世界を救った勇者は俯きながら生きている。 (赤いUFO)
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魔法少女との出会い

『どうか、我らの世界をお救いください……勇者様方』

 

 そんな、漫画でしか知らないような台詞を自分に向けられるとは思わなかった。

 私達4人は、仲の良いお友達で。何をするのをいつも一緒で。

 そして、何処とも知れない世界へと突如喚び寄せられたのだ。

 戦った。

 元の世界に帰るために、必死で強くなって武器を振るった。

 ゲームに出てくるようなモンスターみたいな生物を殺した。

 人を、殺した。

 それでも私達は帰りたかった。

 なのに────。

 

『ゴメン……わたし、もうダメみたい……約束、守れな……』

 

『やだ……アタシ、まだ死にたくない……死にたくないよぉ……』

 

『彩那だけでも、生き残ってくれてよかった……後は、お願いね……』

 

 皆、居なくなった。

 帰って来られたのは、私だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日午前10時頃に、1ヶ月前から行方不明になっていた綾瀬彩那ちゃん(8)が海鳴公園で発見されました。彩那ちゃんは身体に傷を負っており、現在海鳴総合病院で治療を受けています。警察は彼女に慎重な事情聴取を行い行方不明になった他の子供達の捜索を────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある小学校の教室。

 朝のHRが始まる前の時間、生徒達は仲の良い友達と思い思いに談笑していた。

 HRが始まる5分前に開いているドアから1人の女子生徒が中に入ってきた。

 その生徒が入って来ると一瞬教室が静まり返る。

 頭の天辺から首まで肌の露出が殆んどなく巻かれた包帯。

 それは昨年度の3学期に復学してきた彼女の毎日の姿(かお)だった。

 誰に挨拶する訳でもなく、窓際にある自分の席に着くと、机には見るに絶えない罵詈雑言が書かれている。

 

『ミイラ女』

『人殺し』

『この学校から出ていけ』

『気持ちわるい』

『死ね』等々

 

 マジックで書かれた物も有れば、彫刻刀で彫られた物もある。

 それを特に気にした様子もなく、ランドセルをかけて席に座ると残りの時間を空をボーッと眺めて過ごす。

 周りが自分を見てヒソヒソと話すのも、指を差して笑うのも気にせず、ここに居ない者のように静かに過ごす。

 それが、綾瀬彩那の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りクラスメイトからのちょっかいもそこそこに学校での時間を過ごし、帰路に着いていると、あまりよろしくない感覚に彩那にしては珍しく険しい顔をする。

 

「魔力の気配。どうして……?」

 

 もう二度と感じたくなかった感覚に顔を顰める。

 

「近い……」

 

 荒々しい魔力を感じて彩那は懐から1枚のカードを取り出した。

 走りながら久しぶりに魔力を込めると一瞬、彩那の身体が光に包まれ、収まると彼女の身体は別の衣装へと変化していた。

 

「フッ!」

 

 呼吸と共に体に力を入れると弾かれるように大きく跳躍して魔力の出所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは神社の階段を登ると願いを叶える宝石、ジュエルシードによって凶暴化した犬の魔獣と対峙していた。

 まだ二度目の魔法少女としての活動に戸惑いつつも彼女の杖であるデバイスの指示通りに突っ込んでくる魔獣に対して魔法の盾を展開しようとする。

 だが、なのはと魔獣の間に上から何か────いや、誰かが落ちてきた。

 

「聖剣の守護を」

 

 呟くように口にした言葉と共に手にしている青い刀身の剣で受け止めるように前に出すと、凧形の魔法陣が現れ、魔獣の突進を遮る。

 

「誰……?」

 

 突然の乱入になのはは思わずそう呟いていた。

 背丈からして自分と同じ年くらいの女の子。

 自分が魔法少女なら相手の格好は騎士を連想する衣装だった。

 紺色のインナースーツに胴体や関節の邪魔にならない部分に鎧を装着し、青いマントを靡かせている。

 ただ気になったのは、顔全体に覆われた包帯だが。

 

「シッ!」

 

 呼吸と共に払うように剣を動かすと、魔獣が弾かれるように吹き飛ぶ。

 唸り声と共に地面を転がる魔獣。

 警戒を怠らずに剣を構えつつ包帯の少女は此方に質問を投げかけてきた。

 

「貴女」

 

「は、はい!?」

 

 話しかけられて思わず背筋を伸ばすなのは。

 

「アレ、斬って良いのかしら? それとも他に対処法が?」

 

 斬って良いのか? という質問になのはは慌てて訂正する。

 

「ま、待って! あの子はジュエルシードのせいでああなってしまっただけなの! 封印すれば大人しくなるから!」

 

「封印、ね。貴女にはそれが出来るという事で良いの?」

 

 顔半分を此方に向けて淡泊な声を返す包帯少女になのはコクコクと頷く。

 

「そう。なら私が動きを抑えるから、その封印とやらをお願いしても?」

 

 相手の質問になのはは頷く。

 思えば、先程守ってもらった時に封印すれば良かったのだ。

 突然の乱入者に思わず思考と動きが停止してしまった。

 自分の失態に気付き、なのはは気を引き締める。

 それを待たずに包帯少女は魔獣へと立ち向かっていく。

 

「すごい……」

 

 その動きに思わずなのはは感嘆の声を漏らした。

 魔獣の攻撃をギリギリのところで避けつつも時折先程のような魔法の盾を展開して敵をその場から大きく動かさないように抑え込んでいる。

 だけどその動きになのはも見惚れてばかりもいられない。

 与えられた自分の役割を果たさなければ。

 

「リリカルマジカル! ジュエルシード、封印!」

 

 自身のデバイスであるレイジングハートから放たれた桃色の閃光が魔獣を包む。

 これもギリギリのところで大きく下がった包帯少女は呆れとも怒っているとも判断できない声を出した。

 

「封印と言うから、もっと静かなのを想像してたけど、随分と攻撃的なのね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 現れたジュエルシードをレイジングハートの中へと収納してなのはは肩を小さくして謝る。

 思えば、先に言っておけば良かったと。

 突然あんな砲撃を見せられて驚いただろう。

 

「あ、あの! あなたも魔法使い、なの?」

 

 見た目は大分違うが、先程見せてくれた魔法になのははそう質問する。

 相手は困ったように首を振った。

 

「いいえ。私は"勇者"よ。少なくともそう呼ばれていた者」

 

 

 これが、新米魔法少女とかつて勇者として喚ばれた少女の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 



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協力関係

『本当に私達、戦争をさせられるのかな……』

 

 別世界に召喚されて数日訓練やこの世界に関する講義を受けさせられた私達。

 不安から同じ部屋でベッドに眠る皆に話しかける。

 この世界は戦争の真っ最中で、私達はこの国を勝たせる為に喚び出された。

 それが世界の為だと。

 私達4人は、この世界でも稀なほど大きな魔力を保持しているらしく、周りはそれを絶賛した。

 

『でも、地球に帰る為にはそうするしかないんだよね?』

 

 友達の1人であり、私達の中で1番小柄な体型に違わず怖がりな璃里ちゃんが震える声で確認する。

 それに答えたのはいつも冷静で皆の注意役だった冬美ちゃんだ。

 

『そうね。今は、そうするしかないと思う。他に行ける場所もないし』

 

 その声には現状に不満と憤りが籠っていた。

 

『お父さんとお母さんに会いたい……』

 

 璃里ちゃんが皆の気持ちを涙声で口にする。

 そこで渚ちゃんがガバッと体を起こした。

 

『だーいじょうぶ! 誰も居なくなったりしないよ! ボク達皆で帰るんだから!』

 

 いつも明るく、皆を引っ張ってくれた彼女が今も明るさを振り撒いてくれる。

 

『渚ちゃん……』

 

 彼女だって不安がないなんて事は無い。

 怖くない筈はない。

 それでも私達を元気付ける為に明るく振る舞ってくれる。

 

『冬美、璃里、彩那。絶対に皆で帰ろう! それまで、倒れちゃダメなんだから!』

 

 そう言って渚ちゃんが璃里ちゃんの頭を撫でる。

 彼女の存在こそが、私達の支えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々と言いたい事はあるけど、事情は大体呑み込めたわ」

 

 犬の魔獣を共同で封印した後に、近くの人気のない公園で高町なのはとユーノという名の喋るフェレットから事情を聞いた彩那は顔を手で覆う。

 

 事故により海鳴市にばら蒔かれたジュエルシードというロストロギア。

 それを回収するために魔力資質の高い高町なのはに協力してもらっているらしい。

 

「1つ確認したいのだけれど、本当に自分から協力を申し出たのね?」

 

 包帯越しに真剣な表情で問いかける彩那になのはは思わずコクコクと頷く。

 事情を話す前に簡単な自己紹介は既に済ませ、互いが同い年であると分かっている。

 

「う、うん。ユーノ君が困ってたし、わたしが力になれるならって」

 

「それなら、良いのだけど……」

 

 私達の時はそうじゃなかったから、と呟くがそれは相手には聞こえなかった。

 そこで喋るフェレットのユーノが問いかける。

 

「あの。あなたが使っていた魔法。僕達が使うミッド式とは違う魔法体系のようですけど、アレはいったい」

 

 目の前のフェレットが本来の姿じゃないなと思いつつ、そこは無視して話を進める。

 

「ホーランド式。私はそう呼んでる」

 

「ホーランド……」

 

 聞き覚えが有るのか無いのか。ユーノはその名を口にしつつ記憶を探る。

 

「ねぇ。高町さん? 話を聞いてると貴女、魔法も戦闘も素人の様だけど、このままそのジュエルシードとやらの封印を続けるつもり?」

 

「え? う、うん……」

 

 相手の重たい口調に何か悪いことをした気分になるなのは。

 しかしそれでも彼女の意思は固く、自分の想いを口にする。

 

「ユーノ君の力になりたいっていうのもあるけど、ジュエルシードで大変な事件が起きるのならわたしはそれをどうにかしたいの」

 

「なのは」

 

 少し躊躇いがちだが、真っ直ぐ彩那を見つめて答えるなのは。

 その瞳に彩那は。

 

「似てる……」

 

「え?」

 

 そこで話は終わりと彩那立ち上がった。

 

「あ、あの……」

 

「もしもジュエルシードの発動を感知したら、私も出来る限り現場に向かうわ。それと、困った事が有ったら念話で連絡を取りましょう」

 

「念話?」

 

 なのはが首を傾げると彩那はユーノに視線を向ける。

 

「はい。大丈夫です。なのは、念話については後で。あの、手伝ってくださるという事で良いんですよね?」

 

「えぇ。この町で起きている以上、他人事では居られないもの。あぁ、もちろん私が先にジュエルシードを見つけた場合もそちらに渡すと約束するわ。変な揉め事はゴメンだから」

 

 ユーノからすれば好条件の提示だった。

 なのはは魔法の才能はピカイチだが、やはり経験という面では不安が残る。

 先程の動きを見るに、彩那はかなりの経験豊富に見えた。

 だからこそ、管理外世界の彼女が何故魔法と関わったのか疑問なのだが。

「あ、あの! ありがとう、彩那ちゃん!」

 

「えぇ。それじゃあ高町さん。また会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからジュエルシードが発動したら現場で合流という形で協力する事となった魔法少女と元勇者。

 数回の共闘で基本的に彩那が敵を抑え込み、なのはが封印という戦術が自然と出来上がっていた。

 

 最初の出会いから少し経ったある日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、酷いわね」

 

 大きな樹木の幹が町の1部に広がっている。

 不幸中の幸いなのは、幹が動いて破壊活動をしたり、今より広がって被害が広がる様子が無いことか。

 

「手早く終わらせるに越した事はないけどね」

 

 誰に告げるのでもなく呟く彩那。

 4枚あるカードの内、1枚を取り出す。

 そこで、誰かの声が聞こえた。

 辺りを見渡すと、自分と同じくらいの女の子が樹の幹の上に居た。

 尤も、それほど高い位置ではないが、すぐ側に車椅子が転がっていることから、足が不自由なのかもしれない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 近くに寄ると向こうもこちらに気付く。

 取り敢えず幹から下ろすかと女の子がいる場所に登った。

 

「ゴメンなさい。少し我慢して」

 

「え? あっ!?」

 

 座っていた彼女を抱きかかえてそのまま飛び降りた。

 出来る限り衝撃を抑えて着地すると、向こうがマジマジと彩那を見る。

 包帯で顔を覆っているのだから当然かと思っていると、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「あの、もしかして綾瀬さん?」

 

「は?」

 

 突然名前を呼ばれて驚いていると、向こうが情報を足してくる。

 

「わたし、去年同じクラスやった八神はやてやけど。覚えてへん?」

 

「……ごめんなさい、覚えてないわ」

 

「あはは。仕方ないなぁ。話した事ないし」

 

 八神はやてが苦笑する。

 去年1ヶ月程行方不明だった綾瀬彩那。

 彼女が復学した際には顔を包帯で覆うという非常に目立つ風貌でやって来た為に、同じクラスだったはやても覚えていた。

 ただ、入れ替わるようにはやては身体の調子を理由に休学したので、彩那とその友人だった少女達が行方不明になる前は顔を合わせれば挨拶するくらいでまともに話した事はなかった。

 

「ありがとな。まさか、綾瀬さんに助けられるとは思わんかったわ」

 

「いいえ。それよりも────」

 

 そこでなのはから念話が入る。

 

『彩那ちゃん、ごめんなさい、わたし!』

 

 何やら焦っているような声音だ。

 

『この事態もジュエルシードに因るモノよね? 私も手伝いたいけど、巻き込まれた人が居て。その子を安全な場所まで送りたいのだけど。そっちは任せて良いかしら?』

 

『────っ!?』

 

 巻き込まれた、という台詞に息を呑むなのは。

 

『わ、分かった! こっちは何とかするから、その人をお願い!』

 

 念話が終わると八神はやてが不思議そうにこちらを見ている。

 

「ごめんなさい。この事態にちょっと困惑してて」

 

「あーうん。なんやろなコレ?」

 

「さぁ?」

 

 適当にしらばっくれて、八神はやてを車椅子に乗せる。

 幸い車椅子は壊れていなかった。

 

「取り敢えず、安全な場所まで送るわ。また何かあったら大変でしょう。自宅、でいいのかしら?」

 

「ありがとうございます」

 

 そのまま八神はやてを自宅まで送り届ける。

 目的地まで着くと、大樹が消えていった。

 八神はやてにはお礼にと家に招かれたが、まだ被害に遭った人が居るかもしれないからと断った。

 

 現場に向かう途中でユーノから念話を貰い、それに従いつつも被害に遭った人が居ないか確認しながら人気のない空地に移動すると、そこにはジュエルシードの爪痕が見える場所で高町なのはは佇んでいた。

 

「高町さん」

 

 声をかけるとなのははビクッと肩が跳ね、こちらへ振り向く。

 

「あ……わたし……」

 

 気落ちしている様子のなのはがポツリと話始めた。

 今日のお休みで、ジュエルシードの存在を感じ取りつつも気のせいだと思って無視してしまった事。

 そのせいでこの事件が起きてしまったと後悔を口にした。

 それを黙って聞き終えると彩那は分かったわ、頷く。

 

「高町さん」

 

「っ!?」

 

 平手打ちのポーズを取る彩那になのはは思わず目を瞑る。

 ペチン。

 しかし当たったビンタは、痛みなどない。撫でるようなモノだった。

 

「……」

 

 頬を押さえて目を丸くするなのは。

 

「これで制裁は終わり。貴女も、これ以上引きずるのはやめなさい。それだけ反省すれば充分よ」

 

「でも!」

 

 尚も罰を求めるなのはの頭に彩那は手を置く。

 

「高町さん。貴女は良くやっている。充分頑張ってる。それは私が保証する。だから不必要に自分を責めないでほしい」

 

「彩那ちゃん……」

 

 笑顔を浮かべる訳でなく、ただ頭を少し撫でると手を離した。

 しかしその表情は本心からなのはを労っていることが分かる。

 

「何だか彩那ちゃん、同い年とは思えないんだけど……」

 

「そうかしら?」

 

「ねぇ彩那ちゃん」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

 彩那にお礼を言うとなのはは待機状態のレイジングハートに触れる。

 次はこうはならないようにと自分を戒めながら。

 

 

 

 

 

 

 



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元勇者VS魔法少女

 この世界に来て何年経っただろう? 

 戦場を駆けて人を斬る事に躊躇わなくなってのはいつだったか。

 体は大きくなって。

 武器の重さはいつしか感じなくなった。

 自分の精神(こころ)に鍵を掛けて、必要以上の罪悪感に苛まれなくなった。

 どれくらいの人を殺したのかもう分からない。

 ただきっと、浴びた血の量は身体に流れる血の量より何倍も多いと云うことだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あ……ひっ!?』

 

 剣が岩を撫でると目の前の子供が怯えから掠れた声が漏れる。

 きっと、私達がこの世界に来たのと同じくらいかもう少し上だろう。

 その男の子は地面に転がっている自身の騎士を見渡す。

 

『シグ、ナ……シャ……ル……ザフィ、ラ……ヴィ、タちゃ……』

 

 騎士達の名を信じられないと言った表情で口にした。

 この男の子を守る4人の騎士は強敵だった。

 この4人を仕留めるだけでこちらは5倍近い兵が死亡、もしくは重傷を負ったのだ。

 自国の敗北を悟った騎士達はせめて主だけでもとこの山に逃げ込んだ。

 元々消耗していた騎士達をようやく討ち取る事に成功した。

 渚ちゃんが男の子を首を掴んだ。

 

『あうっ!?』

 

 刃を目に映して涙を溢す。

 この国は、酷い惨状だった。

 国のトップが私腹を肥やし、民は食べる物がなく、虫でたんぱく質を取り、濁った水で喉を潤す。

 限界だった。

 民が本来敵国である筈の自分達に助けを求める程に。

 そして目の前の男の子は、最後の王族だった。

 だけど、目の前の男の子が悪い訳じゃない。

 この子にとって衣食住揃っているのが当たり前だっただけだ。

 下にいる者の事を気にも止めず、親から与えられる贅沢を甘受していただけ。

 幼い子供にその判断が出来なかった事を誰が責められるだろう?

 少なくとも私達にはその資格はなかった。

 だけど、それでは納得出来ない者達がいる。

 

『やだ!? 僕、死にたくない! たすけて! 助けてよシグナッ!?』

 

 既に倒れた騎士達に助けを求める男の子。

 そんな子供に渚ちゃんは無表情なまま心臓に刃を進めた。

 

『ゴメンね。どうかボク達を恨んで、許さないで欲しい……』

 

 事切れた男の子から刃を抜いて血を払うと、カードの状態に戻す。

 

『今回の戦い、やっと終わったね……』

 

 私達に振り向いた渚ちゃんは笑っていた。

 

『帰ろう、みんな』

 

 だけどその頬は、目から落ちた雫でずっと濡れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャン! 

 図工の時間。教師が席を外している間に彩那が油絵の具で絵を描いていると突然頭から水を被せられた。

 それも絵の具を浸したバケツの水を。

 

(あー。絵、ダメになっちゃった)

 

 ぼんやりとそんな事を考える。

 そして、バケツの水をかけた張本人がニヤニヤと笑っていた。

 顔立ちはそれなりに良いのだが、意地の悪い内面が表情に滲み出ている少女。

 加賀有子。

 そして彼女の周りには友人というか、取り巻きと言えば良いのか、よく一緒にいる女子が同じように笑っている。

 無関係な生徒はまたか、と呆れるか。自分に被害が来ないようにチラチラと傍観している。

 

「アンタさぁ、そんな顔で良く学校に来れるわよね~」

 

 そんな顔、というのは彩那が巻いている包帯の事だろう。

 

「別に」

 

「アタシだったら、包帯をぐるぐる巻きにするような顔になったら生きていけないわ~」

 

「別に」

 

「綾瀬さんも、そんな周りに同情を買うような演技して恥ずかしくないの~? どうせ包帯の下、大したこと無いんでしょう?」

 

「別に」

 

 彩那の態度に段々と有子が苛立ちの表情になる。

 濡れた椅子を雑巾で拭こうと、有子が彩那の包帯に手を伸ばす。

 それに彩那は即座に有子の手首を掴む。

 

「触らないで」

 

 少し強めに握ると有子が痛そうに顔を歪める。

 

「何よ。やっぱり気にしてるんじゃない」

 

 そこで有子は更に意地の悪い笑みを深める。

 

「それにしてもおかしいわよねぇ。綾瀬さん1人だけ無事なんて。他の子達はアンタが殺したんでしょう?」

 

 まるでフィクションの探偵が推理で真犯人を指定するように有子は彩那を指差す。

 もしかしたら、彼女の中ではそういう演出でもされているのかもしれない。

 それに対して彩那の答えは────。

 

「別に」

 

 興味も無い淡泊な声で返した。

 その返しに有子が唇を噛んで睨むと、図工の担当教師が戻ってきた。

 教師は彩那を見るなりギョッとした。

 

「ど、どうしたの綾瀬さんっ!?」

 

 水浸しの彩那に詰め寄る教師。

 しかし答えたのは彩那ではなく有子だった。

 

「先生~。綾瀬さんがいきなり、自分のバケツを頭から被ってぇ! 周りの子のバケツを撒き散らそうとしたんです~! 私達はそれを止めようとして~」

 

 流石に有子の証言に鵜呑みにせずに彩那へ話しかけた。

 

「そうなの? 綾瀬さん」

 

「彩那さんは頭がおかしいから~。アタシ達には理解できない変なことを良くするんですよ~」

 

 ぶりっ子口調の有子の証言に取り巻き達も同調した。

 教師が彩那に話を聞いているから静かにと注意する。

 その光景を彩那他人事のように眺めてから。

 

「それで良いです。加賀さんの言った通りで」

 

 彩那は雑巾で水を拭くのを再開した。

 これらの嫌がらせも毎日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日、高町なのはが友人の家に遊びに行くらしく、彩那もどうかと誘われたが、ジュエルシード関連以外で接点を持つ気はなかったので、丁重にお断りした。

 何をするわけでもなく過ごしていると、既に感じ慣れた魔力の波動を感じ取る。

 

「少し、遠いわね」

 

 だが関係ない。

 察知したのなら行くだけだ。

 

 魔力で勇者服を編み、空を飛んで現場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは現状に困惑していた。

 ジュエルシードによって巨大化した親友の飼い猫。

 痛い思いをさせずにどうジュエルシードを封印するか考えていると突然乱入してきた黒いバリアジャケットを纏う金髪の魔法少女。

 それが巨大化した猫に襲いかかっている。

 

「やめて! ヒドイことをしないで!」

 

 思わず巨大猫を庇うなのは。

 その行動に向こうが敵と認識したのか、雷で出来た魔法のナイフが一斉に襲ってくる。

 なのははとっさにシールドの魔法を展開して相手の攻撃を防ぐ。

 こちらに戦う意志が無いことを伝えようとするが、一瞬で間合いを詰められ、相手が手にしているデバイスが振り下ろされようとしていた。

 鈍器に因る攻撃に目を閉じるが、その1撃はなのはに当たることなく金属音によって阻まれた。

 

「遅くなったわね。私有地だから、入るのに少し戸惑ってしまったわ」

 

 言って、払うように青い剣で弾く。

 ゆったりとした動作で構えを直すと、なのはに問いかける。

 

「これはどういう状況かしら?」

 

「わ、分からないの! すずかちゃんの猫が大きくなって、封印しようとしたらあの子が……!」

 

 問答無用で襲ってきたと説明する。

 少し考えてから彩那は相手に質問した。

 

「私達は、ジュエルシードの所有者であるユーノ・スクライアに協力してあの石を回収しているのだけど。貴女は何故ジュエルシードを狙うのかしら?」

 

 真っ先に考えたのは、ユーノがこれまで嘘を吐いていて、目の前の少女がジュエルシードの本当の持ち主。もしくは所有者に頼まれて回収している可能性。

 

(無いと思いたいけど)

 

 この状況ではユーノのこれまでの説明が本当とも嘘とも決められない。

 相手からの返答を待っていると、向こうも口を開く。

 

「どうかジュエルシードを渡して欲しい。貴女達に怪我をさせたくない」

 

「事情も話さず要求だけ言われてもね。言えないのなら、何か疚しい事でもあるの?」

 

「……」

 

 向こうが自分の周囲に先程と同じ雷の刃を生み出す。

 

「ランサー!」

 

(少なくとも、実力行使で黙らせようとする相手を気遣う理由はないわね)

 

 高速で向かってくる刃。

 

「聖剣の守護を!」

 

 シールドを展開して防ぐと発生する爆発。

 

『高町さん、ジュエルシードの封印を!』

 

『え?』

 

『早く!』

 

『う、うん!!』

 

 こっちはせっかく2対1なのだ。律儀に勝敗を決めてから封印する理由はない。

 背後に回ってデバイスを振り下ろす敵の攻撃を剣で防ぐ。

 

(思ったより速い)

 

 動きは荒いがちゃんと訓練を受けた者の動きだと感じた。

 

(なら!)

 

 聖剣を待機状態にし、別の剣を使う。

 

「霊剣の加護を!」

 

 聖剣が青いオーソドックスな西洋剣なら、霊剣は緑色の片刃。形状は日本刀に近い。

 1撃で怯ませ、自慢の速度でなのはを先に仕留めようとしたようだが、そうはいかない。

 

「え!?」

 

 速度を上げて金髪少女の横に追従する。

 

「ハッ!!」

 

 呼吸と共に振るった攻撃で相手を弾き、なのはと距離を取らせた。

 それで終わり。

 その攻防の隙になのはがジュエルシードを封印した。

 先にジュエルシードを封印された事に、向こうは悔しそうな顔をしていた。

 

「まだやる?」

 

 向かって来てジュエルシードを奪いにかかると思ったが、意外にも相手は背を向けてきた。

 

「ジュエルシードは諦めて欲しい。次に邪魔したら、容赦しない」

 

 そう言い残して飛び立って行った。

 

「何だったのかしら? 彼女」

 

「うん、でも……」

 

 着地すると同時に服装を私服に戻す。

 なのはあの少女の事が気になるようだ。

 

「なのは! お前何処に行って────」

 

 大学生くらいの青年がなのはを呼ぶが、途中で隣に立つ包帯少女に警戒する。

 ここは私有地である。

 お呼ばれしていない彩那がいるのはどう考えても不自然だ。

 

 こんな事なら高町なのはの誘いを受けていれば良かったと空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彩那は飛べます。
聖剣は防御。
霊剣は基礎能力の上昇と思って頂ければ。


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特訓

『これが、皆の"遺品"です』

 

 病院に訪れた皆の家族にずっと肌身離さず持っていた所持品を渡す。

 髪止めやリボン。壊れた腕時計。

 持って帰れたのはこれらだけだった。

 それらの物品に覚えのある家族は躊躇いがちに娘の遺品を受け取った。

 しばらく手にした遺品を見つめていると、親の1人が質問してきた。

 

『あの、娘達は、どうして……?』

 

 死んだのかという問い。

 だけどその質問に彩那は答える事が出来なかった。

 

『ごめんなさい……』

 

 握っている拳は震え、ベッドのシーツの上に雫が落ちる。

 異世界に行って、戦争をさせられて死んだなんてどう説明すれば良いのか分からない。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……』

 

 私なんかが生き残って、のこのこ帰って来て。

 

『ごめんなさい……』

 

 震える声でそう謝り続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで高町さん。念話で呼び出してどうしたのかしら? お願いという事だけど……」

 

 念話で急に相談を持ちかけられた彩那は指定された広い公園に訪れた。

 既に結界を敷かれ、外部から干渉を遮断している。

 なのはは自身のデバイスであるレイジングハートの杖を握って頭を下げた。

 

「あのね、彩那ちゃん。わたしに戦い方を教えて欲しいの!」

 

 なのはの突然の申し出に目を丸くする彩那。

 事情の説明を求めると、先日友人家族らと温泉旅行に行った際にジュエルシードを発見。

 その時に以前遭遇した金髪の少女、フェイトと遭遇した。

 結果は当然惨敗。

 温泉宿付近と賭けに使ったジュエルシードは向こうに確保されたらしい。

 

「だからね。次にフェイトちゃんに会った時にお話出来るように強くなりたいんだ」

 

「話をするだけなら私が捕まえても良いけど」

 

 以前少し武器を合わせての感想だが、彩那なら確実にフェイトを捕縛出来ると確信してる。

 それを聞いたなのはは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「それじゃあ意味ないの。わたしは自分の力でフェイトちゃんとお話ししたい。その為には先ず、わたしの事を認めて貰う事から始めるべきかなって」

 

 その為には力が必要だと。

 喧嘩はある程度同じレベルでなければ成立しない。

 力の差が有り過ぎればそれはイジメとなる。

 なのはとフェイト。今のところ2人の共通点はジュエルシードと魔法だけ。

 だから先ずはなのはの存在を認めさせなければ話も出来ない。

 その為に教えを乞うている。

 

「ダメ、かな……?」

 

 不安そうに頼むなのは。

 

「分かったわ。どこまで出来るかは分からないけど、協力する」

 

「いいの!?」

 

「私に不利益が在る訳じゃないし。この間は庇って貰ったから。そのお返しに」

 

 庇って貰った、というのは以前月村家への不法侵入の件だ。

 あの後に当然家主である月村忍も交えて問い詰められる形となったが、なのはがフォローしてくれたおかげでちょっとした注意程度で済んだ。

 

「にゃはは……あのときはむしろああしないと……」

 

 なのはからすれば寧ろ庇うのは当然の事で。

 その前に助けて貰った訳だし。

 このままお礼合戦になっても仕方ないので彩那は話を進める。

 

「でも私も人に物を教えるのが上手い方じゃないから、どこまで出来るかは保証できないわ」

 

 そもそも教え子を持った事がないのでどうなるかは分からない。

 それも格上相手に勝利出来るようにするとなると。

 

(こういうのは、冬美ちゃんが得意だったんだけどな)

 

 かつての親友を思いながら彩那は自分なりになのはを鍛える方法を考えた。

 

「取り敢えず、先ずは手本を見せるわね。高町さん、誘導弾で私を思いっきり攻撃してくれる?」

 

「えぇ!?」

 

 距離を離しながらの指示になのはギョッとする。

 

「大丈夫だから。出来るだけたくさんで速く動かして私に当ててみて」

 

 彩那の指示になのはは躊躇ったが、彼女を信頼して4つの誘導弾を出して発射する。

 まだ余力はあるが、やはり人に向けて撃つのには抵抗がある。

 速度を乗せて彩那に向かう誘導弾。

 

「!?」

 

 しかし彩那はすり抜けるようになのはの誘導弾を避ける。

 

「この程度?」

 

 挑発とも取れる彩那の言葉に少しだけムッとなり、なのはの4つの誘導弾を加速させた。

 だけど円を描いて踊るように動く彩那の体を掠りもしない。

 

「なら!」

 

 誘導弾を更に増やして彩那に向けて突撃させる。

 

「……」

 

 それに動じることなく、手を後ろに組んで目を瞑ると、ゆらりと体を揺らして避け続けた。

 暖簾の腕押し。

 そんな言葉が浮かぶ程にギリギリで。しかし余裕を持って避けている。

 数分の奮闘も空しく、なのはの攻撃は1発も当たらなかった。

 

「こんなところかしら」

 

 フーっと息を吐く彩那になのはは称賛の声を上げた。

 

「スゴい! スゴいよ彩那ちゃん! どうしたらあんなことが出来るの!?」

 

 感激した様子のなのはに彩那は説明する。

 

「私達魔法を使える人間は、魔力を感知する能力を持ってる。それを鍛えていけば、今みたいな事も可能になるのよ」

 

 これまでもジュエルシードの発動を感知出来たように、これは延長線上の技術だと説明する。

 

「それを研ぎ澄ますと、五感よりもはっきり相手の攻撃を察知することができる。逆に相手の魔力防御の薄い部分を狙ったり、遠くに離れた相手でも手に取るように攻撃を当てられるようにもなる。と言っても、私はそこまで遠距離攻撃が得意じゃないから人伝だけど」

 

 かつての親友達の会話を思い出しながら答える。

 

「この感覚自体は一朝一夕で身に付く物じゃないから、先ずは攻撃に対して目を瞑らない事から始めましょう。今度は私が誘導弾で攻撃するから、出来る限り避けたり防いだりしてみて。あぁ、もちろん怪我をさせないようにギリギリで消すから」

 

 彩那の発言になのはの肩に乗っていたユーノが疑問を口にする。

 

「あの、そんな手間かけなくても、非殺傷設定にすれば良いんじゃ?」

 

 ユーノの言葉に彩那は目を丸くして首を傾げる。

 

「非殺傷設定って何?」

 

「…………えぇっ!?」

 

 彩那の返答にユーノ大きな声を出した。

 

「ちょ、ちょっと待って! もしかしてそのデバイス、非殺傷設定がないの!」

 

「うん。だからその非殺傷設定ってなんなのかしら? 話を聞いてるとそれが有るのが当たり前みたいに聞こえるんだけど」

 

 彩那の問いにユーノは更に驚く。

 ユーノの説明では魔力で肉体や物体を傷付けるのではなくショックダメージで相手の意識を奪う機能らしい。

 もちろんそれも完璧ではないが、人に向ける際にはこの機能が時空監理局によって義務付けられている。

 

「要するにゴム弾みたいな物かしら? それと時空管理局って?」

 

「そ、それも知らないの? 次元世界で広く活動してる治安維持組織だよ? 地球みたいに魔法や時空航行技術がない管理外世界ならともかく、魔法を使える人と接点が有れば名前くらいは聞くと思うんだけど……」

 

 あまりの驚きから丁寧な口調からフランクな物へと変わる。

 

「聞いた事がないわね。ミッド式の使い手とは何度か戦った事があるけど、非殺傷設定なんて便利な物を使ってる魔導師を見たことがないし」

 

「そんな筈は……」

 

 ぶつぶつと考え込むユーノ。

 彩那の中でその事は一旦置いておき、なのはと話を進める。

 

「時間も限られているし、早速始めましょう。高町さんはとにかく攻撃に対して目を瞑らないこと」

 

「で、でも危ないんじゃ……」

 

 さっきの話を聞いて物怖じしてしまったようだ。

 

「ならやめる? 私はそれでもよいのだけど」

 

 言い始めたのはなのはの方。やめたいと言うなら止めはしない。

 僅かに躊躇いを見せた物の、なのはは強い意思を瞳に宿す。

 

「ううん、やって! 遠慮はいらないから!」

 

「なのはがもしも怪我をしたら僕が魔法で治療するよ」

 

「なら安心ね。私もそこまで威力を出すつもり無いし」

 

 彩那はポーチに収めているカードを1枚取り出す。

 

「魔剣の災禍を」

 

 カードはまた別の形だった。

 映画の海賊が持っているような剣を1回り大きくして禍々しくした感じの剣。

 刀身が赤く、血管が脈打っているような錯覚を覚える。

 勇者服に身を包んだ彩那がゆっくりと空へと上がり、なのはに刀身を向けるとナイフの形をした誘導弾が5個生み出される。

 

「始めましょう」

 

 その言葉が特訓(地獄)の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら! シールドを全体に張って縮こまらない!」

 

「そ、そんな事を言ったって!」

 

 高速で飛来してくる魔力の刃。

 それがなのはの防御を喰い破ろうと襲いかかってくる。

 なのはは自分の誘導弾が亀に思える程に彩那の攻撃が苛烈で目を回していた。

 しかも形が刃物なだけに余計恐怖を煽る。

 最早度胸付けというよりもトラウマを植え付けられそうだ。

 

「えい!」

 

 敵の攻撃の隙間を突いて距離を取り、なのはも誘導弾を発射する。

 しかし、彩那はその場から動かずなのはの攻撃に使っていた誘導刃を自分の方へと方向転換し、襲いかかる誘導弾を相殺した。

 

「その調子よ。ご褒美にもっと数を増やしましょう」

 

 10を越える誘導刃を出現させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はこのくらいにしましょう」

 

「えっと、まだ大丈夫だよ?」

 

 ようやく目が慣れて攻撃に対して目を瞑らなくなったなのは。

 しかし彩那は首を振る。

 

「ジュエルシードがいつ発動するか分からないもの。余力は残して置かないと。それにそろそろ暗くなるし、遅くなるとご家族も心配するでしょう?」

 

「そっか。そうだよね」

 

 目の前の訓練に夢中だったが、ジュエルシードの事も考えないといけないのだ。

 結界を解き、公園の入り口まで歩く。

 

「ありがとう、彩那ちゃん。わたしのワガママを聞いてくれて」

 

「どういたしまして。明日も放課後、この公園で良い?」

 

「うん! お願い!」

 

 元気良くなのはが返事を返すと、なのはの知らない女の子が話しかけてくる。

 

「あらー? 誰かと思ったら綾瀬さんじゃない」

 

 近づいてきたのは彩那のクラスメイトである加賀有子だった。

 

「彩那ちゃん、知り合い?」

 

「ただのクラスメイト」

 

「ただの、何てヒドイわぁ。毎日あんなに構ってあげてるのにね」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべている有子の表情をなのはは嫌だな、と思った。

 今は親友であるアリサは同じく親友であるすずかのカチューシャを取ってからかっていた事がある。

 その時のいざこざがあって仲良くなった訳だが。

 有子の今の表情がその時のアリサを思い起こす。

 しかし、ここまで悪意に塗れた笑みをなのはは知らなかった。

 

「学校で友達が出来ないからって他校の子と仲良くしてたのね。あなたも大変ね。こんなのに付きまとわれて」

 

「どういう、意味?」

 

 突然こちらに話を振られて身構えるなのは。

 

「知らないのね。まぁ知ってたらこんな奴と一緒に居られないわよねぇ?」

 

 有子の笑みが深まる。

 

「こいつはね。友達を見捨てて1人だけ生き残った人殺しなのよ」

 

 有子の言葉になのはは理解が追い付かなかった。

 それをどう思ったのか、有子は話を続ける。

 

「綾瀬さんはね。去年友達3人と一緒に行方不明になったの。でも帰って来たのは綾瀬さんだけだった。どうしてかしらねぇ? きっと綾瀬さんが他の子を見捨てたに違いないわ。だって皆そう言ってるもの。その上こんな包帯で顔に巻いて帰って来て。気味悪いったら。私達皆迷惑してるのよ」

 

 胃が重くなるような有子の話と笑みになのはの表情が自然と険しくなる。

 

「どうして、そんなひどいことが言えるの?」

 

 そうした事件が遭ったとしても、有子の話は憶測ばかりで何の証拠もない。

 確かに最初顔の包帯を見た時は驚いたが、それ以上になのはは彩那の素敵なところを知っている。

 初めて会った時は助けてくれて、今日もこうして特訓に付き合ってくれてる。

 そういう事件が遭ったとして、どうして彩那が悪し様に言われなければいけないのか。

 

「謝って……」

 

「はぁ?」

 

「彩那ちゃんに謝って!」

 

 突然声を荒らげるなのはに有子は鼻で笑った。

 

「何をムキになってるの? 引くんだけど」

 

 真面目に取り合わず、ふざけた対応をする有子に思わずなのはは手が出そうになったが、直前に彩那がその手を引いた。

 

「彩那ちゃん!?」

 

「行きましょう、高町さん」

 

 その場を離れると有子が何か言っていたが、無視する。

 有子が見えなくなると彩那が謝罪した。

 

「ごめんなさい。不快な思いをさせて」

 

「彩那ちゃんが謝ることじゃないよ」

 

「さっきのことは忘れて」

 

「え……?」

 

「お願い」

 

 少し疲れた声音でそう言われれば、なのはも頷くしかない。

 

(わたし彩那ちゃんの事を何も知らない)

 

 ここ最近、一緒に行動して相手を知った気になっていたのではないか。

 彩那の事を良く知らないのに。

 

(いつか、話してくれるのかな?)

 

 フェイトだけでなく、目の前の力になってくれる少女の事もちゃんと知りたいと、なのはは強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




非殺傷設定って砲撃魔法みたいなのなら分かるけど、デバイスで直接叩いたり斬ったりする場合はどうなってるんだろ?


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お試し封印

『……実は、婚約しないかと話が来たんだ』

 

 王都内にある高級料亭の個室で冬美ちゃんが相談してきた。

 その話に席を立って反応したのが渚ちゃんだった。

 

『え? えぇえええぇええっ!? 誰!! 誰と!?』

 

『あ、あぁ。第二部隊長からだけど』

 

『第二部隊長ってあの貴族の次男さん!! わぁ! 玉の輿だね!』

 

 キャーキャーと騒ぐ渚ちゃんとは対象的に、私と璃里ちゃんの反応は落ち着いた物だった。

 

『やはり2人は気付いていたのか?』

 

『そうなの!』

 

『う、うん。冬美ちゃんとあの人がいっしょに居るところをよく見かけたから』

 

 私の言葉に璃里ちゃんがコクコクと頷く。

 その反応に渚ちゃんが不満そうな顔をする。

 

『何で教えてくれなかったのさ!』

 

『色恋沙汰なんて吹聴することじゃないかなって……』

 

 璃里ちゃんの言葉に渚ちゃんが自分だけ気付かなかった事の羞恥からテーブルの食事を口に詰め込む。

 

『それでどうするの? 返事は』

 

『うん。悩んでる。この世界に来てもうかなり経つ。帰りたい気持ちは当然有るが、この国にもそれなりに愛着があるからな』

 

 戦争に巻き込まれたが、この世界での出来事全てが嫌な思い出ばかりじゃない。

 親しい友人もそれなりに出来た。

 そして地球に帰れば、2度とこの世界には来られない。

 皆で地球に帰ろうという私達との約束もある。

 だから冬美ちゃんは迷っている。

 

『ボクはどっちを選んでも応援するよ』

 

『渚……』

 

『離れ離れになるのは淋しいけど、それが冬美が本心から選んだ答えならね。どんな形であれ、幸せになってくれるのが1番だもん』

 

『ありがとう。まだ答えは出ないが、私なりに真剣に考えるつもりだ』

 

 冬美が食事を続ける。

 その後は3人で冬美ちゃんを質問責めにした。

 でも、この時は考えもしなかった。

 この1週間後に、冬美ちゃんが●んでしまうなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も高町なのはは綾瀬彩那の訓練を受けていた。

 彩那が生み出した小さな魔力の刃達を回避、もしくは撃ち落とす。

 例えばこんな風に。

 なのはは全力で上昇し、追ってくる魔力刃を集める。

 振り返ると同時に砲撃魔法を撃つ。

 

「ディバインバスター!」

 

 1ヶ所に集まっていた彩那の魔力刃は一網打尽にされる。

 しかしここで油断してはいけないと経験で知っている。

 

「そこだね!」

 

 背後から迫った彩那がなのはに聖剣を振り下ろすが、防御魔法で防ぐ。

 防がれると彩那は即座に剣を離し、一瞬で左側に移動して剣を振るう。

 そして止まることなく今度は右に。

 まるで縄が巻き付いてくるようだとなのはは思った。

 彩那の攻撃は日に日に苛烈さを増し、今もこうして防戦一方だった。

 

「ハァッ!」

 

 なのはに蹴りを見舞い、バランスを崩したところで斬りかかろうとした。

 

 ピピピピピピ。

 

 訓練終了の合図である電子音がレイジングハートから鳴る。

 その音に彩那は剣を止めた。

 

「あ、ありがとうございました~……」

 

 地面に降りたなのはは疲れた様子で大きく息を吐き出す。

 へとへとだが、2時間も休憩すれば充分に元気を取り戻すだろう。

 近くの自販機で小さいペットボトルの飲み物を購入する。

 

「スポーツドリンクで良かったら」

 

「ありがとう……」

 

 ありがたく水分補給をするなのは。

 なのはがボトルを飲み終えると彩那が話しかける。

 

「それにしてもスゴいわね、高町さん。たった数日でここまで上達するとは思わなかった」

 

「うん。どんどん上達して、僕が教えられる事もすぐに無くなりそうだよ」

 

 2人に褒められて照れるが、なのはとしてあまり実感がない。

 

「うーん。わたしとしてはいっぱいいっぱいで目を回してるんだけど」

 

「そうなるように毎日追い込んでるもの」

 

(今、サラッとスゴいこと言った……)

 

 頼んだのはなのはからなので文句はないが、当然のように言わないで欲しい。

 

「私が魔法を覚え始めた頃はこうは行かなかったわ」

 

 その台詞になのはは興味を覚える。

 

「聞いて良いかな? 彩那ちゃんがどうして魔法と関わったのか」

 

 その話題にはユーノも興味があるのか顔を上げる。

 しかし彩那は首を横に振った。

 

「ごめんなさい。あの時の事はあまり思い出したくないの。楽しかった事や嬉しかった事はそれなりにあるけど、それ以上に辛い思い出が多すぎるから」

 

 空に向かって重たい息を吐く。

 

「そっか……」

 

 だからなのはもこれ以上は訊かなかった。

 きっと、今無理に訊こうとすれば、彩那を傷付けてしまうと思って。

 彩那が傷付かずに心の内を明かして貰える方法をなのはは知らなかった。

 

「それじゃあ高町さん。何もなければ、また明日」

 

 いつも通りの別れの挨拶。

 彩那が見えなくなるとなのはも立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて無茶を……!」

 

 空を疾走しながら彩那は毒づいていた。

 ジュエルシードが在ると思われる場所に魔力をぶつけて強制的に発動させる。

 反応した数にも依るが、良くて複数のジュエルシードの発動。

 悪ければ、暴発する可能性もある。

 そうなれば、結界を敷いても表側への被害が出る可能性がある。既に隔離結界は敷かれており、その一部を切り取って中へと侵入した。

 

「彩那!」

 

「スクライア君、状況は?」

 

「うん! 分かってると思うけど、魔力を当てて無理矢理ジュエルシードを発動させたみたいだ! 今はなのはとあのフェイトって子が闘ってる! 幸い、発動したのが1個だけだったみたいだけど」

 

「そう。なら、術式が違うから出来るかどうか分からないけど、私がジュエルシードを封印してみるわ。少なくとも、魔力の暴走を抑える事くらい────」

 

「どりゃあぁあああああっ!?」

 

 そう言ってカードになっている剣に変えようとすると、雄叫びと共にオレンジ色の髪の女性が襲ってきた。

 跳んで避けると、向こうが舌打ちをする。

 

「フェイトの邪魔はさせないよ!」

 

 動物の耳と尻尾を生やした女性。

 

「使い魔か。嫌な事を思い出すわね」

 

 小さく息を吐く彩那。

 彼女が居た世界では戦争の真っ只中であり、当然その中には常軌を逸した作戦を取る勢力もあった。

 例えば、契約した使い魔の身体の中に敵に触れたら自爆するように術式が組まれ、次々と自爆特攻させられる、とかだ。

 爆発の規模は使い魔のリンカーコアによって異なり、1体の爆発で3人の兵が殺された事もある。

 と、今は関係の無い過去に浸るのを止め、聖剣を抜く。

 

「アンタが以前フェイトの邪魔をした奴かい!」

 

「アレの所有権がスクライア君に有る以上、邪魔してるのはそちらだと思うのですが……」

 

「ごちゃごちゃとウルサイんだよ!」

 

 突撃してくるフェイトの使い魔であるアルフ。

 上空ではなのはとフェイトが派手に闘り合っている光景が見えた。

 

(これ以上派手に魔力を発散させてジュエルシードを刺激したくないわね)

 

 なのはにもそう言いたいが、そうなれば即座にフェイトに撃墜されるだろう。

 力の差は歴然なのだから。

 彩那は身長差を利用しつつアルフの拳を回避に徹した。

 

「このっ!」

 

 焦れて回し蹴りを繰り出してくるが右腕で防御する体勢を取る。

 

「バウンドガード」

 

 手の甲の部分に展開された凧形の魔法陣。

 硬度ではなく、弾力で弾く。

 バランスを崩したアルフに彩那はクルリと回り、伸びたマントが相手の頭部に巻き付く。

 混乱している敵の鼻っ面に肘鉄を叩き込んだ。

 

「た~っ! このヤロッ!?」

 

 巻き付いたマントが解けると鼻を押さえて恨めしそうに彩那を見る。

 このまま大人しくなるまで叩きのめすのは時間がかかりそうだと判断してユーノに機を見て拘束するように念話で伝えようとする。

 しかしその前に事態が動いた。

 なのはとフェイトが同時に発した砲撃がジュエルシードを挟んで衝突し、影響を受けたジュエルシードの魔力が暴れ回る。

 

「ちっ!」

 

 聖剣を戻し、別の剣を取り出し、ジュエルシードへと走る彩那。

 フェイトも此方に来ているが、初動の早かった彩那の方が先に辿り着く。

 

「王剣の支配をっ!」

 

 カードが形を変える。

 それは金色で切っ先に続く刀身が筒のような円形。突撃槍を小さくしたような剣だった。

 逆手に構えた彩那がジュエルシードに王剣の切っ先が触れる。

 

(こんな魔力が暴発したら、どれだけの被害になるかっ!)

 

 自分の予想に冷や汗を掻きつつも、暴走する魔力を抑える事に全力を注ぐ。しかし荒々しい魔力の波は止まらない。

 

(仕方ない、封印を解いて――――)

 

 そう考えた直後。彩那の体がジュエルシードから弾かれた。

 

「彩那ちゃんっ!?」

 

 大きく吹き飛ばされた彩那を心配するなのはだが、本人は綺麗に着地して見せた。

 暴走していた魔力は穏やかな水面のように鎮まり返っている。

 そしてジュエルシードを手にしたのは近くに居たフェイトだった。

 だがその顔は嬉しさよりも、申し訳無さの方が目立っていた。

 

「あの……────!」

 

 一瞬何かを言おうとしていたが、止めて身を翻して空へと飛び去って行く。

 アルフも念話で指示されたのか、この場から去ってしまった。

 なのはとユーノが近づくと、彩那は剣をカードに戻す。

 

「ごめんなさい。ジュエルシードを取られてしまったわ」

 

「アレは仕方ないよ。魔力の暴走を止められただけでも良しとしないと」

 

「そう言ってくれると」

 

 なのはの方は自分達の戦闘でジュエルシードの暴走を引き起こした事を気にしているようだ。

 だから、彩那はなのはの頭を撫でた。

 

「あの子とちゃんと闘えてたわね。ここ数日の特訓は無駄じゃなかったみたいで良かったわ」

 

 彩那なりに場を和ませようと発した言葉。

 

「うん……ありがとう彩那ちゃん」

 

 だからなのはも笑ってそう返した。

 

 

 

 

 

 




次回は管理局の登場回です。


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時空管理局

 初めて友達が死んだ。

 棺の中で眠る冬美ちゃんを見てもイマイチ現実感が湧かなかった。

 綺麗に化粧を施されて眠る彼女は今にも起き出しそうだ。

 璃里ちゃんは献花する花を手に既に涙を流している。

 渚ちゃんは俯いて握り拳を震わせていた。

 この世界に来てそれなりの年数が経過している。

 共に戦場に立ち駆け抜けた人達は誰もが冬美ちゃんの死を悼んでくれた。

 だが遠巻きには心無い声もある。

 

『まったく。決戦も近いというのに、勇者に欠落なんて』

 

『新たな勇者を喚ぶにもな……』

 

『こちらの予定を狂わせてからに』

 

 そして次に聞こえた言葉に思わずカードになっている聖剣に手が伸びた。

 

『あれだけ優遇してやったというのに、死んでしまっては価値がない。とんだハズレだったな、アレは』

 

 勝手に呼び出して、戦争をさせた癖にこの言い草。

 普段冷静に振る舞っていた冬美ちゃんがこの世界に喚ばれてどれだけ傷付いたか。

 当たり前の生活を奪われた私達の気持ちを知りもしないで。

 聖剣を抜いて暴れたくなる心境になると、パチン、と頬を張る音がした。

 冬美ちゃんの死を侮辱した貴族の頬を叩いたのは私達と同い年の少女であり、この国の王女であるティファナ・ホーランドだった。

 

『この国の。そしてこの世界の為にと戦いに身を投じてくれた勇者に対して、何と言う事を言うのです。貴方のような方が我が国に居る事は恥です。即刻、この場から立ち去りなさい!』

 

 毅然とした態度で貴族を睨む王女。

 しどろもどろ言い訳をしていたが、王女が騎士に命じて退席させた。

 

『我が国の者が申し訳ありません、勇者様方』

 

 そう言って頭を下げる王女。

 彼女とは年齢が同じであることからプライベートでは気心知れた友人だった。

 この世界に喚ばれた頃はよく一緒に行動していた。

 ティファナ王女が棺に献花する。

 

『ごめんなさい、フユミ。せめて貴女を、故郷の地で眠らせてあげたかった』

 

 涙は流さなかったが、その姿は本当に冬美ちゃんの死を悲しんでくれているのだと、少しだけ救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那は親の目を盗んでジュエルシードの現場へと急行していた。

 ここ最近帰りが遅かったり、家を抜け出していることがバレた。

 過去に行方不明になった彩那は両親からの多大な心配をされている。

 今でこそある程度の自由が許されているが、この世界に戻った当初はほぼ監視されているのと変わらない程に側を離れたがらなかった。

 なのはとの訓練を早めに切り上げるのはそういう理由もある。

 

 感覚からジュエルシードの暴走は治まっているようだが。

 現場と思われる公園に着くとそこには、黒いコートを着た少年がなのはに(デバイス)を向けて、フェイトと挟む形となっている。

 

(まずいっ!?)

 

 なのはのピンチにぞっとして大急ぎで1本の剣を抜く。

 

「魔剣の災禍をっ!」

 

「んっ?」

 

 黒いコートの少年は直前で彩那に気付き、振るった1撃をデバイスで防御するが、力ずくでなのはから距離を取らせた。

 

「くっ!? なにをっ!!」

 

「彩那ちゃん!?」

 

「遅れてごめんなさい。援護をお願い!」

 

 誘導刃を4つ生み出し、黒コートの少年に向けて発射した。

 刃が3つ先行し、少年が咄嗟に張ったシールドに直撃する。

 派手な爆発を起こし、目眩ましをして背後に最後の1つが迫る。

 

「ナメるな!」

 

 直前で誘導弾を撃ったことで相殺し、同時に接近した彩那の剣をデバイスで受け止める。

 

「おい! これ以上の攻撃は、公務執行妨害になるぞ!」

 

「何を警察みたいな事を!」

 

 一旦距離を取って構えを直す。

 何故かフェイト達は撤退したらしい。

 

(仲間じゃない?)

 

 なのはが挟まれていたことで焦ったが、もしかしたらフェイトの仲間ではない可能性が浮上する。

 そこでユーノが声を上げた。

 

「待って彩那! 彼は時空管理局の局員だよ!」

 

 以前聞いた組織の名前に彩那は警戒を解かないまま、ゆっくりとなのはの近くまで移動する。

 睨み合う状態が1分続いたが、相手の方が構えを解いた。

 

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。君達には今回の事件に関して説明を求めたい」

 

 相手の態度から嘘は感じない。

 あの世界でそれなりに悪意と嘘に揉まれた彩那には人を見る目にはそれなりに自信があった。

 だがそれでも疑問がある。

 

「私や高町さんと然して変わらない男子に見えますが?」

 

 ユーノに念話で確認を取る。

 管理局に対してある程度信用出来る情報源が彼だけだからだ。

 

『うん。管理局っていうか、次元世界では僕達くらいの年齢の子が仕事をするのは珍しいけどそれなりに居るよ。執務官はかなりのエリートだけど』

 

 僕達、という事はユーノも彩那達と同いくらいの年齢なのだろうか? 

 後で訊いて見ようと思っているとクロノが眉間にしわを寄せて少し不愉快そうな表情になる。

 

「何か思い違いをしているようだが、僕はこう見えても14だ」

 

『えぇっ!?』

 

 なのはとユーノが声をハモらせて驚く。

 彩那も声にこそ出さないが瞬きをして呆けた顔になる。

 本人も顔や背丈が低く見られる外見を自覚しているのだろう。それ以上は態度に出ることはなかった。

 

 しかし、管理局という組織が自分達にとって害がないと判断して警戒を解く理由にはならず、膠着していると、空間にテレビ画面の映像のような物が映し出される。

 その枠からは、緑色の髪の女性が映っていた。

 その人物がこちらに話しかけてくる。

 

『時空管理局提督リンディ・ハラオウンです。どうやら複雑な事情があるようですが、どうかこれまでの経緯を聞かせてもらえませんか? もちろん、あなた方に危害を加えない事をお約束します』

 

 それを聞いても引かない彩那にユーノが念話で話しかける。

 

『この人達が管理局なら手荒いことはしないと思う。僕も向こうに確かめなきゃいけない事があるから』

 

 ここは従って欲しいという旨を話す。

 そこまで言って武器を納めた。

 これ以上膠着していても仕方ない面もある。

 

「分かりました。そちらに従います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内されたのはアニメにでも出てきそうな宇宙戦艦みたいな物の中だった。

 それと先程の戦闘はフェイトを捕らえようとして動いたクロノが彼女に攻撃しようとしてそれを止めようとなのはが割って入ったらしい。

 それが離れた所から見た彩那には挟み撃ちにしているように見えただけ。

 

(巨大ロボットとか置かれてたりして)

 

 そんな馬鹿な予想を立てつつ、ここまでの道順を頭に入れている。

 すると途中でクロノが足を止めた。

 

「君達も、もうバリアジャケットを解いて楽にしてもらって構わない」

 

 言われてみれば、いつまでも戦闘状態で居られると向こうが安心できないのだろう。

 実際クロノの方も先ほどの黒コートではなく、ジャージのような服に変わっている。

 

 すぐにバリアジャケットを解除しようとするなのはに念のため警告しておく。

 

『ここでバリアジャケットを解くのは構わないけど、すぐに再装着出来るように気構えていて。本当に私達にとって味方なのか、まだ分からないから』

 

『え? う、うん。分かった』

 

 彩那となのはが同時に防護服を解き、私服に変わる。

 

「その顔の包帯は?」

 

「昔、顔に傷を。それに醜女の素顔なんて見ても気を悪くするだけでしょう?」

 

「……それは失礼」

 

 どうやら、素顔を隠すための偽装だと思っているようだ。

 まぁ、首から上の殆どに包帯が巻かれているので、不審に思うのも無理はないが。

 そこでクロノの視線がユーノに移る。

 

「君も、いつまでその姿でいるんだ?」

 

「あ、そうですね。ずっとこの姿で居たから」

 

 そう言ってフェレットが発光すると中の影がだんだんと大きくなり、人型のシルエットを映す。

 それが収まると出てきたのは、なのは達と同い年くらいの中性的な見た目の少年だった。

 

「え? えぇっ!? どういうこと~」

 

 ユーノの姿に1人混乱するなのは。

 その反応にユーノもアレ? と首を傾げる。

 

「初めて会った時、こっちの姿だったよね?」

 

「違う! 違うよ~!? フェレットの姿だった! そ、それに彩那ちゃんは何で平然としてるの! もしかして知ってたの!」

 

「いいえ。ただ、スクライア君の魔力の感じから偽装が施されているのは分かってたから。高町さんも知っているものかと思って」

 

 彩那の言葉になのははどう返せば良いのか分からず頭を抱えている。

 

「君達の中で食い違いがあったようだが、悪いがそれは後にしてくれ。艦長を待たせてるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尋問室のような狭く暗い場所にでも案内されるのかと思ったが、通されたのは異様な場所だった。

 そこそこの広さのある部屋で何故か畳が敷かれている。

 盆には急須や湯呑みが置かれている。

 その室内になのはも彩那もなのはも唖然としている。

 その中心に座っているのはリンディと名乗った先程の女性。

 

「こちらの要請に応えて頂きありがとうございます。お名前をお聞きしても?」

 

「あ、はい! ユーノ君のお手伝いをしている高町なのはです!」

 

「同じく、綾瀬彩那です」

 

「2人に手伝ってもらっている、ユーノ・スクライアです!」

 

 

 そこからはユーノが先ず、今回の事件の経緯を説明した。

 もちろんこれまで2人が関わった経緯を含めて。

 単独でジュエルシードを封印しようとしたユーノの行動をクロノは無謀と口にする。

 

(そう思うなら、もっと早くに来て欲しかったけど)

 

 フェイト達が介入してくる前もジュエルシードは暴走していた事件。

 そのどれもが、大きな被害をもたらす物だった。

 それらをユーノ達なりに最小の被害で食い止めたのだから、無謀の一言で切らないで欲しい

 そこからはロストロギアと呼ばれる遺物に関する説明を受ける。

 失われた世界に遺された技術の結晶。

 それは時に世界さえ滅ぼすことの可能な危険な物だと。

 その説明を終えるとリンディが決定を口にした。

 

「これより、ロストロギアであるジュエルシードの回収はアースラが全権を持ちます」

 

 その決定になのはとユーノが驚く。

 

「君達もこれまでの事は忘れて、それぞれの生活に戻ると良い」

 

 クロノもこちらを気遣う口調でそう言っていた。

 これも当然の事だ。

 ちゃんとノウハウがあり、対処出来る組織があるのなら、そちらがどうにかする方が確実だろう。

 素人が手出しして事態を悪化させる方が問題だ。

 当事者の感情はともかく。

 

 そこで、これまで無言だった彩那が手を挙げた。

 

「少し、よろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 



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ブラックボックス

ホーランド式の魔法陣が召喚魔法の物と被ると気付いたので菱形から凧形に変えました。


『これだから帝国の兵器は……っ!』

 

 愚痴を溢しながら空を駆けて要塞の攻撃をやり過ごす。

 戦争も終盤になり、王国と帝国の二極化していた。

 元より兵士の数はそこまで多くない帝国だが、技術力は他の国を上回っており、そのお陰で勝ち残ってきた。

 現在対処してる要塞は物理、魔法問わず外側からの攻撃を通さないくせに、中からは撃ち放題というデタラメ仕様。

 

(中に潜入した渚ちゃんと璃里ちゃんが防壁を何とかするまで持ちこたえないと!)

 

 既に此方の兵の2割も落とされている。

 私も何とかフォローに回っているが、如何せん弾幕が厚すぎる。

 向こうの弾幕に反撃しようとする兵を制止する。

 

『下手に攻撃しないで! 生き残る事を最優先にっ!!』

 

 敵の兵を此方へ注意を引き付けるのが目的だが、こっちの攻撃はどうせ要塞内部には通らないのだ。

 それよりも今は生き残り、潜入班がこの防壁を解除するのを待たなければならない。

 

 戦闘開始から1時間程。ついに戦況が動いた。

 要塞に張られていた防壁が消え去っていく。

 

『璃里ちゃん、やったのね……!』

 

 急に防壁が消えた事に混乱する帝国兵。

 要塞の弾幕を掻い潜りつつ、全速力で突撃する。

 

『邪魔よ!』

 

 すれ違いざまに帝国兵の胸に聖剣を突き立て、引き抜くと同時にもう1人の首を斬り落とす。

 

『私は潜入班と合流します! 全軍、要塞の制圧を!』

 

 それだけ指示を出すと砲弾のような勢いで要塞に突っ込む。

 

(防壁が解除されたのに、璃里ちゃんに念話が通じない。嫌な予感がする!)

 

 制御システムを守っている敵兵や自動人形(ゴーレム)を排除しながら突き進む。

 要塞の制御室に辿り着いた時に見たのは、倒された敵兵。

 そして、血だらけで倒れた璃里ちゃんだった。

 

『璃里ちゃんっ!?』

 

 駆け寄り、その体を抱き起こす。

 

『しっかりして!? 今治すから!』

 

 止血しようと治療魔法を使う。

 しかし上手く傷が塞がらない。

 璃里ちゃんの目が開き、自嘲する。

 

『あは……戦いをみんなに任せることが多かったから、ヘマしちゃった……ごめんね……わたし、もう……』

 

『喋らないで!』

 

 そんなのは聞きたくない。

 傷を。傷を塞げば、きっと。

 もうこれが、助からないと理性では理解しつつも治療を続ける。

 自分の死を悟ってか、璃里ちゃんの目から涙が溢れる。

 

『いやだ、なぁ……わたし、まだ死にたくない。死にたくないよぉ……おかあさんとおとうさんに、会いたい……』

 

 もう見えない目で、震える手が家族を探すように動く。

 その手を取ったのは────。

 

『おかあ、さん……?』

 

『そうだよ。やっと帰ってきたのね、璃里……』

 

 要塞の指令を押さえる役目で璃里とは別行動を取っていた渚ちゃんだった。彼女も璃里ちゃんに何か遭ったのだと思い、駆けつけたのだろう。

 渚ちゃんが璃里ちゃんの手を握ると安堵した様子で息を吐く。

 

『ちょっと、つかれちゃった……また、おかあさんのグラタン……たべたいなぁ……』

 

『うん。次に起きた時までに作っておくから。ゆっくりとお休み』

 

 精一杯に璃里ちゃんの母を演じる渚ちゃん。

 璃里ちゃんの目蓋が少しずつ閉じていく。

 

『あぁ……たのしみだなぁ……』

 

 目を閉じると、彼女は覚める事のない眠りへと落ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が挙手すると、リンディが訝しむ。

 

「まだ何か?」

 

「この艦にジュエルシードを封印出来る魔導師は何人居ますか?」

 

 彩那の質問にリンディは一瞬眉を動かしたが変わらない口調で答えた。

 

「そうね。単独での封印なら私とクロノくらいかしら? でも現場には複数の魔導師に当たらせるつもりよ」

 

 確かにそれなら封印も可能かもしれない。

 ユーノが単独で失敗し、なのはが可能だった事から、必要なのは技術よりも力押しなのだと思う。

 思考しながら視線をなのはに移す。

 

「?」

 

 本人は首を傾げている。

 それから再度口を動かし始めた。

 

「私が欲しいのは私達が暮らす海鳴。延いては地球の安全です。だからジュエルシードをこの世界から遠ざけてくれるのなら、回収するのは管理局でもテスタロッサさん達でも構わないと思ってます」

 

「おい」

 

 苛立ちの感情を視線に乗せるクロノ。

 なのは達も驚いている。

 

「だけど、あちらがジュエルシードを利用して何をしようとしているのか。今はそれが問題ですよね。コレクション趣味なら良いのですが、もし何らかの目的でジュエルシードを使用する場合、地球にも被害が出るかもしれません」

 

 ロストロギアという物はそれだけの価値が在るだろう。しかし、フェイト達の様子からそれだけとは思えない。

 

「もしもあなた方が今回の件を手に負えないと判断した場合、すぐに撤退してしまうかもしれない。そうなった時に私達には現状を知る手段がない」

 

 管理局にとって、地球は自分達とは関わりのない世界の1つでしかない。

 この世界の為にどこまで頑張ってくれるか。

 そして彩那の言い分が管理局に対して挑発的な物でもあった。

 

「僕達は管理局の局員として、そんな無責任な真似はしない」

 

「そうかもしれません。ですが、私達の間には何の信頼関係もありませんので」

 

 時空管理局について彩那はユーノから聞いた説明以上の事は知らない。

 だから、この無関係な世界の為にどれ程の力を尽くしてくれるのか、イマイチ分からない。

 態々この世界まで来てくれた事はありがたいが。

 

「それで、綾瀬彩那さん。貴女は何が言いたいのかしら?」

 

 恐らくはこちらの言いたいことを理解しつつ質問をするリンディ。

 

「幸い、こちらの高町さんには単独でジュエルシードを封印した実績があります。少なくともジュエルシードに関してそちらの足手まといになることは無いと思います。私達も当然手伝います」

 

 ジュエルシードの封印だけならこれまでとやることは変わらない。

 

「複数のジュエルシードが別々の場所で発動するかもしれない。もしくは何らかの要因で暴走するかもしれない。事が事だけに、使える人材は何人居ても困らない筈です。そちらからすれば、テスタロッサさんの事も調べる必要もあるでしょう」

 

 フェイト達がジュエルシードを集めるなら今後は管理局に接触しない方法を選ぶだろう。少なくとも、残りの数が多い内は。

 少しの間は未封印のジュエルシードの取り合いになるだろうと彩那は思っている。

 ただ心配なのは。

 

「管理局が介入してきたことで自棄になって危険な手段を取らないとも限らない。私としてはその時に蚊帳の外にいる方が怖いです」

 

 勿論その程度の事は管理局も想定しているだろう。

 彩那の発言にリンディが僅かに苦い顔をした。

 

「それはつまり、この事件への協力を申し出ているのかしら?」

 

「そうなりますね。私達はあなた方にジュエルシードを封印する戦力を提供する。私達も現状ジュエルシードの捜索に難航していますので、その方面で力を貸していただければと。その方が互いに都合が良いでしょう?」

 

 管理局は空いた戦力をフェイト達の調査に割ける。

 彩那達もジュエルシードを封印して海鳴の平和が確認できる。

 ついでにフェイトとぶつかれば、なのはの方も目的にも近づける。

 どちらにせよ、近くでジュエルシードが発動し、以前の大樹のような被害が出ればこちらも動かざる得ない。

 その時に難癖を付けられても困るし、互いに見張れる距離に居て協力した方が建設的だ。

 話を聞き終えると、リンディが小さく息を吐いた。

 

「分かりました。そちらの協力を受け入れます」

 

「艦長!?」

 

 非難する声を上げるクロノ。

 それを制してリンディが続ける。

 

「勿論、あなた達の身に危険が及んだ場合、その安全を優先することを約束します」

 

 真っ直ぐと言われたその言葉が、まるで心から意外だったかのように彩那は瞬きをした。

 しかしそれもすぐに直す。

 

「それじゃあ、クロノ。協力するに当たって、色々と確認しておきたいから、検査室まで案内して」

 

「……分かりました。付いてきてくれ」

 

 渋々と言った感じで案内をするクロノ。

 部屋を出ると、彩那から2人に念話が届く。

 

『ごめんなさい。勝手に協力を決める形にして。高町さん達が嫌なら、今からでも……』

 

 話をスムーズに進める為になのはの功績を出汁にしたことを謝る彩那。

 

『う、ううん。それは良いの! むしろ、関わらせて貰えてちょっとホッとしてるし』

 

『元々僕が発掘したジュエルシードが原因だしね。管理局に協力が得られたなら大助かりだよ』

 

 このまま自分達の知らないところで事件が終わる。

 それはこれまで何とかしようと奮闘した2人にしても納得出来ない事だった。

 そう、と相づちを打ち、彩那は疲れた感じに念話を続ける。

 

『それにしても、やっぱりああいう交渉は性に合わないわね』

 

『そうかな? 自分の意見をぶつけられてスゴいなって思ったよ』

 

『ありがとう。でもそれはあの艦長さんがこちらの話を真剣に聞いてくれてたからよ。子供の戯れ言と切って捨てたり、頭ごなしに否定されてたら私じゃどうしようもなかった。私って本当は、誰かの言うことを聞いて行動する方が性に合ってるのよ』

 

 そうだろうか? となのはとユーノは疑問に思った。

 

『それに、私達の安全も考慮してくれる言質まで取れるとは思わなかったわ。良心的な人で少しは信用も出来そう』

 

 もしもあの瞬間、自分達を当て馬として利用することを喜ぶような人間なら協力関係など結べなかった。

 子供を戦いへ送り出す事にちゃんと心を痛める倫理観がある。

 

『どう言うこと?』

 

『……世の中には、自分の安全や得の為に子供を平気で戦争(地獄)に送り出す。そんな人間もいるのよ』

 

 あまり声にも感情を表さない彩那が、その時だけは隠しようもない嫌悪感や軽蔑の感情を表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された検査室でリンカーコアを調べられる。

 それから実戦形式での魔法を使用するように指示された。

 それらのデータ結果を次元航行艦アースラのオペレーターであるエイミィ・リミエッタが解析して話す。

 

「わっ。なのはちゃんスゴいねー。リンカーコアの魔導師ランクがAAAだって。これ、管理局でも5%しか居ない数値だよ。彩那ちゃんとユーノ君の2人はAランクだね。うんうん! これなら3人とも即戦力だよ!」

 

 フレンドリーに話すエイミィ。

 しかしその結果になのはが不思議そうに質問する。

 

「でもわたし、魔法の特訓で1回も彩那ちゃんに勝ったこと有りませんよ?」

 

 自分の方が高い評価を受ける事を疑問に思う。

 その質問を返したのがクロノだった。

 

「それだけ彼女の魔力の運用と効率が良いんだろう。まったく、そんな技術をどこで覚えたんだか」

 

 本当に君は管理外世界の人間なのかと視線を向けるが、本人はノーコメントを貫いている。

 データを解析しながらエイミィが話を続ける。

 

「彩那ちゃん、よく4つもデバイスを使い分けられるね? 何れも性能が極端(ピーキー)過ぎるよ」

 

 最初は渋っていたが、確認の為に提出させられ、現在レイジングハート共々解析に回されている。

 

「この聖剣は防御術式ばかりだし、魔剣は逆に遠距離攻撃用。霊剣は肉体の強化や治癒の身体に作用する魔法。王剣はバインドや結界みたいなサポートばかり。その代わりに処理速度はストレージ以上だけど」

 

 特化した魔法以外も一応組まれているが、本当に一応、だ。

 

「ホーランド式だっけ? もしかしたら完全に役割分担したチーム戦に特化した術式なのかな?」

 

「えぇ、まぁ……そういう側面も有りますね」

 

 流すように答える彩那。

 データの解析をしているエイミィが途中であれ? と手を止める。

 

「どうした、エイミィ?」

 

「うん。なんだか、データを解析しようとすると途中で弾かれちゃうの。容量の半分以上がブラックボックス化してて解析出来ないよ、4つとも」

 

「何だって?」

 

 疑問を彩那にぶつけるが、当の本人は肩を竦めるだけだ。

 

「それは貰い物ですので……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラに搭乗して1時間と少し。辺りはすっかり暗くなっていた。

 

「とにかく、帰ってお父さんたちを説得しないとね!」

 

 リンディから出された条件に家族の承諾をキチンと得る事も含まれていた。

 彩那の方は大丈夫なのかと訊こうとすると、なにやら携帯とにらめっこしていた。

 

「どうしたの?」

 

「うん。大した事じゃないわ。ただ、携帯に両親からの着信とメール受信が100件以上届いてるだけだから」

 

「それは大丈夫なの!?」

 

 

 

 

 

 

 



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やりたいこと

『冬美ちゃんも璃里ちゃんも居なくなっちゃったね……』

 

『うん……』

 

『どうして、こんなことになっちゃったんだろう……』

 

 私達はただ、故郷に帰りたかっただけなのに。

 戦争で人殺しをさせられ。友達を失って。

 何を間違えて、こんな事になったのか。

 ベッドの上で背中を合わせている渚ちゃんに提案する。

 

『ねぇ、渚ちゃん』

 

『うん?』

 

『もうやめよう。帰れなくてもいい。2人でどこかに逃げようよ。もう命を奪うのも、奪われるのも嫌だよ。渚ちゃんまで居なくなったら、私……』

 

 ずっと考えていた事だ。

 どこかに逃げて、この世界で生きていく。

 幸い、今の私達なら身を守る術は幾らでもある。

 

 そもそも誘拐同然にこの世界に連れて来られた私達がどうして血を流さなければならないのか。

 なのに、渚ちゃんは頷いてくれなかった。

 

『ダメだよ。ボク達は帰らないと。冬美と璃里の家族に、せめて遺品を届けてあげなくちゃ』

 

 既に2人の亡骸はこの世界に埋葬されている。

 手元に残ったのは、冬美の腕時計と璃里のリボンだけ。

 

『それにここで逃げても帝国が勝ったら、酷いことになるのは分かってるでしょう?』

 

 現在戦争中の帝国は残虐な行為を繰り返している。

 帝国に支配された地域の悲惨さは、他の国々とは比べ物にならない。

 このホーランド王国が敗北すれば、帝国に食い潰される事になるのは容易に想像できる。

 

『それにさ。ボク達はこの戦争に関わりすぎた。もう見知らぬ世界の戦争じゃなくて、ボク達の戦争(たたかい)でもあるんだよ。今更逃げるなんて、きっと許されない』

 

『でも!』

 

 例え無責任でも、これ以上大事な人を失うのは嫌だった。

 そう思う私を渚ちゃんが後ろから抱き締める。

 

『大丈夫。ボクは死なないよ。絶対に。早くこの戦争を終わらせて帰ろう。家族のところに』

 

 渚ちゃんは強くて、真っ直ぐで、優しくて。

 だから渚ちゃんの言葉の全てを信じた。

 その選択を、後悔するとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家にあるリュックサックに数日分の着替えや日用品を纏める。

 アースラから帰って来た時の両親の反応はそれはもう酷く錯乱していた。

 まぁ、去年1ヶ月も行方不明だったのだ。過保護になるのも仕方ないだろう。

 だからこそ、少しの間学校を休ませてほしいという申し出に難色を示した。

 いや、休学自体はどうでも良いのだ。

 両親も彩那が受けている学校での嫌がらせには気付いているし、引っ越しと転校も検討していた。

 問題は、彩那がこの家を離れる事だ。

 両親からすれば、娘を家に閉じ込めておかなければ不安なのだろう。

 それでも許可してくれたのは、ただの根負けだ。

 珍しく頭を下げてお願いする娘に、仕方なく許可しただけ。

 その際に電話で高町なのはに口裏を合わせて貰ったりもしたが。

 準備を終えてファスナーを閉めると、彩那の両親がドアをノックする。

 

「どうし────」

 

 両親に抱き締められた。

 

「今度は、ちゃんと帰ってくるのよね?」

 

「……うん。電話もちゃんとする。大丈夫だから。それよりも学校には」

 

「そっちは気にしなくて良い。嫌がらせを受けている娘の心の療養の為にしばらく休むと言っておくさ」

 

 あぁ。なるほど、と彩那は感心する。

 母が彩那の頬に触れた。

 今は包帯をしておらず、行方不明になる前には無かった顔のそれを撫でる。

 彩那が変わってしまった証。

 変わらない訳にはいかなかった証。

 

「いつか、話してね。どんな話でも、私達は彩那を信じるから」

 

「うん……」

 

 そんな日が来ることは、きっと無いのだろうが。

 両親の気の済むまで、彩那は抱き締められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在リンディ、クロノ、エイミィはジュエルシードの暴走体を相手にしている協力者を見ている。

 攻撃的な見た目の鳥型の暴走体。

 その攻撃を彩那が防ぎ、ユーノが拘束して、なのはが封印する。

 これまで暴走していたジュエルシードの相手をしていただけあって、慣れた様子で役割分担をこなしていた。

 モニター越しでの映像では、翼から放たれている無数の羽による攻撃を彩那が防いでいる。

 恐ろしいのはそのタイミングだ。

 魔力の無駄を省く為だろうが、攻撃の当たる一瞬のみシールドを展開している。

 それも1羽1羽を個別に小さなシールドで。

 魔力運用という意味では効率的だが、如何せんリスクが高過ぎる。

 判断をミスれば突き崩されて攻撃の波に呑まれているところだし、何よりも演算の負担が大きすぎる。

 例え魔力の無駄に思えようとも、面としてシールドを展開した方が安全なのだ。

 暴走体が彩那に突撃すると、シールドで動きを押さえ込む。

 その一瞬でユーノが暴走体をバインドで拘束し、彩那が距離を取る。

 

『高町さん!』

 

『うん! ジュエルシード、封印!』

 

 なのはの魔力の波を浴びたジュエルシードはその青い宝石の姿を現し、デバイスであるレイジングハートの中へと収納された。

 周囲に異常が無い事を確認してからリンディが現場に赴いている3人に通信を入れた。

 

「3人とも、ご苦労様。準備が終わり次第帰艦してください」

 

『は、はい!』

 

『分かりました!』

 

『了解』

 

 それぞれが返事をしてアースラに戻るために転移の魔法陣に入る。

 それを確認してからリンディがクロノとエイミィに質問した。

 

「あの子達、どう思う?」

 

「優秀な子達ですね。それに連携もバッチリですし、管理局(ウチ)に来てくれないかなぁ」

 

 リンディの質問にエイミィが軽い口調で答える。

 

「僕はあの綾瀬彩那という少女が気になります。あの子の戦い方は、魔法に出会って数年で身に付く物じゃない。それにあの妙な落ち着きも」

 

 高町なのはは魔導師として稀有な才能を有する。

 研鑽を積めばそれこそかなり優秀な魔導師になるだろうが、まだまだ粗削りだ。

 逆に綾瀬彩那は完成され過ぎている。

 ここ数日で幾つかのジュエルシードの封印を行ったが、なのはとユーノを守りつつ所々で指示を出している。

 模擬戦なども行ったが、なのはとユーノの2人がかりでも完封していた。

 

「色々と不可解な点は有りますが、こちらに協力的なのは事実です。ただ、2人に対して過保護に見えるのが気になりますが」

 

 自分に危険を引き付けるような戦い方。

 先日のやり取りでも自分だけにこちらの不快感を向けさせるような物言い。

 

「彼女に対しては何らかの調査が必要かもしれません」

 

「そうね。私も同意見だわ」

 

 不明な点がある以上、調べるのは当然だ。

 もしかしたら、元次元犯罪者かそれと関わりを持った人物の可能性もある。

 

「でも先ずは目の前の事件から対処しましょう。ここで失敗しましたじゃあ、笑い話にもならないもの」

 

 子供を。それも管理外世界の人間に協力を仰いだ以上、リンディ達にとってもそれなりにリスクが付きまとう。

 それでジュエルシードの回収に失敗しましたでは済まない。

 綾瀬彩那についてはこの事件が解決してからで良い。

 

「ただいま戻りました!」

 

 なのは達がブリッジに現れる。

 

「えぇ。ご苦労様」

 

 リンディはいつもの笑みで3人を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日。以前の遅さが嘘のようにジュエルシードの回収が進んでいる。

 既に封印されたジュエルシードの中にはフェイト達が先に封印して行った物も含まれる。

 向こうは今のところこちらと事を構えるつもりは無いのか、接触しないようにジュエルシードを集めている。

 その忙しさも過ぎ去り、ジュエルシードが見つからない今は、適度な訓練と魔法に関する講習を受けて、休憩に入っていた。

 

 食堂で菓子とジュースをつまみながら、雑談をしていた。

 

 なのはは幼少期、父親が大怪我をして、まだ始めたばかりの喫茶店を切り盛りするために家族が団結していたらしい。

 しかしこの中で今より幼かったなのはに出来る事は家族の邪魔にならないように手のかからない良い子でいる事だけだった。

 そんな自分を圧し殺す生活が現在の性格に影響を与えているのだろうと彩那は推測する。

 対してユーノは、実の両親こそ居なかったモノの、スクライア一族として遺跡を回り、考古学者としての知識や経験を培って育ったらしい。

 そんな話をしている中で彩那にも躊躇いがちに振られる。

 まぁ、2人の話を聞いて此方が何も話さないのも不公平な為に、彩那は話せる範囲で話す。

 

「私の小さな頃は友達────と言っても、遠縁の親戚でもあった子達とばかり遊んでいたわね」

 

 かつての友達は皆、曾々祖母から連なる親戚だった。

 仲良くなったのも親族同士の集まりで最早クラス単位で居た子供達の中から気の合う者同士でグループになっただけの話。

 

「そこから去年の夏休みに家族集まってキャンプに出掛けた時に運悪く魔法に関わる事になったのよ」

 

 頬杖を突いて思い出すように目を閉じる。

 

「最初は訳の分からない事ばかりで、とにかく目の前の事に順応するのに精一杯だったわ」

 

「そ、そうなんだ。それじゃあ、魔法の特訓もその時に?」

 

「そうね。もっとも、今は連絡を取る手段は無いし、特に先生には両手両足を叩き斬られても会いたくないわ」

 

 心底嫌、という雰囲気を出して大きく息を吐く彩那。

 何せその先生は、最低限の知識と訓練を施したばかりの彩那達4人に、人を食う魔法生物が大量に棲息する孤島に放り込んだり。

 優秀な治癒魔導師が居るからと、地球の医療技術なら一生障害が残るような大怪我を訓練で負わせたり。

 仕舞いには4人だけで百数十人の魔導師相手に強襲をかけさせるなど無理無茶無謀のオンパレードを押し付けられたのだ。

 その先生も、あの戦争で殉職した訳だが、生きていたとしても会いたいとは絶対思わない。

 昔の事を思い出して憂鬱になっていると、なのはが目を丸くしている事に気付く。

 

「どうしたの?」

 

「あ、うん……彩那ちゃんが自分のことを話してくれたのが嬉しくて……」

 

 あまり自分の事を話したがらない彩那がこうして少しでも話してくれた事が嬉しい。

 それになのはは彩那に色々とお世話になってると思っている。

 だから────。

 

「わたしに出来ることがあったら言ってね。出来る限り力になるから」

 

 手を握ってそう言った。

 純粋に誰かの力に成りたいと願う想い。

 それはかつて彩那の友達が持っていた────。

 

「そう。その時はお願いするわね」

 

 本当に小さくだが、彩那が笑ったような気がした。

 

 そこでアースラ艦内に警報が鳴り響く。

 

「次のジュエルシードが見つかったのかしら。行きましょう」

 

 

 

 

 

 

「なんて無茶するの! あの子達っ!?」

 

 アースラのブリッジになのは達が到着すると悲鳴のようなエイミィの声が聞こえた。

 モニターの映像には複数の竜巻を相手に奮闘するフェイト達の姿があった。

 

「何かありましたか?」

 

「どうしたもこうしたもない。彼女達は海底に落ちたジュエルシードを全て強制発動させたんだ」

 

 苛立ちと呆れの混じった声でクロノはモニターを見ている。

 リンディがせつめいを付け足す。

 

「無茶をして。あんな数のジュエルシードを、個人が封印出来る物ではないわ」

 

「残りのジュエルシード……6個、ですね」

 

 無感情な声でモニター見つめる彩那。

 以前海鳴の町で行ったジュエルシードの強制発動。

 それと同じ事を今回もやったのだ。

 

「その内、無茶な手段に出るとは思ってましたが」

 

 しかし今回の方法は彼女達の力量を明らかに越えている。

 今にも撃墜されそうなフェイトを見てなのはが進言する。

 

「あの! 早く現場に!」

 

「その必要はないよ。彼女達は遠からず自滅する。封印はその後で良い」

 

「え?」

 

「残酷に聞こえるかもしれないけど、私達は最善の道を選ばなければならないの」

 

 リンディが逸るなのはを説得する。

 そう。このままフェイト達が勝手にやられたところを保護し、ジュエルシードを封印する。

 それがこの場に置いて最も労力の少ない対処法だ。

 なのはも大まかに理解しているが、納得出来るかは別問題で。

 迷っていると、なのはの肩に彩那が手を置く。

 

「彩那ちゃん?」

 

 首を小さく縦に動かすと、リンディ達を見た。

 

「私は、現場への急行を進言します」

 

「……君は話を聞いて無かったのか? その必要は────」

 

「このまま劣勢が続けば、自棄になったテスタロッサさん達が無謀な行動を取って、ジュエルシードを更に刺激し、町にまで被害の広がる可能性が有ります。なら、テスタロッサさんと協力して早々にジュエルシードを封印するべきだと思います。それに……」

 

 次に発した言葉に周りが目を丸くする。

 

「質も数も此方が上です。あんな子供をこれ以上危険に晒す必要は無いでしょう?」

 

「子供って……君も同い年だろう」

 

「……あぁ、まぁそうですね」

 

 まるでその事を今察したように呟く。

 その反応は取り敢えず置いておき、リンディが思案して返答する。

 

「町の安全。それが彩那さんの戦う理由だったわね。だからより確実にジュエルシードを封印したいという訳ね」

 

「ついでに言えば、あちらもこれ以上こちらがジュエルシードを確保する事を快く思わない筈です。テスタロッサさんの背後に誰かが居るなら、少しくらいは尻尾を見せてくれるかもしれません」

 

 その案に、クロノが反論する。

 

「だが、現状であの場に君達を送るのが危険な事には変わりない」

 

 あくまでもなのは達の安全を危惧して発言するクロノ。

 それに彩那が首を横に振る。

 

「問題ありません。ジュエルシードの暴走は私とスクライア君で抑えます。増援が来るのなら、全て叩き伏せるだけです」

 

 王剣のカードで口元を隠してそう断言する彩那。

 

「分かりました……現場への急行を許可します」

 

 ここまで言われては静観より急行の方が利が大きい。

 賭けの部分はあるが、彩那の自信と相手側の出方を見る良い機会でもある。

 備え付けられた転移装置に向かう3人。

 その途中でなのはが彩那に礼を言う。

 

「ありがとう、彩那ちゃん。リンディさん達を説得してくれて」

 

「私、高町さんみたいに誰かに手を差し伸べられる優しい人は好きよ。私の1番の親友もそうだったから。出来ればそれを忘れないでね」

 

 まるで自分はそうじゃないと言うように呟く彩那。

 どういう事か聞く前に、転移装置が起動して、現場へと跳ばされた。

 

 

 

 

 

 

 



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魔女と勇者の宣言

今回はかなり大急ぎで一気に進めます。


『彩那! 死んじゃダメだよ、彩那っ!!』

 

 既に意識の無い友達にボクは何度も声をかける。

 返ってきたのはか細い呼吸のみだった。

 

『……っ……っ』

 

 転移魔法でギリギリ撤退できたボク達は、身を潜める為に山の中にある小さな小屋に居た。

 衛生面に不安のある部屋の床に背負っていた彩那を寝かせる。

 

「反則だよアレ……っ」

 

 先程まで戦っていた生体兵器を思い出して奥歯をギリッと噛む。

 (あたま)を潰しても首を刎ねても、心臓を破壊しても再生する化物。

 それどころか、体の半分を吹き飛ばしても数秒で元通りになる。

 その癖デタラメに強くて、文字通り必殺の攻撃を馬鹿みたいにしてくるのだ。

 かつて帝国が創って扱い切れないからと封印されていたらしいが、ボク達が追い詰め過ぎた事で自棄になって解き放ちやがった。

 その結果、帝国の王様はその生体兵器に殺され、見境なく暴れ回っている。

 抑えていたボク達が逃げた事で、どんな被害が出ているのかは想像もしたくない。

 

「早く、彩那を……」

 

 彩那は生体兵器との戦闘で心臓と肺を同時に貫かれた。

 今はボクの霊剣の効果でどうにか死んでないだけ。

 ボク自身も左の手首から下と左の膝から下を持っていかれた上に即死でないにしろ、体に幾つかの穴を空けられた。

 

「救援を待ってたら、彩那もボクも助からないね……」

 

 一応救難信号は送ったが、到着する頃には間違いなく彩那は死んでしまうだろう。

 それどころか、ボクも持つかどうか。

 

「助けられるのは1人だけ、か……」

 

 霊剣の効果を2人で分けていたら確実に2人とも死ぬ。

 それに、流石に彩那の怪我をボクが治すのは無理だ。

 ならボクが取るべき選択は────。

 

「なんてね」

 

 こんなことで友達の命を諦められるほど、聞き分けの良い性格じゃない。

 仕方ないと空元気で笑う。

 ボクは4本の剣を彩那を囲うように置く。

 たった1つだけ、彩那を助ける事が可能な方法。

 

「ボク達がこの世界に喚ばれた本当の理由。完全な勇者を生み出す為。ボク達は、その為の生け贄だった」

 

 4本の剣の本当の力を引き出す為に必要なモノ。

 それは最高レベルのリンカーコア。それも人間の。

 だけどこの世界に喚び出されたボク達にはまだそこまでリンカーコアを持っていなかった。

 だからホーランド王国の上層部はボク達を戦地に送り、リンカーコアの成長を促してきた。

 ボク達は生きる為に必死で戦い、リンカーコアを成長させた。王国の目論見通りに。

 だけど、ボク達の戦果は王国の予想を越え、段々とその話は流れていく。

 それは友人であるティファナ王女の反対意見も大きかったらしい。

 だが魔剣には冬美のリンカーコア。王剣には璃里のリンカーコアが既に移植されている。

 

「条件はまだ揃ってないけど、少しくらいズルしても良いよね。上乗せ金にボクの命をあげるから」

 

 目を覚ましたら、彩那は怒るかな? 

 絶対死なないって言ったのに、破るんだから怒るだろうね。

 

「でもね、彩那。難しいかもしれないけど、この事で負い目を感じる必要はないんだ。これは、ボクが望んだ事だから」

 

 彩那に死なせたくない。

 彩那に生きていて欲しいというボクのワガママ。

 彩那の手を握る。

 

 この世界に来てからの事を少しだけ振り返る。

 孤島に放り込まれて皆でサバイバルをした事。

 ティファナ王女も連れて、露店を巡った事。

 戦いに勝って、安堵と哀しみを戦友と分かち合った事。

 

「アハハ……なんでだろ? 楽しかった記憶の方が思い出せるなぁ……」

 

 思った以上にボクはこの世界が好きになっていたらしい。

 もう視界がボヤけてよく見えない。頭も、上手く回ってない気がする。

 

「姿が見えなくても。話すことができなくても。ボクも冬美も璃里も、ずっと彩那の傍にいるよ」

 

 どうか、残された彩那が生きていて良かったと、笑える日が来ますように。

 彩那がボク達の死を受け入れて、乗り越えられるくらい優しい人達に出逢えますように。

 

「最後に、ぜんぶ押し付ける形になって、ゴメンね……でもボクも、この剣の1本になって見守っているから。彩那……君が、最後の、勇者(きぼう)……だよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぎさちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場へと転移した私は荒れ狂う竜巻に向けて王剣を構える。

 ジュエルシードの魔力に干渉して竜巻を少しでも抑え込む。

 

(璃里ちゃんなら、この竜巻全部を完全に抑えて封印する事も出来るんだろうけど……)

 

 彩那にはこれが精一杯。

 王剣の力の範囲を伸ばして竜巻や雷雨の力を弱める事くらい。

 だが、今はそれで充分。

 最初はこちらを警戒していたフェイトとアルフも自分達だけでジュエルシードの封印は難しいという結論は出ていた為、協力に思うところは有っても拒否はしなかった。

 彩那は巻いてある包帯の首の部分だけを捲し上げた。

 

「王剣の支配を……」

 

 王剣がジュエルシードに干渉し、竜巻や雷雨の勢いが弱まる。

 以前ジュエルシードを封印しようとした際の経験が活き、思ったよりもやり易い。

 

「すごい……」

 

 竜巻が強めの風になると、誰かがそう呟いた。

 彩那はなのはとフェイトに念話を送る。

 

『早く封印を。長くは続かない』

 

 念話を受け取るとなのはとフェイトがデバイスを構える。

 海に向けられた杖から桜色と金色の砲撃が撃たれた。

 大きな魔力の余波が起こり、鎮まるとそこには残り6個のジュエルシードが現れる。

 そこからはジュエルシードの強奪戦になる────筈だった。

 彩那からは聞こえないが、なのはがフェイトに何かを語りかけていて、それが状況を静止させる。

 すると、突然外部による見境のない攻撃が行われた。

 

「なっ!?」

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

 その雷撃がフェイトを包み、彩那は防御魔法を展開しながら驚愕する。

 

(味方ごとっ!?)

 

 理由が分からず困惑していると、海に落ちそうになるフェイトを助けようとするが、その前にアルフが受け止める。

 同時にアルフはジュエルシードを回収しようとするが、クロノの参戦により、きっちり半分の回収となった。

 フェイトを早く治療するためか、それとも数の不利を悟ってか、海にジャミングの魔法を叩き込み、起こった水飛沫が収まる頃には2人は逃走していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、大口叩いてこのザマです」

 

 アースラに戻って開口1番に彩那がそう言った。

 それにリンディは苦笑する。

 

「それを言うなら、相手に攻撃を許した私達もだわ。でもこれで、彼女達の後ろに何者かが居る事は確定したわね。それだけでも収穫よ」

 

「それと、ジュエルシードも全て封印済みですね」

 

 これからは本格的にジュエルシードの奪い合いになるだろう。

 もっとも、不利なのは向こうの方だろうが。

 

「フェイトちゃん……母さんって言ってました……」

 

 ポツリと呟くなのは。

 負傷したフェイトが心配なのだろう。なのはは沈んだ表情をしている。

 そこでリンディが話題を変える。

 

「アースラも攻撃を受けて、少しの間動けません。あの子達についても調査が必要です。ですから、2人にはその間、自宅での療養に務めて貰います」

 

「えっ!?」

 

「学校をあまり長く休むのも良くないでしょう? 一旦家に帰って、家族に説明する必要もあるし」

 

 リンディの言葉に彩那が小さく挙げる。

 

「うちはその必要が無いと思いますよ。この件が解決するまで学校に行くつもりもありませんし」

 

 彩那からすれば学校に行っても嫌がらせを受けるだけなので、アースラに居た方が休息になるのだ。

 

「そう言う訳にもいかないだろう。彼女達の事はこっちで調べておくから、君達は有事に備えて休んでくれ」

 

 100%の善意からくるクロノの発言に彩那は内心で嘆息して分かりましたと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した場所から近いという理由で先ずは綾瀬の住むマンションへと訪れる事になった。

 

「リンディ・ハラオウンです。大事なお子さんを預かりながら、挨拶が遅れて申し訳ありません」

 

 リンディが挨拶をすると横に居たなのはが続く。

 

「彩那ちゃんの友達の高町なのはです。彩那ちゃんにはいつも助けて貰ってます!」

 

 なのはがそう自己紹介すると、彩那の母の表情が凍りついた。

 その反応になのはが何かを失礼な事を言ったのかと不安になっていると、彩那の母親が携帯を操作する。

 

「あ、あ、あ、ああああああなたっ!? 今すぐ帰ってきてっ!? 彩那に! あの彩那にお友達がぁあ、あ、あああああああっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

「……」

 

 目から滝のような涙を流しながら夫に電話する母に驚いているなのはとリンディ。

 彩那は小さく息を吐いてから母親から携帯を取り上げる。

 

「父さん。うん。お仕事頑張って。うん」

 

 それだけ言って携帯を切る。

 もしも父親まで帰ってきたら、2人で胴上げくらいやられたかもしれない。

 

「どうぞ中へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お恥ずかしいところを見せてごめんなさい。彩那がお友達を連れて来るなんて久しぶりだから。つい嬉しくて」

 

「は、はぁ……」

 

 面食らっていた2人もお茶を出されて落ち着く。

 そこからリンディが真実を隠しつつこれまでの活動を話す。

 

「綾瀬さんはリーダーシップを発揮して的確な指示を出してくれて、こちらも助けられました」

 

「へぇ。この子が……」

 

 親からすれば彩那は自己主張の乏しい子、という印象なのだ。

 だからリーダーシップなどと言われると新たな1面を聞かされる気分だった。

 

「彩那ちゃんはスゴい子ですよ。いつも色んなことを教えてくれて助かってます!」

 

 なのはがそう言うと、また彩那の母はハンカチを目元に当てて泣き出す。

 

「なのはちゃんだっけ? 親贔屓に聞こえるかもしれないけど、彩那は本当に良い子だから、これからも仲良くしてあげてね」

 

「はい! わたしも、彩那ちゃんは素敵な子だと思います!」

 

 なのはの言葉に彩那の母はまたドバッと涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇はすぐに終わる。

 なのはの友人のアリサが倒れていた狼形態のアルフを拾った事で事態は進展を見せる。

 彼女はフェイトの母であるプレシアが行ってきたフェイトへの虐待に我慢の限界を越え、プレシアに反抗したが返り討ちに遭い、逃走したらしい。

 もう頼るアテの無い彼女はフェイトの保護を条件にプレシアの居場所やその他の情報を教える。

 

 

 そして────―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました」

 

 彩那がアースラに訪れると、なのはとフェイトの決闘が始まっていた。

 

「ううん。今始まったばかりだよ。それにしても、クロノくんはよく2人の決闘を許可したね」

 

「別にこの決闘の結果が事件に大きな影響を与える訳じゃないからね」

 

 エイミィの質問にクロノは決闘を観戦しながら答える。

 時の庭園と呼ばれる敵の本拠地は既にアルフによって割れている。

 現在はなのはの希望も有り、フェイトを穏便に保護するために決闘を許可している。

 なのはが勝てばそれで良し。負けても、その後にフェイトを確保出来る。

 アルフから聞かされたフェイトの扱いに、彼女をプレシア(母親)の下に帰す選択は無い。

 そしてフェイトを確保してから時の庭園へと乗り込めば良い。

 画面越しには、なのはとフェイトが激しく誘導弾を撃ち合い、回避を繰り返していた。

 

「それにしてもスゴいね。まだ魔法に触れて半年も経ってないとは思えないよ。先生として鼻が高いんじゃない?」

 

 エイミィが彩那に話を振る。

 確かに彩那はなのはに魔法による戦い方を教えていたが、本人からすれば別の感想が出る。

 

「どうでしょう? 高町さんは教え子として見るとつまらない生徒ですから」

 

 悪口とも取れるその言葉に2人が首をかしげて彩那を見る。

 その反応に彩那が画面から目を離さず説明する。

 

 

「やる気が無いのは論外ですが、教え子なんて多少覚えが悪いくらいが丁度良いんですよ。高町さんは優秀過ぎて、誰が教えても上へ前へと進んでいくんです。私の教えた事なんて、そのちょっとした手伝いくらいですよ」

 

 例えばなのはが彩那と出会わず、ユーノだけに師事したとしても、そう実力に変化はなかっただろう。

 長期間なら大きな違いも出ただろうが、今のところは誤差でしかない。

 何かしらの躓きや壁に当たってそれを乗り越えさせたのならともかく、はっきり言って彩那がそれほど大きな影響を与えたとは思えない。

 

(そもそも、ほぼ独力であんな魔法を形にする辺り、デタラメとしか言いようがない)

 

 ユーノも彩那も多少のアドバイスを送ったが、アレは高町なのはの魔法に対する感性で形にしたと言っても良い。

 この決闘で使うのかは知らないが、決まれば確実にフェイトを撃墜出来る。

 

 互いに限界が来た頃。

 フェイトの仕掛けておいた罠型のバインドになのはが捕えられる。

 おそらくこれは時間稼ぎ。

 なのはと向かい合ったフェイトが無数の光弾を生み出していた。

 

(これは決まりかな?)

 

 そう思っていると、次になのはが取った行動に彩那は心の底から驚いた。

 バインドを破壊したなのはだが、僅かに遅く、フェイトの攻撃の準備が整い、発射される。

 機関銃のように総射される無数の光線。

 逃げ場無く襲いかかるその攻撃を、なのはは目を閉じて回避していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が初めて訓練を付けてくれた時の事を覚えている。

 目を閉じている状態でなのはの誘導弾を易々と回避する姿を。

 研ぎ澄まされた魔力察知は五感よりも鋭く魔力の流れを教えてくれると。

 バインドを破壊したなのはは目を閉じて向かってくる魔力の流れにだけ意識を集中させた。

 真っ直ぐと向かってくる魔力。

 まだ勢いの乏しい最初はギリギリ回避出来たが、すぐにこんな付け焼き刃のメッキは剥がれる。

 

(やっぱり、彩那ちゃんみたいに上手くいかないなぁ……)

 

 それでも、シールドを展開しつつ弾幕の薄い箇所を狙って動く。

 闇雲にではなく、狙ってシールドへの負担を減らす為に。

 永遠に続くのかと思われた攻撃の波も、トドメとばかりに放たれた大きな1撃によって終わりを告げる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!?」

 

 魔力を出し切ったその攻撃に激しく呼吸するフェイト。

 その一瞬の隙を突いて今度は逆になのはがフェイトを拘束した。

 

「今度は、こっちの番、だよ!」

 

 フェイトの決め手同様になのはが今から使う魔法も発動には時間がかかる。

 周囲に散らばったこの決闘で使った魔力をかき集め、必殺の1撃に変える。

 なのはは知らないが、集束砲撃と呼ばれる高難易度魔法に。

 魔力によって形作られた桜色の球体。なのははそれを解放した。

 

「これがわたしの全力全開! スターライトォ、ブレイカーッ!!」

 

 フェイトを包んでなお余りある桜色の砲撃。

 ギリギリでフェイトも幾重ものシールドを展開するが、それすら撃ち抜いてくる。

 

「はぁ……はぁ……フェイトちゃん……!」

 

 自分の砲撃魔法で海に墜とされたフェイトを回収するなのは。

 

「ゴメンね、大丈夫?」

 

 ぶっつけ本番で使った魔法がまさかあそこまでの威力が有るとは思わず、心配する。

 自身の敗北が信じられず放心するフェイト。

 そこでなのはに念話が届いた。

 

『高町さん! そのままテスタロッサさんを抱えて体を小さくっ!』

 

「え? あや────」

 

『早くっ!!』

 

 強い口調て指示する彩那の言葉になのはは反射的に従ってフェイトを抱きしめた。

 突然の事に目を丸くするフェイト。

 その答えはすぐに判明する。

 空が雲で遮られると、前回のように魔法による雷が落ちようとしていた。

 

「読めてるんだよっ!!」

 

 勇者服を身に纏った彩那が、なのはとフェイトの頭上に現れ、ホーランド式のシールドを展開した。

 落ちる雷光。

 しかし、それは3人には当たらず、シールドによって割ける。

 

「つっ!? ハァッ!!」

 

 払うように彩那が剣を振るうと、雷が弾かれるように別の軌道へと逸れた。

 

「アースラッ!」

 

 彩那が声を張り上げると近くに魔法陣が出現した。

 

「第二射が来る! 早くっ!!」

 

 彩那は2人を抱えて魔法陣へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレシアの干渉により時の庭園への突撃が可能となったアースラは武装局員を送り込み、身柄の拘束に動いた。

 なのは達がアースラのブリッジに上がった頃には送り込んだ武装局員は既にプレシアによって全滅しており、映像にはプレシアと水槽液の中に入っているフェイトに似た少女。

 映像の先でプレシアが語る。

 彼女が手にしたジュエルシードを使って事を起こそうとしている事を。

 そして────。

 

『せっかくアリシアの記憶を与えてあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、私のお人形』

 

 プレシアの言葉にエイミィが俯いて補足する。

 昔、プレシアは実験の事故で実の娘を亡くしている事を。

 それからプレシアは人造生命と死者蘇生の研究を行っていた事も。

 失った娘を求めるプレシアはフェイトをもういらない。何処へでも消えろと吐き捨てる。

 

『最後に良い事を教えてあげるわ。私はね、フェイト。貴女が大嫌いだったのよ……!』

 

 その言葉に、フェイトが待機状態のデバイスを落として膝をついた。

 同時に庭園内に多数の魔力反応とジュエルシードによる次元への干渉が確認される。

 

『私達は旅立つの! 永遠の都、アルハザードヘ!』

 

 そう宣言するプレシアに、そこまで事態を見守っていた彩那が口を開いた。

 

「それで、その目的の為に地球がどうなろうと関係ないとでも?」

 

 映像越しのプレシアが彩那を見る。

 もしもこのままジュエルシードを暴走させ続ければ、次元断層によって地球は壊滅的なダメージを負う。もしくは本当に消滅する可能性もある。

 だが、最早プレシアはその程度のリスクでは止まらない。

 彼女にとって死んだ娘だけが秤の重しなのだ。

 

『えぇ。アルハザードに行き、アリシアが蘇るのなら、あの世界の犠牲など些細な事だわ』

 

「なるほど……」

 

 プレシアの言葉に彩那は包帯の結び目に手を掛ける。

 

「貴女がそのつもりなら、此方も容赦なく対応させて貰いましょうか」

 

 彩那は乱暴に顔に巻かれた包帯を解く。

 暴かれたのは彼女の母に似た容姿の少女。

 ユーノより少し短いウェーブがかかった黒髪。

 ただ目につくのは、顔に刻まれたホーランド式を表す凧方の魔法陣。

 それが両頬と額。そして首に描かれていた。

 綾瀬彩那はプレシア・テスタロッサを見据え、その透き通った声で宣言した。

 

「プレシア・テスタロッサ。地球に帰った最後の勇者として、貴女の暴走は私が止めます」

 

 

 

 

 

 

 

 




次で無印編は終わりです。


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事件の終わり

 本来、その部屋は使用人によって埃1つ無い部屋だった筈。

 しかし今は、目も当てられない惨状だった。

 ベッドは真っ二つにされ、本棚は破壊されて仕舞われていた本が床に撒き散らされている。

 化粧台の鏡は叩き割られ、机や椅子も無残に破壊されていた。

 そんな部屋の主である彩那は、部屋の隅っこで体を小さくして座っている。

 渚を失い、戻ってきた彩那の精神は既に限界だった。

 部屋の中で奇声を発して暴れ、疲れれば大人しくなって眠り、また暴れるのを繰り返す。

 そんな彩那を最初は使用人や王国の兵士が止めに入っていたが、自分を押さえようとする者をその都度病院送りの怪我を負わせて叩き出していた。

 故に現在彩那には誰も近づけず、周りから放置されている状態なのだ。

 そんな彩那の部屋のドアが開く。

 入ってきたのは、ホーランド王国の王女で、彩那と同い年の友人であるティファナ王女だった。

 彼女は部屋の惨状を気にせず、木材や硝子の破片が散らばっている床を歩く。

 

『現在、あの生体兵器は帝国を出て各地に被害を拡げながら此方へと向かっています。準備が出来次第、対応をお願いします』

 

『………………戦えってこと?』

 

『はい。どうかお力添えを』

 

 ティファナの言葉に彩那は乾いた笑いを漏らす。

 

『無理だよ……誰も居ないのに、私独りでなんて……もう許してよ……勘弁して……』

 

 皆が居たから頑張れたのだ。

 いつか皆で地球に帰れるという希望を抱いていたから戦えた。

 なのにもう傍に誰も居ない。

 

『も……やだよぉ……たすけて……たすけて、渚ちゃん……』

 

 縋るのは自分の命を救ってくれた親友。

 でも彼女はもう居なくて。

 

『ナギサは、もう居ません』

 

 ティファナの言葉に虚ろだった彩那の目に危うい光が宿る。

 

『フユミも、リリィも。残された勇者は貴女だけ。だからどうか────』

 

『誰のせいでそうなったと思ってるっ!!』

 

 爆発したように身を小さくしていた彩那がティファナに跳びかかった。

 硝子の破片が撒かれている床に押し倒す。

 そして、その顔を殴った。

 相手が王女だとか、そんな事はもうどうでもいい。

 

『お前達が、こんな世界に私達を喚んだからっ! こんなことになったんだろうがっ!!』

 

 ティファナは顔を守ることもせずに無抵抗に拳を受ける。

 

『返してよ! 皆を! 私の友達を、返せぇええええっ!!』

 

 拳を振るい終えると、馬鹿馬鹿しいとばかりに笑う。

 

『私達がこの世界に喚び出された本当の理由……4本の剣にリンカーコアを移植して完全な勇者を生み出すための生け贄。知らないとでも思ったの?』

 

 ティファナから体を離すと、彩那はその場に踞る。

 

『聖剣に、私のリンカーコアを移植して、それでおしまい。その為にここに来たんでしょう?』

 

 これで自分もお役御免だと思えば、少しだけ嬉しかった。

 ようやくこの戦争(じごく)から解放される。皆のところに逝けると思えば。

 

 踞る彩那にティファナは首を横に振る。

 

『いいえ。アヤナのリンカーコアの移植は行いません』

 

『は?』

 

 ティファナの返しは本当に意外で、彩那は顔を上げた。

 

『4本の剣にリンカーコアを移植し、それを振るうには条件があります。Sランク以上のリンカーコア。そして、ホーランド王家の血を引いている事』

 

 立ち上がって話を続ける。

 

『何故、貴女達の故郷である地球に、ホーランド王家の血が流れたのかは分かりませんが、だからこそ貴女方はこの国に喚ばれたのです』

 

 彩那達にもこの国の王家の血が流れている。

 そんな話は初耳だった。

 

『ナギサが亡くなる数日前に、彼女からお願いをされました。もしも自分が死んで、アヤナが生き残ったら、アヤナのリンカーコアの移植をやめてほしい、と』

 

『渚、ちゃん、が?』

 

『はい。それに現実問題として、今の王家の誰かに、剣を託すのは無理です。私も妹も、戦場に出たこともなく。また臆病な父が如何に優れた剣を手にしようとあの兵器の相手は不可能です。アレに対抗するには、これまで戦場を駆けた者でなくては。だから……』

 

 ティファナは懐に忍ばせていた小瓶を取り出すと、アヤナから距離を取る。

 

『検査を受けたところ、私のリンカーコアもSランクに達していました。聖剣に捧げる生け贄は、私自身です』

 

『……っ!?』

 

『ありがとう。これまで、この国と世界の為に戦ってくれて。そしてごめんなさい。無関係な貴女達を、この世界の争いに巻き込んでしまって。その責は、全て私が負いましょう』

 

『やめっ!?』

 

 止めようと立って腕を延ばすが、王女が中身を飲み込む方がずっと早くて。

 ティファナ王女の口から血が吐き出される。

 毒を飲み、倒れる王女を受け止めると彩那は声を張り上げた。

 

『誰かっ! 誰か来てっ!!』

 

 しかし、この屋敷は彩那によって大半が追い出されている。

 手遅れになる前に動こうとすると、王女は彩那の肩を掴んで首を横に動かした。

 

 ────これで良いんです。あとは、よろしくお願いします。

 

 そう微笑んで、彩那の頬を撫でた。

 

『ふざけないでよ。こんな責任の取り方……っ!?』

 

 こんな事を望んだ訳じゃない。

 なのに、何で皆は勝手に居なくなって、自分に全て押し付けるのか。

 

『卑怯者……自分だけ楽になって……っ!!』

 

 もう逃げ場なんて無いのだと、彩那は王女の遺体に強く抱いた。

 

『私を、置いて逝かないで……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時の庭園に突入した4人は、移動しながら役割を決める。

 これから時の庭園の動力炉と、プレシア・テスタロッサの所へ行くのを分けなければならない。

 

「私はこれからあの人のところへ行きます。皆さんは動力炉の方を。高町さんはテスタロッサさんとの決闘で消耗してますし、お2人でフォローしてあげてください」

 

 その意見に反対したのがクロノだった。

 

「何を言ってるんだ君は! プレシアは僕が捕まえる! 君達が動力炉に行くんだ!」

 

「やり方はどうあれ、私なら絶対にあの人を止められます。私達の世界の危機である以上、確実な役割分担をしたいのですが……」

 

「君とプレシアでは魔導師ランクに差が有りすぎる。その自信は何処から来るんだ」

 

 魔導師ランクが絶対とは言わないが、条件付きとはいえSSランクとAランクでは地力が違いすぎる。

 しかしそれは先程までの話。

 

「私の包帯は、私のリンカーコアの活動を抑制する為の物です。今の私なら、Sランクは有る筈ですよ。何より、あの人の戦い方は私と相性が良い。それにもう1つの切り札も有ります。私に敗けはないですよ」

 

 いきなり多くの情報を与えられてパンクしそうになるが、それでも最大の懸念がある。

 

「君のデバイスには非殺傷設定がないだろう。そんなもので戦えば……」

 

 何度か非殺傷設定を追加しようと試みたが、変にプログラムを追加や弄ろうとすると途端に接続を弾いてしまう。

 だからこそ、例え綾瀬彩那がプレシア・テスタロッサに勝てるとしても、そう簡単に行かせる訳にはいかない。

 

「その時は、ハラオウン執務官が私に手錠をかければ良い。それだけの事です」

 

「そう言う問題じゃない!」

 

 何が哀しくて事件の終結に尽力した子供に手錠をかけなければいけないのか。

 勿論彩那とて安易にプレシアを殺すつもりはない。

 その可能性も視野に入れているだけ。

 

「彩那ちゃん……」

 

 不安そうに彩那を見るなのは。

 

「大丈夫、心配しないで。それに世界の危機を救うのは、勇者の仕事ってお約束でしょ? まぁ今回はそこまでの被害にはならないらしいけど」

 

 彩那にしては珍しい、冗談染みた台詞になのはとユーノは呆けた表情になる。

 以前、ロストロギアによって世界が滅ぶ話を聞かされたから、てっきり今回が、とも思ったが、数が揃ってないジュエルシードでは、海鳴市を消滅させるくらいの規模に収まるらしい。

 もっとも、プレシアなら本当に地球を秤に乗せても同じ行動を取っただろうが。

 何にせよ、止めなければいけないことに変わりない。

 

「勇者の称号なんて、私にとっては呪いみたいなモノだけど……それでも私は最後の勇者だから────」

 

 そこで地面から鎧の兵隊が出現する。

 

「先に行きます。霊剣の加護を……っ」

 

「おい待てっ!?」

 

 緑色の刀を握ると高速で動き、鎧の兵士数体を一瞬でバラバラに斬り捨てる。まるで自分の力を見せ付けるように。

 

「自分は心配無いとでも言いたいのか、彼女はっ!?」

 

 苛立たしげにクロノはこの場から消えた彩那を睨む。

 振り返る事もなく姿を消した彩那。

 そこでリンディから通信が入る。

 

『クロノ執務官』

 

「艦長すみません。すぐに彼女を追います!」

 

『いえ、貴方はなのはさん達と一緒に動力炉の封印をお願いします』

 

「艦長っ!?」

 

 民間人の女の子を危険な犯罪者の前に出すのかと非難の視線を向ける。

 リンディとてまだこの場に彩那が残っていればそう説得しただろう。

 

『こちらでも確認しました。確かに彼女のリンカーコアは現在S+と出ています。単純なリンカーコアの出力で言えば、彩那さんが最もプレシア・テスタロッサに近い事になります。そして既に向かった以上、こちらの言葉では止まらないでしょう。ですから貴方達はすぐに動力炉を停止させ、急いでプレシア・テスタロッサのところに向かってください』

 

 なのはとユーノだけで動力炉に向かわせる事も考えたが、なのははフェイトとあれだけの戦いを演じた後だ。途中で何か不調が出ないとも限らない。

 その時にユーノだけのフォローでは不安がある。

 彩那が勝手にプレシアのところへ向かった以上、クロノがそちらに付いた方が戦力の分散としては妥当なのだ。

 

「……それは命令ですか?」

 

『えぇ、そうよ。お願いね』

 

「分かりました……聞いたな! 僕達は先ず動力炉を停止させる! ついて来てくれ!」

 

 頭を切り替えて問題解決に当たろうとするクロノになのはは意見しようとするとユーノが肩を掴む。

 

「なのは。僕達は僕達に出来る事をしよう。大丈夫。彩那は勝算も無しに戦う子じゃないのはなのはも知ってるでしょう?」

 

 そこにはなのはやユーノを心配してという気遣いも有るだろうが、自分で決着をつけると言った以上、彼女なりの勝算が見えていると考えるべきだ。

 

「うん、分かった。なら、わたし達はわたし達に出来ることをしよう!」

 

 なのはは自分の中の心配を振り払って移動を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道案内をエイミィから通信で受けつつ、立ち塞がる敵を斬り捨て、下層へ行くために建物を破壊しながら彩那は最短で下へと移動する。

 すると大きな扉の前に辿り着いた。

 

『その奥にプレシア・テスタロッサが居るよ。準備は良い?』

 

「問題ありません」

 

 霊剣と魔剣を待機状態にして聖剣に持ち替える。

 かつてとある世界の戦争を終わらせる為に与えられた剣を、今度は地球の1地域を守るために振るおうとしている。

 

(そう考えれば、あの世界から帰ってきたのも少しは意味もあったか)

 

 今更そんな事を考える。

 待機状態の剣が入ったポーチを撫でる。

 

「冬美ちゃん。璃里ちゃん。渚ちゃん。皆、行こうか。私達の故郷を守りに。ティファナ王女も、ね……」

 

 自分でも驚くほどに穏やかな声でそう言い、扉を開けた。

 中にはプレシアと、カプセルの中で眠るアリシアが居る。

 

「私は管理局の者では無いですが、一応確認します。投降して貰えませんか?」

 

「そのくだらない問いに返答は必要があるかしら?」

 

「言ってみただけです」

 

 どのような言葉でも目の前の魔女は止まらない。

 ならば、綾瀬彩那が出来るのは力を持って相対する事だけ。

 プレシアは身の程を弁えない小娘に向けて魔法を放つ。

 なのはとフェイトの決闘後に撃たれた雷撃より威力を上げた1撃を。

 先程攻め込んできた武装局員達と同様に、これで大人しくなるだろう。

 しかし、彩那がマントを掴んで薙ぐように扇ぐと、プレシアの雷は目標に直撃する前に進路を変えた。

 王剣を取り出し、床に突き刺す。

 

「貴女の攻撃(悪意)全て、私には届きませんよ。ホーランド王国、守護の聖剣を賜りし勇者、綾瀬彩那。行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彩那ちゃんとプレシア・テスタロッサの戦闘、始まったよ!』

 

「クソッ!」

 

 エイミィの報告にクロノは悪態を吐く。

 出来ればその前に動力炉を止めたかったが、鎧の兵達が行く手を阻んで中々思うように進めないでいる。

 途中からアルフも参戦してくれたが、それでもだ。

 際限無く現れる鎧の兵団に手こずっていると、敵に向かって落雷が直撃する。

 

「フェイトちゃん!?」

 

「フェイト!」

 

 なのはとアルフが同時にフェイトの存在を呼ぶ。

 すると、この場にこれまでの倍ほどの大きさを誇る敵が現れた。

 なのはを誘導弾であるアクセルシューターで迎撃するが、効いている様子はない

 

「大型は防御が高い。1人だと厳しい。でも、2人なら」

 

「────!? うん! うん!」

 

 フェイトからの共闘の申し出になのはは感極まった様子で何度も頷いた。

 そこからは2人はそれぞれ砲撃魔法を準備に入る。

 大型も肩に取り付けられた砲撃を発射する。

 しかし、なのはとフェイト2人の魔法に、大型の攻撃は押し返され、バラバラに消し飛んだ。

 

「フェイト! フェイト!」

 

 立ち直ったフェイトにアルフが抱きつく。

 

「ゴメンね、アルフ……」

 

 アルフの頭を撫でるとなのはがフェイトに言う。

 

「フェイトちゃん、お母さんのところに行ってあげて」

 

 彩那とプレシアの戦闘は既に始まっている。

 なのはは彩那がプレシアを手にかけるとは思ってないが、万が一がある。

 フェイトなら、もしかしたら2人の戦いを止められるかもしれない。

 そんな、一縷の望みに賭けたかった。

 

「ありがとう。そこのエレベーターから、動力炉まで一気に辿り着ける。気をつけて」

 

「うん。フェイトちゃんもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 彩那とプレシアの戦いは続いている。

 聖剣と霊剣を左右に持った彩那はプレシアに剣を振るうが強力な防壁に守られて刀身が止まる。

 速射の魔力弾が彩那を襲うが、その前に距離を取る。

 追撃の弾は40。

 視界の情報は要らないと彩那は目を閉じた。前後左右上下のあらゆる角度から攻撃が襲ってくるが、魔力の流れを頼りに捌く。

 両手の剣を振るい、或いは回避を選択し、または小さな防壁を展開してプレシアの誘導弾を防いだ。

 着地するタイミングを狙って砲撃魔法を撃ってきたが、彩那が展開したシールドによって割れる。

 しかし、今度のは耐えきれないと判断。別の魔法を使う。

 

「シールドブレス……!」

 

 彩那の口の前にホーランド式の魔法陣が展開されると、受け止め切れない余剰エネルギーを吸い込んだ。

 

「フゥッ!!」

 

「っ!?」

 

 砲撃をやり過ごすと同時に吸い込んだ余剰エネルギーをプレシアに返す。

 アリシアが後ろに居る以上は避ける選択肢など無く、プレシアは防壁で防いだ。

 忌々しげに彩那を見る。

 しかしそれは返された攻撃にではない。

 

「さっきからジュエルシードの出力が上がらない。貴女の仕業ね」

 

「御明察です。これ以上被害が拡がらないように、対処させて貰いました」

 

 戦闘開始と同時に床に突き刺した王剣。

 アレによってジュエルシードの暴走の出力がこれ以上上がらないように抑えている。

 あくまでも現状維持なので次元振動は続いているが、リンディが次元振動を止める為に動いているので(じき)にプレシアは詰むだろう。

 

「私を殺さなければ、ジュエルシードの出力を上げるのは不可能ですよ。さてどうします?」

 

「決まっているわ。すぐに貴女を殺すだけよ!」

 

「どうぞお好きに。やれるものなら!」

 

 霊剣から魔剣に切り替える。

 

「リミットコンサート・ソロストライク」

 

 魔剣の刀身部分に魔法陣が描かれ、発射された幾重もの光の線が束になってプレシアを襲う。

 そんな攻撃ではあの障壁を突破する事は出来ない。

 だが、障壁に当たった攻撃が爆発し、一瞬だけプレシアの視界を遮る。

 その場から消えた彩那は、プレシアの頭上に落ちる。

 最大加速の突きは障壁に阻まれ、斬撃に切り替えるが、一工夫を入れる。

 かつて戦った鉄槌の騎士を真似て、峰の部分から砲撃魔法を撃ち、ブースター代わりにして斬撃の重さを上乗せする。

 

「こ、のぉっ!!」

 

 会心の1撃にプレシア・テスタロッサの防壁は音を立てて破壊される。

 再構築される前に彩那はプレシアのデバイスである杖を弾き飛ばし、魔剣を喉元に突き付けた。

 

「終わりです。貴女が何かするよりも私が突く方が速い」

 

 宣言する彩那。

 プレシアはそんな彩那を見つめながら口を開く。

 

「ホーランド王国、と言ったわね。思い出したわ。300年前に巨大な次元断層によって滅びた世界。術式や技術と共に失われた国の1つだったわね」

 

「え……?」

 

 プレシアの言葉に彩那が動揺する。

 

(ホーランド王国が次元断層で滅んだ? それも300年前に?)

 

 どういう事か問い質そうとするが、そこでリンディが通信を繋いできた。

 

『次元振動は私が完全に抑えました。ありがとう、彩那さん。貴女のお陰で空いた次元の穴の修復まで可能となりました』

 

 彩那に礼を言うと、今度はプレシアと会話を始める。

 リンディはアルハザードなどはただの伝説だと告げるがプレシアは尚もそこへ行く道を諦めない。

 もしかしたら、彼女なりの確証が有るのかもしれない。

 

『分の悪い賭けだわ』

 

 苦い声でそう呟くリンディ。

 

『貴女はそこで何をしようと言うのです。失われた技術ならば、失われた時間を取り戻せるとでも?』

 

「そうよ! 私は取り戻すの! アリシアとの時間を! こんな筈じゃなかった全てを!」

 

 そこで彩那が口を開いた。

 

「それだけ、娘さんが大事だったんですね」

 

 憐れみ、というよりも、それは共感に近い感情だったのかもしれない。

 

「私も、そんな風に考えられたら良かったのかもしれない」

 

「貴女のような子供が何を────っ!!」

 

「うん……分かりますよ」

 

 激情を露にするプレシアに彩那は続ける。

 

「ずっと思ってた。どうして私なんかが生き残ってしまったんだろうって。生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきなのも私じゃなかったのに」

 

 どうして私だけが生き残って、家族の下に帰れたのか。

 どうして彼女達と同じ場所に逝かず、今も生きているのか。

 

「私は失ったモノを取り戻す事すらしなかった」

 

 人の死を見続けたせいか、彩那の中では死んだ人を取り戻す事は出来ないと結論付けている。

 それは本人にとっても、周りにとっても当たり前の選択だっただろう。

 だけど彩那は今も別のモノで心を埋めることをせず、ただ思い出に浸って生きているだけ。

 

「私は……私達は勇者になんてなりたくなかった。もしもその選択肢があの時に在ったのなら、私達はきっとそれを選んでいたのに」

 

 それが国や世界を見殺しにする選択だったとしても。

 

「自分よりも大切だった。あの子達の為なら何でも出来る。何でもしてあげたいって。そう思えるくらい大好きだった」

 

 欲しかったのは飾らない日常。

 学校に行って。一緒に遊んで。バイバイって家に帰り、また同じ日々の中で一緒に成長する。

 それだけで良かったのに。

 だけどその日常は、彩那達とは関係のない世界によって壊された。

 

「皆、私の手から溢れ落ちて、帰ってこられたのは私だけ」

 

 この世界に戻って幸せだと感じるたびに、胸が苦しくなる。

 どうしてこの幸福が、あの子達の手に戻らなかったのかと。

 

「沢山の人達に生かされて私は今も生きている。だけど、私が生き残ったのは、きっと間違いだった」

 

「……」

 

 生き残るのは彩那ではなく、他の子であるべきだったと呟く。

 その言葉に、初めてプレシアは敵としてでなく、1人の人間として彩那を見た。

 何かを言おうとしたプレシアだったが、その前にフェイト達がこの場に現れた。

 

「なっ!?」

 

 彩那はフェイトがこの場に現れた事に驚く。

 あの状態から動ける程にフェイトの精神が安定するとは思わなかった事と、もっと単純に拘束されていた筈の彼女が此方に来れた事その物に。

 

「今更何をしにきたの、フェイト」

 

「伝えたい事が有って来ました」

 

 フェイトの口から紡がれる、自分がアリシアの失敗作かもしれない。だけど、それでも自分はプレシアの娘でこれまで育ててくれた事への感謝を。

 

「あなたが私を受け入れてくれるのなら、私は誰からも、どんなことからも貴女を守る。私があなたの娘だからじゃない。あなたが、私の母さんだから」

 

 そう言って手を差し出すフェイト。

 しかし、やはりプレシアの返答は拒絶だった。

 

「何を言うのかと思えば……言った筈よ、フェイト。私は貴女が大嫌いだと。でも、今初めて貴女の存在に感謝しているわ」

 

「え?」

 

 フェイトの瞳に僅かな希望が灯る。

 しかし、それは彼女が望んだモノではない。

 一瞬だけプレシアが彩那に視線を向けると、魔力の察知に長けた彩那はプレシアが何をしようとしているのか察した。

 プレシアの手がフェイトに向けられる。

 そして砲撃魔法の術式が展開された。

 

「クソッ!?」

 

 ここでプレシアを刺し殺す選択肢も在ったが、フェイトの前でプレシアを殺害することに迷いを抱いた彩那は、砲撃魔法を防ぐ選択を取る。

 手にしていたのが聖剣ではなく魔剣だった事から、プレシアとフェイトの間に割って入る。

 

「でぇいっ!!」

 

 撃たれた砲撃に砲撃をぶつけて何とか相殺するが彩那も吹き飛び、アルフにキャッチされる。

 

「無事かい!?」

 

「何とか……テスタロッサさんがここに来るのは予想外でしたよ。でも、理解したでしょう? あの人を言葉で止めるのは不可能よ」

 

 フェイトにはそう言うが、まだ諦めきれない様子。

 彩那はアルフに言って無理矢理にでもフェイトをアースラに戻せと指示しようとした。しかしプレシアがデバイスを拾って此方を攻撃しようとする。

 

『プレシア・テスタロッサ! これ以上罪を重ねるのはお止めなさい!!』

 

「黙りなさい! 私は必ず、アルハザードへ辿り着き、今度こそアリシアとの時間を取り戻すのよっ!!」

 

 その為にジュエルシードの暴走を抑えている彩那を消さなければならない。

 

「母さんっ!?」

 

 フェイトが呼び掛けるが、もう彼女の言葉に返事をする事もない。

 当然彩那を殺そうとしているプレシアが非殺傷設定など使うわけもない。

 このままでは3人揃って殺されるだろう。

 

「ごめんなさい、テスタロッサさん」

 

「え? わっ!?」

 

 彩那が勇者服のマントを外してフェイトの頭から被せる。

 これから彩那がする事を見ないように。

 聖剣に武器を切り替えて、プレシアのところまで疾走する。

 撃たれた砲撃魔法を防ぐ。2射目は撃たせない。

 逆手に持った聖剣でプレシアを押し倒すの勢いで突っ込み、胸へその刃を突き立てた。

 心臓を貫き、倒れると同時に血を吐き、胸から噴き出した血が彩那にかかる。

 

「かあ、さん……?」

 

 マントを払ったフェイトが見たのは、母の血を浴びて立ち上がった彩那の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が目を覚ますと、アースラの医務室だった。

 

「目が覚めたのね」

 

 同時にリンディの声がした。

 彼女が付きっきりだった訳では当然なく、休憩の合間に寄ったら彩那が丁度目を覚ましたのだ。

 

「私、どうして……」

 

「覚えてないかしら? アースラに戻った瞬間に倒れたのよ」

 

 正確にはフェイト達が部屋に戻されて姿が見えなくなると同時に糸が切れたように意識を失ったのだ。

 医務官が言うには、精神的な疲労だそう。

 フェイトの前で気を張っていた糸が、彼女が視界から消えたことで切れたのだろうと。

 

「そうですか……」

 

 起き上がった彩那は両手を差し出す。

 その意味を理解してリンディは首を横に振った。

 

「プレシア殺害の件は、正当防衛が適用されます。その為に後で調書を取らせて貰うけど、良いかしら?」

 

 プレシアは彩那達を殺そうとしていた。

 彩那は自分だけではなく、フェイトとアルフも守ろうとしたのだ。そんな幼い少女に、どうして手錠がかけられるだろう。

 

「……はい」

 

 ただただ疲れた様子で返事をする彩那。

 

「辛い思いをさせてしまったわね」

 

「そんな事は……」

 

 実際、プレシアを殺害した事はそれほど心に衝撃はない。

 

「堪えたのはむしろ、誰かを殺して大して心が動かなかった事です」

 

 地球に戻って少しは誰かを傷付ける事に痛みを覚えるかと思ったが、そんな事は無かった。

 よく人を殺す覚悟などと言うが、それは心が痛むだけの良心が有って初めて成立する。

 あの戦争で何人も殺して、彩那は命を奪うことに関しての感覚が鈍感しているだけだ。

 そうなったらそれは覚悟でも何でもない。ただの作業である。

 

「勇者になって出来るようになったのは、こんなことばかりですよ」

 

 自嘲気味に笑うと、医務室のドアが開いた。

 

「彩那ちゃん!」

 

「っと」

 

 なのはが彩那に飛び込んできた。

 後ろにいたユーノもホッとした様子でいる。

 

「驚いたよ。いきなり倒れるから」

 

「心配かけたみたいね」

 

「そんな事より、大丈夫?」

 

「えぇ。身体の方に異常はないから」

 

 大丈夫だというジェスチャーとして腕を回す。

 なのはは彩那の顔をジッと見た後にその頬に触れた。

 

「高町さん?」

 

「彩那ちゃんがどんな顔なのか、本当はずっと気になってたけど……うん。想像よりずっとかわいくてビックリしちゃった」

 

 ────彩那は自分で思ってるよりずっとかわいいんだよ。

 

 昔、そう言ってくれた親友の言葉を思い出した。

 彩那はその時、確かに微笑んだ。

 

「ありがとう、高町さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ次元振動の影響で海鳴に帰れないと云うことなので、リンディ達と食事を一緒にしていた。

 そんな中で皆の疑問をクロノが代弁する。

 

「何で君はまだその包帯をしているんだ?」

 

「期間限定イベントが終わったからですよ」

 

 本気か冗談か判断に困る返答を真顔でする彩那。

 別に最初からクロノ達に素顔が知られるのを嫌がった訳ではない。

 

「私の包帯は外部にリンカーコアが察知されにくくするのと出力を抑える役目も有るんですよ。まぁ、あの刺青を隠す意味合いもありますが」

 

「え? あの刺青を知られて何か不都合あるの?」

 

「単純に顔に刺青が有ることを知られると、危ない人間だと思われるんですよ。包帯なら、向こうが勝手にデリケートな問題だと解釈してくれますし」

 

 そのせいで学校で嫌がらせを受けているが、刺青でも似たような物だっただろう。

 

「その包帯にリミッターの役割を有るのは分かったが、外部にリンカーコアが知られないというのは?」

 

「以前、資質の高いリンカーコア持ちのせいで誘拐されたことがあるので。念のためです」

 

 尤も、もしかしたらそれが遥か過去の可能性も出てきたが。調べようも無いので取り敢えず今は置いておく。

 その件について幾つか質問されたが、彩那から一方的に打ち切る形で会話を終了させると、今度はフェイト達の処罰の話になる。

 本来、次元干渉────最悪、1つの世界を滅ぼしかけた彼女達はかなり重い刑に服する筈だが、フェイト達の家庭環境が特殊であることや、最後にはこちら側に協力したことを踏まえてかなり減刑される、というよりも、させる為に動くらしい。

 

(それも、事件が起きたのが管理外世界だからかな? 嫌だなこんな風に考えるのは)

 

 フェイトの減刑に対して喜ぶよりもそんな邪推をする自分に内心で嘆息する。

 

 余談だが、この事件に協力したなのは達は管理局から賞状が送られる筈だったが、彩那が人を殺した人間がそんな物を貰うべきじゃないと辞退した事で、貰うのはなのはだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に戻って数日。

 いつも通りの日常を過ごしていた彩那だがなのはから連絡が来た。

 何でもフェイトと少しだけ会えるように取り計らって貰えたそうだ。

 彩那もどうかと誘われたが、加害者(彩那)被害者(フェイト)に会う訳にもいかず、断る。

 

(恨まれてる、だろうな……)

 

 理由が理由とはいえ、あれだけ慕ってた母親を殺した相手だ。

 なのはとの関係に何らかの悪い影響がでないことを祈るしかない。

 若干気分が落ちている彩那。

 母親から頼まれた買い物を済ませて帰宅しようとする。

 

「え?」

 

 そこで見覚えのある、赤い三つ編みを見たような気がした。

 

「気のせい、よね……?」

 

 振り返るとそこにその人物は居らず、不安を振り払って彩那はマンションに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無印編終了。
何話かASまで空白期間の話を書いてからAS編を書きます。


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番外編1:クラナガンの怪人

sts本編はやらないのでちょっとだけ書いた。


 綾瀬彩那一等陸尉。

 高町なのはなどと同じ地球出身の魔導師。

 現在第一管理世界クラナガンで質量兵器の密輸や違法所持者に関する捜査を中心に活動する捜査官である。

 若くして一等陸尉の階級を与えられた彼女だが、他の同期達と違い、取材などのメディアに出演する事はまったく無い。

 それは綾瀬一尉の首から上が包帯で厳重に巻かれている、という見た目だからだ。

 彼女の素顔を知るのは旧知の者達だけで、職場の同僚すらその包帯の下を拝んだ者は居ないと噂されている。

 そんな綾瀬一尉に付けられた通り名が"クラナガンの怪人"である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾瀬彩那は報告書を纏めていた。

 ここ数ヵ月の調査で判明した質量兵器の密輸組織をようやく逮捕に踏み切れた。

 売り捌く筈だった銃器や違法薬物を押収し、リスト化。犯人達の身元確認などが報告書として作成される。

 

「今日は早く帰れそうね」

 

 同僚が淹れてくれたコーヒーを飲みながら呑気にそんな事を口にする。

 すると、部署の扉が開かれた。

 

「どうも~。綾瀬捜査官居ります~?」

 

 入ってきたのは旧知の1人である八神はやて二等陸佐だった。

 呼ばれて一旦作業を中断してはやての下へ向かう。

 

「お久しぶりです、八神二佐。私にどのような御用件で?」

 

 敬礼をしつつ用件を訊ねると、はやては手をヒラヒラさせた。

 

「イヤやわー。そんな堅苦しい。いつもみたいにはやてちゃんって呼んでええんよ?」

 

 

「今は仕事中ですので。それと、私がそう呼んだ覚えが無いのですが……」

 

 冷ややかな視線を向けられてはやては苦笑して頬を掻いた。

 

「それはそれとして。これからご飯いかへん? 真面目な話とゆーか、相談があるんよ」

 

 真面目な話、と言うのであれば断る理由はない。

 

「分かりました。私も報告書を書き上げなければなりませんので、定時以降で宜しいですか?」

 

「いや、自分で誘っといてなんやけど、アレ終わるん?」

 

 山積みになっている書類の束を指差すはやて。

 就業時間まで後2時間しかない。

 その質問に彩那は当然のように言う。

 

「終わるか、ではなく終わらせますよ、絶対。どちらにせよ早く帰るつもりでしたし」

 

「頼もしいなー」

 

 友達の言葉にはやては苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてごめんなさい」

 

「いやいや。早いくらいやよー」

 

 指定されていた料亭に到着して個室に案内されると先に来ていたはやてが居た。

 

「いやー、それにしても相変わらず包帯取った時のギャップがスゴいなぁ。美人度で言えばフェイトちゃんとタメ張れるんちゃう?」

 

「つまらない世辞は要らない。それより話って?」

 

「世辞やないけど。先ずは食事を楽しんでからにせぇへん?」

 

「八神さんが猫なで声ですり寄ってくる時は面倒事が舞い込んで来るって決まってるから、先に聞いておかないと楽しめないのよ」

 

 彩那の台詞にはやてが視線を反らして頬を掻く。

 

「ヒ、ヒドイなぁ。でも、うん。先ずはこれ見て」

 

 渡されたリストに目を通す。

 それが何なのか理解しつつ彩那はこう返した。

 

「同窓会の出席名簿?」

 

「あはは。嫌味がキツいなぁ」

 

 彩那の言葉にはやては怒る事無く返された名簿をしまう。

 

「これはいったい何のおふざけかしら? どう考えても戦力過多よ。大体ランク制限で通らないでしょ、そんな部隊の面子」

 

 はやてが新しい部隊の設立に走り回って居た事は彩那も知っている。話も前に来たが、やんわりとお断りした。

 はやての騎士である雲の騎士を集めるのはまだ良い。

 だがその上になのはやフェイト。それに今は一線を退いているが狙撃の名手であるヴァイス。

 どう見ても戦力が異常だ。

 はっきり言って彩那まで引き入れたい理由が分からない。

 

「どれだけ危ない組織を相手にするのかしら? 今のところ思い当たる節が無いのだけれど」

 

「うん。実は魔王軍を相手にせなアカンようになってなぁ。是非勇者様のお力添えをー」

 

「ふざけてるならこの話は切るわよ」

 

「あーゴメンゴメン! でも今は言えんのは本当やから」

 

 要するに、守秘義務なのだろう。

 

「正直に言うとな、彩那ちゃんには直接の戦力よりも部隊運用のサポートに期待してるんよ。勿論、切り札として手元に置いておきたいのはあるけど」

 

「……」

 

 観念したように話始める。

 

「面子を見て分かるように、上役は皆わたしと旧知の面々やろ? うちの子らは基本意見は述べても反対はせぇへん。なのはちゃんやフェイトちゃんも。むしろ、後出しジャンケンみたいにむりやり正解に持っていきそうやね」

 

 それはそうだろう。

 例えはやてが判断ミスをしても、彼女らなら結果で黙らせられる。

 

「それにわたしが部隊長やからな。きっとかなり規律の緩い部隊になると思う。その時にキチンと締めるところは締められる人が欲しいんよ。上が団結し過ぎてなぁなぁになりそうなところを叱ってくれる人。問題が起きた時に、公正な目で意見を言える人。そういう人材で真っ先に思い付いたのが彩那ちゃんやった」

 

 八神はやては基本厳しさで人を引っ張るタイプではない。

 その人柄で、力に成りたいと思わせる雰囲気が彼女の魅力であり、武器である。

 

「買い被りよ。私だって判断を失敗する時はあるわ」

 

「でも、わたしが間違ってる思ったら、絶対止めてくれるやろ?」

 

 友達だからと流されず、周りに睨まれても自分の意見を言ってくれる。

 

「わたしが始めた部隊やからな。失敗してわたしが責任を取るのは当然。でも、着いてきてくれた子達に飛び火せんように守ってくれる。そんな補佐が欲しいんよ」

 

「……随分と煽ててくれるわね」

 

「それだけアヤアヤが魅力的なんや」

 

「その呼び方はやめて」

 

 軽く注意して息を吐いた。

 

「でもランク制限はどうするの? 今は基本Aランクで活動してるけど、それでも規定を超えるでしょう?」

 

「うん。だからもっとランク下げてほしい」

 

「出来なくはないけど……」

 

 まぁ後方担当ならランクを下げても問題ないか、と考え直す。

 

「期間は1年。生半可な成果じゃあ、高ランク魔導師を多く遊ばせたと判断されるわ。そうなると、ただでさえ風当たりの強い八神さんは追い込まれる事にもなるわよ」

 

「ふふ。そういう心配をしてくれるの、嬉しいなぁ。でも大丈夫や。皆が協力してくれるなら」

 

 信じてます、と言わんばかりのはやてに彩那は難しい顔をした。

 結局自分も、彼女には甘いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課が始動し、今日も出現したガジェットの撃退や新人の育成に精を出している。

 そんなある日の事。

 

 

 

 

「今日も疲れたねーみんなー」

 

 訓練を終えてシャワー浴びてクラゲみたいにふやふやした表情のスバル。

 まだなのはの訓練に慣れてない新人達は食堂に向かっていた。

 その途中で自分達の教官を発見する。

 

「アレ、なのはさんですね。一緒に居るのは────綾瀬副部隊長?」

 

 顔に包帯を巻いたその姿を見間違える筈もない。

 

「何か、なのはさんが謝ってるみたいですね」

 

 そこで向こうがこちらに気付き、なのはがバツの悪そうに苦笑いすると、2人は近付いてくる。

 

「皆はこれからご飯?」

 

「はい! あの、何かあったんですか?」

 

 スバルの質問に彩那が答える。

 

「大した事じゃないわ。高町一尉のカートリッジ使用率が多めだから、少し使用を控えてくれるよう言っただけよ」

 

 カートリッジは当然部隊の資金から補充される。

 使うなとは言わないが、節約出来るのならそれに越した事はない。

 何よりある程度安全性が確立したとはいえ、負担がかかることには変わりない。

 そうした心配からのお小言であるため、なのはも反論しづらかった。

 そこでティアナが念話を繋ぐ。

 

『そう言えば、綾瀬副部隊長もなのはさん達の幼馴染みだったわね。チビッ子達は前から知り合いなんでしょう?』

 

『えっと……僕はフェイトさんに引き取られて少しした後に1度だけ。地球のお店でご飯を御馳走になりました』

 

『わたしは去年の誕生日に。素敵な服をプレゼントしてくれました』

 

 どうやら2人共に1回しか会ったことが無いらしい

 

『それじゃあ2人は綾瀬副部隊長の素顔を見た事あるの?』

 

『ありませんね』

 

『わたしもです』

 

 すると、スバルが手を挙げる。

 

「あの! どうして綾瀬副部隊長は顔を隠してるんですか?」

 

『スバルゥウウウウウウウッ!!』

 

「わぁっ!?」

 

 念話で大声で叫ぶティアナにスバルが地声で驚く。

 

『アンタバカなの!? いくらなんでもデリカシー無さすぎでしょ!!』

 

『え? だ、だって気になったから……』

 

 2人の様子を察した彩那が話に入る。

 

「良いのよ、ランスター二士。こんな格好をしていれば、気になるのは当然だもの。むしろ説明をしていない私に問題があるわね」

 

「え、えーと……」

 

 自分が悪かったという彩那にティアナは困惑する。

 少し考える様子を見せて、包帯の巻かれた頬に触れる。

 

「私が包帯で顔を隠してる理由ね。実は子供の頃に学校でイジメを受けていて、ある日危ない薬品を顔にかけられて酷く爛れてしま────」

 

「ストーップ!! 彩那ちゃん! やけにリアリティのある嘘を真顔で吐くのは止めようね! 皆引いてるからっ!」

 

「あら?」

 

『嘘なんですかっ!?』

 

 なのはのツッコミに新人達が声をハモらせた。

 

「うん。彩那ちゃんが包帯を巻いてるのはそういう理由じゃないから。素顔はかなりの美人さんだよ」

 

「顔に見られたくないモノが有るのも昔嫌がらせを受けてたのも本当だけどね。事実を言うと、この包帯自体が私にとってリミッターの役割が有るのよ」

 

「リミッター、ですか?」

 

 首をかしげる新人達になのはが補足した。

 

「うん。彩那ちゃんは術式とデバイスの関係で通常のリミッターは弾かれちゃうの。だからこの包帯で無理矢理リミッターをかけて貰ってて」

 

 正確には彼女が使う4本の剣。

 それを起動させると本人の意思に関わらず、強制的にリミッターを解除してしまうのだ。

 だから仕事中は滅多なことでは包帯を外さない。

 

「私はこの部隊での仕事はあくまでも部隊運営の補佐役だから、余程の事態に陥らない限りは前線には出ないつもり。あなた達も体を壊さない程度に頑張りなさい。もしも度を越えて無茶をするなら────簀巻きにして吊るしてでも止めるわよ?」

 

 最後の方のギロリとした視線に新人達は背筋を寒くした。

 その様子になのはが苦笑する。

 

「そんな無茶は私がさせないよ」

 

「心配なのよ。高町一尉の教え子だから」

 

「ひ、ひどい……」

 

 まるでなのはの教え子だから平気で無茶をする、みたいな物言いに眉をヒクヒクさせる。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「あれ? 行っちゃうの? 久しぶりに一緒にご飯でもって思ったんだけど」

 

「これから八神部隊長に提出しなきゃいけない書類と打ち合わせがあるから。えぇ。とっても大切なお話が……ねぇ?」

 

 最後の方にやや語気を強めた言い方にはやてが何かしたのかな? と感じた。

 新人達に明日も訓練頑張ってとエールを送りその場を離れる彩那。

 2人の様子を見て、キャロが思った事を口に出す。

 

「なのはさんと綾瀬一尉って姉妹みたいですね」

 

「そうかな? でも、彩那ちゃんは私のお師匠様なところがあるから、ちょっと頭が上がらないのはあるかも」

 

「そうなんですか!?」

 

 なのはのカミングアウトにスバルが驚きの声を出す。

 食堂へ移動しつつ、懐かしむように話を始めた。

 

「魔法自体は別の人に教えて貰ったけど、魔法での戦い方は彩那ちゃんに教わったよ。まぁ、彩那ちゃん曰く、私は優秀過ぎてつまらない生徒って言われちゃったけどね。だから、本気で怒られたのは1回だけだったよ」

 

「なのはさんがですか!?」

 

 エリオの驚きになのははやはり恥ずかしさと懐かしさの混じった笑みで頷く。

 

「昔ね。魔法を学ぶことや仕事が楽しくって、疲れとか全然気にならずに働いてた時期があって」

 

 上手く行き過ぎていて、ハイになっていたのだ。なまじ優秀だったからこそ、周りもなのはの疲労に気付かなかった。

 というよりも、信じたくなかったのか。

 

「それで、ある任務に出る寸前でいきなり彩那ちゃんにバインドでグルグル巻きにされて、実家に戻された事があったんだ。その後に今までの疲労が噴き出て、熱で倒れちゃった。お見舞いに来てくれた彩那ちゃんにはその時に怒られたよ。でも怒鳴ったりするんじゃなくて、こっちを真っ直ぐ見て、言い訳を1つ1つ潰してくるから、スゴく堪えたなぁ」

 

 反論を理詰めで切られ続けたのだ。

 当時子供だったなのはかなりしょんぼりと落ち込んだ。

 

「でも最後に、取り返しのつかない事になる前に気付けて良かったってスゴくホッとしてた」

 

 昔からそうだ。

 ジュエルシードの事件の時も。闇の書の時も。

 此方の意見を聞きつつも本当に危ないと判断したら止めてくれる。

 

「今はああいう格好をしてるからビックリするかもしれないけど、本当に優しい子だから。あまり怖がらないであげてね」

 

 友人を自慢するようになのはは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しの時間が流れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は言ったわよね? 度を越えた無茶をするなら、簀巻きにしてでも止めるって」

 

 自主訓練に明け暮れていたティアナとスバルは突然彩那に後ろからバインドで拘束されて空中に吊らされていた。

 クラナガンの怪人と呼ばれる綾瀬彩那一等陸尉は手にしている王剣でポンポンと2人の頭を叩く。

 

「さてと。高町一尉とヴィータ三尉も呼んで、お説教といきましょうか」

 

 ギロリと睨みつつも口元をつり上げる彩那に2人はブルッと背筋に寒気が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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喫茶翠屋へのお誘い

『さて。私達も魔法とやらに触れて半年が経った。それぞれ武器に合った戦い方を学び、自分の戦闘スタイルも確立しつつある。だが、弱点を放置して良い理由にもならない。だから私達が互いに教えられる事は教え合うべきだと思う。いいか?』

 

『はーい』

 

 冬美の言葉に他3人が返事をする。

 先ずは渚を指差す。

 

『渚。お前は接近戦闘を得意とするが、どうだ?』

 

『ん? んー。ビュンって近づいて相手の弱そうなところをズバッと斬る感じ?』

 

『……彩那は?』

 

『えっと……敵の攻撃が来るタイミングと狙ってる場所は何となく分かるから、後はバリアを展開してるかな』

 

『璃里』

 

『術式を見れば大体どんな効果か予想出来るよね? だから後は魔力で干渉すれば大丈夫だよ……』

 

 3人のフワッとした説明に冬美が頭を押さえる。

 その態度に渚が不満げな顔になる。

 

『なら、冬美はどうなのさー』

 

『あぁ。細かなところは魔剣任せだが。敵のリンカーコアを感じ取って距離を算出。後は角度調整をだな────』

 

『ゴメン。細かすぎて難しいよ』

 

 彩那の言葉に冬美がムッとなる。

 苦笑して璃里が締め括る。

 

『要するに、皆揃って教えるのに向いてないってことだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしい事を思い出すわね」

 

 ジャージ姿で公園のベンチに座っている彩那。

 走り終えてボーッとしていると、昔の事が過るようになった。

 すると一緒に走っていたなのはが到着する。

 

「ゴ、ゴール……」

 

 地面に倒れ込むように目的の場所に着くなのはだが、すぐに熱せられているアスファルトからすぐに立ち上がった。

 既に学校は夏休みに突入しており、彩那となのはの師弟関係も続行中である。

 もっとも────。

 

「ここ最近、全然魔法を教わってないの……」

 

 彩那にやらされている事は基本筋トレである。

 模擬戦すら週に1回のペースだ。

 

「そもそも、私が教えられる事は限られてるのよね。それよりも今は土台作りの方が大事よ。テスタロッサさんと再会したら、戦う約束もしてるんでしょ?」

 

 フェイトとはあの事件以降、ビデオメールなどでやり取りしてるらしく、それで再会したら模擬戦をする約束をしたらしい。

 

「格上に勝てるのは一流の資質って言うけど、高町さんの戦い方は負担も大きいのよ。だから先ずは体を壊さないように身体作りから始めないと」

 

 別に模擬戦に敗けたからと言って失うモノが有る訳で無し。

 将来的に魔法に関わるのかは知らないが、体を鍛えて損する訳でもない。

 

「とにかく今は砲撃魔法とかでかかる負担や疲労を抑えないと」

 

「う~ん。特に痛かったり疲れてたりはしないんだけど……」

 

「そういうのは、自覚した時点で手遅れな事が大半よ。大体、魔法なら自主的に特訓してるんでしょう? この間も、収束砲を改良してやらかしたでしょう」

 

「うっ……」

 

 実際、なのははリンカーコアに負荷をかけたりレイジングハートによるシミュレーション戦闘を行ったりしている。

 この間、その成果で組み立てたスターライトブレイカーの改良版を試し射ちした結果。ユーノの結界を破壊して綺麗な桃色の光が柱になっているのをマンションから見た時は手にしていた飲みかけのコップを落としてしまった。

 とにかく、彩那からなのはに魔法の訓練をする必要が殆んどないのだ。

 そういう意味では彩那の方針はなのはの足りない部分を補っていると言える。

 

「私達の年齢で変に筋力を付けるのはダメだけど、最低限は鍛えておかないと。今はジュエルシードの時とは状況が違うし、長期間でゆっくり強く成れば良いのよ」

 

 焦る必要も無理をする必要もない。

 今はゆっくりと魔導師としての高町なのはの器を形作っていけば良い。

 

「それとも、誰かに襲われる予定でもあるの?」

 

「そんな物騒な予定ないよ!」

 

 彩那の質問になのはが頬を膨らませて否定する。

 冗談とも本気とも判断できない台詞を言った彩那はここから見える海と空を眺める。

 

「~~~~♪」

 

 彩那の口から歌が紡がれる。

 ゆったりとした音調。

 歌詞の1文1文が蒸せ返る夏をイメージさせる。

 大切な夏の思い出を抱き締めるような。

 そんな歌を。

 

(でも、どこか哀しい歌……)

 

 それは歌自体が、というよりも、ジュエルシード事件で彩那がプレシアに言ったことが引っ掛かっているからかもしれない。

 

 ────ずっと思ってた。どうして私なんかが生き残ってしまったんだろうって。生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきなのも私じゃなかったのに。

 

 自分は勇者になんて成りたくなかったと言った彩那。

 あの時の後悔を乗せるように吐き出された言葉が今も引っ掛かっている。

 

 5分程の歌を歌い終えると彩那はなのはの方へと向いた。

 

「体も休まったでしょう? 高町さん。またね……」

 

「ちょっと待って!」

 

 去って行こうとする彩那をなのはが呼び止めた。

 不思議そうな顔をする彩那になのはが確認する。

 

「今日の約束。覚えてるよね?」

 

「約束? 何かあったかしら?」

 

 首を傾げる彩那になのはの視線は鋭くなる。

 

「あったよ! 今日のウチの喫茶店に来てくれるって約束だったでしょう!!」

 

「え? アレ本気だったの? てっきりその場限りのお誘いかと……」

 

「そんなイジワルしないよ!」

 

「あぁ、うん。そうよね。高町さんはそういう事は言わないわよね。ごめんなさい」

 

 彩那からすれば、自分を招待するメリットがないと思っていたのだ。

 なのはとしては、普段からお世話になっている友達に少しでも恩返しが出来ればと思ったのだが。

 

「確か、3時頃にその翠屋という喫茶店だったかしら。うん覚えてるわ」

 

「絶対来てよ! 約束したからね!」

 

 やたら気合いの入ったなのはに彩那はうんうんと頷いた。

 その様子になのはが息を吐くと思い出したように次の提案をする。

 

「それとね。彩那ちゃんも今度フェイトちゃんとのビデオレターを撮らないかな? フェイトちゃんも話したがってたし……」

 

 以前にも同じ事を誘われた事があるが、彩那の返答は同じである。

 

「ごめんなさい。私はテスタロッサさんと会うつもりはないの。加害者と被害者は会うべきじゃないと思うから」

 

 時空管理局(リンディ・ハラオウン)から正当防衛が認められたとはいえ、彩那がフェイトの母親を殺害した事には変わらない。

 それは言い訳のしようのない事実だ。

 そんな彩那になのはが続ける。

 

「フェイトちゃんは、彩那ちゃんの事を恨んでないよ。むしろ、ああいう行動を取らせて申し訳ないって言ってた」

 

「そう。そうなの……でも……」

 

 ────返せよ! 姉様を返してっ!! 

 

 昔、妹のように可愛がっていた少女の憎しみに染まった声を思い出した。

 

「彩那ちゃん?」

 

 顔半分を手で覆う彩那になのはは心配そうに声をかける。

 

「とにかく、逃げるようだけど私はテスタロッサさんと会う気はないのよ。私、臆病者だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶翠屋のカウンター席にはなのはとアリサとすずかが座っていた。

 

「あのさ。アタシらが紹介してもらうのに何でなのはがソワソワしてるのよ」

 

「にゃはは……友達に友達を紹介するってなんか照れ臭くて」

 

「そう? でもなのはちゃんからお友達を紹介してくれるの、楽しみ」

 

 友人のアリサとすずか飲み物を飲みながら待っていると客が少なくなっていき、時間の空いた父の士郎が話しかける。

 

「以前のボランティアで知り合った子だって言ってたな。どんな子なんだ?」

 

「うん。スゴくしっかりした子だよ。わたしも何度も助けて貰っちゃった。それと────」

 

 一瞬言い淀むなのはだが、すぐに言葉を続ける。

 

「顔に大きな傷が有って、見られたくないから包帯を巻いてるんだけど、驚かないであげて欲しいかな」

 

 本当は刺青なのだが、そう説明する。

 なのはの不安にアリサが眉間にしわを寄せた。

 

「そんなの気にしないわよ。大事なのは中身でしょ、中身」

 

 当然だとばかりに言ってストローに口付ける。

 そうこう話している内に翠屋の入店扉が開く。

 入ってきたのはなのは達と同い年の少女。

 頬にかかるくらいの長さのウェーブの黒髪。

 緑色のワンピースを着た可愛らしい女の子だった。

 その客を見た瞬間驚きからなのはが声を上げる。

 

「彩那ちゃんっ!?」

 

「高町さん。いくらご両親のお店でも大きな声を出すのは感心しないわよ?」

 

 軽く注意されて恥ずかしさから口を手で押さえる。

 なのはが驚くのも無理もない。

 ジュエルシード事件で殆んど外そうとしなかった包帯を取り、顔に刻まれた4つの刺青も消えているのだから。

 

『流石にいつもの姿だとお店にも迷惑がかかるかもしれないから。刺青は魔法で隠してるのよ。スクライア君が使っていた変身魔法の簡易版ね』

 

『だったら、普段もそうしたら良いんじゃないかなぁ』

 

『前にも言ったでしょう? アレは私のリンカーコアの出力を抑えたり、外部に魔力を察知させ難くしてるって。そっちも念の為にね』

 

 念話で話してみると、アリサが声をかけてきた。

 

「ちょっと! いつまで2人で突っ立ってるのよ!」

 

 確かにここで立っていてもお客や店員の邪魔だろう。

 なのはに案内されるままに席まで移動すると、座る前に頭を下げた。

 

「初めまして。綾瀬彩那です。以前高町さんにはお世話になりました」

 

 彩那が挨拶すると、なのはの両親である士郎と桃子が瞬きする。

 

「綾瀬、彩那ちゃん……?」

 

「はい。多分そちらが知っている綾瀬彩那かと」

 

 行方不明だった彩那が発見された際には海鳴だけでなく、それなりに大きなニュースとして全国規模で放送された。当然新聞にも。

 彩那自身、まだ行方不明の少女達の捜索という名目で記者などにストーカー紛いな付きまといをされた事もある。

 まだ風化してるとは言えない話題なので、高町夫妻が思い至るのも無理はない

 

「お母さん?」

 

「あぁ、ごめんなさい。彩那ちゃんね。今日は楽しんで行ってね」

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って席に座る。

 なのはが自分の親友を紹介する。

 

「彩那ちゃん。こっちに居るのがわたしのお友達のアリサちゃんとすずかちゃん」

 

「月村すずかです。よろしくね、彩那ちゃん」

 

「アリサ・バニングスよ」

 

「えぇ。よろしく」

 

 すずかが友好的な態度で。アリサは彩那を品定めするような視線で自己紹介する。

 すずかが気になっていた事を質問する。

 

「えっと。なのはちゃんから顔に傷が有るって聞いてたけど。あ、答えたくないならいいんだよ」

 

「実は顔に火傷の痕が有るんだけど、今はメイクで隠してるの」

 

 頬に指を当てながら答える彩那。

 

(よくそんな嘘がポンポン出てくるなぁ)

 

 慣れた感じに誤魔化す彩那に複雑な気持ちを抱くなのは。

 和やかな雰囲気の中でなのはの家族や友人との会話を楽しむ。

 その中でジュエルシード事件について魔法を絡めずに要点だけを纏めて滑らかに話す彩那になのはは感心すると同時に言い表せない怖さから口を引きつらせたが。

 彩那も翠屋の菓子を気に入り、お土産に幾つか包んで貰った。

 そうしてお喋りも終わり店を出る。

 

「高町さん。今日は誘ってくれてありがとう」

 

「うん。良かったらまた来てね」

 

「今度一緒に遊ぼうね、彩那ちゃん」

 

 そうした話をしているとアリサが彩那を指差す。

 

「それと、次に会う時はその胡散臭い笑みはやめなさいよね」

 

「アリサちゃん?」

 

 突然の発言にすずかが首を傾げる。

 

「アタシ達を不愉快にさせないようにって、ずっと気を使ってたでしょ。会話も当たり障りのないようにって一歩引いた感じで。桃子さん達も気付いてたけど。上手く言えないけど、なのはの顔を立てすぎなのよ」

 

 アリサの指摘に彩那は笑みを止めていつもの無表情に戻す。しかしその表情にはどこか感嘆の念が込められていた。

 

「まさか気付かれるなんて。高町さんもそうだけど、類は友を呼ぶと言うか。うん。小学生と話してる気がしない」

 

「アンタに言われたくないわ」

 

 彩那の返しにアリサが呆れたように頭を掻く。

 

「言い訳になるかもしれないけど、さっきまでの時間が楽しいと感じたのは事実よ。私にとってそう感じるのは珍しい事なのよ」

 

 海鳴に戻ってきてから、彩那は以前ほど楽しいと思うことは無くなった。

 いつも暗くて重い何かが心の枷となっている。

 今日はそれが少しだけ軽くなった気がした。

 

「ごめんなさい。不快な思いをさせたなら謝るわ」

 

「別にそんなんじゃないわよ。ただ、もう少し自分を出しても良いんじゃないって話」

 

「それは……」

 

 アリサに指摘されて困ったように口ごもる。

 小さく首を振ると会話を切り上げて逃げるように去って行った。

 それにアリサがはーっと息を吐く。

 

「初対面でちょっと踏み込みすぎたかな?」

 

「アリサちゃん」

 

 少しばかり責めるようななのはの視線にゴメンゴメンと謝る。

 

「悪い子じゃないってのは分かるのよ。ただ、本心から楽しもうとしてなさそうなのが気になって」

 

 何事も楽しまなければ損である。

 なのに彩那は自分から心の壁を作り、一定の距離を保とうとする。

 それがアリサには気になった。

 

「ま、それならそれでこれからそんな壁が作れないくらい振り回してやるのも楽しそうだけどね!」

 

「もう。アリサちゃんったら」

 

 要するに彩那にももっと楽しんで欲しいという事だ。

 隠し事をするなとかそういう話ではなく、もっと心から笑って良いのだとアリサは思う。

 変な気遣いや遠慮ばかりされたらこっちまで疲れてしまう。

 

「それに、見たいじゃない? 本心から笑ってる彩那を」

 

 そう言ってアリサはウインクした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分を出しても良い、か……」

 

 自室で写真立てを手にしながら彩那は息を吐く。

 写真には4人の少女が心から笑っていた。

 

「そんな資格はないのよ……」

 

 楽しいとか幸せとか。

 たった1人だけ生き延びてしまった自分がそれを甘受する資格は無い。

 写真の中に居る親友達を犠牲にして生き延びた自分が、どうして心から笑えるだろうか。

 写真を胸に当てて抱き締める。

 

「ねぇ。どうして生き残ったのが私だけだったのかな?」

 

 何度もした自問。

 机の上には小さな雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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堪忍袋

 八神はやては小学3年生の2学期に入り、初めて学校に登校した。

 休学扱いと言っても年がら年中登校しないわけではなく、決められた日には担任に近況や渡された問題集の提出に赴いている。

 

「はぁ……」

 

 少しだけ憂鬱な気分で息を吐くはやて。

 まだ自身の脚が元気だった頃、それなりに友人も居り、毎日が楽しかった。

 しかしある日、突然脚に痛みが走り、救急車で運ばれてからは八神はやての脚はポンコツになった。

 両親は既に亡く、父の知人を名乗る男性に親の遺産の管理や援助を受けてどうにか生活してきた。

 しかし不自由な脚と保護者が近くに居ない危険性から周りの勧めもあり、休学扱いとなる。

 

(今やと完全に学校でお客様やからなぁ)

 

 以前は仲の良かった友達も脚が不自由になったはやてに対して遠慮がちな態度になり、学校にもたまにしか訪れない事からいつしか居場所が無くなった。

 

「ま、今はわたしにも家族が居るからえぇけどなー」

 

 今年の誕生日に突然やって来た"家族"を思って頬を緩める。

 校舎に入り車椅子な為いちいち靴を履き替えなくていいことを楽だなと思いつつ中を移動する。

 廊下まで車椅子を上げたところで下駄箱に備え付けられているゴミ箱。この中に気になる物が入っていた。

 

「ポーチ?」

 

 腰にかけるタイプのポーチが押し込まれるように捨てられていた。

 

「まだ全然使えそうやけど……」

 

 首を傾げるはやて。

 

「うーん。誰かが間違って落としたのかもしれへんし。先生に預けた方がえぇかな?」

 

 そんな事を考えながら拾ったポーチを膝に置くと車椅子での移動を再開する。

 曲がり角まで半分程の距離を移動すると、突然何かを打ち付けるような大きな音がして、驚きからはやては肩を小さくした。

 

「な、なんや?」

 

 音がした教室まで移動する。

 するとそこには顔全体に包帯を巻いた少女。

 

(綾瀬さん?)

 

 以前助けてもらった同級生が教室後ろ側で加賀有子という少女を倒して椅子の脚で拘束していた。

 どういう状況なのか分からず困惑するはやて。

 綾瀬彩那は手にしている箒の柄を加賀有子の顔に向けて鋭く突き下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ポーチが無い)

 

 ランドセルと一緒に机の横に掛けてあった彩那のデバイスを収めたポーチが無くなっていた。

 周囲に見回すと、大半がこちらが視線を合わせると申し訳無さそうに顔を逸らすのが半分。元々視線を合わせてないのが4割。

 そしてクスクスと彩那を見て嘲笑しているグループ。

 ポーチ自体は彩那の魔力に反応して開く仕掛けなので、中だけ抜かれなかったのはそのお陰かもしれない。

 呆れから息を吐き、加賀有子のグループに近づく。

 

「私のポーチを返してくれるかしら?」

 

 手を出してそう問いかける私に加賀有子は鼻で笑う。

 

「はぁ? アンタのポーチなんて知らないわよ。冤罪を被せるのやめてくれるー?」

 

 友人達とケラケラ笑う加賀有子。

 しかし今回ばかりはそれで引き下がる訳にもいかない。

 

「私のポーチを返してくれるかしら?」

 

 先程と同じ言葉を繰り返す。

 その態度に向こうは少しだけムッとなった。

 

「だから知らないって言ってるでしょ! 無くなったなら勝手に探しに行きなさいよ!」

 

 いつもならすぐに引き下がるのに、今回はしつこいのが気に食わない様子だ。

 だがそんな事はこちらにも関係ない。

 

「私のポーチを返してくれるかしら?」

 

 3度目の正直という言葉がある。これで素直に返さないのであれば────。

 

「いい加減にして! 気味悪いったらっ!?」

 

 加賀有子が彩那を押し退ける。

 大して姿勢も崩れなかったが。

 睨んでくる加賀有子に彩那は小さく息を吐いた。

 

「仕方ないわね」

 

「なに。やっと理解したの? 顔も悪いなら頭も悪いのかしら?」

 

 鼻で笑う少女。

 しかし彼女は勘違いをしている。

 彩那は穏便に済ませるのを諦めただけだ。

 

「少々暴力に訴える事にするわ」

 

「はぁ────っ!?」

 

 それは正に一瞬の出来事だった。

 加賀有子の肩を掴んだ彩那はそのまま足を引っ掻けて、仰向けに倒す。

 後頭部を打たないように配慮したが、背中はそれなりに痛いだろう。

 大の字になって倒れた加賀有子に近くに在った椅子を持ち上げて少女の体を拘束し、かつ恐怖を与えるように音を立てて突き立てる。

 肩を掴んでからここまでで2秒未満である。

 事態を理解できず硬直している間に掃除用具のロッカーから箒を1本取り出し、ガンッと椅子に片足を乗せる。

 そのまま加賀有子に箒の柄の先端を向けた。

 

「ちょっ!?」

 

 彩那は容赦なく箒の柄で下を突く。

 しかし突いたのは加賀有子の顔ではなく、首筋にギリギリ掠らない位置だ。

 中々に良い音を立てて教室の床を突く。

 

「私のポーチは?」

 

「や、やめ────ひっ!?」

 

 再度突く。今度は耳のすぐ横を。

 

「何か勘違いをしているようだけど。私は別に貴女達が怖くて無言を貫いてたんじゃないのよ。ただ単にどうでも良かっただけ」

 

 授業中への嫌がらせや給食にゴミや虫を混ぜられようと、上履きや教科書を隠されようが、綾瀬彩那にとっては些細な事だった。

 だから放置した。

 彩那にとって、加賀有子達への興味や関心は0に限りなく近い。

 

「でもアレに手を出すのは許さない。もう1回訊いてあげる。私のポーチは?」

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 恐怖から舌が上手く回らなくなっているようだ。

 何度か突けば慣れるだろうと再度箒を持ち上げる。

 そして突こうとした時に教室の外から声が届く。

 

「綾瀬さんっ!?」

 

「?」

 

 外から声を出していたのは数ヶ月前にとある事件で救助した車椅子の少女だった。

 彼女は手に持っているポーチを見せる。

 

「コレ、ですか?」

 

 彩那は一瞬目を見開き、加賀有子に視線を移す。

 椅子を元に戻し、箒をロッカーに仕舞うと、八神はやてからポーチを受け取った。

 

「ありがとう、八神さん。助かったわ。後でお礼をするわね」

 

 そう頭を下げると何事も無かったかのように自分の席に戻る。

 

「どうしたの!?」

 

 騒ぎを聞きつけた教師がやって来る。

 加賀有子が起き上がった。

 

「せん、せい……」

 

 恐怖から解放された加賀有子が事態を説明しようと起き上がる。

 しかし急激に恐怖が弛緩された彼女に変化が起きた。

 

「あ……」

 

 加賀有子の股間から黄金色の液体が広がっていた。

 教室内が再び騒ぎとなる。

 しかし彩那は一切視線を向けずに自身のポーチを腰に着けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾瀬さんっ!」

 

「八神さん?」

 

 はやてがソワソワして待っていた事に目を丸くする。

 

「どうしたの? いつもは30分も学校に居ないと聞いたけど」

 

「だ、だって……あんなことがあって、気になるやん」

 

 そう? と彩那は返す。

 

「問題ないわよ。怪我はさせてないし、加賀さん達が私に嫌がらせをするのはいつもの事だから」

 

 あの後、教師に連れられ小さな空き教室で事情説明が行われた。

 加賀有子達は彩那が突然暴力を振るってきたと説明した。

 ポーチが戻ってきた以上、そういう事にして終わっても良かったのだが、正義感か罪悪感の強いクラスメイトの1人が加賀有子達が彩那のポーチを隠したことを証言。

 これまでの事もあり、現在親を呼び出し中という名の休憩である。

 

「それにしても本当にありがとう。これは本当に大事な物だから」

 

「そんなに、大事な物なん?」

 

「えぇ。この中に有るのは、私の大事な親友達の形見だから。だから手放せなくって」

 

 彩那の言葉にはやては彼女の友達が現在も行方不明であることを思い出す。

 しかし彼女は形見と言った。ならもう他の子達は……。

 

「お礼がしたいのだけれど……」

 

「お礼? いやいや! 全然気にせんでえぇよ! むしろわたしは少し前に助けてもろたし!」

 

 急に木の幹がコンクリートを突き抜けて増殖する災害? が起きた時に助けてくれたのが彩那だ。

 それに比べればポーチを拾ったくらいではお返しにならない。

 

「それこそ気にする必要はないけど。うん、ならそうね。お互い様って事で貸し借り無しにしましょう」

 

「あ、うん。そーしてくれると」

 

 そこで彩那の母が到着する。

 

「彩那ちゃん!」

 

 駆け足で近寄ると彩那の母は娘に抱きつく。

 

「またイジメられたの! かわいそうに! 許せないわ!」

 

 歯軋りする母に彩那が訂正する。

 

「嫌がらせを受けただけよ」

 

「同じことやろ」

 

 ついはやてがツッコミを入れる。

 それを聞いて彩那の母が目を丸くした。

 

「あ、初めまして綾瀬さんのお母さん。わたし、一応同級生の八神はやて言います」

 

「も、もしかして彩那ちゃんのお友達!?」

 

 何やら感動している母にはやてが困惑していると彩那がアドバイスする。

 

「もう少しで相手の親も来るだろうし。帰れるなら帰った方が良いわよ」

 

「あ、うん。そうさせてもらうな? 家族も待たせとるし」

 

 言うとはやては車椅子を返した。

 何やら後ろで彩那の母がまたねーと手を振っているので愛想笑いを返す。

 

 

 校庭を出て少ししたところで彼女の家族2人が居た。

 

「はやて!」

 

「ヴィータ、シャマル待たせてごめんなぁ」

 

「いえ。でも今日は少し時間がかかりましたね。何かありましたか?」

 

「うん。少し同じ学年の子とお喋りしてて。お友達言うと少し違うけど、仲良くなれたらえぇなぁ」

 

「はやてなら、すぐに仲良くなれんだろ!」

 

「あはは。ありがとな、ヴィータ」

 

「さ、帰りにスーパーによって帰りましょう。シグナムやザフィーラも家で待ってます」

 

「うん。行こか、シャマル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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世間話

「はぁ~。ようやくフェイトちゃんとアルフの裁判が終わったね~。思ったよりも刑が軽くてホッとしたよ」

 

「嘱託魔導師の資格を取ったのが大きかったからね。精神鑑定も問題ない」

 

 元々母親の役に立ちたいとジュエルシードを集めていたフェイトだ。

 本来進んで自分から犯罪を犯す人間ではないし、むしろそこら辺を確りと自覚させれば同年代より潔癖な子供だ。

 今までは母親に逆らえない家庭環境と本人の意思の弱さが足枷となっていたが、高町なのはという友人を得た事と、アースラでの生活がフェイトを成長させた。

 まだすぐに変われたり強くなれたりする訳ではないが、あの年齢の子供にそれを求めるのが酷というものだ。

 

「ユーノ君もお疲れ。フェイトちゃんの裁判に向けて優位な証言をしてくれてありがとうね」

 

「フェイトの事情は理解してましたからね。なのはからも頼まれてましたから」

 

 事件後のしばらくはフェレットとして高町家に居候していたユーノだが、アースラが本局に戻れるタイミングでフェイトの裁判に出る為に海鳴を離れた。

 本来ジュエルシードを強奪しようとしたフェイト達を訴える事が可能な立場にいたが、被害届を出さず、むしろ同情的な発言をしたことも軽い判決になった原因の1つでもある。

 そんな話をしていると、話題の人物が食堂にやって来る。

 フェイトとアルフが人の少ない食堂に入るとすぐにクロノ達を見つけて近づいてくる。

 

「フェイトちゃん、裁判お疲れ様。まだ少し窮屈な思いをするけど、それもじきに終わると思うから、それまでの我慢だよ」

 

「ありがとうエイミィ。でも窮屈なんて思ったことはないよ。皆がとてもよくしてくれたから」

 

 アースラに居た頃からクルーには親身になって貰った。

 そのお陰か、事件で負った心の傷も徐々に塞がっている。

 それは、母と姉の遺体を確りと弔う事が出来たからかもしれない。

 

「そうだ。フェイトに郵便物が届いてたよ。なのはからだ」

 

 こうしてなのはとはビデオメールで繋がっているのもフェイトが立ち直れた要因の1つだろう。

 なのはの友人であるアリサとすずかの2人とも会う約束をしている。

 袋の中には3枚のディスクが入っている。

 1枚はなのはとアリサ、すずかの3人が撮られたビデオメール。

 2枚目は魔法などの話をするための物。

 そして3枚目は────。

 

「なのはと彩那の模擬戦が記録されている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 書類整理を終えたリンディは砂糖とミルクたっぷりの緑茶を口にして一息吐いていた。

 

「フェイトさんの裁判も無事終了。後は後見人を見つけるだけね」

 

 ジュエルシードに関する事件も本当の意味で終えた事に安堵しする。

 寛いでいるとインターホンが鳴り、相手を確認して扉を遠隔操作で開けた。

 

「久しぶりね、リンディ」

 

「レティ……」

 

 最近仕事が忙しくて会えなかった友人に会って肩の力を抜く。

 

「今回の任務で随分と面白い子達に会ったそうじゃない」

 

「面白いって……まぁ、否定はしないけど」

 

 管理局からすれば確かに彼女らはこちらに引き込みたい人材だろう。実際リンディもそれとなく管理局に興味を持ってくれるように接した。

 結果、なのはは戸惑いつつも好意的だったが、彩那の方はあまり良い反応は返って来なかった。

 尤も、当然の反応かもしれないが。

 

「ホーランド式、ね。管理局創設前に失われた術式体系の1つだと思うのだけれど。それが魔法技術と縁のない管理外世界に使い手が居るなんて、不思議な話よね」

 

 レティの言葉にリンディは険しい、と言うよりも考え込むような仕草を取る。

 

「リンディ?」

 

「……実は事件後に少しだけ彩那さんについて調べてみたの」

 

 プレシアが起こした次元震の影響ですぐに本局に帰る事が出来ず、時折遊びに来るなのはとユーノとの親交を深めつつ、また、フェイトの裁判に備えていた。

 綾瀬彩那について調べると言っても日本の、ましてや地球とは違うところから来たリンディに調べられる事には限りがあり、切っ掛けになったのは日本のニュースを見ていた時だ。

 それはある事件の特集だった。

 夏休み、複数の家族がキャンプに訪れており、仲の良かった4人の少女達は同じテントで夜を明かしていた。

 しかし朝になるとその少女達は忽然と姿を消していた。

 大人達は朝早くに散策でもしているのかと思ったが、一向に姿を見せない子供達に心配になり親達は捜索。警察も呼ぶ騒ぎに発展。

 しかし4人の子供を発見する事は出来なかった。

 キャンプ場から子供の足で帰るなど不可能な筈。しかし結局子供達は発見できず、警察も範囲を広げて捜索に尽くしてくれた。

 その1ヶ月半後。

 海鳴の公園で1人の女の子が全身傷だらけの血塗れで倒れているのを日課のジョギングをしていた老夫婦が発見。直ぐ様病院へと搬送された。

 それが行方不明になっていた少女の1人だと判明。

 残り3人の少女は未だ見付かっておらず、現在も目撃情報を求めると言った感じに締められていた。

 行方不明になった少女達の名前は────。

 森渚。

 羽根井璃里。

 宮代冬美。

 そして、綾瀬彩那。

 

「行方不明だった間に何が遭ったのかは分からないけど、彼女の心に深い傷が残ったのは確かだと思う。それと、彩那さんが使っている4本のデバイス()。行方不明になった子達と同じ数。つまり……」

 

 そこから先は気が重くなり口に出来なかった。

 レティの方も察して険しい表情になる。

 

「スゴく優しい子なんだと思う。事件の時はなのはさんやユーノくん。そしてフェイトさんの事も気遣っていた。それに頭も良い」

 

 初めて彼女達と対面した時にリンディは遠回しに彩那達から協力を申し出るように誘導した。

 管理外世界、それも子供をこちらから協力させるのは色々と体裁が悪いからだ。

 海上でフェイト達がジュエルシードを暴走させた時もなのはと管理局が衝突しないように案を出す。

 そしてプレシア・テスタロッサの殺害も。

 

「ただ、自分を蔑ろにしているところが少し心配ね」

 

 プレシアを1人で対峙しようとしたのはクロノを含めたあの場の者達を1番の危険から遠ざける為。

 プレシアを殺害したのも自分ではなくフェイトとアルフを守る為。

 そしてその結果、フェイトに憎まれても仕方がないと思っている。むしろそれは当然の権利だとすら考えている節がある。

 だからアースラへの帰還した時にフェイトが見えなくなるまで倒れなかったのだ。

 

「まるで汚れ役は自分が引き受けるべきだと思っているみたいだったわ」

 

 いったいどんな経験をすれば幼い少女がああなってしまうのか。

 

「別に、全てを話して欲しいと思ってる訳じゃないの。もちろん話してくれるのなら聞くけど。ただ、彼女の心の傷に寄り添ってくれる誰かが居てくれたらと思うわ」

 

 リンディの話を聞いてレティが呆れた様子を見せる。

 

「貴女も大概お節介ね」

 

 皮肉るようなレティの言葉にリンディは苦笑する。

 

「とにかく綾瀬彩那さんが使うホーランド式。本格的に調べようと思ったら無限書庫で調べる事になるかもね」

 

 無限書庫。

 本局に置かれている膨大なデータベース。

 殆んど手付かずに積み上げられたデータから目的の情報を探そうとすれば、それは専門のチームを立ち上げて調べる事になるだろう。

 

「前線もそうだけど後方も常に人手不足。いい加減あそこも整理しないといけないのだけど」

 

 余裕がないとレティは天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはと彩那の模擬戦闘。

 画面の中でなのはが誘導弾と砲撃で応戦しているが、その全てに対処されている。

 誘導弾は全て相殺、防御、回避と対応され、砲撃は直前で狙いから外される。

 彩那が接近すればそこで勝負が決まってしまう。

 今も、画面内でなのはが関節技を極められて腕をタップしている。

 

「なのは、一方的だね……てか、本当にランクを落としてるのかい?」

 

 一緒に見ていたアルフが目を細めて感想を述べる。

 

「包帯もしてるし間違いない。それに画面内でも彼女は強い魔法を使っていないからね」

 

 クロノも模擬戦の映像を冷静に分析していた。

 実際彩那がなのはに威力勝ちしている映像はない。

 基本遠距離から仕留めようとするなのはと接近戦に持ち込もうとする彩那の図が出来上がっている。

 中には結界内のビルの中に逃げ込んで追ってきたところをバインドで拘束したりしている。

 強いのは理解していたが、それ以上に戦いを運ぶ上手さに目を見張る。

 ずっと黙って観賞していたフェイトがクロノに質問する。

 

「ねぇクロノ。私も近い内に地球に行けるんだよね?」

 

「ん? あぁ。まだしばらくは手続きや決めなければいけないこともあるが、そう遠い話じゃない」

 

「そっか」

 

 画面に映る、顔を包帯で隠した少女を見る。

 フェイトは拳をグッと握った。

 

「うん。決めた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【A'S編予告】

 

 

 

「何だテメエは?」

 

「ハァ……あの時、ようやく片が着いたと思ったら、またその顔を見る羽目になるなんてね」

 

「彩那ちゃん……?」

 

「下がってて。大丈夫。私がコイツらを、全員始末して終わりよ……!」

 

 残された勇者は再び雲の騎士と対峙する。

 

 

 勇者と騎士の因縁。

 

「やめてよ……! ここにはもう戦えない人達ばかりで……助けるって約束した子達が居るんだからぁあああぁああっ!!」

 

「……邪魔だ」

 

 

 フェイトとの再会。

 

「彩那。お願いがあるんだけど。私と戦ってくれないかな? 本気で」

 

「……」

 

 

 

 知らずに深まる仲。

 

「今度から綾瀬さんのこと、アヤアヤって呼んでえぇ?」

 

「断固拒否するわ」

 

「え~」

 

 

 

 かつての主。

 

「コレ、あげるね」

 

「あの……」

 

「シグナム達がこの国を守ってくれるお礼。いつもありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4本の剣は元々、1本の剣だった。本来の力を引き出す為に必要な犠牲はとっくに払っている。始まりにして究極の剣を抜くのはこれで2回目。さぁ、ここから先は化物同士の潰し合いよ!」

 

 

 

 

 

 

 




次回からASに入ります。


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雲の騎士

 大きな洞窟を80人程の集団が進んでいた。

 その集団の内、60人以上がまだ10歳前後の子供達ばかりというのが奇妙だった。

 大半の者達はどこかしら負傷しており、中には大人に背負われている子供もいる。

 1番前を歩いている2人の少女が会話をしながら歩く。

 

「殿に残った冬美ちゃんと渚ちゃんは大丈夫かな?」

 

「あの2人なら心配ないと思う。むしろ、敵を全員返り討ちにしてるかもね」

 

 璃里の不安に彩那がウインクして返す。

 現在彼女達は投降した敵国の兵と共に同盟国まで逃げていた。

 ベルカ式という魔法体系を基礎とするこの世界では中の下程の小さな国。

 他の世界にもベルカ式を主とする国は存在するらしいがこの世界ではその1国だけだ。

 後ろに続いている子供達はそれなりに高い魔法資質を持っていただけで兵士として徴兵された子供と、それを庇護する大人達という面子。

 彼らが守っていた砦は既にその価値は無く、残っていた大人達は此方への投降を希望した。

 カートリッジシステムを始めとするベルカ式の情報提供を引き換えに。

 しかしベルカ側はそれを良しとせず、兵を向けて来てた。

 負傷兵を抱える中で真っ向から戦えば全滅必至。

 この地域は魔力の波長が特殊で下手に転移魔法が使えない。

 空を移動するのが1番安全だったが、この場にいる半分以上は飛行できない。

 故に、天然の地下洞窟を通って逃亡中だ。

 渚と冬美。それと数名のホーランド兵で殿を務め、彼女達は別ルートから逃走する予定だ。

 地下洞窟の入り口は念の為に破壊して通れないという理由もある。

 

「そう言えばさ。ベルカとの戦闘で最近スゴく強い兵が出るって噂だよね。何でも一騎当千の騎士だとか」

 

 ここ最近の報告書に上がるベルカとの戦闘記録や兵士達の噂を口にする。

 

「古い魔法の道具から現れた魔導師らしくて確か名前は────」

 

雲の騎士(ヴォルケンリッター)……」

 

 背後から男性が話に混じってくる。

 それは投降兵の代表であり、隊長の男性だった。

 

「闇の書と呼ばれる魔導書が主を守る為に存在する騎士達だ。本来はリンカーコアの蒐集を目的としているらしいが、今代の主は戦争の兵士として各地の戦場に派遣している」

 

 話を聞いて璃里が不安そうに肩を小さくする。

 殿に残った2人がもしそんな強い敵と相対したらと。

 彩那は璃里の肩に手を乗せた。

 

「大丈夫。2人なら絶対に。今はそう信じましょう」

 

「彩ちゃん……」

 

 この場に居ない以上、信じる事しか出来ない。

 璃里もそれを理解しているからこそ頷く。

 

「それよりもずっと洞窟内の探査をしてるけど大丈夫?」

 

「うん。そんなに魔力は使わないし」

 

「疲れたらちゃんと言ってね」

 

 璃里は常に洞窟内の地形を魔法で探査して王剣にそのデータを送らせている。

 もしも迷ったら全員野垂れ死にである。

 

 

 洞窟内を進む。

 足場が悪く、太陽の見えない洞窟では時間の感覚も狂ってくる。

 時折崖のような段差もあり、移動している全員の体力と精神を削っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、分けて飲んで。半分しか残ってないけど」

 

 休憩中に璃里は水を飲み干してしまった3人の子供に自分の水筒を差し出す。

 

「でも……」

 

 相手が躊躇っていると璃里は大丈夫だと笑う。

 

「わたし、燃費が良いから。あんまり喉渇いてないの」

 

 努めて明るい声で言うと、相手もありがとうと言って水筒を受け取った。

 

「無理するわね」

 

「だって、絶対助けてあげたいもん」

 

 魔法資質が有るから無理矢理徴兵された事に自分達を重ねている。

 年齢が近い事もあるだろう。

 彩那は璃里に自分の水筒を渡した。

 

「私のを飲んで。璃里ちゃんに倒れられるのが1番困るんだから」

 

「ありがとう、彩ちゃん」

 

 璃里は水筒を受け取って2口だけ水を飲む。

 

 洞窟内の移動は続く。

 疲労を見せる者に肩を貸し、協力をして。

 誰も弱音を吐かずにこの先にある出口を信じて。

 1日か、もう数日経過したのかすら分からなくなった頃、変化が起きる。

 

「風?」

 

「おい見ろ!」

 

 汗だくの顔に涼しい風の感触と音が届く。

 少し進むと魔力による明かりとは違う光が差していた。

 棒になった足など気にならないくらいの速足でその光を目指す。

 洞窟を抜けると────。

 

 

 出たのは森の中だった。

 鼻には草の臭いがする。

 太陽の光が眩しかった。

 

「璃里ちゃん」

 

「うん! ベルカ領は抜けてる。同盟国の領内だよ!」

 

 璃里の報告に安堵する。

 そこで投降兵達を一緒に率いてくれていた歳上の部下が別の報告をする。

 

「アヤナ様! 近くに川が見えます!」

 

『!!』

 

 川と聞いて皆の目の色が変わる。

 

「はい。ならそこで最後の休憩を取りましょう」

 

 その指示を聞いてさっきまで死にそうな顔をしていた者達の瞳に活力が戻って川へと急いだ。

 

「水! 水ーっ!!」

 

「気持ちいいーっ! 生き返る!」

 

 川の水の恩恵を皆が受けている中で彩那も手で掬って水を飲む。

 

「冷たい……」

 

 数時間ぶりの水分に癒される。

 移動中は邪魔なので勇者服(バリアジャケット)のマントや鎧を排除しており、そのまま水に浸かろうとすると、璃里が水をかけてきた。

 

「わっ!?」

 

「あはは! 気を抜き過ぎだよ彩ちゃん!」

 

「やったわね!」

 

 お返しに璃里にも水をかける。

 そうしてじゃれていると先程ヴォルケンリッターについて話してくれた投降兵の隊長が近づいてくる。

 

「勇者アヤナ。勇者リリ」

 

 ここ数年の活躍で4人の勇者はこう呼ばれる事も多い。

 彼は笑みを浮かべていた。

 

「ここまで私達の為に尽力してくれたことを感謝する」

 

 そのお礼に璃里が照れる。

 

「もう少しの辛抱です。わたし達も皆さんを手厚く扱ってくれるようにお話しますから」

 

「ありがとう」

 

 手を差し出して握手を求める隊長。

 彩那がその手を握ろうと腕を伸ばす。

 

 ────ガンッ!? 

 

「え?」

 

 手が触れる瞬間に隊長の頭が高速で飛んできた鉄球に粉々に粉砕された。

 

「彩ちゃんっ!?」

 

 理解できずに茫然としていると、璃里が彩那を押し倒す。

 すると、再び飛んできた鉄球が空を切り、木に激突した。

 

「アレを見て!」

 

 子供の1人が空を指差す。

 そこには2人の人物が空に立っていた。

 1人は似合わない鎧を着た10にも届かない年齢の赤い髪の少女。

 もう1人は褐色肌の白髪で動物の耳と尻尾が見える筋肉質な青年。

 その2人を見て誰かが呟く。

 

「ヴォルケンリッター……!」

 

(待ち伏せされた……!?)

 

 洞窟は追ってこれない。

 なら、予め洞窟の出口を予測して先回りしたとしか考えられない。

 彩那は勇者服の鎧部分を魔力で形成し、聖剣を握る。

 そして部下に指示を飛ばす。

 

「あちらの相手は私がします! 皆さんを守りつつ逃げてください!」

 

 ここまで来て投降兵を。それも子供を殺させる訳にはいかない。

 そう思って空に居る2人に立ち向かう。

 すると、青年の方が平手を向けてグッと拳を握る。

 何かの攻撃かと警戒したが、異変は地上から起きた。

 

「キャアアアアッ!?」

 

「リーザッ!?」

 

「痛いっ!? 痛いよぉ!?」

 

 地面から突然魔力で作られた白い刃のような物が生え、子供達数人を串刺しにする。

 そちらに意識を取られると、青年が狼の姿に変化して高速で川へと突撃し、部下の1人の喉元に食いついた。

 口を血で真っ赤にしながら地面から白い刃が生えて刺していく。

 

「やめてっ!? 戦えない子供達を相手にっ!?」

 

「邪魔だ」

 

 地上へ向かおうとする彩那に赤い少女が手にしている槌を振るってくる。

 それを何とか防御魔法で防ぎ、逆に聖剣を振るうと向こうも防御魔法で防ぐ。

 青と赤が交差し、剣と槌が幾度もぶつかり合う。

 

(この子、強いっ!?)

 

 これまで戦った中で間違いなくトップクラスの実力者。

 攻防に焦れたのか、相手が別の構えを取った。

 

「アイゼンッ!」

 

 槌から銃弾の薬莢が排出される。

 すると敵の魔力が爆発的に跳ね上がるのを感じた。

 槌の形も変化しており、片側が突起物になり、反対側がロケットのジェットみたいな形に変わる。

 

「ラケーテンハンマーッ!」

 

 槌から火が噴き、回転しながらこっちに突っ込んでくる。

 

「!?」

 

 危険を感じた彩那は全力で防御魔法を展開する。

 しかしその攻撃性能は彩那の予想を遥かに上回っていた。

 

(シールドが破られ────っ!?)

 

「オラァ!?」

 

 気合いと共に彩那の防御魔法は破壊され、そのまま鎧の胸当て部分に直撃する。

 鎧が破壊される音と共に地上へと吹き飛ばされる。

 木に衝突した彩那は血を吐いた。

 

(今ので肋骨が……!?)

 

「キャアァアアアアッ!?」

 

 痛みに呻いていると璃里の悲鳴が聴こえた。

 地面から生えた白い刃が硝子細工のように粉々となり、それが璃里の全身を切り刻む。

 赤い少女が子供達に襲いかかるのが見えた。

 

「ク、ソ……!!」

 

 魔力で背中を弾くイメージで飛び、助けようと動く。

 相手の子供もそれに気付いて彩那に手を伸ばした。

 しかし、巨大化した槌が伸ばした腕を残してその小さな体を叩き潰す。

 

「あ、あ、アァ……ッ!?」

 

 さっきまで生きていた子供が無惨な姿へと変えられる。

 その死体を見て、彩那は完全に頭に血が上った。

 

「お前はっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きてますかっ!? 勇者様っ!?」

 

 気が付けばホーランドの兵に介抱されていた。

 あの後、ホーランド王国を含めた多くの魔導師があの場に現れた事でヴォルケンリッターは撤退したと聞いた。

 

「とぉ……こーへいは……? りり、ちゃ……も……」

 

 肋骨と左肩が折られ、頭から血が出ている彩那はどうにかそれだけ訊ねる。

 

「リリ様もアヤナ様同様負傷しておりますが、無事です。投降兵の方々も、6名の生存が確認されてます」

 

 80人近くいた投降兵で生き残ったのは6人だけ。

 その事実を呑み込むと目から涙が溢れた。

 

「わ……た……守……なか、た……」

 

 敗北と不甲斐なさを噛み締めて彩那は腕で目を覆った。

 これから2年続くベルカとの戦いでヴォルケンリッターとは幾度となく武器を交える事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーなー。今度から綾瀬さんの事をアヤアヤって呼んでえぇ?」

 

「断固拒否するわ」

 

 久しぶりに小学校にやって来た八神はやての提案を彩那は即座に却下する。

 えー、と不満そうにするはやてに彩那は息を吐く。

 

「いきなり何よ」

 

「いやーほら。綾瀬さんて少し近寄り難いやろ? だから可愛い渾名でも付ければちょっとは周りから親しみ易くなるんかな思うて」

 

「まさに余計なお世話ね」

 

 顔全体に包帯ぐるぐる巻きの女子なんてそりゃ近寄り難いだろう。

 その上、以前彩那は嫌がらせをしていた生徒に手を上げた事で周囲から怒らせると手が出るヤバい奴認定されて益々孤立していた。

 

「いいのよこのままで。正直、交友関係を無理に広げる気はないから」

 

「淋しくない?」

 

 真っ直ぐと彩那を見るはやて。

 その表情が少し前から交流を持つようになったなのはやその友人を連想させた。

 だから余計なことが口を()く。

 

「何て言えば良いのかしらね……」

 

「?」

 

「"去年"色々遭って、ここでどう過ごせば良いのか分からないのよね」

 

 この世界から行方不明になった後の生活が強烈すぎて周りに合わせるのが難しい。

 自分が学校という空間でどんな顔して過ごしていたのか殆んど思い出せない。

 

「踏んでいる足場がいきなり崩れる怖さ、とでも言えばいいのかしら。自分の常識がある日突然引っくり返る。それが怖くてある程度緊張感を保ってないと落ち着かない。なのに日常(ここ)は弛すぎて、今日と同じ明日が当たり前に続くんだって無条件に信じられる周りが逆に危うくて怖いの」

 

 親友達との思い出を大事にしているのもあるが、それ以上に平穏すぎるこの日々に自分の居場所を感じられない。

 たまに彩那に話しかけてくるクラスメイトも居るが、余計に自分の異物感を認識してしまう。

 だから壁を作って距離を取るのが1番安心できるのだと気づいた。

 

「分かりづらいかもしれないけど、下手に近づき過ぎると傷付けてしまいそうで。だから……」

 

 その告白にどう返せば良いのか分からないはやて。

 するとはやての携帯からメールが届く。

 それを見てはやてが目を細める。

 

「トラブル?」

 

「あぁ、うん。家族に頼んでおいた買い物。ちょう分からん事が有るみたいで」

 

「親に何を頼んだのよ……」

 

「いや、親やなくて。わたしの親は何年も前に亡くなってて。今は外国の親戚が色々と面倒見てくれてると言うか、面倒を見ているというか……」

 

「そう、なの……」

 

 意外な事実に瞬きする彩那。

 はやてが車椅子を返す。

 

「じゃあわたし行くわ。また変な物買われても困るし」

 

 どうやらその親戚とやらは以前やらかしたらしい。

 別れの挨拶をする前にはやてが顔だけをこちらに向ける。

 

「え、と……綾瀬さんの話、あんまりよく分からへんかったけど。綾瀬さんがみんなに迷惑かけへんように頑張ってるのは分かったよー。やっぱりえぇ人やと思うわ」

 

 最後にまたな、と付け加えて去っていく。

 

「えぇ人……ね」

 

 彩那は手の平を見ると真っ赤に染められているのを錯覚を見る。

 

「そんな事は、ないのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは夜に突然張られた結界の中で見知らぬ少女に襲われていた。

 

(以前彩那ちゃんに言われた事が現実になるなんて!)

 

 夏休みに冗談で襲われる予定があるのかと言われた事があるが、まさか本当に襲われるとは思わなかった。

 なのはは相手との会話を試みる。

 

「ねぇ! どうしてこんなことをするの! 理由(わけ)を教えて!」

 

 しかし相手は手にしているハンマーで鉄球をこちらに打ってくる。

 

「話を、聞いてっばぁ!!」

 

 誘導弾(アクセルシューター)を操作して向かってくる鉄球を撃破。

 爆発に紛れて残った誘導弾を使い不意を突く。

 向こうもギリギリのところで回避するが、体勢が崩れた一瞬を狙って砲撃魔法(ディバインバスター)を発射した。

 相手が話を聞かない以上は行動不能にしてから事情を聞くつもりで。

 だがなのはの砲撃は相手のバリアジャケットを掠めるだけで、終わる。

 帽子を落とされた少女の顔付きが変わる。

 その変化にビクッと硬直するなのは。

 

「アイゼン!」

 

 少女がデバイスの名を呼ぶとハンマーから薬莢が排出される。

 

(なに、アレ?)

 

 なのはの知らない未知のシステムに警戒を強める。

 すると相手の魔力が跳ね上がる。

 

「ラケーテンハンマーッ!!」

 

 ハンマーがジェット化してその速度が先程より大幅に強化される。

 なのはは直感のまま逃げを選択するが、相手の速度の方が明らかに上だった。

 追い付かれ、杭の先端のようになったハンマーを振るってくるのを防御魔法で防いだ。

 しかし────。

 

(ダメッ! 耐えられない!)

 

 僅か時間耐えていたシールドは次第にヒビが入り、もう少しで粉砕されるところまできていた。

 

「ならっ!!」

 

 なのははシールドを無理矢理逸らしてハンマーをやり過ごす。

 

「なっ!?」

 

 この行動には少女も驚いた顔を見せる。

 

(彩那ちゃんに教わっておいて良かったぁ)

 

 もしも防げない攻撃をされたらどうすれば良いのか。

 その講義に幾つかのパターンを説明して練習した。

 今回その内の1つに合致したので対応できたのだ。

 

「野郎っ!!」

 

 しかし相手はジェットを上手く活用して強引にハンマーの軌道を変えて再びなのはのシールドに当てようとする。

 シールドの補強は間に合わず、砕かれるのを予測するなのは。

 

 だがそこで上空から何かが割って入り、ハンマーを所有者ごと叩き落とす。

 

「彩那ちゃん!?」

 

 それは彼女と初めて会った時と状況が似ていた。

 

「ベルカの結界を感知したから嫌な予感はしたけど、まさか本当に」

 

 忌々しげに呟く彩那。

 体勢を立て直した赤い少女が彩那を睨み付ける。

 

「何だテメエは?」

 

「ハァ……あの時、ようやく片が着いたと思ったら、またその顔を見る羽目になるなんてね」

 

「彩那ちゃん……?」

 

「高町さんは下がってて。今の貴女には手に余るわ。でも大丈夫。私がコイツらを、全員始末して終わりよ……!」

 

 彩那はそう言って顔に巻かれている包帯の結び目に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 



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増援、助っ人、乱入

彩那は守護騎士達を人間とは思っていません。
闇の書の役割を遂行する人形認識です。


 今回の仕事を終えてザフィーラと城に戻るとシャマルが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい。大丈夫だった?」

 

「あぁ……」

 

 素っ気ない態度で返すアタシにシャマルが頬に触れて息を吐いた。

 

「あぁ、じゃないでしょ。頬を怪我して」

 

「別にこれくらい……」

 

「じっとしてて。すぐに治すわ」

 

 シャマルが魔法を使って頬の傷を治療する。

 治療中に主の護衛をしていたシグナムが話しかけてくる。

 

「掠り傷とはいえ、お前が負傷など珍しいな。それほどの相手だったのか?」

 

「まぁな」

 

 シグナムの質問に対して不機嫌に返す。

 強かったかと言われれば確かにこれまでに比べれば強かった。

 だけどあの程度の相手、本当ならこんな掠り傷だって負うような相手じゃない。

 だけど何度アイゼンで殴っても立ち上がってきた青と金の剣を持つ2人の女剣士。

 青の剣を持つ女の剣士が最後に突き出した刃が頬を掠めた。

 あの一瞬、その執念と呼ぶべき気迫に気圧された事に苛立ちを覚える。

 そこでザフィーラが話に入ってきた。

 

「それなりの魔力を持っていたのでな。無力化するついでに蒐集してきた。そのせいで増援を許してしまい、トドメを刺し損ねたが」

 

 何度も立ち上がってくる敵に闇の書のページを埋める意味も込めて蒐集した。

 意識を失った2人を殺そうとしたところで邪魔が入った。

 カートリッジを使い切った事と、撤退命令も下った事で逃げちまった。

 

「そうか。しかし生きているなら別の戦場で会う事もあるだろう」

 

 楽しみだと言わんばかりに少しだけ口元をつり上げるシグナム。

 正直、リーダーのこの戦闘狂気質だけは合わないと感じる。

 そうして話していると今代の主がやってきた。

 

「お帰りなさい、ヴィータちゃん。ザフィーラ」

 

 寝間着に薄い上着を羽織った、背丈がアタシと同じくらいの子供。

 この国の第二王子だ。

 生まれつき身体が弱く、今朝も体調を崩してシャマルとシグナムが付きっきりだった。

 

「主、まだ休んでないと」

 

「うん。ありがとう。でもちゃんと2人を出迎えたかったから」

 

 少しだけ青い顔をした主がアタシとザフィーラを見る。

 

「ご苦労様。怪我はない?」

 

「あぁ、はい」

 

 主に対しても素っ気ない態度を取るアタシにシグナムが念話で嗜めてくるが聞き流す。

 基本主の命しか受けないアタシらだが、王の命令を主を通して下される事で請け負う。

 まだ幼い主は戦いに行った、とは知っていても、細かな内容は知らない。

 今回、主とそう年齢の変わらない子供も殺めてきた事も。

 

「今日ね。花壇を窓から見たら大きな花が咲いてたの。後で一緒に見に行こうね、ヴィータちゃん」

 

「えぇ、はい」

 

 見た目の年齢が近いせいか、主はアタシに特に構う。

 アタシらの処遇も出来る限り厚待遇になるように王に言っていた。

 それが、少しだけ困る。

 あまり覚えてないが、今までの主はアタシらをもっと道具みたいに扱っていた筈だ。

 なのに、こうして優しくされると、どう接して良いのか分からない。

 

「ヴィータちゃん。手を繋いで貰って良いかな?」

 

「はい……」

 

 やはり素っ気ないアタシの返事に対して嬉しそうに手を握る主。

 主の心遣いが慣れない。

 慣れないけど、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは珍しく殺気立っている彩那を見て思わず肩を小さくして震えた。

 包帯を外して素顔を晒した表情が鋭く相手を見ている。

 もしかしたら、襲ってきた目の前の赤い少女よりも、彩那の方が恐いと感じているのかもしれない。

 

「久しぶりね、鉄槌の騎士。その顔をまた見る羽目になるとは思わなかったわ」

 

 知り合い? と思ったが相手がそれを否定する。

 

「あん? 誰だテメェ」

 

「覚えてないの? 貴女達にとってはどれくらい前かは知らないけど、随分と暢気な話だわ。だって────」

 

 彩那が聖剣の刃を指でなぞる。

 

「あの時、貴女の心臓をこの剣で貫いてやったのに」

 

 静かな声で話す彩那になのははゾクッと怖気が走った。

 

「訳のわかんねぇこと、言ってんじゃねぇ!!」

 

 赤い少女が手にしたハンマーを彩那に振るう。

 

「バウンドシールド」

 

 向かってくるハンマーに対して彩那は手の甲の部分から肘の辺りまで防御シールドを発生させる。

 

「なっ!?」

 

「強度ではなく弾力で相手を弾き飛ばす。対鉄槌の騎士(貴女)用に構築したシールドよ。やっぱり、本当に忘れてるのね」

 

 赤い少女がシールドから大きく弾き飛ばされる。

 

「高町さんはそこに居て。彼女の相手は私がするわ」

 

「そんな! 戦うなら2人で!」

 

 なのはの提案を遮り彩那は静かに告げる。

 

「足手まといよ」

 

「え?」

 

 なのはには彩那の言葉が頭で理解できても、受け入れるのに時間を要した。

 いつも何だかんだで相手の意見を尊重してくれる彩那が明確に拒絶するような事を言うとは思わなかったのだ。

 

「……すぐに終わらせるから」

 

 逃げるように赤い少女のところへ向かう。

 このまま、2人戦わせてはいけない。どっちが勝ってもきっととても悲しい事になる。

 その予感がなのはの中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァアアッ!!」

 

 鉄槌の騎士ヴィータが彩那に向けて槌を振るう。

 彩那がシールドで防ぐ。

 

「アイゼンッ!?」

 

 デバイスから薬莢が吐き出されると魔力が増大し、槌とシールドの接触部分から彩那に向かって爆発が生じた。

 

「ちぃっ!」

 

 爆発に逆らわず、そのまま飛ばされるが、体勢を立て直すと同時にヴィータが背後から迫っていた。

 

「墜ちろっ!」

 

「誰がっ!」

 

 聖剣で防ぎ、反対に斬り捨てようと剣を振るうが、今度は槌で弾かれる。

 互いに武器がぶつかり合い、1撃も体への攻撃を通さない。

 ヴィータの方から距離を取り、鉄球を打ってくる。

 

「魔剣の災禍をっ!」

 

 魔剣を抜き、砲撃魔法の即撃ちで迎撃する。

 ぶつかった両者の攻撃が爆発し、発生した煙で視界が一瞬奪われた。

 動きが止まるヴィータに、煙から魔力の刃が数多く飛び出てきた。

 

「チッ! ダァッ!!」

 

 追撃してくる攻撃を巨大化したハンマーで迎撃する。

 

「こんなモンでっ!!」

 

 彩那の攻撃を全て防ぐ。

 すると、ヴィータの上を取った彩那が手にした王剣を振るう。

 

「ヤロウッ!」

 

「チェーンボム」

 

 王剣から吐き出された鎖がヴィータを拘束する。

 

「バインド!? クソッ!」

 

 急いで破壊しようするが、彩那がヴィータの喉元に王剣の切っ先を突き付ける。

 

「良かった。どうやら本当に私達の事は覚えていないようね。覚えてたら、こんなにもあっさりと捕らえられなかった。────さようなら」

 

 彩那が王剣をヴィータの胸の位置にある鎖を1つ破壊する。

 すると、破壊した鎖が小さな爆発を起こした。

 

「づあっ!?」

 

 そこから連鎖的に鎖の1つ1つが爆発していき、最終的にヴィータの身体を包む規模となった。

 最後の鎖が爆発すると黒焦げになって、マンションの屋上へと落ちていく。

 しかしまだ死んではいない。

 

「まだ息があるのね」

 

 バリアジャケットの性能のお陰か、思ったよりしぶとい。

 マンションに落ちたヴィータは横に降り立つ彩那に視線を向ける。

 

(コイツ、マジでヤベェ……!)

 

 殺傷設定のまま、本気でこちらを殺しに来ているのを確信する。

 横向きに倒れていたヴィータを足で仰向けにし、腹を踏みつけてきた。

 

「う……あ……!」

 

「先ずは1体、と……」

 

 逆手に構えた剣でヴィータ喉を貫こうとする。

 その時に思い浮かべのは、優しい主の姿。

 

(はやて……ゴメン……)

 

 死を覚悟すると、踏みつけにしていた彩那が弾き飛ばされた。

 

「チッ!」

 

「ハァッ!!」

 

 救援に駆け付けたのは、シグナムだった。

 彩那をヴィータから離した連結刃を元の長剣に戻し、斬りかかる。

 体勢を崩した彩那にザフィーラも背後から拳を振るうが上空に移動して回避する。

 

「ヴィータちゃん!」

 

 倒れているヴィータにシャマルが駆け寄る。

 

「シャマ……ル……」

 

「喋らないで! すぐに治療を!」

 

 シャマルは癒しの魔法をヴィータにかける。

 結界の外から戦況を見守っていたシャマルは隙を見て相手のリンカーコアを蒐集しようとしていた。

 しかしヴィータがあまりにも劣勢に追いやられた為、こうして姿を見せる形となったのだ。

 

「ヴォルケンリッターの揃い踏み、か。いいわ、捜す手間が省けただけの事よ!」

 

 彩那は魔剣を構える。

 狙いは倒れているヴィータと治療に徹しているシャマルだ。

 いち早く気付いたザフィーラが舌打ちしてシールドを張る。

 溜めが無かった砲撃は僅かな硬直と同時に防がれた。

 

「シッ!」

 

 その間に彩那との距離を詰めたシグナムが斬り込んでくるが、聖剣で受け止める。

 3本の剣が空でぶつかり、火花を散らす。

 

「紫電一閃っ!!」

 

「くっ!?」

 

 炎を纏った攻撃を受け止めるが、押しきられると判断。

 マントの内側に隠していた誘導刃を四枚射出し、シグナムを襲わせる。

 

「やるな! レヴァンティンッ!!」

 

 彩那を力ずくで弾き飛ばすと刀身の連結を外して鞭状になった刃で迎撃する。

 体勢が崩れていた彩那にザフィーラが吠えて突っ込んでくる。

 突き出された拳に対して回し蹴りを腕に当ててその反動を利用して距離を取る。

 しかし敵の追撃は止まらず、治療をしていたヴィータも参戦してきた。

 

「ぶっ潰れろっ!!」

 

 バウンドシールドで弾くと、丁度3人に囲まれる形となる。

 

「ヴィータ。もういいのか?」

 

「そんなこ……言ってる場合じゃ、ねぇだろ。コイツだけはここで仕止める!」

 

 いくらヴォルケンリッターでもこの短時間で完全に怪我は治らない。今は外側だけ取り繕っているだけだ。

 動くと痛みが走り、どうにか塞がっている傷も開くだろう。

 それを押してもここで彩那を仕止めるべきだと勘が告げている。

 ヴォルケンリッター前衛3人に囲まれている状況に彩那は険しい表情になる。

 昔ならフォローしてくれる勇者(仲間)が居た。

 しかし今は独りだ。

 

「だから、私が独りでもやらなくちゃ」

 

 聖剣と霊剣を構える。

 かつての戦争でヴォルケンリッターに命を奪われた仲間や部下。そして無辜の人々と幼い子供達を思い出す。

 

(もう、あんな事は絶対に……!)

 

 ギリッと奥歯を噛むと、シグナムが話しかけてきた。

 

「僅かな間とはいえ、我らの攻撃にここまで耐え凌ぐとは。幼くとも優れた騎士だ。貴殿の名は?」

 

「貴方達に、名乗るつもりはないわ。すぐに破壊してやるから」

 

「……そうか、残念だ」

 

 3つの方向からヴォルケンリッターが迫ってきた。

 彩那が誰が最初に攻撃するのか予測を立てる。

 

(私がここで倒さないと……!)

 

 するとヴォルケンリッター3人は別方向から攻撃を受ける。

 ヴィータには桜色の誘導弾。

 シグナムには雷の砲撃。

 ザフィーラにはアルフが殴りかかる。

 そのどれも対処されたが。

 一瞬呆けて力を抜くと後ろからユーノが支えてきた。

 

「アヤナ、大丈夫!」

 

 フェイトが心配そうにこちらを見てきた。

 

「え、えぇ……」

 

 その態度に戸惑いつつもどうにか返事をする。

 彩那とヴィータの戦闘が始まって少し経ってからなのははフェイト達と合流した。

 突然海鳴に張られた結界と、なのはと連絡が取れなくなったことでフェイト達を先行させたのだ。

 目まぐるしく位置が入れ替わる戦いに援護が難しかったが、距離を取ってくれた事でようやく介入出来た。

 

「彩那ちゃん」

 

 なのはがデバイスを構えながら話しかける。

 

「私1人なら足手まといになっちゃうかもだけど、今はフェイトちゃん達も居る。それなら、足手まといには絶対にならないから」

 

 今彩那と同じ事をしろと言われても無理だとなのはにも理解できる。

 それは悔しいし、足手まといだと言われて哀しかった。

 だけど、今は他にも頼もしい仲間が居る。

 なのは1人では足を引っ張ってしまっても、これだけの力を合わせればきっと大丈夫だと確信する。

 

「だから、一緒に戦わせて。みんなでここを乗り切る為に」

 

「……敵わないわね」

 

 ヴォルケンリッターと戦えるのは自分だけだとなのはを足手まといと決め付けた。

 なのはを信用せずに除け者にして勝手に追い込まれてこの様だ。

 これではどちらが先達か分かりやしない。

 

(戦えるのが自分だけだなんて思い上がりは今すぐ捨てろ。私のつまらない意地でこの子達に心配をかけさせるな。そんな事より、どうすれば良いのか考えろ)

 

 互いに警戒しながら彩那が念話で指示を出す。

 

『前衛は私が務めるから援護をお願い。絶対に接近を許さないで。1度でもペースを持っていかれたら、確実に落とされる』

 

 カートリッジシステムもそうだが、近接戦闘に関しての経験値が違い過ぎる。

 

『各個撃破を狙いたいから、残りの3人をどうにか引き離して』

 

 1対1なら、向こうの戦い方を知っている彩那がまだ有利だ。

 なのは達が加わった事で殺害(破壊)は一旦置いておく事になるだろうが。

 

『お願いね。頼りにしてるから』

 

『うん!』

 

 なのはの嬉しそうな返事が返ってくる。

 彩那達の雰囲気が変わったのを感じてか、シグナムが話しかけてくる。

 

「作戦は決まったか?」

 

「別に。作戦なんて大層な物は立ててないわよ。あぁ、そう言えば、1対1の戦いでベルカの騎士に敗けはない、だったかしら? その言葉に泥を塗ってあげる」

 

 彩那の挑発にヴォルケンリッターがそれぞれ別の反応を見せる。

 呼吸を調える僅かな間。

 再び彩那が斬り込もうと動き出すと、別方向から気配を感じた。

 

「つっ!?」

 

 ギリギリで防御を間に合わせたが、彩那が蹴り飛ばされる。

 

「彩那ちゃん!?」

 

「彩那っ!?」

 

 なのはとユーノが同時に心配の声を上げる。

 姿勢を立て直して自分を蹴った相手を見た。

 

(誰?)

 

 SFチックな制服を着た仮面の男が彩那を見下ろしている。

 

(あんな人、私は知らない)

 

 今代の主かとも思ったが、ヴォルケンリッターの反応がおかしい。

 向こうも突然の乱入者に戸惑っている様子だ。

 仮面の男がヴォルケンリッターに話しかける。

 

「闇の書の騎士達よ。こんなところでモタモタとして良いのか?」

 

「何だと……」

 

「あの娘は私が抑える。後は好きにしろ」

 

 そう宣言して仮面の男が彩那に向かってきた。

 

「このっ!」

 

 こちらの斬撃を避けて、お返しにと拳を繰り出してくる。

 それをシールドで防ぐがドンドンなのは達から離されていく。

 焦って大振りに剣を振るうと、手首を掴まれて投げられた。

 

(強い!?)

 

 近接戦ならヴォルケンリッターと遜色ない使い手。

 視線をなのは達に向けると既にあちらも交戦していた。

 駆け付けようとすると、目の前の敵が邪魔をする。

 

「黙って見ていろ。全てが正しかったと理解する時が来る」

 

「邪魔よっ!!」

 

 すぐに仮面の男を無力化しようとするが、互いに決定打にならない攻防が続いている。

 

(こうなったら、後のリスクを無視してでもアレを────)

 

 切り札を切ろうとする彩那。

 しかし、なのは達の戦いの事態が動く。

 

「キャアアアアアアッ!?」

 

 なのはがヴィータのアイゼンの攻撃を胸に直撃させて地面に向かって打ち飛ばされる。

 

「なのはっ!?」

 

 なのはの撃墜に動揺するフェイト。

 それをシグナムが見逃す筈はなく、容赦なくレヴァンティンを振るう。

 それを見た彩那が仮面の男を急いで退けようとするが。

 

「バインドッ!?」

 

 一瞬の動揺を突かれてバインドで拘束される。

 強固なバインドは彩那でも簡単には解けない。

 

(違う! このバインドはっ……)

 

 魔力の流れが別方向から感じる。

 この男の仲間がまだ潜んでいる事に彩那は内心で毒づく。

 

「お前もすぐに闇の書に蒐集させる。大人しくしていろ」

 

「ふざけ────」

 

 バインドを解こうと身動ぎしていると、なのはとフェイトの苦痛の叫び声が耳に届く。

 

「あ、あ、ああああっ!?」

 

 脳裏に甦るのはあの戦争で失った人達。

 守れなかった大切な親友達。

 あの子達の為なら死んだって構わない。本気でそう思えるくらい大好きだったのに、おめおめと自分だけ生き延びて。

 

(もう、あんな思いは────)

 

 彩那は魔力による爆弾を作り、至近距離で爆発させて強引にバインドを破壊した。

 

「正気か、貴様!?」

 

 相手が驚いているが、無視して全速力で仮面の男を突破する。

 左腕が完全に折れた。

 どうでもいい。

 どうでもいい。

 自分なんかの事よりも、あの2人をっ!? 

 その考えだけで空を駆ける。

 2人を見つけた時はなのはとフェイトが肩を寄せ合うように並べられ、シャマルが手を伸ばしている瞬間だった。

 

「っ!!」

 

 更に加速し、着地の事すら考えずに突っ込んだ。

 

「キャッ!?」

 

 シャマルから小さな悲鳴が漏れた。

 彩那が間に入りシャマルに剣を向けている。

 荒い呼吸のままシャマルと横でデバイスを構えるヴィータ。

 そこで念話によるやり取りが有ったのか、その場から後ろに退くと、転移魔法で撤退を始める。

 

「ごめんなさい……」

 

 それだけを言い残して、転移する。

 するとすぐにザフィーラの相手をしていたユーノとアルフが駆け付けた。

 

「なのはっ!?」

 

「フェイトッ!?」

 

 2人がそれぞれのパートナーの下に駆け寄るが、彩那はそこから動けずにいた。

 彩那が茫然と立ち尽くしている中でアルフがフェイトを揺さぶるとその口から小さな声が漏れた。

 

「生き、てる……?」

 

「当たり前だろ! フェイトを勝手に殺すんじゃ……」

 

 アルフの怒りの声は途中で止める。

 彩那は剣を落としてよろよろと近付いた。

 右手でなのはとフェイトに触れて生きている事を確認する。

 

「生きていて……生きてる……生きてる……ちゃんと……無事でいて、くれた……!」

 

 顔をくしゃくしゃにして視線を落とす彩那。

 管理局の救護班が到着するまで、彩那の瞳から溢れた涙が地面を濡らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪夢

「なんて無茶をするんだ君はっ!」

 

 時空管理局の本局。その医務室で治療を浮けている彩那にクロノ・ハラオウンが険しい表情で怒った。

 魔力による爆弾を作り爆発を起こしてバインドを破壊する。

 そんな一種の自殺行為に周りが怒るのは当然だ。

 

「……テスタロッサさん達のお見舞いに行かなくて良いんですか?」

 

「誤魔化すな! いったい何を考えている!」

 

「すみません。高町さんとテスタロッサさんがやられたのを見て早く助けに行かないとと思って。2人の容態は?」

 

「リンカーコアが縮小している以外は軽傷だよ。そのリンカーコアも時間が立てば元通りになるだろう。それよりも君の方がよっぽど重傷だ」

 

「そうですか」

 

 ホッとした様子で吐息を漏らして目を瞑る。

 その様子にクロノは眉を動かす。

 

「本当に反省しているのか?」

 

「私の友達は片方の手足を切り落とされた状態で私を逃がす為に奮闘してくれましたよ。だから左腕を折ったくらい、大した事じゃないです」

 

 同じくらいの事を出来なければ、亡くなった親友達に申し訳が立たない。

 ギプスで腕を固定し、吊るされた状態にして貰うと、医者の方からその考えにお叱りを受ける。

 生返事を返してからクロノに質問する。

 

「それにしても、よくテスタロッサさん達を此方に来させましたね」

 

 なのはからフェイトに下された刑については聞いていたが、ジュエルシードの事件からそう日が経っていないフェイトとアルフをユーノが一緒とはいえよく派遣したモノだ。

 最悪、逃亡されるリスクもあったろうに。

 勿論フェイトが今更そんな事をするとは彩那も思っていないが、幾ら何でも行動の制限が軽過ぎるのではないか。

 少なくとも、ユーノではなく正規の局員も監視役として一緒に行動させるべきだと思う。

 

「一応2人には嘱託魔導師の資格もあるし、放って置くと勝手に飛び出して行きそうだったからな。それに君達に一刻も早く救援が必要だとも思った……って器用だな君も」

 

 片手で首から顔に包帯を巻く彩那にクロノが感心とも呆れとも判断できない表情をする。

 フェイト達の派遣は本当に特例みたいな物だったのだろう。これから書類作成が大変そうである。

 

「2人もそろそろ目を覚ます頃だろう。一緒に来るか?」

 

「是非」

 

 彩那は座っていた診察台から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、ヴィータちゃん」

 

「あぁ。大分楽になった。サンキュ、シャマル」

 

 誰も居ない建物に身を隠したヴォルケンリッターは大きく負傷したヴィータの治療を再開していた。

 治療を終えたヴィータが肩をぐるりと回したりして体調を確認する。

 

「殆んど治ってると思うけど無茶はしないで。幾ら私達でも何でもすぐに治る訳じゃないんだから」

 

「分かってるよ」

 

 ヴィータとて優秀な騎士だ。自分の状態くらい把握している。

 

「でも、ちんたらやってる余裕はねぇだろ。早くしないとはやてが……」

 

 今代の闇の書の主の状況を思ってヴィータは眉間にしわを寄せる。

 自分達にはもう時間がないのだ。

 それが分かっているからシャマルもそれ以上は言わない。

 シグナムが話題を変える。

 

「今回の蒐集対象は強敵だったな。特に────」

 

「あの(デバイス)を4本持った変な奴だろ。クソッ!」

 

 今回の失態を思い出して床を殴り付けるヴィータ。

 最初は顔に包帯を巻いた変な奴だと思ったが、すぐにそれを解く。

 殺傷設定のまま振るわれる剣と魔法。

 その実力もこれまで相手にしてきた連中に比べて群を抜いていた。

 それだけでなく、自分達の事を何やら知っている様子だった。

 その全てが薄気味悪く感じる。

 ザフィーラがそこで会話を止めさせる。

 

「そろそろ戻るぞ。あまり遅れれば主に心配をかける」

 

「あぁ、そうだな」

 

 建物を出て家に帰る。

 玄関を開けると中から車椅子の動く音が聞こえてきた。

 

「おかえり、みんな。もうご飯出来とるから、手を洗って来てな」

 

 いつもと同じ柔らかい笑顔で出迎えてくれる主。

 ヴィータが靴を脱いで近寄る。

 

「今日の夜ご飯は何?」

 

「今日は中華に挑戦してみたんよ。麻婆豆腐や。テレビでやってたのが美味しそうでなぁ」

 

 最近、一緒に居る時間も減って寂しいだろうに。

 それを表に出さずに笑って出迎えてくれる優しい主。

 

(絶対に助けるんだ、はやてを)

 

 ヴィータは首に下げている待機状態のデバイスを強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて。これはどういう状況かしら?)

 

 ユーノとアルフとも合流して蒐集されたなのはとフェイト2人の部屋に訪れると何故か抱き合っているなのはとフェイトが居た。

 こちらに気づいて驚いた表情をする2人。

 

「失礼しました」

 

 部屋の中には入らずにドアを閉める。

 

「水を差すのもなんだし、少し時間を潰しましょう」

 

「そうだな」

 

 クロノも賛成して一旦解散の流れとなる。

 すると中から慌てた様子でなのはとフェイトが出てきた。

 

「待って! 何で出ていくの!?」

 

「違うから! 疚しい事なんて何にもないから!」

 

 必死に弁明するなのはとフェイトに彩那が話す。

 

「久々の再会に水を差すのも何だと思って。私も以前は数週間離れ離れだった友達と久しぶりに再会したら抱き付くくらいはしてたし。普通の事よ」

 

 勇者として参加した戦争時代に別々の任務を請け負い、1、2週間離れる事もあった。

 再会した際には互いに生きていた喜びに抱き合うなど普通にしていた。

「それに、もしも本当にそういう関係だったとしても良いんじゃないかしら? 私の知人に40代の男性同士で結婚した人も居るし」

 

「何だその地獄絵図」

 

 彩那の言葉にクロノがボソリと呟く。

 心の中で当時の事を思い出して気分を悪くした。

 何せ片方は執事風のナイスミドル。もう片方は身の丈2メートル近い、顔に多くの傷を持つスキンヘッドの筋肉質な男性のカップルだ。

 結婚式に呼ばれた際にはその異様な空間に参加者達は何とも表現し難い珍妙な顔で祝福した。

 その表情は、スキンヘッドの男がウェディングドレスを着ていたのも原因だろう。

 その結婚式に璃里は気分が悪くなって途中で退席した。

 冬美がティファナ王女にこちらではこういうのが普通なのかと質問すると、王女が半泣きで違います! と必死に弁明していたのを思い出す。

 渚だけはシンバルを叩く猿の玩具みたいに爆笑しながら手を叩いていたが。

 あの結婚式に比べれば、9歳の女の子が抱き合うなどむしろ微笑ましいくらいだ。

 

「仮に2人がそういう関係になっても私は気にしないわ。将来貴女達って養子でも取って3、4人で仲睦まじく暮らしそうだし」

 

「だから違うんだってばー!」

 

 慌てた様子で近付いたなのはが彩那の肩を掴むと痛みで顔を歪める。

 それに気付いたなのはが慌ててごめんと手を離すとバランスを崩す。

 

「大丈夫?」

 

「えぇ。ありがとう、スクライア君」

 

 転びそうになった所をユーノが支えてくれた。

 ユーノから体を離すとなのはとフェイトが苦しそうな表情をする。

 今度こそ病室に入る。

 

「アヤナ、その腕は……」

 

「ん? あぁ。少しね。大丈夫よ、2、3日もすれば日常生活に支障は無くなるし、1週間以内には戦闘復帰が出来るようになるから」

 

 努めて軽い口調で話す。

 実際、霊剣の効果で治療を続ければそれくらいに完治する筈だ。

 しかし2人の表情は暗かった。

 

「わたし達があの子達に墜とされちゃったから……」

 

 なのはがポツリと呟く。

 足手まといと言われた直後でそれを証明するように撃墜されたことに気を落としている。

 

「気にしなくていいわ。むしろ私があの仮面の連中を退けられなかったのが問題だったのだから」

 

 彩那からすれば元よりなのは達を雲の騎士と直接対決させる気はなく、むしろ自分が仮面の男に苦戦した事が悪いと言う認識だ。

 フェイトが話を変えてくる。

 

「彼女達が使っていた術式……私達の物とは違っていた」

 

「あれはベルカ式と呼ばれる術式よ。砲撃魔法みたいな遠距離、広範囲の攻撃をある程度度外視して近接による対人戦闘に特化した術式。もちろん使い手によりけりだけど。特に特徴的なのはカートリッジシステムと呼ばれる強化装備ね。魔力を込めた弾丸を内蔵し、それを消費する事で瞬間的に力を底上げする。ただ、カートリッジシステムは術者とデバイスに大きな負担がかかるから、他では採用されてなかった筈だけど」

 

 そこで彩那がクロノをチラリと見る。

 

「あぁ。それで間違いない。今の主流はミッド式だし、ベルカ式の使い手はミッドに比べて少ないからね。ベルカ式だからと言って、必ずカートリッジを採用してる訳じゃないし、整備も含めて扱いが難しい」

 

「だから、2人が敗けたのは、なるべくしてそうなっただけよ。気にする事じゃないわ」

 

 彩那なりの慰めだったが、2人は不満そうだった。

 しかし敗北は事実なので、反論できない様子だ。

 ユーノがなのはとフェイトのデバイスについて話す。

 

「なのは、フェイト。レイジングハートとバルディッシュの事だけど。正直、あまり状態が良くない。今は自動修復中だけど、交換しないといけないパーツが幾つかある。あ、でも安心して。パーツの方は管理局が手配してくれるってエイミィさんが」

 

 騎士達との戦闘で2人のデバイスは大きく破損した。

 フェイトはともかく、なのはは自己修復では補えないレベルでデバイスを破壊されれば、修理する為のアテが殆んどない。

 管理局の方で修理を請け負ってくれる事に安堵すると共にそんな状態にしてしまった事に申し訳なく思う。

 時間を確認してからクロノがフェイトに話しかける。

 

「フェイト、そろそろ面談の時間だ。すまないがなのはと彩那も一緒に来てくれ」

 

「理由をお聞きしても?」

 

 彩那側からは特にフェイトの面談に顔を出す理由がない。

 これが相手側の興味本位だけなら断るくらい許されるだろう。

 あからさまに嫌そうな態度を取る彩那にクロノが説明と説得を始める。

 

「今回の件でグレアム提督が2人の意見を聞きたいと仰ってるんだ。頼むから来てくれないか?」

 

「……分かりました」

 

 そう頼まれれば彩那としても断りづらい。

 なのはと違って怪しいところの多い彩那の面談も兼ねているのかもしれない。

 ユーノとアルフとは別行動となり、目的の部屋へと案内される。

 中々に立派な部屋に、初老の男性と左右には使い魔と思われる女性が並んでいた。

 使い魔2人が何やら異様な眼で彩那を見る。

 顔の包帯のせいかとも思ったが何か違う気がする。

 

(ひと)を珍妙な生物でも見るような眼ね)

 

 襲ってこない限りはこちらも事を構える必要もないと警戒しつつ気にしない素振りをする。

 

 穏やかに4人を迎え入れたグレアム提督に紅茶を振る舞われる。

 彼は端末からなのはと彩那のデータを見ながら懐かしそうに彼が管理局に関わった理由を話し出す。

 グレアム提督も地球出身であり、イギリス人らしく、日本にも訪れた事があるらしい。

 50年くらい前に偶々負傷した管理局の人間を助けたのが始まりだったらしい。

 懐かしそうに思い出しているグレアム。

 

「あの世界には魔法資質を持つ者は殆んど居ないが、稀に私や君達のように高い魔力を持って生まれてくる者が居るんだ」

 

 そう締め括るとフェイトの方を向いた。

 

「フェイト君の保護監察官という立場だが、形だけだよ。君の人柄や生い立ちはリンディ提督から聞き及んでいるからね。ただ1つ約束してくれ」

 

 一拍置いてから続けるグレアム提督。

 

「君の友人や君を信頼してくれる人達。その人達を決して裏切らないと誓えるなら、私は君の行動に何の制限を課すつもりはない。約束してくれるかね?」

 

「はい。もちろんです」

 

 一瞬なのはの方を見て強く頷くフェイト。

 その答えに満足した様子のグレアム提督。

 そしてグレアム提督は4人を見回してからもう1つの本題に入る。

 

「今回の闇の書の事件はクロノが所属するリンディ提督達の管轄となるだろう。彼らが地球。それも日本を中心に活動している事はこれまでの調査で判明している。そこで現地住民である2人の意見を聞きたい。特に綾瀬彩那君」

 

「何故私なのでしょうか?」

 

「君の事もリンディ提督から聞いてるよ。魔導師としての優秀さもだが年齢に見合わぬ思慮深さを持っているとね」

 

「過大評価ですよ」

 

 そう前置きしつつ半分飲んだ紅茶のカップを置く。

 

「そうですね。闇の書の騎士達についてはもうこちらに接触する可能性は低いと思ってます」

 

「えぇっ!?」

 

 彩那の推測になのはが驚きの声を上げる。

 クロノやフェイトも同様の表情をしている。

 

「何故そう思うのかね?」

 

「今回の戦闘で管理局は本格的に海鳴の周辺を警戒と捜査をするでしょう。私ならそうなる前に別の拠点に移ります」

 

 ヴォルケンリッターは兵士としては優秀だが、管理局と真っ向から戦えば恐らくは敗北する。勿論管理局側に相応の損害を与えるだろうが。

 対人特化のベルカの騎士にとって、物量戦はあまりにも分が悪い。

 

「それでも拠点を移さないのなら、それなりの理由がある筈です。考えられるのは、先立つ物、要するにお金とかの問題。もしくは管理局が介入してきても問題ない切り札か、組織の傘下に身を置いて居るのか。他に考えられるのは……」

 

「?」

 

 話を止める彩那に周囲が訝しむ。

 

「いえ、幾ら何でもありえませんね。以上の理由から拠点を移す可能性が1番高いと思われます。どちらにせよ、次の目撃情報次第ですが」

 

 自分の意見を自分で潰して話を終わらせる。

 

(ヴォルケンリッターが、主に黙って蒐集活動をしている場合。だけどあの騎士達は、基本主の命令を最優先に動く筈。あの戦争中でも蒐集より敵を倒す事を優先していた。なら、今回も主の意思の下で動いている筈だわ)

 

 過去の経験からそう判断する彩那。

 

「それよりも私は今回戦闘に介入してきた仮面の男の方が気になります。騎士達と仲間という訳では無さそうですし、目的が読めません。それに……おそらくですが、仮面の男は最低でももう1人居ると思われます」

 

「どう言う事だ? 君と戦って居たのは1人だろう?」

 

 彩那の推測にクロノが質問する。

 

「私が戦闘した人と、バインドをかけた者は別人です。魔力の流れを別方向から感じましたから。それに、あの姿。正体を隠す他に自分達が複数人で動いている事を誤魔化す意味も有ると思います」

 

 事態が進めば当然局側も気付くだろうが、そんなちょっとした隠蔽も必要としているのは、捜査の撹乱を狙ってか。

 自分の考えを述べるとグレアム提督は感嘆の息を吐いた。

 

「なるほど。リンディ提督が君を評価する理由が分かったよ」

 

「どうも」

 

 飲み干したカップを置く。

 彩那からすればグレアム提督の称賛は過大評価だ。

 彩那は必要だったからこういう考えを張り巡らせるようになっただけ。

 要するに経験だ。

 本来こうした事に向いてるのは別の子なのだ。

 話が終わり、最後にクロノとグレアム提督がちょっとした話をして退室した。

 

 4人の少年少女が部屋を出ると、プハッとグレアム提督の使い魔の1人、リーゼロッテが息を吐く。

 

「何なのあの娘。本当に9歳? ちょっと頭と行動がおかし過ぎでしょ!」

 

「まさか私のバインドにも気付いていたなんてね……」

 

 苛立ち紛れに声を荒らげるリーゼロッテと警戒心を高めるリーゼアリア。

 リーゼアリアがグレアム提督に進言する。

 

「お父様、あの少女は内密に拘束するべきだと思います。今ならばそう難しくはないと思います」

 

「そうだよ! 大体、()()()と同じ学校の同級生ってだけで厄介なのに」

 

 ジュエルシード事件に関わった魔導師がまさか、自分達が監視している少女と同じ学校の同級生と分かった時は肝が冷えた。

 幸いその少女は滅多に学校に行かないので会う機会が殆んど無いのが救いだが。

 まるで1本の棒の上を歩いているような気分だ。

 

「いや、ここで彼女を拘束すれば、そこからクロノ達が私達の計画に気付く可能性がある」

 

 人間1人を拉致して拘束するのは思う以上に手間である。

 ましてやハラオウン親子の眼を完全に騙せると思うのはあの親子を過小評価し過ぎだ。

 もしも綾瀬彩那を拉致するなら、こちらの計画が発覚しても問題ない状況になってからだ。

 

「嫌だな。年を取ると、こういう汚い案ばかり思い付く」

 

 デスクに置かれた写真を見る。

 そこには車椅子の少女を囲うように1つの家族が笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノ、フェイトと別れてユーノとアルフが自販機の前でエイミィと話しているのを見つける。

 エイミィにジュースを奢って貰い、話の輪に入る。

 レイジングハートとバルディッシュの修理用パーツは既に手配し、明日には届く事を教えて貰いなのはが安心した表情をした。

 エイミィの案内でエレベーターに乗ると、リンディがフェイトを養子にする話を提案していることを話してくれた。

 

「フェイトちゃん、プレシア・テスタロッサが亡くなって天涯孤独になっちゃったでしょ。それにあの事件とか色々とね。だから艦長から提案したみたい」

 

 刑が軽いとはいえフェイトが犯罪を犯したのは事実だ。

 これから先、彼女をそういう眼で見る者は当然出てくるだろう。

 その時、フェイトを守ってくれる保護者は必要だ。

 それが局内で地位のある人間なら尚良い。

 

「フェイトちゃんも今、気持ちの整理をしてるみたい。2人は、どう思う?」

 

 エイミィの問いになのはは少し考える。

 

「とっても良いと思います」

 

「私は、その件に対して感想を持つ資格が無いので」

 

 彩那の言葉になのはとエイミィは気まずい表情になる。

 理由はどうあれ、プレシアを殺害したのは彩那であり、それは覆らない事実だ。

 そんな人間が、誰々が親になってくれるの? 良かったね、などと言える筈もない。たとえここに本人が居なかったとしても。

 

(むしろ、会えば恨み言の1つや2つ、言われると思ったけど)

 

 フェイトの中でその件に対して気持ちの整理が出来ているのか、それとも今は蓋をしているのか。

 

(何にせよ、私もヴォルケンリッター(あいつら)をとやかく言えないのよね)

 

 恨まれているのは自分も同じだ。

 勇者をやっていた頃に、人から怨みをぶつけられた事は何度もあるが、慣れる事はない。

 ブリーフィングルームに着くとリンディから今回の事件の説明がされる。

 現在アースラが使えないため、地球に仮の拠点を置き、闇の書に関する捜査を行う。

 現地にはリンディとクロノ、そしてエイミィが派遣されること。

 そして最後にとんでもない爆弾が投下される。

 

「ちなみに仮拠点の場所はなのはさんと彩那さん両名の保護も考えて、彩那さんが暮らしているマンションと同じ住まいになります」

 

「は?」

 

 この時の彩那の間の抜けた表情と合わさるように包帯が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは、夢やな……)

 

 八神はやては自分が夢の中に居る事を自覚する。

 何処とも知れない場所で触覚が無く、自分は空の上に立っているのだ。

 普段はポンコツな脚が動かせるのもそれを決定づける要因だった。

 ただ、見ている風景はかなりリアルだった。

 見下ろすと、剣や槍、杖を持った者達が戦っている。

 中には見たことの無い生物が混じっている。

 

(まるでファンタジー世界の戦争映画の中に居るみたいや……)

 

 そんな事を思っていると、はやての背後から大きな爆発が起きた。

 

「なに!?」

 

 夢だと思っても、爆発に思わず身が小さくなるはやて。

 爆発が収まり、その向こうを見る。

 

「シグナム……みんなっ!?」

 

 戦っていたのは彼女の愛する家族だった。

 自分が贈った服とは違う、鎧を身に纏い、誰かと戦っていた。

 そしてその相手もはやての見知った顔だった。

 

「綾瀬さん……それに……」

 

 知っている。

 まだ自分が小学校に通っていた頃に彼女達はいつも一緒だった。

 遠巻きにだが、いつも見ていた仲良し4人組。

 だけど年齢が違う。

 自分と同じ年の筈の彼女らは今は中学生くらいに見える。

 

「必殺、(スーパー)勇者斬りぃっ!!」

 

 渚がシグナムに斬りかかり、防がれると弾き返す。

 バランスを崩した渚に斬りかかろうとするが、シグナムの周りを光る鎖が取り囲む。

 

「いい加減にしてよ! チェーンボム!!」

 

 鎖が一斉に爆発を起こす。

 

「シグナムッ!?」

 

 夢だと思いつつも攻撃を受けた家族の名前を叫ぶ。

 爆発が収まると、鎖との間に入ったザフィーラが魔法の防壁で防いでいた。

 

「なんなん? これ……」

 

 酷い夢だ。

 家族と同級生が殺し合いをしてるなんて。

 

(はやく、こんな夢覚めて……)

 

 そう祈るはやてだが、別のところでは彩那とヴィータ、シャマルが戦っていた。

 

「風よ!」

 

 シャマルが起こした風にヴィータと鍔競り合いをしていた彩那が吹き飛ばされる。

 そこに追撃をかけるヴィータ。

 

「ブッ潰れろぉっ!!」

 

 ヴィータが彩那にハンマー振り下ろす。

 

「やめっ!?」

 

 止めようとするが、ここからでは届かない。

 そもそも触れられるのかも分からない。

 

「リミットコンサート・デュオストライクッ!!」

 

 冬美の赤い剣から炎のレーザーが幾重にも撃たれ、最後に大きな炎の砲弾が発射された。

 横合いから撃たれたそれは彩那に追撃をかけようとしたヴィータに直撃する。

 

「ぐっ!」

 

 防御はしたが、炎の熱と爆発に落下するヴィータ。

 

「彩那っ!!」

 

「うん!」

 

 今度は落ちるヴィータに彩那が剣を向ける。

 

「綾瀬さんっ!! やめてっ!?」

 

「死ねぇえええええっ!?」

 

 はやての叫びは届かず、彩那の剣はヴィータの体を斬り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はやてが見てる夢は勇者と雲の騎士の小競り合いです。


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子供達の決意

何故かAS編に入ってから彩那の名前が彩菜になってたので修正しました。


 彩那がヴィータの体を斬り付け、鮮血が舞う。

 

「チッ!」

 

「オラァッ!!」

 

 舌打ちする彩那に反応するようにヴィータがデバイスを振るい反撃する。シールドの上から弾き飛ばされると後ろに居た冬美が止める。

 

「ごめん、浅かった」

 

「えぇ」

 

 空の上を8人2組に分かれて戦っていた面々が集まる。

 ザフィーラがヴィータに話しかける。

 

「大丈夫か、ヴィータ?」

 

「こんくらい掠り傷だ! それにしてもコイツら! 戦う度に手強くなりやがって!」

 

 守護騎士との遭遇し始めた頃は勇者側の敗走が多かったが、今ではその実力は拮抗している。

 どちらが勝つか分からない程に。

 そこでシグナムが苦い表情になった。

 

「撤退だ。東の砦が落とされた。此方は陽動だったらしい」

 

「クソッ! あそこを落とされたら、もう後はねぇってのに!!」

 

 元より兵の数ではベルカ側よりホーランドとその同盟国が圧倒しているのだ。

 一騎当千の守護騎士を抑えられればそれだけで戦況は傾く。

 膠着する騎士と勇者。

 

 しかしそれを見ていたはやての目を誰かが覆う。

 すると周囲の景色が夜の空のように暗くなる。

 

『そろそろお目覚めなる時間です。我が主』

 

「だれ?」

 

『私は、闇の書の管制人格。我が主、貴女の騎士達を思う気持ちが、かつての闇の書の記録に精神を紛れ込ませてしまった。申し訳ありません』

 

 現れた誰かの説明にはやては唇を震わせながら質問した。

 

「今のは、昔本当にあったこと?」

 

『そうです。かつての騎士達の記録の断片』

 

「ありえへん……ありえへんよ……」

 

 昔、と言うのがどれくらい前なのかは分からないが、何故彩那とその友人がこの場に居たのか。

 それに年齢も違う。

 そっくりさんの可能性も有るが、確かに彩那と呼ばれていた。

 名前まで同じなどあり得ない。

 

『……あの者に我らの主である事は悟られないようお願いします。気付かれてしまえば、あの少女はきっと貴女を殺しに来るでしょう。先程の時代の主のように』

 

 すると今度は辺りが明るくなる。

 はやてはこの場の別れをなんとなく察して振り返ろうとする。

 

「待って! まだ訊きたい事がっ!」

 

『どうかお気をつけください。────あの勇者(悪魔)に』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー」

 

 はやては目を覚まして上半身を起こした。

 

「あれ?」

 

 何かとても悲しい夢を見ていた気がするのに、まるで覚えてない。

 すると一緒に寝ていたヴィータが起き出した。

 

「ふあ……おはよう、はや……はやて?」

 

 寝ぼけ眼だったヴィータがはやての顔を見て一気に目が覚める。

 

「どうしたんだよはやてっ!?」

 

 ガバッと起き上がるヴィータにはやては何がと首を傾げる。

 そこでようやく、はやては自分が泣いている事に気付いた。

 指で自分の涙を拭う。

 

「なんやろ。なんや怖い夢でも見たんかなぁ?」

 

 どうして涙を流しているのか気付かず、はやては傍にいるヴィータを抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当に引っ越してきた……)

 

 彩那の住んでいるマンション。同じ階の2つ離れた部屋には今、引っ越し業者が出入りしている。

 

(それにしても段取りが早いわね)

 

 騎士達の襲撃から1日置いてコレである。

 マンションの廊下ではリンディが綾瀬家に挨拶しており、なのはとフェイトが部屋から見える外の景色にはしゃいでいる。

 2人の少し後ろで彩那は肩に乗っているフェレット形態のユーノと話していた。

 

「何で態々その姿に? てっきりスクライア君もここで暮らすのかと思ってたけど」

 

「いや、実はなのはが……」

 

 どうやらなのはの中でユーノが地球に居着く=フェレットになるという認識らしく期待の視線に抗えなかったらしい。

 説明しても良かったのだが、結局ジュエルシード事件の時と同様の生活をするようだ。

 

「御愁傷様」

 

「ははは。まぁ、慣れてるからね」

 

 人間がペット生活に慣れるのもどうなのだろうか? と思ったが、本人が気にしてないのならそれ以上は何も言わない事にした。

 そうしてる内に呼ばれていたアリサとすずかがやって来た。

 

「いらっしゃい、2人とも」

 

 リンディに案内されて中に通される。

 2人は彩那を見て目を丸くする。

 

「って、なんでアンタは怪我してんのよ!?」

 

「あぁ。ちょっとコンビニに行こうとしたらバイクと衝突して」

 

 彩那の吊るされた腕を見て驚いたらしい。

 ちなみに普段の包帯姿も既に2人や高町家の方々にも知られている。

 彩那の怪我は骨を折ったとは言わず軽い打撲で三角巾は念の為と両親に言ってある。

 それでもいきなり怪我をした彩那に両親は大泣きだったが。

 

「大丈夫なの?」

 

「明日には三角巾も取れるわ」

 

「次は全身包帯とかないでしょうね?」

 

「アリサちゃん……その冗談はわらえないよ……」

 

 なのはのジト眼にアリサは別に冗談で言った訳じゃないわよ、と肩を竦める。

 現状から本当にそうなる可能性が有るので本当に笑えない。

 話題を変える意味でフェイトが彩那に話しかける。

 

「アヤナも同じマンションなんだよね」

 

「えぇ。ここから3つ離れたところ。来る? 何にも無いけど」

 

「いいの!?」

 

「なんでそんなに驚いてるのよ……」

 

 別に部屋に見られて困る物など置いてない。

 むしろ、何にも無さ過ぎて両親に心配されるほどだ。

 彩那が自分の部屋に案内すると本人の言うとおり、最低限の物しか置かれていない。

 寝る為のベッドに勉強をする為の机とクローゼット。

 まだ引っ越して来たばかりだと言われても信じてしまいそうだ。

 

「本当に殺風景ね」

 

「何か買ったりしないの?」

 

「どうにも最近は物欲と言うか、物を持とうとする意欲が湧かなくてね。私物の大半は捨てるか仕舞ってしまったから」

 

 地球に戻ってから物を持つことに意味を見出だせなくなっていた。

 自分にはこのポーチの中にある形見だけ有れば良いと思えてしまう。

 そんな彩那に両親はあれやこれやと勧めてくるが、今のところ心を動かされる物は無かった。

 部屋を見ているとフェイトが机に飾られてある写真立てを指差す。

 写真には、彩那を含めた4人の女の子が写っている。

 

「この子達は?」

 

「友達よ。私の大切な……」

 

 どこか淋しそうに写真に触れる彩那にフェイトが質問する。

 

「そうなんだ。ここには呼ばないの?」

 

「えぇ。連絡が取れないくらい遠くに逝ってしまったから」

 

 彩那の言葉の意味を正確に読み取れた者はこの場には居なかった。

 それから翠屋に移動して高町夫妻とリンディが話している。

 フェイトの学校は何処にするのか、という話題になり、なのは達と同じ聖祥大附属小学校に転入する事になったらしい。

 キャッキャッと喜ぶ中でフェイトが制服を抱きながら彩那に近づく。

 

「アヤナもよろしくね」

 

「え、と……学校が違うから私に出来ることはないと思うけど?」

 

「そうなの?」

 

 てっきり彩那も同じ学校だと思っていたフェイトが瞬きして驚く。

 

「うちの小学校は結構荒れてるし、テスタロッサさんみたいな目立つ容姿の子はちょっと居心地が悪いかもね」

 

 彩那の言葉になのはがハッとなる。

 ジュエルシード事件の頃に会った彩那のクラスメイト。

 

「もしかして、まだあの子に何か言われてるの?」

 

 悪意を持って接してきた女の子を思い出して眉間にしわを寄せる。

 

「加賀さんのこと? 彼女とは2学期が始まった頃に色々とあって、今は大人しいから。高町さんが心配するような事はないわ」

 

「ほんとう?」

 

「えぇ。心配してくれてありがとう」

 

 ポーチを隠されてお灸を据えたあの日、加賀有子は教室で失禁した事で彩那とは別にクラスで孤立している。

 今でも此方を睨んでくるが、今更そんなものが気になる訳もない。

 いずれはそれらが風化し、元に戻るかもしれないが、今のところその兆候はなかった。

 良かったとホッとするなのはと話についていけてない3人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは今回の事件であるロストロギア"闇の書"に関するミーティングを始めます」

 

 アリサ、すずかと別れて再びリンディの部屋に集まると現地組だけのミーティングが始まる。

 先ずは闇の書がどういうロストロギアなのかリンディが説明する。

 守護騎士と呼ばれる魔力による疑似生命体を有し、主を渡り歩いて転生を繰り返す。

 蒐集により他者のリンカーコアから魔力を奪い取って頁を埋める。

 1番厄介なのは、その集めた魔力が破壊以外に使われた記録が無いこと。

 

「何度破壊しても別の主の下で覚醒する。非常に厄介なロストロギアだわ」

 

 苦い表情で説明を終えるリンディ。

 次にエイミィが破壊されたなのはとフェイトのデバイスについて発言する。

 

「フェイトちゃん、なのはちゃん。2人のデバイスの修理なんだけど、ちょっと難航してて」

 

「え!?」

 

 エイミィの報告に驚く2人。

 それ程までに自分達のデバイスの損傷が激しかったのだろうかと心配したが、エイミィが否定する。

 

「バルディッシュとレイジングハートの2機がCVK-792。つまりカートリッジシステムの導入を進言してるの。設計図まで送り付けてきて」

 

「カートリッジシステム……それってあの人達が使ってた」

 

「うん。自分のマスターを守れなかったのがよっぽど悔しかったんだろうね。それで、2人的にはどうかな? カートリッジシステムを搭載するなら、使用者である2人の許可も必要なんだけど」

 

 元々繊細なインテリジェンスデバイスとカートリッジシステムの相性は良くない。

 デバイスと使用者の両方に負荷を生じさせるし、最悪戦闘中にデバイスが自壊する可能性もある。

 だから敢えて彩那は反対する。

 

「私はお勧めしない。確かにパワーアップは見込めるだろうけど、長期的に見て2人の負担が心配ですし」

 

 ホーランド王国でもカートリッジシステムの研究はされたが、結局形にならず終いだった。

 守護騎士達とのデバイスの差が埋まるかもしれないが、その為だけに安易な強化に頼るのは賛同しかねる。

 

「2人なら時間をかければ必ず強くなれます。下手にリスクを冒す必要はないかと」

 

「その点は僕も賛成だ。カートリッジシステムはまだ安全性が確立されたシステムじゃないからね」

 

 彩那の意見にクロノも同意する。

 そんな中で2人が出した結論は────。

 

「お願いします。レイジングハートにそのシステムを付けてください」

 

「バルディッシュにも。お願いします」

 

 2人の決断に批難するような視線を送る彩那。

 それに気付いて自分の意見を述べる。

 

「ごめんね。彩那ちゃんが心配してくれるのは解るけど、わたしはヴィータちゃん達とお話ししたい。その為に、力が必要だと思うの」

 

「それに、バルディッシュ達の気持ちを無駄にしたくないから」

 

 なのはとフェイトの想いを聞いて取り敢えず引き下がる彩那。

 彼女達が自分で考え、自分で決断したなら、余程の事がない限り否定したくないのが本音だ。

 それでもやはり心配を止められないが。

 話がまとまった事でエイミィがパンと手を叩く。

 

「それじゃあ、担当の子にメールを送っとくね」

 

 言って自分の端末を操作するエイミィ。

 そして話題は次に移り、クロノが彩那に質問する。

 

「彩那。君に聞きたい事がある。君は闇の書を知っているのか?」

 

 彩那が騎士達に対して並々ならぬ敵意を持っているのは察している。

 なのはは確かに彩那がヴィータの胸を刺したと本人の口から聞いた。

 だけどそれは色々と矛盾する。闇の書は十数年単位で活動するロストロギアだ。

 1分くらいの沈黙の後に彩那は口を開く。

 

「……前に何度かアイツらと交戦した事があります。その時は守護騎士達を破壊して、主を殺害して終わらせました」

 

 心底苦い思い出を吐き出すように話す彩那。

 

「ちょっと待て。それはいつの事だ! 前の闇の書の事件ではまだ君は生まれても居ないだろ!」

 

 もしかしたら海鳴で交戦する前に彩那が襲われていたのかとも思ったが、主を殺害したと言うなら、今回とは別件という事になる。

 

「さぁ? ただ私が知ってるのはアレらが高い戦闘力を有している事と闇の書の主の安全を最優先に動く事。蒐集に関しては私達の時はあんまり積極的じゃありませんでした」

 

 はぐらかすように話す彩那。

 そこでアルフが割って入る。

 

「ちょっと待ってくれよ。そん時の主を殺したって言ったけど、ならアイツらはアンタを恨んでるんじゃないかい?」

 

 前の、とはいえ主を殺されたのなら、守護騎士達の方が復讐してきそうだが。

 敵意を持っているのは彩那側というのが変に感じた。

 

「あっちは主が替わる度に記憶がリセットされてるのかもね。それと、殺った殺られたはお互い様よ。こっちだって何人も仲間や非戦闘員を殺られた。それに……」

 

 初めて守護騎士と遭遇した時の事を思い出す。

 向こう側からすれば裏切り者だっただろう幼い兵士。ただ高い魔法資質を備えていたというだけで兵隊にされ、捨て駒にされそうだった子供達。

 たとえ裏切り者でも、戦う力なんて殆んど無かった子供を惨たらしく殺したのだ。

 戦争だった。

 こちらも殺したのだから、向こうだけが悪いなんて思ってないし、恨み辛みを言うつもりもない。

 だが、何もかもを水に流せるかと問われれば絶対に否だ。

 今も武器を向けてくるなら尚更に。

 他者からみれば、どっちもどっちだったとしても。

 

「命令を貰えば顔色1つ変えずに無抵抗の人達を殺せる奴らよ。今回は蒐集の為に加減はしてたけど、次は本気で殺しにかかって来ると見るべきだわ」

 

 守護騎士の危険性を口にする彩那。

 そこからはなるべくなのはとフェイトは一緒に行動する事。

 学校が違う彩那もまた、何かあれば絶対に念話で連絡を取る事を約束させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が帰った後もなのははフェイトの部屋で話していた。

 

「アルフから聞いたんだけど……私達がやられた時に、私となのはが無事だったことに、スゴく安心して泣いたんだって」

 

「……うん」

 

 その事はなのはもユーノから聞いた。

 自分達が死んだと思って酷く動揺していたことも。

 

「フェイトちゃん。わたしね。彩那ちゃんとヴィータちゃん達を戦わせたらいけないって思うの。そうしたら、きっと哀しいことになる」

 

 あんなにもピリピリしている彩那が守護騎士達と戦えば、どっちが勝っても後味の悪い結果になる。

 そういう確信めいた予感がなのはにはあった。

 自分の力が足りないのは理解している。

 きっとこの選択も彩那にはきっと物凄く心配をかけるものだとも。

 だけど────。

 

「だから、ヴィータちゃん達とは私達が戦おう。哀しいことを起こさせない為に」

 

 なのはの決意にフェイトも力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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再戦

「う、あぁ……はぁ、はぁ……」

 

 目の前に熱を出して苦しんでいる主がいる。

 生まれつき身体の弱い主の世話を命じられたシャマルは彼の額にある濡れた手拭いを水に浸して絞り額に乗せる。

 

「ごめんね……」

 

 小さくそう呟く主にシャマルは瞬きした。

 

「何を謝るんですか?」

 

「僕がこんなにも弱いから……」

 

 ベルカ・ヒンメル王国の第2王子であるウィルは生まれつきの身体が弱かった。

 こうしてすぐに熱を出し、寝込むのも日常茶飯事な程に。

 

「今日も、僕が熱を出さなきゃ、シャマルもヴィータも出撃出来たでしょう? そうしたらこの間みたいに怪我をする事も無かったのに……」

 

 先日の戦闘でホーランド王国の勇者と戦闘になり、シグナムとザフィーラが負傷した。

 シャマルとヴィータはウィル王子の護衛として残っていた。

 勇者とは戦場での遭遇も増え、ここ最近ではどちらが勝つかは分からなくなってきている。

 それだけ、あの少女達の成長速度に対する警戒が増していた。

 

「ゴメン。ゴメンね。邪魔してばかりで……」

 

 心底悔いるようにウィル王子は呟く。

 せめて自分が普通の身体なら、邪魔にはならなかったのに、と。

 それに、と続ける。

 

「みんなが、闇の書から出てきて、説明してくれた時に、思ったんだ。これで、お父様達が僕を見てくれるかもしれないって」

 

 闇の書から守護騎士が出現するまで、ウィル王子は放置状態だった。

 何も期待されず、ただ生かされるだけの王子。

 戦争が始まってからは家族と顔を合わせることすら稀だったという。

 だがそれも仕方のない事かもしれない。

 まだ10にもならない子供が、家族の愛情を求める事を、いったい誰が責められるだろう。

 実際守護騎士が現れて、ウィルの家族は彼との時間を設けるようになった。

 ウィルが守護騎士の待遇向上を求めていたのも、そのお礼であり、罪滅ぼしだったのだろうと今は思う。

 熱にうなされているウィル王子の額に置かれた濡れた手拭いを交換する。

 

「ありがとうございます。でも気にしなくて良いんですよ? 私達は主を守る為の騎士で道具なんですから」

 

「それは、違うよ……」

 

 ウィル王子がシャマルの手を握った。

 

「確かに、みんなは人間じゃないかもしれない。でも、人間扱いとか、そういうのは別の問題だと思う。だってこんなに、僕達と、変わら……」

 

 先程飲んだ薬が効いてきたのだろう。

 ウィル王子は目蓋を落として眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三角巾を取った後に彩那は毎日左腕の調子を確かめている。

 

「握力はまだ弱いけど、日常生活には問題無しね」

 

 動かせば痛みが走るが、いざとなれば無視すれば良い。

 なのは達はあれから独自に訓練している様だが、人間数日で劇的に強くなる筈もない。

 もしもまたヴォルケンリッターと戦闘になれば、カートリッジシステムを考慮しても勝率は3割届くかどうか。

 

「……それだけでも凄いことなんだけどね」

 

 カートリッジシステムを搭載した初見での戦闘ならそれなりに良い勝負をすると思う。

 だが、回数を重ねれば必ず向こうは対応力を上げてくる。

 

「やっぱり初戦で仕留めるべきだったわ」

 

 ポストから朝の郵便物を取ると下りてきたエレベーターの扉が開く。

 

「あ……」

 

 中からフェイトが出てきた。

 

「おはよう、テスタロッサさん。今日から登校だったわね。制服、とても似合ってるわ」

 

「ありがとうアヤナ。それとおはよう」

 

 彩那の挨拶と世辞にフェイトも当たり障りなく返す。

 世辞と言っても別に嘘を言っている訳では当然ない。

 

「アヤナは準備しなくていいの?」

 

「私はギリギリにしか登校しないから」

 

 フェイトと違って学校が近場である彩那はいつも遅刻ギリギリである。というか、数分くらいなら既に半分以上遅刻していた。

 正直に言えば、彩那はフェイトが苦手だ。

 なのはやリンディなど誰かが間に入ってくれている時は良いが、こうして2人っきりになると、プレシア・テスタロッサを殺害した事を強く思い出す。

 

(なによりも、アレは仕方がなかったと思ってしまう自分が穢く思えて……)

 

 だから、フェイトと2人になるのが少し怖い。

 いっそ責めたり(なじ)ったりしてくれた方が楽だったのだろうか? 

 そんな失礼な事を思っていると、思い出したようにフェイトが頼み事をしてきた。

 

「アヤナ。お願いが有るんだけど、いいかな?」

 

「私に?」

 

「うん。バルディッシュが直ってアヤナが本調子になったらで良いんだけど、私と本気で模擬戦してくれないかな?」

 

 突然の申し出に彩那は瞬きする。

 

「この半年でなのはが送ってくれた模擬戦を見て、学ぶ事が多そうだと思ってたから。それにシグナム達と闘う為にも近い実力があるアヤナと訓練するのはきっと意味があると思う。ダメかな?」

 

 言っていること理解出来る。

 だが、何か裏が有るのではと考えてしまう自分に嫌気がする。

 

「私で良ければ……」

 

 彩那の返答にフェイトの顔がパッと明るくなった。

 

「それよりも長々と喋ってて大丈夫なの?」

 

 彩那の言葉に今度は慌てた様子を見せる。

 

「ゴメン! 待ち合わせに遅れる!」

 

 そう言って駆け出して行くフェイトに手を振って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室を通ると八神はやてと遭遇した。

 手には何やらプリントを持っている。

 

「綾瀬さん。お久しぶりやね~」

 

「そうね。今日はどうしたの?」

 

「うん。もうすぐ冬休みやろ? だから宿題を取りにきたんよ」

 

「それはご苦労様」

 

 軽く労うとはやては嬉しそうに笑う。

 

「ちなみに綾瀬さんは長期休みの始めに宿題を終わらせる派? 終わる頃に一気にやる派?」

 

「休み前に終わらせる派」

 

「それはルール違反やなぁ」

 

 こんな会話ですら楽しそうに笑うはやて。

 そこで彩那ははやての肩に虫が停まっていることに気付く。

 

「八神さん。動かないで」

 

 だから彩那ははやてに付いた虫を払おうとした。

 

「っ!?」

 

 しかしはやてはその手を払った。

 

「え?」

 

 その時はな見せたはやての怯えの表情。しかしそれはすぐに困惑へと撤回される。

 

「あ……ご、ごめんな! そんなつもりじゃ……」

 

 払った際に手にしていた宿題のプリントがばら撒かれる。

 自分の手を見つめて何故彩那の手を払ったのか理解できない様子だ。

 ただ彩那の手が近づいた瞬間に言い様の無い恐怖が沸き上がってきた。

 気不味くなった空気で彩那はばら撒かれたプリントを拾う。

 

「はい」

 

「あ、ありがとう……」

 

「さっきの事は気にしてないから」

 

「うん。ホンマにごめんなぁ……」

 

 本当に申し訳なさそうにしゅんとして謝るはやて。

 その場は互いに何を言う訳でもなく別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守護騎士達は結界内で管理局の魔導師と敵対していた。

 ただ本格的な戦闘には突入しておらず、結界内に居るシグナムは仲間が揃うのを待っているし、管理局は張られている結界を突破するのに手こずっている。

 烈火の将シグナムがビルの屋上で仲間を待っていると、背後からゾクリと悪寒が走った。

 頭で考えるより先にデバイスであるレヴァンティンを背後に剣を振り抜く。

 すると敵の剣と衝突した。

 

「チッ。鋭いわね」

 

「お前は……」

 

 顔に包帯を巻いた、主と同じ年頃の少女。

 前回シグナムが対峙した時は包帯は解かれていたが、ヴィータの戦闘記録からその姿は知っている。

 背後から斬りかかろうとした事を卑怯とは言わない。

 むしろ、これまで接近に気付かせなかった事を称賛する気持ちすらある。

 相手が僅かに距離を取ると、呆れた様子で話し始める。

 

「まさか、本当にこの世界に残っているとは思わなかったわ。余程、この世界から離れたくない理由でも有るのかしら?」

 

「それを貴様に言う必要が有るのか?」

 

「無いわね。興味もないし。だけど遭遇した以上、貴女達はここで確実に潰す」

 

 聖剣を構える彩那。

 これ以上の会話に意味がない。

 ぶつけ合うのは言葉ではなく、互いの殺気と手にした武器(デバイス)のみ。

 遠い過去より、そういう関係なのだから。

 動いたのは彩那からだった。

 コンクリートの地を蹴り、一足でシグナムへと斬りかかる。

 互いがぶつかり合い、交差すると戦いの場は空へと移った。

 

「ハァッ!!」

 

「シッ!!」

 

 剣のぶつかり合う音が響く。

 シグナムの振り下ろしを捌き、彩那が突きを繰り出すとシグナムは首を動かして避ける。

 剣が何度も衝突し、距離を取ってはまた接近する。

 鍔競り合いなると、彩那の顔が僅かに歪む。

 

「つっ!」

 

 シグナムの体を蹴って再度距離を取った。

 

(思った以上に左腕に力が入らないわね。これじゃあ二刀を扱うのは無理か)

 

 自分の状態を把握し、霊剣に切り替えた。

 

「どうやら左腕に不調を抱えているようだな。そんな状態でよく私の前に出てきたものだ」

 

「言ってなさい。すぐに斬り伏せてやるから」

 

 左腕に不調を抱えているにも関わらず強気な態度を崩さない敵。

 その心意気はシグナムの好むところだ。ましてやそれに見合う実力も有るのだから尚更に。

 

「我らには我らの成さねばならぬ事がある。その為にも、貴様のリンカーコアも蒐集させてもらう」

 

 剣を構え直すシグナム。

 しかし彩那の口から出されたのはまったく予想しない事だった。

 

「……ベルカ・ヒンメル王国第一王子ラインハルト及び第二王子ウィルは私が殺した」

 

 その言葉を聞いた瞬間に頭の中で何かが過る。

 

 ────シグナムは、強いね。

 

 自分を心から信じ、その身を預けてくれた。

 まだ幼く、守らなければいけなかった誰か────。

 

「ッ!!」

 

 シグナムの雰囲気が殺伐としたモノに変化する。

 瞳には殺意を宿し、剣を握る手が強くなる。

 気付けば、その首を狙って剣を振るっていた。

 一瞬の憎悪から一気に頭が冷える。

 シグナムの渾身の1撃を防いだ彩那はそのままレヴァンティンをいなすと、体を1回転させて逆に斬りかかる。

 その攻撃をシグナムは大きく後退して避けるが、腹部が斬られ血が流れた。

 

「浅いか……」

 

 ポツリと呟く彩那。

 シグナムは斬られた腹部を押さえつつ困惑した表情を見せる。

 

(私は今、何をしようとした?)

 

 今代の主の未来を血で汚さない為に、守護騎士達は基本殺人などの行為を禁じている。

 だから蒐集は出来る限り魔法生物で行っていた。

 それは管理局と衝突するのを避ける意味もあったが。

 しかしシグナムは今、本気で彩那の首を落とそうとした。

 

「お前は、誰だ……?」

 

「答えるつもりはないと、言った筈よ」

 

 そこで彩那に向かって鉄球が飛んできた。

 シールドを展開して防ぐが、踏ん張りが利かず弾き飛ばされた。

 

「シグナム! ボサッとすんじゃねぇっ!!」

 

「あ、あぁ。すまない……」

 

 叱責するヴィータにシグナムが謝罪する。

 彩那の背後にはザフィーラが到着していた。

 前回の焼き増しになった展開に、彩那は包帯の結び目に手を掛ける。

 

「さてと。それじゃあ、前回の続きといきましょうか」

 

 そこで結界の上空から何かが転移してきた。

 直接送り出されたのだろうソレを見て彩那が声を上げる。

 

「あの子達っ!?」

 

 上空から落ちてくるなのはとフェイト。

 彼女達は落下しながらバリアジャケットを纏って戦場に介入してきた。

 なのはがヴィータを。フェイトがシグナムを攻撃して彩那から引き離す。

 いつの間に結界の中へと入ったのか、アルフやユーノ、そしてクロノも参入していた。

 アルフがザフィーラ側に付く形で彩那を守護騎士から遠ざけると、なのはから念話が送られてくる。

 

『聞いて! わたし、この子と1対1だから!』

 

『マジか!?』

 

『マジだよ』

 

 なのはの提案にクロノが驚愕し、ユーノが苦笑交じりに返す。

 新型のバルディッシュを構えたフェイトも同様の提案をする。

 

『私も、シグナムと1対1で戦いたい』

 

 それに当然彩那は反論する。

 

『待ちなさい! 幾らデバイスにカートリッジシステムを組み込んだだけで対等に戦える訳じゃ────』

 

『でも、アヤナもまだ左腕が治り切ってないんでしょ?』

 

『彩那ちゃんばかりに無茶をさせる訳にはいかないから!』

 

『────っ! 生意気言って!』

 

 左腕の事を指摘されて苛立つ彩那。

 見ればアルフもザフィーラと1人で戦う気らしい。

 だが彩那からすれば守護騎士相手に決闘など却下である。

 どうにか3人を説得しようとすると、彩那に向かって別の乱入者が現れた。

 突然現れた仮面の男は彩那の顔を掴んで移動した後に、建物に向かってブン投げられた。

 建物に衝突する前に体勢を整える。

 

「こんな時に……!」

 

 すぐに彩那はユーノとクロノに念話を送る。

 

『仮面の男の仲間が結界内に居る可能性が有るわ! そちらで探してもらえる?』

 

『分かった!』

 

『この場に居ない守護騎士と闇の書の主もだ!』

 

 守護騎士達から引き離された事で結果的になのは達の望む形となってしまった。

 仮面の男が話しかけてくる。

 

「今度こそ、貴様のリンカーコアを蒐集させてもらう」

 

「……」

 

 彩那の中で何かがプツリと音を立てて切れたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編2:アヤセアヤナ

「なに、これ……?」

 

 高町なのはは目の前の凄惨な光景にデバイスを抱くように握りしめた。

 横で飛んでいるヴィータも険しい表情で街────正確には街だった地を見ている。

 綾瀬彩那が現状知り得た情報を口にする。

 

「研究中のロストロギアが暴走したと聞いたけど。僅か1時間でここまで……」

 

 3人は今、ミッドチルダのクラナガンから離れた演習場に来ていた。

 なのはとヴィータは演習への参加。彩那は必要な資格試験を受けに。

 ロストロギアの解析を主とする研究所でその1つが暴走したと連絡があった。

 急遽出動要請を受けて他の局員と共に現場に急行したら、目の前の光景と遭遇したのだ。

 

 簡単に言えば、金属の泥で街の一角が呑み込まれている惨状。

 今は結界を張って被害の拡大を防いでいるが、それもいつまで持つか。

 

「呑み込まれた一角に住んでいる住民の数は凡そ200。1人でも多く遠出しているのを願うばかりね」

 

 彩那の言葉になのはは息を飲む。

 これは土砂崩れや大津波と同じだ。呑まれた人間はほぼ助からない。

 

「データが届いたわ。ロストロギア"思考の鉄"だそうよ。数十年前に発見された意思を持つ金属。最大の特徴は有機物を喰らってドンドン面積を広げていく。浸食型のロストロギア。取り敢えず封印措置を……あぁ駄目ね。術式を解析して即座に喰い破ってくるみたい。だからここまで浸食が進んだのか」

 

 即座に封印しなかったのに疑問があったが、既に破られた後らしい。

 

「なら、どうすんだ?」

 

「一応、人間なら脳に該当するロストロギアの(コア)が存在してるみたい。それを破壊すれば暴走も止まるそうよ」

 

「よし! ならなのは! 先ずはあの泥を吹き飛ばせ!」

 

「うん! 任せて!」

 

 なのはがレイジングハートを構えて砲撃魔法を放つ。

 彩那も魔剣で砲撃魔法を使い、鉄の泥を攻撃する。

 それに反応して、泥から触手が伸びてきた。

 向かってくる触手をなのははシールドで防ぐ。

 一度は防ぐと触手の先端が、姿形を変える。

 それは、小さな女の子の顔だった。

 

「お母さん……お父さん……どこぉ……なんにも見えない……」

 

「え?」

 

 その姿になのはは集中力を削がれ、シールドの強度が脆くなる。

 シールドを喰い破ろうとするそれにヴィータが鉄球でその頭を破壊した。

 

「ボケッとすんなっ!」

 

「う、うん……!」

 

 返事はするが、なのはの顔は青褪めている。

 事態が動き、街を浸食していた思考の鉄は結界の中心に集まり始め、巨大な柱のような姿になる。

 

「これは……趣味の悪い事ね」

 

 その柱にロストロギアが呑み込んだ人達の顔が浮き彫りに現れた。そしてその口で言うのだ。

 ────たすけて、と。

 

 その言葉に心が揺さぶられてなのはが叫ぶ。

 

「中の人達を助けないと!!」

 

「待って! アレは呑み込んだ人間を解析して此方の戦意を削ぐための演出の可能性が高いわ! いい? 呑み込まれた人達はもう助からないの!」

 

「本当にそう言えるの!? もしも、中で生きているなら……」

 

 此方への攻撃を避けながら、議論する彩那となのは。

 再び伸びた触手から人の顔が作られる。

 

「たすけてたすけてたすけてよぉ……!」

 

「あ、あぁ……っ!?」

 

 そのあまりにも憐れな姿に、なのはの精神は大きく動揺する。

 

「高町さん!」

 

 彩那が砲撃でその頭を消し飛ばし、なのはの手を握って後退する。

 

「鉄槌の! 貴女もこっちに来なさい!」

 

「あ?」

 

「早く!」

 

 言われるままにヴィータも後退する彩那となのはに続く。

 結界のギリギリまで退くと、彩那はなのはに言った。

 

「高町さん。貴女はこの結界から出なさい。そうしたら、地上本部から応援を呼んできて。それまで、こっちはなんとかするから」

 

「え?」

 

「鉄槌の。高町さんの手を引いてあげて。これは命令よ」

 

「おい!」

 

 階級が上な事を理由にヴィータに命じる彩那。

 なのは1人では撤退しない可能性が有るが、ヴィータと一緒なら無理やりでも退くだろう。

 リミッターである包帯を外し始める。

 

「彩那ちゃん……」

 

「戦えないでしょう?」

 

 呑まれた人間が生きているのか死んでいるのかは不明だが、ああしている以上、なのはには撃てない。

 それを自覚してか、なのはは俯く。

 

「良いのよ、それで。高町さんは優しいから。こういう事態は私みたいな冷血人間に任せなさい」

 

 そんな事はないとなのはは言おうとした。

 出会ってから今日まで、どれだけ彩那が自分達を助けてくれたのかを知っている。

 今だって不甲斐ない自分の為に汚れ役を買って出てくれているから。

 しかしその言葉は、彩那の声で出せなかった。

 

「なのは」

 

 初めて、自分を下の名前で彩那が呼んでくれたから。

 彩那がなのはを抱き締める。

 

「海鳴の街で、また会いましょう」

 

 そう言って、なのはとヴィータを結界の外へと追い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとヴィータを結界の外に逃がした後に、彩那は顔が浮き彫りになっているロストロギアに砲撃を叩き込んだ。

 

「さてと。お仕事お仕事」

 

 両手に持った剣を構えて彩那は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロストロギア"思考の鉄"が暴走して1時間半。

 核の破壊の成功より事態は終結する。

 現場にいた魔導師16名の内、7名が殉職。5名が重傷を負う事件となった。

 綾瀬彩那二等陸尉はこの事件で重傷。直ぐ様病院に搬送されるも還らぬ人となる。

 この事件はクラナガンで起きた最悪のロストロギア事件の1つとして後々まで語られ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはは現場を急行するヘリの中でガジェットと戦う新人達を見ていた。

 同じ映像を観ているフェイトが話しかける。

 

「問題無さそうだね」

 

「もちろんだよ、フェイトちゃん。バッチリ鍛えたからね」

 

 とある世界で機動六課が回収するロストロギア"レリック"が発見された。

 敵はレリックを狙う機械の兵団。

 それらを新人達は問題なく排除している。

 もちろん、この程度でやられるようなら実戦になど出していないが。

 

「でもなのは、心配そうだ」

 

「そうかな?」

 

 真剣な表情で現場を見るなのはにフェイトは不安な顔をする。

 

「でも、そうかも。ただ、彩那ちゃんもこんな気持ちで私達を見てたのかなって……」

 

「なのは……」

 

 久し振りに亡くなった親友の名を口にするなのはにフェイトの顔は更に曇る。

 

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。さ、もう現場に着くし、私達も頑張ろう」

 

 なのはは胸のレイジングハートを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのは達とは別に六課の新人達の戦闘を見ている者が居た。

 十代前半くらいの年齢。頬にかかるくらいに伸ばされた緩いウェーブの黒い髪の少女。

 騎士風の鎧と青いマントのバリアジャケット。

 

『前回はレリックが向こうに取られてしまったからね。ゲームは片方だけが一方的に勝っても面白くないだろう』

 

「そう」

 

 通信相手の言葉を興味無さげに返す少女。

 相手もそれを気にした様子はなく、命令を下す。

 

『では私の為に、レリックを入手してくれたまえ。だが、相手を殺してもいけないよ。()()()

 

「了解、ドクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガジェットの8割を破壊し、レリックを入手したところでそれは空から現れた。

 新人4人は突然現れた少女に驚いていた。

 手には青い剣を持ち、鎧のバリアジャケットを着た少女は戸惑う4人を見ると、呆れた様子で口を開く。

 

「反応が遅いよ」

 

 それだけ言うと、少女はレリックを持っているティアナに襲いかかった。

 

「ティアナッ!」

 

 それを相棒であるスバルがシールドを展開して受け止める。

 スバルは襲いかかってきた少女に問いかける。

 

「君、なんなの! いきなりこんな!」

 

「敵だからに、決まってるでしょう」

 

 言うと、手にしている青い剣でシールドを切断し、脇に蹴りを叩き込む。

 

「あぐっ!?」

 

「スバル! この!」

 

「フリード!」

 

 相棒であるスバルが蹴り飛ばされてティアナが銃型のデバイスを構え、キャロも従えているフリードに指示を出す。

 火炎と誘導弾による別方向からの同時攻撃。

 少女はシールドを全方位に展開して防ぐ。

 一瞬覆われた視界。すると、エリオが突進する。

 少女はエリオの突きを打ち落とすように剣を振り下ろし、槍を押さえ込むと、柄の先端で顎を打ち抜く。

 

「だぁっ!!」

 

 そこでスバルが拳を振るう。

 

「バウンドシールド」

 

 少女は弾力で弾く特殊なシールドを展開してスバルの拳を受け止めた。

 

「わっ!?」

 

 弾かれたスバルはティアナの所まで飛ばされ、受け止める形となったティアナは手にしていたレリックの入ったケースを離してしまう。

 それを少女が拾いあげる。

 

「しまった!!」

 

「任務達成、かな?」

 

 目的を達して背を向けると上空から3つの誘導弾が飛んできた。

 

「なのはさんっ!」

 

「みんな、下がって!」

 

 なのはの登場にスバルの頬が緩むも、本人の表情はとても険しかった。

 

「君は……」

 

 敵である少女を見て、まるで亡霊にでも会ったかのように青褪めているなのは。

 そこで少女の足の横から手が生えた。

 その手にレリックを渡すようにケースを落とすと、地面に吸い込まれていく。

 

「あっ!?」

 

 レリックが持ち去られる事に新人達は焦りの表情になる。

 なのはも険しい表情でイラついていた。

 敵である少女が現れた際にフェイトの制止を聞かずにヘリから飛び降り、最高速度で突っ切ってきたのだ。

 局員としては失格かもしれないが、なのはの頭には目の前の少女の事で頭がいっぱいだった。

 

「霊剣の加護を」

 

 手には聖剣と霊剣が握られ、なのはに向かってくる。

 レイジングハートの長柄で2つの剣を捌くと、空へと舞う。

 それを追うように少女も飛翔する。

 2人が衝突すると、なのはが問いかける。

 

「君は、誰? どうして────」

 

 その姿で、どうしてその剣を持っているのか。

 彩那の殉職後、彼女のデバイスはホーランド式の貴重な資料として管理局が保管している筈だ。

 レプリカの可能性も有るが、なのはの記憶と勘が本物だと告げている。

 

「私は、アヤセアヤナよ」

 

「────ッ!?」

 

 まるで、自分の罪を突き付けられた気分だった。

 一瞬の動揺。

 その隙を見逃さず、アヤセアヤナはなのはの肩に霊剣を突き刺す。

 

「あぁっ!?」

 

 痛みから片目を閉じて呻く。

 

「心が乱れすぎ」

 

 なのはの体を蹴りで押し、霊剣を引き抜くと同時に遅れてきたフェイトが参戦する。

 

「なのはぁっ!?」

 

 怪我をした親友を助ける為にフェイトはバルディッシュを後ろから振るう。

 しかし、振り返ったその姿は、あまりにも失った親友にそっくりで。

 

「────ッ!?」

 

 躊躇いが仇となり、思いっきり振るえなかった攻撃はアヤセアヤナに受け流される。

 そして戦闘中だというのに彼女は武器を下ろした。

 

「帰還命令が来ちゃった。ここまでね」

 

 転移魔法がアヤセアヤナの足下に発動する。

 

「次は、もっと本気で相手をしてほしいな」

 

 残念そうに呟くアヤセアヤナ。

 なのはは逃げる少女に手を伸ばす。

 

「待って!」

 

「じゃあね。高町さん。テスタロッサさん」

 

 懐かしい顔からの懐かしい呼び声。

 小さく手を振って去っていく少女。

 アヤセアヤナが去ると、なのはは肩の傷と精神的な乱れから地面へと落ちていく。

 

「なのは! しっかり!」

 

 その前にフェイトがなのはを抱き止めた。

 傷による滲む脂汗を掻きながら泣きそうな顔で呟く。

 

「待ってよ、彩那ちゃん……」

 

 そう言ってなのはは目と意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




綾瀬彩那。
中学1年に殉職。
殉職した1番の理由は彼女自身、背中を預けられる誰かを作らなかった事。
彼女の死は友人達に心の傷を負わせる事に。

アヤセアヤナ。
プロジェクトFの技術でジェイル・スカリエッティによって生み出された綾瀬彩那のクローン。
肉体的には彩那の死亡時と同じくらい。中身は5歳程度。戦闘機人ではない。
オリジナルとの大きな違いは顔に刺青が無い事と、戦闘狂の気がある事。
仕事の結果より、過程を楽しむタイプ。

聖剣。魔剣。霊剣。王剣。
綾瀬彩那が殉職した後に魔法史に於ける貴重な資料として管理局が保管したいたが、スカリエッティによって偽物とすり替えられ、アヤセアヤナの手に渡る。

高町なのは。
彩那死亡後しばらくは塞ぎ込んでいたが、後に職務に復帰。
これまでは泣いている子の力になりたい。困っている人を助けたいという気持ちで魔法を使っていたが、彩那死亡後はそうしなければいけない、という強迫観念で動くようになる。
手塩をかけて育てている新人を亡くなった親友のクローンが襲いかかるという本人からしたら、絶叫しそうな状況に。

フェイト・T・ハラオウン。
彩那死亡の事件で自分が居なかった事を悔いている。
アヤセアヤナとの出会いでプレシアが何故自分を受け入れなかったのか少しだけ理解する。

八神はやて。
彩那の死亡後、地上本部の対応の遅さを痛感して改善しようと決意する。

ヴィータ。
彩那死亡の事件で職務放棄と上から責められるも、彩那の命令で現場を離れた事がデバイスに記録されていた為、大きく咎められなかった。
アヤセアヤナはなのはやはやての負担にならないよう自分が止めなければ、と考えている。

スバル&ティアナ。
反抗期に入ると本人達の自覚なしになのはのトラウマを刺激する事に。

エリオ&キャロ。
アヤセアヤナが光落ちするかは事件後の2人の行動にかかっている?

ジェイル・スカリエッティ
アヤセアヤナの生みの親。
アヤセアヤナの存在を彩那の友人達はきっと喜んでくれるだろうとwktkしながら現場を観戦していた。


こんな感じで始めるsts編。
うん、ないわこれ。


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彩那のお願い

「ここまでだな……」

 

 ベルカ・ヒンメル王国の第一王子であるラインハルトは静かにそう呟いた。

 会議室にいた王子の言葉に呼び出されたシグナムは瞬きをした。

 

「数時間後にはホーランドを中心とした連合軍が攻め込んでくる。彼らにとってこの国はもはや帝国と戦う為の通過点でしかない。何より民の心は王族から離れている」

 

 美男子と言って良かったラインハルトの顔はここ数週間の敗戦に次ぐ敗戦ですっかり眼に隈ができ、頬が痩せこけている。

 それでもシグナムは将としてラインハルトに進言した。

 

「我らが侵攻してくる敵を薙ぎ払って見せます」

 

 シグナムの言葉にラインハルトは困ったように笑う。

 

「それは違うよ、シグナム。勝つ負けるの話じゃない。私達はもう、勝ってはいけないんだよ」

 

 ラインハルトの言葉の意味をシグナムには理解出来なかった。

 勝ってはいけないとはどういう意味だろう。

 

「もしも連合軍が倒れれば、帝国を打ち倒す勢力は此の大陸には存在しない。我らが連合に勝利したとて、帝国に呑み込まれるのが関の山だ。知っているかい、シグナム。あの帝国(蛮人)は、捕らえた捕虜の手足を切り落として楯にする事も厭わないんだよ」

 

 ラインハルトの言う帝国とはシグナムも幾度となく戦ってきた。

 しかし、行われる作戦は全て最低最悪なモノだった。

 捕らえた捕虜を肉の壁にするのはまだ序の口。

 人体実験で改造と洗脳を施した元敵兵を使役する。

 中にはまだ幼子も多くいたと聞く。

 しかもその帝国がこの大陸で最大勢力を誇っているのだ。

 

「もし運良く我らが連合軍を打倒したとしても、この大陸は間違いなく帝国に呑み込まれるだろう。この国が勝利したとして、誰も得しない。だから我らはここで破れなければならない」

 

 もはや滅びを待つ身だと云うのに、ラインハルトの顔はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「本当なら、王族の首を手土産に民の安全を嘆願するところだが、父上は今更になって我が身可愛さに部屋で震えているのだ。私も簡単には連合軍に投降出来ない理由がある」

 

 ラインハルトは椅子から立ち上がると道具でしかないシグナムにあろうことか頭を深々と下げた。

 

「弟を守ってやってほしい」

 

 守護騎士の現主にしてこの国の第二王子。

 生まれつき病弱で国の政策には殆んど関わっていない。

 

「何も知らない子だ。この戦争の為に我らがどれだけ民に無理を強いたかすらも。だからせめて兄としてはそんな弟の命だけは守りたい。私が考えているのはそれだけだ。君達も、忠誠を誓うべきは私でもこの国でもないだろう?」

 

 確かに闇の書に選ばれたのは第二王子のウィルであり、ラインハルト達は弟の声で守護騎士を動かしていた。

 

「民の安全の為に王族の首を、と向こうは要求している。この戦争が終わった後に我らを御輿にして叛乱を起こされたら堪らないからね。それに民も私達王族にほとほと愛想が尽きてるだろう。首の刎ねるところでも見ねば溜飲が下がるまいて」

 

 こうして口にすればする程、自分達が生き残る理由が無いことにもはや笑いが込み上げてくる。

 

「父が帝国が始めた戦争に乗じて大陸の覇権を握ろうとした時にその首を刎ねてでも私が王位に就き、連合に参加すべきだったのだ。私の優柔不断さが結局大陸の混乱を更に深める結果になってしまった」

 

 そうしてラインハルトは優しい笑みでシグナムを見た。

 

「負け戦に乗せてしまって済まない。今日までこの国の為に戦ってくれた事に感謝を。弟を、頼む」

 

 もしかしたら、ウィルが闇の書に選ばれずに守護騎士が現れなければ、早々にこの国は破れ、もっとマシな終わりを迎えていたかもしれない。

 しかしラインハルトはその予想を口にしない。

 今更だし、もしもはもしもに過ぎない。

 何よりも、これまで戦ってくれた騎士にそんな事は口が裂けても言えやしない。

 

「私と違い、弟は一度逃げ切れば捜索の手も緩むだろう。帝国との本格的な衝突を控えた今、あの子にかける労力は抑えたい筈だ」

 

 シグナムは自分達が敵を迎え撃つ間にラインハルトにウィルと共に脱出するように進言しようとしたが止めた。

 彼はもう、ここを死に場所と決めているのだ。その覚悟に水を差す言葉をシグナムには口に出来なかった。

 

「主ウィルは我らが必ず守り抜いて見せます」

 

「ありがとう。これまで、世話になった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟を守護騎士達と共に逃がし、ラインハルトは玉座で敵を待っていた。

 嬉しいことに、時流に乗れず、最後まで付き従ってくれる愛おしくも愚かな兵がこの城に残ってくれている。

 

 そして────。

 

 部屋の重々しい扉が開くと、2人の可憐な勇者が入ってきた。

 しかしその姿はこの城に残った兵士の血で汚れていた。

 青の剣と緑の剣をそれぞれ手にした二人の少女。

 緑の剣を持つ少女が1歩前に出る。

 

「貴方がラインハルト王子?」

 

「そうとも。私がこの国の第一王子のラインハルトだ」

 

「ヴォルケンリッターはどうしました?」

 

「役に立たない騎士なぞ不要。既に首を刎ねてやったわ。さぁ、終わりにしようか」

 

 こんな嘘が通じるとは思ってないが、本当であるかのように振る舞って見せる。

 ラインハルトは愛用の槍を構えた。

 勿論、ヴォルケンリッターに比する勇者に自分1人で勝てるとは思っていない。

 

(王族としての仕事はこれで終わりだ。後は────弟の為に、少しでも時間を稼ぐとしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻の海鳴の結界内では、戦闘が続いていた。

 なのはは守護騎士の1人であるヴィータと戦闘している。

 

「わたし達、戦いに来たわけじゃないの! お話を聞きたいだけでっ!」

 

「新型のデバイスをこさえて来て、なに寝惚けた事を言ってやがる! 大体、あんな殺意増し増しなヤベェ奴の仲間なんざ信用できるかっ!!」

 

 ヤベェ奴と云うのはもちろん彩那の事だろう。

 確かになのはも前回の戦闘で彩那がヴィータを爆殺しようとした時にはドン引きしたが。

 

「彩那ちゃんだって、話をするなら聞いてくれるよ! まずは────」

 

「うるせぇっ!?」

 

 ヴィータの攻撃がなのはを弾き飛ばす。

 同時にカートリッジを使う。

 

「戦う気がねぇってんなら! これでも喰らって寝とけっ!!」

 

 ブースターに変形したデバイスを手に向かってくるヴィータ。

 なのはも即座に新機能を使う。

 

「レイジングハート!」

 

 なのはが愛機を呼ぶとレイジングハートも薬莢を吐き出した。

 展開したシールドがヴィータの攻撃を防ぐ。

 

「ッ!? 硬ぇ……!」

 

 前回と違い、ヴィータの攻撃になのはのシールドが破れる様子はない。

 その事に驚きと嬉しさ覚える。

 

「オラァッ!!」

 

 それでも力ずくでシールドごと吹き飛ばされた。

 崩れたバランスを整え、杖を向ける。

 

「いくよ、レイジングハートッ!」

 

 再びカートリッジを使って、今度は誘導弾を発射する。

 しかし、思った以上の弾数に発射したなのはも驚く。

 

「バカか! そんな数、制御出来るわけねぇだろ!」

 

『出来ます。私とマスターなら』

 

 レイジングハートが断言し、なのはは目を閉じて誘導弾の制御に集中する。

 その中でジュエルシード事件の時の彩那との訓練を思い出していた。

 

『魔力を感知する感覚が鋭くなれば、視覚や聴覚よりも鋭く相手の攻撃を知覚する事が出来るわ。リンカーコアに伝わる魔力の触感を信じるの』

 

 目を閉じていても今のなのはには自分の誘導弾を手足のように操る事が出来る。

 

(うん。分かるよ、彩那ちゃん)

 

 向かってくるヴィータの鉄球。

 それをなのはは同じ数の誘導弾を当てて破壊する。

 自分を中心に動く魔力の流れが読み取れる。

 残った誘導弾がヴィータの全方位のシールドを包むように攻撃していた。

 息を吐いて目を開ける。まだ止まって集中しなければ出来ないが、それでも自分の成長を感じていた。

 

「今度は、簡単にやられる訳には、いかないから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトとシグナムもまた空中で激しい攻防を続けていた。

 ヒット&アウェイ。

 高速で動きつつ1撃を入れたら即座に離脱し、また接近する機を窺う。

 

『いい? ただでさえ地力が違うのよ。とにかく動き回って捕まらないようにして。一度でも捕まったらそこから突き崩されて終わりだと思って』

 

 ここ数日で彩那からのアドバイスを聞いたが正直、その意見には少しの反感があった。

 フェイトも接近戦には自信があった。

 シグナムは強敵だと思っているし、絶対に勝てるとは思っていない。

 それでもただ一度のミスでやられると断言されたのには正直苛立った。

 しかしそれが事実だと今は実感している。

 

(スピードでどうにか誤魔化してるだけ! 相手にペースを渡したら、一気にやられる!)

 

 鞭のような刃を回避しながら自分の認識の甘さを痛感していた。

 シグナムの刃が戻り、剣に戻る。

 

「この前とはまるで別人だな。武器の性能でこうまで変わるか」

 

 シグナムの呟きにフェイトはムッとする。

 

「バルディッシュだけじゃありません。私もなのはも今日の為に鍛えてきました」

 

 強くなったのがデバイスだけと思われるのは心外で、そう返す。

 シグナムは小さく笑った。

 

「そうか。それは済まなかった。こんな状況でなんだが、1つ聞きたい事がある。良いか?」

 

 相手から質問をされるとは思っておらず、フェイトは瞬きしてから了承する。

 

「何を、聞きたいんですか?」

 

 シグナムは地上近くで仮面の男と戦っている彩那に視線を向ける。

 

「あの少女は、なんだ? 我らの何を知っている?」

 

 先程、戦いで彩那が口にした言葉でシグナムは一瞬だが我を忘れて殺しにかかった。

 あの小さな少女に似つかわしくない敵意と殺気も気になる。

 しかし、その質問にフェイトは答えられない。

 

「えっと……ごめんなさい。私も気にはなるんですけど、教えてくれなくて」

 

 彩那はどうも秘密主義なところがある。

 もう少し信頼してくれても、と思う反面、無理やり聞き出す事にも抵抗があった。

 だからいつか話してくれると信じて待っている。

 

「そうか。済まない。戦いの最中で訊くことではなかったな。私はヴォルケンリッターの将シグナム。悪いがこの戦いで、二度と我らの前に出ようと思わぬようにお前を叩き潰させて貰う。我らには時間がないからな」

 

「構いません。勝つのは、私ですから」

 

 フェイトはここでの戦いはあくまでも手段。目的は守護騎士を捕らえて話を聞くことだ。

 たとえ勝つ可能性が低くても、負けるつもりでここに居る訳じゃない。

 

「私は、フェイト・テスタロッサです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフはザフィーラとの戦いで最も劣勢だった。

 フェイトとなのはと違い新しい武器もなく、精々数日訓練した程度。

 前回との力の差が殆んど埋まってないのだ。

 それでも彼女は根性────要するに精神論だけで食らい付いている状況だ。

 

「アンタもさぁ! 誰かの使い魔なんだろ! ご主人様の間違いを正さなくて良いのかいっ!!」

 

 激しく拳打をぶつけながら問いかける。

 一度距離を取ると、ザフィーラは口を開いた。

 

「我らの行動を主は存じていない。全ては我らの独断であり、責だ」

 

「そりゃ、どういう……」

 

 彩那は守護騎士達は主の命令で動くと言っていた。

 しかしザフィーラは自分達の意思で動いていると言う。

 

「それが間違っていたとしても、主の為に行動する。お前とてそうではないのか?」

 

「耳が痛いね……」

 

 アルフもジュエルシード事件の時にどこか間違っていると自覚しつつフェイトの為にと付き従った。

 

(だからって手加減するつもりはないけどね)

 

 主の為にと共感は出来てもそれが手を抜く理由にはならない。

 そんな余裕もない。

 

(今はコイツらをブッ飛ばして捕まえてから事情を吐かせればいい!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 仮面の男に対して彩那は猛攻を続けていた。

 なのはとフェイトが現れ、目の前の乱入者の登場にキレていた。

 しかしその動きはむしろ先程より鋭く洗練されたモノだった。

 この世界に戻ってから今日まで、ぬるま湯に浸かるような心地よい日々。

 だからどこかでなのは達に合わせていた感は拭えない。

 プレシア・テスタロッサ。そして守護騎士との戦いですら殺人に対する躊躇いが有った。

 しかし今は、頭が完全に戦争時代の人を殺す意識に切り換わっている。

 首を狙って霊剣を振るう。

 勿論相手も攻撃を簡単には喰らわない。

 だから彩那は、盤上のマスを1つずつ潰すように仮面の男の動きを制限させる。

 横薙ぎに振るった剣をしゃがみ回避すると彩那は仮面の男に膝蹴りを叩き込む。

 

「つっ!?」

 

「魔剣の災禍を」

 

 距離が出来ると霊剣を突き立てて魔剣に切り替えると砲撃魔法を撃つ。

 しかし回避されたらしく、煙に遮られた一瞬で横に回られ、蹴り飛ばされる。

 建物のガラスに体が突っ込んだ。

 地に足を付けると同時に割れた硝子に魔力を込めて浮遊させる。

 

「行け」

 

 無数の硝子の破片が仮面の男に襲いかかった。

 

「こんな物でっ!」

 

 仮面の男は飛んでくる硝子の破片を拳打や蹴りで粉砕して防ぐ。

 飛んでくる硝子に紛れる形で忍ばせた魔力の針が飛び出し、脇腹に突き刺さる。

 

「くっ!?」

 

 小さく苦痛の声が漏れた。

 

「ハッ!」

 

 その隙に接近した彩那が魔剣で敵の左側の二の腕を斬り付ける。

 斬った腕から鮮血が飛んだ。

 

「貴様っ!」

 

 斬られた腕を押さえる仮面の男。

 彩那が剣を構えると同時に結界の強い光が発生し、収まった頃には守護騎士も仮面の男もその場を撤退していた。

 

「結局は振り出しな訳ね……」

 

 彩那は突き刺していた霊剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディの部屋でなのはとフェイトは居心地が悪そうに座っていた。

 

「……起動実験すらしてないデバイスを実戦投入。あの派手な登場といい、随分と命知らずなことをしたわね、2人共」

 

「にゃはは……」

 

「ゴメンね……アヤナ」

 

 別段怒られている訳ではないのだが、彩那からの視線が痛い。

 流石に無いだろうが、最悪デバイスが起動せずに地面に大激突もあり得たのだ。彩那の視線が冷たくなるのも致し方ない。

 そこでクロノが溜め息を吐いて3人の会話に割って入る。

 

「というかな。君も怒られる側なんだぞ? まだ腕が治ってないのに守護騎士達と独断で戦闘をするなんて、無茶も良いところだ」

 

 結界内に居た彩那は独断で動いたがクロノ達が間に合わなければ袋叩きの状況だ。

 

「君が騎士達と因縁が有るのは分かったが。もう少し周りを頼ってくれ。こっちの心臓に悪い」

 

「……以後気を付けます」

 

 クロノの言葉にやはり言葉だけで返す彩那。

 そこでリンディが手を叩く。

 

「反省はここまでにしましょう。エイミィ。守護騎士や仮面の男の追跡は?」

 

「すみません、艦長。両方とも撒かれちゃったみたいです。特に仮面の男性の方はいつ結界に入ったのかも……こんなことあるかなぁ?」

 

 気落ちした様子を見せるエイミィ。

 結界を張った守護騎士はともかく、乱入者である仮面の男の足跡も逃がしたのは痛かった。

 

「それにしても。シグナムと戦って思いましたけど、自分の意思で蒐集をしているみたいでした」

 

「うん。ヴィータちゃんも、誰かの言いなりって感じじゃなかったよ」

 

 彩那が言った、守護騎士達は主の命令に従って動くという話。

 しかし、なのは達には守護騎士がただ主の命令に従っているようには見えなかった。

 アルフもザフィーラとの会話を思い出す。

 

「アイツも言ってたよ。蒐集に関しては主は知らないって」

 

「本当か!?」

 

「あぁ、責は自分達に有るってね」

 

 クロノの確認にアルフは頷く。

 そこで黙って聞いていた彩那が口を開く。

 

「主の意思で有ろうと無かろうと、蒐集なんて手段を用いる道具です。完成したところでロクな事にはならないでしょうね」

 

「それなんだが、僕達は闇の書についてあまりにも知らなさ過ぎる。だからユーノ。君は無限書庫に行って情報を集めて欲しい」

 

「無限書庫?」

 

 クロノの頼みになのはが首を傾げるとユーノが説明する

 

「無限書庫っていうのは、本局にある巨大なデータベースだよ。管理局創設より遥か前の情報も眠ってる図書館。ただ、あまりにも膨大な情報量にその殆んどが未整理の状態だけど」

 

「そこから闇の書の情報を探し当てるのは容易じゃない。頼めるか」

 

「うん。そういうのは得意だし。今僕が役に立てるのはそれだと思うしね」

 

 ユーノがクロノの頼みを了承し、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スクライア君」

 

 2人っきりになり、彩那がユーノに話しかけて振り返る。

 彩那からユーノに話しかけるのは珍しい。

 

「頼みたいことがあるのだけど、良いかしら?」

 

「珍しいね、彩那が頼みなんて」

 

 ジュエルシード事件の時から何かとお世話になっている彩那の頼みに純粋な興味を抱くユーノ。

 

「その無限書庫という場所はそんなにも膨大な情報があるの?」

 

「うん。あそこで調べて情報が出ないなら、他で探しても見つからないんじゃないかなってくらい。もちろん情報が膨大過ぎて見つからない場合もあるけど。なにか調べて欲しいことでもあるの」

 

「えぇ。勿論闇の書の片手間で構わないのだけど……」

 

 彩那は申し訳なさそうに頼み事を口にする。

 

「ホーランド式。その発祥であるホーランド王国と国が存在した世界について。出来る限り調べて欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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消える勇者

「酷い……」

 

 ベルカ・ヒンメル王国の首都へ侵攻したホーランド軍。

 街の惨状を見て璃里が呟いた。

 誰もが疲れた顔で痩せこけ、ボロ布を身に纏っている。

 

「投降したベルカの兵から街の現状は聞いていたけど……」

 

 冬美も苦い表情で辺りを見回す。

 街の住民は不安半分期待半分と言った様子で進行するホーランド軍を見ていた。

 街の門を開けたのはここの民衆であり、もうどれだけこの国の為政者は民から見放されているのか解る。

 そこで渚が念話で話しかける。

 

『んじゃ、ボクと彩那は城に行くから、冬美と璃里は外からの見張りとここの人達の対応よろしく!』

 

『うん。ヴォルケンリッターには気を付けて』

 

『彩那。どうせ渚がいつも通りバカをやらかすだろうから、出来る限り制御しなさい。それが貴女の仕事よ』

 

『分かってる』

 

『……2人共酷いこと言ってる』

 

『あはは……』

 

 話を終えると彩那が続く兵に命令を出した。

 

「第二、第三部隊は私達に付いてきてください! 城へ向かいます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城門を前にする彩那達。

 人が空を飛べるこの世界では、城を囲う門と空中には見えないバリアが展開されている。

 バリアを破壊することも出来るが、労力が大変な上に目立つので空から攻めるのは論外だ。

 

「どうする? 正面は第二部隊に任せて、第三部隊を分けて左右から攻める?」

 

 正面は勿論多くの兵を割いているだろう。

 引き付けて貰って、左右から王族の確保が最も被害が少ないと考える彩那。

 

 その考えを渚が否定する。

 

「いやいや。もうどう見ても敗北確定なんだから、ちょっと脅して降伏勧告しようよ。きっと皆白旗挙げるって」

 

「え? 渚ちゃん!」

 

 渚の考えに彩那は勿論のこと、後ろの兵もそんな馬鹿な、と言わんばかりの顔になる。

 鼻唄を唄いながら門の前に立つと霊剣を振るって城門を斬り裂く。

 

「えい!」

 

 斬った門を蹴り倒すと、舞い上がる砂塵。

 

「者共ぉ! 出会え出会えぇい!」

 

「渚ちゃん。それ違う」

 

 砂塵が晴れると庭園には40程の魔導師が待ち構えていた。

 殺気立っているベルカ兵を前に渚が努めて軽い口調で話しかけた。

 

「みなさ~ん! もう勝ち目も在りませんよー! 大人しく投降しませんかー? そっちの安全は保証しますよー!」

 

「あーもうっ!!」

 

 渚の勧告に相手は攻撃を返し、彩那が渚の前に出てシールドを張った。

 

「いつもいつも思いつきと勢いで行動して!」

 

「ごめんごめん。流石に降伏すると思ったんだけどなぁ……」

 

 頬を掻いて誤魔化す渚。

 今更簡単に降伏するならこんなところに残ってないのだ。

 

「左お願い!」

 

「任された!」

 

 射撃が薄くなった一瞬を狙って渚が彩那のシールドから飛び出す。

 

「勇者斬りぃっ!」

 

 Vの字に霊剣を振るって相手の腕を斬り、戦闘不能にさせる。

 彩那も敵兵を殺害した。

 

「私達は城の中で王族を押さえます!」

 

「皆はこの場をよろしくねー!」

 

 それだけ言ってこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の内部に突入すると、やはり敵兵は必死な抵抗を見せる。

 しかし彩那は違和感を覚えていた。

 

(守護騎士達が現れない?)

 

 そろそろ、いや庭園の時に現れても良い筈だが、未だにこの国の最高戦力である筈のヴォルケンリッターが現れない事を不思議に思う。

 もう、王の間に到着しそうなのに。

 

「ここだね」

 

 渚が玉座に扉を眺める。

 

「ようやく、この国との争いも終わる。それが終われば、帝国との本格的な戦いで」

 

「それを終えて、ボク達の世界に帰れる」

 

 お互いが頷き合い、扉を開いた。

 中の部屋には成人するかしないかくらいの男性が1人玉座に座っていた。

 その容姿から、相手を確認する為に1歩前に出る渚。

 

「貴方が、ラインハルト王子?」

 

「そうとも。私がこの国の第一王子のラインハルトだ」

 

 疲労した顔の王子に彩那は質問を続ける。

 

「ヴォルケンリッターはどうしました」

 

「役に立たない騎士なぞ不要。既に首を刎ねてやったわ。さぁ、終わりにしようか」

 

 ヴォルケンリッターの首を刎ねたという言葉に驚いていると、ラインハルトの槍からカートリッジシステムの薬莢が吐き出される。

 増強した魔力を使っての突進。

 その勢いのままに彩那を弾き飛ばした。

 

「彩那っ!?」

 

 心配する一瞬にラインハルトは渚に向けて槍を振るった。

 

「こ、のぉっ!」

 

 1撃目は避け、2撃目を受け流す。

 渚はラインハルトとの剣激を演じながら苛立ちをぶつける。

 

「いい加減降参しなよ! これ以上意地だけで暴れても、心象悪くするだけだよ!」

 

「そうしたい気持ちもあるが、生憎と私にも退けない理由が有ってな!」

 

 カートリッジを3つリロードし、攻撃に転ずる。

 渚は敢えて力まず、態と弾き飛ばされた。

 壁に着地した渚は膝のバネを利用してラインハルトまで真っ直ぐに跳ぶ。

 

「ハァッ!」

 

 高速で突っ込んでくる渚にラインハルトは槍で防ごうとするも、渚は槍の長柄を斬る。

 ラインハルトを通り過ぎて着地した渚。

 破壊された柄を捨ててラインハルト短くなった得物を逆手に持って渾身の力を込める。

 

「しつこい、なぁっ!」

 

 霊剣で防御した渚は力比べを演じるが付き合う気はなく蹴り飛ばそうとする。そこでラインハルトの背後に近づいた彩那の剣が迫る。

 彩那が振るった聖剣がラインハルトの首を通過し、血飛沫と共に宙を舞う。

 

「渚ちゃん大丈夫!」

 

「あ、うん。彩那、助かったよ」

 

 倒れたラインハルトの遺体を抱き止めて彩那に礼を言う。

 遺体を床に置いて立ち上がると彩那が呟く。

 

「強かったね……」

 

「そうだけど。それ以上に、何か、鬼気迫るモノがあった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が住んでいない無人世界と呼ばれる世界で彩那は空に浮かびながら雲を眺めていた。

 バリアジャケットに該当する勇者服を纏い、手には霊剣を持って腕を垂らしている。

 少し離れた位置にいるフェイトは真剣な表情で新型のバルディッシュを手にしている。

 ようやく彩那の左腕が完治し、以前約束した模擬戦の約束が叶う形となった。

 地球からリンディとエイミィがモニターしており、なのはとアルフは現地に居る。

 クロノとユーノは闇の書の情報を探す為に2日前に無限書庫の在る本局だ。

 クロノが居たらこの状況で模擬戦なんてと苦い顔をしそうなので、都合が良かったとも言える。

 

『それじゃあ、2人共、準備は良い?』

 

「いつでもどうぞ」

 

 エイミィの問いに単調な言葉で返す彩那。

 しかし、フェイトの方で待ったがかかる。

 

「ちょっと待って。アヤナ、包帯外さないの?」

 

 いつも通り顔に包帯を巻いている彩那にフェイトが問いかける。

 リミッターがかかった状態では本気で、という約束に反する事となる。

 

「別に包帯(これ)を取ったからって劇的に強くなる訳でなし。それにね、全力っていうのは出して貰うモノじゃなくて出させるモノよ。手加減されてると思うなら、外させて見せなさい」

 

 挑発とも取れる彩那の発言にフェイトはムッとする。

 侮られている。

 そう感じたフェイトはバルディッシュを握り締めた。

 再度エイミィからの合図がかかる。

 

『模擬戦、始めるよ! よーい、スタート!』

 

 模擬戦が始まると同時にフェイトが高速で動いて彩那に接近した。

 バルディッシュを振り下ろす。

 体を横にズラして避け、追いかけるように横薙ぎに振るうバルディッシュが勢いづく前に足で押さえる彩那。

 身動きが取れなくなった一瞬に霊剣の峰打ちで肩を打つ。

 

「うぐっ!」

 

 痛みで呻くと彩那が下がって距離を取る。

 それを追いかけてフェイトも攻撃を繰り出す。

 

「バウンドシールド」

 

 バルディッシュと彩那のシールドがぶつかり、1秒後にフェイトが弾かれる。

 

「なら!」

 

 姿勢を直したフェイトがバルディッシュのカートリッジを1つ消費し、魔力の刃を出す大鎌の形態に変化させる。

 これならバウンドシールドで弾かれる心配はないと見越して。

 

「ランサー!」

 

 雷の槍も左右に展開して3方向から接近する。

 先ずは先行する2本の槍を回避する彩那。

 態と避けさせて彩那の動きを制限し、近づくフェイト。

 その大鎌が振るわれようとする瞬間に彩那は手にしていた霊剣を上へと投げ、両の手の平にシールドを展開すると、バルディッシュの魔力刃を挟み込んだ。

 

「えぇっ!?」

 

 あまりにも予想外の防御方法にフェイトが驚きの声を上げる。

 

「……バルディッシュみたいな大きな武器。それも手足の伸びきってないテスタロッサさんはどうしても大振りな動きが多くなる。至極読みやすいのよ」

 

 言うと、マントの裏側から誘導弾が飛び出してフェイトに直撃する。

 上に投げた霊剣をキャッチするが、明らかに隙だらけなフェイトを追撃してくる様子はない。

 その余裕に苛立ちが強くなる。

 

(でも、やっぱり強い!)

 

 防御と回避という点だけならシグナムよりも巧いと確信する。

 彼女のようなパワーは無いが、まるで飛んでいる布を叩いているようだった。

 

(なら────)

 

 フェイトは切り札を切る覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイト! そこだ! いけいけーっ!!」

 

 少し離れたところでフェイトを応援しているアルフになのはは苦笑いを浮かべている。

 なのはからすれば、どっちにも勝って欲しいし、どっちにも負けて欲しくないと言ったところだ。

 そんな結果はあり得ないとは理解しているが。

 

「それにしてもアヤナの奴、完全にフェイトをナメてかかってるね! ムカツクったらないよ!」

 

 アルフが不満なのはそこだった。

 彩那は先程から対して攻撃せずにフェイトの攻撃を受け流す事が大半だ。

 その手加減がご主人様を馬鹿にされていると感じているのだ。

 

「別に彩那ちゃんはフェイトちゃんを下に見てる訳じゃないと思いますよ?」

 

 手加減しているのは間違いないが、馬鹿にしているとかでは無いだろう。

 

「でも、ちょっとはアヤナの鼻を明かしてやりたいじゃないか。もう少し、こっちを頼ってくれても良いんだし」

 

 確かに、どうにも彩那は過保護なところがあると思う。

 

「うん。それには賛成、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の模擬戦はフェイトが仕掛けるも全て彩那に受け流されていた。

 

「ハーケンセイバー!」

 

 振るったバルディッシュから三日月状の刃が高速回転しながら接近してくる。

 同時にフェイトは彩那の背後に回り、別の魔法を使う。

 

「プラズマスマッシャー!」

 

 雷の砲撃が彩那に向かって放たれる。

 急上昇して回避すると迎え撃つ形でフェイトが待っていた。

 フェイトの攻撃を防いで鍔ぜり合いになる。

 そこでフェイトが話しかけてきた。

 

「もしかしてアヤナ、母さんの事をまだ気にしてる?」

 

「……そうね。気にしてないと言えば嘘になるわ」

 

 目の前の少女の母親を奪った。

 フェイトにとってプレシアが良き母だったのかは知らないが、彼女なりの愛情が有ったのは知っている。

 だからプレシアを殺した自分は怨まれて然るべきとは思っていた。

 鍔ぜり合いを解くも、2人は目まぐるしく移動しながら交差し、ぶつかり合う。

 

「テスタロッサさん。貴女こそ、その件で私に言いたい事が有るんじゃないの!?」

 

 彩那がフェイトを剣で弾き飛ばすと動きが止まった。

 フェイトは静かに自分の想いを話し始める。

 

「確かに、母さんの事でアヤナに思うところが無いかって訊かれたら、まったく無いとは言わないよ。ううん。もしかしたら、事件の後はアヤナを憎んでいたのかもしれない」

 

「当然の感情ね」

 

 大切な人を殺されたのだ。その人が善人悪人かはともかくとして、大切という理由だけで憎悪する理由になる。

 フェイト自身、しばらくは渦巻く負の感情をコントロール出来ずに苦しんだ。

 

「だけど、リンディ提督やクロノにエイミィ。アースラの皆。ずっと傍に居てくれたアルフ。それに、ビデオレターでやり取りしてたなのは。たくさんの人に支えて貰ったから、こうしてアヤナと向き合える」

 

 もしもただの次元犯罪者として過ごしていたなら、フェイトの憎しみの矛先は彩那に向いていたかもしれない。

 だけど、皆がフェイトの心の癒してくれた。

 優しくしてくれて、諭してもくれた。

 

「それに、海鳴に住んで、なのはと同じ学校に通って、アリサやすずか。他にも友達が出来て。あの事件で母さんがやろうとしたことのせいで皆が居なくなってたかもしれないと思ったら物凄く怖くなったんだ」

 

 アリサやすずか。なのはの家族や彩那の両親。クラスメイトの皆や街の人達。

 自分の母があの人達を消滅()し去る寸前だったと理解して震えた。

 

「だからあの時、母さんを止めてくれたアヤナには感謝してる。母さんにそんな罪を背負わせなかった事を。私は、母さんを止めることが出来なかったから」

 

 勿論、殺人という方法には反対だし、痼が無いと言えば嘘になる。

 だけど────。

 

「あの時、母さんから私とアルフを守ってくれて、ありがとう」

 

 プレシア攻撃からフェイトとアルフを守ってくれた事への感謝を述べた。

 お礼を言われた彩那は複雑そうな顔をしていたが。

 

「母さんの事はこれでおしまい。次はアヤナの事だよ」

 

「私の?」

 

 フェイトの言葉が理解出来ない彩那。

 

「私もなのはも、アヤナの事を知りたいし、知って欲しいって思ってる。だから教えて欲しいんだ、アヤナの事」

 

「……別に、話す事なんて……」

 

 自分の過去。

 勇者として戦争をしていた頃の事を話すのは辛い。

 失った親友達を強く思い出すし、何より。

 

(怖いのね、私は……)

 

 過去の自分を知られてなのはやフェイト達との関係が完全に断たれるかもしれないのが怖いのだ。

 地球に戻ってから執着するモノは無いと思っていたが、失いたくないモノは有ったらしい。

 

「きっと簡単に教えてくれない事は分かるよ。だから先ずはアヤナに認めて貰う事から始めるんだ」

 

 これはある意味、なのはがフェイトにしてくれた事だ。

 あの時とは状況も関係も違うが、それでも認めて貰う為に行動してるのは一緒だと思う。

 そこでフェイトのバリアジャケットが変化する。

 マントが消え、バリアジャケットの形も若干変わっている。

 ソニックフォーム。

 防御を捨ててスピードに特化させたフェイトの新しい形態(ちから)

 

「行くよ、アヤナ」

 

 宣言と同時にフェイトが動く。

 速度に特化したフェイトのスピードは先程の比ではない。

 彩那も意識を防御に全振りしているくらいだ。

 何度も向かっては衝突し、離れていくフェイト。

 しかしそのヒット&アウェイの戦いも1撃の度に彩那は対応力を上げていく。

 

(スピードに慣れられたら負ける! すぐに決着をつけないとっ!)

 

 フェイトは最大速度で彩那に向かって突っ込んだ

 

「ハァアアアアアアッ!!」

 

 相手の気合いに迎え撃つ形で彩那は霊剣を構える。

 交差する2人。

 

「あうっ!?」

 

 振り切れずカウンターを喰らった脇腹を押さえるフェイト。

 彩那の方は────。

 パサリと左頬の包帯が斬られて垂れる。

 

「はぁ……まさか1撃貰うとは思わなかったわ……」

 

 溜め息と共に自分の失態を恥じると、リンディから通信が入る。

 

『2人共、模擬戦はそこまでにしましょう』

 

 時間的にも丁度良いし、フェイトが既にかなり消耗している。

 

「はい……」

 

 少しだけ残念そうな顔をするフェイト。

 するとなのはとアルフが近付いてきた。

 

「フェイトちゃん! スゴくかっこ良かったよ!」

 

「なのは。ありがとう」

 

 手を合わせてはしゃぐなのはと照れているフェイト。

 それを見た彩那は少し前にアリサが言っていた事を思い出す。

 

(すぐに2人でイチャついて困るって愚痴ってたけど。なるほど)

 

「彩那ちゃんも、やっぱり強いね!」

 

「おまけみたいな扱いね」

 

「そんな事ないよー?」

 

 まぁ、今回はフェイトの姿がより印象に残ったのだろう。

 そこでエイミィから帰ってくるように指示が入る。

 

『みんなー、早く帰って来て! お菓子とお茶を用意して待ってるから』

 

 エイミィの言葉にはーい! という返事が返って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディ達が各世界で蒐集を行う守護騎士を追うも、彼女達は管理局との接触を避ける為にこれまでよりも遠い世界に現れる事が多くなり、中々に足取りが追えないでいた。

 仮面の男の方はあれから現れる様子もない。

 闇の書の頁が埋まっていく中で時間だけが過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八神さんが入院、ですか……」

 

 帰りのHRを終えて下校しようとすると、別クラスの担任に呼び止められる彩那。

 そこで初めて八神はやてが倒れて入院したことを知る。

 以前から車椅子ではあるものの、休学する程ではないのではないかと思っていたが、想像以上に身体の調子が悪いらしい。

 

「それでね、良かったらなんだけど、近々八神さんのお見舞いに行ってくれないかな? 2人共、仲良いでしょう?」

 

「まぁ、比較的には……」

 

 学校内で孤立している彩那が話すのがたまに学校へやって来るはやてくらいだ。

 だけど友達かと言われれば首を傾げるところでもある。

 しかしはやての事が気になるのも事実だ。様子を見に行くくらいは良いだろう。

 

「分かりました。一度お見舞いに行ってみます。病院は海鳴総合病院ですか?」

 

「えぇ。そうなの。1人でも行ける?」

 

 地球に戻って世話になった病院だ。

 

「はい。大丈夫です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院に行く前に翠屋へ寄る。

 店内に入ると学校帰りの高校生や大学生。そして何人かの常連が居てそこそこに忙しそうだ。

 彩那に気付いた美由希が近付いてきた。

 

「あれ? 彩那ちゃん? なのはならこっちに来てないよ?」

 

「いえ。今日は高町さんに用じゃなくて……」

 

 仲の良い同級生が入院したのでお見舞いの手土産にここのお菓子を買いに来た事を説明する。

 

「そっかそっか。ちょっと待ってて。おかーさーん、カスタードのシュークリーム2つ、お持ち帰りでー!」

 

 笑顔で注文を取り、厨房へと知らせに行く美由希。

 数分後にはシュークリームが2つ入った箱を渡された。

 

「そのお友達、早く良くなるといいね」

 

「はい。本当に」

 

 注文した品を美由希から受け取って彩那はそう返した。

 八神はやては善い子だと思うし、元気になって欲しいと彩那も思う。

 彩那は病院までの移動時間と面会時間を頭の中でシミュレートしながら翠屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海鳴市に住む小学生の綾瀬彩那ちゃん(9歳)が今日の夕方4時以降の行方が掴めなくなりました。彩那ちゃんが購入したと思われるシュークリームがバス停付近に落ちており、警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が有るとして捜索を────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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聖夜(クリスマス)

どうでも良いですが、自分の中で綾瀬彩那の声のイメージは桑島法子さん。


「第二王子が逃げたぁ!?」

 

「えぇ。生きてる連中に吐かせたけど、守護騎士達と一緒に私らが首都に来る前にラインハルト王子が逃がしたらしいわ。脱出用の抜け道ももう見つけてある」

 

 尋問をした冬美が言うと、渚がボリボリと頭を掻く。

 

「でも、王子って言っても確か10歳になるかどうかの子供でしょ? ほっとけば良いんじゃ────」

 

「ならんっ!!」

 

 会話に入ってきた人物を見て渚はあからさまに嫌そうな顔をする。

 玉座の間に現れたのは、4人の勇者を喚び寄せたホーランド王国の国王だった。

 

「普段は王女様に仕事押し付けて城の中で守られてるだけのくせに何で今になってやってくるかなぁ」

 

「なにか言ったか?」

 

「いーえー。べっつにー?」

 

 睨みを利かせるホーランド王に渚は適当な返事で返した。

 この王様、根っからの悪人という訳ではないのだが、基本臆病なくせに自尊心はそこそこ高く、ある程度のズル賢さも備えている。

 娘のティファナからは平時ならともかく、戦時では働かない無能1歩手前の人、という評価を得ていた。

 

「第二王子を逃がせば、必ずや後の世に(わざわい)となるだろう! 闇の書の騎士共々、捕らえろ! いや、殺しても構わん!!」

 

「要するに第二王子を御輿にして反乱されるのが恐いから対処しろってことね」

 

「冬美わっかりやすーい!」

 

 ケラケラと笑う渚に王様が血管を浮かせて五月蝿い! と唾を飛ばす。

 

理解(わか)っているのか! もしも余に逆らえば、貴様らを故郷に帰す約束を反故にしても良いのだぞ!」

 

「あん?」

 

 感情的に当たり散らす王様に渚が睨みを利かせるとぐっと黙る。

 この戦争を終わらせれば、勇者を元の世界に帰す。

 そういう約束で勇者はこれまで戦ってきたのだ。

 勇者は今、ホーランド王国と連合軍の最大戦力と言っても良い。

 彼女達の神経を不用意に逆撫ですれば、それこそ離反され兼ねない。

 彩那が仕方ないとばかりに話す。

 

「そちらの命令には従う約束ですしね。でもそれなりに時間も経ってますし、私達だけでの捜索は無理です。第一から第三部隊は疲弊してますし、第四部隊をお借りしても?」

 

「勝手にせい!」

 

「んじゃ、行きますかぁ……」

 

 やる気の感じられない猫背で歩く渚を先頭に城の抜け道に移動する勇者達。

 それを見ながら国王は吐き捨てるように呟く。

 

「生贄風情が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァ!」

 

 ヴィータがデバイスである槌で敵兵の頭を潰すと舌打ちした。

 

「城はくれてやったんだ! こっちは見逃せってんだよ!」

 

 ホーランド軍からのしつこい追跡にヴィータが苛立ちを隠せずにいる。

 本来なら転移で近くの世界に移動すべきだが、身体の弱いウィル王子はそれに耐えられない。

 何より近くに人間が住んでる世界が無いのだ。

 だから守護騎士達は主を抱えて森に隠れながら逃走していた。

 カートリッジの弾丸は既に尽きている。

 このままでの長期戦は不利だった。

 シャマルに抱えられているウィルが問いかける。

 

「あの、兄様達は……」

 

 不安そうな主にシャマルが笑顔で答えた。

 

「大丈夫です! 後から追い付いてきますよ!」

 

「あの人はアタシら認めるくらい強ぇんだ! 心配すんな!」

 

「うん……」

 

 最初は素っ気なかったヴィータも、この2年で主に対して大分表情が柔らかくなった。

 今もこうしてウィルに気を遣っている。

 以前なら黙して敵を倒すことだけに集中していただろう。

 しかしウィルの表情は晴れない。

 何も知らない子。だけど頭が悪い訳ではない。

 この状況から自分達の状況を察しているのかもしれない。

 すると、森を駆ける守護騎士を囲うように魔力の鎖が伸びる。

 

「これは……」

 

 ザフィーラが険しい表情をする。

 止まった一瞬でシグナム達の前に渚と彩那。

 後ろには冬美と璃里が立っている。

 主を守る為に戦闘態勢に入るヴォルケンリッター

 渚が首を撫でながら逃げる5人を見る。

 本心から残念だと言うように哀れみの眼で。

 

「もっと遠くに逃げてくれてれば良かったのに」

 

 この2年間の因縁に終止符を打つ為に剣を構える。

 

「これで最後だね。決着、つけようか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディが借りている部屋のインターフォンが鳴ったのは、夕食を終えた時間だった。

 インターフォンの映像を見ると、そこには顔色の良くない女性。

 綾瀬彩那の母である綾瀬聡子だった。

 リンディはその尋常でない聡子の様子に早歩きでドアを開けた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、あの。ウチの子が、彩那がそちらにお邪魔してませんか?」

 

 時間は既に7時を回っており、こっちに居るなら連絡くらいは入れる。

 聡子は焦った様子で続ける。

 

「今日、病院にお見舞いに……でも来てないって……携帯も繋がらなくって……」

 

 不安で震えながら説明しようとする聡子。

 リンディも表情を曇らせつつ問いかける。

 

「警察には?」

 

「はい。夫が先程……すぐに動いてくれると……」

 

 まだ心配するような時間では無いが、彩那は過去に行方不明だった事もあり、警察は事態を重く見てくれた。

 動揺したままに聡子が呟く。

 

「あの子がまた……本当に居なくなったら……私は……」

 

 愛娘が居なくなる事に怯える聡子の肩をリンディが手を乗せる。

 

「彩那さんの捜索は此方も協力します。なのはさんの家には私から訊いてみますので」

 

「はい。ありがとうございます……」

 

 気を落としたまま聡子は娘を案じて震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。確かにその時間にうちの店にやって来ましたが……」

 

 やって来た警察に士郎が対応している。

 一通り聞き込みを終えるとなのはが奥からやって来る。

 

「お父さん?」

 

 険しい表情の父になのはが不安そうに見上げていると、士郎が口を開く。

 

「彩那ちゃんがまだ家に帰って来てないらしい。携帯での連絡も取れてないそうだ。なのは、彩那ちゃんには今日会ったか?」

 

「ううん。今日は会ってないよ」

 

 学校が違うという事もあり、今日は会ってないし連絡も取ってない。

 なのははすぐに念話を彩那に繋ぐ。

 

(念話が繋がらない! どうして!?)

 

 送っても送っても彩那に繋がる様子がなく、レイジングハートが話しかけてくる。

 

『どうやら、相手は魔力を遮断されている模様です』

 

 レイジングハートの報告になのはは顔を青くする。

 魔力が遮断されている。つもり魔法関係の何かに巻き込まれた可能性が高いということだ。

 なのはにとって綾瀬彩那は誰にも負けない少女だと思っていた。

 その彼女が行方不明というのはなのはに強い衝撃を与える。

 

「明日からの登下校はフェイトちゃんと一緒に俺が車で送ろう。何か遭ったら大変だからな」

 

「う、うん……」

 

 士郎の提案になのはは頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神はやてがそのニュースを見たのは自販機で飲み物を購入している途中だった。

 病院のテレビに映されたニュースに聞き覚えのある名前が読み上げられる。

 

『海鳴市に住む小学生の綾瀬彩那ちゃん(9歳)が今日の夕方4時以降の行方が掴めなくなりました。彩那ちゃんが購入したと思われるシュークリームがバス停付近に落ちており、警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が有るとして捜索を────』

 

「綾瀬さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

「でも、やっぱり無限書庫は凄いね。探せばちゃんと情報が出てくる」

 

 僅か数日で幾つか闇の書に関する情報を発掘したユーノにリーゼロッテは驚きの声を出す。

 

「アタシとしちゃあ、この短期間に目的の情報を見つけ出すアンタに驚いてんだけど」

 

「それで、現状分かってる事は?」

 

 先を促すクロノにユーノは頷いて報告する。

 

「先ず、闇の書は本来の名前じゃない。本来の名前は夜天の魔導書。魔法研究の為に作られた魔導書みたいだ。ただ、いつの時代からかは分からないけど、魔導書のプログラムに改竄が加えられている。最悪なのは、蒐集を行わなければ主の身体に負荷をかけて蒐集を強要するのと、集めた魔力を暴走にしか使えない点だ。そして闇の書が覚醒したら、主は助からない」

 

 得た情報を簡潔に纏めて報告するユーノにクロノは難しい顔で腕を組む。

 

「対処に関する情報は?」

 

「ゴメン、それはまだ。せめてプログラムが改竄されるきっかけになった事件や犯人。もしくはオリジナルの夜天の魔導書のプログラムが出てこないと……」

 

「そうか。引き続き調査を頼む」

 

「うん。分かった」

 

 そこからユーノはまた調査を再開する。

 するとロッテが場から離れた。

 

「じゃ、アタシは野暮用が有るから、アリアと交代するね。頑張んなよ」

 

「あぁ。分かってる」

 

 出ていこうとするロッテの背中をクロノは居なくなった後も目で追い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(しくじったわね。情けない……)

 

 彩那は何処か知らない部屋に監禁されていた。

 

(まさか、仮面の男が3人がかりで襲ってくるなんて)

 

 バスに乗ろうとバス停まで歩いている途中で突然結界の中に閉じ込められ、そのまま3人がかりの仮面の男を相手にして1分足らずで拘束されてしまった。

 首には機械の首輪が填められており、完全にリンカーコアを封じられている。

 彼女のデバイスの入ったポーチも取り上げられてしまった。

 壁を背にして床に楽な姿勢で座り悩んでいると、部屋の扉が開く。

 現れたのはグレアムの使い魔であるリーゼロッテだ。

 彼女が仮面の男の1人という事は、そういう事なのだろう。

 ロッテは部屋の机を見るとあからさまに不機嫌な顔になる。

 

「朝食、食べとけって言っただろう」

 

「誘拐犯が出した物を食べられる程、肝が据わってないので」

 

 ロッテの言葉に彩那は目を閉じて返す。

 ここに連れて来られて以降、彩那は一切何も口にしていない。

 

「変なモンは入っちゃいないさ。こっちは目的を達成するまでここで大人しくしてて欲しいだけなんだから。食べ物を粗末にするんじゃない」

 

「そういえば、誰かさん達にシュークリームを台無しにされましたね」

 

 はやての為に購入したシュークリームは襲われた際に箱ごと潰されてしまった。

 彩那の言葉にロッテは舌打ちをする。

 

「ああ言えばこう言う」

 

 生意気な彩那にロッテは手を焼いていた。

 眉間にしわを寄せていると、彩那が質問する。

 

「私の剣は?」

 

「……こっちで大事に預からせて貰ってるよ」

 

「そうですか。丁重に扱ってくださいね。もしも粗雑に扱って壊したら、大人しくしていられる自信が無いので」

 

 4本の剣は彩那にとって文字通り自分の命より大事な形見だ。

 もしも既に破壊されていたら、正気でいられる自信がない。

 魔法が使えなかろうが、発狂して暴れだすかもしれない。

 彩那の言葉をどう受け取ったのか、ロッテは溜め息を吐く。

 

「安心しな。全部終わったらちゃんと返してやるさ」

 

「それはそれは」

 

 その全部が何を指しているのかは知らないが、早く来るのを祈るばかりだ。

 冷めた朝食を回収して部屋を去ろうとするロッテに彩那がこれまで考えていた推論を口にする。

 

「闇の書の主は、八神はやてさんですか?」

 

 背を向けたまま、ロッテの肩がビクッと動いた。

 あのタイミングで彩那が襲われた理由。

 守護騎士達がこの世界を移動しない理由。

 その他諸々を考えて辿り着いた結論だった。

 

「……そうですか」

 

 ロッテの反応から察した彩那は目を閉じる。

 どうして嫌な考えというのはこうも外れ難いのか。

 

「……昼に次の食事を持ってくる。今度はちゃんと食べなよ」

 

 そう言って部屋を去って行った。

 1人に戻ると目を開けて天井を見上げる。

 

「本当に、どうした物かしらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那が行方不明になる少し前に、月村すずかが以前から仲良くなった八神はやてという女の子が入院し、クリスマスにサプライズでお見舞いに行かないかという話があった。

 しかし、彩那が行方不明となった事でその話が流れそうになる。

 特に高町家の面々が難色を示したが、月村家の車で送り迎えする事を条件にそのお見舞いの許可が下りた。

 

 病院に着くとなのは、フェイト、アリサの3人は新しく友達になれるかもしれない女の子の存在に大きな期待を膨らませている。

 すずかが病室のドアをノックすると中からどうぞー、という声が聞こえてドアを開ける。

 

「はやてちゃん!」

 

「すずかちゃん! それに……」

 

 話に聞いていたすずかの友人達の登場にはやては驚いて瞬きする。

 中に入り、3人が自己紹介するとはやても自己紹介する。

 

「突然来ちゃってゴメンね」

 

「ううん! すごく嬉しいよぉ! 後でわたしの家族も来るから仲良うしてな」

 

「具合、どう?」

 

「退屈過ぎて別の意味で病気になりそうや」

 

 冗談を言うはやてに思ったより元気そうで安心するすずか。

 お見舞いの花束とクリスマスプレゼントを渡して和やかな雰囲気での会話が流れる。

 会話が一段落すると、突然はやての表情に陰りが出来る。

 

「どうしたの?」

 

「あ、うん。同じ学校の子が行方不明になってるニュースが有ってなぁ。比較的仲も良かったから、ふと心配になって……」

 

 はやての言葉に4人の目が点になる。

 この街で行方不明になった小学生など1人しか居ないからだ。

 アリサが確かめる意味で問いかける。

 

「もしかしてその子って、綾瀬彩那って子じゃない? いつも首から上を包帯でグルグル巻きにして死んだ魚みたいな眼をした」

 

「アリサ。最後のは説明としてどうかな?」

 

「え? だってそんな眼してるでしょ?」

 

 アリサにとって彩那の最も印象に残ったのはその眼だ。

 疲れきった光の無い眼。

 周りも否定できない様子で苦笑いで誤魔化す。

 

「えっと……みんなは綾瀬さんと知り合いなん?」

 

「うん。友達だよ」

 

 胸を張って言うなのは。

 

「はやてちゃんも彩那ちゃんと友達なの?」

 

「うーん。どうやろ? わたし、車椅子になって学校を休むようになって。でもたまに学校に顔出さなアカン日も有って。その時に話し相手になってくれるんよ」

 

 休学してから仲の良かった子達も段々とはやてをお客様扱いするようになり、疎遠になった。

 そんな中でも今年の2学期になってからちょっとしたきっかけで彩那と話すようになった事を説明する。

 

「ニュースで、綾瀬さんの携帯が見つかった言うてたし。やっぱり心配や」

 

「なら友達だ。だって居なくなってこんなに心配してるんだから」

 

 フェイトがそう断言するとはやてはそうかなぁと言いつつも嬉しそうに笑う。

 

「でも、やっぱり心配だよね」

 

「うん。綾瀬さん、行方が分からなくなるんは2回目やし……」

 

「え?」

 

 はやてが何気なく呟いた言葉に4人が小さく驚きの声を出す。

 それは大人達が敢えて子供達に教えなかった事件だ。

 

「2回目って、どういうこと?」

 

「あ、すずかちゃん達は知らんのやね。綾瀬さん、去年の夏休みから2学期の9月の半ばくらいまで行方不明だったんよ。仲の良い友達3人と一緒に」

 

「本当なの、それ?」

 

 なのは達は彩那の部屋に飾ってあった写真を思い出す。

 4人の女の子が仲睦まじく写っている写真。

 

「去年はわたし、綾瀬さん達と同じクラスやったんやけどな。いつも仲良さそうに一緒に居て。でも夏休みで行方が分からなくなって。それで帰って来たのは綾瀬さんだけやった。あの子が復学する頃にはわたしはもう休学しとったし、去年はあまりお喋りする間柄やなかったから」

 

「……」

 

 はやての説明に4人が息を呑む。

 彩那は連絡が取れないくらい遠くに行ったと言っていたが、なのは達は引っ越したのだろうと解釈していた。

 少し空気が重くなると、ノックの後にはやての家族が入ってきた。

 その人達を見て、なのはとフェイト。そしてはやての家族が固まる。

 初めに反応したのはヴィータだった。

 

「なんでお前らがここに……っ!?」

 

 噛みつかんばかりのヴィータにはやてが叱りつける。

 

「こら、ヴィータ! せっかく来てくれたのに、失礼な態度取ったらアカンやろ! あぁ、ごめんなぁ。普段はこんなことないんやけど」

 

 謝るはやてにヴィータが何か言おうとしたが、仲間に念話で止められたらしく、無言ではやての傍に寄る。

 その後は少しギクシャクした空気になってしまったが、それでも楽しいクリスマスは続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出た後に、すずかの家の車で送り迎えして貰う予定だったが、なのはとフェイトは何とか説得して先に帰って貰った。

 同じく外に出ていたシグナムとシャマルの後ろに無言で続く。

 誰が闇の書の主なのか。既に予想は付いている。

 病院の屋上に出ると、シグナムとシャマルが事情を話し始める。

 はやての身体を蝕んでいるのは闇の書であり、守護騎士達ははやての真の闇の書の主にする為に蒐集を行っていた事。はやてを助ける為に。

 だけどなのはがそれに反論する。

 ユーノが調べた闇の書については既に2人にも渡っていた。

 

「待ってください! 駄目なんです! 闇の書を完成させても、はやてちゃんは────!!」

 

 事情を説明しようとするなのはにヴィータが空から襲いかかってきた。

 なのははとっさにシールドを展開して防ぐが、そのまま弾き飛ばされる。

 

「やっと全部が終わるんだ。闇の書が完成して、アタシ達ははやてと一緒に静かに暮らすんだ。だから、邪魔すんなぁっ!!」

 

 打った鉄球がなのはに向かうと、直前で爆発する。

 爆発と共に巻き上げる炎。その中から、バリアジャケットを纏ったなのはが歩いてくる。

 

「悪魔が……!」

 

「いいよ、悪魔でも……」

 

 襲われている状況なのに、なのはは少しだけ嬉しかった。

 彩那はヴィータ達を主の命を遂行する道具だと言った。所詮闇の書に付属する人形だと。

 だけど、そうじゃなかった。

 はやてを助ける為にずっと頑張ってきた、そんな素敵な人達。

 それが確信出来て嬉しいのだ。

 

「悪魔なりに、話を聞いて貰うからっ!」

 

 だからこそ、哀しい勘違いを正さなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはがヴィータに襲われると同時にシグナムとフェイトも互いのデバイスをぶつけ合っていた。

 

「1つ、訊きたい事があります! アヤナを拐ったのは、貴女達ですか?」

 

「あの騎士の少女か? 拐ったとはどういう事だ!?」

 

 その言葉にフェイトはホッとする。

 彩那を誘拐したのはシグナム達ではない事に。

 シグナムもフェイトの質問から察したのか首を横に振る。

 

「信じて貰えないだろうが、我らはあの少女に接触していない!」

 

 剣で弾かれてフェイトが姿勢を直す。

 

「信じます。シグナムは、真っ直ぐな人ですから」

 

 フェイトの言葉にシグナムは天を仰いだ。

 

「もしも出会い方が違えば、我らとお前達は共に歩めただろうか? だが、全ては遅すぎた」

 

「遅くはありません! まだ戻れます!」

 

「我らはもう、戻れんのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った病室ではやては闇の書を撫でる。

 先程までの友達との楽しい時間がより一層に夜を寂しく感じさせる。

 それでも少しだけ明日(みらい)に対して期待が生まれる。

 今回は自分が貰ってばかりだったから、次はちゃんとお返ししよう。どんなお返しが良いか考える。

 

「それにヴィータのあの態度はよろしくないなぁ。次の見舞いでちゃんと理由を聞かなアカン。それでしっかり叱って。わたしが闇の書の主やから」

 

 独り言を続けるはやてが闇の書を抱き締める。

 今日皆との時間を振り返って笑みが溢れた。

 

「次は綾瀬さんも一緒に。今度はもっと話せるとえぇなぁ」

 

 行方不明の少女の無事を願うはやて。

 すると、闇の書が突然はやての腕から離れる。

 

「え?」

 

 驚いていると、闇の書から魔法陣が生まれ、はやては光に包まれた。

 一瞬の眩しさに目を閉じ、光が止むとそこは病院の屋上だった。

 周囲を見渡すはやて。

 そこで、彼女の傍に有った闇の書が空へと移動する。

 それを目で追うと、はやては唇を震わせた。

 

「なん、で……?」

 

 そこには空中で張り付けにされる格好のシグナムとシャマル。それとヴィータが居たからだ。

 その横には鎧を着た、顔に包帯を巻いた少女が浮かんでいる。

 

「綾瀬、さん……?」

 

 彩那の手に闇の書が吸い込まれていく。

 闇の書を手にした彩那はページを開く。するとシャマルとシグナムが苦しみ始めた。

 彼女らの胸からリンカーコアが現れ、蒐集を行うと2人の体が光となって苦しみの声と共に消え去っていく。

 

「シグナムッ! シャマルッ!」

 

 大事な。本当に大切な家族が消えてしまった。

 次にヴィータに向けて蒐集を開始しようとする彩那。

 

「綾瀬さん! やめてっ!」

 

 はやての叫びを無視してヴィータの蒐集は続く。

 

「ウォオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮と共にこの場に現れたザフィーラが彩那に向けて拳を突き出した。

 しかしそれは見えない壁に阻まれ、蒐集のターゲットをヴィータからザフィーラに変更される。

 蒐集されながらも攻撃を繰り出すザフィーラだが、彼のリンカーコアも蒐集が終わり、その場から消え去る。

 そして再びヴィータへの蒐集を再開した。

 苦しむヴィータにはやてが叫ぶ。

 

「やめて! 綾瀬さん! なんでこんなっ!?」

 

「八神さん。貴女は闇の書の呪いでもう助からないのよ」

 

 優しい。しかしどこか冷たい口調で話す彩那。

 

「そんなんえぇ! そんなことよりヴィータを放してっ!」

 

 痛みだした胸を押さえて、ヴィータの解放を懇願するはやて。

 

「とっくに壊れていた闇の書。貴方は、壊れた道具を完全に止める為の生贄。半年前もその為に助けたのよ」

 

「え……?」

 

 半年前の大樹の幹が突然街に生えてきた事件。

 幹に引っ掛かって困っていたはやてを助けてくれた少女(ひと)

 それが全て嘘偽りだったのなら────。

 

「これまでの全部が貴女を闇の書の主として覚醒させる為の親切。ありがとう、八神さん。貴女はとても都合の良い生贄(どうぐ)だったわ」

 

 そこで、ヴィータも完全に闇の書に蒐集される。

 被っていた帽子がはやてのところまで落ちる。

 反射的に受け止めようとしたそれは、はやてが触れる瞬間に霧散して消え去った。

 

「あ、アァッ!?」

 

 闇の書がはやての前で開かれ、彼女の足下に描かれた魔法陣から黒いスパークが発生する。

 

「────」

 

 絶望に濡れたはやての声が屋上に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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運命

「ねぇ、渚ちゃん……!」

 

「ん~? どったのぉ? 璃里」

 

「守護騎士はともかく、本当に第二王子まで殺す気なの?」

 

 いくら敵国とはいえ、子供を殺すことに抵抗を覚える璃里。

 初めて守護騎士と遭遇した時のこともあり、特に第二王子の件は反対だった。

 

「捕まえても公衆の前で首を刎ねられる、か……」

 

 やるせなさ気に冬美が呟く。

 自分達が殺すか他の誰かが殺るかの違いでしかない。

 

「ま、もう逃げ切っちゃったかもしれないけどね」

 

 此方は空を飛んでいるが、向こうは見つからないように森の中を移動してるはずだ。

 だけどそれなりに時間が経っているのも事実。

 

「適当に探して見つかりませんでした~って言えば良いよ。王様だって今更ボク達をこんなことで処分なんてしないだろうし。ま、流石に明らかに所在が分かったら────」

 

 そこで大きな爆音が鼓膜を揺さぶり、念話が届く。

 

『守護騎士と交戦中! 至急応援を頼む! 既に部隊の3割をやられた! 至急応援をっ!!』

 

 切羽詰まった自軍の応援要請に渚はガリガリと頭を掻いた。

 隠れて逃げてるのにあんなに大きな音を出すとか、見逃したくてもそう出来なくなってしまった。

 

「あーもう!逃げるの下手かっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄槌の騎士ヴィータはホーランド王国の勇者達に敗れて地面に転がっていた。

 シグナムもシャマルもザフィーラもやられてしまった。

 カートリッジの弾丸は底をつき、戦えない主を庇っての戦闘は騎士達にとって不利が過ぎた。

 まだ息が有ったヴィータの目には敵に詰め寄られて怯えている主の姿が見える。

 

(やめろよ……!)

 

 既に声を出す力もないヴィータ。

 この2年で主と過ごした時間が甦る。

 

『僕、そういうのは得意なんだよ。うん、凄く似合うね』

 

 そう言って、花で作った冠を被せてくれたこと。

 戦いから帰って来た自分達を体調が優れなくても温かく出迎えてくれたこと。

 他にもたくさんたくさんの────。

 

(そいつは、何にもしてねぇだろうがっ!?)

 

 確かにあの国の王を始め、民衆を追い込んでいた。

 だけど、(ウィル)は何も知らず、何もしてないのだ。

 まだ機能する視界から主の姿が見える。

 幼い主の口から助けて、という言葉が吐かれる。

 助けを求めるその声にヴィータは動こうとするが、その前に緑の剣が主の胸を突き刺した。

 剣を引き抜くとその場に崩れ落ちる主。

 

「ウ、オォオオオオオッ!!」

 

 最期の力を振り絞ってヴィータは主を殺した勇者に飛びかかった。

 しかし主を殺した勇者に辿り着く前に、青い剣を持った勇者にヴィータは胸をカウンターで貫かれる。

 自分を刺した女を睨んで手を伸ばした。

 

「チクショウ……」

 

 心臓を刺されたからか、それとも主が死んだからか。

 ヴィータはそこで事切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃん!?」

 

「はやて!!」

 

 絶叫したはやてに拘束を脱したなのはとフェイトは少女の名を呼ぶ。

 既に彩那の姿に扮した仮面の男も。自分達を拘束していた仮面の男の姿もこの場から消えている。

 はやての足下に出現していた魔法陣と黒いスパーク。

 そして光が収まるとそこには別人が居た。

 見た目二十歳前後の長い銀髪と赤い瞳の女性。

 どこか冷たい印象を与えるその女性は独白するように語り始める。

 

「また、終わってしまった……せめて、私が私で失くなる前に、我が主の願いを……」

 

 そう語り終えると右手を掲げる女性。

 その手の平に膨大な黒い魔力が渦巻く。

 

「空間攻撃っ!?」

 

 相手が何をしようとしているのか察して驚愕の声を上げる。

 

「闇に、沈め……」

 

 広範囲の攻撃で自分達を一掃しようとする女性。

 球体だった魔力が範囲を広げて襲いかかる。

 なのはが前に出てシールドを展開した。

 

「なのはっ!?」

 

 しかし受け止めたなのはのシールドはフェイトと共に押し流された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今なら、目の前に居る男性を殴っても許されるだろうか? 

 闇の書が覚醒した現場を映像で見た彩那はそう思考する。

 自分の姿をして同級生を追い詰める場を見れば彩那とてそう思うのは仕方ない。

 現在彩那はギル・グレアムが管理する部屋で海鳴の現場を見ていた。

 テーブルには紅茶と軽食が置かれているものの、ここ2日間飲まず食わずを貫いていて手をつけようとしない。

 そしてテーブルの片隅には彼女のデバイスが入ったポーチが置かれている。

 なのは達が心配だが、グレアム提督に聞いておきたいことがあった。

 

「……質問をよろしいですか?」

 

「あぁ。構わないよ」

 

「何故、八神さんを局員として保護し、管理局で治療を受けさせなかったのですか?」

 

 グレアムが闇の書の主である八神はやてを見つけたのは彼女が小学校に上がる少し前の事らしい。

 何故それだけの時間が有りながら、はやてを援助しつつ見殺しにするような真似をしたのか。

 本来なら早急に彼女を保護して、闇の書の解析と八神はやての治療を行う筈だ。

 彩那の質問にグレアムは疲れた老人のような笑みを見せる。

 

「その答えを、君は既に持っているのではないかね?」

 

 グレアムの返しに彩那は視線を紅茶に視線を落とす。

 カップの中の液体には自分の顔が映り、揺らめいていた。

 

「……そうですか。やはり管理局でも八神さんの治療は不可能だと。貴方はそう判断したのですね」

 

「ロストロギアの解析には多額の資金と膨大な時間が必要だ。ましてや闇の書ともなれば……解析にかけた瞬間に防衛システムが働き、甚大な被害が出る可能性もある」

 

 闇の書の解析。

 魔法が生活の基盤にある管理世界において、闇の書は幾ら資金を投じても惜しくない代物だ。

 問題は時間の方。

 

「私がはやて君を見つけた時、指先程度だが既に彼女の足の麻痺は始まっていた。管理局が彼女の治療を始めてもはやて君が助かる可能性は極めて低い」

 

 時空管理局という組織を深く知っているからこそ、グレアムははやてを助けることを早々に諦めた。

 

「だから、八神さんを利用して闇の書を封印しようと?」

 

「私がはやて君を見つけたのは、休暇を利用して日本の京都の観光に来ていた時の事だ。職業柄と言うべきか、魔力の反応を感知した私はそれを辿って事故現場に着いた」

 

 当時の事を思い出して痛ましい表情をするグレアム。

 

「はやて君は両親の生家に遊びに行く途中で車の衝突事故に巻き込まれたようだ。ご両親はその事故で。即死だった。だが、はやて君だけは無傷で救出された」

 

「闇の書が、八神さんを守った?」

 

 そうだ、と頷く。

 

「あの時点で守護騎士達が現れなかったのは幸いだったよ。そうなれば、騒ぎは大きくなっていたからね」

 

 もしくは、そうなったらはやての両親は助かっていたかもしれないが。

 

「その後は、はやて君の父の友人を名乗り、彼女の保護責任者となった。都合の良いことに、はやて君の親戚は今より軽度だが足の麻痺が始まったあの子を引き取るのに難色を示していたからね」

 

 ギル・グレアムにとって八神はやての境遇はあらゆる意味で理想的だった。

 

「八神さんの足の麻痺が本格化したことで学校を休学させたのも世間の目から少しでも遠ざける為。1人でも彼女が居なくなって悲しむ人間が減るようにした」

 

 サポートを付ければはやては学校に通えたが、敢えてそうしなかった。

 世間から孤立させ、孤独に追い込んだのも全ては闇の書の封印を効率良く実行する為。

 もしもギル・グレアムがもっと若く、苦しんでいる誰かを救う為の強い熱意があったのなら、僅かな可能性に賭けて八神はやてを局員として保護し、救う術を模索していたかもしれない。

 しかし彼は既に老い、闇の書がもたらすであろう被害の方に目を向けてしまった。

 だから彼は八神はやてに手を差し伸べるのではなく、犠牲を彼女1人に留める道を選んだのだ。

 勿論、それにまったく心を痛めない訳ではないだろうが。

 

「闇の書を抱えるはやて君を見つけた時は運命だと思ったよ。世界は私に闇の書の犠牲を終わらせることを望んでいるのだと」

 

「そうですか」

 

 グレアムの運命論を否定する気はない。

 それだけあり得ない可能性を引き当てたのだし、彩那自身、友人達と共にあの世界に喚ばれたのは、運の悪さが引き当てたのだと思っているからだ。

 ある程度聞きたい事を聞き終えると、不意にドアが開き、リーゼ姉妹。そしてクロノが現れた。

 クロノは彩那を見て目を見開く。

 

「彩那っ!?」

 

「どうも……」

 

 クロノの驚きに彩那は平淡な声で返す。

 ただ、すぐに冷静さを取り戻したところを見ると、可能性としては考えていたのだろう。

 恩師が管理外世界の協力者。それも子供を拉致監禁したなどとは思いたくなかったろうが。

 

「貴方達はこんなことまで……っ!? いや、今は時間がない。この件は後で追求させてもらいます」

 

 クロノはグレアムに質問する。内容の大半は先程まで彩那と話していた事とそう変わらない。

 

「見つけたんですね。闇の書を完全に封印する方法を」

 

 闇の書は破壊しても次の主に転生するだけ。

 グレアムが見つけた方法は、暴走を始める前に闇の書を主ごと永久凍結させるもの。その後は次元の狭間か、氷結世界に閉じ込めるのだとクロノは推測する。

 そして否定しないところを見ると、不正解でもないらしい。

 グレアム達の方法に対して八神はやてがそんな罰を受ける程の罪を犯していないと言う。

 しかしリーゼ姉妹はその決まりのせいで闇の書の悲劇が繰り返されてきたと叫ぶ。そのせいでクロノの父も死んだと。

 クロノは怒ることなく淡々と話す。

 

「グレアム提督達のプランには致命的な欠点があります。幾ら闇の書を封印し、何処かに隠そうと守ろうと、本気でそれを求める人間が現れれば、見つけ出してしまう。凍結封印自体、解除はそう難しくない。人の怒りや悲しみ。欲望や絶望が、必ず闇の書に辿り着いてしまう」

 

 人間が隠した物ならば、人間に見つけ出せない道理はない。

 それが10年先だろうと100年先だろうと必ず。

 

「現場が心配ですので、失礼します。彩那、君は?」

 

「行きますよ。ここに居る理由も無いですし」

 

 テーブルに置かれたポーチを手に取って腰に巻く彩那。

 出ていこうとする2人にグレアムが呼び止めた。

 

「アリア。クロノにデュランダルを」

 

「お父様……」

 

「もう私達にチャンスはないよ。持っていても、役に立たん」

 

 グレアムに言われてリーゼアリアは観念したようにクロノに待機状態のデバイスを渡す。

 

「どう使うかは君に任せる。氷結の杖デュランダルを」

 

 デュランダルを手に取るクロノ。

 最後にと彩那が口を開く。

 

「私は、貴方の方法を否定するつもりはありません」

 

 残酷なようだが、1人の少女と世界を天秤に掛けて、後者が重かったというだけ。

 感情的に言えば気に入らないという気持ちもある。

 子供を犠牲にしようとするやり方が、自分達を勇者に祭り上げ、戦争で人殺しをさせたあの国と重なるから。

 

「でも出来れば、八神さんから逃げずに、両親を失ったあの子の家族になってあげて欲しかった」

 

 これまで八神はやてはどんな気持ちで過ごしていたのだろう。

 誰も居ない家に帰り、ただ生きるだけの生活。

 休学してからは文字通り独りぼっちな日々。

 たとえそれが利用するためでも、グレアムは彼女の家族になることが出来たのだ。

 それをしなかったのは、管理局にはやての存在を知らせない為というのもあるだろうが、それ以上に身近に置くことで決意が揺らぐのを怖れた為。

 今更言ってもどうしようもないが、せめて裏切るその時まで、八神はやてを幸せにして欲しかった。

 

「行きましょう、ハラオウン執務官。海鳴まで一気に跳びます」

 

 彩那は王剣の力で転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プラズマスマッシャー!」

 

「ディバインバスター!」

 

 フェイトとなのはが闇の書に砲撃で挟み撃ちをする。

 しかし闇の書のシールドを崩す事は出来ずにむしろ防御をしながら別の魔法で迎撃してくる。

 

「穿て、ブラッディダガー」

 

 逆に闇の書の攻撃を防ぐなのはとフェイト。

 ユーノとアルフも戦闘に加わり、数では有利な筈なのに、勝てるビジョンが見えない。

 

(もしかしたら、これまで会った誰よりも強いかも……!)

 

 そう思ってもなのはとフェイトは諦める事はしない。

 戦いながらもどうにか話を聞いて貰おうと説得を続けた。

 しかし、そうも言ってられない事態が起こる。

 

「咎人達に、滅びの光を……」

 

 掲げた手からミッド式の魔法陣が展開し、魔力が集まり始めた。

 

「あれはまさか……!?」

 

「スターライトブレイカー……」

 

 なのはの切り札を使おうとする闇の書。

 本来ならこの距離で使うような魔法ではなく、並の相手なら止めることが出来るのだが、これまでの戦いから全て此方の攻撃を防がれる可能性が高い。

 直接喰らった事のあるフェイトが慌てて指示を飛ばす。

 

「アルフ! ユーノを!」

 

「あいよ!」

 

 アルフはユーノを抱えると全速力で逃げ、フェイトもなのはを抱えてその場から距離を取り始めた。

 逃げながらアルフが忌々し気に言う。

 

「なのはの魔法を使うなんて」

 

「なのはは前に蒐集されてる。その時にコピーされたんだ」

 

 スターライトブレイカーの凶悪さを理解していないなのはがフェイトに問いかける。

 

「こんなに離れなくても」

 

「至近距離で食らったら、防御の上から撃墜される。回避距離を取らないと……!」

 

 呑気ななのはの言葉に冷や汗を流すフェイトは焦りと苛立ちの交じった声で断言した。

 高速で移動し、ある程度闇の書から距離が出来ると不意に声がかかる。

 

「これ、どういう状況か説明して貰っても良いかしら?」

 

 聞き覚えのある声になのはとフェイトは上を向く。

 

「彩那ちゃん!?」

 

「クロノ!」

 

 突然行方不明だった彩那とクロノが一緒に現れた事に驚く2人。

 

「彩那ちゃん!? 無事だったの!」

 

 良かったと頬を緩ませるなのは。

 フェイトが状況を説明しようとする。

 再会を喜びたい気持ちもあるが、今はそれどころではない。

 

「はやてが闇の書の主で! 彼女がなのはの魔法を……!」

 

 はやてが闇の書の主というのは知っているし、なのはの魔法という言葉と闇の書が集めている魔力にフェイトの拙い説明から大体を察する。

 

収束魔法(スターライトブレイカー)か……中々に危険な状況ね」

 

 舌打ちする彩那。

 そこでバルディッシュから報告が上がる。

 

『左方向300ヤード、一般市民がいます』

 

 バルディッシュの報告になのはとフェイトが思わず息を止める。

 

「クソッ! こんな時に!」

 

 クロノが焦りつつ指示を出す。

 

「その民間人の所に急ぐぞ! そうしたら、闇の書の攻撃を全員で防ぐんだ!」

 

 一般市民の反応がある場所へと急行する4人。

 すると逃げようとする2つの人影を発見する。

 

「あの! 危ないのでそこから動かないでください!」

 

 なのはがそう言うと、2人がこちらに振り向く。

 

「その声、なのは……?」

 

「アリサちゃん! すずかちゃん!」

 

 取り残された一般市民が親友の2人だったことに驚くなのは。

 ついでに地面に着地した彩那を見て更に驚く。

 

「彩那ちゃんっ!?」

 

「少しごめんなさいね」

 

 説明している余裕は無く、彩那は聖剣を振るってアリサとすずかを守る全方位のシールドを展開した。

 

「私が前で防壁を張るわ! だから3人は後ろで2人を守って!」

 

 彩那は聖剣を横に両手で突き出す構えでシールドを張る。

 

「アンチマテリアルシールド!」

 

 シールドに触れると魔力結合を散らせる特殊なシールドを4重に大きく展開する。

 スターライトブレイカーレベルになると完全に無力化するのは無理でも幾重にも張ることで威力を大幅に軽減させる事は出来る。

 なのは達も彩那の後ろでそれぞれ密集し、シールドを張る。

 それと同時に闇の書がスターライトブレイカーを放った。

 本来一直線に向かってくる筈のそれは広範囲の爆撃となって襲いかかってくる。

 

「防御こそが、私の本業なのよ!」

 

 津波のような敵の攻撃を受けて腕を震わせながら防御する彩那。

 1枚が破壊され、2枚目も硝子のように砕かれる。

 3枚目が消し去られ、4枚目に皹が入る。

 もう少しで最後の1枚が壊されようとする直前に敵の攻撃が収まった。

 耐えきった事に一同が安堵の息を漏らした。

 彩那は王剣を出して地面に突き刺す。

 

「一時撤退しましょう」

 

 言うと同時に6人全員が入る魔法陣が足下に展開され、その場から消えた。

 それを見ていた闇の書がギリッと歯を鳴らす。

 

「ホーランドの悪魔……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ:彩那とヴィヴィオ。

 

 機動六課に保護された謎の少女であるヴィヴィオ。

 恐がりな幼い子供であるヴィヴィオに六課のフォワード達は何とか彼女と意思疎通を図ろうと頑張るが、ヴィヴィオが畏縮してしまい、会話にならない。

 そんな中で子供の相手に慣れているフェイトにより、少しだけヴィヴィオの警戒心を緩める事に成功する。

 そこでタイミング悪く、ある人物が部屋に訪れた。

 

「ごめんなさい、テスタロッサ執務官。少し聞きたい事が有るのだけど」

 

 やって来た綾瀬彩那にヴィヴィオがビクッと抱いている人形に力を込める。

 顔を包帯でぐるぐる巻きにした異様な女が現れて、ヴィヴィオが恐怖で震えた。

 そして────。

 

「びえぇえええんっ!?」

 

 大泣きした。ギャン泣きである。

 

「もう! 彩那ッ!」

 

「え? これ私が悪いの?」

 

 フェイトに責められて首を傾げる。

 

「とにかく今は出ていって!」

 

「いや、私は貴女に聞きたい事が……」

 

「そんなの後だよ!」

 

 と、背中を押されて部屋を追い出されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ヴィヴィオはなのはとフェイトをママと呼び、六課の面々に可愛がられて馴染んでいった。

 特に2人を除けば、なのは達が仕事中に面倒を見てくれている寮母のアイナやザフィーラと一緒に居る事が多い。

 そんなある夜に。

 

 夜中にヴィヴィオは隊員寮のトイレから出てきた。

 一緒に寝ていたなのはに付いてきて欲しかったが、その日は珍しくなのはの眠りが深く、揺さぶっても起きなかった。

 フェイトもその日は泊まり込みで居らず、我慢出来なかったヴィヴィオは1人で部屋を出たのだ。

 用を足して戻ろうとしたヴィヴィオだが、非常灯しか点いてない寮の廊下は暗く、まだ幼いヴィヴィオはブルッと震えた。

 

「う~」

 

 それでも部屋に戻ろうとゆっくりと歩く。

 

「どうしたの? こんな夜更けに」

 

 後ろから声をかけられたヴィヴィオは驚いて転びそうになるも、話しかけてきた誰かが受け止めてくれる。

 

「危ないわね。怪我はない?」

 

「う、うん……」

 

「そう」

 

 ホッとした様子で息を吐くと、膝を曲げてヴィヴィオの目線に合わせる。

 

(だれだろう……?)

 

 ぼんやりとそんな事を考える。

 白いYシャツに制服のスカートという格好の、顔に刺青のある女性。

 今まで会った事のない人にヴィヴィオは首を傾げる。

 

「それで、どうしたの? こんなところで」

 

「おトイレに……部屋にもどるの……」

 

 拙く説明するヴィヴィオに女性は柔らかく微笑む。

 その笑みにヴィヴィオは安心感を覚えた。

 

(きれいなひと……)

 

 すると女性がヴィヴィオの手を握る。

 

「それじゃあ、なのはママのところに帰りましょうか。きっと心配しているわ」

 

「うん……」

 

 そのまま女性に手を引かれて部屋に戻るヴィヴィオ。

 部屋の前まで行くと、なのはが部屋から飛び出してきた。

 

「ヴィヴィオ!?」

 

「なのはママ!」

 

 ヴィヴィオがなのはに抱きつく。

 

「もう。何処に行ってたの? 心配したんだよ?」

 

 どうやらヴィヴィオが居ないことに気付いて慌てて起きたらしい。

 

「高町さんが起きないから、1人でトイレに行ってたみたいよ」

 

 呆れた様子で説明する女性になのはがあっとした顔をする。

 

「そっか。ごめんね、ヴィヴィオ」

 

 なのはに会って安心したのか、ヴィヴィオは急激な眠気に襲われる。

 

「ヴィヴィオを連れてきてくれてありがとう、彩────」

 

 最後までなのはの言葉を聞き取る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課も解散となり、皆がそれぞれの部署に戻ったり、新たな部署に配属されたりとなって1年が過ぎた頃。

 なのははヴィヴィオと2人でまったりとテレビを見ていた。

 なんとなく見ていたのは幽霊の特集番組。

 心霊スポットを回るバラエティーだ。

 ミッドにもこういう番組が在るんだなーと見ていると、ヴィヴィオが不可解な質問をしてきた。

 

「ねぇ、なのはママァ。ヴィヴィオとなのはママは前に幽霊とお話したことあるよね?」

 

「はい?」

 

 言って置くが彼女は魔導師である。それもSF寄りの。

 霊能力者の類いではないし。断じて幽霊と会った事もない。

 

「いつママ達が幽霊と会ったのかな?」

 

「え~? だって……」

 

 ヴィヴィオが身振り羽振り説明する。

 六課にいた頃、トイレから部屋まで付いてきてくれた女の人の事を。

 話を聞いてなのはは合点がいき苦笑する。

 彼女はヴィヴィオが怖がるからとあんまり近づかなかったし、今日まで素顔を見たのもその1回きりだ。

 ヴィヴィオの中ではあの時に会った彼女は幽霊と結論付けて勘違いしていたらしい。

 

「いい? 良く聞いてね、ヴィヴィオ。あの人は────」

 

 1年越しに明かされた真相にヴィヴィオの驚いた声が家に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅんっ!?」

 

「ん? どうしたん、彩那ちゃん? 風邪か?」

 

「いえ。どうせ誰かが私の悪口でも言ってるんでしょう」

 

「何で悪口限定なんや……」

 

 

 

 

 

 



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神剣

ル○○「死ぬことは恩返しじゃねぇぞ!そんなつもりで助けてくれたんじゃねぇ!生かされて死のうとするなんて、弱ぇ奴のやることだ!」


「手術は終わりましたよ、勇者アヤナ」

 

 ホーランドの技術者に手術の終わりを告げられて彩那は裸の体にシーツを巻かれて起こされる。

 鏡を見るとそこには今までには無かったホーランド式を表す凧形の刺青が両頬と額。それと喉元に描かれている。

 

「これは勇者の剣本来の力を引き出し、制御する為の術式です。これでアヤナ様は真の勇者として神の剣を振るうことが可能になりました!」

 

「そうですか……」

 

 興奮気味に説明する技術者達とは反対に、彩那は気怠そうに体を曲げる。

 冬美と璃里と渚。そして王女であるティファナを生贄にして完成した勇者の剣。

 その真価を発揮する時が来て、技術者達は嬉しそうだ。

 本来振るう筈だった王女より、実戦経験豊富な彩那が手にする方が彼らにとって都合が良いのかもしれない。

 そこで手術室の扉がバンッ! と音を立てて開かれた。

 

「エリザ王女……」

 

 それはティファナ王女の妹である第二王女だった。

 まだ幼い少女は泣きそうな険しい表情で手術室に入ってくる。

 扉と彩那が座る手術台の中間で止まったエリザは震える唇で訊いてきた。

 

「アヤナ様……アヤナ様が姉様を殺したって……うそですよね。だって、おふたりはあんなに仲がよくて……」

 

 誰かがエリザにそう言ったのか。

 そんな筈はないとエリザは彩那を信じてくれている。

 だけど────。

 

「えぇ。そうよ。ティファナ王女は私が殺した。聖剣にリンカーコアを捧げる為に」

 

 待機状態の聖剣を手にして告げる彩那。

 慕っていた姉が自殺したとは言わなかった。

 エリザは信じられないとばかりに首をゆっくりと横に振り、彩那の言葉を呑み込むと、悲しみの表情が怒りに変わった。

 そして手にしていた小さなペガサスの置物を彩那に投げる。

 それは、少し前に彩那が誕生日プレゼントでエリザに贈った物だった。

 硝子細工だった置物は床に落ちて片翼が砕ける。

 

「この裏切り者っ!!」

 

 手術室にエリザの怒声が響く。

 彩那に近づいたエリザが体を揺さぶってきた。

 

「返せよ! 姉様を返してっ!!」

 

「……」

 

 責め立てるエリザを彩那はされるがまま黙っている。

 

「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せぇっ!!」

 

 泣きながら返せと続けるエリザに、彼女の従者がやって来た。

 

「エリザ様!?」

 

 従者が彩那からエリザを引き離し、手術室から退室させた。

 それを見ていた技術者達が彩那に問う。

 

「よろしいのですか?」

 

「いいですよ、別に……どうでも……」

 

 憎める相手がいた方が、エリザにとって良いだろうと判断して。

 

(私がさっさと死んでいれば良かったのだし)

 

 ティファナ王女が死ぬ前に、彩那が死んでいれば、彼女が自殺する必要はなかった。

 そういう意味ではティファナ王女が死んだ責任は彩那にも有る。

 

(それに……)

 

 壊れたペガサスの置物を見る。

 

 ────もっともっと私を責めて欲しい。

 ────もう二度と立ち上がれないくらい体も心もズタズタに。

 ────この戦争が終わったら、生きる意志がなくなるくらいに。

 

 全部失くしてしまった。

 帰る理由も、生きる理由すらもない。

 誰にも聞こえない声量で呟く。

 

「大丈夫……全部終わったら、私もみんなのところに逝くから。だから少しだけ待っててね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書が放ったスターライトブレイカーを防いだ後に彩那が転移した場所は町を見渡せるビルの屋上だった。

 

「この魔法陣の中は外から認識されない結界を張ってあるけど、そう長くは持たないと思う。休憩がてらに意見を擦り合わせましょうか」

 

 闇の書を対処する事は一致しても、やり方が違えばお互いが邪魔になりかねない。

 しかし周囲はそう落ち着いてはいられなかった。

 

「ちょっと! 何が起きてるのか説明しなさいよ! 特に彩那! アンタ今までどこに居たの!? それに何よその顔!」

 

 突然こんな事態に放り込まれた混乱から彩那の顔の刺青を含めて説明を求めるアリサ。だが彩那はその要望を却下する。

 

「悪いんだけど、本当に時間がないのよ。説明なら後日高町さんとテスタロッサさんに訊いてもらえるかしら?」

 

『えぇっ!?』

 

「アンタもしろ!」

 

 説明を丸投げされてなのはとフェイトが声を上げ、アリサが怒声を上げる。

 そこですずかが彩那に問いかける。

 

「彩那ちゃん、もしかして凄く疲れてる?」

 

 言葉の端々に疲労の色を察してすずかが訊くと彩那は溜め息を吐く。

 

「ここ2日間、何にも口にしてないから少しね……」

 

 結局、出された食事には一切手を付けずにここへ来たので空腹と疲労がとてつもない。

 自業自得と言えばそれまでだが。

 それですずかは鞄からチョコレートを取り出す。

 

「あの、もし良かったら」

 

「ありがとう……」

 

 車で移動していたすずかとアリサは、途中で買い物をする為にコンビニで降りたのだが、運悪くそのタイミングで結界内に取り残されてしまった。

 チョコレートを一口食べると彩那が本題に入る。

 

「現状、私達が取れる手段はそう多くない。まず1つは、闇の書の主である八神さんを殺害。それで今回の闇の書事件は一応解決する」

 

「だ、だめだよっ!」

 

「何を言うの、アヤナッ!?」

 

 彩那の言葉に反応するなのはとフェイト。

 特に母が殺されているところを見ているフェイトとしてはまったく冗談に聞こえない。

 

「なら、2つ目の案で、ハラオウン執務官のデバイスには闇の書を永久封印する術式がある。それで闇の書を封印する」

 

「おい僕は────」

 

「扱いに馴れたデバイスではなく、デュランダル(それ)を手にしているのはその事態を想定しての事でしょう?」

 

 彩那の言葉に黙るクロノ。

 いくらグレアム達の計画を否定しても、闇の書が完全に暴走すれば使わざる得ない事も覚悟している。

 

「もし、その封印をしたらはやてちゃんは?」

 

「死ぬ訳じゃない。だけど、闇の書と一緒に永久に眠る事になる」

 

 五十歩百歩な結末の予想に苦い表情になる。

 

「それじゃあダメだ。意味がない。全部はやてに押し付けて終わりなんて、そんなの酷すぎるよ」

 

 絞り出すようにフェイトは自分の気持ちを吐露する。

 

「それにアヤナ。もしはやての命を奪うなら、自分がって思ってるよね? 母さんの時みたいに。それも、嫌だ」

 

 きっと彩那はそれが出来るとフェイトは思う。

 本当にどうしようもなくなったら、それを選べると。

 それを強さと呼べるのかはフェイトには分からないが。

 

「フェイトちゃん……」

 

「なら、別の案が必要ね。直接対峙して2人はどう思った?」

 

 情報が必要な為、彩那は2人に訊く。

 

「闇の書さんは、はやてちゃんの願いを叶えるって……」

 

「八神さんの願い?」

 

「うん。シグナム達を消されて、全てが夢であればいいって」

 

「そう」

 

 その前にやることが有るでしょうにと頭を押さえる彩那。

 クロノが難しそうに意見を口にする。

 

「闇の書に攻撃行動の停止と八神はやての解放を通告するのがセオリーなんだが……」

 

「それは素敵な案ですけど、望みは薄いでしょうね。向こうは此方を殺す気で攻撃してますし。ハラオウン執務官は女性を口説くお自信が?」

 

「その言い回しはやめろ! だがやはり此方に従う可能性は低いだろうな」

 

 意見が詰まり、彩那は別の場所に居るユーノに念話を繋げる。

 

『スクライア君』

 

『彩那!? 良かった無事で!』

 

『再会を喜ぶのは後にしましょう。それよりも闇の書について調べていた貴方に訊きたい事があるの』

 

 闇の書に対する対応策はないかと問いかける。

 当然ユーノは難しい表情をする。

 

『……ごめん。確実と言える方法は見つからなかった。でも、もしかしたらだけど、闇の書の主の意識が浮上すれば、或いは』

 

『今まで覚醒した後で闇の書の主が意識を取り戻した事は?』

 

『見つからなかった。だからこそ主が意識を取り戻せば、闇の書のプログラムに介入して主導権を握れる可能性がある。そうじゃないと夜天の魔導書を改竄出来た理由が説明出来ない』

 

 念話に割って入ってきたクロノの質問に答えるユーノ。

 彩那がなのはとフェイトに話しかける。

 

「聞いてたわね、2人共」

 

 コクンと頷くなのはとフェイト。逆にアリサとすずかは何が? と目を丸くする。

 なのはが意見を言う。

 

「ならやっぱり、闇の書さんとお話してはやてちゃんを起こしてもらうしかないかな?」

 

「いえ。もう少しだけマシな方法があるわ。私が闇の書の内部に侵入して、八神さんを直接起こす」

 

「そんな事ができるの?」

 

「一応ね。私が使うのは初めてだけど、前例はある。私の存在をデータ化して闇の書の中へと侵入させる。ただ、八神さんの意識の在る場所に直接行けるわけじゃないから、捜索には時間がかかる。それに内部に侵入するのにも足止めが要る。バインドとかで最低でも3分……いえ、2分は拘束して欲しいわね」

 

「2分……」

 

 先程の戦闘でアルフとユーノがバインドで拘束したが、一瞬で解除されてしまった。

 2分でも難しいように思える。

 

「でも、やるしかないよね」

 

 覚悟を決めたようになのはは表情を引き締めた。

 

「でも忘れないで。時間がないのよ。闇の書はいつ八神さんの体を破壊して暴走するか分からない。成功する可能性はかなり低いわ」

 

 彩那が闇の書の内部に侵入出来たとしても、八神はやてを見つけられるか分からない。闇の書の管理権限を掌握できるかも未知数。

 正直、殺害や封印の方がまだ可能性が高いくらいだ。

 

「でも、彩那ちゃんははやてちゃんを助けてくれるんでしょう?」

 

 至上の信頼を彩那に寄せるなのは。

 

「だって彩那ちゃんは勇者だからね。きっとはやてちゃんを助けてくれるよ」

 

「酷い殺し文句ね……」

 

 苦笑する彩那。

 結局勇者など、人殺しの兵器と同じなのに。

 

「そろそろ向こうがこっちに気付く頃ね。先に行ってて。こっちも準備に取り掛かるから」

 

「2人はエイミィに安全な場所へと移動させる。なのはとフェイトも安心して戦いに挑んでくれ」

 

「アリサ。すずか。巻き込んじゃってゴメン。説明も出来なくて」

 

 謝るフェイトにアリサは仕方ないなとわざとらしく息を吐く。

 

「説明してる時間は無いんでしょ? 色々と訊きたい事も有るけど、今は我慢するわ。でも後で絶対に話してもらうからね! 特に彩那! アンタ逃げるんじゃないわよ!」

 

「その余裕が有ったら」

 

 指差すアリサに彩那は肩を竦めた。

 結界を解除すると同時にアリサとすずかの足下に転移用の魔法陣が出現する。

 

「あの! 事情はよく分からないけど、みんながんばって!」

 

 すずかの応援と共に2人がその場を去る。

 離れた位置にいた闇の書が此方に向かってきている。

 

「わたしは戦いながら闇の書さんとお話してみる。確かに聞いてくれないかもだけど、だからってこっちが諦める理由にはならないもん」

 

「うん。少しでも可能性があるなら試したい。それではやてを助けられるかもしれないし」

 

「……好きになさい」

 

 あれだけ説明しても希望を捨てない2人の諦めの悪さに観念する彩那。

 なのはとフェイトは向かってくる闇の書と戦うために飛び立つ。

 

「僕はてっきり、君が八神はやての殺害や封印を勧めるかとおもったが……」

 

「……八神さんが悪くないのは事実ですから。それに犠牲になるなら────いえ、なんでもないです」

 

「? 先に行ってる。君も出来る限り急いでくれ」

 

 クロノも飛び立つと、彩那は待機状態にある残り3枚の剣を取り出す。

 

「さて、やりますか」

 

 4本の剣を全て展開し、手に持った聖剣の左右に宙に浮いた霊剣と魔剣。前に王剣が位置する。

 誰に聞かせる訳でもなく、彩那は語り始めた。

 

「元々、4本の剣は1つの剣だった。先史魔法文明の遺産。今で言うロストロギアであるこの剣を解析した事でホーランド式。そしてホーランド王国が生まれた」

 

 4本の剣から強い光が生み出される。

 

「この剣こそが始まりにして辿り着く集結の形。4人の生贄と束ねる者を揃えて、神の剣は姿を現す」

 

 4本の剣を覆う光は段々と範囲を狭め、1本の剣の影が光の中に作り出された。

 完成を待ちながら彩那は思う。

 

(この戦いで犠牲になるのなら、それは私からであるべきよ)

 

 八神はやては巻き込まれただけ。彼女自身は誰も殺していない。

 死ぬ順番があるならば、先ずは人殺しである自分から死ぬべきだ。

 そうでなければあまりにも理不尽過ぎる。

 

「行きましょう、皆。ここからは、ロストロギア(怪物)同士の戦いよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書との戦闘を再開しながらなのは達は彼女に話しかける。

 

 

「聞いてください闇の書さん! わたしたちは、はやてちゃんを助けたいんです!」

 

「闇の書が完成した以上、主が助かる道はない。私はただ、主の願いを叶えるだけだ」

 

「全てを無かったことにしたいってこと! 確かにあの時はそう思ったかもしれない! けど、はやては心の底からそんな事を望むような子じゃない!」

 

 会ったのは今日初めてだが、八神はやてが心からこんな事を望むとは思えずフェイトは反論する。

 

「止まれ! これ以上は本当に取り返しの付かない事になるぞ!」

 

「既に手遅れだ。私が、闇の書と呼ばれた時から……」

 

「まだ終わりじゃない! 終わらせたりしない!」

 

 なのはが叫び、溜め無しで砲撃魔法を撃つ。

 シールドで防御されるが、背後に回ったフェイトがパルディッシュを振るう。

 

「この、駄々っ子!」

 

 接近してのフェイトの攻撃を受け流され、勢いのまま流される。

 姿勢を立て直そうとするも、フェイトの体がバインドで縛られた。

 

「お前達も、闇に沈め……」

 

 闇の書の手の平に魔力の球体が生み出される。

 フェイトを呑み込むほどの大きさに膨れ上がった魔力が放たれる。

 

「フェイトちゃん!?」

 

「フェイト!!」

 

 なのはとクロノが助けようとするが、間に合わない。

 爆発する魔力。周囲に余波が響く。

 爆煙が消え去ると、そこにはフェイトを守る為にシールドを展開している彩那が割って入っていた。

 しかしその姿はこれまでとは些か異なっていた。

 勇者服が青を基調としていたのが、今はマントを含めて白に変化している。

 何よりの変化は手にしている剣だ。

 今まで使っていた4本の剣とは違う5本目の剣。

 形状は聖剣に似ているが明らかに違う。

 切っ先から柄まで純白の神々しい剣。

 

「神剣の、祝福を」

 

 手にした剣を構える彩那。

 闇の書はそんな彩那を見て拳を握った。

 

「ホーランドの悪魔……!」

 

「また懐かしい呼び名ね」

 

 戦争時代、活躍が広まるにつれて彩那達にはホーランドを頭に様々な2つ名が敵国に付けられた。

 勇者。

 魔女。

 悪魔。

 蹂躙者。

 破壊者。

 etc.

 味方にとって有り難い存在が敵にとってはそうではないという例である。

 

「さてと。始めましょうか。終わりの始まりを」

 

「幾ら貴様でも、私には────」

 

「そういうのはいいのよ」

 

 いつの間にか闇の書に接近した彩那が彼女の頭を掴んで移動すると、ビルに向かって投げ飛ばした。

 あまりの速度と力技に周りが茫然となる。

 

「来なさい。少し遊んであげるわ」

 

 なのは達がバインドをかけ易いように引き付けようとする彩那。

 闇の書が彩那を睨む。

 

「また……また貴様は我らの主を殺すのかっ!!」

 

 憤怒の表情に変わった闇の書は彩那に襲いかかった。

 神剣で迎え撃つ彩那。

 突進した闇の書は彩那を押さえ込み叫ぶ。

 

「覚えているぞ! あの時! あの時代で! 騎士達と幼い主をお前達が手にかけた事をっ!!」

 

「……うるさいわね」

 

 彩那が静かに嫌悪感を滲ませて神剣で闇の書を払う。

 

「その主を、今見殺しにしてる人に何も言われたくないのよ」

 

 このまま時間が過ぎれば八神はやては確実に死ぬ。

 それなのに、主を助けようともせずに暴れ回っている闇の書に彩那は苛立ちを募らせていた。

 

「癇癪を起こした女の戯言に、誰がまともに耳を傾けるか。馬鹿馬鹿しい……! 貴女の自己満足に八神さんを巻き込まないでよ」

 

「私は主の為に……っ!!」

 

「八神さんが助けられないから、代わりに彼女の願いを叶えて、自分は主の為に頑張ってるんだっていう免罪符が欲しいだけでしょう? 独善も甚だしい」

 

 距離を取った彩那は刃の先端を闇の書に向ける。

 すると横並びに魔法陣が2つ展開される。

 

「イフリートキャノン……」

 

 炎による極大の砲撃魔法が発射され、闇の書を吹き飛ばした。

 撒き散らされた炎が建物にも伝わり、幾つかの建物を焼く。

 

「あ……」

 

「やり過ぎだ!? 君は八神はやてを殺す気か!!」

 

 思った以上に出力が出してしまった。

 苛立ちから冷静さを取り戻した彩那にクロノが叱りつける。

 

「アヤナ! 本当にはやてを殺す気はないんだよね!」

 

 肩を揺らしてきて問うフェイト。

 非殺傷設定の無い彩那のデバイスでは本当に殺害しかねないのだ。

 

(やっぱり、神剣の出力調整は難しいわね)

 

 神剣を見ながら内心で息を吐く。

 まだ使うのは2回目。しかも前は手加減不要のバケモノだった為に、力を抑えて戦うのはこれが初めてなのだ。

 

(殺してはないと思うけど……)

 

 派手な攻撃だったが、あの程度で殺せるのなら可愛いモノだ。

 彩那の予想は正しく、バリアジャケットが少し破損しているが、息1つ乱していない。

 

「なんと言われようと、私は我が主の願いを叶える。それだけが私が主に出来るただ1つの────」

 

「今よっ!」

 

 彩那の合図にクロノ、なのは、フェイトが同時にバインドをかける。

 

「大人しくしてて、闇の書さん!」

 

「この程度の拘束でっ!」

 

 闇の書が即座にバインドを破壊しようとする。

 そこで彩那が闇の書に急接近し、神剣を彼女の胸に突き立て────いや、刃が吸い込まれる。

 

「後はお願い」

 

 そう告げると彩那がその場から光の粒子となって姿を消す。

 

「1分15秒……2分も要らないじゃないか」

 

 おそらくは彩那が成功させたのだろうと察してクロノは胸を撫で下ろす。

 不思議そうに自分の手の平を見つめる闇の書。

 彩那は自分の役割を果たす為に赴いた。

 だから残った者達も出来ることをしなければならない。

 

「闇の書さん! お話を聞いて欲しいの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書の内部に侵入した彩那は自分の肉体(そんざい)を再構築させた。

 

「さて、八神さんを探すとしましょうか。それに……」

 

 彩那は周囲を見回す。

 真っ暗闇で視覚が意味を成さず、明かりを照らす。

 

「闇の書の完全破壊。外からは無理でも内側からなら或いは」

 

 外からどう破壊しても転生してしまう闇の書。しかし内側からならその転生機能本体を見つけて破壊する事も可能かもしれない。

 彩那が闇の書の内部への突入を進言したのはそういう理由もあった。

 もちろん八神はやての探索が最優先だが。

 

「取り敢えず、探索魔法を走らせて……」

 

 魔方陣を展開し、はやてや闇の書の根幹のシステムを探り始める。

 それから少しして。

 

「ん?」

 

 膨大な魔力反応を上から感知する。

 上を向くと、巨大な何かが降ってきた。

 

「なっ!?」

 

 急いで落下範囲から外れる為に移動する彩那。

 振り返って確認すると、強いて言えばそれは桁外れに大きな亀だろうか? 

 翼や蛇の等が無数にくっ付いており、大分歪な形だが。

 相手の出方を窺っていると、蛇の口から砲撃が撃たれる。

 その攻撃を回避しながら舌打ちした。

 

「まぁ! 友好的な存在なわけないわよね! 外部からの侵入を排除する防衛システムってところかしら!」

 

 彩那は蛇の首に近付いて斬り落とす。

 しかし首を落としてもすぐに再生を始める。

 その機能に彩那は顔をしかめた。

 

「帝国の古代兵器といい、なんでこういうのって再生能力が当たり前に付与されてるのかしら! ズルいったら!」

 

 今度は複数の蛇の頭が一斉に彩那に狙いを付ける。

 発射された砲撃の網目をすり抜ける形で回避行動を取る彩那。

 しかし蛇が頭を動かす事で砲撃が迫ってくる。

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐いてシールドを張って迫る砲撃を防いだ。

 砲撃が収まると、多数の鎖が全ての蛇の首に絡み付く。

 

「こっちにはオーバーSランク5人分のリンカーコアが有るのよ! この程度の攻撃でっ!!」

 

 神剣は生贄として捧げた4人のリンカーコアを使用者と連結して扱う事を可能にする。

 それにより、そこらの高ランク魔導師とは比べ物にならない魔力を扱えるようになる。

 

 

 

『璃里の戦い方ってボク達の中で1番(いっちゃん)エグくない?』

 

『あぁ。それ、私も思ってたわ。バインドで縛って爆殺とか。罠を張って一気に吹き飛ばすとか。顔に似合わずエゲツない戦法取るなって』

 

『酷いよ! ねぇ、彩ちゃん! 2人共酷いよね!』

 

『……ごめん、私も実はそう思ってた』

 

『そんな!』

 

 

 

「チェーンボム!!」

 

 縛った蛇の首が同時に爆発する。

 続いて敵の上空に巨大な魔法陣を出現させた。

 

『でも、冬美って名前なのに魔力が炎に変換されるのって変なのー』

 

『別に良いでしょ。使えればなんでも』

 

『ほら、冬美ちゃん怒りっぽいし?』

 

『あ、なるほど』

 

『張っ倒すわよアンタら!』

 

 

 

「インフェルノジャッジメント!」

 

 巨大な炎の剣が出現し、敵の真ん中に突き刺さる。

 痛みはあるのか、苦痛で吠えた。

 

 

 

『渚ちゃん。斬るときにスーパーとかハイパーとかたまに付けてるけど、なにか違うの?』

 

『気合い!』

 

『……』

 

『ちょっと冬美! そのバカにしたような視線やめてよ! 冗談だから!』

 

『じゃあやっぱり違うんだ』

 

『勇者斬りは身体能力を限界まで上げて斬ってるの。スーパーは加えて霊剣にも魔力を最大まで注いで斬ってる。ハイパーは魔力の刃を伸ばして斬りつけてるよ。その分威力は落ちるし、燃費は悪いけどね』

 

 

「ハイパー勇者斬りぃっ!!」

 

 魔力により伸びた刃が巨大な敵を両断した。

 神剣の特権。捧げたリンカーコアの持ち主の戦闘経験を使用者にフィードバックさせる。

 魔法戦闘の経験の同化と言っても良い。

 しかし敵も再生を始めている。

 防衛システムは彩那が斬ったパーツが球体となって襲ってきた。

 

「チッ!」

 

 

『あの鉄槌の騎士の攻撃、どうやったら防げるかな? いくら硬さを増しても壊されるんだよね』

 

『なら、弾いちゃえば良いんじゃない? ゴムみたいにさ』

 

『渚ちゃん。今わたしのどこを見て言ったの?』

 

『術式の組み立て、手伝いましょうか?』

 

『うん! お願い! 冬美ちゃん。璃里ちゃん』

 

『ボクはー?』

 

『なにか美味しい物買ってきて』

 

『ラジャー!』

 

 

 

「バウンドシールド!!」

 

 彩那はバウンドシールドで自分の倍以上ある球体を受け止める。

 バウンドシールドに衝突した球体は巨大な敵へと跳ね返り、上から落ちる形で球体が敵に落ちる。

 潰された防衛システムに対して呟く。

 

「悪いけどね。ここからは、戦闘をする気ははないわ。一方的に蹂躙させてもらう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回彩那が闇の書に侵入出来たのは、原作でフェイトを取り込んだのと似たような魔法を使ったからです。


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祝福の風(リインフォース)

 綾瀬聡子はこの2日間、行方の分からない娘の無事を祈っていた。

 夫は今も娘である綾瀬彩那の目撃情報を求めて聞き込みを行っている。

 聡子も勿論その手伝いをしていたが、目に見えて疲労が溜まっている妻を見兼ねて、夫が休むように言い含めたのだ。

 しかし満足に仮眠すら取れず、ボーッと淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「彩那……どうしてあの子がまた……」

 

 誰も答えてくれない疑問が延々と頭の中で繰り返される。

 1年と少し前、行方不明だった娘が保護され、病院に搬送されたと連絡を受けた時は移動する1分1秒がとても長く感じられた。

 病室に訪れると、そこには全身に包帯を巻かれて眠る娘がいた。

 顔には刺青が彫られていたが、見間違う筈のない大切な娘。

 誰が愛娘をこんな姿にしたのか。

 その怒りは当然沸いてきたが、それでもその時はただ、娘が生きて戻ってくれたことが涙が零れるくらいに嬉しかった。

 入院して3日程経ち、彩那が目を覚ました時は心臓が止まるかと思った。

 目を覚ました娘は不思議そうに自分を見る。

 まるで数年振りに会った知人が誰か確かめるように震える声で訊いてきた。

 

『おかあ、さん……?』

 

 娘の問いに上手く答えられず、泣きながら頷く事しか出来なかった。

 その反応に彩那は気にした様子もなく、疲れを吐き出すように、信じられない言葉を口にした。

 

『なんで……私なんかが生きてるの……?』

 

 誰に向けて言うでもない独白。

 その絶望に塗れた声は今でも忘れる事が出来ない。

 他の子達の家族に遺品と言って持ち物を返し、泣きながら謝り続けていた。

 傷だらけの娘が謝り続ける姿に他の家族は彩那を責めることが出来なかったが、程無くして3つの家は他所へと引っ越す形となる。

 退院して一緒に暮らすようになってから、彩那に違和感を覚えた。

 まるで大人と会話してるような。

 確かに元から際立って明るい性格という訳では無かったが、ここまで物静かで達観した子ではなかった。

 いったい、どんな経験をすればたった1ヶ月でこうまで性格が変わってしまうのか。

 

「でも、そんな事よりも……」

 

 どんなに変わってしまっても、生きていてくれればいい。

 帰ってきてくれさえすれば、それだけで良いのだ。

 

「彩那……どうか無事で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オールコンサート・フルストライクッ!!」

 

 幾つもの魔法陣を展開する。

 本来は各遠距離攻撃魔法を順々に撃ち込む魔法だが、彩那は全ての魔法陣を同時展開し、一斉発射させる。

 射撃、斬撃、砲撃、砲弾、誘導弾、誘導刃。

 あらゆる遠距離攻撃魔法が雨あられと巨大な敵へと降り注ぐ。

 全て撃ち終え、体の4割が消し飛んだ敵に彩那は接近する。

 

「これで終わりよ! (スーパー)勇者斬りぃっ!!」

 

 神剣を振り下ろして首を両断した。

 離れて数回大きく呼吸する彩那。

 敵が動かなくなったことを確認して意識を別に向ける。

 

「八神さん……」

 

 仕掛けている探索魔法には未だに反応がなかった。

 

「なら!」

 

 彩那は剣を振るって周囲を攻撃し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴の街では未だに闇の書との戦闘が続いていた。

 

「闇の書さん! 話を聞いて!」

 

「話す事など、ない!」

 

 こちらの呼びかけを拒否して攻撃を続ける闇の書になのはは訴え続ける。

 

「あるよ! わたし達みんなが力を合わせれば、きっとはやてちゃんを助けられる! だから戦うのをやめて!」

 

「不可能だ。我が主が闇の書()に選ばれた時からこの結末は決まっていた!」

 

 そこで魔力刃を出した大鎌形態のバルディッシュで接近戦に挑むフェイト。

 

「まだ決まってない! 貴女が勝手にはやての運命を決めないで!」

 

 シールドでバルディッシュの刃を防ぐ闇の書。

 既に闇の書がいつ本格的な暴走に入ってもおかしくない状況。

 むしろ何故まだ暴走が始まらないのか不思議なくらいだ。

 時間がないと彩那が何度も念を押した言葉が重く圧しかかる。

 

(やっぱり、出し惜しみしてる場合じゃないよね)

 

 まだ調整が不充分な為、エイミィから使用を禁じられていたフルドライブシステム。

 少しでも状況の打開に繋がるなら、ここで躊躇っていては駄目だと直感する。

 

「我が主は覚める事のない永遠の夢の中へいる。お前達もすぐに────」

 

「永遠なんてないよ」

 

 闇の書の言葉を遮り、なのははレイジングハートを構える。

 

「変わらないモノなんてないよ。たとえいつか眠るとしても、それは今じゃない」

 

 子供が大人になるように、不変なモノなどない。

 幸福も不幸も、いつかは終わるのだ。

 だから今日、闇の書の悲劇を終わらせる為に。

 

「レイジングハート! エクセリオンモードッ!!」

 

「なのはっ!?」

 

 使用を禁じられていたフルドライブを使おうとするなのはにクロノが非難めいた声を出す。

 逆にフェイトは覚悟を決めたようになのはに続いた。

 

「バルディッシュ! ザンバーフォームッ!!」

 

 レイジングハートの先端が槍状へと変化し、バルディッシュは雷光の大剣を生み出す。

 

「絶対に、終わらせたりしないから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神はやては夢から意識を覚醒させようとしていた。

 そんな彼女の目元に誰かの手が添えられる。

 

「お眠りください、我が主。貴女が傷付くことのない。夢の中へ」

 

 優しい声だった。

 はやてを心から労り、心配する女の声。

 だから、その声の命じるままに眠りに落ちたい気持ちはある。

 しかし、ここで起きないといけないという直感がギリギリのところで完全な眠りを拒んでいた。

 目蓋を上げなければ、取り返しのつかない事になりそうな、そんな予感。

 なのに、はやての意思とは裏腹にその意識は沈み始めて────。

 

 その瞬間、はやての背後から大きな音と衝撃が走った。

 

「わぁっ!?」

 

 2度寝に入ろうとしたら家に自動車が突っ込んで来たような衝撃にはやては強制的に意識を立ち上げる。

 

「な、なにっ!?」

 

 背後を向くと、そこには見知った。しかし初めて見る姿の少女がいた。

 

「あ、綾瀬さん!?」

 

「八神さん。やっと見つけ……チッ!」

 

 鎧姿に顔に刺青をした同級生が舌打ちをしてはやてのところまで走ると、車椅子から抱き上げる。

 

「貴様っ!? 何故ここに!!」

 

「自分のことは自分でなんとかなさい!」

 

 傍にいた銀髪の女性に対して彩那は遮るように答えになってない答えを返した。

 しかしその理由はすぐに判明する。

 

 彩那がはやてを抱えて飛ぶと同時にその場所に光線が飛んできて車椅子を破壊した。

 

「ビ、ビームゥッ!?」

 

「やっぱり追ってくるのね……!」

 

 忌々しいと彩那が苦い顔をする。

 魔力砲が飛んできた方向に目を向けると、空間の亀裂から異形の生物の頭が入り込んでくる。

 

「な、なんなんアレッ!?」

 

「闇の書の防衛システムの類いよ! 私という異物を排除する為に襲ってきてるの! 倒しても倒しても新しくやって来てね! 主を破滅させるだけのくせになんでそういうところだけは充実してるのかしら!」

 

 彩那は手にしている剣を向けて砲撃魔法を撃つ。

 炎の砲撃を喰らって巨大な頭部が痛そうな声で空間の亀裂から頭を動かす。

 その様子にはやての中で痛そうでかわいそうという感情が過る。

 それが場違いだと理解しながら。

 しかしその防衛システムは壁を壊すように空間の亀裂を広げてこちらに侵入してきた。

 

「それにしても、よく起きられたわね」

 

「いやいや! あんな大きな音立てられて寝てられるほど神経図太くないで?」

 

「あぁ。それもそうね」

 

『────っ!!』

 

 防衛システムが吼える。

 彩那がはやてを抱えたまま身構えるが、相手の目標はこちらではなかった。

 

「あぁっ!?」

 

 闇の書の管制人格。

 彼女に触手が伸びてその体を絡め取る。

 そのまま防衛システムに引きずられる闇の書。

 

「綾瀬さんっ! あの人がっ!?」

 

「まさか! この中だと戦えないの!?」

 

 外側で戦り合った時の戦闘力だと思っていたので、無抵抗で捕まるのが予想外だった。

 

「八神さん! しっかり掴まってて!」

 

「う、うん!」

 

 はやてが彩那の首に腕を回したのを確認して飛翔する。

 突然ジェットコースターに乗ったような恐さにはやては目を瞑った。

 彩那は銀髪の女性に絡まっている触手を斬ると神剣を脇に抱えて乱暴に女性を救出した。

 着地すると彩那は2人を降ろし、刀身に炎を纏わせ、反対の手を前に出す。

 展開した魔法陣から鎖が生まれ、防衛システムを拘束する。

 

「ハァッ!!」

 

 炎を纏った剣を振るうと、自分達と防衛システムの間に炎の壁によって阻まれた。

 

「これで、少しは時間が稼げるでしょ」

 

 突き刺した剣を支えにして疲れた様子で腰を落とす彩那。

 しかし、すぐにはやての方へ視線を向ける。

 

「取り敢えず、現状を簡単に説明するわね」

 

 これまで守護騎士達が八神はやての病気を治す為にリンカーコアの蒐集を行っていたこと。

 しかし、闇の書には重大なバグがあり、それによって文字通り世界の危機に陥っていること。

 それらを止める為に外ではなのはとフェイトが頑張ってくれていることも。

 

「それを解決する為には、八神さんが闇の書────いえ、夜天の魔導書の管理者権限を握る必要があるのよ。ここから先は貴女の決断にかかっていると思って」

 

 まだ9歳の女の子には重すぎる決断だと思うが、ここから先は八神はやてが自分で選択しなければ意味がない。

 そこでバインドを砕こうともがき、吼える防衛システムにはやてはビクリと肩を震わせた。

 そんなはやての肩に彩那が手を置く。

 

「恐がらなくていいわ。アレには危害を加えさせないから」

 

 そこから彩那は自分の事を話し始める。

 

「私にはね。とても大切な友達がいたの。大好きだった。皆の為なら死んだって構わない。そう思えるくらいに」

 

「綾瀬さん……」

 

「でも、守られたのも、助けられたのも私の方だった。大切なモノは、全て手から溢れ落ちてしまった。でも八神さん。貴女はまだ間に合う筈なのよ」

 

「え?」

 

 守護騎士達は人間じゃない。夜天の魔導書が存在する限り、騎士達も消滅しないのだ。

 はやてが管理者権限を手にすれば、再度召喚する事も不可能では無い筈。理屈の上では、だが。

 話を聞いて、はやても語り始める。

 

「綾瀬さん。もしもわたしが居なくなって、みんなに迷惑がかからなくなるんなら、死んでもえぇって思ってたかもしれへん。けど……」

 

 今日のクリスマスパーティーを思い出す。

 両親が生きていた頃と同じくらい幸せな時間だった。

 

「すずかちゃんにアリサちゃん。なのはちゃんにフェイトちゃん。ウチの子らも居て、ほんまに楽しかった」

 

 たとえ誰かの迷惑になっても生きたい、と願ってしまう。

 

「死に、たくないなぁ……もっと、みんなのこと知りたい。クリスマスだけやなくて、他にもやりたい事がたくさん……!」

 

 いつの間にか蓋をして諦めていた想いが噴き出し、嗚咽と共に口に出る。

 彩那はそんなはやてに安心した様子でそう、と相槌を打つ。

 そして肩に置いていた手を頭に乗せた。

 

「その気持ちがあれば、きっと大丈夫。八神さんを助けようとした騎士達。それに今も貴女を救うために頑張っている子達がいる。八神さんは、自分が思っている以上に、周りに愛されてるのよ。だからそんな卑屈にならず、生きてていいの」

 

 優しい声で彩那が告げる。

 次に管制人格の方に話しかけた。

 

「で? 貴女は? まだうだうだ言うつもりかしら?」

 

「私は……」

 

 主の気持ちに応えたい。

 しかし、きっとどうにもならない。そんな感情がせめぎあっている。

 この期に及んでまだごちゃごちゃと悩む女に彩那は呆れて息を吐く。

 

「まぁいいわ。もう少しだけ時間を稼いであげる。オートシールド」

 

 彩那が神剣を地面に突き刺し、引き抜く。

 すると凧型のシールドが生まれ、それを4枚作った。

 それが、はやてと管制人格の周囲を囲んで回る。

 

「これが、2人を守ってくれるわ。必要はないだろうけど」

 

「必要ない?」

 

 振り向かず、鎖から解き放たれた防衛システムに顔を向けたまま答えを返す。

 

「えぇ。私がここに居る以上、アレの攻撃は何1つ、貴女達に通させやしないわ」

 

 そう告げると飛翔し、防衛システムに向かっていく。

 その姿を見ていたいという気持ちもあったが、はやては自分のやるべき事をしなければならない。

 

「ずっと忘れてたことがある……」

 

「?」

 

「お父さんとお母さんが亡くなったあの日、強い光を見た。アレは、貴女が魔法でわたしを守ってくれた光。ありがとぉ」

 

 ようやく言えたお礼。

 管制人格は跪き、はやてと視線を合わせる。

 

「どうかお眠りください、我が主。もうすぐ私の呪いが貴女を殺してしまう!」

 

 それがきっと彼女が主に出来る唯一の奉公だったのだろう。

 だけどそれはもうこれまでにしなければならない。

 

「ごめんな。みんながわたしの為に頑張ってくれとるのに、それを無視して眠るなんてできへんよ」

 

 はやてが管制人格の頬に手を添えた。

 

「それに、ずっと寂しい想いをしてた貴女も救いたい。わたしの為とはいえ、色んな人に迷惑かけたウチの子らもお説教せなあかん。だってわたしは貴女達のマスターやから」

 

 こう考えるとやらなければならない事は山積みだ。

 その事が少しだけ嬉しい。

 

「駄目です。自動防御プログラムが止まりません。外で管理局の魔導師が戦っていますが……!」

 

 泣きながら暴走を止められない自分を責める優しい子。

 だからはやては、外に助けを求める事にした。

 

『なのはちゃん! フェイトちゃん! 協力、お願い!』

 

『はやてちゃんっ!?』

 

 突然念話を繋がれて、なのはとフェイトが驚きの声を出す。

 

『ごめん、2人共、どうにかしてその子を止めてあげて! 魔導書本体からのコントロールは切り離したんやけど、その子が戦ってると、管理者権限が使えへん! 今動いてるのは自動防御プログラムだけやから!』

 

『はやて! アヤナは無事か分かる!』

 

『うん! 今中でも戦ってくれてて、守ってくれてるよ!』

 

 はやてからの報告に念話越しに安心した様子が感じられた。

 そこから念話を切り、自分のやるべき事に集中する。

 

「名前をあげる。闇の書とか、呪われた魔導書なんて呼ばせへん。わたしが言わせへん。ずっと考えとった名前や。強く支える者。幸運の追い風。祝福のエール。リインフォース」

 

 主を閉じ込めていた檻が、音を立てて崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロノがバインドで拘束した管制人格をなのはとフェイトが手加減なしの中距離砲撃を喰らわせて沈黙させた。

 吹き飛んだ彼女を追って飛行する3人。

 少し時間を置いてアリサとすずかを守っていたユーノとアルフも合流するだろう。

 

 その途中で、ベルカ式を表す4つの魔法陣と、白い光が柱となって海と空を貫く。

 その光景に3人は動きを止めた。

 それぞれの魔力光ので編まれた魔法陣の上に立つ、蒐集されて消えた筈の守護騎士達。

 囲まれた4人の中心から八神はやてが姿を現した。

 

「はやてちゃんっ!!」

 

 喜ぶなのはとフェイトにはやてが微笑む。

 

「夜天の光に祝福を! リインフォース! ユニゾン・イン!!」

 

 その声と共にアンダーだけだったはやてに騎士甲冑を纏い、ユニゾンの影響で髪は白髪に瞳は青へと変化する。

 

「どうやら、上手くいったと見て良いのかしら?」

 

 いつの間にか背後にいた彩那になのはとフェイトが振り返る。

 

「彩那ちゃん!?」

 

「アヤナ、無事だったんだ!!」

 

「少し危なかったけどね……」

 

 はやてが管理者権限を握り、自分から出て行ったのは良かったが、部外者の彩那が通れるルートではなかったらしく、仕方なく無理矢理裏口を作って脱出したのだ。

 タイミングがもう少し遅ければ、閉じ込められていたかもしれない。

 甦った守護騎士達を見て安堵するなのは。

 

「ヴィータちゃん達も戻ってこれて良かった」

 

「……そうね」

 

 素直に喜ぶなのは、フェイトと違って彩那は複雑そうな顔をする。

 

「機嫌が悪そうだな。なにか気になる事でも有るのか?」

 

 クロノの指摘に彩那は神剣に一瞬視線を移してから溜め息を吐く。

 

「くだらない嫉妬です。お気になさらずに」

 

 自分の手から溢れ落ちた人達。

 それらを当たり前のように拾い上げたはやてが少しだけ羨ましいと思っただけ。

 いつまでもジッとしてる訳にもいかず、はやて達のところへ移動する。

 

「水を差すようで悪いんだが。時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。状況を確認したい」

 

 クロノ達が接触した事で、はやてに抱きついていたヴィータがはやてから離れ、和やかな空気が引き締まる。

 最後尾に居る彩那を見て、守護騎士達は複雑そうな顔をしているが。

 

「先ずは君達が切り離した闇の書の防衛プログラム。それが形となってもうすぐ暴走が始まる、で間違いないか?」

 

 クロノの指摘にはやてが頷く。

 

「物体化した暴走体は、周囲の魔力や物質を喰らい続けて肥大化を際限なく続けてく。それこそ、この星を喰らい尽くす程に」

 

 はやての説明にクロノは自身のデバイスを見せる。

 

「このデュランダルには、極めて強力な凍結封印の魔法がある。それを使って、暴走体を封印出来るか?」

 

「難しいと思います。主のない防衛プログラムは、魔力の塊みたいな物ですから」

 

「凍結させても再生機能が止まらん」

 

「そうか……」

 

 シャマルとザフィーラの指摘にクロノは特に落ち込んではいない。

 グレアム提督が先程までリインフォースが暴れていた時に封印しようとした時点で予想はしていたからだ。

 

「なら最後の手段。アースラに搭載されたアルカンシェルで暴走体を強制的に消滅させる」

 

「アルカンシェルはダメだ!! そんなもん撃ったら、はやての家まで吹き飛ばしちまうよ!」

 

 ヴィータが腕でバツを作って拒否する。

 その発言になのはがギョッとしてクロノに問う。

 

「クロノ君。アルカンシェルってそんなに?」

 

「あぁ。発動地点を中心に100km単位を巻き添えにする反応消滅砲だ。僕も出来る事ならここで使いたくない」

 

 想像もつかない破壊規模になのはとフェイトも駄目だと叫ぶ。

 彩那も難しい顔をする。

 

「どうにかしてアルカンシェルの破壊範囲を狭める事は?」

 

「すまない。そう手加減の利く兵器じゃないんだ」

 

 全員で悩んでいると我慢の限界だったアルフが大雑把な事を言う。

 

「あーもう!! なんなら、全部まとめてズバーッとやっちまうわけにはいかないのかい!!」

 

「だからその方法を話し合って……」

 

 彩那がそう言いかけるとなのは、フェイト、はやての3人がなにかを思いついてクロノに訊く。

 

「ねぇ、クロノ君。そのアルカンシェルってどこでも撃てるの?」

 

「たとえば?」

 

「今、アースラが居る軌道上」

 

「宇宙空間で」

 

 3人の提案にクロノが驚きのあまり目を大きく開ける。

 だから代わりにエイミィが答えた。

 

『大丈夫! 管理局の技術をナメないで!』

 

 とお墨付きを貰った。

 そこまで行けば作戦が決まったも同然だった。

 

「コアを露出させるまで暴走体への攻撃。コアが露出したら宇宙空間まで対象を転移させ、アルカンシェルで消滅させる。本来なら机上の空論でしかない力押し作戦だが、どういう訳かそれが可能な戦力がここに揃っている」

 

 乾いた笑いが出そうな幸運だった。

 

『みんな!! 暴走体の出現まで2分切ったよ!』

 

 エイミィからの報告に全員が気を引き締める。

 そこではやてがシャマルを呼ぶ。

 シャマルも承知して寄ってきた。

 なにをするのか察した彩那は距離を取る。

 

「治療なら私はいい。自動治癒の魔法が働いている上で下手に他人の魔力に干渉されると逆効果だから」

 

 体の治癒の大半は既に終わっている。

 これ以上の治療は必要ない。

 

「そう、ですか……」

 

 シャマルも彩那に対する警戒心が解けないまま、なのはとフェイト、それとクロノを治療する。

 

「風よ、癒しの恵みを運んで」

 

 シャマルが指輪型のデバイスをかざすと、3人の傷は癒え、バリアジャケットも修復される。

 

「すごい……」

 

 感嘆の声が出るとシャマルが微笑む。

 

「湖の騎士シャマルと風のリング、クラールヴィント。癒しと補助が本領です」

 

 本当に準備が整い、暴走体への迎撃態勢に入る。

 このメンバーで細かなチームワークは無理なので、とにかく強力な攻撃を叩き込む事だけを考える。

 

「ストラグルバインド!」

 

「チェーンバインド!」

 

 先ずはユーノとアルフがバインドで脚の部分を縛り上げる

 

「縛れ! 鋼の軛!」

 

 ザフィーラの軛が落とされ、暴走体を突き刺した。

 反撃に転ずる暴走体の攻撃を回避しつつ、各々が最大の攻撃を開始する。

 出し惜しみは必要ない。デバイスに残っている全てのカートリッジを使う。

 ヴィータのデバイスであるグラーフアイゼンがこれまでにない巨大なハンマーへと変化する。

 

「轟天爆砕!! ギガントシュラークッ!!」

 

 振り下ろされた槌が暴走体の障壁を破壊する。

 音を立てて最初の障壁が砕け散る。

 しかしそれも時間をかければ元に戻ってしまうだろう。故に間を置かずに次の攻撃が繰り出される。

 シグナムは剣の柄尻と鞘を合わせる。

 するとその姿を弓に変え、弦を引く。

 

「翔けよ、隼っ!!」

 

 放たれた矢は炎の鳥へと変化し、次の障壁を焼き払う。

 そして次はフェイトがザンバーフォームのバルディッシュを構えていた。

 

「撃ち抜け、雷神っ!!」

 

 振り下ろす巨大な雷の刃が両断する。

 最後の防壁は────。

 

「エクセリオンバスターッ!!」

 

 フェイトの攻撃に合わせて砲撃魔法を撃つ。

 

「ブレイク……シュートッ!!」

 

 容赦なく最後の壁を破壊する。

 しかし暴走体もただ的になるばかりではない。

 煙に隠れた触手が動きが止まっているはやてに狙いを定めていた。

 巻き上げられていた煙を払ってはやてに砲撃が撃たれる。

 

「はやてぇ!?」

 

 ヴィータの声が響く。

 誰もがはやての心配をするが、それは杞憂に終わった。

 彩那がはやてを守る形でシールドを展開していたから。

 

「ありがとな、綾瀬さん……」

 

「貴女達への攻撃は通さないと言ったでしょう。やりなさい!」

 

 彩那の号令にはやては頷いた。

 

「彼方より来たれ宿り木の枝! 銀月の槍となりて撃ち貫け! 石化の槍ミストルティンッ!!」

 

 はやてが放った光が暴走体を貫き、そこから石化していく。

 同時にクロノが動いた。

 

「凍てつけ! エターナルコフィンッ!!」

 

 凍結魔法が暴走体を凍らせていく。

 はやてが使った石化の魔法も含めて暴走体は殆んど身動きが取れなくなった。

 そこでなのはから念話が届く。

 

『フェイトちゃん! はやてちゃん! 彩那ちゃん! 合わせて!!』

 

 なのはの念話に3人が頷く。

 4方向に移動した少女達はそれぞれ魔法の準備に入る。

 

「全力全開! スターライトォ────」

 

「雷光一閃! プラズマザンバー!!」

 

 なのはとフェイトが各々が今出来る最大の攻撃魔法を準備する。

 それは彩那も例外ではない。

 

「勇者の裁きをここに……ブレイブシャイン・エクスキューション……!」

 

 宙に浮いた神剣の両端を挟むように手で覆い、魔力を込める。

 すると光に覆われて巨大な球体になっていく。

 そしてはやてはただ1人哀れむように暴走体を見ていた。

 

「ごめんな。おやすみな。響け、終焉の笛! ラグナロクッ!!」

 

 4人が充分な魔力を溜めて同時に魔法を解放した。

 

『ブレイカーッ!!』

 

 巨大な2つの砲撃と斬撃。そして球体が4方向から暴走体を襲う。

 それらを受けた暴走体はその体を蹂躙され、両断され、撃ち貫かれ、内側から崩壊していく。

 コアが完全に露出し、それをシャマルとユーノ、アルフで宇宙へと転送させる。

 誰もが緊張が走る中、やがてエイミィからアルカンシェルによりコアが完全に破壊された事が報告された。

 全員がホッとする中で、はやてが突然意識を失った。

 そしてもう1人。

 

「あ、ぐ……は、あぁああああっ!?」

 

「彩那ちゃんっ!?」

 

 神剣は4つの待機状態に戻り、彩那は勇者服すら消えて苦しみ始めた。

 そのまま意識を失い、落下していくところを近くにいたクロノが受け止める。

 

「アースラ! 彩那と八神はやての転送を最優先に!!」

 

 クロノが指示を出すと早急に転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最低限の検査を終えて八神はやての家族であるヴォルケンリッターは今後について話していた。

 

「お前達が消えることはない。先に消えるのは私だけだ。尤も、それもまだ先の話ではあるが」

 

 リインフォースは自分達の現状を語る。

 4人の守護騎士はプログラムから切り離された為に消滅を免れた。

 本来なら管制人格であるリインフォースが居る限り、闇の書が復活する危険性が有るため、自ら消滅しなければならなかった。

 しかし────。

 

「あの少女が散々闇の書の中で暴れてくれた影響か、私と闇の書の呪いは完全に分離してしまった。お前達のようにいつまでもとはいかないし、力の大半を失ってしまったが、生きていく事だけは出来そうだ」

 

 そこに自嘲するような含みはない。ようやく重い荷物を下ろしたような解放感だった。

 シャマルがリインフォースに質問する。

 

「それは、いつまで持つの?」

 

「分からない。1年後かもしれないし、10年後かもしれない。ただ魔法を使えばそれだけ寿命を削る事になるだろうが」

 

 もはや彼女に融合騎としての力もない。

 今度はリインフォースから質問をする。

 

「ホーランド……いや、綾瀬は?」

 

「分からん。主はやては我らの身内という事で容態を知れたが、綾瀬の方の情報は私達まで回ってこない」

 

 はやての方は、今まで眠っていたリンカーコアを急に使用した事による負担で意識を失っただけ。直に目を覚ますと言われた。

 それはシャマルも同意見だ。

 

「でもよ。おかしくねぇか?」

 

「なにがだ?」

 

「ホーランドの勇者……だってアレはもう300年以上も前の戦争だったろ! なんでそんな奴が地球(ここ)にいんだよ! それにアタシらが知ってる年齢とも一致しねぇし」

 

 闇の書の呪いから解放されたせいか、過去の事も大雑把にではあるが思い出せた。さっきまではそんな状況でもなく問えなかったが。

 結局その疑問の答えをこの場にいる誰もが出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾瀬彩那が海鳴で保護された時、彼女は五感の全てが麻痺していた。

 故に意識は有るが反応を返す事が出来ない状態が数日続いていたのだ。

 それが初めて神剣を使った時の後遺症である。

 だからこそ綾瀬彩那も神剣を使うリスクを甘く見積もっていた。

 今回で2回目。神剣によってもたらされる代償が同じだと勝手に思ってしまったのだ。

 今回の代償は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、なのはとフェイトは眠り続ける彩那の見舞いに来ていた。

 彩那はこの2日間眠り続けている。

 綾瀬夫妻にはリンディを通してアースラまで来てもらい、既に事情を話しているがその時の事は別の機会に語る事になるだろう。

 次元航行艦とはいえ、地球より数段上の医療技術を持つアースラの方が治療に良いと判断した。

 勿論綾瀬夫妻はいつでも見舞いに来れるように手配してある。

 なのははお見舞いに買った花を花瓶に差す。

 

「アヤナは、こうなるって分かってたのかな?」

 

「たぶん、ね……」

 

 暴走していたリインフォースを1人で同等に戦える力。

 それが何のリスクもないとどうして思ったのか。

 そう思うと、自分に対しても彩那に対しても怒りが沸いてくる。

 互いに話すことなく管に巻かれている彩那を見ていた。

 

「ん……」

 

 すると、ゆっくりと彩那の目が開かれる。

 

「彩那ちゃん!?」

 

「な、なのは!?」

 

 なのははベッドに身を乗り出す。

 それをフェイトに注意された。

 

「?」

 

 不思議そうに周囲を見る彩那。

 

「ここはアースラの医務室だよ、アヤナ」

 

 フェイトがナースコールを押してここがどこか説明する。

 しかし、2人は彩那の様子に違和感を覚える。

 特にその眼だ。

 彩那はどこかいつも疲れた眼をしていた。

 アリサ曰く、死んだ魚のような眼。

 なのに今は、幼子のように純粋な眼に見える。

 不安そうな眼でなのはとフェイトを見ている彩那。

 どうしたんだろうと不思議に思っていると、彩那の口が動いた。

 

「あなたたち、だれ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




闇の書事件終了。
次回からはゲーム版のBOAとGOD編に入ります。


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番外編3:私達が存在しない部隊【前】

原作の世界線というか、彩那を含めた勇者が誰1人地球に戻れなかった世界線。


「行くわけないでしょう。この時期に海鳴になんて」

 

 任務で海鳴に行くことをはやてに伝えられて、彩那はバッサリ切って捨てた。

 

「いやいや! 任務やからな!」

 

「それって機動六課の前線部隊全員で出向かなきゃいけない仕事ですか?」

 

「う!」

 

 痛いところを突かれて八神はやて部隊長は言葉を詰まらせる。

 確かに今回の件は新人のフォワードと数人のサポートだけで事足りる。

 

「で、でもほら。久しぶりにご両親に会いたいやろ?」

 

「お気になさらずに。休みには連絡を取ってますし、長期休みには親孝行もしてます」

 

 子供の頃から迷惑をかけ続けている両親だ。彩那としても出来る限り連絡は取って安心させていた。

 もしも両親が将来的に介護などが必要になったらこっちに呼んで一緒に暮らすために貯金を貯めている。

 

「私からすれば、ライトニングの隊長・副隊長を残してゆけと言いたいのを我慢してるのですが? もしこっちで何かあったらどうするつもりですか?」

 

 丁寧に話しているように聞こえるが、遊び半分の気分で部隊を離れるな、と怒っているのをはやては感じた。

 

「はい。すみません……」

 

 確かに戦力を偏らせ過ぎている。

 落ち込むはやてに彩那はため息を吐く。

 

「まぁ、これまで忙しかったですし、海鳴に行って少し羽を伸ばすのも悪くないでしょう。なにか問題が起きても私が1人で前線メンバー全員分の働きをすればいいだけです」

 

「サラッとスゴいこと言うとる……」

 

 彩那なら本当に出来そうで怖い。

 これは説得は無理だなと判断したはやて。

 その会話にリインフォース・アインスが入ってきた。

 

「申し訳ありません、我が主。今回は私も辞退させてください」

 

「えぇっ!?」

 

 リインフォースにまで辞退されるとは思わなかったはやては声をあげる。彩那もビックリして瞬きした。

 

「実は先日の出動で破壊された公共物の補修に対する保険屋との対応が残っておりまして。それに、私が行ってもやれることもありませんから」

 

 既に魔法がほぼ使えないリインフォースの役割は無く、蓄えられた膨大な知識量を活かして、六課設立前からはやての補佐をしている。

 本人が辞退するならはやてが無理矢理連れて行くわけにもいかない。

 

「そうか? 残念やわぁ……それと、彩那ちゃん。もしもこっちでなにか遭ったら、迷わずわたしらを呼び戻してな? 特にアレを使ったらアカンよ」

 

 彩那の最大の切り札。

 おそらくアレを使えばほぼ敗けはない。

 同時にリスクも高い為、絶対に使わせてはならない。

 実際ここ10年で、アレを使ったのは闇の書事件だけなのだ。

 

「分かってます。無茶はしませんとも」

 

「リインフォース。もしもの時は彩那ちゃんをお願いな」

 

「はい」

 

 何故リインフォースに頼むのか謎だが、はやてがおみやげ楽しみにしててな~、と事務室を出る。

 書類作成の続きに入るリインフォースに彩那が話しかける。

 

「珍しいわね。貴女が自分から八神さんと別行動を取るなんて」

 

「別にそうでもないさ。だが、ここ最近は妹が主に甘えられる時間を削ってしまっていたからな」

 

 要するに妹であるリインフォース・ツヴァイに気を使ったのか。

 納得して彩那も自分の仕事に戻る。

 この10年、リインフォースを含めた守護騎士達との関係は穏やかなモノへと変化していた。

 それなりの頻度で顔を合わせる機会があり、幾つかのきっかけを経て、心の整理が付いたのだ。

 過去の事を完全に許した訳ではないし、友人と問われると疑問だが、少なくとも顔を合わせただけで武器や殺意を向け合う関係ではなくなった。

 

(お互い、助けては助けられてきたしね)

 

 少しだけこの10年を振り返って珈琲が空になったカップを置く。

 すると珈琲の入った容器を持って近づくリインフォース。

 

「注ぐか?」

 

「お願い」

 

 そんな短いやり取りをする2人。

 リインフォースが彩那のカップに珈琲を注ぐ。

 すると、その場に変化が起きる。

 突如リインフォースの足下に魔法陣が展開された。

 

「なっ!?」

 

 突然の事に固まるリインフォース。

 驚いたのは彩那も同じだった。

 

(ホーランド式の魔法陣っ!?)

 

 それを考えるより先に彩那はリインフォースの腕を引っ張る。

 しかしそれは間に合わず────。

 魔法陣の光が2人を包み、それが消えると同時に2人の存在も六課の事務室から姿を消した。

 

「綾瀬副部隊長! リインフォース補佐官!」

 

 残された1人であるグリフィスが唖然とした顔で2人が消えた跡を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆ー、お疲れ様ー」

 

 任務から帰還した面々を出迎える八神はやて部隊長。

 戻った高町なのはがバリアジャケットを解除し、抱えたロストロギアを渡す。

 

「お疲れ様です、はやて部隊長。これが今回捕獲したロストロギアです」

 

 布に包まれたロストロギアを渡すなのは。

 

「形状は少し形の変わった鏡ですね。どういう機能が有るかは今のところ不明です」

 

「まぁ、それはこれから解析にかければえぇやろ。今日はもうゆっくり休んでなぁ」

 

 最後の方は新人達に向けて言い、重い鏡を持って隊舎に入ろうとする。

 そこで鏡が震えだした。

 

「えっ!?」

 

「はやてっ!」

 

 反射的に身の危険を感じて鏡から手を離すはやて。

 それにヴィータが守るようにはやての前に立ち、シールド魔法を展開する。

 鏡に巻かれた布は自分から離れるように解かれてゆく。

 そして鏡の表面から見たことのない魔法陣が展開されると強い光が放たれた。

 眩しさに目が眩み、一同が目を閉じる。

 強い光が収まると、そこには2人の女が抱き合う形で立っていた。

 1人は顔に包帯を巻いて顔は見えないが、体つきから女性と判る誰か。

 もう1人は────。

 

「リイン、フォース……?」

 

 確かめるようにはやてが彼女を呼ぶ。

 10年前に自分は世界で1番幸福な魔導書だと言い、自分の前で逝ってしまった大切な家族。

 彼女を見て、その場にいたヴィータとなのはも困惑から固まる。

 よろよろとリインフォースに近づこうとすると、包帯を巻いた女が動いた。

 腰に下げたポーチからカードを抜き、それが瞬時に青い刀身の剣へと変化するとはやての喉元に突き付ける。

 鋭い眼ではやては見る誰かはすぐに驚いた様子で瞬きした。

 

「八神さん?」

 

「へ?」

 

 知らない人物が自分の名前を呼んだ事に、剣を突き付けられた事実より困惑が強くなる。

 そこで後ろにいたなのはがレイジングハートを向ける。

 

「武器を下ろしてください! 抵抗をすれば撃ちます!」

 

 険しい表情で警告するなのは。

 包帯の女は武器(デバイス)をカードに戻すと両手を上げた。

 

「これはどういう事か、説明して頂いても?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神部隊長が使っている隊長室にははやてを含めた5人の隊長達とリインフォース・ツヴァイ。そして予期せぬ来訪者である2人が集められていた。

 

「平行世界……」

 

 互いに持っている情報を擦り合わせるとそういう単語が思い浮かぶ。

 綾瀬彩那と名乗った女性は眉間にしわを寄せて返答した。

 

「互いに嘘をついてないなら、そう考えるのが妥当でしょうか……」

 

 不機嫌そうな彩那にはやてが謝罪する。

 

「え、と……なんかすみません……」

 

 意図した訳ではないが、此方が彼女達を喚んでしまったのは事実だ。

 自分の態度に問題があると察した彩那は小さく首を振る。

 

「お気になさらずに。以前似たような事に巻き込まれて少し気が滅入っただけですので」

 

「は、はぁ……」

 

 前にもこんなことに巻き込まれるとはいったいどれだけ運が悪いのか。

 そこで気まずそうにはやてはリインフォースに視線を移す。

 

「それで、リインフォース、て呼んでえぇんかな?」

 

「はい、構いません。私は主、と呼ぶわけにはいきませんね。はやてさんと呼ばせていただきます」

 

 同一人物とはいえ、やはり別の人間なのだ。

 リインフォースの主は元の世界の八神はやてしかあり得ない。

 そこら辺のケジメにはやては複雑そうに笑う。

 そこでフェイトがはやてに質問する。

 

「それではやて。彼女達の今後は?」

 

「うん。一応そちらがえぇんなら機動六課(ここ)で保護しつつあのロストロギアの解析を進めて元の世界に帰したいと思ってるんやけど、お2人としてはどうでしょうか?」

 

 見知らぬ女性で居る為に、出来るだけ失礼の無いように話すはやて。

 

「此方もそうしていただけると助かります。それと、あのロストロギアの解析には私も手伝わせてください。私達をこちらに転送した際にホーランド式の術式でした。なら私が少しは役に立てると思います」

 

「ホーランド式?」

 

 聞いたことのない術式に隊長達が首をかしげた。

 それを察して彩那が簡単に説明する。

 

「時空管理局創立前に使い手が殆んど居なくなった魔法体系ですよ」

 

「彼女はその術式を使う此方の管理局でも唯一の局員です。あの鏡がホーランド式で作られているなら、きっと力になれると思います。勿論、私も」

 

 リインフォースが補足するとはやてが協力を了承する。

 

「はぁ。それじゃあ協力をお願いできますか?」

 

「えぇ。本職の技術者ではないのでどこまで出来るか分かりませんが、必ず」

 

 彩那がそう言うと、はやての肩に乗っていたリインフォース・ツヴァイがこの場にいる全員が気になっていた事を訊く為に手を上げる。

 

「あの……綾瀬彩那さん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 おずおずとした様子のツヴァイが意を決して質問した。

 

「その、どうして顔に包帯をしてるんです?」

 

「こ、こらリイン!」

 

 皆も気になっていたが、相手の気に障る可能性が有るので敢えて訊かなかった。

 それに彩那は特に気にした様子もなく答える。

 

「構いません。別に気にしませんから。以前似たような事に巻き込まれたと言ったでしょう? その時に色々と顔の見た目を弄られてしまって。それ以来、周囲に見せられない顔になってしまったの。醜女の顔なんて誰も見たくないでしょう?」

 

 まぁそれが、100%の真実で有るかは話が別だが。

 

(相も変わらず顔の話題になると真実と嘘を混ぜてくるな)

 

 そんな彩那にリインフォースが呆れていると此方の世界の面々が気まずい顔をする。

 

「ご、ごめんなさいです……」

 

「いいのよ。それなりの頻度で訊かれるから」

 

 笑って見せるが、包帯のせいで微妙に怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別世界の機動六課の世話人なることになった彩那とリインフォースは早速問題のロストロギアについて調べる。

 八神はやての方もユーノに無限書庫で調べて貰うように協力を要請した。

 デバイスの調整などを行う部屋を借りて解析を行う。

 

「やっぱり、私が知ってる時代より前の技術ね。もしかしたら私の剣より前の世代かもしれないわ」

 

 これだからロストロギアは……、と愚痴るように眉間のしわを深くする。

 いっそのこと、王剣を使って術式自体に介入してみるか、と考えていると、はやてとツヴァイが入ってくる。

 

「すみませーん。夕飯の時間ですけどー。一緒にどうです?」

 

 はやてが夕食を誘う。

 しかし、彩那はそれを拒否した。

 

「ごめんなさい。せっかくだけど、私はまだ解析を進めたいから遠慮します」

 

 自分達の世界の六課も心配であり、少しでも早く戻らなければならない。

 彩那が断るなら、とリインフォースも断ろうとしたが、彩那が行くように告げる。

 

「貴女は行ってきなさい。解析は私だけでやるから」

 

 此方ではリインフォースは亡くなっていると聞くし、同一個体である彼女と話したいことはあるだろう。

 

「1人で考えたいのよ」

 

「……分かった。なら後でここで食べられる物を持ってこよう」

 

「えぇ。お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、あの綾瀬彩那さんって人はどんな人なん?」

 

 席に着くとはやてがリインフォースに質問する。

 集まっているのは八神家の面々となのは、フェイト。

 色々と聞きたい事もあるが、どうにも綾瀬彩那は此方との会話をやんわりと拒否しているように見える。

 

「そうですね。優しい人だと思いますよ。私がこうして皆と過ごせるのも彼女のお陰ですし。尤も、彼女はそんなつもりではなかったようですが」

 

 リインフォースが今も生存出来ているのは彩那が闇の書の内部で大暴れした副産物。棚からぼた餅、というやつだ。

 対してはやて達はリインフォースが存命しているのが綾瀬彩那のお陰という言葉に驚いている。

 

「確か、我が主が聖祥大に転校する前の学校での同級生だった筈ですが? 此方では違うのですか?」

 

「えぇ!?」

 

「そうなの? はやてちゃん」

 

「いや、聖祥大の方の記憶がのーみつ過ぎてその前の学校の同級生とか殆んど覚えてへん……」

 

 綾瀬彩那と口だけで繰り返し思い出そうとするが、やはり出てこなかった。

 そこでヴィータがでも、と口にする。

 

「アイツを見た……いや、アイツの剣を見た瞬間、なんかヤベー感じがしたんだ。あの時、あの女をぶっ殺さなきゃいけないって思うくらい」

 

「物騒だよ、ヴィータ」

 

 ヴィータの発言にフェイトが嗜めると、わーってるよ! と食事をかっ込む。

 ヴィータ自身、何故そう思うのか、イマイチ理解できないのだ。

 そんなヴィータにリインフォースは優しく語りかける。

 

「心配することはない。私が言える事ではないが、綾瀬は理由もなしに誰かを傷付けるような人間ではない。だから警戒する必要はないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局鏡のロストロギアについては大した事は解らず、綾瀬彩那とリインフォース・アインスは六課の隊舎に泊まる形となった。

 特にツヴァイが憧れの姉と会うことが出来て眠くなるまでお喋りを続けていた。

 そして────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六課の訓練場で彩那はバリアジャケットを纏って空を見上げていた。

 

「何故私は訓練場に居るのかしら?」

 

 彩那のバリアジャケットは子供の頃から変更されている。

 以前クロノに鎧姿だと味方も萎縮させるからもう少し身軽にしてくれと意見された。

 それで今は手甲と足甲を残して鎧の下のインナーとマントだけになっている。

 そして彩那がここに立っているのは昨日リインフォースが余計な事を言ったせいだ。

 彩那が強いのかとシグナムが訊いた際に、六課の隊長陣と同じくらい強いと答え、子供の頃にはなのは、フェイト、はやての3人がかりでも彩那相手に白星を挙げられなかったと正直に話して、当時の戦闘記録の映像まで見せてしまった。

 それに1番反応したのはシグナムだったが、保護してる人間を隊長格が闘うのはマズイとはやてがストップをかける。

 しかし、ホーランド式のデータが出来れば欲しいのも事実でもあり、なのはが食事後に新人達の訓練を手伝って欲しいと頼み込んだ結果、押し切られる形で了承してしまった。

 

「すまない、綾瀬」

 

「いいわよ。貴女が八神さんに甘いのは知ってるし、世話になっている以上、宿代だと思いましょう」

 

 そう割り切る事に決めた。

 ついでにここのところの運動不足を解消するとしよう。

 

「それじゃあ今日は、綾瀬彩那さんと実戦形式の模擬戦闘をやって貰います」

 

「私の事は犯罪者だと思って、全力でかかってきてください」

 

 彩那の言葉にフォワードの面々は戸惑っていた。

 

 

 

 

 なのはの合図で模擬戦がスタートする。

 さっきまで戸惑っていても流石に意識の切り替えが出来ており、実戦さながらの気迫で彩那に迫る。

 

「ヤァッ!!」

 

 スバルが突撃すると彩那は腕を前に出す。

 

「バウンドシールド……」

 

 か細い声と共に展開されたシールド。

 無理矢理押し切ろうとするスバルだが、ゴムを殴るような感触に弾き飛ばされる。

 スバルに隠れるように接近したエリオが槍を振るう。

 槍を横に避けると追撃してくるエリオ。その隙間を縫うようにティアナの射撃魔法を撃ってくる

 射撃魔法を聖剣で受け止めつつ、エリオの槍をマントに巻き付かせて動きを封じると共に首に柄先を当ててデバイスを奪いつつ倒す。動きを止めた一瞬にフリードが口から火を吹いてくる。

 しかしその前に鎖のバインドがフリードを絡め取り、地面に叩き落とした。

 その間にスバルが再び迫ってくると、彩那は跳躍して対決を避ける。

 それをチャンスと見たティアナが20以上の射撃魔法を準備し、一斉に発射した。

 

「もらったっ!!」

 

 この模擬戦で彩那は飛行魔法を自ら禁止している。

 身動きの取れない空中では避けようがない。

 シールドで防ぐのなら次に貫通力を高めた射撃で落とす。

 そう判断したティアナだが、彩那の対処はその上をいった。

 

「ハァッ!!」

 

 向かってくる射撃魔法を全て斬り伏せて見せたのだ。

 ティアナの目の前で着地する彩那。

 

「今の判断は悪くなかったわ。惜しかったわね」

 

 そう喉元に聖剣を突き付ける。

 そこでなのはから模擬戦の終了を告げる声がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編3:私達が存在しない部隊【中】

今回で終わる予定だったのに。
やりたいことを全部やろうとすると倍の長さになりそうなので、前中後に分ける事にしました。


 ────ある勇者の最期。

 

 

「此度の戦い、大義であった」

 

 戦争を終結させ、傷の癒えた綾瀬彩那は用意されたドレスを着てホーランド王に謁見していた。

 

「少しやつれましたね」

 

「お互いにな」

 

 彩那の指摘にホーランド王は苦笑して返す。

 戦争終結の事後処理ではなく、愛娘を失ったショックから精神的に大きな負担がかかったせいだ。

 彩那の方も、以前からあった柔らかな表情ではなく、ただ虚ろな瞳で王と向かい合っていた。

 ホーランド王から話を切り出す。

 

「汝を呼んだのほかでもない。これからの事についてだ」

 

「これから? 私を元の世界に送還してくれるのでしょう?」

 

 そういう約束だった。

 もう元の世界に戻る理由は薄いが、戦争が終わった以上はこの世界に留まる理由もない。

 しかし────。

 

(みんなの亡骸を、せめて家族の元に返してあげないと……)

 

 それが生き残った自分が最後にやるべき義務だと思った。

 彩那の言葉に今思い出したとばかりにくつくつと笑う。

 

「送還……送還か……」

 

「?」

 

 訝しむ彩那に王はもう隠す必要はないと真実を口にした。

 

「不可能だ。お前達を喚び寄せたあの遺物は、元々指定した条件の者を次元を越えて此方に喚び込む為の物。送還する機能など、最初から備わっていない」

 

 王の言葉に彩那は肩を震わす。

 地球に帰る事を夢見てずっと戦争に参加し、多くの人を殺めた。

 あの日々は、いったいなんだったのか。

 約束の反故に彩那は怒りを表す。

 

「なら私達は何の為にずっと────」

 

「この戦争を終わらせる為だ」

 

 彩那の怒りに対して王は何の感情も示さず断言する。

 

「汝らは元々、神剣を抜く為に喚んだ生贄に過ぎん。その聖剣には、汝のリンカーコアを使う筈だった」

 

 そんな事は知っている。

 だけどもう、自分達の役割は終わった筈だ。

 

「本来は完成した神剣をティファナが使い、この戦争に終止符を打つ。そうして生み出させた英雄(勇者)の下でこの国を中心に大陸の統一を図る。そういう目論見(シナリオ)だった」

 

 だから初めから勇者達に真実を話すなど必要なかったと言う。

 ティファナ第一王女と勇者達は親友と呼べるほど仲睦まじいのは誰もが知っていることだ。

 戦争で倒れた勇者。

 親友の想いを受け取り、神剣を手にした王女が悪である帝国を討つ。

 帝国の暴挙が度を越していた事もあり、それを討ったのがホーランドの王女ともなれば、各国の民衆にも受け入れられやすい。

 その為の英雄譚を用意し、ティファナを担ぐ予定だったのだ。

 

「だが我が娘は、汝らに入れ込み過ぎた」

 

 この国と世界の為に戦ってるくれる同い年の勇者(少女)達を王女は心から愛し、自分の親友として接して最終的に自害することで最後の勇者を守った。

 

「汝にはこれから各地で燻っている争いの芽に対処してもらいたい。帝国の残存勢力や、他にも併合出来ずに小規模の反乱を起こしている勢力が残っているのだ」

 

「……私に、まだ人を殺してこいと仰られるのですか?」

 

 怒りを抑えてどうにか質問する彩那に王は首を横に振る。

 

「最早勇者が直接出動する必要もない。汝はただ、全線に赴く兵士達を慰撫してくれれば良い。それだけで兵達の士気も高まろう」

 

 勇者達の実績と信頼は既に崇拝の域に達している。

 その勇者が居なくなれば、軍部への影響は計り知れない。

 

「勇者の次は偶像(アイドル)をしろと?」

 

「この戦争を終結させた汝の軍部での発言力は余よりも上なのだ。汝が望むものは全て用意しよう。汝がこれからもこの世界と国の為に尽力してくれることを願う」

 

 王は話を打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王との謁見を終えた後、彩那は用意された客室で窓の外を見ていた。

 

「中々にうまくいかないものね……」

 

 最後に戦った帝国が封印していた古代の生体兵器。

 それと相討ちにでもなるつもりだったが、重傷は負ったものの運悪く生き延び、ホーランド兵に保護された。

 

「どうしたものかしらね……」

 

 このまま野に下り、どこかでひっそりと生きて往くのか。

 それとも、元の世界に帰る方法を探し続けるのか。

 思案しているとドアをノックする音がした。

 開けると、そこには第二王女であるエリザが立っていた。

 

「アヤナ様……」

 

 エリザは姉を失って以来、部屋で塞ぎ込んでいると聞いたが。

 こうして部屋の外に出てきてくれた事に安堵する。

 何か喋ろうとするエリザだが、言葉に出来ずに彩那に涙ぐんで抱きついてきた。

 

「エリザ王女」

 

 神剣を扱うための手術後のやり取りから憎まれていると思っていた。

 それでもこうして触れてくれるのなら。

 彩那がエリザの頭を撫でようとした。

 すると、背中から激痛が走る。

 

「え?」

 

 確認すると、回されたエリザの手には隠し持っていたのだろうナイフが握られており、それが彩那の背中を刺していた。

 彩那を突き飛ばして離れると、震える手と泣きそうな顔でエリザが呟く。

 

「ティファナ、お姉様……かた、き……」

 

 そこで咳と共に血を吐いた彩那を見て、ビクッと体を縮こませた後に部屋の外に逃げていく。

 痛みで倒れる彩那。

 

(偶然だろうけど、良いところに刺してくれるわね……)

 

 霊剣の魔法を使えば治癒することも可能だが、そんな気は更々起きなかった。

 それどころか安堵している自分がいる。

 

(やっと、楽になれる……もう私……頑張らなくていいんだ……)

 

 もう誰も殺さなくていいのだと思えば、心が随分と軽くなる。

 こんなにも楽な気分はいつ以来か。

 視界が暗くなった瞳から水滴が落ちるが、彩那はその事に気付かない。

 

「や……と、みんな……ころに、逝ける……ね……」

 

 重くなる目蓋に抗わず、とある世界の綾瀬彩那は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人達と予期せぬ来訪者である綾瀬彩那との模擬戦が始まる前に、遠くから見守っている。

 そんな中ではやては家族である騎士達が険しい顔で訓練場を見ている事に気づいた。

 

「どうしたん、みんな。怖い顔して?」

 

「あ、いえ……彼女の剣を見た瞬間に怖気が走ってしまって」

 

「言葉にすると難しいのですが……此方にあの刃を向けられていると錯覚をしました」

 

 シャマルとシグナムが難しい顔で彩那を見ている。

 しかしやはり理由が分からず、騎士達は模擬戦の見学に集中する。

 空中に浮遊しているリインフォース・ツヴァイがアインスに質問する。

 

「あの、アインス。ホーランド式とはどのような術式なのですか?」

 

 自分が生まれる前に消えてしまった先代(アインス)に対して緊張しながらもコミュニケーションを取ろうとしていた。

 アインスとしても自分の妹と微妙に違う対応を楽しみながら会話をしている。

 

「そうだな。戦闘で言えば個人よりも集団戦を得意とする傾向がある。勿論例外はあるが。基本的に個人の役割をはっきりさせ、1つの隊自体が1つの生き物のように連携を取って行動をする。数が増えれば増えるほどに厄介さを増す。戦争を意識した術式。ホーランド式でしか見れない特異な戦術や魔法も幾つか存在します」

 

 かつてのホーランド王国との戦いを思い出してアインスは説明する。

 その説明を聞いてはやてが難しい顔をする。

 

「うーん。それならあの綾瀬さんが1人で戦うのは不利なんちゃう?」

 

「いえ。彼女は例外です。綾瀬はとある理由から戦闘で使うホーランド式の魔法を殆んどを修めてますから」

 

 そこでアインスは模擬戦を始まる彩那を憐れむような、労るような視線を向ける。

 

「もう失われた世界。大陸で長く続いた戦争。それを終わらせた4人の勇者の術式()。彼女は強いですよ」

 

 その言葉と同時に模擬戦が開始された。

 フォワードメンバーに対して受け身で対応する彩那。

 防御魔法で不自然な程にスバルを弾き飛ばし、エリオの槍も捌きつつ一瞬の隙を突いて無力化。

 フリードをバインドで拘束しつつ、向かってきたスバルは跳躍で回避する。

 次にティアナが複数の射撃魔法で攻撃したが、あろうことか手にしている剣で全て斬り伏せた。

 そのあまりにも非現実的な防ぎ方に誰もが唖然としている中で彩那はティアナの傍に着地し、首筋に刃を当てた。

 それと同時になのはによる模擬戦終了の声がかかった。

 バリアジャケットを解除したところで見学していた面々が近付いてきた。

 終わってみれば、5分も経っていない。

 リインフォースが彩那に話しかける。

 

「相変わらず余裕そうだな」

 

「まさか。最後のは少しひやりとしたわよ」

 

 逆に言えば、少しひやりとする程度だったという訳だ。

 惨敗と呼べる結果にヴィータが叱咤する。

 

「ったく。情けねーぞ、オメーら!」

 

『す、すみません!』

 

 ヴィータに怒られて肩を小さくするフォワード陣。

 ただ、形式として叱っただけで本心から怒っている訳ではない。

 なのはも苦笑しつつフォローする。

 

「でも、アレは仕方ないかな。最後のはビックリしたけど」

 

「私の本職は質量兵器や違法物の密輸の取り締まりだから。実銃を相手にする事も多いのよ、だからアレくらいはね」

 

「え!? 銃器相手に同じ事出来るん?」

 

 やはり、純粋な速度で言えば拳銃の方が速いのだ。

 それに銃の弾丸は小さく剣などで防ぐのは難しい。それならバリアジャケットやシールドで防いだ方が安全だ。

 

「いえ。弾くと危ないから普通に避けますよ。以前、高町さんの御家族に剣を見て貰っていた時期もあって、色々とアドバイスしてくれて、参考になりましたし」

 

 漫画などでよく銃弾を斬る描写があるが、あんなことを出来ても弾が2つに増えるだけである。

 避けるか防ぐかした方が安全なのだ。

 なのはが魔法の事を家族に話した後には剣を扱う事から高町家の剣士に興味を持たれた。

 そこで色々と指導を受けた結果、銃器などの対処にも長ける事となった。海鳴に帰った際には今でもお世話になっている。

 彩那が質量兵器を取り締まる部署に身を置いている理由の1つだ。

 

「しかし、相変わらず非殺傷設定が仕事をしてないな。苦手意識は未だに払拭出来ないか?」

 

「遠距離ならともかく、近接戦ではどうしても違和感がね」

 

 何やら物騒な話をしている2人。

 

「どゆこと?」

 

「ん? あぁ。非殺傷設定の事ですか? 元々私の剣には非殺傷設定が付いて無かったんですよ。ホーランド式との食い合わせが悪いらしくて、中々組み込めなかった。形になったのが、闇の書事件から1年以上経った後だったかしら」

 

 リインフォースの魔導の知識とユーノ・スクライアが無限書庫から発掘してくれたホーランド式の情報。

 それらによってようやく彩那のデバイスに非殺傷設定が追加された。

 

「だからか、非殺傷設定が手に馴染まないんですよ。剣は斬れてこそですから」

 

 刃を振り下ろせば敵が斬れるのが道理。

 打撃に近くなってしまう非殺傷設定は、どうにも感触が馴染まない。

 逆に言えば、それだけ人を斬る感触が馴染んでしまったということだが。

 彩那の発言にフェイトが眉間にシワを寄せる。

 

「それって、誰かを斬りたいってこと?」

 

「物騒な事を言わないでください。ただ馴染まないだけです。誰かを斬りたい訳じゃないし、殺すのも嫌いですよ。戦うことも含めて」

 

 元々彩那は戦うことが好きではない。

 模擬戦などの誘いも出来る限り断って逃げていたくらいだ。

 

「じゃあ私はロストロギアの解析に戻りますけど、良いですよね?」

 

「あ、うん。ありがとね、こっちのお願いを聞いてくれて」

 

「いえ」

 

 それだけ返して建物の中に戻っていく彩那。

 去っていく後ろ姿を見てはやてが本気とも冗談ともつかない事を言う。

 

「んー。クールビューティーみたいな感じ? いや、顔わからんから判断できんけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロストロギアの解析など、一朝一夕で出来る筈もなく、難航を極めている。

 その間、彩那とリインフォースは自然とその並行世界の六課と交流を持つ事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティアナ・ランスターは4人がかりで綾瀬彩那に敗れてから相棒のスバル・ナカジマと共に自主訓練に励んでいた。

 既に夜遅い時刻まで自主訓練を続けるティアナにスバルがそろそろ切り上げるように説得する。

 

「ティア~。いくらなんでも根を詰めすぎだよ! そろそろ戻ろ」

 

「……分かった。スバルは先に戻ってて。アタシはもう少し続けるわ」

 

「それじゃあ意味ないよー」

 

 意地になって訓練を続けようとするティアナにスバルは困った様子を見せる。

 綾瀬彩那という予期せぬ異邦人と模擬戦を行ったあの日、自分の弾丸はあっさりと防がれた。

 プライドの高い彼女はその事が許せず、一心不乱に訓練に励んでいる。

 そしてスバルはそんな彼女を心配しているのだが、どうにも伝わっていない。

 そんな2人に声がかけられる。

 

「そうね。そろそろ休んだ方がいいわ」

 

「わぁっ!?」

 

 突如声をかけて、ヌッと現れた素顔を包帯で隠した女性。綾瀬彩那にスバルは声を出して驚く。

 彩那の手には缶の飲み物が握られている。

 それを2人に差し出した。

 

「どれを飲む?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 コーヒーとオレンジジュースとスポーツドリンクの3つに、断る事が出来ずにスバルがオレンジジュース。ティアナがスポーツドリンクを手に取る。

 

「えっと……綾瀬さんはどうしてここに?」

 

「ずっと座っていて、腰が痛くなったから気分転換を兼ねた散歩よ。そうしたら、貴女達が見えたから」

 

 差し入れにきたと言う。

 流れ的に休憩となった間を持たせる意味でスバルが彩那に話しかける。

 

「あの! 綾瀬さん!」

 

「ん?」

 

「綾瀬さんはこことは違う六課から来たんですよね?」

 

「そういう事になるわね」

 

「じゃあ、そっちとこっちで何か違いって有りますか?」

 

 スバルの質問に彩那は少し考える。

 

「私とリインフォースが居る事を除いて違いはないと思うわ。他の人員の変更もないし」

 

 強いて言えば彩那が就いている地位にグリフィスが就いているくらいか。

 

「そういえば、昼間に訓練を見学した時に思ったけど、こっちだと最新式の空間シミュレーター使ってるのね」

 

「そっちはちがうんですか?」

 

「えぇ。六課が本格的に運用される前に高町一尉から貸出(レンタル)許可申請が来てたけど私が却下したから。もう少し前のモデルの物を使ってもらってるわ」

 

 最新式の空間シミュレーター。それは確かに魅力的だが、何の実績もない新人の訓練に使うには贅沢すぎると却下したのだ。

 貸出とはいえ、最新というのはそれだけ値が張る。

 フォワードメンバーの訓練プランを見ても、最新式の物でなければならない理由もない。

 初めて長期に面倒を見る子達に最高の環境を与えたいのは理解するが、此方としては無駄な出費を抑えたかった。

 それに新人相手にそんな優遇をすれば、タダでさえ六課を嫌っている地上本部の方々との軋轢が酷くなる可能性もある。

 という理由は口にせずに今度は彩那から話題を振る。

 

「頑張っているようだけど、少し根を詰めすぎじゃないかしら?」

 

 既に就寝してもおかしくない時間だ。

 そんな時間まで訓練を続ければ、身体を休める時間を大幅に削る事になる。

 

「訓練なんて、しっかり休んで食事を摂りながら身体を作っていく物でしょう? 限度を超えるのは逆効果だわ」

 

「……ご忠告感謝します。でもアタシは貴女と違って凡人ですので、無理にでも詰め込まないと周りについていけないんです」

 

「ティア!」

 

 流石に棘のある言い方にスバルが釘を刺す。

 本人もバツが悪そうに顔を背けた。

 彩那本人は毛程も気にしてないが。

 

「そうね。確かに私は天才だわ。魔法戦闘に於いて凡人には程遠い」

 

 自慢する訳でもなく、さも当然と言わんばかりの態度にティアナは苛立ちを募らせる。

 

「自分で言いますか?」

 

「過大評価は論外だけど、過小評価は自分だけでなく、身近な人間の評価も下げる結果になるわ。それだけよ」

 

 彩那が凡人なら、高町なのはやフェイト・T・ハラオウンも凡人扱いだろう。

 そんな評価をさせる訳にもいかないので、彩那は同じ事を言われれば同じように返すだろう。

 

「それが、私にとって"幸福"なのかと問われれば首を傾げるところけど」

 

「どういう意味ですか?」

 

 スバルの疑問に彩那は一瞬だけ色々なことを振り返る。

 

「高過ぎる才能を持つ人間はその人にしか立てない舞台を用意されていることが往々にしてあるのよ。本人の意思に関わらず、その舞台に引きずり込まれる事を幸福とは言わないでしょう」

 

 それは、才能に寄り添って生きてゆくのではなく、才能に使われて未来を決められるという事だ。

 八神はやてという少女が居る。

 もしも10年前の事件で彼女以外が闇の書の主だったのなら、今でも闇の書は転生を繰り返していただろう。

 振り返れば、結果的に八神はやては闇の書が起こす悲劇を終わらせる為の装置だったと言える。

 もっとも、八神はやてはその過程にあった苦しみを受け入れ、家族が出来たのだからむしろお釣がくると思っている非常にポジティブな思考の持ち主だが。

 そして彩那も────いや、彩那達ももし、魔法の才能が無ければ、今でもかつての親友達と共に笑って、平凡な人生を歩んでいただろう。

 少し脇道に逸れた思考を戻し、2人に警告する。

 

「経験から言わせてもらうけど、焦りと自棄で得た力の先に有るのは自滅だけよ。もっと自分を労りなさい」

 

 部外者である彩那が言えるのはこのくらいだろう。

 棒立ちになっている2人から離れる。

 その途中で高町なのはと遭遇した。

 

「盗み聞きは感心しないのだけど」

 

「にゃはは……ちょっと、入りづらくて」

 

 なのはも2人にそろそろ切り上げるよう言おうとしたタイミングで先に彩那がやってきたのだ。

 

「余計な事をしたかしら?」

 

「ううん。むしろ注意してくれて助かったかな」

 

 なのはだとどうしても上司としての命令になってしまい、反感を持たれる可能性もある。

 それはそれとして、先程の話で少し気になる事があった。

 

「綾瀬さんは、魔法が好き?」

 

「いいえ、好きでも嫌いでもないわ。私にとって魔法は、生活していく為の技術よ」

 

 彩那が管理局に身を置いているのは、その方が生きやすいからだ。

 魔法の才能が非凡である彩那は地球で暮らすより、管理世界で暮らす方が問題が少ない。

 勇者時代やジュエルシード事件から始まったこの10年。彩那はようやく自分の舞台を降りて生き方を選べるようになったのだ。

 

「それでも、魔法に関わって良かった事があるとするなら」

 

「?」

 

 彩那は小さく笑みを浮かべる。

 

「高町さん達と出逢えたこと。それだけは、間違いなく幸運だったと思ってるわ」

 

 自分に言われた訳ではないその言葉に、なのはドキリとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ。

 

 

 海鳴に現れたロストロギアが探査魔法に引っ掛かる間にスーパー銭湯に訪れていた。

 はやて達は湯船に浸かりながら親友のすずかとアリサを交えて仲良く会話をしている。

 

「それにしても、彩那の奴はやっぱり来なかったわね」

 

「久しぶりにみんな揃って顔合わせ出来ると思って楽しみにしてたんだけどね」

 

「ごめんなぁ、2人共」

 

「そーよ。アンタ達、全然揃って戻って来ないんだから。彩那は学校も違ったから余計に集まり難かったし」

 

 不満を漏らすアリサにフェイトがそうだったね、と苦笑する。

 

「彩那も聖祥大に来れば良かったのにね。どうしてだろ?」

 

 フェイトの疑問にすずかが答える。

 

「ほら。聖祥大って大学までのエスカレーター式でしょ? 管理局に就職を決めてたから、義務教育期間だけ通うのは勿体ないって」

 

「うっ! 耳が痛い……」

 

 その言葉になのははバツが悪そうに顔を背けた。

 聖祥大は私立であり、それなりに高い学費である。

 両親も娘が大学までスムーズに卒業し、将来の事を見据えて入学させたのに、中等部で卒業して本格的に局員として活動を始めてしまった。

 それを責められたことはないが、家族からすれば色々と思うことは有ったかもしれない。

 まぁ、学校とは極端に言えば社会に出るまでの準備期間である。

 既に管理局に就職していたなのはが、学生に見切りを付けるのも仕方ない。

 それにスケジュール的に局員と学生の二足の草鞋を履くのがキツかったのも事実だ。

 少し落ち込むなのはにはやてが話題を変えた。

 

「それはそれとして。彩那ちゃんが居ないからこそ今、みんなに相談したい事があるんよ」

 

「なに? アイツなんかやったの?」

 

「うーん。ちょっと思い付かないよ」

 

 アリサの疑問にフェイトはこめかみに指を当てて思い返す。

 綾瀬彩那は優秀な局員である。

 問題を解決する事はあっても、問題を起こす事はない。

 後方担当であることから前線で無茶もしていない。

 

「そういう話やなくて……」

 

 はやてが物凄く深刻な顔で告げる。

 

「わたしはまだ、彩那ちゃんの胸を揉んだ事がない」

 

『……』

 

 親友達が間を置き、シグナムとヴィータが少しだけはやてから距離を取る。

 

「なのはちゃんの教え子達、みんな良い子そうだよね」

 

「素質もスゴいんだよ。教えた事をドンドン吸収してくれて────」

 

「ちょっ!? 無視せんといて! 特にすずかちゃんにスルーされるのが1番堪えるわ!」

 

「はやて。アンタまだそんな事してたのね……」

 

 呆れるアリサ。

 

「でも、そう言えばはやてちゃん、彩那ちゃんの胸を揉んでるの見たことないね」

 

「いや。小学6年の頃に少し驚かそ思て、後ろから近づいて揉もうと挑んだことはある。でも……」

 

「でも?」

 

「両手首の骨を外された。それも反射的に……」

 

『……』

 

 予想外のオチに友人達が固まる。

 

「すぐにシャマルのところに駆け込んで治してもらったけどな。彩那ちゃんにも何度も謝られたわ」

 

「そこまでされたのなら諦めようよ……」

 

 フェイトの言葉にはやてはアカン! と眼をくわっと大きく開く。

 

「六課終了期間までに1回くらい彩那ちゃんの胸を揉む! それが目標の1つやっ!」

 

 大々的に宣言するはやてに友人達はこう思った。

 

 "駄目だコイツ。早くなんとかしないと"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編3:私達が存在しない部隊【後】

綾瀬彩那とリインフォースが並行世界を移動して5日が経った。

ロストロギアの解析はそれなりに進み、起動方法は大まかにだが理解し、後は確実に元の世界への帰還方法を確立するだけ。

 

「ようやく帰れる目処が立ったわね……」

 

座った状態でんー、と腕を上に伸ばす彩那。

肩や首を回していると、横からリインフォースが珈琲とお茶請けを置いてくれた。

 

「お疲れ様」

 

「お互い様よ。私1人だったらここまで早く解析が進まなかったわ」

 

出された珈琲を飲む。

彩那自身、解析などは得意分野という訳ではない。

それでも最低限解析出来ているのは、リインフォースの知識に依るところが大きいのだ。

ホッと一息吐くと、リインフォースが彩那に質問する。

 

「お前はどう思っているんだ?」

 

「なにがよ?」

 

「この世界でお前が主達と出会わなかった事についてさ」

 

リインフォースの質問に彩那は、あぁ、と相づちを打つ。

 

「あの戦争で死んだか。あの世界に定住したか。それとも私達が存在すらしないのか。気にはなるけど、確かめようが無いもの」

 

もしも勇者の誰かが生きて帰ってきたのなら、ジュエルシード事件か闇の書事件には必ずかかわる筈だ。

だから地球に勇者達がいないのは確実だと判断している。

 

(召喚自体がされなかった、という可能性も有るけど)

 

やはり確かめる術が無いため、思考を切る事にする。

 

「そうか。そうだな……」

 

「そもそも。私が地球に帰って来られたのも偶――――」

 

そこで部屋の扉が開く。

入ってきたのは六課のシャリオ・フィニーノ一等陸士だった。

 

「あぁ。ごめんなさいね、本来デバイスの調整に使う部屋を独占してしまって。そちらの仕事に支障はないかしら?」

 

「いえ。それは全然大丈夫なんですけど……」

 

チラチラと彩那の腰に付けているポーチに目をやる。

 

「やっぱり、綾瀬さんのデバイスを見せて貰うことは出来ませんか?」

 

見せる、というのは調べる事を意味する。

彩那の返事は否だ。

 

「ここを貸してくれたのには感謝してるし、何かしらのお礼はしたいと思うけど、お断りするわ。コレは私にとってとても大事な物なの。誰かにポンと渡す事は出来ない」

 

彩那自身、4本の剣を整備する為にデバイスマスターの資格を取得している。

そうでなくとも、ホーランド式の中でも彩那のデバイスはミッド式とベルカ式とはかなり勝手が違うのだ。

そういう理由を除いても、この剣は大切な形見でもある。易々と貸す訳にはいかない。

 

真剣な返答にシャリオはそうですかと肩を落とす。

そもそも彩那達の世界のシャリオにも触らせないのに、同一の別人に触らせる訳がない。

 

「解析も一段落付いたし、シャワー浴びてくるわ」

 

「それなら私も一緒に行こう」

 

後片付けを終えてシャワー室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お」

 

「あ」

 

「ん」

 

はやて、なのは、フェイトの3人はシャワー室の前で偶然鉢合わせた。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんもシャワーか?」

 

「うん。みんなの訓練に関する報告書がようやく書き上がってね」

 

「私は現場検証から戻ってきたところ」

 

「そか?わたしも他の部署との打ち合わせが終わって戻ってきたところなんよ。リインはシャマルのところ」

 

はやてを先頭にシャワー室のドアノブに手を掛ける。

 

「それにしても、2人と裸の付き合いなんて久しぶりやね。2人がどれだけ成長したか部隊長としてしっかりと確認させてもらうわぁ」

 

やや品の欠ける発言をするはやてに2人は軽く警戒する。

はやてが同性の胸を揉むのが趣味な揉み魔なのはある程度仲の良い者なら周知の事実である。

 

「はやて。同性でもセクハラは訴えられるんだよ」

 

「いややわぁ、フェイトちゃん。愛情表現やからな?」

 

「出来れば違う方法を取ってほしいかな」

 

ジト目を向けるなのは。

話ながらシャワー室を開ける。

 

「ん?」

 

そこには黒髪の美女が居た。

 

「貴女達もシャワーかしら?」

 

「いや?誰やっ!?」

 

何事もなく話しかけてくる女性にはやてがツッコミを入れる。

しかし声を聞いてフェイトが気付く。

 

「もしかして綾瀬?」

 

「そうだけど……あぁ……包帯を巻いてないから気付かなかったのね」

 

肯定してブラを外すと脱衣所の篭に入れる彩那。

 

「えぇ……ホンマに?」

 

初めて彩那の素顔を見て戸惑う3人。

彩那は自分の顔について、色々と弄られて醜女となった、と言っていた。

しかし一般的な感性から見て、充分美人の範疇である。気になるのは、両頬と額に喉にと描かれた刺青だが。

そこでシャワー室から先に入っていたリインフォースが出てくる。

 

「すまない綾瀬。シャンプーを忘れて――――」

 

集まっている4人を見回してリインフォースは瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やや気まずい空気の中でシャワー室で5人並んで使う。

口を開いたのは意外にも彩那だった。

 

「刺青を、見るのが嫌でね。これは私が大切な人達を守れなかった証明みたいなものだから」

 

神剣を扱う為に刻まれた術式であり、親友を失ったからこそ可能になった証明。未だにこの刺青を見続けると、顔を削ぎたくなる衝動に駆られる時がある。

 

「でもビックリしたよ。スゴく綺麗で」

 

「ありがとうテスタロッサさん。お世辞でも貴女に言われると少し自信がつくわ」

 

本人の自己評価が微妙に低いが周囲から見ればフェイトは絶世の美女である。彼女の性格もあり褒められて嬉しくない訳がない。

そこでなのはが彩那に質問する。

 

「綾瀬さん。訊いてもいいかな?」

 

「なにかしら?」

 

「この間、言ってたよね?魔法は好きでも嫌いでもないって」

 

なのはから見て、綾瀬彩那は優秀な魔導師だと思う。

だけど管理外世界の住民である筈の者が、魔法が好きでもないのに態々地球を離れて管理局に身を置くだろうか?

そこが気になった。

 

「高町それは……」

 

リインフォースが止めようとするが、彩那がいいのよ、と首を振る。

 

「少し長い話になるから、シャワー室を出てからにしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワー室で体を洗い終えた後に、なのはとフェイトの部屋に集まってちょっとしたお茶会となった。

テーブルを囲い、はやてが用意した茶菓子とリインフォースが煎れた紅茶が振る舞われる。

 

「この世界に来た時に言ったけど、私は地球とは別の世界に喚び出された事があるの。姉妹みたいに育った親友達と一緒にね」

 

「そんな……」

 

突然別世界に喚ばれる。おそらくはどこかの魔法の世界に。

それはどれだけの恐怖だろう。

 

「細かな事は省くけど、その事件で私は彼女達を失って独り地球へ帰還した。だから帰ってこれても、ちっとも嬉しくなかった。むしろ私なんかが生き延びた事自体が間違いとすら思ってたわ。そんな時に出会ったのが、高町さんだった。ジュエルシード事件でね」

 

その喚ばれた事件というのも気になるが、きっと彩那にとって深い傷なのだろうと聞かない事にした。

 

「最初は碌に訓練も積んでない魔法の素人なのに、スクライア君の力になりたいっていう高町さんが心配で協力してたわ。私も同じ町に住む以上は無関係じゃないしね」

 

「はは……」

 

ジュエルシード事件当初の事を思い出して苦笑いする。

あの時はまだ魔法の素人でたまたまジュエルシードを封印出来る魔力量を持っていただけだ。腕に覚えのある者が居ればさぞ心配だろう。

今のなのはももし、当時の自分のような子に出会ったら、局員関係なくすぐに手を引かせるか、危険の少ない範囲で協力してもらうだろう。

 

「それからジュエルシードに対処しつつ高町さんにちょっとした魔法の手解きをしたの。もっとも、私はあまり教えるのが上手じゃないから模擬戦をしながらアドバイスする感じだったけど」

 

「じゃあ。そっちでは貴女がなのはの師匠(せんせい)なんだ」

 

フェイトの指摘に彩那はそんな大層なモノじゃないと苦笑する。

 

「ジュエルシード事件でのテスタロッサさんや時空管理局との出会い。それから闇の書事件やその他色々。ハッキリ言って私にとって魔法の存在は厄介事を引き寄せる物でしかなかった。当時なら嫌いと言ってたでしょうね」

 

大好きな人達を失った。多くの人達を殺めた。

顔を上げる事が出来ず、俯いて生きていた。

自分にすら無関心になって。

 

「私なんかが幸せになるなんて烏滸がましい。ずっとそう思ってた。だけど私の両親や向こうの高町さん。テスタロッサさん。八神さん。バニングスさん。月村さん。他にもたくさんの人達に幸せになっていいんだよ。幸せになってって何度も諭されたり怒られたりして。ようやく魔法と向き合えるようになったの。色々と苦い思い出が多過ぎて、好きとは言えないけど。頭ごなしに嫌いと否定もしなくなった、という訳よ」

 

一気に喋って渇いた喉を紅茶で潤す。

確かに姉妹のように育った親友達を失ったのは今でも悲しい。

時折生きている事が申し訳なくて辛いと思う時もある。

彼女達の事は一生忘れる事はないだろう。

だけど、その悲しみや苦痛に寄り添い、欠けたモノを埋めてくれる人達に綾瀬彩那は出逢えたのだ。

その奇跡と幸運の価値がどれ程の物か、彩那だけが知っている。

 

「要約すると、私は皆に救われたのよ」

 

最後にそう締め括った。

なんと言えば良いのか分からないなのは達だが、リインフォースが口を開いた。

 

「私も綾瀬には感謝している。この世界に私が居ないと知った時に、怖くなったよ。この10年、主達と過ごす時間が幸せ過ぎて、その可能性がない世界に来て。改めて自分の幸運を噛み締めている」

 

今のリインフォースに戦う力はない。

主とのユニゾンも出来ない、融合機としては欠陥品だ。

それを歯痒く思う事もあるが、主や騎士達と一緒に過ごせる幸福はそれ以上に勝る。

彩那との関係も昔では考えられない変化だ。

 

「ありがとう綾瀬彩那。お前が居てくれたことに感謝する」

 

「どういたしまして、と受け取りましょう」

 

そう言って2人は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お茶会が終了するとリインフォースははやての部屋に訪れていた。彼女に誘われて。

 

「……1つ、ワガママ言うてもええかな?」

 

「なんでしょう?」

 

「今だけ……わたしを主って呼んでくれへん?」

 

はやてのお願いにリインフォースは瞬きをする。

これまで自分達の知る八神はやてと区別する為にはやてさんと呼んでいた。

今でも自分の主は元の世界の八神はやてだと思っている。

だけどきっと、リインフォースはこの為に自分はこの世界に喚ばれたのだと思った。

 

「はい。我が主」

 

はやてを主と呼ぶと、ワナワナと唇を震わせてリインフォースに抱きついた。

 

「ずっと後悔してた……10年前のあの雪の日。リインフォースを救えなかった事を……」

 

罪を告白するようにはやては話す。

 

「悔しかった。貴女が消えることのない可能性を知って。どうしてわたしには貴女を救えなかったんやろって……」

 

綾瀬彩那がこの世界に居ない事が悔しかったのではなく、リインフォースを救える可能性を拾えなかった自分の不甲斐なさが悔しくて堪らなかった。

 

「私はこの世界の私ではありません。だからと言って想像する事しか出来ませんが、きっと幸せだったと思います。最後の主が貴女だった事が」

 

「でもっ!」

 

リインフォースの言葉を否定するように被せる。

 

「わたしはもっと一緒に居たかった!一緒にご飯食べて!お風呂に入って!同じ家で寝て!旅行に行って、管理局でお仕事をして!それでそれで……っ!」

 

堰を切ったように感情をぶつけて話すはやて。

 

「闇の書の罪を、一緒に償いながら、笑って生きてきたかったんや……っ!」

 

目の前に居るのは自分達のリインフォースではない。

それでも話し始めると止まらなくて。

そんなはやての手をリインフォースが開かせる。

 

「その小さな体で、ずっと闇の書(私達)(愚かさ)を背負ってくれていたのですね」

 

優しい声でその努力に褒めるように。

 

「ありがとうございます……我が主よ。貴女は尊敬に値する尊い女性()です」

 

リインフォースの言葉に堪えていた涙が落ちる。

10年前の小さな子供に戻ったように。わんわんと泣き続ける。

彼女のこれまでの頑張りに報いるようにはやての頭をリインフォースは泣き止むまで撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾瀬彩那とリインフォースが来て1週間。彼女達の帰る目処が立った事を報告する。

そこで最後の交流としてなのはからある提案をされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグナム。いつまでもむくれてんじゃねぇよ」

 

「……別にむくれてなどいない」

 

なのはから出された提案は最後に自分と模擬戦をしてほしいとのお願いだった。

別世界の自分の師匠(せんせい)と戦ってみたい、と。

それで自分の時ははやてに却下されたのに、とシグナムがやや不機嫌になっているのだ。

 

「ごめんなぁ。シグナム。綾瀬さんも一応了承してくれたから」

 

「いえ。ならば、2人の闘いを確りと見届けます」

 

気持ちを切り換えるシグナム。

模擬戦が終わったらすぐに帰る為にロストロギアの鏡はリインフォースが持っている。

2人が帰った後に鏡が不用意に起動しないように完全封印する予定だ。

 

「皆も、ちゃんと見て勉強してね」

 

『はい!』

 

優秀な魔導師同士の戦闘はそれだけで勉強になる。

フェイトは新人達に良く見るように指示をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空間シミュレーターで再現されたミッドの町並み。

なのはと彩那はそこで向かい合っていた。

彩那の手には霊剣が握られており、武器が微妙に違う事に警戒するなのは。

 

『それでは、模擬戦スタートやっ!』

 

はやてからの合図と共に彩那の姿がなのはの視界から消えた。

 

「っ!?」

 

背後に回っていた彩那が剣を振るうがなのはもレイジングハートの柄で受け止めつつ、距離を取る。

 

「アクセルシューターッ!」

 

同時に誘導弾を6つ発射した。

 

「シャインエッジ」

 

彩那も同じ数の誘導刃を生み出す。

互いの弾と刃が高速で移動し、交差する。

目まぐるしく動く魔力の塊を2人は完全に制御しつつぶつけ合う。

魔力の塊が衝突したことで発生する爆煙に互いの姿が隠れようとする。しかしその前に彩那が突っ切ってなのはに接近した。

霊剣を振るってなのはを追い詰める。

防戦一方のなのはは彩那の胸を蹴って僅かに距離を取ると、レイジングハートを向ける。

 

「ディバインバスターッ!」

 

抜き打ちの速射砲を至近距離で放つ。

彩那は桃色の砲撃に包まれた。

観客の大半は勝負はついたと思ったが、彩那は聖剣を手にして防御魔法を展開して防いでいた。

逆になのははその場から姿を消し、ビルの後ろに隠れていた。

今の攻防を分析する。

 

「型は違うけど、剣技はシグナムさん並み。スピードはフェイトちゃん。防御はヴィータちゃんと同じくらいな上に少なくとも誘導弾の操作は私と遜色ないね。うわぁ……模擬戦を挑んだの失敗したかなぁ?」

 

器用貧乏などと言うレベルではない。

完全なオールラウンダーだ。

だからこそ勿体ないなとなのはは思う。

魔法が好きなら、もっと上手く、そして強くなれるだろうに。

 

「久しぶりに、胸を借りる気分だね……」

 

同世代であんなにも強い人が居る事になのはは別世界の自分を羨ましく思う。

エースオブエースと呼ばれても、なのはは自分が管理局で1番強いなどと自惚れてはいない。

それでもその称号を与えられた自負はある。

なのはは距離を取れた優位を活かす為にその場から12発の射撃魔法を撃つ。

以前ティアナにやったように剣で防ぐのかと思ったが、最小限の動きで射撃魔法を避けた。

 

「どんな反射神経かなっ!?」

 

驚きつつも次の手は緩めず、砲撃魔法を撃つ。

左肩を掠めたが、右手に持っている剣がいつの間にか変わっており、金の突撃槍(ランス)の先端から鎖が生み出され、なのはの左腕に絡み付く。

 

「バインド!?だけど――――」

 

「違うわよ。チェーンボム……!」

 

鎖を破壊しようとする前に絡まった鎖が爆発を起こした。

少ない爆発で拘束から逃れるなのは。

 

「今のはちょっと酷いんじゃないかな!」

 

「それについては同感ね」

 

かつての親友の魔法にエゲツ無さに彩那も同意する。

赤い魔剣をなのはに向けると脇に痛みが走った。

先程の射撃魔法をなのはは全て回避されたと思ったが、実は2発だけ脇腹と右の太股に当たっていた。

互いに武器を向けて砲撃魔法が発射されようと――――。

 

 

すると、観客席の方から巨大なホーランドの術式が展開されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如起動した鏡のロストロギア。

リインフォースはすぐにそれを手から放して距離を取った。

いや、リインフォースだけでなく、観客全員がだ。

宙に浮いた鏡から展開されるホーランド式。

そこから吐き出されるように現れたのは複数の機械だった。

 

「ガジェット?」

 

六課の回収目的であるレリックを狙う機械の兵隊を連想するが、明らかに見た目が違う。

大きさはエリオやキャロくらいで四角い胴体に4本の脚が付き、中心にはカメラと思われる穴が2つ縦に設置されている。

そこで高速で飛んで来た彩那が叫ぶ。

 

「早くそいつらを破壊しなさい!!」

 

珍しく焦った様子で叫ぶ彩那。

誰もが呆気を取られている中で、機械が動き出した。

 

「主っ!?」

 

リインフォースがはやてに抱き付いて跳ぶ。

すると下の方のレンズからレーザーが照射された。

間一髪で2人が避けると同時に主が狙われた事にシグナムとヴィータが幾つかの機械を破壊する。

彩那も着地と同時に機械を斬り捨てた。

 

「なんだよこりゃあっ!?」

 

「帝国が昔使っていたヒューマンキルを目的とするオートマトンよ!人間を無差別に攻撃するわ!絶対に演習場から出さないで!市街地に出たら大変な事になる!」

 

帝国が一般市民を虐殺するために使用した殺戮兵器。

幸い個々の能力は大した事はないが、魔法を使えない者には脅威となる。

鏡のロストロギアから今も際限なくオートマトンが吐き出されている。

六課の全線メンバーはすぐにデバイスを起動させてバリアジャケットを纏う。

 

「えぇいっ!!」

 

エリオがストラーダを突き刺し、矛に電撃を発生させて完全に破壊する。

 

「このぉっ!!」

 

スバルもマッハキャリバーでオートマトンの動きを掻い潜り、リボルボーナックルをぶつける。

 

「ティアナさん!」

 

「ありがとうキャロッ!」

 

中には速い個体も存在し、それをキャロがバインドで拘束してティアナが撃ち抜く。

当然隊長達も棒立ちではない。

バルディッシュを手にしたフェイトが通った後のオートマトンは目にも止まらぬ速さで斬られて破壊される。

 

「飛竜、一閃っ!!」

 

シグナムがレヴァンティンを連結刃に変えて複数体を同時に破壊し、取りこぼしをヴィータとザフィーラがそれぞれ潰していく。

オートマトンを潰しながらヴィータが記憶の引っ掛かりを覚えた。

 

「なんかコイツら、見たことある気がすんだけど、なっ!」

 

「口より手を動かせっ!1機たりとも逃がす事は許さんっ!」

 

「わーってるよっ!」

 

 

 

「リイン、いくでっ!!」

 

「はいです!」

 

はやてとリインフォース・ツヴァイがユニゾンする。

 

「シャマル!リインフォースをお願いな!」

 

「はい!」

 

リインフォースは戦えないと聞いているのでシャマルに任せてはやても討伐に乗り出す。

 

「バルムンクッ!!」

 

1ヶ所に集まっていたオートマトンがはやてが生み出した光の剣に貫かれていく。

 

そしてなのはも勿論、射撃魔法や誘導弾を駆使して出てくるオートマトンを片っ端から破壊していた。

 

「綾瀬さん!後何体出てくる?」

 

「ちょっと分からないわね……いえ。どうやら次で最後のようよ」

 

浮いていた鏡からホーランド式の術式が消えて落ちてくるそれをキャッチする。

最後に吐き出されたオートマトンは先程のより圧倒的に大きい。

ザッと4メートル程の巨体なオートマトン。

 

「デカいなら、それだけ当て易いのよっ!!」

 

巨大なオートマトンにティアナが射撃魔法を撃つ。

しかしそれは、装甲に当たる前に掻き消えた。

 

AMF(アンチ・マテリアル・フィールド)!?」

 

魔力の結合を阻害するフィールド。

巨大なオートマトンからレーザーが照射されようとする。

サイズが大きくなったのならその威力も当然上がる。

そんな中で彩那が迷わず突進した。

 

「綾瀬さんっ!?」

 

突進しながら顔の包帯を外してリミッターを解除した。

防御魔法を展開して1人レーザーを受け止める。

 

「今更この程度でっ!!」

 

聖剣を一閃させると同時にレーザーが照射を終えるとオートマトンの上を取った。

 

(スーパー)勇者斬り……っ!!」

 

高速で落下して極限まで研ぎ澄ませた霊剣で一刀両断して見せた。

彩那が着地すると同時に両断したオートマトンの体がズレて崩れ落ちる。

同時に小型のオートマトンも全て排除された。

一息吐いて剣を下げると彩那の顔を見たヴィータが何か言いたそうにしている。

 

「お前、は……」

 

彩菜の素顔を見たことがあるような気がする。

しかし記憶から出てこない。

そのもどかしさと彩那を見て言葉に出来ない敵意が顔を出す。

ヴィータの反応に彩那はある程度察する。

 

「忘れなさい。過去、私達の間に何があったとしても、貴女にはもう関係のない事だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう帰ってまうの?」

 

「私達が帰らないとこのロストロギアが封印できないでしょう?」

 

いつ起動するか分からない謎道具は早々に封印すべきだ。

名残惜しいが仕方がない。

包帯を巻き直した彩那が肩をすくめて笑う。

 

「でも元の世界にはどうやって?」

 

もしや互いの世界しか繋がっていない、という事は有るまい。

 

「この道具の履歴を辿って、私達の世界に繋げるのよ」

 

繋がった世界の履歴が残るらしく、それを引き出して元の世界に帰る。

 

「模擬戦……中途半端になっちゃったなぁ……」

 

「ごめんなさいね。もう機会無いでしょうに」

 

彩那の謝罪になのはは残念そうに笑う。

 

「リインフォース……元気、でな?」

 

「えぇ。はやてさんも」

 

最後の別れにしては多く言葉にしない。

もう別れの挨拶は済んだし、彼女らを帰さなければならない。

 

「綾瀬さん。リインフォースを助けてくれてありがとうございます」

 

はやてのお礼に彩那は柔らかく笑った。

 

「さようなら」

 

短い挨拶と共にロストロギアを起動させると幻のように2人はこの世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六課の事務室では突然消えた2人に局員達は困惑していた。

急ぎ、八神部隊長に連絡しようとすると、再びホーランドの術式が展開された。

術式の光が消えると2人が同じ場所に現れる。

 

「綾瀬副部隊長っ!?リインフォース補佐官っ!?」

 

グリフィスが2人の名を呼んだ事やその様子でこの世界が自分達の世界だと確信する。

 

「私達が消えてどのくらい経つ?」

 

「凡そ、5分程ですが……」

 

リインフォースの質問に答えるグリフィス。

自分達が消えて殆んど時間が進んでない事に安堵する。

 

「あの……いったいなにが……」

 

「八神部隊長達が帰ってきてから説明するわ。ちょっと疲れたから、少し休ませて」

 

「あ、はい……」

 

そう言われれば従うしかないので渋々了承する。

 

 

それから数時間後。海鳴に出張に出ていた面子が戻ってきて。事務室に隊長3人がやってくる。

 

「お土産買ってきたよー。なのはちゃんの実家の喫茶店のケーキや。皆で美味しく食べてなぁ。それとなんか問題は?」

 

事務室の皆にケーキを配るはやて。

グリフィス達がチラチラと彩那とリインフォースを見る。

 

「お帰りなさい八神部隊長。少しだけ問題が。それは後のブリーフィングでお話しします」

 

ケーキを受け取るとはやてがそうか?と首をかしげる。

そのまま彩那は3人を見る。

 

「どうしたの彩那?」

 

「いえ。うん。なんて言うか……ありがとう。貴女達に出逢えてほんとうに良かった」

 

小さく微笑んで突然お礼を言われて戸惑う3人。

 

「ケ、ケーキのお礼にしては感情が籠り過ぎじゃないかな?」

 

「今、凄くお礼が言いたい気分だったから」

 

そう告げると彩那は自分の席に戻ってケーキを食べ始める。

 

「リインフォース。ほんまになにがあったん?」

 

はやての質問にリインフォースは苦笑するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ:クラナガンの怪人による教育的指導

 

 

「おはようございます」

 

彩那が出勤し、挨拶をするが数人を除いて挨拶もなければ目すら合わせない。

それもいつもの事なので、自分の席に座ってデスクワークを始める。

綾瀬彩那二尉(12歳)が所属する質量兵器捜査一課は局内での不人気部署である。

クラナガンに部署が1つだけだが、出動は年に片手で数える程度で、大半は地道な捜査に費やされ、他の部署よりも給料は低めで昇進の機会も少ない。

しかもいざ出動となればその危険は並の魔導師が起こす事件よりも高く、死亡する局員も当然居る。

しかも他のエリート部署からはナメられる始末。

そんな部署に配属してくるのは変わり者か厄介者と相場が決まっており、しかも部隊自体が男所帯だ。

故に当然――――。

 

「綾瀬二尉」

 

「はい。何でしょう三佐?」

 

「先日の違法薬物の捜査に関する報告書をそろそろ提出してくれ。お前だけだぞ、提出してないのは」

 

「……それなら2日前に提出した筈ですが?」

 

「俺のところには届いてねぇよ」

 

「……」

 

互いの会話から何が起こったのか大体察した。

 

「またか……」

 

「また、ですね」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねぇ!」

 

痛くない程度の力でチョップされる彩那。

この部署に配属されて半年。こうした嫌がらせはたまにある。

突然配属されたのが顔を包帯で隠した愛想もない薄気味悪い小娘(ガキ)

もしもこれが同期の高町なのはやフェイト・T・ハラオウン。八神はやてなら彼らの対応も違ったかもしれない。

いつも独りで黙々と仕事をし、自分達より魔導師ランクも階級も上の小娘ときた。不満が出ない方がおかしい。

 

「バックアップは残ってるのですぐにコピーします」

 

「……そうしてくれ」

 

部署の唯一の味方は責任者である三佐だけだ。

しかしこれが長く続くのは非常に良くない。

今はまだ眼を瞑れる軽い嫌がらせで済んでいるが、それがいつ過激なモノになるとも限らない。

大の大人の男が寄って集って小さな女の子に嫌がらせしているという事実はお世辞にも気持ちの良い話ではない。

 

(そろそろ何とかしねぇとな)

 

三佐は頭を掻いて解決案を捻り出す。

本人達で解決するのが1番だったのだが。

 

「綾瀬二尉。ちょっと良いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼。

質量兵器捜査一課の武装局員は彩那を除いて15名居る。

彼らは訓練の名目で小さな演習場に集められていた。

彩那以外の局員は既にバリアジャケットを纏っている

そこでジャージ姿の綾瀬彩那二尉はメガホンを持って今回の訓練の説明に入る。

 

『それでは模擬戦に入ります。ルールは簡単。5名ずつチームを組んで順番に私の相手をしてもらいます。時間は1組10分。時間内に私を撃墜出来れば終了です。メンバーはそうですね。私から見て左5名ずつで良いでしょう。前に出なさい』

 

階級が上とはいえ新参者のくせに命令してくる彩那に当然反発が起きる。

モヒカンヘアで筋肉質の男が小馬鹿にして鼻で笑う。

 

「おいおい。1人で俺達を叩きのめそうってか?自信過剰もいい加減にっ!?」

 

話している途中に彩那はモヒカンの男に接近して拳を打ち込む。

すると男は捩るように回転しながら飛ばされ、地面に顔から不時着した。

 

『……』

 

沈黙する周囲に彩那は呆れたように呟く。

 

「もう模擬戦は始まっていますよ。さっさと来なさい。10分なんて時間はいらない。3分で決着(ケリ)をつけましょう」

 

彩那は地を蹴って跳び、近くにいた同僚の首に蹴りを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「58秒……5人で1分持たないとは情けない」

 

5人の局員を倒した順に積みながら、そこに尻を乗せる彩那。

三佐の提案は今度の訓練で彩那の実力を示せという指示だった。

男所帯だが、同時に実力主義の単純な面々であるため、実力さえ示せば認めて態度も変わるだろうと。

 

「次。前に出なさい」

 

彩那が指示を出すと先程の光景がフラッシュバックし、ビクッと肩を跳ねる。

ちなみに発案者である三佐も思った以上の光景にドン引きしていた。

彩那はクスリと小さく笑い、同僚を見下した声を発する。

 

「安心なさい。私はこう見えてもテクニシャンですから。今日は全員、足腰立たなくなるくらいに、気持ち良くしてあげましょう」

 

積んでいた同僚から降りて、彩那はクイクイと挑発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから週2回のペースで模擬戦を行い、彩那はその度に同僚達を完膚なきまでに叩きのめし続けた。

その結果――――。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

『チーッス!!おはようございます!綾瀬二尉!!』

 

彩那が出勤すると、武装局員を含めた全員が立ち上がって頭を下げて挨拶をする。

席に着くとついこの間まで彩那を軽んじていた同僚達が話しかけてくる。

 

(ねぇ)さん!今日も包帯が決まってますね!」

 

「姐御!珈琲でも煎れましょうか!」

 

(あね)さん!これが今回の報告書ッス!」

 

模擬戦で叩きのめし続けた結果、最初は小娘にやられる事実に屈辱を感じた彼らだが、実力を認めた後は態度が一変した。

これにはつい半月前の出動で質量兵器を所持した犯罪者達の殆んどを彩那1人で処理したのも理由ではあるが。

 

「姐御ぉ!」

「姐さん!」

「二尉殿!」

 

自分を慕って呼び続ける歳の離れた同僚達を見て、珈琲を啜りながら彩那は首を傾げる。

 

「どうしてこうなったのかしら?」

 

 

 




実はやりたかったのは、リインフォースを失ったはやてと生存したリインフォースの出会いだったりします。他はおまけです。
なんで3話もかかった?

本編の次話を投稿したらこの話を1つ上に移動させます。


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闇の欠片

番外編と同時に書いてて完成したので。



 夜、娘を捜していた夫が帰って来た頃にリンディが綾瀬家に訪ねてきた。

 

「彩那さんが見つかりました」

 

 難しい顔でそう告げたリンディに瑶子が目を見開く。

 

「ほ、本当ですか!? 娘は今何処に!」

 

 夫である綾瀬祐司が反応を返すとリンディが案内しますと手招きする。

 そして通されたのはリンディが住んでいる部屋だった。

 どうしてリンディの部屋なのか、質問するより先に彼女が話す。

 

「説明は向こうで行います」

 

 向こう? と質問する前にリンディ宅の景色から何処か厳重な施設の風景へと変わる。

 

「え? え?」

 

 困惑しているとリンディがこちらですと案内する。

 綾瀬夫婦は困惑と恐怖を覚えながらも付いていく。

 

「この部屋です」

 

 自動ドアが開く。

 中にはなのはとフェイトが椅子に座っていた。

 その奥にあるベッドには、最愛の娘が眠っている。

 娘の姿を見た瞬間、瑶子は膝に力が抜けて倒れそうになった。

 

「瑶子っ!?」

 

 倒れる前に夫である祐司が支えた。

 

「……大丈夫。リンディさん。少し、家族だけにさせてもらえませんか?」

 

「もちろんです。フェイトさん、なのはさん」

 

 リンディが部屋に居た2人に退室を促す。

 フェイトは夫妻に頭を下げて退室し、なのはは何かを言おうとしたが、結局言葉にならずに部屋を出た。

 3人になると瑶子が管に繋がれ眠っている娘の手を握る。

 今はただ、娘が生きて居てくれた事に涙が出た。

 

「彩那……」

 

 愛娘の手を握る妻の肩に夫である祐司は手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分程経ってから綾瀬夫妻は今回の件について説明を受けていた。

 魔法の事や次元世界や時空管理局の事。

 今回、とある事件の解決の為に海鳴にやって来た事など。

 そして彩那が今回、管理局員によって拘束されていた事も含めて。

 説明を聞き終えても夫妻は内容の半分も理解できていない。

 それでも確かめたい内容もあった。

 

「リンディさんは、その時空管理局が娘を拐った事を知っていたのですか?」

 

「……いいえ。私も先程息子のクロノから聞かされるまで、彩那さんの所在は知りませんでした。ですが、管理局の人間が彼女に危害を加えたのは事実です。いえ、それだけでなく、これまで彩那さんを危険な事件に関わらせた事も言い訳のしようがありません。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って頭を下げるリンディ。

 綾瀬夫妻からすれば、いきなり多くの情報がもたらされて頭が追い付かないのだ。

 怒りが無いと言えば嘘になるが、それよりも今はただ、娘が生きて帰ってきてくれた事に対する安堵が大きい。

 

「娘の容態は……?」

 

「身体の負担もそうですが、リンカーコアと呼ばれる魔法扱う為の器官が通常では考えられない負荷がかかった痕が有ります。ですが、時間が経てば目を覚ます筈です。信じて欲しいとは言えない立場ですが、彩那さんの容態を看るなら、此方に任せてください。勿論このまま泊まっていただいても構いません」

 

 魔法という自分達の常識とは異なる事態。

 疑う気持ちはある。しかし娘の回復を願うのなら、ここを動かさない方が良いのかもしれない。

 

「……正直に言えば、娘を拐ったのがその時空管理局の方々なら、私達はそちらを簡単に信じることはできません」

 

「はい……」

 

 当然の事だとリンディは思う。

 普通なら今すぐに通常の病院に移せと怒鳴られても仕方ない。

 尤も、今の彩那は動かせる状態ではないので、言葉を尽くして止めるが。

 

「ですが、フェイトちゃんは彩那の友達だと思ってます。だからその保護者であるリンディさん個人を信じたいと思います。どうか娘をよろしくお願いします」

 

「はい。私が責任を持って彩那さんの安全を保証します」

 

 力強い言葉で頷くリンディ。

 次いで祐司が質問する。

 

「リンディさん私からも質問をよろしいでしょうか?」

 

「勿論です」

 

「去年、娘が友人達と一緒に行方が分からなくなった時期がありました」

 

「存じています。尤も、私が知っているのはニュースで取り上げられた程度の物ですが」

 

「そうですか。その去年娘達が消えたのも、その魔法が?」

 

 祐司の質問にリンディは頷く。

 

「確証はありませんが、彩那さんがデバイスを所持してる点など、その可能性が高いと考えています。ですが、詳細は本人が語っていただかないと……」

 

 魔法に関する何らかに巻き込まれたのはほぼ確実だが、内容までは分からない。

 もしかしたら、娘に起こった何かが分かるかもと期待したが、そうではなく肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夫である祐司が着替えなどを取りに戻り、瑶子は彩那の傍に居た。

 静かな寝息を立てて眠る娘の手を握り目覚めるのを待つ。

 そうしていると閉まっていた扉が開いた。

 振り返るとそこには車椅子に乗った少女が居た。

 

「あの……入ってもええですか?」

 

 遠慮がちに問う少女に瑶子は笑顔で頷く。

 近付いてきた少女の名を確認する。

 

「確か、八神はやてちゃんだったわね」

 

「はい。綾瀬さんには、今回うちの子らが迷惑をかけて。それにとてもお世話になりました」

 

 ペコリと頭を下げるはやて。

 本来そう言われるのは誇らしい事かもしれないが、この状況では素直に喜べない。

 はやてはベッドに管を巻かれて眠っている彩那を見ている。

 傷は未だ癒えずに残っている。

 その痛々しい姿にはやては哀しそうな顔をした。

 

「……今の彩那を見ていると想像出来ないかもしれないけど、昔はよく笑う子だったの」

 

 思い出すように話を始める瑶子。

 

「前に、彩那にはとても仲の良い友達が居て。いつも一緒だった」

 

「はい。綾瀬さんとは去年同じクラスでしたから、覚えてます。学校で4人いつも仲良さそうで。羨ましい思うとりました」

 

 はやては去年、まだ学校に通えていたギリギリの時間を思い出す。

 4人はいつも一緒で、楽しそうで幸せそうだった。

 

「渚ちゃん。冬美ちゃん。璃里ちゃん。皆良い子で。特に渚ちゃんとは本当の姉妹みたいに育ったの。彩那はいつも渚ちゃんの後ろについて回っててね」

 

 過去を懐かしむように語る瑶子の話をはやては黙って聞く。

 

「でも、あの事件が遭って、帰って来たのは彩那だけだった……」

 

 声に陰りが表れる。

 

「病院で見た時の彩那は今より酷い怪我をしてて。お医者さんも生きてるのが不思議なくらいだって言ってたの。でも目が覚めてから驚くくらいに回復していって。たぶん、それも魔法だったんでしょうけど……」

 

 本当なら今でも病院にかからなければいけない筈の彩那が僅か1ヶ月で退院した。

 それは喜ばしいことだ。

 しかし。

 

「リンディさんとさっき話して、私はこの子の事を何にも知らないんだなって……凄く恥ずかしかった」

 

 魔法の事も。行方不明の間に何が遭ったのか。

 どうして彩那だけが帰って来てくれたのか。

 どうして目が覚めた時に、あんなにも絶望した声を漏らしたのか。

 

「なんにも話してくれないのよ……それが悔しくて、悲しくて。彩那が話してくれれば、どんな話だって信じるのに。そんなに私達は頼りないのかなぁ……」

 

 支えたいのに。癒したいのに。

 それすら線を引いて遠ざけようとする。

 はやてに溢しても仕方のない愚痴だと分かっていても、つい口に出てしまった。

 それだけ今回の件は精神的に堪えたのだ。

 忘れてと言おうとしたが、その前にはやてが口を開く。

 

「……うちの子らも、わたしに内緒でたくさんの人に迷惑をかけてわたしを助けようとしてくれました。でもやっぱり、話して欲しかったです」

 

 きっと前もって話されていたら、はやては怒鳴って止めていただろう。それが、自分の生命に関わる事でも。

 それでも、騎士達は蒐集を止めなかっただろう。

 

「話してくれなかったのは、わたしとギクシャクしたくなかったとか、心配をかけさせたくなかったとか、色々あると思います。でもそれ以上に、わたしの為にみんなが誰かを傷付けて、傷付いてると知ったら、スゴく気に病んでたと思うんです」

 

 事件が終わった今でも、どうして気付けなかったのか、とか。

 被害者に会ったら、どうすれば良いのか、とか。考えると怖い。

 はやてにのし掛かるその負担が嫌で、口を閉ざしたのだ。

 

「綾瀬さんもきっと、家族を軽く見てるとか、信じてくれないとかやなくて。綾瀬さんなりに壊したくないものや、傷付けたくないもの。守りたいものがあって口に出来んのかなぁって……」

 

 そこまで言ってはやては言葉を止める。

 はやては綾瀬彩那の事を何も知らない。

 かつての親友達のように昔からの付き合いはない。

 なのは達のように濃密な時間を過ごした訳でもない。

 そんな自分が、何を偉そうに言えるのか。

 

「すみません。知ったかぶって……」

 

 しかし瑶子の顔は先程より少しだけ晴れやかだった。

 

「ありがとう、はやてちゃん」

 

 はやては眠っている彩那に話しかける。

 

「目を覚ましたら、いっぱいお話しような。お礼言いたいし、聞いて欲しい話や訊きたい事がたくさんあるんよ。待っとるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたち、だれ……?」

 

 不思議そうな顔で呟いた彩那の言葉になのはは硬直した。

 痛そうに顔をしかめてベッドから起き上がると、キョロキョロと部屋の中を見回す。

 

「ここ、どこ?」

 

 不安げな表情をする彩那はこれまでとは別人のようで。

 

「彩那、ちゃん……?」

 

 震える声で友人の名を呼ぶ。

 そんな筈はないと思いながら。

 しかし彩那は事態が呑み込めずに困惑するだけだった。

 

「彩那ちゃんっ!!」

 

 なのはが思わず彩那の腕を強く掴むと、痛そうに顔を歪めた。

 

「イタッ!? ちょっと、やめてよっ!!」

 

 彩那がなのはを強く突き飛ばす。

 それをフェイトが肩を抱いて受け止めた。

 自身を抱き締めながら体を縮めて警戒心を露にする彩那。

 そこでフェイトがナースコールで呼んだ医務員や綾瀬夫婦にリンディもやって来た。

 

「彩那っ!?」

 

「お母さん! お父さん!」

 

 家族がやって来た事に安堵の表情になる。

 しかしそれはすぐに不思議そうな顔に変わった。

 

「ねぇ? どうしてそんな厚着してるの?」

 

「どうしてって……」

 

 夫妻も娘の不自然さに気付く。

 これではまるで────。

 

「だって、いまは夏休みだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を言えば、綾瀬彩那の記憶は去年の夏休みまで退行していた。

 自分が小学校何年の何歳かと質問したら、小学2年生の7歳と答えたのだ。

 それにこれまでとは別人のような雰囲気と振る舞いを見せる彩那に彼女を知る周囲も戸惑っていた。

 

 

 

「なにこれ?」

 

 化粧室の鏡を見て彩那は自分の頬を掻く。

 両頬と額に喉に描かれた凧形の刺青。

 それが全然彩那の好みではないのもあるが、それを見ていると異様に不快な気分になった。

 

『あっ』

 

 化粧室から出ると彩那は自分と同い年くらいの少女2人と鉢合わせる。

 八神はやてとその家族であるヴィータだ。

 はやて達にも彩那の現状は説明されており、余計な刺激は与えないように言われている。

 はやてはどう話を切り出そうかと悩んでいると彩那から話しかけてきた。

 

「八神さんだよね? 同じクラスの」

 

「お、覚えててくれたん? あんまり話したことないのに」

 

「うん。方言で話す子、珍しいから」

 

 はやて自身は海鳴でずっと暮らして居たが、両親が関西出身で自然とそちらの方言が身に付いていた。

 

「あはは。変かなぁ?」

 

「ううん。そんな事ないよ。八神さんの話し方、柔らかい感じがして私は好きだな」

 

「あ、ありがとうな」

 

 自分の話し方を褒められて顔を少し赤くするはやて。

 それとは別に疑問が起こる。

 

(前に会った時はわたしのこと覚えてない言うとったのに)

 

 ジュエルシード事件に巻き込まれ、彩那に助けられた時は覚えてないと言っていたのを思い出す。

 なら、彩那はいつはやてのことを忘れたのか。

 

「え、と……後ろの子は?」

 

「あ、うん。わたしの家族でヴィータって言うんよ」

 

「ども」

 

 はやての紹介にヴィータが警戒しながら頭を下げる。

 彩那は手を軽く合わせて笑みを浮かべる。

 

「かわいい子ね。よろしく」

 

 そう言って握手を求められるとヴィータが反射的に少し下がった。

 

「あ。ごめんね。馴れ馴れしかったかな?」

 

「いえ……」

 

 おずおずと彩那と握手するヴィータ。

 鉄槌の騎士ヴィータにとって綾瀬彩那は敵である。

 昔も今も殺意と敵意をぶつけ合い。互いの武器を交わす。

 だからこそ、普通の女の子のような振る舞いを見せる彩那には違和感しかない。

 

(気持ちわりぃ)

 

 というのが正直な感想だ。

 また、はやても今の彩那に戸惑っていた。

 普段から包帯を巻いて顔を隠し、落ち着いた態度を見せていた彩那。

 その姿に慣れて今の年相応の様子にどう接すれば良いのか少し困る。

 

「八神さん。前は松葉杖突いてたけど、その……足、悪いの?」

 

 訊いて良いのか判らず躊躇いがちに質問する彩那にはやては返す。

 

「あ、うん! 最近はちょっと危なかったんやけど、今は治療が上手くいって大分良くなったんよ。リハビリも始めとるから」

 

 はやての返答にそうなんだ、と胸を撫で下ろす。

 そこで彩那が陰鬱そうに息を吐く。

 

「検査とか、よく分からない質問やテストを1日中されてうんざり……なんなんだろ?」

 

「あぁ。分かるわぁ。わたしも検査の待ち時間や一気に色んな事をやらされると目が回るなぁ」

 

「うん……」

 

 そんな風に話していると職員に彩那が呼ばれる。

 

「綾瀬さん。次の検査の準備が整いました」

 

「はーい。じゃあね、八神さん。後でまた話そうね」

 

 それは奇しくも、眠っていた彩那にはやてが言った言葉と同じだった。

 はやてが彩那を呼び止める。

 

「綾瀬さん!」

 

「ん?」

 

「あのな。わたしの足、ずっと悪くて。でもある人が励まして、背中を押してくれて、守ってくれたんよ。だから!」

 

 そこで口を閉ざす。

 ここから先は、今の彩那に言うべきではないと感じて。

 

「綾瀬さーん」

 

「はーい。じゃあ行くね」

 

「うん。邪魔してごめんなぁ」

 

 彩那は駆け足で職員の下に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査を終えて、取り敢えず彩那は自宅に戻す事となる。

 幸い記憶以外はそこまで深刻な状態ではなく、自宅で療養すれば自然と記憶も戻るかもしれないと結論付けて。

 ここ数日に彩那が行方不明だった件は管理局側が責任を持って調整するとの事。

 

 彩那とその母である瑶子は海鳴にある人気のない公園に転移してもらった。

 町を歩くのも記憶を取り戻す切っ掛けになるかも、という理由と、なのはの両親が経営する喫茶店翠屋に行く用事があるからだ。

 娘のゴタゴタで予約していたクリスマスケーキをキャンセルする流れになったのだが、彩那が見つかった事を安心した高町夫妻が代わりのケーキを用意してくれると言ってくれた。

 町を歩きながらそれを取りに行こうと歩く。

 

「お母さん。携帯貸して」

 

 少し移動してから突然携帯をねだる彩那に瑶子は首を傾げる。

 彩那に携帯を持たせたのは行方不明から帰って来た後だし、その携帯も今回拉致された時に壊されてしまった。

 だから母に携帯を求めるのは不思議ではないが。

 

「どうして?」

 

「渚ちゃんとお話したいから」

 

「あ……」

 

 そう言えば、前は夜に渚とよく電話で話していたのを思い出す。

 

「聞いて。渚ちゃん達はね。彩那が眠っている間に事情があって遠くに引っ越しちゃったの。だから、ね?」

 

 何とか誤魔化そうと嘘の説明をする瑶子。

 信じられないと言った様子で戸惑う彩那。

 しかし、そんな娘を見て瑶子は安堵する。

 ようやく、自分の知ってる娘が戻ってきたと。

 顔を包帯で隠し、妙に大人びた態度をではなく、本来こういう子だった筈なのだ。

 

(彩那はこのままの方がいいのかもしれない)

 

 そんな考えが頭を過った。

 それが、この1年ちょっとの娘を否定する事だとしても。

 あんなにも辛そうな顔をする娘よりも、今の方がずっと彩那らしい。

 そう考えていると、町に違和感を覚える。

 まだ時刻は夜の7時前。人が居なくなるにはまだ早い時間だ。

 なのに、人っ子1人見当たらないのはどういう事か。

 恐怖を覚えて瑶子は念の為にリンディに連絡を取ろうとする。

 

「お母さんっ!?」

 

 するとそこで彩那が母親を突き飛ばした。

 同時に2人の間を太い火線が通過する。

 倒れた瑶子が振り向くと後ろの空には見覚えのある少女が宙に佇んでいた。

 

「あぁ。外してしまいましたか」

 

「なのは、ちゃん……?」

 

 瑶子が確かめるように名を呼ぶ。

 だが、相手は瑶子の知るなのはとは髪型や雰囲気はまるで正反対だった。

 黒いセーラー服のような衣装を着たなのはに似た少女は地面に降り立ち、可愛らしくスカートの裾を摘まむと淑女のように頭を下げた。

 

「私は、理を司るマテリアル。シュテル・ザ・デストラクター。砕け得ぬ闇の復活の為……その最大の障害と思われる綾瀬彩那(貴女)を滅殺しに参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラの1室で談笑していた八神家の面々は突然リンディからの通信を受けた。

 

『休んでいるところごめんなさい。今海鳴で大規模な結界が確認されました。魔力のパターンが闇の書と酷似しているの』

 

「闇の書の魔力の残り滓ですか?」

 

 リインフォースの質問にリンディは頷く。

 

『恐らくはね。同時に正体不明の魔力反応が多く確認されています。クロノや武装局員は既に現場に向かい、フェイトさんとなのはさんには既に協力を要請しました。でも数が多くて全てに手が回りません。ですから────』

 

「我らにもその対処を要請すると?」

 

 シグナムの問いにリンディがえぇ、と肯定する。

 

『勿論これは強制ではありません。断ったからと言って、そちらに不利が働くことはないと約束します』

 

 狡い言い方だとシグナムは内心で苦笑する。

 海鳴。それも闇の書関連ともなれば、自分達が大人しくしてる訳がない事を見越しての要請。

 そして戦えないはやてやリインフォースの事も慮り、こういう言い回しをしているのだ。

 

「分かりました。闇の書が関わっているとなれば、我らも無関係では居られません。私とヴィータ。シャマルとザフィーラが現地へ赴きます」

 

『えぇ。お願いします』

 

 そして、こうして出動を要請する程度には信頼してくれた事にも内心で感謝する

 

「みんな……」

 

 不安そうにしているはやてにヴィータが笑いかける。

 

「大丈夫だよ、はやて。すぐ片付けてくるから」

 

「はやてちゃんはここで私達の帰りを待っていてください」

 

「リインフォース。主を任せたぞ」

 

「あぁ。分かっている」

 

 ザフィーラの言葉に頷くリインフォース。

 それからすぐに海鳴に転送された。

 大きな魔力反応が4つ集まっている場所に。

 その魔力が人の形を成していくと、騎士達に緊張が走った。

 

「おいおいマジかよ……」

 

 ヴィータは舌打ちしてグラーフアイゼンを両手で強く握った。

 

「あの子達は……」

 

 シャマルが険しい表情で指に填めたクラールヴィントを撫でる。

 

「……」

 

 ザフィーラは無言で拳を握った。

 

「我らはほとほと奴らと縁があるな」

 

 シグナムも鞘に納められたレヴァンティンを静かに抜く。

 魔力で生み出されたその人物達。

 最近見慣れた4本の剣。

 聖剣。魔剣。霊剣。王剣。

 それを握るのはかつて自分達を追い詰め、下した勇者達。

 過去の戦争で最強を誇った勇者がここに再現された。

 

 

 

 

 

 

 

 




没案のBOA編だと彩那の記憶がなくなってマテリアルに襲われるのではなく、記憶は失わず、闇の欠片で再現された勇者達に襲わせる予定だった。

BOAの時のマテリアルは純粋な敵キャラって感じだったけど、GODで突然良い子化して当時結構戸惑った記憶。
まぁ、善悪が判るほどキャラの掘り下げがなかっただけなんだけど。


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My wish My love

タイトルはただ単にこれを聴いてただけです。


 記憶を失った綾瀬彩那。

 家族だけを残して部屋を出された後に、なのははフェイトに付き添われながら、休憩室の椅子に座り、両手で顔を覆っている。

 

「なのは……大丈夫?」

 

 心配したフェイトに呼ばれてなのは覆っていた両手を目が見えるくらいまで下げる。

 

「彩那ちゃんと出会ったのは、魔法のことをまだ全然知らない時だったの……」

 

 まだそこまで前の事ではない筈なのに、今は彩那と出会ったのが遠い日に感じている。

 

「ユーノ君を手伝うって決めたけど。本当はスゴく不安だった。わたしなんかがユーノ君の役に立てるのかなって」

 

 ユーノはなのはの魔法の才能を称賛してくれたが、魔法の素人であるなのはがその不安を抱くのは当然の事だ。

 

「それに、ジュエルシードの暴走体も恐かった。体が震えて、足がすくんだ。そんなわたしを助けてくれたのが彩那ちゃんだったの」

 

 今でも鮮明に覚えている自分の前に立って守ってくれた自分と同い年の女の子の姿を。

 

「それからユーノ君も含めて3人でジュエルシードをどうにかする為に頑張った。素人のわたしが怪我しないように彩那ちゃんがずっと守ってくれて。今思うと良いとこ取りしてたなぁ」

 

 ユーノが結界などのサポートにアドバイス。

 彩那がジュエルシードの暴走体を引き付けて、なのはが封印する。

 なのはが魔法の素人だったのだから仕方ない。

 顔を覆っていた手を組んで膝に置く。

 

「フェイトちゃんと初めて会った後に彩那ちゃんに鍛えてほしいってお願いしたら、特訓に協力してくれた。フェイトちゃん。フェイトちゃんが海で複数のジュエルシードを同時に発動させた時の事を覚えてる?」

 

「覚えてるよ。あの時、なのは達が助けてくれたよね」

 

 今思えばとんでもない無茶だった。なのは達が助けてくれなければ、どうなってたか。

 

「うん。あの時ね。わたし、勝手にフェイトちゃんを助けに行こうとしたの。でも彩那ちゃんに止められて。それでリンディさん達を説得してくれた」

 

 初めて聞いた事実にフェイトが瞬きする。

 

「ヴィータちゃんに襲われた時も助けに来てくれた」

 

 彩那に出会ってから今日までの事を思い返す。

 その時間はとても濃密で、大切な宝物だった。

 

「助けてくれた。守ってくれた。強くしてくれた。なのにわたし、彩那ちゃんになんにもお返し出来てないよ……」

 

 腰を曲げて膝に置いた手に額を乗せるなのは。

 その声は震えていた。

 先程の別人のような態度。大人びて見えていた彩那が年相応になったような。

 あの彩那に拒絶されてなのはの心に大きな負荷がかかっていた。

 フェイトは震えているなのはの肩を抱く。

 同時にフェイトも彩那の事を考える。

 

(いったい、アヤナに何があったんだろう?)

 

 人間が突然あそこまで変わるモノだろうか? 

 心の中で疑問を投げ掛けるが、それに答えられる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラのデバイスを調整する整備室では彩那の剣に対する調査が行われていた。

 しかし進み具合は芳しくない。

 

「う~ん。また失敗ですね。こちらからどうアプローチしても一定の領域に侵入すると接続を弾かれてしまいます」

 

「そうか……」

 

 なのはとフェイトのデバイスにカートリッジシステムを搭載した人物であるマリエル・アテンザは調査に四苦八苦していた。

 クロノも彩那に大きな負担をかけた事を責任を感じており、彼女のデバイスを調べる事で記憶の欠損を治せないかと思っている。

 しかし、肝心のデバイスはこちらからのアプローチを全て拒絶していた。まるで主以外が自分達に触れる事を嫌がるように。

 マリエルの作業を手伝っていたユーノが次の提案をする。

 

「マリエルさん。次はこのパターンで解析をかけてみましょう」

 

「うん。そうだね。でもユーノ君がホーランド式に関する情報を見つけてなかったら、もっとお手上げだったよ」

 

「はは……」

 

 苦笑いするユーノ。

 闇の書事件の最中に彩那に頼まれたホーランド式に関する調査。

 闇の書を調べながら幾つか記録が出てきたのだ。

 本当は彩那にこっそり渡すつもりだったのだが、そうも言ってられない状況だ。

 

(でも、どういうことだろう?)

 

 見つかった記録はどれも数百年前の物ばかり。

 彩那の話から魔法文明が在る、管理局がまだ接触してない世界だとばかり思っていた。

 これではまるで────。

 ユーノは無限書庫から借りてきた本を見る。

 それは一冊の日記帳だった。

 著者の名には、ホーランド王国第一王女ティファナ・イム・ホーランドの名が書かれていた。

 

 

 突如海鳴に結界が張られ、警報が鳴る数十分前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラのブリッジは前触れもなく張られた結界に慌ただしく報告が上がる。

 リンディはつい数分前に町へ転移させた綾瀬親子が結界内に居ると報告を受けてすぐにアースラへ呼び戻すように指示する。

 

「駄目です! 結界内に居る2人を転移させられません!」

 

 エイミィの報告にリンディは苦虫を潰したような表情をする。

 

「対処されていると言うの!」

 

 おそらくはアリサとすずかを闇の書の結界内から脱出させた際に此方の術式を解析して対抗する術式を編んだのか。

 

「でも何故このタイミングで……」

 

 闇の書の魔力の残滓。偶然と見ても良いが、あまりにもタイミングが良すぎる。

 そこである仮説がリンディの中で浮かび上がる。

 

「なのはさんとフェイトさんを至急結界の中に転移させて! 綾瀬親子の保護を最優先に!」

 

 どうやら中から外へ出すのはNGだが、外から中へ入るのはOKらしい。まるで来るなら来いと言わんばかりに。

 もしも闇の書の残滓に何らかの意志があるとすれば。

 

「目的は、彩那さんだと言うの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはに似た少女、シュテル・ザ・デストラクターは名乗り終えると手にしている(デバイス)を2人に向ける。

 

「ご婦人。私の目的はそこに居る少女のみです。離れれば、貴女に危害を加えないと約束しましょう」

 

「何を……っ!?」

 

 瑶子が反論しようと彼女の足下に火球が落とされる。

 

「これが最後の警告です。その少女から離れなさい」

 

 シュテルの警告に彩那が不安そうに母に抱きつく。

 瑶子の取った選択は、娘の手を握っての逃走だった。

 直ぐに建物の陰に入る。

 

「成程。それが貴女の答えですか」

 

 仕方ないとばかりに息を吐き、シュテルはふわりと空を飛ぶ。

 

 綾瀬親子は建物の陰を出ると、近くに建てられているデパートの中へと入る。

 

「お母さんっ!」

 

「走って! 大丈夫! 大丈夫だからっ!」

 

 娘をシュテルに差し出す選択肢はない。

 今の彩那は戦えないだとか、そんな事も関係ない。

 綾瀬瑶子が綾瀬彩那の母親だからだ。

 娘に危害を加えようとする者が現れて、どうして自分だけ逃げられるだろう。

 娘とその友人が消え、帰って来た彩那は別人のように変わってしまった。

 きっと酷いモノ見たり、経験したのだろう。仲の良かった友達まで失って。

 そんな時に自分はただ待つ事しか出来なかった。

 今回、彩那が突然連れ去られても。

 だから────。

 

(この手は、絶対に放さない!)

 

 そう決めて階段を駆け上がる。

 スポーツ用品が売っているフロアに辿り着き、どこか隠れる場所を、と探していると、上から声がした。

 

「見~つっけた♪」

 

 ご機嫌そうな声に上を向くと、そこにはフェイトと瓜二つだが、髪の色が青の少女が天井に足を付けて此方を見下ろしていた。

 

「とう!」

 

 1回転して着地すると腰に手を当てて手にしているデバイスを彩那に向ける。

 

「僕は力を司るマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャーだ! 砕け得ぬ闇の復活の為! 君を倒しにきた! いざ尋常に勝負っ!」

 

 問答無用とばかりに戦斧を構えるレヴィ。

 レヴィが襲いかかってくる前に、瑶子は近くにあったスポーツシューズを投げ付けた。

 それと同時に彩那の手を引いて逃げる。

 投げられたシューズを長柄で防ぐレヴィ。

 

「おっと。やったな!」

 

 攻撃を嬉しそうに、遊んでいる子供のような陽気さで床を蹴って綾瀬親子を追う。

 一瞬で詰められる距離。

 戦斧が振り下ろされようとする瞬間、彩那が手を前に付き出す。

 すると防壁が展開されてレヴィの戦斧が受け止められた。

 

「わっ!」

 

 逆にレヴィが吹き飛ばされ、ボール置き場に突っ込む。

 

「彩那……貴女……」

 

 不思議そうに手の平を見る彩那。

 たとえ記憶を失っても消える事のない魔法に関する経験値。

 体に染みついた経験が先程もシュテルの攻撃を咄嗟に回避して見せた。

 しかし事態はその程度では切り抜けられない。

 

「今のはビックリしたぞ! 今度はこっちの番だ!」

 

 フェイトのプラズマランサーに似た魔力の槍を展開する。

 それらが全て綾瀬親子に向いていた。

 

「いっけぇっ!!」

 

 一斉発射される雷の槍。

 それにより爆発が起きた。

 爆煙が晴れると、そこには倒れている瑶子とそれに縋り付いている彩那がいる。

 防御魔法で防いだが、衝撃で吹き飛び、瑶子が娘を庇ったのだ。

 背中と頭を打って血を流し、気絶する瑶子。

 

「お母さん! お母さん!」

 

 気が動転して母の揺さぶり起こそうとする彩那。

 そこでシュテルも合流する。

 

「爆発があったので来てみましたが、どうやら事は終わりそうですね」

 

「やっほーシュテるん! 目標は僕がやっつけておいたよー!」

 

 近寄るレヴィにシュテルはえらいえらいと頭を撫でる。

 

「ですが、トドメがまだです」

 

「わかってるよー! 今から刺すところさ!」

 

 戦斧が変形して光の鎌を出すと歩いて彩那に近づく。

 首を狩ろうと大鎌を振り上げる。

 

「あ、あぁ……」

 

「バイバイ」

 

 大鎌は彩那の首を目掛けて振るわれ────。

 

 ガキンッ! と金属がぶつかる音がした。

 レヴィと同じ形のデバイスが、長柄同士でぶつかって防いだのだ。

 攻撃を防いだフェイトは怒りのままにレヴィを押し飛ばす。

 見るとなのはもその場におり、両腕を広げて綾瀬親子を守っていた。

 

「彩那ちゃん……」

 

 なのはが後ろにいる彩那に話しかけると、恐怖から体を震わせる。

 そんな彩那になのはは柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でた。

 

「遅れてゴメンね。でももう大丈夫だよ。今度はわたし達が、彩那ちゃんを守るから」

 

 ずっと自分達を守ってくれた愛しい人。尊い人。

 その彼女が恐怖で震えている。

 なら彼女を守るのは自分達の役目だ。

 彩那に背を向けると表情を一変させてなのはは友達を傷付けた2人を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴の上空では、8人の戦士が目まぐるしく戦っていた。

 

「紫電、一閃っ!!」

 

 炎を纏ったレヴァンティンを地面にいる彩那へと振り下ろす。

 レヴァンティンを聖剣で受け止めた彩那はそのまま宙を浮いてシグナムの体を蹴り上げる。

 

「むっ!」

 

 この流れに覚えのあるシグナムは反射的に体をズラした。

 魔力により、伸びた霊剣の刃がシグナムの首の横を通過する。

 そのまま横薙ぎへと剣筋が変わり、シグナムの首を落とそうとした。

 

「オラァッ!」

 

 そこへヴィータが鉄球を渚に打ち飛ばして攻撃を止める。

 

「大丈夫かよシグナム!」

 

「あぁ、助かった」

 

 首筋に流れた1滴の血を手で拭いながら礼を言うシグナム。

 合流したザフィーラが難しい表情をする。

 

「やはり、奴らの連携は厄介だな」

 

 今の綾瀬彩那を見ると勘違いするが、本来ホーランド式は連携を重きに置く。

 役目を徹底し、1つの生き物であるかのように敵を追い詰めてくるのだ。

 それは勇者に限った事ではなく、一般の兵士達も同様だ。

 むしろ兵士の方が徹底しており、6人集まって防戦に徹すればヴォルケンリッターでも撃退に時間がかかる。

 

「クソッ! 記憶が戻ってなかったら、もう2回は死んでっぞ!」

 

 ヴィータ達が対処出来ているのはかつての記憶を取り戻した事が大きい。

 初見なら殺されていたかもしれない。

 悔しいが、チームワークという点では向こうが上だと認めざる得ない。

 そこでシャマルが皆に問いかける。

 

「でも気付いてる?」

 

「あぁ。奴らの強さは我らが知るより劣っている」

 

 リソースの問題か、完全に再現するのは不可能なのかは分からないが、守護騎士達が知る勇者の強さより明らかに弱い。

 連携は厄介だし、気を抜いて良い相手ではないが、弱体化している相手に負ける訳にはいかない。

 守護騎士達は気合いを入れ直して強敵に向かっていった。

 

 

 



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番外編4:勇者達の休日

 勇者達4人は王都に大きな屋敷が与えられている。

 最初は城に個室を与えられていたが、渚が駄々をこねて無理に街に近い屋敷を買い取った。

 そんな屋敷に来客が訪れた。

 

「今から旅行に行きませんか?」

 

「……いま、朝の4時前なんですけど?」

 

 突然訪問したティファナ王女に冬美は腕を組んで不服そうに返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導列車に揺られながら6人の少女がはしゃいでいる。

 

「王女様王女様! 今回の旅費、本当に全部そっち持ちでいいの?」

 

「大きな声で王女王女言わないでください。えぇ。これは貴女方に対する報酬だと思ってください。ここ最近は本当に頑張ってくれてましたから」

 

 ティファナの答えに渚がやったぜ! とガッツポーズをする。

 

「その代わりと言ってはなんですが、護衛もお願いしますね?」

 

「任せて! 帝国の奴らが襲ってきても返り討ちにしてやるから!」

 

 上機嫌に鼻唄を唄いながら窓から見える景色を堪能している。

 璃里が本を読んでいる冬美に小声で話しかけた。

 

「なにかあったのかな?」

 

「どうせまた王様と口論にでもなったんでしょ」

 

 いつもの事よ、と気にも止めない。

 むしろ反応したのはティファナの方だった。

 ガシッと璃里の肩を掴む。

 

「そう! そうなんですよ! お父様が今回どんな馬鹿な事を口走ったと思います!!」

 

 そこから今回の会議で話題となったのは、つい先日まで争っていたベルカ式を操るヒンメル王国の事についてだ。

 

「帝国近くに在る鉱山を閉鎖して破壊するって言うんです! あそこの資源的価値もそうですが、今あの鉱山を閉鎖したら、どれだけの人が路頭に迷うか!」

 

 短絡的に考えて、とプリプリ怒っている。

 そこで冬美が本を読みながら質問する。

 

「それで? 結局どう結論が出たの?」

 

 結論が出なければ、態々旅行など誘わないだろう。あまりにも無責任過ぎる。

 

「……しばらくはアーツ様が鉱山の責任者として駐在兵を用意してくれるそうです。吸収したベルカの兵士もそこそこに」

 

「あの強欲爺か」

 

 名前を聞いて冬美が心底不快感を表す。

 アーツ・オク・ルギア。

 ホーランド王国の最上位貴族の1人で、齢120を越えても当主の座を退かない老人である。

 性格は金と権力をこよなく愛する強欲爺。

 金になると判断すれば口を出してくる。

 それだけなら別に良いのだが、この世界に勇者として召喚された当初、色々と無理難題を押し付けられたのを根に持っている。

 ちなみにホーランドでは王族貴族での名は個人名・王族貴族の階級・家名となっており、イムは王族を表し、オクはその1つ下でこの国の最高位貴族の階級を表す。

 

 そこで窓を眺めていたティファナの妹のエリザがはしゃいだ様子で姉の腕にしがみつく。

 

「おねえさまおねえさま! 外がどんどん流れてゆきます!」

 

 列車からの景色に感動してはしゃぐ妹に、ティファナが叱る。

 

「コラ、エリザ! 座席の上で跳ねるんじゃありません!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 姉に叱られてシュンとなるエリザに、渚がまぁまぁ、と宥める。

 

「せっかくの旅行に口煩いお説教は無しだよ。エリザも謝れて偉いねぇ。ボクなんて、悪いことをしても大抵謝らないからさ!」

 

「ドヤ顔で言うことじゃないよ、渚ちゃん」

 

 渚がエリザの頭を撫でると気持ち良さそうにえへへと笑う。

 10も歳が離れたエリザは勇者が召喚された数年後に産まれた王女だ。

 だからか、皆の妹、という認識が強い。

 そこで今まで冬美同様に本を読んで黙っていた彩那が話しかける。

 

「エリザ王女は、魔導列車は初めて?」

 

「はい! こうして旅行に連れていって貰えるのも初めてです!」

 

 エリザが産まれた時には戦争がかなり激化しており、旅行など行っている暇も余裕もなかった。

 既に大半の国が帝国に支配下にあるか、ホーランド王国を中心とした同盟軍となった今だからこそ、一部の地域なら旅行にも行けるようになった。

 少しずつではあるが、大陸の平和が戻りつつある。

 彩那がエリザの手を取る。

 

「旅行中は何があっても私達が守る。だから思う存分旅行を楽しんでね。誰かに迷惑をかけなければ何も言わないから」

 

「はい! ありがとうございます! アヤナねえさま!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうちゃ~くっ!」

 

「とうちゃ、わっ!?」

 

 列車を降りる際に人の下半身程の高さの階段を飛び降りる渚の真似をしようとするエリザを璃里が止める。

 

「それは危ないからやめようね。エリザちゃん」

 

「は~い、リリィおねえさま……」

 

 ちょっと残念そうにするエリザ。

 彩那が渚を叱る。

 

「渚ちゃんも! エリザちゃんが真似するような危ないことはしないの!」

 

「ウッス。サ~セン」

 

 緩い敬礼のポーズを取って適当な言葉で謝る。

 今回の旅行で王女呼びは危険を呼ぶ可能性があるため、列車内で禁止された。

 

「ティファナおう……さん。これからの予定は?」

 

「予約したホテルに行って、荷物を預けましょうか。それから少し遅い朝食を、と考えてます」

 

 5時の列車に乗って3時間。まだ食事を摂ってない。

 

「それから遊戯園に行きましょう」

 

 遊戯園というのは、日本で言う遊園地の事だ。

 勇者達が知る乗り物と似た物も在れば、こちらでしか体験出来ない物もある。

 あと、地下にはそこそこ大きなカジノやその他の娯楽施設も存在する。

 1泊2日の旅行には丁度良い。

 

「それじゃあ、ホテルい────」

 

「ざっけんなよ、オラァッ!!」

 

 渚の言葉の前に野太い男の声が響く。

 見ると、男女のカップルに男が突っかかって揉めているようだ。

 三角関係の男女のもつれな様子。

 

「……着いたばっかで気分悪くしてくれるわね」

 

「問題が大きくなる前に止める?」

 

 苛立った声の冬美に彩那が提案するが、渚がチッチッチ、と人差し指を左右に動かす。

 

「男連れじゃん。外野がちょっかいかけるのは余計なお世話って奴さ。ほっとこほっとこ」

 

 渚の言葉にエリザが不思議そうに質問する。

 

「なぜ男の人がいたら手をだしてはいけないのですか?」

 

「エリザ、いい質問だね。基本(オス)って生物は(メス)より強く生まれてくるんだよ。なら女を守るのは男の義務であり、女からの評価を上げるチャンスでもある。それを邪魔しないのは外野の心構え(マナー)であり、男女関係の常識(ルール)ってもんさ!」

 

「そうなんですね! 知りませんでした!」

 

「妹に変な常識を吹き込まないでください!!」

 

 渚のとんでもない理屈を聞いて素直に感心するエリザにティファナが怒鳴る。

 そうしていると璃里がトントンと渚の肩を指で叩く。

 

「でも渚ちゃん。男の人が1人でこっちに逃げてくるよ?」

 

 どうやら彼氏と思われる男は自分の彼女を置いて逃げるを選択したらしい。

 それを見た渚が男の顔に飛び蹴りをお見舞いした。

 倒れて気絶させられた男性を見て彩那が額に手を添える。

 

「……手を出さないんじゃないの?」

 

「自分の彼女を放って逃げる玉無し野郎なんて即制裁されて当然でしょ。まったく。猛獣を前にしても自分が食われてる間に彼女を逃がすくらいの気迫ぐらい持ってほしいよね!」

 

「無茶苦茶言わないでください……」

 

 渚自身、本気でそんな事を思っている訳ではなく、思い付いた事をノリで話してるだけである。

 今言った事も数時間すればスパッと忘れるだろう。

 そんな事をしてる間に彼氏という名の盾を失った女性を助ける為に冬美が絡んでいる男の腕を掴む。

 

「別にアンタが誰をナンパしようと勝手だけど、こっちの気分を害さないでくれる?」

 

 冬美が相手の腕を捻り上げる。

 そして男にだけ聞こえるように呟く。

 

「潰すぞ」

 

 本当に殺さんばかりに威圧されてビビった男は冬美の手を振りほどいて逃げていく。

 

「こっわ~。冬美に睨まれたら誰でもお漏らしちゃうね!」

 

「バカな事を言ってんじゃないわよ」

 

 そこで彩那が絡まれてた女性に声をかける。

 

「お怪我はないですか?」

 

「あ、はい。あの、そろそろ退()いてあげてくれると……」

 

 退く、というのは渚が踏んづけている女性の彼氏についてだ。

 渚が蹴り倒した男性の体をグリグリと踏みつけている。

 

「こんなダメ男な彼氏なんて捨てて、ボク達と一緒に遊ばない? おねーさん」

 

「アンタがナンパしてどうする」

 

 渚の物言いに呆れる冬美。

 それに女性はあははと笑う。

 

「彼氏じゃないですよ。この子は弟です」

 

「え? そうなの? うわー。姉を見捨てて逃げるとかなおさら引くわー」

 

 女性の弟から降りると気絶している弟を女性が起こす。

 頭を振って目を覚ますと、渚を見て激昂する。

 

「このア、マッ!」

 

 向かってくる弟さんにアッパーを食らわせると指をボキボキ鳴らす渚。

 

「向かってくるの勝手だけど、ボクってばちょー強いよ? 怪我を増やしたくないな、らっ!?」

 

 冬美が渚の頭に拳骨を落とす。

 

「問題を長期化させるな、このバカ!」

 

「すみません。この子の事は珍獣か何かだ思って大目に見てください」

 

「それどういう意味!?」

 

「はいはい。渚ちゃんは大人しくしててね。いや本当に」

 

 姉弟に璃里が頭を下げて彩那が渚を抑える。

 それから不服そうにしている弟を促して去っていく姉弟。姉の方は終始お礼を言っていた。

 それをずっと眺めていたティファナが質問する。

 

「もしかしていつもこうなんですか?」

 

 あまりにも慣れた様子の勇者達。

 まぁね、と苦笑している。

 

「渚ちゃんは町に出掛ける度に2、3回は揉め事を起こしたり巻き込まれたり自分から突っ込んだりするから」

 

「この間もゴロツキとチンピラの喧嘩に飛び込んで、喧嘩両成敗ー! とか言いながら20人近く黙らせてたわね」

 

「だってしょーがないじゃん。あそこで放っておいたら周りの人にまで飛び火するかもしれなかったし」

 

 実際、渚の慈善事業活動は荒事だけではなく、町で迷子になった子供やお年寄りの世話をしたり、子供達と遊ぶついでに面倒をみたりなども含まれている為、ちょっとした人気者扱いもされてたりする。

 知らなかった渚の素行に頭を抱えるティファナ。

 それに彩那が肩に手を置く。

 

「慣れると思いますよ? 悪いことばかりじゃないですし」

 

「変な慰めはいりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石王族と言うべきか取ったホテルはここら辺では最も人気の高いホテル。

 そこでただでさえ広い2つの部屋の壁をくり貫いて繋げて更に広くした6人で過ごせる特別な部屋を取っていた。

 

「おー。これなら枕投げができるね!」

 

「なんですか、枕投げって?」

 

「よくぞ訊いてくれたね! 枕投げとは友達同士の旅行で夜に行う定番のイベントだよ! 寝るまでひたすら枕を投げ合う地球の遊びだよ!」

 

「なんですかその苦行!?」

 

「っていうか、地球って一括りにすんな」

 

 渚の説明にティファナが驚き、冬美がツッコミを入れる。

 ちなみに日本には厳密なルールを設けた全日本枕投げ大会という物が実在したりする。

 それはそれとして、こんな高そうなホテルで枕投げをする勇気は渚以外には居ない。

 

 荷物を置いて朝食を摂る。

 

「ん~おいしい~!」

 

 感情表現な豊かな渚が注文した料理を本当に美味しそうに食べる。

 他の子達も自分の料理に舌鼓を打つ中で幼いエリザはサラダにある苦手なトマトをフォークで転がして避けている。

 それに気付いたティファナが妹を叱る。

 

「エリザ。好き嫌いせずに食べなさい」

 

「う~」

 

 エリザが視線で助けを求めるがこれに関しては同意なので口出しするつもりはない。

 

「しつれーい」

 

 そんな中で渚がエリザのサラダの中にある2切れのトマトの1切れをフォークに刺して食べた。

 驚いたのはその場にいる全員。

 渚の実家は老舗の高級料亭であり、本人もこれで食事のマナーに関しては幼い頃から叩き込まれている。

 そんな渚が断りもなく誰かの料理を取るのは珍しい。

 ドレッシングのかかったトマトを食べると頬に手を当てて満足そうにする。

 

「ドレッシングがトマトの酸味を和らげてくれて食べやすいね。これならエリザも食べられるんじゃない?」

 

 本当に美味しそうにトマトを食べる渚を見て好奇心からか、意を決してエリザもトマトを食べると驚いた様子でゆっくりと喉に通す。

 

「思ったよりも食べやすいです……」

 

「うん! 1つ取っちゃってごめんね」

 

 ニコニコと食事を続ける渚。

 こういう時だけはやたらと大人びて見えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やって来ました遊戯園! ボク、飛竜(ワイバーン)に乗って見たかったんだよね! 行こ! エリザ!」

 

「はい!」

 

 この施設では人工物の乗り物の他に、人が乗れるように飼育された飛竜や大狼などの騎乗も出来る。

 早速渚がエリザを肩車して別行動を取る。

 

「じゃあ私は適当にブラブラして、気になった施設で遊ぶわ。2時くらいに合流すれば良いんでしょ?」

 

「はい。何かあれば念話で連絡をお願いします」

 

「りょーかい」

 

 なんだかんだで楽しむ気満々の冬美も単独行動を始める。

 彩那が璃里はどうするのかと訊こうとすると、彼女は難しい顔で俯いている。

 

「リリィ?」

 

 ティファナが声をかけると、ハッと顔を上げた。

 

「ご、ごめんなさい! その、帝国との戦況が気になっちゃって」

 

 帝国。この戦争の発端であり、今も各地で地獄を生み出していると言われる最低最悪な国。

 ホーランドがベルカの土地と戦力を押さえたことで、互いに準備期間となり、今は大規模な戦いこそないが、それでもどこかで誰かが、酷い目に遭っているのかと思うと、素直に楽しめない自分が居た。

 そんな璃里の肩に彩那は手を乗せた。

 

「だからこそでしょう? 私達は機械じゃないんだから。どこかで倒れる前に責任を持って遊ばなきゃ。最後まで戦って、役目を全うする為に」

 

「彩ちゃん……」

 

「それに地球に帰って、私達が普通の女の子に戻る為にも。こうした時間は必要だと思う」

 

 おそらくはまだ数年この戦争は続く。心が完全に荒事に染まる前に、自分達が何の為に戦っているのかを確かめる時間は必要な筈だ。

 でも璃里は優しいから自分の知らないところで傷ついている誰かを想像してしまう。

 

「だから、今は遊ぼうよ。身体だけじゃなくて、心も癒す為に、ね?」

 

「そう、だよね……うん! ならわたし、買い物がしたいから見てくるね!」

 

 璃里もその場から離れる。

 彩那とティファナが残った。

 

「列車では護衛を頼みましたが、アヤナも自由にして良いんですよ?」

 

「貴女を1人にする訳にはいかないでしょう。それに、1人で回るよりも話し相手が居た方が楽しいですから」

 

 彩那がティファナに手を差し出す。

 

「"守護の勇者"綾瀬彩那が僭越ながら、貴女の護衛を務めさせて頂きます。どうぞお手を」

 

 照れながらも芝居かかった口調の彩那にティファナは小さく笑って手を重ねた。

 

「えぇ。頼みます勇者アヤナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからそれぞれ好きに行動して遊戯園の中を楽しんだ。

 ジェットコースターに似た絶叫マシンやら観覧車やら。

 やはりこういうテーマパークだと発想が似るのか、似たような乗り物が多い。

 そして約束の時間となり、集まると。

 

「エッグ……う、うぅ~」

 

「なんで妹が泣いてるんですかっ!?」

 

「いやー。ここのお化け屋敷(ホラーハウス)ちょー怖いね。ボクもちょっと泣きそうだったよ……すっごいリアル……」

 

 幻術魔法を用いたホログラムの完成度は凄まじい物があった。

 幼女(エリザ)と一緒に入ったのは失敗だったなと反省する。

 恐怖で泣いている妹にティファナが手を握って話しかける。

 

「エリザ。他にはどんなところへ行きましたか?」

 

「……まずはナギサねえさまといっしょににワイバーンに乗りました。ナギサねえさまは、ワイバーンの扱いがお上手なんですよ。それからわたしも小さなユニコーンに乗せて貰いました。それから。それから……」

 

 指折りながら回ったところを話してくれるエリザにティファナが微笑む。

 

「楽しかったですか?」

 

「はい! とっても!」

 

 話している内に恐怖も和らいだのか、満面の笑顔になる。

 昼食に行こうとすると、エリザが手を伸ばす。

 

「ティファナおねえさま。手をつないでもいいですか?」

 

「えぇ。もちろんです」

 

「じゃあ反対は私と手を繋いでくれる?」

 

「はい!」

 

 そう言って彩那とも手を繋ぐエリザ。

 離れないようにしっかりと手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日中遊び回って疲れたのか、エリザはベッドに入るとすぐに眠りに入った。

 それを眺めながら璃里は頬を緩ませる。

 

「かわいい」

 

 冬美は眼鏡を外して眼鏡ケースにしまう。

 

「こんなに気兼ねなく遊んだのはいつくらいかしらね」

 

 そんな中で難しい顔をしている渚に彩那が声をかける。

 

「どうしたの渚ちゃん?」

 

「さっき皆で大浴場に行ってさ。同い年の筈なのに格差の違いにショックを受けてるのさ」

 

 フッと遠くを見て笑う彩那。

 それに冬美が首を傾げる。

 

「格差ってなによ?」

 

「決まってんじゃん! コレだよ!!」

 

 彩那の背に回って胸を揉み始める。

 

「ちょっと、渚ちゃん!?」

 

「皆揃いも揃ってたわわに実って! ボクだけ男の子みたいに平坦なんだよ!? 璃里に至っては1番背が低いのにおっぱいは1番大きいってどういうこと!?」

 

「渚は栄養が全部筋肉にでも行くんでしょ」

 

「ひどいっ!? 泣くよボク!!」

 

 エリザを除く5人の中で1番背が高いのは冬美。その次にティファナと彩那が同じくらいの身長で渚、璃里に続く。

 ちなみに胸のサイズを数値化すると1番が璃里で冬美と彩那が同じくらい。それよりも少し小さいのがティファナ。そして渚となる。

 

「ア……ッ!? そろそろ離れてよぉ、なぎさちゃ……!」

 

「フワハハハッ! 君の弱いところは知り尽くしているのだよ彩那君! このままぐでんぐでんにしてやろっ!?」

 

 冬美が渚に蹴りを入れてベッドから落とす。

 

「頭打った~」

 

「自業自得だ。もうすぐ寝るんだからバカな事をやってないの」

 

 その様子に璃里が苦笑いを浮かべている。

 逆にティファナは寝ている妹の頭を撫でながら俯いている。

 

「本当に、皆さんは仲がよろしいのですね」

 

「小さい時からの付き合いですから」

 

「そんな貴女方を、ホーランド王国(私達)が巻き込んでしまった……」

 

 懺悔するように握り拳を作る。

 

「この世界の問題は、私達が自ら解決しなければならなかったのに……なのに皆さんに多くのモノを背負わせてしまった。ホーランドを。この世界をさぞ憎んでいるのでしょうね……」

 

 ずっと溜め込んでいた膿を吐き出すティファナ。

 勇者達と個人的に仲を育んできたからこそ、ホーランドの王族として彼女達を巻き込んだ責任を感じている。

 王女としての立場と友人として立場に揺れながら。

 

「うん。すごく恨んでるよ。当たり前じゃん」

 

「渚ちゃん」

 

 当然と言わんばかりの渚に彩那が窘めるような声を出す。

 しかしそれを渚は首を横に振る。

 

「何度も話し合った事だよ? あの夏休みにこっちに喚び出されて7、8年かな? 大事な子供時代を奪われて、恨んでないって彩那は言えるの?」

 

「それは……」

 

 口をつぐむ彩那。

 それは自分達を喚び出すのに直接関与してないティファナに言うのは憚られた。

 

「今更元の世界に帰れても、ボク達の居場所があるのか、とか。家族や世間にどう説明したらいいんだろ、とか。不安でいっぱいだよ。戦争するのも嫌になって、何処かに逃げようって話し合った事だって何回もあるよ」

 

 人を殺すのは嫌だ。

 それでも戦争を続けているのは故郷への未練があるから。

 だけどどうしようもなく、現実から逃げたくなる時もある。

 そんな渚の心情を聞いて、璃里も自分の気持ちを口にする。

 

「わたしは、やっぱり地球に帰りたいです。家族の下に。たとえ渚ちゃんが言うように、もうわたし達の居場所がなかったとしても」

 

 おそらくは4人の中で1番強く帰還を望んでいるのは璃里だ。

 だから普段は控え目な発言の彼女にしては強く主張する。

 続いて冬美も軽く手を挙げて自分の意見を言う。

 

「私はきっと皆ほどは帰ることへの執着はないかな。何だかんだで長くこの世界で暮らしてて、愛着もあるし。家には弟も居るから、親も皆の家よりは心の傷は浅いと思う。もちろん帰りたくない訳じゃないけどね。それに……」

 

 何処か艶のある表情を一瞬だけ見せる。

 

「どうしたのさ? 変なところで区切らないでよ」

 

「いえ。なんでもないわ。とにかく、帰れないなら帰れないで仕方ないとは思ってる。ただどの道、帝国の連中は放っておく選択肢が無いから絶対に叩き潰すけど」

 

 冬美の宣言に渚がこわーっと笑う。

 最後に彩那に視線が集中する。

 

「……私は。私も帰りたいな、地球に。みんなで」

 

 親友達への依存度が1番高い。

 だからこそ1人ではなく4人全員で帰りたいと思っている。

 いや、もしかしたら4人一緒なら帰るのは二の次なのかもしれない。

 

「思い返してみると、この世界に喚ばれて、悪いことばかりじゃなかったよね。行き着けの店が出来て、一緒に戦う兵士の人達も良くしてくれる。それに、ティファナとも友達になれた。うん! 辛い事は多かったけど、全部が全部酷かった訳じゃないね!」

 

 1人で結論を出すと、渚は部屋にいる仲間を見回す。

 

「帝国を黙らせれば戦争は終わる。ボク達勇者4人。そして後ろをティファナが支えてくれるなら、なんだって乗り越えられる! ボクはそう信じてる。だからもう少しだけ頑張ろう! 後の事はそん時に決めればいいさ!」

 

 迷いも後ろめたさも全て吹き飛ばすように笑う渚。

 それはまるで、太陽のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝早く彩那が目を覚まして部屋を見回すと、そこにティファナの姿がなかった。

 それに焦って慌ててベッドから降りる。

 部屋を出ると、朝早く人気のないサロンに居た。

 

「ティファナさん。心配しましたよ」

 

「あ。ごめんなさい。こうして皆で旅行に行くなんて初めてだったでしょう? 名残惜しくて、少し感傷に浸ってました」

 

「そう、ですか……」

 

 ティファナが無事だった事に安堵する彩那。

 これまでの事を思い返すようにティファナが呟く。

 

「貴女方は本当によくやってくれました。当初の私達の想定を越えて」

 

 立ち上がったティファナが彩那の肩に額を乗せる。

 

「あの……」

 

「私達は貴女達を……本当は……」

 

 震える声。その意味を彩那には分からない。

 だけど。

 

「いつか……もしもティファナさん達が地球に来られるようになったら。是非遊びに来て下さい。歓迎しますよ」

 

 彩那達をこの世界に喚び寄せたのなら、ティファナ達が地球に旅行感覚で来る事も可能かもしれない。

 

「渚ちゃんの実家は料亭……えっと、レストランで。他にも、私達の故郷をエリザちゃんと一緒に知って欲しい。案内しますよ」

 

 励ましてくれる彩那にティファナは彼女の手を握った。

 

「ありがとう、アヤナ。この世界に喚ばれたのが、貴女達で良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ。どうせなら、1週間くらい遊び倒したかったかもー」

 

「昨日散々カジノでボロ負けした奴が何言ってんの? 金が底をつくわ!」

 

「渚ちゃんギャンブル向いてないよ……」

 

「えー? たった数時間だけで判断しないでよー! 次はきっと勝てる!」

 

「ギャンブル依存性になる人の考えだよ、それ」

 

「ティファナねえさま! いつかまた、みんなで遊びにきましょうね!」

 

「えぇ。そうね」

 

 魔導列車に乗りながら昨日の思い出話に花を咲かせる面々。

 不意に彩那が渚の手を握った。

 

「彩那?」

 

「戦争を1日でも早く終わらせようね」

 

「もっちろん! ボク達が揃えば、絶対に敗けないよ!」

 

「うん!」

 

 

 

 彼女達はまだ知らない。

 後に起こる悲劇と喪失。そして別離と絶望を。

 

 今はまだ、何も────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の中での6人の声のイメージ。
彩那=桑島法子さん。
渚=日高のり子さん。
璃里=折笠富美子さん。
冬美=ゆきのさつきさん。
ティファナ=矢島昌子さん。
エリザ=野中藍さん。


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既視感

 はやてはアースラの中でそれぞれの戦いを見守っていた。

 記憶を失い、無力となった彩那の救援に間に合った事にホッと胸を撫で下ろす。

 そして、自分達の家族が戦っている相手に目を大きく開かせた。

 

「あの子達は……」

 

 自分の家族である守護騎士達と戦う勇者達を見る。

 それは彼女が知りながら別の存在だ。

 だけどその姿は、はやてが知る少女達だった。

 

「綾瀬さん……それに……」

 

 行方不明になった少女達と似た誰か。

 だけど彼女らは今の自分達よりも明らかに年齢が上だ。

 この光景ととても良く似た戦いを八神はやては知っている。

 

「あれ、は……」

 

 頭の中の霧を払うように何度も頭を振る。

 そんなはやての様子をリインフォースが申し訳なさそうに見ていた。

 

「主……」

 

「リインフォース。綾瀬さんとウチの子らの間に何があったんや?」

 

 きっと、主として自分が知らなければいけないこと。

 しかしリインフォースはそれを拒否した。

 

「あの戦争について語るには、彼女の記憶が必要です。今は語れない無礼をお許し下さい」

 

 リインフォースは画面に映る、記憶を失って怯える少女を見る。

 自分達だけの視点ではどうしても印象に偏りが生じる。

 何よりリインフォース自身が直接経験した者の口からあの戦争の結末を知りたい。

 リインフォースはモニター越しに映る鍵となる少女に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マテリアルに窓を破られ、外へ移動した敵を追って戦闘に向かったなのはとフェイト。

 それと入れ代わるようにユーノが綾瀬親子に近づく。

 

「治療に入ります! 大丈夫だから!」

 

 ユーノが彩那の母親の治療に入る。

 魔法による身体の検査を行う。

 綾瀬瑶子の容態は見た目ほど酷くない事にユーノは安堵した。

 

「頭を少し切ってるのと、軽度の打撲だね。このくらいならすぐに治るよ!」

 

「ほんとう?」

 

「うん! 任せて!」

 

 ユーノの話を聞いて安堵する彩那。

 その普段と違う様子にやはりユーノも戸惑うが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

(そっちは任せたよ、なのは、フェイト……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内から空中戦に移行し、4人2組の衝突が行われている。

 左右から向かってくるマテリアルになのはとフェイトは背中合わせになって迎え撃つ。

 

「シュートッ!!」

 

「ファイアッ!!」

 

 アクセルシューターとプラズマランサーを発射し、マテリアルの行動を制限する。

 シュテルは相殺。レヴィは回避を選択して対応した。

 フェイトのランサーを突破して突っ込んできたレヴィが苛立たしい声でバルディッシュに似たデバイスを振るってくる。

 

「もう! 僕達の邪魔になる悪者をやっつけたいだけなのに! 邪魔するなよ!」

 

 ボーイッシュな喋り方をする自分と似た少女の言い分にフェイトは眉間にシワを寄せながらも攻撃を回避する。

 

「そんな事はさせない!」

 

 なのはもシュテルと撃ち合いながら、対話を試みる。

 

「どうして彩那ちゃんを襲ったの! なにか理由があるなら話して!」

 

「彼女は我々の目的である砕け得ぬ闇の復活に対する最大の障害です。最優先で排除するのは当然の事」

 

 炎を宿した砲撃魔法を回避するなのは。

 なのはとフェイトがマテリアルと意思疎通を行うのは本人の性格に依るところが大きいが、相手が何らかの目的を持って行動しているからだ。

 友達(彩那)を傷付けようとしたことは許せないが、それはそれとして困っているのなら力になりたいという想いもある。

 もしかしたらそれを聞けば戦わずに済むかもしれないという考えもあった。

 管理局としても、魔力による過去の再現ではなく独自の意志を持って動く彼女らの目的を知る必要がある。

 戦闘を続けながら2人は訴えを続ける。

 

「今のアヤナは戦えないんだよ! それにアヤナの母さんまで巻き込むなんて!」

 

「そんなの知らないよ! 僕達にはかんけーないことさっ!!」

 

 爆発的な加速で迫ってくるレヴィ。

 性能(スペック)はほぼ同等だが、思いっきりが良い分、レヴィの方が直線的な動きや1撃の威力が優れている。

 対してフェイトは機動力などの動きの柔軟性と対応力では上である。

 

「いっくよー! バルニフィカスッ!!」

 

 バルディッシュのザンバーモードのような大剣へとデバイスが変化し、フェイトに襲いかかる。

 大振りで振るわれる雷光の剣をフェイトは軽やかに避ける。

 

「このっ!? ちょこまかとうっとーしいな! 気持ちよく斬られてよ!」

 

「そういう訳にはいかないよ!」

 

 回避しながらフェイトはこの状況に既視感を覚える。

 すぐに記憶は掘り返され、フェイトはレヴィの攻撃を回避しながら頭の中で戦術を組み立てた。

 

「これで決まりだぁああああっ!!」

 

 高速で接近して袈裟斬りでデバイスを振り下ろしてくるレヴィ。

 それに対してフェイトはバルディッシュを上へと放り投げる。

 フェイトの行動に驚いたが、レヴィが本当の意味で目を丸くしたのはこの後の事。

 手の平に小さくシールドを展開してレヴィの剣を挟んで止めた。

 

「ウソォッ!?」

 

「ランサーッ!!」

 

 少し前に模擬戦で彩那にされた防御方法。

 即座にプラズマランサーを2発用意してレヴィに当てる。

 プラズマランサーが当たり、強制的に後退させられると同時にバルディッシュをキャッチしてバインドを展開する。

 

「なぁっ!?」

 

 手足を伸ばす形で拘束されるレヴィにフェイトはデバイスを突き付ける。

 

「時空管理局として。レヴィ、貴女を拘束します!」

 

 

 

 

 

 

 フェイトがレヴィと戦闘をしている中でなのはもシュテルと激闘を繰り広げていた。

 

「エクセリオンバスターッ!!」

 

「ディザスターヒートッ!!」

 

 互いに砲撃魔法をぶつけ合う。

 相殺すると同時にシュテルが次の行動に出た

 

「パイロシューターッ!」

 

 炎の球がなのはに迫るが、距離を取ってから射撃魔法で撃ち落とす。

 その間にもなのはは対話を試みる。

 

「ねぇ! 砕け得ぬ闇ってなんなの? どうしてそれを蘇らせる必要があるのかな? 誰かを傷つけてまで!」

 

「質問ばかりですね。ですが、すんなりとその問いに答える必要はありません」

 

 シュテルが周囲に誘導弾を生み出して自身と共に接近してくる。

 互いの杖がぶつかると用意していた誘導弾がなのはの背後から襲いかかってくる。

 なのははシュテルの胸を押した反動で大きく後退して誘導弾の隙間を通って避ける。

 体勢が整う前に砲撃魔法を撃とうとするシュテルだが、なのはの触れた胸から時間差で発動するバインドが展開されて縛られた。

 

「ごめんね。今は大人しくしてて。後で事情を聞かせてもらうから」

 

 フェイトとなのはが同時にマテリアル2人を拘束に成功する。

 ここはフェイトに任せて彩那とその母親の様子を確認したくて場を離れようとすると、シュテルがポツリと呟く。

 

「いいえ。我らはまだ敗けていません」

 

「え?」

 

 シュテルの言葉と同時に紫色の砲撃魔法が降ってきた。

 唐突な攻撃に対応しきれずに直撃するなのはとフェイト。

 

「まったく、情けないぞ、シュテル、レヴィ」

 

「王さまーっ!」

 

「申し訳ありません、王よ。不覚を取りました」

 

 シュテルの謝罪にうむ、と返す第3のマテリアル。

 下りてきたのははやてにそっくりな少女だった。

 バリアジャケットは白と黒を基調としたはやてと違い、紫と黒を基調にしており、髪は灰色に毛先が黒。

 はやてに似た少女はデバイスをなのはとフェイトに向ける。

 

「我は王のマテリアル。ロード・ディアーチェ。塵芥共に我が臣下を傷付けた礼をしてやろう」

 

 新しい敵の登場になのはは少しだけ思考をズラす。

 

(彩那ちゃんのそっくりさんとか出てこないよね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴の別の空では、闇の欠片に依って生み出された勇者を夜天の騎士達が迎撃に当たっていた。

 

「イフリートキャノンッ!」

 

 冬美が撃った炎の砲撃魔法を回避するザフィーラ。しかし砲撃魔法の直線に彩那が空に撒いた凧型の盾に当たると横へと曲がる。

 その先にはシャマルが居る。

 

「くっ!?」

 

 肩を掠めるがどうにか直撃を避ける。

 

「シャマル、無事か!」

 

「えぇ!」

 

 肩を押さえつつ治療に入るシャマル。

 シグナムとヴィータも苦戦を強いられている。

 

「でりゃあああああっ!!」

 

 ヴィータがアイゼンのロケットを噴かせて璃里に接近しようとするが、周辺に散らばる爆発する鎖の束が邪魔をして上手く近づけない。

 

「ヴィータ! 後ろだ!」

 

 シグナムの警告にヴィータは体を回転させて近付いてきた渚を弾く。

 逆に迫ってきたシグナムに対して璃里が鎖を伸ばして接近を止めさせる。

 空という広大なフィールドである為に仕方ないが、目まぐるしく対戦相手が変わる状況に守護騎士為は抑え込まれている。

 足し算ではなく掛け算に出来るのが連携(チームワーク)の真髄だ。

 守護騎士の連携が拙い訳ではないが、やはりチーム戦では向こうが上手と認めざるえない。

 

(クソ! バラけさせようとしても、誰も孤立しやがらねぇ!)

 

 必ず4人1組か、2人2組を崩さずに行動する。

 しかも組み合わせが変わると連携のパターンも変わる為、頭がこんがらがってくるのだ。

 それに────。

 

「あーもう! やっぱり強いなぁ! うんざりするね!」

 

 最初は人形のように虚ろだった瞳が時間が経つ事に眠りから覚めるように人格を取り戻していく。

 それに応じて連携も上がるのだから始末に終えない。

 

「璃里! フォーメーションYで行くよっ!」

 

「いや、知らないからね! そんなの!」

 

 そう言いつつ目眩ましの閃光が発生する。

 一瞬だけ視界が奪われると渚が突っ込んできた。

 

「せいやぁ!!」

 

「ナメんなっ!」

 

 ヴィータが迎え討つつもりでアイゼンを振るう。

 しかし、アイゼンの槌は渚の体を空振った。

 

(幻術魔法!)

 

 そう頭が過ったと同時に背中に痛みが走る。

 空に鮮血が舞う。

 

「ヴィータッ!」

 

 シグナムが援護に入ろうとすると、無数の炎の剣が襲いかかる。

 

「くっ!?」

 

「お前達ベルカとの戦いも終わらせて、こっちは帝国との戦いに備えなきゃならないのよ。大人しくここで消えなさい」

 

 苛立たしげに宣告する冬美。

 いつの話をしてんだ! と思わなくもないが、そんな事を口に出す余裕がない。

 そこで状況に変化が起こる。

 

「捕まえたっ!!」

 

 突如、璃里の胸から手が生え、そこにはリンカーコアが握られている。

 シャマルが動きを止めた璃里のリンカーコアを捉えたのだ。

 動いていては難しいが、動きを止めてしまった為に、敵のリンカーコアを捕捉し、このまま破壊する事を可能にした。

 

「ごめんなさい……」

 

 目を瞑ると同時に手を閉じて、璃里のリンカーコアを破壊する。

 

「あ……」

 

 リンカーコアを破壊した事で璃里の存在が掻き消える。

 心が戻ったからこそ仲間がやられた事に動揺する勇者達。

 その動揺を突いてザフィーラが冬美の首根っこを掴んだ。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

「このっ!? 調子に乗るなっ!」

 

 ゼロ距離で砲撃魔法を撃ち込もうとする冬美。

 しかしそれよりもザフィーラの魔法の方が早かった。

 

「鋼の軛ぃっ!!」

 

 冬美の内側から無数の棘が生え、体の中から貫いていた。

 ゴフッと血を吐いてザフィーラが手を放して落下していく間にその体も消えていった。

 

「こんのぉっ!!」

 

 怒りと焦りに身を任せた渚がシグナムに剣を振るう。

 それを鞘で受け止めると同時に押さえ込むシグナム。

 

「……再び、本当のお前達と戦ってみたかったが、残念だ」

 

 カートリッジを消費してレヴァンティンが炎に包まれる。

 

「紫電一閃」

 

 シグナムの刃が渚の体を斬る。

 落ちて消えていく渚を見ながらシグナムは呟いた。

 

「だが、お前達との戦いは愉しかったぞ」

 

 

 仲間がやられたのを見て残された彩那が信じられないと言った様子で震えている。

 

「璃里ちゃ、冬美ちゃん……渚ちゃん……っ!?」

 

 動きを止めた彩那にヴィータが接近する。

 とっさにバウンドシールドを展開してヴィータの攻撃を止める。

 打撃攻撃に対して絶大な防御力を誇る盾。それをヴィータはアイゼンの中に残っている全ての弾丸を消費する。

 

「ぶっ壊れろぉおおおっ!!」

 

 バウンドシールドを破壊して彩那の胸を穿つ。

 路面に向かって叩き落とされる彩那。

 血を吐いて地面に剣を突き立てて杖代わりにして立ち上がる彩那。

 

「わた、し達は……帰るんだ……みんなで、海鳴に……」

 

 あぁ。なんて勘違い。

 今居る此処こそが海鳴だと言うのに、彼女達はその事に気付いていない。気付くことが出来ない。

 未だにあの世界で戦争を続けているのだ。

 

「……あの時とは、逆になっちまったな」

 

 自分達が主を連れて逃げたあの森での戦いのこと。

 

「もう戦争は終わったんだ。だからもう寝とけ……」

 

 この悪夢から解放してやらなければならない。

 たとえその存在が魔力で生まれた贋作(ニセモノ)でも、仲間を失った悲しみと戦争をしている苦痛は本物だから。

 

「じゃあな」

 

 アイゼンを彩那の胸に振り下ろして決着をつけるヴィータ。

 彩那の贋作が消えたことを確認すると、リンディから通信が入る。

 

『お疲れさま。と言いたいのだけれど、まだ事態は解決していません。疲れているところ悪いけど、なのはさんとフェイトさんの援護に向かってくれるかしら?』

 

「了解しました」

 

 将としてシグナムが答える。

 ヴィータは彩那が消えた痕を見つめていたが、後味の悪さを切り換えるように空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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日記

 ある王女の日記。

 

 

 ○月✕日。

 今日は我が国の勇者達が初陣から帰ってくる日だ。

 臣下の言葉を聞くに、問題のない圧勝だったとのこと。

 当然だ。彼女達を我が国に喚んで1年。魔法資質や戦闘訓練に於いて他の追随を許さない成績を上げた。

 たかだか弱小国の兵とそこらの傭兵程度に苦戦をされていては困る。

 それでも勝利には違いない。王女として、勇者達を労わなければならない。そう思っていた。

 しかし帰還した勇者達の表情は勝利した喜びとは無縁の顔だった。

 一様に疲れた顔。リリィに至っては泣いている顔を手で覆い隠している。

 私が彼女達に労いの言葉をかけると、返ってきたのは拒絶だった。

 "人を殺してきた事を、そんな風に言わないでっ! "

 リリィがそう言って声を上げて泣き始め、アヤナがリリィの顔を隠すように抱き締める。

 フユミはただ不愉快と言わんばかりに私を睨んでいる。

 どうしてそんな顔をするのか私には理解できない。

 彼女達はこの国の勇者で、1つの脅威を取り払う役目を達成したのだ。

 誇らしく思う事はあっても、俯く理由は無い筈。

 困惑している私にナギサがため息を吐く。

 呆れと憐れみと蔑みが混ざった眼で呟いた。

 "王女さまにとって、人の命ってそんなに軽い物なんだね"

 その言葉の意味が私には理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやてに似たマテリアル。ロード・ディアーチェが加わった事で戦局は一気に不利になった。

 前にはシュテルとレヴィが出て、こちらの攻撃をディアーチェが潰してくる。

 

「アロンダイトッ!」

 

 なのはが砲撃魔法を撃とうとすると、そのタイミングに合わせてディアーチェが攻撃してくる。

 実力伯仲の中で来られた援軍に、なのはとフェイトは劣勢を強いられる。

 後退して作戦を練りたいところだが、後ろにいる綾瀬親子の存在がそれを許さない。

 なのはがユーノに念話を送る。

 

『ユーノ君! 2人を何処かに移せない?』

 

『移せない事はないけど……彩那のお母さんが頭を打ってて! 出来るなら安全に移動できるまで動かしたくないんだ! ゴメン!』

 

 頭への衝撃は軽く見えても深刻な障害を残す可能性がある。設備も無い魔法だけの診察と治療で下手に動かすのは避けたかった。

 

『分かった! 2人をお願い! 絶対に攻撃は通さないから!』

 

 なのはは気合いを入れ直し、レイジングハートを強く握る。

 大きく息を吐いてから再び対話を開始する。

 

「どうしても、事情を聞かせてもらう訳にはいかないかな?」

 

「貴女もしつこいですね。それにこの状況では命乞いにしか聞こえませんよ」

 

 圧倒的不利な状況での対話にシュテルは呆れた声音で返す。

 なのはとて自分達が押されている状況は理解している。

 だが、それはそれ。これはこれである。

 何の理由も事情も知らないまま戦うのは悲しい。

 目的が違って争うのは仕方なくとも、後になってそうしなくても良かった選択肢が在ったのを知るのは辛いのだ。

 だから出来る限りなのはは相手に問いかけ続ける。

 この手から溢れ落ちるモノが1つでも減るように。

 泣いている誰かを1人でも助けられるように。

 

「そうかな? でもそれもここまでだと思うよ?」

 

 なのはがクスッと笑うと同時にシュテルに向かって鉄球が飛んでくる。

 そしてレヴィには鞭のような刃。ディアーチェには魔力で固められた無数の刃が襲いかかる。

 それらを防ぎながらディアーチェが舌打ちする。

 

「少々時間をかけすぎたか……!」

 

 マテリアルの周囲を管理局とアルフに守護騎士が既に取り囲んでいた。

 

「くそー! 多勢に無勢なんて卑怯な奴らめー!!」

 

 レヴィが標的をフェイトから管理局の武装局員に変える。

 そんな中でクロノが少しだけ前に出て投降を呼び掛けた。

 

「各地で暴れていた闇の書の欠片は僕達が無力化した。大人しく投降しろ!」

 

 マテリアルの存在が守護騎士と同様に魔力による生命体として対処する。

 そうでなければヴォルケンリッターの存在と、その個人の意思を否定する事になるからだ。

 何よりも、マテリアルが口にしている砕け得ぬ闇の正体を知る必要がある。

 しかし、クロノの意思とは裏腹にディアーチェは杖を構えてシュテルとレヴィに小さく指示を出す。

 

「シュテル、レヴィ。()()は失敗のようだ。だが、何の成果も残せずに消えるのも業腹よな。せめて我は最優先目標を消し飛ばしたい。時間を稼げ」

 

「了解しました、王よ」

 

「まっかせて! 王さまには近付けさせないよ!」

 

 シュテルとレヴィが飛び出して手当たり次第に攻撃を始める。

 だが、いくら強者であろうと相手はたったの3人。

 その上、数も質も管理局側が勝っている状況なのだから時間稼ぎにしかならない。

 それを承知の上で飛んでいる。

 レヴィは高速で動きつつ周囲を牽制し、シュテルは魔力の弾をバラ撒いてディアーチェに近付けさせないようにしている。

 その攻撃によって何人かの武装局員が撃墜された。

 

「やめろ! これ以上罪を重ねるんじゃない!」

 

「我が王の邪魔はさせません!」

 

 マテリアルを止める為に動きつつ、説得するが、向こうは聞く耳持たない。

 

「バカ野郎がっ!」

 

「わっ!?」

 

 武装局員を庇う形でヴィータがレヴィのデバイスを受け止めると同時に弾き飛ばす。

 それよりも、討つべきははやてに似たマテリアル。ロード・ディアーチェだ。

 何をする気かは知らないが、魔法の発射態勢に入っている。

 聖夜でリインフォースがやった空間攻撃か。それとも別の目的か。

 とにかく魔法が発動する前に叩き潰す。

 そう判断してディアーチェに突撃をかけるが、シュテルが射撃魔法で邪魔してくる。

 接近に手間取っている内に、ディアーチェの魔法が完成する。

 その照準は────。

 

「我らが次に目覚めた時に、最大の障害()を残していくわけにはいかんのでな。闇に呑まれて消え去れ。ジャガーノートッ!!」

 

 発動した魔法は彩那達のいるビルへと撃たれる。

 放たれた闇色の魔力が3つ。それがビルに衝突すると爆発を起こして攻撃範囲が拡大した。

 

「彩那ちゃんっ!? ユーノくん!? あぁ……っ!!」

 

 敵の攻撃を通してしまった事になのはが錯乱する。

 魔力の渦が晴れると、ビルの上部が破壊されて吹き飛び、壊れた壁が落下して、大きな音を立てて地面に激突した。

 誰もが彩那達の生存を絶望視したが、剥き出しになったビルの中にはドーム状の魔力の壁が張られていた。

 

「アヤナ……」

 

 フェイトがホッと胸を撫で下ろす。

 そこには自分の母とユーノを含めて守る防御魔法が展開されていた。

 防御魔法が消えると虚ろな瞳の彩那は糸が切れるように意識を閉ざす。

 

「彩那っ!」

 

 破壊された外壁から落ちそうになる彩那をユーノが受け止める。

 自分の攻撃が防がれた事に歯をギリッと鳴らした。

 

「えぇいっ! どこまでも忌々し────っ!?」

 

 そこでディアーチェの胸からリンカーコアを掴んだ手が生えてきた。

 

「オイタは、そこまでよっ!」

 

 掴んだリンカーコアを問答無用で破壊するシャマル。

 同時にシグナムがレヴァンティンを弓型に変形させてレヴィに矢を射る。

 

「がはっ!?」

 

 シグナムの矢がレヴィの胸を貫いた。

 

「レヴィッ!? ディアーチェッ!!」

 

 仲間が2人同時にやられた事で冷静さを欠くシュテル。

 そこを付け入られて、彼女はバインドをかけられた。

 それをかけたのは、なのはだった。

 彼女はレイジングハートの照準をシュテルに合わせる。

 

「ごめんね……エクセリオン、バスターッ!!」

 

 なのはの砲撃魔法がシュテルを包む。

 エクセリオンバスターが通過すると、シュテルの体はボロボロと崩れ落ちていった。

 

「私も、消えるのですね……」

 

 見つめている手が肘ごと消え去るのを見て結果を受け止めるシュテル。

 

「勝利したのは貴女方です。なのに何故、貴女はそんな顔をしているのですか?」

 

 シュテルを撃ったなのはは今にも泣きそうな顔でシュテルを見ている。

 

「なんで、かな? 自分でもよく分からないよ……」

 

 マテリアルが消える事が悲しいのか。

 それとも、シュテルを自分の手で消し去った事実が重いのか。

 なのはには判断できない。

 既にレヴィとディアーチェはその姿を消している。

 シュテルは綾瀬親子の前に現れた時のようにスカートの裾を摘まんでお辞儀をする。

 

「今回は私達の敗北です。次に相見える時は必ずや砕け得ぬ闇を復活させ、今度こそ貴女方を討ち砕きましょう」

 

 予言のように告げてシュテルは体を霧散させて消えていった。

 

 これが、後に闇の欠片事件と呼ばれる事件の結末である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラのベッドに戻された彩那は目を覚ました。

 起き上がると頭痛がして頭を押さえる。

 

「いつっ……二日酔いの気分だわ……」

 

 一気に元の記憶を取り戻した事に依る影響か、吐きそうな程に頭痛がする。

 

「まさか一時的とはいえ記憶を欠損させるなんて……前はそうじゃなかったのに」

 

 神剣のデメリットを甘く見ていた自分に苛立ちつつ、ベッドから降りる。

 医務室に常備されている包帯を失礼、と口だけで許可を取り付ける。

 

「さてと」

 

 彩那は慣れた手つきでリミッターの術式を包帯に付与させ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は世話になったわね。ありがとう」

 

 いつも通り顔に包帯を巻いた彩那が昨日受け取る筈だった翠屋のケーキを食べつつお礼を言う。

 その姿を見ながらなのはは複雑な安心感を覚えていた。

 

(なんだろう? 包帯を巻いてる彩那ちゃんを見てホッとしてる)

 

 そんな自分に嫌だなぁと思いつつ、友達の記憶が戻ったことに安堵もしていた。

 母親の瑶子は夫である祐司に連れられて先に家に帰って貰った。

 また何かに巻き込まれるのでは? と心配していたが、今度は直接マンションに帰ることを約束させて渋々だ。

 彩那のお礼にクロノが息を吐く。

 

「まったくだ。こうなる事を分かっていてあの剣を使ったのか?」

 

「まさか。前に神剣を抜いた時は数日五感が使えなくなる程度で済んでたので、今回もそうだと思ってましたよ」

 

「綾瀬さん。それを程度、とは言わんよ」

 

 彩那の言葉にツッコミを入れるはやて。

 

「今回は参ったわ。次に神剣を抜かなきゃいけない時は後の事で対応策を考えておかないと」

 

「先ずはあの剣を使う事を避けてくれ」

 

 クロノが青筋を立てて苦言を呈する。

 記憶を失うにしろ、五感が消えるにせよ、そんな事をポンポンやられたら周りは心労で胃に穴が空く。

 

「勿論ですよ。アレは私の本当の切り札だもの。そうそう切ったりしません。でも、備える事は必要でしょう?」

 

 使わない事が理想だが、使わざるを得ない状況も考えないといけない。

 今年海鳴で起こった事件の危険さを考えれば、同じ規模の事件が再び起きないとも限らない。

 それがどれだけ低い確率だとしても。

 

「でも、本当に心配したんだよ」

 

 フェイトが珍しく責めるような口調で発言すると、彩那は困った様子で笑う。

 

「ごめんなさい。でも本当に必要にならない限りはアレを抜くつもりはないのよ」

 

「そういう事じゃなくて……」

 

 そこから先は言葉にならず、フェイトは押し黙る。

 するとユーノが彩那に近付く。

 

「彩那。頼まれていた物だけど……」

 

「ん? あぁって、見つかったの?」

 

 闇の書事件の際にホーランド関連の情報を探して欲しいと頼んだが、まさかこの短期間に見つけるとは思わなかった。

 

「運良くだけどね」

 

 確かに運の要素もあっただろうが、それだけで闇の書関連と同時に探すのは並大抵の事ではない。

 物を探すという分野に関して彼は間違いなく逸材である。

 ユーノが渡した幾つかの本になのはが身を質問する。

 

「それなに?」

 

「彩那に無限書庫で闇の書の情報を探すついでにホーランドに関する資料を探して欲しいって頼まれてたんだ。見つかったのは、ホーランド式の基礎魔法書と王女と思われる人の日記────」

 

 ユーノの言葉に彩那が慌てて本を確認する。

 丁重に作られた分厚い日記。

 その著者にはティファナ・イム・ホーランドの名が書かれていた。

 彩那はその日記を抱き締める。

 

「ありがとう、スクライア君。本当に……」

 

「え? いや! その日記、まだ全部揃ってる訳じゃあ────」

 

 心の底からの感謝にユーノは照れるが彩那の様子に誰もが言葉を失った。

 

 目を閉じている彩那の目から涙が落ちている。

 日記を抱きしめて彩那は声を圧し殺して泣いていた。

 

 

 

 



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カレーパーティー

「八神さん八神さん! 夏休みにカレーパーティーしよーぜー!」

 

 小学校2年のもう少しで夏休みが始まろうとする時期に突然森渚さんがそんな誘いをしてきた。

 今までそんなに話した事もないのに何故そんな誘いをしてきたのか疑問に思っていると、わたしにまくし立てる。

 

「今度キャンプに行くんだけど、そこで熊肉狩ってくるから! それでカレー作ろ! 熊カレー!!」

 

「ん?」

 

 買ってくるとちゃうん? 今発音がおかしかったような。

 そんな事を考えていると森さんの頭を宮代冬美さんが小突く。

 

「悪いわね。コイツ、何故かキャンプ=熊狩りだと勘違いしてるみたいで」

 

「そ、それは熊さんも迷惑やなぁ」

 

 まったくよ、と宮代さんがため息を吐く。

 そこで羽根井璃里さんが苦笑いを浮かべて話に入ってくる。

 

「そもそもそんな危ない場所でキャンプに行かないと思う」

 

 うん。熊が出るところでキャンプはしたくないなぁ。

 それに森さんが不満そうに声を出す。

 

「じゃあ猪とか狩れるかな? 前にパパが素手で捕ってきた時に食べた鍋が美味かったし!」

 

「素手?」

 

 冗談やと思いたいわたしに綾瀬さんが教えてくれる。

 

「渚ちゃんのお父さんって身長が220cmあって、体重が確か150㎏近くって言ってたかな? 筋肉質のスゴい身体してるの。ちなみにお仕事は板前さん」

 

「……ギャップがすごい」

 

 森さんはどちらかと言えば小柄な方で、わたしと身長もそんなに変わらへんのに。

 そんな事を思ってると森さんと宮代さんの言い合いが続く。

 

「猪も出ないわよ」

 

「え~? じゃあなにを捕るの?」

 

「捕らないわよ! 川釣りで我慢しろ!」

 

「釣りかぁ……クジラが釣れるかなっ!」

 

「渚ちゃんはどこにキャンプしに行くの? わたし達が行くのは山だよ山」

 

 目が回るような会話に綾瀬さんが話を戻そうとする。

 

「ところで渚ちゃん。さっきカレーがどうとか言ってたけど」

 

「あ、そうだ! 夏休み中に八神さんも一緒にカレーパーティーしたいなって誘ってたんだよ! 略してカレパをっ!」

 

「タコパみたいに……」

 

 3人が呆れる中、わたしは口にする。

 

「え~、と。どうしてわたし?」

 

 この4人はいつも一緒で、他の子と一緒に居るところはほとんど見たことがない。

 わたし自身、挨拶や授業のグループ分けくらいでしか話した事がない。

 

「前に調理実習で八神さん、スッゴく手際が良かったでしょ? だから一緒に熊を捌いたり、料理したいなーって思ってたんだ!」

 

「いや……さすがにわたしも熊を捌いたことはないで?」

 

 確かにわたしは料理に関しては小学生離れした腕やと自負しとる。

 それもあくまで一般の家庭料理の範疇や。熊のお肉で料理したことはないなぁ。

 

「ちなみにボクも料理を始め、家事は仕込まれてるから。実は花嫁修業バッチリのいつでもお嫁に行ける女の子なのです」

 

「誰にアピールしてるの? 渚ちゃん」

 

 両方の親指で自分を指差す森さんに綾瀬さんがツッコミを入れる。

 羽根井さんが疑問を重ねる。

 

「って言うか、なんでカレー?」

 

「カレーなら多少失敗しても不味くはならないでしょ? 一緒に調理すればゆで卵も炭に変える冬美が居てもダイジョーブッ!」

 

「くっ! 言い返せない自分が悔しい……」

 

 図星なのか、宮代さんが歯噛みする。

 それにしてもゆで卵を炭化ってなにしたんや? そっちが気になるわぁ。

 そこで森さんがわたしの手を握る。

 

「ね? だからカレー作ろ! きっと楽しいよ!」

 

 ニコニコと屈託のない満面の笑顔で誘ってくる森さん。

 なんや、誰かと話すのが楽しい、思えるのが久しぶりな気ぃするなぁ。

 わたしの沈黙をどう受け取ったのか、宮代さんが森さんの頭を押さえるように手を置く。

 

「あ~。迷惑だったら断ってくれても構わないわよ。どうせ渚の思いつきだし」

 

「あ! ごめんな。突然過ぎてビックリしただけやから。うん。わたしで良ければ手伝うよー。誘ってくれてありがとな」

 

 わたしの返事に森さんが目を輝かせる。

 

「ヤッター! 八神さん大好きっ!!」

 

「止まれそこの暴走車」

 

 抱きつこうとしてくる森さんを宮代さんが首根っこ掴んで止めた。

 

「それじゃあ何か決まったら連絡するね! 熊を楽しみにしててー」

 

「だから捕れねーって()ってんでしょ!!」

 

「そんなに熊が食べたいの?」

 

 まだ熊に拘る森さんに宮代さんと羽根井さんが呆れる。

 下校の為に教室を出ようとすると、綾瀬さんが柔らかな笑みで振り返って手を振ってきた。

 

「またね。八神さん」

 

「うん。またな」

 

 実はこの後にこっそりと熊の調理法とか調べたりした。

 でも、この約束は結局果たされんかったんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾瀬彩那が行方不明だった件について地球側の面でも昨日話がつき、部屋で休んでいると携帯電話がなった。

 

「はい」

 

『綾瀬さん。ちょっと今えぇか?』

 

 電話をかけてきたのは八神はやてだった。

 

「もちろんだけど。何かあったの?」

 

『うん。良ければやけど、これからお昼ご飯一緒に食べへん? 色々お世話になったお礼をしたいし』

 

「それは、かまわないけれど……」

 

 しかし彩那の来訪にはやての家族が良い顔をしないだろう。

 

『すずかちゃん達が今日から旅行やろ? だから居残り組のわたしらで親睦を深められたらなーって。それに、グレアムおじさんの件についても知りたいし』

 

 一応はやての保護責任者という立場のグレアムとどう解決したのかははやてとしても気になるだろうし、聞く権利があるだろう。

 

「分かったわ。今から八神さんの家で良いのかしら?」

 

『うん。待ってるよー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。ごめんなぁ。急に」

 

「いいわよ。どうせ三ヶ日で暇だし」

 

 スリッパを履いて家に上がると彩那ははやてに質問する。

 

「騎士達は局の方?」

 

「うん。昨日と今日で面接と試験やね。リンディさんのご友人のレティさんって人が面接官で。あ、でも────」

 

 はやてが何かを言おうとすると、奥からリインフォースが顔を出す。

 リインフォースは戸惑いつつも笑みを浮かべて彩那を迎え入れる。

 

「綾瀬か。よく来たな」

 

「えぇ。身体の調子はどうかしら? あれから、もう戦えなくなったと聞いたのだけれど」

 

「今の私は存在していること自体が奇跡のようなモノだ。単体での戦闘は勿論、主との融合も難しい」

 

「もうリインフォースと融合出来んのは残念やけど、傍に居てくれるだけでわたしは嬉しいからなぁ」

 

「ありがとうございます、我が主」

 

 はやての言葉にリインフォースが笑う。

 そこではやてがメニューに関して発言する。

 

「ところで綾瀬さん。メニューはカレーでえぇ? ちょう懐かしい夢を見て、今日はカレーを作らなあかん思ってなぁ」

 

「御馳走になる側だから。邪魔じゃなければ手伝わせて。これでも少しは料理出来るから」

 

「ありがとな。助かるわぁ。ちなみに熊のお肉はありません」

 

 熊? と首を傾げる彩那にはやてが少し淋しそうな顔をする。

 キッチンに立って2人で調理を始める。

 口を開いたのは彩那からの方。

 

「グレアム提督の事だけど」

 

「うん……」

 

 はやての身体に緊張が走る。

 彩那を誘拐した件での話し合いが元旦に行われた。

 

「管理局も交えて決めた事だけど、綾瀬家(ウチ)とグレアム提督は以前からの知り合いで、知人同士のトラブルとして処理する事になったわ。示談って形でね」

 

「示談……」

 

「えぇ。お金を払って、私に対して接近禁止の念書を書いて貰った。管理局側があの人をどう処罰するかはまだ分からないけど、地球(こっち)側はそういう形で解決した。まぁ、両親には無理にでも納得して貰ったけど」

 

 彩那の両親からすれば、娘を誘拐した男を塀の中へ閉じ込めてやりたいところだが、彩那自身こういう結末を望んだ為、渋々納得した。

 犯人を有耶無耶にする形で流すと、海鳴市の警察がいつまでも犯人探しをしなければならないし、住民も安心出来ない。

 多少強引にでも解決という形を取る必要があった。

 

「要するに、グレアム提督には児童誘拐犯のレッテルを背負って貰った訳よ」

 

 自分の事なのに大して興味も無さそうに言う彩那。

 実際彩那個人はギル・グレアムとその使い魔に最早何の関心もない。

 八神家が自立出来るまではこれまで通り援助を続けると聞いたし、それ以外は心底どうでもいい。

 

「八神さんこそ、グレアム提督に思うところはないの? 闇の書を封印する為の生贄にされかけたのよ?」

 

 じゃがいもの皮を剥きながらされた質問にはやては困った様子で答える。

 

「う~ん。これまでお世話になったのは事実やし。それに運良く綾瀬さん達が助けてくれたから良かったけど。もしもあのままやったら数えきれん人に迷惑をかける結果になっとったからなぁ。だから仕方ないのかなぁって……」

 

 はやて自身、整理しながらなんとか言葉にする。

 

「それは客観的な視点での話よ。私が口出しする事じゃないけど、八神さんは怒っていいと思う」

 

「あはは……ありがとな。でもわたしは家族揃ってこうして年を越せただけで幸せやから」

 

 はやての回答に欲が無いわね、と返す。

 少しだけ重くなった空気を払拭するようにはやてが話題を変えた。

 

「昨日の夜から旅行に行ったすずかちゃんは楽しんどるかなぁ?」

 

「旅行に慣れてないテスタロッサさんを3人で振り回してそうよね」

 

「あー確かに」

 

 その様子がありありと浮かんできてはやては笑う。

 

「たくさん写真撮ってくる言うとったで」

 

「素敵ね」

 

 きっとそれは楽しい写真に溢れていることだろう。

 

「綾瀬さんもやっぱり管理局に入るんか?」

 

「どうかしらね。今の立場が楽だし、両親にこれ以上心労をかけるのも心苦しくて」

 

「確かにご家族は心配やろなぁ」

 

 自分の周囲で事件が起こるならともかく、次元世界にまで足を踏み入れるのは簡単に決められない。

 何より彩那の両親としてはどうしても反対の意見となる。

 

(騎士達の事を思えば、八神さんが管理局に入るのは必要な事だけど)

 

 いくら闇の書が夜天の書に戻ったとはいえ、騎士達の信用は例外を除いてマイナスである。

 そんな彼女達を局員として安全に運用するにはどうするか。

 

(その為の八神さんよね)

 

 八神はやてという主が管理局に身を置く限り、騎士達も逆らう事はしない。

 精神的に依存しているのならなおのこと。

 故に八神はやては騎士達を管理局に縛り付ける鎖と成り得る。

 

(嫌な考え方だわ)

 

 だからこそ彩那ははやての心に留めさせておく。

 

「八神さん」

 

「んー? どないした?」

 

「私は、騎士達の味方にはならない」

 

「……」

 

 最早ヴォルケンリッターが闇の書の騎士でなくとも、彼女らの所業を無しにする事は出来ない。

 しかし。

 

「だけど、八神はやてさん個人の力にはなるつもりよ。困った事があったら相談して欲しい」

 

 切った野菜をボールに入れる彩那。

 

「ハハ。ありがとなー。でも出来ればウチの子らとも仲良くして欲しいんやけど……」

 

「無理ね」

 

 バッサリ切る彩那にはやてが不満そうな顔をする。

 それに彩那も困ったような笑みを返す。

 はやてからすれば、みんなを仲良く、が1番なのだろうし、その考えは否定しない。

 

「私が許せば、騎士達に傷つけられた誰かに申し訳がないのよ」

 

 初めてヴォルケンリッターと遭遇した時に殺されたベルカからの投降兵。あの時の子供達。

 そして一緒に戦ったホーランドの兵士達。

 今度子供が産まれると笑っていた人。

 病気の弟の治療の為に軍人となった人。

 外様だった勇者(自分達)の世話を焼いてくれた人。

 その人らを傷付けた事を簡単には許せないし、許すつもりもない。

 また、彩那達も当時、数多くのベルカ兵を殺め、騎士達の主も手にかけた。

 それを安易に許して良い事ではないし、許されたいとも思わない。

 

「お互い様、と言えばそれまでだけど、だからこそ互いにごめんなさいをして簡単に馴れ合う事は違うと思う」

 

 仲を深めて許し合う事は素晴らしい事だと思う。

 だが、それを強要するのなら、感情など必要ない。

 彩那の言葉にはやてはそぉかー、と残念そうに頷く。

 そして簡単に諦める気も無いようだった。

 

「でもいつか。いつかな? ウチの子らとも仲良うしてくれたら嬉しい」

 

「……努力はしましょう」

 

「うん」

 

 料理を進めていくと、はやてが彩那の手際の良さを褒める。

 

「綾瀬さんやるなー。手の動きに迷いがない」

 

「私としては、八神さんの料理の腕に驚いてるのだけれど……」

 

「私はみんなが来るまで1人暮らしやったし。ヘルパーさんに料理含めて家事を教わったりしてたよー」

 

(ギル・グレアム……あの人本当にほったらかしだったのね)

 

 内心でグレアム提督に対する評価を落としながらはやての話に耳を傾けていると、はやてと彩那、両方の携帯が鳴る。

 かかってきたのははやてがすずか。彩那がなのはからだった。

 メールで旅行の事や4人で撮ったのだろう写真が添えられている。

 

「楽しそうやね」

 

「そうね」

 

 こっちは彩那とカレー作ってる事をメールで送信する。

 

「今回は自粛したけど、次はみんなと旅行に行けたらえぇなぁ。そんときは綾瀬さんも一緒に」

 

「ウチは前にあんな事が遭ったから。旅行とかはちょっとね」

 

「あ……」

 

 ちょっとだけ空気が重くなったところでカレーが後は弱火で煮込むだけになる。

 サラダの準備をしていると守護騎士達が帰って来た。

 

「はやて! ただい、まー……」

 

 元気よく帰宅の挨拶をするヴィータが彩那の姿を見て声のトーンを落とす。

 眉間にしわを寄せてヘの字を描く口にはやてが叱る。

 

「こーらー! その表情禁止や! 綾瀬さんを呼ぶのは言うとったやろ!」

 

「あ、うん……」

 

 はやてに叱られてシュンとなるヴィータ。

 その姿に彩那は物珍しい視線で見る。

 

「ほら。手ぇ洗ってお昼の準備手伝って!」

 

 パンパンと手を叩いて騎士達を動かすはやて。

 

「お母さんしてるわね」

 

「主やからな! あ~る~じ~!」

 

 そんなやり取りをしてる中で料理中に私室に居たリインフォースが皿を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お昼食べよか。今日はわたしと綾瀬さんの合作! バターチキンカレーや。おかわりもあるから、たくさん食べてなぁ」

 

 いただきますと手を合わせて食事が始まる。

 はやてが今日の面接について訊く。

 

「みんな、今日の面接と試験はどうやった?」

 

「問題ありません。面接官のレティ殿も此方の事情を汲んでくれるとの事です」

 

「ま、実技試験は簡単すぎて拍子抜けだったけどな」

 

「こっちの世界での戸籍なんかもすぐに用意してくれるようです」

 

 各々が今日の面接と試験に対する感想を述べているのを彩那は黙って聞いている。

 和やかな家族の会話に何かを重ねつつそれを頭から追い出した。

 

(今回だけの件を問い詰めるのなら、そこまでの罪にはならないのでしょうね)

 

 守護騎士達に関しては、過去の事件はあくまでも亡くなった主の問題。

 自発的に行動した今回の事件のみ罪状が問われる形となった。

 以前までは闇の書の機能の1つであり、主の意思に逆らう考えその物が存在してなかったと責任能力が問えない状態だったとした。

 裁判でそう持ち込むのに、クロノがかなり苦労したらしい。

 はやてがどうにか彩那も会話に入れようと奮闘するが騎士達も彩那も見えない緊張感があり、長く続かない。

 それでも宣言するように彩那が言った。

 

「さっき八神さんにも言ったけど。私はあなた達の味方にはならない」

 

 綾瀬彩那は守護騎士と馴れ合うつもりはないとハッキリ言い放つ。

 

「だけど、あなた達が管理局に所属する限り、敵にも回らない。ホーランドもヒンメルもないこの世界で、あなた達と争う理由もないから」

 

 正確にははやてがヴォルケンリッターの手綱を握れている限りは、だが。

 彩那の言葉に騎士達が少しの間、沈黙していると、シグナムが口を開く。

 

「綾瀬に訊きたい事がある。お前はやはり、我らが知るホーランドの勇者なのだな」

 

「そうよ。勘づいていた事でしょう」

 

 半分程減ったカレーライスを口に入れながら彩那は肯定する。

 彩那の言葉にシグナムはそうか、と相づちを打ち、質問を続けた。

 

「なら他の勇者達はどうした?」

 

 シグナムの質問にスプーンを持つ彩那の手が止まる。

 感情の無い眼と声で答えた。

 

「死んだわ。帝国との戦いで。皆、勇者に相応しい立派な最期だった」

 

 彩那の返答に予想はしていたが、騎士達の中で衝撃が走る。

 自分達を下した戦士が死んだ事に複雑な想いが渦巻く。

 そんな中で、はやてが話題を変えた。

 

「綾瀬さん。今日綾瀬さんを呼んだ理由、分かるか?」

 

「……クリスマスでのお礼、でしょう?」

 

「そうなんやけど、覚えてない? 綾瀬さんのお友達が消える前に、森さんからカレーパーティーしようって誘ってくれたのを」

 

 はやて自身、休学せざるを得ない状況になった事や彩那達が行方不明になった事で約束が有耶無耶になり忘れていた。

 

「そうなのね。でもごめんなさい。覚えてないの」

 

「うん。でも嬉しかったよ。わたしも足が本格的にポンコツになり始めて、周りと微妙に距離が出来てたし。森さんがカレー作ろうって誘ってくれたんや。キャンプで熊を捕るからそのお肉でって」

 

「渚ちゃんなら、言いそうね」

 

「うん。だから今日、綾瀬さんと一緒に料理出来て嬉しかった。森さんに宮代さん。羽根井さんもおったら、もっと楽しかったんかなぁって」

 

 果たされなかった約束が叶ったIFを想像して微笑むはやて。

 彩那を見て周囲が目を丸くした。

 そこには無表情で涙を流す彩那が居たから。

 

「ごめんなさい……」

 

「え!? いや! こっちこそごめんなぁ!! 何か気に障る事を……!」

 

「ち、がう……違うのよ……」

 

 くしゃりと彩那の表情が崩れた。

 今でも思う。

 もしも生き残ったのが自分ではなかったらと。

 

「生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきだったのは私じゃなかった……」

 

 もしもあの時に生き残っていたのが森渚であったのなら、ジュエルシード事件も闇の書事件も。もっと良い形で解決したのだろうか? 

 

「死ぬ筈だったのは私だった……死ぬべきだったのは、私の方だったのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からなのは達も含めて彩那の過去を話す回に入ります。
ガッツリやると20話くらい続きそうなので、彩那が質問を受け付けながら話す形にして3話くらいで終わらせます。

グレアムの件は肩透かしを食らったでしょうが、勘弁してください。


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語られる真実(1)

テレビアニメ版もだけど、劇場版は特になのは達と普通の武装局員達のレベル差がエグい。だからこんな評価になった。


 4家族合同の年始旅行でリンディは他の母親と一緒に談笑していた。

 なのはの両親である高町夫婦が善い人なのは知っていたが、アリサやすずかの両親も負けず劣らず善い人だった。

 クロノやフェイト達もそれぞれこの旅行を満喫している。

 つい最近まで大変な事件に掛かりきりだったのだ。この旅行中くらい仕事を忘れて楽しんでも罰は当たらないだろう。

 

(帰ったら片付けなきゃいけない書類が山積みなのだけど……)

 

 その事実を胸に仕舞うとリンディの携帯がメールを知らせる。

 

「ごめんなさい」

 

 周りに断って携帯を開く。送り主は綾瀬彩那だった。

 なのは達ではなく自分にメールを送ってきた事を不思議に思いつつ何かあったのかと中身を開く。

 彩那から、自分の全てをそちらにお話したいという旨の内容が書かれていた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。旅行から帰って来たばかりで。どうしても冬休み中に話をしておきたくて。それにリンディさんも、部屋を貸していただいてありがとうございます」

 

 集められたのアースラのブリーフィングルーム。

 そこではハラオウン親子にエイミィと八神家の面々。

 なのはとユーノにフェイトとアルフ。

 そしてアリサとすずかが集まっていた。

 彩那の謝罪にリンディが笑みを浮かべる。

 

「良いのよ。こうして人を集めた以上、重要な話なのでしょう?」

 

「しかし、録音して記録を残して欲しいとは、穏やかじゃないぞ」

 

 クロノの疑問に彩那は胸に手を当てて真面目な表情で語る。

 

「必要だと判断しました。過去、私達の身に起こった事は魔法やロストロギアの存在が絡む以上、管理局にお話しする事で何か役に立つ日が来るかもしれないと。勿論、役に立たなければそれが1番良いのですが」

 

 ロストロギア、という言葉に局員組が身を強張らせる。

 そこでなのはが小さく手を上げて質問した。

 

「あの……大事な話なら彩那ちゃんのお父さんとお母さんは?」

 

「2人には、昨日の夜に話してあるわ。今は色々と考える時間が必要だと思うの。それがここを貸して欲しいと頼った理由でもあるから」

 

 両親には、魔法に関する専門的な話を除いて既に語り終えている。

 2人とも娘に起こった事をどう消化するべきか悩んでいる様子だ。

 

(もしその上で今の私を受け入れて貰えないなら、それも仕方ない事よね)

 

 その時はリンディに頼んで管理局に就職し、地球を去るつもりだった。

 それだけ今回の話は衝撃的なのだ。

 次に腕を組んでいたアリサが片目を閉じて疑問を口にする。

 

「それって、魔法とは無関係なアタシとすずかも聞いて良い話なの?」

 

「高町さんから魔法や次元世界については聞いたでしょう? なら、話さないのも違うかなって。クリスマスでも事情を話せって言われてたし。迷惑だった?」

 

 彩那の返しに不機嫌そうにするアリサ。

 

「そんなんじゃないわよ! ただ、ちょっと意外だっただけ!」

 

 正直、彩那がここまで自分を晒け出してくれるとは思わなかった。

 あまり間を置くのもアレなので、早速話を始めようと思う。

 

「これは、私達が勇者として喚ばれて過ごした10年の軌跡の話。騎士達に訊きたいのだけど。あなた達にとってあの戦争はどれくらい前の事?」

 

 10年という単語に驚く間もなくされた質問にリインフォースが答える。

 

「凡そ、3百年前だ。あの世界自体が戦争終結から十数年後に次元断層に巻き込まれて滅びた筈だ」

 

「たった十数年……あれだけの犠牲を払ってそれじゃあ報われないわね……」

 

 額に触れて複雑な表情を浮かべる彩那。

 そして顔に巻いている包帯を外した。

 

「管理局から見ても信じられない話だと思います。信じられないのなら、一笑に付して貰っても構いません。だけど、これから話す事は私にとっての真実です」

 

 素顔を晒した彩那が息を調える。

 勿論、この場にいる誰もがどんな話であろうと彩那の話を否定し、笑うつもりはない。

 

「先ずは事前知識。私と友達3人が喚ばれたのはデミアと言う名の惑星で、地球と違って魔法文明で栄えた世界。そこの大きな大陸にあるホーランドと呼ばれる大国だった」

 

 当時の状況を思い返しながら説明する彩那。

 

「大陸では16の国が主導で、そこに属さない小さな国が点在していた。国同士の対立もあって、小競り合いのような戦闘はあったらしいけど、各国のパワーバランスが変化するような大きな戦いはなかった。だけど、帝国と名乗る新興国が躍り出た事で、事態が変化した」

 

「帝国?」

 

 帝国、という単語に彩那だけでなく、当時の戦争を経験した騎士達も険しい表情を作る。

 騎士達にとっても、帝国は怨敵なのだ。

 

「そう。ストレイ帝国。と言っても、彼らは元々、大陸の最北に収容されていた各国の犯罪者に過ぎなかったのだけれど」

 

「どういう事だ?」

 

 犯罪者の集まりが何故帝国などという御大層な名を名乗り、各国を戦争に巻き込む事態になったのか。

 

「元々最北の地は、かつての戦争の影響で人が住むにはかなり厳しい土地だったの。年中雪と氷で閉ざされ、疫病も多く存在し、凶悪な魔法生物も生息していた。各国で重罪を犯した者を流刑罪の開拓刑という名目で送って、結界で閉ざしていたの。だけど、本当は凶暴な魔法生物の餌として送り込むのが目的。そうすれば、お腹が満たされて魔法生物が結界を越えて周囲で暴れる事態は回避出来るから。そういう形であの世界は凶暴な魔法生物と共生していた」

 

「そんな……」

 

 幾ら犯罪者とはいえ、人間を魔法生物の餌にする。

 どうすればそんな事が思い付くのか、子供達には理解出来なかった。

 そこでリンディが質問をする。

 

「いったい、どういう罪状でそこに送られるのかしら?」

 

「そこは国によって様々ですね。テロに加担した者や、禁止指定の宗教の信者だった者。違法かつ非人道的な研究と実験を行った者。国によっては貴族にちょっとしたトラブルを起こしてしまい、家族共々送られるケースもあったそうです。ちなみにホーランドでは余程大きな罪を犯さない限りは北の地に送られる事はなかった筈」

 

 何のフォローにもなってない彩那の言葉に子供達は微妙な表情をする。

 それを察しつつも話を戻す。

 

「とにかく、そういう訳で、彼らが帝国を名乗った後もしばらく各国はテロリストの集団という認識だった。そこで対処出来てれば良かったのだけど……」

 

「出来なかったのかい?」

 

「えぇ。北の方は比較的争いが多くて、傭兵業で経済を回している国も幾つかあったから。帝国の存在を機に需要を拡大させようとする国や、他国の領土を乗っ取ろうと画策する国が北の方では大半で。帝国への対応が後回しになったのよ」

 

 アルフの疑問に彩那は深い息と共に告げる。

 戦争を商売にしている国からすれば、帝国の行動は追い風に見えたのだろう。計算違いがあったとすれば、彼らの戦力と残虐性を見誤った事だ。

 そこでヴィータが苦い顔で話し始めた。

 

「……アイツらとの戦いは本当に胸糞悪いのばかりだった。アタシらが所属してた国はホーランドより帝国と近かったけど、最低最悪な連中だったぜ」

 

 嫌悪感と怒気を吐き出すように話すヴィータにシグナムが続く。

 

「奴らは非道その物を心から楽しんでいた。相手を蹂躙し、苦痛を与え、被害を広げることを目的としていたと思える程に」

 

「実際、あの国は戦力云々よりも、その容赦の無さと倫理観の欠如こそが最大の武器でした」

 

「みんな……」

 

 騎士達の意見にはやてが想像が及ばないながらも考える。

 それは他の面々も同様に。

 帝国の暴走とも言うべき残虐性は常軌を逸していた。

 最初に攻め落とした小国の幼い王子2人を兵士達が集団暴行し、1人は人間だったかどうかも判らない程に斬り刻まれ、もう1人は全身の骨が砕かれ、首が後ろの方を向いていた状態で、その国の友好国に送り付けたらしい。

 そんな悪魔の所業が帝国の常態だった。

 

「一部を除いて元々仲が良いとは言えなかった16の国にも日々拡がっていく戦争の空気。それに触発されて戦禍は拡大していった」

 

 いつの間にか帝国だけの問題ではなくなり、各国が疑心暗鬼になって行き、徐々に争いは苛烈さを増していった。

 

「その情勢に危機感を覚えたホーランド王国の国王は、城の地下に眠っていた先史魔法文明の遺物。そっち風に言うロストロギアで勇者の剣を扱える高ランクの魔法資質を持つ者を召喚する事を決意した」

 

 彩那が待機状態にある自分のデバイスを並べる。

 

「聖剣・魔剣・霊剣・王剣。この4本の剣はホーランド王国の建国に関わった重要な剣で、高ランクの魔力資質。そして特別な条件をクリアしないと起動しない、本来はホーランドの王家の者しか手にする事が許されない宝具なの」

 

 彩那の説明を聞いてフェイトが疑問を口にする。

 

「えっと……王家にしか使うのが許されないんだよね? なのに、外からの召喚に頼ったの?」

 

 当然の疑問に彩那が苦笑する。

 

「まぁ、その疑問は尤もだけど。その……王様はなんと言うか、戦闘には向いてなくてね。全くの無能って訳じゃないんだけど。小心者のくせに自分を大きく見せるの大好きで、威張り散らすのが大好きで、パフォーマンス力も高かったから、何も知らない周囲に自分を大きく見せるのだけは得意と言うか。当時王女である娘が1人居たのだけれど。娘を戦場に出すのが嫌で、外から人を喚びつけた訳だし」

 

「なにそれー!?」

 

 言葉を選びつつも所々で毒舌を入れる彩那。

 ホーランド王の人柄を聞いてなのはも困惑と怒りが入り雑じった声を出す。

 実際、勝利が確定して尚且つ自身の安全が保証されないと前線に向かう事など先ず無い人だった。

 そこでリンディが質問する。

 

「それで。そのロストロギアというのはどういう物なの?」

 

「はい。次元の外から指定された条件の者を召喚する道具だと私は聞いています。ですが────」

 

 彩那は守護騎士達を見る。

 その視線に気付いてリインフォースが難しい表情で答えを口にする。

 

「お前は……お前達は、この時代から3百年前の過去であるあの世界に喚ばれたと言うのか?」

 

「そういう、事になるのでしょうね。私もつい最近まで、別の世界に喚ばれただけだと思っていたけれど……」

 

 今度はフェイトに視線を移す。

 

「ジュエルシードの件でテスタロッサさんの母親であるプレシア・テスタロッサが言っていたわ。ホーランド式が存在した世界は3百年程前に次元断層で消滅したと」

 

「母さんが……」

 

 未だに複雑な想いを抱く母の名が出て、フェイトはギュッと握り拳を作るが、その手を隣に座るなのはがそっと重ねる。

 それに気付いてフェイトはなのはに大丈夫だよ、と言うように微笑んだ。

 そこで驚きから立ち直ったクロノが呟く。

 

「あり得ない。魔法で時間に干渉するなんて事は……いやしかし……」

 

 自分達の常識ではあり得ないと思いつつ、彩那と騎士達の関係に対する疑問が1つ解けるのを感じていた。

 そこですずかが何かを考えるような仕草をする。

 

「どうしたの? 月村さん。質問があるなら遠慮なくして」

 

「あ、うん。彩那ちゃんがスゴい魔法使いなのはなのはちゃん達から聞いてるけど。たった4人を連れてきたくらいで戦争をどうにか出来るのかなって」

 

「それ! アタシも気になってた! 戦争って数が多い方が有利なモンでしょ!」

 

 すずかの疑問にアリサが乗っかかる。

 確かに戦争の基本は数である。

 より多くの兵や物資を用意した方が勝つのは当たり前だ。

 しかし、魔導師の戦闘に於いて、それは一概に当て填まらない。

 

「月村さんとバニングスさんの疑問はもっともだけど。魔導師の戦闘にはリンカーコアのランクが大きく関係しているの。ホーランドではCランクが一般。Bランクで優秀。Aランクならエリートって感じで。極論だけど、百や2百の努力を積んだ平均的な魔導師(凡人)を数十人用意するより、十の努力をした高ランク魔導師(とびっきりの天才)1人の方が戦力として貴重なのよ。高町さんやテスタロッサさんみたいな子供でもね」

 

 そうでなければ、海鳴で起きた2つの事件で魔法に触れたばかりの高町なのはが正式な訓練を積んだアースラの武装局員を押し退けて前線で活躍出来る訳がない。

 彼女の魔法に関する感性(センス)がずば抜けてるのも当然あるが。

 しかし、彩那の才能だけ、と言わんばかりの評価になのはとフェイトは不満そうな顔をする。

 

「わたし達だって頑張って特訓してるんだよ?」

 

「知ってるわ。でもやっぱり、AAAランクの魔法資質が大前提だと思う。高町さん。まだ魔法に触れて1年未満の貴女が、ハラオウン執務官を除いたアースラの武装局員全員を1人で捩じ伏せられるのよ? その異常性は理解した方が良い。努力出来る限界も違うしね」

 

 相手の攻撃は通らず、当たらず。

 此方の攻撃は問答無用で相手をノックアウトする。

 勿論、人間である以上は限界がある。

 しかし、一般的な魔導師が高ランク魔導師を倒すのに、どれだけ人員を割くのか。

 

「ホーランド王国が建国された時は、たった9人のレジスタンスで当時圧政を敷いていた大国を攻め落としたそうよ。もちろん裏方も居ただろうけど。そのリーダーだった人がホーランド王国の初代国王になった。実際私達も、召喚されて1年間はその世界に関する勉強と訓練に当てられたけど、それだけでホーランドでは私達に勝つどころかまともに戦える者すら極一部に限られた」

 

 管理局ですら5%しか在籍していないAAAランク以上の魔導師。

 その希少性と貴重性に管理局が管理外世界であるなのは達を手元に置きたくなるのも致し方ない。

 魔法の存在が技術の根幹と前提である以上、治安維持に高ランク魔導師は何人居ても足りないだろう。

 

「と、少し話が逸れたかしら? とにかく、そのロストロギアに選ばれてホーランド王国に召喚されたのよ」

 

 そこで膝に置いていたユーノが見つけた日記を抱き締める。

 その腕は微かに震えていた。

 

「あの日の事は、今でも昨日の事のように覚えてる。夏休みのキャンプで、仲の良かった私達はテントの中で夜遅くまでお喋りをしていたの」

 

『今日は楽しかったね』

『バーベキュー美味しかった!』

『夏休みの宿題がまだ終わってないなー』

『明日は何をしようか?』

 

 どこにでもありふれた友達同士の他愛の無い会話。

 大人達に気付かれないように小声でした内緒話のような会話に興奮して中々寝付けなかった。

 

「話し疲れて、もう寝ようってなった時に急に辺りが光り出して、気が付いたら全然周りの景色が変わってた」

 

 時間と共に地球とは違う世界に転移させられたのだ。

 彩那が頬の刺青を撫でる。

 

「突然フィクションでしか見たことがないような建物の中に居て、周囲には知らない大人達に囲まれてた。今の私を見てると想像し難いかもしれないけど、当時は争い事とは無縁の本当にただの子供で……」

 

 怖かった。

 唐突に見知らぬ世界に引きずり込まれたのだ。怖くない筈がない。

 俯いてから前髪で目元が隠れてなのは達からは見えない。

 

「勇者様方……どうかこの世界をお救い下さい。そんな、漫画やアニメでしか聞かないような台詞を、まさか現実で聞く事になるとは思わなかった……」

 

 勇者として召喚し、王族の代わりに戦争に向かわせる。

 だけど、それすらも本当の目的の為のカモフラージュでしかなく、真実はもっと残酷だった。

 

「夏休みが終わったら、また皆と一緒に学校に行って、遊んで、時々喧嘩もして。だけど最後には仲直りして。4人はずっと一緒で。私には、それだけで良かったのに……」

 

 10年という歳月はどれだけ自分達の心を変化させて、どれだけのモノを奪っていっただろう? 

 

「私達は、勇者という名の兵器。そして生贄としてあの世界に喚ばれたのよ」

 

 

 



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語られる真実(2)

3話じゃ終わらないな、と諦めた。


「なんだその剣の振り方はっ!!」

 

 剣の指導をしていた教官に彩那は殴られて倒れた。

 

「いったい何度言えば解る! そんな剣で敵が斬れるかっ!!」

 

 指導に熱が入っていて怒鳴り散らすが、それで彩那が畏縮してしまい、余計に剣の振り方がお粗末になっていた。

 すると、そこで彩那の指導をしていた教官に渚が助走をつけて横腹に飛び蹴りを放つ。

 

「おわっ!?」

 

 突然の奇襲に教官が倒れると、渚が指差す。

 

「ボクの彩那の顔に傷が残ったらどーすんだよ! つーか大の男が女の子の顔を殴るとかサイッテーだぞ!!」

 

「このっ!」

 

 頭に血が上った教官が渚の頭を掴んで床に叩きつける。

 自分の所為で友達が暴力を振るわれるのを見て、彩那が短い悲鳴が出す。

 

「理解していないようだから教えてやる。戦場に出れば、男も女も関係ない。子供だろうと足を引っ張るお荷物がいたら余計な被害を被るんだ」

 

 無能な味方は強力な敵よりも厄介な存在。

 だからお前達の為に厳しくしてるのだと、教官は言う。

 しかしそれで納得する渚ではなかった。

 

「うっ、せーっ!!」

 

 押さえ付けてる手を逆に力づくで外させ、文字通りその手に噛みついた。

 手から血が出ると、教官が渚を殴って離させる。

 

「渚ちゃんっ!?」

 

 これ以上暴力を振るわせない為に彩那が渚に抱きつく。

 そこで璃里と冬美を近付いてきた。

 璃里が渚の殴られた箇所にハンカチを当て、冬美が後ろを庇うように教官の前に立つ。

 

「アンタの顔、覚えたから。もしも私らがアンタより強くなったら、今日の事はタダじゃ済まさない。覚えておきなさい」

 

 冬美が睨み付けると、教官が舌打ちして忌々しそうに去ってゆく。

 それを見た渚がへっ、とガッツポーズして笑う。

 

「勝った!」

 

「鼻血だらだら流してなに言ってんのよ」

 

「渚ちゃん、ほら、顔見せて。彩ちゃんも」

 

 怪我したところを簡単に治療を始める璃里。

 

「ごめんね……私がもっと上手く出来てたら……!」

 

「気にしちゃダメだよ。つーかアイツら要求難易度高過ぎ! まだここに来て1週間だってなのさ!」

 

「向こうは私らにさっさと戦争させたいのかもね」

 

 渚の怒りに冬美が嫌悪感たっぷりに話す。

 顔を俯かせている彩那に渚が額をコツンと当てる。

 

「大丈夫。恐いモノは、みーんな! ボクが追っ払ってやるからさ!」

 

 歯を見せて笑う渚。

 この笑顔に。

 この強さに。

 この明るさに。

 この優しさに。

 そしてその言葉に。

 いったいどれだけ救われてきただろう? 

 守られてるだけじゃダメだ。ちゃんと強くならないと。

 

「私も、強くなるから。みんなを守れるくらいに、強く……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生贄、という単語に皆が息を呑む。

 怒りなのか悲しみなのか、顔を覆っている彩那の手は震えていた。

 

「この4本の剣も管理局からすればロストロギアに該当すると思います。そしてクリスマスの時に使った神剣を覚えてる?」

 

 忘れる訳がない。

 あの夜、闇の書の管制人格であるリインフォースすら圧倒した神々しい純白の剣。

 

「あの剣を扱うには色々と条件がある。その中でも最も重要なのが、Sランク以上の魔力資質をもつリンカーコアを各々の剣に捧げる事……所有者も含めてSランク以上のリンカーコアを5人分を1個人が振るう事が出来る。私達はその為の供物としてあの世界に喚ばれたのよ」

 

 あまりにも非人道的な真実になのは達は心の中に渦巻く激情を言葉にする事が出来ないでいる。

 

「だけど、幸いにも召喚された当初で私達のリンカーコアはそこまでの質じゃなかった。もしもその時点で私達全員がSランク以上の魔力を持っていたら、そこでリンカーコアを引き抜かれて殺されていたかもしれないから」

 

「そんな……」

 

 勝手に召喚した子供を生贄にする。

 たとえそれが本当に必要な犠牲だったとしても容易くそれを実行できる者達の考えが理解できない。

 そこですずかが質問をする。彩那に、というより管理局に。

 

「あの……リンカーコアを取られたら死んじゃうんですか?」

 

「直接的な原因ではないが……」

 

 すずかの質問にクロノが答える。

 

「僕達魔導師は大気中の魔力素をリンカーコアで魔力に変換して魔法を行使する。リンカーコアを持ってない者には無いが、体外から魔力素を取り入れる器官が有るんだ。だからリンカーコアだけ引き抜くと……」

 

「肝臓が無いのにアルコールを摂取し続けるような物よ。取り込み続ければ当然パンクするし、体の中にあるリンカーコアを取り出す以上、ショック死する場合もある。むしろ、そっちの方が可能性が高いかしら?」

 

 そう言う意味では、魔導師は魔力を扱う代わりに弱点を増やした存在とも言える。

 

「とにかく、私達は神剣を抜く為の生贄として喚ばれたけど、召喚時点ではまだそこまでのリンカーコアじゃなかった。だけど、それはホーランド側も想定内だった。だから彼らはこう考えたのよ。"確かに神剣を抜くには召喚した勇者達の力は足りない。だが、それでも最上級の素質を持っている事には変わりない。ならば勇者として戦場に投入し、自国の敵を討たせつつ、リンカーコアの成長を待てば良い"ってね。魔導師ランクでの重要性はさっき話した通りだし、私達も他に地球へ帰るアテが無かったからね。従うしかなかった」

 

「なんやの? それ……」

 

 温厚なはやてにしては珍しく、怒りと嫌悪感を露にした呟きだった。

 勝手に喚び出して生贄にしようとして、まだ無理だからと戦争を強要する。

 はやてとて、いずれは管理局に所属する身だ。しかしそれは決して強要されたからではない。

 家族と一緒に罪を償いたい、という気持ちもあるが、リンディから本当に良いのかと、何度も確認してくれた。

 完全に無関係は無理だが、管理局に所属せずとも、家族と一緒に暮らせる道はあると。

 態々危険で苦しい道を選ぶ必要はないと言ってくれた。

 それはリンディ個人として、八神はやては闇の書に選ばれて事件に巻き込まれただけの被害者という見方が強いからだ。

 だからこそ、彩那達に帰還を楯にそんな要求をしたホーランド王国に怒りを覚えている。

 はやてが他の子達と違い、勇者達の知り合いだというのもあってより強く。

 

「ありがとう、八神さん。さっきも言ったけど、最初の1年は訓練と勉強ばかりだったから。皆も居たしね。まぁ、それはそれで大変だったけど」

 

 そのはやての感情に気付いて作り笑いをする彩那。

 しかしそこでリンディが質問をした。

 

「最初の1年。彩那さん……貴女が地球で行方不明だったのは、1ヶ月半程よね? 話の最初にも10年過ごしたと言っていたけど」

 

 時間を跳躍した事は取り敢えず納得した。

 だが、そうなると今度は別の問題が浮上してくる。

 彩那の肉体年齢だ。

 個人差はあるが、子供というのは1年で体を大きく成長させる。

 1年間も離れれば近しい者なら当然その変化に気付くし、10年ともなれば、別人レベルで違ってしまう。

 変身魔法で誤魔化している可能性はおそらく無い。

 怪我を負った彩那の身体は何度も調べているのだから。

 もしもアレだけ検査をして変身魔法を使っているのか分からなければ、管理局の名折れだ。

 

「私達は向こうで10年くらい過ごしたんです。ただ、こっちに戻ってくる直前に色々ありまして、肉体が退行したんですよ。っていうか、もしかしたら召喚された時より少し若返ってたかも。背が微妙に縮んでたらしいですが……」

 

 小学2年生に上がったばかりの頃にやった身体測定の結果と地球に戻った後に病院での検査で身長が2cm程低くなっていた。

 それはそれとして子供達は大きな衝撃を受けている。

 

「え? え? それじゃあ彩那ちゃん、わたし達よりずっと歳上ってこと!?」

 

「10年ってことは、クロノより歳上?」

 

「ん? クロノ君ってわたしらと同じくらいやないの?」

 

「……14だ」

 

 今まで同い年だと思っていたのが、ずっと歳上だったのだ。この驚きも仕方ないだろう。

 それとは別に騎士達の疑問が解消される。

 

「おかしいとは思っていたが……まさか肉体が退行していたとは……」

 

「アタシらと戦ってた時より明らかに年齢(とし)が下がってるもんな」

 

「そうなの?」

 

 ヴィータの言葉になのはが反応し、シャマルが答える。

 

「はい。私達と戦っていた頃は……こっちの世界で言う、中学生くらいだったと思います」

 

 皆がこれから彩那にどう接すれば良いのか悩む。

 それに彩那が苦笑した。

 

「気にしなくていいわよ。こっちでは関係ない事だし、それに高町さん達も精神年齢が異様に高いから、あまり年下って感じがしないのよね」

 

「どういう意味よ……」

 

 彩那の返しにアリサは心が追い付かず憮然とした返しになるが、すぐに思考を切り替えた。

 

「アンタが良いって言うなら、アタシ達もこれまで通り接する。なのは達もそれで良いわね?」

 

「う、うん……」

 

 戸惑いつつもアリサの提案を受け入れるなのは達。

 

「話を戻すけど、ホーランドに喚び出されて1年は訓練と勉強に当てられた。ホーランド側も、いきなり私達を戦場に投入するのには無謀だと判断したみたい。北側と違って、ホーランド王国の在る南側はまだそこまで切迫した状況でもなかったし。幸い衣食住は保証されていたけど、それでも最初は大変だったわ。魔法はそれなりに上手くやれたのだけれど、剣術の訓練で木剣を上手く扱えなくってよく教官の人に怒鳴られたよ。それで萎縮してへっぴり腰で剣を振るうから殴られたりしたわ」

 

 懐かしむように語る彩那だが、訓練で暴力を振るわれていたという告白に子供達がギョッと目を見開き、ハラオウン親子が苦い表情になる。

 

「そんな時に渚ちゃん達がよく助けてくれて────」

 

 そこでフェイトが小さく挙手をする。

 

「彩那の友達ってどういう子達だったの?」

 

 これから話の中心となる勇者の事を知っておきたかった。

 それが彩那の友達ならなおのこと。

 

「そうね。先ずは羽根井璃里ちゃん。私達の中で特に優しい子でね。小さい頃は自分で育てた花を誕生日とかにプレゼントしてくれるような子で。後ろの王族貴族と違って一緒に戦う前線の兵士との仲は良かったけど、璃里ちゃんは特に可愛がられてたかな」

 

 敵味方問わず戦場で散った兵士達への慰安を自分のお金を使って献身的に努めていたのも理由の1つだろう。

 

「次に宮代冬美ちゃん。よく暴走しがちな渚ちゃんをグーで止めるんだけど、それは本当に心を許してるからで。それ以外の人には態度が冷たくて、口で言い負かしちゃう子。頭が良くて、ホーランド側の理不尽な要求を拒否してくれた。あの子が居なかったら、私達の扱いももっと悲惨なモノになってたかも」

 

 哀しみを含ませながらも嬉しそうに話す彩那。

 自分達は苗字にさん付けなのに、過去の友人達には名前でちゃん呼びをしている。

 その事が少しだけなのは達に嫉妬と淋しさを与えていた。

 

「最後に森渚ちゃん。冬美ちゃんとは逆に私達には絶対に手を上げないんだけど、私達が傷付けられると真っ先に助けてくれる。そんな子」

 

 そこではやてが森渚の事を思い出して発言する。

 

「10年かぁ。あの森さんもやっぱり大人っぽくなったんやろなぁ」

 

 はやてにとって森渚はいつもクラスで騒がしくしている少女だった。その所為か、よく担任にも怒られていた。

 

「えぇ。渚ちゃんも次第に年相応の振る舞いが出来るように……ん?」

 

 最初は懐かしむように話していた彩那も渚の事を記憶の倉庫から引き出そうとすると、段々と乾いた笑いになる。

 

「ゴメン。全然そんな事なかった。むしろ年々私達でも手に負えなくなっていって……」

 

「え~?」

 

 彩那の言葉にはやては顔を引きつらせる。

 はやて自身、大人になった渚が想像できないのだが、それでも友達にこう言わせるのはどうなのか。

 

「そんなに子供っぽい子だったの?」

 

 エイミィの言葉に彩那は当時の渚の事を振り返る。

 

「子供っぽいと言うか。性格が自由過ぎると言うか。国王様には基本タメ口で話すし、私達はともかく、同い年だった第一王女にもセクハラをするわ。妹みたいに可愛がってた第二王女には日本の間違った知識を面白がって教えるわで。絡んできた貴族の子供の鼻っ面に頭突きを叩き込むわで……」

 

 勇者の立場と功績が無かったら、3桁の回数は死刑台に送られたのではないだろうか、と考える彩那。

 

「方向音痴のくせに新しい町に着いたら勝手に飲食店巡りを始めて迷子になって毎回探し回るハメになるわ。他にも……」

 

 渚の(おこな)った問題行動をあげ連ねていくと、聞いていたなのは達も微妙な表情になる。

 特に騎士達は、かつての強敵の意外な姿にどう反応すれば良いのか戸惑っていた。

 

「でも凄く明るい子で。私達をいつも引っ張ってくれた。どんなに悲惨で辛い戦場でも、渚ちゃんが前を向いてくれてたから、諦めずに頑張れたの」

 

 そこで過去の友人達の話を終えて、ハラオウン親子を見る。

 

「ホーランドの最初の扱いがそんな感じだったから、ジュエルシードの事件で管理局が接触してきた時は緊張しましたよ。もしかしたら、強制的に事件に協力させられたり、事件が終わった後も地球に帰さないで、管理局に無理矢理所属させられるんじゃないかって」

 

「そんな事をするかっ! と言いたいが、そんな経験をしていれば、そう思うのも当然か」

 

「もしそうなったら、私も力づくで対応しなければならなかったですから」

 

「あはは……そんな展開にならなくて良かったよ。本当に」

 

 下手を打てば、ジュエルシード事件後に彩那となのはにユーノ。場合によってはフェイトとアルフもアースラと敵対する未来があったのかもしれない。

 その未来を想像して局員である3人は背筋が冷たくなりつつも内心で胸を撫で下ろす。

 尤も、管理局は軍隊と言うよりは次元世界を股にかける警察組織という面が強いので、多少対応が変わってもそこまでの強制は無かっただろう。

 

「事件に関わるのかは此方に選択権をくれましたし、此方の話をちゃんと聞いて色々と判断してくれました。管理局という組織自体はともかく、アースラの方々は信じて良いと判断しました。だからこうして私自身の事も話してる。本当にあの時、やって来た局員があなた達で良かった」

 

 安堵する響きにリンディ達は照れるような仕草をする。

 そしてその信頼を裏切らないように、彩那の話をより真剣に耳を傾けた。

 

「少し話が脱線したわね。ホーランドに召喚されて半年くらいで私達も教官達よりは強くなった。そして更に半年後くらいに実戦に投入される事となった」

 

 実戦、という言葉になのは達の顔が険しい物になる。

 

「相手は隣の小国で規模はちょっと大きな街くらいで。長年ホーランドとはトラブルが絶えない国だけど、軍事力という点で見れば大した事のない国だった。そこに私達を投入した理由は、勇者が戦場で使い物になるのか確認する為と、帝国が他国を侵略し、大きくなっていく中で、早急に南側の国々も纏まる必要があった事。その為にその隣国を見せしめにして諸外国に警告した。その目論見は上手く行ったわ。私達が派手に暴れたお陰で、元々ホーランドと友好的だった国や軍事力に乏しい国は早急に同盟に署名したしね」

 

 そこでクロノが質問する。

 

「しかし、良く初めての実戦で戦えたな。非殺傷設定も無かったのだろう?」

 

 相手を殺さずに済む非殺傷設定。

 そのお陰でなのは達も自分達の魔法(ちから)を存分に振るえている。

 もしも魔法で誰かを殺してしまうのなら、きっと手にした魔法を手離していただろう。

 それはもう、普通の刃物や銃を手にしているのと変わらないのだから。

 

「当然、ホーランド側もそれを予想してました。どれだけ優秀な武器を手にしても、使い手が怯えていては意味がない。だから当初は興奮作用のある薬物と、それを用いた魔法に依る精神誘導。簡単に言えば、戦場で人を殺しても罪悪感による精神的ダメージを軽減させたんです」

 

「そこまで……!」

 

「それくらいしないと、子供の安っぽい決意と覚悟で人なんて殺し続けられませんよ。尤も薬と暗示が切れたら急激な鬱状態になりましたけど」

 

 ホーランド側が行った処置に騎士達も含めて不快感と嫌悪感でいっぱいになる。

 同時、本当の意味で子供だった少女達に薬物と暗示で戦場へ送り出し、人殺しをさせる。

 あまりにも外道な行為に感じた。それが本当に必要な処置だったとしても。

 

「戦争当初はそうやって少しずつ殺人という行為に慣れていったわ。初陣で相手の戦力は兵士と雇っていた傭兵を含めて凡そ2百。それをたったの4人で圧倒した。蹂躙と呼べるレベルで」

 

 普通の魔導師となのは達レベルの魔導師の力量差はさっき話した通り。

 しかしそれでも、たったの4人で2百の敵を蹂躙したという話は信じ難く、また恐ろしく感じる。

 

「勇者の戦果に、王女様も喜んでくれたわ。当時の私達にはそれを素直に受け止める余裕はなかったけど」

 

「王女様?」

 

 フェイトの呟きに彩那は手にしている日記を開く。

 

「えぇ。ティファナ・イム・ホーランド第一王女。異邦人である私達とは最初こそ考えの違いや立場からあまり仲が良くなかったのだけど。彼女は少しずつ私達を理解しようと努めて、違う価値観に寄り添ってくれた。向こうで出来た大切な、初めての友達よ」

 

 日記の中に綴られた彼女の想いに触れて、彩那は穏やかな表情をしたが、すぐに俯く。

 

「私達は本当に強かった。何度も戦って、戦場を潜り抜けて。そして生き残った。だから、4人が揃えば、絶対に負けない。戦争を終わらせて、家族の下へ帰るんだって。それが出来るって。そう、信じてたのよ……」

 

 あまりにも自分達が強く、簡単に敵兵士を倒してきたというのもある。

 だからこそ、いつの間にか自分達に敵うモノは存在しないと考えてしまった。

 薄っぺらな根拠と自信で、確信してしまったのだ。

 

 

 




ホーランドに召喚されたのが、魔法を知る前のなのは、アリサ、すずか、はやてだったら?というIFをちょっと妄想したけどやめた。


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語られる真実(3)

守護騎士達って闇の書事件中のカートリッジの弾丸補給はどうしてたんだろう?
魔力はOPでシャマルが込めてる描写あるけど、弾丸その物とか。


「彩那っ!?」

 

 彩那が目を覚ますと、泣き顔の渚が彩那を呼ぶ。

 

「良かった! 目が覚めて! 君、4日も起きなかったんだよ!」

 

「よっ……いつっ!?」

 

 起き上がろうとすると痛みが走った。

 その様子に渚が慌てて止める。

 

「ダメだよ! 本当に酷い状態だったんだからさ!」

 

 彩那の傷はもう少し発見が遅れていれば命の危険があったという。

 魔法による治療と外科手術を丸1日費やしたのだ。

 まだ完全に傷は癒えてないし、痛みも引いてない。しばらくは車椅子生活だろう。

 

「りり、ちゃん……は……?」

 

「大丈夫だよ! 璃里も無事! 昨日には目を覚ましたから!」

 

 親友が無事だった事に安堵して大きく息を吐く彩那。

 だけど同時に涙が流れた。

 

「彩那……?」

 

「ごめ……なぎさちゃ、ん……ベルカ、からの、ひとたち……まもれなかった」

 

 痛みで上手く動かせない口を動かして説明する彩那の手を渚は握る。

 何も言わずに、ただ泣き止むまで、ずっと。

 

 

 

 

 数日後にはベッドから降りて車椅子での生活が可能になった彩那は病院内を移動していた。

 顔馴染みになった看護師に車椅子を押して貰いつつ中庭に出る。

 花壇が手入れされた中庭には先に璃里が来ていた。

 

「彩ちゃん」

 

 彩那に気付いた璃里が慣れない松葉杖でこっちに来る。

 璃里は彩那より早く意識を失ったお陰で既に車椅子を卒業していた。

 

「ここに居たんだ」

 

「うん。中庭には故郷(あっち)じゃ見たことない草花が植えられててワクワクするから。看護師さんも質問したら答えてくれるし」

 

 璃里とそうして話していると、不意に顔を俯かせる。

 

「今回、わたし達、何にも出来なかったね」

 

「……」

 

 ベルカ式を基とするヒンメル国の騎士に完膚なきまでに敗退した彩那と璃里。

 アレが噂に聞く闇の書の騎士だと入院後に聞いた。

 

「一緒に居た子達も全然守れなくて。生き残ったのは6人だけ……守って、あげたかったのにね」

 

 国に捨て駒の兵士として使い潰される筈だった子供達。

 大人数名と子供達を守れなかった事実に璃里は心を痛めている。

 言葉をかけようとする彩那だが、その前に渚の声が届く。

 

「お! 居た居た! おーい! 彩那~! 璃里~!」

 

 振り向くと、冬美と子供と手を繋いだ渚がやって来た。

 

「病室に着いてもいなかったから探したわ。もう動いて大丈夫なの?」

 

「うん。心配かけてごめんね、冬美ちゃん」

 

「無事ならいいのよ。驚きはしたけどね」

 

 安堵する冬美。

 そこで彩那が渚と手を繋いでいる男の子を見る。

 それに渚が気付いてその子の肩に手を置いた。

 

「この子。2人が守った子だよ。今はホーランド内の施設に入ってもらってる。本当は連れてきちゃダメなんだけど、どうしてもって」

 

 だから連れてきちゃったと笑う渚。

 男の子が1歩前に出て頭を下げた。

 

「今回はありがとうございました。生き残ったオレたち、孤児院でとても良くしてもらってます。勇者さまがたのおかげです」

 

「そんな……」

 

 2人からすれば、生き残れたのは運であり、多くの死者を出してしまって任務失敗のような物だ。お礼を言われる立場ではない。

 

「オレたちは、国に残っても、いずれは前線で捨て駒にされるだけでした。オレらだけでも生き残れてラッキーって思ってます。もちろん仲間が殺されたのは悔しいし、泣きましたけど、それはあなたたちのせいじゃない。だからあんまり気にしないでください」

 

 勇者のせいではないと想いを伝えてくれる男の子。

 そんな彼は自分の決意を口にする。

 

「オレ、あと2年したらこの国の軍学校に入れるんです。そこに入学しようと思ってます」

 

「どう、して……?」

 

 せっかく生き延びたのに、どうしてまた死地へ向かうような真似をするのか。

 

「一緒に生き延びた弟との生活もありますし、この戦争を少しでも早く終わらせる為に、出来ることをしたいんです」

 

「そんな事、考えなくて良いんだよ? ただ幸せに生きてくれればそれで! 死んじゃった人達もきっとそれを……っ!」

 

 璃里がどうにか思い止まらせようと話すが、男の子の決意は固かった。

 

「もう決めたことですから。それで、軍学校を卒業したら、今度こそ足手まといになりません。オレは────」

 

 そこで男の子の体を璃里が抱きしめる。

 まだ幼い子供にそんな決意をさせてしまったのが申し訳なくて。

 だけど、その心意気が嬉しくて。

 だから、早く戦争を終わらせないと、と強く思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話の途中で顔を伏せていた彩那は気分を切り換えるように小さく首を振って話を続ける。

 

「北側と違って南側は比較的平和だったのが幸いして、ホーランドが持ちかけた同盟に近隣諸国の大半は判を押したわ。軍事力の低い国は守る見返りとして食糧その他の物資を安く提供する事でね。勿論ホーランドのやり方に反発する国もあったけど、勇者という暴力装置のお陰で早々に白旗を挙げたわ」

 

 ホーランド自体が南側で最も大きな国。その上勇者という規格外の戦力を手にした事で同盟軍の中心になるのも自然な成り行きだった。

 

「私達が召喚されて4年。実戦に投入されて3年は小競り合いのような戦場が殆んどで、命の危険を感じるような戦いは片手で数える程度だった。だけど北側は帝国がジリジリと侵略を進めて勢力圏を拡大していって、次第に自国を見限って南側に逃げる避難民が急増した。その対応もあって、同盟軍の侵攻は遅れが出たけど、これはまぁ、余談かな」

 

 帝国の暴挙はまだ被害を被ってなかった他国にも知れ渡っており、少しでも距離を取ろうと多くの人が移民を決行した。

 帝国の暴挙を止めるという名目で同盟軍を結成してる関係でそこから逃げてきた彼らを突き放す選択肢はなく、移民者達の生活を整える事を当時は優先された。

 

「それで、同盟軍と帝国に挟まる形────と言っても、まだ他にも幾つかの国もあったけど。とにかく侵攻する過程でどうしても押さえておきたい国があった」

 

 彩那の説明に守護騎士達がピクリと反応する。

 

「規模はそこそこだったけど、その国には優秀な魔導師が多く、軍需産業に秀でていて、何よりもデバイスに使う鉄や魔力を通すために必要な質の良い希少金属(レアメタル)が多く採れる。ベルカ式を扱うヒンメルという名前の国」

 

「ベルカ……」

 

 はやて達の視線が守護騎士に向けられる。

 

「採れた鉄や希少金属。それと他国に兵を貸す傭兵業で経済を回していた国で、反面食糧は他国の輸入に頼っていた面があったの。だけど戦争が始まってしばらくしてから、輸入先の国が帝国に占領されてしまって。同盟軍としては不足した食糧の供給の代わりにヒンメルの兵と技術。そして鉱山から採れる鉄の提供を申し出ていた。だけど……」

 

 当時の状況を思い出しながら説明する。

 

「同盟に対して互いが提示した条件が噛み合わなかった事。同盟軍がその強大さを楯に上から目線での交渉してしまった事からヒンメル側のプライドを刺激して中々同盟の締結は行われなかった」

 

 それでも、同盟軍側が圧倒的に優位だったのには変わりない。

 帝国の脅威はすぐそこまで迫っていた。それを迎え撃つ為に同盟軍への参加はヒンメルにとっても必要だった。

 

「それでも時間をかけて同盟締結に話が纏まりかけた頃に、ヒンメル側が渋々納得してた条件を全て撤回。自分達が有利になる条件を突き付けてきた」

 

「ど、どうして!? 話は纏まりそうだったんだよね!?」

 

 なのはの驚きに彩那は守護騎士達に視線を向ける。

 

「ヒンメルの第二王子が闇の書の主だったらしくてね。いつの頃に闇の書が起動したかは知らないけど、守護騎士を自国の戦力に組み込んだあの国は、各国に戦いを仕掛けてきた。と言っても、最初は帝国が占領した国の解放だったけど」

 

 皆の視線が守護騎士に向けられる。

 

「帝国に支配された土地を解放したのはまだしも、同盟軍に参加していた国にも攻めてきて、開戦という流れになった。というのが同盟軍(こちら側)の言い分なのだけど、そちら側ではどうだったのかしら?」

 

 あまり視点が偏るのも良くないと感じた彩那は守護騎士に話を訊く。

 そうですね、とシャマルが話し始めた。

 

「私達は政治方面には殆んど関わっていないので詳しいことは語れませんが、同盟の締結に当り、幾つかの鉱山の所有権の譲渡を要求されたのが痛手だったようです。それと、戦闘を仕掛けてきたのは同盟軍側からだと聞いてます」

 

「ん?」

 

「どういうこと? 彩那の話じゃ、攻めてきたのはベルカ側なんだよね?」

 

 幼くとも考古学者だからか、ユーノが興味深そうに確認してくる。

 彼からしたら歴史の生き証人と話していてテンションが上がってるのかもしれない。

 しかし彩那はそれをスルーする。

 

「そこはやめましょう。話の本題ではないし」

 

「いいの?」

 

「ここで結論を出すのは不可能よ。どっちから手を出したかなんて、今更な話だわ」

 

「そうですね。あの時代、どちらから攻め込んでもおかしくありませんでした」

 

 彩那とシャマルの言葉にユーノが少し残念そうにする。

 だが、当事者達がやったやってないで揉め、話が長引くのも良くないと理解しているのでそれ以上ユーノは何も言わなかった。

 

「同盟軍側は開戦当初、半年も有ればヒンメルを降伏、ないし同盟の再締結に持ち込めると判断していた。けど守護騎士という戦力を得たヒンメルの強さは此方の予想を上回っていて、同盟軍側が勝利を収めるのに2年という月日を有したわ」

 

 互いの領地を奪われては奪い返すのを繰り返した。

 帝国を含めて対処しなければいけない国が他にも存在した事で中々戦況が変化しなかったのだ。

 

「守護騎士の強さはまさに一騎当千だった。ヒンメルとの開戦当初は、私達勇者でも騎士達に惨敗を繰り返す程に」

 

「彩那が……?」

 

「当時の私達は今程の実力はなかったから。初めて騎士と遭遇した時は一方的にやられたわ」

 

 昔の事を思い出して陰鬱な気持ちになる彩那。

 逆にシグナムは懐かしそうに呟く。

 

「懐かしいな。戦場で遭遇する度にお前達は別人のように実力を向上させていった。1年も戦いが続いた頃には互いの実力差は拮抗していた」

 

「そうね。そういう意味ではあなた達と戦い続けたお陰で私達も自身の実力を伸ばせたと言えるわ」

 

 自分より圧倒的格下ばかりを相手にしていた。

 守護騎士との戦闘は気を引き締め、実力を大きく伸ばす切っ掛けになった。

 そこではやてが質問する。

 

「ウチの子らと綾瀬さんはどんな感じに出会ったん?」

 

 何気なくしたはやての質問にヴィータは顔を逸らし、彩那は目を細めた。

 その空気の変化を感じて子供達は戸惑う。

 

「ヴィータちゃん?」

 

「……なんでもねぇよ」

 

 過去の自分達の所業を今の主である八神はやてに知られたくないという感情を堪える。

 彩那も話すかどうかしばし考えてから口を開いた。

 

「あまり気持ちの良い話ではないけど。ヒンメルは守護騎士を前線に出して領土拡大を行っていた。だけど、拡がる領土に対して圧倒的に兵が足りなくなっていったの。それで、魔導師資質の高い者。それも孤児の子供を優先的に徴兵していたのだけど。そのせいで食糧を始めとした生活消耗品が不足して、末端の兵はかなり扱いが悪かった。だから一部の大人がもうこんな扱いはゴメンだと、同盟軍側に一緒だった子供達も含めて身の安全の保証を求めて投降したの。こちら側はそれを受け入れ、一時的にホーランドに招く事が決まった。ベルカ式やカートリッジシステムの情報を手土産にね」

 

 あまり気持ちの良い話ではない、という戦争なのだから当たり前の前置きを一応してから話す。

 

「投降したのは大人子供含めて70人ちょっと。大半が徴兵された子供で、渚ちゃんと冬美ちゃんは投降を阻止しようとするベルカ兵を足止めする殿に。私と璃里ちゃんは投降した兵を連れて天然の地下洞窟からヒンメル領の外を目指した」

 

「……」

 

「長い洞窟を抜けて、ヒンメルと国外の境目にある森に辿り着いたの。そこに流れていた川で休憩を取っていると、待ち構えていたのか、鉄槌のと守護獣の2人に強襲された」

 

「ヴィータ……ザフィーラ……」

 

 困惑した様子ではやてが2人を見るが、当の2人はそれに気付かないフリをしていた。

 

「私と璃里ちゃんは何とか投降した人達を守ろうと奮闘したけど、相手にならなくて。生き残れたのが不思議なくらいの大怪我を負ったわ。投降してきた兵は隠された数名の子供を除いて殺された」

 

 殺された、という過激な言い方は主であるはやてや親睦を深めている他の者達に対して、彩那なりにした無意識の当て付けだったのかもしれない。

 ヴィータが何か反論しようとしたが、ザフィーラが肩を掴んで小さく首を振る。

 事実を言い訳せず肯定するように。

 そこでフェイトがシグナムに質問する。

 

「シグナム達はその時……」

 

「あぁ。私とシャマルは主であった王子の護衛と看護だな。生来より身体の弱い方ですぐに熱を出していたからな。戦争が本格化する前まではシャマルと、他の誰か1名が護衛に就いていた」

 

「そうでしたね。でも今思えば……」

 

「シャマル?」

 

「いえ。何でもないです。彩那ちゃん。お話を続けてもらえませんか?」

 

「そうね」

 

 シャマルの中で過った可能性。それはフィン第二王子の身体の弱さが闇の書の呪いに起因していたのではないかという予想だ。

 当時はまだはやての時程に闇の書の呪いの歪みが深刻ではなく、シャマルが気付けなかっただけなのではないか、という想像。

 だが、これも今更確認する術はないのでシャマルは胸の内にその想像を仕舞う事にした。

 そこでクロノが彩那に問いかける。

 

「君が騎士達を必要以上に敵視していたのはその事が原因か?」

 

「それもありますけど、何度も戦って数多くの仲間を殺されましたし、殺しました。後ろに居る王族貴族はともかく、前線の兵とは良好な関係を築いていたので。お互い様ですけど、割り切るには中々……」

 

 苦笑いを浮かべる彩那にクロノは想像する。

 もしも闇の書事件の際に騎士達が問答無用で局員や被害者の命を奪っていたら、感情的にならず、職務に徹する事が出来たのか。

 恐らくは無理だろうと結論付ける。

 

「とにかく、ヒンメルとの戦争初期は戦力の中核を担っていた私達が騎士達に敗走を続けて幾つかの領土を奪われたけど。私達の実力が向上した事で少しずつ風向きが同盟軍側に傾いていった」

 

「それは、どうして?」

 

「私達が騎士達の足止めをしている間に同盟軍の兵がヒンメルの兵と戦う。あの国は優れた魔導師、騎士は多く居たけど、それ以上にこちらとの兵力差が大きかったから」

 

 すずかやアリサがさっき言ったように、戦争は基本数である。

 規格外の高ランク魔導師を除けば、やはり数が多い側が有利なのだ。

 

「同盟軍の侵攻が進むに連れて、鉱山や食糧の生産地。それとヒンメルに物資を輸出していた国への圧力。それらの道路(みち)を取り締まった事で、物流を停滞させたの。そのお陰で王都に送られる物資も不足して。私達が王都へ侵攻した頃には都はかなり悲惨な状態だったわ」

 

 補給を絶つのは基本であり、戦争中にそれらの行為を咎められる事ではない。

 しかし餓えと寒さに苦しむ人々を見て心が痛まないという事はない。

 そこでシグナムとシャマルが補足を入れる。

 

「そちらが物流を止めたお陰で、こちらは転移魔法で買い付けを行う始末だったからな。転移では移動時間を短縮出来ても一度に運べる量はそこまで多くないし、コストもかさむ」

 

「それに、運んだ物資は王城が殆んど独占してしまって、市民の方々に配られるのは本当に最低限でした」

 

「同盟軍としてもそれが目的だったからね。怒りの矛先は目に見える物資を独占する王族達に向けさせる為の」

 

 その為に間者が情報操作をしていたと聞いたのは、ヒンメルとの戦いが終わった後だ。

 

「それで、私と渚ちゃんが部下と一緒に城へ突入した。奥へと進んで第一王子のラインハルトを討った。ただ、その間に騎士達と当時の主である第二王子が逃亡したと知って。その追撃に、ね……」

 

 騎士達に説明を求める彩那。

 最後に彼と言葉を交わしたシグナムが話す。

 

「ラインハルト王子は弟を逃がす為にあの場に残った。あの方は言っていたよ。自国の拡大を狙わずに父の首を刎ねて自分が王となり、同盟に参加すべきだったと。それを出来なかった自分も責任を取る為にここに残ると。弟を我らに託して」

 

「それは、違うよ……」

 

 そこでフェイトが言葉を搾り出す。

 

「どんな理由があっても、家族を殺すなんて選択肢は間違ってると思う。私は戦争をしたことがないし、それで傷付く人が減るならって考えも理解は出来る。だけど、家族を殺すべきだったなんて選択は私には受け入れられない……!」

 

 もしも今のフェイトがジュエルシード事件の時間に戻ったのなら、きっと母を止めるだろう。

 母がもたらす被害を知って無知なあの頃のように手を貸す事は出来ない。

 だけど、その命を奪うことはきっと出来ないし、思い付きもしないだろう。

 たとえ、どれだけ甘い考えだとしても、フェイトには彩那のように命を奪うという選択は出来ないのだ。

 それが、どれだけ多くの人を救う選択だとしても。

 

「だって、子供に……家族に死ぬべきだった、なんて思われるのは、悲しすぎる」

 

「フェイトちゃん……」

 

 握っているフェイトの手に包むように重ねるなのは。

 そのお陰か、険しかったフェイトの表情が少しだけ和らぐ。

 そこでシグナムが彩那に問いかけた。

 

「1つ訊きたい。ラインハルト王子は強かったか?」

 

 その最後を訊かないのは、きっと彼は勇敢に戦って死んだのだと信じているから。

 

「えぇ。勇者2人で戦って彼を斬った、という答えでは不満かしら?」

 

「いや。充分だ。礼を言う」

 

 短い時間、黙祷するシグナム。

 彩那は話を戻す。

 

「とにかく、逃げた第二王子を追撃することになったのよ」

 

「逃がす訳には、いかなかったの?」

 

 なのはの質問に彩那が首を振った。

 

「私達としてはそれでも良かったのだけど、ウチの王様がどうしても捕らえるか殺すかしろって煩くてね。地球への帰還を楯にされたら、従わない訳にもね」

 

「あ……」

 

 肩をすくめる彩那になのは達の表情は険しくなる。

 子供を勝手に喚びだして、戦争(人殺し)をさせて、故郷を帰す事を出汁にして言うことを聞かせる。

 友達にそんな事をさせるホーランドの王様に沸々と怒りが沸き上がってくるのだ。

 

「それなりに時間は経ってたし、見付からなければいいな、とは思ったわ。だけど……」

 

「見つけてしまったのね……」

 

「はい。そこで騎士達と最後の戦いで4人を斬りました。カートリッジの弾丸も尽きていて、思ったよりも時間はかからなかったです。主だった第二王子もその時に斬り捨てました」

 

 そこで、ギリッと奥歯を鳴らしたヴィータが立ち上がり、彩那の胸ぐらを掴んだ。

 

「……」

 

「……アイツは、身体が弱くて、戦争の事だって何にも知らなかったんだ」

 

「えぇ。そうでしょうね」

 

「アタシらさえ殺せば……アイツまで殺す必要はなかっただろっ!!」

 

 守護騎士が居なければ、第二王子はただの子供だ。

 だが、ホーランドや同盟軍側からすればそうではない。

 

「あの子が生きていれば、いずれヒンメル再興の御輿にして反乱を起こす人間が現れないとも限らない。何よりも市民の憎悪の矛先が王族に向いていた以上、生かして居てもろくな事にならないわ。それに、闇の書が残る以上、どんな災厄をもたらすか分かったモノじゃない」

 

 それを見越して、渚はあの子供の命を絶ったのだ。

 もしも生きている事が知られれば、両親同様に処刑しろと周囲が騒ぎ立てただろう。

 最悪、自国の人間だった者に私刑にされる可能性もある。

 闇の書という危険なロストロギアが暴走しないとも限らない。

 後付けになるが、あの場で殺せたのは僥倖だったと今は思う。

 だが、かつての主を殺した1人が、他人事のような態度をする事がヴィータを苛立たせた。

 

「で? このままどうするの? 殴る? 首を絞める? 好きになさい。貴女にはそうする理由と権利がある」

 

「テメェ……!」

 

 挑発とも取れるその言葉に話の前にはすまいと決めていた、拳を振り上げた。

 

「ヴィータ! アカン!!」

 

 はやてが止めようとするが、その前にリインフォースがヴィータの手首を掴む。

 睨んだ眼で振り返ると、リインフォースが小さく首を振った。

 

「私が言えた事ではないかもしれないが。ヴィータ、主を悲しませるな」

 

 ヴィータの視線がはやてに向き、悔しそうな表情のまま彩那から手を放す。

 

「クソ……」

 

 両手で顔を覆って下を向くヴィータ。

 はやてがそんな家族の肩を抱く。

 リインフォースが彩那に質問した。

 

「あの子の遺体は、その後どうなった?」

 

「宗教が違くて申し訳ないけれど、遺体は私達が引き取って、支援していた教会に兄弟共に埋葬させて貰ったわ。海の見える静かな教会よ。あそこなら遺体を辱しめられる事がないと思って」

 

「そうか……あの子は、城の外に殆んど出たことがなかったからな。兄共々、海を眺めながら安らかに眠れるだろう。手厚く葬ってくれた事を感謝する」

 

「リインフォース……」

 

 礼を言うリインフォースの後ろ姿をはやてが哀しそうに見つめる。

 えぇ、と礼を受け取った彩那が話を切り替えた。

 

「少し、休みましょう。ここまで一気に話して疲れたわ」

 

「あ……そうだね。かれこれ2時間以上話してるし。飲み物や新しいお菓子も用意してくるね!」

 

 手を合わせて努めて明るい声でエイミィが言う。

 

「それじゃあ、15分後に続きを聞かせて貰おうかしら。それでいい?」

 

「はい。ではそれで」

 

 休憩の指示を出すリンディに彩那も頷くと、自分が居ては休めないだろうと部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一休み

 彩那が出て行った後、部屋の中には重苦しい沈黙が漂っていた。 その沈黙を破ったのはクロノだった。

 

「まさか時間を移動していたとは。もしそれが本当なら頭が痛いな……」

 

 彩那がこれまで自分の事を最低限しか話さなかった事情を理解する。

 信じて貰えると思ってなかったろうし、信頼関係が構築されてなかった段階でそんな話をされても質の悪い冗談としか受け取れなかっただろう。

 未だに半信半疑なのだから。

 何せ彩那の話した事が真実なら、これからの行方不明者には次元世界だけではなく、時間移動までも考慮しなければならないのだから。

 

「もっとも、上は簡単に信じはしないだろうが……」

 

 今までの常識を覆す情報なのだ。ある程度客観的なデータが無ければ信じる筈もない。

 彩那自身、理由は分からないがなのは達と肉体の見た目がそう変わらないのだから余計に。

 

「だが、納得出来た面もある。魔導師としての技術もそうだが、彼女は出会った時から君らの保護者として動いていたように見えたからな」

 

 なのはとユーノを見てクロノは小さく笑う。

 クロノがなのはに接近しているのを見て距離を取らせようとしたり、その後のアースラでの会話。ジュエルシードの回収でも常に2人が怪我をしないように立ち回っていた。

 闇の書事件でも自分が最も危険な状況に立ったのは、実力もそうだが歳上としての意識からかもしれない。

 クロノの言葉を聞いてなのは達はどう反応すれば良いのか分からずに戸惑う。

 次に言葉を発したのはすずかだった。

 

「はやてちゃんは、学校で彩那ちゃんと他の子達と去年一緒のクラスだったんだよね? はやてちゃんから見て、どんな子達だったの?」

 

 すずかの質問にはやては、んーっと考え込む。

 

「前にも言うたけど、あんまり話したことはないから、大したことは話せへんよ?」

 

「うん。それでも聞いてみたい」

 

 フェイトにも促されてはやてはもう1年半前の彼女達を記憶として掘り返す。

 

「森渚さん、言う子が中心のグループで、いつも一緒やったなぁ。その森さんが中々に曲者というか、おもろい子で」

 

「て言うと?」

 

「うん。2年生に上がったばかりの頃に、体育館の壇上に上がってクラスごとに校歌を歌う行事があったんやけど、そこで森さんが1人デスボイス調で歌い出して、あの時は驚いたわぁ。でもすぐに辛くなったのか、むせたところを宮代さんにお腹を殴られて退場させられて。他にも……」

 

 話を聞く限り、何を考えているのかイマイチ読めない子、というのは一同理解する。

 そこで何かを考え込んでる様子のなのはにアリサが話しかける。

 

「どうしたのよ、なのは」

 

「あ、うん。彩那ちゃんの話を聞いて、自分だったらどうしてたのかなって思って」

 

 それは皆が考えていたが口に出すのを躊躇っていた事だ。

 首に下げたレイジングハートに触れながら考え込むなのは。

 

「場合によっては、なのは達が喚ばれてた可能性も有った訳だしね」

 

 高い魔力資質という点ではなのは、フェイト、はやても合致している。もしもある日、友達が行方不明になったらと考えてアリサは苦い表情になる。

 もっとも、ホーランドへの召喚は他にも条件があるのでなのは達が呼ばれる可能性は殆んど無いのだが。

 だが、突然これまでとは全く別の場所に連れ去られ、戦う事を強要されたら。

 故郷に帰る為とはいえ、その為に武器を手にして人を殺める選択が出来るだろうか? 

 なのは達は自身の武器(デバイス)が不必要に他者を傷付けない事を知っている。

 だからこそ、全力で相手とぶつかる事が出来た。

 だがもしも、この魔法(ちから)が人の命を奪う物ならば、どれだけ才能が有ろうと────いや、有るからこそ使えなかったかもしれない。

 甘いと思われようと、やはり人を傷付け、死に至らしめる行動を肯定出来る程、なのは達の倫理観は緩くない。

 だからこそ、もしも彩那と同じ状況に陥ったら。そう考えずには要られないのだ。

 

「下手したら、誰の庇護も受けずに見知らぬ世界で放り出されてた可能性も有ったと思う。彼女達が勇者の話を受けざるを得なかったのは、そういう事情も有るんじゃないかな。次元だけじゃなくて、時間にも干渉するなら相当な魔力(エネルギー)が必要な筈だし」

 

「そんな……」

 

 ユーノの推測に誰もがそうなった場合の事を考えた。

 何も分からない見知らぬ場所で置き去りにされ、仲の良い友達だけで寄り添っていても、生きてゆけるかどうかは別問題。

 生きる為に選ばざるを得なかった心中を思うと胸が痛む。

 ましてやその友達すら失ったのならなおのこと。

 

「生き残る筈だったのはわたしじゃなかった。生き残るべきだったのはわたしじゃなかった……」

 

「はやてちゃん?」

 

「あ、うん。綾瀬さんが言うたんよ。今にも泣きそうな顔で。意味は、まだ分からんのやけど……」

 

 自分が死ぬべきだったとまで言った彩那。いったい何が彼女をそこまで追い込んだのか。

 

「……」

 

「ヴィータちゃん、どうしたの?」

 

 沈黙が重たい中で、腕を組んで考え事をしているヴィータに気付いてなのはが話しかけ続ける。

 

「やっぱり、彩那ちゃんに怒ってる?」

 

「ん? あ、いや……大丈夫だ。なんとも思ってないって言ったら嘘になるけど、あの2人の遺体を大事に扱ってくれたって知って。ホッとした。考えてたのは別の事だ」

 

「別のこと? それっていったい……」

 

 フェイトの言葉にザフィーラが引き継ぐ。

 

「帝国の事か」

 

「あぁ。アタシらが居たヒンメルを打ち破ったって事は、次に帝国の奴らとホーランドの同盟軍がぶつかる筈だろ。あの勇者達が帝国の奴らに3人も殺られたのが気になって」

 

 ヒンメルを退けた以上、同盟軍と帝国が本格的に衝突を意味する。

 だが確かに帝国は厄介な敵ではあるが、質も量も兼ね備えた同盟軍に所属していた勇者が殺されるだろうか? 

 勿論、戦争である以上は何が起こっても不思議ではないが。

 そこでシグナムが嫌悪感を表情に滲ませながら口を開く。

 

「帝国の事だ。真っ当な手段で戦ったとは限らん。むしろその可能性の方が高いだろう」

 

 吐き捨てるシグナムにはやてが不安そうに見つめる。

 

「そんなに酷いんか? その帝国って」

 

「……はい。さっきも言いましたが、彼らの最大の武器は常軌を逸した容赦の無さです。わたし達も何度か帝国と戦いましたが、正直、皆さんにはあまり聞かせたくありません」

 

 聞かせたくないと言いつつ、これからある程度覚悟させる為にシャマルは敢えて自分達が対峙した帝国との戦闘を口にする。

 

「私達が参戦した戦闘で、先ず現れたのは帝国が吸収した他国の兵でした。彼らは自国の民を人質に取られて戦わされていました」

 

「ひどい……」

 

 元々流刑地から出てきただけの帝国の兵というのはそう多くない。

 故に彼らは他国の兵を徴用して前線に投入する必要があった。

 

「えぇ。でもそこまでならまだ理解は出来ます。問題は、帝国は吸収した他国の兵士を本当に捨て駒としか扱わなかったんです」

 

「それは、どういうことだい?」

 

「言葉通りだ。アイツらは、敵兵だったアタシらごと、後ろの砲台で味方の筈の兵を吹き飛ばすんだよ。しかも楽しそうに笑いながらな!」

 

「奴らにとって最初から帝国の人間ではない者はただの道具なのだろう。ヒンメルではないが、帝国の支配から解放しようと動いたとある国が小さな村を救出しようとした際に、村に仕掛けられた広域破壊の術式を仕込まれていて、文字通り村ごと敵を葬った事例は幾つも確認されている」

 

「滅茶苦茶じゃないか……」

 

 帝国の行動にクロノが苦い顔になる。

 それはもう、勝利の為に手段を選ばないとかそういう話ではない。ただ破壊と殺戮その物が目的に思える。

 

「どうして、その帝国はそんなことが出来るん? いくら酷い土地に送られたからってそんな……」

 

「申し訳ありません主。当時闇の書が覚醒したのは戦争が始まって大分経った後でして。我らも戦争の原因や経緯に関しては詳しく無いのです」

 

 リインフォースが申し訳無さそうに答える。

 闇の書の元である夜天の書は魔法の蒐集と研究が目的の魔導書だ。

 当時調べたのならともかく、そうでなければ歴史の細かな部分など知りようがない。

 騎士達も主の命と敵を倒す事以外は無関心な面もあったのも原因ではあるが。

 はやては自分の体を抱く。

 渚を始めとし、自分をカレー作りに誘ってくれた優しい子達。それがこれから凄惨な死に方をするかもしれないと思うと胸が傷んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーランドの勇者は例外を除いて貴族達とは仲がよろしくない。

 その例外というのが大半は軍に所属する兵士達だった。

 

「あ〜生き返る。久し振りのまともな食事だ〜」

 

「この世界のレーションやカップ麺は美味しくないもんね……」

 

 渚の言葉に彩那が苦笑いを浮かべる。

 遠征の際に配給される食事がとにかく不味い。

 クッキーのような菓子に似た固形食はまだマシだが、カップ麺は最悪である。

 硬いグミのような弾力の麺に旨味がなく、最早痛いとしか感じない辛さか、脳が溶けるのではと思うほどに尋常ではない甘味しかないのだ。

 この世界の軍人はこの不味さを笑いのネタにして食べているが、日本のカップ麺に慣れ親しんだ勇者達にはとても食べられた物ではない。

 一応製作会社に投資をして味の改善を求めているが、マイナス100点がマイナス70点になった程度である。

 滞在している町の宿泊施設の料理に舌鼓を打っていると、三十代後半の男性が話しかけてきた。

 

「少し、いいか?」

 

「オズワルド隊長。どうかしましたか?」

 

 隣に座ってきた部隊を指揮する男性に璃里が何かあったのか疑問に思ったが、違うと手を振って返す。

 

「すまんな。今回も1番危険な役回りを任せる事になって」

 

「いつものことじゃん」

 

「渚、アンタ少しはオブラートに包みなさい」

 

「いや、良いんだ。私達が力不足が君達に迷惑をかけていることに変わりはない。むしろ、ハッキリ言ってくれた方がこちらも楽と言うモノだ」

 

 渚の態度に不快感を出さず、むしろ当然とばかりに受け止める。

 

「だからこそ、もしも本当に危険だと判断したら自分の命を優先するんだ。上層部はともかく、これまで一緒に戦った我々は君達を元の世界に帰したいと思っているよ」

 

 勇者が召喚された当初から軍に居る者は、彼女らを娘か妹のように扱い、接してくる。

 それでも召喚された当初は反発もあったが、それも結果で納得させた。

 

「直にこの戦争も終わるだろう。今更かもしれないが、君達は自分の命を優先してくれ。こんな、君達にとって本来無関係な戦争で命を落とす事はない」

 

 真剣な表情で言うオズワルドに勇者達は困惑する。

 隊長の言葉に呼応するように他の兵士達も話に入ってきた。

 

「これまで世話になってきたんだ。だから絶対に死なないでくれよな。そうでなきゃ、俺達がみっともない」

 

「貴女方にはずっと助けられてきました。もう充分です。故郷に帰る事を優先してください」

 

「その為だったら俺らを盾にしたっていい。絶対に死ぬな」

 

 これまでこの戦争に付き合ってくれた感謝と、死なないでくれという頼みを口にする戦友達。

 しかしその想いとは裏腹に、勇者達は命を落とす事になる。

 

 だけど、この時に彼らが口にした言葉と想いに嘘はなかったのだと、知るのはもっと後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない場所で休んでいた彩那は誰かが近づくのを感じて閉じていた目蓋を開く。

 

「リンディさん……」

 

「隣、良いかしら?」

 

 彩那が頷くとお礼を言ってリンディは隣に座る。

 先に口を開いたのは彩那からだった。

 

「本音を言うと。余計な事を話してるんじゃないかって思ってるんです。高町さん達に重荷を背負わせて」

 

 話すにしても、まだ子供である彼女達には早かったのではないか? 

 そんな迷いが話しながら過ぎってしまう。

 彼女達の顔を見れば判る。彩那達に起こった悲劇に心を痛めてくれているのが。

 こうして話しているのは、1人隠し事をしている自分が楽になりたいだけではないのか。そんな風に考えてしまうのだ。

 

「そうね。あの子達は優しいから、心の中で悲しんでいると思う。だけど同時に嬉しいとも思っている筈よ」

 

「嬉しい?」

 

「えぇ。あの子達はずっと彩那さんの事を知りたい。力になりたいって思っていた。それが少しだけ叶ったんですもの。それに彩那さんも、フェイトさん達のこれからを心配して自分の過去を話してくれているのでしょう? それは決して余計な事ではないと思うわ」

 

 フェイトとはやて。もしかしたらなのはもだが、これから時空管理局の局員として魔法に関わっていくのなら、彼女達が想像も出来ない悪人や理不尽と対峙する日も来る。

 自ら体験する事と人伝に聞くのとでは違うが、その時に自分の経験を話しておく事がなのは達にとって何かしらのプラスに働けばと思って話しているのだ。

 それは決して無駄でも余計でもない。

 

「そう、でしょうか……」

 

「えぇ。きっと」

 

 頷くリンディ。

 どう返すべきか分からず、誤魔化すように彩那は話題を変える。

 

「そう言えば前に、私にも管理局に来てほしいと遠回しに誘ってくれましたが、やめた方が良いですよ。私みたいな人殺しは」

 

 警察組織である管理局に自分のような人殺しが馴染むとは思えない。必ずどこかで問題を起こす。

 しかしリンディの意見は違うようだ。

 

「ヴォルケンリッターを受け入れている時点でそれは通用しないわ。問題点があるなら改善すれば良いのだし。彩那さんならそれが出来ると思う。でもそうね。貴女に今必要なのは、心の傷を癒やす事よね」

 

 公人としてはすぐに管理局に入局してほしいと思うが、私人としては、今は心を休めてほしいと思っている。

 綾瀬彩那という戦力は魅力的だが、彼女の人生を損なってほしい訳では無いのだ。

 

「ゆっくり考えて答えを出して欲しいの。貴女が納得出来る未来を」

 

 もしかしたら、傷は一生癒えず、彩那が心から笑える日は来ないかもしれない。

 だけど、なのはを始め、彩那に寄り添ってくれる者もいる。

 彼女達との交流がその傷を埋めてくれる事を願っていた。

 もちろんリンディに出来る事が有るなら力になりたいとも思う。

 

「そろそろ時間ね。戻りましょうか」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那とリンディがブリーフィングルームに戻ると、緊張した表情で皆が待っていた。

 

「アヤナ。リンディ提督と何の話をしてたの?」

 

「ただの世間話よ」

 

 フェイトの質問に対してそう返すと自分が座っていた椅子に座り直す。

 

「それじゃあ、話の続きを始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告にも書きましたが、最近体調がおかしくて、次の投稿も時間がかかるかかるかもです。


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語られる真実(4)

アンケート、意外に渚生存IFの票が多くてビックリ。


「それじゃあ話の続きだけど──―」

 

「ちょっと待ってくれるか?」

 

 話を続けようとすると、クロノが待ったをかける。

 

「どうかしましたか?」

 

「その帝国というのが流刑地の囚人達なのは聞いたが、何故それが各国を相手に出来る程に成長したんだ? その部分がどうしても気になってな」

 

 クロノの言葉に彩那は、あぁ、と声を漏らす。

 そこら辺の話が彩那にとって当たり前の情報になっていたので、思わず流してしまった。

 

「言われてみれば、もう少し帝国について話した方が良いですね」

 

 話す順番を少しだけ組み立て直しながら話し始める。

 

「帝国の発祥が北の流刑地の囚人というのは話しましたが、その大半はとある宗教団体の信者だった者達です」

 

「それは、最初に言っていた禁止された宗教という事?」

 

 リンディの質問に彩那がえぇ、と返す。

 次になのはが質問を続ける。

 

「それってどんな宗教なの? そんなに危ない人達だったの?」

 

 日本人で無宗教の家に生まれたなのはにはどう危険なのかは理解し難いのか、首を捻る。

 

「魔導師至上主義者達の集まりよ。彼らは、リンカーコアを持つ人間を人類の新たに進化した種と謳い、リンカーコアを持たない、もしくは魔法が使えない程に素質が低い者を劣等種と蔑み、過激な者は人間ではなく動物同然の存在と言い切る者も居たらしい」

 

 彩那の言葉に一同。特にアリサやすずかは不快感を露わにする。

 世界が違うと言われればそれまでだが、彼女らは友人が魔法を使えても、それは特技の1つくらいの認識なのだ。

 自分達が魔法を使えないからと言って友達に劣るとは思ってないし、なのは達もそれで自分達を見下してくる事もない。

 そこでクロノが苦々しく口を開く

 

「魔法が技術の根幹にある世界の歪みだな。管理世界でも大なり小なりそうした主張をする者はいる」

 

「あの世界自体、そういう偏見や差別がまったく無い訳ではなかったから、その主張だけなら大した事ではなかったの。だけど彼らの活動はかなり過激だったと聞く。1番の問題は、その団体が活動資金にバラ撒いていたとある薬物だったの」

 

「お薬?」

 

 何やら物騒な単語になのはが首を傾げた。

 

「簡単に言えば、非魔導師の身体を魔導師のモノへと少しずつ書き換える薬。後天的な魔導師を生み出す為の、ね。彼らはそれを非魔導師の救済と謳って各国でバラ撒いていた」

 

 彩那の言葉に皆が驚き、リンディが信じられないとばかりに問いかける。

 

「そんな物が、本当に?」

 

「はい。もっとも、私達があの世界に喚ばれた時には既に世界的に禁止された薬物でしたが」

 

 後天的に魔導師を生み出せる薬。そんな物が実在したとしても、当然それ相応の危険が有るだろう。

 それをシャマルが指摘する。

 

「でも、かなり危険なんじゃないですか?」

 

「えぇ。先ずは魔導師と呼べる程の魔法資質を得られる者は千人服用しても数名。身体が薬に適応したとしても精々Cランク程度。何より、副作用として幻覚症状や感情のアップダウンの制御が難しくなり、内臓機能の低下などの症状が確認されたと聞くわ。それでも、当時は世界各国の非魔導師の十代半ばから二十代後半の若者の間で流行したらしいけど」

 

 その薬を服用する事が非魔導師の若者の間で一種のステータスだったらしい。

 アルフが訝しむ様子でポツリと呟く。

 

「そんな確率も低くてヤバいモン欲しがるもんかねぇ?」

 

「あの世界だと、魔導師ってだけで職業選択の幅が大分広がるから。例えば、車を運転する職なら、魔力の電池で動かすタイプと、デバイスみたいに魔導師から直接魔力を供給するタイプがあって、後者の方が選ばれやすかったり、肉体労働なら魔力による身体能力の強化が使える魔導師の方がやっぱり有利だし」

 

 車ならデバイスのように直接魔力を供給するタイプの方が燃料代が浮くのだ。

 休まず運転するならバッテリー型の方が長く運転出来るし、疲労による事故の確率が低いというメリットもあるが。

 肉体労働はより顕著であり、幼い子供ですら大岩を持ち上げる事も可能なのだから。

 

「とにかく厄介なのは、その宗教団体は各国で見境なくその薬をバラ撒いて活動資金を得たり、薬を安く提供するという条件で信者を獲得したりと当時はかなり大変だったらしい」

 

 非魔導師の多くが薬物中毒に侵された上でカルト宗教の信者となり、薬物の影響で犯罪も激増した。

 

「だから各国はその宗教を禁止指定にして、信者の多くを逮捕。薬を服用しても、犯罪を犯さなかった者を除いて多くの人が北の流刑地に送られる事になった。これは、流刑地の魔法生物への餌が足りなくて、近隣に被害が出ていたのも重なったらしいけど」

 

 国が本格的に動けば宗教団体が敵う筈もなく、細々とは残っても、信者の大半は流刑地送りとなった。

 流刑を免れた者達も長いリハビリ生活と言う名の監視施設に送られている。

 そして送られた信者達はその地で命を落として終わり。その筈だったのだ。

 ここからが本題。

 

「だが、何故その連中が各国に戦争を仕掛けられる程の軍事力を得た? そんな余裕はないだろう?」

 

「あの土地自体、元からそういう環境だった訳じゃなく、数百年前の戦争の影響で気候変動や多くの生物兵器の開発や使用。果ては地球で言う、核に似た危険な兵器も使われたと聞きます。だからあの場所は人間が生きていくには過酷な環境なのは間違いないけど、当時の技術や施設はそのまま遺されていたんです。そして彼らはそこに辿り着いた」

 

 彩那は苦々しくお茶を飲む。

 

「過去に存在した兵器工場を備えた基地。数百年経っても稼動出来る上に、あの施設自体が食料生産や魔法生物を寄せつけない結界も張られていて。北の流刑地で唯一の安全地帯だった。それでも本当に見つけ難い所に隠されるように建設されてたから、見つけられたのは偶然なんだろうけど」

 

 ため息を吐いた彩那にはやてが質問する。

 

「それじゃあ、そこでその宗教団体の人達が武器を作ったんか?」

 

「ちょっと違うわね。流刑地に送られてからすぐに内輪揉めがあったらしくて。トップや幹部連中の大半は集団で私刑にされて死んだらしいの」

 

 元々薬目当てで信者になった者が大半だった為に、刑に巻き込まれた責任を求められて口論から暴力に発展し、下っ端が団結して教祖と幹部を殺害した。

 

「でもまだ上の人達が生き残ってくれてた方がマシだったかもしれない。同じく攻めてくるにしても、まだ交渉の余地があったかもしれないから。受け売りだけどね」

 

 生きていたのが上の者達なら、兵器を量産しても、もっと穏便に事が運んだかもしれない。

 もしくは各国が最初から手を取り合えればあそこまでの騒ぎにはならなかった筈。

 

「それから元宗教団体の人達と他の理由で流刑地に送られた囚人が徒党を組んで数を増やしていき、それから20年近い年月をかけて戦争の準備をしていた。何て言うか、コイン投げを皆でして、全員が裏を出し続けた結果、事態が悪い方向に進んでいった感じかしら」

 

 呆れるように苦笑する彩那。

 そこでユーノが質問する。

 

「その工場って、そんなに凄いの? なら、どうして放置されてたの?」

 

「数百年経ってるにも関わらず、まだ動くし、無人兵器から生物兵器などの色んなデータが残っていた。北の魔法生物も元はそこで人工的に生み出されたモノが汚染された環境に適応したのだし。大昔の戦争が終わった当初は環境汚染の方が酷くて立ち入れなくて放置していのが、時間と共に流刑地へと変わっていった」

 

 そもそも当時の技術自体が過去の戦争の教訓から、多くの技術が封印され、退化していったらしい。

 だからあの工場の兵器技術だけは各国を上回っていたという理由もある。

 だからこそ、それらを覆す為の勇者でもあった。

 

「でもさ、そんなにスゴい兵器が手に入って、長いこと準備してたんでしょう? その帝国の目的ってなんなの? これまでの行動を聞いてても、想像出来ないんだけど」

 

 アリサの疑問は皆が思っていた事だ。

 先程も暴力を振るうために行動しているようだと言った。

 そしてそれはあながち間違ってない。

 

「宗教団体のトップが生き残った方がマシだった、と言ったのはそこに理由があるわ。アイツらはね、自分達が被害者だと思ってるのよ。自分達はカルト宗教に所属していただけの同情される存在で。だから私達をこんな場所に閉じ込めた各国(アイツら)に復讐する権利がある、と。大きな力を手にした結果、元々はただの一般人が大多数だった彼らはそう奮起してあの地を過ごした」

 

 大半が薬によって魔導師の力を得た元非魔導師。それが苦しい薬の服用の果てに魔導師の力を得た途端に各国から流刑にされた。

 そのストレスが爆発してもおかしくはないだろう。

 もしくは、最初こそ団結する為の方便だったのが、口にしていく内に本物の憎悪と狂気にすり替わったのか。

 

「帝国の目的は自国への帰環や賠償じゃない。ましてや世界征服でもない。アイツらはただ、自分達が味わった苦痛を周囲へ当たり散らしたいだけなんだから。だからブレーキなんて無くて、何処までも残酷になれる。自分達にはその権利があって。周りに罰を与えるのが当然なのだから!」

 

 当時の帝国の人間を思い出して嫌悪感から吐き捨てる。

 どいつもこいつも自分は悪くないと繰り返し、戦争の引き金を引き、行った残虐な行為に後ろめたさも反省もない。

 タチが悪いのは、北で生まれ育ったであろう子供までそういう教育を刷り込んだ事だ。

 彩那から滲み出る怒気に息を呑むと、それに気づいて小さく首を振る。

 

「戦争の発端の話はこれくらいかしら。話の続きを始めましょう」

 

 話を元に戻すと皆は改めて表情を引き締める。

 

「ベルカのヒンメルを吸収した同盟軍は帝国と本格的な戦争に入った。と言っても、しばらくは占領された各国の解放を目的に戦っていたけど」

 

「そうか。地理的にも直接という訳にはいかないからな」

 

「どういうこと? リインフォース」

 

「はい。帝国の本拠地は、短い距離ではありますが、海によって隔たれているのです。確か、あの地を踏むには2つの橋か、列車の線路を使う必要があります」

 

「空から行くことは出来ないんですか?」

 

「張られている結界の事もあるが、あの島の周囲は今言った3つのルートを除いて年中強い嵐に覆われている。いくら魔導師でも、無理に空から移動すれば、乱気流に呑まれて海に叩きつけられるか、身体がバラバラになる」

 

「それ以前に帝国に占領された人達を放っておく訳にはいかないもの。今思えば、帝国と本格的に事を構える前にヴォルケンリッター(あなた達)と戦えていたのは運が良かった。お陰で私達の魔法戦闘による技術は格段に向上して、次々と帝国の兵器を退けて各地を解放出来たから」

 

 ヴォルケンリッターという強者との戦闘を得なければ、彩那達の力は大きく向上することはなかっただろう。

 それは単純に魔力操作の技術とか、そういう分かり易い面だけでなく、戦闘に対する心構えと言うか、緊張感というか。

 その前は良くも悪くも上手く行き過ぎていたから。

 それを聞いて騎士達は複雑そうな顔を見せるが、それも当然だろう。

 それに気付きつつも指摘せずに話を進める。

 

「こちらが優勢になっていくに連れて、帝国に恐怖で従っていた各国の兵達も、こちらに投降するようになっていった……のだけれど……」

 

「彩那ちゃん?」

 

 言葉を濁す彩那に不安そうに名前を呼ぶなのは。

 少し思案してから話す事を決める。

 

「帝国に1度降った兵は頭の中に極小のチップを埋め込まれていたの。定期的に処置を受けないと精神状態が不安定になっていって最後には暴れ出す」

 

「えっと……ちょっと想像出来ないんだけど……」

 

「そう、よね……うん。なんて言えばいいのかしら。そのチップは人間の恐怖とか警戒心とか、不安を大きくさせる物で。投降を認めて街で収容出来る建物を借りて1箇所に集まって生活してもらっていたのだけれど。1週間くらい経って、投降した彼らに変化が起きた」

 

「変化? それはどういう……」

 

「最初は同盟軍に保護されていて、凄く安心した様子だったんです。ですが、日を追う事に周囲に怯えだして。それも一斉に。もちろんこちらも彼らにストレスを与えないように接し方には注意を払っていました。問題さえ起こさなければ、ちょっとした酒盛りだって許可していたくらいです。なのに……」

 

 彼らは確かに同盟軍へ降って安堵していた。

 関係だって悪くなかった。

 だが、彼らは漠然とした不安に徐々に蝕まれているようだった。

 

「恐怖からドンドン攻撃的になっていって、こちらの何でもない言動やちょっとした仕草ですら、自分に危害を加える行動だと認識し始めて。食事の配給でトレイにフォークを載せようとしただけで暴力を振るう騒ぎになった。フォークで自分を刺そうとしていると騒いで。それも投降した兵がほぼ一斉に」

 

 彩那の話す異様な事態になのは達は困惑する。

 

「それで取り押さえて調べたところ、彼らの脳にはさっき言った極小のチップが埋め込まれていて。それによって彼らの感情を狂わされていた」

 

 心を弄ぶその行為に身震いしながらもフェイトが質問する。

 

「取り出すことは、出来ないの?」

 

「チップが小さ過ぎて外科手術で患者を生きたまま取り出すのは困難だと結論付けたわ。脳髄とほぼ一体化しているから。他の方法で治そうとしても影響が出るのは避けられないって。運が良くても廃人。殆どは脳髄そのものを破壊してしまう、と」

 

 なんだそれは。

 あまりにも人道というモノを無視した行為に子供達や管理局組は困惑と悲しみを表し、帝国を知る騎士達はアイツらならそれくらいやるだろうと、怒りと不快感を表す。

 それでも、これですらまだ序の口なのだ。

 

「他にも市街地戦で自分達が撤退をする為に無人兵器で一般市民を虐殺させて注意を引いたり、傘下の兵を機械人間(サイボーグ)化させ、記憶も人格も上書きされて、使い捨ての駒にされた者。もしくは過去の技術で魔法生物の合成獣に改造された人だって沢山いた。帝国の愚行を全部話してたら、耳が腐るわよ……!」

 

 思い出し、話している内に籠もった熱を吐き出す彩那。

 

「戦争……殺し合いだからルールや条約なんて不要だって話は聞くけど、本当にそれをやってしまえば戦争の落とし所が失くなって、相手を殺し尽くさなければいけなくなる。そうじゃないと安心できないから」

 

 戦争を終わらせようと握手を求めれば危害を加えてくると確信している相手に和平を結ぼうとする者はいない。

 もはやどの国も帝国との和平など既に諦めていた。

 

「私達も、その頃……ううん、もっと前からホーランドを始めとするあの世界に愛着と、帝国に対する義憤みたいな物が芽生えていたわ。だって日本で生まれ育った年月と同じくらいあの世界で暮らしてたんだもの。故郷に帰って、家族に会いたい気持ちはもちろんあったけど、向こうの生活に馴染んでしまっていたし、今更帰っても、元通りの生活に戻れるのか不安だったのもある。あの時はちゃんと年相応の身体だったしね」

 

 自嘲気味に笑うが誰もそれに続いて笑えなかった。

 故郷よりも突然喚び出された世界に馴染んでしまったという事実は誰も共感ができず、想像も及ばない。

 もしも大きくなった自分を家族に拒絶されたら。そう考えてしまうと胸が締め付けられる。

 すると不意に話が変わった。

 

「冬美ちゃんにはね、恋人が居たのよ」

 

「へ?」

 

 いきなり懐かしむように恋バナらしき話に変わって戸惑う一同。

 

「相手はとある貴族の次男坊で、魔導師としても優秀な上に真面目で頭が良くって。冬美ちゃんとは作戦の立案でいつも意見が食い違って言い合いになってた。けど、そうしている内にお互いを理解して惹かれていったみたい。でも教えてくれたのが、相手から婚約の申し出を貰ってからだったのが淋しかったなぁ」

 

 小さく笑みを浮かべているのに、その視線は次第に下がっていく。

 彷徨っていた手が近くに座っていたはやての手を握る。

 握ってきた手は小さく震えていた。

 

「綾瀬さん……?」

 

「ごめんなさい。少しの間だけ、こうさせて……」

 

「う、うん。かまわへんよ」

 

 ありがとう、と小さく礼を言う彩那。

 笑みを浮かべていた彩那の目尻に涙が浮かぶ。

 

「でも、冬美ちゃんは死んだ……」

 

「……」

 

 いずれは来ると分かっていた筈なのに、彩那から勇者の死を口にされて一同に緊張が走る。

 

「まだ、婚約の返事もしてなかったのに。生きていたかった筈なのに。彼女は多くの人を守ってその命を散らしてしまったのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国の新型兵器の破壊を命じられた私は、その兵器を破壊する為に空へ空へと飛んでいる。

 正確には、敵の無人兵器を破壊しながら、だが。

 

「衛星砲とかもう魔法じゃなくてロボット物のカテゴリーだっての! ちょっとは世界観守れよ、バッカじゃないのっ!」

 

 グチグチと文句を言いながら私は数十の蟹を連想する敵機を撃墜していく。

 一応護衛の部隊を借りたが、私の速度について来れてない上に、無人兵器相手に苦戦している。

 璃里は衛星砲の次の発射時間と目標の予測を解析班と共に行い。

 渚と彩那は地上で暴れている別の兵器の破壊に回っている。

 今回私に与えられた任務は宇宙に打ち上げられた衛星砲が次を撃つ前に射程内まで移動して狙撃する事だ。

 既に初弾で撃たれた国は大きなクレーターと共に首都が文字通り消え去った。

 街に生活する為の魔力(エネルギー)を供給していた炉を破壊された事によってその熱波で被害が拡大し、数万の人が一瞬で溶解したのだ。

 

「帝国の奴らホンットーに、いい加減にしろってのよっ!!」

 

 この事態を重く見たホーランド王を始めとする同盟軍の首脳達が迅速に命令を出してくれたのが幸いだった。

 魔剣から放出された砲撃魔法を横薙ぎに振るい、10機以上を一気に破壊する。

 衛星砲が届く範囲まで移動した私はデータから算出された方角に魔剣を構える。

 

「大盤振る舞いよ! とっとと墜ちろぉっ!!」

 

 炎を宿した最大火力の砲撃が衛星砲へと向かっていく。

 だけど、私の砲撃は衛星砲に当たる前にシールドに依って防がれた。

 

「なっ!?」

 

 シールドを張っているのは分かっていたが、今の砲撃なら確実に貫通出来た筈だ。

 柄にもなく硬直していた私に璃里から念話が届く。

 

『冬美ちゃん! あの兵器、攻撃を察知してシールドの魔力を集中させて硬度を変化させてるみたいなの!!』

 

「クソッ!? 厄介な物をっ!!」

 

 破るなら全方位から攻撃を仕掛けるのがセオリーだが、今でも直線でやっと届く距離なのだ。

 これ以上移動に費やす時間が有るか? 

 そう考えていると、璃里から最悪の連絡が届く。

 

『衛星砲に熱が入った! 発射までの予測時間は──―凡そ5分っ!? 冬美ちゃん、急いでっ!』

 

『予測される着弾地点はっ!』

 

『たぶん、なんだけど──―』

 

『は……?』

 

 私の質問に璃里が答えを返すと、私は頭が真っ白になった。

 それは、先日私に婚約を申し込んできた彼が率いる部隊が駐在している基地だった。

 真っ白だった頭が沸騰して赤くなる。

 

「ふざけんな! 私に対する嫌がらせかぁっ!!」

 

 偶然だと理解していても、私はそう叫ばずにはいられなかった。

 次の砲撃で確実に撃墜する為に魔剣に魔力を注ぐ。

 しかし、その前に接近する敵を感知した。

 空飛ぶ蟹とは大幅にフォルムが変わり、人型である。

 その姿には見覚えがあった。

 

「サイボーグッ!? こんな時に!」

 

 帝国が吸収した他国の魔導師を使い、機械と融合した肉体を持つ兵士。

 その人格と記憶を消されたり、帝国の都合良く書き換えられて使役される使い捨ての駒。

 だが、その戦闘能力は本物だ。

 生半可な攻撃は通らず、勝てない相手ではないが、今はゆっくりと相手にしている時間がない。

 残り4分を切った。

 

 ──―あぁ、クソッ。詰んだわコレ。

 

 頭の中で幾つモノ展開を予想して私にとっての最適解を選択する。

 そこで彩那から念話が送られる。

 

『冬美ちゃんっ! こっちは片付いたから、位置情報をリンクしてそっちに転移して援護するね! 待ってて!!』

 

 何とも有り難い提案だが、ここに来てそれは無意味だ。

 今から彩那がここに転移しても発射直前が精々。

 それでは意味がない。

 

『彩那。これからはティファナ王女と一緒に貴女が貴族連中の相手をしなさい。彩那が璃里と渚を計略から守ってあげなさい』

 

『なに言ってるの! 冬美ちゃ──―』

 

 もう時間が無いので念話を一方的に切る。

 彩那は自分が私達の中で役割が薄いと思っているが、とんだ過小評価だ。

 だってあの子は私達の役割をどこも務まる子だから。

 策略や計略から身を守る為には、璃里では優し過ぎるし、渚はバカ過ぎる。

 ここで私ではなく、渚か璃里が死んだとしても、彩那が居れば勇者としての部隊は失われない。

 そういう隙間を埋める器用貧乏というか、オールラウンダーが綾瀬彩那だと私は信頼している。

 私はここで選ばなければいけない。多くの人を──―惚れた男を見捨てて自分が生き残るか。

 自分の命と引き替えにして、その人達を守るか。

 そしてもう、私は選んでしまった。

 サイボーグが突進してくる。

 私は魔剣に炎を纏わせて両腕をぶった斬ってやった。

 それに驚いたような仕草をした気がしたが、すぐに距離を取って多数の魔力の弾をバラ撒いてくる。

 

「好都合ね。これをやるのも久々だわ……」

 

 再度衛星砲に魔剣を向けるとサイボーグが射線上に立ちはだかり、攻撃を加えてくる。

 針のような魔力の弾。私は即死する箇所だけを守る。

 時間がなく、周囲の魔力を最速で限界まで集め、節約している魔力もこの攻撃に費やす。

 集束魔法。

 砲撃魔法の中でも攻撃という一点だけなら最上位に位置する魔法だ。これなら、あの鬱陶しい衛星砲のシールドごと破壊できる筈。

 サイボーグの攻撃が私の脚や腹に貫通する。

 眼鏡が壊されて落下していき、左目に破片が刺さった。

 だけど、照準はズラさない。

 馬鹿なことをしていると思う。

 こんな巻き込まれただけの戦争で命を懸けるなんて。

 だけど、好きだと思ったのだ。

 最初は色々と意見が合わなくて喧嘩ばかりだった気がする。

 だけど、意見をぶつけ合っていく内に、不器用ながらこちらを気遣ってくれた事に気付く。

 歩み寄っていく内に子供が夢を語るように軍人として貴族として自国を守りたいと話す姿に惹かれた。

 こんな、可愛げの欠片もない、女に婚約を申し込んだ男だ。

 女を見る目がないと思う。もっと彼に相応しい女など選り取り見取りだろうに。

 だけど、嬉しかった。

 親友達や故郷から引き離してしまう事を申し訳なく思いながらも、この世界に残って欲しいと言ってくれた事が。

 まだ、返事も返してなかったのに、あんなSF兵器で全部消し飛ばすって? 

 

「ふっざけんな! 最期に教えといてあげるわクズども……私はね、帝国(アンタ達)が心底嫌いなのよ……! くたばれっ!!」

 

 集めた魔力の引き金を引く。

 全力で撃った集束魔法は間にいたサイボーグを焼き潰し、衛星砲へと直進する。

 守っていたシールドに止まったのも一瞬。力押しでシールドを抉じ開け、発射直前で貫かれた衛星砲は自らのエネルギーも巻き込んで爆発していく。

 

「は、はっ……ざまぁ……こふっ……!?」

 

 口と大量の血を流すと同時に視界が完全に閉じた。

 落下する感覚はあるが、どこか他人事で。

 ──―あぁ、駄目だこれは。

 そう、冷静に死を悟る自分がいた。

 頭の中に駆け巡るのは姉妹のように過ごした親友達。

 璃里。貴女はあんなに帰りたがってたんだから、絶対死なないで日本に帰りなさい。

 渚。もう、貴女のバカな行動を止めてやれないから、あんまり周りに迷惑かけるんじゃないわよ? 無理だろうけど。

 彩那。私のバトンは、彩那に渡すわね。後は、お願い。皆で帰るって約束、破っちゃってゴメン。

 もう感覚が全然ない。

 だけど意識が閉じる最期の瞬間。誰かが私の体を受け止め、抱き締めてくれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が現場に到着出来た時には冬美ちゃんが衛星砲を破壊して落下していたの。冬美ちゃんを受け止めたけど、もう、彼女は──―」

 

「そん、な……」

 

 手を握られていたはやてが涙を流す。

 はやての中で宮代冬美は特に仲の良い相手という訳では無い。

 だけど、もしかしたら仲良くなれたかもしれない元クラスメイトの死に様を聞いて無感情で居られる程、感情の鈍い少女ではなかった。

 はやてだけではない。

 涙こそ流していないが、宮代冬美という1人の人間の壮絶な最期に、誰もが胸を痛めている。

 それはかつて敵だった雲の騎士も同様だ。

 多くの人々を守るという尊くも哀しい決断をした勇者に対して心の底から敬意を払う。

 先日、綾瀬彩那は言った。勇者達はその名に恥じない立派な最期を迎えたと。

 その真実を知って、もしもその時に自分達もその戦場で参じる事が出来たならと、そんな都合の良いIFを想像してしまう。

 それがただの自己陶酔だと理解していても。

 しかし、これはまだ最初の犠牲に過ぎないのだ。

 彩那は自分を含めて皆が落ち着くのを待つ。

 全員が気持ちを持ち直したのを確認して話を続けた

 

「冬美ちゃんの魔剣は渚ちゃんが引き継ぐ形になった。衛星砲も流石に2つも製造する余裕は無かったみたい。だけど、次は衛星砲とは違う脅威が現れて──―」

 

 

 

 

 



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番外編5:世界を救った勇者はいつも笑顔で生きている

アンケート1位だったティアナの話も完成次第上げます。


「いぃやぁあああっ!?」

 

 高町なのはは絶叫しながら後ろから迫る脅威から逃げていた。

 首から下を黒いローブで覆い、なまはげの仮面を被っている怪人に追いかけ回されている。

 怪人がなのはに追いついて手にしている緑色の剣を振るってくる。

 

「ほ〜らっ! フェイトと戦った時はもっと動きが鋭かったでしょ! ボケっとしてると、胴体から首や手足が離婚しちゃうよ〜」

 

「ヒッ!?」

 

 掠れた声が出てレイジングハートの長柄で受け止めるなのは。

 

「そーそー。シールドだけじゃなくて得物でも確りガードしないとね!」

 

 渚がレイジングハートをなのはの腕ごと打ち上げると、なのはも渚の体を蹴って距離を取る。

 

「ちょっとは手加減してよ渚ちゃんっ!」

 

「してますとも。ボクが本気で斬りかかったら、とっくに撃墜してるからね。これでもなのはが頑張れば対応出来るギリギリラインで動いてるんだ、ゾッ!」

 

 なまはげの面をした渚が高速で動いて背後から斬りかかる。

 

「っ!?」

 

 頭に振り下ろされる刃をシールドを張って何とか受け止めるなのは。

 

「良い反応だね。ここ数日の訓練の成果が出てきたかな?」

 

 シールドと刃がぶつかり合う音が聴きながら、渚がそう呟く。

 次に軽く発せられた言葉になのはの心は叩き落とされる。

 

「それじゃあ残り5分。ちょっと速度上げるね〜。確りとついてくるよーに」

 

「へ?」

 

 次に真正面に現れた渚がなのはの顎を掌で打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシード事件が終わって数週間。

 なのはは知識はユーノ。戦闘は渚から師事を受けていた。

 乾いた綿のように魔法に関する事柄を吸収するなのはは2人にとって優秀な生徒である。

 それが災いし、戦闘訓練を受けている最中になのはの悲鳴が止まないのだが。

 今もぐったりと死にそうな顔で休んでいる。

 

「だ、大丈夫、なのは?」

 

「うん……生きてる……今日もわたし、生き残ったよ……」

 

 フフフ、と笑いながら空元気を絞り出す。

 模擬戦と侮るなかれ。

 非殺傷設定の無い渚の剣は容赦なくなのはの首などの狙ってきて、時に殺気を叩きつけて殺されるイメージを与えてくる。

 今日の模擬戦だけで何度殺される自分をイメージしたか。

 流石に本当に斬りそうなら寸止めしてくれたが、恐いモノは恐いのだ。

 休んでいるなのはに、ローブとなまはげの面を外した渚が嬉しそうに話に入ってくる。

 

「大分上手くなったね。日々上達するなのはにボクもドキッとするよ」

 

「そ、そうかなぁ……?」

 

 訓練が始まってから、いつも一方的な防戦を強いられてきた。

 どう上達してるのかイマイチ実感が持てなのだ。

 それでもこうして褒められるのはやはり嬉しいと思ってしまう。

 渚が満面の笑みで親指を立てた。

 

「うんうん! 特にツッコミ力がね!」

 

「魔法の話をしてよ!」

 

 ポカポカとなのはが渚の肩を叩く。

 魔法の訓練をしていた筈なのに、いきなり全然関係ない事を言われてなのはも流石に文句を言いたくなった。

 なのはの体力が戻ると、別の話題に入る。

 

「そう言えば、昨日フェイトちゃんからビデオレターが届いたんだ」

 

「そっかぁ。良かったじゃん!」

 

「うん!」

 

 ジュエルシード事件の終わりに友達になった少女。

 今では互いにビデオレターでやり取りする仲になっている。

 

「でもボク、なんかあの子に嫌われてる? っていうか避けられてる感じがするんだけど。なんで?」

 

 精一杯取り繕っているが、渚と目が合った瞬間に後退ったのを忘れていない。

 しかしなのはからしたらフェイトの反応は当然のモノだ。

 

「当たり前だよ! 渚ちゃんがフェイトちゃんにやったこと、忘れたの!」

 

 怒った口調で問いかけるなのはに、渚ははて? と首を傾げる。

 ジト目を向けながらあの時の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、なのはとフェイトはジュエルシードを1つ賭けて決闘をしていた。

 フェイトのデバイスであるバルディッシュがなのはを捉えたその時だ。

 2つの金属がぶつかる音。

 後から合流した渚がなのはを庇ってフェイトの攻撃を防いだのだ。

 フェイトが距離を取る。

 

「ド素人を一方的に嬲ってもつまらないでしょ。今回はボクが相手をしてあげよう」

 

「渚ちゃん!」

 

 いきなり現れて選手交代を決める渚になのはが抗議の声を上げる。

 それも次に勝手な提案まで出して。

 

「そっちが勝ったらなのはが持ってるジュエルシードを全部あげる。ボクが勝っても1つだけで良いよ。それくらいのハンデは与えてあげる」

 

 ニヤニヤと人を苛つかせる笑みをする渚にフェイトは警戒心を露わにした。

 なのはも勝手にジュエルシードを全部賭けさせられて抗議する。

 

「そんな勝手に!?」

 

「ボクが絶対(100%)勝つから問題ないね! で、どうする? ボクに完敗してベソ掻いて帰るか。それとも勝負を止めて、引き分けって事にするか。ボクは優しいからね! 好きな方を選ばせてあ・げ・る!」

 

 挑発してくる渚にフェイトはムッと口を曲げるフェイト。

 

「勝つのは、私です。ジュエルシードの件は本当ですね?」

 

「いいよいいよー。ま、勝てたらの話だけどぉ?」

 

 絶対無理、と言わんばかりの態度の渚にフェイトがバルディッシュを構える。

 フェイトにはジュエルシードを全て貰うことで、彼女達とはもう戦わなくて良い、という一種の安心を得たいという理由もあった。

 これ以上、彼女達を傷付けたくない、と考えるのはフェイトの優しさだろう。

 

「行きますっ!!」

 

 高速移動で渚に迫るフェイトに対して渚は構えすら取っていない棒立ち状態。

 そのことに疑問を抱いたが、初撃で仕留める為に全力で大鎌を振るう。

 しかし──―。

 

「えっ!?」

 

 渚はフェイトの横薙ぎに振るわれた鎌に合わせて回避行動を取り、背後に移動した。

 そのあまりのデタラメな回避に全力で得物を振るった事もあり、フェイトの身体が一瞬の硬直を見せる。

 

「くっ!!」

 

 敵の攻撃を喰らう覚悟を決める。

 もしくはバインドで拘束されるなら即座に破壊する準備も。

 だが、渚の行動はフェイトの予想の斜め上を行っていた。

 

「ひゃんっ!?」

 

 背後に取った渚はフェイトの脇の下から腕を回し、その薄い胸を揉み始めた。

 

「お、良い声。感度高めだったりする?」

 

 フェイトの胸を揉みながら、片手が太ももからお尻の肉を指でなぞってから揉む。

 

「いやー。見れば見るほどすんげー格好だね。ボク興奮してきちゃった! それ、自分で考えたの?」

 

「ふ、ふざけない──―アグッ!?」

 

 亡き恩師であるリニスがデザインしてくれたバリアジャケットを馬鹿にされて怒りが込み上げるが、お尻の肉をマッサージのように揉まれて変な声が出た。

 

「けっこうお疲れな感じ? よーしよし。ボクが全身を揉み尽くして血行を良くしてあげよー」

 

 そうして渚がフェイトの身体を揉んでいると、上から怒声が飛んでくる。

 

「フェイトに、なにしてんだーっ!!」

 

 フェイトの使い魔であるアルフが渚に急降下して拳を振るった。

 

「おっと」

 

 渚はフェイトの背中を押して突き放してアルフの拳を避ける。

 しかしアルフの猛攻は止まらず、次々と渚に拳打や蹴りを繰り出してきた。

 

「ちょこまか動くなっ!」

 

 それらを防いだり避けたりしながら少しずつ地面に近づき、地に足を付けるとアルフの拳打から腕を掴む。

 

「甘いあま〜いっ!」

 

 そのまま一本背負いを決めて背中を地面に叩きつけた。

 

「ギッ!?」

 

「アルフッ!?」

 

 使い魔が倒されてフェイトの顔に焦りが生まれた。

 倒れたアルフが起き上がれないようにお腹に乗る渚。

 

「こん、のっ! 退きなよっ!!」

 

「タイマンに邪魔してくるのは感心しないなぁ。ルール違反者には、厳しい罰が必要だよねぇ?」

 

 両手の指をムカデの脚のように動かしながらアルフの胸にロックオンをする。

 

「ちょっとなにを──―」

 

「レッツ御奉仕ターイムッ☆」

 

 そこからアルフのあられもない声がその場に響く。

 2人の少女は弄ばれるアルフの姿と声に顔を真っ赤にして佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶にございません」

 

「嘘つかないで!」

 

 誤魔化す渚になのはが怒る。

 

「まーまー。ボクもこう見えて、反省はしてますよ?」

 

「ほんとうに?」

 

 イマイチ真剣味のない渚の言動に懐疑的ななのは。

 本人は目を閉じて頬を赤らめて言う。

 

「もっとじっくり……フェイトの身体を味わっとけば良かったってさ……」

 

「違うでしょ!! それにその言い方スッゴくイヤッ!!」

 

「え〜。だってさ〜。ボクが真面目に相手したら、実力差があり過ぎてイジメになっちゃうじゃん。適当にからかってやるくらいが丁度良い対応だと思わない? それともなのははボクがフェイトをボッコボコにしてる姿が見たかった?」

 

「そうじゃないけど〜!」

 

 こう返されてしまってはなのはも返す言葉がない。

 この手の言い合いに勝った事がないのだ。

 だから気を取り直して話題を変えることにした。

 

「そう言えば、フェイトちゃん、プレシアさんと少しだけお話出来たんだって。渚ちゃんにお礼を言っておいてって」

 

 時の庭園へ突入した後に渚はプレシア・テスタロッサを単独で捕縛した。

 フェイトも気力を持ち直し、母の下へと向かっていたが、その時には既に決着がついていたのだ。

 現在時空管理局に連行された彼女は病の治療を受けながら取り調べを受けている。

 

「フェイトちゃん。お母さんと仲良くなれるといいなぁ」

 

「そだねー。無理だと思うけどぉ」

 

 どうでも良さそうになのはの願いを否定する渚。

 欠伸をする渚になのは視線が険しくなる。

 

「……なんでそういうこと言うかなぁ」

 

 フェイトとプレシアの関係が上手く行ってないのはアルフから聞いている。

 だがもしかしたら、これから仲が修復されるかもしれないではないか。

 そう考えるなのはに渚は少し困った様子で頬を掻く。

 

「だってねぇ? あの人は死んじゃったアリシアって子以外、全部どうでも良さそうだし」

 

 フェイトの事を大嫌いだと切り捨てたプレシア。

 彼女は既に自分の事すらも見てはいない。

 

「あの人は、娘を死なせた世界も、助けられなかった自分も。それに、娘の後釜に座ってアリシアの存在を上書きするかもしれないフェイトも。全部嫌いで憎いんだと思う。もう病気で永くないらしいし。残りの人生アリシアを救えなかった自分とか世界とかに後悔と憎悪で全部呪って死んで逝くんだと思うよ」

 

「そんなの……」

 

 哀し過ぎるのではないか。

 まだフェイトはプレシアを少しでも救おうと頑張ってるのに。

 それにそんなにも娘を助けようとした人が、世界の全部を憎んで死んでゆくなんて。

 

「プレシア・テスタロッサの記憶を全部壊して別人にするくらいやらないと。もうあの人は色んな意味で手遅れだよ。関わるだけ時間の無駄だと思う」

 

 冷酷とも感じる渚の言葉になのはは言葉を失う。

 渚の言葉を否定したいのに、心の何処かでプレシアとフェイトの仲が修復されないだろうと考えてしまっている。

 それでも何とか反論しようとするなのはだが、そこで別方向からなのはを呼ぶ声がした。

 

「なのは〜!」

 

 呼んだのはアリサと、横に歩いているのはすずかだった。

 手を振って2人が近づいてくる。

 

「休みの日に2人で何してたの?」

 

「え、え〜とぉ……」

 

 すずかの当然の質問になのは視線を泳がせる。

 先日なのはの両親が経営する喫茶店・翠屋で渚と2人は顔合わせをしている。

 最初は渚のノリに面食らっていたアリサとすずかも今はそれなりに慣れた。

 それはそれとして、いきなり返答に困る質問をされて咄嗟に誤魔化せないのはなのはらしい正直さと言える。

 魔法の事を知らない2人にどう説明するか悩み、つい視線で渚に助けを求める。

 それに気付いて渚もコクンと頷いた。

 ホッとするなのはに渚が適当に話をでっち上げた。

 

「実は、最近なのはのお腹がポッコリ出てきたって相談を受けてさ。ちょっと運動させてたんだ!」

 

 ドシャァアッと渚の嘘になのはが顔から地面に転がり滑る。

 ちなみにそのでっち上げを聞いた2人の反応はと言うと。

 

『あぁ……』

 

「なんでアリサちゃんもすずかちゃんも納得してるの!?」

 

「だってなのは、最近食べる量が明らかに増えてるじゃない」

 

「お弁当の中身が1,5倍くらいは増えてるよね?」

 

 魔法の訓練を始めてから頭も体も必要以上に酷使してこれまでの食事量ではカロリーが足らなくなった。

 もしも食べる量を増やさなければ太るどころか逆に体重が減る一方だろう。

 しかしそんな事を知らない周りから見れば、突然なのはが馬鹿食いを始めたようにしか見えないのだ。

 

「運動するのは良いけど、食べる量もちゃんと考えなさいよ」

 

「あはは……」

 

 純粋に心配してくれる親友に愛想笑いで誤魔化しつつ心の中で泣くなのは。2人の後ろにいる渚はというと、ナイスでしょ? と言わんばかりの笑顔をなのはに見せていた。

 その笑顔に普段は温厚で自分の事では滅多に怒らないなのはをしてイラッとさせられた。

 そこでアリサがなのはの肩に乗っているユーノを見る。

 

「あんまり動物を外に連れ出すんじゃないわよ。逃げて迷子になったら大変でしょうが」

 

「うん。でもユーノくん、かしこいから」

 

「わたしもあんまりオススメしないかな。以前ウチの猫が屋敷から出ちゃったことがあって、探すのが大変だったもん」

 

 アリサの意見にすずかも同意する。

 ユーノが本当は人間だという事を知らない2人からすれば当然の意見だろう。

 そこで渚がユーノを抱き上げた。

 

「ボクがユーノに会わせて欲しいって我儘言ったんだよ。なんせ、ユーノは将来ボクのお婿さんになる予定のフェレットだからね!」

 

 突然爆弾発言に4人の頭が真っ白になる。

 なのはが念話をユーノに繋げた。

 

『そんな約束してたの? ユーノくん』

 

『してない!? してないよ〜っ!?』

 

「なんか物凄く首を横に振ってるけど……って言うかアンタはフェレットと結婚する訳っ!!」

 

「照れてるんだよボクには分かる! ユーノは将来大物になりそうだし、今の内に粉かけないと! ボクって意外と守備範囲が広いんだぜ? フェレットでもドンと来ーい!」

 

「広過ぎるわっ!」

 

 アリサのツッコミなどどこ吹く風でユーノを高い高いしてクルクル回る渚。

 この場でユーノが人間だと知っているなのはだけは冷や汗を流しつつ話題に入らないようにした。

 それを見ていたすずかが笑みを浮かべてなのはに話しかける。

 

「面白い子だよね、渚ちゃんって」

 

「なのは。アンタコイツと居て疲れないの?」

 

「にゃはは……少し、ね」

 

 そんな少女達に渚が唇を尖らせた。

 

「失礼だなぁ君達。ボクが本気でハッチャケたら、なのはなんて1週間でストレスで胃に穴が開くのに。昔のボクに比べたら大分落ち着いたんだよ」

 

「昔ってアンタいくつよ……」

 

 呆れる声で返すアリサの質問に答えず、渚は別の話をする。

 

「ボクには、綾瀬彩那っていう大親友が居てね。小さい時から何をするにも一緒で、他にも冬美と璃里っていう親友も居たけど。とにかく、ボクはいつもあの子達を振り回してた。でもある日、洒落にならない失敗をしちゃってね。あの時は本気で嫌われたかと思っちゃった」

 

 後悔を滲ませた渚の表情に3人が顔を曇らせる。

 

「何が、あったの?」

 

「うん。とあるパーティーに出席してね。慣れないドレスを着て、着飾ってたんだけど、ボクはテンション上がって悪気は無かったんだけど、彩那に後ろから抱きついた拍子に肩の紐の結び目が解けちゃってさ。運悪くドレス諸共ブラまで外れ落ちて。大勢の前で彩那がパンツ姿を披露するハメに……」

 

「アンタ何してんのっ!?」

 

「最低……最低だよ渚ちゃん……」

 

「それ、よく許して貰えたね」

 

 渚のカミングアウトに3人の少女は当然の如くバッシングする。

 

「あの後すぐに冬美にはグーで思いっ切り殴られるわ。璃里には何時間もお説教喰らうわで大変だったさ。その後の数日間無視する彩那に謝り倒してどうにか許してもらったよ」

 

 危なかったぁ、と遠い目をする渚。

 絶縁されてもおかしくないおフザケで、なぜ許されたのか3人には理解出来ない。

 

「彩那はボクに激甘だったからな〜。登校時間にわざわざ遠回りなのに早起きしてボクを起こしに来てくれる幼馴染みイベントもバッチリ毎日こなしてくれてたしね!」

 

 あぁそうか。つまりそうして甘やかし続けた結界、渚はこんな風になったのかと3人の頭の中の想像が一致する。

 そんな3人の心の中など露知らずに渚は自信満々に自分を指差す。

 

「つまり、あの頃に比べてボクは成長した。精神的には大人の女と言っても過言じゃないね!」

 

「……アンタ自惚れって言葉知ってる?」

 

「は? それが今、何の関係があるの?」

 

 アリサの言葉の意味は伝わらなかったらしく、渚は不思議そうに首を傾げた。

 そこで時間を確認してヤベッと声を漏らす。

 

「ゴメン。これから別の約束があるんだ! もう行くね」

 

 ユーノをなのはに返して駆け足でその場を去る渚。

 すぐに見えなくなった渚を見て、アリサが呟く。

 

「相変わらず慌ただしいというか、台風みたいな奴ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はやて〜ちょい遅れた〜?」

 

「お〜渚ちゃん。いやいや。予定通りやから」

 

 待ち合わせの相手は同じ学校の生徒だが、休学していてたまにしか小学校に来ない少女──―八神はやてだった。

 ここ最近、ちょっとした切っ掛けで仲良くなり、今では下の名前で呼び合う仲になっている。

 今日は彼女の家に昼食がてらのお呼ばれなのだ。

 車椅子に乗ったはやての膝には買い物袋が置かれていた。

 

「荷物袋持つよ。重そうだし」

 

「あー。半分だけお願いできるか? なんや、買い過ぎてしもて……」

 

 今日使う食材だろう。

 ホームステイしてる人が何人か居るらしく、その人達の分もあるのだろうと察する。

 

 はやての家に案内されつつ渚が話を振る。

 

「ボクってさ。もう一生働かなくても良いくらい頑張ったから、これからは働かずに誰かに養ってもらいながらずっとダラダラして暮らしたいですってクラスの作文に書いたら先生に怒られたんだけど。理不尽だと思わない?」

 

「あはは……で? 一生分頑張ったってなにしたん?」

 

「ちょっと世界を救ってきた」

 

「それはスゴイなぁ」

 

 渚の言葉を冗談として受け取ってはやては笑う。

 脈略はないが、渚の話はいつも面白い。

 それでも気になることがあってつい疑問を口にしてしまった。

 

「渚ちゃんは、淋しくないん? その、お友達が居なくなって……」

 

 訊いてはいけないと思いつつも質問してしまった。

 すぐに取り消そうとすると、渚の笑みは先程とは打って変わって穏やかながらも淋しそうだった。

 

「淋しいよ。皆のところへ行きたいって何度も思った」

 

 その顔を見ると、笑っているのに泣きそうで。

 儚く今にも消えてしまいそうだった。

 

「だけど、それじゃあ本当に皆の人生が無駄になっちゃうから。だからどれだけ虚勢でも、痩せ我慢でも、ボクは幸せだよって言い続けなきゃ嘘だ。それに……」

 

 渚は顔に刻まれた刺青に触れる。

 行方不明から帰ってきてからある渚の刺青。

 それを大切な物のようになぞる。

 

「あの子達の事は今も近くに感じてる……大丈夫だよ。皆とはずっと一緒だから。きっと、落ち込むより綺麗事でも勝手な解釈でも、皆がボクが幸せを願ってくれてるって信じられるから」

 

「……」

 

 自信を持って言う渚にはやては、そう言い切れる渚や彼女達の関係に憧れと尊敬を抱く。

 

「渚ちゃんは強いなぁ」

 

「なんせ、ボクは世界を救った女だからね!」

 

「ふふ。そっかぁ。なら当然やね」

 

 先程の渚の冗談が少しだけ本当に思えてくる不思議。

 そう話している内にはやての家に着いた。

 

「遠慮なく上がってな!」

 

「おっ邪魔しま〜す!」

 

 玄関を通ると奥からはやての家族が出てきて。

 その瞬間、渚の時間が止まった。

 

「おかえりなさい。はやてちゃん。お洗濯物は入れておきましたよ。はやてちゃんのお友達もこんにちは」

 

「ハジメマシテ? ドウモコンニチハ?」

 

「なんでいきなりロボットみたいにカクカクしとるん?」

 

 いきなりカタコトで話し始める渚にはやてがツッコミを入れる。

 

「ん。あ、いや……うん。スゴい美人が出て来てビックリした。同居してる人って外国の人だったんだね」

 

「そんな。ありがとうございます」

 

 美人、と言われて嬉しそうに頬を染める女性。

 

「シャマル。他の子達は?」

 

「はい。シグナムは道場のアルバイトでヴィータちゃんはザフィーラと散歩に出かけてます。そろそろ戻ると思いますよ」

 

「そかそか。なら早くお昼の準備せんとな!」

 

「手伝うよ。パパ(プロ)仕込の腕の見せ所だぜ!」

 

「楽しみやわぁ」

 

 そんなこんなではやてと渚は案内するシャマルを見て、こう考えていた。

 

(なんでコイツらがここに居るかなぁ)

 

 理由は想像つくが、あまり認めたくなかった。

 闇の書と呼ばれる魔法の書。その特性を考えればおそらく──―。

 何事も無ければ良いが、もしも雲の騎士が此方の生活を脅かすのならば。

 

(その時は、どうしてやろうかなぁ……)

 

 珍しく陰鬱な気持ちでキッチンに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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語られる真実(5)

回想編はあと2話で終わる。思ったより進まない。


「誰かの為にって案外馬鹿に出来ないよねー」

 

 私に膝枕をされている渚ちゃんが突然そんなことを呟く。

 目を閉じてお腹に手を当てている渚ちゃんは思い返すように言葉を紡ぐ。

 

「この世界に来て、ずっと戦ってきたよね。自分の為だけに剣を振るっていたら、ここまで来れなかったかもしれない」

 

 戦う事は好きではない。

 それでも戦わざるを得なかった。

 だけどそれは自分の為だけではない。

 

「自分だけの事なら、何処かで諦めて楽になる選択もあったと思う。だけど、キツくて諦めたくなった時にはいつも誰かの事を思い浮かべてた気がする。ボクがここで死んだら、彩那達はどうなるんだろう、とか。帝国が、どれだけの人を苦しめるんだろう、とか」

 

「……」

 

 渚の言っている事は、彩那にも理解できる。

 彩那も、この戦争で自分以外の誰かを想って剣を振るってきた。

 

「その時に、誰かを思い浮かべると、少しだけいつもより強い力が引き出せたよね」

 

 それは、火事場の馬鹿力とでも言えば良いのか。

 限界ギリギリだった戦いも、隣に居てくれる人や背負ったモノの為に戦った時は、心を奮い立たった。力が湧いた。

 

「冬美も璃里も。この戦争で死んじゃったたくさんの人達。敵も味方も関係なく、自分以外の誰かの為に戦っていた」

 

 国の為。

 家族や友人の為。

 他にも、戦う為の心の支えを持っていた筈だ。

 渚ちゃんが閉じていた目を開く。

 

「もうすぐ、最後の戦いが始まる。だからその前にちゃんと言葉にして確かめておきたかったんだ。戦う意味を。ボク達が殺られたら、ティファナ王女やエリザ。この世界で出会ったたくさんの人達が帝国にすり潰される」

 

 ここまで守って来たのだから、今更帝国の好きにはさせない、と。真剣な表情でそう語りかけてくる。

 

「でもやっぱり、今のボクが1番大切なのは彩那だからね。絶対に死なせないよ」

 

「うん。私も、渚ちゃんが1番大切だから。絶対に守る……」

 

 誓うように囁くと、念話での出撃命令が出た。

 同時に私の膝に頭を預けていた渚ちゃんが大きく息を吐いて起き上がる。

 

「あ〜あ。短い休みも終わりかぁ」

 

 立ち上がって軽く伸びをすると、渚ちゃんが手を差し出してくる。

 

「行こう、彩那。世界を救いに、さ!」

 

「うん……!」

 

 絶対にこの手を離さない。

 渚ちゃんは私が命に替えても守る。

 この時の私は固く固く、そう誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人目の勇者の死を聞かされて沈黙する中、彩那は話を続ける。

 

「……冬美ちゃんが亡くなった後に、同盟軍の士気を下げさせない為に大々的な国葬が行われた。私達としては、知人が任されていた教会でひっそりと御葬式を挙げたかったのだけれど。そういう訳にもいかなくて」

 

「彩那ちゃん……」

 

 当時の不満がつい溢れる彩那。

 勇者は同盟軍の最大戦力でその顔も広く知れ渡っていた。

 何よりも民衆が受けた衛星砲に対する恐怖を少しでも払拭する為に必要な演出だった。

 

「でも、たくさんの人が冬美ちゃんの死を惜しみ、悼んでくれたよ。前線に出ない貴族のお偉方には、まぁそれなりに陰口も言われたけどね」

 

 勇者が理不尽な扱いを受けないように冬美は貴族などとの交渉を請け負っていた。

 だから常日頃から問題を起こす渚に次いで冬美も貴族達から嫌われていた。

 

「だけど、一緒に戦場で戦った人達や、冬美ちゃんの恋人だった人。他にも色んな人が彼女の為に泣いてくれた。それも事実だから」

 

 陰口、という単語に不快感を示していた周囲の表情が少しだけ明るいモノとなる。

 少しだけ遠回りになった話を方向修正する。

 

「国葬を行うには少し時間が必要でね。その際に冬美ちゃんの遺体が腐らないようにエンバーミングの処置をして。その際に、リンカーコアが魔剣に移植された。というより私達にまだ悟られない為にエンバーミングの時を狙ったんだと思う」

 

 彩那の言葉に皆の表情が曇る。

 命を懸けて戦った者の死を冒涜する行為。それも自分達の世界を守ってくれた人の身体を、だ。

 その事に皆が嫌悪感を隠せずにいる。

 1人、思案していたリンディが彩那に質問した。

 

「でも、死んだ人間のリンカーコアを引き抜いてデバイスに移植するなんて事が本当に可能なの? 闇の書ですら、対象を殺害すれば蒐集が不可能になるのに」

 

 だからこそ、守護騎士達は過去の事件でも直接殺害せずに、蒐集の結果。もしくは、蒐集を終えた後に因る殺害が多かった。

 

「そこら辺は、あの世界の当時の技術が優れていたとしか……すみません。私もそういう技術の専門ではないので。ただ、死亡から最長でも2日以内なら充分可能だと聞いてます」

 

 彩那の言葉にリンディは少しばかり考える素振りを見せるが、今はそれを考える時ではないと話の続きを聞く。

 

「冬美ちゃんの葬儀の後、すぐに帝国は次の行動を開始した」

 

 衛星砲から時間をかけずにまた何かをやらかそうとする帝国に、過去の話であるにも関わらず皆はもういい加減にしてくれと思ってしまう。

 

「衛星の次は自走する要塞。それが各国を踏み潰しながら突き進んできた」

 

「えっと、その……ちょっとイメージ出来ないんだけど……」

 

 すずかの問いに彩那はどう説明するべきか考える。

 

「うん。なんて説明すれば良いのかしらね。小さな街がキャタピラを付けて移動している、というか。その上、強力なシールドも兼ね備えてるから外からの攻撃は防ぐくせに自分達は撃ち放題っていう、とにかくデタラメな兵器だったの」

 

「そんな物が移動したのなら襲われた地は……」

 

「文字通り、踏み潰されていったわ。その上、人を殺す事に特化した無人機まで投入してきて。残った私達にもすぐに出動命令が下った」

 

 まだ仲間を失って間もなく、心の傷を癒やす時間さえ与えられずに戦場に赴く。

 その事実になのは達は彩那に悲しげな視線を向ける。

 

「要塞を止める為に璃里ちゃんと渚ちゃんが内部に侵入してシステムの掌握と要塞の責任者の捕縛に動いた。近隣の街や村に被害が出ないように無人機の破壊や敵の注意を引きつける役目ね。もちろん同盟軍からも多くの兵士が参戦した」

 

「システムの掌握って。封印処置とかのこと?」

 

 なのは以前、時の庭園で動力炉を封印し、停止した時のことを思い出して発言する。

 しかしなのはの予想を否定したのはシグナムだった。

 

「いや。あの時代は敵に自軍の兵器が奪われる事を恐れて、下手に封印措置を行うと罠が発動するケースは珍しくない。場合によっては、自爆して大爆発を起こす危険性もある。あくまでも大型の兵器は、だが。システムの掌握というのは、言葉通りの意味だろう」

 

「正解。実際、後に調べて判ったことだけど、封印魔法を感知すると、要塞全体に対魔導師用の毒ガスが撒かれる仕掛けが施されてたわ」

 

「まぁ、それくらいやりますよね。相手はあの帝国ですし」

 

『……』

 

 頷くシャマルに彩那と騎士達以外は自分達との認識の違いに困惑する。

 大爆発だの毒ガスだの、冗談ではなく、当然のモノとして自然と口にする彼女らについていけないのだ。

 

「クリスマスに私が闇の書の中に侵入した魔法を覚えてる?」

 

「うん。覚えてるけど……」

 

「アレと同じって言うと違うけど、似た魔法で璃里ちゃんがシステムの掌握を行う手筈で。それは成功した。でも──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何とか要塞への侵入に成功したけど……)

 

 内部構造の把握に時間がかかり、未だにわたし達は制御室に辿り着けないでいる。

 その事に焦りと不安を覚え始めている護衛の方々を安心させる為にわたしは話しかける。

 

「不安は分かりますが、外で戦っている彩ちゃんや他の兵士の皆さんが今も要塞を足止めしてくれてます! わたし達は自分に出来る事をしましょう!」

 

「リリィ様……」

 

 この世界の人は璃里と発音するのが苦手らしく、ティファナ王女がリリィと呼ぶので周囲もそう呼ぶようになった。

 

(これ以上、この要塞を進ませる訳にはいかないよ!)

 

 国も街も村も建物も。そして人も。

 この要塞に踏み潰されて蹂躙された。

 その惨状に、誰もが怒りを燃やした。

 あんなモノはもう、人の死に方なんかじゃない! 

 

「なんでこんな酷いことが、平然と出来るの……っ!?」

 

 わたしもまた、この理不尽な虐殺や、親友だった冬美ちゃんの死に怒り、立ち塞がる兵士や自動人形(ゴーレム)にぶつけて蹴散らしていく。

 わたしの魔力は他の皆よりも高いが、単体の戦闘力では圧倒的に劣っている。

 だけどこの程度の敵にやられる程、弱くはないつもりだ。

 今回、優秀な護衛もつけてくれて、わたし達は制御室に急ぐ。

 この要塞のシステムの掌握はわたしが1番適任だから。

 帝国の兵を何人か捕まえて護衛の兵士の方が口を割らせてくれたのは助かった。

 逃げだと言われても、尋問や拷問の類いは苦手だ。

 どうしても相手に同情して気が引けてしまう。

 

 何とか制御室まで辿り着く。

 抵抗した敵兵を護衛の方々が次々と始末していく。

 システムに触れつつわたしは魔法を展開する。

 

「わたしの意識をシステムにダイブさせます! その間、此方は完全な無防備になってしまうので、守りをお願いします!」

 

「任せて下さい! その為の我々です!!」

 

 護衛の方々の力強い返事にわたしも首肯し、直ぐ様電脳世界へ意識を降ろす。

 下手な止め方をすれば何が起こるか解らず、わたしは急ぎつつも着実にシステムを自分の管理下に置き、生命維持を除いた全ての機能を停止させてゆく。

 その圧倒的な情報量に頭痛がする物の、立ち止まってはいられない。

 最後のシステムエリアに停止命令を送ると程なくしてこの要塞は完全に機能を停止した。

 仕事を終えて安堵する。

 同時に肉体から強い痛みが襲いかかり、電子の海に潜っていたわたしの意識は強制的に肉体に戻された。

 

「あ……」

 

 片脚を貫かれたらしく、その痛みに膝を折る。

 振り返ると、そこには自動人形によって3人の護衛の内、2人は既に命を奪われていて、最後の1人である女性の兵士もその頭をかち割られようと──―。

 

「ダメェッ!?」

 

 それを見たわたしはとっさにバインドで自動人形(ゴーレム)を拘束して全力の突きでその腕を破壊する。

 勢い余って無様に転がる。

 それよりも電脳世界から戻ってきた反動で強い頭痛が襲う。

 

「ア──―ハッ……」

 

 何とか起き上がるが、そう遠くない位置にいる自動人形すら霞んで見えた。

 普段なら避けられる自動人形に内蔵された杭にも反応しきれず、お腹を貫いた。

 ドバッと口から大量の血を吐いた。

 

 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ!? 

 

 その痛みに、今にも意識が飛びそうだった。

 自動人形はわたしではなく、意識を失っているだけの女性兵士に向く。

 自動人形はその足で彼女の身体を踏み潰そうとしていた。

 その光景に、わたしはこれまでこの要塞に潰されてしまった人々の姿が過ぎった。

 

「や……て……ったらっ!!」

 

 わたしは王剣を投げて自動人形の胸に突き刺す。

 遠隔操作で剣に溜めていた魔力を爆発させて自動人形を倒した。

 女性兵士が無事なのか気になったが、体が思うように動かせない。

 そこで誰かがわたしを抱きしめてくれているのを感じる。

 たぶん、彩ちゃんか渚ちゃんだと思いたい。

 

「あは……戦いをみんなに任せることが多かったから、ヘマしちゃった……ごめんね……わたし、もう……」

 

 血と一緒に生きるのに大事な何かが零れていくのが判る。

 もう助からないんだなってどこか冷静なところで理解してしまう。

 抱いてくれている誰かがなにか言ってくれているけど、よく聞こえない。

 死にたく、ないよ。

 還りたい。帰りたいよ。

 あの海鳴の街に。

 もう一度、お母さんとお父さんに会いたいよ……。

 誰かがわたしの手を握ってくれた。

 その手があまりにも温かくて。お母さんの手を思い出す。

 訊いてみたけど、やっぱり上手く聞き取れなくて。

 でも優しい声音だけは分かる。

 頭が重くてすごく眠い。

 自分が何を言ってるのかも、よくわからない。

 でも──―。

 

(あたたかい、なぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「移動要塞は止められたけど、その時に璃里ちゃんは……」

 

 悔しそうに拳を握る彩那。

 

「冬美ちゃんの時も。璃里ちゃんの時も。私がもう少し早く着いていれば」

 

「羽根井さん……」

 

 また1人、クラスメイトの死の真相を知ってはやては目を瞑って悼む。

 他の者も宮代冬美の死を聞かされた時のように胸を痛める。

 しかし2度目、という事もあり、人の死を聞くのに僅かながらの慣れが出来た。

 自分の心の負担を減らす為に。

 或いは麻痺と呼ぶのかもしれない。

 

「衛星砲と移動要塞。その2つを攻略した事で、同盟軍はようやく元流刑地である帝国の土地に踏み込む事が可能になった。だけど──―」

 

 何か歯切れの悪い彩那になのは達は不思議そうに見ている。

 話が進まないので躊躇う周囲に代わりザフィーラが問う。

 

「どうした? 何か話しづらい事でも起きたのか」

 

「いえ。大丈夫よ。大した事じゃ、ないから……」

 

 大した事じゃない。

 そう言いつつも彩那は続きを口にするのに数分を有した。

 

「冬美ちゃんと璃里ちゃんが立て続けに命を失った事で、私はなんて説明すれば良いのかしらね。心が折れたというか、勇者としての責任を全部投げ捨てて、渚ちゃんと逃げたいって思ったの」

 

「……」

 

 口調はこれまでと変わらない。

 なのにそれは懺悔のように聞こえる。

 

「地球に帰れなくてもいい。帝国がこれからもどれだけ酷い事をしても無視して。何処かで静かに暮らしていきたいって渚ちゃんさえ傍に居てくれれば、後はどうでもいいとすら思ったのよ」

 

 まるでそう思う事が罪であるかのように彩那は前髪を掻き上げる。

 

「幸い、あっちでの暮らしにも馴れたし、生きていくだけならどうとでもなる。だから2人で逃げて、普通に生きようって。そんなのは無理だって、とっくに理解していた筈なのにね」

 

 自嘲する彩那。

 その様子に誰も声をかける事が出来ない。

 

「あなた達が私をどう見てるかは分からないけど、私はこういう人間よ。大勢の赤の他人の人生より、身近な誰か1人の幸せの方が大事で。それまでは結局上手く行っていたから逃げなかっただけ。2人を失って、簡単にボロが出た。その後だって──―」

 

 そこで一旦言葉を切る。

 

「軽蔑、したかしら?」

 

 彩那は心の何処かでなのは達の描く理想で在りたい思っている。

 それを重荷と感じつつも、彼女達に失望されたくないと願っている。

 要するに彼女達の前でカッコつけて居たいのだ。

 だからこうして情けない面や醜い面を話すことに多少なりとも抵抗を覚える。

 彩那の問いに最初、口を開いたのはなのはだった。

 

「簡単、なんかじゃないよ……」

 

「高町さん?」

 

「だって、彩那ちゃんはその子達の事が大好きだったんでしょう? 自分の全部を懸けて守りたいって思うくらいに。そんな大事なお友達を2人も失ったなら、そう考えるのも当然だよ」

 

 優しい、労るような声だった。

 続くはやて。

 

「同じクラスやった時に、綾瀬さん達がどれだけ仲がえぇのか見てたよ。羨ましいくらい素敵やった。それにな。わたしもクリスマスに綾瀬さんの偽者にウチの子を傷付けられたのを見て、これが全部夢ならえぇ。そうじゃないなら全部壊れてしまえって思ったよ。きっと誰だってそう思う。相手が大切であればある程……」

 

「主……」

 

 はやての考えに騎士達はこの空気に不釣り合いだと思いつつも、嬉しさから頬を緩める。

 騎士達が意見しないのは、基本主の為に戦う自分達に彩那を否定する立場になく。かつて敵だった自分達は慰める言葉も持ち合わせていないからだ。

 アリサやすずかが何も言わないのは、思った事をなのはが大体口にしてくれたのと、戦いとは無縁な自分達が何を言っても薄っぺらい言葉でしかないと思ったから。

 そこでフェイトも口を開く。

 

「それに、彩那は最後まで逃げなかったんでしょう? どれだけ傷付いても、やり遂げて。戦争を終わらせたんだよね? それだけで、私はスゴいと思う」

 

 フェイトの言葉を締めに、彩那は反応に困るように苦笑いをする。

 

「……私は、逃げられなかっただけよ。逃げようって提案した時に、渚ちゃんは首を横に振った。たとえ巻き込まれたのだとしても、この戦争でたくさんの人の命を奪ったから。だから最後まで責任を持たなきゃいけない。それにここで逃げても帝国の脅威はいつか必ず降りかかってくるからって」

 

 結局はあそこで逃げても一時的な現実逃避にしかならない。

 そんな事は彩那だって理解していた。それでもと考えてしまう。

 

「だけど、私にそれを強要もしなかった。私が本当に戦いたくないなら、後は全部ボクが引き受ける。なんとかしてみせるって言うのよ。そんな事を言われたら、余計に1人でなんて逃げられないのに」

 

 普段はハチャメチャなくせに、こういう時だけは真面目で。

 だからこそ、逃げる選択肢を選ぼうとした自分に負い目を感じ、情けなく思えるのだ。

 

「それでもやっぱり、あの時に逃げておくべきだったのかもしれない。そうすればもしかしたら渚ちゃんは──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと早いGOD予告。

 

 スバル「ねぇ、ティア〜。ここ、なのはさん達の故郷だよね? なんでアタシ達ここにここにいるの?」

 

 ティアナ「うるさいわねスバル! そんな事アタシに分かるわけないでしょ!」

 

 スバル「ど、怒鳴らないでよティア〜……」

 

 ??? 「そこのお2人方。ここは管理外世界です。渡航証を見せていただいても?」

 

 ティアナ「綾瀬副部隊長っ!?」

 

 スバル「でも小さい?」

 

 彩那「副部隊長?」

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオ「なのはママ!?」

 

 なのは「ママァッ!?」

 

 アインハルト「ヴィヴィオさんのお母様ですよね? そのお姿はいったい……」

 

 なのは「わたし、そんな年齢じゃないよ!」

 

 

 

 

 

 レヴィ「さぁ! ボクの剣の錆となれぇ!」

 

 フェイト「少しは、話をさせてっ!」

 

 レヴィ「隙ありぃ──―わっ!?」

 

 エリオ「フェイトさん! 怪我はないですか!」

 

 キャロ「フェイトさんのそっくりさん?」

 

 フェイト「君達は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツヴァイ「はやてちゃん! やっと会えたです〜!」

 

 はやて「ちっこいリインフォースがおる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアーチェ「チィッ!? 厄介な奴に!」

 

 彩那「性懲りもなくまた……まぁ、いいわ。前回の件もあるし、大事になる前にその首を刎ねてしまいましょう」

 

 スバル(コワイコワイコワイコワイッ!?)

 

 ティアナ(なんで副部隊長がこんな殺気立ってるのよ!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリエ「さて、と。永遠結晶を手に入れる為に、貴女にはついてきてもらうわよ。力づくでもね?」

 

 リインフォース「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アミタ「綾瀬彩那さん。貴女には、お話しなければならない事があります──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




GOD編はトーマ君達Force勢は出ません。代わりにstsのフォワードメンバーを出す予定。



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語られる真実(6)

 手元に届けられた1枚の紙を険しい表情で見て、ティファナ・イム・ホーランドは息を吐いた。

 

(フユミとリリィが立て続けに殉職。ならこれから私がやるべき事は……)

 

 小さく息を吐いて、夜風に当たろうと窓を開ける。

 

「やっほー!」

 

「ひゃあぁっ!?」

 

 何故か森渚が上下反対で顔を出してきた。

 驚いて尻もちをつくティファナ。

 

「な、ななななななっ!?」

 

 なんで、と口にしようとするが、驚きのせいで上手く喋れない。

 渚は逆さまのままティファナに話しかける。

 

「入っていい? 2時間くらい王女様が窓を開けてくれるの待ってたんだけどー」

 

「2時間もっ!?」

 

 馬鹿なんじゃないだろうか? あぁ、馬鹿だったな、この人は。と落ち着く為に咳払いをし、さっさと入るように言う。

 

「よっと!」

 

 猿のような器用さで部屋の中に入る渚。

 

「それで、こんな夜更けにどのようなご要件で?」

 

「夜にお姫様部屋にお忍びで来るなんて夜這いに決まってんじゃん。も〜。そんなこといわせないでよ〜」

 

 頬に手を当ててクネクネと体を動かす渚にティファナは冷めた視線を送る。

 

「そういう事はアヤナにでもやってください」

 

「いやー。前のパーティーの件からガードが堅くってさぁ」

 

「あぁ……って自業自得じゃないですか!」

 

 ベルカ・ヒンメルを攻略して事後処理も終わり、落ち着いた頃、長くまとまった休みもなく、張り詰めていた事もあり、戦勝パーティーが行われた。

 街でも祭りが行われる大規模な催しだ。

 その最中に渚がやらかした。

 意図した事ではないが、彩那にベタベタ抱きついて、誤ってドレスの肩紐を解いてしまったのだ。

 運悪く、ブラも一緒に外れてしまい、しかも会場の様子は生放送されていた事もあり、綾瀬彩那の裸が大多数の衆目に晒される事態になってしまう。

 

「よく、彼女はナギサを赦しましたね……」

 

「見縊ってもらっちゃ困る! これで縁切りされるほどボク達の友情は脆くないさ!」

 

「良いこと言ってる風ですが、何日も床に額を付けてアヤナに謝っていたのは知ってますからね?」

 

 渚との会話に疲れを覚える。

 

「その件はともかく。本当にアヤナの傍に居なくても良いのですか? リリィも殉職して、相当参ってるように見えますが」

 

「よく気がついたね。表向きは平静を装ってたのに」

 

 立場が人を作る、という言葉がある。

 彩那も兵士達の士気を下げないように表向きは毅然とした態度を貫いていた。

 しかしティファナも10年も共に過ごした間柄だ。それくらいの変化は見破れる。

 

「今はお互い心の整理をするためにも……ね。それよりも王女様に訊きたいことがあるんだー」

 

 ニコニコと笑っていた渚の表情が真剣なモノへと変わった。

 渚はカード状態の霊剣と魔剣を取り出す。

 

「コレについて、ボク達に隠してる事があるなら、教えてほしいなってね」

 

 その質問に、ティファナは心臓が掴まえられた気がした。

 

「やっぱり何か知ってるね。ボク、頭は良くないけど、察しは良い方だと思うんだー」

 

「……」

 

「魔剣を使うようになってから、冬美の存在を近くに感じる気がした。最初は感傷かなって思ってたけど。彩那も、王剣を手にして、璃里の事を感じるって言ってた。何か知ってるなら教えてくれると嬉しいなぁ?」

 

 渚の射抜くような視線にティファナは後退る。

 だけど、その質問をされれば、ティファナの返答は決まっている。

 

「私も、最初から全てを知っていた訳ではありません。お父様から勇者の剣についての真実を聞いたのは、冬美が殉職した後だったのです。信じては、もらえないでしょうが……」

 

「……信じるよ。友達だから。そうじゃなきゃ、ここに訊きにくる意味がないからね」

 

「ありがとうございます」

 

 そこからティファナは勇者の剣に関する自分が知る全てを話し始めた。

 全てを聞き終わった後に渚は天井を仰ぐ。

 

「生贄、か……結局この国は、ボク達を元の世界に還す気なんてなかったわけだ……ハハ、笑えねー」

 

 まいったな~、と呟く渚。

 

「ごめんなさい……」

 

「謝んないでよ。別に、王女様が発案した訳じゃないんだからさ」

 

「ですがっ!」

 

 それでもこの国が、これまで戦争を終わらせる為に身を粉にして戦ってくれた少女達を裏切っていた事には変わりない。

 この国の王女として責任を感じずにはいられなかった。

 

「それじゃあさ。1つだけ、お願いしてもいいかな? ティファナ」

 

 王女様、ではなく名前で呼ぶ渚に、ティファナは少しだけ驚く。

 

「もしもボクが死んで、まだ帝国と戦う必要があっても、彩那を犠牲にするのは、止めてほしいな」

 

 これまでに無いくらいに弱気で縋るような眼で頼んでくる渚。

 自分が死んだ後、彩那まで生贄にされたら、それはもう本当に救われない。

 その時は、勝手に喚び出されて、死んでしまった、という結果しか遺せない。

 勿論この世界の人達からすればそれで充分なのだろう。

 だけど渚達からすれば、それは何の意味もない。

 こんなお願い、きっと聞き入れて貰えないのは渚も分かっている。けれど頼めるのはティファナ王女だけだった。

 

「えぇ。約束しましょう。最後の勇者は絶対に生贄にはしないと」

 

 意外なティファナの言葉に渚が顔を上げる。

 

「何にせよ、勇者の剣を使いこなすには、貴女方が培ってきた経験が不可欠です。ですから私は、王族の血を引く者全てのリンカーコアの魔力資質を調べました。その中で1人だけ、条件を満たす者が居ます。既にその方もこの話を承諾してくれています」

 

 微笑んで答えるティファナに渚は安堵した様子で力を抜く。

 

「そっかぁ……」

 

 誰かが生贄になるのは変わりないが、身勝手でも、親友が犠牲になるよりはずっと良い。

 

「ですが、犠牲が出ないにこした事はありません。どうか二人共無事、戻って頂きたいと願っています」

 

「も、もっちろんだよ!! ここまできて死ぬとかジョーダンじゃないからね!」

 

「ひゃっ!?」

 

 いつもの明るさを取り戻して抱きついてくる渚。

 

「頼んでみるもんだね! 王女様さいこー! 結婚して!」

 

「ふふ。そうですね。無事に戻ってきたら考えておきます」

 

 いつもなら、馬鹿な事を言わないで下さいと一蹴するが、今日は何故か反発してこない。

 思った反応と違って渚は不思議そうにするが、用事が済んで窓の手摺に足を乗せる。

 

「それじゃ! ボクは帰るね! 色々とやることあるし! 帝国の奴らをコテンパンにして帰ってくるから!」

 

「えぇ。勝利の吉報をお待ちしてます!」

 

 イヤッホー! と叫びながら空を飛んで帰っていく渚を見送り、ティファナは窓を閉めると、再び紙に視線を戻す。

 

「彼女達をこの戦争に巻き込んだ王族の責任を取らないと。それに、私が居なくなっても、(エリザ)がいる。私が、命を惜しむ理由はありません」

 

 紙を引き出しの中にしまう。

 その紙には、こう記されていた。

 

 ティファナ・イム・ホーランド。

 リンカーコア魔法資質・Sランク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「璃里ちゃんが亡くなって少し間を置いてから帝国の本拠地である元流刑地への侵攻が始まった」

 

 時間を置いたのは、衛星砲と移動要塞によって被害を受けた同盟軍の立て直しと、彩那と渚の2人のメンタルケアに時間をかけて万全を期したかったから。

 

「衛星砲と移動要塞は元々過去の戦争の遺物を引っ張り出した物だから、そう簡単に造れる代物じゃなかったのも理由ね。移動要塞を攻略した時に拘束した帝国の幹部から聞き出したから間違いない。実際向こうもかなり追い詰められていたみたい」

 

 侵略していた国々は同盟軍によって次々と解放され、元々存在していた過去の遺物達も底をつき始めていた。

 

「流刑地だった北の地に、中継地点になるような街や砦は無かったけど、逆にそれが同盟軍の進軍を一気に進ませる結果となった。現地の魔法生物もいたけど、流石に本気で乗り出した同盟軍の前ではそこまで高い脅威じゃなかったのもある」

 

 損害0とまではいかないが、それでも順調に敵の本拠地まで移動出来た。

 

「でも、その本拠地ってスゴく見つかり難い場所に在ったんだよね? そこはどうしたの?」

 

「そうそう。相手だってそんなに簡単に話してくれないでしよ?」

 

 エイミィとアリサの質問に対して彩那はそれはもう、優しげな、寒気すら感じる笑顔で返す。

 

「口を割らせたわ。多少手荒な手段を使って」

 

「多少?」

 

 彩那の返答になのはが表情を引きつらせる。

 当時、これまでの非道や勇者が2人も失った事から同盟軍の帝国に対するヘイトが最高値まで高まっており、その幹部ともなれば穏やかな手段ばかり取ってはいられない。

 彩那も渚も直接手を下していないが、情報を吐かせる為にかなり暴力的な手段を行なった。

 

「だから、敵の本拠地を見つけるのはそう難しくなかったの」

 

 帝国が戦争前から備えていた兵器も、既に残りは極少数。

 無人兵器やサイボーグ。操られた魔法生物や元宗教団体の魔導師達。

 どれも同盟軍の物量と士気の高さが押していた。

 10年以上続いた戦争。その地獄にようやく終止符を打つ機会が訪れたのだ。

 同盟軍の士気が最高潮まで高まるのは必然。

 

「だから、後は主だった面子を捕えれば、全て終わる。その筈だったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手向かう者は殺せ! 逃げる者にも容赦するな! 此方の指示に指先1つ逆らう者は全て斬り捨てろっ!」

 

「子供とて情けをかけるなよ! ここで温情を見せれば、後々厄介な事になるぞ!」

 

 帝国の非道を理解し尽くした同盟軍は一切の言葉を交わさずに帝国の者達を捕えて、僅かでも抵抗する素振りを見せれば殺害した。

 いっそそれは、虐殺と呼んでもいい苛烈さだったかもしれない。

 そんな中で渚と彩那は暴走しているサイボーグを片付けていた。

 

「これでぇ、ラストォっ!!」

 

 集団で襲ってきたサイボーグの最後の1体を渚が斬り捨てる。

 彩那が近くの兵に話しかける。

 

「帝国の王はまだ見つかりませんか?」

 

「はい! 別部隊からの報告はまだ」

 

「そうですか」

 

 既に半日近く戦闘が続いており、大半の帝国人の拘束。もしくは殺害が終わっている。

 だけど、トップは未だに見つかっていない。

 今回の突入に関しては同盟軍。つまり各国から選抜された優秀な兵士が参加している。

 だからか自国の為に戦果を上げようと躍起になっており、手柄の争奪戦が起きている事は否めない。

 それでも足の引っ張り合いが起きないのは、それだけ帝国に対する憤りが強く、最大戦力である勇者の存在が抑止力になっている事が大きい。

 

「まったく! 王様ってのはどこも奥に引っ込むのが好きだよね! さっさと出て来て終わらせてくれればいいのにさ!」

 

 愚痴る渚だが、彩那も同意見だ。

 

「私達は先行した方々同様に奥へと進みます! 捕らえた帝国の方々を先に順番に詰めて輸送を始めてください! 何かあれば、念話で指示を出します!」

 

 綾那の指示に部隊の1つを任されている女性の隊長が進言する。

 

「許されるのなら、勇者様方と共に行く事を許可してくださいませんか?」

 

「なんで?」

 

「……私は、移動要塞での戦闘で、リリィ様に助けて頂きました。だから、同じ勇者様である御2人方を今度こそお守りしたいのです」

 

 彼女はきっと、璃里に助けられて自分が生き残ってしまった事を後悔しているのだろう。

 だから護衛として汚名を濯ぎたいと思っている。

 だけどそんな自己犠牲は無用だ。

 

「だからこそ、戦場を離れてください。璃里ちゃんが助けた命、ここで何かあれば、私達が彼女に合わせる顔がありません」

 

「しかし!」

 

「だ〜か〜ら〜。護衛なんていらないの! それに、この戦争が終わった後の方がやること多いでしょ! そのエネルギーをそっちに回しなよ!」

 

 戦争が終われば勇者は元の世界に戻る。

 だから戦争のせいで乱れた治安を守るのはこの世界の者達の仕事だ。

 出来る限り生存させなければならない。

 

「ほら! 行った行った! こんなところで長々と話してる余裕ないんだから!」

 

 渚が女性の尻を叩いて追い返す。

 

「貴女方は……いえ、どうか御武運を」

 

 一礼して去ってゆく女性兵士。

 

 反対方向に渚と彩那も足を進めた。

 ようやく、この戦争を終わらせて地球に帰る事が出来る。

 その事実に鼓動が高鳴り、逸る気持ちを抑えきれない。

 移動中に念話で帝国のトップを発見したと連絡が入った。

 

「ミッド式のアメイシア国からだね」

 

「帝国の王様も逃げ回ってるみたい。絶対に捕まえて、この戦争の責任を取らせよう!」

 

 自国以外の軍にも報告を怠らないのは流石と言うべきか。

 此方もすぐに向かうと念話で返す。

 

「もうすぐだよ! もうすぐ全部終わる!」

 

「うん!」

 

 そう。帰るのだ。

 もう戦争だとか、殺し合いだとか、そんな地獄とは完全に縁をきる。

 これで、最後に──―。

 帝国の王が居たのは施設内の奥の奥とも言える薄暗い区域だった。

 

 そこで王は1人、各国の兵士や騎士に憎悪を向けられていた。

 護衛と思われる者は既に斬り捨てられている。

 痩せこけた顔で聖職者が着そうな白いローブに身を包んだ50そこそこの男性。

 それが、世界を混乱に陥れたこの国のトップだった。

 拘束に乗り出そうとした兵士に相手は威嚇程度の魔法を撃ってくるが、そんな物はこの場にいる誰にも通じる筈がない。

 フーッフーッと警戒心の高い猫のような呼吸で癇癪を起こしている。

 

「お前達が悪いくせに! 俺達がこの地に追いやられて、どれだけ恐怖だったか! 俺達は騙されただけの被害者なのにぃ!!」

 

 王の癇癪にまともに取り合う者は当然ながらここにはいない。

 同情を寄せるには、帝国は無用な被害を広げ過ぎた。

 渚がひょっこりと前に出る。

 すると王の顔が更に真っ赤に染まった。

 

「知っているぞ! 貴様ら、ホーランドの魔女だな! この悪魔めっ!! 貴様らさえ居なければっ!!」

 

 唾を飛ばしてこちらを罵倒するが、まともに相手をするつもりはない。

 さっさと捕らえて、牢獄から処刑台に送るだけだ。

 

「捕らえましょう」

 

 彩那がバインドで拘束しようとすると、王が後ろにある機材に触れながら叫ぶ。

 

「ボイド! まだか! 早くアレを起動させろぉ!!」

 

「ボイド?」

 

 首を傾げる渚だが、彩那はその名前に聞き覚えがあった。

 

(ボイド……ボイド・マーストン! 魔導師の身体に作り変える薬を開発した、あの!)

 

 嫌な予感がする。周囲を見渡すがやはり誰もいない。

 もしかしたらこの部屋の外から何らかの行動をしているのかもしれない。

 

「渚ちゃん! ここをお願い! すみません、何人か私と一緒にボイド・マーストンの捜索に──―」

 

 そう指示を出そうとするがその前に壁だと思っていた扉が開く。

 開いた扉の奥から現れたのは2人。いや、1人と1体だ。

 1人は王と同じくらいの長身の男性。その横には大きなガラスケースに入った人型の“ナニカ”がいた。

 

「ボイド!」

 

 現れたその人物に王が安堵と期待感で声を弾ませた。

 

「いやいや。流石は遺物の封印装置。解除するのに些か手間取ってしまいましたよ」

 

 そう言って横のガラスケースを撫でる。

 

「貴方が、ボイド・マーストンですか?」

 

「如何にも。そういう貴女はホーランドの勇者ですね? お噂は此方の耳にも入ってますよ」

 

 この危機的状況にボイドは一切緊張した様子はなく、世間話をするように話しかけてくる。

 

「これを見つけるのに苦労しましたよ。過去の戦争で先人達が制御不能と判断し、封印するしかなかった究極の魔法生命体。再生、適応、進化を永遠に繰り返し続ける兵器」

 

 パネルを操作してその兵器を解放しようとする。

 彩那が指示を飛ばす。

 

「各員、一斉に攻撃魔法を! 彼らを殺しても構いません!」

 

 出来れば捕らえたかったが、ここで様子見して事態が悪化するよりマシと判断した。

 帝国の兵器。それも過去の異物なら、衛星砲や移動要塞のように危険な代物でないと何故断言できるのか。

 各国の兵士達が彩那の指示に迷うことなく従うのは彼女の勇者としての功績故。

 容赦など必要ない。

 そもそもここにいる全員が彼らの死を願っているのだ。許可が出たのなら、躊躇う理由はない。

 一斉に発射された魔法による攻撃。

 衝突した魔力の霧散によって視界が奪われる。

 視界が晴れるまで凡そ3秒。ゾクリとした感覚に従って勇者2人は動いた。

 渚と彩那が左右に避けると同時に白いナニカが兵士の首を掴んでそのまま握力で圧し折った。

 

(速いっ!?)

 

 叫ぶ間もなく殺される兵士。

 姿を確認すると、それは確かにガラスケースに入っていた人型だった。

 全身白く、大きさは成人男性くらいか。

 顔には鼻も耳も目すらない。辛うじて口があり、人間に似た頭部と認識出来る程度。

 敵、と判断した兵士達の判断は早かった。

 即座に数人がバインドで拘束し、その上から3人の騎士が斬りかかる。

 しかし、その敵は力づくでバインドの拘束を破り、騎士の1人を掴むと、その口を大きく開き、一口で噛み砕く。

 残りの2人が背後から背中に刃を突き刺すが、上半身だけがぐるりと回る。

 

「ひっ!?」

 

 そのあり得ない動きに騎士の1人が剣を抜くが、もう1人は驚きから逃げるのが遅れ、白い敵に抱きつかれて全身の骨を砕かれた。

 

「ごめんなさい……!」

 

 彩那が動き、抱きつかれている騎士ごと鎖型のバインドで拘束する。

 

「チェーンボムッ!」

 

 親友が得意とした魔法で爆発を起こす。

 爆発による視界が晴れる前に渚が動いた。

 

「ハァッ!!」

 

 霊剣と魔剣の二刀を振るい、即座に距離を取る。

 

「手応えあり!」

 

 斬った感触を確信する渚。

 確かに今の斬撃で首と片腕を斬った。

 しかし。

 

「うっそぉ……」

 

 白い敵は落ちた腕を雑にくっつけ、ボールでも持つように頭部を拾うと、こちらに向けてくる。 

 大きく開いた口から砲撃魔法が発射された。

 その攻撃に数名が巻き込まれて、体の一部が消え去って死んだ。

 そして落とされた筈の頭を乗せるようにしてくっつけた。

 

「なんだよアレはぁ!?」

 

 兵士の1人が皆の思いを代弁する。

 その疑問に答えたのは、王の方だ。

 

「ふはははははっ!! どうだ! それこそがこの基地を造り上げた先人が創った究極の生体兵器だ! 殺れ! この不届き者共を殺し尽くせぇ!!」

 

 大声で笑いながら生体兵器に命令する王。

 

(ボイド・マーストンが居ない!)

 

 死体も見当たらない。

 この混乱に乗じて逃げたと考えるのが普通だが。

 それよりも今はこの化物を倒すことが先決だ。

 生体兵器が兵士の1人に襲いかかるのを2人の勇者が阻止する。

 

「下がってください!」

 

「しかしっ!?」

 

「邪魔だってば!」

 

 こんな大人数が固まっていたら、敵の餌食になるだけ。

 渚が生体兵器に魔剣を突き刺す。

 

「斬っても駄目ならさっ!!」

 

 突き刺した魔剣が体の内側から魔力の奔流を作り、上半身を消し飛ばす。

 腹から上が無くなり、流石に死んだかと思ったが、ボコボコと泡立つように怪我した箇所が蠢き、元のに戻る。

 

「もう生物の範疇を超えてるわね……」

 

 ぐにゃり、と腕が動くと鋭利な鞭のように伸び、数名の兵士を軽々と切断した。

 それを見た彩那は念話で指示を出す。

 

『敵のトップを連れて撤退してください! アレは、私達が相手をします!』

 

 同士討ちの可能性を考慮すれば、渚と2人で戦う事が望ましい。

 足手まといは必要ないのだ。

 勇者2人を残して行く事に後ろめたさがあったようだが、何とかこちらの指示に従ってくれる。

 生体兵器を無視して何人かが帝国の王様を拘束する。

 

「俺に触るな! このグズ! 早くこのゴミを片付けっ!?」

 

「なっ!?」

 

 生体兵器は腕を伸ばすと、守るはずの王とその直線にいた兵士ごと貫いた。

 血を吐いて倒れる敵のトップ。

 無事な兵もすぐに離れる。

 

(まさかこいつ! 敵味方の区別がついてないの!?)

 

 そうなら、もしも外へ出れば無差別な殺戮が始まるかもしれない。

 

「貴様ぁ!!」

 

 仲間が殺られた事に憤慨した一部の兵が生体兵器に向かっていく。

 

「やめなさい!!」

 

 彩那の制止は意味を成さず、高速で伸縮し、動く腕が細切れにしていく。

 

「早く撤退をっ!!」

 

「はい!」

 

 彩那が急かし、この場に自分達以外を退かせる。

 

「この! 手抜きデザインのくせに!」

 

 渚が敵の腕を掻い潜り、再び首を刎ねようとするが、直前に口から砲撃が発射された。

 ギリギリのところで後方に跳んで避けるが、無傷とはいかなかった。

 

「あぐっ!?」

 

「渚ちゃんっ!?」

 

 彩那の悲鳴が響く。

 避けたところで敵の腕が渚の左脚の膝から下が切断された。

 脂汗を滲ませつつも霊剣の魔法で無理矢理痛覚と出血を抑える。

 

「ナメんなっ! 空を飛んでれば、脚なんて無くても問題ないんだよ!!」

 

 魔剣で砲撃を撃ち返す。

 生体兵器の右肩から胸を撃ち抜く。

 同時に彩那も背後に回って反対の腕を斬る。

 

(殺し切れないなら、動きだけでも……!)

 

 王剣を突き刺し、壁に固定しようと試みる。

 だが、切り離した筈の腕が動き、彩那の身体を貫いた。

 

「あっ……」

 

「彩那っ!?」

 

 彩那の首を刈り取ろうとする鋭利な腕。

 その攻撃から助ける為に渚が彩那を突き飛ばした。

 

「っ!?」

 

 その代償として、渚の左腕が落とされる。

 そこからの渚の判断は早かった。

 魔剣を口に咥えて回収し、彩那を抱えて転移による離脱を選択。

 その際に体にも穴を空けられたが、もう少し逃げるのが遅ければ、2人まとめて殺されていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咄嗟に選んだ転移先は、進軍中に見つけた小屋だった。

 たまたま遺された建物に念の為に転移の目印を仕込んでおいたのが幸いした。

 心臓と肺を貫かれた彩那と、左の腕と脚を失った渚。

 救助を待っていたらおそらくは2人とも助からない。

 選ばなければならない。

 自分の命か、友の命かを。

 そして、渚は自らの選択を迷う事はなかった。

 勇者の剣の本来の力の一端を解放。

 その魔法で渚は傷付いた彩那の心臓と肺の怪我を自分に移す。

 自分が居なくなった後の彩那を心配しつつも死なせたくなくて、迷う事なく心臓と肺の状態を逆転させる。

 

「最後に、ぜんぶ押し付ける形になって、ゴメンね……でもボクも、この剣の1本になって見守っているから。彩那……君が、最後の、勇者(きぼう)……だよ……」

 

 強がりだった。

 親友に情けない最期を見せたくなくて。

 それでも、彩那ならきっと、大丈夫だと信じている。

 痛みがもう感じられない。

 目も耳も、もう動いてるのか分からない。

 肉体から意識が剥がれていくのが分かる。

 彩那には聞いて欲しくないが、それでも最期に弱音が溢れてしまった。

 

「で、も……や……ぱ、りさ……しにたく、ながっだなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人目の勇者の死が語られ、場の雰囲気は一層重いモノとなる。

 

「渚ちゃんは足を引っ張った私を助けてくれた。その上、命まで助けてくれた。自分を犠牲にして……」

 

「彩那ちゃん……」

 

 それは違うよ、となのはは言おうとした。

 だが、肩を震わせて俯いた表情で涙を流す彩那に、それを口にする事が出来なかった。

 

「生き残る筈だったのは私じゃなかった。生き残るべきだったのは、私じゃなかったのよ……」

 

 繰り返して戒めるように彩那はそう呟いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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語られる真実(7)

 気が付いたら地球に帰っていた。

 まだ僅かに機能している五感と記憶に残る風景がここを自分の故郷なのだと気付かせてくれる。

 なのに、帰ってこられた喜びも安堵もなかった。

 胸にあるのは大切な人達を失った喪失感による虚しさと悲しみだけ。

 

「わたし、だけ……いきのこって……ごめん、ね……」

 

 その言葉と共に涙が溢れている目の目蓋を閉ざすと、私の五感は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同盟軍に救助された時、私は渚ちゃんの遺体に縋りついて茫然としていたらしいの」

 

「らしい?」

 

 自分の事の筈なのに、曖昧な言い方をする彩那に皆が首を傾げる。

 

「その時の記憶が曖昧で。渚ちゃんが死んだショックが大き過ぎたのが原因だと思う」

 

 家族同然の友達に立て続けに失ったのだ。そうなってもおかしくはない。

 だけど、確かめておきたい事があった。

 

「その……それで、アヤナの怪我は?」

 

「うん。治ってた。軍に回収されて、一度ホーランドまで戻ってね。その途中にも後でも何度も診断を受けたらしいの。私が受けた傷は、全て渚ちゃんが引き受けてくれた」

 

「そう、なんだ……」

 

 彩那の返答に皆が友達を助けてくれた森渚という少女に感謝と亡くなってしまった事への悲しみ。そして文字通り自分の命すら投げ出して友達を救った深い愛に敬意を抱く。

 

「それから私は精神的に異常をきたしてしまってね。とても戦場に向かえる状態じゃなかった。戻された私は屋敷の中で暴れ回って、止めに入った人にも暴力を振るって追い出して。自棄酒してまた暴れて、糸が切れたら意識を失うの繰り返し。あの時の私は皆には見せられないなぁ」

 

 恥ずかしそうに頬を掻く彩那。

 それを茶化す者はここには居ない。

 戦う理由であった大好きな友達を失ったのだ。

 それで自暴自棄になった彼女を誰が嗤ったり、非難したり出来るだろう。

 そこでリインフォースが質問をする。

 

「だが、お前がどういう状態にせよ、帝国の兵器が暴走している事には変わらない。出撃要請は絶えなかったのではないか?」

 

 同盟軍が勇者を頼みにしていた以上、彩那の精神がどんな状態であれ、戦わせるのは目に見えている。

 

「うん。ホーランドに戻って数日して帝国の土地から海を越えて大陸本土にやって来てね。当然私にも戦うように言われたわ。結果的に無視する形になってしまったけど」

 

 勇者が最大戦力なのは分かるが、それでも傷心の女の子を戦場に赴かせる。

 その事に誰もが憤りを感じると同時に、そこまで状況が悪化しているのかと思うと、話を聞いているなのは達も緊張で唾を飲み込む。

 

「そんな状態でどれくらい経ってたのかな? ある日、ティファナ王女が直接訪ねて来てね。出動要請をしに」

 

 あの時の事を思い出して彩那は苦笑いする。

 

「正直もう、勘弁してって思ったわ。渚ちゃんまで死んでしまって、戦う理由も失くなっちゃったのに。何なら、さっさと私を殺して聖剣の生贄にでもしてくれとさえ」

 

 肩を竦める彩那に当時の彼女がどれだけ精神的に追い詰められていたのかを想像する。

 

「実際、そうするつもりなのかと思ってた。だけど、ティファナ王女は生体兵器と戦うには、私が培ってきた経験が必要不可欠だと判断したみたい」

 

 それはそうだろう。

 あのクリスマスの夜に見た神剣の力は確かに絶大だったが、それを万全に扱える者でなければ意味がない。

 

「しかし、その神剣が使えるようになったのなら。君以外が生贄になったのだろう?」

 

 彩那がこうして生きている以上、誰かが犠牲になった事は想像出来る。

 だが、話を聞く限り、条件を満たした者が居たのかと疑問だった。

 それだけ、Sランクとは希少なのだ。

 

「ティファナ王女よ」

 

「え? それって、その日記の?」

 

「えぇ……」

 

 意外な名前が出て、全員が目を丸くした。

 

「王女は、もう一度戦ってほしいとお願いして、私の目の前で喉を刺して自害したわ。彼女のリンカーコアも、Sランクに達していたみたい。私達をこの戦争に巻き込んだ事への責任や、王族としての責務を全うする為に自分が生贄になるのが最良と判断したみたい。跡継ぎなら妹もいたしね……」

 

 国王はまだ健在であり、ホーランドの跡継ぎは妹か、その夫となる者が継げば良い。

 そんなことよりもあの時は、生体兵器と戦える最高の戦力が必要だった。

 

「ホーランドの王族として、私達に責任を感じていたのなら、私を楽にしてくれれば良かったのに……酷い人で。あの人は、自分がどう動けば私を戦わせられるのかを理解していた。立場はあったけど、大切な友人だった。そんな人に自害までされて後の事を託されたら、もう戦うしかなかった。まさかあそこまで逃げ道を潰してくるとは思わなかったわ……狡い女性(ひと)なのよ」

 

 言葉とは裏腹に、その声と表情には憎悪や怨恨といった色はない。

 仕方ないなぁ、と自嘲するような感じだ。

 同時に、彩那が言った、生き残る筈だったのは自分ではなかったという言葉の意味を理解する。

 彼女にとって生き残る筈だったのは親友の森渚で、生き残るべきだったのは、ティファナ王女なのだろう。

 自分が生き残った事を何かの手違いだとすら思っている。

 

「綾瀬さんは、自分が死んだらえぇ、思ってるん?」

 

 はやての質問に彩那は疲れた笑みと声で答える。

 

「冬美ちゃんには恋人がいた。誰よりも故郷に帰りたかったのは璃里ちゃんだった。私達の中で1番強くて誰かに手を差し伸べられるのは渚ちゃんで。戦争後の事を考えるなら、ティファナ王女が生きるべきだった。皆を押し退けてまで、私なんかが生き残る意味はあったのかなって」

 

 彩那には大事なモノを全て取り溢してまで自分が生きていて良かったと思える何かが無い。

 もしも自分が失った友達の代わりになれるなら、迷わず命を差し出すだろう。

 その態度が許せなくて、アリサは声を上げる。

 

「アンタが生きてるのはそのみんなのおかげでしょっ!!」

 

 もしも自分が彩那の立場なら、同じようにならないとは言えない。

 だけど、だけどだ。

 せっかく生きて、こうして故郷(ここ)に戻ってこれたのに、自分が生き延びるべきではなかったなど。それじゃあ彩那を助けた友達があまりにも報われないではないか。

 

「だったら、もう少し前向きになりなさいよ! こっちまで胸が苦しくなるじゃない!」

 

 何も失った事のないアリサにそんな事を言われたくない、と一蹴されればそれまでだ。

 だが綾瀬彩那は、その逃げ口上は使わない。

 アリサが自分を想って叱ってくれているのを理解しているから。

 曖昧な笑みを浮かべる彩那に、なのはが続く。

 

「彩那ちゃん。覚えてる? ジュエルシード事件の時にフェイトちゃんを助ける為に飛び出そうとしたわたしを止めて、リンディさん達を説得してくれたこと」

 

 海上で複数のジュエルシードを起動させたフェイト。

 徐々に追い詰められるフェイトを救う為になのはは無断で出撃しようとした。

 それを止めて、リンディ達を説得する形でまとめてくれた。

 

「フェイトちゃんと決闘する時も、彩那ちゃんが闘えばすんなりと終わったのに、わたしの気持ちを優先してくれて、プレシアさんの攻撃からも守ってくれたよね」

 

 自分達の気持ちを否定せずに、どうしたら皆が納得出来るのか考えてくれて、いつも助けてくれた。

 

「彩那ちゃんが見守ってくれてたから、わたしも安心して前に進むことが出来たんだよ?」

 

 だからどうか、自分が生きている事を否定しないで欲しいと言うなのは。

 言葉にせずとも、他の子供達も同じ気持ちなのだろう。

 彩那はそれを否定する事も肯定する事も出来ない。

 子供達がそう思ってくれているのを喜べば良いのかすら判断出来ないのだ。

 そこでリンディが話を戻そうと割って入る。

 

「今は続きをお願い出来る? 少し話が逸れているわ」

 

「リンディさん……」

 

 少しだけ不満そうにするなのは達。

 だが、リンディからすれば、彩那が負ったであろう心の傷が深いモノだというのは理解できる。

 それを癒やすには時間が長い必要なのだ。

 大事な人を失った悲しみを理解するからこそ、焦らせる訳にはいかないとリンディは考える。

 彩那がそうですね、と話の続きを始める。

 

「神剣を抜く条件が整って、それを扱う為の術式を埋め込む手術受けました。この入れ墨はその時に刻まれた物よ」

 

 右頬の入れ墨を指でなぞる彩那。

 

「前回の戦闘から凡そ2週間。その間に大陸本土に上陸した生体兵器は3つの国を滅ぼしていて──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年、正式に士官学校を卒業した新兵である彼は、目の前の怪物に心が折れそうだった。

 迫ってくる帝国の兵器。

 最初は成人男性ほどの大きさだったそれは、今や20メートルにまで膨れ上がり、その姿も人型からかけ離れてきている。

 上半身はまだ人型を保っているが、背中から先端が蛇を思わせる触手を無数に生やし、下半身は蜘蛛のような身体に変化していた。

 リンカーコアを喰らうと、その分だけ成長と進化を遂げていくらしく、帝国の領土で多くの魔法生物や滅ぼした国の者達を喰って手に負えなくなってきていた。

 新兵である彼も前線へと投入されるほどに、余裕が無くなってきている。

 

(せめてカートリッジが使えれば!)

 

 ベルカ式の剣を扱う彼は、蜘蛛の脚を斬ろうとするが、僅かに傷が出来るだけですぐに再生する。

 まだ未熟な彼にはカートリッジシステムは使えない。その事実に歯噛みする。

 

(俺は、あの人達との約束を……!)

 

 彼はかつて、ヒンメルから同盟軍に投降して保護された少年兵だった。

 その時にホーランドの勇者に命を助けられた。

 大怪我をした勇者達の前で、いつか必ず、この戦争を終わらせる為の力になると約束したのだ。

 その勇者も既に3人も失われ、最後の1人も療養中だと聞く。

 

(だからせめて、コイツをここで足留めして……!!)

 

 デバイスに魔力を込めて突撃すると、先輩が声を張り上げる。

 

「バカ野郎! 無策で突っ込むなっ!!」

 

 其の忠告を無視して少年は無謀な突撃を行なった。

 しかし、触手の1つが彼に襲いかかる。

 未熟な兵士である彼にはそれに抗う術はあまりにも拙くて。

 回避防御も不可能だと理解した彼は、咄嗟に目を瞑る事すら許されない。

 蛇の口が彼を呑み込もうとする。

 すると、空から雨のような光線が蛇の触手に降り注いだ。

 その攻撃が問答無用に敵だけを撃ち抜き、無力化させていく。

 それも彼だけでなく、この戦闘区域一帯が、だ。

 

「なにが……?」

 

 思わず空を見上げると、その人は居た。

 かつて自分達を助けてくれた勇者が。

 純白の剣を手にして、生体兵器に次々と攻撃魔法を撃ち込んでいく。

 その姿に神々しさすら感じて動きを止めて見惚れてしまった。

 この世界で、1番美しいモノを見たとすら思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神剣を手にした彩那は巨大化した生体兵器に次々と攻撃魔法を撃ち込む。

 自分がダラダラと不貞腐れている間にこの化物をここまで成長させてしまった。

 その後悔に、彩那は奥歯を噛む。

 いくら攻撃してもそれ以上に再生してくる化物。

 長期戦になれば勝ち目が無くなるのは明らか。

 

「なら!」

 

 神剣が解放された事で、使用可能になった魔法をぶつける。

 自分の10倍以上ある巨体に全速力で突っ込む。

 内部に突入し、反対側まで突っ切ると、また突撃して敵を斬る。

 しかし、彩那が何度斬ろうと、敵の再生は止まない。

 斬っては再生のイタチごっこの繰り返しだ。

 それは、インクの出にくいペンで望む濃さになるまで何度も線を描き殴る作業に似ている。

 だが次第に状況に変化が訪れる。

 彩那の軌道を跡追いしていた魔力光が、少しずつ何かの形に描き上がって行く。

 それが五芒星の魔法陣となると、彩那は生体兵器を突き破り、その頭上を取った。

 生体兵器が内部に溜め込んでいる魔力は神剣へと集まってくる。

 収束魔法の応用でマーキングを付けたところのみから魔力を掻き集めているのだ。

 それが巨大な刃の形へと圧縮される。

 

「でえぇええええいっ!!」

 

 極大の刀身となった神剣を敵の頭から下へと斬り裂いていく。

 真っ二つとなった敵だが、それでも再生は止まらない。

 

「かなりの魔力を奪った筈なのに……!」

 

 やはり、もっと全体を吹き飛ばさないと駄目か、と舌打ちする。

 触手達が仕返しとばかりに迫ってくる。

 その口から砲撃魔法を吐き出し、回避したところで噛み砕こうと別の触手が迫る。

 その攻撃1つ1つが回避するのも至難な範囲と速度だ。

 上下左右前後。

 あらゆる方向から襲ってくる攻撃に次第に彩那も追い詰めらていく。

 幾つかの攻撃は避けきれずに彩那の身体を傷付けていった。

 

「くっ!?」

 

 下から撃ってきた砲撃をシールドで防ぐが、大きくバランスを崩してしまう。

 追撃で蛇の口が迫る。

 

(回避しきれない!)

 

 ギリギリのところで態勢を整えて、斬り伏せようとするが、間に合うか──―? 

 

 そこで彩那と蛇の口の間にホーランドの兵が割って入り、代わりにその牙の餌食となった。

 

「え?」

 

 突然の身を盾にした援護に動揺していると、これまで彼女と戦場を共にした兵士が彩那より前に出てくる。

 

「勇者を死なせるな!! 彼女を死なせれば、本当に終わりだぞっ!!」

 

 怒声のような声と共に仲間の兵が次々と飛び出していった。

 彩那を守るために果敢に巨大な怪物へと挑んでいく。

 

「退いてくださいっ!! 後は私1人でっ!!」

 

 戦うと叫ぼうとするが、それを部隊を指揮する隊長に念話で止められる。

 

『君はアレを倒す事だけを考えなさい! それまでは、我らが命に代えても時間を稼ぐ!』

 

 隊長だけではない。この場にいる兵士から次々と念話が飛んでくる。

 

『これくらいしか出来ませんが! ちったぁかっこいい見せ場をくださいよ!』

 

『この戦争で犠牲になった者達の無念を晴らしてください! 勇者アヤナッ!!』

 

『あんな美人を守って死ねるんだ! 気張れよ、お前らぁ!!』

 

『死ぬのを恐れるなっ!! これまで勇者に救われた恩をかえせぇっ!?』

 

 念話が送られながら次々と命が消えていく。

 人が喰われ、踏み潰され、砲撃で跡形もなく消されていく。

 

「や、めて……やめてください……」

 

 それでも彼らは言うのだ。“勇者を守れ”と。

 

「もうやめてぇええええぇええっ!?」

 

 その叫びと同時に、見知った顔の兵士がその巨大な手の平につかまれ、グチャリと握り潰された。

 

「あ、あぁ……っ!?」

 

 潰されなかった頭部は地面に落ち、その脚に潰される。

 

「──―ッ!!」

 

 彩那は術式を展開し、神剣に魔力を込める。

 

「勇者の裁きをここに……! ブレイブシャイン・エクスキューション……!」

 

 魔力を込められた神剣が徐々にエネルギーの球体に包まれていく。

 魔力を溜める僅かな時間に無防備を晒してしまう。

 その好機を敵が見逃してくれる筈もなく、彩那への攻撃が行われる。

 もしくは、膨大な魔力にだけ反応してるのかもしれないが。

 その攻撃を、使い捨ての盾のようにホーランドの兵士が受け止め、散っていった。

 

「──―っ!?」

 

 その光景を歯を食い縛って耐える。ここで心を乱し、敵を消滅させるチャンスを逃せば、本当に彼らの死が無駄になってしまう。

 膨大な魔力の球体に包まれた神剣を巨大化した生体兵器に向けて投げつけた。

 直撃する寸前に球体のエネルギーから神剣が離れて彩那の手に戻っていく。

 生体兵器の中へと吸い込まれた球体の光が徐々に膨張し、ブラックホールのように呑み込んでいく。

 一瞬の光が跡形もなく生体兵器を呑み干していった。

 国々を滅ぼしていった脅威が消滅し、生き残った兵士達から喝采が上がる。

 

「……ケホッ」

 

 小さく咳き込み、口元を押さえた手を見ると、そこには血が混じっていた。

 浮遊している彩那にホーランドの兵が話しかけてくる。

 

「勇者アヤナ!」

 

 女性である兵士が興奮冷めやらぬ様子だ。

 

「終わりましたね! 流石は」

 

「いえ、まだです」

 

「え?」

 

 この剣を使える時間も長くない。

 その前に確認しておきたい事があった。

 

「ここを離れます。後はお願いします」

 

 誰かが止める前に転移魔法を発動させて彩那は帝国の地に跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩那は跳んだ先は、前回進んだ場所だ。

 

(あの生体兵器が量産されてない保証はない。神剣(これ)が使える状態で全て消滅させないと!)

 

 上の人間が後で何か言うかもしれないが、今更知った事ではない。

 ボイド・マーストンが現れた奥の区域へと足を進ませる。

 特に妨害に遭う事もなく、誰もいない基地内を探索して進んだ。

 その、1番奥と思われる扉を開く。 

 開かれた扉の中にある物を見て、彩那は息を呑んだ。

 

「なんで……どうしてこれがここに……」

 

 それは部屋に詰められた大きな機械だった。

 中心には、ホーランド式を表す凧形の魔法陣。

 

「私達を、この世界に喚んだ遺物が、なんで……っ!?」

 

 忘れもしない、それを見て彩那は呼吸を荒くする。

 心臓──―いや、リンカーコアが軋み、悲鳴を上げているのを感じる。

 その状態でも手にしている剣を落とさなかったのは、長年に植え付けられた戦場意識のせいか。

 

「帰れる……私、地球に……日本に……」

 

 家族同然の親友を失い、もう帰還などどうでも良いと思っていた。

 だが、目の前にその可能性が現れて、彩那は恐る恐るその機械に触れ──―。

 

「つっ!?」

 

 後ろから不意を突かれて首に小さな針を刺された痛みが襲う。

 振り返ると、そこには生体兵器を解放した男が立っていた。

 

「ボイド・マーストン……」

 

「アレを消滅させただけでも驚きなのに、まさかすぐにこちらまで跳んでくるとは……どうやら勇者様はとんでもない働き者らしい」

 

 今更勇者(彩那)の前に現れてどういうつもりなのか。

 何にせよ、目の前に現れたのならここで殺すだけだ。

 

(この男はある意味この戦争の元凶。生かして於くわけにはいかない!)

 

 すぐに斬り込んでその首を刎ねようとする。

 しかし、膝のバネから急に力が抜けて、彩那は無様にも前屈みになる。

 

「う、あ……アァッ!?」

 

 身体が苦しくなり、彩那は床に倒れてのたうち回る。

 皮膚の上から魔法陣が描かれて、急激な肉体の変化を見せていた。

 

肉体(からだ)が、縮んで……!)

 

「気付きましたか?」

 

 ボイドがニヤニヤと笑いながら彩那を見下ろすと針を撃ち出す小型の銃を見せてくる。

 

「これも私が解析していた遺物の1つです。おそらくはアンチエイジングの研究で開発された、解りやすく言えば、若返りの道具ですね」

 

「あ……がぁ……!?」

 

「問題は、術式の調整が不完全で、針を刺されて術が起動すると、赤ん坊に戻るまで若返りが治まらない事でしょうか。そうなったら今までの記憶も綺麗サッパリ忘れてしまいますね」

 

 怖ろしい事を笑顔で言ってくる。

 

「ですが、今は都合が良い。えぇ。赤子になった貴女を私好みに育てて、戦争終結に導いた勇者の力を、私の為に使わせて貰いましょう」

 

 ボイドの言葉に彩那は怒りで神剣を握る力を強くする。

 

(ふざけ、ないで……! これ以上、貴方達に奪われて……たまるかっ!!)

 

 痛みに耐え、振り上げた神剣の刃を彩那は自分の肉体へと突き刺す。

 

「くぅっ……!?」

 

 そのまま術式を解析し、強制的に肉体から追い出す形で無力化する。

 突き刺した剣を引き抜き、吐血してからフラフラな脚で立ち上がる。

 

「……無茶をしますね。それに随分と可愛らしい姿になって」

 

 今の彩那は凡そ10にも届かない年齢にまで退行していた。

 血が流れる腹を手で押さえる。

 

「ハァ、ハァ……貴方は……私がここで……」

 

 殺すと、腹に治癒魔法をかけつつ剣を向ける。

 

「やれやれ。これは……」

 

 そこでボイドはある事に気付いた。

 今までろくに動かなかったこの部屋の機械が起動している事に。

 研究を続けていたが、結局何の機械なのかすら解らなかった。

 しかし、機械を背にして、出血で視界がボヤけている彩那はその事に気付いていない。

 彩那が床を蹴って敵に迫る。

 

「ボイ、ド……マーストンッ!!」

 

 その首を狩る為に彩那は神剣を振るう。

 同時に、室内全てが光に包まれて──―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの世界で私が覚えているのはそこまで。気付いたら海鳴の公園で倒れてた。それを住民が見つけて保護されたの。後は、知っての通りだと思う」

 

『……』

 

 話の終わりに皆が張り詰めていた糸を弛めて大きく息を吐く。

 

「あの戦争後がどうなったのかは、私にも分からない。だけど、そう悪い事にはならない筈よ。小さな争いはともかく、あれ以上、戦争を続けるメリットは無いから」

 

 彩那もそこまで話して息を吐いた。

 

「10年分の話だからかなり大雑把になってしまったけど、細かなところは追々という事にしましょう。流石に疲れたわ」

 

 あまりにも衝撃的だった綾瀬彩那の過去。

 その内容を消化しきれずに、皆がすぐに声をかける事は出来なかった。

 

 

 

 



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本当の“奇跡”

はい。1か月前に高熱を出してから執筆意欲までごっそり持ってかれてました。
一応執筆ペースは戻りつつありますのでボチボチ投稿していきます。


「神剣の影響で私は病院で数日間、五感とリンカーコアの活動が完全に停止していて寝たきり状態だったわ」

 

 意識はあるが、念話も含めて外界の情報は完全にシャットアウトしていた。

 肉体よりも精神的に疲れ切っていた彩那には、それはそれで良かったのかもしれないが。

 

「病院で目を覚まして、面会が出来るようになった頃に皆のご家族にお守り代わりに持っていた遺品を渡したの。誰も私を責めなかったけどね」

 

 渚の髪留め。璃里のリボン。冬美の腕時計。

 最後の戦場に、せめて彼女達の私物を持つ事で、少しでも親友の存在を感じたかったのかもしれない。

 

「ろくに説明も出来なかった。別の世界に召喚されて、10年間戦争をしていたなんて、どう話せばいいのか分からなかったし。運が良いのか悪いのか、見た目だけは召喚された当時に近くなってしまったから」

 

 もしも綾瀬彩那が本来の成長をしたままで地球に戻っていたら、それはそれで混乱の元だっただろう。

 また、その子らの両親も傷だらけの彩那を見て、責める事が出来なくなってしまった。

 もちろん、全て納得した訳ではないだろうが。

 

「あそこで帰れるって知ってたら、皆の遺骨とか、持って帰ってたんだけどね……」

 

 そもそもどうやって帰れたのかも理解していないのだから、それは欲張り過ぎと言えるかもしれない。

 

地球(こっち)では未だに皆は行方不明扱いなのよ。私1人の証言じゃあ、確証としては弱いから。それにやっぱり遺体を見つける必要があるし」

 

 今も見つからない遺体を探している警察の方々には本当に申し訳無く思う。

 

「父さんも母さんも、突然戻ってきて変わってしまった私をどうにか元気づけようと気遣ってくれた。でも、こっちに戻ってきて、日常に突然戻されて、愕然としたの」

 

「?」

 

 帰って来たのなら、以前のような日常に戻れば良いのではないか? 

 確かに失ったモノは大きかったかもしれないが、家に帰り、安心して心と体を休めれば良い。

 

「ある日、悪夢を見て魘されている私を母さんが起こそうとしてくれたんだけど、触れようとした母さんを反射的に首を締め返してた」

 

 皆を失った時の事が夢でフラッシュバックし、それを止めようと足掻いていたら現実では家族を手に掛けようとしていたのだ。

 

「復学しても、ふわふわした夢みたいで落ち着かない。おかしな話よね。ずっとこっちに帰りたいって思ってた筈なのに、いざ戻ったらそこに違和感を覚えるなんて」

 

 学校での嫌がらせで彩那が相手に反撃しなかったのは、どうでも良かった、というのもあるが、それ以上に1回でも手を出したら抑えが利かなくなる可能性があったからだ。

 もっとも、それは杞憂に終わったが。

 

「……」

 

 自嘲している彩那に誰もがどう声をかければ良いのか分からない。

 彩那の持っている感覚に1番近いのが、はやてに召喚されたばかりの騎士達だろうか。

 

「話が大雑把だったからあまり実感が無いだろうけど、私の手は皆が思っているよりたくさんの血で汚れてる。それに誰かを傷付ける事や殺す事への精神的な抵抗はかなり小さいと思う」

 

 勇者とは名ばかりの国の兵器。

 時折、自分の手の平を見ると赤く染まっているのを幻視し、血の匂いがこびり付いている。

 それ程までに勇者が奪った命は多い。

 

「家族に顔向け出来ない事をたくさんしてきた。誰にも証明出来なくても、私のこの手が覚えてる」

 

 数百年も前の話だろうと、彩那にとっては1年半くらいの事だ。忘れられる筈がない。

 彩那はなのはとはやてに手の平から視線を移す。

 同じ故郷で生まれ育った筈なのに、魔法への関わり方とその結末に大きな違いがあった。

 どうして、自分達にはもう少しだけ優しい結末に辿り着けなかったのかと、少しばかりの嫉妬。そして羨望。

 

「だから……」

 

 これは本来口に出すべきではない言葉だ。

 ただでさえ彩那の過去を聞かせて負担をかけているのに、これ以上の重荷を与える必要はない。

 だけどこれは、紛れもない綾瀬彩那の本音だから。

 

「私は、生きていてもいいのかな?」

 

 俯いたまま、弱々しい笑みで本心を吐露した。

 その言葉に、かつての敵だった守護騎士達は複雑そうに眉間にしわを寄せる。

 正規の局員であるハラオウン親子とエイミィはどう返すべきか思案し、子供達は哀しげに彩那を見つめる。

 

「あーっ! もうっ!!」

 

 そんな中で最初に動いたのはガリガリと頭を掻いたアリサだった。

 彼女は立ち上がると彩那のところまでドカドカと歩き、その頭にチョップを叩き込む。

 それなりに力の入ったそれを彩那は避けようともせずに受けた。

 目に涙を溜めてアリサが彩那を指差す。

 

「考え方が暗いのよっ! もうちょっとこう!」

 

 上手く頭の中で纏ってないのだろう。アリサは苦しそうにすら見える表情で少しずつ言葉にする。

 

「アンタが沢山の人を傷つけてきたのは分かった。その事で彩那がどう思ったかなんてアタシにはきっと理解できないと思う」

 

 どれだけ想像してもそれは結局のところ想像でしかない。

 理解したつもりになって薄っぺらい言葉しか言えないし、そんな事を口にするなどアリサには真っ平だ。

 だけど。

 

「彩那がそんな風に考えてたら、アンタの友達も生きてたらいけないって話になるでしょうがっ!?」

 

 人の命を奪ったのが重いのは分かる。

 それに対して罪の意識を持つのはきっと大切な事だ。

 だけど、それで自分が生きていてはいけないと考えるのは違う筈だ。

 落ち着くために大きく深呼吸をしてから問いかける。

 

「そう思ってる訳じゃないでしょ?」

 

 彼女達が生きていてはいけない。

 そんな風に考えた事はもちろんない。

 だが、1人の犯した罪が勇者全員の罪なら、当然アリサの言う通りになってしまう。

 

「えぇ、そうね。私は結局、自分だけ置いて行かれたのが寂しいのよ」

 

 もちろん人の命を奪った罪悪感はあるが、それ以上に彩那は取り残された事が辛いのだ。

 そこでクロノが自分の意見を述べる。

 

「局員としてあまり言いたくないが、戦争だったんだろう? 君達個人の意思で選べる状況じゃなかったんだ。罪を問うなら君達を喚び寄せて命じたホーランドという国と、戦争その物であって、兵士1人1人に問うものじゃない」

 

 クロノの視線が一瞬だけフェイトを映す。

 彼女も母親の願いを叶える為にジュエルシードの強奪を行なっていた。

 家庭環境を鑑みれば、彼女が洗脳に近い状態だったのは明らかだ。

 そうでなければこんな軽い罪では終わらなかっただろう。

 そして次にシグナムが口を開いた。

 

「罪過を問うなら、勇者(お前)達より我らの方が余程罪深いな。それでも、許されるなら主はやてと共に生きたいと思っている。だから、何だ。お前がそんな風に考えていては我らの立つ瀬がない。お前は、壊す事しか出来なかった闇の書(我ら)と違って1つの世界を救ったのだから」

 

 もう滅んでしまった世界だとしても、勇者達は確かに世界を救ったのだ。

 慰めるようなシグナムの言葉に彩那は意外そうに瞬きをした後、小さく吹き出した。

 

「まさか、貴女にそんな事を言って貰える日が来るなんて思わなかったわ」

 

 かつて、何度も殺し合った相手にフォローされた事に戸惑いつつも、悪い気はしなかった。

 そしてなのはも話をする。

 

「彩那ちゃん、覚えてる? わたし達が初めて会った時のこと」

 

「えぇ。高町さんがジュエルシードに対峙していたわね」

 

 まだなのはが魔法に対する経験が圧倒的に足りなかった時の事。

 戸惑うばかりだったなのはの前に颯爽と現れて助けてくれた。

 

「そんなに辛い目に遭ったのなら、魔法の気配を感じても見て見ぬ振りをすることだって出来た筈だよね? でも彩那ちゃんは助けてくれた。彩那ちゃんは自分のことを悪く言うけど、自分が思ってる以上に優しい人なんだよ」

 

 ジュエルシードの件も、本当に自分へ危害が及んだ時だけ行動するだけで良かった筈。

 だけど彩那はなのはとユーノにずっと手を貸してくれた。

 魔法に対してそんなに辛い記憶があるのに誰かを助けられる人が悪い人な訳はないとなのはは思う。

 フェイトもまた、思った事を話す。

 

「それに彩那はその王女様の為に友達を失くしても戦ったんでしょう? 私はそんなアヤナを凄いと思う」

 

 もしも、今のフェイトがなのはや皆を全て失っても立ち上がれるのか分からない。

 最後まで責任を全うした彩那をフェイトは尊敬する。

 たくさんの温かい言葉に彩那は照れた様子で頬を掻く。

 

「なんて言うか、こそばゆいわね」

 

「みんなの気持ちを素直に受け取ってくれると嬉しいな」

 

 すずかがそう締める。

 全てを語り終えた綾那は手を合わせた。

 

「私の話はこれで終わり。付き合わせて悪かったわね」

 

「管理局としても貴重な話だったもの。話してくれてありがとう」

 

 色々と調べなければならない事は増えたが、彩那の話は管理局としては無視して良い案件ではない。

 これから立ち上げる部署の件もあり、丁度良いとリンディは考える。

 

「それで、彩那さんは今日こっちに泊まるのよね?」

 

「はい。両親に一晩考えて欲しいので」

 

 今の綾瀬彩那を受け入れられるのかどうかを。

 そこで、はやてが思い付いた事を口にする。

 

「ならわたしも今日はこっちに泊まってえぇですか? みんなは旅行でお泊りなの、羨ましかったし」

 

「あ、それいいね。わたしもはやてちゃんや綾那ちゃんとお泊りしたい」

 

 続くすずかになのはとフェイトもわたしも! と手を挙げる。

 それにアリサが旅行の延長ね! とテンションを上げた。

 

「アースラは宿泊宿じゃないんだぞ?」

 

 苦い表情のクロノにエイミィがまぁまぁ、と肩に手を置く。

 

「まぁ良いでしょう。でも、ちゃんとご家族の許可を得る事が条件です」

 

『は〜い!』

 

 リンディの言葉に子供達が元気良く返事する。

 

「スクライア君。無限書庫でまた、ホーランドに関する資料が見つかったら教えてくれる? この日記も、まだ続きがある筈だから」

 

「もちろんいいよ。僕もホーランドや彩那が喚ばれた時代に興味があるし。それにどうせ、しばらくは無限書庫に通い続けるかもしれないから」

 

 闇の書事件の時にその資料を見つけたユーノの検索能力を買われて、クロノから無限書庫の整理を依頼されていた。

 無限書庫が有用な資料室なのは事実なので引き受けたが、これがユーノをそこらのブラック企業顔負けの労働環境に叩き込むのはまだ先の話である。

 

「その資料探しは私も手伝おう。今の私に出来るのはそれくらいだからな」

 

「リインフォース」

 

 綾瀬彩那に少しでも借りを返そうとリインフォースが提案する。

 

「ありがとう、リインフォース」

 

 話が一段落したところで子供達が携帯で家族に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急遽実行されたアースラでのお泊りは先ず、アリサとすずかにリンディがアースラ艦内を案内した。

 彩那の話を終えた頃にはもう日本では晩御飯の時間だったので、そのまま食事を頂く流れになった。

 子供6人が入れるスペースの部屋を用意されて今は彩那とはやてに渡す予定だったお土産の菓子を食べながら雑談している。

 

「それにしても、よく騎士達が八神さんを1人残して帰ったわね。私がここに居るのに」

 

 1人くらいは護衛として残ると思っていたが、あっさりとお土産を貰って帰って行った。

 今のところは対立する理由が無いとはいえ、仇敵の側に主を置いて帰った事を不思議に思う。

 

「うちの子達はみんなえぇ子やから」

 

 過去はどうあれ、“八神はやての”守護騎士は意味もなく主の不利益になる力を振るう事はしない。

 闇の書事件での騎士達の行動はあくまでもはやてを救う為の行動だったのだから。

 それになのはも便乗する。

 

「そうだよ! ヴィータちゃん達は良い子だよ!」

 

 なのはの押しに彩那ははいはいと返した。

 すずかが話題を変える。

 

「彩那ちゃんが居た国。ホーランドって街並みはどんな感じだったの?」

 

「ん? そうね。中世をモデルにした観光地、が近いかしら。地球みたいに高層ビルやマンションは少ないわね」

 

「そうなの? なんで?」

 

「以前、色んな国で空戦魔道士による高層ビルへの攻撃テロが多発したからよ。私達が召喚される前だけど、高層建築物を叩き斬って街に大損害が出たテロとかもあったらしいわ。それからあまり高い建物は造られなくなったって聞いてる」

 

 人が簡単に空を飛べれば当然高い建物は狙われやすい。

 高所から建物が落下すれば当然被害も尋常ではなくなる。

 

「国の重要な施設なら色々と対策もされてるけど、民間施設はそうじゃないのよね」

 

「聞けば聞くほど物騒な世界ね」

 

 頭を押さえて呆れた様子を見せるアリサ。

 はやても質問する。

 

「じゃあ、向こうには料理はどんなのがあったん?」

 

「あ! わたしも気になる! 特にお菓子とか」

 

 料理好きのはやてとしては、そこが気になっていたのだろう。

 喫茶店を経営する娘としてなのはも質問を重ねた。

 彩那は思い出しながら答える。

 

「ホーランド自体は海に面した国だったから、魚介類を使った料理が多かったわね。魚肉と野菜を混ぜたパイとかパスタとか。だけど、地球とは住んでる魚が異なるから、そのまま再現は難しいと思う。調味料とかの問題もあるし」

 

「そっかぁ……」

 

 世界が異なれば進化の過程で当然生物の生態系も変わってくる。

 そもそも向こうでは、獲った魔法生物を食料にする事も珍しくないのだ。

 調味料などは特に多種多様でほぼ自作しなければならないだろう

 

「でも、多少違ってもこっちで再現出来そうな料理も幾つかあるし、1回試しに作ってからレシピを書いて渡しましょうか?」

 

「ほんまか! 楽しみやわ!」

 

 やった! と喜ぶはやて。

 次になのはの質問に答える。

 

「お菓子とかはクッキーやケーキみたいな洋菓子が多いわね。でも味や食感は日本だと珍しいのも多かったの。果物も似た物から全然違うのも在るし」

 

「じゃあ、1回作って貰って良いかな。お母さんに食べて貰って、ウチの喫茶店で出せそうなら商品になるかもだから」

 

 意外と商売っ気のある発言に驚きつつ、良いわよ、と返す。

 その時は勿論、日本人の舌に合うように改良するだろうが。

 

 それからフェイトやアリサの質問にも答えてゆく。

 そうしている間に夜はあっという間に就寝時間になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彩那ちゃん、起きてる?』

 

『えぇ。どうしたの? 念話でなんて……』

 

 なのはからの念話を彩那はすぐに返した。

 

『うん。改めてお礼が言いたくて。彩那ちゃんのことを、ちゃんと話してくれてありがとう。あのお話は、これから管理局でお仕事するわたし達の為に話してくれたんでしょ?』

 

 彩那達の時ほどではないにしろ、管理局で仕事をする以上は人の生死に関わる事態に遭遇する可能性は低くない。

 生死でなくとも、見る必要もない人間の悪意を知る時は必ず来る。

 しかもそれが敵ではなく、味方からの可能性も。

 

『高町さんは八神さんやテスタロッサさんと違って次元世界や管理局と関わる理由は薄いわ。態々、そんな茨の人生を歩む必要はないのよ?』

 

 ジュエルシード事件での加害者側であるフェイトと、闇の書事件での家族の罪を一緒に背負っていくと決めたはやて。

 しかし高町なのはには管理局と関わって生きていかなければならない理由ない。

 海鳴の街の優しい喫茶店の後を継ぐ道や、他の将来もある筈だ。

 危険な道を歩む必要はないのだ。

 

『魔法だって、趣味の範囲で続ける事だって出来るのよ?』

 

『うん。ありがとう。でもね……』

 

 なのはは自分の想いを伝える。

 

『やっぱり、ユーノくんが見つけてくれて、彩那ちゃんが育ててくれたこの魔法()で、わたしに出来ることをしたいの。もちろん、酷いモノを見たり知ったりするのは怖いけど、なにか起きた時になにも出来ないのが1番辛いから』

 

 それに、これから管理局で頑張るフェイトやはやて達の力になりたいし、一緒に歩いて行きたいと思っている。

 彩那が念話を返そうとする前に、フェイトが割って入ってきた

 

『私もなのはと同じ気持ちだよ。母さんのやった事を償いたい気持ちもあるけど、もしも彩那みたいな理不尽に巻き込まれようとしてる子がいるなら、手が届く限り力になってあげたい』

 

『せやね。せっかく誰かの為に役立てる力があるんやから、使わんのは勿体ない。それに、ウチの子らが迷惑かけた分は主として出来る限り責任取らなアカン』

 

 念話を聞いていたのだろうはやても少し冗談っぽく話す。

 3人の想いに彩那はどう返すべき悩んでいると、なのはが誓うように告げる。

 

『彩那ちゃんが心配してくれてるのは分かるよ。でもこれだけは約束するよ。どんなに辛いことがあっても、わたし達は絶対に人は殺さないし、殺されないから。自分で選んだ選択を後悔だけはしないよ』

 

 これから傷付いたり悩んだり、もしかしたら魔法を手放してしまう日が来るかもしれない。

 だけどそれが自分の選択なら、自分で責任を持つと言ったのだ。

 そしてこの力を、決して人殺しには使わないと誓う。それはなのは達の望む“力”ではないから。

 彼女達は守る為。助ける為。救う為に魔法を使うのだと決意する。

 それが子供じみた綺麗事だとしても。

 

 彩那は大きく息を吐いた。

 

『勝手になさい。元々、私がどうこう口出し出来る立場じゃないもの』

 

 降参するように返した。

 

『あ、そうや。わたし、綾瀬さんにお願いがあったんや』

 

『?』

 

 このタイミングでするお願いとはなんだろう? 

 思い付かない彩那にはやてから送られる念話から緊張が伝わる。

 

『これからは、綾瀬さんのことを、彩那ちゃんて呼んでえぇかな?』

 

 はやての申し出に彩那は瞬きする。

 

『今までは前からの癖で綾瀬さん呼びやったろ? でも今は綾瀬さんだけそんな呼び方は変かな思って』

 

『別に、構わないけど……』

 

『ホンマか!』

 

 やったぁ! と歓喜の声が念話で伝わる。

 それにフェイトが思い付いた事を伝えてくる。

 

『じゃあさ。アヤナも、私達をちゃんと名前で呼んでくれると嬉しいな』

 

『それわたしも思ってた! 彩那ちゃんだけずっと名字呼びなんだもん!』

 

『……それは将来の私に期待しなさい』

 

 プツリと念話を切ると、アーッ! 逃げたぁ!? と念話で叫ぶ。

 それを彩那は寝返りをうって顔を背ける。

 その顔は赤くなり、目尻に涙を浮かべているのは、誰にも見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、彩那は自分のマンションのドアを開ける。

 

「……ただいま」

 

 気後れしつつも帰宅する。

 すると朝食を準備していたのであろう母がエプロン姿で出迎えてくれた。

 

「おかえりなさい。お泊りはどうだった? 朝ごはんは?」

 

「うん。向こうで食べてきたから」

 

 彩那の返答に母はそう、と少し残念そうに微笑む。

 普段通りの母に彩那は戸惑いつつも靴を脱いで部屋に入る。

 

「あのっ!」

 

「話はリビングでしましょう。お父さんも起きてるから」

 

「う、うん」

 

 出鼻を挫かれる感じがしつつも言われた通りにリビングまで歩く。

 

「おかえり、彩那」

 

 リビングでは、テーブルの椅子に座って新聞を読んでいる父が居た。

 いつも通りの朝の風景に困惑しながらも席に着く。

 

 母も座ると父も新聞を畳んで娘を真っ直ぐに見る。

 それに居心地の悪さを感じつつも目を逸らさずに両親を見た。

 もしかしたら、これが両親と過ごせる最後の時間かもしれないのだ。

 

「昨日の話だけど……正直、僕達は未だに彩那が体験した事に関して半信半疑なんだ」

 

 それはそうだろうと思う。

 娘が異世界で人殺しをしていただなんて簡単に信じられる親がどこに居るのか。

 

「もし本当なら彩那達を拐った連中を許せないし、怒鳴りつけてやりたい気持ちもある」

 

 父の言葉をそこから母が引き継ぐ。

 

「だけどね。私達は彩那が帰って来てくれた。それだけで良いの。貴女が無事なら、それだけで充分。昨日2人で話して、そう気付いた……いえ、確認した、かしら」

 

 両親の言葉に彩那が震えた声を出す。

 

「……私は、2人が知ってる綾瀬彩那とは全然違うんだよ? 年齢だって本当は……」

 

「10年だから今は19? そんなの、お母さん達からすればまだ子供よ。それに体だってまた大きくなるんでしょう?」

 

 だから何の問題もないと言う。

 両親からすれば行方不明だった娘が帰って来てくれた。それだけの事だ。

 父が彩那に目線を合わせて頭に手を乗せてくる。

 

「彩那がそんなに辛い目に遭ってたのに、傍に居てやれなくてゴメンな。だけど、よく頑張ったね帰って来てくれて、ありがとう」

 

 父が頭を撫で終わった後に母が彩那の頭を抱く。

 そして2人は帰って来た娘を自分達の温もりで包むようにこう言った。

 

『おかえりなさい、彩那』

 

 じわりと、彩那は目頭が熱くなる。

 どこかで、両親は今の自分を受け入れてはくれないだろうと思っていた。

 信じなければいけない人達を信じなかった。

 なのに、それを含めて両親は彩那を受け入れてくれたのだ。

 震える腕が躊躇いがちに母の背中に回される。

 拒絶されない事実を安堵するように力を抜いた。

 

「ただいま……ただいま……お母さん、お父さん……」

 

 この時、綾瀬彩那は本当の意味で両親の下に帰って来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディはアースラのクルー達から提出された報告書を纏めたり、自分が提出しなければならない報告書を作成していた。

 旅行に行く為に後回しになっていた闇の欠片事件に関する報告書だ。

 特製のお茶を飲みながら作業をしていると、旧知の仲であるレティから通信が入った。

 

『旅行は楽しめた? リンディ。こっちはずっと仕事漬けだったけど』

 

「……嫌味を言いに来ただけなら切るわね」

 

 軽い冗句だと理解していても、今は相手にする気分ではなく、通信を切ろうとするが、レティが待ったをかける。

 

『そこまで暇じゃないわよ。貴女に話しておきたい事が2つあってね』

 

 仕事の話だと理解してリンディは反射的に背筋を正す。

 

『先ずはグレアム提督だけど、管理局を辞職する形で決着がついたわ。管理局を去った後に使い魔の維持を除いたリンカーコアの制限と退職金の受け取りを全額固辞する形でね。仕事の引き継ぎもあるから、正式な受理はもう少しかかるけど』

 

「そう」

 

 今回の闇の書事件に関するグレアムの独断は管理局内でも大分意見が分かれていた。

 闇の書の主である八神はやてを見つけていながら本局への報告を怠った責任を強く追及し、処罰を下すべきだという意見。

 もう1つは、闇の書という長年管理局も対処に困っていたロストロギアを解決する為には仕方がなかったという擁護の声。

 ただ、下手に大っぴらにグレアムを処罰してしまうと、これから情報制限がかかる八神はやて──―延いては、闇の書の騎士に辿り着いてしまう。

 これからは管理局の戦力として彼女達を使いたい上からすればそれは非常に都合が悪い。

 だが今回の件で何のお咎めも無しでは困るので、今回の処罰が下ったのだろう。

 

(もっとも、グレアム提督は最初からそのつもりだったのかもしれないけど)

 

 闇の書を終わらせる為とはいえ、1人の少女の人生を台無しにしようとしたのだ。

 計画の成功の成否に関わらず、局を去っていたかもしれない。

 そこでレティが困ったように口を開いた。

 

『グレアム提督の処遇について、彼に軟禁されていた綾瀬彩那さんの意見も訊いたのだけど。彼女、なんて言ったと思う?』

 

「……」

 

 大体予想がつくので黙って続きを聞く。

 

『どうでもいいって。そっちで勝手に判決を下してくれればいいって言われたわ。八神はやてに気を使った、とかじゃなくて、本当にどうでもよさ気にね』

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 綾瀬彩那からすれば、自分も誰かに罰せられる側の人間で、誰かの罪を糾弾するなど烏滸がましいという想いなのだろう。

 だから彼女はこれから先、自分の身近な人間に危害を加えない限りは基本無関心を貫く。

 

(そういうところは、これから少しずつ改善してくれれば良いのだけど……)

 

 息子のクロノが言ったように、1人の兵士だった彼女に責はなく、それを取らなければならないのは彼女とその友人達を巻き込んだホーランドという国だ。

 リンディの心の中の心配を余所に、レティからの話が続く。

 

『リンディは今回、綾瀬彩那さんから何か聞いたんでしょう?』

 

「その事なんだけど、報告はもう少し待ってもらうつもりよ。今はまだ、とてもじゃないけど報告できる内容じゃないから。幸い本局でも彩那さんの注目度はそれほど高くはないでしょう?」

 

 本局からすれば高町なのは同様に地球で起きたロストロギア事件の解決に尽力してくれた少女という認識だろう。

 失われた貴重な魔法技術を有している点を加味しても、精々注目度は高町なのはより少し上くらいか。

 今は八神はやてとその騎士達の方がよほど注目度が高い。

 それを隠れ蓑にさせてもらう訳ではないが、しばらくは報告を遅らせても問題ない筈。

 レティが次の話に持っていく。

 

『それと、貴女が提案した部署の件。どうにか通りそうよ。期間や詳しい内容はこれから詰めていく予定だけど』

 

「それは朗報ね」

 

 部署というのは、地球の東京都に管理局の部署を置く提案だ。

 この短い期間に大きなロストロギアの事件が多発したのだ。様子見としてしばらくはアースラのクルーを中心に人材を置きたい。

 マテリアルが言っていた砕け得ぬ闇についても気になる。

 綾瀬彩那が時間と空間を跳んだ件も調べたい。

 それに嘱託魔導師として形だけでも綾瀬彩那を所属させておけば、本局も下手な手出しは出来ないだろう。

 今彼女を本格的に管理局に関わらせるのは避けたいというのがリンディの本音だった。

 

『そう言えば、第一級指定のロストロギアである闇の書。なのに事件が終わってみれば死者0名な上に優秀な魔導師やベルカの騎士の確保にも成功して。リンディ提督はどんな奇跡を使ったんだって、話題になってたわよ?』

 

 レティの話にリンディは、あらまぁと頬に手を当てる。

 

「別に私は大した事はしてないのよ。頑張ったのは子供達ですもの」

 

 大人として情けないが、本当なのだから仕方がない。

 

「でもそうね。奇跡が起きたのだとしたら、それは闇の書事件が今の形で終わった事じゃない。そんなのは本当の奇跡からすれば些細な事なのよ」

 

 リンディは昨日アースラを見て回った6人の少女を思い起こす。

 本当の奇跡は、もっと根本的なところから起きていたのだと確信している。

 沁み沁みと話すリンディにレティは先を促す。

 

『と、言うと?』

 

「あの子達が出逢ってくれた事。それこそが本当の“奇跡”なのよ、きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




過去話投稿し始めたの今年の1月だよ。終わんの遅っ!?


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番外編1ー2:お食事会【前】

stsってスバルよりもティアナの方がサブ主人公っぽく感じる。
長くなりそうなので分けます。
アンケートでヴィヴィオ&アインハルトが票をぶっちぎってるの意外でビックリした!


「さて、申し開きがあるなら聞きましょうか?」

 

 バインドでぐるぐる巻きにされたティアナとスバルはスターズの隊長であるなのはとヴィータの到着と同時に尋問のような物を受けている。

 

「身体を休める時間を削っての無理な自主訓練。それも数日に渡っての。周囲の人もそれとなく止めていた筈よね?」

 

 王剣を地面に突き刺して仁王立ちする彩那に2人は視線を逸らす。

 ここ最近、明らかに無茶な訓練を続ける2人に輸送係のヴァイスを始め、何人かの隊員がそれとなく止めるように忠告したが、届くことはなかった。

 

「知ってるかしら? 訓練場を使用する場合、無条件に仕事扱いになってお給金が発生するのを。この場合は残業扱いで記録されるし、これ以上は労働規定に引っかかるのだけど?」

 

 正確には訓練場の設備(照明含む)などを使用すると、自動的に中の職員の労働時間が加算される。

 普段の訓練では教導に当たっているなのはやヴィータが休憩時間などを報告して記録された訓練時間から休憩時間を差っ引いて給与に反映される。

 これらを下手に後から弄ると書類の改竄が疑われて後々に少々面倒な事になるのだ。

 

「今回は貴女達の監督不届きよ、高町一尉にヴィータ三尉」

 

「すみません……」

 

 教導官としても、スターズの隊長としても謝罪するなのは。

 彩那となのはは階級は同じだが、六課内での権限は彩那の方が上である。

 

「とにかく、明日から2日間、貴女達には休みを取って貰います。朝はシャマル医務官のところで簡単な検査と、デバイスはメンテナンスを兼ねて提出。いいわね?」

 

「ま、待ってください!」

 

 バインドを解除して決定事項を伝えるとティアナが意見する。

 

「もう少しだけ! もう少しだけ時間をください! スバルとの連携もようやく形になってきたんです! だから──―」

 

「ちょっと、ティア〜ッ!?」

 

 これ以上はマズいと思ってスバルが止めに入るが、当の本人は止まってくれない。

 そんなティアナに彩那は呆れから息を吐いてジロリと睨んだ。

 首から上を包帯でぐるぐる巻きという異様な姿の彩那に睨まれてティアナが怯む。

 

「何を勘違いしてるのかしら? 私は貴女達に休んで、とお願いしてる訳じゃないの。休みなさいと命令してるのだけど。これ以上駄々をこねるつもりなら、しばらくは現場への出動も無しになると思いなさい」

 

 彩那の警告にスバルは驚きから瞬きをし、ティアナは不満そうに唇を噛んだ。

 

「……言う事を聞かない奴は使わない、ということですか?」

 

「ランスター二士。貴女は疲労と睡眠不足が見て取れる人間に車の運転をさせるの? 貴女達が今やってるのはそういう事よ」

 

 タクシーやトラックの運転手が目に隈を作っていたとして、そんな人物に運転の仕事をさせるなら、その会社は明らかに問題だろう。

 

「部下のご機嫌取りで事故を起こすかもしれない人間に仕事を任せる程、私達は馬鹿じゃない。まさか陸士学校を優秀な成績で卒業して、災害現場で経験を積んだ貴女達にこんな当たり前の事を言わないといけないとは思わなかったわ」

 

 落胆した仕草を取る彩那。

 彼女をよく知る者からすれば、2人を挑発するような彩那の言動に違和感を覚えるだろう。

 しかし、これまで碌に会話も無かった2人からすれば、自分達の努力を上から一方的に否定し、邪魔しているように感じられる。

 普段ならもう少し頭が回り、言われた事を反省し、一言謝罪すれば済む話だが、焦りと疲労から視野が狭まっているティアナにはそうする余裕がない。 

 

「とにかく、これ以上人件費がかさむだけの無謀な努力は止めなさい」

 

 その言葉が決定打となり、ティアナの中で不満が噴出する。

 

「貴女に……貴女に何が分かるって言うんですかっ!!」

 

 決壊したダムのように感情を吐き出し始めるティアナ。

 

「少しぐらい無茶をしないと、私は周りに追い付けないんです! 特別で優秀な綾瀬副部隊長には私の気持ちなんて絶対に分かりません!!」

 

 ティアナはこの機動六課への配属が決まった際に公開されている隊員のデータには目を通している。

 ホーランド式という珍しい術式を操り、華形ではない質量兵器の捜査を請け負う部署でなのはと同じ一尉へと出世し、六課の副部隊長に収まっている。

 つまりはそれだけ優秀、という事である。

 幼少期には魔法に出会ったばかりのなのはに魔法戦闘の手解きもしたと聞く。

 そんな特別を体現したような人物に自分の努力を無謀と切り捨てられたのだ。我慢出来る筈もない。

 

「なにも失敗したことのない! 失ったことのない貴女に、凡人の私の気持ちなんて理解できないでしょうねっ!!」

 

「ティア! 落ち着いて! ね?」

 

 暴言とも取れるティアナの発言にスバルが腕を掴んで止める。

 彩那の言葉にスバルも思うところはあるが、自分達の非を認めるくらいの冷静さはあった。

 

「お前いい加減に──―」

 

 ティアナの言葉に思うところがあり、苛立ちから前に出るものの、彩那がヴィータの肩に手を置いて制する。

 

「言いたい事はそれだけかしら? で? それが貴女の今の状態に対する言い訳になるとでも?」

 

 くだらないと言わんばかりに冷たい視線を2人にぶつける。

 そこでなのはが彩那に発言した。

 

「綾瀬副部隊長。ちょっと良いですか?」

 

「どうぞ、高町一尉」

 

 ありがとうございます、と礼を言ってからなのはは発言する。

 

「取り敢えず、明日──―あぁ、もう今日か。お昼に模擬戦を行ないますので、その結果を見てから対応を決めるのはどうでしょう? 2日休んだ後だと、せっかく2人が練習したフォーメーションの質が落ちるかもしれませんし」

 

「……それは教導官としての判断と受け取っても?」

 

「もちろんです。もしも問題が起きたのなら、その責任は全て私が負います」

 

 責任は全て自分が負う、というなのはにティアナとスバルは申し訳無さが無条件に襲う。

 

「高町一尉がそう判断したのなら、私がこれ以上言うつもりはないけれど。いいのね?」

 

「はい」

 

 頷くなのはに彩那が引っ込むと、なのはは教え子であり、部下でもある2人に笑みを向ける。

 

「今聞いた通り、お昼の模擬戦で2人の努力の成果を見せて貰うから。それまでちゃんと身体を休める事。良いね?」

 

 これ以上は譲歩しないと釘を刺すなのはに2人は了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の仕事は書類仕事に変更し、昼はスターズによる模擬戦が行われようとしている。

 見学スペースでシグナムを除いたライトニングの3人と、スターズの副隊長のヴィータと彩那が居る。

 そこでエリオが小さく手を上げて質問する。

 

「あの……どうして綾瀬副部隊長がここに?」

 

 滅多に顔を見せない人物がこの場にいる事に、理由なく不安を覚える。

 

「あぁ。早めに書類仕事が終わったからたまには見学にね。気にしないでいいわ。私の事は置物とでも思いなさい」

 

「は、はぁ……」

 

「無茶言わないでよ彩那……」

 

 彩那の言い分にフェイトが呆れた様子を見せる。

 それはそれとして、今から始まる模擬戦はフェイトにとっては、少々憂鬱だった。

 

(最初からそうする予定だったとはいえ、ね……)

 

 腕を組んで模擬戦の見学をしている彩那へ視線を移し、数日前の会議の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。今日の会議やけど……」

 

 部隊長である八神はやてが端末から資料を見るように指示する。

 レリックを狙う、未だに足跡を掴ませない敵。

 この間のホテル・アグスタでの戦闘後の調査結果をまとめた資料がフェイトの口から説明される。

 

「判明しているのは優秀な転移魔法を使える者が向こう側に居る、という事実です。魔力による痕跡から人物の特定を急いでますが、今のところは……」

 

「そっちは頼んどる鑑識待ちやね。それじゃあ次の……たぶん今はこっちの方が問題やから」

 

「と言うと?」

 

「ティアナのことや」

 

 はやての言葉に全員があぁ、と息を吐いた。

 

「ここのところ、深夜まで自主訓練を頑張っているみたいね。褒められる事じゃないけど」

 

 自主的に訓練する事は悪いことではないが、何事にも限度がある。

 訓練ばかりしていて現場に出動出来ませんでは話にならない。

 

「なのはの訓練だって相当キツイ筈だし、流石にこれ以上は……」

 

 2人の体調を心配するフェイト。

 そこでヴィータが発言する。

 

「問題は、スバルはともかくティアナが言うこと聞くかだな。力づくで従わせるって手もあるが、出来ればしたくねぇし」

 

 スバルはティアナに付き合っているだけだからティアナを正気に戻せば問題ない。

 だが、今のティアナは他の人間の意見に耳を傾ける余裕がない。

 力づくで言う事を聞かせても、その不満が任務中に噴出して予想外な行動を取らせないとも限らない。

 

「いっその事、訓練中にもっと追い込んでみるのはどうだ? 自主訓練など行えなくなるくらいに」

 

「簡単に言うなよシグナム。そんな事したら最悪エリオとキャロにまで影響が出んだろ」

 

 シグナムの提案をヴィータが却下する。

 それでティアナが止まる確証はないし、そんな状態では現場への出動はほぼ無理。ついでに同じ訓練を受けているエリオとキャロにまで負担を強いる結果となる。

 そうなれば、この場にいる保護者(フェイト)が黙ってないだろう。

 

「グランセニック陸曹はこの前ランスター二士と話したのでしょう? どうでしたか?」

 

「あ〜。ありゃダメッスわ。自分に自信がないくせに、自分の考えが正しいと思い込んでやがる。下手にアイツの考えに干渉しても、反発されるだけでしょうね」

 

 彩那の質問にヴァイスが首を横に振って返す。

 ヴァイスの言うに、ティアナは凡人だから人より多く努力しなければならないらしい。

 

「魔力は俺の倍以上。そんで近中遠と距離を選ばずそれなりに戦えて、執務官を目指してるだけあって頭も良い。これで自分を凡人扱いとか、他の部署の魔導師に言ったら速攻でハブられるかイジメの的ですわ」

 

「そもそも、この隊に誘われた時点で凡人の評価が不適切過ぎますからね」

 

 機動六課はその性質上、人選にはかなり気を使っている。命の危険が伴い、前線に向かうフォワードは特に、だ。

 本人の自覚が無いのだろうが。

 少なくとも現時点で言えば、フォワード4人の中で1番引く手数多となるのはティアナだろう。

 それだけ彼女の能力は管理局員向きなのだ。

 

「やっぱり1番の問題はコミュニケーション不足や。今思えばティアナには特に気をつけなアカンかったのやろなぁ」

 

「どういう意味、はやて?」

 

「うん。エリオとキャロはフェイトちゃんを始め、わたしらと面識があるやろ。スバルも以前なのはちゃんに助けられたのがきっかけで管理局に入った子やし。だけど、ティアナだけは顔見知りですらないわけや」

 

 指摘されてなのはの顔が後悔に少しだけ歪む。

 なのはからすれば、4人の対応に差をつけたい訳ではないが、それが今回は裏目に出る形になってしまった。

 ここにいる全員が書類上でティアナの生い立ちを知っている。

 彼女が何故執務官に拘っているのかも。

 だからそれだけで相手を知った気になり、ティアナ・ランスターという1人の人間と向き合う機会を減らしてしまった。

 もちろんもう少し信頼関係が構築されれば、今回のような問題にも対応出来たが、そうなる前にこの問題が浮上してしまった。

 そこでアインスが発言する。

 

「そうなるとやはり、プライベートな面も含めて気軽に話し合いが可能な場が必要ですね」

 

「とは言うてもな〜。むりやり部屋に呼び出してなのはちゃんとタイマンさせても意味ないやろし。先ずは凝り固まったティアナの考えを解すところから始めんと……」

 

 う〜ん、と皆で考えていると、ツヴァイが小さく挙手をする。

 

「え〜と、お食事会、というのはどうでしょう? おいしい物を食べれば、きっとティアナも話してくれると思います」

 

 ツヴァイの案にはやてが笑みを浮かべて頭を撫でる。

 

「リインはえぇ子やね。でもそれだけやとちと弱いかなぁ」

 

 いきなり食事会などされても戸惑うだけだろう。

 それにティアナみたいな生真面目なタイプだと反発される怖れもある。

 しかしここで彩那がツヴァイの意見を推す。

 

「いえ、案外良いかもしれません。お手柄ね、ツヴァイ曹長」

 

「ほ、ほんとうですかー!?」

 

「本気なん、彩那ちゃん!?」

 

 意外な人物からの後押しにツヴァイとはやてが驚く。

 

「小さなパーティーとか。そういう雰囲気なら、ランスター二士も弱音を吐き出しやすくなるかもしれません。もちろんその前にある程度冷静さを取り戻させる必要はあるでしょうが。それならむしろどん底に叩き落した方が……」

 

「彩那ちゃん?」

 

 何やら物騒な単語が出た気がする。

 考えが纏まったのか、彩那が案を出す。

 それらを聞き終えて、この場にいる者。特になのはとフェイトにはやてが難色を示した。

 

「それだと、彩那ちゃんが嫌われ者にならんか?」

 

「構いません。私はフォワードメンバーと関わる機会が多い訳ではないですし、こういう時の為の副部隊長()だと思ってます」

 

 ヘイトを買うのは自分の役目と言わんばかりの態度だ。

 実際、一緒に現場に出るなのは達に負の感情を持たれるのはよろしくない。

 部隊長のはやても同様だ。

 その点、彩那なら都合の良い立ち位置なのは事実。

 それに納得出来るかは別にして。

 

「ランスター二士の体調や出動の可能性も踏まえて、そう悠長に構えている余裕は無いと思いますが?」

 

 そう言えば、はやて達がどう決断するのか理解しての発言だった。

 少し悩んだ後に、はやて達は断腸の思いでその案を通すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要するに、彩那にヘイトを溜め、それとなくなのはかヴィータがフォローする形で入り、模擬戦にこじつける。

 後はなのはが教導官として2人の相手をし、適当なところでお灸を据える意味も兼ねて撃墜。

 後の反省会でやんわりと問題点を指摘しつつどうにかティアナの冷静さを取り戻させる。

 そこからパーティーでティアナの心の内を開ければ良いと思う。

 ついでになのはがどういう方針で訓練を行なっているのかも説明する必要もある。

 

「そろそろなのはも休ませねぇとな」

 

「なのは、部屋に戻ってもずっと皆の訓練映像の記録を見て、動きや陣形のチェックをしてるんだよ。私が言っても中々休んでくれなくて」

 

「なのはさん。訓練中でもずっと僕達のことを見ててくれるんです」

 

 そんな会話をしているとフェイトがハッとなって彩那に念話を繋ぐ。

 

『彩那。もしかして、今回の件でなのはもついでに休ませようとしてる?』

 

『そうね。記録に残らない分、高町さんの方がタチが悪いのよ。それにワーカーホリックに関して言えば、彼女は未遂の要注意人物だから』

 

 以前熱が出る寸前まで管理局の仕事と魔法の訓練を行なっていたなのはだ。その時は彩那が強制的にストップをかけたから大事にならずに済んだが、こういうのは忘れた頃に繰り返す物だと彩那は思ってる。

 

『ありがとうね、彩那……』

 

『テスタロッサさんがお礼を言う事じゃないけど……受け取ってはおきましょう』

 

 そこで念話を切ると、彩那がエリオとキャロに話しかける。

 

「2人共、見学することも大切な訓練よ。分からない事や気になった点があれば、私達に質問して。特にサポートタイプのルシエ三士は視界を広く保って行動できるのは必須だから」

 

「は、はい!」

 

 彩那の言葉に緊張した様子で答える。

 模擬戦の観戦に集中する。

 ただ、あまり褒められた内容ではないが。

 模擬戦を観ていたヴィータが段々と不機嫌そうな顔になっていく。

 3人の模擬戦に首を傾げるエリオにフェイトが話しかける。

 

「どうしたの? エリオ。気になることがあるなら言っていいんだよ」

 

「あ、はい。なんて言うか、危ないなぁって思って」

 

「わたしも思いました。スバルさんが捨て身というか……」

 

 エリオとキャロの感想にフェイトが困った顔で笑う。

 角を立てずに説明しようとするが、上手く纏まらないのだろう。

 そこで吐き捨てるようにヴィータが言う。

 

「正解だ。あんなモンは勝つ為の作戦でもなんでもねぇ! ティアナのヤツ、なに考えてんだ!」

 

 ある程度は予想していたが、思った以上に酷い戦い方にヴィータは不快感を隠しもしない。

 

「ホテルでの件で犯した失態を取り戻そうと躍起になった結果かしら。それでナカジマ二士を危険に晒してたら世話ないわね」

 

 ヴィータの彩那の会話にエリオとキャロが頭に? を浮かべている。

 

「身も蓋もない言い方をするなら、ランスター二士が良い格好する為にナカジマ二士を捨て駒にする戦い方という事よ」

 

「その上、アタシらが教えた技術や戦術をガン無視して模擬戦してやがる! あんな付け焼き刃が通じるわけねぇだろうがっ!」

 

 教えた側からすれば、自分達が教え込んだ事を全否定されているに等しい。

 

「そろそろ決着ね」

 

 正面から向かってくるスバルをなのはは相手にせず、ひらりと回避し、反対側に居たティアナに突っ込んで行った。

 慣れない砲撃魔法の準備に入っていたティアナはそれを取り止めて突っ込んでくるスバルを避けようとするが、なのはがバインドで拘束する。

 

「イタァッ!?」

 

「キャッ!?」

 

 そのまま2人は激突し、体勢を崩すと、ダメ出しとばかりになのはが複数の射撃魔法でティアナとスバルを撃墜した。

 スバルの引いたウイングロードから落ちていく2人をなのはが魔法のネットを作って地面に落ちないようにする。

 2人は意識を失っているのか、微動だにしていない。

 

「ふむ。まぁ過程も含めて概ね予想通りの結果だったわね。ヴィータ三尉からしての教え子の評価は? 5段階評価で」

 

「んなもん0に決まってんだろ! こっから説教コースだよ!」

 

「手厳しいわね。じゃあ私は新しい事に挑戦しようとする意気込みだけは評価して1にしておきましょうか」

 

 そう言うと、軽く伸びをする彩那。

 

「そろそろ戻るわね。八神部隊長の手伝いをしなきゃいけないから」

 

「あ、そうだね。それじゃあ2人共。後でね」

 

「え? フェイトさん?」

 

 この場を離れる彩那とフェイトにエリオとキャロが不思議に思っているが、ヴィータが2人に指示を出す。

 

「わりぃけど、急いでバケツに水汲んで来てくれ。2人分だ」

 

『は、はい!』

 

 ヴィータの指示にエリオとキャロが慌ててバケツに水を汲みに行く。

 

「さってと……」

 

 訓練場の地面に意識を失って横たわる2人。

 もっと長い間無茶な自主練を重ねれば、明日の朝か、早くとも今日の夜まで起きなかったかもしれない。早急に対応したのが幸を成した。

 エリオとキャロが汲んだバケツの水をヴィータが2人の顔にぶっかける。

 冷たい水をかけられて、2人が目を覚ました。

 

「オラ! シャンとしろ!」

 

 ヴィータに怒鳴られて、反射的に背筋を伸ばす2人。

 不安そうにしているティアナとスバルにバリアジャケットを解除したなのはが質問する。

 

「2人共、今日の模擬戦はどういうつもりかな?」

 

 静かだが少し強めの口調で問うなのはに2人は表情を強張らせる。

 

「さっきの模擬戦、スバルへの危険が高いし、ティアナの隙も大きかった。下手をしたら怪我じゃ済まない惨事になってたと思うんだけど?」

 

 2人の連携は前衛をスバルが務めつつティアナが射撃で援護。相手の隙を突いて突破力のあるスバルが敵を撃墜が基本である。

 しかし今しがた行われた模擬戦では、スバルは何度も攻撃のチャンスを逃していたし、ティアナまで接近戦に乗り出す始末。

 おまけに砲撃魔法だ。

 練度の低い技術を作戦に組み込んだせいで足の引っ張り合いになり、足し算どころか引き算になってしまっている。

 

「……今回は時間が足りなくて連携が納得出来る練度に達してませんでした。だけど時間かければ必ず……」

 

「ふーん。それはそれとして、どうして今の連携や近接戦闘に砲撃魔法に関して、一言相談してくれなかったのかな? 質問してくれればアドバイス出来る事もあったと思うんだけど?」

 

 砲撃魔法はもちろん、近接戦闘にせよ戦術にせよ、意見を求められたならなのははちゃんとアドバイスしただろう。

 

「なのはさんとの模擬戦で意表を突く為に黙ってました。いけませんでしたか?」

 

「ティアナ。その考えはちょっとズレてるね。私達の当面の敵はガジェットなんだよ? もちろん対人の戦い方も学んでもらってるけどさ。ティアナは私に勝つ為に訓練をしてたの?」

 

 なのはの言葉にティアナがグッと黙る。

 追い打ちをかける形でエリオとキャロに視線を向ける。

 

「それに、スバルと2人だけで訓練しても、今エリオとキャロが一緒に現場に出て、すぐにその戦術に組み込める? ティアナの頭の中では組み込めても、2人がそれに合わせられないよ。だってそんな事、練習してないんだから」

 

 ティアナはフォワードメンバーの中の頭脳役(ブレイン)だ。

 年齢的にもそうだが、面倒見が良く、的確な指示を送れるティアナだから自然とその役に落ち着いた。

 現場では臨機応変に対応する機転は確かに求められるが、その下地がなければどうしょうもない。

 なるべく角が立たないように話しているつもりだが、ティアナの表情からその不満が読み取れる。

 これはなのはの未熟さ故だ。

 なのは自身、長期的な教導は初めてで、信頼関係を築くのを怠った。

 気持ちが先走って教え子の精神状態を把握しきれなかったのだ。

 思えば、かつてのフェイトや騎士達のような敵対関係ならいざ知らず、仲間内でこうも反抗的な相手というのも初めてな気がする。

 なんだかんだで、事件に対して皆が一丸になって解決しようと走ってきた。

 意見の相違はあっても、感情だけで反発される経験がなのはには乏しいのだ。

 だからなのはも腹を決めて話すことにした。

 

「ちょっと聞いてくれるかな?」

 

 突然話が変わり、フォワードメンバーが瞬きする。

 先ずは完璧な高町なのはのイメージを崩す必要がある。

 

「頑張り過ぎて痛い目をみた私の失敗談を──―」

 

 

 

 

 

 




原作でシャーリィがなのはの過去を明かすのははっきり言って駄目だと思う。
このなのはさんは原作とは別の挫折を味わってる設定。


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番外編1ー2:お食事会【後】

「日本のバームクーヘンは本場ドイツの物とは別物らしいわよ」

 

「うん。なんで餃子の皮を作りながらバームクーヘンの話をしとるん?」

 

「特に理由はないけど? それとコレは餃子じゃないわよ」

 

「そぉか?」

 

 そんな風に意味のない会話をしながら2人は互いに自分の料理を作る。

 リインフォース・ツヴァイの発案で始まった食事会の準備の真っ最中である。

 

「果物を潰して塩揉みした物をチーズと一緒に皮に包んで揚げるのよ。ホーランドでは定番のオヤツね」

 

「おぉ。彩那ちゃんのホーランド料理も久々やな」

 

 偶に彩那はホーランドやその世界にあった料理を作ってくれる事がある。

 後でレシピを教えてもらう約束をしながら料理を続ける。

 そこで普通の子供サイズになったリインフォース・ツヴァイが大きな銀のトレイを持って近付く。

 

「はやてちゃん! ハンバーグのタネ、終わったですよー!」

 

「おぉっ! 早いなぁ、リイン。偉いでぇ」

 

 煮込み料理を作っていたはやてがツヴァイの頭を撫でるとえへへっと気持ち良さそうに目を細める。

 そんな八神家の末っ子の様子に癒やされていると、彩那が揚げ物をし始めると同時にリインフォース・アインスがはやてに指示を求める。

 

「主。サラダとおにぎりの方は終わりました。次は何をしましょう?」

 

「それじゃあ、リインに煮込みハンバーグの作り方を教えてあげて。リイン、アインスの言う事をちゃんと聞くんやで?」

 

「分かりましたです! 八神部隊長!」

 

 ビシッと敬礼するツヴァイにはやては腕を組んでウンウンと頷く。

 しかし、敬礼を解くと、このキッチンで異様な雰囲気を醸し出している場所を不安そうに指差す。

 

「はやてちゃん。そろそろフェイトさんを止めなくて良いんですか?」

 

「ん? えぇんちゃう? 作業が捗っとるのは事実やし」

 

 そこには無駄に気合の入ったフェイトが凄い勢いで料理を作っていた。

 

「エリオはいっぱい食べるからもっと用意しないと。キャロは普通だけど訓練後ならお腹空いてるよね? アレも作らなきゃ! コレも作らなきゃ! それで栄養バランスも考えて……ああああっ!? 時間が足りないよぉ!」

 

 ここ最近、捜査ばかりでエリオやキャロとはあまり触れ合えてなかったフェイトが2人の為に一生懸命料理をしている。

 その種類たるや、幾つもの和洋中の料理を同時に作っていた。

 

「昨日の内に下拵えが済んでいたとはいえ、相変わらず2人の事になると爆発力が凄いわね」

 

「ちょっと違うで、彩那ちゃん。なのはちゃんも込みや」

 

「あぁ、そうね」

 

 フェイトの中で、今回の主役であるティアナとスバルの優先度が下がっているのを確信しつつ、彩那はパスタを茹でている間にソースを作る。

 はやても次の料理に取りかかった。

 そこでツヴァイが不安そうに呟く。

 

「ティアナとスバルは大丈夫でしょうか?」

 

「さぁ? でもここまでお膳立てしてもまだ、自分のやり方だけに拘るなら、それ相応の処遇を覚悟してもらわないと」

 

 冷たい彩那の言葉にツヴァイがビクッと肩が跳ねた。

 それにアインスの方がフォローする。

 

「気にするな、ツヴァイ。綾瀬は高町の事を信頼しているから突き放すような言い方をしているだけだ」

 

「せやで。なのはちゃんなら意固地になってるティアナの心を解してくれる思うからここで料理してるんや。そうやなかったらとっくに別の方法で解決しとるよ」

 

 この主従からの信頼に彩那の麺を茹で加減を見ながら息を吐く。

 

「買い被りよ。専門に任せた方が上手くいくと思ってるだけ。大体、何とか出来るのなら最初からしてるわよ」

 

 彩那の返答にはやてが、え〜、とニヤニヤと笑う。

 

「でも、彩那ちゃんが勝手に解決したらなのはちゃんは自信が揺らいで傷付くやろ? それに直接の上司であるなのはちゃんより彩那ちゃんを信頼されるのも上手くない。だからどんな形にせよ、なのは隊長がティアナの心を解す形で事を収めたかった。違うか?」

 

 はやての推測に彩那は麺を茹でている鍋の火を止めてから話す。

 

「ついでにここで私が手を出し過ぎると、高町さんの教導官としての評価に響くのよ。1人で解決する必要は無いけど、最終的に教官である高町さんに何とかしてもらわないと」

 

 今回のような少ない人数を集中的にする教導は初めてなのだ。全てが上手くいかないのは当たり前。

 帳尻合わせに周りの手を借りるのも間違ってないが、なのは自身も生徒と向き合って解決しなければ意味がないのだ。

 

「要するに、高町さんの生徒なんだから、貴女が面倒見なさいって事よ。必要以上に口出しすべきじゃないわ」

 

「あははは! 彩那ちゃんはスパルタやなぁ!」

 

 だがその言葉が信頼の上で成り立っている事を知っている。

 着々と料理が仕上げながら彩那はティアナに関して話す。

 

「そもそも色々とズレてるのよね、今のあの子は」

 

「と、言うと?」

 

「執務官を目指してるなら、現役にテスタロッサさんが居るのだから、本人にアドバイスをもらうなり、勉強を見てもらうなり出来るでしょう。テスタロッサさんも頼まれれば断らないでしょう?」

 

 突然話を振られてフェイトが正気()に戻って答える。

 

「うん。ティアナが執務官希望って聞いてたから、もしも試験に関して質問されたり、勉強を見てほしいってお願いされたら時間を作るつもりだったよ。それに、これからの評価次第だけど、六課解散後は執務官補佐としてスカウトする気だったし」

 

 フェイトにはシャリオ・フィニーノ一等陸士という補佐は居るが、彼女は事務関係専門だ。

 一緒に現場に出られる補佐も探していて、ティアナさえ良ければスカウトするつもりだった。

 

「捜査で忙しかったテスタロッサさんに気を使ったにしても、執務官になるつもりなら、チャンスを活かせる行動力がないと難しい。戦闘に関しても、せっかく教導官がいるのだから、意見を訊けばいい。先日フレンドリーファイアしかけたばかりなのに、どうして失敗した時の事を考えないのかしら?」

 

 それだけならティアナが勝手に暴走して自滅した、で済む話だが、六課の立場上、それだけでは済まない。

 かなり強引に人員の引き抜きと部隊の設立をした六課は、地上部隊からの印象があまり良くない。

 対AMFの新人教育も仕事の内容に組み込まれている以上、簡単に放り出す訳にもいかない。

 ティアナ自身は紛れもなく真面目で優秀であり、向上心もある。生徒としては理想的な人物だ。

 そんな局員を教導出来ませんでした、とあっては、高町なのはの教導資質を疑われる事になるだろう。

 そして、それを理由に地上本部から色々な横槍が入り、活動を制限される可能性もある。

 

「今更やけど、ティアナ1人の為に今回のパーティーはちょっと大袈裟やない?」

 

「私も思った。彩那らしくないっていうか」

 

 大事な時期とはいえ、1人の隊員の為に優遇し過ぎている。

 いつもなら、その場で解決すれば、口出ししないのに。

 ツヴァイの案とはいえ、ちょっとらしくないと2人は思っていた。

 

「……久しぶりに八神さんの手料理が食べたくなったからって言ったら信じるかしら?」

 

「それは嬉しいけど、騙されんよ」

 

 そんな個人的な理由で態々パーティーをする許可など出さないだろう。

 じーっと見つめられて彩那は小さく息を吐く。

 

「昨日の夜、ランスター二士とナカジマ二士を説得してて思ったのよね。私、2人を本気でどうにかしようと思う熱意も愛着もないんだなって」

 

「えぇっ!?」

 

 彩那のカミングアウトにツヴァイが両手を上げて驚く。

 昨日理詰めで2人を止めようとしたが、2人への関心の無さに彩那自身がビックリした。

 

「上司として忠告や警告はするわ。仕事だもの。でも、なにがなんでも2人の無茶を止めたい、とか。今後の心配とかどうでもいいのよね。私個人としては」

 

 なのは達と違って身内というか、味方に対して無条件に親身に接する訳では無い。

 それは彼女が薄情なのではなく、彩那の中で親密さが一定のラインを越えないと本当の意味で身内とは判断しないからだ。

 

「だから、高町さんに任せた面もあるのよ。私みたいに立場だけで接する人間より、親身になってくれる人の方があの子達には合ってるでしょうし」

 

 言葉だけではどれだけ理屈の上で正しくても納得しないだろう。

 彩那自身、そこまでの情熱はない。

 心が伴ってなければ、どれだけ言葉を尽くしてもきっと届かないだろう。

 

「それとこのパーティーに何の関係が?」

 

 アインスの質問に彩那がうん、と頷く。

 

「コミュニケーション不足はスターズだけの問題じゃないって事よ」

 

「どういうことですか?」

 

「この部隊って上は私達昔馴染みで固めてるけど、下はそうじゃないでしょう? ライトニングの2人もそうだし。この部隊で初対面の人も多いわ。何より、前線の隊と後衛もあまり話さないじゃない」

 

 デバイスの調整を請け負っているシャリオ・フィニーノなどを除いて、前後の部隊の人間でグループ分けされて交流が少ないと彩那は感じていた。

 

「もう六課(ここ)での業務にも慣れてきて、余裕が出てきた頃合いよ。そろそろ隊全体で親睦を深めるのも悪くないわ。六課解散後は、それが大事な人脈(パイプ)に繋がるでしょうしね」

 

 まだ自分の仕事に精一杯で人脈づくりにまで気が回らない者には良い機会だろうと思う。

 これから仕事の危険度も増す可能性が高く、時間が取れる時にお互いを知っておく事も必要だろう。

 

 彩那の説明にツヴァイが感心する。

 

「そこまで考えてたんですか?」

 

「ツヴァイ曹長も、今日は色んな隊員から話を聞きなさい。階級はともかく、貴女が1番経験不足なんだから」

 

「はいです!」

 

 向けられた彩那の言葉にツヴァイが気持ちのいいくらい元気良く返事する。

 はやてが彩那の背中をバシバシと叩いた。

 

「いやー、流石は✕✕歳! 頼りになるわぁ!」

 

「え? それ今言っちゃうの、はやて!」

 

「……まぁ、別にそれくらいでは怒らないけど。年齢云々を持ち出したら、八神さんの家族は相当なものだと思うのだけれど?」

 

 彩那がアインスに視線を向けると本人は苦笑して誤魔化し、はやては肩をすくめた。

 

「ウチの子らの人生経験は偏っとるから仕方ないやろ?」

 

 そんな風に、和やかな雰囲気で料理が完成していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い目をみた、ですか……」

 

「うん。私の教導官としての失敗談かな?」

 

「なのはさん?」

 

 なのはは笑みを浮かべでいるが、そこには明らかな哀しみが浮かんでいる。

 

「管理局に入局して私が戦技教導官を目指したのは、私が戦技を教える事で、危険な任務に就いても皆が無事に帰って来られるようにって思ったから」

 

 なのはの実力なら、武装局員として一緒に任務を行う仲間を守れただろう。

 だが、それはあくまでも共に任務をこなす者達に限られる。

 それよりも、局員1人1人の実力を底上げした方が、より多くの局員を守れる。

 なにより、技術を教えて成長する教え子をみたいと思ったからだ。

 

「でもやっぱり最初は上手くいかなかったよ。先輩の補佐として教導に参加したけど、あまり真面目に私の話を聞いてくれなかったからね」

 

 話を聞いてくれない、というなのはの言葉にフォワードメンバーは驚く。

 エースオブエースと呼ばれるなのはの教導を真面目に受けない局員が居るなんて、と感じたのだ。

 しかしそれは近年のなのはしか知らない者の感性である。

 

「戦技教導って、素人を基礎から鍛えるんじゃなくて、ある程度経験のある局員が、より上の技術を学ぶ為の場だからね。その時の生徒は私よりも皆歳上で、管理局の歴が長い人達ばかりだったから。子供の私から技術を教わるのに抵抗のある人も多かったんだよ」

 

 高町なのはは当時から局内で有名だったが、一方でその功績に疑問視する者も少なくなかった。

 ジュエルシード事件と闇の書事件。

 まだ10にもなっていない小娘が、そんな大きな事件解決に多大な貢献をしたなどと、誰が信じられるのか。

 

「当時は、どうしたら私の話をちゃんと聞いてくれるのか、結構真剣に悩んでたなぁ。でもそんな中で、私の教導を真面目に聞いてくれる人が居たんだよ」

 

 苦い記憶を掘り起こして話すなのは。

 

「年齢は当時の私よりも少し上くらいで歳が近かった事や、魔導師としての戦闘スタイルが似ていた事。同性だったのもあって、話しやすかったのもあってね。スゴく真面目に私の教えを受けてくれたの」

 

 他の人が真面目に取り合わない中で確りと話を聞いてくれる生徒。

 なのはがその局員の指導に熱を上げるのは当然の流れだった。

 

「私が子供の頃にしてた訓練とか色々とアドバイスしたよ。でもね、今思い返すと中途半端だったんだ」

 

 当時のなのははまだ地球の学生であり、任務で飛び回っている事も多かった。

 その人物に付きっきりでいられる訳がない。

 子供の頃になのはがやっていたリンカーコアに負荷をかけたり、イメージによる模擬戦。

 子供とは思えない密度の訓練は確実になのはの魔導師としての実力を向上させたが、それはあくまでもレイジングハートという優れたインテリジェンスデバイスを有して初めて成立する。

 

「その人は私が教えた訓練を試して、魔導師としての実力を伸ばしていったの。それに浮かれたみたいで」

 

 強くなっていく実感を欲しさに、訓練にのめり込んでいった。

 それこそ、休息も忘れてただひたすらに訓練を続ければ強くなれると信じて。

 

「ある日、訓練の終了間近に緊張の糸が切れたらしくて意識が曖昧になった結果、事故が起きて大怪我を負ったの」

 

「!?」

 

 静かに話すなのはに聞いていたフォワードメンバーは驚きの表情になる。

 

「休むのを疎かにして無茶な訓練を続けたのが原因だね。続いてた集中力が切れて訓練中に事故を起こしたの」

 

 ティアナの息を呑む雰囲気を察したが、敢えて彼女個人ではなく、4人に視線を当てる。

 

「幸いなのは、その事故に巻き込まれた人が居なかった事かな。これが実戦だったら大問題になってたよ」

 

 なのは自身、その訓練で教え子、と呼んでいいのかは微妙なところだが、その人が墜ちて心臓が止まりそうな程のショックを受けたのは事実だ。

 そこでティアナが恐る恐る質問する。

 

「それで……その人は……?」

 

「うん。命に別状は無かったし、日常生活を送る分には問題無かったけど、武装局員としてやっていくのは難しいって。リハビリを続ければ復帰出来るかもしれなかったけど、魔導師として技術の伸び代が1番ある時期は完全に逃すからね。他にも色々と理由があって局を辞めたよ」

 

 たった1度の失敗で管理局を去っていく。

 それは、未来に希望が溢れている子供達にとって恐ろしい想像である。

 

「お見舞いに行った時は遠回しに非難されたよ。どうしてもっとちゃんと教えなかったんだって。局員としては罰せられる事はなかったけどね」

 

 なのはがやったのはあくまでもアドバイスの範囲であり、その訓練を課した訳ではないし、本人の力量は間違いなく上がっていた。

 問題は、自身の限界を考えない訓練量なのだ。

 少なくとも管理局はそう判断した。

 しかし、なのはの中ではそうではない。

 

「人に物を教えるって。その人の人生の一部に責任を負うって事なんだって思ったよ。少なくとも、私の生徒で居る内は。だから半端な事をしちゃ駄目なんだって」

 

 事故を起こした責任の一端は間違いなく自分にあるとなのはは言う。

 自分がその人の局員としての人生を滅茶苦茶にしたのだと。

 そこでなのははティアナに目を合わせると、彼女は無意識に体を小さくした。

 

「強くなる為に無理をするのは必要だよ。私自身、そうして強くなっていったのは否定できないしね」

 

 だけど、彼女には頼れる愛機(デバイス)と、本当に無理をしている時には力づくで止めてくれる友達がいた。

 

「だけど、無理を重ねるっていうのは、体にしろ心にしろ苦痛を与え続ける行為なんだよ。限界の見極めを間違えたら、必ず取り返しのつかない事になる」

 

 そして、自分の限界というのは、意外にも判断しづらい。

 まだ余裕なのに無理だと思う人も居れば、限界に達してもまだ、と無理を重ねてしまう人も居る。

 

「だから私は、自分の教え子には先ず壊さない、壊れない教導をしたいと思ってます。訓練は勿論、どんな任務でも無事に帰って来られるように。長くこの仕事を続けられるように。少し遠回りに思えるかもしれないし、地味な訓練で強くなっている実感は得にくいかもしれません。だけど、必ず成長させると約束します。もう、あんな想いはしたくないからね。ティアナ」

 

「は、はい!」

 

 名前を呼ばれて思わず姿勢を正す。

 だが、なのははティアナを叱責せずに優しい目で微笑む。

 

「もしも私の訓練に不満があるなら、言ってくれれば考えるから。もちろん、全部に応える事は出来ないけど、なるべく希望には沿うつもりだよ。だから、今回みたいな無茶は控えてほしいね」

 

「はい……申し訳ありません」

 

 ようやくティアナは心から今回の件を詫びる。

 なのはの話を聞いて、自分が壊れる可能性に恐怖を覚えたのと、なのはが自分の将来を考えて真剣に指導をしてくれていた事を実感したからだ。

 

 話が一段落した事でなのはが別の話をする。

 

「それじゃあ、ティアナ。後で綾瀬副部隊長に謝りに行こうか。ケジメとして」

 

「へ?」

 

 何故そこで副部隊長への謝罪という話になるのか。

 首を傾げるティアナにヴィータが息を吐く。

 

「オメー昨日、副部隊長に言っただろうが。“なにも失敗したことのない。失ったことのない貴女に、凡人の私の気持ちなんて理解できない”ってな。アレ、かなり問題のある発言だからな」

 

「……──―っ!?」

 

 数秒かけて自分が言ったことを思い出して羞恥からティアナは顔を真っ赤にさせる。

 それを聞いたエリオとキャロは、え? そんなこと言ったんですか? という顔でティアナを見ている。

 上司に向かってあの発言はない。

 アレこそ自分が冷静さを失っていた証拠だと頭を抱えたい気分だった。

 

「まぁ、なんだ。副部隊長も別に気にしてねぇと思うぞ。キレてんならアタシらが全力で止めねぇとだし」

 

 ヴィータの言葉になのはも苦笑いをしつつ肯定する。

 

「そうだね。だけどティアナ。綾瀬副部隊長は大切な人を失う悲しみや痛みを誰よりも知ってる人だよ。だから形だけじゃなくて真面目に謝ってほしいかな?」

 

 なのはの要望にスバルがおずおずと手を挙げる。

 

「それってどういう……」

 

「こういうお仕事だからね。長く勤めれば、それだけ失敗や辛い思いもしてきたってこと」

 

 妹を狙撃で誤射した事で自信を失くし、武装局員から身を引いたヴァイス。

 血の繋がった母を失ったフェイト。

 それにエリオやキャロも。

 管理局に所属をしているかはともかく、生きていれば何かを失ったり、失敗する経験は大小問わず付くものだ。

 

 ──―私は、生きていてもいいのかな? 

 

 自分が生きていてもいいのか。それすら自信が持てなくなるくらいに心に傷を負った優しい人。

 あの時の哀しみに満ちた声は今もなのはの耳に残っている。

 それから場を和ませる為の冗談なのか。それとも脅しなのか判らない事をヴィータが言う。

 

「ちなみにアタシは昔、副部隊長に爆殺されかけた事がある。下手に怒らせて殺されんなよ?」

 

「え?」

 

 勿論教え子達は引いていたが。

 はやてから念話が届いたなのはが手を叩く。

 

「それじゃあ、訓練はここまでにして、着替えようか。会場の準備も整ったみたいだし」

 

「会場、ですか?」

 

「うん。今日は特別。部隊長達が美味しい食事を用意してくれてるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆も、そろそろ六課の業務に慣れてきた頃やと思って、この親睦会を計画しました。今日は前も後も関係なく、交流を行い、六課が解散した後も交流が続いてほしいと思ってます』

 

 そんな部隊長の挨拶からパーティーは始まった。

 パーティーが始まってしまえば各々で立食形式の料理を取り、食事を楽しみだす。

 

「わぁ! このパスタ! 今まで食べたことないけどおいし〜!」

 

 自分の皿に盛り付けたパスタを満足そうに食べている。

 

「はい! 最初はピリッとして辛かったけど、噛んでると癖になりますね!」

 

「う。わたしにはちょっとこの辛さは苦手かも」

 

 エリオも絶賛するが、キャロには少し苦手な辛さらしい。

 そこでフェイトが近付く。

 

「ならキャロ。こっちを食べてみて。私が作ったんだよ」

 

「あ。はい。こっちの方がわたしは好きです」

 

「エリオも食べて見て」

 

「はい! でも僕達だけじゃなくてフェイトさんも食べてください」

 

 フェイトは子供達との触れ合いが海鳴以来であり、嬉しそうだ。

 

 手当たり次第料理を載せているスバルが手を止めているティアナに話しかける。

 

「どうしたの、ティア? 早くしないと無くなっちゃうよ?」

 

「その原因の大半がアンタだけどね。ちょっと食べたことのない料理がチラホラあるから驚いて」

 

 ティアナが今食べている揚げ物は中身が肉類かと思ったら果物で、美味しいが驚いた。

 

「それ、綾瀬副部隊長が作ったやつや」

 

 突然話に入ってきたはやてに2人はビックリした。

 

「これ、綾瀬副部隊長がつくったんですか! 食べたことのない料理ですけど美味しいです」

 

「うん。今回はわたしやリイン姉妹。フェイト隊長や綾瀬副部隊長とか。アイナ寮長も。とにかく沢山作ったから遠慮せんで食べてな」

 

「はい!」

 

 胃袋を掴まれたスバルが嬉しそうに返事する。

 はやては近くのテーブルに置かれてる料理を盛って食べる。

 

「あの、八神部隊長。綾瀬副部隊長が何処に居るか知りませんか? 見当たらないんですけど」

 

「綾瀬副部隊長なら、ちょっと古巣の方から連絡が来て、その対応にな。すぐに戻ると思うよ?」

 

「そう、ですか……」

 

 昨日の件で謝罪しようと思ったのだが、タイミングが悪かったらしい。

 

「なんの話かはともかく、そんなガチガチに緊張しとったら、お話するの大変やない?」

 

「う! ……分かってます」

 

 だが、昨日の失礼な態度を思い返してどうしても尻込みしてしまうのだ。

 その様子にはやては仕方ないなぁ、と苦笑する。

 

「ならわたしが耳寄りな情報を教えたるよ? 彩那ちゃんは実は──―」

 

「その先を口にしたら、八神部隊長。貴女の恥ずかしい過去をマスコミに流すわよ?」

 

「……ごめんな。やっぱり言えん」

 

 突然現れた彩那がそう囁くと、はやては滝のような汗を流して言おうとした事を止めた。

 

(え? え? 八神部隊長はなにを言おうとしたの!? それに恥ずかしい過去って?)

 

(ア、アタシが知る訳ないでしょっ!?)

 

 恐怖するスターズの2人。

 彩那はティアナに視線を向ける、

 

「それで? ランスター二士は私に話があるそうだけど? 外で話した方がいい?」

 

「は、はい。その方が」

 

 パーティーの場で謝罪すると場の空気を壊してしまうかもしれない。

 なにより、大勢の前で頭を下げるより、2人っきりの方が気分的に楽だった。

 

 会場を出て少し歩くと、彩那が手の平で何度か掴むような動作をして解放するように広げると、2人を包むように青い光の壁が現れる。

 

「音を外に漏らさないだけの結界よ。勝手に追ってきて盗み聞きしそうな人が何人か居そうだし。プライバシーの観点からね」

 

 彩那の勘は正解であり、曲がり角で数人が2人を見守っていた。

 

「それで話って?」

 

「その……すみませんでした! 昨日は本当に!」

 

 頭を下げるティアナに彩那はうん、と頷く。

 

「分かりました。ランスター二士の謝罪を受け入れましょう」

 

 あまりにもアッサリと赦されてティアナは呆けた表情になる。

 不思議そうにしているティアナに彩那は肩をすくめた。

 

「元々そんなに気にしてないのだし、貴女からの謝罪があったならケジメとしては充分でしょう。でも気をつけなさい。ここは色々と特殊だからそれで済んだだけで、他所で昨日みたいな事を口にしたら、人間関係が最悪になって、仕事が出来なくなるわよ」

 

 顔に巻かれた包帯の奥にある表情は一切揺らがず、感情がまったく読めない。

 そこで思い出した様子で彩那はティアナに助言する。

 

「そういえば昨日、私が特別だと言ったけど。それが必ずしもプラスとは限らないのよ。むしろ、強くなる上でデメリットも多いと思うわ」

 

「デメリット、ですか?」

 

「そう。たとえば、ミッド式は使い手が多いでしょう? だからその分、参考に出来る資料や相談出来る人も多いという事よ。逆にホーランド式は使い手が少ない。というか、管理局では私以外の使い手はいない筈だから、なにをするにも1から自分で試行錯誤する必要があるわ」

 

 なんせ、普通は当然の機能として使える筈の非殺傷設定すらなく、搭載には時間と労力をかけたのだから。

 

「執務官を目指すなら、自分と周囲の“差”よりも“違い”を意識なさい。そうでなければ、局員として長続きしないわよ」

 

 他人の自分より優れた部分を羨ましがって、コンプレックスを発症させてばかりでは、さぞや生きづらいだろう。

 それに執務官になる事もゴールではない。

 そこから執務官で在り続ける為に実績を積み上げていく事が必要なのだ。

 

「少し前にある人に言ったけど、焦りと自棄で力を求めても碌な結果にならないわよ」

 

「……はい」

 

(こんなものかしら?)

 

 ティアナの様子からもう大丈夫だろうと判断し、手を軽く叩いて結界を消す。

 

「それじゃあ会場に戻りましょう。お節介な人達の対応は任せるわね」

 

 曲がり角で様子を伺ってる者達を指差す彩那。

 それに気付いて向こうは、げっ、と表情を引きつらせるが、バレないとでも思っていたのだろうかと少し心配になる。

 ただ、その中になのは達が居ないのが少し意外だった。

 隠れている他のフォワードとシャーリィの相手を任せて彩那は会場に戻る。

 

「お。戻ってきた。彩那ちゃんの分は確保しといたよぉ」

 

「ありがとう」

 

 料理を盛り付けた皿を渡される彩那は礼を言う。

 リインフォース姉妹が作ったミニハンバーグを食べつつなのは達を見る。

 

「どうしたの、彩那ちゃん」

 

「いえ。貴女達が様子を見に来なかったのがちょっと意外だったから」

 

「まぁ、彩那ちゃんなら上手くやってくれると思ったし?」

 

「うん彩那がこれ以上ティアナを追い詰めるとは思わないからね」

 

「……信用されてて嬉しいわ」

 

「いややわぁ。信頼って言うてほしいで?」

 

「そうね」

 

 はやての言葉を適当に流す。

 なのはが彩那に話しかける。

 

「彩那ちゃん、覚えてる? 私が教導で失敗してしばらく落ち込んでた時に言ってくれたこと」

 

「私、なにか言ったかしら?」

 

「ひどいなーっ!? 私、彩那ちゃんの言葉でまた戦技教導に戻ろうって思えたんだよ!」

 

 軽く拗ねるような仕草をするなのは。

 皆に話したあの件。

 その後、なのははしばらく誰かに物を教えるのが怖くなり、教導の研修や仕事から遠ざかっていた。

 代わりに新装備のテストや、ヴィータやフェイトなどと各世界を飛び回っていた。

 そんなある日に彩那から言われたのだ。

 

『それで、高町さんは大きな失敗をするたびに、別の場所に逃げるつもりなのかしら?』

 

 責めたり、失望する響きはなく、学校の部活動を辞めるのか、と訊くような感じだったと思う。

 

『高町さんの中で諦めがついたのなら、私からはなにも言う気は無いけど、それでいいの?』

 

 皆が気を使ってその話題に触れない中で1人切り込んできた。

 

『失敗して臆病になるのは分かるけど、その経験があるから活かせる事もあると思う。少なくとも、管理局は貴女の再起を望んでいるのでしょう? ここで辞めてしまうのは勿体ないわ』

 

 あれ以上教導から遠ざかると、また1から再研修しなければいけなくなるギリギリだった。

 もしかしたら彩那自身も誰かに頼まれていたあの話をしたのかもしれないが。

 それからなのはは再び教導の仕事に携わるようになった。

 先輩達は喜んでくれたし、何も知らない外野はなのはの訓練を受ける事に忌避感を覚えていたが、それも彼女が実績を積んでいく事で消えていった。

 

「ありがとう、私がここで最高の教え子の教官になれたのは、あの時の彩那ちゃんのおかげだよ」

 

 だけど、いつまでも彼女に甘えている訳にもいかない。自分ももう、守られている立場ではないのだから。

 そこで、ティアナ達が会場に戻って来た。

 

「あの子達は私が責任を持って育てるからね。心配しないで」

 

「そう願うわ」

 

「うん!」

 

 手を繋いでいたわけでもないのに、親の手から離れるような感覚をなのはは自覚する。

 少しの淋しさと嬉しさを胸になのはは戻ってきた教え子達のところへ歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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綾瀬彩那の敗北

GOD編開始。


 空間シミュレーター内の模擬戦で彩那は自身の不利を悟っていた。

 

(この状況は流石にマズいわね……)

 

 冷静に襲いかかってくる桃色の誘導弾を回避しているが、徐々に追い詰められつつある。

 

(短期訓練のメニューを終えて、何か掴んだのかしら? これまでよりやり難い)

 

 今日の対戦相手であるなのはとフェイトの成長に戦慄を覚えつつ彩那は回避に徹する。

 今の彩那はAAランクの魔力出力で模擬戦をしている。

 少し前までは2人を相手にAランクの魔力出力でやりくりしていたが、流石に勝ち逃げするのが難しくなった為に少しだけリミッターを緩めているのだ。

 なのはの誘導弾から逃げ切るとフェイトがバルディッシュを振るってくる。

 

「やぁっ!」

 

 気合と共に振るわれたバルディッシュを聖剣で受け止めると、すぐに距離を取り、再度突っ込んできた。

 

(ヒット&アウェイの判断が良くなったわね)

 

 こちらが鍔迫り合いを誘うと律儀に付き合ってくれる事が多かったが、今日は1度攻撃を行うと即座に退いてしまう。

 速度ではフェイトの方が上なので、これでは捉えるのが難しい。

 

(となると……)

 

 数回フェイトの攻撃を受けてタイミングを覚える。

 ここだ、というタイミングを見計らい、バルディッシュに聖剣を引っ掛けて動きを止める。

 

「なっ!?」

 

 驚きで動きが硬直したフェイトに、右手に用意していた霊剣を出して振るおうとした。

 そこで、違和感に気付く。

 

(あ。これは駄目だわ)

 

 振るわれようとした霊剣を止めて蹴りに切り替える。

 だが、急遽動きを変えた事で、その隙にフェイトには逃げられてしまった。

 

(この模擬戦で霊剣は使わない方が良さそうね)

 

 そう判断して霊剣を仕舞う。

 向こうの作戦としては、フェイトが彩那の注意を引き付け、攻撃力のあるなのはで撃墜する算段なのだろうが。

 

「ちっ!」

 

 上からなのはの射撃魔法の雨が襲う。

 シールドを展開して防ぎつつ、安全圏まで逃げようとするが、フェイトの方もハーケンセイバーを放って来た。

 不規則な軌道で向かってくる斬撃は直線的な射撃や砲撃魔法よりも避け難い。

 迎撃にも間に合わないと判断してハーケンセイバーの方にもシールドを展開し、接触と同時に爆発させ、その反動と爆煙を利用してなのはの攻撃範囲から脱出する。

 しかし、甘かった。

 

「ハァッ!!」

 

 体勢を整える前に、フェイトが接近してバルディッシュを横に振るう。

 遠心力を利かせたフェイトの攻撃にバランスを崩した状態の彩那では勝負にならず、なんとか聖剣で受け止めたものの、そのままフェイトに力任せに弾き飛ばされた。

 

「しまっ!?」

 

 設置型のバインドに捕まり、桜色の魔力に拘束される彩那。

 すぐに解除しようとするが、その上で金色のバインドが追加される。

 

(これは完全に詰んだわね……)

 

 冷静な部分がそう判断すると、フェイトがなのはに向けて叫ぶ。

 

「なのはっ! あとはお願い!」

 

「任せてフェイトちゃん! ディバイィン……」

 

 デバイスに溜め込んだ魔力が解放される。

 その照準の先には確かに彩那を捉えていた。

 

「バスタァーッ!!」

 

 桜色の魔力が容赦なく彩那の全身を包んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

『WINNER』

 

『やったぁっ!!』

 

 デバイスからの勝利宣言を受けてなのはとフェイトが互いの手を合わせて大喜びする。

 そこでエイミィから通信が入った。

 

『やったねー! 2人共に。彩那ちゃんの方は大丈夫?』

 

「問題ありません。もう起き上がれます」

 

 倒れていた彩那が上半身を起こすと、エイミィがさすが、と頷く。

 

『それじゃあ、ゲートを開くから、帰ってきて!』

 

 転移用の魔法陣が出現し、アースラに戻ると、そこには友人であるはやて、アリサ、すずかの3人と、その後ろにははやてのかぞくである騎士達が出迎えてくれた。

 

「3人ともお疲れさま。すごかったよ」

 

「毎回思うけど、完璧に現実離れしてるわね」

 

 すずかとアリサが戻って来た3人を労う。

 

「彩那ちゃんも惜しかったなぁ」

 

「いいえ。2人の成長は私の予想を完全に上回っていたわ。この間受けたっていう短期訓練で何かあった?」

 

 視線をなのはとフェイトに向けると、嬉しそうに話してくる。

 

「うん! 短期メニューで指導してくれた人が、AAランクの魔導師なのにわたしとフェイトちゃんの2人がかりでも全然勝てなかったの!」

 

「その訓練の後に、問題を出されたんだ。自分より強い人に勝つには、相手より強くならなきゃいけない。その矛盾に対する答えをね」

 

 なるほど、と頷く彩那とは対照的にアリサが首を傾げる。

 

「なにそれ?」

 

「その問題を出された後に模擬戦の映像を何回も確認して気付いたんだけど、その人は、わたし達の得意な戦い方を全然させてくれないの」

 

 なのはの説明を聞いてすずかが、意見する。

 

「つまり、自分に有利な状況を作るってことかな?」

 

「それも正解。だけど、向こうの方が経験が圧倒的に上だから、そう簡単にいかなくて」

 

「だからね。とにかく自分が1番得意なことだけに徹してみようって思ったの」

 

 自分に有利な状況を作るにはそれなりに経験がいる。向こうの方がその経験値が上なのだから、尚更難しい。

 ならもっとシンプルに。自分が1番得意な事に集中したらどうかと2人は考えたのだ。

 

「私は速さが1番自信があるから、今回はとにかくアヤナに捕まらないようにスピードで撹乱しようと思って」

 

「わたしの砲撃魔法の威力なら、ランクを落としてる彩那ちゃんの防御を絶対に突破出来るって思ったから。後は動きを止める為にフェイトちゃんと2人でバインドで捕まえることに集中してたんだよ」

 

「要するに、自分の得意分野で攻めて、彩那ちゃんに勝とうとしたわけやね。勉強になるなぁ」

 

「まだ総合力だとどうしてもアヤナに勝てないからね。でもこれならって部分でやってみた」

 

「ちょっと賭けの部分もあったけど、彩那ちゃんに勝つにはこれしかないと思ったの。それにフェイトちゃんとなら、お互いの弱点を補い合えるから」

 

 今回の模擬戦に関して自分達の作戦を語る2人。

 それが一段落すると、リインフォースが彩那に話しかける。

 

「ところで綾瀬。今回搭載した非殺傷設定の術式はどうだ?」

 

「駄目ね。実戦じゃあ、使い物にならないわ」

 

 肩をすくめてそう返す。

 

「魔力の供給率にムラがあるとすぐに殺傷設定に切り換わってしまうのよ」

 

 今回の模擬戦の目的はコレである。

 ここ数ヶ月、彩那のデバイスに非殺傷設定の機能を追加する為に頑張ったが、いまのところ難航していた。

 

「まぁ、最初の頃みたいにデバイスを起動させただけで術式が消去されるよりはいいけど、戦闘中に流す魔力を変えるだけで使えなくなるんじゃ話にならないわ。コレなら無い方がマシよ」

 

「ベルカとミッドの非殺傷設定の術式を参考にプログラムを組んでみたが、駄目か」

 

 リインフォースが次のアプローチを考える。

 彩那のデバイスに非殺傷設定を組み込む作業はユーノやアースラ局員達も手伝ってくれているが、ホーランド式との相性が悪いらしく、実戦レベルへの完成はまだ先になりそうだ。

 

「それと……」

 

 躊躇いがちに何か言おうとしたが、言葉を止めてしまう。

 

「どうした? 正直な意見を言ってもらわないとこちらが困る」

 

「えぇ。純粋魔力による攻撃はまだしも、直接斬りつける時の感覚は馴染まないなって思ったのよ」

 

 剣というのは斬れてこそ。

 斬り捨てるつもりで振るった筈なのに、与えるのは痛みだけという感覚には未だに違和感が大きい。

 ずっと戦場で敵を斬り捨ててきた彩那にはその感覚が不思議でならない。

 彩那の意見にシグナムが確かにな、と苦笑する。

 

「私もそれには同意だな。たまに武器として心許なく感じる。だがまぁ、慣れてゆくしかあるまい」

 

「そうね」

 

 闇の書事件が終わるまで、守護騎士達のアームドデバイスにも非殺傷設定が備わっていなかった。

 それらを扱うようになったのは、管理局に所属してからだ。

 彩那とシグナムの会話に子供達はなんとも言えない表情になる。

 なのはやフェイトからすれば、相手を必要以上に傷付けずに済む非殺傷設定はむしろ大切で頼もしく感じるが、真逆の感想を持つ2人がちょっと怖く思える。

 これは、駆け抜けて来た戦いの性質の違いだろう。

 微妙な空気になってしまった事で、彩那が話題を変える。

 

「八神さんはもう、新しい学校に馴れたかしら?」

 

「うん! すずかちゃんたちだけやなくて、クラスの皆えぇ人ばかりで助かってるし、楽しいよ」

 

「そう」

 

 安心したように彩那が息を吐く。

 学年が1つ上がったのを機に、はやてはなのは達と々学校に転校した。

 その際にクラス分けで離れてしまったが、すずかとは同じクラスだと聞いて安心した。

 

「わたしとしては、彩那ちゃんの方が心配なんやけど。また何かされてないか?」

 

 以前の状況を知るはやてからすると、今の彩那の現状の方が不安でいっぱいだ。

 

「2回も行方不明になったからか、用事がない限り生徒どころか教師も私に話しかけて来ないもの。問題なんて起きようがないわ」

 

「それが問題だって気付きなさいよ!」

 

 腫れ物扱いされている事をまったく問題にしてない彩那にアリサが頭を抱えた。

 

「う〜ん。やっぱり、彩那ちゃんも聖祥大付属(ウチ)に来ない? みんな揃えば楽しいよ」

 

「せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ。別にあの学校に愛着は無いけど、未練はあるから」

 

「?」

 

 彩那の言い方に皆が首を傾げる。

 親友達と一緒に入学して通った学校。

 せめて自分だけはそこで卒業したいという感傷である。

 

「まぁ、無理強いはしないけどね。それより! これから遊びに行くんだから、彩那はその悪目立ちする包帯は外しなさい!」

 

「えぇ、そうね」

 

 去年よりも賑やかな年度の始まりに、彩那は小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が訪れた海鳴の町を高層ビルから1人の少女が見下ろしていた。

 薄いピンク色の長髪が風で揺れる。

 

「ここが、地球……」

 

 夜でも明るく照らされ、賑やかな町並みに少女は息を吐く。

 平和そのものの世界を見ると、死に近付いている自分の故郷と比べて嫉妬の気持ちが沸き上がるのだ。

 それが理不尽な怒りだと理解していながら。

 

「目的は永遠結晶の確保。先ずは夜天の主ちゃんと接触しないとね」

 

 自分を鼓舞するように言葉を発し、端末に纏めたデータを確認する。

 その中に、高町なのは。

 フェイト・テスタロッサ。

 八神はやてなどの名前と顔写真が表示されていた。

 

「そして……」

 

 おそらくは今回少女が目的を達成する為の最難関となるであろう人物に視線を移す。

 惑星エルトリアに伝えられたホーランド王国最後の勇者。

 

「綾瀬、彩那……」

 

 

 

 

 



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闇の欠片、再び。

「つぅ……あっ、やぁっ!?」

 

「もう少し、広げてみましょうか」

 

「やっ……も、ムリぃ……!」

 

 彩那の提案をなのはは涙声でイヤイヤと首を振る。

 これ以上むりやりされたら裂けてしまう。

 なのに、彩那は力をまったく緩めてくれない。

 苦痛から唾液を飲むのを忘れて口から床に垂れる。

 

「彩、なちゃ……ほんとに、痛いの……っ! これ以上されたらわたしぃ……!」

 

 ついには涙目で許しを乞う。

 ジュエルシード事件ではフェイト。

 闇の書事件では守護騎士のヴィータや闇の書の管制人格(リインフォース)と闘った高町なのはも、今は年相応に弱音を吐いている。

 早くこの苦痛から逃れたいのに、彩那はそれを許してくれないのだ。

 

「もう少しだけ頑張りなさい」

 

 冷たく言い放たれて、なのはは息を止める。

 同時に下半身からミチッという音と痛みが伝わってきた。

 

「ひぐっ!?」

 

 与えられる感触が自分の身体を変えてゆくようで怖かった。

 そんななのはを見兼ねてか、彩那の声色が変わる。

 

「今は少しずつ身体を慣らしているのよ。必要な事だし、絶対に後悔させないから。もう少しだけ我慢して。ね?」

 

 優しい声だった。

 心の底からなのはを案じる声。

 それが、苦痛を和らげる薬のように。

 または、思考を鈍らせる毒のように。

 なのはに抵抗という選択肢を削り取っていく。

 そうして高町なのはは綾瀬彩那に身を委ねて──―。

 

 

 

 

 

 

 

「イタタタタタッ!? 彩那ちゃん! 彩那ちゃーんっ!? これ以上は手脚が外れちゃうからぁあああっ!!」

 

「体が硬すぎる高町さんが悪いのよ」

 

 ストレッチと治癒魔法を交互に受けているなのはの悲鳴が高町家の道場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは運動があまり得意ではない。

 空間把握能力はずば抜けて優れているが、純粋な運動神経は同学年の子と比べても下の方だろう。

 今までは魔法による身体能力の強化とレイジングハートの優秀なサポート。基本的に戦闘方法が中距離から遠距離な事。

 その他の要因により、これまでは大きな問題にはならなかったが、これからはそうはいかない。

 2人を見ていた美由希が苦笑交じりに忠告する。

 

「そんなに体が硬いと、すぐ体を痛めちゃうよ、なのは」

 

「うう……は〜い……」

 

 将来、時空管理局の局員として働くのなら、当然なのはは戦闘関連の役職に就くだろう。

 ならば、壊れにくい肉体は当然必要なのだ。

 出来れば早急に。

 幸い、なのははまだ子供なので、肉体が柔らかくなるのも早いだろう。

 

「わぁ。彩那ちゃん、柔らかいねぇ」

 

「どうも」

 

 座った体勢で脚を広げ、胸を道場の床に付ける彩那に美由希が感嘆する。

 

「フェイトちゃんも柔らかいんだよね」

 

 彩那がストレッチを終えると、今まで稽古をしていた士郎と恭也が動きを止める。

 

「それじゃあ、始めようか。彩那ちゃんは普通の長さの木刀でいいかい?」

 

「はい」

 

 士郎から木刀を受け取り、道場の真ん中で美由希と向かい合う。

 

「ルールの確認だ。生身への攻撃は寸止め。美由希は飛針や鋼糸を。彩那ちゃんも魔法は使用禁止。いいな?」

 

「分かってるよ、恭ちゃん」

 

「問題ありません」

 

 ルールを了承し、互いに少し距離を取ってから構えを取る。

 恭也が腕を上げて真っ直ぐに振り下ろした。

 

「始め!」

 

 合図をするが、双方構えを取ったまま、すり足で相手との距離を測る。

 姉と友達の試合を緊張しながら見学するなのはに士郎が解説する。

 

「美由希の方が背丈があるが、彩那ちゃんの方が得物が長いからな。普段俺達としか稽古をしない美由希には距離感が掴みづらいだろうな」

 

 小太刀サイズの木刀を使う二刀の美由希と通常サイズの一刀を使う彩那。

 純粋な運動能力では美由希が上だろうが、小柄な彩那の相手をするのはそれなりに面倒だろう。

 

「美由希は自分より小さな相手と対戦した事は殆どないからな。慣れない相手にどう攻めるか考えあぐねているんだろうさ」

 

 同じ流派の身内ばかりが相手だった美由希。

 それも相手は全員胸を借りられる先達ばかり。

 自分より年下の子との打ち合いは経験的にも精神的にも負担になるだろう。

 大きく動かない2人だったが、先に動いたの彩那の方だった。

 横に振るわれる木刀を美由希が防御する。

 彩那が攻めて美由希が捌く。

 しかしその流れは少しずつ変わってきていた。

 

「あれ?」

 

「どうした? なのは」

 

「えっと。いつの間にか彩那ちゃんの方が後に下がってるなって。最初はお姉ちゃんが後ろへ下がってたのに」

 

「御神流は元々速さを得意とする剣術だからな。美由希の方が手数が多い事もあって段々と攻守が逆転した。でも彩那ちゃんも美由希の攻撃を上手く防いでる。彩那ちゃんは攻撃よりも防御の方が得意みたいだ」

 

 守護の勇者と呼ばれていただけあり、彩那の本領は防御である。

 それは魔法だけではなく剣術に於いても同様だ。

 振るわれる2本の木刀を全て防いでいる。

 決着がついたのは、それからすぐの事だった。

 美由希の剣速に合わせて防ぐと同時に二刀目がくる前に下に押さえ込む。

 バランスを崩した一瞬に木刀を斬り上げた。

 それが美由希の首筋で止まる。

 

「それまで!」

 

 恭也の終了宣言と共に2人が距離を離す。

 

「あ〜っ! 負けちゃった!」

 

「ギリギリでしたよ。あと何回か打ち合ったら、捌くのが難しかったです」

 

 手の痺れを感じながら彩那は手首を揉む。

 今の試合はどっちが勝ってもおかしくなかった。

 

「そうだね。見た感じ、剣の基礎だけ教えられて、後はひたすら経験を積んだみたいだ」

 

 流派のような型がある動きには見えなかったと言う。

 その疑問に対して彩那は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「だが、だからこそ矯正すべき点は幾つかある。例えば──―」

 

 恭也があの時はこう動いた方が良かった。

 もしくはその動きでは筋を痛めてしまうなどのアドバイスを口にする。

 元々今日は、少し前に高町家の面々が、管理局の見学に来た時に彩那となのは&フェイトの模擬戦を見た際に、彩那の剣に興味を持ったのが切っ掛けだ。

 なのはへのストレッチはそのついで。

 これを機に、彩那は高町家の道場に不定期的に顔を出し、御神流の技の幾つかを模倣する事に成功するのだが、それはまだ当分先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、この頃の彩那さんの様子はどうかしら?」

 

 現在、ハラオウン家では全員が揃った状態で午後のおやつタイムである。

 リンディが振った話題に1番最初に返したのはフェイトだ。

 

「前より明るくなったと思いますよ。話してくれることも増えましたし」

 

「そうだね。最近は彩那も一緒に遊びに行くことが増えたんだろ?」

 

「うん。学校が違うから、集まれない日もあるけど」

 

 アルフの質問にフェイトが頷く。

 クロノがコーヒーを飲みつつ自分の意見を述べる。

 

「僕は、明るくなったというより、柔らかくなった印象だ。以前は僕達に対しても少し距離を取って接してた距離が大分近くなった気がします。あくまでも、僕達にはであって、時空管理局に、ではないですが」

 

「そう言えば艦長。彩那ちゃんの過去の話についての報告書に対して本局から反応があったんですよね?」

 

 エイミィの質問にリンディは肩を竦めて自分の緑茶に砂糖を入れて掻き混ぜる。

 

「簡単に言えば、子供の作り話を本気にするなってところかしら。遠回しに馬鹿にされてしまったわ」

 

「そんな……」

 

「あ〜。やっぱりそうなりましたか。まぁ、直接的な証拠は何にも出て来ませんでしたしね」

 

 彩那の過去を話した録音データは提出する際に、彩那達がこの世界で消えたキャンプ場に足を運んで魔力の痕跡などを調べたが、それらしい情報(データ)は得られなかった。

 勿論耳を傾けてくれる者も居たが、大多数の声に掻き消されてしまう。

 不満そうにしているフェイトに、クロノが情報を加える。

 

「信じられない、というのもあるだろうが、時間を越えるなんていつ起こるかも分からない案件を抱え込みたくないのが本音だろう。そういう意味では、管理世界でもない地球の東京によく臨時とはいえ支局を置く許可が下りたな、と思う」

 

 提案をしたリンディを見ると、本人は心外だと言うように笑う。

 

「あら。その管理外世界で最大級のロストロギア関連の事件が立て続けに起こったのよ? アフターケアの為に目を光らせておくのは当然じゃない。また事件が起こっても私達が関われる保証もないのだし」

 

 彩那の過去話と違ってこちらは予算を割き、人員を置いても損は無い。

 そのついでに彩那の件も調べられるかもしれない。

 尤も、リンディの1番の目的は、フェイトを出来る限りこの世界で年相応の生活をさせたい、というのが本音だろう。

 なのはとはやても共に義務教育を終えて本格的に管理局の仕事に関わるまで友人達と楽しい青春を謳歌させたいのだ。

 そこでリンディが話を彩那の事に戻す。

 

「実は上からね、彩那さんを管理局に引き入れるように言われてるのよ」

 

「え!?」

 

「フェイトさんやなのはさん。それにはやてさんと夜天の守護騎士。みんな管理局に入局する事に前向きでしょう? でも彩那さんから明確な返事は貰ってないけど、2つの事件で彼女の優秀さは充分に示された。管理局としては、高ランク魔導師で即戦力になるというだけで手元に置いておきたい人材なのよ」

 

 罪を犯したフェイトや、家族と贖罪の道を選んだはやてと違い、彩那個人が管理局に就く理由は薄い。

 優秀な人材を1人でも多く取り込みたい管理局だが、引き入れる材料の少なさに焦っているのだろう。

 今は嘱託魔導師として東京臨時支局に協力してくれているが、アースラ組が撤退すれば、関係が切れてしまう。

 

「加えて、彩那さんの使うホーランド式を調べてたいという理由もあるわね。過去の魔法技術の確保と保存も管理局の明確な業務だもの」

 

「分からなくはないですが……」

 

 上の貪欲さにクロノが呆れた声を出す。

 クロノ自身も無関係で、彼女の功績だけを見たならば、上と同じ思いを抱かなかったとは言えない。

 かと言って無理やり時空管理局に入れようとは思わないが。

 

「リンディさんは、アヤナを管理局に入れたいんですか?」

 

「局員としては、入ってくれれば心強いと考えているわ。でも、あの話を聞いた後だとね。個人としては、彼女の心の傷が少しでも和らげばそれで良いと思っているの」

 

「そうですか……」

 

 リンディの答えに自分と同じ考えだった事をフェイトは安堵した。

 そしてリンディは、それがフェイトにも当て嵌まると思っている。

 母をあのような形で亡くしてまだ1年経ったかどうかだ。まだ傷が癒えるには早過ぎる。

 偶然だが、話が一段落するのを見計らったかのようにクロノの携帯が鳴る。

 

「はい」

 

 席を立つと窓の近くまで移動して会話する。

 応対する声が段々と険しい物に変化していく。

 携帯を切ると、アルフが疑問を口にした。

 

「何かあったのかい?」

 

「あぁ。海鳴を中心に不可解な魔力反応が確認された。今はまだ、特に大きな動きはないが、その魔力のパターンが闇の書に酷似しているそうだ」

 

「それって」

 

「年末での件もある。反応がとにかく多い。フェイト、アルフ。手伝ってくれ。それからなのは達にも連絡を!」

 

「分かった!」

 

「はやてちゃんにはあたしから連絡するね!」

 

 リンディは忙しなく動く周囲を見ながら自分も準備を始める。

 そんな中でふと、もう桜が散ってしまった事を思い出す。

 ミッドには無い、とても鮮やかに舞い散る花。

 この間の花見は楽しかった。

 来年もまた同じ花見を同じ気持ちで迎えられたらいい、とリンディは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇の書の魔力!?」

 

「アレは本当に人に迷惑をかける事しかしないわね……」

 

 フェイトから連絡を貰ってなのはは慌て、彩那は面倒そうに息を吐く。

 

『今、シグナム達が本局の方に出てて、2人にも、手伝って欲しいってクロノが』

 

 現在、八神家ははやてとリインフォースの2人を除いて研修中らしく、海鳴に居ない。

 すぐに戻ってくるように呼びかけているが、少し時間がかかる模様。

 

「もちろん! すぐに準備するから!」

 

「放っておく訳にもいかないでしょう。前回は役に立たなかった分、今回は働かせてもらうわ。えぇ……存分に、ねぇ?」

 

「彩那ちゃん?」

 

 うふふふふ、と怖いくらい良い笑顔で答える彩那に、なのはは背筋が寒くなった。

 連絡を切ると、管理局から預かっている端末にデータが送信される。

 

「思った以上に魔力反応の数が多いわね。これは二手に分かれた方が得策かしら?」

 

「うん! 結界を張ってあるって言っても、早く解決するに越したことはないもんね」

 

 2人の会話を聞いていた恭也が問う。

 

「行くのか、2人とも?」

 

「うん。これは今、わたし達にしか出来ないことだから」

 

「頑張るのは良いが、気を付けてな」

 

「すみません、途中で抜ける形になってしまって」

 

「もう。そんなの気にしないでいいんだよ。でも、これからもたまに剣の稽古に付き合ってくれると嬉しいな」

 

「はい」

 

 美由希の申し出に彩那は頷く。

 

「それじゃあ、行こう! 彩那ちゃん!」

 

「そうしましょうか」

 

 なのはと彩那はそれぞれ戦闘準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇえええっ!? なんで海鳴に居るかなぁ!」

 

「落ち着いてください。この世界はヴィヴィオさんのお母様の故郷で間違いないんですね?」

 

「はい。でもどうしてここに跳ばされたかまでは……」

 

 2人の少女は状況が理解出来ず、その場で考え込む。

 碧銀の髪を持つ少女がとにかく別の提案を出そうとする。

 するど、キンッと小さいが、金属がぶつかり合う。音が聴こえた。

 

「行ってみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が辿り着くと、そこでは2人の剣士が空中で剣をぶつけ合って戦っていた。

 1人は、八神はやての騎士である烈火の将シグナム。

 しかし、そのバリアジャケットは彼女達の知る服型ではなく、重たい鎧を着ていた。

 もう片方も、同じくらい重装の鎧を着た金髪の少女と同じくらいの年齢の少女。

 しかし、その頭部は包帯によって首から上が隠されている。

 それでもその戦闘を見ている2人は、その少女が誰か知っている。

 碧銀髪の少女が包帯で顔を隠した少女を見て、小刻みに身体を震わせた。

 

 ──―さて。人の休暇を台無しにしてくれた責任を取る覚悟は、当然あるのよね? お嬢さん。

 

 少し前の事を思い出し、頭の中が真っ白になって思わず叫んだ。

 

「先生っ!?」

 

 包帯の少女がこちらへと振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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異邦人達

 その人と出会ったのは、私がまだ闇雲に強さを求めていた時だった。

 その日は、ようやく得た聖王オリヴィエの複製体(クローン)と冥府の炎王イクスヴェリアの手掛り。

 それを持っていたノーヴェさんと接触した時の事だった。

 幾つかの問答の後に、私はノーヴェさんに闘いを申し込む。

 最初は乗り気ではなかったノーヴェさんだったけど、少しの手合わせの後に防護服(バリアジャケット)を纏う。

 ノーヴェさんは強かった。

 その時の手合わせは僅かな時間だったが、一瞬でも気を抜けば私の方がやられていただろう。

 足具のデバイスによって読み難い軌道を描きながら、向かってくる。

 

「ベルカって国自体、もうとっくに終わってんだよっ!!」

 

 そう叫びながらノーヴェさんが突進してきて──―。

 

「そこまでになさい」

 

 突然、現れた女性がノーヴェさんの蹴りと私の拳をシールド魔法で防いでいた。

 その人物を見て、ノーヴェさんが顔を引きつらせた。

 

「あ、彩那さん!? なんで……!」

 

 どうやらノーヴェさんとその女性は知り合いらしく、しどろもどろになっている。

 しかし、見れば見る程に私から見ても怪しい格好の女性だった。

 髪の毛すら見せないくらいに巻かれた包帯に、管理局員の制服。

 そのあべこべさに、失礼かもしれないが、私よりもその女性の方が不審者に見えるのではないだろうか? 

 

「仕事帰りにたまたま。事件が一段落ついて、さっきまでランスター執務官と一緒にね。それよりも……」

 

 すると女性がノーヴェさんの顔を鷲掴みにした。

 

「JS事件からまだ4年。いくら管理局預かりになったとはいえ、路上喧嘩とはいい度胸ね。また隔離施設で更生カリキュラムを受けたいの?」

 

「いや、違いますって!? 突っかかってきたのは向こうで!」

 

「そう? 私には、貴女の方から攻撃したように見えたのだけれど?」

 

 確かに、接触したのは私からだが、攻撃したのはノーヴェさんの方からだった。

 

「せめて、相手から先に攻撃させて、正当防衛の言い訳が出来るくらいの頭は使いなさい! 貴女達はまだ、些細な事で局から切られても文句は言えないのよ!」

 

 それでお説教は終わったのか、掴んでいた手を外し、私の方を向く。

 

「貴女が最近ここら辺で格闘技者に喧嘩を売って回ってる子ね。そこの署まで顔を貸しなさい。今なら、事情聴取と厳重注意で済ませられるわよ?」

 

 面倒そうにこっちを見る女性。

 その時の私はノーヴェさんと私の攻撃を同時に苦も無く防いだその女性に興味を移していた。

 こちらが構えを取ると、その女性は目を細める。

 

「……やめておきなさい。なにが目的かは知らないけど、後々面倒になるだけよ。それに、向かってきたところでその拳は私には届かない」

 

 その言葉が、私のこれまでを全て否定された気がした。

 私は女性に接近して、拳を打つ。

 防護服を纏ってない人に当てるつもりはなく、寸止めをして危機感を煽るつもりだった。

 しかし私の拳が勢いに乗る前に、手の平サイズの防壁に防がれる。

 

(見たことのない魔法体系! でもっ!)

 

 関係ない、と熱くなった私はドンドン力と速度を上げるが、全て威力を殺されて受け止められてしまった。

 

「捕まえる前に訊いておくけど、何故こんな事を? 強い相手と闘いたいなら、別の道もあるでしょう?」

 

 力の押し合いになりながら私は答えを返す。

 

「弱さは、罪です。弱い王では、何も守れません」

 

「勇ましいわね。どっかの王様に聞かせてあげたいわ。でもね」

 

 苦笑しつつ、その眼は鋭く私を見る。

 

「それは、誰かを守っている人間が口にして良い言葉だわ」

 

 相手の言葉と同時に私は必殺の構えを取った。

 防御を突破する為の攻撃を。

 

「覇王──―断空拳っ!!」

 

 私の拳が女性の防壁と衝突する。

 

(打ち砕く!)

 

 その想いで全力の拳を放った。

 しかし、当たった防壁はこれまでと違い、硬いが弾力のある、ゴムタイヤでも殴ったような感触だった。

 拳の威力がそのまま返され、私は弾かれる。

 地面に転がった私はそのまま鎖型のバインドで拘束される。

 

「こんなものかしら」

 

 パンパンと手を払うと、私を担いだ。

 

「貴女にはこれから近くの署まで、事情聴取を受けてもらいます。はぁ。明日、久しぶりの休みなのに、絶対食い込むじゃない、コレ。ノーヴェ、貴方も来なさい。ギンガかチンクを呼んで」

 

「は、はい!」

 

 ビシッと背筋を伸ばすノーヴェさん。

 後で聞いた話だが、昔更生施設で女性が鞭役をしていたらしく、上下関係が叩き込まれた結果、今でも逆らえないのだとか。

 

「さて。人の休暇を台無しにしてくれた責任を取る覚悟は、当然あるのよね? お嬢さん」

 

 それが、もう少し後に私が先生と呼ぶ女性。綾瀬彩那さんとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで結界内に人がっ!?」

 

 シグナムの闇の欠片と対峙していた彩那は突然現れた2人の少女に困惑した。

 その隙を見逃す筈はなく、レヴァンティンの刃が迫る。

 

「こ、のっ!」

 

 聖剣で防ぎ、下に刃を押さえ込むと、斬り上げる。

 斬撃を避けられたが、その間に霊剣へと切り替えた。

 

(あの子達のところへ向かったら追撃で巻き込みかねない! ここで決着をつけないと!)

 

 蛇骨剣か弓か。

 突然現れた2人を庇える確実な保証が無い以上、このまま接近戦で仕留める必要がある。

 上がった剣速に、シグナムも合わせて剣速を上げる。

 この時に彩那はミスを犯した。

 最初から包帯を外さずに魔力出力に制限をかけていた事。

 見知らぬ2人の安全を気にして動きの精細さが欠いていた事。

 そして内心の焦りにより、シグナムの動きを読み間違えた事だ。

 

「ハァッ!!」

 

 気迫を剣に乗せて振るわれる。

 彩那はそれを防ぐが、2撃目に鞘による突きが胸に強打される。

 

「つっ!?」

 

 痛みで一瞬だけ顔を歪めるが、すぐに繰り出されるであろう3つ目の攻撃に意識を向ける。

 振り下ろさせるレヴァンティンの刃。

 

「ちっ!」

 

 防御の構えを取るが、間に入った金髪の女性が腕をクロスさせた上に防御魔法で防ぐ。

 

「くぁ……っ! 重いっ!」

 

 苦しそうにシグナムの斬撃から彩那を庇う女性。

 同時に上から碧銀の髪の女性が拳打を放つ。

 

「覇王断空拳っ!!」

 

 金髪の女性を蹴り飛ばし、碧銀の髪の女性の拳を防ぐ。

 その隙だけで彩那には充分だった。

 シグナムが碧銀の女性を遠ざける前に彩那が斬り伏せる。

 

「えぇっ!?」

 

 彩那がシグナムを斬った事に金髪の女性が驚くが、その驚きはすぐに別の物へと変わる。

 

「消えた……?」

 

「アレは、魔力で形作っただけの偽物です。それよりも……」

 

 彩那は2人から事情を聞こうと霊剣を下げる。

 

「時空管理局東京局部所属の嘱託魔導師、綾瀬彩那です。助けて頂いてありがとうございます。ですが、ここは管理外世界です。お2人は、管理世界の住人のようですが、渡航許可の確認をさせて頂きます。宜しいですね?」

 

 助けてもらって要求するのは何だが、それはそれ。これはこれである。

 変身魔法で姿を変えているのはおそらく、それが彼女らの戦闘スタイルなのだろう、と思うが、確証はない。

 渡航許可を示せる物の提示を求めるが、2人は困ったように互いを見合わせている。

 

「その。わたし達もどうしてここに来たのか分かってなくて……」

 

「信じてもらえないかもしれませんが、気が付いたらこの町に居たんです」

 

 2人の証言に彩那は少し考える。

 

(何かの事件や事故に巻き込まれた?)

 

 嘘を言っているようには見えないが、先ずはリンディかクロノに指示を仰ぐ必要があるだろう。

 

「分かりました。なら先ずはバリアジャケットの解除を──―」

 

 バリアジャケットの解除を要請しようとするが、近くで魔力が集まるのを感じて舌打ちする。

 

「次から次へと。すみませんが、下がっていてください」

 

 手にしている霊剣を構える。

 魔力で形作られた人物を見て、彩那は息を呑んだ後に、奥歯をギリッと、鳴らした。

 

「そう。本当に図々しく人の思い出を土足で踏み荒らしてくれる」

 

 彩那と同じ霊剣を手にする十代後半くらいの少女。

 その少女がこちらを向く。

 

「彩那?」

 

 闇の欠片によって生み出された森渚が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは闇の欠片によって生み出されたフェイトを討ち倒す。

 

「母さん……」

 

 謝罪するように母を呼ぶジュエルシード事件の頃のフェイト。

 ひたむきに頑張りつつも決して報われなかった親友を倒した事になのはは胸を痛める。

 

「ごめんね」

 

 消える瞬間の彼女に謝ると、レイジングハートから報告が上がる。

 

『マスター。近くに新しい反応が2つ現れました』

 

「次の闇の欠片さん?」

 

『いいえ。生体反応です』

 

「えぇっ!?」

 

 もしかしてクリスマスの時のアリサやすずかのように民間人か結界内に取り残されてしまったのだろうか? 

 だがレイジングハートの現れた、という表現に違和感があるが。

 

「と、とにかく急がなきゃ! 闇の欠片さんに襲われたら大変な事になる! レイジングハート! 案内をお願い!」

 

 レイジングハートに案内を任せてなのはは現れた生体反応の場所へ急行する。

 なのはが近づくと向こうも気付いたのか、声をかける前に振り向く。

 青い髪のショートヘアとオレンジ色の髪のツインテール。

 どちらも十代半ばくらいの少女に見えた。

 何より驚いたのは、2人がデバイスとバリアジャケット姿である事だ。

 向こうも驚いた様子でなのはの名前を呼ぶ。

 

「なのはさん!?」

 

「でも子供?」

 

 2人がなのはの事を知っている様子なのと、知らない歳上の人からさん付けされた事にビクッと肩が跳ねた。

 だがとにかく事情を聞かなければ、と口を開こうとするが、魔力を感知して咄嗟にその方向にシールドを展開する。

 向かってきた灼熱の砲撃になのはは2人を守る意味でも気合を入れる。

 砲撃をやり過ごすと2人に声をかけた。

 

「大丈夫ですか!」

 

「は、はい!」

 

「なんとか」

 

 無事な様子になのはは胸を撫で下ろしてから砲撃が飛んできた方角に顔を向ける。

 先ず視界に入ったのは見覚えのある赤い剣。

 それを手にした十代後半程の眼鏡をかけた女性だ。

 

「ミッド式か……となると、アレイシア王国? それともスタイエット共和国かしら?」

 

 手にしている剣を構える女性。

 なのははその女性の事を知らない。

 しかし、それが誰なのかは察しがついてしまった。

 

「宮代、冬美さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい、フェイト?」

 

「うん。闘ったのは辛かったけど、それ以上に嬉しかったんだ。またリニスに会えて」

 

 フェイトとアルフは先程まで、闇の欠片によって生み出された、師であり、母の使い魔だったリニスと戦闘していた。

 最後、強くなったフェイトとアルフを褒めて消えていったリニス。

 今、幸せだと教えると嬉しそうに笑ってくれた。

 アレが闇の欠片によって作られた偽物だと理解していても、もう会えないと思っていた人に会えたのは嬉しかった。

 自分達が知らない間に逝ってしまった家族を、ようやく看取れた気がしたのだ。

 そこでバルディッシュから報告が入る。

 

「アルフ! 近くにまた闇の欠片が!」

 

「よしきた! さっさと全部終わらせてやろうよ、フェイト!」

 

「うん!」

 

 2人が現場に急ぐと、既に戦闘が始まっていた。

 

「誰だい、アレ?」

 

「分からない。どっちも闇の欠片の可能性も──―」

 

 フェイトが口にした可能性はバルディッシュによって否定される。

 赤い髪と桃色の髪の子供には生体反応がある事をバルディッシュが教えてくれる。

 

「なら、助けてやんないと!」

 

「行こう、アルフ!」

 

 3人の戦闘に割って入る。

 もう片方の闇の欠片が生み出した人物をフェイトは知っている。

 年齢は違うが、手にしている聖剣。年齢は違うし、顔にホーランド式の紋様はないが、知っている顔だ。

 

「アヤナ……」

 

 勇者時代の綾瀬彩那と対峙してフェイトはバルディッシュを持つ手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リインフォース。ヴィータたちはどれくらいで戻ってこれる?」

 

「正確な時間は分かりませんが、まだしばらくかかると思われます」

 

「そか。はぁ。わたしもなのはちゃんみたいにすぐに戦えたら良かったんやけど……」

 

 なのはが魔法と出会ってすぐに戦闘が出来ていたという話を聞いて、現在待機を命じられている自分が情けなくなる。

 はやてもここ数ヶ月で訓練を積んできたが、まだ単独で戦闘を任せられる程ではない。

 

「すみません、我が主。私が不甲斐ないばかりに」

 

「あ〜。そういう意味やないんよ。気にせんといてな」

 

 リインフォースと融合(ユニゾン)が出来ればはやても戦闘に参加出来たかもしれないが、大事な家族に無理をさせるつもりはない。

 ここでなにを言ってもリインフォースの負担になると考えたはやては話題を変えることにする。

 

「疲れてみんなが(ウチ)に寄るかもしれんし、飲み物とちょっとつまめるお菓子でも用意しよか?」

 

「そうですね」

 

 庭に居たはやては中に戻ろうとする。

 そこで聞き覚えのない声で誰かが自分を呼んだ。

 

「はやてちゃーんっ!!」

 

「うえぇっ!? ちっこいリインンッ!?」

 

 現れたのは、子供になって妖精サイズになったリインフォースだった。

 予想もしなかった相手にはやては声を上擦らせた。

 

「どうなってるですかぁ! リインは全然わからなくてぇ!?」

 

「いや、わたしもよく分からんけどな? ところで貴女は誰? リインフォースの関係者?」

 

「リインはマイスターはやての融合騎(ユニゾン・デバイス)。リインフォース・ツヴァイです!」

 

「えぇ……?」

 

 一生懸命説明してくれているが、まったく分からない。

 ツヴァイ、という事はリインフォースの関係者なのだろうか? 

 そもそもリインフォース自体がはやてが付けた名で。

 混乱していると、ツヴァイが目に涙を溜めて助けを懇願してくる。

 

「エリオとキャロが大変なんです! いきなり海鳴に来たと思ったら、知らない人に襲われたです!」

 

 だから助けて欲しいと言う。

 ツヴァイははやての反応を察知してここまで飛んできたのだと。

 理由は飲み込めきれないが、助けを求められたのなら、やる事は決まっている。

 

「我が主……」

 

 止めようとするリインフォースにはやては首を振る。

 

「この状況で動けるんがわたしだけなら、放って置くのはアカンやろ? それに、1人で戦うつもりはないよぉ? 現場に着いたらその人たちと協力するつもりや」

 

「はい! エリオもキャロもとっても強いですよ! はやてちゃんが手伝ってくれれば百人力です! リインもお手伝いするです!」

 

「そっかぁ。なら急がなアカン──―」

 

「主っ!?」

 

 リインフォースがはやての体を抱いて部屋の中へと跳ぶ。

 するとそこには長い鎖が襲いかかってきた。

 

「お怪我は?」

 

「だ、大丈夫。ありがとな、リインフォース」

 

 はやてがリインフォースから体を離してデバイスである杖を握って庭に戻る。

 

「はやてちゃぁん」

 

 ツヴァイがはやての顔の横に移動する。

 視線が鎖を辿って向くと、はやては目を大きく開く。

 それは、知っている人物だ。

 手にしているのは金の突撃槍。

 かつてのクラスメイトだった少女。それが成長した姿だった。

 

「羽根井さん……」

 

 闇の欠片がもたらした再会にはやては身を縮こませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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激突【前】

 闇の欠片として現れた森渚。

 名前を呼ばれて彩那は顔の包帯を外す。

 

「顔、隠してるのによく私だって分かったね」

 

「ボクがみんなのこと、分からないわけないじゃん。なんだったら、全身隠したって分かるよ」

 

 ムッと口を尖らせる渚に彩那は苦笑する。

 渚は戸惑うように首を傾げる。

 

「っていうか、なんか彩那小さくなってる? それに、変だよ。彩那に斬りかからないといけない感じがする」

 

 おそらくは闇の欠片でによって生み出された者は周囲に襲いかかるよう感情が向けられているのだろう。

 それを除けば、本当に生前のままで。

 

(剣を落としてしまいそう……)

 

 武器を捨てて、泣いて渚に縋りついてしまいそうだ。

 もっと話したい。

 触れ合って、あの大切な時間を取り戻したい。

 だけど。

 

「渚ちゃん。これは夢だよ。もう取り戻せない幸せな夢……だから」

 

 彩那は霊剣から聖剣に武器を取り替える。

 

「終わらせよう。この悪夢を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(強い……!)

 

 宮代冬美を模した闇の欠片と対峙して、なのはは相手の力量に舌を巻く。

 高町なのはと宮代冬美は似たタイプの魔導師だ。

 リンカーコアの出力もそう変わらない。

 

(だけど、やりにくい!)

 

 出力に差がないからこそ、経験の差が少しずつ見えるようになってくる。

 射撃魔法や誘導弾の連射速度。砲撃への繋ぎ、こちらの攻撃への対応力。

 一瞬でも気を抜けば一気に呑み込まれてしまう。

 互いの砲撃魔法がぶつかり、一瞬だけ視界が塞がる。

 

『マスター、左です』

 

 レイジングハートの警告になのはは反射的に柄で防御する。

 しかし、瞬きする間に背後に回られ、次は振り下ろし。

 

「っ!?」

 

 ギリギリのところでレイジングハートが自動でシールドを張って弾いてくれた。

 

(彩那ちゃんの嘘つき! この人、接近戦もすごく強いよ!)

 

 ここ数ヶ月、彩那と同じ勇者で親友だった彼女らの事を時折話してくれていた。

 宮代冬美は遠距離攻撃が得意で、接近戦はどちらかと言えば不得意だったと。

 情報の違いに珍しく悪態をつくなのはだが、それは解釈の違いである。

 例えば東大生が自分は英語が苦手、と発言したとする。

 しかしそれはそれは他の教科と比べての話であり、テストをやらせれば人並み以上の点数は取れるという話。

 そして現状、接近戦で戦うのは論外。遠距離戦では少しずつ追い詰められている状況なのだ。

 全身にシールドを展開し、亀のように守りに徹するなのは。

 中々攻撃が通らない事に近接攻撃を無駄と判断したのか、冬美は距離を取る。

 

「その年齢で大した物ね。デバイスとの連携は理想的と言えるわ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 突然褒められて、なのはも思わずそう返した。

 冬美が剣の構えを変える。それは、フェンシングの構えに似ていた。

 

(イヤな感じがする……)

 

 初めて見た構えだからなのか。

 それとも、なのはの少ない経験からか。

 警戒しなければならないと勘が告げていた。

 なのははシールドを維持したまま相手の出方を待つ。

 

「シッ!」

 

 剣が届く筈のない距離からの突き。

 なのはは何かが通り過ぎるのを感じた。

 

「え? ……あぐっ!?」

 

 一拍遅れて横腹に痛みが走る。

 

(シールドを貫かれた! それに速すぎる!!)

 

 突きからなのはに当たるまでほぼノータイムの攻撃。

 なのはのバリアジャケットの横腹の部分が斬られる。炎の魔力変換により、熱と斬られた痛みが同時に襲ってきた。

 痛みに片目を閉じて手で横腹を押さえる。

 

「大した防御性能ね。もっと深く斬れると思ったけど」

 

(油断した……!)

 

 心の何処かでこれをいつもと同じ魔法戦と勘違いしていた。

 非殺傷設定を持たない敵、という存在を本当の意味で理解していなかったのだ。

 

「リミットコンサート・デュオストライク」

 

 炎の刃を無数に作り出し、なのはに襲いかかる。

 高速で接近する炎の刃をなのはは逃げ回りつつ射撃魔法で撃墜する。

 前後左右上下。あらゆる方向から追撃してくる炎の刃。

 その迎撃に追われる中、炎の砲撃魔法を撃ってきた。

 直撃コースの砲撃に対してシールドを展開し、防御するが、大きく吹き飛ばされるなのは。

 

「きゃあぁああっ!?」

 

 空中で姿勢が取れなくなり、慣性のままビルに衝突する。

 

「くうっ!?」

 

 頭を振って意識を保とうとしたが、そこで冬美に頭部を掴まれる。

 

「さようなら」

 

「……っ!?」

 

 頭部を掴まれた手から零距離砲撃が発射されようとした。

 しかし、発射直前で冬美に射撃魔法が飛んできた。

 それを察知してシールドを展開して防ぐ。

 同時に、青髪の少女が冬美に突っ込む。

 

「なのはさんを、放せぇえええっ!?」

 

 手甲型のデバイスが装備された拳が冬美のシールドと衝突し、僅かに弾いてなのはを掴んでいる手を放させる。

 そのままなのはを抱きかかえて距離を取らせた。

 

「空中に魔力の足場を引いてローラーで移動? 初めて見る魔法だわ」

 

 驚く冬美だが、自分の周辺に無数の誘導弾がバラ撒かれている事に気付く。

 

「いっけぇ!」

 

 引かれたレールを足場にしたオレンジ髪の少女がそう叫ぶと一斉に囲った誘導弾が冬美を襲った。

 冬美に当たる前に爆発し、煙幕となって視界を封じる。

 青髪の少女が抱えたなのはに話しかける。

 

「大丈夫ですか!」

 

「は、はい! ありがとうございます! えっと……」

 

「スバルです! スバル・ナカジマ! 向こうはパートナーのティア!」

 

 簡潔な自己紹介をするスバルにどうして自分の名前を知っているのか訊こうとするが、その前に念話が届いた。

 

『スバル! 一旦仕切り直したいから、指定の場所まで来て』

 

『分かった!』

 

 冬美の視界から隠れられる位置に移動した3人。

 

「あの、お2人は管理局からの増援の方ですか?」

 

「えっと……」

 

 話は聞いてないが、もしかしたら、と思って疑問を口にする。

 しかし、2人からの困った様子で言葉を出せないでいる

 なのはが質問を重ねようとした時、周囲の変化に気付く。

 戦闘によってバラ撒かれた魔力が集められている。

 それはなのはがよく知る魔力の動きだった。

 

集束系魔法(ブレイカー)ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の欠片によって生み出された綾瀬彩那との戦闘も苛烈を極めていた。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 手の平から放たれた雷の砲撃魔法。

 しかしそれは彩那の防御魔法によって容易く防がれる。

 速射とはいえ、通常の攻撃では彩那の防御を突破するのは不可能だと判断した。

 

「なら!」

 

 カートリッジの弾丸を1つ使う。

 

「ミッド式が、カートリッジシステムをっ!?」

 

 ミッド式であるフェイトのバルディッシュがカートリッジシステムを使っている事に驚いていた。

 

(そういえば、アヤナがホーランドではカートリッジシステムを実装出来なかったって言ってたっけ)

 

 無理やり付け足す事は出来ても、実戦投入できる完成度には到達しなかった、と。

 

「ハーケンセイバー!」

 

 不規則に動く斬撃を飛ばす。

 防御せずに回避したところでフェイトはザンバーフォームに切り替え、彩那に急接近した。

 魔力の大剣を振り下ろすフェイト。

 彩那は手にした聖剣を咥えて、手の平に防御魔法を展開する。

 かつての模擬戦のように、フェイトの魔力の剣を白刃取りした。

 

(予測通り!)

 

 ここまでは前回と同じ。

 しかし、今のフェイトは1人で戦っている訳ではない。

 

「そいつは、もう見てんだよぉっ!!」

 

 背後からアルフが拳を握って接近する。

 殴りかかろうとするより早く、彩那の周りに浮いていた自動防御型のシールドがアルフの動きを制限する。

 

「こいつ! 邪魔だよ!」

 

 足止めしてくるシールドを拳で打ち、蹴りを入れて破壊する。

 フェイトも1度魔力の刃を消して距離を取る。

 2人が攻めあぐねていると、別方向から赤い髪の少年がブーストの付いた槍で突進してくる。

 

「ヤァアッ!!」

 

「……っ!?」

 

 シールドで防ごうとするが、その前に鎖型のバインドが彩那を絡め取ろうとする。

 

「甘いよ」

 

 しかし、バインドが彩那を縛る前に聖剣で切断し、赤い髪の少年の槍を躱して背負い投げをする。

 

「エリオ君、怪我はない!?」

 

 竜に乗った桃色の髪の少女が落ちる前に自分の竜の口でキャッチする。

 

「ありがとうキャロ!」

 

「うん!」

 

 地面に下りた彩那は手にしている聖剣を肩に置くと、不思議そうに4人を見る。

 

「カートリッジシステムを積んだミッド式に私が知っているベルカ式とは少し違う騎士。それに召喚師……どういう構成なのかしら?」

 

 どうやらこの彩那はフェイトと2人が仲間だと思っているらしい。

 まぁ、成り行きで協力しているとは想像し難いだろう。

 警戒していると、アルフが念話を送ってくる。

 

『なんか、アタシらが知ってるアヤナと性格がちょっと違くないかい?』

 

『うん。記憶を失ってた時のアヤナが近いかな? たぶんこっちがアヤナの素なんだと思う』

 

 もしくはだった、か。

 親友達を失った事で、どれだけ彩那の心に影を落としたのか。

 

『でも、彩那が持っているのが聖剣ならまだなんとかなると思う。クリスマスの時に使ったあの白い剣だったら、もっと苦しい戦いになってた』

 

 神剣の力がどれだけ闇の欠片で再現されるのかは分からないが、最悪全滅もあり得る。

 そこで聖剣を構え直した彩那。

 

「ごめんね」

 

 その謝罪と共に彩那はエリオと呼ばれていた少年に斬りかかる。

 

「わっ!?」

 

「エリオ君!?」

 

 エリオも応戦するが、手にしているデバイスを弾き飛ばされる。

 

「その年齢で大したモノだけど、勇者()を相手にするには力不足だよ」

 

 武器を失ったエリオの胸を突こうとする彩那に、フェイトが突っ込む。

 

「アヤナ! 駄目だっ!!」

 

 エリオを突き飛ばして庇ったフェイトの腕に聖剣の刃が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやては小さな融合騎であるリインフォース・ツヴァイと融合(ユニゾン)して闇の欠片によって生み出された羽根井璃里と対峙していた。

 

「まさか、またユニゾン出来るとは思わんかったなぁ」

 

 相手と一定の距離を保ちつつ、はやては呑気な声で言う。

 クリスマスの時にリインフォースと行なったユニゾンの感覚を思い出して嬉しくなる。

 しかし、リインフォースとは似ていてもユニゾンの感覚が異なっているのを感じた。

 リインフォースとのユニゾンでは一種の全能感を感じたが、このツヴァイと名乗った方の小さなリインフォースはそこまでの感覚はない。

 頼りなさを感じていると、その感情がツヴァイの方にも伝わったのか、申し訳無さそうに謝罪してくる。

 

『ごめんなさいです。リインは未熟だから、まだちょっとしたお手伝いくらいしかできませんです』

 

「あはは。まぁ、未熟者なんはわたしも一緒やから。だから未熟者同士、頑張って協力しよか」

 

「はいです!」

 

 ツヴァイの返事にえぇ子やな、と笑みを浮かべる。

 

「おっと!?」

 

 呑気に会話している場合ではなく、璃里の攻撃をなんとか回避しながらはやても魔法を撃って戦えないリインフォースから距離を取らせる。

 そこではやてを攻撃している璃里の様子がおかしい事に気付く。

 

「帰るの……わたし達は、海鳴に……!」

 

 鬼気迫る表情で故郷に帰るのだと繰り返す璃里。

 

(彩那ちゃんが言うとったな。1番帰りたがってたんは羽根井さんやて)

 

 なのに、ここが海鳴であることすら気付けない。その事にはやては苦い表情をする。

 ただ、故郷に帰りたいと願っていただけなのに、それすら叶わなかった哀しい人。

 はやてが声をかけようと手を伸ばすと、ジャリ、と鉄に触れる感触がした。

 

『はやてちゃんっ!?』

 

 ツヴァイの声と同時にはやての周辺が変化する。

 空間が歪み、鳥籠のように鎖がはやてを閉じ込めていた。

 

「なっ!?」

 

『幻術魔法です! 鎖を隠しながら少しずつこっちを囲んで……っ!!』

 

 ツヴァイの説明に、はやては焦りを見せる。

 

(アカンッ!)

 

 ここ数ヶ月で何度か見た魔法。

 

「チェーンボム」

 

 はやてを囲っている鳥籠が一斉に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空に鉄と鉄が激しくぶつかり合う音がする。

 青と緑の剣閃が何度も交差し、残光となって煌めく光景は美しいと言えるかもしれない。

 しかし、その1つ1つの光が人の命を刈り取る輝きと知って、恐怖を感じない者がどれだけ居るのか。

 綾瀬彩那と森渚。

 2人の勇者は瞬きすら許さぬ剣戟を続けていた。

 

「っ!?」

 

 彩那の剣を、手の平で受け止め、強引に引き寄せる。

 同時に迫る刃を彩那は片手を離す事で回避し、逆に射撃魔法を脇に撃ち込んで聖剣を離させる。

 そのまま回転して渚に斬りかかるが、受け流され、蹴り飛ばされた。

 

「くっ!?」

 

 路面を削りつつ体勢を整える彩那に渚は次の攻撃を放つ。

 

「勇者レーザーッ!!」

 

 10を越える射撃魔法の雨が彩那に迫る。

 

「オォオオオオッ!」

 

 聖剣から暴風のような魔力が吹き荒れ、それを横薙ぎに振るう事で盾代わりにし、渚の射撃魔法を防ぐ。

 だがまだ安心はしない。

 背後に回った渚が彩那に斬りかかるのを受け流しつつも反撃に転ずる。

 

「こわいこわい!」

 

「流石……!」

 

 どちらも決定打にならず、戦闘は続いている。

 その激しい戦闘を見ていた2人の少女は息を呑む。

 

(入り込めない……!)

 

 あの中に入っていけば、一瞬でズタズタに斬り捨てられる自分の未来しか想像出来ない。

 攻撃の全てが文字通り必殺の応酬。

 1撃でも喰らえば忽ち体を斬り刻まれる。

 試合のように、耐えれば良いなどという理屈は通用しない。

 アインハルト・ストラトスは少し前に迷っていた自分に綾瀬彩那が稽古をつけてくれた事がある。

 かつての王達のように命を懸けた戦いでなければ自分の望む強さに辿り着けないと思っていた。

 だけど自分の中の世界が広がって、少しずつ公式魔法戦への興味に移っていった。

 それでも迷っていた自分に綾瀬彩那は稽古とアドバイスをくれた。

 剣を手にして綾瀬彩那と向かい合う。

 その瞬間、ぞわりと恐怖が支配した。

 初めて向けられる殺気と殺意。

 非殺傷設定が有るはずなのに、首を斬り落とされる未来を幻視した。

 その様子を見て、綾瀬彩那は剣を下ろす。

 

『恐いと思ったのなら、貴女はヴィヴィオ達と同じ競技者としての道に進んだ方がいい』

 

 安心した声はこれまで聞いた中で1番優しかった。

 

『貴女が過去の王のどんな記憶を受け継いでいるのかは知らないけど、王達がどんな想いで戦争をしたにせよ、彼らは後の世の平和と、生まれてくる子供達の幸福を願っていた筈よ』

 

 諭すように語りかけてくる。

 

『自分が戦いに命を懸けるのなら、相手にも命を懸けさせる事になる。そうなったらいつか取り返しのつかない事態になりかねないしね』

 

 1つ1つ言葉を選んで話してくれた。

 

『最初、ヴィヴィオと試合した時に、相手を不必要に傷付けないよう闘ったでしょう? だから貴女はこっち側に来るべきじゃない』

 

 その道を選ぶのなら、強い弱いに関わらず、敵を徹底的に叩くべきだったと言う。

 格闘技者の師弟とは違う。

 アインハルト・ストラトスが道を踏み外さないように接してくれた人。

 

『先祖とはいえ、他人の記憶をそこまで大事に出来る優しい貴女だからこそ、必要以上に囚われるべきじゃない。その記憶に拘り続ければ、覇王と自分の境界が曖昧になってしまうから』

 

 だから、アインハルトにとって、綾瀬彩那は教え導いてくれる“先生”なのだ。

 その彼女が今、自分の前で殺し合いを演じている。

 かつての王達もこのような恐怖を何度も経験したのかと、アインハルトは自分の拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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激突【後】

「主……」

 

 現在、リインフォースの主である八神はやてが1人で戦闘を行なっている。

 自分に危害が及ばないように、少しずつ家から距離を離していた。

 こういう時に役に立てない自分に歯痒さを覚える。

 しかし。

 

「あれは、何だ? どうなっている?」

 

 自分によく似た小さな融合騎。

 それが今、はやてのサポートを行なっていた。

 確かにはやてには融合騎が必要で。いずれ自分を参考に新たな融合騎の造りだそうという話は家族としていた。

 だがそれはまだ先の話で、完成どころか基礎設計すら出来ていない。

 なのにあれはまるで、当然のようにはやてとユニゾンした。

 まるで、未来からでも来たかのように。

 まさか、という否定と、もしかしたら、という疑念が頭の中で繰り返される。

 本来なら馬鹿馬鹿しいと否定するところだが、時間移動という前例を聞いた以上はその可能性を切って捨てる事は出来ない。

 そんな思考に囚われていると、ベランダの柵に知らない誰かが着地した。

 

「お邪魔しま〜す!」

 

 ピンク色の髪と、同じ色のバリアジャケットに身を包んだ知らない少女。

 見た目は10代半ばから後半くらいだろうか。

 彼女は両手に持った銃の片方をリインフォースに向けてくる。

 

「永遠結晶を手に入れる為……ちょ〜っと付き合ってもらうわよ。闇の書の管制人格さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手の集束砲の気配になのはが選択したのは逃げではなく相殺だった。

 ビルの屋上でなのはも集束魔法の準備に入る。

 だが、その判断が失敗だったと感じている。

 

(やっぱり、後から魔力を集め始めたんじゃ……!!)

 

 集束魔法は周囲にバラ撒かれた魔力を集めて砲撃などの攻撃に転化する技術だ。

 ならば当然、バラ撒かれた魔力が多く、広い場所を陣取っている方が有利である。

 勿論、先に魔力を集め始めた方が有利なのも言うまでもない。集束砲撃同士の撃ち合いなら、という条件は付くが。

 本来ならフェイト戦のように相手を拘束、もしくは闇の書の暴走体のように確実に当てられる相手に使う魔法である。

 それだけ隙の大きい必殺技なのだ。

 なのはとてこの場で回避を選択したいところだが、そうはいかない理由が出来た。

 

(ここで撃たれたら、他所で戦ってる局員さんたちが巻き添えになる!)

 

 直射線場に闇の欠片と戦っている武装局員の存在をレイジングハートが教えてくれた。

 距離が離れているので、普通なら届かないか当たらないと思うだろうが、なのはは彼女の功績を知っている。

 

(空で宇宙にある衛星を撃ち落とした人だ! これくらいの距離、確実に当ててくる!)

 

 だからここでなのはが相殺しなければ、大勢の局員が命を散らす結果となる。

 そしてなのはとて無策で集束魔法を選択した訳ではない。

 

「レイジングハート! カートリッジの弾丸を、全部使ってっ!!」

 

 なのはの指示にレイジングハートはカートリッジ内の全ての弾丸を薬莢として吐き出す。

 後出しの不利を、弾丸を全て使う事で補う。

 

(これを撃ったら、レイジングハートが動かなくなっちゃうけど!)

 

 ただでさえ負担の大きい集束砲に加えてカートリッジも全て使うのだ。

 クリスマスでの戦いの後もレイジングハートが完全に戦闘不能となり、大がかりなメンテナンスを必要とされた。

 しかし、こうしなければ確実に押し負ける。

 

(魔力が向こうに取られてる!?)

 

 それは、集束の練度が冬美の方が上だという証明。

 自分で考えて編み出し、絶対の自信があった集束の練度で負けているという事実に悔しさから唇を噛む。

 そこで、なのはの周囲に急激に魔力が増えだした。

 

「ティアさん!?」

 

「魔力はこっちでバラ撒きます! なのはさんはそれを全部受け取ってください!」

 

「は、はい!」

 

 1人で対処しなきゃと思っていた矢先に思わぬ援護を受けて、なのははコクコクと頷く。

 互いに魔力を集め、奪い合い、魔法が完成したのは同時だった。

 

「全力全開! スターライトォ、ブレイカーッ!!」

 

「オールコンサート・フルストライクッ!!」

 

 一点集中で撃たれたなのはのスターライトブレイカーと複数の魔法が放たれるオールコンサート・フルストライクがぶつかり合う。

 使っている魔力は冬美の方が上。

 しかし、一点突破に集中しているスターライトブレイカーと違い、オールコンサート・フルストライクは複数の攻撃が発射されている事で個々の威力は劣っている。

 しかし、次々と放たれる魔法がスターライトブレイカーの威力を削いでいった。

 ぶつかり、弾けた魔力が周囲を破壊する。

 

「くぅうううっ!?」

 

 スターライトブレイカーの威力が削り取られ、逆になのはの方が押されていた。

 

(ここであの人を倒せなかったら!)

 

 その後を想像してなのはは歯を食い縛り、少しでも砲撃を敵に届かせようと力を込める。

 しかし、ジリジリと退いていくの自分の方で。

 そこでティアナがなのはの背中を支える。

 

「ティアさん!!」

 

「持ち堪えてください! そうすれば、アタシの相棒が、必ずっ!」

 

「はい!」

 

 ティアナの応援になのはは足腰に力を込める。

 

(もう少し! もう少しでやり過ごせる……!)

 

 自分の役目は集束砲撃による被害を相殺する事となのはは只管に堪える。

 互いの魔力のぶつかるエネルギーが尽き、その衝撃でなのはとティアナが吹き飛ぶ。

 

「キャッ!?」

 

 支えていたティアナがなのはを抱きかかえてビルの屋上に転がる。

 

「ありがとうございます……」

 

 ティアナにお礼を言うが、彼女はなのはを見ていなかった。

 

「決めなさいよ、スバル!!」

 

 その言葉と同時に冬美のところまで魔力のレールが敷かれ、スバルがローラーブレードで走る。

 

「でぇえええいっ!!」

 

「っ!?」

 

 冬美がシールドを張るが、彼女の右手のナックルに破壊された。

 

「チッ!?」

 

「逃さない!」

 

 通り過ぎたスバルが再度冬美に向かいつつ、別の魔法を展開する。

 それは、砲撃魔法だった。

 

「一撃必倒ッ! ディバインバスターッ!!」

 

 零距離から砲撃魔法が無防備の冬美へと直撃した

 放たれた砲撃が冬美の体を消し飛ばす。

 

「えぇっ!?」

 

 スバルとしては非殺傷設定の攻撃で昏倒させるつもりだったのだが、体に大きな穴が空いた事に引いた拳と共に顔面蒼白となる。

 しかし、その異常に気付く。

 穴の空いた冬美の肉体が硝子細工のように崩れてしまった。

 

「どう、なってるの……?」

 

 そこでなのはから念話が届く。  

 

『その人は、闇の欠片……魔力によって生み出された誰かの記憶の再現なんです。だから大丈夫。殺したりとか、そういう事じゃありません』

 

 よく解らないが、つまり訓練などで使うシミュレーションによって生み出されたガジェットのような物だろうか? 

 とにかく、殺してないというなのはの言葉に安堵するスバル。

 

 なのはも、ビルの屋上でレイジングハートを立てて座っていた。

 

「わたし達……ここで一旦リタイアだね」

 

 レイジングハートは戦闘不能の状態になってしまった。

 なのは自身もリンカーコアを始め、身体への負担が大きい。

 

(この人達のことは気になるけど……悪い人じゃないよね)

 

 そう結論づけてなのははリンディに連絡を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 綾瀬彩那は魔法戦闘に於いて、自身を天才だと自負している。

 それは自惚れでもなんでもなく、自身の功績から導き出した客観的な評価だ。

 凡百など束になっても敵わず、かつての戦争で仲間と共に数々の強敵を屠ってきた。

 もしも彼女が凡人なら、大抵の魔導師は人間以下だ。

 下手な謙遜は自分だけでなく、周囲を、そして身内すら貶める事になると知っているから彩那は自身が魔法戦闘での天才である事実を否定しない。

 しかし、それはあくまでも凡才から見た視点だと思っている。

 中には、その天才ですら羨む本当の天才が存在する事も彩那は知っていた。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサが正にそうだ。

 彩那から見ても、2人は魔法を扱う為に生まれて来たと言っても過言ではない。

 魔力という点では八神はやての方が上だが、魔法を扱うという点では劣る。

 彼女の力は夜天の騎士達が揃って真価を発揮するのだから。

 そして森渚もまた、彩那にとって本当の天才だった。

 

(対応され始めてる!)

 

 彩那の剣は少しずつ渚に対して慣れに依る余裕を与えていた。

 渚の剣を防ぐと同時に押さえ、斬り返そうとするが──―。

 

「ちょいさーっ!」

 

 間の抜けた叫びと共に肘を蹴って無理やりこっちのバランスを崩してくる。

 

「慣れてきたよ! 彩那の剣に!」

 

「くっ!」

 

 回転斬りをする渚の剣を彩那は防ぐが、そのまま力づくで弾かれた。

 元より、子供の肉体に戻って素の身体能力が劣っている上に身体強化の魔法でも渚の方が練度が数段上なのだ。

 魔力だけなら彩那に軍配が上がるが、その他の要素が負けているのが致命的過ぎる。

 

(それに渚ちゃん、勘が良すぎるから!)

 

 昔から渚は危機察知能力がズバ抜けて高かった。

 ある種の未来予知に近いくらいの精度で。

 味方の時は頼もしかったが敵に回るとここまで厄介だとは思わなかった。

 

「仕方ない……」

 

 彩那は接近してきた渚の剣を防ぐと共に押さえ込む。

 

「それは、もう慣れたって──―」

 

 彩那の剣は基本、相手の攻撃を防ぎ、押さえ込み、斬り返すの3動作だ。

 相手が遠距離型ならまた違うが、近接戦闘ではそうなるように動く。

 聖剣で渚の剣を押さえ込むところまではさっきまでと同じだが、霊剣を取り出して突きを繰り出した。

 

「とっ!?」

 

 野生の勘なのか、不意打ちだった筈の2本目の剣を渚は回避して見せる。

 

「霊剣!? やっぱり見間違いじゃなかった?」

 

 一旦後ろに退いた渚が驚いた顔になる。

 

「本当なら私の聖剣だけで倒したかったけど、渚ちゃん相手に出し惜しみしてる余裕はないから!」

 

 言うと、魔剣を取り出して砲撃魔法を撃つ。

 

「魔剣まで!? 反則だよ反則!!」

 

 などと言いつつも砲撃はあっさりと回避して見せる。

 回避した先を鎖で搦め捕ろうとするが、それが爆発する術だと察して、すぐに上空へと方向転換する。

 急な方向転換に負荷がかかり、苦しげな表情をしたが、彩那は追撃の手を緩めずに砲撃を放つ。

 

「だぁもぉっ!?」

 

 それを霊剣を盾代わりにして防ぎ、反撃に出る。

 

「ハイパー勇者斬りぃっ!!」

 

 魔力で刀身が彩那に向かって伸びる。

 避けようと動いたがある事に気付き、シールドを張って防いだ。

 

「くっ!?」

 

 その力に無理やり押し出される彩那。

 伸びた霊剣の刃はこの戦いを観戦していた2人のところで止まった。

 

「あ……」

 

 この戦闘に圧倒されていた2人は庇ってくれたのだと気づくのに1拍遅れた。

 

「そこから動かないでください。下手に動かれたら守れないので」

 

 それだけ言うと、渚のところへ向かう。

 何か言いたそうに手を伸ばそうとした事に彩那は気付かなかった。

 今度は彩那から攻める。

 聖剣と霊剣を振るい、渚と斬り結ぶ。

 この時間が、少しでも長く続いて欲しいという願いと、早く終わって欲しいという願いが彩那の中で交錯している。

 戦いという形でも、再び渚と触れ合える時間が惜しく、斬りたくないという気持ち。

 そして反対に、闇の欠片で再現されたとはいえ、かつての親友との戦闘が辛く、早く終わらせたいという気持ち。

 どっちも本心からの気持ちだった。

 

(それに、思ったより精神的にキツい……)

 

 偽物と割り切る事も出来ず、こうして長々と戦うのは精神的な負担が大きい。

 早々に決着をつけなければ、こちらが先に参ってしまう。

 

「こ、のっ!!」

 

「おっとっ!」

 

 鍔迫り合いで渚を弾き飛ばす。

 すると構えを直してから渚が提案する。

 それはもう、遊びを終えるような気軽さで。

 

「そろそろ終わりにしよっか」

 

「うん……そうだね」

 

 いざそう提案されると淋しいという気持ちが湧く。自分の今の全てが弱さだと理解していても。

 彩那は聖剣だけを握る。

 

 一呼吸入れて、動いたのは同時だった。

 渚の振り下ろしを受け止めると、体を引いて突きに切り替えてくる。

 その突きを、彩那は左の手の平で受け止めた。

 

「うわイッタァッ!?」

 

 手の平に刺さった刃が、手の甲と勇者服の篭手まで貫通する。

 鍔のところまで届くと、離さないように握り込む。

 

「捕まえたよ、渚ちゃん……」

 

 馬鹿な手段だと思ったが、速度で優る渚を逃さない為には、この方法しか思いつかなかった。

 肉を切らせて骨を断つ。そんな戦法を実演する彩那に驚いた一瞬、反撃に聖剣を渚の胸へと突き刺した。

 

「あ……」

 

 吸い込まれるように聖剣の刃が渚の胸に突き刺さると、納得したように呟く。

 

「そっかぁ……やっぱり、夢なのは、ボクの方だったんだね……」

 

「……」

 

 今更、何を言えばいいのか、少し迷う。

 だけど、伝えたい事は1つだけ。

 

「ありがとう、渚ちゃん。最期まで私を守ってくれて……」

 

 自分の生よりも、最期まで綾瀬彩那の生を選んでくれた親友に対する感謝だけだった。

 その言葉に渚が小さく微笑んだ気がした。

 確認する前に渚の肉体を構成していた魔力が雪解けのように儚く消え去っていった。

 残ったのは、渚に刺された手の傷だけ。

 森渚が完全に消え去ったのを確認し、彩那はイレギュラーであろう2人のところへと戻る。

 

「お待たせしました。先ずは名前からお訊きしても?」

 

 事情を訊こうとすると、金髪の少女から答えた。

 

「はい。高町ヴィヴィオ、です……」

 

「高町……?」

 

 苗字に疑問を持つと、もう1人の少女も名乗る。

 

「ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルドです。あの、お怪我は……」

 

「あぁ」

 

 チラッとアインハルトが彩那の左手の傷を見る。

 確かに血がダラダラ垂れているのを見るのは精神衛生状良くないし、出血が続くのは危ない。

 左手の勇者服を解除して顔に巻いていた包帯を巻き、治療魔法と合わせて応急処置をする。

 

「それじゃあ……──―!?」

 

 彩那がバッと反対方向の空を見る。

 そこから慌てた様子で飛び立とうした。

 

「あの!?」

 

「別の局員をすぐに向かわせます! こちらと争う気がないなら、そこで大人しく待っててください!」

 

 それだけを告げると、本当に脇目も振らず行ってしまった。

 

「えぇ〜っ!?」

 

 放置されたヴィヴィオの声が海鳴の空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐう……っ!?」

 

 刺された聖剣を引き抜く痛みをフェイトは唇を噛んで耐える。

 

「フェイトさんっ!?」

 

 再び斬りつけてこようとする彩那に、エリオが庇うように敵に背を向けて抱く。

 しかし、左右からのバインドにその刃が振るわれる事はなかった。

 

「これ以上、フェイトを傷付けさせるかいっ!!」

 

「エリオ君! 早くストラーダをっ!」

 

「うん!」

 

 エリオはフェイトを抱えて距離を取りつつ、弾き落とされた自身のデバイスを拾う。

 

「つっ!?」

 

 動いた摩擦にフェイトは刺された右腕の痛みに苦痛の声を出す。

 その声に、エリオが心配そうに声をかけてきた。

 

「大丈夫ですか!? フェイトさん!」

 

 どうして彼がフェイトの名前を知っているのか、などの疑問はあったが、それよりも今は自分の状態を確認するのが先だった。

 

(バルディッシュを振るうのは、ちょっと難しいかな……)

 

 刺されたのは左腕だ。利き手でないとはいえ、片腕を潰されれば、大型の武器であるバルディッシュで接近戦を挑むのは自殺行為だ。

 相手が綾瀬彩那なら尚の事。

 だが、戦線から退くつもりは毛頭ない。

 

「ねぇ、君……」

 

「は、はい!」

 

 緊張した様子で返事をするエリオ。

 そう。先程相棒と思しき少女がエリオと呼んでいた。そしてあの少女はキャロ、と。

 名前で呼びたいが、フェイトは2人に直接名前を教えて貰った訳ではない。それはこの戦いの後に取っておこうと思う。

 

「私……長くは戦えそうにないんだ。協力してもらって良いかな?」

 

「あの、フェイトさん。フェイトさんは、傷の手当てを優先してください。僕達が、あの人を倒します」

 

 エリオの提案に、フェイトは首を横に振る。

 勇ましいのは結構だが、それは驕りだ。

 多分だが、この2人よりもフェイト1人の方が強い。

 それなのに彩那を。それもこっちを殺しにかかってる彼女を倒せるとは思えない。

 

「ダメだよ。アルフと君達だけじゃ、アヤナは絶対に倒せない。みんなで協力しないと」

 

「アヤ、ナ?」

 

 アヤナと聞いてエリオが信じられないようにバインドを解除し、アルフと接近戦をしている女性を見る。

 その反応に疑問が増えたが、フェイトは提案する。

 

「時間を稼いで欲しい。準備が整ったら、念話で合図するから……下がって一瞬だけで良いからアヤナの動きを止めて。後は、私が必ず決める」

 

 辛そうに息を吐きながらの提案にエリオは、はいと頷いた。

 その返事にフェイトは歳も近そうだし、もう少し砕けた感じに接してほしいな、と思った。

 念話でエリオにしたのと同じ説明をアルフとキャロにもする。

 

『よっしゃ! アイツの鼻を明かしてやんな! フェイト!』

 

『分かりました! 時間稼ぎに徹します!!』

 

 返事が返ってきて、フェイトは大技の準備に入る。

 

「これを使うのは、あの時以来だ」

 

 ジュエルシードを賭けて、本気の1対1の決闘をした時以来。

 それからは、フェイトの戦闘スタイルとの噛み合わない等が原因で、使う機会も無かったが、今の状況でフェイトが出来る最大の攻撃。

 

「バルディッシュ。カートリッジを全弾使用。プラズマランサー・ファランクスシフトッ!!」

 

 なのはの時はフォトンランサーで使った魔法を、上位であるプラズマランサーで撃つ。

 幾つものプラズマランサーが準備(セット)され、彩那に照準を定める。

 その間、向こうの戦闘は本当に紙一重で見ていて冷たい汗が流れた。

 アルフの腹部が斬られ、突進するエリオは避けられて背中を斬られる。

 キャロが回復などでフォローをしているからまだ死者を出してないだけ。

 急がなければ、誰かが死ぬのは時間の問題だ。

 

『こっちの準備は整った! 3人とも、お願い!!』

 

 一瞬でいい。動きを止めれば後は数で押し切る。

 

「でぇえいっ!!」

 

 エリオの攻撃を彩那は蹴り飛ばして聖剣の切っ先をフェイトに向ける。

 魔法の攻撃が来る、と身構えると、その前に彩那はバインドに拘束される。

 

「フェイトさんっ!!」

 

 キャロの援護にフェイトは心の中で感謝する。

 

「撃ち、砕けぇええええぇぇっ!!」

 

 ファランクスシフトが一斉に彩那に向かって行く。

 シールドを張られたが、防がせるつもりはない。

 

(今回は、絶対に決める!!)

 

 1つ1つの雷槍に彩那のシールドを貫くイメージを乗せて撃つ。

 爆発によって生じた煙幕が彩那の姿を隠すが、それで目標を外すヘマはしない。

 小さな雷槍を全て撃ち尽くし、最後にバルディッシュを一回り大きくした雷槍を準備して投げる。

 

「スパーク……エンド!」

 

 直撃した手応えを感じながら、肩で息をするフェイト。

 これで決まらなければ、こちらが詰む。

 煙が晴れると、ボロボロになった鎧。その状態のまま、ゆっくりと構えを取る。

 仕留め損ねた、と判断して緊張が走る。

 アルフとフリードに乗ったキャロがフェイトを守るように移動する。

 しかし。

 

「あ……」

 

 彩那の手から聖剣が落ち、同時に集まっていた花弁が散るようにその形を崩して消えた。

 完全に彩那だった存在の魔力が消えると緊張の糸が切れて墜ちそうになった。

 

「フェイト!?」

 

 その前に、アルフが抱き止めてくれた。

 

「ありがとう、アルフ。怪我は?」

 

「こっちはかすり傷だよ! フェイトは自分の心配をしな!」

 

 怒られながら、ゆっくりと、降下する。

 

「今、治療します!」

 

 地上に下りたフェイトにキャロが治療魔法をかける。

 エリオも心配そうにして近付いてきた。

 

「君達は……」

 

 質問をしようとすると、本物の彩那から念話が届く。

 

『テスタロッサさん。今、動けるかしら?』

 

 少し焦った様子の声だった。

 

『アヤナ? ゴメン。遭遇した闇の欠片は倒したんだけど、怪我しちゃって。戦闘を続けるのは難しいと思う。だけど、手伝いが必要なら──―』

 

『戦闘じゃなくて。事情は分からないけど、そっちの世界の住民と思しき人と接触したの。座標を送るから、動けそうなら迎えに行ってあげて。位置的にテスタロッサさんが近いから』

 

『そんなのアヤナが自分でやればいいじゃないか!』

 

 先程まで、彩那を模した闇の欠片と戦っていたせいか、ややキツい物言いでアルフが反論する。

 

『そうしたいのは山々だけど……八神さん。いえ、リインフォースが危ない!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神はやてと羽根井璃里の戦闘で罠に絡め取られたはやては、チェーンボムの爆発を喰らう。

 しかし、爆発したのは最初だけで、すぐに爆発音は収まった。

 その原因はすぐに気付いた。

 

「凍っとる……」

 

 はやてを囲っていた鎖は全て凍らされていた。

 それが出来る人物ははやての中で1人しかいない。

 

「はやて、無事か?」

 

「クロノ君!?」

 

 デュランダルを手にしたクロノが、はやての無事を確認して安堵の息を吐く

 

「それにしても、凍らせれば爆発を防げると踏んだが、予想が当たって安心した」

 

 前々からこの鎖を凍結させれば爆発しない。もしくは威力を削げるのではと思っていた。

 助けられたはやてはくしゅん、と小さくくしゃみをする。

 

「クロノ君。助けてくれたんは嬉しいんやけど、すっごく寒いよぉ。こんなん風邪引きそうや」

 

「助けて貰って第一声がそれか! なら、さっさとそこから離れろ!」

 

「うん……」

 

 鎖の檻を出るはやて。

 

「彼女は勇者の1人か?」

 

「うん。羽根井璃里さん。彩那ちゃんの大切なお友達」

 

 辛そうに答えるはやてに、クロノはそうか、と構える。

 

「ここからは僕が引き受ける。はやては下がって援護を頼む」

 

「分かった。頑張るよー!」

 

 自分1人で良いとカッコつけたいところだが、未知の敵を相手に1人だけで戦おうとするほど馬鹿じゃない。

 頼れる仲間が居るなら頼る。それだけだ。

 そもそもアースラでは周囲との実力差から単独での戦闘が多いクロノだが、本来時空管理局とはそういう組織だ。

 羽根井璃里は変わらずブツブツと呟いている。

 

「帰りたい……帰らないと……もう、殺すのは……!」

 

 王剣を振るうと、誘導刃がクロノとはやてに襲いかかる。

 

「させるかっ! スティンガーレイ!!」

 

 クロノも射撃魔法を撃ち、敵の攻撃を相殺する。

 爆発に乗じて相手に接近する。

 しかし。

 

「ぐあっ!?」

 

「クロノ君!?」

 

 クロノが進んで行った先で、突然爆発が起こった。

 ツヴァイが慌ててはやてに情報を送る。

 

『はやてちゃん! ここら一帯にたくさんの見えない機雷がバラ撒かれてます! 1つ1つの威力は大したことはないですけど……』

 

「それ、どんな風にバラ撒かれとるか分かるか?」

 

「はいです! 今、2人のデバイスに送信しました!」

 

「おーこれは……多っ!?」

 

 璃里の周囲に近付かせないとばかりに大量の機雷が設置されていた。

 

「なら!」

 

 クロノが全身を覆うシールドを張りつつマシンガンのような射撃魔法を撃ちながら接近を試みる。

 

「羽根井さん、ごめん……バルムンクッ!!」

 

 はやての周囲から弧を描くように魔法が撃たれ、クロノの進路上にある幾つかの機雷を予め爆破していく。

 接近に成功したクロノが璃里と鍔迫り合いになった。

 

「早く戦いを終わらせないと……もう、あんなのを見るのは……っ!!」

 

 クロノを弾き飛ばし、射撃魔法を撃ってくる。

 回避に徹していると、はやてが魔法の準備を終えていた。

 

「クロノ君、退いて! クラウ・ソラス!」

 

 はやてが撃った魔法を璃里はシールドを張って防ぐが、同時に衝撃波によって弾かれる。

 

「くっ!? 邪魔を、しないでっ!!」

 

「させるか!!」

 

 はやてを攻撃しようとする璃里を、クロノが射撃魔法で牽制する。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ!!」

 

 無数の刃状に形成された魔力が一斉に璃里へと襲いかかる。

 しかし、即席で発動した魔法は、本来の威力には遠く及ばない。

 次の手を考えていると、高速で璃里に接近するはやてを見た。

 

「バカか!? 何をしてる!!」

 

 いくらクロノの攻撃で気を散らしてるとはいえ、はやてが接近戦など危険過ぎる。

 下がれ、というクロノの忠告を無視して、はやては真っ直ぐに璃里へと向かった。

 

「なのはちゃん直伝! ACSマニューバー!!」

 

 前面に魔力を集中させて突撃するはやて。

 しかし相手もそんな攻撃を許す程甘くはない。

 王剣の先端がはやてへと向く。

 

(間に合わんかっ!?)

 

 迎撃される未来を想像するが、急停止は出来ず、そのまま突っ込む。

 そして璃里がはやてを討とうと──―。

 

「え!?」

 

 はやては呆けた声を出す。

 確実に迎撃されると思ったのに、はやての杖の先端が璃里の胸を貫いていたのだ。

 

「こ、ども……?」

 

 その言葉に、はやては璃里が何故一瞬攻撃を躊躇ったのか理解した。

 彼女は子供を討つ事を躊躇し、動きを鈍らせたのだ。

 彩那が言っていた羽根井璃里は、勇者の中で1番優しい人だったと。

 子供と戦っている事に気付いて動きを鈍らせてしまうくらいに。

 はやては刺さった杖を引き抜き、璃里を抱き締める。

 

「ごめんな、羽根井さん。助けてあげられなくて……」

 

 もう終わった事で、はやてに出来る事は1つもない。

 だけど、哀しむ事は出来るのだ。

 はやてに抱き締められ、眠るように璃里は目を閉じる。

 すると、魔力が光の粒子となってはやての腕から消えた。

 

「羽根井さん……」

 

 胸の痛みを自覚してはやては祈るように手を組んだ。

 そこでクロノに小突かれた。

 

「イタッ!?」

 

「何だあの無茶は。無謀にも程がある! 後で説教だからな?」

 

「はぁい……」

 

 自分でも無茶をした自覚があり、肩を落とすはやて。

 そこでツヴァイが焦った声を出す。

 

『はやてちゃん! 家から誰か出てくるです』

 

「え? リインフォース……ってなんや!?」

 

 家の方に視線を向けると、バインドで拘束されたリインフォースが、ピンク髪の誰かに連れ去られようとしていた。

 

「ゲッ! もう気付いた?」

 

「あなた誰や!! リインフォースを放して!!」

 

「ごめんなさいね〜。永遠結晶を手に入れる為に、この人をちょっと借りるから〜」

 

 謝るようにウインクしてピンクの女性は逃げる速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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復活

 それは、リインフォースの主である八神はやての転校と学年が上がった頃の話だ。

 ホーランド式の非殺傷設定を追加する為の作業をしていると彩那から小さな石が数珠繋ぎで糸に通された腕輪を渡される。

 

「これは?」

 

「簡単な防犯ブザーよ。危険が迫ったら糸を切りなさい。強引に引っ張れば切れるから」

 

 リインフォースの知識量は膨大であるのに反して戦闘能力は皆無になってしまった。

 

「管理局ではあなた達の情報を出来る限り規制するみたいだけど、闇の書に恨みを持つ人間がどう接触してくるか分からないし、魔導知識の塊である貴女を狙う犯罪者が今後現れないとも限らない。1番警戒しなければいけないのは貴女なのよ。術式が発動すれば、私に危機を知らせてくれるわ」

 

 説明を終えると、リインフォースは腕輪を通す。

 

「そうか。感謝する」

 

「こっちも色々と手伝ってもらってるし、持ちつ持たれつよ」

 

 リインフォースが奪われ、多くの貴重な魔導知識が流出するのはマズいのだ。

 管理局としても気を使うだろうが、内側に敵が居ないとは断定出来ない。

 可能なら、魔力に頼らない武器なども調達して渡したいが、地球の日本でそんな物を所持していたらあっという間に警察行きだ。

 

(流石に、拳銃なんて用意出来ないしね……)

 

 物騒な事を考えていると、魔法の勉強をしていたはやてが話に入ってくる。

 

「それにしてもこの腕輪、装飾品としても結構えぇ感じやね。わたしも欲しいかも」

 

「スーパーの中にある百均ショップで売ってるわよ」

 

「これ百均っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然リインフォースが拉致られて、はやては大急ぎで追いかける。

 

(あかん! この距離であの人だけ当てるなんて器用なマネできへん!)

 

 撃った魔法が追いついても、リインフォースに当たる可能性が高過ぎる。

 かと言って、移動速度は向こうの方が圧倒的に速いのだ。

 歯噛みすると、はやての後ろから魔法が発動する。

 

「スティンガースナイプ!」

 

 クロノが撃った誘導弾が女の移動を妨害する。

 

「この!」

 

 女が手にしている銃型のデバイスで撃ち落とし、剣に変化させて斬り捨てるが、その間に追いついたクロノがデュランダルを振るう。

 

「あ……」

 

 リインフォースは家族で、自分が主だから、自らの手で助けなければと逸ってしまった事を反省する。

 クロノが女を足止めしながら警告する。

 

「彼女を放せ!」

 

 カキン、と小さく響いた金属の衝突音の後にクロノは距離を取って杖を向ける。

 

「リインフォースを放さないなら、誘拐未遂と公務執行妨害で貴女を拘束する。今ならまだ──―」

 

 返ってきた答えは銃弾だった。

 クロノはシールドを張って防ぐ。

 

「……今ならまだ、そう重い罪にはならない。大人しく武装解除するんだ」

 

「悪いんだけど、こっちは引くに引けない理由があるのよね」

 

 こちらの指示に従う気のない女にクロノは眉間に皺を寄せる。

 銃を剣に変えて襲いかかってくる。

 

(武器の変形が速い!)

 

 羨ましくなるくらいの速さで武器の形態変化させる女にクロノは警戒レベルを上げた。

 2人の戦闘を距離を置いて見ていたはやてはこの場で出来る事を考える。

 しかし──―。

 

(ダメや。なんも思いつかへん)

 

 彩那やクロノのような経験も、なのはやフェイトのような天性の直感もない。

 それらをサポートする融合騎だが、そこまでの支援は期待出来ないようだ。

 

『ごめんなさいです……』

 

 ツヴァイが申し訳無さそうに呟くが、はやては首を横に振る。

 

「……ううん。わたしが主として未熟なだけや」

 

 しかしどうするかと思案していると、念話が飛んできた。

 

『八神さん!』

 

 突然念話で呼ばれ、同時に指示を出されると、はやてはデバイスの杖を強く握る。

 その間にも戦闘は継続されるが、リインフォースを気にして戦うクロノは女を逃さないようにするだけで手一杯のようだ。

 だが、クロノの方にも念話が届いたのか、リインフォースを抱える女に砲撃魔法を撃つ。

 

「ちょっ!? こっちにこの人が居るの見えないの!!」

 

 慌てて防御するが、その衝撃でリインフォースを抱えている力が少しだけ緩んだ。

 そこで、疾風のように翔けてきた彩那がその勢いのままにリインフォースを蹴って、女の腕から蹴り落とす。

 

「なっ!?」

 

 落下していくリインフォースだが、状況を見ていたはやてが彼女を受け止めて地面への衝突を防ぐ。

 

「リインフォース!」

 

「申し訳ありません、主……」

 

「えぇんよ。リインフォースが無事なら」

 

 腕の部分に触れるとリインフォースが痛そうに表情を歪める。

 バリアジャケットも纏ってない状態であの蹴りを喰らったのだ。

 見た感じ折れてはいないだろうが、骨に罅くらいは入ったかもしれない。

 

「よ、容赦がないなぁ」

 

 確実性を選んだのだろうが、もう少し優しく助けて欲しかったのが本音だ。

 抱きかかえたリインフォースを近くに下ろす。

 視線を移すとクロノと挟む形で彩那が女に剣を向けていた。

 

「さて、リインフォースを狙った理由を聞かせて貰いましょうか。力づくでも」

 

 彩那の存在に女は苦虫を噛み潰したような表情をする。

 次にその口から出た言葉に彩那は驚く。

 

「私の世界を救う為って言ったら協力してくれる? ホーランドの勇者様」

 

 ホーランドの勇者、という言葉に強張った彩那に女が大剣を振るう。

 

「くっ!?」

 

 霊剣で防ぐが手の痛みに顔を歪める。

 

(握り込むのは無理そうね。血も流し過ぎたわ)

 

 今は無理やり塞いでいるが、手に穴を開けた左手を動かすのは難しい。

 それに先程の戦闘で致命傷ではないが、それなりに傷を負ったのだ。

 血が足らず、攻撃を防ぐたびに衝撃で視界がブレる。

 

「私の世界を救う為に、どうしても永遠結晶が必要なの! 世界を救った勇者様なら、理解(わか)ってくれると思うんだけどっ!」

 

 高速で変形する武器と、知らない魔法体系に彩那は守りに徹して情報の収集に努める。

 その中で相手の言い分に苛立ちを覚えていた。

 

『突然喚び出された勇者様方を不憫には思います。ですが仕方ありません。ホーランド、延いてはこの世界の為ですから』

 

『勇者様達のお力が我らには必要なのです。どうかご理解を』

 

『故郷を想う気持ちは察します。ならば、この戦争を少しでも早く終わらせる為に尽力していただかねば』

 

 過去に何度も言われた事を思い出す。

 自分達が大変だから、そうでない者に力を貸してもらえるのが当たり前。

 苦境に立っている自分達の為に役立たせて当然という考え。

 そんなものは。

 

「加害者側の、勝手な言い分だわ」

 

 大剣を受け止めると同時にバインドで腕を拘束する。

 

「この!」

 

「救援を求めるのではなく、誘拐という暴力行為に走った時点で選択を間違えているのよ」

 

 何故、助けを求める前にリインフォースを誘拐したのか。

 その理由もある程度は察せる。

 おそらくは、リインフォースに負担をかける行為を行うつもりだろう。

 

「このまま連行します。下手に抵抗しない方が身の為ですよ?」

 

 首筋に刃を当てて警告するとこちらを睨んでくる。

 意識を奪っておくべきか思案していると、エイミィから通信が届く。

 

『みんな! 気を付けて! 大きな闇の欠片の反応が観測されたよ!』

 

(こんな時に!)

 

 面倒な、と舌打ちする彩那。

 突如集まった魔力が人の形を成していく。

 それは彩那の知る、しかし別人だった。

 

「黒天に座す闇統べる王、復っっ活!! みなぎるぞパワァー! あふれるぞ魔力! ふるえるほど暗黒ぅううっ!!」

 

 はやてに似た、しかしどう見ても別人が自身の出現と同時に高笑いを存在を誇示してくる。

 

「あちゃー。こんな時にややこしい子が……」

 

 どんどんカオスになる状況にはやては額を押さえる。

 ロード・ディアーチェがはやてに視線を移し、ふんと鼻を鳴らした。

 

「鬱陶しい小鴉が。既に価値のない壊れた融合騎を未だに大事に抱えるか……見苦しい」

 

「なっ!?」

 

 自分と同じ顔の少女から発せられた家族に対する暴言に、はやては視線を鋭くさせる。

 反論しようとしたが、その前にディアーチェへと接近する彩那に気付いた。

 

「貴様……っ!?」

 

「消えなさい、邪魔よ」

 

 はやてに意識を向けた僅かな間に背後から刃を突き刺す彩那。

 霊剣を引き抜くと、舌打ちする。

 

「心臓を貫いても即死しないか。やっぱり人間じゃないわね。まぁ、首を落とせば流石に死ぬでしょう」

 

 ディアーチェの首を刎ねようと霊剣を振るおうとする。

 しかし、刺された穴から、魔力が噴き出し、彩那を弾く。

 

「ぐおあぁあああっ!?」

 

「ちっ! この……!」

 

 制止をかける彩那。

 荒れる魔力の流れが収まると、そこにはなのはとフェイトに似た少女が増える。

 

「あーはっはっはっ!! 王様が蘇って! ボク達が蘇らないなんて道理はない!!」

 

「ロード・ディアーチェ。救援に参りました」

 

(シュテル)(レヴィ)か!!」

 

 マテリアルが3人揃う。

 ディアーチェの口元が緩むが、何かに気付いて眉間に皺を寄せた。

 

「貴様ら、ここらの魔力と共有リソースを食い荒らして復活したな!」

 

「んー? そーかもー」

 

「美味しくいただきました」

 

「アホか! 復活するなら時と場所を考えんか!!」

 

「えー? ボクらだって好きで復活したんじゃないもん」

 

「何かに、呼ばれたような気がしたのです」

 

 そんな呑気な会話をしている3人に、彩那は霊剣を構えると、クロノからの念話が届く。

 

『殺すな! 彼女達から情報を得たい。捕縛するんだ!』

 

『言ってる事は分かりますけど……』

 

 血を流し過ぎて、意識が朦朧としてきた。

 マテリアル達に意識が向けていたのが災いし、はやて達の状況が動いているのに気付かなかった。

 

「キャッ!?」

 

「我が主っ!?」

 

 そちらに視線を動かすと、バインドを解除したピンク髪の女が再びリインフォースを奪おうと動く。

 

「ごめんね~。ちょっと斬らしてもらったわ」

 

「ちょっとって……」

 

 はやては斬られた箇所を押さえながらシールドを張りつつ女の攻撃を逃げながら凌ぎ、リインフォースを守る。

 すぐにそっちに向かおうと飛ぶが、マテリアルが邪魔してくる。

 

「王様を傷付けた悪いヤツめ! ボクがせーばいしてやる!」

 

「邪魔よ……!」

 

 横に振るったデバイスを下降して避けると同時に顎を蹴り上げる。

 体勢が崩れたところでバインドで拘束しようとしたが、シュテルが射撃魔法で妨害してきた。

 

「いった〜!! やったなぁ!!」

 

「レヴィ、援護します。彼女が最優先排除対象なのは変わりません」

 

 射撃魔法を連射するシュテルの攻撃を回避しようと努めるが、集中力が持続せず、何発か命中する。

 

「くっ!?」

 

 左腕に当たった痛みに苦悶の表情をする彩那。

 

「大人しく、ボクに斬られろっ!!」

 

 動きが鈍った彩那に、レヴィの斬撃が襲いかかってくる。

 

「スティンガースナイプ!」

 

 しかし、クロノが牽制して距離を取らせる。

 

「無事か!」

 

「私よりも、八神さんを早く──―」

 

「君だってもうまともに戦える状態じゃないだろ!」

 

 先程から彩那の動きがおかしい事に気付いたクロノは、先ずは位置が近い彩那を助けるのを優先したのだ。

 クロノと2人でマテリアルの攻撃になんとか対処しながらどうするか考える。

 向こうが1番排除したいのはやはり彩那らしく、重点的に攻撃を仕掛けてくる。

 

戦力()が足りない! せめて、あと1人だけでも!)

 

 悪くなっていく戦況に焦る。

 

「あうっ!?」

 

「はやてっ!?」

 

 女の大剣がついにはやてのシールドを破壊した。

 その威力のまま弾き飛ばされたはやてと抱えられているリインフォース。

 壁にぶつかりそうなところで騎士甲冑(バリアジャケット)のない生身のリインフォースを庇う形ではやてはクッションとなった。

 

「主っ!?」

 

 そのダメージにツヴァイとのユニゾンも強制解除してしまう。

 ツヴァイは目を回して意識を失う。

 頭を打って血が流れたはやては、かはっと咳をすると、リインフォースに指示を出す。

 

「リインフォース……逃げ……や……」

 

「ここで主を置いて逃げるなど出来ませんっ!!」

 

 何の役にも立たなくても、ようやく巡り会えた優しい主を見捨てて1人逃げる真似は出来なかった。

 ましてや彼女は自分を守って血を流したのだから。

 指示に従えないでいると、女がすぐ側までやってくる。

 

「そろそろ、一緒に来てくれる気になったかしら?」

 

 ふざけた口調で問うてくる女にリインフォースは唇を噛んで睨む。

 しかし、今ここで自分が取れる選択肢は他にはなく──―。

 

「そこまでですっ!!」

 

 女に向かって攻撃の雨が降る。

 それに気付いた女はまたリインフォースとの距離を離された。

 また見知らぬ誰かがリインフォースの前に立つ。

 ピンクの女と色違いの同じ格好と同じ武器。

 しかし、新たに現れたその女は濃い赤色の長髪を三つ編みに纏めている。

 

「アミタ!?」

 

「帰りますよ、キリエ。この時代と世界に、これ以上迷惑をかける事は許しません!」

 

 両手の銃を構えるアミタと呼ばれた女性。

 彼女はキリエと呼んだ少女から視線を外さずにリインフォースに話しかけてくる。

 

「巻き込んでしまってすみません。ですが、妹にこれ以上、貴女方への迷惑はかけさせません!」

 

 そう宣言すると、キリエのところへ飛び立ち、互いの剣がぶつかりあった。

 大剣、双剣、双銃が目まぐるしく変化する攻防。

 

「キリエ! 言う事を聞かないのなら、力づくでも連れて帰りますよ!」

 

「私はアミタみたいにお行儀良く諦めるつもりなんてないっ! 誰に迷惑を掛けても、そこに可能性があるなら──―」

 

「キリエッ!!」

 

 アミタが妹を怒鳴りつける。

 この2人にしか分からない事情は後で聞けば良いと、彩那とクロノはマテリアルの対処に集中する。

 はやてとリインフォースの危険度が下がった以上、マテリアルの捕縛に専念できる。

 先ずはシュテルとレヴィから。

 あの赤髪の女性が味方とは限らないので、早めに無力化したい。

 

「前回とは随分と様子が違いますね。ですが、貴女とこうして武器を交わすことが出来て、正直高揚しています」

 

 その言葉に彩那は前回母と共に襲われた事を思い出す。

 別に忘れていた訳ではなく、意識しないようにしていただけだが。

 

「そして、砕け得ぬ闇を手に入れる為に貴女は私が滅しましょう」

 

「黙ってなさい。その顔と声で貴女達が話すのは、不愉快なのよ」

 

 なのは達の姿と声で、殺害を示す言葉を聞くのは神経に障る。

 クロノから捕えるように言われたが、今すぐに斬ってしまいたい。

 クロノの方も、フェイトと同じ姿でありながら、全く違う存在に僅かな困惑を見せていた。

 

「コラー! 逃げてないで、正々堂々と勝負しろー!」

 

「少し黙っていてくれ!」

 

 性格はともかく、能力はなのはとフェイトのコピーなだけあり、簡単に無力化出来る相手ではない。

 彩那は負傷しているなら尚更だ。

 

 正体不明の姉妹も激しい戦闘を継続させている。

 

「こんな事をして、お父さんが喜ぶと思いますか!!」

 

「いつもそう良い子ぶって! それでパパの病気が良くなるの! 永遠結晶を手に入れて、私が必ずパパもエルトリアも助けるんだから!!」

 

 混戦になっている戦場。

 頭を打って混濁していたはやての意識がはっきりする。

 状況を見渡すと、迫る危機に気付く。

 

『彩那ちゃん! クロノくん!』

 

『分かってる!』

 

『はやてはリインフォースをっ!!』

 

 それぞれ戦闘に集中してる間に、ディアーチェは魔力を練り上げ、魔法を構築していた。

 

「我が闇の力に絶望せよ……ジャガーノート!!」

 

 ベルカ式の魔法陣から放たれる魔法。

 一定の距離まで移動すると爆発する魔法らしいが、その1射1射に込められている魔力がかなり大きい。

 戦争の空爆のような凄まじい爆発の連続に結界内の建物が破壊され、吹き飛ばされる。

 その攻撃が終わり、ディアーチェが息を吐くと、仲間であるシュテルとレヴィが弟子に近づく。

 

「ひどいよ王さま〜。いきなりあんな派手な攻撃するなんて〜!!」

 

「敵諸共消し飛ばされるかと思いました」

 

「我の攻撃を喰らう間抜けではなかろう。お主らなら避けると踏んだまでよ」

 

 信頼していたと遠回しに言うディアーチェ。

 それを読み取って2人も表情を柔らかくする。

 

 少し離れた場所で爆撃の巻き添えを喰ったキリエは感じる重みから途切れていた意識を繋ぐ。 

 

「いった〜。なんて無茶を……──―っ!?」

 

 そこで爆撃が届く瞬間に自分を庇ったアミタが倒れているのに気付く。

 

「お姉ちゃ……」

 

 起こそうとする手を止めてアミタの体を退かすと、キリエはマテリアルの下へ飛ぶ。

 

「初めまして。ちょ〜っとお話を聞いてもらっても良いかしら?」

 

「断る。下郎と話す口は持たぬのだ。何より貴様は得体が知れぬ」

 

 取り付く島もない様子のディアーチェだが、キリエの次の発言に表情を変える。

 

「それが砕け得ぬ闇。システムUーDの事だとしても?」

 

「それって、ボクたちがずっと探してた」

 

「貴女達と闇の書の管制人格が揃えば、砕け得ぬ闇を目覚めさせる事も可能だと思うんだけど?」

 

「貴様、何を知っている?」

 

 鋭い視線と杖の先端を突き付けるディアーチェ。

 そこでシュテルが進言する。

 

「王よ。話だけでも聞いてみるべきでは? こちらは情報が少ないのですから。もしも嘘を並べたなら、その時は然るべき制裁を与えれば良いだけです」

 

「……臣下の言葉を聞くのも王の務めか……良いだろう、貴様の提案に乗ってやる。だが、その言葉が虚言であった時は、覚悟せよ」

 

「いやん。そんな怖いこと言わないで〜」

 

 おどけた後にキリエは、地上にいるリインフォースに視線を向ける。

 

「それじゃあ、あの人にも手伝ってもらいましょうか」

 

 4人がリインフォースの居る場所へと下り立つ。

 

「今度こそ、一緒に来てくれるわよねぇ?」

 

「……っ!」

 

 お願いに聞こえて実質命令にリインフォースは唇を噛む。

 キリエが無理やり連れて行こうとすると、背後から射撃魔法が撃たれる。

 

「綾瀬……」

 

 気付いたシュテルが防ぎ、全員がそちらの方向を向く。

 そこには鎧も生身もボロボロになった彩那が剣を杖代わりにして立っていた。

 

「リインフォース、から……離れなさい……!」

 

 ディアーチェの攻撃にクロノが彩那を庇いつつ突き飛ばしたお陰で最小限のダメージで済んだのだ。

 よろよろと向かってくる彩那にキリエが頬を引き攣らせる。

 

「うわー。さすが勇者様、タフねー。でもね──―」

 

 彩那の所まで跳んだキリエが髪を掴んで腹を膝で強く蹴る。

 

「──―つっ!?」

 

「邪魔だから、もう寝ててね?」

 

 蹴られた衝撃に膝を折るが、それでも剣を支えに倒れようとせず、4人に鋭い視線を向ける。

 シュテルが前に出る。

 

「もう戦う力は残ってないようですね。ここで滅しましょう」

 

「あ、ならボクが! カッコよくとどめを刺すよー!!」

 

「あぁ。こやつだけはここで──―」

 

「待て!」

 

 声を上げるリインフォース。

 全員が振り向くと、彼女は自分の首に割れた硝子の破片を当てていた。

 

「お前達が用があるのは私だろう? さっさと連れてゆくといい。これ以上ここに居る者を1人でも傷付けたら、私はこの場で自死を選ぶ。そうなれば、お前達も困るのではないか?」

 

「リインフォース……」

 

「もういい。今はもう休め。ありがとう、綾瀬」

 

 力を失った自分がこの場で唯一出来る選択。

 リインフォースの首筋には既に一筋の血が流れ落ちている。

 それを見たディアーチェはふん、と鼻を鳴らした。

 

「良かろう。この場は貴様の意気に免じて見逃してやる」

 

「いいの? 王さま」

 

 レヴィの確認に頷くディアーチェ。

 それを見てキリエも安堵の息を吐いた。

 

「それじゃあ、抵抗しないでね〜」

 

「潜伏場所の目星は付けてます。行きましょう」

 

「さっすがシュテるん!」

 

「えっへん」

 

 大人しく連れて行かれるリインフォース。

 彩那は膝をついたまま見ている事しか出来なかった。

 

『救護班、クロノ君達の回収を急いで!! 治療の準備も早く!!』

 

 通信から聞こえるエイミィの声がやたら遠く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は未来組との会話とかアミタへの事情聴取。


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事情聴取

 リンディ・ハラオウンは目の前に居る少年少女達に笑顔で困惑していた。

 リンディが話を聞いているのはティアナと名乗る代表者だ。

 突然海鳴に転移してきた管理世界の住民。

 それは良い。

 かなり希少ではあるが、まだ理解出来る範囲だ。

 問題は、彼女が保有している局員としての身分証。

 発行日が今から7年後なのだ。

 それに解析している彼女らのデバイスだが、カートリッジシステムが完成され過ぎている。

 ミッドチルダ式のカートリッジシステムはまだ研究が始まったばかりだ。

 搭載する事は出来ても術者を選ぶ上に、負担も大きい。

 しかし、技術班の解析結果では明らかに完成度は上で、現在のカートリッジシステムよりも制御が容易で人を選ばないだろうとのこと。

 研究を始めたばかりのシステムの完成型が現れたのだ。

 カートリッジシステムだけではなく、他の部分も普通の局員が簡単に与えるには高性能なデバイスだ。

 これらを踏まえた上で認めるしかないとリンディは頬に手を当てて息を吐く。

 

「申し訳ないのだけど、もう1度説明をお願いできますか?」

 

「はい……」

 

 彼女らは八神はやてが設立した部隊の隊員で、今日の訓練に向かう途中で、いつの間にか海鳴に居たらしい。

 その他、幾つかの確認を行なうと、リンディは当面の事について提案する。

 

「分かりました。ここからは提案ですが、あなた方の帰れる目処が立つまで、こちらで保護させてください。勿論、衣食住も保証します」

 

「信じて、くれるんですか?」

 

 ティアナからすれば、嘘だと思われても仕方がない、と思って説明していたのだが、あっさりと受け入れられて逆に警戒してしまう。

 

「これだけ精巧な身分証があるのに、新暦の年だけ間違えているのは間抜け過ぎるでしょう。それにあなた達のデバイスも、ね。時間を渡った例が無い訳ではないし……」

 

「?」

 

 この反応からすると、少なくとも彼女は綾瀬彩那が時間を移動した事実を知らないようだ。

 未来で時間移動に関する情報に規制がかかっているのか。

 それとも彩那が単に話してないだけなのかは判らないが。

 

「未来の情報に関して、全部隠せ、とは言いませんが、出す情報は選んでください。未来を識った事でどのような影響を及ぼすのか、現段階では全く予想が出来ませんので」

 

「はい。それはもちろん……」

 

 リンディ達にとっては未来だが、ティアナ達にとっての過去が別物になる可能性がある。

 その結果がどうなるのか、観測する術を今の管理局は持ち合わせていない。

 そこでティアナが遠慮がちに意見する。

 

「あの……今この町は大変な状況なんですよね? あたし達はどうすれば」

 

「それは、そちらの判断に任せます。あなた1人で決められる事でも無いでしょう?」

 

「そうですね。みんなと相談してみます」

 

 幸い、正式に地球へと派遣されているので、戦力は充分過ぎる程だ。

 はやての騎士達もこちらに戻ってきたし、武装局員達も、ジュエルシード事件や闇の書事件後に力不足を痛感して、厳しい訓練に取り組んできた。

 ティアナ達の助力はありがたいが、どうしても必要な状況でもない。

 そこで、治療を行なっていたシャマルから通信が入る。

 1番重傷だった彩那の治療が終わったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは高町ヴィヴィオと名乗った少女に困惑していた。

 

「なのはママ……」

 

「えーと……」

 

 自分と同い年くらいの女の子にママと呼ばれているのだ。普通ならからかわれていると解釈してもおかしくない。

 しかし、相手も困惑していてどう話を切り出すのか迷っている様子が、なのはを躊躇わせる要因になっていた。

 そこでスバルがヴィヴィオの頭の上に手を置く。

 

「ヴィヴィオがこんなに大きくなってるなんて不思議〜! エリオやキャロと同じくらいかな?」

 

「はい。10歳になりました」

 

 ヴィヴィオの答えにスバルは、そっか〜、と返す。

 どうやら時間がズレているらしい。

 そんな未来組の会話をしている部屋に、治療を終えた彩那とフェイト。そして治療を行なったシャマルが入ってくる。

 

「なに? この空気」

 

 なんとも言えない場の空気に彩那が首を傾げる。

 なのはが椅子から立ち上がる。

 

「2人とも、大丈夫なの?」

 

「うん。まだ刺された腕が痛むけど、直に治まるって」

 

「こっちも思っていたよりは軽傷だったわよ。手に穴が空いたまま固定化されるのを覚悟してたけど、シャマルが塞いで治してくれたから助かったわ」

 

 態と刺された左手を見せる彩那。

 しかし、今は包帯が巻かれていて傷の状態は見えない。

 穴が空いた手を想像してなのは達が顔を若干青褪めさせていると、その発言にシャマルが眉を動かす。

 

「失血死しかけたのを軽傷とは言いません! 左手の傷痕だって残りますし! いったい何と比べてるんですか!」

 

「昔、闇の書の騎士(あなた達)に負わされたもっと酷い怪我よ」

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 しれっと口にする反論にシャマルが眉間にしわを寄せる。

 過去の戦争で敵対していた時は、互いに死んでもおかしくないような傷を負わせるのは珍しくなかったのだ。

 そこでヴィータが彩那に強い口調で話す。

 

「オメーが居てリインフォースが拐われるとか、なにしてんだよ!」

 

 彩那の戦闘力に関しては一目置いているからこその言葉。

 その彩那が現場に居て、リインフォースが拉致された事実に苛立ちを覚えている。

 

「なにしてたと言われてもね。戦闘記録は見たでしょう? それが全てよ。言い訳のしようもないわ」

 

 応戦したが力及ばずリインフォースが連れ去られたと言う。

 ヴィータが続けて何か言おうとするのをはやてが止める。

 

「ヴィータ、アカンよ」

 

「はやて……」

 

「彩那ちゃんは悪くない。わたし達を助ける為に1番頑張ってくれたんやから。リインフォースが連れ去られたのは、主であるわたしが情けなかったからや」

 

 失血死する寸前まで戦ってくれたのだ。本人が意図してないとはいえ、責めるような言い方は見過ごせない。

 ヴィータ自身、現場に居なかった自分への苛立ちも交じって当たってしまった。

 

「その……悪かったよ、綾瀬」

 

「えぇ……」

 

 ヴィータの謝罪を受け入れる。

 

「はやてちゃん……」

 

 ツヴァイがはやての頭を撫でる。

 その会話を聞いていた未来組。正確にはスバルとエリオとキャロが目を丸くした。

 

「綾瀬副部隊長っ!?」

 

「副部隊長?」

 

 スバルが声を上げると彩那が目尻をつり上げる。

 そのタイミングで未来組に代表して事情聴取を受けていたティアナが部屋に入ってきた。

 

「スバル。アンタなんて声出してんのよ。外まで聞こえてきたわよ」

 

「だってティア! 綾瀬副部隊長だよ! 素顔を初めて見た!」

 

 彩那の肩を掴んでティアナの方を向かせるスバル。

 その様子になのは達は、未来でも顔に包帯巻いてるんだな、と察した。

 ティアナは瞬きをした後にスバル達に告げる。

 

「リンディ提督と話し合って決めたけど、雑談程度ならともかく、あまりあたし達の時代の事を話すのは禁止ね。どんな影響があるか分からないから」

 

 指でバツを作るティアナ。

 自分達からしたら未来に来たヴィヴィオにも意思確認をする。

 

「そういう事でいいかしら?」

 

「はい。でもママ達に、わたし達の関係を喋っちゃいましたよ?」

 

「話しちゃった事は仕方ないとして、これからは話す内容はよく考えて」

 

「はい」

 

 ヴィヴィオの言葉にフェイトが首をかしげる。

 

「ママ?」

 

「そのヴィヴィオって子、フェイトちゃんとなのはちゃんの養子らしいで?」

 

 面白そうに教えるはやて。

 

「えっと……未来でなのはママとフェイトママの娘の高町ヴィヴィオ……です……」

 

 ヴィヴィオの自己紹介にフェイトは目を大きく見開き、彩那は3人を見回す。

 

「……………………あぁ」

 

「なんでしみじみとした声で納得してるの!?」

 

「特に理由は無いわよ」

 

 なのはを軽くあしらいつつ、ヴィヴィオと一緒にいたアインハルトに視線を向ける。

 

「確か、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルドさん、だったかしら? 貴女はヴィヴィオさんの友人かしら?」

 

 高町の姓が2人居るので、珍しく下の名前を呼ぶ。

 ヴィヴィオと同じく養子だと思わなかったのは、2人の距離感から、なんとなくそう思っただけだ。

 

「はい。ヴィヴィオさんと同じジムに所属しています」

 

「わたし達、ストライクアーツの選手なんです」

 

「そうなんだ。ヴィヴィオがストライクアーツを」

 

 ヴィヴィオの説明にエリオが意外そうに呟く。

 エリオの印象では、ヴィヴィオはいつも不安そうな顔でなのはにくっついている小さな女の子だ。

 だから格闘技を始めたと知ってキャロと一緒に驚いた。

 すると、アインハルトが彩那に話しかけてくる。

 

「あの、先生……さっきはすみませんでした。何の役にも立てなくて」

 

 闇の欠片との戦闘でそのあまりにも殺意の高い戦闘に動く事が出来なかったのを謝罪する。

 それよりも彩那が気になったのは別の事だった。

 

「それは、仕方のない事だと思うのだけれど……それより、先生?」

 

 そういえば、闇の欠片との戦闘でも、そう呼ばれていたような気がする。

 戦闘に集中し過ぎて気にしてなかったが。

 ストライクアーツというのは、魔法世界の格闘技で、自分が教え子を取るとは思えないのだが。

 困惑している彩那に慌てた様子で説明するアインハルト。

 

「その……師弟とかではなく、何て説明すればいいのか。私が迷っている時に色々とアドバイスをいただいて。それが先生みたいだったから、つい。御本人は自分がそんな風に呼ばれる立派な人間じゃないって否定されましたけど」

 

 どうやら未来で、彩那は随分とお節介を焼いたらしい。

 

「そんなことはないと思うな。彩那ちゃんが先生……うん! 似合うと思う!」

 

「貴女も似合うと思うわよ、なのはママ?」

 

「も〜! やめてよ〜!」

 

 彩那の言葉になのはが体を揺らしてくる。

 似合う似合わない以前に、この年齢でママと呼ばれるのは勘弁してほしいのが本音だ。

 だから彩那を揺らし終えると、ヴィヴィオの方を向く。

 

「そのね。出来れば、ママじゃなくて、普通に呼んでほしいかな。同い年の子にそう呼ばれるのはちょっと」

 

「私も……ママって呼ばれるのは変な感じだから」

 

「う、うん。えっと……なのはにフェイト……これでいい?」

 

 なのはとフェイトが頷くと同時に、クロノから連絡が入る。

 

『少しいいか?』

 

 備え付けられているモニターに怪我を負った頭に包帯が巻かれたクロノの顔が表示される。

 フェイトが驚いた顔でクロノに質問する。

 

「クロノ。保護したっていう、事件関係者の事情聴取、もう終わったの?」

 

「流石にまださ。これから始めようとしてたんだが、先方から希望が出たんだ。彩那。向こうは君にこの事情聴取に立ち会ってほしいと言っているんだ」

 

 向こうの希望に彩那は驚きの表情を見せる。

 

「私ですか? 何故?」

 

「分からない。ただ、向こうが強く希望しているのは事実だ。もちろん、拒否する権利は君には有るが?」

 

「……いえ、分かりました。すぐにそっちに向かいます」

 

『すまないな。事情聴取の内容はこちらやそっちの部屋にも分かるようにしておく。相手が抵抗したらすぐに助けに入れるように。それに未来から来た君達がこれから動くのに少しでも判断材料も欲しいだろ?』

 

 未来組に顔を向けてそう告げるクロノ。

 アミタ──―アミティエ・フローリアンという名の女性は未来組の知り合いでないのは既に確認済みだ。

 

「そうですね。情報を与えてくれるのはありがたいです」

 

『それじゃあ、彩那。準備が出来たらすぐに来てくれ』

 

 一旦モニターが切れると、ドアに向かう彩那にシグナムが話しかける。

 

「その女がお前を呼ぶ理由に心当たりはあるか?」

 

「無いわね。でも向こうが希望してるなら行かない訳にはいかないでしょう。幸い、武器は取り上げているのだし」

 

 彩那自身、今は戦える状態ではないが、アミタが暴れる可能性は低いと思っていた。

 

「でも、そのアミタさんって人はどうして彩那ちゃんを指名したのかな? 優しそうだから?」

 

「それはない」

 

「ヴィータ。そういうこと言うたらアカンやろ」

 

 なのはの推理を即座に否定するヴィータにはやてが鼻を抓んで叱る。

 しかし、先程の戦闘で散々殺気と殺意を振り撒いた彩那を優しいと判断する材料は薄いだろう。

 それなら、はやての方が選ばれやすそうなものだ。

 

(それに、あのキリエとかいう女、私を勇者と呼んだ。その理由も分かると良いのだけれど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。時空管理局嘱託魔導師の綾瀬彩那です」

 

「は、はい! アミティエ・フローリアンですっ! 初めまして! よろしくお願いします」

 

 ビシッと背筋を伸ばして返事するアミタ。

 その様子に彩那は違和感を覚える。

 事情聴取に依る緊張とは違う。何と説明すればいいのか、妙に熱っぽいのだ。

 

(近いのは、あの世界で勇者の羨望を抱いていた人達の反応かしら)

 

 まぁいい。嫌悪されてるよりは情報を聞き出しやすいだろうと判断する。

 

「早速ですが質問させてください。先ずは、何故事情聴取の相手に私をご指名に?」

 

 彩那の質問にアミタは恥ずかしそうに答える。

 

「その、憧れだったんです。綾瀬彩那さん。貴女──―いえ、私にとってホーランドの勇者達は。だからこうしてお話をしてみたいと願ってしまいました」

 

 その返答に彩那はアミタに対する警戒レベルを上げる。

 何故、彼女からホーランドの勇者の名がでるのか。

 もしや彼女もその時代から? 

 そんな疑問が頭の中で回りながらもなんとか平静を装う。

 

「私と妹のキリエは、この時間軸より数十年先の未来からこの時代の地球にやって来ました。そして、私がこの時代にやって来た目的は、キリエを止めて連れ戻す為です」

 

 彼女らも時間を越えてきたという事実は予想されていたので驚きは小さい。

 どうにも、まだ話の輪郭が見えない。

 

「私の故郷はエルトリアと呼ばれる惑星です」

 

 そこで彩那はクロノに念話を繋ぐ。

 

『ハラオウン執務官。その名前の世界に聞き覚えは?』

 

『いや。少なくとも僕は知らないな。まだ管理局が接触した事のない世界なのかもしれない』

 

 まだ時空管理局が創設されて百年も経ってないのだ。

 まだまだ把握してない。接触してない世界は多い。

 

「エルトリアは私が生まれるより前から惑星全体が死病に侵されていました。もっとも、私が子供の頃はまだそれほど危機的な状態ではなかったのですが……」

 

 アミタは自分の故郷に関する状況を説明する。

 惑星エルトリアはいつの頃からか、死蝕と呼ばれる星の病に蝕まれている。

 その病に星は緑を奪われ、水を奪われ、命を奪われていた。

 残されたのは砂漠の大地と環境に適応してしまった異形の生命。

 それすらも共食いで生命を繋いでいる状況だと言う。

 既に惑星エルトリアは、生命を育む船としての役割が終わってしまっている。

 

「それでも、支援の手が全く無い訳ではありませんでした」

 

「と、言いますと?」

 

 先を促す彩那。

 そこでアミタの口からあり得ない名前が出る。

 

「惑星デミア……」

 

 名前を聞いて、彩那は理解する事を一瞬拒んだ。

 その名前の世界は、彩那達勇者が喚び出された世界の名前だったからだ。

 僅かに呼吸が乱れ、冷たい汗が流れる。

 

「かつて、貴女達が救った世界。特にホーランド王国との交流で惑星エルトリアの死蝕は少しだけ病の侵蝕を遅らせる事が出来ました」

 

 あり得ない。

 同じ名前の惑星ではないのかと思う。

 

「……惑星デミアは、とっくの昔に次元断層で消滅したと聞きましたが?」

 

「はい。次元断層という災害に襲われたのは事実です。ですが惑星デミアは多くの犠牲を払いつつも、その危機を乗り越え、私が生まれる前からお互いの惑星同士で交流を重ねてきました。もっとも、こちらは支援をして貰う側でしたが……」

 

 恥ずかしそうに笑うアミタ。

 

「惑星デミアは時空の歪みの関係で入るのは容易いですが、出るのは難しいと聞いています。それに、近くに人間が暮らせるような世界も無かった筈だと」

 

 元々惑星デミアは、様々な理由であの惑星に辿り着いた者達が住み着いた世界だ。

 外から訪れた者達が帰れず、帰らず。自らの国を興して1つの大陸で戦争を続いていた世界。

 ホーランド、ベルカ、ミッドチルダ。その他の国々も元々は別の世界の漂流者に過ぎない。

 

「それも、次元断層の影響だろうとの事です。時空の歪みが安定し、外の世界との交流が可能になった惑星デミアは近くに存在した惑星エルトリアとコンタクトを取ってくれました」

 

 特に大国だったホーランドは、惑星エルトリアと積極的に交流を持ち、死蝕の研究や、住む土地を失った者達の移住にも協力してくれたという。

 

「エルトリアに送られてくる物資の娯楽品には、ホーランドの勇者に関する物が多かったんです。最初に触れたのは、絵本でした。子供の頃に父さんにわがままを言って映画に連れて行ってもらったり、ホーランドの勇者に関する本を買ってもらったり。娯楽が少なかった事もあって、夢中になりました」

 

 嬉しそうにホーランドの勇者に関する事を話すアミタ。

 大切な思い出を話す姿に彩那は居た堪れない気分になる。

 

「喚び出された世界で戦って、戦争を終わらせた勇者の活躍を読む度に、とても勇気を貰ったんです。だからこうして貴女にお会い出来て、感激しています!」

 

 物語にしか存在しない筈の英雄に直接会えたのだ。

 その興奮は相当なものだろう。

 もっともそれが、どれだけホーランドによって都合良く書かれた内容かに依るが。

 

「それでですか……ですが私は──―」

 

「特に、2回もホーランドに喚ばれ、2度も世界を救った綾瀬彩那さん! 貴女と話せてとても嬉しいんです!!」

 

 アミタの言葉に彩那は唇を震わせる。

 嫌な汗が止まらない。

 

「2回……喚ばれ、た?」

 

 綾瀬彩那はいつか再び、ホーランドの土を踏むのだと、目の前の異邦人が告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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優先順位

 むかしむかし、みんなを困らせるとてもわるい国がありました。

 てい国はたくさんの国でわるさをしてみんなをキズつけて、困らせていました。

 みんなをキズつけるてい国のふるまいに、多くの国がおこります。

 しかしそれいじょうに、てい国のおそろしさにみんながふるえました。

 こわくてふあんで、いろんなお国がまわりの国をしんじられなくなってしまったのです。

 仲がわるくなった国どうしでもあらそいがはじまりました。

 これはいけないとおもった大きな国の王さまは、べつのせかいにたすけを求めました。

 その声にこたえてくれたのは4人の仲よしな女の子たちでした。

 身をよせあう女の子たちに王さまはこのせかいのことをせつめいして手をかしてほしいとおねがいします。

 はなしをきいた女の子たちはそれはひどいとこのせかいのことをかなしみ、きょうりょくをやくそくしてくれました。

 

 これが、ほーらんどのゆうしゃとよばれる女の子たちのたたかいのはじまりでした。

 

 まず、ゆうしゃさまたちは、仲がわるくなってしまった国々を王さまといっしょにもういちど仲よくしましょうとせっとくして回りました。

 そしてわるいてい国をこらしめましょう、と。

 ゆうしゃさまたちのがんばりのおかげで、あらそっていた国々はすこしずつ手をとりあうようになったのです。

 たくさんの国のちからがあわせて、てい国のぼうりょくをとめようと声をあげました。

 だけど、てい国はとてもつよくて、おそろしくて、ひきょうで。

 いちばん前でたたかってくれたゆうしゃさまもひとり、またひとりとたおれてしまいました。

 のこされたさいごのゆうしゃさまはともだちをなくしたことに泣きながらもてい国をとめようと立ちあがってくれました。

 そして、てい国がときはなったあくまをうちたおし、ほんとうのへいわをもたらしてくれたのです。

 すべてをおえたゆうしゃさまは、のちのへいわを王さまにたくし、じぶんのせかいへとかえっていきました。

 

 だけど、もしもこのせかいがふたたびおおきなわざわいに包まれるのなら、きっとゆうしゃさまはわたしたちを救ってくれるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニター越しで聞いたアミタの言葉に、なのは達は驚きの表情をしてから、椅子に座って話を聞いている彩那に視線を向けた。

 2回もホーランドに召喚されたなどという話は聞いてないし、そう匂わせるニュアンスも無かった筈だ。

 それはつまり、彩那にとっても未来の出来事なのではないか? 

 モニターの映像からは彩那は顔を手で覆って表情を窺えないのが余計に不安を煽る。

 

「あの……今の話だと、綾瀬副部隊長は……」

 

「ごめん。私たちからはちょっと話せない」

 

 エリオの質問にフェイトがそう言って遮る。

 彩那の過去は個人としても管理局としてもかなりデリケートな問題だ。

 ここで本人の許可無くペラペラ話すのは憚られる。

 なのは達の緊張が未来組にまで伝わる。

 

『その話には興味がありますが、今回の件とは関係なさそうなので後にしましょう』

 

 そう、自分の今後に関わる筈の話を横に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最悪だわ……)

 

 また、あの時代と世界に喚び出される可能性に彩那は小さく息を吐く。

 根掘り葉掘り訊き出したいところだが、未来の情報はなるべく知らない方が良いと先程決めた方針だ。

 それをすぐに破る訳にはいかないし、未来の情報を考えなしに得ない方が良いという意見にも賛成だった。

 取り敢えず、今は心を落ち着ちつかせる為に時間を置きたいのが本音。

 

「それで、何処までそちらの事情を話してくれましたかね? あぁ、ホーランドと交流があったところでしたね」

 

「はい。ホーランドからの支援はありましたが、もう打ち切られる寸前、と言ったところです」

 

「それは何故ですか?」

 

 重ねる彩那の質問にアミタは視線を落として組んでいる手を見た。

 

「研究の中心だった父が病に倒れて、研究自体が立ち行かなくなったからです。今では、起きていられる時間の方が少ないくらいです」

 

 アミタの言葉に彩那は納得する。

 それだけ劣悪になった惑星で、病気になる可能性はかなり高いだろう。

 

「ずっと前からエルトリアの再生を諦めて惑星デミアに来るようあちらから打診されてて。だけど父は研究を続ける旨を変えませんでした。その結果、父は身体を壊して。幸い、ホーランドは私達の移住を快く受け入れてくれました」

 

「そうですか……」

 

 1つの家族くらいなら大した負担ではないし、星を隔てて交流する方がデメリットが多いと判断したのかもしれない。

 

「でも、その決定に反対したのが妹のキリエでした。あの子はこれまで行なってきた父の研究(どりょく)が無駄になるのを嫌がったんです。向こうで治療を受けても、父の容体が回復するかは正直分かりませんし、生まれ故郷を離れる事に強い抵抗もあったんだと思います。でも、ベッドから起き上がるのも難しい父の身体を思えばやはり……」

 

 時間をかける訳にはいかなかった、という事か。

 

「説得して納得してくれたと思っていたのですが。以前から調べていた永遠結晶───砕け得ぬ闇について。その入手する場所としてこの時代の地球へと跳んだのです。出来れば止めたかったのですが、不覚を取って拘束された挙げ句、物置小屋に閉じ込められてしまいました」

 

 後悔から大きく息を吐くアミタ。

 そこで彩那が質問する。

 

「すみません質問が。アミタさんのお父さんはどうしたのですか? そんな状態なら、放ってこっちに来る訳にもいきませんよね?」

 

「あ! 今は母が看てくれています。私を解放してくれたのも母です。時間を跳ぶとはいえ、あの状態の父を放っておく訳にはいきませんから」

 

「そうですか」

 

 他人事ながらホッとする彩那。

 どこまで正確な時間が可能なのかは知らないが、看てくれる人が居ない状況でこっちへ来るのは現実的ではないと思う。

 心情的にも苦しいと思う。

 彩那は質問を重ねる。

 

「それで、1番大事な事ですが、砕け得ぬ闇とはなんなのですか? それにどうしてそんな情報が惑星エルトリアに?」

 

「そこは、なんとも……調べていたのはキリエですし。あの子がこちらへ赴いた時には大事な情報は全て抜かれていたんです。時間があれば調べられましたけど、居ても立っても居られず」

 

 すぐに地球に来たという事らしい。

 両手の指を意味なく絡ませて視線を逸らすアミタ。

 取り敢えず今はこんなところか。

 

『ハラオウン執務官。これくらいでよろしいでしょうか? 大まかな事情は把握出来ましたし、正直治療を終えたばかりなので体力的にもこれ以上はキツイのですが』

 

『あぁ、すまない。切り上げてくれてかまわない』

 

『ありがとうございます』

 

 念話を切り、話を終わらせようとする前に、アミタが組んでいる手を見つめながら悔やむように口を開く。

 

「妹は……あの子なりにエルトリアを救おうとしているんです。故郷の再生を諦めてしまった私達の代わりに。キリエなりの覚悟を持っ───」

 

「覚悟?」

 

 それを遮る形で彩那が疑問を口にする。

 アミタが視線を上げるとそこには不思議そうに首をかしげているのに、眼だけは怒りを宿した彩那の顔があった。

 

「何の話し合いもせずに他所様の家族を連れ去り、用が済んだら素知らぬ顔でこの時代(せかい)を去る人間の覚悟に、どれ程の重みがあるのでしょう?」

 

 キリエの言い分が勇者を召喚したホーランドと重なったのもあり、彩那は静かに怒りを露わにする。

 

「それは……」

 

 彩那の指摘にアミタは視線を逸らす。

 ここで彼女を責めても仕方ないと話を切る事にした。

 

「一旦ここまでにしましょう。妹さんの件は、こちらも出来る限り配慮してもらえるよう、責任者に話しますので。但し、あくまでも連れ去られたリインフォースの無事が条件ですが」

 

「はい。御厚意、ありがとうございます……」

 

 気落ちした様子のアミタ。

 出て行く前に彩那は訂正を口にする。

 

「それと、貴女がホーランドの勇者にどんな想いを抱いてるかは知りませんが、私達はそんな憧れるような存在じゃありませんよ」

 

 どう取り繕おうと、結局自分達は戦争の道具。

 それに、少なくとも彩那が戦争に加担したのは、あの世界の平和を願っての事ではなく、故郷へ帰るのが目的だった。

 ホーランドで書かれた本がどのように書かれているのかは知らないが、英雄譚なんて呼べる程に綺麗な物語ではない。

 言いたい事だけ言って彩那は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「お、おかえり……」

 

 事情聴取の内容を聞いていたなのは達には困惑した表情をしていた。

 それでも質問したのはフェイトだった。

 

「アヤナ。アミティエって人に、ちゃんと聞かなくてよかったの?」

 

 何が、とは言わない。もしかしたらまた過去の別世界に跳ぶ可能性についてだ。

 

「聞いたところでね。前もって対処出来る問題でもないし。今は目の前の事に対処するのが先決でしょう? それに、未来の情報は悪戯に得るべきじゃないと決めたばかりじゃない」

 

 驚いたが、勝手知ったる世界だ。

 それに、あの帝国を潰した後がどうなったのか、気にならない訳でもない。

 再び喚び出されるのならその理由も気になる。

 

「大丈夫。なんとかして見せるわ」

 

「なんとかって……」

 

 曖昧な返事になのはが不満そうに眉を動かす。

 そこでキャロがおずおずと手を上げて質問する。

 

「あの……さっきの会話からだと綾瀬副部隊長は、その……」

 

「申し訳ないのだけど。詳しい事は未来の私から聞いてちょうだい」

 

 未来でどれだけ仲が良いのかは知らないが、今の彩那からすれば、未来組とはさっき会ったばかりの間柄。

 自分の過去をペラペラ話す気にはなれない。

 そこでツヴァイが彩那に近付く。

 

「あの、彩那さん……」

 

 どうやら、この子は何かを知っているらしい。

 おそらくは未来で体験する何かを教えようとするツヴァイに彩那は首を振って拒否する。

 下手に未来の出来事を知れば、それだけ動き辛くなる可能性があるし、今優先しなければならないのはそんな事ではない。

 

「闇の欠片は今も発生してるのかしら?」

 

 彩那が呟いた質問に、シャマルが答える。

 

「はい。強さも出現場所もバラバラですけど、結界を張って武装局員の方々が対処してくれてます。私を除いたヴォルケンリッターはこれからすぐに応援へ向かう手筈です」

 

 シャマルは治療班としてここに残り、負傷した彩那とフェイト。そしてこれから出るだろう負傷者の治療にあたる。

 怪我の浅いアルフも同様だ。

 

「わたしもお手伝いしたいけど、レイジングハートがメンテナンス中だから……」

 

 カートリッジの弾丸を消費して放ったスターライトブレイカー。

 その影響でレイジングハートはメンテナンスに出している。

 パーツの交換や弾丸の補充に時間が必要だ。

 それに、目に見えなくても、なのは自身もかなり負担をかけた戦闘だった。今は休息が必要だろう。

 フェイトも左腕を刺された傷を治す為にシャマルが付きっきりで治療する。

 はやての怪我は大した事なかったが、念の為に待機だ。

 そこでスバルが挙手をする。

 

「あの! 良ければあたしたちもっ!?」

 

 しかし、その口をティアナが強引に塞いだ。

 

「手伝いたい気持ちはありますが、先ずはアタシ達だけで相談させてください。正直どう動くにせよ、ちゃんと話し合ってから決めたいです」

 

 未来から来た自分達だけで話し合いたいと望むティアナ。

 リンディにもその旨を伝え、許可を取っている事も伝える。

 

「分かりました。確かにその方が良さそうですね。なら───」

 

 そこで彩那の身体が揺れ、近くに立っていたヴィヴィオにもたれかかる。

 

「ごめんなさい……」

 

「いえ……って熱っ!? 熱ありますよね!?」

 

 額に触れると明らかに平熱ではなかった。

 

「治療したばかりで辛かった筈ですから。色々とショッキングな話もありましたし。熱が一気に上がってもおかしくありません」

 

「シャマル。彩那ちゃんを一先ず家に送って休ませてあげてな」

 

「はい。掴まってください、彩那ちゃん」

 

「世話をかけるわね……」

 

 シャマルに支えられて退場する彩那。

 座っていたヴィータが椅子から降りる。

 

「それじゃあアタシらは他の奴らの応援に行ってくる。リインフォースも捜さねーとだしな」

 

「主はやて達は休んでいてください。休息を取るのも、戦う者に必要な事です」

 

「うん。分かってる」

 

「シグナム達も気をつけて。アルフも、怪我しないでね」

 

「あぁ、心配するな」

 

「フェイトは安心して休んでな!」

 

 休憩組と応援組に分かれて行動する。

 なのはも一旦家に戻る手筈だ。フェイトとはやても一緒に。

 

「それじゃあ、わたしらは失礼しますので。ゆっくり話し合ってください」

 

 はやてがそう言うと、皆が部屋を出て行くと、中には未来組だけが残った。

 何故かはやての肩に乗ったツヴァイを除いて、だが。

 スバルが不満げにティアナに話しかける。

 

「ティア〜。なんでさっきは止めたの? あたし達もなのはさん達のお手伝いをしようよ」

 

「あのね……ここはアタシらの居た時間より前の時間なのよ? 慎重に行動するのは当たり前でしょうが!」

 

 ティアナ自身も勿論、未来の上司であるなのは達を手伝いたい気持ちはある。

 だけど自分達はイレギュラーな存在だ。どんな影響があるのかも分からないのに、勢いだけで決める事ではないと思う。

 

「アンタ1人で突っ走る前に、先ずは皆の意見を聞きましょ。エリオとキャロは?」

 

 話を振られてエリオとキャロは背筋を伸ばす。

 先に意見を口にしたのはエリオだ。

 

「僕は、フェイトさん達を手伝いたいです。ティアさんの懸念も分かりますけど。それでも……」

 

「わたしもエリオくんと同じ考えです。目の前でフェイトさん達が戦ってるのに、見て見ぬふりなんて出来ません!」

 

 今はまだ出逢ってなくとも、2人にとってフェイトは恩人だ。

 その使い魔であるアルフは勿論、なのはやはやてにも世話になった。

 お世話になった人達が困っていて、力になれる事があるなら力になりたい。

 それが2人の本心だった。

 

「分かったわ。それでヴィヴィオ、と……そこのアインハルトは?」

 

 ティアナの質問にヴィヴィオとアインハルトは互いに目を見合わせる。

 それは決して前向きな表情ではなかった。

 アインハルトが顔を伏せたまま話す。

 

「……ごめんなさい。今すぐには決められません。お役に立てる自信がないんです」

 

 綾瀬彩那と闇の欠片との戦闘。

 それを見ながら2人は動く事が出来なかった。

 2人の殺気に足が竦んだ。血を流す姿に恐怖を覚えた。

 実力の違いに直感的に無理だと思ってしまった。

 彼女達は年齢以上の勇気を持ち合わせている。

 しかし、彼女達は局員ではなく競技者だ。

 簡単に命を懸けられる勇気を持ち合わせてはいない。

 もしも鉢合わせたのが綾瀬彩那と闇の欠片で再現されたシグナムとの戦闘だけなら勇気を奮い立たせて戦う選択を出来たかもしれない。

 だが今のぐらついたままの心では、足を引っ張る結果しか見えない。

 

(情けない……)

 

 自分の手の平を見つめて苦い表情をする。

 過去の覇王の記憶から戦いの恐怖を知っているつもりだった。

 本当の強さを求めてストリートファイトなどにも興じた。

 だけど、自分の経験してきた戦いがあくまでも互いの命に危険を及ぼさないモノだと突きつけられた。

 助けになりたいのに、恐怖と躊躇いを宿した拳では戦う事が出来ない。

 ヴィヴィオもまた、アインハルトと同じ気持ちだった。

 あの戦いは、自分達が経験した戦闘とは別物だと感じたから。

 

「わたしも、今は戦える自信がありません」

 

「そう。分かったわ」

 

 2人の返答にティアナはそう返す。

 

「考えてみれば、2人は局員じゃないんだもの。そう判断してくれて安心したわ」

 

 ティアナからすれば、局員ではない2人を無理に戦わせるつもりはなかった。

 競技者として優秀でも、実戦で戦えるかは別問題だし。

 

「ティアはどうなの? やっぱり反対?」

 

「そう言いたいけど、どうせアンタ達はなのはさん達がピンチになったら、考えなしに飛び出しちゃうでしょ。なら、誰かがコントロールしないとダメじゃない」

 

「ティアさん!」

 

 ため息を吐いて賛成の意を示すティアナ。

 

「でも、やるからにはアタシの指示に従ってもらうわよ。いいわね?」

 

「つまり、いつも通りってことだよね!」

 

 そうティアナがフォワードメンバーの指示をして戦う。

 4人にとってはいつも通りだ。

 話がまとまると、ふとティアナは別の事に考えを向ける。

 

「どうしたの、ティア?」

 

「うん。なんていうか、綾瀬副部隊長が気になって……」

 

「はい。熱、早く下がると良いですよね……」

 

「それもあるけど……」

 

「?」

 

 ティアナが気になっているのはその事だけではない。

 

「なのはさんもフェイトさんも、八神部隊長もまだ子供じゃない? でも、同い年の筈の綾瀬副部隊長だけは雰囲気が……」

 

 この時代でなのは達と会って、話をして、多少大人びているがやはり子供だと感じた。

 

「でも、綾瀬副部隊長だけは子供だとは思えないっていうか。まるで大人が子供の姿を取ってるみたいに感じて……」

 

 あの場を仕切っていた彩那があまりにも子供らしくなかったなと思うティアナ。

 

「分かる分かる。あんなにちっちゃいのに、年上かと思っちゃったもん」

 

「いや、笑ってないでちょっとは変に思いなさいよスバル」

 

 こっちに危害を加えるとは思ってないが、彩那の異質さがどうしても気にかかるティアナ。

 それは、モニター越しに聞いたホーランドの勇者の話にも関係があるのかもしれない。

 結局答えは出ずにその疑念をティアナは頭の隅に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リインフォースを拉致したキリエとマテリアルが拠点としたのは、既に廃業になった元クリニックの建物だった。

 残されたベッドに座らせられ、リインフォースは首と腕にコードの付いた針を刺されている。

 

「……なにをするつもりだ?」

 

「やーん。そんな怖い顔しないでぇ。大人しくしてくれたら、危害を加える気はないんだから」

 

 空間に端末が出現し、色々と調べ始める。

 

「それで、システムUーDを手に入れる事が出来るのか?」

 

「あくまで、鍵を手に入れるだけよ。本体はまた別の場所で……ありゃ?」

 

「どうしました?」

 

「思ったよりセキュリティが堅いわねぇ。なら一旦───」

 

 そこで繋がれているコードから強い電流が流れた。

 

「つあ!?」

 

「ごめんなさいね〜。今のままだと、鍵を見つけるのは難しそうだから、ちょっと荒っぽいけど強制的に眠ってね?」

 

 流された電流によって強制的にリインフォースの意識は暗闇へと落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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未来と過去と現在と

今回からポッと出のオリキャラを投入。


 一晩間を置いて、未来組は自分達の決断をクロノ達に話した。

 

「それじゃあ、君達4人はこのまま僕らに協力してくれる、という事でいいんだな?」

 

「はい。この子らがやる気ですし、アタシ達が元の時間に戻るには、皆さんに協力した方が良さそうなので」

 

「助かる。正直、手助けはいくらあっても足りないくらいだからな」

 

 闇の欠片の対処に局員達は大忙しな状況だ。借りられる手はいくらあっても良い。

 なのはのレイジングハートのパーツ交換も終わり、戦線に復帰できる。

 スバルが部屋の中を見回す。

 

「綾瀬副部隊長はまだ来てないんですか?」

 

「アヤナはまだ目を覚ましてないらしいです。熱は下がったみたいなんですけど……」

 

 スバルの質問に同じマンションで暮らすフェイトが答える。

 先程お見舞いに行った際に、彩那はまだ目を覚ましておらず、今も眠り続けていた。

 熱が下がったのは彩那の母から聞いたが、前日の戦闘の疲労がまだ抜け切ってないのだろう。

 今は休んでもらう他ない。

 フェイトの返答にスバルが残念そうにする。

 

「そっか〜。残念。せっかく綾瀬副部隊長の戦いが見られると思ったのに。でも、まだ万全じゃないなら仕方ないよね」

 

「皆さんは、彩那ちゃんが戦ってるのを見たことがないんですか?」

 

「はい! なのはさんの魔法戦の師匠だって聞いてはいたんですけど、本人は後方ですし」

 

 見る機会はまだ無いという。

 それにキャロが続く。

 

「前に報告書を提出する時に、そのことを訊いたことがあるんですけど────」

 

『私は余程の緊急事態以外は戦闘に出なくて良いと八神部隊長に言われたからこっちに出向してるのよ』

 

「って」

 

 余程の緊急事態、というのがどれくらいの事態なのかは不明だが、今のところそこまで危険な事態は遭遇していない。

 そこでクロノが話を変える。

 

「仕方ないとはいえ、彩那には訊きたい事があったんだがな……」

 

 難しい顔をするクロノにフェイトが質問する。

 

「なにかあったの? クロノ」

 

「あぁ。闇の欠片から生まれた機械兵器についての情報が聞きたかったんだ。局員が苦戦している。おそらくは彼女の記憶から再現された物だと思うんだが……」

 

「そんなに強いん?」

 

「いや。攻撃力や装甲は大した事はない。が。どうにも敵はAMFの機能を搭載しているらしくてな。上手く戦えない」

 

「それって確か、魔力を無効化するんだっけ?」

 

「正確には、魔力の結合の阻害だな。攻撃魔法は分散され、バリアジャケットを含む防御は脆くなる」

 

 そんな話をしていると、4人が顔を見合わせる。

 

「あの! その兵器の映像ってあります? あるなら見せてもらっても構いませんか?」

 

「? あぁ。もちろんだ」

 

 モニターに局員達が戦っている兵器の映像が映し出される。

 それを見た4人は驚きの表情をした。

 

「ガジェットッ!? ねぇティア! アレってガジェットだよね!」

 

「分かってるわよ!」

 

「知っているのか?」

 

 クロノの言葉にエリオが頷く。

 

「僕達が敵対してる組織が使ってる機械です。ただ、その組織のこと自体はまだよく分かってないんですけど」

 

「そうなると、このガジェット? いうロボットは彩那ちゃんの記憶やなくて、みなさんの記憶から再現された可能性が高いなぁ」

 

 はやての推測にクロノが頷く。

 

「そうだな。すまないが、そのガジェットの性能について教えてくれないか?」

 

 未来の事はなるべく触れないようにしたいが、目の前に脅威として現れた以上、情報を得るのは必須である。

 ティアナ達ももちろんとガジェット・ドローンについて説明してくれた。

 ガジェットの種類やそれぞれの役割など。

 情報を共有未来組が知っている対策を教えてもらった。

 

「敵の性能は把握した。情報に感謝する」

 

「いえ。アタシ達が原因みたいですから」

 

 この時代に来た責任は無くとも、闇の欠片が自分達の記憶からガジェットを生み出しているなら、なおのこと放っておく訳には行かなくなった。

 ティアナとしても、自分達が関われる理由が増えて一種の安堵を覚えていた。

 ガジェットの性能を確認しながら表情を和らげるクロノ。

 

「いや。それを君達が気にする必要はない。むしろ、彩那の記憶から色々再現されるより、良かったかもしれないからね」

 

 彩那達勇者が巻き込まれたかつての戦争。

 話を聞いても、その凄惨さは平和な時代を生きるクロノ達には想像し難いモノがある。

 どんな強敵が現れるか分からないのだ。ならば、機械を相手にする方がずっと楽だ。

 クロノの雰囲気に、キャロが質問する。

 

「あの……どうして彩那副部隊長の記憶が多く再現されると思ってるんですか?」

 

「あぁ。彼女の引き出しが多いのもあるが、半年程前に闇の────今回の事件に深く関わりのあるロストロギアの1番深いところと接触した過去がある。その事件では必要な行動だったが、それが原因で彩那の記憶から再現される可能性が高いと僕達は思っているんだ。実際これまで現れた強敵の大半は彼女の記憶を元にしてる筈だからね」

 

 10年勇者として戦い続けた経歴は伊達ではない。

 どんな敵が現れるのか、本当に想像がつかないのだ。

 必要な情報の共有と作戦指示が終わり、クロノが部屋にいる全員を見回す。

 

「それじゃあ5分後に指定の場所へ向かってくれ。闇の欠片への対処はもちろんだが、リインフォースの捜索と奪還も同時並行で行なう。だが、くれぐれも1人で事に当たろうとしないでくれ。人数はこっちが多いんだ無理をする必要はない」

 

 クロノの指示に全員が"はい! "と返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来組の4人は、指定された場所でガジェットの群れを討伐していた。

 

「ヤァアアアアッ!!」

 

 前衛のスバルとエリオ次々とガジェットを撃破していく。

 討ち漏らしをティアナとキャロが潰した。

 AMFに対処するならやはり近代ベルカ式の方が相性が良い。

 目の前のガジェットを全て排除した後に、スバルが不思議そうにティアナに話しかける。

 

「ティア。なんかあたし達が知ってるガジェットより少し弱く感じない?」

 

「スバルもそう思う? アンタ達は?」

 

 エリオとキャロに質問を振ると、2人の答えも是だった。

 

「はい。ストラーダで突進して、いつもより脆いなって。最初は勘違いかと思ったんですけど」

 

「わたしもそう感じました。バインドで縛って、いつもより力が弱いと思いました。それに、AMFもわたし達が知ってるより効果が薄く感じます」

 

「そうね。アタシも同感だわ。完全な再現は難しいって事かしら? ま、楽に倒せるならそれに越したことはないけど。それじゃあ、油断せずにこの調子でバンバン倒すわよ!」

 

『はい!!』

 

 ティアナの激励に応えて次々と現れるガジェットを撃破していく。

 通信から、ティアナ達の情報を得た事で、他の局員の戦闘も少しは楽になったようで、続々と撃破の報告が上がってくる。

 ホッと息を吐くと、エイミィから通信が入る。

 

『みんな、気をつけて! そっちに濃度の濃い闇の欠片の反応が出てるよ!』

 

 エイミィの通信に4人は警戒を高める。

 ガジェット・ドローンなら余程の数でない限り、倒せる自信がある。

 

(だけど……)

 

 先日相手にした剣士。

 あんな六課の隊長レベルの敵が出現した場合、倒せる自信がない。

 

「聞いたわね! より一層気を引き締めて当たるわよ!」

 

「うん! 分かってる!」

 

 ティアナの忠告にスバルが返し、エリオとキャロも頷く。

 

『来るよ!』

 

 エイミィからの連絡と同時に集まって出来た魔力の渦が現れ、それが霧散すると、中から全身鎧の20人と少しの集団。

 手にはそれぞれ武器が握られている。

 先頭に立つ、顔の見えないフルフェイスの巨漢がティアナ達の方を向く。

 

「我ら! オーバンス国を守護する騎士団也!! 侵略者共よ! 我らが国を荒らす事は許さぬっ!!」

 

 気迫を乗せた声が威圧となって襲いかかり、ティアナ達は身体を硬直させた。

 

「行くぞっ!!」

 

 リーダーと思しき2メートルを超える巨漢が両手の斧を構えて突進し、後に仲間が続く。

 

「速いっ!?」

 

「スバルッ!」

 

 巨体に似合わず、高速でスバルに接近して斧を振り下ろしてくる。

 スバルはそれに合わせてシールドを展開する。

 

(おっも)っ!?)

 

 予想以上に重たい斧の攻撃にスバルのシールドに亀裂が入る。

 完全に破壊される前に後ろに下がると、追撃されないようにティアナが援護に入る。

 

「このっ!」

 

 8発の射撃魔法を撃ち、リーダー格の巨漢を牽制しようとする。

 しかし────。

 

「うそっ!?」

 

 分厚い鎧に防がれてティアナの射撃魔法は通らない。

 

(今の着弾の感触。バリアジャケットよりも物質を撃った時に近かった)

 

 少ない情報から推測を立てようと頭を回転させる。

 だが、その答えは相手側からあっさりと洩らされる。

 

「驚いたか? この鎧は我が国が開発した魔力攻撃を拡散させる鎧だ。その程度の攻撃では、この鎧に傷を付ける事などできんわ!」

 

 驚きと同時にティアナは頭の中で情報を整理し、作戦を立てる。

 しかし、巨漢の男だけでなく、後ろに控えていた鎧の集団も動き出す。

 

(あれが本物の鎧なら、かなり重いだろうに!)

 

 だが敵の軍勢は速く、機敏に向かってくる。

 

「ティア!」

 

「スバル! エリオ! アンタたちがメインよ! 援護するから、1人ずつ確実に仕留めなさいよね!」

 

「わかった!」

 

「はい!」

 

「殺れ! 我が精鋭達よ! 女子供といえど容赦するな! 侵略者を蹂躙せよっ!!」

 

『オオオオオオォッ!!』

 

 リーダー格の巨漢に呼応して鎧の兵達は雄叫びを上げる。

 それぞれの武器を持って襲いかかろうとしてくる。

 2つの集団がぶつかろうとする直前に、間を割るようにして1本の剣がコンクリートの地面に突き刺さる。

 

「これはまた、懐かしい部隊ね。そうでしょう? バーン・イドロ将軍……」

 

 トン、と軽やかに剣の横に綾瀬彩那が着地し、刺した剣を抜く。

 

「綾瀬副部隊長っ!?」

 

「無事ですね。間に合って良かった」

 

 ホッとした様子でティアナ達を見る彩那。

 しかしその視線はすぐに敵の方へ移る。

 

「中々厄介な敵が再現されたわね」

 

「知ってるんですか!」

 

 スバルの問いに首を縦に動かす。

 

「ミッドやベルカとは違う魔法体系の騎士達。細かな説明は省きますけど、あの魔力を拡散させる鎧と接近戦。特に将軍であるあの老人は、古代(エンシェント)ベルカの騎士であるシグナム達にも引けを取らない強者(つわもの)です」

 

 シグナムと引けを取らない、という彩那の説明に4人は息を呑む。

 より一層気を引き締めていると、将軍と呼ばれた男が両手の斧を構える。

 

「その剣……知っている……知っているぞ! 貴様はあの忌々しいホーランドの勇者か……!」

 

 明らかな怒気を含む声。

 そして次にティアナ達は一瞬硬直する。

 

「我が息子の首を、討ち取った敵だ」

 

「……」

 

 将軍の言葉に彩那はなにも返さずに剣を構える。

 

「皆の者! ホーランドの勇者の首はわしが取る! 手を出すな!」

 

 一騎討ちを宣言する将軍。彩那はそれを懐かしそうに目を細めた。

 

「相変わらず熱いご老人ね」

 

「あの……」

 

 スバルがどういう事なのか訊こうとするが、それより前に彩那が撤退を指示する。

 

「ここは下がっていいですよ。彼らは私の記憶から再現された者達ですし、責任を取って片付けますから。だからそちらは他の場所に行ってガジェットとかいう機械の排除をお願いします」

 

「なっ!?」

 

 その言葉は、戦力外だと言われたようで、反射的に言い返す。

 

「そんなこと出来ませんよ!」

 

 未来では上司でも今はまだ小さな女の子。それを見捨てて逃げるなら、最初から手伝う申し出なんてしていない。

 

「私に命令する権限はないので、無理やり下がらせるつもりもありませんが、覚悟しておいた方がいいですよ。彼ら全員がかなりの使い手達です、からっ!」

 

 同時に飛び出し、将軍との一騎討ちを開始した。

 彩那は2つの斧を捌きながら、独り言を漏らす。

 

「……あの時は3人がかりだったわね」

 

 勇者時代にバーン・イドロ将軍と戦った時の勇者達はまだまだ発展途上。

 だから彼1人を殺すのに3人の勇者が必要だった。

 

「今はどうかしら?」

 

 別に戦う事は好きではないが、1人でこの男を倒せるのかには興味がある。

 

「わしとの一騎討ちを受けてくれた事には感謝するぞ、ホーランドの勇者よ。これで……これで孫娘の涙を止める事が出来る!」

 

「あの時も、貴方はそう言っていたわね……良いでしょう。私の首を狩れると思うなら……挑んできなさい、過去の英傑よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(強いっ!?)

 

 将軍を除いた騎士達の相手をしているティアナ達。

 その実力は、1人1人が自分達に近いと判断する。

 今は機動力と突破力のあるスバルと、雷の魔力変換資質を持つエリオが撹乱と足止めしてくれてるお陰でやられていないが、かなり厳しい。

 ティアナに出来るのも、幻術魔法で数を増やし、少しでも敵の注意を引きつけるくらいだ。

 そんな考えをティアナは頭の中で叱咤する。

 

(卑屈になるな! 自分に出来る事を考えろ!)

 

 純魔力攻撃が効き難いなら、小賢しい頭で工夫しろと頭を動かす。

 

「エリオくん!」

 

「しまった!?」

 

 その僅かな思考の間に、エリオが地面に身体を叩きつけられる。

 ティアナはすぐにエリオに剣を振り下ろそうとする敵に狙いを定める。

 

「女子供といえど、侵略者は排じょっ!?」

 

 剣が振り下ろされる前に、敵の頭が射撃魔法で撃ち抜かれる。

 ティアナではない。

 飛んできた方角を見ると、そこには空中戦に移行した彩那が映った。

 

(まさか、あの位置から?)

 

 ティアナの疑念に答えるように彩那は防御や回避運動のついでにこちらへ射撃魔法の援護をしていた。

 その事実がありがたいと同時に本当に足を引っ張っている事実に唇を噛む。

 だけど同時に敵への対抗手段も見つける。

 

(そうよ。あの鎧は拡散であって無力化じゃない! 拡散するより魔力を圧縮して固めれば……!!)

 

 普段よりも魔力の圧縮を強くイメージして撃つ。

 すると、ティアナの弾丸は敵の鎧を撃ち抜いた。

 

「ティアッ!」

 

「喜ぶのは後よ! これ以上、綾瀬副部隊長に迷惑かけられないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大量に居たガジェットを斬り捨てて、シグナムは次の標的へと移ろうとする。

 しかし、武装局員の1人が話しかけてストップをかける。

 

「シグナムさん。ここはもう大丈夫です。貴女は、他の場所への援護を」

 

「分かった」

 

 確かに、ガジェットの相手を自分だけで済ませるのは良くない。

 武装局員達も闇の書事件より格段に腕を上げている。残り数体くらい問題ないだろう。

 

(しかし、不思議な物だな)

 

 数ヶ月前に敵対していた管理局だが、今は特に蟠りもなく職務を遂行しようと力を合わせている。

 その事がシグナムにはこそばゆいというか、違和感が消えないのだ。

 

(殺伐とした時間が長過ぎたからな)

 

 はやてが主になる前には闇の書の完成の為に戦うか、戦力として戦争などに投入されるかの毎日だった。

 当然戦う相手には騎士達を恨んで向かってくる者も居た。

 それをただ無感情に排除する。

 そんな時間が長過ぎて、今の環境にまだ馴染まない自分がいた。

 

「と、今はそんな事を考えている場合ではないか」

 

 シグナムは次の場所に向かおうとするが、そこで魔力が集まってくる感覚を覚えた。

 

「新しい闇の欠片か。さて……もう少し手応えのある敵を望むが……」

 

 強者との戦闘を好む彼女は無意識に自分の願望を口にした。

 そして魔力が形となったのは────。

 

「あなた、は……」

 

「シグナムか……どうしてここに居る? 弟を逃がすように命じた筈だ」

 

 その人物を覚えている。

 彼はかつて彼女達雲の騎士の主────その兄上だった青年だ。

 

「ラインハルト王子……!」

 

 思っても見なかった人物にシグナムのレヴァンティンを握る手が震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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過去に存在した罪人

 リインフォースの意識は過去を遡っていた。

 つい最近────現在の主である八神はやての下に転生するまでの時間は比較的緩やかに巻き戻っていた過去が、それ以前になると少しずつ遡る早さが増している。

 いや、飛び越えていると言った方が正確か。

 記憶も記録ももう穴だらけで、蒐集した魔法だけが夜天の魔導書に残されている。

 何百年分の記憶を越えて、ある場所へと辿り着く。

 

「ここは……」

 

 見覚えがあるのかないのか。

 ただ、ここが小さな研究室だというのは判る。

 そこには研究資料などのレポートや本が積まれた机で男が画面と向き合いながらデータを打ち込んでいる。

 

「私は運がいい。夜天の魔導書に選ばれたことで希望を繋ぐ事が出来る」

 

 机に置かれた夜天の魔導書を撫でながら男は呟く。

 男が振り返り、リインフォースと向き合う形となるが、向こうはこちらに気付いていない。

 立ち上がるとリインフォースを通り抜け、ベッドに眠る少女の頬に触れた。

 

「これで、君を救う事が出来るよ。ユ○○……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけぇっ!! 僕のかわゆいレド君! その子供を捕らえろぉおおっ!!」

 

 テンション高く自分の作品に命令を下す科学者風の男。

 フェイトが戦っているのはコートで身体を隠したワニの頭と太い手足。そして大きな翼を生やした二足歩行の生物。

 おそらくは使い魔に近い魔法生物。

 

(確かに強い。けど!)

 

 相手はフェイトの動きについてこれていない。

 はっきり言って親友達に比べると大した事のない敵だった。

 

「ハァっ!!」

 

 バルディッシュを大鎌形態にして斬りかかる。

 敵との立ち位置が交差して入れ替わると、ワニ頭が着ているコートが破れた。

 ここで、フェイトはミスを犯す。

 本来なら砲撃魔法で相手を吹き飛ばすか、速攻で首を落として勝負を決めるべきだった。

 目の前のワニ頭の正体を知る前に決着をつけるべきだったのだ。

 敵がこちらに振り向き、フェイトは固まって思わずバルディッシュを握る手に力を込めた。

 

「ヒッ!?」

 

 吸おうとした酸素を自分の意志ではなく驚きから止める。

 コートの下に隠れていた身体。

 その胸には人────それも子供の頭が埋め込まれていた。

 フェイトの動揺をチャンスと思ったのか、敵は急接近して両肩を掴んできた。

 

「しまっ!?」

 

 そして、そのワニの口でフェイトを齧り付こうと大きく開かれた。

 口の中の歯が、フェイトを噛もうとすると、アルフが救援に入る。

 

「フェイトに、触んなぁっ!!」

 

 ワニの頭に踵落としを喰らわせてからフェイトを引き剥がさせる。

 

「フェイト! 大丈夫かい!」

 

「う、うん。ありがとう、アルフ……」

 

 フェイトを抱きかかえたまま敵の魔法生物を見る。

 

「それにしてもなんだいあの気持ちわるいのは。自然のモノには見えないけど……」

 

 訝しむアルフに後ろにいる科学者が不気味な笑いのまま反論する。

 

「気味悪いなんてヒドイな〜。僕のかわゆい息子に対して〜!」

 

 息子、という単語にフェイトは唖然とした表情をする。

 

「息子……?」

 

 それには、聞き間違いであってほしいという願望が込められていた。

 

「そうだよ〜。レド君は少し前に僕の力になる為にもっと強くなりたいってお願いしてきてね〜。それに感動して僕はレド君に力を与えたのさ! もっとも、魔法生物と脳を繋げる過程で念話以外の意思疎通が出来なくなったのは予想外だったけどね〜?」

 

 自分に酔うように頬に手を当てて説明する科学者にフェイトは頭を逆上させる。

 

「貴方は、自分の子供を……っ!!」

 

 その出生から生命に対して誰よりも潔癖だからこその怒りだった。

 しかし、その怒りは目の前の男には理解されない。

 

「な〜にを怒ってるのかな〜? 魔法生物の強靭な肉体と人間の頭脳を融合させた強力な生物ぅ! さぁレド君! 僕と帝国の未来の為にぃ!! 新しい材料を調達しておくれぇっ!!」

 

「コイツッ!!」

 

 敵の研究者の叫びにアルフが不快感を表して唸る。

 ワニ頭の生物が突進してくる。

 フェイトのバルディッシュを握る手は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁりゃぁっ!!」

 

「ヴィータちゃん!」

 

「気安く、呼ぶんじゃねぇっ!!」

 

 闇の欠片によって生まれた過去のヴィータになのはは押されていた。

 

(わたしが知ってるヴィータちゃんより強い?)

 

 いや、違うと考え直す。

 最初に戦った時はあくまでも闇の書の蒐集を優先し、なによりもはやての未来を血で染めない為に殺人を自ら禁じていた。

 しかし、このヴィータはそうした遠慮というか、手心がない。

 ただ敵である自分を叩き潰す為にデバイスを振るっている。

 なのはが今のヴィータより強いと思うのはおそらくその所為だろう。

 アイゼンにシールド越しに打たれて弾き飛ばされたなのははそのままヴィータにレイジングハートを向ける。

 

「エクセリオン……バスターッ!!」

 

「甘ぇっ!」

 

 砲撃魔法を撃ち、撃墜を試みるが、急降下して避けられる。

 そこから直角な軌道でなのはに迫る。

 射撃魔法で弾幕を張るが、回避されるか、シールドで防がれて決定打にならない。

 

「オラァアアアアアアアアッ!!」

 

(マズイッ!?)

 

 身体の負担を無視した速度での急接近になのはの砲撃もシールドも間に合わない。

 闇の書事件の二の舞いを予感してレイジングハートの長柄での防御を試みる。

 そこでなのはとヴィータの間に誰かが割って入る。

 

「ヤァアアアアッ!!」

 

 割って入ってきた人物────高町ヴィヴィオの拳がヴィータのアイゼンが当たる前に頬を打ち抜いた。

 

「ぐっ!?」

 

 カウンターが決まったヴィータは大きく後退する。

 殴られた頬を撫でようとする前に、ヴィータの四肢がバインドで拘束された。

 

「こんなチャチなバインドで!」

 

 カウンターと共に仕込んだバインド。しかし、魔力と実力の違いから拘束出来る時間は僅か3秒。

 

「なのはママッ!」

 

「っ! ありがとう、ヴィヴィオちゃん! エクセリオン────」

 

 カートリッジの弾丸を1つ消費し、ヴィータに狙いを定める

 

「バスターッ!!」

 

 ヴィヴィオの横から突き出したレイジングハートの先端から砲撃魔法が発射された。

 同時にヴィータはバインドを力づくで解除するが、回避行動が間に合わない。

 なのはの砲撃魔法がヴィータを呑み込んで建物を貫いた。

 ふぅ、と息を吐くなのはだがすぐにヴィヴィオと向き合う。

 

「ありがとう。でもどうして……」

 

 ヴィヴィオとアインハルトは手伝いを拒否したと聞いていた。

 だから助けてくれた時は本当に驚いたのだ。

 なのはの質問にヴィヴィオは少し照れ臭そうに頬を掻く。

 

「やっぱり、見ているだけなんてイヤで。今のママたちもわたしと同い年だし……なにか、わたしにも出来ることがあるかもしれないって」

 

 だから駆けつけたと話すヴィヴィオ。

 その行動になのはは胸が温かくなるのを感じた。

 恐い思いをしたのに、それでも目の前の少女は勇気を出して助けてくれたのだ。

 その事実になのはも嬉しさと照れ臭さから少し不格好な笑みになる。

 

「もう……ママはやめてって────」

 

 その瞬間、ヴィヴィオの体が吹き飛ばされた。

 高速で向かってきた鉄球がヴィヴィオの横腹に直撃し、近くの家の屋根に激突する。

 

「ヴィヴィオちゃんっ!?」

 

 ヴィヴィオの心配をしつつ、なのはは鉄球が飛んできた方向に視線を移す。

 そこには、鎧が一部欠けたヴィータが小さく息を乱し、付かず離れずの距離に居る。

 敵を倒した事を確認せず、談笑してしまった迂闊さになのはは奥歯を噛む。

 髪に付いた汚れを払うように首を振るヴィータ。

 

「ナメんな……! あんな殺意もない攻撃でこのアタシがっ!!」

 

 ヴィータがグラーフアイゼンを掲げると、巨大なハンマーへと変化する。

 

「轟天爆砕っ! ギガント・シュラークッ!!」

 

 巨大な槌がなのはに向かって振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵隊と戦っている未来組の4人は、段々と窮地に立たされていた。

 自分達の動きに慣れてきたのか、敵は数を活かして少しずつ消耗させる作戦に移行し、ジリジリと追い詰めてくる。

 純魔力攻撃やバインドが効きにくいのも影響して

 

「ティアッ! 綾瀬副部隊長の援護射撃が完全になくなっちゃったよ!?」

 

「分かってるわよ! でも仕方ないでしょ! 口より体を動かしなさいスバル!」

 

 ついさっきまで何やかんやと彩那が適度に援護してくれていたから保たれていた天秤が少しずつ悪い方に傾いていくのにティアナは苦い表情になる。

 援護射撃を止めた彩那に対する憤り────では当然なく、この状況を打開できない自分の力不足にだ。

 一瞬だけ空で戦う2人に視線を移す。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が1つ消える間に3つ以上の音が響いてくる。

 胃を重くするような魔力の波に捉えきれない剣戟。

 あれは、災害レベルの台風だ。

 無策で近づけば戦いの余波でこちらが斬り捨てられる。

 

(綾瀬副部隊長……こいつらと戦ったことがある感じだったけど、いったいどこで……)

 

 射撃魔法を撃ちながら湧いてきた疑問をティアナはすぐに振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空で戦う2人。綾瀬彩那とバーン・イドロ将軍の戦闘は一見互角のように見えるが、圧倒的に彩那が不利な状況だった。

 

(1手読み間違えたら死ぬわね)

 

 冷静にそう考えつつシールドでバーンの斧を防ぐ。

 かつては彩那が盾役。渚が攻撃。冬美が遠距離支援という役割に徹してなんとか討ち取った相手。

 いくら過去より彩那個人の実力が上がったとはいえ、その役割全てを同時に行なうのは無理だ。

 今は瞬間最大魔力で作ったシールドでやっと防げる攻撃を連続して叩き込まれている状況。

 とても攻撃に転じて居る余裕がない。

 

(相変わらずのバケモノめ!)

 

 通常攻撃の全てが必殺。

 重く、速く、鋭い攻撃の数々。

 距離を取ろうにも、その巨体からとんでもない速度で詰めてくる。

 彩那からすれば、戦車が人間の器用さとF1カー並みの速度で突っ込んでくるイメージなのだ。

 10以上の防御に成功させてようやく掴んだ隙に首を狙って突きを繰り出す。

 しかし、兜の頬の部分で防がれてダメージを与え損ねた。

 

「温いわっ!」

 

 振るわれた斧をシールドでガードし、態と弾き飛ばされる事で距離を取ろうとするが、姿勢を正す前に近づかれてしまう。

 振り下ろされる斧を蹴って無理やり方向を変えて難を逃れた。

 ペッと口の中に溜まっていた唾液を吐き、呼吸を調える。

 

(さて。どうしようかしら?)

 

 現状手詰まりである。

 剣を2本使うと魔力のソリースが分割されて中途半端になる。

 聖剣1本での全力で防御に徹しているからバーンの斧を防げているが、2本以上使うと使える手は増えるがあまり意味がない。

 魔剣と王剣はあの鎧相手だと分が悪い。

 雑兵と違ってバーンの鎧は性能が上だし、それを突破するのは至難だ。

 なら、霊剣で身体能力を底上げし、近づいて斬るのが確実だが、それをする為には敵の攻撃を全て回避しなければならない。

 体力勝負になったら間違いなくこちらが敗ける。

 

「惜しいな。その力、ここで摘み取るのは実に惜しい……だが、孫娘の涙を止める為! ここで散れいっ!! ホーランドの勇者ぁ!!」

 

 ────人殺しっ!! お父さまとお爺さまを返してっ!! 

 

 余計なことが、頭を過った。

 

「つっ!?」

 

 一瞬の隙。しかしそれは彩那に斧を叩き込むには充分な時間だった。

 バリアジャケットの鎧が叩き込まれた斧に破壊される音が響く。

 彩那がバーンから吹き飛ばされるとジェットコースターさながらの速度で地面へと向かう。

 地面に直撃した彩那は路面を削りながら何度もバウンドしてゴロゴロと転がるとキャロの足下でピタリと止まった。

 

「あ……」

 

「うそ……」

 

 両手に剣を持った彩那の身体から少しずつ血溜まりが広がっていく。

 未来から来た4人の少年少女の視線がボロボロになった彩那に向く。

 

「き────」

 

 次の瞬間、キャロの悲鳴が戦場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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過去を断つ

 その少女は、生まれつき身体が弱かった。

 いつ死んでもおかしくない身体。

 生きていても熱や不調で苦しむだけの存在。

 碌に食事も摂れず、入浴や排泄行為ですら誰かの手を借りなければままならない虚弱さ。

 当時の夜天の書の所有者は彼女を救う術を求めた。

 しかし夜天の書にも、病に侵された彼女を救う術を載せてはいなかった。

 だから────。

 

「大丈夫だよ……夜天の書が在る限り。君は生死に囚われない永遠の存在となる。私がそうして見せる」

 

 椅子に座る少女の手を男は取る。

 

「私が生み出したこのエ……で。君をきっと救うから。だから、夜天の書が完成するまでもう少しだけ待ってほしい。私の愛しい娘……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィータの巨大な槌がなのはに襲いかかる。

 迎撃しようとレイジングハートを構えるが────。

 

(ダメ!? 溜めの無い抜き撃ちじゃ、押し負けちゃう!)

 

 回避も間に合わないと判断し、シールドが破壊されるのを覚悟で少しでも威力の軽減に努める。

 

(一瞬だけでいい! 耐えてっ!)

 

 防ぐ一瞬にカートリッジを使ったシールドを再構築する。

 それでも破壊されるだろうが、直撃を喰らうよりはマシだ。

 そう覚悟して全力の防御魔法を展開する。

 しかし────。

 

「ラケーテンハンマーッ!!」

 

 デバイスのジェット噴射で独楽のように高速回転した本物のヴィータが、横合いからギガント・シュラークを殴りつけた。

 逸れた攻撃になのはも急いで安全圏に移動する。

 

「無事か! なのは!!」

 

「ヴィータちゃん!」

 

 頼もしい救援になのはは安堵から頬が緩む。

 近づくなのはにヴィータは飛ばされたヴィヴィオの方を指差す。

 

「こっちはいいから、アイツの方を見てやれ。コイツはアタシが潰す」

 

 アイゼンを構えながら過去の自分に視界に入れる。

 

「でも2人で戦った方が……」

 

「あぁん? アタシが過去の自分に敗けるとでも思ってんのかよ?」

 

 ガンつけてくるヴィータに、なのは後ずさる。

 

「そ、そうじゃなくて。2人の方が早く決着がつくし、安全でしょ?」 

 

 過去のヴィータとはいえ、戦って現在のヴィータ無傷で勝てるとは思えない。

 しかし、そんななのはの心配をヴィータは鼻を鳴らす。

 

「余計な気遣いだってんだ! オメーは早くあっちの方を看てやれ! 娘なんだろ? なのはママ」

 

 最後にからかうような口調で話すヴィータ。

 それがなのはを気遣ってのものだと理解して態とらしく頬を膨らませる。

 

「もう。ママはやめてったら……気をつけてね」

 

 お言葉に甘えてなのははヴィヴィオのところへ行く。

 それを見届けてからヴィータはここまで攻撃してこなかった事に疑問を感じながら闇の欠片の自分に向き合う。

 すると、向こうは頭を押さえて警戒心剥き出しでヴィータを見ていた。

 

「なんだテメェは……」

 

 あぁ、なるほど。突然自分が現れて混乱してたのか。

 

「別に、なんだっていいだろ。やることは変わりねぇんだから、なっ!!」

 

 ヴィータは加速して闇の欠片の自分の撃退に入る。

 槌を振り下ろし、相手は防ぐ。

 自分と戦える機会など本来はないのだ。

 シグナムなら自分と戦えて喜ぶかもだが、生憎とヴィータはバトルジャンキーではない。

 厄介な強敵として早々に排除するのみだ。

 

「だりゃあぁああああっ!!」

 

 アイゼンを握る手に力を込めて弾き飛ばすと、カートリッジの弾丸を排出する。

 攻撃の威力の上がったハンマーで過去の自分を潰そうと襲う。

 

「このっ!」

 

 闇の欠片のヴィータはシールドを張って防ぐ。

 相手は自分だ。どれくらいの魔力と密度で防壁を張れば防げるのかは感覚で判断できる。

 そう、思っていた。

 

「なんだとっ!?」

 

「あめぇっ!!」

 

 闇の欠片のヴィータのシールドを本物のヴィータは破壊して見せる。

 その勢いのまま偽の自分に迫るが、ギリギリのところで回避されてしまった。

 

「ちっ」

 

 逃げられた事に舌打ちする本物のヴィータ。

 闇の欠片のヴィータは不思議がっているが、そもそもこの戦いは対等ではない。

 闇の書事件後のこの数ヶ月。デバイスであるグラーフアイゼンのシステムは最新の物へとアップデートし、パーツもより良い物に交換されている。

 カートリッジシステムを搭載したレイジングハート程の強化はされてないが、デバイスの強度は上がり、変形に要する時間も0.7秒短縮された。

 何よりデバイスに流れる魔力の経路が見直され、より効率の良い運用が可能になっている。

 それにヴィータ自身も、あの時代から闇の書の騎士として活動していた経験値の違いがある。

 負ける要素はない。

 それでも、過去のヴィータが現在のヴィータに勝っているモノがあるとすれば────。

 

「な、めんなぁっ!!」

 

 闇の欠片のヴィータが破れかぶれにも見える突撃を行なう。

 敵の攻撃を避けて本物のヴィータがアイゼンを振るった。

 当然相手はシールドを張って防ぐ、と思われた。

 

「ハァッ!?」

 

 騎士甲冑の籠手で防御し、片手持ちのアイゼンが本物のヴィータの側頭部を強打する。

 

「つっ!?」

 

 反射的に移動して直撃は避けたが、頭にダメージを負ったことに変わりはない。

 追撃をかけてくる敵に、ヴィータは槌の柄と柄をぶつけて防ぐ。

 

「バカかっ! なんて戦い方しやがる!」

 

 闇の欠片のヴィータの左腕は完璧に潰した。その戦闘では使い物にならないだろう。

 肉を切らせて骨を断つ、というが、あまりにもリスクとリターンが釣り合ってない。

 

「温いこと言ってんじゃねぇ! 勝たなきゃ意味がねぇんだ!! 敵を倒さなきゃ、アイツを、主を守れねぇだろうがっ!!」

 

 片腕とは思えない力で本物のヴィータを弾き飛ばす。

 この無茶が、過去のヴィータが現在のヴィータに勝っている点だ。

 現在の主である八神はやての方針によって今の守護騎士達は敵を倒し、戦闘に勝つだけでなく、生き残る事も優先している。

 あの優しい主が悲しまないように。

 しかし過去のヴィータは違う。

 戦争なのだ。

 敗北は全てを失う事を意味する。

 主を守る為に全てを投げ打つ覚悟で敵を討ちに来る。

 勝たなければ。敵を倒さなければ意味がないのだ。

 かつての自分だからこそヴィータはその気持ちが痛い程に理解出来た。

 だから────。

 

「こっの……バカやろうっ!!」

 

 敵の得物を掻い潜ってその胸にアイゼンを叩き込む。

 

「ガハッ!?」

 

 闇の欠片のヴィータは地面に勢いよくその体を叩きつけられた。

 すぐに立ち上がろうとするが、ダメージでよろめく。

 そんな過去の自分にヴィータは最後の構えを取る。

 

「はやてと同じ。あいつだってきっと、アタシらに傍に居てほしかったんだよ」

 

 身体が弱く、闇の書の主としてしか周囲に認められなかった王子。

 自分らを送り出す時に見せていた淋しそうな表情が頭に過る。

 

「戦いで敵を倒すだけじゃ意味がねぇんだ。ちゃんと帰ってこないと、主を泣かせることになるんだ」

 

 過去の自分にではなく、現在の自分に言い聞かせて戒める。

 あの王子が勇者に殺された時に見せた怯えは、自分を襲う危機だけではなく、騎士達が殺された嘆きも含まれていた筈だ。

 繰り返す訳にはいかない。

 

「ありがとよ。過去の自分(お前)に会って、大事なことを再確認出来たぜ────じゃあな」

 

 トドメの1撃を振り下ろした。

 

「クソ……」

 

 悔しそうな、憎々しげな表情でヴィータに手を伸ばしてくるが、その手は取らなかった。

 大きく息を吐いた後に、なのはとヴィヴィオの下へ飛ぶ。

 ヴィヴィオは壁を背にして、休んでいた。変身魔法も解けている。

 

「大丈夫か?」

 

「はい。この子が上手く防御し(まもっ)てくれました」

 

 飛んできた鉄球が当たる箇所のバリアジャケットに大幅な魔力を振り分けた事で、思ったほどのダメージはなかった。

 

「たく。無茶すんなよな。下手したら、怪我だけじゃ済まなかっぞ」

 

「ヴィータちゃんったら」

 

 助けに来てくれたヴィヴィオに悪態つくヴィータをなのはが嗜める。

 そこでエイミィから通信が入った。

 

『なのはちゃん!!』

 

 慌てた様子のエイミィになのはは目を丸くする。

 

『すぐに救援に向かって! フェイトちゃんが! フェイトちゃんがっ!!』

 

 その言葉だけでなのはは地面を蹴って飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォオオオッ!!」

 

 かつての主の兄であるラインハルトの攻撃を捌くシグナムは、その強さに感嘆していた。

 ラインハルトは相手がシグナムだと気付いていない。

 ただ国と弟を守る為に槍を振るっていた。

 

(あぁ……貴方はこんなにも強かったのか)

 

 彩那が言っていた。ラインハルト王子は勇者2人がかりで倒したと。

 その評価に嘘は無かった。

 シグナムはラインハルトの槍を防ぎつつ反撃に転ずる。

 

「紫電一閃っ!」

 

 振るわれた刃は受け止められ、逆に突きを返された。

 ラインハルトの強さにシグナムは嬉しさと申し訳無さが胸に広がる。

 苛烈な攻めだ。

 後の事などまったく考えていない、破滅を受け入れ、生き残る気すら無いからこそ出せる力。

 その力のなんと憐れで悲しい物か。

 

(いや、私にそう思う資格は無いか……)

 

 国を守る事も、彼の最期の願いすら叶える事が出来なかった。

 そんな感傷に浸っている一瞬、ラインハルトの槍がシグナムの横腹を掠める。

 

「つっ!?」

 

「シグナムさんっ!?」

 

「下がってろ! お前達がどうにか出来る相手ではない! それに、この方との決着は、私自らがつけなければならん!」

 

 心配して援護しようとしてくれる局員を制止する。

 心遣いはありがたいが、それを今受け取る訳にはいかない。

 レヴァンティンの中にあるカートリッジを全て吐き出す。

 ラインハルトもそれに応えるようにカートリッジの弾丸を吐き出した。

 

「終わりにしましょう、ラインハルト王子。貴方の悪夢を……」

 

 地を蹴ったのは同時だった。

 

「紫電一閃っ!!」

 

「オォオオオオォオオッ!!」

 

 剣と槍の衝突。

 

「ハァアアッ!!」

 

 炎を纏ったレヴァンティンとラインハルトの槍は拮抗を見せていたが、それも刹那の時間。

 槍に罅が入り、シグナムの剣は押し込まれていく。

 鉄が砕ける音と共に剣の刃は王子の体へと進み、その肉体を両断した。

 炎に包まれるラインハルト王子。

 

「フィン……」

 

 幻を視るように手を伸ばしたが、それは呆気なく崩れていき、魔力として霧散して消える。

 それを見届けたシグナムは目を閉じて黙祷した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロ雑巾のようになった彩那。

 それを追ってバーン将軍はその巨体を地上に下ろす。

 彼はティアナ達に向かって叫ぶ。

 

「勇者を引き渡し、投降せよ。さすれば命だけは助けてやろう」

 

 バーンの言葉にキャロが彩那の頭を抱きかかえる。

 その行動が彩那の引き渡し拒否を示していたし、他の者も同意見で構えを取る。

 そもそも彼らは闇の欠片によって再現された存在だ。

 投降を示したところでその国自体が存在しない。

 故に選択肢など初めから無いのだ。

 

(とはいえ、勝ち筋がまったく見えないわね)

 

 先程までの2人の戦いを見て自分達が勝てると思えるなんて驕ってはいない。

 戦えば確実に殺される。

 

(あんなの、AMFを纏った隊長達みたいなもんじゃない!)

 

 心の中でそう愚痴りつつも勝つまでとはいかないが、時間を稼ぐ道筋を頭の中で構築する。

 ティアナ達の態度にバーン将軍は顎を撫でる。

 

「その意気や良し! と言いたいところだが、愚かだな」

 

 憐れむように言うと、部下達に檄を飛ばす。

 

「何をしている! あの雑兵を早く片付けろっ!! そしてあの勇者をわしの前に持って来い! あの娘の首はわしが刎ねる!!」

 

『おぉおおおおおおぉおおおおおおっ!?』

 

 将軍の檄に周りの兵達も士気を高める。

 その異様な熱気にティアナ達は圧されていた。

 どんな因縁があるのかは知らないが、子供の首を嬉々として落とそうと奮起する彼らの心情が理解できないが為に。

 

()け! 我が精鋭達よっ!」

 

 将軍の合図で鎧の軍勢が動く。

 しかし────。

 

「ハァアアアッ!!」

 

 上空からその将軍を目掛けて拳が振るわれた。

 

「甘いわ」

 

 だがその拳は斧によって楽々と防御された。

 拳を防がれた彼女は体勢を変えて跳び、ティアナ達の近くに着地する。

 

「くっ!」

 

「アインハルト、貴女……」

 

 増援としてやって来たのは、ヴィヴィオの友人であるアインハルト・ストラトスだった。

 

「先生……」

 

 構えを取りつつ、アインハルトは倒された彩那の事を気にするも、すぐに敵に視線を戻す。

 

「すみません。私もヴィヴィオさんも、自分達だけ安全なところで持ってるなんて出来ませんでした」

 

 恐い、という気持ちは当然ある。

 だけど、ここで逃げたらこれまで自分が鍛えてきた覇王流が本当に嘘になってしまう気がして。

 それに自分達の時間軸でお世話になった人達の危機に知らんぷりするなどアインハルトには出来なかった。

 

「いいえ、ありがとう。少しだけなんとかなりそうな気がしてきたわ」

 

 具体案が出た訳ではないが、戦力が1人でも増えるのはありがたい。

 

「キャロは綾瀬副部隊長の手当を! 他はここを全力で守り切るわよ!」

 

 勝つ必要はない。

 他の援軍が来てくれるまで持ち堪えるだけで良いのだ。

 周囲に被害を出さず、生き残る事こそが自分達の勝利条件なのだから。

 

「行こう、ティア!」

 

「えぇ! メインはアンタよスバル! 気合入れなさい!」

 

 デバイスを構えてティアナもまた仲間も自分の勇気をふり絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたです!」

 

「ほんまか!?」

 

「ハイです! この街の廃病院らしき場所にアインスの反応を確認しました!」

 

「ありがとうな、リイン!」

 

 皆が戦っている最中、はやて達は連れ去られたリインフォースの捜索に当たっていた。

 リインフォースの後継であるツヴァイには、先代のリインフォースとある程度の情報共有を目的とするリンク機能があり、それを使って彼女の居場所を捜せないか昨日から試していた。

 向こうも結界を張っている為に時間はかかったが、ようやく反応を見つけた。

 シャマルがそこで目的の確認に入る。

 

「それじゃあ、私達も行きましょう。目的はあくまでも戦闘を避けてリインフォースの奪還。相手を倒そうとするの禁止ですよ、はやてちゃん」

 

「分かっとる。待ってて、リインフォース。今度は必ず助けるよ!」

 

 はやてはデバイスの杖を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編6:ズレた世界線・前編

残念!番外編でしたー!
すみません、本編は半分くらいは書き上がってますので、もう少し待ってください。息抜きで書いたら出来ちゃったんです。
もしも彩那が戻ってきたのがsts時代のミッドチルダだったら?です。


 身体が10歳前後のそれに戻らされたが、そんな事はどうでもよかった。

 今は目の前の────この戦争の原因の1人である科学者を斬り捨てなければならない。

 

「ボイ、ド……マーストンッ!!」

 

 綾瀬彩那が敵を斬り捨てようと動いた瞬間、白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レリックと呼ばれるロストロギア回収を主な任務とする時空管理局の部隊である機動六課。

 今はそのレリックを狙う犯罪者が使役する無人兵器。ガジェットと交戦していた。

 

「ハァッ!!」

 

 ライトニング小隊の副隊長であるシグナムが空で次々とガジェットを切り捨ててゆく。

 

「ヤァッ!!」

 

 同じくライトニングの隊長であるフェイトも反対方向でガジェットを雷を砲撃で複数機撃ち抜く。

 地上ではフェイトの親友である高町なのはの教え子である新人のフォワード達が頑張ってくれている。

 AMFと呼ばれる魔法に対する天敵のような装備を持つ機械を相手にも優位な戦闘を繰り広げていた。

 

(なのはにも見せてあげたかったな。きっと喜ぶよね)

 

 新人の戦闘を記録しつつ自分の戦いもこなすフェイトはそう考える。

 なのはは今回の出動では別件で参加出来なかった。

 間近で教え子の成長を見れなかった事を悔しがるだろうなと内心で苦笑する。

 そこで、バックヤードから連絡が入る。

 

『フェイトさんっ!?』

 

「どうしたの?」

 

『気をつけてください! 現場付近に途轍もない魔力反応がっ! 何これ!? 全然知らない術式っ!?』

 

「落ち着いて!! 情報は正確にっ!!」

 

 要領を得ないバックヤードの報告にフェイトは警戒を強める。

 何かイレギュラーな事態が起こっているのは確実なようだ。

 周囲を見回すとフォワードメンバーが戦闘を行なっている場所と少しズレた地点で爆発────いや、膨大な魔力の奔流が発生した。

 

「エリオッ!? キャロッ!?」

 

 思わず自分が後見人となった子供の名前を叫びつつ、念話で無事の確認を行なった。

 

『みんな、無事っ!?』

 

 答えたのは4人の実質リーダーを務めるティアナだった。

 

『はい! 全員無事です! いったい何が!?』

 

『分からない! 警戒を怠らないで!!』

 

 そう指示を飛ばすと同時に魔力の奔流が晴れてゆき、その中心が明らかになる? 

 

「子供……?」

 

 顔はよく見えないが、体格からエリオやキャロと同じかもう少し下くらいの子供に見えた。

 処々破損したバリアジャケットと思われる鎧。

 離れた位置で飛ぶフェイトからも見える純白の剣を支えにしてどうにか立っている様子だ。

 

「っ!? マズイッ!!」 

 

 その魔力に反応してか、ガジェットがその子供に向かって行く。

 急いでフェイトが助けようと動くが、シグナムに止められた。

 

『この位置からなら私の方が近い! テスタロッサは空の敵を頼む!』

 

 新人に任せるにしても、あの子供は未知数だ。出来れば隊長の誰かが先に接触したい。

 

『お願いします、シグナム!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、見知らぬ街並みだった。

 近代的なビルが建ち並ぶその風景は、彩那の知らない物だ。

 

「ここは……?」

 

 痛む身体に鞭打ってどうにか周囲を見回すが、やはり覚えはない。

 混乱しつつも浅い呼吸を繰り返す彩那。

 とにかく何処かと連絡を取ろうとすると、機械の動く音が彩那の鼓膜を刺激する。

 見ると、縦長のカプセル状の機械が浮いた状態で迫って来ていた。

 

「なによ、アレ……」

 

 警戒して手にしている神剣を構えていると、カプセル状の機械の中から触手のような物が伸び、彩那を襲う。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと同時に触手を回避と同時に地を蹴って接近し、1振りで2体の機械を斬り伏せた。

 

「帝国の新兵器? それにしては大した事はないけど」

 

 そこまで考えたが、そんな事は後で考えれば良いと目の前の脅威に集中する。

 

「くそ……っ!」

 

 ここに来る前までの戦闘で負った傷や疲労が思ったより重い。

 

(なにより、もう長くは戦えないわね!)

 

 もういつ意識を閉ざしてもおかしくない。

 今も気を抜けばすぐに倒れてしまうだろう。

 だけど────。

 

(私がまだ戦う理由ってなに?)

 

 本当ならあの戦闘で死ぬつもりだった。死んでも良いと思っていた。

 なのにどうして今の自分は剣を握って戦っているのだろう? 

 そんな思考とは裏腹に、身体に染みついた経験が目の前の機械を一掃していく。

 

「オォオオオッ!!」

 

 炎の纏った神剣を振るい、彩那は敵の機械を全て葬り去る。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 普段なら息1つ乱さない戦闘も今は身体が鉛のように重く伸し掛かる。

 

「驚いたな。あれだけのガジェットを瞬殺とは……」

 

 聞き覚えのある声に彩那は目を大きく開いて顔を上げた。

 薄紫のポニーテールに手にしている片刃の剣。

 身に着けている騎士甲冑は異なるが、鋭い眼光の美女を彩那は知っている。

 

「失礼。私は────」

 

「闇の書の騎士……烈火の将ォッ!!」

 

 その姿を見て、彩那が跳躍と同時に飛行魔法を使ってかつての敵に斬りかかる。

 

「なっ!?」

 

「なんで貴女がここに居るっ!? 闇の書は新しい主に転生したのかっ!!」

 

「待てっ! 私はっ!!」

 

 説得のような事を始める烈火の将だが、彩那は構わず剣を振るう。

 回転して振るった彩那の剣を烈火の将は自身のデバイスで受け止めるが、彩那の神剣は敵の武器を両断した。

 

「なっ!?」

 

 オーバーSランク5人分の魔力による力技。

 驚愕している烈火の将の首を掴んで急降下し、地面にその体を叩きつけた。

 

「っ!?」

 

 当然苦痛に悶える烈火の将に彩那は剣を突きつける。

 

「なんでもいいわ。貴女達は、存在してはいけない()よ。大人しく消えなさい」

 

 首を刎ねようと神剣を掲げる彩那。

 刃を振り下ろす瞬間に、彩那の体はバインドに拘束される。

 

「武器を下ろして、シグナム副隊長から離れなさい!!」

 

 見ると、彩那に向けてピンク色の髪の少女が鎖型のバインドを施し、オレンジ色の髪の少女が銃型のデバイスを向けて警告してくる。

 そして左右には、青髪の少女と赤髪の少年がそれぞれ警戒して構えている。

 

「止せ、お前ら! コイツは────」

 

 烈火の将が仲間に退くように警告する。

 彩那は邪魔なバインドを破壊した。

 

「えぇっ!?」

 

 バインドを難なく破壊されたのが意外だったのか、ピンク色の髪の少女が驚きの表情になる。

 いや、それはこの場にいる4人共か。

 

「悪くはないけど、私を捕えるには実力不足よ」

 

 邪魔だと判断した彩那は先ずは自分と烈火の将を外からの攻撃を阻む為のシールドを展開する。

 そして今度こそ烈火の将の首を刎ねようとした。

 

 が。

 

「ごふっ!?」

 

 彩那の口から夥しい量の血が吐き出された。

 同時に目が霞み、スルリと手にしていた神剣が抜け落ちる。

 

(限界ね……)

 

 何処か頭の中の冷静な部分がもう駄目だと判断する。

 烈火の将は気を失った自分を殺すだろう。

 

「はぁ……まぁ、もういいかな……」

 

 締まらない自身の結末に心の中で自嘲しながら、綾瀬彩那は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然シグナムに斬りかかった少女は管理局お抱えの病院。

 大きな怪我や即治療が必要な犯罪者や危険と判断された人物を収容する病院に担ぎ込まれた。

 その少女は今も意識不明なまま、病院のベッドで眠っている。

 ライトニングの隊長2人から報告を受けた部隊長の八神はやては長い息を吐いて椅子の背に体重を預ける。

 

「大体事情は分かった。あぁ、いや。まだ何にも解ってないけど……」

 

 シグナムが突然斬りかかられた理由は不明。

 何処から現れたのかも不明。

 その少女が使っていたデバイスに至っては、ミッドチルダ式ともベルカ式とも違う術式で碌に解析も出来てない。

 つまりは全部が不明、の状態だ。

 

「その子はシグナムを闇の書の騎士言うたんやな?」

 

「はい。確かに。闇の書だった我らに恨みを持つ者と考えるのが妥当かと」

 

「ん〜? それはどやろなぁ? あの子の年齢からちょっと考えられんよ」

 

 闇の書が夜天の魔導書に戻り、ヴォルケンリッターがはやてと共に時空管理局で活動して既に10年だ。

 六課の後見人の1人であるクロノと同じか、それより上の年齢でもない限り、闇の書に恨みを持っているとは思えない。

 ヴォルケンリッターのような歳を取らない魔法生命体の可能性も考えたが、検査の結果、その少女は間違いなく人間であるのは判明している。

 

「気になるんは、その子のリンカーコアが尋常やない負荷がかかっていた事と、何の効果かはまだ解らへんけど、何らかの薬物を投与された可能性が高いゆう事や」

 

「薬物……」

 

 まだ幼い子供に薬を投与されたという可能性にフェイトが明らかに嫌悪の表情を示す。

 シグナムに斬りかかった事はフェイトも怒っているが、それはそれ。これはこれだ。

 

「とにかくその子が目を覚まさんと何にも解らんなぁ。一応六課の預かりにしてその子の状態が変わり次第連絡してくれるよう頼んだ。シグナム」

 

「はい。主はやて」

 

「レヴァンティンの修理は?」

 

「刀身を切断されましたからね。フィニーノは頑張ってくれてますが、しばらく出動は無理かと。すみません」

 

 申し訳無さそうに謝罪するシグナムにはやてはせやろなー、と頭を掻く。

 ここで隊長陣を1人現場に出せないのは痛いが、デバイス無しで出撃しろ、などとは言えない。

 かと言ってシグナムを責める気もない。

 それだけ相手がイレギュラー過ぎたのだ。

 突然の予想外にはやてはもう一度長く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あぁ……生きてるのね……)

 

 意識はとっくに取り戻していたが、五感が全て閉ざされ、数日過ごしていた為に、生きているのかイマイチ確証が持てなかった。

 しかし次第に痛みが襲い、聴覚や嗅覚が戻り、こうして視界が開けば嫌でも生を実感できる。

 

(ここが地獄なら、手厚い待遇に涙が出そうだわ)

 

 そんな訳ないな、と心の内で思った冗談を自分で捨てる。

 

「かは……っ!?」

 

 無理やり上半身を起こしてベッドに座った彩那は自分に填められている手錠をボーっと見つめる。

 看護師らしき人が入って来たのはその数分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の少女が目を覚ました、と報告を受けてから数日。

 その間に身体の状態を診て、短い事情聴取ならと医者からの許可が下りた。

 

「時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。今回は貴女の事情聴取を担当します。よろしくね」

 

「……」

 

 フェイトの挨拶に少女は特に反応を返さない。

 警戒しているのではなく、心此処に在らず、と言った感じだ。

 フェイトがこの事情聴取の担当になったのは彼女自身が強く希望した事と、闇の書が関連している以上、初手から八神はやてを会わせるのは危険と判断されたからだ。

 しかし当初は暴れられるのも覚悟していたフェイトだったが、相手は拍子抜けする程に無気力状態。

 目を開けたまま寝ていると言われても信じてしまいそうだ。

 

(それにしても)

 

 フェイトはまじまじと少女を見る。

 入院着の隙間から見える傷痕。カルテから隠れている服の下にも大小多くの傷痕が確認されている。

 それと真っ先に目が行くのは、顔と首に刻まれた4つの刺青だ。

 どういう意図かは不明だが魔法技術によって付けられた魔法陣の刺青なのは解っている。

 この少女に何があったのか。想像して悲しみと同情。そしてこんな目に遭わせた誰かに怒りを覚える。

 

「先ずは君の名前を教えてくれるかな?」

 

 なるべく刺激しないように優しく話しかけるフェイト。

 今はまだ、簡単なところからこの少女の事を知ろうと思って。

 事件に関わる何か、は仲を深めてからでも遅くはない筈だ。

 フェイトの質問に対して少女は数秒遅れてから聞き逃しそうな微かな声で答えてくれた。

 

「あやせ、あやな……」

 

 その名前にフェイトは驚く。

 名前に聞き覚えがあった訳では無い。

 ただ名前のニュアンスがこことは違う世界の国。日本人の名前のように聞こえたのだ。

 それに意識して見ると、少女が日本人に見える。

 

「あの……」

 

 その事を訊こうとするフェイトだが、あやせあやなと名乗った少女は虚ろな瞳で呟く。

 

「なんで、わたしが生きてるの……?」

 

 さっきよりもはっきりと喋るが、その短い言葉にフェイトはギョッとした。

 まだ10になるかどうかの少女が発するにはあまりにもその声と瞳が絶望に満ちていたからだ。

 手錠を眺めながらあやなは自問する。

 

「なぎさちゃん。りりちゃん。ふゆみちゃん。てぃふぁな王女……わたし、死ななかった……生き残っちゃったよぉ……! なんで……?」

 

 言葉を口にしている内にポロポロと涙を流して嗚咽するあやな。

 フェイトが声をかけようとするが、そこで念話による通達を受ける。

 

『ハラオウン執務官。今回はここまででお願いします』

 

 この聴取は病院側も防犯カメラで見られて行われている。

 故にドクターストップがかけられればフェイトは退出しなければならない。

 

『あの、もう少し続けさせてください』

 

 だが泣いている子供を放って帰るなどフェイトには出来ない。せめて泣き止むまで傍に居てあげたかった。

 しかし病院側はそれを許可しなかった。

 

『駄目です。情緒不安定になったその少女が執務官に襲いかかったら目も当てられません。事情聴取は後日にお願いします』

 

『……分かりました。彼女をよろしくお願いします』

 

 どうにか傍に居てあげたかったが、ここで無理に居残り、心象が悪くなって明日から出入り禁止になっては本末転倒だ。

 

「また明日来るね」

 

 それだけ告げてフェイトは病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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畏れ

 未来からやって来たヴィヴィオとアインハルトは待機部屋で焦燥感と無力感で押し黙っている。

 2人は会話もせずに用意されている飲み物やお菓子に手を付けずにいた。

 本当に自分達に出来る事はないのか? ここで待っているだけで良いのか。

 そんな正解の無い疑問だけがぐるぐると頭の中で出たり消えたりしている。

 もしかしたらそれは、未来で強いみんなしか知らない彼女らが自分達と同じ年齢から来る感情なのかもしれないが。

 互いに沈黙だけが過ぎてゆくと、突然ヴィヴィオが立ち上がる。 

 

「アインハルトさん、わたし、やっぱり行きます」

 

「ヴィヴィオさん……」

 

 意外そうな目でヴィヴィオを見る。

 

「なんの役にも立たないかもしれないですけど、このまま待ち続けるのにも耐えられそうになくて。きっとママ達は怒るだろうけど。でも────」

 

 なのは達と出会ったあの事件後に強くなると約束した。

 ここで事件に関わるのは母達が望む強さではないのかもしれない。

 

「でも、きっと最後にはわたしのしたことを認めて褒めてくれると思うから」

 

 あの素敵な母達に恥じない生き方をしようと決めた。

 その誓いの為に行くのだ。

 もちろん、あの戦いを見て恐いという気持ちはある。

 それでも恐怖に足が竦んで立てない自分を高町ヴィヴィオ自身が許せない。

 

「だから、行きます! わたし自身の為に!」

 

「ヴィヴィオさん……」

 

 拳を握って奮起するヴィヴィオにアインハルトは自分の弱さを恥じた。

 アインハルトは自分の手の平を見つめる。

 ここで臆して、自分は何の為に覇王流を極めんとするのか。

 指を1本ずつ折り、拳を作る。

 もしもここで自分が戦わない事で昨日話した誰かを失う事となるのなら。

 

(それは、オリヴィエを失ったクラウス()と同じ過ちの繰り返しになる!)

 

 思い返せば、昨日の彩那の戦いはあまりにも刹那的で危うかった。

 あんな戦い方を続けて、無事で居られる筈はない。

 その事に気づいて握っていた拳に力を込める。

 

「私も……私も行きますっ!」

 

 年若い2人は恐怖から1歩前に歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レドと呼ばれた合成獣とその父親である科学者と交戦していたフェイトはその優しさ故の迷いからレドの拳を胸に受けてしまう。

 

「フェイトッ!?」

 

 アルフの悲鳴のような声がやたら遅く聞こえる。

 

「くっ!?」

 

 精神的なショックと肉体の痛みに反応が遅れたフェイトは殴り飛ばされた体に制動をかけるが、間に合わずに誰かの家の塀に衝突してしまう。

 

「かは……っ!?」

 

 殴られたお腹を擦りながらヨロヨロと立ち上がるフェイト。

 バルティッシュを構えつつもその腕は震えている。

 それは決して肉体のダメージだけのせいではない。

 

(しっかりしないと! あの人は過去の記憶(闇の欠片)でしかないんだから!)

 

 そう自分に言い聞かせる。

 だけど、心の何処かで彼を救ってあげたいと考えてしまうのも事実だった。

 倒さなきゃいけないという使命感と救いたいという感情の板挟みに苦しんでいる。

 それが激的にフェイトの動きを鈍らせていた。

 

「ハァアッ!!」

 

 大振りの攻撃を避けて、フェイトはワニの頭にバルディッシュを叩きつける。

 

「終わり、です……!」

 

 砲撃魔法でレドを吹き飛ばそうとする。

 そこで、念話による幼い少年の声が響く。

 

『父さんっ!?』

 

 アルフが先に科学者の方を倒そうと襲っているのをレドが見て、フェイトを押し退ける。

 

「つっ!?」

 

『やめろぉおおおおおおおおおおおっ!!』

 

 念話で初めてレドの叫びを聞き、動揺からアルフも動きを止めてしまう。

 体当たりを喰らって吹き飛ばされるアルフ。

 

「アンタ……!」

 

 自分を改造した父親を守ろうとするレドにアルフは理由が解らず動きが止まる。

 

『アンタ、なんでそんなヤツを守るんだい!』

 

『なんでもクソもあるかっ!! 家族を守るのは当たり前のことだろうがっ!!』

 

 たとえ身体を改造されても、レドは父を守るのだと吠える。

 

『父さんが、お前ら同盟軍を叩き潰す為の力をくれたんだっ!! 子供が親の願いを叶えるのは、当然だろうがっ!!』

 

 ────母さんの願いは、私が。

 

 ふと、去年の自分を思い出した。

 

「そうだよレド君!! こいつらをやっつけたらもっと強く強化してあげるよぉ!! だから僕を守ってくれぇえいっ!!」

 

「コイツッ!?」

 

 レドの父親の笑いにアルフが嫌悪に歯軋りする。

 ワニの口からの咆哮が鼓膜を震わせる。

 アスファルトの地面を蹴り、フェイトへと向かう。

 

「っ!?」

 

 フェイトも構えるがいつものような力強さはなく、何処か頼りない物だった。

 

(迷ってちゃダメだ! 彼らは闇の欠片で現実じゃない!)

 

 そう自分に言い聞かせて奮起する。

 なのに。

 なのに。

 親の為に必死で戦うその姿がどうしても重なって。

 

「フェイトッ!」

 

 心配と焦りの入り混じった声でアルフが叫ぶ。

 解っている。

 解っているのに。

 

 レドの突きがフェイトの胸を打ち抜く。

 大きく後ろに飛ばされながらも姿勢制御をする。

 

「消えろぉ!!」

 

 レドのワニの口からの大量の魔力を使う魔法が発動しようとしていた。

 

「こんのっ!」

 

 アルフが助けようとしてくれているが、恐らくは魔法の発動の方が早い。

 

「ガァッ!!」

 

 その口から砲撃魔法が発射された。

 フェイトの防御も回避も間に合わなくて────。

 

「大丈夫か? フェイト」

 

「クロノ……?」

 

 思わず目を閉じてしまったフェイト。

 目を開けるとそこにはクロノがフェイトを守って立っていた。

 レドの砲撃を防いだクロノは警戒しつつフェイトに話しかける。

 

「エイミィから連絡が来たんだ。ここからは僕が引き受ける」

 

 クロノの存在に安心してフェイトはその場に座り込んでしまう。

 そしてくしゃりと顔を歪めた。

 

「クロノ、私、わたし……」

 

「君達の念話での会話は僕も聞いていた。だから、ここからは僕に任せて休むんだ」

 

 有無を言わせない言動が自分を気遣っての発言だと理解してフェイトを身体を震わせる。

 ポタポタと地面を水滴で濡らして。

 

『なんだお前はっ! 邪魔を、するなぁっ!!』

 

 今度はクロノへと襲いかかろうとする。

 が、途中で大きく転けた。

 

『なっ!?』

 

 見ると、レドの膝から下が氷漬けにされていた。

 

「身体能力や頑丈さは大したものだが、感覚は鈍いらしいな。苦しませずに倒せそうで少しは罪悪感が減りそうだ」

 

 クロノはデュランダルをレドに向ける。

 すると凍らされた脚から上へと氷がレドの肉体を侵食する。

 

『クソッ!?』

 

 ワニの口で唸り、念話でレドの焦りが伝わってくる。

 彼の抵抗も虚しく、全体が氷漬けになるのに、そう時間はかからなかった。

 コツン、とデュランダルで氷漬けになったレドを叩くと、彼の肉体は鏡のように粉々となった。

 

「ヒッ!?」

 

 それを見ていたレドの父親は、顔を恐怖に歪ませて逃げようとするも、クロノがバインドで拘束する。

 

「この、放せ! 僕を誰だと────」

 

 抵抗するが、クロノがデバイスを突きつけると、その顔は恐怖に歪む。

 

「そ、そうだ! 僕は投降するよぉ! それに、君達の軍に僕の知識を存分に活かしてあげよぉ!! 悪い話じゃないだろう?」

 

 命乞いを始めるレドの父親にクロノは小さく息を吐いた。

 

「貴方が闇の欠片で良かった。もしも本当の犯罪者なら、僕も冷静に対処出来ていた自信はない」

 

「ま、待てっ!?」

 

 それだけ告げるとクロノは砲撃魔法で敵を消し去った。

 消えた敵の存在を振り払うようにクロノはフェイトに駆け寄る。

 

「立てるか?」

 

「う、うん」

 

 差し出された手を掴んで立ち上がるフェイト。

 戦闘で役に立てなかった事を落ち込む。

 

「戦えなかったのは、それだけフェイトが優しいという事だよ。気にするな、とは言わないが、必要以上に引きずる事はない」

 

 素っ気ない言葉だが、その中に隠された優しさにフェイトは確かに気付いていた。

 お礼を言おうとすると、別の人物がこの場に飛んできた。

 

「フェイトちゃん! 大丈夫っ!? エイミィさんに言われて応援に来たんだけどっ!」

 

「なのは。うん。大丈夫だよ。クロノが倒してくれたから」

 

 そこでエイミィが通信を開く。

 

『いやー。クロノ君ってば、フェイトちゃんが危ないって知って、血相変えて助けに行ったんだよ〜』

 

「エイミィ!!」

 

『褒めてるんだよ。いいお兄ちゃんしてるねって』

 

 文句を言いたげなクロノをエイミィがあしらう。

 しかしそれもすぐに真面目な表情へと変化した。

 

『それより、みんな! マテリアルとあのキリエって子が海鳴付近の海上に現れたよ』

 

「本当ですか!」

 

「そういう事は先に報告してくれ」

 

 驚くなのはと頭を押さえるクロノ。

 

「分かった。僕達は現場に急行する。いいな?」

 

 確認を取るクロノに全員が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

 アインハルトは兵士達の鎧に拳を叩き込む。

 

(通らない!)

 

 アインハルトの拳は貫通までには届かず、精々多少の衝撃を内部に伝える程度だ。

 打った感触からして打ち抜く事は出来ると思うが、最大威力を出す為の溜めが絶対に必要であると判断する。

 敵の攻撃は鋭く速い。アインハルトは一旦受けに回ると回避するので精一杯だった。

 

(強いっ!?)

 

 1人1人が間違いなくアインハルトより格上の戦士だ。

 気を抜けばそこから一気に畳みかけられるだろう。

 それでもアインハルトがこの戦闘でまだ殺されていないのは、単に味方の援護のお陰である。

 

「アインハルト! 無理に倒そうとしなくていい! 自分が生き残るのを最優先に!」

 

「はい!」

 

 ティアナの指示にアインハルトは素直に返す。

 射撃魔法での牽制でどうにか命を繋ぐ。

 それを情けないとは思わない。役に立ってないのではないかという疑問も。

 そんな疑問が頭を過ぎれば、それが死に繋がると感じ取っているから。

 反対にティアナの方はアインハルトを高く評価していた。

 

(近接戦ならあたし以上で、スバルやエリオよりちょっと見劣りするくらいね)

 

 それがティアナのアインハルトへの評価だ。

 キャロはやられた彩那の治療に専念してもらっている現状でこのレベルの増援はありがたい。

 

「だぁあああぁっ!!」

 

 破壊力に優れたスバルがまた1人敵を撃破する。

 エリオとアインハルトが敵を引き付けつつ、スバルが単機撃破を狙う。

 ティアナは誰か死なないように視野を広く持ちつつ援護である。

 

(あのバケモノが下がってくれてるからよね)

 

 将軍と呼ばれた男は部下達に手柄を与えようとしているのか、この戦いに参戦して来ない。

 侮られていると思えば怒りも沸くが、今参戦されたら間違いなく詰む状況。

 ついでに逃げようとしてもアレが許さないだろう。

 だから適度に時間を潰しつつ増援待ちに徹している。

 しかし、それが淡い期待だと自覚もしていた。

 

「もうよい。下がれ……」

 

 兵が10を切ったところで将軍が前に出る。

 ただの1歩なのに、その威圧感で数倍は大きな怪物と対峙した気分だった。

 

「女子供と侮ったが、お主らは強いな。流石はホーランドの勇者の部下と言えよう。ならば此方も敬意を持ってわし自らお主らの首を刎ねてやろう。覚悟は良いな?」

 

 鉄の鎧が音を立てて歩く。

 ティアナはマズい状況に唇を噛んだ。

 

(どうする? どう撤退すれば!?)

 

 この場で誰も取り溢さずに逃げる方法を思案する。

 だが、どう考えても1人か2人は犠牲になる未来しか見えない。

 そこでスバルから念話が届く。

 

『ティア。みんなを連れて撤退して。ここはあたしがなんとかする』

 

『はぁ!? スバル、アンタなに言って────!』

 

『もちろん、考え無しに言ってる訳じゃないよ。あたしにはまだ使える切り札があるからね。それを使えば、少しは持ち堪えられる、と思う』

 

 スバルにはこの場でティアナしか知らない秘密がある。

 確かに、それを使えばスバルの戦闘能力は向上して少しはあの将軍相手でも少しは戦えるかもしれない。

 しかしそれは、スバルにこの場で死ねと命じるような物だ

 

『スバルさん……?』

 

 2人の念話にエリオが不安そうにしている。

 

『大丈夫だよ、エリオ。死ぬ気なんてさらさらないから。ちょっと無茶するだけ。ここはあたしに任せて』

 

 明るい声で安心させるように言うスバル。

 深呼吸してから、構えを取る。

 

「行きます!!」

 

 ティアナ達が止める間もなく、敵に向かおうと────。

 

「はいそこまで」

 

 左の足首を掴まれて盛大に転けた。

 

「あ、綾瀬副部隊長っ!?」

 

 転んで打った鼻を押さえながら、起き上がった彩那に驚く。

 

「なにをするつもりかは知らないけど、やめておきなさい。貴女達がどう挑んでも無駄死にするだけだから」

 

 ペッと血の混じった唾を吐いてから立ち上がる。

 

「やはり無事だったか。武器の当たりが浅いとは思ったが……」

 

「生憎と、悪運には自信があるのよね」

 

 バーン将軍の呟きに彩那は聖剣を仕舞い、霊剣を構える。

 斧が当たるあの瞬間に、彩那は身を引いて攻撃の威力を削ぎつつ、鎧の下に薄いシールドを張っていた。

 その威力で急降下していく中で霊剣を引き抜き、肉体自体の強度を強化しつつ、バウンドシールドの応用魔法で地面に激突する瞬間にクッション代わりにした。

 派手にバウンドしていたのはその為だ。

 出血も、将軍にやられた物ではなく、先日の戦闘での傷が開いただけ。

 

(流石に無傷とはいかなかったけど……)

 

 肋骨に罅が入っている。

 その他のダメージの蓄積でもう長時間は戦えない。

 

「あまりお客様の手前、品の無い勝ち方はしたくなかったけど、しょうがないわね」

 

「ほう? それはまるで手段を問わなければいつでもわしを屠れた、とでも言いたげだな」

 

「試してみましょうか」

 

 スバルより前の位置に立ち、霊剣を構えて地面を蹴って将軍へと向かう。

 

「馬鹿め!」

 

 短絡的に真っ直ぐ突っ込んでくる彩那に、将軍は斧を振り下ろす。

 彩那はそれを避けると、振り下ろされた斧を踏み、そのまま将軍を跳び越える。

 

「甘いわっ!!」

 

 背後を取ろうとする敵を追撃しようと動くが、彩那は将軍の後ろに居た兵の背後を取り、その背中を蹴りつけた。

 

「なっ!?」

 

 将軍は自分の方へと流れて行った部下を受け止める。

 そのまま彩那は急接近し、敵兵の首と将軍の右腕の肘から下を斬り落とした。

 首を切り落とされた敵兵は魔力に還り、将軍は斬られた腕を押さえる。

 

「貴様っ!!」

 

 兜で表情は見えないが、きっと憤怒に塗れているだろう。

 

「こんなところでダマになってる方が悪いのよ」

 

 そう告げて彩那は近くに居た兵を魔法で将軍の方へと弾き飛ばす。

 

「くっ!?」

 

 今度は受け止めず、押し退ける形で避け、左腕を狙ってきた彩那の攻撃を防いだ。

 

「ボサッとするなっ!! 散れいっ!!」

 

 将軍の指示に兵達は2人の戦いから距離を取る。

 これで味方を盾にされる心配は無くなった。しかし。

 

「シッ!」

 

「チィ!?」

 

 将軍の右側に回りつつ、剣を振るう彩那。先程より手数が減った事で、彩那と攻守が完全に入れ替わっていた。

 カウンターで左の手首も斬り落とす。

 

「終わりよ」

 

「くっ! この程度で! 貴様らに我が祖国の土を踏ませてなるものか!!」 

 

 両手を失っても戦意を衰えさせないバーン将軍に彩那は憐れみと憤りの視線を向けた。

 

「貴方のお孫さんには悪いけど、やっぱり私達が勝利したのは正しかった」

 

「まだ敗けておらんっ!!」

 

 敗北を認めない将軍に霊剣を向けながら話す。

 

「あの時代、帝国の侵略に抗う為に他国との同盟は必須だった。もう自国だけの問題で終わらせて良い段階はとっくに過ぎていたのよ」

 

 彼らの祖国であるオーバンス国がたとえ勇者を退け、同盟軍を討ち倒したとしても、闇の書を抱えていたベルカのヒンメル王国や帝国の相手では確実に呑み込まれていた。

 

「時代に乗り遅れたあの国は、遅かれ早かれ敗北していたわ。況してや、貴方を失ってすぐに停戦に同意した程度の国なら」

 

 バーン将軍の一強なところがあったあの国は、その将軍を失うとこれまでの反抗が嘘のように白旗を挙げた。

 

「これ以上、過去の存在に時間を割いてる余裕はないの。さっさと消えなさい」

 

「吐かせっ!!」

 

 その巨体を活かして突進して来る将軍。

 彩那は待ち受ける形で構えを取った。

 

(スーパー)勇者斬り……!」

 

 振り下ろした霊剣がバーン将軍の肉体を真っ二つにする。

 

「無念……」

 

 バーンの肉体が魔力へと還される。

 同時にこの場で彼が基点だったのか、残っていた部下達も、あとに続くように魔力となって消えていった。

 

「どういうこと?」

 

 スバルが疑問を口にするが、誰も答えられない。

 彩那が息を切らしてその場に膝をついた。

 近寄ろうとしたが、敵の首と腕を同時に斬り落とした姿が頭を過ぎって躊躇ってしまう。

 ただ1人を除いて。

 

「先生っ!」

 

 アインハルトが駆け寄って彩那を支える。

 

「先生はやめてったら……」

 

 苦笑する彩那。

 その弱った姿に安心して、ティアナ達も彩那に近づく。

 そこでリンディからの通信が入る。

 

『やっと繋がったわ。大丈夫? そこの結界だけやたら強固で侵入や通信が難しかったの。ごめんなさい』

 

 援軍が来る気配がまったく無いのが不思議だったが、どうやら見捨てられた訳ではなかったらしい。

 

「海鳴周辺の海上で例の子達が発見されました」

 

「分かりました。10分程休んだら、向かいます」

 

 そう言うと彩那は懐から小さな注射器を取り出して、自分の首に乱暴に打つ。

 

「って、なにしてるんですか!?」

 

 彩那の突然の奇行にキャロが驚きの声を上げる。

 

「ただの増血剤よ。血を増やさないと……」

 

 あの世界から持ってきた数少ない薬だ。

 まだ戦わないといけないのだ。

 しかし、リンディの指示は彩那からは意外な物だった。

 

『いえ、彩那さんはこちらに戻って来てください。あちらへの対応はクロノ達に任せます』

 

 どう見ても重症な彩那をこれ以上現場に出す訳にはいかないと、リンディは帰還を命ずる。

 しかし、彩那はそれを聞き入れなかった。

 

「問題ありません、行けます」

 

 敵の目的は何であれ、絶対にここで阻止しなければならない。

 なら、戦力を集中させるのは当然だ。

 まだ戦おうとする彩那にその場に居る全員が止める。

 

「無茶ですよ、そんな怪我で!?」

 

「そうです! 早く本格的な手当をしないと!」

 

 スバルとキャロがそう止めるが、無視して動こうとする彩那。

 それにリンディが指示を出す。

 

『あなた達、申し訳ないけど、彩那さんを無理やりでもこっちへ連れて来てください。彼女のこれ以上の戦闘参加は認められません』

 

「は、はい!」

 

「ちょっと!? あなた達!」

 

 取り押さえてくる全員に彩那が身じろぎして抵抗する。

 アインハルトが彩那を羽交い締めして首を締める。

 

「すみません、先生! どうかご容赦を!!」

 

 そのまま彩那を絞め落とした。

 元々出血が酷かった事もあり、彩那はあっさりと意識を手放す。

 

『ありがとう。それじゃあ、彼女をこっちまで送ってください』

 

「はい!」

 

 彩那を抱えて5人は治療班の下へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツヴァイの案内ではやて達がやってきたのは、もう閉鎖されただろうクリニックの建物だった。

 

「ここにリインフォースが……」

 

「はやてちゃん、焦るのは分かりますけど、どうか冷静に」

 

「うん、分かってるよ。こういう時こそ冷静な行動をってクロノ君も言うてたからな」

 

 それでも、連れ去られた家族が心配で堪らないのは変わらない。

 

「先ずは我が突入します。罠の可能性もあるので慎重に行きます」

 

「お願い。ザフィーラ」

 

 頷くと同時に人型のザフィーラが窓から突入する。

 少し間を置いてからザフィーラから念話が送られてきた。

 

『主。リインフォースを発見しました敵の姿はありません。罠の形跡も。恐らくは既に立ち去った後かと』

 

『ほんま?』

 

「はい……」

 

 ザフィーラの念話に3人は顔を見合わせたが、すぐに中へと入る。

 すると、診察台に寝かされているリインフォースはすぐに発見出来た。

 

「リインフォースっ!!」

 

 はやては駆け寄り、リインフォースに触れる。

 表情が動いた後、閉じていた目蓋が開いた。

 

「ある、じ……?」

 

 頭痛を抑えるように頭に手を当てるリインフォース。

 一先ず生きている事に安堵する。

 

「リインフォース、大丈夫か? 酷いことされてない?」

 

「は、い……」

 

 とても疲れた様子を見せるリインフォースだが、瞳の焦点が定まってくると、何かを思い出した様子ではやての肩を掴んだ。

 

「リインフォース?」

 

「我が主! 彼女達を止めてください! 早くっ!!」

 

「ど、どうしたですか!?」

 

 リインフォースの慌てようにツヴァイが首傾げる。

 自分の危機感が上手く伝わらない事に焦りながらリインフォースは言葉を紡ぐ。

 

「永遠結晶……あの子が、目覚める……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱりフォワードメンバーの扱いは難しいわ。


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砕け得ぬ闇(システムUーD)

砕け得ぬ闇に関しては、かなりオリジナル要素が含まれます。


「ようやくだ」

 

 男は歓喜に震えていた。

 夜天の魔導書の頁が全て埋まり、完成しようとしている。

 

「最後に、この子のリンカーコアを蒐集すれば……」

 

 そうすれば、彼の願いは達成される。

 

「守護騎士達のデータを参考に、新しい守護者を創った。君を守る君だけの騎士を」

 

 そうして男は夜天の魔導書を開く。

 

「君は、いつか夜天の魔導書を喰らい、誰にも脅かされない、永遠の存在となるんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マテリアルと未来からの来訪者である4人は海上を適当な高さで浮かび、何かの作業をしていた。

 

「本当にこの辺りで合っているのだろうな?」

 

「もちろんよ〜。魔力反応と闇の書の管制人格ちゃんから得た情報を照らし合わせればここら辺しかありえないわ」

 

 端末を操作しながら答えるキリエ。

 そう。永遠結晶さえ手に入れば全て上手くいく。

 死に向かう故郷を救い、父を救う────少なくとも、父の研究を意味ある物には出来る筈だ。

 やらない理由はない。

 

(だから────)

 

 そう思考し、未だに動き出さない砕け得ぬ闇の起動に尽力する。

 すると。

 

「キリエッ!」

 

「げっ……」

 

 この場に現れた姉のアミティエに顔を引き攣らせるキリエ。

 手にしている銃を向けてアミティエはキリエに警告する。

 

「キリエ。今すぐ作業を止めなさい。これ以上この時代の方々を私達の事情に巻き込むことは許しません!」

 

「……それより、どうやって出てきたの?」

 

「猫の手も借りたい状況です。協力を申し出て、外に出してもらいました」

 

「うっそ。マジ?」

 

 キリエとしては事が済むまでそのまま管理局に保護されていた方が都合が良かったのだが。

 作業を止めないキリエにアミティエは1発威嚇射撃をする。

 

「危なっ!?」

 

 威嚇とはいえ姉が自分を攻撃した事に動揺するキリエ。

 戦闘ならともかく、こんな無防備な状態でアミティエが撃ってくるとは思わなかったのだ。

 

「キリエ。これが最後の警告です。作業を止めて、私達の世界に帰りますよ。従わないなら、力で強制してでも連れて帰ります」

 

 静かな。しかし姉の確かな怒りを感じてキリエは身体を強張らせる。

 

「キリエ。貴女は永遠結晶を手に入れて、その後にどうするつもりですか?」

 

 今更にどうしてそんな質問をするのか。

 

「決まってるでしょ。エリトリアに帰って、私達の故郷とパパを────」

 

「自分のした行為に何1つ責任を取らずに、ですか?」

 

 逃げるのか、とその瞳が質問してくる。

 アミティエは綾瀬彩那に言われた事をずっと考えていた。

 不安を押し殺して過去の世界に跳ぶ。

 その行為を覚悟と呼んでいいかもしれない。

 だが、この世界の住民を傷つけ、リインフォースを拐った件は違う。

 エリトリアが死に瀕しているから。

 父の助けになりたいから。

 そんなものは、この世界の人達には何の関係も無い話だ。

 言ってしまえば、空腹で死にそうなのだから、食べ物を盗んで良いという考えと何も変わらない。

 

「キリエ。今ならまだ間に合います。帰りましょう、エリトリアに」

 

 そう言って、向けていた銃を下ろして手を差し出す。

 管理局は妹に何かしらの制裁を下すかもしれないが、その時は姉として一緒に妹の罪を償うつもりだ。

 しかし、姉の態度にキリエは唇を噛んだ。

 

「そうやっていつまでも子供扱いして────」

 

 姉の説得に不満をぶち撒けそうになるキリエ。

 だがそこで、それまで静観していたマテリアルが動く。

 

「でりゃあああぁああっ!!」

 

 レヴィが、自身のデバイスであるバルニフィカスを振り下ろす。

 アミティエも自身の銃でその攻撃を防ぐが、同時にシュテルのルシフェリオンから炎に変換された射撃魔法が放たれる。

 

「くっ!」

 

 レヴィの腹を蹴って無理やり距離を取るアミティエ。

 

「なんだかよく分からないけど、ボクたちの目的を邪魔するなら、容赦しないぞ!」

 

「砕け得ぬ闇を手に入れる為の絶好の機会を見過ごす訳にはいきません」

 

 レヴィとシュテルがデバイスをアミティエに向ける。

 ディアーチェも、キリエに発破をかける。

 

「此奴は我らが引き受ける。お主は砕け得ぬ闇を目覚めさせればよい。急げ」

 

「分かってる……」

 

 作業を再開するキリエ。

 

「キリエ!」

 

「邪魔、するなぁっ!!」

 

 突進してきたレヴィのバルニフィカスを双剣で受け止める。

 その衝撃に治りきってない傷口から痛みが走る。

 

「つっ!?」

 

 歯を食いしばって堪えるが、どうしても動きが鈍くなってしまう。

 アミティエも距離を取りつつ銃で牽制するが、精細さの欠いた射撃を楽々と掻い潜ってくる。

 

「そんな攻撃に当たるもんかっ!」

 

 バルニフィカスの斧が大鎌へと変形し、魔力の刃がアミティエを捉える。

 大剣に変形させて遠心力で対抗しようとするアミティエ。

 だが、そこで桜色の魔力がレヴィを捉えていた。

 

「わっ!?」

 

 急降下で砲撃魔法を回避するレヴィ。

 

「アミタさん!」

 

「無事ですか?」

 

「皆さん!」

 

 この状況を察知した管理局からの増援だった。

 クロノが前に出る。

 

「時空管理局、クロノ・ハラオウン執務官だ。抵抗を止め、速やかに投降しろ!」

 

 投降を呼びかけるクロノに、マテリアル達が取った行動は武器をこちらに向ける事だった。

 当然だが、大人しく投降する気は無いらしい。

 予想通りの展開にクロノ達も戦闘態勢を取る。

 

「数はこちらが多いんだ。とにかく今はあのキリエという女性を取り押さえるぞ。事情は後で聞けばいい!」

 

「うん!」

 

「分かった」

 

「あいよ!」

 

 なのは、フェイト、アルフの3人がそれぞれ返事をする。

 

「チッ。有象無象の塵芥が……!」

 

 忌々しい様子でディアーチェが舌打ちする。

 

「来るぞ!」

 

 クロノが告げると同時にレヴィと、一拍遅れてシュテルが距離を詰めてくる。

 また大火力を撃たれては堪らないとシュテルとレヴィは3人に任せ、クロノはディアーチェの捕縛に入る。

 

「投降するんだ! 今ならまだ、そう重い罪にはならない!」

 

「たわけが! ようやく砕け得ぬ闇を手に入る目前なのだ! そのような戯言に耳を貸すなどあり得ぬわ!」

 

 そして、なのは達も戦闘に入りつつも説得を行なう。

 

「話を聞いて! どうしてあなたたちはそれが欲しいの!」

 

 もしも切実な理由があるのなら、協力したい。もちろん、自分の生まれ育った町や誰かに迷惑をかけない事が大前提だが。

 

「砕け得ぬ闇を手に入れる事が私達の存在意義です。邪魔はさせません」

 

「そんな……!」

 

 シュテルの言い分が、闇の書を完成させようと躍起になっていたヴォルケンリッターと重なって見えた。

 また、フェイトもレヴィに問いかける。

 

「それは、本当に君たちに必要なモノなの! 闇の欠片をばら撒いたりして、たくさんの人に迷惑をかけて傷つけて!」

 

「闇の欠片は勝手に現れるだけでボクたちのせいじゃないぞ!」

 

「それってどういう……」

 

 それぞれが戦闘に没頭する中で、アミティエはキリエを止めようと動く。

 

(仕方ありません! あの子を傷付けてでも……!)

 

 本当に嫌だったが、これ以上状況を悪化させる訳にはいかないとアミティエはキリエに向けて引き金を引こうとする。

 しかし、シュテルが射撃魔法でアミティエを狙う。

 

「させません。邪魔な貴女もここで排除させていただきます」

 

「くっ! 邪魔をしないでください!」

 

 クロノを牽制するディアーチェがキリエに向けて叫ぶ。

 

「桃色ぉ! 砕け得ぬ闇の起動はまだか!」

 

「準備出来たわよー。強制起動システム正常。リンクユニットフル稼働」

 

「さぁ、蘇るぞ! 無限の力"砕け得ぬ闇"が! 我の記憶が確かなら、その姿は大いなる翼! 名前からして強力な戦船か、あるいは体外強化装備か!」

 

 キリエが何らかのシステムを起動させたらしく、周辺の魔力に変化が生じ始める。

 魔力が集まり、黒い球体となって膨らんでいく。

 

「ともあれ! この偉大な力を手にする我らに敵はない! あの忌々しい勇者とて、無力だと思い知らせてくれる!」

 

 限界まで膨らんだ風船が割れるように魔力の球体が破裂する。

 

「さぁ蘇れ! そして我が手に収まれぇ! 忌まわしき無限連環機構! システムU-D────砕け得ぬ闇よ!」

 

 そして、破裂した魔力の中から出てきたのは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜天の書が闇の書へと少しずつ変異していった原因は、過去に夜天の書の主となったベルカの技術者でした」

 

 辛そうな表情で話し始める。

 今、はやて達はリインフォースを抱えて支部に向かっていた。

 

「永遠結晶と呼ばれる無限に魔力を生みだし続けるシステム。それを開発し、夜天の書に無理に組み込んだ事がそもそもの発端なのです」

 

 夜天の魔導書は転生を続けながら魔力と共に魔法を蒐集し、保管するのが目的の研究書だ。

 故に無限に魔力を生み出す機能など本来必要がない。

 

「どうしてその人は、その永遠結晶を夜天の書に組み込んだん?」

 

「彼には1人の娘が居ました。ですがその子は病で余命幾ばくもない命だったのです。彼女は生まれつきリンカーコアに異常があり、その影響で神経系が弱くなってゆき、徐々に身体を動かせなくなっていきました」

 

「それって……」

 

 似ている、と思った。はやてが受けていた闇の書の呪いと。

 

「だからこそ彼は夜天の書に目を付けたのです」

 

「どういうこと?」

 

 シャマルの問いにリインフォースが眉を中央に寄せた。

 

「蒐集機能を改良して利用し、娘の情報全てを夜天の書に書き込ませたのだ。そして守護騎士システムの魔力生命体として存在の再構築を図ろうとした」

 

「プロジェクトF……」

 

 その説明にはやては友人の生み出された技術を連想する。

 しかしはやての呟きをリインフォースは否定した。

 

「いえ。似て非なる物です。プロジェクトFは記憶をコピーしてクローンなどに転写する技術ですが、彼は娘の存在そのものを夜天の書に保存させ、再生を目論んだのですから」

 

 プロジェクトFは記憶がまっさらな肉体があるなら何度でも記憶を転写出来るが、闇の書に保存されていたのはその娘の全てと言ってもいい。

 

「問題はここからです。娘の死を回避する為に存在を夜天の書に保存させても、中から出られないのでは意味が無ありません。そこで永遠結晶の中に組み込まれた砕け得ぬ闇────システムU-Dなのです」

 

「それはいったい……」

 

「夜天の書の奥底で封じられていたそれは、夜天の書が破壊による転生で修復を始める度に少しずつ侵食していきました。それが徐々に広がり、やがて夜天の書は闇の書と呼ばれるようになっていったのです。それはシステムU-Dの侵食が夜天の書を呑み込んだ時に、その全てが彼女に渡るように」

 

 リインフォースの説明にはやては唾を呑み込んだ。

 

「もしそうなってたら、リインフォースたちはどうなってたん?」

 

「分かりません。ですがそうなる前に夜天の書から永遠結晶を切り離した結果、アレが消える事なく存在を残してしまったのは事実です。本当ならば、あの夜で私と共に────」

 

「アカンよ」

 

 後ろ向きな考えに移行してゆくリインフォースの思考にはやてがストップをかけた。

 視線をはやてに向けると、そこには怒ったような表情をしていた。

 

「わたしは嫌や。今回の事件が起きない代わりにみんながわたしの前から居なくなるなんて。ううん。リインフォースだけやなくて、誰か1人でも欠けたらわたしは悲しい。だからそんなこと言わんといてな」

 

「主……」

 

「大丈夫や。まだなんにも決まってない。きっとなんとかして見せるよ。わたしらみんなで」

 

 そう言って笑って見せるはやて。

 孤独に苛まれていた主君が強くなった事にリインフォースは目を閉じて頷く。

 

「はい。我が主」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユニット起動。無限連環機構動作開始。システム"アンブレイカブル・ダーク"システム正常作動」

 

 現れたそれは、見た目7、8歳くらいの女の子だった。

 彼女はまるで機械の状態を確認するかのような呟きを見せる。

 

「アレが、闇の書の管制人格の記録にあった……」

 

「む? おかしいな。我の記憶では人の姿を取っていたなどと。それを言うなら我らも元々人の姿などしておらんだ訳で……」

 

 ブツブツと思考に耽るディアーチェ。

 そんな中で、クロノ達はシステムU-Dから発せられる魔力に戦慄していた。

 

(魔力量が桁違いだ。闇の書の暴走体と同じか、それ以上だ!)

 

 人間が許容出来る魔力量じゃないと警戒を高める。

 そんな砕け得ぬ闇、らしきシステムにマテリアル達は近づく。

 

「ディアーチェ? ……ディアーチェですか?」

 

「そうだ。我は闇王(ディアーチェ)ぞ。いやはや、やっと巡り会えたわ。我ら3基はずっとお主を捜しておったのだ」

 

「シュテルやレヴィも……」

 

「ここに」

 

「ボクもいるよー!」

 

 そんな4人をクロノ達が場を見守っている。

 これ以上の戦闘を回避出来ないか考えつつ、システムU-Dがこちらと敵対した事態を想定する。

 

(最悪、この場はなにもせずに撤退も視野に入れるか?)

 

 一旦退き、戦力を整えてから接触する事も考えていた。

 

「クロノくん」

 

「……突然現れたあの子の動き次第ではこの場から逃げる事も考えてくれ」

 

 後ろでなのはとフェイトが納得してない様子だが、人命が最優先だ。

 勝てない勝負をして無駄な犠牲を出すつもりはない。

 不服だろうと、この場では従ってもらう。

 

「会えて嬉しい……本当は、そう言いたいです。でも駄目なんです。私を起動させちゃ」

 

 憂いと哀しみを宿した瞳でそう告げるシステムU-D。

 その言葉に彼女を呼び起こしたマテリアル達も困惑している様子だ。

 

「蒐集によって封じられた私は、永遠結晶が夜天の書への侵食を少しでも遅らせる為に深く深く沈むことを選びました。私に繋がるシステムを遮断し、別のプログラムを上書きして。夜天の魔導書から私の存在に関わる全ての情報を抹消して。夜天の主も管制人格も知り得ない。闇の書が抱える本当の闇。それが────」

 

 次の瞬間に見た光景は、その場に居た誰もが想像し難い事態だった。

 

「な……っ? ゴフッ!?」

 

「私なんです……」

 

 3人のマテリアル達の体にそれぞれシステムU-Dから生み出された魔力の刃が突き刺さっている。

 システムU-Dが自分達を攻撃するなど微塵も考えて無かったのだろう。マテリアル達は防御すらまともにせずにやられていた。

 

「沈むこと無き黒き太陽。影落とす月。故に、決して砕かれぬ闇。私が目覚めたら、後には破壊の爪痕しか残らない」

 

「やめなさい!」

 

 マテリアルの3人が攻撃を受けると同時に動いていたなのはとフェイト。そしてアミティエが赤黒い魔力の刃を破壊し、マテリアル達を引き離す。

 

「貴様ら……!」

 

「喋らないで下さい! 傷口が広がります!」

 

 ディアーチェの声をアミティエが遮る。

 はっきり言って彼女達を抱えて戦う余裕は無いが、放っておく訳にもいかない。

 武器を向けながら距離を取り、撤退の隙を窺う。

 しかし、それはあっさりと訪れた。

 

「ごめんなさい……さようなら、みんな……」

 

 それだけ告げてシステムU-Dは転移魔法でその場を去る。

 消えた少女を追ってキリエが動く。

 

「待ちなさいっ! 私は貴女に用があるの!」

 

「待ちなさいキリエッ!!」

 

 アミティエが止める間もなく後を追うキリエ。人を抱えている以上、追う訳にはいかなかった。

 

「エイミィッ!」

 

『うん! 2人共に海鳴からは出てないよ! このまま追跡と監視を続けるね!』

 

「頼む」

 

 最悪の事態は避けられた事に、クロノは安堵する。

 この場に残った全員を見回して指示を出した。

 

「……支部へ戻ろう。戦力を整える必要があるし、その子達の治療と情報提供を求める必要がある」

 

 クロノの意見に反対する者はこの場には居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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