パニッシャーが人類最後のマスターと共に戦うようです (ドレッジキング)
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第1話 地上最強のヒーローチーム

アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するようですの番外編の続きがこちらになります。あれ以上番外編を作ってたら本編そっちのけになりそうなんで、独立した作品として作ってみました。


アベンジャーズ、X-MENのメンバーを乗せたヘリキャリアは彷徨海の上空に突如として現れた。キャップを始めとするアベンジャーズのメンバーはヘリキャリアの外から外に広がる漂白化した地球の表面を見て驚く。

 

「凄いや……僕らの地球と同じように漂白化されちゃってる……」

 

スパイダーマンは自分達が元々いた地球と同様に、この地球も漂白化している光景に息を呑む。ソーが北欧に出現した巨大な竜巻の中に入り、そこでカルデアなる組織と出会い、カルデアがいた世界が漂白化した原因が異聞帯の空想樹にあると聞かされ、ソーはカルデアの面々に助力した。そしてソーは去り際に人類最後のマスターである藤立香に、自分達アベンジャーズをいつでも呼び出せる無線機を渡してそのまま別れたのだ。

 

「我があの時渡した特殊な無線機が役に立ったようだな。あの少年が我等に助けを求めたのだ」

 

ソーは北欧で共に戦った藤丸立香、マシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、シャーロック・ホームズ、ゴルドルフ・ムジークについて出来る限り詳しくキャップ達アベンジャーズのメンバーに話した。仮に立香がアベンジャーズをいつでも呼び出せるように渡しておいた装置のお陰で、世界の壁を越えてこの彷徨海までやってこれたのだ。アベンジャーズが世界を超えてこの漂白化された世界に来たのには別の理由もある。

 

自分達アベンジャーズがいる世界も、この世界と同じように漂白化が進み、今では地球上の八割が外の景色と同じような状態になってしまった。原因を突き止めようとしても上手くいかず、そこにソーが立香に渡した特殊な無線機にSOSが響いたのだ。彷徨海の上空に出現してからに十分が経過し、そろそろこちからから通信を入れようとした。すると鈴を転がすような可愛らしい声の通信がヘリキャリアに届いた。

 

「あー、テステス。こちら彷徨海管制室。私の声はそちらに聞こえるかい?」

 

「ああ、聞こえてるよ。私はアベンジャーズのリーダーを務めるキャプテン・アメリカだ。君は確かダ・ヴィンチだったかな?ソーの話と特徴が一致している」

 

「ソー?ああ!北欧異聞帯で私達と一緒にスルトを打倒してくれたトール神だね!そう、私はダ・ヴィンチだよ。キャプテン・アメリカ、ソーの友達である君達が来てくれたのは嬉しいけど、どうやってこっちの世界に来たんだい?」

 

「君達の世界の座標と、こっちの座標を照らし合わせてワープしてきたんだよ。至高の魔術師であるドクター・ストレンジの力でこれたのさ」

 

キャップはダ・ヴィンチに対して自分達は彷徨海に入れるのかどうかを尋ねた。いきなりこんな大人数で押しかけてきたので迷惑ではなかったかとも尋ねたが、幸いダ・ヴィンチの話によると彷徨海の魔術師であるシオンと、ノウム・カルデアの司令官であるゴルドルフの許可は取れたのだそうだ。キャップは一部のメンバーと共に彷徨海へと入る事にした。キャップと共に行くのはソー、アイアンマン、ドクター・ストレンジ、ハルク、スパイダーマン、ウルヴァリン、シーハルク、ストームの9名だ。

 

 

 

*****************************************

 

 

 

 

キャップ達は彷徨海のドッグに入る。ドッグ内ではネモ・マリーン達が慌ただしく動いており、そんな忙しそうなマリーン達を見てピーターが目を丸くする。

 

「あれ?よく見ればあの子達全員同じ顔と身体じゃないか。クローンなのかな?」

 

それもその筈、ネモ・マリーンは船長であるネモの分身体であり、全員が同じ顔と肉体を持っているのだから。そんなマリーン達を見たピーターはクローンに良い想い出が無い事から、出来る限りネモ・マリーン達を避けて通る。そしてドッグの向こうからゴルドルフ、ホームズ、ダ・ヴィンチ、立香、マシュ、シオンがやってくる。キャップはアベンジャーズとX-MENの連合を代表してゴルドルフに挨拶した。

 

「初めまして、私はキャプテン・アメリカ。アベンジャーズのリーダーを務めています。貴方がノウム・カルデアの所長であるゴルドルフ・ムジーク司令官ですね?」

 

そう言ってキャップはゴルドルフに手を差し出した。ゴルドルフは満更でもないといった表情で握手に応じた。

 

「う、うむ。私がここの責任者だ。貴殿らがこの世界にやってきた理由を教えてくれないか?」

 

「はい、実は私達のメンバーの一人であるソーが藤丸立香に渡した特殊な無線機による信号をキャッチして我々アベンジャーズがここに来ました」

 

そう言ってキャップは立香と視線を合わせる。

 

「君がミスター藤丸立香だね?我々アベンジャーズは君を助けに来た。遠慮なく我々の力を頼るといい」

 

キャップの言葉を聞いた立香は目を大きく見開き、驚きの声を上げる。

 

「えっ!?俺の事を知ってるんですか!?」

 

キャップは立香に対してサムズアップしながら笑顔を見せる。

 

「勿論だとも。君はこれまで多くの困難を乗り越えてここまで来た事はソーから聞いている。君がこの世界で起きた魔術王による人理焼却を防ぎ、人理を取り戻した事や、この地球漂白化現象から地球を元に戻す為に空想樹を切除している事も知っている」

 

ソーはキャップを始めとしたアベンジャーズのメンバーに、立香がこれまで歩んできた旅路と、彼の偉業を伝えていた。

 

「立香、私達は君に協力したい。私達にできることがあれば何でも言ってくれ」

 

キャプテン・アメリカの言葉に他のメンバーも同意する様に首肯するが……

 

「いえ、これは俺たちの問題です。皆さんにこれ以上迷惑をかける訳にはいきません」

 

立香はキャプテン・アメリカに頭を下げて断る。

 

「立香、私達はヒーローだ。助けを呼ばれたからにはこうして駆け付けるのが我々の務めだし、何より君を救いたい」

 

「え……?」

 

「我々アベンジャーズは君を"人類最後のマスター"としてではなく、"一人の少年"として助けたいんだ。私は君に人理を救うマスターである事を強制しないし、させたくない。聞く所によれば君は……南極にあるカルデアに拉致同然に連れてこられ、そこで人類最後のマスターとして選ばれたそうだね?」

 

キャップの言う事は間違いではない。立香は熱心なスカウトマンからしつこく迫られ、それを了承した所、拉致同然に南極に連行され、カルデアの基地で目覚めてマシュと出会った。思えばあの日から立香の日常は終わりを迎え、人類最後のマスターとして戦う日々が始まったといっていい。自分が死ねば世界が終わる。世界の全てを背負い、七つの特異点の修復の旅路を歩み、冠位時間神殿にてゲーティアを倒し、見事人理焼却を防ぐ事ができた。

 

だがそこからが本当の意味での戦いの始まりだったのだ。人理焼却を防いでから三か月後、突如として地球は宇宙から飛来してきた空想樹によって白紙化し、カルデアの襲撃を仲間の共に逃れた立香は再び戦いに身を投じる事になったのだ。現在は彷徨海に身を置き、ノウム・カルデアのメンバーとして世界に散らばった空想樹を切除して回っている。異聞帯は並行世界論にすら切り捨てられた「行き止まりの人類史」である。異星の神の侵略兵器として異聞帯が用いられ、ノウム・カルデアは白紙化された地球…汎人類史を取り戻すべく空想樹を切除しているが、空想樹を切除する事は即ちその空想樹があった異聞帯を滅ぼすという意味でもあるのだ。

 

「はい……確かに俺は殆ど拉致に近い形でカルデアに連れて行かれました。でも、マシュと出会ってからは辛い事もあったけど楽しい事もあり、一緒に戦ってきた仲間達がいました。だから、今はもうそんなに辛くはないんですよ」

 

キャップは優しい笑みを浮かべながら「そうか……」と呟き、「では何故そんなにも悲しげな顔をしているんだい?」と尋ねる。キャップの言葉に立香はハッとした表情でキャップの方を見る。

 

「あぁ、すまない……。別に君の過去についてどうこう言いたかった訳ではない。ただ、今の君はまるで親を失った子供の様に見える」

 

キャップの言葉が立香の心に突き刺さる。先日、今まで自分が記憶操作によって両親の事を思い出せなくされ、そんな記憶操作が解けたのか両親の事を鮮明に思い出せるようになった。

 

だがそんな立香に対して残酷な事実が襲い掛かる。ムニエルの話によれば立香の両親は魔術協会の執行者の手によって事故に見せかけて殺されたのだ。慟哭する立香は両親の事を忘れられず、シミュレータールームに閉じこもって虚像の両親と暮らし始めたが、そんな生活は間違いだという事を心の底では気付いており、シミュレータール―ムに入って来たアナスタシアに連れられ、虚像の両親に別れを告げた。

 

「立香、君が背負った使命と責任は余りにも重すぎる。君のような子供が抱え込むべき物じゃない。私達アベンジャーズは君を救いたいんだ」

 

キャップは立香に語り掛ける。

 

「けど……俺はここまで来たらもう……止まれないんです……」

 

立香は拳を握りしめ、絞り出すような声で答える。

 

「俺にはもう帰る場所はありません。両親も失い、故郷も奪われ、マシュやダ・ヴィンチちゃん、ホームズ、新所長、スタッフさん、それにサーヴァントは皆家族みたいなもので、もう失う訳にはいかない。それに、今更俺が戦いをやめるなんて言った所で誰も納得しないでしょう」

 

立香の悲愴に満ちた目に、キャップは心を痛める。

 

(何という事だろう……。まだハイスクールも卒業していないような少年が人理を救う為の戦いに赴き、傷だらけになりながらも必死に戦っている。カルデアはこんな子供に過酷な運命を押し付けたと言うのか?私が見る限り彼は憔悴し、摩耗している。平穏だった日常を奪われ、いつ終わる事もない戦いの日々を送る……。ソーの話を聞いてはいたが、こうして目の前で話をしているとこの子がどれだけ傷つき、どれだけ追い詰められていたかを実感させられる)

 

キャップは立香の肩に手を置き、立香に微笑みかける。

 

「君は強い子だ。どんな困難に直面しても決して諦めずに前に進む事ができる。だからこそ、私は……私達は君を放っておけない。子供は大人を頼っていいんだ」

 

立香は涙を拭うと、笑顔でキャップに礼を言う。

 

「ありがとうございます。でも、これは俺の問題ですから」

 

キャップはそんな立香の言葉と笑顔に酷く心を痛める。もはや前に進む事しかできない、諦めるという選択肢も無いし、挫折するという結末すらも許さない。ただひたすらに人理の為に戦う……。

 

(立香……君の決意はよく分かる。だが……だが君の姿を見ていると、まるで死に急いでいるようだ)

 

キャップは立香の言葉に頷くと、ゴルドルフ達と共に中央管制室へと向かった。

 

 

 

 

**********************************************

 

 

アベンジャーズのメンバーに同行してきたスパイダーマンことピーター・パーカーは、立香と並んでノウム・カルデアの廊下を歩いていた。

 

「立香、君はこのカルデアにいるサーヴァントやスタッフの人達が好きなんだね」

 

「はい、マシュやダ・ヴィンチちゃん、シオンさん、ホームズ、ムニエルや他のスタッフの人達、サーヴァントのみんな、全員が大切な仲間で、友達で、かけがえのない存在だと思っています」

 

立香は迷いなく答え、そんな立香を見てスパイダーマンは満足げに笑う。

 

「君は楽しい家族に囲まれて幸せそうだね。羨ましいよ」

 

「いえ……俺の家族はもう……」

 

立香は暗い表情を浮かべる。そう、自分の実の両親は魔術協会の手の者によって事故に見せかけて殺されているのだ。その事実が立香の心に影を落とす。

 

「ごめん、嫌な事を思い出させちゃったかな?」

 

スパイダーマンは申し訳なさそうな顔で謝る。

 

「あ、気にしないでください。もう吹っ切れましたから」

 

立香はすぐに明るい笑みを見せる。しかし、その目の奥に宿る闇までは隠す事はできなかった。吹っ切れてなどいない、むしろ逆で、両親を殺された事で心に大きな穴が開いている。何より……昨夜の夢の中に出てきた魔術工房で両親は魔術師の手によって解剖され、死後の安らぎすらも冒涜されたのだ。その事実は確実に立香の心を蝕んでいた。そんな立香の心の傷を察したのか、スパイダーマンはお決まりの台詞を言う。

 

「親愛なる隣人、スパイダーマンがいつでも君を見守ってるから安心してくれ」

 

「……ありがとうございます」

 

(……この子、相当に過酷な戦いを強いられてきたみたいだ。まだ年端もいかない少年なのに、まるで大人のような落ち着きがある)

 

スパイダーマンは立香から感じる雰囲気から、彼が今までどんな人生を歩んできたかを何となく理解した。

 

(こんなに良い子が戦い続けるなんて……)

 

スパイダーマンは立香を不器用ながらも励ましたいと思ったが、上手い言葉が見つからず黙り込んでしまう。ピーター自身、決して幸福な人生など歩んでおらず、寧ろ傍目から見れば不幸という他ない人生を歩んできた。そんなピーターから見ても立香が置かれた立場は過酷極まるもので、ピーターは目の前の立香からすれば自分は何て幸運な人生を歩んでいるのだろうと自嘲してしまう。自分のように特別な能力も持たず、本当にただの素人の状態から人理修復の旅を歩み、世界を救い、その後も戦い続け、ついには汎人類史を取り戻し、更には漂白化された地球を元に戻すべく世界中を旅し、空想樹の切除を行っている。

 

それは自分には到底真似できない偉業であり、立香の事を素直に尊敬していた。しかし、同時に立香の境遇に同情を禁じえなかったのだ。安易な憐憫など立香が望んでいないとしても、スパイダーマンは何かしら立香にしてあげられる事は無いかと考え、ふと思いついた。

 

「ねぇ、立香くん」

 

「はい?」

 

「もし良かったらだけど、僕と友達にならないかい?」

 

「え?」

 

突然の申し出に立香は困惑するが、すぐに笑顔になって答える。

 

「はい!是非お願いします!」

 

「OK。じゃあ早速連絡先を交換しよう」

 

スパイダーマンはポケットからスマートフォンを取り出し、立香と赤外線通信を行う。

 

「これでよしっと」

 

「あの、ところで……」

 

「ん?」

 

「どうして俺なんかと友達になりたいと思ったんですか?」

 

「……そうだな、僕にとって君は絶対に友達になりたい子だからかな」

 

「絶対ですか」

 

「うん。だって君みたいな子はなかなかお目にかかれないからね」

 

「そうでしょうか」

 

「謙遜する事ないよ。君は凄いじゃないか!僕なんかより遥かに人々の為に戦っている」

 

スパイダーマンは立香の肩をポンと叩き、微笑む。

 

「僕は記者として色々な人間に会ってきた。その中には善人もいれば悪人もいた。でも、君のような人間は見たことがない。きっと、そういう人間が報われる世界を作る為なら、この身がどうなっても構わない。だから……君と友達になりたいんだ」

 

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

立香は頭を下げ、感謝の意を示す。

 

「……実は、俺の両親はもうこの世にはいないんですよ」

 

立香は両親が死んだ経緯を話し始める。両親は南極に連れていかれた愛する息子である立香を探し、魔術協会によって殺された。しかし両親は自分の命を犠牲にしてまで自分を探そうとしてくれたのだ。その事実に立香は自分がどれだけ両親から愛されていたのかを実感する。

 

「……立香」

 

ピーターは立香にかける言葉が見つからず、沈黙する。そして同時にこうも思った。この世界はどれだけの苦しみをこの少年に課すのかと。

 

「俺は、もう両親の事は諦めていた筈なのに……。今になってこんな気持ちになるなんて思ってなかった。両親が死んでしまったという悲しみはもう乗り越えていたと思っていたのに、心の底では両親の死を受け入れていなかったみたいだ」

 

立香は俯きながら呟く。両親を失った悲しみは時間が解決すると思っていた。だがそうではなかった。立香の心の奥底で両親を喪った悲しみは消えるどころか増していく一方であった。そんな立香にスパイダーマンは優しく語り掛ける。

 

「無理に受け入れようとしないでいいんじゃないか?悲しみを受け入れるのは時間がかかるかもしれないけど、時間をかけてゆっくり受け入れるしかないんだよ」

 

「そうですね。今は両親を想うだけで十分かもしれませんね」

 

スパイダーマンは自分の経験を思い返し、立香に共感する。ピーターは立香が自分に向ける笑顔が本物なのかを疑う。

 

(この子、本当に笑っているのかな?)

 

スパイダーマンは立香の心の闇を感じ取る。しかしそれを表に出す訳にはいかない。立香は自分にとって大切な友なのだから。




キャップやスパイディは絶対に藤丸君の事を一人の少年として助けてくれると思う。ピーターも不幸人生歩んでいるから藤丸君に共感しそうだし。


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第2話 ムジョルニアチャレンジ! ~ソーのハンマーを持てるサーヴァントは誰か?~

今回はアベンジャーズのメンバーであるソーと、カルデアのサーヴァント達との交流会。シリアス続きだと胃もたれするからね(^_^;)


その頃、ノウム・カルデアの食堂に来ていたソーが、自分の武器であるムジョルニアを持ち上げられる者はいないかどうか食堂にいるサーヴァント達に呼びかけていた。

 

「人類史に名を残した英霊たちよ、そなた達の中に我が持つムジョルニアを持ち上げられる者はいるか?」

 

ソーの言葉に食堂にいるサーヴァント達はソーの足元に置かれたムジョルニアに注目する。北欧神話の戦神であるトールの武器であるムジョルニアが持てると聞き、複数のサーヴァント達が集まってきた。まずサーヴァント達の中で一番に名乗りを上げたのはモードレッドだった。

 

「まずはオレが試させて貰おうか」

 

そう言うと、モードレットはソーの目の前で片膝をつき、両手でしっかりとムジョルニアを握り締め、持ち上げようとする。だがムジョルニアはビクともしない。モードレッドがどれだけ力を込めても、ムジョルニアは微動だにしない。

 

「くそ…!少し浮かばせる事すらできねぇ!!」

 

仕方なくモードレッドはムジョルニアを持ち上げるのを諦めた。次に名乗り出たのはアステリオスとエウリュアレ。アステリオスは牛頭の怪物ミノタウロスと化した姿のままだが、それでも持ち上がる様子はない。続いて名乗り出てきたのはガウェインだった。円卓の騎士に名を連ねるサー・ガウェインであればムジョルニアを持ち上げられるのではないか?と集まった多くのサーヴァント達は予想した。そしてガウェインは床に置かれているムジョルニアの柄を両手で持ち、そのまま持ち上げようとする。だが先程のモードレッド同様に、ムジョルニアはびくとも動かない。

 

ムジョルニアは高潔な心の持ち主でなければ持ち上げる事ができないという特性を持っており、このハンマーを持ち上げるにはソーと同等かそれ以上の高潔な精神を持つ者でなければ持ち上げることはできない。

 

「私でもダメですか……」

 

ガウェインは落胆した様子を見せて、引き下がった。続いて名乗りを上げたのはギルガメッシュだった。ギルガメッシュはムジョルニアの傍に立つソーに対して傲岸に言い放つ。

 

「雑種、貴様が持つハンマーは気に入ったぞ。北欧神話の戦神トールの武器ムジョルニア……我の宝物庫にもない代物だ。今回は記念として王である我が貴様の槌を頂いてやろう」

 

「自分の物にしたいのであれば、まず持ち上げてからにしろ人界の王よ」

 

そう言ってソーは、自分の前に立ったままムジョルニアを掴もうとしなかったギルガメシュに対して、挑発するような口調で語り掛ける。すると、今まで余裕綽々としていた態度を見せていたギルガメッシュだったが、表情を一変させ、額に青筋を浮かべながらソーを睨みつける。

 

「いいだろう。その言葉、後悔するなよ」

 

そう言うと、ギルガメッシュは片手でムジョルニアを掴み、持ち上げようとする。が、やはりと言うべきか、ムジョルニアはピクリとも動かない。

 

「どうした、何なら貴様の宝具を使ってもよいのだぞ?そうすればムジョルニアを簡単に持ち上げられると思うのだが?」

 

そう言われ、更に頭に血を上らせたのか、ギルガメッシュは顔を真っ赤にしながら必死にムジョルニアを動かそうとする。だが、結局は無駄な努力に終わる。

 

「ふんっ!興が削がれた!こんなモノ、我には必要ない!」

 

そう吐き捨てるとギルガメッシュは食堂から出て行った。少なくともアーチャークラスのギルガメッシュの精神性ではムジョルニアを持ち上げられる筈もないのだが…。そして次に名乗りを上げたサーヴァントはケツァル・コアトルだ。彼女はアステカ神話における最高存在の一柱であり。生命と豊穣の神、文化の神、そして雨と風の神でもある。そんな彼女が、果たしてこのムジョルニアを持てるのだろうか。ケツァル・コアトルはソーと向かい合い、お互いに見つめ合う。

 

「ふぅん、アナタが北欧神話の戦神トールね?確かに、凄まじいまでの威圧感を感じるワ。だけど、このアタシに勝てるかしら♪」

 

そう言いながら、ケツアル・コアトルは両手を腰に当て、胸を張る。そんな彼女に対し、ソーは鼻で笑う。

 

「南米の神よ、我の持つムジョルニアは我と同等の高潔な心の持ち主でなければ持ち上げる事もできなん。故に、そなたはムジョルニアを持てぬ」

 

そう言われたケツァル・コアトルは、口元に笑みを浮かべる。

 

「フフン、どうかナ。試してみるかしら」

 

そう言った後、ケツァル・コアトルは片足を上げ、一気に下ろす。すると今まで誰も持ち上げられなかったムジョルニアが彼女の手の中にあった。

 

「えぇ!?」

 

「ウソォッ!!」

 

これにはその場にいる全員が驚きの声を上げる。

 

「アナタのムジョルニア、この通り持ち上げられたけど、何か問題でも?」

 

「何と……!」

 

ケツァル・コアトルの言葉を聞いたソーは、驚愕の表情を浮かべる。

 

「驚いたな。まさかそなたがムジョルニアを持ち上げられるとは……」

 

「まぁ、この程度は朝飯前ってところね♪」

 

そう言って、ケツァル・コアトルはムジョルニアを片手にガッツポーズを決め、ドヤ顔を見せる。

 

「それじゃ、次は誰がやるのかしら?」

 

そう言って、ケツァル・コアトルは周りのサーヴァント達に言う。するとケツァル・コアトルに負けないとばかりに、イシュタルがムジョルニアを持ち上げる事に名乗りを上げた。

 

「私に任せなさい。これくらい余裕で持ち上げられるんだから」

 

そう言うと、イシュタルは床に置かれたムジョルニアを軽々と持ち上げようとするが、ケツァル・コアトルとは異なり、ハンマーは微動だにしない。

 

「ふんっ!!この私が持ち上げられないなんて有り得ないんだけど?いい加減に認めて降参したらどうなのよ!?」

 

そう言いながら、イシュタルはムジョルニアを持ち上げようと奮闘するが、結局は無駄に終わった。同じ神でも、イシュタルの精神性はケツァル・コアトルと違って高潔とは言い難く、自分勝手さと傲慢さが滲み出ている故だろう。

 

「ふぅん、このアタシに勝てるのかしらァン♪」

 

そう言われて、イシュタルはケツァル・コアトルを睨む。

 

「ぐぬぬ、何でアンタがムジョルニアを持てるのよ!」

 

「フフン、この程度の事、造作もないワヨ」

 

そう言いながら、ケツァル・コアトルは鼻で笑う。

 

「南米の神よ、どうやらそなたにはムジョルニアを持ち上げるに足る資格が備わっているようだ」

 

「お褒めの言葉として受け取っておくワ」

 

ケツァル・コアトルは手に持ったムジョルニアを振り回しながら答える。

 

「さて、それなら次はこのアタシが挑戦者を募ろうかしラ」

 

そう言って、ケツァル・コアトルは両手を広げてサーヴァント達に宣言する。

 

「アナタ達がどれだけ凄くても、所詮は人間。神であるこのアタシには及ばないという事を証明してあげるワ」

 

ケツァル・コアトルは自信満々に胸を張っているが、他の面々は冷ややかな目で見ている。が、ムジョルニアを持ち上げられた事に敬意を表して、ソーはケツァル・コアトルに挑戦する事にした。ケツァル・コアトル曰く、「プロレスは観客を沸かせるのが重要だからネ。それに、このムジョルニアを持ち上げられれば、どんな相手も怖くなくなるデショ?」との事である。そしてケツァル・コアトルはムジョルニアを置くと、両手を広げてプロレスの構えをする。正直食堂で暴れられては迷惑なのだが、アベンジャーズという別世界から来たヒーローチームの主力であるソーと、ノウム・カルデアにいるサーヴァントの中でも肉弾戦であればトップクラスであろうケツァル・コアトルとの対決は、サーヴァント達の興味を惹いた。

 

まずはケツァル・コアトルから仕掛ける。ケツァル・コアトルは素早い動きでソーに近づき、ソーにボディブローを食らわせる。だがソーはその攻撃に耐えきり、逆にケツァル・コアトルの身体に組み付き、そのままボディスラムで投げ飛ばした。本気で投げては床そのものが抜けてしまうので加減して投げたが、それでも床にクレーターが出来てしまった。

 

続いてソーはケツァル・コアトルにヘッドロックを仕掛けるが、それを振りほどいて頭突きを喰らわせようとする。だがソーはそれを回避し、カウンターでアッパーカットを繰り出す。しかしそれも避けられてしまい、今度はお互いがクロスチョップを放つ。ソーの肉体強度には流石のケツァル・コアトルも驚いており、彼女は自分の攻撃がソーに通用していないのではないか?とさえ感じた程だ。ケツァル・コアトルはルチャの技である空中殺法を駆使した渾身の飛び蹴りをソーの胸に叩き込むが、ソーをその場から一歩も動かす事さえできなかった。

 

(嘘…!?)

 

ソーは人間ではなく、北欧神話の戦神なのだから肉体が強くて当たり前なのだが、同じ神格である自分の蹴りをまともに受けても大したダメージにならない事に驚く。次にソーは手刀でケツァル・コアトルの首筋に斬りかかる。だがその攻撃を紙一重で避けたケツァル・コアトルは、お返しとばかりにソーに掌底を叩き込もうとする。だがソーは掌底を受け止め、そのまま一本背負いの要領でケツァル・コアトルを床に叩きつける。勝負はソーの圧勝であった。

 

「やっぱりアナタは強いネ……でも、負ける訳にいかないのヨ」

 

「それはこちらも同じこと」

 

「アナタに勝って、アタシはもっと強くなる。そしていつか、本当の意味で神になるんだから!」

 

「面白い。ならば我も全力で相手をしよう」

 

本来であれば善神であるケツァル・コアトルには善性の存在の攻撃は効かない筈であるが、神であるソーの攻撃は通るようである。だがこれ以上続ければ食堂が崩壊しかねないので、マシュは慌てて二人の戦いを止めに入る。

 

「これ以上暴れたら食堂が崩れます!」

 

「むっ、そうか。仕方あるまい」

 

「えぇ~、もう終わり?」

 

マシュに止められたソーは両手を下ろし、それを見たケツァル・コアトルも戦闘態勢を解く。だがそんな二人の様子を見ていたサーヴァント達は、改めて二人が凄まじい力の持ち主である事を認識させられた。




ケツ姐がムジョルニア持ち上げられるのは何か荒れそうな予感…(^▽^;)

そういえばサーヴァント達の中でソーのムジョルニアを持ち上げられるのは何人位いるんだろう?


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第3話 エジソンとテスラの共同開発!?トニー・スタークを見返してやれ!

注意!今回は悪ふざけ全開です。

偉大なる発明家にもマウントを取っていくスタイル……(;^ω^)


「こうしてトーマス・エジソン、ニコラ・テスラという偉大な先人にお会いできて嬉しいですよ」

 

トニーは彷徨海のブリーフィングルームで、サーヴァントのエジソンとテスラに対して握手をする。

 

「ハハハハ!!こちらこそだ!!」

 

エジソンはトニーが出した手をガッチリと掴んで力強く握手をする。直流のエジソンと交流のテスラという人類史に名を残した偉大な発明家である二人は、お互いの自己紹介を済ませると、すぐに意気投合する。

 

「ふむ、どうやら我々は気が合うようだな。この出会いに感謝したい。ところでミスター・スターク、君が着ているアイアンマンスーツというアーマーに非常に興味がある。人類の科学技術はここまで進歩したのか。実に素晴らしい」

 

「お褒め頂き光栄だ。だがこのアーマーは私個人が作った物。残念ながら一般には流通していないので、貴方が望むような技術の提供はできないと思うが」

 

アイアンマンのスーツは天才発明家であるトニーだからこそ作り上げる事ができた代物であり、いくら偉大な発明家であるであるエジソンやテスラであっても再現する事は不可能だろう。

 

「はっはっは!私にかかれば君の着ているスーツを再現する事など造作もない!我が直流の力を侮ってもらっては困るぞ!」

 

「ほう、それは興味深い。では是非ともその力を見せてもらおうかな」

 

トニーとエジソンはお互いに不敵な笑みを浮かべる。

 

「おい待てエジソン!私を差し置いて勝手に話を進めるな!」

 

テスラは慌てて二人の間に割って入る。

 

「テスラぁ!私がこのミスター・スタークと話をしているのだ。邪魔をするな!」

 

「そういうわけにもいかない。この男は私達の事を尊敬していると言いつつ、その実まったくもって敬意を払っていない。この男と話していても時間の無駄だ」

 

「なにぃ!?」

 

エジソンはテスラの言葉を聞いてトニーの方を向く。するとトニーは不敵な笑みを浮かべつつ言う。

 

「今の時代に直流だの交流だの、全くもって化石じみた考えだよ先人方。現代に召喚されたのであれば、少しは価値観のアップデートをしたまえ」

 

「なんだとぉ!?」

 

エジソンは怒りをあらわにして、椅子から立ち上がる。しかしそんな二人の様子を見たテスラは呆れた表情で言う。

 

「いい加減にしろ。ここで争っても仕方ないだろう」

 

「しかしテスラ、私はこの男が気に入らないのだ!」

 

確かにトニーの生きる現代と、エジソンとテスラが生きていた時代とでは科学技術の進歩具合が違いすぎるので、トニーが二人の考えを古臭いものとして見るのは仕方ないかもしれない。

 

「それに貴方たち二人はいわば神秘の力が入った存在であるサーヴァント。魔術や神秘が入っている時点で純粋な科学の力とは言えないのではないかな?現にあなた方の力の源は魔力なのだから」

 

トニーから痛い所を突かれたエジソンは言葉に詰まる。

 

「ぐぬぅ……!」

 

エジソンは反論できないまま黙り込む。

 

「まあまあ、そう熱くなるな。ここは一つ、冷静になって話し合おうではないか」

 

そんなエジソンに対してテスラは宥めた。

 

が、そんな時ミーティングルームにエレナが入ってくる。エレナはトニーとエジソン、テスラの会話を聞いていたらしく呆れた顔で三人を見る。

 

「全くもう……またやってるの?あなたたち」

 

エレナはため息をつきながら言った。

 

「大体、どうして貴方たちはそんなに仲が悪いの?」

 

「違うぞエレナくん!私とテスラはこのトニーとかいう若造に馬鹿にされて腹が立っていただけだ!確かにテスラは嫌いだが、現代の科学技術で我々にマウントを取ってくるこのトニー・スタークという男はもっと許せん!そうだろテスラ!?」

 

「…………」

 

エジソンの言葉にテスラは沈黙を貫く。

 

「……まあ、そういう事にしておきましょう。でもね、あなたたちの争いはもう飽きたの。だからそろそろ止めてくれない?」

 

エレナはエジソンとテスラの間に割って入る。

 

「おやフロイライン。"あなたたち"というのはひょっとして私も含まれていたりするのかな?」

 

「当然でしょう。他に誰がいるっていうの?」

 

エレナは呆れつつ言う。

 

「これは失礼した。私の生きる現代の科学技術と、この二人の持つ直流と交流という科学技術の差が余りにも離れていたもので、我々の間に認識のズレが生じてしまっただけなのだよ」

 

「嘘つけーーーー!さっき私の直流を化石だとか言ってただろーーーー!」

 

トニーに怒鳴るエジソンに対して、エレナは冷たい視線を向けた。

 

「ミスタ・エジソン、あなたちょっと黙ってなさい」

 

「あ、はい。うん……」

 

エレナの威圧感にエジソンはたじろいでしまう。

 

「ミスタ・スターク。人類史における偉大な天才発明家の二人がいなければ今の人類の科学技術は遥かに劣るものだった筈よ。自分の技術に自信を持つのはいいけど、あなたの持つ技術だって偉大な先人たちの働きがあったからこそ発展したものなのよ?」

 

エレナは自分の技術力を鼻にかけ、エジソンとテスラを見下すトニーに対して釘を刺した。

 

「ミスタ・スターク。確かにあなたの発明は素晴らしいものだけれど、それを悪用する人間もいるのよ。あなたは、自分の技術を悪用されるような存在になりたいの?」

 

エレナの鋭い指摘にトニーは言葉を詰まらせる。確かにそれに関してはトニーには後ろめたい過去があるのだが……。

 

「ま、まあ私も少々言い過ぎた部分があったな。ところで我々が今いる彷徨海ないしアトラス院とやらの技術力を集結すれば私が装着しているアイアンマンスーツのようなアーマーは作れるのかな?」

 

「えぇ、作ろうと思えば作れるかもしれないわ。ただ、それはあくまで理論上の話であって実現するかどうかは別問題だけど」

 

「ふむ……ならば是非ともその研究をお願いしたいところだが……残念ながら私は忙しい身でね。私としてはノウム・カルデアにいるサーヴァント達のマスターである立香少年用のアーマーを製作してやりたいのだ。彼が着ている魔術礼装とやらでは少々心もとないからね」

 

トニーは人類最後のマスターである藤丸立香専用のアーマーを作りたいとエジソン、テスラ、エレナの三人に打ち明けた。立香カルデアの技術で作られた魔術礼装が施された制服は着てはいるが、トニーからすればそれは普通の服と同じだと酷評する。要するにもっと戦闘力のあるアーマーを装着して立香の生存率を上げるべきだと。

 

「……確かに立香君は魔術の素養に乏しいし、肉体そのものは人間だから、いくら魔術礼装が施されたカルデア制服を着ていても、敵サーヴァントからの攻撃で致命傷を負う可能性はある。現に今までも命を落とす事態には幾つも遭遇してきたし」

 

エレナは立香が魔術礼装を施されたカルデア制の服を着ているだけでは不安要素は拭えないと言及した。

 

「ミスタ・スタークの言っている事は正しいわ。確かに立香君は一般人に過ぎないから、戦闘になれば真っ先に狙われるでしょうし。これまではマシュや他のサーヴァント達に守られていたけど、幸運や運命力が備わっていたからこそ生き残ってこられた」

 

「だが幸運や運命力とやらはいつ尽きるのかは分からない。そういう事態に備えて万全を期すべきだろう。例えば私の作ったこのスーツのようにな」

 

「えぇ、そうよ。あなたが言った通り、立香君には少しでも生存率を上げてもらわないとね」

 

エレナの言葉に対して、トニーはアトラス院と、エジソン、テスラという二人の発明家の力で立香専用のアーマーを作るべきだと主張した。人類最後のマスターとして何としても生き残らなければならぬ立香の為に、サーヴァント達が常に護衛できるとは限らないので、立香の生存率を高めるためにも専用装備を作っておくべきだと。が、その時ミーティングルームの扉が開かれ、ダ・ヴィンチが入ってくる。

 

「ふふふふ……。話は聞かせてもらったよ。藤丸君専用のアーマーを製作するなら是非私も協力させてくれたまえ。この万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチがいればどんな難題でも解決できてしまうさ!」

 

ダ・ヴィンチも立香専用のアーマーを作る事に乗り気なようだ。レオナルド・ダ・ヴィンチ、トーマス・エジソン、ニコラ・テスラという三人の天才とアトラス院の技術力を集結すれば間違いなくトニーのアイアンマンスーツにも負けないアーマーが出来上がるであろう。乗り気のダ・ヴィンチに押され、エジソンとテスラは立香用のアーマーの製作に協力する事になった。

 

 

 

 

************************************************

 

 

 

 

ダ・ヴィンチ、テスラ、エジソンの3人は立香のアーマー製作のためにアトラス院の技術を集結して開発に取り掛かっていた。まず大西洋異聞帯で手に入れたテオス・クリロノミアを装甲用として加工して装着する部分と、魔力を貯蔵するタンクを用意した。更にこのアーマーを着るためのインナースーツを作成。次にアーマーを装着するための装置を設計する。心臓部にはアーマーのエネルギーである魔力を供給する為の魔力炉心を設置し、頭部には視覚情報を解析するカメラアイ、通信機、各種センサーなどを設置した。武装に関しても魔力が込められた小型ミサイル、掌から射出される摂氏十万度を超える魔力レーザー砲などを搭載した。

 

それ以外でもテスラとエジソンの希望により、背中や心臓部のコアから強力な雷撃を放射する機能も搭載した。これらの機能を立香の体にフィットするサイズに縮小した上で内蔵する事にした。完成したアーマーは、見た目は全身を銀色で塗装されており、胸部と両腕、両脚に赤いラインが入っている。また、背部にジェットパックが装着されており、空を飛ぶ事も出来る。マイナス200度を超える極寒、4000度を超える灼熱空間、真空状態といった過酷な環境下でも活動できるように作られている。更に生命維持装置も搭載されており、ある程度の怪我であればアーマーに内蔵された医療キットによって治療も可能だ。高度な人工知能も搭載されており、立香の行動をアシストしてくれる。サーヴァントとの戦闘を想定し、Aランクの対魔力防壁も施されている。このアーマーを装着した状態であれば立香の戦闘力は飛躍的に向上するだろう。

 

ダ・ヴィンチ、テスラ、エジソンは完成したアーマーを見て満足そうに微笑む。

 

 

 

 

 

***********************************************

 

 

 

 

数日掛けて立香専用のアーマーを開発したダ・ヴィンチ、エジソン、テスラの3人は開発室にトニーを呼び、完成したアーマーを披露する事にした。アーマーには布がかけられており、全容は見えない。

 

「たった数日で完成させてしまうとは恐れ入ったよ」

 

トニーは余りにも早いアーマーの完成に驚いていた。アトラス院では材料があるので、こういったアーマーの開発は可能なのだが。

 

「ふっふっふ……。この万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチにかかればこんなものさ」

 

ダ・ヴィンチは得意げに胸を張る。

 

「ハッハッハ!!トニー・スタークよ!!我々の技術力が化石でない事を証明してやったぞ!!」

 

エジソンはドヤ顔で自慢する。そしてダ・ヴィンチは布がかけられているアーマーの隣に来ると、布を掴みつつ宣言する。

 

「見たまえトニー君!これこそが私とエジソン、テスラの3人で開発した決戦機動魔術礼装…」

 

ダ・ヴィンチが布を取り払い、アーマーの全容を見せる

 

「ウルトロンだ!!」

 

自分の目の前に晒されたアーマーの姿と名前を知り、思わずトニーは口に含んでいたコーラを吹いてしまう。

 

「ぶ!?う、ウルトロンだとぉ!?」

 

トニーが驚くのも無理はない。ウルトロンといえば自分の世界にいるハンク・ピム博士が開発したロボットであり、自分達アベンジャーズと幾度も戦いを繰り広げてきたスーパーヴィランである。そんなウルトロンと瓜二つのアーマーが目の前にあり、しかも名前までウルトロンなのだから驚いて当たり前である。

 

「ああそうだとも。私とエジソン、そしてテスラが考案した名前と姿なんだ」

 

ウィンクしながらダ・ヴィンチは言う。確かに見た目はウルトロンと全く同じに見える。しかし、いくら何でもこの短期間でこの完成度の高さは異常である。普通なら、まず間違いなく失敗する。そう考えると、やはりダ・ヴィンチ達は天才である。だが、何故このアーマーに自分達アベンジャーズの宿敵であるウルトロンに瓜二つな上に、同じ名前まで冠されているのかが疑問であるが……。

 

「その…言いにくいんだが……そのウルトロンは私を始めとするアベンジャーズの宿敵であるスーパーヴィランなんだ……。しかも姿と名前まで同じときた」

 

「あれ?君たちアベンジャーズの敵なのかい?私、エジソン、テスラの3人で考案したオリジナルの名前と姿だと思ったんだけど」

 

「え?ちょっと待ってくれ。じゃあ、これは君たちのオリジナルのアーマーって事か?」

 

「うん。まさか君達の宿敵と同じ姿と名前とは予想もしてなかったけど、私達で考えたんだ。まぁ、流石に性能は落ちるだろうから、そこは安心してくれて構わない」

 

「………………」

 

ダ・ヴィンチの言葉を聞いて、トニーは言葉を失う。だが、その気持ちは分かる。自分の世界では、ウルトロンは悪の化身である。

 

「それとこのウルトロンには高度な人工知能も搭載してあるんだ♪藤丸君の行動をアシストする為にね」

 

そう言ってダ・ヴィンチはコントローラーを用いてウルトロンを起動する。高度な人工知能という特大級のフラグを立てたせいで、トニーは嫌な予感がした。

 

【システムチェック開始】

 

無機質な音声が響き渡ると、次の瞬間にモニターに文字が表示される。

 

【エラー発生。このシステムは危険です。ただちに使用を停止してください。このシステムは危険です。ただちに使用を中止して下さい。このシステムは危険です。ただちに使用を中止……】

 

モニターには警告が表示されるが、次の瞬間にはウルトロンから音声が流れる。

 

『我が名はウルトロン。我こそは世界に直流……交流をもたらさん』

 

この言葉を聞いたトニーの頭の中は「は?」という単語で埋め尽くされた。そしてウルトロンは尚も喋り続ける。

 

『我は直流……交流の化身……。直流交流直流交流直流交流直流交流直流交流直流交流……』

 

直流と交流という単語を壊れたテープレコーダーの如く繰り返しながらウルトロンは震えている。

 

「あれは我々アベンジャーズの世界にいたウルトロンとは別の意味で危ない存在に見えるんだが……」

 

「あぁ、人工知能を搭載する際にエジソンとテスラが揉めちゃってね。互いに自分の信念とする思想をAIに入れまくったたもんだからあの通りバグっちゃって……」

 

"てへぺろ"という顔をしながらダ・ヴィンチは言う。AIに自分の信条なり思想なりを入れているせいであの通りの言動をしており、とんでもない失敗作に思えてきた。そしてウルトロンアーマーは全身から狂ったように電流を放出し始める。ヤバい予感がしたトニー、ダ・ヴィンチ、エジソン、テスラはその場から退避した。するとウルトロンアーマーはその場で回転し、周囲一帯に電流を放出する。

 

『世界に直直直直交交交交流流流流流流あれ!!!!!』

 

その瞬間にウルトロンは大爆発を起こし、開発室は吹き飛んでしまう。せっかく作ったアーマーが爆発してしまったという結末に、エジソンとテスラは喧嘩をし始める。

 

「テスラァァァ!!!何故爆発したのだ!?貴様の有害思想をAIに入れたせいであんな事になったんだぞ!!」

 

「知らん!私は悪くないぞ!!そういう貴様の悪魔のような信条こそあのアーマーのAIには不要だったのだ!!」

 

「はいはーい。君達ちょっと落ち着こうか」

 

争い始めるテスラとエジソンを仲裁するダ・ヴィンチを、遠くからトニーは呆れて見ていた。




流石に今回は悪ノリし過ぎた……orz

アトラス院の技術力ならアイアンマンスーツは作れる……よね?(;^_^A


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第4話 ハルク大暴走!

今回はバトル回。ハルクVS太陽ゴリラ&ヤリチン騎士&赤王


一体この緑色の肌をした巨漢の胃袋はどうなっているのか。ノウム・カルデアの厨房で料理をせっせと作るエミヤは、ハルクの食欲旺盛さに呆れていた。どれだけ自分が料理を作っても数秒もしない内に平らげてしまい、分量を多めにした所で一分と掛からずに完食されてしまう。しかも二時間前からハルクは食堂に入り浸っており、他のサーヴァント達からは邪魔者扱いされている。しかしエミヤは文句を言いつつも、ハルクに料理を持っていく。

 

「これではカルデアの食料庫が空になってしまう。少しは遠慮というものを覚えてくれたまえ……」

 

「ハルクしょくじ食べたい!もっとよこせ!もっと食う!」

 

エミヤの言葉に耳を傾けず、ハルクは更に食事を要求してくる。しかしこれ以上の食事の提供は無理だ。エミヤはそう思いながらも仕方なく調理を続ける。ハルクの持つ余りの底なしの胃袋に、このままだとカルデアの食糧庫の備蓄を全て食い尽くされるのではないかと思った。エミヤは料理を持って食堂に赴くと、ハルクが遠くのテーブルの上で寝そべっているフォウをじっと見つめている。何やら興味がありそうな視線でフォウを見ているが、エミヤは嫌な予感がした。

 

「ハルク、フォウを狙っているのか?」

 

エミヤがそう尋ねるとハルクは首を縦に振った。

 

「ハルク、あの小さい生き物欲しい。でも、あいつすぐ逃げる。」

 

ハルクは残念そうに呟くと、フォウはハルクの気配を感じ取り、慌ててその場から逃げようとする。だがハルクは素早く移動し、あっという間にフォウを捕まえてしまう。

 

「ハルク、捕まえた。」

 

ハルクはフォウを捕まえ、自分の掌に乗せる。

 

「フォウフォーウ!!」

 

だがハルクの掌からジャンプし、フォウはそのまま逃走してしまった。ハルクはフォウを追いかけようとするが、エミヤから注意される。

 

「フォウが君を見て怖がっている。あまり近づかないでやってくれないか?」

 

「ハルク、フォウほしい。フォウほしい」

 

エミヤが注意したにも関わらずハルクはしつこく言い続ける。ハルクの知性は人間でいえば子供同然な上に、パワーはとんでもないのでタチが悪い。

 

「君を見ているとフォウの身に危険が及ぶような気がするんだが……。」

 

エミヤはため息を吐きながら言う。

 

「ハルク、フォウと仲良くなる」

 

そう言ってハルクはフォウが逃げた廊下の先へと走っていく。

 

「やれやれ……フォウはまた厄介な奴に目をつけられたものだ……」

 

エミヤはそう呟いてから再び調理に取り掛かる。

 

 

 

 

**********************************************

 

 

 

 

フォウはハルクから逃げる為に無我夢中で走り続ける。しかし後方からはハルクが猛スピードで追いかけてきており、このままでは捕まるのも時間の問題であった。それでも諦めないフォウは別の道からから逃げる事にした。ハルクはフォウが自分から逃げ出した事に怒り狂い、ハルクはフォウの後を追う。ハルクの巨体が走る度に廊下が揺れ、床にヒビが入る。

 

ハルクがフォウを追い掛けて走っていると、ハルクの目の前にサーヴァントのバーヴァン・シーが自分の部屋から出てきた。走っているハルクは急に止まる事ができず、バーヴァン・シーを跳ね飛ばしてしまう。

 

「きゃあああ!?」

 

バーヴァン・シーは悲鳴を上げ、ハルクは倒れた彼女に目もくれずにそのまま通り過ぎていく。ハルクはフォウを追い詰めようと更に加速し、その衝撃で床に亀裂が入っていく。ハルクは咆哮を上げながら廊下を爆走する。一方その頃、ハルクに追われるフォウは必死に逃げていた。だがハルクの足音はどんどん近づいてくる。するとその時、フォウを庇うようにして向かってくるハルクに立ち塞がるサーヴァントがいた。セイバーのサーヴァントであるガウェインである。

 

「ハルク、止まりなさい!!フォウには指一本触れさせません!!」

 

ハルクはガウェインを睨みつけると、その勢いのまま殴りかかる。だがガウェインは自分の剣でハルクの拳を受け止める。

 

「フォウ、早く逃げてください!!」

 

フォウは慌ててその場から離れ、それを確認したガウェインはハルクを押し返そうとする。が、ハルクの超腕力から来るパワーを簡単に押し返す事ができない。

 

「そんな棒っきれで、ハルクたおせない!!」

 

ハルクはもう片方の腕でガウェインを殴ろうとする。しかしガウェインはハルクの拳を受け止め、そのままハルクの巨体を投げ飛ばす。投げ飛ばされたハルクはそのまま壁に激突し、壁に大きな穴を空けた。

 

「ぐぅっ……」

 

ハルクは起き上がると、そのまま怒りに身を任せてガウェインに猛烈な攻撃を仕掛ける。ハルクのパワーは並みのヒーローでは太刀打ちできない程に強大であり、如何にガウェインがエクスカリバーの姉妹剣であるガラティーンを持っていても、ハルクのパワーに押し負けるのは明白だ。段々ハルクの攻撃を受け流しきれなくなってきたガウェインは、遂にハルクの繰り出したパンチをまともに喰らってしまう。

 

「がぁああっ!!」

 

ガウェインは大きく吹き飛び、廊下の突き当りの壁に激突した。そしてハルクは更なる追撃を加えるべく壁にめり込んでいるガウェインに突進し、そのまま体当たりを叩き込んだ。ハルクはガウェインを地面に叩きつけ、何度も踏みつけた。

 

「ハルク、強い!ハルク、殴る!ハルク、勝つ!」

 

ハルクの容赦ない踏みつけの攻撃を受け続け、ガウェインは息も絶え絶えになる。

 

「う……うう……」

 

神秘の塊であるサーヴァントに対してダメージを与える事のできるハルクの腕力は正しく規格外という他ない。神秘や幻想という概念を物理の力だけで突き破ってくるハルクの怪力に、ガウェインはただ耐える事しかできなかった。

 

「が、は……」

 

ガウェインは口から血を吐き出し、更に全身に激しい痛みが走る。

 

「ハルク、銀のよろいのおとこをたおす!」

 

ハルクはガウェインを踏み潰そうと足を上げる。だがその時……

 

――――『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!!

 

ランスロットの宝具である『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』による斬撃がハルクの背中を斬りつけた。『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』はアルトリアが持つエクスカリバーとは異なり、切断箇所を爆発させる効果を持つ。この攻撃によりハルクの身体に傷が入り、そこから緑色の血が噴出し、たまらずハルクも叫び声を上げた。

 

「グオオオオッ!?」

 

「今だ、ガウェイン卿!!」

 

「ええ、感謝しますよランスロット卿!」

 

ガウェインは体勢を立て直すと、そのままハルクに突撃する。

 

「うおおおっ!!」

 

ガウェインはガラティーンを振り上げ、そのままハルクに振り下ろす。ガラティーンの斬撃はハルクの胴体を切り裂きはしたが、肉体の表面に傷を付けるだけに留まった。

 

「くそ、浅いか!」

 

ガウェインは舌打ちすると、そのままハルクの顔面に蹴りを入れる。だがハルクはガウェインの足を掴んでそのまま持ち上げ、そのまま床に叩きつける。

 

「がはっ!!」

 

ガウェインは吐血しながら倒れ込み、ハルクは倒れているガウェインの顔面に拳を振り下ろそうとする。が、そこに跳躍したランスロットがアロンダイトによる斬撃をハルクの腕に叩き込む。

 

「ガアアッ!!」

 

ハルクは悲鳴を上げながらも斬られた腕を振るい、そのままランスロットを殴り飛ばす。

 

「ぐあああっ!!」

 

ランスロットは壁に激突するも、何とか体勢を立て直した。が、ランスロットが立ち上がった瞬間、ハルクの巨体によるぶちかましが炸裂し、ランスロットは壁を貫通して他のサーヴァントのマイルームまで吹き飛ばされてしまった。

 

ハルクは吹き飛んだランスロットを追撃するべく、マイルームで倒れているランスロットに追撃を浴びせようとする。が、ランスロットが吹き飛ばされた部屋はネロのマイルームであり、しかもネロはシャワーを浴びている最中だったのだ。

 

「な、何事じゃ!?」

 

突然の事態に驚くネロだが、そんな事はお構いなしにハルクは部屋の中に入り、倒れているランスロットに追撃を浴びせようとする。が、状況を即座に理解したネロは自分の剣を出すと、攻撃されそうになっているランスロットを助けるべく、ハルクの背中を斬りつける。

 

「があ!?」

 

そしてネロはハルクに対して自分の愛剣である「原初の火(アエストゥス・エストゥス)」の切っ先を突きつけた。

 

「余がシャワーを浴びている最中に乱入する無礼者め、覚悟はできておろうな?」

 

ネロは一糸纏わぬ姿のまま、ハルクに対して自分の得物である長剣を構える。

 

「だが余は寛大だ!潔く己の非を認めるのであればこの件は不問に処すぞ!」

 

ネロの言葉に対してハルクは沈黙し、そのままゆっくりと立ち上がる。

 

「……ハルク、許さない」

 

ハルクの表情を瞬間、ネロとランスロットは生命の危機を感じ取る。そう、ハルクは怒れば怒る程巨大化したり無制限に強くなる事をアベンジャーズのメンバー達から聞かされていた。とりあえずネロとランスロットはマイルームから廊下へと出る。そしてハルクは二人を追いかけるように走り出した。

 

「逃げるだけでは意味はありません!協力して奴を倒さなければ……」

 

「わかっておる!しかし、どうすればいいというのだ!!」

 

ハルクは怒りに任せて二人の後を追う。二人はハルクから逃げつつ、何か策はないのか考える。

 

「仕方ない!貴様と余で奴を倒すぞ!」

 

そう言ってネロは「原初の火(アエストゥス・エストゥス)」を構え、ハルクに向かって跳躍する。

 

「はあああっ!!」

 

ネロは剣を横に振るうも、ハルクは右腕を盾にしてガードする。

 

「ふんっ!!」

 

そしてハルクは左腕で殴りかかるも、それをネロは回避する。そして今度はランスロットがアロンダイトでハルクに斬りかかった。アロンダイトはハルクの腕を斬りつけたものの、やはり表面に傷を付けるだけでダメージは与えられなかった。

 

「がああっ!!」

 

ハルクは雄叫びを上げると、ランスロットの体を蹴り飛ばす。ランスロットは壁に激突するが、何とか体勢を立て直す。

 

「くそ……!!この化け物め!!」

 

ランスロットは悔しげに呟きながら、再びハルクへと向かっていく。ハルクはランスロットを迎撃しようとするが、背後に回ったネロが「原初の火(アエストゥス・エストゥス)」でハルクの膝の裏を切り裂く。

 

「ぐぅ!?」

 

そしてネロはジャンプすると、空中で一回転して踵落としをハルクの頭部に喰らわせる。

 

「はああぁっ!!!」

 

ネロの渾身の一撃を喰らうものの、ハルクは効いていないとばかりにネロを殴りつけた。

 

「がはっ……!」

 

ネロは口から血を吐きながら吹き飛ばされる。

 

「ネロ陛下!」

 

ランスロットはネロを助けようと駆け寄るが、ハルクはランスロットを睨みつけると、その巨体からは想像もつかないスピードでランスロットに突進する。

 

「ハルクさいきょう!!!」

 

ハルクは右手を振り上げると、そのまま勢いよく振り下ろす。

 

「くっ……!!」

 

ランスロットは咄嵯にアロンダイトで防御するものの、その威力に思わず歯を食い縛る。攻撃を受け止めたランスロットの足元は大きく陥没し、ハルクの腕力を物語る。

 

「ぐぅぅ!?」

 

筋力の高いランスロットであるが、ハルクのパワーは規格外であり、防ぎきれない。

 

「くそっ!!」

 

ランスロットは一旦ハルクから距離を取ると、ネロに目配せをする。ネロは小さく首肯すると、ランスロットと共にハルクに突撃していく。

 

ネロとランスロットはハルクに攻撃を加えるも、ハルクは二人の剣による斬撃をものともしない。が、ネロには切り札があった。そう自身の宝具である。

 

「ふふふ……。緑の怪物よ、貴様には余の宝具を見せてやろう!」

 

 

―――――我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け!座して称えるがよい…… 黄金の劇場を!!

 

―――――『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』!!!

 

 

ネロの宝具である『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』とは生前の彼女が自ら設計し、ローマに建設した建築物「ドムス・アウレア」を、魔力によって再現したものだ。固有結界とは似て非なる大魔術であり自分の願望を達成させる為の絶対皇帝圏。ハルクはネロが展開した彼女だけの大劇場に閉じ込められる。

 

「腕力一辺倒だけでサーヴァントに勝利できるなどと思わぬ事だ。この劇場において余こそが最強であると知れ!」

 

――そして、この世界においては余は無敵であるぞ。

 

ネロは得意げに言うと、ランスロットに目配せする。ランスロットは静かに首肯すると、ネロの隣に立ち、剣を構えた。展開された大劇場に入れられた敵は弱体化してしまう効果があり、現にハルクも先ほどまでと比べて動きに精彩さがない。

 

ランスロットはアロンダイトを構えると、ハルクに向かって駆け出す。そしてランスロットはハルクに斬りかかるも、ハルクはランスロットの攻撃を左腕で受け止める。ランスロットはすかさず左手でハルクの右腕を掴む。

 

「喰らえ!!」

 

ランスロットのアロンダイトによる斬撃がハルクの身体を切り裂き、緑色の鮮血が飛び散る。弱体化しているハルクはランスロットの斬撃を受け、片膝をついた。

 

「どうだ、見たか!これが余の実力である!」

 

片膝を突き、息を切らせているハルクの目の前に立ったネロは腕組しつつ、ドヤ顔で言い放つ。

 

「流石はネロ陛下の宝具。このランスロット、感服いたしました」

 

ランスロットは称賛の言葉を述べると、ネロは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「ふふん。当然であろう」

 

「その……少々目のやり場に困りますが……」

 

ランスロットは苦笑いしながら呟くと、ネロは笑い声を上げる。

 

「余の一糸纏わぬ肉体を見られるとは貴様は運が良いぞ!」

 

ネロは自分の全裸をランスロットに見られても余り気にはしていないようだ。ランスロットは咳払いをすると、先ほどの攻撃でダメージを受けているハルクに視線を戻す。

 

「これ以上の抵抗は無意味だ。大人しく投降しろ」

 

「ハルク、負けない!お前たち倒す!!!」

 

が、ハルクの闘争心は未だに折れておらず、ゆっくりと立ち上がる。そしてハルクは怒りによって自分の力を更に引き上げた。

 

「ゆるさない!ゆるさない!ハルクおこった!!!」

 

怒り狂っているハルクは両手を地面に叩きつけると、地面が大きく揺れる。

 

「うおっ!?」

 

ランスロットとネロはバランスを崩して倒れそうになるも、何とか踏みとどまる。そしてハルクは凄まじい咆哮を上げた。ハルクの絶叫はネロの展開した劇場を揺るがす程であり、ネロは思わず耳を塞ぐ。

 

「何という叫び声……!!」

 

ネロは歯を食い縛りながら言うと、ランスロットは冷静にハルクを分析する。

 

「奴は怒りで自分の力を上げられるようです……!怒らせれば怒らせるほどに強くなっていく……!」

 

ランスロットの分析を聞いたネロは舌打ちする。

 

「ちぃ……!!面倒な相手だな」

 

ネロはそう言うと、ランスロットに目配せする。ランスロットは小さく首肯すると、ネロとランスロットは同時に駆け出した。そして二人は同時に剣を振り下ろした。が、ハルクは二人の剣を自分の両手で掴み取ると、勢いにまかせて二人を放り投げた。ランスロットとネロは空中で体勢を立て直すと、ランスロットはアロンダイトを構え、ネロは「原初の火(アエストゥス・エストゥス)」を構えた。

 

「この距離ならば……!」

 

ランスロットは一直線にハルクに突撃し、アロンダイトをハルクの胸に突き刺した。しかし、ハルクの身体は硬く強靭で、ランスロットのアロンダイトでさえハルクの胸を貫通できなかった。

 

「くそ、やはり駄目か!」

 

ランスロットは悔しげに呟くと、ハルクはランスロットの身体を右手で鷲掴みにする。しかしその瞬間、ハルクの胸に突き刺さったアロンダイトが光り輝く。

 

「これなら通用するだろう!」

 

――――『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!!

 

剣が突き刺さった胸の部分が爆発を起こし、ハルクの胸に大きな傷が刻まれ、血が噴き出す。しかし、それでもハルクは倒せず、ランスロットはハルクに殴り飛ばされる。ランスロットは受け身を取ろうとするも、ハルクの拳が先にランスロットの腹部に直撃してしまい、ランスロットは口から大量の血液を吹き出しながら吹き飛んだ。

 

「ええい!余が相手だ!」

 

ネロはそう言い放つと、両手に炎を纏わせてハルクに攻撃を仕掛ける。ネロの攻撃に対してハルクは右腕を振るって反撃するが、ネロは攻撃をかわすと、そのままハルクの懐に入り込む。

 

「この至近距離なら避けられまい!!」

 

ネロはそう叫ぶと、更なる宝具を発動する。

 

――――『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』!!!

 

この宝具は自分が展開した『招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)』の劇場内でなければ使用できない宝具であり、猛烈な魔力による炎を纏った斬撃がハルクを襲う。

 

しかし、それでもハルクを倒す事は出来なかった。

 

「まだだ……!」

 

ネロは更に攻撃を続ける。

 

――――『童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)』!!

 

ネロは先程よりも多くの魔力を注ぎ込み、巨大な炎の刃を放つ。その一撃はハルクの胸を大きく切り裂いたものの、同時にハルクの拳をカウンターで叩き込まれてしまう。ネロは口から吐血し、地面に倒れ伏す。しかし、ネロはまだ諦めていなかった。

 

ネロはふらつきながらも立ち上がると、再び構えを取る。

 

「はぁ……はぁ……この程度で倒れてたまるか!余はローマ皇帝ネロであるぞ!」

 

ネロはどうにか立ち上がるものの、ふらついている。そしてハルクはとどめとばかりに、ネロを攻撃しようとするが、その瞬間、ネロが展開した劇場に侵入してきた存在がいた。至高の魔術師であるドクター・ストレンジである。そしてストレンジはネロを襲おうとするハルクの前に立ち塞がる。

 

「待ちたまえハルク。これ以上は私が許さない」

 

ストレンジは自身の魔術を発動させる。すると光の縄のようなものが空間内に現れ、ハルクの身体を拘束する。

 

「お嬢さん、ウチのハルクが迷惑を掛けてしまったようだ」

 

ストレンジは地面に倒れてるネロに駆け寄ると、ネロに回復呪文を施す。

 

「貴様、何者だ?」

 

ネロはストレンジに対して警戒心を抱きながら尋ねる。

 

「私は魔術師だよ。ハルクとは友人でね。君達の事情は把握している。ハルクが暴走してすまなかった」

 

「ふん、あの緑色の大男のせいで死にかけたが、奴を止めたのならもういい。それよりもランスロットの奴も回復させてやらねばな。あやつもハルクにこっぴどくやられたのだ」

 

ネロがそう言うと、ストレンジは壁にめり込んでいるランスロットの所まで行き、彼にも回復呪文を施した。ハルクはストレンジが出した光の縄に縛られて身動きが取れない。

 

そしてネロは展開した劇場を解除し、世界はノウム・カルデアの廊下へと戻った。

 

「ハルクが暴走するのは珍しくないのだが、君達に迷惑をかけてまったようだ。申し訳ない」

 

「フン、余は別に気にしていない。それにしても貴様、中々やるではないか。ハルクの動きを止めるとは」

 

ネロはそう言い放つと、ストレンジをまじまじと見つめる。

 

「ありがとう。だが、ハルクを大人しくさせるのは並大抵の事では無理だからね。それより君達の力も大したものだ。あのハルク相手にあそこまで戦えるとは」

 

ストレンジはハルクと渡り合ったネロとランスロットの力量に感服する。

 

「余はローマ皇帝であるからな。当然であろう」

 

ネロは得意げに語る。今回の事はハルクの暴走という事で処理はされたが、ハルクには謹慎処分が言い渡されるだろう。ハルクの胃袋のせいでノウム・カルデアの食料庫の材料が殆ど無くなってしまったのだから、謹慎処分だけで済んで幸運と言うべきだろうか。




ハルク迷惑過ぎる……(;^_^A

元々トラブルメーカーなんだからカルデアに来てもそりゃこうなるよね。
サーヴァントの宝具自体は普通にハルクには通用するとは思う。


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第5話 人類最後のマスターとしてか、普通の少年としてか

今回はリョナグロ描写があるんで注意。

パニッシャーさんって自分の中の暴力衝動と怒りを抑えられない部分があるっていうか……。パニッシャーさんは冬木での聖杯戦争での経験から魔術協会や魔術師に対する印象が最悪なんで仕方ない部分があるんですけどね。

ぶっちゃけ立香がストッパーになっていなかったら今のノウム・カルデアの職員を皆殺しにしてもおかしくないんで(;'∀')

今回は「アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するようです」の番外編を見た方が今作の藤丸君の立場が理解できると思います。


※4/11 パニッシャーとエルメロイ二世のやり取りを修正しました。


パニッシャーは、銀髪の女への暴力を止めなかった。手が止まらない、怒りが収まらない、憤りが抑えられない。目の前にいる女は自分にとっての"敵だ"。この女の態度が気に入らない。この女はここ……人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長であり、立香はこのカルデアの人間によって南極まで連れてこられた。つまりカルデアの責任者であるこの女や他のカルデアの連中こそが立香を平穏な日常から戦いの日々へと引きずり込んだ元凶に他ならない。パニッシャーはオルガマリー・アニムスフィアの顔面、腹、胸、腕、足、股間、背中を何度も殴りつける。しかし、それでもパニッシャーの怒りは治まらず、むしろ激しさを増していき、パニッシャーは更に蹴りを入れる。

 

「た、助けて……!誰か!」

 

オルガマリーは顔を腫らし、血まみれになりながらも助けを求める。しかし周囲には数名のスタッフとAチームの死体が転がっているだけだ。オルガマリーの両腕の手首はパニッシャーによって無残にも折り曲げられていた。恐らくオルガマリーの放つガントを警戒しての事だろう。このカルデアの責任者であるオルガマリーこそが立香を戦いに引き込んだ張本人であり、この女さえいなければ立香は平穏な日常を送れた。……しかし立香が人理焼却を防ぎ、世界を元に戻したのは事実だ。パニッシャーも立香の功績は否定しないし、歩んできた特異点修復の旅も肯定している。だがそれでも腹の虫が収まらなかった。例え結果的に人理修復に成功していようと、立香を自分達の都合で戦場に放り込んだカルデアを許すつもりはない。

 

「お前、さっき立香に対して"やる気あるの!?"とかほざいていたな?」

 

パニッシャーはオルガマリーの胸倉を掴んで自分の顔に引き寄せる。確かに立香はブリーフィングルームで寝落ちしてしまい、オルガマリーに怒鳴られて追い出されたのであるが、それも慣れないシミュレータールームでの戦闘をしていた為であり、オルガマリーは立香が無理矢理カルデアに連れてこられた一般人である事を知った上であんな事を言っていたのだろうか?だとしたらとんでもないクソ野郎である。

 

「…………」

 

パニッシャーに睨まれたオルガマリーは怯え、何も答えられない。

 

「黙ってんじゃねえよ」

 

パニッシャーはそう言うと、オルガマリーの頬を思い切り殴った。殴られた拍子に歯が折れ、口の中に広がる鉄の味に吐き気を催す。

 

「お前が……お前らが立香を巻き込まなければ、立香は普通の生活を送っていられたんだぞ……!!」

 

パニッシャーは更に拳を振り上げ、オルガマリーの顔面に叩き込む。

 

「ひぃっ……!」

 

パニッシャーがその気になればパンチ一発でオルガマリーを殺す事は可能だが、楽に殺すなどという慈悲を与える気は一切ない。

 

「お前らは何も知らない立香をこのカルデアに連れてきて、挙句に戦いに放り込んだ……。貴様等の都合で何も知らない子供を戦場に……!!」

 

パニッシャーはオルガマリーの右腕を掴み、そのまま関節を逆にへし折る。

 

「ぎゃあああっ!!!」

 

激痛に絶叫するオルガマリーを無視して、パニッシャーは今度は左腕を掴む。そしてまた逆方向に腕の骨をへし折る。

 

「あがぁっ……!!ぐぅ……!やめてぇ……お願いだから……もうやめて!!」

 

パニッシャーは右手で左手首を握り潰すと、そのまま右足も踏みつける。

 

「ああああああッ!!!」

 

あまりの痛みにオルガマリーは意識を失いかけるが、パニッシャーによって意識を強引に戻される。

 

「勝手に気絶するな。そんな事は俺は許さん。まだ俺の質問に答えていないだろう?」

 

パニッシャーはそう言いながら、オルガマリーの髪の毛を掴んで顔を持ち上げると、彼女の眼前に自分の顔を近づける。

 

「言え、お前はさっき自分が追い出した立香が一般人だという事を知っていたのか?どうなんだ!?」

 

パニッシャーの問いかけに、オルガマリーは首を激しく横に振る。

 

「じゃあお前は立香がただの一般人だと言う事を知らなかった訳か?」

 

「そ、そうよ……!た、確かに私はカルデアの所長だけど、あの子が連れてこられた民間人だとは知らなかったのよ……!」

 

オルガマリーは目から涙を流しながら、必死に弁明する。だがそんな彼女にパニッシャーは容赦なく殴りかかる。

 

「嘘をつくなこのクズ女が!!」

 

パニッシャーはオルガマリーの髪を掴んだまま壁に叩きつけ、「ふざけるのもいい加減にしろ……!」と言いながら、更にオルガマリーの顔面を床に押しつける。

 

「ぎゃっ……!」

 

パニッシャーはオルガマリーの頭を押さえたまま、何度も彼女を床に叩きつけた。

 

「よくもぬけぬけとそんな事が言えるな……!何も知らない子供をこんな魔術師の組織……カルデアなんかに連れてきて、挙句に戦いに放り込んでおいて、今更被害者ヅラするんじゃねえ!!」

 

パニッシャーはオルガマリーの腹を蹴り上げると、彼女は血反吐を吐き出す。

 

「ごふっ……!お、おねがい……ゆるして……」

 

パニッシャーにはオルガマリーの言葉は届いていなかった。彼はオルガマリーの胸倉を掴むと、そのまま思い切り壁に向かって投げ飛ばす。

 

「がはぁっ!!」

 

背中を強く打ち付けたオルガマリーは口から大量の血液を吐きだす。もう死んでもおかしくない程のダメージを受けいているようにも見えるが、パニッシャーは絶妙な力加減で彼女の命をギリギリで保っていた。

 

「お、お願い……なんでも言うこと聞くから……もうやめて……!」

 

オルガマリーは芋虫のように床を這いずりながら、パニッシャーから逃げようとする。だがパニッシャーは彼女の髪の毛を掴んで引きずり戻す。

 

「誰が逃げる事を許可した?お前はここで死ぬんだ」

 

パニッシャーはオルガマリーの頭を掴んで、自分の方に向かせる。

 

「こんな事をしても……意味なんてないわよ……!?」

 

「……そんな事は分かっている。だが俺はどうしてもお前等が許せん」

 

こんな事をしても意味はないのは分かっている。だがパニッシャーは自分の中の怒りを抑えられない、この女とカルデアという組織だけは絶対に許せない。

 

「ま、待って!!もう許して!!」

 

オルガマリーが泣き叫ぶが、パニッシャーは無言のまま、オルガマリーの腹部に膝を叩きこむ。

 

「ぐえぇ……!!」

 

オルガマリーは体を曲げて、苦しそうな声を出す。パニッシャーは更に拳を振り上げ、オルガマリーの顔面を殴る。

 

「ぶへっ……!」

 

オルガマリーは鼻から血を流し、口の中が切れて歯が何本も折れる。それはもう一方的な"私刑"だった。後にクリプターとなるAチームは御覧の通り死体となって転がっている。立香がブリーフィングルームを退出した後、頃合いを見計らって特別性のスタングレネードを3個もブリーフィングルームに投擲。猛烈な閃光と音が部屋全体に響き渡り、パニッシャー以外の全員が目を眩ませて動けなくなった。

 

スタングレネードというのは視覚のみならず聴覚も一時的に奪い取る効果があり、その隙にパニッシャーはブリーフィングルームに突入し、Aチームであるキリシュタリア・ヴォーダイム、デイビット・ゼム・ヴォイド、カドック・ゼムルプス、オフェリア・ファムルソローネ、芥ヒナコ、スカンジナビア・ペペロンチーノ、ベリル・ガットの7名の頭部にそれぞれ二発の銃弾を叩き込んだ。我ながら早業だと思ったパニッシャーは、その後、カルデアのスタッフ数名を射殺、天井にサブマシンガンを乱射して残りのチームと職員をブリーフィングルームの外に退避させた。

 

あれ程恐ろしかったクリプター達とて所詮は魔術師。隙を突けば殺すチャンスなど幾らでもある。正々堂々戦う事なくクリプター達を殺害してのけた。

 

残るオルガマリーは両腕を折られ、両脚は複雑骨折し、顔はボッコボコに腫れ上がっていた。パニッシャーはそんなオルガマリーに近づき、自分の右手で彼女の首を掴んで持ち上げる。

 

「が、がは……げほっ……」

 

パニッシャーは左手で懐から拳銃を取り出しオルガマリーに突きつける。

 

「や、止めて……殺さないで……。お願いだから、もうこれ以上酷いことしないでよぉ……」

 

「断る。お前はもう死ね」

 

涙目で命乞いをするオルガマリー。だがパニッシャーはそんなオルガマリーに対して無慈悲にも発砲する。

 

 

 

 

 

*************************************************

 

 

 

 

オルガマリーの頭部を拳銃で吹き飛ばしたかと思ったパニッシャーだったが、その直前にマイルームで目を覚ました。自分が南極のカルデアでオルガマリーに制裁を加えたのも、Aチームとレフを事前に殺しておいたのも夢だと分かり、パニッシャーは軽い舌打ちを鳴らす。マシュやダ・ヴィンチから南極でのカルデアの事について、そして特異点修復の旅路について詳しく聞いており、そんな話を聞く内に、夢で行ったような事を望んでしまったのだろうか?

 

「……せめてあの女を射殺してから目覚めるべきだろう」

 

おそらく見ていた夢は立香を戦いから遠ざけたいと願う自分自身の望みだったのだろう。パニッシャーはベッドから起き上がり、顔を洗った。そして自分の普段着である髑髏のマークが描かれたシャツと黒いロングコートを身に纏い、マイルームから出る。朝食を食べに食堂に向かうが、目の前で立香が孔明と話をしているのが見えた。

 

「やっぱり俺は魔術を習得するのには向いてないみたいです」

 

「そうか。君には君の強みがあるはずだ。焦らず頑張りたまえ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……何の話をしているんだ?」

 

パニッシャーは立香に話しかける。

 

「あ、おじさん。おはようございます。実は孔明……エルメロイに魔術を教わりたいと思ってたんですけど、どうも俺には魔術の素養がなくて、孔明には才能がないって言われたんですよ」

 

パニッシャーは立香と孔明の会話の内容を聞いて鼻で笑う。

 

「立香、お前は魔術なんて習う必要はない。大体コイツは時計塔出身だと聞いたぞ?あんな犯罪者養成学校の教員から教わる事なんか何一つない」

 

パニッシャーはエルメロイ二世を指差しながら言う。そう言ってパニッシャーはエルメロイ二世に前蹴りを叩き込んだ。

 

「な、何をする!?」

 

パニッシャーは倒れ込むエルメロイ二世に拳銃を向ける。

 

「黙れ、このゴミ虫が。立香を貴様等魔術師の世界に引き込むな」

 

が、立香はパニッシャーとエルメロイ二世の間に割って入る。

 

「待ってくれよ!確かにおじさんは魔術師を信用できないかもしれないけどさ、だからといって時計塔出身の講師を敵視する理由にはならないんじゃないか?」

 

立香の言葉を聞いた瞬間、パニッシャーは立香を睨みつける。

 

「立香、お前は時計塔……魔術協会の連中に親御さんを消されたんじゃなかったのか?」

 

パニッシャーの言葉に立香は歯噛みする。

 

「……そうだよ。だけどそれは孔明がやった事じゃなく、魔術協会が勝手にやった事なんだ。それに、父さんと母さんの件に関してはもう決着は付いていて、今はもう大丈夫だよ」

 

パニッシャーは立香の顔を見るが、当の立香は割り切れていないという表情をしている。

そしてパニッシャーの前蹴りで尻もちをついていたエルメロイ二世は埃を手で払いながら立ち上がる。

 

「やれやれ、乱暴な男だ……。確かに私はマスターに魔術を教えようとはしたが、それは彼が私に魔術の教授を願い出たからだ。無論、私は彼に色々課題は出しているがね」

 

エルメロイ二世の話を聞いてパニッシャーは銃を仕舞いつつ舌打ちをする。

 

「魔術師っていうのはまともな連中じゃないって事ぐらいは知っている。お前は立香を魔術の世界に引き込んで立香を魔術師にでもするつもりか?」

 

「別に魔術師がまともな連中じゃない事は否定しないさ。だが彼はマスター適性がかなり高い上にここまで多くのサーヴァント達と契約する事に成功した史上類を見ないマスターだ。このまま埋もれさせるには惜しい人材だろう。最も、魔術の素養や才能に関してはお世辞にも良いとは言えないが……」

 

パニッシャーは呆れた様子で溜息をつく。

 

「それじゃおじさん、孔明。俺はもう行くね」

 

そう言って立香はその場を去って行った。立香が去った後、パニッシャーはエルメロイ二世に向き直る。

 

「立香はただの子供だ。戦う必要のない人間を戦わせるなんて俺は反対だが?」

 

だがパニッシャーの言い分にエルメロイ二世は反論した。

 

「確かに彼が南極のカルデアに無理矢理連行され、そのまま人類最後のマスターとして特異点の修正に行かされる事になったのは事実だ。一般人だった彼にとってはどうしようもない不可抗力だったからな。だが彼は自分の意思で戦う事を決意し、その結果人理修復を成し遂げ、今は人理漂白から地球を戻す為に戦っている。彼の立場と境遇に同情するのは構わんが、だからといって彼の戦う意思を無視するのは感心しないな。君は彼が歩んできた戦いの道を直接目にしたわけでもあるまい」

 

パニッシャーは眉間にシワを寄せる。確かにエルメロイ二世の言う通り、立香は己を奮い立たせてゲーティアによる人理焼却を防ぎ、今回の地球白紙化現象の原因である空想樹を切除し続けた。立香の立場に同情するのは自由だが、だからと言って立香のこれまでの戦いを否定する事はできない筈である。このノウム・カルデアにいるサーヴァント達だとて、一般人に過ぎなかった立香が人理修復の為に戦う姿勢を評価して召喚に応じたのだから。

 

「……もし仮に立香が戦いに放り込まれた事に恐怖を覚え、人類最後のマスターとして特異点の修復に行く事を拒絶するような子ならお前は召喚に応じたのか?」

 

パニッシャーはエルメロイ二世に問いかける。

 

「それこそ意味の無い"たられば"に過ぎん。だが……英霊の中には召喚に応じない者も当然出てくる。人理焼却、人理漂白という未曽有の事態を打開できるマスターが求められるからな。だからこそ彼……藤丸立香はそれに相応しいマスターと言えるだろう」

 

エルメロイ二世の言う通り、カルデアに召喚されたサーヴァントは人類最後のマスターとして相応しい素質と特性を持つ立香だからこそ召喚に応じたのだ。

 

「どこぞの蜘蛛小僧の言い分だが、"困っている人に迷わず手を差し伸べられるのが本当の意味でのヒーロー"だそうだ。立香が仮に人類最後のマスターとして相応しくない少年でも、カルデアのマスターとしての責務を背負わされている子供を救おうっていうサーヴァントはいないのか?」

 

「どうやら君は英霊を慈愛の戦士かボランティアと勘違いしているようだな。そもそも今回の事態において我々が召喚に応じるのは、その人間の可能性に賭けているからだ。如何に人理の危機とはいえど相応しいマスターでなければ召喚の呼びかけに応じる事はない」

 

「要は自分達が力を貸す対象を選り好みしてるだけじゃねえか。立香が人類最後のマスターとして相応しかろうが、相応しくなかろうが助けてやるっていうサーヴァントはいないのか」

 

「英霊達はそんなお人好しばかりではない。君が考えている程サーヴァントというのは甘くは無いんだ」

 

立香が普通の少年らしく恐怖に怯え、人類最後のマスターとしての使命と重責に耐えられないような存在なら、サーヴァントは立香の召喚に応じないかもしれない。"そんな臆病なマスターでは人理の修復など不可能だ"とでも言わんばかりに。

 

「彼は彼なりにこの漂白された地球を元に戻そうと戦ってくれているんだ。彼の持つ覚悟は君にも理解できるだろう?」

 

パニッシャーだとて立香の戦う決意までを否定したくはない。ただの少年がここまで戦えるという事自体が偉業なのだから。だがパニッシャーは今一つ割り切れていない様子だ。

 

「ただ……最近の彼を見ていると無理に無理を重ねているようにも見えるのは事実だ。それは私とて感じている」

 

「…………」

 

今まで立香は世界を救う為に、人類の未来を取り戻す為に、自分の命を懸ける戦いに身を投じてきた。だが今の立香は様々な意味で疲弊している状態だ。

 

「パニッシャー、君は彼の事になると途端に周りが見えなくなるな。ちょくちょく他のサーヴァント達にも喧嘩を吹っ掛けているが、いずれ本当に殺されてしまうぞ?君だとてサーヴァントの力は知っているだろう」

 

エルメロイ二世の言う通り、パニッシャーは自分が悪と判定したサーヴァントや、立香に悪い影響を与えそうなサーヴァントに因縁を付けては喧嘩を売り続け、その度にマシュとダ・ヴィンチがサーヴァント達に頭を下げて謝っているのだ。ただの人間に過ぎないパニッシャーではサーヴァントに勝てる筈もないのと、マシュとダ・ヴィンチが仲裁に入らなければ殺されるか廃人にされていたかもしれない。そうした事が続いて今やパニッシャーはすっかり問題児として認知されてしまっている。だがパニッシャーにとって立香は自分が並行世界の冬木市で助けた時の幼い少年のままなのだ。家族をランサーに殺されて涙を流す子供であり、自分と同じ境遇の……。

 

 

***********************************************

 

 

 

立香は自分のマイルームにマシュを呼び、自分がアベンジャーズがをウム・カルデアに呼び寄せてしまった経緯を説明する。隠し事はいけないと思い、自分が最も信頼できる後輩……マシュにだけは打ち明ける事にしたのだ。

 

「実は……数日前の夢の中で死んだ父さんと母さんが時計塔の地下にある魔術師の工房で身体を解剖されていた光景を見たんだ……。正直あれが夢なのか現実なのかは分からない。けど……けど夢にしては余りにもリアルで……生々しかった」

 

立香はムニエルから両親が魔術協会の執行者によって消されたという事実を聞かされた。だが、単に殺されただけでは終わらなかった。まだ息があった両親は時計塔の魔術師の工房へと預けられ、そこで魔術師の研究材料として体内にある臓器や脳を摘出されていた。死後の安寧すらも踏みにじられ、冒涜された光景を目の当たりにした立香は余りにも惨く残酷な両親の末路に絶望し涙した。

 

「シミュレータールームで父さんと母さんに別れは告げたつもりだ……。けどあれは所詮仮想空間で作り上げられた偽物。現実の父さんと母さんは魔術師の研究材料として尊厳を傷付けられ、辱められた……」

 

立香は唇を噛みしめながら拳を強く握りしめる。白化した地球を元に戻し、帰るべき日常の象徴であった両親は既にいない。そんな立香の様子を見てマシュは胸を痛める。

 

「先輩……」

 

「俺は……俺はカルデアにスカウトされなければ父さんと母さんがあんな目に遭う事もなかったと心の底で思っていたんだ……。けどそれはマシュやカルデアの皆、召喚したサーヴァント達と過ごした日々を否定してしまう……!特異点修復での旅も、冠位時間神殿での戦いも、空想樹切除の為の戦いも全部全部否定してしまう……!俺はそれが嫌なんだ……!けど……けど父さんと母さんを助けたいと思ったのも事実なんだ……。カルデアに連れて行かれたあの日からずっと留守にして心配かけて……俺は二人に謝る事もできなかった……」

 

"今まで留守にしてごめん。寂しかったよね?"

 

「こんな言葉も言えないままに父さんと母さんは殺された……。こんな結末は嫌だ……。例え地球を元に戻せたとしてもずっと後悔が残ってしまう……だから心の中であの人たちに……アベンジャーズに救いを求めたんだ……」

 

それは両親の死に慟哭する立香が願った事である。両親の死を嘆く自分を救う存在としてアベンジャーズが来る事を強く願った。それは人類最後のマスターとしてではなく、両親を救いたいと願う一人の少年としてだった。

 

「マシュ……俺は人類最後のマスターとして失格なのかな……?」

 

立香はマシュに自分の本心を吐露する。そしてマシュは立香の隣に寄り添うと、立香の唇に優しくキスをする。突然のマシュの行動に立香は驚くが、マシュは顔を赤くしながら自分の想いを明かす。

 

「私はそんな事ありません。先輩は人類最後のマスターでもあり、私にとっての大切な人です。私は先輩のご両親を助けたいという気持ちを否定したくありません。例えその方法が間違っていても、それでも先輩は正しい事を願ったんです」

 

マシュは自分の想いを立香にぶつける。

 

「マシュ……」

 

「先輩……私の前では我慢しないでください。泣きたい時は泣いていいんですよ」

 

マシュはそう言うと、立香を抱きしめる。立香の目から涙が零れ落ち、マシュの胸に顔を埋める。マシュは立香の頭を撫でる。

 

「……ありがとう、マシュ」

 

マシュの胸で涙を流すのはこれが最初ではない。だが自分の悲しみを受け止めてくれるのは彼女だけだ。だからこそ立香はマシュに甘えられる。

 

「いえ、私は先輩の味方です。辛い時はこうして慰めます。私の前では無理をしないでください。弱音を言ってもいいんですよ。先輩の苦しみも悲しみも全部受け止め、支えてこその後輩ですから!」

 

マシュは立香の涙を指で拭いながら笑顔を見せる。

 

「うん、俺もマシュにだけは隠し事はしたくない。マシュには嘘をつきたくはないからさ。だからこれからも頼りにしているよ、マシュ」

 

「はい、お任せ下さい。それと……その、先輩は私の事が嫌いですか?もしそうなら……悲しいです」

 

マシュは悲しげな表情を浮かべる。

 

「そんな事ない!俺はマシュの事が好きだよ。もちろん他の皆も好きだ。でも一番好きなのはマシュなんだ」

 

立香は真剣な眼差しでマシュを見つめる。マシュの顔はみるみると赤くなり、恥ずかしそうな様子で立香から視線を逸らす。

 

「そ、そんなにストレートに言われると照れるというか……。あぅ……もう、ずるいですよ……そんな風に言われたら……その……」

 

そうして立香はマシュを抱き寄せる。マシュは一瞬驚いたが、すぐに立香の背中に腕を回した。マシュの温もりと柔らかさが伝わってくる。そして立香は気付けばマシュの唇と自分の唇を合わせていた。




流石に修正前はエルメロイ二世の言動がおかしかったんで、それの修正とパニッシャーとのやり取りを大幅に追加しました。

サーヴァントだってボランティアじゃないですからね……


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第6話 一人の優しい少年が背負った過酷な運命

今回はモルガン陛下登場。どうも彼女は妖精國での記憶を保持してるっぽいんですよねえ。

というより今回登場したヘリオンを知ってる人っているのかな…?(;^_^A


「我が夫よ、食べられる動物であればこれだけ揃えましたが、どうでしょう?」

 

「うん、これなら大丈夫だよ。ありがとう、モルガン」

 

森の中で狩りをしていた立香達は、モルガンが魔術で捕らえた鹿、猪、熊、兎、野鳥などの動物の肉を袋に詰め込む。妖精國を治めていた女王にして、魔術において神域の天才と言われたモルガンが何故微小特異点で食料の調達をしているのかと言うと、先日ハルクが食堂でバカ食いしたせいでノウム・カルデアの食糧庫に備蓄してあった食材が全部無くなってしまったせいである。

 

単なる食糧調達にモルガンを同行させたのは、彼女が強力な魔術で動物を捕らえる事ができるからである。とはいえ女王と言われたモルガンがサーヴァントとして召喚され、こうして一緒に動物狩りをしているというのは、ブリテン異聞帯でモルガンと戦った立香達からすれば不思議な感覚である。最も、かつて戦った敵をカルデアに召喚し、サーヴァントとして使役するというのは最早伝統といっていい。

 

「モルガンは妖精國で俺やマシュ達と戦った時の事は覚えているの……?」

 

立香は恐る恐るモルガンに質問してみた。サーヴァントというのは生前の記憶を持っているとはいうが、だとすればモルガン自身もキャメロットで立香達カルデアと戦った時の事は覚えている筈である。

 

「えぇ、勿論。我が夫はあの時の戦いを覚えていますね?」

 

モルガンはそう言って微笑んだ。立香はモルガンに言われ、改めてモルガンとの戦いを思い出す。妖精國で立香とマシュを始めとしたカルデア勢はノクナレアと連合を組みパーシヴァル、千子村正、グリムといった心強い味方と共にモルガンと激闘を繰り広げた。モルガンを倒したと思っていた矢先、それが実はモルガンの分身であり、彼女は自分と同等の力を持つ分身を幾つも作り出せるという絶望的な能力を持っていた。複数のモルガンの分身の攻撃により、立香達は敗北したと思っていた。だが……。

 

「……私は自分が死んだ時の事は覚えています。自分の上半身と下半身があの男によって分断され、あの奈落の穴に落ちていく感覚までハッキリと」

 

モルガンは■■■■■によって自分の分身を皆殺しにされ、魔術で応戦するも力及ばず敗北した事まで覚えていた。確かにモルガンとは妖精國で敵対はしたが、今はこうして立香のサーヴァントとして共に行動している。かつて敵対した時の禍根や怨恨に囚われず、こうしてマスターとサーヴァントとしての関係を構築できるのは立香が持つ強みだと言っていい。

 

「モルガンさんがこうして私たちの味方でいるのは心強いです。敵対していた時は恐ろしい存在でしたが、味方となった今ではこんなにも頼もしく感じます」

 

モルガンには自分がトネリコとして活動していた際、マシュと半年も旅を共にした時の記憶はあるのかは分からなかった。だがあえてマシュはその事については尋ねない。モルガンは今こうして自分のサーヴァントとしてカルデアにいるのだから。

 

「マシュ、貴女は私に何か聞きたい事があるのではないですか?」

 

モルガンはマシュにそう尋ねる。マシュの言いたい事を何となく察したのであろうか?モルガンからそう聞かれるとマシュは一瞬躊躇うも、答えようとする。が、森の中から現れた存在がマシュの言葉を遮る。

 

「やれやれ……。ようやく捕まえてきたぜ。どうだ?こんだけありゃ十分だろ?」

 

そう言ってヘリオンは自分のミュータントパワーである念動力で浮遊させている野生動物を地面に降ろす。ヘリキャリアの中で待機していたヘリオンであるが、ノウム・カルデアに入る事を許され、こうして立香達カルデアが行う微小特異点の修復を手伝っているのだ。

 

「ヘリオンさん、こんなに捕まえてきてくれたんですね!ありがとうございます!」

 

マシュはヘリオンが捕らえてきた大量の動物の肉を見て、目を輝かせる。ひょっとしたらモルガンが捕まえてきた動物よりも多いかもしれない。

 

「ま、俺のミュータントパワーはそこにいる妖精の女王サマの百人分の働きにはなるぜ?」

 

ヘリオンは立香の隣に立つモルガンを挑発するような言動をする。だがモルガンはそんなヘリオンを鼻で笑った。

 

「妙な力を使う程度の人間では我が魔術には遠く及びません。あなた程度の力では、我が夫の助けにはなり得ないでしょう」

 

曲りなりにもモルガンは妖精國を2000年以上も統治し続けてきたカリスマ性と、桁外れとも呼べる魔術の使い手である。サーヴァントとなった今では流石に生前ほどの力は発揮できないにしても、並みのサーヴァントでは相手にならないだろう。

 

「おい、ちょっと待てよ。俺はあんたの旦那である立香を手助けするためにここに来たんだ。別にあんたに気に入られようとは思っちゃいねえ。だが立香やマシュと敵対したあんたがこうして召喚されて立香に仕えているっていうのは納得できねぇな。いや、納得できないっつーよりは信用ならないって感じか」

 

モルガンはそんなヘリオンの物言いに、口元に微笑を浮かべる。

 

「それはつまり、私が我が夫の敵になる可能性があるとでも言いたげですね」

 

「当たり前だろ、そうでなくても妖精國を支配してた暴君のアンタが素直に心を入れ替えてカルデアに味方するとは思えねぇしな」

 

だがモルガンはそんなヘリオンの物言いに不愉快そうな表情を見せる。

 

「知らないのであれば伝えておきますが、サーヴァントとして召喚された今の私は生前の私とは言うなれば別人です。今更我が夫と敵対する意味はありません」

 

モルガンの言葉にヘリオンは沈黙する。確かに英霊の座に登録され、召喚に応じたサーヴァントは生前の本人とは別人である。しかしそれでも生前の記憶を有しているのであれば、それはもう本人と変わらないのではないか?というのがヘリオンの考えだ。

 

「ヘリオンさん、モルガンさんは先輩の召喚に応じてノウム・カルデアのサーヴァントになってくれたんです。確かに信用できないかもしれませんけど、モルガンさんのマスターである先輩はモルガンさんを信じています」

 

マシュはサーヴァントとして召喚された今のモルガンを擁護しようとする。

 

「……」

 

そしてマシュの言葉を聞いたモルガンは黙り込む。

 

「マシュの言う通りだよ。それに、モルガンはもう悪い事なんてしない。それは俺が一番よく知ってる」

 

そう言うと立香はモルガンの顔を見た。モルガンは自分を信じてくれている立香の目を見ると、少し頬を赤らめながら視線を外す。

 

「我が夫……」

 

モルガンは立香とマシュに聞こえない声でそう呟いた。

 

「……まぁ、そういう事ならいいぜ。ったく、お人良しもここまでくりゃ大したモンだ」

 

ヘリオンはつまらなさそうに言うと、狩った動物の肉をケースに詰め始める。立香もマシュと共にモルガンが捕らえた動物の肉をまとめ始めた。

 

 

 

 

 

**********************************************************

 

 

 

ノウム・カルデアにあるミーティングルームで、キャップ、トニー、ソー、ピーターの4人は立香の事について話し合っていた。

 

「トニー、ソー、ピーター、君達は立香の事についてどう思う?」

 

キャップはトニー達に藤丸立香という人類最後のマスターである少年について思う所があるのかどうかを尋ねた。

 

「僕みたいなパワーを持っていない、平凡な暮らしをしていたのにある日突然人類最後のマスターになって焼却された世界を救う為に七つの特異点を旅し、元凶である魔神王を倒して焼却された世界を救ったんだから凄い偉業を成し遂げた子だと思う。それに……彼はとても優しい子だ。他人の為に自分の身を犠牲にする事ができる、そんな子だ」

 

ピーターは立香の経歴を見て、直接会った際の感想をキャップ達に告げた。

 

「けど……彼は本当に色々な物を背負いすぎていると思う。平穏な暮らしから切り離され、世界を救う為の戦いに身を投じなければいけなくなった。そして……彼が背負う事になった運命はあまりにも過酷すぎる。僕は直接立香に会って話したんだけど……彼の笑顔を見ると何故か胸が締め付けられる程に痛くなるんだ。まるで……何か大きな悲しみを我慢しているみたいに。他人には決して見せない、心の奥底に秘めた苦しみと悲しみを必死に押し殺して生きているように思える。そして思ったんだ。"どこにでもいそうな、それでいてこんなに良い子が何で人理という物を背負って戦わなければいけないんだろう?"って……」

 

ピーターは俯きながら立香の事を語った。

 

「我は北欧にてあの少年と共に戦った。藤丸立香は自分に課せられた過酷極まる運命を受け入れ、自分の世界を取り戻す為に戦いを続けているのだ。人の身では……到底耐えられぬであろう苦難を乗り越えてな。子供の身で世界の命運を背負いながらも戦うのは余りにも酷な事。それでもあの少年は逃げようとはしなかった。それどころか、その使命を全うするべく、自ら進んで過酷な道に進もうとしている。あれ程の強い意志と覚悟を持った人間はそうはおらぬ。戦いに生きる戦士として生まれたわけでもない、今まで平穏な日常を生きてきた少年がだ」

 

神であるソーから見ても、漂白化した地球を戻すべく七つの異聞帯にある空想樹を切除する戦いに身を投じる立香の姿は心打たれるものがあった。空想樹を切除するという事は即ち、その空想樹がある世界を滅ぼすという事……。平穏な暮らしをしていた少年は"世界の破壊者"としての業まで背負う事になる。そんな現実を見た立香は迷いを振り切り、空想樹を切除し続けている。全ては自分の世界を元に戻す為に……。

 

「このノウム・カルデアに召喚されたサーヴァント達は立香のそういった姿を見て彼をマスターとして人理を取り戻す為の戦いに参加しているのだろう。普通の人間の身で世界の命運を背負い、必死に戦うその姿に感銘を受けた英霊は多い筈だ。ごく普通に生きていた少年が世界の為、人類の為に戦うのは確かに称えられるべきだ。だが……」

 

キャップは一般人に過ぎなかった立香が数多くのサーヴァント達を従えて、漂白化された地球を元通りにする為に戦っている姿を見て確かに胸を打たれた。

 

「だが……何の力にも目覚めていない、ごく普通の平穏な生活をしていた少年が人理焼却という非常事態に戦場に放り込まれ、命がいくつあっても足りないであろう戦いの日々を送るのは絶対に間違ってる。あの子はまだ子供だ。親に甘えたい年頃なのに、大人でも耐えられない戦場に駆り出されている。いや……"戦場"などいう生易しいものではない」

 

人の身で戦う立香に感銘を受ける英霊達に対し、キャップはそれに断固として異を唱える。普通に生きていた少年を戦場に駆り出し、戦い続ける事が本当に正しいのだろうか?世界の命運を一人の少年に背負わせ、普通の生活も平穏な暮らしも何もかも彼から奪い去った上で戦う事が果たして許されるのだろうか?

 

「空想樹を切除する事で、立香は"世界の破壊者"としての業まで背負う事になる。一人の少年には……耐えられない程の重い責務だ」

 

キャップはノウム・カルデアのドッグで立香と会ったが、彼の悲しみに彩られた瞳が頭から離れなかった。当の立香はキャップの前では自分の本心は隠していたが、キャップは立香の抱えている悲しみと苦しみを見抜いている。

 

「ソー、君が彼に渡した無線機によるSOSでこちら側の世界に来る事ができた。そして立香は我々アベンジャーズに助けを求めた。……トニー、ピーター、ソー、私達アベンジャーズは立香を助けるべきか?」

 

キャップの問いかけに、トニー、ソー、ピーターは笑顔で肯定する。

 

「キャップ、僕達は"ヒーロー"でしょ?だったら困っている人を見捨てちゃいけないと思うんだよね。だからあの子を……立香を何としても助けないと」

 

「我も賛同する。我は助けを求める者を決して見捨てぬ。過酷な運命を背負わされた少年に救いの手を差し伸べてこその神だ」

 

「私も賛成だ。立香少年のような子供は、学業に専念すべきだからな。世界の命運やら人理やらというのは我々大人が背負うものだよ」

 

3人はキャップの言葉に同意する。確かに平穏な暮らしをしていた少年が世界の命運を掛けた戦いに巻き込まれ、人類最後のマスターとして人理を救ったという功績は称えられるべきだ。だがキャップはそれに断固として反対する。あんなに人を思いやれる優しい子を戦場に立たせ、人理を取り戻す為の闘争に駆り出し、世界の運命を背負わせるのは絶対に間違ってる。

 

立香は自分の平穏な生活を捨て、特異点を修復し、魔神王の野望を打ち砕き、空想樹を切除して異聞帯を滅ぼし、神を殺して今に至っている。彼の肉体と心に刻まれたであろう傷はこれまでの壮絶な体験を考えれば当たり前であり、それを考慮せずして彼を人理を取り戻すの為の人身御供にせんばかりの現状に憤りを覚えた。人類最後のマスター?違う、藤丸立香という子はどこにでもいるごく普通の少年だ。

 

どのような英霊であろうと心を開き仲良くできる優しい心を持った子だ。過去に生きた英霊(サーヴァント)と、現代を生きる英雄(ヒーロー)であるキャップ達アベンジャーズの価値観や考えは根本から異っている。英霊達は常人の身でここまで来た立香を称賛するだろうが、アベンジャーズの面々はそういった英霊達の考えに対してハッキリと"NO"を突き付ける。そして"子供は子供らしくあるべきであり、世界の命運を背負うのは我々大人の役割"という意見を声高に宣言してやるのだ。

 

「彼らサーヴァントに我々の考えが通じるとは思えないが、やはり私はあの子が置かれている現状を見過ごせない。彼はまだ年端もいかない高校生なんだ。何も知らない子供を人理を取り戻す戦いに巻き込むのは、あってはならない事だ」

 

あくまでもキャップは立香を人類最後のマスターとしてではなく、ごく普通の優しい一人の少年として救おうとする。それこそがキャップのヒーローとしての信念だ。そしてトニーが待ってましたとばかりに口を開いた。

 

「それでキャップ、立香少年をノウム・カルデアから引き離して我々で保護するというプランについてだが……」

 

キャップ、ソー、ピーターもトニーの言葉を待っていたとばかりに、彼の言葉に耳を傾けた。




アベンジャーズって藤丸君の事を徹頭徹尾「人類最後のマスター」じゃなくて「一人の少年」として見てるんですよねぇ。

海外では子供を戦場に立たせる事に対して忌避感があるっぽいです。

アベンジャーズはヒーローとして藤丸君という一人の優しい少年に業を背負わせるのに断固としてNOと言うんですけど、アベンジャーズの考えに賛同するサーヴァントっているようないないような……?(一ちゃんやニキチッチはどうだろう?)


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第7話 処刑人と少女騎士

ガレスちゃんは正しく理想の騎士だよ……(´・ω・`)
そういえば藤丸君とマシュは聖杯戦争で無関係の人達が死ぬのをどう思ってるんだろう…?


立香が行動できなくなった時の予備員であるパニッシャーではあるが、出来る限り立香の負担を減らしたいとダ・ヴィンチやマシュに伝え、こうして微小特異点の修正の任務を行っていた。パニッシャーはノウム・カルデアのサーヴァント達からは良い目で見られているわけではないが、そんなパニッシャーに付いてきたのがガレスだ。

 

「マスター。お仕事、お疲れさまです。えへへ……」

 

「…………」

 

ガレスの言葉に無言で返すパニッシャー。形式的には立香がガレスのマスターであるのだが、彼女はパニッシャーに対してもマスターと呼んでくれている。人懐っこい性格をしているガレスであるが、やはりサーヴァントと人間では根本的な考え方が違う。パニッシャーの微小特異点の修正任務に同行するサーヴァントとして名乗りをあげたのがこのガレスであるが、サーヴァント達にちょくちょく喧嘩を吹っ掛けるパニッシャーに対しても、ガレスは笑顔で接してくれていた。

 

「マスターは、私達が嫌いですか?」

 

「……」

 

ガレスの質問に黙りこくるパニッシャー。その沈黙は肯定を意味している。しかしガレスはめげずにパニッシャーに話しかける。

 

「マスターの過去に何があったのかは知りません。ですがサーヴァント達は全員が悪い存在ではないんです。確かに中には悪いサーヴァントもいますけど、それでもカルデアにいるみんな良いサーヴァントです」

 

「……」

 

ガレスの言葉にまたもや無言を貫くパニッシャー。しかしガレスは構わずに続ける。

 

「私は、マスターがどうしてサーヴァントを嫌っているのかを知りたいのです。……マスターは、どうして私達の事が嫌いなのですか?」

 

ガレスは美しい瞳で長身のパニッシャーを見上げる。甲冑に身を纏った少女騎士である彼女は、生前アーサー王に仕えた円卓の騎士の一人である。清廉潔白で誠実な騎士である彼女は生前騎士王に忠誠を誓っており、そしてサーヴァントとなった今はマスターである立香にも仕えている。基本的にサーヴァントは聖杯戦争で呼ばれる存在であるのだが、人理漂白という未曽有の危機である今は英霊の座から現界し、こうしてノウム・カルデアに身を置いて人理を取り戻す為に戦っている。人理の為に戦うという事は即ち世界の為に戦う事を意味する。そういう意味ではアベンジャーズと似たような立場にある。

 

「……お前達サーヴァントは基本的に聖杯戦争で呼ばれるんだったな?」

 

「はい!私達サーヴァントは聖杯戦争のマスターの召喚に応じ、現世に顕現します。サーヴァントには七つのクラスがあり、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーとなっています。私はランサーです」

 

「そんな事を聞いているんじゃない。お前は……お前達サーヴァントはマスターの命令であれば文字通り"何でも"行うのか?」

 

「え…?は、はい。それはマスターの命令ですから。それがサーヴァントとしての使命です」

 

「……そうか」

 

ガレスは少し困惑しながら答える。パニッシャーはそんなガレスに背を向けると、そのまま何処かに歩いて行ってしまう。ガレスは慌ててその後を追う。「ま、待って下さいマスター!どこに行くんですか!?」

 

ガレスはパニッシャーの後を追いかける。するとパニッシャーは立ち止まり、背中を向けながら告げた。

 

「マスターの命令なら……お前は戦いを偶然に目撃してしまった人間を手に掛けたり、魂喰いの為に民間人を狙ったりするのか?」

 

「え……?」

 

パニッシャーの問いかけにガレスは立ち止まる。聖杯戦争というのは七組の魔術師とサーヴァントが聖杯を巡り、最後の一組になるまで殺し合う儀式であるが、魔術というのは一般の人間には知られてはならず、万が一見られてしまった場合、目撃した人間の記憶を消すか、或いは殺して口封じをするかの二択になる。そして聖杯戦争では魔力不足を補う為、マスターの命令でサーヴァントは無辜の民の精気や魂を吸い取り、自分の魔力の糧とする『魂喰い』をする場合もある。どちらにしても普通に暮らしている人々からすれば迷惑を通り越して害悪であり、更に威力の高い宝具を街中で放ち、それによって甚大な被害が出れば目も当てられない事になる。

 

「ええと……その……」

 

ガレスはパニッシャーの言葉に返答に困る。サーヴァントはマスターと契約している関係上、逆らう事は基本的にできない。そしてマスターにはサーヴァントに対する絶対命令権である『令呪』が存在する。令呪を用いてサーヴァントに対して命令を行使できる代物であるが、これがある故に嫌な命令でも従わなければならない。

 

「私は騎士です……!そのような非道を行うような真似は絶対にしません!」

 

パニッシャーの問いかけに対してガレスは首を強く横に振り否定する。ガレスにとって騎士とは正しき行いをする者であり、その騎士道に反する行為をする事など決してありえない。しかしガレスはそんな自分の考えに対して違和感を覚えていた。

 

(……本当に、そうなのでしょうか?)

 

ガレスは自分の言葉に疑問を抱く。サーヴァントとなった今の自分はマスターの為に戦う騎士だ。だが自分が使えるマスターが目撃者の口封じや、魂喰い、街中での宝具解放という命令を下してきたならば、果たして自分はそれを拒否できるのだろうか?ガレスはそんな疑問を抱きつつも首を横に振る。

 

(いえ……そんな事はありません。マスターが私にそんな命令を下すなど……)

 

ガレスは自分に言い聞かせるように呟く。だがガレスは心の中で自分が出した答えに納得できずにいた。マスターが非道な命令を要求してきた場合、自分がそれを拒める保証はない。

 

「いいかガレス?お前達サーヴァントはマスターと共に聖杯戦争に勝ち抜き、聖杯を手にすれば良いんだろうが、聖杯戦争が開かれる地には戦いとは無関係の人間達がいる事を忘れるな。彼等はお前達の事情など何も知らないんだ」

 

パニッシャーは思い悩むガレスの目を真っ直ぐに見つめながら語り掛ける。

 

「……はい」

 

ガレスは少しだけ悩んだ後に小さく返事をした。

 

「私は……できれば無辜の民を巻き込みたくはありません。それは私の願いと相反するものです」

 

ガレスはそう言って視線を落とす。

 

「ですが……私はサーヴァントです。マスターの命に従わなければなりません。私も本当はそんな事はしたくはないのですが……」

 

ガレスは消え入りそうな声で呟いた。自分はサーヴァントであり、マスターに仕える存在。一蓮托生の関係である以上、マスターの命令を断る権利はサーヴァントにはない。だがガレスはそれが自分の本音ではない事を自覚していた。

 

「マスターは……聖杯戦争で何を見たのでしょうか?」

 

「平然と市民を手に掛けようとするサーヴァントを見た。戦いを目撃したという理由で一家を惨殺したサーヴァントや、町中の人間の精気を吸い上げて魔力にしていたサーヴァント、学校に結界を展開し、中にいる生徒を全員殺そうとしたサーヴァントも知っている」

 

パニッシャーは睨むような視線でガレスを見据える。

 

「……そんな、酷い」

 

ガレスは目を見開いて絶句する。

 

「答えろ、お前も令呪とやらで命令されればこんな非道な行為をするのか?マスターの命令には従うのがサーヴァントだからな」

 

そんなパニッシャーのガレスは唇を噛み締める。

 

「そんな事はしません!!」

 

ガレスの叫びが平野に響き渡る。そして思わず兜を脱いでパニッシャーに詰め寄った。

 

「私がそんな事をするわけがないでしょう!?確かに私は騎士として、サーヴァントとしてマスターを裏切りたくないんです!!けど……けど……そんな残酷な事、とてもじゃないけど私にはできません。だって、そんなのってあんまりです。どうしてそんな事ができるのですか!?」

 

「お前達サーヴァントがマスターの命令に従うからだ!!」

 

パニッシャーの怒声に、ガレスは思わずビクリとする。

 

「そんな、そんなのはおかしいですよ。私は、そんな命令は聞き入れられません。そんな命令をするマスターなんて嫌です。そんなマスターに仕えなければいけないなら、いっそ死んでしまいたいくらいに……!」

 

ガレスは震える手で槍を握りしめ、今にも泣き出しそうになる。だが、そんなガレスの様子を見て、パニッシャーは小さく息を吐いてから口を開く。

 

「……お前は優しいんだな。少なくとも、俺の知る聖杯戦争に参加していたサーヴァントとは違う」

 

そう言ってパニッシャーは兜を脱いだガレスの頭を撫でる。

 

「俺は……あの戦いで多くの人間が死んだ事を決して忘れない……。そしてあの戦いに参加したサーヴァントも許さない……」

 

パニッシャーは自分が見た聖杯戦争に参加したサーヴァントに対する怒りを口にするが、ガレスの頭を撫でる手は優しかった。

 

「マスターが私達サーヴァントを嫌う理由が分かりました……。前からマスターの事は怖い人だと思っていましたが、聖杯戦争を知らない無辜の人々の為に怒ってくれる優しい人なのですね」

 

ガレスはそう言って自分の頭を撫でるパニッシャーに笑顔を向け、それから少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「ですが……私達サーヴァントは基本的に自分を召喚した魔術師に従わなければなりません、これは私達サーヴァントに共通する悲しい性のような物でして。……いえ、マスターを責めるつもりはないのです。ただ、私はマスターが優しい人だと分かって嬉しく思っているんですよ」

 

「…………お前は、本当にいい奴なんだな」

 

パニッシャーは優しく微笑み、ガレスは照れ臭そうに頬を赤らめる。

 

「……はい、ありがとうございます!」

 

そうこうしている内に、彷徨海にいるダ・ヴィンチから通信が入る

 

『話は聞かせてもらったよ~。パニッシャー君は顔に似合わず優しいねぇ』

 

通信機の映像のダ・ヴィンチがニヤニヤした顔でパニッシャーをからかう。

 

「うるさい」

 

「あはははははは!」

 

ダ・ヴィンチとパニッシャーのやり取りに、ガレスは楽しげに笑う。

 

「ガレス、お前が良いサーヴァン……良い奴でよかった。お前が味方で良かったと思う」

 

パニッシャーの言葉にガレスは顔を赤くする。

 

「マスター、その……えへへ。私もマスターと出会えて、とても嬉しいですよ!聖杯戦争で犠牲になる無辜の民の為に怒ってくださるマスターと巡り合えたのは、私にとって何よりの幸運ですから!」

 

ガレスは満面の笑みで答え、それを見たパニッシャーは思わず苦笑いしてしまう。

 

 

 

 

 

*******************************************************:

 

 

 

 

 

微小特異点の修正を終え、彷徨海に帰還したパニッシャーは廊下を歩いていた。サーヴァントの中にはガレスのような善良で優しいサーヴァントもいる事を知り、サーヴァントに対する見識を僅かに改めた。ガレスは無辜の民の殺害や魂喰いといった非道をハッキリと否定したのだ。例え聖杯戦争で召喚され、マスターの命令であろうと、彼女の持つ正義と矜持に反する行為には従わないだろう。それは彼女の…ガレスのサーヴァントとしての在り方だ。そんな事を考えていると、不意に後ろの方から誰かに声を掛けられた。振り向くとそこには酒呑童子が立っていた。

 

「あら、旦那はんやない?奇遇やなぁ、こんな所で会うなんて。何か考え事?」

 

酒呑童子はニヤついた顔でパニッシャーに近付いてくる。しかしパニッシャーは鬼である酒呑童子の身体から放たれる禍々しい殺気を感じ取り、距離を取る。

 

「そないに邪険にせんといてぇ。ウチはあんさんの事が"気に入っとる"さかい」

 

親しげに言う酒呑童子であるが、パニッシャーは警戒を解かない。

 

「まあまあ、そう構えへんでええんちゃうかしら。うちは別に悪ぅないし。ほら見ての通り、今は丸腰やろ?せやから何もできひんって事やけど」

 

まるでパニッシャーの反応を楽しむかのような素振りをしつつ、両手をひらりと振った。

 

「俺に何の用だ…?」

 

パニッシャーは酒呑童子を睨みながら言う。酒呑童子は鬼であり、人間とは根本的に価値観が異なる存在だ。こうして親し気に話しかけてきたとしても、次の瞬間には首が飛ばされているかもしれない。それだけ酒呑童子は気まぐれな鬼である。

 

「何やつっけんどんやなぁ。折角話し相手になってあげようと思ったんに」

 

酒呑童子は後ずさりするパニッシャーを見て、つまらなさそうな表情を浮かべものの、すぐにパニッシャーを揶揄する様な笑顔に戻った。

 

「あんさんは他のサーヴァント達に喧嘩をようけ売っとるみたいやねぇ。そんなんじゃいつか痛い目に遭うかもしれんで?」

 

酒呑童子の言葉は最もである、パニッシャーは自分が『悪』と判定したサーヴァントや、立香に悪い影響を与えそうなサーヴァントに対してしょっちゅう喧嘩を売っているからだ。

 

「そないに喧嘩を売り続けとったら、いつか本当に命を狙われるで。例えば、今この瞬間とか……」

 

そう言った直後、酒呑童子の小柄な身体からは猛烈な圧力が迸った。パニッシャーは瞬時にそれを察知して距離を取ろうとするが、酒呑童子の蹴りがパニッシャーの腹を捉えていた。咄嗟に後方に飛んだので、致命傷は免れたがそれでもダメージは大きく、パニッシャーは廊下の床を転がる。

 

「ぐッ……!」

 

「案外反応がええのね。普通の人間やったら今の蹴りで上半身と下半身がおさらばしとるはずなんやけど」

 

酒呑童子はパニッシャーを見下ろしつつ、ニヤリと笑いつつ、パニッシャーに使づいてくる。

 

「こんなにサーヴァントに喧嘩を売ってるあんさんは、自分の行動がどういう結果になるのか気付いてへんねん。日頃の行いは大事やさかい。こうしてウチがあんさんに攻撃しても、"あんさんから攻撃されたんで仕方なく反撃しただけやで"と言えば済む話や」

 

確かにサーヴァント達に喧嘩を売っているパニッシャーは反撃されて大怪我を負っても何ら不自然ではなく、そんなパニッシャーの日頃の行動を見逃す酒呑童子ではなかった。ノウム・カルデアに召喚されたサーヴァントとはいえ、根本の性格まで変わっているわけではないのだから。性根から邪悪である酒呑童子は、こうして人間を嬲り殺す事に対して聊かの躊躇も無い。虫を踏み潰す程度の感覚で人間を殺戮する正真正銘の鬼なのだから。

 

「あんさんはウチらサーヴァントを甘く見過ぎや。自分が毎日のように喧嘩を売り続けたサーヴァント達がどういう存在なのかまるで分ってへん。せやから、これから死ぬような目に遭おうとも、それは全部自業自得や」

 

所詮パニッシャー自身は立香の『予備員』であり、その予備員であるパニッシャーは毎日のようにサーヴァント達に対して因縁を付けて争っていた。そんな行動を続けていればサーヴァントからの怒りを買い、殺される事態になってもおかしくない。酒呑童子はそんな『問題児』であるパニッシャーに興味を持ち、自分なりに観察していた。その結果、パニッシャーを殺しても問題ないと思ったのだろう。

 

「ウチらのマスターは藤丸立香ただ一人。あんさんは所詮マスター適正があるだけの部外者に過ぎへん。せやから、うちらに危害を加える資格なんてあらへんで」

 

パニッシャーは懐からウージーサブマシンガンを取り出し、酒呑童子に銃口を向けて引き金を引いた。対サーヴァント用の特殊弾をが連続発射されるが、酒呑童子は受けたら危ないという事を分かっているらしく、身体を捻らせて銃弾を回避する。だが、パニッシャーは更に銃撃を続ける。だが酒呑童子とてサーヴァントである。弾丸程度は簡単に回避してしまう。

 

「ちょこまかと……!」

 

「あぁ、それと……さっきも言うたんやけど、自分の日頃の行動はきちんと考えなあかんで。考えとらんからこういう事態を招いてしまうんや」

 

パニッシャーは即座に後退して酒呑童子から距離を取る。すると、いつの間にか背後に回っていた茨木童子がパニッシャーの首を掴み、軽々と持ち上げた。

 

「ぐっ……!?」

 

「あんさんは所詮人間。ウチら鬼からすれば呆れる程に脆いわぁ。この世界にはな、あんさんが太刀打ちできへん存在が山ほどおる。神霊、冠位、空想樹、人類悪……。こんな連中が蔓延ってる世界であんさんは自分を"たふがい"だと思うとるだけや。ウチからすればあんさんは単なる肉の塊にしか見えへん」

 

パニッシャーは必死に振り解こうとするが、首を掴む手はビクともしなかった。

 

「そんなに死にたいんやったら、今ここで殺してもええんよ?どうする?」

 

パニッシャーは後ろから自分の首を掴んで持ち上げている酒呑童子の顔目掛けて裏拳を放つ。しかし、酒呑童子は余裕の表情を浮かべたままパニッシャーの裏拳を受け止めた。

 

「無駄や。いくら暴れても今のあんさんの力はたかが知れてる。それこそ、そこらをうろついてる野良犬にも劣るわ」

 

酒呑童子はパニッシャーを放り投げて、廊下の壁に叩きつける。パニッシャーは壁から離れて床に着地し、再びウージーを構えようとする。しかし、それよりも先に酒呑童子がパニッシャーに接近し、パニッシャーの顔面に蹴りを叩き込む。

 

「うおっ……!!」

 

「あんさんはただでさえ弱い。そのくせに、自分の力量も判らずにサーヴァントに喧嘩を売ってこのザマや。はっきり言って無様やで」

 

酒呑童子がその気になればパニッシャーなど一瞬で肉片にされてしまう。それをしないという事は酒呑童子はどれだけパニッシャーが足掻けるのかを試してるのだ。パニッシャーは酒呑童子に勢いよくタックルを仕掛けた。酒呑童子の小柄な身体であればすぐに倒せる筈である。が、鬼である酒呑童子はパニッシャーの渾身の体当たりを自分の人差し指だけでで受け止めた。

 

「なんや、それで終わりかいな。つまらん男やな」

 

パニッシャーは咄嵯にナイフを抜いて酒呑童子の心臓を突き刺そうとする。が、その前にパニッシャーの腕を掴まれてしまう。パニッシャーはもう片方の手で酒呑童子に殴り掛かる。だが、酒呑童子はパニッシャーの手を振り払い、パニッシャーのみぞおちに強烈な一撃を食らわせた。

 

「がは……!?」

 

パニッシャーは口から吐血する。防弾チョッキを着ていても酒呑童子の拳の威力は減らす事はできず、パニッシャーの肋骨の何本かは折れてしまった。

 

「そんなもんかいな。やっぱりあんたは雑魚どす」

 

「黙れ……」

 

パニッシャーはよろめきながらも立ち上がる。

 

「何度でも言うたる。あんさんは無様な負け犬や。この程度の攻撃でダメージを受けて息切れしとる時点であんたは弱者や。そもそも普通の人間がサーヴァントに勝とうなんて無理があるんやで?」

 

「減らず口を叩くな……!」

 

肋骨が折れた状態でパニッシャーは酒呑童子の顔面に前蹴りを叩き込んだ。体重100キロを超えるパニッシャーの蹴りをまともに受ければ常人なら致命傷を負うだろう。しかし、酒呑童子はパニッシャーの攻撃を片手で軽々と防いだ。

 

「ホンマ、滑稽なほどに道化やで。自分の実力と相手の強さも見極められへんとは……これじゃあ子分共の方がまだマシやなぁ?」

 

酒呑童子はパニッシャーの足を掴みながら振り回し、勢いよく壁に叩きつける。これには流石のパニッシャーでも堪えきれなかった。

 

「ぐ……!」

 

パニッシャーは全身の痛みに顔を歪める。そんなパニッシャーの胸倉を酒呑童子は掴んだ。

 

「えぇか? あんさんのやる事なす事全てが無駄や。無意味な正義感をふりかざして寿命を縮めるだけ。そんな事をしても誰も救われへんどすえ?」

 

酒呑童子の言葉を聞いたパニッシャーは酒呑童子を睨み付ける。

 

「殺気だけなら人間の中でも大したもんや。けどなぁ……殺気に見合うだけの強さがまるであらしまへん。今のあんさんはそこらの木っ端悪党と何も変わらへん」

 

酒呑童子はパニッシャーを嘲笑う。しかし危機的な状況にも関わらず、酒呑童子のような危険人物でさえ自分のサーヴァントとして従えていた立香の器の大きさにパニッシャーは感服するばかりだった。例えアベンジャーズのリーダーであるキャップでさえ酒呑童子の手綱を握る事など不可能だろう。いや、寧ろキャップのような高潔なヒーローだからこそ酒呑童子を従えられないのだ。普通の人間であり、中立的な立場に立てる藤丸立香だから酒呑童子は立香をマスターとして認めていたのだろう。だがそんな事を考えている暇などない、酒呑童子は床に倒れているパニッシャーに近付き、腹を軽く蹴る。

 

「自分の日頃の行いには気をつけなければあきまへんわぁ。けどあんさんの持つ"気迫"と"殺意"だけは褒めたるえ。圧倒的な力を目の前にしてもそんな眼ができて、尚且つ闘争心が少しも衰えないなんて中々できる芸当じゃありまへん」

 

そして酒呑童子は、パニッシャーを無理矢理立ち上がらせると、自分の手で防弾チョッキを貫通しつつパニッシャーの腹を突いた。パニッシャーの腹から鮮血が滴り落ち、彼は激痛に悶える。

 

「あんさんでもちゃんとした"魔術回路"はあるんやねぇ」

 

酒呑童子はパニッシャーが持つ魔術回路をクチュクチュと弄り回し始める。

 

「ぐ……!?」

 

「いっちょ前に魔術回路だけは立派なモン持ってるやん。一応サーヴァント達のマスターになっとるんねぇ」

 

そう言って酒呑童子はパニッシャーの腹に自分の手をグリグリと押し込み、パニッシャーは苦痛の声を上げた。

 

「ぐぅ……!?」

 

パニッシャーの腹からは大量の血が滲み出ており、彼の顔色も青ざめている。

 

「あははは! ほんまえらい目におうたなぁ。こんな風に無抵抗のまま甚振られる気分ってどんな感じなん?」

 

酒呑童子は楽しそうな笑みを浮かべながらパニッシャーの顔を覗き込むと、パニッシャーは酒呑童子の顔面に向けて口から血を吐きつける。

 

「……!」

 

「おぉ怖い。けどそんな態度とってもうちの堪忍袋の緒は切れへんよ?」

 

パニッシャーの拳が酒呑童子の頬に直撃する。だがパニッシャーの攻撃はそこまで効いておらず、酒呑童子はパニッシャーの腹に突き刺している自分の手を更に深い所まで差し込んだ。

 

「が……は……ッ!!」

 

パニッシャーは痛みに堪えながらも、今度は足を使って酒呑童子の頭を思い切り蹴り上げる。しかしパニッシャーの足を掴んでいる酒呑童子はニヤリと笑う。

 

「あんさんじゃ無理や。そないな蹴りじゃウチをこの場から動かす事さえできん。自分の力量も弁えんとサーヴァントに喧嘩を売り続けるからこういう目に遭うんどす 」

 

酒呑童子はもう片方の手でパニッシャーの首を絞めあげると、そのままパニッシャーの体を持ち上げ、壁に叩きつけた。

 

「ぐっ……う……う……」

 

パニッシャーは地面に倒れ込み、口から多量の血を吐き出す。パニッシャーの口から出た血がノウム・カルデアの廊下を赤く染める。

 

「普通の人間ならとっくに泣き叫んで命乞いをしとるのに、あんさんはまだ諦めるつもりはないみたいやねぇ。ホンマ根性だけは大したもんや。せやったらもっとえげつなく痛ぶったろか? このまま体を引き裂いて内臓を引きずり出してもええんよ?」

 

酒呑童子は笑顔で物騒極まりない事を呟くと、パニッシャーは酒呑童子に視線を向ける。

 

「……やれるもんなら……やってみやがれ……!」

 

酒呑童子によって痛めつけられたにも関わらず、闘争心は未だに折れていないパニッシャーは立ち上がると酒呑童子を睨みつける。

 

「驚いたわぁ、そんな傷でまだ立てるなんて。普通は骨が砕けてもおかしくないんやで。やっぱりあんさんは只者じゃないんやねぇ」

 

酒呑童子は感嘆しながらパニッシャーに近付く。

 

「……」

 

パニッシャーは酒呑童子に対して構えるが、体がふらついている。一瞬でも気を抜けば意識が飛びそうな状況の中で、パニッシャーは歯を食い縛って必死に耐えていた。

 

「そんなフラついた状態で戦えるんかいな。それともここで大人しく降参するんか?」

 

酒呑童子はパニッシャーに尋ねると、パニッシャーは鼻で笑って答えた。

 

「笑わせるな、お前に降参するように見えるか?」

 

「見えへんね。せやからうちもこっからは遠慮せんと本気でいくで」

 

酒呑童子はどうやら本気でパニッシャーを殺すつもりらしい。だがパニッシャーは諦める気は少しも無かった。どうやって目の前の酒呑童子を倒すのかについて思考を巡らせる。そして酒呑童子が動いた瞬間―――――

 

パニッシャーの首を狙った酒呑童子の手刀が当たる直前、酒呑童子の身体は横からの槍の一撃により吹き飛ばされた。吹き飛ばされた酒呑童子はすぐさま体勢を整え、パニッシャーのいる方向を見据える。

 

そこにはパニッシャーを庇うようにして自分を睨むガレスの姿があった。

 

「酒呑童子殿!マスターに…パニッシャー殿に手を出すのは私が許しません!」

 

ガレスの言葉を聞いた途端に酒を飲んで酔っぱらうように顔を赤くする酒呑童子。だがすぐに冷静さを取り戻す。

 

「ガレスはん、あんさんの後ろにいるマスターもどきの男はウチらサーヴァントに喧嘩を売りまくっている事は知っとるよね?そんな男をどうして助けるんかなぁ」

 

「確かに彼は私達に敵対心を剥き出しにしています。しかしそれには理由が……」

 

「理由なんて関係あらへん。そいつがウチらサーヴァントを嫌い、攻撃してくる以上ウチらもただ黙ってやられるわけにはいかん。そんな事も分からんの?」

 

「……分かりました。ではあなたと戦うしかありません。私はあなたと戦いたくはありませんでしたけど」

 

ガレスは槍を構えると、酒呑童子も戦闘態勢に入る。そしてガレスは後ろで倒れているパニッシャーに向けて言う。

 

「パニッシャー殿、ここはガレスめが引き受けます。貴方は安全な場所に避難して下さい」

 

ガレスの呼びかけにパニッシャーは反応しない。だがそれでもガレスはパニッシャーに向かって叫ぶ。

 

「パニッシャー殿!聞いていますか!?」

 

「……分かってる。分かってはいるんだが、こっちは意識が飛びそうなんだ……。あの女にこっぴどくやられたからな……」

 

「パニッシャー殿!血が!?」

 

ガレスはパニッシャーの腹から滴り落ちる血を見て驚く。

 

「ああ、大丈夫だ。こんな傷は慣れてるからな。それより早くここから逃げろ」

 

「そんな!見捨てる訳ないじゃないですか!」

 

「お前も見ただろう。あいつは強い。このままだとお前までやられるぞ……!」

 

パニッシャーは言うが、ガレスは首を横に振る。

 

「いえ、私は騎士として酒呑童子殿を止めなければなりません。パニッシャー殿、今暫く辛抱してくださいませ」

 

ガレスは自分の愛用の槍を構えると、酒呑童子に向かって突撃して行った。




そりゃあんだけサーヴァントに喧嘩売ってたら酒呑童子みたいなのに目を付けられるよね


マーベルだけでなくアメコミってヒーロー間の力の差というかスペック差が酷いイメージ。マーベルの公式データベースによるとパニッシャーの腕力は550ポンド(約250kg)のベンチプレスを持ち上げられるとあるけど、酒呑童子に比べたら……(;^_^A


今回はパニッシャーさんも下総のぐだと同じく酒呑童子に腹クチュクチュされちゃいました


パニッシャーさんの単純戦闘力って型月でいえば代行者レベル?ZERO時代の言峰には勝てるかなぁ?


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第8話 赤毛の少女

ガレスちゃんVS酒呑童子のバトル回。そして遂にあの男が加勢します。ガレスちゃん弱いって思うかもしれないですが、英霊としての格的に言えばガレスが酒呑童子に勝つのは難しいと思うんで……(;^_^A


ガレスは自分の身の丈に不釣り合いな馬上槍を構え、酒呑童子に突進していく。ガレスは円卓の騎士の第七席であり、兄であるガウェインと共にアーサー王に仕えた騎士。実力的にも申し分はない。だが酒呑童子の力はガレスの想像以上であった。日本三大妖怪の一柱である酒呑童子の強さは尋常ではなく、ガレスは酒呑童子に圧倒されてしまう。ガレスが振るう馬上槍の攻撃を軽々と回避する酒呑童子は、電光石火の速度でガレスの懐に入り込むと同時に彼女の腹部に蹴りを叩き込んだ。その一撃を受けたガレスは後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「──────がは!」

 

「……あんたはん、弱すぎひんか?そんなんでよく円卓の一員になれたものやね。うちも舐められたもんや」

 

酒呑童子はこう言うものの、ガレスと酒呑童子ではそもそもの地力やポテンシャルが違いすぎる。所説によれば八岐大蛇の子だとされる酒呑童子と、人間の騎士としてアーサー王に仕えたガレスでは隔絶した差があるのだから。ガレスは立ち上がり、再度酒呑童子に向かっていくが、酒呑童子はガレスの槍をあっさり掴み、馬上槍ごとガレスの身体を持ち上げながら言う。

 

「ガレスはんはどうして、その男をかばうん?」

 

酒呑童子は出血した腹を手で抑えながら壁にもたれかかるパニッシャーを見る。

 

「その男はただの傭兵。それなのに、なんでそこまでするん?自分の命を捨ててまでも、この男の事を守る価値があると思っとるんか?もしそうなら、ガレスはんは大馬鹿やで」

 

「確かに……パニッシャー殿の行動には問題があるのかもしれません……。ですがそれは私や貴女のようなサーヴァントが争う聖杯戦争に巻き込まれた無辜の民の為に怒っているからなのです。酒呑童子殿、貴女はパニッシャー殿を誤解されています」

 

「甘いなぁガレスはん。聖杯戦争はウチらサーヴァント達にとって、殺し合う為の儀式。そんな儀式で呼び出されたサーヴァントは、どんな奴だって例外なく歪んどる。そんな連中の戦いに巻き込まれた人間がいたからって、ウチやあんさんには無関係の話やろ」

 

「関係なくありません!聖杯戦争が開催される地には多くの民が住んでいる場合もある!そんな場所で我々サーヴァントが戦えば、大勢の人が巻き込まれてしまうかもしれないのです!」

 

「……ガレスはんは優しい人やねぇ。けど、そんな綺麗事で片付く問題でもないと思うねん。そもそも聖杯への願いがあるからこそサーヴァント達は召喚に応じとる事を忘れたらあきまへん。自分の願いの為に他の参加者……自分以外のサーヴァントやマスターを殺す覚悟で現界しとるんやから。戦争なら犠牲は付き物。無辜の民が犠牲になるとすればそれは"不可抗力"というヤツとちがうん?」

 

「そんな理由で、無辜の民を犠牲にしていい筈がない!そんな考えは間違っています!」

 

「……ガレスはんは、ホンマに優しいなぁ。……でも、それじゃあ困ります。ガレスはんにはまだ分からんのかも知れへんね。聖杯戦争の意味が」

 

酒呑童子はガレスの身体を引き寄せると、彼女の顔面に蹴りを入れ、酒呑童子に蹴り飛ばされたガレスはパニッシャーのすぐ横の壁に激突した。

 

「ガレス!」

 

出血する腹を抑えつつ、パニッシャーはガレスに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですパニッシャー殿……。ガレスはこう見えて頑丈なので」

 

ガレスは起き上がるが、彼女の額からは血が流れ、右目は見えなくなっている。

 

「お前が俺を助けなきゃいけない義務ないないんだ。早くここから逃げろ」

 

パニッシャーはガレスに対して逃げるように警告する。しかしガレスはパニッシャーの言葉に首を横に振った。

 

「いえ、パニッシャー殿は立香殿の代理とはいえ私のマスターですから。マスターを助けるのがサーヴァントの務めなれば」

 

そう言ってガレスは再び馬上槍を構える。

 

「私はガレス。───円卓第七席、アーサー王に仕えた騎士です!!」

 

ガレスは勢いよく酒呑童子に突撃し、冴え渡る槍の刺突を叩き込む。

 

───『猛り狂う乙女狼(イーラ・ルプス)』!!!

 

ガレスは自身の宝具である『猛り狂う乙女狼(イーラ・ルプス)』を発動させた。これはガレスの馬上槍での冴えが宝具として昇華されたものであり、対象に猛烈な連続攻撃を叩き込み、とどめの一撃

 

で対象を貫く。酒呑童子はガレスの宝具をモロに受けてしまい、ガレスは容赦なく追撃を行う。確かに手応えはあったが、酒呑童子は首だけになりながらも自分の首を切り落とした頼光とその四天王に襲い掛かったという逸話を持つ。こんな程度の攻撃では仕留めきれないだろうと予測していたガレスは冷静さを保っていた。そしてそんなガレスの予想通り、攻撃を受けている酒呑童子はニヤリと笑いながら、ガレスの馬上槍の一撃を紙一重で回避しつつ、彼女の懐に飛び込んで猛烈な打撃攻撃を繰り出す。

 

「っ!?くぅッ!!!?」

 

ガレスはその強烈な拳撃を受けて吹っ飛びつつも、体勢を立て直す。しかし酒呑童子の打撃の重さは想像以上で、ガレスは口から血を吐き、その場に膝をつく。

 

「ちょっとばかり効いたけど、やっぱり物足りまへんなぁ。せやからあんさんには死んでもらうで?」

 

酒呑童子は余裕綽々と言わんばかりの態度でガレスを見下す。そんな酒呑童子の挑発を受けたガレスは立ち上がり、酒呑童子に向かって突進するも、彼女の繰り出した蹴りを受け、天井に叩きつけられた。ガレスは落下する最中に槍で反撃を試みるも、あっさりと避けられてしまう。それどころか着地際を狙って放たれたカウンター技によって、顔面に痛烈な一撃を喰らってしまう。

 

「ぐあっ……」

 

ガレスはよろめきつつ立ち上がるも、先程のダメージで顔から流血しており、更に右目も見えていない状態だ。ガレスとてサーヴァントとしては決して弱くはない。しかし生前における強さや神秘性からして酒呑童子に勝てる道理はないだろう。

 

「ガレス、逃げろ……!」

 

パニッシャーはガレスに叫ぶ。しかしガレスは首を横に振り、戦う事を選んだ。

 

「ここで逃げたってどうしようもありません。それに私はあなたの騎士です。あなたの背中は私が守ります」

 

そう言ってガレスは酒呑童子に攻撃を仕掛ける。そしてそんなガレスを嘲笑うかのように酒呑童子は情け容赦ない攻撃をガレスに仕掛ける。酒呑童子の打撃は的確にガレスの急所を射抜き、ガレスは苦痛に顔を歪める。

 

「ふーん、結構頑丈なんね。せやったらせめて、もっと楽しませてもらおか」

 

「ハァハァハァ……」

 

ガレスは酒呑童子の攻撃によって床に倒れこみ、荒々しい呼吸を繰り返し、そんなガレスを見て酒呑童子はクスっと笑う。ガレスの着ている鎧は酒呑童子の攻撃によってひしゃげており、鎧の下からは出血も見られる。ガレスは既に満身創痍の状態であり、それでも彼女は槍を構え、再び攻撃態勢に入るも、もはやそれは無謀とも言える行為だっただろう。立っているのもやっとの状態では、もう戦えるはずがない。

 

「糞……!こういう時に限って誰も廊下を通らないのか……!」

 

パニッシャーは悪態を突く。このままでは本当にガレスが酒呑童子に殺されかねない。パーシヴァルかメリュジーヌ辺りが通りかかればラッキーなのだが、今の所ガレスと酒呑童子の争いに気付いているサーヴァントはいないようだ。

 

「どないしたん?もう終わり?」

 

よろよろのガレスは必死に槍を振るうも、酒呑童子には掠りもしない。

 

「もう飽きてきたし、そろそろええかな。ガレスはんもあんな男を庇ったりするからこんな目に遭うんやで」

 

そう言って酒呑童子はガレスにトドメを刺そうとする。が、何者かがガレスを庇うようにして目の前に立ち、酒呑童子の攻撃をガードしていた。

 

「あ、貴方は……!!」

 

ガレスを庇ったのはウルヴァリンであった。

 

「よう、アブねぇ所だったな。間に合って良かったぜ」

 

ガレスを背後に隠した状態でローガンは拳を構え、手の甲からアダマンチウムの爪を出した。

 

「ミスター・ローガンじゃねぇか。随分遅い到着だな」

 

パニッシャーは旧知の仲であるウルヴァリンに対して皮肉を言う。

 

「何だミスター・フランク。随分ボロボロじゃねぇか。ここは俺に任しときな」

 

「確かあんさんはアベンジャーズとかいう連中の中にいた人間やね。見ているだけでゾクゾクするわぁ」

 

酒呑童子は自分の目の前に立ちはだかったウルヴァリンを見て嬉しいという感情を隠しきれていないようだ。

 

「そんじゃいっちょ俺と戦ってみるか嬢ちゃん?子供の姿なんでちっとばかし戦いにくいがな!」

 

ウルヴァリンは酒呑童子に爪による斬撃を繰り出す。しかし酒呑童子はあっさりと回避して見せた。

 

「アハハッ!!うちの動きについてくるなんてやるやん」

 

常人であるパニッシャーとは異なり、ウルヴァリンはミュータントである。身体能力においても普通の人間を超えるスペックを持つウルヴァリンは、酒呑童子のスピードに難なくついてく。だが、相手が鬼神ともなれば話は別であり、超人的な能力を持っているとは言えども、酒呑童子もただで負けるような存在ではない。攻撃を回避した瞬間に、ウルヴァリンは酒呑童子に向かって蹴りを放った。酒呑童子は蹴られた衝撃で後方に吹き飛ばされるも、空中で体勢を整えて見事に着地する。ウルヴァリン自身、小柄な体躯ではあるが、その肉体に見合わない程の筋肉を搭載しており、中型の肉食獣を思わせる敏捷性を有している。酒呑童子はウルヴァリンの強さを感じ取り、嗜虐的な笑みを漏らしながら舌なめずりをする。

 

「あんさんはなかなか強いみたいやな。けど、ウチもまだまだ本気じゃないんよ?」

 

酒呑童子は持っていた瓢箪を剣に変形させ、構えを取ると、一気に駆け出した。先程とは比べ物にならない速さである。ガレスとの戦いでは本気を出していなかったのであろう。ウルヴァリンはアダマンチウムの爪を駆使して剣を持った酒呑童子と打ち合う。しかしパワーにおいては明らかに向こうの方が上回っている。徐々に押されていくウルヴァリンは何とか距離を取ろうとするが、相手は妖術すら使う妖怪。しかもサーヴァントときたものだ。だがウルヴァリンは人間が死ぬような致命傷を負っても問題はない。ウルヴァリンは被弾覚悟で酒呑童子の斬撃を右腕で受け止めた。常人であれば確実に腕が飛んでいる筈であるが、ウルヴァリンの持つアダマンチウムの骨が彼女の剣の一撃を防いだのだ。

 

「ウチの剣の一太刀を受けて腕が断ち切られん人間なんて初めて見るわぁ。あんさんの骨はえらい硬いなぁ」

 

「まあ、そうだろうな。だがお前みたいな化物に褒められるのは良い気分じゃねぇ」

 

ウルヴァリンの骨格にはアダマンチウムが埋め込まれており、地球上で最も硬いとされている金属である。アダマンチウムは破壊不可能とされており、酒呑童子でさえも例外ではなかったようだ。

 

「文字通り、骨のある男って事やな。……ふぅん、そういう手合いも嫌いちゃうんよ」

 

酒呑童子はウルヴァリンの身体の特性を見て、新しい玩具を手に入れたといわんばかりの表情をしていた。そしてウルヴァリンに対して猛烈な攻撃を繰り出す。先ほどのガレスに対してしていた攻撃よりも更に速く、鋭い。酒呑童子の打撃はウルヴァリンの身体の肉を削り取る程であり、それでもなお彼は倒れない。だが負けじとウルヴァリンもアダマンチウムの爪による斬撃を繰り出し、酒呑童子の身体を切り裂き始める。ストレンジの魔術により特殊なコーティングを施されたウルヴァリンの爪はサーヴァントに対してもダメージを与えられるものであった。

 

二人は自分の攻撃を繰り出し、互いの衣服や肉体を削ぎ落し、傷だらけになりながら殴り合った。ミュータントであるウルヴァリンはヒーリングファクターを持っており、それによってどんな傷を負っても再生してしまう。更にヒーリングファクターは傷の回復以外にも老化の遅延やスタミナの回復といった特性もある。それ故に長時間戦う事も可能なのだ。ウルヴァリンと酒呑童子は互いに防御せず、ひたすら攻撃を繰り出し続けた。

 

「どうした?さっきまでの威勢はどこにいったんだ?」

 

「はっはは、言うてくれるやん。せやったら、こっちも本気でいくさかい」

 

廊下には互いに攻撃を続ける両者の血肉が派手に飛び散り、グロテスクな様相を呈している。酒呑童子はA+ランクという高い戦闘続行スキルを持っており、それ故にヒーリングファクターを持つウルヴァリンとの戦いはさながら泥仕合であった。ウルヴァリンは酒呑童子の強烈な攻撃受けて傷を負っても再生し、またすぐに次の攻撃を仕掛けていく。そしてそんなウルヴァリンと酒呑童子の戦いにガレスは割って入る。

 

「もうおやめください!このままでは二人とも死んでしまいます!」

 

ガレスはそう言って二人の争いを止めようとする。しかしそんなガレスに対し、酒呑童子は笑い声を上げ、言い放つ。

 

「あんさん、ホンマ優しいんやなぁ。……けど邪魔だけはせんといて。うちは今、この人と遊んどる最中なんよ」

 

ガレスは穏やかな笑みを浮かべつつも全身から圧力を放つ酒呑童子の言葉に一瞬怯んだものの、勇気を振り絞って叫ぶ。

 

「……遊びで人を殺すなんて間違っています!お願いします、もうやめてください!」

 

ガレスは必死に止めようと説得を試みる。しかしそんなガレスに対して、今度は酒呑童子ではなく、ウルヴァリンの方が口を開く。

 

「嬢ちゃん、邪魔しないでくれるか?」

 

「そんな……!」

 

ガレスは必至でウルヴァリンと酒呑童子の争いを止めようとするが、二人とも戦いをやめる気は毛頭ないようだ。そしてそんな3人の様子をパニッシャーは見ていた。

 

「くそ……意識が遠のいてきやがった……」

 

パニッシャーは先ほど酒呑童子によって貫かれた腹から大量の血が溢れ出ており、いつ出血多量で死んでもおかしくなかった。自力で立ち上がるのは困難な状況の中、パニッシャーに近づいてきた人物がいた。立香と同じカルデア制服を着た少女だ。意識が遠のいてきているので具体的な容姿までは分からないが、赤毛の髪をした少女である。

 

「大丈夫ですか?」

 

赤毛の少女は自分の肩を貸し、パニッシャーを立ち上がらせた。

 

「しっかりしてください!わたしが医務室にまで運びますから」

 

そう言うと赤毛の少女はパニッシャーと共にその場を離れていく。そしてそんな様子を見ていたガレスはパニッシャーに声をかけた。

 

「パニッシャー殿!おひとりで動かれては危険です!このガレスが肩を貸すので今しばしお待ちを!」

 

(何を言っているんだガレスは…。俺はもうこの嬢ちゃんに肩を貸されているだろう)

 

ガレスの言っている事を不思議に思うパニッシャー。しかし立香以外にカルデア制服を着ている人間がいるとはパニッシャーも知らなかった。マスターの証である白の上着を着用したカルデア制服はスタッフの面々は着ていないからだ。パニッシャーはカルデア制服を着ている赤毛の少女の方を見る。

 

「嬢ちゃん、名前は……?」

 

「わたしですか?わたしの名は――――です」

 

「おい、冗談言うな。そんな筈ないだろう……」

 

パニッシャーは赤毛の少女の言葉が信じられず、つい突っ込んでしまう。赤毛の少女はそれ以上何も言わずにパニッシャーと共に医務室へと向かっていく。そして赤毛の少女は何かに気付いたかのような

 

顔をすると、パニッシャーを医務室の手前に座らせた。

 

「すみません、もう時間なのでわたしはこれで……」

 

そう言うと赤毛の少女は立ち去っていく。そして少女が廊下の曲がり角を曲がった直後、曲がり角からダヴィンチが血相を変えて走ってきた。ダヴィンチは腹を貫かれて出血しているパニッシャーに駆けよる。

 

「大丈夫かい!?」

 

慌てる様子のダヴィンチに対し、パニッシャーは落ち着いた口調でこう言った。

 

「ああ、心配いらねぇさ。この位掠り傷だ……」

 

だがパニッシャーの顔色は青ざめており、明らかに重傷なのは誰が見ても明らかであった。そんなパニッシャーの様子を見たダヴィンチは急いで医療班を呼ぶ。しかし駆けつけた医療スタッフが見たのは既に意識を失っている瀕死の重症を負ったパニッシャーの姿だった。

 

 

 

 

************************************************************

 

 

 

 

「ここは……」

 

パニッシャーは目を覚ますと医務室のベッドの上にいた。

 

「よかった、目が覚めたみたいね」

 

「パニッシャー殿、ご無事ですか!?」

 

パニッシャーが横になっている隣にはダヴィンチとガレスがおり、ガレスは目を覚ましたパニッシャーを見て安堵の表情を浮かべつつ、心配そうに言う。

 

「俺はあの酒呑童子とかいう小娘に腹を貫かれて……」

 

パニッシャーは自分が酒呑童子に因縁を付けられ、腹を貫かれた末に殺されかけた事を思い出す。そしてそんな自分をガレスは救い、彼女は単身で酒呑童子に挑むものの、圧倒的な酒呑童子の力の前に歯が立たなかった。が、ガレスに加勢するかのように乱入してきたウルヴァリンによって助けられ、ウルヴァリンは酒呑童子と血みどろの戦いを繰り広げた。そしてパニッシャーは立香と同じくカルデア制服を着た赤毛の少女に肩を貸されて医務室の入り口付近まで運ばれたのだが、パニッシャーはダヴィンチに対してカルデア制服を着た赤毛の少女を見なかったかと尋ねた。

 

「カルデア制服を着た赤毛の女の子かい?私はそんな子は見ていないけど?」

 

だがダヴィンチの返答は意外なものだった。赤毛の少女はパニッシャーを医務室の入り口付近に置くと、その場を去っていき、彼女が廊下の角を曲がった直後にダヴィンチが来たのだから鉢合わせしてもおかしくない筈である。

 

「見ていないだって…?それじゃ俺を医務室の入り口まで運んだあの娘は誰だったんだ……?」

 

「カルデア制服を着ているのは今のところ藤丸君ただ一人さ。だからパニッシャー君の言うカルデア制服を着た赤毛の女の子はいない筈なんだけどね……」

 

「も、もしかして幽霊とか……?そ、そんなまさか。……いや、もしかすると……」

 

ガレスは青ざめた顔をしてぶつぶつと小言を言い始めた。

 

「パニッシャー君、君を治療してくれたのはモルガンなんだ」

 

そう言うと、医務室の奥の椅子にモルガンが座っていた。

 

「藤丸君は君が重傷を負ったという話を聞いて、モルガンに治癒してもらうように頼んだのさ。とはいえまだ安静にしてなきゃいけないけどね」

 

ダヴィンチの言葉を聞き、パニッシャーはモルガンの方を見る。

 

「我が夫の頼みでしたので仕方なく、傷を癒すためにここに来ただけですが。まぁ、その様子ではもう大丈夫でしょう」

 

モルガンはパニッシャーを治療する事に渋っていたが、最終的には引き受けてくれた。だがそんな彼女に対して、パニッシャーは感謝しつつも怪しげな視線を向ける。

 

「何ですかその目は。私が何かしたというのですか?」

 

「まさか妖精國の女王であったお前に治療を施されるとはな」

 

「……確かに私はブリテン異聞帯を統べる冬の女王でしたが、今はこのカルデアに召喚されたサーヴァントという立場。未だ汎人類史を呪う身であれど、我が夫の頼みは聞き入れなければなりません」

 

パニッシャーは複雑な顔を浮かべつつも、とりあえずは自分を治療してくれたモルガンと、自分を治すようにモルガンに頼み込んだ立香に感謝する事にした。




マーベル公式データベースによればウルヴァリンの腕力は「800ポンド(約360kg)以上の物体を持ち上げられるが、2トン以上の物体は無理」とあったのでパニッシャーさん以上は確定ですね。

酒呑童子はウルヴァリンよりもパワーはあるとは思うんですが、ウルヴァリンはオメガレッドやセイバートゥースといった自分以上のパワーの持ち主とも互角に戦っているんで、酒呑童子相手にも戦えるんじゃないかな?と思いましたw



私としてはモルガンとパニッシャーさんの相性が気になるところ……(^_^)


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第9話 ハチワレの猫

ぐだ子で拉致される時のくだりを描くと、犯罪臭が半端ない……(^_^;)
といっても拉致の流れは私の独自解釈ですが

しっかしマシュと藤丸君の距離は縮まったなぁ。やっぱり今の藤丸君の悲しみを受け止めて癒してあげられるのは女性が持つ母性なんでしょうかね。

それだと父性的な優しさの出番が無いような……(^_^;)


「パパ、ママ。わたし、高額のバイトをする事になったんだ。あんまりしつこい勧誘だったから断りきれなくってさー。でも、ちょっと怪しいんだよねぇ……」

 

休日にも関わらず珍しく早起きした立香は、朝食が並ぶ食卓の椅子に座ると、両親に対して自分がスカウトされた旨を伝えた。あまりにもしつこい勧誘だった故に断りきれずに承諾してしまったのだが、やはり不安で仕方がなかった。

 

「よかったじゃない、何でも高級なバイトなんでしょう?きっとお金持ちになれるよ!」

 

母は立香の話を素直に喜んだ。父も母同様、娘の立香がスカウトされた事に喜んでいるようだ。立香はスカウトマンから渡された名刺を両親に差し出す。『ハリー・茜沢・アンダーソン』という名前が刻まれた名刺であるが、この人物こそが立香をスカウトしたのだ。

 

「家にまで来て勧誘してくるからしつこいのなんの。あんまり熱心だからわたしも承諾してあげたってわけ」

 

思えばアルバイトをするなど初めての事だ。高校に入ってから一度もバイトなどしていない立香にとって、今回の件はかなり大きな出来事である。それに両親が喜ぶ姿を見ていると、何とも言えない気持ちになった。自分をスカウトしたハリー・茜沢・アンダーソンによれば遠い場所での短期バイトとの事で、住み込みで働く事になるらしい。立香は両親が喜んでくれる事に嬉しく思いながらも、同時に申し訳ない気分にもなった。両親と暫く離れて暮らさなければならない事に寂しさを感じつつ、高額と聞いていたアルバイトに胸を弾ませる。

 

「立香、貴女も彼氏の一人くらいはウチに連れてきなさいよ。そうした方が安心できるからね」

 

母の一言に立香の顔が真っ赤に染まる。両親は娘である立香が年頃の少女である事も理解しており、立香が恋人を連れてくる日を楽しみにしている。だが立香としては自分の稼いだお金で両親が喜ぶような物を買ってあげたいとも思っていた。そして父は娘である立香を励ますように言う。

 

「立香、少しの間離れて暮らす事になるかもしれないが、長い修学旅行だと思えば寂しくはないさ。それにお前も立派な社会勉強ができて嬉しいだろう?」

 

父の言葉に立香は小さく微笑みながら、家族団らんの時間を楽しんだ。だがそんな時間も明日の朝には終わりを迎える。明日はアンダーソンに指定された場所に行き、そこで待ち合わせをするのだから。立香は初めての高額バイトの仕事の内容がどんなものなのか期待しつつ、就寝する。そして翌朝、部屋のカーテンを開けて朝日を浴びた立香はベッドから降りると、パジャマから私服に着替え、両親が待つリビングへと行く。

 

「パパ、ママ、おっはよー!今日は何の日か知ってますかー!?」

 

立香は元気よく父と母に挨拶すると、二人は不思議そうな顔をする。立香はカレンダーに指を差しながら答える。

 

「今日はお前がバイトに行く日だったな。気を付けろよ立香。女の子の一人暮らしなんて何かと危ないだろうから」

 

そう言って立香の父が心配するが、立香はその言葉を聞いて首を横に振る。

 

「大丈夫だって。わたしはそんなにヤワじゃないし」

 

「でも、やっぱり不安だよ。立香、くれぐれも注意しておくんだよ」

 

父は一人娘の立香が数週間一人暮らしをする事にとても心配していた。そんな父の態度に立香は苦笑するしかない。

 

「そんなに気になるなら一緒に来ればいいじゃん」

 

立香の提案に両親は目を丸くさせる。母は立香の態度に呆れつつ、娘の初めてのバイトを応援するべく立香に激励の言葉をかける。

 

「立香、少しばかり苦しいからって根を上げるんじゃないよ」

 

「平気だってママ。わたしはそんなに貧弱な女の子じゃありませーん」

 

立香は上機嫌で朝食を平らげた後、荷物が入ったバッグを持って玄関を出た。そして見送る両親に対して「いってきまーす!お土産期待しといてねー!」と明るく言い残して家を後にする。立香を見送った両親は、立香の姿が見えなくなるまで手を振っていた。立香は待ち合わせの場所まで行く長距離バスに乗り、窓の外に流れる景色を見ながら呟く。

 

(初めてのバイトってワクワクするよね。しかもこんなに高収入だし)

 

立香は今回の仕事の内容をまだ知らされていない。そのためこれから向かう先では一体何が行われるのか、立香はとても気になっている。立香はそんな気持ちを抑えつつも、アンダーソンに指定された場所の付近にある停留所に辿り着き、バスを降りた。そして待ち合わせ場所まで来るとまだアンダーソンが来ていないので、その場で待つ事にした。それからしばらくしてアンダーソンが現れた。彼は立香の顔を見ると手を振り、「やあ、おはよう。待ったかい?いやまだ時間はあるから問題ないか」と立香に話しかける。立香もアンダーソンに挨拶しようと口を開いたその時、後ろから何者かに口を塞がれてしまう。ハンカチのようなもので口を覆われたのだ。立香は突然の事に驚き、暴れるが、背後にいる人物は立香を押さえつける。

 

「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」

 

耳元で囁かれた声に立香は背筋を凍らせる。

 

(何!?何が起きてるの!?)

 

アンダーソンは背後から抑えつけられる立香を平然とした表情で見つつ、タバコを吹かせていた。立香は後ろから自分を羽交い絞めにしている男の拘束を解こうと暴れる。しかし男の力が強く、振りほどけない。

 

「暴れるな。死にたいか?」

 

男は立香の口に添える手に力を込める。

 

(嫌!!誰か……誰か助けて……!!)

 

立香は心の中で叫ぶが、その叫びも空しく終わる。やがて意識が遠のき、視界がぼやけていく。立香の体から力が抜けていき、抵抗する事ができなくなる。すると男が立香から手を離した。立香は力なく地面に倒れると、口を抑えていた男が倒れた立香を担ぎ上げ、黒い車の荷台へと立香を放り込んだ。立香は朦朧とする意識の中、自分がアンダーソンに騙されたのだと理解すると同時に自分が誘拐されてしまった事に恐怖を抱く。それから数時間が経過しただろうか?立香は両手両足を縛られた状態で乗用車のトランクの中に閉じ込められる。口には猿轡を噛まされており喋る事ができない。また目隠しもされているため、今自分のいる位置が全く分からない。立香は不安で胸が押し潰されそうになる。

 

(パパ……ママ……!お願い、早く来て……ッ!!!)

 

立香は自分が誘拐されたという現実を知り、心の中で両親に助けを求める。そして自分を乗せた車が停車し、車内で繰り広げられるでの男女の会話が後ろのトランクに押し込められている立香に聞こえてきた。

 

「さっきのガキで間違いないんだろうね?」

 

「ああ、間違いねえよ。何でもレイシフト率100%の逸材だそうだ。一般公募の補欠としちゃ十分に合格点だろう」

 

(レイシフト率……?何の話をしているの……?)

 

男女の会話に出てくる聞きなれない言葉に疑問を抱く立香。今の状況は非常に不味く、何をされるのか分からない。立香は不安に駆られ、目から涙をこぼす。

 

「そうかい。なら早速行くとしようかね。飛行場はすぐ先だ」

 

男女の会話が終わると、車は再び発進した。

 

(飛行場……!?まさかわたしは飛行機に乗せられるの……!?)

 

立香は男女の会話の中に出て来た"飛行場"というワードを聞いて動揺する。車は高速道路に入り、そのまま走り続ける。暫くしてインターチェンジで降り、再び一般道を走る。どうやら高速に乗ってからそれなりに時間が経っているようだ。立香は一体どこに連れて行かれるのだろうと疑問を抱きながら車で運ばれ続けた。今思えばアンダーソンによって騙されたのだと分かるのだが……。

 

しばらくして車が停車する音が聞こえると共にエンジン音が鳴るのを止めたため、車内にいる者達の動きが止まった事が分かった。恐らく目的地に着いたらしい。しかし立香はまだ状況を把握し切れていない。手足を拘束されているせいもあるが、それ以前に自分はアイマスクを付けられているので外の様子が分からない。トランクが開く音がすると立香は複数の男達によってトランクの外に出され、道を歩かされる。足の拘束は解かれたので歩けはするが、今の立香は何も見えないため自分の居場所すら把握できない。立香は口に猿轡を付けられているにも関わらず、必死に叫ぼうとする。しかし声を出す事はできなかった。

 

「んーっ!!」

 

立香は何度も大声で叫んだが、その度に顔に平手打ちを喰らう。立香は痛みと悔しさに涙を流す。

 

「うるせえぞクソガキッ!」

 

男は叫ぶ立香に苛立ち、彼女の腹に蹴りを入れる。立香は咳込み、その場でうずくまる。

 

(パパ……ママ……わたし……騙されたみたい……)

 

立香は心の中で呟きながら意識を失った―――

 

 

 

 

********************************************************

 

 

 

 

「ハァハァハァ……、ゆ、夢か……」

 

ベッドの上で目を開けた立香は、全身汗まみれで呼吸が荒かった。悪夢を見た事で寝起きが悪い状態だが、それでも何とか体を起こして部屋を見渡す。特に変わった様子はない。自分は夢の中でカルデアにスカウトされた事を両親に伝え、その後待ち合わせの場所で拉致されてそのまま南極のカルデアに連れていかれた時の事を追体験していた事を知る。

 

「……今になってあの夢を見るなんて」

 

立香は夢の中であった出来事を思い出し、涙を流す。夢の中であっても生きている両親に出会えた事は嬉しかったが、それと同時に両親が魔術協会の手の者に殺されてしまった事も思い出してしまい、立香の心には悲しみが溢れていた。ここ最近、毎晩のように両親の夢を見る。生きていた頃の両親との暖かい想い出と両親の変わり果てた亡骸があるあの魔術師の工房にいる夢を交互に見て、そのたびに目が冴えて眠れなくなる。両親の死を未だに受け入れられず、忘れる事ができない自分に嫌気が差す。シミュレータールームで両親に別れを告げはしたがあれは所詮虚像で創り出されたものだ。現実の立香の両親はもういない。その事実が否応なく突き付けられ、立香は涙を流してしまうのだ。

 

(何で……毎晩父さんと母さんの夢を見るんだ……。もう両親がいないって分かっているはずなのに、どうしてこんなにも悲しい気持ちになるんだよ!!)

 

立香は涙を拭いながら心の内で叫び、その悲痛な思いに呼応するように涙の量が増していく。暫くして涙が止まり、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

(けど……今日の夢はいつもと違っていた。俺は女の子になってたし……)

 

立香は夢の中の自分が少女になっていた事が気がかりだった。そして立香はカルデア制服に着替えると、マイルームを出て食堂へと向かう。朝食を摂る為だ。食堂へと向かう途中で鬼一法眼と会う。

 

「おや、おはようマスター。今日は早いじゃないか」

 

「あぁ、はい。ちょっと早く起きたんで食堂で朝ご飯を食べようと思って」

 

「そうかい。なら僕もご一緒しようかな。弟子と一緒に飯を食うのも師匠の務めだからね」

 

立香と鬼一は一緒に食堂へと向かうべく一緒に廊下を並んで歩いた。立香は夢の中の悪夢を思い出してしまい、自分の目から出てくる涙を腕で拭う。そしてそんな立香の様子を見た鬼一は何かあったのかと心配する。

 

「その様子だとまだ受け入れられていないようだな。まぁ無理もないか。お前の両親はもうこの世にはいないのだし、ましてや両親と過ごした日々は楽しい思い出ばかりだったから余計に辛いだろう。そこでだマスター。僕の養子にならんか?そうしたら僕の子供として毎日楽しく過ごせるぞ!」

 

「は、はぁ……」

 

鬼一なりに精一杯立香を勇気づけているのだが、立香はどう反応すればいいか分からず戸惑ってしまう。そんな二人の様子をマシュは遠くから見ていた。

 

「先輩!それに鬼一法師も。何を話していられるんですかね?」

 

マシュは二人の元へ近づく。

 

「あぁ、マシュか。マスターを僕の養子として迎え入れる話をしていたところでな。ほら、マスターの父母はもうこの世にはおらんだろう?そこで僕がマスターの保護者となり、立派に育て上げると誓ったところさ」

 

「は、はぁ」

 

マシュは困惑しながら返事をする。そんなマシュの様子を見た立香はマシュの方へ顔を向ける。

 

「マシュ、どうかしたの?」

 

「いえ、何でも……。それより先輩……まだお辛いのですね……」

 

そう言うとマシュは立香に近付き、抱き寄せた。突然の出来事に驚く立香であるが、マシュの行動の意味を理解し、「ありがとう」と言う。するとマシュはそのまま自分の胸に立香の顔を埋めさせ、優しく頭を撫で始める。マシュの胸に包まれる形となった立香は安心感を覚えたが、最近のマシュは立香に対してスキンシップが多くなった。両親を奪われたという立香の立場と、それに嘆く姿を見たマシュは立香に寄り添い、少しでも彼の心の支えになろうとしているのだ。

 

「マシュ……実は俺……毎晩死んだ父さんと母さんの夢を見るんだ……。まだ生きていた頃の二人と一緒に暮らしている夢を……」

 

「それは……とても辛かったでしょうね」

 

そう言いながらマシュは更に力強く抱きしめ、立香の頭を強く自分の豊満な乳房に押し当てた。

 

「以前の先輩は、悪夢を見ても私や他のサーヴァントの皆さんに"何でもない"って言ってましたけど、最近の先輩はちゃんと弱音を吐いて下さるようになりました。私はそれが嬉しいのです」

 

そう、以前の自分は決してマシュや他のサーヴァント達の前で弱音を吐いたりしなかった。人類最後のマスターとして、人理を取り戻す為の戦いをする以上、引くわけにいかないし、屈するわけにはいかないし、弱音など吐くわけにもいかない。だが両親の死を切っ掛けに自分の心の中に溜まっていた悲しみや怒りといった感情が抑えきれなくなったのだ。自分の中に悲しみや怒りを溜め込むのも限界があり、吐き出す相手がいないと耐えられなくなる。だからと言って誰かに相談して解決できる問題ではない。だからこそ今までの立香は一人で抱え込み、誰にも相談せず、一人孤独に耐えてきた。しかし今は違う。今はこうして辛い事は辛いと言えるようになってきている。それだけでも大きな進歩だ。

 

(あぁ……暖かい)

 

マシュの体温を感じ、立香は自分の中の悲しみが和らいできたのを感じた。マシュの優しさが、彼女の温もりが、立香の悲しみを和らげていく。

 

「先輩……その……食堂には土方さんがおられます。今はお会いにならない方がよろしいかと……」

 

「忠告有難うマシュ。確かに今の俺はあの人に会わない方がいいかもね」

 

土方は仮に自分のマスターである立香に戦意が無くなれば、即刻粛清するという考えを持っていた。現に立香がシミュレータールームに籠っていた時、土方は虚像の両親と暮らす立香の首を刎ねるべく、シミュレータールームに入ろうとしたが、マリーによって止められたらしい。マリーは土方の威圧に一歩も引かずにシミュレータールームに籠る立香の元には通さなかった。

 

「マリーさんはブーディカさんやアナスタシアさんと同様に、ご両親を亡くされた先輩をとても気に掛けておられました」

 

「そっか。じゃあそろそろいこうかな。マシュ、もう大丈夫だよ」

 

立香はマシュから離れると、マシュは少し名残惜しそうな表情を浮かべる。

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

「パニッシャー君~!どこにいるんだい?」

 

ダヴィンチは先程までベッドで寝ていたはずのパニッシャーの姿が見えなくなり、慌てて探し回る。モルガンの治癒魔術で傷が癒えたとはいえ、まだ安静にしておかなければならない。するとダヴィンチの目の前に白黒の体毛をしたハチワレの猫が現れた。ハチワレの猫はダ・ヴィンチに近付き、彼女の足に身体を擦り付けた。

 

「おや?君はどこから来たのかな?」

 

可愛らしいハチワレの猫を見たダヴィンチは微笑んでしゃがみ込み、優しく撫でる。ハチワレの猫も気持ちよさそうに目を細めた。そしてダヴィンチはハチワレの猫を抱っこし、ひとまず食堂に連れていく事にした。彷徨海に猫が入り込んだとは考えられないが、サーヴァントの誰かの使い魔である可能性もある。ハチワレの猫は自分を抱っこをしているダヴィンチの頬をスリスリしてくる。

 

「ニャ―」

 

ハチワレの猫はすっかりダヴィンチに懐いているようだ。

 

「あはは、可愛いなぁ。でも、この子は一体……?」

 

ハチワレの猫が何処から来たのか分からないので、ひとまずは食堂にいるサーヴァント達に尋ねてみる事にした。ダヴィンチはハチワレの猫を食堂に連れて行くと、サーヴァント達に対してこの猫がどこから来たのか知っているかと尋ねた。しかしどのサーヴァントもハチワレの猫の事を知らないようだ。そして猫を抱っこしているダヴィンチにアストルフォが近づいてくる。

 

「その子、君の知り合いかい?」

 

「いいや知らないけど、この子を見かけた人はいるかなと思ってね」

 

ダヴィンチはハチワレの猫を床に降ろした。

 

「ふーん」

 

そう言ってアストルフォはしゃがんでハチワレの猫の頭を撫でる。するとハチワレの猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきた。

 

「ニャ―」

 

「おぉ、よしよし。君はここが気に入ったのかな」

 

ハチワレの猫は満足げに鳴くと、またダ・ヴィンチの足元にすり寄ってきた。そしてダヴィンチは再びハチワレの猫を抱っこする。

 

「おや、随分人懐っこいんだねぇ。そう言えばパニッシャー君はどこに行ったんだろう……?」

 

ダヴィンチは病室から消えたパニッシャーの行方が気になり周囲を見渡すが、サーヴァントの一人であるキルケーと視線が合う。キルケーは慌ててダヴィンチから目を逸らすと、食事を黙々と食べ始めた。そんな彼女に首を傾げるダ・ヴィンチ。そんな彼女の元にモルガンが近づいてくる。

 

「貴女が探しているパニッシャーならもうそこにいるではありませんか」

 

「え?何処にパニッシャー君がいるんだい?」

 

モルガンの言葉が分からずダヴィンチは混乱してしまい、そんなダヴィンチを見て呆れた顔でモルガンは答える。

 

「……ですから、いま貴女が抱いているその猫がパニッシャーです」

 

「ふ~ん。何だ、そうなのか……ってえええぇぇぇぇぇ!!!???」

 

ダヴィンチの驚く声は食堂中に響き渡る。そしてダヴィンチが叫ぶのとほぼ同時に、キルケーは足早に食堂から立ち去っていった……。




【悲報】パニッシャーさん、猫になる。


ただの猫じゃなくてパニッシャー猫だから意味があるんですよねぇ(オイ)


基本善人の集まりであるアベンジャーズと、善人も悪人も共に一つの目標の為に戦うカルデアとでは色々違うんですけど、シビルウォーの時に投降してきたヴィランを射殺したせいでキャップにボコられて叩き出されたのを見ると、カルデアの方が問題行動に対して寛容な気がしますね(無論限度はありますが)

模範的なヒーローである事が求められるアベンジャーズと、善人のみならず問題のあるヤツや悪人狂人が混在しているカルデアでは、どうしても寛容性ではカルデアの方に軍配が上がるような気がします。パニッシャーさんも色々カルデアで問題は起こしているけどロリンチちゃんやマシュはキャップみたいにパニッシャーさんをボコって彷徨海の外に放り出したりしないだけ凄く優しい気が。

キャップ自身、融通が利かない部分(シビルウォーの時は特に)がありますからね…。描いていて気付いたんですが、アベンジャーズとカルデアにはそれぞれ一長一短があるんですなぁ。


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第10話 ある少女の過ち

今回はとある並行世界のカルデアの話。


「嘘……だよね……?」

 

立香は手術台の上に安置された変わり果てた両親の姿を見てしまった。両親の体内にある臓器は根こそぎ摘出され、ホルマリン漬けにされていた。そんな二人を見た立香は猛烈な吐き気に襲われてしまう。

 

「げほ……おえぇぇ!!!!!」

 

あまりの衝撃的な光景を見て立香は胃の中のものを吐き出してしまう。一体何があったらこんなことになるんだ?どうして二人の体が切り刻まれているんだ!?理解できない状況を前にして立香は涙を流すことしかできなかった。

 

(パパ!ママ!)

 

心の中で呼びかけても返事はない。半ば騙された形で南極のカルデアに連れて行かれ、自分以外のマスターはレフ・ライノールによって全員死亡。残った立香は人類最後のマスターとして七つの特異点の修復へと向かう事になった。いきなり世界の命運を背負わされた立香は愛する両親や友人との再会を胸に秘めつつ、特異点で出会う英霊達と共に聖杯を手に入れ、定礎復元をし続けてきた。そして全ての黒幕であるゲーティアの居城である冠位時間神殿においてゲーティアに対し、「生き残るため」という啖呵を切った。生き残る為……人類と世界を取り戻す為というのもあるが、立香にとっては最愛の両親や友人達との日常を取り戻す為の戦いでもあった。そしてようやくゲーティアを倒し、彼の行おうとしていた人理焼却を阻止できた。これで立香もようやく家へと帰れる。そう思っていたが……。

 

 

しかし現実は甘く無かった。集められた48人のマスターの内、Aチームと呼ばれる7人の魔術師達が突如としてクリプターを名乗り、人類と世界に宣戦布告したのだ。空からは七つの空想樹が飛来し、地球は漂白化されてしまった。またしても帰る場所を失ってしまった立香は、空想樹を切除する為の戦いに身を投じた。行き止まりの人類史である異聞帯が存在できる要である空想樹を切除すれば、その異聞帯は消滅してしまう。元来剪定された世界である異聞帯が存在できるのは空想樹のお陰なのだから、それを切除すれば異聞帯も消えるのは道理である。しかし異聞帯を消滅させるという事は即ち一つの世界を滅ぼすという意味である。これまで幾つもの異聞帯を立香は滅ぼしてきた。文字通りの世界の破壊者として立香は戦い続けてきた。世界を滅ぼす事で業を背負い、神を殺した事で神殺しの呪いを受け、それでも立香は止まらずに歩み続けた。両親の存在が立香の戦いを支えてきたといってもよい。両親に対して"ただいま"の一言を言える日が来る事を願いながら、立香は戦い続けたのだ。

 

 

だがダヴィンチからは余りにも残酷な真実が告げられる。娘である立香が行方不明になった事で、両親は立香を探し続けたのだ。立香はスカウトマンの誘いに了承はしたが、その後は拉致に近い形でカルデアに連れて行かれた。そんな最愛の娘である立香を捜す為に、二人は必死に立香の足取りを追った結果、ようやくカルデアという組織の存在に辿り着く手前まで来ていた。しかし二人の行いを魔術協会が黙って見ている筈がなかった。娘である立香の行方を追っていただけの両親は魔術協会の執行者によって消されたのだ。神秘の秘匿という掟は魔術師全般に共通している。一般の人間には魔術は知られてはならない。それ故に立香の両親は協会に消されたのだ。両親からすれば行方不明の一人娘を探したいだけだったのだが、それが協会の逆鱗に触れたらしい。何でも両親に対して暗示や記憶操作の魔術を掛けはしたが、娘がいない生活に不自然さを感じた両親は、本能で娘の居場所を探し続けたのだ。流石に邪魔になると思ったのか、執行者の手によって拉致されたという。ダヴィンチによれば生存は絶望的らしい。そしてそんな両親が変わり果てた姿で立香の目の前にある。

 

(嘘……だよ……ね?)

 

立香は震える声で問いかけるが、返事はない。当たり前だ。もう既に屍である両親からの返事などあるはずがない。

 

「うあぁぁぁ!!」

 

両親の変わり果てた姿を見た立香はあまりのショックに叫び声を上げる。一体何の為に自分は今まで戦ってきたのか。取り戻すべき日常を象徴する両親は無惨な姿で死んでしまっている。

 

「そんな……パパ………ママ……!!嘘だと言って……!!ねぇ……お願いだから……目を覚ましてよぉ……!!!」

 

立香は泣き崩れ、両親に呼び掛けるも返事はない。何故両親が殺されなければならなかったのか?魔術協会とはそこまで非情なのか。いや、そもそも自分がカルデアにさえ連れていかれなければこんな事にはならなかったのではないか。

 

「わたしは何の為に今まで戦って来たの……?」

 

両親との生活を取り戻す為に戦うと決めたのに、結局それは叶わなかった。しかも両親を消したのは魔術協会。両親は行方不明になった自分を探していただけなのに、魔術協会は自分達のルールに基づいて立香の両親を躊躇なく殺した。人理修復、空想樹切除をこなし続けた立香の精神は既にボロボロであったが、それでも両親との再会を夢見て戦い続けてきた。だがそれも叶わない。立香は解剖された両親の姿を見て精神が崩壊しかかっていた。

 

「ねぇ……嘘だよね……そうだと言ってよ……パパ……ママ……」

 

立香は虚ろな目で両親に語りかけるが、やはり返事は無い。

 

「……」

 

立香は虚ろな瞳のまま、両親が安置されている手術台に近付く。

 

「ねえ、起きてよ。いつもみたいに笑ってよ。お帰りって言ってよ。私頑張ったんだよ?褒めてくれるだけでいいの。そしたらまた頑張れるの。」

 

立香は両親の遺体に話しかけ続ける。しかし当然の事ながら両親が答える事はなかった。

 

「どうして?どうして何も答えてくれないの?わたしが聞いているじゃない。どうして無視するの?」

 

立香は両親に呼びかけるが、両親は何も言わない。

 

「酷いよ。こんなのあんまりだよ。どうしてこうなったの?誰か教えてよ……。ねぇ、ねぇ、ねぇ……!ちゃんと答えてよ……!!!わたしこんなに頑張って世界を救っているのにどうして誰も認めてくれなかったの!?おかしいよ!こんなの絶対間違ってる!」

 

立香は大粒の涙を流し、両親に訴える。しかし両親は黙ったままである。

 

「ねぇ、何か言ってよ……!!わたしの事を誉めてよ……!!よくやったなって頭を撫でて欲しいの。それだけで良いの。たったそれだけで私は幸せになれるの」

 

立香は両親に呼びかけ続けた。だが両親の亡骸は答えない。そしてついに立香の心は限界を迎えた。

 

「ああ……ああああ……ああああ……!!!」

 

立香は発狂したように叫ぶ。そして立香は両親に駆け寄り、二人の体を揺さぶる。

 

「お願い……返事をして…お願いだから起きてよ…!!いつもみたいにわたしを褒めてよ……!!ねぇ……!パパ……!ママ……!!」

 

立香は必死になって両親を呼び掛ける。だが二人は反応しない。

 

「死んだ……パパとママが……死んだ……死んだ……死んだ……」

 

立香の心は壊れかけていた。両親が死んだという事実を受け入れられずに現実逃避をし始める。

 

「あはは…あはははは!!!死んじゃったんだ……パパとママ……あはははははは!!!!!」

 

狂ったように笑う立香。その目は正気を失っていた。空想樹を切除する事で文字通りの世界の破壊者としての罪と業を背負っても、それでも尚取り戻すべき世界……立香にとっての日常を象徴していたのが両親なのだから。だが取り戻すべき父と母は立香の目の前で無惨な亡骸と化している。今までの戦いは一体なんだったのか。これまで必死に人理を取り戻そうと足掻いて、空想樹を切除し続けて……その結果が今に至るのならば、今までしてきた事は無駄に過ぎない。例え最後の空想樹を切除した所で愛する両親はもういない。世界が元通りになったとしても、両親を喪った時点で自分は一生心の底から笑えないし、生きる事も出来ないだろう。

 

「今までのわたしの戦いなんてぜーんぶ無駄だった!!!全部無意味だったんだ!!」

 

両親の死体を目の前にして笑える時点で正常ではないのだが、立香はそれをおかしいと認識する事すらできなくなっていた。

 

「ねぇ、二人とも寝ているんでしょ?もう朝だから起きよう?一緒にご飯を食べましょう?ほら、早くしないと学校に遅れちゃうよ。あははは!!」

 

そう言いながら立香は両親の体を思いっきり揺らす。両親は起きる気配はない。それどころか体は冷たい。まるで人形のようである。だがそんな事、今の立香には関係ない。

 

「パパとママは寝坊助だね。もう7時になるよ。ほ~ら起きなさい!」

 

立香は自分の両親である筈の存在の体に拳を打ち付ける。

 

バチンッ!!!と鈍い音が工房内に響き渡るが、立香の両親に変化は見られない。何度も、 何度でも、 立香は繰り返し叩く。立香の瞳は狂気に支配されており、既に心が壊れている。だがいくら叩いても、立香は諦める様子を見せない。

 

(起きて。起きて。早く起きて)

 

ひたすらに叩き続ける。もう立香は両親の体がどうなっているのか分からない程おかしくなっていた。だが、どれだけ叩かれても両親は起きようとしなかった。

 

(もう起きてるなら目を開けて。いつもみたいに笑顔を見せて。優しく頭を撫でて欲しいの。いつもみたいに笑って、いつもみたいに褒めてよ……)

 

「ねぇ、何で起きないの?早く起きないと遅刻だよ~?あははっ!!」

 

立香は力の加減が出来なくなっている。既に手から血が流れ、痛みが走っているが立香はそれを認識していない。

 

「起きて。お願い。起きて。お願いだから……!!あはははは!!」

 

遂に立香の心の堤防は崩壊した。両親に泣きすがる。これが夢の中ならどんなによかったか。ダヴィンチから両親の死を聞かされていたが、話だけ聞くのと実際に両親の亡骸を目にするのとでは話が全く違う。この特異点……ロンドンの魔術協会地下の魔術師の工房の中に解剖された両親の亡骸が安置されていた。腐食防止の魔術が施され、手術台の両親は眠るような顔で横たわっている。立香はその亡骸に抱き着きながら泣いている。だが、両親は全く動く気配を見せない。立香は必死に両親の体を強く揺さぶり、「ねぇ、早く起きないと置いていっちゃうよ……!?いいの!?」と声を掛けるも反応はやはり無い。その時、扉を開けてマシュが入って来た。

 

「先輩……!!」

 

マシュは手術台の上の両親の亡骸にすがりつく立香の姿を見て驚愕する。

 

「先輩、一体何が……!?」

 

「ねぇ、マシュ。パパとママが起きないんだよ?もう起きる時間なのにまだ眠ってるの」

 

立香は両親の亡骸をゆさぶりながらマシュに振り返る。その目は既に正気を失っているようだ。

 

(これはまさか……!以前、シオンさんに教えてもらった精神状態……!?)

 

マシュは思い返す。少し前、マシュの身体の治療の為にノウム・カルデアで検査を受けていた時に精神状態についてシオンが語っていた。

 

『人間の心理には、ストレスが一定量を超えた場合……俗に言う臨界点を超える事で精神が破壊されるという事があるのです。それは主にうつ病などでよく見られる現象なのですが……それが精神異常者……いわゆるサイコパシーにも当てはまる場合があるのですよ。精神に重大な負荷を掛け続け、精神が崩壊してしまった患者は正気を失います。そして精神の病を患った人間の中には幻覚や幻聴、あるいは妄想などを体験して、最終的には自らの肉体を傷つけたり他者を攻撃したりするようになるケースがあります。例えば自分が殺されたと思い込み、自分を殺した者を異常なまでに憎むようになり、殺人を犯した犯人を探し回った挙げ句に自首するなどといった事例ですね』

 

つまり、今の立香は両親の死を目の当たりにして精神が崩壊仕掛けているという事だ。南極のカルデアにいた時もロマ二から似たような事を教えられた。マシュは焦燥した表情で、 立香に近づき肩に手を置く。

 

「大丈夫です。きっと……いえ、絶対に助けてみせますから……」

 

そう言ってマシュは気休めの言葉を投げかけるが、それでも立香の精神が正常に戻ってくる気配は無かった。これまで凄惨な戦いを続けてきても、それでも尚立香の心が折れなかったのは彼女にとっての日常……両親の存在が大きかった。その両親が死んだ事で、立香の精神は耐えられなくなり、現実逃避を始めたのだ。

 

マシュは正気を失った立香を抱き寄せて涙を流す。すると突然、立香が大声で叫び始めた。

 

「ねぇ、わたし、ずっと頑張ってきたよね!?一生懸命に世界を救ってきたのに……それなのによりによってこんな結末なんて酷いよ……。もうヤダよ……」

 

泣きじゃくる立香を宥めるように、 マシュは立香の体を揺さぶるがそれでも彼女の悲痛な声は止まらない。

 

「先輩……!!落ち着ついて下さい!!」

 

そう言った後、マシュは自分の無力を恨んだ。戦い続ける上での心の支えであった日常を象徴する両親の死に、少女である立香の心は限界を迎えている。だが今のマシュにはその心を慰める事しか出来ない。

 

「ねぇ、マシュ……パパとママを起こすのを手伝ってよ……二人とも起きないから困ってるんだ。お願いだから起こしてあげようよ。早くしないと一緒に学校に行けなくなっちゃうよ?」

 

「……先輩……」

 

マシュは自分の目から涙を流しながら立香を見つめる。彼女はもう壊れかけていた。もう立香は元には戻れない。ならば自分が最後の最後まで側にいて彼女を見守るしかない。

 

「ごめんなさい。私は貴女の側から離れません。先輩を一人ぼっちにさせませんから」

 

 

 

 

 

*****************************************************

 

 

 

 

聖杯を回収して特異点から帰還した後も、立香の精神状態は元に戻らなかった。彷徨海の食堂で食事をしている最中でも、急に笑い出したり、泣き出したりする始末である。そんな彼女を他の英霊達は見ていられなかった。特にマシュは立香を元気づけようと必死だった。だが、そんなマシュの努力も空しく、立香の状態は悪化の一途を辿るばかり。マシュは何とか立香に立ち直って欲しかったのだが、当の立香の精神は相変わらずの状態だった。

 

「落ち着きなさいよ!アンタらしくもない!」

 

ジャンヌオルタは立香の惨状を見ていられず、思わず怒鳴ってしまい、そんなジャンヌオルタに対して立香は睨んでくる。いや、睨んではいるが目は笑っている。明らかに普通の精神状態でなくなっているのだ。

 

「何よ、サーヴァントの癖にマスターに口出しするの?あぁ、あなたって元々そういう性格だっけ?」

 

立香の口調は明らかに普段の彼女と異なっていた。まるで別人のような態度に周囲の者達は困惑する。そして立香はジャンヌオルタに対して侮蔑的な目で見始める。かと思えば狂ったように笑い始めたではないか。

 

「あはははははは!!!サーヴァントならマスターの命令に従えっていうの?だったら命令するね。私の前から消えてくれないかな?わたし、今すんごく機嫌が悪いの。これ以上邪魔するなら、あなたの首をへし折るかもしれないから」

 

「……ッ!!」

 

あまりにも常軌を逸した発言に周囲は絶句してしまう。取り戻すべき日常であった筈の父と母。その二人が無惨にも命を奪われた事で立香の心は最早以前のような人類最後のマスターのものではなかった。

 

「……分かったわ。もう二度と話しかけないから安心しなさい」

 

そう言い残し、ジャンヌオルタは立香の元から立ち去る。その後ろ姿を立香は嘲笑うかのように見ていた。

 

「ねぇ、マシュ。一緒に遊ぼう?楽しい遊びをしよう?あははは!!」

 

立香は狂気に満ちた笑顔を浮かべながら、隣にいるマシュの手を握る。マシュは恐怖のあまり体が震えていた。この状態の彼女が恐かったからだ。そしてそれはマシュだけではない。今まで立香と共に戦ってきたサーヴァント達も同様で、中には立香を怖がり、その場から離れる者もいた。

 

「あれ?なんでそんな顔してわたしを見てるの?今日は気乗りしない?気分が乗らないの?そっか、そうだよね」

 

立香はそう言うとマシュの手を引き、自分のマイルームへと連れ込んだ。そしていきなりマシュの唇にキスをしてくる。マシュは突然の行動に驚いて立香から離れた。

 

「せ、先輩!?何をするんですか!?やめて下さい!!」

 

「何で嫌がるの?わたしの事嫌いになったの?」

 

立香はマシュを壁際に追い詰めると、壁ドンをする形でマシュに詰め寄る。

 

「ち、違います……ただ、こういう事はもっとお互いを知ってからじゃないと……」

 

マシュは顔を真っ赤にして俯く。確かにマシュは先輩である立香の事が好きだ。しかし、今の立香の精神は普通ではなく、正常な判断が出来ていない。マシュはそう思ったのだ。しかし、その考えは間違っていた。

 

「マシュ、いい加減にしないと怒るよ?」

 

立香は笑顔でマシュに言ってくる。

 

「そ、その……同性間でこのような事をするのはどうかと思います……」

 

「別にわたしは気にしないけどな~。だって、マシュは可愛いもん」

 

そう言って再度マシュの唇にキスをしてきた。だが力はマシュの方があるので、直ぐに立香を引き剥がす。

 

「ダメです!本当にやめてください!こんな事、絶対におかしいですよ!?」

 

「どうしていけないの?マシュはわたしのモノなのに。誰にも渡さないよ。マシュはずっと私と一緒にいるの。そうでしょう?」

 

そう言って立香は再びマシュに歩み寄る。そしてマシュの顔と自分の顔を近づける。

 

「……パパも……ママも……もういないんだよ……」

 

不意に立香の目からは一筋の涙が零れ落ちた。焦点の定まらない瞳孔から見える世界は、立香にとっては灰色の世界にしか見えないのだ。マシュはそんな立香の言葉を聞いて、胸が締め付けられるような思いになる。両親の死を目の前で目撃した立香は正気を失ってしまったのだ。そして立香を抱き寄せると、優しく頭を撫でる。

 

「……大丈夫……大丈夫ですから……私が側にいますから……先輩の側にはずっと…」

 

そう言ってマシュは涙を流している立香の唇と自分の唇を優しく合わせた。それから数時間後、立香はベッドで眠るマシュの横で目を覚ます。隣でスヤスヤと眠るマシュの寝顔を見て、自己嫌悪に苛まれる。

 

(……最低だ……わたし……)

 

マシュは両親を失った悲しみを癒そうとしてくれているのに自分はそのマシュの優しさを踏み躙るような真似をした。マシュが自分を大切に思ってくれる気持ちを利用して、マシュの心を弄んだのだ。こんな事、許される訳がない。だがそれでも、両親の死という事実は余りにも重すぎたのだ。そんな立香の心にある考えが浮かんだ。それは間違ってもしてはいけない事であり、人類最後のマスターとして決して認められない行為だ。

 

「そうだ……聖杯があるじゃん。沢山保管してあるから一つくらい無くなっても分からないだろうし、それに、これは仕方のない事なんだ。うん、だからしょうが無いよね」

 

立香は狂気に彩られた瞳のまま、マイルームを出た。




ぐだ子のメンタルがもう……orz

ちなみにこっちの世界ではアベンジャーズは存在しないしパニッシャーもいません。


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第11話 ある普通の少女の願いと罪

実際に複数の聖杯を同時に使ったら不味い事態になりそう……。


警報装置が作動し、けたたましい警報音が鳴り響く中、立香は保管室から盗んだ聖杯をじっと見つめていた。

 

「これがあればパパとママが死ななかった事にできる……」

 

焦点の定まらない瞳の立香は呟きながら、手に持っている複数の聖杯を見比べる。どれも同じ形をしており、色も同じで区別はつかない。だが立香にとってはどうでもよい事だ。立香の顔には狂気的な笑みが浮かび上がり、これから行う行為を想像するだけで心の底から歓喜するのだ。

 

「これがあれば……これがあればパパとママがわたしを出迎えてくれる……!もう一度三人で暮らせるんだ……!」

 

既に正気を失っている立香は、自分が何をしようとしているのか理解していない。だがそんな彼女の脳裏には、両親との幸せな日々の記憶しか残っていないのだ。

 

カルデアに連れて行かれ、そこでの戦いの日々で立香は両親に会いたいと何度も願っていた。自分を愛してくれた父と母に再会する日を夢見て、特異点の修復、空想樹の切除をし続けた。およそ常人では耐えられないような環境の中で立香は両親の待つ家に帰る事を目標に戦い続けた結果が両親の無惨な死である。カルデアに連れていかれた一人娘の行方を追っていただけなのに、魔術協会の手の者によって命を奪われた。単に殺されるだけではない、魔術師の工房に研究材料として贈られたのだ。最愛の娘である立香の行方を追っていただけなのに、魔術協会の執行者によって始末され、死後の尊厳まで踏みにじられた。

 

「パパ……ママ……会いたい……会いたいよ……」

 

正気を失っている筈の立香の目からは大粒の涙が流れ落ちていた。年頃の少女である立香にとって、両親と過ごす時間はかけがえの無いものだ。だが素人同然の立香は運命の悪戯か、カルデアという魔術師の組織にスカウトされ、そこで人類最後のマスターとしての戦いに身を投じなければならなかった。立香は手にした聖杯を見ながら両親との再会に心を躍らせる。が、その時保管室の扉からダヴィンチ、マシュ、ゴルドルフ、ホームズ、ネロが入ってきた。

 

「やめるんだ立香ちゃん!!聖杯を使うのは危険すぎる!!」

 

「お願いします先輩!!!やめて下さい!!」

 

「邪魔しないでよ……邪魔しないでよ……邪魔しないでよ……!!!」

 

マシュとダヴィンチが必死になって止めようとするが、今の立香に二人の声は届かない。

 

「パパとママに……会いたいの。お願いだから邪魔をしないでくれる?」

 

立香は虚ろな目でダヴィンチ達を見つめる。

 

「やめてくれ立香ちゃん……!君のご両親の事は本当に残念だ……だけど、こんな形で君が幸せになっても、きっと君は喜ばない……!そんなのはただの偽物だよ……!!」

 

「うるさい……!黙れ……!お前達なんかに何が分かる……!?わたしの気持ちなんて何も知らない癖に……!!」

 

立香は自分でも気付かない内に、憤怒の形相でダヴィンチ達を睨んでいた。自分がカルデアにスカウトされなければ、最愛の父と母は死なずに済んだかもしれないという思いから、これまで一緒に戦ってきたダヴィンチやマシュにまで怒りを露わにしている。

 

「騙されてカルデアに連れてこられ……右も左も分からないまま特異点修復に駆り出され……空想樹切除もようやく終盤かと思えばパパとママは殺されていて……二人が何をしたって言うのよ!?」

 

立香は目から涙を流しながら叫ぶ。

 

「わたしは……パパとママに"ただいま"も言う事ができなかった……!もう二度と会えないと思ったから……わたしは……わたしは……」

 

立香はその場に崩れ落ちる。

 

「うぅっ……ひく……わたしは……パパとママに……パパとママに……あいたかったのに……」

 

泣きじゃくる立香を見て、一同は胸を痛める。

 

「だから……わたしの邪魔をしないでよ!!!パパとママが死ななかった事にするだけでしょ!!??それの何がいけないのよ!!!答えなさい……!答えろぉぉぉ!!!」

 

立香は心からの叫びを吐き出す。溢れ出す激情は止まらない。そんな立香の姿を見て、ダヴィンチは目から涙を流しががら地面にへたり込んだ。

 

「すまない……すまない……普通の女の子だった君を戦いに巻き込んでしまって……すまなかった……!」

 

「先輩……私は……先輩が苦しんでいる事に気付いてあげられませんでした……先輩が辛い思いをしていたのに……私は何もできなくて……」

 

マシュは涙を流しながら、膝をついて頭を下げる。

 

「やめるのだマスター!!聖杯を使えば貴様は二度と……二度と後戻りはできなくなるぞ……!!!」

 

「もういいの……わたしはパパとママに……逢いたいの……わたしは……わたしは……わたしはぁ……あああ……ッ……!!!」

 

立香は虚空に向かって手を伸ばす。まるでそこに両親がいるかのように。絶望に満ちた立香は、聖杯という一筋の希望に縋り付く一人の少女に過ぎなかった。そんな立香を見て、ダヴィンチは唇を噛み締める。

 

「ダメだ立香ちゃん……。聖杯を使ってはならない……!カルデアのマスターとしてそれだけは認められない……!」

 

「どうして……なんで分かってくれないの……!みんなして……私の事を馬鹿にして……!私だって……!頑張ってるのに……!」

 

立香は聖杯を握りしめながら、血走った目をダヴィンチに向ける。その瞳には憎悪が宿っていた。

 

「私を戦いに放り込んで、管制室から高見の見物と洒落こんでいる貴女には分からないんでしょうね……!」

 

それは、以前の立香であれば決して言わなかったであろう言葉。だが今の立香にとって、このカルデアにいる者達は敵以外の何でもなかった。自分の両親を死に追いやった原因であり、自分が特異点の修復や空想樹の切除に身を投じる事になった元凶である。そして憎悪の目はマシュにも向けられる。

 

「いつもいつもわたしの事を先輩先輩って呼んで本当に鬱陶しいのよ!!!!わたしはアンタの保護者じゃないでしょうが!!」

 

立香は聖杯を手にしながら、憎々しげに吐き捨てる。それは特異点と異聞帯を共に駆け抜けてきた信頼できる後輩であるマシュに対する言葉ではなかった。

 

「せん……ぱい……?」

 

立香の言葉に、マシュは震えた声で反応した。

 

「なんでわたしの邪魔をするの……!わたしが何をしようと勝手でしょ……!わたしは……わたしは……!もう……もう……!」

 

立香は目に涙を浮かべながらマシュに訴える。

 

「先輩……落ち着いてください……お願いですから……」

 

マシュは悲痛な表情で立香に語りかけた。

 

「うるさい……!黙れ……!アンタに何が分かるの……!?」

 

だがマシュの言葉も空しく立香は激昂する。

 

「嫌なの……!パパとママがいない世界なんて……!だから……だから……!!」

 

立香は虚ろな目で聖杯を掲げる。

 

「よさぬか!!本当に取返しのつかない事になるのだぞ……!!」

 

「立香ちゃん!今ならまだ間に合うんだ!だから考え直すんだよ……!!」

 

ダヴィンチとネロは必死になって立香を止めようとするが、二人の声は届かない。

 

「うるさい……!!!わたしを戦いに放り込んだ癖に偉そうに説教なんかしないでよ……!!あんたらが余計なことしなければ……!!」

 

「済まない……!済まない……!普通の女の子である君を戦いに巻き込んでしまって……!!」

 

ダヴィンチは涙を流しながら、地面に座り込む。戦いとは無縁の生活をしていた立香は、運命の悪戯によって世界の命運を背負わされてしまった。ごく普通の女子高生であった立香にとって余りにも過酷な戦いの日々。だがそれでも人理を取り戻して両親のいる家に帰れるのならと必死で頑張ってきたというのにその結末がこれだというのだろうか?

 

(どうしてこうなったんだ?)

 

ダヴィンチの心の中で何度も繰り返される疑問の言葉。ダヴィンチだけではない、その場にいた誰もが同じ気持ちだっただろう。この場にいる全員の目的は一つしかないはずだ。それは自分達の世界を取り戻す事であるはずなのに、愛する両親の命が奪われ、自暴自棄となり聖杯に手を出す立香の姿は、最早人類最後のマスターではなかった。愛する両親との再会を望む一人の少女でしかなかったのだ。その光景を見てしまったダヴィンチ達は必死になり止めようとするものの、全ては遅かった。

 

「先輩! やめてください!」

 

「馬鹿者っ!! 正気に戻れ!!」

 

「お主は余が認めたマスターなのだ!!勝手に死ぬことは許さぬ!!」

 

マシュ達の言葉に苛立った立香は慟哭の叫びを上げる。

 

「わたしは……わたしは望んで人類最後のマスターになったんじゃない……!!世界を取り戻す為に必死で戦って……その結果がパパとママの死なの……?全部お前らのせいだ……全部お前らが悪いんだぁぁぁ!!!!!」

 

立香は保管庫から盗んだ聖杯を持てるだけ持ち、自分の願いを言おうとする。

 

「よすんだ立香ちゃん!!そんなに沢山の聖杯を使って願い事をすればどんな事態を引き起こすか分からない!!大変なことになるかもしれないんだぞ!?」

 

一つの聖杯を使っても特異点が発生するのだとすれば、複数の聖杯を同時に使えばどんな事が起きるのだろうか?冷静に考えれば恐ろしく危険な行為なのだが、両親の死を無かった事にしようとする今の立香にとっては関係なかった。寧ろ両親と再会する為に必要な代償だとすら思っている。

 

立香は両手に聖杯を持ち、自分の望みを口にする。

 

立香は聖杯の力を使い、「パパとママが生きている時間軸に戻す」「自分が生まれ育った家に帰れるようにする」という二つの願望を叶えようとした。

 

「先輩!!!やめてください!!!!」

 

マシュの叫び声が響く中、立香は聖杯を使った。その瞬間、眩い光が聖杯から溢れ、立香のみならずマシュやダ・ヴィンチまで光に飲み込まれて消えてしまう。

 

マシュ達が消えた直後だった。立香は自分の意識が遠くなっていく感覚に襲われる。まるで夢でも見ているかのような気分だった。目の前に広がるのは懐かしく思える我が家の玄関前。そして扉の向こう側には、立香の父と母がいたのだった……。

 

「パパ……!ママ……!!会いたかった……!」

 

立香は嬉しさのあまり涙を流しながら、両親の下へ走っていく。だがその瞬間、立香は意識を取り戻した。

 

「あれ……?何でここに……?」

 

気が付けば先ほど聖杯を起動させた保管室で気を失っていたようだ。

 

「そんな……!?あれだけ聖杯を起動させたのに……!?」

 

どう考えても聖杯の力が発動したようにしか見えない。そして肝心の使用した聖杯はどこを探しても見当たらなかった。あれだけあった聖杯が一つも無いのだ。

 

「どこにあるの……!?聖杯が……聖杯がないとパパとママが生き返らないのに……!」

 

立香は再び聖杯を探すべく、部屋を出ていく。だが廊下には誰もおらず、不気味な程に静まり返っているではないか。

 

「どういうこと……?」

 

そういえば聖杯の保管室に侵入した自分を止める為に来ていたマシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズ、ゴルドルフ、ネロの姿が一切見えない。何処に行ったのであろうか……?その時、立香の脳裏に嫌なものが過る。もしやマシュ達は自分が聖杯を使用した事で、特異点が発生してしまい、別の世界線に飛ばされたのではないか……と。

 

「マシュは……ダ・ヴィンチちゃんはどこにいるの……!?」

 

血相を変えてマシュを探し始める立香。だがマシュもダ・ヴィンチもゴルドルフもいない。誰一人としてノウム・カルデアにはいないのだ。あれだけいた他のサーヴァント達も忽然と姿を消してしまっている。

 

「みんなどこにいるのマシュ!?返事をして……!」

 

立香は泣きながらマシュの名前を呼ぶが、その声は誰にも届くことはなかった。

 

「ごめんなさい……!わたしが聖杯なんて使おうとするからこんな事に……!うぅ……!どうして……どうしてなの……!わたしはただ……パパとママに会いたいだけなのに……!」

 

立香はその場で膝を抱えながら涙を流す。自分が父と母と再会するべく複数の聖杯を同時に起動させてしまったせいで、立香以外の人間やサーヴァントは全て消えてしまったのだ。

 

「わたしは……本当にひとりぼっちになっちゃったんだ……」

 

立香は呆然自失となり、その場に座り込む事しかできなかった……。聖杯を用いて両親を蘇らせようとする自分を止めるマシュやダ・ヴィンチ達を傷つける言葉を吐き、あまつさえ彼等の言葉を無視して聖杯を無断で使った挙句、聖杯の力で両親を蘇生させようとした結果がこれである。立香は絶望に打ちひしがれながらも、どうにかしてマシュ達と連絡を取ろうとするのだが、通信機に反応はなかった。

 

ひょっとしたら何処かの特異点にマシュ達が飛ばされているのかもしれないと考えたのだが、無駄だった。ノウム・カルデアにいたムニエルを初めとするスタッフも全員消失した為、特異点の観測もできない。立香は完全に孤立無援になってしまったのだ。

 

(どうしてこうなったの……?)

 

自分を信頼し、支えてくれた仲間達の忠告を無視するばかりか、彼等との絆まで否定する言葉を吐いて聖杯を起動させた結果がこれである。後悔してもしきれない。

 

(もういい……疲れちゃったよ、何もかも。このまま眠りについてしまおうかな?)

 

立香は床の上に寝転がり、そのまま目を閉じる。いっそ死ねた方がどれだけ楽だっただろうか。両親の死をなかった事にする為に聖杯を使ってしまった自分は、生きる価値など無いのだ。だが寝た所で死寝る筈もないのでとりあえず起きる事にする。幸い食堂に貯蔵してあった食糧は無事だったので当分の間は食うに困らないだろう。それに設備関係が死んでないのがせめてもの救いだった。

 

(この彷徨海にいる人間はわたし一人だけ……。これからずっとここで暮らしていくしかないの……?いやだ……そんなのいやだよ……マシュ……ダヴィンチちゃん……!誰か助けてよぉ……!寂しいのはいやなの……!お願いだから帰ってきてよ……!)

 

孤独感に耐え切れなくなった立香は号泣する。これは聖杯を使おうとした自分に対する罰なのだろうか?このまま孤独に朽ち果てろというのか?

 

「そうだよね……。これはわたしへの罰なんだ。だったら甘んじて受け入れないと駄目なのかも」

 

立香は自嘲気味に笑う。この世界にいるのは立香ただ一人だけだ。当然マシュ達の姿はない。今頃マシュ達は別の場所で彷徨海の探索を続けているのだろう。そもそも生きているのかさえ怪しいが。

 

立香は自分が犯してしまった罪の大きさをマシュや他の仲間まで消失した事でようやく理解する事ができた。立香は今まで様々な苦難を乗り越えてきた。だがそれは全て自分の力だけで成し遂げたものじゃない。共に旅をしてきたマシュを始めとした多くの英霊達が力を貸してくれていたからだ。だが今の立香はたった一人で彷徨海に取り残され、孤独な生活を送っている。そんな生活が三か月間続いた。立香は食堂の調理場で自分が食べる料理をひたすら作り続けたのだ。

 

「今日もご飯を作るのに飽きてきました……」

 

立香は独り言を言いつつ、作ったばかりの朝食を食べる。食事は自分で作っているものの、味気のない日々を過ごしており、毎日のように同じメニューを食べ続けている。食堂の厨房担当であったエミヤ、ブーディカ、タマモキャット、紅閻魔はもういない。立香は孤独に苛まれつつも、どうにか生きている。自殺など単なる逃げに過ぎない。死んだところで両親の事を無かったことにはできないのだ。ならば生きて償わなくてはならない。

 

「けどどうやって償わなきゃいけないの……。ここでただじっと死人同然に生きていくのが正しいの……?」

 

立香は自分の部屋に戻り、ベッドの上に横になる。マシュ達がいなくなったことで、立香の生活は大きく変わってしまった。そして立香はマイルームに備え付けられているシャワー室に入るべく服を全部脱ぎ捨てた。立香は浴室に入り、蛇口を捻る。すると冷たい水が勢いよく飛び出し、全身ずぶ濡れになった。立香は水を浴びたまま目を閉じて物思いに耽る。マシュ達がいなくなってからというもの、まともに眠れていない。眠ろうとしても罪悪感で胸を押し潰されそうになるのだ。立香はそんな状態のまま一日を過ごす事になる。立香はシャワー室から出ると、バスタオルで身体を拭き、全裸のままマイルームから出た。自分以外に人がいないのなら、恰好など気にする必要もない。下着を穿くのも面倒なので裸のままでいる事にした。

 

(すっぽんぽんで外に出るのはやっぱり恥ずかしいなぁ……。誰もいないのは分かってはいるけど癖になっちゃってるみたいだし……)

 

毎日刺激のない生活を続けるのが苦痛な立香は、たまに気分転換の為に外出をする。衣服を着ずに生まれたままの姿で動き回る光景をサーヴァントやマシュに見られたらと思うと恥ずかしい気持ちで一杯になる。だが今の彷徨海には立香以外いない。

 

(シミュレータールームで時間を潰すのもアリだけど、こうして外を露出徘徊するのもいいかも……。何かスリルがあって楽しいし……)

 

立香の顔は紅潮しており、息遣いが荒くなっている。普段の立香からは想像がつかない姿だが、これも一種のストレス発散方法なのかもしれない。立香はしばらく歩き続け、彷徨海の中を散策する。だが途中で疲れた立香は近くの部屋に忍び込み、そこで休憩を取ることにした。

 

「ふぅ~、疲れた……」

 

立香は部屋の中にあったソファーに腰かける。立香はしばらくの間休むと、部屋から出ようとする。が、その時部屋の入口に立っている人影を目にした。

 

「アビー……?」

 

部屋の入口に立っているのはアビゲイル・ウィリアムズだった。アビーはソファから立ち上がった立香の姿を目を丸くしながら見ていた。

 

「アビー!!よかった!戻ってきたのね……!」

 

立香は嬉しさのあまり涙を流し、彼女に近づこうとする。が、アビーの口から思いもよらぬ言葉が出てきた。

 

「えっと……お姉さんは誰?ここは関係者以外は立ち入り禁止よ……?」

 

立香はその言葉を耳にし、思わず足を止めてしまう。

 

「え……?アビー、わたしが分からないの……?」

 

そんな筈がない。だって目の前にいるのは間違いなく立香の知っているアビゲイル・ウィリアムズなのだ。彼女はいつも立香と一緒にいたではないか。なのに何故知らないふりをしたのか? 混乱する立香に対して、アビーは困惑の表情を浮かべるだけだった。そんな彼女の反応を見て立香の頭の中で嫌な予感が生まれる。

 

「あの……どうして私の名前を……?それにどうしてそんな格好なの……?」

 

アビーの言葉に立香の心臓が大きく跳ね上がる。今の自分は素っ裸なのだという事を思い出し、慌てて両手で胸と股間を隠した。

 

立香は顔を真っ赤にしてその場にしゃがみ込む。

 

(うそ……!どうして!?どうしてわたしの事を覚えてないの……?)

 

立香は泣き出しそうになりながらも、必死になって考える。

 

(もしかしたら記憶喪失……?聖杯を使ったんだからそうなってもおかしくはないよね……)

 

そう、三か月前に複数の聖杯を用いて両親の死を無かった事にしようとした結果、マシュや他の仲間達はノウム・カルデアから消失したのだ。聖杯の影響でアビーの記憶が無くなっていてもおかしくはない。そう思った立香はアビーに声をかける。

 

「聞いてアビー!わたしはあなたのマスターである藤丸立香よ!!覚えてないかもしれないけど、わたしはあなたのマスターなの!」

 

が、立香の言葉を聞いてアビーは首を傾げる。

 

「確かに私のマスターは藤丸立香だけど彼は……」

 

その言葉と同時にアビーは忽然と姿を消した。

 

「え!?アビー、どこ?どこにいるの?」

 

立香は突然消えたアビーを探すが、彼女はどこにもいない。まるで幽霊のように消えてしまったのだ。

 

「どうしよう……。このままじゃわたしはまた一人ぼっちになっちゃう……」

 

立香は不安に押しつぶされそうになった。

 

それから数日後、立香は再びサーヴァントに遭遇する事となる。ある日、いつものように廊下での露出徘徊を楽しんでいると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「……お主は何者だ?ここで何をしておる?」

 

立香は振り返り、そこに立っていた女性の姿を見て驚く。それは紛れもなく影の国の女王であり、ケルト神話の英雄スカサハだった。立香は驚きのあまりに悲鳴を上げてしまう。立香は咄嵯に両手で自分の胸と下半身を隠した。

 

「見ない顔だが、どうやってこの彷徨海に来たのだ?まさかあのアベンジャーズとかいう別世界から来た連中の仲間か?」

 

(アベンジャーズ……?何の事を言ってるのかさっぱりだけど、スカサハ師匠もわたしの事を覚えてないみたい)

 

数日前のアビーと同じく、スカサハも自分の事を覚えていないようだ。立香は何とか誤魔化そうとする。

 

「あ、あなたは一体誰なんですか……?私はただの一般人です……。ここに迷い込んだだけです……!」

 

だが、そんな立香の反応を見たスカサハは怪訝な顔つきで立香を見てる。明らかに怪しまれているではないか。

 

「怪しい奴め……。もしや、例のアベンジャーズの一員なのか……?」

 

(やばい……。どうにかしないと……。でも、どうやってごまかすの……?)

 

焦った立香は何も考えずにその場から離れようとした。だが、スカサハによって腕を掴まれて引き寄せられる。

 

「そんな恰好で彷徨海を歩き回るとはいい度胸をしてるな……」

 

立香は抵抗するが、所詮は人間に過ぎない。いくら暴れても振りほどく事ができない。

 

(まずい……。殺されるかも……!!)

 

だがその瞬間、立香の腕を掴んでいたスカサハは消失した。数日前のアビーの時と同様に忽然と姿を消したのだ。

 

「あれ……?また消えた……?何がどうなってるの……?」

 

立香は訳が分からず呆然となるが、すぐに我に返る。

 

(とにかく逃げないと!)

 

立香は一目散に逃げ出し、マイルームに閉じこもる。

 

「意味が分からないけど、ここなら安全かな……?」

 

立香はベッドの中に潜り込んで震えていた。

 

(わたしが見たスカサハ師匠とアビーはただの幻だったの……?)

 

そう思うしか他になかった。そして翌日、立香はもう一度廊下を徘徊していた。流石に全裸で歩き回るの危険すぎると判断したのか、今回はちゃんと服を着た状態で徘徊する。

 

(今度は大丈夫……。もうあんな事は起きないだろうし……)

 

そして立香は自分の目の前でガレスと酒呑童子が廊下で戦っている光景を目撃する。酒呑童子が持つパワーはガレスを完全に圧倒しており、戦いはほぼ一方的だった。

 

(え……!?何で二人は争ってるの!?)

 

二人の争いを目にした立香は困惑する。何故二人が喧嘩をするのか理解できなかったからだ。そして廊下の壁にもたれかかる黒いコートと防弾チョッキを着た白人の男が目に入る。腹から血を流しており、このままでは出血多量で死ぬだろう。立香は目の前で倒れている男の元へと近づく。

 

「大丈夫ですか?」

 

立香は腹から血を流して倒れている男に肩を貸し、医務室まで運ぼうとする。

 

「しっかりしてください!わたしが医務室にまで運びますから」

 

立香は男の肩を貸しつつ、医務室へと移動する。

 

「パニッシャー殿!おひとりで動かれては危険です!このガレスが肩を貸すので今しばしお待ちを!」

 

ガレスの叫びを無視して、立香はパニッシャーと呼ばれたこの男と共に医務室へと向かう。

 

「嬢ちゃん、名前は……?」

 

「わたしですか?わたしの名は藤丸立香です」

 

「おい、冗談言うな。そんな筈ないだろう……」

 

パニッシャーは立香の言葉が信じられないというような顔をしていた。そして立香はパニッシャーを医務室の入口前に降ろした。

 

「すみません、もう時間なのでわたしはこれで……」

 

そう言って立香はその場を立ち去った。立香はガレスと酒呑童子が争っていた現場に向かうと、既に二人はいなくなっていた。戦いの痕跡も綺麗さっぱり消えている。

 

「これってやっぱり……わたしが並行世界のカルデアに転移しているって事なの……?」

 

立香自身が自分でも気づかない内に、並行世界のカルデアにレイシフトしているのだとすれば、スカサハやアビーが自分の事を覚えていないのも納得できる。これも複数の聖杯を起動させた事による影響なのだろうか?

 

(とにかく今は状況を把握しよう……。どうしてこうなったのか調べる必要があるよね……)

 

そう思いながら立香はマイルームに戻る。それから数時間後、マイルームの外へと出た立香は廊下を徘徊し始めた。

 

(並行世界でも……マシュやダ・ヴィンチちゃんにまた会えるとすれば……)

 

自分が複数の聖杯を起動させた事で、自分が知るマシュとダ・ヴィンチは消失してしまった。だが並行世界には自分を知らないマシュとダ・ヴィンチがいる。例え自分の事を知らないマシュやダ・ヴィンチでも今は二人に会いたかった。

 

(……マシュに会ったらなんて言おうかな?久しぶり?それとも初めまして?どっちがいいんだろ……)

 

そもそも並行世界のマシュが自分の事を知っている筈がない。自分が知るマシュはもういないのだから……。その事実に胸が締め付けられる立香の目からは涙が溢れ出す。

 

(ダメ……泣いたら……。まだ泣くわけにはいかない……。だって、これからもっと辛い事が起きるかもしれないし……)

 

だが立香はその場に蹲り、とめどなく溢れる涙を床に滴らせる。

 

(ゴメン……マシュ……ダ・ヴィンチちゃん……!わたしが自分勝手な願いで聖杯をたくさん使ったせいで……!!)

 

罪悪感と自責の念から立香は嗚咽を漏らす。こんな状況に陥ったのは両親を死から救おうとした自分の責任だと立香は思った。今日まで何度涙を流しただろう。だが悲しみに底などない。立香の目からは涙が止まらなかった。

 

「うぅ……グスッ……!」

 

そしてそんな立香に、声をかける存在がいた。




ぐだ子を全裸徘徊させているのはリヨぐだ子のオマージュです(オイ)

そもそも精神がかなり病んでる状態なんで、正常な判断が付かなくなっているんですが


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第12話 藤丸と立香、2人の人類最後のマスター

立香ちゃん積極的過ぎィ!! 後、普通に猫パニッシャーが可愛く見えてきた。猫状態の方が鯖たちから可愛がられそうだし。

やっぱアラフィフの言う通り、アベンジャーズはヒーローチームである以上、悪を許容する事はしないんだろうねえ。ここがカルデアとの大きな違いだろうし。


ダヴィンチは向いの席に座る藤丸とマシュに対してパニッシャーが猫になった事を説明する。

 

「まさかそんな事が……」

 

「でも、どうしてそんな事になったんですか?」

 

マシュの質問に対して、ダヴィンチは顎に手を当てながら答えた。

 

「うーん、私にも分からないなぁ。一体誰がパニッシャー君をこんな姿にしたのか……」

 

ダヴィンチはそう言うと、ハチワレの猫の背中を優しく撫でた。

 

「ニャーン」

 

気持ちよさそうに鳴くハチワレの猫。そんな猫をマシュは不思議そうな表情で見つめていた。マシュは猫の頭を軽く触る。すると猫はマシュの手に頭を擦り付けてきた。

 

「か、可愛いですね……!普段は不愛想なパニッシャーさんも、猫になればこんなに可愛くなるなんて!」

 

マシュは猫になったパニッシャーを見ながら興奮気味に言う。そんなマシュに対して立香は苦笑いを浮かべる。

 

「マシュ、それはちょっと違うと思うけど……」

 

立香はマシュに対してツッコミを入れる。

 

「そ、そうですか…?」

 

そしてハチワレの猫は立香に身体を擦り付けてきた。身体をスリスリするのは猫としての挨拶である。そして尻尾をピンと立てながら立香の膝の上に乗ってきた。立香はそんな猫を優しく抱き上げると、自分の胸にギュッと抱きしめた。

 

「こんな姿になってもおじさんはおじさんだよ。俺が守るから安心してくれ」

 

「ニャーーン」

 

立香と猫はお互いの顔を見合わせ、微笑み合った。そんな二人の様子をマシュは羨ましそうに見つめている。

 

「動物っていうのは人間よりも自分の気持ちをストレートに表現するのさ。だから普段は愛想が悪くて性格も暗めのパニッシャー君が、猫になった事で自分の気持ちに素直に行動できるようになったのかもしれないねぇ。いやはや、実に興味深い!」

 

「なるほど……。確かに言われてみると、パニッシャーさんはいつも難しい顔をしていますし、あまり笑ったりもしない方なのですが、今の猫状態では積極的に私や先輩、ダ・ヴィンチちゃんにスリスリしたり、甘えた声を出したりと、とても感情豊かになっています。それに、何というか、こう、すごくモフモフしていて、ずっと触っていたくなりますね……」

 

マシュは立香の腕の中で気持ちよさそうにしている猫を撫でた。

 

「ニャオン」

 

マシュに撫でられて嬉しくなったのだろう。パニッシャーはマシュの手をペロリと舐めた。

 

「ひゃっ!?」

 

マシュは驚いて手を引っ込める。

 

パニッシャーはマシュやダ・ヴィンチの事を何だかんだで信頼しているのだろう。猫の状態となって二人に身体を擦り付けて懐いているのがその証拠だ。

 

「あはは、パニッシャー君はマシュが気に入ったみたいだね。まぁ、普段からマシュには色々と助けられているから、その恩返しみたいな感じじゃないかな?」

 

ダ・ヴィンチの言葉を聞いたマシュは、照れ臭そうな表情で頬を赤らめる。

 

「パニッシャーさんはこんな姿になっていますけど、元に戻すべきでしょうか……?人間の状態だとサーヴァントの皆さんに喧嘩を売ったりするので、この姿でいる方が平和だと思うのですが……」

 

マシュは困り顔で言うが、そんなマシュに対して立香が告げた。

 

「でも、この状態のおじさんは可愛いから、俺はこのままでもいいと思うんだけど」

 

立香は猫を抱っこしながら言った。そんな立香達の席にネロが来た。

 

「おお!マスターよ!同席しても構わぬか?」

 

立香は笑顔で答える。

 

「もちろん」

 

立香がそう言うと、ネロは立香の隣の席に座った。そして立香の膝の上で寝るハチワレの猫を見る。

 

「うん?この猫はどこから連れてきたのだ?」

 

ネロが聞くと、ダ・ヴィンチはパニッシャーが何者かの魔術によって猫の姿に変えられたのだと説明する。

 

「そうか、あやつが猫に……。余はてっきり、あの男はどこかで野垂れ死んだのかと思っていたぞ」

 

ネロは苦笑いを浮かべる。実際にパニッシャーは酒呑童子に殺されかけたので、その言葉は割と洒落になってないのだが。そんなネロに立香達はパニッシャーの事情を説明した。

 

「なるほど……。それは災難であったな」

 

ネロは立香の膝で寝る猫の背中を撫でる。猫も満足そうに喉を鳴らした。

 

「あの不愛想な男が随分と可愛らしい姿になったものよ。余に飼われてみる気はないか?」

 

そんな冗談を言うネロに対して、立香は苦笑する。

 

「いや、流石に無理じゃないですかね……」

 

そんな立香にマシュは呟いた。

 

「いえ、案外いけるかも知れませんよ。パニッシャーさんは猫ですし、先輩の飼い猫という設定なら、ネロさんもパニッシャーさんの面倒を見てくれるかも……」

 

マシュの言葉に立香は目を丸くする。

 

「い、いや……いくら猫になっているって言ってもおじさんをペットとして飼うわけには……」

 

「さ、流石に魔術で動物に変えられている人間をペットにするのは不味いですね……」

 

流石にマシュも自分の発言の迂闊さに気づいたのか、顔を赤くする。

 

「ところであのアベンジャーズという別世界からやってきた者達とは定期的に会議を開いてはおるのだが……なんというかあ奴等は固い頭をしておるのう」

 

「はい。確かに皆さん真面目な性格をしている方が多いですよね」

 

「…頭が固いだけならまだ良いかもしれん。連中はこのカルデアにいる悪属性のサーヴァント共の事を快く思っておらぬようだしな」

 

「えっと、どういう事でしょうか?」

 

「モリアーティや道満、コロンブス、キアラのようなサーヴァントは即刻座に退去させるべきだと主張しておったわ。ま、余はそのような戯言に耳を貸すつもりはないが」

 

「そ、そうなんですか……」

 

アベンジャーズはヒーローの集団だとは聞いていたが、彼等なら道満やモリアーティのような悪の権化とも呼べるサーヴァントを快く思わないのは確かだろう。そして噂をすればモリアーティが

 

こちらに来たではないか。

 

「失礼するよ諸君。私も同席しても構わないかな?」

 

マシュは少し緊張した様子で答える。先ほどの会話は聞こえていたに違いない。

 

「ど、どうぞ」

 

マシュがそう言うと、モリアーティは立香の隣に座る。

 

「ふぅむ……ネロ君の言う通り確かに彼等アベンジャーズは固い頭をしている。言うなれば柔軟性というものに欠けているように見えるがネ」

 

「柔軟性に欠ける…ですか?」

 

「そうとも。彼等の立場は"ヒーロー"。人々の為に悪と戦い、世界の平和を自分の命に代えても守り通すまさしくお話に出てくるヒーローそのままの存在だ。しかしだからこそ彼等は私のような悪を許容しないと言ってよい」

 

「確かにアベンジャーズの皆さんは全員が"善い人"です」

 

「その通りだよマシュ君。このカルデアは善と悪、正と邪が入り混じった人理の為の組織。正義と悪が混在している環境は彼等から見れば甚だ奇異なものに映るだろう。だがそれこそが我々カルデアの強みだとは思わないかネ?私のような巨悪から歴史にその名を残した聖女サマまで内包する柔軟性と寛容さこそがカルデアのカルデアたる所以なのだヨ。このカルデアは彼等から見れば混沌そのもの。しかしそれ故に私達は柔軟に物事を捉える事ができる」

 

「それではアベンジャーズの皆さんにはその"柔軟性"が欠けていると……?」

 

「まぁ、分かりやすく言うならばそうだろうネ。彼等は間違いなく善人であり正義の為に戦う集団だ。だがそれ故に私のような"悪"を決して許容しないのだヨ。いいかネ?正義の味方というのは聞こえは良いが、それはつまり自分達の価値観を絶対として動くという事。まぁ、そんな考えの持ち主はこのカルデアには腐るほどいるのだが、少なくとも"善であり正義"という一つの色の元で戦うアベンジャーズと、"善と悪と中庸"という三つの色が力を合わせて戦うカルデアとは価値観が合わないのは当たり前の事なのサ」

 

モリアーティの理論は最もだ。アベンジャーズはヒーロー組織という立場上、悪人を自分達のメンバーに入れるわけがないし、悪人…彼等の世界で言うヴィランがヒーローになれるとすれば、それは"改心"というプロセスが必要になってくる。善であり正義という一つの色しか認めないアベンジャーズと、善と悪と中庸の三つが混在するカルデアでは考えも違うのは当たり前である。

 

「ごちそうさま。それじゃ俺はアベンジャーズの人達と話でもしてくるよ。何であれ、相手の事を知らなきゃ何も始まらないしね」

 

マシュが見送ると、藤丸は食器を片付けてからアベンジャーズがいる部屋へと向かおうとする。藤丸が廊下を歩いていると、10メートルほど先で床に蹲って泣いている赤毛の少女がいた。しかも藤丸と同じカルデア制服を着ている。カルデア制服を着ているのはこのノウム・カルデア藤丸ただ一人だけなので、藤丸以外のマスターがいるのはあり得ない。赤毛の少女はとめどなく流れる涙を床に零しながら嗚咽を上げていた。

 

「うぅ……ひっく……」

 

「大丈夫ですか!?」

 

藤丸は慌てて少女に駆け寄り、ハンカチで涙を拭いてあげる。すると泣き声は止み、涙を必死に堪えようとする。

 

「あ、ありがとう……。えっと……あなたは……?」

 

赤毛の少女は藤丸をじっと見つめている。藤丸はこの少女が他人とは思えないような気がしてきた。

 

「君は……?」

 

藤丸も少女に対して言葉を掛ける。そして二人は同時に言葉を紡いだ。

 

「俺は……」

 

「わたしは……」

 

「「藤丸立香」」

 

藤丸は自分と同じ名前の少女……立香の言葉に驚いた。そしてそれは立香も同じである。

 

「俺と……同じ苗字と名前……?」

 

「そんな……苗字と名前までわたしと同じだなんて……」

 

藤丸も立香もお互い状況を飲み込めていない。しかし立香はそんな事よりも、自分の名前が藤丸と同じである事に驚きを隠せない。

 

「えっと……同じ姓と名前だと混乱するから、わたしの事は立香って呼んで」

 

「分かった。それじゃ俺の事は藤丸って呼んでくれ」

 

「何だか変な感じね……。自分と全く同じ名前の異性が目の前に居るだなんて」

 

立香は藤丸に自分の事を立香と呼ぶように言うと、藤丸も立香の事を立香と呼んだ。

 

「ねぇ、藤丸……聞いてもいい?あなたは……人類最後のマスターなの……?」

 

立香の問いかけに対して藤丸は力強く答える。

 

「あぁ、そうだ。俺は人類の未来を取り戻す為に戦っている。それが例えどんなに辛い戦いであっても、俺は最後まで諦めずに戦うつもりだよ」

 

藤丸は人類最後のマスターとしての矜持と覚悟を口にする。

 

「そっか……。やっぱりそうなのね。わたしは……わたしにはその気概も勇気もなかったんだよね……」

 

「え……?立香……?」

 

藤丸は立香の悲しそうな表情を見て戸惑う。

 

「ううん、なんでもないの。だからわすれてちょうだい」

 

"なんでもない"。それは以前藤丸がマシュに対して心配をかけさせない為に言った嘘。だからこそ藤丸は立香がなんでもない筈がないと分かるのだ。

 

「……"なんでもない"なんて嘘は付かない方がいいよ」

 

「え……?」

 

「君が全然平気じゃない事ぐらい、俺も分かる。だって俺と君は同じ"藤丸立香"だろ?」

 

「藤丸……」

 

藤丸は立香の事をじっと見つめる。立香は藤丸が自分に向ける優しさに満ちた目線に思わずドキッとした。

 

「とりあえずダヴィンチちゃんの所に行ってみよう。何か分かるかもしれないから」

 

「うん……」

 

立香は藤丸に連れられ、ダヴィンチの元に向かう事にした。

 

 

 

 

**********************************************************

 

 

 

 

 

立香には徹底的なメディカルチェック、血液検査、レントゲン撮影、心電図などの様々な精密検査が行われた。それのみならず体内を流れる魔力や令呪まで解析された結果、立香と藤丸は完全に同一の存在である事が判明した。DNAまでが一致しているのである。そして全ての検査が終了すると、椅子に座ったダヴィンチから説明を受ける。

 

「立香ちゃん、キミは藤丸君と全く同じ存在なんだ。君は並行世界に存在するカルデアから来た人類最後のマスターなのさ」

 

立香はダヴィンチの言葉に改めて衝撃を受けた。立香は藤丸がカルデアに来た経緯も、特異点を修復してゲーティアの人理焼却から世界を救った事も、七つの空想樹の内、既に六つを切除した事も全て自分と同じ道を歩んでいた事実を知る。つまり自分と藤丸は同一存在であり、違うのは性別だけなのだ。

 

「そっか……。藤丸は並行世界のわたしなんだ……」

 

立香はダヴィンチの隣にいる藤丸に視線を移す。

 

「正直俺もまだ実感が沸かないんだ。並行世界の存在ならもう知っているから今更驚きはしないと思っていたけど、まさか並行世界の自分が女の子だとは思わなかったな……」

 

藤丸は立香が自分と同一人物であるという事に未だに戸惑いを隠せない。しかし立香にとってそんな事はどうでも良かった。何故ならば、藤丸と自分は別人ではなく、同一存在であるという事実を知ったからだ。

 

「えへへ、なんか初めて廊下で会った時から他人っていう気がしなかったけど、藤丸ってよく見ればいい男だよね」

 

立香は藤丸に対して今まで感じていた親近感の正体が分かり、嬉しさのあまり藤丸に抱き着く。

 

「ちょ、ちょっと立香!?」

 

「何よ、照れなくてもいいじゃん。どうせわたしとあなたは同じ存在なんだし」

 

立香は藤丸に抱き着いたまま、顔を赤らめる。が、そんな二人を見ていたマシュは慌てて立香を引き剥がす。

 

「先輩!ダメですよ!いくら同じ人間だからといって、異性同士でそういうのは……!」

 

マシュは立香と藤丸の接触を必死に阻止する。そんなマシュに対して立香は面白くなさそうに睨んだ。

 

「マシュは相変わらず固いなぁ。そんなんじゃモテないぞ?」

 

立香はマシュに対して呆れたように溜息をつく。

 

「いいんだよマシュ。俺は気にしていないから」

 

マシュは立香と藤丸に板挟みになり、頭を抱えた。

 

「それでさ、わたしは藤丸と同じマイルームで暮らすからそのつもりでね」

 

「はいぃ!?」

 

立香の言葉にマシュは思わず素っ頓狂な声を上げた。マシュの反応を見て立香はニヤリと笑う。そんな立香に対して藤丸は冷静にツッコミを入れた。

 

「いや、それは無理でしょ。マシュだって嫌だろうし、それに立香は女の子だ。いくら並行世界の同一存在だからって男である俺と同じ部屋で生活するのは色々と問題があると思うんだけど……」

 

藤丸の意見を聞いてマシュは納得する。しかし立香は藤丸に対して反論した。

 

「別にいいじゃない。同じ人間なんだから。わたしは別に藤丸に対して恋愛感情なんて持ってないし」

 

立香は藤丸に対して平然とした態度で接する。そんな立香に対してマシュは冷や汗を流した。

 

「そ、そんなのダメです!いくら同じ先輩同士とはいえ、男女が同じ部屋に暮らすのは倫理的に問題があります!」

 

マシュは立香を説得するが、立香は全く聞く耳を持たない。そんな立香の様子に藤丸は苦笑いを浮かべる。

 

「まあマシュの言う事も一理あるけど、立香がどうしてもと言うなら俺はそれでも構わないよ?」

 

「やった!それじゃわたしは藤丸のマイルームで寝泊まりするから!」

 

立香は藤丸に対して満面の笑みを見せる。そんな立香に対してマシュは慌てて制止しようとするが、そんなマシュを尻目に立香は藤丸に抱き着いた。

 

「藤丸、それじゃマイルームに行こうか?ベッドは一つしかないけど、元々カルデアのマイル―ムには枕が二つ置いてあるでしょ?」

 

立香は藤丸と腕を組むと、藤丸のマイルームに向けて歩き出した。そんな二人をマシュは茫然と見ているしかなかった。

 

 

 

 

***********************************************

 

 

 

 

立香は藤丸のマイルームに着くなり、ベッドの上でゴロゴロと転がり始めた。

 

「うわぁ~!これが藤丸のマイルームなんだあ!なんか凄く落ち着くかも」

 

「立香、あんまり暴れるとシーツが乱れるから止めてくれないか?」

 

藤丸は立香に注意する。立香は藤丸の注意を聞くと、大人しくなって藤丸の隣に座る。そして藤丸の身体と自分の身体を密着させた。そんな立香の行動に藤丸は動揺する。

 

「り、立香!?一体何をしているのかな!?」

 

藤丸が尋ねると、立香は藤丸の顔を見つめる。そして顔を赤らめながら呟く。

 

「別にいいじゃん。スキンシップの一環だと思えばいいよ?それにほら、わたしってば結構可愛いでしょ?」

 

立香はそう言いながら藤丸の頬に自分の唇を押し当てた。そんな立香に対して藤丸は目を丸くする。

 

「えへへ、どうだった藤丸?女の子にほっぺをキスされるのって気持ちよかったでしょ?」

 

立香は悪戯っぽい表情で藤丸に尋ねた。そんな立香に対して藤丸は戸惑いながらも答える。

 

「そ、そうだね……。正直言ってびっくりしたよ。まさか立香がこんな事をするなんて……」

 

いくら同一の存在とはいえ、年頃の女の子から突然頬にキスをされて戸惑わない訳がない。藤丸は照れ臭さからか、視線を逸らす。そんな藤丸に対して立香は微笑むと、藤丸の後ろに回り込んで自分の身体と藤丸の背中を密着させた。

 

「り、立香……!?」

 

藤丸は後ろを振り向くと、立香は自分の胸を藤丸の背中に押し付けているではないか。

 

「ふふ~ん、どうかな藤丸?わたしのおっぱいの感触は?」

 

立香は自慢げに自分の胸を藤丸の背中に押し付ける。

 

「こ、こんな事してたらマシュに怒られる!」

 

マシュに怒られた時の事を想像したのか、藤丸は慌てる。そんな藤丸の様子を見て立香は笑みを浮かべる。

 

「単なるお遊びに慌てる事ないって。マシュはちょっと神経質過ぎるんだよ。マシュは真面目で優しいけど、もっと気楽に生きた方がいいと思うんだけどなぁ」

 

「そ、そうは言うけど、何でお前はそんなに積極的なんだ……?」

 

あまりの立香の積極的な行動に、藤丸は困惑する。そんな藤丸に対して立香は笑顔で答えた。

 

「だって、せっかく藤丸と二人っきりになれたんだし、この機会に藤丸と仲良くなりたいんだ」

 

「お、お互いの距離感をちゃんと考えてくれ。まだ俺とお前は会ったばかりだぞ!?」

 

立香の言葉を聞いて藤丸は顔を赤くする。確かに出会ったばかりの女の子にここまで積極的なスキンシップを受ければ、思春期の男の子なら動揺するだろう。しかし立香はそんな藤丸の反応を楽しむかのように笑う。

 

「あはは、そんなに緊張しなくていいのに。だってわたしと藤丸は同じ存在であり同じ人間でしょ?それなのに何でそんなに距離を置く必要があるのかな?」

 

立香はまるで小悪魔のように笑いながら、藤丸と距離を詰める。そんな立香の行動に藤丸はますます顔が赤くなる。

 

「ほら、遠慮する事ないでしょ……?」

 

そう言うと立香は藤丸をベッドに押し倒した。

 

「ちょ……!?流石にヤバいって!こういう事は段階を踏んでからじゃないとダメだよ!!というか俺とお前が肉体関係結んだら色々と不味いんじゃないか!?」

 

藤丸は慌てて立香の身体をどかそうとするが、立香は藤丸の腕を掴む。

 

「大丈夫、わたしに任せて。優しくリードしてあげるからさ」

 

「スト――――ップ!!そういうのは良くないと思います!!」

 

するとマシュが勢いよくドアを開けて入ってきた。マシュは部屋に入るや否や、すぐに部屋の中の状況を確認する。そしてマシュは藤丸を押し倒している立香を引き剥がした。

 

「立香先輩!藤丸先輩と何をなさっているんですか!」

 

マシュは立香を叱りつけるが、立香はどこ吹く風といった様子でマシュに対して悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「えへへ、マシュも混ざる?」

 

立香はマシュを挑発するがマシュの怒りは収まらないようだ。

 

「怒りますよ!立香先輩!」

 

マシュは立香に対して怒鳴りつけるが、立香も負けじとマシュを睨んだ。

 

「何よ、マシュのくせに生意気じゃん。そんなに怒るならマシュも混ざればいいでしょ。藤丸と3人で仲良くしようよ。ほら、マシュもおいで。マシュも藤丸と一緒の気持ちを味わうのも……」

 

が、その瞬間マシュが立香の頬を平手打ちする。パンッ!という乾いた音がマイルームに響き渡った。マシュは顔を真っ赤にして、涙目になりながらも立香に対して怒りをぶつける。

 

「いい加減にしてください!藤丸先輩の意思を無視してそんな事するのは間違っています!藤丸先輩も藤丸先輩です!どうして抵抗しないんですか!嫌だったらちゃんと拒否してください!」

 

マシュは立香だけでなく藤丸に対しても注意した。

 

「マ、マシュ……とりあえずは落ち着こう。立香も自分がいた並行世界から俺達のカルデアに来て寂しいんだよ。だからちょっとは大目に見てあげようよ。それに、立香があんな風にふざけるのは俺達を元気づけようとしてくれているからだと思うからさ」

 

かなり苦しい言い訳だが、マシュにはそれが嘘だと見抜けなかったらしい。

 

「そ、そうですか……。わかりました。でも、あまり度が過ぎるようなら止めますからね」

 

そう言ってマシュはマイルームを出ていった。藤丸はほっとした表情を見せる。が、立香は藤丸の方を怖い顔で見ている。

 

「ねぇ藤丸。マシュとはどこまで進展してるの?」

 

「え……?進展ってどういう……?」

 

藤丸の顔はみるみると赤くなっていく。そんな藤丸を見て立香は表情を険しくする。

 

「マシュと付き合ってるんでしょう!?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて……」

 

藤丸は冷や汗を流しながら否定しようとするが、立香は聞く耳を持たない。

 

「何言ってんの!マシュはあんなに藤丸の事を心配しているじゃない!……異性同士だもの、藤丸はマシュの事が好きなんでしょ?」

 

立香は不安そうな声で尋ねる。

 

「確かに俺はマシュの事は好きだけど……恋人として好きっていうわけじゃないんだ。俺はマシュの先輩としてマシュの手本として、マシュを導いていきたいと思っているだけだよ」

 

「本当にそれだけ?マシュは可愛いから、マシュの事が好きになったんじゃないの?」

 

立香は藤丸に詰め寄るが、当の藤丸は慌てて首を横に振る。

 

「違う!マシュとはそういう関係じゃない!俺がマシュを恋人として好きだなんてありえない!」

 

必死になって否定する藤丸に対して立香は思い切り疑いの目を向けていた。

 

「本当かなぁ~。マシュの事、女の子として意識しちゃったりとか、マシュとキスしたいなって思ったりしてないの?」

 

立香はニヤリと笑みを浮かべる。そんな立香に対して藤丸は顔を真っ赤にして反論する。

 

「そんな事あるはずがないじゃないか!」

 

「あー、やっぱりー。藤丸、マシュの事、好きなんだー」

 

立香は嬉しそうに藤丸をからかう。そんな立香に対して藤丸は恥ずかしさと怒りが入り混じった複雑な感情を抱きながらも、なんとか冷静さを保ちつつ立香に話しかける。

 

「あのさ、同じ並行世界の同一人物でも言って良い事と悪い事があるだろ?それに、俺とマシュはそんな関係じゃないって言ったばかりなのに、どうしてそんな風に決めつけるんだよ!」

 

藤丸が怒りを露わにすると、立香は一瞬たじろいだがすぐに平静を取り戻して口を開く。

 

「だって……あんなに過酷な旅を一緒にしてきたんだもの……。男女の関係にならない方がおかしいでしょ」

 

確かに藤丸はこれまでの特異点修復や異聞帯攻略において幾度となくマシュに助けられてきた。しかしそれはマシュがサーヴァントであり、デミ・サーヴァントという特殊な存在だったからこそできた事で、マシュが人間であったらきっと自分はここまで戦えなかっただろう。そして藤丸はマシュを後輩と思ってはいても、恋人という存在としては見ていない。藤丸は立香の言葉を否定する。

 

「そんな事はない。マシュは普通の女の子で、俺の後輩で、それ以上でもそれ以下でもない」

 

「マシュは普通なんかじゃなくて、特別なの。マシュは藤丸の事が大好きだし、藤丸もマシュの事が大切でしょう?なら普通にキスとかしてるんじゃないの?」

 

「いい加減にしろ!!そんな訳ないだろう!!」

 

つい藤丸は声を荒げて怒鳴ってしまい、立香はビクッと身体を震わせて怯えた表情になった。しかし藤丸はそんな立香を見てハッとなり、申し訳なさそうに謝る。

 

「ゴメン……。ちょっと言い過ぎた……」

 

が、立香は涙目になっており、藤丸は慌てて謝罪する。

 

「ごめん!本当に悪かった!もう言わないし、泣かせるつもりはなかったんだ!」

 

藤丸が必死になって謝ると、立香は涙を拭いながら藤丸に尋ねる。

 

「ねえ、藤丸……。もしマシュが死んだら聖杯を使ってマシュを生き返らせたり死ななかった事にする?例えそれが特異点を生み出したとしても……」

 

「え……?」

 

先程のふざけた様子からは一転して真剣な表情と眼差しで尋ねてくる立香に、藤丸は戸惑う。

 

「それは……正直分からない。けど人理を守るべき俺達カルデアが特異点を発生させてしまうのはあっちゃいけない事だし、マシュもそれを望まないだろう。だからマシュが死ぬような状況になったら、俺はマシュを死なせないようにすると思う」

 

藤丸がマシュを生き返らせようとしないのは、仮にマシュを蘇らせたところでマシュは喜ばないと分かっているからだ。何よりカルデアの使命は人理を保障する事であり、特異点を発生させてはカルデアの理念に反する。藤丸の言葉を聞いた立香は悲しそうな表情で俯いた。

 

「立香、どうしたんだ?」

 

「ううん、なんでもない」

 

だが立香の表情を見れば"なんでもない"が嘘だという事が分かる。しかし無理に聞き出す事はしなかった。それから数時間後、藤丸はベッドの上で横になっている立香が寝ている隙に、衣服を脱いで部屋にあるシャワー室に入った。蛇口を捻ると熱いお湯がシャワーヘッドから拡散し、藤丸はお湯を全身にかける。

 

「ふぅ~、気持ち良い……」

 

藤丸がシャワーを浴びるのを楽しんでいると、不意に後ろから声を掛けられた。

 

「藤丸、わたしも一緒に入るから」

 

「へ……?」

 

藤丸が振り返ると、そこにはバスタオルも身体に巻いていない全裸の立香が仁王立ちしているではないか。立香は自分の胸も股間も隠さずに堂々としていた。そんな立香の裸体を見た藤丸は顔を真っ赤にして視線を逸らすが、そんな藤丸の反応を楽しむかのように立香は笑みを浮かべる。

 

「藤丸は男の子だもんね。恥ずかしくて当然か」

 

そして藤丸は自分の股間を必死で両手で隠す。

 

(静まれ…俺のマイサン……!!)

 

立香がシャワー室に入って来た事で自分の股間が否応なく反応してしまう。しかも立香は自分の胸も股間も隠さずにいるのだから余計にタチが悪い。立香はそんな藤丸の姿を見てニヤリと笑う。

 

「別に隠さなくてもいいじゃん。わたしと藤丸は同じ存在なんだからさ。ほら、一緒にシャワーを浴びよう?」

 

そう言って立香はシャワーヘッドを持って熱いお湯を藤丸にかけてきたので藤丸は思わず目を瞑る。

 

「ほらほら、藤丸もわたしに掛けてよ」

 

藤丸は立香に言われるがまま、立香の体にシャワーのお湯をかける。すると立香はボディーソープを手に取り、それを手に付けて藤丸の背中を洗い始めた。

 

「り、立香……!これをマシュに見られたら本格的にヤバくないか……!?」

 

マシュに今の自分の姿を見られれば最悪殺されるかもしれない。藤丸は冷や汗を流しながら立香に尋ねると、立香は笑い声を上げた。

 

「大丈夫だって。マシュなら大目に見てくれるって」

 

「そ、そうなのかなぁ?」

 

マシュは優しい性格をしているので、自分の事を思って怒る事はあっても本気で殺す事はないと信じたい。だがこの光景をマシュに見せれば、最悪彼女は卒倒するかもしれない。しかし立香はそんなマシュの様子を見て楽しむだろう。

 

藤丸は立香に背を向ける形で座った。藤丸の背後で立香はボディーソープを自分の胸に塗り、藤丸の背中に自分の胸を押し当てる。

 

「やめろ立香!!!専用のスポンジで洗ってくれ!!!そこで洗うのは色んな意味で不味い!!」

 

「意外と藤丸ってウブだよね。まあいいけど。藤丸の身体、結構鍛えられてるんだね。凄いなぁ……」

 

そう言うと立香は藤丸の身体をベタベタと触り始めた。

 

「お願いだから俺の身体を触らないでくれ立香!というか、何でこんな真似を……!?」

 

「いやー、藤丸の裸が見たかったから。あと、藤丸の身体に興味があったから」

 

「俺とお前は同じ存在なんだぞ!?自分で自分の肉体に欲情しているのと同じなんじゃないか!?」

 

「何よ、つまんない理屈をこねるわね。そんなんじゃモテないよ?」

 

立香は藤丸の耳元で囁いた。藤丸は思わずドキッとする。

 

「藤丸の身体、カッコイイじゃん。わたしは好きだよ」

 

「やめてくれ―――!!!俺のメンタルが持たない……!!」

 

藤丸は顔を真っ赤にして叫ぶ。立香はそんな藤丸の反応を楽しむかのように笑う。そして藤丸は反撃とばかりにシャワーヘッドを奪うと、お湯を立香の顔面にかけた。すると立香は目を瞑り、手で顔を覆う。

 

「やったわね藤丸!!このお返しは絶対にするからね!!」

 

そう言って二人はシャワーヘッドの奪い合いをし始めた。そして暴れている内にシャワー室の出入り口が開いてしまい、藤丸は立香を押し倒す形で床に倒れる。

 

「先輩、失礼しまー……」

 

が、最悪のタイミングでマシュが入って来た。マシュは藤丸が、立香を押し倒している形で床に倒れている光景を目の当たりにした。しかも二人とも素っ裸である。

 

「せせせせ……先輩がた……な、何をなさっているんですかあああ!!!」

 

マシュの絶叫が藤丸と立香のマイルームに響き渡った。




幾ら何でも立香ちゃん積極的過ぎない……?(^_^;)

並行世界の同一人物と言われても、異性だからドキドキしちゃうよね
立香ちゃんの方は大分精神やられてる状態だし


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第13話 魔性菩薩

両親の死を悲しむ藤丸君を彼女が見逃す筈がないんだよなぁ……


「全く……立香は大胆過ぎるんだよな……」

 

立香に押し倒された時の事を思い出したのか、頬を赤く染める藤丸。同一の存在とはいえ、異性であるが故にああも大胆に迫られては年頃の藤丸も困ってしまう。マシュに状況を説明するにも苦労したし、マシュはマシュで立香が藤丸に迫った事に驚いていた。積極的にスキンシップを試みてくる立香だが、彼女の行動には何か裏があるのではないかと勘繰る。

 

「けど立香がそんな事を考えるわけもないしな。ただ単に俺を元気づけようとしているだけだろう」

 

そう思いつつも、藤丸は立香の積極的なアプローチに戸惑っていた。

 

「あら、マスター。ここにいらっしゃいましたか」

 

聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこには殺生院キアラが立っていた。彼女は艶めかしい表情と蕩けるような瞳でじっと藤丸を見つめている。

 

「えっと、キアラさん?どうしてこんなところに?」

 

キアラは微笑みながら答える。

 

「マスターにお会いしたくて。ふふ、いけませんか?」

 

そんな彼女に藤丸は少しドキッとした。

 

「あ、いえ、別にそういう訳じゃなくてですね……」

 

アルターエゴとしてこのノウム・カルデアに召喚されたとはいえ、どうもこのキアラには苦手意識を抱かずにはいられない。そもそも彼女は人類悪たるビーストであり、その本性はアルターエゴになった現在でも全く変わっていない。藤丸は足早に距離を取ろうとするが、キアラはそんな藤丸を逃がそうとはしない。

 

「マスター、何処へ行かれるのですか?」

 

「ちょ、ちょっと用事が……」

 

だがキアラは藤丸を逃さないとばかりに彼の前に回り込んだ。

 

「マスター、貴方はご両親を喪った悲しみから未だに立ち直る事ができていない。違いますか?」

 

図星を突かれたのか、藤丸は言葉に詰まる。キアラは妖しげな笑みを浮かべながら、藤丸に語り掛ける。

 

「愛するご両親の死はマスターの心を深く傷つけました。しかしそれは当然の事です。愛していた両親が突然理不尽に奪われたのですから。しかし悲しみに暮れるだけではなく、その悲しみを乗り越えようとしています。素晴らしい心がけだと私は思いますわ。ですが心の傷というものはそう簡単には癒えないもの。自力で立ち直れる方々ばかりなら私めのようなセラピストはこの世に必要ありませんし。さぁ、私の胸で存分に泣きなさいませ。私が慰めて差し上げましょう」

 

キアラは両腕を広げ、藤丸を受け入れる体勢を取るものの、藤丸はそんな彼女から逃げる。

 

「すみません、今はそんな気分じゃないんで……」

 

「ご遠慮なさらずに。ほら、来てくださいまし。大丈夫、痛くはしませんから」

 

「いや、ほんとに結構なんで……」

 

キアラから逃げようとする藤丸だが、彼女はそれを許さない。キアラは自身で「禁欲中」だと言ってはいるが、実際はそうとも言えない。いつまた魔性菩薩としての本性を現すか分からないのだ。そんな彼女が今まさにその本性を露にしようとしていた。

 

「やめてください……」

 

藤丸はキアラから距離を取り、彼女を拒絶する。しかしキアラはそんな藤丸を見ても動じない。むしろ嬉しそうな表情をしている。

 

「まぁ、マスター。そんなに照れて……。禁欲中の身なれど、愛する父母の死に慟哭するマスターの姿を見れば嫌でも体が火照ってしまいます。ふふ、そんなに焦らないでください。すぐに終わらせますから」

 

「やめて……ください……」

 

キアラは藤丸にゆっくりと近づき、彼を抱き締める。藤丸は必死に抵抗するが、キアラの怪力の前に為す術もなく捕まった。藤丸の表情は恐怖で歪んでおり、そんな彼を愛おしそうに見つめるキアラ。

 

「貴方の悲しむ顔を見れば、嫌でもこの身が疼きますわ。目の前で悲しみに暮れる人間を放置する程、私は冷血ではありません」

 

キアラの言っている事は真実であり、藤丸は未だに南極に拉致されて連れていかれた自分を探した両親が魔術協会によって口封じで消されたという事実がトラウマになっていた。シミュレータールームを出て虚像の両親に別れは告げたが、そんな程度で完全に立ち直れる筈がない。残酷な事実は藤丸の心の中に傷として深く刻まれている。そしてそんな藤丸を見たキアラは自身の魔性菩薩としての本能が刺激されたのであろう。藤丸の目からは涙が流れ落ち、零れた涙はキアラの尼服に染み込んでいく。

 

「ふふ、良い顔です。そんなに怖がる必要はないのですよ?何もかも忘れさせてあげますから」

 

キアラは藤丸の耳元に息を吹きかけると、彼は体をビクッと震わせる。

 

「お、お願いですからやめてください……!俺、そういう趣味はないので……」

 

涙目になりながら訴える藤丸に対して、キアラは妖艶な笑みを浮かべる。

 

「自分のお心に正直になってください。我慢はよくありませんよ?」

 

キアラは藤丸を壁際まで追い詰めると、彼と顔を近づける。互いに吐息が掛かる程の至近距離で見つめ合う二人。

 

「…………」

 

藤丸は無言のまま、無抵抗でキアラを見つめていた。

 

「シミュレータールームで作られた虚像のご両親に甘えるマスターの姿は大変愛おしいものでした」

 

「俺がシミュレーターにいた時の様子を見ていたのか……!?」

 

「えぇ、勿論ですとも。あの時マスターはご両親に抱きつき、涙を流されていました。そしてご両親に優しく頭を撫でられ、マスターはとかく幸せそうな表情をされておりました。あぁ……なんと愛らしく、そして美しい光景だった事か……」

 

キアラは頬を赤らめながら、シミュレータールームで両親と過ごしていた時の藤丸の様子を語る。その様子はまるで恋する乙女のようであった。

 

「そ、そんな事を言われても俺は別に嬉しくなんかないからな!大体俺にもプライバシーってものがあるんだ!!」

 

恥ずかしさのあまり、声を荒げる藤丸。そんな彼の反応を楽しむかのように、キアラは彼の首筋に舌を這わせてきたではないか。突然の事に驚いた藤丸は思わず飛び跳ねてしまう。

 

そんな藤丸の反応を見てキアラは満足げに微笑んでいた。

 

「ほ、本当にやめてください!!あなたは一体何を考えているんですか!?」

 

藤丸はキアラの胸を押し返し、距離を取ろうとする。しかしキアラは藤丸の腕を掴み、彼を引き寄せる。

 

「マスター、ご自分の悲しみから目を背けてはいけません。貴方の悲しみは私が癒します。貴方の苦しみは私の喜び。どうかこの哀れな尼僧にその悲しみを分け与えてはくれませぬか?」

 

キアラは藤丸の頬に舌を這わせてくる。

 

「お許しくださいマスター。貴方が愛する家族の死に慟哭し、シミュレータールームで虚像のご両親と生活している姿を見れば禁欲の誓いが嫌でも揺らいでしまいます。今宵はどうぞこの尼僧に情けをおかけ下さいまし」

 

キアラは藤丸の耳元で囁くと、そのまま藤丸の唇を奪う。

 

「んん!?」

 

藤丸の口内にキアラの舌が侵入し、藤丸の歯茎や口蓋を舐め回してくる。藤丸の口から唾液が零れるが、キアラは気にせず、執拗にキスを続けていく。しかし藤丸はキアラを力づくで引き離した。

 

「ぷはっ……!ちょ、ちょっと待ってくれ!いきなりこんなことをされても困るよ!こんなもので俺の悲しみは……悲しみは……」

 

キアラの強引な行動に戸惑う藤丸だが、両親を喪った残酷な事実が胸を抉る。

 

「あらあら、まあまあ。そんな悲しい事を仰らないでください。この哀れな尼僧に全てを委ねれば何もかも上手くいきますから。マスターは何も考えずに快楽に身を任せればいいのです。ほら……」

 

キアラがそう言った直後、周囲の空間から無数の白い手が伸びてきて藤丸の身体を撫で回した。その瞬間、藤丸の全身に甘い痺れが走る。

 

「うわあああっ!?」

 

藤丸は自分の身に何が起きたのか分からなかった。そして無数の白い手は藤丸の身体を愛撫し始め、藤丸は甘い刺激に悶え始める。

 

「あ、ああ……!何だか変な気分になってきた……!止めてくれ……!お願いだからもうこれ以上は触らないでくれえ!!」

 

藤丸の懇願もキアラには通じなかった。

 

「私は腐っても魔性菩薩。有情無情の分け隔てなく、これを救うのが我が誓願。さあ、マスター。この私に全てを預けなさい。さすればマスターは救済されましょう」

 

無数の白い手は藤丸に快感を送り込み、藤丸は抵抗する事ができなかった。

 

「あ……駄目だ……。もう我慢できない……」

 

全身を駆け抜ける余りの快感に藤丸はその場にへたり込む。

 

「はい、それでは、参りましょう……」

 

そう言った直後、キアラの背中には蜘蛛の糸が張り付けられた。

 

「あら……?」

 

キアラは凄まじい力で引っ張られ、藤丸と距離を取らされてしまう。地面に蹲る藤丸の隣に、天井に張り付いていたスパイダーマンが着地して寄り添う。

 

「藤丸君、大丈夫かい?」

 

「ピ、ピーターさん……?」

 

突然現れたピーターに驚く立香だったが、すぐに我に返る。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

自分を助けてくれたピーターに感謝する藤丸。

 

「どういたしまして。それより彼女の方をなんとかしないとね……!」

 

ピーターはずっとこちらを見ているキアラを見据えて構える。

 

「貴方は確かアベンジャーズという別世界から来た方々の中にいた……。無粋な真似はおやめください。私は悲しみに暮れるマスターを救いたいだけです。邪魔をなさるおつもりなら容赦はしませんよ?」

 

キアラは微笑みながらピーターに言う。

 

「僕も君の事は知ってるよ。元・人類悪だって?随分大層な名前だけど、未成年者を誑かして肉体関係を迫るなんてやる事がその辺の性犯罪者と変わらないよ?」

 

ピーターの言葉を受けてもキアラは余裕の笑みを崩さなかった。

 

「私はただ、マスターを救済しようとしていただけです。ご両親の死に深く傷ついたマスターを救うのはサーヴァントたる私の役目であり義務」

 

「そういうのを人の弱みに付け込むって言うんだよ。子供に性的な行為するのは立派な犯罪。僕の国では罪は重いからね」

 

「貴方の国では、でしょう?ここはカルデア。善も悪も中庸も全て内包する世界。それに、ここで私が何かしたとしても、それはカルデアが許容する範囲内です」

 

「……驚いたね。カルデアじゃ君がマスターである藤丸君に手を出しても咎められないのか。人類最後のマスターなんだからもう少し丁寧に扱ったら?」

 

「十分過ぎる程に丁寧に扱っているつもりです。ご両親を喪った悲しみに暮れるマスターを救済するのもサーヴァントである私の務め」

 

「……その割には彼は随分嫌がってたみたいだけど?しかも周囲から白い手を出して彼を拘束してたし」

 

ピーターはキアラが白い手を出して藤丸に快楽を与えていた事を指摘する。

 

「確かにそうですが、マスターが奥手なもので少々荒療治をさせていただきました。しかし、マスターは両親を亡くした事で深く傷つき、心が折れかけています。それを癒やすには時間が必要。そこで私はマスターの心の拠り所となるべく、マスターを慰めていた次第」

 

「その気持ちは分かるけど、やり過ぎは良くないよ。彼、泣いてたじゃないか」

 

「そうですか?私はマスターの悲しみを少しでも和らげようとしたのですが……」

 

「君、自分の快楽の為に彼を利用していたんじゃないの?」

 

「ふふ、ふふふ。面白い事を仰いますね。私はただ、悲しみに暮れるマスターを救おうとしただけですよ」

 

「どうだろうね。まぁ君が信用ならない相手っていうのだけは分かったよ。同時に危険な存在だって事も!」

 

スパイダーマンはそう言うと、ウェブシューターから無数の蜘蛛の糸をキアラ目掛けて射出する。射出されたウェブはキアラの身体に付着していき、彼女の全身を覆い尽くす。

 

「あら、これは……」

 

「ちょっとばかり反省してもらうよ?」

 

スパイダーマンのシューターから放たれるウェブは鋼鉄に匹敵する強靭さを持ちかなりの粘着性を持つ。ピーターのウェブは、対象を捕獲したり拘束したりする用途にも使える。キアラはピーターの糸によって動けないかに見えた。そしてピーターはウェブを更に射出し、キアラの身体を縛り上げていく。

 

「これは……亀甲縛り。まさかこのような形で経験する事になるとは思いませんでした」

 

ピーターのウェブによって雁字絡めにされてもなお、余裕な態度を見せるキアラ。拘束されているというのに彼女の顔は笑みを浮かべている。否、それだけでなく快感まで得ているようであった。

 

「あぁ……いい。とても良いですわ。縛られるのも、なかなか悪くありませんね」

 

「うーん、何でそんなに嬉しそうなのかな?もしかしてそういう特殊性癖でも持ってたりするの?」

 

ピーターはキアラの持つ変態的な性癖に若干引き気味になり、そんなピーターに対してキアラは笑顔で答える。

 

「はい。私、緊縛されるのも好きなのです。こうしているだけでゾクゾクしますわ……!」

 

ピーターのウェブで身体を拘束されているキアラは身悶えしながらそう答えた。

 

「へぇー。僕には理解できないな。縛られて喜ぶ趣味なんてさ」

 

「あなたも試してみてはいかがでしょうか?きっと病み付きになります」

 

その瞬間、ピーターの持つスパイダーセンスが反応し、周囲から出てきた無数の白い手を宙返りしつつ間一髪で回避した。

 

「危ない危ない……!拘束した程度じゃ油断はできないみたいだね」

 

だがピーターはこうしてキアラと対峙しているだけで彼女の持つ余りの危険性を感じ取った。

 

(まともに戦って勝てる相手じゃない……!一旦彼を連れて逃げないと!)

 

ピーターはこのままキアラと戦っても敗北する事を悟り、地面に蹲る藤丸の傍まで行くと即座に抱え上げて電光石火の速さでその場を離脱した。藤丸を抱えて逃げるピーターの背中をじっと見つめるキアラ。

 

「今回は邪魔が入ってしまいましたが、いずれまたお会いする事になるでしょう。その時は是非とも私の愛を受け止めてくださいませ、マスター」

 

そう言ってウェブに拘束されている状態のままキアラは姿を消した。




藤丸君の貞操の危機に颯爽と駆けつける男、スパイダーマッ!
流石にピーター単体じゃ魔性菩薩に勝てないから撤退が賢明だね

バレンタインイベントのバッドエンド見る限り、機会さえあればキアラは躊躇なく
藤丸君を堕とそうとしてくるだろうし、今作は両親が死んでいるからその悲しみに付け入る事はしてきそう……。

しかしキアラや道満って普通にマスターにも手を出してくるような奴なのによく霊基凍結されないな……(;^_^A こんなんじゃアベンジャーズがキアラや道満達を問題視するのも納得いく気が


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パニッシャー 幕間の物語 在りし日の記憶①

今回はパニッシャーさんの幕間の物語です。サーヴァントでもないのに幕間を作る意味ってあったんでしょうか……?(^_^;)

パニッシャーさんのオリジンにロリンチちゃんが立ち会う形となります
藤丸君とマシュにやらせてるべきだったかなぁ?

それとクリントさん暴言はいけませんよ……

ヒーロー集団のアベンジャーズよりもカルデアの方がパニッシャーさんの理解者が多いように思える。藤丸君やマシュも何だかんだでパニッシャーさんを受け入れそうなイメージ


ダ・ヴィンチに抱き抱えられて食堂に言ったハチワレの猫は、そこにいたアナスタシア、ブーディカの2人から身体を撫でまわされていた。

 

「あの不愛想で仏頂面の男が、こんなに可愛い姿になるなんてね」

 

アナスタシアはハチワレの猫を膝の上に乗せ、優しく撫でる。するとハチワレの猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら気持ち良さそうな表情を浮かべる。その様子を見た他の女性陣は羨ましがり、猫になったパニッシャーに近付いてきた。

 

「わ、私にも抱かせてください!」

 

アルトリア・キャスターはアナスタシアから猫を借りると、それを抱っこして頬擦りをする。カルデアにはフォウ以外の小動物はおらず、ましてや猫など飼育されてはいなかったが、パニッシャーが誰かの魔術で猫にされた事により、この通りサーヴァント達から可愛がられまくっている。

 

「ほら、こっちおいで。よしよーし……あぁ、モフモフだ……」

 

ブーディカは猫となったパニッシャーの顎の下を指でくすぐる。

 

「ニャ―」

 

「はいはい、もうちょっと我慢ね」

 

ブーディカはパニッシャーの頭をナデナデする。

 

「ん~、かわいいねぇ。ふふ、この子の名前はどうしようかな」

 

ブーディカは目を細めて微笑む。

 

「ブーディカさん、この子はパニッシャーさんですよ」

 

マシュは苦笑いしながら言う。

 

「あぁ、そうだったね……。彼が猫に変身させられているとはいっても、やっぱり可愛いもんは可愛いからつい名前を付けちゃいそうなんだよ」

 

「へぇ、あの男も随分と人気者じゃない。ま、項羽様の方がずっと素敵だけど」

 

虞美人は腕を組み、フンッと鼻を鳴らす。この前パニッシャーから喧嘩を売られた事を根に持っているのか、虞美人は猫になったパニッシャーに触ろうとはしなかった。

 

「そういえばパニッシャー君はアベンジャーズの面々とは知り合いなのに、あんまり彼等と会おうとはしないよね」

 

ダヴィンチは不思議そうに言うと、アベンジャーズのメンバーであるホークアイが声を掛けてくる。

 

「そりゃ当たり前だろ。ソイツは犯罪者とくれば見境なく殺すイカれた野郎だからな。俺等としてもソイツを視界に入れたくない」

 

ホークアイの物言いに、ダヴィンチはムっとなって反論した。

 

「イカれた野郎ってのは少し言い過ぎじゃないかな?パニッシャー君は悪い奴じゃないと思うけど。そりゃサーヴァント達に喧嘩を売る事はあるけど、根は良い人だと思うよ。それに、彼は自分の信念に基づいて行動しているだけなんだから」

 

しかしダ・ヴィンチの言葉にホークアイは首を横に振る。

 

「ヒーローってのは殺しはNGなんだよ。相手が犯罪者だろうがなんだろうが、人を殺すような真似は絶対に許されねぇ。それがヒーローってモンだ。だが、コイツは違う。自分の欲望を満たす為に犯罪者を殺し、ヴィランならば無抵抗だろうと射殺してくる。そんな奴がヒーローであるはずがねぇだろ。犯罪者といえども司法の裁きに委ねるのがセオリーだからな。だが、コイツはそんな事お構いなしだ。法律を無視して犯罪者を殺し回っているような奴はそんな姿になるのがお似合いさ」

 

クリントの物言いに対してブーディカは反論した。

 

「そういう言い方は良くないよ。確かに彼の行いは褒められたものじゃないかもしれない。でもね、彼は自分の正義の為に戦っている。自分の信じる正しさを貫くために戦っているんだ。その気持ちは私も分かる」

 

「民主主義と人権が尊重される現代じゃパニッシャーみたいな真似は許されねぇ。お前みたいに民主主義すら生まれてない時代に生きていたヤツには言われたくねぇよ」

 

あからさまにブーディカを侮辱するクリントの態度に対して、ダヴィンチは真っ向から対立した。

 

「それは君がパニッシャー君の事を理解していないから言える事だよ。彼は決して悪人なんかじゃない。自分の信じた道を進んでいるだけなんだ。ただ、その手段が過激っていうのは否めないけど……」

 

パニッシャーの行う正義が褒められたものではない事ぐらいはダ・ヴィンチとて理解はしている。だからと言ってパニッシャーの信念や正義をヒーローの立場から一方的に糾弾しているクリントの姿勢には納得できなかった。

 

「自分の独善的な正義の為に犯罪者を処刑し回るパニッシャーが何で受け入れられると思うんだ?そんなのはカルト教団と変わらねぇ。自分が気に食わねぇから殺すなんてのはテロリストと一緒だ」

 

「……ヒーローっていうのは相手を理解したり歩み寄ったりする姿勢すらも見せないのかい?いくらなんでも彼の事を悪く言い過ぎだよ。そんなんじゃ、彼が可哀想じゃないか」

 

ブーディカはクリントの暴言に対して苛立ちを募らせる。やり方が過激というだけでここまで悪く言われてはパニッシャーに同情してしまう。

 

「お前等は随分とソイツの肩を持つじゃねぇか。ま、極悪人のサーヴァントまで抱えているこのカルデアなら確かにパニッシャーの野郎には居心地がいいかもな。なにせ、このカルデアは悪党の掃き溜めみてぇなもんだからよ。もしくは生前の未練タラッタラな亡霊共の巣窟か?」

 

「ホークアイさん、その発言はこのカルデアにいるサーヴァントの皆さんに対する侮辱です!撤回して下さい!!」

 

マシュはクリントの発言に激怒し、思わず席から立ち上がる。

 

「オイオイ、俺は本当の事を言ったまでだぜ?」

 

マシュとクリントは睨み合うが、その様子を見たブーディカは二人の間に割って入る。

 

「ちょっと、喧嘩は止めなよ。ここは食堂なんだよ。そんなところで揉めていたら他のサーヴァント達に迷惑がかかるでしょ?」

 

「マシュ、ブーディカの言う通り喧嘩はよそう。今は仲間同士で争っている場合ではないんだ。それに、君はさっきからパニッシャー君に辛辣すぎる。彼にも彼なりの事情があるんだ。それを察する事ができないのかい?」

 

「アイツの事情なんざ知ったこっちゃねえ。ヴィランっていう扱いじゃないだけで、実際は警察に追われている犯罪者だ。法律ガン無視で犯罪者を殺すヤツなんて歓迎されないんだからよ」

 

そう言ってクリントはその場を立ち去った。立ち去るクリントの後ろ姿を見ながらブーディカは悪態を突く。

 

「何よアイツ。ホンット感じ悪いわね!」

 

「仕方ないよ、パニッシャー君が元いた世界ではこっちとは色々事情が違うんだろうし」

 

ダヴィンチが言うと、ハチワレの猫がダヴィンチの足元に身体を擦り付けてきた。

 

「ニャー」

 

「おや、どうしたんだい?私の足に顔を押し付けて」

 

「ニャオ~ン♪」

 

ハチワレの猫は甘えた声で鳴いた後、食堂のテーブルの上に飛び乗り、香箱座りをした。ダヴィンチも席に戻り、テーブルの上でリラックスしているハチワレの猫の背中を撫でる。

 

「良い毛並みをしているねパニッシャー君♪」

 

「ニャー、ゴロゴロ……」

 

パニッシャーが喜ぶと、ダヴィンチも笑顔になる。そしてそんな時、食堂のテーブルの向かいにドクター・ストレンジが座った。

 

「同席よろしいかなフロイライン?」

 

紳士的な態度でストレンジはダヴィンチや他のサーヴァントに挨拶する。

 

「おや?ドクター・ストレンジじゃないか。どうしたんだい?」

 

「私はこのノウム・カルデア……彷徨海に辿り着いてから色々とこの建物の事を調べて回ったよ。すると興味深い事が分かってね」

 

「興味深い事……?」

 

「このノウム・カルデアは不可思議な現象が起きる可能性を秘めている。現象というのは例えば空間が不自然に歪んでいたり、あり得ない物が見えていたりといった具合だ。既に何人かのサーヴァントが不思議な体験をしたとも言っているからね。元々この場所はそういった現象が起きる事は珍しくないのかね?」

 

「うん、様々なサーヴァントに加えて特異点で回収した複数の聖杯まで保管してあるからね。サーヴァントの中には持っている能力や霊基の変質の影響で意図せずして周囲に被害を与えたしまった者もいる。不可解な現象でいうなら南極のカルデアでも珍しくはなかったよ」

 

ダヴィンチが答えると、ストレンジは顎に手を当てながら考え込む。

 

「不可解な現象の原因はサーヴァントや聖杯だけではないようなのだ。言うなれば”別の並行世界"が身近に感じ取れる。本来なら行き来する事ができない世界と世界の隔たりが薄くなっているような……」

 

至高の魔術師たるドクター・ストレンジはノウム・カルデアで起きている謎の現象について話した。まだ何人かのサーヴァントが体験したというだけではあるが、それが更に大きくなる前に対策を打っておいた方が良いとダヴィンチに助言する。

 

「この事はゴルドルフ君やホームズにも伝えてあるんだね。分かった。私も他のサーヴァントと協力して調査してみよう」

 

ダヴィンチはハチワレの猫を抱っこすると、食堂から立ち去って行った。

 

 

 

 

****************************************************

 

 

 

自分のマイルームへと戻ったダヴィンチは、シャワーを浴びて寝間着に着替えると、明日の作業に備えてベッドに入った。残る異聞帯は南米のみとなり、いよいよ最後の戦いが目前に迫っているのだ。最後の戦いだからこそ手を抜かずに万全を期したいダヴィンチはつい作業を夜遅くまで続けてしまい、こんな時間に寝る事になってしまった。

 

「ふぁあ~、今日も疲れた。もう夜中か。そろそろ寝ないと明日の作業に支障が出てしまうね」

 

そう言ってダヴィンチは電気を消した。そして目を瞑って眠りに就こうとする。そしてハチワレの猫がダヴィンチのベッドに潜り込んできた。

 

「おや?パニッシャー君は私と一緒に寝たいのかい?」

 

『ニャオ♪』

 

ダヴィンチがハチワレの猫を抱きかかえると、猫は嬉しそうな鳴き声を上げた。これが人間の状態であったなら色々と問題があるのだが、猫の姿となっている今だからこそできる行為であった。

 

「パニッシャー君も甘えん坊だなぁ。まあいいか。一緒に眠ろうか」

 

ダヴィンチは猫のパニッシャーを抱いたまま、そのまま横になって目を閉じる。そしてすぐに深い眠りに就いた。

 

 

 

*************************************************

 

 

「あれ……?何で私はここに……?」

 

気が付くとダヴィンチは広い公園のど真ん中に立っていた。周りには大勢の人がいて、その人達は何かを話していた。しかしダヴィンチが話しかけても誰も反応せず、まるで自分だけが世界から切り離されてしまったような感覚に陥った。

 

「ここはどこだろう……」

 

仕方なくダヴィンチは歩く事にする。公園の外にある建物と街並みを観察すると自分が今どこにいるのかが容易に分かった。そう、ニューヨークのセントラルパークだ。

 

「何で私がセントラルパークにいるんだろう……。まさかレイシフト!?藤丸君が夢の中でレイシフトをする時と同じ状況じゃないか!?しかし何でまた私なんだ……?」

 

ダヴィンチは自分が藤丸のように夢の中でレイシフトをしているのではないかと推測したが、何故自分がその対象に選ばれたのかさっぱり分からなかった。その時、ダヴィンチは視界の端に誰かがいる事に気づいた。そちらに視線を向けると、そこには自分の知っている人物が。

 

「あれはパニッシャー君……?」

 

視線の先にはパニッシャーの姿があった。しかし彼の服装はいつもの黒いロングコートと防弾チョッキ、黒いズボンに銃器類を武装している姿ではなくごくごく普通の服装をしていた。そしてパニッシャーは女性と子供が座るシートの方へと掛けていく。

 

「マリア、待たせたな」

 

「フランク、食べましょう。お腹が空いたでしょう?ほら、リサもデビッドも」

 

そう言うと小さい女の子と男の子がマリアが用意した弁当を食べ始めた。

 

「ねぇパパ!一緒に食べよう!」

 

「分かった分かった。それじゃパパも食べるとするかな」

 

そしてパニッシャーもシートに座って家族と共に持ってきた弁当をを食べる事にした。そしてそんなパニッシャーの様子を遠くからダヴィンチは眺めている。

 

「へぇ~、パニッシャー君もあんな笑顔が出来たんだね。ちょっと意外だったよ」

 

ダヴィンチはパニッシャーの意外な一面を見て少し驚いていた。普段の彼は不愛想で無表情で何を考えているか分からない印象が強いが、今の彼が家族に向けている顔は優しい夫であり二児の父親の顔をしていた。そしてそんなパニッシャーの顔を見たダヴィンチは何故か胸が締め付けられる思いになった。

 

(……何だろう、この後凄く嫌な事が起きるような気がする。それに何だかこの光景を見たくないと思ってしまうのはどうしてなんだろうか?)

 

ダヴィンチはこれから起こるであろう出来事に対して不安を抱く。そしてその不安がダヴィンチをパニッシャーとその家族に近付けさせた。ダヴィンチは間近でパニッシャーの家族を見ようと歩を進める。そしてパニッシャーの息子であるデビッドが近づいてくるダヴィンチに気付いた。そしてパニッシャーもダヴィンチの存在に気付く。そしてパニッシャーは普段からは想像もできない程に優しい態度でダヴィンチに声を掛けた。

 

「どうしたんだい?迷子にでもなったのかい?」

 

「えっ、あっ、うん。そんなところだよ」

 

ダヴィンチはパニッシャーに優しく声をかけられた事で戸惑う。

 

「もしよかったら私達と一緒に食事をしない?多く作り過ぎちゃったから食べきれないかもしれないの」

 

パニッシャーの妻であるマリアはダヴィンチを昼食に誘う。相手の好意を無碍にするわけにもいかないのでダヴィンチはパニッシャーの家族が座るシートに上がる。

 

「失礼するよ~。いやぁ、今日は良い天気だねぇ。ピクニック日和って感じじゃないか」

 

「ふむ、確かにそうだな。ところで、君の名前を聞いていなかったな。俺はフランク、フランク・キャッスルだ」

 

(フランク・キャッスル……それがパニッシャー君の本当の名前なのか……)

 

「私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。万能の天才さ」

 

「レ、レオナルド・ダ・ヴィンチ……?」

 

フランクと彼の家族は呆気に取られていた。それはそうだろう、年若い少女の姿をして自分の名前をレオナルド・ダ・ヴィンチと名乗っているのだから戸惑うのも無理はない。

 

「私はマリア。フランクの妻よ」

 

「あたしはリサ!」

 

「僕はデビッドだよ!」

 

フランクの妻、娘、息子も自己紹介をする。そしてダヴィンチはフランクの家族と共にサンドイッチを食べる事にした。

 

「はい、あなたもどうぞ。沢山あるから遠慮せずに食べてね」

 

「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて頂こうかな」

 

ダヴィンチは渡されたサンドイッチを口にする。その味はまるで本物のようだった。

 

(凄いな。これは本当に美味しい。それにしても、この光景は一体何なんだ?これはパニッシャー君の心象風景なのか……?)

 

ダヴィンチは夢の中で自分の目の前に広がる光景がパニッシャーの過去だと理解する。

 

(けどさっき公園の人達に話しかけても誰も私に反応しなかった……。何故パニッシャー君と彼の家族とはこうして話し合ったりできるんだ?)

 

ダヴィンチは疑問を抱くものの、とりあえずはサンドイッチを堪能する。家庭的な料理の味も体験してみるべきだと思ったからだ。

 

「あら、もう食べないの?もっと食べるといいわ」

 

「ああ、ありがとう。とても美味しくてつい食べ過ぎてしまったようだ」

 

ダヴィンチは笑顔で答える。そしてフランクの息子のデビッドがダヴィンチの着ている服に興味を示した。

 

「お姉ちゃん変わった服着てるね!もしかして外国の人!?」

 

「えっ、あっ、うん。そうだよ。これは私の自前なんだ」

 

ダヴィンチは幼いデビッドの頭を撫でる。

 

「へぇー、そうなのー!」

 

「ところで、君はこの国の言葉が上手だけど、お父さんとお母さんに教えてもらったのかい?」

 

「うーんとね、独学で学んだんだ。こう見えて私はイタリア出身でね、外国語は幼い頃から勉強しているのさ」

 

咄嗟に出た嘘ではあるが、ダヴィンチ自身が天才というのは本当だ。

 

「お姉ちゃん、僕と遊ぼう!」

 

デビッドがダヴィンチの手を取る。純粋無垢な幼い瞳で見つめられてはダヴィンチも断れない。

 

「もちろん、喜んで」

 

ダヴィンチはデビッドと遊ぶ事にした。

 

「ねぇねぇ、これであそぼーよー!」

 

そう言うとデビッドは用意した凧を取り出した。

 

「おや?凧で遊ぶのかい?それじゃ私に任せたまえ!こういうのは得意分野なんだ」

 

ダヴィンチは凧を糸で結び、空へと飛ばす。すると凧は綺麗に風に乗り、高く舞い上がった。

 

「すごいすごーい!!お姉ちゃん凧の揚げ方知ってるのー!?」

 

「ふふん、天才である私にとってこのくらい朝飯前さ」

 

ダヴィンチはドヤ顔で胸を張る。

 

「次は私がやるー!!」

 

今度はデビッドの姉のリサが凧を揚げる。デビッドはリサが飛ばした凧をキャッチしようと追いかける。だがデビッドは転んでしまい、凧は落ちてしまう。

 

「大丈夫かい、デビッド?」

 

ダヴィンチはデビッドの駆け寄り、手を差し伸べる。

 

「うぅ、痛い……」

 

デビッドは泣き出しそうになるが、ダヴィンチは優しく頭を撫でる。

 

「よし、泣かなくて偉かったぞ。ほら、立てるか?」

 

ダヴィンチはデビッドに手を貸し、立たせる。

 

「うわぁ、ありがとう!」

 

デビッドは笑顔で礼を言う。

 

「どういたしまして。さて、遊びの続きといこうか!」

 

そう言うとダヴィンチは凧を持つと再び揚げ始めた。




その先は地獄……。そして彼が壊れる切っ掛けが……


ちなみに公式設定ではパニッシャーさんはイタリア系アメリカ人です。
パニッシャーさんの家族に対する愛はガチ


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パニッシャー 幕間の物語 在りし日の記憶②

今回はずっとパニッシャーさんの夢の中。
人の心は一度壊れれば二度とは……


ダヴィンチがデビッドと暫く遊んでいる内に小雨が降り始めてきた。

 

「おや?雨が降り出してきたね。傘を持っていないのに困ったなあ……。」

 

ダヴィンチが雨に気を取られていると、揚げていた凧が木に引っ掛かってしまう。

 

「ダヴィンチお姉ちゃん!凧が木に引っかかっちゃった!」

 

「どれどれ?あぁこれは……。ちょっと待ってね。今取ってあげるから」

 

ダヴィンチが木に引っ掛かった凧を取ろうとした瞬間、前方にある光景を目にしてしまう。縛られた状態で森の木に吊るされているスーツ姿の男と、それを囲む明らかに堅気ではない風袋の同じくスーツを着た4名の男達である。しかも全員の手には機関銃が握られていた。これは言うまでもなくマフィアの類であろう。そしてこれはマフィアが行う処刑現場。つまり今まさに目の前で人が殺されるところであった。

 

「お姉ちゃんどうしたの?何を見ているの?」

 

幼いデビッドはダヴィンチの視線の先にあるマフィアの処刑現場を目にしてしまう。

 

「見ちゃいけない!」

 

咄嗟にダヴィンチはデビッドの目を塞ごうとするが、既に遅かった。ダヴィンチがデビッドの視界を遮る前に、マフィア達はダヴィンチの存在に気付く。

 

「どうしたんだ?何があったのか?」

 

フランクは息子であるデビッドとダヴィンチの様子が気になり、二人の所まで行く。そしてそれに釣られるように妻のマリアと娘のリサも付いてきた。

 

「ここから逃げるんだ!早く!」

 

ダヴィンチは慌てて三人に逃げるように促す。だが、時すでに遅し。ダヴィンチ達が逃げようとした矢先、マシンガンを持ったマフィアの一人がダヴィンチ達の方に銃口を向け、引き金を引く。乾いた銃声が鳴り響き、銃弾が放たれる。その弾丸は真っ直ぐに飛んでいき、ダヴィンチ達を庇おうとしたパニッシャーの肩に命中してしまう。

 

「うっ……!」

 

ダヴィンチは倒れ込むフランクに駆け寄り、抱き抱える。

 

「大丈夫かい!?しっかりするんだ!」

 

フランクは苦痛の表情を浮かべながらも、何とか立ち上がる。

 

「あぁ、俺は平気だ……。それより君とマリア、デビッド、リサだけでも逃げるんだ……」

 

フランクにそう言われ、ダヴィンチがデビッド達の姿を目にした時、既に手遅れであった。フランクの娘のリサは腹に撃ち込まれた銃弾によって出血多量で倒れ込み、妻のマリアは血の海の中で息絶えていた。心臓のあった場所に開いた穴から夥しい鮮血が流れており、それはまるで薔薇の花びらが散っているようだった。デビッドは地面に仰向けに倒れている。ダヴィンチが倒れているデビッドに駆け寄り彼を抱き起す。

 

「デビッド、しっかりするんだ!今助けるからね!」

 

だがデビッドの反応がない。ダヴィンチはどこかに傷が無いかどうか探すが、生々しい血と臓物を握った感触がした。手を見るとそれはデビッドの後頭部から出ていた脳髄だった。

 

「えっ……?」

 

ダヴィンチはデビッドの顔を覗き込む。デビッドの顔は青白くなっており、目から光が消え失せ、口元から大量の血液が溢れ出していた。マフィアが放った銃弾はデビッドの口の中に入り込み、それが彼の後頭部を貫通していたのだ。

 

「デビッド、デビッド、目を覚ますんだ!」

 

必死に呼びかけるダヴィンチであったが、デビッドはもう息をしていなかった。この中で生きているのはフランクのみ。ダヴィンチは慌ててフランクの所に駆け寄る。

 

「俺の……俺の家族は……無事か……?」

 

ダヴィンチはフランクの問いかけに対してどう答えればいいのか分からなかった。

 

――――"生き残ったのはキミ一人だけ"

 

それがどれ程残酷な事実なのか理解しているからだ。

 

「妻は……リサは無事か?デビッドはどこだ?無事なんだろ?」

 

「落ち着いてくれ、フランク。私には分からない。ただ、恐らく無事だと思う……」

 

どうしようもない嘘、直ぐにバレるであろう嘘。なぜそんな"恐らく無事だと思う"などという言葉が出てくるのか自分でも不思議に思うダヴィンチ。

 

「まさか……そんなはずはない。そんな事があってたまるか。俺の大切な妻と娘と息子が……死んだなんて、そんな事はありえない。あっていい筈がない……!」

 

が、ダヴィンチの表情を見たフランクは直ぐにそれが嘘であると分かった。そしてその言葉はフランクの心に突き刺さった。自分が愛する妻子が死んだと知った時、自分は一体何を思うだろうか。怒りか悲しみか絶望か、それとも現実逃避か。

 

「落ち着いてくれフランク……。まだそうと決まった訳じゃない」

 

「嘘を……言わないでくれ……」

 

フランクは起き上がると、妻子の亡骸の場所まで歩いていく。そこには妻の遺体が横たわり、その傍らでは娘の遺体が転がっていた。無傷に見える息子であるデビッドを抱き抱えるが、彼の後頭部に穴が開いている事実を受け入れるまで時間は掛からなかった。

 

「そんな……そんな馬鹿な事があるか!どうしてだ!?何でお前達が死ななきゃならないんだ!!」

 

フランクは涙を流す。そんなフランクにダヴィンチはかける言葉が見つからなかった。愛する妻と、自分と妻の分身……愛の形とも呼べる娘と息子は理不尽な現実の前に無残に殺されてしまった。

 

「そんな……そんな馬鹿な事があるか!そんな事が許されるものか!」

 

フランクは膝から崩れ落ち、両手で地面を叩きつけた。何度も、何度も、繰り返し叩きつける。彼の拳からは血が流れ出し、皮膚が裂けていた。それでも彼は地面に手をつき続ける。そして妻子の亡骸に寄り添い、慟哭する。そんな彼の様子をダヴィンチは悲痛な面持ちで見ていた。

 

――"あの時、私が彼に真実を伝えていればこんな事にはならずに済んだかもしれない"

 

そんな後悔がダヴィンチの胸をよぎる。あの時自分がフランクとその家族をセントラルパークから避難させていればこのような事態には陥らなかっただろう。しかしそれはできなかった。なぜならその時既に運命は決まっていたのだから。家族の死を受け入れられないフランクはそのまま気を失ってしまった。

 

「パニッシャー君……君にはこんな過去が……」

 

パニッシャーは自分の過去を決して他人には話さない。立香にもマシュにもダヴィンチにも。それは自分が過去を全て捨てた存在……パニッシャーとして生きると決めたからである。この日、この時フランク・キャッスルという男は死んだ。そして同時に"パニッシャー"という存在が生まれた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

***********************************************************

 

 

 

 

 

夢の中の光景はセントラルパークから切り替わった。今ダヴィンチは、フランク――否、パニッシャーが日頃から行っている自警活動を目にしていた。パニッシャーはギャングのアジトへと乗り込み、両手に持ったサブマシンガンでギャング達を次々と射殺していく。そしてボスらしき人物を見つけると、両手両足を撃ち抜き、四肢を動けなくしてから苛烈な拷問を開始した。

 

「楽に死ねるなんて思うな」

 

「助けてくれぇ!!金ならいくらでも払うからぁ!!」

 

「断る。ゴミはゴミらしく無様に死ね」

 

「ひぃっ!?」

 

パニッシャーは周囲にあった工具を用いてギャングのボスの両手の骨を砕き始める。その凄惨な光景は誰もが目を背けたくなるものだった。だがパニッシャーは泣き叫ぶギャングのボスを微塵の躊躇も容赦もなく、ただひたすらに拷問し続けた。

 

「頼むぅ!!もう許してくれえぇ!!!」

 

アジトにギャングのボスの絶叫が響き渡る。だがパニッシャーは許すどころか更に追い打ちをかけるように、ギャングのボスの右腕をへし折った。そして左手の指を一本一本丁寧に折り曲げていく。そして次は両足の骨へと手を伸ばす。その光景を見ていたダヴィンチは思わず目を逸らす。

 

(パニッシャー君……君をここまで変えたのはセントラルパークでの出来事が原因なのか?)

 

人間というのはふとした切っ掛けで壊れる。それも呆気ないほど簡単に。人間はどんな怪物や生き物よりも残酷で恐ろしい。そう思ったダヴィンチは目の前で繰り広げられる拷問に恐怖すると同時に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

――"彼の心はとっくに壊れてしまった"

 

パニッシャーは壊れている。パニッシャーは狂っている。パニッシャーはもう戻れない。

 

(けど……彼が藤丸君を見ている目は優しい。私にも何だかんだで優しかった)

 

家族を喪った悲しみは、家族の命を奪った張本人を殺し、組織を壊滅させても尚癒されない。だからこそパニッシャーは世に蔓延る犯罪者を……悪を自分の判断で裁いている。独善といえばそうだろうが、法律というものは常に正しく機能しているとは限らず、時に人を傷付ける凶器となる。だからパニッシャーは己の正義を貫くために、犯罪を犯した者を殺す。

 

(彼はもう自分の人生を取り戻す事は出来ない。けれど……そんな事を続けてなんの意味が……)

 

ダヴィンチは悲痛な表情を浮かべる。パニッシャーのしている事に明確なゴールや終着点など存在しない。犯罪というのは切っ掛けさえあれば誰しもが手を染める身近なもの。人類が社会を形成して生きている限り犯罪というものは無くならない。だからこそパニッシャーがしている自警活動には終わりが存在しないのだ。余りにも破滅的すぎる。だがそれでもパニッシャーは自分が正しいと信じた事をやり続ける。

 

(そんな事を続けても君の家族……マリア、リサ、デビッドは帰ってこない……。こんな事をしても君の家族は喜んだりしないよ。君はもう十分に苦しんだじゃないか。これ以上罪を重ねなくてもいい。もう自分を赦してあげなきゃダメだよ)

 

パニッシャーには失う物は何もない。彼にとって世の犯罪者は許されざる存在であり、制裁を下すべき対象なのだから。だがそれだけ……パニッシャーが自分の家族を愛していた証拠でもある。

 

(……お願いだ。もうやめてくれ。そんな事をしても意味がない事は君自身も分かってるはずだ。もうやめるんだ!)

 

ダヴィンチの叫びもパニッシャーの耳には届いていない。今の彼に言葉は届かない。今のパニッシャーの表情は優しい家庭人であった時の面影は微塵も残っておらず、ただ目の前にいる悪党を無慈悲に殺す殺人鬼の顔であった。だが……彼の背中を見るダヴィンチはパニッシャーの心の奥底が慟哭しているように感じられた。

 

(……彼はもう、自分の人生を取り戻せない。死んだ人間は生き返らないし、失われた命は二度と元に戻ることはない)

 

もう失った命は取り戻す事などできない。パニッシャーの家族は英霊の座に登録されているわけでもないからサーヴァントになる事もできないのだ。愛する家族はもうこの世にいないという現実は彼の心を変えるには十分過ぎた。世に蔓延る犯罪者、悪党、外道共をこの世から排除する事でパニッシャーは家族の仇を討とうとしている。だがそんな事をして果たして意味などあるのか?意味など無いと分かっていながらもパニッシャーは法律を無視し、己の信じる道を進み続けている。彼は自分の行動が正しいと思っているわけではない。だが自分が間違っているとも思っていない。"これしか自分には出来ない"からこそこうして自警活動を続けている。

 

(パニッシャー君は現代を生きる人間だ。サーヴァントじゃない。そんな彼がこれから先もずっと戦い続ければ、その先は……)

 

ダヴィンチはパニッシャーの動機と行動原理を受け入れつつも、彼のしている事は意味の無い事だと知っている。セントラルパークで家族を喪った彼の慟哭と涙は今のパニッシャーとしての生き方に繋がっている。法が助けてくれないなら自分の力で戦う。法が守ってくれないのなら自分の手で犯罪者を始末する。完全無欠の法や秩序など存在しない。パニッシャーも彼の家族も法が守り切れなかった事によって生まれた被害者。傷付きながらも前に進んで行く姿はダヴィンチの知る少年に似ていた。今さら一線を越えたパニッシャーに止まる理由はない、このまま行ける所まで突き進むだけ。

 

(藤丸君……君ならパニッシャー君に何て言葉を掛けるんだろうね?)

 

人類最後のマスターである藤丸立香は数多くのサーヴァントと契約し、善も悪も中庸も受け入れてきた。そんな彼であればパニッシャーが抱える闇と正面から向き合えるかもしれないとダヴィンチは思う。

 

「パニッシャー君……所詮第三者の私が君を止める資格は無いのかもしれない……。けど……それでも私は君を受け入れたい。藤丸君ならずっと上手くやれるんだろうけど、私じゃ……駄目かな?」

 

ダヴィンチの言葉に目の前のパニッシャーは何も答えないが、彼女の目には後ろ姿のパニッシャーの目から一筋の涙が流れたように見えた。




パニッシャーの過去に触れて彼がしている自警行為を受け入れてくれるサーヴァントって誰がいたっけ……?


後に引けない、前に進むしかないっていう点ではパニッシャーさんと藤丸君って似た者同士かも。


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パニッシャー 幕間の物語 在りし日の記憶③

パニッシャーさんの幕間はこれで終わり。やっぱ藤丸君は改めて凄い……。

汎人類史を取り戻す為に空想樹切除しなきゃいけない藤丸君やカルデアがパニッシャーさんに悪判定されるかどうかについては意見が分かれそう……。


暗い取調室で目覚めてからどれ位経っただろうか?椅子に座らされた状態で両手は後ろに回され、太い鎖が巻き付けられている。自分が逃げ出せないようにしているのだろうが、随分と用心深い事だ。ただの手錠では心もとないと判断しての事だろう。暫くすると扉を開けて恰幅の良い中年男……自分にとっての元・相棒であるマイクロが入って来た。マイクロはパニッシャーを気絶させた際に用いた弾丸を手に持って見せてくる。

 

「麻痺弾だ。広報用にはもっと聞こえのいい名前があるんだろうが、要するに英軍が北アイルランドで使ったゴムの弾頭だな。通常は一発で足りる。いくら君でも、三発目を額に当てた時にはもう決まったと思った。だが君は動きを止めなかった。だから追加で四発撃った。さてフランク、話をしよう」

 

そう言うとマイクロは部屋に置いてあった机を引っ張り出すと、そこでパニッシャーと向かう合うように椅子に座る。

 

「急いで話を進めなければ、時間がない。当初は論理的に尋ねるつもりだった、こんなに殺してどうるのかと。また、君の愛国心に訴える道も考えたが…そんなものはパニッシャーになった時に捨てただろうと思い直してね。一度などは、君が殺害した死者の数を示して罪悪感に訴えようとさえ思った。余裕がなかった証拠だな」

 

マイクロは用意した封筒から三枚の写真を取り出した。三枚の写真にはそれぞれパニッシャーの妻であるマリア、娘のリサ、息子のデビッドが映っており、マイクロは写真を机の上に置いた。

 

「だが、とにかく結果を出さないと君はべセルに殺されてしまうんだ。だからフランク、すまないが……」

 

そう言うとマイクロはパニッシャーの家族の事について話始める。

 

「リサが元気なら今年でもう37…デビッドも33になっていたはずだ。君とマリアには孫がいたろう。だがそんな未来は来ない、何をしたところで起こった事は変えられん。私が君に手を貸したのは、自分の息子が殺されたからだ。罪なき市民を襲う無秩序な暴力、それを生み出す組織犯罪に一矢報いたいとの思いからだ。だが犯罪は尽きなかった。犠牲者は生まれ続けた。そして法を無視して生きる連中のやり方を、君も私も…誰であっても変える事はできなかった。だから私はやめた。君はそえに気付いていながらもやめようとはしない」

 

マイクロは自分とパニッシャーがいくら犯罪者と犯罪組織を殺そうが、それで犯罪の撲滅に繋がるわけではないと20年にも渡る戦いで思い知らされた。

 

パニッシャーは黙ったまま何も答えなかったが、マイクロは気にせず言葉を続ける。そしてパニッシャーが何故犯罪者に対する自警活動を続けているのかの理由を口にした。

 

「つまり君は殺人が好きなのさ。元々持っていた素質がベトナムで覚醒したんだろう。二度目の出征で偵察狙撃手を務めた時はまだ正気だったようだな。転機は三度目だ。恐らくは…何かをきっかけに暗黒が君を誘い…君は応じてしまった」

 

地獄のようなベトナムの戦場を戦い抜いてきたパニッシャーは、敵と戦っている内に殺人という行為そのものに魅入られたのだとマイクロは言うが、パニッシャーは黙ったままそれを聞いていた。

 

「その後、人生を壊された君に、自分を抑える理由はなかった。家族の悲劇を言い訳に使って、恐ろしい道を進み始めた」

 

だがマイクロの口から出た"家族の悲劇を言い訳に使って"というワードを聞いたパニッシャーは顔をこわばらせる。そしてマイクロに対して静かに言い放った。

 

「写真を片付けろ。でないと殺し合いになるぞ」

 

パニッシャーの言葉に対してマイクロは何も言わずに封筒を手に取り、写真を全て中に戻した。

 

「君だってまだ人間だろう。気が狂ったわけでもない。狂人ならマクドナルドあたりで銃を乱射しているはずだ。ダーマ―やゲイシーとも違う。君が自分の行為から快感を得ていたとは考えられない。感情も残っている。家族が映った写真に対する反応がその証拠だ。だったら私の提案には聞く価値があるはずだ。パニッシャーの存在を永遠に過去に葬る道を提供したいのだよ」

 

そう言ってマイクロは世界で最も有名なテロリストの名前を挙げた。

 

「ビン・ラディンを殺りたくはないか?真剣な話だ。雑魚は忘れろ。マフィアも無視しろ。太ったイタリア系の親爺が殺す人間の数なんてせいぜい年に2ダースかそこらだ。そんな連中より本物の怪物を相手にしろ」

 

要するに町に蔓延る末端の犯罪者よりも、世界に脅威を与えているテロリストの相手をしろと言いたいのだろう。マイクロは熱心に語り始める。

 

「数千単位で殺す奴ら。遠くから命令を出す奴ら。狂信者を街に放って善良な市民を殺傷させる奴らだ。フランク、世界に出て奴らを狩れ。祖国のため、文明のために政府が全面的に支援する。米軍の資金力や機動力と君が築いた技術を組み合わせて真に処罰に値する者達に向けろ。奴らを狩り、殺し、消し去れ。震え上がらせてやれ。それこそが…君のやるべき事だとは思わないかね?」

 

マイクロの理屈は正しい。だがそれはパニッシャーにとって意味のない言葉であった。そしてマイクロは自分のパトロンである者達の事も語りはじめた。

 

「べセル達はCIAだ。担当業務は…言葉を飾らずに言えば暗殺だ。今言ったような奴らを消す暗殺者を求めている。ところが困った事に最高の暗殺者を調達するに足る資金も権限も与えられていない。国外で武装集団を雇おうとすればたちまち議会の委員会に叩かれる。だから、秘密裏に動かせるプロが必要なのだ。その点、現在の君は公式には存在しない人物だ。君がここにいる事を知る者は1ダースにも満たない。連絡は私が請け負うから君がべセルと話す必要もない」

 

マイクロは実に饒舌に自分の背後にいる者達の事を喋る。パニッシャーはそんなマイクロの話を黙って聞いていた。

 

「標的の指定を受けたら、必要な情報と武器弾薬は無制限で与えられる。作戦計画も君に一任されるし、報告書を出す必要もない。いつどこで仕掛けるか、君の好きにしていい。これは私が主張して彼らに呑ませた条件だ。彼らは君の意向で動き…好きな場所に君を運ぶ。君さえよければ、私がまた情報取集と分析を担当しよう。武器の準備もだ。政府が後ろ盾につくから、装備の選択肢は今までとは段違いだぞ。やる事は昔と同じだよ。ただ、もっと大きな善のために働くんだ。答えは?」

 

マイクロの問いかけに対してパニッシャーは口を開く。

 

「イエスかファックかって…」

 

「そうさ」

 

「ファックだ」

 

パニッシャーの答えにマイクロは動揺を見せる。

 

「なぜだ?」

 

「俺は誰のためにも働かん。飼いならされたお前とは違う」

 

「仕方なかった。理由は言った通り…」

 

「俺の知ったことか。部下を背中から刺すような連中の下で戦うのか。連中が始めた戦争を戦って、連中が生み出した怪物を殺して、連中が石油利権で肥え太る間に、劣化ウラン弾で癌になって死ぬのか。兵器会社を儲けさせるための戦争に戻るつもりはないからな。そんなのはベトナムで飽き飽きだ」

 

パニッシャーはマイクロの申し出を断る。しかし、マイクロは諦めずに説得を続ける。

 

「そんな事はないぞ…」

 

「ワシントンにはお前に反対する奴が6万人いる。ただし奴らは黒い壁に刻まれた名前だけの存在だから口は利けんがな」

 

「フランク…べセルに殺されるぞ…あぁ糞!」

 

マイクロはパニッシャーの返答に頭を抱えた。そして暗い取調室の片隅にダヴィンチは立っている。マイクロとパニッシャーはダヴィンチの存在には気付いていない。

 

(パニッシャー君……君は……)

 

パニッシャー自身の心象風景を見たダヴィンチは、彼が抱えているであろう闇に触れる。そして夢は再び切り替わる。

 

 

 

 

***********************************************************

 

 

 

 

今度は何もない黒い空間が広がっており、その中にダヴィンチとパニッシャーの二人が立っている。本当に光さえも届かないであろう空間だが、ダヴィンチは前にいるパニッシャーの姿を鮮明に見る事ができた。そして自分の前に佇んでいるパニッシャーに声を掛ける。

 

「パニッシャー君……」

 

だがパニッシャーはダヴィンチの声に反応せず、ずっと後ろを向いたままだ。

 

「君の家族の事は……本当に気の毒に思う。まさか君にあんな過去があるなんて思わなかった」

 

だがパニッシャーは無反応だ。

 

「君が……君が悪を許せない理由が分かった。愛する人の死は、どんなに時間が経っても忘れることはできない。決して癒される事のない疵として心の中に残り続ける」

 

ダヴィンチの言葉に対して相変わらずパニッシャーは沈黙したままだ。

 

「大切な人を喪ったらもう二度と会えない。その悲しみを、苦しみを、痛みを理解できない者は、きっと幸せだろう。だけど、それは悲しい事だ。誰かを愛するという事は、相手の事を想う気持ちだ。愛しているからこそ悲しむ。人というのはそういうものだ」

 

ダヴィンチはパニッシャーに語り掛けるが、それでも彼は無言のままだ。

 

「だからこそ、私は君の悲しみを理解したい。君の悲しみに寄り添いたい。それが私にできる精一杯の事なんだ……。君に犯罪者を殺すのを止めろなんて私の口からは言えない。だけど、これだけは分かって欲しい。君の中にはまだ人を愛する事ができる心が残っているだろう?君が藤丸君を見る目なんてまるでお父さんじゃないか」

 

ダヴィンチはパニッシャーの背中に向かって言葉を投げかける。

 

「藤丸君は凄い子なんだ。偉業を成した大英雄だけじゃなく、悪辣と残虐で歴史に名を残した英霊ですらもあの子に力を貸す為に召喚に応じた。彼の周りには本当に色んな英霊が集まってくる。だから……藤丸君はきっと君の事も受け入れてくれるはずさ」

 

ダヴィンチの言葉にようやくパニッシャーは振り返る。

 

「藤丸君は優しいから君が今の道を歩む事になった過去を否定する事は無いよ。寧ろ彼なら正面から君を受け入れようとするはずだ。それに、もし彼が受け入れられなくても、私が絶対に君を赦すと約束する。だって、私は天才だからね」

 

ダヴィンチの自信満々な笑みに、パニッシャーは少し照れくさそうにそっぽを向く。

 

「藤丸君もね、パニッシャー君の事が結構好きなんだ。過去に自分を救ってくれたおじさんだって言っているけど、あまりその事は覚えてないんだって」

 

そう言いつつ、ダヴィンチは後ろを向いているパニッシャーに歩み寄る。そして背を向けているパニッシャーに対して語り掛けた。

 

「パニッシャー君、こうして君の過去を知る事ができて私は嬉しい。辛い過去や悲劇的な過去を他人に見られたくはないだろうけど……それでも他者を理解するには必要な事なのさ。藤丸君だって多くのサーヴァント達の過去に触れてきたからね。私もパニッシャー君の過去に触れられたのは無駄じゃないと思ってる」

 

ダヴィンチの言葉にパニッシャーは正面を向き、ダヴィンチの目線までしゃがむと彼女の頭を優しく撫でる。

 

「……お前らは大したやつだ」

 

そう言うパニッシャーの顔はどこか優しげに見えた。

 

「……ありがとう」

 

ダヴィンチも精一杯の笑顔を返す。

 

「……ああ」

 

そう言い終わると、ダヴィンチは夢から覚めた。

 

 

 

 

************************************************************::

 

 

 

ベッドの上で寝ているダヴィンチが瞼を開けると目の前にはハチワレの猫がいた。

 

「ニャ―」

 

まるでダヴィンチに対して"おはよう"と言っているかのような声。

 

「おはようパニッシャー君。よく眠れたかい?」

 

そう言ってダヴィンチはハチワレの猫を抱き寄せ、優しく抱きかかえる。

 

「ニャァー」

 

「よしよし、君は本当に可愛いね。お腹が空いただろう?キャットフードを食べようか」

 

ダヴィンチがハチワレの猫を床に置く。するとハチワレの猫はダヴィンチから離れてキャットフードを食べる。

 

その様子を見ていたダヴィンチは、先程見た夢を思い出していた。

 

(夢の中でパニッシャー君の過去を見た……。彼にも愛する家族がいたけど、公園で処刑を行っていたマフィアに口封じとして殺された。それが彼が"パニッシャー"になる切っ掛けだった)

 

ダヴィンチは夢中でキャットフードを食べるハチワレの猫に近付き、背中を撫でる。

 

「パニッシャー君。夢の中でも言ったけど、私は君を受け入れる。君の過去を知った上で、君を仲間として受け入れるよ。だから、安心してくれ」

 

キャットフードを食べ終わったハチワレの猫はダヴィンチの足に身体を擦り付ける。

 

「フゥー」

 

ハチワレの猫は目を細めて気持ち良さそうな表情を浮かべた。そんな彼を見て、ダヴィンチは微笑む。そしてハチワレの猫を抱っこすると、彼を猫に変えた人物の元に行く事にした。神代の魔術師にして、メディアの師匠でもあるキルケーの所だ。モルガンを始めとした幾人かのサーヴァントはパニッシャーをハチワレの猫に変えたのはキルケーだという事を知っていたようだ。ダヴィンチはキルケーのマイルームへと足を運び、ハチワレの猫を彼女の前に出して、元の姿に戻すように言う。

 

「パニッシャー君を猫に変えたのは君だろうキルケー?だったら彼を元に戻してやるんだ」

 

「ソイツは常日頃から私たちサーヴァントに喧嘩を売ったような態度を取るから罰を与えたのさ。ピグレットにしてもよかったんだけど、それじゃ私がやったとバレるからねぇ」

 

ダヴィンチ:「だからって本人の許可もなく勝手に猫に変えていいはずがないだろう」

 

キルケーは反省の色を見せず、不貞腐れた表情でそっぽを向く。

 

「パニッシャー君を元に戻すんだ」

 

「ああもう煩いなぁ!わかったよ戻せば良いんだろ!?」

 

キルケーは杖を用いて詠唱を唱えると、ハチワレの猫の身体は光に包まれて人間に形へと変化していく。そしてそれは元のパニッシャーへと変化した。

 

「俺は……元に戻ったのか……」

 

パニッシャーは自分が元に戻る事を信じていなかったらしく、元に戻れた事に驚いていた。そんな彼の様子を見ていたダヴィンチは苦笑いする。

 

「ようやく元に戻れたねパニッシャー君」

 

パニッシャーは自分を猫にした張本人であるキルケーをジロリと睨んだ。

 

「何だよ?私はちゃんと元に戻したじゃないか」

 

「……確かに元に戻してくれた事には感謝する。だが、俺を猫にしたのはお前だと聞いたぞ」

 

「仕方ないじゃないか!キミが他のサーヴァントに喧嘩を売りまくるから、私は仕方なく猫にしたんだから!」

 

サーヴァント達に対して事ある毎に喧嘩を売っていた事は事実なので、キルケーの言い分も一理あった。

 

「パニッシャー君もできれば喧嘩を売る行為は控えた方が賢明だと思うよ」

 

「……善処しよう」

 

ダヴィンチはパニッシャーと共にキルケーのマイルームを出ると、一緒に歩きながら話をする。

 

「その……君の家族の事はあんまり話さない方がいいかな……。君自身もあまり触れられたくないだろうし」

 

「……正直に言えばあまり思い出したくない」

 

パニッシャーはそう言いつつダヴィンチから離れる。そしてダヴィンチは去っていくパニッシャーの背中に向けて叫んだ。

 

「パニッシャー君……!かつて君にも愛する家族がいた事を知れただけで嬉しい!君が……君が二人の子供の優しい父親だった事も……」

 

ダヴィンチの声にパニッシャーは一瞬立ち止まったが、すぐに去っていく。そして去っていくパニッシャーの背中をダヴィンチは見つめていた。

 

「かつて優しい二児の父だった彼は家族の死を切っ掛けに変わってしまった……。けど人を思いやる心と弱者に対する優しさまで捨てたわけじゃなかった……」

 

ふとした事が切っ掛けで人は変わる。ダヴィンチはパニッシャーがかつては優しい人間だった事を夢の中で知る事ができた。家族との輝かしい時間を過ごす彼の顔は、今とは違い父親としての優しさに溢れていた。だが悲劇は人を変える、悲劇は人を歪める、悲劇は人を堕とす。家族を愛するが故に彼は変わった。もう二度と取り戻す事のできない家族との日常、暖かな日々と愛。

 

パニッシャーは失ったものの大きさ故に今の自警活動をしている。あの日生き残った自分にできる事……自分にしかやれない事をするべく。他のヒーローとは決して相容れない。"殺人者"と罵られようとそれでもパニッシャーは自分の道を進み続ける。それこそが彼が自分にしかできない戦いだと知っているのだから……。

 

 

 

 

 

*************************************************************

 

 

 

 

 

数日後、パニッシャーが廊下を歩いていると、藤丸とマシュが現れた。

 

「おじさん、事情はダヴィンチちゃんから聞いた」

 

どうやらダヴィンチは藤丸とマシュにも夢で見たパニッシャーの過去を話したらしい。パニッシャーとしては触れられたくない自分の過去を広められるのは良い気がしないが、この二人に隠し事は通用しないと諦める。

 

「……」

 

無言でその場から去ろうとするパニッシャーであったが、藤丸がそれを止める。

 

「待ってよ、おじさん。俺は別におじさんがパニッシャーとして犯罪者を殺している事を咎めようなんて思っていない」

 

「……」

 

「俺だって今まで特異点や異聞帯で多くの人を見てきた。その中には悪人もいたし、中には善人もいる。だからおじさんみたいな人間でも俺は……」

 

藤丸の言葉に、パニッシャーは足を止めて振り返る。

 

「……俺の過去はお前には関係無いだろう?」

 

「確かに関係ない。だけど、俺達はもう仲間だろ? それに、もし俺が本当に悪い奴で、俺が悪事を働いた時に、おじさんは俺を裁けるの?異聞帯にある空想樹を切除すれば、その異聞帯は消滅する……。今まで俺とマシュ、カルデアは汎人類史を取り戻さなければいけない立場で幾つもの異聞帯を消してきたから……」

 

そう語る藤丸の表情は暗い。その言葉に嘘はない。しかし、その瞳の奥には悲しみが潜んでいる。空想樹を切除するという事は即ちその異聞帯を滅ぼす事であり、藤丸と彼が所属するカルデアは文字通りの"世界の破壊者"だ。

 

「俺は正義の味方じゃない。単に悪党を駆除しているだけの男だ。俺自身、世の中の犯罪が消える事を願っているかと言えばそうだとしか言えん」

 

「先輩、パニッシャーさん……」

 

パニッシャーは二人に近付き、真剣な眼差しで藤丸とマシュを見る。

 

「立香、そしてマシュ。お前たちは俺のしている事を間違っていると思っているんだろう?」

 

アベンジャーズや他のヒーロー達から忌み嫌われている事実をパニッシャーは嫌という程知っている。所詮法律を無視して犯罪者に裁きを下す自分は邪道であり、ヒーローの道から外れている。

 

「それは否定しません。ですが、私と先輩は決して貴方自身を否定しません」

 

マシュは真っすぐな瞳でパニッシャーを見て答える。ダヴィンチが以前言っていたが、マシュはまず他人の良い所を見つけようとする。善良な英霊も悪辣な英霊も共生しているこのノウム・カルデアではパニッシャーのような存在はさして珍しくはないのだろう。これはアベンジャーズには無い懐の深さだ。

 

「おじさんにもかつて愛する家族がいた事はダヴィンチちゃんから聞かされた。けど……おじさんお奥さんや子供たちはもう……」

 

藤丸の表情は暗く、悲しみに満ちている。藤丸も両親を魔術協会に消され、その悲しみからシミュレータールームに引きこもり虚像の両親と暮らした経験を持つ。だからこそ家族を喪う痛みは誰よりも理解していた。

 

「俺の父さんと母さんも……協会に殺されたから……」

 

藤丸は目から出る涙を腕で拭う。

 

「俺はおじさんのしている事を肯定してはいない。けど決して否定もしない。ただ、おじさんを受け入れたいんだ。それが、俺にできる唯一の事だと思うから」

 

藤丸はどんなに悪逆と残忍で満ちたサーヴァント相手でも、決して目を逸らさずに受け入れてきた。それこそが、藤丸が人類最後のマスターである証であり、このノウム・カルデアのサーヴァント達が従う理由である。あのダヴィンチも"藤丸君は本当に凄い子なんだ"と笑顔で自慢しているほどだ。

 

「立香、お前は本当に大したやつだ」

 

パニッシャーはそう言って藤丸の頭を優しく撫でる。まるで本当の自分の息子の頭を愛おしむかのように。

 

「……ありがとう」

 

藤丸はパニッシャーに礼を言う。パニッシャーの目には藤丸が5歳の少年の姿をしており、パニッシャーを見上げながら屈託のない笑顔を浮かべている。

 

「それからマシュ、お前もこい」

 

「え……?はい」

 

パニッシャーはマシュを呼ぶと、彼女の頭も藤丸の時と同じように優しく撫でた。

 

「マシュ、お前は立香を守ってやってくれ。コイツはお前にとって大切な存在だろう?」

 

パニッシャーの問いかけにマシュは力強く答える。

 

「はい。私の命に代えても、必ず守り抜きます!」

 

マシュの言葉にパニッシャーは笑みを浮かべるとその場を去っていった。

 

「先輩……パニッシャーさんってまるでお父さんみたいでしたね。先輩と私を撫でる時の表情、とっても優しかったです!」

 

「うん。ああ見えておじさんは二人の子供の父親だったからね。もしかしたら俺とマシュを……」

 

恐らく、かつて失った自分の娘と息子の面影を藤丸とマシュに重ね合わせているのだろう。藤丸とマシュは去っていくパニッシャーの背中を完全に彼の姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。




伊達にジルドレェやモリアーティ、ヘシアンロボ、コヤンスカヤといった英霊達のマスターじゃないですねぇ。善も悪も中庸も、受け入れてこそのカルデア。キャップやデアデビルじゃ藤丸君やマシュみたいにはいかないんだよな……。


ちなみにマーベル公式データベースに記載されているパニッシャーさんの身長は6フィート3インチ(191cm)とありました。ランスロットと同じ身長だからデカい……(^_^;)


ちなみに他のメンバーは

キャップ→6フィート2インチ(188cm)
ソー→6フィート6インチ(198cm)
トニー→6フィート1インチ(185cm)
だそうです


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第14話 聖杯のブレスレット

猫から人間へと戻ったパニッシャーさん。そしてパワーアップフラグが……


「……」

 

猫の状態から人間に戻れた事で、パニッシャーはようやく本調子が出て来たと感じていたのだが、先程から自分の後を付いてきているイシュタルを鬱陶しく思っていた。

 

(一体何の用だ?)

 

パニッシャーは内心でため息をつく。パニッシャーは今、イシュタルから逃げ回っている最中であった。何故ならば、イシュタルはパニッシャーを監視するという名目で彼をつけ回しているのだから。猫になる前は多くのサーヴァント達に喧嘩を売りまくる素行不良の問題児扱いだったのだから、人間状態に戻れば警戒されるのも当然だろう。イシュタルはパニッシャーに追い付き、彼の後ろにピッタリと張り付く。

 

「人間に戻ってまた私たちサーヴァントに喧嘩を売らないかどうか、こうして監視してるのよ」

 

「……」

 

しかしイシュタルの言葉を無視してパニッシャーは黙ったまま歩き続ける。

 

「ちょっと、無視しないでよ」

 

イシュタルはパニッシャーの後ろをぴったりと付いて歩く。しかしパニッシャーはそんなイシュタルを気にする事もなく、ひたすらに歩き続けた。そんなパニッシャーに対してイシュタルは頬を膨らませる。

 

「もう!なんで無視するのよ!?」

 

パニッシャーはそんなイシュタルに対して振り返り、鋭い視線を向ける。

 

「……何の用だ?」

 

パニッシャーは苛立ちを含んだ声でイシュタルに尋ねた。

 

「さっきも言ったでしょ?猫状態になる前の貴方はサーヴァント達(主に属性悪)に喧嘩を売りまくっていたじゃない。この前食堂でバーゲストに発砲した際、流れ弾が私の太腿に当たったんだからね!だからこうして貴方の行動を監視してるの。分かったかしら?」

 

だがイシュタルの言葉に対してパニッシャーは呆れたように首を横に振る。

 

「俺の事をいちいち監視してるなんてお前も大概暇なようだ。そんなにヒマなら他のサーヴァント達と遊んでこい」

 

パニッシャーはそう言うと再び歩き出す。そんなパニッシャーの態度に苛立ったイシュタルはパニッシャーの背後に立ち、ピッタリと彼の後にくっつく。

 

パニッシャーはそんなイシュタルを鬱陶しいと思いながらも、彼女に話しかける。

 

「……何のつもりだ?」

 

パニッシャーの言葉にイシュタルはムッとした。

 

「何よ、女神である私が直々に貴方を監視してあげているのに、その言い方は何?」

 

イシュタルはパニッシャーの事を睨み付ける。冬木で会った遠坂家の当主である少女が依り代になっているとは言うが、まるで本人と会話している気分になる。

 

「いい?貴方がこの前食堂で銃を乱射した際、流れ弾が私の足に当たったのよ?本来ならこの私が直々に制裁を下してやる所だけど、マスターが悲しむから痛めつけるのは無しにしてあげる。その代わりこうして貴方を監視してるの。次問題を起こしたりすればどうなるかは理解しておいた方がいいわよ?」

 

真っ黒な笑顔を向けるイシュタルに対してパニッシャーはため息をつく。

 

「メソポタミアの女神は人間をストーキングする趣味でもあったのか?」

 

パニッシャーの言葉にイシュタルはムッとする。

 

「誰がストーカーですって!?私はただ貴方を見張っているだけよ。それとも何かしら、私がストーカーだと証明できる証拠でもあるっていうの!?」

 

「証拠もなにも、さっきから俺に付きまとってるだろ。これがストーカーじゃなくて何だ?」

 

「だーかーらー、私は貴方が問題を起こさないように目を光らせてるだけなの!ほら、行きたい場所があるんなら私はどこまでも貴方に付いて行くからね!」

 

どうやら流れ弾が当たった事に対して相当腹を立てているようだ。これでもイシュタルなりに抑えているのだろうが、切っ掛けさえあれば全力で痛めつけにくるに違いない。

 

パニッシャーはイシュタルに話しかける。

 

「俺に構うのは勝手だが、俺が何をしようとも干渉しないでくれ」

 

「そういうわけにはいかないわよ。仮に貴方がまた他のサーヴァントに喧嘩を売ったりしないように、私がストッパーにならないといけないもの。もし今度私に危害を加えたりしたら、監視よりもひどい目に遭わせるから覚悟しておくことね」

 

そう言ってイシュタルはパニッシャーに警告した。サーヴァント化しているとはいえ、メソポタミアの女神であるイシュタルと正面から喧嘩して勝てる道理は無い。パニッシャーは本日五度目のため息をついた。

 

「好きにしろ……」

 

そう言ってパニッシャーは歩き出し、イシュタルも彼の後に続いた。

 

「じー」

 

イシュタルは前を歩くパニッシャーをジト目で見つめるが、当のパニッシャーはそんなイシュタルを無視して歩いていく。

 

「私の目の黒い内は、問題行動なんて許さないからね」

 

そう言いながらイシュタルはパニッシャーの後を追う。こうしてイシュタルがパニッシャーをつけ回している光景を他のサーヴァントが見ればあらぬ誤解をされかねない。そう思いつつ、パニッシャーは食堂へと行き、イシュタルもそれに続く。そして隣同士で昼食を食べ始めた。すると、食堂の入口から誰かの声が聞こえた。

 

「おや、パニッシャー君じゃないカ。私と一緒に食事でもどうかネ?」

 

声の主はジェームズ・モリアーティだった。彼はパニッシャーとイシュタルの前の席に座り、持ってきた昼食を食べ始める。

 

「何でもキルケー君の魔術で猫にされていたそうじゃないか。こうして人間に戻れた気分は如何かナ?その様子だとすっかり前と同じようだが」

 

モリアーティは馴れ馴れしくパニッシャーに話しかける。パニッシャーは黙々と食事を続けており、彼の言葉を無視する。

 

「やれやれ、随分嫌われてるようダ。私の属性は混沌・悪。君にとっては駆除すべき害虫のような存在だからネ。しかし、いくら嫌いな相手とはいえ、無視するのは感心しないな」

 

パニッシャーはようやく顔を上げ、目の前にいるモリアーティを睨む。

 

「おお、その凡人であれば腰を抜かしているような眼光と気迫、まさしくパニッシャー君そのものダ。普通の人間がここまでの威圧感を出せるはずもないからネ。一体どんな修羅場を潜りぬければ、そのようなオーラを纏えるのか是非とも教えて欲しいものだ」

 

モリアーティはパニッシャーを観察するような眼差しで見てくる。モリアーティの狡猾さと老獪さ、そして計算高さはドクター・ドゥームでさえ舌を巻くはずだ。

 

「とはいえ君は私たちサーヴァントのマスター…ミスター藤丸立香と実に仲が良い。傍から見れば君は彼の保護者のようにも見えるヨ。彼も君に心を許している」

 

「ふぅん……貴方ってマスターの保護者代わりなんだ」

 

イシュタルはニヤついた顔でパニッシャーを見てくる。確かにパニッシャーは藤丸からすれば保護者も同じなのだが、イシュタルにそれを囃し立てられるのは気に食わなかった。

 

「何よ、そんな怖い顔をして。図星を突かれて怒ったのかしら?マスターは貴方の事を"おじさん"って呼んで随分気を許していたけど、やっぱりそういう関係なのかしら?」

 

「そういう関係っていうのはどういう関係だ?」

 

イシュタルの言葉にパニッシャーは反応する。

 

「どういう関係って……そりゃあ、ほら、あれよ。あの……子供の頃に世話になった近所の優しいおじさん的な?そう!それ!」

 

適当な表現が思いつかなかったのか、イシュタルは少し悩んだ後で、

 

「えーっと、つまり、そうね。貴方はお父さん代わりとしてマスターを守りたいって事?」

 

と、やや強引な解釈でパニッシャーに説明した。

 

パニッシャーは納得できない表情を浮かべるが、それ以上何も言わなかった。確かに藤丸の母を名乗る不審者はこのカルデアに存在しているが、彼の父やおじさんを名乗る不審者は存在していない。

 

「頼光なんかはマスターを自分の子供として扱おうとしているみたいだけど、貴方の場合は自分の甥っ子として扱おうって感じ?ほら、英語で"おじさん"っていうのは"uncle"って表現するじゃない」

 

親戚の叔父さんと単なる近所に住んでるおじさんを混同しているような表現をされたパニッシャーは、どう返せば良いかわからずに沈黙する。

 

「何黙っているのよ。私に何か言い返しなさいよ」

 

イシュタルはパニッシャーの反応に苛立っている。

 

「ハハハハ!キミがマスターにとってのおじさんならば、私はパパ……じゃなくてお爺ちゃんかな?もしくはおじいさんかナ?」

 

……今時はアラフィフでも普通に孫のいる人間が存在するのでモリアーティの表現も間違いとは言い切れないのだが。

 

「まぁ理由は知らないが、パニッシャー君はどことなく丸くなったような感じがするネ。他のサーヴァントでは気付かないか微妙な変化だが」

 

観察眼に優れるモリアーティは、パニッシャーが来た当初よりも丸くなっている事を指摘してくる。その表現はあながち間違いではないのが、パニッシャーとしては気に食わなかった。

 

「俺は別に丸くなってなどいない」

 

「いいや。以前の君だったら私が食堂に入ろうとした瞬間に攻撃を仕掛けてきただろう。しかし今はこうして仲良く私と食事をしている。以前からは考えられない変化だヨ。これもマスターであるミスター藤丸の影響かナ?」

 

「お前は俺をからかっているのか」

 

パニッシャーは不快そうな顔でモリアーティを見る。

 

「まさか。私はただ事実を述べているだけだサ。ところで、その肉は美味しいかい?」

 

モリアーティはパニッシャーが食べている高級サーロインステーキを見て言う。このカルデア食堂で出てくる料理は絶品揃いなのでパニッシャーでも食欲が進むというもの。しかしパニッシャーはモリアーティの質問に答えない。モリアーティとイシュタルという二人の混沌・悪のサーヴァントに挟まれた状態で食事をしているパニッシャーにダヴィンチが声を掛けてきた。

 

「やあパニッシャー君。調子はどうだい?」

 

パニッシャーはダヴィンチに視線を向ける。

 

「ぼちぼちだな。猫から人間に戻れただけでもマシだ」

 

「それは良かった。無闇に他のサーヴァントに喧嘩を売るような真似をしなくなっただけでも大きな進歩だよ」

 

ダヴィンチは笑顔でパニッシャーの横の席に座る。丁度パニッシャーはダヴィンチとイシュタルに挟まれた形となり、それを見たモリアーティは囃し立てた。

 

「両手に花かねパニッシャー君。何とも羨ましいかぎりだヨ」

 

パニッシャーは黙々と食事を続ける。ダヴィンチはパニッシャーに話しかけた。

 

「パニッシャー君。イシュタルの事は嫌いなのかもしれないけど、彼女は君の事が心配なんだよ。太腿に流れ弾が当たった事は怒っていたけど、本当は怒ってなんかいなかった。彼女なりに君を気遣っていたのさ」

 

パニッシャーはダヴィンチの言葉を聞いて、イシュタルの方を見やる。

 

「ちょ!?そんなんじゃないからね!?勘違いしないでよね!!」

 

イシュタルは顔を真っ赤にして否定する。

 

「確かに今の俺はサーヴァントに喧嘩を売るつもりはない。ただしそれは立香が手を出されない限りという条件付きでだ」

 

「おや?何だかんだで藤丸君のパパみたいになってきたね。確かにこのカルデアにはマスターである藤丸君に手を出しかねないサーヴァントはいるけど……」

 

如何に藤丸立香が人類最後のマスターとしてカルデアのサーヴァント達を率いているとはいっても、ふとした事が切っ掛けでマスターである藤丸に手を出してくるであろうサーヴァントは何人か存在している。パニッシャーは藤丸が手を出された場合に限り、サーヴァントに対して攻撃を行うというルールを決めたようだ。苛烈な性格こそ変わってはいないようだが、先日のダヴィンチとの夢の中のやり取り、藤丸とマシュの言葉を受けて幾分か軟化したようだ。

 

「もうすぐハロウィンだけど、パニッシャー君も参加するといいよ。仮装すればきっと楽しいと思うな」

 

ウキウキした表情で言うダヴィンチに対して、パニッシャーは首を縦に振る。

 

「……あくまで立香の護衛という名目でなら参加してもいい。俺はハロウィンなんて柄じゃないが、アイツの身を護らなきゃならんからな」

 

パニッシャーは微笑を浮かべつつ、ダヴィンチの頭を撫でた。

 

「えへへ~。パニッシャー君は本当にお父さんみたいな存在だね。私も娘になった気分だよ」

 

ダヴィンチはパニッシャーに頭を撫でられて嬉しそうにしていた。

 

「貴方達二人って親子でも通るんじゃないかしら?それにしても、よくもそんな格好で外に出られるわね。私は恥ずかしくて無理だわ。髑髏のマークが入ったシャツに黒いロングコートとズボンだし」

 

「露出狂一歩手前の服装しているお前に言われたくない」

 

「誰が露出狂よ!!私が着ているのはれっきとした女神としての装束なの!人間の貴方から見れば、裸に見えるかもしれないけどね!」

 

イシュタルは吼えるような声で反論してきた。このカルデアに召喚されている神霊系のサーヴァントというのは人間臭い者が実に多い。このイシュタルもその例に漏れずだ。神というからには超然とした近寄りがたい雰囲気を纏っていると想像してしまうが、カルデアの神霊たちは程度の差はあれど親しみやすい。パニッシャーはイシュタル、モリアーティ、ダヴィンチと食事を楽しんでいたが、そんな食事をしている彼の元にメルトリリスが近づいてきた。

 

「猫から人間に戻れて良かったわね。アナタみたいなクズでも、猫の時はそれなりに可愛かったし、私のペットにしてあげてもよかったんだけど、もうその必要もなくなったみたい」

 

いきなりパニッシャーをクズ呼ばわりしてくるメルトリリスだが、彼女はこんな性格なので特に気にしていない。

 

「猫の時のアナタをたっぷりと虐めてあげたかったのだけど、周囲のサーヴァントから止められたのよね。残念だったわ」

 

加虐趣味の権化とは彼女の為にある言葉だろう。周囲のサーヴァントに止められていなかったら本当に猫にされていたパニッシャーに手を出していたに違いない。

 

「残念だったな。俺はこの通り人間に戻った。そういうプレイがしたいんなら専用のSMクラブにでも就職しろ」

 

「あら、随分と強気な態度を取るようになったじゃない。猫になっていた時の方が可愛げがあったわよ?いえ、その人間の状態でアナタが泣き叫んで命乞いする姿の方が私としてはそそるものがあるかも」

 

パニッシャーは挑発的な態度を取るものの、メルトリリスはそんな彼を嘲笑った。

 

「イシュタル、お前以上の露出趣味のサーヴァントがここにいるぞ?」

 

パニッシャーはメルトリリスの露出度の高い煽情的な霊衣を指さしながらイシュタルに言う。確かにメルトリリスの恰好は普通の人間から見れば変態的と呼んでも当然である。特に下半身部分の露出は正直言って目のやり場に困ってしまう程のレベルだ。

 

「加虐趣味だけじゃなく露出癖まで併せ持ってるのか。何とも救いようのない奴だ」

 

呆れた様子で呟くパニッシャーに対して、イシュタルは注意してきた。

 

「そういうとこよパニッシャー。貴方って、毎回喧嘩腰じゃない。もう少し穏便な言い方はできないの?」

 

「これでも俺なりに努力はしているつもりだ」

 

「全ッ然駄目!そんなんじゃ、この先やっていけないわよ?猫になる前、酒呑童子に殺されかけたじゃない。ガレスに助けられなかったら今頃死んでいたかもしれないのよ?」

 

イシュタルの言う事も最もだ。だがパニッシャーの根本的な性格の部分までは変わらない為、こうして挑発的な対応をする事がある。

 

「挑発的な言動は感心しないよパニッシャー君。君の事を快く思っていないサーヴァントもいるんだから、あまり刺激するような発言は控えてくれないかい?」

 

ダヴィンチは隣にいるパニッシャーの言動を諫めた。

 

「すまん、どうも俺はまだサーヴァント達に対する警戒心が解けないみたいだ」

 

そう言いながら彼はメルトリリスに謝りつつ、目の前に置かれている食事を口に運んだ。

 

「ふ~ん、貴方ってダヴィンチに対してはやけに素直じゃない」

 

二人の間にあるものを感じ取ったのか、ニヤニヤしながらパニッシャーとダヴィンチを見るイシュタル。

 

「まぁ、彼も色々あったからね。それに、彼は無闇に人を傷つけるような真似はしないよ。だから安心していい」

 

ダヴィンチの言葉を受け、パニッシャーは食事を再開し、メルトリリスはつまらなそうに去って行った。

 

 

 

 

***************************************************************

 

 

 

 

食事を終えたパニッシャーは一人で廊下を歩いていた。自分をストーキングしていたイシュタルはダヴィンチが説得してどうにか付け回すのを止めさせたが、今後もサーヴァントから何かしら因縁を付けられたり、監視されたりといった事が続くだろうと考えていると、目の前に赤いマントを来た中年の紳士が転移してきた。ドクター・ストレンジである。

 

「やぁパニッシャー、元気かね?」

 

「誰かと思えばお前かストレンジ。至高の魔術師サマが俺に何の用だ?」

 

パニッシャーは目の前に現れたストレンジに対して不愛想に答える。ストレンジはパニッシャーに近づき、彼の肩に手を置いた。パニッシャーはストレンジの手を払いのける。

 

しかしストレンジは気にせず、パニッシャーに語り掛ける。

 

「ダヴィンチ君から聞いたよ、君はキルケー君に猫に変えられていたそうじゃないか。色々大変だったと思うが、私も特異点の調査で忙しかったのだよ。私の力で戻してやれなくて申し訳ない」

 

「特異点の調査……?お前がレイシフトして特異点の調査に行ったなんて話は聞かなかったぞ?」

 

「私は別にレイシフトなどという手段を使わずとも、自分の魔術だけでタイムトラベルできるのでね」

 

確かにストレンジからすればレイシフトなど使用せずとも、自らの魔術を用いたタイムトラベルで過去に飛ぶ程度は朝飯前だ。肉体を疑似霊子に変換する過程を必要とせず、そのまま特異点に行けるのだから、ダヴィンチやホームズ、ゴルドルフが聞けば驚くだろう。

 

「まさか無断で特異点にタイムトラベルしたっていうのか?」

 

「勿論だ。彼女達に許可を取っているわけではないが、特異点の修復という名目であれば別に必要はあるまい?」

 

したり顔で言うストレンジにパニッシャーは呆れた表情を浮かべる。

 

「無許可でやるって事は絶対にやましい考えが有るんだろ。例えば……そうだな、自分の力を誇示するためにやったとか」

 

パニッシャーは皮肉を込めて言った。しかしストレンジはそんな言葉など気にも留めずに言う。

 

「私はいちいち自分の力を誇示する目的で微小特異点に飛んだりなどはしない。この"聖杯"を解析してみたいと思ったからさ」

 

そう言ってストレンジは自分が特異点で回収した小聖杯を出現させ、パニッシャーに見せる。

 

「まさか特異点でそれをくすねてきたのか?」

 

「そのまさかだ。この聖杯があった場所はカルデアがまだ探知していない微小特異点で私が見つけてきたものだ。カルデア側が察知していない特異点の聖杯を取っても別に構わないだろう?」

 

ストレンジは悪びれる様子もなく、むしろ堂々と言い放つ。しかしパニッシャーはストレンジの言葉に納得がいかず、反論する。

 

「そんな事をしたら、カルデアの連中が黙っていないぞ。まさかとは思うがその聖杯を俺達のいた世界に持ち帰るつもりじゃないだろうな?」

 

カルデアに無断で過去に飛び、特異点で回収した聖杯を自分やアベンジャーズがいた世界に持ち帰る行為は、ストレンジの性格を考えれば十分にあり得る。

 

「私にも考えがあっての事だ。それにこの聖杯はもう既に"加工"されている」

 

その言葉と共に、ストレンジの手元にあった聖杯が金色のブレスレットに変化していた。

 

「何だそれは……?聖杯がブレスレットに?」

 

「聖杯の形を変えてブレスレットにしたのだよ。そしてこのブレスレットを君にあげたい」

 

ストレンジは聖杯であったブレスレットをパニッシャーに渡した。そんなストレンジの行いに対して、パニッシャーは訝しく思う。ストレンジが何の目的も無しにブレスレットの形状にした聖杯を自分に渡す筈がないからだ。

 

「私も魔術を用いて"未来"を視たのだ。そして藤丸少年には大きな危機が迫る。君はそのブレスレット状の聖杯を用いて彼を助けてあげて欲しい」

 

「立香に危機が……?一体どういう事だ?」

 

「詳しく言う事はできないが、近い内に彼の身が危険に晒されると言っておこう。そのブレスレットは私が特殊な改造を施しているのだ。様々な制約を課しているせいでどんな願いも叶うというわけではないが、君の助けになるはずだ」

 

パニッシャーはストレンジから貰ったブレスレットを見つめながらそれを自分の右手首に装着する。

 

「そのブレスレットはあらゆる並行世界に存在している自分の力を得る事ができるものだ。試行錯誤の末、その機能にした方が世界に与える影響が少ない事が判明したのさ。数ある並行宇宙には今の自分を遥かに超える力を持つ自分がいても不思議ではない。そのブレスレットを用いれば君は並行宇宙の中で最強の自分が持つ能力と強さをそのまま手に入れる事が可能なのさ。そしてとある宇宙では君はハルクやソーに比肩するであろう力を手に入れている」

 

ストレンジの言葉を疑うパニッシャー。キャップのような超人血清を打っているわけでもない普通の人間である自分が、並行宇宙ではハルクやソーに匹敵する力を持っているとはにわかに信じられない。

 

しかしストレンジはパニッシャーに信じてもらうために、自分の魔術によってパニッシャーに並行世界における自分の姿を投影した。

 

「これは……確かにこりゃ凄いが……」

 

パニッシャーはストレンジの魔術によって投影された並行世界の自分の姿と、凄まじいまでの強さを目の当たりにした。

 

「これで分かっただろう?そのブレスレットの発動はそう多くない。恐らくは十回も使用できないだろう。だがそれだけあれば藤丸少年を助ける事が可能な筈だ」

 

ストレンジの言葉を受け、パニッシャーは自分の右手首に嵌めたブレスレットをじっと見る。

 

(このブレスレットさえあれば……立香を助けられるかもしれない)

 

「一応感謝しとくぜストレンジ。それにしても何で俺なんだ?俺以外にも適任はいるだろう。ソーとかな」

 

「いや、君にしかできないんだパニッシャー。君は藤丸少年とは特別な"縁"で結ばれている。だから彼を救えるのは、きっと君だけだ」

 

パニッシャーはストレンジの言葉を疑問に思いながらも、自分の部屋へと戻っていく。




カルデアに無断で特異点に行って聖杯回収した挙句にそれをネコババするストレンジェ……(といっても原作ではイルミナティとしてハルクを追放したりと、決して綺麗な手段ばかり使う人じゃないんで、この位は普通かも?)

ソーやハルクに匹敵する並行世界のパニッシャーさんはマーベル公式のキャラなんですよねぇ。そしてハロウィンイベントにもパニッシャーさんが行きますよー。

次回からはハロウィン・ライジング編です


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ハロウィン・ライジング! ~砂塵の女王と暗黒の使徒
第15話 ハロウィン開催!英霊達の仮装


今回からハロウィン・ライジング編開幕です!
藤丸、マシュといるパニッシャーさんに萌えるのは自分だけ?(^_^;)

日本の二次SSでパニッシャーのオリジンをクロス先のキャラ(この作品の場合ロリンチちゃん)が見て、パニッシャー誕生の瞬間に立ち会う作品ってもしかして史上初?


「トリック・オア・トリート!」

 

可愛らしい3人の娘の声が見事にハモり、廊下に響き渡った。ジャンヌ・オルタ・サンタリリィ、ジャック・ザ・リッパ―、ナーサリー・ライムの3人がお菓子欲しさにイアソンに迫っている。肝心のイアソンの方は3人に菓子を突然おねだりされて驚いている様子だ。

 

「!?な、なんだあ?」

 

そして驚くイアソンに対して藤丸は今日がどんな日であるかを伝えてくる。

 

「それはもちろん!ハロウィンだからね!」

 

藤丸の言葉にイアソンは納得したかのような表情になる。このノウム・カルデアにおいてもハロウィンやクリスマスといった行事は行われるらしい。白紙化した地球を、そして人理を取り戻す戦いの中でも定期的にイベントや催し物をして息抜きしなければ身が持たないという事だろう。サーヴァントだとてロボットではない。疲労もするし、血も流す。不満も愚痴も口にする。ストレスも溜まるとなれば適度なガス抜きが必要という事か。

 

「あー。早いな、もうそんな頃なのか……」

 

「もうそんな頃なのです!ちなみに、先輩とわたしは既にこちらの皆さんへお菓子を渡しています。イアソンさんも選びましょう!いたずらかお菓子か!」

 

――――"お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!"

 

ハロウィンの定番であるセリフである。

 

「んなこと急に言われてもな……。飴ちゃん常備してるタイプの英霊じゃねーし、オレ。ていうか待て、飴ちゃん常備した英霊の方が珍しくね?オレが追いつめられる感じになってるのが、そもそもおかしくないか?」

 

イアソンの言葉に対してジャック達は残念そうな表情になる。

 

「この人……お菓子、くれない?」

 

「うーん、そうね。困ったわ。わたしたちの方に問題があるのかもしれないわ。やっぱり仮装をしたりして―――今日がハロウィンだってことがちゃんと伝わるようにしないといけないのかも」

 

確かにハロウィンといえば仮装である。それぞれが思い思いの格好をして、子供達は大人達にトリック・オア・トリートと言ってお菓子を貰いに行くのだ。しかしナーサリーの言葉に対してその場にいたパニッシャーがツッコミを入れる。

 

「お前さん達の衣装そのものが既に仮装に見えるんだが……」

 

「パニッシャーさん、そこは言わないであげてください。そこも含めての仮装ですから」

 

サーヴァント達が纏う霊衣自体が現代とはかけ離れた恰好をしているので、パニッシャーから見れば仮装と大して変わらないように見えた。

 

「マシュ、ナイスフォロー!」

 

そう言って藤丸はマシュの肩をポンと叩いた。パニッシャーは呆れたような表情になりながら口を開く。

 

「そういうもんかねえ。まあ、いいや」

 

「か、仮装……。うう……。となると私はお役に立てません!涙を飲んで、ここはお2人に任せます!」

 

サンタ・リリィがそう言うと、霊基を変えたジャックとナーサリーは姿を変える。

 

「な、なんだあ?霊基を変えたのか―――」

 

サーヴァントというのは霊基を変えれば服装や身体が変化する者も多く、ジャックはフードで身体を覆った姿に、ナーサリーは本へと姿を変えた。そして二人はイアソンに対して自分達が仮装している事を主張しながら迫ってくる。

 

「黒い幽霊の仮装!」

 

「わたしは、呪いの本の仮装!」

 

「お前さん達はそれで仮装した"つもり"でいるのか……(呆れ)」

 

またしてもツッコミを入れてしまったパニッシャー。

 

「パニッシャーさん……冷静なツッコミはやめて差し上げましょう……」

 

霊基を変えて仮装したつもりというのはそうであるが、当のジャックとナーサリーは自分達が仮装した気でいるようだ。しかしイアソンは不思議そうに二人を見ている。

 

「……?」

 

そんなやり取りが続く中、ディオスクロイの二人が通り掛かる。

 

「フッ。なんと、恐るべき漆黒の亡霊の姿とは――」

 

「兄様、兄様。呪いの本から漂う瘴気も大したものです!」

 

「まったくだ、ポルクス。妹よ。闇のサンタクロースらしきモノも、なかなかだ。こうも恐ろしい怪異を目にしてしまったからには、我らは覚悟を決めなければならんぞ」

 

仮装したつもりでいるジャックやナーサリー達の事に対する気遣いなのかは知らないが、見事な仮装だとディオスクロイなりにフォローしてあげているのだろうか。

 

「考えてもみるがいい!これらの怪異が口々に……」

 

「「「トリック・オア・トリート!」」」

 

「ええ、兄様。そんなことがあったら、私たち……きっと、偶然にも持ち合わせていたお菓子袋をひとつずつ渡してしまいますね!」

 

今日がハロウィンという事もあってか、この双子神はいつもよりノリが良い。ハロウィンの日は子供にとって特別な日であり、普段よりもハイになるのは当然の事だろう。そんな様子を見ていたパニッシャーは懐から飴玉を出すと、藤丸とマシュに渡す。

 

「ほら、これをやろう。お前達も俺からみればまだ子供だからな」

 

「ありがとうございます!」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

正直ハロウィンでお菓子を貰う子供の年齢よりも高い藤丸とマシュであるが、パニッシャーなりに二人に対して気遣いを見せる。パニッシャーが二人に渡した飴玉は眠気覚ましに良く利く強烈なカフェインが入っている代物であり、徹夜する時に用いるという。藤丸とマシュはパニッシャーから渡された飴玉を口に含むと、その強烈な苦味に思わず顔をしかめる。

 

「……っ!」

 

「~~!」

 

「お前達には少し苦かったか?俺が愛用してる飴なんだが……」

 

「いえ、大丈夫です!美味しいですよ!」

 

「おじさんの好きなものは、俺も好き!」

 

二人はそう言うものの、飴玉の苦味が効いているのか表情が引きつっていた。

 

「そ、そうかい。なら良かった」

 

そしてディオスクロイのポルクスはサンタリリィ、ナーサリー、ジャッ クの3人にお菓子を渡した。

 

「はい。3人とも、甘いモノを食べたらちゃんと歯を磨きましょうね!」

 

「「「はーい!ありがとう!」」」

 

ポルクスに菓子を貰った3人は彼女にお礼を言うと、そのまま走り去っていった。

 

「去っていった。……とりあえず助かったと考えていいよな、オレ。おー、怖」

 

イアソンは危機が去った事にとりあえず安堵している様子だ。そんなイアソンに対してカストロが声をかける。

 

「フッ。どうしたイアソン。顔色が悪いぞ。百戦錬磨の船長ともあろう者が、子供には無力か?」

 

「もう。意地悪を言ってはだめですよ、兄様。むしろ、兄様の準備が良すぎるんです。ズボラな方ならさっきのイアソンくらいの反応でも、おかしくないというか―――」

 

「飴を準備してない程度でズボラは酷くねえかおまえら!」

 

イアソンはディオスクロイの二人の言葉に対して顔を真っ青にしながら叫んだ。

 

「ズボラっていうとちょっと違う気がするけど、基準をどこに置くかで話変わるよね……」

 

「確かに―――」

 

「そりゃあな!お菓子袋を常備してそなカストロに比べたらね!ズボラでしょうよ、オレは!」

 

卑屈になりながらもツッコミを入れるイアソン。そしてそんな彼を呼ぶ鈴の音を転がすような声が廊下の向こうから聞こえてきた。

 

「イアソンさま~!」

 

「あれ?この声はメディア・リリィかな?」

 

廊下を走って来たメディア・リリィは何かを抱えており、彼女はイアソンの目の前まで来ると手に持った南瓜を見せにくる。

 

「見て下さい、この見事な南瓜!」

 

「な、なんだおまえそれ……でかすぎない?」

 

メディア・リリィが持つ南瓜は確かに通常よりも大きいサイズだった。

 

「ええ、大きいですよね!私もびっくりです。実は今、すぐそこで渡辺綱さまが……」

 

メディア・リリィの話によれば畑仕事をしていた渡辺綱が地下の菜園で手に入れた南瓜らしい。カルデアキッチンにいるエミヤとブーディカ曰く、「煮付けにすると旨い」のだとか。そして彼は「イアソン殿と一緒に召し上げるといい」と言っていたそうな。

 

「だ、そうです!」

 

「南瓜の煮付けねぇ……」

 

イアソンは意味ありげな表情をしていたので、藤丸は尋ねてみる。

 

「おや、イアソン。何か南瓜の煮付けに思うことでも?」

 

「あれ、イアソン様……。もしかして南瓜はお嫌いでしたか?」

 

がっかりしたような表情のメディア・リリィに対してイアソンは照れた表情をしながらも「いや、別に―――」と口にした。そしてそんなイアソンの様子を見ていたカストロは笑い始める。

 

「はっはっはっは。見ろポルクス、イアソンは相も変わらずとしか言いようがない!」

 

「だめです兄様!指をさして笑っては失礼です!はあ、どうして他者の感情の機微には鋭いのに、自分のことは分からないんでしょうね、兄様は……」

 

ポルクスの言葉に対してパニッシャーは口を挟んだ。

 

「自分を客観的に見るっていうのは想像以上に難易度が高い。そういう部分は人間にしても神にしてもあまり変わりはないように見えるが?」

 

カストロはパニッシャーの方を見ると笑みを浮かべた。

 

「ふむ。その通りかもしれんな」

 

 

 

*************************************************::

 

 

 

「なんというか、カルデアに秋の風が吹いてるね!」

 

「はい、先輩!ハロウィンに南瓜に繊細な男心!ちなみに――男心の部分は女心とすることもあるようですが、江戸時代は男心バージョン、『男心と秋の空』が主だったそうです。カルデアには古今東西の英霊がいらっしゃいますし、男女の枠に収まる方ばかりではありません。ですので……この場合人の心すべてという意味でいかがでしょう?」

 

「その方向でいこう!」

 

「はい!」

 

ハロウィンという催し物はパニッシャーの住んでいるアメリカでも毎年恒例の行事だ。

 

「カルデアじゃ、こういうイベントは珍しくないのか?そりゃ息抜きは必要だが、もう少し大人しくしてもいいと思うんだが」

 

「戦いが激しいからこそ、こういった催し物を開いて楽しむのではないでしょうか」

 

確かにパニッシャーがベトナムに派兵されていた時でさえ、現地の米兵達はクリスマスを祝っていた。戦いばかりで身が休まらないのでは、いずれは心身ともに疲弊してしまうだろう。パニッシャー自身、犯罪者に対する自警活動を始めて以降、まともにクリスマスもハロウィンも楽しめた時は無かった。こういったイベントは家族と共に楽しむものであり、一人で過ごすものではない。

 

「俺はもうクリスマスもハロウィンも心から楽しめなくなった身だ。一緒に楽しんでくれる人間はもういないからな……」

 

「あ……、すみません……。お辛いことを思い出させてしまいました……」

 

パニッシャーは首を横に振って否定する。

 

「いや、いい。もう慣れた事だ」

 

パニッシャーはふと藤丸の方を見ると、顔を俯かせていた。そう、藤丸自身の家族はもう……。

 

(……しまった。俺が余計な事を言ったばかりに)

 

パニッシャーは藤丸を慰めようと彼の肩に手を置く。

 

「すまん立香。今のは忘れてくれ」

 

そんなパニッシャーの気遣いに対して、藤丸は笑顔で答えてくれた。

 

「大丈夫だよおじさん。俺はもう、前を向いて歩き始めたんだ」

 

「……そうか。なら、良かった」

 

そんな二人を見ていたマシュは微笑む。だがパニッシャーから見れば未だに藤丸は両親の事を引きずっているように見えた。そしてマシュが食堂にいる仮装したサーヴァント達を指差しながら言う。

 

「見てください、先輩、パニッシャーさん。仮装してる英霊の方々が、たくさん!」

 

マシュが指差した方向を見ると、ファントム、ジルドレェ、エウリュアレ、アステリオスの4名がそれぞれ仮装をしており、道化師やミイラ男に扮していた。

 

「ハロウィンの仮装といえばモンスター系、という定番を抑えた見事な仮装です!」

 

「道化師って怖い系なのかな?」

 

藤丸は道化師をモンスター系に当て嵌めているマシュに対して疑問を投げかける。

 

「人によっては相当に苦手、と聞きますね。わたしは大丈夫です!」

 

「俺の故郷のアメリカにはピエロに扮した殺人鬼……ジョン・ウェイン・ゲイシーなんて奴までいる。それにピエロ恐怖症なんていう病気まで存在するぐらいだからな」

 

「パニッシャーさん、道化師――所謂クラウンとピエロは同じ存在に見えますが実際は違うものなのです。簡単に言えば、クラウンの種類の内の一つをピエロと呼ぶそうです」

 

マシュの説明を聞いたパニッシャーは納得した表情を浮かべる。

 

「おじさん、マシュに一本取られたね!」

 

藤丸が嬉しそうな表情をすると、パニッシャーは少し照れくさくなった。そして3人は他のサーヴァント達が仮装している様子を見始める。

 

「「ハッピーハロウィン!!」」

 

アン・ボニーとメアリー・リード。略してアンメアの二人が不思議の国のアリスのアリスとウサギに扮した仮装をしていた。

 

「わっ、わわっ。青いドレスを着た少女に紳士のウサギ!『不思議の国のアリス』の仮装です、先輩、パニッシャーさん!」

 

そしてアンメアは藤丸を見ると、明るく声を掛けてきた。

 

「マスター、気を付けてね。僕のお菓子を食べると……」

 

「大きくなったり小さくなったりして大変だから、やめといたほうがいいですわよ~」

 

「あ、言っちゃった」

 

「効果も『不思議の国のアリス』のまんまなの!?」

 

このカルデアにいるサーヴァントの力やスキルを用いれば不思議の国のアリスに出てくるお菓子と同じ効果がある代物を作り出すなど造作もないだろう。まして彷徨海という設備や資源がある環境なら尚更だ。童話の中のアイテムを現実世界で再現させられるカルデアの技術は驚嘆に値すると言っていいだろう。

 

「すごいです!何と興味深い……。で、ですが我慢です。ここで巨人化してしまっては些か迷惑ですし!」

 

そして次はファラオであるオジマンディアスと、英雄アーラシュがSF世界のキャラクターに扮した仮装をしている光景を見る。そして仮装したオジマンディアスは自らを宇宙皇帝と称して役柄になりきっている。

 

「何だあれは?宇宙皇帝とか抜かしてるが、ダース・シディアスの出来損ないだろ」

 

「だ、ダース・シディアス……?どの童話の人物かは存じませんが、"出来損ない"という単語がオジマンディアス王に聞こえたら大変な事に……」

 

スターウォーズのキャラクター名なのだが、流石にマシュや藤丸のいる世界には存在しない作品のようだ。そして藤丸、マシュ、パニッシャーの元に仮装したイリヤが近づいてくる。

 

「あ!マスターさん!マシュさん!トリック・オア・トリー……」

 

そう言いかけたイリヤだが、パニッシャーを見ると引きつった表情になった。

 

「な、なにこれ……。す、すごく怖い……」

 

パニッシャーは自分が怖がられている事に対して、あまり気にしていない様子だった。そもそも並行世界とはいえ冬木では一度会っておりあそこで彼女を……。

 

サーヴァントは基本的に記憶を引き継げないとはいうが、目の前にいるイリヤは明確にパニッシャーに対して明確に恐れの感情を露わにしている。恐らく一部とはいえ記憶ないしトラウマを引き継いでしまったのだろうか……?英霊の座のシステムについてはイマイチ分からないが、とりあえずイリヤがパニッシャーに恐怖しているのは確かなようだ。

 

「よう、俺に何か用か?」

 

パニッシャーは威圧的にイリヤに対して話しかけた。

 

「ひぃ……!!ご、ごめんなさい……!!」

 

そんなパニッシャーに対して泣きそうな表情をしたイリヤはその場から退散した。そんな彼女の後ろ姿を見てマシュは心配そうな顔を浮かべる。

 

「あの……、パニッシャーさん。少しだけ、やりすぎでは……」

 

「俺は以前、一度あのクソガキには会ってる。まぁ、こことは違う並行世界での話なんだが、そこで色々とな……」

 

藤丸もマシュも、パニッシャーとイリヤの関係については深く追求する事はしなかった。そして色々なサーヴァントの仮装を見物していたが、マシュ達の元に仮装したアイリスフィールがやってきた。美しい銀髪の長い髪の毛をした美女であるアイリスフィールは、露出度の高いセクシーな仮装をしている。プロポーションもかなり良い方で、藤丸とマシュは顔を赤くしていた。

 

「アイリさん刺激的……!」

 

「はい!あまりのその、大胆かつ刺激的な仮装に一部英霊および職員の方々が引き寄せられています!この勢い、マタ・ハリさんに並ぶほどの……」

 

「あの女、ハロウィンとサンバを間違えてないか……?」

 

パニッシャーのツッコミに藤丸とマシュが思わず吹き出す。

 

「さ、流石にそれは無いと思いますけど……。でも、確かにあの衣装だとサンバに間違われてもおかしくないかと……」

 

藤丸とマシュがそう言うと、パニッシャーも苦笑いを浮かべる。このカルデアも滞在していれば随分と楽しい場所なのだと分かる。パニッシャーは自分の右腕に装着しているストレンジから手渡された金色のブレスレットを見た。

 

(……ハロウィンにこれを使う必要はないだろう)

 

ハロウィンという催し物に金色のブレスレットは必要ないと考え、藤丸とマシュの二人と一緒に英霊達の仮装を見学する事にした。




穏和化したように見えるけど、藤丸君が傷付けられたらその瞬間にパニッシャーとしての顔を見せますよ〜。それを考えると今回のハロウィンの黒幕は……(^_^;)


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第17話 シンデレラ・エリザベート

原作からは微妙に違う展開があります。それにしてもパニッシャーが参加するハロウィンイベントってシュール……(^_^;)


「トリック・オア・レイシフト!」

 

ノウム・カルデアの管制室にダ・ヴィンチの可愛らしい声が響いた。ハロウィンという年に一度の行事の最中だというのに呼び出されたという事は、微小特異点の発生という事だろうか。人理を救うという目的がある以上、特異点の発生を看過するわけにはいかないのは分かるが、目出度いイベントの日ぐらいは休ませてやれとパニッシャーは思う。

 

「特異点発生ですか、ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

パニッシャーの予想を代弁するかのように、藤丸はダ・ヴィンチに対して言い、そんな藤丸に対してダ・ヴィンチは満面の笑みで答える。

 

「うん、ハロウィンパーティーの最中にごめんよ。私も心苦しいのだけどこのタイミングで微小特異点が発生してしまってね。今回もキミになんとかしてもらいたい!」

 

後ろめたさを感じさせない笑顔で言うダ・ヴィンチだが、微小特異点修正という任務はノウム・カルデアでは完全に事務的な作業と化しており、深刻に捉える程のものではないという事か。感覚がマヒしているのか、もう慣れ切ってしまっているのかは分からないが人類最後のマスターとしてこなすべきルーチンワークになってきた感はある。パニッシャーはまだノウム・カルデアに来てから日は浅いが、当の藤丸はそこまで気にしていないように見える。これまで数々の微小特異点を修正してきたのだから、最早こういった任務に関してはベテランの域なのだろうか。そしてそんな藤丸の任務に同行するべく、彼のサーヴァントであるマシュが声を上げた。

 

「では、わたしも―――」

 

「マシュにはやってほしい別任務があるので、残念ながら今回は別行動ってコトになる。同行サーヴァントはこちらで選出しておいたよ」

 

藤丸のパートナーと言うべきマシュの言葉に対して、ダ・ヴィンチは残念そうな表情で告げた。そしてダ・ヴィンチの言葉に対してマシュも暗い表情となる。

 

「そう、なのですね。残念です……」

 

「今回はどういうハロウィンなの?」

 

「んー、特異点の発生地域は中近東だから、ハロウィンとは限らないかもだ。年代的には……おっと3世紀か。かなり古いぞ。マシュは一緒にいけないけど、パニッシャー君を同行させる事にしたよ。先輩マスターとしてしっかりパニッシャー君をフォローしてくれたまえ!」

 

パニッシャーは藤丸が向かう微小特異点へ同行できるようだ。

 

「おじさんと一緒に行けるんだ!やったぁ!」

 

藤丸は嬉しそうな表情で言う。パニッシャーとしても藤丸と一緒に任務に行く方が彼の安全を守れると考えた。

 

「おやおや、随分嬉しそうだね藤丸君。パニッシャー君と一緒に行くのがそんなに嬉しいのかい?まぁ、気持ちは分からなくもないけれど」

 

ダ・ヴィンチはニヤニヤしながら藤丸に言う。藤丸としてはダ・ヴィンチの言い方に少し恥ずかしくなったが、パニッシャーと一緒なのは純粋に喜ばしい事だった。マシュもパニッシャーと藤丸が共に戦える事に安堵していた。

 

「良かったです、パニッシャーさんが来てくださって。パニッシャーさんはマスター適性が高いので、きっと先輩の役に立てると思います!」

 

パニッシャー自身、藤丸が動けなくなった際の代理のマスターとしてノウム・カルデアに身を置いている。それ故にパニッシャーをマスターとするサーヴァントも何名か存在するのだ。藤丸がいない時の為の予備員と言えばそれまでだが……。

 

「現地に着いたらまずは情報収集―――って今更だね。じゃあ早速、行ってみようか!」

 

藤丸とパニッシャーはそれぞれコフィンに入り、レイシフトを行った。レイシフトの感覚には未だに慣れないパニッシャーであるが、藤丸の手前、平静を装う。そしてコフィンが起動し、二人は指定された時代へとレイシフトした。

 

 

 

 

******************************************************:

 

 

 

パニッシャーが瞼を開けると、そこは洞窟だった。殺風景な岩肌が露出した場所であり、薄暗くジメジメしている。

 

「……洞窟」

 

隣にいる藤丸がポツリと呟いた。レイシフトした先が暗い洞窟という状況でも冷静に今自分がいる場所を観察分析している。流石は歴戦のマスターといった所だろう。

 

「ハロウィンの装飾は見当たらない……。今回はこういう特異点なのかな?」

 

そして藤丸とパニッシャーはお互いの通信機を操作するが、カルデアの管制室とは繋がらないようだ。

 

「まずいな……。カルデアと連絡が取れないし、同行するサーヴァントもいない……」

 

状況は圧倒的に悪かった。通信する事もできず、同行してくれる筈のサーヴァントも見当たらない。

 

「こういう状況に陥るのは珍しくないのか?」

 

「うん、結構あるよ。カルデアが用意してくれたサーヴァントとの相性とか考えてくれるから、あまり心配はしないんだけど……。土地との縁とかの関係でサーヴァントが同行できない例は珍しくないんだ」

 

聞く所によれば藤丸は微笑特異点の修正任務で何度もこういった状況に陥っているらしい。パニッシャーは自分が同行してよかったとホッと胸を撫でおろす。が、その時洞窟内に響く複数の足音を聞き、藤丸を引っ張って岩場に身を隠した。音のする場所を見てみると、パンプキンの被り物をした鎧の騎士達が洞窟内を闊歩しているではないか。見た目からしてどう見てもこちらにとっての味方や有益な情報提供者ではない。

 

(そこかしこに南瓜頭のエネミーがいる!)

 

(最悪だな……。連中はどう見ても友好的な奴には見えんし。あの数を相手にするのは俺でも無理があるぞ……!)

 

藤丸とパニッシャーは敵の数の多さから自分達が不利だと悟る。

 

(おじさん、ここは逃げよう!俺とおじさんだけじゃあいつ等の相手はできない!取り敢えずここを離れよう!)

 

(了解だ……!)

 

藤丸とパニッシャーは気付かれないようにその場を離れ、洞窟の外に出た。そして目の前に建つ建築物に目を奪われる。見る限り近世のヨーロッパの貴族の屋敷がそこにあった。今回のレイシフト先の年代は3世紀と聞いていたが、パニッシャーと藤丸の目の前に聳える屋敷はどう見てもその時代のものには見えない。

 

「3世紀の建物には見えない……」

 

「同感だ。レイシフト先の年代を間違えたんじゃないだろうな」

 

パニッシャーは行き先の設定ミスを疑っていたが、その時だった。少女の歌が聞こえてくるのだ。

 

「1人~♪ 寂しくお掃除~♪ お姉さまとか~♪ お母様とか~♪ そういうのは何故だか見かけないのだけど~♪ 気付いたらココにいたのだけど~♪ だいたい~分かって~いるの~♪ 私は~♪ 世界で~1番~美しい~お姫様~♪ アイドルでもあるの~♪ つまり~私は~♪ 界で~1番~美しい~シンデレラ~♪」

 

目の前で歌っている赤髪の少女には見覚えがある。そう、カルデアで召喚されたサーヴァントであるエリザベートだ。だが今の彼女は普段とは違い、みすぼらしい恰好をしている。

 

「エリちゃん!」

 

藤丸は見知った顔でありエリザベートに声をかけた。そして彼女も声をかけた藤丸の方を向く。

 

「あら?そこにいるのは子イヌじゃないの。いいわいいわ。役者が揃ったってコトなのね!」

 

エリザベートは藤丸の姿を見るや嬉しそうに笑う。"役者が揃った"とはどういう意味なのだろうか。

 

「そして隣にいる黒いコートの男は……確かパニッシャーとかいうヤツね」

 

エリザベートは面白くなさそうな表情でパニッシャーを睨む。カルデアのサーヴァントの中には未だにパニッシャーを快く思わない者も多いので、エリザベートの反応も仕方ないのかもしれないが……。エリザベートの歌は音響兵器だと聞いてはいたが、聞いている限りではとてもそのような物には見えない。

 

(おい、立香。あの小娘の歌は音響兵器だと聞いたんだが?)

 

(あぁ、それか。エリちゃんは他人の為に唄う時はそこまで酷くはないんだ。……反面自分の為に唄う時は……その……)

 

藤丸の表情は苦笑いだった。パニッシャーも察したのか、それ以上は何も言わなかった。目の前のエリザベートは二人をよそに唄を歌っている。

 

「どうしたの~♪ なにを黙っているの~♪」

 

(この歌、すごく上手!ではないかもだけど。鮮血魔嬢が発動しちゃうほどのことはない?)

 

「ねえエリちゃん」

 

藤丸は歌っているエリザベートに尋ねると、彼女は歌いながら答えてくれる。

 

「なあに~♪」

 

「何で唄ってるの?」

 

「そんなの見て分かるでしょうに。今年はミュージカル路線で行く(・・・・・・・・・・・)ことにしたから!アイドルといえば歌!歌といえばそう、ミュージカル!ミュージカル作品で大成するアイドルって、斬新だし素敵でしょう?なのでアンタも要所要所で合わせるように!いいわね?い・い・わ・ね~♪」

 

「なるほど~♪」

 

エリザベートのノリに合わせて藤丸は歌いながら答える。そしてそれを見たエリザベートは満足そうに微笑んだ。

 

「そうそう。まさにそれよ、子イヌ!私は~♪ 世界で~1番~美しい~お姫様~♪ でもね~♪ 今は~屋敷のお掃除中~♪ 自分の才能にも気付かずに~♪ ひたすらに~お掃除を~しているの~♪」

 

エリザベートの恰好と彼女の唄の歌詞を聞く限りでは、所謂「灰かぶりの姫」を演じているのだろう。

 

「そこに現れたのがyou!そう、1人の魔法使い! 知ってるわ。私に魔法をかけてくれるんでしょう?」

 

「魔法というと、聞いた話では何か凄いやつ……」

 

「なにそれ?シンデレラといえば、家事をしている女の子の前に魔法使いが現れて、えいやっと魔法を使って!女の子に素敵なドレスをくれるものなの。というわけで、さあ!早く早く、ハリアップ!」

 

エリザベートは藤丸に対して魔法を使うようにせかしてくるが、彼にそんな技術は無いのでどう反応してよいのか困り果てている。

 

「さあって言われても……」

 

だがエリザベートは尚もしつこく魔法を使うように要求してくる。

 

「もう、早く魔法使って!つーかーってー!何でもいいからやりなさい!私のシンデレラストーリーが、ここで終わっちゃうじゃない!」

 

なんという我儘な少女だろうか。エリザベートは藤丸に詰め寄り、無理やりにでも魔法を使わせるつもりだ。余りの彼女のしつこさに、藤丸もとうとう根負けしたように、適当な呪文を唱え始める。

 

「チチンプイプイ……」

 

「ちょっと!何よそのテキトー過ぎる呪文は!」

 

だが藤丸が呪文を唱えた瞬間、エリザベートの身体は眩い光に包まれた。するとエリザベートの着ていたみすぼらしい衣服はたちまちの内に水色の美しいドレスへと変容していき、彼女の両足には童話で伝えられているシンデレラを象徴する宝石のように輝くガラスの靴が履かされていた。エリザベートのドレスのスカート部分の下には所謂パニエがあり、スカートを美しい形に広げさせていて、まるで妖精がダンスをしているかのような姿に変身していた。頭にはティアラがあり、正しく今のエリザベートはシンデレラそのものだった。

 

「ほんとに衣装が変わった―――!?」

 

藤丸は適当に自分が唱えた呪文によってエリザベートが美しい水色のドレスを身に纏った事に驚きを隠せないでいた。

 

「やったぁ!いいわよ子イヌ、やるじゃない!見なさいな。ふふふふ、このドレス姿!純粋無敵……傲慢無垢……まさに完全無欠のエリザベート・シンデレラよ!」

 

自分が身に纏っているドレスに喜びを隠せないエリザベートであるが、藤丸はある重大な事に気が付き、顔を真っ赤にした。

 

「あら?どうしたの子イヌ。顔を真っ赤にして。私のこのドレス姿がそんなに見惚れるほど綺麗だって言うの?そうでしょそうでしょ?まあ当然よね。なんて言ったって、私は世界で一番可愛いアイドルなんだし!」

 

エリザベートは自分に酔い痴れている。だが藤丸が赤面している理由は別にあった。

 

「エリちゃん……その……その……」

 

藤丸は顔を背けながら言う。そんな藤丸の様子に首を傾げるエリザベート。

 

「どうしたのよ?こんなに美しくなった私が目の前にいるっていうのに、目を逸らすってどういうこと?」

 

エリザベートは藤丸に詰め寄ると、藤丸はエリザベートから逃げるように距離を取る。

 

「エリちゃん……その……言い難いんだけど……」

 

「なによ?言いたい事があるんならハッキリと――――へ?」

 

エリザベートはふと顔を降ろすと、自分の着ているドレスに関する重大な事実に気が付いた。そしてエリザベートはその事を知った瞬間身体をプルプルと震わせる。

 

「ねぇ……子イヌ……これはどういう事……?」

 

エリザベートが着ているドレスのスカート部分にはパニエが付けられており、それによって彼女の股間部分が見える形となっているのだが、その股間部分を覆う生地が―――――無いのだ。つまりエリザベートは自分の大事な部分を藤丸に見せている状態なのだ。

 

「…………見たでしょ?」

 

地の底から湧き上がるような声音で尋ねるエリザベート。藤丸はブンブンと首を振るが、「嘘つきなさい!!絶対見てるでしょ!!」とエリザベートは怒りを露わにする。

 

「信っじらんない!!乙女の大事な部分だけわざと見えるように細工するなんて!!これじゃあまるで変態よ!!」

 

エリザベートは怒りを藤丸にぶつけるが、それは藤丸からすれば完全な濡れ衣である。

 

「いや違うんだよエリちゃん!俺が呪文を唱えたらこうなっちゃっただけで……」

 

藤丸が必死に弁明するがエリザベートの怒りは収まらない。

 

「うるさい!この変態!スケベ!最低!信じてたのに!アンタの事、ちょっとは見直してたのに!」

 

エリザベートは涙目になりながら藤丸に罵声を浴びせる。藤丸は何とか誤解を解こうとするが、エリザベートは聞く耳を持たない。そこにパニッシャーがフォローに入る。

 

「待て、立香に対して魔法を唱えろと要求したのはお前だろう。それに立香が呪文を唱えてドレスを着る事ができただけでも僥倖とは思わんのか?」

 

「幾ら美しいドレスを着ても、これじゃ変質者じゃない!ああもう!」

 

エリザベートは両手で露出した自分の股間を覆う。

 

「もうヤダァーーーーーー!!!」

 

エリザベートの悲痛な叫びは周囲に響き渡った。スカート部分の下のパニエを外してスカートを降ろしたとしても股間部分は見える構造になっている。

 

「お、乙女の大事な部分が見えちゃうなんて、そんなの、そんなの恥ずかしくて生きていけないわよ!」

 

エリザベートは羞恥心に耐え切れず、その場で泣き崩れてしまった。エリザベートの悲しみは尤もだが、藤丸には彼女を慰める術を持ち合わせていない。エリザベートを落ち着かせるために、藤丸は彼女に何か言葉を掛けようとする。

 

「その……エリちゃん。ゴメン……。俺の呪文が未熟だったから……」

 

藤丸は出来る限りの謝罪の言葉を述べるが、エリザベートは首を横に振る。

 

「いいのよ、子イヌ。私も少し取り乱し過ぎたわ。ごめんね。」

 

エリザベートは涙を拭うと笑顔を見せる。

 

「でもさっきの事は忘れないわよ。子イヌがあんなにエッチな男の子だとは知らなかったわ」

 

「いや……だからそれは――」

 

再び藤丸は弁解しようとするが、「分かった分かった!謝らないで!別に怒ってなんかいないんだから」と言いつつ立ち上がった。そしてエリザベートは藤丸に優しく微笑みかける。

 

「そうよね。だって私は世界で一番可愛いアイドルなんだもの!例えどんな辱めを受けても平気よ!」

 

あまりの立ち直りの早さに藤丸は感服した。とはいえ流石に目のやり場に困るので、持参してきた自分の下着をエリザベートに渡す。

 

「男モノの下着だけど、これで良ければ……」

 

エリザベートは藤丸から渡された下着を受け取ると、それを穿く。

 

「ふぅん。まあまあサイズが合うじゃない。」

 

エリザベートは満足げに呟いた。藤丸とエリザベートでは下着のサイズからして違うと思うのだが、何故か藤丸のボクサーブリーフはエリザベートにピッタリと合っていた。

 

「まあいいわ。子イヌの下着で我慢してあげる。さあ分かってるわね子イヌ。これから……」

 

「これから?」

 

「チェイテ城―――いえ、チェイテシンデレラ城を探し出すわ!どこにあるかは分からないけど、きっとあるわ!だって今は――ハロウィンなんだからね!」

 

今がハロウィンだから―――というのも無茶苦茶な理屈ではあるがここは微小特異点。何が起きても不思議ではない。ハロウィンに限らずこれと似た現象はこれまでに何度もあったのか、藤丸もそれを受け入れている。

 

「無茶苦茶な理屈ではあるけど納得してしまう……」

 

「ところで私、どうしてあんな場所で箒を動かしていたのかしら……?まぁいいわ。ともかく、シンデレラといえばお城よ!行くわよ子イヌと黒イヌ!」

 

黒ジカというのは恐らくパニッシャーの事を差しているのだろう。

 

「おい、勝手に変なネーミングを付けるな」

 

「うるさいわね。アンタの名前なんてどうでもいいのよ。ほら早く行くわよ子イヌと黒イヌ!」




エリちゃん立ち直り早い……。そら大事な部分見えたら怒るよね。
そしてエリちゃんから黒ジカ呼ばわりされるパニッシャーさん……


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第18話 砂漠の女王ゼノビア

今回はCパートが本番。


エリザベート、藤丸、パニッシャーの3人はこの特異点のどこかにあるとされる"チェイテシンデレラ城"を探しに歩き回ったが、探索している内に広大な砂漠へと辿り着いた。辺り一面が砂、砂、砂で覆われた正真正銘の砂漠地帯。

 

「……見渡す限りの、砂漠!」

 

藤丸は自分達が歩いている砂漠を見て叫び、隣にいたエリザベートも膨大な砂粒の地平が続く砂漠を見てガッカリしているようだ。

 

「なんでよー!!南瓜の山もなければ、お菓子もなし!ぜんぜんハロウィンって感じじゃないし……。何より私のお城どこ!?チェイテシンデレラ城がないと~♪シンデレラがシンデレラになれないわ~♪」

 

歌うように話すのは今のエリザベートの特徴のようだ。

 

「シンデレラといえばお城と王子様だよね」

 

「そう!王子様も重要ね!でもお城がないと王子様も出てくるはずないじゃない……うう……」

 

藤丸の言う通り、シンデレラという物語において城と王子様は切っても切り離せない。しかし、童話における城は悪人が住む場所である事も多い。白雪姫に登場する継母の魔女が住んでいるのは城だし、眠れる森の美女のヴィランであるマレフィセントが住むのも城だ。

 

「エリザベート、一つ聞きたいんだが仮にお前を迎えにきた王子様が悪人である場合お前はその王子を受け入れるのか?」

 

パニッシャーは何気ない質問をしてみた。

 

「何よ黒ジカ。急にそんな事聞いてきて。……そうね。私を助けにきてくれた人なら、悪い人でない限り受け入れるわ。」

 

エリザベートは一瞬だけ考えると、パニッシャーの問いに答えた。流石のエリザベートも外道や悪人を許容するほどに倫理観が狂っているというわけではないようだ。……確か彼女の属性は混沌・悪だった筈だが、属性イコールそのまま悪人や善人というわけではないのがカルデアのサーヴァントの特徴だ。今のシンデレラ・エリザベートの場合、属性自体変わっている可能性があるのだが、彼女自身は言動に反して意外とまっとうなのかもしれない。

 

「ならいいんだ。気にしないでくれ」

 

「アンタって悪人に対しては容赦ないけど普通の人間には優しいタイプよね。そういうところは嫌いじゃないわよ。あんまりアンタの事を良く思ってるわけじゃないけど、そこだけは認めてあげる」

 

藤丸は眼前に広がる砂漠を見ながら今回のレイシフト先の年代と場所を思い出す。

 

「そういえば確か……レイシフト先は中近東だったはず?」

 

「ああ~♪どこへ~行って~しまったの~♪私のお城~♪」

 

目当ての城が見当たらない事を嘆くエリザベート。その時、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。砂を踏む音からして人間のものだろう。藤丸達は警戒態勢を取る。

 

「………この気配、サーヴァントか」

 

目の前に現れた女性を前にしてエリザベートと藤丸は呆気に取られる。

 

「へ?」

 

「誰?」

 

現れたのは極端に露出度の高い水着を着た褐色の美女だった。頭には純金製のティアラを被り、水着以外にもボロボロの布と金製の鎖を身体に巻き付けている。銀髪の長い髪の毛に青い瞳。右手には紅い槍を持っている。褐色の水着美女は藤丸達に歩み寄ると、エリザベートの方を睨みながら叫んだ。

 

「ならばこの事態の元凶と見たぞ。―――そこの女!何者か!大人しく、正体を明かすがいい!」

 

この褐色の水着美女もサーヴァントなのだろう。ともかく色々な意味でデンジャーなサーヴァントが現れたものだ。

 

「ちょっとちょっと、いきなり何!?……こほん。でも、この突発的な舞台に対応できてこそ真のミュージカルアイドル。ならば歌で返すのが道理というものね。そちらこそ~誰なのかしら~♪忘れてたらごめんなさい~♪」

 

エリザベートはこのような状況でもミュージカルアイドルとしてのプロ意識?を忘れずに、突然現れた水着の美女に対して歌いながら答える。しかし当の彼女はエリザベートを怪しい者だと思っているのか、警戒心を解こうとしなかった。

 

「……怪しい奴!」

 

(怪しいといえば、その……)

 

藤丸の心の声を代弁するかのように、エリザベートは水着の美女に対して言い返す。

 

「むっ。怪しさで言えばアンタのほうだってすこぶる怪しいわ。ビリビリの服で、鎖で……まるで逃げ出してきた囚人みたいな……」

 

「―――私の姿を憐れむな」

 

「?別に憐れんではいないけど。態度とか雰囲気から、アンタ自身がそう思ってないのはなんとなくわかるし。共演者の内に秘めた輝きを見抜くのもミュージカルスターの能力。漏れ出る高貴さ……生まれつきの品格……そういうの、感じ取れるわ。ぶっちゃけ奴隷どころか、かなりいい身分の存在でしょう、アンタ?少なくとも人の上に立つ存在だってことくらいは……わ~か~る~わ♪」

 

エリザベートの言葉を聞いて水着の美女は目を丸くした。

 

「ほう、わかるのか……?」

 

「それよりサーヴァントっていうなら、アンタだって同じでしょう~♪こっちにとっては、アンタこそが突然出てきた怪しげなサーヴァントー♪いきなり喧嘩腰になる前に、すべきことがあるんじゃない?」

 

「確かに……そうだ。気が逸っていたのかもしれない。謝罪しよう。女王としては即断即決であるべきだが、今は思慮深く動かねばならんのだろうな。ああ、そうだ。この事態の元凶たる存在について、風の便り……のようなものを聞いていないワケでもなかったのだ。いきなり出会ったサーヴァントがその元凶だと勝手に思い込むとは、我ながら短絡的にも程がある。元凶はなんという名だったか。うーん……もう少しで思い出せそうな……。そう、確か……エ、エリ……」

 

が、水着の美女の言葉が終わらない内にエリザベートが声を掛けた。

 

「落ち着いたところで今のうちに自己紹介でもしておこうかしら?主役の紹介タイムこそ序盤にたっぷりじっくり行われるべきものだものね!それすなわち観客の視線独り占めの独演パート。1時間くらいあってもいいと思うわ」

 

「いや、1時間は長すぎだろう……」

 

完全にワンマンショーでしかないとパニッシャーは突っ込んでしまう。そしてエリザベートは歌いながら自己紹介を始めた。いかにもミュージカル風な名乗り口上で。

 

「ららら~、私は、スーパーミュージカルアイドル~♪エリザベート・シンデレラ~ァアア♪」

 

「うん、そうだ、エリザベート(・・・・・・)。…………なに?」

 

水着の美女はエリザベートの名前を聞くと、一瞬沈黙する。

 

「やっぱり貴様かぁぁぁ!!」

 

「なになに!?ホントに知らないんだけど私!」

 

「それで誤魔化せるとでも思っているのか!この砂漠……麗しきパルミラ帝国の異常は私が正さねばならない。なんとしても。なぜならパルミラは私の国だから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

そして水着の美女は自分の真名を藤丸達に名乗り上げた。気高く、誇りに満ちた女王のように。

 

「私はゼノビア。パルミラの戦士女王ゼノビア!私の国を返してもらうぞ、エリザベートとやら!」

 

最早この状況では戦闘は避けられないようだ。やむを得ず藤丸は戦闘開始の声を上げる。

 

「せ、戦闘入りまーす!」

 

「悲劇的~♪やっぱり一度は戦う運命なのね~♪」

 

エリザベートは相変わらずの調子だ。そしてゼノビアは自分に身につけられた装飾品の剣を持ち、躍りかかる。動きにくい服装をしている割には意外に機敏だ。しかしエリザベート・シンデレラはミュージカルのような動きで華麗に回避した。エリザベート・シンデレラはくるりと回転しながら、長い脚を用いた蹴り技を繰り出す。

 

「はっ!」

 

エリザベートのハイキックが見事に決まり、ゼノビアは吹き飛ばされる。しかし彼女はすぐに体勢を立て直す。そして突然砲台……バリスタのような兵器が出てきたかと思うとゼノビアはそれに乗る。

 

「女王が命じる、撃て!!」

 

バリスタからは魔力による砲弾が放たれ、エリザベートに直撃した。否、直撃はしていない。間髪のところでエリザベートは身体を捻り、紙一重で避けていた。

 

「中々やるじゃない!だったらこちらも~♪」

 

エリザベートは歌いながら踊り始めた。すると突然彼女の横に白い馬車が現れたではないか。サーヴァントというのは自分の技を展開する際にとんでもない物を召喚してくるとは聞いていたが、まさか馬車とは。

 

「灰かぶりのお通りよ~♪」

 

そしてエリザベートを乗せた馬車は猛スピードでゼノビアに突っ込んでいく。白い馬車の突撃を正面から受けたゼノビアは勢いよく吹っ飛んでいった。

 

「くぅ……なんて力……だが、負けるわけにはいかない……!」

 

だがエリザベートは追撃の手を緩めない。彼女は自分が履いているガラスの靴を勢いよくゼノビア目掛けて放ち、直撃したゼノビアは大ダメージを受けてしまった。そして間髪入れずにエリザベートはジャンプしつつ空中に舞ったガラスの靴を再び履くと、そのまま踵落としをゼノビアに決めた。仮にもシンデレラが大切なガラスの靴を武器にするというのはどうかとパニッシャーは思ったが、それでもエリザベートの戦闘力の高さに驚きを隠せない。そしてエリザベートの一撃を受けたゼノビアは地面に叩きつけられてしまう。

 

「ぐぅ……!?舐めるなぁ!!」

 

だがゼノビアは諦めず、左手に持った槍、右手に持った剣の同時攻撃をエリザベートに叩き込む。容赦無き苛烈な攻撃を受けてエリザベートは吹っ飛ばされた。

 

サーヴァント同士の戦いの速度は人間の動体視力で追いきれるものではないが、歴戦のマスターである藤丸と、歴戦の戦士であるパニッシャーはゼノビアとエリザベートの戦いをしっかりと捉えていた。

 

「きゃぁぁ!?」

 

エリザベートが怯んだ隙にゼノビアは立ち上がり、再び攻撃を仕掛けようとする。

 

「く……強いわね……!ちょっと待って~♪可能なら話し合いで~♪」

 

「唄うな。ふざけるな。ふざけている=貴様が元凶と考えても差し支えはなかろう」

 

何とも滅茶苦茶な理論を振りかざすゼノビアはエリザベートに攻撃を加えようとする。が、そこに藤丸が立ちはだかる。サーヴァント同士の戦闘に生身の人間が割って入る事の意味を知っているにも関わらず、無駄な戦い、無意味な諍い、不毛な争いは彼も好まないのだろう。

 

「ふざけてはいません!どうか話を聞いてください!」

 

そして自分とエリザベートとの闘いに割って入った藤丸を見て、ゼノビアは目を丸くした。

 

「むう。ただの人間でありながら我らの間に割って入るとはなかなかの度胸。いいだろう、少しだけだぞ」

 

ゼノビアはサーヴァント同士の戦いに割って入ってきた藤丸の勇気に免じて話し合いに応じてくれたようだ。そして藤丸はエリザベートの方を見る。もしかしたらこの特異点の原因は彼女が関係しているのかもしれない。それはエリザベート自身の体質ないし性質が関係しているからだ。が、それとは無関係の事に藤丸は目を見開いた。

 

(……!!)

 

「な、なによ?最初の自己紹介パートで私の魅力に既にメロメロだったってわけかしら子イヌ。それはいいけどちょっと情熱的に見つめすぎじゃない?この私でも照れるときは照れるわよ?」

 

が、エリザベートは藤丸の視線が下の方である事に気づく。嫌な予感がしたエリザベートは恐る恐る視線を下げてみると……。

 

「――――――」

 

今のシンデレラ衣装に着替えた際、股間を覆う生地が無かったので仕方なく藤丸が持参していたボクサーブリーフを履いていたのだが、そのボクサーブリーフが先程のゼノビアとの戦闘の影響で無くなっていたのだ……。サーヴァントが纏う霊衣と違って普通の衣類なのでサーヴァント同士の戦闘で無事な筈がないのだが、藤丸は年頃の少年だからか、顔を真っ赤にしながらエリザベートから目を逸らす。

 

エリザベートは慌てて自分の下半身を隠すように両手で覆った。

 

「み、見ないでぇ~~~~~~♪」

 

エリザベートは恥ずかしさのあまり、その場でしゃがみ込んでしまった。

 

「もう!なんでこんな時に下着が破れるのよぉ~~~~~~~~~~♪」

 

「え、エリちゃん!もう一つ持参してきてるからこれを履いて!」

 

藤丸は慌てて予備のボクサーブリーフをエリザベートに手渡した。エリザベートは急いでそれを履き、何とか事なきを得た。

 

「また小ジカに見られた……。これで二回目……」

 

エリザベートは頬を赤く染めながら藤丸を睨む。

 

「ごめんなさい……!」

 

エリザベートは藤丸をジッと見つめる。

 

「……この責任は~♪取ってもらうからね~♪」

 

立ち直りが異常に早いエリザベートは藤丸に詰め寄った。藤丸の顔が一気に青ざめていく。エリザベートは藤丸の耳元に口を近づけると、囁くような声で言った。

 

「今夜は寝かせてあげないんだから♪」

 

エリザベートの言葉を聞いた藤丸は一瞬にして顔が茹でダコのように紅潮していく。そしてエリザベートはそんな藤丸の反応を楽しむかのようにニヤリと笑っていた。気を取り直して藤丸はゼノビアが襲ってきた理由について意見を述べた。

 

「……ひょっとして分裂しちゃったとか?」

 

「う。そ、それを言われると言葉に詰まるわね。した記憶はないけど自然発生自然分離も有り得るし……。全否定することは……難しいわね」

 

「本当にエリちゃんはフリーダムだね……」

 

藤丸の言葉を聞いたゼノビアがジト目でこちらを睨みながら槍を構えた。

 

「つまり……やはり元凶……?」

 

「ちーがーうーわーよー!百歩譲って、アンタの聞いた通り元凶の名前がエリザベートだったとしても、それは私じゃないわ。多分エリザベートはエリザベートでも別のエリザベートよ」

 

「お前は何を言っているんだ?同じサーヴァントがそう何人もいるか!サーヴァントの仕組みとしては有り得ることでも、そうポンポンと発生する事態ではなかろう。しかも都合よく同じ場所にいるなど……」

 

ゼノビアはエリザベートの言葉を信用できていないようだ。確かにサーヴァントというのは同一人物であろうとも別側面という形で、異なるクラスで喚ばれる事など珍しくないが、都合よく特異点に何人もいるという状況は有り得ないのだろう。しかし藤丸はエリザベートを擁護する。

 

「エリちゃんに限ってはそうとも言い切れない!」

 

「えー……」

 

「そうよ、この私は史上稀に見る~♪視線の独占禁止法違反・ミュージカルアイドルなんだから~♪」

 

エリザベートがそう言うと、どこからか歓声が聞こえてきたような気がしたが多分空耳だろう……。

 

「……今の視線の独占禁止法違反、ちょっと我ながら良かったわね……。またどこかで使いましょう。めもめも」

 

(おい、立香。俺は段々このノリについていくのがしんどくなってきたんだが……)

 

(おじさん、ここは我慢だよ)

 

藤丸はパニッシャーに小声で話しかける。

 

(……正直ウェイドの野郎といるよりも疲れる気がする)

 

(??ウェイドって誰?)

 

(忘れろ、こっちの話だ)

 

「その歌はともかく……そうなのか?ホントに?」

 

ゼノビアはエリザベートが分裂したという言葉が嘘とは思えないのか、聞き返してくる。

 

「マスター・藤丸立香の名にかけて信じてください、お願いします!」

 

「むう、おまえの目……まったく嘘のない目だ。これは信じざるをえない、か。ひとまずはな。いいだろう、話を聞かせてみろ」

 

藤丸はゼノビアに対して自分達が特異点の修正の為にカルデアからレイシフトしてきた事、そしてチェイテシンデレラ城に向かっている事を説明する。

 

「というわけで、チェイテシンデレラ城に向かってるのよ~♪理由はハロウィンだしシンデレラだから。そうしなきゃ駄目なの。ゴールがそこなのは確実」

 

エリザベートも真剣な眼差しでゼノビアに対して自分の目的を告げる。

 

「ふむ。その城に事態の元凶……もう一人のエリザベートがいる可能性は高いか。そして城はこの砂漠の先、遥か彼方に見た記憶がないわけでもない」

 

「ホント?なら案内して!退屈な移動も~、歌と踊りで楽しめる~♪それがミュージカルの醍醐味よ~♪」

 

エリザベートはチェイテシンデレラ城の情報を得て、歌いながら喜びを口にする。

 

「私が召喚された理由は、おそらく時代と土地の縁だろう。何故なら、この時代には――私の国、パルミラが存在するはずだからだ。そして私の記憶が確かならば、私の国はこんな様子ではなかった」

 

「……?」

 

ゼノビアの言葉に不思議そうな顔をする藤丸。

 

「まず、件の城だ。これがまた随分とメルヘンだ。国土の半分は、奇妙な森になっているらしい。そしてこの砂漠……見覚えがない。なんというか、生前に見た砂漠とは趣が違う。もちろん、ここは間違いなく私の国パルミラだ。それは感覚的に理解できている。その一方で――――どうしようもなく歪んでいる、とも。歪んでいるなら正さなくてはならない。何者かに襲われているなら守らねばならない。具体的に言うと!あの邪悪な城を!完膚なきまでに叩き壊す!」

 

ゼノビアは自分の国であるパルミラを歪めてる元凶である城を破壊すると宣言するが、当のエリザベートはそれに対して反論する。

 

「……そこまでする必要はないんじゃないかしら~♪」

 

しかしゼノビアは祖国パルミラに聳える特異点の原因となっている城を認めないとばかりに言う。

 

「私の領地、私の国に、あのような悪趣味かつメルヘンな城を置き続ける訳にはいかない。有効射程距離に入り次第、バリスタで跡形もなく吹き飛ばしてやる……!」

 

自分の国をおかしくしている元凶を破壊するのは最もな理屈だ。しかしエリザベートはゼノビアのこういった考えに異を唱える。

 

「せめて穏便に引っ越しという訳にはいかないかしら?あれ、一応私のお城!」

 

「人の土地に勝手に上がり込んできた以上、敵対したと認識しても仕方なかろう。……今はこの藤丸立香の顔を立てておくが……。民を守るため、慈しむためならば私は一切の妥協をせず、叩き潰す。かつて愚かなローマの皇帝から民と国を守ったのと同じようにな」

 

「ローマと戦った国の女王様、なんですね」

 

藤丸はゼノビアがローマと戦った国の女王である事を知り、納得した。

 

エリザベート:「ふーん。アイツとも知り合いかしら?ローマ皇帝っていってもたくさんいるけど」

 

「ローマ皇帝と親しいような口ぶりだ。まさかアウレリアヌスではあるまいな」

 

「そんな名前の皇帝は知らないし、赤いのはライバルよライバル!でも~、ミュージカルスキルを手に入れた私のほうが~♪何周ぶんも、先に進んでいるのは~、確・実~♪」

 

赤いの……というのはネロの事であろう。

 

「まあ、ローマ皇帝といっても玉石混淆だろう。皇帝全てを唾棄するつもりはない。ともあれ、一緒に行くのに異論はないぞ。協力して事態の解決にあたろうではないか」

 

とりあえずゼノビアの強力を得る事はできた。

 

「助かります」

 

藤丸はゼノビアに対してお礼を言う。

 

「さて……城の方角は大凡わかってはいるが、問題が三つある」

 

「なんですって、三つも~♪一つくらいまけてほしいわ~♪」

 

問題の多さにエリザベートは落胆した様子を見せている。解決すべき問題が多いのは喜ぶべき事ではないのは当たり前なのだが。

 

「……まあ、まとめれば一つと言えるのかもしれないが」

 

「一つならいいのよ~♪」

 

エリザベートが言うと、ゼノビアは城まで行く為の道筋の説明を始める。

 

「こほん、まず一つ、この砂漠はある特定のルートを辿らなければ、ひどい砂嵐で進めない。二つ目……私も一度城のほうに向かってはみたのだが、ルートの先には高い岩山が立ち塞がっていた。山越えはかなりの労苦を伴うだろう。藤丸立香がいるのなら、なおさらだ。進むなら山の中腹。洞窟だ。岩戸に閉ざされているが、隙間に空気の流れを感じた。きっと山向こうまで洞窟が続いているのだ。もし岩戸を開けることができれば、城への道は拓けよう。そして三つ目は……まあ、これは我らにとってはそれほど障害ではないのかもしれない。風の便りで聞く限り、このあたりには多くの盗賊たちがいるらしい。出会ってしまえば邪魔をされるかも……というところだ」

 

ゼノビアの説明を聞いたエリザベートは力づくで盗賊と戦うべきだと主張する。

 

「そんなの、話し合い(物理)で友達にしちゃえばいいんじゃない?ミ・ナ・ゴ・ロ・シ~♪じゃなくて、ミ・ナ・ヨ・ロ・シ~♪」

 

「ああ。私の国で盗賊行為とはけしからん。見つけ次第、身柄を拘束し裁きを受けさせよう。パルミラの風紀と治安は私が守る!」

 

ゼノビアもエリザベートも、盗賊に対しては穏便に済ませる気のようだ。しかしパニッシャーは違う。犯罪者であるならば、即刻処刑するつもりだ。

 

パニッシャー:「甘いぞお前たち。盗賊なんざその場で銃殺刑でいいじゃねぇか」

 

そう言ってパニッシャーは懐からウージーを取り出し、エリザベートとゼノビアに見せつける。

 

「盗賊だからって殺してもいいなんて、そんなのおかしいわ~♪」

 

エリザベートはパニッシャーの考えに異を唱え、ゼノビアはそんな二人を見て呆れた様子を見せる。

 

「やれやれ。血の気が多すぎるのも考え物だな。パルミラは法の下で秩序が保たれている国。無闇に人を殺すなど、あってはならない事」

 

「俺のやり方なら裁判も刑務所も不要で、エコロジーだ。無駄な税金を犯罪者の為に使わなくて済むしな。お前等は古代や中世の生まれの癖に、罪人に対する処罰が甘すぎないか?」

 

「罪人だからって~♪勝手に殺していいわけがないのよ~♪」

 

エリザベートは相変わらず歌を歌いながら、パニッシャーの意見に反対している。

 

「おじさん、できればこう……殺さないでほしいんだけど……」

 

パニッシャーは藤丸の言葉を聞いて、少し考える。

 

「……出来る限り努力はしてやる。だが抑えがきかない時があるかもしれんぞ?」

 

「それでもいいよ。ありがとう」

 

藤丸はパニッシャーに笑顔を見せた。

 

「よし、出発だ!」

 

ゼノビアがそう言うと、藤丸、パニッシャー、エリザベートは一緒に砂漠を移動し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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彷徨海からおよそ数百キロ離れた地点。太陽が燦々と降り注ぐ白紙化した地球の表面にドクター・ストレンジは佇んでいた。見渡す限り何もない地球。アスファルトのように平らになった白い地面は、かつて存在した文明や自然の痕跡すらも消し去ってしまった。ストレンジはそんな景色を見ながら、待ち合わせの人間が来るのを待つ。

 

「我々がいた世界とは異なり、ここでは本当に地球全土が漂白されているのか……」

 

そうストレンジが呟いていると、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「わざわざこんな所で待ち合わせなくてもよかったんじゃありませんか?ドクター・ストレンジ」

 

振り返ればそこにはアトラス院に属する錬金術師、シオン・エルトナム・ソカリスがいた。アンダーリムの眼鏡をかけ、紫色の長い髪の毛を両サイドで結んでいる美少女であり、汎人類史の生き残りである。

 

「呼び出して済まない。だが彷徨海では話せない内容だ」

 

「それは分かりますけど、幾らなんでも離れすぎじゃあないですか? ここまで来るのだって簡単じゃなかったんですよ」

 

シオンは文句を言いながらも、ストレンジに付いていく。

 

「彷徨海では盗み聞きされる恐れがある。私は今危険な綱渡りをしている状況だ」

 

「……アベンジャーズの方々は本当に我々に助力する気があるのでしょうか?正直に言って彼らの態度はあまりにも不誠実かつ傲慢で、協力的ではありません」

 

シオンは自分の眼鏡を片手でクイッと上げながら、アベンジャーズに対する不満を口にした。

 

「まあ、あのような露骨な態度では協力する気はないと見られても仕方ないだろう。前置きもなんだ、ここからは互いに腹の内を見せ合おうじゃないかね」

 

ストレンジがそう言うと、シオンは口をニカっとさせた。まるで待ってましたといわんばかりの表情だ。

 

「待ってました!さぁ、ドクター・ストレンジ。貴方の話を聞かせてください」

 

シオンはそう言いながら、ストレンジに詰め寄ってくる。

 

「パニッシャー氏の為に私の協力の下、聖杯を加工したブレスレットを製作した事をアベンジャーズの皆さんにも伝えていないんですからねぇ?」

 

意地悪そうな笑みでシオンはそう言った。パニッシャーに対して聖杯のブレスレットを渡した際、さも自分の力だけで作り上げたかのように伝えたが、実際はシオンの協力の下で作られた。

 

「アトラス院の錬金術師である君の協力でなければアレを作れない。君の錬金術の腕前は至高の魔術師として賞賛したい」

 

「お褒めいただき光栄です!……それはそうと、何でパニッシャー氏に聖杯のブレスレットを渡したりしたんでしょうか?」

 

「私の魔術……千里眼を用いて彼の未来を視た。パニッシャーは……フランク・キャッスルは現在向かっている特異点で命を落とす」

 

「おやまぁ、あの方が命を落とす……?」

 

シオンは目を丸くして驚いている。

 

「彼は藤丸少年に手を出した存在に戦いを挑んだ末に落命する。そうなればもう取返しのつかない事態に陥るだろう」

 

ストレンジは聖杯のブレスレットを渡した理由として、パニッシャーが死ぬ運命を見たのが理由だと答えた。しかし本当にそんな理由だけで聖杯のブレスレットという強力なアイテムをパニッシャーに渡したのだろうか?シオンは訝しむ表情でストレンジに尋ねる。

 

「本当にそれだけですかねぇ?他にも何かあるんじゃないんですか?」

 

シオンがそう言うと、ストレンジは真剣な顔で答える。

 

「彼にはこの先に起きる戦いを阻止してもらわなければならない。私が未来視で見た最も最悪な事態を回避させる為に……」

 

ストレンジの言葉に対して、シオンは分かっていたという表情を見せる。

 

「……その最悪な事態というのは大体は想像が付きますけど、我々カルデアがアベンジャーズの皆さんと戦いになるのでしょう?それなら貴方自身がアベンジャーズの皆さんにその未来を伝えて争いを回避させればいいのでは?」

 

シオンの問いかけにストレンジは首を横に振る。

 

「いや……キャップにそれを伝えた所で彼は納得しないだろう」

 

「アベンジャーズの皆さんがカルデアと戦いになるというのは単に意見の相違による対立ですか?ナイナイ!そんな小さい理由でアベンジャーズの皆様が我々に戦いを挑んでくるとは思えませんね!態度こそアレですが曲りなりにも彼等はヒーローですから!」

 

シオンはわざとらしく笑いながらストレンジにそう言ったが、その直後、真剣な眼差しで問いかけてくる。

 

「そろそろ教えて頂いてもいいんじゃないですか?この事に関してはホームズ氏も怪しんでいますし、こうして彼等に内緒で私と密会している時点で貴方はアベンジャーズの皆さんとは意見が異なっている」

 

「そうだったね。お互いに腹の内を見せ合うという約束をしたばかりだった。それでは本題に入ろうか」




裏で色々とやってますなぁストレンジ先生( ̄ー ̄)ニヤリ

そしてやはりパニッシャーさんは重要人物だった。


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第19話 藤丸と40人の盗賊

今回は私の性癖全開。何もかもゲーム本編のままなのもつまらないから、展開が変わっております。

というより藤丸君を性的な目で見すぎじゃないか自分……?(-_-;)
何回彼を脱がせてんだか……


藤丸、エリザベート、ゼノビア、パニッシャーの4人はチェイテシンデレラ城を目指して砂漠を進んでいた。砂漠という場所だからか、砂嵐によって砂塵が舞い上がり視界が悪い。視界が悪いだけならまだしも、細かな砂粒が服に入り込んでくる。

 

「砂が服の中に入り込んでじゃりじゃりする……!」

 

「我慢しろ。正しい進路であっても砂嵐がないわけではない。これでもルート外よりは幾分マシだ。それに、私の読みではそろそろ晴れる」

 

ゼノビアがそう言った直後に吹き荒れていた砂嵐はピタリと止んでしまったではないか。

 

「ほらな?」

 

ゼノビアは得意気にドヤ顔を披露しながらそう言った。しかしエリザベートは誰かを発見したらしく、指を差しながら言う。

 

「待って、砂嵐が晴れてわかったけど、誰かそこにいない?」

 

彼女がそう言うと、こちらに向かって歩いてくるスーツ姿の青年がいた。いかにも目つきの悪そうな男だが、青年は藤丸にとって見知った顔である。

 

「斎藤さん……?」

 

そう、カルデアに召喚されたサーヴァントの一人である斎藤一ではないか。パニッシャー自身も何度か顔を見かけた事がある。そして斎藤は藤丸達を発見すると笑顔で声を掛けてきたではないか。

 

「やれやれ、砂嵐に巻き込まれてツイてないねぇ。ま、それはそれとしてこいつはラッキーかな?1人だけ手ぶらってのも恰好付かないし、どうしたもんかと思ってたのよ。そこな道行く旅人さん。僕は三番隊隊長……じゃなかった、盗賊番号ナンバースリー。雇われのはぐれサーヴァントってやつ。というわけで―――大人しく、身ぐるみはがされてくれる?」

 

「恐喝じゃん!」

 

「警官やってた手前、ちょっと抵抗あるけど一応、紳士的に話し合いからってね」

 

斎藤が言うと、エリザベートはノリノリで歌いつつ返答する。

 

「シーフ、ローグ、盗賊ね~♪降りかかる火の粉は~~殺すわ~~♪話し合いは~その後に~♪」

 

「おい、さっきは盗賊は殺さないとか言ってなかったか?というか死体と話し合いなんぞできるか!」

 

パニッシャーはエリザベートに突っ込みを入れる。

 

「黒イヌ~♪細かい事は気にしないの~♪」

 

ツッコミに対してエリザベートは適当に誤魔化す。そして斎藤はエリザベートの言葉に呆気に取られている。

 

「え?どういうノリ?」

 

「いい度胸だ。このパルミラの女王本人に対して盗賊行為とはな。やはり裁判の必要はなさそうだ。現場判断にて処置する。後始末は砂漠に埋めればOKだ」

 

「お前も方針転換早すぎだろ……」

 

エリザベートと同じく、ゼノビアも目の前の盗賊斎藤を処断する事を決定する。エリザベートもエリザベートだが、ゼノビアもゼノビアだ。斎藤はエリザベートとゼノビアに迫られ、後ずさりをしている。二人は斎藤を始末する気マンマンのようだ。引きつった顔の斎藤は、突如として笑顔で降参宣言する。

 

「はーい、降参降参~!いやあ。確かに盗賊の一人ではあるけどさぁ、いやあ。確かに盗賊の一人ではあるけどさぁ。負ける戦いはしないってのが一ちゃんの信条ってわけ」

 

斎藤の言葉に対してゼノビアは笑顔になる。だが……

 

「速やかなる投降、いい判断だ。それでは埋めよう」

 

「良い肥しに~なるのよ~♪」

 

……斎藤が降参しても二人は嬉々として彼を埋めようとしているのだが。

 

「降伏したんだからそりゃないでしょ、情状酌量って知ってる?」

 

「そうねえ。盗賊っていっぱいいるんでしょう?せっかくだから、他のヤツらの情報とか聞いてもいいんじゃない?」

 

「司法取引というやつか。ふむ……」

 

「俺の国じゃ当たり前のように犯罪者共が使う手段だな。というより司法取引の概念を知ってたのか」

 

「当たり前よ~♪私たちサーヴァントは~♪召喚時に現代の~知識が頭の中に入るもの~♪知らないわけないでしょ~♪」

 

パニッシャーはエリザベートの発言に呆れているが、エリザベートは何故か胸を張って自慢気な態度を取っている。

 

「司法取引か。ふむ……。悪くない、パルミラが野蛮の地だと思われるのも癪だしな」

 

「俺には女王であるお前の服装の方が蛮族丸出しに見えるんだが?」

 

「勘違いしないで欲しいがこれは私のサーヴァントとしての霊衣だ!!決していかがわしい目的で着ているわけではない!!」

 

パニッシャーの指摘にゼノビアは顔を真っ赤にして反論してくる。

 

「必死に反論しているのを見る限り怪しいんだが……。いや、まあ。お前がどんな格好をしようが勝手だけどな」

 

「ふんっ……」

 

ゼノビアは面白くないという風にそっぽを向き、エリザベートはそんな二人のやり取りを見てケラケラ笑っている。

 

「あははははははははは♪もう、二人とも素直じゃないんだから♪」

 

斎藤はゼノビアとパニッシャーのやり取りと、それを見て笑い転げているエリザベートを見て、完全に自分が放置されていると思い、声を上げた。

 

「え~と、俺は情報を話せばいいんだよな?」

 

「うん、お願いするよ」

 

藤丸がそう言うと斎藤は咳払いをしつつ話し始める。

 

「んじゃま、ペラペラ喋りますか」

 

斎藤は自分の所属する盗賊団の位置を藤丸達に伝えた。

 

「ふむ。これから向かう岩山は盗賊団の本拠地だったのか。しかし、洞窟に入るための岩戸の開け方は……お前たちのボスしか知らないと?」

 

「そういうわけ。不便なんで意外と困ってるのよ」

 

ゼノビアの問いに斎藤は軽い口調で返事をする。

 

「特にボス、ちょっと問題があってね……、最近はずっと岩戸の奥に籠りきりなのよ。頼んでも出てきてくれないし。んで、僕たち、ボスに出てきてもらうの作戦に手分けして従事してる最中だった、ってわけ。各自で必要なアイテムを盗んで集めてこよう的な……?」

 

「盗むな。ふん、やはりパルミラの治安と風紀の維持のために捨て置けん集団だ。集まるというなら都合がいい。バリスタで一網打尽にしてくれる」

 

要するにヒッキー状態の自分達のボスに出てきて欲しいが為に、ボスが好むようなアイテムを持っていく的な目的で動いていたのだろうか……?だが盗む行為というのは古今東西を見ても犯罪には違いないので、ゼノビアは盗賊団への攻撃を止めるつもりはないようだ。

 

「目的地は同じだし、行くしかないね」

 

「はいはい、ご案内しますよ。こっちは囚われの身なんでね」

 

藤丸の言葉を受け、斎藤は快く案内を引き受けた。そして藤丸、パニッシャー、ゼノビア、エリザベートは斎藤を案内人として、山岳地帯へと入って行く。

 

「……前々から気になってたんだが、お前たちサーヴァントは空を飛べないのか?空さえ飛べればこんな山道を登らなくても済むだろうに……」

 

パニッシャーは素朴な疑問をエリザベートに投げかける。

 

「空を飛べるサーヴァントって限られてるのよ。私は無理。他のサーヴァントも似たようなもんでしょ。中には宝具を用いて飛行できるのもいるけど、魔力消費が激しいから多用できないわ」

 

エリザベートの返答にパニッシャーは納得の表情を見せる。アベンジャーズのメンバーの中には飛べる者も少なくはないが、サーヴァント達の中で素で飛行できる者は希少なようだ。だが徒歩で移動しなければならないのは何ともまどろっこしい。そうこうしている内に目的地に到着した。

 

「はい、到着ー。あ、もうみんな帰ってきてるみたいね。準備も始まってるか」

 

「あれは……宴の準備!?」

 

「ていうかていうか~♪盗賊たち、何か多くないかしら?あといろいろおかしくないかしら~♪」

 

藤丸、エリザベートが見る先には宴会の準備をする盗賊団たちがいた。そしてその盗賊団たちはあろうことかカルデアで召喚されたサーヴァント達ばかりではないか。中には見知った顔も何人かおり、全員が宴の為の料理や酒を運んでいる。

 

「数は僕を含めて40人ですよ。当たり前でしょ?」

 

「アリババと40人の盗賊のつもりか……?というより特異点で何バカな事してるんだあいつ等……」

 

パニッシャーは呆れた様子で頭を掻いている。そして一方の藤丸はというと40人という数に驚いている様子だ。

 

「40人……!」

 

「どうしたの子イヌ?まあ40人は多いわよね」

 

「さて、それじゃ行きますか」

 

そう言うなり斎藤は一人で盗賊団たちのいる場所へと歩いていく。

 

「あれっ、いつの間にか縄が!?縛っていたはずなのに!」

 

「エリザベート、本気で相手を拘束したいんならまず手の関節を折ってから縄で縛る方が効果的だぞ?最も、サーヴァントの関節を外すのが有効かどうかは知らんが」

 

エリザベートは無言で自分の手をまじまじと見つめている。どうやらパニッシャーのアドバイスは的を射ていたらしい……。そして斎藤は盗賊団の集まる場所へと行き、仲間たちに対して客人が来た事を伝える。

 

「おーい、お客さんの到着だよー」

 

斎藤の言葉を聞き、盗賊団たちが一斉に藤丸達の方に来る。

 

「盗賊たちの宴へようこそ!」

 

「詳しい事はよくわかりませんが、とりあえず私たちが盗賊なのは確かですわ」

 

アン・ボニーとメアリー・リードの2人は藤丸達を歓迎してくれている様子だ。

 

「私なんて盗賊稼業は初めてなので、いろいろと教えてほしいくらいなんですが」

 

沖田総司も盗賊団の一員になっているようだ。

 

「あのなぁお前たち。ハロウィンのおふざけの延長で盗賊団ごっこしてるのか?それともマジで盗賊団に鞍替えしたのか?どっちなんだ?」

 

パニッシャーは呆れながら盗賊団たちに尋ねる。

 

「これは夢の中だから何でもありなのよ♪」

 

パニッシャーの問いに対し、イリヤは得意げな表情で答える。

 

(おい、こいつ等は特異点を遊び場か何かだと思ってるぞ?お前もマスターとして何か言ってやれ)

 

(そんな事言われても、俺にはどうする事も出来ないよ……!)

 

パニッシャーは藤丸に小声で話しかけるが、藤丸はイリヤを始めとしたサーヴァント達が繰り広げる宴に困惑している。

 

「そんな風情のない事を言うものではないぞ。ほれ、あそこにおわすのは我が弟子、牛若丸ではないか」

 

(あっ本当だ。鬼一師匠の言う通り、確かに牛若丸がいるね。しかも何だかすごく楽しそう。俺も混ざりたいなー)

 

(お前な……、仮にお前が混ざってみろ。どうなるか想像つくだろ。マスターであるお前まで混ざったら収取が付かん)

 

パニッシャーに注意され、藤丸は我に返る。

 

「しかしこれってどういう宴なんだ……?」

 

藤丸の疑問の言葉に反応するかのように、一人のサーヴァントが声をあげた。土方歳三である。

 

「決まってンだろが!洞窟の中に閉じこもっているボスには、どうあっても出てきてもらう。ボスはいるだけで眼福……、じゃねえ、盗賊団としての示しがつかねえだろうが。だがどう説得しても出てこない。力づくでも無理となりゃあ……天岩戸作戦と相場が決まっている。目の前でどんちゃんやりゃあ、気になって出てくるのが人情ってヤツだ。だがおい、斎藤ォ!」

 

「はいはい?」

 

土方は斎藤の方を向くと、威圧的な大声で彼の名を呼んだ。

 

「仕事はきっちり済ませたのか?酒でもツマミでも何でもいい。宴席のアテになるようなモンを1人1つ用意してくる……そういう話だったな?」

 

「勿論、持ってきましたよ、ほら」

 

そう言うと斎藤はゼノビアを指さした。

 

「何でも盗賊団を見つけ次第、裁いて死罪にしようとする系の砂漠の女王様らしいんでね」

 

「ほう……」

 

斎藤の言葉に土方は口元を吊り上げた。

 

「貴様……」

 

ゼノビアは斎藤を睨む。盗賊団のアジトまで案内してくれたとはいえ、ここで裏切られるとは。最も、少人数で40人もの盗賊団のアジトにノコノコやってきた藤丸達の方が愚かなのかもしれないが。

 

「宴には身体を動かすような余興も必要でしょ?好き嫌いとは別にさ」

 

「えー?40人もいるなんて~♪相手するのは大変そうじゃない~♪」

 

「なに、所詮は夢ってやつ?本物と比べりゃ、ささやかなもんですよ」

 

どうやら斎藤を含む盗賊団のメンバーは戦う気満々のようだ。盗賊団たちは藤丸達を一斉に取り囲む。特異点の性質ゆえにサーヴァントたちが盗賊ごっこをしているのか、本当にふざけ半分でしているのかは不明だが、パニッシャーの堪忍袋の緒が切れかかる。

 

「夢だからってしていい事と悪い事があるだろ。悪ふざけが過ぎるんなら、俺がここでお前らを殺すぞ?」

 

パニッシャーは殺気を放ちながら盗賊団たちを威嚇する。

 

「まあまあ、そう言わずに。これもまた一つの経験だと思ってくださいよ」

 

斎藤は笑いながらパニッシャーを宥める。が、パニッシャーは懐からウージーを取り出し、それを斎藤たち盗賊団のメンバーに向ける。

 

「一つ教えといてやるよ。この銃に入っている弾丸は狙った敵に絶対命中するパワーが込められてる。お前らの世界にはない"ヘックスパワー"ってやつだ。命中するといっても身体のどこかだから、運が良けりゃ小指に当たるだけだ。そして運が悪けりゃ脳天に風穴が開く。戦うのは構わんが、代わりに死ぬほど痛い目を見るぞ?」

 

パニッシャーは本気だった。が、藤丸はそんな彼を止める。

 

「ちょっとおじさん、落ち着いて!俺たちは殺し合いに来たんじゃないんだよ!?」

 

藤丸の言葉を聞いたパニッシャーは銃をしまう。

 

「仮にもこいつら盗賊団はマスターであるお前に喧嘩売ってるんだぞ?ハロウィンだからって調子に乗りやがって……!」

 

「いや、ハロウィンだからじゃないかな。厳しい戦いの連続だし、こうして息抜きしないとやってられないよ。それに俺、こういうお祭り騒ぎは嫌いじゃないんだ。みんなだってそうだよね?」

 

藤丸はゼノビアに同意を求める。

 

「まあ、たまにはこういうのも悪くないか。私は別にどちらでもいい」

 

そして藤丸は斎藤の前に出る。

 

「斎藤さん、仮に斎藤さんを始めとする盗賊団が襲ってきたら、まずおじさんは本気で殺しにきます。それだけは覚悟しておいてください」

 

藤丸は真剣な眼差しを斎藤に向け、警告する。

 

「……ま、見るからに冗談通じなさそうな御仁に見えるし、その時はその時って事で」

 

斎藤は軽い口調で答える。藤丸はパニッシャーの方を見ると、相変わらず盗賊団を鋭い眼光で睨んでいる。このままでは本当に殺し合いになりかねないと踏んだ藤丸は、何とか戦いを回避する方法はないかと斎藤に尋ねる。

 

「……何とかして戦いを回避する方法はありませんか?例えば、こちらが何か品物を提供するとか……」

 

「うーん……、ない事はないけど、それでもあの手の方々は納得しないでしょうね。特にそこの黒い旦那はね」

 

斎藤はそう言って、パニッシャーを指さす。

 

「それじゃあ俺がゼノビアさんの代わりになるってのはどうかな?」

 

藤丸は自分が代わりに宴会の催し物の品となる事を提案する。

 

「お、おい……。それはさすがに無茶がすぎるんじゃないか……?」

 

パニッシャーは困惑する。

 

「大丈夫、ちゃんと考えはあるから。斎藤さんもそれでいいでしょ?」

 

「ま、まぁそう言うんなら……」

 

斎藤は盗賊団のメンバー達に対して藤丸がゼノビアの代わりに催し物の品になる事に賛成かどうかを尋ねる。すると盗賊団のメンバー達は快く快諾してくれた。そして藤丸、エリザベート、ゼノビア、パニッシャーは宴の席に座り、出された豪華な食事を食べ始める。並べられた料理はどれも絶品であり、藤丸は舌鼓を打つ。

 

「美味しい!こんな豪勢な料理を食べられるなんて、最高だよ!」

 

藤丸は目を輝かせて言う。

 

「お気に召していただけたようで何よりですわ」

 

アン・ボニーは美味しそうに料理を食べる藤丸を微笑ましく見つめ、エリザベートは次々と皿の上の食べ物を口に運んでいく。

 

「ん~っ♪ やっぱり料理って素晴らしいわねぇ~♪」

 

「お前、自分が代わりに宴会の催し物の品になると言っていたな?その約束は果たしてもらうぜ?」

 

土方はそう言うと藤丸の肩をポンと叩く。

 

「あ、はい。分かってます。でも、何をすれば良いんですか?」

 

「一発芸とか隠し芸みたいなのをやってくれればそれでオッケーだよ。何なら、僕らの真似をしてくれても良いし」

 

斎藤はヘラヘラと笑いながら藤丸に説明する。

 

「え!?そ、そんな恥ずかしい真似できませんよ!!」

 

藤丸は斎藤の要求に赤面しながら拒否する。

 

「いやいや。僕としては是非とも見てみたいんだよね。皆もそう思うでしょ?」

 

斎藤は盗賊団のメンバーに問いかける。

 

「ええ。私もぜひ見たいですね」

 

「あたしも見たーい♪」

 

「右に同じく。俺も興味あるなぁ~」

 

盗賊団のメンバー達が口々に賛同する。

 

「ほら、みんなも望んでるんだ。ここは1つ頼むよぉ」

 

斎藤はニヤニヤと笑いながら催促する。

 

「うぅ……。分かりました。やります。やればいいんでしょ!?」

 

藤丸は観念した様子で承諾する。そんなわけでメアリー・リードが藤丸に写真を手渡す。

 

「その写真に映っているサーヴァントの恰好をして、被写体になって欲しいのですわ。いいかしら?」

 

藤丸は写真に写るサーヴァントを見て思わず口に含んだ水を噴き出してしまう。あろうことか映っているサーヴァントはイシュタルではないか。露出度の高い女神イシュタルと同じコスチュームを着ろというのはいくら何でもハードルが高すぎる。だが、ここで断れば盗賊達の機嫌を損ねかねない。そうなれば宴会どころではなくなるだろう。だが男子として、女子の前でこのような格好をする事は避けたい。

 

「ちょ……こ、これはちょっと……」

 

と藤丸は言葉を濁す。

 

「自分から宴会の催し物の品になると言ったのは貴方ですよ?覚悟を決めてください」

 

「け、けど心の準備が……!?」

 

だがアンメアの二人は有無を言わさずに藤丸を抑えつけると、彼が着ている魔術礼装を剥ぎ取っていく。

 

「いやぁぁぁ!?やめてぇぇぇっ!!??」

 

ハロウィン仕様の魔術礼装が次々と脱がされていき、藤丸は一糸纏わぬ姿になってしまう。その様子を見ていた盗賊団のメンバー……特に女性サーヴァント達は歓声を上げた。

 

「恥ずかしい……!!もうお婿にいけない……!」

 

藤丸は顔を真っ赤に染めながら手で股間を隠す。

 

「そうだ、おじさんは……?」

 

パニッシャーに助けてもらおうと周囲を見回す藤丸だが、パニッシャーは酒の席で酔い潰れて寝ていた。彼の隣には鬼一が座っており、藤丸の方を見て"コイツの助けは無いぞ?"と言わんばかりの笑みを向けている。

 

「ねぇ、子イヌ。手をどけなさいよ。アンタは私の股間を二度も見たんだもの。なら私も見る権利があるのが筋ってものでしょう?」

 

「そ、そんな……!?横暴だよ!!それに俺は見たくて見たんじゃないもん!!」

 

エリザベートは藤丸の抗議を無視して強引に藤丸の手をどかす。

 

「やめて!?見ないでぇ!!」

 

エリザベートは露わになった藤丸の下半身をまじまじと見つめる。

 

「い、意外と大きいじゃないの……」

 

エリザベートは顔を赤らめながら呟き、藤丸は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。

 

「これで~お互いにおあいこね~♪」

 

エリザベートはそう言って満足そうにしている。そしてアンメアの二人がイシュタルの着ている装束を持ってきた。

 

「これを着るんだ。イシュタルの霊衣を再現したコスチュームだよ」

 

「拒否権はありませんよ。さぁ、早く着替えるのです」

 

アンとメアリーは藤丸をイシュタルのコスプレ衣装に着替えさせようとする。イシュタルの霊衣は一言で言えば女性用のビキニと同じであり、藤丸はそんな彼女の霊衣と同じコスチュームを着る事に抵抗を覚える。しかし容赦なくアンメアは藤丸にイシュタルのコスチュームを着せていき、最後は彼女の髪の毛を模したウィッグを藤丸の頭に被せた。アンとメアリーにイシュタルのコスチュームを着せられた藤丸は、イシュタルの仮装をした自分の姿を鏡で見た。そこにはイシュタル本人がいるかのようにそっくりな人物が立っている。

 

「これが俺……?まるでイシュタル本人みたいだ……」

 

骨格や筋肉の違いから、一目見ればすぐに別人だと分かるのだが、それでもイシュタルの仮装をさせられた藤丸は、イシュタル本人に成りきっていた。エリザベートは藤丸の姿を見て大笑いする。

 

「子イヌ!アンタ凄いわよ!!どこからどう見てもイシュタルじゃない!!」

 

エリザベートはイシュタルの仮装をさせた事ですっかりご満悦の様子だ。藤丸の胸の部分には女性用の胸パッドを入れているので、膨らみのある胸ができている。

 

(は、恥ずかしい……!!)

 

藤丸は恥ずかしさの余り顔から火が噴き出そうに感じる。そしてアンメアがカメラを片手に、イシュタルに扮した藤丸を撮り始める。カメラのフラッシュが焚かれる度に、藤丸は恥ずかしがって赤面する。

 

「こ、これでいいんだよね……?イシュタルの恰好になったけど……!?」

 

藤丸の問いにエリザベートは満足気に頷く。

 

「ええ、上出来です。これならあのイシュタルと瓜二つですわ」

 

しかしアンメアは満足していないのか、藤丸にセクシーなポーズをする事を要求してきたではないか。

 

「ほら。もっとこう、腰をくねらせて、お尻を突き出して、誘惑するような感じで」

 

藤丸は言われた通りにイシュタルの真似をする。

 

(こ、これ以上やったら俺は本当におかしくなっちゃう……!でも、やらないと……。イシュタルの恰好をしないと、宴会の催し物にならないし……。うぅ……どうして俺がこんな目に……?)

 

藤丸は涙目になりながらアンメアに要求されたポーズを次々に取っていく。

 

「……ねぇ子イヌ。さっきからアンタの股間が膨らんでいるように見えるのは気のせい?」

 

「へ……?」

 

エリザベートに指摘された通り藤丸は股間を大きく屹立させているではないか。生地越しからとはいえ誰から見ても勃っているのが丸わかりである。

 

「ち、違うのこれは……!?これは……!!」

 

藤丸は必死に弁明しようとするが、アンメアはニヤニヤと笑いながら膨らんだ藤丸の股間をカメラで撮影する。

 

「もうやだ!おうちかえる!!」

 

「残念だけどまだ催しは続くんだなこれが」

 

斎藤の非情な宣告に、藤丸は絶望する。そして彼はイシュタルの霊衣を模したコスチューム身に纏ったまま、盗賊団のメンバーに自分の姿を長時間に渡って凝視された。

 

(不味い……このままじゃ何かに目覚めてしまう……!!)

 

心の中で叫びつつ、盗賊団のメンバー達からの視姦を一身に受ける藤丸であった……。




パニッシャーさんがこの事実を知ったら盗賊団皆殺しにしそう……(;'∀')
ネタじゃなくてガチで。

後、トラオム編を描くとすればパニッシャーは絶対カドックを殺しにかかりそうなんだけど、パニッシャーとカドックの対立は描くべきかなぁ?元クリプターだけどカルデアで召喚された虞美人と違ってサーヴァントじゃないし。


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第20話 ジャック・ド・モレー

今回の特異点の黒幕モレー登場。そしてパニッシャーさんが周囲からツッコミを受けてしまう……(^_^;)


「おじさん、起きて!おじさん!」

 

藤丸はテーブルの上で寝ているパニッシャーの身体を揺すり、起こそうとする。

 

「んあ?何だぁ……?」

 

パニッシャーは欠伸をしつつ、瞼を開けた。そこには藤丸、エリザベート、ゼノビアの3人が立っていた。

 

「やっと起きたわね。この寝坊助さん。天岩戸が開いたから先に進めるわよ?」

 

どうやらチェイテシンデレラ城への道が開いたらしい。パニッシャーは寝ていたのでどういった方法で道を開けたのかは知らないが、とりあえず藤丸達と一緒に先に進む事にする。パニッシャーは藤丸達と共に盗賊団のボスであるシェヘラザードが開いた天岩戸を通っていく。

 

「おじさんはお酒を飲んで眠っていたから、エリちゃんの唄を聞けなかったね」

 

「ん?歌なんて唄ってたのかお前?」

 

パニッシャーはそう言うとエリザベートの方を見る。すると彼女は自慢げに胸を張っていた。

 

「そうよ~♪寝ていた貴方には~、私の歌声が聞こえなかったでしょうけどね~」

 

「今度聞かせてもらうとするさ」

 

こうして藤丸達は盗賊団のアジトである山岳地帯を抜け、今度は森の中へと足を踏み入れた。鬱蒼と茂った木々が行く手を阻み、森は昼間だというのに薄暗い。しかもどことなく童話に出てくるような森という感じがした。

 

「砂漠の旅が終わったと思ったら……」

 

「今度は森ね。しかもなんかメルヘン&ファンタジーな感じ!いいじゃナイ、とっても私好みよ」

 

エリザベートはそう言うが、ゼノビアはそう感じてはいないようだ。

 

「メルヘン…メルヘンなのか、コレ……?メルヘンという割には、どことなく不気味さが……」

 

「そう?とってもブラッディファンタジーで素敵だと思うけど……」

 

「お前年齢いくつだ……そういうのにときめくのは小さい子供時代だけにしておけ……」

 

パニッシャーは自分たちがいる森に対してメルヘン&ファンタジーを感じているエリザベートに対して呆れていた。

 

「いいじゃない別に。私は可愛いものが好きなの。それに、こういうのは楽しんだ者勝ちなんだから。楽しまなきゃ損よ。でしょ?まぁ、感性は人それぞれだけど、子イヌはこの森、どう?」

 

「それなりにメルヘン?」

 

「そ、そうか……そういうものなのか……。当世のセンスは私には理解し難い……」

 

ゼノビアが生きた三世紀の時代に童話やメルヘンといった概念は存在しない。それ故にメルヘン世界に喜ぶエリザベートがイマイチ理解できないのだろう。

 

「ゼノビアはこの森に来た事は?」

 

「ない、砂漠のあそこで手間取っていてな。ただ、噂だけは聞いた事がある。この森は妖しの森。一度入り込めば生きて出られる保証バッチリの安全かつデンジャーな森である、と」

 

「安全なのか危険なのかどっちなんだ?」

 

「なにそれ」

 

パニッシャーとエリザベートの二人はゼノビアの説明に困惑していた。

 

「うむ、そうだな。まさに何ソレ?だ。妖しの森はわかるが、生きて出られるのは何故だ。分からない……」

 

"生きて出られる"とは言っても『五体満足』という状態でないという意味かもしれない。もしかしたら廃人同然の状態になるとか、あるいはゾンビのような状態になってしまうのかもしれない。……最もゾンビの場合は既に死んでいるのだが。

 

「"生きて出られる"という言葉に惑わされない方がいいぞゼノビア。こういう場合は大抵、ロクでもない事になる。生きて出られると言ってもその代償に記憶を奪われるとか、持ち物を奪われるとかそういった類いのオチだろう」

 

「う、うむ……確かにその通りだ。"生きて出られる"をそのままの意味で真に受けるのは危険だ。肝に銘じておこう」

 

「まあでも嬉し楽しいハロウィンだし、そういうコトもあるんじゃ~ないかしら~♪まずはとにかく~森に入ってみましょうね~♪レッツラゴ~レッツラゴ~♪」

 

パニッシャーとゼノビアをよそに、メルヘンな森にテンションが上がっているエリザベートは相変わらず楽しそうに鼻歌を歌いながらスキップをしていた。

 

「ハァ……まあ、どの道避けられぬ森か。よし、万全の態勢を整えて……いざ、出陣!」

 

そう言うとゼノビアとエリザベートは跳躍して先に進もうとするが、先走る二人を藤丸が止める。

 

「ちょ、ちょっと待ってー!みんなで仲良く行こう!」

 

藤丸の言葉を受け、ゼノビアは即座に戻って来た。

 

「す、すまない。先走ったな。弱き者を見捨てないのが真に強き戦士女王だ。よし、共に行こう。汝の身は私が守る」

 

ゼノビアの言葉を聞いたのか、エリザベートも舞い戻って来た。

 

「待って、それは私の役割~♪」

 

二人は藤丸を護るのは自分だと言わんばかりに張り合っている。

 

「あ、ありがとう。二人とも」

 

藤丸はエリザベートとゼノビアの二人に礼を言った。

 

「どういたしまして~♪」

 

エリザベートは嬉しそうに笑っている。

 

「待て、ここは俺が立香の護衛を引き受けよう」

 

「ここはサーヴァントである私たちに任せなさい。アンタはただの人間だし、肉体の脆さは勇気や根性じゃカバーできないわよ?だから大人しく引っ込んでおきなさい」

 

エリザベートなりにパニッシャーの事を気遣っての発言なのだろう。しかしパニッシャーは引き下がらない。

 

「俺は立香を護る義務があるんだ。コイツには色々と大きい借りもあるからな……」

 

パニッシャーはエリザベートの忠告を聞き入れず、藤丸の傍に立つ。

 

「あら、そう。じゃあ勝手にしなさい。……けどなんだかアンタって子イヌの保護者みたいね。まるで本当のパパみたい」

 

エリザベートは皮肉交じりにそう言った。

 

「む……そうか?いや、俺は別にそんなつもりは……」

 

彼女の言葉にパニッシャーは困惑した。隣にいる藤丸に顔を向けると、こちらを見て微笑んでいる。

 

「え、なに?もしかして本当にそうなの?冗談のつもりだったんだけど~♪」

 

「んなわけあるか。まぁ、保護者代わりというのは間違いじゃないがな……」

 

「へぇ~、そうなんだぁ~」

 

エリザベートはニヤニヤしながらパニッシャーと藤丸を見ていた。

 

「それじゃ行きましょ!進まなきゃチェイテシンデレラ城へは辿り着けないわ!」

 

そう言ってエリザベートは森の中を進んで行き、藤丸達も彼女の後を追う形で付いて行く。森の中は不気味で、まるでモンスターでもいるような雰囲気を漂わせている。

 

「菓子のように何とも甘い匂いだな……」

 

「あら、花よ。花だわ。色とりどりの大きなメルヘンフラワー~♪」

 

そう言ってエリザベートは前方にある巨大な花……ではなく花の形をした異形のモンスターへと近づいていく。

 

「花じゃない!花じゃないから!」

 

モンスター達は巨大なヒトデのような形で、花の部分は見る者が生理的嫌悪感を催すような形と色をしている。そんなモンスターが三体もおり、エリザベートは藤丸の警告も耳に入らず、近寄っていく。そして花のモンスターはエリザベートを一瞬で丸呑みにしてしまったではないか。

 

「確かねそうね~♪丸呑みされたわ~助けて~♪」

 

花のモンスターに丸呑みされた状態にも関わらず、歌交じりの言葉を発しているせいで緊迫感ゼロに見えてしまう。

 

「全く……、ハロウィン気分で浮かれているからだ…!」

 

するとパニッシャーの右手の甲の令呪が光り輝いたではないか。

 

「来い!ガレス!!」

 

カルデアに召喚されているサーヴァント達を一時的に召喚し、敵と戦わせるシステム――所謂『シャドウサーヴァント』である。あくまでも緊急用であり、普段は魔力の消費を抑えるために使用しないのだが……。そしてパニッシャーの言葉と共にシャドウサーヴァントのガレスが出現し、花型のモンスターへと突撃していく。

 

「おじさん、ガレスを召喚できたんだ!?」

 

藤丸はガレスをシャドウサーヴァントとして召喚したパニッシャーを見て驚く。

 

「ああ。一応アイツとは契約を結んでいるんでな!」

 

シャドウサーヴァントに意思はなく、あくまで一時的な召喚によって使役される存在だ。しかし、それでもなおパニッシャーはガレスを呼び出した。ガレスは持っている槍を用いて花型のモンスターを攻撃し、瞬く間に三体とも撃破する。そしてガレスはモンスターの死体から出てきたエリザベートを救出し、彼女を抱き抱えて、パニッシャー達の元へと運ぶと、そのまま消滅した。そしてエリザベートはフラフラと起き上がる。

 

「し……死ぬかと……思ったわ~♪」

 

「こっちも心臓が止まりかけたぞ。なぜ突撃する、なぜ呑まれる……」

 

エリザベートがホイホイと花型のモンスターに近付いた事にゼノビアは呆れ顔だ。

 

「ちょっとメルヘンなお花を見つけたから、つい魔が差して……」

 

「あれをメルヘンだと思えるお前の頭の中は一体どうなっている?どう見てもただの気色悪いヒトデの魔物だっただろう」

 

パニッシャーはエリザベートに辛辣に言い放つ。

 

「もう、そんな事言わないでよ。それに、あなたもあのモンスターを倒せたんだからいいじゃない。……まぁ、こうして俯瞰してみれば確かに花じゃなくてヒトデだわ……」

 

そうしていると、森の中から獣のような声が響いてくる。森には先程のヒトデの魔物だけでなく多くの怪物が潜んでいるという事か。

 

「今の戦いで魔獣たちの注意を引いてしまったか?静かに、用心して進むことにしよう」

 

「そうね~♪」

 

「静かに、用心して、だ!」

 

「はぁい……」

 

ゼノビアに注意され、エリザベートはしょげた様子で返事をする。エリザベートは不用心にヒトデの魔物に近付いた所を丸呑みにされ、パニッシャーに助けられたのだ。彼女も反省しているのか、少し大人しくなった。気を取り直して4人は森の奥を進んで行く。だが暫く歩いている内にエリザベートはおかしい事に気付いたようだ。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「この道、さっきも来なかった?」

 

「どこも同じような風景だ。気のせいではないか?」

 

「ううん、この枝振り、何となく覚えてる。100%かって言われたら自信はないけど」

 

エリザベートは不安そうな表情を浮かべている。

 

「念のため、何か印でも付けておこうか?」

 

藤丸がそう言うと、ゼノビアは自分の着ている布の部分を破り、その布きれを枝に巻き付けて目印にした。印を付けた後、4人は再び歩き始める。だが予想通りというべきか、布を巻いた枝の所に戻ってきてしまった。

 

「予想通りね~♪これは偶然ではないわ~♪」

 

エリザベートはいつもの調子で歌を交えて言った。

 

「しかも、巻いた布が1メートル以上も上方に位置している。私たちが1周ぐるっと回っている間に樹木が成長した、という事になる。これは……マズいぞ。方向感覚が掴めないのは魔術なり結界なりのせいかもしれないが、急速成長する木々はその厄介さを加速させる」

 

「どうしようかしら~♪子イヌ~名案を~ちょうだい~♪」

 

「名案と言われても……」

 

「いっその事火でも付けるっていうのはどうだ?森を全て焼き払えば、少なくとも迷わないで済むだろう」

 

「ちょ!?流石に森林火災なんて起こしたらダメでしょ!?」

 

「パニッシャー、そんな事は私が許さんぞ!」

 

エリザベートとゼノビアはパニッシャーの提案に驚いた。幾らなんでも力技過ぎる。

 

「冗談だ。流石にそれくらいは分かっている」

 

パニッシャーは真顔でそう言った。

 

「いや……おじさんだったら平気でやりそうなんだけど……」

 

「おいおい、俺はそこまで野蛮じゃない。ちゃんと考えて行動してるさ。さて、どうする?このまま当てもなく歩いていても埒が明かん。そろそろ何かしらの対策を練っておかなきゃな」

 

パニッシャーがそう言うと、どこからか笑い声が聞こえてきた。声からして女だ。

 

「ふっふふふ。その程度でこの迷妄の森を抜けられるとは思わないことですねー」

 

突然地面から黒い炎が噴きあがったと思うと、その場に立体映像に映った女が現れたではないか。整った顔立ちにウェーブがかったショートボブの白髪、肌は病人やゾンビを思わせる不気味な黒色だった。彼女が掛けているアンダーリムの眼鏡の奥には金色の瞳が輝いており、本人はセクシーな黒いドレスを身に纏っていた。……それに頭部には二本の角が生えている。顔だけ見れば美女ではあるのだが、あくまでも"顔だけ"見ればの話である。セクシーな衣装を纏っているが、肌の色と頭部の角、金色の瞳がこの女が人間ではない事を示していた。

 

「ふっふふふー……。無策無謀、あまりにも甘々なシロップ漬けな方針。放置プレイの予定だったけど、路線変更。容赦なく現実を突きつけるとしましょーか。あたしは……そうですね。ジェーン……と呼んでくだされば」

 

「カラミティ・ジェーン……!」

 

藤丸の言う通り、カラミティ・ジェーンという名のサーヴァントは既にカルデアに召喚されているので、名前が被っている。それを聞いた白髪の女は別の名前を挙げて。

 

「いるのかー、ジェーン。そっかー。それはややこしくなるから……じゃあ仕方ないな、ジャ……ジャック、ジャックで!」

 

「ウチには既にジャックがいるんですがそれは」

 

「ウーララ!だよねー!?これもう、しょうがねーな!あたしの名は、ジャック・ド・モレー!この特異点を引き起こした犯人であり、この特異点の主なんですぅー!」

 

特異点の黒幕という割には、今一つ威厳や凄みが足りていない。

 

「おい、モレーとか言ったか?今すぐに俺達をチェイテシンデレラ城とやらに連れていけ。そうすれば大目に見てやる」

 

パニッシャーは立体映像のモレーを取るに足らない小悪党と思い、自分なりの最大限の温情を提示する。しかし、パニッシャーのそんな態度が気に障ったのか、彼女は不機嫌な表情を浮かべた。

 

「はぁー?何言っちゃってるのかなー、キミは。そんな事したら面白くないじゃん。もっとこう、命乞いしたり、泣き叫んだり、絶望に打ちひしがれたりするのがいいんじゃん。そういうのを求めてるんだよ、あたし。わかる?」

 

モレーはパニッシャーに対して挑発的な態度を取る。パニッシャーはそんな態度に苛立ちを覚えたが、今は感情的になってはいけないと自分に言い聞かせた。

 

「それで、わざわざ我らの前に姿を現したのはどういう訳だ?」

 

ゼノビアは立体映像越しのモレーに対して問いかけると、彼女は不適な笑いを浮かべながら言う。

 

「ふっふふふー。皆さんに絶望と微かな希望を与えるためさ」

 

「どーうーいーうーこーとー♪」

 

「……そっちのエリちゃんも(・・・・・・・・・・)唄うの?なんで?まーそれはともかくだ。この迷妄の森には、あたしの魔術が敷かれている。一度、足を踏み入れたならば、もはや出ることはかなわず!」

 

モレーがドヤ顔で森についての説明をしていると、立体映像の彼女の後ろにもう一人のエリザベートがいるではないか。それを見た藤丸は仰天する。

 

「なんかいるー!?」

 

「ふっふふー、さまよってさまよって行き着く先はこの世の果ての果て……。苦しみ、藻掻き、震え、病み煩い、そして最期には絶望の嘆きが――」

 

モレーが自信満々で言っている後ろで、もう一人のエリザベートが動き回っている。モレーはその事に全く気付いていない様子だ。だが藤丸はどうしてもモレーの後ろにいるエリザベートが気になって仕方ない。

 

「あの、ムッシュ?すみませんが、人がシリアスに話しているのに目線が浮つくのは失礼かと思うのですけど?」

 

モレーの言葉に対して返答できない藤丸に対して、ゼノビアが指摘してやる事にした。

 

「……仕方あるまい。空気を読まずに、私が指摘しよう。ジャック・ド・モレー。貴様の後ろにエリザベートがいる!」

 

ゼノビアに言われてモレーはようやく後ろを向く。

 

「ぴぃやぁぁー!!ホントだーーメルシーー!!ノンノン、ちょっと出てきちゃだめだって!今は大事なお話してるから!」

 

「助けて子イヌ~♪私は~囚われの~♪」

 

「いーーいーーかーーらーー!」

 

そう言うとモレーはもう一人のエリザベートを押しのけた。

 

「と、ともかくさぁー!その森から抜けられるなんて思わないこと!永遠にさまよい続けるがいいわ!」

 

モレーの言葉を受けて、パニッシャーは携帯型の火炎放射器を懐から取り出し、森の木々に噴射し始めた。

 

「そうか、なら燃やしてしまおう。森が全部燃えれば迷う事もないからな」

 

しかしパニッシャーの暴挙に、モレーを含め、その場にいた全員がツッコミを始めた。

 

「何やってんの!?馬鹿なの!?馬鹿でしょ!?そこ、火気厳禁なんですけどぉー!!」

 

「黒イヌ!?アンタ、正気なの!?頭おかしいんじゃないの!?」

 

「パニッシャー!お前というやつは……!私の話を聞いていなかったのか!?燃やすなと言っただろう!」

 

「おじさん!!落ち着いて!お願いだから!」

 

パニッシャーはエリザベート達の罵倒を無視して、再び火炎放射器を点火する。すると、モレーが立体映像越しにパニッシャーに抗議してきた。

 

「勝手に火ィ付けないでくんない!?危ないじゃんか、もーう。まったく。キミは人の話を聞かずに行動するタイプだね。そういう奴って嫌われるよ?あたしはキミみたいなの嫌いだけど」

 

モレーは勝手に迷妄の森に火を付けて火災を引き起こそうとしたパニッシャーに対して毒を吐く。

 

「勝手にお前が俺達をこの森に迷わせてるのが悪い。なら脱出方法を探すのは当たり前だろう?」

 

「だからって森を燃やす事ないでしょ!!あーもう、信じられないわ。これじゃあ、いつまで経っても帰れないじゃない」

 

「帰る為に俺は森を燃やそうとしたんだ!それをお前たちが止めるから……」

 

「限度ってモンがあんのよ、バカ!」

 

「なんだと……!」

 

「なによ!」

 

パニッシャーとエリザベートの2人は互いに睨み合い、火花を散らしている。そんな時、モレーが口を開いた。

 

「あの~、あたしそっちのけで仲間割れしないでくれる?あと、喧嘩するなら他所行ってよね」

 

「モレーに同じだ……。お願いだから森を燃やすという短絡的な行動に走らんでくれ……」

 

そしてモレーの後ろにいるもう一人のエリザベートも立体映像に映り込んだ。

 

「助けに来なさいよね~♪」

 

「ああもう!大人しくしてなさい!!」

 

そうモレーが叫ぶと同時に立体映像が消えた。

 

「立体映像が消えたか……。しかし話には聞いていたが本当にエリザベートが2人いるとは……。人は分裂しないはずだ。なのに何故……!」

 

「映像のエリザベートを見る限りでは、所謂オルタのような"別側面"と言う感じでは無かったな。俺達と行動しているエリザベートと同じシンデレラ仕様のドレスを着ていた」

 

ゼノビアの言葉に対してエリザベートは反応する。

 

「するのよ、分裂したり合体したり。果ては私をベースにしたメカが組みあがっていたり。2機」

 

信じられないかもしれないが、サーヴァントというのは人間の常識が通用しない存在だ。オルタなり別側面なりがある時点で、分裂しても何ら不思議ではない。

 

「世迷言にしか聞こえないが……本当なんだろうな……」

 

「そうね。今回は胴体あたりですぱっと切断されて下半身から上半身が、上半身から下半身がみょむみょむと生えてきたんじゃないかしら。私ならいける!」

 

「お前の肉体はヒトデなのか?そうなのか?」

 

切った部分から増殖するとはヒトデ以外の何物でもない。しかしエリザベートはパニッシャーの言葉に不機嫌そうな顔をする。

 

「失礼ね!そんなわけないでしょ!」

 

「切断した部分から他の部分が生えてくるのはヒトデそのものだろ……。ひょっとしてさっきヒトデ型の魔物に襲われたのも、お前のその体質に関係が……」

 

「違うって言ってるでしょ!そもそも例え方がおかしいわよ!」

 

エリザベートはパニッシャーに食って掛かる。そんな時、ゼノビアが間に入って仲裁した。

 

「まぁ待て。話が進まない」

 

ゼノビアの仲裁によってエリザベートとパニッシャーは落ち着きを取り戻す。

 

「恐らくだけど……、半減している私のシンデレラとしての力。言うなればシンデレラ・パゥワーみたいなもの?彼女と一つになれば完全体になるのよ!」

 

モレーの後ろにいたもう一人のエリザベートは、今藤丸たちと行動を共にしているエリザベートの片割れという事らしい。

 

「ちなみに根拠は一切ないわ!」

 

「「「ないのか!!」」」

 

エリザベートの言葉に、藤丸、ゼノビア、パニッシャーの台詞が絶妙なタイミングでハモってしまう。

 

「まあ、いずれにせよまずはこの森を抜けてからの話だが……。しかし、あのモレーとかいう女の言葉が正しければ、我らはどうしたものか……」

 

ゼノビアが言い終わると、エリザベートは何かに気付く。

 

「……?ねえ、3人とも。音が聞こえないかしら?」

 

森の奥から何かの金属音がぶつかり合う音が聞こえてくる。音からして剣戟戦だ。しかし何故森の奥から……?

 

「剣の音からすると、魔獣同士の争いというわけでもあるまい。同じく迷子かもしれないが、何もせず、じっとしているよりは良かろう。行くぞ!」

 

「勇気凛々いざ進め~♪」

 

「いざ進め~♪」

 

藤丸はエリザベートのノリに合わせて歌を歌いながら、音のする方へと走っていき、パニッシャーも同行した。




今回ガレスちゃんを影鯖として召喚できたパニッシャーさんですけど、「アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するようです」の番外編を見ないと何故彼女を召喚したのかが分かりにくいと思いますね……。


それはそうと、出られない森であれば燃やすっていうのは如何にも力技……。
自然破壊はやめようね( ̄▽ ̄;)


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第21話 童話特異点

今回もCパートが本編。


剣戟が鳴る現場に駆け付けた4人が見たものは、先ほどエリザベートを丸呑みにしたヒトデ型の魔物相手に奮戦する2名の剣士の姿であった。片や苛烈。片や清廉な剣技を以てそれぞれヒトデ型の魔物を切り伏せている。

 

「うっらあああ!ぶっ殺せー!!」

 

「斬る!」

 

「これは……手伝う必要は無さそうに思う。しかし見事なものだ。清流の如き剣、波濤の如き剣、いずれ名だたる英雄と見た。我々が手を貸す必要はなさそうだが……」

 

だがゼノビアの言葉に対して藤丸は自分達も加勢すべきだと主張する。

 

「もちろん俺達も加勢で!」

 

「そうだな。そこな者たち!故あって、その戦いに我らも参加したい!応か否か返答を!」

 

ゼノビアが2名の剣士に問いかけると、剣士の1人が彼女の言葉に反応した。その剣士はカルデアに召喚された、円卓の騎士の1人でありアーサー王の嫡子たるモードレッドであった。相変わらずの派手かつ豪快な剣技を持つ彼女はゼノビアの申し出を快く引き受ける。

 

「お?増援か?いやこっちの増援か!いいぜー、遠慮なくブッ飛ばせ!」

 

そしてモードレッドに呼応するかのようにもう1人の剣士であるサーヴァントの渡辺綱も彼女同様、ゼノビア達の助太刀を受け入れる。

 

「ふむ。では、新手が我々の背後から来る。それを任せて構わないか」

 

綱もモードレッドもゼノビア達の助力を快諾してくれた。

 

「無論だ。――よし、言質は取れた。行こう!」

 

「いざ戦いよ~♪お姫様だけど~戦いなのよ~♪」

 

エリザベートは相変わらず唄いながら喋っているが、ミュージカル調で話す彼女を目にしてモードレッドは若干驚いている様子だ。

 

「何か唄いながら変なのが現れた!?」

 

「しかもおおよそ戦う服装ではないが……。ふむ、世とは様々なモノなのだな」

 

「そうよ~♪ロックもポップスも~♪場合によっては唄うのよ~♪」

 

モードレッドと渡辺綱に加勢したゼノビア、エリザベート、藤丸、パニッシャーの4名は襲い来る森の魔物たちを迎撃する事にした。森の奥からはヒトデ型の魔物だけでなく鳥型の魔物、大蛇の魔物まで現れた。こんな魔物だらけの森であればいっそ燃やした方が良かったとパニッシャーは思ったが、今はそんな事を言っていられない。モードレッドは持ち前の豪快な剣を用いて、次々と魔物たちを切り伏せていった。一方ゼノビアは両手に持つ剣と槍を振るって敵を薙ぎ払い、エリザベートは蹴り技を駆使して魔物たちに攻撃を加えていく。そして藤丸とパニッシャーはというと、マスターである関係上サーヴァント達の指揮を執らなければならないので、後方で待機していた。そんな中でも藤丸とパニッシャーは小声で会話する。

 

(……おじさん、マスターとして後方で指揮する気分はどう?)

 

(正直に言えばあまり慣れん。俺は指揮するより直接戦うタイプだからな)

 

パニッシャーは懐からウージーを取り出し、エリザベートやゼノビアに襲い掛かる魔物達目掛けて発砲した。マスターといえども、こうしてサーヴァント達のサポートをする事が可能であり、パニッシャーは令呪を用いての後方支援よりも銃を用いてエリザベート達に助力する事にした。放った弾丸は的確に命中し、それにより数匹の魔物は絶命する。更にパニッシャーは腰のホルスターからハンドガンを取り出して、エリザベートやゼノビアに襲いかかる敵を次々と撃ち抜いていく。海兵隊において射撃でも優秀な成績を収めたパニッシャーにとって、森の魔物などただ大きいだけの的でしかない。しかも弾丸はサーヴァントでさえ致命傷を負いかねない特別性である。サーヴァント達は魔物達に対して優位に戦闘を進めていた。綱は神速とも呼べる剣技を用いて大蛇の魔物を両断し、エリザベートは空中から急降下しつつ蛇の魔物を蹴り飛ばした。サーヴァント達の戦闘速度は音速を超える事も珍しくなく、それ故に人間である藤丸やパニッシャーが入り込める余地はない。そしてゼノビアはバリスタを召喚し、魔物の群れ目掛けて発射する。魔力を帯びた破壊の矢は魔物の群れに命中し、魔物たちは一匹残らず全滅してしまった。

 

「お~わ~り~よ~♪」

 

エリザベートはドヤ顔で決めポーズを取った。

 

「礼を言う。助かった」

 

綱は自分達に助太刀してくれた藤丸たちに感謝の言葉を述べる。

 

「いや、お前たちの腕ならば容易に返り討ちにできただろう。……うちの軍に入らないか?福利厚生はしっかりしているぞ」

 

「どんなに楽な戦いでも、常にまぐれがあるものだ。それから助力には感謝するが、誘いには応じられない。既にこの刀は別のものに捧げている。すまん」

 

「そうか、残念だ。では謝礼代わりに一つ、頼みがあるのだが……」

 

「ん?」

 

そう、エリザベート、パニッシャー、藤丸、ゼノビアの4名はこの森で迷っている。先ほどのモレーの言葉通り、森に魔術による結界が敷かれているのだとすれば、このまま進んだ所で迷子になるのは目に見えている。

 

「実は~私たち~道に~迷ってるの~♪どうしたらいいかしら~♪」

 

これでモードレッドと綱の2人もこの森で迷っているのだとすれば洒落にならないが、聞くだけ聞いてみる事にした。が、そんな予想は杞憂に終わる。

 

「なるほど、迷子か。ならばついてこい。我ら7人(・・・・)、この迷妄の森に居を構えている」

 

「ロクデナシどもの集まりだが、まあ森をうろつくよりは安全だ!」

 

「そうだな。じき、夜になる。夜の森は恐ろしく危険だ」

 

モードレッドと渡辺綱も山岳地帯にいた盗賊団と同様に、他のサーヴァント達とつるんでいるようだ。

 

「ほう、7人で住んでいるのか?」

 

「ああ。皆、良い奴だぞ」

 

「そうかぁ?悪人ぶってる義賊とか、微妙じゃね?ま、いいや。腹減ってないか?メシだけは無限に食えるから安心してくれよな!」

 

モードレッドの快活な笑顔は見る者を明るくする。モードレッドはアーサー王伝説に登場する叛逆の騎士であるが、本人は別に悪人というわけではない。他の円卓のメンバーからの評価は今一つ芳しくないが、円卓以外のサーヴァントたちからは何だかんだで親しまれている。

 

「それはとても美味しい~森の果実~♪」

 

相変わらずエリザベートは歌い交じりの言葉を言う。そして藤丸たち4人は綱とモードレッドに付いていき、2人が暮らしているという家へと向かった。少し森を歩いたものの、すぐに到着した。そして中に通された藤丸たちは、この家に暮らす7人の内の1人であるサーヴァントの俵藤太からご馳走を食べる事になった。モードレッドが言っていた通り、確かに彼の宝具であれば食うに困らないだろう。藤太の宝具によって出された和食は豪華豪勢を絵にかいたようなものだった。藤丸は遠慮なく藤太の宝具によって出された和食を堪能している。

 

「山海珍味、山盛りの米!もちろん日本酒もあるぞ!!」

 

「ご飯おいしい……」

 

藤丸は出された米をモリモリと食べている。パニッシャーは和食は余り食べた事はなく、アメリカ料理との味の違いからかイマイチな反応だった。一方、エリザベートは目を輝かせて食事を楽しんでいる。ゼノビアは黙々と食事をしていた。

 

「……確かに美味しいのだけど、おかしいわね~♪イメージと違うわ~♪これはただの宴会~♪」

 

「この見るからに怪しげな森に突っ込んできたのかよ……。オタクら、もうちょい用心深くなるべきじゃない?」

 

この家に住む7人の内の1人である、アーチャーのサーヴァントロビンフッドは、迷妄の森に入ってしまったゼノビア達に対して呆れている。最も、エリザベートが目指しているチェイテシンデレラ城に行かなければならないので、どの道森に入る事にはなったのだが……。

 

「返す言葉もない……」

 

「ふん、そんな森に居を構えて住んでいるお前等には言われたくない」

 

反省するゼノビアに対して、パニッシャーはロビンフッドの言葉に対して毒づく。

 

「なあに、気にするな!不運は幸運に転ずるもの。ここでアンタのような美しいお嬢さんと出会えたことが、オレにとっては幸運だ!」

 

ナポレオンはゼノビアに対してナンパをしている。しかし、ゼノビアの反応は冷たいものだった。

 

「そのように軽薄な台詞は控えたほうがいいだろう。いろいろ問題を招く」

 

「塩対応~♪ちなみに私には何かないかしら~♪」

 

エリザベートがそう言うと、ナポレオンは彼女の方に視線を向ける。女好きなのは問題だ。

 

「おお、麗しの姫よ。その蜂蜜のような声は、オレに愛を囁くためにあるのかい?」

 

「ホントに口説いてきた!?」

 

美しければ年齢は関係ないとばかりに口説いてくるナポレオンに対してエリザベートは驚く。

 

「おい、愛を囁くのは勝手だがエリザベートの年齢考えろ。コイツの見た目的に色んな意味で危ないのに気づいてるか?」

 

大人のゼノビアとは異なり、エリザベートは明らかにまだ少女だ。そんな彼女にナンパしているナポレオンは見ようによっては犯罪臭がする。

 

「大丈夫さ。オレはこう見えても紳士だから、そこはちゃんと弁えているぜ!」

 

「そう言う奴ほど信用ならんのだ。大体自分から紳士だとか言うヤツは大概ロクなもんじゃない」

 

「はっはっはっ。なかなか手厳しいな!」

 

仮にナポレオンがナーサリー・ライムやジャック・ザ・リッパ―といった子供サーヴァントに対してもナンパしているとすれば脳味噌を銃でぶち撒けてやろうかと思ったが、流石にそこまでの事はしていないようだ。そしてデオンが藤丸に対して飲み物を持ってくる。

 

「こちらはどうだろう?ハーブのお茶だ」

 

「ありがとう」

 

デオンから出されたお茶を藤丸はありがたく受け取る。そして一口飲むと口の中に爽やかな香りが広がった。

 

「この森を出る、か……。難しくはあるが、もちろん不可能ではないね」

 

「よし、やはり森を燃やすしかないな」

 

「アンタはいい加減森林放火から離れなさい!あと、森を焼いちゃったら私達も死んじゃうでしょ!!」

 

サーヴァントが単なる森林火災や山火事で死ぬわけがないのだが、人間であるパニッシャーと藤丸は普通に死んでしまうので、流石に森に火を付けるという案は見送る事にした。

 

「とはいえ今日はもう遅い。闇夜の森を歩くほど、不用心なことはない。どうか本日はこちらに宿泊を」

 

「だとよ。どうする?立香、エリザベート、ゼノビア?」

 

パニッシャーは藤丸たちに対してこの家で寝泊まりするかどうかを尋ねた。

 

「私は別に良いわよ。ハロウィンの夜だし♪」

 

「俺も問題ないよ」

 

「私も特に異論はない」

 

エリザベートの提案により、一行は一晩だけこの家に泊まる事になった。

 

「おまえたちの安眠はこの渡辺綱が請け合おう。ゆるりと休んでくれ」

 

綱の言葉に甘えて今夜はこの家で寝泊まりする事にした。

 

「それにしてもこの家~♪何ともメルヘンね~♪」

 

エリザベートの言う通り、確かにこの家はメルヘンというか童話に登場する家の中だ。モードレッドやナポレオン、ロビンフッドのような大人が暮らすには手狭だし、第一こんなメルヘンな家で暮らす趣味は3人にはないだろう。

 

「たしかにそうだな。お前たち、名のあるサーヴァントだろうに……。この家は少し狭すぎないか?」

 

「といっても召喚されてから、オレたちはここを根城にしているしな。住めば都、作れば根城ってもんさ」

 

「この家はお前の"心象風景"とやらじゃなかったのか?この家に住んでる7人の中でお前が一番ガキっぽいのを考えると……」

 

幼い子供が読む童話に出てくるようなメルヘンハウスに住んで満足そうなモードレッドを子供扱いするパニッシャー。

 

「誰がガキだ!」

 

「こんな童話の世界まんまの家に住むなんざ、恥ずかしくて普通できんぞ」

 

「どういう意味だよそりゃ!?」

 

パニッシャーの皮肉に反応するモードレッド。

 

「いや、悪い意味じゃない。ただ、お前みたいな子供がいる家はさぞ楽しいんだろうなと思っただけだ」

 

「テメェ……」

 

モードレッドはパニッシャーの言葉に額に怒筋を浮かばせている。

 

「私は気に入っているわ。こんなメルヘンな小屋、中々ないもの!」

 

エリザベートは少女心をくすぐられるこの家にご満悦のようだ。エリザベートは家の内装を見てはしゃいでおり、ゼノビアはそんなエリザベートを微笑ましく見ている。

 

「7人……メルヘン……」

 

そして藤丸はこの家で暮らす7人のサーヴァント、山岳地帯に根城を構えていた40人の盗賊サーヴァントの事を思い出した。

 

「7人が……森の小屋に住んでいて……」

 

「どうしたの子イヌ~♪まるで~♪まるで~♪……悩んでるみたいよ~♪」

 

「語彙を増やそう!」

 

「即興だとどうしてもね~♪シェヘラザードのようにはいかないわ~♪」

 

「シェヘラザード……」

 

藤丸は盗賊団の首領であるシェヘラザードが閉じこもっていた天岩戸と、それを開いたエリザベートの唄を振り返ってみる。

 

「そうか!白雪姫と7人の小人だ!!」

 

山岳地帯にいた40人の盗賊と、シェヘラザードのいた天岩戸。そしてこの森の家に住む7人……。自分の辿り着いた結論をエリザベート達に話す事にした。

 

「……それはつまり、ここが童話を元にした特異点になってるってことか?」

 

「私はシンデレラ~♪盗賊団のときは~」

 

「40人……アリババと40人の盗賊か!」

 

「で、オレたちが白雪姫と7人の妖精ってことか」

 

これで全ての辻褄が合った。自分達がいるこの特異点は童話を基にして作られた世界なのだ。何ともふざけた特異点が作られたものだとパニッシャーは思う。迷妄森にいた時、立体映像で現れたモレーがこの特異点を作り上げたという事だろうか……?お子様向けの特異点など作り上げて一体どういうつもりなのかは知らないが、いずれにせよ恐らく特異点の原因であるモレー本人と直接対峙しなければ事態の解決は難しいだろう。

 

「まぁ、オレが妖精なんてガラじゃないけどな。連中、もっと悪質だって話だし」

 

確かにブリテン異聞帯に暮らす妖精の実態を直に自分の目で見たパニッシャーは、モードレッドの言葉に納得する。

 

「俺は妖精を100匹ばかり殺したぞ。いや、もっとか……」

 

「え?妖精殺したことあんのか?連中を殺せるとか、アンタも相当だな。ま、オレも似たようなもんだがな」

 

モードレッドは笑いながらパニッシャーを褒め称える。妖精という存在を倒せる人間となれば流石の彼女も認めざるを得ないのだろう。実際ブリテン異聞帯の妖精は強力ではあったが、連中の弱点と対処法さえ分かれば殺すのは容易い。

 

「あ、オレたち7人が妖精だとしたら、姫がいねぇじゃん」

 

「私がいるわ~♪」

 

「あぁ、うん。とりあえず姫は仮置きで……」

 

モードレッド、綱、ベディヴィエール、ナポレオン、デオン、藤太、ロビンフッド達が7人の小人だとするならば、白雪姫に該当するサーヴァントがいない。エリザベートが名乗りを上げたが、そもそも彼女はシンデレラだ。

 

「となると、この先も童話に関する何かが出てくる可能性があるが……」

 

「もしかすると赤ずきんとか眠れる森の美女とかも出てくるかもな……」

 

パニッシャーとゼノビアはこれ以降も童話を元にした配役がされたサーヴァントに出会う事を予想していたが、モードレッドが口を開く。

 

「今日はとりあえずウチで休もうぜ!」

 

モードレッドの言葉に、エリザベートは何やらウキウキした顔になる。

 

「キングサイズのベッドとかあるかしら?シンデレラたるもの、そういう『なんかすごいベッド』で眠るべきよね

 

「ンなもんあるわけねぇだろ。揃って雑魚寝だよ、雑魚寝」

 

「お姫様なのに~♪雑魚寝~~~なのね~~~♪」

 

そうして藤丸たちは家の床に雑魚寝する事になり、消灯後に就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――アレは狂っている。

 

ヒーロー登録法に反対するキャプテン・アメリカの陣営に付いたパニッシャーは、キャップ陣営に投降してきたヴィランのゴールドバグとプランデラーの2名を彼の目の前で容赦なく射殺した。当然キャップはパニッシャーの行為に激怒し、執拗に彼を殴りつけるがパニッシャーは一切の抵抗をしなかった。そしてキャップは殺人者であるパニッシャーを自分の陣営から追放したのだ。その際、"パニッシャーは狂っている"という言葉を残して……。

 

 

真っ暗な空間の中、パニッシャーは目の前にいるキャップと対峙していた。パニッシャーにとって、少期からの憧れの存在であるキャップであるが、同時に自分とキャップは決して相容れる事のない者同士である事を知っている。犯罪者やヴィランを容赦なく射殺、虐殺するパニッシャーとは異なり、キャップは更生のチャンスを与える。そもそも、正統派のヒーローたるもの不殺が基本であり、それを破るパニッシャーは他のヒーローから軽蔑の対象となっているのだから。堅苦しいヒーローとしてのルールと遵法精神。そのいずれもパニッシャーは従わない。ヴィランをラフト刑務所なりに送った所で、すぐに脱獄して市民を殺傷する。戦っては捕まえ、それで逃げられ、また戦っては捕まえ……。くだらないルーチンワークを繰り返す事しか出来ないのだ。

 

「俺はこういう戦いしかできないんだよキャップ。アンタと違ってな」

 

「……お前のやり方では誰も救えない。お前はただの殺人者だ」

 

パニッシャーはキャップの言う事は否定しない。そもそもそれは事実なのだから。

 

――――"犯罪者だから殺してもいい"

 

その考えは単純で危険極まりなく、そして何より楽観的過ぎる思考回路だった。だがそれでも、自分の中に根付いているこの思想を曲げる事はできないし、するつもりもない。自分にはそれしかできないから……それ以外に良い方法を思いつかないからだ。

 

「お前の様な奴はいつか自滅する」

 

「そんな事は散々他のヒーロー共に言われてきた。今更そんな台詞で俺が動揺すると思うのかキャップ?」

 

パニッシャーは犯罪者や悪党を殺す事でしか市民を救えないと思っている。正義感自体が無いわけではないが、パニッシャーの本質は犯罪に対する"復讐"であり"制裁"。他のヒーローから"殺人者"、"異常者"と言われた事も一度や二度ではない。しかしそれがどうした? 自分はただ単に自分の信じる道を進んでいるだけだ。例え周りから非難されようとも、自分の道を進むだけ。他人からあれこれ非難された程度で犯罪者に対する自警活動を止めるのであれば、とっくに銃で頭を撃って自殺している。そしてキャップはそれ以上何も言わずに闇の中へと消えていった。次に現れた存在を目にしてパニッシャーは目を大きく見開く。

 

――――"何の悪い冗談だ?"

 

目の前の存在を前にして思った事がこれだ。目の前にいるのは狂えるタイタン人である■■■。アベンジャーズの宿敵であり、スーパーヴィラン。そんな■■■がなぜ自分と同じ服装をしているのだろうか?髑髏のマークが施された黒いシャツに、黒のズボン。全身に銃器類を装備している。いつものパニッシャーの普段着と変わらない服装をしているのは何故であろうか?悪夢なら早く醒めて欲しいのだが……。

 

「……やぁ父さん」

 

この台詞を聞いて更に"何の悪い冗談だ?"と思ったのは言うまでもあるまい。目の前の■■■から"父さん"呼ばわりされるなど想像すらしていなかった事だ。ましてや、こんな夢を見ているなど……。

 

「貴方は根本的に他者の罪を赦せない人間だ。今までだってそうだっただろう?貴方が殺した犯罪者にも家族がいたし、中には妊婦だっていた。彼女は自分の赤ちゃんを一度でいいから抱かせてと必死に頼んだのに、貴方は無情にもショットガンで彼女の頭部を吹き飛ばした」

 

確かにその通りであった。だからどうした?犯罪者にも家族がいたところで、それが罪を逃れる言い訳になるのか?

 

「貴様に"父さん"呼ばわりされる覚えはないし、俺のコスチュームを着ているのも悪趣味だ!」

 

パニッシャーが叫ぶと、それを嘲笑うかのように■■■が笑う。

 

「自分の本質から目を背けちゃだめだよ父さん。犯罪者がやり直すチャンスを今まで父さんは踏み躙ってきたじゃないか」

 

犯罪者に人権やセカンドチャンスを与えるつもりはない。そんな物は必要ない。必要なのは死という名の裁きだけだ。

 

「そうだな……父さんが守っている藤丸立香という少年はどうだ?あの子は父さんの本質を受け入れた気になっているようだけど、彼はまだ本当の意味で貴方を理解したわけじゃない。レオナルド・ダ・ヴィンチも、マシュ・キリエライトも、本当の父さんの残酷さを見ればきっと失望する。否、軽蔑するだろう」

 

「……何が言いたい?」

 

「藤丸立香を始めとするカルデアの連中は所詮偽善者。彼らは自分たちにとって都合が良い存在であればどんな相手でも受け入れる。それはつまり、彼らにとって都合の良い人間やサーヴァントがいればそれでいいんだよ。現に父さんだって藤丸立香やダ・ヴィンチから受け入れられているだろう」

 

「知った風な口を利くな!!お前に何が分かる!!」

 

「醜い自分を受け入れてくれた者たちの悪口を言われるのは耐えられないかい?無理もないか。なにせ、自分を理解してくれたのが藤丸立香を始めとするカルデアの連中だけだったんだから……」

 

■■■の言葉を否定できないパニッシャー。

 

「僕も父さんの理解者になったつもりだった……。けど父さんは僕の作った理想の世界を否定し、僕を殺した……。僕は父さんの願いを実現させようとしただけなのに……」

 

その瞬間、■■■の肉体は激しく燃え始めた。まるで内部から突然燃え出したかのように見える。

 

「今はまだいいかもしれないけど、彼等は父さんの本質を見れば掌を返すだろう……。じ、地獄から……見物させてもらうとするよ……」

 

そう言った直後に■■■の肉体は全て燃え尽きた。

 

「何だったんだ今のは……」

 

パニッシャーがそう呟くと、今度は別の存在が目の前にいた。女だ。未亡人が着る喪服を来た美女である。雪を思わせる純白の肌に、ウェーブがかった薄金色の長い髪の毛、そして右手には禍々しい大剣を持っている。その美貌は大抵の男を虜にしてしまうだろうが、ただ一点、氷を思わせる程の冷たい瞳と眼差しは、目が合った者の体感温度を氷点下にまで下げてしまう程の凄みがある。目を見張る程の美貌ではあるが、温かみなど欠片もない女だ。喪服の美女は何も言わずにパニッシャーをじっと見つめている。

 

「……」

 

パニッシャーは警戒して身構えるが、女はそんなパニッシャーを無視して喋り始める。

 

「……つまらない男」

 

喪服の美女はそう静かに言った。

 

「家族を死に追いやった者を殺しても、自分から際限なく復讐の標的を拡大させ続けるなんて、それこそ愚かの極みよ」

 

侮蔑交じりの笑みを浮かべてそう言う女に対し、パニッシャーは無言だった。セントラルパークにおいてギャングの処刑を目撃し、それの口封じとして妻子を殺されたパニッシャー。自分の家族を死に追いやった連中はもうこの世にはいない。だがパニッシャーは復讐の対象を他の犯罪者やマフィア、ギャングにまで広げた。自分から復讐の対象を広げるという行為なのは理解している。それを目の前にいる喪服の女は鼻で笑ったのだ。

 

「本当に貴方は救いようのない男ね。怒りの矛先を復讐対象以外にまで向けるなんて。やっている事はただの八つ当たりじゃない」

 

「さっきから聞いていればお前は何が言いたい?」

 

「いつまでも終わらない復讐を続けて、殺す標的を無限に量産していく。本当に下らない暴走よね?それに何の意味があるの?」

 

そもそも復讐という行為自体が自己満足だというのに、この喪服の女は何を言っているのだろうか?

 

「お前だって似たようなモンだろ」

 

パニッシャーの言葉に、喪服の女は眉を吊り上げる。

 

「……どういう意味かしら?貴方なんかと一緒にされると迷惑なのだけど?」

 

不愉快そうな表情を浮かべる女に、パニッシャーは淡々と答える。

 

「俺は俺なりに自分の中でケジメをつけているだけだ」

 

その言葉に、喪服の女の表情が変わる。

 

「くだらないわ。貴方の言う“自分なりのけじめ”とやらのせいで、関係のない人間を大勢巻き込んでいるというのに……」

 

喪服の女は呆れ交じりの顔でそう言ってきたが、そんな女の態度を気にも留めずパニッシャーは話を続ける。

 

「関係のない人間を殺してるわけじゃない。連中は全員犯罪者だ」

 

「……だからそれが"くだらない"と言っているんでしょう?復讐の対象をどれだけ増やせば気が済むのかしら?まさか死ぬまでやるつもりなの?」

 

恐らく目の前の喪服の女もパニッシャー同様の"復讐者"だ。だが決定的に異なる点があるとすれば、自分の復讐する対象をハッキリと決めている事であろう。"際限なく復讐する対象を増やす"というパニッシャーのやり方に理解できないのも無理はないのかもしれない。

 

「お前には関係ない事だ。俺の人生に口を挟むな。これ以上俺に構うな。お前の言っている事は的外れだし、俺には全く響かない」

 

そう言われて喪服の女は舌打ちをする。

 

「ハァ……、何故かしら。貴方を見ているとこんなにもイライラしてしまう……。まぁいいわ。いずれまた会う機会があるでしょうし」

 

そう言って喪服の女は消えて行く。

 

「何だったんだあの女は……」

 

謎の喪服の女の事を気にしつつ、パニッシャーは夢から覚めた。




■■■が誰なのか、なぜパニッシャーを「父さん」と呼ぶのかについては、コズミックゴーストライダーの邦訳を読まないと分かりづらいかも……(^▽^;)


彼女に関しては、なんとなくパニッシャーさんを嫌いそうなイメージ(同族嫌悪?)だったので。やっぱトラオム編ではカドックの処遇を巡ってパニッシャーとカルデアで対立起きそう。

パニッシャーの性格を考えれば藤丸君達みたいにカドックを共に戦う仲間として認めるわけないし、カドックを許容したらそれはパニッシャーらしくないし……


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第22話 "赤ずきん"と"足ながおじさん" 前編

お待たせしました!第22話の投稿です!
今回はマーベルからゲストヴィランが登場しますよ~

そういえば二部のオープニングである逆光と躍動の歌詞にはパニッシャーさんにも当て嵌まる部分があるような気がするけど、どうなんだろう?


「ほら黒イヌ、起きなさい。朝ご飯の時間よ!」

 

エリザベートがそう言いながら、床で寝ているパニッシャーの体を揺すって起こそうとする。

 

「ん~……?」

 

寝ぼけ眼で目を覚ますパニッシャー。目を開けるとそこにはエリザベート、ゼノビア、藤丸、モードレッドたちがいた。

 

「コイツが家の外で唄うもんだから魔物共が寄ってきて、そんで戦闘になってたんだけどオッサンは寝てたから気付かなかったんだな」

 

どうやら話によればエリザベートが夜に家の外で唄っていたせいで森に住む魔物が寄って来てしまい、やむを得ず戦闘になったのだという。家の外で戦闘が起きていたにも関わらずパニッシャーは寝たままだったので全く気付けなかったのだ。

 

「ゼノビアも黒イヌと同じく家の中で寝てたから気付かなかったのよね~♪」

 

エリザベートはがそう言うと、ゼノビアは恥ずかしそうに頷いた。

 

「起こしてくれりゃ俺も戦闘に参加してたんだがな……」

 

「あら?もしかして私に起こされたかったワケ?」

 

エリザベートがニヤニヤしながら言うと、エリザベート以外の全員も笑った。

 

「パニッシャー、貴方の活躍の場を奪ってしまったようで申し訳ない」

 

デオンはパニッシャーに対して詫びる。

 

「いや、別に気にしてないさ。むしろこんな所で呑気に寝てて悪かったくらいだ」

 

そう言いつつパニッシャーも笑う。そして朝食の時間が来た。料理はベディヴィエールや藤太の担当のようで、テーブルには様々な種類のパンが並べられていた。そしてテーブルの上には目玉焼きとベーコンとサラダが置いてある。

 

「さぁどうぞ。お召し上がりください」

 

藤丸たちは椅子に座り朝食を食べ始める。藤太の宝具もそうだが、出される食事は意外に豪勢だ。サーヴァントは食事をしなくても活動できるが、自分から率先して料理を作る者もいる。カルデアキッチン組などがその良い例だ。やはりサーヴァントとはいえ元々は人間なので、食べなくともよい身体になろうとも美味い食事を堪能したいのであろう。そもそも人間の歴史と食の歴史は切っても切れない関係にあるのだ。人類は何千年という歴史をかけて料理というものを進化させてきたわけだし、味覚の貪欲さにかけては他の生物を凌駕する。人間が食べられる物が他の動物に比べて非常に多いというのもあるが……。

 

「美味しいですね!このトースト!」

 

藤丸は笑顔で言う。エリザベートたちも朝食を楽しんでいると、ベディヴィエールが口を開いた。

 

「それではこの森を抜ける方法ですが、この森の主を倒すことです」

 

「森の主……?」

 

藤丸はベディヴィエールの言葉に反応する。この魔物だらけの森には主がいるという事か。

 

「ええ。恐らくは貴方たちが出会ったという黒幕。ジャック・ド・モレーによって配置された敵なのでしょう。この森の主は"あしながおじさん"と"赤ずきん"。この二人がこの森の主なのです」

 

ベディヴィエールの言葉に思わず「は?」という言葉を口にする藤丸。そして他の面々も同じ反応をする。

 

「あのー、それってどういう組み合わせなんですかね……?」

 

藤丸は困惑気味に尋ねる。"あしながおじさん"と"赤ずきん"といえば有名な児童文学のキャラクターではないか。最も、この特異点の持つ性質を考えれば合っているのかもしれないが。

 

「赤ずきんとは言いますが、性別は成人男性です。そして彼は"あしながおじさん"とタッグを組んでこの森から出させないようにしているのです」

 

性別が男の"赤ずきん"とは冗談がキツイとパニッシャーは思った。

 

「えっと……その二人はサーヴァントなんですか?」

 

この特異点に召喚されたサーヴァントの面々とこの特異点の性質によって設定された彼等の配役を考えれば、"あしながおじさん"と"赤ずきん”も当然ながらサーヴァントなのだろうと藤丸は予想した。だがベディヴィエールは首を横に振る。

 

「いえ、彼等はサーヴァントではなく"人間"です。"赤ずきん"の方は魔術師のようですが、"あしながおじさん"も普通の人間とは言い難いのですが……」

 

"赤ずきん"と"あしながおじさん"の二人はサーヴァントではないようだ。"赤ずきん"は元々この特異点にいた魔術師で、ジャック・ド・モレーと手を組んだのであろうか……?

 

「これまで我等は数度、奴等と刃を交えた。正直に言えば"赤ずきん"の方は大した事はない。だが"あしながおじさん"の方は別格だ。何せ我等の攻撃の一切が通じないのだからな。人間がサーヴァントの攻撃を受けて無事でいられる筈がないにも関わらず奴は無傷だった」

 

「あのハゲ親父はオレの宝具を受けてもノーダメージだった。それどころか益々強くなりやがったんだ」

 

どうやら"あしながおじさん"とやらは相当の強敵らしい。そしてそれと同時に人間でありながらモードレッドのようなサーヴァントを圧倒する程の力の持ち主である。

 

「……連中が何者なのかはこの際、置いておこう。どうだい皆の衆、このお嬢さんとそのマスターと世界を救う為に、森を駆け抜ける旅の供回りに興じたいやつは?」

 

ナポレオンはエリザベートと藤丸を見ながら、モードレッド達に尋ねる。仲間は多いに越した事はない。

 

「もちろん構いませんが、全員というわけにはいかないようですね……」

 

「あぁ、そうだね。森の魔獣が大挙して砂漠に押し寄せたりその逆も考えられる。それを抑え込む者も必要だね。3騎、いや2騎か」

 

流石に全員で藤丸とエリザベートに同行するわけにもいかないようで、留守番をする者も必要のようだ。ベディヴィエールとデオンは互いに頷き合う。問題は誰が藤丸たちと同行するかだが……。

 

「とりあえずジャンケンで決めっか」

 

モードレッドはジャンケンで藤丸たちに同行するサーヴァントを決めるべく、藤太、ナポレオン、デオン、ベディヴィエール、綱、ロビンフッドが集まり、一斉にジャンケンを始めた。

 

「「「「「「「ジャンケンホイ!!」」」」」」

 

その結果、藤丸やエリザベートに付き添う事になったのはナポレオンとモードレッドの二人あった。

 

 

 

**************************************************************

 

 

 

「つーわけでオレと……」

 

「オレだ!よろしくな!」

 

ジャンケンに勝利したナポレオンとモードレッドは藤丸、パニッシャー、エリザベート、ゼノビアに同行する事となり、共に行動する事となった。実力的に言えば申し分ない二人であり、心強い味方が増えた事に藤丸は安堵し、喜ぶ。

 

「二人ともよろしく!」

 

「白馬の騎士は~♪もうちょっと繊細な感じの方が~♪」

 

ナポレオンは皇帝だし、モードレッドはアーサー王の嫡子ではあるが、立場は王子という感じではない。

 

「白馬なんて乗らねぇぞ、目立つし」

 

「オレは乗ってたぞ!」

 

ナポレオンを代表する絵画で有名な『サン=ベルナール 峠を越えるボナパルト』では白馬に跨ったナポレオンが描かれている。だが白馬に乗った王子様ではなく皇帝なのだが……。

 

「白馬の皇帝だもんね」

 

「だが残念ながらアーチャーでな。馬は持ってきていないのだ」

 

ナポレオンはライダークラスの適正もあり、そのクラスで呼べば馬も一緒に付いてくるのだが、今の彼はアーチャークラスで現界している。なのでこうして徒歩で歩いているのわけだ。

 

「皇帝では不足かな?灰被りのお姫様?」

 

ナポレオンは流し目でエリザベートを見ながら言う。

 

「子イヌ、私でも分かるわ。この皇帝、誰にでもこういうコト言う~♪」

 

エリザベートは女に色目を使うナポレオンに半ば辟易しているようだ。

 

「はっはっは。無闇に誰もってわけじゃあないさ」

 

ナポレオンはエリザベートにウィンクしながら答えるが、エリザベートはそれを見て露骨に嫌そうな顔をする。

 

「エリザベート、この軟派皇帝から手を出されそうになったら直ぐに俺に言え。コイツの股間のブツを俺が蹴り潰してやる」

 

「あら、それは頼もしいわね」

 

エリザベートは冗談半分に言いながら、パニッシャーにウインクする。

 

「そ、それはちょっとやり過ぎだよ……」

 

藤丸はナポレオンに対する過激な対処法に思わず自分の股間を抑える。

 

「ワォウ!こいつは物騒な旦那だ!気を付けないとな」

 

ナポレオンはパニッシャーの半分本気の冗談を笑い飛ばしながら受け流す。

 

「笑って誤魔化す皇帝殿は放置だ放置。んじゃ、迷妄の森脱出開始とするか!」

 

「ああ、それを聞きたかったのだ。どうやって脱出するつもりなんだ?」

 

「それなんだが……。あー、カルデアのマスター?」

 

「うん?」

 

「環境保護って大事だよな?」

 

モードレッドは含みのある笑いをしつつ、藤丸に尋ねる。

 

「大事だと思うけど……?」

 

(あれっ……?何か嫌な予感がするんだけど……)

 

藤丸はモードレッドの言葉を聞いて嫌な予感がしていた。

 

「その顔、もしかしてオレの考えている事がわかっちゃったか?」

 

モードレッドは満面の笑顔で藤丸に答える。そう、彼女のやろうとしている事は昨日パニッシャーがやろうとしていた事と全く同じ……。

 

「……おい、まさか……」

 

ゼノビアが言った直後、モードレッドは自分の愛剣を抜いて魔力を溜め始める。彼女がやろうとしている事は誰の目にも明らかだった。

 

「そのまさかだ!迷妄の森は方向感覚ばズラされる上に、1日経てば草木が生え替わっちまう!つまり逆に言えば、1回くらいは焼け野原になったって問題ねぇ!」

 

つまりモードレッドは自分の宝具で森を丸ごと吹き飛ばそうとしているのだ。邪魔な森を焼け野原にしてしまえば木々に邪魔される事なく前に進める。合理的ではあるが、力業過ぎる。これでは森を焼き払おうとしていたパニッシャーと同じではないか。

 

「バンゾック~♪とっても蛮族~♪でも滅茶苦茶スッキリしそうね~♪」

 

「おい、お前は昨日俺が携帯式火炎放射器で森を焼き払おうとした時は反対してた癖に、モードレッドの宝具はいいのか?」

 

やろうとしている事はモードレッドもパニッシャーも変わらないのに、どうしてこうも違うのか。

 

「だって~、あのまま黒イヌが森に火を付けてたら山火事になっちゃうでしょ?そしたら私たちも危ないじゃない♪」

 

確かにその通りだ。もし仮に森の中で火災が発生した場合、燃え広がる範囲が広いと自分たちも巻き込まれてしまうだろう。サーヴァントであるエリザベートやゼノビアが山火事で死ぬわけがないのだが、普通の人間であるパニッシャーと藤丸は危ない。森林火災に比べれば宝具で一気に吹き飛ばす方が遥かに安全だと言えるだろう。そうしてモードレッドは自らの宝具を発動させる。

 

―――『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!

 

モードレッドの宝具は周囲一帯の木々を根こそぎ吹き飛ばし、迷妄の森の一部を更地にしてしまう。彼女の宝具は対軍宝具に分類されるので、威力も申し分ない。

 

「向かう先が荒野なら方向感覚が多少狂っても問題はねぇ!」

 

そうしてモードレッド、ナポレオン、エリザベート、藤丸、パニッシャー、ゼノビアの6人はモードレッドがによって更地にされた森を走り抜ける。藤丸の魔術礼装には身体強化が含まれているので、サーヴァントと並走できるが、パニッシャーは素の身体能力だけでエリザベート達に付いていっている。

 

「アンタって速いのね黒イヌ。私たちサーヴァントと互角に渡り合えるなんて凄いわ」

 

走りながらエリザベートが感心した様子で言う。

 

「お前等サーヴァントには負ける……!」

 

だが流石に常人であるパニッシャーはエリザベート達の足の速さに付いて行くのが精一杯なようだ。

 

「ほらほら走れ走れ!モタモタしてると森が復活しちまうぞ!」

 

「い~そ~が~し~い~い~♪ とてもとてもせ~わ~し~な~い~♪」

 

「ひぃひぃ……!」

 

魔術礼装による身体強化を受けているといえど、純粋な身体能力でサーヴァントには勝てない藤丸は、既に息切れを起こしていた。が、その時ナポレオンが何かに気付いた様子で立ち止まる。

 

「ん?どうした、ナポ公」

 

「……全員その場を動くな。妙な気配がする」

 

ナポレオンの言葉を受けて全員がその場で止まる。確かに姿こそ見えないものの妙な気配はした。パニッシャーと藤丸も自分達に向けられる殺気を肌で感じ取った。

 

「……気を付けろ。これは"赤ずきん"だ。アイツは透明になれる力を持ってる。透明で姿こそ見えないが、アイツの気配なら感じ取れる。サーヴァントと違って気配遮断のスキルを持ってないから存在が丸わかりだぜ」

 

モードレッドとナポレオンは周囲を警戒する。

 

「立香、俺の傍を離れるなよ?」

 

「う、うん」

 

「何よ、ビビってるの?」

 

エリザベートはニヤニヤしながら藤丸の顔を覗き込む。

 

「べ、別に……ただちょっと緊張してるだけ」

 

藤丸は緊張を解す為に深呼吸をした。一方、モードレッドとナポレオンは周囲に気を配りながら慎重に歩く。"赤ずきん"と"足ながおじさん"はサーヴァントではなく人間らしいのだが、それにしてもナポレオンとモードレッドの緊張感の強さが尋常ではない。普通の人間であればサーヴァントに勝てる道理などないのだが、この二人にここまでの警戒心を抱かせる人間とはどのような者なのだろうか?そんな事を考えていると、空気を切り裂いて魔力を帯びた複数の弾丸が一行に襲い掛かる。音速を超える速度で飛来した弾丸に対して素早く反応したモードレッドはクラレントを用いて魔力の弾丸を斬り払う。

 

「こんなチンケな弾丸じゃオレたちを殺せねぇよ。次は当ててみろ。まぐれ当たりじゃねぇ事を祈ってるぜ」

 

挑発的な態度で言い放つモードレッドに対し、ついに襲撃者は姿を現した。透明化を解除したのであろうか。"赤ずきん"とはよく言ったもので、赤いフードを着ている。が、童話に出てくるような少女ではなく成人男性なのだ。そしてパニッシャーは目の前に現れた"赤ずきん"に見覚えがあった。

 

「お前は……フッド……!?」

 

「久しぶりじゃねぇかパニッシャー。こんな所で会うだなんてな」

 

フッドはパニッシャーの姿を見てニヤリを笑う。

 

「何よ、黒イヌはアイツと知り合いなの?」

 

「知り合いもなにも、アイツは俺が元々いた世界のヴィランだ……」

 

パニッシャーは目の前に現れたフッドと浅からぬ因縁を持つ。

 

「サーヴァントとかいう亡霊どもとつるんで馴れ合いとは、かつての処刑人パニッシャーとは思えねぇな」

 

フッドは挑発的な物言いでパニッシャーに話し掛ける。

 

「貴様は相変わらずだなフッド。どこまで行ってもチンピラのお前にとってはモレーとかいう女の使いっぱしりがお似合いだ」

 

「ゴチャゴチャうるせえぞ!!俺はテメェに用があって来た訳じゃねえんだよ!!」

 

そう言うとフッドは藤丸の方に視線を向ける。

 

「犯罪者を震え上がらせた泣く子も黙るパニッシャーが、今やそこにいる乳臭いガキの子守りとはな」

 

フッドの言葉に対して、パニッシャーは藤丸を庇うようにして立つ。

 

「この子に指一本でも触れてみろ、ただでさえ足りないお前の脳味噌の容量をゼロにしてやるぞ?それともなんだ?この俺と戦うつもりか?」

 

「ガキの前ではカッコつけなきゃいけねえってか?いい歳こいて随分甘ったれた野郎になったもんだなぁ。以前俺に死んだ家族を生き返らせてもらった時、お前は俺が蘇生させた自分の妻子を躊躇なく焼き殺しやがった。そんな腐れ外道が子守りなんぞしてるなんてお笑いだぜ」

 

その言葉を聞いた瞬間、パニッシャーの表情が変わる。

 

「貴様の勝手な都合で生き返らせただけだろうが……!」

 

「せっかく愛する家族を生き返らせてやったのに、お前はそれを拒絶し、あまつさえ妻も子供も纏めて焼き殺した。パニッシャー、そんなテメェが今更善人気取りか?」

 

その言葉に藤丸は驚愕する。

 

「おじさん、自分の家族を焼いたっていうのは……?」

 

藤丸の言葉にパニッシャーは無言だった。

 

「おいガキ。お前が慕っているパニッシャーおじさんは俺が生き返らせた自分の愛する家族を容赦なく焼却した血も涙もない極悪人なんだよ」

 

フッドから発せられた言葉を聞き、藤丸は息を呑む。




フッドのキャラ間違ってたら済みません……orz 手元の邦訳が少ないんで、言動とかキャラとか色々おかしいかも……。

パニッシャーさんはフッドに死んだ家族を生き返らせてもらったけど、傍にいたヴィランの力を借りて焼き殺したのは原作でもありました。精神攻撃は基本。



今更なんですけど、フランクって本当の意味で藤丸君と同じ「普通の人間」という事に気付きました。カドック、ゴッフ、ムニエル、カルデア職員は全員が魔術師。ロリンチちゃんはホムンクルス、マシュはデミサーヴァント、カルデアにいる英霊達は言わずもがな。魔術に無関係な普通の人間という意味ではパニッシャーと藤丸君は同じなんですよねぇ。


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第23話 "赤ずきん"と"足ながおじさん" 後編

足ながおじさん登場。やっぱスーパーヴィランは下手なサーヴァントより強い(^▽^;)

ちなみに「アベンジャーズが第五次聖杯戦争に介入するようです」の18話に挿絵(漫画)が掲載されております。絵師様に依頼してあの場面を描いてもらいました。


藤丸、エリザベート、ゼノビア、モードレッド、ナポレオンはフッドの言葉を聞いてパニッシャーの方を見る。確かにフッドの言っている事は事実だ。パニッシャーはフッドの魔術によって蘇った自分の妻子を傍にいたヴィランを脅して焼却させた。ノーマン・オズボーンの命を狙ったパニッシャーは当然ながらオズボーンに追われる事となり、フッドもオズボーンが雇った刺客の一人だ。そしてフッドは死亡したパニッシャーの妻子を蘇らせるのと引き換えにパニッシャーが行う犯罪者に対する自警活動を永遠にやめるように要求してきたのだ。当然、パニッシャーがそんな要求を受け入れる筈もなく、フッドが蘇生させた妻のマリア、娘のリサ、息子デビッドを再びあの世に送りかえす事となったのだ。その際、フッドの力で蘇ったかつての相棒マイクロの息子も纏めて焼却したのだが……。

 

「……ッ!アンタ……!まさか黒イヌの奥さんと子供を……?」

 

「ああ、そうだとも!だがな、ソイツが素直に俺の言う事を聞かないから悪いんだ!ソイツがちゃんと約束を守っていれば、再び妻子と生活をする事ができたのに、それを焼却するなんて……」

 

「俺の妻子の命を弄んだ分際でよく言えたもんだな!」

 

そう叫ぶとパニッシャーは拳を握りしめ、それを見たフッドはニヤリと笑う。

 

「おいおいおい、また俺を殴るのか!? それで今度は誰を殺すつもりだ!?」

 

フッドの言葉に激怒したパニッシャーは懐から銃を抜き、銃口をフッドに向ける。

 

「あの時貴様をちゃんと殺しておくべきだったなフッド……!今度こそ貴様を地獄に送ってやる!」

 

「おっと!俺が一人でお前等と戦うと思ってたのか?俺には"足ながおじさん"がいるんだぜ?」

 

フッドの言葉と共に森の奥から貴族服を着た白人の男が姿を現す。禿げ上がった頭部が特徴的な中年の紳士だが、パニッシャーは男に見覚えがあった。

 

「まさかお前までいるのか?セバスチャン・ショウ……!」

 

パニッシャーがそう言うとショウは笑みを浮かべた。

 

「誰かと思えばフランク・キャッスルか。犯罪者殺しのイカれた自警団気取りの男がカルデアに組するとはな」

 

ショウが現れると同時に、ナポレオンとモードレッドは身構える。

 

「気を付けろ!あのハゲ野郎にはオレたちの攻撃が通じねぇ!!」

 

そう言いながらもモードレッドは剣を構えながらじりじりと距離を詰めていく。そして勢いよくショウに斬り掛かった。サーヴァントであるモードレッドの攻撃速度はゆうに音速に達している。だがそれに対してショウは余裕の笑みを崩していない。ジャンプしたモードレッドはクラレントの斬撃を真下にいるショウの頭部目掛けて振り下ろすが、信じられない事にショウはクラレントによる斬撃を二本の指だけで止めてしまった。

 

「くそ……!やっぱりだめか!」

 

「サーヴァントというのは学習能力の無い奴等だな」

 

ショウは余裕の表情で言うと、次の瞬間モードレッドの腹部に強烈なパンチを叩き込んだ。人間である筈のショウは信じられないパワーでサーヴァントであるはずのモードレッドを吹き飛ばす。

 

「がっ……!?」

 

吹き飛ばされたモードレッドは勢いよく木に叩きつけられる。一部の例外を除いて人間ではサーヴァントに対して無力に等しい。だがモードレッドを吹き飛ばしたセバスチャン・ショウは普通の人間などではない。

 

「気を付けろ!セバスチャン・ショウはミュータントだ!!」

 

「え?何よそのミュータントって……?」

 

エリザベートやゼノビアはミュータントの事など知らないので、二人共首を傾げる。が、ショウはその間にも藤丸たちに近付いてくる。

 

「オレもいるって事を忘れんなよ!!」

 

ナポレオンは自身の得物である「勝利砲」を振り回し、ショウに殴り掛かる。だがショウはそれを片手で受け止めた。

 

「邪魔な奴だな……」

 

ショウはそう言って腕を振るい、ナポレオンを投げ飛ばすと、そのまま地面に叩きつける。そしてショウの身体からプラズマのようなエネルギーが放出され、ナポレオンに直撃する。バチィッ!!という音と共に衝撃波が発生し、周囲の木々が激しく揺れる。衝撃の余波を受けた地面は大きく抉れ、砂埃が立ち込めていた。やがて視界が晴れるとそこには無傷のショウの姿があった。ナポレオンはボロボロの状態で地に伏しており、立ち上がる事も出来ないようだ。

 

「どういう事……!?アイツはただの人間なのに何で二人の攻撃を簡単に受け止められるの……!?」

 

「セバスチャン・ショウの持つミュータントパワーだ……。アイツの能力はエネルギーの吸収だ。恐らく運動エネルギーを吸収する事によってモードレッドとナポレオンの攻撃を簡単に受け止められたんだろう」

 

「そんな能力アリ!?ただのチートじゃん!」

 

藤丸はショウの持つ能力を知り、驚愕する。パニッシャーの言う通り、セバスチャン・ショウはミュータントであり、そんなショウの持つパワーがエネルギー吸収能力である。主に運動エネルギーを吸収し、自分を強化する事に用いているが、吸収できるのは運動エネルギーに限らず電気などの科学的なものや魔力といった神秘的なエネルギーまで幅広い。モードレッドたちがショウに勝てないのも彼の持つエネルギー吸収能力が大きい。

 

「けど~戦わないと~やられるだけよ~♪」

 

エリザベートはそう言って自分の履いているガラスの靴をショウ目掛けて飛ばした。が、ショウはエリザベートのガラスの靴をアッサリ受け止めると、そのまま彼女に投げ返してきた。

 

「ふん……くだらん真似をするな」

 

ショウはそのままエリザベートとの距離を詰める。が、両手に剣と槍を携えたゼノビアが迎え撃った。ゼノビアはショウ目掛けて斬撃と刺突を浴びせるが、運動エネルギーを吸収されてしまうので攻撃が通じない。

 

「くっ……!やはり駄目か……!」

 

ゼノビアはそう呟くと一旦距離を取る。エリザベートとゼノビアは協力してショウを攻撃するものの、ショウが持つミュータントパワーのせいで、かえってショウを強化させてしまう結果となってしまった。

 

「ちょっと~!全然効かないじゃない~!」

 

エリザベートは地団駄を踏みながら叫ぶが、それに対してショウは冷静に答える。

 

「当然だ。私のミュータントパワーの前ではあらゆる物理攻撃は無意味。特に運動エネルギーを伴うものならばな!」

 

ショウはゼノビアとの距離を詰めると、彼女に強烈な打撃をお見舞いする。凄まじい衝撃音が響き渡ると同時にゼノビアが吹き飛ばされるが、彼女は空中で体勢を立て直すと、再びショウに斬りかかる。だがショウはその攻撃を難なく躱すと、ゼノビアが地上に着地するのと同時に彼女の脇腹に蹴りを喰らわせた。

 

ゼノビアは勢いよく吹き飛び、木に激突して倒れ込む。

 

「ぐっ……!!」

 

ゼノビアは苦痛に顔を歪める。そんな彼女にショウは身体から発せられるエネルギーを放出した。放出されたエネルギーは光弾となってゼノビアを襲った。光の弾丸が命中した衝撃で周囲の木々が大きく揺れる。恐らくショウの身体から射出されるエネルギーブラストには魔力が込められており、そのお陰でサーヴァントであるモードレッドやゼノビアにダメージを与えられているのだろう。だが苦戦しつつエリザベートとゼノビアはショウに立ち向かい、そんな二人をサポートするべく指示を出す藤丸。

 

「二人共!闇雲に攻撃すればショウを強くするだけだ!何か別の方法を考えないと!」

 

「そんな事~言われても~思いつかないわよ~」

 

「奴の動きを止められれば話は別なんだがな……」

 

パニッシャーは自分と契約したとあるサーヴァントならばショウを倒せると考える。そしてシャドウサーヴァントとして"彼"を召喚しようとしたその時、藤丸の背後からフッドが現れ、藤丸を羽交い絞めにする。

 

「なっ!?」

 

驚く一同を尻目に"赤ずきん"のフッドは藤丸の首筋に銃を突きつけていた。

 

「動くなよ?動けばこのガキの命は無いぞ?」

 

藤丸を人質に取られた事で一行は手を出す事ができない。マスターである藤丸が人質に取られるという最悪の事態にパニッシャーは歯ぎしりする。

 

「くそっ……卑怯な真似を……!」

 

パニッシャーは悔しげに呟く。そんなパニッシャーに対して"赤ずきん"のフッドは余裕綽々といった表情だ。フッドは自分の被っているフードに備わった透明化機能を用いて藤丸の背後に近付いたのだ。モードレッドとナポレオンはボロボロの状態の上に、エリザベートとゼノビアはショウと戦闘中。そんな状況だからこそフッドは藤丸の隙を突けたのだ。

 

「ショウの強さに驚いて俺もいるって事を忘れてないか? まぁいいさ。俺は俺で好きにやらせてもらうぜ」

 

そう言うとフッドは藤丸をその場に跪かせ、蹴りを入れた。蹴飛ばされた事で地面に倒れる藤丸。

 

「ぐっ……」

 

藤丸は苦悶の表情を浮かべるが、それでも何とか立ち上がろうとする。だが、そんな彼の姿を見てフッドはニヤリと笑った。

 

「おいおい、まだ始まったばかりだぜ。もう少し楽しまないと損だろ?」

 

パニッシャーはフッドに蹴られた藤丸の姿を見て、自分の身体を流れる血液が沸騰してくる感覚を覚える。

 

「貴様……!!立香に何をする!!」

 

「たかがガキを蹴られた程度で何を熱くなってるんだ?」

 

フッドは呆れた様子で言う。が、パニッシャーは藤丸を暴行したフッドを憤怒の形相で睨んでいた。するとフッドは倒れた藤丸の髪を掴んで強引に立たせる。

 

「うっ……くっ……」

 

フッドは藤丸の髪を離すと今度は腹部を蹴り上げる。

 

「おらっ!!立てよ!!!」

 

藤丸は苦痛に顔を歪めながら立ち上がり、フッドを睨んだ。

 

「お?やっといい顔になってきたじゃねえか」

 

フッドは藤丸に銃口を向けたままニヤリと笑う。が、藤丸は素早くフッドの銃を握っている手を掴むと、一瞬で間合いを詰めて渾身の肘をフッドの胸に叩き込んだ。ドゴッ!という 鈍い音と共にフッドが後方に吹っ飛ぶ。

 

「がはっ!」

 

木に激突して吐血するフッド。

 

「俺も色んなサーヴァントに鍛えられてるからね!」

 

そう、藤丸を単なる無力な一般人の少年だと過小評価した事がフッドの致命的なミスである。藤丸は複数の特異点や異聞帯を攻略する上で常に自分の身体を鍛えており、カルデアのサーヴァント達から戦い方を伝授されているのだ。魔術的な才能こそないが、鍛えているお陰で生身の人間相手に負ける事はまず無いだろう。そんな藤丸の肘打ちをまともに受けてしまい口から血を流しながらも立ち上がるフッド。

 

「てめぇ……ただのガキじゃねえな……」

 

そう言うとフッドは懐に手を入れる。そして取り出した銃を藤丸に向けるが、パニッシャーの銃撃の方が早かった。フッドは自分の銃を吹き飛ばされた挙句、膝に銃弾を受けてしまう。膝から崩れ落ちるフッドに対してパニッシャーは距離を詰め、顔面に強烈な蹴りを入れる。

 

「がふっ……!」

 

フッドはそのまま吹っ飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 

「ふん、口ほどにもないな。この程度か?」

 

パニッシャーはフッドを見下しながら言った。そして持っていた拳銃でフッドの顔面を殴りつける。

 

「お前は立香に手を出した。それがどういう事を意味しているのかは分かるな?」

 

フッドの顔面を執拗に拳銃で殴りつけるパニッシャー。フッドの顔面はみるみる内に変形していき、鼻や唇から出血する。するとフッドは隠し持っていたナイフを取り出し、それをパニッシャーに向けて振り回す。だがパニッシャーは難なく回避すると再びフッドの顔に蹴りを入れた。

 

「ぐっ……」

 

地面に倒れ込むフッド。パニッシャーは更なる追撃の為に気絶したフッドを殴りつけようとするが、藤丸に止められる。

 

「おじさん、今はエリザベートとゼノビアを助けないと……!」

 

藤丸の言う通り、エリザベートとゼノビアはショウの持つエネルギー吸収能力に苦戦している。ゼノビアはバリスタを召喚して魔力の矢をショウに射出するが、全て吸収されてしまい、かえってショウを強化してしまっている。

 

「お手上げ~♪もうダメかも~♪」

 

エリザベートはそう言いながらも諦めずにゼノビアに加勢する。しかしゼノビアはエリザベートを制止した。

 

「待て!ここは私が引き受ける!攻撃が通用せずとも時間稼ぎならできる筈だ!」

 

「でもそれじゃああんたが……!」

 

「大丈夫だ、私はそう簡単には死なん。それに私以外に誰があの怪物を止めるんだ?他に手段があるのなら話は別だが……」

 

ゼノビアがそう言うと、パニッシャーが声を掛けた。

 

「ここにいるぞ!ショウを倒せるカルデアのサーヴァントがな!来い、"呪腕のハサン"!!」

 

パニッシャーの令呪が光り輝き、シャドウサーヴァントである"呪腕のハサン"が姿を現した。呪腕のハサンはガレスと同じくパニッシャーと契約した数少ないカルデアのサーヴァントの一人。ハサンはアサシンクラスのサーヴァントであり、"山の翁"を襲名した暗殺者だ。

 

「呪腕のハサン、お前の宝具を解放しろ!」

 

パニッシャーの言葉と共に、呪腕のハサンは右腕に何重も巻きつけた包帯を取り外す。すると異様に長く赤い呪腕のハサンの右腕が姿を現した。生前に魔神の腕を移植したこの腕こそが呪腕のハサンの持つ宝具である。

 

「何を出すかと思えば……。攻撃など私には通用しないと言っただろう!」

 

が、ショウは呪腕のハサンの持つ宝具の意味を知らず、余裕の表情で近付いてくる。そしてその瞬間、呪腕のハサンの宝具が発動した。

 

――――――『妄想心音(ザバーニーヤ)』!

 

呪腕の異様に長い右腕が数メートル先にいるショウに伸び、彼の胸部に触れる。そして触れるだけで長い右腕を戻す呪腕。

 

「単に私の胸を触れるのが攻撃だと?笑わせるな」

 

「よく見てみろ。呪腕のハサンの右手には何が握られているのかを」

 

「何……?」

 

ショウは呪腕のハサンの右手に持っているドクドクと動いている物を見る。それは心臓だ。半透明ではあるが、確かに心臓が脈打っていた。

 

「心臓……?」

 

呪腕のハサンの右手に握られている半透明の心臓を不審に思うショウ。が、その時点で彼の負けは確定した。

 

「……お前の負けだショウ」

 

その瞬間、呪腕のハサンは半透明の心臓を握り潰した。それと同時にショウ自身の心臓も握り潰されてしまう。

 

「ガフ……!?バカな……!何故私の心臓が……!?まさかさっきのは……!」

 

「そうだ。これこそが呪腕のハサンが持つ『妄想心音(ザバーニーヤ)』の力。これは所謂"呪殺宝具"というやつらしい。相手の心臓と影響し合う心臓を作り出し、それを握り潰す事で相手を呪殺する。物理的なエネルギーを吸収できるお前でも、『妄想心音(ザバーニーヤ)』は防ぎきれまい?」

 

「そうだったのか……。くそ……」

 

ショウはそのまま地面に倒れ伏す。心臓を握り潰された事で完全に絶命した。ショウが死亡すると同時にシャドウサーヴァントである呪腕のハサンは消え去った。

 

「アイツを倒すだなんて黒イヌもやるじゃない!私とゼノビアの二人がかりでも倒せなかったのに!」

 

エリザベートとゼノビアはパニッシャーに駆け寄る。

 

「おじさん、大丈夫!?」

 

エリザベートとゼノビアに遅れて藤丸もパニッシャーに駆け寄ってきた。

 

「あぁ、どうにか無事だ。全く、エネルギー吸収能力ってのは厄介だぜ」

 

パニッシャーは地面に倒れているショウの死体を見て毒づいた。気絶していたモードレッドとナポレオンも藤丸たちの傍に来た。

 

「お!あの"足ながおじさん"を倒したのか!?スゲェじゃねぇか!オレやナポ公でも歯が立たなかった相手なのによ!」

 

「あぁ、パニッシャーのお陰で勝つ事ができた。感謝するぞ」

 

「気にするな、ゼノビア。それに、まだ戦いは終わったわけじゃない。気を引き締めろ。ここからが本番だ。おそらく、この先には俺たちにとっての目的地がある」

 

パニッシャーの言葉に藤丸、エリザベート、ゼノビア、モードレッド、ナポレオンは力強く頷いた。




セバスチャン・ショウはX-MENの映画にも登場するんで知っている人もいると思います。流石にショウの能力じゃ呪腕の宝具は防げないだろうと考え、この決着方法にしました。(ショウは別にヒーリングファクターは持っていないので)。

藤丸君ってかなり鍛えられている筈だから、素手勝負ならパニッシャーに勝てる可能性も……?


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第24話 チェイテシンデレラ城

生前のエリちゃんの悪行を知ったら、確かにパニッシャーさん的には同情できんかもね……(^▽^;)


6人は森を抜け、街へと辿り着いた。街並みは近代的ではなく、中世時代の石造りの家屋が立ち並んでいる。森を抜けた先にこんな街があるとは思いもしなかったが、そこは特異点。どんな場所に出ようと不思議ではない。

 

「森を抜けた辿り着いた街には人っ子1人いやしねえ」

 

「ハロウィンなのに~♪トリック・オア・トリートもないなんて~♪……ハロウィン舐めてるわね、あのモレーって女。血まみれな~♪拷問をかけてあ~げ~る~♪」

 

エリザベートは上機嫌なのか不機嫌なのか分からない表情でこの特異点を作り上げたモレーに対する文句を言っていた。

 

「あんな小物女、聖杯を回収すれば放っておいても構わんだろう」

 

「あら~?黒イヌにしては~優しいこと言うじゃない~♪」

 

迷妄の森に現れたホログラフを見る限り、モレーという女はどこか抜けている悪党に思えた。そんな小物相手に深追いする必要もないというのがパニッシャーの考えだった。そして6人は街の中を進んで行く。街の奥には目的地……チェイテシンデレラ城があるのだから。そうしてパニッシャー達はとうとうチェイテシンデレラ城の前に来た。シンデレラの童話に出てくる通り、煌びやかな外観と、華美な装飾が施されている。まるでシンデレラの物語の中からそのまま出てきたかのような城が目の前にそびえ立っていた。チェイテシンデレラ城は外見こそ西洋風の古風な造りをした建物ではあるが、ライトアップされており、どこかテーマパークを思わせるような華やかさがあった。

 

「ふうむ。ここがチェイテシンデレラ城か?」

 

「とりあえず辿り着くことには辿り着いたが、やっぱり誰もいやしねえ」

 

モードレッドの言う通り、街にしろ目の前のチェイテシンデレラ城にしろ人間が一人もいない。完全なる無人でありゴーストタウン&ゴーストキャッスルと化していた。

 

「せっかくの~♪シンデレラ城~なのに~ナイトの1人もナシ~♪不用心にも~ほどがあるわ~♪……守備が薄いのはいいけど、私を甘く見ているのは気に入らないわね。やっぱり拷問ね~♪」

 

エリザベートは無人のチェイテシンデレラ城を目の当たりにして、自分に対する侮りだと受け取ったらしく不満げに愚痴っていた。

 

「はははは!物騒なのは置いといて、行くか?」

 

「もう一人のエリザベートを救出しないと」

 

そう、迷妄の森で目の前に現れたモレーのホログラフに、もう一人のエリザベートが映り込んでいたのだ。今自分たちと行動を共にしているエリザベートから分裂したのだと思われるもう一人のエリザベートを救うという目的もあるのだ。

 

「そういえば~そうだったわ~♪」

 

「サラっと忘れてんじゃねえよ!ったく、城に入るぞ!」

 

呆れ気味のモードレッドの言葉と共に、一行は城の中へと足を踏み入れていく。城の内部はかなり広く、外見に違わない程の規模と壮麗さに溢れていた。床や壁は全て大理石で構成されており、天井にはシャンデリアがいくつも吊り下げられている。まさしく貴族や王族が暮らす城といった感じだ。パニッシャー達6人は城の廊下を歩く。

 

「ここはまだチェイテ城ね~♪」

 

「おまえの故郷、というわけか」

 

「そうよ~♪死に場所でもあるわ~♪」

 

ゼノビアに対して言うエリザベートの表情はどこか暗い。

 

「籠城戦でも起きたか?」

 

「あまりその話は私からはしたくないわ~♪子イヌにでも聞いてちょうだい~♪」

 

「?」

 

ゼノビアが首を傾げていると、藤丸が声を掛けてきた。

 

「ゼノビア、ちょっといい?実はね―――」

 

藤丸はゼノビアに対してエリザベートの生前を話した。英霊として召喚されている今のエリザベートはハンガリーの貴族であるエリザベート・バートリー伯爵夫人の少女時代の姿だ。史実のエリザベート・バートリーは"血の伯爵夫人"と呼ばれており、自分の城に若い娘を招き入れては、凄惨な拷問にかけて殺害していた。エリザベートに殺害された若い娘の数はゆうに650人以上とも呼ばれ、エリザベートは殺した若い娘の血を浴槽に入れて浸かったという逸話を持つ。その残虐さたるや歴史の本でも言及される程であり、現代まで語り継がれる程の悪女であったのだ。だがそんなバートリーも自分の所業がバレてしまい、処刑されるかと思いきや、死ぬまでチェイテ城の中で過ごす事となったのだ。貴族だから命だけは助けられたのであろう。つまりこのチェイテ城はエリザベートにとっての監獄でもあるのだ。

 

「……そうか。このチェイテ城は彼女にとっての監獄でもあったのか」

 

「ま、生前はどう考えても褒められた生き様じゃねぇけどなあのドラバカ。やらかした事が酷かった分、辛い死に方だった。因果応報ってやつだ」

 

正確に言えばこのチェイテ城にある自分の寝室に死ぬまで幽閉されていたのだ。狭扉も窓も漆喰で塗り塞がれた狭い寝室で一生を終えたのである。やった事を考えれば当然の報いとも言えよう。

 

「だが……虜囚の身となり、幽閉され、誰からも顧みられることがない。悪行とは別に、それには憐憫を抱いてしまう」

 

「やった悪行を考えれば寧ろ温すぎる刑罰だと思うが?エリザベートに殺された娘たちの方が余程可哀想だろう。大体しでかした罪と受けるべき罰が釣り合ってなさすぎる」

 

「それはそうだが……」

 

「おじさんって悪行とか罪を犯した人間には厳しいから……。だからエリちゃんにも同情できないんだと思う」

 

大勢の罪もない少女を残酷に殺害したのだから、パニッシャーから見れば同情の欠片もできない女に見えてしまうのだろう。

 

「私も生前は虜囚の身だったからな。恥辱の過去があったことには違いない。エリザベートは……」

 

「エリちゃんは前向きだよ」

 

「そうだな。アイツ何だってくらい前向きだな。後ろ向いたら死ぬんじゃねえのってくらい。……いや、本当に死にかねないな」

 

モードレッドの言う通り、英霊として召喚されたエリザベートは底抜けに前向きで明るく、皆のアイドルであろうとする。

 

「良いことだ。そんな最期であれば前向きでなくても仕方なかろうに」

 

「エリザベートはアイドルだからね」

 

藤丸の言葉を聞いたゼノビアは前を歩くエリザベートに声を掛けた。そして二人は仲良く談笑し始める。

 

「仲良くなるといいね……」

 

「ああ……」

 

パニッシャーから見れば、目の前にいるアイドルとしてのエリザベートが将来、血の伯爵夫人としての本性を出して多数の少女を殺戮するようになると考えると、どうしても彼女の明るさを素直に受け入れる事ができなかった。しかし同時に彼女の中にある善性を信じてもいた。この特異点を旅して、エリザベートが持つ優しさに触れたのだから。

 

「おじさんってカルデアに来てから随分丸くなったよね。妖精國で出会った時とは大違い」

 

パニッシャー自身、藤丸、マシュ、ダヴィンチ、その他カルデアのサーヴァント達との交流を経て、自分でも丸くなっていると感じている。善も悪も中庸も受け入れるカルデアの面々に影響されているのかもしれない。アベンジャーズや他のヒーロー達からは殺人者と嫌悪されているが、カルデアの面々はそんなパニッシャーでさえも受け入れている。そんなサーヴァント達の中心にいるのがマスターである藤丸立香だ。この少年……藤丸の持つ優しさと、どんな悪逆の英霊であろうとも否定せずに正面から受け入れる姿勢は本物だ。キャプテン・アメリカやスパイダーマンといったヒーローでさえ藤丸と同じようにはできないだろう。だがもし―――自分の目の前で藤丸やマシュ、ダヴィンチが敵に傷付けられた場合、パニッシャーは自分がどんな状態になってしまうのか想像がつかないでいた。恐らく……ニューヨークで犯罪者相手に自警活動をしていた頃よりも遥かに残酷な面をさらけ出してしまうだろう……。

 

そして6人はようやく目的の場所――このチェイテシンデレラ城の玉座の間へと辿り着いた。玉座の間にはモレーが仁王立ちしており、藤丸、パニッシャー達を待ち構えていた。

 

「……ほーう、来たねぇー?迷妄の森にいた7騎を揃えて来るのかと思ったけれど、追加戦力はその2騎だけ、か。エリザベート・バートリー、女王ゼノビア、2人のカルデアのマスター。加えて……叛逆の騎士モードレッド、皇帝ナポレオン。悪くはないランナップ。でも、残りの5騎を置いてきちゃうとか、もしかして舐めてるー?あたし、舐められてるー?」

 

ふざけた口調で話すモレーに対し、全員が臨戦態勢に入る。抜けた所があるものの、やはりモレーの本質は邪悪そのものだ。それは対峙したパニッシャーが一番よく分かっている。

 

「セバスチャン・ショウとフッドを迷妄の森に配置したのはお前か?」

 

「だいせいかーい♪あの二人はそれなりに役にたったけど、君たちの前じゃ力不足だったね。けどあたしの計画に支障はナシ。万事滞りなく進行してるよ。絶対に逃せないチャンス、大切な現界の機会だもの。自分にやれる事を最大限やるんだ。舐めてかかってくれてもいいよ。その隙を見逃さないからさ!そーゆーこと」

 

モレーの掛けている眼鏡の奥にある彼女の金色の瞳は妖しい光を放っている。

 

「最後通告だ。命だけは助けてやるからさっさと聖杯を渡せ。お前みたいな子悪党に構ってる時間などない」

 

が、パニッシャーの言葉にモレーは口を抑えて笑っている。

 

「あっはははは!!面白い事言うねえキミぃ~!?あはっははははっはは!!」

 

モレーはひとしきり笑った後、急に真顔になって話し始める。

 

「キミなんて所詮別の世界からの部外者。ぶっちゃけあたしから見ればアウト・オブ・眼中なんだ。それはそうと、いっちょまえにカルデアのマスター気取ってるとかマジウケるんですけどぉ?」

 

モレーは心底馬鹿にした様子でニヤニヤしながら話す。が、パニッシャーとモレーの間にエリザベートが割って入った。

 

「このチェイテシンデレラ城は私の物なの!アンタに乗っ取られた城を返してもらうわ!そして大拷問!大決定!」

 

自分の所有物であるチェイテシンデレラ城をモレーに奪われたエリザベートは怒りを露わにしている。

 

「エリちゃん!もう一人のエリちゃんが人質なのを忘れないで!」

 

「そうだ。あまり挑発しては危険だ、エリザベート」

 

藤松とゼノビアは頭に血が昇っているエリザベートを宥め、二人の言葉を聞いたエリザベートは冷静になろうとする。

 

「そ、それもそうだったわ~♪気を付けなきゃ~♪」

 

ゼノビアはモレーに囚われているもう一人のエリザベートがどこにいるのか見回すと、玉座に座りながらぐっすり眠っているもう一人のエリザベートを発見する。

 

「奥の玉座でぐっすり眠っているようだな」

 

もう一人のエリザベートが無事という事実を知り、藤丸たちも胸を撫でおろす。

 

「ええ。ご心配なくー。暇だから~寝るわ~♪とおっしゃったので、お望みどおりにさせているだけで。手枷足枷も無し、拷問も不要、至極丁重に扱っております。一応、お城のお姫様ですから。こんなんでも」

 

モレーはどうやら嘘は付いていないようだ。しかし油断はできない。

 

「こんなんでもとかアンタ~♪とことん生意気な~スタイルでいく気ね~♪ちょっとだけ方向性~♪私と被ってる気がして~腹が立つわ~♪」

 

「か……かぶってますかー、あたし!?アイドル路線とか目指してるわけじゃなし、こちとらパリの中心で呪いを叫ぶほうだってのに……」

 

「安心しろ、全っ然被ってないぞ。エリザベートはミュージカル口調のお姫様だが、お前は単なる小悪党で死人肌のゾンビ女だ。1回鏡で自分の姿を見てみろ」

 

「誰が死人肌じゃい!!それとゾンビ言うな!!」

 

「小悪魔系とか別に自称してないけど~♪他の誰かが~やろうとしてるの~見てると~♪イラッとするわ~♪イラッとするの~♪ってことでジャック・ド・モレー!ついに追い詰めたわよ!」

 

「ほんとにー?」

 

エリザベートの言葉に対してモレーはやる気なさげな返事をする。

 

「もういいエリザベート。これ以上の問答は時間の無駄だ。というわけでジャック・ド・モレー、悪いが俺達に倒されろ」

 

パニッシャーの言葉と共に、ゼノビア、ナポレオン、モードレッド、エリザベートが戦闘態勢に入り、それを見たモレーは不敵に笑う。

 

「さあ、お城を乗っ取った悪い魔女~♪もう1人の私を返してちょうだいな~♪」

 

「ふふふふふ♪あなた達にそれができますかね~」

 

「それはやってみないと分からんぞ」

 

「そうでしょうか?まあいいでしょう♪」

 

「ジャック・ド・モレー。同じフランスの英霊として語り合いたい事がないわけでもないが、今は敵同士。ここは突破させてもらう!」




そういえば十分な装備さえあればパニッシャーさんでも妖精國で活動できるんかな……?ウルヴァリンなら素でもギリいけそうだけど


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第25話 逆鱗

25話です~。そろそろハロウィンイベントも終わりに近づいてきました。

ちなみにですが、この作品においてアベンジャーズを始めとするマーベルヒーローやヴィランがサーヴァントとしてカルデアや特異点に召喚される事は絶対ありません(というより召喚自体が不可能)。

なので登場するヒーローとヴィランは基本的に本人です。


6人が構えると、モレーは南瓜頭の兵士たちを大量に呼び寄せる。

 

南瓜の被り物なのか、元々頭部が南瓜なのかは知らないが、武装した南瓜の兵士たちが藤丸達に襲い掛かって来る。ざっと数十体はいるだろう。モードレッドは斬り掛かって来た数名の南瓜兵士たちの頭部を愛剣のクラレントで一薙ぎにすると、そのまま別の兵士を袈裟懸けに両断する。

 

「オラァ!!」

 

続いて数体の兵士が槍を突き出して突進してくるが、彼女はそれをひらりと躱し、すれ違いざまにその胴体を真っ二つにした。さらに後方から迫る兵士達を振り向き様に横一文字に切り払う。そして再び前方から突撃してきた敵を串刺しにする。そして突き刺した剣を引き抜くと同時に敵の首を刎ねた。荒々しくも流れるような鮮やかな動作だった。一方、ナポレオンは自分の得物である「勝利砲」を軽々と振り回し、襲い来る南瓜兵士たちを吹き飛ばす。そして大砲を発射する要領で弾を装填する仕草をするや即座に引き金を引き、砲弾を撃ち出した。撃ち出された砲弾は南瓜兵士たちに直撃し、派手に爆散する。ゼノビアも手に持った剣と槍を駆使して南瓜兵士たちの身体をルーチンワークのように切り裂いていく。そして彼女の背後から忍び寄っていた敵兵に対し、裏拳を叩き込んで殴り飛ばした。

 

「へぇ~やるじゃん♪でも……まだまだ甘いかな?」

 

そう言うとモレーは再び大量の南瓜の兵士を呼び出す。今度は先程よりも数が多い。この数を一度に相手するのは少々骨が折れそうだ。だがパニッシャーはウージーサブマシンガンを南瓜の兵士たち目掛けて乱射する。ドクターストレンジとスカーレットウィッチの共作である「魔術弾」を大量に南瓜兵士たちに浴びせ付けた。スカーレットウィッチことワンダ・マキシモフが持つ"ヘックスパワー"による確率操作によって、放たれる銃弾は必ず狙った対象の身体に命中する。しかし命中する部分は完全にランダムであり、狙った箇所に当てられるわけではないのが欠点である。サーヴァントをも殺傷可能な「魔術弾」は南瓜兵士たちに効いており、その隙を逃さず、モードレッドは南瓜の兵士たちの集団に突っ込んで、複数の兵士を軽々と撫で斬りにしていく。

 

「……やっぱモブ兵士じゃ相手になんないかー。そんならあたしが出るしか無いよね♪」

 

そう言うとモレーの足元から、ワームのような生物が現れる。現れたワームは口を開き、グロテスクな咥内を露出させ、モレーを呑み込む。するとモレーを呑み込んだワームは地面に消えた。

 

「……!」

 

モードレッドは自分のスキルであるBランクの直感を駆使し、自分の背後に現れたワームの攻撃を回避した。

 

モレー:「残念。勘のいい子は嫌いだよ」

 

ワームの口から出てきたモレーは不敵な笑みを浮かべながら、自分の攻撃を躱したモードレッドに向かって言った。と、そこに剣と槍を手に持ったゼノビアがモレーの背後から奇襲攻撃を仕掛けるも、モレーも自分の得物である黒い剣を用いてゼノビアの攻撃を防いだ。

 

「……!」

 

「おーっと危ないなー♪不意打ちは良くないよー?」

 

そう言うや否やモレーは素早くゼノビアの剣を薙ぎ払い、彼女と剣戟を繰り広げる。両者の攻撃速度はゆうに音速を超えており、常人の目には映らない。と、そこにモレーの使い魔であるワームが再び地面から現れ、モレーを呑み込みつつ地面に消える。

 

「奴はどこに……!?」

 

ゼノビアは周囲を見回すが、モレーが現れる気配はない。そんなゼノビアにモレーの配下である南瓜兵士たちが押し寄せ、ゼノビアはやむなく彼等の相手を始めた。ワームと共に地中に消えたモレーが現れる気配はなく、その事に対してエリザベートは苛立っていた。そんな彼女の元に1匹の南瓜兵士が襲い掛かるが、彼女はそれを難なく返り討ちにする。そして今度は2体同時に襲ってきたため、彼女も応戦する事にした。

 

「ああもう!モレーのやつはどこに行ったのよ!?」

 

そうエリザベートが叫んだ直後だった。後方でエリザベートたちに指示を出していた藤丸の背後にワームが現れ、ワームの口から出て来たモレーが藤丸を後ろから羽交い絞めにして拘束する。一瞬の出来事だっただけに、エリザベート、モードレッド、ナポレオン、ゼノビアも対処が遅れてしまった。モレーの召喚した南瓜兵士達が余りにも多く、エリザベートたちも兵士の相手をしなければならなかった為である。モレーは羽交い絞めにした藤丸の耳元に口を近づけ、蠱惑的に囁く。

 

「暴れない方が身のためだよー?君のお友達がどうなってもいいのかい?」

 

「くっ……!卑怯だぞ!」

 

「んふふ~。それは褒め言葉かな?ありがとう♪あたしの能力を間近で見ていたんなら、自分の背後ぐらいは警戒しておくべきじゃないかな?ま、もっとも……あたしは君みたいな可愛い男の子なら大歓迎だけどね♪」

 

そう言いながらモレーは自分の唇を舌で舐める仕草をする。それを見た途端、藤丸の顔が見る間に青ざめていった。

 

「子イヌ!?」

 

エリザベートはモレーに拘束された藤丸を見て動揺する。彼女の視線の先では藤丸がモレーに拘束されているのだ。

 

「抵抗しない方が身の為だよー?その気になればこのまま全身の骨を粉々に砕いて、内臓をぐちゃぐちゃにかき回してあげられるんだからさー」

 

モレーは藤丸の頬を自分の人差し指でなぞりながら言う。彼の頬をなぞる指の動きはまるで蛇のように滑らかであり、とても艶めかしかった。まるで恋人と睦言を交わすかのように甘い口調で話すモレーに対し、恐怖を感じたのか藤丸の顔からは血の気が失われていく。

 

「アンタ!今すぐ子イヌから離れなさい!!さもないと……!」

 

「んー?どうするのかなー?君が代わりになってくれるのかなー?」

 

憤怒の形相で睨んでくるエリザベートに対してモレーはそう言うと、自分の指を藤丸の唇に這わせた。モレーの指先が唇に触れる度に嫌悪感が増していく。

 

「あぁ、けど安心していいよ。君は殺さないから」

 

モレーは藤丸に言いつつ、右手で藤丸の股間をズボン越しに愛撫する。

 

「や、やめてください!こんな事をして何になるんですか!?」

 

モ「楽しい事に決まってるでしょー?ほらぁ……ここ、固くなってるよぉ……?」

 

モレーは顔を赤らめながら嫌がる藤丸の表情を見つつ、舌なめずりをする。が、そんなモレーの肩を背後から叩く者がいた。

 

「おい、お前は何をしているんだ?」

 

「あ、いたんだ君。気づかなかったよー♪」

 

モレーの言葉が言い終わった瞬間、パニッシャーの鉄拳がモレーの顔面を捉える。当然、ただの人間であるパニッシャーには神秘の力がないので、モレーにダメージを与える事はできない。が、モレーはパニッシャーに殴られた事により藤丸から引き離される。

 

「ちょっと!なに邪魔してくれてるのかな!?」

 

「黙れ、さっさと死ね」

 

パニッシャーは懐からMK23を抜いてモレーに銃撃をするが、モレーは咄嗟に地面からワームを出し、ワームの中に入ると地面に消える。パニッシャーが周囲を警戒していると、パニッシャーの背後にモレーが立っていた。彼女の気配に気づいたパニッシャーは渾身の裏拳をモレーに叩き込むも、当のモレーは全く意に介し絵いない。

 

「そんなパンチがサーヴァントであるあたしに効くわけないじゃん。もしかして、あたしの事バカにしてるのかなー?」

 

モレーはそう言うと、パニッシャーの顎にアッパーカットを仕掛けるも、紙一重で避けつつモレーの身体にタックルを仕掛ける。サーヴァント相手に素手で勝負を挑むなど自殺行為以外の何物でもないが、それでも彼は攻撃の手を緩めなかった。

 

「あー、だる。もう飽きたわ。そろそろ死んでくれるかな?君って全てが退屈過ぎてつまらなかったんだよね」

 

呆れ顔のモレーとは裏腹に、パニッシャーは内心ほくそ笑む。そして待ってましたとばかりに叫んだ。

 

「エリザベート、今だ!」

 

「へ?」

 

パニッシャーの叫びに一瞬呆気に取られるモレーだったが、眼前にはエリザベートが放ったガラスの靴が迫ってきており、勢いよくモレーに当たる。エリザベートはゼノビアとの戦いでも自分の履いているガラスの靴を飛び道具代わりにしていたが、モレーはそんな彼女のガラスの靴の直撃を受けて吹っ飛んだ。

 

「いったーい!!この小娘ぇ!!」

 

「どう?私のガラスの靴は痛いでしょー!? さあ、今度はこっちの番よ!行くわよ、みんな!」

 

エリザベートが叫ぶと同時に4人は一斉にジャック・ド・モレーに飛び掛かる。

 

「くっ……!もう兵士たちを倒したのか……!」

 

自分が呼び寄せた南瓜の兵士たちはいつの間にかモードレッドたちに倒されており、残ったのはモレーのみだった。モレーはやむを得ず自分の得物である黒剣を抜くと、モードレッドと剣戟を繰り広げる。が、そこにゼノビアもモードレッドに加勢してモレーに襲い掛かった。2対1の状況になり劣勢になったモレーだが、地面から彼女の使い魔であるワームが現れ、口を開いてモードレッドとゼノビア目掛けて魔力弾を射出してきた。着弾と同時に爆発を起こし、それによって2人は吹き飛ばされる。しかしダメージはそれほど大きくないらしく、すぐに体勢を立て直した。が、モレーは間髪入れずに自分の背後に召喚陣のようなものを展開させつつ、魔力で生成された槍の穂先を乱射してくる。

 

「うおっ!?」

 

これには流石のモードレッドも対処しきれず、慌てて防御態勢を取った。魔力による槍の穂先がモードレッドとゼノビアに殺到し、彼女たちは何とかそれを防ごうとする。しかし数が多すぎて捌き切れず、次第に傷が増えていった。それを見たモレーは余裕そうに笑みを浮かべる。

 

「案外脆いんだね。これなら私一人でもいけそうだ」

 

モレーはそう言うと魔力を更に増幅させ、更に強力な一撃を放とうとする。が、その隙を逃すナポレオンではなかった。ナポレオンはモレーの視界外から「勝利砲」による砲弾を放ち、それが見事命中する。モレーはその衝撃で吹き飛び、壁に激突してしまう。

 

「ぐっ……!」

 

苦痛で顔を歪ませるモレー。そしてエリザベートがフラつくモレーの顔面に強烈な蹴りの一撃を叩き込んだ。渾身の力で放たれたエリザベートの右足はモレーの顔面を捉え、その衝撃で彼女は派手に床に叩きつけられる。床が陥没する程の衝撃が発生し、モレーはクレーター部分で完全に気絶していた。

 

「大勝利~♪さっすが私ね!」

 

得意げにポーズを決めるエリザベートを見て苦笑する一同。この特異点の黒幕であるジャック・ド・モレーは無事に倒された。パニッシャーは藤丸に駆け寄り、どこにもケガはないかどうか尋ねる。

 

「立香、無事か!?」

 

「大丈夫だよ。おじさん」

 

笑顔でそう答える藤丸。どうやら怪我らしいものはしていないようだ。その様子を見たパニッシャーは少し安心したように息を吐く。するとエリザベートがそんな二人に駆け寄ってくる。

 

「我ながら完璧な勝利ね~♪」

 

嬉しそうに言うエリザベート。確かに彼女の言う通り、モレーに決定打を与えたのはエリザベートだ。

 

「やったねエリちゃん」

 

満面の笑みで親指を立てる藤丸。それを見て微笑むエリザベート。

 

「それよりも、もう1人のエリちゃんを保護しないと!」

 

そう、ジャック・ド・モレーに囚われていたもう1人のエリザベートは玉座に座ったまま眠っている状態だ。藤丸の言葉を聞き、ゼノビアが玉座に座っているもう一人のエリザベートの身体を揺する。

 

「おい、起きろ!起きるんだ!」

 

「う~ん、むにゃむにゃ……」

 

中々目を覚まさなかったが、暫くしてようやく瞼を開けた。

 

「……ふえ?えっと……奥で倒れてるのはモレー?それに私がもう1人いるけど……」

 

もう1人のエリザベートは、目の前にいるエリザベートを見て首を傾げている。

 

「やっと目を覚ましたわね~♪もう1人の私♪」

 

エリザベートは笑顔でもう一人の自分に対して手を差し出す。

 

「あなたは私なのね……。うん、全てはあなたを見た瞬間から理解できた。あなたと私は~分かれてしまったのね~♪けど~これでようやく巡り合えたわ~♪」

 

「そうよ~♪私とあなたは同じよ♪だって~私たちは元々一人なのだから~♪」

 

もう一人の自分が差し出した手を優しく握るもう一人のエリザベート。二人のやり取りを見た一行は微笑ましい表情を浮かべる。そして二人のエリザベートは一緒に唄いだした。

 

「私たち~ついに出逢えたのね~♪とっても~とっても嬉しいわ~♪」

 

「おいおい、二人でデュエット始めたぞ……」

 

「仲が良さそうで何よりだね」

 

「そうだな。これにて一件落着ということか」

 

パニッシャーも再会した二人のエリザベートの様子を見守っている。そして二人のエリザベートはお互いを褒めあう。

 

「アナタはとっても魅力的で素敵よ。物語のお姫様そのものだわ」

 

「ううん、アナタこそ本当に素敵よ。私の鏡写しのような存在なんだから」

 

二人のエリザベートは互いに手を繋ぎあい、ダンスを踊り始める。元々同じ存在なのだから息もピッタリという事だろうか。状況的に歌って踊っている暇などないのだが、ナポレオンやモードレッド、ゼノビアは二人のエリザベートの踊りを微笑ましい表情で眺めている。

 

「さぁ、エリちゃんたち!そろそろ元に戻ったら?」

 

藤丸の言葉に二人のエリザベートは顔を見合わせる。

 

「そうね、子イヌ!2人でダンスしたりデュオったりするのは素敵だけど、ちゃんとハロウィンを取り戻すためにはやっぱり1人の私に戻るしかないわね!」

 

「ええ!」

 

エリザベートの言葉に、もう一人のエリザベートも笑顔で同調している。そして二人の身体が輝きだした。

 

「それじゃあ始めましょうか」

 

「えぇ」

 

そして二人の身体が重なり合うように融合していく。

 

「シンデレラ合体!」

 

二人の言葉と共に目が潰れるほどの眩い光が発生し、二人の身体を包み込んだ。光が徐々に収束していき、そこにいたのは完全に一人となったエリザベートだった。

 

「さすが私。自分との合体や分離なんて慣れたもの……。これで完全無敵の私よ~♪ラララパーフェクトシンデレラ~♪」

 

エリザベートは満面の笑みを浮かべてそう言い放った。が、その時藤丸は大事な事を思い出す。

 

「あれ?聖杯はどこに……?」

 

藤丸の言葉を聞いたエリザベート、ゼノビア、ナポレオン、モードレッド、パニッシャーは聖杯の事についてようやく思い出す。そう、これまでの特異点の修復任務では黒幕を倒せば聖杯が手に入った筈である。だがその聖杯がどこにもない。これはどういう事なのだろうか?

 

「……?そういえば聖杯はどこなのかしら……?こういう時って大抵が特異点発生の元凶が持ってるものよね?」

 

「さっきモレーの懐は探ってみたが見つからなかったぞー。体内に取り込んでいるのならセイバーのオレでも分かったはずだ。なんならモレーの身体でもぶった斬るか?オレはそれでもいいけどな」

 

物騒な事をのたまうモードレッドであるが、確かに聖杯が見つからない以上、黒幕であるジャック・ド・モレーが聖杯をどこかに隠したと考えるのが自然だ。

 

「この城のどこかにある可能性はあるが……。ひょっとすると見つからない場所に隠したかもしれんな」

 

「分からん。カルデアってのに繋がりゃ分かるかもだが、今は通信途絶中だろ?」

 

「うん……。俺とおじさんがこの特異点にレイシフトしてから、カルデアとは連絡が取れないんだ……」

 

レイシフト先でカルデアとの連絡が取れなくなるのは今に始まった事ではないにしても、聖杯が見つからない以上はやはり不安になる。となればモレーがこのチェイテシンデレラ城のどこかに隠した可能性が高いが……。

 

「仕方ない、城内を捜索してみるとするか」

 

ナポレオンもこの城に隠されている可能性が高いと見ているのか、城内の捜索をしたいようだ。が、パニッシャーはエリザベートの一撃で床に倒れているモレーに視線を向ける。そして倒れているモレーに近づくと、彼女の腹を思い切り蹴飛ばした。

 

「おい、聖杯をどこに隠したのか言え」

 

人間であるパニッシャーの打撃などモレーに通用する筈がないが、気絶している状態から意識を取り戻す程度なら可能だろうと思い、パニッシャーは倒れているモレーに蹴りを入れ続ける。そもそもこの特異点の元凶であるモレーに直接聞いた方がてっとり早いのだから、城内の捜索などする必要がない。

 

「ちょっとぉ!?そんな奴に聞いて何になるのよ!?」

 

「コイツはこの特異点を発生させた元凶だ。なら聖杯の在処についても当然知っているだろう」

 

パニッシャーはモレーの胸倉を掴み、気絶している彼女の頬を平手打ちする。

 

「おい、モレー起きろ!さっさと聖杯の場所を吐け!」

 

「う~ん……」

 

単なる人間の平手打ちや蹴りでもサーヴァントを眠りから覚ます効果があるのか、モレーは瞼を開けて虚ろな表情でパニッシャーを見る。

 

「やっと起きたか……おい、聖杯はどこに隠した?」

 

「パニッシャー、ここはオレに任せてくれ。こう見えても尋問は得意でな。オレが聞き出してやる」

 

ナポレオンに言われ、渋々パニッシャーはモレーの尋問を任せる事にした。

 

「さぁ、総長殿。聖杯の在処を話してもらおうか」

 

ナポレオンの言葉にモレーは視線を逸らしたまま黙っている。

 

「モレー?」

 

藤丸がモレーの態度に違和感を抱いたその時、藤丸の首を背後から何者かが掴んだ。凄まじい力で掴まれた為、藤丸は息ができなくなり、苦悶の表情を浮かべる。

 

(何者かに背後から首を掴まれた!?)

 

ナポレオンとモードレッド、ゼノビア、パニッシャーは藤丸の首を背後から掴んでいる存在を目にして愕然とする。そう、藤丸の首を掴んでいるのはモレーだった。

 

「ククー♪聖杯ゲット!暴れないでねカルデアのマスター。背後からあなたの首をぎっちりと掴んでいるから。こちらの気分次第では人間の頸椎程度たちまちコキリといっちゃいますので。皆さんもそのあたり、状況はご理解いただけてますー?」

 

モレーはニヤついた顔でエリザベート達を挑発する。

 

「……悪い。もう片方に気取られて、出遅れた」

 

「あ、あわわわわわわ……!何されてんのよ子イヌー!!」

 

モードレッドは苦虫を嚙み潰したような表情でモレーを睨み、エリザベートは藤丸のピンチに動揺しているのか目を大きく見開きながら叫ぶ。一方、当のモレーは余裕綽々といった様子でニヤニヤと笑っている。

 

「立香から離れろ!!二度は言わん……!!」

 

パニッシャーは憤怒の形相で藤丸の首を掴んでいるモレーを睨む。しかしモレーがそんな脅しに屈する筈もなく、逆に不敵な笑みを浮かべていた。そしてゆっくりと口を開く。

 

「おやおやぁ?どうやら私の首を掴む力が弱まってきましたねぇ。このままだとあなた、うっかりと……♪」

 

モレーはそう言うものの、藤丸の首を掴む力を強める。

 

「うっ……!」

 

サーヴァントの腕力であれば人間の首など簡単にへし折れるだろう。現に今モレーが力を入れればあっという間に骨が折れてしまうに違いない。モレーによって首を強い力で掴まれている藤丸は苦悶の表情を浮かべている。

 

「モレー、貴様……。自分のしている事が分かってるのか!」

 

「分かっているからこうしてカルデアのマスターの首根っこを持ってるんじゃーん。ほら、見てよこの光景。実に滑稽でしょ?」

 

モレーはそう言ってクスクスと笑う。

 

「いちいちキレてて疲れないんですか?それともあなたは常に怒ってる人なんですかねー?」

 

パニッシャーを煽るようにして喋るモレーに怒りを覚えたパニッシャーはついに堪忍袋の緒が切れる。

 

「最初こそ貴様を見逃してやろうかと思ったがそれはもうナシだ。この場で叩き潰す!」

 

「それはこっちのセリフだよー。そもそもあたしに指図出来る立場じゃないでしょうに。というより、あたしがこの子を掴んでいるのが見えないんですかー?」

 

そう言ってモレーは藤丸の身体を浮かせ、エリザベートたちに見せつける。苦しそうな顔で宙づりになっている藤丸を目にしてエリザベートたちは思わず息を飲んだ。

 

「もし私が少しでも力を込めたら、この子はグシャッと潰れちゃうんですよー?それでも良いんですか?」

 

モレーはニヤつきながらそう言った。

 

「アンタ……!子イヌに何て事すんのよ!!」

 

モレーの言葉に激怒したエリザベートが叫び、怒りに満ちた表情で藤丸の首を掴んでいるモレーを睨みつける。しかし当のモレーは全く動じていない様子だった。藤丸というカルデアのマスターを人質に取っているという絶対的に有利な立場故の余裕からか、パニッシャーとエリザベートが怒りを露わにしようとも涼しげな顔で受け流している。倒した方のモレーが分身だという想定と予想をしていなかったエリザベートたちの落ち度ではあるが、今更そんな事を悔やんでも仕方ない。

 

「あなた方に説明してあげる義理はないのですけれど……大変上機嫌なので説明しましょーか?皆さんが探し求めていた聖杯はここ―――彼」

 

モレーはそう言いつつ、掴んでいる藤丸を上下に揺すり、エリザベートたちもモレーが言おうとしている事が何となく察しがついた。"そんな筈がない"。エリザベートもパニッシャーも同じ考えだった。

 

「まー、あたしもビックリですよ。あたしが求めていた聖杯がいつの間にか消えちゃっててね?あれこれ探したり、呪詛とか仕掛けたりして……。ついこの前、ようやく判明した。聖杯は、この者の中にあると」

 

モレーの言葉に藤丸もエリザベートたちも驚愕する。

 

「聖杯が……俺の中に!?」

 

「そう、だからわざわざこんな騒動を引き起こさなきゃならなかったんだよねー。覚えておいてね、カルデアの少年。些細なミスを見逃していると、いつしか致命的な事故に繋がるのさ」

 

そう、全てはモレーによって誘導されていたのである。モレーがこの特異点で騒動を起こし、藤丸たちをこのチェイテシンデレラ城へと導いだのも、全ては藤丸の中にある聖杯を手に入れるためだったのだ。もう一人のエリザベートを助けにこの城に来る事も、何もかもモレーの計算通りだったわけだ。パニッシャーやエリザベート、モードレッド、ナポレオンはまんまとモレーに一杯食わされたのである。モレーは勝利を確信した表情で話を続ける。

 

「ふっふふふ!不安など微塵も無かった!こうなると読み抜いていたから!そこのお姫様を助けるために、きみならば絶対に此処を訪れると!ハロウィンだから此処に来て(・・・・・・・・・・・・・)ハロウィンだからいつものように助けに来た(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……もしかして、以前ハロウィンの記憶が無くなったのも!?」

 

「だいせいかーい!あれ、あたしの仕業でーす!ほうら、キミはあたしのものとなった!この手の中にいる!それもこれも、そこのお姫様のお陰だね!」

 

「え?お姫様……?」

 

エリザベートはモレーに"お姫様"と呼ばれた事が嬉しいのか、顔をほころばせた。が、そんなエリザベートを見たモレーは呆れる。

 

「エリちゃんさん。喜ぶタイミングじゃないですよ」

 

「本当にそうだよ!」

 

モレーの言葉につい嬉しくなった自分が恥ずかしくなったのか、エリザベートは流石にきまずい表情をする。

 

「ごめんなさい今のはさすがにエリザ反省!」

 

エリザベートがそう言うと、彼女の頭上にパニッシャーの拳骨が振り下ろされた。無論、彼女はサーヴァントなので痛くもなんともないのだが、この状況下でふざけた態度を取ってしまったエリザベートに怒りを露わにする。

 

「お前は何をヘラヘラしている……?立香が人質になってるんだぞ?」

 

パニッシャーは怒声こそあげないものの、静かな口調でエリザベートに凄む。

 

「あ~ん、ゴメンナサイ~!でもぉ、なんかこういうノリで話してないと気が滅入っちゃうのよ~!」

 

今のパニッシャーは自分の体内を流れる血液が怒りで沸騰してくる感覚に陥っていた。藤丸を人質に取るモレーと、そんな彼女に首を掴まれて宙づりになっている藤丸。そんな二人の姿を目に焼き付けつつ、藤丸を助けるチャンスを伺う。否、彼を助けるよりも先にモレーを殺しに掛かるかもしれない。脳から大量のアドレナリンが溢れ、燃え滾る憤怒で全身が爆発しそうになる。そしてモレーはそんなパニッシャーを嘲笑うかのように、懐から仮面を取り出すとそれを藤丸の顔に取り付けた。

 

「ではカルデアのマスター?この仮面をどうぞ―――」

 

「いったい何を……」

 

藤丸は意味も分からないまま、モレーに仮面を付けられてしまう。そして、藤丸の身体に変異が起きた。体内にある聖杯の力なのか、それともモレーが付けた仮面の力によるものなのかは不明だが、人間であった藤丸の肉体は体毛を生やした獣のそれへと変わっていき、同時に身体そのものも巨大に膨らんでいく。

 

「デカくなってんぞ――なんだありゃ!?」

 

驚くモードレッドを後目に、モレーは呪いの祝福の聖句を口にしていく。

 

「――母と仔と堕落の御名において!際限なき解放。果てしのない快楽。その心を解き放ち、究極の堕落へと誘われよ!いあ!いあ!森の王!豊穣の担い手よ!夜の洞に顕れ、星海の淵ぞ至りて讃えん!いあ!千の仔を孕みし森の黒山羊よ!精神と魂から解き放たれし若き肉体に暗黒の地母神の祝福を!」

 

モレーの悍ましい呪いの言葉と共に、藤丸の身体が変異を遂げていく。そして猛烈な光と衝撃が走り、変貌を遂げた藤丸が姿を現した。藤丸の肉体は巨大な"山羊の悪魔"に似た姿に変貌を遂げていた。キリスト教圏に伝わる"バフォメット"という悪魔に酷似した姿となった彼は咆哮する。

 

「ガァアアアアアア!!!」

 

「ちょっと!!何なのよアレ!!」

 

エリザベートが驚き、恐怖するのも無理はない。あのような怪物に変身するとは思ってもいなかったからだ。流石のパニッシャーも変わり果てた今の藤丸の姿を見て呆気にとられている。その姿はまさに"山羊頭の怪物"。優に3メートルはあろうかという巨体は見る者に恐怖と威圧感を与える。そんな藤丸の姿を見てモレーは満足そうに頷いていた。

 

「俺、巨大化してない!?………あれ?巨大な俺を見ている俺って一体……?」

 

が、その時藤丸の声が聞こえた。山羊頭の怪物と化した今の藤丸が喋っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「……あれ?子イヌが2人になってる?分裂したの?あっちの大きいほうと……半透明の小さいほうと……。あ、もしかしてさっきの私と似た状態かも?」

 

そう、エリザベートも先ほどまで2人いたのだ。モレーに囚われてた方のエリザベートと、藤丸たちと行動を共にしていた方のエリザベートが融合し、今のエリザベートとなっている。山羊頭の怪物と化した藤丸だが、エリザベートと同じく2人に分裂してしまったという事だろうか……?

 

「半透明じゃなかったけど~♪同じ立場になってちょっと嬉しいわ~♪」

 

エリザベートは今の状況にも関わらず、呑気に唄を歌っている。そしてそんなふざけた態度を取るエリザベートに、パニッシャーは再度警告する。

 

「……ふざけるのはお前の勝手だが、今の立香がどういう状況か理解しているんだろう?何なら"コレ"を身体に受けて自分の唄う癖を矯正してみるか?」

 

パニッシャーは無表情のまま懐から銃を取り出し、エリザベートの額に銃口を突き付ける。今のパニッシャーは色んな意味で危険な状態だ。もし今彼が引き金を引けば、エリザベートの命は無いだろう。

 

「ちょ!?冗談よ!!もう言わないから許してちょうだい!!」

 

流石にこの状況ではエリザベートも黙るしかないようだ。パニッシャーの身体から放たれる威圧感と殺気は普通の人間が出せるものではない。モレーに対する憤怒と殺意を凝縮させたパニッシャーはエリザベートが次にふざけた態度を取ろうものなら、容赦なく彼女の脳天に風穴を開けてくるだろう。だが今の状況は依然として最悪なままだ。山羊頭の方の藤丸は咆哮を上げる。咆哮は猛烈な大音量であり、大気を激しく振動させつつ玉座の間を揺るがした。

 

「参ったな……。あれは殴って良いかも分からんぞ……」

 

ナポレオンも、山羊頭の怪物となった藤丸を攻撃してよいのか戸惑っている。

 

「……撤退だ!ここは引くぞ!!」

 

モードレッドの言う通り、確かにここは引いた方が賢明かもしれない。そしてゼノビアは分裂した半透明な方の藤丸を見る。

 

「半透明な方は見るからに不安定だ!このままだと存在自体が霧散してしまう恐れがある!何か適当な容れ物に確保しなければ……!」

 

ゼノビアによれば半透明な方の藤丸は危険な状態のようだ。魔術に疎いパニッシャーから見ても、分裂した方の彼が危機的状況にあるのは理解できた。だが適当な容れ物に入れるといってもどうすればいいのだろうか?その時、何処からか声が聞こえてきた。

 

「これを使え」

 

「あなたは……?」

 

「わ……たしはいい。そら、さっさと行け」

 

謎の存在は早くこの場を逃げるように警告してくる。確かに山羊頭の怪物の方の藤丸が迫ってきている以上、この城から逃げるしかなさそうだ。そして山羊頭の怪物は腕を振り上げる。

 

「いかん!来るぞ!!」

 

「子イヌ!私にしっかりと抱きしめられてなさい!」

 

そう言うとエリザベートは半透明な方の藤丸を抱き寄せる。

 

「パニッシャー!私の後ろに!あの怪物の攻撃を受ければお前ではひとたまりもない!」

 

パニッシャーは渋々、ゼノビアの後ろに隠れる。そして怪物の剛腕が6人に襲い掛かり、その衝撃で6人は玉座の間の壁を突き破って城の外へと吹き飛ばされてしまう。それを見たモレーは高笑いをあげた。

 

「ふふふふ!ふははは!!これで邪魔者は消えた♪」

 

 

 

***********************************************************

 

 

 

山羊頭の怪物の一撃は、6人を迷妄の森にまで吹き飛ばしてしまった。サーヴァントであるエリザベートたちはまだしも、普通の人間であるパニッシャーはゼノビアの後ろに隠れていたお陰で直撃を受けずに済んだ。ゼノビアは痛みに耐えつつも、どうにか意識を取り戻す。

 

「くっ……。無事か、パニッシャー?」

 

が、ゼノビアはパニッシャーの顔が自分の豊満な胸の下敷き状態になっている事に気づいた。つまりゼノビアはパニッシャーを押し倒している形になっているのである。

 

「あ……すまない」

 

「……どけ」

 

「ああ……」

 

美女であるゼノビアの胸に顔を埋めていたのが藤丸であったなら、今頃彼は顔を真っ赤にしていただろう。しかしパニッシャーは不愛想にゼノビアに対してどくように言った。それもその筈、今の彼はモレーによって藤丸を山羊頭の怪物に変えられた事に対して猛烈な怒りを感じているからだ。

 

「無事か?エリザベート?」

 

「だ、だ、大丈夫よ~♪頭がクラクラするけど~♪死んでいないと思うわ、たぶん~♪」

 

ダメージを受けつつも、いつものように唄いながら返答するエリザベート。

 

「モードレッド!ナポレオン!」

 

ゼノビアが2人を呼ぶと、ナポレオンは木の上から地上へと着地する。

 

「オーララ!派手に吹き飛んだぜ。……で、どういうことだいこの森は」

 

ナポレオンは自分たちがいる森を見渡しながら言う。パニッシャーたちがいる森は迷妄の森よりも禍々しい雰囲気を感じる。周囲の木々は青色と紫色、茶色が混ざり合ったようなカラフルさであり、ここまでくれば毒々しいという表現が似合う。

 

「うお、ヤべえなこの森。ファンシー通り越してブッ飛んだナイトメア状態だ」

 

モードレッドも周囲の森の異様さと異質さを察して顔をしかめる。

 

「立香、大丈夫か――」

 

パニッシャーは半透明な方の藤丸の様子を見ようと、彼に目を向けた。が、その瞬間、パニッシャーの思考は停止した。いや、パニッシャーだけではない、エリザベート、ゼノビア、モードレッド、ナポレオンも今の藤丸の姿を見て固まっている。―――今の藤丸は南瓜頭の小さい人形になっているのだ。

 

「……お、お前は立香……なの……か……?」

 

さしものパニッシャーも動揺を隠しきれない様子だ。

 

「お、お前は藤丸なのか!?」

 

「ええええええぇぇぇぇ!?子イヌなの!?ホントに子イヌ!?」

 

「頭が……重たい……」

 

どうやらこの姿になっても彼の意識はハッキリしているらしい。

 

「おいおいマジかよ。お前がそんなナリになるなんてな」

 

「そ、そうね。南瓜になってるし……」

 

エリザベートの言葉を受け、藤丸は今の自分の姿を改めて確認すると、絶叫を上げてしまう。

 

「ギャーーーー!!!」

 

それから暫くの間、藤丸は動揺を隠せなかったものの、ようやく落ち着きを取り戻せた。

 

「落ち着いたか?」

 

「ど、どうにか……。しかし自分がパンプキンヘッドになるとは……」

 

「に、人間には滅多にない経験だな!うん!」

 

ゼノビアなりに藤丸を元気づけようとしてくれる。

 

「子イヌ……可哀想に……。……そうだ、これからは子南瓜って呼んだ方がいいかしら?」

 

「やめて!」

 

エリザベートの冗談に反応して叫ぶ藤丸。

 

「お前らなあ……緊張感なさすぎだろ」

 

「……あぁ、ふざけているっていうのも考え物だな」

 

パニッシャーはそう言いつつ、エリザベートの頭上に拳骨を見舞う。当然、彼女には効いていないのだが……。

 

「言っていい冗談と悪い冗談の区別ぐらいは付けろエリザベート?お前の頭は飾りか?」

 

「た、単なる冗談よ!?というか黒イヌ、さっきからアンタ怖いわよ!?目が笑ってないし……」

 

それもその筈、パニッシャーはモレーによって藤丸を山羊頭の怪物にさせられた挙句、片割れである半透明の藤丸もこのパンプキンヘッドの人形の器に入れなければならなかったのだから。今のパニッシャーはモレーに対する怒りに支配されており、怒髪天を衝く勢いだった。

 

「え、エリちゃんは俺を元気づける為に言ってくれたんだ。とりあえずパニッシャーは落ち着いて?俺は大丈夫だからさ」

 

藤丸の言葉に渋々ながらも従うパニッシャー。が、藤丸の態度に違和感を覚えたエリザベートは首を傾げる。

 

「……ねぇ、子イヌ」

 

「うん?どうしたのエリちゃん?」

 

「……いえ、何でもない。私の気のせいかもしれないから」

 

エリザベートは感じた違和感をとりあえずは自分の気のせいという事にした。

 

「にしても、吹っ飛ばされてきたもんだから場所がわかんねーな。ンだよこの森」

 

「これからのことを考えるためにも、どこかに一度腰を落ち着けたいものだが……。オレたちの根城とは、だいぶ離れた場所にいるようだからな」

 

モードレッドとナポレオンは自分たちの置かれた状況を整理し、態勢を立て直す話し合いをしていた。

 

「探せば別の森くらいあるでしょう~♪童話の森には~、お菓子の家がつきものよ~♪」

 

エリザベートは相変わらずふざけた調子でいる。じっとしていても始まらないので、6人は森の中を散策する事にした。グロテスクな森の中は長く歩くほど、気分を害してしまうような光景が広がっていた。そんな森に対してゼノビアも苛立っている。

 

「ええい、奇怪で不快な森だ。森林資源は大事だが、いっそ焼き払ってしまおうか」

 

 

「なんだ、ようやく俺と意見が合致したな」

 

そう、パニッシャーは迷妄の森を自分が持つ携帯型の火炎放射器で焼き払おうとしたのを、エリザベートたちに止められている。

 

「や、焼き払うのは~、止めましょうね~?アンタも黒イヌと考えがあんまり変わらないわよ~?」

 

「この前は焼いてスッキリと言っていなかったか?まあ、焼かないに越した事はないが……」

 

ゼノビアがそう言うと、森の奥から声がしてきた。

 

「そうそう、そうですともー。たしかに奇怪な森だけど、これはこれで冒涜感マシマシでいいじゃないですかー」

 

「まあ、そういう気持ちはわからなくもないけど……。ど……ど?」

 

エリザベートは森の奥から現れた人物に目を向けると、言葉に詰まってしまった。エリザベートだけではない、ナポレオンもモードレッドもゼノビアも藤丸も目の前に現れた人物を目にして目を丸くした。

 

「いやあ、その……どうもどうも」

 

この特異点の元凶にして、チェイテシンデレラ城にて藤丸を山羊頭の怪物へと変えたジャック・ド・モレーが姿を現したのだ。先ほど城で見た時とは服装も肌の色も異なっており、今のモレーは美しい白い肌をした正統派の美女であった。

 

「何でここにモレーがいるの~!?」

 

「追いかけてきたかテメェ!」

 

モードレッドは憤怒の形相でクラレントを抜く。藤丸を山羊頭の怪物へと変え、分裂した方の藤丸も南瓜頭の人形の容れ物へと移す事態となった元凶であるモレーが目の前にいるのだから無理もない。

 

「待った待った!こうさん、こうさんしまーす!」

 

モレーは両手を挙げて降参をアピールするが、モードレッドは聞く耳を持たない。

 

「うるせぇ!ブッ殺し確定だ!」

 

「落ち着けモードレッド!さて、些か毒気が抜け落ちた総長殿。降参とはどういうことかな?」

 

「やー、言葉まんまの意味ですって。降参、降伏、大惨敗、あたしの負けでーす」

 

どうやらモレーは本気で降参する気でいるらしい。その証拠に敵意や戦意といったものは見られない。

 

「へぇ。じゃあこの特異点は解決か。お疲れ解散さようならってわけにはいかなそうだな、オイ」

 

「あー……実はーですねー……そのー……。大きい声では言えねーのですが……。あたし、皆さんと同様に……吹き飛ばされました……」

 

モレーの言葉にエリザベートたちは同時に「ハァ!?」という声を揃えた。が、ただ一人パニッシャーだけは無言のままじっとモレーを見つめていたのだが……。

 

その後、モレーも行動を共にする事になり7人は森を移動し、森の中にある小屋の中に入りそこで話し合う。何でもモレーは山羊頭の怪物と化した藤丸を深淵の聖母にしたつもりでいたのだが、怪物にされた当の藤丸は敵味方の識別ができないばかりか、モレーを殴り飛ばしてチェイテシンデレラ城の外にたたき出したのだ。モレー、エリザベート、藤丸、ゼノビア、ナポレオン、モードレッドは小屋の中に入り、椅子に腰を下ろしてモレーの話に耳を傾ける。

 

「いやー、儀式の手順が不十分だったのか――――聖杯持ってたカルデアのマスターが、そもそもウチの神さんと相性お悪うござったのか。あるいはただ単に運が悪かったのか。ともかくですね。このままだと、全く何の思考も思想も論理もない、ただの怪物が暴れて周囲を台無しにしてそれでおしまい。モレー的には、さすがにそれはちょっと見過ごせないというかー……」

 

モレーの話によれば彼女が信仰している"深淵の聖母"とやらを呼び出す事に失敗したのだ。勝手に特異点を作り上げて、自分の願望を叶えるべく藤丸を生贄同然に使って自分の信奉する神を呼び出そうとそたのだから身勝手極まりない。しかしそんな彼女の目論見は見事に頓挫してしまい、今ここでエリザベートたちと話し合っている。

 

「図々しいことは百も万も承知ですが……。つまりはですねー。あたし、ジャック・ド・モレー!皆さん、よろしくお願いしまーす!

 

「なーにーがーよーろーしーくーだー!」

 

「な~に~が~よ~ろ~し~く~な~の~よ~♪」

 

余りの身勝手なモレーの要求に、モードレッドとエリザベートは同時にそう叫んだ。まあ当然の反応である。

 

「よし、まずは説明しろ。貴様の本来の目的は何だったんだ?」

 

ゼノビアがモレーに尋ねると、彼女は実に正直に自分の目的について語り始める。

 

「それは勿論、私が崇める『深淵の聖母』の召喚。けれど彼の御方は、現実に降臨するには存在強度があまりにも足りなかった。でもこの夢のような特異点なら引っぱり出せるかも―――だからここを利用させてもらった……というわけ」

 

「夢のような特異点で神様を……?」

 

「ふっふふー、言いたいことはわかるよ。所詮、それは贋物だろう、とね。無辜の怪物たるこのジャック・ド・モレーの"妄想"に過ぎないのかもしれない。でもね、それが我が理想の神へと真に届く存在であるなら……本物だろうと贋物だろうと関係はない。"夢"の舞台であれば、贋物と本物の違いはいっそう曖昧模糊と化す。晩餐の贄を捧げ、旧き典礼に則り儀式をたどれば必ずや秘跡は成る。ここに、理想の神が召喚される!」

 

モレーはエリザベートたちに熱弁を振るうと、続けてこう呟いた。

 

「――――される!はずだったんだけどなー……」

 

モレーは深淵の聖母を召喚する為に、大々的に準備を進めていたにも関わらず失敗してしまった。あの山羊頭の怪物……藤丸を深淵の聖母にしたつもりだったのだが、なぜか失敗したのだ。

 

「残念だったね」

 

「う……うい。め、めるしー。巻き込まれた被害者にそう言われちゃうと……、こっちの立つ瀬が無いな。すげーな、カルデアのマスター。藤丸立香か、か。ふっふふー」

 

モレーは人形になった今の藤丸を見て眼鏡をキラーンと光らせる。先ほどまで藤丸を深淵の聖母とやらに変えようとしていた悪女ぶりはどこえやら、だ。エリザベートも、ナポレオンも、ゼノビアもモードレッドもモレーの態度に呆れながらも、彼女が協力を申し出ている以上は断らない姿勢のようだ。

 

「それじゃ次の質問といこうか。この特異点を解決するには、どうしたらいい?」

 

「解決すること自体は簡単。もう一回あの城に戻って怪物になった藤丸立香をスカーンとボコればいい……はず」

 

モレーはハッキリしない言葉で答え、彼女の言葉を聞いた全員が訝しむ。

 

「引っ掛かる言い方だな。つまり、それではもう一つの問題が解決しない、ということか?」

 

「げ、おわかりで」

 

「分かるに決まっているだろう。もう一つの問題……二つになった藤丸立香を元に戻すには、どうしたらいい?」

 

「えーと、それは……現地に向かわないとハッキリしたことはちょっと……」

 

モレー自身も、山羊頭の怪物と化した藤丸と、今の南瓜の人形になった藤丸を再び一つにする確実な方法を知っているわけではなさそうだ。ゼノビアは呆れ顔でため息をつく。

 

「つまり、何もわからないと」

 

「ふ、ふふ、ふふっふ」

 

「誤魔化したい様がありありの笑い方をするな。悪なら悪らしく最後までふてぶてしくだ!」

 

「ぴいぃぃぃ、容赦のないダメ出し!こ、これからのモレーにご期待あれー!」

 

いまいち悪人として徹底的に不遜な態度を取り切れないモレーの態度に呆れるゼノビア。そしてそんなモレーの後ろにパニッシャーが立つ。

 

「うん?黒イヌ……?」

 

パニッシャーは懐から液体の入った容器を取り出して蓋を開けると、中身をモレーの頭にかけていく。

 

「ぎゃっ!?な、なにこれ!?」

 

モレーは突然自分の頭にかけられた液体に驚き、慌ててそれを拭おうとする。

 

「……!?この臭いは……!?」

 

パニッシャーがモレーにかけた液体が水ではない事を知ったゼノビアは顔を強張らせる。

 

「こ、この臭いは……いわゆるガソリン……?」

 

「そうだ、よく知っているな」

 

パニッシャーはそう言って懐からジッポーライターを取り出して火を付けると、たっぷりとガソリンを被ったモレーに放り投げる。そして次の瞬間、ガソリンに引火して彼女の身体は炎に包まれる。だがたんなるガソリンとそれによる引火でサーヴァントであるモレーがダメージを受けるはずがない。

 

「黒イヌ!?アンタなにやってんのよ!!」

 

パニッシャーは無言で隣にいるゼノビアが持っている槍を取り上げると、炎に包まれているモレーの頭部を槍の柄の部分で思いきり殴りつけた。モレーと同じサーヴァントであるゼノビアの武器なので、ダメージは入っただろう。モレーは額から血を流しながら床に倒れる。

 

「パニッシャー!?お前なにを……!?」

 

火だるま状態のモレーに対する攻撃を開始したパニッシャーに、ゼノビアもエリザベートも驚いていた。

 

「ちょ、ちょっと待った!!この通り降参して協力を申し出てるのにいきなり暴力とか酷くないですか!?」

 

「降参?協力?自分が何をしたのか理解した上で言ってるのか?お前は立香に何をしたのか言ってみろ!!」

 

パニッシャーはゼノビアから奪った槍を用いて床に倒れているモレーの太ももを貫いた。自分の中の衝動が抑えられない、憤怒を制御しきれない。立香をあんな目に遭わせておきながら何食わぬ顔で協力を申し出てきたモレーが許せない。自分が藤丸にした所業を反省する事もなく、ヘラヘラしながらこちらに協力を求めてくる面の皮の厚さはパニッシャーを攻撃に走らせるのには十分過ぎた。

 

「痛いっ!?こ、ここは協力した方が得策だってばぁ……」

 

だがモレーの言葉を無視してパニッシャーは彼女の顔面に蹴りを入れる。

 

「おい!アンタの気持ちも分かるがやりすぎだぞ!?」

 

しかしそんな抗議の声を無視し、今度は倒れたままのモレーを蹴り続ける。蹴られているモレーは抵抗らしい抵抗は見せていない。自分に戦意がない事をアピールする為なのかは知らないが、そんな彼女の態度は益々パニッシャーの攻撃を激しくした。そんな状況を見かねたナポレオンはパニッシャーを後ろから羽交い絞めにして拘束する。

 

「離せナポレオン!!コイツは立香を怪物に変えた分際で俺たちに協力なんて申し出てきたんだぞ!?お前はこんな奴の協力を受け入れるのか!?」

 

「気持ちは分からんでもないが落ち着けよ!!」

 

「頭を冷やせよオッサン!今ここでこいつを殺したらカルデアのマスターを元に戻す手がかりが……!」

 

「お前こそモレーの言う事を1から10まで鵜呑みにするのか!?こいつの言葉が真実かどうかも分からんのに?もし嘘だったらどうするんだ?」

 

「それは……確かにそうだけどよぉ……」

 

「……あ~、もういいよ。あたしが悪かったって。だからとりあえず話をしよう。ね?」

 

モレーは自分の身体に引火した火を消しつつ、立ち上がる。だがそれでもパニッシャーの怒りは収まらない。

 

「モードレッド、ナポレオン、お前らはこんな女の言う事を真に受ける程にバカなのか!?そしてこの特異点の元凶であるコイツの協力を甘んじて受け入れる程にお人よしなのか!?」

 

怒りが収まらないパニッシャーは自分を制止するナポレオンとモードレッドに怒声を上げる。

 

「いや、でもなぁ……今のオレたちには情報が必要だし……」

 

「黒イヌ~!とりあえず落ち着きなさい~。今はこの女の協力が必要なのよ~!」

 

だがパニッシャーは藤丸を利用して彼を山羊頭の怪物へと変えたモレーに対する怒りと殺意を抑える事ができなかった。

 

「うるさいぞエリザベート!!お前もモレーが立香を山羊頭の怪物に変える所を見ただろう!!モレーには相応の報いを与えてやるべきだ!その気がないなら俺のやる事に口を挟むな!!」

 

「いいから落ち着け!オレだって総長殿には色々思うところはあるが、まずは目の前の問題を解決するのが最優先だろ!?」

 

「黙れ!!コイツの協力などいらん!」

 

そう言って益々パニッシャーはナポレオンの拘束を解こうと暴れる。

 

「頭を冷やしなさいよ黒イヌ~。あんたちょっとおかしいわよ?」

 

エリザベートは憤怒に彩られたパニッシャーの表情を見て引いていた。パニッシャーからすればこの異常な特異点を作り上げ、あまつさえ藤丸を利用して自分の信仰する深淵の聖母へと変えようとしたモレーは"悪"そのものであり、パニッシャーにとっては制裁すべき対象だ。

 

「いい加減離せナポレオン!何故そうまでしてモレーを庇う!?」

 

「いいか?よく聞けよ?アンタは特異点を修正しなきゃいけない。アンタだって藤丸立香と同じカルデアのマスターなんだろ?だったらまずやるべき事は何だ?」

 

「……何度も言っているだろう?目の前のジャック・ド・モレーに制裁を下す!」

 

「いい加減にしなさいよ黒イヌ!!そんな事しても特異点の問題は解決しないのよ!?そりゃ、私だってモレーの言う事を100%信じてるわけじゃ無いけど……今はこの女の力が必要なのも事実でしょ!?」

 

エリザベートの言葉にナポレオンも頷く。

 

「そうだぜ旦那。ここはカルデアのマスターとして冷静に状況を判断してくれや。それとも、まさかとは思うが……あのジャック・ド・モレーがオレたちを騙してるとでも言うのか?」

 

「騙すも何もその女がこの事態を引き起こした張本人だろうが!」

 

「だとしても今はオレたちが争ってる場合じゃないだろ?違うか?」

 

ナポレオンの言葉に渋々納得したパニッシャーは持っていたゼノビアの槍を手放した。それ見エリザベートも警戒を解き、ナポレオンもパニッシャーを解放した。が、パニッシャーはナポレオンたちの警戒が緩んだ隙を突き、懐から電光石火の迅さで拳銃を抜くと、モレーに向けて躊躇なく発砲する。

 

「パニッシャー!やめるんだ!!」

 

藤丸の声も空しく、銃弾はモレーの身体に命中した。




そりゃモレーの言う事を1から10まで信じるのか?って言われればねぇ。ただでさえモレーのした事ってカルデア的にも人理的にも完全にアウトだし……。

モレーがやらかした事を目の当たりにしているのにアッサリと彼女と協力するエリザベートやナポレオンの姿勢にも問題があると思いますけど。

パニッシャーさんもこんな調子じゃカルデアの面々から本格的に嫌われるんじゃ……?


それはそうと、降参と協力を申し出たモレーに対して今回のパニッシャーさんがやった行為と同じ事をするサーヴァントってカルデアにいるんだろうか?


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第26話 犬にように

今回はギャグ回……なのか?(^_^;)


モレーに発砲した直後、モードレッドとナポレオンに再び取り押さえられたパニッシャーは身体を小屋にあった縄で縛られてしまい、床に座らされていた。モードレッド、ナポレオン、ゼノビア、藤丸はモレーを一旦小屋の外に避難させており、小屋の中にいるのはエリザベートとパニッシャーのみだ。パニッシャーはモレーに対する殺意と怒りが未だに消えておらず、自分を心配そうに見てくるエリザベートを睨んでいた。

 

「……ねぇ黒イヌ。少しは落ち着いた?」

 

エリザベートの言葉に首を横に振るパニッシャー。どうやらまだ落ち着いていないようだ。そんなパニッシャーを見てため息をついたエリザベートは続けて言った。

 

「全く……ちょっとは頭を冷やしなさいよね!それにさっきみたいにすぐに銃口を向ける癖、何とかならないわけ?アンタがそうやってすぐ頭に血が上るのは知ってるけど、もう少し怒りを抑えなさい。まるで歩くニトログリセリンよ」

 

エリザベートの言葉を聞いたパニッシャーは再び首を左右に振る。それを見たエリザベートは呆れたようにため息をつく。そして座っているパニッシャーの前に屈むと、顔を覗き込んできた。

 

「……子イヌがチェイテシンデレラ城でモレーに受けた仕打ちは私も見ているわよ。けど今は子イヌを元の身体に戻す事が先決でしょ?」

 

エリザベートはパニッシャーを諭すようにしてそう言った。

 

「モレーに腹が立っているのは私だって同じよ。けど、怒りに任せて行動したら余計に状況を悪化させてちゃうの」

 

モレーは自分の信奉する神を降臨させる為に藤丸を山羊頭の怪物に変えたばかりか、その藤丸が深淵の聖母ではない上にコントロールできないものと知るや自分達に助けを求めて来たのだ。彼女から受けた仕打ちに対して藤丸は怒りを露わにせず、モードレッドとナポレオン、エリザベートとゼノビアでさえもモレーの協力の申し出を受け入れた。しかしパニッシャーは余りにも身勝手かつ厚顔無恥なモレーの態度に激怒したのだ。パニッシャーのモレーに対する怒りはエリザベートも理解できるのだが、スイッチが入った際のパニッシャーの攻撃性と暴力衝動には辟易していた。

 

「私だってモレーは気に入らないわよ。でも今のアイツはこっちに味方してくれる協力者なのよ?あの手この手で私達を騙して利用しようとしているかもしれないけど、それでも私達はあいつに協力しなきゃいけないのよ」

 

「……お前は自分のマスターがあんな目に遭ったのに何故そうして冷静でいられる?立香はともかく、モードレッドも、ナポレオンも、お前もゼノビアも全員、モレーが申し出た協力を受け入れて、挙句にあの糞アマと共同戦線だと?笑わせるな。自分のマスターを化け物にしようとした女と楽しそうにやり取りしやがって」

 

「そりゃ私だってモレーを信用してるわけじゃないわよ……。ただ、怒り任せで行動しても何も事態は好転しないって言っているだけよ!ねぇ、アンタの子イヌを護りたいって気持ちは痛いほどよく分かるけど、ここは耐えて?お願いだから……」

 

懇願するようなエリザベートの言葉を聞いたパニッシャーは渋々首を縦に振った。全身の血液が沸騰する感覚を覚えるパニッシャーではあるが、藤丸を元に戻すには元凶であるモレーの協力が不可欠なのだろう。モレーに対して鉛玉を叩き込みたいという衝動を抑えつつ、エリザベートの懇願を聞き入れる。そしてエリザベートが外に出る扉を開けて声を掛けると、小屋の中に藤丸とゼノビアが入って来る。

 

「ようやく納得したようだなパニッシャー。くれぐれもさっきみたいにモレーに発砲するような真似だけはしないでくれ?」

 

「分かっている。だが、もし次に俺の我慢が限界に達した時は容赦はしないぞ」

 

パニッシャーがそう言うと、藤丸達は一斉に頷いた。そしてモレーの方を向くと、彼女は笑顔で手を振っている。

 

「さっきキミの銃で撃たれた腹がまだ痛むんだけど、そこのところどう思う?」

 

そう言ってモレーは服をめくり上げると、そこにはパニッシャーの銃から放たれた魔術弾による弾痕が生々しく残っていた。

 

「あ~、マジ痛い。あたしってばこんな目に遭ってるのに何で笑顔なんだろうね?」

 

モレーはそう言って自分の身体を抱きしめ、くねくねと身体を動かす。

 

「気色悪い動きはやめろ。お前が立香にした仕打ちを考えれば当然の報いだろうが」

 

「あたしは深淵の聖母の降臨に失敗したんだから、そこら辺で留飲さげるってのはナシ?」

 

モレーは人形状態の藤丸の方を見てウィンクする。

 

「あっ、それいい考えですね!俺も賛成です!」

 

藤丸は目を輝かせながらそう言った。すると今度は逆にモレーが呆れた表情で溜息をつく。

 

「はぁ……全く。この子ったら、あたしがキミを利用して怪物に仕立て上げた事を恨んでないのかねぇ?」

 

良くも悪くも恨みを引きずらないのは藤丸らしいといえばらしいが、そんな彼に影響されてかモードレッド達も普通にモレーを協力者として受け入れている。彼女が藤丸にした仕打ちを忘れているわけではないにしても、特異点修復のため、ひいては藤丸を元に戻すためという目的があるからだろう。パニッシャーもエリザベートに懇願され、やむを得ずモレーと行動を共にする事にしたのだ。だがモレーを信用できないのも事実なので、パニッシャーはモレーに対して要求する。

 

「おい、お前の協力は受け入れてやるが、お前はまだ信用できん。念のためお前には手綱を付けておくとしよう」

 

パニッシャーはエリザベートに身体を縛っていた縄を解いてもらうと、その縄を首輪状にしてモレーの首に括り付け、自分は縄を持ってモレーの行動を制限する形となった。傍から見れば完全にモレーがパニッシャーのペットとなっている。

 

「これじゃあたしが犬みたいじゃないか……」

 

不満そうにそう言うモレーだが、それでも彼女に抵抗する様子はない。それを見ていた藤丸達は苦笑いしていたが、すぐに気を引き締める。

 

「どうせなら犬みたく四つん這いになりますか?ご主人様♡」

 

そう言ってモレーは犬の真似事をし始めた。そんな彼女を見たパニッシャーは冷たい視線で睨みつける。

 

「キミってこんな趣味があんの?うら若き乙女に犬の真似させるとかさ~」

 

そう言ってモレーはわざとらしくドン引きした表情を作る。そもそもこんな首輪を付けたところでサーヴァントであるモレーなら霊体化して逃亡すれば終わりなのだが……。

 

「信用を勝ち得る為には、飼い主の命令には絶対服従しなくちゃね♪ご主人様、お座りとかお手とかはは命令しないの?」

 

「何ふざけた事言ってるんだ?そんな命令はどうでもいい」

 

明らかに茶化してくるモレーの言動に苛立つパニッシャー。

 

「ともかく、だ。カルデアのマスターを元に戻すにはもう一度あの城に……チェイテシンデレラ城に戻らなきゃならないんだよな」

 

「そうね。もう一回城に戻ってあのデッカい子イヌを何とかする必要がある」

 

そう、どの道チェイテシンデレラ城へと戻り、山羊頭の怪物となった方の藤丸をどうにかしなければならないのだ。であれば行動するのは早いほうがいい。

 

「それじゃとりあえずは~森に出ましょうか~♪」

 

そう言ってエリザベートは鼻歌を歌いながらスキップで扉から出ていき、ナポレオン、モードレッド、藤丸、パニッシャー、モレーも後に続いた。そして6人は悍ましくSAN値が削れるような悪夢的な森の中を進んで行く。だがこんな森でもモレーにとっては居心地が良い環境のようだ。

 

「ふっふふ、やっぱり良いものですねー、こういう雰囲気。古典的たるゴシックホラーも決して悪くはないけど……。こんな正気度が削られちゃうファナティックな場所は心が安らぎます。そう思いません?」

 

モレーは藤丸に対して問いかける。

 

「気持ちは分からなくもない」

 

「でしょー?なーんだ。案外カルデアのマスターも話せるじゃん!?」

 

嬉しそうに笑うモレー。だがパニッシャーはモレーの態度が相変わらず気に入らないようだ。

 

「協力者になった途端に馴れ馴れしくするバカが目の前にいるとついこうやりなくなる」

 

パニッシャーはそう言ってモレーの後頭部を殴りつける。当然サーヴァントの彼女にパニッシャーの拳など通用するわけがないのだが……。

 

モレーは殴られた箇所を手で摩りながら言う。

 

「痛いなあもう……。まああたしもアンタの事大っ嫌いなんでお互い様だけど♪」

 

そう言ってケラケラと笑うモレー。この2人の相性の悪さは折り紙付きだった。そもそもモレーを同行させて再びあの城にいる山羊頭と対決をして藤丸が元に戻る保証など無いのだが、元凶であるモレーを連れて行けば何かの役に立つのであろうか?パニッシャーとしては直ぐにでもモレーの頭部を銃弾で吹き飛ばしたいところだが、藤丸を元に戻す方を優先している。そしてモレーは懐から何かを取り出そうとしている。

 

「あ、おなか減ってない?何か食べます?山羊のチーズとかどうよ?あの山羊どもはさー、正直嫌いなんだけどチーズだけは絶品だからさ」

 

「……何でこいつはオレたちに馴れ馴れしく話しかけてくるんだ」

 

モードレッドがパニッシャーやエリザベート、藤丸やナポレオンが抱いていた心情を代弁してくれた。この特異点を作り上げた元凶にして、藤丸を山羊頭の悪魔に変貌させた張本人であるモレーがこうも馴れ馴れしくしてくるというのは神経が逆撫でされる気分だろう。パニッシャーほどではないにしても、モードレッドも感じているようだ。

 

「そんなこと言われたって……あたしだってどう対応したものやら、サッパリわからねー!馴れ馴れしいですかー?そんなにうさんくさいですかー?」

 

「うさんくさいどころのレベルじゃない。お前の存在そのものが不愉快だ」

 

「あー、なるほど!それが本音なんだ。だったらそう言えばいいじゃないですか?ハッキリ言って下さいよー」

 

モレーの言葉に苛立つモードレッド。そんな彼女の様子を見てニヤニヤしながら煽ってくるモレー。

 

「あたしなりの誠意として、こうやって傅く事もできますケドー?これでも騎士やってましたからね」

 

モレーは騎士としての作法を弁えているのか、藤丸たちの目の前で跪こうとするが、藤丸が制止する。

 

「いや、今のままでいいよ」

 

「そーですかー。そりゃよかった」

 

「まぁ、コイツは儀式にも失敗するような間抜けなサーヴァントだ。放っておいても害はない……よな……?」

 

「ぐぅぅぅぅ……挑発だと分かっていても事実だけにぐぅの音も出ねぇー」

 

モレーが深淵の聖母とやらの召喚に失敗したのは事実ではあるものの、"放っておいても害はない"という言葉にパニッシャーは反応した。

 

「コイツを放置すればロクな事にならん。現に立香はコイツのせいで南瓜頭の人形の状態にされたんだからな」

 

パニッシャーはそう言うと、モレーの髪の毛を鷲掴みにする。まだ彼女に対する怒りを抱いているのだから無理もないが……。

 

「痛い!痛いですよー!ハゲるー!」

 

モレーの言葉を無視してそのまま彼女の髪を引っ張りながら連行し、エリザベートはその様子を見ながら苦笑いを浮かべる。

 

「うら若き乙女の髪の毛を引っ張るなんて……ヒドイじゃないですかー?ほら、今のあたしは有害そうで有害でもない、ほとんど無害寄りのサーヴァントだし……」

 

自分の口から"無害寄り"などという言葉を吐けるモレーに対して半ば呆れにも似た感情を抱くパニッシャー。

 

「……何なら本当に犬の真似でもしてみるか?ほら、四つ足で地面を歩け、今すぐだ!!」

 

モレーの首に付けている縄を引っ張りつつ、モレーに対して四つ足で歩くように指示するパニッシャー。

 

「げ、ホントにそういう趣味があるんですか?」

 

「モードレッドに頼んで貴様の両手両足を切断して犬の歩き方しかできんようにしてやろうか?両手両足を斬る程度なら霊基も消滅しないだろう」

 

「あ~もう分かりましたよ!はいはい、これでいいんでしょ!」

 

モレーはしぶしぶと両手両膝を地面に付けて犬のような姿勢を取る。しかしやはりこのポーズは恥ずかしいのか、顔を赤らめている。

 

「ちょっとー!これめっちゃ恥ずかしいんですけど!?マジでこんな屈辱的な事させてんの!?」

 

「文句の多い奴だな。これでも十分に温情を掛けているつもりだが?」

 

エリザベートと藤丸はパニッシャーの命令で四つん這い状態になったモレーを見て若干引いた顔をしている。

 

「黒イヌ、あんたって結構サドっ気あるわよね」

 

そもそもパニッシャーはサディストなどという次元ではないのだが、藤丸もモレーの姿を見て同情を禁じ得なかった。

 

「こ、こんなの全然嬉しくないし!!っていうか何で私がこんな事しなきゃいけないのよ!」

 

モレーはそう言って抗議するが、彼女は現在進行形で首輪を付けられている為、反抗できない。そもそもモレー自身は敵であったが現在は藤丸達に協力している立場であるわけだが。

 

「エリザベートが俺の事を"黒イヌ"、立香の事を"子イヌ"と呼んでいたのをヒントにしたんだ。お前が立香を怪物にしたにも拘らず、この程度で許されているんだから寧ろ感謝してもらおうか?さぁ、行くぞ"白イヌ"」

 

そう言いながらモレーに付けた手綱を引く。

 

「ひえ~!そんなご無体な~!しかも変な名前まで付けられてるし!」

 

「俺は気が短いからな。さっさと行くぞ」

 

そう言ってモレーを引きながら森の中を歩く。モレーは四つん這いで歩いているので移動スピードがどうしても遅くなる。

 

「う、うう……せめて普通に歩かせてくださいよ……」

 

文句を言いながらも渋々とモレーは四つん這いで森の中を進んでいく。今のモレーはミニスカートなので、彼女の下着が藤丸からはチラチラと見えている。

 

(み、見えてる……!?)

 

藤丸は前方を四つん這いで移動しているモレーのスカートから見える白いパンツに思わず興奮してしまう。それは思春期真っ只中の男子高校生には刺激の強い光景だった。そして当然そんな状態が続くわけもなく、エリザベートがモレーのパンツを見ている藤丸に気付き、彼の行動に呆れている。

 

「……子イヌ、あんた何やってるのよ?」

 

「あ、いや、これは……!」

 

「気にするな。こいつにとってはご褒美みたいなもんだからな」

 

「そ、そんな事ないですよ!!」

 

「え!?あたしのパンツが見られてる!?」

 

流石のモレーも自分の下着を藤丸に見られて驚いている様子だ。

 

「あ~、あたしのパンツに興味あんならもっと見せるけど?ほれほれ~」

 

そう言ってモレーはミニスカートの裾を掴み、さらに捲り上げる。すると純白のパンティが藤丸の目に入った。

 

「ちょ!?」

 

「お前何やってる!さっさとスカートの裾を戻せ!」

 

「へへっ、いいじゃないですか。減るもんじゃないし♪」

 

モレーは悪戯っぽく笑いながら、ミニスカートを更にたくし上げていくが、慌ててパニッシャーが彼女のミニスカートの裾を戻した。

 

「カルデアのマスターがあたしのパンツに興味津々だったから見せてあげてただけなんですけどー?あたしってばサービス精神旺盛でしょ?」

 

そう言うと、モレーは口を尖らせてブーイングする。そんな彼女の様子を見て、エリザベートが呆れた様子で言った。

 

「はぁ……アンタってホントお気楽よね」

 

「そもそもからしてキミがあたしを四つん這いで犬のように歩かせているのが原因なんじゃねー?」

 

モレーはパニッシャーに対して文句を言っている。確かにパニッシャーがモレーを犬のように歩かせているのが原因なのは事実であるが。そして今まで黙っていたナポレオンもパニッシャーに対して注意してきた。

 

「アンタ、うら若きマドモアゼルを犬のように歩かせるのは少々やりすぎじゃないか?」

 

「……コイツの立場は捕虜だ。それに俺はコイツを殺したいという衝動をこうして必死に抑えているんだぞ?殺すのに比べれば犬のように歩かせる程度、どうって事はない。それにエリザベートのお陰でこのアイディアが思いついたわけだしな」

 

「そんな~アイディアの使い方を~されたくな~い~」

 

エリザベートは不満そうに唇を尖らせる。そして今度はモレーが口を開く。

 

「あ~、ハイハイ。あたしはこのまま四つん這いでも構わないですからー」

 

あからさまな棒読みでモレーは言った。どうやら彼女はこの体勢のまま城に向かうつもりらしい。なるべくモレーのパンツを見ないように、藤丸は彼女の前方を移動させる事にした。

 

「彼女は企みが瓦解した時点で罰は受けているんだが……。まぁ、アンタは協力を申し出た彼女に何もしないっていう性格でもないしな」

 

ナポレオンは四つん這いで歩くモレーを横目で見ながらパニッシャーに言う。そして四つん這いで歩くモレーは艶めかしい視線をしつつ、上目遣いでパニッシャーを見上げている。

 

「うふ、うふふふふ。ねぇ、そろそろ許してくれません?あたしの事、もう許してもらえます?」

 

モレーはそう言って、パニッシャーに許しを乞う。しかし、パニッシャーは無表情のまま何も答えない。そしてモレーはわざとらしく犬の鳴き真似をしてくる。

 

「わんわん!」

 

『…………』

 

まるでギャグのような行動に一同は何も言えないでいる。パニッシャーもパニッシャーなりに落としどころを考えたつもりなのだが、この構図だと果たして罰になっているのかどうか疑わしい。

 

「そうか、本当の犬になったんだな。それじゃ犬が衣服を着ているのは不自然だから全部衣類を脱いでもらおうか?」

 

「ファ!?いやいやいやいや!ちょっとそれは勘弁してほしいんだけど!?」

 

「パニッシャー!それは流石にアウト!!」

 

「……黒イヌ。アンタもやっぱりそういう考えは持っているのね。男だから仕方ないのかもしれないけど、もう少し理性を持ちなさいよ」

 

「最ッ低だなオッサン」

 

「アンタ、それは越えちゃいけない一線だ。女性に対する扱い方には気を付けた方がいいぜ」

 

「……見損なったぞパニッシャー」

 

モレーの衣服を脱がせるという発言をした途端、全方位からボロ糞に非難されるパニッシャー。流石にそれは不味いと思ったのか、彼は慌てて弁明する。

 

「いや、これはこの女への罰でだな……」

 

「罰は罰でもやり方ってのがあるでしょう!何でよりにもよって服を脱がせる必要があるのよ!」

 

「ほ、ほら。皆さんもこう言ってますし、ここは一つ穏便に行きましょうよ。ね?」

 

周囲からの反対によって仕方なくモレーの衣服を全部脱がせるという案は却下された。仮にもカルデアのマスターである立場のパニッシャーがそんな事をすればカルデアの沽券に関わるからだ。最も、パニッシャーは冗談半分で言っただけなのだが、予想以上の反発と集中砲火によって針のむしろ状態になってしまった。

 

「パニッシャー、俺がこんな目に遭って怒っているのは分かるけど、女の人に対して失礼だよ?」

 

「……すまん」

 

「分かればいいのよ。アタシもさっきは言い過ぎたわ。ゴメンね黒イヌ」

 

「いや、俺も悪かった。ついカッとなってしまってな」

 

パニッシャーは自分の発言に反省しつつ、藤丸たちと共に森の中を進んで行く。




フランクさん、それは流石にやっちゃいけないですよ……。

書いていて思ったけどひょっとしてモレーって可愛い……?


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第27話 赤い傭兵

ついにアイツが現れる……。


森の中を歩く途中、エリザベートが南瓜頭の人形になっている藤丸の容態を尋ねてきた。山羊頭の怪物状態の藤丸と分裂してこの人形に藤丸の意思が入っているのだ。どう見てもまともな状態ではない。

 

「ねぇ、子イヌ。大丈夫?痛いとかない?」

 

エリザベートは心配そうな顔で、抱き抱えている藤丸に聞く。人形状態の今の藤丸は自力で歩く事ができないのでこうしてエリザベートに運ばれている。藤丸の意思が入っているので自力で歩行できるのかとパニッシャーは予想していたが、現実はそう甘くないらしい。

 

「頭が……グラグラする」

 

エリザベートに抱えられているものの、移動中に揺られているので頭がぐらぐらしてくるのだろうか?

 

「そ、そうね。ちゃんとしっかり抱えておいてあげるからね」

 

そう言ってエリザベートは人形になった藤丸を抱き締める。彼女の柔らかい胸が当たると、藤丸の顔が赤くなった。最も、人形なので顔が赤くなっているのかどうかは、周囲の人間には分からないのだが……。パニッシャーは視線を南瓜頭の人形になり、エリザベートに抱き抱えられている藤丸から、自分の隣を犬のように四つん這いで歩くモレーに移す。正直な話、モレーによって山羊頭の怪物に変異させられた藤丸の事を考えれば、こうして犬の真似をさせているだけなのが生温い罰に思えてくる。

 

「立香がこうなったのは全部お前の責任だぞ?そこら辺は理解できているな?」

 

パニッシャーは念の為にモレーに確認する。

 

「はーい。理解できてまーす。だからこうして犬みたいに四つん這いで歩けっていうキミの要望を受け入れてあげてるんでしょー?」

 

どうやらモレーには自分が何をすれば良いのか分かっているようだ。もっとも、本当に理解しているかまでは怪しいところだが……。

 

「犬の真似って結構疲れるんだよなー。もうこれ罰ゲームだよなー。いやマジで」

 

確かに犬の真似はかなりしんどいものだ。だが、これも全て藤丸の為なのだ。

 

「……その様子だと大して応えてないように見えるんだが?」

 

「あたし的には精神的に超ダメージ喰らってるからねー。キミも試してみれば分かるよ」

 

それはつまり、この状態でもまだ反省していないという事だろうか? 正直、この程度の罰では甘すぎると思う。もっと厳しくするべきではないのか?

 

「お前、やっぱり全裸になるか?犬が衣服を着ているのは不自然だからな」

 

先ほどはエリザベートやモードレッド達に非難されたので、やらなかったが大して反省もせず、罰も大して効果がないように見えるので再度モレーを脱がせる事を提案した。

 

「黒イヌ……アンタさっきもコイツを脱がせようとしたじゃないの」

 

「エリザベート、そもそもこの女……モレーは立香を深淵の聖母とやらに仕立て上げてあんなバフォメットもどきに変えたんだぞ?こうして分裂した方の意識を南瓜頭の人形に入れる事ができたから良いものを、そんな事をやらかしたモレーに対して犬の真似をさせるだけっていう時点で生温い罰だと思わないのか?」

 

実際、下手をすれば本当に藤丸が深淵の聖母になっていたのかもしれない。そう考えると、この程度で済んで良かったと思わざるを得ない。とはいえ、ここでモレーを許す気にはなれないのだが……。

 

「まぁ……そりゃそうだけど。私だってモレーがした事を許す気にはなれないわよ。出来れば拷問してやりたい気分だし♪」

 

エリザベートもモレーに対する怒りを抱いているのは同じのようで、嗜虐心に溢れた目で四つん這い状態のモレーを見る。

 

「タンマ、タンマ!やめてってば。これ以上罰を受けたら本気で死んじゃいますって」

 

やはりこの程度じゃモレーは懲りないようで、相変わらず軽口を叩いている。本当に反省しているのか疑問に思ってしまうが、こんな様子では大した罰にはならないだろう。

 

「モレー、犬の真似自体あまり精神的に応えてないように見えるから服を全部脱げと言っているんだぞ?まぁ、お前にとっては衣服を剥ぎ取られた状態になった程度でもダメージは受けんだろうがな」

 

「説得力ありそうなコト言ってますけどー、結局マッパのあたしが見たいだけじゃね?ホントむっつりなんだから~」

 

モレーはケラケラと笑いながら言う。この態度といい、とても反省しているようには見えない。そんなモレーに呆れつつ、エリザベートたちは森の中を進んで行く。モレーだけは相変わらず犬のように四つん這いで歩いているが。

 

「ならモレー、犬らしくそこの木にマーキングしてみろ」

 

「は!?うら若き女性になんて事要求してんのよ!?」

 

流石のモレーもこの命令には露骨に嫌な顔をした。

 

「黒イヌ……お願いだからもういい加減にしてちょうだい……」

 

エリザベートはもう完全にうんざりした表情になっていた。

 

「えー……マジでやんなきゃダメ?」

 

「パニッシャー、全裸にするよりも酷い事要求してるよ……」

 

藤丸もエリザベートと同じくモレーにマーキングを要求するパニッシャーにドン引きしていた。傍から見れば変態プレイのようにも見えてしまうが、パニッシャーなりにモレーに対する罰を与えているようだ。殺したりするのはエリザベート達に止められているのでこれがモレーに対する精一杯の制裁なのだろう。だが、ここまでしてもモレーはまだ懲りていないようだった。

 

「変態プレイを要求されるあたしの身にもなってよね~。犬の真似だけじゃなく、全裸になれだのマーキングしろだの……」

 

「アンタが子イヌにした事を考えれば十分に甘いと思うけど?子イヌがこうなったのは元はといえばアンタが原因なんだからね!」

 

「断じて違いますー!あたしにとっても計算違いでした!」

 

モレーにとっては計算違いでも、当の藤丸からすればたまったものではないだろう。態度を見る限りでは全く凝りているようには見えない。計算通りにしろ、計算違いにしろ、どちらにしても藤丸は酷い目に遭う事に変わりないのだから。

 

「ねえ、黒イヌ。やっぱコイツ全裸に剥いていいわよ。その方が手っ取り早いわ」

 

エリザベートはニヤニヤした顔でモレーを見ながら言う。やはり彼女もモレーには痛い目に遭ってもらおうと考えているのだろう。

 

「はぁ?なんでそうなるのよ?犬プレイの次は露出プレイですかー?全く、どんだけあたしを脱がせたいんだか!エロガッパ!このムッツリスケベ!」

 

「ちょっと!それは黒イヌに言ってちょうだい!」

 

「そんなにあたしが気に入らないんなら、退去しますけどー!?」

 

モレーはサーヴァントなので自発的に退去する事は可能なのだが、パニッシャーとエリザベートはそれを許さなかった。二人だけでなくナポレオンやゼノビアもそれは認めない。藤丸がこうなった責任を取ってもらうという点では同じだからだ。

 

「カルデアのマスターはこの通り南瓜のマスターになっちまったわけだし、全裸になるぐらい大した罰でもねぇだろ。見た感じあんま反省もしてねーみたいだしな」

 

「ううむ……。オレとしては納得いかんが……」

 

先ほどはパニッシャーの案に反発していたモードレッドやナポレオンも渋々モレーが脱ぐ事を認めたようだ。

 

「あー、メンド。人前でマッパになんなきゃいけねーのは屈辱的だけど、仕方ないかー」

 

そう言ってモレーは自分の纏っている霊衣を全て解除して裸体をパニッシャーやエリザベートたちの前に晒した。

 

「ほい、これで満足ー?眼鏡だけは残しているけどそれ以外はぜ~んぶ脱ぎましたー。もう全裸だから、これでいいでしょー?」

 

モレーは不満そうに言う。だが彼女の体つきは豊満で胸は大きく、お尻も大きく、そしてスタイル抜群であった。人形状態になった藤丸はモレーの裸体を食い入るように見つめてしまう。

 

(す、すごい……!これが大人の女性の肉体……!)

 

「あー、カルデアのマスターからの視線を感じまーす。やっぱり若い男の子はこういうのが好きなんかなー?」

 

モレーは自分の両胸を強調するポーズを藤丸に見せる。ぷるんとした乳房の先端には綺麗なピンク色の乳首が付いていた。

 

「あれれー?もしかして照れてるー?可愛いー!」

 

(お、俺、モレーさんのおっぱいに見とれてたの!?そんな、俺はただ純粋にモレーさんの美しさに感動しただけなのに……!)

 

「そんなにジロジロ見られたら、お姉さん、恥ずかしくなっちゃうぞー?」

 

「……全裸になっても大して応えてるように見えんな」

 

「えぇ、そうね……」

 

全裸にされたにも関わらず、大して恥ずかしがる様子を見せないモレーを見てパニッシャーとエリザベートは呆れかえる。そんな二人に対してモレーはニヤニヤした顔で煽ってくる。

 

「あらー?二人ともー?ひょっとしてあたしが恥じらいを見せるとか思ってたー?ざーんねんでしたー!あたしは全然平気でーす!」

 

「……なぁ、コイツマジでぶった斬っていいか?」

 

「ステイ、ステイ!ここは穏便にいこうよー」

 

全裸になっても調子の良いモレー。彼女に羞恥心がある事を期待した自分が馬鹿みたいに思えてきた。そんなこんなでモレーはこの恰好のままパニッシャー達と共に森の中を移動する事となった。一人だけ全裸でエリザベート達と行動するモレーの姿は傍から見れば露出狂にしか見えないだろう。

 

「あー、よくよく考えれば皆さんは着衣なのに、あたしだけマッパってシチュは恥ずかしいかもなー。まぁ、別にいっか」

 

「子イヌ、見ちゃ駄目」

 

エリザベートは抱えている人形状態の藤丸の目を両手で覆う。

 

「考えてみればほぼ全裸のゼノビアがこんなに堂々としているんだ。衣服を全部剥いたところで大した効果が無いのも当然かもな」

 

「……言っておくが私自身は好きでこんな格好をしているわけではないからな?」

 

ゼノビアはパニッシャーの発言に対して不機嫌そうな表情で言う。

 

「えー、でもそっちの彼女の胸と股間は生地で覆われているじゃん。あたしは胸も股間も曝け出してるから、差は大きいと思うよ?」

 

モレーは自分の胸をさすりながら艶めかしく答える。

 

「一旦、オレたちの小屋に戻って構わないか?」

 

"オレたちの小屋"というのは俵藤太やベディヴィエール、ロビンフッドがいた小屋の事だろう。モードレッドとナポレオンも迷妄の森に建てられていた小屋の中で生活していた。

 

「小屋の場所、分かるの?」

 

「オイオイ何言ってんた?そんなモノ……わからねぇ……」

 

モードレッドは自分やナポレオンがいた小屋の方角が分からなくなっているようだ。周囲の森はパニッシャーや藤丸たちが入った時から余りにも様変わりしており、以前ならメルヘンと呼べたものの、今では良くてダークファンタジー、悪く言えばホラーじみた光景になっている。端的に言って気持ち悪い。

 

「しょうがねぇ。またオレの剣でもぶっ放すか」

 

モードレッドは自分の宝具を用いて周囲の木々を吹き飛ばして更地にするつもりだ。数時間前も宝具を用いて迷妄の森を吹き飛ばしたのだから、これは有効かもしれない。……彼女の脳筋ぶりに目を瞑ればだが。

 

「待て待て待て。森から出るときに使うのはいいが、小屋を諸共吹き飛ばす気か?」

 

「なーに、吹き飛ばされてもアイツらなら気付くって!よーし、やるか!」

 

モードレッドは気楽に答えるが、モレーは彼女の判断に引いている。

 

「判断、早すぎません?」

 

「せめてもう少し調べてから――」

 

が、ゼノビアの言葉も空しくモードレッドは自分の宝具を発動させた。

 

――――『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!

 

モードレッドは対軍宝具に分類される『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』を用いて、不気味に変異した森の木々を一掃してしまった。猛烈な魔力による爆風によって森の木々が全て吹き飛び、見晴らしの良い更地になった。モードレッドの宝具はこういう時に便利である。が、森の木々は瞬く間に再生していくではないか。更地になったはずの森は、みるみる内に元通りになっていく。

 

「嘘でしょ!?生え変わるのが早すぎじゃない!」

 

エリザベートたちも森の木々が短時間で生えてくる光景を見て驚愕している。再生能力まで獲得しているとでもいうのか。

 

「ちくしょう!まだるっこしいぜ!!」

 

モードレッドはまた宝具で更地を作ろうとするが、ナポレオンがそれを止める。

 

「よせ。撃っても無駄なだけだ。だが今の宝具の一撃で小屋にいるロビンフッド達は気付いたんじゃないか?"この馬鹿みたいにデカい魔力の爆発はモードレッドの仕業だ!"ってな感じだ」

 

「……その馬鹿ってのは誉め言葉だよな?」

 

「……!森の奥から誰か来るぞ!!」

 

ゼノビアの言葉にエリザベート、パニッシャー、モードレッド、ナポレオン、モレー、藤丸は森の奥を一斉に見る。すると全身に赤いタイツを来た男がこちらに向かって走って来るではなか。パニッシャーは遠目からでも分かる赤いタイツの男に見覚えがあった。

 

「……まさか!?何でアイツがこの特異点にいる!?」

 

「何よ黒イヌ?知り合いなの?」

 

そして赤いタイツの男がパニッシャー達の前に姿を現す。男は変なポーズを決めながらパニッシャーに声をかけた。

 

「ようパニッシャーじゃん!元気してた?」

 

「お前は……デッドプール!?何故お前がここにいる!?」

 

そう、目の前に現れたのは全身赤タイツに身を包んだヒーロー……もとい傭兵であるデッドプールだった。

 

「いやさ、俺もいきなりこの妙ちくりんな世界に転移してきたわけよ。そしたらお前等がやって来たから俺も驚いたのよ。だけどお前らもこの世界に来てたなんて驚きだぜ。ところで今どういう状況な訳?そこの可愛い子ちゃん達は誰?もしかしてお前のガールフレンド?けどちょっと年齢が釣り合わなくね?」

 

デッドプールはパニッシャーの隣にいるエリザベートに視線を移しつつ、勝手にマシンガントークを始めた。

 

「黒イヌ……コイツ誰なの?」

 

エリザベートは露骨に嫌そうな表情でデッドプールを見ている。

 

「こいつは……」

 

仕方なくパニッシャーはデッドプールの事について説明する事にした。




ついに来やがった……

そしてモレーさん、結局全裸になる(しかも大して効いてない)。


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第28話 金色のブレスレット

長かったハロウィン・ライジング編も次回で完結!再びカルデアを舞台としたストーリーに戻りますよ~。


「ほーん……カルデアねぇ。泣く子も黙る処刑人のパニッシャーであるアンタが今はそんな組織で働いてんのか。意外だな」

 

パニッシャーはエリザベート達に対してデッドプールがどのような人間なのかを話し、デッドプールに対しても自分が今カルデアという組織でマスターをしている事を伝えた。デッドプールの方は犯罪者に対する処刑人として恐れられているパニッシャーがカルデアなる組織に属している事に驚いている様子だ。

 

「ひょっとして犯罪者ばっか殺すのに飽きた?ホラ、アンタって一匹狼タイプじゃん、組織に属して働いてるイメージとか全っ然沸かねーんだけど」

 

デッドプールからすれば犯罪者に対する自警活動を続けてきたパニッシャーがこうして組織に所属して働いているというのが信じられないのだろう。そしてデッドプールはパニッシャーの隣にいるエリザベートやゼノビアに視線を送る。

 

「お、褐色水着美人に、ドレス着た可愛い子ちゃんがいるじゃん。この子ら誰なの?もしかして彼女?それとも愛人?隠し子だったり?」

 

「何くだらない事言ってるんだお前は」

 

「誰が愛人よ!あたしは黒イヌと付き合ってる訳じゃないわよ!」

 

「冗談でも笑えんぞ!私は今パニッシャーと行動を共にしているだけだ!」

 

デッドプールの発言に対してキレるエリザベートとゼノビア。デッドプールは元々こういう空気の読めない性格なので、相手の怒りをよく買ってしまうのだが。そしてデッドプールは首を縄で繋がれ、パニッシャーにリードされているモレーの姿を見た。

 

「うお!?銀髪ショートボブの眼鏡っ子じゃん!しかもマッパで首縄付けてるって、これもうアレだろ、俺の大好きな拘束プレイのAVそのものじゃん!俺こういうの大好き!」

 

「うるさい黙れ死ね、この下衆野郎」

 

モレーは冷たい視線をデッドプールに送りながら吐き捨てるように言った。

 

「おいおいパニッシャー、まさかアンタにそんな趣味があったとは俺ちゃんもドン引きだぜ!スッパにひん剥いた眼鏡っ子に対してそういうプレイしてるとか、性癖拗らせすぎだろ!」

 

確かに今の全裸のモレーが首輪を付けられた上で犬のようにパニッシャーにリードされている姿を見ればそう思われるのも仕方ないのかもしれないが……。

 

「そーなんですよー。この髑髏の防弾チョッキ着た人が、あたしをひん剥いて無理矢理こんな格好させたんですよぉ。こんなの恥ずかしいし屈辱だしサイテーなんですけどぉ、逆らったら殺されるから仕方なく従ってるんですぅ」

 

モレーは自分が辱めを受けている事をアピールするかのように、わざとらしい猫なで声でそう言った。

 

「マジかよ!あの犯罪者殺しのパニッシャーがまさかそんな事をしていたなんて俺ちゃんビックリだわ!」

 

モレーを全裸にして犬のように連れ回しているのは事実なのでしょうがないにしても、パニッシャーの提案をエリザベートやモードレッドも呑んだので、彼女たちも共犯と言える。そしてデッドプールはパニッシャーに対してモレーを全裸にした上で犬のように引き回している事を盛大に煽り始めた。

 

「やっぱりアンタ、本当はこういうプレイが好きなんでしょ?俺もそういうの大好きだぜ!アンタって堅物だからこういう事に縁が無いと思ってたんだけど、意外とやるじゃん!銀髪ショートボブの可愛い子ちゃんをマッパにして犬プレイとか、アブノーマル過ぎておじさんゾクゾクしちゃうわ!」

 

「……何一人で盛り上がってんのこの人。マジキモいんですけど……」

 

「まぁ、コイツがキモイのは今に始まった事じゃないが……」

 

それから数十分掛けてデッドプールを物理(意味深)で黙らせたパニッシャーは、今後の事について話し合う。モードレッドの宝具を放っても一瞬で木々が再生したので、森から出る事が一層難しくなった。自動再生能力を身に付けた木々にもう一度宝具を叩き込んだとしても結果は同じだろう。途方に暮れていると、森の中から声がしてきた。

 

「この……森を出たいか?」

 

「!?」

 

森の中から聞こえてくる声に、全員が身構えた。

 

「何者か!姿を現わせ!」

 

「わ……たしが誰かなど、どうでもいい。エリザベート・シンデレラ」

 

謎の声の主はエリザベートに対して声を掛ける。

 

「え、あ、うん?」

 

「お前が成すべきことはただ一つ。唄え、シンデレラ」

 

「うた……?」

 

「その通りだ。唄え。世のため人のために高らかに唄え。歌でこの森をボコボコにしてメロメロにするのだ」

 

「ぼこぼこ……めろめろ……」

 

謎の声の主はエリザベートに対して歌を用いて、この森をボコボコにしてメロメロにしろと言ってきた。歌で森をボコボコにしろだのとは何とも意味不明であり、パニッシャーや藤丸、ゼノビアも首を傾げるしかなかった。そもそもシンデレラというのは童話の中で歌うキャラクターではないのだが、そこはエリザベート本人の性格を考えて無視する事にした。

 

「では、さらばだ……」

 

「待って!アナタは一体――」

 

謎の声の主が去ろうとした時、エリザベートは引き留めた。

 

「ふっ、どうやら今風に言うと『王子様』というものらしい」

 

謎の声の主から出た言葉にエリザベートは思わず叫んでしまう。

 

「な、な、な、なんですってーーー!?」

 

「だが、王子はこの世界の役には立てぬ。せいぜいがこうして手助けをする程度だ」

 

「お城の時に助言くれませんでした!?」

 

そう、チェイテシンデレラ城で藤丸が分裂した際、謎の声の主はエリザベートや藤丸に助言をしてくれた。

 

「ふっ、どうだったかな……」

 

そう言い残し、謎の声の主の気配は完全に消えた。どうやら立ち去ったらしい。

 

「今の姿が見えなかった人が王子様なのね……!……けどおかしいわね。王子様と遭遇なんて最高に盛り上がるイベントなのに、何故か私の中でサッパリ盛り上がらないわ。モレー、王子様について知ってる?」

 

エリザベートはモレーに対して王子を知っているか問う。この特異点を作り上げた張本人であるモレーであれば何か知っている可能性があるからだ。

 

「王子様がいたことには心底驚いてます。そもそも藤丸立香が王子様だったのでは……?」

 

「俺にはそんな自覚ないけど……」

 

「つまりあたしの意味深な台詞は大体無意味だった!?他人に聞かれなくてホントよかった……」

 

「あ、ボンヤリだけど覚えてるわソレ。『可憐な私を救いに来てね、王子様!』みたいなこと言ってなかった?」

 

「忘れてぇ!」

 

「何だ、結局王子っていうのは謎のままなのか」

 

パニッシャーもモレーの杜撰な計画ぶりに呆れている様子だ。

 

「凹むからやめてぇ!」

 

「それで、結局私はどうすればいいのかしら!?」

 

「歌でボコボコにする……だっけ?」

 

「ボコボコね!大丈夫よ、私の歌なら大体が原子崩壊するから!」

 

歌だけで周囲の対象を原子崩壊させられるのは、ミュータントパワーじみているがエリザベートの発する声はそれだけ強力なのだろうか?とパニッシャーは思った。

 

「おい、森の木々をボコボコにするのはいいが、俺や立香、ゼノビアたちまで原子崩壊させるんじゃないぞ?」

 

「しないわよ!私を何だと思ってるのよ!」

 

パニッシャーの言葉にエリザベートは自信満々に答える。

 

「要するに~♪ブン殴り倒すってことでいいのよね~♪戦い~挑み~串刺し~拷問~槍~♪瀉血喀血冷酷流血~♪」」

 

「俺ちゃんも~♪混ぜて混ぜて~♪」

 

『お前まで歌うな!!』

 

エリザベートにつられて歌ってしまったデッドプールに対して一同から総ツッコミが入れられてしまう。そしてエリザベートは周囲の異形化した森をボコボコにするべく、歌いはじめた。

 

「ラララ~♪愛~翼~想い~夢~なんかふわっとしたなんか~♪アルテマ~ウルティマ~ウルトラ~ハイパー~♪ラブ~ウィング~フィリン~エトセトラフンフフフ~♪」

 

歌詞自体は壊滅的に酷いが、エリザベート自身は上機嫌に唄っていた。すると悍ましかった光景が広がっていた森がみるみる内に以前の姿に戻っていくではないか。ホラーじみていた森の木々は、入った時のメルヘンチックな森へと変化していく。

 

「見ろ!森が本来の姿に戻っていくぞ!」

 

「ホントだ!直ってるー!?」

 

「信じられない……!ついさっきまで異形化していた筈なのに……!まさか……エリザベートの歌が変異した環境を是正した……?」

 

エリザベートの歌のパワーで異形化していた森が元に戻って行く光景を目の当たりにしてモレーも驚愕していた。彼女もエリザベートの歌の持つパワーまでは知らなかったらしい。

 

「お!?ひょっとして俺ちゃんの顔も治せたりすんの!?」

 

「……頼むからお前は黙ってろ」

 

「ジャスティス~フリーダム~ハート~♪ウオウウオウ~♪」

 

酷い上に意味不明な歌詞ではあるが、森を元通りにする効果はあったようだ。エリザベートは上機嫌に唄い続けている。

 

「歌詞の酷さはどうにかならんのか……」

 

「それ同意でーす。私だったらもっと上手く歌えますって。けど一周回って愛おしさを感じちゃう……。これが……愛の歌……!」

 

エリザベートの歌に対して愚痴るパニッシャーと、エリザベートの歌に愛を感じてしまうモレーだったが、当のエリザベートは全く気にしていない様子だった。

 

「けど……エリちゃんの歌はひょっとしたらこの特異点を修正するカギになるかもしれない」

 

藤丸の言葉を聞いたパニッシャー、ゼノビア、モードレッド、ナポレオンもエリザベートの歌の力を自分の目で見ているので、この特異点を攻略するには彼女の力が必要になるだろうと感じていた。

 

「私の歌が~♪またもや世界を救うのね~♪えーとすごいわ~♪うーんとビックリしたわ~♪」

 

「……随分と語彙が貧弱だな。この歌手」

 

「だが彼女の歌の持つ力だけは凄いものだ。歌詞だけはちょっと残念だがな……」

 

「ちょっとぉ~!そこうるさいわよ!」

 

「よし、カルデアのマスター。モレーが道案内、エリザベートが唄う、そしてオレが道を切り開く。それでいいか?」

 

エリザベートの唄で森が元に戻ったとはいっても、まだ全ての範囲の森が戻ったわけではない。そこでエリザベートが唄を用いて道中の森を元の迷妄の森へと戻し、モードレッドが自分の宝具を用いて森を吹き飛ばしつつ、モレーの案内で城へと戻るという寸法だ。確かにそれならば合理的だし、最短ルートであの城まで辿り着く事ができる。

 

「えっ、あたしまだ働かないとダメですか?」

 

全ての原因であるモレーは不満そうに言っている。

 

「当然だ、この特異点といい、立香が2つに分裂した事といい、全部お前の責任なんだからな」

 

パニッシャーはモレーの背中に軽い蹴りを入れつつ吐き捨てる。

 

「エリちゃんいけるー?」

 

「もちろんよ~♪子イヌを南瓜人形から解放してあげないと~いけないもの~♪それじゃあ唄うわね~♪」

 

そう、バフォメットじみた怪物と化した藤丸と、今の南瓜人形になった藤丸を元に戻す事が先決だ。パニッシャーも藤丸を元に戻すという目的があるからこそ、こうしてモレーを生かしているのだ。最も、藤丸が元に戻った暁には……。そしてエリザベートはノリノリで唄い始めた。

 

「いい感じの唄だね、パニッシャー」

 

「あぁ、そうだな。こうして聞いていると、いい気分だ」

 

「そんじゃオレとナポ公が森を切り開いてやるよ!」

 

「おう!オレとモードレッドの宝具ならこの森の木々を吹き飛ばせる!」

 

そして森の中を進みつつ、エリザベートは唄で変異した森を戻していき、モードレッドは自身の宝具である『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』を用いて森を切り開いていく。ナポレオンも自分の宝具である『凱旋を高らかに告げる虹弓』を用いて森の木々を一掃していく。英霊二騎の対軍宝具の威力は凄まじく、広大な森の一部が綺麗に更地と化していくではないか。傍から見れば単なる自然破壊であるが、森を切り開かなければ城に辿り着けないのだから文句は言っていられまい。そしてデッドプールは初めて目の当たりにするサーヴァントの宝具の威力を目の当たりにして興奮気味だ。

 

「パネェよ……マジでパネェ!!あの二人ってミュータントか?それとも俺みたいなミューテイト?まぁどっちでもいいか。とにかくスゲェぜ!しかも攻撃発動する際に技名叫んでんじゃん。これって日本のマンガでよくあるやつだけど、実際にやる奴初めて見たわwww」

 

相変わらず耳障りなマシンガントークを繰り広げるデッドプールの話によれば彼もこの森で迷っていたらしく、ここから出る為にパニッシャー達に同行しているようだ。デッドプールのお喋りはハッキリ言って精神衛生上あまりよろしくない。だが今はそれどころではない。一刻も早く城に向かい、藤丸を元に戻さねばならないのだから。そして一行は森を元通りにして、宝具で更地にするというルーチンを経てついにチェイテシンデレラ城へと戻ってきた。

 

「ついに~戻って~きたわ~♪この中に~もう一人の~子イヌがいるのね~♪」

 

エリザベートは楽しそうに歌を歌いながら城の前に立つ。パニッシャー、南瓜人形と化した藤丸、モードレッド、ナポレオン、ゼノビア、デッドプール、モレーも眼前にそびえる城を見上げる。

 

「……俺がこうしてお前と行動を共にしているのは立香を元に戻すためだ。その事を忘れるなよ?」

 

パニッシャーはモレーのリードを引っ張りつつ、彼女を睨む。

 

「分かってますって~。さー我が神の仔になりかけの藤丸立香を打ち倒しましょう!」

 

「お、お手柔らかに……」

 

山羊の怪物と化した方の藤丸を殺してしまえば最悪元に戻れなくなる可能性があるが、今は少しでも元に戻すチャンスに掛けたい所だ。そうして一行は城の中へと入っていく。城の廊下を進み、ついに山羊の怪物と化した藤丸がいる玉座の間へと辿り着いた。エリザベート達は玉座の間の扉を開き中へと入る。そして暗黒の仔山羊……即ち怪物と化した方の立香が巨体を揺らしつつ咆哮する。

 

「ウゥオォオオオオオオオオ!!!」

 

怪物と化した方の藤丸の姿は禍々しく、まるでバフォメットのような姿をしている。そんな変わり果てた藤丸の姿を見て、パニッシャーは歯ぎしりする。モレーのせいで藤丸はあんな目に遭ったのだ。

 

「立香……!」

 

パニッシャーは今にも飛び出していきそうになるが、モードレッドに制止される。

 

「待て!アンタじゃアイツをどうにかできねぇ!」

「……」

 

モードレッドの言う事は最もだ。生身の人間であるパニッシャーでは怪物と化した方の藤丸を抑えられるわけがない。そして怪物と化した方の藤丸は再び咆哮する。

 

「ウゥオォオオ!!」

 

「すっごいうるさいわ~♪きっと不安とか~あれこれで~怯えているのね~♪」

 

怪物と化した方の藤丸にも自我があるとすれば、今の自分の置かれた状況に戸惑いや不安を覚えているだろう。そう考えるとパニッシャーは益々モレーに対する殺意を滾らせる。藤丸があんな怪物になったのも、南瓜頭の人形に分裂したのも全てモレーが原因。

 

「立香!今戻してやるからな!」

 

だが今は藤丸を元に戻す方が先決。パニッシャーは気持ちを抑えてエリザベート、モードレッド、ナポレオンのサポートに徹する事にした。

 

「大きい……!そして砂嵐の如き荒々しさの咆哮!これは一筋縄ではいかないようだな……」

 

ゼノビアは山羊頭の怪物と化した藤丸を見て、改めてその巨体さと暴威に驚愕している。見た目に違わない強大な力を有しているに違いあるまい。そしてエリザベート、ナポレオン、モードレッド、ゼノビアは暗黒の仔山羊になった藤丸へと挑んでいく。エリザベートは鋭い蹴りを繰り出し、モードレッドは魔力放出で強化された剣で斬りかかる。しかし藤丸は攻撃を避けようともせず、二人の攻撃をその身に受けた。だがダメージが入っている様子はない。確かに攻撃を当てたハズだ。エリザベートとモードレッドは手応えのなさに驚く。そして藤丸は剛腕で二人を吹き飛ばし、手から魔力で生成されたエネルギー弾を発射する。それはまるで小型のミサイルの如く飛来し、二人に直撃して爆発した。二人は咄嗟にガードしたものの、爆風によって壁に叩きつけられてしまう。

 

「痛い~わ~♪」

 

攻撃を受けてもミュージカル調に喋るエリザベート。だがお気楽そうな口調に反してダメージはしっかりと受けており、表情も苦しそうだ。モードレッドの方も余裕がないらしく、苦痛に顔を歪ませていた。そして今度はその巨体で突撃してきたではないか。どうやら藤丸は突進攻撃を仕掛けるつもりらしい。巨大な体躯を活かした体当たりだ。これに当たればただでは済まないだろう。

 

「オレもいる事を忘れんなよ!」

 

ナポレオンは「勝利砲」を用いて魔力の砲弾を藤丸に直撃させるものの、先ほどのエリザベートとモードレッドと同じくまるで効いていないようだ。

 

「やはりダメか……!」

 

そしてナポレオンは藤丸の突進に巻き込まれてしまい、壁際まで吹き飛ばされてしまった。

 

「ぬぅ……このパワーは……」

 

「どういう事?全然こっちの攻撃が通じていないなんて……!」

 

エリザベートは唄を歌いながら攻撃したが、やはりこれも藤丸には通用しなかった。一体どういうカラクリなのかは分からないが、このままでは全員やられるのも時間の問題である。

 

「子イヌ!どうして私の歌が通じていないのかしら……!?」

 

「そんな事聞かれても~!」

 

南瓜人形の藤丸も、この状況にはお手上げのようだ。

 

「あっ」

 

が、その時モレーは何かに気づいたかのように声を上げた。そして彼女の声を聴いたパニッシャーは何か知っているのかと問いただす。

 

「今の声とその顔は何かを知っているな?答えろ、山羊頭の怪物になった方の立香にエリザベートの攻撃が通じていないのは何故だ!?」

 

パニッシャーはリードを引き寄せつつ、モレーを自分の近くまでこさせる。

 

「い、いやその。あくまで推測……妄想なんだけど……。先日もお伝えした通り、ここはメルヘンな夢世界なのです!これまでのあなた方の行動は確かに『正解』でした。でも、この深淵の聖母は……違う次元から来た存在。言うなれば……定番といえば定番ですがデウス・エクス・マキナなのです。どんな物語の世界においても『終わりの概念(ジ・エンド)』に勝てる存在はおりません。……ですが、活路があるとすれば先に終わらせてしまえばよい(・・・・・・・・・・・・・)。それも、可能な限りメチャクチャにしてしまいましょう!」

 

「メチャクチャに……?」

 

モレーの言葉を聞いた藤丸は不安そうに聞く。

 

「その通り、メチャクチャにしなければいけないのです。このモレーの呼び出した深淵の聖母はこの特異点の『メルヘン要素』ゆえにメルヘン以外のジャンルでは弱体化するのです。メチャクチャな終わり方で、この世界をメルヘンでなくさせる!だから、メルヘンとは真逆の行動が最大の武器。メルヘンの世界を破壊するには、

 

メルヘンにない行動(・・・・・・・・・)をするのが最も効果的!逆に、下手にメルヘンに乗っかると、そのまま取り込まれる危険がありますので!はいはいおしまい!助言おしまい!反メルヘンを成し遂げるまで、もはやプリンセスの歌は補助以上の意味ナシ!」

 

要するにメルヘンには反メルヘンンの行動によるカウンターをぶつけろという意味らしい。アンチメルヘン、反童話という事のようだ。

 

「それじゃあ私の歌で~あのヤギを降参させて~聖杯をゲットすればいいわけね~♪それで全部解決よ~♪」

 

エリザベートは自身満々に言うが、彼女が行動するよりも早くパニッシャーがモレーをリードで引っ張りつつ、山羊頭の怪物と化した藤丸の元に近づいていく。

 

「え!?ちょ……!?なんであたしを連れていくわけ!?おわわっ!?」

 

「黒イヌ!危ないわよ!戻りなさい!」

 

エリザベートの声を無視してパニッシャーは元凶であるモレーを悪魔と化した藤丸の前に立たせる。

 

「立香、コイツがお前をそんな姿にした元凶だ。存分に痛めつけていいぞ?」

 

「いやいやいや!何でそーなるわけ!?そりゃあたしはメルヘンとは真逆の行動とは言いましたけど、こんな仕打ちってある!?」

 

モレーはパニッシャーの行動に動揺している。だがパニッシャーは至って冷静に彼女の問いかけに返答した。

 

「黙ってろ。全ての元凶であるお前が身体を張るのは当然だ。それとも俺たちに協力するっていうのは嘘だったのか?」

 

「だからってあたしを痛めつけても何の解決にもならんでしょうに……」

 

「黒イヌ!何バカな真似してるのよ!早く戻りなさい!」

 

「そもそも、俺自身がメルヘンとは最も縁遠い存在だからな。だからこそこうして考えられる最善の行動をしているんだよ」

 

「それはあなたにとっての最善でしょうがー!」

 

余りにも滅茶苦茶なパニッシャーの理論に思わずモレーはツッコミを入れてしまう。確かに彼の行動自体、メルヘンとは真逆そのものなのだが。モレーとパニッシャーが言い争っている内に山羊の怪物となった藤丸が近づいてくる。そして二人の前に立つと、鼓膜を突き破らんばかりの咆哮を上げた。

 

「ブオオオオオオオオオ!!」

 

「ちょっと!ホントに死んじゃうって!いや、マジで!!」

 

モレーは恐怖のあまり顔を真っ青にしている。しかしそんな状況下でも彼女は必死に抗議していた。

 

「あなたねえ!少しはあたしの事も考えてちょうだい!!彼を元通りにするためにここまで協力してるのに!!」

 

「まだ足りん。ここまでやってようやく"協力"って呼ぶんだ」

 

そう言ってパニッシャーはモレーを藤丸の前に突き出す。

 

「も、もう付き合ってらんねー!後は任せたわ!」

 

そう言ってモレーは霊体化して縄の拘束から抜け出すと、エリザベートやゼノビアのいる場所まで退避した。そして山羊頭の怪物と化した藤丸とパニッシャーが対峙する事となる。

 

「おい!逃げるな!!」

 

パニッシャーはモレーに叫ぶが、当の彼女は既にエリザベートの後ろに隠れながら様子を見ている。

 

「黒イヌ!!逃げて!!殺されるわよ!!」

 

エリザベートの叫びと同時に藤丸の剛腕がパニッシャーに放たれた。誰もがパニッシャーが肉片となってバラバラになる光景を思い浮かべたが、寸前の所で藤丸は拳を止める。

 

「……?」

 

これにはパニッシャーも意味が分からず、目を丸くした。そしてバフォメットもどきの藤丸はパニッシャーの姿をじっと見つめいている。これはエリザベートも首を傾げた。

 

「ヘンね……。何で黒イヌへの攻撃を止めたのかしら?」

 

「分からねぇ……。ただ……」

 

モードレッドは藤丸がパニッシャーに対して攻撃の意思を持っていない事を何となくだが理解できた。そして藤丸はかろうじて聞き取れるような声で言葉を絞り出す。

 

「………オ……ジ……サ……ン……?」

 

藤丸は巨体を屈め、パニッシャーに顔を近づける。

 

「立香……?俺が分かるのか?」

 

モレーによって怪物と化した状態でも、パニッシャーの事を覚えているのだろうか?パニッシャー自身も理解が追い付いておらず、そんな彼に対して藤丸は続けて言葉を絞り出す。

 

「……コ……コ……ハ…………ド……コ……?」

 

獣のような唸り声と濁音が混じった言葉だが、彼が自分の状況に戸惑っているのは確かなようだ。

 

「……大丈夫だ。必ずお前を元に戻してやるからな」

 

パニッシャーはそう言って怪物と化している藤丸の身体を優しく撫でる。

 

「え、えっと……子イヌは黒イヌに敵意は無いみたいだけど……どうすればいいのかしら……?」

 

エリザベートもこの状況には戸惑っている。

 

「えーと……喋れたんだ。言語による意思疎通すらもできないと思ってたんだけど……」

 

そして驚いているのはモレーも同じだ。自分が話しかけても無視されたばかりか攻撃まで受けたにも拘らず、パニッシャーに対しては攻撃の意思も戦う意思も見せず、彼の前に屈んで弱音のような言葉を吐いている。

 

「ね、ねぇ子イヌ。どうすればいいのかしら……?ブッ飛ばしちゃっていいのよね?」

 

エリザベートは南瓜人形と化した方の藤丸に尋ねる。

 

「いいよ!やってエリちゃん!あ、でも歌でね?もう一人の俺は戦闘の意思はないみたいだし……」

 

藤丸の言う通り、怪物になった方の藤丸はパニッシャーの前にしゃがんで彼から頭を撫でられている。そしてエリザベートは歌を唄い始めた。今がチャンスだと彼女の心の中の直感が告げていた。そしてエリザベートが歌い始めたと同時に、怪物の方の藤丸は苦しみ出してたではないか。

 

「ゴ……アァ……!?」

 

エリザベートの歌によって怪物化した方の藤丸は苦しんでいる。どうやらこの歌は効果があるようだ。

 

「うそ……?彼の魔力が目に見えて弱体化していく……?」

 

モレーもエリザベートの歌で苦しみだした藤丸を見て呆然としている。怪物になった方の藤丸はみるみる内に弱っていき、膝を付いて地面から動かなくなった。

 

「グォォォォォ……」

 

「ねぇモレー!後はどうすればいいの!?何か弱ってそうだし、今がチャンスかも!」

 

エリザベートは後ろにいるモレーに対して怪物になった藤丸を元に戻すにはどうすれば良いのかを尋ねる。

 

「さっきも言った通り、メルヘンには無い行動をするのです!」

 

「メ、メルヘンには無い行動っていっても……」

 

怪物と化した藤丸を元の状態に戻すにはどうすれば良いのか。これが童話なら……所謂"キス"を用いて元に戻してしまう。眠れる森の美女に王子様がキスをしたように、キスの力を用いて怪物となった藤丸を元に戻すのだ。しかしそれではモレーの言う通り、『メルヘンに沿った行動』となってしまう。だから……。

 

「ぐ、具体的にはどうすれば良いの?子イヌ!」

 

「それは……」

 

が、藤丸が言おうとした直後、デッドプールが自分の得物のカタナを抜き払い、怪物状態となった藤丸に駆け寄ると、彼の仮面に一太刀入れる。続いて二太刀目、三太刀目と入れていく。

 

「ここは俺ちゃんにお任せ!おりゃあッ!!」

 

デッドプールは目にも止まらぬ速さで次々と刀を振るい、怪物となった藤丸の仮面を刻んでいく。

 

「あの仮面こそ聖体!我が深淵の聖母の力が宿るモノ!この特異点を構成するメルヘン、その中心です!」

 

要するに怪物になった藤丸が顔に被っている仮面を破壊すれば良いわけだ。そしてデッドプールが太刀を入れ続けていき、仮面に亀裂が入っていく。メルヘンでない存在であるデッドプールの攻撃であれば有効らしい。それ以前に怪物になった藤丸はエリザベートの歌で弱体化していたのだが。

 

「赤タイツ!最後は私に任せなさい!!」

 

「やっちゃえエリちゃん!!」

 

藤丸の声援を聞いてエリザベートは怪物になった藤丸との距離を一気に詰めると、ゼロ距離から自分の歌を浴びせつけた。

 

「~~~~~~~~~~~~♪」

 

エリザベートの歌を至近距離から浴びた藤丸の仮面は完全に砕け散った。その瞬間、この時代を歪ませていた原因が取り除かれ、修正が開始された。迷妄の森も、ファンタジーな家も全て消失していく。モレーの言う通り怪物の藤丸が付けていた仮面こそがこの特異点を発生させていたのだ。

 

「この感じ――終わったな」

 

「ああ、お役御免だ」

 

「特異点が……消えていく……」

 

そしてエリザベートたちの前に高密度の魔力の塊が出現した。

 

「おい、これって……」

 

「聖杯ね~♪これで~解決だわ~♪」

 

エリザベートは聖杯を手に入れる事ができて嬉しそうだ。

 

「エリちゃん!聖杯ゲット!」

 

「もちろんよ子イヌ!こんなにたくさん唄って踊ったんだもの!トロフィーは私にこそ相応しいわ!」

 

エリザべートは聖杯に駆け寄ると、それを見事自分の手で掴んだ。満足そうに聖杯を胸に抱くと、彼女は満面の笑みで言った。

 

「やったわね~♪私~♪」

 

上機嫌で聖杯を撫でるエリザベート。すると彼女の身体が光に包まれ、シンデレラモードから、元のランサークラスへと戻った。この特異点が彼女のクラスや属性にまで影響を与えていたのだろう。

 

「……魔法が解けちゃった。なんて冗談よ。本気にしたらブラッドバスよ」

 

シンデレラ状態から元に戻ったエリザベートは少し名残惜しそうに聖杯をしまう。

 

「エリザベート・バートリー、そして藤丸立香とパニッシャー、正直なところを言うとはじめのうちはおまえたち3人のことを故郷で妙な事をしている奇人と見ていた」

 

「まあ、無理もないかな……」

 

「原因がおまえたちではないとわかった上で、そんな風に見てしまったのだ。だが今は……」

 

ゼノビアがそう言いかけた直後だった、パニッシャーが素早く銃を抜き、モレーに発砲したのだ。銃弾はモレーの足に命中し、彼女を転倒させた。

 

「痛ッ!?ちょっと何するのよ!?」

「黙れ!!」

 

モレーの言葉を遮るように叫ぶと、彼は倒れた彼女に近づき、彼女の顔面を蹴り飛ばす。サーヴァントである彼女に単なる蹴りなど通用しないのだが、それでもパニッシャーは自分の中から湧き上がる憤怒を抑える理由がなかった。特異点の修正は完了し、藤丸も元に戻る。だがそれで解決ではないのだ。パニッシャーにとってはモレーに"制裁"を下すまでがワンセットだ。

 

「特異点は修正できた。もうお前と仲良くする義務も義理も無い。立香を怪物に仕立て上げた償いをしてもらうぞ?」

 

「オイオイ!せっかくの余韻がぶち壊しじゃねぇか!!せっかく良い感じだったのによぉ~!!!」

 

「黒イヌ!アンタまだそんな事を……!」

 

だがパニッシャーの攻撃にモレーも堪忍袋の緒が切れたのか、立ち上がってパニッシャーをにらみつける。

 

「あ~もう!空気読めないったらないんだから!!」

 

モレーは自分の武器である剣と盾を呼び出して構える。

 

「いいですよ、いいですとも!そんなにお相手したいんならしてあげましょう!」

 

モレーがそう言った次の瞬間、パニッシャーの胸はモレーの剣で貫かれていた。サーヴァントの攻撃スピードは音速を超えており、常人の範囲内の身体能力の持ち主であるパニッシャーでは回避する事ができなかったのだ。

 

「ガハ……!」

 

口から血を吐き出すパニッシャー。夥しい鮮血が床に滴り落ち、彼の身体から力が抜けていく。そんなパニッシャーに対し、モレーは更に剣を深く突き刺した。

 

「黒イヌ!?」

 

「パニッシャー!!」

 

エリザベートと藤丸はモレーの剣で貫かれたパニッシャーを見て叫ぶ。だがパニッシャーは尚も諦めずにモレ―に攻撃しようとする。

 

「これって所謂"正当防衛"ってヤツだからね?貴方があたしに攻撃してきたんだから、やり返されても文句言わないで?」

 

そう言うとモレーはパニッシャーの身体を蹴飛ばし、彼の身体を壁際まで吹っ飛ばす。そして彼女はパニッシャーに向かって歩き出す。

 

「オイ!オッサンが死んじまうだろうが!!」

 

モードレッドはモレーの凶行を止めようとするが、既にモードレッドとナポレオンはこの特異点からの退去が開始しており、この空間に留まる事はできない。

 

「黒イヌ!!しっかりしなさい!!」

 

エリザベートは必死に呼びかけるが、パニッシャーは既に虫の息であり、彼が助かる見込みはなかった。だがそれでもパニッシャーは立ち上がり、近づいてくるモレーに攻撃しようとする。

 

「あ~、しつこい!いい加減にしてくれないかなぁ~?」

 

そう言いながらモレーは剣を振りかざしてパニッシャーの身体を切り裂いた。

 

「ガハッ……!」

 

全身を切り刻まれたパニッシャーはそのまま床に倒れ込む。エリザベートは人形状態の藤丸を抱えて倒れたパニッシャーに駆け寄り、彼の身体を揺する。

 

「黒イヌ!お願いだから死なないで!!」

 

「ガフッ……ハァッ……!」

 

吐血しながら荒い呼吸を繰り返すパニッシャー。そんな彼を見てエリザベートは泣きながら彼に呼びかける。

 

「アンタ!黒イヌになんてことしてんのよ!!」

 

エリザベートは恐ろしい形相でモレーを睨む。

 

「その人が最初にあたしを殺そうとしたんですけど~?犬の真似されるわマッパにされるわ、おまけに怪物になった藤丸立香に攻撃させようとするわ、最後にはあたしを殺しにくるわで、寧ろあたしは被害者ですって。いや、マジで」

 

モレーは自分を睨むエリザベートに対して言い返す。

 

「アンタね……!!そんな言い訳が通るとでも思ってんの!?」

 

「パニッシャー!しっかりして!パニッシャー!!」

 

藤丸の呼びかけにパニッシャーは応えられない。出血多量で意識が朦朧としている。

 

「立……香……」

 

そこでパニッシャーの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここは……?」

 

目を覚ますとそこは夜の森の中であり、パニッシャーは焚火の前にいた。そして彼以外にも焚火を囲っている者が二人、『予言の子』と『妖精の王』である。二人はパニッシャーが目を覚ましたのに気付いた。そして予言の子がパニッシャーに温かい飲み物を差し出した。

 

「どうぞ。この森でしか採れない貴重な果実から作ったお茶です」

 

差し出されたカップを受け取ったパニッシャーはそれを一口飲んだ。そしてカップを近くの地面に置くと、今度は予言の子がパニッシャーに尋ねてくる。

 

「……彼は随分あなたを慕っているんですね」

 

"彼"……というのは当然の事ながら藤丸立香の事であろう。パニッシャーは少し間を置いて答えた。

 

「ああ……」

 

パニッシャーは短く答える。

 

「そういうお前たちこそ立香と随分親しいんだな。アイツはカルデアでお前たちの事をよく話しているぞ?」

 

パニッシャーの言葉に予言の子と妖精王は顔を見合わせる。

 

「そうかい?それは光栄だね」

 

妖精の王は胡散臭い笑顔で答える。だが、言葉とは裏腹に彼の目は笑っていない。

 

「……彼は余りにも重い使命と責任を背負わされている。それこそ一人の人間では到底耐えきれないほどの」

 

予言の子の言葉通り、これまで藤丸は七つの特異点の修復やその他多数の微小特異点の修正、地球が白紙化して以降は世界に散らばった七つの異聞帯の空想樹の切除。世界を救うという大役と使命を押し付けられた少年という言葉が相応しい。地球を、そして人理を取り戻すには藤丸立香という少年の存在が必要不可欠。しかし過酷な戦いを続けていく内に彼の精神は消耗していき、もう日常には戻れないのではないか?そんな危うささえも持っている。ごく普通に育った子供にとっては余りにも過酷な運命であろう。だが彼は逃げ出さなかった。ここまで来たからには最後までやり通す、というのが今の藤丸の考えである。

 

「……くだらない。実にくだらない。そんな茶番からはさっさと手を引いた方がいいと思うけどね」

 

そこには妖精の王ではなく奈落の虫がいた。冷笑的な言葉で毒を吐く彼にパニッシャーは思わず苛立ちを覚えてしまう。

 

「大体、アンタは彼の親代わりにでもなったつもりかい?馬鹿馬鹿しい……いい年した大人が、子守りをして自己満足に浸るなんてさ。本当の親でも親戚でもない癖に」

 

奈落の虫はパニッシャーに対して毒を吐きつける。確かに藤丸を自分の子供に重ね合わせているのは事実だ。そこは否定できない事ではあるが……

 

「勝手にほざいてろ虫野郎。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

 

「あぁ……イライラする!反吐が出る程にイラつくよ、その目! その態度!」

 

奈落の虫は立ち上がると、パニッシャーも同じく立ち上がる。二人は殺気を放ちながら睨みあうが、そんな二人の間に予言の子が割って入り仲裁を行う。

 

「お二人とも落ち着いてください。喧嘩しても無意味です」

 

予言の子の言葉を受けて二人はしぶしぶながら引きさがる。それから三人は再び焚き火を囲む。

 

「パニッシャー……いえ、フランク・キャッスル。貴方はまだ死んではいけない。自分の腕に嵌めているブレスレットを見てください」

 

予言の子の言葉を受け、パニッシャーは自分の右腕に嵌められあ金色のブレスレット……ストレンジから渡されたアーク・ブレスレットを見る。

 

「これは……」

 

「そのブレスレットに願うのです。そのブレスレットは数多ある平行世界に存在する"自分の持つ力"をそのまま使える。さぁ、願ってください。そうすれば貴方は誰にも負けない力を手にする事ができる。それがあれば彼を……藤丸立香を守れる」

 

予言の子の言葉を受けてパニッシャーはブレスレットに願った。数ある平行世界に存在する"最強の自分"が持つ力をその身で使う為に……。強く、強く、何度も、何度でも……。そしてパニッシャーの身体に変化が起きた。自分の中に、正体不明の強大な力が発生したのだ。力が迸る、力が溢れてくる、力が満ちていく。これが……これこそが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――君!!

 

 

 

 

 

 

 

―――パニッシャー君、起きるんだ!!




ここまで長かったー……(;^_^A


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第29話 銀髪の青年

これにてハロウィン・ライジング編は完結です。今回はCパートあり。


「ここ……は……?」

 

「よかった!目を覚ましたんだね!」

 

ダ・ヴィンチは床に横たわるパニッシャーの顔を覗き込みつつ、嬉し涙をこぼす。そして傍では心配そうな表情を浮かべていたマシュの姿もあった。どうやら自分はあの後、意識を失っていたらしい。そう……藤丸を山羊頭の怪物に変えたモレーによって瀕死の重傷を負わされたのだ。周囲を見ると自分がいるのはカルデアの管制室だ。どうやらあの特異点を修正した後に戻ってこれたらしい。そして藤丸も意識を取り戻したパニッシャーに駆け寄り、彼の身体を抱き寄せる。

 

「よかったおじさん!無事で本当に良かった!!」

 

「心配するな……。そう簡単に俺は死にはしない」

 

藤丸もダ・ヴィンチと同じく目尻から涙をこぼして、安堵の声を漏らす。ふと、奥の方を見るとそこにはモレーが立っているではないか。彼女はパニッシャーが目を覚ましたのを見てあからさまに「げっ!?」という顔をしていた。そして全身に走る激痛を感じながらパニッシャーは立ち上がり、ふらふらとした足取りでモレーに近付いていく。

 

「モレー……!立香をあんな山羊の怪物にした償いをしてもらうぞ……!」

 

「えーと……心臓貫かれたのに生きてるってどゆこと?あたしの剣で確かに貫いたはずなんだけど……」

 

しかしモレーが喋っている最中にパニッシャーは拳で彼女の顔面を殴りつける。当然サーヴァントである彼女には一切通じていないが。

 

「パニッシャー君!落ち着いてくれ!」

 

「その……彼女が先輩を山羊頭の怪物にした事はエリザベートさんから聞いています!モレーさんはこれから退去するので、手を出す必要は……」

 

「退去?退去だと!?立香をあんな目に遭わせておいて、何の罰も受けずに退去するだと!?」

 

が、マシュの言葉はパニッシャーの怒りの炎にガソリンを注いだだけに終わった。パニッシャーは懐から軍用ナイフを取り出すと、それでモレーに斬り掛かる。

 

「うわっ!?」

 

咄嗟に回避したモレーだが、それでもパニッシャーの攻撃には一切の迷いがなかった。更に追撃しようとパニッシャーがモレーに襲いかかろうとした時、後ろから誰かが彼の身体を抑えたではないか。

 

「黒イヌ!もうやめなさい!相手はサーヴァントなのよ!」

 

「離せっ!!俺はあいつを殺す!!」

 

「落ち着きなさい!ここはカルデアよ!モレーはもう退去するんだから、これ以上攻撃する必要は……!」

 

エリザベートの言葉を聞き、パニッシャーは後ろにいるダ・ヴィンチ、マシュ、藤丸の顔を見る。三人ともモレーに対する罰を望んでいない様子だ。だが彼はそんな事など知った事ではないとばかりに、エリザベートの拘束を振りほどこうとする。だが、そんな彼の腕にそっと手を添えてくる者が現れた。

 

「おじさん……お願いだから、やめて下さい……。」

 

「何故だ?この女は特異点にある城でお前を深淵の聖母とやらに変えようとしたんだぞ?そのせいでお前はあんなバフォメットもどきの怪物にされたんだ」

 

パニッシャーはモレーを指差しつつ、彼女が藤丸に対してした仕打ちを告げる。それに対し、マシュとダ・ヴィンチは彼女に代わって謝罪するのだった。

 

「すまないね……。まさか君がそんなに怒るとは思わなかった。けどもうモレーはカルデアを退去する。これ以上責め立てる必要は……」

 

「立香はお前たちにとって大切な仲間じゃないのか!?下手をすれば永遠に山羊頭の怪物の状態から元に戻れなかったかもしれないんだぞ!!ダ・ヴィンチ、マシュ、お前たち二人は立香がやられて平気なのか!?」

 

パニッシャーの怒号が管制室に響き渡る。彼の言葉にマシュとダ・ヴィンチは申し訳なさそうに視線を下に向けた。

 

「あの……私は、先輩は大丈夫なのではないかと思っていました。確かにモレーさんのした事は許されません。しかし先輩はモレーさんに対する処罰は望んでいませんし、私も同じ気持ちです」

 

「自分の大切な人間が酷い目に遭わされて、それでよく冷静でいられるな……!」

 

パニッシャーは憤慨した様子でマシュとダ・ヴィンチに言う。確かに藤丸がモレーから受けた仕打ちを考えれば、彼女を赦せるはずがなかった。

 

「……確かに彼女は私達と敵対していたし、そもそも特異点を生み出した元凶でもあるからね。けど彼女が行おうとした深淵の聖母を降臨させる儀式は失敗した。彼女にとっての罰はそれだけで十分じゃないか」

 

ダ・ヴィンチの言葉に今度はエリザベートが口を開いた。

 

「そうよ黒イヌ。必要以上に処罰や制裁を加えるやり方はカルデアでは推奨されていないじゃない。子イヌも元に戻ったわけだし、これ以上責めても意味ないわ」

 

「お前の意見などどうでもいい!だが、俺は納得しないぞ……!こいつは俺達が守るべき人間を傷つけたんだ……!」

 

パニッシャーはモレーの方に向き直る。

 

「血の気多過ぎませんか?というよりあたしは特異点であなたに身ぐるみ剝がされて全裸にされたんですからねー!」

 

そう、パニッシャーは協力を申し出たモレーに対して首輪を付けて犬のように四つん這いで歩かせたり、彼女に対して霊衣を全て脱いで全裸になるように強要したりしたのだ。

 

「何だって?それは本当かい?」

 

「えぇ、そうですよ。あたしはこの方に全裸になる事を強要された挙句、犬のような扱いをされましたとも」

 

そう言ってモレーは両手を上げて降参したかのように振る舞う。

 

「……パニッシャー君」

 

ダ・ヴィンチは悲しそうな表情でパニッシャーを見つめている。事実なので仕方ないにしても、マシュとダ・ヴィンチにバレるのは何とも気まずい。

 

「その……全裸にした挙句に犬のように四つん這いでの歩行を強要するのはどうかと……」

 

「まぁ……あたしも同じ事をするかもしれないけど」

 

「二人共、少し静かにしてくれ」

 

二人の会話をダ・ヴィンチが遮る。ダ・ヴィンチの表情はいつもの飄々とした感じが消え失せていた。代わりに無表情でパニッシャーをじっと見ている。

 

「パニッシャー君、幾ら敵とはいえ女性に対してあまり手荒な真似は良くないんじゃないかな?裸にひん剥いて無理やりに犬の真似をさせるなんて、人として最低だよ?」

 

「はい、そうですね。私も同じ意見です」

 

そしてモレーは泣き落とし作戦に出たのか、涙を流しながらマシュとダ・ヴィンチに対してパニッシャーから性的な辱めを受けていた時の屈辱と悔しさを語り始める。

 

「あたしは犬のように歩かされ、人間の言葉を喋る事さえ禁じられました。犬のように"ワン!"とだけ吠えさせられて、人間の言葉を喋れば罰を与えられます。まるで犬になった気分でしたよ」

 

「ふむふむ……。パニッシャー君がそんな事をねぇ。私にはとても信じられないけどなぁ」

 

「……にわかには信じられないのですが……えっと……パニッシャーさんなら何となくやりそうな雰囲気があるなぁ……と」

 

「確かに女性にそういった事を強制する行為は褒められたものではないね。それは私でも分かる事だ」

 

「ダ・ヴィンチちゃんの真顔が怖い……」

 

藤丸は冷や汗をかきつつ苦笑いをしている。モレーに対してのパニッシャーなりの罰なのであるが、当然ながらマシュやダ・ヴィンチには受けが非常に悪い。サーヴァントとはいえ女性に対する仕打ちにしてはあまりにも非道な行為だった。

 

「彼女が許せないのは分かるけど、人として最低な行為だけはしちゃいけないよ?君は男性なんだからちゃんと理性を持って行動してほしい」

 

ダ・ヴィンチが優しく言い聞かせるように語るが、それに対してエリザベートが横から割り込んでくる。

 

「ええと……私も黒イヌがモレーをスッパにひん剥く事に賛成しちゃったのよね……。だから黒イヌだけ責めるのは筋違いよ。私にも責任があるから」

 

「やれやれ、君まで加担していたとは……。君も立派な共犯者の一人だね」

 

ダ・ヴィンチは溜息をつきながらパニッシャーとエリザベートの二人を見る。

 

「捕虜に対する酷~い仕打ちはカルデアの主義じゃないでしょう?あたしはこの二人から性的な辱めを受けていましたからね~」

 

ドヤ顔で語るモレー。

 

「君の場合は自業自得な気もするけどね……」

 

「ですが私は先輩が元に戻られて良かったと思います!」

 

「……」

 

マシュは藤丸の隣に立つと、彼の手を優しく握り、藤丸もマシュに微笑み返す。

 

「ありがとうマシュ。心配かけてごめんね」

 

「まぁ何にせよ、無事で何よりだよ。一時はどうなる事かと思ったさ」

 

ダ・ヴィンチが安堵の表情で話すが、パニッシャーは未だに納得できない様子だった。目の前のモレーに対する殺意は針を振り切る程に高まるばかりである。そしてこっそりとモレーに近付き、銃で頭部を射抜こうとするが、それに気付いたダ・ヴィンチがパニッシャーの横に立つと、彼の腕に手を添えながら首を振った。

 

「気持ちは分かるけど落ち着いてくれ。モレーのした事は許されないけど、彼女はカルデアから退去する。それでいいじゃないか?」

 

ダ・ヴィンチがそう告げるが、それでもまだ怒りが収まらないパニッシャー。

 

「すぐ怒りに身を任せようとするのは君の悪い癖だよパニッシャー君。君はもっと理性的にならないとね」

 

パニッシャーは自警団員として怒りに身を任せながら犯罪者や悪党を殺戮し続けていたが、このカルデアでマスターとして所属している以上は、自警団をしていた時のようにはいかない事はパニッシャー自身も十分に承知している。しかし藤丸を深淵の聖母とやらに変えた事はカルデアにとっても看過できない所業の筈だ。にも拘わらずモレーを大人しく退去させてあげているのはマシュとダ・ヴィンチなりの温情だろうか?二人は良くも悪くも優しい性格なので、藤丸に手を出したサーヴァントでも過剰な制裁を咥えたりはしないのだが、一歩間違えれば藤丸は元に戻らなかったかもしれないのだ。それを考えればモレーの所業は許せないし、このままアッサリ退去させるだけで済ませるというのは納得しがたい。藤丸本人はそこまで怒っておらず、マシュとダ・ヴィンチもモレーが藤丸にした仕打ちを理解しつつも、彼女の退去を認めているが、パニッシャーは納得できない。

 

「マシュ、ダ・ヴィンチ。お前たちの優しさは俺も理解しているつもりだが、今のお前たちが見せているのはモレーに対する優しさ"じゃなく"甘さ"だ。温情を与えるのは時と場合にしてくれ」

 

パニッシャーはモレ―に対する罰を下そうとせず、彼女の退去を認めているマシュとダ・ヴィンチを非難する。それに対してマシュが口を開く。

 

「パニッシャーさん……。私は確かに甘く考えているかもしれません。ですが、カルデアは過ちを犯したサーヴァントを糾弾したり裁いたりする組織ではありません」

 

「マシュの言う通りだよ。これが私たちカルデアの方針なのさ。……納得できないのは分かるけど、彼女は……モレーはこれ以上暴れず、素直に英霊の座に退去してくれる。それならそれで良しとして、私たちは彼女を送り出してあげればいいんだよ」

 

どうやらパニッシャーが何を言っても、結局はモレーへの処遇を変える気はないらしい。二人の頑固な意思を感じ取ったパニッシャーは溜息をつく。マシュとダ・ヴィンチの優しさはこの先で枷になってしまうだろう。それにモレーはいずれ再びカルデアの前に現れる可能性が高い。その時になって後悔しても遅いというのに、お人好しな奴らだと呆れたのだ。そしてそんなパニッシャーに藤丸が寄り添う。

 

「おじさん、俺は気にしてないから彼女の退去を認めてあげて?おじさんだって酷い怪我を負ってまで頑張ってくれたんだから……」

 

そう言いつつ、まだ傷が癒えていないであろうパニッシャーの身体を支える藤丸。パニッシャーは自分を支えてくれた藤丸の頭を優しく撫でる。

 

「えへへっ♪ありがとね、おじさん♪」

 

藤丸はパニッシャーに撫でられて嬉しそうに笑う。そんな二人を見て、ダ・ヴィンチとマシュも安心したように笑った。

 

「おやおや~?パニッシャー君は藤丸君のお父さんみたいだね~?」

 

ニヤニヤしながら茶化すように言うダ・ヴィンチ。マシュもクスクスと笑う。二人の様子を見たエリザベートも微笑ましそうに見つめていた。

 

「黒イヌ、アンタがお父さんなら悪い事はしちゃいけないって口酸っぱく教えてきそう。仮に私のパパがアンタなら、悪事なんてやれそうもないわね」

 

エリザベートもそう言って、笑いながらパニッシャーをからかう。確かにパニッシャーであれば自分の子供に対して人一倍モラルや道徳の重要性を学ばせるに違いない。

 

「黒イヌって子イヌの事を本当に大事にしているのねぇ」

 

エリザベートはパニッシャーの隣に立つと、肘を用いて彼の身体をウリウリと突っつく。そしてパニッシャーもエリザベートの頭を優しく撫でた。

 

「な、なによ……。私の頭を撫でたって何も出ないわよ……」

 

そう言うエリザベートは顔を赤らめながら照れていた。

 

「それよりエリザベート、デッドプールの野郎はどうした?アイツはサーヴァントじゃないからあのまま特異点に残ったんだとは思うが……」

 

「ん?あの赤いタイツなら私や子イヌ、アンタが退去する前にどこかに転移しちゃったわよ?」

 

デッドプールがなぜあのメルヘンな特異点にいたのかは不明だが、どの道またどこかの特異点で顔を合わせる事になるだろう。久しぶりに会って相変わらず賑やかでお喋りだったが、恐らくあの調子ならどんな特異点でも生きていけるだろう。

 

「それじゃあたしはそろそろ退去しますね~。私は今回の特異点での記憶を引き継げないので、このカルデアで召喚されればあなた達の事は覚えていません」

 

「今度は味方として会えるといいね」

 

自分を深淵の聖母に変えた張本人であるモレーに対して怒りの言葉も出さず、"次は味方として会いたい"と言えるのは流石人類最後のマスターともいうべきか。こういった部分があるからこそ、これまで多くの特異点の修正をこなしてこれたのだろう。

 

「あぁ、伝え忘れていましたが、私はあの特異点そのものを作り上げたわけではありません。あの特異点を創造した張本人は別に存在します」

 

「……何だって?」

 

「もう時間がありませんので、ここらでお別れですね。それじゃあ皆さん、縁があればまた会いましょう」

 

そう言い残すとモレーは笑顔で手を振ってその場から消失した。彼女の言葉をそのまま受け取るならば、今回の黒幕が別の所に潜んでいるらしい。今はまだ戦う機会がなくとも、いずれ必ず会う事になるだろう。

 

「それにしてもあの特異点で会った王子様って誰だったんだろ……。顔ぐらい見ておきたかったわ」

 

そう、迷妄の森やチェイテシンデレラ城で助言をくれた王子様が誰なのかサッパリ分からなかった。王子様の存在が謎のまま今回の特異点の騒動は幕を閉じる事となる。

 

 

 

 

 

****************************************************************

 

 

 

 

パニッシャーはノウム・カルデアの廊下をダ・ヴィンチ、藤丸と共に歩いていた。途中、ドクター・ストレンジに会い、彼の魔法で身体に異常がないかどうか調べてもらったが、特に問題はないと言われた。その際にパニッシャーは頭の中にモヤが掛かったかのような感覚を覚えたが気にしない事にした。特異点でモレーの剣で胸を貫かれたにも関わらず、こうして生きている事自体が不思議なのだ。ストレンジから問題無いと言われたとはいえ医務室に向かい、適切な診査を受けるに越した事はない。廊下を歩き、もうすぐ医務室へと辿り着く時に廊下に取り付けられている手摺に捕まりながらリハビリしている銀髪の青年と会った。病衣を着た銀髪の青年は目に隈ができてはいるものの、顔立ちは整っており美男子の部類に入るだろう。ダ・ヴィンチは銀髪の青年に近付きながら声を掛ける。

 

「やぁカドック。調子はどうだい?」

 

どうやら彼はカドックというらしい。カドックはダ・ヴィンチを見ながら呟いた。

 

「最悪だよ」

 

彼の言葉を聞いたダ・ヴィンチは苦笑いをしながら話しかける。

 

「まだ怪我の調子が良くないんだね。だけどしっかりと休息とリハビリに専念したまえ。時間はかかるかもしれないが君なら乗り越えられるさ」

 

そう言いながらダ・ヴィンチはカドックの肩を軽く叩いた。それに対してカドックは素っ気ない態度を取る。

 

「フン。他人事みたいに言うんだな」

 

ふと、カドックとパニッシャーの視線が合う。それを見たダ・ヴィンチはパニッシャーに対してカドックの紹介をした。

 

「そういえばパニッシャー君は彼に会うのは初めてだったね。彼はカドック・ゼムルプス。私たちと同じカルデアのメンバーで、藤丸君と一緒に人理修復をしているんだ。こちらはパニッシャー君といって、新しくカルデアに入る事になった新米のマスターなのさ」

 

ダ・ヴィンチはパニッシャーに対してカドックを紹介し、カドックに対してもパニッシャーをカルデアに参加することになった新米のマスターだと伝えた。

 

「……パニッシャー。本名はフランク・キャッスルだ」

 

パニッシャーはカドックに対して手短に自己紹介をした。

 

「ああ……よろしく……」

 

カドックはどこか歯切れの悪い返事で答える。藤丸以外にもカルデアに所属しているマスターがいるとは初耳だが、とりあえずカドックもこれから共に戦うマスターとして肩を並べて戦場に立つ事になるだろう。藤丸とパニッシャーは先に医務室に向かい、その場にはダ・ヴィンチとカドックだけが残された。

 

「……何で僕がカルデアに所属しているマスターなんて嘘を付いた?」

 

カドックは遠ざかっていくパニッシャーと藤丸の背中を見ながら、隣にいるダ・ヴィンチに言う。

 

「何でって……それは君の身の安全を守るためだよカドック」

 

ダ・ヴィンチも去っていくパニッシャーの背中をじっと見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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藤丸がパニッシャーと共に医務室に向かっているのと同時刻、消灯され誰もいない彼のマイルームの机に置かれたソーから貰った通信機から酷く取り乱した声の救援要請が入った。

 

 

「――――聞こえる!?――――こち――ら――――ヘイムのヒルド!――――に襲撃されてるの!お姉さま――――やられ――――ヘイムは奴の軍隊に襲撃を受けています――――――!このままでは女王陛下が奴に――――ゴッドブッチャーに殺――さ――――れ――――」

 

 

通信機からの救援要請はそれで途切れてしまい、再び藤丸のマイルームは静寂に包まれる事となった。




次回から新章に突入。


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英雄と英霊の戦い
第30話 皇女への感謝


今回から新章突入。いよいよアベンジャーズとカルデアが……。


「ふ~じ~ま~る~」

 

立香はそう言いながら、猫のように藤丸の身体に自分の身体を擦り付けてくる。並行世界からこちらのカルデアに来て以降、こうして藤丸と一緒のマイルームで暮らしているのだが、毎日スキンシップをしてくるので藤丸としてはかなり参っているのだ。並行世界の同一人物とはいえ藤丸は少年で、立香は少女である。それが同室で寝食を共にしているというのは色々と問題があるのではないかと思わなくもないが、当のマシュやダ・ヴィンチからは黙認されているような節がある。

 

「立香、猫みたいにスリスリしてくるのはいいけどさ……」

 

「けど?」

 

「その……む、胸が俺の背中に当たってるから」

 

そう言うと、自分の胸に視線を落とすとクスリと笑う。

 

「あはは、照れてる。可愛い」

 

「か、からかうなよ」

 

「いいじゃん。わたしとしては嬉しいんだけどなぁ」

 

立香は猫のような表情を浮かべながら更に身体を密着させてくる。すると、今度は腕に柔らかい感触が伝わってくる。流石に恥ずかしくなってきたため離れようとするも、腰に腕を回されて離れる事が出来ない。

 

(これはやばいぞ……!)

 

そう思いつつもどうする事も出来ないまま数分経過した後、コンコンというノックの音によってようやく解放されたのだった。入って来たのはマシュだ。マシュは立香が藤丸の身体に密着しているのを見て、溜息をつく。

 

「立香先輩、藤丸先輩と仲が良いのはいい事ですが、羽目を外し過ぎないようにしてくださいね」

 

マシュはそう注意するも、悪びれる事もなく笑顔で答える。

 

「うん、わかった」

 

「……本当にわかってますか?……まあ、いいでしょう。それで、藤丸先輩の様子はどうでしたか?」

 

「うーん、相変わらずって感じかな。わたしが抱き着いたら恥ずかしがってるみたいだったよ」

 

年頃の少年である藤丸にとって、異性である立香のスキンシップは刺激が強い。そのため、つい邪険に扱ってしまう事もある。

 

「な、なあ立香。ボディタッチしてくれるのは嬉しいんだけど、もう少し控えめしてくれた方が……」

 

その言葉に対して、不満そうに頬を膨らませて反論する。

 

「えぇー?だってこうしないとわたしの事意識してくれないじゃん!」

 

「こうして俺のマイルームで一緒に寝起きしている時点で嫌でも意識しちゃうよ!」

 

「お二人とも喧嘩しないでください!今日はレイシフトの予定もないんですから、もっと平和的にですね……」

 

そう言って二人を宥めるマシュだったが、相変わらず立香は藤丸にベタベタしている。立香の方は最早藤丸に依存しているようにしか見えず、このままでは不味いのではないかと思うようになるのだった。そして見かねたマシュは立香と藤丸を強引に引き離す事にしたのだ。マシュは二人の間に割って入り、藤丸に抱き着く立香を引き剥がそうする。

 

「立香先輩、藤丸先輩が困ってますからやめてください!」

 

「ちょっとマシュ!邪魔しないでよ!今からいいところだったのに!」

 

「ダメです!」

 

二人の美少女による、まるでキャットファイトの様な光景を目の当たりにして、藤丸は苦笑するしかなかった。

 

「藤丸先輩の事が好きなのはわかりますが、やり過ぎです!このままだと、いつか嫌われてしまいますよ!」

 

「いいじゃん!わたしと藤丸は一心同体、以心伝心だもん!何たって並行世界の同一人物だからね!」

 

ドヤ顔で言う彼女を見て、マシュは頭痛を覚える。確かに、藤丸と彼女の関係は唯一無二であり、他の誰にも代えられないものだという事はわかっている。しかしそれはそれ、これはこれなのだ。如何に同一人物とはいえど藤丸と立香は異性であり、男女なのだ。いつ一線を越えた関係になるかなんてわからない。だからこそ、今の内に釘を刺しておかねばならないと思い立ったのだ。

 

「立香先輩、よく聞いてください。幾らなんでも距離が近すぎます。少しは自重した方がいいかと」

 

マシュは真面目な口調で説得を試みる。しかし、彼女は一向に聞き入れる様子はない。それどころか、寧ろ反抗的な態度を見せている。

 

「いいですか、仮にも藤丸先輩は男性なんですよ。そんな相手に気安く触れ合ったり、あまつさえ一緒に寝るなんてもっての外です!」

 

「何よ……!別にわたしが藤丸と一緒のベッドで寝たっていいじゃない!それともマシュはわたしに嫉妬してるの?」

 

「そ、そんな事はありません!ただ、もう少し立香先輩は控えめになられた方がよろしいかと思いまして……」

 

それを聞いた瞬間、立香はぷいっとそっぽを向く。

 

「ふーんだ!別にいいもん!マシュの意地悪!」

 

駄々をこねる子供のように叫ぶ。立香の態度に困り果てたマシュを見て藤丸は立香を注意する。

 

「おい、あまりマシュを困らせるなよ」

 

「なによー。藤丸はマシュの味方なのー?」

 

ふくれっ面をしながらそう言う彼女に、呆れながらも諭す様に話しかける。

 

「いや、そういうわけじゃないけどさ……年頃のお前と俺がこうして同じ部屋で暮らしているんだからマシュも神経質になっちゃうんだよ。マシュの言う通り、少し距離感は考えた方がいい」

 

「すみません、先輩。私も感情的になりすぎてしまいました」

 

マシュもマシュで、反省している様子だ。

 

すると、突然音が鳴った。どうやら何者かがドアをノックしたらしい。ドアを開けると、そこにはアナスタシアが立っていた。

 

「おはようマスター、よく眠れましたか?」

 

笑顔でそう尋ねる彼女に対して、藤丸は挨拶を返した。

 

「おはようアナ。それじゃあ食堂に行こうか?」

 

藤丸はベッドから立ち上がると、アナスタシアと一緒に廊下に出て彼女と一緒に食堂へと向かった。その様子をジト目で見つめる立香。

 

「……藤丸とアナってあんなに仲が良かったの?まるで夫婦みたいじゃない……」

 

頬を膨らませながらそう呟く。藤丸のアナスタシアを見る顔はまるで本当の家族であるかのようだ。

 

「アナスタシアさんは藤丸先輩が色々大変な時に支えてくださったんです……。正直なところ、私じゃどうにもできませんでした」

 

マシュの顔はアナスタシアに対する感謝で満ちており、藤丸と並んで廊下歩いている様子を微笑ましく見つめている。そしてそんなマシュの顔を見た立香は面白くなさそうに言う。

 

「ふ~ん、マシュってわたしが藤丸と仲良くしている時は止める癖に、アナが藤丸と仲良くするのは止めないんだね」

 

明らかに棘のある言い方だ。しかし、マシュはそれを気にせずに平然と答える。

 

「当然です。アナスタシアさんは先輩にとっての恩人なんですから。私なんかじゃあの二人の間にはとても立ち入れません」

 

「わたしと藤丸は並行世界の同一人物であり、唯一無二の関係なんだけどな~」

 

確かに藤丸と立香は同姓同名かつ、遺伝子も全く同じの同一人物ではあるが、立香の方が半ば一方的に藤丸に対して接近しているようなものなので、果たして本当に対等な関係と言えるのかは不明である。しかも立香は明らかに藤丸に依存しているようにしか見えない。それ故にマシュは立香が藤丸と仲良くしようとするのに苦慮しているのだ。

 

「立香先輩、藤丸先輩と仲良くしたいのであれば、あの人の気持ちをよく理解してあげる事が大切です。藤丸先輩は優しい方ですが、立香先輩が毎日行う過剰なスキンシップの連続には少々困惑しておられますから」

 

そう言ってマシュは諭すように言う。立香も渋々納得した様子で頷いた。

 

 

 

 

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藤丸はアナスタシアと並んで食堂へと向かっていた。アナスタシアは藤丸と腕を絡ませつつ歩いているが、当の藤丸はそれを鬱陶しがるどころか喜んで受け入れている。アナスタシアの腕は柔らかくて暖かい。おまけに良い匂いまでする。

 

「フフフ、そんなに腕にしがみついて、甘えん坊さんね。可愛いわ、マスター」

 

「ご、ごめんアナ!俺、そんなに君の腕にしがみついちゃってた……!?」

 

そう言いながら慌てて手を離す。どうやら無意識だったらしい。そんな藤丸を見てアナスタシアはクスクスと笑う。

 

「いいえ、気にしないでください。別に迷惑ではないわ。ただ……」

 

アナスタシアは意味ありげに言葉を濁す。

 

「むしろ、貴方の方から私に抱き着いてきてくれた方が嬉しいわね」

 

アナスタシアの言葉に藤丸は顔を茹蛸のように真っ赤になる。

 

「あら、どうしたの?まるで熟れたトマトのようよ?フフフ、面白いわ、マスター」

 

アナスタシアはからかうように笑った。そんな調子で歩いてると、廊下の向こうからパニッシャーが歩いてきた。パニッシャーは二人に気付くと近付いてくる。

 

「立香、よく眠れたか?」

 

「うん、おかげさまでね。おじさんも俺やアナと一緒に食堂に行く?」

 

藤丸の誘いにパニッシャーは頷き、3人で食堂へと向かう事にした。廊下を歩いている最中、アナスタシアがしきりにパニッシャーに対して視線を送っている。

 

「……マスター。悪いけど先に食堂に行ってて。私はこの方とお話をしたいの」

 

「え?おじさんと?分かった。それじゃ先に行ってるよ」

 

藤丸はそう言って二人をその場に残して先に食堂へと向かう。そして廊下ではパニッシャーとアナスタシアが対面する形となった。

 

「マスターは随分貴方に懐いているみたいね。私から見ると、本当の親子のように見えてしまう」

 

このノウム・カルデアに来た当初は、サーヴァントの面々との衝突を繰り返していたパニッシャーではあるが、彼等に対する認識を改めた今ではこうして話し合う事ができている。

 

「……立香がシミュレータールームに籠っている時に、お前がアイツを支えてくれたんだったな。アイツを支えてやってくれてありがとうな……」

 

パニッシャーはアナスタシアに対して心からの感謝の言葉を述べた。そう、藤丸は魔術協会の手により両親を奪われ、心に深い傷を負いつつシミュレータールームで虚像の両親と長期間暮らしていた時がある。だが生前に家族を理不尽に奪われたアナスタシアは藤丸の家族を失った悲しみと、彼が持つ一人の少年としての脆さと弱さを受け止め、藤丸と共にシミュレータールームから出てきたのだ。その時パニッシャーは微小特異点の修復で忙しかったので、ノウム・カルデアを空けていたのだが、アナスタシアの存在は今の藤丸にとって大きいものとなっている。

 

「……どういたしまして。私がシミュレータールームにいるマスターを迎えに行った際、ご家族を喪った悲しみに暮れるマスターを見た時、胸が凄く締め付けられたのを覚えている。あの時のマスターは愛する両親の死に涙している一人の少年だった……」

 

そう言うアナスタシアの目からは一筋の涙が流れた。両親を失った藤丸と、過去の自分を重ね合わせたのであろうか。

 

「ごめんなさい、見苦しいところを見せてしまったわね……」

 

そう言ってアナスタシアは涙を手で拭う。

 

「パニッシャー……、私は最初あなたをサーヴァント嫌いの変人か怖い人だと思っていたけど、マスターに対する態度を見ていればあなたが本当は優しい人なんだって分かるわ」

 

「よせ、俺は優しい人間なんかじゃない……」

 

そう言いつつも、アナスタシアの言葉に満更でもなさそうな顔をしている。

 

「いいえ、あなたは間違いなく優しく、思いやりのある人よ。……そりゃ敵対者とか悪人、そしてマスターを傷付ける者には容赦しないけど、それは大切な人を護りたいっていう強い気持ちの裏返しなんじゃなくて?」

 

そう言うとアナスタシアはパニッシャーの顔を覗き込んでくる。アナスタシアの宝石のように輝く青い瞳に見つめられ、少し照れ臭そうにしている。

 

「ふふふっ……あなたの目は口ほどにものを言うのよ?私を騙そうとしても無駄なんだから」

 

そう言うとアナスタシアはいたずらっぽく笑う。そんなアナスタシアを可愛いと思ったのか、パニッシャーも思わず笑みをこぼしてしまう。こうやって心から笑えたのは久しぶりな気がした。するとアナスタシアが何かに気付いたかのように声を上げる。

 

「あら?ガレスじゃない」

 

アナスタシアが見た方向に目を向けると、そこには甲冑を着込んだガレスがいるではないか。今のガレスはパニッシャーのサーヴァントであり、彼の姿を見るや、駆け寄って来る。

 

「パニッシャー殿、おはようございます!本日もよろしくお願いいたしますね!」

 

ガレスは満面の笑みで挨拶する。どうやらアナスタシアと同様に彼女も元気そうだ。

 

「もう、そんなに大きな声を出さなくても聞こえるわよ?もっと落ち着きなさいな」

 

ガレスの元気な挨拶に対してアナスタシアは呆れたように返す。ガレスは小動物的な可愛さと、清廉潔白で理想的な騎士であろうとする少女としての面を併せ持つサーヴァントだ。堅物で不愛想なパニッシャーも、子犬のように慕ってくる彼女を見ていると、つい表情が緩んでしまう。

 

「ほら、また笑ってる。その笑い方、素敵よ?とても可愛らしいわ」

 

アナスタシアに指摘され、慌てて表情を引き締める。その顔を見てアナスタシアは再びクスクスと笑う。彼女は時折このようにからかって来るのだ。

 

「あなたは随分ガレスの事を気に入っているのね。表情に出ているわよ?」

 

「こ、これは……」

 

恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「恥ずかしがる事なんてないじゃない。あなたが思っている以上にあの子はあなたに懐いているもの。それが悪い事かしら?私にはそうは見えないわ」

 

パニッシャーがガレスの方に顔を向けると、彼女は屈託のない笑顔でこちらを見ている。純粋で邪気の無いガレスの瞳で見つめられれば、処刑人パニッシャーといえども自然と顔が綻んでしまうものだ。しかしアナスタシアが指摘した通り、自分にはまだ戸惑いの方が大きいようだ。彼女が自分に向ける好意には気付いているし、嬉しくない訳ではないのだが、どう反応していいかがわからない。

 

「パニッシャー殿はこれから食事でしょうか?それならガレスめがお供します!」

 

ガレスの申し出を断るのも悪いので、パニッシャーは彼女と一緒に食堂へと向かう事にした。




こんなに可愛いガレスちゃんの頭を叩き割って殺した鬼畜騎士がいるらしいな?(#^ω^)


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第31話 メリュジーヌとアイアンマン

メリュ子とトニーの絡み回です。そりゃカルデアのサーヴァントは無能じゃないですからねぇ。


空想樹の種がソラから飛来した2017年12月31日のあの日以来、地球は白紙化した。地平線の果てまで白い大地が続き、かつて文明があったという痕跡も、人々の営みがあったという形跡も、山や川、森といった自然の残留物さえも存在していない。まるで最初からこの白色の大地が広がっていたのかの如く、人類史による産物どころか自然が生み出した物さえ跡形もなく消え去っている。

 

そう、ノウム・カルデアはこの漂白化された大地を、白紙化された地球を元に戻す為に戦っているのだ。そんな白紙化した地球でも、空だけは以前と変わらない。空中には建造物も自然物も存在しないのだから当たり前の事であるが、そんな空中を音速のスピードで飛行する二つの物体があった。大気を切り裂き、ソニックブームを放ちながら凄まじい速度で飛行するのは一人の"人間"と一匹の"竜"だった。

 

"竜"とはいっても人間の少女の形を取っているが、その正体は竜の中の冠位と呼ばれる境界の竜アルビオンの左腕から生まれた存在である。その名もメリュジーヌ。彼女もまたサーヴァントとしてノウム・カルデアに召喚されマスターである藤丸立香に従う身だ。

 

生前は妖精國においてブリテン最強の存在とされていたメリュジーヌは、サーヴァントと化した事で弱体化はしているものの、それでも並のサーヴァントであれば容易く殲滅できる程の力を持つ。そんなメリュジーヌとスピードを競うようにして飛行しているのは最新鋭のテクノロジーを集結して作り上げられたアイアンマンスーツを装着したトニー・スタークだ。アイアンマンスーツは音速を超えるスピードで空中を飛行でき、その速度はメリュジーヌに肉薄できる程である。

 

「君も中々やるじゃないか。僕のスピードに追い付けるのはアキレウスぐらいかと思っていたけど」

 

「そいつはどうも。だがまだ甘いな」

 

互いに相手を褒めながらも、二人の戦いは加速していく。それは互いのスピードを競い合うという極シンプルな勝負だった。地球最新鋭の科学技術を結集して作り上げられたアイアンマンスーツと、46億年前から存在する地球最古の存在アルビオンの左腕から生まれたメリュジーヌ。つまりこれは"最新"と"最古"の対決という事になる。

 

「ほら、もっと速度を上げるよ!」

 

メリュジーヌはそう言って更に速度を上げた。サーヴァントとなった事で弱体化しているとはいえ、そこは幻想種の頂点の一角に座する存在だ。その全力全開のスピードにはサーヴァントとして限界しても尚、遥か高みにあった。しかしそれに対して、トニーはニヤリと笑みを浮かべると対抗するように最大出力でスーツのエンジンを動かした。純粋に速さを競い合うというこれ以上ない平和的な戦いである。

 

「君たち人間は創意工夫を以てそういった鎧を作り上げて僕のような竜や妖精、幻想種に対抗してくる。生前の僕が住んでいた妖精國でも人間達は知恵を使って文明を築き上げていた」

 

「お褒めの言葉を頂き感謝するよフロイライン。私のような人間というのはフィジカル面で他の動物にはどうしても対抗できない。だが知恵と知識こそが人間の最大の武器だ。それを活かして私は今の地位に上り詰めたのさ」

 

メリュジーヌの言う通り、妖精というのは人間よりも遥かに強い力と神秘を持つ幻想種であるが、そんな生まれながらの"強者"であるが故に人間のように創意工夫をするという文化がない。妖精たちが街を作り上げる事はあっても、それはあくまでも人間が持つ文明の"模倣"の過ぎないのだ。人間とは異なり、強者たる妖精は新しい事を生み出す事は不得手としている。

 

「やはり君たち人間は知恵を用いるのが得意だ。それが君たちにとっての最大の武器であり、僕のような最強種にはない部分だね」

 

生まれながらの最強種という目線からトニーを評価するメリュジーヌ。人間とは価値観を異にしているだけに単純な上から目線の物言いと断じるのも違う気がする。メリュジーヌは自分の持つ力も、そして自分がどんな生まれであるかも理解しており、その上で"最強種"という自負を持っているのだ。境界の竜アルビオンという太古の超存在から生まれたのだからこんな価値観なのも無理はないが。

 

「人間の持つ科学技術を侮ってはいけないよ。でなければ驕り故に足元を掬われる結果になる」

 

「おや?そういう君も驕りを持つタイプに見えるけど?」

 

メリュジーヌの言葉にトニーは苦笑しつつ、彼女との競争を再開する。とはいえ飛行速度はメリュジーヌの方が勝っていた。流石はアルビオンといったところか。

 

そしてメリュジーヌは何気ない一言をトニーに告げる。

 

「……ところで君たちがマスターを連れて逃げるのは何時になるんだい?」

 

その言葉にトニーは思わず緊急停止してしまう。メリュジーヌもトニーが止まるのとほぼ同時に停止し、トニーの正面に浮かぶ。

 

「……何の話かな?」

 

すっとぼけるトニーであるが、メリュジーヌは容赦なく言ってくる。

 

「誤魔化しても無駄だよ。君たちアベンジャーズが僕のマスター……藤丸立香をカルデアから連れ出そうとしているのは知ってる」

 

どうやら誤魔化すのは無理なようだ。気を付けていたつもりでも、カルデアに居るサーヴァントの目を欺くのは至難の業だ。キャップを始めとするアベンジャーズ達の言動や行動をじっくり観察し、そこから彼等が藤丸を連れ出そうとしているという結論に達した名探偵のサーヴァントがいるのだから。

 

「あまりカルデアを甘くみない方がいいよ。中には千里眼持ちのサーヴァントだっているんだ」

 

つまりもうすでにバレていると。

 

「やれやれ……いつまでも誤魔化し続けられる筈もないか」

 

トニーは観念したかのように両手を挙げる。

 

「随分素直だね、もっと粘るかと思ったけど」

 

するとトニーは肩をすくめるような動作をして口を開く。

 

「私たちアベンジャーズが藤丸少年を連れ出そうとしているのは事実だ。だがそれは……」

 

「分かってるよ。君たちは悪意でマスターを連れ出そうとしているわけじゃない。彼をこの戦いから遠ざけようとしているんだろう?」

 

メリュジーヌはお見通しのようだった。これも千里眼持ちのサーヴァントか、名探偵のサーヴァントに入れ知恵された可能性もあるが、彼女自身が気付いた可能性も否定できない。どちらにせよアベンジャーズの目論見はとっくにカルデアにバレているという事はハッキリしてしまった。

 

「そうだ。彼は一般人の少年で、拉致同然にカルデアに連れてこられたと聞いている。そして魔神王ゲーティアによる人理焼却が起こり、人理を取り戻すべく七つの時代の特異点を修正し、冠位時間神殿でゲーティアの野望を打ち砕いた。これだけ聞けば彼は英雄だが、戦う手段も持たない少年に対して世界の命運を背負わせた事は事実だ」

 

これは紛れもない真実だった。あの出来事によって世界は救われ、結果的に救われた者は多いが……それでも彼一人だけに押し付けるのは酷すぎる話だ。

 

「だから我々は……一般人である藤丸少年を戦いから遠ざけたいのだ。彼一人に世界の命運を背負わせるわけにはいかない」

 

「それは同情?それとも憐憫?部外者の君たちはマスターが自分の意思で異聞帯の空想樹を切除しているのを知っているのかい?空想樹を切除する事で、その異聞帯を滅ぼしてしまうと理解した上で彼は戦っている。君達にそれを止める権利があると思うかい?」

 

確かにその通りかもしれない。しかしだからと言って藤丸をこのまま戦いに巻き込む訳にもいかない。それがたとえエゴだとしても、自分たちは彼の未来を守ってやりたいのだ。

 

「部外者だという事は自覚している。だが君たちこそ戦う力の無い子供に世界の命運を背負わせている事を理解しているのか?……それしか手段が無かったのは理解している。彼がいなければ七つの特異点の修復はできなかった事も。そして多くのサーヴァントたちと縁を結んでカルデアに召喚できた事も。しかし今は我々アベンジャーズがいる。彼一人に世界の命運を背負わせなくてもいいのであれば、それを選ぶべきだと私は思う。子供を守るのは大人の役割なのだ」

 

そう、人理焼却の時も、異聞帯が世界各地に出現した時も藤丸の存在がいなければどうしようも無かったのだ。彼がいなければサーヴァントと契約を結ぶ事はできないし、今のノウム・カルデアに多くのサーヴァントが召喚されているのも藤丸のお陰である。だがアベンジャーズというヒーローチームが来た今であれば、彼は戦いから降りる事ができる。最後の異聞帯である南米の空想樹の切除はアベンジャーズに任せ、藤丸は戦いに向かわなくてもよいというわけだ。

 

「君たちの言いたい事は理解できた。けど今更彼がそれに納得すると思う?他の世界から来た君たちに丸投げして自分は戦いから降りるなんて事を受け入れるかな?もしそうなったら僕たちサーヴァントのこれまでの戦いだって無駄になるだろうね」

 

彼女の言う通りである。自分達がどれだけ説得しても、藤丸本人が納得しなければ意味が無いだろう。いや、例え納得してくれたとしても、それを周りが認めるかどうか……特に、ダ・ヴィンチやゴルドルフあたりが簡単に認めてくれるとは思えない。

 

「彼は人理を取り戻すために自分の意思で異聞帯の空想樹を切除してきたんだ。君たちのやろうとしている事はマスターに対する侮辱だよ。そんな事を許すつもりは無いからね」

 

メリュジーヌは鋭い目でトニーを睨みつける。彼女の言う通り、藤丸は人理焼却が始まった時から人類最後のマスターとして戦う決意を固めていたのだ。今までも、これまでもカルデアのマスターとして微小特異点の修正や空想樹の切除をこなしてきた。そんな彼に対して今更戦いの場から降ろす事は、藤丸の決意と覚悟と意思を踏みにじる行為に他ならない。そもそもアベンジャーズは別の世界から来た者達だ。他所の世界から来た得体の知れない集団から

 

"君たちの組織は年端もいかない少年を戦いの場に駆り出している。彼を戦わせるのは可哀想だから我々が保護しよう"

 

と言われれば快く思われる筈もない。

 

「下手な同情や憐憫は逆に彼を傷つける事になる。その辺は理解しているのかい?」

 

メリュジーヌは容赦なくトニーに対して厳しい言葉を浴びせていく。しかし彼女の言う事も尤もであり、藤丸の意思を無視しているという事には違いない。

 

「……とは言ったけど、ここ最近のマスターを見ていると彼は目に見えて心を擦り減らしているからね。あんな事があったのだから仕方ないのだけど」

 

「あんな事……?」

 

「何でもないよ、こっちの話さ。……仮にマスターが自分の意思でこの戦いを降りると決めれば僕は彼を止めないつもりだ。彼自身の意思で決めた事だからね」

 

メリュジーヌの口から出たのは意外な言葉だった。トニーはてっきり、彼女は藤丸が戦いから降りる事を反対すると思っていたからだ。

 

「意外だな、君はてっきり藤丸少年が戦いから降りるのを嫌がるかと思っていたんだが」

 

「それは誤解だよ。確かに僕は彼に危険な目に遭って欲しくはないけれど、だからといって彼が望む事を妨害したい訳じゃない。それに無理強いで彼をカルデアに縛り続ける事もしたくない」

 

メリュジーヌの話によれば、カルデアのサーヴァントの中には平凡な少年である藤丸に世界の命運を背負わせるという役割を押し付ける事を快く思っていない者も多いらしい。戦う力も、魔術もない一般人であった藤丸はある日突然人類最後のマスターとしての役割を押し付けられ、戦いの日々を送る羽目になった。そんな藤丸を気に掛けるサーヴァントも決して少なくはないのだ。

 

「マスターが自分の意思で君たちアベンジャーズと一緒にノウム・カルデアを離れる選択をするというのであれば僕は止めない。それは彼が自分で選んだ道だからね。だけど彼の意思を無視して誘拐まがいの行為をするのであれば容赦はしない」

 

要するに戦いから降りるか、降りないかは藤丸自身が決めなくてはいけないのだ。

 

「……分かった。私も、そしてキャップも藤丸少年の意思を尊重する事にしよう」

 

「分かってくれて嬉しいよ。カルデアのサーヴァントたちも君達が強硬手段に出ない限りは排除しないっていう方針みたいだ」

 

仮に藤丸を強引にカルデアから引き離そうとすれば、それこそカルデアのサーヴァントたちと全面戦争になる。それだけは何としても避けたい。

 

「トニー、君はキャプテン・アメリカっていう盾を持った人間と比べて僕たちサーヴァントと仲良くしてるね。キャプテン・アメリカは僕らサーヴァントの事を時折敵意に満ちた眼差しで見てくるけど」

 

「あぁ……。キャップは色々あったらしいからな」

 

メリュジーヌとトニーは互いに無言のまま彷徨海へと戻って行った。

 

 

 

 

 

*****************************************************************

 

 

 

 

 

今日の昼もノウム・カルデアの食堂には多くのサーヴァントが来ていた。パニッシャーはガレス、ダ・ヴィンチ、ハベトロットと共に席に座り、トレーの上の料理を食べる。

 

「やっぱり人間の食事は美味しいなー!もぐもぐ、モグモグ」

 

ハベトロットは目の前にある食事を堪能しており、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 

「ハベトロット殿、食べ過ぎではないですか?」

 

ガレスは自分の隣にいる小さな妖精の事が心配だった。

 

「大丈夫だって!ボクみたいな妖精はいっぱい食べるからね」

 

彼女はそう言うと、更に料理を平らげていく。そんな彼女を見て、ガレスはため息を漏らした。ハベトロットの身長は50~60センチ程度しかなく、その小さい身体に大量の食事が入るのかというのはパニッシャーも気になった。最も、彼女はサーヴァントなのでその辺は心配ないとは思うが……。

 

「おやおや、見た目に似合わず彼女は大食漢だね」

 

ダ・ヴィンチは面白そうに言うと、彼女の事を興味深そうに見つめる。

 

「そういえば私とパニッシャー君が最初に会ったのはソールズベリーにあるマイクの店だったね。最初にパニッシャー君を見た時、余りに周囲と服装が違うから驚いたよ」

 

妖精國の文明レベルを考えれば、黒いロングコートに防弾チョッキ、黒いズボンとブーツを着ているパニッシャーは嫌でも目立つ。

 

「聞きたいんだがハベトロットは……」

 

そう言った直後、ダ・ヴィンチはパニッシャーの言葉の意図を察したかのようにして首を横に振る。

 

"彼女は妖精國での記憶は持っていない"

 

ダ・ヴィンチの首振りと目だけでその事を理解できた。ハベトロットとはダ・ヴィンチほどではないにしても付き合いは長かったが、今食事を食べているのは汎人類史のハベトロットだ。異聞帯である妖精國の方のハベトロットの記憶を持ってないのは当たり前である。パニッシャーが妖精國に滞在している際、妖精が気まぐれで人間や同じ妖精の命を奪う場面にも何度も遭遇した。それ故に妖精に対して余り良い感情を抱いていないのだが、ハベトロットにはそういった危険性は感じられない。彼女も妖精である事には違いないが、気分次第で殺しに掛かってくるような危険性は感じない。寧ろ下手な人間よりもよっぽど気配りができて親切な妖精だ。それにダ・ヴィンチが働いていた店の主人であるマイクもそうだった。彼は妖精國で見た数少ない善良な妖精だった。

 

「パニッシャー君って妖精の事はあまり好いていなかったよね。それでもあの時マイクをグレイドン・クリードから助けてくれた事は覚えているよ?あの時のパニッシャー君はホントにカッコよかったとも」

 

ダ・ヴィンチは天真爛漫を絵に描いたような笑顔でマイクを助けてくれたパニッシャーに感謝を述べる。

 

「あぁ……」

 

妖精國に滞在している間は、妖精全てを犯罪者と同じに見ていたパニッシャーであるが、それでも例外がいる事を学べた。例外というのは目の前にいるハベトロットと妖精國で会った店主のマイク。そして……

 

「ん?どうかなさいましたかパニッシャー殿?」

 

自分を見つめているパニッシャーに対してガレスが屈託のない笑顔を向けてくる。

 

「いや、何でもない」

 

「?」

 

ガレスは不思議そうな顔を浮かべて食事を再開する。




ハベトロット、マイク、ガレスは妖精國の三大天使(妖精だけど)


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第32話 藤丸の決意 前編

マシュとしても悩む回ですよ~。


「ホームズさん……それは本当でしょうか……?」

 

マシュはホームズから発せられた言葉がまだ信じられない様子だ。キャップ達アベンジャーズが藤丸をカルデアから連れ出そうとしている事実を聞いてさしものマシュもショックを受けている。ヒーローチームである彼等が何故そのような事を企んでいるのか?藤丸をカルデアから引き離して何をしようとしているのか?マシュの頭は疑問で埋め尽くされている。

 

「残念ながらね。ここまで観察を続けてようやく確信が持てたよ。最も、千里眼を持つサーヴァントはアベンジャーズの狙いを見抜いていた者もいたようだが」

 

「なぜ彼等は先輩をカルデアから連れ出そうとするのでしょうか……?私にはよく分かりません……」

 

マシュはアベンジャーズのしようとしている事に首を傾げる。アベンジャーズというからには北欧異聞帯で自分たちと共にスルトを打倒したソーも関与している可能性が高い。そもそもアベンジャーズの面々はノウム・カルデアに協力を持ち掛けてきたのに、何故カルデアにとってなくてはならない存在である藤丸を連れ出そうとしているのだろうか?

 

「私には理解できません……。なぜアベンジャーズの皆さんが藤丸先輩を連れ出そうとしているのか。もし仮に、それが本当に起きたらどうしましょうか……」

 

マシュは不安を隠せない。カルデアはノウム・カルデアへと名前を変え、地球白紙化の原因である異聞帯切除を順調に進めていった。そして最後の異聞帯である南米の地にいる異星の神との決戦を控えているのだ。この状況で別世界から来たアベンジャーズというヒーローチームが藤丸を連れ出そうとしているのであれば真偽を確かめるしかない。

 

「アベンジャーズのリーダーであるキャプテン・アメリカと話してみましょう。何故藤丸先輩を連れ出そうとしているのか。それを直接聞きたいです」

 

マシュとホームズは二人でキャップに会って話を聞く事を決めた。ノウム・カルデアに用意されたアベンジャーズのメンバー用のルームにキャップはいた。部屋にはカルデアの新所長であるゴルドルフ・ムジークもおり、キャップと話している様子だ。

 

「おお、キリエライトに経営顧問。丁度良い所に来た。キャップに用があるのだろう?」

 

「はい。実は……」

 

マシュはキャップに対してアベンジャーズがカルデアから藤丸を連れ出そうとしている事を切り出した。

 

「……君たちに隠してもどうせ無駄だろうから正直に話しておこう。我々アベンジャーズが藤丸少年を連れ出そうとしているのは事実だ」

 

キャップの言葉にゴルドルフは顔を険しくし、ホームズはやはりという表情を浮かべ、マシュは驚きを見せた。

 

「まさか我々を裏切るつもりじゃあるまいね!」

 

「違う。我々はカルデアに敵対する気はない。むしろ逆だ。彼はもう戦わなくていい。これ以上一般人である彼を戦いに関わらせないようにしたいだけだ」

 

キャップは本当に藤丸をカルデアから連れ出す気でいるようだ。

 

「何故藤丸先輩を連れ出そうとするのでしょうか?理由を教えてください」

 

「理由?簡単だ。彼は魔術師でも特別な力を持つわけでもない一般市民だ。そんな彼に対してこれ以上戦いを強いるわけにはいかないだろう?」

 

藤丸が魔術師でもない一般人である事は事実だ。魔術師の組織であるカルデアにスカウトされ、南極にあるカルデアに連れてこられた時から藤丸の運命は決まったと言ってもいい。魔神王ゲーティアによる人理焼却に巻き込まれ、否応なく人類最後のマスターとして七つの特異点の修復をしなければいけなくなり、見事それを成し遂げた。そしてゲーティアを打倒して人理焼却を見事阻止し、世界と人々を救ったのである。ここまで聞けば藤丸少年はまさに世界を救った英雄と言っていいだろう。しかし半ば騙される形でカルデアに連れてこられ、命が幾つあっても足りないような七つの時代の特異点の旅をしなければいけなかったのは事実だ。人理焼却という不可抗力の事態があったとはいえ、元々普通の生活をしていた一般人の少年が人類最後のマスターとして戦場に立たなければならなくなった原因はカルデアにあると言っていい。最も、藤丸がカルデアにいなければ人理は焼却され、魔神王の野望を阻む存在がいなくなってしまうのだが……。

 

「……確かに先輩は一般人です。けれど、それは……」

 

「一般人に戦いを強制するのは感心しない。彼は特殊な能力に目覚めたわけでもないし、戦闘訓練を受けてきたわけでもない。そんな彼を危険な特異点修復任務に送り出してきたのは君たちカルデアだろう?マシュ、君はカルデアにいたから分かるはずだ。彼がどれほど過酷な目に遭ってきたのか」

 

「……っ」

 

「だが彼がいなければ魔神王の野望を阻止できなかった事は十分理解できている。そしてこれだけ多くのサーヴァント達と縁を結べた事も。しかしこうも大勢のサーヴァント達の面倒を見なければいけない彼の負担は想像を絶するものがあるだろう。彼はマスターという立場なのだから猶更だ」

 

キャップの言う事は全て正しかった。普通の生活を送ってきた藤丸を戦いに巻き込んでしまったのはカルデアで、彼を人類最後のマスターとして特異点の修復に向かわせたのもカルデア。戦う力もない少年である藤丸には選択の余地などなく、特異点の修復や今回の地球白紙化における異聞帯の空想樹切除という任務をしなければならなくなったのだから。

 

「その事は分かっています。これまで私たちは藤丸先輩に過酷な戦いを強いてしまった事を……。けど先輩は自分の意思で戦う事を決めていました。たとえどんなに辛い事があったとしても、それを覚悟の上で……」

 

「彼が自分の意思で戦う事を受け入れ、人類最後のマスターとしての務めを果たしてきた事も知っている。私とアベンジャーズが初めてこのノウム・カルデアに来た時に彼と会ったが……私が見た限りでは精神的に疲弊している様子だったが何かあったのか?」

 

「そ、それは……」

 

マシュは藤丸が失踪した自分を探していた両親が魔術協会の手の者によって密かに消された事実をムニエルから聞かされ、それが原因でシミュレータールームに暫く籠っていた事を思い出す。あの時はアナスタシアが藤丸を外に出してくれたものの、藤丸があそこまで取り乱している様子はマシュも初めて見た。そしてシミュレータールーム内で作り上げた虚像の両親に甘える姿を目の当たりにし、自分では悲しみに暮れる藤丸を支えきれないと痛感すると同時に、彼が元々普通に暮らしていた少年で、親に甘えたい年頃の子供だという事を思い知らされた。今更戦いから降りた所でどうにかなる問題でもないが、人類最後のマスターとして藤丸を戦わせ続ける事に対する微かな疑問をマシュ自身、無意識に抱いてしまっている。

 

カルデアが関わらなければ藤丸は普通の少年として両親と暮らしていたし、人類最後のマスターとして戦う事もなかっただろう。だが彼がいなければ魔神王の人理焼却が達成されてしまう。どうしようもないジレンマにマシュは苛まれていた。これまでカルデアは藤丸に対して辛い戦いを強いてきた。藤丸は辛く苦しい戦いでも弱音を吐かずに戦ってきた。だが、両親の死という事実を聞かされた藤丸はマシュや他のサーヴァントたちの目の前で涙を流して悲しんだ。あの時の藤丸はこれまで数々の特異点修復任務を成し遂げ、空想樹を切除してきた歴戦のマスターではなく、自分を産み、愛してくれた父と母の死を嘆く一人の子供だった。

 

思えばこれまでカルデアのマスターとして戦い続けてこれたのも、両親との再会を果たしたいがためだったのかもしれない。南極のカルデアに連れていかれて以降、離れ離れになってしまった両親と再び会うために、過酷な特異点の修正や異聞帯での戦いも耐えてこられたのだ。だが藤丸の戦う理由であった両親はもう既にこの世にはいない。白紙化した地球を元通りにした所で既に藤丸は天涯孤独の身。マシュは両親の死を聞かされた藤丸がどれ程の絶望と悲しみを抱いたのかをあの日実感したのだ。

 

「私も……先輩が普通に暮らしていたどこにでもいる少年だという事は理解できているつもりです。ここ最近の先輩を見ていて私も気付かされました」

 

「なら猶更彼を戦いから……」

 

キャップが言おうとした時、マシュは彼の言葉を遮るようにして言う。

 

「時間を下さい……」

 

「何だって?」

 

「時間を……下さい。藤丸先輩を戦いから遠ざけたいという貴方の意見は理解できます。ですが最終的に戦いから降りるかどうかを決めるのは藤丸先輩自身なんです。なのでもう少しだけ藤丸先輩に考える時間を与えて貰えないでしょうか?先輩には私から説明させてください。あなた達アベンジャーズが先輩を連れ出そうとしている事を……」

 

マシュの青い瞳がじっとキャップを見つめる。その目を見たキャップは小さく息をつく。

 

「……分かった。だが、あまり猶予はないぞ」

 

キャップは渋々納得してくれたようだ。

 

「ありがとうございます!」

 

「ま、待て!マスターである藤丸立香がもしカルデアを離れれば、カルデアにいるサーヴァント達は活動不能になってしまうぞ!」

 

そう、マスターである藤丸がカルデアを去れば、カルデアで召喚されたサーヴァント達は特異点の修復にも向かえず、まして異聞帯に向かう事も不可能になる。マスターというのはサーヴァントを現世に留めておく要石の役割を担っており、マスターである藤丸が消えればカルデア内でしか活動する事ができなくなり、異聞帯の空想樹の切除どころではなくなる。つまり藤丸を連れ出してしまえばカルデアの保有するサーヴァントによる支援も受けられなくなる事を意味する。

 

「マスターの役割でしたらパニッシャーさんができますが……」

 

「駄目だ駄目だ!キャッスルの性格を考えてみろ!何かにつけて発砲するわ、問答無用で攻撃を加えるわ、特異点の修復に必要なコミュニケーション力と柔軟性が欠落したマスターなんだぞ!そんな奴をカルデアにおける人類最後のマスターにするわけにはいかん!」

 

ゴルドルフの言う通り、パニッシャーは藤丸とは異なり柔軟性に欠けるタイプだ。ハロウィンの日に藤丸とレイシフトした際、現地の特異点の黒幕であるジャック・ド・モレーが協力を申し出てきた際も彼女に対して過剰な攻撃を加えて殺害しようとした。最も、モレーが藤丸を"深淵の聖母"なる存在にしようとして、その結果藤丸が山羊頭の怪物と化し、結局"深淵の聖母"の召喚に失敗したモレーがパニッシャー達に協力を申し出てきたのだ。藤丸を利用したモレーの態度と反省の欠片も見えない姿勢にパニッシャーが激高するのも無理はない。しかしながらパニッシャーの攻撃的な性格では特異点の修復や異聞帯における現地住民の協力及び汎人類史から召喚されたサーヴァントと縁を結ぶ事に対するハードルが一気に上がってしまう。マスター適正が高いとはいえ、すぐに敵を殺害しようとする姿勢ではまともに異聞帯を攻略できるとは思えないだろう。

 

「しかし……」

 

「ともかく、私はキャッスルを藤丸立香に代わるカルデアのマスターとして認めるわけにはいかん!仮に奴を南米異聞帯に連れて行ったとしても空想樹の切除に失敗する可能性が非常に高い!それに、あんな危険な性格のマスターに特異点修復や異聞帯攻略を任せるなど言語道断!」

 

確かに、パニッシャーの性格では異聞帯の攻略など不可能に等しい。そもそもカルデアにいるサーヴァントの大半が藤丸立香と縁を結んだ関係で召喚されているので、彼がカルデアを去れば大半の英霊がカルデアから退去してしまうのは想像に難くない。それどころか、藤丸がいなくなった瞬間にノウム・カルデアが崩壊してしまう可能性もある。

 

「ふむ……確かに彼の人間性は我々の手にも余る。このまま彼をカルデアに置けば、特異点の修復もままならないでしょう」

 

「それはそうですが……パニッシャーさんは今の藤丸先輩にとっては父親代わりのような人です。先輩がここまで立ち直れたのもパニッシャーさんのお陰でもあるんですから」

 

確かにパニッシャーと行動を共にしてから、藤丸は随分立ち直っているように感じる。だが実の親を協会に消されたという事実は藤丸の心に癒せない傷となって残っているのも事実だ。そしてゴルドルフはカルデアの所長という立場でキャップに意見を述べる。

 

「アベンジャーズがもし藤丸立香を連れ出せば、それはカルデアの弱体化どころか解体に繋がりかねない。それにそちらには特異点の修復や異聞帯攻略に関してのノウハウが無い。無理に藤丸立香を連れ出さずとも、協力し合って南米異聞帯の空想樹を切除する事もできる筈だ!」

 

そう、無理に藤丸をカルデアから連れ出さなくてもアベンジャーズとカルデアが協力し合って南米異聞帯を攻略する事は可能な筈だ。にも拘わらず、この時点で藤丸が抜けてしまえば、異聞帯攻略どころではなくなる可能性もある。無論、アベンジャーズは協力するであろうが異聞帯や空想樹に関する知識やノウハウが不足している状態では数多のサーヴァントのマスターである藤丸の助力が不可欠だろう。これまで空想樹を切除してきたカルデアがアドバイザーとしてアベンジャーズに協力するという手もあるが、どちらにせよ南米異聞帯を攻略する上では不安しかない。

 

「そうだ!マスターならば並行世界のカルデアから来たという女の藤丸立香がいたではないか!」

 

ゴルドルフの言葉にマシュとホームズはハっとする。確かに同姓同名というだけでなく遺伝子や令呪なども藤丸と全く同じである立香であればカルデアのマスターになれるだろう。

 

「た、確かに立香先輩であれば藤丸先輩の代わりになる事は可能かと思いますが……」

 

しかしこれはあくまで希望的観測に過ぎない。何故なら、いくら並行世界の同一人物だったとしても、彼女に藤丸と同じ事ができるとは限らないからだ。勿論、彼女自身も自分の世界のカルデアで特異点の修復や空想樹の切除をしてきたであろうが、カルデアにいるサーヴァントの中には藤丸から立香に乗り換えるのを躊躇する者も現れるだろう。立香自身、自分がこちらのカルデアに来た経緯や過去は頑なに話したがらないが、彼女しか藤丸の代理は努められない。パニッシャーはあの性格なので彼をマスターとして契約を結んでくれるサーヴァントは少数だろう。彼と契約を結んでいるサーヴァントはガレス、呪腕のハサン、百貌のハサン、トリスタン、フェルグスの5騎のみだ。正直彼では藤丸の代理は務まりそうもないので、立香に頼んでみる他はないだろう。無論、拒否される可能性もあるのだが……。

 

「私、立香先輩に聞いてみます。藤丸先輩の代わりにカルデアのマスターとしてサーヴァントたちと契約したいかどうかを」

 

マシュはそう言って部屋を出ていく。去っていくマシュの後ろ姿をキャップ、ゴルドルフ、ホームズは黙って見送るしかなかった。

 

 

 

 

*******************************************************************

 

 

 

 

 

「うん、わたしはそれでもいいよ」

 

立香は即答でマシュに対して答えた。自分が藤丸の代理のマスターとしてカルデアにいるサーヴァントたちのマスターになっても良いと快く応じてくれたのだ。これはマシュにとっても嬉しい誤算であったのだが、同時に藤丸がカルデアから去る可能性が高くなってしまう事に不安を覚えてしまう。なぜ今カルデアを去る必要があるのか、最後の異聞帯である南米の空想樹を切除してからでもよいのではないか。マシュの頭はアベンジャーズの行動に対する疑念で埋め尽くされる。藤丸と立香に対してはキャップたちアベンジャーズがカルデアから連れ出そうとしている事はまだ伝えていない。だがいずれ知られる事になるだろう。カルデアにいるサーヴァントたちも、藤丸に対してアベンジャーズがカルデアから連れ出そうとしている事は言っていないようだ。そんな事をすれば藤丸を不安にさせかねないので、あえて伝えていないのだろう。

 

「わたしだって藤丸みたいに大勢のサーヴァントたちのマスターをしてたんだからね。きっと大丈夫だよ!」

 

「う、うん……」

 

笑顔で語る立香に対してマシュは何も言う事ができなかった。そして当の藤丸は笑顔の立香を横目で見ながら複雑そうな表情を浮かべている。

 

「わたしも藤丸と一緒にマスターしたいな♪」

 

そう言いつつ、立香はベッドに座る藤丸の横に腰を降ろすと自分の腕と藤丸の腕を絡ませる。相変わらずベタベタしているようだ。

 

「……あの、その、藤丸先輩はそれでいいんですか?」

 

マシュは戸惑いつつもそう尋ねた。正直言うと自分もこのまま黙って引き下がりたくはないのだが、かといって自分の意思を押し通す事もできない。そんなもどかしい気持ちが胸の中で渦巻く。

 

「俺は……」

 

少し考えた後に、こう答えた。

 

「俺はそれでも構わないよ。立香だって並行世界のカルデアのマスターだったんだ。サーヴァントのみんなと一緒にやっていけるさ」

 

藤丸は立香がカルデアのマスターになる事を歓迎しているようだった。それを聞いて立香は嬉しそうな表情を浮かべて藤丸の頬にキスをする。

 

「わっ!?」

 

突然キスをされて驚いた表情を浮かべる。だがすぐに嬉しそうに頬を緩ませる。どうやらまんざらでもないらしい。それを見ていたマシュの胸の中にはモヤモヤとした感情が芽生えてくる。確かに今まで一緒に戦ってきたのだし、今更新しい人物に変わってしまうというのもおかしな話かもしれない。それはわかっているのだが……。

 

「それでは、立香先輩はカルデアのマスターとして戦う事を引き受けてくれるのですね?」

 

「うん、わたしも頑張るよ!」

 

元気よく答えると彼女は立ち上がった。

 

「立香先輩……」

 

思わず不安げにそう呟いた。

 

並行世界のカルデアでマスターをしていたとはいえ、相手は別世界の人物なのだ。そう簡単にうまくやれるものなのだろうか。そもそも藤丸とは異なり、彼女はこのノウム・カルデアのサーヴァントたちと交流を深めてきたわけではないので、サーヴァントからすれば立香は自分たちのマスターである藤丸とは違う他人に過ぎないのだから。とはいえ、彼女が決めた事だ。ならば自分はその選択を尊重しようと思う。とはいえ、簡単に納得できるわけでもないのだが……。そう思いながらも彼女に尋ねる事にした。

 

「……大丈夫なんですか?」

 

不安そうに尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。

 

「大丈夫だよ!わたしはわたしだもん!それにね、藤丸を見てるとなんかもう1人の自分って感じがするんだ!」

 

立香はそう言いつつ、猫のように自分の身体を藤丸にスリスリさせた。彼女の柔らかい身体と胸が藤丸の腕や背中に当たり、柔らかな感触を伝えてくる。藤丸はそんな彼女の行動に顔を赤らめながら視線を逸らすように顔を横に向ける。

 

「そ、そうかな……?」

 

彼の反応からすると満更でもなさそうである事がわかる。マシュはなんだかムッとして思わず立香に詰め寄った。

 

「立香先輩!藤丸先輩を困らせるような真似はしないでください!」

 

「マシュは堅いな~、もっと柔らかくなろうよ~」

 

立香はだら~っとした表情でそう言った。本当にこの人はわかっているのだろうか? マシュは内心で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

*************************************************************

 

 

 

 

このノウム・カルデアにこれほど広い大浴場があるとはパニッシャーも知らなかった。これまでは自分のマイルームでシャワーを浴びるだけだったが、大浴場の存在を知ってこうして湯舟に浸かっているわけである。適度な温度のお湯が身体を芯から温めていくようで気持ちが良い。

 

「こういう風呂もたまにはいいものだな」

 

パニッシャーはそう呟きながらリラックスしていた。今までシャワーだけだったのでこうしてゆっくり湯船に浸かるのは久しぶりだ。いつもは戦いに身を投じているので、こうしたのんびりとした時間は彼にとって久しぶりなのである。そして暫く湯舟に浸かっていると、大浴場の扉が開く音がした。パニッシャーは扉の方に顔を向けてみるとバーゲストが入ってきたではないか。彼女は身体にタオルを巻いた状態でこちらに近づいてくる。

 

「……貴方でしたか」

 

そう言いながら彼女はパニッシャーの浸かっている浴槽に入ってくる。バーゲストは巨躯の女妖精であり、鍛えられた筋肉と豊満な胸という相反する肉体美を兼ね備えている。彼女はパニッシャーの視線が気になるのか、顔を赤らめつつ視線を逸らしている。

 

「あの……あまりジロジロ見ないでほしいのですが……」

 

彼女のそんな恥じらう仕草にパニッシャーは少し違和感を覚える。男顔負けの筋肉を搭載した女戦士であるバーゲストが、自分の裸を見られて恥じらう乙女のような反応に少し疑問を感じたのだ。いや、疑問よりも可笑しさが勝ってしまい、パニッシャーは恥じらうバーゲストの姿を見て僅かに笑ってしまう。

 

「な、何が可笑しいのですか!?」

 

バーゲストは思わず叫んでしまう。

 

「いや、お前も"一応"は女なんだなと思っただけだ。すまんな」

 

その言葉にバーゲストはさらに顔を赤くする。

 

彼女にとって今のパニッシャーの言葉は嫌味にしか聞こえなかったのだろう。

 

「しかし、こうして見るとやはりお前の身体には迫力があるな」

 

パニッシャーはそう言いながらバーゲストの身体を見る。バーゲストの身体はその身長に見合った非常に豊満な身体つきをしている。腕も足も太いが筋肉質で、特に太腿はトラックのマフラーかと思うほど太かった。だがそれ以上に目を引くのはその乳房である。その大きさは圧巻であり、乳牛を想起させるほどだ。身長は190cmあり、並みの長身の男よりも高い。最も、パニッシャーの身長は191cmであり、彼女よりも僅かに高いのだが。

 

「……」

 

バーゲストは顔を赤らめつつ、ジーっとパニッシャーの方を睨んでいる。その視線に気が付いたのか、パニッシャーは彼女に視線を向けた。

 

「わ、私も女です……。そんなまじまじと自分の身体を見られては恥ずかしいですわ……」

 

「……お前普段とキャラ違わないか?」

 

甲冑を身に纏った普段の勇ましいバーゲストの言動からは想像もできない程の女性的かつお嬢様的な言葉遣いと仕草に思わずパニッシャーはツッコミを入れてしまう。バーゲストは顔を真っ赤にして反論する。

 

「た、戦いから離れれば多少は女性らしくなるものですわ……!べ、別に普段からああいった振る舞いをしているわけではありませんから……!」

 

「……そういうものなのか……?」

 

女性らしいかと言われれば首を傾げるかもしれないが、男性らしいかと言えば間違いなく女性らしいと言えるだろう。バーゲストの言葉にパニッシャーは心の中でそう呟いた。

 

「あ、貴方も今は藤丸立香と同じカルデアのマスターです。であれば私と貴方は味方同士ですわ……。こ、こういった裸の付き合いも許容範囲という事でよろしくて?」

 

バーゲストは羞恥で顔を赤らめつつパニッシャーに言う。確かに今の彼女は立場的にパニッシャーと共に戦う仲間である。このノウム・カルデアに来てから日が浅い内に、彼女に対して発砲し、魔術弾が彼女の身体を傷つけてしまったが、バーゲストはその事については水に流してくれたようだ。

 

「貴方には銃で撃たれましたが、それはもう過ぎた事です……。あの一件では私の方にも非がありましたもの。お互い様ということで水に流す事にしました」

 

「そうか」

 

どうやらバーゲストの方からはもう気にしていないという意思表示をしてくれたらしい。彼女の態度を見て、自分も気負うことなく彼女と付き合っていく事ができるだろう。もっとも、彼女が自分をどう思っているのかはまだ分からないが。それに生前の妖精國での彼女の犯した罪を糾弾した所で関係は進展しない。妖精騎士である彼女も女王モルガンの命令で色々な汚れ仕事をしてきたであろうが、このカルデアで召喚された以上は藤丸のサーヴァントだ。

 

「生前の私は確かにモルガン陛下の命令を受けて汚い仕事もこなしてきました。それについて言い訳をするつもりはありません」

 

「……」

 

そう、妖精騎士ガウェインとして女王モルガンに仕えてきた彼女は反乱分子の粛清や排除などの汚れ仕事もしてきただろう。これまで無実の妖精や人間を多数殺めてきた事は想像に難くない。パニッシャーからすれば完全に暴君の尖兵なのだが、その事はあえて触れないでおいた。藤丸やマシュは妖精國で彼女がしてきた罪を咎める事はない。それどころか異星の神の使徒として悪逆非道を尽くしてきた道満でさえもサーヴァントとして受け入れている。

 

これは藤丸とマシュが持つ長所といえば長所なのだが。第一カルデアは英霊の罪を糾弾したり裁いたりする組織ではないのだし、ダ・ヴィンチやホームズ、ゴルドルフ、ムニエルを始めとするカルデアの職員たちも自分たちと敵対した者が生前に犯した罪を弾劾するような真似はしない。そんなカルデアの中にいるパニッシャーはあらゆる意味で浮いている。金魚の群れの中にピラニアが紛れ込んでいるようなものだ。パニッシャーのこうした姿勢はカルデアの信念に馴染まないのだが、今こうしてカルデアにいられるのは藤丸やマシュ、ダ・ヴィンチのお陰でもある。

 

「……お前の犯した罪は消せない。それは当たり前の事だ」

 

「……」

 

パニッシャーの言葉にバーゲストは俯く。恐らく生前の事を思い出しているのだろう。しかし──パニッシャーはその事を敢えて指摘したりはしない。そもそも、そんな事をして何になるというのか。今更彼女に過去の事を悔い改めさせても意味などない。

 

「私は生前の妖精國……燃え盛るウェールズの森で自分の犯してきた過去……罪を突き付けられました。あの妖精亡主によって。彼の眼窩を見た瞬間、自分がこれまで犯してきた"全ての罪"が一斉に自分に降りかかってきた感覚を覚えたのです。自分の精神と心が無造作に八つ裂きにされるような激痛が私を支配しました。それは物理的な攻撃などではなく、私の精神そのものに対する"呪い"だったのでしょう」

 

それからしばらく間を置いて、バーゲストは言葉を続ける。その時の苦痛を思い出したのか、バーゲストの顔に汗が滲んでいるように見えた。

 

「彼の目を……彼の目を見た私はそれから……それから……」

 

彼女の顔はありありと恐怖が浮かんでいる。無理もない、彼女のした行いは彼女の意思によるものではないにしろ許されない事なのだから。だが、それを言ってしまうのはあまりにも酷な話だ。たとえ本人が悪い事だと思っていなくても、彼女のやった事は決して許される事ではないのだから。だからこそあの精霊の眼差しを受けて地獄の苦しみを味わったのだ。

 

「――――『贖罪の瞳(ペナンス・ステア)』」

 

「え……?」

 

「お前が受けたのは『贖罪の瞳(ペナンス・ステア)』だ。それを受ければ罪を犯してきた者はこれまで自分が他者に与えてきた全ての苦痛を一度に味わう羽目になる。お前が奴から受けたのはそういう技だ」

 

「あの……あの妖精亡主が誰なのかは貴方はご存じなのでしょうか?」

 

バーゲストの問い掛けにパニッシャーはゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

――――奴の名は"ゴーストライダー"。復讐の精霊(スピリット・オブ・ヴェンジェンス)とも呼ばれている。




やっぱパニッシャーは問題児として見られてますねぇ(彼の性格を考えれば仕方ないですが)

そんでもってバゲ子とも仲直り。


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第33話 藤丸の決意 中編

やっぱトリ子はわからせられました。


翌日、藤丸はアナスタシアと腕を組みながら食堂へと向かっていた。自分に寄り添ってくれるアナはこうしてみると姉か妹のように感じてしまう。ドレス越しでも彼女の身体の温もりを感じられるのでとても心地が良いし、何より安心感がある。彼女は自分にとってかけがえのない存在になっているのだと再認識した。

 

「あらマスター、さっきから私の顔を見てなにか考えているのかしら?もしかして私が恋しいとか……かしら? 」

 

「え…!?いや、その……!ち、違うよ!?」

 

慌てて顔を真っ赤にしながら否定をする藤丸を見て、アナスタシアはクスクスと笑う。

 

「ふふ……冗談よ、そんなに慌てなくても分かっているわ」

 

そう言いながら藤丸の手を引き、一緒に歩幅を合わせて歩く二人であった。すると向こうから赤いドレスを着た妖精……バーヴァン・シーが歩いてくる。彼女はアナスタシアと腕を組んで歩く藤丸を横目で見つつ、すれ違う際に言葉を投げかける。

 

「ま~だママのオッパイが恋しいの?この、マ・ザ・コ・ン♪」

 

「……え」

 

バーヴァン・シーの言葉を聞いた藤丸は思わず立ち止まる。すると彼女の発言を聞いたアナスタシアはその端正な顔立ちを歪める。そして怒りに満ちた声で言葉を返した。

 

「……バーヴァン・シー。マスターに謝りなさい。貴方の言葉は不敬極まりないものよ」

 

その言葉を受けて、バーヴァン・シーは一瞬怯むがすぐに調子を取り戻す。

 

「はっ、何が不敬よ。コイツはシミュレーター・ルームで死んだパパとママの虚像を作り出してあまつさえそれに甘えてたんだぜ?気持ち悪いったらありゃしない。アンタだって見たんでしょ?ソイツの気色悪い姿をさ」

 

バーヴァン・シーの言葉にアナスタシアは更に顔をしかめる。

 

「黙りなさい、バーヴァン・シー。それ以上マスターを侮辱するのなら……殺すわよ?」

 

アナスタシアの放つ殺気を受けてバーヴァン・シーは嘲るような表情を浮かべる。藤丸に対して姉や妹のように接するアナスタシアが面白くないようだ。

 

「あ?誰が誰を殺すって?あぁ、そういやテメェはソイツの保護者面してたよなぁ?こうして見てると傷の舐めあいにしか見えないけどぉ?キャハハハッ」

 

「……口を慎みなさい、さもないよ容赦しないわよ?」

 

二人は互いに睨み合い、一触即発の空気となる。だがそこに藤丸が割って入った。彼は二人を宥めるように声をかける。

 

「まぁまぁ二人とも落ち着いて……。アナ、俺は全然気にしてないから」

 

「けどマスター!バーヴァン・シーの発言は許せないわ!」

 

「フンッ!……じゃあ何?私をここで殺してみる?」

 

しかしアナスタシアもバーヴァン・シーも収まりそうにない。アナスタシアはバーヴァン・シーの暴言を受けて彼女に対して殺意を抱いているようだ。

 

「私を侮辱したいなら好きなだけしていいわ。けどマスターを侮辱する事は許さない」

 

アナスタシアとバーヴァン・シーがお互いに一歩も譲らずにらみ合っていると、そこへ介入した者がいた。彼女は微かに怒気を孕んだ口調でバーヴァン・シーに言葉をかける。

 

「控えよバーヴァン・シー。お前は我が夫に対して何を口にしたのだ?」

 

その言葉を聞いたバーヴァン・シーの顔からはどんどん血の気が失せていく。そして身体が小刻みに震え出した。やがて、まるで親に叱られた子供のように怯えた表情を見せる。

 

「お、お母様……!?」

 

「聞こえなかったのか?ならばもう一度言ってやろう。我が夫に対し、何と無礼な事を言ったのかと聞いている」

 

「そ、それは……」

 

「言えぬのか?そうか……お前がそれほどまでに愚かな娘だったとは思わなかったぞ、バーヴァン・シー」

 

モルガンの言葉を聞いていたバーヴァン・シーは更に怯えた表情へと変わる。先程藤丸を馬鹿にしていた時の生意気な雰囲気とは打って変わって、今は弱々しく怯えている様子だった。今のモルガンは妖精國を統治していた時の"冬の女王"のソレだった。サーヴァントとなった今でも、発せられる重圧とオーラは生前と変わらない。

 

「モルガン、余りバーヴァン・シーをイジめちゃ駄目だよ。それに彼女が言った事は事実なんだから……」

 

藤丸はモルガンとバーヴァン・シーの間に割って入り、仲裁をした。

 

「ですが……我が夫に対してバーヴァン・シーが無礼を働いたのも事実。これは捨て置けません」

 

モルガンは自分の持つ杖をバーヴァン・シーに向けると、彼女は怯えた表情で後ずさりする。どうやら罰を与えるつもりらしい。だが藤丸とてそこまでの事はモルガンには望まないので、杖を持つ彼女の手に自分の手を添えてバーヴァン・シーを処罰しようとするモルガンを止めた。

 

「……何故止めるのです?」

 

モルガンは不満げな顔で疑問を口にする。それに対して藤丸は答えた。

 

「さっきも言ったけど、俺は気にしてないからさ」

 

「我が夫よ、あなたは甘すぎる……」

 

モルガンは不服そうな表情を浮かべつつも、杖を収める。バーヴァン・シーはモルガンが罰を与えるのを止めたのを見てとりあえずほっとした表情を見せた。

 

「モルガン……マスターのために怒ってくれてありがとう」

 

アナスタシアもモルガンに礼を言う。彼女もアナスタシアの言葉を聞いて僅かに笑みを浮かべる。

 

「いえ、貴女の方こそ我が夫を支えてくれている。礼を言わねばならないのは私の方です」

 

モルガンとアナスタシアのやり取りを見て、バーヴァン・シーは慌てて二人から離れるように駆けていった。その様子を見ていたモルガンは再び不機嫌な表情になる。

 

「ふんっ……」

 

その様子を見ていた藤丸はモルガンに言った。

 

「ありがとうモルガン」

 

「当然の事をしたまでです。今後、二度とあのような口を利かぬように厳しく言い聞かせるつもりでいます」

 

モルガンはバーヴァン・シーの暴言に対してまだ怒りを抱いているようだ。

 

「私のような妖精には人間でいう親子の概念は本来ありません。ですが貴方が両親に愛され、そして貴方も自分の両親を愛していた事は理解できます。シミュレータールームに入り、そこで虚像の両親と暮らしていた貴方を揶揄したり侮辱したりする者がいれば、この私が直々に制裁を下しましょう」

 

「そ、それは嬉しいけどモルガン何だか怖いよ……?」

 

モルガンは冷たい目で廊下を去っていくバーヴァン・シーの事を見ている。そして藤丸の方を向くと、彼の頬に自分の手を添えつつ、真っ直ぐに見据える。

 

「我が夫よ、ご自分のご両親の死から立ち直れていますか?」

 

モルガンの問いかけに藤丸は笑顔で答える。

 

「大丈夫だよ。皆のお陰でこうして……」

 

が、藤丸が言い終わらない内にモルガンが口を開いた。

 

「嘘はおやめください。私の妖精眼は誤魔化せません。ご両親の死が未だに貴方の中で癒えていない事は承知しています」

 

モルガンの言葉を聞いて、一瞬ドキッとしたような表情を見せるが、すぐに笑顔に戻り返答する。

 

「……やっぱりモルガンには隠し事はできないな」

 

「愛する者の死はそう簡単に乗り越えられるものではありませんよ。かつて私も同じ経験をしましたから……」

 

モルガンはそう言って寂しげな表情をすると目を伏せた。それを見た藤丸は何か言おうと口を開くが言葉が出てこない。やがて何かを諦めたように小さく息を吐くと、再び笑顔を浮かべて言った。

 

「でも俺はもう大丈夫だ。心配かけてごめん」

 

それを聞いたモルガンは安堵したように微笑み、藤丸の手を自分の手を繋ぐ。

 

「我が夫よ、私も食堂に同行しましょう。貴方が今どのようにして生活しているのか、この眼で見てみたいのです」

 

二人は手を繋いだまま歩き始める。アナスタシアもモルガンと一緒になるのを受け入れ、そのまま三人で食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

********************************************************************

 

 

 

 

 

「マシュ……それは本当なの?」

 

藤丸の問いに、マシュは静かに頷いた。

 

「……はい」

 

その表情には確かな緊張が浮かんでいる。

 

「何故、俺を連れ出そうとするんだ?」

 

それに対して、マシュは視線を逸らす事なくハッキリと答えた。

 

「アベンジャーズの皆さんは元々一般人であった先輩を魔術師の組織であるカルデアに置いて、人類最後のマスターとして戦わせる事に反対しているようです」

 

マシュは意を決して藤丸に対し、アベンジャーズがカルデアから連れ出そうとしている事実を打ち明けた。いずれは話さなければならない事だったのだ。いつまでも隠し通した所で意味などない。ならば正直に藤丸に対して言うべきだ。

 

「けど俺は今までカルデアでマスターとして戦ってきたんだ……。今更その役目から降りるなんて俺にはできないよ」

 

しかしマシュは真剣な眼差しで藤丸を見る。そんな彼の眼差しを見てマシュは伏し目がちになる

 

「確かに先輩はこれまで多くの戦いを切り抜けてきました。その活躍のおかげで人理焼却は阻止され、私達の世界は救われました。そして地球が漂白された現在でも、空想樹を切除して地球を取り戻そうと戦ってくれています」

 

その言葉に藤丸は小さく頷く。だがマシュはその事について言及する事はなかった。彼女はゆっくりと首を横に振り、そして続けた。

 

「ですが、だからと言って先輩が無理をする理由はないんです。もう先輩は……十分に戦いましたから……」

 

マシュの目は若干涙で潤んでいる。藤丸がカルデアのマスターとして戦い、地球を元通りにしたとしても既に彼の両親はこの世にいない。自分を愛してくれた父と母に再び会う為にここまで戦ってきたにも関わらず、協会の手により亡き者にされ、正真正銘藤丸は天涯孤独の身となった。そんな状況で尚、世界を救おうと立ち上がるのは決して簡単な事ではない。

 

「マシュ……確かにもう父さんも母さんもいないけど、それでも俺はカルデアのマスターとして最後までやり遂げなくちゃいけないんだ……!俺だけ楽して良い訳がないよ……!」

 

藤丸はマシュの言葉を必死に否定する。自分はまだ戦えるのだと懸命に主張をした。だがマシュの表情は暗いままだ。するとマシュの目からは一筋の涙が流れ落ちる。

 

「先輩……もう無理をしなくてもいいんです。辛いのなら逃げてもいいんですよ。だって、先輩にはもう戦う理由なんてないじゃないですか」

 

「そんな……!俺はまだ戦えるよ!皆を置いて自分一人だけ逃げるなんて嫌だ!」

 

藤丸はまだ自分は戦える、人類最後のマスターとして、カルデアにいるサーヴァント達のマスターとして漂白された地球を取り戻す為に最後まで戦うと主張した。しかしここまで藤丸が戦ってこれたのは故郷に置いてきた家族と再会するという目的があったからだ。自分の日常を、平穏な生活を取り戻すための戦いだったはずだ。だがもう藤丸の家族は……。

 

「だって先輩……もう先輩のご家族は……この世には……」

 

マシュは目から大粒の涙を流しながら言葉を詰まらせる。

 

「お願いです先輩……。もうこれ以上無理をなさらないでください……!!これは私の我儘かもしれません。ですが、私にとって、今の先輩を戦わせる事は苦痛以外の何物でもないのです!!」

 

その言葉を聞き、彼女の表情を見た時、俺は何も言えなくなってしまった。彼女の瞳からは涙が溢れており、頬を伝って滴り落ちている。こんな姿を見せられては彼女を拒絶する事などできなかった。

 

「マシュは今まで俺と戦ってきたじゃないか!七つの時代の特異点を修復した時も、ゲーティアの時間神殿で戦った時も、空想樹を切除する為に異聞帯で戦った時もずっと俺と一緒に戦ってきたんだ!それなのに今更降りろだなんて……」

 

「すみません、出過ぎた真似をしてしまいました。でも、これだけは言わせてください。先輩は十分過ぎる程、人類の未来の為に戦ってきました。だから、もう、休んでもいいと思うんです」

 

だがマシュの言葉に藤丸は譲らない。両親の死が心の中に大きな傷となって残っているのは事実だが、それをマシュに悟られないようにした。しかし当の彼女には見抜かれているようだ。

 

「私からみた今の先輩は……全然平気そうじゃないです。辛くて悲しくて、今にも心が壊れてしまいそうな……」

 

マシュの目からはとめどなく涙が溢れていた。彼女は本気で自分の事を心配してくれているのだと思うと、胸が締め付けられるような思いがした。しかしそれでも退くわけにはいかないのだ。今ここで戦いをやめてしまえば今までの苦労が全て水の泡になってしまうかもしれないのだから。

 

「先輩の気持ちは分かります……。私も先輩と離れたくないですし、ずっと一緒に居たいです。ですが……シミュレータール―ムに入っている時の先輩を見て、私では先輩を支えられないと思い知りました……。先輩がご両親に見せる顔は……とても幸せそうで……」

 

そしてそのまま泣き崩れてしまうマシュ。彼女は藤丸がカルデアから去る事を止めるどころか、推奨しているようにさえ見える。以前の彼女であれば無理をしてでも引き留めたであろうが、藤丸が両親の死を聞かされた際に見せた悲しみの涙と取り乱し様を目の当たりにしたマシュは、これ以上藤丸をカルデアで戦わせる事に疑念を抱いてしまっていた。人類最後のマスターとして、先輩としてマシュを引っ張って来た藤丸が見せた脆さと弱さ。それを見てしまったからこそ、マシュは彼をこのまま戦わせてはならないと思ってしまったのだ。彼女なりの気遣いなのであろうが、そんなマシュの気配りは藤丸の心を傷付けた。

 

「マシュ……俺はまだ戦えるよ……!俺はもう平気だから……!」

 

だがマシュは首を横に振り続ける。

 

「いえ、ダメです。私が嫌なんです。あんな悲しそうな顔をする先輩はもう見たくないんです。それに……最近の先輩は、無理に笑っているように見えるんです」

 

彼女の言葉が胸に突き刺さる。

 

「マシュ……今まで一緒に旅してきた仲間なら分かるだろ……?今の俺には立ち止まる暇なんてないんだよ」

 

「いいえ、分かっていません!それに先輩は、今も苦しんでいるじゃないですか!」

 

「苦しいのは当然だろう!けどそんなものはカルデアのマスターをしている以上は仕方のない事で……!」

 

「違います!先輩はきっと勘違いをしています!私は先輩の事が好きで、大好きだからこそ、苦しんでほしくないんです!」

 

いつの間にか藤丸とマシュは大声で言い合っていた。

 

「確かに、今まで私たちは沢山の特異点を旅してきました。それは勿論大変な事ばかりでしたが、私はその旅の中で先輩とたくさんの思い出を作ってきました!けど……今の先輩を見ていると胸が締め付けられる……。ボロボロになっても無理をして立ち上がって、それでまた傷ついてしまう……。そんな辛い思いをしてまで戦い続けてほしくありません!」

 

マシュは自分の想いを素直にぶつけた。藤丸の目からは涙が流れ落ち、マシュに縋り付いて必死にマスターとして戦いたいと懇願し続けた。

 

「お願いだよマシュ……このままカルデアで戦いを続けさせてくれ……。じゃないと、俺の父さんや母さんの犠牲が無駄になってしまうんだ……!俺がやらなきゃいけないんだ、俺しかやれないんだ……!だから頼むよ、俺に戦いをやらせてくれ!」

 

しかし、マシュは静かに首を横に振る。

 

「……ごめんなさい、やはり先輩をこのまま戦いに出すわけにはいきません。このままでは、先輩はいずれ壊れてしまいます……」

 

そう言うと、マシュは静かに涙を流す。そん姿を見て、彼女の想いを感じ取った藤丸は思わず何も言えなくなってしまう。彼女の覚悟を知ってしまった以上、彼女を説得するだけの言葉を持ち合わせていないのだ。彼女がどれだけ自分を心配してくれているのかを理解してしまったせいで、彼は彼女の心を傷つけずにどう言えば良いのか分からなかった。そしてマシュは静かに部屋を後にする。残された藤丸はベッドの上で膝を組み、自分はどうするべきかを考えていた。が、その時マイルームの扉が開き、明るい声が聞こえてきた。

 

「藤丸~!今から部屋で一緒に映画でもどう?」

 

先ほどのマシュと藤丸のやり取りを知らない立香はベッドの上に座る藤丸に対していつもと同じように笑いかけてきた。そんな彼女に対し、どう反応して良いか分からずにいると、それを見た彼女は首を傾げる。

 

「ん?どうしたの?」

 

そんな彼の反応を見た彼女は不思議そうに首を傾げた後、そのまま部屋に入ってくるとベッドに座り込む。そして彼に寄りかかるとニコニコと微笑みながら彼の腕を抱きしめる。そんな彼女に対して何と言葉を発っすればいいのか分からない。

 

「えっと……藤丸、何があったの?目が真っ赤だよ……?」

 

どうやら自分でも気づかぬうちに泣いていたらしい。彼女にそう言われた事で初めて泣いている事に気づいた藤丸は慌てて目元を拭うと心配をかけないように笑顔を作る。

 

「大丈夫だよ立香。ちょっとマシュとね……」

 

「え?さてはマシュに泣かされたな~?男の子なのに女の子のマシュに泣かされちゃ駄目だぞ~?」

 

そう言うと立香は藤丸の頭を軽く小突くようにして撫でる。その様子を見て彼は苦笑しつつもどこか嬉しそうだった。




モルガンもウーサー君の死を目の当たりにしているからね……


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第34話 藤丸の決意 後編

男の子って言うのは、女の子の前ではカッコつけたがるんだよね。


「うん?もう朝なの?」

 

けたたましい目覚ましベルを止めつつ、立香は時刻を見る。すると時計は既に午前9時を指しており、既に起きていなければならない時間であった。それに気づいた瞬間、布団から飛び起きる。今日は土曜日なので本来ならもう少し寝ていたいところだが、今日は友人達と遊園地に行く約束をしていたのだ。それをすっかり忘れていた事を後悔しつつ、急いで顔を洗い、朝食を食べにリビングへと来る。そこにはいつものように両親の姿があり、二人共愛する娘に"おはよう"と声をかけた。何気ない朝の光景、何気ない家庭の団欒、平和な日常。

 

「パパ、ママ、おはよう!」

 

立香は寝ぐせを直しながら、テーブルに出されたトーストを頬張る。そんな様子を見て両親が笑うのを見て、彼女もまた笑った。

 

「立香、そろそろ彼氏の一人でも連れてこいよ」

 

「そうよ、あなただって年頃なんだから!」

 

「あはは……」

 

この話題になるといつも返答に困る。別に恋愛に興味が無いわけではない。ただ、今の環境が心地良すぎて他の事に目を向ける余裕がないのだ。それに今は勉強に部活、友達付き合いなどやる事が多過ぎるのだ。この日本のどこにでもいる普通の女子高校生として、平穏で平凡な暮らしを享受している立香。平和過ぎて刺激が足りないと言えばそれまでだが、それが彼女にとって一番良い事なのだ。しかし、それでも思春期真っ盛りの少女である事には変わりはなく、異性に対してもそれなりに興味はあるし、恋にも憧れるお年頃である事に変わりはないのだ。だからこうしてたまに両親からこの手の話を振られるとどう反応していいか困ってしまうのだ。目の前にいる両親の幸せそうな表情を見つつ、立香は大事な事から目を背けているような気がした。

 

「そうだなぁ……もし彼氏が出来たとしてさ、わたしと同じ名前だったら嫌かな?ホラ、立香って名前は男にも付けられるし」

 

立香の言葉に両親は互いに顔を合わせる。彼氏と自分の娘が同じ名前だったとしたら紛らわしくないか?という疑問を抱いたからだ。

 

「うーん……確かにややこしいけど、俺は気にしないよ。お前が好きな人なら父親として応援するし、俺の娘だって胸を張って言えるよ」

 

「私もあなたの言う通りよ。そもそもあなたが好きになった人なんだから反対なんてしないわ」

 

両親がそう言うと娘の頬がほんのりと赤く染まった。そんな娘を見て二人は微笑むのだった。立香はいつまでもこんな日常が続けばいい、愛する両親、仲の良い友達、学校と部活、そういった"平凡な生活"の中で生きていきたいと何よりも願っていた。そう、"後戻り"などできない今だからこそ平穏で平凡で平和な生活がどれ程尊いものなのかを知ったのだから。

 

「パパ……ママ……。あのね、この際だから言うけど。わたし……取り返しのつかない事をしちゃったの……」

 

立香がそう言った直後にはリビングから両親の姿は消えていた。もう既にこの世にいない両親との会話を、毎晩こうして"夢の中"でしている。所詮現実ではない、単なる夢の中。立香の目からは涙が流れ落ちて来る。

 

「ごめんね……本当にごめん……。謝っても許されないよね……」

 

夢の中でいくら謝罪しても意味がない事は分かっている。それでも謝らずにいられなかった。これはただの自己満足に過ぎないと分かっていても、そうする事でしか自分を保てないと分かっていたから。

 

「……わたしが悪いんだ……全部……わたしのせいなんだ……。パパとママに会いたいから……二人に生きていて欲しいから聖杯を沢山使って……。けどそのせいでマシュも……ダ・ヴィンチちゃんがも……ホームズも……ゴルドルフ所長も……ネロもみんな消えた……」

 

立香はとめどなく溢れてくる涙と罪悪感で押し潰されそうになる。自分がカルデアに貯蔵されていた聖杯を使ってしまったせいで大勢の仲間が消えたという事実に胸が張り裂けそうだった。

 

「……わたしはどうすれば良かったのかな……?ねぇ教えてよ!誰か答えてよ!!」

 

リビングで叫ぶ立香だが、彼女の言葉に答える者はいない。この夢の空間には彼女しかいないのだから当然だ。しかし彼女はそんな事にも気が付かずに叫び続けている。その時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

――――――立香!大丈夫か!?

 

その声と共に立香は夢の中から覚めた。

 

 

 

 

************************************************************

 

 

 

 

「ふ……藤丸……?」

 

瞼を開けた立香の目に入ってきたのは心配そうにこちらを覗き込んでくる藤丸だった。

 

「大丈夫?ひどくうなされていたけど……?」

 

藤丸はそう言うとハンカチを取り出し、涙を拭ってくれる。悪夢を見ている時に現実でも涙を流していたようだ。まだ心臓がバクバクと音を立てており、全身に嫌な汗が流れる。きっと酷い顔をしているのだろうと思いながらも、自分を心配してくれる藤丸の顔を見て思わず笑みがこぼれる。

 

「……ありがとう……心配してくれて……」

 

そう言って微笑む自分に安心したのか、藤丸の表情からも緊張がほぐれる。

 

「立香がうなされている時……"パパ"、"ママ"って何度も口にしてた。何があったの立香……?」

 

藤丸の言葉に立香の心臓はドキッと跳ねる。まさか夢の内容を話すわけにはいかないので、咄嗟に嘘をつく事にした。

 

「……ちょっと怖い夢を見ただけ……」

 

その言葉に嘘はない。あの出来事がトラウマになっている事は事実だからだ。だからこそ"パパ"や"ママ"という言葉を口にしてしまったのかもしれない。するとそれを聞いた藤丸の表情が曇る。

 

「……そっか……。辛い事があったら俺に言ってもいいんだよ?俺じゃ頼りないかもしれないけどさ……」

 

そう呟くように言うと藤丸は立香を抱き寄せる。その優しさに立香の目からは再び涙が溢れてきた。

 

「うん……」

 

小さく頷くと、さらに強く抱きしめられた。その温かさに心が安らいでいくのがわかる。まるで父親と母親に抱かれているかのような安心感に包まれながら、しばらくそのまま泣いていた。

 

しばらくして泣き止むと、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

「……ごめん藤丸。もう大丈夫だから離していいよ」

 

そう言いながら顔を上げると、そこには優しくこちらを見る藤丸の顔があった。立香は彼の表情を見て、自分が隠してきた事実を打ち明ける事にした。これ以上隠しても意味はない、相手が藤丸だからこそ言うべきなのだ。

 

「藤丸……わたしね……パパとママを生き返らせようとしたんだ……」

 

「え……?」

 

立香の言葉に藤丸は目を見開いた。

 

「ホラ、ゲーティアを倒して人理焼却を防いでから地球が白紙化されるまで1年間の期間が空いてたでしょ?わたしのパパとママはその期間内に……協会に消されたって……」

 

その言葉を聞いて藤丸は更に驚愕する。自分の両親が行方不明の自分を追った末に、魔術の存在に触れようとしてしまいその結果口封じとして協会に消された。だが目の前の立香も自分と同じく父と母を協会に殺されていたというのだ。

 

「わたしは無理矢理南極のカルデアに連れてこられたんだ。それこそ正真正銘誘拐として思えないやり方でね。パパとママは行方不明になったわたしを探してくれたんだ……。けど……そのせいでパパとママは協会から目を付けられて……それで……」

 

愛する両親の死を語る立香の目からは止めどなく涙が溢れている。そんな彼女を慰めるように抱きしめる力を強めると彼女は再び嗚咽を漏らし始めた。

 

「わたし……パパとママに"ただいま"も言えなかった……。生きてもう一度……もう一度二人に会いたかったのに……それなのに……なのに……!」

 

そう言って涙を流す彼女を見ていると藤丸は胸が締め付けられるような痛みに襲われる。それは彼女が泣いている事に対してではなく、彼女の心の痛みが自分に伝わってきているからだ。そう、彼女は自分と同じ……。

 

「それで……カルデアに貯蔵してある聖杯を使ってパパとママを死ななかった事にしようとしたの……」

 

「え……?」

 

立香の口から出た言葉に藤丸は耳を疑う。

 

「カルデアのマスターとしてやっちゃいけない事なのは分かってた……!だけど……白紙化した地球を元に戻してもパパとママにはもう会えない事に耐えられなかった……!!だから……!!」

 

泣きじゃくりながら話す彼女に何と声を掛ければいいのか分からなかった。ただ今は彼女を抱きしめてあげるべきだという事だけは分かった。

 

(そうか……この子も同じだったんだ……)

 

そう思いながらそっと頭を撫でてやる。すると彼女もこちらに身を委ねるようにして抱きついてくる。

 

「聖杯を沢山使えば、パパとママが死ななかった事になるだけじゃなく、白紙化した地球も元通りになると思ったの。けど……けど聖杯を使った瞬間、カルデアのみんなが"消えた"……。マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも、ホームズも、ゴルドルフ所長も、シオンも、キャプテンも、ネロも、他のサーヴァントたちも全員消えて、カルデアにはわたしだけが取り残された……」

 

立香は自分がいた並行世界のカルデアで犯した罪を、藤丸に告白した。その罪の重さに立香は押し潰されそうに見える。しかしそれでも彼女の心は壊れていない。いや、壊れた心を必死に繋ぎ合わせているようにさえ見える。

 

「わたしって……本当に馬鹿だよね……。カルデアのマスターとして戦ってきて、最後は自分の願望を叶えるために聖杯を用いてその結果仲間が全員消えちゃったんだから……」

 

立香は自嘲気味に笑いながらそう言った。藤丸はそんな彼女を見ていられず、思わず抱きしめる腕に力がこもってしまう。その行動に驚いたのか、一瞬ビクッと身体を震わせるがすぐに力を抜いてくれた。しばらくそのまま抱きしめていたがやがて落ち着いたようで、顔を上げてこちらを見つめてきた。その表情はまだ少し暗いものの先ほどよりはマシになっているようだった。

 

「ありがとう……藤丸」

 

「立香……今まで辛かったんだろう?なら思いっきり泣いていいよ」

 

そう言って優しく頭を撫でると彼女はさらに涙を流して嗚咽を漏らした。よほど辛い思いをしてきたのだろう。無理もない事だ。彼女が泣いている間ずっと頭を撫で続けた。しばらくしてようやく落ち着いてきたのか、彼女の方から身体を離してくれた。まだ目は赤く腫れているが涙はもう止まっているようだ。そして改めてこちらを見据えるとこう言った。

 

「ゴメン……今までずっとベタベタしちゃって……。藤丸は何かにつけてくっついくるわたしの事、嫌いになった?」

 

確かに今まで藤丸に対して過剰なスキンシップをしてきた立香であるが、そんな彼女は藤丸に嫌われているのではないかと不安に駆られる。だがそんな立香に対して藤丸は優しい顔で首を横に振る。そしてこう答えた。

 

「嫌うわけないよ。むしろもっと甘えて欲しいくらいだよ」

 

そう言うと今度は彼女の頭を優しく撫でる。

 

「それに……俺も立香と同じなんだ」

 

「え……?」

 

「俺の父さんと母さんも……行方不明の俺を探した末に協会に目を付けられてそれで……」

 

藤丸の言葉を聞いた立香は、彼を抱き寄せると自分の胸に顔を埋めさせた。

 

「え……?」

 

驚く藤丸だったが、彼の耳に聞こえてきたのは彼女の心臓の鼓動だった。そのリズムはまるで母親の胎内にいる時のような心地良さを感じさせるものだった。そしてそれは同時に安心感を彼に与えてくれるものでもあった。そして何よりもその心臓の音を聞いているととても心が落ち着くのだ。まるで母親に抱かれているような錯覚すら覚えてしまうほどに……。

 

「藤丸……ちゃんと泣きたい時は泣いていいんだよ?わたしだってそうしてもらったんだから……」

 

「ありがとう立香……」

 

藤丸は暫く立香の胸に顔を埋めていたが、暫くすると離れた。

 

「わたしは……人類最後のマスターとして失格だよね……。それに比べて藤丸は凄いよ……。わたしみたいに聖杯で親を生き返らせようとしたりしていないし……」

 

「立香、俺は君のした事を決して責めない。もしその事で君を責める人間がいたら、俺はそいつを許さない。だから自分を責めないでくれ」

 

藤丸の言葉を聞いた立香は、彼と顔を近づけるとそのままキスをする。藤丸は突然の事に動揺して顔を赤らめたが、やがて落ち着きを取り戻して彼女を抱きしめ返すのだった。そして二人は再びキスを交わす。二人の唇が離れるとそこには銀色の糸が引かれており、それがさらに二人を興奮させていた。

 

「藤丸……結構上手いじゃん。もしかして経験あるとか?」

 

「……いや、初めてだよ。ただ本やネットの知識を参考にしただけだけど……」

 

照れながら言う藤丸に対して、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべるとこう告げた。

 

「じゃあわたしが初めての相手なんだね!嬉しいなぁ~♥️」

 

そう言って喜ぶ彼女の姿に、藤丸は思わずドキッとしてしまう。ファーストキスならばマシュと既にしてしまったのだが、この際立香には黙っておく事にした。

 

「藤丸……わたしもマシュから聞いたよ。アベンジャーズの人達が藤丸をカルデアから連れ出そうとしているの……」

 

立香の言葉に藤丸は顔を曇らせる。そう、一般人である自分をこれ以上危険な目に遭わせ続ける事は認めないというアベンジャーズは彼を戦いから遠ざけようとしているのだ。以前のマシュや他のサーヴァントたちであれば猛反発したであろうが、両親の死に深く傷ついた藤丸を目の当たりにしているので、強く拒否できないというのが現状だ。しかもマシュは藤丸を戦いから遠ざける事に賛成している様子であった。マシュなりに藤丸の事を想っての事だろうが、当の藤丸にとっては今まで戦ってきた後輩に「戦いから降りてください」と言われるのは何よりも辛い。

 

「藤丸がいなくなってもわたしがいるよ。これでも藤丸と同じ人類最後のマスターとして戦ってきたんだよ?」

 

立香はそう言って自分の令呪を藤丸に見せながら言う。確かに並行世界の同一人物ではあるが、藤丸のいるカルデアのサーヴァントたちからすれば立香など所詮他人に過ぎない。そんな彼女とサーヴァントたちの間で連携が取れるのかどうか怪しいところだろう。

 

「……できない」

 

「え……?」

 

「やっぱり俺は……戦いから降りるなんてできない……!」

 

が、立香の言葉を否定した藤丸は彼女の目を真っ直ぐに見据える。その瞳は力強く、人類最後のマスターとして戦ってきた彼女の決意の強さを感じ取るには十分だった。

 

「け、けど藤丸が戦いから離れられるならわたしはそれで……」

 

立香の言葉に藤丸は首を横に振る。

 

「立香は俺よりもずっと辛い思いをしてきたんだ……。それに戦いを終わらせても立香のいた世界のマシュやダ・ヴィンチちゃん、それに君の両親が生き返るわけじゃない。このカルデアにいるマシュたちだって、立香が自分の世界で一緒に戦ってきたマシュたちじゃないんだ」

 

「そんな事分かってる……!分かってるけど……!!」

 

「立香は……"自分が生きたい理由"を探したいだけなんじゃないのか?」

 

藤丸の言葉は図星だったのか、その言葉を聞いた瞬間、彼女は身体を硬直させた。立香が犯した過ちによって彼女の世界にいたカルデアの仲間たちは全員消滅し、彼女の世界の白紙化した地球を取り戻す手段は永久に失われてしまったのだ。立香はそんな世界では自分の生きている理由が見いだせずにいたのだ。両親と再会する事も、マシュたちと共に戦う事もできないまま生きていた所で意味がない。それだからこそ藤丸の代わりにカルデアのマスターとして戦う事を快諾したのであろう。例え並行世界のカルデアで、自分の事を知らないマシュたちであろうと関係なかった。

 

「やめてよ藤丸……そんな事言わないでよ……わたしどうすればいいのか分からなくなっちゃうじゃん……」

 

目から光が消えた立香は涙声で藤丸に訴える。しかし、それでも彼は彼女の言葉を否定するように首を左右に振った。

 

「俺は……自分よりも辛い目に遭ってきた目の前の女の子に全てを押し付けて逃げ出すなんて卑怯な真似だけは絶対にしない……!」

 

「え……?」

 

が、藤丸の口からは力強く、そして決意に溢れた言葉が飛び出したのだ。もう両親の死に涙を流していた一人の少年ではない。漂白化された地球を取り戻すべく、そして人理を取り戻すべく多くのサーヴァントと共に戦う人類最後のマスターであった。

 

「立香、俺が君の"生きる理由"になる……!だから……だから一緒に戦おう……!一緒にこのカルデアでマスターとして戦おう……!」

 

「……藤丸!」

 

藤丸の言葉を聞いた立香は彼の胸に飛び込んで泣きじゃくる。さきほど涙を沢山出したというのにまだ枯れる事を知らないようだ。

 

「ありがとう、ごめんね、本当にごめん」

 

泣きながら謝る彼女に対し、藤丸は優しく頭を撫でるのだった。

 

「大丈夫だよ立香。俺はもう迷ったりしない。俺は……俺はカルデアのマスター、藤丸立香だ」




やっぱ藤丸君は人類最後のマスター。


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第35話 クリントとメドゥーサ

今回はクリントさんの回です。聖杯戦争って基本的に一般の人間に知られていないのと、戦いに巻き込まれて死んでも情報操作されて事故死扱いとかになりますからね。


翌朝。マイルームでシャワーと着替えを済ませた藤丸と立香は手を繋いだ状態で廊下を歩いていた。藤丸の足取りは力強く、眼差しには迷いがなく、その瞳には希望の光が灯っていた。その隣を歩く少女の瞳にも光が戻っており、二人は昨日までとは違う雰囲気を漂わせている。

 

それは二人がようやく心の整理がついた証拠でもあった。そんな二人の様子を見ながら、アナスタシアは安堵のため息を漏らす。今まではいつ壊れてもおかしくないような危うさがあったが、昨夜の内に二人は別人のように変わってしまった。今、廊下を歩いている藤丸は七つの特異点を修正し、漂白化された地球を取り戻すべく戦う人類最後のマスターに相応しい顔と雰囲気をしている。

 

そう、以前の藤丸に戻ったのだ。両親の死を聞かされて以降の藤丸は精神的に疲弊しており、彼を救う為にアナスタシア達が出来る事は精々彼のメンタルケアしかなかった。だが今の彼の表情を見る限り、彼の心は回復傾向にある事が分かる。その事にアナスタシア達は安堵していた。そして藤丸と立香の前にマシュが現れる。マシュは二人に挨拶を言おうとしたが、昨日までとは見違えるような凛々しく、力強い眼差しと顔をしている藤丸に驚く。

 

「お、おはようございます……藤丸先輩……!」

 

昨日まで、自分に縋り付いてまでカルデアのマスターでいさせて欲しいと懇願してきた藤丸とは別人のようにしか見えない。昨夜一体何があったのか。マシュは気になって仕方なかった。

 

「おはよう、マシュ。昨日はよく眠れた?」

 

いつもと同じように笑顔でマシュに返事をする藤丸。

 

「あ、はい!おはようございます、先輩!私はぐっすりと眠ってしまいました……」

 

そう言って照れ笑いを浮かべるマシュだったが、内心はそれどころではなかった。

 

(何があったんですか!?昨日までの先輩と全然違いますよ!!?)

 

思わず大声を出してしまいそうになるマシュであったが、それをぐっと堪えると、藤丸の隣にいる立香がニヤニヤした表情でマシュを見ている。何故か勝ち誇っているという感じの笑顔であるが、マシュにはその理由が分からなかった。

 

「マシュ、俺はやっぱりカルデアに残るよ。そしてカルデアにいるサーヴァント達のマスターとして最後まで戦う」

 

藤丸は力強く、そしてハッキリとマシュに対して自分はアベンジャーズと一緒に出て行かず、カルデアに残って最後まで戦う事を告げた。もうマシュの目の前にいる藤丸は昨日までの彼ではない。正しく人類最後のマスターに相応しい少年だった。マシュは真っすぐに自分の目を見つめてくる藤丸を見て僅かに頬を赤らめると同時に、微笑を浮かべる。

 

「分かりました……!マシュ・キリエライト、これからも藤丸先輩のサーヴァントとして戦わせていただきます!」

 

そう言ったマシュの表情からは陰りが完全に消えており、それを見た藤丸は安堵した。そして3人で一緒に食堂へと向かう。食堂はいつものように多くのサーヴァントで賑わっており、カルデアキッチン組が忙しそうに人数分の料理を作っている。そし藤丸、立香、マシュの3人はトレーの上に朝食テーブルに座ると3人同時に食べ始める。するとそこにパニッシャーとガレスがやってきた。二人は藤丸たちが座る席の向かいの椅子に腰かける。ガレスはにこやかに微笑みながら3人に挨拶をした。

 

「皆さん、おはようございます!」

 

「おはようガレス。今日も元気だね」

 

子犬のような気質の少女騎士であるガレスは人懐っこく、カルデアのサーヴァントたちからも可愛がられている。彼女の元気な声を聞いただけで心が洗われるような気分になった。現在ガレスはパニッシャーのサーヴァントとして彼に付き従っているが、当のパニッシャーは今朝から頭痛がするらしく片手で頭を抑えていた。

 

「大丈夫?何か薬とかあるけど?」

 

「大丈夫だ、問題ない……。サーヴァントと契約したらマスターはそのサーヴァントの夢を見るとダ・ヴィンチから聞かされていたが、昨夜俺はランスロットに頭をカチ割られる夢を見たぞ……。あれは生前のガレスの記憶で合っているんだよな……?」

 

パニッシャーの言葉を聞いたガレスは暗い顔をする。生前のガレスはアーサー王の円卓に名を連ねる騎士であり、ランスロットを慕っていたものの、そのランスロットによって頭を叩き割られてしまい命を落としたという。ランスロット自身、処刑されるギネヴィアを助ける為にその場に来たのだが、ガレスは尊敬するランスロットと話をしようとしただけにも拘らず、彼は躊躇なくガレスの頭部を割ったのだ。あの時のガレスは兜をしていたのでランスロットは彼女だと知らなかったらしいのだが、そんなガレスが殺される夢を追体験したパニッシャーからすればあまり気分の良いものではない。

 

「ランスロットの奴は自分に懐いていたお前を虫ケラみたいに殺したのか……」

 

パニッシャーの口からはランスロットに対する怒りのようなものが滲み出ている。ガレスのような良い娘をなんの戸惑いもなく殺すような男に良い感情を抱く筈もないのだが。だがそんなパニッシャーに対してガレスは首を横に振る。

 

「パニッシャー殿、あまりランスロット卿を悪く言わないでください……。確かに私は生前あの方に殺されましたが、今でもあの方を尊敬している気持ちは変わりありませんから」

 

そう言ってガレスはパニッシャーに笑顔を向ける。だがこんなにも良い娘であるガレスを一片の躊躇もなく殺害したランスロットに対し、パニッシャーの感情は複雑なものだった。

 

「実はガウェイン兄さまはパニッシャー殿の事を余り快く思われていないのです……。私がパニッシャー殿のサーヴァントになる事に最後まで難色を示しておられましたから……」

 

ガレスは暗い表情で言う。確かにパニッシャーの性格を考えれば大半のサーヴァントは彼を快く思う筈がない。ましてやガレスという円卓の騎士に名を連ねる英霊がパニッシャーをマスターにしたとあらばガレスの兄であるガウェインにとって内心穏やかではいられないだろう。性格や思想からして藤丸とは違い過ぎる。異なる別世界から来たパニッシャーをマスターとして契約を結んだガレスであるが、彼女の屈託のない笑顔と善心はパニッシャーから見ても眩しいものだ。

 

「ま、俺は人様から好かれるような性格はしていないからな。それは自分でも分かっているさ」

 

そう言うとパニッシャーは自嘲気味に笑う。

 

「そ、そんな事はありません!私もパニッシャー殿にはよくしてもらっていますし、他の皆さんもパニッシャー殿が悪い御仁ではない事は理解できています!」ガレスは慌ててフォローするように言う。その様子を見たパニッシャーは苦笑いをする。

 

「それにパニッシャー殿が藤丸殿に向ける親のような目線はこのガレスめは良く理解できております!任務の際はいつも彼を率先して守ってくださっているのは聞き及んでおりますゆえ」

 

ガレスにそう言われ、藤丸とパニッシャーは思わず顔を見合わせると同時に赤面した。それを誤魔化そうとパニッシャーは言う。

 

「まあなんだ、その……これからもよろしくな、嬢ちゃん」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします!」

 

そう言い合う二人の姿はまるで父と娘のようだ。その様子を見ていたマシュは優しい笑顔で微笑むの。一方、噂をすればというかガレスの兄であるガウェインが藤丸たちの座る席に来た。パニッシャーと契約した妹の事が心配になったのであろう。

 

「ガレス、あなたの様子を見に来ました。新しいマスターである彼とは上手くやっていますか?」

 

ガウェインは心配そうにガレスに対して訊ねる。それに対してガレスは元気いっぱいに答える。

 

「ええ、勿論です!私の事をとても気遣ってくれますし、とっても良い人です!」

 

流石にパニッシャーの事を"とっても良い人"というのは語弊があるが、少なくとも悪人ではない。しかしながらカルデアのマスターへの適性に疑問の余地があるのは間違いではなく、現にゴルドルフやホームズはパニッシャーを問題児として捉えている。ガウェインもパニッシャーの悪に容赦の無い性格をそこまで歓迎しているわけではなく、悪人に対して過剰な暴力を行使する事でガレスに悪影響が出るのではないかと懸念しているようだ。それを察したのかガレスは言う。

 

「大丈夫ですよ、兄様。パニッシャー殿は確かに見た目はちょっと怖いですが、悪い人ではありませんよ!」

 

そう言うガレスの様子を見て、ガウェインは安心したような表情を浮かべた。そして彼はこう続ける。

 

「そうですか……それならば安心しました。……パニッシャー、もし妹に悪い影響を及ぼすようであれば……その時は覚悟しておいてください」

 

そう言ってガウェインは去って行った。恐らくは妹に害をなす存在ではないか警戒していたのだろう。パニッシャーの性格を考えれば、彼が人格的に問題のあるマスターと見られてもおかしくはないのだが……。サーヴァントはマスターの気質に引っ張られると言われており、ガレスがパニッシャーの性格に影響を受けないとも限らない。兄であるガウェインからすれば妹には優れたマスターの元で働いて欲しいと願っているので、パニッシャーをマスターにするのを苦々しく思っていても不自然ではないのだ。

 

「やれやれ、妹想いなのは良い事だが……俺は嫌われ者らしいな」

 

そう皮肉めいた調子で言うパニッシャーにマシュが言う。

 

「そんな事はないですよ!パニッシャーさんは立派な方ですから!」

 

だがそんなマシュの言葉を聞いてパニッシャーはこう言った。

 

「マシュ……俺の場合は"立派"じゃなくて"極端"なんだよ。だがまあ……俺を評価する人間が一人でもいるのなら……それに応える義務はあるな」

 

そう呟くパニッシャーの表情からは、彼の持つ複雑な感情が読み取れる。自分を子犬のように慕うガレスや藤丸、マシュ、ダ・ヴィンチといったカルデアの面々はこうしてパニッシャーを受け入れてくれている。アベンジャーズのようなヒーローからは嫌われていても、極悪人も珍しくないこのカルデアではパニッシャーのような人間はそこまで異端な存在ではないのだから。

 

「このガレスめは藤丸殿とパニッシャー殿のただならぬ関係に興味があります。お二人の間には何か絆のようなものが感じられますので!」

 

ガレスの無邪気な言葉に、マシュと立香は顔を見合わせる。二人は一瞬沈黙したが、すぐに笑い合った。当のパニッシャーも頭を掻きながら苦笑いをしている。

 

「そうですね、パニッシャーさんと藤丸先輩の関係は少し不思議に見えます。まるで昔からの知り合いみたいに思えます」

 

「え?藤丸ってこのおじさんと昔から知り合いなの?」

 

立香は興味津々で藤丸とパニッシャーを交互に見る。

 

「……まぁ、話せば少し複雑だがそんな感じだ。それよりお前も立香っていう名前なんだな。女の方も立香だと色々紛らわしいと思うんだが」

 

パニッシャーは藤丸の事を基本的に"立香"と呼んでいるが、マシュは藤丸と立香を区別する為に"藤丸先輩"、"立香先輩"とそれぞれ分けた呼び方をしている。パニッシャーの呼び方では色々と紛らわしくなってしまうだろう。男の藤丸の方を呼んでいるのか、女の立香の方を呼んでいるのか分からなくなるからだ。

 

「ま、まぁわたしもそこは紛らわしいと思ってたけど、別にそんなに気にするほどの問題じゃないんじゃない?わたしはわたしだし、藤丸は藤丸だよ」

 

「そ、それはそうかもしれないけどさ……」

 

「確かに私も最初はややこしく感じましたけど、今ではもう慣れましたね。お二人共、改めてよろしくお願いしますね」

 

マシュは笑顔で二人に言うと、藤丸と立香も同じく笑顔で返す。パニッシャーとガレスも二人の仲睦まじい様子を微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

**********************************************************************

 

 

 

 

サーヴァントというのは基本的に召喚されてからの記憶は引き継ぐ事はできない。ましてや平行世界の聖杯戦争に関する記憶を持っているサーヴァントは極少数の例外を除いて殆どいないと言っても良いだろう。座そのものには記録自体されるのであるが、聖杯を巡る戦いで魔術師に召喚されてから自分がした行動や自分のマスターの事を覚えている方が稀有なのだから。今こうしてクリントの目の前にいるメドゥーサも自分が聖杯戦争に召喚された時の記憶を持たないサーヴァントに入る。クリントは廊下に佇んでこちらを見ているメドゥーサをじっと睨んでいる。サングラスを掛けてはいるものの、その下は鷹のように鋭い眼差しが隠されている。最も、先にクリントの方が向こうから歩いてきたメドゥーサを見たのだが。彼女は何故クリントが自分を睨んでいるのか理解できていない様子である。クリント自身からは少なからず自分に対する敵意が感じ取れた。

 

「……私になにか用ですか?」

 

「サーヴァントは自分が聖杯戦争で召喚された時の記憶は引き継げないってマシュやダ・ヴィンチ、ストレンジから聞いちゃいたが、俺の顔も覚えてないのか?」

 

クリントの言葉にメドゥーサは首を傾げる。クリント自身は冬木での聖杯戦争でメドゥーサと顔を合わせているのだが、当の彼女はそんな事は覚えていないようだ。サーヴァントの性質を考えれば仕方のない事とはいえ、そんなメドゥーサに対して苛立ちを募らせる。

 

「お前が学校で大勢の生徒を贄にしようとした事はちゃんと俺は覚えているんだ。最も、お前自身は覚えちゃいないだろうがな」

 

学校の生徒を贄に……と言われてもメドゥーサはそんな事を覚えている筈もないので、彼女の反応は当然だった。困惑するメドゥーサにクリントは詰め寄る。

 

「え?いや、私は……」

 

突然の出来事に頭が回らないメドゥーサに対して苛立った様子のクリントは彼女を睨む。平行世界の日本……冬木市で行われた聖杯戦争でメドゥーサがしでかした所業をクリントはその目で見ていたし、彼女自身とも戦った。だがクリントの目の前にいるメドゥーサはその事を覚えていない。クリントからすれば犯罪者が自分の犯した罪の部分の記憶だけ綺麗に喪失しているのと同じなのだ。サーヴァントの特性と言えばそれまでなのだが、それで納得できるクリントではない。そして彼の中の怒りが爆発しようとした瞬間、彼に声を掛ける存在がいた。

 

「クリントよ、お主は相当の命知らずと見えるな。メドゥーサはサーヴァントの中でも反英雄に属している。下手に喧嘩を売るような真似をすれば、次の瞬間には自分の命が刈り取られているやもしれんのだぞ?」

 

煽情的なケルトの戦装束を着たランサーのサーヴァント、スカサハが二人の間に割って入る。彼女からすればクリントがメドゥーサに因縁を付けているように見えたのだろう。

 

「俺は平行世界の冬木って街で行われた聖杯戦争でソイツと一戦交えたのさ。その女は大勢の学校の生徒を吸収して自分の魔力に変換しようとしていやがった。このカルデアで召喚されているから、その時の記憶は綺麗に消えているんだろうが、俺の記憶には焼き付いてるんだぜ?」

 

クリントは割って入ったスカサハに対して言う。確かに彼が指摘した通り、メドゥーサがサーヴァントとしてカルデアに現界した際に冬木の聖杯戦争に参加した記憶は存在していないのだ。

 

「現代社会で召喚されたからには、その社会のルールや法に従うのが道理だ。けどまぁ、昔を生きたお前らサーヴァントにはどだい無理な話か」

 

「一応、召喚された際に現代の価値観や情報は頭の中に入ってくるぞ?最も、聖杯戦争ともなれば現代社会のルールなど守っていられんだろうが。ましてや聖杯戦争でサーヴァントのマスターとなるのは基本的に魔術師だ。お主はそういう連中が世間の常識や社会の規範を遵守すると思うのか?」

 

スカサハの言葉に対してクリントは舌打ちする。アベンジャーズを始めとする大半のヒーローは自分の身に宿った強大な力を制御し、それを社会の為に役立てている。そもそもヒーローというのは決して法を超越した存在ではない。アベンジャーズのようなヒーローといえどアメリカという一つの国に暮らす市民として法を遵守する義務がある。極悪の犯罪者やヴィランといえど無闇に殺す事は禁じられ、捕えて法の裁きに委ねている。

 

ヒーローには勝手に犯罪者を裁いていい権利は無いからだ。一歩間違えば街や国、ひいては世界そのものを破壊しかねない絶大な力を厳しく律しなければいけないのはどのヒーローも共通している。それはヒーロー達が自分の体に宿るパワーの恐ろしさと他者に与える脅威をよく理解しているからである。だが聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは自分の力を聖杯やマスターの為に振るおうとする。個人差はあるにしても、基本的に遵法精神を持ったサーヴァントはいないと言っても過言ではない。まして生前に古代や中世を生きてきた英霊など、現代人とは価値観の全く異なるエイリアンと同じだろう。全てのサーヴァントがそうではないにしても、基本的に人を殺す事に対して躊躇しない。

 

「私やメドゥーサのようなサーヴァントはお主らヒーローとは根本から違う。それが免罪符になるとは思わんが、少なくとも今は人理を救うためにこのカルデアに身を置いているのだ。犯した罪をあげつらうなら人理を救ってからでもよかろう?」

 

「……ああそうかよ」

 

クリントはそう吐き捨てるとそのまま歩き去ってしまう。彼からすれば冬木での戦いの記憶が強烈に焼き付いており、その事を覚えていないメドゥーサに苛立ってしまったのかもしれない。怒りが収まらないクリントはやり場のない怒りを廊下の壁にぶつける。壁を叩く鈍い音が廊下に響き渡り、その音を聞いた周囲の者達は何事かと一斉にクリントの方を見る。クリントは自分が注目を集めてしまった事に気付くとバツが悪そうに顔をしかめながらその場を後にした。

 

廊下を進んでいくと、目の前にアビーが立っている事に気づく。いつからその場にいたのか分からないが突然目の前に生えてきたような感覚を覚えるクリント。アビーは無言のままじっとクリントを見つめている。無感情なアビーの瞳は何を考えているのか分からない不気味さがあり、百戦錬磨のクリントでも底知れない不気味さを感じた。

 

「……」

 

アビーは何も言わない。ただ黙ってそこに立ち、感情の読めない瞳でじっと見つめてくるだけだ。やがて沈黙に耐えられなくなったのか、それともこの不気味な空気感に耐えられなくなったのか、クリントは口を開いた。

 

「お嬢ちゃん、何か用か?」

 

するとアビーの口元がゆっくりと動いた。

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

確かにアビーの口は動いており、何かを喋っているのだがクリントには全く聞き取れない。いや、言葉の意味が分からないといっていいだろう。まるで人間が話す言語とは根本から異なるかのような発音だった。

 

「何を言ってるんだ?」

 

「■□▲◇△」

 

やはり言葉は通じていないようだ。目の前の不気味なアビーを見ている内に不安に駆られたクリントはその場を去ろうとする。が、自分の前に立っているアビーの"影"を見た瞬間、クリントはアクロバットな体捌きでアビーから距離を取る。床に映し出されるアビーの影はまるで巨大な蛸のような生物の形をしており、その影には巨大な目玉があったのだ。瞳ギョロギョロと動いており、まるで生き物のようだ。クリントは直感で床に映る影が何なのかを察知できた。そしてこの事を一刻も早くキャップや他のアベンジャーズのメンバーに伝えなければ……。だが床に映し出された巨大でグロテスクな眼球はクリントの方を見る。そして次の刹那、アビーの身体から生えてきた複数の巨大な触手がクリントを捉える。太く緑色の触手はクリントの身体をガッチリと掴むと凄まじい力で彼を引き寄せる。

 

「お前は―――――――――――シ――マ――――――――――」

 

床に映る巨大な蛸に似た影の正体を口にしようとしたクリントだが、アビーによって深淵の虚無空間へと引きずり込まれてしまった。




強大な力を持っているとはいえ、それ以前にアメリカに暮らす市民であるヒーローは法を超越しているってわけじゃありませんからねぇ。

現代社会で罪を犯したサーヴァントを逮捕した所で、裁判にかけたりムショに入れられるわけじゃないですし(最悪現世から退去されて終わり)


そーいやパニッシャーさんのアライメントって型月的には混沌・善なんでしょうかね?


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第36話 新たなカルデアのマスター

藤丸君復活!そんなわけで新たなマスターとして立香ちゃん加入!


――――英霊は人理の守護者。

 

これはマシュを始めとしたカルデアで働く人々から幾度も言われた言葉だ。事実、守護者という部分は間違ってはいない。現に漂白化された地球に出現した異聞帯内で、汎人類史のサーヴァントが土地の縁などで召喚され、空想樹の切除に来たカルデアに協力した事例は数多く存在する。人理の危機に対しては抑止力として派遣され、同じく人理を取り戻すべく戦うカルデアに協力するのはごく自然な事である。しかしながらサーヴァントはその性質上、マスターが汎人類史に反旗を翻したクリプターであった場合でもマスターの意向に従う傾向が見られる。カルデアがこれまで戦ってきたクリプターのサーヴァントは半数以上が汎人類史側のサーヴァントだったらしい。マスターの性質に引っ張られるというサーヴァントの在り方なのだろうが、完全なる人理の守護者かと言われればそうでもない気がした。そしてそんなキャップの考えを見透かしているかのように、後ろにいるシオンが口を開く。

 

「あなたの考えている通り、英霊というのは人理という所謂マクロな存在の守護者なのです。あなたがたアベンジャーズのような世界のみならず市井の人々の為に戦う……とは少し意味合いが違います」

 

"英霊"と"ヒーロー"は似ているようでいて、根本的な部分は異なるのだ。確かに世界を守るという点では同じだろう。しかし英霊の場合はあくまでも"世界を救う為に、力を貸す"という存在なのだ。無論、個人差はあるにしても人々を守る為に活動するヒーローとは似て非なる存在であると言えるかもしれない。

 

「サーヴァントというのはアベンジャーズの皆さんのように正義感に満ち溢れた人達ばかりではありませんからねぇ。歴史上において悪逆で名を馳せた反英雄とかもいるわけで」

 

英霊というのは正義の味方の集まりなどではない。歴史において残虐で名を轟かせた暴君や狂人、人を人とも思わぬような異常者の英霊でさえ存在する。そういった者たちはアベンジャーズからすれば"ヴィラン"であるのだが、キャップやホークアイといったアベンジャーズのメンバーの中にはそんなサーヴァントと共に戦う事に抵抗を示している者も多い。

 

「人理を救うのであれば、清濁併せ呑む事も重要だと思いますよ?カルデアのみなさんは善悪中庸を問わず幅広い属性のサーヴァントを味方に付けてここまで戦えてきたんですから」

 

カルデアとアベンジャーズの方針は根本から異なる。アベンジャーズでは邪な考えを抱くヴィランのような存在を入れる事は認めていない。参加するにはヒーローである事が絶対条件であり、そこに悪党が入り込む隙はないのだ。良く言えば清廉潔白、悪く言えば融通が利かないと言える。しかしカルデアはそうした面でアベンジャーズよりも遥かに寛容と言えるだろう。正統派の英雄も、暴君も虐殺者も"英霊"という一つのカテゴリーであり、それらがサーヴァントとして現界して人理の為に働く。人理の守護者とヒーローは似ているようで根本が異なる。人理の危機という未曽有の事態において、英霊個人の善悪など極々些細な問題に過ぎないのだろう。

 

「共闘し、互いに背中を預け合うのは信頼に足る人物の方がいい。いつ後ろから背中を刺してくるか分からないサーヴァントと一緒に戦う事に反発しているメンバーも少なくない。それに……カルデアのマスターである藤丸少年の事だ。このカルデアにいるサーヴァントたち全員のマスターをしなければいけない彼の負担は尋常ではない筈だ。一般人である彼をこれ以上戦いに巻き込むわけには……」

 

キャップが続けようとしたその時、扉が開いて藤丸、立香、マシュの3人が入って来た。藤丸の顔は初めて会った時とは見違えるほどに逞しくなっており、決意と決心に満ち溢れた表情をしている。一体彼に何があったのか首を傾げるキャップ。

 

「キャップ、藤丸先輩は最後までカルデアのマスターとして戦い抜くと仰っています」

 

マシュの言葉に思わずキャップは目を見開き、藤丸の方に視線を向ける。藤丸は真っすぐキャップを見ており、彼の瞳には一切曇りはない。

 

「キャップ、俺はこのカルデアのマスターとして最後まで戦います。巻き込まれたのは事実だけど、それでも俺は責任を持ってやり遂げたいんです!これは俺と契約してくれた全てのサーヴァント達の為でもあるんです。だから……だから俺はカルデアに残ります!」

 

キャップはしばらく黙っていたが、やがて小さく溜息をつく。

 

「……君の覚悟はよく分かった。だが、無理だけはしないで欲しい。君に何かあったらカルデアの人達や多くのサーヴァント達が悲しむ事になる。それは忘れないでくれ」

 

その言葉を聞いた瞬間、今まで不安げにしていた藤丸の表情が一気に晴れやかなものへと変わる。それを見たキャップも笑みを浮かべ、彼は立ち上がって3人の前に右手を差し出す。

 

「改めてよろしく頼むよ、3人とも」

 

そして3人は差し出されたキャップの右手を力強く掴むのだった。

 

 

 

*******************************************************************

 

 

 

 

自分がリハビリしなければいけない身体にも拘らず、カドックは目に映る女性の手助けをしていた。盲目の美女はカドックの付き添いを受け入れており、2人でゆっくりと廊下を歩いている。

 

「大丈夫か?」

 

カドックは歩きながら盲目の美女に尋ねる。

 

「えぇ……ありがとうございます……」

 

術式が施された特殊な帯を両目に巻いた栗色の髪の毛の美女はカドックの方を向いて微笑むものの、その笑みにはどこか寂しげな影があった。カドック自身、自分が負った傷がまだ完治していないにも関わらず他人の心配をするなどお人好しにも程があると自分でも思う。しかし目の前にいる女性はカドックにとって無関係な存在ではない。だからこそこうして付き添っているのだ。

 

この美女には記憶が無い。カドックとの記憶も、他の■■■■■との記憶も全て喪失している。今は自分の名前すら思い出せない彼女は自身の名前と記憶を思い出すために様々な検査を受けているが、彼女が記憶を取り戻せる可能性は極めて低いだろう。彷徨海の設備であればどうにかなるとカドックは思っていただけに落胆は大きかった。カドックは盲目の美女を先導して廊下を進んで行くが、不意に後ろから声を掛けられた。それはカドックがよく知っている声であり、同時に今自分がリハビリしなければならない原因でもある。

 

「おやカドック殿。リハビリは順調でございますかな?」

 

「……!リンボ!?」

 

カドックは目の前に現れた道満に驚き、盲目の美女を庇う形で彼の前に立つ。

 

「そう警戒なららずともよろしいですぞ。今の拙僧はこのカルデアに召喚されし身なれば。決してキャスター・リンボという名を持った異星の使徒ではございませぬ」

 

道満はそう言って笑みを浮かべる。カドックはそれを訝しむような目で見る。いくら異星の使徒ではないとはいえ、彼の言う事を完全に信用できるほどカドックは愚かではなかったからだ。

 

「ふむ……何やら勘違いされている様子ですが、拙僧はカドック殿の様子を見に来ただけ。決してやましい考えを持って来たわけではございません」

 

道満はある意味カルデアで最も信用してはいけないサーヴァントだ。異星の神の使徒でなくなったとはいえ、彼の本質は変わらず悪性のまま。むしろ悪性の塊と言ってもいいくらいだ。そんな彼が素直に"様子を見にきただけ"などと言って自分の前に現れるだろうか?何か企んでいないかと疑うのは当然のことだ。だからカドックは言った。

 

「……本当だろうな?」

 

「疑り深い御仁ですなぁ。拙僧、そこまで信用されていないのですか」

 

道満はわざとらしく残念そうな表情を浮かべて見せる。そして次の瞬間、その表情を歪ませて笑った。

 

「まぁ良いでしょう。それよりも、カドック殿の後ろにいる女人……まさか貴女が生きておられたとは」

 

道満は盲目の美女に顔を向け、ますます表情を歪ませる。まるで獲物を見つけた獣のような顔だ。それに反応するかのように、盲目の美女は道満に警戒を露わにする。

 

「誰……でしょうか……?何か分かりませんけど……貴方は危険……」

 

「僕の傍を離れるな」

 

道満を警戒しながらそう言うと、彼女は不安そうにしながら頷いて見せた。

 

「フフフフフ……記憶を無くしてしまうと言うのも悲劇ですなぁ。拙僧、そのような境遇のお方にはつい同情してしまうのです」

 

道満はそう言ってニヤニヤと笑う。カドックは道満の笑顔に対して不快そうに顔を顰めた。どうやら道満は本気で自分の顔を見に来ただけらしい。彼が何かを企んでいたわけではない事を知り、内心ホッとする。だが、道満はその顔に浮かべた笑みをさらに大きくして続けた。

 

「カドック殿、かつてのご自分の仲間が記憶を失うというのは中々堪えるものがあるでしょう。何せ貴方の事さえ全く思い出せないのですから。拙僧、その点に関してだけは"哀れみ"という感情を抱いてしまいまするぞ」

 

記憶を喪失した盲目の美女を見つつ、道満は去っていった。そんな彼の背中を警戒するように見つめるカドック。

 

「あの……あの人は……?」

 

「心配いらない。もう行ったよ」

 

道満の姿が完全に見えなくなるまで待つと、カドックは盲目の美女を連れて彼女のリハビリを再開する。カドック自身もリハビリをしなければいけない身にも拘らず、彼女のリハビリの方を優先しているのは他でもない彼女の為だった。彼女の世話を焼く事は彼にとって苦ではない。

 

「ごめんなさい……いつも迷惑かけてしまって……」

 

「あまり気にするな。これは僕が望んでやっている事だ……」

 

カドックはそう答えると、彼女の手を優しく引きながら歩く。

 

 

 

 

********************************************************************

 

 

 

「アンタ、よく言ったわ!偉いわよ、褒めてあげる!」

 

イシュタルはキャップに対して人類最後のマスターとして戦いから降りず、最後まで戦い抜くと宣言した藤丸を褒め称えた。彼女からこんなに褒められるのは藤丸としても悪い気はしない。イシュタルはどこか嬉しそうに微笑みながら言葉を続ける。

 

「いい?カルデアのマスターとして無理だけはしちゃするんじゃないわよ?でないと私が許さないんだから!」

 

「はい!これからもよろしくお願いします!」

 

イシュタルの言葉に元気よく返事した藤丸を見て、その場にいる一同は皆笑顔を浮かべるのだった。

 

「パーフェクトだよミスター藤丸!私もあの場でキャップに対する君の宣言を直に聞きたかったヨ」

 

ここ最近は精神的に不安定だったが、ようやくカルデアにいるサーヴァントのマスターとしての決意と覚悟を持った藤丸に戻ったのだ。これも全て並行世界のカルデアから来た立香のお陰だ。彼女がいなければ本当に藤丸は危うかった。同じ立場であり同じ境遇の並行世界から来た自分自身に救われるとは藤丸も思ってもみなかった事である。隣に座る立香は笑顔で藤丸を見つめている。そんな彼女を横目で見た後、視線を戻してから口を開いた。

 

「俺はこれからもカルデアのマスターとして皆と一緒に戦っていきたい。だから改めてみんなよろしく」

 

藤丸は集まったサーヴァント達に改めて宣言する。サーヴァント達はそれに拍手をして応えてくれた。

 

「カルデアのマスターはわたしと藤丸、そしてパニッシャーのおじ様の3人になったね!」

 

確かに藤丸、立香、パニッシャーを合わせれば計3名であり、現状のマスターはこの3人で間違いないだろう。

 

「あ~、そういえばわたしと契約してくれるサーヴァントはいるかな……?」

 

藤丸と同姓同名の同一人物とはいえ、サーヴァントたちからすれば性別も顔も異なる他人に過ぎない立香。そんな彼女と契約してくれるサーヴァントは果たしているのであろうか……?立香はサーヴァントたちの中に立つネロに視線を送る。ネロも立香の視線に気づいたようで、何やら笑みを浮かべている。

 

「ふむ、余の素晴らしさと強さに気付いたようだな新たなマスターよ!この場に数多くいるサーヴァント達の中から真っ先に余に視線を送るとは見所があるぞ!そなたのような者なら大歓迎だぞ!」

 

ネロは藤丸と契約しているサーヴァントであるが、新たに立香と契約する事に同意してくれたようだ。

 

「よろしくね、ネロ……。並行世界の自分のカルデアではあなたとよく一緒に戦っていたから」

 

藤丸のいるカルデアのネロは立香のカルデアにいたネロとは別人だし、彼女自身に立香に関する記憶はない。だがそれでも立香はネロと契約する事にした。

 

「うむ、よろしく頼むぞ!」

 

どうやら二人の契約が成立したらしい。早速二人は互いの手を握り合い、魔力的なパスを繋げているようだ。そんな二人の様子を藤丸とマシュは優しく見守る。そして藤丸とマシュは食堂を後にすると、二人で廊下を歩く。

 

「藤丸先輩がカルデアのマスターとして戦う決意を改めてしたのは私も驚きでした。その……ここ最近の先輩は精神的に色々と危うかったので……」

 

「うん……俺は皆に沢山迷惑かけちゃったからね」

 

「でもこれで一安心ですね!これからはまた先輩と肩を並べて戦えると思うと嬉しいです!」

 

マシュは本当に嬉しそうに笑顔を向けてくる。その眩しい笑顔に思わずドキッとしてしまう。彼女は心の底から自分の復活を喜んでくれているのだろう。そう考えると申し訳ない気持ちと同時に嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。彼女の笑顔が見れるのなら自分は満足だ。

 

「そういえば先輩」

 

「ん?何だいマシュ?」

 

「前々から気になっていたんですが、藤丸先輩はパニッシャーさんの事を"おじさん"って呼んでますよね?けどこの前のハロウィンの日に特異点で行動を共にしたエリザベートさんによると、モレーさんの手で先輩が二つに分離した際、先輩はパニッシャーさんを呼び捨てにしてました。エリザベートさんはその事が気になってたみたいで……」

 

「――――――――――え?」

 

マシュの言葉を聞いた藤丸は思わず呟く。

 

「マシュ、俺がおじさんを呼び捨てで呼ぶなんてあり得ないよ……?」

 

「??ですが先輩は妖精國で初めてパニッシャーさんと出会った際は名前を呼び捨てに……」

 

マシュの言葉を聞いて藤丸の瞳孔は大きくなったり小さくなったりする。それだけではない。額からは大粒の汗が流れ落ちていき、呼吸は浅く短くなっていく。心臓の音がやけに大きく聞こえる気がする。頭の中で何かが引っかかるのだ。

 

(違う……あの時確かに……いや……あれ……そもそも……何で……記憶が……?……おかしい……なんで……思い出せない……どうして……いつから……わからない……わからない……!?)

 

考えれば考えるほど頭の中が混乱していく。今まであったはずの記憶が失われていくような喪失感を感じる。自分の中の大切なものが零れ落ちようとしているような感覚。この感覚には覚えがある。忘れてはいけない事を忘れている。それを自覚しているのにどうしてもそれがなんなのかわからない。焦りだけが募っていく。

 

そんな時だった。不意に頭の中に声が響いてきたのである。その声は懐かしく聞き覚えのある声だった。

 

"俺にはお前の家族の仇を取ってやる事しかできない……。お前がこれからも生きていけるように……。だから……復讐に生きるなんて真似だけはするな"

 

その声を思い出した刹那、藤丸は床に倒れ込んだ。血相を変えて自分の身体を揺り起こすマシュの姿を最後に見ながらゆっくりと瞼と閉じていき、意識が遠のいていく。




サーヴァントって人理の守護者ではあるけど、マスターによっては人理を破壊する存在にもなり得るんですよねぇ(トラオムが良い例)


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第38話 記憶と人格が入れ替わって

いよいよ物語の核心へと近づいてきました


マシュはベッドで眠る藤丸の顔を覗き込んだまま心配そうな面持ちで彼の手を握っていた。その顔色は非常に悪く、大量の汗を流しているのがわかる。マシュだけではない。藤丸の様子を見に来た他のメンバーも沈痛な面持ちをしており、その表情を見れば事態がどれだけ深刻なのか容易にわかるだろう。

 

「やっぱり……藤丸君は無理をしていたのかな……。私としてはもう少し休むべきだと思ったんだけど……」

 

ここ最近は精神的に疲弊していた藤丸だが、今日は見違える程の意思の強さと決意に満ちた表情をしたカルデアのマスターに相応しいものだったが、マシュとの会話の最中に突然倒れてしまったのだ。マシュは藤丸に対して"何故パニッシャーの事を『おじさん』と呼んでいるのか?"という何気ない質問をして、この前のハロウィンの日にパニッシャーと共に特異点に行き、そこでモレーの手によって二つに切り離された際にパニッシャーを呼び捨てで呼んでいたのだ。一緒に行動していたエリザベートはその事が気になったらしく、マシュに伝えたらしい。本当に何気ない疑問だったのだが、藤丸にとっては地雷だったようだ。

 

「パニッシャーさんは以前にこのカルデアがある世界とは別の並行世界に存在する冬木で行われた第五次聖杯戦争にアベンジャーズの皆さんと一緒に介入したと仰っていましたよね?そこで幼少期の先輩と会ったと言っていましたが……」

 

「あぁ、確かに俺は幼い日の立香と会った。あ、男の方の立香だぞ?それで俺は子供の立香と一緒に行動していたんだが……。あの子は……」

 

パニッシャーの表情が暗くなる。恐らく子供の立香の身に何かがあったのだろう。

 

「だが今ベッドで寝ている立香が俺と過ごした記憶を持っている筈がない。並行世界の幼少期の記憶を持っている事になるからな」

 

「そうですね……。ですが先輩は時折コフィンを使わずにレイシフトする事があります。その際に並行世界の冬木にいる幼少期の自分と融合してしまい、そこでパニッシャーさんと過ごした事で記憶を持ってしまったのでは?」

 

可能性としては多いに考えられる。だが藤丸は今まで並行世界の冬木の聖杯戦争にレイシフトした事をマシュ達に話していない。彼の性格を考えれば隠すような事はしないし、だからこの線は正直信憑性に乏しいと言える。

 

「やっぱり無理が祟ったのかな……。キミはここ最近本当に辛い思いをしていたからね」

 

ダ・ヴィンチは両親の死を聞き、動揺して涙を流していた時の藤丸を思い出し、悲痛な表情になる。

 

「私としては彼には立ち直って欲しいと思っているんだけど、それはやはり難しい事なのかな」

 

ダ・ヴィンチは溜息をつく。彼女の言う通り、こればかりは時間が解決してくれるまで待つしかないだろう。しかし藤丸が改めてカルデアのマスターとして戦う決意を示した矢先にこんな事になるとは誰も予想していなかった事だ。そんな時、寝ていた藤丸が瞼を開ける。

 

「よかった!先輩、目を覚ましたんですね!」

 

マシュは喜びながら言う。

 

「……あれ、ここは?」

 

彼は周囲を見渡している。まだ意識が朦朧としているようだ。

 

「君は倒れたんだよ。もう大丈夫なのかい?」

 

心配そうな面持ちでダ・ヴィンチは言う。

 

「先輩、どこか痛いところはありませんか?吐き気とかありませんか?」

 

「えっと……お姉ちゃん誰?」

 

藤丸の言葉にマシュは愕然とした。まさか記憶喪失?目の前にいる自分の事を忘れてしまっているのだろうか?マシュの思考は藤丸の一言で混乱している。そして藤丸は周囲を見回すと、パニッシャーを目にする。

 

「あ!おじさん!」

 

パニッシャーを見つけた藤丸は目を輝かせてパニッシャーの胸に飛び込む。その光景を見たダ・ヴィンチとマシュは目をまん丸とさせた。今の藤丸はまるで幼い男の子のような雰囲気である。

 

「え、ええ!?」

 

ダ・ヴィンチは思わず驚愕の声を漏らす。マシュに至っては完全に言葉を失っているようだ。そんな中、パニッシャーは落ち着いた様子で答える。

 

「立香……なんだな?俺の事を覚えているのか……?」

 

「うん、あの桃色の髪の毛のお姉ちゃんはどこにいるの?あのお姉ちゃんの尻尾をまた触ってみたい」

 

「アイツはもういない。だから俺だけだ」

 

パニッシャーの前ではまるで無邪気な子供のようにはしゃぐ藤丸。そんな彼の行動にダ・ヴィンチ、マシュ、立香も流石に困惑していた。

 

「え、えっと……先輩、私はここにいますよ?」

 

マシュは恐る恐る言うと、藤丸が反応する。

 

「違うよ!僕が知ってるお姉さんだもん!僕の事を守ってくれるって約束したもん!なのに何でそんな嘘をつくの?」

 

「……ッ!?」

 

その言葉に2人は絶句する。一体彼の身に何が起きたというのか。

 

「並行世界の冬木で俺と過ごしていた時の記憶が蘇ってるのか……?だがこの世界の立香は冬木で会った立香とは別人の筈だ。一体何が起きているのか俺もてんで分からん……」

 

パニッシャー自身も今の藤丸の言動には困惑しているようだ。すると病室の扉が開き、部屋にモルガンが入って来る。恐らく藤丸を心配して来たのだろう。

 

「我が夫よ、目が覚めたようですね。安心しました」

 

彼女は目を覚ました藤丸の姿を見て安堵した表情を浮かべる。が、当の藤丸はモルガンを見ても首を傾げるだけであった。そしてモルガンは藤丸に近付き、彼の頬に自分の手を添える。

 

「あまり無理をしないように。貴方はもう、十分過ぎる程頑張りました」

 

「えっと……お姉さんは誰?」

 

モルガンは藤丸の言葉に一瞬呆気に取られた。そんなモルガンの様子を藤丸はキョトンとした目で見ている。

 

「あの……私の事を覚えていないのでしょうか?」

 

動揺するモルガンに対し、マシュが説明する。

 

「えっと……先輩は今、記憶喪失になっているんです。ですから先輩の記憶は子供の頃に戻ってしまっていて……」

 

「記憶喪失……記憶が無い……そうですか……」

 

モルガンは少しショックを受けた様子であった。それを見たパニッシャーが言う。

 

「正確に言えば今の立香は俺と会った時の事を覚えている。並行世界の冬木で俺と会った時の記憶をな。だからカルデアにいるサーヴァントやマシュ、ダ・ヴィンチの事は覚えていないだろう」

 

パニッシャーの言葉にモルガンやマシュは納得したようだった。しかし、その一方ダ・ヴィンチは怪訝な表情を浮かべていた。

 

「単なる記憶喪失とは違うようだけど……並行世界の自分の記憶と人格が入れ替わるなんて事があるのかな?」

 

「私も初めて見ましたが……先輩の意識が回復した事で、一時的にそのような状態になってしまっているのではないでしょうか?」

 

「けど幾らなんでも並行世界の幼少期の自分の記憶だけでなく人格まで入れ替わるなんて前例は聞いた事がない」

 

もし仮に何らかの要因で並行世界からの記憶が混ざり合ったというのなら、その記憶の主である本来の自分はどうなってしまうのだろうか?今の藤丸は並行世界の冬木市でパニッシャーと会い、彼と過ごした際の記憶を持っているが、それならカルデアのマスターとしてマシュやサーヴァントたちと過ごした本来の記憶はどこに行ったのか?考えれば考えるほど謎が深まる。

 

「私としてもこの状況については判断しかねます……」

 

「並行世界の冬木市で会った時の立香はまだ5歳で、両親の他には姉がいた。この世界……つまり俺達が今居る世界の立香には姉はいるか?」

 

「いや、藤丸君に兄弟姉妹はいない。いるのは両親だけだ」

 

並行世界なのだから家族構成も違っているのだろう。何にせよ今の目の前の藤丸は並行世界の冬木で会った時の人格と記憶を有している。藤丸はベッドから降りるとパニッシャーの近くに行って彼にしがみつく。今の藤丸は5歳の精神年齢なので仕方ないのかもしれないが、それでも肉体が17歳の彼が子供のようにパニッシャーに甘える光景は中々シュールだった。その光景に戸惑う一同であったが、その中でも一番衝撃を受けていたのはモルガンだった。彼女は藤丸がパニッシャーにしがみついている様子を見て目を丸くしている。

 

「おお、藤丸がパニッシャーのおじ様に抱き着いてる!?これはもしかしてひょっとするかもしれないぞー!?」

 

「り、立香先輩……あの、今はあまり興奮しない方が……」

 

「うーん、この調子だとしばらくは藤丸君はこのままっぽいね……」

 

パニッシャーは自分に抱き着く藤丸の頭を優しく撫でてやる。すると藤丸は嬉しそうな表情を浮かべた。モルガンは藤丸がパニッシャーに甘える様子をジト目で見ている。

 

「モルガンさんの視線が怖いです……」

 

「ま、まあ彼女も内心複雑なんじゃないかな?でもここは堪えてほしい」

 

「……私は怒ってなどいません。別に怒ってなんか……」

 

そう言うモルガンだが明らかに機嫌が悪い。それを見たマシュたちは冷や汗を流した。

 

「できる事なら我が夫は私に甘え……頼って欲しかったのですが。仕方ありません」

 

そう言うとモルガンは藤丸に近付いていき、彼の頭を撫でてやる。

 

「あ、ありがとうお姉さん」

 

藤丸はモルガンに対してもそう悪くない反応を見せる。どうやら彼女には警戒心を抱いていないようだ。

 

「うん、実に不思議な光景だね」

 

「ええ、本当に……」

 

マシュとダ・ヴィンチが小声でそんな事を言っている間にモルガンは話を続ける。

 

「恐れる必要はありませんよ我が夫。必ず貴方の本来の人格と記憶を取り戻してあげます」

 

そう言ってモルガンは優しく藤丸を抱き寄せる。

 

あ、お姉さんの胸って結構大きいんだね……」

 

藤丸はモルガンの胸の感触を確かめながらそう呟く。それを聞いたマシュが慌てて止めに入る。

 

「せ、先輩!?そ、そういう事を言うのは良くないと思います!」

 

「ははは、さすがの私もモルガン女王の前でそれを言う勇気はないなぁ」

 

モルガンは藤丸にそう言われて、若干赤面している。

 

「……そうですか。私に対してそういう言葉を口にする者は、今までいませんでした」

 

妖精國の女王であったモルガンに対して誉め言葉だとしても"胸が大きい"などと面と向かって口にする者などいなかっただろう。最も、トネリコとして活動していた頃に彼女の仲間であったハベトロットなら言っていたかもしれないが。

 

「私は気にしてはいませんよ我が夫。貴方がどのような性癖を持っていようと、私には関係ありませんから」

 

モルガンはそう言って微笑んだ。彼女が怒るのではないかと不安だったが杞憂だったようだ。が、藤丸はモルガンの胸に興味を抱いたのか、彼女の胸の谷間に顔を埋めてみた。

 

「……!?」

 

流石に驚いたようでモルガンは少し仰け反ったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「……ふふ、可愛らしい事ですね。そんなに甘えなくても、私はどこにも行きませんから安心しなさい」

 

「も、モルガンさんが藤丸先輩のお母さんに見えます……!」

 

「あはは、確かにそうだね!あのモルガンがすっかり母親の顔だ」

 

ダ・ヴィンチの言葉にその場にいた全員が頷いた。しかし当のモルガン本人はというと、かなり困惑した表情を浮かべている。モルガンとしては藤丸の妻として支えているつもりだろうが、母親として扱われるのは複雑だろう。

 

「という事はパニッシャーのおじ様は藤丸のパパだね」

 

立香の言葉にパニッシャーとモルガンは思わず顔を見合わせる。

 

「立香先輩!いくら何でも失礼ですよ!」

 

「ははは、まあそうかもしれないね!」

 

そう言って笑うダ・ヴィンチ。だが藤丸をこのままの状態にしておくわけにもいかないだろう。どうにかして彼を人類最後のマスターとして戦っている彼本来の記憶と人格に戻さなければならない。そう思っていると、医務室の扉が開いて人が入って来た。至高の魔術師でありアベンジャーズと共にカルデアに滞在しているドクター・ストレンジだ。

 

「どうやらお困りのようだね。私の協力が必要かな?」

 

マントをなびかせつつ颯爽と医務室に入ってきたストレンジを見て、思わず唖然とする一同。だが彼の姿を見て何か閃いたのか、すぐさまマシュは彼の元へと向かった。そして今の藤丸の状況を細かく説明する。それを聞いたストレンジはふむふむと頷いて納得した様子を見せた。

 

「要するに彼の記憶と人格を人類最後のマスターとしての物に戻したいわけだね?」

 

「はい、その通りです。どうすれば良いでしょうか……?」

 

「私の魔術を用いれば彼の精神の中へと入り込めるが……果たして上手く行くかどうかは分からない。だがやれるだけの事はやってみよう。至高の魔術師として、困っている人は見過ごせないからね」

 

が、ストレンジが言っている傍から藤丸はモルガンの腹に顔を埋めて彼女の肌を堪能していた。モルガンの霊衣は彼女のお腹の部分が露出しているのだが、藤丸は彼女のスベスベとした肌の感触を楽しんでいるようである。その仕草を見て流石のストレンジも絶句していた。

 

「……こほん、流石に事態は深刻なようだね」

 

「ええ、私としても非常に困惑していますが、私はこのままでも別に構いません」

 

そう言うと彼女はゆっくりと自分の腹を舐めるかのように頬ずりしている少年の頭を優しく撫でた。その様子を見ていた他の者達は完全に言葉を失ってしまっている。

 

「ど、どうしてモルガンさんはそこまで冷静なんですか!?」

 

「お?藤丸って結構スケベじゃん。お姉さんそういう人嫌いじゃないよ?」

 

「マシュ、立香ちゃん、綺麗なお姉さんの身体が嫌いな男の子なんていないよ。いや、むしろ大好きだろうね」

 

流石に今の状態が特殊なだけで、普段からモルガンや他の女性サーヴァントに対してこのような行為をしているわけではない。そして藤丸はモルガンの腹を堪能すると、次は彼女のスカートをたくしあげる。これにはマシュとダ・ヴィンチが全力で止めに入ったが。

 

「ま、待ってください先輩!落ち着いてください!」

 

「藤丸君!それは流石に駄目だよ!」

 

だが2人の制止も虚しく、モルガンは自身の太ももを見せつけるように足を曲げて椅子に座った。それを見た藤丸の顔が綻ぶ。

 

「どうですか?これが我が夫の望みです。満足ですか?」

 

モルガンの言葉を受け、藤丸は再び彼女の胸に飛び込んだ。モルガンは彼の身体を受け止めてあげるが、ふと、彼が小声で何かを喋っているのを耳にする。

 

「パパ……ママ……お姉ちゃん……会いたいよ……」

 

「藤丸……」

 

藤丸の発した言葉に思わず涙ぐむ立香。彼女もまた家族を失っている身であり、肉親を喪う事の痛みと辛さを知っている。だからこそ藤丸の想いが理解できるのだ。そして立香はモルガンに抱き着いている彼の傍に近付き、彼の頭を撫でる。

 

「……ほら、藤丸。こっちに来て」

 

藤丸は立香を見て何かを感じ取ったのか、彼女に連れられて医務室のベッドの上に寝かされた。そして立香は藤丸の手を握りながら彼の顔を見つめる。

 

「家族を喪うのって……辛いよね……」

 

目から一筋の涙を流しつつ、藤丸の目をじっと見つめる立香。

 

「お姉ちゃん……」

 

暫く見つめ合った後、立香は藤丸が寝ているベッドから離れ、代わりにストレンジが来た。魔術を用いて彼の精神世界へと入り込む為だ。

 

「藤丸少年、少しばかり辛くなるかもしれないが、我慢できるかね?」

 

「辛いのは……嫌だけど……何だか今の僕は僕じゃない気がしていたんだ……」

 

どうやら今の藤丸も自分の状況に違和感を覚えていたらしい。肉体そのものはマシュやダ・ヴィンチと共に戦ってきた藤丸のものであり、記憶と人格は並行世界の冬木にいた幼い頃のものである。そうしてストレンジは彼に優しく語りかける。

 

「心配しなくていい。すぐに終わらせよう」

 

そしてストレンジは座禅を組んで宙に浮かび上がり、藤丸の精神世界へと入り込んでいく。その様子をパニッシャーやマシュは食い入るように見つめていた。




余談ですがマーベル世界にもモルガン・ル・フェイはいるんですよ~。Dr.ドゥームに魔術を教えた彼の師匠という設定です。


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第39話 いけません!

ガレスちゃんは原典でも真面目ですからねぇ。


あれから二時間以上経過したが、一向に進展の様子を見せなかった。医務室ではベッドで寝ている藤丸の横でずっとストレンジが座禅状態で空中浮遊をしている。要するに彼の魔術による治療はまだまだ時間が掛かるのだろう。あのまま医務室にいてもよかったのだが、とりあえずパニッシャーはストレンジの魔術の腕を信じてノウム・カルデアの廊下を歩いていた。パニッシャーの隣にはガレスがおり、彼女はそわそわしながら歩き続けている。

 

「パニッシャー殿……、マスターは……藤丸殿は元に戻るのでしょうか?」

 

不安そうな顔でガレスは尋ねてきた。そんな彼女に対して、パニッシャーはこう答える。

 

「安心しろ。立香は必ず元に戻るさ」

 

パニッシャーの言葉にガレスの表情は明るくなる。今はとりあえずストレンジの魔術による治療の成功を祈るしかないだろう。しかし、あの魔術師の腕が確かならば、必ずや藤丸を元に戻せるはずだ。そう思いつつ、再び歩き始めた時、パニッシャーとガレスの前にサーヴァントが現れた。真紅の長い髪の毛に血のように赤いドレス。そして同じく真っ赤なヒールを履いた少女……バーヴァン・シーだ。彼女はパニッシャーの方を見てニヤニヤしている。正直あまり顔を合わせたくはない相手だ。

 

「俺の顔に何か付いているのか……?」

 

パニッシャーは不機嫌そうにバーヴァン・シーに対して言う。

 

「別にアンタの顔に何か付いているわけじゃないけどぉ……ちょっとね……」

 

バーヴァン・シーはそう言ってから舌なめずりをした。その様子を見て何となく嫌な予感がする。だが彼女の目的が分からない以上、こちらから何も仕掛けるつもりはない。

 

「貴方ってこの前のハロウィンの日に行った特異点で、特異点を作り上げた首謀者のモレーとかいう女をマッパに剥いて犬みたいに歩かせたんでしょ?性欲有り余った変態親父みたいな真似しちゃってさあ。この、エ・ロ・オ・ヤ・ジ♪……ウフフっ」

 

確かにバーヴァン・シーの言う通り、パニッシャーはモレーに対してそのような仕打ちをした。だが彼女は藤丸の中にある聖杯を利用して彼を"深淵の聖母"なる存在へと変えようとし、結果的に藤丸は山羊頭のバフォメットを思わせる怪物へと変貌させられたのだ。そんな所業をしておきながらいざ藤丸が制御不能で、しかも"深淵の聖母"でもない事を知るや、パニッシャーやエリザベートに対して協力を申し出てきた。そんな彼女の態度に激怒したパニッシャーはモレーを殺そうとするも、ナポレオンやモードレッドに止められる。だが腹の虫が収まらなかったパニッシャーはモレーの衣服を全て脱がした上で首輪を付け、犬のように四つん這いで歩かせた。それに関しては反論の余地はない。

 

「女を素っ裸にひん剥いて、挙句に首にリード付けて犬の真似とかどんなSMプレイだよ。ホント引くわ~」

 

そう言ってバーヴァン・シーは笑う。

 

「別にそれに対して反論はせん。だがモレーは立香を山羊の化物に変えた。本当は殺してやりたかったが、エリザベート達に止められたから仕方なくそうしただけだ」

 

「何言い訳してんだよ。マジキモいんだけど」

 

そう言うとバーヴァン・シーは舌を出してこちらを挑発してきた。そんな彼女の態度を見て苛ついたものの、ここで殴りかかってしまえばそれこそ大人気ないというものだ。自分は大人なのだという自覚を持って、何とか気持ちを落ち着かせる。一方のガレスは顔を赤くしながらパニッシャーの方を見ている。

 

「ぱ、パニッシャー殿……。本当にモレーという女性サーヴァントに対してそのような真似をしたのですか?」

 

「ああ、そうだ。俺の気が済むまで徹底的にな」

 

「じょ、女性に対してそういう事はしてはいけないと思います!」

 

モレーの所業を考えれば彼女を殺しても仕方なかったのだが、エリザベート達の説得でどうにか全裸に首輪で犬の真似をさせるという制裁に留めたのだ。その事をガレスに説明したものの、ガレスは顔を赤くしつつ、パニッシャーに注意する。

 

「いけません!女性の身体を辱めるなんて!」

 

円卓の騎士であった時から清廉潔白なガレスにとってみれば、パニッシャーがモレーにしている事は女性に対する性的な辱めなのだろう。潔癖で品行方正なガレスはこういう時に頭が固い。

 

「アイツは立香を怪物に変えたんだぞ?それを考えれば軽い罰の筈だ」

 

「ですが、いくらなんでもやり過ぎではないでしょうか……?女性の方に対してそういう行為をするのは、殿方として恥ずべき行為だと思います!」

 

そう言いつつ、ガレスは上目遣いでパニッシャーを見つめている。彼女の美しい青い瞳はキラキラと輝いており、パニッシャーのしている事を間違いだと訴えかけているように思えた。

 

「ならどうすればよかったんだ!?モレーの奴の頭を吹き飛ばしてやればよかったのか!?」

 

「そんな事は言ってません!……ただ、やり方というものが……」

 

そう言いつつも、ガレスは恥ずかしそうに頬を赤らめている。そして、パニッシャーから視線を外して俯いてしまった。

 

「……まあ、とにかく、もうこんな事はしない方が良いと思います。あながモレーに対してした事はただの性的暴行ですよ?いくら何でもやりすぎです」

 

「あれは俺なりにギリギリまで妥協した結果なんだ。それに、俺はアイツを殺さなかっただけまだマシだろ」

 

「こ、殺す殺さないの問題じゃありません!女性に対しては優しくしなくては駄目なんです!」

 

真面目な優等生気質のガレスはパニッシャーが行ったモレーに対する仕打ちを非難している。確かに女性相手にああいう真似は良くないというのは事実だが……。

 

「わ、私も同じ女性としてモレーに対する扱いはどうかと思います……。そりゃ彼女は敵でしたけど、捕虜の扱いには気を付けないといけませんよ……。あんな恥ずかしい真似をさせて……!」

 

ガレスは顔を赤くしながらモレーに対する行為を批判してくる。生真面目な彼女は騎士道精神を重んじているので、ああいう真似をする事に抵抗があるのだろう。そんなガレスの様子を見て、パニッシャーは思わず苦笑してしまう。

 

(やれやれ、こりゃ大した優等生だな……)

 

「アンタがモレーにした事は一部のサーヴァント達に知られてるわよ?ま、女性サーヴァント達からは暫く白い眼で見られるとは思うけど精々頑張りなさい」

 

そう言ってバーヴァン・シーは悠々とその場を後にした。パニッシャーとガレスは気まずい雰囲気の中食堂へと向かう。トレーを持って食堂の席に着いたパニッシャーは昼食を取ろうとした所をガウェインに声を掛けられた。案の定、モレーに対する仕打ちの件についてだ。

 

「聞きましたよ。貴方がハロウィンの日に向かった特異点で行った行為を……。ジャック・ド・モレーというサーヴァントに対して性的な辱めをさせたとか……」

 

ガウェインがやや険しい表情で話しかけてくる。仮にもカルデアのマスターとして活動しているのであればあのような仕打ちをするべきではないのだが、藤丸を怪物へと変えたモレーを許せないパニッシャーは彼女を殺さない代わりにあのような行為をしたのだ。殺さなければいいという問題でもないのだが……。

 

「お前の妹であるガレスにもさっき注意されたばかりなんだ。あんまり俺に文句を付けるな」

 

「そうはいきません。私としても妹のマスターである貴方には正しい行動を心がけて頂きたいのです」

 

そう言うとガウェインもパニッシャーの前に座り、話を続ける。

 

「貴方のやっている事は間違っている。例えどのような理由があろうとも、女性の尊厳を踏み躙るような真似はすべきではないでしょう?」

 

「妹が妹なら兄も兄か……。全くお前ら兄妹は揃いも揃って堅物な事だ」

 

仮にもカルデアのマスターとして活動をする以上、捕虜を辱めるような真似をすればカルデアの名に泥を塗る事になる。パニッシャーは藤丸であれば絶対にしないような所業をしているのだ。だからこそガレスとガウェインに注意されているのだが、当のパニッシャーは反省する素振りを見せない。

 

「まあ良いさ。俺は俺のやり方を貫くだけだ」

 

そう言ってパニッシャーは食事を取り始める。しかしその様子を見ていたガウェインは納得していないようで、相変わらず厳しい視線をパニッシャーに向けていた。

 

「……貴方は何故あのような事をするのですか?私には理解できませんね」

 

「別にお前に理解されて欲しくもないがな。それにあの行為に関しては後悔してないぜ?あの女が立香にした仕打ちを考えれば当然の報いだ。寧ろ殺さなかっただけ有情だろう」

 

「それはそうですが……。それでもやり方を考えた方が良いかと」

 

そう言った後、少し間を置いてから言葉を続けた。

 

「貴方は仮にもカルデアのマスターなのです。モラルに欠ける行動は慎んで頂かないと困りますね」

 

「……善処しよう」

 

その後ガウェインは自分の席に戻り食事を摂り始めたが、明らかに不満げな表情を浮かべていた。そんなガウェインの様子を見たパニッシャーは内心溜息をつく。

 

(ったく、どいつもこいつも真面目すぎる……)

 

不満気なパニッシャーの顔をガレスは横から覗き込みつつ声を掛けてきた。

 

「パニッシャー殿、ガウェイン兄様にも注意されたんですから今後は控えて下さいね?」

 

 

 

****************************************************************

 

 

 

 

カルデアのシミュレータールームの技術力には驚かされるばかりだ。X-MENの本拠地に存在するデンジャールームと似ており、部屋の内装を自由に変える事ができるようだ。環境のみならずこれまで戦ってきた敵生体を再現でき、それらと戦闘すらも行える。サーヴァントの中にはシミュレータールームで自分の居住地を作り上げ、そこで生活している者もいるという。パニッシャーは気分転換としてガレスと共にシミュレータールームへと入り、そこで彼女と戦闘訓練を行っていた。人間であるパニッシャーではサーヴァントの彼女には太刀打ちできないが、ガレスはある程度加減して戦ってくれている。

 

「パニッシャー殿、良い汗をかきましたね!」

 

そう言うと彼女はハンカチで額の汗を拭き取ってくれた。

 

「どうです?少しは気分が晴れましたか?」

 

「ああ、そうだな。ありがとう」

 

そう言って微笑むと彼女も笑顔を返してくれた。彼女の持つ天性の明るさと人懐っこさは自分にはないものだ。それがとても眩しく見えるし、羨ましくもある。ガレスは飲料水が入ったペットボトルをパニッシャーに投げ、彼はそれを受け取る。それを口に含むと水の中にレモンが入っている事に気付く。味も悪くない。

 

「身体を動かした後の飲み物は格別ですね!」

 

そう言いながら彼女も水を飲んでいた。

 

「そういえば周囲に人がいますね。ここは公園でしょうか?」

 

そんなガレスの言葉を聞いたパニッシャーは周囲を見渡す。確かに自分とガレスがいる場所は公園であり、園内には人が多くいる。これもシミュレータールームの技術で再現したものだろうか?そんな事を考えているとパニッシャーは自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

「馬鹿な……ここは……」

 

そう、ただの公園であれば気にもしなかったであろう。だが周囲をよく見て重大な事実に気が付いた。ここはセントラルパークだ。シミュレータールームであればセントラルパークのデータは入っているのかもしれない。そう考えて心を落ち着かせようとする。余りにもあの日の光景に似ていたので、つい冷静さを欠いてしまった。そう思ってふと前方の家族連れに視線を向けると、自分の心臓が跳ね上がる音が聞こえた。

 

「あれは……俺とマリア……?それにリサとデビッドもいる……」

 

目の前でシートを敷いて弁当を食べている家族連れは間違いなく自分と妻、娘、息子だ。しかも服装から何まであの日のまま。

 

「何かの間違いだ……いや、夢に違いない……!」

 

そう言い聞かせて深呼吸をする。何故シミュレータールームに自分の家族のデータがあるのか。幾ら技術力が高くても妻や娘、息子のデータまで存在している筈がない。そもそもパニッシャーはカルデアに対して自分の家族の事など話してはいないのだ。いや、ダ・ヴィンチ、藤丸、マシュはパニッシャーの家族の事を知ってはいるが、だとしたら3人が教えたのだろうか?それにしてもシミュレータールームでこうして再現するなど悪趣味にも程がある。

 

そう思いつつも目に映る自分と自分の家族から目を離す事ができなかった。もう取り戻せない日常……家族との時間……そういった暖かなものを見るのは辛い。もしこれが過去の再現ならば自分は今、悪夢を見ているという事だ。早く目覚めてほしい。そう思いながら拳を強く握る。そんなパニッシャーの様子がおかしいと思ったのか、ガレスが声を掛けて来る。

 

「どうしましたパニッシャー殿?どこかお加減でも悪いのですか?」

 

ガレスはパニッシャーの横に立ち、彼の顔を覗き込む。目に見えて辛そうな表情を浮かべているのだから心配するのも当然だろう。パニッシャーは首を横に振りながら言う。

 

「何でもない」

 

すると彼女は表情を曇らせながら答える。

 

「何でもないなんて嘘は付かないでください……。貴方の顔を見れば普通じゃない事ぐらいわかります」どうやら彼女には全てお見通しのようだ。しかしこれは話すべきなのか迷う。だがパニッシャーは言う事にした。自分が動揺していた理由を説明する為に口を開く。

 

「俺の家族がいたんだ」

 

そう言って前方にいる自分と自分の家族がシートの上で昼食を食べている姿を指差す。

 

「あれは……パニッシャー殿?あそこにいる貴方と一緒におられる女性と子供二人はまさか……」

 

「そうだ、あれは俺の家族だ。今はもうこの世にはいないがな……」

 

そう言って顔を伏せるパニッシャー。妻であるマリア、娘のリサ、息子のデビッド。今は誰も生きていない。目の前にいる家族は所詮シミュレータールームで再現された虚像に過ぎない。しかし虚像というには余りにもリアルで生々しすぎる。これもカルデアの持つ技術なのだろうか。しかしながら自分がこのルーム内にいる事を知りつつ、死んだマリア達を目の前に投影するというのはどういう事なのか。これはスタッフに頼んで止めさせるべきだろう。これ以上幸せだった頃の自分を見ていても胸が抉られる思いをするだけだ。

 

「もうこれ以上死んだ家族の光景は見たくない……」

 

パニッシャーはそう思い、ムニエル等カルデアスタッフに対して自分と家族の虚像を消すように叫んだ。しかし目の前の自分と家族が消える気配は一向に無い。

 

「聞こえているのか?もう俺と俺の家族の偽物を出すのは止めてくれ!」

 

ガレスもパニッシャーの気持ちを察してか、目の前の再現体を消すようにスタッフに呼びかける。

 

「ムニエル殿!パニッシャー殿が辛そうにしておられます!聞こえているのなら今すぐシミュレーター内にあるパニッシャー殿の家族のデータを消去してください!」

 

しかしいくら呼びかけてもスタッフがシミュレーター内のデータを消してくれる様子はない。そうしている間にも虚像であるパニッシャーとその家族は運命の瞬間へと向かっていた。そう、この後マフィアの処刑現場を目撃し、口封じのために……。

 

「クソ!」

 

パニッシャーは駆け出し、自分と家族を救おうとする。所詮シミュレータールームで作り上げられた再現体に過ぎない家族を救う事に何の意味があるのか?それはパニッシャー自身も分からない。救った所で只の偽物、助けた所で家族を死ななかった事になどできない。それでも彼は走る。

 

「パニッシャー殿!」

 

ガレスも家族の再現体を追うパニッシャーの後を付いて行く。走れば間に合う。そう思っていたパニッシャーだが、残酷な現実が目の前に広がっていた。目の前でマフィア達の銃撃を受ける自分と家族の光景が目に飛び込んでくる。妻、娘、息子に容赦なくマフィアが放った凶弾の嵐が襲いかかり、彼らの身体を穿つ。血飛沫が飛び散り、そのまま地面に倒れ込んだ。娘のリサは激痛で顔を歪めながら地面をのたうち回り、妻のマリアは腹に銃弾を受けてそのまま絶命していた。そして息子のデビッドは口に銃弾が入り……。

 

「……」

 

パニッシャーは無言で自分の家族が死ぬ光景を目に焼き付けていた。あの日、あの時家族が死んだ運命の日を今再び目の当たりにしているのだ。マリアやリサ、デビッドが死んでいなければ今頃普通の家庭人としての人生を歩めていたかもしれない。だが今更そんな考えをしても意味は無い。再現体の自分が家族の亡骸を前に慟哭している。パニッシャーはその様子を無言で見つめていた。

 

「ぱ、パニッシャー殿……」

 

ガレスはパニッシャーの傍らに立ち、再現体の彼が家族の死に涙を流す光景を見る。

 

「……これが、俺の過去だ。これがあるから今の俺がある」

 

「ご家族の事は……本当に気の毒です」

 

ガレスは無表情だが、深い悲しみに暮れるパニッシャーを見て同情を禁じ得なかった。家族全員が死に、一人ぼっちになったからこそ今の自分がいる。アベンジャーズといった他のヒーローではまずやろうとしない犯罪者や悪に対する死の制裁を行使する自警団員となったのだ。不殺を信条とする他のヒーロー達から軽蔑され、殺人者と呼ばれようとも自分の意思を曲げなかった。法を犯す犯罪者に死の裁きを、弱者を踏みにじる悪には残酷なる死を。その信念を貫くために彼は犯罪者達を殺し続けた。パニッシャーの悪に対する容赦の欠片も無い姿勢はカルデアのサーヴァント達から眉を顰められる事もあるが、それでも彼が悪い人間ではない事は理解している者も多い。こうしてパニッシャーの悲劇的な過去を目の当たりにしたガレスもその一人だ。

 

「その……済みません。貴方の触れられたくない過去をこうして見てしまって」

 

「いいんだ。シミュレータールーム内にいるんだから、嫌でも目の当たりにしちまう」

 

「そうですね」

 

そう言うと二人は無言のまま暫くの間沈黙した。すると目の前にいた再現体のパニッシャーとその家族の死体が消え去り、代わりに女がいた。パニッシャーはその女の顔に見覚えがある。そう、ハロウィンの特異点で会った……

 

「こんにちは、お兄さん♪」

 

藤丸を自身が崇拝する"深淵の聖母"へと変えようとしたジャック・ド・モレーだ。白髪のベリーショートに黒縁の眼鏡、雪のように白い肌は忘れられない。

 

「え……か、彼女がハロウィンの日に向かった特異点で会ったモレーでしょうか……?」

 

ガレスは目の前に現れたモレーを見て顔を赤らめる。何せ目の前のモレーは首輪を付けてるだけで、他は一切衣服を着ていない全裸の状態だったからだ。雪原を思わせる白い柔肌を晒したモレーは笑顔で二人に挨拶をする。

 

「まさかまた会う事になるとは思わなかったぞ」

 

「それはこっちのセリフだよ♪まあ、アタシとしては嬉しいけどね」

 

モレーはそう言うとパニッシャーとガレスに近付いてくる。

 

「カルデアにサーヴァントとして召喚された……ってわけじゃなさそうだな。シミュレータールームの再現体か」

 

「せいかーい。けどキミとの記憶自体は保持してるんだよねー。つまりアタシと君は顔見知りって事さ」

 

モレーの言葉にパニッシャーは何も答えない。

 

「……というより何故服を着ていない?霊衣なりを纏えばいいだろう」

 

「キミが特異点でアタシをマッパにひん剥いて、そんで首輪付けて犬みたいに歩かせたんじゃないか。あれ以来ずっとこの姿なんだよ?」

 

どうやらあの時の事を根に持っているらしい。そしてモレーはガレスの方を向いて、彼女に対して自分がパニッシャーから酷い仕打ちを受けた事を告げる。ウキウキしながらガレスに話しかけているので、彼女は若干引き気味だったが。

 

「聞いて聞いて。 アタシはキミの隣にいる怖いおじさんに酷い事されたんだよ?こんなスッパ状態でこうして犬みたいに歩かされて……」

 

そう言ってモレーは四つん這いになり、そのまま地面を歩いてみせた。そんなモレーにガレスは慌てて彼女に駆け寄る。

 

「わ、分かりました!もう十分ですから、服を着ましょう!」

 

「そんな目に遭った根本の原因は自分自身にあるって事を理解しろ!」

 

モレーの舐め腐った態度を見たパニッシャーは声を荒げる。それに対してモレーは笑顔のまま返す。

 

「はーいはい、分かったよ。けどキミがアタシにこんな真似をしたっていう事実は変わらないからね?」

 

モレーはパニッシャーを挑発しつつ、地面に寝そべりながら犬が飼い主に服従する際に見せるポーズである腹見せを行う。

 

「ほら、お腹出してるよ~?撫でてみない?」

 

まるで飼い犬のような振る舞いをするモレーに対し、パニッシャーは静かに怒りを募らせる。しかしここで感情的になっても意味はない為、冷静さを保つ。

 

「なんならチンチンもする?私は女だけどね」

 

「い、いい加減にしてください!破廉恥な……!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶガレス。だがそんな彼女にモレーは笑いながら言う。

 

「あはははっ、冗談だってば。けどこうして服を脱いで、おっぱいとかアソコをキミたちに見せてる時点で説得力なんてないけどねー」

 

このシミュレータールームでは不可思議な現象が少なくないとはいえ、何故よりにもよってモレーの再現体を出してくるのだろうか?という以前にパニッシャーがモレーを全裸にして犬のような真似をさせたという記録まで保存してあるとは思いもしなかったが。そんなパニッシャーの思惑をよそに、モレーは犬がやるチンチンのポーズをしている。ガレスは彼女の痴態行為に顔を赤らめて目を背けている。

 

「ん?何?もっと見たいって?じゃあ特別サービスだよ」

 

「も、もうやめてください!」

 

ガレスはモレーに駆け寄ると彼女を制止する。流石にこれ以上の痴態行為をさせるわけにはいかないからだ。しかしそんなガレスに対してモレーはニヤニヤしながらこう告げる。

 

「アタシはそこのおじさんのせいで目覚めちゃったんだよねー。開発されたっていうかさ……」

 

「誰がお前なんかを好き好んで開発するか!この変態女が!」

 

「えー?そんな事言って良いのかな~?」

 

本気で言っているのか、冗談で言っているのか分からないがモレーは飄々とした態度で言う。それに対してパニッシャーは苛立ちを覚えるが、何とか我慢する。一方でモレーは相変わらず全裸のまま、四つん這いになって地面を舐めるように顔を近付けている。これ以上見ていると不快感が増していく一方なので、やむを得ずパニッシャーは懐から銃を取り出してモレーの再現体を射殺しようとする。が、そこで唐突に景色が切り替わった。それと同時にモレーの再現体が跡形もなく消失した。

 

「こ、今度は何が起きたのでしょうか……?また変な場所に飛ばされてしまいましたね」

 

パニッシャーは周囲に視線を巡らせる。変な場所に飛ばされたのではなく、景色が変わっただけだ。辺りは先程の公園とは打って変わって都市部によくあるビル街だ。ニューヨークの街並みと似ているがどこかおかしかった。パニッシャーのよく知るニューヨークとは何かが違うのだ。具体的に言うと、人の気配が全くしないのである。先程から人の姿を全く見かけないのだ。しかも道路には放置された車が多く、まるで事故が起こった後のようだった。

 

「……何だか様子がおかしいですね」

 

ガレスは周囲の異常さに不安そうな表情を浮かべながら告げた。そんな彼女の心配をよそに、パニッシャーは目の前に広がる街がどこなのかをようやく思い出せた。

 

「……まさかここは!?」

 

忘れもしない、自分が宿敵ジグソウを追ってこの街まで来た事がある。そう、ここは……。が、ふと背後から狂気的な笑い声が聞こえてきた。普通の人間がこの笑い声を聞けば狂人の哄笑に聞こえてしまうだろう。突然の笑い声に振り返るとそこには顔にピエロのメイクをした紫色のスーツ姿の道化師が立っていた。

 

「おいおい、奇遇だな。こんな場所で会うなんてよ」

 

そう言って道化師の男はニヤニヤとした笑みを浮かべる。口が裂けたようなメイクを施したこの男の不愉快な言動を見てこの街に来た時の記憶を思い出す。

 

「なんだピエロ野郎。俺に殺されて欲しいから目の前に現れたのか?まぁ、そうやって笑うだけの人生じゃ飽きも来るだろうよ」

 

挑発するように告げると道化師の男は癇に障ったように表情を険しくする。

 

「てめえこそ、そんなチンケな銃をぶっ放すだけの人生じゃあ物足りねえだろ。起伏が無いっつーか、外連味も無えじゃねえか。つまらねぇ人生だよなぁ?」

 

ガレスは悪趣味を極めたような道化師の男を見て不安そうにしている。

 

「ぱ、パニッシャー殿……この方とお知り合いなんでしょうか?」

 

尋ねられたパニッシャーは少し考える素振りを見せた後、答える。

 

「いや、知らない男だ」

 

その返答を聞いた道化師の男は腹を抱えて大笑いする。

 

「ヒィ~ハハハハハ!!!オレを殺意満々で殺そうとした男がそれを言うのかよ!!こうして会ってやったオレを初対面扱いとかお前も中々良いジョークが言えるじゃねぇか」

 

道化師の男の態度に苛立ちを覚えながらもパニッシャーは再び尋ねる。

 

「何故ここにいるんだ、ピエロ野郎。お友達の蝙蝠野郎は一緒じゃねえのか?お前はアイツとセットでいつも遊んでいるんだろう?」

 

すると道化師の男はわざとらしく首を傾げる。

 

「別にオレはアイツとコンビ組んでいるわけでもねえよ。あぁ、ハーレイの奴なら近くにいるかもな」

 

シミュレータールームが普通でない事はパニッシャーも知っていたが、まさか自分が戦った目の前の道化師のデータまで存在しているとは思わなかった。そもそも道化師と戦った事などカルデアには伝えていないし、藤丸やダ・ヴィンチに話してさえいない。まるでこのシミュレータールームは自分の過去の記憶を読んでいるかのように見える。

 

「所詮お前はこのシミュレータールームで作り上げられた偽物だ。もう少しクオリティを上げてから出直してこい」

 

そう言うと道化師の男はゲラゲラと笑う。いつ聞いても不愉快極まりない笑い声だ。精神衛生上、この上ない被害を受けてしまうのでやむを得ず懐から拳銃を素早く取り出すと、道化師の男を射殺しようとする。が、世界はまたしても変化していく。目の前の道化師の男は砂のように崩れ去り、周囲のビル群も粘土のように歪んでいく。今度は何が来ても驚かない。そう腹を括ったパニッシャーは次に何が来るのかを待つ。そして再び視界が開けた時、パニッシャーは部屋の中に立っていた。

 

「ここは……俺の住んでいた家……?」

 

そう、自分とマリア、リサ、デビッドがかつて住んでいた家の部屋だった。見間違えるはずがない、忘れる筈がない。あの日セントラルパークでマリア達が死に、パニッシャーとして活動して以降、家族との想い出が詰まったこの家は生き残った自分を口封じしようとしたマフィアの手によって爆破された筈だ。なのに何故……?パニッシャーがそう思っていると、扉が開いて中に人が入って来る。

 

「おはようパパ。朝ごはんが出来たからリビングに来て」

 

部屋の中に入って来た少年を見てパニッシャーは愕然とする。目の前にいるのはティーンに成長した息子のデビッドである。セントラルパークで死んだ時はまだ5歳だった。だが目の前の少年は……間違いなくデビッドだ。あの幼い息子が成長すればこうなるのか。パニッシャーは目の前にいる成長した息子の顔をじっと見つめていた。

 

「どうしたんだいパパ?さっきから僕の顔をじっと見て……?」

 

不思議そうにする息子に対して、パニッシャーは言葉を発する事が出来なかった。セントラルパークで死んだ息子が成長すればこういう風になるのか。もう二度と見る事のない自分の子供の成長した姿……。セントラルパークで家族全員を殺され、歩む筈だった未来を永遠に断たれたパニッシャーにとって、目の前にいる息子は歩む筈だった未来そのものだ。

 

「パパ……?泣いてるの……?」

 

そう言われて初めて気づいた。自分は泣いているのだ。自分でも気付かないうちに涙を流していたのだ。今ここに生きているデビッドが自分にどんな言葉を掛けてくれるのか?それはわからない。だが、それでもいい。今はただ、この子を抱きしめたい。そう思ったパニッシャーはデビッドを抱き寄せた。

 

「え?目覚めのハグなんてしてどうしたの?僕はもう十代だよ……?」

 

戸惑うデビッドに対し、パニッシャーは静かに口を開いた。

 

「……いいんだ。父親として息子をこうして抱くのは当たり前だろう?」

 

その言葉にデビッドは納得したかのように自分もパニッシャーの身体を抱く。シミュレータールーム内で造られた再現体だと理解していても、こうして息子を抱いているという事実が嬉しかった。

 

「リビングに行こう。ママとリサが待ってる」

 

「あぁ……」

 

パニッシャーはデビッドに手を引かれてリビングへと向かった。




今回登場した道化師の男は説明不要のあのキャラです。


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第40話 生きたかった

久しぶりの更新!今回はあのスーパーヴィランが登場します。


リビングにある食卓には妻であるマリアとリサが座っていた。既にテーブルの上には料理が並べられており、湯気が立ち上っていた。

 

「あら、おはようあなた」

 

そう言ってマリアは微笑んだ。あの日、セントラルパークで死んだマリアが自分の目の前にいる。たとえシミュレータールームが作り出した虚像だと分かっていても、今のパニッシャーには彼女の笑顔は堪える。あの時マフィアの処刑現場を目撃さえしていなければ、今もこうして妻や娘、息子と一緒に暮らしていたのだから……。パニッシャーは挨拶するマリアに微笑みかけると椅子に座る。家族団欒の時間、本来なら幸せなひとときなのだろう。だが自分の周囲にいるマリア達は虚像なのだ。その事を頭の中で分かっていても、心が痛む事に変わりはない。娘であるリサは妻であるマリアの特徴を受け継いでいた。

 

金髪のサラっとした髪の毛を後ろにまとめている。今目の前にいるのはティーンとなったリサだ。娘と息子が成長した姿を見せられ、拒絶する事ができずにいるパニッシャー。本来であれば一緒に過ごしていく筈だった。本当であれば先に死ぬのは父である自分の筈だった。だがあの日、セントラルパークのピクニックで全てが変わった。あの運命の日からパニッシャーが生まれたと言って良い。

 

(俺の目の前にいるマリアもリサもデビッドも……シミュレータールームが作り出した幻だ……。だが……だが……)

 

頭では理解できていても、心は受け入れない。そして、そんなパニッシャーの心情など知らないと言わんばかりに、目の前のマリアはパニッシャーの隣に座り、身体を密着させてきた。まるで恋人同士のような距離感で接してくるマリア。

 

「あなた……なんだかもうずっと会っていなかったような気がするわ……」

 

マリアの言葉はパニッシャーの心を抉った。妻の表情を見る度に、娘の姿を見る度に、息子の声を聞く度に、自分の家族が奪われた日の光景を思い出す。あの時からパニッシャーの時間は止まっている。なのに何故成長したリサとデビッドがこうして現れてくるのか。

 

「マリア……」

 

パニッシャーはそっとマリアを抱き寄せ、彼女はそれを拒む事なく受け入れる。その光景を見て、デビットは思わず言葉を漏らす。

 

「僕やリサがいるんだから……」

 

デビットの顔は赤くなっており、どこか居心地悪そうに見えた。娘のリサもマリアとパニッシャーの抱擁に若干呆れ顔だ。

 

「パパとママってば……本当にしょうがないんだから」

 

そうしてパニッシャーはマリアが作った朝食を食べ始めた。こうして家族一緒に食事ができる日が来るとは思ってもみなかったが、愛する妻と娘、そして息子がそばにいるだけで、パニッシャーの心は満たされる。一方、デビットの方は複雑な表情を浮かべながらパニッシャーの隣の席に座った。

 

「どうした?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

デビットの表情に違和感を覚えつつ、パニッシャーは食事を楽しむ事にした。今は何も考えずに食事を楽しみたい。そう思い、パニッシャーは目の前にある肉料理を頬張る。

 

「パパ、食い意地張りすぎじゃない?」

 

「うるさい」

 

そんな父と娘のやりとりを見て微笑むマリア。幸せな時間だ。こんな時間がいつまでも続いてくれていたら――――――。

 

――――――パニッシャー殿……!

 

「ガレス……!?」

 

突如頭の中に声が響いてきた。自分と契約したサーヴァントであるガレスの声だ。そう、自分は今彼女と一緒にこのシミュレータールームの中にいるのだ。ガレスの言葉がなければこのままマリア達と過ごしていたかもしれない。しかもガレスの声はどこか切羽詰まっている様子だ。自分と契約したサーヴァントの事を思い出したパニッシャーは椅子から立ち上がると、家の出入り口に向かって歩いていく。そんな彼の行動に驚いたマリア、リサ、デビッドは慌ててパニッシャーを止めるべく、彼の前を塞いだ。

 

「あなた……お願いだからここにいて。私たちが暮らすこの家に……」

 

「そうだよ!パパは僕たちと一緒にずっとここで暮らせばいいんだ!」

 

「そうよ!私たち家族4人は共に暮らしていくべきよ!」

 

マリア、デビッド、リサの3人はパニッシャーを引き留めようとする。3人の表情からは必死さが伝わってくる。しかし、それでもパニッシャーの意思は変わらない。彼は静かに首を横に振ると、家族に向けてこう告げる。

 

「俺は、行かなければならない」

 

それを聞いた途端、マリア達の表情に影が差す。特にデビッドは目に涙を溜めながら俯いていた。その様子を見たパニッシャーの胸中が罪悪感で一杯になる。だが、彼にはどうしてもやらなければならない事があるのだ。

 

「あなた……」

 

「パパぁ……」

 

後ろ髪を引っ張られる思いのパニッシャーだが、心を押し殺して出て行こうとする。が、その時デビッドがパニッシャーの背中に抱き着いてきた。

 

「……生きたかった。僕もリサもママも……パパと一緒に生きたかった」

 

――――――"生きたかった"。

 

その一言がパニッシャーの心に重く圧し掛かる。たった一人生き残った自分。妻も娘も息子も死に、たった一人生き残った自分。もう既に死んでいる息子の虚像が言った"生きたかった"という言葉。家族と共に過ごす時間は永遠に失われ、この世にいないマリア、リサ、デビッドの意思を知る術などパニッシャーにはない。シミュレータールームで造られた虚像に過ぎなくても、見た目だけでなく性格も中身も何もかもがパニッシャーの愛する家族そのものだ。

 

「パパ……お願いだから行かないで……」

 

涙を流しながら父であるパニッシャー……フランク・キャッスルを引き留めようとするデビッド。彼の悲痛な叫びを聞いた瞬間、パニッシャーの心の中にある想いが爆ぜる。

 

――――――俺には、行くべきところがある。それは、俺の生きる意味であり、俺が為すべき事だ。

 

その言葉を聞いたデビッドはパニッシャーの身体から離れる。マリアとリサは涙を流しつつ家から出ていくパニッシャーを静かに見送った。家から遠ざかっていくパニッシャーは決して振り返らなかった。いや、振り返る事ができなかった。何故なら、今の自分は泣いているからだ。泣くまいと決めていたのに泣いてしまった事で、今まで我慢していたものが溢れ出てしまったのだ。力強く歩み、家から離れるパニッシャー。暫くすると道路の向こうからガレスが駆け寄ってくるのが見えた。その表情には不安の色が浮かんでいるように見える。それを見たパニッシャーは安心させようとするのだが、上手く言葉が出てこない。代わりに、ぎこちない笑顔を彼女に向けるのだった。

 

「パニッシャー殿!ご無事でしたか!」

 

彼女はそう言いながら、パニッシャーの傍に来た。

 

「ガレスか……俺は大丈夫だ」

 

自分は大丈夫だというパニッシャーであるが、ガレスはパニッシャーの目から零れる涙に気付いた。そして、心配そうな表情を浮かべてパニッシャーを見上げる。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

そう言われたパニッシャーは思わず目を逸らす。しかし、ガレスはパニッシャーの手を優しく握った。

 

「何かお辛い事がございましたら、遠慮なく私めにお申し付けください。ガレスめは、貴方のサーヴァントですから」

 

そう告げるガレスの表情はとても優しい。そんな彼女の顔を見たパニッシャーは静かに頷いた。

 

「すまん、ガレス」

 

しかしながらこのシミュレータールームにおいて何故死んだパニッシャーの家族の虚像が出てきたのかという謎が残されていた。パニッシャーの家族のデータなど記録されている筈がないというのに。しかも先程会ったデビッドとリサは成長した姿だった。不可思議な事象が起きるのが珍しくないノウム・カルデアのシミュレーターであるが、明らかに今の状況は異常だ。パニッシャーがそう思っていると、急に怖気が走る感覚を覚えた。それはガレスも同じであったようで、険しい表情を浮かべる。その瞬間、二人の目の前に黒い靄のようなものが現れたかと思うと徐々に人の形を成していく。

 

「全く……せっかく死んだ家族を再現してやったというのにそれを振り払うか。妾の見込み違いだったようだな……」

 

古風な言葉遣いの声が聞こえてきたかと思うと、ソレはパニッシャーとガレスの前に姿を現した。目の前に現れたのは妖艶な美女だった。思わずゾっとするような色香は人間的な美しさではない。魔性の美しさというものだろう。

 

「……お前はまさか」

 

そう、直接姿を見た事はないものの、アベンジャーズが何度か戦った事のあるスーパーヴィラン……。それが今、パニッシャーとガレスの目の前にいるのだ。

 

「冥途の土産に名乗っておこうか。妾の名は"モーガン・ル・フェイ"。覚えておくがいい」




出しちゃったよ……(^_^;) マーベルのモルガンってドゥームの師匠なんよね。ダークアベンジャーズアッセンブルの邦訳版でモルガンは登場しているから、口調も再現できて嬉しい。


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第41話 モーガン・ル・フェイ

あけましておめでとうございます!久しぶりの更新となりまする。
2部7章に夢中になっていて投稿できなかった……( ̄▽ ̄;)


アーサー王の伝説というのは藤丸やマシュ達カルデアの存在している汎人類史……否、藤丸達のいる世界だけに在る伝承ではない。アベンジャーズやパニッシャーが元々いた世界にも当然ながら存在している。そしてアベンジャーズは自分達の世界のアーサー王本人と共闘した事さえもあるのだ。

 

最も、アベンジャーズが共闘したアーサー王はカルデアにいるアルトリア・ペンドラゴンとは異なり壮年の男なのだが。そしてそのアーサー王の異父姉たるモーガン・ル・フェイがパニッシャーとガレスの目の前にいる。強大な魔術を用いてブリテンを支配しようとしている邪悪なる魔女がモーガンだ。その彼女が何故ノウム・カルデアのシミュレータールームにいるのだろうか?だがそんな疑問は後回しだ。今のパニッシャーとガレスは極めて危機的な状況に置かれている。考えるのは後回しにしなければならない。

 

「モーガン・ル・フェイ……。何の用だ」

 

パニッシャーはガレスを庇うようにしてモーガンの前に立つ。美しい黒髪と緑色のドレスを着たモーガンは魔的なまでの妖艶さと色香を放っていた。カルデアに居るモルガンも美女ではあるが、モーガンは彼女とは別のベクトルの美女といえる。アベンジャーズでさえ彼女の持つ力には苦戦したのだ。自分とガレスの二人だけではモーガンを打ち倒す事は困難を極めるだろう。

 

「パニッシャーよ、取るに足らん犯罪者や下賤な悪党を狩るしか能の無い殺人狂がまさかこのカルデアに所属しているとはな。実に滑稽じゃのう?」

 

モーガンはくつくつと笑いつつ、パニッシャーを見据える。

 

「貴様は俺達に何の用だ?用が無いんならとっととお帰り願おうか。勿論、帰る時は死体でな」

 

パニッシャーは迷わず得物であるグロック17を抜き、銃口を20メートル先に立つモーガンに突き付ける。だがモーガンは余裕の態度を崩さない。

 

「妾を殺すつもりか?そんな事は無意味だというのに」

 

彼女の言う通り、パニッシャーがモーガンと戦って勝てる見込みは限りなく少ない。スーパーヴィランであるモーガンに単独で対処できるヒーローは限られているからだ。特殊能力も、特別なパワーもない普通の人間が鍛えられる限界程度の肉体と銃器類、そして戦略を武器にするパニッシャーはモーガンから見れば路面を這う蟻と同じだ。モーガンはその気になれば指先一つ動かすだけで、周囲の空間ごとパニッシャーを欠片も残さず消し飛ばせるだろう。ガレスは目の前に現れたモーガンを見つめながら不安そうに言う。

 

「パニッシャー殿……あの女性は何者なのでしょうか……?見た所、魔術師のようですけど……」

 

ガレスの問いに、パニッシャーは静かに答える。

 

「……あの女の名はモーガン・ル・フェイ。便宜上、モーガンという名前にしているのはカルデアに召喚されたモルガンと混同させない為だ」

 

ガレスとてアーサー王率いる円卓の騎士の一員であり、汎用人類史のモルガンの娘である。最も、汎人類史のモルガンと目の前にいるモーガンは同じアーサー王伝説に登場する魔女でも全くの別人なのだが。

 

「……すると彼女はパニッシャー殿やアベンジャーズの方々の世界のモルガン・ル・フェイという事ですか?」

 

ガレスの問いかけにパニッシャーは頷く。と、モーガンはパニッシャーの隣にいたガレスに視線を向ける。

 

「ふん……パニッシャーよ、お主も随分と惰弱な男に成り下がったものよ。以前のお主は世に蔓延る犯罪者や悪党を狂人のように殺し尽くす殺戮兵器の如き男であったが今や見る影もない」

 

侮蔑混じりの言葉に、しかしパニッシャーは特に反論しなかった。

 

「犯罪者共に恐れられ、アベンジャーズのようなヒーロー共からは蛇蝎の如く嫌われるお主でも、カルデアという微温湯に浸かり続ければこうも無様に変わるものなのか。殺意と憤怒に彩られた処刑人が聞いて呆れるわ」

 

そう言って高笑いをするモーガンに対し、パニッシャーは無言のままだ。が、モーガンの言葉にガレスは真っ向から反発した。

 

「パニッシャー殿を侮辱する事は許しません!貴女に彼の何がわかると言うのですか!」

 

怒り心頭といった様子で叫ぶガレスだったが、そんな彼女に対してモーガンは嘲り笑う。

 

「ほざくでない小娘。そのパニッシャーという男はとっくに人間の心など捨て去ったのだ。人の心を捨て、世の犯罪者を殺し尽くす事に一生を捧げていたにも関わらず、このカルデアという組織に属してからはすっかり処刑人としての顔は鳴りを潜めておる。カルデアにはそやつにとって殺すべき英霊が山のようにいるというのに。今やパニッシャーはそのような英霊共とさえ馴れ合う始末だ。お主は何とも半端な男よなパニッシャー……いや、フランク・キャッスルよ」

 

確かにそうだ。ガレス自身、初めてカルデアに来た時のパニッシャーの事を覚えている。抜き身の刃物、暴発寸前の拳銃、噴火寸前の火山、剥き出しの猛毒……。パニッシャーを一言で表す表現がそれらだ。事実、何度もカルデアに召喚されたサーヴァント達とトラブルを起こした事もある。そのせいで命を落としかけた事さえ一度や二度ではない。不愛想で、無口で、攻撃的な男。それがフランク・キャッスルという男を見たガレスの第一印象だった。だがそんな彼でもこのカルデアのマスター……藤丸立香の前では優しい目をしていた。藤丸だけではない、マシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 

他にもボイジャーのような子供サーヴァント達に対しては不器用ながらも優しい顔を見せていた。過剰なまでに悪を憎み、度を越している程の怒りを抱えているパニッシャーだが、それでも人としての優しさを備えているのだ。以前、特異点の修正任務に同行したルーラーのジャンヌやジャンヌ・オルタからの証言によれば『彼は一般市民……無辜の民が命を奪われるのを最も嫌っている。彼等を戦いに巻き込まないようにするし、巻き添えを受けた人々がいれば全力で助けに入る。目の前に殺すべき悪党がいても彼等を守る事を最優先している』とあった。それまではパニッシャーに良い感情を抱いていなかった二人だが、その特異点の任務における彼の一面を見て考え方を改めたらしい。

 

「パニッシャー殿は人間の心を捨ててなどいません!」

 

モーガンに対してガレスは怒鳴る。

 

「ほう……」

 

モーガンは目を細めると、ニヤリと笑った。まるで何かを確信したかのように。

 

「なるほどな……その男はお前にとって大事な人間か?」

 

「……パニッシャー殿は今の私のマスターです!そして私はこの方のサーヴァント!」

 

ガレスはパニッシャーを守るようにしてモーガンの前に立つと、得物である馬上槍を構えた。

 

「ほう?殺人狂の貴様にも懐く小娘がいるとはな。いや、サーヴァントなど所詮はただの使い魔。自分が仕える主人は誰でも良いよいのだろうな。ハハハ!」

 

侮蔑的な笑いを零すモーガンに対し、ガレスは槍を構えながら反論するしようとするが、先にパニッシャーが口を開く。

 

「……もう一度言ってみろモーガン・ル・フェイ」

 

ガレスを侮辱したモーガンに対して全身から突き刺すような殺気を迸らせながら睨むパニッシャー。

 

「何だ?使い魔に過ぎんその小娘を馬鹿にされて頭にきたのか。しかしその娘も随分と貴様に懐いている様子。ふっ、大方その小娘は貴様に奉仕でもしているのだろう。パニッシャーよ、貴様もそのガレスとかいう使い魔を自分の性の捌け口として楽しんで……」

 

が、モーガンが言い終わらない内に彼女の眉間をパニッシャーの銃弾が貫いた。銃声が鳴り響き、弾丸が命中した衝撃で脳漿が飛び散り、頭部を失ったモーガンの身体が倒れる。

 

「いい加減黙れ。貴様の口から出る不協和音は周囲に毒だ」

 

「パ、パニッシャー殿……!?」

 

「これで奴の声は聞こえなくなった」

 

そう言ってパニッシャーは銃をホルスターに収めると、そのまま何事もなかったかのように歩き出そうとする。

 

「パ、パニッシャー殿……!彼女の死体が……!」

 

ガレスの言葉と同時にモーガンが倒れている場所を見ると、そこには彼女の死体が跡形も無く消えていたのだ。

 

「……!ガレス!」

 

「はい!」

 

まだモーガンは生きている。そう察したパニッシャーはガレスと共に身構える。

 

「妾を何回殺そうと意味などない。妾は過去に生きる者だからな」

 

モーガンの声のした方を向いた瞬間、パニッシャーの身体は固まった。モーガンの使い魔であろう複数の怪物がパニッシャーの家族……マリア、リサ、デビッドを捕らえているのだ。先程パニッシャーが会った妻子が、今目の前で人質となっている。

 

「あなた……!」

 

「パパ……!助けて……!」

 

「お父さぁぁん!!」

 

必死に叫ぶ三人の声。だがそんな彼らを見て、モーガンは笑っていた。

 

「まぁ、こんな人質などハナから意味など無いのだがな。所詮この3人はこのシミュレータールームとやらで作られた精巧な偽物……虚像に過ぎん」

 

モーガンの言う通り、彼女の使い魔に捕らえられている妻子はシミュレータールーム内で作り上げられた偽物だ。つまり本物のマリア、リサ、デビッドとは違う。パニッシャーの妻子はとっくの昔に墓の下にいるのだ。所詮は偽物……虚像に過ぎない3人を人質にした所で意味などない……。無い筈なのに……。

 

「……!」

 

だがパニッシャーは引き金を引けなかった。偽物だと分かっているのに何故動けないのか、何故銃の引き金を引けないのか。それはパニッシャーにも分からない。

 

「どうした?こんな人質の価値など微塵もないハリボテなど無視して妾を銃弾で蜂の巣にすればよかろう」

 

モーガンは挑発するが、それでもパニッシャーは動けなかった。そんなパニッシャーの様子を見たモーガンはニヤリと笑う。

 

「偽物の家族でさえ撃てなくなっているとは……。やはりお主はカルデアという組織にいる内に自分でも気付かないレベルで脆弱になったようだな」

 

モーガンがそう言うと、怪物の一匹がリサの肩に噛みついた。そしてそこから血を吸っていた。

 

「いやっ!やめてぇっ!」

 

リサの叫び声が響く。

 

「やめろモーガン!俺の娘に手を出すな!!」

 

目の前で怪物に血を吸われる娘のリサを目の当たりにしたパニッシャーはモーガンに銃口を突き付ける。

 

「偽物の娘が嬲られているのを見るだけで動揺するとはな。やはり貴様は弱くなっているぞパニッシャー。周囲から恐れられた処刑人が聞いて呆れるわ」

 

「パパ……!痛い……!助けて……!」

 

苦痛に満ちた声を上げる娘の姿を目にしたパニッシャーの頭に血が昇る。モーガンの指摘通りだった。かつての自分ならこんな状況に陥ったとしても冷静に対処していた筈だ。なのに今は銃を撃つどころか指一本すら動かせずにいた。

 

「以前お主は、フッドの奴に妻子を生き返らせて貰った事があっただろう?その時は躊躇なく付近にいたヴィランを脅して妻子を焼却したというのに」

 

そう、以前の自分であれば生き返った本物の妻子であろうとも殺す事ができた。だが今は…。

 

「パニッシャー殿……!」

 

ガレスはパニッシャーを心配そうに見つめている。

 

「ふん。今更罪悪感でも覚えたか?カルデアのマスターの小僧と交流する内に甘さまで芽生えたとはな。あんな何処にでもいるような取るに足らん小僧に情が移るとは馬鹿げておるわ」

 

パニッシャーの持つ銃に装填されている魔術弾でモルガンを殺す事は可能だ。しかしモルガンは幾度でも復活してくるし、撃った瞬間に怪物達に対して人質にしているマリア達を殺すのを命じる可能性が高い。以前の自分であれば躊躇なく撃っていた筈なのに、今はこうして動けないでいる。人質のマリア達が虚像だと知っていてもだ。

 

「俺の妻と子供達を解放しろ……!」

 

再び家族を目の前で失うという恐怖心と焦燥感から苛立つように叫ぶ。だが次の瞬間には冷静さを取り戻し、怒りを抑える為に深く息を吐いた。今の自分では駄目なのだ。こんな精神状態ではとてもじゃないが勝てないのだ。だからまずは冷静になる必要がある。そして冷静な思考になった上で覚悟を決める必要があった。もう自分には守るべき物などない。守るべき物など……。しかしそう考えれば考える程に頭の中に藤丸、マシュ、ダ・ヴィンチ、ガレスといったカルデアの面々が浮かび上がる。

 

(俺は一体……どうしたんだ……?)

 

自分でも理解出来ない感情だった。セントラルパークで妻子を失った自分にはもう守るべき物など無くなったというのに。あの日に人の心を捨てたというのに。どうしてこんなにも動揺しているのか?

 

「偽物の家族でさえ人質として機能している時点で貴様は弱くなったのだ。ほら、この通り」

 

モーガンが指を鳴らした瞬間、爬虫類のような彼女の使い魔が抑えていたマリアの右腕を引き千切る。彼女の絶叫がシミュレータールームに響き渡り、千切られた箇所からは大量の血液が流れ出す。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

目の前では激痛に悶える妻のマリアの姿がある。そんな彼女を見たパニッシャーは思わず叫ぶ。

 

「やめろモーガン!!これ以上妻を傷つけるな!」

 

するとモーガンはニヤリと笑って口を開く。まるでもっとパニッシャーを甚振りたいと思うように。

 

「……まだ言うか?」

 

そして使い魔の怪物はマリアの頭部に噛り付き、彼女の頭を砕いた。脳漿が飛び散り、鮮血が流れるその光景を見て、思わず目を背けたくなる衝動に駆られたが何とか堪える。ここで目を逸らしてはいけないと思ったからだ。

 

「イヤ!!ママぁぁぁ!!!」

 

それはあまりにも凄惨な光景であった。今、目の前に映る光景こそが紛れもない現実であり、真実なのだと思い知らされたような気がした。虚像であってもリアルな鮮血が流れ落ち、母の死を目の当たりにしたリサとデビッドは悲鳴を上げる。

 

(何故……何故撃てないんだ……!?)

 

妻であるマリアの死を目の当たりにした今でさえ銃で攻撃できないパニッシャー。そんな彼の姿を見たモーガンは高笑いをあげる。

 

「ハハハハ!どうしたパニッシャーよ!冷酷非道な処刑人からただの軟弱な男に成り下がったお主では妾を殺せんとみた!また大事な者を失う事を恐れているのか!?こんな虚像の家族の死にさえ動揺するとは!」

 

そう言うと同時に怪物達はリサとデビッドに群がり、二人を食らい始める。

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

彼は堪らず叫ぶ。だが目の前では自分の子供達が怪物達によって貪られていく。銃を乱射して怪物達に攻撃を加えるパニッシャーだが、怪物達の数が余りにも多く、殺し切れない。

 

「シミュレーターで生み出された虚像など妾の使い魔共の養分にさえならんわ。それに……」

 

モーガンは呆然としているパニッシャーの姿を見て鼻で笑う。

 

「偽者の家族の死を目の当たりにして動けずにいる貴様はもう処刑人でもヴィジランテでもない」

 

呆然自失としているパニッシャーはすっかり戦意を喪失していた。床に両膝を付き、両手も力なく垂れ下がっており、まるで抜け殻のようだった。

 

「パニッシャー殿!気をしっかり持ってください!パニッシャー殿!!」

 

ガレスは呆然としているパニッシャーの身体を揺すりながら必死に呼びかける。だがその甲斐もなく、彼の目は虚ろなままだった。

 

「……答えてくれガレス。俺は……俺は弱くなったのか……?シミュレーターで創り出された妻子の死を目の当たりにしただけでこのザマだ……」

 

それを聞いたガレスは思わず叫んでしまう。

 

「貴方は弱くなってなんかいません!!ただ……愛する人達の死に悲しんでいるだけです!!」

 

そう言ってモーガンを睨み付けるガレス。

 

「許さない……!死んだパニッシャー殿の家族を利用して彼を悲しませるなんて……!」

 

「使い魔の分際で何をほざくか!まあ良い。貴様らをこの虚像共と同じ末路を辿らせてやろうぞ!」

 

モーガンは侍らせている使い魔の怪物達に合図を送り、ガレスを取り囲もうとする。が、その時……。

 

「全く……こうも易々と侵入者に入られるとは。カルデアのセキュリティを強化しておくように我が夫に対して言うべきでしょうね」

 

突然響いてきた声にモーガンとガレスは声の方向に目を向ける。そこには―――彼女がいた。長く美しい銀髪の髪の毛を靡かせ、黒と青を基調としたドレスを纏った妖精の女王……モルガン・ル・フェイがこちらに向かって歩いてくるのだ。近付く度に彼女のヒールの音が響いてくる様はなんとも威圧感があった。

 

「モルガン……陛下……?」

 

妖精國を支配していた冬の女王、モルガンはガレスとパニッシャーの横に立つ。

 

「呆けている時ではありませんよ。まず目の前にいる不快極まりない存在を排除しなくてはなりません」

 

モルガンはモーガンに対して冷徹な視線を向ける。モルガンとモーガン……同一の存在にして同一ではない二人がここに相対した。




自分で書いていてマジでモーガンに殺意沸いた……(#^ω^)


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第42話 二人の魔女

ついにモルガンとモーガンの対決。ちょっとモーガンが脆すぎる気もしますが、邦訳もされているダークアベンジャーズアッセンブルだとホークアイ(変装したブルズアイ)の矢で普通に殺される程度の耐久力なんで、硬さ的にはこれで合ってるのかと思います。


「ほぅ……こうして相まみえるのは初めてだな。モルガンめ」

 

それに対してモルガンも鋭い眼光を放つ。カルデアに召喚されているモルガンはあくまでも異聞帯のモルガンであり、汎人類史ではない。しかし目の前にいるモーガンは汎人類史とも異聞帯とも異なる世界から来た。便宜上名前を"モーガン"としているだけで、本来はモルガン・ル・フェイと呼ばれるべき存在である。

 

「ブリテン異聞帯……妖精國の女王であった貴様がカルデアという汎人類史の組織の軍門に下るとはな。サーヴァントというのは実に哀れよ、仕える主人を選べず、ただその役目を全うするだけの存在として現界しなくてはならないのだから」

 

「……ふん、所詮はその程度の思考しか出来ないのでしょう。あなたのその短絡的な思想こそ哀れなもの」

 

モーガンとモルガン。二人の視線がぶつかり合う。両者の間の空間は歪んでいるようにも見え、周囲にはピリピリとした空気が漂っている。ガレスとパニッシャーは二人の睨み合いを黙って見ている事しかできなかった。

 

妖艶で女の色香をこれでもかと凝縮させ、魔的なまでの美貌を持つのがモーガンであるならば、モルガンは冷徹で冷血、非人間的なまでの冷たさを持つ雪の妖精を思わせる美女である。

 

「妖精國で無様な最期を遂げた貴様が、使い魔に成り下がった挙句に人間のマスターにこき使われる……実に滑稽ではないか?」

 

思わずゾっとするような笑みを浮かべながらモルガンを嘲笑する。一方のモルガンは全く表情を変えずに冷たい視線を送り続けているだけだ。

 

「サーヴァントのなんたるかも理解できないあなたには到底考えが及ばないでしょうから説明はしません。……これからあなたは死ぬのですから」

 

そう言うとモルガンの右手には彼女の得物が握られていた。長大な槍状の杖である。そしてその杖……否、無造作に槍を振るう。すると彼女の背後から漆黒の津波が押し寄せてきた。津波はモーガンに襲い掛かり飲み込もうとするが、モーガンに従う複数の使い魔たちが彼女の前に立ち、盾となって迫りくる津波を防いだ。

 

「やるではないかモルガンよ。そうこなくては面白くない」

 

モーガンは両手に強力な魔力を集中させ、モルガンに放出する。モルガンはパニッシャーとガレスの前に立ち、二人を守るようにしてモーガンの放った魔力ビームを防御していた。

 

「パニッシャー殿……!」

 

ガレスは地面にへたり込んだままのパニッシャーに駆け寄る。モーガンによって虚像の妻子が惨殺されたショックが抜け切れていないようだ。

 

「お辛いでしょうが今は耐えてください……!この場を乗り切る為にもまずは態勢を立て直さねば!」

 

モルガンに視線を向けたまま叫ぶガレスだが、当のパニッシャーはまるで聞いていないかのように微動だにしない。そんな様子の彼を見たガレスはパニッシャーの身体を揺さぶる。

 

「しっかりしてください!今の貴方はカルデアのマスターなんです!こんな所で立ち止まっている場合じゃないんです!!」

 

パニッシャーの反応はない。まるで魂が抜けたように放心しているのである。その時、ようやく彼は口を開いた。

 

「……死んだ……俺の家族が……」

 

虚ろな目で独り言の様に呟いていた。そしてそんな二人を後目にモルガンは目の前にいるモーガンに対して魔術を発動した。モルガンの周囲に複数の剣が浮かび上がり、彼女の腹にできたワープゲートのようなものに吸い込まれたかと思うと、突如として10メートル先にいるモーガンの腹を突き破り、先程の剣が飛び出してきたではないか。赤い鮮血と臓物をぶち撒けながら倒れ込むモーガンは何が起きたのか理解できていない様子だった。傍目からも致命傷であり命は助からないだろう。しかしその時モーガンの身体は突如として消え去ってしまう。先程パニッシャーがモーガンの頭を銃弾で撃ち抜いた際も同様の事が起きた。そう、モーガンの本体は過去に存在するので目の前にいる彼女を何度殺したところで意味などない。直ぐに新しいモーガンの分身が来る筈だ。モルガンは周囲を警戒しつつ、地面に膝を付いて戦意喪失しているパニッシャーの前に立つ。

 

「モルガン陛下……?」

 

ガレスはパニッシャーを見下ろすモルガンの冷たい目を見て不安に襲われる。

 

「……いつまでそうしているつもりですか?」

 

パニッシャーに対して言葉をかけるモルガンだが、対するパニッシャーは全く反応していない。そんな彼に対してモルガンは平手打ちをかました。パンッ!という乾いた音がシミュレータールームに響く。流石のパニッシャーもこれには驚いたようで、自分の頬を打ったモルガンを見上げた。

 

「今は嘆いている時ではない筈です。貴方は我が夫を……藤丸立香を助けたいのでしょう?」

 

モルガンの言葉にパニッシャーはハッとする。そうだ、いつまでも悲しんでいては何も始まらないのだ。モルガンの気つけの一発は効いたらしく、打たれた右頬がヒリヒリする。

 

「お前の平手打ちは案外強いんだな」

 

皮肉交じりに言うパニッシャーにモルガンはクスリと笑い返す。そして地面に両膝を付いているパニッシャーに対して右手を差し伸べる。

 

「立ちなさい。奴はまた来るのでしょう?なら貴方も戦うべきです」

 

モルガンの言葉にパニッシャーは頷き、彼女の手を取る。そして自分の足で立ち上がり、再度モルガンと向き合う。

 

「助かったぜ。アンタの平手打ちがなけりゃ俺は腑抜けたままだった」

 

「礼には及びません。それに……」

 

彼女はそう言って視線を移す。そこには先程臓物を裂かれて死亡した筈のモーガンが何事も無かったかのように立っているではないか。殺しても殺してもその度に過去から分身を送り込んでくるのでは堂々巡りが続いてしまう。

 

「……何か策はあるのか?奴を殺し続けた所で本体が無事なら結局は意味がないぞ?」

 

「そんな事は分かっています」

 

モルガンはそう言ってモーガンを睨む。過去にいる本体から送られる分身を何体倒した所で徒労に終わる。ならば過去に跳んで直接モーガンの本体を叩くしかない。しかしながら過去とはいってもカルデアの存在している世界の過去ではない。モーガンがいるのはアベンジャーズがいる世界の過去だ。異なる世界の過去から異なる世界の現在に分身を送るなどモルガンでも不可能だろう。何しろ並行世界の移動と時間軸の移動を同時に行っているのだから。

 

(モルガン、お前は確かレイシフトができるんだったな?モーガンのいる過去にレイシフトして直接奴の本体をブチ殺す事はできるか?)

 

(……奴は元々あなたの世界の存在なのでしょう?レイシフトでは別世界間の移動はできません)

 

そもそもアベンジャーズのいた世界とカルデアの存在しているこの世界は並行世界かどうかさえ怪しい。並行世界というよりは"別世界"、"異世界"と表現する方が正しいように思える。

 

「パニッシャーよ、貴様の隣にいるモルガンは貴様自身が最も嫌う"悪"そのものの存在だ。妖精國を2000年以上にも渡り支配した冬の女王。そやつがしてきた事を理解していないお前ではあるまい?」

 

確かに生前のモルガンは悪の女王だったかもしれない。だが汎人類史を取り戻すべく戦い続けるカルデアに召喚された以上、彼女が同じ過ちを繰り返すとは思えないのだ。今もモルガンはカルデアの為……いや、マスターである藤丸立香の為に戦っている。

 

「悪党と見るや問答無用で撃ち殺してきた貴様とは思えんなパニッシャー」

 

「ゴチャゴチャと御託を並べて優位に立ったつもりか?一つ良い事を教えといてやる、俺の目の前にいる貴様こそ真っ先に殺さなきゃいけない"悪"だってな!!」

 

パニッシャーは電光石火の速さでホルスターの銃を抜き、モーガンに発砲する。が、放たれた銃弾はモーガンの身体をすり抜けていく。実体の無い幻だ。モーガンとて数多の魔術を用いる魔女だ。この程度の事は造作もない。そして大きな木の陰からモーガンが現れ、手から複数の雷撃を放つ。が、真っ先に気付いたガレスがパニッシャーを雷撃から守る。ガレスが宝具を展開する間も無く電撃を受けた事で一瞬怯んだ隙を突き、再度モーガンが雷撃を打ち込もうとする。が、自分の頭上から迫りくるモノに気付き、上を見上げた。そこには巨大な槍の穂先が迫ってきており、避ける間も無くモーガンは叩き潰される。モーガンのいた場所は派手に爆発し、クレーターができあがる。これはモルガンの用いた技だ。彼女の持つ槍状の杖による攻撃であり、彼女の魔術によって巨大な槍の一撃を敵に叩き込める。だが何度殺してもモーガンの本体を殺さなければ意味などない。

 

「どうするモルガン?これじゃ埒が明かないぞ……?」

 

「いいえ、まだ手はあります」

 

モルガンの言葉を信じる他はなかった。彼女とて神域の天才と呼ばれた楽園の妖精である。モーガンの本体を叩く方法を見つけ出してくれる筈だ。そう思っている内に前方にまたモーガンが現れる。

 

「大したものではないかモルガンよ。二度も妾を殺すとはな」

 

モーガンの顔からは余裕の笑みは消えていない。殺されるのは所詮自分の分身だから、何度やられようと平気だとでもいうのだろうか……?

 

「だが貴様は今の自分の立場を後悔するだろう。"サーヴァント"という存在である事がどういう意味なのかを思い知らせてやる」

 

凶悪な笑みを浮かべたモーガンを見てモルガンとガレスは警戒を強める。

 

「退去せよ」

 

そうモーガンが言った瞬間、ガレスとモルガンの身体が光に包まれる。サーヴァントというのは役割を追えれば座に退去する事になるのだが、今はそんな状況ではない。ガレスは慌てふためき、モルガンも表情には出さないものの僅かに動揺している。

 

「はわわ……!?た、退去していきます!?」

 

「く……!」

 

だが二人はどうにか退去せずに踏みとどまる。どうやらギリギリまで踏ん張ってみせたようだ。

 

「ほう?今ので退去しないとは大したものだ」

 

恐るべきはモーガンである。サーヴァントである二人の性質を利用して強制的に現世から退去させようとしてきたのだ。英霊を座に退去させられる魔術まで編み出しているのを考えれば、モルガンに二度も殺されて尚余裕の表情が消えなかったのにも納得がいく。

 

「どれだけ耐えられるのか見物だな。さぁ、退去するがいい!」

 

が、モーガンは更なる退去をガレスとモルガンに強制してくる。

 

「……くっ!」

 

「……っ!」

 

二人はどうにか現世に踏みとどまり、退去する事は免れたがかなりの魔力を消耗してしまったらしく、地面に膝を付く。その姿を見て満足そうに微笑むモーガン。

 

「サーヴァントとはあくまでも使い魔の範疇に過ぎない。故にその性質を利用してやるまで」

 

サーヴァントという規格に収められた今のモルガンでは強制退去に抗うのが精一杯であったようだ。ガレスもまたかなり辛そうだ。あの様子ではすぐに消滅してしまう事はないだろうが時間の問題だろう。

 

「せっかくだ。貴様等に妾が用意したとっておきの秘密兵器を見せてやろう。特にモルガンよ、貴様にはよく馴染みのある顔だ」

 

モーガンが手を振るうと、彼女の隣に魔法陣が現れそこに光に包まれたモノが現れる。新たな彼女の使い魔であろうか?どうやら獣人であるようだが……。が、モーガンが召喚したソレを見たモルガンの表情は強張る。

 

「見るがいい、これこそが妾が滅びゆく妖精國で拾い上げた掘り出し物だ」

 

魔法陣の上に召喚された獣人はゆっくりと立ち上がる。ゆうに3メートルはあろうかというその獣人は瞳孔の無い瞳でこちらをじっと見つめていた。

 

「貴様……」

 

モルガンは獣人を召喚したモーガンを鋭い眼光で睨みつける。そんなモルガンの視線が面白いらしく、モーガンは愉快そうに笑っていた。

 

せっかくこうして再会できたのだからもっと喜ぶべきであろう?貴様にとっての忠臣だったのだからな。――――この亜鈴百種・排熱大公が」

 

――――亜鈴百種・排熱大公

 

狼の妖精である彼は妖精國において牙の氏族の族長であり、モルガン配下の中でも随一の忠臣であった男だ。

 

「ウッドワス……!」

 

モルガンはモーガンの隣に立つウッドワスに視線を移す。表情こそ無表情だが傍目から見れば動揺している事は明らかだった。

 

「さて、このウッドワスは今では妾の忠実なる僕。貴様等を八つ裂きに引き裂いてやる事もできるのだぞ?」

 

モーガンは妖艶な笑みを浮かべつつ、パニッシャー、ガレス、モルガンを挑発してくる。

 

「……ちっ、思った以上に不味い状況だな」




モーガンも言っていましたけど、モルガンって普通にパニッシャーからすれば悪になるんですかね……?典型的なヴィランとかの類でこそないけど、妖精國を統治していた時代の彼女だと普通にアウトな気が。けどあの世界の妖精の気質を考えると……。

モルママの気つけのビンタは結構痛そう……( ̄▽ ̄;)


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番外編 処刑人と二人の聖女

今回は番外編となります。時系列的には藤丸君がシミュレータールームに籠っていた時期になります。ジャンヌ&マルタの二人と初の特異点修正任務に向かったパニッシャーさんの話です。

※パニッシャーさんは原作コミックではこれぐらいの虐殺行為は普通にしています。


容赦なく、躊躇なく浴びせ付ける銃弾の雨が囚人たちの身体を貫通していく。立ち向かってくる者、逃げる者、その場に動けずにいる者と様々だったが、それでも微塵の情けも掛けずにパニッシャーはM16を一心不乱に囚人たちに浴びせていく。まるでそこに命乞いをする者がいる事など頭にないかのように……。サンフランシスコに存在するサンクエンティン刑務所は全米で最も悪名高い刑務所だ。ここに収監される囚人は凶悪な犯罪を犯した者が多数を占めており、死刑囚だけでも数百名に及んでいる。そんなサンクエンティン刑務所にいる囚人が聖杯を手に入れ、あまつさえそれを用いて囚人たちを脱走させたというのだ。

 

ノウム・カルデアに来て初めての特異点修正任務とレイシフト。パニッシャーの初陣であるこの任務では多くの囚人の死体が築き上げられた。無言で囚人達に弾幕を浴びせ付けるパニッシャーを見ているのはマルタとジャンヌ。余りの彼の容赦の無さに言葉を失う他なかった。すると突然、牢獄内にいた囚人の一人が隠し持っていた銃を発砲する。放たれた弾丸はパニッシャーの顔に向かって直進するが、銃声を聞いた彼は即座にM16からS&W M29に持ち替えて撃ち返した。その一発が見事に男の眉間に命中して絶命し、男は地面に倒れ込む。パニッシャーはそのまま刑務所内を進み、マルタとジャンヌもそれに続く。新たなカルデアのマスターとなったパニッシャーがどのような人物なのかは事前にダ・ヴィンチから聞かされていたものの、いざ実際に目の当たりにしてみると恐ろしい以外に感想はなかった。

 

「酷いわね」

 

死体の山を見てジャンヌは思わずそう呟いた。刑務所内にはパニッシャーが殺した囚人達の死体が転がっている。こちらに向かってきたので正当防衛と言えるのだが、中には逃げているだけの囚人までいた。そして歩いているパニッシャーは牢屋にいた一人の囚人を見つけると銃口を鉄格子に入れ、引き金を引こうとする。しかしそこにマルタが止めに入る。

 

「待って!これ以上殺す必要はないわ!」

 

そう言ってパニッシャーの腕を引っ張る。

 

「邪魔をするな。どうせこいつ等は生きる価値すらもない奴等だ」

 

「けど、だからって無抵抗な相手を殺すのはやり過ぎよ!!」

 

この前にも何度かマルタとジャンヌから注意を受けていたパニッシャーであるが、状況が状況なだけに彼のやり方に目を瞑るしかなかったが、流石に目に余ったようだ。マルタはパニッシャーの目を見据えながら言う。

 

「いい?わたしたちの任務は特異点の修正。無抵抗の人間を殺し回ることじゃないのよ」

 

「だがこれも結果的には社会にとってプラスに働く。こいつ等囚人は税金で暮らしてるんだ。刑務所にいる囚人の人件費は馬鹿にならん。ならこうして"口減らし"してやる事で国に貢献できる。違うか?」

 

「……あなたのしている事は間違っています。彼らはいずれ刑期を終えて外の世界に帰るんです。自分の犯した罪を償い、真っ当な人生を歩む筈だった彼らをあなたはその手で葬り去ったんですよ!?これは余りにも残酷な仕打ちです!!」

 

ジャンヌはパニッシャーの所業に対して怒りを露わにしながら言う。確かにジャンヌの言う事も間違いではない。更生した犯罪者が再び犯罪に手を染めてしまうケースは決して少なくない。しかしそれはあくまで可能性の話であって確実性はない。もし仮に犯罪を犯すような人間であっても更生の機会が与えられるのならそれに越した事はないだろう。それがジャンヌの考えであった。

 

「お前はこの刑務所にぶち込まれてる連中が一人残らず心を入れ替えて真人間になるとでも思ってるのか?」

 

「そうは言っていません……。ですが彼らもいつかはこの刑務所を出て社会に戻って来るでしょう。その時のためにも今ここで命を奪う必要なんて……」

 

「甘い考えだな。いいか?特にこのサンクエンティン刑務所に収容されているような奴等は釈放されてもまた犯罪を犯す。罪を犯して捕まって、刑務所に入れられて釈放され、また罪を犯すっていうループの人生を送っているような連中だぞ?それならなんだ?どれだけ罪を犯しても最後に心を悔い改めりゃお前としては満足なのか?」

 

「……」

 

黙り込むジャンヌ。そんな彼女を尻目にマルタが割って入る。

 

「あなたの言い分はよく分かったわ。でもわたしもジャンヌの意見に賛成よ。罪人だからといって勝手に裁いていい権利は誰にもないわ」

 

聖女であるジャンヌ、聖人であるマルタからすればパニッシャーのしている行為は単なる私刑であり、到底容認できるようなものではなかった。そんな中、マルタが話を続ける。

 

「あなたがどんな過去を持っているのかは知らないけれど、あなたのやっている事は正しいとは言えない」

 

「常に正しさだけで世の中が回るんなら誰も苦労はしねぇよ」

 

マルタとパニッシャーの視線がぶつかり合う。特異点の修正任務だからこそある程度は我慢していたジャンヌとマルタだったが、ここに来て遂に爆発してしまったようだ。そんな二人に挟まれる形でいるのもあり、流石のパニッシャーも居心地の悪さを感じていた。

 

「だったらどうしてあんな殺し方をするんですか!?あなたも少しは命を大事にして下さい!!」

 

ジャンヌは感情的になって叫んだ。するとそれを聞いたパニッシャーは深い溜め息を漏らす。昨日、ジャンヌとマルタの目の前で情報を提供してくれたサンクエンティン刑務所の囚人を背後から射殺したのだ。あの件で自分に対する悪印象が生まれたのだろう。

 

「答えて下さい!!あなたには人としての心があるのですか!?」

 

今度はマルタが言う。

 

「そうよ!あの時だっていきなり囚人に銃を向けて引き金を引いたじゃない!わたしたちに情報を提供して協力してくれた人なのにあなたは銃で殺したのよ!?信じられないわ!」

 

二人の非難に対し、パニッシャーは反論する。

 

「お前等は現代よりも人の命が軽い時代に生まれた割には罪人に優しいんだな。だが俺は昔から悪人を何人も殺しているぞ?そもそもあいつ等が生きてる価値なんざなかったからな」

 

そう言って拳銃をホルスターに仕舞うと二人に背を向ける。

 

「話は終わってないわよ!」

 

マルタはそう言うとパニッシャーを正面に向かせ、乱暴に壁に押し付ける。

 

「さっきの質問の答えがまだでしょ!何であんなことをしたの!?」

 

するとパニッシャーは静かに答えた。

 

「理由なんてないさ。ただあいつが気に食わなかっただけだ」

 

そう言った瞬間、マルタが彼の胸倉を掴む。

 

「ふざけないで!そんないい加減な理由で許されると思ってるの!?今回の任務が初めてだから仕方ないかもしれないけど、今後は勝手な行動は慎んでちょうだい!」

 

マルタが怒鳴り声を上げる中、ジャンヌは冷静に問う。

 

「悪党や罪人、咎人だからといって好き勝手に裁いていい権利は誰にもありません。まして命を奪ってしまうなど言語道断です。もし本当に理由があるなら聞かせてください」

 

ジャンヌの言葉に続くようにマルタが口を開く。

 

「あなたが今までどのような人生を歩んできたかは知らないけれど、今はこうしてマスターになった以上は無闇に命を奪うような真似はしないでちょうだい。わたしやジャンヌの本来のマスター……藤丸立香ならあなたのような真似は絶対にしないわ」

 

「俺は立香とは違う。あいつのやり方を見習うつもりもない」

 

「では何故このような真似をしたんですか?」

 

ジャンヌの質問にしばらく沈黙が続いた後、ゆっくりと答える。

 

「道徳や倫理、法律で人間を律しきれるもんじゃない事はお前さんも知っているだろう?そして人としてのモラルが無いようなクズは心なんて入れ替えない。ましてや更生なんぞ期待するだけ無駄だ」

 

人間の皮を被ったサイコパス、ソシオパス、シリアルキラーにチャイルドマレスターといった異常者は確かに存在している。そして彼らには一般社会の倫理・規範・道徳など持ち合わせていない事も。人権が発達した現代社会ではそういった者達にも更生の機会を与え、更正を促そうとする動きが多く見られるようになった。人権は確かに現代社会が生み出した偉業であり、誰しもが平等な社会を築けるかもしれないという希望でもある。しかし、全ての人間に等しく権利を与えるというのは同時に人としての心を持たないケダモノにまでチャンスを与えてしまう結果となる。残虐な殺人を犯した加害者にも人権が適用され、先進的な更生プログラムにより社会復帰を果たすケースは決して少なくない。しかしパニッシャーは明確にこれを否定している。更生などするだけ無駄、反省など意味はない、懺悔など遅い。パニッシャーにとって、犯罪者など駆除すべき害獣でしかないのだから。社会を壊す罪人には容赦の無い制裁を加えなければならないのだ。

 

「人は誰しも更生の機会を与えられるべきです!罪を犯したからといってその命を奪っていい筈がありません!!」

 

ジャンヌの強い訴えを聞いたパニッシャーは小さく鼻を鳴らす。

 

「甘ったれた理想論だな。ま、お前さんの生きていた時代なら教会で懺悔の告白をすればそれで罪はチャラだったんだろうが」

 

「あなた……いい加減にしないさいよ?」

 

マルタは静かな口調ではあったが明らかに怒っているようだった。それでも構わずに続ける。

 

「罪人が更生すれば、ソイツが殺した人間が生き返ったりするのか?」

 

「……そうは言っていません。ですが罪人の中には本当に心を改めて罪を償う人生を歩んだ者もいるんです。更生の機会を身勝手な理屈で奪い取るあなたより余程マシです!」

 

ジャンヌの瞳は真っ直ぐであった。それは紛れもなく彼女の本心であったのだが……。

 

「更生……更生……更生、か」

 

吐き捨てるように言うと頭を搔く。

 

「罪人や悪党とはいえ"生きている人間"だ。生きている以上は罪を犯す道も更生の道もあるからな」

 

「何が言いたいんですか……?」

 

ジャンヌの問いに間髪入れずに答える。

 

「俺が言いたいのは"生きている以上は無限にチャンスがある"ってことだ」

 

「意味が分からないんだけど……」

 

困惑する二人にこう続けた。

 

「生きているからこそ罪人への道も、更生への道も歩める。だからお前等はクズに慈悲を与えてるんだろ?死ねばそういう道も断たれるからな。結局のところ、お前等は死んだ人間より生きている人間の未来が大事なんだろ?」

 

パニッシャーの言葉の意味を二人はようやく理解したようだ。そう、犯罪者が奪った人間にはそういったチャンスすらも奪われているのだ。未来もない、将来もない死者……。だがそんな人間を殺した悪党は生きている。生きている以上は再び犯罪者の道を歩むか、更生への道を歩むかを選ぶ事ができる。しかし殺された被害者には未来永劫そのような道を歩む事はできない。つまり生きている人間の方が必然的に優先されるというわけだ。

 

「死んだ人間には道は歩めない。だが被害者を殺したクズには生きている限り道が与えられている。お前等なら生きている方を選ぶよな?」

 

皮肉と侮蔑混じりのパニッシャーの言葉にジャンヌとマルタは押し黙る。彼の主張は間違ってはいないのかもしれない。だが納得できるものではなかったからだ。

 

「それではただの殺戮ではありませんか!!」

 

ジャンヌの怒りに満ちた叫びは通路内に響き渡る程の大きさだったが、当の本人であるパニッシャーは全く意に介していない様子だった。

 

「別に良いじゃねぇか。クズが減ればそれは社会にとって結果的にプラスに働くんだからな」

 

「あなたは……!あなたって人間は……!」

 

マルタは歯を食い縛りながら震える拳を握り締めていた。

 

「……あなたは過去になにがあったのですか?」

 

が、ジャンヌは一旦怒りを抑えつつ、パニッシャーに尋ねてみる。すると彼は溜め息を吐くようにして言うのだった。

 

「特に何もないさ。ただクソ野郎どもを殺ってきただけだ」

 

「そんなものじゃないでしょう?あなたは常に怒りを内包しながら生きている。まるで憤怒の化身のように感じます」

 

その言葉に対して彼は何も答えなかった。

 

「そうね……あなたがどのような経緯を経て今に至るかは分からないけどこれだけは言えるわ!あなたのやり方を認める訳にはいかない!どんな理由があろうともわたしは許さないわ!」

 

マルタはそう言い残すとパニッシャーに背を向けて歩き出した。それに続くようにジャンヌもまたその場を後にする。一人残されたパニッシャーは無言のまま立ち尽くしていた……。




二人から見ればフランクさんのやってる事は許容できないでしょうねぇ……(;^ω^)
ジークフリートやシグルドだったら許容されてたかも?

マルタはタラスクに説教(物理)するだけで済ませてくれる人ですし、ジャンヌは言わずもがな。戦争中に無抵抗の兵士や投降したイングランド兵を虐殺した逸話とかは……無いですよね?(^_^;)



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番外編② 慟哭

パニッシャーさんもロリンチちゃんには弱い。


ジャンヌ、マルタの二人と行った初めての特異点修正は実に時間が掛かった。何しろ最初に聖杯を手にした囚人が別の囚人に聖杯を強奪され、その囚人も仲間の囚人に奪い取られ、その囚人は遠くまで逃亡しようやく追いついて聖杯を回収できた。力をもたらす聖杯に目がくらみ壮絶な奪い合いになるとは流石犯罪者の集まりである。だがそのせいで聖杯の回収にトンでもなく時間を費やす羽目になった。レイシフトから帰還したパニッシャー、ジャンヌ、マルタはコフィンを開けて彷徨海の管制室に出て来る。マルタはまだ刑務所で囚人を虐殺したパニッシャーを睨んでいた。過激な手段、暴力的な方法を用いるとはいっても協力してくれた囚人や無抵抗な囚人、逃げている囚人まで平等に射殺していたのでは悪印象になるだろう。

 

「……」

 

「何だ?俺の顔になにか付いているのか?」

 

視線に気付いたのか振り向く事なく答える。聖女として歴史に名を残したマルタだからこそパニッシャーの行動を許せなかったのだろう。罪人は殺せばいい的なパニッシャーの考えは彼女からすれば到底容認できるものではないのだから。この態度に怒ったのか今度は逆に視線を合わして言った。

 

「あなたねぇ!確かにあいつらは酷い奴等だったけど無闇に殺す事はないでしょ!?少しは加減とか考えられない訳!?」

 

怒るマルタとは正反対な態度を取るように肩をすくめる。管制室にいたダ・ヴィンチとマシュは帰還早々パニッシャーに怒鳴り声を上げるマルタに驚く。

 

カルデアからの通信が長時間途絶していた為、何故マルタがパニッシャーに怒っているのか分からなかったが、パニッシャーの性格を考えれば予想がついた。おまけに向かった特異点の発生源は凶悪犯罪者ばかりを収容した悪名高いサンクエンティン刑務所。この要素さえあればパニッシャーが何をしたのかは明白だ。流石に詳しい事はダ・ヴィンチもマシュも知らないが、マルタの怒り具合から見て相当な事をしたのだろう。

 

「ま、マルタさん、落ち着いてください。一体何があったのか説明してくださいませんか?話の内容が全く見えません」

 

取り乱す彼女に事情を聞くべく説得する。しかし彼女は興奮した様子で落ち着く気配は無い。むしろ先程よりも声を荒げてしまっているような気さえするくらいだ。

 

「マシュ!彼は囚人とみれば手当たり次第に殺してたのよ!?こんな残虐非道なこと許されると思ってるのかしら!!絶対に止めないとダメよ!!」

 

その言葉にギョッとする二人。その衝撃的な内容に言葉を失うしかなかった。

 

「えっと……パニッシャー君、ホントにそんな事をしたのかい?」

 

ダ・ヴィンチは不安そうな表情でパニッシャーの顔を覗き込む。それに対して彼は淡々と答えた。

 

「あぁ。その通りだ」

 

その回答にその場にいる全員が凍り付くのを感じた。どうやら本当の事らしい。ダ・ヴィンチもマシュも彼の性格を知ってこそいたが、ここまでの事をやるとは。とはいえマスターである藤丸が任務に就けない以上はパニッシャーに頼るほかなかったのであるが……。

 

「いいですか?カルデアのマスターとはいえ自分が気に入らない人間を殺していい権利があるわけではありません。特異点の修正任務で大量殺人が許容されていると勘違いしているのでればそれは大きな間違いです!」

 

ジャンヌはパニッシャーに対して厳しい言葉を言い放つものの全く聞く耳を持たない様子だったようだ。

 

「ああいう手合いは、殺しておかないとまた罪を犯す。生かしておけば必ずどこかで一般人を害する」

 

釈放されて社会に出たところで、元受刑者という経歴が消える訳ではないのだ。そして一度犯罪に手を染めてしまえば二度と善良な市民に戻る事は不可能なのである。それは人によるものの、重犯罪を何度も犯すような者は更生不可能な場合が多い。所詮犯罪者の心の底や心理など見通せるわけがないのだから。しかしそれでもジャンヌやマルタはパニッシャーのやり方に反発する。しかし彼も自分のやり方を変えるつもりはないようだ。

 

「確かに犯罪者を野放しにしては社会に多大な影響が出るかもしれません!しかしだからと言って殺してしまっては本末転倒ではないですか!」

 

ジャンヌも憤りを隠せない様子で声を荒げる。

 

「更生のしようもないクズに税金をかけるだけ無駄だ」

 

「罪人は殺せばいいっていうあなたの考えはどうかと思うけどね!」

 

更に語気を強める二人に動じる事もなく言い返す。

 

「悪人を殺すのも俺の仕事の一つだ。それに更生なんてできやしないんだから殺した方が効率的だろ?」

 

悪びれた様子も無く平然と答えた彼にとうとう我慢の限界を迎えたのかマルタは叫ぶ。

 

「更生の余地が無い極悪人は皆殺しにすればいいっていうの!?それがあなたの言い分なのね!!」

 

マルタはパニッシャーの胸倉を掴みながら怒鳴り付けるが、当のパニッシャー本人は涼しい顔をしている。しかしそんな彼の態度を見て余計に怒りが増したのかますます強く胸ぐらを締め上げるのだった……。それから暫くの間沈黙が続き、やがて落ち着いたようで手を離す。どうやらある程度冷静さを取り戻したようだ。

 

「……あなたのやり方にはついていけないわ」

 

そう吐き捨てると踵を返して管制室を出ていく。ジャンヌはパニッシャーを一瞥するとマルタの後に続いた。パニッシャーは去っていく二人を見て溜息を漏らす。

 

「パニッシャーさん、お二人の言う事は最もです。あなたの行動は問題があり過ぎます!」

 

彼の行いは決して褒められたものではないので当然といえば当然だ。だがパニッシャー自身は何も気にしていなかったようである。まるで他人事のような態度であった。特異点の修正任務とはいえ無意味な殺戮が容認されているわけではない。無論、やむを得ない場合もあるとはいえ率先して虐殺行為を働くのはいくら何でもやり過ぎた。

 

「……俺の性格を知った上でカルデアのマスターとして招いたんじゃないのか?大体俺のやり方なら妖精國で散々見てきただろう」

 

そう、マシュもダ・ヴィンチも藤丸もパニッシャーのやり方を知った上でノウム・カルデアに招き入れたのだ。今更文句をつけても仕方がない。しかも今回の事件は明らかに過剰だったのも事実なのだ。彼が何の躊躇いも無しに囚人達を射殺していくのを見てマルタもジャンヌも反発心を抱いただろう。事前にダ・ヴィンチが二人にパニッシャーの性格について説明はしたのだが、いざ目の当たりにするとやはり驚きを禁じ得なかったのだと思う。何より彼に対する印象が悪くなってしまった。

 

「パニッシャー君、キミの性格は把握しているけれど、今回の任務での行動はやり過ぎだよ。あの刑務所は元々凶悪犯しかいない刑務所だけれどもあそこまでする必要はなかったんじゃないかな?」

 

彼女も少々不満げな表情で詰め寄る。普段は冷静沈着な彼女だが、今回の件に関しては流石に看過できないと感じたのだろう。対するパニッシャーは特に表情を変えることなく答える。

 

「あの刑務所内ではいつどの囚人が襲ってくるか分からん。任務遂行の為、やむなく先制攻撃をしていた」

 

今度は任務の為という名目上、やむなく囚人を排除していたと語る。これならば"悪人は死すべし"という理屈よりも納得してもらえると思ったのだろう。

 

「ホントかなー?そんな理由であんなに躊躇なく撃ち殺せるものなのかなー?私にはどうも違う気がするんだけどなー?」

 

ダ・ヴィンチとしては何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのだろう。実際その通りであり、彼は明確な殺意を持って囚人達を撃ち殺していたのである。

 

「けど先程はマルタさんとジャンヌさんに対して"更生のしようもないクズに税金をかけるだけ無駄だ"と言っていましたよね?」

 

が、パニッシャーはマシュに痛い所を突かれてしまう。

 

「それはあくまでも囚人共を排除する為の理由の一つに過ぎん」

 

「あれれー?それじゃマルタとジャンヌにも"任務遂行の為、やむなく先制攻撃をしていた"って言えばよかったんじゃないかなー?その言葉にも嘘はないと思うんだけどねー」

 

図星だったのか、言葉に詰まってしまう。

 

「そ、そう言われれば確かに……」

 

二人の言葉を否定する事が出来ず黙り込むしかなかった。何故かダ・ヴィンチに対しては"クズ共には死を与えるだけだ"的な理論を押し通そうとしないパニッシャー。

 

「パニッシャーさんも、ダ・ヴィンチちゃんには弱いんですね」

 

「な、何?」

 

マシュの発言に思わずパニッシャーは動揺してしまう。それを見た二人はクスクスと笑うばかりだ。

 

「気のせいだ気のせい!」

 

「えー?本当かなー?マルタとジャンヌには"悪・即・殺"的な論調だったのに私にはそんな感じじゃないんだもんねぇ?」

 

ダ・ヴィンチはニヤニヤしながら揶揄う。対してパニッシャーはそっぽを向いてしまった。どうやら反論する気はないらしい。完全にペースに乗せられてしまっているようだ。

 

「パニッシャーさんの意外な弱点を発見したかもしれませんね!これは貴重な情報です!」

 

目を輝かせて喜ぶマシュを見てダ・ヴィンチは苦笑する。

 

「やれやれ……この調子だとこれから大変かもしれないなぁ……。パニッシャー君、大量に人間を殺せば歴史の流れに悪影響を及ぼすかもしれないんだ。聖杯を用いるよりは影響は小さいだろうけど、それでも未来に何らかの歪みが出てくるかもしれない。……とまぁ、聖杯を回収した時点で歴史の"辻褄合わせ"の力が働くからその点は過度に心配はしなくていいよ。けどそれでも君が大量に犯罪者や罪人を殺してもよいっていう事にはならない。その辺の自覚をしっかり持ってくれたまえ」

 

そう言ってダ・ヴィンチはパニッシャーに釘を刺す。今回の任務において、パニッシャーが刑務所で大量の囚人を殺した事については刑務所内で起きた暴動なり、事故などの災害で大勢の囚人が死んだという事にされるだろう。パニッシャーはダ・ヴィンチの警告に耳を傾けつつ、管制室を後にした。

 

 

 

**********************************************************

 

 

 

初めての特異点の修正とレイシフトは一応完了したものの、代わりにジャンヌ、マルタという二人の聖女から嫌われてしまった。最も、この世界に来る前、自分が元々いた世界ではアベンジャーズといった他のヒーローから嫌悪されていたので、今更サーヴァント二人から嫌われたところで気にするパニッシャーではない。少なくとも、ジャンヌやマルタとは異なり、犯罪者を大勢殺す事に文句を言わないサーヴァントはいるだろう。そう考えていると廊下の向こうから藤丸が歩いてきたではないか。パニッシャーは藤丸に帰還したと伝えようとしたが、藤丸はパニッシャーを見るなり駆け寄って来る。

 

「帰ってきたんだね……」

 

「あぁ、少しばかりジャンヌ、マルタの二人と一悶着あったけどな」

 

苦笑しつつそう告げると不意に抱きしめられる。突然の抱擁に一瞬面食らったがすぐに我に返る。

 

「おいおい……どうしたんだ急に?」

 

すると途端に泣き出すので更に驚くしかない。藤丸はパニッシャーの胸の中で涙を流しているではないか。が、パニッシャーは嫌がる様子も見せず、藤丸の背中を優しく撫でるのだった……。

 

「何かあったのか?」

 

少なくとも藤丸は見知った相手、気心の知れた相手でもこんな形で涙を流すような少年ではない。自分の弱い部分をなるべく他者に見せる事はない筈だ。最も、妖精國で会った際には随分とパニッシャーには懐いていたのだが。

 

「ゴメン……このままでいさせて……」

 

泣きながらそう言うので余程の事があったのだろうと思う。しばらくそのままにする事にした。ふとパニッシャーは廊下の向こうに立つサーヴァントを見つける。カーマだ。彼女はパニッシャーの胸で涙を流す藤丸を無表情のまま遠くから見ているではないか。

 

「……」

 

そして無言のまま立ち去っていくのが見えた。彼女が何を思ったのかは不明だが、"今は自分の出る幕ではない"という雰囲気だった。藤丸に好意を寄せる女性サーヴァントは多いと聞いたが、カーマもその一人らしい。藤丸に胸を貸すパニッシャーだが、今度はマルタが来たではないか。マルタはパニッシャーを見るなり怖い顔で近付いてきたが、彼の胸で涙を流す藤丸を見て立ち止まる。

 

「マスター……?」

 

マルタは何故藤丸が涙を流しているのか理解できていない様子だった。そしてパニッシャーと視線が合うと気まずそうにする。そしてパニッシャーはアイコンタクトを用いて「今はよしてくれ」とマルタに伝えた。マルタは無言で頷くとその場を離れていく。しばらくしてようやく落ち着いたらしく涙が止まる。

 

「もういいのか?」

 

コクリと頷く。

 

「一体何が有った?」

 

質問すると再び目に涙を浮かべだす。が、今度は抱きつかれる事はなかった。どうやら相当深刻な事態のようだと感じるが理由が分からない以上どうする事も出来ない。

 

「ううん、ちょっと色々とあってさ。おじさんの胸で思いっきり泣けたからスッキリした」

 

そう言うといつもの明るい笑顔を見せてくれる。先程まで泣いていたとは思えぬ程の変わり身の早さだ。藤丸はそう言うとパニッシャーから離れていく。一体藤丸に何があったのか気になるパニッシャーはマシュとダ・ヴィンチに聞く事にした。自分が特異点修正任務の為にレイシフトをしていた間、藤丸に一体何があったのかを聞いておく必要がある。

 

 

 

 

**************************************************

 

 

 

 

パニッシャーはマシュとダ・ヴィンチから藤丸に何が起きたのかを聞かされ、廊下の壁を殴りつけていた。こうでもしなければ腹の虫が収まらなかったからだ。藤丸の両親は行方が分からなくなった息子を探し続けた結果、魔術協会に目を付けられてしまい死亡したのだという。藤丸はこの事実をムニエルから聞かされたのだ。七つの特異点の修正に続いて地球白紙化を元に戻す為の戦いを続けた藤丸にとって余りにも残酷な真実だった。パニッシャーの怒りは収まらず、廊下の壁を叩く手に力が入るばかりである。

 

「クソ……!!アイツの親が……何をしたっていうんだ!!」

 

苛立ちながら叫ぶその姿は怒りに任せて行動しているようでどこか痛々しかった。そしてそんな彼にジャンヌが近づいてくる。

 

「あなたも……マスターの身に何が起きたのかを知ったのですね……」

 

ジャンヌもマシュ、ダ・ヴィンチから藤丸の両親の事を聞かされたようだ。その話を聞いた瞬間、真っ先に藤丸の元に駆け付けたらしい。そんなジャンヌもまた悲しみに満ち溢れている顔をしていた。そんな彼女に対して思わず問い掛けてしまう。

 

「……お前も聞かされたようだな」

 

無言で頷いて答える。しかしそれ以上は何も語ろうとしなかった。

 

「……お前等はどれだけアイツに戦いを強いれば気が済む?」

 

拳を握り締めると掌に爪が深く食い込むのが分かった。恐らく相当な力で握っているのだろう……血がポタポタと床に滴り落ちる。

 

「答えろ!!この野郎ッ!!!」

 

激昂し、怒鳴った後……壁に強く拳を叩き付ける。そしてジャンヌの胸倉を掴み、鬼気迫る表情で睨み付ける。しかしジャンヌは冷静に返答してきた。

 

「……落ち着いてください」

 

彼女の言葉にハッとなると同時に掴んでいた手を離す。同時に冷静さを取り戻す事ができた。

 

「気持ちは分かります……私も同じ気持ちですから……ただ……彼は自分の意思でシミュレータールームから出てきました。私たちの存在が……彼に戦いを強いているというのは否定しません。ですが彼はそれでも……それでも自分が最後まで戦うのを望んでいました」

 

悲しげな顔をしながら話すジャンヌを見て、パニッシャーは無言でその場を立ち去った。




戦いを強いている、というのは聞こえが悪いけど藤丸君は戦わざるを得ない状況に追い込まれちゃったからね……(´Д⊂ヽ


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番外編③ パパさん

アストルフォきゅんからパパと呼ばれてみたい……(願望)


翌日、パニッシャーはノウム・カルデアの食堂で昼食を食べていた。先日の特異点での囚人大量虐殺の件が他のサーヴァント達にも知られているせいか、不思議とパニッシャーの周囲にはサーヴァントが寄り付いてこない。まともでないマスターとして見られているのか、それとも単に気に入られていないだけなのか。いずれにせよ嫌われる事には慣れているのでパニッシャーはさほど気にしてはいないようだ。すると突然後ろから声を掛けられる。

 

「ねぇパパ」

 

その言葉を聞いたパニッシャーは思わず口に含んだ食事を吹き出してしまう。何とか吹き出すのを堪え、声のした方向を見るとそこには笑顔のアストルフォが立っていた。

 

「誰が"パパ"だ」

 

パニッシャーが不機嫌そうに言う。アストルフォは天真爛漫を絵にかいたようなサーヴァントであり、時々突拍子もない言動をする。今回彼から発せられた言葉もその類だろうと思う事にした。が、次の言葉でそうはいかなかった。

 

「昨日、泣いているマスターに胸を貸してあげてたじゃん。あの時のキミは完全にマスターのパパだったよね」

 

ニコニコしながら話し掛けてくるアストルフォに頭痛がしてくる。確かに昨日、涙を流す藤丸に対して、パニッシャーは彼を抱き寄せ、胸に抱いてやった。その時の様子を見ていたのだろう。或いは誰かから聞いたのか。だが父親扱いされるのは御免被る。自分は断じてそういう存在ではないのだ。

 

「俺はアイツの父親になった覚えはない。勘違いするな」

 

「えー?マスターはあんなにキミに懐いてるのに?」

 

「それはアイツが俺に対して勝手に甘えてきているだけだ」

 

実際問題、彼が自分に甘える理由など一つしかない事は分かっていた。自分を父親のように感じているのだろう。

 

「けどアンタは立香から甘えられるのに満更でもなさそうじゃない?」

 

パニッシャーとアストルフォの会話にブーディカも入ってくる。ブーディカは昼食を乗せたトレーを持ってパニッシャーの隣に座った。

 

「俺にはガキを甘やかす趣味は無い」

 

そう言ってパニッシャーは食べかけのパスタを啜る。

 

「じゃあなんであの時、胸を貸してあげたりしたんだい?」

 

ブーディカはニヤリと笑みを浮かべながら問う。彼女の顔を見て思わず黙り込んでしまうパニッシャー。

 

「もー、素直じゃ無いなぁ!本当は嬉しかったんでしょ!」

 

そう言われると何とも複雑な気分になるが、図星なのは間違いないので反論できないのが悔しいところである。

 

「……別に嬉しくなんかない」

 

ぶっきらぼうに呟くと黙々と食事を再開する。そんな様子をみて、二人は顔を見合わせてニヤニヤしていた。今の藤丸は精神的に相当追い詰められているだろう。シミュレータルームからは自分の意思で出たといえど、心の傷は深いはずだ。話によればアナスタシアがルームに籠る藤丸を迎えに行ったらしい。

 

「アンタはあたしやアストルフォみたいなサーヴァントじゃない。かといって魔術師でもない。立香と同じ本当の意味での普通の人間なんだ。だから……立香に一番寄り添えるのはきっとアンタなんだよ」

 

ブーディカは笑顔でそう言った。そして続けて言う。

 

「ま、もし、あんたが嫌ならあたしがその役やっても良いんだけど?」

 

冗談っぽく言うと、アストルフォがすかさず反応した。

 

「それならボクだっておじさんとパパ活したいよ!」

 

「……パパ活?」

 

聞きなれない言葉がアストルフォの口から出てきたが、この際気にしないことにした。母性溢れるブーディカなら母親のような包容力で藤丸を癒してくれるだろう。藤丸の母や姉を名乗る不審者……もといサーヴァントがカルデアにはいるが、父を名乗る不審者はいない。

 

「パニッシャー、キミとブーディカならマスターのパパとママになれるかもしれない!」

 

「「は?」」

 

アストルフォの発言にパニッシャーとブーディカの声がハモった。パニッシャーとブーディカの反応を見て、さも当然とばかりに言葉を続ける。

 

「パニッシャー、キミとブーディカが結婚してマスターを養子にすれば正式に親子として認められ……」

 

が、彼の言葉が終わらない内にパニッシャーはアストルフォの頭を素早くヘッドロックしつつ、拳骨で彼の脳天をグリグリしはじめる。

 

「痛だだだだだだ!?」

 

人間の拳骨などサーヴァントのアストルフォには痛くも痒くもない筈なのだが、そこは空気を読んでいるのだろう。

 

「アストルフォ~?ちょっとこっちに来なさい」

 

にっこりと微笑むブーディカだが、目が笑っていない。その微笑みを見たアストルフォの表情はみるみる青ざめていく。恐らくこれから何をされるのか理解したのだろう。

 

「ひえ!?ちょ……ちょっと待って……今食事中……いだだだだだっ!!」

 

有無を言わさずにアストルフォに電気あんまをするブーディカ。彼女の足がアストルフォの股間をグリグリと刺激する度にアストルフォが悲鳴を上げる。その様子をみた周りのサーヴァント達がドン引きしているのが分かる。どうやらいつもの光景のようだ。やがて悲鳴が途絶えるとアストルフォは気絶してしまったようでぐったりとしている。が、即座に立ち上がると涙目で抗議してくる。

 

「ヒドイじゃないかー!拳骨に電気あんまって虐待だよー!訴えてやるー!」

 

「へぇ……まだ足りないみたいだね」

 

ニッコリとした笑顔だが殺意に溢れた表情をするブーディカを見て、再び顔面蒼白になるアストルフォ。これ以上余計な事を言えば本気で殺られかねないので大人しく引き下がる事にした。

 

「ゴメンね。アストルフォはいつもあんな感じだから。悪気は無いんだよ」

 

パニッシャーの隣に座りながら苦笑いしながら話すブーディカ。彼女もまた、藤丸の事を気にかけているサーヴァントの一人だ。彼がマスターとしての務めを果たさず、虚像の両親と暮らしていた時も一貫して擁護していた。彼女がいなければ今頃どうなっていたか……想像するだけで恐ろしい。

 

「別に気にしていない」

 

「そう?ありがと。それより聞いたよ。初めての特異点の修正任務で沢山囚人を殺したって?」

 

ブーディカもジャンヌとマルタから囚人虐殺の事を聞いたらしい。確かにあの刑務所の囚人連中は更生の見込みのない奴等ばかりだった。だがだからといって殺した事に後悔はない。自分の選択に悔いはないのだから。

 

「それがどうした?」

 

ブーディカ:「いやさ、私も生前に結構人を殺してきたけど……いくら何でもやり過ぎじゃない?もう少し加減できなかったのかなってさ」

 

少し困ったように笑うブーディカだったが、彼女自身も生前にローマに対する反乱を起こした際にロンディニウムで大勢のローマ市民を殺している。兵士でさえない一般人さえ容赦なく手に掛けてきた彼女でも、パニッシャーのやり方には疑問があるのだろう。とはいえパニッシャーは普通に生きている人間を殺したりは決してしないのだが。

 

「俺は普通に生きている人間が死んで、悪に生きる人間が生を貪り続けるのが気に入らないだけだ。結局生きている人間だから、死んだ人間と違って未来があるから"人権"とやらが尊重されているんだろうよ。囚人共に殺された人間は未来さえも潰されたってのにな……」

 

そう言ってコーヒーを飲むパニッシャーの目はどこか遠くを見ているような眼差しをしていた。彼にとって悪人を殺す事はただの作業に過ぎないのだ。善人が殺されれば怒りを覚えるかもしれないが、罪人の命までは気にとめていないのである。と、そんな事を話しているとジャンヌ・オルタがパニッシャーの隣の席に座る。ブーディカと挟まれる形となったパニッシャー。

 

「面白そうな話をしてるじゃない、パパさん」

 

アストルフォと同じく、彼女もパニッシャーの事を藤丸の父親代わりと思っているのだろうか。まあ実際に父親と同じような役割をしているので否定しきれない。

 

「善人には生を、悪人には死をって考えはオルタの方のアルジュナみたいね。安易な二元論で生きていると、いつか足元を掬われるわよ?世の中そう単純じゃ無いわ」

 

そう言いながらコーヒーを飲むジャンヌ・オルタ。ルーラーの方のジャンヌとは違い、真っ向からパニッシャーのやり方を否定する事はしなかった。性格こそ捻ている部分があるが、根本がジャンヌなのでそこまで悪い人物ではないのかもしれない。

 

「だろうな。ただ、そういう連中に対して情をかけているから刑務所がパンク寸前なんだろ?人権尊重ってのも素晴らしいが何事にも限度があるんだ」

 

「あら、ご名答ね。ま、アナタのしている事は世間一般では大量殺人と呼ぶんでしょうけど」

 

パニッシャーがしている事は所詮は私刑なのだ。社会はそういった行為を認めてはいないし、現に元々いた世界ではパニッシャーは警察から犯罪者として追われている。殺す相手がマフィアやギャングといった無法者であろうと殺人は殺人なのだから。とはいえこの世界ではそのような法は存在しないので咎める者はいないだろう。ましてレイシフトによる特異点の修正でいちいち現地の法律を守っているわけでもない。しかしそれを差し引いてもパニッシャーが特異点であるサンクエンティン刑務所でやらかした囚人虐殺は目に余るものがあったのだが。

 

「あはは……でもまあ確かにあの数の囚人を殺すのはちょっとやりすぎかもね……」

 

確かに藤丸であればあの刑務所で虐殺など決して行わないだろう。悪に容赦なく死を与える苛烈なパニッシャーだからこそ成せる技なのかもしれない。

 

「でもアタシ個人としてはやっぱり嬉しいかな。アンタが立香を支えてくれることに。マスターとしては失格だろうけど、彼の"父親"としてならこれ以上ないぐらい頼りになるからね」

 

ブーディカの言葉に頷くジャンヌ・オルタ。彼女もまた同じ気持ちなのだろう。

 

「それじゃあ今後ともよろしくね、"パパさん"♪」

 

ジャンヌ・オルタはニヤけた顔で言う。明らかに揶揄われているようだ。

 

「その呼び方はやめろ」

 

「どうしてよ?別に良いじゃない、呼びやすいんだし」

 

暫くの間はカルデアのサーヴァントから"パパさん"や"お父さん"と呼ばれる事が続くだろう。

 

「それで、ブーディカとの挙式はいつになるの?」

 

アストルフォが先程言った言葉を聞いていたのだろうか、ジャンヌ・オルタも冗談めかしで聞いてくる。彼女の言葉にブーディカは流石に困った顔で注意してくる。

 

「こらっ!アストルフォが言った事を真に受けないの!」

 

どうやら彼女は本気で怒っているようで、顔が赤くなっていた。それを見たジャンヌ・オルタはケラケラと笑う。周囲のサーヴァントもブーディカたちのやり取りを微笑ましそうに見ていた。




パニッシャーさんとブーディカママって境遇が似てるような……?


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番外編 ④ 英雄王とアルビオンの竜

英霊イコール現代的な考えを持つヒーローってわけじゃないですからねぇ。


その日はシミュレータールームでパニッシャーは模擬戦をしていた。元々戦闘力自体、普通の人間の中では最高峰と言われているのでサーヴァント相手にどこまで戦えるのかの実験も兼ねていた。相手はサーヴァントであり戦乙女のブリュンヒルデ。模擬戦の相手にしては強すぎるように感じたが、肝心のブリュンヒルデもダ・ヴィンチから手加減するようにと念を押されているので問題は無さそうだ。シミュレーションの設定は荒野となっており、障害物がほとんど存在しないフィールドであった。パニッシャーは持てる身体能力をフル活用してブリュンヒルデの攻撃を回避していく。彼女も相応に加減しているとはいっても流石はパニッシャーといったところか。

 

「凄いですね……私の攻撃をこうも回避できる人間は初めてです」

 

感心するブリュンヒルデだが、まだ余裕があるらしく表情に余裕が見られる。対するパニッシャーの方は若干息が上がっているものの、まだまだやれるといった感じだ。普通の人間がサーヴァントである自分の攻撃を避けられ続けている事が驚きなのであろう。

 

「そいつはどうも」

 

再び攻撃を避けつつパニッシャーは会話する。元いた世界で多くのヒーローやヴィランと戦い慣れているお陰で、サーヴァントともこうして模擬戦ができるのだ。常人である自分が超人だらけの世界で戦えているのも不思議な感覚だが。とはいえあくまでブリュンヒルデは加減をしてくれているだけで、彼女がその気ならとっつくにパニッシャーは命を刈られている。

 

「お前達サーヴァントっていうのは自分を召喚したマスターの命令に従うんだろう?」

 

唐突にパニッシャーはブリュンヒルデに尋ねてくる。何故そんな質問をするのか理解できない彼女であったが、素直に答える事にした。

 

「はい、そうですが……?」

 

質問の意図を理解出来ずに困惑するブリュンヒルデだったが、すぐに理由を理解する事になる。

 

「それなら召喚したマスターがとんでもない悪党でもソイツの命令には従うってことか?」

 

「それは……はい、その通りです」

 

一瞬戸惑いを見せたブリュンヒルデだったが、直ぐに納得がいったような表情になって答える。マスターがいなければサーヴァントは現世に留まっている事ができないのが理由である。マスターとはサーヴァントをこの世に留めておく為の要石の役割をしており、そのマスターが消えれば必然的にサーヴァントは退去する事となる。加えて令呪という絶対命令権を持つのであればマスターの命には従わざるをえないのだ。

 

「お前さんもマスターの命令なら、聖杯戦争に関係のない女子供も手にかけられるのか?」

 

ブリュンヒルデに尋ねるパニッシャーの表情は真剣なものだった。

 

「……命令であれば……実行します」

 

ブリュンヒルデの表情もまた真剣だった。パニッシャーが何故こんな質問をしたのか意図が分からないものの、サーヴァントとは基本的にマスターあっての存在。ならその命令には基本的に従うのであるが、無辜の民を害する事に敏感なパニッシャーは眉を潜める。

 

「そうかい、ならお前さんはそんな行為すら平気でするわけだ」

 

吐き捨てるように言うと、軍用ナイフを抜いてブリュンヒルデに向かって行く。しかしブリュンヒルデはその攻撃を受け流し、カウンターを放つ。パニッシャーも即座に反応し、防御体勢を取ってダメージを最小限に留める。しかし衝撃までは殺しきれず、後方へと吹き飛ばされる。そこに追撃を仕掛けようと突っ込んでくるブリュンヒルデだったが、パニッシャーは地面を転がって避けて距離を取ろうとするが、ブリュンヒルデの槍の切っ先を突き付けられる。

 

「マスターの命令であれば、それに従うのがわたしのようなサーヴァントですから」

 

あくまでも自分はマスターの指示に従っているだけと淡々と語るブリュンヒルデ。しかしその表情からはどこか悲しさを感じさせるものがあり、彼女自身もこのやり方に疑問を抱いているのかもしれない。しかし今の彼女の言葉を聞いたパニッシャーは眉を吊り上げる。

 

「人としての道を平然と踏み外して、普通に生きている人間を命令だからと言って殺すのがお前さんがたのやり方か?」

 

まるで責めるような口調のパニッシャーにブリュンヒルデは少しムッとした表情になる。

 

「それがマスターからの命令である以上、私達はそれに応じるだけです」

 

そしてそのまま話を続ける。

 

「そもそもあなたは先程から私達に対して失礼です。確かに私はあなたが言うようにマスターの命令で無辜の民を殺める事もありますし、時には善良な市民を手にかける事もあります。ですがそれはすべて主からのご指示なのですから仕方のない事でしょう?」

 

ブリュンヒルデの言い分も最もであり、サーヴァントという存在自体が英霊の影法師であるのだから。

 

「お前さんにも譲れない部分ってのはあるんだろう?ならそんな譲れない部分ですらマスターの命令で曲げるのか?」

 

「それは……」

 

先程まで無表情を貫いていたブリュンヒルデだったが、ここに来て初めて動揺を顔に表した。

 

「聖杯戦争自体が魔術師の……ひいては召喚されるお前達サーヴァントの願望を叶えるための儀式だ。別に正義や平和の為に召喚されているわけじゃないってのは俺も理解してる。だが……」

 

パニッシャーは微かに動揺しているブリュンヒルデの隙を突いて素早く起き上がると、彼女の額に銃口を突き付ける。

 

「それでも普通に生きている市民に手をかけるんならその時点で”悪"だ……!聖杯戦争で願いを叶える為に戦っているお前等からすりゃ単なる背景に過ぎないんだろうが、俺達にとってはそういう風に割り切れるものじゃないんだ……!」

 

銃を突き付けられても動じないブリュンヒルデだったが、少し目を伏せて口を開く。

 

「あなたの言いたい事は分かります。ですが……」

 

彼女の言葉を遮るようにパニッシャーは更に語気を強めて言う。

 

「ああ、分かるさ。サーヴァントだから、聖杯戦争だから、マスターの命令だから仕方なく、だろ?けどな、それは言い訳にしか過ぎないんだよ。どんなに言い繕ったってお前さん達がやっていることはただの人殺しだ」

 

「……」

 

反論する言葉を持たないのか、ブリュンヒルデは黙って聞いている。

 

「俺からすればお前さん達の方がよっぽど”悪人”だよ」

 

『パニッシャー君、模擬戦でブリュンヒルデと喧嘩しちゃ駄目だよ~』

 

スピーカーからダ・ヴィンチの声が流れてくる。どうやらシミュレータールームの様子はモニタリングされているらしい。

 

『キミがサーヴァントがあまり好きじゃないのは知っているけど、あんまり喧嘩を売らないでね?』

 

ダ・ヴィンチはやんわりとパニッシャーを注意する。パニッシャーはアストルフォやジャンヌに対しても、先程ブリュンヒルデにしたのと同じ質問をしたが、両者はブリュンヒルデとは異なり無辜の民に手をかけるような事はしないとキッパリ言い切った。少なくともマスターの命令に盲目的に従うようなサーヴァントではない事が分かったものの、ブリュンヒルデは二人とは違うようだ。

 

「あなたの言う通りかもしれません……だけど私はサーヴァントである以上、命令に従わなければならないのです……これはもうどうしようもない事なんです……あなたには分からないかもしれませんが……」

 

悲しげに話すブリュンヒルデを見て、彼女の言葉に嘘偽りがない事は理解できた。サーヴァントという存在の悲しい性なのであろう。誰もがアストルフォやジャンヌのような考えではないのだから無理もないが。悪人や犯罪者には冷酷極まりないパニッシャーではあるが、少なくともサーヴァントの存在そのものを悪と見ているわけではない。確かに悪逆非道を極めたようなサーヴァントもいるが、善性の塊のような者もいるのだ。

 

「物事を善悪だけで判断する貴方のやり方は間違っています」

 

ブリュンヒルデの言葉に何も言えず、パニッシャーはただ黙っているだけだった。

 

「人理を修復する使命を背負っているカルデアのマスターは、物事を柔軟に捉える事が重要なのです。このカルデアに召喚されたサーヴァントの中には、異聞帯でマスターである藤丸立香を始めとするカルデアと刃を交えた者も多い。ですが敵であった彼らも今ではカルデアの重要な戦力として召喚されている。自分の中にある善悪だけで彼等を断罪してはいけません」

 

そして優しく諭すように語り掛けるブリュンヒルデ。しかしそれを聞いてもパニッシャーの表情は険しいままだった。

 

「貴方の悪に対する強い憎悪は、カルデアのマスターとして戦う上で必ず障害になるでしょう。激しい怒りを原動力に行動し続ければ、いつか身を滅ぼします」

 

そしてパニッシャーの顔を真っすぐ見つめながらこう告げる。

 

「生前の私もそれが原因で過ちを犯しましたから……」

 

ブリュンヒルデの生前についてはパニッシャーは知らないが、少なくとも彼女の表情を察するに相当な事を起こしてしまったのであろう。カルデアに召喚されたサーヴァント達は確かに生前は英雄として名を馳せた者が多いが、神代や古代、中世は現代とは大きく価値観が離れている。そしてそんな時代で英雄となったのだから、現代的な考えとは相容れない者も多い。現代の法律など昔の時代の英霊からすれば知ったことではないのだろう。目の前のブリュンヒルデだとて北欧神話の時代を生きた戦乙女だ。それでも彼女自身は慈悲深い性格なのだが。パニッシャーとブリュンヒルデは気まずい空気のまま模擬戦闘を切り上げ、シミュレータールームを出た。

 

 

*******************************************************

 

 

 

サーヴァントは所謂”正義の味方"ではない。彼等が召喚される聖杯戦争は自分の願い、ひいてはマスターの願いを叶える為に現世へと現れ、そして戦う。民衆の為でもなければ社会の為でもない。自分の願いか、マスターの願いか、或いは戦う事だけが望みなのか、あくまで分を召喚したマスターに尽くすのか。聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは大体がこれに大別されるようだ。無論、彼等とて悪戯に聖杯戦争が開催される町で暴れたいわけでもないだろうが、サーヴァント同士の戦いである以上、どうしても被害は避けられない。いずれにせよ民間人に気を使って戦うサーヴァントは少数であり、その他大勢のサーヴァントは被害が出るのもやむなしと考えている節がある。パニッシャーはカルデアのサーヴァント達に対して「マスターの命令であれば女子供でも簡単に殺せるのか?」、「聖杯戦争で起きる被害については仕方ないと考えているのか?」と尋ねた。アストルフォやジャンヌといった善性の高いサーヴァントはマスターの命令であろうとも無辜の民を傷付けたり命を奪う事を良しとしないようだ。

 

 

だが誰もがこの二人のような考えではない。悪人ではないにしてもマスターの命令であれば躊躇なく市民の命を奪うサーヴァントも少なくないのだから。そういった連中もいる事を強く意識していたにも関わらず、目の前に現れたサーヴァントを見ると頭が沸騰しそうになる。暗闇であろうとも放たれる輝きで周囲を照らせるであろう黄金の鎧、そしてその鎧に負け劣らずの輝きを持つ逆立った金髪。傲岸不遜、尊大、居丈高が人の形を取ったような男……英雄王ギルガメッシュがパニッシャーの前に現れたからだ。新たなカルデアのマスターとなったパニッシャーに興味を抱いたのであろうか、値踏みするような視線で見てくる。だがパニッシャーは目の前のギルガメッシュを前にして思わず言葉を零してしまう。

 

「……子供の生み出す魔力よりはこのカルデアから供給される魔力の方が美味いんだろう?」

 

パニッシャーが何の事を言っているのか理解できないギルガメッシュは怪訝な表情を浮かべる。パニッシャーは構わず続ける。

 

「干からびた子供から齎される魔力で上手い空気を吸って生活していた時の事は覚えちゃいないか」

 

「何の話をしている?」

 

サーヴァントは基本的に記憶を座から引き継ぐ事はできない。並行世界を問わずに召喚されるサーヴァントは基本的に別の世界での事は覚えていない。だがパニッシャーはそんな事は関係ないとばかりに言葉を続ける。

 

「あの時教会でお前はアイツに何て言ってやがったかな……"あれは我に捧げられた供物だ、それ以外の何物でもない"だったか?いずれにせよそのツラをまたこうして拝めるなんて願ってもない」

 

パニッシャーの身体からは明確な殺気が溢れている。サーヴァントとして召喚されたギルガメッシュと戦った事があるのだろうか。しかし目の前のギルガメッシュはパニッシャーの事など覚えていないギルガメッシュは自分に敵意を向けるパニッシャーに対し、その真意を問う。

 

「貴様……何の話をしているのだ?我が貴様と会っているとするならば、恐らく別の聖杯戦争で召喚された我であろうよ。覚えてもいない事で我に殺意を抱く事の意味……理解できておろうな?」

 

ギルガメッシュの背後の空間からは様々な武具の先端が顔を覗かせている。宝具である『王の財宝』だ。ギルガメッシュは相手が生身の人間であろうと容赦するような男ではない。ましてやパニッシャーはギルガメッシュに対して明確な殺意と敵意を抱いているのだから。パニッシャーもホルスターから銃を抜いて臨戦態勢に入る。しかし勝負の結果は誰の目から見ても明らかだった。

 

「カルデアで召喚されても、貴様のその本性は変わっちゃいまい。なら俺が強制退去させてやるよ」

 

「思い上がるな雑種が!!」

 

直後、金色の光が弾けたかと思うと無数の宝具が撃ち出され、それが壁となり、天井となった。逃げ場はない、いや逃げるつもりもない。何故ならここで死ぬつもりはないから。が、パニッシャーの身体を抱えて打ち出された『王の財宝』を回避したサーヴァントがいた。体重100キロを超えるパニッシャーを軽々と片腕で抱えながら財宝による暴雨の間隙を掻い潜って回避したのはメリュジーヌだ。並みのサーヴァントでは回避どころか迎撃すらも困難な『王の財宝』を人一人を抱えた状態で躱してのけたメリュジーヌの技量とスペックは目を見張るものがある。

 

「メリュジーヌ……」

 

「無事かいパニッシャー?怪我とかしてない?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

が、ギルガメッシュは乱入してきたメリュジーヌに苛立っている様子だ。

 

「邪魔をするな蜥蜴が。身の程を弁えろ」

 

だがメリュジーヌは全く動じていない。そして静かに反論する。

 

「悪いけどそれは聞けないね。彼が死んだらマスターが悲しむから」

 

メリュジーヌも一歩も引かない様子を見せる。英雄王ギルガメッシュとアルビオンの竜たるメリュジーヌがぶつかれば最悪カルデアが滅びかねない。まさに一触即発の空気が流れる中、慌ててダ・ヴィンチとマシュが駆け寄って来る。恐らく今の騒ぎを聞きつけたのだろう。二人はメリュジーヌとギルガメッシュの間に入り、必死で宥める。

 

「お、落ち着いて英雄王!君が本気ならパニッシャー君が死んじゃうよ!ここは冷静になろう!」

 

「め、メリュジーヌさんも喧嘩はよくありません!お願いします、どうか抑えてください!」

 

二人の必死の説得により、どうにか矛を収める事に成功した。ギルガメッシュとメリュジーヌの喧嘩など考えただけで恐ろしい。

 

「ふん、命拾いしたな雑種。だが今度我に不敬を働こうものならその時は塵芥すらも残らぬと思え」

 

そして何事もなかったかのようにそのまま去っていった。

 

「パニッシャー君!幾ら何でも命知らず過ぎだよ!相手はあの英雄王ギルガメッシュだよ!?」

 

「そうだよ、もう少し考えて行動しないと。僕が来なかったら間違いなく彼の宝具で串刺しにされていたよ」

 

ダ・ヴィンチとメリュジーヌから説教を食らったパニッシャーはつまらなそうな顔をしてその場を立ち去った。




ナイジェル……グズルーン……う、頭が……!


とりあえずギルとメリュ子の戦いを見たい人って多いのかな?(^_^;)
メリュ子を蜥蜴呼ばわりとは流石ギル


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番外編⑤ 妥協と譲歩

久しぶりの投稿!ペーパームーンクリアしてようやく製作意欲が高まってきましたw


広々とした大浴場は湯舟から立ち昇る湯気によって視界が曇っており、まるで雲の中を漂っているかのような感覚に陥ってしまう。こうして大浴場を貸し切り状態にしている形で入る湯舟は実に心地よいものだ。特にここ数日間立て続けにトラブルに巻き込まれ続けた事もあり、こうして何も考えずにのんびりと過ごせる時間はとても貴重である。この貴重な時間を存分に堪能しなければ勿体ないというものだ。ノウム・カルデアの使命は何もまっさらな状態になった地球を元通りにするだけではない。人類の歴史の流れに発生するイレギュラー……特異点の修正までしなければならないのだ。

 

 

任務には何日も時間を要するのも珍しくなく、彷徨海に帰って来たと思ったら翌日にはまた別の時代に発生した特異点の修復任務に赴かなければならない事もザラだ。おまけに今の地球は白紙化しており、世界に存在していた娯楽なども綺麗サッパリ消えている。休暇で外の世界に行くという事も出来ないのを考えると、こうした大浴場のような福利厚生を充実させなければ到底やっていけないだろう。おまけにノウム・カルデアには生きている人間よりもサーヴァントの方が圧倒的に多い。シミュレータールームを用いて街や環境を再現してそこでバカンスや遊びを満喫しているサーヴァントも珍しくなく、藤丸やマシュも彼等の遊びに付き合っている。パニッシャーは藤丸と一緒に湯舟に入り、隣にいる藤丸は頭にタオルを乗せて極楽気分でいる。

 

「あ~、気持ちいい……」

 

「いい湯だな」

 

そう言ってぼんやりと天井を眺める。濃い湯気に覆われていて上まではあまり見えないが、それでも心地良さは変わらない。任務から離れれば年相応の青年のように気の抜けた顔になってしまう。

 

「日本の文化には慣れないが、銭湯ってのは意外といいもんだな」

 

アメリカ人である自分にとって風呂と言えばシャワーしか存在しないし、湯船に浸かるという習慣はあまりない。しかし日本人にとってはそういった物も大事なのだろう。現に藤丸はこうしてリラックスしながら入浴を楽しんでいるのだから。

 

「でしょ?こうやってゆっくりくつろぐ時間が大事だと思うんだよね。毎日が忙しいからさ、こういう機会がないと疲れが取れないっていうか……」

 

言いながら顔を綻ばせる少年の表情はとても微笑ましいものがある。ノウム・カルデアには3桁にも昇るサーヴァントがいるが、彼等のマスターである藤丸の身はたった一つだ。幾らサーヴァントの数を増強して戦力を充実させても藤丸が死ねばそれまで。パニッシャーにもマスター適正とレイシフト適正があったからこそ藤丸に続く第二のマスターとなれたわけだが、性格や気質の問題からかサーヴァントの面々とは中々上手く行っていない。最初の特異点修正任務ではジャンヌとマルタに所業を咎められたし、カルデア内のサーヴァントにもパニッシャーが行った囚人への虐殺行為は知れ渡っている。それ故に中々パニッシャーと契約してくれる者が現れない。ダ・ヴィンチやマシュが契約してくれるサーヴァントを見繕ってくれるとは言っていたが……。その時大浴場の扉を開ける音が聞こえた。自分と藤丸の二人しかいないから貸し切り気分でいただけで、大浴場自体は開放されているのだ。足音からして二人だろう。湯気が濃いので姿が視認できないが誰と誰が来たのだろうか。

 

「ん?誰か入ってきたね」

 

藤丸は湯気の向こうから来る二つの影を見る。誰が来たのか気になる藤丸は目を凝らした。そして湯気から現れた二人の姿を見た瞬間に思わず変な声を上げてしまう。

 

「え?」

 

現れたのはバーヴァン・シーとモルガンだった。この大浴場は時間帯によっては混浴となるのを思い出す藤丸。が、藤丸は二人の恰好を見て顔をみるみる内に赤らめる。大浴場に来た二人は身体にバスタオルすら巻いていないのだ。身体を拭くタオルは手に持ってはいるものの、自分の肢体を惜しげもなく晒している。

 

「お、ザコ。お前も入ってたんだな」

 

バーヴァン・シーは湯舟に浸かりながら自分とモルガンを見ている藤丸を見て笑いながら言う。その視線はまるで獲物を見つけた蛇のようだ。

 

「何も驚くことないでしょ。この時間帯は混浴なんだから」

 

確かにそうだが……こうも堂々とされるとこちらが恥ずかしくなってくる。藤丸は顔を逸らして必死に彼女達を見ないようにしている。

 

「ちょ、ちょっと!せめて前ぐらい隠してよ!」

 

顔を真っ赤にしながら叫ぶ藤丸。しかし、そんな彼を嘲笑うかのようにバーヴァン・シーが言う。

 

「は?別に隠す必要なんてないじゃない。ってかアナタって意外とウブなのね」

 

そう言って妖艶な笑みを浮かべるバーヴァン・シー。その仕草はとても色っぽく、大人びていた。彼女は自分の美しさを自覚しており、それを最大限引き出す術を心得ているようだ。バーヴァン・シーの肌は白く、その白い肌と彼女の血のように赤い髪の毛がコントラストになっている。胸は大きい部類であり、両腕を使って胸を強調してくる。見ているだけでマシュマロのように柔らかい感触を想起させられるようだ。明らかに彼女は自分の胸を見せつけて藤丸を挑発している。

 

「ねえ、どうなのさ?興奮しちゃった?あはは、変態じゃん」

 

藤丸は挑発してくるバーヴァン・シーの方を見ないようにしており、彼女はそんな藤丸を見てケラケラと笑っている。が、彼女の隣にいたモルガンはバーヴァン・シーを諫める。

 

「バーヴァン・シー、あまり虐めるのはやめなさい」

 

「ちぇ~」

 

バーヴァン・シーも母であるモルガンに注意され、渋々と言った様子で挑発行為を止める。モルガンの肢体は正に芸術品と呼んでも過言のないものだった。陶器のように滑らかな肌と娘であるバーヴァン・シーに劣らない程の白い肌。細くしなやかな腕や脚。豊満ながらも引き締まった身体。人間のモデルでもここまで目を奪われてしまう程の身体の持ち主はいまい。地面にまで到達するかと思うほどの長い銀髪を後ろに束ねており、視線を下に移せば女性としての証がしっかりと縦に刻まれていた。霊衣を脱いで真っ裸になっても妖精國の女王としての威厳と存在感は消えていない。モルガンは美しい水晶のような双眸でパニッシャーと藤丸を見つめている。藤丸は恥ずかしさのあまり顔を逸らしているのでモルガンの裸体は見ていないが、パニッシャーはバッチリと見ている。マスターの藤丸に見られるのではなく自分に見られているという状況に機嫌を悪くしているのでは?とパニッシャーは思ったがこちらを見つめてくるモルガンの瞳を見れば蔑みや不満の感情は無いように感じ取れた。

 

「……せめて身体にタオルぐらい巻いてこい。この子はまだ未成年だぞ?」

 

パニッシャーは青少年である藤丸にとって刺激が強すぎるであろう裸体を晒しているモルガンとバーヴァン・シーに注意をする。パニッシャー自身は一糸纏わぬ姿の二人を前にしても冷静だった。

 

「……隠す必要はありません。隠さなければならない恥ずかしい部分など私にはありませんから」

 

「そうそう、見られて困るようなもんじゃないでしょ?」

 

バーヴァン・シーは意地の悪い笑みを浮かべ、わざとらしく自分の身体を抱き締めて見せ、わざと胸の谷間を強調する。それを見たパニッシャーは頭を抱えた。

 

「未成年者に対する性的な誘惑はNGだ。直接手を出さなくても目の前で裸になるのも立派な性的虐待に入るぞ?」

 

人間社会のルールや倫理など妖精である目の前の二人が理解してくれるとは思えないが、とりあえず警告だけはしてみる。妖精國の女王として君臨してきたモルガンに言った所で納得してくれるかは不明だが……。

 

「汎人類史のルールですか……。残念ながら我々が聞く義務も従う義理もありません。妖精という種族である私達に人間社会の道徳や倫理を説いた所で無駄だと理解できるでしょう?」

 

やはりというか流石は妖精國を2000年支配してきた女王だ。汎人類史のルールや法律など糞くらえと言わんばかりの態度。人間社会の倫理観は妖精には通じないと薄々理解していたつもりだが、モルガンは格が違う。まさに唯我独尊といった所だ。

 

「それに私もバーヴァン・シーも、タオルで隠さなければならない程の卑しい身体はしていないつもりですが……?」

 

確かに現在の地球は白紙化している上に国家や国連も纏めて消失している以上、法律などあってないようなものなのだが……。藤丸はモルガンの裸体が気になるのか、チラチラと覗いてしまっている。未成年故に女性の身体に興味を持ってしまうのだろう。

 

「あ!ザコがお母様の身体をジロジロ見てる!」

 

バーヴァン・シーは意地悪そうな笑みを浮かべてモルガンの裸体をチラ見しちえる藤丸を揶揄う。すると藤丸は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「おいおい、そんなウブな反応するなよ。マジでキモいからさw」

 

バーヴァン・シーはクスクスと笑いながら、からかい続ける。パニッシャーは二人の暴走ぶりに溜息を漏らす。仕方ないから藤丸と一緒に湯舟から出る事にした。

 

「立香、出るぞ」

 

パニッシャーは藤丸を湯舟から立たせる。

 

「あ、タオル!」

 

藤丸は湯舟に落ちたタオルを拾い上げ、自分の股間を隠した。が、バーヴァン・シーは藤丸が立ち上がった瞬間に彼の股間の部分を見たようで、タオルで股を隠す藤丸を見て大爆笑している。

 

「ぷっ!!コイツ勃ってるじゃん!ダッセー!!」

 

バーヴァン・シーは大声で笑い、指をさしてゲラゲラと笑う。彼女は藤丸を馬鹿にしているが、そもそも全裸でやって来たのはバーヴァン・シー自身である。

 

「私とお母様のハダカを見てチ〇ポビンビンにおっ立ててるなんて……マジ変態だわ」

 

バーヴァン・シーは自分の体を抱き締めてクネクネしながら、さらに煽るような発言をする。パニッシャーは付き合ってられないという風に藤丸を連れて二人から離れていく。

 

「おい、オマエ。股にデカチンぶら下げてる癖して全然勃ってないのな。お母様の股とか胸とかガン見していた癖によぉ」

 

バーヴァン・シーはパニッシャーにまで挑発をしてくる。が、パニッシャーは所詮ガキの戯言と切って捨てて藤丸と一緒に大浴場を出ていく。藤丸には大変刺激的な時間だったが、彼には真っ当な恋愛をしてもらいたいので痴女がいる空間から引き離さなければならない。最も、バーヴァン・シーはまだしもモルガンは悪意があってやっているわけでもなさそうだったが。

 

「俺は別にあのままいても良かったんだけど……。流石にちょっと刺激的ではあったけどね……」

 

藤丸は浴場でのモルガンとバーヴァン・シーの裸体を思い出しているのかまだ顔を赤らめている。年頃の男の子である藤丸が色香に塗れた女の全裸を見たのだから、刺激的どころの話ではない。パニッシャーが連れ出していなければ間違いなく手を出されていただろう。……モルガンやバーヴァン・シーが強姦紛いの行為をするとは思えないが未成年者への影響を考慮して藤丸を引き離す事を選んだ。藤丸にはあの二人ではなくマシュがいるだろう。

 

「ダメだ。あいつ等は痴女、それが事実だ。いいな?分かったな?」

 

「う、うん……。わかった」

 

納得していないような藤丸だが、渋々と頷いた。

 

 

*********************************************************************

 

 

 

大浴場で汗を流したパニッシャーはさっぱりした気分で廊下を歩いていた。自分と契約してくれるサーヴァントを探さないといけない。双方が同意の上で契約をしなければならないのだが、自分を受け入れてくれる英霊はいるのだろうか?ヴィランや犯罪者を始末するというやり方を受け入れ、気にしないというサーヴァントがいるとすればそれは混沌・悪、或いは中立・悪といった碌でもない連中だ。そういった輩と契約して共に行動しようものなら背中に銃口を突き付けてトリガーを引きたいという強烈な衝動に襲われる事となるだろう。生前が大悪人という英霊も珍しくないカルデアで、自分に合う者を探すのは中々骨が折れた。エルキドゥ……或いはエミヤ辺りだろうか?それともメリュジーヌ?いや、彼女は藤丸にぞっこんであり、自分と契約はしてくれないだろう。そして悩んでいる自分を脅かそうと後ろから近づいてくるサーヴァントに気付かないパニッシャーではない。

 

「アストルフォ、その手には乗らんぞ」

 

そう言いつつ振り返ると、アストルフォが満面の笑みで立っていた。三つ編みにしたピンク色の長い髪をいじりながらパニッシャーに挨拶してくる。元気いっぱい、といった感じである。

 

「やあ、パニッシャー!今からボクやブーディカとシミュレータールームに行かない?」

 

屈託のない笑みを見ているとこちらまで明るくなってくるようだ。彼はいつも笑顔を絶やさない子だ。

 

「悪いが遠慮しておく。俺は忙しいんでな」

 

「えー、どうして?もしかして契約相手探し?」

 

「あはは、そういう事ならアタシ達も手伝ってあげようかな?」

 

アストルフォの後ろからブーディカも来る。まさかこの二人が自分と契約してくれるとでもいうのだろうか……?パニッシャーは一瞬そんな考えが頭をよぎる。しかしこの二人が悪人に対する苛烈な制裁を率先して行う自分についていけるのかどうか甚だ疑問だ。先日の特異点の修正任務のジャンヌとマルタのように、やり方や主義が合わないマスターとサーヴァントでチームを組んでも衝突からの喧嘩別れが関の山。何よりアストルフォとブーディカは善性の強いサーヴァントである。そんな二人を自分流の戦いに付き合わせるのは気が引けてしまう。

 

……しかし、それでも誘ってくれた事は嬉しい。せっかくだから言葉に甘えてみるのも悪くはないだろう。二人の好意に甘え、パニッシャーは二人と一緒にシミュレータールームに行く事にした。パニッシャーはブーディカとアストルフォの二人とシミュレータールームへと向かうが、それにしてもこのアストルフォの人懐っこさは天性のものだ。過激なやり方を平然とやってのける自分に対してもこうして親しげに付き合ってくれるのだから。アストルフォも藤丸に負けず劣らずの善性の持ち主である事は間違いない。その純粋でまっすぐな心が羨ましい、と思った。

 

「何ならボクが契約してあげてもいいよ?」

 

冗談半分で言っているように見えても、理性蒸発を体現したこの少女(?)は割と本気で言っているようにも聞こえてしまう。パニッシャーやブーディカもそれに同意するかのように頷いている。

 

「ジャンヌやマルタの奴から聞いてるだろ?俺は微小特異点の刑務所で大勢の囚人を殺したんだ。そんな頭のおかしい殺戮者の俺と契約してもお前さんが嫌な思いをするだけだ」

 

パニッシャーは隣を歩くアストルフォの頭を撫でながら言う。アストルフォは気持ちよさそうに目を細める。

 

「ううん、全然気にしないよ。だってそれって必要な事だったんでしょ?それなら仕方ないじゃん。それよりさ、キミの事もっと教えてよ」

アストルフォは屈託のない笑顔でそう言った。"必要な事"……とはいうが曲がりなりにも協力者の囚人さえ殺したパニッシャーの行為を仕方ないで割り切ってしまうのはどうかと思った。そもそも善性の高いアストルフォなら凶悪犯といえども殺生は好まないだろう。それなのにここまであっさりと納得されてしまうのは少し意外でもあった。

 

「あたしもアストルフォもアンタのやった事ぐらいは知ってるよ。その上で、アンタが悪い奴だとは思ってない」

 

「いや、俺は悪い奴だ。受刑者を裁判の判決も無しに殺すんだぞ?こんな俺が悪い奴じゃないだなんて、ちゃんちゃらおかしくて笑ってしまうだろう」

パニッシャーは自嘲気味に笑った。自分は今まで数え切れないほどの人間を殺してきた。相手は世の中に害悪しか振りまかない犯罪者、無辜の民を食い物にする極悪人、弱者を殺す殺人者……数えきれない程殺してきた。

 

「でも、それでもあんたはあたし達を助けてくれるじゃないか。それは、悪いことなのかい?」

 

ブーディカは微笑みながらパニッシャーに語りかけた。

 

「それにさ、あたし達のマスターを……藤丸立香をあんなに気に掛けてくれてるじゃないか」

 

そう言って、ブーディカは微笑んだ。その言葉に、その表情に嘘偽りはなかった。ブーディカの言葉を受けて、パニッシャーはふと気付いた。

 

(そうか、こいつは俺の事を認めてくれているのか。そして、俺もこいつの事が気に入っている。何だか、照れくさいな)

 

そう思いつつも、心はどこか暖かかった。

 

「それに……あたしの方がよっぽど極悪人だよ?あたしがまだ生きていた頃にあたしは……」

 

ブーディカは笑みを浮かべつつもどこか暗い雰囲気を纏いつつ自分の生前を語ろうとするものの、アストルフォが後ろから声をかけてきた。

 

「シミュレータールームで二人の新婚旅行の場所を再現できるね!」

 

ぶち壊してくれた……理性蒸発騎士はものの見事にブーディカのシリアスな雰囲気をぶち壊した。

 

「あ、ああ……そ、そうだね!……って何が新婚旅行よ!」

 

ブーディカは動揺しながらもアストルフォを怒鳴りつける。

 

「えー、二人って何か相性良さそうじゃん。お似合いだと思うんだけどなー」

 

「アンタはいきなり何言ってるのさ!?ほら、さっさと行くよ!」

 

ブーディカはアストルフォの頬を引っ張りつつ、彼女(?)をズルズルと引きずってシミュレータールームへと向かう。

 

「痛い痛い!!冗談だって、冗談!!」

 

「ったく、この子はホントにもう……」

 

ブーディカは呆れながら、アストルフォを引きずり続ける。

 

「わーん、痛いよブーディカママァ~」

 

「……やれやれ」

 

アストルフォの頬を引っ張りながらシミュレータールームへと向かうブーディカの後を付いて行くパニッシャーは顔に手を当てながら呟く。

 

 

 

**************************************************************

 

 

――――所詮仮想空間。

 

 

そう言い表すのは個人の自由ではあるが、そんな言葉を吐き出せる人間は余程感受性に欠けているか、現実の出来事や光景しか受け付けない体質なのであろう。仮想現実を構築しているとはいえどそのリアリティたるや本物そのもの。照り付ける明るい陽射し、肌を撫でるように吹く微風、青々とした草が覆い茂る原っぱ、草木を揺らす心地良い葉音、鼻腔に滑り込む自然の匂い。この中で暮らすサーヴァントは少なくないとは聞くが、これならば定住している者が現れてもおかしくはあるまい。殺風景なカルデア本部とマイルームばかりを見続けては精神が先に参ってしまう。

 

 

長期間太陽の光を見ない生活を強いられては人間の活動上好ましくないのだ。そんな生活に楽しみを与えてくれるのがこのシミュレータールームだ。訓練に使うも良し、休息に用いるのも良し、暮らすのも良し。商用に転用すれば世の技術に革命を起こせそうなものだが、そこは神秘の秘匿の関係上NGである。一般社会に魔術を用いた技術を流出させるなど協会が許さないであろう。アストルフォ、ブーディカと共に公園の遊歩道を歩いて散歩するパニッシャー。アストルフォは元気一杯に先を歩いている。一方、ブーディカは時折後ろを振り返り、パニッシャーが付いて来ているかを確認している。そうして歩いている内に、三人は丘へと辿り着く。丘からは広大な草原を見渡す事ができ、地平線の彼方まで続く緑の絨毯が目に入る。遠くの方には湖も見え、幻想的な景色が広がっている。

 

「ほら!見てよあれ!」

 

そう言いながら指差す先には川があり、その先には小さな町が見える。流石にシミュレータールームの面積を考えて街を丸々再現するのは無理があるだろう。魔術を用いて空間を拡張しているとはいえどこかで限界が来てしまう。遠くに見える街は立体映像であろう。それでも外の世界と何一つ変わらない景色にパニッシャーは感心していた。そしてパニッシャーとブーディカは芝生の上に腰を降ろして座り込んだ。アストルフォは川の方に向かい、泳いでいる魚を眺めている。無邪気な子供のような姿にパニッシャーも頬が緩む。

 

「ねぇ、このカルデアにいるサーヴァント達の事をどう思う?」

 

ブーディカが隣にいるパニッシャーに質問してくる。このカルデアに新入りのマスターとして入って来たはいいものの、どうしても性格上の問題で何人かのサーヴァントとトラブルを引き起こした事がある。その度にダ・ヴィンチやマシュが仲裁に入っているのだが。生前は血生臭い戦乱の時代を生きていた英霊でもこのカルデアにいる以上は必要以上に争う事はないのであるが、マスターの立場であるパニッシャーが問題を起こしているのだ。

 

「……全員と仲良くするのはあんたの性格的に無理だとは思うけど、こんな事を続けていたらいつか命を落とすかもしれないよ?殺しに躊躇しない連中も多いんだしさ」

 

必要以上に"悪"に対して残酷な性質はカルデアで活動する上で間違いなく枷になる。特に、最近ではその傾向が強くなっている様に思えるのだ。だからこそブーディカは心配しているのだ。

 

「そんな事十分すぎるほどに理解してる。俺は平然と他者を踏み躙るような害虫に対して寛容じゃないんでな」

 

「もう……分からず屋なんだから。いい?今カルデアにいる悪属性のサーヴァントだって現在進行形で悪行を重ねてるわけじゃないでしょ?そもそもこのカルデアで召喚された以上、汎人類史を取り戻す為に戦っているんだからさ。自分の好き嫌いだけで相手に喧嘩を吹っ掛け続けてちゃ仲裁に入ってくれるマシュやダ・ヴィンチに迷惑ばかり掛けるじゃない」

 

確かにブーディカの言う通り、トラブルの発端は大体がパニッシャーにあり、しかも相手を散々に煽るのだ。明確にパニッシャーの方から喧嘩を売っている以上、問題児と見なされるのも当たり前であろう。彼女の言う事が全面的に正しい事もあり、パニッシャーも少し考える。

 

「……んじゃ利敵行為をする奴や特異点を作り上げるようなサーヴァントはどうすればいい?カルデアに所属しているわけでもないような奴なら始末してもいいだろう?」

 

「ああもう!あんたは自分が嫌いな"悪"と戦う口実ばかり探しているじゃない!そんな考えじゃ何時まで経っても変わらないよ!もっと相手の立場になって考えてみな!」

 

珍しく怒るブーディカに対してパニッシャーはややたじろぐ様子を見せた。どうやら彼女も本気で怒っているらしい。

 

「あたしは何でアンタがそこまで悪人を憎むのかは知らない。けどカルデアのマスターとして戦う以上は"譲歩"や"妥協"も必要な事だよ。それは分かってるんでしょ?」

 

善も悪も中庸も、全ての英霊と等しく絆を結んできたマスターの藤丸立香がどれだけ凄いのかはパニッシャーも理解できている。自分では到底ここまで多くの英霊を絆を深める事はできないし、何より相手の意見を尊重する事ができないだろう。

 

「アンタに対してあたし達のマスター……藤丸立香と同じ働きをしろとは言わない。けどマスターとしてカルデアに身を置いて戦う以上は最低限の協力はして。少なくとも自分から喧嘩売ったりなんて絶対ダメだからね?」

 

ブーディカはパニッシャーに顔を近づけて言う。彼女の吐息が掛かりそうな距離まで接近していたが、こうして見るとブーディカの美しい顔立ちを良く見る事ができた。彼女は碧い瞳で真剣にこちらを見つめてくる。ブーディカの説教に対して、流石のパニッシャーも頷かざるを得なかった。自分が好き嫌いや選り好みが激しい性分なのは理解している。だがカルデアのマスターになった以上はある程度寛容でなければならない。少なくとも率先して悪事を働いていないサーヴァントに対して自分から喧嘩を売ったりする行為は自重するべきであろう。

 

「夫婦喧嘩は終わった?」

 

が、理性蒸発騎士がひょっこりと顔を覗かせてくる。

 

「ち、違うって!!……いや、うん、まあ、確かにさっきのやり取りはちょっと、その……お互いに近かったけど……」

 

ブーディカは顔を赤くしながらモジモジとしている。普段の彼女からは想像もつかない姿だ。その様子を見てパニッシャーは思わず吹き出してしまう。笑い声をあげるパニッシャーに対して、ブーディカは顔を赤くして怒り出す。

 

「あっ!笑ったわね!?人が折角真面目な話をしてるのに!!」

 

そう言って頬を膨らませるブーディカであったが、本気で怒っているわけではないようだ。その証拠に口元は緩んでおり、目元も笑っているように見える。気を取り直して丘の下まで行く事にした。アストルフォ、ブーディカ、パニッシャーは公園内にある園道を歩くと道沿いに屋台を見つける。どうやら店主が作業をしているようだがあの店員もシミュレータールームによって作り出された存在だろうか?と思いきや遠目から見ても店主の顔は見覚えがあった。彼は……

 

「あ!エミヤ!ここで屋台やってるの?」

 

ブーディカと同じくカルデア厨房組のエミヤが屋台で焼きそばを作っているではないか。エミヤがこちらに気付くと笑顔を向けて来る。

 

「ああ、ブーディカか。見ての通り、絶賛営業中だよ」

 

そう言う彼の手元には出来上がったばかりの焼きそばがある。美味しそうな匂いが漂ってきた。

 

「お、美味そうだな」

 

「試しに食べてみるかい?」

 

自信たっぷりに言うエミヤ。エミヤは出来上がった焼きそばを三人前用意した。アストルフォ、ブーディカ、パニッシャーは皿を取って食べ始める。カルデアが誇る一流シェフが作っただけあってとても美味しい。三人は舌鼓を打ちながら食を進める。

 

「これ本当に美味しいね!ボク大好き!」(もぐもぐ)

 

「エミヤの料理には慣れていてもやっぱり美味しいんもんだね」(ぱくり)

 

「ホントだな、これなら毎日でも食べられるぜ」(もぐ……もぐ……)

 

濃厚なソースとシャキッとした野菜、そして豚肉の歯ごたえがたまらない。一口食べただけで食欲が掻き立てられてしまうほどの美味しさだ。その後も次々と箸が進みあっという間に完食してしまった。

 

「美味しかったぁ~ごちそうさまでした」

 

両手を合わせて満足そうに笑うアストルフォ。その横ではブーディカも同じように手を合わせていた。パニッシャーも同様に感謝の意を示す。

 

「ご馳走さん」

 

それを見たエミヤは満足そうに笑う。そして屋台から出るとパニッシャーに声を掛けた。

 

「パニッシャー、ちょっと私に付き合わないか?」

 

「構わんが……」

 

「お二人さん、悪いが彼を借りていくよ?」

 

エミヤはブーディカとアストルフォに許可を取りつつ、パニッシャーと並んで園道を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――――怒りだった。

 

悲しむよりも怒りを選んだ。絶望するより憤怒に身を任せた。涙するよりも激怒する事を望んだ。嗚咽するより怒声を、悲嘆するよりも憎悪を。今もあの公園で起きた出来事が鮮明に脳裏に焼き付いている。放たれた弾丸に貫かれる妻と子供達。自分の腹にも撃ち込まれ激痛に悶えるものの一命を取り留めた。

 

 

 

 

 

―――――そこで自分は"死んだ"。

 

 

生きてはいたが"死んだ"。それまで生きていた"自分"が死んだ。自分の家族が血の海に沈む光景を見た時、自分も死んだ。今生きているのは"新たなる自分"。あの日の悲劇を起点として生まれた"自分"。あの出来事が切っ掛けて誕生した”自分"。

 

 

 

 

―――――死を与える。

 

 

死を、死を与える。残酷に、無慈悲に、冷酷なまでに死を与える。生など無駄だ、生きているだけで害悪そのもの。悪を殺す、悪を滅ぼす、悪を消す、悪を討つ。

この身は"私刑執行人"。あらゆる悪意、全ての罪に鉄槌を下す。かつて救えなかった家族。失った絆、奪われた平穏、奪われた未来。何もかも奪っていった者共へ与えるは死。決して赦さぬ、安らかな眠りなど無い。罪を犯す者に裁きを、悪を為す者に死の鉄槌を。

 

 

 

 

 

 

 

それこそが自分の――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――パニッシャー君?




モルママとバーヴァン・シーの裸なんて間近で見たら自分なら秒で勃っちゃう……(^_^;)


そういえばパニッシャーとモルガンの相性ってどんなんだろう?フランクさんの所業を目の当たりにしても咎めるイメージはないような(小言は言われそうだけど)。悪を許さないっていうフランクさんのポリシーを考えれば仲良くするのはやっぱり無理なんかなぁ?(;^ω^)


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番外編⑥ 世界を救わない男

久しぶりの更新!パニッシャーさんって純粋な正義感で悪党狩ってるわけじゃないってのは原作でも描写されてましたしねぇ……。


エミヤと別れた後、シミュレータルームによって精巧に再現された公園にあるブランコに座りながら物思いに耽る。先程はエミヤとは実に他愛のない世間話をしていた。カルデアのサーヴァントとの喧嘩が絶えない事やレイシフト先での問題行動。エミヤはそういったパニッシャーの行動を特別厳しく叱ったわけではない。ただ笑いも交えて揶揄う程度であった。このカルデアには善悪入り乱れた多種多様なサーヴァントがいるにしても、マスターの方がトラブルメーカーというのは些かどころではない問題ではあるだろう。

 

サーヴァントの面々も藤丸の善性と優しや、コミュニケーション能力に慣れ過ぎているのもあるが、パニッシャーという地雷マスターがカルデアに居座っている以上、トラブルが頻発してしまうのは必然であろう。しかもその度にダ・ヴィンチとマシュがサーヴァントとパニッシャーの間に入って仲裁しているのだから。エミヤからも「あまり彼女達に迷惑を掛けるな」と釘を刺されてしまった。しかしパニッシャーからすればそんなつもりは無いのだが、確かに自分の行動は傍から見れば少々問題があるかもしれないと思い直す。ここはアベンジャーズやスパイダーマンがいた世界とは違う。しかしながら悪を許せないという自分の性根や本質に正直に生きてきたのだから悪属性のサーヴァントとはどうしてもトラブルを起こしてしまう。

 

(まあ、今更生き方を変えられるわけでもないしな……)

 

そんな事を考えつつもやはり気になってしまうのだ。エミヤが先程自分に言った言葉を。

 

────────君はこれまでの戦いの中で世界を救いたいと思った事はあるのか?

 

些細な一言ではあった。しかしパニッシャーの中でその一言がどうしようもない程に引っ掛かる。自分がいた世界……アベンジャーズや他のヒーローが活躍している世界において地球どころか宇宙存亡の危機に陥った事など一度や二度どころではない。地球の内外や規模を問わずアベンジャーズは幅広い脅威や事件に対処する。世界の、社会の、人類の守護者であるヒーロー達は敵の規模など関係なくその力を奮う。しかし自分は違う。例え地球規模の危機が迫ろうと街中に巣食うゴミ……ギャングや売人、強姦魔を相手にしている。他のヒーローと肩を並べた事はゼロではない。しかしサノスやギャラクタスのような巨大過ぎる脅威が地球に迫っても独立独歩の姿勢を崩さずに悪人を狩り続けた。社会を守る気が無いわけでなない、しかし自分はどうしようもなく市井の人間を脅かすような犯罪者を殺す事を優先している。"護る"事より"殺す"事を優先している。スーパーヴィランよりもギャングやマフィアこそが自分の倒すべき相手だと信じて疑わないからだ。

 

それが自分にとっての正義であり、使命なのだ。そういった考えはこのカルデアのサーヴァント達にも気付かれているだろう。

 

 

──────パニッシャーは世界を取り戻す事よりも悪人を殺す事を優先している。

 

 

別に間違いではないし、何なら大当たりだ。世界滅亡の危機の中でさえ悪党という名の害獣駆除をし続ける。世界が終われば市民も犯罪者も無いというのに。いや、そもそもパニッシャーは世界の為に戦っているわけでは無い。あくまでも自分本意である以上、他人の為に戦う義理はないとも言える。だがそれならなぜこのカルデアで人理修復の為に戦っている?何故藤丸立香やダ・ヴィンチ、マシュといった面々に力を貸す?悪を殺したいだけならば何故カルデアの善き人々を助ける?自分はどんな時でも己のするべき戦いを何よりも優先させていた筈だ。

 

「俺が変わった?悪い冗談だ……」

 

パニッシャーは頭を横に振りつつ、自分が変わった事を否定する。

 

(俺の本質は変わらない……変わってはいないんだ……!)

 

心の中で必死にそう言い聞かせる。しかし強く否定すればする程頭の中に藤丸やダ・ヴィンチ、マシュ、ブーディカ、アストルフォの顔が浮かび上がる。違う世界に来たせいなのか?それともここが"ヒーロー"がいない世界だからなのか?このノウム・カルデアに来てからどうにも調子が狂う。そんな事を考えているせいで自分の横にあるもう一つのブランコで遊んでいる存在に気付くのが遅れてしまった。横目でブランコで遊んでいる少女を見ると、ついに自分は幻覚を見始めたのだと思いかけた。少なくとも隣で遊んでいる”彼女"がカルデアに召喚されたという話は聞いてない。ならこのシミュレータールームが作り上げた虚像なのか。長い金髪の髪の毛を靡かせながら少女はブランコを楽しんでいる。と、彼女がパニッシャーの視線に気づいたのかブランコを停止させてこちらに顔を向ける。青い海原かブルーサファイアを思わせる碧眼の瞳がこちらを捉える。

 

「キャスト……」

 

「あ、それあんまり好きな名前じゃないんで出来れば呼ばないで欲しいなー」

 

略称が気に入らなかったのか、楽園の妖精である少女は頬を膨らませてパニッシャーに抗議する。

 

「これ、"ブランコ”って言うんでしたっけ?妖精國ではこんな遊具無かったんですよ?」

 

笑みをほころばせながら楽園の妖精はブランコを再開させる。こうして見ると本当に年相応の少女だ。妖精は人間よりも遥かに長い寿命を持ってはいるが彼女の年齢は妖精國の時点では16歳。人間の年齢で言ってもヤンチャ盛りの年頃だ。

 

「汎人類史にはこんな楽しい遊びがあるんですね!羨ましいなぁ」

 

彼女はそう言って夜空を見上げる。シミュレータールームで作り上げられた偽物の夜空ではあるものの、再現されているのは紛れもなく汎人類史の夜空である。

「綺麗……。宝石箱みたい……!」

目を輝かせて空を見上げるその姿は無邪気な子供そのものだ。そんな彼女を見ているうちに自然と笑みが溢れてくるのを感じた。

 

「妖精國で見られる夜空も綺麗だったとは思うが?」

 

「あ、それはそうですけど何と言うか汎人類史の星空の方がもっとキラキラして見えて……」

 

妖精國も汎人類史も地球にある以上は見える星座にも差は無いとは思うのだが、彼女は汎人類史の人々が見る星空を楽しんでいるようだ。幻覚や再現にしては妙にリアルに見える。今パニッシャーの目の前に映る楽園の妖精は妖精國で出会った彼女にしか思えなかった。

 

「なぁ、聞いてもいいか?お前さんは……」

 

パニッシャーがそう言いかけると、楽園の妖精は右掌をかざして静止する。

 

「今は答えられません」

 

首を横に振りながらそう答える。偽物なのか本物なのかサーヴァントなのか幻なのかは秘密という事らしい。

 

「妖精國で貴方には色々助けて貰いました。ちょっと刺激が強い光景も見られたけど……」

 

「ま、退屈はしなかっただろ?」

 

彼女はやや引きつった笑顔でパニッシャーに感謝を述べる。妖精國では良い思い出も嫌な思い出もある。少しどころではない位には嫌な思い出の方が多いのだが……。そうしていると彼女はブランコ遊びを再開する。今度は大きく動きながら更にブランコを楽しんでいるようだ。そんなに大きく動かせば落下の危険があると思うがパニッシャーは彼女の遊びを見守る事にした。

 

「結構スリルあるんですよコレ!……うわ!?」

 

そう言いながら楽しそうにしている彼女だったがパニッシャーの懸念通り、手を滑らせてしまい地面に背中から落ちてしまう。背中を地面に強く打ってしまったのか大分痛そうにしている。

 

「いたたた……」

 

背中を擦りながら立ち上がる彼女を心配しつつブランコから立ち上がったパニッシャーは彼女の前にしゃがむ。どうやら怪我はないようで安心した。しかし何とも目のやり場に困る光景が広がっている。彼女のスカートの中がパニッシャーからモロ見えになっているのだ。幸いストッキングを履いているので下着の方は見えにくい状態だ。が、彼女はパニッシャーが目を逸らしたのを見て自分の状態に気付く。

 

「……!?ちょ!?見ないで下さい!!」

 

顔を真っ赤にして慌ててスカートの裾を直す。

 

「……見ましたよね?」

 

ジト目でこちらを睨んでくる彼女に対してパニッシャーは遠い目をしながら首を横に振る。

 

「いや、見てない」

 

「嘘つくなー!妖精眼で嘘はバレバレだぞー!」

 

確かに彼女には妖精眼があった。嘘をついた所で意味は無いだろう。プンスカ怒ってる彼女を宥めるパニッシャー。

 

「悪かった。お前さんのスカートの中身を見たのは許してくれ」

 

そう言って彼女の頭を帽子越しに優しく撫でてあげる。

 

「ふにゃぁ……」

 

頭を撫でられると気持ち良さそうな声を漏らすアルトリア・キャスター。そのまま大人しく撫でられ続ける。しばらくすると満足したのか彼女は撫でる手を止めてもらい口を開く。

 

「もういいですよ。許します」

 

そう言うと彼女は立ち上がり服についた砂埃を払う。そして再びブランコに座ると漕ぎ始める。どうやらこの遊具を気に入ったようだ。楽しそうにブランコで遊ぶ年相応の少女にしか見えないが彼女こそがブリテンの救世主。

 

「……彼を……藤丸立香の事をお願いします」

 

その言葉だけを残して少女はいつの間にか消えていた。やはり幻であったのか、はたまたシミュレータールームのバグか。まるで最初からブランコには誰も乗っていなかったかのように、そこには誰もいない空間だけが広がっていた。パニッシャーは消えた楽園の少女の最後の言葉に無言で頷いた。彼女も藤丸の事をずっと気に掛けているようだ。こうして自分の前に現れて伝えたという事は何かこの先大きな事が起きるのではないか?胸騒ぎを覚えつつ公園を立ち去ろうとするパニッシャーの後ろで声がした。

 

「君が誰かの為に戦うのって凄くらしくないとは思わないかい?」

 

暗い公園に爽やかな声が響くが、パニッシャーは後ろを振り返らずとも声だけで誰なのかが分かってしまった。楽園の妖精が現れたのだからこの男もセットで現れるという事なのだろうか?

 

「……何がいいたい?」

 

「率直な意見さ。君は世界の危機だろうと宇宙の危機だろうと自分の為にしか戦ってこなかったじゃないか。悪党を殺さなければいけない使命?自分にとっての義務?悪に怯える市民の為?そんな上等な言葉で誤魔化したところで結局君は自分本位の戦いしかできない」

 

妖精王はキツめの口調でパニッシャーに言う。背後にいる男は大嘘つきとは呼ばれているものの、その言葉がどこまで嘘か、どこまで真実なのかは実際の所分からない。後ろにいる彼が妖精王としての姿なのか、それとも奈落の虫としての姿なのかさえも不明だ。

 

────君は世界を救わない。そして救う気もない

 

パニッシャーはその言葉を聞いて暫し沈黙した後に背後を振り返るが妖精王の姿は無かった。楽園の妖精といい妖精王といい一体何なのか理解できなかったが、わざわざ自分に忠告?に来た事に恐らく意味はあるのだろう。この場所で二人の妖精と会った事を胸の奥に仕舞い込んだパニッシャーはシミュレータールームを後にした。

 

 

 

*****************************************************************

 

 

 

 

翌日、朝早くからパニッシャーは管制室に呼び出された。新たな特異点が発生したらしい。管制室の扉を開けて中に入るとダ・ヴィンチの隣にはジャンヌ・オルタとマリー・アントワネットの2人がいた。今日の任務で同行するサーヴァントのようだ。ルーラーの方のジャンヌとは異なり、ジャンヌ・オルタは悪属性だ。いつ懐の拳銃を抜きたいという衝動に襲われるか分からない。そんなジャンヌ・オルタはパニッシャーを見るなり口角を吊り上げながら言う。

 

「あら?おはよう問題児マスターさん。今日は随分と早いじゃない?」

 

嫌味ったらしく言ってくる彼女に内心イラッとしつつもそれを表に出さないようにして答える。すると今度は隣に立っていたマリーが言う。

 

「ごきげんようムッシュパニッシャー。今回の任務でご一緒させてもらうわ」

 

ジャンヌ・オルタとは対照的に笑顔で挨拶してくるマリー。流石は王妃といった所だろう。パニッシャーがトラブルメーカーであっても悪感情を表に出す事なく普段通りに振舞っている。

 

「おはよう王妃さん。アンタは俺と一緒の任務で嫌じゃないのか?」

 

自分にも愛想良くしているマリーに対してパニッシャーは尋ねた。内心では彼女も自分のような人間がマスターで嫌なのではないか?と思い聞いてみたのだが

……。しかしマリーは首を横に振りつつ答える。

 

「いいえ、そんな事ないわ。それにあなたは本当の意味で悪い人間ではないでしょう?」

 

そう言って彼女は微笑むのだった。マリーの天真爛漫さと天然さは見ていると時々危うく感じてしまう。ターゲットが犯罪者とはいえど大量殺人者には違いないのだから。他者に対する差別や偏見という概念がなさそうなマリーは美しい碧眼でパニッシャーを見つめてくる。そんなマリーの様子にジャンヌ・オルタは嘆息しつつ彼女に言う。

 

「まったく、王妃サマはお優しいわね……。ま、その優しさで足元を掬われないようにしなさい」

 

皮肉めいた口調ではあるが彼女なりに心配しているようだ。

 

「マスターちゃんの保護者ヅラしてるアンタにも分け隔てなく接してくれるなんてマリー王妃は優しいわねぇ?」

 

「喧嘩売ってるんなら今すぐ買ってやるぞ?」

 

両者の視線がぶつかり合い、目に見えない火花が散っているようだ。が、ダ・ヴィンチが二人の間に割って入る。

 

「はいストーーーップ!任務に向かう上でのチームなんだから仲良くしてくれよ二人とも。これから一緒に行動するんだからさー」

 

やれやれと言った様子で言う彼女の言葉に二人は渋々引き下がった。その様子を見たダ・ヴィンチは再び口を開く。

 

「さて、今回の目的地だけど場所は18世紀のフランスだ。現代のフランスのロゼール県に当たる地方だね」

 

特異点先がフランスという事は同行するサーヴァントがジャンヌ・オルタとマリー・アントワネットというのも納得だ。ダ・ヴィンチの話によるとサンソンやデオンといった他のフランス系サーヴァントにもレイシフト適正があるのだがマリーとジャンヌ・オルタが最も適任らしい。

 

「年代的に見ればまだフランス革命の前だね。マリーがまだオーストリアからフランスに嫁いでいない時期になる」

 

フランス革命となるとマリーにとって非常にデリケートな部分に触れてしまう。しかしそれ以前であれば問題は無いだろう。パニッシャーがふとマリーに視線を向けると、彼女は笑顔でこちら側を見てくる。こう見えてマリーは芯の強い女性である。フランス革命の真っ只中でも自分を見失う事はないだろう。

 

「パニッシャー君、くれぐれも二人とは仲良くね」

 

ダ・ヴィンチは訴えかけるような視線でパニッシャーを見つめる。

 

「分かった……善処する」

 

初めてのレイシフトの際、特異点の刑務所で大暴れをしてしまいルーラーのジャンヌとマルタから総スカンを喰らってしまったのだ。また問題を起こされては何らかの罰が下る可能性がある。パニッシャーはジャンヌ・オルタとマリーを交互に見つめる。ジャンヌ・オルタはニヤついた顔で見てくるがマリーは邪気の無い美しい笑顔でパニッシャーにウィンクする。

 

「同じ笑顔でもこうして見ると品性の差ってのは出るもんだな。それも絶望的なまでのレベルで、だ」

 

「あら?それってどういう意味かしら?」

 

怖い笑顔のまま睨んでくるジャンヌ・オルタに対してパニッシャーはどこ吹く風といった調子だ。

 

「二人とも、喧嘩は良くないわ。折角の旅路ですもの、仲良くしましょう?」

 

仲裁に入るマリーはパニッシャーとジャンヌ・オルタをどうにか宥める。ジャンヌ・オルタとは気が合わないものの、任務である以上はパートナーとして付き合うしかない。3人は管制室にあるコフィンに入り、18世紀のフランスへとレイシフトを開始した。

 

「パニッシャー君もいい加減サーヴァントの皆と仲良くしてくれないかな……」

ダ・ヴィンチがボヤいていると、管制室にマシュが入って来る。藤丸の負担を減らす為にこうして特異点の修正任務をしているパニッシャーが気になっているのだろう。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、パニッシャーさんはもう行ったんですね」

 

「うん、18世紀のフランスに向かったよ。パニッシャー君たちが向かった先は現代だとフランスのロゼール県の一部だけど当時は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────"ジェヴォーダン地方"って呼ばれている地域なんだ。




次回からは「ジェヴォーダンの獣編」の始まりです!

しかしロリンチやマリーは優しいなぁ……


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番外編⑦ ジェヴォーダンの獣①

パニッシャーとマリー・アントワネット。両者の価値観は余りに違い過ぎる。


パニッシャーにとっては2回目の微小特異点修正任務となる。平原に吹き付ける風がパニッシャーの身体や顔を撫で、髪を靡かせる。そんな中でも彼は無表情を貫いていた。そんな彼とは対照的にマリーは軽い足取りで先頭を歩いている。特異点の修正任務は遊びではないというのにまるでピクニックにでも来たかのような呑気さである。良い言い方をすれば気負わずに肩の力を抜いている、悪い言い方であれば緊張感に欠けている。しかしこれこそがマリーの持つ取柄と言えるだろう。無駄に気を張らずに自然体で振る舞う事で相手の警戒心を解きほぐすのだ。鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いているマリーを見つめるパニッシャーはやや呆れ気味言う。

 

「まるでハイキングにでも来たみたいに楽しそうだな、王妃さん」

 

「ええ!だって楽しいんですもの!」

 

満面の笑みを浮かべると再びスキップを始める。確か自分達がレイシフトしたのは西暦1766年のフランス中南部だ。この時代であればマリーは既に11歳になっているだろう。まだ彼女が存命の頃の時代であり、後30年もしない内にフランス革命が勃発する。それを考えると生前の彼女が生きている時代にレイシフトさせるのは彼女自身、内心穏やかではない筈。が、そんな心配は杞憂だったようだ。明るく振る舞うマリーはかなり芯の強い女性だ。彼女は自分の置かれた境遇を受け入れて尚且つ前向きに生きようとしているのだ。

 

「王妃さんはいつもあんな感じなのか?」

 

パニッシャーは隣を歩くジャンヌ・オルタに尋ねる。

 

「えぇ、あの性格は天性のものね。そういうアンタのその仏頂面と不愛想さも天性のものかしらね?」

 

皮肉交じりに返答する彼女に、パニッシャーは特に気に障った様子もなく答える。

「……フッ、そうかい。なら俺も生まれつきって事だな」

 

「んじゃコミュニケーションが壊滅的なのも生まれつき?これまで何人のサーヴァントに喧嘩売ってきたか覚えてないでしょ?」

 

カルデアに来た当初はサーヴァント達との衝突は頻繁に起きていた。藤丸のような愛想の良さもコミュ力も寛容性も無いパニッシャーは事ある毎にサーヴァントの誰かと揉め事を起こす。アベンジャーズのようなヒーローとは違い悪人も大勢いるカルデアではパニッシャーにとっては最悪の環境と言う他ないだろう。しかし悪属性のサーヴァントとの接触を極力避けるようにする事でどうにかマスターとしての任務を行う事ができていた。……今同行しているジャンヌ・オルタとて混沌・悪のサーヴァントではあるが。

 

「人間の身でサーヴァントに喧嘩売るとかどんだけ命知らずなのよ。しかもガチ目に命を落としかけた事もあるんでしょ?」

 

呆れた口調で話す彼女に対して、パニッシャーは何も答えずにただ肩を竦めるだけだった。それを見たジャンヌ・オルタはフンッと鼻を鳴らす。

 

「……まぁでも人間って事は私たちサーヴァントでも取り押さえるのは簡単って意味よ。アンタが最初の任務で向かった刑務所特異点でやらかしたような事はさせないからね」

 

「やってみろ。お前に止められるもんならな」

 

そうしている内にカルデアのダ・ヴィンチから通信が入った。

 

『あー、テステス。うん、通信状態は良好だね!パニッシャー君、ジャンヌ・オルタ、マリー、そっちはどうだい?』

 

通信機の映像にダ・ヴィンチの可愛らしい姿が映される。彼女の姿を見たパニッシャーの表情がほんの微かに綻んだ。

 

「こっちは特に問題ない。それでこれからどうすればいいんだ?」

 

「私も大丈夫よ」

 

マリーの言葉に続いて彼女も頷く。するとそれを聞いたダ・ヴィンチは満足そうに頷いた。

 

「よし、それじゃ予定通り作戦を開始しよう」

 

その言葉を聞いた3人は表情を引き締める。

 

「今君たちがいるフランスのジェヴォーダン地方のどこかに聖杯がある。今の所目に見えるような異常は特にないようだけど油断しないで」

 

聖杯の力は時に特異点の環境を激変させる事もある。それ以外でもモンスターが徘徊したり、あり得ないような建物が出現していたりと多種多様な異常が現れる。今のところそういった異常事態は目にしてはいないものの、特異点ではどのような事が起きるか予想が付かない。警戒するに越した事はないだろう。

 

「言われなくても分かってるわよ。そんでもって私とマリーがこの駄々っ子マスターの子守りをするから」

 

そう言ってジャンヌ・オルタはニヤついた顔でパニッシャーを見る。

 

「子守り?お前にお守りを頼んだ覚えはないぞ?」

 

「アンタはすーぐ"癇癪"と"我儘"起こしたりするじゃない。そうさせない為に私と王妃様が直々にあやしてあげるの」

 

"癇癪"と"我儘”というのは言うまでもなくパニッシャーが目にした悪党や罪人、下種、外道を躊躇なく殺害しようとする行為の事だ。レイシフト先で大量殺人でも起こされたらカルデアの沽券に係わる為、こうした監視役が必要なのである。幸いにしてパニッシャーは人間。鍛え抜かれているとはいえサーヴァントには簡単に制圧されてしまう。

 

「私はダ・ヴィンチとマシュからアンタが暴走したら止めるように言われてるの。だから大人しく言う事を聞きなさい」

 

彼女は悪っぽい笑顔で答える。パニッシャーは溜息交じりに小さく肩を竦めた。

 

「お前みたいな悪人面のベビーシッターがいてたまるか」

 

そう言うと彼は面倒臭そうに歩き始めた。

 

「貴方がやり過ぎてしまわないように、ちゃんと私が見ててあげる」

 

「良かったわね駄々っ子マスターちゃん。こんな綺麗なお姉さんたちに子守りをしてもらえるなんて」

 

冗談めいた口調で話す彼女達に対して、彼は舌打ちをして返した。

 

「すーぐそうやって悪い態度出すんだから。私も人の事は言えないけど、藤丸立香を少しは見習ったら?」

 

「俺は立香とは違う。俺はアイツほど優しくはないんでな」

 

ぶっきらぼうに言うとパニッシャーはさっさと歩き始める。そんな彼に呆れたような視線を向けつつ、二人は彼の後を追った。藤丸があそこまで多くのサーヴァントと縁を結べたのもひとえに彼自身の抜群のコミュニケーション能力や、善も悪も中立も受け入れる事のできる包容力ないし寛容の精神性にある。それを考えればパニッシャーはカルデアのマスターとして欠点だらけどころか論外の域である。悪を決して許さず、必ず息の根を止める事を信条としているパニッシャーとカルデアの理念は水と油どころではない。相性最悪なのだ。それでもこうしてカルデアにいる。

 

『パニッシャー君、くれぐれも行き過ぎないようにしてくれたまえ。君は今大事な時期なんだ』

 

通信越しにダ・ヴィンチが念を押してくる。自分のような男をここまで面倒を見てくれるのも彼女の優しさであり、長所なのだろう。アベンジャーズのみならず他の大抵のヒーローはパニッシャーを完全に突き放している。ヒーローとしてのルールである"悪人や犯罪者でも殺さない"を平然と破り、死の制裁を加え続けるパニッシャーのスタンスをスパイダーマンやデアデビル、キャプテン・アメリカは嫌悪していた。そんなパニッシャーに対して頭ごなしに否定したり拒絶したりせずに受け止めてくれている。パニッシャーの所業を全肯定しているというわけではないものの、否定もしないという態度で接してくれているのだ。

 

『キミのやり方は完全に否定するわけじゃないけど、特異点の修正は"殺せば解決"っていう単純な任務とは違う。悪人を許せないのは分かるけど、時に怒りを抑える事も必要なんだ。私達の使命はあくまで人理修復であって、人殺しじゃないからね』

 

そう言って説得するダ・ヴィンチに頷いて見せながら、パニッシャーは再び歩みを進める。そしてジャンヌ・オルタが小走りで横に来た。

 

「その様子だとまたダ・ヴィンチに注意されたんでしょ?相変わらず融通が利かないというかなんというか」

 

やれやれといった表情で言う彼女に、パニッシャーはフンと鼻を鳴らした。

 

「まったく、本当に可愛げのない男ね。少しは愛想良くしたらどうなの?」

 

「俺はダチ公作る為にカルデアにいるんじゃない」

 

友人と呼べるような人物なら昔はいたが今はもういない。元の世界で自警団として活動している時も独立独歩の姿勢を貫き、他のヒーローと馴れ合う事なく自分のやるべき事に邁進し続けた。ヒーローは殺しをしない。しかしパニッシャーはやる。そんな信条故に他のヒーローとの衝突が日常茶飯事なのだ。標的を始末する過程でスパイダーマンやデアデビルと何度衝突したか数えるのも嫌になる。カルデアにいるサーヴァント達はヒーローと違って殺人を禁忌としているわけではなく、そういった行為に抵抗を持たない者が大半だ。だがそうなると今度は別の問題が出てくる。カルデアのサーヴァント達がパニッシャーの標的になる危険があるからだ。蘆屋道満、ジル・ド・レェなどは真っ先に頭を撃ち抜かれるだろう。隣を歩くジャンヌ・オルタも属性は混沌・悪。とはいえ芯から邪悪な存在というわけでもない。悪は悪だがサーヴァントのアライメントは単純なものではない。

 

「アンタ、友達とかいないタイプでしょ?」

 

「そういうお前は悪いお友達が山ほどいそうだな」

 

そんな風にやり取りをしていると、マリーがこちらに近付いてくる。

 

「それじゃ私が貴方のお友達になってあげましょう」

 

マリーはそう言ってパニッシャーの顔を覗き込む。身長差があるのでマリーがパニッシャーを見上げる形となつている。

 

「本気か王妃さん?俺はアンタの友達になれるような要素なんかねえぞ?」

 

困惑しながら言うと、マリーはクスクスと笑った。

 

「ふふ、貴方はそんな事気にしなくて良いのよ。貴方もカルデアのマスターである以上、私達の仲間。それにマスターとサーヴァントは一心同体、仲良くなって損はないと思うわ?」

 

そう言いながら微笑むマリー。そんな彼女を見て、パニッシャーは自分のペースが崩れていくのを感じた。善属性のサーヴァントはカルデアにもいるが、目の前のマリー・アントワネットはその中でも底抜けの善人だ。ルーラーのジャンヌと同様に、生前は処刑されるという末路を辿ってもそれでも尚国や民衆を恨む事をせずに天真爛漫な偶像として振舞う。その精神性はパニッシャーとは余りにも違い過ぎた。

 

「……俺には無理だ」

 

ボソッと呟くように言うと、マリーは不思議そうな顔をした。

 

「あら、どうしてかしら?」

 

「どうしても何も……」

 

そこで一度言葉を切り、それから意を決したように口を開く。

 

「俺みたいな人間と仲良くなるもんじゃない。俺は自分の怒りが抑えられない。善人を踏み躙る悪人を見ると血が湧き立つ、弱者を虐げる強者を見ると殺意が迸る、普通に生きている人間が悪党に殺されるのを見ると怒りが俺を突き動かす。俺はアンタのようにはできない。自分の親しい人間も身内も家族も殺されても尚、自分の内側に生まれる怒りを制御する事ができない」

 

パニッシャーは首を振りつつマリーを諭す。すると彼女は一瞬きょとんとした顔をした後、満面の笑みを見せた。

 

「私はそれでも全然構わないわ!だって私、悪い子だもの!」

 

そして、そう言って悪戯っぽくウインクするのだった。その反応に今度はパニッシャーの方が呆気に取られてしまう。そんな彼の様子を気にする事もなく、マリーは楽しそうに続ける。

 

「だって誰しもが自分の内側に黒い感情はあるものでしょう?私にだって貴方と同じ"怒り"はあるわ」

 

そう言うと、マリーは両手を胸の前で組み、そっと目を閉じた。

 

「例えばそうね……目の前で民達が苦しんでいるというのに手を差し伸べる事も出来ない無力感。或いは愛する家族が惨たらしい死を迎えた時の喪失感。他にも挙げればキリがないけれど、そういった感情を抱く度に思うの。もっと力があれば、自分に勇気さえあれば、こんな悲劇は起きなかったんじゃないかってね」

 

そう言う彼女の横顔はとても悲しげだった。それはきっと彼女が本当に心の底からそう思っているからだろう。そう思わせるだけの凄みがその表情からは感じられた。

 

「けどそれでも革命で私が死んだのは民衆がそう望んだから。国民が次の時代に進む為には必要な事だった。王妃であるなら、常に民を思いやらなければいけないから」

 

生まれながらの王族であるマリーと庶民の出であるパニッシャーとでは価値観が異なる。パニッシャーから見たマリーは異なる価値観を持つ別世界の住民にさえ思えた。自己犠牲的な精神はジャンヌにも通じるだろう。

 

「だけど私は……シャルルが殺されたことに関してだけは……」

が、ふと見せたマリーの悲し気な表情をパニッシャーは見ていた。民から慕われる偶像……王妃としてのマリーから、一人の母親としてのマリーの表情となったからだ。

 

「王妃さん、あんた……」

 

「あら?私暗い顔していたかしら?気にしないで、この通り普段の私よ!」

悲し気な表情を見せたのは僅かで、すぐに普段通りの明るさ、愛らしさを振りまく王妃としてのマリーの顔に戻った。パニッシャーから見たマリーはいささか眩しすぎた。

 

「けどこうして特異点修正任務に貴方と同行する事ができたのは何かの縁よ。これからよろしく、ムッシュパニッシャー」

 

王族らしい所作のお辞儀をするマリー。

 

「あらあら王妃サマから気に入られたじゃない」

 

ジャンヌ・オルタは肘でパニッシャーをグリグリしながらからかうように言う。

 

「サーヴァントとマスターの関係にまだ慣れていないとは思うけれど、これから宜しく!」

 

太陽のような笑顔を見せるマリーのお願いを無碍にするのも気が引けたので、パニッシャーはマリーとは仲良くする旨を伝えた。




ルイ17世の話を聞いたらパニッシャーさん曇りそう。


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番外編⑧ ジェヴォーダンの獣②

最新の原作での展開について納得できない……


数時間以上探索を続けたものの、目立つような環境の変化やこの時代に相応しくないイレギュラーな異物も発見できなかった為、仕方なく3人はキャンプをする事にした。焚火を囲むように3人が座り、現状を話合う。多かれ少なかれ特異点というのは何かしらの変化が生じているものなのだがこの特異点には今の所それらしき物は見当たらない。とはいってもいきなり精神的に来るようなレベルの異界と化した特異点だとするならばパニッシャーでは付いていけない可能性があるのでそういう意味では今回は安心である。かつてカルデアが目の当たりにしたハロウィンでのチェイテピラミッド姫路城のような特級異物がいつ現れるか分からないからだ。あれに比べれば大抵の事はマシであろう。問題は何もないに越したことはないのだが……。そう考え込んでいると不意に横合いから声を掛けられた。ジ

 

「あら?何をそんな難しい顔をしているのかしら?」

 

突然話しかけられたことで驚きつつも平静を装って返答する。

 

「特異点っていうからには聖杯の力でディズニーランドでも作られてるのかと思っていたが期待外れだったな」

 

……実際のフランスにもディズニーランド自体はあるのである意味間違いではないのだがそれにしても時代を超越しているのではないか。まあそれはこの際どうでもいい事である。重要なのはこの異変の原因を突き止める事なのだから。そうして森の中を探索していくうちに日が暮れてきたため野営の準備を始めることにした。薪を集め、簡易的なテントを組み立てる。夕食には先程森で狩った野兎や猪の肉を焼いて食べた。今回の特異点の異常は見つけにくく、探すのには骨が折れそうだ。目に見える異変であるならばまだいいがこれがそうでない場合は本当に厄介だ。ここの特異点を作り上げた主犯は相当慎重なのか、果ては目立ちたくないだけなのか。どの道修正しなければ始まらないのだが。

 

「ねぇ、駄々っ子マスターちゃん」

 

焚き火を挟んで反対側に座るジャンヌ・オルタが唐突に話し掛けてくる。

 

「……何だ」

 

訝しげな表情を浮かべながら返事をする。彼女の態度は何か含みがあるように思える。一体何を企んでいるのだろうか?警戒しつつ相手の出方を伺う。すると彼女は立ち上がり、こちらへ歩いてくる。そしてそのまま自分のすぐ横に座り込む。

 

「隣、座っていいでしょ?」

そう言って返事を待たずに隣に座る。少し距離が近いような気がするが、とりあえず許可する事にした。

 

「ふふっ、ありがと」

そう言いながら微笑んでくる。

 

「別に構わんが、何のつもりだ」

 

「別にいいじゃない、減るものでもないし」

 

堅苦しいルーラーの方のジャンヌとは違い、こっちのジャンヌは随分とフランクな性格のようだ。悪属性である彼女を同行させるとなれば、パニッシャーがいつ彼女に鉛玉を放つのかダ・ヴィンチやマシュもヒヤヒヤしたに違いない。

 

「アンタは私が一緒にいて不快?」

 

「なんでそんな事を聞く?」

 

彼女はこちらをじっと見つめている。その表情からは真意を読み取る事は出来ない。そもそも何故彼女は自分に絡んでくるのだろうか?彼女が自分に向ける視線には敵意を感じないので敵視はされていないようだが……。蘆屋道満などの腐れ外道であれば会ってコンマ1秒で射殺している所だが、このジャンヌ・オルタについてはとりあえずパニッシャーの中で保留としている。彼女が自分に興味を持つのは何故だろうか?

 

「アンタは何もかもが藤丸立香とは真反対。あいつと違って全然優しくない。何かあれば直ぐに手が出るし、暴力で物事を解決してくる。あいつってお人好しですぐに誰かを信用するから、そういう所は心配だけど……でもそこがかわいいのよね♪」

 

そう言いながらクスクスと笑う彼女。どうやら彼女は自分とマスターである藤丸の関係について興味を持っているようだ。

 

「大抵の人間は立香みたいに寛容じゃねぇよ。あいつだから道満みたいな汚物でも受け入れているんだろ」

 

藤丸は一般人とはいうものの、あそこまでのコミュニケーション能力と敵をも受け入れる寛容性を他の人間が持っているかと言われれば否だろう。あの性格だからこそあのような英霊とも絆を結べるのではないだろうか?

 

「確かにね。そういう所の才能に限ればあいつって凄く非凡だし」

 

ジャンヌ・オルタ自身、捻くれてはいるもののマスターである藤丸を信頼している。パニッシャーは自分が良く知るキャプテン・アメリカでさえも英霊達全員を友好関係を深めるのは無理だと確信していた。キャップ自身は寛容な方ではあるが、時として頑固者であり、自分が間違っていると思ったら決して曲げる事は無い。それは彼の美点でもあり、欠点でもあるのだ。ジャンヌ・オルタとの会話に夢中になったパニッシャーであるが、ふとマリーの方に目を向ける。マリーは闇夜に覆われた森の方を見ており、普段の彼女に似つかわしくない険しい顔をしていた。そしてその時叫ぶ。

 

「ムッシュパニッシャー、あれを!」

 

マリーが指差した方に顔を向けるものの、そこにあるのは漆黒の闇を纏う森に生える大木があるだけだ。

 

「王妃さん、どうしたんだ?」

 

「あそこに人がいたの!……確かにあそこで私をじっと見ていた!」

 

マリーの表情と口ぶりから考えて嘘を言っているようには見えない。

 

「そいつの容姿や服装は覚えてる?」

 

「暗くてよくわからなかったけど、魔術師のような黒いローブを纏っていたわ……」

 

こんな深夜の森の中に魔術師の着るローブを着た人間がいるとは考えられないがここは特異点である。もしかしたらこの特異点に関係している人間かもしれない。最も、無関係な魔術師か果ては散歩しているだけの地元民か。とにかく何時間も動き回っても収穫がなかった特異点の手がかりを見つけたかもしれない。とはいえもう夜中である。闇夜に包まれた森を探索するのは危険が伴う。それに何かしら危害を加えられたわけでもないのでとりあえず今日は休む事にした。

 

「私も今夜は疲れたしゆっくり休みたいわ」

 

「……そうだな」

 

3人はテントへと戻り、1日の疲れを癒す事にした。

 

 

********************************************************

 

──────死から、蘇る。

 

そんな感覚だった。気絶状態から意識を取り戻す事とは違う。生死の境を彷徨った後に息を吹き返す事とは違う。完全に死んだ状態から生き返るのだ。これまでに完全に死んだ事は何回かあった。しかし今回は"何か"が違っていた。深い眠りの中、パニッシャーは自らを見つめる。筋骨隆々たる身体を包む鎧のような服をまとい、暗い室内で立ち尽くしていた。その場には、赤いフードを深くかぶった老婆が立ち、何かを告げてくる。老婆の声は、遠くから響いてくるようだった。

 

「貴方の傷は深い。もっと休むべきです」

 

と彼女は、パニッシャーを敬うように丁寧に告げる。その声は、パニッシャーの心の奥深くに響き渡り、静かなる波紋を広げていった。老婆は理知的で皺に刻まれた顔をしていた。聡明そうな雰囲気とは裏腹に、目の奥には明らかに邪な輝きが見える。パニッシャーは静かに歩き出し、目の前にある二つの棺桶の所まで行く。

 

「落ち着いて。まだ回復の途中です」

 

傷からの回復がまだ済んでないと老婆が告げた。しかしパニッシャーはそんな言葉を無視した。自分の傷よりももっと重要で大事な事があるかのように。夢の中で見ている室内は、壁には薄暗い照明がぼんやりと輝いており、周囲は静寂に包まれていた。何をする場所なのかは分からない。だが、この場所に自分にとって大切な何かがある事を確信していた。そしてそのまま部屋の中にある二つの診察台の方へと向かう。診察台という表現は正しくないかもしれないが、その台の上には"患者"が寝かされていた。

 

「安心してください。問題は対処されます。今は、ただ自分自身の癒しに専念すべきです。あなたは多大な苦しみを─」

 

老婆はパニッシャーの隣に立ち、彼と共に診察台の上に寝かされている"患者"を見る。"患者"を見るパニッシャーは自分の心臓が強烈に締め付けられるような感覚に陥っていた。なぜそんな感覚に陥る?診察台の上に寝かされている2体の"患者"はどう見ても人間ではないのに。薄緑色の体色をしており、体全体を見て辛うじて"人間"の形をしているものの、その姿は直視するのに耐えられるものではなかった。片方の"患者"は身体が肥大化しており、手足は丸太のように太く短く、手の上に手が重なっていた。もう片方の"患者"は胸の部分からもう一本の腕が生えており、腹からも小さい手が生えているではないか。2体の"患者"は意味不明な呻き声を上げながら診察台の上に寝かされている。そしてその2体の身体には点滴用のチューブが何本も身体に取りつけられておりこれが彼等の生命を維持しているものだと理解できた。何故かパニッシャーははその姿に心を締め付けられた。彼の胸は重く、息苦しさを感じながらも、彼はその場から目を逸らせなかった。

 

「生きていた時間よりも死んでいた時間の方が長い者を生き返らせるのはこの通り困難を伴います」

 

老婆は険しい表情をしながらパニッシャーに語り掛ける。

 

「これは...この前よりも酷い状態になっています」

 

「もう、やめろ」

 

パニッシャーはそう短く答えた。これ以上の試みには意味がないと、彼等の苦しみを増やすだけだと言うかのように。

 

「でも、私たちにはまだチャンスがあります。獣の意志を信じて。あのアレスを倒した後ならば、きっと—」

 

「いや、もうたくさんだ!」

 

そう叫ぶと部屋に忍者のような装束を着た2名の人間が足早に入って来た。老婆はパニッシャーの意思をくみ上げ、部下たちに"患者"の処理させようとしているようだ。が、パニッシャーはそれは不要であり、自分自身の手で対処すると言い放ち、老婆と2名の忍者を部屋から追い出した。そして診察台に横たわる2体の"患者"を目に焼き付ける。

 

「マ……マ……」

 

そう言葉を"患者"の1体が呟くと同時に、パニッシャーは懐から刀をゆっくりと抜いた。

 

*****************************************************

 

「……!!」

 

悪夢から現実へと戻されたパニッシャーはこみ上げる嘔吐物を出さないように手で口を抑えながらテントを飛び出した。テントの前を流れる川に近付き、流れる水へと嘔吐した。ジャンヌ・オルタは心配になってパニッシャーにかけより、しゃがんだ状態で彼の背中をさすってあげる。

 

「大分うなされていたけど大丈夫?何か変な夢でも見たの?」

 

そう問いかけると、パニッシャーは無言のままだ。マリーもパニッシャーが心配になったようで駆け寄って来た。あの夢の中に出てきた老婆と2体の怪物は何だったのか。パニッシャーは自分にそう問いかけながら川を覗き込んでいた。そんなパニッシャーに対してジャンヌ・オルタは声をかける。

 

「ねぇ、アンタ本当に大丈夫?どんな悪夢を見たのよ?すっごいうなされてたけど」

 

そう言って再び背中をさする彼女に対して、パニッシャーは不愛想な口調で返答する。

 

「お前には関係ない……」

 

「何よ、人が心配してあげてるのにその態度は!」

 

「そっとしてあげて……。彼にとって嫌な夢だったでしょうから……」

 

マリーは2人の間に割って入り、パニッシャーをフォローする。

 

「えっと……大丈夫……?」

 

マリーも心配そうにパニッシャーの顔を覗き込む。

 

「あぁ……問題ない……大丈夫だ……」

 

そう言って立ち上がり、川から離れた。マリーとジャンヌ・オルタはパニッシャーの後に付いていき、出発の為にテントの片づけをする事にした。




パニッシャーさん……。


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