俺の大声にビクッと肩を震わせ、俺の方を向く。完全に変質者を見る目だ。確かにこんな目の腐ったやつが急に大声で呼びかけてきたらビビるよな…。恐ろしくキモイ男…俺だったら通報しちゃうね。

って違う違う!今それどころじゃないから!俺の方見るな!違うこっちじゃない!後ろ後ろ!志村ー!後ろーー!

俺が必死に車の方を指さすと、亜麻ちゃんは気味悪がりながら俺が指さした方向を向く。そんなに気持ち悪がらなくても良くない?

そして、亜麻ちゃんは車が迫ってきていることにようやく気づく。そして、迫り来る自分の危機にも気が付いたようだ。

 

「ひっ…!」

 

しかし、亜麻ちゃんはあまりの事態に驚いたのか、逃げ出さずにその場で短い悲鳴を上げ、両足の膝を合わせて身を竦ませる。恐怖で体が動かないのだろう。

まずいまずいまずい。本当にまずい。

俺は今までに出したことがないような速度で疾走する。自分でもなぜこんなに必死で走っているのか分からない。別に見知らぬ人間が事故に合おうが知ったこっちゃないだろう。なんで、そんなに必死になってるんだ?

自分で自分に問いかけても、答えは返ってこない。

俺の心の深淵にこびり付いた下らない正義感のせいか、はたまた目の前の少女が事故に遭うのを見るのが単純に嫌だったのか。それとも、旅行先で要らないものを買ってしまうような、よく分からない只の衝動か。

いや、そんな理由とか、今はどうでもいいだろう。

足を動かせ、比企谷八幡。

 

「あ……」

 

亜麻ちゃんが小さな声を上げる。

亜麻ちゃんとの距離が大分近くなってきた。あと数秒で手が届く。しかし軽自動車もまた、近くまで迫ってきていた。

そのタイミングで、運転手の若い男が亜麻ちゃんに気づく。横断歩道に差しかかる直前、青ざめた顔でブレーキを踏み、思いっきりハンドルを切る。

しかし、車は急に止まれないし、急に方向は変えれない。これも小学校で習ったこと。習ったことをアウトプット出来ないなら、車なんか運転しないでくれ。

キキーッ!というけたたましい音を鳴らしながら、運転手の抵抗虚しく、軽自動車は亜麻ちゃんへと向かっていく。亜麻ちゃんの体が、ギュッと硬直するのが分かった。

もう、間に合わない。

亜麻ちゃんを抱えて逃げ出すことなど、出来ないタイミング。

だから、俺は。

思いっきり横断歩道に飛び出し、亜麻ちゃんを軽自動車の射線上から押し出した。

 

「…え…?」

 

亜麻ちゃんの声が聞こえる。困惑と恐怖と驚きと、その他様々な感情がごちゃ混ぜになったか弱い声。

車のブレーキの音が響いているのに、それよりも遥かに小さいその声を、何故か俺は聞き逃さなかった。

そして、時間が遅くなったのかと思うほど、感覚が鮮明になる。

走馬灯ってやつか?いや、違うな。思い出とかは浮かんでこない。浮かんでくるのは、小町の顔。いやこれ走馬灯じゃね?他の思い出が浮かんでこないのは俺に友達がいないせいじゃね?

不思議な感覚を味わっていると、瞬間、体が痛みとともに浮遊感に襲われる。

 

多分、俺は今空を飛んでいるんだろう。鳥になるってこういう気分……なわけないだろ。こんな痛々しい飛び方する鳥いねえわ。

空中に浮いているが、どっちが上なのかよく分からない。

数秒後、俺の全身は再び痛みに襲われる。今度は、何が起きたかハッキリとわかった。道路に叩きつけられたのだ。ゴロゴロと何回転も転がって、仰向けになったタイミングで回転が止まった。

何とか腕で頭を守ることは出来たが、全身が痛すぎて体が動かない。

目を開けるのがつらい。瞼が重い。体が痛い。足が痛い。腕が痛い。全身が悲鳴を上げている。

目を閉じると、車のドアが思いっきり閉まる音が聞こえる。

 

「ーーじょうーーかーーきゅーーーしゃーーべーーくーー」

 

男の叫ぶ声が聞こえる。何を言ってるのか分からない。うるさいな。少し静かにしてくれ。こっちはマジで痛いんだよ。

つーかマジでフラグ回収しちゃったよ。フラグ建設即回収を生業に商売でもしようかしら?どこの誰に需要があるのかは知らん。

ふと、薄目を開けると、亜麻ちゃんが地面に尻もちを着いて泣きながらこちらを見ている。見たところ、目立った怪我は無さそうだ。

良かった。いや、良くはないけど。俺が轢かれてるし。けど、まあ、うん。良かった。これで亜麻ちゃんが怪我してたら、カッコ悪すぎる。

目を閉じる。目を閉じると、全身の痛みがめちゃくちゃに襲ってくる。

痛い。

いたい。

いた…い…。

そして、意識が遠のいていく感覚。

死ぬのかな、という思いが頭の中を巡る。でも、焦りとか悲しみは何故か芽生えてこなかった。自分の事なのに、自分の事じゃないような。そんな不思議な感覚。

意識を手放す直前。

遠くで、女の声が聞こえた気がした。

 

ーーー

ーー

 




読んでいただき誠に感謝カンゲキ雨嵐。
感想とかくれたら頑張れます(催促)
今後も宜しくお願いします


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1話 やはり俺の入院生活は間違っている。

こんばんは。
前回を読んでくださった方誠に感謝です
これからもよろしくお願いします!


目の前で、事故が起きた。

人が車に轢かれた。

それも、ただ轢かれたんじゃない。轢かれそうだった私を助けたせいで、見知らぬ男の人が轢かれてしまった。

男の人は、地面に寝転がったまま起き上がらない。

 

「…あ…あぁ…」

 

自分の意思とは関係なく、喉の奥から掠れた声が出る。

私が車に気づかなかったせいで。

私が怖くて立ち止まってしまったせいで。

後悔と罪悪感がふつふつと混み上がってきて、胃がムカムカと気持ち悪い。様々な感情がごちゃ混ぜになって、頬を伝う涙が止まらない。足腰に力が入らず、突き飛ばされて尻餅を付いた状態のまま立ち上がることが出来ない。

思考が纏まらない。どうすればいいか分からない。

頭の中が知らない誰かにグルグルと無理矢理かき混ぜられているかのようだ。

私のせいで轢かれてしまった。

この人が死んでしまったらどうしよう。

私のせいだ。

私のせいだ。

そんな思いが全身を支配し、目の前が真っ白になる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

軽自動車から降りてきた運転手の男の人が心底焦った様子で倒れている男の人に叫びかける。頬をペチペチと軽く叩き反応を待つが、一切反応はない。微動だにせず、倒れたまま目を閉じている。

反応が無いことに更に焦った運転手は、助手席に座ったままの女の人に怒鳴りつけた。

 

「おい!救急車呼べ!早く!」

 

「…わ、わかった…!」

 

女の人の顔面は真っ青で、まるで血が通っていないかのようだ。多分、私の顔も同じように真っ青になっているだろう。震える手でスマホを操作し、耳に当てる。

 

「きゃああああ!」

 

ふと、背後で女の人の叫び声が聞こえた。

あまりにも急だったので、体がビクンと跳ねる。本当にびっくりした。

恐る恐る後ろを見ると、手にスーパーのレジ袋を持った40代くらいの女性が、両手で口を抑えて震えていた。

まあ、事故現場見たらそうなるよね…。私も同じ立場だったら同じように叫び声を上げていたと思う。

女性の叫び声のおかげか、先程まで沸騰していた脳内が少しずつ冷めていくのを感じる。ただ、冷静になっていく脳内とは裏腹に、胃のあたりで渦巻く罪悪感と後悔はどんどんと大きさを増していく。

立ち上がろうとするが、足が震えて上手く立てない。自分の足が自分の物じゃないみたい。でも、このままただ座ってるのは嫌だ。

何とか両膝を地面に付き、そのまま両手も地面に付く。四つん這いの姿勢になり、そのままズルズルとまるで赤ちゃんのハイハイのように少しずつ進んでいく。

スカートを履いているから、もしかしたらパンツが見えちゃうかもしれない。普段の私なら絶対こんなことはしない。恥ずかしいけど、今はスカートがどうとかパンツがどうとか、そんなことどうでもよかった。

亀の如き足並みの遅さだが、車に飛ばされ倒れている人の所まで、少しずつ近づいていく。

いつの間にか、周りには何人か人が集まっていた。そこまで多い人数ではないけど。交通事故が起きて、叫び声が聞こえたら野次馬くらい集まってくる。パンツ見られちゃうけど、しょうがない。

漸く男の人の側までたどり着いた。

パッと見、大きな出血は無さそう。擦り傷とかはあるだろうけど、出血多量になるほどの傷はない。

この人、私と同年代か少し歳上くらいだ。まだ若い。それなのに、見ず知らずの人を命懸けで助けることが出来る。なんて凄い人なんだろう。私には真似出来ない。

そんな勇気ある人。黒髪の頂点にアホ毛がある男の人は目を瞑ったまま動かない。

 

「…え、うそ…」

 

もしかして、本当に死んじゃったんじゃ…。

やだ。やだ。やだ。

私のせいで人が死ぬのは嫌だ。でもそれ以上に、私を助けてくれた人にお礼の一つも言えないのが嫌だ。ちゃんとごめんなさいって言いたい、ありがとうって言いたい。

止まっていたはずの涙が、再び目から溢れ出すのを感じる。

泣くな…泣くな…!泣くな!

負けるな!

自分の感情に負けないよう、頬を伝う涙を力強く拭い、男の人の右手を両手でぎゅっと握る。

暖かく力強さを感じる男の人の手。

男の人の手を触るのは……初めてじゃない。学校の同級生に半ば強引に手を繋がれたことは何回かある。でも、自分の意思で、自分から手に触れるのはこれが初めてだった。

先程までの恐怖とは違うドキドキが胸を打つ。ううん、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

左手を男の人の手首に当てる。

確か、ここら辺に…。

ーどくん。

 

「あ…」

 

手首にある脈が、どくんと跳ねた。

ーどくん。

ーどくん。

その後も、一定の間隔で命のリズムを刻む。

 

「……よかった……」

 

生きてる。

この人は、死んでなんかない。

さっき、感情に負けないと意気込んだのにも関わらず、大粒の雫が瞳から零れる。止めようと目をゴシゴシと拭うが、次々と雫は溢れ、頬を伝って地面へと落ちていく。

生きてる。生きててくれた。

初めて会ったどころか、すれ違っただけの私を命懸けで助けてくれた人。私の命の恩人。その人が、まだ生きている。

感じている罪悪感や後悔と同じくらいの喜びと安堵が波紋のようにジワジワと広がる。

けど、まだ安心しちゃダメだ。救急車はまだ来てない。

もう少し、頑張って…!

 

「絶対に、死なないでくださいね」

 

左手で手を握ったまま、男の人の頬を右手で撫でる。

無事に目を覚ましてください。

ちゃんと、意識がある貴方に言いたいことがあるんです。

ありがとうって言わせてください。

ごめんなさいって謝らせてください。

目を瞑った顔じゃなくて、笑顔を見せてください。

それまで、絶対死んじゃダメですよ。死んだら許しません。

心の中で男の人に向けてメッセージを紡ぐ。祈るように静かに、けれど確かに力強く。

手を握ったまま暖かな体温を感じていると、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 

ーーー

 

知らない天井だ。

某汎用人型決戦兵器のパイロットが言いそうなセリフを言ってしまった。だってしょうがないじゃん。マジで知らない天井なんだし。

真っ白な天井。俺の部屋の天井も白いが、この天井ではない。天井評論家みたいなこと言ってるけど、俺は天井評論家ではない。天井評論家って何?どういう職なの?

窓からは太陽の光が差し込んできているため、今は日中なのだろう。ふと横を見ると、窓際にテレビがある。

えぇ…ここどこ…?何?誘拐された?テレビがあるってことはデスゲームでも始まるのかしら。

てか俺の事誘拐しても何も得ないぞ。身代金目当てなら小町を誘拐する方がいい。あ?小町を誘拐するだ?死にてえのか?なんか今の言い方だと、両親は俺に身代金払わないみたいな言い方じゃない?流石に払うだろうけど。………払うよね?

 

「痛っっ!」

 

とりあえず起き上がろうとするが、全身を痛みが襲い起き上がることが出来ない。

え、待ってくれ。マジで痛いんだが。もうやばい。何がやばいってマジでやばい。痛すぎて何も出来んレベル。

なんでこんな全身が痛えんだ?拷問でもされたの?

状況を把握するため周囲を見渡す。白い壁に、白いドア。そして、横には点滴をするアレ。

もしかして、ここは…。

 

「病院か…?」

 

なぜ俺が病院にいるのか。

その理由は簡単だ。

車に轢かれたから。

そのまま気絶して救急車にでも運ばれたのだろう。

なんだ…生きてたのか、俺。なんか死にたい人みたいな言い方しちゃった。断じて死にたくない。生きててよかった、マジで。

全身の痛みから察するに、結構な大怪我なのかもしれない。まあ車に轢かれたんだ。骨折の一つや二つは余裕だろうし最悪死んでたかもしれない。本当に生きててよかったわ。

 

「……今、何日だ?」

 

自分が何日眠っていたのか、それが気になる。何となくだけど、そんなに日数は経ってなさそう。もし、2年も寝てました!とか言われたらどうしよう…。小町の高校の入学式を見れなかったとか最悪すぎる。そして俺はシスコンすぎる。

目覚めたんだけど、ナースコールとかした方がいいのかしら?いや手動かないし無理だわ。両腕イカれてる。両腕骨折とかマジ?エロ同人でありそうな展開だぁ…。べ、別に期待してるとかそんなんじゃないし!美人の看護師さんに看護(意味深)されたいとか思ってないんだからね!俺の中にツンデレ八幡が芽生えた。ツンデレというかただのエロガキだった。

看護(意味深)は冗談にしても、これ飯とかどうやって食おう。小町があーんとかしてくれないかしら?うーん、悩んだ挙句してくれなさそう。してくれないのかよ。むしろ嬉々として鼻とかに箸を突っ込んできそう。やめてくださいお願いします。

トイレの問題はない。なんか刺さってるんだよね。どこにとは言わないけど。

まあ、何とかなるか。

そう思い、とりあえず誰か来るまで待ってることにした。

 

ーーー

 

しばらくすると看護師さんが部屋に来て、俺の目覚めが発覚した。なんか能力に目覚めたみたいだな。この両腕、ワンフォーオールの暴発で壊れちゃった説あります?ないです。

そして、看護師さんが俺の主治医である男性を連れてきて今の状況を説明された。

今は、3月21日の昼前。どうやら、俺は約2日くらい眠っていたということだ。寝すぎじゃない?と思ったが、まあ2年とかじゃないのでセーフとします。

怪我の状況としては、両腕の骨折、左足の捻挫、首のムチ打ち、全身の打撲に擦り傷と結構な大怪我だった。とはいえ、命に別状はない。折れ方も骨が粉々になっているとかでは無かったので神経等に影響はなく、後遺症などは残らないらしい。それを聞いて一先ず安心した。

ただ…。

 

「全治2ヶ月です。あと1週間くらいは痛みで起き上がれないでしょうから無理しないように。

退院についてですが、骨が完全にくっつく前に一応退院はできるんですが…退院は4月末くらいですかね…」

 

全治2ヶ月、そんで退院は4月末くらい。

それが何を意味するか。

入学式、間に合いません。

俺の華々しい高校デビューは、泡沫の夢となりました。入学式に出れたからといって華々しくデビューできたとは限らないけど。というか絶対無理だったと思う。コミュ力が無いことに定評がある俺の事だ。どうせクラスに馴染めないに決まっている。俺が陽キャみたいに「うぇーい!君、どこ中?俺ハイチュウ!てか君に夢中?HAHAHA!」とか言ってクラスメイトに絡めたなら話は違ったかもしれんが。この陽キャめっちゃうぜえな。うざすぎる。絶対嫌われてるだろこいつ。

何はともかく、俺の高校生活の出鼻は完全にくじかれたという事だった。

まあ別に、恨みとかそういうのは無い。だって自分から首突っ込んで自分で轢かれたんだし。あそこで亜麻ちゃんを無視すれば俺は今頃五体満足でいつも通り生活していただろう。別に今も五体満足だった。

でも、俺に亜麻ちゃんを無視するという選択肢は無かった。何でだろうな。正義のヒーローは目指してないはずなのに。むしろ悪役の方が似合ってるまである。

そして、亜麻ちゃんの状態。

特にこれといった怪我もなく、無事だったようだ。ひとまずホッとした。これで亜麻ちゃんも大怪我してました、とか言われたら普通にショックだった。何のために俺が大怪我したんだよただの馬鹿じゃねえか。

まあ、俺の大怪我の甲斐もあったということか。

運転手のバカップルの話は聞いてないが、まあ俺には関係ないだろう。別に会っても話すことないし。慰謝料とかそういう手続きとかは親がやってくれているはずだし。

 

「では、何かあったらナースコールで呼び出してください。お大事に」

 

主治医と共に来た看護師がそう言い、俺の手元にナースコールのボタンを置いて行く。これで手を動かさなくてもナースコールが押せるようになった。取れる選択肢が増えちまったぜぇ…。深夜に押してやろうかぁ?…迷惑なので辞めます。

主治医と看護師が退室したので、やることが無くなってしまった。

暇だぁ…。ほんとに暇。スマホもろくにいじれないし。天井のシミを数えるゲームをしようにも、天井にシミはひとつもない。清掃が行き届いてるいい病院です。

夕方になったら、小町お見舞いに来てくれるのかなぁ。

愛しのマイリトルエンジェルシスターを思いながら窓の外を見つめる。窓の外には桜の木が生えており、枝には既に桜の花が咲き誇っていた。

 

「あの花が全部散ったら、俺は死ぬんだな…」

 

よくあるセリフを言ってみた。あれって桜の花とかじゃなくて秋の木の葉とかじゃない?というツッコミは無し。

骨折ごときで死ぬわけないし、散る前に退院しそうだけど。マジでなんの意味もない呟きをしてしまった。そのくらい暇。

暇すぎて死ぬかもしれんなぁ…。

そんなことを考えながら、真っ白な天井を見上げていた。

 




八幡といろはが絡むのは次の話からになりそうです…。
許して…。
感想とかくれたら頑張れます!
よろしくお願いします!


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2話 比企谷八幡は小悪魔には敵わない

おはようございます。
まだ火曜日ってまじ?
やっと八幡といろはが出会います
展開遅くねぇ?


ある病院の個室。

俺は交通事故に合ってしまい…というか、勝手に首を突っ込み怪我をして入院している最中だ。

全身の打撲やら打ち身やらムチ打ちのせいでベッドからしばらくの間動けない上、腕が使えないというのは結構不便だったが、1日寝てられるというのは悪くない。テレビも見れるし、思ってたより退屈はしなかった。それに、腕が折れてると言っても指の骨は全部無事だ。多少辛いが、スマホもいじろうと思えば何とかなる。当初は入院生活が暇すぎて死ぬぅ!とか思ってたが、案外大丈夫そうだった。

そして、今は夕方の18:00。夕食の時間になり、俺はベッドごと上体を起こして目の前に並べられた食事を眺める。

ご飯に味噌汁に焼き魚に煮物。まあ想像していた通りの入院食だ。めちゃくちゃ肉が食いたい気分だが献立に文句は言えない。もっと言えば人の金で焼肉食いたい。さらに欲を言えば高級なやつ。

ただ、今現在、俺はひとつの問題に直面している。

入院生活とか、食事の不満とか、そういうのではない。

その問題とは…。

 

「せ〜んぱい!はい、あーん」

 

目の前にいる、学校の制服に身を包んだ亜麻色の髪をした少女だ。少女は右手に箸を持ち、俺の口の前まで食事を運んでくる。所謂、カップルとかがよくやる「はい、あーん♡」「うん、美味い。お前にあーんされると、100倍美味く感じるぜ♡」「やだ、ダーリンったら♡」というやつだ。なんか脳内にクソみたいなバカップルが誕生した。何だこいつら。

とにかく、今のこの状況。めっちゃ恥ずかしい。何これ?新手のいじめ?心臓バクバクなんだけど。破裂しそう。目の前の子が俺を恥ずか死させるための刺客だと錯覚する程だ。

どうしてこうなったか。

一旦気持ちを落ち着かせるため、記憶を1〜2時間ほど溯る。

 

ーーー

 

「お兄ちゃんやっと起きたんだ。大丈夫?」

 

夕方、学校が終わった小町がお見舞いに来てくれた。制服を着てはいるが、手に持ったカバンは学校用のものでは無い。1回家に帰ってから来たのだろう。やはり持つべきものは小町だな。

 

「おう。まあ体痛いけど大丈夫だ。心配かけたな」

 

「もう、ほんとに心配したんだからね」

 

小町はほう言うと、ほっぺをぷくーと膨らませる。何この可愛い生物。ほんとに俺の妹?似てる箇所がアホ毛しかないんだけど…。小町のアホ毛は可愛いからアホ毛も似てないまである。

てか、小町が心配してくれるとか幸せにも程があるな。幸せすぎて死ぬかと思った。

 

「すまん」

 

「まあ生きてたしOK!てかお兄ちゃん、女の子助けたんでしょ!やるじゃん!小町は誇らしいよ!」

 

小町はそう言うと、慎ましい胸を張る。慎ましいって言っちゃった。

本人は以前、「これから成長するから!ダイマックスするから!」と言っていたが、兄としてはダイマックスはしてほしくない。

だってダイマックスしたら全部でかくなっちゃうじゃん。超大型小町になっちゃう。

今でさえ完璧パーフェクトマーベラス美少女だというのに、巨乳という属性が加わってしまったら男共がゴキブリのように寄ってくるだろう。下手すれば世界中の男が小町の虜になってしまう。流石にそれは許容できない。もしそうなったら全世界の男を抹殺するしかなくなる。

念の為、今のうちから計画を立てておく必要があるな。

 

「ただの気まぐれだ。そんなに褒められることじゃない」

 

「…相変わらず捻くれてるなぁ。あ、そうそう!入院費は運転手の人が払うし、慰謝料とかも貰えるらしいから、お金のことは心配しないでね!いつまでも好きなだけ入院してな!ってママが言ってたよ」

 

「遠回しに帰ってくんなって言ってる?」

 

実の親に帰ってくんなって言われるとか悲しすぎるだろ。泣いていい?

もう少し優しくしてくれてもいいのよ?

 

「あ、そうだ!助けた女の子が凄い感謝してたよ!」

 

今露骨に話し逸らしたよね?何?図星だったの?

これ以上さっきの話題を掘り返すと自分が傷つく未来が見えたので、俺は触れないことにした。

 

「怪我もなかったんだろ?なら良かったわ」

 

「ほんと良かったよね〜。あ、そうだ。昨日会った時、今日もお見舞い来るって言ってたよ」

 

え?来るの?

いや別に嫌じゃないけど、なんか面と向かって会うのはちょっと恥ずかしい。………逃げようかしら?うん、あの子が来る前に逃げとくか。

よく考えたら俺ベッドから動けなかった。これが詰みってやつですか?まるで将棋だな。

 

「てか、あの子めっちゃ可愛いよね!お兄ちゃん、ああいう子がタイプなの?小町としては、将来のお義姉さん候補ができて嬉しい限りです」

 

こいつは何を言ってるんだ?最近恋愛漫画にハマってるからか、恋愛漫画に脳みそが犯されかけてるのかもしれない。心配になってきた。

 

「ばか。別にそういうんじゃねえよ」

 

「ふーん」

 

何にやにやしてんだよ…。ムカつくわぁ…。可愛いから許すけど。

 

「ま、それは置いといてー。どうせ暇だろうし、スマホとか本とか持ってきてあげたよ。読めるか分からないけど」

 

小町は手に持ったカバンから俺のスマホと数冊のラノベを取りだし、「ほい」とベッド脇にあるテレビ台の上に置く。ラノベは俺が読みかけのやつと買ってまだ読んでいないやつの2冊だ。

なんか不意に目の前に神が舞い降りたんだけど。やっぱ持つべきものは小町だよなぁ。もう全世界に小町のすばらしさを放送したい。

小町の本当に素晴らしいところ7選!可愛い、優しい、家事ができる、可愛い、人懐っこい、みんなに好かれる、可愛い。なんか可愛いって3回言っちゃった。

ちなみに、小町の悪い所を挙げると、真っ先に出てくるのが兄が俺であることだ。なにそれ悲しい。

 

「おお、まじか。ありがとよ。てかスマホ無事だったのか」

 

「え?無事も何も、お兄ちゃん家に置いてったじゃん」

 

え?そうなの?

あれれー?おっかしいぞー?完全に持ってたつもりだったのに。

なんか頭にも障害が発生してるんだけど。頭は打ってないはずなのになぁ…。

 

「…お兄ちゃん、とうとうボケた?」

 

「否定できん」

 

「そこは否定してよ…」

 

小町がジト目でこちらを見てくる。

ジト目の小町も可愛いなぁ、とか思っていると小町が時計を一瞥した。

 

「あ、小町そろそろ行くね。生徒会の仕事あるからもっかい学校行かなきゃなの」

 

だから1回家に帰ったのに制服だったのか。それにしてももう1回学校行くとか、社畜の遺伝子をしっかり継いでらっしゃる。俺も将来ああなるのかしら?絶対やだ。マジで誰か養ってくれ。

 

「そうなのか。悪いな、時間ないのに来てもらって」

 

「ううん、大丈夫!愛しのお兄ちゃんのためだもん!お兄ちゃんが元気そうで小町も安心したよ!あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「最後のがなければ感動してた」

 

ほんと、最後の一言がなければ完璧だったのになぁ。八幡的にポイント低い。

もし最後の一言がなければ、俺はあまりの感動に号泣して鼻水を撒き散らしていただろう。そして小町にドン引きされてたところだ。ドン引きされちゃうのかよ。いや流石に鼻水はキモイな。ドン引きで済んでよかった。下手すりゃ家族の縁切られてた。

 

「まあ、ほんとありがとな」

 

「お兄ちゃんもお大事にね!変なことしないでよー!」

 

小町はそう言い残すと、スタコラサッサと病室を出ていった。

変なことってなんだよ…というツッコミは標的を失い、俺の胸の中で消えていく。

小町が置いていったスマホを手に取り、ロックを解除する。二の腕にあるギプスと包帯のせいで少し操作しづらいが何とかなりそうだ。そのままネットサーフィンを開始しようとした瞬間、俺はあることに気づく。

 

「あれ…?充電器なくね?」

 

小町、充電器忘れるの巻。

全くもう!小町ちゃんったら、ドジっ子なんだから!ぷんぷん!

今の俺キモすぎだろ。もう二度とやらん。

充電器がない上、スマホの残り電池残量は50%くらい。さすがに1日持ちそうにない。…まあ、充電器は連絡して明日にでも持ってきてもらえばいいか。ラノベもあるし。

小町にメッセージを送り、充電を節約するためにスマホを閉じる。そしてラノベに手を伸ばそうとすると、病室のドアがコンコンと叩かれた。

 

「…ん?小町か?」

 

忘れ物でもしたのか?そう思い部屋を見渡すが、特に目立つ物は無い。忘れ物では無いだろう。

それ以前に、小町はわざわざノックなんかしない。あいつは俺に対して遠慮ゼロだからな。

では扉の前にいるのは誰か。

第1候補は看護師さんだ。検診の時間ではないが、様子を見に来ることはあるかもしれんし、包帯を変えたりとかの可能性もある。

第2候補は死神。俺を迎えに来たのかもしれん。勘弁してくれ。

第3候補は天使。俺を迎えに来たのかもしれん。やめてくれ。

3分の2で死んじゃうんだけど…。どうすればいいんだ。これがチェックメイトというやつですか?まるで将棋だな。ちなみにチェックメイトはチェスなので将棋ではない。

看護師さんでも死神さんでも天使さんでも、あまり待たせるのは良くないだろう。特に死神さんを待たせるのは非常にまずい気がするので、とりあえず部屋に入ってもらうことにする。

 

「…どうぞ」

 

俺がそう言うと、恐る恐るといった様子でゆっくりとドアが開かれる。引き戸特有のガラガラという音を立てながら、ドアの前にいた人物の全貌が明らかになった。

ドアの前にいたのは、看護師さんではなかった。そして死神でも天使でもなかった。

セーラー服に身を包んだ、亜麻色の髪をした少女が立っていた。手にはスクールバッグと紙袋を持っている。

俺はこの少女に見覚えがあった。というか見覚えしかない。

そう、俺が助けた少女である。

 

「あ…」

 

俺は思わず小さく声を上げた。そういや小町がお見舞いに来るって言ってたな…。完全に忘れてた。

亜麻ちゃんは「失礼します」と小さな声で言い、部屋の中へと入ってくる。別にここ職員室じゃないからそんなこと言わんでいいのに。

 

「あ、あの、お怪我、大丈夫ですか?」

 

ベッドの側まで来た亜麻ちゃんは先程同様小さな声で言う。

緊張してるのか、それとも他の感情か。見た目の可愛さからは考えられないほど、亜麻ちゃんの態度は縮こまっていた。

ここで俺が変なことを言ったら、益々亜麻ちゃんに気を使わせてしまうかもしれない。ここは俺がしっかりと、大丈夫だと言うことを見せてあげないとな。

 

「あ、う、おう。大丈夫でしゅ」

 

ダメだった。めちゃくちゃキョドった上に超噛んじゃった。最悪だ。

ああ、もうなんかあれだ。死にたーい。誰か介錯してくれ。

顔を両手で覆いたいのを必死で堪え、恐る恐る亜麻ちゃんの顔を見る。亜麻ちゃんはキョトンとしていたが、俺と目が合った瞬間笑みを零した。

 

「あはは、私より緊張してるじゃないですか。怖い人だったらどうしようとか思ってたんですけど、優しそうな人で安心しました」

 

「…それは良かったです…。ま、まあ、とりあえず座ってください…」

 

怪我の功名というべきか、亜麻ちゃんの緊張が取れたみたいだ。可愛い顔に似合う笑顔を見せてくれて、俺も少し安心することが出来た。

亜麻ちゃんは俺に言われるがままベッド脇の椅子に腰かける。

 

「えっと、改めまして…私、一色いろはって言います。この間は、私のことを助けてくれて本当にありがとうございました!あと、怪我させちゃってごめんなさい!」

 

亜麻ちゃん改め、一色いろはと名乗った少女は深々と頭を下げた。

人に面と向かって頭を下げられるという経験が人生でほぼ初の俺は、再び呂律が回らなくなりそうだったが、そこをなんとか気合いで抑える。やはり気合いは全てを解決する。ぱわー。

 

「お礼も謝罪も別になくていいですよ。俺が勝手に助けただけなんで。まあ、その、なんだ…一色さんが無事で良かったです」

 

「で、でも!お礼はちゃんと言わせてください!あ、これ、お見舞いの品です!良かったらどうぞ!」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

一色さんはそう言い、手に持った紙袋を俺に渡してくる。どうやら、紙袋は良いとこのケーキ屋さんの物で、中にはケーキが入っていると思われる箱があった。

やべ、腹減ってきたし普通に食いてえ。けど全部食うのは流石にまずいか…。小町にマジで怒られそうだし。

 

「ほんとはママとパパもお礼を言いたいって言ってたんですけど、2人とも仕事が忙しいので…。ママは明日は来れるらしいので、一緒に来ますね」

 

え?何?明日も来るの?

別に嫌ではないけど…。お母さんも来るのは流石に緊張する。こんな格好(入院服)で会って大丈夫?いやまあこの格好以外できないんだけど…。

 

「…まあ、忙しいなら無理しなくていいって伝えてください」

 

「無理だなんて、そんなことないですよ!むしろ超来たがってます!」

 

ああ、そうなんや…。別に俺に会っても何もおもろいことないで。なんか関西弁になっちゃった。口に出してなくてよかった。こんなエセ関西弁を口に出した日には、関西の人が俺を殺しにくる。え、行動力やば。

 

「それで、えっと、比企谷先輩…ですよね?私まだ中二なので、敬語じゃなくていいし呼び捨てでいいですよ」

 

俺の一個下か。つまり小町の一個上。比企谷家でサンドウィッチ。オセロだったら一色も比企谷になってるところだった。危なかった。

 

「あ、うん。じゃあ、一色って呼ばせてもらうわ」

 

俺がそう言うと、何故か目の前の一色は不満そうだ。

え?なんで?呼び捨てダメだった?いやでも、そっちが呼び捨てでいいって言ったよね?もしかしていざ呼ばれてみると気持ち悪くて無理だった的な?なにそれ傷つくんだけど。

 

「む〜」

 

一色は柔らかそうなほっぺをハムスターのように膨らませて唸っている。

何この子、あざとすぎない?あぶねえ…。思わず小町にする感じで頭撫でそうになったよ。危うくセクハラで警察沙汰だ。まだ刑務所には入りたくないからな。よくやったと自分の自制心を褒めてやりたい。

 

「いろは」

 

「え?」

 

なんでこの子はまた自己紹介したのん?ボケてる説があるとはいえ、流石に覚えてるよ?

 

「いろはって呼んでください!」

 

ああ、そういうことね…。

いや、しかしなぁ。同年代の女子を名前で呼び捨てにするのは、さすがにハードルが…。

 

「いや、でも」

 

「いろはって呼んでくれなきゃ泣いて看護師さん呼びます」

 

「めっちゃ呼びます呼ばせていただきます勘弁してください」

 

何この子、めっちゃ怖いんだけど…。めちゃくちゃ笑顔で人の事脅してくるじゃん…。見た目は女神だけど中身全然違うわ。小悪魔だ。

 

「あー、その、なんだ。いろは」

 

「はい!なんですか?」

 

俺が名前を呼ぶと、いろはは満面の笑みで答えた。

うお、やば、めっちゃ可愛い……はっ、いかんいかん。小町で年下への耐性をつけててよかった。もしそれが無ければうっかり惚れちゃうところだった。ほんと小町がいてよかった…。やはり持つべきものは以下略。

 

「いろはも俺の事好きに呼んでくれていいぞ」

 

俺の言葉に、いろはは少し考える様子を見せる。

人差し指を顎に当てて首を傾げる仕草は、あざとすぎるとしか言いようがないが、目の前の美少女がそれをやるとあら不思議、めちゃくちゃ様になっていた。

 

「じゃあ〜せんぱいって呼んでいいですか?」

 

「え?ああ、うん、いいけど」

 

俺のことは名前で呼んでくれないのね…。いや、まあ別にいいんだけどさ…。少し期待しちゃった俺の純情を返してくれ。

 

「あ、そうだ。せんぱい、腕使えなくて不便ですよね?私が色々お世話してあげますよ!」

 

いろはは握った両手の拳を胸の前に挙げ、可愛らしいポーズをとる。

お世話?お世話って何?いつから俺の住む世界はエロ同人の世界になったの?

 

「ご飯とか…あーんしてあげますよ?」

 

あ、さいですか…。邪な考えに支配されていた5秒前の俺を殴りたい。

いや、でもさすがにあーんとかはちょっと…さすがに恥ずかしすぎる。気持ちだけ受け取らせて頂きたいと思います。またのご応募をご期待しています。

 

「いや別に」

 

「いいですよね?」

 

「あ、はい」

 

いろはの有無を言わさぬ迫力に負けてしまった…。悔しい…年下なのに…!くぅ…!

 

ーーー

 

回想終わり。

まあそこから何やかんやあって、夕食の時間。

俺は前言通り、いろはにご飯をあーんされていた。

くそ、思ってた数百倍恥ずかしい。これもう一種の羞恥プレイだろ…。こんなん誰かに見られたら恥ずかしすぎて死ねる。墓穴があったら入りたい。やだ…即座に埋葬まで行くとか意識高すぎ?

けど…悔しいけど…!なんだろう、ちょっと嬉しい…。これが「悔しい…でも感じちゃう…」ってやつか。違うか、違うね。

だってこんな美少女にあーんされるなんて、今までの俺の人生では考えられないからね。小町もあーんなんて絶対してくれないし。この前ふざけてあーんしてくれって言ったら「あーん?」ってガンを飛ばされた。俺が頼んだのはそのあーんじゃないんですがね…。同じ音なのに全く意味がちゃいますやん…。

恥ずかしいからやめてほしいという気持ちと、もっとやってほしいという気持ちが心の中で鍔迫り合う。というか、もっとやってほしいという気持ちが勝ってるまである。8:2くらい。俺の抵抗の意思弱すぎない?

一方、攻め側のいろはは特に恥ずかしがる様子もなく俺にあーん攻撃を仕掛けてくる。八幡へのこうかはばつぐんだ!もう俺のライフはゼロよ!

とはいえ、全く一切微塵も恥ずかしがってる様子がない。寧ろ楽しんでる。やっぱ慣れてるのだろうか。まあこんな可愛いし彼氏くらいいるだろうけど。

 

「せんぱい、美味しいですか?」

 

「ああ、美味い」

 

予想していたよりも病院食は美味しかった。もっと味が薄いのかと思ってたけど、普通に美味しい。

 

「あ、そうだ。退院したら私の手料理もあーんしてあげますね?」

 

いろはがあざとく、きゃるるーんと言った感じで言う。

え?なにそれ?手料理作ってくれんの?しかも、あーん…だと…?

いやいや、落ち着け八幡。別に退院したなら怪我は治ってるはずだろう。いちいちあーんしてもらう必要は無い。ここは年上としてしっかり断らせてもらおう。

 

「いや退院したあとは別に」

 

「良いですよね?」

 

「あ、はい。めっちゃ良いです」

 

…断れなかった。いろはさんこわい…こわいよぅ…。もういろはの提案を何一つ断れないんだけど。「この口座にお金振り込んでください。良いですよね?」とか言われても断れなさそう。

それにしても、手料理をあーんか…。うん、恥ずかしすぎるな。

やっぱこの子、俺の事恥ずか死させるために派遣された殺し屋なんじゃねえの?

俺にあーんをして辱めてくるいろはは、何故かめちゃくちゃ上機嫌だ。その様子を見た俺は、まあいいか、と半ば諦め再びいろはに餌付けされるのだった。




感想とかくれたら頑張れます
よろしくお願いします


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3話 一色いろはの中には天使と悪魔が存在する

こんばんは。
一日で書けるなんて思いませんでした。筆が乗ったぜ…。
感想と評価くれた方本当に感謝です!これからも頑張ります!


いろはと初対面した翌日。俺は相変わらず入院中だ。スーパーサイヤ人ならもう退院してるだろうが、生憎俺は地球人だ。というかスーパーサイヤ人は車に轢かれたくらいじゃ怪我しない。

昨日のいろはが予想以上にかわ……衝撃的だったこともあり、俺は結構疲れていた。ほんと、あの子かわい……あざとすぎない?一緒にいるだけで心臓バクバクしすぎでライフがゴリゴリモリモリ削られてくんだけど。パッシブスキルで継続ダメージでも持ってるのん?

夕飯をあーんされてる時も心臓破裂するかと思ったし。あいついちいち仕草がかわいすぎ……あざとすぎんだよな。もう普通にかわいいって言っちゃったよ。無駄な抵抗だった。くっ…!認めたら負けな気がしてたから認めたくなかったのに…!

そんないろは。どうやら今日は母親を連れてくるとのことで、俺は昼過ぎからソワソワしていた。いろはが来るのは学校が終わってからなので夕方なのだが、もうなんか緊張とか緊張とか緊張とかでもう昼飯食った後くらいからやばい。緊張しすぎてスマホいじってても何も頭に入ってこなかった。てか、小町ちゃん?早めに充電器よろしくね?もうスマホの充電と俺の心臓は風前の灯火だよ?

そして、ソワソワ、ドキがムネムネ、ゆるりゆるゆるお元気していたらいつの間にか時間が過ぎ、いろはとその母親が来ると言っていた時間に差し掛かりつつあった。お元気していたって何だよ。

 

「逃げたい…」

 

俺が呟いた瞬間、部屋のドアがノックされた。

タイミング悪くない?いや、落ち着け。慌てるな。いろはじゃない可能性は全然ある。

 

「せんぱい!入りますよー?」

 

いろはだった。まあ知ってたけどさ…。

 

「…おう」

 

返事をすると、ドアがゆっくりと開かれる。

そこには、制服姿のいろはともう1人。いろはよりも少し長い程度の亜麻色の髪をポニーテールにし、ベージュのセーターにジーンズを履いた女性がいた。顔立ちはいろはに大人スパイスを足したような感じで、いろはとは違った魅力がある。見た感じの年齢は20代後半くらい。

…あれ?もしかして…いろはのお姉さん?お母さんは来れなくなったのかな?

 

「せんぱい!お邪魔しますね〜!」

 

元気に挨拶したいろはが病室にぴょこぴょことエントリーしてくる。そして、その背中を追うようにしてもう一人の女性も病室に入ってきた。

 

「はじめまして。私、一色あさきと言います。いろはがお世話になりました。この度は本当にありがとうございました」

 

一色あさきと名乗った女性は、ベッドの側まで来ると立ったまま深く礼をする。その様子を見たいろはも、それに習って深く礼をした。

なんか、いろはとは大分雰囲気が違うな。随分とお淑やかな印象を受ける。姉妹でこうも違って育つのか。

 

「あの、俺は全然大丈夫です。それよりもいろはさんが無事でよかったです」

 

俺がそう言うと、あさきさんは顔を上げ、隣のいろはも同じように顔を上げた。

 

「お怪我の具合は?」

 

「まあ命に別状は無いんで、平気っす。来月には退院できるらしいので」

 

「本当にごめんなさいね。うちのいろはの不注意で…」

 

あさきさんはそう言うと、ちらりといろはの方を見る。いろはは少し表情を曇らせ、俯いてしまった。

いや、別にいろはは悪くないんだけど…。むしろ勝手に突っ込んだ俺が悪いまである。

 

「いや、その、いろはさんは悪くないですよ。気にしないでください」

 

俺がフォローすると、いろはの表情に少し明るさが戻った。

 

「いろは。凄くいい人じゃない。逃がしちゃダメよ」

 

「ちょっとママ!変なこと言わないで!」

 

なんか、あさきさんが逃がしちゃダメとか言ってたけど、それは一旦置いておこう。いや置いとけねえわ。逃がさないって何?めっちゃ気になる。俺の事捕獲するつもりなの?やめて!八幡は食べても美味しくないよ!むしろステータスにデバフがかかるまである。

いや、そんなことよりも、今めっちゃ衝撃的な単語が聞こえたんだが?

今ママって言ったか?ママ?ママってあのママ?マジでマカダミアの略じゃなくて?マジでマカダミアって何だよ。いつ使うんだよむしろ気になるわ。

ママがマジでマカダミアの略なわけがないので、母親を意味するママだろう。

いや、流石にそれは無いな。だとすると俺の聞き間違いか。俺も随分疲れてるな…。今日は早く寝るとしよう。

 

「もう、照れちゃって」

 

「ママは少し黙ってて!」

 

聞き間違えじゃなかったわ。え?マジでお母さんなの?嘘でしょ?どっからどう見ても20代後半なんだけど?

俺が衝撃の事実に唖然としていると、それを不審に思ったいろはが上目遣いで顔を覗き込んでくる。

 

「…せんぱい?どうしたんですか?」

 

「…い、いや、え?お母さん?」

 

「…?そうですよ?うちのママです」

 

「…まじかよ…」

 

いろはの母親ってことは、少なくとも30後半くらいだよな…下手したら40代…。

嘘だろ……うちの母親とのレベルの差が激しすぎる…。

うちの母親がスライムだとしたらいろはママは最強スライムだ。

これモンスターズジョーカーやってない人に伝わんねえな。最強スライムはレベル50の強スライム2体の配合で産まれます。これ豆な。

ちなみに覚えといて損は無いけど特に得もないから別に覚える必要はない。じゃあなんで言ったんだよ。

 

「もしかして私の事、いろはのお姉さんだと思っちゃったのかしら?」

 

「うっ…」

 

いろはママは下唇に人差し指を当てて首を傾げながら言う。

一瞬で核心を突かれた。もうめっちゃ急所。

さっきお淑やかって言ったけど、訂正します。この人もめっちゃあざといわ。なんですかそのポーズ。あざとすぎません?DNAにあざとさが刻まれてんの?

 

「…そうなんですか〜?せ〜んぱい?」

 

いろはは表情こそ笑顔だが目が笑ってない。普段なら可愛らしく感じるいろはの声も、今は恐怖を増大させる要素でしかなかった。

めっちゃ怖いんだけど。え?なんでそんな怖いの?俺何かした?

 

「いや、まあそうだけど…」

 

「ふ〜ん。そうなんですね〜」

 

正直に自白したのにも関わらず、いろはは不満そうだ。ジト目でこちらを睨んでくる。

なんでだよ…。女心わかんない。どうすればいいの…。助けてこまえもーん!

 

「いろは、大丈夫よ。取ったりしないから!」

 

「ママ!」

 

いろはママがウィンクしながら言い、それにいろはが鋭く反応する。

取ったりしないって何のことだ?…あれか?俺の魂か?それはまじで取らないで欲しい。てか取ろうと思ったら取れるのかよ。何なの?スタンド使いなの?テレンス・T・ダービーなの?

 

「うふふ、いろはったら慌てちゃって!可愛いわね〜」

 

「ママ本当にうるさい!」

 

親子喧嘩はどうやらいろはママが優勢のようだ。というかいろはは完全におちょくられてる。なんかいろはママはいろはの上位互換って感じする。いろはがアタフタしてるのは想像できなかったが、上位互換相手だとアタフタしてしまうらしい。いろはママはいろはに対する切り札になりそうだ。うん、覚えておこう。

 

「あ、比企谷くん、うるさくしてごめんなさいね」

 

「あ、いえ、お構いなく…」

 

「あ、そうだ!八幡くんって呼んでいいかしら?」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

「本当?嬉しいわ〜。ありがとね八幡くん。あ、八幡くんも私の事あさきって呼んでいいわよ?呼び捨てでも八幡くんなら許しちゃう!」

 

「あ、呼び捨てはちょっと…。じゃあ、あさきさんで」

 

「ちょっとママ!なんで勝手に名前で呼んでるの!」

 

「あら、勝手にじゃないわよ〜。ちゃんと許可取ったもの。ね?」

 

「あ、はい、そうすね」

 

目の前で繰り広げれる一色ワールドに完全に気圧されて、テンションの低いイエスマンになってしまった。

ここ本当に俺の病室?なんか一色家の空間に染まりつつあるんだけど?

 

「もう、ママはもういいでしょ!せんぱいも迷惑してるから早く出てって!」

 

「そんなことないわよ〜。ね?八幡くん」

 

「あ、まあ、はい」

 

「いいから!」

 

「もう、いろはったら。そんなに2人きりになりたいの?しょうがない子ね。…ちゃんとお世話してあげるのよ?」

 

なんかペットみたいな扱いされてない?気の所為?もう言い方が完全に拾ってきた犬を飼いたいって駄々こねてる子供に対するそれなんですが…。

 

「もう!いいから早く行って!」

 

いろはに背中を押されながら、あさきさんが病室を後にする。

病室を出る直前、あさきさんが投げキッスをしてきたが、俺はそんなものには動じない。嘘めっちゃ動揺した。超ドキドキしてる。心臓が持たないからやめてほしい。マジで。

あさきさんが病室から出ていくと、いろはが疲れた様子でため息をついた。

 

「あー、なんだ、明るくて楽しいお母さんだな」

 

「…む〜……せんぱいは、ママみたいな人がタイプなんですか?」

 

「は?」

 

いろはが不機嫌そうにほっぺを膨らませて言うが、その発言の内容に俺は呆気に取られてしまった。そのほっぺ膨らませるやつ可愛いな。めっちゃ柔らかそう。つんつんしたい。

いや、何でそうなったの?恋愛漫画症候群か?そういや小町も同じ病にかかってたな…。もしかすると中学生の間で流行ってるのかもしれない。クラスメイト全員がかかったりしたら地獄だな。恋愛漫画始まっちゃうじゃん。

 

「何でそうなるんだよ」

 

「せんぱい、ママに投げキッスされてドキドキしてましたよね?」

 

「うぐっ…」

 

一色家の人、俺の核心突きすぎじゃない?八幡キラーでも持ってるのん?

 

「やっぱりドキドキしてたんですね〜ふ〜ん」

 

相変わらず、いろははジト目で睨んでくる。

うぅ…視線が痛い…。でもドキドキしたのは本当だから反論できないよぅ…。ふえぇ…。たすけてこまえもん…。

 

「じゃ、じゃあ、私も、その、投げキッス…してあげます…!」

 

いろはは、先程までの俺を尋問するような雰囲気から一変、モジモジとしながら言う。

いや、何でそうなった?どこに対抗心燃やしてるん?

 

「え?いや、なんで?」

 

「なんですか?せんぱいはママに投げキッスされて喜んだくせに、私には投げキッスされたくないんですか?私の投げキッスじゃ満足出来ないってことですか?」

 

また尋問の雰囲気なっちゃった。圧がすごいよ、圧が。

この子、雰囲気の変わり方がえぐいんだけど。温度差ありすぎて風邪ひきそう。

 

「うっ…そう言われるとだな…」

 

いろはが腰に両手を当て、前屈みになって詰め寄ってくる。

これ何の尋問なの?なんで俺が罪を犯したみたいな雰囲気になってんの?というかもうこれ尋問というより拷問なんだけど。この雰囲気で言える答えとか1つしかないじゃん。何これ?現代版の魔女裁判?

 

「どうなんですかー?」

 

俺が答えに迷い、視線を右往左往縦横無尽していると、いろはが更に顔を近づけてくる。なんか少し動いたらおでこがぶつかりそうだ。

やばい近い近い可愛いめっちゃいい匂い近いまつげ長い。

なんかもう、思考が纏まらない。どうしましょ…。

 

「…まあ、してほしくないって言ったら嘘になる」

 

脳みそが焼けるんじゃないかという程に思考を回転させ、何とか言葉を絞り出すが、いろはのお気には召さなかったらしい。冷たい目で俺の瞳を見つめてくる。

 

「ハッキリしてください」

 

「あ、いや、その…してほしいです…」

 

八幡はいろはの拷問に負けてしまった!

投げキッスしてほしいって言うとか完全に変態だろ…。セクハラで訴えられるのも時間の問題か…。ごめんな小町、お兄ちゃん前科持ちになっちゃったよ。

 

「せんぱいがそこまで言うなら、しょうがないですね!せっかくなので、してあげます!」

 

いろはは誇らしそうに胸を張って言う。

あれ…?いつの間にか俺が頼み込んだみたいになってる。いや、確かにしてほしいって言ったには言ったけど…。なんだろう…イマイチ腑に落ちないんだけど。

 

「じゃ、じゃあ…いきますよ?」

 

「お、おう」

 

そう言い、いろはが深呼吸をする。その様子を見て、俺は喉をゴクリと鳴らした。病室に妙な緊張感が流れる。

数秒深呼吸した後、いろはは右の手のひらを唇に当て、チュッというサウンドを出してキッスをスロウしてきた。なんか緊張しすぎてルー大柴みたいになっちゃった。

…なんだこれ…。めっちゃドキドキする。具体的に言うと、あさきさんの時の500倍くらい心臓がバクバク言ってるし100倍くらい顔がめっちゃ熱い。俺もう心臓爆発して死ぬんじゃないの?

 

「…どうでしたか?」

 

顔を真っ赤に染めたいろはが問いかけてくる。

これ感想とか言わなきゃダメなの?どんな羞恥プレイだよレベル高すぎだろ…と思ったが当の本人もめちゃくちゃ恥ずかしそうだ。共倒れじゃねえか。

 

「…あー、その、なんだ。めっちゃドキドキしたし…その、可愛かったぞ」

 

「え、か、可愛いとか急になんですか口説いてますか?そんな急に言われても準備できてなくてすごいドキドキしちゃうしせんぱいがそんな素直に可愛いって言ってくれるなんて凄く嬉しいので何と言うかありがとうございます!」

 

「お、おう…」

 

なんかいろはがめっちゃ早口になった。早口で捲し立てたせいか、少し息が上がっている。大丈夫?

唐突な早口でめっちゃびっくりしたが、どうやら俺の感想を聞いて喜んでくれてるらしい。気持ち悪いとか言われなくてよかった。あと別に口説いてないからね?か、勘違いしないでよね!

そのまましばらく無言が続く。

めっちゃ気まずい…。この時間何?これなんか喋った方いいの?喋ろうにもこの状況で何喋ればいいんだよ。

「いろはの投げキッス、最高だったぜ。またやってくれ」とかか?

うわ、めっちゃキモイな。俺が言ってるの想像したら鳥肌たったわ。こういうセリフはイケメンしか許されないから俺が言ったら暴動が起きて磔にされる。

 

「…せんぱいがしてほしい時は、いつでも言ってくださいね?」

 

いろはが上目遣いで見つめてくる。

ちょっともう何よこの子…あざと可愛すぎるわよもう…。あまりのあざと可愛いさになんかオネエになっちゃったよ。これからはオネエキャラで行くか……ナシだな。キモイ。

もう毎日してほしいけど?って思わず言いそうになったが、口の筋肉に全集中して何とかこらえる。これが全集中の呼吸か…(違う)

 

「あれ〜?せんぱいもしかして〜…もっとしてもらいたいとか思ってます?私の投げキッス気に入っちゃいました?」

 

「ぐふうぉ…」

 

またも核心を突かれ、俺は吐血した。嘘、めっちゃ盛った。さすがに血は吐いてない。けど自分の意思とは無関係に口から変な声出たわ。好きな女優が結婚を報告した時のオタクみたいな声だった。聞いたことないから知らんけど。

ほんとに何なの?一色家の人は俺の心読めるの?

 

「…え?ホントにしてほしいんですか…?」

 

俺の反応を見たいろはは、パッチリとした瞳を潤ませながら問いかけてくる。何その子犬みたいな目…反則でしよ…。思わず抱きしめちゃうとこだった…。会って2日目で抱きしめるのはまずい。じゃあ何日目からならいいんだよって話になるけど。正解は一生無理。

 

「いや、なんというか、そのですね…そういった意見もあると言いますか…」

 

上手く考えが纏まらず、言い訳が下手くそな政治家みたいになってしまった。俺には政治家は向いてなさそうだ。目指してないけど。

 

「つまり、してほしいってことですか?全く、せんぱいったら変態さんですね」

 

「なんでだよ…変態じゃねえから…」

 

変態って罵倒してきたのも関わらず、一色の表情はめちゃくちゃに明るい。なんか「えへへ…」とか言ってるし。

そんなに罵倒するの好きなの?ドSすぎん?いろはが女王様になる様子を想像してみる……うん、なんかめちゃくちゃ似合うな。「せんぱぁい、さっさと靴舐めてくださいよぉ…この愚図!」とか言ってそう。虐められてるの俺なのかよ。

このままじゃ俺の中で変な扉が開きそうなので、先程の女王様いろはの想像を必死で霧散させる。

 

「でも、年下の後輩にご飯アーンさせてるじゃないですか〜。しかもそれで喜んじゃってますし。それを変態と言わずして何と呼ぶんですか?」

 

いや、お前にあーんされたら誰だって喜ぶから…とは言わないし、そんなこと恥ずかしすぎて言えない。

つか、一つ気になったんだけど、なんで俺が頼んだみたいになってんの?

 

「いや、あーんに関してはお前が…」

 

「何か言いましたか?」

 

「あ、いえ、なんでもないです…」

 

こっわ…。圧やっば…。なんか大事な2つの宝玉がヒュンってなったんだけど…。もうこいつドラクエの世界に生まれてたら大魔王になってるだろ。ちなみに俺は勇者…ではなく村人Bだ。序盤で敵に見せしめだぁ!とか言われて殺される感じの。殺されちゃうのかよ。俺のドラクエ過酷すぎない?

 

「あ、そうだ。私明日終業式で春休みになるんで、これからはもっと早い時間に来れますよ?」

 

「あ、そう。まあ、別に無理して来ようとしなくていいぞ」

 

というか、夕方だけでも心臓がやばいのに、これ以上一緒にいるとか本当に死んじゃうから勘弁してほしい。せめて小町が大人になるまでは殺さないでくれ。

 

「むぅ…」

 

いろはは何か不機嫌そうだ。可愛い声で唸っている。また俺何かやっちゃいました?

 

「…私は来たいから来てるんですよ?…せんぱい、私が来て迷惑でしたか?もし迷惑だったなら…もう来ないです、ごめんなさい…」

 

そう言ういろはは涙目で、今にも泣き出しそうだ。

え、まって。泣かないで。死ぬから!俺が!社会的に!

 

「い、いや、そういう意味じゃなくてだな…。むしろ来てもらってありがたいんだが…。いろはにも予定とかあるだろ?だから、無理はしなくていいぞって意味で…決して来て欲しくないって意味じゃ…」

 

「そうなんですね!じゃあ明日からも来ますね!」

 

俺が必死に弁解していると、それを遮るようにいろはがニパーと笑う。その笑顔は、先程まで泣きそうだった人物とは思えない。

あれ?さっきまでの涙はどこいったのん?え?なに?まさか嘘泣き?嘘でしょ?魔性の女すぎない…?てか俺も俺で簡単に騙されすぎだな…。将来変な女に捕まらないように気をつけよ…。

 

「あ、でも私部活あるんで、1日中はちょっと無理ですね〜。ごめんなさい!」

 

「いや別に謝らなくても…てか、部活やってんだ?」

 

「はい、サッカー部のマネージャーしてます」

 

あー、マネージャーね。はいはい。なんかめっちゃ想像できるわ。

あざといろはが笑顔で男子部員にタオルを渡してる姿が。そんで部活の男子たちは皆あざといろはに夢中。内部戦争が勃発して部は崩壊。しかし、部が崩壊した後も身体は闘争を求める。そしてアーマードコアの新作が出る。

 

「青春って感じでいいな」

 

「せんぱいもまだ学生だと思うんですけど…」

 

まあそれはそうなんだけど、俺みたいなぼっちに輝かしい青春がやってくる訳ないだろ。部活もやってないし、友達もいないし。てかもはや同級生にも認知されてないまである。別に寂しくないけどね。

…あれ…なんか雨降ってきたな。ちょっと顔が濡れちまった。部屋の中でも雨って降るんだなーフシギダナー。

 

「というわけで、部活終わった後とか行く前とかに来ますね!」

 

「…わかったよ…」

 

春休み中も俺のところに来るという意思は固そうだ。とうとういろはも本腰入れて俺の事を憤死させに来るらしい。もう心臓のトレーニングとか始めようかしら…。まずはそうだな…幽波紋で心臓の鼓動を制御するところから始めるか。幽波紋出せないけど。あれ?もしかして詰んだ?

 

「比企谷さーん。お食事お持ちしました」

 

ドアを開け、食事を持った看護師が部屋に入ってくる。

いつの間にか夕飯の時間になってたみたいだ。

あぁ…またあの幸せで苦しい時間が始まるのか…。幸せと苦しいって両立できるの初めて知った。またひとつ成長出来ました。

くっ…!持ってくれよ!心臓!

自らの心臓に全てを託し、再び始まるいろはによる餌付けタイムに備える。

 

「じゃあ、今日も食べさせてあげますね?」

 

いろはがそう言い、あざとく微笑んでくる。

ああもう、この子にならお世話されるのも悪くないかも…とか思いつつ、いろはが差し出してくる夕飯に口をつけた。

 

 




まだ入院してるってまじ?展開遅すぎんだろ…。
次回は少し時間飛ばして巻で行きます。とりあえず目標は20話までになんかいろはに関する事件を起こしたいなーと。
これからも頑張ります!
感想評価よろしくお願いいたします!


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4話 色々あって、2人の距離は少しずつ縮まっていく

こんばんは。毎日残業生活4日目です。
明日は休みなので一気に書きあげました。明日は1日寝ます。



4月。

出会いの季節である。

学校では新入生が入学してきて、会社では新入社員が社畜としての道をスタートさせる。初めは新生活に希望を持っているが、1週間もすればそれが空想であったと気づいてしまうだろう。ソースは俺。中学の入学式の時は友達や恋人を作ることに胸をワクワクさせていたが、1週間後には現実の過酷さを突きつけられ、齢12歳で人生の厳しさを知った。

そんな素晴らしい季節。前文のせいで全く素晴らしくなさそう。

かくいう俺も今年で高一になり、とうとう新生活をスタートさせる。オラわくわくすっぞ!

そんな俺は現在、病院の中庭で春風に吹かれながら、庭に1本だけ生えている桜の木を眺めていた。お前もぼっちなのか。仲間だな

 

「…今頃、入学式か…」

 

今現在、総武高校で行われているであろう入学式に思いを馳せる。今頃同級生達は新たな出会いに泣き笑いしているのだろう。

ああ…なんか、今めっちゃ餃子と炒飯食いてえ。小町に頼んだら買ってきてくれないかしら?あとエビチリと麻婆豆腐も食いたい。これ入学式じゃなくて中華料理に思い馳せてんな。

まあ正直、入学式がどうとか俺にとっちゃどうでもよかった。だって入学式に出てようが出てなかろうが、高校ぼっちなのはほぼ確実だしな。コーラを飲んだらゲップが出るってくらい確実。

 

「そういや、いろはも今日から学校か」

 

春休み中、毎日のように俺の病室に来ていた少女のことを考える。下手したら小町よりも来た頻度は多い。春休み中は、午前の部活が終わって今頃の時間になるとほぼ毎日俺の病室まで来ていた。

女子中学生なんだし、もっとやる事あるんじゃないの?と思っていたが、俺の病室で楽しそうに笑いながら話すいろはを見ると、そんな無粋なことを言う気にはなれなかった。ほんと、俺なんかのところに来て何が楽しいんだか。俺で遊んでるから楽しい説はあるが。

あんまり俺の病室で楽しそうにされると勘違いしちゃいそうになるから辞めてほしい。俺がプロぼっちじゃなかったらもう5回は惚れてるし、5回告って5回振られてるところだ。振られちゃうのかよ。しかも5回。

春休み中、いつもこの時間には近くにいろはがいたせいか、いろはが居ないこの時間が妙に寂しく感じる。先日、いろはとこの中庭に来た時のことを思い出してしまったからだろうか。隣で楽しそうに話しながらあざとポーズをするいろはを思い出してしまい、少し頬が緩む。

おかしいな…プロぼっちだから1人は慣れてるはずなのに…。胸にぽっかり穴が空いた…とまではいかないものの、何か物足りなさを感じる。

いろはと俺の関係は、何と言えばいいんだろうか。友達…ってのは少し違うし、助けた人間と助けられた人間というのも堅苦しい気がする。上手く言葉にできない。

 

「はぁ…部屋戻るか…」

 

このまま考えてても答えは出なそうだ。こういう時はさっさと部屋に戻って昼寝するに限る。俺はベンチから立ち上がり、てくてくと歩き出した。

怪我も順調に回復しており、今では打撲と捻挫の痛みはほとんど無い。来週末には退院出来るそうだ。退院したら学校行かなきゃならねえのか…と少し憂鬱な気分になりながら、俺は病室へと向かった。

 

ーーー

 

始業式が終わり、今は午後の2時くらい。

お昼ご飯を食べて、部活の真っ最中だ。私たち3年生にとっては中学最後の地区大会が来月に控えてることもあり、みんな気合が入ってる。特に顧問はやる気満々だ。ほんとは今日、始業式が終わったらせんぱいのとこに行こうと思ってたんだけど、流石に部活を休めなかった。うーん、病院行きますって言って帰ればよかったかな?嘘はついてないし。

目の前で行われているサッカー部の練習を眺めながら、手に持ったストップウォッチで時間を計る。

ちょうどミニゲームの終了時間が来たので、顧問のところまで行き、その旨を伝える。

 

「10分休憩!」

 

顧問の大きな声が校庭に響く。その声を聞いたグラウンドを駆け回っていた男子たちは切らした息を整えながら、校庭の脇に併設されたベンチへと歩いてくる。男子たちの服は土によって汚れており、言っちゃ悪いけど結構汚い。頑張ってるんだからしょうがないけど。

男子たちはベンチに座り、傍においてあった水筒を手に取ってスポーツドリンクを口の中に流し込む。

私はタオルが入ったカゴを手に持ち、ベンチの周囲をとてとてと小走りで駆け回り、一人一人にタオルを手渡していく。

この時、笑顔を忘れちゃいけない。別に笑顔じゃなくてもいいんだけど、笑顔で渡した方が印象も良くなるし、何より男子は単純だからそれだけでやる気を出してくれる。これがせんぱいだったら「あー、はいはい。あざとい」とか容赦なく言ってくるんだろうなぁ…。あの人、そういうところ遠慮しないっていうか、デリカシーがないっていうか…。普通の男子とは何かちょっと違う。今まで男子に「あざとい」なんて言われたことないのに。…女子にはあるけど。もし同級生の男子に「あざとい」なんて言われたら普通にイラッときちゃうと思う。表には出さないけどね。けど、せんぱいに言われても何でかイラッとしないんだよね。なんでだろ?

 

「どうぞ!」

 

「ありがとう、一色」

 

最後の一人、少し遅れてベンチまでやってきた部長にタオルを渡し終え、一息つく。

サッカー部のマネージャーは私一人だから、仕事が結構多い。スポーツドリンクを作ったり、ビブスを洗濯したり。けど、私も今年で引退だ。新一年生がマネージャーとして入部してくれるといいんだけど…。

そうすれば私も楽になって、せんぱいの所に行く時間も増えるからね。…なんで私、せんぱいの所にこんなに行こうとしてるんだろう?春休みなんて毎日のように遊……お見舞いに行ってたし。

思えば最近、学校とか家にいてもせんぱいのことを考える時間が多い気がする。今日の始業式でも「せんぱいは今頃朝ご飯食べて昼寝でもしてるのかなぁ」とか考えちゃった。なんか、これじゃまるで私がせんぱいのこと…いや、それはないよね。

だってせんぱい、私のタイプじゃないし。タイプじゃないはちょっと失礼だったかも。まあいいか、せんぱいだし。

私のタイプの人は、もっとキラキラしてて完璧な王子様みたいな人だもん。それに比べてせんぱいは…アホ毛だし、目腐ってるし、捻くれ者だし、もう全然違う。

私がせんぱいのこと考えちゃうのは、せんぱいが命の恩人だから。命を助けて貰って人の事を気にかけるのは、人として当然のことだし?うん、そういうことだ。

心の中で1人で勝手に納得していると、1人の男子がこちらへと歩いてくる。2年の櫻井くんだ。

 

「いろは先輩、ちょっといいすか」

 

「ん?どうしたの?」

 

櫻井くんは髪の毛をセンターで分ける、所謂センターパートと呼ばれる髪型をしていて、顔も結構悪くないので女子人気が高い。ただ、少しチャラいので私はあまり好きじゃなかった。なんかいつの間にか下の名前で呼んできてるし。許可してないよね?

 

「足首捻っちゃったんで、テーピングお願いしたいんすけど」

 

「あ、うん。おっけ〜」

 

おっけ〜って言っちゃったけど、正直あんまりやりたくない。部活中の汗まみれの男子の足を触るって凄い抵抗ある。言っちゃ悪いんだけど普通に嫌だ。けどこれもマネージャーの仕事だし、しょうがない。

あ、そういえば部室にある私のカバンに汗ふきシートがあったはず。それで拭いて貰ってからにしよう。

 

「俺、部室に制汗シートあるんで。部室行きませんか?」

 

「いいけど…大丈夫?歩ける?」

 

「歩くくらいなら大丈夫っす」

 

どうやら櫻井くんも同じ考えだったらしい。汗まみれの足を女子に触らせるような性癖を持ってなくてよかった。

そういうことになり、私は顧問にその旨を伝え、櫻井くんと共に部室へと向かう。

数分歩き、部室まで到着する。部室の中に入ると、部員の荷物が乱雑に置かれていた。あと少し汗臭い。もう慣れたから気にならないけど。

もう少し整頓できないのかなぁ…と小さくため息を吐きつつ、櫻井くんを部屋の中にある椅子に座らせる。

 

「じゃあ〜足拭き終わったら教えてね?」

 

「うっす」

 

櫻井くんはスパイクと靴下を脱ぎ、自分のカバンから制汗シートを取り出して足を拭いていく。私は部室にあった救急箱からテーピングとエアーサロンパス、アイシングスプレーを取り出し、櫻井くんが足を綺麗にし終わるのを待つ。

 

「終わったっす」

 

「じゃあテーピングしてくね。どの辺が痛いの?」

 

「右のくるぶしの下あたりっすね」

 

「りょうか〜い」

 

あざとさを少し表に出しつつ、櫻井くんの右足のくるぶしの下にアイシングスプレーとエアーサロンパスを振りかけ、テーピングをグルグルと巻いていく。

マネージャーとして、一応テーピングの勉強もしてるからスムーズにテーピングを進めていく。普通に歩いてたから、捻挫じゃなくてただ捻っただけっぽい。ガチガチに固めなくてもいいかな〜。

足首にアンカーを巻き、フィギュアエイトと呼ばれる比較的簡単なテーピングを足に巻いていく。すると、不意に櫻井くんが口を開いた。

 

「いろは先輩、来週の土曜日部活休みっすよね?」

 

「あれ?そうだっけ?久々の休みだし、ゆっくり休みなよ?」

 

なんか嫌な予感がしたので、少し遠回しに「お前遊びとかに誘ってくんなよ?」と釘を刺す。しかし、櫻井くんは釘を刺されたことに気づかず、私が予想していた言葉を続けた。

 

「良かったらどっか遊び行きません?俺、奢るっすよ」

 

…マジかよこいつ…もう奢るって言っちゃうんだ?それ私がOKしたら奢られるから遊びに行く軽い女ってことにならない?もっと誘い方考えてほしいし、奢るなら奢るで事前に言わないで。

さっき部活休みなのを知らないかのように惚けたけど、本当は知ってたし、何ならせんぱいに会いに行こうと思ってたからむしろ来週の土曜日が待ち遠しかった。

櫻井くんと遊びに行くのはせんぱいのとこに行く予定(私が勝手に決めた)が無くても却下。下心見え見えだし。てか、わざわざ部室まで来たのって私を誘うためでしょ?ホントに足捻ったの?

けど、ここでバッサリ断って切り捨てるのは私的にNG。今まで積み重ねてきた私のイメージが壊れちゃう。なので、やんわりと遠回しに断ることにする。

 

「ごめ〜ん!ほんとは行きたいんだけど〜その日家族で出かけるの。ホントにごめんね?」

 

テーピングを巻き終わったので、顔を上にあげて上目遣いで櫻井くんを見る。櫻井くんは私の目から視線を逸らしながら言った。

 

「そうなんすか?どこ行くんすか?」

 

本当は行きたいけどという言葉を聞いてか、櫻井くんは少し嬉しそうだ。

なんでそんなことお前に言わなきゃいけないの?という言葉を飲み込み、いつもの笑顔で答える。

 

「内緒」

 

語尾にハートが付きそうな程に甘い猫撫で声を出す。櫻井くんは少し不満そうに唇を尖らせた。

 

「そんなこと言わないで教えてくださいよ〜」

 

「だ〜め。女の子のプライベートはあんまり聞いちゃダメだよ?」

 

「え〜!別にいいじゃないっすか〜」

 

こいつしつこいな…。私がどこに行くか聞いてどうするの?着いてくる気?それは流石に気持ち悪いよ?

面倒くさくなった私は、強引に話を切り上げることにする。

 

「はい、もうこの話終わりね。テーピング終わったし、グラウンド戻ろっか」

 

「じゃあ今度空いてる日あったら遊び行きましょうよ」

 

この期に及んでまだ誘ってくるのか…。もしかして、さっき私が言った「本当は行きたい」っての本気にしてる?嘘でしょ?

 

「ん、わかった。空いてる日あったら教えるね?」

 

仮に空いてる日あってもぜっっったい教えないけど。てか来月で多分引退だし、引退したらもう二度と話すことはないと思う。話しかけられたら相槌くらいは打つけどね。

 

「約束っすよ?」

 

「うん!楽しみにしてて!」

 

私の言葉で、櫻井くんは凄く嬉しそうな表情を見せた。

勝手に約束にされちゃったけど、まあいいか。私が君と遊びに行く日は永遠に来ないから約束守れないなぁ。ほんとごめんね?

 

ーーー

 

「せ〜んぱい!元気してましたか?」

 

部活が終わり、そのままの足でせんぱいの病室へと向かった。病室に入ると、相変わらず死んだ目で小説を読んでるせんぱいがいた。

私の声を聞いたせんぱいのアホ毛がぴくりと動く。どうやって動かしてるんだろう?

 

「なんだ、いろはか…」

 

「なんだってなんですかー!私じゃ不満なんですかー!」

 

せんぱいの言葉に対し、私は口を尖らせてぷりぷり怒る。

けど、口では悪態をついてても、私を見た瞬間に少し嬉しそうな表情をしたのを私は見逃さなかった。

 

「せんぱ〜い?口ではそんなこと言ってますけど〜…私が来た瞬間、少し嬉しそうでしたよね?私がいなくて寂しかったんですか?」

 

「ば、ばっか。そ、そそそんなわけないだろ」

 

せんぱいは必死に虚勢を張るけど、声が震えてるというか、震えすぎ。そして目も凄い泳いでる。嘘つくの下手すぎでしょ…。ほんと、わかりやすい人だなぁ。まあそこがかわい…面白いんだけど。

てか、私がいなくてホントに寂しかったんだ…。え、うそ。嬉しいんだけど…!なんで私こんなに喜んでるの?これじゃまるで…って、違うから!それは絶対無いから!

 

「ふ、ふ〜ん、やっぱり寂しかったんですね〜。そんなに私の事好きなんですか〜?」

 

私は手を腰の後ろあたりに持っていき、上目遣いで言う。

ちょっと勇気をだして、好きって言葉を使ってみた。や、やばい。なんか私めっちゃドキドキしてる。これでせんぱいに好きって言われたらどうしよう…。

私がドキドキしながらせんぱいの言葉を待っていると、予想外の言葉が聞こえた。

 

「…あざとい…」

 

「なんでですかー!あざとくないですー!」

 

「ほら、そういうとこ。ほっぺ膨らますな、あざといから」

 

ほんとにこの人は…。なんでこのタイミングでそういうこと言っちゃうかなぁ…。もうちょっと空気読んでくださいよ!そこは「そうだな。いろは、愛してる」って言うところでしょ?

せんぱいに愛してるって言われるのを想像したら、さっきよりも胸がドキドキしてきた。顔も赤くなってるかもしれない。

な、なんで?なんでこんなにドキドキするの?てか、これじゃ私が愛してるって言われたいみたいじゃん!

 

「あ、そういえばせんぱい、退院っていつ頃になるんですか?」

 

私は高鳴る鼓動を一旦リセットすべく、話題を変える。少し強引だったかもしれないけど、せんぱいは特にツッコまずに話題に乗ってくれた。

 

「あー、来週末くらいだな。まあ、まだ完治してないから退院したあとも無理は禁物だけど」

 

「来週なんですね!おめでとうございます!」

 

「お、おう。…さんきゅ」

 

来週末に退院するってことは、この病室でせんぱいとこうやって話せるのもあと10日くらいってことになる。ちょっと寂しいかも…。

でも、よく考えたらこれからは病院の外でも会えるってこと!何とかして会う口実を見つけないと…!

 

「あ、私、来週の土曜日部活ないんですよ!よかったら、せんぱいの退院祝いしませんか?」

 

タイミングよく来週末の土曜日、部活が休みだった。これはチャンス!退院祝いって名目なら、せんぱいも断りにくいはず…!

 

「え?別にやらなくていいけど」

 

普通に断られた。なんで?普通は断らなくない?

 

「なんで断るんですかー!こんなに可愛い後輩が退院祝いしてあげるって言ってるんですよ?」

 

我ながら今のセリフはなかなかあざといと思った。こういう所がせんぱいにあざといって言われる原因なのかな?

 

「いや、だってほら、俺は別に祝われなくてもいいし」

 

「私が祝いたいんですー!せんぱいに拒否権は無いです!」

 

「俺の権利無視しないでくんない?」

 

「いいからー!しましょうよー!」

 

私が強引に押すと、せんぱいは諦めたようにため息をついた。

せんぱいは結構押しに弱い。うん、覚えておこう。

 

「…はぁ、わかったよ」

 

「やった!じゃあどこ行きます?ディスティニーランドとか?」

 

「なんでそうなったの?退院祝いで行くようなとこじゃないよね?てか俺骨折してるからアトラクション乗れんし」

 

「せんぱいは私がアトラクション乗ってるのを見ててください!」

 

「それ何が楽しいんだよ…。てかそれだとお前一人でアトラクションに並ぶことになるけど大丈夫?」

 

「んー、それはちょっとあれなので…途中まで一緒に並んでくださいね?」

 

「ただの並び損じゃねえか。絶対嫌なんだけど」

 

漫才のようなやり取りだ。けど、これが結構楽しくてクセになってる私もいる。このやり取りはせんぱいとしかできないからなぁ。ちょっと特別感があって気分がいい。

 

「普通にどっかで飯食うとかでいいだろ」

 

「む〜、確かにそうですね……はっ!もしかして、今のって私の手料理を食べたいってことですか?」

 

「違う…いや違くはないけど…じゃなくて!普通に店で食うってことだよ。いろはは何食いたい?」

 

今、違くはないって言った?それってつまり、私の手料理を食べたいってこと?

そこら辺を問い詰めようとしたが、強引に話を逸らされてしまった。まあいいや。今度改めて問い詰めるもんね。

 

「外で食べるんですか?…さすがに公衆の面前でせんぱいにあーんするのは恥ずかしいと言いますか…」

 

「流石にもう1人で食えるわ。ちょっと時間はかかるけど」

 

もじもじとしながら言うと、せんぱいが少し呆れたようにツッコミを入れてきた。

私としては、あーんしてるのを人に見られてもいいと思ってる。…まあ、恥ずかしいのはホントだけど。

 

「てか、小町呼んでいいか?退院祝いで2人ってのも少し寂しいだろ」

 

「え!ダメです!せんぱいダメダメです!」

 

「…その言い方だと俺がダメみたいに聞こえるんだけど…」

 

完璧に2人きりだと思っていた私は、せんぱいの言葉に過敏に反応してしまった。変に思われたかも…。

けど今のはせんぱいが悪いよね。普通はデートに妹呼ばないでしょ。ダメダメだよほんと。せんぱいダメダメです。

……デートって言っちゃった。めっちゃ恥ずかしい。

 

「と、とにかく!2人で行きましょう!」

 

「えー…」

 

なぜかせんぱいは嫌そうだ。

なんで?私と2人じゃ不満なんですか?

もしかして、私の事あんまり良く思ってないんですか?

私の事、嫌いなんですか?

胸の中に、よく分からない不安のようなものが込み上げてくる。そして思わず、せんぱいに対してその不安をぶつけてしまった。

 

「…もしかして、私と2人じゃ嫌ですか?」

 

「いや、嫌じゃねえけど…。お前と2人って、ほらその、なんだ。緊張するし…」

 

震える声で聞くと、せんぱいは照れ臭そうに頬を指で掻きながら答えた。よかった…嫌われてるわけじゃないんだ…。

せんぱいが照れてる様子を見た私も何だか少し照れ臭くなり、思わず早口になってしまう。

 

「緊張するって…もしかして私の事そういう目で見てるってことですか?そういうこと言って私にも意識させようとしてるんですか?すいません別に嫌じゃないんですけどそういうのはもう少し経ってからにしてくださいごめんなさい」

 

「…なんでそうなるんだよ…」

 

呆れた声を出すせんぱいの顔は、先程までの照れは微塵もなく、本気で呆れた顔をしていた。

そんなに呆れなくてもいいじゃないですか。失礼な人だなぁ、全くもう。けど、いつの間にか先程感じた不安は消え去っていて、今はせんぱいと出かけるのがただただ楽しみという気持ちしかない。

 

「まあ、どこに食べに行くかは考えときますね!」

 

「おう、そうしてくれ」

 

「楽しみにしてますね?」

 

「…おう」

 

私が笑顔で言うと、再びせんぱいは照れ臭そうに目を逸らす。

その様子を見て、かわい……面白いなぁと思いながら、せんぱいとの心地よい時間を過ごしていった。

 




読んでいただきありがとうございます。
まあ、ちょっとしたいざこざのフラグ的なのが立ったかなと思います。ちょっとわかりやすすぎるな…。まあいいでしょ(適当)
感想評価などよろしくお願いいたします


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5話 やはり比企谷八幡は年下が弱点である

こんにちは
今回少し短いです
許して 
あとタイトル変更しました
許して 


「そういえば、来週誕生日なんですよ〜」

 

隣に座ったいろはがあざとく首を傾げ、上目遣いで言う。

現在、いろはと共に病院の中庭に散歩に来ている。今日は土曜日ということもあり、いろはは部活が終わった昼過ぎから病院に見舞いに来ていた。

土曜日の昼間っから病院に来るとか暇なの?中学生っていったら、友達と遊びに行くとか…ほら、色々あるだろ。俺は行ったことないからわからんけど。

てか、え?誕生日?誰の?俺は8月だし小町も違うから…あれか?池田エライザの誕生日か?

 

「誰の?お前の好きな有名人とか?」

 

「も〜!なんでそうなるんですか!私のですよー!4月16日なんです!」

 

俺の発言に対し、いろははぷりぷり怒る。ぷりぷりぷんぷん。

ああ、さいですか。こいつ誕生日早いんだなぁ。通りであざといわけだ(関係ない)

 

「おめでと。で、なんか欲しいのあるの?」

 

誕生日といえば誕生日プレゼントだろう。俺も去年の自分の誕生日には親からネットで使えるギフトカードを貰い、小町からはよくわからんTシャツを貰った。無地ってデカくプリントされてあるTシャツとかどこで買ってきたのん?全然無地じゃないからね?まあ結構気に入ったからいいけど。

ちなみに先月の小町の誕生日には小町に習ってTシャツをプレゼントした。ネットで見つけたバカTシャツ2枚だ。1枚目はリアルテイストなムー〇ンの顔がプリントされたTシャツ、2枚目はI♡千葉という文字がプリントされているTシャツだ。貰った時小町は「…なにこれ…」と少し不満そうにしていたが、部屋着にしてるので結局気に入ったのだろう。変なものを気に入るところは似てんだよな。やっぱ兄妹だわ。変なものって言っちゃった。

とはいえ、4月16日はもうすぐだ。プレゼントを用意するなら早めに買わないといけない。まだ入院中だしネットで買うことになりそうだが。

 

「え?…何かくれるんですか?」

 

「え?今のってプレゼントくださいアピールじゃなかったの?」

 

自分の誕生日を人にアピールするやつは大抵「お前プレゼントよこせよ」って意味だと思ってた。だって小町も2月に入ったくらいから「お兄ちゃん、来月は何の日があるでしょう?」「3月3日は何の日でしょう?」とか事あるごとに言ってきて死ぬほど鬱陶しかった。可愛いから許したけど。もうほんと小町ちゃんマジ天使。小町なら何しても許しちゃうまである。

 

「そういうつもりじゃ無かったんですけど…せんぱいからプレゼントなんて言葉が出るなんて思ってませんでした」

 

「俺の事なんだと思ってんの?」

 

なんか俺への偏見すごくない?こんなだけど、流石に誕生日プレゼントを渡すくらいの人間性は持ち合わせてるぞ。こんなだけど。プレゼントを渡すような友達は持ち合わせてないけどね!HAHAHA!

アメリカンジョークっぽく言ったけど普通にちょっと虚しくなった。

 

「私としては、その、気持ちだけでも嬉しいと言いますか…」

 

いろははそう言うと、両手を胸の前に持ってきてモジモジとする。

え?何この可愛い生き物。ちょっと可愛すぎて何言ってるかわかんないです。もうなんか何も考えずに頭撫でそうになったんだけど。これ狙ってんの?素?どっち?

 

「そうは言ってもだな。流石に何もしないのはあれだろ?」

 

誕生日を知ってるのに何もしないのは、ちょっと八幡的にNG。今まで誕生日祝ったのなんて家族くらいしかいないけど。

あんま関わったことない人間ならスルー安定だが、いろはには見舞いに来てもらってるし結構世話になってるからな。

 

「あ!じゃあ、せんぱいの退院祝いの時に一緒に誕生日も祝ってください!プレゼントもその時で大丈夫なんで!」

 

「まあそれはいいけど、プレゼント何がいいん?俺センスないから予め何がいいか言ってもらった方いいんだけど」

 

「んー、おまかせでいいですよ?」

 

いろははそう言うと、きゃるるんと可愛くウィンクをした。

ぐっ…!危ねぇ…。小町のウィンクで耐性がついてなかったら、今ので俺は血を吐いて死んでいた。死んじゃうのかよ。相変わらずいろはさんの攻撃力高すぎる。序盤のスライムに対するメラゾーマくらいの攻撃力。オーバーキルにも程がある。

というか、ウィンクとかされちゃうと勘違いしそうになるからやめてね?そういうのは好きな相手だけにやりなさい。なんか今の言い方、口うるさい親みたいだな。俺も将来、小町にこういうこと言っちゃうのかなぁ。

 

「そんなに固く考えなくていいんですけどねー」

 

いろははそこまで言うと、口を俺の耳元まで近づけてくる。頭を逃がす暇もなく、いろはの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。めっちゃいい匂いする…。ほんとに俺と同じ人間なのか疑わしい。どっかの世界から来た妖精とかなんじゃないの?

そしてその直後、いろはの生々しい吐息とともに可愛らしいコソコソ声が耳の奥へと響いてきた。

 

「私は、せんぱいが選んでくれたものなら何でも嬉しいですよ?」

 

「お、おう…。そうか…」

 

俺はいろはの方を見る事が出来ず、いろはとは逆方向に顔を向けて空に目線を泳がせる。あー今日めっちゃいい天気。

多分、俺の顔は今赤く染っているだろうし、いろはは俺の様子を見てニヤニヤとにやけているのだろう。やばい。死ぬほど恥ずかしい。

や、なんかもう、この子といたら色々とやばくてホントに死んじゃうかも。

 

ーーー

 

「お兄ちゃん、退院おめでとう!」

 

「おう、さんきゅ」

 

そして、次の金曜日。

俺は晴れて退院し、久しぶりの実家で小町の手料理に舌鼓を打っていた。うん、やっぱ小町の料理が1番だな。もう一生作ってもらいたい。

 

「いやー、お兄ちゃんが久々に帰ってくるから、小町も張り切っちゃいました」

 

俺の正面に座り料理を食べていた小町は、目の横でピースサインを作ってニコッと笑う。

うん、可愛い。もう可愛すぎて可愛い。Tシャツのム〇ミンの顔がリアルすぎてちょっと怖いけど。いや、ちょっとっていうか結構怖いわ。まじでリアルテイストすぎない?誰が買ったんだよこのTシャツ。選択肢は二択、俺or俺。はい、俺ですね。

言われてみれば、今日の料理はいつもとは違い、少しだけ豪華な気がする。そして、俺の好きな物が多い。ただ飲み物は麦茶だ。MAXコーヒーは流石に夕飯には合わないからね、しょうがない。

 

「確かにいつもより豪華だな。ありがとな」

 

「てやんでい!いいってことよ!」

 

「なんで急に江戸っ子になっちゃったの」

 

江戸っ子小町ちゃんと二人で目の前に並べられた料理をパクパクと平らげていく。江戸っ子小町ちゃんってなんかアニメでありそうだな。小町って名前も江戸に居そう。

数十分後、夕食を食べ終わり、片付けを終えた俺と小町は2人してリビングのソファでグダグダする。小町が芸人たちが出てるバラエティ番組を見ている中、ソファに座る俺はスマホでソシャゲをポチポチする。

あ、死んだ。何だこのステージ無理ゲーすぎだろ。二度とやらんわこのクソゲー。

心の中でいつも通り二度とやらない宣言をしていると、メッセージアプリLICEに一通の通知が届いた。その通知音を聞いた小町が目を光らせる。テレビから目を離し、俺の方へと急スピードで接近してきた。

 

「え?なになに?誰から!?」

 

「うお!急に近づいてくんな、ビビるから」

 

めっちゃ速くてビビった。なんなの?トランザムなの?

 

「誰でもねえよ。ほら、あれだよあれ。公式アカウントだよ」

 

「そうなんだ…って小町は騙されないよ?いろはさんでしょ?」

 

ふと画面を見ると、小町の予想通りメッセージの相手はいろはだった。なんで画面見てないのに当てられるの?エスパー?

 

「うぇ?ちちち違ぇし!」

 

クールに言おうと思ったけど無理だった。やだ…動揺しすぎじゃない?

 

「…お兄ちゃん、キモイ。………キモイ」

 

「なんで悪口言ったの?泣いちゃうよ?」

 

小町のゴミを見るような目に結構ショックを受けつつ、何とか受け答えをする。そんなに俺の事キモイと思ってんのかよ。てか今2回言わなかった?気のせい?

 

「まあ、そんなことは置いといて〜」

 

置いとくのかよ。あと、そんなこととか言うな。お兄ちゃんとしては結構大事なことなんだけど?けど本気でキモイと思われてたら傷つくのでやっぱ置いといていいです。

 

「で?いろはさんから何て来たの?」

 

「…別になんでもいいだろ…。なんでそんな気になるんだよ」

 

変わらず、小町は目をピカピカと輝かせニヤニヤしつつ問いかけてくる。うぜぇ…あと、顔近ぇ。色仕掛けでもしてるつもりか?お兄ちゃんはそんなのには落ちませんからね!

 

「教えてくれないと小町、お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうかも」

 

「…それはずるくない?」

 

詰んだ。

それを言われるともう負けだ。小町に嫌われたら生きていける自信が無い。自殺するレベル。俺、小町に依存しすぎじゃない?

 

「はぁ…じゃあ一緒にメッセージ見るか?」

 

「やったー!お兄ちゃん大好き!」

 

もうヤケになりそう言うと、小町は手のひらをすっかり裏返した。満面の笑みを浮かべながらぴょんっと飛び跳ねて喜びを表現する。手のひら返すの早すぎる。手首にドリルでも付いてんのか。

左隣に座る小町と共に、いろはとのトーク画面を開く。

 

『せ〜んぱい!明日の事なんですけど、せんぱいまだ完治してないじゃないですか?なので、電車とかには乗らずに駅前のレストランでご飯食べませんか?』

 

確かに、腕はまだ完治してないので電車が混んでくると少し面倒臭い。駅前のレストランか…。なんかいい感じのとこあったっけ?サイゼとガストしか知らないんだけど。

まあ特に断る理由もないので、いろはへとメッセージを返信するために文字を入力していく。

 

「え!?何!?お兄ちゃん、いろはさんとデートするの!?」

 

隣の小町がうるさい。声でかいから静かにしてね?

 

「そういうんじゃねえよ。俺の退院祝いらしい」

 

「ふーん。なるほどねぇ…?」

 

小町はニヤニヤしながら言う。なんかすげえムカついたので、左手で小町のほっぺをつねることにする。めっちゃ柔らかい。餅みたいだ。もちもち、つねつね。

 

「おにいはん!いはい!いはい!」

 

「お仕置だ」

 

「なんれー?こまひなんかひた!?」

 

「俺がムカついたから」

 

「りふひんふぎる!」

 

頬を引っ張られているからか、呂律が回ってなくて面白い感じになってる。さすがにこれ以上続けると逆に俺が怒られそうなので、この辺でやめておく。

 

「…ごみいちゃんの鬼畜。変態。バカ。変態」

 

「はいはい、ごめんな」

 

左頬を擦りながら、小町が罵倒してくる。それを適当に流しつつ、いろはへメッセージを送信した。

…あれ?今なんかごみとお兄ちゃんがフュージョンしてなかった?あと変態って2回言われた気がするんだけど。

 

『おう。集合何時にする?』

 

「うわー」

 

「…なんだよ」

 

俺のメッセージを見た小町が、呆れたような声を出した。

別に変じゃないだろ。むしろこれがベストまである。

 

「これだからお兄ちゃんはさぁ。もっと楽しみにしてる感じでメッセージ送ってあげなよ。いろはさんが可哀想だよ」

 

可哀想なの?なんで?むしろ、さっきから妹にめちゃくちゃ罵倒されてる俺の方が可哀想じゃない?

 

「いや、俺がテンション高めのやつ送ったらむしろ気持ち悪いだろ」

 

「確かに」

 

秒で納得しちゃったよ。それはそれで腑に落ちないんだけど。

すると、手に持っていたスマホが震える。いろはから返信が来たみたいだ。

 

『10時に集合しましょう!遅刻したら…お仕置ですよ?』

 

お仕置って何?拷問とかされちゃうの?何それ怖い。いろはから普通に笑顔で拷問してきそうだな。磔にされるまである。

まあ遅刻しなきゃいい話だし気にしなくていいか。目覚まし5分おきにセットしとこう。

 

『了解』

 

短く返信を返し、会話が終了した。

10時集合か。結構早いな。飯食うだけならもう少し遅くてもいいと思うが…まあ昼時は混むからな。少し早めの方がいいだろう。

 

「じゃ、俺明日早いし部屋行くわ」

 

「はーい。頑張ってねー」

 

「何をだよ」

 

俺がソファから立ち上がると、小町はニヤニヤしながら手を振ってくる。

ムカつく表情しやがって…こんにゃろう、またほっぺつねってやろうか。

 

ーーー

 

「…せんぱいとデートかぁ…」

 

私は自分の部屋にあるベッドに仰向けになりながら、せんぱいとのメッセージを見返す。メッセージでも相変わらず無愛想だけど、テンション高めの愛想いい感じのやつが来たら来たでちょっと気持ち悪いから、せんぱいはこのくらいがいいのかもしれない。絵文字とか使ってきたら凄く引いてたと思う。

そんなことは置いといて、明日はせんぱいとデートだ。口実としてはせんぱいの退院祝い兼私の誕生日祝いだけど、私としてはこれはもう完璧なデート。私の人生で初めてのデートだ。男の人と出かけるのは初めてじゃないけど、あれはデートじゃなくて荷物持ちとか虫除けのためにしょうがなく連れてってるだけだし。

 

「…どうしよ、なんか緊張してきた」

 

デートってことを意識したら、何故か無性に緊張してきた。

明日の服どうしよう…。せんぱい、どういうのが好きなのかな?あんまり露出が多いやつとか派手なやつは好きじゃなさそうだし、少し大人しめにしようかな?

病院に行く時はだいたい制服だったし、せんぱいの好みあんまりわかんないんだよなぁ…。病院に行くだけなら適当な服でもいいけど、デートならちゃんとオシャレしたい。

脳内で明日のコーディネートを組み上げていると、ふと自分の中モヤモヤに気づく。

なんで私、せんぱいの好みを考えながら服選んでるんだろう。いつもなら自分が着たいやつを好きなように着てるのに。

うーーーん……わかんないや。ま、いいか。とりあえず明日は、デートだし!せんぱいの好みに合わせてあげようかな!

全く、せんぱいも幸せですね。こんな可愛い後輩がせんぱいの好みを考えてあげてるんですよ?

 

せんぱいと2人で出かけるのを想像する。

一緒にご飯を食べて、一緒に駅前のお店で買い物をして、一緒に歩いて帰る。考えただけでも心が踊るし、胸がドキドキしてくる。

病院で話してるだけでも楽しかったんだもん。せんぱいと遊びに行って楽しくないわけがない。

せんぱいはどんな格好で来るんだろう。私がお洒落して行ったら褒めてくれるかな?うーん、でも捻くれてるからなぁ。適当に誤魔化されそうだ。

せんぱいも明日のデート楽しみにしてくれてるかな?そうだったら凄く嬉しい。

 

「ふふ」

 

表情筋がなくなってしまったのかと言うほど、顔のニヤニヤが止まらない。今私、すっごく気持ち悪い顔してるかも。部屋の中でよかった。今誰かに顔見られたらもうお嫁に行けなくなっちゃう。

両手でほっぺたをぐるぐると捏ねくり回し、何とかニヤニヤを抑えることに成功した。よし、今日はもう寝よう。夜更かしは美容の天敵だしね。

部屋の電気を消し、布団を被る。布団に入ると、明日が楽しみすぎて眠れない!なんてことは無く、意外にも普通に眠気が襲ってきた。

 

「おやすみなさい…せんぱい…」

 

無意識にそう呟いた私の意識は、微睡みの中へと溶けていった。




いつも読んでいただきありがとうございます!
次回、デート回になります


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6話 こうして、2人の初デートの幕が上がる

こんばんは
デート回ほんとは1話でまとめるつもりだったんですけど、あまりにも長すぎるので2話にします。
初の10000オーバー。つかれた…パトラッシュ…。


明くる土曜日。本日は快晴である。

俺は現在、最寄り駅前の広場で1人佇んでいた。周りはカップルだったり友達同士だったりが多いが、プロぼっちの俺としては甘えだと言わざるを得ない。出かけるってのは1人で行くもんだ、甘ちゃん共が。言ってて虚しくなってきたのでもうやめます。

かく言う俺も、1人で出かけに来たわけじゃない。じゃあなぜ1人で寂しく立っているのか。答えは単純。人を待っているからだ。

現在の時刻は9時半。待ち合わせの時間は10時だから、あと30分程時間がある。ちょっと早く来すぎじゃない?

いや、違うんだ。家にいてもなんかソワソワして落ち着かなかったから早めに家を出たら予想より早すぎたってだけだから。俺、誰に対して言い訳してるのん?

待ち合わせに早く行きすぎるって、初デートじゃあるまいし。…よく考えたら初デートだった。今までの人生で女の子と出かけたのなんて、小町かお袋だけだ。お袋は女の子って年齢じゃなかったけど。流石にこれを言うと拷問の末に殺されるので心の中に留めておきます。俺の親ちょっと苛烈すぎない?どこのヤモリだよ。耳にムカデとかはやめてね?

というか、さっき普通にデートって言っちゃった。うわ、恥ずかしい。勘違いするな八幡。今日はただの退院祝い兼いろはの誕生日祝いだ。断じてデートではない。変な勘違いは身を滅ぼすぞ。ソースは中学1年の俺。

とはいえ、このままあと30分1人でぬぼーっと立っているのもあれだな。変な人がいるって通報されかねん。適当なカフェでも入って時間潰すか。

思い立ったが吉日、行動に移そうとすると、見慣れた美少女がこちらへと歩いてきているのを見つけた。

セミロング程度に揃えられたふわふわした亜麻色の髪は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

その少女は、白色のセーターに白いカーディガンを羽織っており、かなり清楚な印象を受ける。そして、履いているジーンズ生地のショートパンツからは細い生脚がスラリと伸びており、自然に目線がそちらへと惹き付けられてしまう。手には黒色のハンドバックを持っており、足元の赤色のスニーカーがいい感じにアクセントになっている。オシャレとか詳しくない俺でも普通にオシャレで可愛い格好だと思った。

いろははもっと派手というかキャピキャピ系の服が好きなのかと思ってたが、違ったのかしら。正直、今日の服装はかなり俺好みだ。いい感じに清楚かつ大人しすぎないのがポイント高い。俺何様なん?

もうなんか、あれだ。モデルって言われても何ら遜色ない美少女がそこにはいた。

美少女はこちらを見ると、表情が一気に明るくなり、とてとてと小走りで寄ってくる。

 

「せ〜んぱい!」

 

「お、おう」

 

走り寄ってきた少女は、少し身をかがめて上目遣いで俺の顔を見上げてくる。うお…めっちゃあざといしめっちゃかわいいんだけど。容姿はさることながら、服から仕草まで全てがあざとかわいいと言ってもいい。なんか返事がオットセイみたいになった。おうっおうっ。

そんな完璧と言っていい美少女の正面にいるのは、目が腐ったヒキガエル。いや誰がヒキガエルじゃ。小学生時代のニックネームやめろ。ニックネームというか憎っくネームだわ。こう見えても一応人間だからね?こう見えてって言っちゃった。

第三者から見て…というか俺から見ても明らかに釣り合ってない。月とすっぽん、提灯に釣り鐘、雲泥の差。そういった言葉が俺たちを形容するに相応しいだろう。この状況を国のお偉いさんに見られでもしたら、これらの新たな類義語として、八幡といろはという言葉が広辞苑に載ってしまうだろう。

言うまでもないと思うが、俺がスッポン側だ。噛み付いたら離れないどころか噛み付く前に気持ち悪がられて逃げられるまである。

え?なに?俺今からこの子とご飯食べんの?世の中の男に殺されたりしない?今後は日が落ちた後は出歩かない方がいいかもな…。

割と本気で命の危機を感じていると、目の前の美少女ーいろはーが首を傾げた。

 

「せんぱい?どうしたんですか?」

 

ぐっ…。その首傾げるのあざとすぎるだろ…。小町然り、俺はあざとい系のしぐさによわいのかもしれない…。その仕草は俺に効く、やめてくれ。

もうなんか私服のパワーすげえ。あざといってツッコむ気力すら吸い取られる。

 

「い、いや、なんでもにゃい」

 

噛んじゃった。誰か殺してくれ。

 

「……なんでそんなにキョドってるんですか?」

 

あまりにも不審な様子の俺を、冷たい目でいろはが見つめてくる。

あまりにも冷たすぎて絶対零度かと思った。命中率30%の技を的確に当てるのやめてね?自分が使っても当たらねえのに敵が使うと当たるのマジで何なんだろうな。

 

「…なんでもない」

 

俺は思わずいろはから目を逸らしてしまう。ちょっともう眩しすぎて直視できません。なんなの?太陽なの?目が潰れて翼が焼けちゃうんだけど。

まさか私服姿に見蕩れてましたとか言えるわけない。そんなん言ったら通報されて一族郎党打首になる。なんか罪重くない?

そんな俺の様子を見てか、いろはは顎に人差し指を当てる可愛らしいポーズをとる。あれ、なんか嫌な予感がする…。

 

「あ、もしかして〜…私の私服姿に見蕩れちゃいました?」

 

「ぐはぁ…」

 

かいしんのいちげき!八幡は死んだ。おお、死んでしまうとは情けない。

もうなんか色んな人に俺の心の中読まれすぎじゃない?全世界に俺の考えが配信されてるんじゃないかと本気で疑うレベル。やっぱ頭にアルミホイル巻いた方がいいのかしら…。

俺が陰謀論者になりかけていると、いろはがキョトンとした様子で口を開いた。

 

「…え?ほんとに見蕩れてたんですか?」

 

「いや、まあ、その…あー、はい…そうです…」

 

言い訳が思いつかず、素直に認めてしまった。しかもなんか敬語になっちゃったし。あーもう恥ずかしすぎてやばい。絶対からかわれる…。

もういいや、ヤケだヤケ。見蕩れるっていうか、蕩れてました。

そのなんだ 流行るといいな いろは蕩れ(575)

混乱しすぎて1句詠んじゃった。うーん、これは才能アリ。あまりの素晴らしさに梅沢さんも腰抜かすね。

 

「…あ、そうなんですね…………嬉しいです…」

 

…あれ?なんか変だな?あれれー?

いつものようにニヤニヤしながらからかってくると思っていたが、その予想は大ハズレだった。

いろはは恥ずかしそうにモジモジしながら身を縮めて顔を伏せ、聞こえるか疑わしいレベルの声で小さく呟いた。まるで小動物のようだ。

いろはの呟きはとても小さかったため、俺が難聴系ラブコメ主人公だったら聴き逃しているが、生憎ラブコメの主人公ではないので何とか聞き取ることが出来た。街を守るヤクザの息子じゃなくて良かった。

嬉しいって言った?え?俺が見蕩れてたのが?なにそれ?え?気持ち悪いじゃなくて?ふぇ?はぇ?

 

「…あの…私、今日可愛いですか?」

 

いろはの言葉で脳内がワニワニパニックしている中、いろはが顔を伏せたまま問いかけてきた。声が少し震えており、庇護欲が掻き立てられる。もうなんかワニワニパニック超えてジュラシックパークになりそう。

平静を取り戻すため、一旦いろはの様子を伺う。今のいろはには、いつものあざとさは欠片も見えない。本気で恥ずかしがっているようだ。髪の隙間から覗く耳が、ほんのり赤く染っているのがそれを示している。

あれ?こういう感じが素なの?破壊力高すぎない?尊死するかと思った。あぶねぇ…。ここで仰げば尊死はさすがにシャレにならない。

平静を取り戻すつもりが命の危機に瀕してしまった。完全な選択ミスだった。

とはいえ、いろはの問いかけに答えないわけにはいかない。逸る心臓の鼓動がバクバクと響く中、正直な感想を口に出す。

 

「…あ、まあ、なんだ。…可愛いと思うぞ…」

 

心臓が爆発するかと思ったが、何とか言葉を形にすることが出来た。

なんだこれ…死ぬほど恥ずかしいんだけど。羞恥プレイすぎない?俺の羞恥プレイとか誰得なん?

 

「…あ、ありがとう…ございます」

 

いろはは変わらず顔を伏せたまま言う。心做しか、先程よりも耳が赤くなってる気がする。

…何この可愛い子?いつものあざとさが微塵も感じられないんだけど?なんか調子狂うな。

 

「てか、せんぱい来るの早いですね!そんなに楽しみだったんですか〜?」

 

「…それを言ったらお前も早いだろ。まだ9時半すぎだぞ」

 

「あ…あう…」

 

あざとさを感じさせる素振りをようやく見せ俺に攻撃を仕掛けてきたいろはだが、攻めた場所が悪かった。完璧なブーメランになっている。

お互いダメージを受ける自爆テロにより、俺もいろはもダメージを受けた。俺に関してはもう瀕死だ。救急車の準備をしといた方がいいかもしれない。この短期間に2回救急車に乗るとか、俺、今年厄年なの?

てか…今の声何?何その可愛い声。あざと可愛すぎて吐血しそうになるからやめてくんない?

 

「…まあ、とりあえずどうする?早いけど飯行くか?」

 

まだ10時前だが、今日の目的はレストランでお祝いをすることだ。別に早くてもいいだろう。

 

「んー、まだ早くないですか?どうせなら〜…ちょっとデートしません?」

 

「え?で、でーと?」

 

いろはの口からまさかデートという言葉が出ると思わず、変なイントネーションになってしまった。やめて!そんな冷たい目で見ないで!八幡のライフはもうゼロよ!

 

「…まあ、せんぱいはデートとかした事なさそうですしね…」

 

う、うるせえやい!デデデデートくらいあるわ!なんか今キョドりすぎてプププランドの大王が急に出てきたんだけど。デートくらいしたことあるぞい。

 

「ほっとけ」

 

「え、ほんとにないんですか?」

 

「いや、あるぞ。小町としょっちゅうデートしてるし」

 

結構な頻度で小町と2人で出かけてる。これはもうデートと言って過言ではない。あんな完璧美少女とデートしてるんだし、もはやデート上級者まである。

 

「…せんぱい、キモイです」

 

「そんなストレートに言わなくても良くない?泣いちゃうよ?」

 

世間一般的に妹と出かけるのってそんなにキモイの?それとも俺だからキモイの?これは明らかに後者だな。もう泣いちゃいそう。

 

「まあ、とりあえず買い物にでも行きましょ!ほら行きますよ!せ〜んぱい!」

 

「ちょ!手!」

 

いろはが楽しそうに笑いながら、俺の右手に左手を重ねてきた。

え、柔らか。なんで同じ手なのにこんなに柔らかいの?マシュマロなの?

 

「え〜?デートですよ?手くらい繋がないとダメじゃないですか?」

 

そうなの?世間一般のデートって手を繋がなきゃダメなの?世間のルールがわからん…。なんせ小町としかデートしたことないし、小町と手を繋ごうとしようものなら全力で拒否られて3日くらいは話してくれないだろう。そんなことになったら寂しくて死んじゃうっ!何となく語尾に、っ!を付けてみたけどキモかった。もうしません。

 

「い、いや、けどこれは…」

 

「…嫌ですか?」

 

「全然嫌じゃないです」

 

あざといろはすモードを発動したいろはの上目遣い+涙目の前では、俺は無力だった…。くぅ…!演技だってわかってるのに…!悔しい…!もうなんか最近の俺ちょろすぎんか?チョロインなの?

 

「じゃ、行きましょ!」

 

「…おう」

 

100点の笑顔を見せてくるいろは。それに対し、俺は声が裏返らないように腹筋に力を入れて返事をすると、いろはは優しく俺の手を引いてショッピングモールがある方向へと歩いていく。

なんか、あれだ。女の子の体って柔らかいな。あといい匂いするし。うわあ、なんかもう、右手が幸せだぁ…。

……。

……今の俺めっちゃ変態みたいだな。捕まんない?大丈夫?

 

「そういえば、せんぱいも今日オシャレですね。いい感じですよ!」

 

「そうか?まあ小町に選んでもらったしな。さすが小町」

 

略してさすこま。なんかラノベにありそう。

なぜ小町に選んでもらったか。それは昨日まで遡る。あんま遡ってないなこれ。

昨日の夕方、小町にいろはと遊ぶことがバレた後、小町が神妙な面持ちで口を開いた。

 

「お兄ちゃん、服何着てくの?」

 

「は?いつも通りだけど」

 

「何言ってんの!?バカ!いろはさんとデートなんだから、ちゃんとオシャレしないと!今から服買いに行くよ!」

 

「え?今から?」

 

「そう!早く支度して!40秒で!」

 

「何君、どこの女船長なの?」

 

というやり取りがあり、結局夕方7時頃に服を買いに行った、というか連れてかれた。

その甲斐あって、今日の俺は普段とは違うオシャな感じに仕上がっていた。

白色のパーカーの上から黒のジャケットを羽織った上半身には、肩からショルダーバッグをぶら下げている。そして下半身は黒のスウェットパンツだ。その上、髪型は朝小町に無理やりセットされ、前髪を上げた形になっている。小町が髪型の名前言ってたんだけど。なんだっけ?AppBank?

まあそれはともかく、普段の俺からは考えられないようなスタイルになっている。小町曰く、いつも漂っている陰湿なオーラが少しは軽減されているらしい。これだけやっても少ししか軽減されないのかよ。俺の陰湿オーラ強烈すぎない?

ふと隣を見ると、いろはがうわぁ…と言った顔で俺の顔を見つめていた。え、なに、なんか変だった?やっぱこの腐った目?

 

「せんぱい、それ威張って言うことじゃないですよ。シスコンすぎてちょっと引きました」

 

「うっせ。千葉の兄妹はみんなシスコンなんだよ」

 

ソースは俺。他のモデルケースはなし。信憑性ゼロだな、この理論。

 

「…まあでも、流石は小町ちゃんですね。中々センスあります」

 

「だろ?」

 

「はい。…その、なんと言いますか…かっこいい、って言ってあげないこともない感じにはなってる気がしなくもないですよ?」

 

「なんて?なんか最後の方フワフワしすぎじゃない?」

 

なんか語尾がふわっとしすぎて何も頭に入ってこなかった。なに、ゆるふわ系女子って語尾もゆるふわなの?

 

「まあいいや。どこ行くんだ?どっか行きたいとこあんの?」

 

「特にないですね」

 

ないのかよ。

 

「適当にぶらつきましょ?」

 

「…あいよ」

 

特に断る理由もないので、いろはの提案を承諾する。

てか、いちいちウィンクとかしないで?もうまじで恥ずかしいから。

 

ーーー

 

「おー、もう結構人いますね〜」

 

「まあ、土曜だしな」

 

「せんぱいっていつも休みは何してるんですか?」

 

「寝てるか動画見てるか本読んでるかだな。あとたまに小町とデート」

 

「…妹と出かけるの、デートって言わないですよ」

 

こんな感じでいろはと雑談をしつつ、駅に併設されたショップモールへとやってきた。

え?小町と出かけるのデートじゃなかったの?じゃああれ何だったのん?

スーパーマーケットからブランド店など様々な店舗が並んでいる道を、いろはと2人で手を繋いで歩く。

…やばい。何がやばいってマジでやばい。なんか周りの視線が痛いんだけど…。もう周囲の男達からの視線が激しすぎて肌がチクチクする。俺っていつからサイドエフェクト持ちになったの?

うわちょ、そこの男の人!そんなに睨まないでください!これは、その、アレなんです。なんというかアレなんで無実です。

 

「せんぱぁい、あそこ行きませんか?」

 

俺が心で無実を表明していると、いろはが猫撫で声を出しながら前方にある店を指さした。どうやら女性物の服やアクセサリーが売ってる店のようだ。

 

「いいんじゃね?じゃあ俺、この辺で待ってるから」

 

「…は?何言ってるんですか?」

 

死ぬほど冷たい目で死ぬほど睨んでくる。え、なに、死ぬほど怖いんだけど。

 

「え?いや、あそこ女物の店だろ?俺入っていいの?というか入る意味ある?」

 

「それじゃ一緒に来た意味ないじゃないですか。つべこべ言ってないで、いいから行きますよ」

 

いろはは普段よりも1トーン程落ちた声で言い、俺の手を強引に引っ張って店まで歩いていく。

ふえぇ…いろはさんが怖いよぅ…。

突如誕生した大魔王いろはに逆らうことが出来ず、引っ張られるがまま店内へと入っていく。店内はいかにも若者向けといった雰囲気で、明るすぎない内装と小粋なBGMが心地よい。しかし、客はおろか店員も若い女性しかおらず、完全にアウェーな空気が漂っていた。

なんかもう女の世界って感じするんだけど。居心地悪いすぎてむしろ清々しいまである。もういっそ誰か「変態だ!」とか言ってくれんかなぁ。いや別にMな訳じゃないからね?

そしたら堂々と店から出ていけるのに。普通に出ていこうものなら目の前の大魔王に殺されちゃうからね。

 

「あ、せんぱい!これとかどうです?似合ってます?」

 

俺が女の世界の空気感に押し潰されそうになる中、いろはは楽しそうに服を物色する。スカートが短めの白いワンピースを手に取ったいろはは、それを自分の体に重ねた。

 

「あー、うん。いいんじゃねえの?」

 

女性の服のことなんか1ミリも知らないので、なんて言えばいいかわからず無難な反応になってしまった。だって今どきの服とか流行りとか知らんし。まあ間違ったことは言ってないからいいだろう。

てか、いろはなら何着ても似合うんじゃないの?いちいち俺に聞く必要ある?

 

「…せんぱい、ほんとにそう思ってます?」

 

「お、おう、思ってるぞ。てかお前なら何着ても似合うだろ」

 

いろはのジト目攻撃に少したじろぎながらも、何とか普段と同じ声を出すことに成功する。俺もいろはの攻撃の耐性が少しは付いてきたらしい。この調子で完全耐性を獲得していき、ゆくゆくは攻撃系のスキルも取得したい。いろはキラーLとか。ダメージ2.5倍。

 

「え?そ、そうですか?…まあ、合格とします」

 

なんか合格貰った。今の試験だったの?何の試験だよ。ハンター試験?

うひょー!ハンターライセンス売って一生遊んで暮らすぜ〜!まずは…そうだな、小町と2人で海外旅行にでも行くか…。あ、親父とおふくろは働いてていいからな、遠慮すんなよ。

 

「…不…打…ずる……」

 

「なんか言った?」

 

俺がハンターライセンスを売った金で豪遊することに想像を膨らませていると、いろはが小さな声でボソッと呟いた。店内のBGMのせいもあり、全然聞き取れなかった。

かろうじて「ずる」という2文字は聞き取ることが出来たが、ずるがつく言葉って全然思いつかない。

…あれか、ヤンキー漫画とかでありがちな「お前舐めたこと言ってたら街中引きずるゾ!?オォ!?」みたいなやつか。

何それ怖すぎない?ヤンキーどころか族なんだけど。どこの卍會だよ。

 

「な、なんでもないです!」

 

「あ、そう」

 

いろはは慌てた様子で言うと、再び店内の物色に戻った。

…なんで慌ててたの?俺の悪口だったのかしら。「せんぱいってほんと金ズルですね!」みたいな。

店内を楽しそうに見廻るいろはを見守っていると、いろはが再び服を手に持って俺の元へと戻ってきた。

先程とは違うのは、両手に1着ずつ、計2着の服を持っている事だ。

 

「せ〜んぱい!これ、どっちがいいと思います?」

 

出た。デートにおける悪魔の二択と呼ばれている(俺の中で)質問。

これにおける最悪手は「どっちでもいい」と答えること。ちなみに、この最悪手は服以外でも適用される。

以前、小町に「夕飯お肉と魚どっちがいい?」と聞かれた時に「どっちでもいい」と答えたらめちゃくちゃ怒られた。まあ怒り方がぷりぷりしてて可愛かったからいいんだけど。やっぱ小町可愛い。

まあ、つまるところこの質問に対する最善手はどちらか一方を選ぶということになるので、いろはが手に持つ洋服をしっかりと見ることにする。

いろはが持ってきたのは2種類のスカート。

1つ目は、白のミニスカート。スカートの先端がフリフリしているが、全体的に大人しめのデザインだ。

2つ目は、黒のロングスカート。先端の方がレースのような生地になっており、足先が少し透けて見えるデザインになっている。

この二択。どちらを選ぶか。

選んだ時のいろはの反応を想像してみる事にする。

1つ目を選んだ場合。

「せんぱい、私にミニスカート履かせてどうするつもりなんですか?生足をジロジロ見ようっていう魂胆ですか?さすがに気持ち悪いんで無理です。ごめんなさい」

2つ目を選んだ場合。

「なんですか?私の生足は他の奴には見せたくないっていう意味ですか?1回デートしただけで彼氏面されるの気持ち悪いんで無理です。ごめんなさい」

……。

………。

あれ?なんで?

なんか、どっち選んでも罵倒されてるんですが。あれ?これ詰んでね?

これもう無理じゃん。なんて答えても地獄じゃん。なにこれ、悪魔の質問なの?

ああ、もういいや。どっちにしろ詰んでるなら俺が好きな方を選んでやる。ええい、ままよ!

 

「…あー、どっちも好きだけど、俺はミニスカートの方が似合うと思うぞ」

 

選ばれたのはミニスカートでした。なんかお茶のCMみたいになっちゃった。罵倒されちゃうよぅ…。

 

「…せんぱいはこういうのが好きなんですね〜」

 

…あれ?罵倒されないぞ?あれれー?

内心ガクブル震えながら怯えていた俺にとっては、いろはの反応は拍子抜けだった。

いろはは、ニヤニヤしながらミニスカートと俺を交互に見てる。素早い目線の動きだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

なにしてるのん?目線反復横跳び?

…あれか?俺にそのスカート履かせようとしてんのか?もしかしてさっきの質問、俺が履くとしたらどっちがいい?って質問だったの?どっちにしろ悪魔の質問じゃねえか。

いやほんとそれはマジで勘弁してくれ。死ぬから、社会的に。

 

「じゃあ、こっちにしますね!お会計してくるんで待っててください」

 

いろははあざとい笑顔で言うと、スタコラサッサとレジの方へと向かっていった。

はれ?なんか、俺が選んだ方を買いに行ったんだけど?はれれー?

 

ーーー

 

いろはが会計を終え、共に店を出る。俺の隣で買い物袋を持ついろははえらく上機嫌だ。なんか「えへへー」とか言ってるし。え、何、可愛すぎない?

てか、もう当たり前かのように手を繋いできたのは何なんですかね?あまりにも動作が自然すぎて繋がれたことに気づかなかった。何君、もしかして3-Eの生徒?渚くんなの?

 

「そろそろご飯食べに行きますか?」

 

いろはの言葉でふと時計を見ると、現在の時刻は11時前。ちょっと早いが、まあ丁度いいくらいか。

 

「そうだな。何食いたい?」

 

「んー、せんぱいの好きなものでいいですよ?」

 

悪魔の質問その2。やっぱこの子小悪魔じゃない?

これマジで困るんだよな…。俺一人だったら牛丼とか食いに行くんだけど、いろはがいるのだから流石にそれは憚られる。デートで牛丼食いに行く男はモテないらしいし。じゃあ今モテてんの?って言われたら否と答えざるを得ないが。

とはいえ、俺は今どきの若者が行くような店を知らない。どうすればいいのん?

 

「あー、じゃあ、パスタとか?」

 

パスタ。所謂スパゲッティである。俺の中のオシャレ食べ物ランキングの上位がパスタなのでそれを言うしかなかった。

よく考えたらパスタってそんなオシャレじゃないよな。コンビニで普通に食えるし。ならオシャレな食べ物ってなんなの?って話になるんだけど。ほんと何なんだろうね?キャビアのトリュフ添え〜フォアグラと地中海の香り〜とかかな?

 

「せんぱいパスタ好きなんですか?」

 

「いや、あんまり」

 

「…じゃあなんで言ったんですか…」

 

それは、ほら、あれだろ。カッコつけてオシャレな食べ物言おうとしたけど全く思いつかなかったから苦肉の策のパスタだよ。言わせんな恥ずかしい。

なんか俺の行動、言語化したらめちゃくちゃダサくない?むしろ開き直って牛丼って言った方がカッコよかったまである。

 

「じゃあ、普通にファミレスでも行きますか?」

 

「え?そんなんでいいの?」

 

ファミレスってもうThe庶民のお店だよ?そんなんでいいの?

てっきり、もっとオサレで意識高い系の店がいいのかと思ってた。

 

「別に、そんなにオシャレなところじゃなくていいんです。…隣にせんぱいがいれば」

 

いろはは俺の手をキュッと握り締め、指を絡めてくる。所謂恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方になった瞬間、上目遣いでこちらを見ながら言った。

ちょ、まってくれ。あざとかわいすぎる。

なんか、めっちゃ恥ずかしいこと言われたんだけど。やばい鼻血出そう。

なに?俺が隣にいればいいって何?もうそういうこと言われると好きになっちゃいそうになるからやめてね?実際、中2の頃の俺なら間違いなく惚れてるから。高1の八幡で助かった…。

いや、てか、え?なんで恋人繋ぎにしたの?もう手汗ビチャビチャでやばいからちょっと離してほしいんだけど。

しかし、いろはの手は固く握られているため逃れられそうにない。

 

「…お、お、おう。そ、そうか…。じゃあ、ファミレス行くか…」

 

もう過去最高レベルでキョドりながら言ってしまった。もういろはの攻撃力高すぎる。男を喜ばせる方法を熟知しすぎでしょ…。もう俺は完全にいろはの掌で転がされてる。手乗り八幡だ。何それいらない。

俺でなきゃもう100回は惚れてるからね?他でやっちゃダメよ?

 

「はい!」

 

いろはは元気に返事をし、俺の手を握りしめたまま更に体を寄せてくる。

近い近い良い匂い可愛い近い。

思わず「離れて」と言いそうになったが、幸せそうな様子のいろはを見た瞬間、そんな考えは一瞬で霧散してしまった。

なんでこんな可愛い子が俺と手繋いでんの?

もうなんか、この先の人生の幸福を全部使い果たしてるんじゃないかって疑いたくなる。というか絶対使い果たしてる。たぶんそろそろ幸福が切れて死ぬ。わりい、俺死んだ。

脳内が幸福半分死への恐怖半分に染まりつつある中、俺といろははファミレスへと向かった。

 




感想評価よろしくお願いいたします!
読んでくださる方感謝です。
今回のデデデ大王のくだり、個人的にお気に入りです。クスッと笑ってくれる人がいたら嬉しいな〜


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7話 一色いろはからあざとさを取ると、可愛さだけが残る

こんばんは!夜分遅くにすいません!
もうまだまだ書きたいシーンあったんですけど、全部書いてたら5話くらい余裕で行きそうなので、さすがに自重しました。
そのせいで結構急な展開になっちゃったんですけど、まあ気にしない。
まあそんなことは置いといて
UA10000突破してました!感謝です!
あとなんか日間ランキングにも乗ってましたね。ほんとにありがたい!
これからも頑張ります!


いろはと共に駅前にあるファミレスにやってきた。

昼より少し早いこともあってかそこまで混雑はしていないが、何グループかの学生や家族が席に座り食事を楽しんでいる。俺たちも店員に案内されるがまま、窓際のテーブル席へと着席した。

席に座り一息付き、そのままいろはと共にメニューを眺める。

 

「せんぱい何食べるんですか?」

 

「まだ決まってない。いろはは?」

 

「私はパスタにしようと思います」

 

結局パスタ食うんかい。や、まあいいんだけどね。ファミレスのパスタ、美味いし。

いろはと共に並んでメニューを見ていると、ひとつ違和感に気づく。

あれ…?もうめちゃくちゃナチュラルすぎて気づかなかったけど、なんで隣に座ってるん?こういうのって普通対面に座るもんじゃないの?え、なに、俺がおかしいの?最近の若者は隣に座るのがデフォなの?

もうなんかあまりにも自然すぎてツッコミを入れるタイミングを見失ってしまった。

てか、めっちゃ近いんだけど。肩触れてるし。隣からいい匂いして全然メニューに集中できないよぅ…。

ふと横目で隣をチラリと見ると、いろはは何故か俺の横顔を凝視している。

え、顔になんか付いてる?…腐った目とか?別にこの目ゴミじゃないからね。ゴミっぽいって言われたら否定できんが。

うーむ、見られてると落ち着かないな…。

 

「あの、いろは?恥ずかしいからあんまり見ないで?」

 

俺が意を決してそう言うと、いろはは俺から顔を逸らした。もうそれは凄まじい速度で。首大丈夫かよ。

 

「な、ななな何言ってるんですか?み、見てないですから!自意識過剰ですか!?キモイです!」

 

いや慌てすぎだろ。もうなんか俺みたいなキョドり方だ。なにそれ、モノマネ?結構似てんね。…俺に似てるって普通に悪口だな。

てか、何気なく罵倒してくんのやめろ。今のは自意識過剰とかじゃないと思う。思いっきり見られてたんですが。

 

「いや、思いっきり見てた…あ、いえ、なんでもないです」

 

「思いっきり見てただろ」と言おうとしたが、言葉の途中でいろはがキッと睨んできたので、その先を言うことは叶わなかった。

そんなに睨まなくてもいいじゃん…。ごめんて。

いろはさんの圧力が強すぎる。なんかもう発言の自由すらなくなりかけてない?もしかして日本国憲法の例外の欄に俺の名前載ってたりする?

まあいいや。とりあえずさっさと何食うか決めよう。

隣から漂ういろはの覇気、略していろはきに耐えつつ、メニューをペラペラめくる。ハンバーグもいいが、ミラノ風ドリアも捨て難いな…。というか、あれってどの辺がミラノ風なんだろうな?ミラノ行ったことねえからミラノ風がどんな感じかわからん。あれかな、抽選で時計が2個当たるとかか?

時計が2個あると何ができるか。んー、今何時やっけ…あ、こっちミラノの時計やった、ってやつができる。別にやりたくねえな、これ。

まあとりあえず、ドリアとラム肉でも食うか。

 

「決まったぞ。あ、ドリンクバー頼むか?」

 

「せっかくだし頼んじゃいましょう!じゃ、店員さん呼んじゃいますねっ」

 

いろはは先程までの覇気を一切感じさせないあざとさで、テーブルに置かれているボタンをポッチと押した。すると、ピンポーンという音が店内に響き、十数秒ほどで店員さんがやってきた。

 

「ご注文お決まりですか?」

 

「えっと〜、カルボナーラ1つとエビサラダひとつ下さい」

 

「あー…ミラノの風ドリア1つとラム肉のステーキ1つ下さい。あ、あとドリンクバー2つ」

 

「畏まりました。ドリンクバーはご自由にお取りください」

 

店員は一礼し、厨房の方へと歩いていく。

さて、ドリンクバーでも取りに行くか。MAXコーヒーはあるかな?

 

「いろは、お前何飲む?取ってくるぞ」

 

「せんぱい優しい〜!でも、一緒に行きましょ?」

 

「…あざとい…」

 

「あざとくないですー!」

 

俺が席を立とうとすると、いろははキュルンと首を傾げ、上目遣いで言った。

急にあざとさ全開で来るのやめて。不意打ちは卑怯。なんとかツッコミを返すことが出来たが、危なかった。思わず抱きしてめ頭を撫でるところだった。

あざといろはすを伴い、ドリンクバーへと向かう。

ドリンクバーを見渡すが、俺が1番望んでいた飲み物はなかった。MAXコーヒーがない…だと…?千葉のソウルドリンクがなんで千葉のファミレスにないんだよ…。

ないものねだりをしても仕方ない。大人しくカフェオレをコップに注いでいく。

 

「せんぱい、カフェオレ好きなんですか?」

 

「ん?いや、別にそんな好きじゃねえけど…MAXコーヒーがなかったから仕方なくな」

 

「…ファミレスにあるわけないじゃないですか」

 

いろはの目が「ばかなの?」と訴えかけてくる。

うっせ。期待くらいしてもいいだろ。千葉県民は全員MAXコーヒーが好きなんだから、むしろ置いてないこの店が悪い。

 

「お前は何飲むんだよ」

 

「私ですか〜?メロンソーダです!」

 

もっとオシャレなやつ飲むと思ってたが、意外と普通だった。ほら、女子ってオシャレな飲み物好きじゃん、タピオカミルクティーとか、フルーツがいっぱい入ってるやつとか。

思ったけど、ファミレスのドリンクバーにオシャレもくそもないな。一番オシャレなのはハーブティとかか?

コップに飲み物を注ぎ終わった俺たちは、てくてくと歩いて席へと戻る。俺が窓側の席へと座ると、当たり前のようにいろはは隣へと座ってきた。

 

「あの、いろはさん?」

 

「なんですか〜?」

 

「ちょ…!」

 

ナチュラルに腕を組んで来るのやめて!なんかめっちゃ柔らかいし死ぬほどいい匂いするんだけど。もう限界だから!俺のメンタルとか心臓とか!

 

「…なんでもないです」

 

いろはは俺の言葉に対し頭の上にハテナを浮かべる。

くっ…!あざとい…!けど可愛い…!くぅ…!

もうなんか、隣のあざとい子が可愛すぎてもうこのままでいいやって思っちゃった。もう完全にいろはに弄ばれてるな。悪女に弄ばれるってこういう感じなのかしら?…案外悪くないな、うん。

ちょっと俺ちょろすぎない?こんなちょろかったら将来ガチの悪女に弄ばれてる破滅するんじゃないの?まあいいや、そうなったら小町に養ってもらうし。絶対断られるけど。断られちゃうのかよ。

 

「あー、そういやまだ言ってなかったよな。誕生日おめでとう」

 

「ありがとうございます!」

 

俺は肩から下げたショルダーバッグに手を突っ込み、1つの包装された小さめの箱を取り出す。そしてそれを机の上に置く。そして、何となくいろはの目を見つめてみた。

…目を見るってめっちゃ恥ずかしい。1秒も経たずに目逸らしちゃった。

 

「これ、プレゼント。入院中だったからネットのやつで申し訳ないんだが…」

 

「そ、そんなの関係ないです!嬉しいです!」

 

いろはは机の上に置いたプレゼントを抱き抱える。なんか「えへへー」とか言ってるし。

なに、え?可愛すぎない?そんなに喜んでくれると思ってなかったからめっちゃ恥ずかしい。今日もう可愛さの過剰摂取だわ。そろそろ致死量超えそう。とりあえずカフェオレを飲んで中和しとくか。ごくごく。

…飲んだけど全然中和できなかった。やっぱカフェオレだめだな。時代はMAXコーヒーよ。

 

「あー、その、あんま期待すんなよ?俺センスとかないし…」

 

センスがないとはいえ、さすがに「なんですかコレ?いらないです」とか言われたら泣いちゃう自信がある。いろははそんなこと言わないと思うけど。…言わないよね?てか言わないでね?マジで泣いちゃうから。

 

「別に中身は何でもいいんです!せんぱいがくれたってのが大事なんです!」

 

「お、おう。そうか…」

 

そう言ういろはは迫真の表情だ。それになんかめっちゃ顔近づけてきた。もう少し動いたらおでこがごっつんこする勢い。近い近い近い。

 

「ちょ、いろは、近い…」

 

「あ、すみません…」

 

ぷしゅ〜という音を立てそうな程に顔を真っ赤にしたいろはは、俺から顔を離して縮こまる。なんか急に茹でダコになっちゃった。

うーん…ちょっと今日のいろは可愛すぎるぞ?俺の事殺す気なん?多分もう3回は心臓爆発してる。じゃあなんで死んでねえんだよ。なに、俺ってやっぱりゾンビだったの?小町にも結構な頻度で「ゾンビがいる!」とか言われてたしな。この腐った目もそのせいか…。

 

「あの、開けてみてもいいですか?」

 

「まあ…いいけど」

 

俺の答えを聞いたいろはは鼻歌を歌い出しそうな程に上機嫌で包装を解いていく。包装が剥がしたいろはは、ゆっくりと小さな箱を開けた。

 

「わぁ…」

 

中から出てきたのは、所謂スノードームと言われるものだ。小さな台座の上にまんまるな水晶が乗っている。しかし、これはただのスノードームではない。中にで舞っているのは雪ではなく、桜だ。

緑色の地面の中央には小さな池があり、1本の橋がかかっている。その周囲には桜の木が2本咲き誇っており、地面や橋、湖面には桜の花びらが積もっていた。

これが俺の買ったプレゼントだ。ネックレスとかのアクセサリー類も考えたが、彼女ならまだしも後輩の女子にあげるのはなんか違うよなぁとか色々考えた末、この桜が咲き誇るスノードームにした。

目の前のスノードーム改めて桜ドームに目を奪われ、感嘆の溜息を漏らしているいろは。感動に水を差すようで少し申し訳なかったが、俺はいろはに優しく声をかけた。

 

「いろは、このボタン押してみてくれ」

 

「…これですか?」

 

水晶が乗っている台座には、2つのボタンが付随している。うちの1つは、グローブ内をライトアップするもの。そしてもう1つは…。

 

「…え、すご…」

 

いろはがボタンをポッチとな!すると、桜ドームから優しい音色が響く。ゆったりとしたメロディを刻むオルゴールの音色は、とても心安らぐものだ。そして、そのオルゴールの音色と共にドーム内の桜の花びら達が舞い上がる。

2つのボタンを押した桜ドームは、美しい音色を響かせながら、ライトアップされたドーム内を桜が舞い散っている。とてつもなく幻想的で、とてつもなく綺麗だ。

 

「せんぱい…これ…」

 

いろはが震えた声を出す。

もしかして気に入らなかった?結構本気で考えて選んだからそれはちょっと悲しいんだけど。

 

「……すごく綺麗です…ほんとに、ほんとに嬉しいです!」

 

「そうか。…よかった」

 

どうやら気に入らなかったのではなく、素直に感動していたようだ。その様子を見て、俺はホッと一息つく。いやほんと気に入らないとか言われなくてよかった…。

 

「せんぱい…ほんとに…嬉しいです…」

 

いろはが消え入るような声で言う。ふといろはの目を見ると、今にも泣き出しそうな程に潤んでいた。

え、ちょ、なに?なんで泣きそうなの?なんか俺悪いことした?あれ?ちょ、泣かないで!

 

「…あはは。なんか、感動しちゃって…ごめんなさい」

 

いろはは潤んだ大きな瞳を目でこすりながら微笑む。その笑みは本当に幸せそうで、見ているだけで心が満たされるようだった。

 

「別に、謝る必要ないだろ。…なんだ、喜んでもらえてよかったよ」

 

「せんぱい、本当にありがとうございます!大切にしますね!」

 

「お、おう…」

 

満面の笑みを見せるいろは。その笑顔を見た俺は、妙に気恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまった。

 

「あ、せんぱい。私も退院祝いのプレゼント持ってきたんです」

 

「え、まじで?」

 

まじ?俺にもプレゼントあんの?全然予想してなかった。やばい何か緊張してきた。こういう時は人という字を書いて飲むんだったよな。

えーっと、掌に一青窈を書いて……あれ、なんかハナミズキ歌ってる人飲み込んじゃったんだけど。

 

「はい、受け取って貰えますか?」

 

「…おう」

 

くだらない事を1人で考えていると、いろはが首を傾げて可愛く問いかけてくる。

あまりの可愛さに思わず「めっちゃ欲しいです!ください!」って叫びそうになったがグッとこらえて声を出す。変なところに力入れたせいでめっちゃ声低くなった。すげえハードボイルドな声。これからはハードボイルド八幡で売り出していくか。どこにだよ、誰もいらねえだろそんなの。

いろはがハンドバッグをゴソゴソと漁り、中から小さな箱を取り出した。その箱は、俺の物よりも1回りほど小さい。

 

「せんぱい、退院おめでとうございます。どうぞ、開けてください」

 

「さんきゅ。じゃあ、開けるわ」

 

いろはから箱を受け取り、ゆっくり包装を剥いでいく。

この中にプレゼントがあるのか?さっさと剥いてやろう。ふはは、良いではないか、良いではないか。

などと下らない、というか気持ち悪いことを考えながら包装を剥ぎ、中から出てきた箱をゆっくりと開ける。

箱の中から出てきたのは、チャックが付いている黒い革製の財布のようなもの。しかし、財布にしては小さい。

なんだこれ?

思わずチャックを開けると、中から金属の小さなカラビナのようなものがいくつも出てきた。

ああ、これってあれか。うん、あれだよな。あれあれ。あれでしょ?わかってるって。

…やべえ、名前が全然出てこねえ。名前なんだっけこれ。もう思い出せそうなんだよ、喉まで出かかってるどころか口の中まで入ってきてる。えーと、確か…。

 

「キーケース?」

 

「はい、そうです!」

 

ひねり出した答えはどうやら合ってたみたいだ。キーケースを思い出せないって、俺もうボケ始まってるのん?やっぱゾンビだから腐るのが早いのか…。

キーケースを手に取り、じっくり眺める。結構立派な皮を使っているようで、黒の皮に映える光沢が美しい。しかも実用性もあるときた。

なんだこれ、めっちゃ嬉しいんだけど。もう今なら叫びながら10キロは走れるし、その後疲れて果てて死ぬ。死んじゃうのかよ。

 

「おお、すげえ立派。ありがとな」

 

「いえいえ!ぜひ使ってください!」

 

とりあえず、家の鍵とチャリの鍵はこれに付けよう。あと、部屋の机の鍵もだな。あそこの鍵はちゃんと管理しとかないと中身を誰かに見られたら死ぬ。特に小町に見られたらやばい。自殺するレベル。

あとは…そうだな、小町の部屋の鍵も付けとこうかな?考えてること完全に変態だった。それによく考えたら俺ん家の部屋の鍵って外に鍵穴ねえし。

 

「おまたせしました」

 

プレゼント交換が終わったタイミングで、ちょうど店員が料理を運んできた。出来たての料理の匂いが、空腹感を湧き上がらせてくる。

 

「タイミングもいいし、飯食うか」

 

「そうですね」

 

と言いつつも、いろはは俺がプレゼントした桜ドームから手を離そうとはしない。両手で大事そうに持ち、優しい表情でそれを眺めている。

なんか、そんなに見られると、恥ずかしい…。何今の俺、めっちゃ乙女みたいじゃない?気持ち悪すぎる。

や、別に俺が見られてるわけじゃないんだけど、なんかプレゼントしたものをそんなに大事そうに眺められるとちょっとあれな気分になる。これってもしかして共感覚ってやつ?

 

ーーー

 

ファミレスでの食事も終わった後も、店を回ったり遊んだりしていたらいつの間にか夕方になっていた。時が過ぎるのが早い。光陰矢の如し。俺もいろはも夕飯は家で食べる予定だったので、今は2人で帰路に就いている。

なんかもう当然のごとく恋人繋ぎをしてるんだけど。けどまあ流石に手を繋ぐのにも少し慣れてきた。嘘、めっちゃドキドキしてる。今日ドキドキしすぎてやばい。知らんうちにドキドキの実でも食ったの?ってレベル。何それ弱そう。なんか体暑すぎて汗がやばい。八幡臭とかしない?大丈夫?

 

「せんぱい、今日楽しかったです。ありがとうございました」

 

「おう。まあ、俺も楽しかったわ。ありがとな」

 

「え、なんですか。急に素直ですね。もっと捻くれた返事が来ると思ってました」

 

「俺の事なんだと思ってんの?」

 

ほんと、こいつは俺をなんだと思ってんだ…。捻くれてるのは否定できんが、たまには素直になるぞ。なんかこの言い方ツンデレみたいだな。俺のツンデレとか誰得だよ。ちなみにこの誰得は誰が得する、って意味じゃなくて誰も得しないって意味な。

 

「え〜?捻でれ?」

 

「なんだよそれ…」

 

なんか新しい単語産まれたんだけど。捻でれってなに?ツンデレの亜種ってこと?…さっきも言ったけど、それ需要ある?八幡的にはないと思うんですけど。誰得。

 

「せんぱいは、私の事どう思ってるんですか?」

 

「あざとい後輩」

 

「なんでですかー!あざとくないですし!あ、可愛いが抜けてますよ〜?」

 

ぐーにした腕を胸の前でぶんぶん振って遺憾の意を示すいろは。うーん、あざとい。いろはすあざと味。あざと味って何?

 

「はいはい、可愛い可愛い」

 

「心がこもってないですー!」

 

ぷんぷんぷりぷりと怒るいろは。あざといろはす。

めっちゃ心込めたんだけどな。もう心こもりすぎて俺の中の心が失われたまである。なにそれ、ノーバディかなにか?なに、XIII機関なの?

 

「せんぱい、今日楽しかったですか?」

 

先程までのあざとさが消え、素のいろはが問いかけてきた。

愚問だな。もう死ぬほど楽しかったけど?もう毎日デートしたいまである。

 

「楽しかったぞ」

 

心中をそのまま言うとドン引きされて通報されること間違い無しなので、最低限のことのみ伝える。通報されちゃうのかよ。

俺の言葉を聞いたいろはは、嬉しそうに笑いながら言った。

 

「えへへ。私も楽しかったです、ありがとうございました」

 

「お、おう。そうか」

 

「あの、せんぱい、また一緒に出かけてくれますか?」

 

いろははそう言いながら、俺と繋いでいる手を弱々しい力でキュッと握ってきた。

え、なにその可愛い仕草、反則じゃない?危うく俺も思いっきり握り返しそうになったんだけど。

てか、なに?また出かけてくれんの?それはこちらとしても願ったり叶ったりなんだが。

 

「いいぞ」

 

「言いましたね?約束ですよ?」

 

「ああ」

 

短く返事をすると、そこで会話が途切れ無言の時間が流れる。

2人して無言なのに、なんでこんなに楽なんだろう。普通なら気まずくなるはずなのに。

ほんと、2人の時無言になったらなんであんなに気まずいんだろうな。変に話題を振ろうとして失敗して更に気まずくなるし。ソースは俺。

中学の時、林間学校の肝試しで話したことないやつとペアになったことがあった。あまりにも無言だったので、俺は意を決して話題を振ったが、その話題があまりにもつまらなすぎて最悪な空気になった。ほんとこの世の終わりって感じ。お化けも気まずすぎて逃げ出すレベル。

逃げないでくれよ。むしろ気使って出てこい。そうすればあの最悪な空気がお化けに対する恐怖の空気に変わってたはずなのに。よく考えたらどっちも嫌だな。

 

「あ、私家こっちなんですけど」

 

交差点に差し掛かったところで、いろはが言った。

どうやら、この交差点を右に曲がるようだ。俺はここ真っ直ぐだし、ここでお別れか。…別に寂しいとかは思ってない。断じて。

 

「そうか。俺真っ直ぐだわ」

 

「じゃあ、ここでお別れですね」

 

「おう、お疲れ」

 

「はい!」

 

そうは言ったものの、いろはは一向に俺の手を離そうとしない。

…あの、いろはさん?なんで手離さないんですか?なに、俺の事持って帰ろうとしてんの?もしくは腕ちぎろうとしてる?なにそれこわいすぎだろ。いくらなんでもバイオレンスすぎる。ゾンビっぽいとはいえそんな簡単にちぎれないからね?

 

「あの、手…」

 

「え?…あ、す、すいません!」

 

俺が小さな声を出すと、いろははハッとして慌てて手を離した。

 

「じゃ、じゃあ、また連絡しますね!今日はほんとにありがとうございました!」

 

「おう。またな」

 

「はい!また!」

 

いろはは笑顔で手を振り、交差点を右に曲がってとてとてと歩いて行く。俺は後ろ姿をしばらく眺めた後、後ろ姿から視線を外して交差点を真っ直ぐに進んでいく。

歩きながら、先程までいろはと繋いでいた右手をブラブラさせながら結んで開いてワキワキさせる。傍から見たら完全に変人だ。周りに人がいなくてよかった。

掌に少しの物足りなさと寂しさを感じながら、家路を歩く。

それにしても、今日は新鮮な1日だった。予想の100倍楽しかったし。次は俺から誘ってみようかしら?けど、誘うにしてもなんて誘うかだよなぁ…。「デートしない?」とか言ったらキモイって言われちゃうし。言われるの確定なのかよ。

なんか、今までの俺からは考えられない悩みだな。今までの悩みといえば、小町関連かお金関連しか無かったし。割合的には小町8割だけど。小町に嫌われたらどうしようとか、小町ってなんでこんな可愛いんだろう、とか。

やだ、俺ってばシスコンすぎ…?冷静に考えたらちょっとキモイ、というか結構キモイ、いやめっちゃキモイな。キモキモキモ!って感じ。なんかモンハンのクエスト始まっちゃった。

まあ、誘う口実なんか適当に考えればいいか。

…なんか、いろはにめっちゃ会いたい人になってない?今の俺すげえキモいな。キモイって言いすぎてゲシュタルト崩壊起こしそうな勢い。

そんなこんなで、いつの間にか家に着いていた。家の鍵を開けるため、いろはから貰ったキーケースをショルダーバッグから取り出した。

早速家の鍵とチャリの鍵を付けさせてもらってる。これすげえ便利だな。わざわざ鍵を探してカバン中漁る必要も無いし、カバンの奥底に沈んだ鍵を無くしたと思い込んで大慌てすることも無い。これただ単に俺が物の管理ガサツすぎるだけだな。

とはいえ、このアイテムのおかげてQOL爆上がりだ。全世界の人間にオススメしてやりたい。

キーケースから家の鍵を出し、鍵を開けて中に入る。

 

「ただいま」

 

俺は短くそう言い、愛する小町のいる自宅へと帰還した。




読んでいただきありがとうございます!
デートでカットした部分、リクエストあれば番外編とかで書くかもしれません。


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8話 どうしても、比企谷八幡は年下2人に抗えない

こんばんは!
感想とか評価してくださる方ありがとうございます!



「んん…」

 

スマホのアラームの音で目が覚める。目を瞑ったまま手探りでスマホを探し出し、モタモタしながらアラームを止めた。

もう朝かぁ…。二度寝したいなぁ。と思いつつも、今日は月曜日。二度寝したら学校に遅刻しちゃうので、重い体にムチを打って起き上がる。

 

「ふああ」

 

寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をし、両手を天井に向けぐぐーっと伸びをする。部屋の中央にあるテーブルに目を向けるとせんぱいから貰った幻想的なスノードームが存在感を放っおり、私はそれをじーっと見つめる。

せんぱいからのプレゼント、それを思うだけで自然と顔がニヤけそうになる。一昨日はホントに楽しかったなぁ…。もうずっとドキドキしてたし。てか、せんぱい髪上げたら結構イケメンだったよね。もうずっとそうしてればいいのに。普段のせんぱいも嫌いじゃないけど。

…よく考えたら、一昨日の私ちょっと攻めすぎじゃなかった?恋人繋ぎとかしちゃったし、腕に抱きついたりも…。

やばい、思い出したら凄く恥ずかしくなってきた。あの時はテンション上がってたから出来たけど、よくよく考えたらめっちゃ恥ずかしい!

 

「うぅ〜…」

 

ベッドの上で体育座りをし、両手で顔を覆って悶える。

けど、せんぱい別に嫌がってなかったよね?むしろ喜んでたかも!うん!そういうことにしよう!

それにしても…。

 

「これ、綺麗だなぁ」

 

テーブルの上にあったドームを手に取ってボタンを押す。心地良いオルゴールの音色と共に桜が舞い散るドーム内は、本当に綺麗でずっと見ていたくなる。

せんぱい、センスないとか言ってたくせにこんな良い物買ってくるんだもんなぁ。ホントに卑怯だよ。

 

「よし、今日も頑張ろう」

 

オルゴールの音色に背中を押され、ベッドが起き上がる。学校めんどくさいけど、次にせんぱいと遊ぶ時のことを考えたら頑張れる気がする!勉強も部活も頑張ろう。

勉強といえば、私今年受験なんだよね。どこ受けようかな。せんぱいの高校は確か…総武だっけ?ああ見えて頭いいんだよね。総武は私の学力だとちょっと頑張らないといけないなぁ……。

あれ、私今せんぱいと同じ高校行くこと考えてた?いや、違うから!せんぱいと同じ高校に行きたいとかじゃないから!ほら、総武ってレベル高いから!レベル高いとこに行った方が将来の視野が広がるし!

…私、誰に向かって言い訳してるんだろう。

 

「いろはー?そろそろ起きなさいよー!」

 

「あ、うん!起きてる!」

 

ママの声が聞こえてきたので、学校へ行く準備を進めることにする。

うーん、まあ、志望校はとりあえず総武にしておこう。

せんぱいと一緒の高校に行きたいとかじゃないから!目標は高くしておこうってだけ!せんぱいとか全然どうでもいいし!けど、総武に行ったら、せんぱいと一緒に登下校するのもありかも…。私がお弁当作って行って一緒に食べたりとか…。え、なにそれ最高じゃん。

うん、そうと決まればちゃちゃっとシャワー浴びてこようかな。

 

ーーー

 

昼休み。

給食を食べ終わり、私は教室でクラスメイトの女の子達と談笑していた。

 

「てかさ、聞いて聞いて。彼氏がさー」

 

「なにそれー!やばくない?」

 

「あはは。それはやばいねー」

 

「私も彼氏欲しいなー」

 

「美晴ならすぐ出来るって!」

 

若者特有のノリだけで続く会話。

お前の彼氏とかどうでもいいわ、などと言える訳もなく、適当な愛想笑いを浮かべながら相槌を打つ。笑顔の仮面を被ったまま、雰囲気を壊さないように立ち回る。

正直言うと超めんどくさい。あーもう、何も面白くないし。彼氏がどうとか興味無いから。あーあ、せんぱいと話したいなぁ…。

とか考えながら会話を聞き流していると、1人の男子生徒がこちらへと近づいて来た。えっと確か、クラスメイトの山内君だ。下の名前は…なんだっけ?忘れちゃった。クラスメイトの名前忘れるって、私結構酷いかも?…まあいいや、気にしない。

 

「あの、一色さん」

 

「ん〜?どしたの?」

 

全く一切微塵の欠片程も興味の無い男子だが、愛想笑いと可愛らしい声であざとく対応することを忘れない。

けど、最近はこのあざとい対応も面倒くさくなってきた。前までは男子達にチヤホヤされたいって言うか、良く思われたいからやってたけど、今はもういいかなって思ってる。女子ウケも悪いし。

せんぱい以外の男子にどう思われようが、もうホントにどうでもいいんだよね。むしろ近寄られるとめんどくさいから、素の反応でキツくあしらって嫌われちゃった方がいいのかも。

 

「なんか、サッカー部の人?が呼んでるよ。今廊下にいる」

 

「え?」

 

サッカー部?誰だろう。部長とかかな?部長からは度々、練習の件やチームの件で相談をされていた。今回もそういう感じかな。

そう思ってふと教室の扉の方を見ると、扉から1人の人物がチラリと見えた。それは部長…ではなかった。

櫻井くんだ。

え?何しに来たの?ほんとに話したくないんだけど。

どうせ、デートいつにします?とかいう話だろうし。だからお前とは行く気ないってば。もうほんとにめんどくさい話したくない。

 

「あー、えっと」

 

適当に断る理由を探すが、全く思いつかない。これならいっそ、山内君に頼み込んで留守ということにして貰った方が良いかもしれない。

うん、そうしよう!その旨を口に出そうとした瞬間、扉から櫻井くんが教室内を覗き込んできた。しばらく教室内を見回すと、私の方を見てきた。うわ、一瞬目が合っちゃった。最悪。

いるのバレちゃった。もう諦めて行くしかないのかなぁ…。

 

「わかった。伝えてくれてありがとね?」

 

「うん、大丈夫」

 

山内君に礼を言い、沈む気持ちと体に鞭打って櫻井くんが待つ廊下へと向かう。

そして廊下に出ると、櫻井くんが笑顔で言った。

 

「いろは先輩。すんません、急に呼んじゃって」

 

「全然大丈夫!で、急にどしたの?部活の相談?」

 

絶対99.9%部活の話ではないと確信しつつも、残りの0.01%に一縷の望みに賭けて問いかけてみる。お願い!

 

「あー、いや、部活の事じゃないっす」

 

0.01%は外れちゃいました。まあ分かってたけど…。

もう絶対デートの話じゃん…。はぁ、もう、めんどくさいなぁ。なんて言って断わろう…。

 

「じゃあ、なに?」

 

あざとい仮面を被るのを忘れ、めんどくささを全面に出しながら言ってしまったが、櫻井くんは特に気にする様子もなく言葉を続ける。

 

「土曜日の話なんすけど、いろは先輩駅前にいました?」

 

「え?」

 

なんで知ってんの?もしかして見られてた?ストーカー……ではないか。駅前なんてこの中学の生徒なら誰でも行くし、たまたまだろう。

ただ、問題はそこじゃない。土曜日に見られたってことは、せんぱいとデートしてるのを見られたってことだ。別に見られるのは全然良いっていうかむしろ見せびらかしたいんだけど、櫻井くんには家族と出かけるって嘘ついてたんだよね…。うーん、なんて言い訳しよう。

 

「あ、うん!いたよ!従兄弟と買い物してた!」

 

うん、せんぱいは従兄弟って事にしよう。そうすれば家族と出かけてたってことになるし!私、天才じゃない?

 

「あ、そうなんすね!てっきりいろは先輩の彼氏かと思いました」

 

「えー?違うよ〜!」

 

せんぱいは彼氏じゃないよ、今はね。将来的には分からないけど…。てか、傍から見たら私とせんぱいってカップルに見えてるってこと?

ま、まあ!せんぱいがどうしても付き合ってほしい!って言ってきたら考えてあげなくもないかな!うんうん、しょうがないですねぇ、せんぱいは。

 

「そうっすよね!彼氏なわけないっすよね!」

 

…何、その言い方?ちょっとムカついたんだけど。なにそれ、せんぱいのこと悪く言ってない?…確かにせんぱいは目腐ってるし捻くれてるけど、お前なんかに悪く言われる筋合いないんだけど?

 

「うん!じゃ、もういいかな?」

 

不機嫌さを表に出さないように気を付けて言う。多分いつも通りの表情で言えたと思う。さすが私。

 

「あ、ちょっといいすか。その、ゴールデンウィークなんすけど…」

 

なに?まだなんか話あるの?もうさっさと教室戻りたいのに…。

 

「部活って基本午前じゃないすか?どっかの日、午後から遊びません?」

 

うわ…絶対嫌なんだけど。ていうか、午後の暇な日はせんぱいを遊びに誘おうと思ってたから絶対無理。適当な理由つけてせんぱいの家に突撃しようかな〜とか考えてた。せんぱいどうせ暇そうだしというか絶対暇。追い返されそうだけど、せんぱいああ見えて押しに弱いから多分いけるよね。

というわけで、櫻井くんに割く時間は1秒たりともありません。ごめんなさい。

けど、なんて言って断ろうかな。せんぱいの家行くので無理!とは流石に言えないし…。

 

「ん〜、午後か〜。部活の後って疲れてない?」

 

「俺は大丈夫っす!」

 

あ、そう。お前の都合とかどうでもいいし、私が大丈夫じゃないんだけど?もう、ほんとにめんどくさい…。

 

「ん〜まだ予定わかんないんだよね。ちょっと待ってもらっていい?」

 

上手く断る方法が思いつかなかったので、とりあえず先延ばしにすることにした。あんま良くない手だけど、しょうがない。どうやって断るか考えとこう。

 

「…わかりました」

 

櫻井くんは少し不満そうな顔をしたが、了承してくれた。

私は櫻井くんに「じゃ、またね」と挨拶し教室の中へと戻っていく。

はぁ…なんかどっと疲れたなぁ…。もう今日の部活行きたくない…。

せんぱいに会いたいなぁ…。

早くゴールデンウィークならないかな。毎日会いに行っちゃうのもアリかも?

 

ーーー

 

ゴールデンウィーク。

学生や社会人にとっては夢の連休だ。

今年は5連休。世間は家族や友達、恋人と色々な場所に遊びに行ったりしているのだろう。

そんなゴールデンウィーク初日の午後。俺は家でグダグダしつつ、本屋で買ってきた参考書を自室で解いていた。

高校に初めて登校する日がゴールデンウィーク明けに決まったため、念の為高校1年生の範囲の予習でもしておこうと思い昨日買ってきた。

ぱっと見た感じ前半の方は余裕そうだったが、後半は何書いてあるか意味わからんかった。特に数学。え、なに、高1の数学ってこんなムズいの?なんか留年する未来見えてきたんだけど。

この参考書のレベルが結構高いが、総武高校も千葉有数の進学校なのでこの参考書と同等かそれ以上のレベルだろう。

もうほんと数学は絶望的に意味が分からん。これほんとに日本語?問題文が未知の言語にしか見えないんだけど。まじでどうしようかしら…。

ゴールデンウィークの初日から将来への不安を募らせていると、机の上に置いてあったスマホが震えた。メッセージの通知ではなく、どうやら電話らしい。

誰だ?俺に電話かけてくるのなんて小町くらいしかいないが、小町は隣の部屋にいるはず。電話かけるくらいなら直接来るだろう。まあ、俺の顔を見たくないから電話かけてきた可能性もゼロではないけど。ゼロじゃないのかよ。そこはゼロであってほしかった。

電話の相手はいろはだった。

え、なに急に。なんか緊張してきたんだけど。直接会うのと電話するのってなんか違うよな。電話の方が緊張するまである。まあ今まで女子と電話したことなんかないけど。

逸る心臓の鼓動を抑え、スマホに表示されている緑色のボタンを押した。

 

「もしもし?」

 

『あ、せんぱい!お久しぶりです!』

 

「おう。久しぶり」

 

なんか久々にいろはの声聞く気がする。一応毎日メッセージで話してはいるけど、最後に会ったのは俺の退院祝いのときだから声を聞くのは2週間ぶりか。なんかちょっと照れくさい。

 

『せんぱいが私に会えなくて寂しがってるんじゃないかな〜と思って電話してあげました!』

 

なんでちょっと上から目線なの…。

べ、別に寂しがってないし!ゴールデンウィークいろはと遊びに行けたりしないかなぁ、とか一切思ってなかったからね!

 

「別に寂しがってねえよ」

 

『え〜?ほんとですか?ちなみに私は…ちょっと寂しかったですよ?』

 

「お、お、おう。そうか…」

 

唐突にあざと可愛さ全開で来るのやめてくれ。もう死んじゃうかと思った。

え、なに、寂しかったの?なにそれ…可愛すぎかよ。

 

『せんぱいはどうなんですか〜?ほんとのこと言わないと怒っちゃいますよ?』

 

「あー、いや、まあ………ちょっと寂しかった…」

 

なんか俺が寂しかったとか言ってんのめっちゃキモくない?これ通話録音されて警察に提出とかされないよね?

 

『えへへ。そうですよね?というわけで、今からご飯でも食べませんか?』

 

「まあ、いいけど。どこ行くの?」

 

『あ、もう着きました』

 

「え?どこに?」

 

なに?着いたってどこに?と疑問を浮かべていると、家のインターホンがピンポーンと鳴った。

…なんか妙にタイミングいいな。いや…まさか。

多分ネットで買った何かが届いたんだろう。最近何か買った記憶ないけど。あれかな、勝手に届くパワーストーンのやつかな?いやそれただの詐欺じゃねえか。

 

「なんか、インターホン鳴ったんだけど」

 

『そうですね〜。出なくていいんですか?』

 

「いや、なんか、ねえ?」

 

『ほら、早く出ないと失礼ですよ?』

 

「……まあ、そうだな」

 

自室から廊下に出る。隣の小町はインターホンが鳴っているのに一切反応しない。寝てるのかしら?もう昼過ぎなのにだらしないわね、全くもう。

階段を降りて玄関へと向かう。いろはとの通話は繋がったままだが、特に会話をすることも無く、俺は玄関へと到着した。

玄関の鍵を開け、扉を開ける。すると、目の前には見慣れた少女が笑顔で立っていた。

 

「あ、せんぱい!遅いですよー!こんな可愛い後輩を待たせるなんて、減点です!」

 

人差し指を立て、ぷんぷん怒る少女。ベージュのトレーナーに白のミニスカート。そしてパンプスを履いて手にハンドバッグとレジ袋を持った少女がいた。

うん、いろはだ。どっからどう見てもいろはだ。

え?何でいるの?俺の幻覚?薬はやってないんだけどな…。

いや、まあ電話からのピンポーンで何となく予想はついてたけど。

 

「いや、なんでいるの?」

 

「え?せんぱいが寂しいって言ってたからわざわざ来てあげたんじゃないですか〜!」

 

あざとく言ういろは。くっ、可愛い…!なんか最近会ってなかったからか、前よりも可愛く感じる…!もうなんか色々な感情が頭の中ぐるぐるしててよく分からなくなってきた。

 

「明らかに電話かけてくる前からこっち向かってきてただろ。え、てか、なんで俺の家知ってんの?」

 

ほんと、なんで知ってんだろう。もしかして俺の体に発信機とか着いてる?何それ怖い。いろはさん、どこのスパイなん?IMF?ミッションインポッシブルなの?

 

「小町ちゃんに教えてもらいました!」

 

「あ、さいですか…」

 

発信機じゃなかったみたいだ。安心した。

何あの子人の家勝手に教えちゃってんの。いや、小町もここに住んでるから別に文句とかは言えないんだけど。小町からすれば自分の家教えただけだし。

 

「で、これからどっか行くのか?それなら着替えてくるけど」

 

俺は現在部屋着のジャージのため、さすがにこの格好で飯を食いに行くのは憚られる。1人なら別にいいんだけど、いろはが一緒となると話は別だ。ちゃんとした格好しないといろはが恥をかくからな。俺が恥をかくのは慣れてるからいいが、いろはに恥をかかせるのは違う。

 

「え?別に着替えなくていいですよ?」

 

いろははキョトンとした様子で言う。

え?なんで?この格好でいいの?この格好で行ける場所ってすき家くらいしかないけど…。

 

「じゃ、おじゃましま〜す」

 

「あ、はい、どうそ…じゃなくて!え、何ナチュラルに入ろうとしてんの?」

 

いろはが普通に家の中に入ろうとするのを、俺は何とか阻止する。

あまりにも自然な動作すぎてツッコミが一瞬遅れてしまいノリツッコミみたいになってしまった。なんなの、どこの氷室なの君。

なんか普通に家入ろうとしてきますやん。なんで?家宅捜索?別にやましいものなんか…………ないよ?うん、ほんとほんと。ハチマンウソツカナイ。けど鍵かかってる机の引き出しとPCのフォルダーは見ないでもらうと助かります。

 

「え?なんでって…ご飯食べるんですよね?」

 

「おう。だから、レストランにでも…」

 

「私が作ってあげますよ?食材も買ってきましたし」

 

いろははそう言うと、手に持ったスーパーのレジ袋を少し上に持上げてアピールする。よく見ると、中には野菜などの食材が入っていた。

なん…だと…?

え、それはつまり、いろはの手料理を食えるってこと?

えっと、だからつまり、いろはの手料理を食えるってこと?

混乱しすぎて2回言っちゃった。動揺しすぎだろ、俺。

 

「え、あ、まじ?作ってくれんの?」

 

「はい」

 

嘘だろ…。

こんな美少女の手料理食えるとか、俺もうすぐ死ぬんじゃないの。

まだ死にたくないし、食うのはやめとくか。ごめん、いろは。

 

「じゃあ、ありがたく頂くわ」

 

断れなかった。勝手に口が喋っちゃった。体は正直だった…くっ…!

まあ、いろはの手料理食って死ぬなら本望だな。

我が人生に一片の悔いなし。

まあ、強いていえば1度くらい彼女欲しかったのとラノベの新刊読みたかったのと小町ともっとイチャイチャしたかったってのがあるけど。

これでよく一片の悔いなしとか言えたな。悔い塗れじゃねえか。

 

「はい、じゃあ、今度こそ。おじゃましま〜す」

 

「おう…」

 

いろはは元気にあざとく言うと、パンプスを脱いで家の中に入る。

リビングへと案内しようとすると、階段をドタドタ降りてくる音が聞こえてきた。

 

「あ、いろはさん!いらっしゃい!」

 

「小町ちゃん!久しぶりー!」

 

部屋から降りてきた小町が、いろはと抱き合う。

なんか感動の再会みたいになってんな。そして、ゆりゆりしい。妹と後輩の百合か…。アリだな、というかもっとやれ。

てか、え、なんかすげえ仲良さそうなんだけど。いつの間にそんなに仲良くなったのん?

 

「いろはさん、迷いませんでした?」

 

「うん、大丈夫だった!ありがと、場所教えてくれて!」

 

「いいってことですよ!いろはさんのためなら、小町は肌の1つや2つは脱ぎますよ!」

 

「小町ちゃん大好き!小町ちゃんにも料理作ってあげるね!」

 

「ホントですか!やったー!」

 

抱き合いながらキャッキャウフフするJC2人。うーむ、実に百合です。このままいけばガチ百合まであるな。キマシタワー。

なんかこの光景、1部の界隈にめちゃくちゃ需要ありそうだ。けど他の人間にみせるつもりは無い。大丈夫だ、俺が皆の分もしっかり見ておく。任せておけ。

てか、肌を2つ脱ぐって何だよ。肌の単位って多分枚だし。

肌って普通1枚だけじゃないの?なに、重ね着してんの?もしくは改造された金色疋殺地蔵なの?

 

「つか、小町。お前、いろはが来るの知ってただろ」

 

「えっ!?な、なんのことー?小町知らないなー」

 

小町は下手くそな口笛を吹きながら天井を向く。

嘘下手すぎない…?お前は炭治郎か。そんで口笛も下手。全然音鳴ってない。まあそういうところも可愛いんだけどね!うん、小町可愛い。

 

「…まあいいや。とりあえずリビング行くか」

 

小町、いろはと共にリビングへと向かう。その途中で家猫ニートのカマクラがてくてくと歩いてきたが、俺には一切見向きもせず、小町といろはの方へと寄って行き2人の足に頬擦りをしていた。

俺ってほんとにこの家の人間なの?なんか初めて来たはずのいろはの方が懐かれてるんだけど。なんで?俺嫌われるようなことした?

いろはと小町の足元から離れ、孤高の存在となったカマクラを撫でようとすると、カマクラはシャーッ!と俺の事を威嚇してそそくさと何処かへ行ってしまった。

いくらなんでも嫌われすぎだろ。




次回、おうちデート。
なんかデートばっかしてんな。早く付き合えー!


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9話 こうして、彼と彼女のニセコイがスタートする

こんばんは〜!
感想で指摘あったので、時間ある時に文章読みやすいように直していこうかなって思います!なんか読みにくいなーとかあったら気軽に教えてください!


「あれ?親御さんって今いらっしゃらないんですか?」

 

リビングに入ったいろはは、キッチンにレジ袋を置くと疑問そうに呟いた。

そこに気付いてしまうか…。比企谷家の闇を知ってしまったな…。

 

「あー。うち両親どっちも社畜だから。あんま家にいないんだわ」

 

「そーそー。将来はお兄ちゃんもああなっちゃうのかなぁ…。小町は悲しいよ」

 

小町はそう言うと、およよ…と呟きながら涙を拭う。1ミリも泣いてないけど。

白々しいんだよ。絶対悲しいって思ってないだろ。むしろ俺が社畜になるのを想像して面白がってるまである。

そういう小町も将来は社会人になるんだろうが、小町は可愛くて完璧だから直ぐに嫁の貰い手が見つかって専業主婦になるだろう。

あ?小町が結婚だ?そんなのお兄ちゃん許しませんからね!せめてお兄ちゃんよりカッコよくて甲斐性があって目が腐ってなくて友達がいる人間じゃないとダメです。そんな奴めっちゃいるな。というか俺より下を見つける方が難しい。

 

「そうなんですね。うちも両親共働きなんですよ〜」

 

そういや、前にもそんなこと言ってたな。いろはの家も共働きなのか。

お父さんはまだ会ったことないからあれだけど、あさきさんは何の仕事してるんだろう。うーん、全然想像つかん。なんかメイド喫茶で働いてても違和感ない。それは流石にないと思うが。…ないよね?

 

「そうなんですね!何の仕事してるんですか?」

 

俺が聞きたかったことをマイシスターが聞いてくれた。

俺が聞いたら世の中に存在するありとあらゆるハラスメントに引っかかる気がしてたから聞けなかった。ナイス小町。流石だぜ。

 

「えっと、ママが小児科の看護師で、パパが弁護士です」

 

「え?弁護士?まじ?」

 

「はい!まじです」

 

すっげぇ…。スーパーエリートじゃん。うちとは大違いだ。大違いって言っちゃった。いや、まあ親父もお袋も頑張って働いてるのは知ってるから。いつもありがとな。

いろはの父親が弁護士となると、ほんとに変なこと出来ないな。秒で刑務所行きになる。や、別にするつもりもないんだけどね?というか弁護士なのに弁護してくれないのかよ。

それよりも、あさきさん小児科で看護師してんの?大丈夫?仕事の面じゃなくてね。あんなあざとくて若々しい看護師さんがいたら子供の性癖歪んじゃわない?俺だったら間違いなく歪んでるね。なんで自信満々なんだよ。

 

「すご!看護師と弁護士とか、エリート家系じゃないですか!だからいろはさんもエリートあざとガールなんですね!」

 

「誰がエリートあざとガールだ!」

 

小町のイジりに対していろはが反応し、キャッキャとじゃれ合い始めた。あざとガールってめっちゃ語呂いいな。今度からあざといろはすと併用していこう。

うーん、なんかめっちゃ仲良さそうだ。ちょっと疎外感。ちょっとっていうか完璧に蚊帳の外。これ俺いる?いない方が平和にならない?

 

「じゃ、ご飯作っちゃいますね!キッチン借りていいですか?」

 

「ああ」

 

「あ、小町も一緒に作っていいですか?」

 

「小町ちゃん料理できるの?」

 

「はい!兄があんななので、家事は結構できますよ!」

 

「おい、あんなってなんだよ」

 

「じゃあ早速作っちゃいましょう!」

 

「おー!」

 

小町といろはが仲良くグーにした手を上にあげる。ダブルであざとい。

なんか俺のツッコミが完璧にスルーされたんだけど。しかも2人に。なんか俺の扱い雑すぎじゃない?もう部屋に戻ろうかしら…。

 

ーーー

 

「小町ちゃん生徒会やってるんだ!すごいね!」

 

「そんな事ないですよー!」

 

キッチンでJC2人がキャッキャウフフと料理を作る中、俺はリビングのソファに優雅に座ってテレビを見ている。部屋に戻ろうとしたら小町といろはからマジで冷たい目で見られたのでソファに座ってテレビを見ることにした。そんなに睨まなくてもいいじゃん。小町に関しては道端に落ちてるゴミを見るような目してたからね。酷すぎる。

ちなみに、優雅ってのは嘘です。キッチンでの会話が気になりすぎてめっちゃソワソワしてる。テレビの内容が一切頭に入ってこない。

JC2人の会話に聞き耳立てるとか俺、完全に変態じゃない?変態のレッテルを貼られるのは御免なので、できるだけ2人の会話は聞かないようにする。テレビに集中テレビに集中。

 

「てか、いろはさん。休みの日に家まで押しかけてくるなんて…どんだけお兄ちゃんのこと好きなんですか?」

 

「え!?ち、違うから!全然そういうのじゃないから!」

 

テレビに集中しようとしても、2人の声がデカすぎて勝手に耳に入ってくる。あの、もう少し、その、コンパクトに喋って下さらない?

もう俺にわざと会話を聞かせて変態に仕立て上げようとしてるんじゃないかって本気で疑うレベル。てか、そんなに食い気味に拒否られると少し傷つくんですが…。

別にいろはが俺の事好きなんじゃない?とか勘違いしてるわけじゃないけど、面と向かって嫌い!って言われると結構心にくる。

…別に嫌いとは言われてねえな。更に言うと面と向かって言われてもない。やだ…被害妄想激しすぎ?

 

「いろはさん手際いいですね!結構作るんですか?」

 

「ん〜、お菓子作りとか好きだからかな?あ、料理も結構作るよ!」

 

おお、いろは料理作るんだな。意外と家庭的だった。もっとキャピキャピした趣味をお持ちなのかと思ってた。完全に偏見だな、これ。

自分で言っといてあれだけど、キャピキャピした趣味って何だろうな。全然わからん。

つか、もう普通に会話聞いちゃってるし。何とかして意識を他に向けないと…。

そう思い立った俺は、スマホを手に取る。手に取ったは良いものの、集中できるようなもんは俺のスマホには入ってねえぞ。俺のスマホは暇つぶし機能付き目覚まし時計だし。

とりあえず音楽でも聞こうかな〜と思ったが、今の所持品にイヤホンは無い。イヤホンを手にするには部屋に戻る必要があるが、部屋に行こうとすると小町からゴミ扱いされてしまう。

……。

……あれ?これ詰んでない?変態になるかゴミになるかの二択なんだけど。究極の2択すぎるだろ。

もう変態になるしかないか…。そう割り切り、俺は2人の会話に耳を傾けるが、普通の世間話しかしてない。俺の悪口大会とか始まってなくてよかった。始まってたら部屋に戻って1人で泣いてた。男はな、泣き顔は見せねえもんなんだ。

そうこうしているうちに、食欲を掻き立てる良い匂いが鼻に届く。おお、めっちゃ良い匂いしてきた。すげえ腹減ってきたんだけど。

 

「せんぱぁい!できましたよー!」

 

「おう」

 

いろはがあざとい声で呼びかけてきたので、ソファから立ち上がり食卓へと向かう。既に小町といろはは着席しており、机には美味しそうな料理が並んでいた。

献立は、オムライスと野菜スープ、そしてサラダだ。フワトロのオムライスにはデミグラスソースがかけられており、なんかめっちゃオシャレだ。野菜スープもコンソメの香りが心地良い。サラダにトマトが入ってないのもポイント高い。食事のビジュアルが完璧すぎる。人生って興奮すること沢山あるが、1番興奮するのは可愛い女子が作ってくれた料理を目の前にした時だよな。間違いないね。

 

「ささ、早く座ってください!」

 

「さんきゅ」

 

いろはに言われるがまま席に座ろうとするが、なんか配置がおかしい。俺の料理が置かれてるのが、何故かいろはの隣の席だ。

あれ?こういうのって普通は女子が隣同士で座るんじゃないの?もしくは俺と小町が隣なんじゃないの?

ここで何か言うと小町にゴミ扱いされた挙句燃えるゴミの日に一緒に捨てられそうなので、何も言わずに大人しく席に座る。俺の想像の中の小町、あまりにも過激すぎるな。家族捨てるとかどこの世紀末だよ。

 

「どう?お兄ちゃん。愛する妹と愛するいろはさんが作ったご飯だよ?」

 

小町が死ぬほどニヤニヤしながら問いかけてきた。もうニヤつきすぎて顔つっちゃいそうな勢い。けど可愛いからOKです。

 

「あー、そうだな。めっちゃ美味そうだ。ありがとな」

 

俺がそう言うと、何故かいろはが顔を真っ赤にして俯く。どしたん?そんでなんか小町は口ポカーンと空けて唖然としてるし。

何その反応。俺なんか間違ったこと言った?…あれか?「こんなもん食えるかぁ!」って机ひっくり返すの期待してた?なにそれ、どこの昭和オヤジだよ。俺の腕力じゃこのテーブルひっくり返すのは無理だからね?

 

「あー、お兄ちゃん、その…」

 

「なんだよ」

 

もじもじとする小町。ほんとにその反応何?また俺なんかやっちゃいました?

 

「愛する妹はともかく…愛するいろはさんってとこ、否定しないんだね…」

 

「…え?……あ…」

 

言われて気づいた。時すでにお寿司…じゃなかった混乱しすぎて間違った。時すでに遅し…。覆水盆に返らずとはこの事か。ほんとにやらかしてたわ。

あまりにも恥ずかしい状況に、自分の顔が熱くなっていくのを感じる。恥ずかしすぎて2人の顔を見ることができない。もうなんの違和感もなく答えちゃったけど、よく考えたら愛するいろはってのを肯定したのやばいな。もう完璧なセクハラだ。いろはすパパに裁かれて死刑になっちゃう。

さっきも言ったけど、弁護士って普通は弁護してくれるんじゃないのん?なんか弁護士にまで裏切られたんだけど。なんで?そんなに罪重かった?

 

「…まあ、その、なんだ…とりあえず食うか…」

 

「はい…」

 

「…うん」

 

3人全員が顔を赤くしたまま、食事に手を付け始める。もう雰囲気がめっちゃ気まずい。俺といろはの反応を見て、小町まで顔を赤くしてる始末だ。完璧な自爆テロをかましてしまった。なんかもう阿鼻叫喚って感じ。や、まあ俺が悪いんだけどね…。けどあの質問なんて答えるのが正解だったんだ?否定したらそれはそれで失礼だろうし、肯定したら見ての通り。もうなんか、あれだ。助けて〜!ドラえも〜ん!

気まずい空気のまま、とりあえずオムライスを1口パクリ。めっちゃ美味しい。流石いろはと小町だ。この空気じゃなかったらもっと美味しかったのに……。

 

ーーー

 

食事を終えた俺達は、リビングのソファに座って寛ぐ。いつも通り俺の隣にはいろはだ。もうこれがデフォになりつつあるが、隣から漂う良い匂いとか柔らかい感触とかには一切慣れない。ほんと、なんでこんなに良い匂いするんだろうな?

そんで小町はもう一個のソファに寝転がってカマクラと一緒に昼寝してる。にゃーごろと丸まっているカマクラと幸せそうな寝顔の小町の可愛さが相乗効果を生み出し、無限の可愛さになっている。アンリミテッド・カワイイ・ワークス。小町の体はカワイイでできている。

 

「…あの…せんぱい…」

 

ふと、いろはが徐ろに口を開いたが、続く言葉を言い淀んでいる。

なんだ、何かあった?なに、もしかして俺臭かった?一応毎日風呂は入ってるんだけどな…。風呂に入ったくらいじゃ俺の汚れは落ちないってことか。俺の汚れ、強烈すぎる。

 

「ちょっと、相談があるっていうか…」

 

「相談?」

 

いろはの表情と声音は真剣なもので、決して冷やかしなどでは無いことがわかる。本気で俺に相談したいことがあるんだろう。

俺に相談しても役に立つとは思えないけど、大丈夫?特に恋愛相談とかはマジで役に立たんぞ。もうほんとドラクエ4のクリフトくらい役に立たない。あいつザラキしか打たんし。ボスでザラキするのやめてもらっていい?

 

「はい。話してもいいですか?」

 

「まあ、いいけど。役に立つかは知らんぞ」

 

「大丈夫です。とりあえず、話を聞いてもらいたくて…」

 

「そうか」

 

数秒の時間を置いて、いろはは静かにポツポツと語り出す。

 

「あの、私サッカー部のマネージャーやってるって前言いましたよね?それで、後輩の部員からしつこくデートに誘われてるんです。毎回やんわりと断ってるんですけど…まあ、効果なしで…。ゴールデンウィークも部活終わってから遊びましょって毎日のようにメッセージが来るんです…」

 

なるほど。つまり、あざといろはすの魅力にやられた男がいろはすに執拗く迫ってるということか。まあ、その男の気持ちも分からんでもない。あざといろはすの言動で勘違いしない思春期男子の方が少ないだろう。俺?俺はほら、プロぼっちだからギリギリ耐えてる。ギリギリなのかよ。

 

「あー、そりゃ大変だな。…断る時ってどんな感じで断ってるんだ?」

 

「えっと、家族と用事あるから〜とか適当な理由付けてですかね?あ、この理由で前断ったら、空いてる日教えてください!とか言われちゃって…。ほんとだるい。さっさと諦めろよ…」

 

そう言ういろはの声音は普段よりも2段階ほど低く、目は凍っちゃいそうなほど冷たい。

え、あの、いろはさん?あまりにも怖すぎません?いろはすを遊びに誘ったらこんな目されちゃうのかよ。誘ってみよっかな〜とか思ってた過去の自分を殴りたい。絶対俺からは誘わないようにしよう。こんな目で見られたら心と体が凍って冷凍保存されちゃう。

 

「あ、でも、せんぱいならいつでも誘ってきてOKですよ?」

 

「え?あ、おう…」

 

先程までの絶対零度が嘘かのようなあざとさでいろはが言う。え、何この子、セリフといい何もかもが可愛すぎない?え?いつでも誘ってOKなの?そんなん言われたら毎日誘っちゃうけど?(迷惑)

というか、いろはの発言が俺の心中での独り言が聞こえているかのようなタイミングだ。やっぱ、俺の思考って周りに筒抜けなのん?もしそうなら暇な時にエロいこと考えられないじゃん。思春期男子にとってはあまりにも辛すぎる…。

 

「男ってのは馬鹿な生き物だからな。やんわりとした断られ方だと本気で拒否されてるなんて思わねえんだよ。そいつも多分お前が本気で嫌がってるとは思ってないぞ」

 

ソースは俺。女子がやんわり断る時は大体本気で嫌がってるし、なんなら裏で陰口言われてる。これ豆な。

 

「やっぱそうなんですかね〜」

はぁ…とため息を吐くいろは。演技ではなく本気で困っている様子の後輩に、何とかしてあげたいというお兄ちゃん心が発動する。

 

「もう普通にバッサリ断れば良くねえか?」

 

実際問題、バッサリ断ってしまうのが諦めてもらうには1番早いだろう。

 

「うーん、そうしたいのはやまやまなんですけど〜色々問題があって…」

 

「問題?」

 

バッサリ断ることに何の問題が?むしろバッサリ男を切り捨てるのなんて得意そうに見えるんだけど。何も言わずとも、いろはの必殺技・絶対零度eyeで睨むだけで大抵の男は諦めるだろう。それでも言い寄って来るような男は、余程メンタルが強いか極度のドMかの2択だ。ちなみに俺は豆腐メンタルな上にドMでもないので、いろはにあの目で睨まれたら0.5秒で諦めます。潔い男、八幡。

 

「えっと、私一応学校では皆に優しい感じのキャラで通ってるんですけど…あんまりきつく言っちゃうとイメージが崩れるっていうか…」

 

「なるほどな」

 

確かに、いろは程の社交術とあざと可愛さがあれば、皆にあざとさを振りまく八方美人、ならぬ百方美人くらいこなせるだろう。百方美人ってなんだよ。死角なしか?どこの達人?

 

「あと、その後輩の子ってのが結構女子人気あるんですよね。あ、私は嫌いなんですけど。それで、あんまりこっ酷く振ると…」

 

「他の女子からの当たりが強くなるって訳か」

 

俺の言葉に、いろはは首を縦に振って肯定する。

告白されて他の女子から迫害されるとか、女子社会修羅の国すぎる。マジで怖いんだけど。男に生まれてよかった…。

 

「そうなんですよ。まあ、今も特定の女子からは嫌われてるんですけどね」

 

あははーと笑いながら言ういろは。嫌われてること笑いながら言うとかメンタル強すぎん?

とはいえ、いろはのあざとキャラを嫌う女子がいるのもまあ納得できる。俺は嫌いじゃないどころかクセになってるまであるけど。

 

「どうしましょう?」

 

「うーん、どうしましょうって言われてもな…」

 

こういう場合どうすればいいんだ?マジでわからん。俺より小町の方が詳しそうだが、小町はぐっすりおネムだ。わざわざ起こすのもちょっと気が引ける。

 

「私、1個案があるんです」

 

「え、そうなの?」

 

案があるならもっと早く言いなさい。

しかし、いろはは何故か続く言葉を言い淀んでいる。

 

「けど、その…ちょっと恥ずかしいっていうか…」

 

「なんだよ。別に引いたりしないから言えよ」

 

言うのが恥ずかしい案って何?全然想像つかないんだけど。

 

「あれです。彼氏が出来たってなれば、櫻井くん…あ、後輩の子の名前櫻井っていうんですけど、櫻井くんも諦めるんじゃないかなって」

 

後輩のやつ、櫻井って名前なのか。なんか名前からしてイケメンじゃない?俺なんか比企谷よ?そのせいでヒキガエルとかあだ名つけられるし。

まあこのあだ名、名前だけじゃなくて見た目も含めてのあだ名なんだけどな。…思い出したら悲しくなってきた。ちょっと泣いていいですか?

 

「あー、確かにそれはあるな」

 

彼氏がいる人間に対して猛烈なアタックを仕掛ける中学生はあまりいないだろう。いるとしたらメンタルが強すぎる。ダイヤモンドレベル。

 

「それでですね。彼氏のフリっていうか、彼氏役の人が欲しいんですよね。ほら、写真とか見せてって言われて、何も無いとあれじゃないですか!」

 

「証拠用の彼氏役ってことか?」

 

「そうです!」

 

「まあ、確かに必要かもな」

 

女子たちはそういう色恋話が好きだから、彼氏の写真見せてよー!って言われることも多々あるだろう。

まあ、俺は言われたことないけど。てか恋人とか出来たことないけど。それ以前に言われるような友達がいないけど。3コンボ。

俺の人生、なんかいろいろとなさすぎる。

 

「せんぱぁい?」

 

いろはが唐突にあざとく甘ったるい声を出す。もう甘々。MAXコーヒーくらい甘い。

あれ、なんか嫌な予感がするんですが…。

 

「彼氏役してもらえませんか?」

 

「嫌です」

 

「なんでですかー!こんな可愛い子の彼氏役ですよ?普通は喉から手が出るほど欲しいじゃないですかー!」

 

俺が即答で拒否すると、いろははほっぺたをぷくーと膨らませて抗議する。この子、めっちゃほっぺ膨らむな。パオウルムーみたいだ。

いや、普通に嫌ですけど。てか自分で可愛いとか言っちゃうのね。

や、否定はしないし実際可愛いけど。

 

「なんでって…俺とお前じゃ明らかに釣り合わないだろ。疑われるぞ?」

 

俺といろはは月とすっぽんなので、俺が彼氏だと言われて信じるやつはいない。「こいつカモだから財布にしてます!」って言った方が信憑性が高い。

 

「そんな事ないですー!むしろ…せんぱいじゃないとダメです」

 

「えぇ…」

 

迫真の様子を見せるいろはに、何も言い返せなくなってしまった。

俺じゃなきゃダメとか…そんな甘い言葉に踊らされるほど俺は軽くないからな!

 

「…だめ、ですか?」

 

「うっ、いや、その…」

 

涙目の上目遣いで見つめてくるいろは。くそ、あざとすぎる…!それ以上に可愛すぎる…!何だこの可愛い生き物。

もうそれやられると何も言えなくなるんだよなぁ…。反則すぎる。

 

「…わかったよ」

 

軽い男だった。軽すぎて軽井沢。何言ってんの?俺。

 

「ほんとですか!?」

 

先程までの涙目とは打って変わって、キラキラと瞳を輝かせながらいろはが喜ぶ。おお、そんなに喜ばれるとちょっと嬉しい。

 

「じゃあ、彼氏としてよろしくお願いしますね!せんぱい!」

 

「おう…」

 

彼氏、という響きに照れ臭くなり目を背けながら返事する。

フリとはいえ、俺がこんな可愛い子の彼氏かぁ…。もうなんか何もしてないのにめちゃくちゃ緊張してきたわ。どうしましょ。

 

「じゃあ、相談はひとまず解決ということで!カップルらしくお話しましょ?」

 

「ちょ…!」

 

いろはが腕を組んでめちゃくちゃに体を密着させてくる。

ちょ、柔らかい!何がとは言わないけど!2つの柔らかいのが当たってる!あと良い匂いしすぎて色々やばい。何がとは言わないけど!

離れなきゃって気持ちと離れたくないって気持ちが心の中で鬩ぎ合う。

今優勢なのは離れたくない気持ちの方だ。9:1くらいで勝ってる。圧勝だった。抵抗の意思弱すぎない?

 

「え〜?カップルなんだから、このくらい普通ですよ?」

 

「あ、ああ。そうだな。普通だよな」

 

柔らかい感触で脳みそが麻痺し、なんかもうこのままでいいやと思い始めてきた。そして、いろはの言葉が免罪符となり、完全に抵抗の意思が無くなった。

試合は離れたくない気持ちの勝利に終わりました。GG。




感想とたくさんの評価感謝です。
これからも頑張ります
なんか少年ジャンプのラブコメみたいな展開始まったな。まあでも結婚式邪魔させる予定とかは無いです。
次回もお楽しみに


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10話 ようやく、比企谷八幡の高校生活が幕を開ける。

こんばんは!
いつもより遅くなっちゃいました…!次はもうちょっと早く投稿できるようにします!


「せんぱい、私そろそろ帰りますね?」

 

「ん?ああ、もうそんな時間か」

 

リビングのソファで、いろはにベタベタとくっつかれながらテレビやら映画を見ていたら、いつの間にか時刻は18時を回っていた。

昼飯を食い終わったのが14時過ぎだったから、4時間程いろはとくっついていた事になる。やだ…いろはさん、長い間俺にくっつきすぎじゃない?なんなの?くっつき虫なの?小町もくっつき虫にならないかなぁ。や、待てよ。俺がくっつき虫になって小町にくっつくという手もあるか。…そんなことしたら本気で殴られそうなので辞めます。

というか、約4時間も腕に女子の柔らかい感触を当てられて理性が崩壊しなかった俺を褒めたい。や、ほんとによくやった。半分くらいは映画が面白かったお陰だけど。そんで残りの半分は近くに小町がいたから。…あれ?俺の力関係なくない?俺ってば無力。マジ他力本願寺。

そういう小町はというとまだ寝てる。やだ…寝すぎじゃない?眠れる森の美女なの?キスしなきゃ起きないのかしら?

とはいえ、俺がキスしたらショック死するまであるから絶対に出来ないけど。ショック死しちゃうのかよ。そんなに嫌われてんの?お兄ちゃん悲しいよ?

ちなみに一緒に寝ていたカマクラは既にどこかへ消えていた。いつの間に消えたのん?神出鬼没すぎて妖怪と勘違いしちゃうレベル。

妖怪・カマクラ。腐った目の男には絶対に懐かない。腐った目の男とか限定的すぎるだろ。誰だよそいつどこの俺だよ。

 

「あ、そうだ!せんぱい、写真撮っていいですか?」

 

「え、嫌だけど」

 

「なんでですかー!」

 

俺が即拒否すると、いろははグーにした手で俺の胸板をポカポカと叩いてくる。相変わらずあざとい可愛いあざとい。

あと、そんなにポカポカ殴らないでくださる?や、別に全然痛くないけど死んじゃうから。違う意味で。

てか、俺の写真撮って何に使うつもりなん?あれか?指名手配書用の写真か?別にまだ罪犯してないんだけど。まだって言っちゃったよ。別にこれから先も罪を犯す予定は無いからね?先撮りとかしなくていいよ?指名手配書の写真を先撮りするってどういうことだよ。やだ…俺ってば信用なさすぎ?

 

「証拠用の写真撮るって話したじゃないですか!忘れたんですか?」

 

「ああ、そういやそうだったな」

 

そういえばそんな話だった。映画のせいですっかり忘れてた。俺の脳みそマジで鶏。コケコッコーとか鳴き出しちゃうレベル。

というか今、俺いろはの彼氏役なんだよな。偽物の彼氏なのにクッソドキドキするんだが。何これどこのニセコイ?ここから八幡くんのハーレムラブコメが始まるんです?

「というわけで!せんぱぁい、一緒に撮りましょ?」

 

「え?一緒に?俺だけで良くない?」

 

ぶっちゃけ1人で撮られるのも恥ずかしくて嫌なんだけど、2人はもっと恥ずかしいから無理。こんな美少女とツーショットとか何の罰ゲーム?や、俺にとってはむしろご褒美なんだけどね?いろはにとっては罰ゲームにも程があるだろう。

 

「む〜、私たちカップルなんですよ?ツーショットの1枚くらい無いと怪しまれます!」

 

口を尖らせて言ういろは。確かに、いろはの意見も一理ある。今どきの若者カップルは、ツーショットくらい撮るだろう。多分、知らんけど。

 

「…はぁ、わかったよ」

 

「やった〜!じゃ、撮りますね?」

 

いろはが俺の左腕に思いっきり抱きついたまま、俺の左肩に頭を乗せてスマホのカメラを向けてくる。いろはが頭を肩に乗せてきたせいで、先程から密着していたが更に密着度が増す。

ちょ、近すぎない?髪の毛くすぐったいしクソほど良い匂いする。もうドキムネしすぎて吐血しそうなんですけど。なんならそのまま死ぬまである。死因・尊死。嫌すぎる。

 

「撮れました〜」

 

「…おう…」

 

「いい感じですよ?ほら」

 

俺がキョドっている間に、いつの間にか撮影が終わっていたらしい。撮影した写真をいろはが見せてくる。

俺の肩に頭を乗せるいろはは、相変わらずのあざと可愛さだ。写真写りが悪いなどということはなく、実物と変わらぬ程に可愛く写っている。一方俺はというと…なんかキョドりすぎて変な方向見てるし、口も変な形になっている。

なんだよこいつ。気持ち悪すぎるだろ。てかどこ見てんの?俺。

これのどこがいい感じなんだよいい感じなのお前だけじゃない?と言いそうになったが、いろはは満足そうにしているのでまあ良しとしよう。甘やかしすぎな気がするが、まあ可愛いからいいや。

てか、これを友達とかに見せるってことだよね?こんな変な顔した変態を彼氏って言うの?絶対信用されないと思うんですが…。

 

「あとでせんぱいにも送ってあげますね」

 

「え、別にいらない…」

 

ほんとにいらない。こんな気持ち悪い自分の顔見たくないし。あれ、もしかして俺って普段からこんな気持ち悪い表情してんの?

よく今まで街歩いてて通報されなかったな。もはや奇跡だろ。通報とか以前にこの顔で街歩いてたとか恥ずかしすぎて自殺考えるレベル。

いらないって言っちゃったけど、いろはの写真は普通に欲しい。毎日自撮り送って欲しいまである。…これ普通に変態だな、俺。お巡りさん、俺です。

 

「え、いらないんですか?」

 

何故か、いろはは少し悲しそうな顔をする。

え、まって、なんでそんな顔するの?そんな顔されたら断れないじゃん…。狙ってやってんなら普通に無視するんだけど、今のこれは多分素なんだよなぁ。いろは、恐ろしい子…!

というか俺が年下に対して弱すぎる。耐性ゼロかよ。むしろマイナス。

 

「あー、いや、まあ、一応貰っとくわ…」

 

「わかりました!」

 

雨が上がった後の虹のようにキラキラした表情を見せるいろは。

表情コロコロ変わりすぎじゃない?女心と秋の空なの?もしくは山の天気なの?や、まあそういう所も可愛いからいいんだけどね。むしろ色んな表情が見れて面白い。うーむ、やはり可愛いは全てを解決するな。

 

ーーー

 

いろはが帰宅してから2時間程経過した夜、俺が自室のベッドに寝転がりながらラノベを読んでいると、いろはからメッセージが届いた。

 

『今日は本当にありがとうございました!写真送りますね!…待ち受けに設定してもいいんですよ?』

 

というメッセージと共に、先程撮ったツーショット写真が添付されてきた。うーん、俺ったら相変わらずの変な顔。そんでいろはは相変わらず可愛い。

なにこれ、美女と野獣?野獣ってより珍獣だけど。珍獣って言うと太眉の女芸人がハントしに来そうで怖いな。千葉じゃなくてアフリカとかに行ってくださる?

 

『しねえよ』

 

待ち受けになんかしてたまるか。誰かに見られたら死ぬ、社会的に。特に小町に見られた日には終わる。「キモイ」「ストーカー」「変態」「八幡」などのありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられ、家族の縁を切られてしまうだろう。あと、八幡は罵詈雑言じゃねえ。

小町に家族の縁を切られたら流石に自殺せざるを得ない。もう小町がいない人生なんて考えられないからな。死ぬしかない。

…なんなの俺、ヤンデレなの?だから需要ねえって。

 

『なんでですかー!』

 

いろはから返信が届く。

なんかもう、画面の向こう側でほっぺたを膨らませてるのが容易に想像できるんだよなぁ。

 

『まあ、考えとくわ』

 

とりあえず適当に返信をし、再び写真を眺める。

ほんと、なんでこいつこんなに可愛いんだろうな。もう小町と並んで千葉県の宝にしたいまであるどころか国宝にしたいレベル。

それにしても、この写真を待ち受けに…ねえ?や、しないけどね?ホントにしないからね。社会的に死にたくないもの。するわけないじゃないですか。やだなー、はははHAHAHA。

…あれ、おかしいな。なんか気づいたらホーム画面が俺といろはのツーショット写真になってるんだけど。バグかな?最近のスマホは随分前衛的なバグが実装されてますね。

…いや、まあ、ほら、あれだよあれ。どれだよ。

ホーム画面はロック解除しないと見れないから。ロックかけとけば誰かに見られる心配ないしセーフ。…俺、誰に言い訳してるのん?

社会的な死を避けるため、今までは掛けてなかったロックをかける事にする。とりあえず、パスワードを設定しないとな。うーん、どうしよう。自分の誕生日はバレやすいって聞くが、他にパスワードに設定したい4桁の数字など無い。

…まあ、小町の誕生日でいいや。多分バレないだろ。0303っと。

よく考えたら、妹の誕生日パスワードに設定してる上、ホーム画面が後輩の写真って普通に変態だよな。まあ、それが変態だって言うなら俺は別に変態でいいけどね。なんか開き直っちゃったよ。

 

『そんなこと言って〜もうホーム画面に設定してるんじゃないですか?』

 

なんで分かったんだよ。なんなの?俺のスマホに監視ツールでも入れてんの?それとも女の勘?

後者だとしたらやべえな。勘優れすぎでしょ。女の勘まじ怖ぇ…。小町も時々めっちゃ鋭いこと言ってくるし。ほんと、心臓がキュってなるからやめてね?

よく考えたら前者の方がやばくね?人のスマホに監視ツール入れるとか何それどこのメンヘラ?某誠アニメの西園寺さんでもそこまでしねえぞ。まあ包丁で刺しはするけど。そっちの方がやばいな?

 

『してねえわ』

 

如何にもクールな感じで返信できたが、実際目の前にいろはがいたらキョドりすぎて速攻で嘘がバレ、ホーム画面を見せる羽目になっていただろう。本人にバレるとか地獄すぎるだろ。何それ新手の拷問?や、ほんとメッセージでよかった。

そして、すぐにいろはから返信が届く。

 

『ほんとですか〜?ま、そういうことにしておきますね!じゃ、せんぱい。おやすみなさい♡』

 

なんで最後にハートマークつけたの?え、なに、あざとすぎない?俺じゃなかったら勘違いしてるから俺以外にはやるなよ。なんか俺様系になっちゃった。

俺様系八幡とか想像したらめっちゃキモイな。俺が女だったら殴り殺してるね。あまりにも殺意が高すぎる。

 

『おう、おやすみ』

 

いろはのあざとメッセージに心を乱されつつ、手短に返事を返す。

ほんともう、いろはの一挙一動に心を乱されすぎてる。もう乱れすぎて淫らになっちゃうわね。…何言ってるのん?俺。

乱されすぎてると言ったものの、全く対処法が思い付かない。いろはの攻撃力に比べて俺の防御力が低すぎる。いろはの攻撃力を削ぐか、俺の防御力を上げるかしかないのだが、生憎俺はヘナトスもスカラも使えない。もう打つ手なしだ。将棋で例えると自分のコマが王将しか残ってないくらい打つ手なし。絶望すぎない?羽生さんでも泣いちゃうよ。

とはいえ俺の辞書に諦めるという文字はない。嘘、めっちゃある。なんなら一番最初に載ってるまである。愛とかよりも先に諦めが来る。なんせ俺の人生の9割は諦めで構成されてるし。

まあ要するに俺が言いたいのは、人生色々諦めた方が吉ってことだ。

という訳で、いろはへの対処法を考えるのはやめて大人しく寝ることにします。別に考えるのが面倒くさくなったとかじゃないからな。

 

ーーー

「えへへ…」

 

私はベッドに寝転がりながら、せんぱいとのツーショット写真を眺める。やば、私今めっちゃニヤニヤしてる。絶対気持ち悪い顔してる。

せんぱいの顔面白いなぁ…。これ、どこ見てるんだろ?ほんとに変な顔してるけど、ちょっと可愛いかも。

それにしても…。

 

「せんぱいとカップルかぁ…」

 

厳密にはカップルではなくカップルの振りをしているに過ぎないが、カップルという響きだけで私の顔は表情筋が無くなってしまう。ここから本物のカップルに発展したりして…!そうなったらどうしよう。

まあ!せんぱいが本物のカップルになりたいって言うなら、私としても?まあ?なってあげてもいいかな?みたいな?

そんなことを考えてごろごろしていると、アプリにメッセージが届く。せんぱいかな?と期待を持ってアプリを開くが、そこにはせんぱいではない名前が表示されていた。

 

『いろは先輩!明日の午後暇すか?』

 

櫻井くんだ。

…なんか、今までの幸せな気分が台無しになった。ほんと、最悪のタイミングなんだけど。つか、四六時中どのタイミングだろうと連絡よこさないでほしい。

てか、私から暇な日あったら連絡するって言わなかったっけ?いや、まあ連絡するつもりなんかミジンコ程もなかったけど。どんだけしつこいの?

面倒くささとイラつきから溜息をつきつつ、返信をポチポチと打ち込む。普段ならなんて断ろうか悩んでたが、今日はカップル作戦がある。今日せんぱいと対策を立てたばかりだから、むしろタイミングが良かったかもしれない。

 

『ごめん。今まで言ってなかったけど、私彼氏いるから』

 

うん、こんなんでいいでしょう。メッセージの送信ボタンを押す。

これで流石の櫻井くんも諦めるはずだ。櫻井くんなら私じゃなくてもっといい人が見つかるから、多分、知らないけど。

すると、ものの数秒で櫻井くんから返信が返ってきた。

 

『あ、そうなんすね。でも、ちょっと飯行くくらいなら良くないすか?』

 

…こいつは何を言ってるの?いやほんとに。なんで彼氏いるのに別の男とご飯食べに行かなきゃならないの?…いや、厳密に言えば彼氏じゃなくて彼氏のフリなんだけど、櫻井くんはそんなこと知らない。櫻井くん視点だと、彼氏がいる女子をデートに誘っているだけだ。自分に自信ありすぎ。

普通、彼氏いる女子を誘わないでしょ…。もうそれは押しが強いとかじゃなくてただの馬鹿だよ。OK貰えると思ってるのかな?断られるに決まってるじゃん。

 

『いや、無理だから。もう誘ってこないで』

 

ちょっと冷たいかも、と一瞬思ったが、このバカにはこのくらい冷たく言わないと効果がないだろう。ほんともう疲れる。

 

『了解す。気が変わったら教えてください』

 

このメッセージを最後に、櫻井くんとのやり取りは終了した。

気が変わるわけないでしょ?馬鹿なの?と送ろうかと思ったが、流石に傷口に塩を塗るような真似はせずにそのままメッセージアプリを閉じる。本当は送りたかったけど、流石に可哀想だからやめておいた。

さっきまで良い気分だったのに、今は最悪の気分だ。これも全部櫻井くんのせい。ほんとに最悪。

うーん、気分転換にせんぱいにメッセージでも送ってみようかな?とも思ったが、今はあんまりメッセージアプリを開く気分じゃない。

ならば、どうするか。答えはひとつ。

私は写真一覧からせんぱいとのツーショットを開いた。

 

「えへへ…」

 

また顔がニヤける。表情筋が仕事してない。せんぱいの前でこんな顔したらドン引きさせるの確定だ。表情筋ってどうやって鍛えるんだろ。

何故か、せんぱいの変な顔を見るだけで気分が戻ってしまった。もう、せんぱいの写真を気分を上げる薬として全世界に配布してもいいんじゃないかな?なんかこの言い方麻薬みたいだ。

…いや、やっぱダメだ。それだとせんぱいの写真が私以外の手に渡ることになるし。それはちょっとNG。

 

「次はいつ会えるかな〜」

 

私はまるで恋する乙女のようなことを呟きながら、せんぱいとのツーショットを眺める。

いや、べ、別に、せんぱいに恋してるとかじゃないからね。これは違うから。ほら、恋愛感情ってよりも、親愛とか信頼?みたいな感じ!

いつものように、心の中で1人で意味の無い言い訳をする。言い訳って言っちゃった……。

ーーー

 

天国のようなゴールデンウィークが終わり、今日俺は初めて高校に登校する。マジでめんどい気が滅入る。今からクラスに馴染める気しないし。や、入学式から居ても馴染めるどころか迫害されてる光景が容易に想像できるんだけども。

一旦職員室に立ち寄り、諸々の説明を受けて教室へと向かう。

ステルスヒッキーを全開で発動させ、コソコソと教室に入る。始業前の騒がしい教室ということもあり、気付かれずに侵入することが出来た。

しかし、1つ問題が起きた。先程職員室で教えてもらった俺の席に、髪の毛を茶髪に染め、上げた髪をカチューシャで留めた陽キャが机の上に座って友人たちと駄弁っていた。

なんだァ…てめぇ…。人の机に勝手に座るとか、常識がなってねえな。ここは俺がガツンと言ってやらねば。

「あの…そこ、俺の席…」

 

全然ダメだった。気弱な感じで声掛けちゃった。完璧な陰キャムーブ。や、普通に考えて俺がパリピに強く言えるわけないだろ。

 

「ん?あー、わりわり!」

 

「おう、おう」

 

「あ?黙れよ」とか言われると思って身構えていたが、パリピの反応は意外にも敵意は無いものだった。

まさか謝られると思ってなかったからオットセイみたいな返事になっちまった。なんで2回返事したのん?コミュ障かよ。コミュ障だった。

 

「あれ?女の子庇って入院してた系の人っしょ?」

 

え、なんで知ってんの?なに、俺のストーカーなの?

 

「まあ、そうだけど。なんで知ってんの?」

 

「ん?あー、先生が言ってたし」

 

ああ、そうなんだ…。なんで勝手に言っちゃうんだよ。俺のプライバシーゼロなの?や、まあ別に悪い噂とかじゃないしいいんだけど。なんかちょっと照れるからやめて。

 

「俺、戸部!えーっと…」

 

戸部と名乗った陽キャに対し、俺も自己紹介をする。

 

「比企谷だ」

 

「比企谷くんね!よろ!」

 

「お、おう」

 

なんか意外と良い奴だなこいつ…。陽キャなのに陰キャに優しいとか聖人かよ。やっぱ見た目で判断するのは良くないな。俺もこんな見た目だけど性根が捻くれてるし。ただの見た目通りだった。

とはいえ、思ってたほどクラスメイトに迫害はされなさそうだ。馴染めるとは言ってないが、そこまで窮屈な思いはせずに済みそう。これなら悠々自適なぼっちライフを送れそうだ。ぼっちなのは確定なのかよ。

戸部に席を明け渡してもらい、静かに着席する。スラックスのポケットからスマホを取り出すと、いろはからメッセージが届いていた。

 

『せんぱい!今日から学校ですよね?お互い頑張りましょ!またデート行きましょうね♡』

 

…やべえ、ニヤけそう…。ここでニヤけたら俺の学校生活終わる。スマホ見て1人でニヤけてるとか俺の見た目も相まって完璧な変態だからな。耐えろ俺の表情筋…!

俺はいろはに「おう、また行こうな」と短く返信をする。そして、表情筋に全力で力を入れながら始業時間を待つ。

表情筋使いすぎて明日筋肉痛なるかも…。




感想評価よろしくお願いします!
平均評価8越えはほんとに嬉しいです。これからも頑張ります!


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11話 言うまでもなく、比企谷八幡はチョロインである

こんにちは!
仕事中にサボって小説を書く男です
いつも読んでいただき感謝です
これからもよろしくお願いします


高校に通うようになって1週間程が過ぎ、5月中旬。漸く規則正しい生活にも慣れてきた。高校生活も意外とスムーズに送れているため、特に問題は無い。勉強も今の所ついていけてるので、月末に控えた中間テストも何とかなるだろう。数学も多分大丈夫。…たぶん。おそらく。

え、なに?友達?出来てないけど?言わせんな恥ずかしい。俺は一生プロぼっちだ。もうぼっちであることを誇りに思ってる。ぼっちうぃずぷらいど。

 

そして俺は、今日も今日とて社畜のごとく死んだ目をして学校に通う。

今は体育の時間だが、俺は事故の影響でしばらくの間は見学だ。レポートを書かなきゃいけないのがだるいが、実際にやるよりは100倍マシ。

今やってるのはバスケ。チームに別れて試合を行っている。

や、ホント見学でよかった。個人スポーツならまだしも、チームスポーツはマジでやりたくない。

チームスポーツで俺が役に立つことなんて無いし、そもそもパスが回ってこないからな。

俺がいたらチームの和が乱れるどころか俺を排除しようとして一致団結するまである。その結果、俺は隅っこでただボーッと立っているだけの人間に。さながらカカシだ。もしくはすみっコぐらし。こんなすみっコぐらし嫌すぎる。子供泣くぞ。

誰も隅っこで泣かないように、地球を丸くした。そんな歌詞があるけど、普通に隅っこで泣いてるやつはいる。俺とか。よく考えたら別に泣いたことは無かった。

体育館の壁を背にぬぼーっと座っていると、いつの間にか授業の終了時間になっていた。同級生たちの汗がキラキラと輝いている。男の汗とかただ汚いだけだからさっさとシャワー浴びてほしい。

 

そして、時は流れて昼休みになった。俺は購買で焼きそばパンとメロンパンを購入し、ベストプレイスへと移動する。

このベストプレイス。校舎の裏側にあって人がほとんど来ない上に、風がよく通るのでとても気持ちがいい。我ながら最高のスポットを見つけてしまった。

もぐもぐと焼きそばパンを頬張っていると、ポケットの中のスマホがブルブルと震える。スマホを取り出すと、いろはからメッセージが届いていた。

最近はよくメッセージが届くな。まあ大体は雑談かあざとメッセージなんだけど。

 

『せんぱい!今週末暇ですか?』

 

暇か暇じゃないかと聞かれれば、間違いなく暇だ。予定といえば、日曜の朝に起きてプリキュアを見るくらい。あとはテスト勉強したりゴロゴロしたり小町に蔑まれたりして過ごすだろう。蔑まれちゃうのかよ。もっとお兄ちゃんを大切にして?

 

『暇だけど。どっか行くのか?』

 

今までの俺だったら考えられない返信だ。

今までは、「暇?」と聞かれれば間違いなく予定があろうが無かろうが「予定がある」と答えていただろう。だって外出るのめんどいし。

まあ「暇?」なんて聞かれた事ないけど。聞いてくる友達もいないし。

最近の俺は、いろはと会ったりどこかへ出掛けるのを少し楽しみにしている節がある。ほんと、今までからは考えられない。プロぼっちの名が泣いてる。

プロぼっちは何があろうとぼっちであるべきなのだ。しかし、最近はいろはと一緒にいることが多いせいで、そろそろ日本プロぼっち連盟から資格を剥奪されそう。ちなみに構成人数は俺1人。会長も俺。潰れてしまえそんな組織。

 

『ちょっと、勉強教えて欲しいな〜って…。来月の頭にテストあるんで!』

 

どうやら、どこかへ出掛けるのではなく勉強会のお誘いだったようだ。

べ、別にガッカリとかはしてないんだからね!ほんとだよ。八幡嘘つかない。

 

『や、別にいいけど。同級生とかとやった方がいいんじゃないの?』

 

いろは程の陽キャならクラスメイト達とファミレスなどで勉強会をしてそうだ。わざわざ俺を誘う意味なんかあるのか?

あれか?クラスメイトがいるとこに俺を呼んでるとか?

なんだよそれどういう拷問だよ。気まずいとかいうレベルじゃねえぞ。ただ中学生に紛れて隅っこでコーヒー飲む目が腐った不審者になっちまうよ。字面だけ見たら完璧な不審者だな。お巡りさん、こっちです。というか俺です、自首します。

 

『せんぱい、総武ですよね?』

 

『うん』

 

唐突に通ってる高校を聞かれた。

まあ、こんなでも一応総武だけど。なに?お前みたいなやつが総武に通ってんじゃねえよ!みたいなあれ?なにそれ泣いちゃうよ。悲しすぎてすぐに退学するまである。

 

『じゃあ頭良いじゃないですか!勉強教えてくださいよ!』

 

『まあ、いいけど。あんま期待すんなよ?』

 

ほんと、過度な期待は辞めてくれ。特に数学。

俺の数学は壊滅的なレベルでアレなので、中学レベルの数学とはいえ教えられるかは分からない。受験前に死ぬ気で勉強して何とか合格したが、所詮付け焼き刃だ。約1年前に習った中学の内容をしっかり教えられるかと聞かれれば、答えを濁さざるを得ない。

 

『大丈夫です!』

 

『そ。で、場所は?』

 

まあ、図書館とかが妥当だろう。落ち着いて勉強できるし。まあ最悪俺の家でも許容範囲だ。その場合は色々と落ち着かないし全然集中できないと思うけど。あれ?ダメじゃない?

 

『んー、私の家とか、どうですか?』

 

ん?え?あれー?見間違いかな?なんか、私の家って文字が見えた気がしたんだけど。高校生活で疲れちゃったかな?八幡うっかり。

1度目を瞑り、もう一度開ける。そして再び、メッセージを読む。

 

『んー、私の家とか、どうですか?』

 

見間違いじゃなかった。むしろ見間違いであって欲しかった。

え、なに、行くの?俺が?いろはの家に?なにそれ大丈夫?法律的な意味で。

俺が現役JCの家にお邪魔するとか、何らかの法律に引っかかってもおかしくないと思うんだけど。八幡JC宅侵入罪とか。なんだよその罪状。ピンポイントすぎるだろ。なに、俺って国に嫌われてんの?

 

『え、いいの?』

 

『はい。いいですよ?』

 

いろははこう言っているが、流石に女子の家にお邪魔するのは遠慮したい。緊張しすぎて全然集中できないし。それがいろはとなれば尚更だ。もう緊張しすぎて確実に死ぬ自信がある。俺のHP低すぎない?なんか最近しょっちゅう死んでる気がする。

よし、断ろう。大人しく図書館を提案しよう。

 

ーーー

 

土曜日の午後。

俺はいろはから送られてきた住所を頼りにいろはの家へと赴いていた。

や、言い訳させてくれ。本当は断るつもりだったんだ。けど、メッセージでそれを送ったら。

 

『私の家、嫌なんですか?』

 

って来たから、もう、なんか、ねえ?そういうこと。どういう事だよ。

ただ単に俺が年下に弱いだけじゃねえか。ここでハッキリ断れないから俺はダメなんだよなぁ。もうなんかチョロすぎて、そろそろ何らかの詐欺に引っかかってもおかしくないレベル。

 

目の前に聳え立つ家を見る。

何の変哲もない、普通の一軒家だ。そして、表札には一色の2文字。

ここがいろはの家か。やべ、緊張しすぎて吐きそう。超帰りてえ…。

しかし、ここで帰ったらドタキャンになってしまう。それはちょっと八幡的にポイント低いので、意を決してインターホンのボタンを押す。

ピンポーン。

聞き慣れた音が響き、数秒後にインターホンから声が返ってきた。

 

『はい』

 

声は、いろはのものではない。そして、あさきさんの声でもなかった。

男の人の声だ。

あれ?家間違えたかしら?

 

「あの、一色さんのお家ですか?」

 

『そうですが…。ああ!もしかして、比企谷くん?』

 

どうやら俺の事を知っているらしい。なんで知ってんだ?もう既に指名手配されてたとか?もしそうならやばすぎる。八幡の逃亡生活がスタートしちゃうよぅ…。

 

「あ、はい。そうです」

 

『待ってたよ。今いろはに行かせるから』

 

男の人はそう言い、通話を終了する。

数秒後、ドタドタとした足音と共に、私服に身を包んだいろはが玄関の扉を開けて外に出てきた。

相変わらず可愛いな。今回の私服もシンプルな物だが、それが逆にいろはの魅力を引きたてている。なんか俺、今めっちゃキモイこと考えてない?

 

「せんぱい!いらっしゃいませ!ささ、入ってください!」

 

「お、おう。お邪魔します…?」

 

あまりにも緊張しすぎて、何故か疑問文になってしまった。

玄関で靴を脱ぎ、廊下をいろはと共に歩く。そして、リビングに通されると、ソファに一人の男性が腰掛けていた。

男性は眼鏡をかけ、黒髪をセンターで分けている。如何にも頭良さそうな雰囲気を漂わせている男性は、柔らかい微笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

「初めまして」

 

「あ、はい。初めまして」

 

先程インターホンから聞こえてきた声だ。

見た目はかなり若々しい。年齢は30代前半だろうか?いろはの父親にしては若すぎるし、兄としては少し歳が離れてる。従兄弟とかかしら?

てか、めっちゃイケメンだな…。俺と並んだら更にイケメンさが際立つだろう。

 

「いろはの父の、一色詠です。いろはがいつもお世話になってます」

 

お父さんだった。え、若すぎない?弁護士という職業も相まって、めちゃくちゃカッコよく見える。俺も将来この人みたいなカッコイイ大人になりたいものだ。この目じゃ無理だろうけど。無理なのかよ諦めんなよお米食べろ。

あさきさんもそうだけど、一色家みんな若々しすぎるだろ。なに、波紋の呼吸でも使ってんの?コオオオオとか言ってる感じなの?

 

「あ、比企谷八幡です。こちらこそ、お世話になってます」

 

「挨拶が遅れてしまって申し訳ない。この度は、いろはを助けていただいて本当にありがとう。感謝してもしきれません」

 

いろはパパはそう言うと、深く頭を下げる。めっちゃ綺麗な礼だ。流石は弁護士といったところか。

 

「や、別に礼を言われる様なことしてないです。俺が勝手に助けただけなんで。あ、あと、敬語もやめてください」

 

俺がそう言うと、いろはパパは頭を上げ再び優しそうに微笑んだ。

わ、イケメン。俺が女だったらもうこの笑みだけで落ちてるね。あまりにもチョロチョロすぎる。

 

「じゃあ、普通に喋らせてもらうね。あさきに聞いてた通り、本当に良い青年だ。これなら、いろはを安心して任せられる」

 

「ちょ!パパ!変なこと言わないでよ!」

 

なんかデジャヴ。前もこんなやり取りあったような…。あさきさんと同じような弄り方してる。やっぱ家族か。

てか、任せるって何?それが気になりすぎて二人の会話が全然頭に入ってこないんだけど。

あれか、勉強の話か。や、俺なんかに任せたら数学の成績壊滅するけど大丈夫ですか?もし次のテストでいろはの数学の成績が落ちてたら八割俺のせいだろう。八幡だけにね。………つまんねえな、これ。

もうそうなったら腹を切るしかない。介錯はいらん。なにそれどこのじいちゃんだよ。雷の呼吸使ってそう。

 

「もう!パパは早く出てって!」

 

なにそれ辛辣過ぎない?うちの父親もそうだけど、世の中のパパってみんなこんな感じで迫害されてんの?

うちの親父なんか小町の肩を揉もうとしたら、小町に「え、やめて」って真顔で言われた挙句ゴミを見るような目で見られてたからな。その時の親父の悲しそうな顔は夢に出てきそうだった。

あれは可哀想すぎて流石に涙が止まらんかった。ついでに笑いも止まらんかった。

 

「はいはい。じゃあ、僕は上にいるから。何かあったら呼んでね、比企谷くん」

 

「あ、うす」

 

なんで俺に言ったのかは分からないが、いろはパパはリビングの扉から退出していく。

なんか出ていく姿もスマートでかっけえな…。うちの親父なんか、小町に色々言われてリビングから出ていく時なんてこの世の終わりみたいな背中してたし。あの後ろ姿には、流石の俺も笑いを禁じ…間違えた。涙を禁じえなかった。

 

「うちのパパがすみません…。と、とりあえず、勉強しましょ」

 

「お、おう」

 

顔を少し赤く染めたいろはが言うので、リビングに置かれたテーブルの上に勉強道具を並べ、椅子に腰かけた。

そして、隣にいろはが座り同じように勉強道具を並べた。もう隣に座られる事になんの違和感もなくなったな。

八幡、成長してます。これには全米も泣くどころか鼻で笑うね。なにわろてんねん。

 

「じゃあ、始めるか。俺も普通に勉強してるから、何かわかんないとこあったら聞いてくれ」

 

「はぁい!」

 

こうして、一色家での勉強会が幕を開けた。

 

ーーー

 

意外にも、いろはは真剣に勉強に取り組んでいる。意外にもって言っちゃった。

時々質問をしてくるが、それ以外はほとんど喋らず、目の前の練習問題と睨めっこしている。俺も問題を解き、ひたすらに真面目な時間が過ぎていった。

時計を見ると、既に勉強を始めてから2時間程が経過していた。結構集中してたから、時間が経つのが早い。

俺は手を上に伸ばし、ぐぐーっと伸びをして息を吐く。

 

「あぁ…」

 

勉強で縮こまっていた筋肉が伸びる感覚が気持ちいい。思わず温泉に入ったおっさんみたいな声が出てしまった。

そういや、温泉に入るとなんで声出ちゃうんだろう。どんだけ耐えようとしても絶対声漏れるよな、あれ。物理法則で決まってんの?

 

「そういや、今日あさきさんは居ないんだな」

 

ふと、あざといろはすママと名高い(俺の中で)あさきさんが家にいないことを思い出したので、いろはに問いかけてみる。

 

「あ、今日ママお仕事なので」

 

土曜日も仕事とか社畜かな?や、まあうちの両親もアレだし、人のこと言えんけど。ただ、いろはの両親は弁護士と看護師だからな。

うちなんてただの会社員だぜ。もう格が違う。朽木白哉とゾマリ・ルルーくらい格の差がある。この例え分かりにくすぎない?BLEACHマニアにしか伝わんねえよ、これ。

とはいえ、何となくは知ってたが看護師って大変なんだな。弁護士も楽な仕事じゃないだろうし。ほんと、お疲れ様です。

 

「んー、少し疲れましたし、休憩しません?」

 

「そうだな」

 

いろはは俺と同じように胸を張って伸びをしながら言う。

あんまり胸張らないでくれない?ほら、何にとは言わんけど、視線が引き寄せられちゃうから。万乳引力。これが抗えない物理法則か。

 

「あ、そうだ。せんぱい、クッキーとか好きですか?」

 

「まあ、最近はあんま食ってないけど好きだぞ」

 

「私、昨日クッキー焼いたんですけど…良かったら食べません?」

 

なん…だと…?

いろはの手作りクッキーだと…?え、食っていいの?大丈夫?世の中の男という男に嫉妬で呪い殺されたりしない?

 

「いいのか?」

 

「はい!せんぱいに食べてもらいたくて作ったので!」

 

「…そうか…」

 

素でそう言ういろは。いろはの可愛い攻撃を直接受けた俺は、顔を赤くしながら目を逸らす。

何この子…。何今の発言…。可愛すぎない?もうなんか油断したらうっかり惚れちゃいそうなんだけど。

 

やばい、惚れたらうっかり告って振られて黒歴史が増えてしまう。

こうなったら過去の黒歴史を思い出すんだ。そう、あれは中学1年の冬………。思い出したら死ぬほど悲しくなってきた。泣いていい?

とはいえ、黒歴史のお陰で何とか惚れずに済みそう。危なかった。黒歴史があってよかった。

 

「じゃあ、今持ってきますねー!」

 

いろはは笑顔でそう言うと、パタパタと小走りでキッチンへと向かう。数分後、トレーを持ったいろはが再びリビングへと戻ってきた。

 

「どうぞ、召し上がれ!」

 

トレーには、クッキーが盛り付けられた皿とマグカップが乗せられていた。マグカップからは香ばしいコーヒーの香りが漂ってきており、俺は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。

 

「じゃあ…頂きます」

 

俺はクッキーを1つパクッと口に入れる。クッキーの心地よい甘さに舌鼓を打ちつつ、それを流し込むようにコーヒーに口を付ける。

コーヒーはかなり甘めだ。しかし、俺は甘いくらいが好きなのでかなり俺好みの味になっている。クッキーの甘さとコーヒーの程よい苦さが完璧にマッチしている。夢のコラボやー!

 

「どう…ですか?」

 

「めっちゃ美味い。ありがとな」

 

隣のいろはが上目遣いでこちらを覗いてくるので、思わず、小町にやる感じで頭に手を乗せてしまった。いろはの表情が驚愕1色に染まる。

あ、やべ、死んだ。社会的に。ワンチャン物理的にも死ぬ。

 

「や、すまん。つい…」

 

死を予感した俺は、すぐにいろはの頭から手を離して謝罪をする。

まじで通報だけは勘弁してください、と言葉を続けようとした瞬間、いろはが少し不満そうに言った。

 

「…撫でてくれないんですか?」

 

「え?」

 

え?なに?撫でていいの?

後から通報とかしない?されたら普通に泣いちゃうよ?

 

「…せんぱい……」

 

いろはの必殺技、上目遣い+涙目+猫なで声。

八幡にクリティカルヒット!

……その表情と声は反則だろ…。

俺は恐る恐るいろはの頭に手を置き、猫を愛でる時のように優しく撫でる。いろはは気持ち良さそうに目を細め、体重を俺へと預けてきた。

右手でいろはの肩を抱くような体勢になるが、肩を抱いた右手でなでなでを継続する。

 

いろはの匂い、いろはの体の柔らかさ、いろはの気持ち良さそうな顔、もう色々相まってもうやばい。何がヤバいってまじやばい。やばい超えてパない。

…なんか、この状況。第三者目線から見たら普通のカップルみたいじゃない?もうなんか、普通に好きになっちゃいそうなんだけど…。

おい、落ち着け、比企谷八幡。そこで勘違いしたら過去の二の舞だぞ。そう、今こそあの時の黒歴史を思い出して冷静さを取り戻すんだ。

 

……。

………。

ふう、助かった。とりあえず冷静さを取り戻した。危なかった。あのままだったらうっかりいろはを抱きしめちゃうところだった。

うーむ。冷静になって考えると、今の状況やばいな?もうなんか、目の前の子が可愛すぎて普通に惚れちゃいそうなんだけど。抱きしめていいかな?

…あれ、なんかループしてない?いつの間にかスタンド攻撃受けてるんだけど。なんなの、レクイエムなの?終わりがないのが終わりなの?

 

「すぅ…すぅ…」

 

「いろは?」

 

俺がギャングスターからのスタンド攻撃を受けてる間に、いろはは俺の腕の中で静かに寝息を立て始めた。勉強で疲れちゃったのかしら?

つか、この状況で寝ないでほしいんだけど…。動いたら起きちゃいそうだし動けねぇ。

 

動かない石像の如く不動の姿勢を取る。動かない石像ってそれただの石像だな。石像が動いたらGANTZみたいになっちゃう。

いろはを起こしてしまわぬよう、唯一自由に動く左手を動かしてクッキーとコーヒーを味わう。もぐもぐごくごく。あら美味しい。

クッキーを頬張りながら、腕の中のいろはを眺める。

まつげ長いし、寝顔の雰囲気がめっちゃ幼い。

え、何この子、もうほんと可愛すぎない?俺の事殺す気なん?もう八幡のライフは0どころかマイナスよ!

……ほんとにどうしようかしら?




感想ありがとうございます!
高評価もたくさん頂いてほんとに嬉しいです
これからも頑張ります


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12話 やはり比企谷八幡は一色ファミリーに敵わない

こんばんは!
ちょっと更新遅れました。てへ
まあ調子に乗って別の小説書いてるからなんですけど
最低でも週一更新はするので気長にお待ちください


目を開けると、右側に暖かく柔らかい感触。

寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡すと、そこは見慣れた俺の家ではなかった。

やべ、寝てた…。そういや、今いろはの家にいるんだった。他人の家で寝るって結構やばいことしてない?大丈夫?

 

隣では、ソファに座る俺に寄りかかってすやすやと寝息を立てるいろは。意図せずに添い寝の形になってしまっていた。訴えられたら100負けるな、これ。

何とか身を捩りいろはから離れようとするが、いろはは全体重を俺に預けているために全く引き離すことが出来ない。無理に引き離そうものなら起こしてしまいそうだし、もう八方塞がりだ。

てか、なんでこの子こんなに軽いの?肌に触れる生々しい感触とは裏腹に、いろはは驚く程に軽い。ほんとに同じ人間なのか疑わしいレベル。普段何食ってんだろう。わたあめ?

 

「…どうしよう」

 

ほんとに困った。このまま動かないと誰かに見られた時に訴えられるし、動いたら動いたでいろはを起こしてしまっていろは本人に訴えられる。もうどっちにもいけないデッドロック状態だ。

詰んだわ、人生。今までありがとう小町。愛してるぜ…。

 

「ただいま〜って…あら?あらあら?」

 

最悪のタイミングであさきさんが帰宅してきた。リビングの扉を開けたあさきさんはニヤニヤしながら俺を見る。

ああ、おわった…。セクハラって懲役何年なのかなぁ。小町が成人するまでに出れるかしら…。

 

「ふふ、すっかり八幡くんに懐いてるわね?」

 

「…そうなんすかね」

 

「そうよ。仲良くていいわね〜」

 

あれぇ?なんか助かりそうだぞぉ?あさきさんが寛容な人でよかった…。

それに比べてうちの親父は、小町が男と添い寝してたら全力で殺しにかかるだろう。ちなみに俺も同じことをする。比企谷家の男は小町信者だからね、しょうがないね。

小町は比企谷家の最高神。異論は認めん。

 

「いろはがこんなに懐くなんて、ふふふ。八幡くんが私のことをお義母さんって呼ぶ日も近いわね」

 

「なっ……に言ってんすか…」

 

唐突な爆弾発言に言葉が跳ねてしまった。もうそれはカエルのごとく。ヒキガエルのあだ名ってこういう所から来てたのかしら。

ちょ、あさきさん?冗談のレベル高すぎません?

さすがにねえ?あさきさんをお義母さんなんてねえ?そんなことになるわけないよねえ?

まあ、万が一可能性があるとすれば、俺がうっかりいろはに惚れちゃって身の程を知らずに告白することだが、その場合は確実に振られる。もう100%振られる。そして軽蔑されて二度と話してくれないまである。さすがに嫌われすぎじゃない?

まあ、あれだ。その、つまり、そんな未来は来ないということだ。QED、証明完了。

 

「それは、まあ、どうすかね」

 

「それはないすね」とか言っちゃうとなんか失礼な気がしたので、適当に言葉を濁す。その言葉を聞いたあさきさんは、何故か先程よりもニヤニヤしてる。表情筋ゆるゆるすぎません?

 

「ふーん、否定しないのね?へぇ…」

 

…前言撤回。「それはないすね」って言えばよかった。…いや、ダメだな。そう言っても「そんなこと言って〜。照れなくていいのよ?」とか言われて何だかんだ負けちゃいそうだ。何の勝負だよ。

もうなんか、この人相手だと何言っても逆手に取られてからかわれる気がする…。もうあれだ。からかい上手のあさきさんだ。

高木さんとあさきさんって韻踏んでて微妙に似てるな。西方と比企谷も韻踏んでるし。まさか俺ってラブコメの主人公だった?こんな主人公嫌だ。

 

「そうだ。せっかくだし、ご飯食べていかない?」

 

あさきさんから大変魅力的な提案がなされるが、流石に一色家で食卓を囲むとなると俺のメンタルと心臓が持ちそうにない。

もう一色家の俺に対する攻撃力が高すぎる。俺のライフはもうゼロよ。オーバーキルまである。

 

「や、悪いんでいいすよ」

 

「食べてってくれないと、私悲しくて泣いちゃうかも…」

 

およよ…と目尻を拭う仕草をするあさきさん。

うわぁ…あざと…。やっぱいろはのあざとさはこの人由来か…。

とはいえ、いろはと比べてみるとあさきさんの方があざとさに磨きがかかってる気がする。年季が違うからかしら?あざとパワー半端ないって!

でも、八幡もあざとさ耐性は付いてるんだからね!そんなのには屈しないんだから!

 

「……や、まあ、あの………わかりました」

 

ダメだった。

いや、待ってくれ。言い訳させてくれ。流石に涙目はズルくない?そんなんされて断れる人間はいるんだろうか。いや、いない。

俺、誰に対して言い訳してるのん?

 

「ほんと〜?嬉しいわ。ご飯までまだ少し時間あるから、いろはとラブラブしてていいわよ?」

 

「いや、言い方…」

 

ラブラブって言い方初めて聞いたわ。いや別に、今もいろはとラブラブしてる訳じゃないからね?

だが今の状況を見ればそう言われても仕方ないだろう。ただラブラブしてる訳じゃない。

ほら、これはあれだから。俺はただの湯たんぽみたいなアレだから。ラブラブしてる訳じゃない、断じて。

 

「照れなくていいのよ?」

 

「…別に、照れてないです」

 

「まあ、ゆっくりしててね」

 

「はい、すんません」

 

お言葉に甘え、ゆっくりすることにする。

しばらくボーっとしていると、勉強に集中して疲れたのか、はたまた隣のいろはの温もりのせいか、緩やかな眠気が徐々に襲ってきた。

背後からあさきさんの「いいわね〜。青春ね〜」という声が聞こえてくるが、それに対してツッコム気力も湧かず、迫り来る眠気に再び身を委ねた。

 

ーーー

 

「八幡くん、いろは、起きて。ご飯できたわよ」

 

あさきさんに声をかけられ、目を覚ます。しかし、俺にピッタリとくっついているいろはは目を覚まさない。

このままいろはが起きなくても俺としてはアリなんだけど、起きなければご飯を食べることが出来ないので、いろはの体を小さく揺する。

 

「いろは、起きろ」

 

「ふぇ…?」

 

いろははゆっくりと目を開け、甘ったるい声を上げる。

え、何その可愛い声。ちょっと鼻血出そうになるからやめてくんない?

 

「…しぇんぱい?」

 

寝起きだからか、なんかちょっと幼児退行している。舌足らずな言葉が死ぬほど可愛い。しぇんぱいって言い方可愛すぎない?もう毎日言ってほしいんだけど。や、ちょ、マジで鼻血出る。

 

「……あ…」

 

いろはの意識が少しづつ覚醒していき、今の状況を把握していく。俺にピッタリとくっついている事を理解した瞬間、小さな声を上げて顔を耳まで真っ赤に染めた。

 

「まあ、なんだ。……おはよう…」

 

「…おはよう、ございます…」

 

小さな顔を両手で覆ったいろはが、ギリギリ聞こえる小さな声で言う。

なんか、いろはの反応見てたら俺まで恥ずかしくなってくる。もう死ぬほど恥ずかしい。

 

「起きた?ご飯できてるわよ。私、パパ呼んでくるから座ってて」

 

あさきさんはそう言い残し、リビングから退出する。

2人取り残された俺達は、ゆっくりと身体を離し、リビングの隣のダイニングへと移動した。

 

「…その、せんぱい。すみませんでした…」

 

隣合って席に着くと、いろはが顔を覆って俯きながら謝罪してきた。何に対する謝罪なのか一瞬分からなかったが、俺の体に寄りかかって寝てしまったことに対してだろう。

俺としてはご褒美みたいな感じだったし全然いいけど?むしろ毎日してくれ、とはさすがに言えないので、なんかいい感じに返事を濁す。

 

「いや、まあ、気にしなくていいぞ。俺も寝ちゃったし」

 

「あ、そうなんですね…。せんぱい、添い寝…しちゃいましたね?」

 

「ま、まあ…そう、だな」

 

お互いに顔を赤くする。いろはは俯き、俺は斜め上に視線を移動させた。

何これ。なんか事後みたいになってるんだけど。いや、何もしてないけど。何もは嘘。添い寝はしちゃったけど、それ以上のことはしてないから!八幡を信じて!

……よく考えたら後輩女子と添い寝って大分やばいことしてんな。弁解の余地無しだろこれ。有罪です。

 

「おや、八幡くんも食べて行くのか。賑やかでいいね」

 

リビングへと入ってきたいろはパパが嬉しそうに言う。

なんか、あれだな。歓迎されてると思うとちょっと照れるな。へへ。

いろはパパとあさきさんが席に座り、全員でいただきますと言い食事の時間がスタートする。

今日の献立はハンバーグにクリームスープ。ソースのいい香りがめちゃくちゃ腹減る。これ、手ごねハンバーグってやつかしら?美味そうすぎる。

 

「それでね、いろはったら八幡くんにピッタリくっついて…」

 

「ママ!やめてよ!」

 

食卓を囲む間も、あさきさんのからかいはブレーキを踏むことを知らない。先程の添い寝について言及され、いろはだけでなく俺も顔を染める。

てか、あさきさん?いろはパパの前でそんなこと言ったら俺殺されない?大丈夫?

娘に対する愛情は母親よりも父親の方が強いからな。あさきさんが許してもいろはパパは許さない何て事があるかもしれない。もしそうなれば俺は終わりだ。dead end。

 

「青春って感じでいいねぇ。どうだい、八幡くん。これを機に、僕のことをお義父さんって呼ぶのは…」

 

めちゃくちゃ寛容だった。

あれぇ?おかしいなぁ?俺が知ってる千葉の父親はもっと苛烈なはずなんだけどなぁ…。ソースは俺の親父。もしかして親父が異常なだけ?

 

「八幡くんは私の事お義母さんって呼ぶんだから、パパはまだダメよ!」

 

「えー?いいじゃないか」

 

「だーめ。まず私のことを呼んでもらわないと。ね?八幡くん?」

 

「うぇ?…や、まあ、ははは」

 

いろはす両親の会話を無心で聞き流していると、唐突に話を振られたので変な声を出して適当にお茶を濁す。最近変な声出すのがデフォになってない?気のせい?

ここで呼びます!なんて言ったら外堀埋められてそのまま結婚まで行きかねん。や、ほんとに。この2人の前では俺は無力だ。逆らうことは出来ないだろう。

あと、今の会話で隣のいろはが恥ずかしさのあまり死にそうになってるからもう勘弁してあげてほしい。もうやめて!いろはのライフはもうゼロよ!

 

「八幡くんは何か趣味とかあるの?」

 

いろはパパがハンバーグを口に運びながら問いかけてくる。

なんか、合コンの質問みたいだ。

合コンとなれば、いろはパパ程のイケメンなら簡単に持ち帰り出来るだろう。俺も既に一色家に持ち帰られてるし。やだ…八幡これからどうなっちゃうの?

 

「趣味は…強いていえば読書とか映画とかですかね」

 

ほんとはアニメ鑑賞なのだが、まあアニメ映画も見てるし嘘はついてない。今年のプリキュアの映画どうしようかしら。小町一緒に行ってくれないかなぁ。

 

「インテリって感じでいいね、八幡くんの静かでクールな雰囲気に合ってるよ」

 

なんか、趣味のことで褒められたの初めてな気がする。俺の見た目で趣味読書って言ったら大抵の場合「陰キャじゃん!きゃはは」とか言われるだろうが、いろはパパはそんなこと言わずにあろう事か褒めてくれた。

や、もういろはパパが良い人すぎてもう好きになっちゃいそう。性的な意味じゃなくて人間性的な意味でね。やっぱ弁護士って人間出来てんなぁ。例外はあるだろうけど。どこかの七三分けの弁護士さんとかね。

親父にも勧めようかな、弁護士。人格矯正してもらおうぜ。まあ絶対無理だけど。むしろ人格が更に歪むまであるというか弁護士になるのが無理だわ。

 

「そうだ。僕、職場の人達とよく釣りに行ってるんだけど良かったら八幡くんも行かないかい?」

 

いろはパパの職場の人って、弁護士とか秘書とかの超エリートインテリ系の人達だよね?そんな中に俺みたいな異物混じっていいの?ダメじゃない?ダメです。

 

「や、俺なんかが行ってもあれなんで」

 

「そんな事言わないでよ!職場の人にも僕の新しい息子だって紹介したいからね」

 

「ちょ!パパ!やめてってば!」

 

いろはパパの爆弾発言に、今まで鳴りを潜めてパクパクとご飯を食べていたいろはがツッコミを入れる。ナイスツッコミだ、いろは。顔が真っ赤なのはもうスルーします。

もう外堀完璧に埋めに来てない?そんな感じで紹介されたら逃げれないんだけど。じわじわと俺の逃げ場が消されている気がする。

 

唯一逃げ場があるとすれば比企谷家だ。

もし俺が一色家に貰われるとなれば両親は「え?八幡?ああ、勝手に貰っちゃってください」って言うだろうし小町は「ごみいちゃんを貰ってくれる人がいたなんて、小町感激!ぜひお願いします!」って言うだろう。あれ?唯一の逃げ場が潰れたんだけど?俺の扱い雑くない?

これが弁護士のやり方かよ…。くっ…!策士め…!

 

「まあまあ、無理にとは言わないけどね。道具も貸すからさ。どうだい?」

 

「じゃあ、とりあえず1回だけ…」

 

もう諦め、とりあえず1回という条件を付けて承諾した。ほんとに1回だけだからね!

 

「本当かい?じゃあどうだろう、早速来週とかは?」

 

「暇なんで大丈夫です」

 

むしろ暇じゃない日を探す方が難しいまである。なにそれ悲しすぎない?これが現役の男子高校生ってまじ?夢も希望もねえな。

 

「え〜!ずるいずるい!私も八幡くんと出かけたい〜!」

 

あさきさんがあざとく体を揺すりながら言う。

なんでそんなに俺と出かけたいの?俺と出かけても何も楽しくないと思うんだけど…。あれか?犬の散歩とかそれと同じ感じか?

いつの間にか俺は一色家の飼い犬になっちまったみてえだ。…あれ?飼い犬ってことは働かなくていいし1日寝てられるってことじゃね?何それ最高かよ。むしろ飼ってください。

 

「そ、それなら私だって!せんぱいと……で、出かけ…たい……です…」

 

両親に対抗するように、いろはも声を上げた。最後の方は小さくなりすぎてなんて言ってるかよく分からなかったけど。

どこに対抗心燃やしてんの?「やだやだ!犬の散歩は私が行くの!」みたいなあれ?

 

「あら、いろははこの前八幡くんとお出かけしたじゃない。今度はママの番よ」

 

「む〜」

 

あさきさんの言葉に、いろはは頬っぺを膨らませて唸る。相変わらずその仕草可愛すぎない?なんなの?リスなの?

てか、いつの間にか出かけるの確定になってない?おかしいな、俺承諾してないはずなんだけどなぁ。八幡の意思は無視ですかそうですか…。

 

「まあ、あさきさんとは…また今度って事で…」

 

「言ったわね?誘うからね!?断らないでね!?」

 

「あ、うす」

 

めちゃくちゃ圧力をかけられた。そんなに圧かけないでよ。もう断れないよぅ…ふえぇ…。

 

「八幡くん、ママのこと名前で呼んでるの?」

 

いろはパパが落ち着いた声音で言う。

ダメだったか?もしかしてあれか?娘は許すけど妻を誑かすのは許さねえぞ!って事?いや別に誑かしてないんだけど。誤解です!むしろ俺が誑かされてます!

 

「まあ、はい」

 

「じゃあ僕のことも名前で呼んでよ。詠さんって」

 

全然違った。ただ名前で呼んで欲しい人だった。

とはいえ、あさきさんに比べいろはパパは男性だ。名前で呼ぶことにほとんど抵抗はない。や、多少はあるけどね。けどなんかもう、慣れたわ。はは。

 

「わかりました。じゃあ、詠さんって呼びますね」

 

「ありがとう。あ、八幡くんならいつでもお義父さんって呼んでいいからね?」

 

どんだけお義父さんって呼ばれたいんだよこの人は…。そんなに息子が欲しいならもう1人……これ以上はセクハラになるんでやめときます。まだ捕まりたくないもん…!

 

ーーー

 

一色家での食事を終え、帰路に着こうと勉強道具をカバンにしまっていく。

あの後も詠さんとあさきさんに散々からかわれて、もう俺といろはのライフはマイナスになってしまった。早く帰って小町パワーを吸収しなければ俺は死ぬ。死んじゃうのかよ。弱すぎない?

 

「あら、八幡くん。帰っちゃうの?」

 

「まあ、もういい時間なんで」

 

時刻は既に20時を回っている。さすがにこれ以上の時間居座るのは迷惑になりかねない。退散しなければ。

 

「泊まっていけばいいのに〜」

 

何を言ってるんだこの人は。

泊まる?俺が?いろはの家に?ダメに決まってるだろ。何かあったらどうすんだ。いや、俺は何もしないけどね?俺が何かされる可能性はあると思います。

 

「や、それは流石に」

 

「え〜?いいのに。ねえ、いろは?」

 

「ふぇ!?だ、だめ!」

 

いろはにめっちゃ拒否られた。や、まあ知ってたけど。俺もいろはの立場ならこんな変な男が泊まるなんて絶対無理だし。もしこんなのが泊まろうものなら1人で満喫に行くまである。

 

「あら、照れちゃって」

 

「ちがうもん!」

 

わーわーと母娘の喧嘩が始まる。ちなみにあさきさんが優勢だ。というかいろはが勝ってるの見たことない。もう力関係が完璧に格付けされてる。ちなみに俺はいろはにすら勝てない。最弱かな?

 

「まあ、そういうことなんで」

 

「そう…。寂しい…」

 

ほんとに寂しそうにしながら、あさきさんがぼそっと呟く。

そういうことされるとうっかり泊まっていきそうになるからやめてくれません?

まあ泊まらないけど。

 

「じゃあいろは。送ってあげなさい」

 

「はーい」

 

いろはと主に玄関へと行き、靴を履く。

 

「せんぱい、家まで送ってあげましょうか?」

 

「1人でいい」

 

「でも、外暗いし。危ないですよ?」

 

え、なに、俺って女の子だと思われてる?こんな見た目の男襲う物好きなんていねえから。大丈夫だから。

 

「ばか。お前それだと俺ん家来たあとお前が1人で帰ることになるじゃねえか」

 

それは流石にダメです。

それを回避するには、俺が家からいろはを家まで送り、またいろはが俺を家まで送り…という無限ループになってしまう。シャトルランじゃないんだからさ。

 

「な、なんですかそれ。か弱い女の子に1人で夜道は歩かせないアピールですか?すっごいキュンってきましたしめちゃくちゃカッコよかったですけどまだ心の準備できてないのでもう少し待ってくださいごめんなさい」

 

「…あ、はい」

 

早口いろはす。

なんか途中褒められた気がしたけど結局振られちゃった。とほほ。

俺は何回この子に振られればいいんですかね?

 

「じゃ、またな」

 

「はい!いつでも遊びに来てくださいね」

 

「…考えとく」

 

いろはが元気に手を振ってくるので、俺はそれに小さく手を挙げて答える。

玄関から外に出ると、既に外は真っ暗だ。街灯が照らす道をとてとてと1人歩き、愛する小町が待つ家へと向かった。

 




感想評価いつもありがとうございます!
これからもよろしくお願いします


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13話 やはり、一色いろはの可愛さは留まるところを知らない

仕事の関係でめちゃくちゃ遅くなり申した…申し訳ない。
今後も少しペース遅れそうです。許してください


 

平日の朝。

いつも通りに学校に登校して、いつものようにクラスの女の子たちと下らない話をする。

だけど、目の前で繰り広げられる女子中学生特有の中身のない会話は一切頭に入ってこない。

今、私の頭の中を埋め尽くしているのはせんぱいだ。

それもこれも全部土曜日のせいだ。

土曜日のことを思い出すだけで恥ずかしくて恥ずかしくて死んじゃいそうになる。

まだ付き合ってもないのに添い寝なんて、せんぱいちょっとデリカシーなさすぎじゃないですか?

そういうのはもっと段階を踏んでからにしてもらわないと。こっちにも心の準備とかいろいろあるんですからね。

まったくもう。せんぱいは今度会ったらお仕置きです。

や、まあ、先に寝ちゃったのは私なんだけど…。

もっと言えば、私はせんぱいに自ら寄りかかったわけで…。

なんなら、その前にはナデナデを要求したわけで…。

思い出せば思い出すほど恥ずかしい。あの後ママとパパにも散々いじられたし。

ママには「いつ結婚するの?」って聞かれて、パパには「早く孫の顔が見たい」とか言われた。

もうそれは二人して心から楽しそうにニヤニヤしながら。

二人して娘で遊びすぎじゃない?もう私のライフはゼロだよ…。

 

それにしても。せんぱいとの勉強会楽しかったなあ。せんぱい、意外と勉強教えるの上手いし。

やっぱり、腐っても総武高生ってことなのかな。腐ってもとか言っちゃった。

パパとママにいじられっぱなしだったけど、一緒にご飯も食べれたし。

また家に呼んだら来てくれるかな?まあ、勉強教えてください!ってあざとく言えば大丈夫か。

せんぱいちょろいし。あ、そうだ。今度は私の部屋で勉強しよう。

リビングだとパパとママが邪魔してくるけど、私の部屋なら鍵あるから邪魔されない!うん、次はそうしよう!

 

「いろはちゃん?どうしたの?」

 

「うぇ!?あ、なんでもないよ!」

 

上の空だったのがばれてしまったらしく、隣に座る子(名前は由香ちゃん)に不意に声をかけられて思わず変な声を上げてしまう。

せんぱいみたいな声を出してしまった。不覚と言わざるを得ない。

この言い方、せんぱいにちょっと失礼かな?まあいいか、せんぱいだし。

 

「ふ~ん?」

 

「な、なに?」

 

私の正面にいる子(名前は咲那)が、ニヤニヤしながらこちらをジト目でにらんでくる。

え、なに?もしかして私の声そんなに変だった?

いや、違うの。今のはせんぱいの真似しただけだから!つまり変なのは私の声じゃなくてせんぱいの声だから!

私が自らの不覚の責任をせんぱいに擦り付けていると、咲那が思いもよらない言葉を発した。

 

「いろはちゃん、もしかして好きな人できた?」

 

「うぇ!?」

 

なんでそうなったの?びっくりしてまたせんぱいみたいな声出しちゃった。

なんで急にそんなこと言い出したの?私に好きな人なんか…。

……。

え!?なんで!?なんで今せんぱいの顔が思い浮かんだの!?

違うから!今のはあれ!せんぱいの目が死にすぎててきもちわるくて思い出しちゃっただけだから!

断じて好きとかじゃないもん!

 

「いないよ~!急にどうしたの?」

 

なんとか平静を装い返事をしたものの、咲那の疑いの目つきは晴れないどころかむしろ

鋭さを増している。何なら由香もジト目でこっちを見てるし。なんか急に尋問みたいな雰囲気になった。

 

「ダウト!絶対噓!」

 

「ええ!?」

 

噓扱いされてしまった。なんで?

 

「さっきのいろはちゃんは恋する乙女の顔をしてた!私の眼はごまかせないよ!」

 

「ね~!好きな人のこと考えてる顔してたよね!」

 

「そんなことない!」

 

「いいから白状したまえ。楽になるぞ?」

 

なんか咲那が歴戦の刑事みたいになってるけど、推理は全然外れている。

だって、本当に好きな人のことなんか考えてなかったし。ただ、さっきはせんぱいのこと考えて…。

あれ?…え、まって、噓だ。いやいやいや、絶対違うもん。

 

「ちょ、ちょっとトイレ!」

 

顔が熱く火照ってきたのを感じ取った私は、素早く席を立ち早歩きで廊下へと向かう。

背後から聞えてくる「図星か…」「こらー!逃げるな~!」という二人の声には耳を貸さず、一目散に女子トイレに逃げ込む。

個室に入り、鍵を閉める。洋式の便座の上に座り込んで、両手で火照る顔を覆って深いため息をついた。

 

「うぅ~」

 

小さな唸り声を上げながら、必死で顔の火照りを抑えようとするが、

抑えようと意識すればするほどに、何故かせんぱいの顔が頭に浮かんできてさらに火照りは増していく。

 

「なにこれなにこれなにこれ…」

 

せんぱいを脳内から必死に追い出そうとするが、せんぱいはいつも通りの死んだ目をしたまま

図々しく私の中に居座る。

はやくどっか行ってください!しっし!

まるで犬にするかのように心の中でせんぱいをあしらうけれど、一向にいなくなる気配がない。

むしろいなくなるどころか、『え、なに、俺って犬なの?最低限人として扱ってくんない?』とか言ってる。

普段はめんどくさそうにしてるくせに、なんでこういう時だけしつこいんですか!

 

「う~」

 

子犬のような小さな唸り声は、両掌と顔の間にある小さなスペースに消えていく。

結局、火照りを完全に抑える前に予冷が鳴ってしまい、渋々教室に戻る。教室に戻ると既に私以外のクラスメイトは席についており、先生が来るのを待っていた。

席に着くと、咲那と由香がニヤニヤしながら私を見ているのに気付いた。腹立つ顔してるけど、心の底から楽しそうなので憎むに憎めない。

その後、HRが終わり授業がスタートしたが、もう一切合切何もかも微塵も欠片も1%も頭に入ってこない。

来月テストあるのに、これは大変まずいです。ああ、もう。どれもこれも全部せんぱいのせいだ。

 

ーーー

 

そのあとの休み時間、性悪な二人に散々いじられた。そのせいで、放課後を迎えるころには私の体力は底をついていた。

部活に行く気力なんてない。行きたくない理由は体力だけじゃなく、もうひとつあるけれど…大会を来週末に控えた今3年生の私が休むわけにもいかない。

更衣室でジャージに着替え、重い体に鞭打ってグラウンドへと向かうと、既にグラウンドには部員のほとんどが集まっていた。そこには櫻井くんもいて、私の方を見た瞬間微笑みながら会釈をしてきた。

結構強めに振ったのに、意外と普通の反応だ。もっと変な反応してくると思ってたばかりに、少し拍子抜けだ。

 

顧問に一言挨拶をし、普段通りマネージャーとしての仕事をこなして行く。スポドリを作ったり、ビブスを配ったり。

仕事に集中していると時間が過ぎるのは早く、すぐに部活終了の時間になった。

顧問が笛を吹き、部員たちを集めてショートミーティングを行う。顧問の言葉を適当に聞き流しながらぼーっとする。

そういえば、せんぱいも結構ぼーっとしてる事多いよね。何考えてるんだろう?…多分、くだらないこと考えてるんだろうなぁ。

……あれ、また私…せんぱいのこと考えて………。

なんで、すぐにせんぱいのことを考えてしまうんだろう。

なんというか、せんぱいという存在が私の中に居座って居なくなってくれない。まだ出会って2ヶ月くらいなのに、既に無視できないほど私の中でのせんぱいの存在はとても大きくなっている。

一昨日会ったばかりなのに、もう既に会いたいと思ってしまっている。

何なんだろう、この気持ちは。

考えても分からない。

いつかわかる日が来るのかな。

今は分からないけど、私はこの気持ちを大切にしたい。

 

「じゃあ、解散。ちゃんと休めよ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

顧問と部員たちの声で、現実に引き戻される。

どうやら、ショートミーティングが終わり解散となったみたいだ。私も部員たちに「おつかれ」と挨拶をし、制服に着替えるため更衣室へと向かう。

男子は部室で着替えるけど、女子更衣室は校舎内にしかないから一々中に戻らないといけない。ちょっと面倒臭いけど、まあしょうがない。

更衣室で着替えを済ませ、早歩きで昇降口へと向かう。靴を履き替えようと下駄箱を開けると、不意に横から声をかけられた。

 

「あの…」

 

「え?」

 

振り向いた視線の先には、見に覚えのない1人の男子生徒が立っていた。

上靴の色を見るに、同じ学年ではない。あの色は確か…2年生の色だったはず。

 

「一色先輩…ですよね?」

 

「あ、うん。そうだけど…えっと…」

 

誰?とは流石に言えない。私が忘れているだけで、もしかしたら知り合いの可能性もある。

……いや、流石に知り合いじゃない。サッカー部以外の後輩男子なんて一切関わったことないし。

 

「あ、急にすみません。僕2年の須藤です」

 

ほんとに知らない人だった。

え、急に何?何か用なの?

 

「ん、どうかしたの?」

 

「あ、一色先輩って、櫻井って知ってますよね?俺と同じクラスなんですけど」

 

知ってるも何も、同じ部活だし。この前思いっきり振ったばっかりだし。

どうやら、この須藤くんは櫻井くんのクラスメイトらしい。何か話があるとすれば、櫻井くん関連だろうか。

 

「櫻井くんがどうかしたの?」

 

「なんか櫻井が一色先輩と付き合ってるって聞いたんですけど、本当なんですか?」

 

「はぁ!?」

 

あまりの爆弾発言に、私は思わずキャラに合わない大声を出してしまう。普段のあざとキャラを崩してしまうほど、今の言葉は衝撃的だった。

え、本当に意味がわからない。なんで私と櫻井くんが付き合ってるなんて話になってるの?この前「無理」ってメッセージ送ったばっかなのに。

 

「え、付き合ってないよ?」

 

「え、そうなんですか?」

 

「うん。…なんでそんな噂流れてるの?櫻井くんが言ってたの?」

 

そんな噂を流す人間がいるとすれば、櫻井くんしかいない。勝手に疑うのは少し申し訳ない気もするけど、それ以外に考えられない。

 

「いや、櫻井本人は何も言ってないですよ。ただ、今日学校に来たらそんな話を耳にしたので」

 

え…?櫻井くんが言ったんじゃないの?……じゃあ、誰が?

櫻井くんが噂を流したなら、まあ、百歩譲ってわかる。振られた腹いせに…みたいな感じだろう。

櫻井くんじゃない人間がそんな噂を流すなんて、なんのメリットがあるの?

 

「じゃあ、付き合ってないってことでいいんですね」

 

当たり前だ。付き合ってるわけない。

とはいえ、このままこの噂が流れるのはちょっと嫌だ。嘘だとしても櫻井くんと付き合ってるだなんて言われたくない。

うーん…どうしようかな…。

あ、そうだ!せんぱいと付き合ってるって話、言っちゃえばいいんだ!

元々、櫻井くんを諦めさせるための嘘だったけど、この際丁度いいや。私が彼氏持ちってことにすれば今後変な虫が寄ってくるのを防げるかもしれないし!

うん、そうしよう!私って天才じゃない?

 

「うん、付き合ってないよ。てか私、他に彼氏いるから!」

 

「…え、彼氏いるんですか?」

 

私の言葉を聞いた瞬間、須藤くんが驚いた声を上げる。

え、そんなに意外?私くらい可愛かったら彼氏の1人や2人いて当然じゃない?…自分で可愛いって言っちゃった。あと、実際は彼氏いないんだけどね。

 

「うん、いるよ。他校だけどね」

 

他校というか高校生だけど、まあそこは言う必要ないよね。

 

「あ、もしかして、この前駅前でデートしてた人ですか?」

 

え………。

 

「…なんで知ってるの?」

 

「え、あ!すみません!櫻井がそんなこと言ってたんで!なんか「いろは先輩、彼氏いんのかな。男と手繋いで歩いてたんだよね」って俺に愚痴ってきてたんで!」

 

「ああ、そういうこと…」

 

…そんなことも言いふらしてんの…?めんどくさい男だなぁ。まあ、いいや。

 

「まあ、そういう訳だから。噂なんか信じちゃダメだよ?」

 

あざとく首を傾げながら言うと、須藤くんは自嘲気味に笑いながら言う。

 

「あー、すみません。本当かどうか気になっちゃって。引き止めてすみませんでした」

 

「ううん、大丈夫だよ。じゃ、私帰るから」

 

「はい」

 

須藤くんに別れを告げ、靴を履き替えて昇降口から外へ出ると、空は既に夕焼けに染まっていた。

変な噂が流れてたのはビックリしたけど、所詮噂だし別に気にしなくていいかな。

それより…櫻井くん以外の人にせんぱいと付き合ってるって言っちゃった…。な、なんか今になってちょっと恥ずかしくなってきたんだけど…。

これ、この話広まったら絶対写真見せてって言われるよね…。一応ツーショット撮ったけど、本当に使うことになるとは思わなかった。

あの時はただ、なんていうか、櫻井くんを口実に記念に撮っただけだし…。

カバンからスマホを取りだし、ロックを解除してホーム画面を開く。ホーム画面の待ち受けは、せんぱいとのツーショットだ。

私はいつも通り可愛く撮れているが、せんぱいはなんか…どこ見てるの?これ。なんか明後日の方向いてる。

 

「…見せたら変な顔って馬鹿にされそうだなぁ」

 

私は少し笑いながら呟き、スマホを仕舞う。

まあ、せんぱいの良さは私だけが知ってればいいかな。

 

「帰ったらせんぱいに電話してみよっと」

 

せんぱいとの電話を想像して、少しテンションが上がる。学校で疲れた体も、今なら軽く感じる。

急に電話したら、せんぱい絶対ビックリするよね。

うーん、楽しみだ。

 

ーーー

 

「あん?」

 

部屋でラノベを読みながらグダグダ寛いでいると、不意にスマホが震える。断続的にブルブルと震えているので、アプリの通知ではなく着信のようだ。

誰だ?俺に電話をかけてくる人間なんて…あ、1人居たわ。最近できたわ、うん。

スマホを手に取り画面を見ると、そこには予想通りいろはの名前があった。

えー、急に何かしら。急にかけられると緊張しちゃうから事前になんか言ってほしいわね。全くもう、最近の子は…。

とか言いつつ……。

 

「もしもし?」

 

ちゃんと出るんですけどね。や、だって無視したら可哀想だし。というか出るまで電話かけてきそうだし。

 

『あ、せんぱい!今何してました?』

 

明るく可愛らしいいろはの声が耳に響く。

おおん…なんていうんだろう…。実際に会って話すのと、電話越しに話すのとじゃ何か違うな。

なんていうんだろうか。ほら、あれだよあれ。耳に直接声が届く感じが…なんかいいね、うん。

 

「別に何もしてないぞ。本読んでた」

 

『そうなんですね。まあ、せんぱい暇そうですもんね』

 

なにそれどういう意味?遠回しに俺に友達がいないことディスってんの?

あんまり俺を舐めるなよ。高校に入学した比企谷八幡は、友達のひとりやふたり……。

……。

あれ?よく考えたら出来てなくね?というか友達どころか話し相手も居なくね?中学時代から一切進歩してなかった。

 

「ほっとけ。で、なんの用?」

 

『せんぱいの声が聞きたくなったんです…。だめですか?』

 

「ぐふぅ…」

 

その不意打ちあざとさはずるいだろ…。思わず吐血して死んじゃうところだった。死ぬのかよ。なんか最近の俺すぐ死にすぎじゃない?

なんか日に日にいろはに対する耐性が低くなってる気がする。いろはキラーLを獲得するって話はどこに行っちゃったの?

 

『え?なんですか今の変な声』

 

俺のうめき声が聞こえてしまっていたらしい。恥ずかしすぎる。

 

「や、なんでもない。ただダメージ受けただけだ」

 

『…ダメージ?』

 

電話越しにこんなこと言われたら、いろはからしたら「何言ってんだこいつ。気持ち悪すぎだろ死ねよ」って感じだろうな。ちょっと言い過ぎじゃない?泣いちゃうわよ?

 

「や、ホントなんでもないから。大丈夫」

 

『ならいいんですけど。もしかして、電話したの迷惑でした?』

 

「全然迷惑じゃないぞ。むしろ嬉しかったまである」

 

なんかテンション変になってめっちゃ恥ずかしいこと言っちゃった。こんなん言ったら気持ち悪がられちゃうよぉ…ふえぇ…

 

『あ、そうなんですね…えへへ…」

 

…あれ?おかしいな?なんかむしろ喜んでない?

何この子、ちょっと可愛いがすぎませんかね…。

 

「もう学校終わったのか?」

 

『はい、今日も頑張ったので褒めてください!』

 

「そうか。えらいぞ」

 

俺がいろはの要望通り褒めるが、何故かそれに対する反応がない。

なんで?声がキモすぎた?

 

『せんぱいって、ほんとずるいですよね』

 

「なにがだよ」

 

何がずるいの?まあ確かに、狡くて性格悪い自覚はあるが…。それ1番あったらダメな自覚じゃない?大丈夫?俺。

 

『あ、そうだ。せんぱいにひとつ報告があるんですよ!』

 

「報告?」

 

報告されるような事あったか?遂に起訴しました!とかか?何それ泣いちゃう。

 

『今日、せんぱいと付き合ってるって学校で言っちゃいましたー!』

 

「え、まじ?」

 

『はい、まじです!』

 

えぇ…何しちゃってんのこの子…。や、確かに付き合ってる設定にするって言ったけど、それってサッカー部の後輩の…なんだっけ。あの、あれだよ。さ…酒井?とかなんとかを断る口実って話じゃなかったっけ?

 

「それ、大丈夫か?俺なんかと付き合ってるなんか言ったらいろはの立場が…」

 

『いいんです!!せんぱいはそんなの気にしないでください!』

 

「お、おう…そうか…」

 

いろはの迫真の様子に、何も言えなくなる八幡。圧力に負けてしまった…!くっ…!

まあ、いろはが気にしないって言うなら俺がいちいち口出すことじゃないしな。

 

『それで、もう1つ報告です!私、せんぱいとのツーショットホーム画面に設定しちゃいました〜!てへ!』

 

「え、まじで?」

 

『はい、まじです!』

 

俺としてはそっちの方が驚愕なんだけど…。え、それ他の人に見られたらまずくない?特にほら、一色ファミリーとか。死ぬほどいじられるぞ、大丈夫か?

 

『そ、れ、で〜』

 

先程よりも更に甘い声を出すいろは。

なんか嫌な予感がしますね…。

 

『せんぱいも、ホーム画面に設定してほしいな〜』

 

嫌な予感的中。八幡の嫌な予感は6割当たる。確率微妙すぎだろ。

や、設定するも何も…既に設定済みなんですが…とは流石に恥ずかしすぎて言えないので適当に誤魔化すことにする。

 

「あー、まあ、いいぞ」

 

『え、いいんですか!?』

 

めっちゃ大声。耳にキンキン響くからやめてね?

 

「お、おう。そんな驚くことか?」

 

『絶対断られると思ってました。…えへへ、おそろいですね。うれしいなぁ…』

 

「かわ……お、おう。そうか…」

 

あっぶねぇ。思わず「可愛すぎだろ。結婚してくれ」って言いそうになっちまった。何とか耐えれてよかった…。

 

『じゃあ私、ご飯食べるんで電話切りますね!またお家遊びに来てくださいね!』

 

「おう、またな」

 

そう言い、電話を切る。

スマホをベッドの上に放り投げ、フゥと一息つく。

…なんだろう、もうなんか、いろはが可愛すぎてもう、あれだ。

心臓が疲れた。

……うん、今日は寝よう。



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