めっちゃ強いレミリアたんになった転生者が自分を捨てたお父様をぶん殴る話 (あやさよが万病に効くと思ってる人)
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めっちゃ音痴なセプテット


 七つの大罪見てたら魔が差したんや…許してくれ。




 

 

 

「こいつにスカーレット家を名乗る資格はない」

 

 

 

 その言葉は少なくとも我が子に向けるそれではなかった。まるで汚いものを見るかのようなその視線は、侮蔑の色に満ちている。そしてそれに反発する者もこの空間には居なかった。そもそもその男に逆らうことができないからだ。が、男がそう言うのも無理はないと周囲の者は思った。

 

「我々スカーレット家は高潔な吸血鬼一族。そんな我々の一族からこんな奴が産まれるなどあってはならない」

 

 そう、男は吸血鬼だ。人間はおろか、そこらの人外よりも遥かに強い力を持つ種族。吸血鬼はそういった力をステータスとし、常に種族の上に立つことを至上としてきた。故にプライドも高い。

 スカーレット家はそんな吸血鬼一族の中でも特別力が強く、代々吸血鬼のエリートとしてその名を轟かせてきた。スカーレット。その名を聞けば吸血鬼の中で恐れぬものはいないと言うほどに。

 

 そしてそんなスカーレット家に今一つの命が生まれた。男はそれを聞いて嬉々として我が子の顔を見に行ったのだが、その赤子には致命的な点が存在した。

 

「羽の無い吸血鬼など我らがスカーレットに相応しいと思えるはずが無い!」

 

 その吸血鬼には羽が無かった。

 そもそも、吸血鬼にとって羽とは無くてはならない存在であり、羽の大きさが力や格に直結するとまで言われているほどだ。事実、目の前の当主である男の羽は自身の身の丈以上の大きさがある。

 寧ろ、羽の無い吸血鬼が産まれること自体が異常であり、今までそんな前例は存在しなかった。どんなに弱い吸血鬼であっても、小さな羽がその身に根付いているはずである。そんな羽が無い。それは吸血鬼にとって両手がないのと変わらなかった。

 

「羽が無い吸血鬼など、人間と大差ない。それに、こいつからは魔力が微塵たりとも感じられない。本当に私の血を継いでいるのか」

 

「…血を調べてみたところ、間違いなく御当主様の子供で間違いありません。…信じられませんが」

 

「もう良い、そいつは遠くに捨ててこい。今は陽の光も出ているだろう。人気のないところで焼き殺せ」

 

 吸血鬼は強力な力を持つ反面、弱点も多く存在する。その中でも代表的なものが陽の光だ。吸血鬼は陽光の下に晒されれば、その身はたちまち灰と化してしまう体質を持つ。

 自らの血統の繁栄を何よりも望む彼にとって、羽も力も無い吸血鬼など何の価値も無かった。寧ろ自らの一族に致命的な汚点を作りかねない。血統を何よりも重んじる吸血鬼貴族にとって、それは許し難いことだった。

 

「殺した証としてこいつの灰を持ってこい。こんな奴が生きていると知られれば我が家の名に泥を塗られるからな」

 

「…かしこまりました」

 

 

 男の従者である初老の男性は、一礼をして赤子を持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…申し訳ありません、お嬢様」

 

 日傘を差しながら歩く従者はその赤子を抱き込みながら、悔いるように言葉を漏らした。

 

「…紅魔館に貴方様のことを快く思っている者は私と奥様くらいでしょうな。私は御当主様に忠誠を捧げた身、私にはどうすることもできません。…ですが、私は貴方様に生きて欲しい」

 

 日の当たらない木陰にその赤子を置く。赤子は信じられないほど大人しかった。わめき声ひとつ出さない。死んでしまったのではと勘違いしてしまう程だ。

 

「きっと我が子を捨て置いたことを知られれば奥様は悲しまれるでしょうな…」

 

 ただじっとこちらを見てくる黒髪の赤子を初老の従者は優しくその顔を撫でる。

 

 

「どうか強く生きてください。――レミリアお嬢様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた瞬間に忌子認定されたんだが?

 そんでもって捨てられたんだが??

 

 

 ちょーっと、ちょっとちょっとちょっと!?それはあんまりなんじゃ無いの!?私赤子だよ!? A・KA・GO!

 こんなか弱いどころか、ニフラムで消えそうな存在を野っ原に捨てるとか頭蓮根なんじゃ無いの??あの偉そうなオッサンの頭、スライスして煮物にしてやろうかこんちくしょうが!

 

 ……ふぅ、とにかく餅つこうじゃない、落ち着こう。現状を嘆いてもどうにもならない。己が生まれ変わってしまったなんてことについては最早どうでも良い。どうせ何にも覚えてないし。わかることといえば精々日本語とか算数とか向こうの娯楽とかの基礎知識があるくらいだ。前世で何をしてたとか、どうやって生きていたとか、そもそも男なのか女なのかすら分からない。なので考えるだけ無駄なのだ。

 そもそもあやつらが言ってた言葉すらわからなかったからな。あの、すみません。日本語で話していただけませんか?

 

 それよりも目先の問題であるどうやって生活するかを考えなければならない。というか、私まだ赤ん坊だから手足もろくに動かせないのだが!?ふむ、これは考えるまでも無く詰みなのでは?

 

 …やだやだやだぁ!死にたくなーい!どうせ死ぬなら美味しいものいっぱい食べて幸せ満点の中で安楽死したいー!こんな生まれ変わり最速死亡RTAなんてやりたく無いやい!

 

 

 いやぁーーーっ!死にたくなぁーーーい!!

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、助かったんですけどね。

 

 いやぁ、間一髪。高齢夫婦の方が通りかかってなかったら死んでいたところだったぜ。私は巻かれていた布に書かれていた「レミリア」の名前で、大切に育てられたのだ!

 あの熟年夫婦には本当にお世話になった。今はもう天寿を全うしてしまったが、あの2人から私生活や、この世界の常識やらの全てを叩き込んでもらった。おかげで今じゃ外国語もペラペラだぜ!

 今の私の姿は10歳くらいの少女と言ったところだ。黒絵具で塗りたくったような艶のある黒の髪と瞳、そして整った美しい顔。やだ、我ながら惚れそう。まぁ、その実、BBAも良いところなとんでもない年齢なわけだが…。

 

 実のところ私が捨てられてから結構な月日が経っている。具体的に言うと何回か文明が変革するくらいには月日が経った。お陰で、今の私は結構な経験をした。魔女狩りとかマジで洒落にならなかったからな…。人間の悪意がふんだんに撒かれたギロチンor絞首のハッピーセットだったわ。危うく閻魔大王のお世話になるところだった。

 何より驚いたのは私が人間ではなかったと言うことだ。まさか人外だったとは…。どうりで歳を取らないわけである。

 

 そんな世界にうんざりした私は、とある世界に逃げ込み、現在では人里の洋菓子屋でアルバイトをしている。前世の知識と、400年以上の人生経験で磨かれた我が菓子技術はかなり村の人に好評だ。まぁ、食べ物の執着なら誰にも負けない自信があるからな!きっと前世でも菓子作りが好きだったのだろう!

 

 っと、今日も今日とてお客さんが来たようだなぁ。ふふ、さぁ、我が菓子を受け取って有り金を落としていくが良い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔する。開いてるかな?」

 

「はい、開いてますよー…あ、慧音先生じゃないですか。お買い物ですか?」

 

「おはよう、レミリア。この前買った洋菓子を妹紅が気に入ってな。また買おうかと思って」

 

「そういうことなら、すぐに用意しますね!」

 

「よろしく頼む」

 

 そう言って店の奥に商品を用意しに行き、すぐに戻ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう、代金だ」

 

「…はい、確かに受けとりました。あ、中に一つだけハバネロスペシャルDXをおまけでつけといたので、ロシアンルーレット感覚で楽しんでください」

 

「楽しめないが?」

 

「え、妹紅さん好きそうかなーって…、辛そうな見た目してますし」

 

「辛そうな見た目って何だ?というか、前もシュークリームにワサビを盛っただろう?妹紅は辛いものが苦手なんだ、あまりそういうのは…」

 

「でも、もこたんの悶える顔、見たいでしょ?」

 

「それは、うむぅ…、まぁ………見たくないことも…」

 

「ほらほらぁ〜、このむっつりさんが。スケベッ」

 

「ふんっ!!」

「ズツキィッ!!?」

 

 慧音の頭突きを喰らい、悶えるレミリア。相当痛かったのか、涙目になっている。

 

「痛いよー、助けててんちょー」

 

「今は店長は留守だろう?まったくそういうところはいつまで経っても変わらないのだから…」

 

「仕方ないです佐賀だ。間違えた性だ」

 

 

 

 

「…レミリア。どうだ、ここ最近は」

 

「え、どうしたんですか急に。…はっ、もしかして、なにかと話題を振りたがる厄介な買い物おばちゃんごっこですか?そう言ってくれれば付き合うのに〜」

 

 スッ…

 

「すみませんでしたやめてくださいしんでしまいます」

 

「…それで、どうだ。何か変わったこととかは無いか?」

 

「いやぁ、特にそう言うのはないですね。いつも通り、お客さんが来て、時々食い逃げがあって、それを慧音さんが頭突きで成敗して、最後に「つぎ食い逃げしたらケツの穴から腕突っ込んで奥歯ガタガタ言わせちゃるけん」って言って里の犯罪者を戦々恐々させているくらいですねぇ」

 

「ああ、そんなことは言ってないな。お前は私のことを何だと思っているんだ?」

 

「パキケファロサウルス」

 

 スッ…

 

「ゴメンナサイ」

 

「……最近、この人里の周辺で見たことのない妖怪が多数目撃されている。もしかすれば多数の新参が入ってきたのかもしれない」

 

「見たことのない妖怪?」

 

「ああ、夜にしか目撃例が無いのだが、見た目は洋風な格好をしているというものが多かった」

 

「昼には見かけないんですか?」

 

「それが、日が昇るとばったりと姿を消してしまうんだ」

 

「何ですかそれ〜、吸血鬼みたいですね」

 

「ああ、というより十中八九それだろう。事実、人里周辺では血が抜けきった遺体が何体か見つかっている」

 

「………まじ?」

 

「マジだ。だからレミリアも夜は外に出ないようにな」

 

「出ない出ない!絶対出ない!!」

 

「…まぁ、そうだろな。お前は妖怪だが恐ろしいほど力がないからな。寿命以外は人と何ら変わらん」

 

「弱い奴は大人しく引っ込んどくんですー」

 

「そうしておいてくれ。さて、私はこれで失礼する。何か気になったことがあったら尋ねてくれ」

 

 

 

 

「はーい!まいどありー!あ、言い忘れてましたけど、さっき話してた時に頬に小じわついてましたよー! あ、すみません!間違えました!髪の毛!髪の毛です!断じてしわではありません!シワではないので、頭突きは、頭突きだけは!1日2回とか薬じゃないんだから、あ、ちょ……ぎょえッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ちくせう…あの人自分の頭がどれほどの凶器なのか理解してないでしょ…」

 

 人々が行き交う中、レミリアは足りなくなった材料を買い出しに、炎天下を歩いて目的地の店へと向かっていた。

 

「にしても暑いな〜今日は。またチルノちゃんでも探しに行こうかな。スイーツで釣ったらすぐ来ると思うし」

 

「おっ、レミリア嬢ちゃんじゃねーか!」

 

「あ、八百屋のおじさん、こんにちわー」

 

「買い出しか?」

 

「そーですよー。アルバイトがヘマして、材料が大半お釈迦になったから魔王てんちょーに買い出しを命じられた哀れな一般歩兵レミリアたんですよー」

 

「はは、そいつは気の毒に。なんか買っていくか?まけるぜ」

 

「今度店きた時に出される菓子が牛蒡千万とかになりたいんだったら良いですよ」

 

「そいつぁ遠慮したい」

 

 八百屋の店主はレミリアが里に来たばかりの時から何かと世話になっている人物だ。レミリア自身も恩を感じている人物でもある。ちなみにレミリアは野菜が苦手である。

 

「そういえば、最近なんか物騒らしいよね」

 

「ん、ああ、血抜き事件のことか?なんでも血を吸う化け物が最近この幻想郷に大量に入ってきたらしいからな…。博麗の巫女様が何とかしてくれるだろうが、俺にゃ嫌な予感がしてならねぇぜ」

 

「幻想郷のシステムも偶にいい加減なところがあるからね。今回みたいにぼこすか新参者入れたりとかさ」

 

「違いねぇ」

 

「そーいえばさ、ここの里にいる人たちはあんまり妖怪のこと好きじゃないんでしょ?」

 

「…あー、そうだな。一応、妖怪>人間 って構図ができちまってるからな」

 

「の、割には私のことはみんなすんなり受け入れたよね」

 

「そりゃ、嬢ちゃんだからな」

 

「理由になってないよ〜」

 

「嬢ちゃんは人畜無害が人の形になったみたいな奴だからな。妖怪って言われてもすんなり受け入れられた。なにせ、チルノはおろか、里の兵士にさえ腕っぷしで負けるんだ。仮に嬢ちゃんが暴れたとしても子供の癇癪程度だろうよ」

 

「ひどい」

 

「事実だぜ……ほら、前に菓子まけてくれた返しだ。持っていきな」

 

「あ、川魚!ここじゃ滅多に取れないのに、いいの?」

 

「別に良いって。嬢ちゃんにも、何かと世話になってるからな」

 

「ありがと、おじさん!」

 

「おう、またそっちの店も行くからな。……ところで、さっきから気になってたんだが、後ろのは連れか?」

 

「え」

 

 

「うらめしやーっ!!」

 

 

「わひゃあっ!?」

 

 

「わーい!驚いた驚いたー!」

 

「ぐぐ…、おんどれぃ小傘。いつの間に…」

 

「今さっきー」

 

「小傘ちゃんだったか、傘が無かったから気が付かなかったぜ」

 

 多々良小傘。最近人里に現れ始めた唐傘お化けの妖怪であり、里で食い物を得ようとしている厄介者……というのは以前までの話で、当初こそ妖怪ということで恐れられたが、蓋を開けてみれば突然驚かす以外には殆ど何もしてこない上に、レミリアと関わって以来、積極的に人を驚かすことも無くなり、おまけに素の性格も優しく素直なので、何だかんだで里の人間に受け入れられている妖怪の1人である。因みに、鍛冶屋を営んでおり、自警団の人たちは彼女に大変お世話になっているらしい。

 

「やっぱりレミリアはすぐ驚いてくれるから、すぐお腹が膨れるや!」

 

「こちとらその度に口から心臓が出てくる思いをしてるんだけどね」

 

「すぐ驚くレミリアが悪いのだ!」

 

「なんだとぉ?」

 

「嬢ちゃん、流石に擁護できない。俺は昨日も一昨日も同じ光景を見たぜ。いくら何でも心臓が小さすぎやしないか?」

 

「ぬぐぐ…」

 

 レミリアが小傘に驚かされ、そのまま軽口を叩き合う。これは既に人里の中で毎日のように見かける出来事となっていた。ちなみに小傘の驚かしは子供でも素面でいられるレベルである。つまりレミリアは子供でも動じないおどろかしで、絶叫していることになる。そんなんだからカモにされるのだ。

 

「…って、あれ、小傘、傘は?ほら、いつも持ってる茄子の九十九みたいなやつ」

 

「わちきは茄子の妖怪じゃなくて傘の妖怪!あれなら向こうのほうに置いてあるよ。傘持ってたら気づかれるって思ったからね!」

 

「向こうって…何にも無いけど」

 

「え、嘘っ!?」

 

 小傘が指差した場所には傘の影も形もなかった。

 

「あれあれあれ!?確かにここに立てかけといたのに!」

 

「あー、小傘ちゃん。ここゴミ捨て場だぜ。多分だが、ゴミと間違えられて持っていかれちまったな」

 

「そ、そんなぁー!!」

 

「あれ無いと困るの?」

 

「困るなんてもんじゃないよ!大切な半身なんだから!」

 

 小傘は傘が妖怪化した存在だ。小傘の持っている傘こそが本体と言っても良い。そんな傘が仮に壊れてでもすれば、小傘の命の危機である。早急に傘を探す必要があった。

 

「レミリア!手伝って!」

 

「え、私買い出しの途中なんだけど…」

 

「わちきの命の危機なの!」

 

「えー、大丈夫じゃない?どっかで根を張って立派な果実を実らせてくれるでしょ」

 

「だから茄子じゃない!!」

 

「問題ねぇよ。そうなったら俺がばっちり収穫しといてやるからな」

 

「おじさんも悪ノリしないで!!」

 

「「わはははは」」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「結局探しに行く羽目になったじゃん。里の外まで出てさぁ…」

 

「仕方ないじゃん、結構遠くまで捨てに行ったんだからさ。……うぅ、どこ〜、わちきの半身〜」

 

 現在2人は里の範囲外まで出て、草むらに積まれた大量の廃棄物の中から、小傘の傘を探していた。軽く見回しただけでもかなりの量があり、この中から探すのは骨が折れそうだ。

 

「ていうか、何か気配とかでわかんない?仮にも自分の半身でしょ?妖力とか感知したりさ…」

 

「わちきはまだ妖力を感じ取ることができるほど強い妖怪じゃ無いんだよ。前も風で傘が飛ばされた時に大変な目にあったし…」

 

「…思ったんだけどさ、小傘ちゃんの傘って風に乗って飛べそうだよね。こう、パラシュートみたいにびゅーんって感じに」

 

「ぱらしゅーとって何…?多分そんなことしなくてもわちき普通に飛べるよ?妖力で」

 

「え、そうなの?」

 

「うん、今は傘の妖力がないから無理だけど……もしかして、レミリアは飛べないの?妖怪なのに」

 

「ぐっ、そ、そもそも妖怪全員が飛べると思わないことだ!どいつもこいつも鳥類もかくやと言わんばかりに飛びおってからに…」

 

「えー、流石に飛べないのは妖怪として致命的だと思うよ。地上にいる妖怪もほかに空を縄張りにしてる妖怪がいるから飛ばないだけで、その気になれば飛べるのばっかりだし。本当にレミリアは人間と変わんないんだね」

 

「私はそれで良いんですー!むしろこんなハイパー花魁顔負けの美人が世代を跨いで存在できること自体が私の長所なのだ!」

 

「自分で美人とか言っちゃうのは負け組の証だよ」

 

「がーん!?ど、どこでそんな言葉を覚えてきたのですか!?お母さんはそんな言葉を教えた覚えはありませんよ!」

 

「いつからわちきのお母さんになったの?それよりしっかり探してよ。このままじゃ日が暮れちゃう!」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったぁーーーっ!!」

 

「まさか木の上に引っ掛かってたなんて。道理で見つからないわけだわ…」

 

 2人が傘を見つけた頃には辺りは暗く、すっかり日も暮れてしまっていた。傘を取り戻せたことで安心した小傘は安堵のため息混じりに空を見上げる。空にはぽっかりと浮かぶ満月があった。

 

「わぁっ!もうこんな時間!?早く帰らなきゃ!」

 

「今気づいたの?」

 

 2人はお世辞にも強い妖怪とは言えないので、ばったり別の妖怪と遭遇してしまえは、人間と同じ末路を辿るのは想像に難くない。2人は急足で帰路を辿る。

 

「それに最近はすごくおっかないじゃん」

 

「あー、血抜きの死体が見つかるやつ?」

 

「そう、それ!あんな綺麗に吸い尽くすなんて、普通の妖怪じゃできないよ!きっと、凄く怖い妖怪に違いないよ!」

 

「妖怪のくせに何言ってんだ」

 

「…わちきより弱いくせに」

 

「あ?」

「は?」

 

 そんなこんなとしていると、人里の明かりが見えて来た。小傘は里の暖かな灯りが見えてきたことに安心する。

 

「見えてきたよレミリアちゃん!早く行こう!」

 

「うん」

 

 

 

 ーー瞬間、レミリアは背後から突き刺すような悪寒を感じた。半ば反射的に小傘を突き飛ばす。

 

「わっ!?」

「ぐぅっ!?」

 

 小傘は田んぼ道をごろごろと転がり、草むらに入る。

 

「いてて…、ちょっと何する…の…」

 

 小傘の目に映ったのは血を流して倒れるレミリアと、その背後にある大きな黒い影。

 

「一匹やり損ねたか。まぁ良い、見たところ唯の雑魚妖怪のようだからな…」

 

「ぐ…ぎぃ…!」

 

 よく見ればレミリアの背中には爪が何かで引っ掻かれたような、大きな傷があった。痛みで脂汗を流しながら、苦悶の表情を浮かべている。

 

「失せろ劣等種。死にたくなければな」

 

「あ…、あ…!」

 

 目の前にいた影が形を帯びてはっきりと姿を現す。

 2メートルはあるであろう背丈、吊り上がった赤に光る目、そして西洋の装飾のついたローブのようなもので覆われた体。その容姿は、噂で聞いた妖怪そのものだった。

 

「いや、別に逃す必要もないな。いずれ近いうちに我ら以外の人外は死ぬことになるのだから。…さて、まずはこいつの血をいただくとするか」

 

「あ"っ…!」

 

「レミリア!」

 

 髪を引っ張られたレミリアは思わず声を上げる。

 

(レミリアが危ない…!わ、わちきが助けなきゃ…!)

 

「こ、がさ…、にげ…て…!」

 

 

 そんなこと…そんなことわちきにはできない!!

 だってレミリアは、わちきの初めての友だちだから!初めてわちきに声をかけてくれたから!

 

「存外しぶといな。人間なら既に死んでいる出血だというのに。……いや、何だ?お前は人間なのか?何かが…」

 

「だぁッ!!」

 

 小傘は目の前の妖怪がほんの少し気を取られている隙に、ありったけの妖力を込めた傘での一撃を目の前の妖怪の頭めがけて振りかぶった。

 

「がッ!?」

 

 しかし、その攻撃はあっさりと片手で止められ、そのまま首を掴まれる。妖怪は首を掴んで手の力を強めていく。

 

「雑魚がこの私に傷をつけられると思ったのか?私は偉大なる種族、吸血鬼、ハルバード卿であるぞ。そんな汚らわしいもので私を傷つけようなど笑止千万。愚かにも程がある」

 

「ガッ……あ"ッ…!」

 

 ハルバードと名乗った吸血鬼はそのまま小傘の首を絞め潰さんと万力を込めようとする。

 その時、ハルバードの顔に何かがぶつかる。硬いものでは無い。ゴンッ ではなく、ベチョッ だ。そのまま地面に落ちたそれを、ハルバードは見る。

 

「……魚?」

 

「お前にはその生魚がお似合いだナルシ野郎!…ハァ…ハァ…来れるもんなら来てみな!バーカ!」

 

「あのガキ…まだ動けたとはな!」

 

 小傘を放り投げ、森に入っていくレミリアを追うハルバード。

 朦朧とした意識で小傘はレミリアが走っていった森へ手を伸ばすが、届かない。どたどた と、数人の足音を聞いたのを最後に小傘は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

 森の中を走る。周囲は暗がりで数メートル先もろくに見えない。だが、走らなければいけなかった。少しでも小傘から、里から距離をとらなければならないから。

 

「うあ"っ」

 

「吸血鬼から逃げられると思ったのか?カスめ」

 

 ハルバードは数秒とかからずにレミリアを捕らえ、その首を乱雑に締め上げた。

 

「…よくもこの私にあのような汚らわしい物を投げつけてくれたな。人間風情が…!」

 

「ぐ、ぎぎ…ッ」

 

 レミリアは締められている相手の手首を掴むが、びくともしない。

 

「貴様の血を頂こうと思ったが、やめだ。貴様の血は妙な匂いがする。何よりこの私にここまでの恥辱を受けさせた報いを受けてもらわねば気が済まん」

 

 そう言ってハルバードはレミリアの右腕を自身の鋭利な爪で切り落とした。真っ赤な鮮血が舞い、右腕が落ちる。

 

「あ"あ"ッ…!!」

 

「こんなものでは済まさんぞ…!」

 

 左足、右腕、横腹、左太腿と、次々と身体中に大きな切り傷がついていき、その度レミリアの身体は人形のように揺れ動く。

 

「………」

 

「最早言葉を発する気力すら無いか」

 

 ハルバードが怒りの限りを尽くした後には、既にレミリアの体からは力が抜けきっていた。顔からは生気が感じられない。そんな姿を見て、ハルバードは鼻で笑う。

 

「この私を侮辱するからこうなるのだ。死ね」

 

 ザシュッ と、レミリアの身体が右上から袈裟斬りにされた。そのまま胴が真っ二つに別れ、肉の塊は地面に落ちた。流れ出る血は、地面を紅に染め上げていく。

 

「……少し私らしくなかったか。カスごときに感情をあらわにするなど。こんなことでは、いつまで経ってもあの一族を超えることはできない」

 

 流れ出る血を自分の足につけないように避ける。吸血鬼は、とにかくプライドが高い。基本的に他種族は自分達より下だと認識しているし、自分達のために死に、淘汰されることは当然だと思う輩も少なく無いのだ。それは吸血鬼に刻まれた半ば本能に近いものであり、自然なことなのだ。

 だからここで弱い者が犠牲になることは吸血鬼にとって絶対的に正しいことなのだ。

 

「…さて、戻るとしよう。今頃あの場所に人が集まっているだろう。そこで血を頂くとするか」

 

 

 そう、弱い者が犠牲になることは。

 

 

「……は?」

 

 

 右側に違和感。

 気がつけば、ハルバードの右腕が落ちていた。

 

 何だ!? そう声を上げようとする。しかしそれは叶わなかった。上げないのではなく、上げられなかったからだ。

 背後から感じる異常なプレッシャー。息が詰まる、声が出せない、振り返ることができない。

 

 なんだ、なんなのだ、何が起きた。

 

 ハルバードは現状を理解できずにいた。

 

 

 

 

「――ああ、良かった。みんなには気づかれてないみたい」

 

 

 

 

 声が響く。子供のそれだが、異様なほどに押しつぶされるような何かを感じてしまう声色だ。

 それと共に、異様な気配が、空気と共にねじ曲がる様子を幻視する。いや、幻覚などでは無い。実際にまるで空間そのものが生きているかのようにゆったりと蠢いている。

 

 ハルバードはそれを見て初めて気づいた。この一帯が濃密な魔力に包まれていることを。その魔力によって空間が歪んでしまっているのだ。普通ならあり得ないことだった。

 空気が震える。という例えがあるが、今起きている現象は明らかにその事象の上を行っている。

 

 ハルバードはその未知の現象に恐怖した。

 

「―――ジャアッ!!」

 

 その恐怖を振り払うように、勢い良く振り返り、取り出した大剣を振りかぶった。

 

「あまり大きな声を出してくれるな。わざわざ小傘と距離を取った意味がなくなる」

 

「…はっ?」

 

 自身の身の丈以上の刃は指で摘まれ、受け止められていた。

 

 ハルバードは、その気になれば、一撃でこの森の木々を全て斬り払えるほどの力を持っている。実際、目の前の相手にはそうする気で攻撃を放った。だがその攻撃はまるで物を受け取るかのようにあっさり止められている。

 

「き、貴様…、まさかあのカスか…!?貴様はさっき私が胴を切り落として殺したはずだ!」

 

「…カス、ねぇ…。私の今の姿が貴方の言うカスに見えるかしら?」

 

「な、何を言って…」

 

 ベキン という音と共に摘まれていた部分から大剣が折れ、遮られていた姿が露わになる。

 青みのかかった銀髪、血のように紅く染まった瞳、そして、背から1翼だけ生えている黒に染まった巨大な翼。翼には星のような光の粒子が無数に見え、まるでそれは、翼が夜そのもののようだった。

 

「な、あ…!?き、さま…は、まさか、同族…!?吸血鬼か!?」

 

「へぇ、やっぱりそうなのね」

 

「な、何故だ!なぜ誇り高き吸血鬼が人間と共に暮らしている!?」

 

「どうして、って言われてもねぇ…。私は人間の方が好きだったから、かしら」

 

「ふ、ふざけるな!吸血鬼は支配してこそ!己の力を誇示することにこそ存在意義がある!!求めないのか!?力を!支配を!我々と共にこの世界を支配しようとは思わないのか!?」

 

「悪いけど私、そういうの興味ないの。特殊プレイは他所でやってくれないかしら」

 

 ハルバードの意見をバッサリと切り捨てるレミリア。ハルバードの額に青筋が浮かぶ。

 

「貴様ァ…余程死にたいらしいなぁ…!」

 

「そんな怯えきった顔で何を言ってるのよ」

 

「黙れぇ!私は誇り高き吸血鬼、ハルバード・レイジュ!!貴様のような片翼しか無い欠陥品なんぞに敗れるものかぁ!!」

 

 再び大剣を作り出し、羽を広げて、勢い良くレミリアに切り掛かる。今度こそ、その首を斬り落とさんと、先ほど以上の膨大な黒い魔力を纏った突撃。

 

 

 

「――私は片翼しか無いわけじゃないわ。一枚しか出す必要が無いだけよ」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 気がつけばハルバードの視界は両断されていた。

 そのまま縦に二つに分かれた身体は地面に落ち伏せる。信じられないと言わんばかりにハルバードの目は見開かれている。

 

「ば、かな…」

 

 急いで身体を修復しようとするが、斬られた断面は何の反応も示さない。傷が治らない。それどころか、身体が動かなかった。指先一つ。

 

 ザリ と、こちらに近づく足音が聞こえる。

 かろうじて動かせる目を向けると、己の真上にレミリアはいた。その瞳は射抜くように鋭い。冷や汗が止まらない。威圧感だけで押しつぶされそうな…。

 

「まさか…!まさか貴様は…スカーレ」

 

 

 

 

「good night」

 

 

 

 

 

 最後にハルバードが見たものは、満点の星空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 死んだと思った?残念、生きてましたー!そして実は私は強いのだー!夜限定だけど。

 

 

 それにしても、私吸血鬼だったのかぁ…。

 

 400年以上生きて、ここで知る衝撃の事実。

 いやね、今私の心は、自分の種族を知れて安心できた派と、あんなクソプライド高い種族だったことにめっちゃショック受けてる派と、そんなことよりおうどん食べたい派の三つにわかれて混沌を極めてるんだよね。むしろ、今まで知らなかったことが異常だったのかもしれない…。

 

 いやでも考えてみれば私、動物の生き血はやけに美味しいなって思うことあったし、夜になったらやけに強くなるし、ばちくそテンション上がるし、心当たりは結構あるかも…。

 それにじいちゃんが昔読み聞かせてくれた本でも吸血鬼は支配欲がすごいって聞いた記憶がある。実際、夜の時の全能感凄いからな。何でもできそうな感じがするというか、事実何でもできたっていうか…。もしかしたらそれが私のイマジナリー吸血鬼なのかも。

 

 

 …ともかく、この状態じゃ里には戻れないなぁ…。私の見た目、今完全に吸血鬼だし。それにミサンガも切れちゃったし。これが無いと、何かと不便なのよねー。

 取り敢えず予備のミサンガ付けとこ。放置してたらめんどくさいことになるし。

 

 はぁ、小傘無事かなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、そういえば私、吸血鬼なのに太陽平気なんだけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 





レミリアたん:レミリアとなってしまった誰かさん。変に魂がメタモルフォーゼした結果、吸血鬼と人間の良いとこどりみたいなハイブリッドが誕生した!日が登っているときは魔力なしのクソ雑魚だけど、夜になると強くなるよ!だけど、強すぎるから普段は腕につけてるミサンガで魔力を封じているよ!実は拾ってくれた老夫婦が魔術の家系であったため、魔法は結構使えたりする。

能力:夜を支配する程度の能力
 能力と言うより体質。夜という概念を媒体に無限に魔力を徴収できるので、実質無敵。何でもできる。ただし、日が登っていると全く使えない。

 レミリアたん(昼の姿)
 
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狂いまくった運命の針

 連邦反省系ハーメルン民から続投を促すダンスを脳内受信したので続きます。

【前回のあらすじ】
・転生した瞬間に捨てられる←は?
・小傘ちゃんより弱い、人里の永遠の花レミリアたん
・で、伝説のスーパーヴァンパイア…!勝てるわけがないyo☆




 

 

 目の前には混沌としている景色が広がっていた。

 周囲の木々や建物はいびつに歪み、まるでオブジェのような不思議な形をとっている。所々に不自然に浮いている瓦礫や家具があり、それが落ちて、また浮いてを繰り返している。夢の世界を実際に現実に持ってきたらこうなるのかもしれない。

 そんな奇怪な空間に2人の老夫婦が立っていた。

 

「…婆さんや」

 

「分かっておる」

 

 老夫婦の警戒心は少し離れたところにいる小さな寝息を立てている子供に向けられていた。子供は青みがかかった銀髪をしており、その顔は可愛らしげだ。

 しかし、その背中からは巨大な蝙蝠のような形状の翼が1つ生えており、その翼からは、きらきらと光の粒子が顔をのぞいている。

 更には子供の周囲は夥しいほどの破壊痕があり、何も知らないものが見れば、爆心地か何かかと勘違いすることだろう。

 

「爺さん!」

「むッ」

 

 老婆の声と同時に素早く身をこなしてその場から飛び跳ねる。

 瞬間、先ほどまで立っていた場所に、巨大なエネルギーが地面を抉りながら、閃光のような速度で通過した。

 

「ふぅ、寝相一つでこれとはの。まったく、呑気に寝おってからに…」

 

「流石吸血鬼…いえ、この時点でその範疇はとっくに超えているわねぇ」

 

「婆さんや、儂があの子の動きを一瞬止める、その隙にあれを」

 

「あいよ」

 

 老爺は懐から小さなナイフのような物を何本か取り出し、投擲。すやすやと寝ている子供の周囲の地面に突き刺さる。

 

「むんッ」

 

 そう老爺が力むと同時に、刺されたナイフ同士の間から青白い電流のようなものが流れ、一瞬で動きを拘束した。

 しかし、子供も自身が縛られている不快感に気づき、寝返りをうって体勢を戻そうとする。普通の子供がすれば可愛げがあるそれも、吸血鬼でも特異な力を持つ彼女がすれば洒落にならない。ギチギチ と、明らかに不味い音が電流から鳴る。

 

「婆さん!」

 

 掛け声と同時に老爺の横から弾道ミサイルのような速度で老婆が飛び出す。落ちてくる瓦礫を柔和な顔で避けながら、子供の目の前まで来る。

 そして、素早く手に持っていた黒いミサンガを子供の腕に結んだ。

 

 その瞬間、子供の背から羽は消え去り、髪も色が抜けるように艶のある黒になった。そしてやがて、あたりに充満していた魔力も霧散し、歪な空気も消えて、静かな夜が訪れる。

 最初から何事もなかったかのような子供の寝息があたりに響く。

 それを見た2人は安堵のため息をおとす。

 

「やれやれ、まったくとんでもない奴じゃ…。これでは、こちらの命が幾つあっても足りんぞ…」

 

「まぁまぁ、良いではないですか。手のかかる子供ほど愛情が湧く物ですよ」

 

「手がかかりすぎるわい」

 

 この子供は老夫婦の血縁者では無い。街に買い物に出かけた帰りの山道で偶然見つけた赤子だった子供。俗に言う捨て子だった。

 しかし、老夫婦の拾った子供は、人間では無く、吸血鬼という人の血を吸う化物。本来ならば人間に害を与える存在だった。

 だが、2人はそれを承知した上でこの子供を育てていた。

 

「しかし、既にここまで魔力が増えておるとは…。儂は子供の吸血鬼を見たことが無いから分からんが、少なくともこれ程までの力を扱う吸血鬼は見たことが無いわい。一体この小さな身体のどこからこんな魔力が来るんじゃ」

 

「仕方ありませんよ。この子は…レミリアは普通の吸血鬼ではないのですから」

 

 

 この子供、レミリアは他の吸血鬼とは大きく異なる点が複数存在した。

 

 一つ目がその魔力。レミリアは生まれつき、異常なほど膨大な魔力を持っていた。その力はまさに底なしで、あまりの密度と膨大さに、空間が形を保つことができないほどだ。しかし、なぜか日が昇るとその魔力は一切使えなくなる。これはレミリア自身の体質と老夫婦は考えていて、日が沈んでいる間しかその力を行使できないのだ。

 二つ目が弱点耐性。レミリアは従来の吸血鬼の弱点とされているものが全く効かない。銀も、聖水も、日光も、全てが無効化される。これに関しては完全に謎であり、老夫婦も当初は頭を悩ませていた。レミリアが笑顔で日光の下を走っているところを目撃したときは思わず5度見した。

 三つ目がその性格。吸血鬼という生き物は基本的に利己的だ。己の我欲のために、己のプライドのためにと、行動原理は違えど、己を中心に世界は回っているものと思っている。それはある種の吸血鬼としての性であり、本能だ。ところがレミリアはその真反対を行くような性格であり、悪戯好きではあるが、基本的に優しいし、他人の手伝いも良くする。何より他人を思いやれる。その様は本当にただの人間のようである。事実、日が登っている時のレミリアは見た目相応の力しか無い。

 

 だから老夫婦はレミリアを人間として育てることに決めた。もっと人間の優しさや良い部分に触れてもらって、人間を愛する吸血鬼になってほしかったから。

 

「私たちはレミリアを導く義務があります。この子が力の使い方を間違えないように」

 

「元ヴァンパイアハンターの儂等がよりによって吸血鬼を育てることになるとはのぉ。人生わからんもんじゃ…」

 

「ふふ、さぁ早いところ家を直しましょう。もうすぐ朝ですからね」

 

 

 少しずつ明るくなっている空が朝の兆しを知らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おはよう諸君、私ダァ。

 

 

 結局昨日はミサンガつけてからいつもの洋菓子屋の看板娘レミたんに戻った後、倒れたふりしてたら保護されたぜ!

 いやー、昨夜は大変だった。あんな特殊性癖の持ち主に襲われた挙句に、自分とあんなのが同類だったとはねー。背筋がフリーズドライ!

 

 まぁ大変だったのは保護されてからだったりする。

 小傘にはギャン泣きされるし、慧音先生にはもろはのずつきタイプ一致でくらうし、もこたんには危うく焼きコウモリにされるところだった。もこたんの口が真っ赤になってたのは見逃さなかったけどね!ふふ、ハズレを引いたようだな!

 

 そんなこんなで2時間くらいの事情聴取の末、ようやく解放されたわけであります。今日は昨日のこともあってアルバイトはお休みである!つまり、今日1日は自由に過ごせるというわけである!

 

 さーて昨日は一睡もできなかったし、超眠いんだよね!今日はもう寝ーよっと。

 

 すみおやー。

 

 

 

 

 

 

「許しません」

 

「にゅわっ!?」

 

 突然レミリアの前に紺碧色の瞳が飛び込んできた。思わず布団から飛び出す。

 

「さ、咲夜……おはよう」

 

「うん、おはようレミリア」

 

「いつも思うけどいきなり出てくるのはワタクシの精神衛生上よろしくないのでやめて頂きたく申すのですが…」

 

「や」

 

 レミリアの前にいる銀髪の少女、十六夜 咲夜。

 彼女はレミリアが外の世界で放浪している時に出会った人間である。レミリアと共に幻想郷へ足を踏み入れ、現在では共に同じ洋菓子屋にて働いている。無表情で無愛想だが、お客さんからの人気は意外と高い。現在7歳。

 

「いやその、や、じゃなくてね?」

 

「やーっ!」

 

「やーっ、じゃなくて、ほら離れて。今私は睡魔という強者と戦ってるの」

 

「やーっ!」

 

「あの…」

 

「やーっ!」

 

「……敵を倒すのに必要不可欠なものは?」

 

「パワーッ!」

 

「よーしよしよし!パーフェクトだ!」

 

「やーっ!」

 

 結局咲夜がひっついて離れなかったため、仕方なしに私服に着替えようとするレミリア。

 ご覧の通り咲夜はかなり甘えん坊な性格だ。働いているとき以外は大体一緒にいる。色々と世話焼きな面もあったり、やたら毒舌だったり、当たりが強かったりするが、何だかんだでレミリアは良い友達だと思っている。

 

「そういえば咲夜、お仕事は?」

 

「休んだ。レミリアの面倒見てほしいって、店長が」

 

 てんちょー、もしかして私が1人だと寂しいかもって思ったのかな?一応噂の吸血鬼に襲われちゃったわけだし。少しでも心のストレスを減らして欲しかったのかも。

 まぁ、結果的に減らされたのは私の睡眠時間なわけだけど。

 

「…昨日」

 

「ん?」

 

「昨日、強い妖怪に襲われたって聞いた」

 

「ああ、それなら全然大丈夫だよ」

 

「嘘、今でもしんどそうだもん。襲われた妖怪に何かされたの?」

 

「犯人は私の目の前にいるぜ!今超眠い!」

 

「何もされてない?」

 

「知ってるでしょ?私は強いのだ!あんな奴、返り討ちにしてやったわ!」

 

「でも、服がズタズタで血だらけになってた」

 

 …そういえばあの吸血鬼しこたま服を切り裂いてたな。あれ店のやつだから絶対後でてんちょーに怒られるやつだわ。とほほ…。

 

「問題なし!私の超☆再生力ならお茶の子さいさいよ」

 

 胴は泣き別れしたけど。

 

「………昨日、レミリアが全然帰ってこなくて寂しかった。家に帰っても誰もいないし、里の人たちに聞いたら外に出て探し物してから帰ってきてないって聞いてすごく心配した。…もしかしたら居なくなっちゃったんじゃないかって思って」

 

 そう言って咲夜はレミリアの体に顔を埋める。

 

 あーもう可愛いな!見てよこの子犬みたいな咲夜を!いつもは人形みたいに無愛想に振る舞ってるのに、ふとした時に見せるこの顔がたまらないんじゃよ。既存の可愛さの臨界点を突破してるねこれは。将来美人になるぜ〜。

 

 …って、あれ?泣いてる?

 わー!泣いちゃってる!?そんなに寂しかった!?

 ヤバい!このままでは咲夜の魅力に取り憑かれた人たちに血祭りに上げられかねない!

 

「ご、ごめんね、そんなに心配してたなんて…」

 

「…ぐすっ、もっと誠意をみせて」

 

「……ごめんっちゃ☆」

 

「…」

 

 あっ、ちょ、なんで持ち上げるんですか?え、なに?なんで窓を開けるんですか?というか、力強くない?

 え、まっ、待って?待って待って待って!?落ちる、落ちるよ!?今の私人間と変わらないよ!?

 

 

 ちょ、ぱわーーーっ!?

 

 

 

 

 

 

 あ、これ知ってる!多分前世で読んだやつだ!確か名前はキン肉ドライb

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「…えーっと、大丈夫ですか?」

 

「問題ありません」

 

「い、いや、問題しかないと言いますか…」

 

 

 少女は目の前の状況に困惑していた。

 あり得ないところに、あり得ない体勢で知り合いが突き刺さっている。こんな時私はどうすれば良いのでしょう?

 

 少女の名前は稗田阿求。人里においての重役、稗田家の娘であり、幻想郷のあらゆる記録を残す役目を負っている人物である。

 そんな阿求は、洋菓子屋の看板娘であるレミリアが最近現れたという妖怪に襲われたと聞き、その妖怪の詳細な記録をすることも兼ねて、見舞いに来たのだ。…のだが、いざ彼女の自宅に着くと、そこには地面に上半身を埋めたレミリアがいた。

 側にいた咲夜に聞いても、問題ないの一点張りである。何がどうしてこうなったのか、まるで理解できなかった。

 

「あの、お医者さんとか呼んだ方が…」

 

「必要ないです」

 

「えーっと…、れ、レミリアさん!大丈夫ですか!」

 

 阿求が声をかけると、それに気づいたのか、レミリアは足をバタバタとさせて反応を示す。

 そして自力で腕を出して、そのまま頭を地面からすっぽ抜いた。

 

「ぷっはぁー!ペッペッ!あっ、あっきゅん!久しぶり!」

 

「は、はいお久しぶりですレミリアさん…」

 

 レミリア。彼女は阿求から見てもかなり奇想天外な存在だ。

 長い年月を生きる妖怪だというのに、人間と同じぐらいの力、価値観、倫理観を持ち合わせている。人助けも積極的に行うし、性格も自由人すぎるところはあるが、基本的には争いを好まず、穏やかだ。

 

「大丈夫ですか…?結構深く刺さってましたが…」

 

「問題なしです!久しい土の感触が心地よかった。植物はあんな良いところで一生を過ごすのか…羨ましい」

 

 まぁ、当人は少し自由人すぎるというか、変わりすぎているところがあるが。

 

「あ、もしかして昨日のこと聞きに来たの?」

 

「あ、はい、大体の概要は担当の方から聞いたのですが、一応当人の話も聞いておこうかと」

 

「仕事熱心ですね。レミリアにも見習ってほしい」

 

「何をいうだぁー!私はちゃんと働いてるよ!」

 

「ことあるごとにサボっている。この前だって仕事中に慧音先生を怒らせて追いかけ回されてた」

 

「マカロン・ロシアンしてただけだよ。むしろあの傑作を見てない咲夜が損してるよ!慧音先生、逆張りで明らかな危険色引きに行くんだからさ。それで初回KOしてほんと大笑いして…ごめ、思い出しただけで、んふふっ」

 

「あの時追いかけられていたのレミリアさんだったんですか…。あれあの後大変だったんですよ。周辺が穴だらけになってその処理に追われて」

 

「あの人が曲がるという言葉をご存知なかったのがいけなかったのよ!まさか家の壁をぶち抜いて来るなんて思わないじゃん…。結局頭突きは喰らうし、里の人たちには怒られるし、散々な目にあったよ。慧音先生のバカ!アホ!サイ!ゴリラ!恐竜!変た」

 

 

「なるほど、レミリア。お前が私のことをどう思っているのかが良くわかったよ」

 

 

 死刑宣告。

 冷や汗びっしょりで振り返るとそこにはとても良い笑顔をした慧音がいた。乙です。

 

「………あ、あはは〜、そんなわけないじゃないですか。ジョークですよジョーク。真に受けちゃって、もーうやだ」

 

 レミリアの言葉を無視して慧音はスタスタと近づいて来る。

 

 

「待ってほしい!私たちはまだ分かり合える!ほら、話し合い!話し合いで解決しよう!私は対話主義者なんだ!何でもかんでも頭突きで解決するなんて良くないよ!ちょ、だめ!ダメだから!なんで首鳴らしてるの!?準備おっけーって!?…あ、慧音が準備おっけーね、ぷふっ!あ、ちょまっ…あごぁっ!!!??」

 

 

 レミリアは再び地面に埋まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お話ありがとうございます。やはり記録には実際に当人から聞くのが一番ですね!すみません、その、色々お疲れのところ」

 

「良いですよ全然。むしろ私の将来残る武勇伝がまた一つ生まれたと思えばへでもないね!」

 

「逃げ回ってるだけの話だがな。だがまぁ、吸血鬼相手に逃げ切れただけでも充分僥倖か」

 

「逃げ足と食い意地だけは誰にも負けない自信がありますから!」

 

「だったら野菜もちゃんと食え」

 

「それは無理です」

 

 

 

「…さて、ではこちらの話もそろそろしようか」

 

「あれ、今回慧音先生は私をjudgementしに来ただけじゃないの?」

 

「流石にそれだけではここには来ない。というか、それはいつもお前が変な悪戯をするからだろう。毎度毎度、よく懲りないものだ」

 

「長所、ですから」

 

「短所に修正するべきだな」

 

「そう言う先生は短気ですよね」

 

 スッ…

 

「ほら!ほら!ほーら!すぐ腕っ節!そんなんだから寺子屋のテストで猪突猛進の四字熟語だけ生徒全員に正解させられるんですよ!」

 

「お前は……はぁ、今は良い。これからは真面目な話になるからな」

 

「真面目な話?」

 

「ああ、吸血鬼についてだ」

 

 そう言うと、慧音は机の上に幾つかの纏められた書類をばさりと置いた。

 

「これは?」

 

「幻想郷各所の近況状況を天狗に纏めてもらったものだ。一旦それに目を通してくれ」

 

 資料の内容を簡単にまとめると、幻想郷各地で吸血鬼が暴れまくってるよ!現地の妖怪の殆どは太刀打ちできてないよ!ついでに霧の湖の方にでっかい館みたいなのが現れたよ!多分それ敵の本拠地!っと言ったところである。

 

「見ての通り現在幻想郷では吸血鬼たちが他の妖怪たちに危害を加えている。さっきのレミリアの話から聞いても、恐らくこれは吸血鬼たちによる侵略行為と見て間違いないだろう」

 

「…レミリアを襲った妖怪たちがいっぱいいて、そいつらが幻想郷を支配しようとしてるってこと?」

 

「そゆこと、咲夜はちゃんと理解できて偉いねー」

 

「…レミリア、前に子供扱いしないでって言ったよね」

 

「いーじゃん、別にー。…あ、一つ思ったんだけど、この資料を見る限りだと、結構被害受けてるところは多いみたいだけど、今のところ人里は何ともないよね」

 

「ああ、それは恐らく、向こうに人間を残すメリットがあるからだろう」

 

「メリット?」

 

「元々幻想郷は外の世界にいた妖怪や神が存在を保てなくなったから、作り出した秘境と言われている。人間に畏れてもらわねば、妖怪はその形を保てないからな。吸血鬼も同じなのかは判らんが、少なくとも吸血鬼も人間が必要な理由があるのかもしれない、と考えている。それこそ血を確保するためなどが有力だな」

 

「なるへそー」

 

「管理者側は何もしていないんですか?」

 

「いや、向こうもかなり問題視してる。一応、各々で討伐をしているようだが、なにぶん数が多いらしい。おまけに一体一体が強いからキリがないそうだ」

 

「それは…厄介ですね」

 

「そんな折に、こんな手紙が届いたそうだ」

 

 机に一枚の書記を置く。その手紙には、高貴そうな模様が描かれており、いかにもな高級感が出ていた。

 手紙の内容を一言で言うなら、『この幻想郷は今日からワイらのもんやから、それを証明するために幻想郷と戦争してやるで!』と言った感じだ。完全なる宣戦布告である。

 

「またこんなベタな…」

 

「管理者側もこれを機会と思い、この戦争で吸血鬼を一気に殲滅するつもりだ」

 

「まじかー。管理者めっちゃバトルジャンキーじゃん。血の気多いな」

 

「まぁ、仮にも妖怪ですからね…。それに最近の幻想郷では刺激が足りないと、他の妖怪たちから不満が出ていたそうですから、その発散も兼ねているのかもしれません」

 

「なるほど、で、戦争っていつやるの?人里に被害出るなら避難とかしといた方が良いでしょ?」

 

「明日だ」

 

「へー明日、なるほど明日ねー明日明日……いや、明日ぁ!!?」

 

「ちょ、ちょっとどういうことですか!?明日からいきなり戦争って…」

 

「…この情報が届いたのは今朝だ。急なことだ、一応里の者には内密にしておいてくれ」

 

「やばいよやばいよ!何か準備しないと!」

 

 その戦争の決行はあまりに急だった。

 戦争の規模は未知数だ。だが、総力戦になることは容易に想像できる。そうなれば被害は大きくなると考えるのが自然だろう。

 仮にこの情報が伝われば、里中がパニックになってしまう。これでは人の避難どころではない。

 

「どうして明日?明らかに、人間の都合が考えられてない」

 

「一応、開戦時には結界を張ってくれるとは言っているし、私もできる限りのことはしようと思っている。だが、いくらそれありきでも厳しいと私は考えている。…今回の事件は管理者たちにとっても予想外だったのだろう。こちらを気遣う余裕すらないのかもしれない」

 

「そんな…」

 

 阿求の顔から血の気が抜けていく。自分が住んできた里が、関わってきた人たちが明日にでも崩れていくかもしれない。それは最悪の未来だった。

 

 するとドタドタと廊下から荒ただしい音が聞こえて来る。

 スパン と襖が開かれるとそこには全身に防護服を着込んだレミリアがいた。手には鍋と火の用心と書かれた木刀が握られている。

 

「これで完璧だ!」

 

「焼け石に水」

 

「ひどい!」

 

「レミリア…流石にそれでどうにかなるなら苦労はないぞ…」

 

「うるさいやい!いいか!確かに人間は妖怪とかに比べたら弱っちい!でも柔軟に考えることができる!考えることを放棄したらその時点で一番の長所をポイ捨てしてるのと同義!だからそんな風にうじうじするより、無駄でも何か考えて動いた方がずっと良い!」

 

「レミリア……そうだな、やる前から諦めるわけにはいかないな」

 

「あっきゅんも!」

 

「…え?」

 

「里がダイナマンされるのが嫌なら、できる限りのことを考えよう!私だって里が破壊されるのはゴメンだからな」

 

 レミリア。彼女は妖怪だが、その考え方は非常に人間に近い。故に、妖怪でありながら人間に深い理解を示し、その行動が不思議と安心感を誘う。それが里の人たちにとってはこの厳しい環境でもある幻想郷においての数少ないよすがだった。

 そんな人々に寄り添う妖怪の姿を阿求は見た気がした。

 

「………はい、そうですね。私も知り合いの霊術師の方々に声をかけてみようと思います!」

 

「その意気だあっきゅん!」

 

「…思ったのですがなぜレミリアさんは私のことをあっきゅんと呼ぶのですか?」

 

「え、この前あっきゅんがくしゃみした時に、「あっきゅしゅん!」ってしてたから」

 

「え、あ、あれ見てたのですか!?夜中で誰もいなかったはずなのに!?」

 

「そのあと、一人でツボってたよねー。かーわーいーいー」

 

「ああああ!忘れて!忘れてください!」

 

「やだー、レミリアたんは一度見たものは忘れないのよー」

 

「それ私の専売特許だから!お願いだから忘れてぇ!」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に囲まれた風変わりな屋敷。他の空間とは隔絶されているそこは、誰の目にも見つかることはない。超然的な雰囲気がうっすらと辺りを満たしている。

 

 その屋敷の中、襖で隔たれた空間に一つの影がある。

 金色の髪に、絶世と呼べるほどに美しい顔立ち、中華人のような衣服を着ている。そして何より目につくのはその少女の背後にある巨大な九本の尾。ゆらゆらと時折動くそれと、どこか幻想的な雰囲気が、彼女を人間ではないことを物語っている。

 少女は何かに傅くように、その場に座り、頭を下げていた。

 

「…ご報告に上がりました、紫様」

 

 目の前の空間が不自然に横に割れる。その空間にできたひずみのようなものは、徐々に広がっていき、人の背の半分くらいの大きさになった。

 そのひずみの中には無数の巨大な目があり、それらは全て傅いている少女に向けられていた。

 

『面を上げなさい、藍』

 

 言葉の通りに静かに頭を上げる。眼前にあるのは無数の視線があるひずみだけだ。

 そのまま何も言わずに藍と呼ばれた少女はひずみに向けて言葉を発する。

 

「吸血鬼討伐に関しては、幻想郷に存在する地底を除いた、殆どの有力者に協力を取り付けることに成功しました。既にそれぞれ所定の場所に向うよう申したので、今すぐにでも開戦の狼煙を上げることができるかと」

 

『そう、吸血鬼たちの動きはどうかしら』

 

「現在は日が登っていることもあり、大きな動きは見せていませんが、こちらの動きには勘づいているでしょう。不意をついたとしても、向こうはそれを承知で反撃してくると考えておりますので、総力戦は避けられないかと…」

 

『成程。…それで、例の吸血鬼は見つかったかしら?』

 

「……いえ、申し訳ありません。それらしき存在は今に至るまで確認できず…」

 

『そう…。まぁ、否が応でも乱戦時に会うことになるでしょう。私はまだ結界の修復に時間がかかるわ。明日には終わるでしょうけど、それまで引き続いてお願いね』

 

『はい』

 

 結界とは、幻想郷全体を囲む博麗大結界と呼ばれるものである。

 この博麗大結界。簡単に言うと、幻想郷を外の世界と隔絶するために貼られている結界であり、この結界のおかげで幻想郷は外の世界の影響を受けない仕組みになっている、これが万が一壊れてでもしてしまえば、外の影響をモロに受けてしまい、幻想郷はあっさりと崩壊するだろう。まさに幻想郷の生命線とも呼べる存在だ。

 

『…博麗大結界は通常見ることもできなければ認識することすら不可能、見つけたとしても並大抵の手段では傷一つつけられない。…それを一部とはいえここまで完全に破壊した存在がいる……分かっているわね、藍』

 

「はい、博麗大結界を破壊した吸血鬼は必ず仕留めて見せます」

 

『ええ、良い子よ。報告は以上かしら?』

 

「……実は気になることが一つ」

 

『言いなさい』

 

「昨晩、人里周辺で異様な魔力が観測されたと式神から報告が上がりまして…、魔力は数分後には消えたそうですが、その魔力が異常なほどの力を放っていたそうで、結界を破壊した吸血鬼と何か関係があるのでは…と」

 

『…そう、今は私も貴女も手が離せない身。貴女の式神を向かわせなさい。稗田の姫や里の守護者なら何か知っているかもしれないわ』

 

「畏まりました。報告は以上です」

 

『私は修復に戻るわ。明日までに戦力を整えておきなさい。――決行は明日の夜よ』

 

「はっ」

 

 その言葉を最後にひずみは閉じて、消え去った。

 藍はその場で立ち上がる。

 

「橙」

 

「はい、藍さま」

 

「話は聞いていたな。人里で情報を集めてきてくれ。それと、結界の護符も守護者に渡してきてほしい」

 

「わかりました、藍さま」

 

 そのまま橙と言われた少女は、影に溶けるようにスッとその場から消えた。

 藍は襖を開け、縁側を歩いていく。

 ギシギシと床が軋む音が鳴る。

 

 

 

 

「…楽園で好き勝手に暴れた報いを受けろ、蝙蝠ども。幻想郷で妖怪がルールを破ればどうなるか、その身を以って教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い一室。壁に飾られている蝋燭の火だけが辺りを怪しく照らしている。

 長い赤の大理石のテーブルの前に十数人の者たちが椅子に腰掛けており、皆一様に何かを待つように沈黙している。

 その者たちは普通とは思えない雰囲気を醸し出しており、それが人間の理解を超えた何かだということを暗に訴えかけている。

 

 

「…さて、まだいない者はいるか?」

 

 

 一人の男が沈黙を破った。

 その男は、貴族のような衣服を装い、長いローブのような者で身を包んでいる。だが、その口から時折見える大きな牙と、薄暗闇の中、怪しく光る瞳は、明らかに人間のそれではなかった。

 

「もう大体出揃ってると思うけどね」

 

「いや、ハルバード卿がまだだ」

 

「…どうせ先にこの世界の人間を味見に行ったんだよ。先取りが好きだからね、アイツは。それで日がのぼって帰ってこれなくなったってオチだろう」

 

「ふむ…まぁ良い。これでハルバード卿を除いた全員が揃ったということだな」

 

 彼らは吸血鬼。

 現在、幻想郷を襲撃し、この世界を自らの種族のものとしようとしている存在たち。元々は外の世界で生活していたが、彼らはどこからかこの幻想郷の存在を知ったのだ。

 

 幻想郷。人と妖怪、神までもが限りなく共存に近い形で過ごしている人外からすればまさに理想郷と言って良い世界。支配欲が本能とまで言われている彼らがそれらを牛耳りたいと考えるのは自然なことであった。

 そして、とある手段でこの世界に無理矢理入り込み、今日までこの世界の妖怪たちに力関係を理解させんと襲撃を繰り返していた。

 

「あとはスカーレット卿を待つだけだが…」

 

 そう誰かが呟いた瞬間、突然、部屋中に蝙蝠の大群が羽ばたいた。

 しかし、吸血鬼たちは驚く様子もなくテーブルの奥に視線を向ける。誰も座っていない椅子に、蝙蝠たちが集い、段々と人の形をとっていく。

 

 現れたのは一人の男だ。

 青みがかかった銀髪をオールバックにし、静かに開いた眼からは紅の瞳がぼんやりと光っている。そして、その背にある雄々しい翼はこの中にある誰のよりも巨大。その翼が男がこの中で最も格が高く、力を持った存在だということを示している。辺りに息苦しいほどのプレッシャーが満ちる。

 

 男の名は、アゼラル・スカーレット。

 現紅魔館の当主であり、外の世界で吸血鬼たちをまとめ上げ、幻想郷侵攻を主導した、今回の事件の実質的な首謀者だ。

 

 

「…諸君、我々の支配はいよいよ佳境へ入る。先日、我々は幻想郷へ宣戦布告を行った。最早いつ総力戦が起きてもおかしくない状況と言えるだろう」

 

 

「ふふ、いよいよね。私たちが幻想郷の最高戦力をねじ伏せて、真の支配者になる時は」

 

「その通り、だが相手も愚かではない。あらゆる手段を使って我々を潰しにかかるだろう」

 

「確かに、特に日中に仕掛けられればこちらが不利になる事は避けられない」

 

「いや、奴らは夜に仕掛けてくる」

 

「…なぜわかる?」

 

「我々吸血鬼が夜に本領を発揮するのと同じく、向こうの妖怪もまた、夜に力を発揮する存在だからだ。あちらも確実にこちらを潰したいはず。己にとっての、最高のコンディション、フィールドで攻めてくるだろう」

 

「成程…」

 

「相手も我々の想定外の襲撃に焦っているだろう。守りが間に合わず、毎晩の襲撃で、かなりの被害も出せている。短期決戦を仕掛けてくるはずだ。遅くとも明日にはこちらを攻め落としにかかるだろう」

 

 その言葉を聞いて一気に空気が張り詰める。

 目元が険しくなる者もいれば、拳を握りしめる者、猟奇的に笑う者もいる。皆楽しみなのだ。自らの強さを誇示することが。この幻想郷という広大な土地を支配することが。

 

 ガタリ とアゼラルは席から立ち上がる。

 

 

「我々は必ずこの幻想郷を手にし、再び吸血鬼の天下を獲るのだ!そして、永遠の夜をこの手に!」

 

 

 アゼラルの宣言に吸血鬼たちは震える。

 これがアゼラルの、スカーレット家の力。何者も自然とその者に己を預けてしまうようなカリスマ性。だからスカーレット家の吸血鬼の周囲には常に傅く者が集う。この世で最も統べることに特化した力。ある種の安心感を植え付ける力であった。

 

 

「…んでよ、スカーレット卿。それだけのために態々オレたちを呼んだんじゃねぇだろ」

 

「…ああ、その通りだ。今回諸君を呼んだのは、一度顔を合わせてほしい子がいるからだ」

 

「顔合わせェ?」

 

「そうだ、お前たちも気になっていただろう。…出てきなさい」

 

 

 その声とともに、アゼラルの背後から光のような物が現れる。それは、一つ、二つ、三つと増えていき、それが翼だと気づいたのはその姿が現れた頃だった。

 

 小さな少女だった。見た目では10を過ぎたこと辺りだろうか。

 サラリとした艶のある金髪、アゼラルと同じ紅に光る瞳、そして最も特徴的なのが、宝石のような奇妙な物体が生えている翼。その大きさは身の丈の三倍はあるだろうか。その小さな体から生えているとは思えないほど巨大だ。

 その顔に表情と呼べるものは無く、まるで鉄のようだった。

 

 

 

「紹介しよう、彼女は私の一人娘、フランドール・スカーレットだ。今回、この幻想郷の結界を破壊した、我が紅魔館が誇る最高戦力だ」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばレミリアさんって家族っていたりするんですか?」

 

「急にどうしたの、あっきゅん」

 

「…その呼び方は後で絶対直させますからね……おっほん、その、普段から見て思っていたのですが、人と接するのが上手だなって…。育ての親か誰かに教えてもらったのかなと」

 

 人懐っこかったり、話が通じるタイプの妖怪は、産まれて間もなくから人間と接していた、もしくは育ててもらっていたというケースが多い。そのまま人間のルールに適応して生活している妖怪もこの里には幾人かいる。害を与えるかどうかは別として。

 

「ああ、一応私人間に育てられたからね。そういうモラルは一通り持っているつもりよ」

 

 お前の行動のどこにモラルがあるんだ、という言葉を慧音は飲み込む。

 

「ええ!?そうなんですか!?私初耳なんですけど!」

 

「確か、山奥で捨てられたところを老夫婦に拾ってもらったのだったな」

 

「そうそう」

 

「慧音さんが知ってるのに、幻想郷の記録を担当してる私が知らないってどういうことなんですかー!!」

 

「知らない、うるさい」

 

「ほら〜、7歳児に言われてるぜ、あーっきゅん」

 

「ぐぐぐ…!」

 

「…だが、そう考えると、レミリアを捨ててしまった家族もどこかにいるということだな」

 

「ふーんだ!私を捨てるような恥知らずの家族なんて知らないわ!こんな美少女をバース直後に即リリースするなんて損してるとしか思えない!」

 

「私もそう思う」

 

「まぁ、そう言うな。もしかすれば家族の誰かが探してくれているかもしれないぞ。例えば妹とか…」

 

「私には咲夜ちゃんがいるから間に合ってますー!ねー、さくやん!」

 

「離れて、鬱陶しい」

 

「辛辣!えーん、あっきゅん!咲夜がグレたー!私の心にチクチク言葉が機関銃ばりの速度で突き刺さる!」

 

「あはは……でも確かに、こう見ると二人は姉妹に見えますね。いつも一緒にいることが多いからそう見えるだけかもですけど」

 

 

「もうこの際、姉妹としてやっていったらどうですか?」

 

「それはダメ!レミリアと私は対等なの」

 

「そ、そうですか」

 

 

「それにしても、妹かぁ…」

 

「何か気になることでも?」

 

「いや、実際に私に妹がいて、今私の隣にいたらどうなってたのかなって…」

 

「尻に敷かれる」

「妹が姉に見えるだろうな」

「妹さんの方が背とかお胸大きそうですね」

 

「揃いに揃って皆んな酷くない!?今ちょっとしんみりしかけたよね!?珍しく私がそういう空気にしようと思ったのに!」

 

「日頃の行い」

 

「違いないな」

 

「もーう!皆んなさっきからひどいー!私に癒しは無いのかー!?あー!こういう時に妹という存在が欲しい!」

 

「ふふ、ここは幻想郷ですよ。忘れ去られた物が最後に辿り着く地。いつかレミリアさんの家族もここに来るかもしれませんし、もしかすれば妹さんともばったり会うかもしれませんね」

 

「えー、そうかなー?仮にもし本当に妹がいて、会えたとしたら、仲良くなれたりできるかなぁ?」

 

「大丈夫だ、その時は私たちも協力する」

 

「そっかー、ありがとう。…まぁ、もしいたなら、きっと私に似てめちゃくちゃ美人なんだろうな!あはは!」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 




管理者「ファ!?なんか結界ぶっ壊されたんだけど!?敵にやべぇ奴いるぞ!はやくコロコロしなきゃ…。結界も直さないと!あー忙しすぎて人里に手回せないわー」

人里「おいおい、これじゃあMeは死ぬじゃないか」
レミリア「↑熱くなれよ!」

吸血鬼「勝ったな(フラグ)」





 タイトル詐欺は悪い文明なので、多分続きます。



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万年置き茄子にご注意を


【前回のあらすじ】
・天使咲夜ちゃんの甘える攻撃!(効果:相手は死ぬ)
・慧音先生は脳筋(周知の事実)
・Q.明日から何が始まるんだ?A,大惨事世界大戦だ




 

 

 

 

 

 全面戦争が起きるという衝撃のカミングアウトから、一夜が経過した。

 

 相も変わらず人々はいつも通り生活している。

 だがそれは、この情報一つが知れ渡るだけで簡単に崩れる脆い物だ。人々も、まさか今日幻想郷の命運がかかった戦が行われるなど夢にも思っていないだろう。

 

 だが、所詮はそんなものだ。いつだって幸せな時が崩れ去るのは唐突である。何気ない日常に、己の知り得ないところで、崩壊の予兆は始まっているのかもしれないのだ。

 気がついた頃にはもう遅い。今まで積み上げてきたものは全て無に帰し、全てが台無しになる。そんな光景を目の前でただ見ることしかできないその心境は如何程か。とてつもない無力感と、絶望に襲われるだろう。

 

 だから我々は常に日常生活の中でも気を張る必要がある。どんな些細なことも細心の注意を持って見なければならない。でなければ全てを失うことになる。誰だって大切なものを失うのは嫌だから。

 

 

 ……そう、例えそれが

 

 

「私の大好きなチョコレートパフェだったとしても…」

 

 

 絶望に打ちひしがれた表情をしているレミリアの目の前には、転倒した巨大チョコレートパフェが転がっていた。

 

 レミリアが一つ一つ、神経を削って3メートル以上に達したそれは、熱によるチョコレートの摩耗、そして科学界の重鎮 重力によって無慈悲にもその塔のように積み上げられた中身を机と床にぶちまけた。

 

「レミリア、どうしたの?すごい音したけど………うわっ…」

 

 倒れた音を聞いてキッチンに入ってきた咲夜が顔を顰める。

 

「レミリア…またパフェタワー作ってたの?前に店長に怒られたの、全然懲りてない」

 

「いや今回は惜しかったんだ!あと少しで完全体だったのよ!完全甘物パーフェクト・パフェ、略してパーパフェが出来ようとしてたのよ!」

 

「知らない。どうするのこれ、もうすぐ店長来るよ」

 

「しまった!はやく片付けないと!次バレたら今度こそやっばい目にあうに決まってる!てんちょーのことだから逆さ吊りにさせられたり…」

 

 

「そうだな、良くわかってるじゃないか」

 

 

「あぇ?」

 

 瞬間、レミリアの視界がひっくり返る。

 気がつくと、レミリアはその場で逆さ吊りにされていた。

 

「げげっ!?もう来たのてんちょー!?今日早くない!?」

 

「今日は予約注文があるからな。早めに仕込みしないといけなかったんで来たんだが……やってくれたな、レミリア。例の吸血鬼に襲われたってんで心配してたんだが…どうやら手心の必要は無さそうだ」

 

「ち、ちくしょー!やめろーっ!能力解けーっ!」

 

「やだね、お前にはそろそろ本格的にしばき上げないといけないようだからな…」

 

「ま、待っててんちょー!弁明を、弁明の機会を!」

 

「…言ってみろ」

 

「私はスイーツ界の新たな扉を開こうとしてたんだ!誰だって想像したことあるでしょう?見上げるほどに積み上げられたパフェを!私は全パフェラーの夢を叶えようとしてただけなんだ!」

 

「連行だ」

 

「うわーっ!そんな殺生なー!」

 

「咲夜、悪いがその散らかったやつ片付けといてくれ。その分の給金はこいつから引いて出しとく」

 

「わかった」

 

 

 

「ヤメロー!死にたくなーい!…あ、咲夜!今の私、前見た天井下がりって妖怪に似てない?わーべろべろ〜!あっ、ちょ、てんちょー締めないで、締め付けないで、そこは敏感なのぉ!ぎゃあぁぁぁぁ!!?」

 

 

 

 逆さ吊りの状態で、そのまま店の2階へと連行されていくレミリアを咲夜は呆れた顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 多々良小傘は思い悩んでいた。

 

 例の吸血鬼に襲われ、丸1日が経過した。心の整理も何とかついた小傘は改めてレミリアに会おうと、彼女が働いている洋菓子屋の前まで訪れていた。

 だが、今更自分がどの面を下げて会いに行けるのだろうか。

 結果的に助かったとはいえ、レミリアはあの恐ろしい吸血鬼に襲われたのだ。自分のせいで、大切な友だちが危険な目に遭ってしまった。その責任感がレミリアと会うことを憚ってしまう。

 

 だが、せめて一言謝罪と感謝は述べなければならない。何より、小傘はこのままレミリアと会えないというのは、どうしようもなく嫌だった。

 そんな一心で、ここまで来てはみたものの、やはりいざ会うとなると、どうしても尻込みしてしまう。

 

「うぅ〜っ!」

 

 拒絶されてしまったらどうしよう。嫌われていたらどうしよう。

 そんなことを想像してしまい、その場でうずくまってしまう。

 

「どうしよう〜っ!」

 

 

 

「た、助けてー!へるぷみー!」

 

 

「え?」

 

 聞き覚えのある声が耳に入り、その声が聞こえた店の裏手に入っていく。

 するとそこには、店の二階の窓からロープで身体中を縛られ、逆さ吊りにされているレミリアがいた。

 

「な、何やってるの…?」

 

「あ、小傘!色々あってご覧の有り様なの!助けて!」

 

「色々って…?」

 

「パフェ、塔、倒れる」

 

「ああ…」

 

 全てを察したように小傘は声を漏らす。

 まるでミノムシのようにブラブラと体を振りながら助けを求める友人を見てると、小傘は悶々と悩んでいた自分が、何だかバカらしく思えてしまった。

 

「……もーう、しょうがないな。今回だけだよ」

 

「ありがとう〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かったよ小傘…。くそぅ、てんちょーめ…。毎度毎度、手心というものを知らないのか!?」

 

「毎度毎度、同じことを繰り返して怒られてるレミリアの責任だと思うよ…」

 

「えーん。一週間まかないスイーツ抜きにされるし、散々だよ…」

 

 涙目になりながらそう言葉を漏らす。

 店の材料費もタダではない。逆にあれだけのことをしておいて、それだけで済んでいるのは、ある意味店長の情なのだろうか。

 

 

「…ねぇ、レミリア。あの後大丈夫だった?ほら、その…吸血鬼に襲われた後…」

 

「あの後…ああ。うん、全然問題なかったよ。今ピンピンしてるし!」

 

「……ごめんね、レミリア」

 

「え、なんで謝るの?」

 

「だってわちきがレミリアを連れて行かなかったら、怪我なんてしなかったし、危険な目にも遭わなかった。だから、全部わちきのせいなんだ…わちきが…」

 

「そんなことない」

 

「え?」

 

「私は小傘に誘われはしたけど、最終的には私が自分で決めてついて行ったの。それは小傘のせいなんかじゃない。私のせいだ」

 

「そ、そんなこと…!」

 

「それに、小傘はあの時、ちゃんと私のこと助けようとしてくれたじゃん。あの時小傘が立ち向かってくれたから私は逃げ切れたんだよ」

 

「う、うぅっ…!」

 

「はいはい泣かないの。最恐の妖怪の名が廃るわよー」

 

「廃ってないもん」

 

「え、じゃあ腐ってるの?やっぱり小傘は茄子の妖怪…」

 

「だから茄子じゃない!」

 

「茄子の名が腐るわよ」

 

「その茄子で殴打するよ?」

 

「ア、スミマセン」

 

 

 時刻はもうすぐ昼になる。

 2人はどこかで昼食を摂ろうと、どこか手頃な店を探そうと辺りを見回す。

 

「おうどんが良いな私ー」

 

「…ねぇレミリア。あの子 様子おかしくない?」

 

「ん、どれどれ…」

 

 小傘の指差す先には、人里の通りを歩く小さな少女がいた。

 しかし、ナイトキャップからはみ出た獣耳と、その身から生えている2本の細長い尻尾で、その少女が人間でないことが分かる。だが、小傘もレミリアもあんな妖怪は里で見たことがなかった。

 そんな少女は、何か困った様子で辺りをキョロキョロと見回している。

 

 

「ど、どうしよう…。守護者さまの家がわからない。一回藍さまのところに戻ろうかな…。でももう、転送板も2枚しかないし…」

 

「へいへーい、そこの嬢ちゃん。私と一杯やってかない?」

 

「え!?そ、その、怪しい人に付いてったらだめって藍さまに言われてるので遠慮しておきます」

 

「がーん!?私不審者扱い!?」

 

「今のは明らかに怪しい人の行動だよレミリア…。ごめんね、何か困ってるみたいだから声をかけたんだけど、どうかしたの?」

 

「えっと……、わ、私 橙って言います。実は、里の守護者さまの家を探してるんですけど、全然見つからなくて…」

 

「つまり、はじめてのおつかいで迷子になったと。……ところでその尻尾ちょっと触らせてくれない?あ、耳でも良いよ!」

 

「え、嫌です…」

 

「そんなこと言わずに頼むよー。私の荒んだ心を癒しておくれ。ほらー、この茄子触っていいからさー」

 

「唐傘スマッシュ!」

「ぎゃん!?」

 

 

「え、えっと…」

 

「慧音先生の家だね。わかった、案内するよ!」

 

「は、はい、有難いんですけど、さっきの人大丈夫なんですか?すごい体勢ですけど…」

 

「大丈夫だよ、いつもの事だし」

 

 頭から地面に突っ込み、鯱鉾のような体制になっているレミリアを無視し、小傘は橙と共に、慧音の家へ歩を進めた。

 

 

「……多々良小傘はレベルアップした!人里のヒロイン、レミリアちゃんが仲間になりたそうにこちらを見ている!仲間にしますか?▶︎はい ▶︎いいえ」

 

 

 

 無視無視。

 

 

 

 

 

 

 

 人里の通りから少し外れた場所。そこに里の守護者こと、上白沢慧音の自宅はある。

 玄関の前にある鈴を軽く鳴らし、しばらくすると引き戸がガラリと開き、慧音が顔を出す。

 

「ん、橙じゃないか。君が来たということは…」

 

「はい、結界の護符を届けに来ました!」

 

 そう言って橙は、数十枚ほどのお札の束を渡す。

 このお札は結界符。これを対応する方角に貼ることで、その範囲に結界を発生させることのできる代物だ。今回橙が持ってきたものは、博麗の巫女という幻想郷の調停者が作ったもので、かなり強力なものだ。

 

「何とか枚数はあるな。ありがとう、これなら一晩くらいなら何とかなるかもしれない」

 

「はい。それで、えーっと…少しお話を聞きたいのですがよろしいですか?」

 

「ん?ああ、別に大丈夫だぞ。戦争までまだ時間があるからな」

 

「はい、じゃあお邪魔して…」

 

「ねぇ、戦争ってなに?」

 

「「……あ」」

 

 橙をここまで案内してきた小傘。

 彼女はいつも人里で暮らしていることもあり、今日起こることを一切知らなかった。

 

 

「そういえば、小傘は何にも知らなかったね」

 

 どこからかレミリアがひょっこりと姿を表す。

 

「わぁっ!?」

 

「レミリア、お前いつからいたんだ?」

 

「さっきからずっと」

 

「な、何で声かけてくれなかったの?」

 

「だって小傘が ▶︎はい か ▶︎いいえ で答えてくれないから…」

 

「それまだ続いてたの!?」

 

「……はぁ、兎も角、聞かれたからには仕方ないな。小傘、お前も中に入れ。一緒に説明する」

 

「う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げ、幻想郷と吸血鬼が戦争!?しかも今夜!?」

 

「驚いた?」

 

「驚くよ!」

 

「まぁ、そんなわけで里に結界を張る必要があったから、こうして管理者側から届けてもらう必要があったんだ」

 

「ええ!?ということは、橙ちゃんってもしかして凄くお偉いさんなの…!?」

 

「え、そ、そういうわけじゃ…」

 

「そう、橙様はこの幻想郷から我らを護るために遣わされた使者なのだ!崇めよー讃えよー」

 

「「ははーっ」」

 

「ええ!?ちょっとレミリアさん!?小傘さんと守護者さまも頭を下げないでください!」

 

「いやすまん、つい…」

 

「というか慧音先生って結界とか貼れたんですね」

 

「ああ、これでも里の守護者なんて呼ばれているからな。術も多少は扱えるさ」

 

「意外すぎる。てっきり頭突きで敵を撃退するものだと…」

 

 スッ…

 

「ナンデモアリマセン…」

 

 そんなやりとりをしてる時、ガラリと玄関の引き戸が開かれた。

 

「お邪魔します。慧音さん、いらっしゃいますか?」

 

「ああ、こっちだ阿求。そうか、もうそんな時間か」

 

 中に入ってきたのは、阿求だ。

 今日は里の警備の話をするために、慧音に呼ばれてきたのだ。

 阿求はそのまま履物を脱ぎ、居間へ入ってくる。

 

「あ、皆さん。それに橙さんも」

 

「にゃっ!丁度よかったです!実は皆さんに聞きたいことがあるんです!」

 

「ああ、すまない そうだったな。言ってくれ」

 

「えっと、実は二日前の夜にこの人里の近くですごい魔力が観測されたみたいなんです。それで、守護者さまや、阿求どのなら何か知っているかな、と」

 

(ぎくりっ)

 

「二日前の夜…といえば、丁度レミリアと小傘が吸血鬼に襲われた時だな」

 

「え、人里に吸血鬼が現れたんですか!?」

 

「正確には人里の周辺でですね。丁度里の外にいたお二人が襲われたんです。それにしても凄い魔力ですか…。慧音さん、それらしいものは感じましたか?」

 

「…一応、強力な力自体は感じはした。が、それは恐らく例の吸血鬼のものだろう。橙、その魔力はその後どうなったんだ?」

 

「えっと、数分後には消えたと…」

 

「ふむ、私が感じていた魔力も小傘を保護してから間もなく消えた。多分、その吸血鬼のものだと思うのだが…レミリア、お前はどう思う?」

 

「んえっ!?わ、私?え、えーっと、あの時はがむしゃらに逃げてたからちょっと分からないかな〜。でも吸血鬼はそいつ一匹しか見てないし多分そうなんじゃないかな!ね、小傘!」

 

「うん、吸血鬼は1人しかいなかった」

 

「藍さまから聞いた話だと、異常な力を持ってたって聞いたんですが、やっぱりその吸血鬼の魔力なんでしょうか」

 

「そうだろうな、仮に他にいたとしても私たちはその吸血鬼しか分からない。…すまないな力になれなくて」

 

「いえいえ、とんでもないです!ありがとうございますお話を聞いていただいて」

 

 そう言って橙はその場でお辞儀をする。

 

「やはり橙さんは良い子ですね。…誰かさんにも見習って欲しいのですが」

 

「ん?」

 

「お前のことだ、レミリア。毎度毎度問題ばかり起こして…」

 

「おっとぉ!?流石の私もこの流れで責められるとは思わなかったぜ!」

 

「わちきと会うたびに茄子とか言ってくるし」

「私と会えばやれ脳筋だの、頭突きファロサウルスだの」

「あっきゅん呼びは直してくれませんし…」

 

「「「はぁ…」」」

 

「苦労してるんですね…」

 

「ちょっとーー!?違うからね橙ちゃん!これは捏造だぜ!本当は私たちいつも笑顔ほわほわ仲良しーだからね!」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「待てーい!何存在しない記憶を植え付けようとしている!レミリア、どうやらお前には、私たちが普段お前にどれほど苦労させられているのかわからせる必要があるようだな!」

 

「暴力反対!」

 

「問答無用!何よりお前がいると話が進まん!小傘!阿求!」

 

「「はーい」」

 

「ちょ、やめて!一体何するの…って、あ、ちょっと!?こそばい!んふふっ、こしょこしょはずるい!あっ、ふふふっ、あ、あははははははっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 しこたま くすぐられたレミリアは精魂尽きて倒れ伏していた。荒い息をたて、身体を痙攣させながら、恨めしそうに3人を見ている。

 

「み、みんなヒドイ…」

 

「本当にこれからは真面目な話なんですから、少しは大人しくしておいてください」

 

「ふぎゅう…覚えてろ〜…ガクッ」

 

 

「……さて、橙。一つ聞きたいんだが、今回誰がどれくらいの規模で、戦争に参加するのか知っているだろうか」

 

「そう、ですね。藍さまから聞いたのですが、地底以外の幻想郷の殆どの有力者が戦争に参加するみたいです…。私が知ってるだけでも、伊吹童子に星熊童子、あと天魔様と、風見幽香…そして、ルーミアも」

 

「ルーミア!?あの常闇妖怪がか!」

 

「他の方々は里が近くにあると知れば、手心を加えてくれるかもしれませんが、あの妖怪は…」

 

「はい、ですので恐らく何もしなければ、人里への被害は避けられないかと…」

 

「…今宵は満月だ。私の力も増す日でもある。だがそれでも里を隠し切れるかどうか…」

 

 上白沢慧音。

 彼女はハクタクと言われる神獣のハーフであり、半妖だ。故にある程度の術は扱えるし、その力も人と比べて遥かに強力だ。しかし慧音は、人と共にあることを選び、常に己の持つ力で人々を守ってきた。

 『歴史を隠す程度の能力』『歴史を創り出す程度の能力』

 この二つを駆使し、里自体を無かったことにしたり、別のものに誤認させたりと、外敵から里を守ってきた。

 

 だが今回の戦争の規模は過去最大になるだろう。更には人間のこともお構いなしに襲うような凶悪な妖怪までもが戦うのであれば、まさに戦場は地獄絵図となるに違いない。

 

 そんな戦いの中、里を守り切れるかと言われれば、慧音は言葉を詰まらせてしまう。

 

「…どれだけ戦況が荒れてしまっても、外の被害を里に出させるわけにはいきません。考えましょう!レミリアさんもそう言ってました。私たちにできるのはそれだけです!」

 

「…そうだな。よし、もう一度結界の配置を見直そう。里の皆んなが安心して朝を迎えられるように」

 

「わ、わちきも一緒に考えるよ!」

「私も!」

 

「ああ、ありがとう…」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けの空。赤く染まった雲を見つめながら、小傘とレミリアは帰路へついていた。

 

 

「はぁー、今日は疲れたよー。色々知りすぎて頭がパンクしそう」

 

「お疲れ、小傘。中々話し込んでたね」

 

「うん、おかげで今夜は何とかなりそうだよ!…わちき自身は弱すぎて何もできないけど」

 

「そんなことないぞ、考える人手が1人でも増えるのは大きな前進だ。小傘のアイデアも採用されてたしな」

 

「き、聞いてたんだ…。照れるよ」

 

 小傘は目の前に浮かんでいる夕日をじっと見る。瞳に夕日の茜色が映る。

 

「……この太陽が沈んだら戦争が起こるんだよね…」

 

「そうだね」

 

「…戦火は来ないで欲しいな」

 

「そう祈ろう。そのためにいっぱい考えたんだからさ」

 

「…それでも心配だよ。わちき、ここの人たちが大好きだから、誰も死なないで欲しいんだ」

 

「そうね、私も誰も死んでほしくはないな」

 

「うん、もし誰か死んじゃったら…、それが知ってる人だったら……それが…レミリアだったら。そう考えると…」

 

「……」

 

「わちきが、わちきがもっと強かったら……前に立って皆んなを守れるのに!」

 

 あの時だってそうだ。

 結局自分はあの吸血鬼に歯牙にも掛けられなかった。あの時、自分が戦えていれば、レミリアを守れていたかもしれない。

 

 傘を持つ手が震える。

 夕日に映された自分の影を見る。そこに無力だけが写されているような感じがして、そんな自分がどうしようもなく嫌だった。

 

 

「……こしょこしょこしょ!」

 

「わっひゃあ!?あははっ、ちょっと、やめっ、あひゃひゃひゃひゃ!」

 

「おらっ、さっきの仕返しだ!あの時はよくもやってくれたな!」

 

「や、やめっ……唐傘スマッシュ!!」

 

「うぼぁ!?」

 

 レミリアは空中で錐揉み回転し、地面に激突する。

 

「はぁ、はぁ…あっ!ご、ごめんレミリア!大丈夫!?」

 

「…ふ、ふっはははは!ほら、強いじゃん。小傘は弱いことなんてない」

 

「で、でも…」

 

「この私が言うのだから間違いないさ!」

 

「いや、レミリアに言われても説得力皆無なんだけど…」

 

「ヒドイ!」

 

 レミリアは小傘の手を掴んで立ち上がる。

 

「……弱くっても良いじゃん」

 

「え?」

 

「弱い奴は弱い奴なりにできることがあるんだよ。力がある奴が全てなんかじゃない」

 

「………」

 

「人間だって、考えて考えて、考え抜いて、自分達よりずっと強い妖怪に勝ってきた歴史だってあるんだ。小傘が弱いからと言って何もできないわけじゃない」

 

「そう、かな?」

 

「そうだよ!それに、弱いってことは、これからぐんぐん強くなれるってことじゃん!今は何もできなくても将来すっごい強い妖怪になれば、皆んなを守れるでしょ?」

 

「…わちき、レミリアのそういうポジティブに考えられるところ結構好きだよ」

 

「そう?もっと好きになって良いのよ〜?」

 

「調子乗るからヤダ」

 

「しょぼん」

 

 

「……あははっ、うん!ありがとう。おかげで元気出てきたよ!」

 

「そりゃ良かった。んじゃ、私家こっちだからここでお別れだね」

 

「うん、また明日!レミリア!」

 

「…そうね、また明日!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って」

 

 

「あ、咲夜!バイト終わったの?珍しいね、いつもなら仕込みしてきて帰ってくるのに」

 

「レミリア」

 

「 あっ、もしかして てんちょーに頼まれて無断で抜け出してきた私を連れ戻しにきたのか!?嫌だい!もうお仕置きは勘弁!」

 

「聞いて」

 

「いやー!もう亀甲縛りはいやー!あんな霰もない姿を店の前で晒すのはもう嫌なんだい!おのれー!だがやってやるぞー!頑張れ私!スイーツがこの世に存在し続ける限り、私が挫けることは、絶対に無い!」

 

 

「話を聞いて!」

 

 

「え…何?」

 

「…どこ、行くの?」

 

「どこって…家に帰るんだけど」

 

「嘘」

 

「嘘じゃ」

「そっち、家の方角じゃない」

 

「…ちょっと寄り道しようとしただけじゃん。つまみ食いぐらいでケチケチしちゃって〜」

 

「……………」

 

「……………何?」

 

「……………」

 

 

 

「……はぁー、何で気づくのよ」

 

「レミリア、小傘と帰ってる時から様子おかしかった」

 

「え、あれ見てたの!?凄く恥ずかしいのですが…」

 

 

「…本当に行くの?」

 

「うん、いっちょ暴れに行こうかなって」

 

「私も行く」

 

「だめ」

 

「ッ……なんで!」

 

「咲夜、貴女は人間よ。しかも子供。今の貴女に戦場は危険すぎるわ。今回は今まで見てきたものとは訳が違うのよ」

 

「嫌だ!私も行く!」

 

「駄目」

 

「嫌!行くの!!」

 

「咲夜、帰りなさい」

 

「嫌だ嫌だ嫌だ!!私もレミリアと一緒に戦う!!私だって戦える!私だって強い!!だから…!」

 

 

 

 

「二度言わせないで。 咲夜、帰りなさい」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 空気が軋む。

 息が苦しい、眩暈が、吐き気がする。

 

 重心が崩れ、咲夜は地面に四肢をついてしまう。そのまま急激に力が抜けていく感覚に襲われ、地面につくばう。

 

 そんな咲夜を無視して、レミリアは歩みを進める。

 

 

「い、いや…だぁ…!!」

 

「………」

 

「いかない…で!」

 

「……」

 

 咲夜はレミリアに手を伸ばす。

 動かない体を前に出して。少しでもレミリアとの距離を縮めようとする。

 

 

「…もう、わたし…を、置いてかないで!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、もう仕方ないわね」

 

 

 空気が緩む。

 

 レミリアは咲夜に近づき、その伸ばした手を掴んで体を起こしてやる。

 

「…うっ、ひっぐ、うっぐ」

 

「ほらほら泣かないの。咲夜は強いんでしょう?」

 

「……ずずっ………うん」

 

「ほら、一緒に行きましょう?何かあったら私が守ってあげるから」

 

「………私が守るの」

 

「えぇー、本当にそんなことできるのでごさるか〜?」

 

「守るったら守る!」

 

「あはははっ、分かってるわよー」

 

 

 

 

「…レミリア、結局どうやって戦争を止めるの?」

 

「うーん、別に私としては人里に被害が出なかったら戦争だろうが勝手にやってくれれば良いからね。かと言って、私が人里守ってたら多分バレるし…」

 

 そんなことはないだろう。咲夜は内心そう思う。

 夜の時のレミリアは普段とは、まるで別人だ。常日頃見せる人間らしさは形を潜め、妖怪のような冷徹さが顔を出す。言動は普段のレミリアに近いが、その中身がまるまる得体の知れないモノに変わってしまう。初見で普段の腑抜けたレミリアと夜の姿を同一人物と判断するのは難しい。

 

 が、それはそれとして人里の人たちにレミリアが恐れられるのは嫌なので、咲夜はあえて口を噤んだ。

 

 

「だから今回の事件の主犯をぶん殴れば全部解決するかなーって」

 

「短絡的すぎる」

 

「でも一番効果はあると思うわ。そいつのボコボコにした顔面を晒し上げれば敵も戦意喪失間違いなし!意見はある?」

 

「……異議なし」

 

「じゃあ決まりね。早速その主犯とやらのところへ行くわ!まだ日が沈んでないから途中まで歩きだけど…」

 

「まって、私良いもの持ってる」

 

「?」

 

 そう言って咲夜は懐を漁り、木の板のようなものを取り出した。表には術式らしきものが書かれている。

 

「これあの猫耳の子が使ってたの。遠くにワープできるみたい。だから一個盗ってきた」

 

「猫耳って、橙ちゃんのこと?」

 

「多分そう。あの子がこれ使ったら、藍さまの元に戻れるって言ってた」

 

「あ、そっか、橙ちゃんは管理者側だからそれを使えば戦場までひとっ飛びってわけか!」

 

「うん、確かこの板を割れば使えたはず」

 

「よーし、じゃあ私に任せときなさーい!咲夜、一応つかまっといて」

 

「うん」

 

「いくわよー、せーの…」

 

 

 

 

「まっ、待って!!」

 

 

「「え?」」

 

 

 

 

 バキンッ

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました、藍さま」

 

「お帰り、橙。何か分かったことはあるか?」

 

「すみません、あまり有力なことは…。ただ、丁度魔力が観測された日に人里の近くに吸血鬼が現れてたみたいで、多分それが原因じゃないかって守護者さまは言ってました」

 

「……ふむ」

 

 解せないところはあるが、守護者がそう言っているのならばこちらがこれ以上首を突っ込むことはできない。

 直に戦も始まる。今はそちらに集中するべきだ。

 

「そうだ橙、ちゃんと転送板は使えたか?」

 

「はい!藍さまの言いつけもちゃんと守りました!」

 

「そうか、良い子だな。転送板は1人で使わないと、術式が壊れて、あらぬ場所に転送されてしまう。こうして帰ってこれているからには問題なかったようだが、次からも扱いには気をつけるんだよ」

 

「はい!」

 

「…さて、そろそろ時間だ。橙も所定の場所に行きなさい」

 

「はい、わかりました藍さま!」

 

 そう言って橙は、部屋を出てその場を後にする。

 

 

「……あれっ!?予備の転送板が無い?もしかして、どこかで落としちゃった!?」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「……ぅん」

 

 

 頭痛と共に咲夜は目を覚ます。

 気怠さと共に起き上がり、辺りを見回すとそこは薄暗い森の中だった。聞いた事のない生き物の鳴き声や囀りが響き渡っている。

 

「……転送…できた?」

 

 しかし周囲には森が広がるだけで、吸血鬼はおろか妖怪の影も形もない。

 

「……誰もいない」

 

「うぅ〜ん…」

 

「!」

 

 突如聞こえた声に咲夜はその場から距離を取り、携帯しているナイフに手をかける。

 

「…あ、あれ?わちき…」

 

「……小傘…なんで…」

 

「あっ、さ、咲夜!」

 

「…なんでついてきたの?」

 

「だ、だって、2人が戦いに行くって聞いて…それで……」

 

「……はぁ、もう良い」

 

 来てしまったからには仕方ない。

 こうなった以上、見て見ぬふりはできなかった。

 

「…そういえば、レミリアは?いないみたいだけど」

 

「…え?」

 

 咲夜は慌てて周囲を確認する。

 草むらや、木の上、地面など、近くで探せる限りのところは探したが、そのどこにもレミリアは見当たらない。

 

 

「どこ…?レミリア! どこ!?」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「あいったたたた…頭打ったぁ…」

 

 頭部を強打したことで目を覚ましたレミリアは辺りを確認する。

 

「……なにここ…お城?」

 

 視界に映るは、赤、赤、赤。

 そこは、壁、床、装飾品に至るまで全て赤一色に統一されている、通路のような場所だった。なんとも目に悪い場所である。

 だがその周囲の様子から何らかの館か、城のようなものだということが分かる。

 

「うわぁ、趣味悪ぅ…ここの主人様どんな神経してこんな館作ったのよ。…おーい、咲夜ー!どこー?」

 

 レミリアの声は反響した音が響くだけで、それ以外は返事どころか、物音すら一切聞こえない。

 知り合いはおらず、全く知らない場所にいることに加え、右か左、どちらに行けば良いのかすら分からない。

 

 レミリアは一つの結論に辿り着く。

 

 

 

「……うん、これは迷子案件ね」

 

 

 

 窓から差し込む陽光が、完全に消え去った。

 

 

 

 





レミリアたん:迷子
咲夜:迷子
小傘:迷子
橙:コロンビア╰( ̄^ ̄)╯

みんなも物を使う時はしっかり説明を聞いてから使おうね!



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妖怪大戦争!〜世界最後の日〜



*新鮮な続きが現れた!あなたはどうする。
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▶︎レミリアたんハァハァ…


【前回のあらすじ】
 自身の夢を世界の法則に無惨にも打ち砕かれたレミリア。罰として吊し上げに遭いながらも、レミリアは夢を叶えるために力戦奮闘!時に茄子に殴られ、時に笑顔の過剰摂取で死にかけながらも、限界の壁を乗り越えていく。しかしついにその夢が現実となることはなく、怒りの余りスーパーレミリアたんに変身!その時の怒りで今回の異変の主犯をぶん殴ることを決意したレミリアは、見事限定アイテムの使用ミスにより、未知のバグワールドに迷い込んでしまうのだった!




 

 

 

 

 

 カツカツと、歩く音が小さく響く。

 魔法でかたどられた階段を登り、その頂上に現れた光景を見て、男は…アゼラルは小さくほくそ笑む。

 

 視界を埋め尽くすほどに、果てしなく続く吸血鬼とその配下である人外の大群。彼らは皆アゼラルの招集に集った者たちだ。

 これら全てが己に付き従っている。その事実にアゼラルは思わず口角が上がる。そしてこれから、それがこの世界すべてになる。

 

 これほどの高揚は今までになかった。

 

 吸血鬼たちは壇上に立ったアゼラルに気づき、静かに上を見上げる。

 

「…諸君、陽が沈んだ。そしてたった今、幻想郷の妖怪どもがこちらに進軍を開始した!」

 

 吸血鬼たちの目つきが変わる。

 凶悪で、猟奇的で、獲物を見つけたかのような目。己らが勝つことを確信している目。

 

「最早何も言うことはあるまい。これより我々は幻想郷に対して全面的な制圧行為に出る!!行け、同志たちよ!!今こそこの幻想郷を我々の手に!!」

 

 響く歓声、笑い声、金切声、遠吠え。

 それはまるで、彼らの欲望の具現だった。

 

 自軍を焚き付けたアゼラルは一度その場を後にする。

 

 

「……流石です、アゼラル様」

 

「当然だ。それより周囲に警戒しておけ、最早いつ敵襲が来てもおかしくはないのだからな」

 

「はっ」

 

 

 この戦争の目的は吸血鬼という種族の再興にある。

 

 ある一件がきっかけで数百年前から衰退の一途を辿った吸血鬼一族。そんな状況に吸血鬼たちは焦りを感じたのだ。そんな時に彼らはある書物で、その世界の存在を知った。

 

 幻想郷。

 外界とは完全に隔絶されたその世界は、誰から見てもそこは楽園と言うに相応しい場所であった。

 人外が人外らしく、人が人らしく生きているその世界は、吸血鬼の脅威を減らされてしまった腑抜けた世界を見てきた吸血鬼にとって、正に宝の山に見えたことだろう。

 外の世界ほど、文明も発達しておらず、吸血鬼の弱みも知れ渡っていないこの世界は、吸血鬼という存在を再び世に知らしめるための基盤作りの場としてはまさに絶好の場所だった。

 

 一度絶頂を味わってしまえば、それ以外では最早満足できない。それはアゼラルも同じこと。

 かつての栄光を取り戻すために、彼らは死に物狂いで奔走しているのだ。

 

 

 

「…さて、ノーレッジ。賢者の石の様子はどうだ」

 

「今のところ良好よ。…まったく、これを維持するのも一苦労なんて話じゃないのよ」

 

「黙れ、貴様は他の魔術師と共に我らに魔力を供給し続ければ良い。貴様の望む物は全てくれてやっただろう」

 

「だからといって……はぁ、まぁ良いわ。言っておくけど私はこれを維持してる間はほとんど動けないから。ちゃんと守衛はつけてほしいわ」

 

「ふん、良いだろう。適当な配下を置いてやる。精々勤しむことだ」

 

 そう言うとアゼラルは、そそくさとどこかへ行ってしまう。

 

「はぁ、あのお方の横暴にも困ったものだわ…」

 

 そう魔法使いは夜空を見ながら、ため息を落とした。

 

 

 その瞬間、空から降る二筋の光が目に入った。

 

 それが何かと思う前に、光は吸血鬼の軍勢のど真ん中に落ち、光と共に大爆発を起こした。

 突然の事態にその場はパニックになる。

 

 何度か咳き込むと、魔法使いは光が降ってきた場所を見やる。そこには大きな煙が上がっていた。

 それは敵襲だということは誰の目から見ても明らかだった。

 

「…派手な狼煙ね。あなたたち、状況は?」

 

「もう少しお待ちを!……こ、これは…」

 

 配下である魔術師の顔がみるみる青くなっていく。

 

 

「お、鬼です!!情報にあった、星熊童子と伊吹童子です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 まるで特大のミサイルでもぶつかったのではないかと言わんばかりの爆心地。その場にいる慌てふためく他の生物を差し置いて、悠々と濃煙の中から二つの影が出てくる。

 一方は額のあたりに赤い一本角をもった背丈の高い女。もう一方は背丈は低いが、その身の丈の半分以上はあるであろう2本の角が生えた少女。

 

 

「おぉ〜、こいつらが吸血鬼かぁ〜。何か思ってたのと違うな。なんか弱そうだ」

 

「まぁ、良いじゃないか。折角あの賢者に頼んで、祭りの先陣切らせてもらったんだからさ。楽しもうじゃないか萃香」

 

「うーん、ま、そうだな!勇儀が特例で久々に地上に出れたんだ!久しぶりに暴れ散らかしてやるか!!」

 

「ああ、そうだなぁ!!」

 

 瞬間、その場が爆発する。

 未だ状況を把握し切れていない吸血鬼が、まるで布切れのように空を舞う。

 

 これが鬼。

 幻想郷に存在する人外の中でもほぼトップと言って良い力を持つ存在。その腕っ節だけで、時には岩を彼方まで投げ、時には湖を蒸発させ、時には山を割った。これは誇張ではなく紛れもない事実である。現に歴史に名を残すような鬼はそれらを可能としてきた。

 あの2人はそんな鬼の中で、正に別格と言っても良い存在だ。

 

 星熊勇儀。伊吹萃香。

 彼らの腕力は文字通り天を割る。その力は紙のように飛んでいる吸血鬼たちを見れば理解しやすいだろう。

 吸血鬼も何もしていないわけではない。防御の魔法や異能を使い、攻撃を軽減させようと努める。しかし、そんなものは紙屑同然と言わんばかりにあっさりと突破される。こちらが攻めても、攻撃ごと自身が吹っ飛ばされる。

 

 地面が砕け、地割れが起きる。風圧で岩に叩きつけられる。身に纏う妖力で、身体が削られる。

 悪夢でももう少しマシな光景が出てくるだろう。

 

「あっはははは!ちと手応えはないが、楽しいじゃないか!こんなに沢山いるんだからなぁ!!」

 

「それは同意だねぇ!!」

 

 

 

 混沌となっている戦場をアゼラルは冷静に見つめていた。

 

「鬼か。奇襲は予想していたが、いきなり大物を寄越すとはな。相手もこの戦いを長引かせるつもりはないと言うことか」

 

「ご、御当主様!ご報告が!」

 

「なんだ」

 

「周囲の上空から突如、天狗の群れが!」

 

「…成程、そう来たか」

 

 内と外。そこから攻め入れば、この場にいる者たちを混乱させることは容易である。要するに、こちらの動く場を無くして、混乱に乗じて一網打尽という作戦だろう。

 アゼラルは拡音の魔法を口元に置いて、壇上へ上がる。

 

 

「同志たちよ!狼狽えるな!!既に戦争は始まっている!!今こそ我ら吸血鬼の力を知らしめす時だ!!行けぇ!!!」

 

 

 アゼラルの言葉で殆どの吸血鬼たちの混乱が解け、それぞれの動きにキレが戻る。これもまた、アゼラルのカリスマ性が為せる技と言えるだろう。

 

「…さて、まずはあの鬼どもからだな」

 

 

 

 

 

 

「はははっ、どうしたどうしたぁ?最強の種族ってのはこんなもんかぁ!?」

 

「ラァッ!!」

 

「!」

 

 刺し尽くすような気配に勇儀は思わず振り向く。

 すると勇儀の側頭部に何かが直撃し、爆発する。思わず一歩後ずさる。

 

「クリティカルヒットォ〜。直撃したなぁ、頭トンだか?」

 

 勇儀がいた場所から数メートル離れた場所に、赤髪短髪の巨大な吸血鬼がいた。4メートル以上あるその身体の背中には、赤い翼が雄々しく広がっている。

 

「だーれの頭が飛んだって?」

 

「おっ」

 

 勇儀は何事もなかったかのように煙の中から現れた。が、その口からは僅かに血が流れている。

 

「今のは…拳圧か。私に血を流させるとは大したもんじゃないか」

 

「当然だ、オレは吸血鬼貴族の中でも偉く優秀だ。そこらにいる雑魚と同じにするなよ」

 

「ふぅん、貴族ってことは、つまりあんたは強くて偉いってことか。丁度よかった。…おいあんた!敵の中で一番強い奴は誰か知ってるかい?私はそいつと戦いたくて来たんだよ!」

 

「ほぅ、それは幸運だな。今オマエの目の前にいるオレがそうだぜェ」

 

「…へぇ、そうか。そいつは楽しみだなぁ!!」

 

 

 

 

 

「お、なんだなんだこりゃ。血かー?」

 

 萃香の周りに突然現れた赤い液体。突如現れたそれは萃香を中心に旋回し始める。そして液体は形を変え、針のような物質として一気に射出された。

 全ての針が萃香に命中する。

 

「…効かーーーん!!」

 

「あら、無傷なの。ちょっとショックね」

 

「んー?誰だアンタ。吸血鬼みたいだけど…何か違うみたいだね」

 

「フフ、当然。私は吸血鬼の中でも特別も特別。血に選ばれた吸血鬼貴族だもの」

 

「ふーん、良くわからんが、何か面白そうだな。お前さん名前は?」

 

「フフッ、本来なら貴女のような下賎な存在に名乗ることはないのだけれど、今回は気分が良いから特別よ。…アリナーゼ。アリナーゼ・コルシュ卿。いずれ偉大なる吸血鬼の頂に立つ者の名を知って散りなさい」

 

 

「卿…って確か八雲のやつが言ってたな、偉くて強いって。まぁ、酒のつまみにゃちょうど良いな!」

 

 

 

 

 

 吸血鬼の集団を囲うように攻め入った天狗。

 

 天狗という種族は妖怪の中では珍しく、完全な社会を形成している種族だ。上司がいて部下がいる。生き残るために、きちんとした統一関係を成している種族。故に集団戦に長けており、今回のような作戦は天狗の独壇場と言っても過言ではなかった。

 

 不意打ちが決まったということもあって、全体として優勢は取れている。しかし、相手も徐々に対応して来ている。単体の性能としては吸血鬼のほうが上だ。徐々に軍が押され始めていることを天狗の頭領、天魔は理解する。

 

 

「ふむ、そろそろか。あ奴らを…」

 

「天魔様!包囲されていた吸血鬼が一匹こちらに向かって来ているようで…」

 

 下っ端の天狗はそれを言い終わる前に、肉塊となって絶命した。

 何かが飛んできた。否、何かに轢かれた。天魔は高速で通ったそれを目で追い、再び攻め入ってくるそれに躱して対応する。

 

「…ほう、私の速度についてこれるとはな」

 

「こんなもの蠅が飛んどるのと何ら変わらん。で、お主はこんな年寄りに何用かな?」

 

「貴様がこの鴉どもの頭だということは知っている。まず貴様を仕留めれば軍の士気も下がるだろうよ」

 

「…やれやれ、あまり物騒なことは遠慮したいのだがの…」

 

「ハハハッ、こんな容赦無く攻める指示を出す奴のセリフじゃ無いな!」

 

「ふふ、違いないわ。…射命丸!!」

 

「え、はい、何ですか!こっちは凄い忙しいんですが!!」

 

「暫く軍の指揮はお主に一任する。儂が帰ってくるまで頼んだぞ」

 

「…え、ちょ、ちょっと天魔様!?それはめんど、じゃなくて、荷が重いですよって…いない!?もう、逃げ足だけは速いんだからあのジジイ!」

 

 

「おいおい、あんなガキに軍を任せて良いのかなあ?」

 

「問題ないわ、あ奴は優秀じゃからの」

 

「あっそ、まぁそれも貴様の首を見れば終わるだろう」

 

「獲れたらの話だろう。さて、お主が願い出たのだ。この天魔の力、腹いっぱい食っていくがよい」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「…これは」

 

「な、何なのこれ!?夢じゃ、夢じゃないよね!?」

 

「うるさい、少し静かにして」

 

「う、うん、ごめん…」

 

 レミリアを探しながら1時間ほどかけて森を抜け、開けた場所にきた小傘と咲夜。

 そんな2人の目の前に広がる光景は最早この世のものとは思えなかった。

 血が飛び、腕が飛び、首が飛び、だけならまだ良かった。そこには吸血鬼が飛び、地盤が飛び、嵐が飛び交って、まさに状況はハルマゲドン。

 それに加え、戦況が目まぐるしく変化していっている。これが人外の戦い。

 

 ーー今回は今まで見てきたものとは訳が違う

 

 咲夜はレミリアの言った言葉がようやく理解できた。

 少なくともあの戦禍に自分が入り込むのは不可能だ。入った瞬間に己の体は瞬く間に塵となって消え失せるだろう。

 

「…レミリア、見当たらない」

 

「えっ?こんなところにいる訳ないじゃん。レミリアはすっごい弱いんだよ?こんなとこにいたら死んじゃうよ」

 

「…何も知らないのに口出ししないで!」

 

「えっ!?ご、ごめん!」

 

 思わず萎縮してしまう小傘。

 

 小傘から見た十六夜咲夜という人間は一言で言うなら「変わっている」だ。あまり周囲の人と関わることはなく、寧ろレミリアや洋菓子屋の店主と言った妖怪と話していることの方が多い。

 小傘自身も何度か話したことはあったが、それだけだ。良くレミリアの近くにいるという印象でしか咲夜を知らなかった。

 

「…取り敢えず、ここから離れよう。ここにいたら巻き込まれる」

 

「う、うん」

 

 

「おや、何処へ行くというのかな、人間」

 

 どこからか響く声。

 咲夜は小傘を抱え、その場から飛び退くように離れる。

 数瞬後に、その場は数本の光の針のようなものが刺さった。

 

 針は針でも、人体を貫通できるくらいには巨大だが。

 

「え、なな、何!?」

 

「ほう、躱したか。人間、しかも子供にも関わらず、やるじゃないか」

 

「……誰、さっさと出てきたら?」

 

 森の暗がりから現れたのは3メートルはあるであろう背丈の大男。その背には、薄紫色に淡く光る巨大な翼が生えている。

 小傘はその特徴にひどく見覚えがあった。

 

「き、吸血鬼!?」

 

「いかにも。しかし運が良いな、斯様な所に人間とは。丁度腹が減っていた所だ。そこの妖怪もろとも私が頂いてくれよう」

 

「吸血鬼、こいつが…。じゃあ、やっぱりレミリアは…」

 

「ひいぃ!来るよぉ!」

 

 吸血鬼の懐が光ったかと思うと、そこから無数の翡翠色の閃光が飛んだ。

 音速に近いそれは、瞬く間に距離を詰め、2人を串刺しにせんと眼前にまで迫る。

 

 

 カチリッ

 

 

 

 しかし、それが2人に届くことはなかった。

 

 なぜなら止まったからだ。攻撃が2人の前で。

 

 攻撃だけではない。

 草も木も、小傘も、吸血鬼も、そして眼前の攻撃も。全てが灰色に染まり、その動きを停止した。

 

 その中で1人だけ色のある存在がいた。

 灰色と化した世界をただ1人何事もなかったかの様に歩いているのは、この中の唯一の人間。先程と違い、赤く変化した瞳の少女は、ゆっくりと目の前の動かぬ攻撃を避ける。

 

 これが十六夜咲夜の持つ力、『時間を操る程度の能力』

 正確には咲夜の持つ懐中時計がそれを可能としている。ひょんなことから時間の神様が宿っているという胡散臭い懐中時計を手にしてしまった咲夜は、以来時間を操ることができる様になったのだ。

 つまり、現在咲夜以外の時間は完全に停止しており、咲夜だけがその場に動ける状態となっているわけだ。

 

 咲夜は小傘を移動させた後、吸血鬼の背後に回り、その羽のついた背に懐から取り出したナイフを数本投擲する。

 灰色の世界から色彩が戻る。

 

 

「ッヌガァ!?」

 

「うわっ!?……え、え?」

 

 攻撃は空振り、ナイフが吸血鬼の翼の関節部に命中する。

 痛みを感じた吸血鬼は、すぐに再生しようと試みるが、できない。何かが溶ける様な音と共に、つんざくような匂いが鼻腔を刺激する。

 

「ッぐ…こ、これは…銀か!」

 

「正解」

 

「…貴様、いつの間に。…どうやら唯の人間ではない様だな」

 

 額に青筋を立てながら、吸血鬼は立ち上がる。

 

「忌々しい…。銀の短剣など、あの顔を思い出す…!絶対に許さぬぞ!」

 

「誰と比べるのか知らないけど、八つ当たりはやめてほしい」

 

 時間をとめるのには咲夜自身の魔力を消費する。咲夜の魔力では小傘を連れて逃げてもあっさり見つかって殺されるだけだろう。ここで仕留めるしかないのだ。

 こうして来た以上、戦う覚悟はしていたのだ。決意を秘めた目で目の前の吸血鬼を見やった。

 

 

 

「な、何がどうなってるの〜!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー時は少し遡る。

 

 

 

 

 オッス、オラ レミリア!

 

 なんか板を壊したら何か目に悪いところに飛ばされてしまったぞ!やっべぇぞ!こりゃ迷子だぞ!

 咲夜もいないし、こりゃはぐれてしまったということか!まずいね、もし戦場に放り出されてたら咲夜でもヤバいね。今どのくらいヤバいのかと言うと、遅刻5分前に布団で飛び起きたあの朝の日くらいにはヤバいです。

 というかあの時待ったかけて触ってきたの小傘だよね?ということは、小傘も戦場入りしてるかもしれないってことだ。たった今5分前が2分前になっちまった。

 

 そんなこんなで、ひとまず出口をさがすことにしたのだが、まぁこのお城が広い!窓は外かと思ったら庭だし、明らか出口とアピっているような大きな扉はもう30個は開けた。何だここは!赤統一だけでなく、迷路属性もあるとか属性過多すぎるぜ!こんな奴ギャルゲでも攻略したく無いぜ!一緒に人生にも迷いそうだしな!

 

「グルアァァ!!」

 

「ぬぉおおぁ!?」

 

 まぁ、そんな私は今あの世に迷い込みそうになってるわけだけどね!

 

 いや、なんてことはない。おーぷんざどあーしたら、目の前にこの真っ黒くろすけみたいな畜生がいて、現在進行形で追いかけられているといった感じだ。

 やっべぇぞ!(2回目)

 しかも、さっき慌ててナイフ落としちゃったし、ミサンガ切れないじゃん!

 

 

 補足だが、レミリアが普段魔力を封じているミサンガは封印魔術を幾多にも編み込んで作られたもので、基本的に力でこれを切ることはできない。これを取るには銀を含んだ物質で切る必要があり、そのためレミリアは常に銀のナイフを携帯しているのだ。

 

 

「どっかに銀の食事ナイフとか落ちてないかなー…」

 

「グォン!」

 

「うっひゃあ!?何すんだ危ないでしょうが!って、あーっ!!服千切られた!?またてんちょーに怒られるじゃん、このバカ!!」

 

 というかこのままだとマジでヤバい!

 先にこっちがゲームオーバーしちゃう!やだー!人生にコンテニューはないんだぞ!

 

 

 

 

 

「あ、あっぶなーい…、死ぬ所だったわ」

 

 上手く、物陰に隠れて難を逃れたレミリア。だが、まだ近くにはあの黒い獣がいた。というか、曲がり角のすぐそばにいる。

 レミリアの背後は鍵の閉まった部屋だけで、実質的に逃げ場はない。非常にピンチである。レミリアは冷静に獣を観察する。

 

「…よく見たら、あいつ魔法で作られてるわね…。実体化の魔法陣が背中にあるし、何よりデザインが手抜きすぎる。何だあれ、デ○○ニーでも、もっと凝ったデザイン考えるわよ。やーい手抜きモンスター」

 

 あ、やべ、こっち向いた。

 あーー、やめてください!お客さん!困ります!そういうのは困ります!!

 まずいよまずいよ!このままでは見つかってしまう!

 

 

「むがっ!?」

 

「…静かに、落ち着いてください」

 

 え、誰!?もしかしてこの館の人!?

 アッ、ごめんなさいー!不法侵入は故意ではないんです!信じてくださーい!

 私知ってるもん!こういう渋い声をした人は大体悪い人なんだもん!人気のない場所に連れてかれてアンアンされるんだもん!そうに決まってるもん!

 

「こちらです、逃げ道があるので着いてきてください」

 

「ん、むがむが…」

 

 まぁ、着いていくしかないんですけどね。

 

 はぁ、果たして私はここから生きて出られるのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初老の男性が、何もない壁を手で押し込む。

 すると、壁から人1人が通れる程度の穴が出現した。

 

「さぁ、こちらです」

 

 レミリアはそれに着いていく。

 穴の中は、不気味な下り階段だった。点々と付いている蝋燭の火が、淡く辺りを照らしていて、それが下に延々と続いている。

 

「お足元、お気をつけください」

 

「は、はい…」

 

 階段を下へ下へ、さらに下へと降りていく。

 

 そしてようやく終着点が見える。

 それは扉だった。固く、堅牢そうな大きな扉。何年も使い古されている様な雰囲気がする。

 男性は扉を軽くノックする。

 

「…奥様、私です」

 

『入って』

 

 扉越しから聞こえた返事を確認すると、そのままゆっくりと扉を開ける。

 

 部屋の中を一言で言うなら、お偉い貴族の婦人部屋だ。

 壁や床は相変わらずの赤だが、先ほどの通路よりも高級そうな色合いだった。部屋中に豪華な装飾が辺りに飾られており、部屋の隅にはこれまた高そうなサイズのベッドがあった。

 そんなベットに座る1人の人物が目に入る。

 

 艶のある金髪に、紅色の瞳、そして最も目につくのは背にある大きな翼。それは紛れもなく吸血鬼のそれであった。

 

「アイェ!?吸血鬼!?」

 

「ふふ、そんな慌てないで。私は貴女を襲おうなんて考えてないわ」

 

「……え、そうなの?」

 

「奥様はあの魔獣に追いかけられていた貴女様を見かねて助け舟として私を寄越してくださったのです」

 

「あ、そうなんですか。あ、ありがとうございます…」

 

「ふふ、そう固くならなくて結構よ。それよりもお話ししましょう?私人間と会うのはとっても久しぶりなの」

 

「え、いや、私は…」

 

「まぁ!よく見たら貴女服が破れてるじゃない。このままだといけないわ。クルム、この子に合ったお洋服を」

 

「畏まりました」

 

「あの、ちょっと、待っ…あひゃぁー!?」

 

 

 

 

 

 

「自己紹介が遅れましたわ。私はルシェル・スカーレット。こっちは、私の専属執事のクルムよ」

 

「どうも、クルムです。以後お見知りおきを」

 

「ど、どうも…」

 

 可愛らしい洋服に着替えさせられたレミリアは、少し慣れない着心地を感じながら、用意された椅子に座る。

 

 ……どうしよ。

 変な人に捕まってしもうた…。いやまぁ、お洋服は可愛いけどさ、ここバッチリ敵の本拠地だよね。前慧音先生に見せてもらった奴と特徴一致するし。本来、呑気に茶なんて啜りながら話してる場合では無いよね。

 

 …下手したら死ぬのでは、私。

 いやーっ!どうせ死ぬなら甘い物でも食べて終わりたい!!具体的にはてんちょー特製の餡子たっぷりのたい焼きとか食べたいー!!あの餡子がさいこーなんだよー!!あんこあんこあんこー!

 

「ところで、貴女のお名前は何て言うのかしら」

 

「へぁっ!?あんこでぇす!」

 

「あんこちゃんね。よろしく」

 

 唐突に質問が飛んできて、焦ったレミリアはよく分からない偽名を口走ってしまう。その内心では「やっちまったー」が連呼されている。

 

「あら、どうしたの、震えているわ。もしかして私が怖いかしら…」

 

「いっ、いえ、そんなことはないですよ!いつも通りですよいつも通り!ほら、私暑くてもシバリングがよく起きるんですよねー!参っちゃうなー!あははーっ」

 

「それは身体的に大丈夫なのですかな…?」

 

「本人が問題ないならきっと大丈夫よ。それよりも早くお話ししましょう!今なら私、何でも答えちゃうわよ!」

 

 ぶっちゃけそんなことをしている暇は無いのだが、クソ雑魚状態の今の自分ではどうせ何もできないと一旦流れに身を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそれでね聞いてよあんこちゃん、この時あの子ったら慌ててこけちゃってー」

 

 

 いや、話が長い!!

 

 何この人!?延々と話が終わらないんだけど!もう1時間は経ちましたぞ!家族の話になったと思ったら、なぜか辞書みたいにデカいアルバム取り出してきて、写真一枚一枚を懇切丁寧に解説し始めたんだけど!こ、この人マイペースすぎるぜ…!

 

 イマジナリー慧音(お前が言うな)

 

 

 

「……私ね、実は今回の戦争をすることに反対したの」

 

「え?」

 

 唐突にそう言うとルシェルはアルバムに収められている写真に手を置く。

 

「誰だって死ぬかもしれない戦いに自分の夫と娘を連れて行かせることを良しとはできないわ」

 

 その写真には3人の人物が映っている。

 1人はルシェル。後の2人は夫と娘だろうか。その表情は堅く、まるで一昔前の貴族の写真である。

 

「…だから私はここにいるの。この館の、吸血鬼の命運を決める争いを邪魔しようとしたから、あの人の手でこの地下に閉じ込められた。今や私はあの人から見向きもされない。その時に一緒に止めようとしたクルムも仲良く地下行き…ごめんねクルム」

 

「私めは、御当主様と奥様、どちらが正しいのかを自分で決めた故の結果。奥様が謝られる必要はありません」

 

 どうやら中々カオスな家庭環境の様だ。

 普通に考えて自分の思い通りにならないだけで、妻を地下に監禁とか、どんだけ我儘やねん。その夫とやらとは仲良くなれそうにないわ。

 

「…ごめんなさいね、こんな話を聞かせてしまって」

 

「全然良いわよ、誰にだって悩みの一つはあるものだし。…やっぱりルシェルさんは、まだ戦争に反対なの?」

 

「当たり前よ!以前幻想郷の勢力図を見たことがあったけど、誰も彼も化け物だらけだったわ…。たった1人でも、その気になればこの世界そのものが壊れてしまうくらいに出鱈目な力の持ち主たち。今頃あんな奴らが暴れていると考えると…もう、心配で堪らないの…」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「すまない!結界符の予備を持ってきてくれ!!」

 

「わかりました!」

 

「まずい、こっちに入ってきたぞ!」

 

「あっちもです、守護者殿!」

 

「くっ…!ここは私が何とかする!お前たちは向こうの結界を維持してくれ!」

 

「分かりました!」

 

 

 現在、人里を守る為の警備隊は混沌とした状況に陥っていた。

 里を出たすぐそばに広がっている、蠢く黒い海。それは、木々を野原を、挙句に里に張られた結界を飲み込まんと迫っている。未だ最悪の事態にはなってはいないが、このままではやがてこの黒が里を飲み込んでしまうだろう。

 そんな事態に対応すべく里を護る結界の担当者たちはその黒を堰き止めんと必死に動いていた。

 

 

「くそっ、まさか私の能力まで貫通してくるとはな、ルーミア…!」

 

 

 

 

 

 

 

「…不味いわね、やっぱり人間じゃないと」

 

 里から数キロ離れた場所。まるで渦が巻いているように、あらゆるものが黒に染められたその空間には、生物がいる気配は全く無い。たった1人を除いて。

 真っ黒なロングスカートに、金髪を足元まで伸ばした少女は、期待はずれと言わんばかりにそう呟いた。

 

「こ、この…ばけ、物がぁ…!」

 

「あら、貴方も十分化け物でしょ?そんなになってもまだ生きてるんだから。話に聞いてた通り、吸血鬼はしぶといわね」

 

 この黒の海の原水である存在と相対していた吸血鬼。彼は吸血鬼の中でも実力、位は共に高水準だ。故に自らが敗れることなど想像すらしていなかっただろう。むしろ目の前に現れた敵を、品が悪いと思いながらも、味見でもしてやろうかと呑気に考えていたほどだった。

 だが、それがどうしたことか。食われているのは己自身ではないか。

 決着は一瞬だった。目の前の女の首を取ろうとした時に、女の足下から出てきた溢れんばかりの黒の海に呑まれた。それだけだ。

 

「八雲とクソ巫女がどうしてもって言うから参加してやったけど…、想像以上につまらないわ」

 

 バクリと、断末魔を上げながら黒に食われる吸血鬼を気にも留めず、少女、常闇妖怪ルーミアは退屈そうに空に浮かぶ赤い月を見上げた。

 

 

「不思議ね。今日は月よりも、星がよく見えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グギ…ギャ…」

 

「…まったく、こんなにいるとはな」

 

 そうため息混じりに言う少女。

 赤と黒の独特なデザインの巫女服を着ている黒髪の少女は、まるで山と言わんばかりの吸血鬼の死骸の上に1人座り込んでいた。

 

「…おい、藍。これで全部か?」

 

『いや、まだ東の方向に吸血鬼の集団がいる。恐らくだがそれが最後だろう』

 

「そうか、分かった。すぐ行こう」

 

 少女はそう言って死体の山から飛び降りる。

 

 

 その身に燃える使命感を心に、少女はただ真っ直ぐに森を駆ける。

 彼女こそが、幻想郷を守護する調停者、博麗霊奈。博麗の巫女と呼ばれるバランサーの役目を負っている存在だ。人の身でありながら、その拳一つで並み居る妖怪たちをぶちのめす最強のルーラー。幻想郷にいる妖怪で彼女を恐れぬものはいない。

 幻想郷に存在する吸血鬼は、アゼラルの招集に集った者だけが全てではない。幻想郷のさまざまな場所に、それぞれの考えや企みを持っている吸血鬼が存在している。現在彼女は、そんな包囲外の吸血鬼たちを狩るために奔走していた。

 

 

 ふと、彼女は空に浮かぶ不気味な赤い月を見る。

 

 

「…しかし、今日はやけに胸騒ぎがするな。吸血鬼と妖怪の戦争…それだけでは終わらない気がしてならない…」

 

 

 ーー博麗の巫女の勘はよく当たる。

 

 

 

 霊奈は自身の育ての親である妖怪の言ったその言葉を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「…ひとまず向こうは大丈夫か」

 

 霊奈と連絡を終えた藍は真下で行われている命の削り合いを見やる。幻想郷の妖怪が吸血鬼に殺されていく様子が目に入る。

 

 

「…やはり、そこらの妖怪では刃が立たないか」

 

「そうねぇ。吸血鬼は最強の種族と自称するだけあって、その性能は幻想郷でも上位ね」

 

「…ッ 紫様!申し訳ありません、お気づきすることができず…」

 

「良いわよ、ちゃんとやるべきことはしているみたいだし」

 

 知らぬ間に藍の隣にいた存在。

 空間から生じた不自然なひずみ、そこから窓から体を出すように、上半身を覗き出している。見た目は少女のものであるが、その身に纏う超然的な雰囲気は言葉にし尽くし難い。もしこの場に他の誰かがいれば、この存在が少女であるか、妖怪であるか、神であるか、はたまた別の何かであるか、その実像がはっきりとしない何とも気味の悪い感覚に襲われるだろう。

 

「今回の戦争、向こう側もかなり準備をしてきたみたいね。特定の弱点に対する耐性魔法を使ってるわね。これじゃあ弱点を突いて一掃するという手が使えないわぁ、残念残念」

 

「敵の数自体はこちらより少ないですが、凡骨妖怪では時間を稼ぐのがやっとです。大妖怪は問題なさそうですが、それ以外がどうにも…。それに敵には特異な力を持つ者もいます、戦いが長引けば逃亡させられる可能性も十分あるかと」

 

「ああ、それに関しては問題無いわ。もういじってあるもの。…それにしても、なんで人間がいるのかしら」

 

「恐らく運悪く迷い込んだものと…。いかが致しますか?」

 

「ま、放っておきなさい。戦える力も持ってるみたいだし、静かに鑑賞した方が面白そうだわ」

 

「はっ」

 

「ふふ、さて、蝙蝠さんたちはこれからどう出るのかしら?」

 

 

 八雲 紫。

 この幻想郷を創り出した創造主にして、楽園の管理者。

 全てを見透かしているようなその黄金色の眼が、赤く染まった楽園を見下ろした。

 

 

「精々踊ってくださいまし、この幻想郷の為に」

 

 

 戦争はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

 

 

「ッ紫様!」

 

 突如、2人のいる全方位から紅の凶弾が放たれた。

 それは2人に直撃し、空気が震えるほどの大爆発が起きる。

 

 煙の中が晴れたそこにあったのは、黄金色の球体だ。それがはらりと分解すると、中から紫と藍が姿を現す。

 そして藍は視界の先にいるその存在に対して怒りを露わにする。

 

「貴様…!」

 

「随分な挨拶ですわね。不意打ちなど、誇り高き吸血鬼の美学とやらに反するのでは?」

 

「生憎私、誇りとかそういうのはどうでも良いって思ってるの。態々格好つけて負けたら最高に格好悪いじゃない」

 

 紫と藍は目の前にいる吸血鬼を見て確信する。

 この吸血鬼こそが、楽園の結界を破壊した張本人だと。

 

「…紫様、ここは私が」

 

「あら、2人一緒に来ても全然大丈夫なのよ。どうせどっちも死ぬんだから」

 

「ふん、死ぬのは貴様の方だ。私を簡単に落とせると思うな」

 

「あら、簡単なことよ。墓標を2つ作るだけだもの。十字に組んだ木を刺して完成よ」

 

「これから貴様は私に串刺しにされるがな…!」

 

「それは私のご先祖様の専売特許。いけないわ狐さん、泥棒は」

 

 

 今まで探していた吸血鬼が今目の前に。

 紫は自身の力を使って、排除に動こうとする。が、己の背後から感じる何者かの大きな気配に、それを中断する。

 

「…どうやら敵の頭さんからお誘いが来てるみたいね。まったく、流石にこのやり方は読めなかったわ」

 

 そう言う紫の目の先には、一際大きい翼を持った吸血鬼、アゼラル・スカーレットが佇んでいた。

 

「当然だ、我ら吸血鬼が貴様らのような凡俗の妖怪に遅れをとるはずがない」

 

「あら、勘違いさせたわね。直接私のところまで出向いて戦うなんて、妖精でも思いつかない愚かなことをするなんて私でも読めなかったってことよ」

 

「既に屍になることが決まった者が言うことは聞くに堪えんな。貴様はこの私が直接手を下すと決めていた」

 

「あらら、光に怯えるしかない蝙蝠風情が何を言うのかと…ふふ」

 

「それ以上口を開かない方が良い、死期が早まるからな」

 

「この幻想郷に謀叛を起こした時点で貴方の死期は今日と決まっているの。だから動かないでね、楽に殺せなくなるわ」

 

「貴様は楽に死ねんがな!」

 

 

 

 

 両者衝突。

 

 予期せぬ形で幕を開けた大将戦。それをフランドールはゆったりと眺めている。だが、それを遮るように藍の攻撃が降り注ぐ。

 

「あらあら、不意打ちなんて品がないわ、狐さん」

 

「貴様には言われたくないな、蝙蝠」

 

「私のこの羽が蝙蝠に見える?だとすれば貴女の眼はとんだ不良品ね」

 

 少女は妖しく笑う。

 

 

「…一つ聞く、幻想郷の結界を破壊したのは貴様か?」

 

「結界?ああ、もしかしてこの世界に入る時に見たガラスみたいなやつかしら。あれならお父様に言われて壊したわ。私も邪魔だと思ったし」

 

「……やはりそうか、たった今貴様を生かす理由が全て消えた」

 

「よく言うわ、最初から生かすつもりなんて無いくせに。あんなものまた直せば良いじゃない」

 

 その発言に藍の額に青筋が浮き出る。

 

「貴様はあの結界がどれほど重要なものか理解していないようだな…!この楽園の命そのものなのだぞ!!下手をすればこの世界が崩壊していた!!それがどれほど恐ろしいことか貴様には理解できまい!!」

 

「ふふふ、別に良いじゃない、壊れても。ものは壊れてもまた直せば良いだけ。だけど…」

 

 

 目の前の吸血鬼は、羽というにはあまりに歪なその翼を広げる。翼から生える宝石のような物が少女の危険性を示すように、怪しく灯っている。

 

 

 

 

 

「知ってるかしら狐さん、人生にコンテニュー(やり直し)は無いのよ」

 

 

「抜かせ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁー、やっとお話終わった…。

 ルシェルさんは話疲れてベッドで寝ちゃってるし、どんだけ自由なんだ。子供みたいな人だな。

 いやしかし、意外な家庭の重さを知ってしもうたわ。けど生憎私には何にもできないのよね。精々その夫さんとやらをぶん殴るくらいだけど、今やそれも怪しいからね…。

 

 っと、そんなことしてる場合ではない!早く咲夜達のところへいかなければ!

 クルムさんも今はいないし、ちょっと失礼ながらお部屋をガサらせてもらいますよっと…。さながら気分はドラクエ主人公!他人の部屋で金品を盗む勇者!さぁどけやい!私は魔王を倒す勇者なるぞ!貴様らの金品をよこせぃ!

 ま、私が探してるのは銀のナイフだけどね。吸血鬼の部屋に弱点になるものが置いてるとは思えないけど、何もしないよりかはマシだよね。

 

 えーっと、銀のナイフ、銀のナイフっと……ん、何これ、写真?大分ボロいけど、なんでこれだけアルバムに入ってないんだろ。

 

 ルシェルさんと、あと誰この赤ん坊。なんかいけ好かない顔してるわね。でも綺麗な黒髪。この子は成長したら私みたいな超絶美人になること間違いなしね!…はて、でもルシェルさんの話にこの子はいなかったわね。親戚かしら。

 

 

 

 レミリアはふと、写真の裏を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー1502年誕 レミリア・スカーレットーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………え?

 

 

 

 

 

 

 





 作者はインテリ系フランちゃん推しです。



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アルバイトと夜の懐中時計



【前回のあらすじ】
 ついに始まった第一回幻想郷妖怪力比べ競争(1992)!開始直後は不意打ちもあり、チーム魑魅魍魎が優勢と思われていたが、チーム吸血変態もカリスマというドーピングアイテムで、負けじと反撃!突如行われたあまりにレベルの高い変態終末バトルに時計と茄子は困惑!一方その頃、レミリアはなんかママっぽい吸血鬼と遭遇!その後決定的証拠の写真を見つけたが、「ママになりたい人をママにするのはちょっと違うよね」という感想を胸に、そっと写真をポッケにしまったのだった!(意訳)




 

 

 

 

 

 

 

 産声が聞こえる。

 

 その身を蝕む痛みに耐えながらも、彼女は朦朧とした意識の中、確かにやり遂げたのだという達成感、そして痛みに意識を割かれながらも、赤子の声が聞こえ、自分の初めての子が産まれたのだの実感する。

 今までずっとお腹越しから可愛がっていた我が子。早く顔を見たい。思わずにへらと、顔を綻ばせてしまう。

 

 しかし、いつまで経っても担当の助産婦は子の顔を見せてくれない。

 

「…どうしたの?早くお顔を見せて」

 

「お、奥様…、しかし…」

 

「いいから早く見せて!私の子供の顔を!」

 

「お、奥様!」

 

 そう言って、痛みを無視して体を動かし、助産婦の手に収まっている我が子の顔を見る。

 可愛らしい寝息を立てながら、寝ている黒髪の赤子。私とアゼラルのどちらの髪色とも違うが、そんなことは気に留まらない。我が子と会えたという幸せが心を満たしていく。

 

「ああ、可愛いわ…。とても可愛らしくて愛しい我が子…」

 

 彼女は優しく自らの子を抱きしめる。優しく、温かい感覚。そこにある確かな命の温もりを堪能する。

 赤子は泣き止み、母であるその女性の顔を、ろくに見えないその目で見上げる。

 

「…ふふ、すぐに泣き止んで。とっても良い子。名前…そうよ名前よ。ずっと前から決めてた名前が…」

 

「お、奥様…」

 

「…どうしたの?」

 

 助産婦が深刻そうな顔でこちらを見つめている。

 

「じ、実は、その、非常に申し上げにくいのですが………な、無いのです」

 

「無い?無いも何もこの子は女の子…」

 

「羽が…無いのです。身体のどこにも」

 

「……え」

 

 そんなはずはない。

 そう思い、包まれている布を取り、その背中を確認する。しかし。

 

「う、嘘…、どうして…?」

 

 その背中には吸血鬼に本来あるはずの羽がどこにも見当たらなかった。しかも羽どころか、羽の付け根に当たる骨格すらない。これでは人間と何ら変わらなかった。

 顔が青ざめていく感覚がする。

 

「……クルムを、呼んできて」

 

「え、しかし、御当主様は…」

 

「いいから!!」

 

「わ、わかりました」

 

 羽が無い。それはつまり、己の羽を力の象徴とする吸血鬼として、不完全な存在であることを意味していた。

 夫であるアゼラルは、今回産まれてくる子供に大層な期待を寄せている。理由は単純、自身の血族であるより優秀な存在が産まれるからだ。その子供に吸血鬼の未来を託し、50年前から衰退しつつある吸血鬼の栄光を再び掴もうとしていた。

 だが、たった今生まれたのは、吸血鬼と言うにはあまりに歪な存在。こんな子が生まれたと知られればアゼラルはどんな行動を起こすかわからない。最悪の予想が頭をよぎる。

 扉が開き、クルムが部屋に入ってくる。

 

「奥様、どうしたのでしょうか。御息女様が生まれたにも関わらず、御当主様にお顔も見せず…」

 

「…どうしよう、クルム。私…」

 

 ルシェルはクルムに一通りの事情を説明する。クルムの顔がみるみる深刻なものへと変わっていく。

 

「それは…」

 

「きっとアゼラルはこの子のことを良く思わないわ。酷い扱いを受けるかもしれない…」

 

 例え吸血鬼として歪であったとしても、彼女にとってはたった1人生まれてきた我が子。そんな子がこれからどんな目に遭うのかと考えると、心が苦しくて堪らなかった。

 ルシェルは思わず抱いている腕に力が入る。

 

 クルムはそんなルシェルを見て、側にあった記録用の白紙を一枚手に取る。

 

「…奥様、こちらを見てください」

 

「え…」

 

「笑顔です、奥様」

 

「!…わかったわ」

 

 

「……できました、こちらを」

 

 数秒が経ち、ルシェルはクルムから先ほどの紙を受け取る。そこには少しぎこちない笑顔をした自分と、静かに寝ている我が子の姿があった。

 

 これは写生魔法によってできた写真だ。

 簡単に言うなら魔力を使う念写だ。本来はこれほど写生度が高い写真を作るには相応の魔力を消費するが、クルムはこれを魔力消費なしで行うことができる。

 

「見てください、貴女様の御息女はこんなにも元気でございます」

 

「…ええ、そうね」

 

「…私は御当主様の命で御息女様を連れていかねばなりません。万が一の時は私が何とか致します。ですのでどうか、お待ちください」

 

「…うん、わかったわ。でも、その前に」

 

 ルシェルは、赤子をくるんでいる布に魔法で文字を書いていく。レミリア と。

 

「レミリア。レミリア・スカーレット。貴女の名前。可愛い私の子供。どうか無事で…」

 

 

 そうしてルシェルは部屋でただ1人待った。我が子の無事を祈りながら、ひたすらに待ち続けた。

 

 ───しかし、ついにルシェルがもう一度我が子の顔を見ることはなかった。

 

 

 

 

「アゼラル!!」

 

「ルシェルか、何の用だ」

 

「レミリアをどこへやったの!」

 

「レミリア?……ああ、あの出来損ないか。あんな不良品外に捨ててやったわ」

 

「な、なんてことを…ッ!私たち吸血鬼が日光に当たったらどうなるかくらい分かっているでしょう!?」

 

「だからこそだ。あのような欠陥品が我が高潔なスカーレット家にいては、我らの格が落ちる。あんなものはこの世にいてはならんのだ」

 

「そんな…!」

 

「そんなことよりもルシェル、お前は体を休めておけ。次の私の子を産む役目がお前にはあるのだからな」

 

「………」

 

 ルシェルは唖然とするしかなかった。

 血に力に執着していたことは知っていたが、ここまで身もふたもないことをするとは想像できなかったからだ。

 

 いつの間にか自室に立っていたルシェル。ここに戻ってくるまでの記憶が全く無い。

 目の前が真っ暗にある感覚が続いていて、とてつもない吐き気に見舞われる。

 

「うっ…ッ、おえぇ…!」

 

「奥様ッ!」

 

 偶々部屋に来たクルムが慌てて駆け寄る。

 ルシェルは出産の疲労と、我が子を失ったショックで肉体的にも精神的にも既に限界だった。

 

「…うぅ、レミリアぁ…!」

 

「……申し訳ありません、私の力及ばず…」

 

「良いの……クルムは悪くないわ」

 

「いいえ、レミリアお嬢様を捨ててしまったのは紛れもない私め……結局私は、何もすることができませんでした…。あの場にいた私は御当主様の力に怯えるだけの、唯の臆病者なのです」

 

「…仕方ないわ、あの人の力はそう言う力だもの。貴方を責めることはできない。…悪いのは私なの…、私がレミリアを守りきれなかったから…!」

 

 部屋にルシェルの後悔の咽び声が響く。

 

 

「……奥様、私めはレミリアお嬢様を日の当たらない場所に置いて来ました」

 

「えっ!?じゃあ、証拠に持ち帰って来た灰は…」

 

「私が個人的に持っていた吸血鬼の灰を出させていただきました。外はもう夜です。今ならレミリアお嬢様を迎えに行けるかと」

 

「…行くわ」

 

「いけません!まだお体が…」

 

「関係無いわ…!私が、私が迎えに行かないと意味が無いの!お願い、私も連れて行って!」

 

「……分かりました」

 

 そうして2人は夜館を抜け出し、レミリアを置いて行った場所へと訪れた。しかし。

 

 

「誰もいない…?」

 

「ま、まさか!そんな筈は…!」

 

 レミリアを置いて行った場所には誰の姿もなかった。レミリアだけがそこから綺麗さっぱり消えていたのだ。

 

「れ、レミリア…」

 

「……申し訳ありません、奥様。まさかこのようなことになるとは…」

 

「………いえ、良いの。クルムはここにレミリアを置いて行ったのでしょう?仮に日光で焼けたなら灰と、くるんでいた布がある筈だわ。それが無いということは、誰かに拾ってもらったのかもしれない」

 

「それは…」

 

「それに、ここで私が見つけて帰ったとしても、きっとレミリアは幸せになることはできない。だからきっとこれで良かったの。不幸になるとわかってる私の元よりも、幸せがあるかもしれない誰かの方が…レミリアのため…」

 

 そう言うルシェルだが、言葉の端々には隠しきれない悲しみの色があった。目頭にはうっすらと涙が溜まっている。

 

「…だから、だからどうか幸せになって…お願いだから…!うぅ…、あああぁぁ…!」

 

「奥様…!」

 

 

 美しい星空の下、ルシェルは悲しみに暮れながらも、娘の無事と幸せを願った。確かな幸福と、笑顔で過ごせる毎日を夢想しながら。

 

 

 きらり と、暗い夜空に流れ星が一つ流れた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「……あら、いけない私ったら…」

 

 自身のベッドの上で目を覚ましたルシェル。

 ふと、目尻に涙を溜めていることに気づく。

 

 懐かしい夢を見ていた気がする。

 

 少しの寂しさを胸にベッドから起き上がるルシェル。すると、自分の部屋がやけに散らかっていることに気づく。

 

「…あら?」

 

「ピェッ」

 

 視線の先にいた子供。

 あの子は自身がこの地下に招き入れた人間だ。何か物色していたのだろうか。それ自体は全然構わないのだが、何か焦っている様子だ。

 

「…ふふ、おはよう、あんこちゃん。ごめんなさいね、寝ちゃってたわ」

 

「い、いえ、そんなことはー…」

 

「ふふっ、そんな萎縮しなくても大丈夫よ。こっちにいらっしゃい」

 

 少女はルシェルの隣にちょこんと座る。ルシェルにはなぜかその姿がどうしようもなく愛らしく見えた。

 そんなおずおずとした様子で、こちらをちらちらと見やっている。

 

「あの…」

 

「どうかしたの?」

 

「あー…、いや何でもないです…」

 

 何だか先程よりも距離を取られている気がする。どうかしたのだろうか。

 

 …しかし、こう見ると益々レミリアによく似ている。

 ルシェルはレミリアを赤子の姿しか見ていない。しかしレミリアが成長すれば、こんなふうになっていたのだろうなと、何となくそう思えてしまうのだ。

 

 彼女を見ているとどうしてか安心してしまうような感覚に襲われる。私は無意識にあんこちゃんとレミリアを重ね合わせていたのかもしれない。

 なんてどうしようもない。この子とレミリアは違うというのに、いつまでも未練たらしく過去のことを引きずっている私が嫌になる。

 

「飴、いるかしら」

 

「いる!」

 

 

 だけど、そんなレミリアの面影があるこの赤の他人を、私はどうしても手放せないでいた。私の足りないものを埋めてくれる。そんな気がしたから。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 止まった時間が動き出す。

 

 大量のナイフが全方位から一気に押し寄せる。

 

「チィッ」

 

 それを数本体に受けながらも咲夜との距離を一気に詰め、その手から複雑な魔法陣が現れる。咲夜はそれを見て反射的に時間を止め、素早く距離を取る。

 時間が動き出した瞬間、さっきまで咲夜のいた場所が、爆音と共に火の海になった。

 

「フー…、フー…」

 

「…ふん、逃げ足だけは早い奴だ」

 

 吸血鬼という超越者との命の取り合い。

 止めた時間も含めると、既に30分以上動き続けている咲夜には疲労の色が見えていた。一方吸血鬼の方は息切れすらせずにピンピンしている。

 目の前の吸血鬼には、手持ちの銀でそれなりの攻撃を浴びせた…はずなのだが、相手はまったく手負った様子を見せない。

 

「しかし珍妙な魔法を使うな。時には一瞬で攻撃が現れ、時には一瞬で貴様が消え去る…手品としては満点だな」

 

 戦い始めの頃は銀が効いていたし、攻撃も極力避けている様子だった。しかし、ある時からそれを顧みず、体から煙を出しながらもこちらに突撃してくるようになった。おまけに受けた傷もすぐに治っている。弱点である銀で傷つけたにも関わらずだ。

 

 …銀が効かなくなっている。

 何かタネがある。咲夜はそう確信する。

 

「…どうやら不思議に思っているようだな。なぜ私に貴様の短剣が通用しなくなったのかが」

 

 弱点をカバーする。確かそんな魔法をレミリアから聞いたことがある。確か名前は…

 

「耐性魔法」

 

「ほう、正解だ。私は我が身に銀に対する耐性魔法をかけた。クク、吸血鬼が己の弱点をそのままにすると思っていたのか?」

 

「……」

 

 少しまずい状況と言えるだろう。

 咲夜は今のところ物理的な決定打としては銀のナイフしか無い。他にもあるにはあるが、間に合うかは正直微妙だ。

 それに何より咲夜が違和感を感じているのは、相手の魔力の高さだ。既に戦闘は止まった時間を除けば15分以上続いている。しかしその間、あの吸血鬼は咲夜でも知っているような高度な魔法をぼこすかと撃ってきている。おかげで、咲夜の周囲は炎が猛り、空気が凍え、雷鳴が落ちていたりともう滅茶苦茶である。

 吸血鬼だろうが、普通の魔法使いがあんな戦い方をすれば五分ともたない。実際、咲夜があの魔法を一つでも撃てば、即魔力切れで倒れるだろう。

 

「疑問なようだな、私がここまで魔法を行使しても魔力切れを起こさないことが」

 

「…うん」

 

「人間の分際でここまで健闘した礼だ、特別に教えてやろう」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「賢者の石?なんだいそれ」

 

「俺たちの軍にゃ優秀な魔法使いがいてな。そいつが作り出す永久魔力機関『賢者の石』。これのおかげで俺たちには常に潤沢な魔力が送られているのだよぉ。おかげで俺たちは息切れ無しで戦えると言うわけだ」

 

「ふーん、そんであんなメチャクチャな戦い方をしてたってわけか」

 

 降ってきた地盤を片手で砕きながら、どうでも良さげに勇儀は答える。

 

「…ケッ、メチャクチャなのはどっちだ。お前も誰かにサポートしてもらってるクチだろ。じゃなきゃそんな力はあり得ねぇ」

 

「は?何で私がそんなことしなきゃいけないんだ。喧嘩にそんな不格好な真似はできないね!それに、ハンデにゃ丁度良い」

 

「そうかよ、じゃあそのハンデを後悔しながら死ね」

 

 吸血鬼は勇儀の顔面に鉄拳を喰らわせる。

 最初に放った拳圧の時とは比にならない威力の拳が勇儀を襲う。鬼だろうが、少なくとも首がへし折れることは必至だ。

 

「…痒いな」

 

「…は?」

 

 しかし、へし折れたのは己の拳だった。

 ぐしゃぐしゃになった己の拳を信じられないといった顔で見る吸血鬼。

 

「な、何故だ!さっきは血を流していたのに…!どんな種がある!」

 

「種も何も、顔を力ませただけだ。どんなとこでも力を入れりゃ硬くなるもんだろ?」

 

「な、何を言って…」

 

「ま、あんたの今の攻撃は私にとっちゃ蚊でも止まった程度ってわけだ。…どうやら、あんたの言ったこと嘘だったようだね」

 

「嘘だと…?」

 

「いるじゃないか、あんたより強い奴。ずっと向こうにさ」

 

 そう彼方を指差す勇儀。

 

「……スカーレット卿。やはり奴なのか…!奴がいるからなのか!奴がいる限り私は先に行けないというのか!!」

 

「何ゴチャゴチャ言ってるのか知らないけど、鬼は嘘が嫌いなんだ。もう遠慮はしないよ。いくぞー、ほらいーっち」

 

「黙れぇ!!俺が最強だ!吸血鬼の誰よりも秀でている!賢者の石よ、俺様にもっと魔力を!!」

 

「にーの…」

 

 吸血鬼は体をさらに巨大化させた。その魔力は先ほどと比にならないくらいに強大だ。

 そのまま岩のように巨大な鉄拳を勇儀へ振り下ろす。

 

「死ねぇ!!」

 

 

 

「──三歩必殺」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「ジャア!!」

 

「ん?」

 

 重力を無視して襲いかかる大量の赤い液体の塊。

 血液の類であろうそれは、その身を逃さないようにまるで生き物のようにがっちりと2本角の鬼を捕らえてた。

 

 この魔法は周囲の血を傷口から吸い取り、自在に操るもの。その証拠に両者の周りには干からびた死体が何人もいた。皆この魔法で敵味方関係なく血を奪われた者の末路だ。

 その魔法の性質上、傷口が一つでもあればそこから一気に血を取られ、失血死する……のだが。

 

「おー、なんか気持ち良いな」

 

(ば、化け物かコイツ!体に全く傷がつかない…!)

 

 アリナーゼは焦っていた。

 目の前の鬼に傷ひとつ付けることができないからだ。その身体はまるで鋼…いやそれ以上だ。少なくとも自身の魔法では傷をつけることはできない。

 

(クソッ、こっちには賢者の石があると言うのに、何故押し切れない!?)

 

「…よっと!」

 

「なぁ!?」

 

 萃香は自身を捕らえていた血の塊をまるでゼリーでも崩すかのようにあっさりと、抜け出した。

 

「へー成程、あんた血を集めて戦ってるわけか」

 

「ぐっ…!」

 

「けどあんたのはちと大きさが足りないねぇ。よし、私がお手本を見せてやろう!」

 

 そう言った直後、萃香の周囲に見えない何かが渦巻いているような感覚がする。いや、実際に渦巻いているのだ。大量の妖力が。

 萃香の頭上で球体となったそれは、アリナーゼが集めた血の数倍の大きさはあった。

 

「な…ぁ…」

 

「こんぐらいやんなきゃ、集めたとは言わないよ」

 

 妖力は萃香の中にぐんぐんと取り込まれていき、その全てが身体の中に収まった。

 

「よし、じゃあいくよー。いーち」

 

「化け物がぁ!!」

 

 血で作られた針の雨を萃香に浴びせる。

 しかし、その全ては纏った妖力の嵐の前で、簡単に崩れ去ってしまう。

 

「にーい…」

 

「私は吸血鬼貴族!平伏すべき相手なのよ!スカーレット卿を超えて、いずれ永遠の夜となって頂に立つのはこの私!だからお前は───」

 

 

 

「──三歩壊廃」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 風が舞っている。そんな表現があるが、今この状況を言葉にするならきっと、風が暴れているだろう。

 周囲の木々や敵味方を天高くまで吹き飛ばしている超大竜巻の中で、両者は超速の応酬を繰り返していた。

 

「そらそら、どうした?」

 

「チッ、避けるなジジィ!」

 

「当たったら死ぬからな、そら避けるわ」

 

「…逃げ足だけは早い奴だぜ…ん?」

 

 唐突に吸血鬼の腰につけていた連絡用の魔法陣が反応する。

 

「なんだ、こっちは取り込み中だ!…あ?グロリアス卿がいない?知るかんなもん!てめーらで探せ!クズどもが!」

 

 そう言うと、感情に任せて連絡を切る。

 

「ふふ、手間のかかる部下がいるようだな」

 

「ケッ、部下じゃない。駒だ、駒。そもそも吸血鬼より下の種族は皆んな傅くべき存在なんだよ」

 

「ははは、ウチの山にも似たようなことをほざく奴らがおるわ。天狗こそが幻想郷を統べるべきだーなどと、阿呆なことを言う奴らがな」

 

 そう言うと、天魔は懐から巨大な扇を取り出す。

 

「そういう輩は偶に独断で謀反を起こす。それを片付けるのも儂の仕事なのだよ。お主と同じようにな」

 

「はっ、ほざけジジイ!テメーはここで詰みだ!」

 

 吸血鬼は再び周囲を高速で飛び回る。しかしその速度は先程応酬した時とは段違いに速い。むしろ段々と加速している。

 

「ヒャハハハハッ!最高速度でお前をミンチにしてやる!」

 

「はぁ…、お主はそれしか能が無いのか?もう良い、飽きたわ」

 

「は?何言って…」

 

 その瞬間、吸血鬼は正面に現れた壁のようなものにぶち当たる。

 ブチブチ、ボキボキと、肉と骨が砕ける音が響く。

 

 それは風だった。果ての無い巨大な見えない風の壁。

 それが恐ろしい質量と勢いで眼前にぶつかり、対象を押しつぶしながら音速を超える速度で前進する。

 たった一枚の扇から放たれたそれは、前の敵の軍勢ごと戦場の彼方まで吹き飛ばす。

 

 

「──不倶戴天」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 3つの超爆発が起きた戦場の真っ只中。

 既にその爆発によってその場にいた吸血鬼の軍勢は殆ど壊滅していた。

 

 

「ん?」

「おー?」

「む」

 

 

 そんな爆心地の中心、勇儀、萃香、天魔はばったりと出会う。

 

「勇儀、それと天魔じゃないか!久しぶりだねぇ!そっちも終わったのかー?」

 

「ああ、あんま骨はなかったけどね」

 

「儂は少々きついですわ。年寄りに大技は腰に来るわい…」

 

「そんなピンピンしてて何言ってんのさ!まだまだ現役行けるって!」

 

「そうだぞー、横目でチラッと見てたけど久々にワクワクしちまったよ。なー今から私と戦ろうぜー」

 

「勘弁してくだされ。それに戦争はまだ終わっていませんぞ、ほれ」

 

 天魔が指差した先には、何も無い地面からワラワラと復活する吸血鬼の姿があった。しかしその顔からは生気が抜けており、自我があるようには見えない。まるでゾンビである。

 その軍勢の中には先程3人が倒した吸血鬼貴族もいる。しかし理性は無く、ただの生きる屍となっている有様だ。

 

「あー?吸血鬼ってあんなことできたのか?」

 

「多分あれだろ、賢者の石ってやつ。無限に魔力ってのを貰えるらしいし、誰かが外法でも使って蘇らせたんだろ」

 

「ふむ、これではキリがありませんな」

 

「ま、他の奴らが何とかするだろ。向こうの強そうな気配は別の奴が相手してるみたいだし、こっちはあいつらどんだけ倒せるか勝負でもしようぜ!」

 

「お、いーね!あ、天魔も参加しろよ!久々に勝負したいね!」

 

「はぁー、どの道おふた方の頼みは断れまいて。…ごめんよあややん、もうちょっとだけ頼むわい…」

 

 

 三つの凶弾はそのまま吸血鬼の軍勢に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「賢者の石…!」

 

 無限に魔力を供給できるなどインチキにも程がある。

 吸血鬼側は魔法も能力もコスト無制限で使い放題というわけだ。これでは戦いが長引けば長引くほど必然的に吸血鬼側が有利になってしまう。

 

 冗談も程々にして欲しいものである。態々こいつが情報をゲロったのも自分が勝てるからと確信しているからだろう。腹が立つ。

 内心でそうぼやきつつも、咲夜はナイフを構える。

 

「無駄だ、最早貴様に勝機は無い。その手品がどのような種があるかは分からんが、相当魔力を消費すると見た。大人しく首を刈られろ、健闘の礼に今なら痛みは無しにしてやる」

 

「…絶対嫌」

 

 その言葉を皮切りに再び激しい戦闘が再開される。

 

 

「す、凄い…凄いけど…、このままじゃ咲夜が…」

 

 今までの戦闘を木陰から見守っていた小傘。

 確かに咲夜はあの吸血鬼と戦えてはいるが、徐々に押されてきているということは小傘から見ても理解できた。

 助けに入りたい。しかし、小傘の実力では軽くあしらわれて終わりだ。寧ろ足手まといになるだろう。動くに動けない。

 

(…わちきは、また何もできないの?)

 

「小傘ッ!」

 

「うぇ、何!?」

 

 突然目の前に現れた咲夜。

 時間を止めて現れた咲夜は切羽詰まった様子で、小傘の肩を掴んで言う。

 

「小傘、さっきの話聞いてた?」

 

「う、うん、賢者の石がなんたらって…」

 

「じゃあお願い。小傘、賢者の石を壊してきて」

 

「ええ!?わちきが!?む、無理だよ…!」

 

「今動けるのは小傘しかいないの。お願い…!」

 

 賢者の石を壊せば、形勢は一気に咲夜に傾く。咲夜だけではない、戦場全体が幻想郷側に有利になる。主犯を殴る以前に、幻想郷が負ければ意味がない。

 だが壊せるのか?恐らくこの戦場にいる誰よりも弱い自分が。そんな凄い魔法を。

 

「…レミリアだったらきっと行く。たとえ弱いままでも」

 

「…!」

 

 背後から轟音が響く。

 

「ッ…ごめん、もう限界。あとはお願い!」

 

 そう言って咲夜はどこかへ消えてしまった。

 

 弱くてもできることがある。

 こんな自分にも出来ることがあるなら。そう考え、小傘は決意を固める。

 

 その賢者の石がどこにあるのかは全くわからない。だが、そんなに大事なものなら戦場から離れた場所に置くはずだ。そこを重点に探す。

 

 考えて動く!それが肝要!

 小傘は自分にそう言い聞かせて、森の中へと走っていった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

「どうした、動きが鈍くなっているぞ」

 

 既に幾度とない時間停止と、疲労により咲夜の体力は限界だった。衣服はボロボロで、体は傷だらけだ。

 

(あと少し…)

 

 しかし諦めず、咲夜は時を止める。

 再び背後へ回り、最後の手持ちナイフを投擲する。

 

「ヌグッ…効かんわぁ!」

 

「ガッ!?」

 

 吸血鬼はついにその手で咲夜を捕らえる。

 木に首を押し付けられた咲夜は苦悶の表情を浮かべながらもがく。

 

「人間の力で吸血鬼の力を解けると思うな」

 

 その腕はびくとも動かない。

 意識が朦朧とする。

 

「…さて、このまま貴様を締め上げて、食らうのもアリだが…、貴様の健闘を見て私は気が変わった」

 

 吸血鬼は咲夜の瞳を見つめ、首を絞める腕を少しだけ緩める。

 

「私の配下となれ、人間」

 

 

「その手品と言い、身体能力と言い、人間離れしたその能力。私はとても評価している。選ぶと良い……ここで死ぬか、私の配下になるか」

 

 吸血鬼の配下となるということは、同じ吸血鬼となって永遠を生きる。つまりは人間ではなくなり、吸血鬼もどきとして一生この男に従って生き続けるということだ。それは人によっては魅力的なものにも見えるだろう。

 

 

「……私は、誰の下にもつかない!…仮に、仮につくとしても、私の相手は、たった1人!もう決まってる…!」

 

 

「…そうか、残念だ。ならば死ね!」

 

 吸血鬼は咲夜の首を折らんと、万力を込める。

 

「ギァ…!?」

 

 咲夜の首が潰れるその寸前、極光と共に恐ろしいほどの爆音が辺りに響いた。

 その数秒後、木々を吹き飛ばすほどの荒れ狂った分厚い突風が襲いかかる。

 

「な、なんだ!?」

 

 驚きながらも吸血鬼は、余波を防ぐためにバリアを張る。すると、そちらに意識が割かれたのか、首を掴む力が少し緩む。

 その隙を逃さず、咲夜は拘束から抜け出し、地面に落ちていた銀のナイフを拾う。そしてそのままそれを吸血鬼の懐に突き刺した。

 

「グッ…ふん、効かんというのがわからんか。馬鹿め」

 

「…バカは貴方」

 

 その瞬間、吸血鬼の背中から光に包まれた巨大な十字架が飛び出してきた。

 

「ヌガァ!?」

 

 突然のことに吸血鬼は思わずよろめき、数歩後ろへ下がる。

 そして2本3本と、次々にその体から十字架が突き出てくる。吸血鬼の表情が一気に焦りに変わる。

 

「ぎ、貴様ァ、何をしたァ!」

 

「…別に、私の使える魔法を使っただけ。投げた全部のナイフの中に魔法陣を仕込んでた。貴方の耐性が強かったから使うまでに沢山ナイフが必要だっただけ」

 

「何…!?や、やはりこの魔法は…!貴様、やはりあいつらの末裔だったのかァ!!!」

 

「あいつら…?」

 

「とぼけるな!500年前、我ら吸血鬼一族を壊滅一歩手前まで追い込んだあの忌々しいヴァンパイアハンターのことだ!!!」

 

「そんなの知らない。この魔法はレミリアから教えてもらったもの。そんな誰かもわからない人たちと一緒にしないで」

 

「クソクソォ!私はガイザール・セイメル卿ぞ!こんなところで私が滅ぶかぁ!人間がぁ!グオォォォォ!!」

 

 断末魔と共にその身を崩していく吸血鬼。

 咲夜はその場にへたり込む。なんとか倒した、かろうじてだが。魔力ももう少ないし、ナイフもほとんど使い切った。今新手が現れたらどうしようも無い。一先ず戦場から離れることが先決か。

 

 小傘はどうしただろうか。賢者の石を見つけられてるだろうか。レミリアは無事だろうか。いや、多分大丈夫だろう。アレが負けることは万が一でもあり得ない。

 ともかく、体力が回復したら一旦、小傘を追わなければいけない。

 

 すると、光の中から、身体が崩れ、骨になりながらもこちらへと這いずってくる吸血鬼の姿が目に入った。

 

「ヌオォォォォ」

 

「まだ生きてる…しぶとい」

 

 とどめを刺したいが、そうしようにも今手持ちの武器が無い。自然消滅してくれるのを待つしかないが、最悪殴ってでもトドメを刺そうかと考えたその時、吸血鬼の上に大きな光が当たる。

 

 落ちてきた余波で、周りの炎や氷が吹き飛ぶ。

 吸血鬼は余波で、乾いた音と共に絶命。

 

 

「ゴホッゴホッ…何?」

 

 思わず上を見上げる咲夜。どうやら、誰かの戦いの余波が飛んできたようだ。疲れた体を動かしながら、夜空に光る二つの影に目を凝らす。

 

 

 

「…レミリア?」

 

 

 その顔は見知った人物に酷く似ていた。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 必死に森の中を駆け、探す。

 しかし、どれだけ走っても、それらしきものは見つからない。

 

「はぁ、はぁ、此処にもない…」

 

 賢者の石。魔法を無限に供給するというそれを壊すために、戦禍の無いところを探しているが、てんて見つからない。心当たりなどもちろん無いので、とにかくそれらしいところを探しているだけだ。

 

 すると、ガサリと近くの草むらが不自然に動いた。

 

「だ、誰!?」

 

「ふにぁっ!や、やっと抜けれた…」

 

「ち、橙?なんで此処に…」

 

「えっ、小傘さん!?それはこっちの台詞だよ!今此処はすっごい危ないんだから!」

 

「ご、ごめん、どうしてもレミリアたちが心配になって…」

 

「レミリアも来てるの!?というかなんでここに来て…」

 

「あ、そうだ橙ちゃん!賢者の石って知ってる?」

 

「賢者の石!?なんで小傘ちゃんがそれ知ってるの!?」

 

 どうやら橙は賢者の石のことを認知しているらしい。話を聞くと、橙もその賢者の石を壊すために動いているようだった。

 

「動ける妖怪が今私しかいなくて、場所は分かってるんだけど…」

 

「じゃあわちきも手伝うよ!一緒に石を壊そう!」

 

「こ、小傘さん…」

 

「よし、じゃあ早速行こう!」

 

「うん、でも気をつけよう。何でも敵の幹部の吸血鬼が1人見当たらないらしいし、どこにいてもおかしくないんだから」

 

 吸血鬼、と聞いて咲夜と戦っている吸血鬼を思い出す。

 

「う、うん。気をつける」

 

「それに、藍様とも連絡がつかないの…」

 

「らんさま…って、確か橙ちゃんのご主人様だっけ」

 

「うん、いつもなら私の声に反応してくれるはずなのに、今は何にも返ってこないんだ」

 

「…もしかしたら誰かと戦ってるのかも。その藍様は強いの?」

 

「それはもう、すっごく強いよ!幻想郷で紫様の次に強いんだから!」

 

「じゃあきっと大丈夫だよ!わきちたちは出来ることをしにいこう!」

 

「…うん、そうだね。きっと藍様は大丈夫だ」

 

 

 そう自身に言い聞かせるように呟きながら、橙は小傘と共に森をかけていった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 夜空を埋めるほどの術の応酬の数々。

 時には大地が抉れ、時には空気が弾け、時には山が崩れる。それ程の大天災に匹敵する戦い。その戦禍にいる2人の人外。

 

「ほらほらほら、どうしたの?弾がたりないわ」

 

「ほざけっ」

 

 藍は、自身の妖力で構成された術式を展開させる。

 するとそこから異形の妖が湯水の如く湧き出てきた。妖の一匹はフランドールに襲い掛かり、その巨大な顎でその身を砕こうとする。

 が、フランドールは閉じる顎を両腕で無理矢理止め、そのまま縦に引き裂いてしまう。妖の断末魔が木霊する。

 

「…またそれ?本当に意味のないことが好きね」

 

「…ッ」

 

 八雲藍は八雲紫の式神である。

 式神とは本来、その妖獣に自身の式神を憑かせることで、主人のどんな命令も遂行する人外が生まれる術式だが、その中でも藍は少し特殊だった。

 藍は元の妖獣は九尾の狐。その妖力の強大さゆえに、人格をそのままに式神としての力を得た稀有な存在なのだ。

 故に式神にも関わらず、自分で式神を扱うことができる。これが今呼び出している妖の正体だ。

 

 藍が呼び出している妖も決して弱い部類ではない。一体一体が鬼に匹敵する力を持っている。だがそれでも目の前の存在は押し切れない。

 

「あはは、それっ」

 

「チッ…大百足!!」

 

 藍がそう叫ぶと、尾に隠されていた術式から山のように巨大な百足が現れた。それは猛スピードでフランドールに向かって行き、周囲の物体を吹き飛ばしながら、対象に直撃、天に押し上げる。

 

 しかしそんなものでダメージになるほどフランドールは脆くはない。雲を越えた頃、自身を挟んでいる牙を力任せにへし折り、そのまま百足の顔面をぶん殴った。百足の顔が吹き飛ぶ。

 

「あら?」

 

 しかし、フランドールは拘束された。百足の足だ。足が伸びて体をこれでもかとガチガチに縛った。

 フランドールの前に黄金の影が昇る。

 

 いつの間にかフランドールの周りには大量の妖がいた。それぞれの頭部にはよく見るとお札のようなものが貼られている。

 ふと、フランドールは足元に術式の陣があることに気づく。

 

「封魔陣!!」

 

 札から放たれた雷がフランドールの結界陣目掛けて、一斉に襲いかかる。

 そのまま大爆発を起こし、周囲にいた式神は軒並み吹き飛んだ。地上に大百足の死骸が落ちる。

 

 封魔陣は妖魔に対して絶大なダメージを与える技。大妖怪でもこれをまともに受ければ、無事では済まない。

 だが、今相対している吸血鬼は普通ではなかった。

 

 濃煙の中から七色の流星が飛ぶ。

 

「チッ、化け物がっ。前鬼!後鬼!」

 

 赤と青の術式から、二匹の巨大な鬼が現れる。5メートル以上あるそれは、魔力の嵐を纏ったフランドールの突撃を真正面から受け止め、抑えた。

 

「へぇ、結構強いわね」

 

 が、フランドールはそれを強引に突破してくる。藍は半身が吹き飛んだ前鬼と後鬼を苦しそうな目で見ながらも、巨大な炎の刀身を振りかぶろうとしている悪魔に対して、尾から取り出した中華剣で迎え撃つ。

 互いの力がぶつかり合い、弾ける。

 

「はぁ、はぁ…」

 

「貴女のびっくり手品は面白いのだけれど、そればかりじゃ物足りないわ。もっと新しいものを見せて頂戴」

 

 藍は歯を噛み締める。

 仮にも大妖怪以上の力を持つ己がまるで赤子のようにあしらわれている。恐らくだが、あの吸血鬼の首領よりも強いのではなかろうか。そう感じるほどの圧倒的な実力差。だが、主の愛する楽園に脅威を与える存在に対して、尻尾を巻いて逃げる真似などできない。なにより、フランドールは藍を倒せば必ず紫の下へ向かうだろう。それだけは阻止しなければならなかった。

 

 藍は己が使えうる最後の術を使う。

 

「…わぁ、不思議。貴女が増えたわ」

 

 フランドールの目の前には九人に増えた藍の姿があった。

 

「貴様を紫様の下へ行かせるわけにはいかない!我が身に代えても貴様を此処で滅ぼす!」

 

 この術は、己自身を式神の媒体として、口寄せするものだ。単純に言えば分身なのだが、この分身は本体の力を一切減らさずに扱うことができる。つまり、単純計算でいままでの九倍の物量で攻められるということだ。

 

 接近戦、遠距離戦、戦い方を分けて一斉に襲いかかる藍たち。

 

「とっても面白いわ!…でも、そろそろ行かなきゃ。お父様、私より弱いから助力してあげないと」

 

 向かう攻撃をフランドールは最小限の動きで避ける。時に弾き、時に相殺し、時に避ける。

 最早光の台風とも言わんばかりのそれを、どこから来るか分かっているかのように容易に捌いて見せた。

 

「何故当たらん!?」

 

「だから、狐さんは此処でゲームオーバー」

 

 フランドールは腕を正面に突き出し、その掌を藍の1人に向ける。掌に光の球体が現れる。

 

「キュッとして…」

 

 そしてそれを溢れる光と共に握りつぶした。

 

 

「どかん」

 

 

 瞬間、藍の体は弾けた。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 速報!ルシェルさん、私のお母さんだった!?

 

 

 いやね、初対面の時も、やたら私と顔似てるなーって思ったけども、マジの家族とは思わないじゃん。思わずポッケに写真隠しちゃった。

 しかしルシェルさんは本当に優しい吸血鬼のようだ。私が部屋を荒らしても特にお咎めなかったし、寧ろお菓子をくれる天使っぷり。べっ、別に餌付けされてるわけじゃないんだからねっ!

 

 というか、お母様がルシェルさんってことは、つまりお父様はこの事件の主犯!?嘘、この事件私と関わりありすぎ!?まじかー、私お父様ぶん殴らないといけないのかー。ま、捨てられた私怨も込めて殴るのもアリか。

 というか、話を聞けば聞くほどなんでこんなハイパー天使なルシェルさんが、あんなど畜生と結ばれたんだ?まるで理解できないぞ!

 

 そんなこんなでまともにルシェルさんのお顔を見れなくなった私め。現在に至るまで気まずい空気が続いております。誰か助けてください。クルムさーん、どこいったのー?

 

 

「…クルム、遅いわね」

 

「そういえばどこ行ってるんですかね」

 

「予備のお茶菓子を取りにね。お菓子好きでしょう?」

 

「好き!!」

 

「ふふふ、あんこちゃんは本当可愛いわね〜」

 

「むぎゅっ」

 

 抱きしめられる私。これが温もり…!これが母性パゥワー!な、なんという破壊力だ…!想定をはるかに超えている!

 

「もういっそここに住まない?」

 

「わ、わたしには麗しのまいほーむがあるので!」

 

「残念、ふふ」

 

 ふと、ルシェルが扉の方を見つめる。

 

「どうかしたの?」

 

「…誰かしら」

 

 

 その時、地下の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 吹き飛び、その原形を残していない地下の扉。

 その壊れ方は、明らかに異常で、人為的なものだと考えるのは自然なことだった。

 立ちこもる埃の中、誰かが横たわっている姿が見えた。

 

「く、クルムっ!」

 

「お、奥様……」

 

「どうしてこんな…、今手当てするわ!」

 

「奥様ッ…お逃げください!敵です、敵にここがバレました…」

 

「え?」

 

 

「…この館の地下にこんな空間があったとはな」

 

 響く第三者の声。

 扉があった場所から不気味に現れた存在。それは、紛うことなき吸血鬼であった。その側には真っ黒な獣が取り囲むように数匹控えている。

 

「…貴方は確か、アリア・グロリアス卿。どうしてここに。…何の真似なの、私を誰と分かっての暴挙かしら」

 

「…ルシェル・スカーレット。アゼラル・スカーレット卿の妻にして、最弱の吸血鬼。ああ、知っているとも。知った上で、私はお前を殺しに来た」

 

「…ッ、どういうこと、私に手を出せばアゼラルが黙っていないことくらい貴方が一番良く分かっているはずよ。いえ、それ以前にどうしてここが分かったの?地下の存在は私たちを除いて、アゼラルしか知らないはずよ」

 

「……無知とは気の毒だな。私はそのスカーレット卿に貴様を殺すように頼まれたのだ」

 

「………え?」

 

 一瞬、目の前の吸血鬼が何を言っているのかを理解できなかった。アゼラルが自分を殺しに来た?あの人が、私を?

 

「そ、そんな訳が…」

 

「受け入れられぬなら、それで良い。お前を殺すことは変わらないのだからな」

 

 ルシェルの顔から血の気が抜けていく。

 

「…元来貴様は弱かった。吸血鬼とは思えないほど致命的に。…それでもスカーレット卿がお前を妻にした理由、それは貴様の能力に違いない。そこに愛などなく、ただ力を与えるだけの道具としてしか見てなかったのだろうな」

 

 言葉を聞くたびにルシェルの目の前は真っ黒になっていく。

 要するにルシェルは捨てられたのだ。元々、ルシェルはある目的のためだけに妻としての役目を果たしていた。そしてルシェルはその役目をごく最近終えた。

 アゼラルにとって、ルシェルにそれ以上の価値などなく、もう用済みの存在だったのだ、だからこの争いに乗じて殺しに来たのだろう。

 

「運命を操る力…私も欲しかったものだがな。親も親なら倅も倅ということか。…まぁ、貴様のことはどう扱っても良いとスカーレット卿から聞いているのでな。貴様の血を飲めば力の搾りカスくらいならば頂けるだろう」

 

「嘘…嘘…なんで…」

 

 たとえどれだけぞんざいに扱われようとも、地下に閉じ込められようとも、ルシェルはアゼラルを愛していた。彼女はかつての優しい彼を知っていたから。いつか必ず元に戻れると、そう信じていた。

 しかし信じ続けた結果がこれだ。愛していた者の拒絶。それは彼女の精神を崩すには十分だった。

 

「ショックで己を失ったか。まぁ、その方が殺りやすい」

 

「奥様!!」

 

 アリアは黒に塗りつぶされたサーベルをその首を切り落とさんと、振り下ろす。

 

 

 が、その直前、ナイフがアリアの腕に突き刺さった。

 傷口から溶けるような音と煙が出る。

 

「グッ…!誰だ!」

 

「迷子の美人ちゃんでーす」

 

「あんこ様…?」

 

「いやー、クルムさん良いもの持ってるじゃーん。吸血鬼の館で弱点を持ち歩くって中々チャレンジャーだね!」

 

 そう言って、動けないクルムの懐から数本のナイフを取り出した。

 

「何本か借りるね」

 

「お、おやめください!人間では吸血鬼に勝つことはできません!」

 

 人外である自身が赤子のようにあしらわれたのだ。人間がそんな強大な存在に真正面から挑めば、どうなるかなど容易に想像できた。

 

「貴様…!確か何処からか入ってきた侵入者か!何処へ行ったのかと思えばそんなところにいたとはな」

 

「あっ、やっぱりあの獣貴方の魔法だったのね。丁度良いわ、飼い主に服弁償させようと思ってたところだし」

 

「はっ、たかが人間に何ができる!私の身体に銀などを突き刺したのだ!唯で死ねると思うなよ!」

 

「死ぬのに唯もクソもないでしょ。頭悪いなー」

 

 先程の不意打ちにアリアは激昂している。

 怒号と共に、側にいた獣が一斉にレミリアに襲いかかる。あんな大きさの顎に噛みつかれれば、一瞬でその身は噛みちぎられることだろう。

 

 しかしそんな死の直前でも、レミリアは悠々とした態度を崩さず、ただ静かに目の前の敵を見やる。

 

「あんこ様っ!」

 

 

 

「───だから私がタダで死なせてあげる」

 

 

 

 レミリアはナイフで腕のミサンガを切った。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「なんだ…?」

 

 ルーミアの闇に結界を蝕まれつつあった人里。結界符も残り少なくなり、いよいよ後がなくなった極限の状況。そんな時、人里に異変が現れた。

 

「これは…壁?」

 

「いや、空?でもなんで地面に空が?」

 

 突然。星空のような模様のドーム状の壁が人里全域に現れたのだ。まるで透明なプラネタリウムのようなそれはルーミアの黒の海を完全にシャットアウトし、防いでいた。

 

「凄い、あの闇を完全に防いでる!」

 

「守護者様、これは…」

 

「…わからん、だが里を守っていると言うことは確かなようだ」

 

「もしかすれば管理者様が手を加えてくださったのかも!」

 

「違いないべ!こんなことができるのは管理者様だけだ!」

 

 喜ぶ里の術師たち。

 慧音はどこか腑に落ちない感覚になりながらも、ひとまずの危機を凌ぐことができたので、緊張が抜けたように嘆息した。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 飛びかかっていた黒の獣はあたりを満たす魔力の嵐によって吹き飛び、やがてそれは部屋を、地下を、館を、そして湖を一瞬で包み、支配していく。

 

 その容姿もまるで塗り替えられるように変化する。

 髪は真っ黒な黒髪から、青みがかかった銀髪に。その瞳も紅く染まり、妖しく輝いた。背には一枚の巨大な翼が生え、翼の中には星のような無数の光の粒子が見える。それはまるで翼に夜空が映されているかのようだ。

 

 そして、様変わりしたそれは、静かに瞳を開く。

 

 

 

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 カランと、ナイフが落ちる音が響く。

 

「なんだ…それは…」

 

「…ふぅ、これでヨシ」

 

「なんなんだそれはッ!!」

 

 アリアは感情のまま叫び散らす。レミリアを中心に空間が歪み、形を変えている。そしてそれに己も巻き込まれていることを自覚する。空間ごと身体をシェイクされている感覚がして、凄まじく気持ちが悪い。

 

「…咲夜と小傘は無事みたいね。周りが凄いことにはなってるけど」

 

「話を聞けぇ!」

 

「ああ、ごめんなさい。気分が悪かったかしら」

 

 そう言うと歪んだ空気はフッと元に戻る。

 

「…ッ、ハァ…ハァ…」

 

「大丈夫?お薬いるかしら」

 

「な、何だお前は…!さっきまで唯の人間だったはずだ!」

 

「何って、見ればわかるでしょ?吸血鬼よ、貴方と同じ」

 

 冷や汗が止まらない。

 こんな異質な魔力を持つ吸血鬼は見たことがない。いや、力云々以前に、こいつは吸血鬼とは決定的に何かが違う。見かけは同じなのに、中身がまるっきり違うような。

 本能的に感じる恐怖がアリアの体に纏わりつく。息が荒くなり、手足が震える。…ふざけるな、これではまるで私が奴を恐れているようではないか!!

 

「…グッ、シャアッ!!」

 

 それを振り払うように、黒の魔力を纏った魔力弾をレミリアに浴びせる。普通の吸血鬼ならば、後ろの2人も巻き込んで吹き飛ばすほどの勢い。

 攻撃はレミリアに直撃し、光の奔流が迸る。家具が吹き飛び、部屋中に余波が散らかる。

 

「…悪いわね、私上品な受け止め方は好きじゃないの」

 

「…なん、だと?」

 

「あら、今の反応良いわね。もう一回お願い」

 

 しかし相手はダメージどころか、仰け反りすらしない。まるでそよ風でも受け止めたかのような素振りだ。

 

「小傘の投げた小石の方がまだ痛かったわね…」

 

「グッ、ギイィ…!」

 

 歯を食いしばりつつもアリアはこの化け物をどう倒すか考える。

 いや、考える必要などない。自分は誇り高き吸血鬼貴族。今は賢者の石もある。その上での己の最高威力なら、確実に仕留められる。仕留められなければならない!

 

「もう良い!こうなれば、この屋敷ごと貴様を吹き飛ばしてくれるわぁ!!」

 

 すると、周囲の影から大量の黒い獣が現れ、それがアリアに集まっていく。やがてそれは一つの極大の魔力球に変化する。渦巻く魔力だけで空気が震えている。あんなものが放たれれば、館どころか、湖まで木っ端微塵である。

 

 極限まで高められた魔力をアリアは目の前の忌々しい存在に向けて解き放つ。

 

「くたばr」

 

 

「どん」

 

 

 

 

 空間(そら)が弾けた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「戦争が始まっても門番なんて、御当主様も殺生なことをするなぁ…」

 

 紅魔館の門前に立つ紅髪の少女。彼女はこの館の門番を務めている妖怪だ。戦力にならないと言うわけではないが、この館を守ると言う役目もあり、今回の戦力からは外されてしまった存在である。

 

「私も戦場でどんぱちしたいんだけどな…。フラン様も心配だし。あー、なんか良い感じに敵襲とかないかなー?こう、一発どかんって感じに…」

 

 その瞬間、背後からとんでもない轟音が響いた。そして直後に突風が襲いかかる。

 驚いた門番だが、咄嗟に地面に拳を突き刺すことでなんとか余波で飛ばされることを回避する。

 

「な、なんですかぁ!?」

 

 思わず館の方を見る。不思議とあれほどの音が響いたのに、立ち込める煙はまったく無かった。

 が、代わりに、館の真ん中はまるでくり抜かれたように縦に開いた巨大な穴があった。

 

「え、えぇ〜…」

 

 敵襲が来てほしいとは思ったが、館を壊されるのは勘弁である。門番は肩を落とし、爆心地へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「吸血鬼ってみんなあんな感じよね。傲慢で偉ぶって、自分より凄い奴が出てくれば子供みたいに癇癪起こして、最後は満たされず死ぬ…。南無南無、またおかしな人を無くしてしまったわ」

 

 クルムは何が起こったのか理解できなかった。

 アリアがあの魔法を放とうとした時は、はっきり言って死を覚悟した。自分達は原型も残らず粉微塵になって消えるのだと。

 しかし、現実はどうか。実際に粉微塵になったのはアリアのほうだ。しかもその前方には、外の景色が見えるほどの大穴が空いている。

 

「ルシェル、クルム、大丈夫?」

 

「え、は、はい…」

 

「……」

 

 返事のないルシェルの下へレミリアは歩いていく。

 

「…ルシェル、しっかり。もう嫌なことを言う奴はいないわ」

 

「え、あ…あんこちゃん…?」

 

 ルシェルは先程とはまるで雰囲気が違うレミリアに気づく。どうやら自失で今まで何が起こっていたかわからない様子だった。

 

「…その翼は、それに髪も…」

 

「…ごめんなさい、見ての通り私は吸血鬼。ずっと前からこの世界に住んでて、この戦争を止めるためにここに来たの」

 

「………」

 

「私はこれから貴女の夫さんをぶん殴って止めにいくわ。私の住処を守るために」

 

「…あんこちゃん」

 

「…さっきの話が本当かどうかは分からないわ。もしかしたら唯あの吸血鬼が出鱈目を言っただけかもしれない。…だからその夫さんをここに連れてきて土下座させる。…だから安心して待っていて。お話、楽しかったわ。お洋服もありがとう」

 

「え、ま、まってっ!」

 

「もう直ぐ門番さんがここに来るから、手当してもらって。大丈夫、悪い妖怪じゃないから」

 

「あんこ様…」

 

「ありがとう、クルム。お菓子、とても美味しかったわ」

 

 そう言ってレミリアは翼を広げ、宙へ浮く。

 目的地はあのいけ好かない面をしている吸血鬼のところだ。一度2人を見ると、レミリアは音速に近い速度で彼方へ飛んでいく。

 ひらり、と自身の服から何かが落ちることに彼女は気づくことはない。

 

 

 

 レミリアと、そう呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 血と共に落ちる黄金を見る。

 

 恐らくもう助からないだろう。あの妖怪の肉体の半分は弾け飛んだ。力を消費した状態での復帰は難しい。何より妖怪にとって大事な部分を潰したのだ。逆に生きている方が驚きだ。

 

「…あの妖怪強いってお父様から聞いたのだけれど、全然歯応えなかったわ」

 

 ふと、空を見上げる。

 気のせいか何だかいつもよりも夜の闇が暗くなっている気がした。そのせいか、星もやけに光っている。綺麗だが、月が見えにくい。フランドールは顔を顰める。

 

「あ、そうだわ、ちゃんと首持って行かないと。お父様に怒られちゃう」

 

 戦果はちゃんと示さなければならない。その首を引きちぎろうと、藍が落ちた場所に向かおうとする。

 

 が、フランドールは突然動きを止める。

 その緋色を見開くと、弾かれたように顔を上げ、周りを見渡す。

 

「なにこれ…、誰?おかしいわ、何も見えない…知らないわこんなの」

 

 困惑していると、猛スピードでどこかに向かっている光が見えた。その光は黒く、しかし明るい奇妙な光。直感的に理解する。あれだ、あれが原因だ。

 フランドールは反射的にその場から飛び去り、正に光のような速度のそれを追う。

 

 空気を裂きながら、それに迫り、その光の前進を遮る。光は自身の前で止まると、その輝きは消え失せ、姿が露わになる。

 

 光の正体を見て、その目を見開く。

 青みがかった銀髪に月のように紅い瞳、そして星のように輝いている背から一枚だけ生えた翼。

 

 そして、その顔は自分と瓜二つだった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 戦争止めるために三千里。

 

 っていうか、うわーめっちゃ血みどろ。見渡す限りの地獄絵図。戦火がないところを探すのが難しいくらいめっちゃくちゃなことになってる。取り敢えず人里ヤバそうだったから、バリアー張ったけど、正解だねこれ。こんなのが当たったら人里がバトルドーム!になってしまう。

 

 こんな阿呆な戦争止めるためにもさっさと主犯であるお父様をぶん殴らねば!

 

 …多分あれかな?うわー、顔いかつ!おめめ吊り上がってるじゃん!見た目から短絡さが滲み出てる。さぞかし頭蓮根なんだろつなー。なんか変なねーちゃんとドンパチやってるけど、出会い頭に錐揉みお借りしますドロップキックをお見舞いしてやれば問題なしだな、ヨシ!

 臓物ぶちまけろー!捨てられた完璧美少女の恨みは重いぜー!!

 

 …ん?誰かこっちに来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あら」

 

「…誰、貴女」

 

 

 

 

 

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新学期のクソッタレが始まったので、これから更新結構遅れます。




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U.N.オーエンをわからせる



 ほら、これ(続き)が欲しかったんだろう?やるよ。

 ただし条件がある…
 何、簡単なことだよ。少し私の言うことを聞けば良いだけだ…。

 まずは周りの電気をつけて、十分な光と視野を確保しろ。
 次に画面に近づき過ぎずに、ある程度離れて見るんだ。
 最後に、夜更かしせずに健康的な時間帯で読めぇ!

 てめーら、視力は大事にしろよ!



【前回のあらすじ】
・吸血鬼貴族忍殺!
・眷属になれよおじさん忍殺!
・刺客忍殺!

 総評:さすが忍者汚い




 

 

 

 

 

「おかーさま!」

 

「あらフラン、どうしたの?」

 

「あのねあのね!今日は凄い魔法覚えたんだよ!」

 

「また新しい魔法を覚えたのね!どんな魔法かしら?」

 

「いくよ、見ててね……えいっ!」

 

 そう言って少女はその手から自身の顔ほどの大きさの炎を出す。その炎はやがて形を成し、洋風の短剣のような見た目になる。

 

「どう凄い?」

 

「凄いわフラン!もうこんな魔法を使えるの?」

 

「えへへ…、うん。おかーさまに見て欲しかったからいっぱい練習したんだ!」

 

「ええ、本当に凄いわ。ほら、おいで」

 

 少女は魔法を解き、蝙蝠のような羽をパタつかせながら母親に抱きつく。自分を抱き寄せてくれる感覚が心地よい。温かい何かに優しく包み込まれるような感覚になる。

 それは厳しい家庭指導を送る少女にとって最も幸せを感じる時間だった。

 

「もうこんな時間ね。今日は一緒に寝る?」

 

「うん!」

 

「じゃあ今日は寝る前に本でも読みましょう」

 

 

 ーー

 ー

 

 

「───そうして日光を克服した高貴な吸血鬼は永遠の夜となり、世界を平和に支配しましたとさ」

 

「…おかーさま。この話は本当にあった話なの?」

 

「それは分からないわ。私が子供の頃からあった物語だもの」

 

「でも太陽の下を自由に歩けたら、幸せだよね」

 

「そうね、私も子供の頃は太陽の下で皆んなでお出かけするのが夢だったもの。…耐性魔法じゃ、私の体が弱すぎてダメだったけど」

 

「じゃあフランが叶えてあげる!」

 

「え?」

 

「この絵本にあるえいえんのよる?になれば太陽を克服できるし、その血を飲んだおかーさまも太陽の下に歩けるようになるの」

 

「ふふ、ありがとうフラン。じゃあいつかお母さんを日のある世界に連れてってくれる?」

 

「うん!だってフランは誰よりも凄くて、強いもん!フランは何だってできるんだから!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 空気が軋む音が鳴る。

 異変に気づいた周囲で争っていた妖怪たちはそれを恐れて一目散に逃げてゆく。妖怪だって命は惜しい。ましてやそのうちの1人が先ほどまで八雲の九尾を圧倒していた相手ならば尚更だ。濃密な瘴気に当てられて気を失う者もいる。

 いつの間にか周囲には何者もいなくなっていた。

 

 異形の羽を持つ吸血鬼、フランドールと対峙しているレミリアは困った様子で頬をかく。

 

 

 め、めっちゃ怖い顔しとるんやけど…。

 えー、なんか私悪いことした?目で射殺さんと言わんばかりだ。それは英雄だけで結構!

 

 しかしびっくりした。急に行手を阻まれたかと思ったら、私と瓜二つの顔が出てきたのだ、そりゃ驚く。パツキン以外はほぼ私じゃん。

 しかし、はて、何処かで見たことあるような…。何だっけ…、ついさっき見た記憶が…

 

 

「…質問に答えてくれないかしら。誰かさん」

 

「…ん、ああ、悪いわね。私の名前は誰かさんよ、よろしくね誰かさん」

 

「あはは……今私冗談を楽しみたい気分じゃないの。下手な悪ふざけは寿命を縮めるわよ」

 

 ひぇっ…凄い顔歪んでる。いや怖過ぎでしょ。わ、私は食べてもゲロ甘な美少女味しかしないよ!糖尿病になるよ!

 ともかく、これは早めに退散しなければ。

 

「あ、そう。じゃあ私先急いでるから」

 

「待ちなさい。私は貴女を逃すわけにはいかないの」

 

 ダメでした。

 アッソノ、肩が砕けそうなのですが。明らかに人体から鳴ってはいけない音がなってるから!私じゃ無かったら肩が粉砕されてる。

 

「なんで?私貴女と初対面だけれど」

 

「私と同じ顔の奴がうろうろしてたら不快だから」

 

 んなこと言ったらてめーだっておんなじ顔だろうが!同じ顔が2人いたら、私の魅力半減しちゃうだろうが!…いや、2倍か?それならワンチャン…

 

「それにその不恰好な羽も不快だわ。私は月が好きなのに。キラキラしてて鬱陶しい」

 

 そのイルミネーションみたいな羽も大概だと思うけどね。なんか果実が実った枝みたい。

 

 うーん、弱ったなー。この子ったら全然退いてくれない。

 私はあのクソ親父をぶちのめすミッションをクリアしなければいけないというのに。ああ、どんどん遠くに行ってしまう…。

 

 

「不快、不快よ。だから……殺すわ」

 

「ん?」

 

 パツキンのイルミネーションがキラキラ光ってる。あ、カッコいいなあれ。私も後でやってみよ。

 

「キュッとして…」

 

「…あら」

 

 何か不思議な感じだ。こう、心の臓を掴まれている感じというか。こう、心がキュッてなる感じ?やだ、もしかして…恋?こんなので始まる乙女ゲーなんてやだな。あの子の手に黒い光の玉みたいのがある。お饅頭みたい。

 

 ……あ、そういえばこの前買った初恋味の饅頭保存箱にしまうの忘れてた!やっべー!あれ結構デリケートだから一晩で腐るんだよな。ちくしょー!あれ店で3時間並んで手に入れた代物なのに!なんて勿n

 

 

「どかん」

 

 

 レミリアの体が内側から弾けた。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、ここまで来れば良し」

 

 どさりと、咲夜は野原にそれを置く。

 

「…思わず連れてきちゃった。でもレミリアもそうするよね。多分」

 

 そう言うと咲夜は、気を失った黄金の尾を生やした人型の妖怪を見やる。しかしその身の半分以上が、無惨に抉られ、その中身からは内臓と何故か無数のお札が飛び出している。明らかに致命傷だ。

 彼女は咲夜が避難しようとしていた時に、空から降ってきたのだ。流石に見過ごすことはできず、身を隠せるところまで一緒に連れてきたわけだ。

 咲夜も死んでいるとばかり思っていたが、流石妖怪と言うべきか。こんな状態でも心臓は弱々しくも確かに動いていた。

 

「…取り敢えず治療しよう。時間も経って間もない。今なら魔力もギリギリ持つ」

 

 咲夜の時間を操る力は、何も止めるだけではない。燃費は激しいが、時を巻き戻すこともできる。

 しかし世界全ての時間を戻すことができるわけではない。その効果は限定的だ。しかし、1人の時間を数分巻き戻すだけなら今の魔力でも可能だった。

 

「……あれ、この魔力」

 

 咲夜は空を見上げる。

 夜の闇が深くなり、そして星が輝いている。地上の戦火の光が全く感じられないそれは、咲夜にとって とても安心できるものだった。

 

「レミリア…!よかった、生きてた…」

 

 咲夜はレミリアが無事だったことに安堵する。そしてそれと同時にこの戦争が長く持たないことを確信する。

 咲夜にとってレミリアとは絶対だ。戦っている相手が気の毒になるくらいには圧倒的な力を持つ存在。

 その絶対性はあの日の夜から全く変わっていない。その象徴があの翼と、この空。まるで今まで見ていた夜が偽りと言わんばかりの暗の深さと燦然さ。まだこの段階だということは本人は遊んでいるのだろうか。

 

 いずれにせよ早期決着が望ましい。レミリアの力は時間が経てば経つほど目立つ。この世界の重役に見つかれば面倒なことになるのは目に見えていた。

 

 ちなみに、レミリアが死ぬのではという心配は一切していない。昼の状態ならともかく、夜のレミリアを殺すことは物理的に不可能だ。その性質上、ある意味不死身よりもタチが悪いものとなっている。

 がしかし、それとこれとは話は別だ。夜のレミリアを1人にするのは色々と不安があるのだ。

 

「…早くこの妖怪を治して、レミリアのところに行かないと」

 

 そう呟いた咲夜は静かに治療を始めた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 フランドール・スカーレットはその身に特異な力を持っている。

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』

 

 字に読んでの通りあらゆる物体、存在を破壊することのできる力。それは実態のないものにも有効で、博麗大結界もこの力で破壊した。千差万別の様々な力を持つ存在がいるこの幻想郷でも上位に入る力。

 基本的な使い方は簡単、壊したいものの"目"をその手に移動させて握りつぶすだけ。それだけで対象は内側から破裂し、木っ端微塵になる。その存在の核を破壊するので、再生もできない。

 だからこそフランドールはこの力に絶対的信頼を置いている。何せなんでも壊せるのだ。どんな時でも困ったらこれを使えば大体解決する。

 

 この力を使われて死なない存在などいない。

 

 

「…そういえば今の私ならどうとでもできるわ。危ない危ない、饅頭が台無しになるところだったわ。mgmg…」

 

 

 …その筈なのだ。

 身体の半分以上が失われているのにも関わらず、それは平然と、どこからか取り出した饅頭を頬張りながら、当たり前のように言葉をこぼした。

 己の能力を受けたのに死なない。それどころか身体が再生している。フランドールはその光景に理解が追いつかず、唖然とする。

 

 しかもおかしな事に血が出ていない。千切れた身体からは代わりに黒いモヤのような物が漂っていて、羽と同じような光の粒子がある。身体の中が空っぽのようで気味が悪い。

 まるで容器が満たされるように身体は元通りになっていく。

 

「なんで…能力で破壊したのに…」

 

 先ほども述べた通り、フランドールの能力はその存在の核を破壊する。無いものはそこには存在できない。弾けた後は、そのまま消滅して終わり。

 しかしこいつは存在を破壊されても尚、何事もなかったかのようにその場に立っている。

 

「へぇ、魔法じゃないのね。変わってるわね、存在を砕くなんて」

 

「………知っていたのね」

 

「感覚でそう思っただけ。大切なものを持っていかれた感じはしたし」

 

「じゃあどうして貴女は死なないのよ。存在を壊したのよ?だったら死ぬべきでしょ」

 

「そんなおっかない常識押し付けないでよ。それに私の核はここには無いもの」

 

「…は、じゃあ何処にあるって言うのよ」

 

「上」

 

 そう言ってレミリアは夜空を指差した。

 

「………言ったわよね、私は今冗談を楽しみたい気分じゃないの」

 

「どんな状況でも楽しむことは大切よ。心に余裕ができるもの」

 

 フフフと笑う。

 見えないし壊れない。おまけに挑発もしてくる。これ程までに癪に触る相手は過去いない。フランドールの瞳に妖しい紅が灯る。

 

「…正直ここまで舐められたのは結構久しぶりよ。片翼の分際でよく吠えるわね」

 

「別に片翼とか関係ないでしょ。吸血鬼には羽で強さを決める文化でもあるの?そんなゲームみたいなことするだけ無駄でしょうに」

 

「吸血鬼にとってはそれが全てよ。才能のない吸血鬼は淘汰されるのが当然。特にアナタみたいな不完全な欠陥品はね」

 

「お堅いわね、もっと柔軟に考えなさいよ。それで冗談じゃない目に遭ってる吸血鬼もいるのよ」

 

 主に私。

 

「仕方ないわ、それは死んで当然なんだから!」

 

 フランドールはレミリアとの距離を詰めてその手の魔力の塊を叩きつける。

 

「…ッ!」

 

 が、それはレミリアの手であっさり相殺される。

 フランドールは少なくとも殺す気で振り下ろした。しかしそれを呆気なく止められたのだ。その事実にフランドールの表情は歪む。

 

「いきなりやめてよね。まったく、親の顔が見てみたいわ」

 

「黙れ!!」

 

 フランドールは怒りを露わにする。

 少なくとも親の話はフランドールにとって触れられたくない話なのだ。イライラが募っていく。

 

「そんな大声出さないでよ…。名前も知らない誰かさんに殺意むき出しで迫られたら流石の私も困るわ」

 

「調子に乗るなよ欠陥品。お前は下で私が上。分を弁えろ」

 

 立派に帝王学を叩き込まれてるフランドールの言葉を無視し、レミリアはどうやってこの場を乗り切るかを考える。

 元々レミリアはあまり争いを好む方ではないのだ。不必要な戦闘はなるべく回避したいし、敵とも遭遇したくない。その理由は自身の力による被害が甚大だというところに帰結するのだが、この力の性質上時間をかければかけるほど不味いことになる。ここで余計な時間はかけたくなかった。

 とりあえずもう仕方ないから転移の魔法でも…

 

 

「私はフランドール。フランドール・スカーレット。貴女のような中途半端な血族とは違って、高潔なスカーレット家の血筋を持つ者よ」

 

 

 

 

 

 

 ……………………フランドールって私の妹じゃん。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大な妖気がぶつかり合い、轟音が響く。空気が割れんばかりに響く衝撃は、周囲の妖怪たちが怯むには充分だった。

 分厚い煙が立ち込めるところから少し離れたところに歪みが現れる。そこから現れたのは八雲紫。多少服が汚れてはいるが、目立った傷はない。

 

 すると突然、濃煙の中から妖気の塊が賢者目掛けて飛んで行く。しかし動じる様子もなく紫は体を逸らして躱し、目と鼻の先に迫ったそれを見送る。光の斬撃は遠くの山を袈裟に切り裂いた。

 

「怖いわね」

 

「ふん、逃げ足だけは早い奴だ。いつまで逃げ腰のつもりなのかね?」

 

「貴方が死ぬまでかしら?」

 

「口だけは減らない奴だ!」

 

 互いに無傷の2人は戦闘を再開する。

 

 一見実力は拮抗しているように見えるが、戦闘の最中、アゼラルは何度か攻撃を受け身体を破損している。自身の再生力で回復しているが、実力という一点で見ると紫に分があった。

 あの妖怪集団を率いるだけあって、その実力はアゼラルが知る中でも相当に高い。何より時折自身の体に干渉してくる何か。油断すれば魂を持っていかれそうになるほど強力な力。おそらくは八雲紫の仕業だろうが、何とも得体が知れない。

 基礎スペックの高さと、得体の知れぬ力。普通ならば有利に立ち回ることは難しい相手だが、今は賢者の石がある。この無限の魔力と己の力があれば、ゴリ押しでも決して勝てない相手ではない。

 

 

「ジャァッ!」

 

「……」

 

 アゼラルの攻撃を避けながら八雲紫は思案する。

 吸血鬼の頭領 アゼラルの力は紫が想像していた以上のものであった。力一つで見ても伊吹童子に匹敵するだろう。それに加えてあの魔力。冗談みたいな威力の魔法を何十発も同時に放っている。恐らくは情報にあった賢者の石とやらの仕業だろうが、予想以上に厄介だ。これがそこらの吸血鬼ならともかく、アゼラルが使うとなると面倒この上ない。

 それをあの異形の羽の吸血鬼が使っていることも考えると、あまり想像したくなかった。

 そして極め付けに厄介なのは

 

『──動くな!!』

 

「…!」

 

 紫の体が固まったように停止する。

 これだ。この言葉にしたことを現実にしてしまう力。稗田の姫風に言うなら『命令する程度の能力』だろうか。この手の能力は決まって発動の際に使うエネルギー、つまり魔力を消費して強制力を決めるものだが、今相手の魔力は賢者の石によってほぼ無限だ。これにより紫でさえ抗うことが難しい力になっている。全くもって煩わしい。

 紫は自身の力を使って命令の強制力を解除し、眼前にまで迫った攻撃を避ける。

 解除するのが遅れれば深手は免れない。面倒臭い力だ。頬についた血を手で拭き取る。

 

「クク、いくら貴様といえど我が力を無力化することは難しいようだな」

 

「ええ、とても大層なお力ですわ。まるで貴方の太々しさがそのまま現れたよう」

 

「そう言う貴様も妙な力を扱う。空間をねじ開けたようなその薄気味の悪い割れ目。見ていて実に不快だ」

 

「私の力は唯一無二。この芸術性を理解できないとは、吸血鬼もたかが知れますわね」

 

 そう言って紫は、自身の横にある空間の歪み、通称スキマを愛おしげに触る。

 

「ふん、その余裕がいつまで続くかな?既にフランドールは貴様の部下を下したようだからな」

 

「……」

 

 つい先ほど、自身の式神である八雲藍との縁が途絶えた。この縁は、紫と藍が式神としての主従であることを示す繋がりであり、基本的に片方が死なぬ限り消えることはないものだ。

 そんな縁が途絶える。それはつまり式神である藍の死亡、もしくは再起不能を意味していた。面にこそ出さないが、紫はそのことに内心焦っている。

 

「まぁ良い。その内フランドールが貴様の従者の首を持って帰ってくる。その時にじっくり絶望すれば良い」

 

「…優秀な娘さんなのですね。単純な力だけなら貴方よりも上に見えましたが?」

 

「その通りだ、フランドールは天才なのだよ。いずれ私を果てにまで押し上げる貴重な存在。あの存在は私の支配に必要不可欠なのだ」

 

「あらあら、実の娘なのにまるで道具のような言いようね」

 

「事実その通りだ。あいつは才能こそ優秀だが支配欲が無い。その力も必要最低限でしか振るわん。ならばこそ私がフランドールを扱い、支配に貢献するというのが最も正しい使い方だ」

 

「支配がお好きなのですね」

 

「当然だ、支配こそが吸血鬼の本能。この世界を支配し、いずれは外界の全てを我が手中に収める!」

 

 どうやらアゼラルは紫が考えていた以上に愛が無く、低俗な存在だったようだ。

 自らの支配でしか己を誇示できない存在に紫は一種の憐れみの感情を抱く。ああ、何て非生産的で無駄なことを考える存在なのだろう。全てを支配などしても己の手に余る大地と人が残るだけだと言うのに。

 

「ふふ、支配支配…貴方はそれだけしか言えない存在のようね。これでは2人のお子さんが哀れでなりませんわ」

 

「………何を言っている、私の子はフランドール1人だ」

 

「とても素敵でしたわ。出来損ないの烙印を押された、ルシェル・スカーレットの第一子様は」

 

「……貴様、どこでそれを知った」

 

 名も知らぬアゼラルの第一子は、吸血鬼としての能力がほとんど無かった挙句、その身に翼すら存在しなかったため、産まれてすぐに殺されてしまった哀れな存在だ。

 どうやらアゼラルはこの第一子の存在を徹底的に隠そうとしているようで、古株の吸血鬼以外からは一切の情報がなかった。大方、自身の家系に傷でもつくと思ったのだろう。

 

「どこでそれを知ったと言っている!」

 

「ふふ、顔が怖いですわ」

 

 しかしそれは既に死んだ存在。特に気に留める事はなかったが、目の前の吸血鬼の冷静さを奪うには最適だったようだ。

 

「…もう良い、どのみち殺すのだ。貴様を殺せばそれが外に漏れる事はない!」

 

「怖いこと」

 

 再び攻めに入るアゼラルだが、その動きからは少し単調さが見えた。普通なら見分けることすら困難な僅かなものだが、紫にとってはそれで十分だった。これなら有利に立ち回ることも難しくはない。

 しかし問題は彼らの魔力リソースとなっている賢者の石だ。あれがある限り、こちらは下手に攻められないし、全体の戦況もジリ貧だ。

 一応橙が破壊に向かってはいるが、彼女1人ではどうも難しそうだ。誰かに協力を仰いで上手くしてくれることを祈るしかない。

 

 賢者の石を破壊できるか否か。それがこの戦争の行く末を決める鍵なのだから。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

「待てガキども!」

 

「ぎゃー!たべられるーっ!」

「たしゅけて藍しゃまーっ!」

 

 森の中を悲鳴混じりに全速力で駆ける2人の影、そしてそれを追いかける巨大な二足歩行の狼。

 

 賢者の石を破壊しようと向かっていた小傘と橙。2人は現在ばったり出会ってしまった敵軍の妖怪に追いかけ回されていた。

 

「ど、どうしよう!あの妖怪絶対わちきよりも強いよ!私たちの攻撃も全然効かなかったし、あんなのに捕まったら死んじゃう!」

 

 敵狼の体格は2人の3倍はある。更にはふたりの攻撃も効いた様子も無い。小傘はともかく、藍の式神である橙の攻撃も意に介さないところを見るに、あの妖怪は吸血鬼と同等程度の力を持っているだろう。

 

「どうしよう…どんどん石のある所から離れてるよ…!」

 

「えぇ!?」

 

 大方この狼妖怪は賢者の石を守るために配置された妖怪なのだろう。考えてみれば当たり前だ。軍の生命線とも呼べるものを丸裸で置くはずがない。異様に力が強いのも頷ける。となれば、他にも敵軍が周囲にいるかもしれない。こんな奴が何匹もいるのかと想像すると、橙は冷や汗が止まらなかった。

 その時、小傘と橙の間に衝撃が走る。

 

「わぁ!?」

「ぎゃん!?」

 

 地面が裂け、木々を薙ぎ倒しながら斬撃が飛ぶ。

 どうやら狼妖怪が爪で斬撃を放ったようだ。2人は余波で飛ばされ地面を転がる。

 

「お遊びは終わりだぁ!」

 

 狼妖怪は橙を狙いすまし、その巨大な爪を振り下ろそうとする。

 小傘はとっさに倒れている橙の下に駆けつけ、腕を引っ張り、その場から飛び退く。吹き飛ぶ地面を背に2人は再び走り出す。

 

「っは!あ、ありがとう小傘さん…」

 

「うん、それよりもあの妖怪をどうにかしないと…」

 

「待てェ!ネズミども!」

 

「ひーっ、私は猫なのにー!」

 

 あの妖怪をどうにかしない限り賢者の石には辿り着けない。どうにか倒す…までは行かなくとも、撒く方法がないか小傘は思案する。

 体格でも無理、スピードでもこのままでは追いつかれる。手持ちもほとんどないし、こうなれば誰か協力してくれる人を探すしかない。とは言え、こんな森奥には味方がいる可能性の方が低い。むしろ他の敵に出くわす可能性の方が高い。そうなれば本当に絶体絶命…

 

「小傘ちゃん前!」

 

「え、うわっ!?」

 

 何かにぶつかり、後転する。考えすぎていつの間にか前が見えていなかったらしい。

 

「いたた……あれ?」

 

 小傘の目の前には見慣れないチェック柄の赤が目に入った。まるで何かの衣服のような…。

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには日傘を持ちながら振り向きざまにこちらを見ている背の高い緑髪の女性がいた。

 容姿は人間だが、こんなところに人間などいるはずも無い。そして何より、あたりを支配するような存在感が彼女を人外たらしめている。

 

「………」

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 鋭い赤い瞳が静かに小傘を見下ろしている。

 その顔から感情が読めず、小傘がどうしたら良いのかわからずふためいていると、突然橙が声を上げた。

 

「か…かか…風見幽香!?」

 

「え…幽香って、橙ちゃんが言ってた…」

 

 風見幽香。

 幻想郷でも5本の指に入るほどの実力者。その力は管理者に匹敵すると言われており、橙も藍から風見幽香の恐ろしさは聞き及んでいる。

 かつて、博麗大結界をぶち抜いて幻想郷に襲来し、その際の管理者八雲紫とのいざこざでは、幻想郷の大地の半分が消し飛んだと言う話は有名だ。

 

 そんな圧倒的な存在を目の当たりにして動くことができずにいる2人。一方幽香は冷たい面立ちで2人を見つめている。

 

「……貴女たち」

 

「ひっ…!?」

 

 

「ククク、追いついたぞ鼠ども…!」

 

「あっ!」

 

 いつの間にか真後ろにいた狼妖怪。風見幽香に気を取られている間に、追いつかれてしまった。

 

「もう逃さねぇぜ……ってなんだ、もう1人いたのか」

 

「……」

 

「まぁ、この辺りでうろついてる奴は全員殺せってあの方から命じられてるんだ。悪く思うなよ!」

 

 狼妖怪は大木も切り裂けるだろうその巨大な爪を幽香目掛けて振り下ろし、目の前の敵を切り裂く───前に幽香の手持ちの傘が狼の毛むくじゃらな顔面にめり込んだ。

 次の瞬間妖怪は木々を吹き飛ばしながら、夜の彼方まで飛んでいく。一発KOだ。

 

 小傘と橙は唖然とした様子で、妖怪が飛んでいった方を見つめる。

 自分達でもかすり傷ひとつ負わせられなかった妖怪をああもあっさり。やはり強さは本物なのだと橙は畏怖の感情を抱く。

 

「え、えっと……ありがとう…ございます」

 

「……」

 

 幽香は何も言わずに2人をただじっと見つめている。まるで品定めをしているかのような視線だ。

 

(小傘さん!早くここから離れよう!)

 

(え、何で?味方なんだよね。じゃあ賢者の石を壊すのを手伝ってもらえば…)

 

(小傘さんは風見幽香の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだよ!いい?風見幽香はすっごく凶悪な妖怪なんだよ!)

 

(そ、そうなの?)

 

 風見幽香はその性格も凶悪と言われており、自身のテリトリーに侵入した部外者は人妖問わず皆殺しにされると言われている。強者にも目がなく、所構わず襲撃してくるとんでもないバトルジャンキーだとも。

 総じて風見幽香の評価は強くて危険ということだ。ルーミアと並ぶ幻想郷でも屈指の危険存在である。

 

(このままここにいたらどんな目に遭わされるか分からないよ!早く逃げよう!)

 

(で、でも…)

 

 小傘には風見幽香がそんな悪い妖怪には見えなかった。面立ちこそ怖いが、雰囲気はどちらかというとレミリアと似たような感じだと小傘は思った。

 

「うわっ!?」

 

 小傘は橙に腕を掴まれ、そのまま引っ張られるように走り出す。橙はよっぽど幽香を恐れているらしい。

 小傘は走りながらもふと後ろを振り返り、置いていかれた幽香の姿を見る。その表情はどこか寂しげだった。

 それを見た小傘は思わず橙の腕を振り切る。

 

「えっ、小傘さん!?」

 

 小傘は幽香の下に駆け寄る。幽香が少し驚いた表情でこちらを見ている。

 なぜ幽香のところに来たのかは小傘自身にも分からない。だが、一つわかることは、どうしても諦観にも似た表情をしていた彼女を放っておけなかったということ。レミリアと会う前の自分のような、そんな置いて行かれた子供のような彼女に手を差し出さずにはいられなかったのだ。

 

「……どうかしたのかしら」

 

「え、えっと…その…!」

 

 ええい!今更何を怖気付いている多々良小傘!言え、言うんだ!言わなければならない!

 直角90度。芸術性すら感じられる腰の折様で、片手を差し出し、小傘はそれを言い放つ。

 

 

「わ、わちきとお友達になってください!!」

 

 

「……………え?」

 

 

 風見幽香の呆けた声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 燦然と輝く星空の下、二つの光が幾何学模様を描きながら迸る。二つの光は互いがぶつかるたびに、紅い火花を散らす。そして山を、湖を、草原とあらゆる場所を蹂躙しながら光は弾ける。

 

「…ッ」

 

 フランドールは苛立っていた。

 自身の攻撃は躱され、いなされ、防がれる。

 相手の力自体はこちらより下だ。魔力量もこちらが上、身体能力でも上。だが何故か防がれる。あの門番のような武術とやらだろうか。しかしそれにしては何か小骨が引っかかるような違和感が残る。

 何より、こいつは一切こちらに攻撃を加えようとしてこない。こちらの攻撃に対応しながらニヤニヤ笑うだけで、何もしてこないのだ。

 

「〜♪」

 

「……」

 

 何故反撃が来ないかは分からないが、目の前の欠陥品の態度も相まって馬鹿にされている感じが抜けきれなかった。

 

 ……落ち着け。相手のペースに飲まれるな。力ならこちらが上だ。冷静になれ。

 対応されるなら対応しきれないほどの攻撃で仕留めるだけだ。自分にはそれができるだけの力がある。相手の動きも見切った。次は殺せる…!

 

 

 

 

 

 私は今猛烈に感動している。

 

 何せ目の前にいるパツキンはなんと私の妹なのだから!いやー、まいまざーから見せてもらった写真と全然雰囲気違うのだもの!変な羽だって聞いてはいたけど、全然写真と違うじゃん!まぁ、それ含めて可愛いのだが。

 そう思うと目の前にいる存在が、クリスマスを背負ってる不審者幼女から、煌びやかな宝石を身に纏った超絶美人に見えてくる。

 ふ、ふつくしい…!流石私の妹…!私と同じくらい美人ちゃんだ!

 

 が、しかしそんな妹ちゃん、もといフランちゃんは何やら不機嫌な様子だ。さっきも理不尽な理由で私のことをムッコロス!とか言ってたのだ。話に聞いてた通り相当家庭環境がすさんでいたに違いない!おのれまだ見ぬお父様!許すまじ!

 そんなわけでさっきからこっちをマジで殺す気できている我が妹の対応に追われているわけだが、いやぁ、流石私の妹!強いの何の。ぶっちゃけ今のままじゃ厳しいレベル。

 が、私は今妹と戦いたいわけではない。フランドールちゃんと仲良くなってイチャコラしたいのだ!

 

 というわけでまずは話を聞ける環境を作らなければならない。

 

 そんなわけでどーん!

 

「…ッ!?」

 

 じぃちゃん直伝の拘束魔術である。

 銀のナイフさえあれば、何にでも使える便利魔法だ。少ない魔力で使えるので結構重宝したたりする。

 

「…へぇ、貴女吸血鬼の癖に聖刻の魔法なんて使うのね」

 

 ? そんなにおかしいことだろうか。

 

「その魔法はヴァンパイアハンターや聖職者が使う魔法。吸血鬼の癖に吸血鬼を殺す魔法を使うなんて、よっぽど力に自信がないのかしら?」

 

 え、まじ?

 いや確かにやけにセイントな雰囲気は醸し出してるなって思ってたけど、まさかそんなアンチ吸血鬼な魔法だったとは…。

 おっとそれよりも、今はフランドールちゃんとの親交タイムの方が大事だ。フランちゃんーお話ししーましょ!

 

「…まぁ良いわ。私も貴女に聞きたいことがあったし」

 

 やった!仲良しチャンスゲットだぜ!

 お礼に私に質問する権利を与えよう!知りたいこと何でも教えてあげるぜ!

 

「…じゃあ単刀直入に言うけど、貴女は何なの。何故私と同じ顔をしている。貴女みたいな吸血鬼は軍にはいなかったはずよ」

 

 まぁ、私幻想郷在住者だからね。

 そういえば自己紹介まだだった。よし、ここいらでフランドールちゃんに私が姉ということを自覚してもらおう。

 

 

「私はレミリア。姓は無いわ。貴女たちが来る前からこの幻想郷に住んでた永遠のアイドルヴァンピーよ。一応は貴女の姉、ということになるわね、フラン」

 

 

 フッ、決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───今、目の前の吸血鬼は、レミリアと名乗ったのか?

 

 

 レミリア。それはフランドールにとって最も忌々しい名前である。

 

 理由は単純、そのレミリアこそが己から母親を奪った存在だからだ。

 

 フランドール・スカーレットは幼い頃から母親が好きだった。冷たく、己の野心しか見ていない父親とは違い、母は優しく穏やかで、常に自身に温もりを与えてくれる唯一の存在だった。

 

 だがフランドールは気づいた。母親が見ているのは自分ではなく、別の誰かだと。己を見ているその瞳に自分では無い何者かの影があると。フランドールが智見を深めていくほどその感覚は顕著に感じるようになった。

 

 ある日、痺れを切らしたフランドールはそれを直接母親に聞くことにした。そして母親の口からレミリアという姉の存在を知った。

 

 第一子ながらも、産まれながらの出来損ないであったため、産まれてすぐに殺された存在。今やもういない姉の存在を。

 

 母親は自分に母として接してくれる。一緒に笑ってくれるし、褒めてもくれる。だが自身を見るその瞳には常にそのレミリアの虚像が映されている。

 そしてレミリアのことを話す時の母親の顔は、自身と話している時よりもずっと慈愛に満ちた顔をしていたのだ。

 

 フランドールはそれがどうしようもなく嫌だった。

 私を見てほしい。もう死んだ出来損ないなどではなく、完璧な私と言う娘を見てほしい。私の方が優れていて凄いのに、何故今ここにいる私を見てくれない!?何故既に死んだ存在を私に映す!何故そんな顔をする!何故それを私に向けてくれない!?そいつが…レミリアがいたからなのか!?

 

 しかしどれだけ努力しても、母の瞳から忌々しい虚像が消えることはなかった。むしろその像は強くなってきていた。

 

 フランドールは顔も知らない己の姉を恨んだ。

 しかし恨んだところでレミリアは既に死んだ存在。この怒りをどこにぶつけるべき者はいない。

 

 

 ──だが、今目の前にそいつがいる!

 姉妹と言うならば、無駄に顔が似ているのも頷ける。この際どうして生きているのかなんてどうでも良い。今重要なのはそこじゃ無い。

 こいつの首を持っていけば、私の方が上だと証明できれば、きっとお母様は私を見てくれる。無駄な希望なんて、虚像なんて抱かなくなる!

 

 頭に血が昇る。

 

 ミシミシ と、自身を拘束している光から嫌な音が鳴る。

 

 だから、そのお洋服も!

 お父様とよく似た髪も!

 私と鬱陶しいくらい同じ顔も!

 

 

 全部残さず壊してあげる!!

 

 

 バキリと、光は砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 凶弾が放たれ、レミリアはそれに直撃する。

 軌道上にあるものをストレートに破壊しながら、2人は山に突っ込む。山は溶けて弾けた。

 レミリアは光速の世界の中、足を溶けた地面へ突き刺し、魔力を放出。大地が爆ぜ、レミリアは光の世界から弾かれる。

 反転した視界の中、レミリアは考える。

 

 …どうしてこうなってもうたんや。

 別に悪手を踏んだ覚えは一切なし。一体何が我がまいしすたーの逆鱗に触れてしまったのだろうか?とは言っても私名のっただけだぞ。もしかして、自己紹介の仕方が気に食わなかったのか?

 やはり好感度狙いであざとすぎたか…。ならばもう一度、と言いたいけど、多分無理。だってフランちゃん今激おこプンスカ丸ファイナルアニバーサリーvar.1992だもん。下手なことしたら消し炭にされちゃう!

 というか今ので体半分消し飛んじゃったし、これじゃ喋らせてくれなさそう。殺る気満々グローブである。

 

「…やっぱり再生するのね。じゃあ次は消し炭にする気でいくわ」

 

 ふぇぇ…本当に消し炭にする気だよぉ。

 ともかく怒らせてしまったものは仕方ない。相手するしかなさそうだ。

 

 ……はっ!待てよ、つまりこの状況は所謂姉妹喧嘩なのでは!?

 ふおぉぉぉ!なんか急にテンション上がってきた!人生で初めての姉妹喧嘩!私の人生の初めてを彩りの良いものにするためにも、この一大イベントは張り切っていかないと!

 よし、取り敢えず今のままじゃ相手にならないから、もうちょっと力を引き出そう。喧嘩はフェアにいかないとね!

 

 

 ズズズと、自身の内側から大きなものが込み上げてくる。その身に収まりきらなくなったそれは、漏れ出し、形を成して背に現れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その素晴らしいファッションセンスも!

 その綺麗な髪も!

 私と似て超絶プリティーな顔も!

 

 その全てが愛おしい!

 

 嗚呼、妹とは斯くも可愛い存在だったのか!妹1人でこんなにも気分が高まってしまうなんて、前世の私はきっとシスコンだったに違いない!

 

 

 

 

 

 辺りの空気が捩れるように歪んでいく。幻覚ではなく実際に。

 魔力の密度が強すぎて空間そのものが魔力の流れと一緒に蠢いているその異様な光景に、フランドールは強制的に頭を冷やされる。

 

「………何よ、ちゃんと2枚あるじゃない」

 

 目の前の憎たらしい存在から、対となるもう一枚の翼がその背に現れた。……いや、そもそもあれは本当に翼なのだろうか。翼というにはあまりにも不定形。自分の翼も歪だという自覚はあるが、あれはそもそも翼として成り立っていない。…まるで得体の知れない何かが翼の形をとっているかのような。

 

「──私はね、自分に妹がいることをさっき初めて知ったわ」

 

「……?」

 

「だから貴女が私の妹って知った時、正直どう接したら良いか分からなかった。嫌われたらどうしようとか、避けられたらどうしよう、とか。…でも、悩む必要なんて無かったのね」

 

 レミリアはその顔に優しげな笑みを浮かべながら、洒落にならないほどの莫大な魔力を携えた両手をフランドールに向ける。

 

 

「まずは私が姉であることをわからせる(・・・・・)ことが大事だったのだな」

 

 

 その瞬間、フランドールの視界を星空が埋めた。

 

「───ッ!!???」

 

 それを間一髪で避ける。

 フランドールが避けたそれは、空間を抉りながら彼方へ飛んでいく。あんなものが当たれば、いくら吸血鬼でも大怪我では済まない。背中に嫌な汗が流れる。

 …いや、何を怖気付いている。アイツさえ殺せれば、己の苦悩は終わる。どれほどアイツが強かろうと関係ない。アイツを殺さない限り、私に幸せは訪れないのだ。

 

 辺りの気温が一気に上がる。

 膨大な魔力と炎がフランドールの右手に収束していき、無理やり圧縮されてゆく。

 

 その手に顕現したそれは、木の枝のように細く、まるで子供の描いたクレヨンの線だ。しかしそれから脆さは微塵も感じられず、発せられる熱は空気を焦がしていく。

 

「レーヴァテイン」

 

 確かにさっきの攻撃は驚異的な威力だった。しかしまだ、まだ私の方が強い。

 レミリア向けてそれを全力で振りかぶる。延長線上にあるものが、地平線に至るまで爆炎と共に燃え尽きていく。

 

 が、ただ一つ燃え尽きなかった星空が炎を突き破ってきた。再びその手に莫大な魔力を纏って。

 すぐさまフランドールは回避の姿勢をとる。

 

「お返しだ。──火星(Mars)

 

 気温が一気に下がる。

 放たれた球体から発せられる冷気で、辺りにあるなけなしの水分が一瞬で凝固していく。それはフランドールも例外ではなく、自身の炎ごと冷気に飲まれる。

 

(天体の魔法!?なんでそんな難解な魔法を使ってるのよ!!)

 

 魔法の扱いにおいて、天才的な才能とセンスを持つ自身でさえも発動が困難な天体の魔術。あの魔法専門の紫魔法使いでさえ、発動に数分の詠唱動作が必要だというのに、その過程を魔力で無理矢理をすっ飛ばして、発動させたのだ。

 腹が立つ。自分にできないことをコイツはやってのけている。

 しかしここまでされれば、否が応でも認めざるを得なかった。こいつは欠陥品などではなく、紛れもない本物なのだと。

 

 辺り一面極寒の大地となった世界に空いたクレーターの中から、フランドールは氷を壊し、起き上がる。

 

「……認めるわ、貴女が私と近しい力を持ってること。才能を持ってること。…それでも私の方が上よ!」

 

 突如、フランドールの体から虚像が現れる。それは1人2人3人と増えていき、ついにはその全てが実態を得た。

 レミリアはそれを面白そうに眺める。

 

「面白い手品ね」

 

 増身の魔法。1人の火力で足りないなら2人で、2人で足りないなら3人で、3人で足りないなら…

 

『4人で貴女を殺しにいくわ』

 

 2人フランドールからレーヴァテインの爆炎が放たれる。

 レミリアはそれを避けるが、避けた先にもフランドールがいる。赤の凶弾が、レミリアに襲いかかる。最早夜空すら埋め尽くすほどの膨大な量のそれは、一つ一つが、大地を抉る威力を持つ。

 それをすらすらと避ける中、あとの3人も弾幕による追撃を仕掛けてきた。うち1人は、とどめの言わんばかりに、巨大なボウガンのような物を構えている。

 

「あれに撃ち抜かれるのは嫌ね」

 

 レミリアを中心に、巨大な旋回する風が巻き起こる。

 暴れていた弾幕たちも、フランドールたちも、氷漬けにされた木々に山、更には空気さえも捩れ、囚われ、辺りを蹂躙する暴君となっていく。

 

「──木星(Jupiter)

 

 レミリアは、巨大な暴風の塊となった球をそのまま彼方へ飛ばす。

 このままでは幻想郷の果てまで飛ばされるだろう。そう悟ったフランドールは、咄嗟に一緒に飛ばされている自身の分身を掴み、魔力を暴発させた。爆発の勢いでそのまま外側に弾かれ、難を逃れる。

 

「あら、お帰り」

 

「フゥー…、フゥー…!」

 

「じゃあ次は鬼ごっこ。フランがボールね」

 

「う"あ"ぁッ!!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「わあぁ…!」

 

「おい何やってんだ魔理沙。もう寝る時間だぞ」

 

「あ、おやじ!あれ見て!」

 

「…なんだありゃ」

 

「すっごい綺麗だなぁ!」

 

 2人の視線の先には夜空いっぱいに描かれた美しい幾何学模様があった。凄まじい速度で移動する何かがそれを作り出しているのが、辛うじて見てとれる。

 

「なぁおやじ!あれ何なの!?」

 

「……チッ、知らねぇよ。妖怪がなんかだろ」

 

「よーかい…」

 

「良いからさっさと寝ろ。明日も早い、寝坊したらタダじゃおかねぇぞ」

 

「う、はーい…」

 

 そう言って何故か不機嫌そうに父親は自室に戻った。

 少女は改めて視線を空へ向ける。すると一瞬、光の中から少しだけ人の像が視界に映った。距離で言えば絶対に見えないはずなのに、不思議とその姿だけは少女にははっきりと見えたのだ。

 

「………きれい」

 

 

 星々を詰め合わせたような幻想的な翼がいつまでも少女の目には焼きついていた。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 フランドール・スカーレットは天才だ。

 

 生まれつき持った圧倒的な魔力量、難解な魔法も一読しただけで使いこなせる地頭の良さ、他を圧倒する身体能力と戦闘センス、そして全てを破壊できるその能力。どれを取っても吸血鬼貴族の中でも群を抜いていた。

 故にフランドールにとっては、全てが取るに足らないことだった。同族の野心も、父であるアゼラルの野望も、幻想郷との戦争も。フランドールにとっては、どうでも良いし、自分がいればどうとでもなることなのだ。

 

「はぁ、はぁ…!」

 

 ……そのはずなのだ。

 自分は誰よりも優れているはずなのだ。

 周りの有象無象が、父親が、そして何より母親がそれを認めてくれていたはずなのだ。

 だというのに何故、この目の前の存在に追い縋れない。

 

「があぁぁ!」

 

 自身の翼から生えた宝石を噴出口のように変形させ、勢いよく魔力を放出する。身体はまるでジェット機のように超加速し、レミリアに迫る。そして、そのまま炎を纏った拳をレミリアの顔面目掛けて振るい……推進力ごとあっさり受け止められた。

 

「フラン。貴女に私の好きなものを教えてあげる」

 

「ラァッ!!」

 

 反射的に一閃を放つ。避けられる。

 

 ──だめだ。こんなのじゃ全然足りない。もっと、もっと強く!速く!多く!

 

「あ"あ"あ"あ"!」

 

 ブチブチと、肉が裂けるような音と共にフランドールの異形の羽が一気に膨れ上がり、木の枝のように分裂する。そしてその翼はレミリアを囲うように伸びていく。

 噴出口に変形した宝石から、魔力のレーザーが無数に放たれる。

 

「まず甘いものが好きね。団子とか、飴ちゃんとか、チョコとか。チョコレートパフェは特に好きよ!」

 

 それを事もなさげに避け、フランドールに迫る。

 そのまま接触する瞬間、フランドールを守るように翼が遮った。そして、その翼から手形の宝石が無数に生える。掌全てに黒い光が現れ──

 

「キュッとしてドカン!!!」

 

 レミリアの身体が一気に弾けた。が、次の瞬間再生する。

 壊されたことなど意に介さず、レミリアはそのまま力任せに翼をこじ開け、フランドールに肉薄し、その土手っ腹に右ストレートをお見舞いした。

 

「がはっ…!」

 

「運動も好きよ。昔色々習ったの。八極拳とか太極拳とか…」

 

 放たれる光速の連撃。顔に、身体に、腹に、足に、拳と蹴りが無数に打ち込まれていく。

 そして、最後の一発がフランドールの顔面に突き刺さり、そのまま吹っ飛ぶ。さらに吹っ飛んだ先で、レミリアの回し蹴りが首元に炸裂した。バキリという折音と共に、勢いで身体が縦に回転する。

 

「ギッ!」

 

 しかしそれでも怯まず、作り出した炎の剣で空気を突き刺し(・・・・・・・)、勢いを殺す。そして真前にいるレミリアに向けて、翼から最大火力の魔力砲を撃ち出した。

 フランドールの破壊の能力を上乗せした攻撃だ。正に巨大なレーザーとも言えるそれは、直線上にあるものを悉く破壊していき、消し去っていく。

 

「あ"あ"ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「勇儀ー!飽きたー!」

 

「確かに、潰しても潰しても湧いてくるもんねぇ」

 

「やっぱ術者か石を壊すしかないかもな」

 

「しゃーないな…天魔、あんた部下に探しに行かせたらどうだい?」

 

「もう行かせとりますわ。ですがどちらも上手く隠してるようで……ん?」

 

 ふと天魔は幾分離れた山に視線を向ける。するとどうしたことか、山がみるみると赤く染まっていき、膨張していく。

 

 山から巨大な熱光線が現れたのはその直後のことだった。

 それは戦場に直撃し、屍となった敵軍たちを一瞬で飲み込んだあと、地平線の先で大爆発を起こす。

 

 3人は間一発それを躱していた。

 視線の先には、特大の爆弾でも落とされたかのような巨大なキノコ雲が見えており、勇儀はその光景を見て嬉しそうに声を上げる。

 

「なんだいありゃあ!とんでもないねぇ!」

 

「一体どこのどいつだぁ?向こうのほうから飛んできたみたいだけど」

 

「もしかすれば、敵の首領あたりの仕業かもしれませんな。いずれにせよ、まだ敵はいるということですな」

 

「くぅ〜!先陣を切る役を受けたのを今になって後悔してるよ!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「はぁーっ、はぁーっ…!」

 

 それが撃ち終わった跡には、文字通り何も残っていなかった。

 今自分が撃てる最大火力だ。当たれば流石のアイツもタダでは済まない。見ろ、奴は跡形もなくなって

 

「あとは友達や人里の人たちが好きよ。みんな面白くて、一緒にいて楽しいの」

 

「ッ!?」

 

 何の前触れもなく、背後から突如現れた。まさか避けたのか?あの距離で?

 

「あと一つあるのだけれど、解るかしら?」

 

 パワーも、スピードも、魔法も、能力もダメ。扱う魔法も超高度、武術や戦い方も一級品どころじゃない、頭も回る。まさか本当に全てにおいて私を上回っているのか?

 じゃあ、コイツは私より優れているのか?私より凄いのか?

 

 ………そんなの嫌だ。

 私の方が強い。私の方が凄い。私の方が───

 

「!?」

 

 突然、がくりと力が抜ける感覚に襲われる。今まで身体に常にみなぎっていたものが、急激に失せていくのを感じる。

 これは、まさか…

 

「…賢者の石が破壊された?」

 

 ということは、こちらに供給される魔力が途絶えたと言うことだ。

 賢者の石はこちらの軍の生命線となっている。それが破壊されてしまい、機能を停止した今、こちらの軍の勝機はほとんど消えたと言っていいだろう。石の破壊は、実質的にこちらの敗北を意味していた。

 正直、この戦争に勝とうが負けようがどうでも良いが、元々あまりアテにしてなかったとは言え、今魔力の供給を失うということはかなり痛手だった。

 

 

 ……こうなったら使うしかない。

 お母様には使うなって言われてるけど、もうそんなことは言っていられない。どんな手を使ってでもコイツをこの世から消してやる…!

 

 フランドールは夜空へ飛び立つと、掲げた手に魔力を収束させる。その密度にあたりの空気が魔力の流れに沿って歪む。

 

 フランドールはその身にもう一つ特異な力を持っている。

 

『運命を操る程度の能力』

 

 文字通りこの世に起こりうるあらゆる道筋、運命を観測し、操ることができるという条理を逸した力だ。

 しかしこの力はフランドールが元から持っていた物ではない。元々は母親であるルシェル・スカーレットが所持していたもの。この運命を操る程度の能力は吸血鬼から吸血鬼へと譲渡することができ、そうして先祖代々継承されてきたものなのだ。

 そうして紅魔館の未来の当主であるフランドールは母親からこの力を受け取った。──本来、レミリア・スカーレットに与えられるはずだったそれを。

 

 だがこの力を扱うことは生半可な力では不可能だ。フランドールでさえ、この力の全てを把握し、使いこなすかは未だ叶わないのだから。

 だが、フランドールは歴代の所持者の中で最もその力を引き出せていた。

 

 今フランドールが行おうとしていることは、相手の運命の強制的な確定。すなわち、死の強制である。

 

(ずっと妙だった。コイツからは見えるはずの運命が全く見えなかったから。だがこれなら関係ない!)

 

 フランドールの手に真紅の槍が顕現する。

 それは正に死の象徴だった。死を確定させる運命が収束させられた槍。それに加え、自身の破壊の力も上乗せした。最早これを受けて、生命活動を行う存在などいない。当たる運命も確定させてあるから、避ける事も不可能。

 槍が掌の上で高速で回転し、空気を裂く音が響く。この場に他の誰かがいれば、明確な死の予感を感じていたことだろう。それほどまでに濃密な死の塊。

 

「さようなら!レミリア!!」

 

 そしてフランドールは運命そのものを投擲する。

 

 

「スピア・ザ・グングニル!!」

 

 

 光の速度で放たれた槍は空気を抉りながら、一直線にレミリアの下へ飛んでいく。

 確定された死。世界に無理矢理定着された条理。その概念そのものがレミリアを貫かんと迫る。

 

 

 対してレミリアは、飛んだ。槍が来る方向、真正面にだ。

 フランドールは嘲る。馬鹿め、死を悟って頭がおかしくなったか。

 

「それっ!」

 

 

 レミリアの拳に触れた瞬間、槍はひしゃげ、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。

 

 

 おもちゃの花火のように散った概念の塊はそのまま空気に溶け、霧散する。

 

 

「…………は?」

 

 

「そして最後に、私の愛している人」

 

「!!??」

 

 己の力を集約した槍を破壊され、唖然としていた隙にレミリアはフランドールの目の前まで来ていた。フランドールは対応しようとするが、既に手遅れだった。

 

 

「お母様と…貴女よフラン」

 

 

 

 早く避け───

 

 

 

「───金星(Venus)

 

 

 

 視界を埋める黄金と全身を抉る激痛。

 巨大な黄金の球体は、そのまま旋回して彼方へ飛んでいく。黄金の嵐となったそれは、やがて大地に突き刺さり、直後その回転を止める。

 

「私のことは教えたわ。次はフランよ。貴女の好きなものを教えて?」

 

 その身を押しつぶされながらも、フランドールは意識があった。

 運命そのものを拳で砕いた?なんて出鱈目な奴なんだ。自らの力で運命を書き換えたとでもいうのか?

 それに体も全く動かせない。重い。私の腕力でも動かせないなんて、とんでもない質量だ。明らかに大きさと質量が比例してない。指一本動かせない。

 くそっ、嫌だ。負けたくない!

 

 ……いや、もう私は負けている?

 さっきからコイツは悠長に喋りながら戦ってた。

 私は遊ばれていたのか?

 最初から歯牙にも掛けられていなかったのか?

 

 私は……最初から敗けていたのか?

 

 そう考えた時点でフランドールは既に──

 

 

 ピシリと、黄金に亀裂が入り、そして派手な音と共に砕け散る。

 

「う"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"!!!」

 

 フランドールはレミリアに能力を行使する。レミリアの右腕が弾け飛ぶ。

 そのまま飛びかかり、レミリアに馬乗りする形となる。

 

「壊れろッ!壊れろッ!死ねッ!死ねッ!!死ねえぇぇッ!!」

 

 レミリアの顔面を殴りながら、能力を使い続ける。

 顔が、横腹が、足が、破裂音と共に弾け飛んでいく。

 

「私がッ、私の方がッ!強くて凄いんだあぁぁぁ!!」

 

 ついにレミリアの全身が爆散する。

 しかしレミリアの内側を満たしていたそれは、未だフランドールの周りに漂っている。

 

「はぁ"ーっ、はぁ"ーっ」

 

「…そんなに私が嫌いなの?」

 

「ッ…!!」

 

 ここまで…ここまでしても尚、殺すことができない。

 魔力もほとんど残っていない。側から見れば、とっくに勝負はついていた。もう何の力も振るえないフランドールがとった行動は、ただ喚くことだけだった。

 

「ええ、嫌い…嫌い!大嫌いよ!!オマエが産まれてきたから!お母様の心は私に向いてくれなくなった!!」

 

「…!」

 

「私はお母様に見てもらうためなら何だってした!お父様の言いつけ通りにした!強くなるために元々あった翼だって捨てた!危険な魔法薬だって数えられないくらい飲んだ!でも…何をしても、いつまで経っても!お母様の目には私じゃない誰かがいたのよ!それが心底憎たらしくて仕方無い!!!」

 

 フランドールは子供のように喚き散らす。しかしそれは紛れもない本心だった。

 

「死ね!死ね!返せ!返せ!!私の…私の居場所を返してよぉ…!」

 

「フラン…」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あの子は…フランはね、無理ばかりするの」

 

「無理?」

 

「魔法を覚えて最初の頃は私も嬉しかった。娘の成長が純粋に幸せだった。…だけど どんどんそれがエスカレートしていって、フランはより強い力を求めるようになったわ。………そしてその果てに、自分の羽まで捨ててしまった」

 

「え、翼って捨てられるものなの?」

 

「…あの子は魔界の神と契約して万物を破壊する力を得たの。だけどその代償としてその翼は見る影も無くなるほど変わり果ててしまった…。他の吸血鬼から見ればかえってそれが力の象徴になったようだけれど」

 

「……」

 

「それに加えてアゼラルの暴力的なほどの教育。日に日に変わっていって、傷ついていくあの子を私は見ていられなかった。……怖いの。この子もレミリアのように死んでしまったらどうしようって…」

 

 フランドールはレミリアの面影を強く残しているから尚更そう考えてしまったのだ。

 ルシェルはアルバムにあるフランドールの写真を優しく撫でる。

 

「…あの子はきっと、私のために強くあろうとしているの。私が魔法を褒めたらいつも嬉しそうに笑ってくれるから」

 

 だからどうしてもフランドールを見る目にはレミリアの姿が浮かんでしまう。なんて情けない話だろうか。母親でありながら、娘の在り方ひとつにまともに向き合いすらできないなんて。

 

「…ごめんなさい、こんな話、貴女に言っても困るだけよね」

 

「そんなこと無かったわ。ちゃんと意味のある物だった」

 

 我が妹ながら愛されているんだなと思う。どんな形であれ、こんなにも想ってもらっているのだから。

 

 

「……その子のことを、愛してるのね」

 

「…ええ、心から愛してるわ。強くて凄い、私の自慢の娘だもの」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「!!!?」

 

 レミリアは突然フランドールを優しく抱きしめた。

 

「…ごめんなさい、フラン。私のせいで貴女は苦しんでたのね」

 

「やっ、やめろっ!離せ!」

 

 フランドールは密着するレミリアを引き剥がそうと抵抗する。が、最早一滴の魔力も残っていないフランドールにはあまりに力不足だった。

 せめてもの抵抗と、レミリアの首元をガリガリと引っ掻く。

 

「クソッ、離れろ!死ね!」

 

「大丈夫よフラン。私は貴女を愛してるわ」

 

「なに…言ってるのよ…!何でそんなこと言うのよ!!」

 

「だって私は貴女のお姉ちゃんだもの」

 

 レミリアはフランドールを自身の胸へ優しく抱き寄せる。

 

 フランドールは目の前の敵の行動に混乱する。

 そう、敵なのだ。こいつは敵。己の居場所を奪った敵だ。

 

「うっ、うるさい…!黙れ!黙れ黙れ黙れ!!なんでお前なんかに…!」

 

「今まで頑張ったのね、フラン。すごく強くてお姉ちゃんびっくりしたわ」

 

 だというのに、どうして、こんなにも安心してしまうのだろう。

 まるで母親のような、しかし何か違う感覚。だが何故こんなにも、身を預けたい感覚に襲われるのだろうか。フランドールの心から抵抗の意志が少しずつ消えていく。

 

「うぐ……くそ…くそぉ…!」

 

 そんな安心感をこんな憎たらしい存在から感じてしまう自分が情けなくて仕方無い。己の憎しみはこの程度だったのか。こんな絆し一つで燃え尽きてしまうものだったのか。

 フランドールは突き放すようにレミリアの胸から離れる。

 

「…殺して」

 

「…?」

 

「さっさと殺してって言ってるのよ!お前なんかに絆されるくらいなら死んだほうが───」

 

「フラン!」

 

「ひっ…!」

 

 フランドールは縮こまる。

 …今レミリアは別に魔力を使って威圧したわけでも、力を使ったわけでもない。ただ強めに言葉を発しただけだ。

 

「聞いていなかったみたいだから、もう一度言うわ。……私はね、貴女を愛しているの。姉として、たった1人の妹を。だから殺してなんて言わないで…」

 

「え……あ…」

 

 レミリアは泣いていた。そこにさっきまでの絶対的強者はおらず、ただ一人の姉がいた。

 それを見てフランドールは初めて気づく。レミリアはさっきの戦いも含めてずっと自分と姉として接してきてくれていたのだ。

 あれほどの力があるのなら、自分を殺すことなど容易だったのに、態々自分を生かし、優しく接してきてくれるのは、紛れなく自分を愛していたから。今までの行動もレミリアなりの距離の詰め方だったのだ。

 

 フランドールは自分をおだて上げる存在こそ数多あれど、愛してくれる存在は母親を除いていなかった。

 母親やレミリアが抱きしめてくれた時に感じた温もり。きっとあの温もりの正体こそ愛情だったのだろう。そんな母親から感じていた温かさをレミリアから感じたのはきっと、心の何処かでフランドールがレミリアのことを姉だと認めていたから。少なくとも、あの負けを認めた瞬間から。

 

(………心の何処かで理解してた。私が本当に憎かったのは、醜い嫉妬と承認欲求だけで動いてしまうような自分自身…)

 

 だがそれは今まで認めることができなかった。他ならない己の肥え太ったプライドのせいで。

 だがそのプライドは姉の手で、今見事にへし折られた。

 

(今までの戦いも自尊心に塗れた唯の八つ当たりだ。醜く酷い。…でも、この人はこんな私も受け入れてくれる…)

 

 まるで日溜まりのような温もりに体を預け、フランドールも目の前の姉の存在を受け入れる。

 心にあった黒い感情が溶けて消えてゆく。

 

 顔を上げると、レミリアの顔が目に入った。たった1人の姉が。

 

「……おねえ…さま」

 

「ふふ、やっとお姉ちゃんって呼んでくれた」

 

「…あ、あの……、私、私…!」

 

「落ち着いて、大丈夫よ。ゆっくり深呼吸して」

 

「う、うん…」

 

「…聞いたことがあるの、姉妹は喧嘩をしたら仲直りのハグをするって」

 

「……え」

 

「だから、仲直りしましょう?それでフランのこともいっぱい教えてほしいわ」

 

 そうして差し伸ばされる両手。

 今までフランドールがずっと拒絶していた姉の手。あれだけ一方的な嫌悪と殺意をぶつけられた相手でもこの人は受け入れてくれる。心が安堵に包まれる。

 

 フランドールは、ゆっくりとレミリアに近づき、その手を取ろうとして───突然光に包まれて消え去った。

 

 レミリアの手は何も掴まず、空をきる。

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 突然、光に包まれたと思えば、見知らぬところに飛ばされた。恐らく転移の魔法だろうが、なぜこんな所に。

 

 するといきなりフランドールは何者かに首を掴まれる。

 

「ウガッ!?」

 

「フランドォールッ…!!」

 

(お父様!?)

 

 己の首を掴んでいたのは父であるアゼラルだった。しかしその姿は以前までの見る影もない。どろどろに溶けた皮膚に、崩れては再生している肉体はまるで屍のようだ。一体どうしたというのか。

 

「は、離し…!」

 

『動くなッ!』

 

 その必死な形相から嫌な予感を感じ、手を振り解こうとするが、アゼラルの能力によって止められてしまう。

 

「お前のッ…血を寄越せ!!」

 

 抵抗虚しく、アゼラルの腕がフランドールの体を貫いた。

 

「……ごぷっ」

 

 口から血が溢れる。

 自身の身体に流れるものが吸い取られる感覚に陥り、徐々に力が抜けていく。その身体から奪われていく。僅かな魔力が、血が、そして能力が。

 

 

 やめて、それはお母様から貰った、大切な──

 

 

 薄れゆく意識の中、フランドールは姉のことを想う。

 

 ああ、せっかくお姉様と会えたのに、やっと幸せになれると思ったのに…。

 

「お…ねえ…さま…」

 

 その身の血を吸い尽くされたフランドールは、ゴミのように放り投げられた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「ふふ、ふはは…、ふはははははは!!素晴らしい!この湧き上がるような力!やはり我が血筋ながらよく馴染む!」

 

 血を取り込んだアゼラルの身体は完全に元通りとなっていた。むしろ先程よりも力に溢れているようにも感じられる。その証拠に彼の背の翼は歪にゆがんでいる。

 

「……まさか実の娘を手に掛けるなんてね」

 

 それを八雲紫は黙々と見つめる。

 あの後、賢者の石の破壊もあって後一歩のところまでアゼラルを追い詰めたが、死の寸前で、転移魔法を起動し、現れた娘の力を取り込んだのだ。その結果がアゼラルの大幅なパワーアップ。賢者の石の補助が無くなったとはいえ、これは少し不味い。

 

「クク、これが破壊の力に運命を司る力!やはりこの力はあの無欲な娘よりも、私にこそ相応しい!態々子供を利用する必要など無かった!最初から私が全ての力を手に入れていれば良かったのだ!」

 

 アゼラルは高らかに笑う。

 どうやらその身に溢れんばかりの力に少々ハイになっているようだ。そこに普段の冷静さは何処にも無い。たがその身から溢れる力は本物だ。

 

「これほどの力があれば、永遠の夜になることも夢見事では無い…!八雲紫、ようやく貴様を殺すことができそうだ…!」

 

「…自分の娘に随分な扱いですわね」

 

「あんなものは唯の保険に過ぎん。言っただろう、アレは私を至高の領域へ押し上げるための道具だ。アレは役目を果たしただけだ」

 

 どうやら本当にアゼラルはフランドールをモノとしか思っていなかったようだ。自らの支配のために家族さえ切って捨てるとは、ここまで来ると、支配に囚われた唯の獣だ。

 

「さぁ、屍を晒すが良い!!」

 

 アゼラルは歓喜していた。今までに感じたことがないほどに溢れる力に、ようやく全てを支配するに足る力を手中に収められたことに。

 魔力こそ大して得られなかったが、頑強な肉体と二つの能力をこの身に収めることができた。なのでフランドールが弱っていたことはアゼラルにとって実にラッキーだったと言える。態々自分の手で弱らせる手間が省けた。おかげで自分は全能に近い力を手に入れることができたのだ。アゼラルは己の力に酔いしれる。

 

 

 ──そう、だからこそ気が付かなかった。

 

 何故フランドールがあそこまで弱りきっていたのかを、何故魔力が殆ど残っていなかったのかを。

 

 そして、そこに自分が知り得ない脅威が存在して、それが今まさに己に迫ってきていることなど

 

 

 

 傲慢を越した彼に、気づく道理は無かった。

 

 

 

 

「オッ──」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「───ラァッ!!!」

 

「グボァッ!!!??」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 






フランちゃん:原作レミリアとフランドールのスーパーハイブリッド!どんなものも破壊できる力と、運命を観測して操る力を使って闘うぞ!魔法の才も館にいる紫魔法使いのお墨付きだ!ただしレミリアたんには全て通用しないぞ!

レミリアたん:ちょっとやり過ぎたと思ってる。


没になったので供養

【挿絵表示】






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蓮根男の幼き末裔



 アンパンマーン!新しい続きよ!それっ!

 あ、紅魔郷20周年おめです。


【前回のあらすじ】
・お前を殺す(デデン!)
・わからされた
・身勝手パンチ炸裂!!




 

 

 

 

 

 

 今から600年程前、ルーン帝国という吸血鬼が作り上げた巨大な国があった。

 

 吸血鬼が統治し、吸血鬼が主力となった武力国家。当然人間が吸血鬼に敵うはずもなく、ルーン帝国は瞬く間にその勢力を拡大させていった。次々と支配下に置かれていく世界の国々。そして遂には当時大国と呼ばれるほどの国までもがルーン帝国に取り込まれ、誰もがいずれあの国の吸血鬼の奴隷にされると、そう思った。

 

 しかし、ルーン帝国は敵対国が雇ったヴァンパイアハンターたちによって壊滅に追い込まれることになる。

 油断は無かった。吸血鬼にとってヴァンパイアハンターは脅威足りうる。それが大国直々に雇われた者たちならば尚更だ。だからこそ吸血鬼たちは万全を期して迎え撃った。しかし結果はまさかの惨敗。一軍隊ほどの数しか誇らぬ人間は、数百万以上の吸血鬼の軍勢を壊滅させたのだ。

 

 これによりルーン帝国は実質的に崩壊し、以降吸血鬼一族は衰退の一途を辿ることになる。生き残った吸血鬼もたったの数百人と、国を持っていた頃と比べれば見る影もない。これでは直ぐに再興とはいかなかった。

 当時、ルーン帝国の政権を持った王族だったアゼラル・スカーレットはこの現状を酷く嘆いた。

 

 

「何故だ…!何故なのだ!!何故我等吸血鬼の軍勢があんなちっぽけな人間に敗れるのだ!!おのれ、あの忌々しい人間どもが…!」

 

「まだだ、まだ終わっていない!…もっとだ、もっと力が必要だ…!時間も要る…!何年かかろうと、私は必ず国を再建させてやる!」

 

 

「そして、いずれ必ず【永遠の夜】にたどり着いてみせる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 ──鉄拳炸裂の数分前。

 

 

 

「パチュリー様ー、賢者の石、安定しましたよー」

 

「そう。…はぁ、まったく吸血鬼たちは遠慮というものを知らないわね。ここまで石の魔力を使われたのは初めてよ」

 

 パチュリー・ノーレッジ。此度の戦争では吸血鬼側として参加している魔法使いだ。

 基本的に館にある図書館で魔法の研究をしている彼女。それ故に扱える魔術は数多く、彼女が0から作った魔法は優に百を超える。

 今目の前にある無数の巨大な結晶体、賢者の石もそのうちの一つだ。対象にほぼ永久に魔力を送り続けることのできる究極の魔術。古くから伝わる吸血鬼の伝承を元に魔術師パチュリーが作り出したものである。

 しかし1つだけならともかく、戦争に参加している自軍全員に送る程の数を維持するには、それなりの人手が必要だった。だからこうして戦場からは遠く離れた森の奥で、大人数の魔法使いと共に石の維持に勤しんでいるわけなのだが…

 

「殆どの幹部もやられちゃったみたいですし、もう吸血鬼どもはこの賢者の石だけが頼りみたいですね。うふふ、ざまぁない」

 

「…御当主様とフラン様は問題なさそうだけれど、他の軍はほぼ壊滅。私が仕込んでおいた蘇生の魔術が無かったらあの爆発の時点で勝敗はついてたわね」

 

 寧ろそのまま負けた方が楽だったが。という言葉をパチュリーは飲み込む。

 

「ところで周りに敵は来てないでしょうね。ここがバレたら終わりよ。主に私たちの身が」

 

「心配性ですねーパチュリー様は。ご自身で強力な隠匿の魔法を使ったではありませんか。周囲には私特製の魔獣だって放っているんです。…まさか吸血鬼への下剋上のために作っておいた魔獣ちゃんたちをこんなところで使うなんて思いませんでしたけれど」

 

「御当主様が寄越した眷属だけじゃ少し数が足りなかったのよ。我慢なさい。とにかく、魔獣との定期連絡は欠かさないでね」

 

「わかりましたっと……はろーしもしも、こちら小悪魔です。応答しなさい」

 

 ……………

 

「…あれ?」

 

「どうかしたの」

 

「いえ、魔獣ちゃんとの連絡が──」

 

 その時、小悪魔の背後にある木々が派手な音を立てて吹き飛んだ。

 そのまま落下した大木は石を管理していた幾人かの魔法使いを潰れた声と共に下敷きにする。

 

「こあ!」

 

「分かってますよっ」

 

 そう言われた小悪魔は足元に複数の魔法陣を展開する。するとそこから、足の頭に人間の体をした5メートルはあろう巨大な怪物がわらわらと出てきた。魔獣たちは一目散に敵と思しき影へ飛びかかる。

 

 彼女、小悪魔はその名前の通り、種族を悪魔としている。

 彼女は悪魔の中でも力の弱い部類ではあるが、召喚の魔法や魔獣を調教することに関してはかなり有能である。

 今呼び出した個体たちは、彼女が特に手塩にかけて作り、育て上げた魔獣。力だけで言えば一匹一匹が上位の吸血鬼と何ら変わらない実力を持つ。

 

「嘘でしょー…」

 

 そんな魔獣たちが、右手に掲げられた傘一本に一瞬で蹴散らされればそんな反応にもなる。辺りに魔獣たちの肉片が落ちる。

 

「…終わりかしら」

 

 その場を荒らした犯人は血のシャワーを浴び、冷たい視線でそう言い放つ。

 

「…ッ 風見幽香…!よりにもよって一番厄介なのが来たわね…!」

 

「あ"あ"〜!10年かけて作った私の可愛い魔獣ちゃんたちが〜!」

 

「嘆いてる暇があるなら、目の前の敵に集中しなさい!次は私たちがああなる運命になるかもしれないわよ」

 

 周囲の魔術師は突然の襲撃に慌てながらも、石の維持はしっかりと行なっている。それを確認するとパチュリーは幾つかの賢者の石を自身の周囲に集め、供給リンクを自身に変更する。

 すると、パチュリーの全身に満ち溢れるほどの魔力が迸る。

 

「…一応この周辺には結構な数の魔獣がいたはずなのだけれど」

 

「魔獣…ああ、彼らなら、今頃お花のお友達になっているわ」

 

 …つまり風見幽香の花の養分にされたと。

 あの魔獣軍団の中にはアゼラルが寄越した眷属もいたのだが、周囲から全く魔力を感じられないことから多分諸共やられたのだろう。勘弁してほしい。

 

「私も手荒な真似はしたくないわ。何もせずに大人しくここから立ち去ってほしいのだけれど」

 

「それは無理ね。私はその石ころに用があるもの」

 

 ま、でしょうね。内心そううそぶく。

 

「…仕方ないわね。ならこの世から立ち去ってもらうわ!」

 

 風見幽香は幻想郷の管理者に匹敵するほどの力を持つ化け物。まともにやり合えば、パチュリーに万に一つも勝ち目はない。

 だが、今のパチュリーは複数の賢者の石のバックアップに加え、魔力の放出範囲の底上げも行なっている。これによりパチュリーは通常の約10倍の火力の魔法を放つことができる。

 

 パチュリーの手元にある魔道書が不自然にページを刻んでいく。前方に魔力が収束し、強烈な熱を帯びる。

 

「ロイヤルフレア!」

 

 樹木が溶けるとはどの威力と熱を誇るその魔法は、幽香の逃げ道を無くすように無数に放たれる。あえて当てようとせずに、幽香の逃げ道を塞いだ。

 

「…!」

 

「焼けなさい」

 

 瞬間、幽香の足元に現れる巨大な魔法陣。そこから放たれる火柱が風見幽香を飲み込んだ。

 賢者の石によって限界まで引き上げられた魔力上限と、莫大な魔力から放たれる自身の今出せる最大火力。上位の吸血鬼も殲滅できるほどの威力を持つ魔法の残響は先の見えないほどにまで空高く燃え上がっていく。

 この魔法は普段ならば燃費が悪くあまり使わない。しかし今ならばその火力を文字通り無限に維持しながらそれを放てる必殺なのだが…

 

「…ッ 冗談きついわ…!」

 

 あろうことか、目の前のモンスターは悠々と炎の柱を歩き抜けてきた。その身体には傷はおろか、衣服に焦げ跡すらついていない。それはつまり、そもそも魔法が当たっていないということを示していた。

 

(無詠唱とはいえ、あの威力の魔法を魔力の圧だけで抑え込むなんて、なんて出鱈目な…!)

 

 恐らく隠匿の魔法もこれで壊されたのだろう。

 幽香は傘の一振りで炎もろとも魔法陣を破壊し、そのままの勢いで傘での殴打を繰り出す。

 

「グッ…!!」

 

 咄嗟に防壁で攻撃を防ぐ。しかしその光の紋章で形どられた防壁からは絶えずガラスが割れるような音が鳴り響いている。これはパチュリーの防壁が壊れている音。辞書ほどの厚さの防壁はまるでプレス機に押しつぶされるようにメキメキとひしゃげていく。しかし負けじと壊れた先から新しく貼り直して、ギリギリ拮抗状態を作っている。しかしそれも時間の問題だ。

 

(一応フラン様の攻撃も防ぐのだけれどね…!まったく幻想郷には脳筋しかいないのかしら!)

 

 殴打が直撃する前に転移の魔法ですぐ後ろにまで移動する。

 一瞬たりとも気を抜けば即座に己が身はスクラップミンチだ。そんな極限の緊迫感に慣れていないパチュリーは肩で息をする。

 幽香は冷たい目でパチュリーを見ている。

 

「……大丈夫かしら。息が荒いようだけれど」

 

「…こっちは万年運動不足なのよ。おかげで今身体中が痛いわ」

 

「そう、だったら治してあげるわ。ほら、こっちに来なさい」

 

「結構よ、みすみす殺されにいく気は無いわ」

 

「………」

 

 パチュリーは再び本を構え、魔法での攻撃に備える。──その時、バキリと何かが砕けるような音が耳に響く。

 

「…! ちょっと、何で壊されてるのよ…!」

 

 パチュリーと賢者の石は微弱な魔力路で繋がっている。石に何かあればすぐに気づくのだ。つまるところ、賢者の石の一つが破壊されたのだ。

 

(まさか他にも仲間がいる?だとすれば不味いわ、今すぐにでも防壁を張らないと…!)

 

「すみませんパチュリー様ぁ!賢者の石がー!」

 

「分かってるわ!早く迎撃に行きなさい!」

 

「そ、それが…」

 

 そう言い小悪魔は視線を戻す。目の前には混乱に陥っている他の魔術師たち。ふと視界の外にあった賢者の石が唐突に砕け散る。

 これだ。さっきから誰もいないのに石がひとりでに破損していくという現象が発生している。否、正確には石を破壊している誰かはいるのだろう。しかしその存在の姿も気配も全く感じられないのだ。

 

「ぐぐぐ…!どこの誰だか知りませんが、あまり私を舐めないでほしいですね!」

 

 こうして隠れて攻撃しているということは、即ちそこまで相手の実力自体は高く無いだろう。賢者の石はその力の割に結構脆い、人間でも簡単に壊せる。だからこそ敢えて弱い妖怪に破壊させているのかもしれない。

 そう思い至った小悪魔は掌ほどの小型の使い魔を無数に出し、混乱の渦に解き放った。まるで虫のようにそこら中を駆け回る蜘蛛のような使い魔は、石の周辺をくまなく探し、内1匹が何かを捕らえた。

 

「うわっ!?」

 

「そこですかっ」

 

 目をやるとそこには、足に引っ付いた使い魔を剥がそうと慌てる小傘がいた。

 

「小傘さん!?」

 

「わ、わちきは大丈夫だから早く残りを…うぐっ!?」

 

「だーめですよ、まったくとんだおいたをしてくれましたね。後の1人もちゃんと始末してあげるので待っててくださいねー」

 

「ぐぐ…お、重い…!」

 

「重いってなんですか!可憐な乙女になんて失礼な!まったく、本当はじっくり拷問して殺したいところですが、後が控えているので一思いに首を刈ってあげます」

 

「こっ、小傘さん!」

 

 

「いきますよー、せーの…」

 

「ゆ、幽香!!」

 

 

 

 

「───ええ」

 

「!!!?」

 

 幽香がそう呟くと同時に突然地面が割れ、巨大な緑の植物が生えてきた。一瞬にして辺りは生えてきた植物に囲まれ、閉じ込められる。

 更には巨大な動物とも見紛うほどの茎に、食虫植物のような花弁に大口持った怪物。それが何匹も地面から現れ、周囲にいた魔術師ごと賢者の石を手当たり次第に破壊し始めた。

 地盤が崩れた影響で小傘は小悪魔の拘束から脱することに成功する。

 

「うわわわわぁ〜!!賢者の石が〜!」

 

「…ッ 風見幽香。貴女、最初からこれが狙いだったわね…!」

 

「フフ…」

 

 小傘と橙は姿をくらませながら石を壊す、というのはフェイク。実際はこの植物の種を石の周囲にばら撒いていたのだ。それを幽香の魔力で一気に成長させ、石を破壊する。先に展開した蔦の檻によって逃げ場も無い。パチュリーたちはまんまと罠にハマってしまったというわけだ。

 

「くっ…!」

 

 パチュリーは急いで荒狂う動植物に魔法を放つ。しかし、動植物は魔法が直撃したにもかかわらずまるで効いた様子がない。

 

「仮にも風見幽香が育て上げた植物ってワケね。参るわ…」

 

 

「もうどうなってるんですかこの植物は!私の使い魔ちゃんも全然歯が立たないし!周りに檻みたいなのがあって避難もできないし!」

 

「小傘ちゃん、今のうちに!」

 

「うん!」

 

「あっ!ちょっと待ちなさい!お前らは逃がさないわよ!!」

 

 

 …あの様子じゃこあじゃ無理そうね。ここにいる魔術師たちもお世辞にも戦闘が得意とはいえない。これじゃ、あの植物を退けるのは難しそうね。

 

「…仕方ないわね。…こあ!」

 

「はい!?なんですか!?今忙しいのですが!!」

 

「アレを使うわ!人員の避難を!」

 

「…はっ?嘘ですよね!?こんなところで!!?」

 

「文句言わないの!早く!」

 

「〜〜ッ、あーもう!わかりましたよ!」

 

 そう言って小悪魔は使い魔を展開して、他の魔術師を救助し始めた。すんなりと行えてるあたり、どうやらあの植物は基本的に賢者の石しか狙っていないらしい。

 なら好都合だ。そう考えてパチュリーは幽香に向き直る。

 

「他に何か見せてくれるのかしら?」

 

「ええ、とっておきよ」

 

 パチュリーは今回の戦争における自身の切り札を切ることに決めた。周りの被害が甚大ではないため正直こんなところでは使いたくは無い。しかしこの状況、そんなことも言っていられない。

 パチュリーは本を地面に置き、複雑な模様が描かれた青の魔法陣を展開する。そして魔法陣の周りに小さな魔法陣が囲うように描かれてゆく。その魔法陣に集っていく魔力は先程の魔法の比ではない。幽香はそれを見て思わず目を細める。

 

 今パチュリーが使おうとしているのは、恒星掌握型創生魔法、通称【天体魔法】。その属性魔法を極めた者だけが扱うことができる魔法であり、エレメンタルの到達点。あらゆる魔法の知識を網羅したパチュリーが知る中で最も破壊力がある魔法でもある。なにせ星そのものを魔法で再現、実体化させるのだ。これを放てば少なくともこの森は跡形もなく吹っ飛ぶだろう。

 

 本来ならば数分間の詠唱が必要なのだが、今回戦争が始まる前に予め詠唱を終わらせており、いつでも打てる状態にしている。しかし、それでも発動には莫大な魔力が必要だ。石の供給量に体が追いつかず、目や鼻から血が噴き出る。だがそれでもお構いなく、パチュリーは魔力を集中させる。

 それに伴って辺りに尋常では無い冷気が充満し、木々が空気が凍っていく。

 

「…ッ 二人とも!今すぐここから離れなさい!!」

 

「もう遅いわ」

 

 魔法陣の前にある球体が幽香に放たれる。

 

「───火星(Mars)

 

 幽香も咄嗟に紺色の魔法陣を展開する。そしてマイナスの世界などとうに通過した球体は、弾けるように勢いよく爆ぜる

 

 

 

「「え」」

 

 

 ───前に巨大な暴風の塊が森ごと幽香とパチュリーを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 森の中、普段ならば陰鬱とした瘴気が立ち込み、紫緑が溢れるこの森は、今や見る影も無くなっていた。

 倒れた木々の下からマゼンタ色の頭が這い出てくる。

 

「いたた…、ぱ、パチュリー様ー生きてますかー?」

 

「……ギリギリね。念のために貼っておいた障壁が無かったら即死だったわ」

 

「流石悪運が強いことで定評があるご主人ですね。…この後どうします?」

 

「…どうするも何も、賢者の石は全部壊されたし、吸血鬼もほぼ全滅よ。私1人で動いたところでどうにもなるわけでもないし……寝るわ」

 

「パチュリー様がそう言うなら私も寝ますー」

 

 ごろんと、地面に寝転がる2人。

 今日はいつにも増して美しい星空だ。不思議と引き込まれるような魅力のようなものを感じる。

 

「…しかし何だったんでしょうねさっきの」

 

「わかんないわ、というかわかりたくないわ。なんもわかんない、あーもういや」

 

「パチュリー様がおかしくなってしまわれた。おいたわしや…」

 

 確かにあんな理不尽が起こればこうなるのも無理はない。賢者の石だけでなく、折角の天体魔法までも跡形もなく吹き飛ばされてしまった。かく言う彼女も最早自軍のために動く気などさらさら無く、もう適当に不貞腐れていたい気分だった。

 一つため息を落とすと、空に視線を戻す。

 

「………パチュリー様、何だか空 歪んでないですか?」

 

「そんなわけないでしょう。気のせいよ」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「はぁーっ、あ、危なかった…」

 

「大丈夫?小傘さん」

 

「うん、何とか…。って、幽香!怪我してるよ!大丈夫!?」

 

「問題ないわ、かすり傷よ」

 

 そう言う幽香の体には細やかな切り傷が幾つもあったが、当の本人は特別疲弊している様子はない。どうやら本当に問題はないようだ。

 

「それにしても、ここどこなんだろう。賢者の石はどうなったのかな…?」

 

「…あの石なら全部砕けたわ。あの最後の風の塊にね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 ということは吸血鬼側の無限魔力供給は完全に停止したと言うことになる。思わぬトラブルもあったが、破壊作戦は成功したと言って良いだろう。

 

「ありがとう幽香!すごく助かったよ!」

 

「………必要ないわ。礼なんて。だって私と小傘は、その…友達なんでしょ?」

 

「うん!」

 

「…………」

 

 

 風見幽香。ここ幻想郷において、人妖問わずその名を知らないものはいない。幻想郷でも一二を争うほどの力を持ち、自身のテリトリーに入った者は彼女が育てている花の養分にされるという話は有名だ。あまりにも凶悪、そしてあまりにも残忍。幻想郷最強にして最凶の妖怪、それが風見幽香。

 

 

(と、ともだちっ!またともだちって言ってくれたわ!やった!)

 

 

 …そしてこれが最強にして最凶の妖怪の真の姿である。

 

 実は風見幽香は、力こそ強いがその正体は非常に臆病かつ人見知りなただの気の弱い妖怪だった。

 

 喧嘩は大の苦手だし、血だって見るだけでフリーズしてしまう。可能なら人里に溶け込んでまったりと暮らしたい。そんな妖怪の中では珍しい人間寄りな考えを持つ妖怪なのだ。

 なので今回幽香は相当頑張ってパチュリーたちに戦いを挑んだ。心に悲鳴をあげながら。それもこれも全ては自分なんかを友達と言ってくれた小傘のためである。

 それでも天体魔法を目にした時は本気でビビり散らかしていたし、最後の風の塊がぶつかる瞬間には己の生を放棄した。戦闘中もいつ自分の内面の弱さが露呈するか気が気でなかった。実はあの戦禍の中で一番ピンチだったのは幽香だったりするのだ。

 ちなみに彼女が暴れたと噂になっている出来事の9割は正当防衛であり、例えるなら虫が寄ってきたから怖がって腕を振って追い払った、みたいなものである。それで山が崩れたりするのだからその力だけは本物なのだが。

 

 

「それにしても凄かったよ幽香!あんな強そうな相手に堂々と立ち向かっていくし」

 

 そんなわけなし。この妖怪、内心ガクブルだった。

 

「あの火の攻撃を受けても全然効いてなくて、涼しい顔だったし」

 

 それは外面だけ。火柱の中にいたとき心の中で絶叫していた。

 

「更には相手に気遣う煽りも入れる圧倒的余裕!」

 

 否である。この妖怪、真面目に心配していただけで、あわよくば戦いやめられるかなーとか思ってただけである。

 

「それに比べてわちき、自分の弱さに泣いちゃいそうだよ…」

 

 風見幽香は自分の情けなさに泣きそうである。

 

「そ、そんな事ないわ。それに私の植物を撒いて石を壊す作戦は小傘が考えたじゃない。あの策があったから石を壊すのに成功したのよ」

 

「…うん、そうだね。ありがとう幽香」

 

「べ、別に……別に良いのよ」

 

「えへへ」

 

 小傘の反応を見て内心ホッとする。どうやらこの対応は間違ってなかったようだ。

 

(…やっぱりこの癖全然抜けないわ…)

 

 相応の力を持つ者には、相応の態度と威厳が必要だ。そんな幼い頃からの教えが未だ抜けきらない幽香は今まで数々の誤解や曲解を受け、肩身が狭い思いをしてきた。

 

 幽香は産まれつき持った強大な力のせいで周りの妖怪からあれやこれやと敬われ、自分の知らぬ間に高い身分となり、周囲から畏怖の感情を向けられながら幼少期を過ごしてきた。だが、その強大な力に反して人間のような精神を持つ幽香はそんな毎日に耐えられず産まれた世界を飛び出し、この幻想郷に来たのだ。

 なので幽香に産まれてこの方対等な友人などできたことがない。故に対応に困るのも仕方なしと言える。

 

 

「え、えっと…、私からもお礼を言わせてください。風見幽香様、手伝っていただいてありがとうございますっ」

 

「…別に、ただの気まぐれよ」

 

「それでも、私たちだけじゃ石を全部壊すことはきっと出来なかったですし、おかげできっと戦況も良くなったと思います!」

 

「そうだよ、幽香のおかげで何とかできたんだからさ!もっと堂々としてても誰も文句言わないよ」

 

「………そ、そうかしら」

 

 幽香はこの橙に苦手意識を感じている。いや、正確には八雲が苦手なのだ。特に八雲紫。最近こそ割と穏やかに接してくるが、以前までは式神の狐含めて事あるごとに殺気的なものを飛ばされていた。事情が事情なだけに仕方なかったのだが、それでも幽香は生きた心地がしなかった。なので八雲の系譜は基本的に苦手なのだ。

 

(や、やっばり私の監視なのかしら…?)

 

 

 

 

(あの風見幽香とあんなに親しげに…、やっぱり小傘さんって凄いなぁ…)

 

 今回の破壊作戦は、この風見幽香の力無くしては不可能だっただろう。なにせその場にいた戦力の大半を請け負っていたのだから。それでも尚、力で圧倒していたのだ。橙は改めて風見幽香の強大さを認識する。もしかすれば、拳一発で概念の塊である博麗大結界を破壊したという話も本当なのかもしれない。

 そしてそれを御する小傘にも畏敬の念が向けられる。自分では間違いなくあのまま逃げていた。そうなれば石の破壊どころか、自分は他の魔獣に殺されていたことだろう。しかも幽香の力を聞いて即座に作戦も思いついた思考力。本当に凄いと橙は思った。

 それだけに己の力不足を痛感した。今回は殆ど二人に頼りきりで任務を達成したようなもの。これではいつまでたっても八雲の名は貰えない。そう思い橙は歯噛みする。

 

 

「そういえば凄かったよ最後の攻撃!こう、森がドカーンってなって、みんな吹き飛ばしてさ」

 

「…違うわ」

 

「え?」

 

「あれは私じゃ無い」

 

「…じ、じゃあ一体誰が…?」

 

「……判らない。だけどあれは魔法だったわ」

 

 風に飲まれる最中、ビビり散らかしながらもそれだけは幽香にも理解できた。

 つまり、あれは誰かが放った攻撃だったということだ。それが味方なのか、敵なのか、それはわからない。だが一つ判ることは、あの魔法を放った存在はとんでもない実力者だということだ。

 それを聞いて小傘と橙の背筋は凍る。浮かれていたせいで失せていた不安が一気に押し戻ってくる。

 

「…と、とにかく一旦ここから逃げよう。またさっきの攻撃が来たら危ないし、それに咲夜も心配だし」

 

「うん、そうだね。賢者の石も壊せたけど、紫さまと藍さまが心配だし…」

 

 

「…!!」

 

「え」

「わぁ!?」

 

 小傘と橙は突然に幽香に襟を引っ張られる。次の瞬間、二人がいた場所はまるで吹き飛ぶように轟音を立てて、抉れた。

 

「な、何何!?」

「ぶにゃぁ!?」

 

「…」

 

 何とか二人を抱えて空中に避難した幽香は地上の惨状を目に映す。先程とは違うが、これもおそらくどこかの戦闘の余波だろう。

 こんな流れ弾がそこら中ポンポンと飛んでくるのならば、最早幻想郷に安全な場所など無いのかもしれない。そう思い、幽香はちょっと涙目になった。

 

 

(……こんなことなら八雲さんの話になんて乗るんじゃなかった)

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「はい、これで大丈夫ですよ奥様」

 

「ええ、ありがとう。美鈴」

 

「いえいえ、いくら門番と言ってもこれくらいならば。それにしても良かったです、お二人とも大事無くて」

 

 この門番、名を紅 美鈴。種族も出生も不明な自称妖怪である。そんな彼女は妖怪の中では比較的温厚な性格の持ち主だ。誰にも優しく接し、かと言って自分の立場をわきまえていないわけでもない。その性質はどちらかと言うと人間に近いものがある珍しい妖怪だ。

 

「それにしても信じられませんね。御当主様がルシェル様を…」

 

「…仕方ないわ、元々吸血鬼は血統主義と実力主義に重きを置いている。力も無くて、能力を渡し終わった私が排除させられるのは自明の理よ」

 

「それでもですよ!いくら吸血鬼が主義主張を掲げてるからと言って、長年連れ添ったルシェル様を殺そうとするなんて許せません!」

 

 ふんす!と怒りをあらわにする美鈴。彼女は優しい。よく自分の話も聞いてくれたとても気の良い妖怪だ。だからこうして共感してくれるのだろう。そして彼女の怒りも最もだろう。アゼラルが行ったことは自身の人生のパートナーへの裏切り行為だ。だが、それでもルシェルはアゼラルを恨み切れなかった。

 

「そんなにあの人を悪く言わないであげて…。本当に、本当に私が悪いの…」

 

「ルシェル様……」

 

「………フランたちも心配だわ。怪我をしていないかしら…」

 

「大丈夫ですよ!フラン様はお強いのですから、無事に帰ってきますって!」

 

「そう…ね」

 

 ただ自分は待つことだけしかできない。その吸血鬼としての能力の低さゆえに、今まで何度もやるせない思いをしてきた。こういう時、ルシェルは自分が無力であることを呪うのだ。家族のために何もしてやれない奴など何が母親なのか。ルシェルは切にそう思う。

 

「──ッ!? ルシェル様ッ!」

 

「え?」

 

 轟音と共に地面が抉れる。まるで隕石でも降ってきたのではないかと言うほどの衝撃が辺りを襲い、その余波が辺りを破壊していく。揺れがおさまった頃に美鈴は顔を上げる。

 

「ゲホッゲホッ、だっ大丈夫ですか!ルシェル様!」

 

「え、ええ、何とか…」

 

 頭を上げて周囲を確認すると、先程まで館の部屋だった場所は見るも無残な瓦礫の山となっていて、崩落後から外の景色が見えていた。否、部屋だけではない。館の半分が衝撃によって崩落し、住居としての機能を失っていた。

 だがルシェルがそれ以上に目に留まったのは自身の周囲を包み込むように展開されている星空だった。

 

「これは…」

 

 うっすらと外の景色が見えるほどに薄いそれが、自分を守ってくれたと確信する。

 よく見れば美鈴とクルムの周りにもある。つまり二人も守ってくれたと言うこと。ルシェルはこの星空に見覚えがあった。これはもしかして…

 

 

「うわぁ…凄いことになってますね…」

 

 事態を把握するために美鈴は何とか形をとどめている館の頂上に登り、周囲を確認する。

 それを一言で言うなら、地獄だった。紅魔館の前方から後方にかけて、巨大な破壊痕が道のように出来上がっていた。おそらく前方からさっきの衝撃が来たのだろう。そして館を破壊して後方へ飛んでいった。

 

「…だと思うんだけど、一体何が飛んできたんだ?」

 

 殺意が乗ってる攻撃なら美鈴はもっと早く反応していた。つまり何者かの攻撃の余波?

 

「美鈴!」

 

「ルシェル様、ここは危ないですから早く戻って…」

 

 その時、美鈴の真上に何かが通過した。

 すぐに美鈴は視線を空に戻すが、突風と共に既にそれは通り過ぎていて…

 

 

「………レミリア?」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「グボァァッ!?」

 

 止まらない、止まれない。己の体が未知の衝撃によって吹き飛ばされて早数十秒。周囲の景色が確認できないほどの速度で地面に擦り付けられ続けられていると言うのに、止まる気配が全くない。

 

 そして唐突に何かに激突し、ようやく己の体は止まった。ズタズタになった体を動かし周りを確認する。どうやらどこかの山の中腹のようだ。

 

 荒くなった息を整え、冷静に現状を分析していく。八雲紫を殺さんとした時に突然頬に衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされた。…つまり、誰かに殴られた?八雲紫では無い。あの女ならばもっと急所を狙った一撃を見舞ってくるはず。つまり顔もわからぬ第三者が己を害したと言うこと。

 そう思い至ると、アゼラルの中に沸々怒りが湧き出てきた。どこの誰だか知らないが、今や全能に高い力を得た自分にこんな屈辱を与えられるなど、到底許せるものではなかった。

 

「許さんぞ…絶対に…!!」

 

 

「許さない…ねぇ」

 

「!!」

 

 その声は自身の上から聞こえてきた。顔を上げると、そこに星空を着飾った女がいた。高貴さを感じられるその佇まいは、その存在の超然さを醸し出している。

 

「それはこっちが言いたいのだけれどね」

 

 同時に明確な敵意と怒りもだが。

 チリチリ と、不思議な熱がアゼラルの肌を伝った。

 

「…貴様か、私にこのような無礼を働いたのは。見たところ…同族か?」

 

 こんな吸血鬼は己の軍には存在しなかった。自分の指揮外にいるものも含めてだ。アゼラルの中に疑問が湧く。

 

「なぜ同族がこの私に牙を剥く」

 

「ムカついたから」

 

「フン、実に愚かで短絡的だな。態々命を捨てにくるとは、同族とはいえ余程頭の出来が悪いと見える」

 

「……」

 

「私に狼藉を働く程だ、貴様もそれなりの力を持っているのだろう。しかし今の私には及びもつかない。そう、この破壊と運命の力を持つ私にはな!!」

 

 ピクリ と、レミリアが反応する。

 

「そんな私に歯向かう理由がムカついたから?フハハハ!!まさに愚の骨頂!」

 

「………ふぅーっ…」

 

「先ほどは油断したが、次は無い。吸血鬼の、否、の世界の頂点に立ち、かの永遠の夜となる我が力を───ブボァッ!!?」

 

 言葉の途中で、レミリアのストレートが顔面に入った。アゼラルは派手に上空へ吹っ飛び、血液を撒き散らす。

 

「ごちゃごちゃ話が長いのよ。お前はフランに手を出した。それで私はムカついたからお前を叩きのめす。それだけよ」

 

「グウゥ…!!」

 

「後ついでに戦争も止める」

 

 自分と同じ紅色の瞳がアゼラルを射抜く。

 

「きっ貴様ァ…!殺すッ!!」

 

 怒号と共に真っ赤な三叉槍が無数に飛んでくる。が、レミリアはそれを全て躱し、再び拳がアゼラルの顔面を捉える。

 

「ブッバァッ!!?」

 

「お前には言いたいことが山ほどある…けど、それ以上にぶん殴りたくて堪らないのよ。──このダメ親父が!」

 

 怒りが滲んだ言葉と共にレミリアはアゼラルの顔面に次々と拳を叩き込んでいく。そして最後に渾身の爪先蹴りをお見舞いした。そのまま山を砕きながら森へ吹っ飛ぶ。

 

「グウゥッ…!な、何故だ…!何故私がこんなカスに…!」

 

 アゼラルは焦る心を落ち着かせようとしながら、一先ず傷を治そうとする。

 

「…!? き、傷が治らん?馬鹿な!」

 

 吸血鬼は外の世界で死の王と形容されるほどの再生能力を持っている。明確な弱点を突かれない限りは半身や頭が吹き飛ぼうとも再生できるし、吸血鬼によっては分裂もできる。再生能力は吸血鬼の本懐の一つと言っても良いのだ。そんな再生が行えない。日中ならともかく、吸血鬼の時間である深夜で今それが行えないのは明らかな異常だった。

 

「あらあら、調子が悪いのかしら?」

 

「貴様ァ!この私に何をしたッ!!」

 

「教えるわけないでしょこの蓮根男」

 

 蹴りが顎に入る。弾かれたバットのように回転した体は回し蹴りによって彼方へ吹っ飛ばされる。自分がまるで玩具のように扱われる状況にアゼラルはひどく動揺する。

 

(あ、ありえん!ありえん!!この私がフィジカルで圧倒されるなど!こんなよくわからんカスに…!?)

 

 考えてみれば、そもそもこの吸血鬼自体が何か変だ。魔力というか、力の大きさというべきものがどこか曖昧に感じられ、力がうまく測れないのだ。それが原因でアゼラルはレミリアの力量を認識できずにいた。

 

(クソッ、こんなはずはない!私は無敵の力を手に入れたのだ!我が宿願は目の前なのだ!!こんなところで終われるか!!)

 

 

 

 

 

 

 おーおーおー、よくもやってくれなさったなこの蓮根男。

 私の可愛い可愛いフランたんをあんな道端に捨てるジャンクフードの包装みたいな扱いしやがってよぉ〜!私の心の中のウルージさんもJET・因果晒し・ガトリングを決めなさってるよ。もう久々にブチギレたよ、唯じゃ帰さんぞこの性悪男。じわじわとなぶり晒しにしてくれるわ…!

 

 フランたんは私ちゃんのナイスアイデアによってぎりぎり一命を取り留めたとはいえ、これはちょっと世間(私)は許してくれませんよ、これは。能力もぶん取りやがったし、自分の子供を何だと思っとるんや!

 

 とにかく今はこのどうしようもねークソ親父だ。予想外のアクシデントが起こって、色々と湾曲したけど、当初の目的通りこのクソ親父こと敵の主犯を完膚なきまでにボコボコにして、戦争を終わらせる。以上!閉廷!

 

「うおらぁッ!!」

 

「ぐべらぁ!!!?」

 

 オラオラー!!顔面を現代アートみたいに歪めてやるから覚悟しろぉー!!

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「───あれ?」

 

「あ、起きた」

 

 唐突にフランドールは目を覚まし、そのまま飛び起き周囲を確認する。…どこかの森の中のようだが、何故自分はここに?確か戦争をしていて、お姉さまと戦って、それで負けて……

 

(あ、そうだ、私お父様に…)

 

 胸部を貫かれ、血を吸い取られたはず。いくら吸血鬼でも生命力の源泉である血が無くなれば死ぬ。しかしそんな致命傷を負ったはずの自分は今こうして息をしている。いや、よく体を見れば傷すら無い、血も身体中に満ち足りている。服は破れたままだが。

 

「どうして…」

 

「レミリアのおかげ」

 

「!」

 

 声をする方に目をやるとそこには銀髪の少女がいた。匂いから察するにおそらく人間だろう。何故人間がこんな戦禍の中に?

 

「あなたはレミリアが血を分けてくれたから、生きてる」

 

「……」

 

 そう、レミリアはフランドールの身体に自身の血を分け与えたのだ。そしてその血がうまく馴染んだ結果、今こうして生きていられている。その事実にフランドールは震えそうになる。無論嬉しさでだ。

 吸血鬼同士において血を分け与える行為は特別な意味を持つことが多い。主に愛情表現として。当然レミリアはそんな意味は一切知らないし、飽くまで治療行為の一環としてフランに血を与えたが、それでも吸血鬼の常識に親しみ慣れているフランドールからすればそういう意味で意識せざるを得ないのだ。ええい!心頭滅却!!

 

「フゥー………それで、貴女は?」

 

「十六夜 咲夜、レミリアの友達。私はレミリアに頼まれたからここにいる」

 

「…そう、ならもう良いわ。もう問題無いからどこかに行っても良いわよ」

 

「…は?」

 

「それにしてもよく体が動くわ。さっきよりも調子が良いかも」

 

「待って、せっかく態々私が見てあげたのに、お礼も無し?」

 

「はぁ?何で私が人間に礼なんて言わなきゃいけないのよ。寧ろ幸運に思ってほしいわ、お姉様の友人じゃ無かったら即私の食糧行きだもの」

 

 そう嘲るように視線を向けるフランドール。それが咲夜の神経を逆撫でする。

 

「とっても哀れ、生かされたのはそっちの方。レミリアの親切心でそこに立っているのを理解してる?」

 

「ええ、それは理解してるわよ。お姉様に対してどうこう言うつもりはないけど、貴女に対して大きな不服があるだけ。そもそもお姉様を呼び捨てなんて身の程知らずにも程があるわ。お姉様は近い将来吸血鬼の未来を背負う方になるのだから、貴女みたいな人間ごときが近寄れる存在じゃ無いのよ」

 

「レミリアの未来を勝手に決めるな…!私とレミリアは友達、だからいつも対等で、一緒。そう約束だってした」

 

「あらそう、なら勝手に言ってれば?でも一つだけ訂正、未来お姉様の隣にいるのは私よ。貴女じゃ無いわ人間」

 

「人間なんて名前じゃ無い、私は咲夜!十六夜咲夜!レミリアから貰った大切な名前がある!」

 

「ふうん、貴女なんかには勿体無いわね。十六夜の咲夜(昨夜)なんて、名前負けしてるわ」

 

「うるさい!私とレミリアのことを何も知らないお前が文句を言うな!」

 

「お姉様のことならこれから知っていくから問題無いわ。それよりも、さっきから聞いてれば人間のくせにその口の聞き方は何?貴女なんて今の私でもあっさり殺せるのよ」

 

「そんな差別的な発言をしてる時点でレミリアのことは理解できるわけない」

 

「はぁ?」

 

「レミリアは貴女の言うその人間と一緒に住んでる。人間を理解しようとしない貴女にレミリアを理解できる日は永遠に来ない」

 

 咲夜は思った。この女とは絶対相容れない。いくらレミリアが望んでるとは言え、こんな危ない考えを持つ奴と関わらせるわけにはいかない。最悪の場合は始末する考えが脳裏によぎる。

 

「…もう良いわ。これ以上話しても無駄、主張は平行線。それよりもお姉様は何処?お父様も居ないようだけれど、まさか…」

 

「そのまさか。レミリアは今回の戦争の主犯をとっちめに行った。…あんなに怒ってるレミリアは久しぶりに見た。だからすぐ終わると思う」

 

 同時に一抹の不安もあるが、兎も角、ようやくこれでこの戦争は終わる。人里崩壊は回避されるのだ。

 

「そう…」

 

「取り敢えず、ここで待ってよう。貴女と待つのは不服だけど、今動くのは危険」

 

「あら、お姉様を助けようとは思わないのかしら?」

 

「………必要無い。寧ろ今行ったら間違いなく巻き添えにされるかもしれない。レミリアは興奮したら周りが見えなくなるタイプだから」

 

「へぇ、お姉様って意外とやんちゃさんなのね」

 

「…いつもいつも厄介ごとばっかり持ってくる。貴女の時だってそうだった」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

『ふぅ、これで良し。あとは一人で頑張ってね、狐さん』

 

 藍の治療を終えた咲夜。あれだけの傷を負っていた身体は時間の逆行によって見事に元通りとなっていた。生命活動も正常に行われてるのでこれなら目が覚めても問題なく動けるだろう。

 そう思った咲夜はレミリアの下へ行こうと、その場を後にしようとする。

 

『咲夜!』

 

『わぁっ!? れ、レミリア…!?』

 

 突然何も無い場所からレミリアが現れた。夜のレミリアならよくあることなのだが、それでもこれは咲夜にとってはいつまで経っても心臓に悪いのだ。

 

『急だけどこの子お願い!私の血をあげたから大丈夫だけど、誰もいないのは不安だから』

 

『え、誰…、というか血を分けたって、それって…!』

 

『私まだやらないといけないことあるからあとはお願いね!』

 

『あっ、待って!私も行く!!』

 

『ダメよ、今貴女殆ど魔力が残ってないじゃない』

 

『でもっ…!』

 

『それに、これは私の家族の問題。……私一人で片付けたいの』

 

 そのあまりにも冷たい声と表情に咲夜は思わず震えた。

 レミリアの明確な怒りを感じるのはいつぶりだろうか。今のレミリアについて行っても巻き添えを食らって肉塊になることは目に見えていた。

 

『………わかった』

 

『ん、良い子よ。よーしよしよし』

 

『だから子供扱いしないで!!』

 

『私から見れば子供よ。…じゃあフランのことお願いね』

 

『あっ…』

 

 そう言ってレミリアはどこかへ消え去ってしまった。結局彼女が誰なのかも、今まで何をしていたのかも教えてくれず。

 

『…もうッ、本当自分勝手…!』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

(………正直、私もレミリアと一緒に行きたかった)

 

 巻き添えのリスクなど関係ない。咲夜にとってレミリアと離れてしまうことが一番嫌なことだった。

 だが夜のレミリアは恐ろしい。あの姿になれば、時間が経つにつれて人間性が薄くなっていく。きっと、より吸血鬼本来の姿に近づくからだろう。そんなレミリアの姿を見るたびに咲夜は自分が置いていかれるような感覚に陥る。人間と妖怪の感性はかけ離れている。平気で人は殺すし、同種の妖怪同士で殺し合うのも珍しくない。もしレミリアがそんな手の届かないところまで行ってしまったら、咲夜はきっと耐えられない。たとえ朝が来ると分かっていても、そのままどこかへ行ってしまうようで堪らないのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけどこれ以上は…)

 

「どうしたの、黙ったりして」

 

「……何でもない」

 

 結局咲夜がどうしたいにせよ、レミリアにこの鬱陶しい吸血鬼の面倒を頼まれたのだ。今彼女から離れるわけにはいかない。未だ幻想郷側からすれば彼女は討ち取るべき敵なのだから。

 

「…さて、じゃあそろそろ行きましょうか」

 

「……は、どこに?」

 

「どこってお姉様のところに決まってるでしょ?」

 

「話聞いてなかったの?今貴女は幻想郷中から狙われてると言っても良い。そんな中で動いたら…」

 

「関係ないわよそんなの、私が会いたいんだから。それに今は調子が良いの。能力がなくても大抵の奴なら何とかなるわ。…それとも何?貴女はお姉様に会いたくないのかしら?」

 

「むっ…!」

 

「私は私の欲に従うだけよ。少しでもお姉様を理解するために…ね」

 

「むーっ…!」

 

 そう言われれば自分がする行動は一つだけだ。何故かは分からないが、この女にレミリアのことを先取りされるのはどうしようもなく癪に触った。

 

「…そういば、まだ貴女の名前聞いてなかった」

 

「今更?はぁ、まぁ良いわ。私はフランドール・スカーレット、レミリアお姉様と血の繋がったれっきとした妹よ。よろしくね、夜空に縋る人間さん」

 

「……変な名前。直訳が腐乱人形」

 

「失礼な奴ね。……ま、でも我ながらそれは少し思うわ。全く、お父様の名付けのセンスの無さにはほとほと呆れる。普通自分の父親の名前をそのまま娘につけるかしら」

 

 だから私、自分の名前はあまり好きじゃないの。と、言葉をこぼしながらフランは髪先を手でいじる。

 

「…じゃあレミリアの名前も誰かの名前から取ったの?」

 

「さぁ?知らないわ。…でも心当たりはあるわよ。教えないけど」

 

「…別に良い。気になっただけだし」

 

 そんな嘘を呟いて、咲夜は勝手に歩き出しているフランの後ろを追う。

 

「あ、そうそう、この戦争が終わったら、お姉様は紅魔館に住んでもらうから」

 

「…は?あの趣味の悪い赤い館に?そんなの絶対ダメだけど」

 

「お姉様は吸血鬼なの。だったら私たちと一緒に暮らすのが道理じゃ無いかしら?」

 

「そんな通りは存在しない。レミリアは私と一緒に里で暮らすの。お前らなんかと一緒にいたらレミリアの評判が下がる」

 

「大丈夫よ、その時は里も一緒にし・は・いしてあげるから」

 

「そういうことじゃない!」

 

 やはりこの女とは仲良くなれない。レミリアと同じ紅い目を忌々しげに睨みながら、咲夜はそう思った。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 目が覚めると、森の中だった。それを認識した瞬間に、藍は飛び起きる。ここはどこだ?何が起こった?藍は状況把握のために記憶を遡る。

 己の最後の記憶は吸血鬼フランドールが己に手を翳して、掌にある何かを握りつぶした場面。直後己の体から飛び散る夥しい量の血液、臓器。

 

(私は……負けたのか)

 

 幻想郷に仇をなす存在が目の前にいながらあの失態、自身が敬う八雲紫に何の申し訳も立たなかった。

 しかし、かと言ってこのまま動かないというのも論外だ。木々の間から見える美しい何故か紅みがかった夜空がまだ自分が意識を失ってそこまで時間が経っていないことを示している。

 

(…? どういうことだ、傷が無い?)

 

 うろ覚えではあるが、確かに自分は致命傷とも言える傷を負った。にも関わらず何故かこうして立っていられている。いくら九尾の獣である自身の治癒能力が他と比べ物にならなくとも、あの未知の攻撃による傷を治癒しきれるとは考えられなかった。

 

(…いや、それは今は良い。傷が治っているならそれに越したことはない。…紫様との通信術式は…繋がらない。壊れているか。ならば今は現状把握が先だな)

 

 どれくらい己が気を失っていたのかは判らないが、戦況が大きく変化しているのは確かだ。気を失う前よりも明らかに両陣営共、気配の数が大きく減っている。

 

 藍は予め幻想郷中に仕込んでいた式神を起動させる。この式神は言わば情報端末。その式が見聞きしたことを主である藍に送りつけるものである。

 

 しかし起動したものは配置した総数の半分以下だった。式神の大半はあの戦禍の中に設置していた。大方戦闘の巻き添えで破壊されたのだろう。

 しかし妖力が上手く伝播していないのか、ノイズが激しい。だがかろうじて状況は確認できた。見たところ思ったよりも幻想郷への損傷が大きい。

 しかしそんなことがどうでも良くなるほどの事実が藍に突き刺さる。

 

「何だこれは…!」

 

 一言で言うなら、それは歪みだった。その場の空間がまるでかき混ぜられているかのようにぐちゃぐちゃになっている。木々や川、山までも歪みに沿ってひん曲がっている。長い時を生きてきた藍でさえ、目にしたことがない異様な光景。

 

(これを紫様は認知していらっしゃるのか?)

 

 この歪みは今にもゆっくりとだが広がっている。これを放置していたらいずれ博麗大結界の要に達して、最悪結界そのものが消滅してしまう可能性があるだろう。

 恐らく紫との連絡が取れないのもこれが原因だ。この歪みによって上手く霊力が伝播しないのだ。それに伴って気配も上手く察知できない。これでは紫の居場所が分からなかった。

 

「…兎も角、この歪みを止めなければ!」

 

 紫に判断を仰いでいる場合では無い。今は一刻も早くこの異常事態を解決することが先決させられた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「…ダメね、繋がらないわ」

 

「マジかー、紫の能力でもダメとか、一体どうなってんだー?」

 

「ふむ、藍殿は無事であることを祈るしかありませんな…」

 

 突如として幻想郷中に現れたこの歪み。紫が見るに、何か大きな力が空間ごと流動していることで生じているものだと考える。だが、驚くはその規模。既にこの歪みは幻想郷の三分の一を覆い隠さんとしていた。

 腐っても紫はこの幻想郷の管理者である。戦争中とはいえ、こんな目に見えるような異変が起これば事態が起きる前に対処できたはずだ。何故今に至るまで全く気が付かなかったのか、それが紫にはさっぱり分からなかった。

 

「それにしても悪いわね、向こうの戦闘が終わったあとなのに」

 

「問題ありませぬよ。それにこの歪みは妖怪の山にも甚大な被害が出ているのです。黙ってはおれませぬな」

 

「私らも問題なし!アイツら全っ然手応えが無かったんだよ、これじゃ地底の連中の方がよっぽど殴りがいがあるっての」

 

「同感だね」

 

 そう答えるは天魔、勇儀、萃香の3人。賢者の石が壊れたことにより前線が崩壊した後、この3人は紫にここへ呼び出されたのだ。

 紫はこの歪みは何者かの手によって発生させられていると睨んでいる。ならば早い話その発生源を排除すれば少なくともこれ以上被害が出ることはない。そのための戦力というわけだ。

 

「…んで、紫。私らをここに呼んだってこたぁ、犯人の目星はついてるってことだよな」

 

「…まぁ、一応心当たりはあるわ」

 

 あの時、アゼラルを打ち抜いた一閃。あれが一体何者なのかは分からなかったが、あれからは不自然なほどに力を感じなかった。まるで水彩絵の具が塗られた紙の一部だけが色抜きをされているかのような違和感。そして何より決定的なのは、その誰かが通過した場所から歪みが発生していたと言うことだ。

 まだ疑問が生じる部分はあるが、あれが歪みの発生源と見て間違い無いだろう。

 

「さっすが!じゃあ早速その元凶とやらのところに行こうぜ!今そいつはどこにいるんだ?」

 

「今は多分吸血鬼側の首領と絶賛開戦中だと思うわ。アゼラルの魔力が随分荒立ってるもの」

 

「ってことはもしかしたら敵の頭とも闘り合えるかもしれないってことか!」

 

「やったぜ勇儀!これで相手は山分けできるな!」

 

「「わははーーっ!」」

 

「……はぁ」

 

 嬉しそうにはしゃぐ勇儀と萃香。

 こんな状況だというのに、随分と気楽なものである。しかしこの二人に限らず鬼という種族は基本的に闘争を好む存在。どういう状況だろうと関係なく、その戦いそのものの快楽を求めてしまう妖怪なのだ。

 

 が、今はこれくらいの気概で行ってくれた方がありがたい。今回の相手は紫でさえ全ては計りかねる程の相手だ。天魔も含めればこちらにもだいぶ余裕はできるだろう。

 何より今相手は交戦中だ。こちらが着く頃にはお互いかなり消耗しているだろう。いや、どちらかと言うとアゼラルの方に利があるだろうか。アゼラルの力は身をもって知っている。それに加えフランドールの力が合わさっているのならば、厄介どころの話では無いだろう。

 

 まぁ、どちらが勝者にしろやることに変わりはない。方や幻想郷へ侵略を仕掛けてきた敵の頭、方や幻想郷を壊しかねない程のねじれを生み出す存在。この美しくも儚い幻想の地の為に、死んでもらうだけだ。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「それっ」

 

「グボァッ!!?」

 

 血が撒き散る。己の血だ。未だに再生ができない彼の身体は既にボロ雑巾のような様子であった。

 そんな現状を到底許すことのできないアゼラルは更に怒りのゲージを上げていく。

 

「ジャラァッ!!」

 

 魔力で作り上げた双剣を振り回し、目の前の忌々しい存在を切り刻もうとする。しかし、その斬撃は全て相手の革靴の爪先で弾かれる。

 

「ほいほいほいっと」

 

(クソッ、何故当たらん!!)

 

「どりゃっ!」

 

「ガハァッ!!?」

 

 レミリアの拳が盛大に決まり、木々を吹き飛ばして山を三つ貫き、巨大な岩に激突する。

 

「ゴア…!グッ…、おのれ…!!どこまでも私をコケにして…!!」

 

 しかしそう言う一方、アゼラルは確かに感じていた。圧倒的な力の差を。相手は今の自分よりも遥かに強い。それは現状を鑑みて明らかなことだった。

 しかしその事実を彼のプライドが許さない。吸血鬼として何者よりも優れている存在になった瞬間に現れたあの理不尽な存在。500年以上かけてここまで来たと言うのに、終われるわけがなかった。

 と言うより、そもそもあの存在自体がよくわからない。フランドールの力を奪ったことに大層怒っている様子だったが、理由がわからない。それに見た目もどことなく自分に似ているような気がする。あれが一体何者で、どこからやってきたのか、アゼラルに思い当たる節は全くなかった。

 

「ふー、だいぶスッとしたわ」

 

「…何なのだ貴様は、何故私の邪魔をする。貴様も吸血鬼ならば解るだろう?支配が吸血鬼の本能であることを…!」

 

「私そう言うの興味ないんだってば。全く、出会う吸血鬼はどいつもこいつも支配支配支配…いい加減耳にタコができそうよ」

 

「この異端めが…!」

 

「異端で結構。私は私の生き方があるの。たとえ何者であろうとも私の生き方を邪魔はさせない。ま、自分しか見ていない貴方には私のやり方は理解なんてできないだろうけど」

 

 基本的に吸血鬼には他者を想う心が乏しい者が多い。幼少の頃からの教育でそう教えられるからというのもあるが、全体で見れば種族的な性質が大きい。

 そういう意味ではレミリアは正しく異端だった。人間の倫理観を持った吸血鬼など、今までの吸血鬼の歴史を見てもただの1人もいないのだから。

 

「…まぁ、そんなことよりも、私貴方に聞きたいことがあるのよ」

 

「………聞きたいこと?」

 

「そうそう、貴方を知った時からずっと聞きたかったのよね」

 

「……」

 

「ぶっちゃけさ…自分の家族のことどう思ってるわけなの?」

 

「家族…だと?」

 

「そうそう、身内身内。さっきも実の娘をゴミみてーに捨てやがった訳だけど、そんな家族のことをどう見てるのか気になったのよ。とても」

 

「ふ、フフフ…くだらんことを聞くな。ルシェル、フランドール、この二人はこの私を上にのし上げるためのパーツだった」

 

「…じゃあ、ルシェルを殺すように命じたのも」

 

「ほう、奴を知っていたか。…無論私だ。そもそも力の無い吸血鬼が生きる価値など皆無。私が望むは力による支配!その世界の同族に人間以下のカスなどいらん!!それに奴は事あるごとに私に噛みついて鬱陶しくてかなわなかったからな。役目を終えたあの女はもう必要ないわ!」

 

「……愛しては、いなかったのね」

 

「愛?そんなものに何の価値がある!私が望むは力だ!!栄光だ!!支配だ!!それに比べれば、家族など何と小さなことか!!あんなモノ唯の道具に過ぎんわ!!フランドールも最後には力をもらう予定だったからな!!少し時間が早まっただけよ!!」

 

「それでも、ルシェルは貴方のことを信じていたわ」

 

「知ったことか!そんな気色の悪い信頼など唯の毒!ルシェルも!フランドールも!何も分かってはいない!吸血鬼は強く、力と支配に貪欲であるべきだ!!力があればどんなこともできるのだから!!そしてそれを理解していないのは、貴様もだ!!」

 

 アゼラルは血走った目で、最後の障害を睨みつける。

 今のままではこの障害を乗り越えることはできない。ならば更なる力を得れば良いだけの話だ。この女を八つ裂きにできるほどの力を。

 

「衰退した吸血鬼一族を今この幻想郷の地で復興させ、再び我が帝国を復活させる!!そしてその野望は、貴様を殺すことで達成される!!」

 

 振り切るように体勢を元に戻したアゼラルは空に向かって高らかに命令する。

 

 

 

『この幻想郷にいる全ての吸血鬼共よ!!我が血肉となれ!!!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「な、何今の声…!?」

 

「…! 地面よ、二人とも」

 

「え?」

 

 すると、小傘たちのいる地面が蠢き、黒い何かが這い出てきた。しかも一つだけではない。見渡す限り無数にだ。

 

「ええっ!?な、何何!?」

 

「こ、これって吸血鬼!?」

 

 しかし吸血鬼たちは空な目で小傘たち3人には見向きもせず、そのまま次々と空へ飛び去っていく。

 

「あ、あれ…?襲ってこない?」

 

「小傘さん、上!」

 

「え?」

 

 そう言われ空を見ると、そこには夜空を埋め尽くすほどの無数の黒い何かが一方向に向かって飛んでいる光景が目に映った。まるで烏の大群のようだ。

 

「あ、あれもしかして全部吸血鬼…!?」

 

「え、えぇーーっ!!?もし、こっちに来たら…!」

 

(帰りたい…)

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「…御当主様、まさか幻想郷壊すつもりなんじゃ無いでしょうね…!」

 

「…ちょっと、これやばくないですかパチュリー様。逃げた方が…」

 

「どこに逃げ道があるのよ。……逃げ場なんて、もうこの幻想郷のどこにも無いわ」

 

「そんなぁ!!こんなことならもっと美味しいモノたくさん食べとけば良かったですーー!うわーーん!!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「アゼラル…貴方一体何を…!」

 

「待ってくださいよ奥様ー!危険ですってぇー!」

 

「美鈴…」

 

「ハァ、昔から逃げ足だけはお速いんですから…。それよりもこんな空のど真ん中は危険です!今はそれのおかげで何の影響もないですけど、これ以上は安全を保障できませんよ。それにクルムさんも置いてきちゃいましたし…」

 

 ルシェルは優しく自身を包み込む星の球体に触れる。それからは今まで感じたことのない力を感じだが、しかし不思議な温もりが肌を伝っていた。

 

「…ごめんなさい、でも私は行かないといけないの。美鈴は先に館に帰ってて」

 

「そう言うわけには…!」

 

「…いえ、行かせてさしあげましょう」

 

「えっ!?クルムさん!気がついたんですか!?」

 

「つい先程、いつまでも寝ているわけにはいきませぬので。この老体で御二方を追いかけるのは中々に苦労しましたが。はは」

 

「クルム…」

 

「奥様…、あんこ様の…いえ、レミリアお嬢様の下へ行かれるのですね…」

 

「……ええ」

 

「…ルシェル様、私めは貴女様の意思を尊重いたします。ですが代わりに私と門番殿もお供させてください」

 

「…分かったわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!いくら私たち2人がついていても、ここから先の安全は…」

 

「お願い、美鈴…!どうしても、どうしても行きたい…行かないといけないの」

 

「ルシェル様………もう、理由は後でちゃんとお聞かせ願いますからね!」

 

「……ありがとう、美鈴」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「…これって」

 

 声が響いた瞬間、フランの周りに星空が描かれた球体が現れた。フランは驚くが、すぐに安堵の表情をあらわにする。

 

「……レミリアがつけたバリア。それのおかげで今フランは何の影響も受けてない」

 

「そっか、お姉様が…私の為に。ふふ…」

 

「……一応言っておくけど、私もさっき同じやつ貰ったから。というか、多分知り合いには全員あると思う」

 

「………」

 

「フッ」

 

「チッ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「これは…!あの声、まさかアゼラルの仕業か…!」

 

『──ザザッ……藍、聞こえてるか』

 

「ッ 霊奈か!」

 

『ようやく繋がったか。…そっちは今どうなってるんだ。急に吸血鬼が明後日の方向に飛び去っていくのは…やはりあの声の主か?』

 

「ああ、聞こえた通りだ。吸血鬼の頭領が力を得る為に残った吸血鬼を吸収しているのだろう。その頭領は紫様が相手をしていたはずだ。私も今から向かうが…」

 

『そうか、なら私が行こう。それなりに距離も近い』

 

「…すまない、紫様を頼んだ。私も後から追いつく」

 

『ああ……全く、悪い勘が当たりそうだ』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「おぉ〜、壮観だねぇ こりゃ」

 

「闘りあうのが俄然楽しみになってきた!!」

 

「……あの男、まだ力を増やすつもりなのね。ご丁寧に死んだ吸血鬼たちの残滓魔力まで吸い上げている」

 

「うむ、この地の自軍全てを己に集めるとは、向こうも勝負をつけにきたということかのう」

 

「……」

 

 フランドールの力を得たアゼラルがわざわざ幻想郷中の吸血鬼から力を取り込む。それはつまり、力を上げざるを得ない相手がいると言うことだ。

 

 

(これは本気で笑えなくなってきたわね…)

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「グオォォォォォ…!!」

 

 命令通りに引き寄せられた吸血鬼たちが次々とアゼラルの身体へ取り込まれていく。そして発する魔力と共にその図体も少しずつ大きくなっていく。そして最後の一匹が取り込まれる。

 

「フゥー!フゥー!……クク、フハハハ!!良い!これは良い!!素晴らしい全能感!!フハハ!私はまた永遠の夜に大きく近づいた!!」

 

 それは山のようだった。この幻想郷にいるほぼ全ての吸血鬼を吸収したアゼラルは見上げ入道もかくやと言わんばかりの巨体となっていた。魔力も先程の比ではなく、漏れ出してる魔力で辺りが軋んでいる。

 

「さぁ、図に乗るのもそこまでだ!私をコケにしたことを後悔するのだな!!」

 

 今や空を覆うほどに巨大になった翼が広げられ、巨体が空へ浮く。そして拳が振り上げられ、叩き込むようにレミリアへと振り下ろされた。

 

「…!」

 

 拳はレミリアに直撃し、そのまま大地を砕く。まるで世界が割れたかのような光景が広がるが、それに留まらず、衝撃による亀裂は山へと広がっていき、一帯の地面はまるで爆発したかのように吹き飛んでいく。

 

「ジャラァッ!!!」

 

 さらに追撃と言わんばかりに空中から大量の槍の弾幕を降らせ、最後には極太の魔力砲を見舞った。

 大地はすでに原形をとどめておらず、空いた大穴からはそこが全く見えなかった。先程の状態ではこれほどの威力を出すことは到底できなかっただろう。それ故に、アゼラルは今度こそ自分が絶対的な力を得たことを確信する。

 

 

「く、ククク…!フハハハハ!!!やはり私に敵う者などいない!!この力ならばあの賢者にも勝つことは容易い!!私こそが永遠の夜なのだぁ!!」

 

「最早他の同族など必要ない!この力があれば私だけが支配する世界を作り上げることができる!!」

 

「どの道最終的にはこうするつもりであったが、待つ必要など無かった!!最初から全て私1人で侵略し、支配すれば、何も問題は無かったのだ!!この姿!!まさに夜を支配する王の姿にふさわしい!!無敵の王!!」

 

「いやー、どうかしら。巨大化なんて明らかな負けフラグじゃない」

 

「もうすぐ管理者共がこの場に来る!そいつらを全員殺して、私がこの幻想郷を、引いては世界をし………は?」

 

 一瞬で興奮が冷める。声のする方には、自身の真横に何事もなかったかのように佇んでいるレミリアの姿が。

 それを認識した瞬間、一気に寒気が押し寄せ、アゼラルは急いで距離をとる。

 

「ところで永遠の夜って何?座右の銘か何か?」

 

「きっ、貴様…!何故生きている…!?確かに攻撃は当たったはずだ…!」

 

 あの連撃は先程までの自分の攻撃とはワケが違うのだ。力を取り込む前ならまだしも、今の攻撃を受けて無傷など有り得なかった。

 

「ええ、当たったわよ。全然効かなかっただけで」

 

 だが常識という言葉から最も離れているレミリアという存在に意味など為さなかった。

 

「グッ!ならばこれならどうだ!」

 

 アゼラルはレミリアに手をかざす。すると掌に黒い球体が現れ、アゼラルはそれを躊躇なく握りつぶした。同時にレミリアの身体は爆散する。

 

「フハハハ!!これが我が破壊の力!!万物を崩壊させる究極の…」

 

「そろそろこのパターンもマンネリ化してきたわね」

 

「はぁッ!!!????」

 

「力の使い方が下手くそね。フランの方が上手だったわ。そんなんじゃ百万発撃っても私は殺せないわよ。あと声がうるさい。ただでさえそのでかい図体のせいで声量上がってるんだからもう少しボリュームを下げて…」

 

「ヌオォォ!!ならばッ!!」

 

 アゼラルが空に両手をかざすと、赤い魔力が発射され、天を埋め尽くさんばかりの紅の剣となった。それらは全てレミリアに矛先を向けている。

 

「受けるが良い!!我が運命を支配する力を!!」

 

「だから貴方のじゃ…」

 

「死ねぇ!!」

 

 剣は一斉にレミリアへと放たれる…が、

 

「軽い」

 

 その全てが二枚の翼に叩き落とされ、砕け散る。

 

「あっ…なっ、何故…!?馬鹿な!!運命そのものだぞ!?」

 

「言ったでしょう、使い方がなってないのよ。これじゃフランが持ってた方が何倍もマシだったわ」

 

「フランドールの方がマシだと…!?いや、待て…!あの時のフランドールからは魔力が殆ど回収できなかった…まさか…!」

 

「ああ、その前に私と喧嘩してたのよあの子。ええ、ほんと、やっとフランが心を開いてくれたってのに、よくもまぁ台無しにしてくれたわね」

 

「ぐっ、『近づくな!!!』」

 

「ん?」

 

 レミリアは自身の体を何かが縛るような感覚に襲われる。いや、縛られているというよりかは、動きづらい。まるで海中にいるかのような感覚だ。

 

「こ、これが我が命令を現実にする力!!元来私が持ち得た力だ!!力を得たことで更に我が能力は強大となっている!!そうだ!そのまま『死n』」

 

「ふんっ!!!」

 

 ブチリ と、何かが引きちぎれる音がした。その瞬間、アゼラルの力は効力を失い、レミリアは自由の身になる。

 

「──────」

 

「……で、もう演目は終わり?」

 

 レミリアはゆっくりと空を歩き、こちらに近づいてくる。空間(そら)が歪む。魔力も何も感じないというのに、何故か焼けるような熱さがアゼラルの肌を伝った。

 

「う、ウグオォォォォォ!!!」

 

 アゼラルは自身の力に任せて出鱈目に攻撃する。巨大な魔力弾を、レーザーを、剣を、破壊の力を、死の運命が定まった槍を。しかしそのどれもが見えない障壁に阻まれ、怪物に傷ひとつつけられない。

 

「…私ね、結構怒っているのよ。お母様とフランに散々酷い仕打ちをして、挙句にあんなあっさり捨てやがって…」

 

『来るなァ!!死ねェ!!』

 

「でも、なんだかんだで貴方も私の家族なの。お母様もまだ貴方のことを大事に思ってるみたいだし。…だからあと一発だけで許してあげる」

 

『私は最強だぁ!!!!もっと力をぉ!!!!!』

 

 レミリアは走り出し、アゼラルの攻撃が当たる前に空に跳ぶ。

 

「そんなに力が欲しけりゃ、たらふくくれてあげるわ!!」

 

 レミリアの右手拳に魔力が急激に集まっていく。空間を巻き込むほどに凝縮されたそれは、レミリアが使っていた隠匿の魔法を遂に突き破った。

 

 そして彼は目撃する。その目にはっきりと視認できるほどに凝縮された膨大すぎる魔力の塊を。今まで感じていた熱さは彼女の魔力そのものだったのだと。

 

 それはまるで彼女が世界の中心にいるかのような、余りにも神々しい光景。

 

『ア…ぁ………アァ…!!』

 

 

「必殺!!れーみーりーあー…!!」

 

 

 強烈な力に当てられ、アゼラルは世界がまるでゆっくりと揺蕩うような感覚に陥る。そしてそんな中、その目に映ったのは、怪物の顔。激情に駆られた紅い、紅い瞳。

 

 

 

 そして幻覚か、その背後に黒髪の少女の姿が重なって見えた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

『アゼラル、お前は紅魔の名を背負うに相応しい存在になるのだ』

 

『こうま…ですか?』

 

『その通り、お前はスカーレット家の男として吸血鬼の頂点に立つべくして産まれてきたことを自覚しろ』

 

『ちょうてん……わかりました、お父様』

 

 

 

 ーーー

 

 

 

『スカーレット万歳!!アゼラル様万歳!!』

 

『見ろアゼラル、これが支配だよ。我々吸血鬼は自分達よりも下の者を支配してやらねばならない義務がある』

 

『義務、ですか…』

 

『そうだ、力を持つ者にはその力を十全に使い、己の欲望を満たさなばならぬ。それが吸血鬼の宿命だ。そして我等スカーレット家は吸血鬼の中でもエリート中のエリート。そしてお前はそんなスカーレット家の中でも特別強い力を持っている。…ならば己がどうするべきかは、理解しているだろう』

 

『はいっ、お父様!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『お父様、この本は…?』

 

『…ああ、それは古い童話だよ。永遠の夜の物語 と言ってな、大昔に存在したと言われている吸血鬼の伝承の話を元にしたものだ』

 

『……太陽の下を歩いている…!』

 

『そう、永遠の夜は世界で唯一太陽を克服した吸血鬼。否、それだけではない、流水、聖水、銀、あらゆる弱点を克した究極の存在だ。その話は吸血鬼がそんな永遠の夜に至るまでの冒険譚を描いたものだ。有名だぞ、少なくとも同族でこの話を知らぬ者はいない』

 

『永遠の…夜…!お父様!』

 

『なんだ?』

 

『俺、いつかこの話の吸血鬼みたいな偉大な吸血鬼になりたい!!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『正気かアゼラル。そのような吸血鬼にあるまじき非力の女を…』

 

『ですが彼女には代々受け継いだ運命の力があります。彼女のこの力はいずれ我等が支配に役に立つことでしょう』

 

『…一理ある…が、一応他の女も見繕っておけ。万が一、力の無い子が産まれては我が家の恥だからな。保険はかけておけ』

 

『はい…』

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『アゼラル、何を読んでるの?』

 

『ん、ルシェルか。これだよ、永遠の夜の物語』

 

『まぁ、懐かしいわね。私もよく幼い頃お母様に読み聞かされたわ。確か才能の無い吸血鬼が努力で力を得て、国の王様になるまでのお話だったわよね。昔はその話のお姫様に憧れてたわ』

 

『ああ、私はいつかこんな偉大な吸血鬼になりたい』

 

『…なれるわよ、貴方ならきっと』

 

『フッ、そうなったら君の憧れも叶うな』

 

『うふふ、そうね。…ねぇ、アゼラル。私たち2人の間に子供ができたら、この名前にしない?』

 

『…ああ、それは良い。きっと誰よりも強い子になる』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『『『ルーン帝国万歳!!万歳!!』』』

 

 

『遂に完成したな、我等の国が』

 

『ええ、お父様。ここから我々の支配は始まるのですね』

 

『うむ、そしていずれはお前が王となり世界を我らの支配下に置くのだ』

 

『はい…!』

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『お父様ッ!!』

 

『あ、アゼラル…!逃げるのだ…!お前だけでも…そして、我等の悲願を…!!』

 

『無理だ…!私はあの人間どもを許せない…!!』

 

『…まだ生き残りがいたか』

 

『ッ! おのれ貴様ら!!』

 

『悪いな、だが、幾万人もの人間を殺した貴様らを許すわけにはいかん!!!』

 

『ウオォォォ!!!』

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

『…俺の、勝ちだ…』

 

『………』

 

『最後に言い残す言葉は…』

 

『まっ、待って!!』

 

『…!! まだ…!』

 

『お、お願いッ、この人は殺さないでッ!!』

 

『…吸血鬼が何を…』

 

『お願い…お願いします…!』

 

『………あなた』

 

『…! お前』

 

『見逃しましょう……少なくとも彼女は人を殺していないわ。それに、私と同じ愛している人がいる目をしてるもの』

 

『…………今回だけだ。そいつを連れてとっとと何処かへ行け!!』

 

『…ッ』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『クソォ!!クソォ!!何故だ!!何故我等が人間なんぞに…!!』

 

『…アゼラル』

 

『力だ…!私が弱くなければあんなカスどもに負けるはずが無かった!!もっと力が!!もっと、もっと!永遠の夜のような力を…!!!そうだろう、ルシェルゥ…!?』

 

『ヒッ…!!』

 

『戦場を知らぬ貴様には理解できないだろうがなぁ…!!そう、力だ!もっともっと力を得て、私は偉大な支配者になる!!まだ我等の覇道は終わっていない!!!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

『こど、も?』

 

『そうだ、私とお前の子供だ。私の才ではあの時のハンターどものような存在に勝つことは難しい。私とお前の子ならば、私を圧倒的に上回るような存在が産まれる筈だ』

 

『…ッ………分かったわ』

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

『クソッ!!まさかあんな出来損ないが産まれるとは…!アレでは使い物にならんっ!!』

 

『いや、まだ…まだチャンスはある…!今は戦力を増やすことが先決…!我らスカーレット家に相応しい存在は必ず産まれる筈だ…!その時まで…!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

『おお…!この魔力…!翼の大きさ…!これこそが私の求めていた存在だ!』

 

『ハァ…、ハァ…、あ、あぜら…』

 

『お前はフランドール…!我が偉大な父フランドールの名を継げ!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

『幻想郷?』

 

『はい、結界に囲まれた秘境です。今は失われつつある神秘が残っているようで、そこには潤沢な魔力が存在していると推測されます』

 

『…なるほど、そこならば我等の復活の基盤となろう。皆を集めろ、幻想郷に乗り込む算段をつける』

 

『はっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『…しかし幻想郷、かのような地があったとはな……ん?』

 

 書斎にある一冊の本が目に映る。アゼラルはそれを取り出し、表紙を捲る。

 

『…永遠の夜の物語…。久しく読んでいなかったな』

 

 これからは、ルーン帝国復活のための最後の正念場。その前の息抜きに読んでおくのも悪くは無い。

 …正直、この本を読むとあの忌々しい出来損ないが頭によぎる。だが、この名前だけはどうしても嫌いになれなかった。自分にとって思い入れが強いからなのかもしれない。

 そう思いながら、アゼラルは貢をめくる。

 

 

 

 ────むかしむかし、あるところにレミリアという名の貧相な吸血鬼がおりました。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──まさか、お前は、レミ」

 

 

 

 

 

「パンチッ!!!!!!」

 

 

 どごんっ

 

 

 

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 嗚呼、これこそが、私が求めていた───

 

 

 

 

 

 

 この日、幻想郷の地図に大きな穴が空いた。

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

「………やり過ぎたわね、これは」

 

 

 幻想郷にとんでもない大穴が空いちまったぜ。

 やっべーよ、まじやっべーよ…!もしかしなくても結構不味いよねこれ!絶対後でおっきーに怒られるやつじゃん…!!いやだってさ、こんな脆いとは思わないじゃん!!まるで家の窓ガラスでも割っちまった気分だぜ…!もう少し時間たってたらマジで幻想郷がサヨナラバイバイになるところだった…。

 

「…ま、それよりもこれをどうするかね」

 

 そう言うレミリアの手にはぐったりと死んだような大きめの蝙蝠がいた。そして何を隠そうこの蝙蝠は、あのアゼラルである。

 レミリアの全力パンチを食らったアゼラルは、力の殆どを削がれ、ご覧の有り様となっていた。

 

「ま、フランの能力も取り返せたし、結果オーライね!」

 

 めんどくさい事は後で考える!一先ずこのミニマムお父様は一旦お母様に預けておこうかしら。処遇の方もそっちでってことにしておこう。そうすれば勝手に戦争も終わるだろう。殆ど敵もいないみたいだし。

 

 さーて、そうと決まればとっとと家に帰りますかね。明日も朝から新メニューのチラシ配りしなきゃだし。咲夜と小傘を回収して…

 

 

「……また派手にしてくれたな、吸血鬼」

 

「…ん?」

 

 レミリアが声のした方へ振り返ると、そこには少し変わった装束の巫女服を着た女性が佇んでいた。巫女服の女はこちらをじっと睨みつけている。

 あれ、あの格好どっかで見たことある気が…

 

「…貴女は?」

 

「ふむ、博麗の巫女…と言えばわかるか?」

 

 

 …は、ははは博麗の巫女ーー!!!?

 

 エッ、ソノ、それって幻想郷最強のフィジカルデッドヒューマンじゃないですかやだー!!

 やべー!!やべーぞ!!本当にやべーのに見つかってもうた!!つーかなんでバレた!?私隠匿の魔法ちゃんと使ってたよね!?…って壊れてるー!?最後のあの時か!待て…ってことは、今私の魔力は幻想郷中にダダ漏れ…ってコト!?

 

「その力……やはりお前が吸血鬼の首領と見て間違いなさそうだな。紫がいないのが気になるが…まぁ、そのうち出てくるだろう」

 

 いやこの調停者とんでも無い勘違いしとるんですけど!?誰が首領じゃ!!こんな蓮根野郎と一緒にすんな!!

 というか、早く誤解を解かないと!このままでは退治されてしまう!

 

「その…私は帰りたいのだけれど…」

 

「帰る?こんな派手に結界を破壊しておいてそんなことがよく言えたものだ」

 

 え、結界?

 

「先の一撃、貴様の仕業だろう。あの一撃で博麗大結界の一部が吹き飛んだ。この幻想郷に危機を齎した貴様を、私が逃すわけがないだろう?」

 

 …………おーまいがー。

 まままま不味い!!ワタクシ完全に戦犯認定されてる!!いや私がやったんだけど!ほらそれはそのー、主犯倒すために仕方なかったというかー…!

 というかこのままじゃ帰るどころの話じゃない!博麗の巫女に目をつけられるって事は、この世界のお尋ね者になっちまうって事じゃあないか!

 

 ふー、待て。落ち着け、もちつくのよレミリア…。こんな時は深呼吸…コオォォォ…。

 

 よし!取り敢えずまずは何とか説得しないと。結界が壊れたって言ってたけど、ワンチャン私の力なら結界も治せるかもしれないし?それでチャラって事で?よしイケル!

 

「…取り敢えず話を──」

 

 

 

 

    「み つ け た」

 

 

 

 瞬間、空から黒が降ってきた。

 比喩では無い。本当に黒い何かが地上へ溶けるように降り立ったのだ。瞬く間に辺りは黒に飲まれ、景色が消失する。そして徐々に引いていく黒の海から何者かが現れた。

 金髪のロングヘアーに吸い込まれるような黒の衣服を纏ったその女はレミリアをその赤い瞳に映すと、にっこりと微笑った。

 

「ふふふ、こんばんは、吸血鬼さん」

 

「…何の用だ、ルーミア」

 

「あらクソ巫女、いたのね。今お前に用は無いからどっか行って」

 

「何の用だ、と聞いている」

 

「オマエに言う理由なんて無いわ。殺すわよ」

 

 

 なんか増えた…。

 おいおいおい、このままじゃミーは襲われちまうじゃないか。パツキンネーチャンも殺気バリバリだし…。

 

「ふふ、ごめんなさいね。私の名前はルーミア。貴女の名前を教えてくださいな」

 

「嫌よ」

 

 名前バレたら即特定されるわ。真昼間に来たら私普通に死ぬぞ?

 

「あら無愛想。まぁでもそう言うところが良いのだけれど」

 

「…で、そのルーマニアさんは何の御用で」

 

「ふふふ、それはねぇ……私、貴女に惚れたの」

 

「はい?」

 

「正確には貴女の黒に惚れた。その翼!その目!星みたいに輝いてるけど、その奥には延々と続いてる底なしの混ざり合った黒に満ちている!私はそれが欲しいわ!一眼見た時から欲しくて欲しくて堪らないの!!──だから、」

 

「私のモノになって?」

 

「丁重にお断りします」

 

 コイツやべー奴じゃねーか!!

 なんだよ黒に惚れたって!確かに私がウルトラスーパーアルティメット美少女である事は世界の常識だけど、そんなワケワカメな理由で恍惚な表情されても全然嬉しく無いんだよ!!

 

「お前はまたよくわからん理由で…」

 

「私にとっては重要な事なのよ。欲しいものは力ずくで手に入れる、それが妖怪のルールだもの」

 

「こいつは危険だ、舐めて掛かると死ぬぞ」

 

「知ってるわよそんなこと。というか、アレを見て分からない方が馬鹿よ」

 

 …本当にどうしよう。私史上でも結構なピンチだ。それに正直これ以上の戦闘は持たない。私じゃなくて、幻想郷が。いやー、今気づいたんだけど、そろそろ幻想郷自体が限界っぽいんだよねー。

 …だってこんなに幻想郷が私の魔力に染まりやすいなんてわからないじゃん!!幻想郷は全てを受け入れますってか!?やかましいわ!私の魔力ぐらいうまいことペッしなさい!ペッ!

 

 

 

 

 無理な話である。

 未だ現在進行形でレミリアの魔力は上昇を続けている。というのも、レミリアは自身の魔力の供給量を増減する事はできても、ゼロにはできない。自身が意図しなくともその世界が夜である限り勝手に魔力は増え続けるのだ。

 タイムリミットが過ぎれば、レミリアから発せられる魔力に耐えられず、藍の想定した最悪のシナリオで幻想郷は崩壊するだろう。

 

 

「…もう良い、お前が加勢するのならば勝手にしろ。だが、邪魔だけはするなよ」

 

「誰がオマエなんかに加勢するか。ただ、私は私のやり方で暴れさせてもらうわ。よろしくね、吸血鬼さん♡」

 

 

 

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(…どうやって逃げよう)

 

 

 

 

 レミリアによる幻想郷崩壊まであと15分。

 

 

 

 

 

 

 

 






風見幽香:力は強大、心は貧弱なお花の妖怪。その生は誤解と曲解で出来ていると言っても過言ではなく、直らない仏頂面と抜けきらない尊大な態度によって無事幻想郷でもその悪名を轟かせてしまった可哀想な妖怪。自分のステータスの高さを把握しきれてない節があり、必要のない攻撃にも極端に怯えることが多い。可愛いね。実は能力込みのフランちゃんより強い。

アゼラル・スカーレット:自身の夢と、父親に託された野望に板挟みにされ、結果欲張って両方取ろうとしたら、自分の夢にぶん殴られた哀れな人。最終的には誰よりも弱い存在になるという皮肉な結末になった。自分で一番大切なものを捨てちゃったからね、是非もないよね。

永遠の夜の物語:内容をざっくりと言うなら吸血鬼版ドラゴンボール。最後はお姫様と幸せなキスをして終了。主人公の吸血鬼は大昔に実在したらしい…?

レミリア☆パンチ:ただの全力パンチ。


レミリアたん

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フランちゃん

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咲夜ちゃん

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クライマックス幻想郷




 タイトル回収したけどもうちょっとだけ続くんだなこれが。



【前回のあらすじ】
・幽香ちゃん(超帰りたい…)
・永遠の夜(笑)
・レミリアたんの全力パンチ!幻想郷は死ぬ!






 

 

 

 

 

 

 この日、幻想郷は未曾有の危機に晒された。

 突如幻想郷中に起きた空や大地が法則を失い歪んでいくその現象は、幻想郷全体に甚大な被害を及ぼし、この地を蝕む天災となった。

 それはまさにこの世の終わりのような光景。先程まであった妖怪たちにとっての日常、営み、それがあっさりと壊されてしまった。当然、幻想郷にいる妖怪たちは混乱と焦燥を極めた。

 

 

「椛隊長!人員の避難、全て終わりました!」

 

「わかった!私はにとりと合流してすぐにそっちに向かう!君は先に行ってくれ」

 

「分かりました!」

 

 妖怪の山。そこは文字通り鴉天狗や河童などの妖怪たちが住んでいる山であり、幻想郷でも一際名前が知れ渡っているスポットの一つだ。

 そんな妖怪の山は現在、幻想郷中に現れた歪みに山の大半が飲まれ、まともに地に立っていられることも困難な状態となっていた。特に山に生えている木々や烏天狗の居住区はひどい有様で、まるで現代アートのように流れに沿って揺蕩うように湾曲してしまっている。

 妖怪の山の哨戒役である犬走椛は、出払ってしまっている重役の烏天狗たちに代わって現場指示を行なっていた。しかし、この歪みに効果的な策もある訳でも無く、現状では人員避難が精一杯だった。

 

「不味いよ椛!歪みが山の中枢まで入り込んでる!このままじゃ、地下のマグマが出てくるよ!」

 

「何…!?そんなことが起これば下手をすれば山が崩壊するぞ!?クソッ、せめて天魔様がおられれば…!」

 

 すると椛の獣耳が風を切るを音を捉える。

 

「2人とも無事!?」

 

「! 文さん!」

 

「うわぁ……分かってはいたけど、酷い有様ね。…居住者の避難は?」

 

「殆ど終わりました。今は比較的歪みが少ない所に集まらせてます。ですがどこまで持つか…」

 

「…このままのペースだとあと5分もすればここら一帯は使い物にならなくなるね」

 

「うーん…、正直私も良い策があるわけじゃないのよね…。にとり、貴女の機械とかで何とかならない?」

 

「それができりゃとっくにやってる。この歪み、解析してもエラーばっか出るんだよ。正直お手上げさ」

 

 河城にとり。彼女は河童である。にとりに限らず、この山に住んでいる河童は何故か機械いじりを趣味特技としており、その機械でトラブルを起こす時もあれば乗り切る時もあるのだが…今回は流石に彼女の機械ではどうにもならないようだ。

 

「一体どうすれば…」

 

「…さっき天魔様がこの歪みの元凶を討ちに行かれたわ。それまで皆んなを持ち堪えさせるしかないわね」

 

 自分達はこの歪みに対してあまりに無力だ。文はここに来るまでにこの歪みに巻き込まれて無惨な姿となっている妖怪を無数に見てきた。幸い、ある程度の力を持つ者ならば巻き込まれることは無いが、それでも油断すれば即アウト。下手に手を出せば自分達が巻き込まれて死ぬだけだ。これをまともに対処できるのは自分と天魔様、あとは一部の大天狗のみだろう。というか天魔様がいないとぶっちゃけきつい。

 

「………ねぇ、これは最悪の想定なんだけどさ…、もしこの歪みが文字通り幻想郷全体に広がってるとしたら、幻想郷を囲ってる結界にまで到達して、壊れちゃうんじゃ…」

 

「それは………ウッ!!!??」

 

「ヒッ!!?」

 

「オエッ!!??」

 

 唐突に3人は顔を真っ青にしてその場に膝をつき、まるで全身をミックスされたかのような強烈な吐き気とめまいに襲われる。にとりに至っては吐瀉物を撒き散らしている始末だ。

 

「な、何ですか!!!?何なんですかこれ!!?」

 

「わっ、わっかんないわよ!でも…多分これは魔力よ…!」

 

「オエエッ…!ま、魔力って、こんな気持ち悪いものが!?そんな──」

 

 その次の瞬間、真っ白な光が3人を、妖怪の山を、幻想郷を飲み込んだ。

 眩しさにめをくらますも束の間、凄まじい暴風が妖怪の山を襲った。咄嗟のことに反応できず、3人は吹き飛ばされる。が、途中で体勢を取り戻した文が2人を掴み、安全なところへ避難する。

 風が収まったことを確認すると、文は大きく息を落とす。

 

「あ、危なかったー…。鴉天狗が風に攫われて死ぬとか冗談でも笑えないわよ…」

 

 …どうやら2人は気を失っているようだ。あの鈍器のような突風に真正面からぶつかったのだ、無理はないだろう。

 周囲を確認しても特別変化はないが、ただならぬ事が起きてしまったことは確かだろう。仮に…仮にこの魔力と、あの衝撃が今回の元凶の仕業だとすれば、それは幻想郷の存亡を揺るがすほどにとんでもないことだ。未だ消えぬ倦怠感の中文は立ち上がる。

 

「ほんと、何が起こってるのよ…」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「あり得ないっ!!」

 

 自身の作り出したスキマ空間の中、普段の妖艶な雰囲気を微塵も感じさせない焦った様子で紫は言葉を吐き出した。今の紫を彼女を知っている者が見ればきっと目を見開くことだろう。それほどに彼女にとっては予想を大きく上回ることだった。

 何せ幻想郷の大地の10分の1がその場所の結界ごと綺麗に吹き飛んだのだ。あの風見幽香でさえも人1人が入れるくらいの穴だったのにも関わらず、今回はその比ではないほどの巨大な穴がぽっかり空いてしまっている。

 幸運なのは、あまりにも綺麗に吹き飛んだことで破損部分からの崩壊が起きていないことだろう。幻想郷の端の部分だからこそ結界の被害も比較的少なく良かったものの、ど真ん中でこんな現象が起これば幻想郷はそれで滅んでいたかもしれない。不幸中の幸いだ。

 

(まさかこの短期間に結界を破壊する存在が2人も出てくるなんて…!)

 

 この幻想郷を守る博麗大結界の造りは特殊で、力だけではどうあっても壊すことはできないし、何なら触ることすらできない。それがここまで派手に壊れる要因は、その理すら捻じ曲げてしまうほどの悍ましい力、ルールを書き換えてしまう力だということ。つまるところ…

 

(…いえ、そんな馬鹿なことがあるわけがない。そんな力の持ち主がいるなら摩多羅が先に気づいているはず。それよりも一番不味いのはこの魔力…!)

 

 今まで何らかの術が原因で起こっていた空間の歪みの正体は魔力だった。しかもただの魔力ではない。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。空間が質量を持ってしまったことによって、地上の物質がまるで捻れるように歪み、夜空もまるで夜空そのものが歪んで見えていたと言うわけだ。つまりこの魔力は正しく地上を喰らうために生まれた力と言っても良い。

 そしてこの魔力は今も幻想郷中に広がっている。幸運にも結界には何の影響もないようだが、幻想郷の地はご覧の通りだ。このペースではあと15分もしないうちに博麗神社にある結界の要に到達して幻想郷は崩壊するだろう。

 そもそもこれほどの魔力を扱える存在がいるだけで幻想郷にとっては害だ。例え結界の要がなくとも魔力の膨張に結界が耐えきれずいつか破裂する。

 

「こんな危険なものに今まで気づかなかったなんて…!」

 

 親指の爪を噛み締めながらも、紫は冷静に思考を動かそうと努める。

 兎も角、今は結界の修復が大先決になってしまった。結界を直せるのは紫や藍などの一部の管理者だけだ。藍と連絡がつかない今、一刻も早く自分が現場にいかなければならなかった。

 紫は隙間空間から出て、3人に用件を伝える。

 

「2人とも、悪いけれど先に…って」

 

「ああ、紫殿。おふた方なら嬉々として先に行ってしまわれましたぞ」

 

「…まぁ言う手間が省けたわ。天魔殿、事情が変わりましたわ。至急妖怪の山にお戻りを。この魔力は今の山にいる戦力では除去は難しいでしょう」

 

「ふむ…、事態は想像以上に深刻な様子なようですな。──お口添え感謝致す。紫殿もお気をつけて」

 

 そう言って天魔は妖怪の山の方向へ飛んでいった。

 今はとにかく時間が無い。この魔力の持ち主はこの3人や、博麗の巫女に任せるしかない。これほどの異変だ。彼女が動かないことはあり得ない。

 それにこの歪みにも慣れてきた頃合いだ。流石に藍を探すほどの余裕は無いが、結界の破損部へは容易に行けるだろう。

 

「こんなところで楽園は終わらせない…!」

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 オッス、オラ レミリア!幻想郷の危機を救う為に参上したスーパーアルテメイト美少女だ!

 家族の邂逅とか、まいしすたーが超絶ぷりてぃーだったとか、クソ親父が頭蓮根だったとか色々あったけど何とか敵の親玉をとっちめることに成功したわ!さすが私!

 あとは咲夜や小傘を連れて里に帰るだけね!明日も早いし。それに明日はウチの店の新メニュー発売日!いつも発売日にはまかないで新メニューが食べられるからね!いやー、明日が楽しみだなー!

 

「待て吸血鬼!!」

 

「ほらほらほらほらほらほら!!見せて!!もっと貴女の黒を!!」

 

 あははー、ほんと楽しみダナー。

 

 …現実逃避はやめよう、うん。

 はい、ワタクシ絶賛逃走中です。結局あの後逃げちゃいました。だって仕方ないじゃん!博麗の巫女だよ!?敵対したら本格的に幻想郷に居場所無くなるに決まってんじゃん!

 

「逃げてばっかりなんてやめて、もっと私の近くに来なさいよ!ほら!!」

 

 のーせんきゅーだよバカヤロウ!

 つーかなんだこの変態の攻撃!?触ったら墨汁吸った紙みたいに真っ黒になるんだけど!?バッチイ!いやすぐ治るけどさ、なんか気持ち悪いんだよコレ!こう、感覚がなくなる感じがするっていうか…

 

「ふんっ!!!」

 

 うわあっぶね!!

 今の完全にヒキガエルにするつもりでやったよね!?この巫女容赦のカケラもねーぞ!!というか本当に人間!?明らかにヒューマン辞めてるよね?

 うわー、踏んだところが私の魔力ごとペシャンコだ。もうこの巫女だけで私の魔力の件解決できるんじゃね?

 

 あー、ほんとどうしよう。

 話し合いで解決できるとかの雰囲気じゃないし、というか両方とも話聞きそうにないし。でもこのままじゃ幻想郷滅んじゃうし…。

 

 うーむ、やはりいつも通りのアレで行くしかないか。どうせこのまま2人から逃げ切っても幻想郷ぐちゃぐちゃのままだし。

 

 その名も『時間逆行して無かったことにしちゃおう作戦』ー!!わーパチパチパチー。

 説明しよう!これは文字通り幻想郷自体の時間を私の魔法で巻き戻して全部無かったことにしようという頭の良い作戦なのだ!

 しかしこの魔法、今の私では発動がちょっと厳しいのだ。幻想郷結構広いし。少なくとも10分は欲しいね。なので今からこの2人相手に魔法発動の準備をしながら逃げ回らないといけないわけである!

 

 

 

 

 ……難易度LUNATICだわー

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 今回起きた現象、もとい異変は過去類を見ない規模だ。

 博麗大結界の破損に加え、元凶が使っている異様な力が原因による幻想郷中の空間、物体の湾曲、それに伴う結界消滅の危機。まさに幻想郷存続の危機で間違いなかった。霊奈は幻想郷の調停者としてこの異変を何としても解決しなければならない。

 結界に関しては恐らく紫がどうにかしてくれるだろう。連絡が来ないのは気になるが、この歪みで上手く能力が機能しないのかもしれない。

 

(いずれにせよ、私がするべきことは目の前の相手を退治することだけ)

 

 空気が鳴るほどの鋭い蹴りを放つ。確実に捉えたはずだが、見切られたのか片手でいなされてしまう。武術に心得があるのか?妖怪にしては珍しい。

 しかし先程から相手は何故かこちらを攻撃してこない。躱すかいなすかのどちらか。何か狙いがあるのか、それとも唯こちらを舐めているのか。

 

(後者の方が楽ではあるが…)

 

 それでも尚この敵を討ち取るのは難しいだろう。

 博麗の巫女として数えるのも億劫になるほどの妖怪を屠ってきた霊奈から見ても目の前の存在は異常と言わしめる。幻想郷全体に影響を出すほどの魔力、幻想郷の大地と結界に大穴を開ける理外と言える力、そして何よりあの圧倒的な存在感。相対しているだけで押し潰されそうな感覚に襲われる。

 似た感覚は紫やルーミアと言った大妖怪からも受けたことがあるが、今感じているそれはこれまでの比ではない。まるで存在そのものが一つの世界のような。確信はないが、そんな重さをあの吸血鬼からは感じるのだ。

 

(…いや、そもそもアレは本当に吸血鬼なのか?もっと何か別の…)

 

 そんなことを考えていると横からルーミアの声が響く。

 

「そんなに逃げないでよ、つれないわー…ね!!」

 

 同時に津波のような黒が吸血鬼に襲いかかる。

 ルーミアの持つ力『闇を操る程度の能力』は文字通り闇という概念そのものを操ることができる力だ。人々が認識する闇や黒の“恐ろしいもの”としての性質により、物質のみならず概念と言った形の無いものも飲み込むことができる力となっている。人間だけでなく、妖怪ですら彼女の黒に触れてしまえばシミのように身体中に広がって行き、数秒もせずに死に至る。更には闇が増える夜となるとその危険性はさらに跳ね上がる。

 黒の津波に攫われた木々や草木が飲み込まれていくが、目の前の吸血鬼レミリアは結界のようなもので闇を防いでいた。

 

「さっきから何よこれ、墨?きったないわねー」

 

(…普通はあの結界ごと闇に流されるはずなんだがな)

 

「あらぁ、そんなこと言わないでよ。私そのものなんだから」

 

「超絶プリティーな私に体液ぶっかけんなって言ってんのよ、このイカ女郎が」

 

 怒気と共にルーミアはその紅い瞳に射抜かれる。

 

「あっはッ……!!」

 

 ルーミアは歓喜する。その紅の中の黒が確実に大きくなっていることに。

 元々妖怪は人に恐れられることで力が上下する存在だが、ルーミアの場合は少し違う。ルーミアは闇や影といった人々が感じる暗い、黒いものからの恐怖から生まれた妖怪だ。そして永い時間恐れられ続けた結果、妖怪という枠組みを超え、暗闇と言った概念そのものから力や存在意識を得られる存在に成り上がった。

 故に、一眼見ただけで理解できた。アレが自分と同じ存在だと。種族や成り立ちは違えど、間違いなくアレは私と同類だ。

 そして一眼見ただけで脳髄の底まで衝撃が走った。その翼のようなモノと、瞳のハリボテの紅の奥に在る黒を見て。

 

 闇を、黒を喰らい纏い生きてきた彼女にとって、目の前の見たことも感じたこともない未知数の黒は彼女の常闇妖怪としての本能を強烈に刺激した。

 

「私と似た力、私の知らない闇、それが堪らなく欲しいの!私のものにしたい!!私の一部にしたい!!欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!───頂戴!!!!」

 

「だが断る!!」

 

 同時にルーミアの両碗が爆発し、鋭い触手のようになった黒が無数に降りかかる。

 

「もうっ、触ったら汚れるのに!こうするしか無いじゃないの!」

 

 するとレミリアの片腕が着ている衣服ごと透け始めた。そして瞬く間にその腕に星空が映され、鋭利な刃物のような形状に変化する。そして降りかかる黒の雨をその刃で弾き始めた。

 

「ああ…良い、良いわ!!解らない解らない解らない!!その力もその光もその黒も!!けどそれが良い!!」

 

「うっさい変態!!」

 

 黒を全て弾き終え、攻撃が止む。

 その瞬間、レミリアの背後から音も無く霊奈が現れた。そして躊躇なく頭蓋を砕かんと膝蹴りを見舞う。が、片腕でしっかりとガードされる。

 

「…へー、貴女の体質かしら?フィジカルもそうだけど、その魔力を弾く力、不思議ね。私に攻撃が通るなんて」

 

(これもダメか。頭を落とす気でやったのだがな)

 

 博麗霊奈は『幻想を弾く程度の能力』を持っている。そのため彼女はこれまでの歴代の巫女と比べても異質といえる存在だった。

 産まれつき霊力を身体に練り込めない性質であり、博麗の秘術は一切使えず、本来博麗の巫女の役割の一つである結界の管理もできない。だが代わりに恐ろしく高い身体能力と戦闘の才能、そしてあらゆる幻想に対する強力な耐性とも言える能力があった。

 妖力で作られた炎では火傷すらせず、霊力で強化した刀も彼女の前ではナマクラ同然、何なら博麗大結界も素通りできる。そして、それを攻めに転じた殴る蹴るが基本的な戦闘スタイルだ。何せ妖力を使った強化が一切意味を成さないのだ。おまけにフィジカルも人間はおろか、上位の妖怪すら歯牙にも掛けないほど。存在自体が幻想の妖怪からすればたまったものではない。

 しかし目の前の相手のようにそもそものフィジカルに差があれば、自身の体質もあまり効果を成さない。一旦相手から距離を取り、体勢を整える。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 敵はこれまでにないほどに強大だ。ここまで戦って力量差を理解できないほど霊奈は馬鹿ではない。しかしこの幻想郷の調停者として目の前の脅威から目を背けるわけにはいかない。霊奈は内心気合いを入れ直し、大きく息を吐く。そんな折、ルーミアが唐突に言葉を飛ばす。

 

「うふふふ、私、あの子のことますます欲しくなっちゃった…!クソ巫女、もうお前は邪魔よ。消えなさい」

 

「…何をほざくのかと思えば、無理に決まっているだろう。凶悪な妖怪が2匹野放し。両方退治するのが私の役目だ」

 

「ぷっ、私を退治〜?一度たりとも私に勝てちゃいない博麗の巫女の落ちこぼれが言うようになったわなぇ」

 

「0勝0敗36分。勝てていないのはお前も同じだ。お前の言うその落ちこぼれとやらにな」

 

「あっははははは……殺すわよ?」

 

「できるものならな」

 

「仲が良いのね」

 

「「良くない!!!!」」

 

 霊奈とルーミアは犬猿の仲だ。

 片や幻想郷を守護する調停者、片や人間を喰らう常闇の妖怪。互いに力を持っているだけに、これまで何度も衝突し、その度に殺し合ってきた。しかし、この2人は根っこの部分でどこか似ているところがある。たとえ殺し合う敵であっても、互いの何処かしらは認めている……のかもしれない。

 

「じゃあ勝負よ、どっちが彼女を仕留められるかね」

 

「くだらんな。……だが良いだろう、ついでに貴様も叩きのめせば良いだけだからな」

 

 競争相手ができたからか、先程よりも殺る気満々になる2人。これからさらに激化するであろう2人の追撃を想像して、レミリアの瞳はある種の諦観の色に満ちていた。

 

(あと10分、この2人の相手するのか…)

 

 服、汚れないと良いなぁ…。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「凄いわ…!!これがお姉様の魔力…!!」

 

 恍惚とした表情でその魔力を肌で感じるフランドール。自身と戦った時よりも更に跳ね上がっている魔力と、遥か遠方からでも感じ取れる圧倒的存在感。それが自身の吸血鬼としての本能をこの上なく刺激する。フランドールはすっかりレミリアの虜となっていた。

 たが、それに対して咲夜の表情はひどく沈んでいた。

 

(レミリアの隠匿の魔法が剥がれてる…)

 

 それはつまりこの幻想郷中にレミリアの危険性を知られているということだ。このままではレミリアは幻想郷の敵となってしまうかも知れない。いや、この現状を鑑みるに敵と認識されているだろう。

 こんな状況になっているのに力を抑えてないのは、今まさに幻想郷側の存在と戦闘を行なっているからだろう。万が一、レミリアが日が昇れば無力だと知られれば終わりだ。咲夜の中に焦りが積もる。

 

「それにしても、何処もかしこも滅茶苦茶ね。まともに自然な形が残ってる場所が無いわ」

 

 現代アートのように薙ぎ倒され、歪みきった木々の間を歩いていると、その根元に座り込んでいる誰かを見つける。それはフランにとって見知った顔だった。

 

「あら、パチュリー」

 

「…フラン様、生きていたのね。魔力の反応が消えた時は死んだかと思ったわ」

 

「…知り合い?」

 

「ウチの館に住んでる引きこもり魔法使い。…それにしても、随分顔色が悪いわね。相当相手にしてやられたのかしら」

 

「はぁ、相手も何もこの魔力よ。おかげで何回胃の中を戻したことか…」

 

「相変わらず貧弱ねぇ」

 

「この中で平然としてられるフラン様が異常なのよ。…あの質量付き魔力と言い、こんな力を扱える奴は生物じゃ無いわ。このままじゃこの幻想郷自体が危険ね。てかもう終わりよ、あはは」

 

 パチュリーは既に精神的にかなり参っていた。アゼラルによる莫大な魔力を感じた時点で死を覚悟していたと言うのに、その次の瞬間にそれを遥かに上回る悍ましい量の魔力が現れたのだ。しかもその力はこの世界を喰らい尽くさんとしてるときたものだ。こんな出鱈目があって良いのか?自身の常識をたやすく塗り替えるその光景にパチュリーの頭の中は真っ白になった。

 

「もう私は動く気力も無いわ。逃げたいならフラン様1人でご勝手に」

 

「そう、じゃあ勝手にやらせてもらうわ」

 

 そう言ってフランはパチュリーを持ち上げておぶった。

 

「ちょっと…」

 

「貴女に死なれたら私困るもの。これから先の紅魔館に貴女は必要なのよ」

 

「これから先って……ふふ、もう終わりよ。吸血鬼も、紅魔館も、この幻想郷もね…!」

 

 半ば自暴自棄になったパチュリーの言葉を無視してそのまま歩き始める。そしてそのままフランは言葉を紡ぐ。

 

「確かにお父様の野望は終わったわ。でも、吸血鬼の野望が果てたわけじゃ無いのよ」

 

 フランドールはアゼラルの思想を少なからずとも受け継いでいる。

 かつて己の父であるアゼラルの世界を支配するという野望を聞いた時は正直な話無理だと思っていた。確かに吸血鬼は全体で見ても強力な力を持っている。しかし、その分弱点は痛いし、神といった生まれとして自分達より上も当然存在する。全てを支配下に置くということはそれら全てを相手取らなければいけないと言うことだ。それはいくら天下の吸血鬼様でも難しい。吸血鬼は強力であっても絶対では無いのだ。

 だが、フランドールは知った。本当に上に立つべき存在は誰なのかを、文字通りの絶対を。今も感じる圧倒的力と、自身を包み込んでくれた殆どの吸血鬼には持ち合わせていない母親譲りの優しさ、そして圧倒的な存在感…すなわちカリスマ。フランドールはレミリアこそがこの世界を統べるに相応しいと考えている。自身の願望としてそうであって欲しいのだ。

 

(そうすれば一生一緒に暮らせるしね)

 

 まだ終わってはいない。自分達吸血鬼にはまだあの星のように輝く希望がある。パチュリーはそのための足がかりに必要な存在だ。

 

 パチュリーはフランドールの確信めいた物言いと、自信を持った視線に反論する気が失せてしまった。フランドールが言う意味は良くわからないが、今や言及する気も起きない。

 だが、この魔力の持ち主くらいは最期に知っておくべきかもしれない。魔道を追い求めてきた者として。

 

(…フランの言葉には変に納得してしまう説得力のようなものがある。現実的に無理なことでも、出来てしまうのではないかと思わせてしまう力がある。こう言うカリスマがスカーレットの一番の強みなのかも知れないわね)

 

「…ところで、他の魔術師はどこ?皆んな死んだのかしら」

 

「他の魔術師はこあが避難させた、のだけれど…」

 

「?」

 

「本人があのザマなのよ。私が何言っても全然答えてくれないし」

 

 そうパチュリーが指差す先には倒れた巨木の後ろでガタガタと震えている小悪魔の姿があった。

 いつもは格差を弁えながらも、余裕綽々とした態度をとる彼女だが、今はまるで何かにひどく怯えているように小さく縮こまってしまっている。

 

「この魔力を感じれるようになってからずっとこの調子よ」

 

「可哀想に、この魔力に当てられたのかしら」

 

「…でしょうね、気が狂うのも無理はないけれど。…取り敢えず一旦無理矢理にでも連れてくるわ、少し待っていて」

 

 そう言ってパチュリーは小悪魔に近よる。すると何か小声でブツブツと言っているのが聞こえた。

 

「な、なんで、なんで、あの人がここに?あの人は向こうにいたはず、なんでなんでなんで、いやだいやだ、まだ死にたくない死にたくない、消されるみんな消される、みんな飲まれる」

 

「…ちょっと、そろそろ気を取り戻しなさい」

 

 しかし小悪魔は主人の声が聞こえないかのように、反応を示さない。痺れを切らしたパチュリーがフランの背から降り、小悪魔の肩を掴む。

 

「こあ!確かにこの魔力に当てられて気が滅入るのはわかるけど、今主人の私が生きようとしてるのなら、使い魔である貴女も共に生きなさい」

 

 小悪魔はゆっくりと恐怖で染まりきった顔をパチュリーへ向けて、そして小さく口を開く。

 

「…ぱ、パチュリー様は、あの人の本当の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんですよ…。終わりです、全部終わりなんです。レミリア様が翼を広げた時点でもう全部終わりなんですよ。もうじき夜が降ってきます、そうなれば終わり、終わり、終わり、みんな、みんなみんな、夜になっちゃうんですよ。あは、あははは、あはははははははは」

 

「…! 良い加減に、しなさいッ!!」

 

「ふぎゃっ!!!??」

 

 頭に来たパチュリーは魔法で強化した魔道書で、小悪魔の頭を思いっきり殴打した。小悪魔は目を回して気絶する。

 

「…まったく」

 

「お帰り。……あら、気絶させちゃったのね」

 

「こうでもしないと来なさそうだったからね、錯乱してたわ」

 

「ふーん、そう」

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 一方の幽香、小傘、橙の3人は魔力が発せられる方とは反対に足を進めていた。幽香はともかく、小傘と橙がこの魔力の発生源の近くにいては危険と幽香が判断してのことだ。

 尚、半分くらい保身が入っていることは彼女の名誉のためにここでは言わないこととする。

 幽香が先頭で物質化した魔力を掻き分けながら進んでいると、橙が何かを見つけて上を向き、声を上げた。

 

「あっ、藍様!藍様ーーっ!!」

 

「橙!」

 

 地上にいる3人に気がついたのか、藍はこちらに向かって降りてくる。そしてそのまま橙を抱き上げた。

 

「無事だったか!よかった…」

 

「はい、橙は無事です!」

 

「後ろの2人は…」

 

「あっ、えっと、2人は…」

 

 橙はこれまでにあったことを端的に説明する。

 ことの顛末を聞いて藍は僅かに目を見開く。視線を横にずらすとそこにいるのは唐傘妖怪と、風見幽香。

 

「唐傘妖怪……済まない、橙が世話になったな。また後日礼をさせてくれ。橙もお手柄だぞ。だが…」

 

 藍は幽香を睨む。幽香を見る目には僅かながら敵意がある。幽香の寿命は体感100年は縮んだ。

 

「…そう睨まないで欲しいわね、態々送り届けてあげたって言うのに」

 

「……フン、まぁ良い。今は貴様に付き合っている暇は無い」

 

 そのまま藍は橙に視線を戻す。

 そして藍は3人に今の幻想郷の現状を大まかに伝える。反応は三者三様だ。小傘は慌てふためき、橙は顔を真っ青にしている。幽香は相も変わらず無表情だ。

 

「げ、幻想郷が滅ぶ…?」

 

「そんな…、この世界が壊れちゃったらわちきたちどうなるの!?」

 

(えぇーーっ!!?滅ぶ?滅ぶって幻想郷が!?みんな死んじゃうの!?)

 

「落ち着け、そうならないために私たち管理者がいる。橙、これから私は修復のために結界の破損元へ行く。お前の手も貸して欲しい」

 

「はいっ、任せてください!」

 

 未だ八雲の名を貰ってこそいないが、伊達に八雲の式神をしていない。安易的な管理なら可能な上、八雲の式神は主従を結んだ者同士が近くにいると互いに能力が上がる仕組みがある。橙が近くにいるだけで藍の助けになれるのだ。

 

「じゃあここでお別れです2人とも。ありがとうございます、本当に助かりました!」

 

「全然良いよ、それに橙ちゃんはこれからが本番なんでしょ?頑張ってね!」

 

「うん、小傘さんは事が終わるまで何処か安全なところに避難しておいてください。大丈夫です!絶対何とかして見せますから!」

 

「えっ…、でもレミリアたちが…」

 

「……悔しいですけれど、これ以上は危険です。レミリアさんは私が探しておきます。ですので安心して待っててください」

 

「…うん」

 

「では行ってきます!」

 

 そう言って橙は藍と共に飛び去っていった。

 

 

「…小傘、私たちもそろそろ行きましょう」

 

「…うん、そうだね。わちきたちも、どこかに…避難……」

 

 本当にそれで良いのか。小傘の中に一つ疑問が生まれる。

 今回は我ながらよく頑張ったとは思う。この戦争には無関係ながらも思わぬ出会いのおかげで、一つの目標を達成し、おかげで戦況は幻想郷側に大きく傾いた。意図せず背負った役目は終わり、あとは逃げて事が終わるのを待つだけ。…でもここで逃げたら、レミリアと咲夜を見捨てたも同然だ。

 そこまで考え至って小傘は決意する。

 

「…ねぇ、幽香」

 

「何かしら」

 

「わちき、やっぱり逃げるのやめるよ」

 

 確かに自分は弱い妖怪だ。けれどだからといって何もしないのは違う。他の人の足手まといになるかもしれないし、戦いの余波であっさり死ぬかもしれない。今逃げたほうが楽かもしれない。もしかしたら橙が問題なく見つけてくれるかもしれない。

 けど、それでも、もしかしたらがあるかもしれない。今ある友達をなくすことは小傘にとって1番恐ろしいことだった。

 

「やっぱりレミリアと咲夜を見捨てて1人逃げるのは、わちきは無理だよ」

 

 小傘は幽香の目を見てはっきりと言う。小傘の目は妖怪らしくない真っ直ぐな覚悟の据わった目だった。

 

「幽香は先に安全なところに行ってて。わちきは友達を探しに行くよ」

 

「……待ちなさい」

 

「…?」

 

「小傘が行くなら私も着いて行くわ」

 

「えっ!?でも…」

 

「八雲のところの猫も言ってたでしょう、この環境の中を貴女1人で行くのは危険よ。……それに、一応私と小傘は友達なのだから助けるのは当然………なのよね?

 

「…幽香、ありがとう!」

 

「……」

 

「…あれ、お腹が膨れた?なんで?」

 

 小傘の嬉しそうな顔に幽香は思わず失神しかける。

 今まで畏怖か尊敬の感情しか受け止めてこなかった幽香にとって小傘のような純粋無垢の感謝は良い意味で色々と心臓に悪い。そしてその度に自分にも本当に友達と言える存在ができたのだと実感する。

 

 正直戦場に行くのは怖い。今幻想郷は魔境と言っても差し支えないほどにまで荒れに荒れている。死ぬ可能性の方が圧倒的に高いだろう。

 だがそれでも、幽香は今ここにいるたった1人の友達が死んでしまう方が怖かった。それに何処に逃げても管理者たちが失敗すれば自分も死ぬのだ。小傘への同行は、半ばヤケになった決断とも言えた。

 

「よし、じゃあ早速2人を探しに行こう!」

 

 そうして2人は来た道を戻ろうとする。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「え?……ぎゃんっ!?」

 

「小傘!」

 

「「いたたた……え?」」

 

 仰向けに倒れた小傘の目の前にいたのは、綺麗な金髪セミロングの女性だった。が、しかし小傘の目が行ったところはそこでは無く、女性の背にある巨大な一対の翼。

 

「きゅ、吸血鬼!!?」

 

「え、えっと、そんなに怖がらないで。私は悪い吸血鬼じゃない…」

 

 それは半ば反射に近かった。

 それを吸血鬼を認識した瞬間に、幽香はそのまま手に持っていた日傘を吸血鬼目掛けて力一杯振り下ろした。幽香は知っての通り極度に臆病な性格をしている。故に自身の命の危機、もしくは全く予想外の出来事が起きると反射的に攻撃してしまう最悪の癖があった。もはや防衛本能に近い。

 咄嗟に放った攻撃と侮るなかれ。冗談無しに山を崩す一撃である。数瞬後には目の前の吸血鬼は見るも無惨な肉塊へと果てるだろう。

 

「だあぁっ!!!」

 

 鉄が、いや鉄より硬い何かが激しくぶつかり合うような音が響いた。

 

「……あ、あっぶなかった」

 

 幽香の攻撃をしっかり受け止めたのは中華風の衣服を身につけた赤毛の少女だ。後ろの吸血鬼の無事を確認し、幽香に目をやる。

 

「待ってください。私たちに敵対意志はありません」

 

「えっ、えっ…?」

 

 その言葉に困惑する小傘。幽香は咄嗟に攻撃してしまったことに内心冷や汗をかきながら、後ろに下がる。

 それを確認した赤毛の少女は陥没した地面から足を引き抜き、傘を受け止めた腕の痺れを確認する。

 

(うわぁ、久々に鱗なんて出したなぁ。上手く受けられたけど、一歩間違えたら腕ごと飛ばされてた…)

 

「ご無事ですかルシェル様!」

 

「あ、クルム…」

 

「怪我は…無いようですな。はぁ、ご無事で何よりです」

 

「え、えっと…」

 

「あ、ごめんなさい、急に驚かせちゃって。私はルシェル・スカーレット。見ての通り吸血鬼だけど貴女たちを襲おうなんて考えてないわ。だからそんなに怖がらないで、ほらこっちに…」

 

「いやー、無理がありますよルシェル様。私たちはあの子から見れば敵軍ですから。殺されても文句は言えないですよ。あ、私は紅美鈴です」

 

「私はクルムでございます。すみません、先程はこちらが失礼を致しました」

 

 そんな畏まった態度に小傘は再び困惑してしまう。本来ならこちらは躊躇なく襲われてもおかしくない立場だと言うのに、一体どう言うことなのだろうか。

 

「その、る、ルシェルさんたちは何処から…」

 

「「!」」

 

 幽香と美鈴が同時に空を見上げる。そして幽香は小傘を、美鈴はルシェルを抱え、クルムと共にその場から飛び退く。

 するとその場は突如黒い何かが津波のように押し寄せ、飲み込んだ。5人は間一髪難を逃れる。

 

「うわわわぁ!?何これぇ!?」

 

「お二人とも、それに間違えても触れないでください。触ったら死にます。…それにしても、ここから相当離れているのに余波が飛んでくるなんてとんでもないですね」

 

「なになになに!?さっきから何がどうなってるの!?っていうか幽香、腕に着いちゃってるよ!?不味いよ死んじゃうよ!」

 

「……問題ないわ」

 

 そう言ってまるで濡れた手を乾かすかのように手を切る。すると幽香の手についた黒はあっさりと落ちた。「…流石大妖怪」と感心するかのように美鈴が声を漏らす。

 言わずもがなその大妖怪は内心顔を真っ青にしていたのだが。

 

「向こうで誰かが戦っているんですよ。おかげで私たちも下手に前に進めない状況です」

 

「ひえぇ〜…」

 

「うーん……空は危ないわね。さっき風で飛ばされちゃったし。…よし、ここは歩いて行きましょう!」

 

「もう空中でも地上でも大して変わらないですけれどね」

 

 そう言って美鈴は周囲の大地を一望する。

 美鈴は『気を操る程度の能力』を持っている。気と言うのは生命問わず、どんなものにでも存在する力の流れのことで、美鈴はそれを視認したり、操作することができるのだ。

 そんな美鈴の目に映る幻想郷の大地はそれはそれは酷い有様であった。仮に正常な気の流れを緩やかな川として例えるなら、今は完全に氾濫して近くの村にまで流れ出ている状態だ。これではこの幻想郷自体も長く無いかも知れない。

 おまけにこちらに飛んで来る洒落にならないレベルの流れ弾。本来なら無理矢理にでも引き返すべきなのだが、この強情姫がそんなことで意見を曲がるはずもないので、危険を承知で進むしか無い。…とは言ってもルシェルとクルムには謎のバリアがあるので、それで大体の被害はカットできてしまうのだが。

 

(それに理由も理由だしなぁ…)

 

 あんな話を聞いた後では美鈴も退くに退けない。ここまで来たなら意地でも2人を…いや、3人を会わせてやろうと内心意気込む。

 

「しかし、このままでは前に進めませんな…」

 

「あ、本当だ!わちきたち八方塞がりだよ!」

 

 地上は黒の濁流によって、空は魔力の塊と余波による暴風が行手を阻んでいる。このバリアがどの程度の被害まで抑えられるのかわからない以上、この中を突っ切ることは危険だった。

 

「……この黒をどうにかすれば良いのね」

 

「え?」

 

 友達が困っていたら積極的に助けてあげよう!

 いつか見た本の内容を思い返しながら、幽香は乗っていた木から跳び、黒の海目掛けて傘で一閃を放った。ただ手持ちの傘に魔力を込めただけの打撃。しかし風見幽香が撃つその威力はまさに破滅級(ハルマゲドン)

 瞬間、際限なくあるのかと錯覚するほどの黒は跡形もなく消し飛び、ついでにあたりに充満していた魔力も吹き飛んだ。

 そして何もかもが無くなった大地には道のような破壊痕だけが残った。

 

「…終わったわよ」

 

 まるで邪魔な枝を取り除いた後かのような軽さで幽香は後ろの4人に言った。

 4人は唖然とした様子で目の前の光景を見ている。幽香は全員が何の反応もないことに困惑する。

 

(も、もしかしてダメだったかしら?……やっぱり私何なんかが余計なことをするんじゃ…)

 

「す、すっごーい!!」

 

「!?」

 

「凄いよ幽香!道ができた!これで皆んな探しに行ける!やったー!」

 

 突然抱きついてきた小傘に幽香はパニックになる。

 

(あ…あったかい)

 

 しかしそんな感情も久しく感じた人肌の温もりで霧散したのだった。

 

「いやはや…この幻想郷にいる妖怪は誰も彼もとんでもない御仁ですな」

 

「まったくです、私も自信無くしちゃいますよ」

 

「美鈴殿も出来ないことはないでしょうに」

 

「それでもレベルが違いますよ。正直相手にしたく無いです」

 

「……え、えっと、もしかしてあの妖怪さんって、まさか風見幽香…?調査報告にも理外の化け物だって書いてあった…」

 

「今更ですかルシェル様。…まぁ、安心してください。噂ほど悪い妖怪では無いですよ。私から見れば、寧ろ友好的に接したいとさえ思っているようですしね」

 

「…そうね、力や噂だけで決めつけちゃいけないわよね!よーし、私だってお友達になって見せるんだから!」

 

(こう言うところがレミリアお嬢様そっくりですな)

 

(大分精神的にも余裕が出てきましたね。よかったよかった)

 

 焦ったところで今戦っているレミリアの下へ行っても巻き添えを喰らい瞬殺されるだけだ。そんな状況でのルシェルの先走りが2人の1番恐れていた事態だったが、何とかいつもの調子を取り戻してくれたようだ。

 

 

「こ、小傘。お礼は有難いけど、そろそろ早く先に進みましょう。魔力が無くなったのも一時的なものだし、すぐに戻ってくるわ」

 

「あっ、そうだね。じゃあ行こう!」

 

(はぁ…、心臓に悪いわ…。いやすごく有難いのだけれどね!)

 

「早く2人を探さないとさっきみたいなのに巻き込まれるかも知れない………はぁ、2人とも無事なのかな…?」

 

 1番心配なのはレミリアだ。

 レミリアは妖怪ではあるが、腕っぷしは小傘より貧弱だ。この極限の状況の中ではあっさりと死んでしまうだろう。

 レミリアが死んだら…。そんな考えたくも無い不安が小傘の脳裏によぎる。

 

「…大丈夫よ、私が絶対見つけてあげるから」

 

「…うん、そうだよね」

 

 最悪なことばかり考えても仕方ない。

 小傘は気合を入れ直す意味も兼ねて自身の頬を両手で叩く。小傘にとってここからが踏ん張りどころなのだから。

 

 

 

(そういば里の皆んなは大丈夫なのかな…?上手く結界は貼れたと思うけど、こんな凄いことになるなんて思ってなかったから心配だな…)

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

「ど、どうなっているんだべこりゃ…」

 

「しゅ、守護者様!結界の外の大地が…!」

 

「さっきの光と言い、何が起こってるんだ!?」

 

「…少なくともこの歪みは私たち人間の里には全く影響は無い。これ以上のことは私にも分からない」

 

 人里を囲った謎の星空の結界。なぜかこの結界の内部にはあの悍ましい魔力の影響が一切出ていなかった。おまけに時折来る戦闘の余波らしきものも全て防ぎきってくれている。

 

(…やはり管理者が?しかしこんな強固な結界をいつの間に…?)

 

 こんな強力な代物があるなら最初から橙を介して結界符など寄越してこないはずだ。

 それに外の状況も気になる。先程は混乱を避けるためにあえて口にしなかったが、この歪みは幻想郷全体に広まっている可能性がある。やはり敵の仕業なのだろうか。だとすれば今幻想郷側はかなり危機的な状況なのかもしれない。

 

「あっ、あれを見るべ!」

 

 術者の1人が空を指差す。真上にも近い空高くを。

 その場にいる全員が顔を向けると、そこには流れる三つの光があった。その光たちはそれぞれの固有色を出しながら夜空に軌跡を作り上げていく。それは瞬く間にそれはどんどん広がっていき、一瞬にして空いっぱいに幾何学模様を作り上げた。

 

「な、何だぁありゃ…」

 

「綺麗だべ…」

 

「さっきもあったよなアレ。そん時は一瞬で消えちまったけど…」

 

「え、そうなのか?」

 

「神秘的だな」

 

 その光景は人里を守るために動いているものたち全員の目に溜まり、その美しさに誰もが言葉を失い、魅了された。

 

 

 

(……あの黒は、ルーミアか?それと巫女殿も。後1人は……誰だ?)

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

 霊奈の連打がレミリアを囲む。その一撃一撃が確実にレミリアにダメージを与えられる明確な凶器。視界いっぱいに打たれたそれは最早人間業からは遠く離れていた。

 

「ほいほいほいほいほいほいっと」

 

 それをレミリアは徒手空拳であっさりと捌く。だがそんなことは読み切っていたと言わんばかりに、最後の一撃を捌いた瞬間、目の前に赤の膝が現れた。

 

「ふんっ!」

 

 両の掌でそれをがっちりとガードし、受け止め切る。しかしすかさず背後からの攻撃が放たれる。

 

「これあーげるっ!!!」

 

 それは黒の塊だった。そうとしか言えない物体。

 霊奈が飛び退いた瞬間に、それはレミリアに直撃した。これもまたレミリアに確実な損傷を与えうるものだ。

 

「むむむむ…!」

 

 …それが実際効くのかまでは保証できないが。

 星空の結界で黒を防ぎそのまま結界を袋代わりにさっと包み込む。そして素早く口を結び、豪速でルーミアに投げ返した。

 

「うわっ!?」

 

 体をそらし何とかそれを躱す。が、既にその時にはレミリアが目の前にまで接近していた。

 同時に拳を振り抜く。閃光と共に黒と光の粒子が迸る。

 

「ちょっと貴女さっきから良い加減にしてよね!その汚ったない墨のせいで折角のお洋服が台無しじゃない!」

 

「あら、私はとっても似合うと思うわよ。いっそのこと全部真っ暗にしてあるわ」

 

「あーもう!!汚い手で触ってくんな!」

 

 勢いのままルーミアの顎に蹴りを放つ。そしてのけぞった身体のど真ん中にパンチをお見舞いした。

 派手に吹っ飛んでいくルーミア。やってしまったと思いながらその光景を見ていると、今度は霊奈が空中を跳びながら現れた。レミリアの魔力を弾いているのだろうが、まるで空中に地面や壁があるかのような動きだ。

 

(うわー、良いなあれ)

 

 悠長にそんなことを考えていると、気がつけば正拳突きが背後にまで迫っていた。レミリアは振り返って足を踏ん張りガードする。が、止めた瞬間、霊奈は体勢を変えてもう一方の腕でチョップをかましてきた。首を掻っ切らんと言うほどの勢いだったが、レミリアは掌でそれを止めた。

 上手くガードが決まったので、不意打ち破れたり、などとドヤ顔を決めていると、頭に衝撃と鈍痛が走った。

 

「いっだ!!?」

 

 踵落とし。

 チョップを放ったと同時に死角から振り上げていた足がレミリアの脳天に直撃した。

 防がれることなど前提だ。この化け物に生半可な攻撃は当たらない。ならば何重にもフェイントをかけて攻撃を当てる。そしてその積み重ねが今こうして実を結んだ。

 レミリアに無いものは戦闘経験。レミリアはその力の強大さ故に戦闘を行ったことは余り無い。博麗の巫女として来る日も来る日も実戦で命を凌ぎながら戦っていた霊奈とはその点において確実に差があった。

 そして、

 

「ルーミア!!!」

 

 

「私に…命令すんな!!!」

 

 ルーミアは拳にありったけの妖力と力の象徴である黒を纏う。それは紛れも無い全力の証。

 気配を感じて上を向いた時には既に遅い。

 

「お か え し っ!!!!」

 

 ごんっ

 

 その拳はレミリアの顔面を捉え、山の麓目掛けて吹っ飛ぶ。地面は割れ、その割れ目から勢いよく黒が溢れ出た。

 霊奈はルーミアのそばに近づく。

 

「あーいったぁ…ゴホゴホッ…」

 

「大丈夫か?」

 

「黙れ、人間に心配されるほど腐っちゃいないわ」

 

「…やれたと思うか?」

 

「…ふぅ、まだでしょうね。手応えはあったけど全然元気なんじゃないかしら」

 

「だろうな。…それよりもルーミア、あまり不用意に周りを壊すのはやめてくれ。ここまでで一体どれだけ幻想郷に被害が出たと思っている」

 

「彼女の魔力がこんなに振り撒かれてる時点で今更でしょう?…それに今ならあの八雲に嫌な顔させられる良い機会だわ」

 

「はぁ、全く……」

 

 霊奈はレミリアが落ちた方を見つめる。どうやら妖怪の山の麓あたりに落下したらしい。

 このまま追撃するのもアリだが、霊奈が考えるアレの力の性質が正しければ、下手に攻撃するのは危険と判断した。

 

「…なぁ、ルーミア」

 

「チッ、今度は何よ」

 

「お前はアレを見て何を思った」

 

「……………私と同類。そう思ったわ。……だけど何だか今はそれが違うって思い始めてる」

 

「…その所感は正解だろうな。私もお前と似ているとは思ったが、本質があまりにも違いすぎる」

 

 ルーミアの力は闇や黒の表面上の認識から力を得ているが、アレは違う。もっと大きなものから力を得ている。仕組みは同じでも供給先やそれを模っているものが違うとでも言えば良いだろうか。つまりは単純にルーミアよりも上の存在、というだけでは片付けられないのだ。

 

「…私はアレの力に一つだけ心当たりがある。あると言っても私の知っているものと少し面影がある、というだけだが」

 

「……」

 

「アレは世界を書き換えていた。世界が正しくあるべき法則を、自分の思うがままに操っていた。…自身の領域を思うがままに書き換えられる力。──それ即ち、神の権能だ」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 地底にある地霊殿の主、古明地さとりは憂鬱そうに嘆息した。

 その理由は唯一つ。今は地上で幻想郷に入り込んできた吸血鬼とやらとの戦争。その戦力として地底でも指折りの実力者である勇儀がお呼ばれされたからだ。

 何故かさとりはこの地底の代表取締役のような役割を負わされている。つまり勇儀が地上で必要以上のことをやらかせば、その責任は全てさとりに降りかかるというわけだ。

 

「勘弁してよねぇ〜」

 

 ただでさえ地底の代表など不本意だと言うのに何故に他の妖怪のやらかした尻拭いをしなければならないのか。

 しかもこういったトラブル…もとい異変が終わった後は、それぞれの地域の代表で会合を行うのが通例だ。無論地底代表であるさとりはそれに行かなければならない。さらに気が重くなる。

 

「………どうせだし自己紹介の練習でもしておこうかしら」

 

 そう言い自室の鏡に向かってそれっぽい顔と決めポーズをつける。こう言う時は自己愛に浸るのに限る。古明地さとりは意外と自分が好きなナルシストタイプだった。

 

「ふふふっ、初めましての方は初めまして。私の名前は古明地さとr」

 

 ドッガッシャァン

 

「きゃああああっ!!!????」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「いったぁー…、顔がヒリヒリするんだけど…」

 

 ガラリと瓦礫をどかしながら起き上がる。

 

 痛いのって結構久しぶりだわ。しんちゃん以来かな?

 というかどこよここ。地面に落ちたと思ったら屋敷みたいなところに来たんだけど。

 

「……よ、読めない…」

 

「ん?」

 

 声のする方に視線を向けるとそこにはピンクの髪にまるで寝巻きのような衣服を着た少女がいた。なぜか胸の辺りに浮いている真っ赤な目のようなものがあることを除けば普通に可愛い子供である。

 

 てか考えなくても不味いぞ!私天井破壊しちゃったんだけど!?ま、まぁ良いか、魔法で全部元に戻すし……ってあら、鏡…

 

 少女の背後にある鏡。そこに写っていたのは顔を真っ黒に塗り潰された己の姿だった。よく見れば衣服にも撒き散らされただろう黒が付着している。それを見た瞬間、さっきまで考えていたことが全て吹き飛ぶ。

 

「…………フ、フフフ…、どうやらよっぽど死にたいようね、あの汚物妖怪…!!」

 

 この超絶プリティーな我がご尊顔にきったねぇ体液をぶちまけてくれるとは…!もう我慢の限界だ!!絶対に許さん、ボコボコにしてやる!!!

 

「ひぁ!!?」

 

「あ」

 

 しまった、怖がらせてしまったかも。

 ふー、冷静に冷静に。怒り爆発はあの汚物妖怪の時よ。

 

 レミリアはゴシゴシと顔の黒を拭いながら、少女に近づく。少女は腰を抜かしてしまったのかへたり込んだまま動こうとしない。その顔は恐怖に染まっていた。

 

「…そんなに怯えないで。大丈夫よ、危害は加えないから」

 

「…あ……う…」

 

 そう言い、レミリアは少女の頭を優しく撫でる。

 

 お、安心した顔になった。やったぜ!これが咲夜ちゃんにも効果抜群の必殺技、頭なでなでだ!なんでかこの姿じゃ無いと効果がないけど、ざっとこんなもんよ!

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 古明地さとりは未知というものが苦手である。

 自身の理解を、常識を覆すような出来事が苦手だ。理解が及ばないと言うことは、何もできないと言うことだとさとりは信じてやまない。

 

 『心を読む程度の能力』

 その力を持つさとりは相手の心情を読み聞きすることで、常に相手よりも優位に立つことができる。この力を持って生きてきたさとりは相手の考えを理解することで自身の未知を減らしてきた。

 

 だからこそ、この目の前にいる未知の存在がさとりは恐ろしくて堪らない。自身の能力で心が読めないこともそうだが、何故読めないのかが一切わからないのだ。

 さとりの能力はあの隙間妖怪など、特異な力を持つ者ならば防ぐことが可能だ。それに関してはさとりもそういうものだと割り切っているし、読めない理由も経験則から大体理解できる。しかし目の前のソレは分からない。自身の知識や経験をもってしても全く解らないのだ。

 

 能力を妨害されている、と言う感覚はしない。むしろ受け入れられている。例えるなら、虚空だ。心をのぞいても、何も無い。ただ何も無い空間と、星のような粒子が見えるだけ。どこかそれは、夜空のように見えた。

 

 ───優しく頭を撫でられる。

 目の前の存在は恐ろしい。力だって自身の遥か上を行くだろう。その気になれば己など刹那の間に塵芥となる。逃げるべきだ。

 だが、さとりはこの吸い込まれるが如く神秘的な存在()から全く目が離せない。美しい。そうとさえ思ってしまった。

 

「さて、まずは私の超絶プリティーな顔面に墨をぶっかけてくれたお返しをしなきゃ。……邪魔したわね」

 

 そう言うと、背から2翼の星空が描かれた翼が現れ、そのまま溶けるように消え去っていった。

 

 

 

「さとり様ッ、無事ですか!?」

 

「お燐…」

 

 ペット兼従者である妖怪が心配そうに駆け寄ってくる。

 未だはっきりしない感覚で、あの存在がいた場所を虚な目で見つめながら小さく言葉をこぼした。

 

 

「………星が…降ってきたの」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「さっきぶり」

 

「「ッ!!?」」

 

 警戒はしていた。

 しかし彼女は何の前触れもなく突然2人の目の前に現れた。すぐに対応して距離を取ろうとする霊奈。しかしそれを逃さず、レミリアは霊奈を星の球体に閉じ込める。

 

「どっか、いけ!!」

 

「うおおお!!?」

 

 そしてそのまま彼方へ投げ飛ばしてしまった。

 レミリア製の安全ポッドである。怪我はないだろう。

 

「ッ!」

 

 ルーミアが黒の斬撃を放つ。しかしまるで知っていたかのようにレミリアはあっさり避け、大地に黒の一閃が刻まれる。

 

「うごッ!!?」

 

 突如ルーミアは腹部に衝撃を受け、空へ飛ばされる。

 一瞬気を失うが、気合いで持ち直し己にぶつかったそれに黒をぶつけ、真上に向かっていた己の体の勢いを殺す。

 

「あははッ、やっとやる気に」

 

「おかえしのおかえし」

 

 言葉を言い終わる前に顔面にレミリアの拳が決まる。

 空気が破れるのではないかと言うほどの轟音と、何重にも重なった真空波と共にルーミアは幻想郷の空を数秒滑空し、やがて大地へぶつかる。

 

「ぐっぼぉッ…!は、はは…、超痛い…!!」

 

 周囲を見ると、見慣れぬ鮮やかな緑に包まれた大地があった。

 ルーミアが衝突した場所は地上にあらず。ここは天界、幻想郷の遥か上空に存在する天人が住まう土地だ。

 

(天界は妖怪の山から決して近くない。あの一瞬でここまで飛ばされるなんてね)

 

 やはり最高だ。それでこそ奪い甲斐が…

 

「べろべろばぁ」

 

 ある!!!!!

 

「おら"あ"あ"あ"!!!」

 

 大ぶりの一撃。しかし渾身の一撃は躱され地面に突き刺さる。しかしそれだけでは終わらない。まるで中から溢れ出るように天界の大地から黒が噴き出、最後には地面が大爆発する。一瞬で鮮やかな緑は黒に塗りつぶされた。

 

「おっと」

 

 爆ぜた黒の一つ一つがレミリアの首を刈り取らんと襲いかかってくる。それをレミリアは全て躱していく。しかし空を埋め尽くさんばかりの黒は避けても避けても際限なく増えて追いかけてくる。

 

「ほらほらほらほらほら!!染まって!!早く!!私の色に!!真っ黒に!!」

 

「その黒が、私には超迷惑なのよ!!!」

 

 自分の顔面に汚物をかけられたレミリアは怒り心頭である。するとレミリアは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほしぐもアタック!!」

 

 そのまま星空を黒目掛けて投げ飛ばす。

 夜という概念そのものであるそれはルーミアの黒と衝突…せず、黒を飲み込み、どんどん肥大化していく。

 

「うそ…」

 

 流石のこれにはルーミアも面食らったのか一瞬反応が遅れる。が、なんとかこれをギリギリで回避した。

 投げられた星空はそのまま天界の大地に落ちる。するとどうしたことか。落ちた部分は、まるで大地など初めから無かったかのように消失してしまった。

 ぞわり と冷たいものがルーミアの背中に走る。

 

「貴女が私をその汚物色で染めたい。………だったらお前も私色に塗り潰される覚悟はできてるだろうな?」

 

 まるで綿菓子のように千切られ、流星のように次々と投げられていく星空たち。その一つ一つがこの世界を容易に引き千切る異常性を秘めている。これでは逆に自分が彼女に取り込まれてしまう。そうなってしまえば自分の存在そのものが消え去ってしまう。

 

(………待て、私は何を考えている?何を感じてるんだ?…まさか、まさかまさかまさか、私が…恐れてる?怯えているのか?私が!?)

 

 妖怪は他の存在から畏れられることが存在の確立につながっている。そして上位の妖怪になるほど自らが恐れられることにある種の誇りやプライドを持つようになるものだ。

 ルーミア程の大妖怪となればそれは顕著だ。事実、ルーミアは生まれてこの方他者から恐怖というものを感じたことはなかった。かつて格上を相手にした時でも、死に直面した時でも、危機感は感じても恐怖はしなかった。

 だからこそルーミアは今の自分の感情に理解が追いつかなかった。それ以上に認められなかった。

 

「ふっ…ざけんなぁ!!!!」

 

 恐怖をかき消すように、咆哮する。黒で羽を作り、足から黒を噴き出し、速度を上げて急激にレミリアへ接近する。

 

「私の、モノになれぇ!!!」

 

「い・や・よ」

 

 同時に両者の手に莫大な魔力が込められる。天界全域が、が光と闇に呑まれる。

 

 

「黒陽!!!!」

 

太陽(Sun)

 

 

 二つの莫大な力は衝突し、辺りは二色に支配される。白か黒か。その二つは互いにせめぎ合い、拮抗状態を作っている…かに見えた。

 

「そろそろお帰りの時間よ。これ以上はここに迷惑だわ」

 

「ッ!!!?」

 

 突然ぶつかり合っていた太陽が己の黒を飲み込みはじめた。まるで先ほどの星空のように。

 

「こ、こんなもの…!!」

 

 ルーミアはそれを抑え込もうとするが、まるで意味がないと言わんばかりにそのまま太陽の光に焼かれていく。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

「あでゅー」

 

 どん という音と共に太陽ごとルーミアは彼方へ飛ばされる。

 静粛が戻った辺りに残ったものは、太陽の熱に焼かれた大地だけだった。レミリアはその光景を静かに見渡す。

 

(あー…、やっちゃったわ…)

 

 冷静になったレミリアは頭を抱える。逃げるだけと心に決めていたのに、つい怒りに任せて攻撃してしまった。

 

(ま、まぁ、博麗の巫女には特に何もしてないし、よく分からない妖怪1人がやられただけよね!ヨシ、問題なし!)

 

 人の噂も七十五日。元に戻したら勝手に自然消滅するだろう。

 逆行の魔法が出来上がるまであと少し時間がある。時間までゆっくりと腰を据えようと考えたのだが、その時レミリアはとんでもない事実に気づく。

 

「……あ、人里ある方に攻撃飛ばしちゃった」

 

 実はレミリアが仕掛けた結界はレミリアの一定以上の魔法攻撃には一切反応しないという致命的すぎる欠陥があった。

 

 

 …つまりこのままでは人里にあのスーパー太陽が直撃するというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「な、なんだったんだありゃ…」

 

「や、やっぱり妖怪の仕業なのか?」

 

「それ以外に何があるんだよっ!きっと今もこの結界の外ではとんでもねぇ殺し合いが起こってるに違いない!」

 

「な、なぁ、おめーらあれ…」

 

 術者の1人が空を指差す。今度は何だと空を見ると、そこには一際輝いている一等星があった。

 ただの綺麗な星かと安堵したのも束の間、ある1人が気づく。あれ、どんどんこちらに近づいてきてないか、と。

 よく凝視してみると確かに近づいていた。しかも急速に光は大きくなっている。それが何者かの攻撃だとわかるのにそう時間はかからなかった。里の人間たちはパニックになる。

 

「落ち着けお前たち!」

 

 しかし慧音の制止虚しく、混乱は止まらない。そして瞬く間にその星は里の目と鼻の先にまで来ていて、誰もが喉を焼くような熱を感じながら己の最期を悟る。

 

 しかしいつまで経ってもその時は来なかった。

 そしに訝しみ術者の1人がゆっくりと目を開く。

 

「えっ」

 

 そこに星は無かった。最初から星など降っていなかったかのようにただ夜空が広がっていただけだった。

 そしてその代わりに、誰かが空にいるのが見えた。小さく、肉眼で確認できるのがギリギリの距離だが、それは確かにいた。

 

 青みがかかった銀髪、所々が破けている洋服、そしてその星空のような翼。人々はそれを見て確信した。彼女が、我々を救ってくれたのだと。

 命を救われたという事実と、自分達が知っている妖怪の姿とはかけ離れた神秘的な存在感に人々はその存在に目を魅かれる。

 

「…き、奇跡じゃ」

 

「あの姿…あの姿…!儂には分かる!妖怪でも、今蔓延っている吸血鬼でも無い!あれは…神だ…!!」

 

「神が俺たちを助けてくれた!!」

 

「しかもあの手に掴んでいるのって、もしかして常闇妖怪じゃ無いのか!?」

 

「本当だ…!もしかして俺たちのために退治してくれたのか!?」

 

「馬鹿っ、神様に向かって失礼だぞ!神様は己の御心のままに動いただけだよ!」

 

「その雄々しくも神秘的なその翼…!きっとこの里を守ってくださったのもあの方に違い無い…!」

 

「嗚呼、神よ…!」

 

『万歳!神様万歳!!』

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

(ふー、あっぶな…。人里滅んじゃうところだった)

 

 本来ならこの結界を貫通するほどの力を出す前に終わらせるはずだったのに、とんでもない失敗をやらかすところだった。

 ひとまず人里に目をやり無事を確認する。姿を見られてしまったが、まぁ、あのレミリアだとバレることはないだろう。

 

 …なにやらこちらを見てザワザワと騒いでいるが、バレてないバレてない。

 

「……さて」

 

 レミリアは人里を後にして人気のない森の近くに来た。そしてルーミアを適当なところに放り投げる。

 

(…まぁ、多分死んでないでしょ)

 

 丁度魔法も完成した。あとはこれを発動すれば、生き物以外の幻想郷の全ては1日前に時間が逆行する。これで幻想郷に開いた大穴も、レミリアの魔力による影響も、全て元通りになる。…生き物まで戻せないのは痛いところだが。

 

(本当、これ不便極まりないわね)

 

 何せ力を行使するたびにこんな無理矢理な手段で世界を元に戻さなければならないのだ。特にこの幻想郷はレミリアが想像していた以上に繊細だった。さっきもうっかりこの幻想郷にある結界とやらを壊すのではないかと気が気でなかった。正直もう幻想郷で力を使うのはゴメンである。

 

 レミリアは両手に逆行魔法の魔法陣を展開する。

 何はともあれ一件落着である。レミリアは魔法を発動する……瞬間、魔法陣はまるで霧のように霧散した。

 

「ん!??」

 

 

「うおらぁ!!」

 

 唐突なことで呆気にとられていると、レミリアは顔を誰かに思い切りぶん殴られ、派手に吹っ飛んだ。何事だとレミリアは体勢を整える。

 目の前には見知らぬ2人がいた。

 

「ふぃ〜、ようやく追いついたぜ。あちこちに逃げ回るから会うのに苦労したよ」

 

「ほんとだ、私が総出で探したってのにあっという間にどっか行っちまうからさ。…でも、ようやく会えたな。元凶さん」

 

 目の前にいる特徴的なツノを頭から生やした女郎2人。言わずもがなレミリアを倒しに来たのだろう。

 しかも謎の手段で逆行魔法の発動も失敗した。言わずもがな非常にまずい事態である。結界の要にはあと2分もせずに魔力が到達する。

 

(あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!なんて事してくれてんだぁ!!)

 

 あのトンデモ幻想郷のダブル悪魔から逃げながら用のやっと完成させた魔法が一瞬で台無しにされた。レミリアの怒りボルテージが一気に跳ね上がる。

 

(…って、ダメダメ。ここでキレたらそれこそ幻想郷の終わりだわ)

 

「おーおー、良いね。さっきの奴らとはまるで違う」

 

「確かにこいつは……酒抜きでやらないとヤバそうだな」

 

「よし、じゃあ私が先行だ!」

 

 そう言って一本角の妖怪はレミリアに急接近して拳を振り抜く。博麗霊奈のそれよりも強烈であろう拳。しかしそれをレミリアは片手で捌く。

 

「ははっ!良いね!良いね!!良いね!!!」

 

 自慢の一発をあっさり捌かれたにも関わらず、勇儀は嬉々とした表情でそのまま容赦無しの乱打を打ち込んでいく。まさに拳の雨と形容できるほどのそれを、レミリアは全て両手で捌いていく。

 

「ちょいと勇儀!抜け駆けは…ずりーぞ!!」

 

「わお」

 

 上を見上げると、山のように大きくなった先ほどの二本角の妖怪がその拳を振り下ろす光景が映った。

 

「ふんっ!!」

 

「うおぉっ!?」

 

 が、レミリアは両手でそれを受け止め、そのまま勢いを利用して一本背負いで地面に投げ飛ばした。しかし、地面に衝突する寸前にその巨体は瞬く間に霧散した。そして少し離れたところに普通のサイズで再び現れる。

 

「人間の技か。やるねぇ」

 

「ははっ、こりゃ地上に出てきた甲斐があったってもんさ!」

 

 ゲラゲラと笑う勇儀。

 しかしそれとは対照的にレミリアの機嫌は最悪である。やはりこの姿になるとロクなことが無い。やっぱりこの力は嫌いだ。内心そう嘯く。

 

 目の前の連中も説得に応じるような輩では無さそうね。明らかに戦闘狂の部類だ。

 こうなれば最終手段、幻想郷の外に逃げるしか無い。

 まぁ、ほとぼり冷めたらまた戻ってくれれば良いし?何事も時間が解決してくれるって言うし?咲夜に小傘、里の皆んなと暫くバイバイするのは寂しいけど、背に腹はかえられん。

 ほなさいならー。

 

 その瞬間、文字の羅列のようなものがレミリアを拘束した。

 

「あ?」

「お」

 

「……は?何これ?」

 

 

「…紫か、空気読めよな〜」

 

「生憎だけど、そんな余裕風を吹かす暇は無いのよ」

 

 萃香の目線の先にある空間が割れ、そこから少し褪せた金髪の淑女が現れる。

 幻想郷の管理者、八雲紫が結界を修復し、ここに現れた。そして周りを見ればその式である八雲藍と橙の姿もある。

 

「随分早かったじゃないか。結構な大穴だったと思うけど」

 

「こっちも色々あったということよ。……さて、藍、橙!」

 

「「はい!」」

 

 2人はレミリアの周囲を旋回し始め、呪文のようなものを唱える。嫌な予感を感じたレミリアは拘束を剥がそうとする。

 

(うわっ、何これ堅ッ!?)

 

「無駄よ、それは私の能力で編み込んだ術式。例え神霊だろうとも解くことはできないわ」

 

(うっそ)

 

 八雲紫は『境界を操る程度の能力』を持つ。

 この力はものの境界を自在に操作できるものであり、無から有をつくりだすほどのとんでもない力である。彼女にかかれば水面に写った月すら本物にできる。そんな力をふんだんに使って作り上げたのがあの術式だ。対象の動作を行おうとした瞬間に、自動的に術式が境界を操作して動かなかったことにしてしまう凄まじい代物だ。

 そうして2人の詠唱が止み、レミリアの足元に五芒星の陣が展開される。

 

「合わせなさい」

 

「「はい!」」

 

 同時に3人の妖力が増す。式神が近くにいることで通常以上の能力が引き出される。そしてそのまま3人は吠える。

 

「「「客観結界!!」」」

 

 ひとつ

 

「「「四重結界!!!」」」

 

 ふたつ

 

「これで最後よ。───夢想封印」

 

 みっつ

 

「───」

 

 レミリアは多重封印結界によりガチガチに固められた。今のレミリアの力をもってしても指一本動かすことができない。

 紫はレミリアの耳元でこう囁く。

 

「もう貴女はもがくことも喋ることも叶わない。何もできない、ただ世界の境界を揺蕩うだけ。一生ね」

 

 そう言い終わる瞬間、レミリアの背後に空間の割れ目が現れる。その割れ目の中は何も無い虚空が延々と続いている。紫はもはや姿すら見えないほどに重ねがけられた封印越しにレミリアを見る。

 

「貴女は罪を犯し過ぎました。この幻想の地に貴女の居場所はどこにも無い」

 

 とん と結界を押し、狭間の中へと突き落とした。

 

「去ね、吸血鬼」

 

 

 レミリアの視界は静かに狭まっていった。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「…?」

 

「どうかしたの?」

 

 咲夜は漠然と空を見る。

 依然空にはレミリアの魔力が渦巻いている。しかし先程まで感じていた存在感とも言えるものが消失していた。まるでレミリアがその世界からさっぱりいなくなってしまったかのように。

 レミリアは世界に存在している限り幻想郷の外だろうと、どこかしらで感知できるはずだ。夜そのものなのだから。しかしそれが感じられない。咲夜は嫌な予感を覚える。

 

(まさか…!)

 

 咲夜の脳裏にある記憶が思い起こされる。

 幻想郷に来る前のことだ。よく分からないことを宣って、一方的に絡んできた神がいた。レミリアは仕方無しに迎え撃ったのだが、その時も凄まじい力のぶつかり合いで、周囲の世界は2人の力に塗りつぶされていた。

 

(まさかまさかまさか!!!)

 

 最終的にその神は自身の力ではレミリアを倒せないと悟り、強力な秘術で封印することにした。その封印は相手を世界の果てに飛ばしてしまう強力な代物で、恐らくあの神にとっても切り札的存在だったのだろう。

 

 しかしそれが全ての間違いだったことに気づくのは、封印が成功した後だった。

 

(まずいまずいまずい!!!!)

 

 気がつけば咲夜は、レミリアの気配が最後に感じられた場所へ走り出していた。フランとパチュリーの声を無視して、ただがむしゃらに歪んだ草木をかき分ける。

 

(もしアレがこの幻想郷で起これば本当に不味い!!!そんなことになったら本当に…!)

 

 

 

 幻想郷が、消える。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「あーあ、やりすぎなんじゃねぇの。紫」

 

「そうだよ、あれじゃ一生戻ってこれねぇぜ。まだ喧嘩し足りねぇのに…」

 

 不満そうな声色で言葉を溢す鬼2人。どうやら2人はまだ消化不良らしい。

 

「アレは幻想郷の明確な敵。ましてや大結界を破壊した大罪者。ならば、管理者である私が相応の対処をするのが筋というものよ」

 

 そう言う紫だが、実際かなり危なかった。

 あのタイプに物理的な攻撃はほとんど意味をなさないことを知っていた紫は、あの化け物を結界術と博麗の秘術を駆使して封印し、次元の狭間に追放した。しかし、この目の前の鬼2人が気を引いてなければ成功しなかっただろうし、ルーミアをあっさりと倒すその実力。賢者と呼ばれる紫でさえ、正面から戦うのは危険。正直、反撃でもされればそれだけで危なかった。だが、それでもやり遂げた。

 アレはルーミア同様、神に近い力の持ち主だ。だから神でも破れないやり方で封印した。こうなれば例えあの秘神でも容易には出られないだろう。

 幻想郷中にある魔力も源泉を失って霧散し始めている。一時はどうなるかと思ったが、無事幻想郷の危機は去ったのだ。

 

「じゃあ戦争はこれで終わりってことかー!?」

 

「そうなるわね。あとは吸血鬼の生き残りの残党狩りくらいかしら」

 

「ちと不満足だけど、まぁ良いか、久々に良い刺激になったよ」

 

「なら良かったですわ。では私は事後処理があるのでこれで。 藍、橙、戻るわよ」

 

「はい」

 

 それに答える藍。しかし橙の声が聞こえない。橙は藍の式であって、紫の式では無い。なのでこのようなことはたまにあるのだ。

 藍は注意しようと振り返る。

 

「橙、返事をしなさい」

 

「…藍様……、アレ…なんでしょうか?」

 

 橙に言われて真上の空を見る藍。一見何も無いように見えたが、よく見れば月の真ん中に黒い線のようなものが見えた。

 訝しげにそれを見ていると、その線はみるみる広がっていき、同時にミシミシミシミシという音も聞こえた。それはまるで亀裂のような…

 

 そう思い至った瞬間、藍はどっと汗が噴き出した。

 

(まさか、有り得ない、私と橙、そして紫様が何重にもかけた封印をして世界の外れに追いやったのだぞ!?そんな馬鹿なことが…!!)

 

 いつの間にかその広がる亀裂にその場にいる誰もが目を離せなくなっていた。その心に最悪の想定を考えながら。

 

 空が欠ける。

 

「…………うそ」

 

 紫が言葉を漏らす。有り得ないものを目にした学者のように、目を大きく見開いている。

 

 欠けた部分から手が現れ、少しずつ欠けた部分を広がしていく。

 

 

 

 

 目が遭う

 

 

 

 

「ヒッ!!?」

 

 

 甘かった甘かった甘かった!!!

 神に近い?違う、アレは神…いやもっとそこから外れた何か!!そもそも相対しようとすること自体が間違いの存在!!

 だめだ!!アレはだめだ!!アレだけはだめだ!!相手にしてはいけない聞いてはいけない見てはいけない知ってはいけない!!!

 

 どうか…どうか来ないで!!

 

 

 そんな叫び虚しく、幾つかの破音が鳴る。そしてまるで弾けるように次元を隔てる壁は崩れ去った。悍ましいものが溢れ出す。

 

 そして4の翼を翻し、ソレが現れる。

 

 その存在は賢者に等しい頭脳を持つ八雲紫の理解すら超えていた。その姿を見た瞬間から皆、戦うことも、敵意を出すことも、逃げることも、恐怖することすら頭から強制的に排斥され、ただ傍観するしか無かった。

 狭間から流れ出た膨大な魔力…いや、もはや魔力とも呼べない星々を着飾ったそれは、幻想郷の大地に流れ出て、地上を喰らい始めた。大地があったはずの場所が空に塗り替えられていく。

 

 それを見てようやく八雲紫はある結論に辿り着く。

 あの存在はきっと夜そのものだ。神のようなその概念の化身や分体ではない。本当に夜という概念そのものが形を得た存在なのだ。だから彼女の時間である今この時に他の次元に飛ばしてしまったことで、次元の狭間は文字通り夜になり、彼女の支配下に置かれ、結界を壊された。

 

 ……なんてことだ。まさか最初から詰んでいたとでも言うのだろうか。

 アレと我々が相対しようとした時点で既にこの幻想郷の運命は決まっていたとでも言うのか?

 

 この世界は、終わるのか?

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 幻想郷崩壊まで後0秒

 

 

 

 

 

 

 

 







『衝撃で吐き出された能力君たち』
 運命を操る程度の能力くん〈自由だー!
 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力くん〈やったー帰れる!


夜を支配する程度の能力(真):この能力自体は世界のどこかにある無尽蔵の凄い力と能力者を接続するパイプのようなもの。そこから力を供給されることにより、能力者は夜という世界そのものになれる。ただし魔力の供給はオフにはできず、供給される魔力自体が大地を勝手に食うので、能力者はきっと辟易することだろう。この力はよっぽど地上が欲しいらしい。このいやしんぼめ!翼の数が増えるのは単に魔力の最大容量が増えただけ。それに伴って容姿も大人びていき、垂れ流す魔力の量も増え、性質も変化する。更には性格もこの力を扱うに相応しいものへと変化していく。けどやっぱり朝日で全部元に戻る。夜があれば必ず朝も来るものなのだ。因みに、背中から出てる翼は外に滲み出てた能力者の魔力。レミリアたんの肉体ベースが吸血鬼なので翼みたいな形になっている。



 感想は作者の血肉となりますよ!





 おまけ【前日譚小話 〜幽香ちゃんはお友達が欲しい〜】


 辺り一面に向日葵が咲き誇るこの場所、通称『太陽の畑』。幻想郷でも屈指の絶景スポットであるが、この場所には人間はおろか妖怪すら全く近寄らない。その理由はただ一つ、この花畑には幻想郷最凶の妖怪、風見幽香が居住を構える場所だからである。

(今日も人が来ない…)

 そんな最凶の誤解妖怪はこの毎日に気が滅入っていた。毎日毎日、目が合うだけでも悲鳴と体液を撒き散らしながら逃げられ、恐れられる日々。以前までのチヤホヤされる生活よりかはマシとはいえ、これはこれでセンチメンタルな幽香ちゃんにとって精神的にくるものがあった。

(…せめて誰か付き合ってくれるような友達でもいれば…)

「こんにちは、風見幽香」

 唐突に幽香は声をかけられる。口から飛び出そうだった心臓を落ち着かせながら、幽香はゆっくりと振り返る。そこには日傘を持った白と紫の不思議なドレスを纏った金髪の女性がいた。

「…何の用かしら、アポも無しに」

「それは申し訳ないと思っておりますわ。ですが、緊急時であるが故、目を瞑っていただけると」

「そう、じゃあ瞑ってあげるからとっとと失せなさい」

 友達が欲しいとは思ったが、彼女だけはごめんだ。
 八雲紫。いまのところ幽香が1番苦手としてる人物だ。というのもこの八雲紫とは幽香が幻想郷に来てすぐに出会ったのだが、お互いに初印象から最悪であった。何せ紫から見た幽香は博麗大結界を破壊して幻想郷に入ってきた危険因子、幽香から見た紫は突然話も無しに襲いかかってきた凄く危ない妖怪である。彼女のせいで何度死にかけたことか(幽香主観)。
 最近こそ随分マイルドに接してきているが、それでも染み付いた苦手意識はなかなか取れない。それでも何故か紫は時折こうして幽香と関わろうとする。最初は友達になりたいのだろうかと思ったが、ここに来ては、鬼のような形相で監視していた時期もあったのでそれはないだろう。
 憂鬱とした気分で幽香は紫の顔を見る。その顔はいつになく真剣さを感じた。

「そう言うわけにもいきませんわ。本日は一つお願いをしに来ましたの」

「…お願い?」

 そう言葉を区切った後、紫は本題を話し始めた。
 話をまとめると、最近吸血鬼と呼ばれる外の世界の妖怪の集団がこの幻想郷に喧嘩を売ったらしい。命知らずな集団もいたものである。で、その迎撃のために幽香の力を貸して欲しいと言うのだ。ほうほう、なるほど。

「嫌よ」

 当然である。幽香からすれば何が悲しくて自ら命の危険のある戦地へ赴かなければならないのか。
 確かに自分は妖怪の中でも力は…まぁ中の上くらいはある自信がある。が、自分より強力な力を持っている存在などこの幻想郷にはザラにいるのだ(幽香主観)。そんな自分が戦場に放り出されたところで、轢き殺されて無惨な死体が残るだけだ。この女は私に死ねというのだろうか。

「勿論報酬は譲渡いたしますわ。お好きなものを好きな数…」

「そう言う問題じゃないのよ」

 ピリ と、一気に空気が張り詰める。突如変貌した雰囲気に紫は思わず言葉を詰める。

「何度も言ったはずだけれど、争いごとは嫌いなの。厄介ごとに私を巻き込まないでちょうだい」

 それは幽香がこれまで何度も言ってきたことだ。
 実はこうして彼女に誘われ厄介ごとに巻き込まれるのは今回が初めてでは無い。天狗との対立やら、地底の反乱やら、外界の侵略者の撃退やら、散々なことをやらされてきた。ぶっちゃけ今の自分の悪名が幻想郷に轟いている要因の半分くらいはコイツのせいである。マジで許さんからな。

「…それは理解しておりますわ。ですがこのまま戦争が起きれば間違いなくこの太陽の畑も戦場になるでしょう。そうなれば貴女の嫌いな争いをせざるを得ない」

「…」

 それは勘弁して欲しい。
 確かに幽香は人は来て欲しいとは思ったが、血の気のある人はのーせんきゅーである。何よりこの花畑を荒らされるのは心底嫌であった。

「そこで私から提案があります。…貴女が戦争に参加するのであれば私の結界を使い、戦争中はこの花畑に誰も立ち入らないようにして差し上げます」

「……」

「勿論報酬は別に差し上げますわ。望むのであれば食料も、花の肥料も、高価な物品、必要ならば産まれたての妖精も」

「………!……分かったわ、そこまで言うなら望み通り参加してあげる。ただし、私は貴女たちと同行はしない。単独行動をとらせてもらうわ」

「ええ、構いません。英断感謝いたしますわ」

 そう言い、紫は深くお辞儀をする。

「戦争は本日の夜です、結界は後で貼らせていただきますわ。…それでは私はこれで。戦場で会うことがあれば、また」

 その言葉を最後に紫は空間の割れ目の中へ消えていった。幽香は小さくため息を落とす。
 正直命の危機にさらされるのは嫌だったが、花畑は守ってくれるらしいし、何より産まれたての妖精というものは幽香から見ればとても魅力的だった。何せ産まれて間も無いということは幽香のことを知らないということだ。つまり幽香のはじめての友達になり得る可能性があるのだ。
 戦争が始まっても、戦禍から離れた場所でウロウロしていれば問題はない。とっとと報酬だけ貰って何処かに隠れていれば良いのだ。風見幽香は即物的であった。

「ふふ…」

 そして、これからできるであろう気の許せる存在に胸を躍らせながら幽香は小さく笑った。















 ……え?というか戦争今日なの?







 ーーー




「はぁーーーーーっ……つ、疲れたわ…」

「大丈夫ですか紫様」

「大丈夫よ、張った気が緩んだだけ」

 藍から差し出されたタオルで滴る汗を拭く。
 やはりいつになってもあの妖怪との会話は神経を使う。こういう時に立場上直接交渉へいかなければならないのは管理者の辛いところである。
 しかしその分成果もあった。何とか風見幽香をこちら側に引き入れることができたのだ。これで少なくとも彼女が吸血鬼側に付くことは阻止できたわけだ。それだけでもほっと安心できる。
 単独行動を選択することもまぁ概ね予想内だ。むしろ風見幽香の場合は単独行動をさせないと周りの巻き添えが酷いことになる。彼女は正に動く災害。その力の強大さは妖怪の賢者と呼ばれる紫すら上回るのだから。一度真正面から戦ったことはあるが、本気で死にかけたのは後にも先にもあの時だけだろう。

「…ですが本当に奴が手を貸すのでしょうか。これを機を踏んで幻想郷に牙を剥くのでは…」

「そこは問題無いわ。あの妖怪は危険ではあるけど、約束事はちゃんと守るもの」

 確かに風見幽香は恐ろしい力の持ち主だが、噂ほど好戦的では無いし、意外と律儀だ。確かに幻想郷に来たばかりの頃はその凶悪さを隠す所はなかったが、今ではここでの暮らしを気に入ったのか、何とか丸く収まっている形になっている。

(ま、それでも油断できない相手だけれどね)

 一度気を損ねればまたあの時のように大暴れしてしまうかもしれない。あの時は紫と藍、そして霊奈の3人でギリギリ拮抗するレベルだった。改めて考えてもとんでもない存在だ。今回の戦争で好き勝手に暴れられるのは正直気が引けるが、必要損害だと目を瞑るしかない。
 今はともかく味方に引き入れられたことを喜ぶべきだろう。

「藍、後で私の用意した結界を太陽の畑全体に張っておいて」

「分かりました」

 …尚、この結界は後にレミリアの魔力によって見事に破壊されてしまい、結果太陽の畑は見るも無惨な姿へと変貌することになる。
 それに気がついた紫が頭を抱えるのは結界の修復中のことだった。






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レミリアたんの百年祭




 本当のクライマックスだぜぇ!



【前回のあらすじ】
・妖怪イカ墨女襲来!!
・レミリアたんのパーフェクト計画、ご破算にされる
・レミリアたん最強!!レミリアたん最強!!レミリアたん最強!!






 

 

 

 

 

「ばーちゃん見て見てー!折り紙で蝙蝠折ったんだー」

 

「あらまぁ、よく出来てるわねぇ。すごいわレミリア」

 

「えへへー、この調子でいつか家の中を蝙蝠だらけにしてレミリア☆キングダムを造り上げて、この家を完全支配するのが私の夢なのだ!」

 

「あらあら、もしそうなったら私も重い腰をあげてレミリアにお灸を据えないといけなくなるわねぇ」

 

「ア、スミマセン、ホドホドニシマス…」

 

「良い子ね〜」

 

 お婆さんが虚無顔のレミリアの頭を撫でていると、玄関の引き戸が開き、大きなずた袋を肩にかけたお爺さんが入ってきた。どうやら狩りから帰ってきたらしい。

 

「帰ったぞ」

 

「あ、じーちゃん!見たまえ、我が眷属を!」

 

「眷属って…何だ折り紙か。おお、よく出来てるな……いや本当によく出来とるのぅ。牙の一本一本まで精巧に作られとる。造形物かと見紛うたわ」

 

「ふふーん、この超絶美人の私にかかればこの程度朝飯前よ!」

 

「じゃあきちんと朝飯の野菜も食え」

 

「それは無理です。超絶美人にも不可能はあるのです」

 

 

 

 

 ーー

 ー

 

 

 

 

「…そろそろ夜だな。レミリア、ミサンガはちゃんとつけてるか?」

 

「え、うん!今日もバッチリだぜ」

 

「そうか。…分かってると思うが、夜にそいつを外しちゃいけねぇぞ」

 

「……いつも思うんだけど、何でこれつけなきゃいけないの?」

 

「魔除けだ。ここらには夜にとんでもねぇ化け物が出てくるからな。そいつをつけてたら化け物は近寄らねぇんだよ。ほら、儂や婆さんもつけてるだろ?」

 

「なるへそー、魔除けか。…ちなみに外したらどうなるの?」

 

「外した瞬間に化け物に頭から食われる」

 

「外した瞬間に!?判定めっちゃシビア!」

 

 

「2人ともー、お風呂が沸きましたよー」

 

「はーい!じゃあお風呂入ってくるね。あ、明日の魔法教える約束忘れないでね!」

 

「へいへい」

 

 「絶対だよー!」と言いながらレミリアは着替えを持ってそそくさと部屋を出ていった。それと入れ替わるようにお婆さんが部屋に入ってくる。

 

「あら、レミリアと一緒に入らないのですか?」

 

「…もうアイツも年頃の娘だ。いちいち気を使うのも羞恥心を煽るだけじゃよ」

 

「そうですかねぇ?私から見ればまだまだ甘えたがりの子供ですよ」

 

「子供ねぇ…」

 

 そう呟きながらお爺さんは訝しそうな表情を浮かべる。

 レミリアは、話せるようになった時からどこか子どもらしく無い部分があった。我儘を言うことはあっても、無理を言うことはない。悪戯はしても、一線を越えることはしない。まるで最初から人との接し方や道徳を知っていたかのように、彼女の振る舞いは完成されているのだ。

 だが、彼女は吸血鬼だ。自分達人間とは違う。もしかしたら吸血鬼の子供は皆んなあんな感じなのかもしれないし、レミリアが特別なだけなのかもしれない。…いずれにせよ、レミリアは吸血鬼の中でもかなり特異だ。それは日中を走る姿を見て明らかなことだろう。

 

「…もう、良いんじゃありませんか?教えても」

 

「……いや、ダメだ」

 

「そう燻ってもう10年も経ちました。そろそろ年貢の納め時ですよ」

 

「…そうは言ってもありゃ危険だ、危険すぎる。アレが暴れれば国どころの話じゃ無ぇ。下手すりゃあ世界が滅びかねんぞ」

 

「その為に私たちがいるのですよ。幸いにもあの子は善良に育ってくれています。きっとあの子ならば力の使い方を違えないでしょう」

 

「そういう問題じゃねぇだろありゃ。あの力はレミリア自身も歪めちまう。いくらあいつが人らしい性格でも夜になっちまったら全部意味がなくなる」

 

「……」

 

 あの力で最も恐ろしい点、それは力の増加に伴って当人の人格が変化していってしまう事だった。

 ミサンガを作る前は、2人もレミリアの変化に驚きを隠せなかった。訳あって今の当人は覚えてないが、あの優しく人らしい性格のレミリアが、あそこまで残忍にされる、されてしまう。

 

「…儂としちゃあ、もうレミリアにあの力は使って欲しくねえ」

 

「それは私も同感です。…ですが」

 

「ああ、何れ儂等は死ぬ。そうなった時、アイツは1人で生きていくことになる。そうなりゃ、使わざるを得ないこともあるだろう」

 

 レミリアは仮にも吸血鬼。自分達人間よりもはるかに長い寿命を持っているだろう。そんな長い命の中、一度も能力を使わない保証などどこにもない。寧ろその人間によく似た性質上、他の妖怪に襲われることもある。きっと使わざるを得ない場面の方が多いだろう。

 しかし、だからと言って下手に言うこともできなかった。あの力はレミリアの精神に大きく左右される。下手に事実を明かして夜に暴発するなど目も当てられない。そしてそれ以上に人間として幸せに暮らしているレミリアを壊すような真似はしたくなかった。

 この事実を告げるということは彼女を人間から吸血鬼にしてしまうことと何ら変わりなかったから。かつて何十年と人間として吸血鬼を殺してきた二人だからこその悩みだった。

 

「…なんもできんのかねぇ、儂等は」

 

「………やはり言いましょう、爺さん」

 

「婆さん…!」

 

「そうしなければ後であの子が苦しむだけです。その術を教えるのが私たちの役目ですよ」

 

 それがレミリアを拾った自分達の、育ての親としての責任。

 人間として生きている彼女にこの事実を告げることは心苦しいが、彼女のこれからのためだ。自分達も覚悟を決めなければならない。

 

「……そう、だな。…分かった、後でレミリアを呼ぼう」

 

「レミリアは人となりが良い。きっとこれからの出会いが、レミリアを支えてくれます」

 

「…だと良いんだがな」

 

 お爺さんはそれ以上の言葉を紡げなかった。

 アレは正に夜そのものだ。人々が疲れを癒し、人ならざる者たちが活発になる時間。そんな中、ただそこに当たり前のように在り続けるもの。それが唐突に形を得てこの地上に襲いかかる脅威。それがあの力。

 アレはレミリア自身の意思関係なしに勝手に世界を滅ぼしていく。まるでこの大地そのものを欲しているかの如く。

 そんな力の持ち主がこの世界に受け入れられるのかと言われれば…

 

「…どうして神様は、あの子にあんなものを背負わせちまったんだろうなぁ」

 

「……そうですね、今だけは神を恨みます。ですがそれでも、あの子は生きていかなければいけないのです」

 

「……」

 

 お爺さんが難しい顔でだんまりとしていると、外の廊下からドタドタと走る音が聞こえてくる。何事だと2人は音のする方に顔を向ける。そして勢いよく襖が開かれた。

 そこには衣類を一切纏っていないレミリアの姿があった。それを見た2人は絶句する。

 

「じじじじーちゃん!ばーちゃん!むし!むしが風呂場に!しかもむかで!わさわさして、ちょーきもちわるいー!たしけて!」

 

「……あらあら」

 

「……お前はせめて拭き物を巻け!!女子(おなご)だろうが!!」

 

「いだぁっ!!!?」

 

 

 2人は祈る、この力が世界に牙を向く時が来ないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「え?」

 

 フランは突然立ち止まる。

 

「はぁ、はぁ、あの子早すぎ…。って、どうしたのフラン」

 

 不思議そうに自分の両手を見つめる。その顔は困惑の色に染まっている。すると徐にそばにあった歪んだ岩に手を伸ばす。そして、握る。

 すると岩は突然爆散して、跡形もなく砕け散った。

 

「……能力が、戻ってきてる?」

 

「…確か御当主様に盗られたって言ってたわよね」

 

 しかし何故今?

 能力を奪ったアゼラルは既にその気配を完全に消している。すなわちレミリアの手によって倒されたということだろう。なら普通はその時に帰ってくるはずだ。回収したかもしれないレミリアの気まぐれという可能性もあるが、どうしても拭いきれない違和感があった。

 

 

「それに……お母様の能力が帰ってきてないわ…」

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「…あら?」

 

「どうかいたしましたか、ルシェル様」

 

「い、いえ……、なにか…」

 

 ルシェルは自身の中に何かが入り込んだかのような感覚に襲われた。異物ではない、寧ろ懐かしいとさえ感じるその感覚にルシェルは覚えがあった。

 

「これってフランにあげた…」

 

『運命を操る程度の能力』

 それが今、元々の持ち主であったルシェルの身に戻ってきたのだ。しかし何故自分に?現在の持ち主はフランの筈だ。一体どうして自分の所に戻ってきたのだろうか?

 

(まさか、フランの身に何かあった…!?)

 

 ルシェルの中に不安がよぎったその瞬間、明らかに異質な気配がその場にいる全員を突き抜けた。

 これまで感じてきた力とは一線を画すかのようなもの。魔力とは根本的に何かが違うエネルギー。その言葉に形容し難い何かに全員の顔色が変わる。

 そしてそのエネルギーのデカさに美鈴は冷や汗を流しながら明確な危機を感じ取る。

 

(……ちょっとこれは洒落にならないかも。空を覆うとかそんな次元じゃ無い。空自体がエネルギーそのものになっている…?なんて無茶苦茶な)

 

「うわぁ!?」

 

「小傘!?」

 

「な、何これ…」

 

 そう腰を抜かす小傘が指差す先にある大木、その大木がまるで削れるように消えていた。消えた先にあったのは夜空だけ。

 それだけではない、よく周囲を見れば他の木や地面も同様の現象が起こっていた。虫食いのようにジワジワと足場が消えていく。

 

「これは…!」

 

「一旦この場から逃げましょう!ここは危険です!」

 

 美鈴の声に全員が森を走り抜ける。

 その最中見えた光景は誇張なしに世界の終わりだった。星空の塊のようなものが次々と地面に降り注ぎ、この幻想の地を消していく。小傘が見知った場所も、幽香がよく通っていた花畑も、全てが夜に飲まれていく。

 何だこれは。これではまるで空が大地を喰っているようではないか。

 全員がその光景に戦慄している中、ルシェルは1人悲しそうな表情を浮かべる。

 

(この力…、かなり形は変わってしまっているけど、間違いない、レミリアだわ…!何故…どうしてこんな事を…!!)

 

 この現象もおそらくはレミリアの仕業だ。

 状況はさっぱりわからないが、向こうで何かしらのトラブルが起きていることは違いなかった。

 一刻も早くレミリアの下に行くために、ルシェルはただ走りを早めた。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」

 

 起こった。起こってしまった。最悪の災厄が。

 この侵食速度はレミリアの力に比例している。このままでは数分もしないうちに幻想郷の大地は完全に地図から消えるだろう。それだけじゃない。幻想郷を消した後は外の大地にも侵食して、甚大な被害をもたらす。それはきっと地球が消えるまで止まらないだろう。

 止める手段は二つ。朝日を待つか、この手にあるミサンガをレミリアの身体に結びつける事。

 

「はぁっ…!……レミリア!!!」

 

 いた。

 大地の中にできた大きな夜の虫食いの上にレミリアは佇んでいた。近くの地面には数人の知らない顔の人物が倒れている。よく見れば先程咲夜が助けた狐妖怪もいた。

 そしてその背にある翼の数は、4つ。

 

「…ああ咲夜!無事だったのね。ちょうど終わったところよ」

 

「…レミリア、もう帰ろう。戦争も終わったし、主犯も倒したんでしょ?だったらもうその姿になる意味ないよね?ほら、ミサンガ持ってきたし…」

 

「咲夜」

 

 ビクリッと肩を震わせる。

 レミリアはいつもの優しげな表情で言葉を続ける。

 

「私、今とても気分が良いの。星空もこんなに綺麗で、良い夜だわ。…だからね、まだ終わりたくないなー…って」

 

 

 

 目が遭う

 

 

 

(や、やっぱり違う…!レミリアじゃない…!)

 

 あの時と同じだ。

 レミリアだけどレミリアでは無い。口調も雰囲気もレミリアそのもの。しかしいつもの優しさと温もりは微塵も感じられなず、代わりに鉄のような冷たさと無機質さがあった。まるで人から別の何かに変わってしまったかのように。

 

「咲夜ー?」

 

「……このままじゃ幻想郷が消えちゃう。だからもうやめて、お願いだから…!」

 

「いーじゃない別に。それに私最近ストレス溜まってたのよねー、だからここらでぱーっとやっちゃおうかなって、ね?」

 

「だめ…絶対ダ」

 

「さーくや」

 

 ゆっくりと咲夜は抱きしめられる。普段通りの、いつもレミリアがしてくれる抱擁。だがその人肌から温もりというものは一切感じられない。あるのはただの冷めた身体だけ。まるでその白い肌から下が空っぽのような感覚。

 咲夜は動けなかった。今がミサンガをつける絶好の機会だというのに、身体が言う事を聞かなかった。

 すると強烈な眠気が咲夜を襲った。レミリアの能力の本質の一つ、安泰と安らぎ。他者の睡眠欲を限界まで引き上げる夜の権能だ。

 

 咲夜の意識が完全に途切れる寸前、突然2人の周囲から歪みのようなものが現れる。

 

「!?」

 

 弾けたような音と共に歪みから一斉に攻撃が放たれる。思わず咲夜は目を瞑るが、その攻撃は全て2人に当たる前に溶けるように消失してしまった。

 

「折角お友達と団欒中だったのに、随分無粋ね」

 

 そうレミリアが視線を送る先にいたのは管理者八雲紫だった。

 だがレミリアの権能によってその足元はおぼつかなく、今にも倒れてしまいそうなほどに弱々しい。その表情からは普段の覇気は微塵も感じられなかった。

 

「瞼の重さも限界なのによく頑張るわね。もう楽になったら?そこに転がってる人たちみたいに」

 

「貴女を…幻想郷の為に…ここで討つ…!」

 

「幻想郷のため?おかしな事を言うのね。貴女が封印なんて馬鹿な真似をしなければ、こんなことにはならなかった。私は優しいままだった」

 

「…ッ」

 

「最初から私の邪魔さえしなければ全部丸く収まったのに、余計な蛇足がついたせいで、この幻想の世界は儚く散るの。残酷にね」

 

「……確かに、こうなったのは私の責よ……。私の選択の誤り。でも、私はこの幻想郷の親…!黙って貴女に壊させるわけにはいかない…!」

 

「あっそ」

 

 心底どうでも良さそうにレミリアは吐き捨て、そのままレミリアは紫の下へとゆっくり歩いていく。

 

「貴女がどれだけ崇高な志で動いてるのかは知らないけど、この幻想郷はもうお終いよ、お終い。───だって私が食べちゃうもの」

 

 そう嗤うレミリアの口の中は、吸い込まれそうな宇宙(そら)色。

 紫は素早く手をレミリアに向け、能力を行使しようとする。しかしその瞬間、痺れるような感覚が腕を伝い、弾かれた。

 

「その力、ものの境目を操るのかしら?面白いわね」

 

「…ッ」

 

「じゃあ勝負しましょう?どっちが強いか」

 

 紫とレミリアは同時にその手を互いに向ける。

 紫は全力でレミリアの有と無の境界を破壊しようと試みた。先程とは違い、ちゃんと手応えはある。だが、相手の境界は全く動かない。まるでガチガチに溶接された巨大な鉄を素手で剥がそうとするかのような感覚。

 それは紫とレミリアの間にどうしようもない力の差があることの証明だった。

 

「ほらほら、ちゃんと力みなさいな」

 

「ぐうぅ…!!!」

 

 肉体の限界を超え、目や鼻から血が流れ出る。しかしその手は決して緩めない。ここでこの存在を止めなければ幻想郷は終わる。幻想郷を生み出し、今日まで見守ってきた者として、たとえどれだけ絶望的でも一歩たりとも退く訳にはいかなかった。

 

「飽きたわ」

 

「え」

 

 レミリアは紫を指差した。

 その瞬間、紫の顔中から血が噴き出て、膝から崩れ落ちた。頭のナイトキャップが地に落ちる。

 レミリアは倒れ伏しそうな紫を優しく受け止めた。着ているドレスに血がへばりつく。

 

「フフッ、お勤めご苦労様。お給金も出ないのによくやるわねぇ」

 

「あ…ぐ…」

 

 瀕死の傷を負っても、紫は未だ能力を使おうと、止まらない。

 

「まだ諦めないのね。…あ、じゃあ、良いもの見せてあげる」

 

 そうレミリアは紫を優しく抱き上げ、そのまま上空へと上がる。

 幻想郷の大地を一望できる程の上空。普段ならば絶景と言えるそこから見える光景は、今や見る影もないほどに変わり果てていた。

 大地を貪り食う夜空から飛来した星空、夜に侵食されていく山々、まるで破れた紙のように散っていく楽園の食いカスたち。

 それを見て紫は歯噛みする。

 

(ごめんなさい…、必ずいつか元に戻してみせるから…)

 

「私知っているわよ。この幻想郷を囲ってる博麗大結界はその力の大半が博麗神社の要で成り立っているって。だからこの楽園にとっては生命維持装置のような代物。…………さて、それを踏まえてだけど、これなーんだ?」

 

 そうレミリアが何処からともなく取り出したもの。

 マトリョーシカのように何重にも重なった透明な立方体。その一つ一つが立方体の中でゆっくりと回転しており、七色の光が中で乱反射している。それを見て紫は息が止まる。

 それは博麗神社の建つ山深くに厳重に安置されているはずの博麗大結界の要そのものだったからだ。

 

「……な、なんで…なんで!!」

 

 今のレミリアは夜という世界全てを意のままに操ることができる。つまりそれは文字通り幻想郷の全てを掌握しているということに他ならない。最早、この世界を生かすも殺すも彼女次第なのだ。

 

「正直、食事の邪魔なのよね。私ショートケーキ一つじゃ満足できないの。もっともっと、山盛りのパフェが食べたいのよ」

 

 やめて、お願い。

 レミリアの力のせいか、そう声を出すことすらも紫には許されていなかった。結界の要は目と鼻の先にあると言うのに、紫は一切体を動かすことができず、能力も使えない、何もできない。だがそれでも必死にその幻想郷の命を掴もうともがこうとする。

 

「ばん」

 

 それは紫の目の前で儚く砕け散った。

 

「あ………あああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 砕けた、砕けてしまった。この楽園を支える最後の柱が。

 

 辺りに無情に響くその叫びは、紛れもなく八雲紫がこの幻想郷を愛していた証だった。

 紫の絶叫の裏で幻想郷を護る何かが静かに崩れていくことをレミリアは察し、紫にゆっくりと顔を近づける。その顔は恐ろしいほどに慈愛に溢れた笑みだった。まるで年端もいかない子供を宥めるような、そんな優しい表情。

 

「うぁ…ああ、あああああ…!!」

 

 とめどない涙を流す紫の耳元で囁くように言う。

 

「泣きやすいのは疲れている証拠。大丈夫よ、目が覚めたら全て終わっているわ。───だから、もうおやすみなさい」

 

「ぇぁ」

 

 紫の視界にレミリアの手が当てられ、そのまま星空に呑まれる───

 

「レミリア!!!」

 

 その瞬間、その腕に銀のナイフが突き刺さる。そしてナイフの柄の部分にはあのミサンガが。

 

「!」

 

 レミリアは咄嗟にナイフごと腕を切り落とし、その場から飛び退く。

 咲夜は紫を抱えてレミリアから離れるように地上に降りる。

 

「あら危ない……フフッ、前はこれでしてやられちゃったからね」

 

 咲夜は歯噛みする。

 このミサンガはレミリアの身体に近づけば勝手に結ばれる仕組みになっている。前回はこの性質を利用して隙をつくことで何とかできたのだが、流石に同じ手は通じないようだ。

 

 懐中時計を確認する。

 今の時刻は0時。つまり夜明けまで約6時間近くあることになる。そんな時間を待っていられる余裕はない。つまりレミリアを止める為にはミサンガを身体に結ぶしかないわけだ。

 はっきり言って絶望的だ。だがやるしかない。

 ミサンガの予備はあと3つ。本当に取り返しがつかなくなる前に、何としてもレミリアを止める必要がある。

 

 咲夜は自身の知らない表情で嗤っているレミリアを睨みつけながら、覚悟を決めた。

 

 

 

 

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 ***

 

 

 

 

 

『私ね、時々自分が怖くなるの』

 

『…え?』

 

 なんの前触れもなく、突然レミリアはそう言葉をこぼした。その表情はレミリアにしては珍しく沈んでいて、いつものハキハキとした言葉遣いでもない。

 パチパチと焚き火の薪が割れる音だけが森の中に静かに響く。

 

『夜の姿になるとね、だんだん私は私じゃ無くなるの。いつもの私なら絶対にやらない事を平気でしちゃうし、他人の幸せを奪ってもなんとも思わなくなっちゃう』

 

 レミリアの能力は力が増し続けると同時にその人格も少しずつ変異してしまう。状況によって程度は異なるが、少なくとも翼が4つ出れば、今のレミリアの性格はほとんど消えると言っても良い。人外らしい非情な一面が顔を覗く。

 しかしこれはどちらもレミリアなのだ。言ってしまえばただ考え方が変わっただけの同一人物。昼と夜の姿と性格、両方ひっくるめてレミリアという存在だ。

 

『それで気づけばいつの間にか村や町が消えちゃってる。でも確かに私が自分の意志でやったことだけはわかるの』

 

 それがレミリアの苦悩。

 レミリアは夜になると変わってしまう自分が怖かった。平然と他者を殺してしまうことが、何よりそれを普通と感じてしまう自分が、恐ろしくてたまらなかった。

 いつか自分の大切なものでさえ、この手で壊してしまうのではないかと。そう思わずにはいられないのだ。

 

『ねぇ、咲夜』

 

『……なに?』

 

『もし私が馬鹿みたいなことしようとした時は、止めてくれる?』

 

『……レミリアと私は友達。止めてみせる』

 

『ふふ、ありがと』

 

 

 そう笑うレミリアの顔はいつもの明るいものだった。

 

 

 

 

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 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと、何よこれ」

 

「……」

 

 開けた場所に出たパチュリーとフランの目の前にあった光景は、筆舌にし尽くしがたかった。

 本来あるはずの場所に地面は存在せず、そして空があるはずの場所には地面と呼べるかどうかも怪しい残骸がそこかしこに漂っている。

 

「…正直、私の理解を超えてるわ。何をどうしたらこんな悍ましいことになるのよ」

 

「…………」

 

 フランドールはそれを見ながら呆然としていた。

 これはレミリアの力だ。だいぶ変質してしまっているがそれは間違いない。そのはずなのだ。だが……

 

(なんでこんな嫌な感じがするの…?)

 

 力自体は凄まじい。未だ底を見せないレミリアの魔力は最早魔力という括りを超えて一種の概念に近い力となっている。その力を感じ取った時はフランも興奮したものだが、一つ違和感を感じた。

 その力から感じる悪意にも似た嫌悪感。フランはレミリアを知ってまだ時は浅い。だが少なくともこんな意志を持って力を振るうようなことはないと言うことは理解していた(それはそれでアリだが)。だからこそフランドールは困惑する。

 

「それよりもあの人間は何処にいったのよ。見当たらないけど…」

 

 その場の何処を見渡しても十六夜咲夜の影は無い。見知らない誰かが数人倒れてるだけだ。

 よく見れば、戦争の初っ端にこちらの軍団に特攻してきた鬼2人もいる。ここにいた何かにやられたのだろうか。

 

(この2人がやられるなんて半端じゃないわね…)

 

 兎に角、咲夜を完全に見失ってしまった。探知の魔法もこの環境では機能しないだろう。

 これからどうするかの判断をフランドールに仰ごうとする。

 

 と、その時、フランドールの耳が誰かが草をかき分けて走る音を捉えた。1人ではない、複数人だ。そしてそのまま音の発生源らは森から飛び出してきた。

 

「あっ、森出ましたよ!」

 

「ひーっ、ひーっ、ほ、ほんと?」

 

「ええ。…あの星も追ってきてませんし、なんとか逃げ切れたみたいですね。あー、死ぬかと思った…」

 

 森から出てきたのは小傘たち一行だった。レミリアの魔力を辿りながら、降り注ぐ星から逃げていた小傘たちはようやく落ち着ける場所に出ることに成功した。

 フランとパチュリーは何事だとその集団を観察する。するとその中には幾人かの見知った顔が…

 

「………お母様?」

 

「フラン!」

 

 ルシェルはフランを見た瞬間に走った疲労も関係なしにフランの下へ駆け出し、勢いよく抱きしめた。

 

「よかった…!無事だったのね…!」

 

「ぅん、むっ…お、お母様…」

 

 ルシェルは目頭に涙を溜めながらフランを胸に埋める。

 

「大丈夫?怪我はしてない?何も無かった?」

 

「…うん、お姉様が…レミリアお姉様が助けてくれたんだ…」

 

「……そう、そうなのね。レミリアに…会ったのね…」

 

「お母様も…?」

 

「うん…うん、私もあの子に助けられちゃった…。でも今はフラン、貴女が無事で本当に良かったわ…」

 

「あ………」

 

 久しく聞いた母親の言葉からは確かにフランを思いやる気持に溢れていた。望んだ母の声が、望んだ温かさが今ここにあった。フランドールはそんな母親の温もりに充てられる。

 

(ああ、お母様は、私を見ていなかったわけじゃ無かったのね……)

 

 きっと自分が母親のことを見れていなかったのだろう。奪われたって勝手に勘違いして、それで姉にも迷惑をかけて…。結局はフランの1人走りだったのだ。何がお母様を返せだ。悪いのは何も理解しようとしなかった自分ではないか。母も、姉の愛も。

 こんなにも、愛されていたのに。

 

 その目からポロポロと大粒の涙がこぼれた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「…もしかして2人は家族なの?」

 

「その通りでございます、フラン様はルシェル様のご令嬢。私とルシェル様は御当主様の命によって長い間地下室におりました。なのでこうしてお二人が会うのは約50年ぶりほどになります」

 

「ご、50年…。そんな長い間会えなかったなんて…」

 

 50年。妖怪から見れば短いようで、長い時間。きっとお互いにとても苦しかったのだろう。会いたい人に会えないというのは。

 

(わちきもレミリアと会ってなかったら……)

 

 …なんて、今考えても仕方ない。

 2人のやり取りをもう少し見ていたい気持ちもあったが、今はレミリア優先だ。ようやく見通しの良い…とはあまり言えないが、脅威に追われない場所に出れたのだ。小傘は近くにレミリアと咲夜がいないかを調べる。

 

「…あれ、橙ちゃん…?橙ちゃん!?」

 

 小傘の視線の先にいたのは先ほど別れた橙だった。小傘は慌てて倒れ伏す彼女に駆け寄る。

 

「大丈夫!?ねぇしっかりして橙ちゃん!!」

 

 しかし小傘がいくら揺さぶっても橙は目を覚さない。小傘の頬に嫌な汗が流れる。

 

「そ、そんな…」

 

 まさか、死…

 

「すぴー…すぴー…」

 

「…え?」

 

 …いびき?

 よくよく橙の様子を見ると、どうやらただ寝ているだけのようだった。小傘は肩の力が抜ける。

 

「よ、良かったぁ…」

 

 よく周りを見れば先ほど会った藍を含めて他にも人が何人か倒れている。しかし皆、橙と同様にぐっすり眠っているだけだった。

 

「…管理者の式神に鬼の頭領…幻想郷の実力者ばかりね。一体何があったのかしら」

 

 幽香から見ても、自身より圧倒的な実力を持つ彼女たち(幽香視点)がこんなところで呑気に寝るとは考えにくい。ならば何者かの仕業だろうが…

 

「…さっきぶりね、風見幽香」

 

「貴女は…」

 

「あっ!?確か賢者の石にいた…!」

 

「パチュリーよ、パチュリー・ノーレッジ。一応言っておくけど私はもう貴女たちと闘う気はないわ。あれば私の負けよ負け、完敗。だから攻撃してくるのはよしてくださいな」

 

「…こんな時に終わったことを掘り返すほど私は暇じゃ無いわ」

 

「なら有難いわね」

 

 パチュリーは寝ている橙に近づき様子を確認する。

 

「目立った外傷も魔法を使われた形跡もなし、呼吸もしっかりしてるから気絶してるわけでもなし……本当にただ寝てるだけね。不自然なほどぐっすりと」

 

 たが本当にただここで寝ているわけでもあるまい。何かしらがあったはずだ。幻想郷の実力者が綺麗に全員伸びるほどの何かが。

 パチュリーが思考を深めていると、背中のお荷物からもぞりと動く感触がした。

 

「っは!?…あれ、パチュリー様?なんで私背負われて…もしかしてあれは夢だった!?よかった!」

 

「残念ながら現実ね。ほら、さっさと降りなさいこの駄目悪魔」

 

「いたっ」

 

 パチュリーは未だ寝ぼけている小悪魔を地面に落とした。

 小悪魔は呆然としながらも辺りを見渡す。そしてみるみるうちに顔を青くしていく。

 

「ゆ、夢じゃ…無かった…」

 

「だから言ってるじゃない」

 

「な、なんでパチュリー様はそんな落ち着いられるんですかぁ!」

 

「もう一周回って諦観してるだけよ。いちいち難しく考えてたら頭がパンクするわ」

 

「そう言う問題じゃないんですよ!!このままじゃあ私たちはあの方に消されちゃうんですよ!?」

 

「…そういえばそんなこと言ってたわね。貴女、何か知ってるの?」

 

「そんなこと話してる暇無いんですって!今は早くレミリア様を探しにいきましょう!じゃないと本当に手遅れに…!」

 

 

「────レミリア?」

 

 そう反応したのは小傘だ。

 

「な、何でそこでレミリアの名前が出てくるの?」

 

「なんでって…レミリア様がこの現象の原因だからに決まってるでしょう!?」

 

「そ、そんなはずない!!だってレミリアは弱いけど心は強くて優しくて…こんなことするはず無くて…!」

 

 小傘は焦燥する。

 この異変の原因がレミリア?馬鹿なことを言うな。そうだとしたらレミリアは幻想郷を滅ぼそうとしていると言うことになる。そんな訳がない!

 

「小傘、落ち着いて。貴女の知るレミリアとは違うのでしょう?なら別人の可能性の方が高いわ」

 

 幽香に諭され、小傘は一旦落ち着く。そうだ、レミリアはそんなことをする妖怪じゃない。それにこんな馬鹿げたことをする力も無いはずだ。これがレミリアの仕業なわけ…

 

 その時、何かが弾丸のように空から降ってきた。それは地面を削りながら勢いを落としていき、静かに止まる。

 全員が視線を向ける中、土煙が晴れた先にいたのは、紅白の服を着た人間だった。

 

「博麗の巫女…」

 

 唯一彼女と不本意ながら拳を交えたことのある幽香が反応する。

 なんと空から降ってきたのは博麗霊奈だった。身体中が擦り傷だらけの霊奈は蹲った体制からゆっくり起き上がり、腕に抱えたものを確認する。

 

「ゲホッ、ゲホッ…!…おい、無事か?」

 

「…うん、何とか。助かった」

 

「咲夜!?」

 

 霊奈の腕には咲夜が抱えられていた。咲夜には目立った外傷はない。

 

「な、なんで咲夜が空から…」

 

「ッ!来るぞ!」

 

「!」

 

 

「あっ、みんな揃ってるじゃない!」

 

 

 その声がした方向へ全員が視線を向ける。

 そこにいたのは4つの翼を漂わせた、その場にいる全員の探し人。

 

「……レミリア」

 

「凄いわね!全員集合してる!何何?何かの集まり?私を呼んでくれないなんて薄情ねぇ」

 

 そうキャッキャと子供のように喋るレミリア。放たれる存在感に反した余りに軽い喋りに、皆は何も反応することができなかった。

 

 なんだアレは?

 元のレミリアを知る者も知らぬ者も皆一様の感想を抱いた。あまりに異質、しかし何処か落ち着く気配。しかしその場にいる誰しもがその目の前の存在に対して、脳味噌に強烈な危険信号が送られる。

 

「れ…レミリア?」

 

「ん?あっ、ルシェル!さっきぶりね」

 

 そう言うとレミリアは一瞬でルシェルの目の前に現れる。空を突かれつつもルシェルは困惑のままレミリアを見据える。

 

「………ねぇ、貴女は本当にレミリア…なの?」

 

「ええ、そうよ。この地球が生み出した超絶美人のレミリアよ!ふふっ」

 

「………」

 

 違う

 確かに姿はさっきあった時とは随分違うが、そうじゃない。言葉にし辛いが、目の前の存在はあのレミリアとは、根本から異なっている。そんな確信にも近い直感があった。

 だが目の前の存在は、あの時別れた紛れもないレミリア本人だということは確かだった。一体彼女の身に何が起きた?

 纏まらない思考と感情の中、ルシェルは1番気になることを聞く。

 

「…レミリア、この惨状は…貴女の所為なの?」

 

「え、うん。そうだけど」

 

 あっけからんとレミリアは言った。

 嫌な汗が頬を伝う。

 

「どうして…こんなことを…?」

 

「どうしてって……そうね、お腹が減ったからじゃないかしら?ほら、ルシェルだってお腹が空いたら好きなものを食べたくなるでしょ?それと同じよ」

 

 ルシェルにはレミリアが何を言っているのかが理解できなかった。食べる?この幻想郷を?なんで?お腹が空いた?

 思考がごっちゃになったルシェルは一体どうしたら良いのか分からず、その場に立ち尽くす。

 

「そこの吸血鬼!離れて!」

 

 その声と同時にフランが動き、ルシェルをレミリアから引き離す。

 

「あっ」

 

「はぁッ!!」

 

 霊奈の上段の飛び蹴りがレミリア目掛けて放たれる。しかしそれは、目の前の見えない何かに阻まれる。

 レミリアはそれを意にも返さず、そのまま弾き飛ばす。

 

「ぐぅッ!?」

 

 霊奈が吹っ飛ばされると同時に咲夜がレミリアに懐中時計を向け、そのままダイアルを押す。

 

「五重停止」

 

 瞬間、レミリアの時間が止まる。時間の停止を五回重ねかける技。止まった時間でも平気に動くレミリアだからこそできる力技だ。

 

「可愛いわね」

 

 しかし数瞬と経たない内にレミリアは再び動き出そうとする。適応能力が半端では無い。今のレミリアには時間停止など紐を解くように解いていく。

 

(やっぱり効かない!!)

 

「いや、十分だ」

 

 咲夜のおかげで余裕ができた。少なくとも、この場にいる全員を避難させるくらいには。

 霊奈は懐から折り畳まれた札のようなものを取り出し、それを開く。そしてすかさず地面に叩きつけた。その瞬間、地面が見えなくなるほど深い巨大な穴が開く。

 

「ええええ!?」

 

 ルシェルが叫ぶ。

 そのまま霊奈を除いた全員が穴の中へと吸い込まれるように落ちていく。いや、実際吸い込まれているのだ。

 幻想を傷つけてしまう霊奈は一緒には行けないが、少なくとも管理者である紫たちが無事ならばまだ巻き返せる可能性はある。

 

(紫、後は頼むぞ…!)

 

 レミリアは動かず落ちゆく彼女らを見送る。

 

「逃げるの、そう、逃げるのね。…まぁ、デザートは最後まで取っておくのがセオリーだしね」

 

 そう言うレミリアの表情は少し寂しげで。

 小傘は我慢ならず吸い込みに抗うように空を飛び、声を上げる。

 

「レミリア!!」

 

「!」

 

 小傘とレミリアは向かい合い、互いの目が合う。

 

「……来てたのね、小傘」

 

「レミリアッ…!」

 

 言いたいことは山ほどあった。だが今にも持っていかれそうな体を堪えるのに精一杯でそれ以上の言葉を紡ぐことができない。そんな小傘を見てレミリアは小さく言葉を漏らす。

 

「あーあ、小傘だけには知られたくなかったんだけどなー…」

 

「…ッ、なんっ、でっ…!」

 

「まぁ、バレたものは仕方ないわよね。ほら、行きなさいな」

 

 小傘は突き放されるように優しく肩を押される。

 

「──!!」

 

「…待ってるわよ」

 

 

 視界が閉じる寸前のレミリアの表情が小傘の頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何とか、逃げ切れた」

 

 咲夜たちが落ちてきた場所は正に異空間と言うに相応しかった。紫色の靄がかかったような空間が果てし無く続いており、見たこともない物体が幾つも漂っている。そして地面らしき所には至る所に目玉のようなものが描かれていて非常に気味が悪い。しかしこんな場所でも現在唯一自分達の安全を確保できる場所であることに違いなかった。

 

 ここは八雲紫が作り出した境界空間。

 本来は境界を操ることができる八雲紫しか行くことはできないのだが、先程使った特注の札があれば、こうして入り込むことができる。主な利用用途は緊急の避難先。この空間は紫自身の手によって現実よりも時間の進行が遅くされている。なので一時の撤退先としては最適な訳だ。

 

「…で、どういうことか説明してくれるのよね?人間」

 

「……」

 

 咲夜に詰め寄るフラン。今どういう状況なのか、あのレミリアの現状は一体何なのか。それはこの場にいる全員の疑問だった。

 

「それは…」

 

 言葉が詰まる咲夜。今のレミリアの状態を話すということは、レミリアが日中では無力であることを教えてしまうということだ。その事実がどうしても咲夜に言葉を紡ぐ事を憚ってしまう。

 そんな咲夜の態度にフランは苛立ちが溜まっていく。そんな中、話を聞いていた幽香が口を開く。

 

「……言いたく無いなら別に言わなくても良いわ。もっと事情を知っていそうな奴が転がっているみたいだし」

 

 幽香はそう言って、鬼や藍たちと一緒に転がっている紫の上に立つ。

 

「起きなさい八雲紫、いつまで寝転がっているつもり」

 

「……」

 

 全員の視線が紫に集まる。確かに他に寝ている妖怪たちとは違って彼女には意識があった。彼女たちがレミリアにやられたのは明白。ならば何が起きているのかは知っているはずだ。

 しかし紫は幽香の呼びかけに何の反応も示さない。まるで魂でも抜かれたかのようにだんまりだ。そんな姿に幽香は痺れを切らす。

 

「そんなところで不貞腐れるのが貴女の仕事だったかしら?」

 

「…」

 

「…ハァ」

 

 こんな危機的状況で何もしない彼女では無い。

 確かに八雲紫は幽香をして苦手と言わざるを得ない輩ではあるが、少なくともこの幻想郷のことを本気で想っていることは知っていた。

 そんな彼女が今では何もかもを諦めてしまっているような顔をしている。こんな彼女を見るのは初めてだった。

 しかしこんな状況で何もしない彼女に、珍しく腹が立っているということも事実だった。幽香は紫の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

 

「折れてんじゃないわよ八雲紫!!その御大層な能力と脳ミソは何のためにあるのかしら!?どっちも豪華な飾りね!何のために博麗の巫女が貴女を逃したのか考えなさい!!その脳味噌が装飾品じゃ無かったらね!!」

 

 幽香自身でも驚くぐらい大きな怒号が出た。

 

「…………貴女に」

 

 紫は幽香の胸ぐらを掴み返す。

 そして溜まった激情をぶちまけた。

 

「貴女に何がわかるのよ!!幻想郷の大地は食い尽くされている!結界の要も完全に壊された!!幻想郷はもう数分もその形を保つことはできない…!!終わったのよ、楽園は…!」

 

「…じゃあ諦めるのかしら」

 

「諦めるしか、ないじゃないの…。あんな化け物、手の打ちようが無いわ…」

 

「その化け物相手にまだあの巫女が命削って時間を稼いでるのに?」

 

「………」

 

「貴女がどう思おうが、あの巫女は貴女がどうにかしてくれるって信じて逃したのよ。そのお前がこんなザマなんてアイツも浮かばれないわね。無駄死によ、無駄死に」

 

「……」

 

「何もしないなら私は貴女を歴史的な腑抜けとして軽蔑し続けるわ。貴女の大好きな幻想郷はまだ終わってもいないし、探せば巻き返しようもある」

 

「無理よ、だってもう結界の要が…」

 

 博麗大結界は外の世界の現実を断絶するためにあったものだった。あの結界があったからこそ、幻想郷には妖怪たちが存在を確立できて、生活できていた訳だ。それが無い今、幻想郷が自然崩壊してしまうのは時間の問題だった。

 

「それは無いわ」

 

 幽香はきっぱりと言い切る。

 

「え?」

 

「見てたならわかるでしょ。あの存在は幻想郷を食べるために自分の魔力を大量に出して幻想郷を喰ってるわ。そう、本当に沢山、この幻想郷全体を包み込むくらい沢山ね」

 

「…あっ」

 

 つまりはレミリアの莫大な力が外からの悪影響を防いでいるのだ。そうでなければ要が壊された時点で幻想郷は塵のように消滅している。

 しかしそれでも多少崩壊が遅れる程度で、どの道レミリアに食い尽くされることに違いは無い。アレを相手にするには未だ光明も見えない。それに結界が消えた今、仮に今ある問題を全て解決しても、幻想郷に妖怪たちが生活できる環境はそこには無かった。

 すると、そばから見ていただけのルシェルが紫に歩み寄り、目の前でしゃがんで目線を合わせた。

 

「…貴女は」

 

「初めまして!私はルシェル・スカーレット。お近づきの印にお茶会でもいかが?…っていつもなら言うのだけれど、今は大変なことになってるのでしょう?」

 

「スカーレット…。そう、貴女がアゼラルの…」 

 

「だから私たちが協力するわ!貴女の幻想郷を守るために!」

 

「え?」

 

「だからお願い!知ってる事を教えてほしいの!今私たちには情報が必要なの」

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

「ど、どうしたのかしら?何か問題でも…」

 

「あ、貴女は幻想郷に来たばかりなのでしょ!?なんでそんな…」

 

 彼女はこの幻想郷に何の思い入れも無いはずだ。それに彼女の同族も沢山殺したし、こんな状況でなければ自分も彼女の首を刎ねている。何でそんな相手に迷わず手を差しのばすのだろうか。紫は一体何が狙いなのかが分からず警戒する。

 

「…私ね、この幻想郷のこと、結構好きなのよ?自然もいっぱいで、私の知らないものばっかりで、お散歩するのもワクワクしてたり…」

 

 そう言うルシェルの表情は心底楽しそうで、純粋で、とてもあの吸血鬼たちと同類とは思えなかった。

 

「それに何よりあの子が好きな世界、あるべき居場所。なら、母親として守ってあげないとね!」

 

「まぁ、ルシェル様ならそう言いますよねぇ」

 

「ルシェル様がそう言うのであれば、私たちも」

 

 紫は呆然とする。すると、突然誰かに頬を鷲掴みにされ、上に回される。

 

「…フランドール・スカーレット」

 

 つい先程まで敵対していた彼女。冷たい目で紫を見下ろしながら、不服そうな声色で話し始めた。

 

「正直貴女に手を貸すなんて死んでも嫌だけど、お姉様とお母様に免じて今回だけは貴女の望みに乗ってあげる。感謝なさい」

 

「…まぁ、フランがやるなら私も行かないとね。それに、あんな存在を見たら黙っていられる道理はないわ」

 

「え、嘘ですよねパチュリー様?本気であの方のところに行くんですか!?その知識欲は身を滅ぼしますよ!?」

 

「命令よ、小悪魔。私と来なさい」

 

「しょんなぁー!!幻想郷と一緒に死んじゃいますよー!?」

 

「そうはならないわ。でしょう奥様」

 

「ええ、そんな運命は見えない。幻想郷には明日があるわ!」

 

 ルシェルは堂々と、紫の前でそう言ってのける。そんな姿に紫は一瞬気圧された。彼女は今まで自分が出会ったことのないタイプの妖怪だった。力自体は紫から見てもとても脆弱、しかしそのお人好しは人間でもそう見ないほどで、底抜けに明るい。まるで太陽のようだ。吸血鬼である彼女が太陽と揶揄するなど皮肉も良いところだが、そう見えてしまったのだから仕方ない。

 少なくともこの絶望的な状況で足掻こうとするその姿は、不思議と紫には眩しく見えた。

 

「ほら、幻想郷に来たばかりの彼女たちが頑張ろうとしてるのに貴女が呆けてどうするのよ」

 

「…貴女に背中を押されるなんて、藍に言ったら驚きで失神しそうね」

 

「馬鹿言わないで頂戴。貴女は普段通り幻想郷の為に脳味噌を使えば良い」

 

「……ありがとう。礼を言うわ、風見幽香」

 

 そうだ、こんなところでこの幻想郷の未来を諦めるわけにはいかない。

 

「………どうも」

 

 そう言って紫はルシェルたちの下に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(し、死ぬかと思ったぁーーーー!!!怖っ、八雲紫怖っ!?胸ぐら掴まれた時なんて消し炭になるかと思ったぁーー!!ありがとう吸血鬼さん!おかげで私のか弱い命は救われました!!おかげでなんかうまい感じに丸く収まったし、良い方向に向かっていったし?……な、何とかなったのよね?やはり許さんシヌがよい!とか言って不意打ちされないわよね!?)

 

 未だバクバクと収まる様子を見せない心臓を抑えながら、幽香は一旦小傘のところに戻る。未だ緊張が解けず、言葉の端々に力が入ってしまう。

 

「コ、小傘、戻ったわよ」

 

「あっ、幽香。お疲れさま…」

 

「…?」

 

 幽香は内心首を傾げる。

 さっきと比べて明らかに元気がない。一体どうしたと言うのか。幽香は咲夜を見やり、咲夜は僅かに萎縮する。

 

「小傘に何かしたのかしら」

 

「さ、さっきまでのことを話してただけ…」

 

「…そういえば貴女博麗の巫女と一緒にいたわね。知り合いか何かかしら」

 

「霊奈は途中で殴り込んできただけ。流れで共闘になった」

 

 実にあの巫女がやりそうな事である。以前幽香が八雲紫といざこざを起こした時も横から突然飛び蹴りをかましてきたものだ。おまけに話を全く聞かないときた。あの巫女は喧嘩を売らなければ話もできないのか。鬼でももう少し順序良く喧嘩をする。

 そんな2人のそばで小傘は顔を俯かせ、思い悩むように手に持っている傘の柄をぎゅっと握る。そして何かを決心したかのような顔で前を向いた。

 

「ねぇ、2人とも!」

 

「どうかしたの?」

 

 

「…お願いが、あるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 多々良小傘は唐傘妖怪だ。

 何十年と使い古された唐傘が持ち主に捨てられたことで、その執念によって付喪となった妖怪。しかし既に小傘の持ち主はこの世を去っていた。行き場のない執着は何処にも向かうことはなく、小傘は自身の存在意義を見失ってしまった。しかし未だその身が消えぬのは小傘自身の心が満たされていないから。小傘は寂しかったのだ。自分が必要とされてないことが、自分の隣に何者もいないことが、誰も多々良小傘に見向きもしてくれないことが。

 だから人を驚かすことを始めた。小傘はその手に持つ妖怪化した傘を除けば人間に近い容姿だったので、人間の里に忍び込み、毎晩のように人を驚かそうとしていた。しかし小傘は人間に毛が生えた程度の弱い妖怪。そんなものよりも、はるかに恐ろしい妖怪を知っている里の人々には見向きもされなかった。小傘は内心焦ることになる。

 

(ど、どうしよう…!誰も驚いてくれない…。このままじゃわちき…)

 

 小傘は他人の驚愕の感情を食べることで腹を満たす。食べなくても死なないわけではないが、とんでもない飢餓の苦しみが待っている。そうなれば動くことすらままならなくなるだろう。

 

(それに誰にも見向きされないまま終わるなんて絶対嫌だ!誰か…誰でもいいからわちきを…!)

 

 そんな折、目に入ってきた夜道を歩く人間。暗がりで良く見えないが、どうやら少女のようだ。鼻歌を唄いながら上機嫌そうにこちらへと歩いてきている。ふと、以前男児に笑われてしまった苦い記憶が脳裏を過るが、それでもと近くの物置に身を潜める。そして足音が真横を通ろうとしたところを一気に──

 

「おどろけーーっ!!」

 

「わっひゃあっ!!!!?」

 

 少女は小傘の想像の120%のリアクションをとった。

 少女はそのまま足を滑らせ、思いきり後頭部を打つ。そして白目を剥いて失神した。

 

「…………えっ?」

 

 唖然とする小傘。10秒ほどその場に立ち尽くし、少しずつ状況を把握して、一気に顔が青ざめる。

 

「うわわわわあぁーーー!?ごめんなさーい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「心の臓が止まるかと思ったわ…」

 

「ご、ごめんね…」

 

 里にある団地。そこで小傘は目を覚ました少女と共に置かれている丸太に腰掛けていた。

 

「それにしても貴女だったのね!最近里で人を驚かしてるって妖怪は」

 

「う、うん…、全然驚いてもらえないけど…」

 

「私は死ぬかと思ったわよ」

 

 少女はそう言いながら後頭部をさする。

 どうやら少女から見れば小傘の驚かしは相当ビックリしたらしい。

 

「やっぱり人間を驚かすのはダメよ!命に関わるわ!今後私みたいな被害者が出てこないとも限らない!」

 

 多分それは彼女だけだと思う。小傘は内心呟く。

 

「だからこれからは人を驚かすの禁止!」

 

「そっ、それは困るよ!わちき人の驚いた心を食べないとお腹空いて動けなくなっちゃう…」

 

「…だったらこうしましょう、貴女は里の人たちを驚かすのは今後禁止。そのかわり、私のことはいつでも驚かしていいわ」

 

「…えっ?」

 

「そうすればいつでもお腹いっぱいになれるわ!私天才!」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「どしたの?…あ、もしかして人によって味が変わったりする?だったら私の友達を…」

 

「そう言うわけじゃなくて…!な、なんでわちきのためにそこまでしてくれるの?さっき会ったばかりだし、寧ろ迷惑かけちゃってるし…」

 

「別に気にしてないわよそんなこと。いや頭打ったのはちょっと根に持ってるけど」

 

「それじゃ貴女が…」

 

「大丈夫よ!それに驚かさないとお腹減っちゃうんでしょ?なら私の心臓くらいなんてことないわ!ちょうど毎日にスリルが欲しいって思ってた頃だったしね!」

 

「……でも」

 

「んー、なら貴女私のお友達になってよ!」

 

「とも、だち?」

 

「そう!そうすればお互い気兼ねなく接せるでしょう?」

 

「…」

 

「私の名前はレミリア!一応こう見えて妖怪よ!貴女の名前を教えて頂戴」

 

「わちきは……わちきは小傘!多々良小傘!」

 

「うん、よろしくね小傘!」

 

 小傘は迷っていた手を取られ、ぎゅっと優しく握られる。その瞬間に小傘の中で何か足りないものが綺麗にはまった気がした。

 それから小傘の毎日は劇的に変わった。里でレミリアを驚かしたあと、色んなところに遊びに行ったり、レミリアのイタズラに巻き込まれて一緒に怒られたり、慧音先生との頭のたんこぶを賭けた鬼ごっこをしたり…。レミリアと過ごす日常はとても楽しかった。

 いつの間にか小傘の中に巣食っていた不安は綺麗に消えていた。もう独りで拠り所のなかった自分はいない。隣にレミリアがいてくれているから、ちゃんと自分のことをまっすぐ見てくれたから。多々良小傘はレミリアに救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……だからこそ、変わり果てたレミリアを見た時のショックは大きかった。

 小傘の知らない姿だった、小傘の知らない顔だった。小傘の知らない笑い方だった。その一挙手一投足が小傘の見たこともないものだった。別人と言われた方が納得するレベルで。しかし彼女は確かにレミリアだった。それだけは鈍い小傘でも理解できた。つまり、小傘はただ知らなかっただけだった。レミリアのそういう姿を。

 

 

『…レミリアは夜にだけ力が強くなっていく性質がある。多分…無限に』

 

『でも力が強くなると、一緒に性格もどんどん変わっちゃう。残虐な妖怪…それこそ今まで見てきた吸血鬼みたいになるんだと思う…』

 

『今のレミリアはそんな状態。私もああなってるのを一回しか見たことないけど、基本的に話を聞いてくれない。だから実力で止めるしかない』

 

『…レミリアは、小傘や里の皆んなにこのことを知られるのを怖がってた。あんな恐ろしい姿を知られたら皆んなが離れていくかもしれないって…』

 

『レミリアは本当は幻想郷を消すなんて望んでなくて…!あんな冷たくなくて…!能力のせいでおかしくなってるだけなの…』

 

『だから…その、これからもレミリアを否定しないであげてほしい』

 

 小傘は愕然と咲夜の話を聞いていた。

 頭痛に眩暈がする。

 自己嫌悪が身体中に突き刺さっていく。

 

(………わちき、レミリアのこと何も知らなかった。知ろうともしなかった)

 

 きっと側にいたからと、自分は甘えていたのだ。レミリアがいなくならないわけがない、いるのが当たり前。だから現状に甘んじて、自分だけが今を楽しんでいた。レミリア自身の苦悩を知ろうともしなかった。

 

 最低だ

 

 でも…でもだからこそ、今やらなければいけないことはハッキリとしていた。レミリアの大好きなこの世界を、レミリア自身に壊させるわけにはいかない。

 今のレミリアはきっと話なんて聞いてくれないだろう。否が応でもこの幻想郷を消し去ろうとするかもしれない。だから、やるしかない。自分が、多々良小傘が、やるしかない。

 

 

 

 

 ───わちきがレミリアを、助けるんだ

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 小傘たちがどこかに消えてから3分ほど経過した。既に幻想郷の表面積のおよそ半分が食われており、最早元の形は保たれていない。水中に漂うゴミのように大地の断片がちらほらと見えるだけだ。手に持っている巫女を適当なところに放り投げ、もたれかかるように空に腰掛けた。

 そこから見える今の変わり果てた幻想郷。レミリアはそれが心底美しいと思った。まるで床にあるまばらなゴミ屑を掃除機で一気に吸い出すかのような爽快感がレミリアの中を満たしている。そんな自分の考えにレミリアは疑問すら持たなかった。

 するとレミリアの目の前の空に人1人が通れる大きさの切れ目が現れた。それが何なのか、誰が出てくるのか、レミリアは分かっていた。

 

「お帰り 小傘。待ってたわよ」

 

「……」

 

「ふふっ、綺麗よその頭のお花。イメチェンかしら?」

 

 小傘は真っ直ぐレミリアを見据えている。さっきまでの迷いに迷った目では無く、何かを腹に決めたような覚悟の据わった目。自然とレミリアの表情も堅くなる。

 

「…レミリアのこと、全部咲夜から聞いたよ」

 

「…………そう」

 

 全部、ということは、つまりはそういうことだろう。

 レミリアという妖怪の全てを小傘は知ったということ。弱さと強さ、慈悲と冷酷、対極の二面性を持つ怪物の真実を知ったと言うこと。

 レミリアはにっこりと笑顔になる。

 

「ねぇ小傘!一つね提案があるの!」

 

「…なに?」

 

「今私は幻想郷を美味しく頂いてるわけだけど、人里とルシェルの館だけには手を出してないの」

 

「…えっ」

 

「小傘や咲夜、ルシェルにフラン…。皆んなが危ない目に合うのって、幻想郷の心無い妖怪たちが悪いからって思わない?」

 

「そんな…」

 

「そこで超天才な私は、パーフェクトなアイデアを思いついたのだ!やることは簡単!この幻想郷の大切なところ以外は全部消しちゃって、幻想郷を人里と館だけにする!そしたら争いなんて起こらないでしょ?」

 

「違う…!」

 

「だから小傘。私と一緒に平和な世界で暮らしましょう?…あ、結界なら大丈夫よ。私が新しいのを作ってあげるから」

 

「レミリアッ!!」

 

「!」

 

 その怒声にレミリアは思わず身を引く。

 そんなに強く拒絶の意を示されるとは思わなかったから。

 

「……わちき、そんな世界で暮らしても全然嬉しくないよ」

 

「なんで?嫌なことだけが取り除かれる世界なんて寧ろ理想的じゃない」

 

「確かにそうかもしれないけど、その為にそれ以外を全部消しちゃうなんて絶対ダメ!…それに、朝になったらきっとレミリアは後悔するから…!」

 

「…そう、まぁ…小傘ならそう言うわよね。…だったらそこで寝ていて、大丈夫よ、起きたらみんな終わってるから!」

 

「ッ!」

 

 レミリアは小傘に権能を使って眠らせようとする。思わず身構えるが、小傘の身には何も起こらない。レミリアは困惑する。

 

「…? なんで?どうして?今までこんなこと…」

 

「な、何とかなったみたい…」

 

 レミリアの力は基本的に無敵だ。この夜という時間帯においては全てがレミリアの意のままに支配される。…だが、いくつかの例外が存在するのもまた事実だ。ほんの僅か、本当に数えるくらいにしかない対処法。それはレミリアと同格の力。同格の能力。

 

「でもそんな力何処にも…!」

 

 その時、レミリアは思い至る。

 いや、あった。一つだけ物事の流れそのものに干渉できる力が。

 

「まさか…!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「魔力が足りないわ!もっと頂戴!」

 

「け、結構今ので全力なんですが…!」

 

「あーもう!賢者の石が一個でも残ってたらこんな苦労せずに済んだのにっ!何で全部壊すのよ花妖怪!」

 

(え、そんなこと言われても…。全部は私じゃ無いし…)

「知らないわ、そんなこと言う余裕があるならもっと魔力を流しなさい吸血鬼」

 

「私たちの命運が賭かっているんですよ!この小悪魔、精一杯エールを贈らせていただきます!頑張ってくださいね皆さん!」

 

『お前も手伝え!!』

 

 

 

 八雲紫は驚嘆していた。本当にあの力と張り合うことができるなんて想像もしていなかったからだ。その分莫大な妖力が持っていかれているが、それでも尚、十分な成果だろう。

 

「まさか、本当に…!」

 

「やってみたらできるものよ!大昔私のご先祖様はこの力で海に大っきな大陸を造ったらしいんだから!」

 

 レミリアが権能を使えなくなった正体、それはルシェルの『運命を操る程度の能力』だ。あらゆるものごとの流れに干渉できるこの力はレミリアの能力の一部と幻想郷の崩壊を防ぐにまで至っていた。

 しかしルシェル自身には魔力はほとんど無い。何故そんな彼女がここまで大きなスケールで能力を扱えているのか。その理由は至極単純だった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

『作戦はシンプルよ、皆んなが私にありったけの魔力を流す!それで私の能力で幻想郷を元通りにするの!以上!』

 

『…………大丈夫なのそれ?』

 

 流石の八雲紫も困惑の声を出す。秘策と聞いて蓋を開けてみれば彼女の能力頼りの綱渡り。消えていた不安が再び募る。

 

『問題ないわ!この能力の扱いにはちょっと自信があるのよ!』

 

 本当に大丈夫なのだろうか?

 

『大丈夫ですよ八雲さん、確かに魔力自体は貧弱ですけれど、ルシェル様の力は本物です。魔力さえあれば幻想郷を元の姿に戻すことも夢見事ではありません』

 

 それはルシェル・スカーレットに許された唯一の才。ルシェルは今までの能力継承者の中で最もこの『運命を操る程度の能力』の力を引き出すことができる存在だった。しかしそれを扱うための肝心の魔力がからっきしだったので、これまでその真価を発揮することは無かった。しかしその魔力を補えるのならば、話は変わる。

 

『…そう、そこまで言うなら信用するわ。正直今は藁にも縋りたい思いだしね。…でも魔力は足りるのかしら?この幻想郷の大地を元に戻すのなら相当量が必要よ』

 

『問題ないわ。貴女と美鈴にそこの花妖怪、それにこの私。燃料役としては十分だと思うわね』

 

 しかしそれはレミリアとの決着が早くつければ、の話になる。あまりにも時間がかかり過ぎればこっちの魔力が尽きてジ・エンドだ。

 

(それに…1番心配なのはお母様…)

 

 確かにルシェルの力を使えば幻想郷を元に戻すことは不可能では無い。しかしこのやり方はルシェルの身体にとてつもない負担をかけることに他ならなかった。それは美鈴もクルムもパチュリーも理解していた。だが自分達が何を言おうともルシェルは止まらないだろう。

 自分にもっとあの力を扱える才能があれば…。フランは内心で歯噛みする。

 

『よし!じゃあ外に出たらパチュリーの魔法で私に魔力を流せるようにして、早速実行よ!お願いできるかしらパチュリー』

 

『……本当に良いのね』

 

『ええ、もう覚悟は決めたわ』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 フラン、美鈴、幽香、紫。

 今まで経験したこともないような莫大な量の魔力がルシェルの身体を激流のように流れ出てゆく。絶え間ない激痛が体を蝕んでいくが、それを周りに知られぬよう歯を食いしばって耐え忍ぶ。

 こうなることは自分がこの提案をした時点で覚悟していたことだ。何ら問題に入らない。それに崩壊を止めるという成果も出ている。制限が解除された八雲紫のサポートもあって後はレミリアさえどうにか止めれば無事に幻想郷は元の姿を取り戻すだろう。

 

(でも正直このペースだと皆んなの魔力量的にも10分くらいが限界…!2人とも、なるべく早くレミリアを止めてあげて…!)

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なる、ほどね。あーあ、してやられちゃった」

 

 レミリアは顔を俯かせて、頭を抑える。まるで悪戯が失敗した子供が拗ねるように気落ちする。

 

「まぁ、ラスボス相手にデバフイベントは当然よね…」

 

 相手がルシェルならばレミリアは強引な手は使えない。しかしあの力が長時間持たないということもレミリアは理解していた。

 

「そうまでして私を止めたいの?」

 

「うん、わちきたちでレミリアを止める」

 

 そうして小傘は一歩前に出る。

 

「レミリア、わちきたちと勝負しよう」

 

「…勝負?」

 

「うん、でも殺し合いじゃ無い。いつもやってた遊びで」

 

「遊び…」

 

「ルールは簡単だよ。お互いに死なない程度の弾幕を出して一回でもそれに当たればその人の負け」

 

「…ふふっ、つまりいつもの玉当てごっこね!」

 

 それはかつてレミリアが教えてくれたゲーム。

 実力的には天と地ほどの差がある2人。だがこれならば小傘でも勝てる可能性はあるし、何よりレミリアが納得しえる。

 

「良いわ!やりましょう!」

 

 何故ならレミリアは体を使って遊ぶことが大好きだから。

 

「負けた人は何でも言うことを聞くって言うのはどう?」

 

「うん、それで良いよ。開始の合図はこの石が地面に落ちたら」

 

「ふふっ、ワクワクしてきちゃった!」

 

 小傘は手に持った小石を手放す。石は重力に従い自由落下していく。

 2人の間に静寂が流れる。僅かな音すらも聞き取れるように小傘は神経を尖らせる。この勝負に幻想郷の命運が掛かっているのだ。自分が負ければ幻想郷は終わり。だが勝てれば全てが元に戻る。

 

 きっと勝負は長くはないだろう。そんな予感が小傘の中を巡る。

 

 

 

 コン と、音が響いた。

 

 

 

「それっ!」

 

「ッ!!」

 

 開始と同時にレミリアから膨大な数の魔力弾が全方位に発射される。しかも一つ一つが恐ろしく速い。避ける隙間など無い程にぎっしりと敷き詰められた弾の群れ。普通ならば避けることすらままならない。

 一瞬で勝負はつくだろうとレミリアは思う。だが、

 

「うああぁぁ!!」

 

「!」

 

 小傘は自分の弾幕でレミリアの弾の群れに僅かな穴を開けてその中に入り込み、その全てを避け切ってみせた。

 

(あ、危ない…。いきなり終わるところだった…)

 

「………凄いわ小傘、本当に。………いえ、貴女何か借りたわね」

 

「…うん、正解。流石にわちきの力だけじゃ今のレミリアに勝てないよ」

 

 小傘の頭につけている向日葵の髪飾りと腰につけられた懐中時計が淡く光った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

『レミリアと一対一で戦う!?』

 

 

 

『うん』

 

『何言ってるの…!!無謀にも程があるわ…!』

 

 それはあまりにも結果が見え透いた勝負だった。実力差は月とスッポンどころでは無い。月とミジンコで良いところである。

 

『…ダメ、小傘とレミリアじゃ力の差があり過ぎる。抵抗する間もなく一瞬で眠らされる』

 

 そうだそうだと言わんばかりに幽香も激しく頷いている。

 

『でもそれって多分咲夜でも幽香でも同じなんじゃないかな』

 

 その通りだ。今のレミリア相手ではこの場にいる全員でかかっても、10秒保てば良いところだ。真っ向からの勝負ではこちらに勝ち目は皆無だった。

 

『だからわちきはレミリアと一対一で勝負する。勿論本気の勝負じゃなくて、遊戯で』

 

『遊戯…?』

 

『うん、昔レミリアが教えてくれたの。玉が一回当たったらその人の負けって遊び』

 

 確かどっじぼーるなんて言っていた記憶がある。

 

『多分…いやきっと、レミリアは勝負に乗る。その勝負の壇上なら何とかできる可能性はある』

 

『…それでも今のレミリアが真っ向から勝負をするなんて…』

 

『するよ』

 

 小傘は咲夜を真っ直ぐ見据えて言う。

 

『確かに色々変わってるけどレミリアはレミリアだよ。絶対に勝負でズルはしない』

 

 小傘はレミリアが根本的な部分では変わっていないということを信じていた。完全にあのレミリアとしての人格が消えているのなら、あの時見逃したりなんてしなかったはずだから。

 

 咲夜はそんな小傘の真っ直ぐな目を見て何も言えなくなってしまう。

 …なんでそんなことが分かるんだ。何で付き合いの浅い小傘が私よりレミリアを知ってるんだ。思わず拳を握る力が強くなる。

 

『それでも小傘1人じゃ危険だわ。せめて私がついて…』

 

『ごめん、でもこれは譲れない。この勝負はわちきとレミリアとの2人だけだから意味があるんだ。……我儘だっていうのは分かってる、でもわちきはどうしてもレミリアと白黒つけたい』

 

『小傘…』

 

 既に小傘の覚悟は決まっていた。ルールありきとはいえ、絶望的な程に力の差がある相手と幻想郷の命運を賭ける勝負をしにいく。だが相手はレミリアだ。小傘にとっては友達を助けに行くだけ。そこに微塵の怖気も無かった。

 

『待って!』

 

『咲夜…?』

 

『…小傘1人でやらないといけないのは分かった。私じゃやりきれないってことも。…けど、私も譲れないものがあるの』

 

 咲夜は手に持った懐中時計を握りしめ、意を決したかのように小傘に向き直り、小傘の手に懐中時計を乗せてそのまま包み込むように握らせた。

 

『これ、貸してあげる』

 

『え?』

 

『私の時間を止められる時計。上のダイアルが押せるようになってるからそれを押せば小傘でも時間を止められるくらいはできる』

 

『ええ!?そんな大事なもの…!』

 

『これは私の覚悟。私も一緒に戦わせて』

 

『…なら私も』

 

 それを見た幽香は小傘の頭に手を翳す。すると淡く光ったかと思えば、手を下ろすとそこには綺麗な向日葵の花飾りがついていた。

 

『な、何これ綺麗!?』

 

『私の魔力よ、きっと小傘の助けになるわ』

 

『あっ、ありがとう幽香!』

 

(ん"!!)

『…良いのよ、頑張って』

 

 幽香が心の中で悶える中、咲夜は小傘の前に出る。

 

『それと、もう一つだけお願いがあるの』

 

『…?』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 咲夜の時間停止、幽香の魔力。これにより小傘は遊びとはいえ、短時間ながら今のレミリアと張り合えていた。しかしそれでも圧倒的な実力差は埋まらない。つまりこの勝負はレミリアが極限の手加減をしてくれるという信頼ありきで成り立っている勝負なのだ。

 

「ふふっ、良い、良いわ!そんな強そうな武器を持ってるなら、こっちも遠慮しなくて良いわね!」

 

「!!」

 

 夜空を埋め尽くすほどの弾幕の雨。あんな姿でもルールはちゃんと守っているのか、かなり威力は抑えられている。だが逆に一つでも当たれば終わりだ。小傘は咲夜の懐中時計のダイアルを押す。すると、世界が灰色に染まり弾幕の雨は全てその動きを止める。

 本来ならば咲夜の時間停止もレミリアには殆ど意味をなさないが、今はルシェルが能力を抑えてくれているおかげで何とか通用する。

 

「咲夜の時間停止ね、そういえばそれだけなら誰でも使えたわね!」

 

 しかしそれは弾幕だけに限る話。レミリア自身には全く効果は無い。そして一瞬で小傘の目の前にまで移動してくる。

 

「ッ!!」

 

 放たれるレミリアの蹴り。その軌跡から大量の弾幕が現れるということを察した小傘は咄嗟に幽香の魔力をたっぷり纏った唐傘を横に薙ぐ。その二つがぶつかった瞬間、大量の弾幕が爆散する。

 

「だあああぁぁ!!」

 

「あははははっ」

 

 お互いに弾は当たっていない。中心にいた2人の周辺の弾幕は、傘と足の衝突で消し飛んでいた。後ろに下がって再び互いに距離を取る。

 

「いやー、楽しいわね小傘!ここまでできるなんて思わなかったわ!」

 

「レミリアこそ手加減が上手だね!さっきの弾、今のわちきと威力が変わらなかったよ!」

 

「でしょう?頑張って弾の中身すっからかんにしたもの!それに小傘が怪我でもしたら大変だわ」

 

「正直有難いよ、レミリアの攻撃なんて受けたらわちき死んじゃう」

 

 そんなことを話しながら小傘は息を整える。

 たった一撃だ。しかしその一撃が恐ろしく遠い。技量云々よりも圧倒的な力。こっちの力は限りがあるのに向こうは無限。このままでは単純な物量で押し切られてしまう。

 

(なら、一気に決めに行くしか無い!)

 

 小傘は一気に魔力のエンジンを吹かし、弾を展開しながらレミリアとの距離を詰める。レミリアも小傘に合わせるように弾を展開して応酬する。

 レミリアの隙を探そうと頭を回すが、流石に素の実力が離れすぎていて隙と言える隙がうまく作り出せない。そんな状況にヤキモキしていると、突然レミリアが目の前に現れる。

 

「うわっ!?」

 

 避けきれずに弾が直撃する。が、幽香の花が自動で作り出した魔力の盾で事なきを得る。レミリアは再び消えて少し離れた場所に現れる。

 

「ちょっとその瞬間移動みたいなのズルくない!?」

 

「ふふーん、使えるものは使うのは当然でしょう?というか小傘だって咲夜とかの能力借りてるんだからお互い様でしょ!盾なんてチートよ!」

 

「存在そのものがズルみたいな今のレミリアにだけは言われたくないよ!」

 

 そう言って勢いのまま弾幕を放つ小傘。レミリアは軽くそれを躱すと、翼を翻し上空へと上る。夜空を切りながらレミリアは冷静に小傘を観察する。

 

(誰の仕業かは分からないけど、あの魔力のおかげでだいぶパワーアップしてるみたいね、凄いわ。………面白くはないけど)

 

 正直、さっきの瞬間移動に限らずレミリアが勝利する方法はいくらでもある。小傘の魔力を奪い取ってガス欠にしたり、適当な魔法でも使って動きを拘束してからトドメを指したりと、レミリアの多彩さをもってすれば容易なことだ。しかしそれでは意味がない。小傘は飽くまで玉当て遊びをしにきたのだ。そんな方法で勝ったとしてもそれはルール違反。小傘の心は収まらないだろう。何よりそんな搦め手を使わずとも、己ならば勝てるという自負がレミリアにはあった。

 いつもの、単純に動いて当てて、笑い合って終われる勝負で勝ってこそ意味があるし、小傘も大人しく着いてくるだろう。

 

 

「だからこのルールの範疇で、貴女を屈服させてみせる」

 

「!!?」

 

 小傘が上を見上げると、そこにはとんでもなく大きな魔力弾があった。一つではない、まだ数えられるだけでも十数個はある。あんなのが落ちてきたら一瞬で詰みだ。

 小傘がその場から離れようとする。しかしそれを見越したかのように、空の弾幕群は一斉に降り注いできた。小傘は迎撃の態勢をとる。しかし、

 

「えっ!!?」

 

 なんと巨大弾幕は小傘に当たる直前に破裂し、細やかな小さな宇宙色の弾幕となった。しかし圧倒的なのはその数。視界が光で埋め尽くされるほどの膨大な量の弾幕が雪崩の如く小傘1人に押し寄せる。

 

「うわぁ!!?」

 

 再び魔力の盾が現れ、小傘を弾の被弾から守る。しかし当の小傘は視界が光に埋め尽くされていて全く視界を確保できずにいた。

 

「…その魔力、何処の誰から借りたのかは知らないけど、扱える量には限りがあるわよね。その盾、いつまで持つかしら?」

 

「ぐぐぐぅ…!」

 

 少しずつ向日葵から出る淡い光が弱まっていく。

 不味い、幽香の魔力が底をつきかけている。このままでは盾はいずれ消える。そうなれば光の雪崩が容赦なく小傘を襲うだろう。どうにかこの場を切り抜けようと小傘は手段を模索する。

 そんな必死の形相から小傘の意図を読み取ったのか、レミリアは少し悲しそうな表情をする。

 

「……小傘、貴女が望めばずっとこれまで通りの毎日が帰ってくるのよ」

 

「…ッ、ぐぐッ…!」

 

「だからもう諦めて。私と一緒に里に戻りましょう、小傘」

 

「ぐぎぎぃ…!!?」

 

 弾幕の光が更に増す。本格的に締めにかかってきた。だが既に幽香の魔力も小傘自身も、限界だった。

 

 

 

「good night」

 

 

 

 更に上から巨大弾幕をぶつけ、辺りは膨大な光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───! 今の光って…!」

 

「お姉様と…あの雑魚妖怪でしょうねっ…!」

 

「相当派手にやってるみたいね…!あのお2人…!」

 

「威力がないから、勝負には乗ってくれたみたいだけれど…」

 

「今は信じるしかありません…!」

 

 2人が心配ではあるが、今はこっちに注力しなければいけない。相も変わらず状況は拮抗している。しかしこのままでは不味いこともタンク役の3人は理解していた。

 

「…ッ!? ゴホッ、ガハッ!?」

 

「お母様!?」

 

「だ、大丈夫…!魔力を絶やさないで!」

 

 吐血したことを無視しながら能力を行使し続けるルシェル。

 はっきり言ってルシェルの身体は既に限界だ。慣れない大量の魔力の供給。それにより起こる強烈な痛みは確実にルシェルを蝕んでいっている。単純に肉体的にボロボロなのだ。

 3人の魔力をルシェルに供給する魔術を維持しているパチュリーと小悪魔はそれを察し嫌な汗が流れる。

 

(……今は気合いで持っているような状態ね)

 

「ぱ、パチュリー様ぁ…」

 

「腹括りなさい こぁ。私たちも失敗すれば全部お釈迦なんだからね…!」

 

「は、はいぃ…!」

 

 

 

 

「…小傘」

 

「そんなにあの雑魚妖怪が気になるかしら?」

 

「……」

 

「フン、彼女なら大丈夫よ。負けることはないわ」

 

「…何故分かるの?」

 

 

「別に分かるわけじゃないわ。ただ、私の分も背負って行ったアイツが簡単に終わるわけがないってだけよ」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 当然ながらあの光の弾幕は中身がすっからかんのハリボテだ。土煙こそ立ちこめてるが、周りにほとんど被害は出ていない。だがそれでも小傘が気を失うぐらいの威力はある。地面に俯せに倒れ伏す小傘を見てレミリアは勝利を確信する。

 

「…ふふっ、やった…!」

 

 レミリアは小さくグッと拳を握る。思ったより小傘が粘ったのが驚きだったが、久々の楽しい遊びだった。でも、それはこれからも続くのだ。ルシェルやフランたちも加えて。そう考えるとニヤニヤが止まらない。

 そうしてレミリアはゆっくりと高度を下げていき、千切れた大地に近づいていく。あとは小傘を回収してなんとかルシェルたちを止めるだけだ。そうすれば全部丸く収まる。

 レミリアは小傘がいるところまで降り立ち、そっと声をかける。

 

「小傘、起きて小傘」

 

 しかし小傘は反応しない。少しやりすぎたか、と考えたその時、違和感に気づく。

 レミリアは寝ている小傘を乱暴にひっくり返し、その顔を見る。

 

 

『オドロケー!!!』

 

 

「きゃあぁ!!?」

 

 

 小傘の頭がびっくり箱のように飛び出して、大音量の声が響いた。

 

 

 

「だりゃあッ!!!」

 

「!!!??」

 

 

 レミリアの背後の土煙から七色の光を背負った小傘が現れたのはその直後のことだった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、妖怪』

 

『わっ、はい!?…え、えっと、フランドールさん…だっけ…』

 

『そう、私はレミリアお姉様の妹、フランドール・スカーレットよ』

 

『え、ええ!?レミリアの妹!?妹がいたの!?た、確かに顔がよく似てるような…でも妹がいるなんて聞いたこともなかったし…』

 

『まぁ、お姉様とは今日初めて会ったからね。……にしても、見れば見るほど貧弱な妖怪ねぇ貴女。本当にお姉様を止められるのかしら?』

 

『……大丈夫だよ、殺し合いをしにいくわけじゃない』

 

『…ふーん。ま、本当なら意地でも私が行きたいところなのだけれど、こっちはお母様で手一杯になると思うわ。だから特別に、とくべつに!お姉様のことを任せる権利をあげる。喜びなさい、本来なら貴女みたいな雑魚妖怪が任される大役じゃないのだから!』

 

『え、あ、うん!任せて!』

 

『…チッ、まぁ途中で貴女がバテて失敗したら目も当てられないからね。超特別に私の魔力を少し貸してあげるわ。ほら、受け取りなさい』

 

『えっ、わっ』

 

 小傘はフランが放り投げた宝石のようなものを受け取る。

 

『正直私は今のお姉様も悪くないとは思ってるわ。支配者として相応しい風格を持っているし、この世のあらゆるものを奈落に葬り去れる圧倒的力。吸血鬼の悲願も今のお姉様ならあっさり叶う。……でも、やっぱり私が惚れたお姉様はあの優しい笑顔のお姉様なの』

 

『フランちゃん…』

 

『誰がフランちゃんよ!気安く呼ぶな!』

 

『ひぇっ!?ごめんなさい!』

 

『ふん………お姉様は、この世界の人たちが好きって言っていたわ。お姉様が好きなものが壊れる様を黙って見てるわけにはいかないのよ』

 

 何故姉であるレミリアがあんな有様になっているのかは分からない。しかし事実として今レミリアは幻想郷を消し去ろうとしている。まだ利用価値のある幻想郷を理由もわからず消されるのは都合が悪いし、母のルシェルもレミリアの凶行を止めようとしている。

 それにフランとしてもあんなことをする姉はいつまでも見ていられるものではなかった。

 

 

『……お姉様のこと、頼んだわよ。もし敗けたら地獄の果てまで追いかけてぶっ壊してあげるから』

 

『……うんっ』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアが驚いている隙を突いた一撃。いや正確には弾幕による乱撃。

 レミリアは咄嗟に身体の原型を崩して全て躱しきるが、躱した先には小傘が既に先回りしていた。弾幕を放つが咲夜の時計によって止められる。

 そうして振り下ろされる唐傘をレミリアは作り出した槍で受け止めようとした時、小傘は唐傘を手放した。

 

「!?」

 

 視線がズレた隙にすかさずレミリアの足を掴んで転ばせる。そしてレミリアの腹の上に小傘は馬乗りになり、放った傘を掴んでレミリアに突きつけた。

 

「ハァ…ハァ…!……えへへ、驚いた?」

 

「こ、がさ……なんで…!」

 

「ハァ……アレは幽香が植物の茎とかで作ってくれたそっくり人形。わちきの妖力も入ってる。前にレミリアが言ってたでこい?ってやつ。真似してみたんだけど、まさかあんな綺麗に引っかかるなんて思わなかったよ。やっぱりレミリアはレミリアだね」

 

 しっかりものだけど、少し抜けていて、ちょっとしたことで驚いてしまうようなドジな女の子。それが小傘の知るレミリアという妖怪だった。どれだけ姿形が変わってしまっていても、それだけは変わっていない。その事に小傘は安心する。

 

 レミリアは苦虫を噛み潰したかのような表情の後、小傘の背にある翼のような七色の光を見る。

 

「………その魔力は…、そう、フランまで…。とんだ隠し玉ね…」

 

 追い詰められてしまった。

 油断していたわけではない。ルシェルの力で世界を掌握できる力の大半が封じられているからとか、そんなものは言い訳にもならない。小傘の方が圧倒的に不利な条件で勝負を挑んできたのだから。つまり正々堂々やってそれで尚このザマ。

 

「…今の慧音先生の護身術よね。ふふっ、私よくサボってたからまんまと引っ掛かっちゃった…」

 

 小傘は持ち得るもの、託されたものを全て駆使してここまで自分を追い詰めた。恐らく小傘が止まったのは自身の背後に大量の弾幕があることに気がついたから。小傘が攻撃すると同時にそれらは一気に牙を剥く。故に動けない。

 だがそれでもレミリアが追い込まれたことに変わりはない。後一瞬でも反応が遅れていたら敗北していたという事実に、表情を歪める。

 

「ほんと、なんで…なんで…!!」

 

「レミリア…?」

 

 レミリアは星の涙を浮かべて、叫んだ。

 

「なんで皆んな分かってくれないのよ!みんな邪魔するのよ!!私は小傘たちを守りたいだけなのに!!」

 

「!?」

 

「見たでしょ今日の戦争!!幻想郷は危険なの!!この世界は里のみんなを妖怪たちの存在を確立させるためだけの駒にしか見てない!!今のままじゃいつか小傘も咲夜も里のみんなもいつかこの世界に殺されちゃう…!」

 

「…そんなことッ」

 

「あるッ!!事実アイツらは里の被害なんてお構いなしに暴れてた!私が守ってなかったらみんな死んでた!!人間なんていくらでも外から呼び込めるなんてクソ管理者共が楽観視してるから!!!」

 

 レミリアは小傘の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「そんなの私は許さない、絶対に」

 

「そんな都合で小傘たちを殺させない」

 

「だってここは、みんなは、世界でたった一つの、私の居場所だから…!」

 

「妖怪としての私を、受け入れてくれたから…!!」

 

「だからもう二度とこんなことが起きないようにする!絶対に皆んなが危険な目に遭わないようにする!!」

 

「そのための世界が欲しいの!!……………誰も死んでほしくないの」

 

 

「レミリア…」

 

 その声を聞いて小傘は悟る。

 今まで見てきたレミリアは明るく見えていても、心の中は不安でいっぱいいっぱいだったのだ。

 レミリアの能力には人格変化の他に軽い興奮作用がある。この夜を支配する力はそんな抑圧していたレミリアの感情を人格変化という手段でぶちまけさせていた。これがタガの外れたレミリアの本音、抱えていた不安。

 

「レミリア…わちきは…!」

 

「私は、みんなを失うわけにはいかないの、居場所を失いたくないのっ…!だから、だから私は!!」

 

 レミリアに魔力が収束していく。寒気を感じた小傘は反射的にその場から飛び退いた。

 

 

「この幻想郷をぶっ壊す!!」

 

 

 瞬間、世界が爆発した。

 同時に全方位に大量の弾幕もばら撒かれる。その数は最早避けれる避けれないの問題ではない。それは弾幕と言うよりかは、魔力の壁というに正しかった。さっきの巨大弾幕の時の比ではないレベルの猛攻が小傘を襲う。フランの魔力の盾で守るが長くは持たないだろう。小傘は時間を止めようと時計のダイアルを押す。

 

「…ッ!?」

 

 しかし世界は何の反応も示さなかった。二、三度押しても同じ。

 咲夜の能力が通用しなくなっている。つまりそれはレミリアの力が上昇してきているということ。ルシェルの力で押さえ込まれても尚、咲夜の力を受け付けなくなっていた。

 徐々にルシェルの力を押し返しているからか、周りの大地も再び侵食が始まる。小傘は弾幕の数が多過ぎて前に進むこともままらない。この弾幕の雨も被弾するまで止まらないだろう。再び小傘は窮地に追い込まれることになった。

 

 レミリアの幻想郷を守るという動機は、いつしか自分の理想の幻想郷を型作るという方向に変わってしまっていた。自分が守りたいのは幻想郷そのものではなく、そこに住んでいる人々と里だけだから。それだけあれば何でもよかった。

 きっとそれがレミリアの吸血鬼としての自己中心的な思考だったのかもしれない。

 

「小傘!!もう諦めて!!諦めて私と一緒に帰ろう!!里に!!」

 

「………そう、だね。もう帰ろう…レミリア」

 

「小傘…!」

 

「でも帰るのはレミリアの作る世界じゃない!わちきたちが暮らしていた、幻想郷だ!!!」

 

「なんっ、でぇ!!!」

 

 更に勢いを増す光。最早弾の形すら見えなくなっているそれは託されたフランの魔力を確実に削っていく。

 

「もういい!!こうなったら無理矢理にでも連れて行く!!だからもう敗けて倒れて諦めて小傘!!」

 

「嫌だ!!わちきは諦めない!!」

 

「なんでなんでなんでぇ!!!私はみんなだけがいれば…!」

 

「レミリアが良くてもわちきは良くない!!!」

 

「!?」

 

「レミリアや里のみんなだけじゃ無い!!幽香や紫さん、幻想郷にいる妖怪たちもわちきたちと同じで必死に生きてるんだよ!!だから戦争だってした!!それを踏み躙ってまでわちきは生きたくない!!」

 

「そんなの分かってるわよぉ!!!でも、でもこうしなきゃみんな失っちゃう!!1番力のある私だけが生き残っちゃう!!いや、いやいやいやいや!!いやなのそれは!!絶対いや!!」

 

「ぐぅ…!?」

 

 

「落ちて!小傘!!私はもう独りはいやなの!!!だから一緒に!!!」

 

 

「────絶対に、独りになんかさせない!!!わちきはレミリアを助けてみせる!!!」

 

 

 

 そう叫び、小傘は最後の一手を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

『多々良小傘』

 

『うぇ!?』

 

 今レミリアの下にいかんとした時に小傘を呼び止めたのは幻想郷管理者、八雲紫だ。話にしか聞くことがなかった大物を目の前に小傘は萎縮してしまう。

 

『…そんなに怯えないで、私は貴女にお願いをしにきただけなの』

 

『お願い…』

 

『最早幻想郷の未来は貴女に賭かりました。貴女が勝つか負けるか、それでこの楽園の全ては決まります』

 

 述べられる言葉一つ一つが小傘に重くのし掛かる。そう、小傘は今幻想郷の運命を決める戦いに出るのだ。賢者のその言葉に嫌でも責任を自覚する。

 

『…本当なら、私がしなければならない役目。…ですが情けない話、私はもうあの存在に立ち向かう勇気がありません。私は彼女に敗れて、そして折れてしまった』

 

 紫は血が滲むほどに手を握りしめる。幻想郷を壊された悔しさと、あの存在に対する恐怖、今の自分の惨めさ、そんなマイナスの感情が心の中でごった煮になっている。だがそれでもと、できる限りの足掻きをすると立ち上がったのが今ここに立っている八雲紫なのだ。

 例え情けなくても、自分より圧倒的に格下の妖怪に縋ってでも、紫は幻想郷を取り戻したかった。

 

『だから、お願いします。幻想郷を、私たちの楽園を、どうか取り戻してください』

 

 紫は地に頭をつけて懇願する。それが情けなくも動けない自分ができる精一杯のことだった。

 そんな紫を目の前に小傘はどうしたら良いのか分からず混乱する。

 

『あ、あわわっ、と、取り敢えず頭を上げ、上げてくださいっ』

 

 小傘は慌てて紫の頭を上げて、紫の目線に座る。

 

『た、確かにわちきが勝つか負けるかで幻想郷の未来は変わるかもしれないけど、わちきはそんな凄いことをやろうとしてる訳じゃないよ…』

 

 命運がかかっているのは事実、それでも小傘がレミリアのもとに行くのはもっとシンプルな理由。

 

『わちきは友達を取り戻したいだけだよ。それにレミリアはバケモノなんかじゃない、わちきの大事な、友達だよ!』

 

『……』

 

 友達。不思議と紫の中にその言葉がストンと入り込む。

 脳裏に映ったのは自身の唯一の友人とも言える桜色(白黒)の立ち姿。手を伸ばした小傘と手を伸ばさなかった自分、紫は小傘に自分の姿を重ねてしまう。

 

(…あの時動けていたら、今彼女のいる場所にいたのは、私だったのかしら)

 

 そんなもうどうしようもないことを考える。消えた時間も思い出も、もう元に戻らないと言うのに。きっと小傘は自分が手に入れられなかったものを手にしている。妖怪の賢者としてではなく、八雲紫個人として多々良小傘という妖怪を紫は認めていた。『それじゃあ、行くね』と、隙間空間の出口に向かおうとする小傘を紫は再び呼び止める。

 

『多々良小傘、これを持っていきなさい』

 

『うわっ!?え、か、傘?』

 

 洋風な装飾がついた薄紫色の日傘。何処となく幽香の使っているものとよく似ている。

 

『私の能力が込められた日傘。幻想郷に回す分があるからそこまで多くは無いけれど、きっと貴女の助力となってくれるはずです』

 

 一体彼女はあの存在とどう言う関係なのか、どんなドラマがあったのか、それは敢えて聞かなかった。そんな資格は今の自分には無いから。

 だが、事実として彼女が唯の1人の友を救いに行くと言うのならば、八雲紫個人として精一杯のエールを送ろう。

 

『多々良小傘、貴女は貴女の友人を救いにいきなさい』

 

『────うん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは一瞬のことだった。

 

 気がつけば、と言う他ない。さっきまでレミリアの視線の先で弾幕を耐え忍んでいただけの小傘が、何故か真横にいた。その手には薄紫色の日傘が。

 レミリアは全てを悟る。

 

 

「───小傘ぁ!!」

 

「───レミリアぁ!!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 小傘の大ぶりの一撃。振り下ろした瞬間に込められた魔力から弾幕が弾ける。だが、レミリアは咄嗟に魔力の障壁を作ってガードした。そのまま小傘の身体に弾を叩きつけるが、小傘はそれをもう片方の手に持っていた唐傘で上手く防ぐ。お互い力の押し合いになるが、今の小傘とレミリアの腕力の差は歴然だ。徐々に小傘は押されていく。

 

「ぐぎぎぃ…!!」

 

「私の…!!勝ちよぉ!!!小傘ぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 しゅるっ

 

 

 

 

「───え?」

 

 

 不意に手首に感じる違和感。そこに目を向ける。

 振り下ろさんとするその腕には綺麗に結ばれたミサンガが。そしてその側には──

 

 

「さく、や」

 

 

 なんで?なんでここに咲夜が?さっきまでいなかったのにどうしてなんでなんでなんで。

 よく見ると、咲夜の背後には空間が裂けたような跡が。

 まさか、さっきの大振りは攻撃じゃ無くて、これのため?でもなんで咲夜が?だって小傘は一対一で勝負を…

 

 

 

 

 ───わちきたちでレミリアを止める

 

 

 

 

 勝負、を………

 

 

 

 

 

 

 ───わちきたちと勝負しよう

 

 

 

 

 

 

 あ

 

 

 ああ

 

 

 あああ

 

 

 ああああああ!

 

 

 

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レミリア、落ちて」

 

 

「だりゃあッ!!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、小傘の紅の弾が直撃し、レミリアの意識はブツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時々、夢を見る。

 

 

 とても嫌な夢だ。お爺さんとお婆さんと住んでた時からずっと見る夢。

 私が独りぽつんと何も無い場所にいる。視線の先には家族らしき大人2人と子供3人。何でかその人たちを見ていると、とても寂しい気持ちになる。なのに皆んな私から遠ざかるみたいに何処かに行く。追いかけるために走ろうとしても身体は全く動かない。声も出せない。私はたった独り皆んなが何処かへ行ってしまうのをただ見ていることしかできない。そうして泣き崩れてしまいそうになったところで目が覚める。

 

 だからか分からないけど、私は昔から1人でいることが嫌だった。常にいつも誰かといないと落ち着かない。周りに誰もいないと寂しさでどうにかなってしまいそうになる。

 

 だから2人が死んでしまった後、1人で旅に出た。

 たった1人であの家にいるのは耐えられなかったから。

 

 けど実際私を受け入れてくれるって所はすごく少なかった。あの時代の人たち妖怪とかそういう存在に結構ピリピリしてたし。攻撃されて死にかけるなんてこともあった。私が生きてきた四百と余年、野っ原とかで寝ることの方が多かったと思う。

 それでも偶に見るあの悪夢で飛び起きて、最悪な気分になる時もあった。多分その時に気づいたんだと思う。私は妖怪だけれど心は人間なんだなって。

 こんな力を持ってるもんだから400年以上も人にも妖怪にも避けられて、誰とも接せなくて、一時期気がおかしくなったこともあった。

 

 だからこそ、この人里はとても心地が良かった。

 たまたま縁で来た世界だったけれど、この幻想郷の人間の里は私が妖怪と知っても気兼ね無く接してくれる唯一と言っても良い居場所だった。それに外の世界で咲夜、幻想郷で小傘と出会えた。私の日常はこの上無く充実していた。

 この里は私にとっての最後の居場所だ。

 

 でもそんな私の気持ちと反して幻想郷は里にはあんまし優しくなかった。基本的に里の被る損害に対する処置は最低限だし、流行病とかの病にも何の手当てもなし。管理者たちや妖怪たちは人間を食糧か己の存在維持装置としてしか見ていなかった。幻想郷を維持する都合の良い歯車としか見ていなかった。

 

 だから私は私の居場所を守らないといけないっていう使命感に駆られた。こうして過ごしている日常(いま)を壊させるわけにはいかない。そんなこと許せるわけがない。

 

 

 

 だって皆んながいないと、きっと私は生きていけないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!!力が消えたっ!!」

 

「ということは…」

 

「つまり…!」

 

「2人がやってくれたのね!」

 

 そうなればやることは後一つだ。

 

「うん!あとは幻想郷を元に───ゴプッ」

 

「お母様!!?」

 

 突然ルシェルの口内から血が溢れる。肉体の限界が来たのだ。

 抑えようとしてもその口からは止めどなくな溢れて止まらない。それと同時に能力の集中も切れていく。

 

「グッ…!!こっちも魔力が持たないわ…!」

 

「私ももうすっからかんね」

 

(せっ、折角2人が繋いでくれたのにっ…!このままじゃあ…!)

 

「ルシェル様!口を開けてください!」

 

「え───ムゴッ!?」

 

 声と同時にルシェルの口に何かが放り込まれ、そのまま勢いで飲み込んでしまう。すると、ルシェルの体調はみるみるうちに治っていく。

 これはエリクサーだ。飲めば身体の病症、損傷的異常を完治させる万能薬。一時期パチュリーが躍起になって作った中のたった一つの完成品。それを遠慮無しに使ったからかパチュリーの顔はすごいことになっているが。

 そんなルシェルを見てフランはほっと一息をつき、その2人に視線を向ける。

 

「…遅いわよ、クルム」

 

「これでも最短距離で帰ってきたつもりだったのですが…フラン様は手厳しいですね」

 

 クルムはこうなることを見越して、1人紅魔館に戻り、使用できる薬品や魔法薬を持ってきたのだ。

 

「紅魔館が無事だったことが幸運でしたよ。おかけでこの魔法薬を沢山持ってこれましたので。どうぞ、飲んでください」

 

 4人は魔力回復の薬が入った瓶を受け取り、そのまま飲み干す。

 

「───ぷはぁ!全快!!ほら雑魚2人!さっさとこのクソッタレな世界を元に戻すわよ!」

 

「分かってるわ、命令しないで。不快よ」

 

「……」

 

「あら、賢者サマは乗り気じゃないかしら?今貴女の望みが叶うっていうのに」

 

「……いえ、ただ信じられないだけ。本当にあの状況から巻き返してしまうなんて」

 

「礼なら後で小傘と咲夜に言いなさい。それにまだ終わってはいないわよ、ここから私たちが全部元に戻す。何もかもをね」

 

 

「……ええ、分かってるわ」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 やけに重い瞼を開ける。レミリアは倦怠感を感じつつも上を見る。目の前に小傘の顔があった。そこで漸く自分が膝枕をされていることに気づいた。

 

「あっ、レミリア!起きたんだね!」

 

「………小傘」

 

 さっきまでの出来事がレミリアの中で蘇る。

 その瞬間、レミリアは小傘に抱きついた。

 

「うえぇっ!?な、なになに!?どうしたのレミリア!?」

 

「小傘っ、け、怪我とかしてないわよね!どこも傷とかついてないわよね!?」

 

「あはは、レミリア焦りすぎ。…大丈夫、何処も怪我してないよ。レミリアのおかげで」

 

「………よ、よがっだぁ〜!!」

 

 そう言ってレミリアはビエビエと泣き始めてしまった。

 姿背丈格好もいつもの黒髪レミリアに戻っている。小傘も泣き喚くレミリアを宥めながらほっと一息つく。

 

「ごめんね、ごめんねぇ…!私がもっとしっかりしてたらこんなことにならなかったのにぃ…!」

 

「ううん、レミリアは悪くないよ。寧ろレミリアはわきちたちを守ろうとしてくれたじゃん。レミリアがいなかったらきっとわちきも咲夜も、里の皆んなもきっと戦争に巻き込まれて死んじゃってた」

 

「でもぉ…、でもぉ…!」

 

「それに謝るのはわちきの方だよ」

 

「んぇ…?」

 

「レミリアもわちきたちと同じでちゃんと悩んでたんだって、ちゃんと苦しかったんだって、そんな当たり前のことに気づいてあげられなかった。…だからごめんね……ごめんねレミリア…!」

 

 そう言って小傘は大粒の涙をこぼしてレミリアを抱き返す。

 今回の件はレミリアが前々から抱いていた不満や不安が爆発した形でもあった。もっと小傘や咲夜がその気持ちに気付けていれば防げていたかもしれない。そんな責任感が小傘の中にはあった。

 

「う"う"〜!!私もごめんねぇ…!!小傘にもみんなにも幻想郷にも酷いことしちゃってぇ〜!!」

 

 2人はお互いを抱きしめ合いながら泣き叫んだ。

 すると、唐突に咲夜が2人に近づきレミリアを小傘から引き離した。

 

「うぇ?」

「あぇ?」

 

「レミリア、私も頑張ったよ。ほめて」

 

「うわぁーーん!さくやもありがとゔー!!ごめんねまたこんな事になっちゃってぇー!」

 

「ん、良い、許す」

 

 レミリアの抱きつきの中、咲夜はとても満足そうな顔をしている。

 

 最後の一撃をすると考えたのは咲夜だった。どんな形であれ小傘とレミリアがお互いの力の凌ぎ合いになれば有利なのは確実にレミリアだ。だからこそ一番隙ができる仕留める瞬間を狙った奇襲。レミリアの性格的にもそれが一番効果があると考えた。そして結果的に紫の能力と相まってこれ以上ないほどうまくいった。

 

(ありがとう、小傘)

 

 心の中で小傘にそう感謝を述べる。

 小傘があそこまで粘り、凌いだからこそ、今回の勝ちはあるのだから。正直、あの時里でナヨナヨしていたあの妖怪がここまでしてくれるとは思ってもいなかった。咲夜から見ても小傘の度胸と機転の利き方は目を見張るものがある。もしかすれば最恐の妖怪になるという彼女の夢も案外夢物語ではないのかもしれない。…まぁ、そう言うには少し優しすぎるが。

 

 

 

「れーみーりーあー!!!」

「お姉様ぁ!!!」

 

 

「ふぎゃっ!!?」

「!!?」

「うわぇ!?」

 

 突如降ってきた吸血鬼二名に3人は体勢を崩してずっこける。

 

「レミリア大丈夫!?怪我とかしてない!?元に戻ってるわよね!?」

 

「…お姉様また雰囲気変わった?」

 

「ちゅ、ちゅぶれりゅぅ…!」

 

 レミリアは何とかぎゅうぎゅう詰めの中から抜け出す。するとルシェルに思いっきり抱きしめられた。

 

「る、ルシェル…」

 

 思わずレミリアは顔を背ける。合わせる顔が無かった。自分の失敗でこんな迷惑をかけて、ルシェルにも大きな苦労をかけてしまった。どこかに逃げて隠れてしまいたい気持ちだったが、今のレミリアではルシェルの拘束を解くことは叶わない。

 

「お母さん」

 

「え?」

 

「お母さんって呼んで、レミリア」

 

 そんな声にレミリアは戸惑った様子を見せる。

 

「で、でも…私たくさん迷惑かけちゃったし、ルシェルもいっぱい痛かったと思うし、それに…」

 

「───レミリア」

 

「あっ…」

 

 ルシェルはレミリアの頭を優しく撫でる。

 

「親が子の後始末をするなんて当たり前よ。子供は親に迷惑をかけて生きていくものなの。こんなの私には迷惑にも入らないわ」

 

「あ、あぅ…あうぅ…ご、ごめんなさいぃ…!」

 

「…謝るのはこっちの方。………ごめんね、貴女を助けられなくて、今まで見つけてあげられなくて、気づいてあげられなくて…!」

 

「うぅ…!うあぁ…!!」

 

「貴女はレミリア。レミリア・スカーレット。私の大切な、大切な娘よ」

 

「母さん……!お母さん…!!」

 

「おかえり、レミリア…!会いたかった…!本当に、会いたかったわ…!!」

 

 よく今日まで生きてくれていた。

 泣きじゃくるレミリアを力強く抱きしめる。その身体をもう二度と離さないように、ぎゅうっと。

 とても遠い回り道をしたが、ようやく2人は会うことができた。ルシェルは永い間想い続けてきた子供と、レミリアは夢にまで見ていた家族と。

 

 

「おかえり、レミリア」

 

「ただいまぁ、おかあさん…!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「何とかひと段落ついたみたいね」

 

「…えぇ、そうね」

 

「幻想郷の大地も結界とやらも完全に元に戻ったし、これで今回の異変も完全に閉幕。……で、貴女はどうするのかしら。今の彼女にはカケラの脅威も無い。仕留めるには絶好の機会だけど」

 

 2人の視線の先にはあの悪夢を生み出した張本人が。しかしその姿からは先程のような力は微塵も感じられない。同一人物かと疑うほどだ。

 

「……幻想郷の今後、という意味では消した方が良いかもしれない。でも、それをするには私は今回彼女たちに恩を作りすぎた。それに今回の一件は私の不手際でもある。…彼女たちと関係を作っていくことも、また幻想郷の未来のためよ」

 

「そう、良かったわ。殺すなんて言い出したら私が先に貴女を殴り殺すところだった」

 

「…怖いわね」

 

 確かに彼女は明確な脅威ではあるが、少なくとも今排除するのは得策では無い。理由はわからないが、今彼女は無力化されているし、敵意もない。ならば見守るという選択肢が今は一番無難ではある。

 何より小傘にあんな大恩を作った手前、それを仇で返すことはできなかった。

 

 

「あぁ、そういえば」

 

「?」

 

「あの産まれたての妖精を連れてくる件、もう必要無くなったわ」

 

「どうしてかしら?変に食いついてたのに」

 

「……気が変わったのよ」

 

 そう薄く笑う幽香はどこか嬉しげだった。

 紫にその笑顔の真意は掴みきれなかったが、少なくとも彼女にとって満足する出来事があったのだろう。紫はほんの少しだけ幽香との距離が縮まったような気がした。

 

「…私は一旦戻るわ。日が登ったら色々と忙しくなりそうだしね」

 

「そう、ご苦労様」

 

「……今回はありがとう。一応改めて、礼を言っておくわ」

 

 そう言って、紫はその場から消え去った。幽香だけがその場に取り残される。

 幽香は大きく息を落とし、いまだに泣き喚いている集団に目を向ける。

 見たところ小傘にも目立った傷はない。疲弊こそしているが、土や泥に塗れているぐらいで外傷と言えるものは一つも無かった。小傘が1人で立ち向かうと言い出した時は心の臓が口から飛び出るところだったが、無事で帰ってきてくれて何よりである。

 それに本当にアレ相手に勝ちを収めるとは思っていなかった。小傘がいなければ本当に幻想郷はジ・エンドだったろう。本当の意味で戦争を終わらせたと言っても過言では無い。もしかすれば自分が友達になった妖怪は凄い存在なのかもしれない。今更ながら自分なんかがお近づきになっても良いのだろうか?

 

「あっ、幽香もこっち来てよ!レミリアに幽香のこと紹介したいんだ!」

 

「…ええ、今行くわ」

 

 …なんて、小傘はそんなふうに見られることを望んでいるわけがない。小傘だってきっと友達を助けたいから動いただけだ。そんな彼女に自分の勝手な評価を加えて接し方を変えるのは違う。いつも通り、普段通りの自然体が小傘には一番だろう。

 

 小傘の下に行く最中、ふと顔を横に向ける。悠々とした山が遥かの遠くに見え、そこから少しずつ日の陽の点りが見えた。それは夜明けの証。この長い夜も漸く終わりかと、嘆息して再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「…………あれ、なんか焦げ臭い?」

 

「レミリアぁ…!」

 

「ルシェル様!日光日光!!身体焦げてますよ!?」

 

「日陰!日陰に行きましょう!一旦離れてください!」

 

「いーやー!」

 

「こんな時に我儘言わないでください!」

 

「小傘!傘!唐傘!」

 

「えっ、あっ」

 

「鈍い!貸せ!」

 

 フランは小傘から唐傘を奪い取り、そのまま開く。

 

「いや穴だらけ!!」

 

「うわぁーっ!!なんでぇ!!?」

 

「流石にあの戦闘には耐えきれなかったみたいね…」

 

「ひぇー!?お母さんの羽が消えかけてる!?」

 

「大丈夫よレミリア、これくらいへっちゃ───あっ」

 

「お母様ーーッ!?」

 

 ベキッ

 

「わちきの傘がーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───此度の戦争の勝者、幻想郷

 

    解決者、多々良小傘

 

 

 

 

 

 

 

 

 








多々良小傘ちゃん:今回の戦争の実質的な勝者。いつもはダメダメな感じだけど、いざとなったらちゃんと頭も行動も回るタイプ。あと胆力が凄い。普通にあのレミリアたん相手に勝ち星収めるとか異常ですからね?

十六夜咲夜:実は飛べない。小傘とのレミリアへの理解度の差を見せつけられてジェラった。そろそろ実るな♠︎

ルシェル・スカーレット:あのあと何とか助かった。


☆良くわかる!レミリアたんの歴史①☆
・一時期レミリアたんの力を脅威に思った神が束になって襲ってきた時期があったよ!その時のレミリアたんはちょっとした人間不信になっててイライラしてたから、怒りに任せて大暴れ。一夜で全員返り討ちにしたよ!でもそのせいで世界中の神秘が薄れてしまって、神だけでなく人外の数も減ってしまったのだ!幻想郷が結界を囲まざるを得なくなった原因の一端でもあるよ!その時の荒れてた時期はレミリアたん曰く黒歴史らしい!ちなみにその時の神の生き残りがまだいるとかいないとか…




 次回最終回





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レミリアたんの戦いはこれからだ!




 完ッ結ッ!!



【前回のあらすじ】
・幻想郷は美味しいスイーツ!パクパクですわ!
・ゆかりん「(幻想郷は)あげません!」
・レミリアたん主人公降板の危機





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、地球が生んだ超越美人のレミリアたんです…。

 

 あの後日が昇って寝てた皆は起きました。日が出れば私の魔力は綺麗さっぱり消えちゃうんですねこれが。里の人たちも不思議には思っていたものの、いつも通りの日常が帰ってきましたと。わーいやたー。

 

 …はい、見ての通り元気ないです私。しょんぼりレミリアたんです…。

 

 いやもうね、土に還りたい気分だよ。

 最終的に目的反転した挙句に、みんなの前でギャン泣きしちゃったんだよ?もうお外出れないヨ…、シクシク…。

 こんな気分の時はお布団にくるまって(精神の)覚醒の時を待つに限るのだ。惰眠最高!惰眠最高!

 

 

「というわけで今日1日寝ます、すみおやー」

 

「ダメ、仕事だから起きて」

 

 咲夜は布団にくるまった芋虫から皮を引っ剥がそうとする。

 

「いーやー!私は疲れてるのー!私はあの夜1番の功労者よ!?いーじゃん今日1日くらい!」

 

「店長や里のみんなはそのこと知らない。今寝たらただのサボり」

 

「うー!いやー!寒いのー!眠いのー!」

 

「そういえば今日フランたちが来るって」

 

「ほんとっ!?」

 

 レミリアは咲夜をふっ飛ばして布団から飛び上がる。

 

「早くそれ言ってよ!遅刻しちゃう!」

 

 急いでレミリアは身支度を整え、朝食の焼き魚を咥えて、目を回している咲夜を連れて家を出る。

 

「おや、おはようレミリアちゃん。今日も仕事かい」

 

もまもう!むん、みまみょうみもいめむ(おはよう!うん、ちょういそいでる!)!」

 

「そうかい、気をつけてな」

 

「むん!」

 

 そう言ってレミリアは店に向かって走り出した。狭い通りを抜けて、里の大通りに出る。そこには2日前の戦争など無かったことかのように、変わらず人々が往来している。

 

「あっ、おはようレミリア!」

 

「…ん、ごくっ…、おはよう小傘!2日ぶり!」

 

「あれからどう?体調とか大丈夫?」

 

「ぜーんぜん問題ナッシング!元気100倍よ!」

 

「…さっきまで冬眠中の蛙みたいに動かなかった癖に」

 

「あ、咲夜おはよう!さぁ、今日も1日気張っていくわよー!」

 

「さりげなく無かったことにしないで」

 

「あっ、そうだわ!咲夜!ルシェルたちが来るってどういうことよ!そんなの初耳だわ!」

 

「何言ってるのレミリア、この前ルシェルさんたちがこっちに来るって言ってたじゃん」

 

「ごめん寝てた!」

 

 どうやら小傘の話によれば、あの後あの場にいたルシェルたち吸血鬼側は、八雲紫の恩赦によって正式に幻想郷に住まうことを許されたらしい。色々と条件はあった様だが。それでその後、唐突にルシェルが是非レミリアの住んでいる里に行きたいと言い出したのだ。

 

「今回は幻想郷の歓迎会を含めた集まりってことね!」

 

「来る時には人間に変装して来るって言ってたけど、大丈夫かな…」

 

「大丈夫だって。お母さんはしっかりものだし、お店も里の入り口の近くにあるからすぐに気づくわよ」

 

「そうじゃなくて太陽が…」

 

「……フランがいるから問題ないわ!」

 

 その自信は一体どこから出て来るのだろうか。スカーレット一家は意外と抜けている部分がある。レミリア然り、ルシェル然り、何でもノリと勢いで解決しようとするから目が離せない。現当主のフランは苦労するだろう。咲夜は少し同情した。

 そんなことを話していると、里の大通りに妙な人だかりができているのを見つけた。卸売でもしてるのかと思ったが、あの辺りに売り物屋は無かったはずだし、時間も早すぎる。

 

「なんだろう、屋台かな?」

 

「トラブルか何かじゃないの?どうせまた誰かが慧音先生の頭突きの餌食に違いないわ」

 

「そんな命知らずレミリア以外に知らない」

 

「何よ!私がトラブルばっかり起こすみたいに言って!」

 

「あの時の自分見て同じこと言える?」

 

「あ、あれは不慮の事故よ!事故!閉じ込められた時に出力ミスしなかったら何の間違いもなく完璧だったんだから!」

 

「ふーん…」

 

 すると、ザワザワと騒ぐ人だかりの中から人だかりの中から一際大きな声が響いてきた。

 

「皆さん、今日はこんな朝早くから集まっていただきありがとうございます。今日皆に集まってもらったのは、少しばかり私の話を聞いて頂きたいからです」

 

 そう声を上げたのはきっちりとした装いをした男だ。レミリアにも覚えのある顔だった。確か自警団の団長だっただろうか。真面目で少しお堅い部分はあるが、里でもかなり人望のある人だ。あの夜の日、里で忙しなく動いて部下に指示をしていたのが記憶に残っている。

 周囲の人々はまばらに騒ぎつつ、彼が一体何を話すのかと気になっている様子だ。

 

「…話の結論から申し上げましょう。私たちは先日、里でこの幻想の地に住まう神の真姿をこの目で見ました」

 

 ザワリと周囲が騒ぎ立つ。

 この人妖住まう幻想郷であっても神と呼ばれる存在は数える程度にしかおらず、また殆ど里には顔を出すことはない存在だ。そんな神をこの里に現れたということはそれだけで縁起の良いことなのだ。

 

「詳しい事情は説明できませんが、先日の夜、この里に凶悪な妖怪が攻め込んできました。その中にはかの凶悪な常闇妖怪の姿もあり、対処に赴いた我々は窮地に陥ることになった」

 

「しかしその時、かの御身の神がご降臨なされ、攻め込んだ全ての妖怪と災害を屠り、我々を救ってくださったのです!」

 

 ザワザワと喧騒が大きくなる。

 

「あの常闇妖怪を?まさか」

 

「流石に無理があるだろ…」

 

「そういえば、前の朝刊で妖怪が攻めてきてたって書いてあったぞ…!」

 

「でもあの鴉天狗の新聞だろ…?信用が足りないだろ…」

 

「でも自警団の団長さんがそんな与太話を態々こんな大々的に言うかしら?あの人神力とかそういうの特に信用してなかったし…」

 

「確かに…。もしかしたら本当のことなのかも…」

 

 

「我々はその御身をこれより『星辰様』とお呼びし、信仰の対象とすることを決めた!…そしてこれがかの星辰様の御姿だ!」

 

 そう言って民衆たちに絵の描かれた紙を見せる。そこには星が描かれた巨大な翼を持つ女型の人物が仏教画のように描かれていた。「おぉーっ」と人々は反応を見せる。

 

「この御身を信仰すれば次新たにこの里に脅威が迫り来る時も必ず我々を守ってくださるはずだ!さぁ、皆さんも星辰様を信仰いたしましょう!」

 

 ワァー!と人々は沸き立つ。どうやら人々にとってもかなり興味に惹かれる話だったようで、かの自警団団長の言う星辰様は人々の心にすんなりと入り込んだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

「な、何で、こっちを見るのよ!関係なし!他人の空似!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 幻想郷に訪れた未曾有の危機。最悪の未来も寸前まで見えたが、間一髪というところで回避し、幻想郷も元の姿を取り戻すことができた。

 しかし全ての問題が解決したわけではない。幻想郷にある有力者は大戦中に何が起きたのかを把握できていない者も多い。あの夜起きたことは過去類を見ない異常事態に他ならなかった。各所の妖怪たちもあの夜の出来事には精神的に参ってる様で、一部の妖怪は話すら聞ける状態ではなかった。

 だが無理もないだろう。何せ彼らに限らず妖怪たちの中には()()()()()()()()()()()()()()。ルシェルの力は息絶えてしまった命の運命でさえも元通りにしてしまったのだ。当の彼らも、しっかりと死んだ記憶は覚えている様で、当然幻想郷中がパニック状態になった。その対応を負わなければいけないのが管理者である八雲紫だ。

 幻想郷の管理者としてあの場にいた八雲紫は幻想郷の妖怪たちに何があったのかを説明する義務があった。

 

 紫と藍は静かに縁側を歩く。縁側からは豊かな緑が青々と茂っている。今日も快晴だった。あんなことがあった後だと、この何気ない景色も酷くありがたく見えてしまう。

 藍の足音もいつもより遅い気がする。やはりあの夜のことが気にかかるのだろう。藍から見れば主人が1人幻想郷の危機に抗っていたのを他所に、式である自分はのうのうと寝ていたのだから。そんなことは彼女のプライドが許さないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、いつの間にか目的の部屋の前にまで着いた。考えすぎていた。思慮を深めすぎると周りが見えなくなるのは昔からの悪癖だ。そう思いながら襖を開ける。

 部屋の中には幻想郷の有権者たちが揃い踏みしている。面子も事情あって欠席している博麗の巫女を除いて大方いつも通りだ。特に今日は話題が話題だからかいつもより欠員が少ない。

 

「おや、珍しいですね。貴女が徒歩でいらっしゃるなんて」

 

「お久しぶりです、守護者様。ええ、偶にはゆったりと地を踏んで来るのも良いかな、と」

 

 上白沢 慧音。里の代表として来た彼女もまた、今回の会合の出席者だ。

 

「それよりも、先日は橙がお世話になった様で」

 

「大丈夫ですよ、寧ろああやって札を提供してくれてだけでも有難いです。おかげでなんとか里も持ちました」

 

 その声色に僅かばかりでない不満があったが、今指摘することではないと敢えて気付かぬふりをする。

 思えば里になんの被害も出ていないのもあの存在、レミリアが何かやりくりをしていたのだろう。

 

「ふふ、そう言って頂けると此方も用意した甲斐がありましたわ」

 

「…ああ、有り難かったさ。本当にな」

 

「『どの口が言う。たったあれっぽっちでどうあの激戦を凌げと言うのか。人間を下に見てるとしか思えん愚考者めが、いつか足を救われるぞ』ですか。ふふ、私も概ねそう思いますね」

 

 そう言ったのは癖のある紅桃色の髪の少女だ。見た目以上の落ち着きと、積み重ねを感じる佇まい。頭と手足から血管の様なチューブが生えており、胸の半ばあたりの赤い瞼のかかった眼球の様なものに繋がっている。

 地底の主、古明地さとり。幻想郷の凶悪な妖怪たちが数多く存在する地底世界の統治者にして、そこに存在する地霊殿の主。彼女は自他認める嫌われ者。本人が心を読む力を持っているということも大きな要因であるが、その最たる理由は…

 

「ふふふふ、なんて可哀想なのでしょう。そちらの都合で一方的に戦禍に巻き込まれたにも拘わらず、そんな雀の涙程度の対抗策しか与えて下さらないとは、里の人間に死ねと言ってる様なもの。もしかすればそれが狙いだったのかも知れないですねぇ。今の里は良くも悪くも発展しすぎましたから。人と妖怪のバランスを取るのも管理者様のお役目ですから。言うならば、間引きですかね」

 

「古明地ッ…!!」

 

「おやおや、怖いですよ式神さん。私は事実とそこから考えられる予測を述べただけ…。そう思われても仕方ありませんよねって話です」

 

「……さとり殿」

 

「ああ、失礼。上白沢さん。つい癖で。…ですが趣旨とはズレても今回の話では避けては通れない問題ですよねぇ?賢者様」

 

「……」

 

 その場にいる全員の視線が紫に向く。

 

「私たちはあの夜何が起きたのかを知りたいのですよ。目的はまばらでもこの場にいる一同皆同じ気持ち」

 

「…そうね、本題にいきましょう」

 

 紫は敷かれた座布団に座り、真っ直ぐとその場の者たちを見据える。その誰も彼もが幻想郷の一部を任された、或いは統べた者たち。万が一暴れられでもすれば、紫でも手を焼く面子だ。慎重に話を切り出そうとする。

 

「賢者殿」

 

「…何でしょうか、天魔殿」

 

「話を切り出そうとするところ申し訳ない。儂ら妖怪の山は先日の一件で多大な被害が出ている。無論、外傷に関しては問題はありませぬ。しかし精神面での被害はかなり大きく、山にいる者の半分以上が機能しておりませぬ」

 

 天狗という妖怪は基本的にプライドが高く、妖怪の中でも実力のある者が多い。しかしそれに反比例する様にメンタルが脆弱なのだ。全員が全員、そうであるわけではないが、無駄に見栄を張って自身の能力が通用しないと即へっぴり腰になって逃げる天狗も少なくない。そんな彼らは今回の一件でも特に被害が出ている一派だった。

 

「我々が知りたいことはたった一つ。あの空が歪む異変を起こした者が誰か。それだけです」

 

「……」

 

 当然の帰結。先も言った通り天狗はプライドが高い。故にここまでのことをしでかした主犯をタダで済まそうという考えは無いのだ。天魔がそれを望んでいるかは兎も角、部下の大天狗たちが。

 周囲の者たちを見ても概ね聞きたいことは同じの様だ。たとえ全てが元に戻ったとしてもそこまでの力の持ち主を見逃すわけにはいかない。仮に既に討たれていたとしてもそれが一体誰なのかは皆気になるのだ。

 

「…そうですわね。皆気になること…。では結論から申しましょう」

 

 扇いでいた扇をパチンと閉じる。

 

「此度の異変の主犯はフランドール・スカーレット、及び風見幽香。空を覆うほどの魔力の正体は、彼女と我が軍の風見幽香との衝突で起きたものですわ」

 

 一同に動揺が走る。何せ彼らが聞かされていた情報ではフランドール・スカーレットは今回戦争を仕掛けて来た吸血鬼軍の主犯の娘だと聞いていたからだ。大体の者はアゼラルが起こしたものばかりと思っていたが、まさか妖怪から見てもまだ歳の浅い少女が起こしていたとは意外だったようだ。

 しかし腑に落ちる者もいた。あの風見幽香が引き起こしたのであれば納得もできる。何せあの存在は別格。神の如き力を持つ管理者たちと同格かそれ以上の力を持つと言われているのだ。何らかの異常現象を引き起こしても何の違和感もない。

 もしこの場に幽香本人がいれば卒倒していたこと違いなしである。

 

「…それで、その吸血鬼はどうした?」

 

「残念ながら討ち取るまでは叶いませんでした。彼女の力は父であるアゼラルよりも遥かに上。戦力を減らされたあの状況では、我々も痛み分けに持っていくのが精一杯でしたわ」

 

「つまりまだ生きている…と?」

 

「ええ、幻想郷に手を出さないことを確約する上で、手を打たせていただきましたわ」

 

「巫山戯るな!!」

 

 一つ目の大柄な妖怪がそう叫ぶ。

 

「そのような危険な者を野放しにするなどあってはならぬ!!ましてや吸血鬼!我々に争いを降らせて来た者ですぞ!居住を許すなど論外!即刻始末するべきだ!」

 

 そうだ、危険因子すぎる、とちらほら声が上がる。反対意見が出るのは自然だ。

 

「何よりそのような輩を住ませていて、また幻想郷に手を出さないという保証がどこにある!」

 

「確かにおっしゃる通りですわ。しかし此方も何の考えもなしに和解を結んだわけではありません」

 

「どういうことだ…?」

 

「私はフランドール・スカーレットと和解を結ぶ条件として、幻想郷の一部地域の管理、及び管轄を任せることにいたしましたの」

 

「なっ、なんだと!?つまりその餓鬼に我々と同じ席を設けたと!?それでは奴らの思うツボでは…!!」

 

「いえ、そうでもありませんよ」

 

 そう口を挟んだのは古明地さとり。彼女は一つ目の妖怪を嘲るように視線を向ける。

 

「管理を任せたということは、首輪をつけたと言う他ない。一見管理地域を与えられて自由に行動させられるように見えますが、実際は上からの重圧でロクに動けないでしょうねぇ。今の私たちのように」

 

「ぐっ…!」

 

「『その油断が我々の首を絞めることになればどうする』ですか。まぁ、尤もですが、それはこの場にいる全員の勢力がそれを言えますよね。一個人であっても、或いは他の複数の一派が手を組んでも、今回と似たような騒動は起こせる」

 

「だがっ…!!」

 

「『争いの問題ではなく、個人の戦力の問題だろうが』。確かにそうですが、それは抑止力がなければの話ですよ。話の流れだとその吸血鬼は風見幽香とほぼ同格の力を持っていると思って良いのですよね、管理者様」

 

「ええ、風見幽香は万が一彼女が暴れれば手を貸すことを確約してくれましたわ。それに吸血鬼側は私との誓約書に同意した。互いに互いを縛る誓約書。それを破ればいかにフランドールといえど無視できないペナルティが下りますわ」

 

「ぐぐぅ…!」

 

「まだ納得できませんか。なら、本人に聞けば良いですよ。管理者様、貴女のことですからどうせ連れて来てるのでしょう?」

 

「あらあら、貴女いつの間に私の心も見透かせるようになったのかしら」

 

「流石に何十年と付き合っていれば心は読めずとも多少の行動は予測できます。それに本人がいないままこの場を収めるのは難しいですからね」

 

「ふふ、これはこれは一本取られてしまいましたわ」

 

 そう言うと、紫の背後に空間の境界を開けたものであるスキマが現れた。そこからヒタヒタと足音が聞こえてくる。そしてその紅いシルエットは異形の羽を連れ添って一同の前に現れた。

 

「どうも皆さんはじめまして。私は現紅魔館当主フランドール・スカーレット。此度は幻想郷地区、霧の湖周辺の管轄を任されましたわ。どうぞ宜しく」

 

 そう丁寧にスカートの裾を摘み、お辞儀をした。

 

 

 そこからは特別語ることも無い。

 反対者の意見をフランドールが端から叩き潰しただけなのだから。話が進むほど批判意見は少なくなっていき、彼らはフランドール及び紅魔館組を受け入れざるを得なくなった。しかし反対意見というのも元から少なくはあった。八雲紫がこうして連れて来た時点で最低限の安全は保障されているし、風見幽香という強大な抑止力もある。少なくとも暴れることはない。何か腹に持っているということもあり得るが…

 

(それは私たちにも言えることですからねぇ…)

 

 最後に八雲紫から幾つかの決定事項と、提案があったが、それは次回への持ち越しとなった。

 会合も終わり、部屋にまばらに残った妖怪たちが個々人と話し合いをしている。まぁ、大体が世間話やロクでもない企みである。全く、そんなもの管理者に根っこから絶たれて破綻するというのに。これだからここの面子は一部の入れ替わりが激しいのですよ、と内心で呆れを滲ませる。

 

「さとり殿」

 

「…おや、珍しいですね。貴方から話しかけてきなさるとは」

 

 天狗の長、天魔。

 腹の探り合いが得意な彼が、その腹を覗けるさとりに話しかけるなど滅多にないというのに、如何なる魂胆か。そのまま空いた隣の座布団に天魔は腰を下ろす。

 

「ふふ、何かご相談ですか?貴方ほどの知謀の持ち主、私ごとき力になれることは無いと思いますが…」

 

「抜かせい。ただ気が向いて話がしたくなっただけじゃ。お主ならすぐに分かるだろう」

 

「ええ、揶揄っただけです」

 

 まったく と、ため息をついて何か考えるように上を向いた。しばらくの沈黙が流れる。

 

「なぁ、さとり殿。お主は此度の件、どう見る?」

 

「腑に落ちなさすぎる、と言ったところですかね。まず、あまりにも吸血鬼を味方として引き入れるのが早すぎます。普通なら味方とするにもある程度信頼を置けるか様子を見るのが適切でしょう。以前、外から大量の部外者が入って暴れた時も、半年ほど謹慎期間がありましたし」

 

 言外にそれは八雲紫とあのフランドールとの間に何らかの信頼関係ができている可能性が高いことを示唆している。

 

「もう一つは人里への対応の変化ですね」

 

「ああ、急に対応が手厚くなっておったのぉ。守護者殿の驚いた顔はよく覚えておるよ」

 

 八雲紫は会合の中で今回人間の里に対しての対応が至っていなかったと謝罪し、新たな里へ管理者が行う対応が書かれた用紙を上白沢に渡した。それを見た時の守護者の顔に内心と言ったら、思わず嗤いが溢れそうになったものだ。それ程までに里への対応はガラリと変わった。

 

「確かに今回一歩間違えれば里への被害は甚大になっていただろうと聞きます。ですが、実害は出ていない。何なら無傷です。にも拘わらず、今回急に彼女は対応を変えた。…変じゃありません?言ってしまえば今回の戦争とはほぼ無関係だというのに。今回の件は里と何か関係があると考えた方が自然、と私は思いますね」

 

 この二つのことを考えると、歪みを生み出した元凶者がフランドールということも疑わしく思えてしまう、というところまで思い至るが、まぁ、これ以上踏み込んだ話はしない方が良いだろう。あの隙間妖怪のことだ。どこで聞き耳を立てられているか分からない。触らぬ神に祟りなしである。

 

「まぁ、こんなところですかね」

 

「儂も概ね同じことを考えとったわ。…やはりこの件、何か裏があるのぅ」

 

「天魔様は何か知らないので?昨晩戦場にいたのでしょう。……あ、もう大丈夫ですよ。『元凶と会う前に山の様子を確認しに行ったら強烈な気配と共に眠気に襲われて寝てしまったと』。あははは、お笑いですね」

 

「敢えて言わんとしていたことを惜しげもなく…!」

 

「いえいえ、私も同じ感じでしたので。ふふふ、恐らくは幻想郷にいる全員がああなっていたのでしょう。とても、とても強力な力ですねぇ…」

 

「なんじゃ、そんな恍惚とした顔をしおって…」

 

 おっと、少し気を抜いてしまっていたようだ。お燐たちに苦労をかけてここにいるのだ。公共の場でくらい気を引き締めないと。

 

「兎も角、私から見れば違和感だらけだということです」

 

「ふむ、裏に何があるのかは気になるが、八雲殿が決めたことであれば、こちらに直接的な害が出てくるとは考えにくい…」

 

 ま、結局はそこに辿り着くんですけどね。

 どれだけ違和感があろうと、どれだけ疑わしくとも、管理者である八雲紫が決めた以上、これ以上の被害は出てこない。腹を持ってるとはいえ、私たちを消すメリットも特に今は見当たらない。管理が大変になるだけだ。丸く収まってる以上、これ以上の追求は無意味だろう。

 

「あらあら、面白い話をしてらっしゃるわね。私も混ぜてくださいな」

 

 そう言って天魔とは反対にある座布団に腰を下ろした少女。桜色の美しい髪に、水面色の生地に白の絹で桜の花弁のような模様が縫われた着物を着ている。彼女の周囲には白い玉のような物体がふわふわと漂っている。

 

「これはこれは西行寺殿。お久しぶりで」

 

「ええ、久しぶりね天魔さん。…そして、古明地さんも」

 

「ふふ、どうも」

 

 冥界にある白玉楼の主、西行寺 幽々子。冥界に流れ込んでくる霊魂の管理を任されている故、あまりこの会合には顔を出す印象が少ない人物だが、今回は事が事だからか来ていたようだ。

 

「あの異変、冥界にまで影響が出ていたのよ。おかげで場を収めるのが大変だったわぁ」

 

 幻想郷と冥界は明確にある場所が隔絶されている。幻想郷からの冥界の入り口は頑強な結界により封印されているので通常は幻想郷での影響も出ないのだが、今回は例外だったらしい。

 

「それで心配で来たっていうのに、紫ったら何か隠してるもの!友人としてこれは見過ごせないわ」

 

 八雲紫と西行寺幽々子は交友関係にあるらしい。詳しいことは知らないが、変人同士気でもあったのだろう。

 

「そ、こ、で、古明地さんにお願いがあるの〜」

 

「『紫さんの心を読んでほしい』。無理ですね。あの人能力で思考の境界を弄ってますんで、心が読めないんですよ。というより、貴女が聞いた方が早いのでは?」

 

「うーん、会合の前に聞いたのだけれど、今回どうにもガードが硬いのよねぇ…。私にも隠す必要なんて無いのにねぇー」

 

「…確かに言われてみれば今日はいつもより入念に読まれないように手を加えられていた気がしますね」

 

「でしょう?そんなに知られたくないことがあるのよ。でも紫どころか藍ちゃんも一緒にいた鬼さんたちも何も知らないって言うのよ。絶対おかしいわ」

 

 …確かに、帰ってからの勇儀の様子もおかしかった。何というか腑に落ちない様子だったというか、話しかけても要領を得なかったというか。考えてることの大半が禁酒のことで一杯だったから、よくは分からなかったが。

 

「それで、古明地さん。貴女何か隠してないかしら?」

 

「…なんのことですか」

 

「いえ、ただ、貴女なら何か知ってるんじゃないかしら、てね」

 

 幽々子と目線が合う。

 ふむ、断片的でも今回の情報が欲しいと…

 

「買い被りですよ。私の力も万能ではありません。望んだ時に望んだ情報を得られるほど都合の良いものじゃないですよ」

 

「そんなことわかってるわよ。でも貴女はその能力も、そして頭も相まって他者よりも圧倒的に答えに辿り着くのが早い。貴女の屈託の無い意見が聞きたいのよ」

 

「…先程天魔殿とお話しした通りですよ。それ以上は本当に私にも分かりません」

 

 彼女は私たちの話を盗み聞きしていた。こういうところは本当に油断できない。

 

「……そう、残念だわ。でも何かわかったら教えてくださいな。私もできる限り知ったことを貴女に提供するから」

 

 …嘘は言ってない。

 しかし、あまり自分から動こうとしない彼女が心を読まれるというリスクを承知で来るとは。やはり友の異変は見逃せないということだろう。私は彼女の願いに是と答える。

 

「ふむ、話はまとまったかの?」

 

「ああ、すみません。つい話し込んでしまいました。仲間はずれにしたわけではないのですよ」

 

「わかっとるわい。儂は童か何か」

 

 いつまでも子供らしいところが抜けてないから勇儀たちに揶揄われるのだ。

 

「さて、儂は紫殿の話の中でもう一つになることがある」

 

「ああ、最後のアレですね」

 

 なぜあんなことを言い出したのか。理由に見当がつかないわけではないが、ああも大胆にしてくるとは思わなかった。

 

「『幻想郷に闘争以外の問題解決手段を作る』、だなんて。本当、どうしちゃったのかしら…」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「……紫様、会合の最後、何故あのようなことを?」

 

 幻想郷は外の世界の神秘の減少に対応しきれなくなった妖怪たちが流れ着く場所。故に妖怪は妖怪らしく振る舞うことでその存在を確立させることができる。人を襲う、喧嘩をする、支配をする。種族によって異なるが、皆共通して闘争を過程にしろ結果にしろ行う必要がある。一見残酷だが、これは妖怪が生きていくのに必要なことなのだ。

 今回紫が提案したことはその在り方を歪めることになるのではと藍は危惧した。

 

「妖怪の在り方にまで手を出すつもりはないわ。ただ穏便な問題解決の一つが必要なだけ。今回のような事件が幻想郷内で再び起きないとは限らないわ」

 

「反対する者も多くいると思いますが…」

 

「今回の一件は良くも悪くも妖怪たちに大きな影響を与えたわ。意外とすんなり受け入れるんじゃないかしら」

 

「しかし…」

 

「もう具体的な案も決めてあるの。フランドールに風見幽香も乗り気だったわ。彼女たちが無闇に暴れるリスクを減らせると考えれば、悪くないと思わない?」

 

 確かに、あのようなことは今後2度と起きてはならない。リスクを減らすという意味では最善に近いだろう。

 しかしどうもひっかかる。里の待遇を手厚くしたことといい、今回の裁定は里に傾き過ぎている。あの提案も、下手をすれば妖怪と人間の力関係が逆転しかねないものができる。闘争以外の問題解決法を作るということは、人間に有利になる可能性もあるのだ。考えすぎと言うかもしれないが、今回の対応を考えるとなんらかの因果関係を疑わざるを得ない。

 しかし藍は紫の式神。己の主がここまで強く推すのならば、彼女がこれ以上の否定の意を示すことは不敬に値する。それに人間嫌いである己の被害妄想であることも否定しきれないのだ。心にしこりを残しながらも藍はそれ以上の言葉を噤んだ。

 

「あ、そうだわ。幽々子とあとでお茶するんだった。藍、悪いけど呼んできてくれないかしら。部屋はいつもの客間でお願いね」

 

「畏まりました」

 

 そう言って藍はスッとその場から立ち去った。

 己の式とはいえ、彼女は傾国の九尾だ。決して頭が回らぬわけではない。彼女も含めて、今後の立ち回りも考えていかなければいけない。今はある意味、幻想郷の行く末を左右する時期なのだから。小さく息を吐く。

 

「くくく、お前も中々に秘め事が増えたではないか」

 

 まるで嘲るような調子で発せられた声は、視線より上から聞こえた。目をやると、まず見えたものは扉。浮いている、というよりかは宙に立っているような様相の両開きの扉がそこにあった。しかし紫の目線がいったのはその扉の縁に腰掛けている女。

 

「…今更何の用かしら。隠岐奈」

 

「そう邪険にするな。気が向いて様子を見にきただけだよ」

 

 摩多羅隠岐奈。幻想郷に存在する絶対秘神。

 幻想郷を作った1柱であり、紫と同じ管理者だ。しかし紫は彼女が苦手である。飄々としてるところとか、掴みどころがないところとか、時折洒落にならないおふざけをしたりとか。幻想郷を大切にしていることは間違いないのだが、どうにも彼女の考え方とは反りが合わない。要は同族嫌悪である。

 

「幻想郷の危機に姿を現さなかった貴女を邪険にしない理由がないでしょう」

 

「手厳しいなぁ。結界の修復を手伝ってやったではないか。それに、忠告はした筈だぞ」

 

「……」

 

「愚かよな、自ら神の尾を踏むとは」

 

「アレは神なの?」

 

「否だ」

 

 息を吐く間も無く否定する。隠岐奈の表情はいつになく真剣だった。

 

「しかしそれ以外でもない。最も近い形をしているものが神だというだけだ。…正直なぁ、私にも分からんのだよ。分かることは、アレは決して神などと生易しいモノではない。在り方は似ているがな」

 

 レミリアは夜になった世界そのものを丸ごと支配していた。それこそ神以上に、まるで彼女が夜そのものかのように。力のある神は大抵がなんでもありの理不尽モンスターだが、レミリアはその範疇すら飛び越えている。あえて言い表すなら、上位者、だろうか。

 

「まぁ、とは言えだ。アレは日が出ている限りではほとんど人間。おまけに超がつくほどの善人と来た。私は彼奴が幻想郷の為に動いた以上、問題ないと思っておった。あれでも引き際は弁えておる。お前たちが手を出しさえしなければ、何事もなく終わっただろう」

 

 鋭い視線が紫に突き刺さる。言外に『お前のせいだ』と言われているようでならなかった。

 

「…まぁ、結果的にはこうして丸く収まった。お前が彼奴らが寝てる間に施した記憶処理も問題なく働いている。今や幻想郷でアレを知っている者は私とお前、そしてあの夜決着を見届けた者たちのみ。幻想郷の均衡は保たれた」

 

 可能ならあの夜の出来事自体の記憶をとばしてほしかったがな…。などと毒を吐く。流石にあの時の私にそんな余力は残っていなかった。レミリアの記憶だけを改竄できただけ僥倖と言うべきだろう。

 

「…貴女は、以前から彼女を知っていたの?」

 

「是、と答えよう」

 

「なぜ私たちに何も言わなかったのかしら」

 

「口封じされとったんだよ」

 

 口封じ、というのはレミリアにだろう。隠岐奈はかなり神としての在り方を大事にしている。言い換えればプライドが高い。多少寛容ではあるが、己の信仰や幻想郷に害をなす存在は基本容赦しない。そんな彼女が今回の件に殆ど首を入れてこなかったのは不自然だったが…

 

「まさか…」

 

「普通に考えろ。私があんな危険な奴を幻想郷に入れると思うか?先手を打ったつもりが見事に返り討ちよ。私はお前と同じ過ちを犯したというわけだ。幻想郷の外だったのが幸いだったがな…」

 

 つくづく我らは似た者同士よな、とため息混じりに言葉を吐いた。嫌いであろうと苦手であろうと幻想郷を想う心は同じ。それゆえの行動だったのだが、それがこうも裏目に出ると恥ずかしい。

 

「しかし、私が目を瞠ったのは幻想郷を元に戻したあの力よ。レミリア嬢なら兎も角、一介の吸血鬼が持つにはあまりに過ぎた力だ。私としてはアレを悪用される方が恐ろしい」

 

 『運命を操る程度の能力』だったか。

 魔力の限り恐らく全ての因果事象を操作可能というふざけた能力。本人の素質次第とは言え、あのレミリアの力と張り合うだけでも目先の脅威としては十分だった。

 しかも譲渡可能ときた。一世代で終わることがないのがあの力を真に脅威たらしめる理由だろう。

 

「だからと言って今手を出すことはできないわ。今はルシェル・スカーレットの身に収まってるようだし、彼女自身は無害。力を悪用するような人柄じゃないわ」

 

「まぁ、それは分かっとるが、問題はフランドールの方だろう。彼奴は明確に侵略の意思があるぞ。姉であるレミリアがそれを望んでいないからというだけで、いつこちらに牙を向くか分からん。既に古明地あたりは察しているだろうが…」

 

 幸運なのはフランドールにはあそこまでの事象を起こす程の素質は無いことだ。それでも十分脅威だが。

 いずれにせよ、吸血鬼勢力にもしっかりと目を光らせておかなければならないということだ。全くもって厄介な存在が来たものである。

 

「──おっと、もう時間か。悪いが私はそろそろ暇するぞ。この後用があるのでな」

 

「そう」

 

 隠岐奈は扉の奥へ消えて立ち去っていった。両開きの扉が閉まり、フッと消え去る。恐らく今回は私に釘を刺しに来たのだろう。これ以上レミリアに対して悪手を打つなという彼女なりの警告。言われずともあんなものを見せられてはちょっかいを出すような真似はもうできない。

 紫が隠岐奈を苦手に思うのにはもう一つ理由がある。それは幻想郷を維持する為なら小さくないリスクを抱え込むということ。恐らく先日里にルーミアを近づかせたのは隠岐奈だ。里を大事に思っている彼女ならあの状況、必ず動く。そうやって無理矢理レミリアを表に引き摺り出そうとした。実際はそれ以前に動き出していたようだが…

 今回の目的も紫、或いは他の管理者たちにあのレミリアの存在を幻想郷の味方として認知させることだったのだろう。あの力は脅威だが、味方につければ心強いことこの上ない。しかし、これには当然多大なリスクが伴う。下手をすれば幻想郷を滅ぼしかねないことになる。そして実際にそうなりかけた。さっきは軽く言っていたが、その時は相当焦った筈だ。あの責めるような視線にも納得である。

 あまりにもリスキー。彼女らしからぬ浅慮な計画だが、それを強行せざるを得ないほど彼女はレミリアの力を持て余していたのだろう。私は見事に隠岐奈の共犯者にされてしまった訳だ。

 

「ゆーかーりー」

 

 唐突に背中に重さを感じる。ああ、そういえばお茶のことをすっかり忘れていた。

 

「遅いから私の方から来ちゃったわよー。淑女を待たせるなんて何事かしらぁ」

 

「ふふ、ごめんなさい。さっきまで隠岐奈が来ていてね。少し話し込んでいたのよ」

 

「話って、どんなこと?」

 

「今後のことよ」

 

「ふぅーん…」

 

 幽々子は背中から離れると、その桜色の眼を合わせる。

 

「本当に?」

 

 こういう態度の時は真面目に私を心配してくれている証だ。こうして眼を合わせている時は、きちんと彼女から信頼されていると思えて、安心できる。

 しかし、今はまだ秘め事を言うわけにはいかない。昨晩の出来事で彼女を徒に刺激するのは危険とわかった以上、今はまだ管理者間で内密にしておくのが適切だろう。レミリアを囲う環境を考慮しても、幽々子に話すのは危険だ。

 

「本当よ。仮に何か隠していたとしたら貴女に話さない理由はないでしょう?」

 

「……そう、わかったわ」

 

 そう言って幽々子は引き下がった。どことなく不満が抜けきれていない気もするが、今は我慢してもらうしかない。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

「…いえ、今日はもうやめておくわ。気が削がれちゃった」

 

「あらそう。じゃあ藍に送らせるわ」

 

「ううん、大丈夫よ。外で妖夢も待たせちゃってるし。あの子、貴方の式神さんと仲が悪いみたいから」

 

 幽々子の背中を見ながら、紫は内心で彼女に謝る。今は誰かに言うリスクが高いだけ。あのレミリアの力の実態を完全に掴めていない以上、下手に言い広めるには危険が過ぎる。それに彼女の管轄は飽くまで冥界。幻想郷がもたらした問題である以上、極力こちらだけで解決しなければならない。

 それにこの話がもしあの閻魔の耳にでも入れば、説教どころの話ではないだろう。下手をすれば強硬手段に出てもなんらおかしい話ではない。今回顔を出していないということは明確に何が起きたのかは理解していないようだが、この騒動自体は認知しているはずだ。近いうちに目くじらを突き上げてこちらに来ることだろう。これからの憂鬱な出来事を想像すると、深いため息を落とさざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「……」

 

 私こと西行寺幽々子は悩んでいた。無論、悩みの種は友人の紫のことだ。

 久方ぶりに会ったと思えば、過去にないくらい疲れ切った顔をしていた。他の人たちには誤魔化せていたようだけど、何百年単位での付き合いである私の目は騙せない。さっきの会話でも、いつもなら二、三言揶揄ってくるはずだ。そんな余裕もないくらいには疲弊している。

 …まぁ、原因なんて目に見えて明らかだ。

 

「妖夢」

 

 そういうと同時に、幽々子の足元の地面が迫り上がってそこから背中に刀を2本携えた銀髪の少女が這い出て来た。少女は幽々子に顔を向けるとにっぱりとした顔で元気よく声を張り上げた。

 

「はい!お呼びですか幽々子様!」

 

「…どうして地面から出てきたのかは聞かないでおくわ。それで、ちょっと頼みたいことがあるの」

 

「はい!!私、魂魄妖夢!幽々子様のためなら例え火の中水の中大蛇の腹の中!!何なりとご命令ください!!」

 

「ふふっ、相変わらず元気ね。…ところで服が破れてるみたいだけど何かあったの?」

 

「はいっ!今日の夕飯を狩っておりました!!幽々子様はパねぇほどお食べになりますので!!」

 

 喜んでください!今日はケバブですよ!!と軽快に言って地面から巨大な鳥類を引き摺り出す。

 

(…また凄いのを狩ってきたわね〜)

 

 何故地面の中にこんな怪鳥がいるのか、そもそもどこからこんなものを見つけて来たのか、そもそも地面に潜る必要はあったのか。妖夢の奇行は今に始まったわけじゃないけど、最近は特に酷いわねぇ。

 いつから私の従者はこんな哀しきモンスターハンターになってしまったのだろうか。いや、多分8割私のせいだと思うけれど。また屋敷に骨の飾り物が増えるわね。

 

「こほん、それで頼みなのだけれど…」

 

「はい!」

 

 紫、貴方が何も教えてくれないと言うのなら私は私で動かせてもらうわよ。貴方が摩多羅隠岐奈と何を話してたのか、何を隠してるのか、あの夜何を見たのか。全部引き摺り出させてあげるから。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

(……おっかないですねぇ西行寺幽々子。アレだから態度だけでは人を判断しきれないんですよ。私が悟り妖怪じゃなかったらさっぱり騙されている自信があります)

 

 まぁ、私ほどになればこうして相手の魂胆を見抜くことなど容易なわけですがねぇ、ふふふ。

 

「…何やってるんですかさとり様、人様の庭にある草木に頭なんて入れて。また新しい遊びか何かですか」

 

「しっ、静かにしなさいお燐。この角度が一番彼女たちから見つかりにくいのよ…!」

 

「私から見たら臀部丸出しの情けないことこの上ない姿ですけれどね」

 

 たとえどれだけ情けない姿であろうと目的が達成できればそれで良いのです。プライドとか体勢とかなんて気にしてたら何も手に入れることはできないのですから。

 

「あ、行ってしまいましたね2人とも」

 

「ふぅ、まぁ欲しい情報は手に入りました。私たちも帰りましょう」

 

 今後どう動くかは大体考えた。ならばこれからすべきことはその準備だ。そそくさと帰宅の準備を整える。

 

「それで、どうしてさとり様は盗み聞きなんか?」

 

「ふふふ、決まってますよ。敵情視察は戦術の基本でしょう」

 

「敵情視察って…。まさかさとり様地上と戦争するおつもりなんじゃ…!?」

 

「そんな馬鹿なことはしませんよ。今のところは」

 

「今のところはって…」

 

 明らかに狼狽えてますね。まぁ無理もないですか。『面倒ごとは足蹴にし、厄介ごとは他人任せ』の座右の銘を持つ私が自らトラブルの種を生み出そうとしているのだから。

 

「ふふ、お燐。コレを知ってますか?」

 

 そう言って懐から取り出した紙を渡す。

 

「…? 何ですかこれ、星辰様?何かの宗教ですか?」

 

「今里で流行っているそうよ。何でも里を救った守神なのだとか」

 

「…えぇ、里の人たちが都合良く作った偶像なんじゃ」

 

「存在自体は確かにする。私が直接確かめたわ」

 

「え!?里に行ったんですか!?根暗で妄想の中でしか自己を確立できないさとり様が!?」

 

「お燐は今日の夕飯抜きよ」

 

 なんて失敬な。そんな酷い覚えはない。妄想癖は認めるが。

 

「というか八雲紫とのルールはどうしたんですか?」

 

「あんなもの無視してやったわ」

 

 ルール、と言うのは地底の妖怪が封印される際に管理者八雲紫と結んだ条約のこと。一部の例外こそあるが、基本的にこのルールがある限り地底と地上は互いに不干渉である。なので地上の妖怪は勝手に地底に入ってはいけないし、逆もまた然りだ。早い話私はこのルールを破って里に赴いていたのだ。

 

「さ、さとり様。今日やっぱり様子がおかしいですよ…。急にアグレッシブになったというか、別人みたいです…」

 

「長く生きていれば急な気の変わりようなんていくらでもあるわ。これでも人間だった頃は陽キャだったのよ」

 

「いくら自分だけ心が読めるからって嘘はいけませんよさとり様〜」

 

「その喧嘩買うわよ?」

 

 日に日にお燐の毒舌が酷くなってきている。一体誰に似たのかしら全く…。

 

「さて、話が脱線したわね。要は私はこの紙に描いている彼女に遭いたいのよ」

 

「…この星辰様にですか?」

 

「ええ。だけれど管理者側は彼女のことを敵視してる可能性が高いわ。特に摩多羅神なんて目くじらを立てているんじゃないかしら。なんせ自分の信仰を揺るがしかねない存在なのだから」

 

「はぁ…、でも会うにしたってどうやって」

 

「その辺りはゆっくり調べるわ。ただ、怪しいところだとやっぱり人里ね」

 

 流石にあそこまで贔屓にされて何も無かったなんてことはないだろう。必ず何か裏があるはずだ。

 

「じゃあそういうわけで、里の視察お願いね」

 

「えぇ!?」

 

「貴方しか地上に自由に行き来できる子はいないんだから仕方ないでしょう?」

 

 お燐は化け猫から転じた火車だ。なので仕事に使うための人間の死体を集めに地上に出ることが許されている。どんな仕事かは言えないが。

 

「えぇー…、人気のない所で死体集めるのと、里で生きてる人探すのとじゃ訳が違いますよ。流石に無理です」

 

「報酬は地獄ちゅーる3本よ」

 

「行きます!!」

 

 素直でよろしい。

 欲望に忠実なのはこの子の良いところだ。逆を言えば扱いやすい。

 

「それにしても、そこまでして探したいなんて、珍しいこともありましたねー。ましてや地上に積極的に関わるような形で」

 

「…ええ、一度会って話がしたいの。そう、もう一度、ね…」

 

 確かに今までの私ならこんなリスクの高いことを無意味に行うなんて馬鹿なことは絶対にしなかった。寧ろリターンが大きくてもリスク自体に手を伸ばすことすらなかった。しかしそうまでしてでも、自分を曲げてでも手を伸ばしたいものがあるのだ。

 

 実のところ、私はあの夜の記憶が完全に残っている。あの夜地霊殿で、いや地底で唯一眠ることのなかった私だけは、八雲紫に記憶を消されることはなかった。散々あの妖怪のやり口を見ている私にとって対策は容易だ。だからこそ見た地獄もあったが。

 

 しかしその光景以上に私の目には肌にはあの方の姿が焼きついて離れなかった。

 白に限りなく近い肌、気品と妖艶さに溢れた顔立ち、吸い込まれそうな紅い瞳、私を優しく包み込んでくれた抱擁、そして星空のようにどこまでも、どこまでも続く心。その全てが私の心に焼き付いて剥がれなかった。またあの顔が見たい、見られたい、心を見たい、優しく撫でてもらいたい。そんな親を探す童のような感情がぐるぐると中を回っている。

 私がまたあの方に会いたいと思うのは、自然なことだった。

 

 私自身あの存在に魅入ってしまっている自覚はある。このままでは地霊殿だけでなく、地底も幻想郷もよくない方向に行ってしまうかもしれない。だが、それがどうした。もう止まれない、あんなものを知ってしまったらやめることなんてできやしない。

 いままで誰からもあんな母のような愛を向けられたことなんてなかった。家族も、ペットからも。そんな私にとってアレは心を溶かし尽くす麻薬に他ならない。暖かいもので優しく包み込むかのような究極の安堵。

 

 嗚呼、欲しい。欲しい。欲しい!神でもなんでも良い。あの安息を与えてくれるのなら、なんだって。

 頑張る、私頑張るわ。貴女にまた逢うために。

 

 ──だから次に会った時は、どうか私を抱きしめて。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「…なんか寒気がするんですけど。誰か私の噂話でもしてるのかなぁ?」

 

「きっと恨み言。散々暴れ回ったから、言われても不思議じゃない」

 

「うごごご…、やめてくれよぉ、ありゃあふかこうりょくなんだよぉ…!」

 

「お前ら何話してんだ、ほら出来たらさっさと運べ。今日はお前の客が来るんだろーが。外に誰かいたが多分そうじゃないのか?」

 

「あっ!ホントだもうこんな時間!ちょっと迎えに行ってくる!」

 

 今日この店はスカーレット家の貸切だ。店はまだ開店前だが、出迎えるなら早いほうが良いだろう。久方ぶりに家族に会えると考えると自然と胸が高鳴る。

 どたどた と慌ただしく厨房を出て店の引き戸をガラリと開け、元気よくあいさつをする。

 

「おはよー!2人とm」

 

「うむお早よう!久方ぶりだなレミリア嬢!皆が大好き、幻想郷が絶対秘神!摩多羅隠岐奈ぁ!参☆上!」

 

「なんだおっきーか」

 

 秒でレミリアは戸を閉める。

 隠岐奈は即扉を開き、盛大につっこむ。

 

「まてーーいっ!!客が来たと言うのになんだその対応は!我秘神ぞ!?」

 

「うっさいわ!まだ開店前だっての!しかも何その超越ダサいポーズ!これが秘神とか幻想郷泣くよ!」

 

「なんだと!?この『威厳溢れる絶対秘神の構え』の良さが理解できんのか!折角童子たちと一緒に考えたのに!」

 

「ヒトデマンにしか見えない」

 

「酷!」

 

 ギャーギャーと騒いでいると奥から咲夜が現れる。

 

「レミリア、五月蝿い……ってレミリアに負けた神様。また来たの?」

 

「グッ…!事実だがいい加減その呼び方はやめてくれ。ほら、私には摩多羅隠岐奈って偉大な名が…」

 

「おはようございます、勘違いで襲ってきた癖、無様に負けおおせ、泣きながら逃亡した絶対秘神摩多羅隠岐奈様」

 

「ぶっはw」

 

「そこ笑うなぁ!!」

 

 概ね事実なので何も言い返せない。

 ただ摩多羅隠岐奈の名誉のために言うならば、別にレミリアを恐れて泣いたわけではない。ただちょっと母性的なアレを感じてしまっただけである。

 

「うぐぐ…!神であっても万物の母には勝てんというのか…!」

 

「もう、取り敢えず入りなさい。外だと超迷惑なのよ」

 

「うぅ…、ママぁ…」

 

「誰がママだ!」

 

 隠岐奈のケツを蹴り店に放り込む。あの時以来、たまにあんな調子になる。何故私にバブ味を感じようとするのか。私はまだ夫もいないし子もいないわ!咲夜にナルシ神の面倒を頼んでため息を落とす。

 そんなアホなことをしていると、買い出しに出ていた小傘が帰ってきた。何故か横には花柄の頭巾にサングラスとマスクを着用した変な人もいる。

 

「ただいまー!言われたの買ってきたよ!」

 

「ありがと!」

 

 はぁー!ホント小傘は良い子だわー!人生のパートナーにするなら小傘が一番よねー!

 

「…んで、何やってるのよ幽香ちゃん。今の貴女まるで盗人よ」

 

「……前も言ったけど、私里だと顔が知れてるからバレると不味いのよ」

 

「余計目立つわよそれ。前も変な被り物して来て、慧音先生に追いかけ回されてたよね」

 

「…いや、その…」

 

 幽香ちゃんは幻想郷の情勢にあんまし詳しくない私でも知ってるような悪い意味で超有名妖怪である。しかし実際話してみると聞いていた人物像とはかけ離れた妖怪だったから結構びっくりした。周囲の認識も完全に誤解だし、性格もかなり陰に寄ってる。今ではすっかりウチの常連だ。

 

「ま、とにかく中入って!開店前だけどお冷くらいなら出してるから。あ、あと中に変な奴もいるから、鬱陶しいならシバいても良いわ。その時はお願いね、幽香ちゃん」

 

「?……分かったわ」

 

「じゃあ待ってるね!」

 

 そう言って2人は店の中に入って行った。と、それと同時にこちらに走ってくる人影が見えた。

 

「あ、慧音先生」

 

「はあ、はぁ…!すまない遅れた!」

 

「…いや、普通に間に合ってるわよ。予定の時間までまだ20分くらい余裕あるけど…。いくらお呼ばれしたからって急ぎすぎじゃない?」

 

「否!世の中どんな時も30分前行動だ。今回14分も遅刻してしまった。これでは人里の模範として示しが…」

 

「相変わらずお堅いわねぇ。会合ってやつがあったから仕方ないんでしょ?もっと肩の力抜きなさいな」

 

「そうですよ。慧音さんは少し力を入れすぎです」

 

 そう言って現れたのは稗田阿求ことあっきゅん。屋根のついた豪華な人力車に乗って参戦だ。あっきゅんが降りると人力車のおっちゃんはそそくさと去っていった。いーな、私も一回乗ってみたい。今度頼んでみよ。

 

「おはよう、阿求。今日は小鈴は来ないのか?」

 

「はい、どうやらお仕事が入ってしまっていたようで…。レミリアさん、後でお持ち帰りお願いしてもよろしいですか?」

 

「いいよー、おまけにロシアン羊羹入れておくわねー。4分の1で生ワサビが入ってるわよ」

 

「やめてくださいよ…、それで前小鈴が凄いことになったんですから」

 

(…ハズレを見抜いた上で食べさせるように誘導したくせによく言うよ)

 

「ま、取り敢えず入って。中に色々いるけどあんまり気にしないでね」

 

「? ああ、分かった」

 

「ではお邪魔しますね」

 

 そう言って2人は中に入っていく。

 数秒後2人の悲鳴らしきものが聞こえたが、まぁ問題ないだろう。中に危険な妖怪なんてものは1人もいないのだから。

 

 そんなこんなで開店の準備をしていると、漸くレミリアが待っていた人物たちが来た。

 日傘を差した2人分の影が目に入り、レミリアはにっこり笑顔になる。

 

 

 

「レミリア!久しぶりね!元気にしてた?風邪とかひいてない?いじめとかあってない?」

 

「私はもう500歳よ!そんなこと気にする年齢じゃないわ!」

 

「ふふ、お姉様。吸血鬼にとって500歳なんてまだまだ子供同然よ。特に今のお姉様は子供っぽいんだから」

 

「ふぐぐぅ…!ま、まぁ迷子とかにならなかっただけよかったわ。日光も大丈夫みたいだし」

 

 2人は羽や特徴的な赤の瞳を隠していて、うまく人間に扮している。フランに関しては日傘すら差していない。

 

「お姉様のおかげで日光も平気になっちゃった!やっぱりお姉様は凄いわ!」

 

 レミリアの血を取り込んだことでフランの身体はレミリアと同じ特性を得ていた。なので日中でも多少身体能力は下がるが、自由に動くことができていた。

 

「やったわね!吸血鬼最大の弱点を克服しちゃった!」

 

「ええ、ええ。これも全部お姉様のおかげ。……ねぇ、お姉様。やっぱり私たちと一緒に紅魔館に住みましょう?お母様やパチュリーも歓迎してくれるわ。だから家族一緒に家に帰りましょう?」

 

 よく見たらフランの目が鈍く紅に光っている。

 あらちょっとカッコ良いかも。ていうかフランって日中でも能力使えるのかしら?えー、いいなー、私も使いたいなー。

 

「だーめっ。私はここが好きなの。それに、もういつでも2人には会えるしね」

 

「むぅ…、やっぱり日中は魅了の効果が薄いわ」

 

「あれ?さりげなく実の姉を洗脳しようとした?怖い!妹が怖い!」

 

「ふふ、それだけお姉様が欲しいのよ」

 

 妖艶な笑みを浮かべるフラン。うわえっろ。私より背も高いし、もうフランが姉で良いんじゃないかしら。

 

「レミリアレミリア!私あのスイーツが食べたいわ!」

 

 私たち2人をよそにお母さんは店の前にある張り紙に描かれた新作スイーツに夢中である。はぁー、可愛い、ウチの親が可愛いわ。まるで小動物のよう。

 

「ちゃんと用意してるわよ。ほら入って!」

 

「ああっ、そっちのも気になるのにっ」

 

「全部中にあるから!」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 レミリアが店の中に入ると、そこはカオスと化していた。

 この店には売っていないはずの日本酒を呷りながらプルプルと震える小傘に絡んでいる隠岐奈。顔を真っ青にしながら風見幽香の向かいに座って恐怖で震えている阿求と慧音。耳をすませば阿求の嗚咽が聞こえる。そしてその対応をしている咲夜と店長。

 よくもまぁこんな少人数でこんな死屍累々を具現化したような光景を生み出せるものである。

 

「多々良小傘ぁ、お主あのレミリアに勝ったらしいなぁ?いやぁ、大したものよ!たとえ彼奴にとっては戯れでも決して侮りはしていなかったはずだ。それで尚勝ちを収めるとは大いに賞賛に値するぞ!お主は幻想郷の英雄じゃあ!はっはぁ!ほれ飲め飲め!」

 

「え、あ、あの、わちきお酒はちょっと…」

 

「なにをー?この摩多羅神の酒が飲めぬと言うのかぁ?」

 

「ひ、ひえぇ…」

 

「ちょっとおっきー!こんな真っ昼間から酒を飲まないでよ!小傘が困ってるじゃない!」

 

「んお!レミリア帰ってきたか!よし飲み直すぞ!」

 

「店内は禁酒よこの馬鹿女郎!!」

 

「ふごぉ!?」

 

 レミリアがストレートで投擲した丸薬のような物体が隠岐奈の口内にクリーンヒットした。それを飲み込むと隠岐奈は白目を剥いて、うつ伏せになって倒れ込んだ。

 

「ガクッ」

 

「他愛なし。…大丈夫だった小傘?変なことされてない?」

 

「う、うん大丈夫だよ。この人知り合いなの?」

 

「唯の阿呆よ。しばらく寝かせときましょ」

 

「さっき薬みたいなの飲ませたみたいだけど…」

 

「私特製の不届成敗丸薬『オシオキー』よ。飲んだらああなるわ。夜の私が作ったから効果はバツグンよ!」

 

「ひええ…」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 私たちはレミリアの洋菓子屋に新作のスイーツを食しに来ただけ。その筈なのだ。一体どうしてあの災厄妖怪の風見幽香がいるというのだろうか。しかも向かいの席に。

 

(み、みてます…!慧音さん見てますよ風見幽香が!こっちを!)

 

(くっ…!完全に予想外だ…!まさか変装までしてこの里に来るとは…!!ようやく里に安泰の時が来たと思った矢先に!一体何が目的なんだ!?)

 

(や、やはりこの里の人間を弄ぶために来たのでは…!?でなければ来る理由が見当たりません…!)

 

(兎も角このままではレミリアたちも危ない…!隙を見てここから逃走するしかない!)

 

(で、ですが下手に動けば怒りを買う可能性も高いです…!ここは慎重にゆっくりと…)

 

「ねぇ」

 

「「!!!?」」

 

「スイーツ、食べないのかしら。氷菓子が溶けるわよ」

 

 2人の目の前に置かれている新作のアイスパフェ。しばらく手をつけてなかったからか少しずつアイスが溶け始めていた。

 

「私大好きなのよねぇ、ここの氷菓子。少し溶け始めた頃がとっても食べ頃…。でも溶けきったら冷やされてる意味がない。ふふ、早めに食べることを勧めるわ」

 

 そう言って再び血のような赤い瞳を2人に向ける。その顔は喜色に染まっていた。

 

(ヒイィィィ!!!?どどど、どうしましょう慧音さん!?このままでは私たちはこの溶けきった氷菓子のように弄ばれて…!!あああ!!)

 

(落ち着くんだ阿求!奴の言葉を推測するにまだ私たちに猶予はある!まだ焦る時じゃない!)

 

(ああ、慧音さん、レミリアさん、小鈴、稗田家にいる皆さん。先立ってしまう私をどうか許してください。でも良いですよね、どうせすぐに会えます。あはははは)

 

(阿求ーー!!)

 

「あら、貴女の相席の人、随分顔色が悪いみたいだけれど。ふふ、風邪でも引いたのかしら」

 

 そう言って幽香は席を立ち、阿求の真横にまで近寄る。顔が間近にまで寄る。

 

「…!…ッ!…!!」パクパク

 

「あらあら。ふふ、可愛いわねぇ。体が優れないなら、貴女のお家にまで送ってあげましょうか?」

 

(!!!!???? わ、私の家を知ってる!?)

 

「そんなに怯えないで。優しくしてあげるから…」

 

(む、惨たらしく殺されるぅ!!!!!)ガタガタ

 

「…ああ、良い物があったわ」

 

 そう言って幽香は側にあった待ち時間用の時間潰しに用意されたお手玉を数個手に取る。

 

「ふふふふ」

 

「ヒイィ…!?」

 

 そんな様子を見て慧音はいよいよ我慢の限界だと立ち上がる。

 

「貴様ッ…」

 

 ドゴンッ と破壊音が鳴る。

 幽香の手から放り投げられたお手玉が勢い余って天井を突き破った音である。数十秒後、パサリと店の玄関先に中身をぶちまけたお手玉の残骸が落ちてきた。

 

「」

「」

 

「あら失敗。ふふっ、お手玉って難しいのね」

 

 言外にそれは、次はお前らの番だと言われている気がしてならなかった。

 

 この出来事で幸運なのは、彼女たち2人はこの時点で気を失ったということ。

 そして不幸なのは、もう数分起きていれば2人が思っていた誤解は解けていたということだった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「何やってるのよ幽香ちゃんー。天井壊しちゃってー」

 

「ご、ごめんなさい…。子供がいたみたいだから遊んであげようと思ったのだけれど…、難しいのね…」

 

「幽香ちゃんの場合まずは誤解から解く必要があると思うぜ。ほら見てよ!店が始まって間もないのに既に3人倒れてんだけど!」

 

「わ、悪かったわ…」

 

「まいっか。そういえばさっき小傘が呼んでたわよ。折角のスイーツが溶けちゃう前に行った行った」

 

 そう言われると幽香は自分のスイーツを持参しながら小傘の元に駆け足で向かっていった。

 

「ふー、やっとゆっくりできるわー」

 

「ふふ、お疲れ様レミリア」

 

 そう言ってルシェルはシュークリーム片手にレミリアの隣に腰を下ろす。

 

「いつもこんなことをやってるのねレミリアは。とっても賑やかで楽しいわ」

 

「今日が特別騒がしいだけよー」

 

「でも楽しいでしょう?」

 

「うん!」

 

「ええ、ええ!その答えが聞けただけでも今日来た価値はあったわ!ここでの暮らしはとっても幸せだったのね」

 

「…うん、超幸せ!」

 

 レミリアを産んだあの日の夜、その時の願いは確かに届けられていた。愛しい愛しい我が子は今までの吸血鬼の在り方とは全く別の方法で自分なりの幸せを謳歌していた。

 親としてこれほど嬉しいことはない。そしてこれからはレミリアの幸せをそばで見守っていこう。そんな誓いをシュークリームの最後の一口と一緒に身体に込めた。

 

「……それにしてもお母さん」

 

 レミリアはルシェルの横にある積み重ねられた皿の山を見据える。

 

「太らない?」

 

「きゅ、きゅきゅ吸血鬼はどれだけ食べても太らないのよー。おほほほほ」

 

「だよねー!私もおんなじくらい食べても全然太らなかったもの!」

 

「え゛」

 

「え?」

 

 この後なんでか知らないけど怒られた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「はぁー、今日は楽しかった!」

 

 日も沈んだ夜。各々が既に解散してがらんとした店内にレミリアは1人店の椅子に座っていた。

 店長と咲夜も先に帰っているので店にいるのはレミリア1人だけだ。

 

「それにしても咲夜とフラン仲悪かったわねー。あんな犬みたいに牙向ける必要もないのに…」

 

 おかげで店が多少壊れてしまった。

 まぁ、あんな癖しかない面子を集めた時点で多少は覚悟していたことだ。明日は店長の説教と修理作業までがセットになることだろう。

 

「さて、あとは鍵閉めて帰るだけだけど…」

 

 レミリアは玄関には行かず、そのまま厨房にある2階へ続く階段を登っていく。

 二階は物置だ。少しばかり埃を被った大きな箱がいくつか置いてあるが、それでも部屋を埋めるほどではなく、ある程度のスペースがある。

 レミリアは部屋の奥まで行くと木の立て扉を開けてそのまま屋根に身を乗り出す。そして適当な瓦に腰を落ち着かせた。

 

「さてと」

 

 レミリアは懐から頭陀袋のようなものを取り出す。そしてその中に手を入れると、そこから何かを取り出した。

 それは真っ黒な巨大な蝙蝠だった。レミリアは蝙蝠の足を雑に掴みながら顔の前にぶら下げる。

 

「…どうだった?今日のお母さんとフラン。結構楽しそうだったでしょ?」

 

「……それを私に言ってどうする。私は敗者だ。レミリア、貴様に敗け全てを奪われた、な」

 

 そう、この蝙蝠はアゼラル・スカーレットその人である。レミリアに敗れ、力を根こそぎ奪われた支配欲の成れの果て。結局レミリアはアゼラルにトドメを刺さずこうして預かり続けていた。

 

「そんなお堅いこと言ってさぁ!昨日言ったでしょ。いつまでもそういうふうに不貞腐られてたら困るってさ」

 

「…事実だ。私は今生き恥をかかされている。お前に力という力を全て奪い取られ、人間にすら敵うことのなくなった脆弱な存在、それが今の私だ」

 

「はいはい、そういうのはもう聞き飽きたわよ。いい加減前に進みなさいな。私は貴方を殺すつもりはないのよ」

 

「……何故だ。貴様は私を恨んいるのではないのか」

 

「ハァ?恨んでるわけないでしょ。怒ってはいたけど」

 

「…やはりお前の考えは理解できん」

 

「貴方ねぇ、そんな単純なこともわかんないの?そんなんだから親失格なのよ」

 

「…………」

 

「良い?貴方はね、どれだけ腐っても私とフランの親なの。父親なのよ。私を産まれた瞬間に捨てようが、お母さんに苦しい思いをさせようが、フランに責任を強要しようが、親であることには変わりないのよ」

 

「…そんなもの、今更何の意味も」

 

「話を最後まで聞けこのデカ蝙蝠。……私はね、貴方のことをまだ父親だと思ってるわ。そりゃフランたちにしたことは生涯許すつもりはないけど、それはそれよ。私は貴方がまた父親をしてるところを見たいわ」

 

「……」

 

「…2人はまだ貴方が生きてることを知らない。いつか貴方には2人に土下座してもらうけど、貴方の気持ちを整理できるまで私は話に付き合うわ。私が知らないお母さんとか色々知りたいもの!」

 

「……何故、そこまでする」

 

「家族だからよ」

 

「…………家族、か」

 

「ま、暫くは反省ついでに私の使い魔だけどね」

 

「…勝手にしろ。…話は終わっただろう。さっさとあの袋に戻せ」

 

「え、嫌。折角だからもうちょっと話していこうぜー。家族水入らずなんだからさ!」

 

「クソッ、やはり貴様に敗北したことが私最大の不幸よ」

 

「フフッ、私に負けたのが運の尽きよ。これも運命のお導きってね、お父さん」

 

 レミリアはにっこりと笑みを浮かべる。それを見てアゼラルは瞠目する。

 

(………お前は…、ルシェルのように笑うのだな。…レミリア)

 

 この瞬間、初めてアゼラルは子の偉大さと言うものを感じたのかもしれない。

 今まで目も向けてこなかったもの。とても近く、しかし遠いところに長年求めていたものはあった。

 それに気づかなかった結果、唯の生き恥を晒すだけの生となってしまったが、この実の娘を見届けながらなら案外悪くないのかもしれない。まんまると浮かぶ月を見つめながらそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、じゃあ一発ぶん殴らせてもらおうかしら」

 

「……………はっ?」

 

「いくわよー。せーの…」

 

「まっ、待て!何故今の流れで殴ることになる!?大体貴様あの時一発で済ませるなどと言ってたではないか!」

 

「いやー、よく考えたら私自分が捨てられた分まだ殴ってなかったなーって思って。だからここは一つ元凶さんに発散するって感じで」

 

「ふ、ふざけるな貴様ッ!恨んでいないなどと言っておきながら!いくら今のお前が人間に近い力だと言えど、私の脆弱な肉体では…!」

 

「ダイジョーブよ、その辺ちゃんと調整するからさ。それにたかだか人間の子供と何も変わらない握り拳。親なら子のために体張りなさい!」

 

「待て待つんだレミリア!!本当に良くない!!無力な相手をいたぶるなど誇り高き吸血鬼がすることでは…!」

 

「お前が言うな!!レミリアパンチ!!」

 

「グボァッ!!!??」

 

 

 その日の夜、満月に小さく放物線を描く蝙蝠の姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






【レミリアたんに質問してみようのコーナー】

Q.レミリアたんって自分でどれくらい強いと思う?
A.レミリアたん「えー…、答えに困るわね…。えーと、世界を終わらせられるくらい…とかで良いのかしら」

Q.嫌いな人はいる?
A.レミリアたん「ギリシャの神!アイツらしつこいのよ!油汚れかっての!」
※因みにギリシャの神は現在一部を残して全滅してます。理由はお察し。

Q.出会った中で一番強かった人は誰?
A.レミリアたん「そりゃ小傘よ!なんたって私が初めて負けたんだから当然ね!」





後で挿絵入れるかも。
拙作を最後まで読了いただきありがとうございました。



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