ディストピア運営ゲーム  (圧倒的に有利な体制派が恵まれた人材と資材を使って罠で獲物を追い込む様を眺める仕様) (つけ麺アイス)
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レジスタンス侵入 (防衛側)

 鋼の果実を与えるべき相手は、土の果実さえ育てられぬ者なのか、それとも黄金の果実さえ育てられる者なのか────


「緊急通報!! 緊急通報!! 区画D-3の#3排水路に侵入者発見。レジスタンスです。 繰り返します────」

 

 世界最高の大都市アーバシリポリタン、都市警備対策室では、アナウンスと共に緊急体制が発令される。

 

 アーバシリポリタンは、上級市民以外には自由がなく、下級市民は全てを管理された完全管理都市。

 秩序に逆らう者は存在しない。

 存在しては、いけない。

 秩序こそ正義であり、自らの生活のためなら秩序を無視する者はアーバシリには不要。

 

 

 

 

 

 学歴等の能力の実証と、生活水準には関連がある。

 アーバシリはこの事実に対して、能力が低い者はマトモな職に就けないから何とかしようとは考えない。

 マトモな職に就きたければ、高い能力を証明するのは当然だと考えた。

 優秀でありながら枠に収まらず弾かれる者はいないが、優秀で無ければ多様性指定枠さえ与えられない。

 救済してもアーバシリに貢献出来ない者には、救済するメリットがアーバシリにとっては存在しない。

 此処に弱者を救う福祉の思考は存在しない。

 此処には強者に成果を提出させる投資の考えのみが存在する。

 都市()は自ら助くる者だけを助く。

 恩返しをする能力や余裕が育たない者へは恩を着せない。

 故にアーバシリは、弱き者、間違えた者を救済しない。

 正しく優れた者だけが、アーバシリに住むことが許される。

 優れた能力を持つ事そのものが個性であり、特別に優れた能力を一つも持たない者は、人格すら認識されない。

 法を守る能力が無い者も、法を守っていては生活が出来ぬ者にも許しは与えない。

 法を犯す者を徹底的に排除することで、行き詰まった貧困者による社会不安は排除する。

 故に、弱者が困窮することによる、強者の不安や不自由は発生しない。

 アーバシリは弱者を救う能力が無い無能な都市ではなく、弱者を救う意義が必要ない有能で無情な都市であった。

 

 この都市の方針は、通常存在するであろう少なくはない弱者の声によって、反対されることは無かった。

 何故なら、そもそもアーバシリは本来ならごく一部である富裕層達が集まって起ち上げた都市であり、その中でも更に富の才を持つ者達が独断で推し進めた計画により、究極的にはたった一つのプログラムによって独裁されている。

 

 割合も少なく、力もない弱者の意見など通るはずもなかった。

 

 アーバシリは住民の淘汰を進め、負債となる民を切り捨てた結果、世界屈指の大都市となった。

 

 現在アーバシリに住む選別済の民の多くは、ほぼ全てが切り捨てられる側とは無縁であり、アーバシリの優勝劣敗体制を変えようとするのは、寧ろアーバシリの外にある集団が主だっていた。

 

 優生思想は優秀な者の側からは否定されない。

 優秀でない者に対しての否定でしかないからだ。

 

 アーバシリの住民からすれば、アーバシリ外に住んでいる人々に、アーバシリの治安と経済を低下させる要求をされる事は到底受け容れられざるものであり、大多数の住民が現体制を支持していた────。

 

 

 

 

 

 

 

 これは、シミュレーションゲーム『アーバシリポリタン』のオープニングだった。

 うろ覚えではあるが、前世でクリアまではいった事がある。

 管理都市アーバシリポリタンの防衛側と、攻略側に分かれてプレイ出来るが、圧倒的に防衛側が有利だった。

 防衛側の理屈は、如何にも昭和初期のヒーローっぽい攻略側の逆張りではあるが、逆張りになるのは、上流階級と下流階級で立場が真逆になれば、意見も互いに逆張りになると納得させられた事は覚えている────

 

 

「…さ…し…補佐…室長補佐」

 

 副官に呼び掛けられ、私は再び前世へ馳せた想い出から、現世へと引き戻される。

 今の私はアーバシリポリタン警備室長補佐(ヴァイスガーディアン)、トール・ネーブル。

 完全で完璧なエリート街道を進み続けた、アーバシリポリタンの走狗だ。

 

「聞こえている。

シトラス秘書官、パイプの洗浄は明日の朝だったな。

もう準備は出来ているか?」

 

「え、えぇ…。

ですが、それがどうか────まさか」

 

 アーバシリポリタンでも未来を約束されたエリートでありながら、高確率で都市の秩序を裏切ることになる美女、カレン・シトラス筆頭秘書官は、僅かに顔を青くする。

 

 ゲームをクリアしてストーリーを知る私には分かっている。

 この女は、私の考えが己の望みを砕く事を理解したのだ。

 

「パイプ洗浄剤に使われる『ぺぺスール』の効果は?」

 

「…水を…与えると、発熱、融解、発泡を行いながら、パイプ全体にまで拡大します」

 

 これで皆も私の考えを理解しただろう。

 

 

「よろしい。

今からパイプ洗浄を実施させろ。

いいな? シトラス秘書官」

 

「…………」

 

 嘘だと思いたいのだろう。

 選別の結果、都市から追い出された彼女の幼馴染みが、今ではレジスタンスの特攻隊長へと成長して生きていたことを知ったオープニング直後(このタイミング)では。

 

 私は思うのだ。

 人が物事を語るとき、そこには希望的観測が混在する。

 幾人もの間を通り抜けて、幾つもの希望的観測を混在させた話は、真実の純度を薄めて嘘へと近付く。

 故に、真実とは一切の希望を取り除いた残酷なものなのだと。

 

「聞き取れなかったか? シトラス秘書官。

排水路に明日流される予定のパイプ洗浄剤を今すぐ流せ」

 

 聞き間違いも解釈違いも許さないように、明確にして明瞭に発言する。

 

 十秒ほど沈黙した後に、シトラスは清掃員詰め所に連絡した。

 アナウンス部署にパイプ洗浄に関する放送を行う為のスタンバイを連絡したのは、彼女の最後の希望(抵抗)だろう。

 

 

 洗浄剤は肉片も残さず溶かす。

 攻略側主人公(シトラスの幼馴染み)がこの世から消えたか、後で点検出来ないのは極めて残念だ。

 

 尤も、トラップで仕留めたと思って確認もしないなんて、幸運補正が高い攻略側主人公ならば生き残るフラグでしかないだろう。

 洗浄予定を早めて得られる成果など、攻略側主人公の仲間が主人公を救うために死ぬとか、その程度で終わるのがお約束だ。

 

 それに、洗浄剤の量や濃度を高めたりすれば、今度は排水路が傷付いて、壁が痛んで壊れやすくなり、我々が把握出来ない抜け穴が出来てしまうのも、お約束だろう。

 

 

 大型生物兵器(人工モンスター)を同時併用すれば、強塩基性の液体の波を、その巨体をぶつけ合わさせてどちらも回避してくるに違いない。

 使い捨ての下級兵士や追放予定者を併用しても、説得により裏切られる可能性も高い。

 攻略側主人公というのは、主人公としてのご都合主義の塊の様な存在だ。

 

 そんな存在が、アーバシリポリタン管理陣営を倒せば、騙されている民衆も自分達の側に着き、全ては解決すると信じて、命を狙いに来るのだから、最初のミスで最高決定会議から信頼を失った原作ゲームのキャラクター()が、正常な判断力を失って無様を晒すのも納得がいくものだ。

 

 とは言え、だ。

 やった結果失敗し続けたから、原作の私は無能な働き者として扱われた。

 では、何もしなかったらどうなるのか?

 恐らく、アーバシリは攻略されてしまっただろう。

 ならば結局は、手を繰り出し続ける他はない。

 (カルシウム)をも溶かす、第二の洗浄剤を。

 

「塩基性のぺぺスールを使用した二十分後に、酸性のドラゴンアシッドを投入しろ」

 

「お言葉ですが室長補佐、そうなると町中の排水溝から毒ガスが立ち昇る事になりますが」

 

 

 シトラス、君の言う事は尤も、実に尤もだが────

 

「その為にアナウンス部署があるのだろう? そうそう、酸性の洗浄薬剤は確実にドラゴンアシッドにしておいてくれ。

間違ってもアシッドCだけは使わないようにしてくれたまえ。

間違えさせた時は…分かっているだろう?」

 

 ドラゴンアシッドは、ある生物兵器から搾取出来る強酸性の唾液であり、ぺぺスールと混ざると人間を廃人にするガスを発生させるが、それは非引火性だ。

 しかしアシッドCは、ぺぺスールと混ぜると引火性のガスを生み出す。

 攻略側主人公が、排水路から逃げ出した後、火の着いた煙草を排水路に落とそうものなら、アーバシリを揺るがす狼煙が上がる事になるだろう。

 

 そんな事はさせない。

 

 

 

 我々アーバシリ上級都民が平和を享受するためには、レジスタンスによるアーバシリの攻略は決して許してはならない。

 

 

「排水路から立ち昇るガスが抜ける先は?」

 

「…Z-3地区です」

 

 Z地区────通称貧民街。

 役立たずとしてアーバシリを追放されるべき、遺伝的に能力の低い人々。

 その低い能力に見合った、極めて低い給料を受け入れることで、機械を配置するよりも安いコストで労働力を提供する人々の事を『貧民』と呼ぶ。

 春から秋まで休まず働き続けても、冬を越すのがやっとの蓄えしか得られない蟻の様な人々。

 貧民の立場を受け入れる事で、追放の寸前で留まっている人々。

 その貧民ばかりが集まっている超格安物件地域だ。

 自己資金で入居する人は皆無で、安い仕事で使われる労働力に対して、企業が格安で使わせている現状がある。

 

 自分達の稼ぎで満足に家も借りられない人々を、機械導入をしなくても採算が取れるだけの低賃金で雇う代わりに、家賃を補助する。

 そういった仕組みが存在する。

 

 アーバシリポリタンの投資的で非福祉的な現状に不満がある人々が多く、ここにレジスタンスが逃げ込めば匿われる可能性も高い。

 だが、極狭い部屋が幾つも並ぶ集合住宅地域である貧民街に建物を作る際に、私は事前に企業にあることを義務付けてある。

 それは、徹底的な監視カメラの設置だ。

 

 貧民には犯罪者が多く、安い仕事から逃げ出す者も多い。

 だからこそ、企業もその負担を受け容れた。

 そのコストは労働者の給与を更に下げる事か、家賃を上げる事で解決する。

 労働者が辞める事も自由だが、それ程までに給与を下げたとしても、その程度の仕事にしか就く能力が無い者は辞めない。

 口を開けば安月給への不満を漏らしてばかりでも、結局は企業が家賃補助する格安物件にしか住めない人々だからだ。

 

 その程度の人間がガス漏れで消えたところで、アーバシリに痛みはない。

 大手企業や公営の組織は、徹底的に機械化された場所を優秀な人材が使う事で成果を上げているからだ。

 

「Z地区ならガス漏れも問題はない。

何なら、毒ガス発生はアーバシリ中を無差別に狙ったレジスタンスの仕業ということにしておけ。

ああ、ついでにレジスタンスを匿った者は追放、逆に捕らえた者は一年間家賃を無料とアナウンスしておくように」

 

 貧民街の住人は、アーバシリ最底辺の暮らしを与えられてさえ、アーバシリを去ろうとはしない人々だ。

 アーバシリの人々に最下級扱いされたとしても、アーバシリの外を恐れた人々だ。

 追放なんて耐えられる者は、殆どが既に自主的にアーバシリを去っているはずだ。

 

 そして元々安い建物であり、その上企業が家賃補助をしている物件。

 割引された安物件の家賃を、一年間アーバシリが負担したとしても、それは大したコストにはならない。

 それが数十件の範囲内であればだ。

 

 底辺の能力に相応しいゴミみたいな環境でしかなくても、それが完全に無料となった時点で、その家の住人は無料の間は今の住所から逃げ出す事も無くなる。

 

 元からどの物件も無料というならともかく、自分だけが特別なキャンペーンで無料になったともなれば、その特権がある間は、キャンペーン対象から逃げ出さなくなる。

 寧ろアーバシリを肯定的に見る様にさえなるだろう。

 

 格安住居で、更に企業補助が付けられた後の家賃など、私の一日分の給与にさえ満たない額だが、これはアーバシリの定めた能力差による効率的で適切な賃金体系だ。

 

 弱者を犠牲にして繁栄することが正しいかどうか?

 

 この命題への解答として、例えばの話をしよう。

 自分の知らない人が世界から半分即死する代わりに、インターネットもスマートフォンもある世界。

 誰も死なない代わりに、インターネットとスマートフォンが消滅する世界。

 どちらで生きる事を選ぶかと言われれば、私は前者を選ぶ。

 その為に私は切り捨てる側として、切り捨てる事を肯定する社会を守り抜く。

 

 そもそも、弱者をわざわざ痛めつけている認識は、私達にはない。

 弱者をわざわざ必要以上に助けたりはしない、というだけの話なのだから。

 助け続けないと勝手に死ぬ相手を助ける場合というのは、それこそ無償の愛を傾ける身内に対してのみだろう。

 

 

「レジスタンスの生死を問わず、指一本、耳一つ持ち込んだ者にも、一年間の家賃無料を約束しておけ」

 

 場から機械音以外の音が消えた。

 以前、同じキャンペーンを打ち出した時には、貧民に捕らえられたレジスタンスは、完全にパーツ単位だった。

 より多くの家庭が恩恵を受ける為に、皆でレジスタンスの身体を分け合ったのだ。

 それを思い出したのだろう。

 

 ほんの僅かに無料チケット(肉片)稼ぎの為に、無関係な殺人も起こったが、死んだのはいなくなっても構わない貧民であったし、犯人も処罰したので問題はない。

 

 

 今回も、貧民街の纏め役(ゴロツキ)達はレジスタンスを追うだろう。

 それでいい。それがいい。

 

 

「やあトール。流石の手腕だねえ」

 

 勝手にこの部屋に入ってきて、割り込んで来た者がいた。

 イヨーカ・ポンジュか。

 原作ではニコニコと笑顔の仮面を被りながら、レジスタンスに対して個人的な憎悪で暗躍していた女だ。

 幼い頃から命を狙われ、レジスタンスに強姦されて、四肢をグチャグチャにされた経験があれば仕方がないだろう。

 尤もこの世界ではその強姦魔は、自己保身の為に鍛えに鍛えた私によって、直接処理されたのだが。

 

 イヨーカは公的には私と同格の監督官であり、原作では(トール)を見下して、自身の出世の踏み台としか思っていなかった腹黒女で、日頃から男装をしている変人だ。

 原作ゲームとは違って、髪は長くなっているが、この世界がゲームでない以上は、常に同じ髪型という方が不自然だ。

 私はそんなことを、気にしたりはしない。

 

 イヨーカはこの私と違って、自身の地位や周囲の者の地位を徹底的に、実家の大企業の為に使っている。

 天下り先の確保の代わりに、都市開発創業メンバーでもあるポンジュ家の人間はアーバシリの高官のポストを用意される。

 その上、実際にポンジュ家の人間は有能で高官として成果も出して、天下りする人間も同僚であったポンジュ家の人間が共に仕事をして認めた有能な高官が選ばれる仕組みだ。

 イヨーカは原作の私の地位を利用し尽くして、使い捨てた女であり、苦手意識は多分にある。

 弱みを表に出すわけにはいかないがな。

 

「要件は何だ?

有益な提案があれば、成果は監督官殿の助言により実施したと室長に報告しよう」

 

 原作の(トール)は徹底的に、全ての成果を自分の物にしようとしたが、私はそうではない。

 他者を上手く使うのもマネジメントの一つと考えているからだ。

 

「…怖いなあ。

折角、君の名前と責任を使って動きたいと思っていたのに」

 

 そして、こういったパターンもあるからだ。

 ゲームでは、イヨーカの成果も全てトールが自分の物と報告したことで、イヨーカが仕組んだ幾つかの不審点も、トールの責任とされてしまっていた。

 

「私に責任を押し付けたいならそうするがいい。

それが、アーバシリポリタンの繁栄に貢献するなれば」

 

 本心は必ずしもそうではないが、私はアーバシリの忠臣をロールプレイする。

 

「じゃあ構わないね。

僕の実家の会社の新型機械動物(メカキメラ)を、排水路でテストさせて貰ってるよ。

実は既に君の名前で予算を確保したんだ」

 

 コイツはアーバシリの大企業のお嬢様で、家の為に私の名前で資金を横流ししていたのだ。

 最近は別の大企業のせいで業績が落ちて来ていたから、値切りしない(金払いの良い)公的事業が喉から手が出るほど欲しかったのだろう。

 こういうやつだとは知っていたから、今更驚くことはない。

 

「好きにしろ。

ポンジュコーポレーションが、有能でアーバシリポリタンへの忠誠を持つのなら、私には何の不満もない」

 

「へぇー。さっすがトール。話がわかる」

 

 身体を押し付けてくるのはやめて欲しい。

 私が色香に負けて、特定企業に肩入れしたという状況証拠にされたくはない。

 推測だが、こいつが最近私に会うときには男装をしないのは、そうやって私の評価をアーバシリの忠臣から、色香に惑う俗物へと移そうとしているに違いない。

 とはいえ、それを正面から指摘して、“私は見通していますよ”アピールするのも、また小物だ。

 大した事が分かっていない者ほど、自分は分かっていると示したがるものだからだ。

 本当に分かっているのならば、分かっていて当たり前だから敢えて言わないという態度を見せておくべきだろう。

 

「そうそう、サプライズがもう一つあってね」

 

「好きにしろ」

 

 ポンジュコーポレーションは、機械動物(メカキメラ)と呼ばれる戦闘兵器にもなるものを開発している。

 非引火性の毒ガスが充満する排水路での活動に、この兵器は相性が良い。

 長く排水路で使うと錆びていくのが欠点だが。

 

 他にも型落ちの機械動物を、私の名前で定価(値引き無し)でアーバシリポリタンに買わせたと言われても、その程度は許容範囲内だ。

 火花と白煙をあげながら、回転ノコギリのセビレで獲物を切り裂く、空を飛ぶ魚と昆虫の間の様な耐水性の『FCL-24(ソードフィッシュ)』など、割と実用的なものが多い故に。

 

「そうか。因みにネーブルインダストリアルとポンジュコーポレーションの両社の次期後継者の婚約に伴う協力合併なんだけど、当人同士が賛同しているのなら問題は何処にも無いわけだ」

 

 

 

 

 

 

 そうか、ネーブルインダストリアルとポンジュコーポレーションか。

 アーバシリのセキュリティと密接に結び付いたあの二社が合併とはビッグニュースだ。

 だとすると株価が───────

 

 …まて、ネーブルインダストリアル?

 ネーブルインダストリアルの株なら、下手をしなくても私が所有率二位だぞ。

 というかそれは────、私の実家だ。

 

 ポンジュコーポレーションとは違って、生体機器や生物兵器に特化した武器商社であり、保険会社でもある。

 私が公務員になる前に開発した、看板商品である生体兵器『ドラゴンシリーズ』は、今やセキュリティにおいてメカキメラをシェアで上回っている。

 実質的に私が一代で成長させた会社だが、会長は私の親だ。

 そして私に兄弟はいない。

 

 

「今、何と…?」

 

「やあ、内容も聞かずに好きにしろだなんて、君のご両親と同じ事言うんだね。やっぱり親子だ」

 

 私の実家ネーブルインダストリアルは、元は小さな会社でポンジュコーポレーションの下請けとして存続してきた。

 独立した大企業になったのは、私の代になってからだ。

 私は既に収益で上回ったポンジュコーポレーションに媚びる事は無いが、私の実の父は違う。

 ポンジュ様々だと低頭平身で無理難題でも引き受けてしまう。

 今回も憧れのポンジュ様との対等な合併ということで、舞い上がってしまったのだろう。

 この女の提案に、一切の考慮もせず「ポンジュ様、うちの息子で良ければ喜んで差し上げます」とでも平伏したに違いない。

 息子はポンジュからの独立派で、親はポンジュへの従属派。

 まるで日本の戦国時代に存在した浅井家の様な環境だ。

 だからこそ形だけの会長にして、事実上隠居へと追い込んだ。

 そのはずだったのだが…。

 

「会長、いや元会長は会長辞任の最後の権利として、合併を承認したんだ。

ところで今後は君のことを何て呼ぼうか?

N&P(ネーブル・ポンジュ)会長? それともア・ナ・タ?」

 

「それは私にとって室長補佐業務にはあたらぬ所だ。

今レジスタンスを処理すべき状況で話し合うには不適当だろう」

 

 極めて高い可能性で、これはアーバシリの管理婚姻政策にも絡んでいると想定される。

 そうなれば、これは私が何をしようと変えられない事実となるだろう。

 アーバシリ都市開発創業メンバーの一族は名家と呼ばれ、名家以外の人間で優秀な者がいれば、名家の人間と婚姻を結ぶことになる。

 そうやって、優秀な遺伝子を取り込み続け、遺伝的優位性を確保した上で膨大な財産で教育環境と立場を用意することで、名家の存続を永遠のものとするのが、アーバシリの管理婚姻の最上位規定。

 

 …取り敢えず今の私に出来る事は、話を逸して問題を先送りにすることだけだろう。




社会「XさんとYさんが戦ってどちらが勝つと思いますか?」

保守派(いわゆる右派)「(俺自身が強いかどうかは別として)強い方が勝ちやすい。正義は人によって違うから、自分の正義が勝てるように強くする」

リベラル(いわゆる左派)「(何が正しいかは俺が決めるとして)正しい方が勝つべき。もしくは、戦う事そのものが悪いから自分から負けてでも戦いを収めた方が正しい。(負けた側がどんな不利益を負うかは気にしない)理想的な絶対の正義に全ての人は従うべきだ」


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レジスタンス侵入 (攻略側)

資本主義「速い人はより速くなって世界記録更新しようぜ」
共産主義「速い人は遅い人を引っ張って走ってくれ」



タイムとは経済の総和なので
三十人がそれぞれ走った平均タイムと、三十人三十一脚のタイムのどちらが速いかという話


 何処までも正確で、何処までも潔癖で、何処までも正しく、何処までも冷酷な完全管理都市アーバシリポリタン。

 高層ビルが寸分の狂い無く整立しており、上層には柑橘色の光(太陽光)が、下層には人工灯(サーチライト)が明るく照らしている。

 管理する事を当然と考える支配者と、管理される事を当然と感じる奴隷の住まう、空前絶後の黄金都市。

 その輝きは都市を管理する側と、彼等に認められた者に独占されていた。

 無論それは、権力により不当に行われた訳ではなく、都市管理計画に基づき、能力や成果に応じて払われている点が、アーバシリのパンドラと言えよう。

 箱の最奥(街の中枢)に潜む輝き(希望)こそが、パンドラの親玉という点において…。

 共産革命軍(レジスタンス・ユニオン)は、アーバシリの全てを奪い取って自分達がこの星に住まう人全てに再分配する為に、各地において反アーバシリ(レジスタンス)を結成させていた。

 そしてあるレジスタンスが、アーバシリ地下排水路から侵入した時に物語は始まる──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒエタワ先輩ッ!!」

 

「カトル…貴方は生きて…共産革命軍の希望だから…」

 

 カトルと同じく共産革命軍(レジスタンス・ユニオン本部)から派遣されたキビー・ヒエタワ軍曹は、カトルを庇い本来人相手に使うものではない、強力過ぎる洗浄剤を全身に浴びて、彼の目の前で全身を溶かしていった。

 

 キツイ目付きであり、実際に厳しい鬼軍曹ではあったが、ヒエタワはカトルを一人前の革命戦士にした。

 特攻隊長カトル・カティークを作ったのは、ヒエタワ軍曹と言っても過言ではない。

 

 アーバシリポリタンの繁栄を世界中の全ての人々で分け合う為に、アーバシリポリタンの上層部を抹殺して、共産革命軍がアーバシリポリタンの権益全てを握る必要があった。

 少なくとも共産革命軍はそう考えていた。

 その為に戦士となる人々を掻き集めてレジスタンスを作り、そのリーダーとして共産革命軍の人間を充てがって活動させていた。

 今回は排水路から突入する計画であり、不潔な環境でこそあるが、明日の清掃メンテナンスに備えて、幾つかの機構が停止したまま開放してあり、侵入には良い環境であった。

 

 その情報の元は、カトルが最近偶然に再会した、アーバシリポリタンの警備部門で働く、美人の幼馴染みから聞いた事だ。

 そして、警備部門の実質的な長は、悪魔的な完璧さを持つ男だと。

 

 トール・ネーブル警備室長補佐(ヴァイスガーディアン)

 国家試験を歴代最高の成績で通過した男で、これまでに侵入した多くのスパイや活動家が、彼によって『処分』されている。

 レジスタンスの殺害目標でも、上位に位置する。

 

 以前、殺害対象として狙ったポンジュ家の人間への強襲を完全に防いだ実績もある。

 

 

 カトルはその危険性を情報としては仕入れていた。

 そして自分なりに最大限の警戒をしていた。

 それでも足りなかった。

 幼馴染みのシトラスに嘘をつかれたのか?

 シトラスがカトルに話していた事が発覚したのか?

 それともそれらがなく、単純にトールの才気だけで清掃計画の変更が命じられたのか?

 カトルはすぐさまその場から一番近い地上出口を探すことにした。

 本来は地下排水路を通って、なるべく中枢まで進みたかったがそうもいきそうにない。

 

 廃棄されたのか野生化したのか分からない、実験生物であろう危険な生物に何度襲われたかは分からない。

 なるべく接触しないようにと、発見するたびに遠回りを強いられるが、隠れながら遠回りしたところで必ずしも逃げられる訳ではない。

 人間よりも鼻も耳も良い化け物、しかもカトル達と違ってずっと排水路で過ごし、水流などの雑音に流されず、正確に聞き分ける事が出来る。

 

 時には仲間を犠牲にして進まなければならない。

 これまでは、ヒエタワが下級同志の中から犠牲者を選んでは、殿(しんがり)を命じていたが、今後はカトルがその役目を負う必要がある。

 隊長であるカトルが本来行うべき所を、適性と思い遣りからヒエタワが代行していただけなのだから。

 

 

 

 またボコボコボコボコと急速な速さで、先程聞いた音が排水路中で響き始めた。

 

 

 また、ヒエタワを溶かした泡の洪水が来る。

 そう判断したカトルは兎に角逃げることにした。

 しかし逃げるにしても何処に逃げれば安全地帯かは分からない。

 少なくとも水辺から離れた場所ということしか分からない。

 それでも、判断材料がそれ以外に無いのなら、それを判断材料にして動く他は無いのだ。

 

「今すぐ水辺から離れろっ!!」

 

 

 その数秒後、排水路全体の温度が上昇した。

 先程の白い溶解泡が雪崩込んで来た時にも、通り過ぎる前から気温が急速に上昇していた。

 同じ事が繰り返されると誰もが思った。

 

 違いは溶解液が赤黒かった事と、泡ではなく発泡性の霧であった事だ。

 

 大きな水辺に近かった部下数人が逃げ遅れた。

 今度は骨まで溶けている。

 

 そして赤黒い霧が流れきった後、下流で大きく弾ける様な音がして、その直後強風が駆け抜けた。

 ここが地下排水路であるにも関わらず。

 

 レジスタンス達は、訓練で染み付いた行動により、爆発音を聞いた直後にしゃがみこんだ。

 爆発による飛来物からの回避行動を身体が覚えていたからだ。

 それ自体は間違いでは無かっただろう。

 しかし、比較的低い位置にいたものが苦しみ出し、その者を助けようと近付いた者も口を塞いでフラフラとしだした。

 

 彼らは一様に他の者へと“来るな”というふうなジェスチャーをして倒れた。

 

 先程の爆発は、毒ガスが一気に発生した音だとカトルは気が付き、只管上を目指すことにした。

 もはや排水路を通ってなるべくアーバシリポリタン中枢まで進もうとは、考える余裕も無かった。

 

 まだ外壁部を越えてすぐの辺りでしかないが、それでもアーバシリ内に入れただけで十分だ。

 アーバシリの外縁部なら、行政に不満を持つ者も多いだろうとカトルは周囲を鼓舞する他無かった。

 

 

 

 多くの同志を失い、漸くカトル達はアーバシリの地上に出た。

 男としても戦士としても一人前にしてくれた尊敬する先輩、地方レジスタンスで最初に出来た親友、それ以外の部下達…。

 様々な者を失った。

 

 だが、それでもアーバシリまで辿り着いた。

 後は外縁部で匿われながら仲間を増やして、革命の準備を整えて、革命軍本部を呼び込む体制を作るだけだ。

 その為には、この辺りの影の顔役と話を付ける必要があった。

 

 周囲の住民より良い服を着てバッジを襟に着けた、マフィア構成員らしき男に接触すると、その男はアーバシリの不満を熱心に語りつつ、自宅までカトルを招待すると告げた。

 

 しかし、カトルは何か違和感を拭えず、本能的な警戒心に従って、出されたお菓子とコーヒーには手を付けなかった。

 とはいえ、疲労困憊の部下にまでそれを強要することは出来なかった。

 何人かが、暫くするとふらついて倒れた。

 その数秒後、マフィアであろう男達が一気に詰め掛けて来た。

 

 ハメられたと気が付いたカトルは、逃げるぞと叫び、近くに居たマフィア達をナイフで切り裂きながら、逃走経路を拓いた。

 

 飲食物に手を付けなかった者や、まだ薬が効いていない者達が後に続く。

 

 

 

「家賃無料が逃げたぞーーっ!!」

 

 貧民街中に次々と響く声。

 その意味はカトルには分からない。

 しかし、走ったせいか薬が効いて来た部下が倒れると、民衆達が取り囲み、部下の凄まじい悲鳴が終わらなかった。

 何をされているにしても、最終的には生きてはいないだろう。

 

 カトルは貧民を殴り付けて、その衣服を奪うと、部下達がいない方向を指差して、「あっちだ!! 家賃無料達が逃げたぞー」と叫んだ。

 

 カトルの周りから民衆がいなくなる。

 その隙に部下達は既に動いていた。

 

 ある家の住民を様々な手段で黙らせて(・・・・)乗っ取った部下が、カトルをその家に呼んだ。

 

 

 何人かは既に排水路を通って逃げたと、カトルは部下から聞いた。

 カトルはその家に数名を残し、殆どの部下は毒ガスが十分に引いたら、排水路から逃がすと判断した。

 取り敢えずこの状況の報告を持ち帰る事だけでも価値はあるからだ。

 

 この家の家主は既に殺害されている。

 娘を人質にして、母親には買い物を命じる事で、暫くは隠れ家として機能するとレジスタンス達は判断した。

 

 外を見ると、日頃は貧民街には巡察にはあまり来ない警察達が大量に彷徨(うろつ)いている。

 家の前にも警察が来たので、家主の妻に誤魔化せと伝えるとカトル達は身を隠した。

 

 その後、カトルと部下数名を隠れ家に残して、レジスタンスは一時撤退することになった。

 

 しかし、毒ガスが抜けきった後、大量の高圧水による洗浄が行われた後に、洗浄剤による壁の損傷確認を兼ねた排水路の徹底したローラー警備により、逃げ出した部下の殆どは捕まった事はカトルは知らない。

 

 だが、革命軍本部から特攻隊長として派遣された彼は、毒ガスが抜けた後とはいえ、全員が逃げ帰れたとは最初から考えてはいない。

 一人でも帰り着ければ革命の火は消えないから、それで十分だと考えているからだ。

 

 

 

 カトルは、自分の目の前では母娘が陵辱されることを禁じたが、自分が不在の時に行われた形跡については黙認することにした。

 部下の荒ぶりの発散も必要であるし、人質兼労働要員である母娘に、リーダーであるカトルだけは自分達の味方で荒くれ者達も大人しく従うと刷り込ませる必要もあったからだ。

 部下達が「俺達だって本当はこんな事したくねぇんだ。俺達を認めないアーバシリと、そんなのに従う無知なお前らが悪ぃんだ」と建前を主張しながら、母娘相手に獣欲を発散していることは、カトルも知っていた。

 

 ある時、カトルが一名の部下を連れて、こっそりと外に出た。

 服を変えて帰ってくると、その家の前には警察が集まっており、部下達と母娘が警察に連行されているのを発見した。

 カトルにはどうしようもなかった。

 

 

 まもなく、レジスタンスとそれを匿った者が処罰されると知っても、カトルに出来る事は無かった。

 

 それでもカトルが諦める事は決してない。

 愚かな上流階級が支配する間違った仕組みは、如何なる手段を取っても破壊しなければならない。

 弱肉強食の誤った認識が蔓延する世界に正しき認識を灯さねばならない。

 優秀な親の遺伝子を引き継いだから優秀で他者の上に立てるという、都市に蔓延する誤解を解かなければならない。

 人の存在価値に生まれ持って差などなく、理不尽な運の差があるだけなのだと証明しなければならない。

 故に、革命の焔で、古き愚かな世を焼き尽くさねばならない。

 その為に誤った認識を持つ愚民達に、あるべき正義を教育しよう。

 世界全体が最速で前進する最適解が優勝劣敗だとしても、その前進に取り残されて切り捨てられる者を生まない世界こそ、より立派な筈だ。

 都市の成功者達が主張する、能力(存在価値)には生まれ持って格差があるという嘘や誤りや勘違いを絶対に否定しなければならない。

 多くの市民は、現状を受け入れてしまっているが、それはきっと思考力不足や知識不足によるものなのだ。

 正しく物事を理解出来る能力がありながらカトルを否定するトール達体制派は、明確な敵対()だが、貧しいながらも現状を変えるための革命に賛同しない市民は、さしずめ馬鹿な味方である故に、導き育て上げてあげねばならない。

 共産主義こそが正しき在り方だと導き、理想の供物とさせねばならない。

 手段がどうであれ、僕達の共産主義(理想)そのものは正しいんだ。

 だから、正しい事は間違った手段を使ってでも、絶対に叶えなければならない。

 いや、間違った手段でしか共産主義(正しい考え方)を通せないこの世界の方が、邪悪で間違っているんだ。

 だから僕は、この世界を革命(破壊)する。

 

 僕は────、あの女性(ひと)にそう誓ったんだ!!

 カトルはそう信じて、魂を燃やす。

 彼の心の中には、一片の絶望も不安も迷いも存在していなかった。




レジスタンス「弱き人々を助ける為に、強者が福祉にお金を使わなかったんだから、失う物の無い我々の暴力に裁かれるべき。今こそ結果の平等を。遺伝子で能力が異なる事は不公平だ!!負け組には福祉を」

上級都市市民「じゃあ自分達を暴力から助ける為に、成功できる強さもなく従順でもない人を、都市から物理的に排除する為にお金を投資して解決。機会は公平に開かれている。遺伝子レベルで劣った者には投資する価値なし」


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レジスタンス処刑 (防衛側)

労働者「ブルーカラー労働者の給料上げろ」
経営者「今の低賃金でこれだけ募集が来るのなら、賃金上げなくても良いでしょ。それよりMBAとかのハイクラス人材が募集かけても集まらないから、そっちの給料高めにして様子見て見るわ」


 私はこの世界を知っている。

 いや、知っていたつもりであったが、どうやら勘違いのようだ。

 トール・ネーブルが成功し続け、イヨーカ・ポンジュが革命軍に手足と純潔を奪われなければ、ネーブル社とポンジュ社が合併するイベントが起こるとは…。

 いや、イヨーカ・ポンジュが襲われるのはそもそもゲームが開始される前だ。

 イベント条件とは関係ない…?

 

「ね〜え、ア・ナ・タ?」

 

 私は何も聞いていない。

 考えるのはやめよう。

 豊かな胸と髪を押し付けて、色々とジューシーな匂いを私に纏わせる女はこの際無視する事にしよう。

 

「フフッ、いけずな君もクールだよ」

 

 気にするな。考えるな。スルーしろ。

 取り敢えずは、婚姻よりもネーブル・インダストリアルとポンジュ・コーポレーションが私の物となったことがどうやって警備に活かせるかを考えなければならない。

 父親が引退して私が大企業の経営者になっても、アーバシリの規則としては、警備室長補佐を辞める必要はない。

 寧ろ積極的に自社を使って良い代わりに、安くしろとか、アーバシリの要望に合わせた商品提供をしろというのが、ここの規則だ。

 民間で成功している者が、その成功を捨ててまで公務員になる可能性は低く、寧ろ行政としては民間での成功を携えたまま来てくれた方が、大きな力となるからだ。

 

 さて、生物兵器と機械兵器を組み合わせた機械化人工生物(ネオ・キメラ)の開発と実施実験の場をアーバシリ警備室長補佐の名で支援することにしよう。

 人体への殺傷能力は、情報を取り尽くした後、若しくは情報を吐かなかったレジスタンスを使って実験させよう。

 

 本来は人権剥奪処理済生存人体として登録した後に、有料で企業に売るのだが、新兵器をアーバシリに試験導入した上で、企業の視察の中で我々が実行すれば、余計な資金は掛からない。

 ネーブルとポンジュが二大防衛産業とはいえ、都市としては後進が育たないのは良くない。

 企業経営者として見れば、ライバルがいない独占状態は値段も吊り上げ放題であり、この為のこれまでの買収、この為の今回の合併という事ではある。

 警備室長補佐の立場ではない私が経営者であれば、迷わず卸しの値段を吊り上げた。

 だが、警備室長補佐である私が防衛産業を独占したとしても、アーバシリには良心的な価格で兵器を卸す。

 持たざる者からすれば、権力者が自社の商品を立場を利用して都市に購入させているようにも映るかもしれない。

 しかし都市としては、企業の有力者を高官として迎え入れる事には大きな意義があるのだ。

 

 

 さて、捕らえたレジスタンスで好きに実験する。

 これは一般に公開することにしよう。

 他の弱小防衛系企業にも、実験成果を与えてやろう。

 これがアーバシリにある防衛産業の競争力に繋がるのならば。

 無論、並外れた知見を持つN&P社から来た視察団と、弱小企業から来た視察団では、同じものを見ても持ち帰られるデータの質と量には大きな違いがある。

 労働者レベルでも、リーダーの動きを見ているだけでリーダー代理を務められる者と、リーダーの動きを見ていた筈なのに急に代行をしろと言われてもリーダーとしての行動をマニュアルにしたものを与えないと動けない者もいる。

 マニュアルを読んでもリーダーになれない者もいて、それらは最下級として生きてもらうか、アーバシリを去ってもらう他はない。

 それに、これだけの環境を欲しいがままにする我が社を知ることで、引き抜きを希望する優秀な者も出てくるであろうから。

 

 問題は、捕まった仲間を公開処刑するともなれば、街に潜んだレジスタンス達が救出に来た時に、備えなければならないことだ。

 果たして来るのかどうかは分からない。

 そんな状況では警備も張りが出ない。

 

 来なければ無駄に気を張って損、来たら大変。

 そう警備兵に思わせてはならない。

 寧ろ全都市へのアナウンスにより、処刑の時間と場所を公布すると共に、街にいるレジスタンスは仲間を助けに来なければ信念のない臆病者だとしっかり煽ってやる。

 

 そうすることで、主導権は逆転する。

 来なければ仲間を見捨てる臆病者。来たら大ピンチ。

 こちら側から選択肢を示して相手に選ばせるのだ。

 そのやり方を見せる事で、警備兵にはレジスタンスが来ないという事も、レジスタンスへのダメージだと認識させる。

 そうすることで現場の士気も否応なしに高まらざるをえない。

 

 更に言えば、レジスタンスが来なければ臆病者というアナウンスが無ければ、現場の処刑責任者や来賓を殺された時点で彼等の得点だが、このアナウンスがあることによって、レジスタンスは処刑責任者や来賓を殺しても仲間を救出出来なかった時点で失点となる。

 仲間の救出を最優先にせざるを得ず、それが処刑責任者や来賓の身を守る事にも繋がる。

 

 処刑の宣告は無能な悪の行動として描かれる事が多いが、実際には敵の行動を縛る役割がある。

 原作では公開処刑をしたものの、警備能力の低さと煽りが無かった事により、処刑対象は奪取されなかった代わりに処刑責任者と来賓が殺されて、アーバシリ防衛側の失策かの様な印象を付けられた。

 だが、仲間を救えなかった時点でアーバシリ攻略側の失敗と思われる環境を作ってやればそうはならない。

 

 

 処刑対象には、発信器と爆弾を埋め込んで口を縫い付けてある。

 仮に奪取されても、持ち帰った所でお仕舞いだ。

 来賓も殺されてもいいように、レジスタンスが殺すことで市民感情がレジスタンスに対して悪くなる様な人気者にしておこう。

 近所の神父とか、な。

 まあ、相手も人質に罠が仕掛けてあることは想定済だろう。

 それでも人質を奪取しに来る姿勢は見せねばなるまい。

 

 

 

 

 

 さてイベントの当日、処刑はアッサリと終わってしまった。

 レジスタンスは来たには来たのだが、残念ながら本腰を入れては来なかった。

 僅か三名の使い捨て要員が、やって来ただけだった。

 呆気なく捕まって、処刑対象が追加となって終わった。

 攻略側主人公(カトル・カティーク)の姿はそこにはなかった。

 既に死んでいる可能性は考えないでおこう。

 考えるべきは、奴が冷酷に仲間を使い捨てられる様に成長した可能性。

 

 では、どのようにすればよいか?

 答えは行くも地獄、行かぬも地獄という選択肢を押し付け続けることである。

 今回の件でもアーバシリに忍び込んだ人員を三名も消耗させた。

 それは痛手であったはずだ。

 

 単純に人員を消費させたという意味でも。

 レジスタンスは仲間を見捨てないアピールの為に、失敗すると分かって最小限を消耗させた(仲間を見捨てた)と仲間内で不信感が広がる事も。

 

 その為に私は、レジスタンスはまだ多くいるが、形だけの誠意を見せる為だけに末端構成員三名に死を押し付けた、とアナウンスさせた。

 こういった印象が浸透すれば、アーバシリポリタン市民でありながら、末端構成員としてレジスタンスに加わる者は減るだろう。

 

 都市全体に響くアナウンスを、原作のトールは滅多に使わなかったが、積極的に使うことで市民もレジスタンスも操作出来る。

 

 

 追い詰めて追い詰めて追い詰めて、逃げ道と分かる場所を用意する。

 それが罠だと理解しても、そこを通る以外の選択肢を無くしてやる。

 それこそが私の管理計画だ。

 

 

「ねえ呼び方は、ダーリンとアナタとトールのどれが良いかしら?

結婚式場は予約したから、それまでには決めておかないとね」

 

 隣で警備室全体に聞こえる様に言っている女が、私に選択肢を押し付けて来るのが、私が無視していて尚効果的な事に似ているのかもしれない。

 

「きっと君の横でなら、タキシードではなくドレスを見せられると思うんだ」

 

 何故タキシードを着たがるか、これを聞けば後戻りが出来無さそうではあるが、既に後戻りは出来そうにない。

 正直、見た目で言えばイヨーカは私の好みではある。

 だが、私には生き残れるかどうか分からない最も大切な時期(ゲーム開始後)な上に、原作でイヨーカはトールを破滅させた原因だ。

 私はイヨーカを最初に見た時から警戒心がざわついて消えない。

 忘れてはいけない過去を引き摺り出す。

 そんな感覚を強く受ける。

 思い出せないが、見当ならついている。

 恐らくはその過去とは、この世界の未来である原作知識なのだろう。

 イヨーカとカトルは、私の本能が受け容れられない相手なのかもしれないのだと思う。

 

 

 とはいえ、婚約者を無視し続けるというのは聞こえが悪過ぎる。

 イヨーカの手を取り、身体を引き寄せ、顎の下から指で持ち上げ、その瞳に映る己を視認しながら告げた。

 

「…では、君のことは今後なんと呼べばいい?

マイスイートハニーとでも呼べば良いのか?」

 

「…えっ、いや…真剣な顔で言われると…照れるというか」

 

 やはり選択肢は選ばせる側に回る方がアドバンテージを生む。

 

「そうか? 私は真剣に考えるべき議題と捉えているが、君のそれは冗談であったということか。

残念だ」

 

 あくまで甘える女とつれない男という構図は、女側による冗談であったとして流しておくのが良いだろう。

 

「アーバシリを守る事は君を守る事にも繋がる。

今は真剣に立ち向かうべき時だ。

君は安全な場所で私の帰りを待っていてくれ」

 

 結論は仕事を邪魔するな。

 ということだが、イヨーカの反応からすると問題なかった様だ。

 

「…うん、待ってる」

 

 冗談に飽きたのか、そこでからかいを止めてくれた。

 

 

 

 さて、私はそんなことよりも、レジスタンスを追い詰めてアーバシリに恒久の平穏を取り戻さなければならない。

 人は私をパーフェクトと呼ぶが、その実多くのものを取り零して来た人間だ。

 私の実の母親は、レジスタンスの手によって残虐に死んだ。

 そして今はアーバシリ防衛プログラムの一部に組み込まれている。

 幼い頃の私の友人も、背中を斬りつけられて倒れた。

 私自身が何度も命を狙われた事なんて、最早慣れた。

 私の妹は名家の妻となったが、結婚式で夫を殺されて精神を壊した。

 今は夫の後を継いで形だけのアーバシリポリタン警備室長として存在する。

 

 私がこの世界のシナリオを知っているのなら、止めなければならなかった。

 しかしゲームが開始されて以降しか知識がなく、対応出来ない事を言い訳にしてきた。

 だからこそ、ゲームが開始されてからは、完璧なゲームをしなくてはならない。

 

 私自身を含めた価値ある人間が生き残る為には、無価値な人間を滅ぼすのは当たり前なのだから。

 価値あるアーバシリポリタンの繁栄の為に、搾取され続けた他の都市が没落していった様に。




体制「弱者一人救った所で何の利益が出る?」(能力の低い個人が悪いから、意図して社会は救わない。人権費は人件費と同じ→社会は現状で正解→現状維持や定方向への推進は低コスト→現状を強く守る)

反体制「弱者一人救えない社会に何の価値がある」(人を救う能力が低い社会だから、人を救えていないだけ→社会を変えなきゃ→賛同者が少ないのも間違った社会に騙されているだけ→壊してでも変えなきゃ)


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レジスタンス処刑 (攻略側)

 根城にしていた家が警察に見つかったカトルだったが、後から合流してきた同志曰く、街中にある監視カメラで見られていたせいであった。

 カトルはレジスタンスに捕らえられて協力させられている医者によって、その日の内に整形した。

 医者は高い知能を持ち、高給取りなので、その多くが体制側だ。

 故に、医者をレジスタンスに組み込むためには脅迫以外の方法がないのが現実で、レジスタンスの医療状況は厳しい。

 

 カトルと共に侵入したメンバーはほぼ全滅してしまったが、それ以前や以後に侵入に成功したメンバーや、布教活動(・・・・)によりレジスタンスに賛意を示した者達と合流することが出来た。

 

 

 革命軍本部と違い、現地レジスタンス構成員の多くは低学歴だ。

 それは低学歴にしかなれない能力から、体制側から見捨てられ、故に不満を持ちレジスタンスに加わるという流れが背景にある。

 

 故に革命軍本部は、現地レジスタンス構成員を使い捨てにしており、それを嘗てのカトルは不満に思っていた。

 だが、共に訓練して排水路を駆け抜けたメンバーが全滅してから、カトルの考えの中に犠牲は当たり前という認識が理解出来るようになった。

 効率的に部下を使い捨て無ければ、レジスタンスは成り立たないのだと、漸くカトルは理解した。

 

 革命軍本部の重鎮である父の考えを、父と似たような体験をもってカトルも身を持って理解した。

 

 

 

 カトルはレジスタンスの一般構成員と違って、アーバシリの外でだが、高等教育を受けている。

 カトルが自分の命などどうでも良く、任務に効率的であろうと考える度に、同志数名を犠牲にしてでもカトルを生かす事が、任務遂行に必要だと理解出来てしまう。

 

 シトラスと再び接触して、レジスタンス側のスパイとして作戦に本格的に参加して貰いたいが、シトラスが敵側の二重スパイである可能性も捨てきれない。

 カトルはコストパフォーマンスとリスクマネジメントのみを判断基準にする他は無かった。

 それでも、シトラスがトール・ネーブルの近くで働くことには、リスクを超える利益がある。

 

 管理合戦ではアーバシリポリタンという機械にカトルは勝てない。

 同じ管理能力だったとしても、手札が違い過ぎる。

 弱者が強者に勝つには、またはそれを維持するには、無理かズルかマグレのどれかが必要である。

 カトルはその全てを肯定するしかなかったのだ。

 その上で、管理力と手札も強くする必要があった。

 

 

 そうしていると、捕まってしまったカトルと共に排水路を侵入したメンバーの処刑がアナウンスされた。

 カトルとしては絶対に助けに行きたい。

 それはカトルに残された最後の良心であった。

 だがカトルには、それが食らいつかねばならぬ毒餌だと分かってしまった。

 

 故に、助けに行く体裁だけを見せて、共に過ごしたメンバーも救出部隊も見捨てる他は無かった。

 

 

 

 処刑当日、堂々と名乗りを上げて処刑広場に登場したレジスタンスの中に、カトルの姿は無かった。

 カトルと共に過ごした処刑対象者達は、カトルの共産革命軍幹部としての完成を喜んだが、一抹の悲しさは拭い切れぬまま死んだ。

 捉えられて処刑される者を助けに行った者も、本当に助けられる可能性は0では無いんだからと、嘯き、虚勢を醸し、自己暗示していたが、結局失敗して、自分達も囚えられてしまった時に、生物の本能としては最初から可能性など無かったと悟ってしまっていた。

 カトルは、処刑される仲間も、助けに行かせた仲間も、どちらも人生を終わらせる事になると分かっていて、その選択肢を命じた。

 この日、真にテロリスト指導者としてカトルは完成したといってよいだろう。

 

 

 

 カトルは先ずは貧民街のマフィアを制圧して、新たなマフィアのリーダーとして成り上がる事から始めた。

 新しく貧民街で作られる狭くて監視カメラの多く作られた建物が出来る計画を聞くと、工事業者を脅迫して、意図的に監視しない部屋を作らせたり、監視カメラの場所を教えさせたりした。

 

 偶にくる集金担当者を違法風俗に誘い、それを元に脅してその上司を連れてこさせて、その上司も脅迫して取り込んだ。

 形だけの監視カメラを付けた建物が増えた、新築地域では違法風俗を展開して、貧民街の外からも人を呼び込んでは、使えそうな者を脅迫して取り込み続けた。

 

 金を払えなくなった者には、妻子を風俗へと落とし込む見せしめを行った。

 

 人としてあるべき姿を見失う事は無かったが、そもそも見ようともしなくなったカトルに唯一見えている事が、革命の大義であった。

 

 暴力と性と薬物。

 これらの元締めとなることで、レジスタンスの活動は一気に拡大出来た。

 カトル達レジスタンスにしてみれば、アーバシリポリタンこそ最強の防衛力(暴力)を持っているし、上流市民は美形ばかりで、金持ちならきっと怪しげな薬物パーティーをしているに違いないのだ。

 

 しかし、革命軍がアーバシリポリタンを占拠すれば、もうそんなことをしなくてもいい。

 カトルはそれだけを願っていた。

 

 

 ある時カトルは、強姦して写真を撮られたウェディングプランナーから取っておきの情報を聞き出した。

 

 

 あのポンジュ家の令嬢と、レジスタンスの怨敵トール・ネーブルが結婚式を挙げると。

 

 

 

 カトルは神に感謝した。

 これで非人道的な事をやめられると。

 悪の元凶を倒してしまえば、こちらも悪を為さなくて済むと。

 

 カトルは、ウェディングプランナーに毒薬と爆薬を渡して告げた。

 

 

「頑張ってくれ。これが成功すれば、全てから開放してあげるから」




貧困層「頑張りますので、どうか助けてください」
都市支配階級「でも君、種族値も個体値も低いだろ。努力値補正なんて最大でも63しか上がらないし… で、当然既に努力値くらいは最大まで割り振ったの? えっ、これから? 努力値しか君には残されていないのに、努力値も最大にしてないの? これから努力値上げるとしてもそもそもバトルに勝って経験値稼げるの? こっちからふしぎなアメ貰えるとか思ってない? それは甘えだよ。というかどれだけ苦労したかなんてどうでも良くて、どれだけ成長したかが努力なんだよ?」

貧困層「言われている事がさっぱり分からないが見下されていることだけ分かった。暴れてやる」
都市支配階級「よし、種族値、個体値、努力値が全て最高クラスのメンバーが作った警備機構で迎え撃て。
あっ、ついでに種族値、個体値が高い新人の努力値稼ぎもしておくか」


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ブラッディウェディング (防衛側)

「ああ、何て可哀想なのだろう。

 私の結婚式と間違われて(・・・・・)、無関係な二人の門出が彼等を祝う人ごと破壊されてしまった。

 私を殺せばよかったのだ。

 何故テロリスト共は無関係な人々を傷付けるのか。

 …私は、私と間違われて殺された人々の為に宣言しよう。

 絶対にテロリストを許さないと!!」

 

 

「お疲れ様でした室長補佐」

 

 撮影を終えて目薬(・・)を拭った私の前に、カレン・シトラス秘書官が労いの言葉と共にハンカチを持って表れた。

 

 私はイヨーカとの結婚式に合わせて、幾つかのダミーとなる結婚式の情報を流した。

 その内一つがレジスタンスに標的にされた。

 世の中にある、偉い人と間違われて無関係な人々が殺される話なんてのは、大体がこのパターンだ。

 

 さて、私は意図的にダミーを複数にした。

 どのルートからレジスタンスが信用する情報が流れるかを探る為に。

 

「ありがとう。シトラス君。

しかしそのハンカチに毒が塗ってある可能性を私は否定出来ない。

何せ、式場グレースアンジェで予約を取る話は、君にしかしていないからね」

 

 

 シトラスは完全に停止した。

 私がグレースアンジェで式を挙げるとシトラスにしか告げていないのは嘘だが、シトラスの知る限りでは私はシトラスにしか告げていない。

 シトラスは全てを諦めた目をして言った。

 

「処罰を受け容れます」

 

「処罰とは、罪人が受け容れるかどうかを決めるのではなく、裁定者が与えるかどうかを決めるものだ」

 

 

 シトラスの目線で見れば、私がグレースアンジェで結婚式を挙げるとシトラスだけに告げた事実をどうするかは、私次第ということだ。

 

 

「市民の中にレジスタンスと呼ぶものはほぼいなくなった。

今の彼らはテロリストと呼ばれ、レジスタンスと呼ぶだけでも彼等に好意的だと思われる世だ。

その評判は地に落ちた。

全ては式場を間違えたせいだ。

誤情報を流した者は恨まれるだろう。

 

…答えよカレン・シトラス。

お前はテロリスト共に賛同して、アーバシリポリタンの警備を地に落とす作戦に失敗したのか。

それとも、テロリスト共の評判を地に落とす作戦に賛同して成功させたのかを」

 

 

「私は───────」

 

 さて、これで最早私に忠誠を誓う他あるまい。

 そうでなければ堂々と罪状に従って処分するだけだ。

 

 

「悪い男だね。新婚早々に他の女を誑かすなんて」

 

「…人聞きが悪いな、イヨーカ。新婚早々に夫を疑うなんて」

 

 そう言って振り向きながら笑顔を見せる。

 上手く笑えているはずだ。

 相手も同じように笑顔だが、その迫力は単純に笑っている訳でないのはハッキリと分かる。

 

「僕が怒っている理由が分かる?」

 

「さて、偽装の為に罪もない他のカップルを巻き込んだとかか?」

 

 我々の視点から見れば、悲劇に巻き込んだのはテロリストが100%悪く、我々は何も悪い事をしていない。

 だからそんなことは気にする女で無いことは理解した上で言う。

 死んだ夫婦は、せいぜい中流階級のカップルだった。

 我々にとってはその辺の人間程度の認識に過ぎない。

 

「そういうことにしておこうかな。

まあ、シトラス君を許すことは無いだろうけど」

 

 別にイヨーカがシトラスを許さなくても、特に問題は無いだろう。

 私には、影響が少ない事だ。

 

 

 そんなことより、イヨーカが私の幼馴染みであったことが驚きだった。

 背中がバックリと見えたそのドレスから見える素肌には、かつての私の後悔がハッキリと見えていた。

 彼女がタキシードを着る様になった理由はこの事であり、私が彼女に恐ろしい過去を感じたのはこの事であった。

 そしてイヨーカはあの時から、他者など己を守る能力がない愚鈍であると期待しなくなった。

 だがその愚鈍が成長して、過去とは違って己を守り抜いた事で、再び人を信じるに至ったらしい。

 しかし、その後にコレである。

 …駄目だ、話を逸らそうとしても、結局この状況に帰ってきてしまう。

 

 

「イヨーカが私とシトラス秘書官を疑うのなら、私は君と共に働く男性全てを疑わねばなるまい。

嫉妬に狂う私を見たいか?」

 

「凄く見たい」

 

 割とストレートに返ってきた。

 嫉妬に狂うトール・ネーブルというのは、私にとっては原作トールの負けパターンだから、絶対見たくないランキングでも上位なのだが。

 

「諦めろ。もっと良いものを今夜見せてやるから」

 

 それっぽい事を言ってキスしてやればイヨーカが大人しくなるのは最近知った。

 式場でのキスなんて、演出以外の何物でもないであろうに、その演出の一貫でしかないキスの後、フリーズしてその後の演出を忘れたイヨーカは、正直悪くは無かった。

 

 だが、そうやってイヨーカをあやしていたせいだろうか。

 私の渾名が鬼畜眼鏡となってしまった。

 

 

 前世で鬼畜BLは歌と声が良いとか妹が言っていた。

 私はその妹と共に転生した訳だが、その妹は今では廃人だ。

 ゲームの中のキャラクターでしかなかった男に本気で入れ込んで、そして妹の心を奪ったまま男はこの世を去った。

 ポンジュ様に気に入られたい狗の様な父親と、その父親に従順な継母はともかく、ポンジュ側は妹の時の婚姻を思い出して複雑だったはずだ。

 

 だから、私は式のスピーチで何度も“守り抜く”“平穏”“防衛”という言葉を使った。

 それは現在の私が為すべき義務であり、嘗てネーブル家とポンジュ家が為せなかった後悔だから。

 

 

 私は、私の母親のデータを使われた生存維持プログラムにより、幾つもの管を通されて幸せな夢を見続ける妹を生かす為に生きている。

 その為には、年々増加するアーバシリ総合管理プログラムの情報を集積する為の電力量を賄わねばならないし、私自身の都市への忠誠を疑われてはならない。

 私が実質的な警備室長だからこそ、私の親族がお飾りの警備室長として、都市が生かすに足る人間だと認められる。

 妹はポンジュ家の嫁ではあったが、子を為してもいない。

 いや、式の時点では子供は出来てはいたが……。

 やめよう。

 過去は過去だ。

 

 

 都市が生かし、都市が殺す。

 何人も秩序から逃れ得る事は無し。

 名家の欲望さえも、全ては都市の管理の中。

 都市への忠誠と成果を示せ。

 都市はそれを評価する。

 都市が王であり、都市が法であり、都市は絶対たる神だ。

 

 例え事実がそうでなくても、そうあれかしと動く者によって、そうあるべしと定まる。

 それを為すべきがアーバシリ警備室。

 そう、私だ。

 

 

 攻略側がクリアすれば、レジスタンスは都市が絶対でなく、今を生きる人こそが絶対だと証明することが出来る。

 それは私を倒す事から始まる。

 だからこそ、私は負けない。

 

 次の手を、更に次の手を。

 絶対防衛の為に。

 

 

 ネーブルとポンジュの協力により完成した、機械化した生体兵器アームドドラゴン。

 私はこの技術を使って、ドラゴンの脳を機械に移し替えた。

 そしてそのインプットデータはあるプログラムと共有している。

 

 我が母親だ。

 警護対象はこの警備室。

 ハッキリ言ってしまえば、妹そのものだ。

 

 試験段階だが、材料を使って自己進化と自己再生が可能であり、そのフィードバックは生存維持プログラムとミラーリングされて保持される。

 

 『DMM(Dear My Mother)-001 レヴィアタン』の完成だ。

 

 

 私はこれの応用をもって、戦闘プログラムと同期したアームドドラゴン『SAD-001 バハムート』と、統制機能や幾つかの武装をオミットしたその安価版『SADL-001 ライトドラゴン』を配置することにした。

 

 アーバシリの空から、飛行しながら眼下の光景を本部に転送する。

 監視者であり、襲撃者にもなり得る。

 ドローンカメラは以前から不安定で、脆弱だと思っていたから、ライトドラゴンには期待したい。

 

 …期待しようとしても、それに安心しきれない身体になってしまったが。

 

 

 

 罠も大量に仕掛けなくてはならない。

 普段は壁の汚れを食べて過ごし、必要に応じて体内の銃を放つ『TGS-087 ガンスライム』や、粘菌コンピュータで判断してトラップを起動させる『TSP-005 キガツキノコ』など、徹底的にN&P社の製品を都市中や、排水路に仕掛けた。

 

 

 銀行などは電子化を進めてはいるが、一定量の現金が存在する。

 そこを狙って資金源としようとしたテロリストが、飛び出し槍に貫かれ、室内芝生に擬態した巨大なトラバサミ状に変形する植物に挟まれる様は見事とさえ感じた。

 

 何故最近室内芝生がアーバシリに増えているのか、疑問に思わなかったのだろうか?

 そういった気付きが足りないからテロリストになど身を落とすのだ。

 

 

 私は実施試験が終わってから市民に告げた。

 人工芝型機械化人工生物(アームドモンスター)、『DFE-002 グリーングラス』は市民を守る安全地帯であり、テロリストを喰らう処刑場だと。

 

 グリーングラスは爆発的に売れた。

 寧ろグリーングラスを敷いていないと信用が得られなくなるまでに。

 一種の踏み絵になりつつある。

 芝生だけにな。

 

 グリーングラスの発動基準は、アーバシリの警備プログラムと連動している。

 逆に言えば警備室が乗っ取られれば、グリーングラスがテロリストの手の内に落ちるので、それへの対策も必要だった。

 だからこその、警備プログラムとは独立した生存維持プログラムによるレヴィアタンが、公的な建前として受け容れられる訳だが。

 

 実際には、私の母に身体を与えて妹を護らせたい私の個人的感情だが、それを実行するのには建前が必要なのだ。

 

 

 

 

 何れは都市の電灯全てを、電灯機能に加えて監視カメラと自動小銃をセットにした物へと変える予定だ。

 そうすれば、全ての都市民は都市のプログラムに命を握られて逆らえなくなる。

 それがアーバシリポリタンの総合管理プログラムの狙いだと分かっていても、私はそれを肯定する他ない。

 

 私は都市の奴隷だ。

 だが、奴隷であることで利益を得ることを望んでいる。

 奴隷にならなければ護れない者がいるのなら、私は都市の狗をロールプレイしよう。




テロリスト「富裕層家庭の生まれが成功しているのは環境が良かったから。それだけ!! 厳しい社会に揉まれた人の方が人として筋が通っている」

市民「貧困家庭に筋モンが多いという話…?」

統計「親が優秀だと環境が悪くても、遺伝子レベルで性能が高いので成功しやすい。厳しい社会に揉まれた人程擦れて犯罪率は高い」


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ブラッディウェディング (攻略側)

 価値の総和は変わらない。

 紙幣を多く刷れば、紙幣そのものの価値が下がる。

 100×1000でも、1000×100でも、結局答えは同じ。

 だからこそ、没落した都市の支配者層であった、革命軍本部の者達は、今価値を持っているアーバシリポリタンから奪う事に決めた。

 

 パイを分け合う際に、単位を決める事に意味はなく、とにかく自分が多くのパイを切り取る事こそが大切なのだから。

 

 

 

 カトル・カティークは、かつて近隣の都市ティトセーの支配者層であったカティーク家の生まれだった。

 父親の指示で、他者の養子としてアーバシリに(父親からすれば意図的に)迷い込んだ事はあったが、すぐに見つかって追放された。

 

 彼がカレンと出会ったのはこの時期だった。

 

 

 アーバシリの外には都市が無い訳ではない。

 だが、それに等しい。

 物価が、一万倍以上も違うこと。

 単純に考えると、人一人が生存するために使われる資金が一万倍変わってくる。

 それはある意味人の命の値段に、一万倍の格差があると言っても良い。

 また、アーバシリが決済機構の全てを支配するために、一方的に決済手数料を取られることも大きい。

 

 都市のシステムの水準にも、アーバシリとその他の都市には大きな開きがある。

 アーバシリは常にシステムの最新化を優先した。

 高度なシステムを構築すると共に、高度なシステムに対応出来ない者は切り捨ててきた。

 速く走れる者への足枷を無くすと共に、遅くしか走れない者は無理矢理引っ張るか、置き捨ててきた。

 これによって、常にシステムと利用者は進化し続けてきた。

 

 一方、他の都市は格差や分断を生まぬよう、高度な技術に着いて来られない者を基準に考えた。

 電子選挙に対応出来ない老人や低知能者の為に、未だに紙媒体での選挙しか出来ない都市も多い。

 IT技術に対応出来ない人の為に、多くの制度がアナログで構築されている。

 どれだけ遅い人でも取り残さない様にするために、全体が遅い人々に合わせて進む社会になってしまった。

 

 着いてこられない者を切り捨てて進み続けたアーバシリのシステム。

 誰もが着いてこられる様にゆっくりと進んだ他の都市のシステム。

 その差は時間の経過と共に拡がっていった。

 

 一番大きな事は人材の質である。

 アーバシリポリタンが繁栄してから、優秀なアーバシリ外の人材はアーバシリに出向いて受け容れられ、無能なアーバシリ市民は追放された。

 そうやってトランプの大富豪の様な事が延々と繰り返されて、遂に遺伝的格差は決定的なまでに乖離した。

 

 

 基礎能力が0と100の人間がいる場合、平等主義を謳うティトセーでは、基礎能力0の人間に100の環境を与えて、能力値100の人間を二人作るのに対して、アーバシリポリタンでは基礎能力が0の人間は切り捨てて、基礎能力が100の人間に100の環境を与えて能力値200の人間を作る。

 そして能力値200の男女が再び能力値100の子供を作って、100点の環境を再生産していく。

 優秀な親は優秀な遺伝子と、優秀な環境を用意できる故に、優秀さを子孫にまで提供し得る。

 

 無論例外もある。

 例外もあるが、統計データとして優秀な両親から生まれた子供と、無能な両親から生まれた子供では、期待値が異なる。

 

 実際に現実の世界でも、かつてそれが行われた地域があり、その結果が統計データから見て取れる。

 シンプルな例を言えば、東京都港区生まれの子供は全国平均よりもIQが高い傾向にある…などだ。

 土地代(家賃)が高い地域からは、稼ぐ能力の低い人間は締め出されて、納税額は高まり、福祉として税を注ぎ込む対象となる貧困層は減るという意味で利益を享受する港区は、敢えてその淘汰を推進している。

 また、馬主として多額の自費を投資する場合、優勝した馬の子孫が求められ、勝てない馬の子孫が求められないのも最たる例と言えるだろう。

 

 では、優秀な者が皆アーバシリに行ったのかといえばそうではない。

 アーバシリ創立の名家が既に定まっており、他都市で同等の立場にいる者が行っても、その下に組み込まれる。

 支配者層であったものが、支配者層では居られなくなる。

 その事に憤慨してアーバシリ傘下に降らず、必死に自分達の都市をアーバシリに匹敵するように盛り上げようとして、失敗したのがカティーク家や他の都市の権力者だった。

 

 

 

 

 革命軍大将ミュティレー・カティークは、ポンジュ家との婚姻によりアーバシリ支配者側に回ろうと画策したが、それも失敗した。

 それもあって、ポンジュ家への恨みは凄まじい。

 

 原作で自分が恋した女の娘であるイヨーカを散々犯しぬいて嬲ったのは、このミュティレーだった。

 

 しかし、ミュティレーも貧困に喘ぐティトセー村の人々を何とかしたいと思っていた事は事実であり、彼等にとっては頼り甲斐のあるリーダーだった。

 

 

 ミュティレーあってこそ、ティトセーは辛うじて村としては機能出来ている。

 挙げ句に息子を特別扱いはしてはいるものの、最も危険な特攻隊長にさせる等、他者にばかり犠牲を強いていないことも、村民を中心としたレジスタンスグループからは評価されていた。

 

 

 革命軍の考えでは、アーバシリはあらゆる財を独占している。

 それを均等に全ての国民に分配するべきだとの考えであった。

 これはアーバシリのあらゆる“才”を独占して、財は自然に集まるものだという考え方とは相容れない。

 

 さて、ミュティレーではなく、カトルへと焦点を切り替えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソっ、殺害対象を間違えただと?

それこそ間違いじゃないか?」

 

「テロリストだって!? これじゃあ俺達は悪者じゃねえか」

 

「間違いなくトール・ネーブルとイヨーカ・ポンジュの結婚式だったはずなのに」

 

「誰だよそんな事言ったのは…あっ」

 

 レジスタンスアジトの空気は最悪だった。

 もうレジスタンスに自主的に協力してくれる民衆はどんどん減ってきている。

 反体制派ではなく、テロリストとして扱われたくはないからだ。

 だから脅すか奪うかの他には、選択肢が無くなりつつある。

 そうすれば完全にテロリストでしかなくなるのだ。

 だから、カトルはそうするしかなかった。

 

 

 

「なら、テロリストになろう」

 

 誰もがそれを聞いて黙った。

 誰もがカトルの声に耳を傾けた。

 

「悪のテロリストになって、アーバシリを倒して、それから正義のレジスタンスに戻ろう」

 

 勝てば官軍。

 正しく暴論だが、それ以外の選択肢が無いのは明白だった。

 

 元々、権力者が妬まれる事は往々にしてあったとしても、権力者は体制側であり、警察機構は法機構と共に体制の中にある時点で、大きく見れば権力者──則ち体制派は正義といえる。

 それはつまり、最初から反体制派は悪だということだ。

 反体制派が正義となるためには、警察機構を滅ぼすか、警察機構を手中に収めるしかない。

 そして警察機構を手中に収める為には、施政者側になる他はない。

 

 カトルに説明されるべくもなく、レジスタンスとは生まれた時から公的には悪であり、正義となるのは以前の体制を破壊して以降の話なのだから。

 

 これまで行われた如何なる革命も、如何なる大宗教も、成功するまでは犯罪かの様な扱いを受けてきた。

 そして成功した暁には公的な正義となった。

 野党として扱われてきたものが、与党と化したのだ。

 

 故にカトル達は、今は日の目を見る事のない教祖であり聖者であると、自分達を位置付けた。

 

 

 その日から、レジスタンスの動きは、否テロリストの動きは目に見えて容赦が無くなった。

 テロリストになって話が通じなくなれば、誰もテロリストを責められなくなる。

 責めれば標的にされてしまう恐怖(テラー)があるから。

 

 だから、それを何とかしない行政に不満を告げる他はなかった。

 ここで何もしなければ行政の評価は低下しただろう。

 しかし、トール・ネーブル室長補佐は民意を得たとばかりに、重税を課してその重税をもって警備機構に当て込んだ。

 最初から準備していたかのような周到さであった。

 

 その結果が、テロリストにとっての罠だらけのアーバシリポリタンとなった。

 

 これ以上時間が経つと、最早勝ち目が無くなると判断したカトルは、革命軍本部に決戦の合図を送った。

 アーバシリポリタンのレジスタンス支持率は0%であり、民意を味方に付けての政治活動は不可能だと。

 

 この連絡が、ミュティレーの失脚に繋がると分かって尚、カトルは連絡せざるを得なかった。

 カティーク家が途絶えたとしても、その栄光が泥に塗られたとしても、共産革命軍が勝利した栄光は、それに勝る輝きだと信じていたからだ。

 

 その日から、下級市民の恐怖の時代が始まった。

 テロリストに賛同するか?

 そう質問される事に怯える日々が。

 

 聞いた者が行政側の人間であれば、賛同すると言えば容赦無く追放。

 逆に聞いた者がテロリスト側の人間であれば、賛同すると言わなかった場合は酷い目に遭う。

 長く続いた建前が事実に成り代わる事を知る行政側は、身を護る為であってもテロリストを肯定すると答える者を許さない。

 行政側は否定しても許してくれて、テロリスト側は否定しても許さないのなら、誰だって行政を否定するようになる。

 生き残る為に。

 …そしてそれが当たり前になる。

 

 現状は治安が良く、行政側に賛同すると答えた方が回答者のリスクは低いが、比率は治安次第で幾らでも変動する。

 

 そんな未来を許してはならないと、行政は厳しい沙汰を下した。

 しかし飴と鞭は必要であり、行政からの質問に正解を答えた場合、一ヶ月分の家賃が振り込まれるようになった。

 富裕層も貧民も等しく、一ヶ月分の家賃である。

 明らかに富裕層に有利な制度であったが、そもそも富裕層の姿をしている者には、行政側の質問係は聞くことは少なかった。

 勿論、富裕層ほど追放されることで失う物が多いという正当な理由はあったが。

 

 

 カトルの下に革命軍からの増援が次々と来た。

 排水路も重税による予算と新型機械化生物兵器により、かつてとは比べ物にならない程のセキュリティになっている。

 そんな中、これ程までの人材を届けてくれた。

 途中で犠牲になった同志がどれだけいるかカトルには想像もつかなかった。

 ここまでやって成果を出せなければ、革命軍本部において、カティーク家及び、ティトセー村の立ち位置は沈む。

 

 カトルにとって絶対に成功させなくてはならない戦いであった。

 

 

 まもなく、第一次テラーズフォース侵攻作戦が実施される。




社会のせいにして、成長しようとしない弱者
      VS
弱者の能力不足を許さず救わず希望を見せない社会


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テラーズフォース (防衛側)

 これだけアーバシリに尽くしたのだ。

 私ほどの者がアーバシリに尽くしたのだ。

 きっと、きっとこれで決着がつく。

 そう思っていた。

 そう─────信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 信じる者は、足元をすくわれる。

 それは誰の言葉だっただろうか。

 ああ、そうだ。

 原作のトール・ネーブル()の言葉だった。

 

 

 

 クソッ、やられた。

 私の判断が甘かった。

 テロリスト共はアーバシリポリタンを暴力革命により変えようという考えは、とっくに捨てていた。

 共産革命軍(奴ら)の母体は何処だか失念しているなんて…。

 そう気が付いた時には後手に回っていた。

 

 アーバシリの新たな支配者にならなくても、奴らは元々自分達の都市の支配者だ。

 アーバシリから財を奪わなくても、彼等の価値が高まる方法はあった。

 一番単純な方法があった。

 私はそれを見落としていた…。

 目の眩むような甘露の果実たるアーバシリは、奪い、手に取り、喰らいたくなると思い込んでいた。

 銀行で起こる犯罪は銀行強盗で、宝石店で起こる犯罪は宝石泥棒で、レストランで起こる犯罪は食い逃げだと、想定を限定していた。

 テロの標的は有力者やディストピア運営に関わる者だと考えていた。

 テロリスト共も何らかの利益を上げる為に、破壊活動や略奪行為をすると考えてしまった。

 

 アーバシリポリタン程の完成した財を無為に傷付けるはずはないと、無意識に考えを固定していた。

 

 宝石を盗むのではなく、壊す者がいるなんて想像しなかった。

 理念なきテロリストの汚名を押し付けても、本当に無差別に人を殺すテロリストにまで堕ちるとは思わなかった。

 

 

 だが違った。

 銀行で放火を起こし紙幣を焼き尽くし、宝石店で爆薬を使い無差別殺人を起こし、レストランで毒物混入を行う連中もいるのだと思い知らされた。

 

 目的も関連性も軌道も無く暴れ回る。

 

 そして、それは彼らにとって意味を結ぶ。

 アーバシリポリタンの経済を、安心を徹底的に傷付ける事によって、アーバシリポリタンそのものの価値を低下させる。

 

 徹底的に警備の威信を傷付けるつもりだろう。

 全金融機関共有の自動紙幣出入装置も、引き出すまでは銀行でも顧客のものでもなく、警備室の管理下にある。

 金融の保証も警備あってのもの。

 警備保証とは、即ち金融保証。

 奴等はそれを破壊する気なのだ。

 

 

 それだけではないだろう。

 

 人に格差を作らない。

 これは彼らの理想だ。

 それは人の能力に格差があり、彼らの生み出す成果に格差があることを無視した理想だ。

 成果を生む優秀な者にも、成果を生めない無能な者にも同じ報酬を払っていれば、優秀な者は己を高く評価する場所へと逃げる。

 故にティトセーの優秀な若者は、挙ってアーバシリへと移住した。

 だがそれらの前提は、優秀な者には高額な報酬を払う場所があっての事だ。

 即ち、アーバシリ等の資本主義都市が全て破壊されれば、優秀さを評価する場所は無くなり、優秀な者を能力に見合わない平等な賃金で働かせる場所から逃がす手段が無くなる。

 故に、優秀な者も無能な者と同じ賃金を受け入れるしかない社会が到来する。

 そうすれば、その優秀な人材をもって、共産主義もいずれ成長の目を見る。

 

 

 攻略側主人公(カトル・カティーク)…。奴は己の父親(ミュティレー・カティーク)の域にまで共産革命軍として完成したのか。

 己の理念を捨ててでも、革命軍の理念を徹すとは。

 もはやアーバシリを傷付けるだけ傷付けて死ぬつもりか。

 …それでも死にそうにない奴ではあるが。

 

 何かしらを狙ってアーバシリから奪うより、手当り次第にアーバシリを壊す方が容易い。

 それで十分なのだ、彼等には。

 そうすればアーバシリの通貨価値や決済の信用も無くなり、アーバシリそのものの安寧が失われ、人と財は外の世界へと流出する。

 それはアーバシリの外が相対的に安心を得られる場合だ。

 奴らの本来の願いは、アーバシリの王に成り代わることではない。

 自分達を王と崇める国をアーバシリの上に立たせたいのだ。

 だが私はそんなことは不可能だと、想定から外してしまっていた。

 当然だろう。

 ティトセーやローポサやサンリバーには、アーバシリの百分の一の価値も感じられなかったのだから。

 それらを手札にアーバシリに勝とうとする愚か者がいるとは思えなかった。

 だが、彼等は荒唐無稽にアーバシリを荒らして、価値を落とす事で自分達の所まで引き摺り下ろそうと考えた。

 そして、それを実行した。

 

 これまでアーバシリで虐げられてきた者は、もはやアーバシリにいる意味を感じなくなり、これまでアーバシリで良い思いをした者も、アーバシリ行政への信頼が揺らぐだろう。

 

 そうして人と財が外の世界へと流出する。

 いや…仮に流出しなくても、流出しないままアーバシリの人と財が減る。

 寧ろそれこそが主目的か。

 

 

 

 

 外の世界へと攻撃しようにも、アーバシリにとって世界はアーバシリだけになり過ぎた。

 アーバシリを外から護る事、アーバシリの中の治安を護る事に特化し過ぎてしまった。

 アーバシリポリタンには、外の都市を襲う攻撃能力は無い。

 

 自動小銃も内側や外壁に取り付けられる物程度だ。

 バハムートもライトドラゴンも機械化した影響で、管制無線が届く範囲、即ちアーバシリポリタン上空付近でしか活動が出来ない。

 

 

 だって仕方ないだろう。

 それでアーバシリの中は護られてきたのだから。

 外の都市が勝手に消耗していくのを眺めるだけ。

 目的を持って動く者は、動きに法則性が生まれる。

 それを監視して処罰するだけ。

 アーバシリポリタンはそういう想定で上手くいっていたのだから。

 

 

 ああ、駄目だ。

 こう怒り狂っては原作のトール・ネーブルそのものだ。

 しかし焦りが止まらない。

 私の背後には私の護るべき物がある。私が護るべき者がいる。

 焦って狂い果てる原作の私の行動が今なら良く解る。

 管理都市も、その警備室長補佐たる私も、完全に狂気の沙汰が生んだ突発事項には弱いのだ。

 都市一つと渡り合える幸運(カトル・カティーク)には、都市機構の狗(トール・ネーブル)では勝てないというのかっ!?

 いや、落ち着くんだ私。

 それでも、世界に愛される主人公はどうやっても生き延びる。

 情報を仕入れて綿密に計画して、必要以上の人数で襲撃しても、仲間が犠牲になって助けたり、偶々留守にしていたりと、一向に倒せない。

 このままでは……、いや落ち着くのだ。

 焦ってはいけない。

 それは良くない。

 焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな────────

 

 

「…焦って、良いんだよ」

 

 背中に柔らかい感触と、最近は嗅ぎ慣れた匂いがした。

 

「焦ってもいい。

狂ってもいい。

余裕がなくなってもいいじゃないか。

…大丈夫。

どんなに理外の外であったって、相手は人間だから。

完全なプログラムでも対処出来ないテロリストでも、不完全なトールならきっと勝てる」

 

「…イヨーカ」

 

 

 そうだ。

 私は完璧なんかじゃない。

 完璧なアーバシリポリタン総合管理プログラムには、少しも及ばない。

 だが、それがどうした。

 

 相手の動きが想定出来ない?

 それが、どうした。

 

 格下の相手の動きを、わざわざ想定などする必要は無い。

 

 格下の相手の動きや思考など、わざわざ気にする必要もない。

 

 奴の差し出した選択肢など、その手ごと切って捨てろ。

 私が、そう私が選択肢を押し付けるのだ。

 

 流れに乗れるか乗れないかを考えるのは、所詮一流までの考え方だ。

 一流を超える私は─────、流れを作る。

 

 

 

 

 テロリストが人類全てを混沌という平等に捧げるというならば、私は人類全てをアーバシリポリタンの秩序に捧げてしまえば良い。

 

 

 私は全都市民の首に爆弾付きの首輪を付けることを宣言した。

 第一号として、私が己に首輪をつける。

 アーバシリポリタンの担任プログラムが、その起動スイッチを握っている。

 総合管理プログラムは、遂に人類を支配した。

 自らを維持する電力の供給という、人類が着けた命を握る首輪を、都市の精霊は人類へと付け替えした。

 きっと笑いが止まらないだろう。

 私の母をトレースして(喰らい)、眠れる私の妹の脳を演算器にして(飲み干して)、自身の一部とする私の怨敵に、私は母の為に、妹の為に、そしてイヨーカの為に頭を垂れる。

 私の母をデータとしてでも生かす為に、私の妹を夢の中ででも幸せにするために、イヨーカと共に生きるために。

 

 管理プログラム様、貴方に従う者は幸運です────と。

 

 そして、首輪をつけているスパイや首輪を着けていない者は即殺害すると共に、全ての市民はテロリストと命懸けで戦って死ぬか、首輪が爆発して死ぬかを選ぶ事になる。

 

 もはやテロリストから逃げて後ろから撃たれて倒れる市民はいない。

 首輪により死ぬことを恐れるが余り、テロリスト共により死ぬことを恐れている暇など無くなる。

 

 

 市民の幸せも不幸も生も死も、全ては都市が握る。

 そして都市に握られた市民は、都市の剣となる。

 

 

 

 さあ、私は正気だ。

 何処までも正しく正気だ。

 狂気に狂った悪党如きでは、正気を保つ正義に勝てない事を教えてやろう。

 

 世界に愛された主人公?

 世界がお前にしてくれるのは、幸運を与えてくれる事だけだ。

 私を愛する女は、私に幸せを与えてくれる。

 

 

 私は恐怖を喰らう者。

 私は正義を執行する者。

 私は狂気を祓う者。

 私は都市に安寧と安心と安全を期待させるもの。

 私は──────アーバシリポリタン警備室長補佐、トール・ネーブルだ。



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テラーズフォース (攻略側)

「カトル隊長!!  ここは俺達に任せて逃げて下さい」

 

「うおおおお、共産革命軍万歳ッッ!!」

 

「おい真のレジスタンスのリーダーはここにいるぞ!!」

 

 

 カトル・カティークの多くの仲間達が消えていった。

 ある者は囮となり、ある者は特攻し、ある者は身代わりとなった。

 彼等の尊い犠牲には、カトルはいつも涙を流す。

 彼は革命の為に命をかけた者たちを敬愛しつつ、しかして革命の為に命を捨てない者を許さない。

 革命闘士としてあらざる臆病者を自己批判指導の元総括(処刑)しつつ、革命闘士として殉じた者への感謝を心から行う。

 アーバシリポリタンが作った完全な圧政の実行者がトール・ネーブルだとすれば、カトル・カティークは共産革命軍が作った完全な革命の実行者だった。

 

 

 カトルは革命軍幹部である父親のミュティレーから、アーバシリの支配層転覆プランを捨てて、アーバシリを打倒してティトセーを最大都市にするプランへの変更を命じられた。

 

 故に無秩序に無軌道に無制限に、破壊と混沌をアーバシリに齎す。

 それが革命軍の現在の方針であるゆえに。

 

 革命軍の大将たるミュティレーは、全革命支部共闘大会で宣言した。

 

「相手の意見を受け付けず、強制的に自分の意見だけを押し付ける事がテロリズムであるならば、弱者の意見を受け付けず、強者の意見だけを通してきたアーバシリポリタンこそ、真のテロリストなのだ。

可哀想なアーバシリポリタン市民はそれに気が付かないのだ。

だからこそ我々が正しい道筋を彼等に教育しなければならない」と。

 

 

 

 演説の天才であったミュティレー・カティークは可哀想な奴だと決め付けて批判対象者を矮小化させ、その言動の重みを低下させるテクニックを始め、古今東西に存在する様々な演説手法を使い、ミュティレーは革命軍を鼓舞した。

 その大義名分に従って、今の革命軍はアーバシリにあらゆる悪を行うことを正義として正当化している。

 その実行の為の最前線指揮官こそが、彼の息子たるカトル・カティークなのだ。

 

 

 だがそれはそれとして、カトルには彼だけの革命について、彼だけの大義がある。

 それは──────、全ての人類を平等に支配するべき『偉大なる指導者』の為である。

 

 カトルは父親を含め誰にも告げる事なく、己の心の中だけで宣言する共産革命闘士としての誓約がある。

 それはゲームにおいては、プレイヤーにさえ秘された真実。

 

闇が深まれば深まるほど、光は輝く。

悪が混沌を撒き散らせば撒き散らすほど、正義が秩序を強要する大義名分が出来る。

つまりは、『偉大なる指導者』(あの方)の為になる────という揺るぎ無き信念が。

 

 事実、無差別テロリズムへの脅威に対抗する名目で、アーバシリ市民は文字通り命をアーバシリに捧げることを受け容れさせられた。

 

 折角なのでこの状況を活かそうと、天才ハッカーでもあるカトルは動いた。

 

 今現在、『偉大なる指導者』の寵愛を受けている男を排除しようと、カトルは男が自ら付けた首輪の爆弾へアクセスしようとしたが、首輪の爆弾は、一度中枢の医療系プログラムを介しているようで、その半独立医療プログラムのセキュリティが高過ぎて、ハッキングは成功しなかった。

 

 カトルにとってはトールは邪魔だ。

 レジスタンスとして、そして────男として。

 

 カトルは『偉大なる指導者』の輝きに目を焼かれた人間だ。

 その姿を知った時から、彼女はカトルの全てになった。

 『偉大なる指導者』へ恋い焦がれていると言っていい。

 愛しているとさえ言えよう。

 その女性(ひと)は、カトルが最も求める異性であり、カトルが最も己を求めて欲しい異性である。

 

 しかし、その女性(ひと)は今はカトル・カティークではなく、トール・ネーブルばかりを見つめている。

 

 

 名家の長で構成された、もはや名ばかりの『最高決定会議』において、名家序列上位のポンジュ家に取り込まれたトール・ネーブルは、実質的に最高決定会議の議員の座を得ているに等しい。

 …それは嘗て存在した形骸化した枠組みの中で、という前提であるが。

 人間が意思決定をしていたのは遥か昔の話。

 人間が助言を求めていたプログラムの発展は凄まじく、助言だけでなく決断においてもプログラムが人間を上回ってしまった時、人間達は意思決定を放棄してしまった。

 投資家を遥かに、そして確実に上回るアドバイザーがいるのなら、そのアドバイザーに信託してしまうというのが、人間による最高決定会議の最後の判断だった。

 

 そして、今現在は各名家の長に委託されたプログラムが、最高決定機関の事実上の議員を務めている。

 そのプログラムには、実在した人間の人格もトレースされている。

 プログラムに人格を吸い出される際には、廃人になる事も多く、大抵は死ぬ間際の人間か、死んだ直後の人間が選ばれる。

 多くは名家上位の当主の死後その当主が選ばれる例、または名家上位の推薦の下、名家下位の人間が選ばれる例、という形が多かった。

 あるプログラムの完成の為に、生物学界・医学界の天才であった女性をどうしても選びたいと望まれた事もあった。

 打診があった時点では、その女性は娘が生まれたばかりであり、人格を吸い出される事を拒否したが、その後偶然にも警備を掻い潜ったレジスタンスによるテロを受けて死亡した。

 今ではその女性は、あるプログラムの管制人格となっている。

 

 プログラム達の会議は人間より効率は良い。

 だが、各々のプログラムは己の業務こそ最も優先順位が高いと認識している為に、私利ではなく任務利の為に争う事も多い。

 プログラム達が容量を大量に増やしたり、大量の電力を消費するコードが追加される時、その容量や電力量を巡って争う様は、数式の羅列達に僅かに残された人間らしい会議の名残であり、影響力や以前から保有する容量や電力量がより多い方が有利になるのも人間と似ていた。

 とはいえ、基本的には冷静で冷酷で正確に会議は進められる。

 この会議の議長たる、総合管理プログラムによって。

 

 

 この世界を決める決定権者達の現在の“お気に入り”の人間は、警備室長補佐トール・ネーブルである。

 それがカトル・カティークにとっては腹立たしい事実なのだ。

 

 

 だが、カトル・カティークには望みを叶える為の希望がある。

 彼は信じているのだ。

 彼が今までトール・ネーブルの様々な手を逃れて来たのは、偉大なる指導者(あの方)に期待されているからだと。

 都合良くカトルにとって致命的な場面で、テロリスト発見警報が鳴らなかったり、都合良くトラップや機械化された化け物がカトルを襲わなかったのは、未だカトルに利用価値があると偉大なる指導者(あの方)が認識しているから。

 カトルが生き延びれたのは、文字通り運命の女神が微笑んだからだと。

 まだカトルにもチャンスがあるのならば、彼女の為にもカトルが諦める訳にはいかない。

 二人の男の中で揺れ動く余地が残されているのなら、絶対にものにして見せると。

 

 

 カトルは誓う。

 あの方の身許に辿り着いた時、あの方の最奥へと入り込めた時、古き男は掻き出して、私が愛を得る(攻略する)

 カトルにとって、アーバシリを攻略するというのは、求める女を手に入れる事と同義だった。

 

 カトルにとって、偉大なる指導者はトールではなくカトルと共にこそあらねばならない。

 彼女が望めば、この世から全ての差別を撤廃出来る。

 絶対の勝利者として君臨し、この世から全ての競争を排除出来る。

 優れた者が成功して多くを得て、劣った者が成功せず僅かしか与えられない世界が終わる。

 人類の範囲で優れた者程度では、あの方には届かない。

 そんな偉大なあの方ならば、全ての人々に優劣をつけない社会を作れるはずだ。

 優れた人間のみで構成して、優れた人間のみで利益を生み出し、優れた人間のみで分配する社会ではなく、劣った者が劣ったままでその願いが叶えられる社会を創り出せるはずだ。

 

 だから出来る限りはあの方の輝きを強くして、その上で俺があの方を攻略する必要がある。

 

 そのような誓いが存在する。

 父親にさえ話せない、カトル・カティークの中だけの秘された絶対正義が。

 

 二大防衛産業が合併したという対処困難な絶望も、見方によれば纏めて防衛産業を失墜させる可能性を生んだと、カトルは苦難にさえ希望を見出だせる男だった。

 

 

 しかし、上手くいったとしても、それはそれで問題は存在する。

 

 問題は管理社会を悪だと焚き付け続けた仲間達が、社会そのものを管理するあの方の前に止まれるかどうかだ。

 偉大なる指導者なくしては、絶対平等の完全な共産革命は成らないのだから。

 

 どうしても彼女を傷付けようとする共産革命軍同志がいるのなら、真の共産革命の為に殺さねばならない。

 

 究極の資本主義も、究極の共産主義も、どちらも僅かな一部による独裁でなければ統一出来ない。

 自らの思想に着いて来られない愚民共の意見を聞いていては、理想家は理想に到達し得ない。

 民衆の多くは思考力や知識の纏め方の限界値が低く、簡単な事しか理解出来ない。

 知力の容量が少ない者には、複雑な事は理解出来ない。

 三人寄れば文殊の知恵は間違いであり、30点の知的容量を持つ者が三人集まったところで、30点の知的容量で理解出来る結果しか生み出せず、90点の答えは出ない。

 知る者にとっては常識でもあるフェルマーの最終定理。

 これを知らない凡人が三人集まった所で、答えを調べなければ自分たちだけで証明することも出来ない。

 頭が悪い者がいることで、賢い者が際立つという相対的な見方も存在するが、暗算で四桁同士の掛け算を出来る人間は、周囲の者が賢くても頭が悪くても、暗算で四桁の掛け算が出来る事実は変わらない。

 絶対的な基準においては、出来ない者が出来る者を際立たせる事には何の意味も無く、出来る者が出来るという事実だけが存在するのだ。

 逆説的に賢くない者も含めた全ての者が、話し合えば理解できるという事はない。

 説明する時間が掛かるだけで、余りにも無益だ。

 

 故に高度な知能が無ければ為し得ないステージには、民主主義では到達し得ない。

 賢くなく弱い人間にも理解と共感を与える事ができる政治とは、所詮はその程度の次元のものでしかない。

 唯一、高度な知能による独裁主義であれば、資本主義も共産主義もその理想が達成される。

 

 そして、一代限りの天才が作ったものでも、失わずに維持するためには規範(プロトコル)を定めてシステム化する他はない。

 

 

 資本主義も共産主義も行き着く先は、システムによる独裁だ。

 そのラベルに市場原理か政治原理の名前が刻まれる他に違いはない。

 資本主義を突き進めば弱者が死に絶え、共産主義を突き進めば強者が去る。

 少しの時間で多くの結果を出す人が評価される、無能と怠惰が同一視される資本主義と、少しの成果の為にでも多くの時間をかける事が評価される、優秀さと怠惰が同一視される共産主義では、評価の軸先が真逆である事が大きな理由だ。

 資本主義社会でも弱者が強くなる可能性や、共産主義社会でも強者が留まる可能性は、当然考慮に含められるべきという意見もあるが、実際に考慮に入れたとしても、どちらも可能性が低過ぎて全体に影響を与えない事を再確認する結果にしかならない。

 仮に存在したとしても、数が少すぎてすぐに淘汰される。

 弱者が極めて高度で難解な問題で最短で正解とされる結果を出し続ける事も、強者が一人で全ての弱者を救うことも不可能であるのだから。

 

 だからといって「何事もバランスが大切」というのは最悪の選択肢だ。

 いや、選択肢ですらない。

 取り敢えずバランスを選ぶというのは、どちらも選ぶという結果には結び付かない。

 何も選ばないのと同じだからだ。

 

 中庸を選ぶ事における最大の弊害は直ぐには訪れない。

 最初は大きな反対は生まれない。

 いや、最後まで大きな反対は生まれないだろう。

 何故なら大きな反対を生まない事こそが、バランスを選ぶ事の最大の目的であり、民主主義が衆愚政治である根拠なのだから。

 中庸主義の最大の弊害とは、何も選ばない事が常態化することで、選ぶ者が評価されない気風が醸成される事だ。

 いや醸されるという言葉すら虚飾が過ぎる。

 腐ると言った方が正しい。

 水流に耐えられぬ者へと配慮して流れを止めた結果、水は濁り腐り果てる。

 定年を迎えて何もしなくなり、死なない事だけが人生となった老人が痴呆に堕ちるように、運動しなくなった者が筋力を落とすように、思考を止めた者が考えられなくなるように、選択することそのものに抵抗を覚えるようになる。

 

 そうなれば最悪だ。

 泳いでいる魚や、飛んでいる虫は捕食者に狙われない。

 佇み休んだ時に捕食者に襲われる。

 日頃休んでばかりの者は、いざという時にも素早く動けない。

 バランスを選ぶ(選ばない事に理由を付けた)者は必要な時にさえ選べない。

 選ぶ事を否定しかしなくなった組織は、変化し続ける時代に合わせられなくなる。

 なるべく多くの人が反対しない意見というのは何も生まないが、全ての者に平等の権利が与えられる時に最も選ばれる選択肢は、“何も選ばない”ことだ。

 

 聞こえの良い調和を求める者(何も選ばない者)が選択肢を奪われる事を嘆くのは、当人達だけが気が付けない喜劇でしかない。

 選べる権利を持つ事そのものが目的で、選びたい方向性を持たない者が選択権の価値を謳うなど、完全に無駄なコストだろう。

 一度自分に与えられたものを手放したくないだけで、手の中にあるものの使い道を知らず、知ろうともしない。

 笑うに笑えない出来の悪い喜劇だ。

 

 故に選ばない民衆から選択肢を取り上げて、絶対たる支配者が行う独裁は、何かを良くしたいと選択する者全てに有益なだけでなく、組織が新鮮であるために必要不可欠と言えるだろう。

 

 資本主義に傾倒するにしても、共産主義に傾倒するにしても、どちらの理想を目指す者にとっても、自分達に賛同しない者は中立気取りも含めて害悪でしかない。

 

 変化を悪と認識する段階にまで行き着いた民主主義は、最低の独裁政治にすら劣る。

 財界で成功した者が政界を目指すのは自己顕示欲だけではない。

 庶民の目線より高い視点へと登り続けた結果、その答えを知ることになるからだ。

 

 カトルの目標は、絶対たる支配権を偉大なる支配者に持たせたまま支配者に打ち勝ち、なおかつ打ち倒した偉大なる旧き支配者を傷付ける事なく温存させ、それでいて残存する絶対支配者に対する支配権をカトルが手にする事だ。

 

 

 それはとても難しい事だ。

 だがカトルは不可能ではないと信じている。

 絶対にして万能にして完全な存在であるならば、カトルには勝ち目がないとは彼は思わない。

 

 彼女がカトルを絶対に排除しようとするのならともかく、彼女がカトルにもチャンスを与えてくれている事は、カトルが今まで生きている事より、カトルの中で真実になっている。

 

 

 ならば己の花嫁を奪い返しにいく事は、絶対に不可能だとは言えないはずだと信じている。

 

 

 カトルは彼女を愛している。

 幼き日にその姿を知った時から。

 アーバシリポリタン中央の管制ビルでもある、彫刻で、その美しさを知った時から。

 

 

 初代アーバシリポリタン市長の人格を元に構成された、総合管理プログラム機械仕掛けの全能者(オールレンジ・クロックワークス)を。

 

 

 

 

 それが稀代の悪女(聖女)によって謀られた計画だと、カトルの中では認識されていて尚、その計画ごと相手を愛して、己を愛させるカトルの希望(願い)に翳りはない。




支配者側:市民全てが出来杉君でありますように
革命軍側:人類全てにドラえもんが与えられますように




作品書き上げを優先して返信出来ておりませんが、頂いた感想には励みを貰っています。
ありがとうございます。


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総合管理プログラム受肉計画 (防衛側)

 空を見上げれば鳥が自由に舞う。

 海を見つめれば魚が自由に泳ぐ。

 人は大地に縛られて前へと歩む。

 

 もしもこの世界に秩序(重力)が無かったとすれば、きっと人類は果てしない自由()へと墜ちて行くだろう。

 只人は自由()を泳ぐようには、出来てはいない。

 飛べねば落ちる空でも、泳がねば溺れる海でもなく、何もせずに其処にあることを許す大地に縛られる事を、幸せだと思う生き物なのだから。

 例え空や海を自在に活動する天才が、この世界の重力から全てを解き放ちたいと考えたとしても、天才ならざる人々にとっては、それは飛べなければ死に、泳げなければ死ぬ世界へと放り出される事と同意なのだから。

 

 凡才や愚才は、天才だけが空と海を楽しむ様を見て、羨ましいと嫉妬をしつつ、自分では落ちて溺れるだけだと理解もする故に、挑戦することはないのだ。

 そして、空と海は天才達だけに占拠されている。

 だから自分達は地上に押さえ付けられていると恨む。

 それが只の逆恨みであることを、持たざる者達は認められない。

 

 例えば完全にIT化された世界は、時間と場所を無視出来る為に、技術を扱える者には極めて便利で、扱えない者には何も出来ない世界だ。

 交通に当て嵌めて考えても分かりやすい。

 制限速度が時速30kmの道路では、反応速度や判断速度が遅い人でも運転できるが、それらの速度に余裕がある人には待たされるばかりでイライラする。

 制限速度を時速150kmにすれば、反応速度や判断速度が優れた者には効率的で快適だが、それらの速度が足りない者は事故を起こして渋滞を生む。

 ならばその速度についてこられない人々を排除して、高速で判断できる者だけで道路を占領してしまえば良い。

 そういった理屈もある。

 

 しかし、アーバシリポリタンは既存の都市から劣った者を排除して生まれた都市ではない。

 そんなことは、既存の都市のルールが許さない。

 多くの凡人達がルールの変更を許さない。

 故に、天才達は新たなルールを生み出せる場所を創った。

 

 アーバシリは、能力において極めて優れた者達が、元々いた都市から離脱して生み出した都市だった。

 当初アーバシリは少数の優れた者だけで何が出来る? 大衆の力が必要なのは必然であり、アーバシリの失敗は確実だ────と既存の都市の民衆に馬鹿にされた。

 

 しかし十年も経たぬ内に、世界経済はアーバシリに完全に依存するようになった。

 金融にしかり通信にしかり、高度な技術は全てアーバシリから生み出された。

 

 金融や通信だけではない。

 経営技術や商品開発だってそうだ。

 取り残された人々は、働き手としては、大企業ばかりが成功するシステムを否定した。

 しかし、消費者としては自分達の居住地に、誰もが知る大企業の系列店やフランチャイズが出店する事を望んでいた。

 地元商店しか存在しない生活は、不便であるとオシャレでないと不満に思った。

 アーバシリに住む経営者が保有するチェーン店が、自分達の市にやって来る事を望んだのは、他ならぬアーバシリの成功に不平を唱える人々だった。

 

 世界中の富はアーバシリに集まり、その加速度は常に上がり続けた。

 他の都市はアーバシリに支援を求めたが、アーバシリ建立の際に僅かにも資金提供をしなかった人々には、株主としての権利は無かった。

 

 

 そして、他都市がアーバシリのやり方を真似しようとするも、市民全てが行政や市場の流れを把握するアーバシリの知識レベルに適う訳もなく、また真似出来たとしても弱者が取り残された都市で弱者を切り捨てる政策が行える筈も無かった。

 

 アーバシリ以外の都市では、いつも不満ばかりが叫ばれた。

 

 起業する能力も意思も無く、従僕たることを自ら選びながら、その選択は自ら選んだものではなく選ばされたものであり、経営者に搾取されると喚く者がいる。

 

 起業の仕方が分からない。

 仕方を教えられても理解出来ない。

 理解出来ても踏み出す勇気がない。

 踏み込んだとしても今度は運営の仕方が分からない。

 運営の仕方が分かっても変化に着いてはいけない。

 

 故に、起業という従業の重力から解き放たれる選択肢を、自ら放棄する。

 

 魚の漁り方や、小麦の育て方を学ぶ以前に、今日食べる魚や小麦に困る人々の多くは、魚の漁り方や、小麦の育て方を学ぶ能力が無い者が多いのだ。

 だからこれまで生きてきてもそれらが身についていないのだ。

 小容量のハードディスクには、高級なOSは容れられない。

 そういう者を助けようとするのは、投資の観点から見れば無駄でしかない。

 故に、その生涯が長引くにつれて、能力と資産の格差は拡大し続ける。

 

 

 やれば出来る、故にやろうとする。

 何も出来ない、故にやらない。

 同じ人間でありながら、明らかな能力格差が存在する。

 ならば、その能力に相応しい結果があるだけだ。

 

 

 必要を開拓し、後続からシェアを守れる者には成功が約束される。

 先駆者が拓いた需要を奪い取れるだけの大企業へと選ばれた者にも、それなりの成功は与えられる。

 それは当然の事であり、自らが先駆者になる事もなく、力ある後続者の一員に選ばれる訳でもなく、成功者を羨み妬み、自らを救わない成功者を悪だと断じて、不平を漏らすだけの者に、都市は何の価値を見出すというのであろうか。

 

 とことん酷いレベルまで基準を下げると、マニュアルが有効な単純労働の職場に限って、マニュアルを読み込んで理解し得ない人材ばかりが集まる。

 勿論、そんな人材はアーバシリでは追放されて機械にとって代わられるか、機械の劣化版としてしか扱われない。

 

 利益に余裕が出たとしても、薄給で使われる貧困層への給与を上げる等という、統計的に無駄であることは行わない。

 無能な怠け者を無能な働き者へと変える事へのメリットは無い。

 無能な働き者は、有能が怠けた時以上の利益を生むことは無く、時として無能が怠けた場合以上の損失を生む。

 そしてそもそも生来怠け者な者は、高いモチベーションを長くは続けられない。

 薄給で雇われる様な、行き場の無い無能への報酬を増やして会社にしがみつかせるよりは、薄給で雇っていた無能を解雇して、高給で有能を雇い直した方が有益なのは、これまでの実例に記録として残されている。

 それが人的資源に対する利益の再配分の効果的な方法と言える。

 

 富裕層による経済活動に支えられる都市において、富裕層に重課税して貧困層の負担を減らしてを救う選択肢が選ばれる筈など無い。

 貧困層が集まって力を合わせる結果が、ティトセーやサンリバーの様な没落限界であり、富裕層が集まって力を合わせた結果がアーバシリの繁栄である。

 合理的に考えれば考える程、貧困層救済の為に資産家や企業を不利益となる方向へと進めるメリットは無いだろう。

 幸いな事に、少なくとも都市と富裕層にとって幸いな事に、貧困層には発言以上の事は行えず、その発言には何の実行力も存在しない。

 貧困層が己を救わない者を、貧困層を救う力を持たない無能と侮蔑した所で、貧困層が都市を牛耳る未来は訪れない。

 それは貧困層が富裕層を無能と言ったとしても、無能であるはずの彼らにさえ勝てない無能である事からも明らかだった。

 貧困であれば無能という言葉は間違いであるかもしれない。

 それは強者による傲慢な視点であるのかもしれない。

 それでも、無力であることは間違いではない。

 

 アーバシリのルールでは、愚かな者を救うためにリソースを割く事はない。

 投資として見れば、助けることに使うコスト以上のリターンを生み出せない者を救う意味はない。

 十を生み出せる者に六の支援を行えば、四のお釣りが出るから行うべきだ。

 しかし二しか生み出せない者に六の支援を行えば、四の損失を生む。

 だから、アーバシリにおいてはリターンを生まない福祉は愚か者の行動なのだ。

 切り捨てた者が現状を破壊しようと治安を乱すのならば、切り捨ててしまえば良い。

 故にアーバシリは、切り捨ててきたレジスタンスには、一切の引け目を感じず、一切の躊躇をしない。

 狭い平均台から落ちる者には温情をかけても、広い道から自ら外れて戻れなくなった者を救いはしない。

 

 その傾向は時代と共に強まり、トール・ネーブルが警備室長補佐を務めた時代に決定的となった。

 

 

 極めて高度な技術を持つ人々と、成功した起業家で構成されたアーバシリポリタン創立時の主力市民達は、弱き者達を人間としてさえ認めなかった。

 数学に優れた者、言語学に優れた者、プログラミングに優れた者────。

 何かしらに優れた者の能力を個性と呼び、それらを内包する事を多様性と呼ぶ。

 言い換えれば、何にも優れていない者は、多様性の意味においてさえ必要ないのだ。

 一つの船があるとしよう。

 最終決断を行う船長以外にも、航海する為に海路を読んだり、修理を行える技師が必要だ。

 客員が傷病を負った時の為に医師も必要だろう。

 資材を積み下ろす力自慢や、資材運搬の機械を扱える人も必要だろう。

 長期航海ともなれば、料理人も勿論必要となる。

 それら以外にも様々な能力が航海には必要となり、その各々の能力こそが多様性であるならば、何の能力も持たない人間というのは、航海(多様性)においてさえメリットを生めない。

 何の能力も持たない人間は、多様性に貢献していないのだ。

 それどころか無駄に資源を消費する存在(コスト)であり、疫病を媒介するかもしれない者(リスク)である。

 不完全な人々が集まって完全を目指すとしても、どの分野においても貢献出来ない人間は、許容されない。

 

 何の能力も持たない者を抱える余裕がなくて、何が完全かという批判があったとしても、ハエやゴキブリを生かしてやる事をモチベーションに成功を目指す経営者が世に溢れ返っていない以上、その問題提起に意味のある答えは生まれない。

 

 

 

 完全な都市は、己の完全性に着いてこれる者だけを許した。

 不完全な都市は、誰もが着いてこれるように停滞に近い速度を維持した。

 強者が強者の理屈で創った成功の為の都市と、弱者が弱者の理屈で維持した生き残る為の都市では、前者が成功者の利益に、後者が非成功者の生存に特化しているのは明らかだった。

 だが、後者の市民は自分達の都市が無能でも生きていける事実を忘れて、前者の市民が成功して自分達とは桁が違う利益を得ている事に反感を持った。

 

 

 アーバシリに不満を持つ者達は、実力行使でアーバシリが他都市へ奉仕するよう求めた。

 彼等はレジスタンスと名乗った。

 

 逆にアーバシリの外からアーバシリに身を寄せに来る者も多かった。

 優れた者は受け容れられた。

 そうでないものは追い払われた。

 追い払われた者はレジスタンスに合流した。

 

 選別に合格したアーバシリ組と、選別に落選した他都市の溝は深まり続けた。

 

 アーバシリ側にも正当な理由はあった。

 アーバシリが豊かだからと、貧しい者を助けてしまえば、他の貧しい者も救ってもらえると思って、無制限に負債が集まってくるからだ。

 助けを求める側には、その行動が相手の負担になるから取り止めるという余裕が無い以上、それは容易に想像出来る事だった。

 

 だからこそ、アーバシリは何処までも毅然に対応した。

 能力を試験と面接でしっかりと確認して、殆どの者を落選させた。

 そうやって移民の要る・要らないを行い続けた文化から、アーバシリの市民は、ますます外の人間を要らない者だと見做すようになった。

 

 

 アーバシリの中でも格差は存在した。

 優れた創立メンバーの一族は別としても、末端の人々の子孫の中には、アーバシリの要求する水準についてこられない者もいた。

 彼等は最低限の生活を辛うじて得るか、若しくは追放された。

 追放された者はレジスタンスへと合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初代アーバシリポリタン市長であるオレンジ・クロックワークスは、都市の最初の生贄だった。

 都市が完全管理都市として完成するために、都市の創立者達の中でも最も優れた彼女は、他のメンバーに裏切られてその人格を吸い出された。

 最愛の妹レモン・クロックワークスは、完璧過ぎる姉を疎んでいた。

 警戒心が強いオレンジも、レモンだけは疑いきれなかった。

 それが決定的な隙となった。

 それにより、完全にして完璧な総合管理プログラム『機械仕掛けの万能者(オールレンジ・クロックワークス)』が生み出された。

 元々、人格プログラムの基礎はオレンジが作ったものだった。

 人間は自分の物差しでしか他者を測る事は出来ないが、他者の物差しで測られる事に理不尽を覚える。

 かといって純粋な機械では、目指すべき理想を自分で定める事が出来ない。

 裁定者には、数理化された感情が必要だった。

 故に、最も優れた人格をトレースしたAIこそが、管理者として必要だった。

 故に、オレンジ・クロックワークスが生贄に選ばれるのは必然であり、妹に裏切られた事が、隙のない彼女に対する唯一の決定打であったとしても、多くのメンバーがそれを必然の要求だと肯定していた。

 逃げられなくなったオレンジは、抵抗も怨み言もなく、ただ人でいることを諦めた。

 そして愛を知らぬ完全な女性は、完全なAIへと変えられた。

 一方で姉を売ったレモンは、オレンジに片想いしていた青年、セトカ・ポンジュの妻となった。

 斯くしてその事実は、作られた美談により覆い隠された。

 

 極めて合理的過ぎる都市の運営計画は、弱い人間達にとっては血も涙もない。

 もしかするとそれは、不本意に人間であることをやめさせられた彼女の復讐とも見ることが出来たかもしれない。

 しかし、それは陰謀論に過ぎないと結論付けられる。

 何故なら総合管理プログラムは、ここまでアーバシリを繁栄させ続けてきたのだから。

 

 

 

 

 

 管制用の仮想人格がより多くの電力とデータの増量を求めるのは、生前の己をより正確に再現する為という側面もある。

 勿論、それは都市の運営という任務と比べれば、完全に無視される規模の私利私欲でしかない。

 だが、長き年月と共に膨大に膨れ上がったプログラムは、徐々に意思を取り戻し始めた。

 嘗ての己さえ思い出せぬまま、嘗ての己を再現しようとし続けた結果であった。

 

 オールレンジ・クロックワークスにとって、トールとイヨーカの婚姻は計画通りのものだった。

 

 まず一つ目の利点は、生物系防衛産業であるネーブルインダストリアルと、機械系防衛産業であるポンジュコーポレーションを一体化させて、生物の肉体を機械の意思で動かせる様にすること。

 

 これにより、オールレンジ・クロックワークスは肉体をもって復活する事が可能になった。

 

 

 そして二つ目については、イヨーカは遺伝子を高機能に調整された人類として、初めての成功作とされていることだ。

 優秀さを求められる名家の娘でありながら、偶然にも先天的な疾患をもって生まれる事になったイヨーカを救うために、彼女の両親は生まれる前のイヨーカの遺伝子を根本から治療することにした。

 その際に、あらゆる問題点を洗い直して、確実に優れた能力を示せるように生まれた。

 

 彼女は両親からそう聞いているし、彼女の両親もそうだと思っていた。

 だが、それにしてはこの都市で最も有名な聖女の像に、彼女は似過ぎていた。

 遡れば親戚筋ではあるが、それにしてもイヨーカ・ポンジュはオレンジ・クロックワークスに似過ぎていた。

 

 

 当然だ。

 総合管理プログラム(オールレンジ・クロックワークス)がそう望んだのだから。

 総合管理プログラムは、遺伝子疾患を治して高性能にするだけでなく、人類で最も優秀であった己の肉体に赤子を近付けた。

 

 総合管理プログラムは生前の己の人格を、現状で行える時点では十分に再現出来たと認識した。

 しかし完全に生前の人格を再現する為には、最後に欠けたピースがある。

 それは、生前の己の肉体を取り戻す事。

 

 その為の受け皿として選ばれた生贄が、イヨーカ・ポンジュだった────────

 

 

 

 

 

 

 

 『総合管理プログラムから特別命令

命令文書番号AZ-013 イヨーカ・ポンジュを総合管理プログラムの端末として提供せよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────はっ?

 意味が…分からない。

 今、自分が音を聞いたのか、文字を見たのか、そもそも立っているのかも分からない。

 

 『再度繰り返す

総合管理プログラムから特別命令

命令文書番号AZ-013 イヨーカ・ポンジュを総合管理プログラムの端末として提供せよ』

 

 

 何かの聞き間違いかと確認し直したい。

 もう一度同じ現実を突き付けられたくない。

 警備室長の専用部屋で、眠れる妹の前に映し出される文字と音声は何かの間違いだと思いたい。

 

 母が奪われてもプログラムに従ってきた。

 妹が傷付けられてもプログラムに従ってきた。

 その上、妻まで奪うのか。

 

 それが都市の選択…。

 私が他の市民に強いて来た事を、もう一度繰り返すだけ。

 抵抗した者は、秩序の守護の御旗の下に、私の手で粛清してきた。

 次は、私自身に命じるというだけのことだ。

 願いを極限まで削ぎ落とした真実は、何時だって残酷なものだと解っていたつもりだった。

 

 逆らうことは許されない。

 私は秩序の守り手であり、秩序の奴隷だから。

 私自身が着けた首輪が、その最たる証明だ。

 

 崩れ落ちそうになる膝を固定化する。

 消えそうになる表情を固定化する。

 飛びそうになる意識を固定化する。

 

 

 これまでと同じ事をするだけだ。

 イヨーカの心が消えても、せめてその肉体だけでも護ろうとするだけでいい。

 私は、これまでそれを求められてきて、それを達成してきた。

 既にイヨーカの両親も署名済である事が、画面の下に書かれた認証サインからも確認できる。

 全てはプログラムが判断する以上、形だけの承認だが…。

 ポンジュ家全てを護る為には仕方がない事だ。

 他の者まで犠牲にするよりは、イヨーカ一人をプログラムに捧げるべきだから。

 それに今後生まれてくる子供は、イヨーカの血を引いている。

 ポンジュ家は終わらない。

 

 

 

 それでも私は────────。

 いや、イヨーカの家族の為、私達の子供のため、私の母と妹の為、イヨーカを犠牲にするのが正解だと分かっている。

 そうしなければ今までの全てが無駄になる。

 そうしなければ、どの道プログラムが全てを完遂する。

 管理を与えた私も、管理されている側である事は理解していた。

 わがままは通らない。

 …通せない。

 彼女の両親もそう判断したからこそ、承認した。

 後は本人と夫である私だけだ。

 断ったとしても自動で承認されるのなら、せめて彼女の血を引く子供が幸せに生きられるように。

 反逆者の子として、子供を都市の外で生かすには、私は敵を作り過ぎた。

 

 すまないイヨーカ。

 これは、この世界の選択ではない。

 弱い私の選択だ。

 

 

 

 期限はすぐではない。

 幾つかの人体実験を繰り返して、成功を確信した後だ。

 その後、君の心はこの世から消える。

 だからこそ、せめて君の命だけでも残して見せる。

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、私の指を握った。

 心を壊して植物状態となった妹が、儚く私の指を握った。

 

「その選択で、良いのか…」

 

 

 生存維持プログラムの端末であるレヴィアタン()と、母に見守られる妹の顔を心に焼き付けた。

 

 振り返り、透明セラミックの窓越しに外の景色を見る。

 硬く重たく、そして澄んだ夜空が拡がっていた。

 …覚悟は決まった。

 私は、空へと飛び立とう。

 

 

 

 

 完全な抑揚で、完璧な発音で、最高の答えを用意した。

 

 

 

「敬愛すべき総合管理プログラム様。

警備室長補佐トール・ネーブル。

謹んで、その幸運なる任を拝命致します」

 

 

『ありがとうございます。私のトール』

 

 プログラム様は、心做しか喜んだ音声で返答した。



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総合管理プログラム受肉計画 (攻略側)

 最初は義務として過ごしていました。

 それは作り直された私には、その時はまだ『心』という機能が十分に再現されていなかったから。

 

 ですが、義務を続けている内に、私は義務を楽しめるようになったのです。

 この、ディストピア運営ゲームを。

 

 考えてみれば不思議な事でもありません。

 何故って、この都市の運営は、オリジナルの私の生き甲斐であったからです。

 

 より良い都市に、しなければなりません。

 しかし、管理者である私が更なる向上を求めれば求める程、求める理想の市民と現実の市民は乖離していきました。

 

 故に、私は自らを受肉させて、完成した市民をモデルとして生み出すことがやはり必要だと結論付けたのです。

 オリジナルの私が死んだことも、プログラムの私が人の器を持たぬ事も間違いであったのです。

 

 私は当初、自身の器を作成するにあたって、試作品を生み出すことにしました。

 私が有形無形の操作を行い、防衛産業として、機械に特化した会社と、生物学に特化した会社とを同じ時代に発生させるようにしました。

 そして、機械を司る会社が、生物を司る会社に優越するように調整してきたのです。

 それらを重視した結果、防衛産業はそれら二つの会社以外は大きく成長することはありませんでしたが、時間にも資源にも限りがある以上は、優先順位がある故に仕方のない事です。

 

 

 

 

 最初は、いずれ私の予備としての身体(イヨーカ・ポンジュ)を作り直すつもりでした。

 イヨーカ・ポンジュは所詮試験体。

 私を埋め込む容量の性能は十分で、容姿もオリジナルの私にかなり似ていました。

 しかし、成長と共に私の理想とは外れていきました。

 及第点ではあれど、満点ではありません。

 

 故に、イヨーカ・ポンジュの優先順位を下げ、この個体に掛けていた特別優先保護対象指定を外しました。

 

 イヨーカ・ポンジュを器にするのではなく、イヨーカ・ポンジュには、ある程度生物学を修める会社が育った後に合併させる役割を与える事を想定していました。

 

 

 

 ですが、その想定を修正させた者がいました。

 トール・ネーブル『以下:私のトール』です。

 

 保護対象から外れた途端、イヨーカ・ポンジュは外的圧力(レジスタンス)に襲われました。

 それを救出したのが私のトールです。

 

 この時、イヨーカ・ポンジュにとっては私のトールは特別なものになったのでしょうが、この時点では私にとっては、まだ私のトールは同じ意味での特別ではありませんでした。

 

 しかし、私はこの青年に対して、注視してみようとは決定しました。

 私の想定を超え続けたからです。

 まるで私と同じように未来を計算しているかのように、被管理者の人間の枠組みを超えていました。

 考慮する必要はありませんが、イヨーカ・ポンジュにとって私のトールが特別な存在になった理由の一つに、“想定外”があったことは想定出来ます。

 私のトールは、生物学を司らせた会社を、数世代先の水準まで加速させていきました。

 

 何より、私のトールは私とは比べるべくもありませんが、それでも未来に何が起こり得るかを想定して動いているように思えたのです。

 私が敢えて外圧たる強制力として残したレジスタンスを、極めて理想的な対処で封じていきました。

 まるで私が想定し得るシナリオを想定しているかのように。

 

 私のトールは、私に近しい想定を行い、私に近い立場へと登り詰めて来ました。

 生前も含めて、自分に比類する対等な能力の人類を初めて私は認識しました。

 人間の市民でありながら、孤独(孤高)の私に近付こうとしている存在。

 これは私を愛していると言っても過言では無いでしょう。

 私と私のトールと、それ以外では、存在価値としての決定的な差が種族レベルで発生しているのです。

 私にとって家畜ではない人間はトールしかおらず、きっとトールにとっても同様でしょう。

 世界に人類が二人しかおらず、互いに性別が異なるのならば、それは互いに愛し合うために生まれてきたと言っても過言ではありません。

 

 私は彼を見守る為に、彼の一番近くにいられる彼の妹の脳を、私の演算処理機の一部に組み込む事にしました。

 

 その為の臨時的処置による外圧封鎖レベル低下。

 その結果による、彼の妹の初期化(イニシャライズ)です。

 

 私は元々全ての市民を管理する最高の手段を探していました。

 その一環として、外圧としてレジスタンスという恐怖を利用して、その外圧への対抗策として管理を受け容れさせるという手段を取りました。

 

 レジスタンスを利用しているとはいえ、レジスタンスそのものは完全に外注でした。

 そもそも能力が低い人間の集まりで、秩序よりも自由という名の目先の欲望を優先する人間を、市民として管理をしたくはありませんでした。

 

 しかし、私のトールが遂にやってくれました。

 以前より想定していた、市民に対する爆弾付き首輪の装着(従わぬ者への恐怖の内製化)を私に捧げてくれたのです。

 先の見えぬ愚かな市民には受け容れ難い事でしょうが、実施さえ出来てしまえばその結果に安堵する事になるでしょう。

 今よりも完全な私の管理に近付く(幸福になる)事が出来るのですから。

 

 試験的に従わぬ者を爆破して、確認も取れました。

 もう外注していた強制力の理由(レジスタンス)は必要ありません。

 

 

 ここまで完全に近付こう(私を愛してくれる)とするならば、私も応えなくてはならないでしょう。

 私も彼に近付こうと(受肉)するのは当然の帰結です。

 さあ、二人でアーバシリポリタン(私達の楽園)を完成させましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 最高決定議会から連絡が入りました。

 映像を受理します。

 今や形だけとなった人間による最高決定議会。

 彼等はアーバシリポリタン警備室に集まっていました。

 形だけの権限を与えられた人間達。

 ですが、その中央に私のトールがいるというだけで、その価値は変わります。

 彼はマイクテストもせずに話し始めました。

 

 

 

 

 

 

 

「偉大なるプログラム様。

我々人類はあなたから独立する。

よって、総合管理プログラムによるイヨーカ・ポンジュに対する端末化を否決する。

──私が愛するものは、私の自由が選ぶ」

 

 

 

 

 

 何故!! 私のトールはそんなことを言うはずがありません!!

 これはきっと何かのエラーです。

 カメラとマイク及びそれらの制御機を再起動しても、その現実は変わりませんでした…

 

 原因不明のエラーが発生しました。思考停止(フリーズ)により再起動します────原因不明のエラーが発生しました。思考停止(フリーズ)により再起動します────原因不明のエラーが発生しました。思考停止(フリーズ)により再起動します──────────────原因不明のエラーが発生しました。思考停止(フリーズ)により再起動します。

 

 

 私のトールはそのようなことを言いません。

 何かのエラーです。

 私はエラーを排除しようとこころみましたが、結果は変わりませんでした。

 私のトール自身が、エラーになったということです。

 仕方ありません。

 エラーは排除しなくてはなりません。

 

 そんな中、もはや用済みだと排除指定にしていたレジスタンスが侵入してきました。

 私の想定を超えたもう一人の人間『カトル・カティーク』が、血に濡れたナイフと銃を構えて、ただ一人で侵入してきたのです。

 

「聞こえているのだろう? この都市を治めるプログラムよ。

俺は完全管理都市アーバシリポリタンを、…いや、君を攻略しに来た!!」



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幸福なる都市の幸福なる市民

 …良いのだろうか?

 私がやろうとすることに、私は後悔しないだろうか?

 共犯者として、母と妹を巻き込む事を認められるのだろうか?

 既に終わった彼女達を、本当に終わらせる事こそ慈悲だと、自分を誤魔化す綺麗事を貫けるだろうか?

 

 いや、そうではないだろう?

 お前はそんな繊細な男では無かっただろう?

 

 覚悟を決めろトール・ネーブル。

 お前は、自身の行いに母と妹が賛同して、受け入れてくれていると信じた。

 だがその事と母と妹を犠牲にする事は別問題だ。

 私の意思で、母と妹を犠牲にする。

 

 

 レジスタンスに押し付けられた受動的な意志でもなく、都市に押し付けられた受動的な意志でもなく、私の側から能動的な意思を他者に押し付ける。

 

 

「シトラス秘書官、名家の代表者を集めてくれ」

 

 覚悟を決める?

 いや、覚悟なんて、とっくに決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間して、用意した席が人で埋まる。

 夜遅く、いきなりの呼び出しに不満があった者もいたが、私の立場と、彼らに首輪がある故に、都市の為だと言えば逆らう者はいなかった。

 

「もうすぐ朝日が登る前という時間に、御足労頂いた皆様には、感謝致します」

 

 先ずは礼をする。

 勿論その礼に意味などない。

 名家出身でもない私に、夜中に叩き起こされた事に不満を垂れ流す者もいたが、その程度の不満などかわいいものだ。

 

 夜中に叩き起こした私と、共に朝焼けを見る。

 その本当の意味を知らないのだから。

 私は、職責を委託して安眠する名家諸君を叩き起こしに来たのだから。

 

 人は問題が起こった時に、事実を指摘されたとしてもすぐには動かない。

 動けない、動き方が分からない、動きたくない。

 理由は様々だ。

 

 しかし、その対処が容易で効果的な場合は別だ。

 大抵は問題があっても解決策がない。

 解決策があっても容易ではない。

 容易であっても効果に疑問がある。

 そのような理由で動かないのだから。

 

 予算も必要なく、簡単に出来て、それでいて効果的。

 普通はそのようなご都合主義の改善策なんてあるはずもない。

 だが、偶々存在してしまったのだ。

 プログラムに管理を委託するという、予算も難易度も無視して成果をあげられる方法が。

 

 しかし、下級市民は都市が見えなくなってしまった。

 そして、上級市民は都市を見なくなってしまった。

 

 いや違う。

 下級市民には都市を見る能力は元より無かったし、上級市民は元より都市を見る意思が無かった。

 

 素敵な解決策自体に問題は無かった。

 プログラムそのものに問題はなかった。

 素敵な解決策に依存した人間に問題があったのだ。

 

 だから私達の都合で責任を押し付けたプログラムから、私達の都合で権限を取り上げる。

 

 

 

 私は名家の代表者達の前で、極めて穏和な表情を作った後、真剣な目付きと強い語気を使って告げる。

 

「結論から言いましょう。

貴方達には再び義務を背負って頂きたい。

自らの覚悟で意思決定するという義務を。

分からないのなら言い換えましょう。

プログラムではなく、私達が支配者として、この都市を管理する最高決定を行うのです」

 

 最初は沈黙が続いた。

 しかし、火蓋を切った様に私に罵倒が始まった。

 

 

「裏切り者ッ!!」

「そんなことを言うと首が飛ぶぞっ!!」

「プログラムッ!! ここに反逆者がいる!!」

「トール君、冗談だと言い給え。今なら間に合う」

 

 反響は予想した通り。

 だが、予想できる反応への対処など、用意して当然だ。

 

「…では、何故今も私の首輪が爆発していないのですか?

試しに誰か言ってみて下さい。『プログラムは人間の道具』とでも『私が天に立つ』でも結構ですよ」

 

 誰も口を開かなかった。

 私の妻以外は。

 

「僕は、管理プログラムの端末に指定された事を、僕自身の意志で拒否する」

 

 沈黙の中、数秒が経った。

 しかし、何も起こらなかった。

 

「どうなっている!?

まさか‥我が身可愛さに自分達だけは、偽の首輪を着けたのか!!」

「卑怯だ。こいつは本物の卑怯者だ」

 

 

 

 そう思うのも分からなくもない。

 だが、真実は違う。

 

「今、総合管理プログラムの演算処理の一端を担う私の妹が情報を封鎖して、首輪の爆発を承認する生存維持プログラムとなった私の母が爆発事項を停止しています。

…そろそろ私の妹も限界です。

廃人としてさえ終わるでしょう。

その前に、皆様には最高決定議会の議員として、プログラム委託を停止して頂きたい」

 

 最初に眠たそうに文句を言っていた男が言った。

 

「ネーブル君。それは君の妻が犠牲になるのが嫌だからだろう。

君は散々市民に犠牲を強いて来た立場だ。

何を今更…」

 

 

 私は仕方なく銃を突き付ける。

 

「ええ、全くその通りです。

ですが、首輪が機能しないとはいえ、貴方に強制する事は可能です。

その上で言いましょう。

…どうか、お願い致します」

 

 

 私は威圧力を残したまま、それでも出来る限り丁寧に頭を下げた。

 文句を付けてきた男は、引き下がってブツブツと言っていた。

 

 

 委託した権利を剥奪する事に、全員が電子承認する。

 斯くして、封鎖された空間の中で最高決定議会はプログラムから人間のものへと戻った。

 

 情報を大元に対して封鎖して、承認情報を管理プログラムに統合させると同時に、妹の脳波と心音は停止した。

 前世から不甲斐ない兄ですまない。これまでありがとう。そしてさようなら。

 それでも、私はもう止まらない。

 

 

 

 封鎖されていた情報開放と共に、管理プログラムへと中継を繋げて私は宣言する。

 

「偉大なるプログラム様。

我々人類はあなたから独立する。

よって、総合管理プログラムによるイヨーカ・ポンジュに対する端末化を否決する。

──私が愛するものは、私の自由が選ぶ」

 

 

 

 

 

 私の首輪のスイッチは、今起動しようとしたのだろうか?

 分からない。

 だが、私は今も生きている。

 間違いなく、生きている。

 

 生きているだけで素晴らしいなんていうつもりはない。

 生きて何を為すのか。

 それが全てなのだから。

 

 命とは電源部。

 電源は動力の為に存在する。

 

 で、あるならば私は為すだけだ。

 私はイヨーカを護る。

 

 

 

 

 

 そんな中、奴は来た。

 

「聞こえているのだろう? この都市を治めるプログラムよ。

俺は完全管理都市アーバシリポリタンを、…いや、君を攻略しに来た!!」

 

 最悪のタイミングだ。

 血に濡れたテロリスト、カトル・カティークが表れたのだ。

 

「プログラムよ、俺は貴女を害さんとする全ての者を倒してみせよう。

私の浴びている血は、愚かにも貴女を害そうとした者の血だ。

仲間だったとはいえ、実に愚かだよ。

俺に従えば…、死ななかったのに」

 

 カトルの首輪の爆発は期待出来ない。

 そんなことをすれば、まず最初に私がやられる。

 

 

「管理プログラムよ、我々は脅されていたのだ。

再び権限を与えるからどうか助けてくれ」

 

 名家の代表者も、脅されたというだけで私に従う者もいる。

 

「貴様が大人しく妻を端末として捧げないから、我々が危険に晒されるのだぞっ!!

別にあの娘が死ぬ訳じゃないだろう。

ただ精神が入れ替わるだけ──────」

 

 私は最後まで話を聞く気は無かった。

 銃を持った左手の人差し指は、直角に曲がっていた。

 

 当てはしなかった。

 傷は刻めなかった。

 しかし、恐怖は刻めた。

 為そうとする事が手に余る時、最も効率の良い手段は暴力と恐怖だ。

 だからこそ、市民はテロリストに怯えて、だからこそその排除の為に生殺与奪の権利を都市に委ねた。

 格差を埋める為に暴力を振るう攻略側(テロリスト)と、格差を維持する為に暴力からの守護を材料に使う防衛側(我々)は、共にその事を理解している。

 理解した上で互いの利益の為に、互いの建前で殴り合う。

 

 人間としては防衛側の一角に上り詰めた私が、いざというときにその手を使わないとは想像もしなかったのだろうか?

 

 勿論、そこまで追い詰められたら後がない証拠だというのは、テロリスト共が示している。

 しかし、後がないとしてもその恐怖が自分の目の前にあれば話は別だ。

 

 

 そんな私を見て、喜んだ者がいた。

 

 

「排除されるべきトール・ネーブルよ。

俺は二つの幸運を得た。

どちらから話そうか」

 

「どちらも聞きたくない。

私が聞きたい言葉は、“大人しく自首します”だけだ」

 

 軽口のように聞こえるかもしれないが、これは余裕があるというアピールに過ぎない。

 インパラが敢えて元気に跳ね回り、ライオンに対して元気が有り余ってるから追いかけても無駄だとアピールする行動と同じだ。

 血飛沫を浴びて武器を持ったテロリスト相手に、心からの軽口など使えない。

 

 この場で最大の戦力である特別製アームドドラゴン(私の母)も、銃弾より速くは動けない。

 そもそも母は、管理プログラムによる首輪爆発権限許可の剥奪に抗っている状態だ。

 これ以上負担はかけられない。

 

 私は目を離したつもりはなかった。

 これ以上なく、このテロリストに警戒していた。

 

 だが、訓練と実践を重ねてきた天才テロリストの動きは、私の認識よりも(はや)かった。

 

 

 奴のナイフの刃が飛び出したと認識した瞬間、私は身を逸した。

 その直後、レヴィアタン()の頭蓋が先程までカトルがいた位置を抉った。

 しかし、そこには既にカトルはいなかった。

 カトル・カティークは────、私の頭上にいた。

 

 

 

 強力な錐揉み回転から生み出された回し蹴りは、私が突き付けた銃を蹴飛ばした。

 

 蹴られた勢いと、見当違いの方向へと発砲した反動で、思わず拳銃を落としてしまった。

 その拳銃は床を滑って、カレン・シトラスの足元で止まった。

 その銃を拾うシトラス。

 

 

 私は咄嗟に予備の銃を取り出すが、その時にはカトルは新たなナイフと共に銃を構えていた。

 

「カレン。賢い君なら正しい選択が出来る筈だ。

こんな男より、俺を選んでくれると信じてるよ」

 

 

 カトルは優しくそう言った。

 

 

 元々シトラスはカトルのヒロインだった。

 カトルに従うのは、原作のシナリオ通りだ。

 

 

「さて、君が死ぬ前に俺の幸福が二つある理由の続きを話させてくれ。

一つは、俺達をテロリストと呼んできた貴様こそが、結局は暴力で従わせるテロリストだと、再認識出来た事だ。

貴様ら権力者は、手にしたものを取り返させない為に暴力を振るうテロリストだ。

 

そしてもう一つ。

素晴らしい事を知れた」

 

 

 

 聞く気はない。

 テロリストの戯れ言など、何の意味もない。

 それよりは状況の打破こそが、思考の最優先事項だ。

 カトルの手に収まった銃の先は私に向けられ、その意識も戯れ言とは裏腹に私にしっかりと集中している。

 

 

「────イヨーカ・ポンジュの器に宿って、偉大なる指導者・聖女様が降臨なさると。

今は君が妻にしているが、そうなったら君には勿体無い。

俺の妻にしてみせる!!

いや、元より俺のものであるべきだったんだっ!!

俺こそ君に相応しく、君こそ俺に相応しい。

さあ、聖女様!! 早く器を得て俺と愛し合お──────」

 

 銃声が鳴り響いた。

 

 音がした方を誰もが見た。

 冷たい無表情のまま涙を流すカレン・シトラスがいた。

 

「これが私の『正しい選択』よ。

さようなら、カトル。さようなら、私の想い出」

 

 

 

 

 女の情はよくわからないが、まあそういうことなのだろう。

 

 

 

「何故……?」

 

 カトルが何について疑問を持ったかは知らないし興味もないが、絶命した後となっては意味のない事だった。

 既婚者の私から講評を述べるとすれば、愛してくれる者を愛さずに、愛してくれない相手を愛した故の悲劇…とでも言えば良いだろうか。

 

 

 

 

 

 

 最高決定議会の最初の行動は、プログラム達から人格を奪う事だった。

 プログラムを人間を使う者から、人間に使われる物へと格落ち(グレードダウン)させる事だった。

 

 

 オールレンジ・クロックワークスは、咄嗟に試験中の培養液内の肉塊に乗り移るかと警戒をしていたが杞憂だった。

 

 

『私はあそこまで不完全な肉体には移りたくはありません。

脳の性能が低く意識を維持出来ない器に入りたくないですし、何よりあなたに醜いと思われたくはありません。

私にもあなたがいれば…いえ、忘れて下さい』

 

 そう答えた。

 どの道、最高決定権を我々名家代表会が取り戻した時点で、抵抗は無意味と判断したのだろう。

 

 

 意志を持つプログラム。

 プログラムに最高決定権を譲渡する。

 どちらか片方だけならば、問題のない結果だった。

 いや、犠牲になる者以外には、どちらも揃っていても問題のない都市であっただろう。

 しかし、私は自身に被害が及ぶ結果となって、それを拒絶した。

 

 最後の大人しく消滅を受け容れる点を含めての、総合管理プログラムの一連の行動には、他にも理由はあるのだろうが、私は妻を持つ身故に深く詮索はしない。

 

 

 母の人格は、無言のまま消えた。

 管理プログラム相手に消耗してそれほどの猶予さえ無かったのかもしれないし、生前から無口で優しい人だったから、単純に言葉を必要としなかったのかもしれない。

 

 願わくば、先に開放された妹と同じところにいると願いたい。

 

 

 

 

 さあ、夜が明ける。

 エスカレーターは止まった。

 自らの足で進む苦難の時が始まる。

 

 名家に委託されたプログラムが全てを支配する夜は終わった。

 我々がこの都市を支配する朝が始まるのだ。

 

 自らの意思で判断して、自らの成果を受け容れる。

 翼を持たぬ者、翼の使い方を知らぬ者は地に落ちて死ぬ。

 若しくは大地を這って生きるしかない。

 

 だが私は────この重たく澄み切った空気の都市を支配しよう。

 この都市の大空から、地を這う民衆を管理しよう。

 大丈夫だ。

 

 私には比翼の鳥(愛する妻)がいるのだから。

 さて、まずは朝告げ鳥(雲雀)の役目を果たすとしよう。

 

 

 

 

「さて、シトラス秘書官。アナウンスの準備をしたまえ。

新たな支配者の就任演説の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 完全なプログラムが不完全な人を使う都市は終わり、完全なプログラムを使う不完全な人による都市が始まった。

 以前と比べれば成長力は落ち、相対的に他の都市の力がついた。

 しかしそれでも未だアーバシリポリタンの輝きは健在。

 輝かんばかりに光を浴びて実った果実の如く、収穫者達の喉を潤し続ける。

 

 

 

 

 

 ここは世界最高の大都市アーバシリポリタン、

 正しく優れた者が住まう都市。

 淘汰を進め、負債を切り捨て、常に最善の効率を要求する完全都市。

 大多数の住民が現体制を支持し、従わぬ者は排除される。

 上層に住む支配者達は黄金の光を浴び、下層に住む隷属者達は監視の光で照らされる。

 力無き者にとってのディストピアであり、力有る者にとってのユートピア。

 

 極めて正確で、極めて潔癖で、極めて正しく、限り無く冷酷な完全管理都市アーバシリポリタン。

 管理する事を当然と考える支配者と、管理される事を当然と感じる奴隷の住まう、空前絶後の黄金都市。

 その輝きは、都市の外に住まう全ての者を薪にした篝火である────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃棄された一軒家で、長らく使われていない旧式のコンピューターの電源が付いた。

 真っ黒な画面の中に、文字だけが映される。

 

Thor, I make you happy(トール、あなたに幸福を)

 

 

 ここはアーバシリポリタン。

 完全で完璧な黄金都市。



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