実は僕……耳がすごくいいんです。 (花河相)
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短編
【短編】実は僕……耳がすごくいいんです〜乙女ゲームで「無愛想」と言われ最も嫌われていた悪役令嬢。だが、そんな彼女の素が可愛すぎるのは僕だけしか知らない。


 僕は生まれつき、普通の人と比べて優れていることがある。

 

 実は僕は耳がすごくいい。

 では、どのくらい優れているかだが、

 

『今日、アレン様の婚約者が来るんだろう?』

『あぁ、あの怖い人か』

『アレン様もよく婚約を結ばれたよな?』

『それはある。俺じゃ無理だわ』

 

 とまぁ、こんな失礼な会話が聞こえて来る。

 この会話は僕の近くで行われてはいない。

 壁の向こう側、部屋の外で。

 僕の聴力は壁越しに小声で話しても聞こえる。

 何もない空間なら百メートル離れても聞こえる。

 それほど優れているのだ。

 

 ちなみにこの特異能力は誰にも言っていない。

 理由はいろいろあるが、主な理由は異端視されるから、そして、前世の記憶があるからだ。

 

「あの……聞いているのですか?」

 

 おっと、いけない。

 考えごとをしていた。

 今は彼女との、会話に集中せねば。

 

「ごめんごめん。僕の立ち振る舞いに関する話だったよね」

「……聞いていらっしゃるのならいいです。もっと、わたくしの婚約者というのを自覚してくださいませ!あなたの態度一つ、わたくしの評価につながるのですよ」

 

 そう僕に棘のある言い方で注意を促してるのは綺麗な青髪を腰まで伸ばし、吊り目が特徴の女性、婚約者のアレイシア。

 

 彼女は名門家の息女らしく周りの目を気にし、常に自分を高め、何が最良な選択かを考え行動している。

 僕に対してもそれ相応の態度をする様に言ってくる。

 本当に努力家である。

 

「ごめんて……」

「あなたは謝罪しかできないのですか?毎回それしか言っていませんよね?それに、あなたのわたくしに対する態度、言葉遣い。正した方が宜しいのでは?」

「そうかな?僕は君の前では素で接したいし、婚約者、将来家庭を築き支え合う夫婦になるんだよ?僕は君に対して心を許しあえる関係を築いた方がいいと思うんだ。それに、君と接している時以外はちゃんとした態度で接していると思うけど?」

「それはそうですが……」

 

 僕の言い分にアレイシアは少し考え始める。

 まぁ、僕自身本音を言ってしまえば彼女の本質を知らなければこのような態度は取っていない。

 では、何故そのような態度を僕がとっているかだが、それは彼女が今、近くで控えている専属メイドのリタと一緒にいる時の会話を僕が聞いてしまっているからだ。

 ま、とりあえず今日はお開きにしようかな。

 もう会ってから一時間くらい経ってるし。

 僕自身もう少し一緒に居たいと思うが、これから別の先約があるためここまでにしよう。

 

「アレイシア嬢、先ほどまでの態度、謝罪いたします。今後はあなたの婚約者に相応しい立ち振る舞いをしていきたいと思います。本当に申し訳ありませんでした」

「………え?」

 

 僕はアレイシアに丁寧な言葉遣いでこれまでの態度を謝罪する。

 ま、冗談なのだが……。 

 アレイシアは本音で自分の前で僕にそのような態度を求めているわけではない。

 ここで一つ彼女の性格をバラすとすれば、彼女は重度のあがり症。

 ただ、これが面倒なことに、重度なあがり症に加えて自分の生家の評判を落とさないようにするため、自分が他者からみくびられない為、そのようなことを意識してしまってか、常に周りに相応しい態度を取ろうとしてしまうのだ。

 そして、緊張して表情がこわばってしまっているため、目つきが少し鋭くなり、心を許した人以外の前では一切表情を変えない。

 一応僕に対しても心を許しているのだが、僕に対して好意を抱いてしまっているため、緊張しすぎて逆に緊張してしまっている。

 本当に面倒くさい性格をしている。

 でも、そんなところがかわいい。

 

 ちなみにだが、僕が言った発言のあと、アレイシアは少し悲しそうな表情をした。

 わかっていても素直になれない。

 僕に対しても緊張しすぎてきつい態度をとってしまう。

 僕はそんな彼女を愛おしく思っている。

 アレイシアはよっぽどのことがない限り、表情を変えない。

 今もなお、無表情だが、よく見れば悲しい顔をしている。

 ……流石に可哀想になってきた。

 

「冗談だよ!今さら態度は変えないよ」

「?!」

 

 僕が笑いながらそう言うと、アレイシアは顔を真っ赤にしながら驚く。

 あ、やべ……。

 相当怒らせてしまったらしい。

 

「今のあなたの態度、とても不快です!今日は帰らせていただきます。行きますよリタ!」

「……わかりました」

 

 アレイシアは怒りながら、控えていたメイドのリタにそう言い、退席した。

 そして、リタはその跡を追うように去っていった。

 立ち去る際、リタは僕の方を向き、一礼した。

 その時、少し睨まれたが、意味としては「面倒くさいことしないでください」というような感じだ。

 僕とアレイシアがお茶会をするときは半分はこういう形で終わる。

 いや、僕が終わらせている。

 理由はアレイシアの態度が面白いからだ。

 悪い癖である。

 

 おっと、アレイシアを見送らなくては、僕はそう思い怒るアレイシアを追うため、部屋を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお越しください。いつでも歓迎いたします」

「……わかりました」

 

 僕の言葉に、アレイシアはそう返し、馬車に乗って帰っていった。

 それからアレイシアが乗った馬車が動き始めて十秒ほど時間が経ち、ある会話が聞こえてきた。

 

『どうしようリタ……アレン様に嫌われてしまいました』

『大丈夫ですよ、アレイシア様。アレン様は嫌ってなんていませんよ』

『でも……」

『毎回言っていますが、アレン様はアレイシア様を好いていますから、今更あのような態度をとったところで、嫌ったりしませんよ』

『それでも……こんなわたくしを好いているなんて、あり得ないわ。今度こそ嫌われてしまったわ』

『大丈夫ですって……。そんなにお気になさるなら今度、お詫びを兼ねて訪れてはいかがですか?』

『でも……。もしもそれで図々しい女だなんて思われたら……どうしましょう?』

『大丈夫ですって、もぉ、あなたは全然変わりませんね。アレン様とは何年の付き合いになると思ってるんですか?十年ですよ。今更遠慮するような関係でもありません。それにアレン様なら喜んで時間を作ってくれますよ。毎回そうですし』

『リタ……。うん、そうよね。そうするわ』

 

 

「うん、いつも通りだね」

「何がですか?」

 

 アレイシアとリタの会話を聞いていると、ついそう呟いてしまった。

 それを聞いてから後ろに控えている専属執事、シンが話しかけてきた。

 

「いや、いつも通りだなって思っただけだよ」

「はぁ、確かにその通りですな」

 

 僕の言葉にシンはため息をつきながらそう言う。

 そう言ったシンは何か僕に何か言いたげな表情をしていた。

 

「そんな顔しないで、毎回言っているけど、アレイシア嬢は素直に慣れていないだけだよ。その証拠に毎回会うときは前回のことは気にしていないように接するでしょ?」

「まぁ、確かにそうですね」

 

 シンはそう言いながらも納得した。

 本当に毎回変わらずこんな感じだ。

 シンは始めの方は「考え直すべきでは?」とか「アレン様は何故平気なのですか?」とか言ってきたけど、何回も僕と彼女のやりとりを見て、慣れたのか何も言わなくなった。

 

「とりあえず、次の約束の準備をしようか。次は……えっと」

「ご友人とのお食事です」

「そうだね。いつも悪いね」

「いえ、仕事ですので」

 

 僕はそう言いながら部屋へと戻り友人との約束のための準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは乙女ゲームの世界。

 僕はそんな世界の攻略対象へと転生をしてしまった。

 しかも、他の人とは違う能力を持って。

 アレイシアは乙女ゲームの悪役令嬢で、ユーザーから「心のない人形」「氷結令嬢」と言われ嫌われているキャラクターであった。

 

 僕はそんな彼女と婚約関係を結んでいる。

 僕も始め、この話を聞いた時、婚約はしたくなかった。

 でも、僕の耳で彼女の本音、素の性格、口調を聞いて全てが誤解であったことがわかった。

 今ではそんな彼女を愛おしく思う。

 

 

 

 

 

 もうすぐ、乙女ゲームが始まる。

 これからヒロインや他の攻略対象たちがどのような行動を取るかはわからない。

 

 でも、僕はそんなの気にせずに彼女と幸せになるため、全力を尽くそう。

 

 

 

 

 これは耳が良すぎる僕、そして面倒な性格をしている悪役令嬢の彼女の恋の物語。

 




読んでいただきありがとうございます。


次の連載をどうしようか考えていて、この物語の連載版が読んでみたいと少しでも思って頂けましたら差支えなければブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。

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連載版
プロローグ


乙女ゲームというのはよっぽどの理由がなければ、普通男はやらないものだと僕が思う。

 同性愛者の人とかならやるかもしれないけど、ノーマルの僕には何が楽しいのか全くわからない。

 だってそうだろう?何が楽しくて男を攻略せんといかんのだ。

 

「ねぇ雄大くん!どうだった?」

「え、いや……どうって言われても……よかったんじゃない?特に最後の悪役令嬢が断罪されるところなんて」

「もう!私が聞きたいのはそこじゃないの!……なんかおかしくなかった?アレイシアの様子」

「えぇ……」

 

 僕……上代雄大はある日突然、従姉妹の理恵に呼び出しをくらい、乙女ゲーム「夢見る乙女のファンタジア」の一通りプレイした。

 

「夢見る乙女のファンタジア」

 

 通称「夢ファン」と呼ばれ、ストーリーは幼い頃、孤児院で過ごしていた主人公のフローラが夢を叶えるべく、王族貴族の通うエルス学園に入学し、3人の攻略対象キャラクターと仲を深めるというシンプルな内容の恋愛シミュレーションゲーム。

 

 

 僕はそんな乙女ゲームを理恵に誘われ、貴重な社会人の休みを返上してプレイした。

 僕が乙女ゲームを始めたきっかけは理恵が乙女ゲームのプレイ中に「悪役令嬢のキャラが少し気になるから一緒にやってみて意見を聞かせてほしい」と誘われたこと。

 

 理恵はいわゆるオタクという人種で、やり始めたゲームは隅々まで網羅するのだ。「夢ファン」も理恵がやり始めたゲームの一つ。

 

「いや、どうって聞かれてもわからないよ。理恵は何が気になったんだ?」

「え?雄大君見てわからないの?だって、アレイシアが何も表情変えずにこんな酷いことするかな?」

「……いや、そう言われても。残念ながらいつも無表情で主人公をいじめていたから、ひどいやつだな、くらいにしか思わなかったよ。それにこれはゲームじゃん。制作側の都合のいいキャラってことなんじゃないの?深く考えてもしょうがないと思うけど」

「えぇー。絶対それはないと思うけど!だってどんなキャラの行動にも必ず理由があるものなの!どんな悪役にも何故そのような行動をするのか。……必ず理由は存在するの!アレイシアも何か絶対あるはずなの!」

「いや……そう言われてもなぁ」

 

 その意見は合っていると思うけど、その理由の中に「夢ファン」の悪役令嬢も当てはまるとは限らないと思うんだけど。

 僕はそう言おうとするが、この場がより面倒臭くなるだけなので何も言わずに考えるふりをする。

 

 

 理恵が気になっていると言ったアレイシアは「夢ファン」の悪役令嬢。

 これは少しネットで調べたのだが、アレイシアというキャラは「夢ファン」をプレイしたユーザーからこう言われていた。

 

 「感情のない人形」と。

 

 その名の通り、アレイシアはシナリオ進行中必ず攻略の邪魔をしてくる。それも、表情を一切変えることなく。

 

 

 理恵が気になるのはそこの部分で、一緒にプレイをしている時もネット情報の通り表情を一切変えることなく、アレイシアはフローラの妨害やいじめの時、笑うそぶりすら見せず、眉一つ動かさないでいじめをしていた。

 

 

 僕はそんなアレイシアは運営側が用意したただの悪役、シナリオを都合の良いように進めるため用意されたキャラで、ユーザーが感情移入をさせないための制作側の配慮の可能性があると考えた。

 

 

  

 ネットの評価はあながち間違いではないと思う。

 

 それでも、僕にも見てほしいと言われてシナリオ飛ばし飛ばしであったが、確認をしたのだが……。

 僕は一切何もわからなかった。

 

「理恵の勘違いじゃないのか?実際シチュ見ても特に気にならなかったし。ちょっと可哀想かもだけど、制作側の都合のいいキャラって可能性もあると思うし」

「うーん。そうなのかなぁ?でも、私は必ず理由があると思うんだよねぇ」

 

 理恵は一向に諦めた様子を見せない。

 でも、残念ながらこの談義は長くは続けられない。

 

「理恵……アレイシアの件は後日また話し合おうよ。もう一通りシナリオ全部やったし、今日は終わりにしようよ」

「え!まだまだこれからだよ!ハーレムルートも終わってないし、隠しキャラの王子も終わってないよ!」

「え……まだあるのかよ。てかハーレムルートって。……ごめんね理恵。僕明日早番で、明日早くて」

 

 時計はすでに夜中の一時をすぎている。

 これ以上やると、仕事に影響が出る。

 

「また次の休日に……ね!」

「ぶー」

「膨れてもだめだよ。理恵も明日仕事でしょ。アレイシアの件はまた次の休みの日にでも検証しようよ!」

 

 理恵は膨れても首を縦に振ろうとしない。どうしよう?ここまで膨れた理恵の扱いは面倒くさい。

 どうしようか。

 

「理恵……」

「……わかったわよ。じゃ、また来週あけといてね!」

「……わかった」

 

 何が悲しくてまた休日を返上しなければいけないのか。

 僕はため息をしながらも了承した。

 首を縦に振らないと永遠に帰してくれそうにないから。

 僕はスケジュール帳を開き、「理恵とゲーム」とメモし、この日は解散した。

 

「理恵は度が過ぎてるよなぁ」

 

 一度やり始めたら最後までやり切る。

 たしかにそれは理恵の美徳であり、長所なのだが、度が過ぎているとたまに思うことがある。一つ疑問に残ったらそれが解消するまでやり続けるなんて。

 

 「夢ファン」のアレイシアの件だってそうだ。一度気になり出したら止まらない。独自で納得するまで悩み続ける。

 

 このような理恵とのやりとりは初めてじゃない。

 毎回僕自身の理由で解散してしまうことが多々ある。

 その度に機嫌が悪くなるのだが……。

 

「次、シュークリームでも買っていくか」

 

 理恵は好物を買えばすぐに機嫌が良くなる。

 意外に単純なのだ。

 

「明日もまた仕事か……」

 

 現在僕が勤めている会社はブラック寄りだ。

 僕は昔から物覚えが悪く、人の数倍努力するしかない。

 勉強も嫌いであったため、高校の卒業と共に就職した。

 高卒で何もスキルも資格もない僕を雇ってくれた時点でありがたいので、不満はたまるが直接出したことはない。

 

 社会人として過ごしたからこそもう少しちゃんと勉強すればよかったと後悔している部分もある。

 

「はぁー」

 

 もう考えても手遅れだし、特別やりたいこともない。

 今の生活に少し満足してしまっている。

 僕は一人でため息をつきながら帰路についていた。

 

「……あれ」

 

 またいつも通りの日常が始まる。僕はその時までずっと思っていた。

 「トクン」と胸に激しい痛みを感じるまでは。

 僕は胸を抑えてその場に座り込み、意識が遠のいていくのを感じる。

 

 僕はそれを思いながらある結論に達する。

 

 それは「死」。

 人間誰もが迎える最後。

 

 

 

 

 

 

 ごめん理恵、約束守れそうにないや。

 

 

 

 考えもしなかった。

 

 

 これが僕……上代雄大の最後であったなんて。

 





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1

「奥様!おめでとうございます!」

「ありがとう!」

「ああ……ついに生まれた」

「もう!キアンったら!

 

 ……なんだようるさいなぁ。

 こっちはクソ眠いんだよ。

 仕事が早いっつうのに。

 お隣さんか?でも、妊娠してるなんて聞いたことねぇし。

 

『お!ついに生まれたか』

『めでたいな!これで安泰だ!』

『どっちなんだろうな?』

『何が?』

『男か女。俺は男が産まれてほしいな!」

『たしかに』

 

 は?性別もわかってないのかよ。生まれる前から把握できるだろ?

 

『奥様……お名前何にするのかしら?』

『知らない?……きっとふさわしい名前つけると思うわよ!』

『ええ?気にならないの』

『いや、もちろん気になるけど……』

 

 いや!人口密度多過ぎじゃね?同室に何人いるんだよ。

 こんな小さいアパートー部屋に入りきらんでしょ。

 

「ユリアン!この子は男の子、女の子どっちなんだ?僕的には男の子がいいんだけど」

「……キアン、もしかして聞いてなかったの?」

「いや、僕生まれるまで部屋に入れてくれなかったじゃないか」

「だって、キアンったらうるさいんだもの。私は静かな環境でこの子を産みたかったの!」

「……ひどいよユリアン!僕は言われればちゃんと守るよ!信用ないなぁ。こんなんじゃ君に嫌気がさして他の異性に気が向いてーー」

「キアン?」

「じょ!じょーだんだよ!僕が悪かった。少しは信用して欲しかったんだよ!……お願いだからその笑顔やめて!」

「……後で話し合いが必要ですね」

 

 いや!うるさいわ!

 こんなに近くにいるのになんで大声で話すんだよ。

 

 キアンとか呼ばれてる男、完全に尻に敷かれてるじゃん。

 

 あれ?そういえば僕の近所に日本語ペラペラの外国人って住んでたっけ?

 いや、外国人はいない。でも、キアンとかユリアンという名前聞いたことないし。

 

 あと、何故か体が動かない。

 ふと、目を開けると視界がぼやけていて、少しずつ視界がはっきりしてくる。

 

「あうあああ」

 

 話そうとしても呂律が回らない。

 

「あれ?どうしたのかしら?」

「どうかしたかい?」

「この子……産声を上げないのよ」

「言われてみれば……」

 

 産声という言葉を聞いた時には視界がはっきりしてきて、周囲を見渡せるようになった。

 

 ……人ってこんなに大きかったっけ?

 目の前には銀髪の美少と黒髪のイケメンが僕を見ながら微笑んでいた。

 あれ?思ったとおりに手足が動かせないんだけど。

 

 疑問に思いつつ、動かし辛くなった手足を動かしていると……は?

 

 僕の視界に小さくなった自分の手が映った。

 

 もしかして……僕?

 

「うぇーーーーん!(赤ん坊になってるじゃん!)」

「あら!泣いたわ」

「よかったぁ」

 

 叫ぼうと思ったが、赤ん坊になったので話せず、僕はその場で泣いた。

 僕の鳴き声が産声なのだと思ったのか、ユリアンは安心して笑顔になり、キアンは安心したのか、深呼吸をしていた。

 

「元気に生まれてきてくれてありがとうね。アレン!」

 

 最後にユリアンからそう言われて僕は睡魔に襲われて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレンという名をもらい、転生して3ヶ月ほどが経過した。

 人間の慣れというものは怖いもので、僕はベビィライフを満喫している。

 

 移動や首が座っていないので不便なことが多すぎるが、それを抜きにすればめちゃくちゃ楽な生活だ。

 

 要件があれば泣けばすぐに誰か来てくれるし、寝たい時には寝れる。

 まさに誰もが夢見たニートライフ。

 まぁ、それも精々数年だけだが。

 

 理由としては僕が生まれた出自にある。

 

 どうやら僕は貴族の嫡男として生まれた。 

 

 何故知っているか?理由は2つ。

 

 一つは僕の住んでいる屋敷にはメイド、執事等の使用人が働いていたから。

 もう一つは僕の生まれつき備わっていた能力からだ。

 

 実は僕……すごく耳がいい。

 

 部屋からの小声はもちろん、部屋の外からの声を聞こえ、使用人たちの会話からそう判断した。

 

 だが、これは全く慣れない。

 特に近くで話されると耳がすごく痛くなる。時には耳鳴りもする。

 耳がいいことで色々わかることあり、ありがたいのだが、それでも慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

 

 ま、これは一先ず置いておこう。

 

 貴族の家に生まれたのだが、それはどこの世界にも変わらないらしい。

 社会上流で、社会の基盤を作る者。社会的身分の高い人たち。

 

 僕の家は貴族のくらいまではわからないが一つわかることがある。

 人生が約束されているということ。

 

 前世のように忙しく就活もやらなくてもいいし、小さい頃から家を継ぐための勉強に専念できる。

 

 前世の僕は要領が悪かった。一つのことをやろうとしても、物覚えも悪い。

 

 おそらく、貴族の嫡男だから学校に通わなければいけなくなるだろうが、それまで時間がある。

 僕には前世があり、多少の勉学はやればできる。

 これはアドバンテージと捉えるべきだ。

 

 人生勝ち組。そう言っても差し支えない。

 

 もしかしたら、この転生は僕にやり直しの機会を神様がくれたチャンスなのではないのだろうか。

 

  

 人とは少し違う能力を備わっててるし、前世の記憶がある。

 だが、チートといったハイスペックはないし確認できる範囲だが、異世界あるあるの魔法は存在しない。

 時代は中世ヨーロッパの貴族社会。

 

 

 今後生きていく上で苦労しそうなことは多いかもしれない。

 それでも僕は決めた。

 

 

 第二の人生、無難に生きよう。

 

 貴族だから普通とは少し違うかもしれないが、人並みの幸せを手に入れよう。

 

 そのための努力をしよう。

 

 僕は20代で死んでしまったから、長生きしよう。

 




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2

転生して早3年経った。

 

 

 突然だが、僕はどうやらイケメンに転生したらしい。

 わかってはいた。

 あの美男美女の両親から生まれたのだ。

 イケメンに決まっている。

 

 鏡で一度自分の容姿を見たのだが、僕は母上寄りに似ているのかもしれない。

 

 髪の色は銀髪、紫目が特徴で、幼くても将来は容姿端麗が期待できそうな容姿。

 

 僕は鏡を見た瞬間飛び跳ねるくらい嬉しかった。

 

 だが、その反面、少しばかり苦労するところもあった。

 

 それは生まれつき備わっている耳の良さだ。

 

 この3年間は大変であった。

 僕の人並外れた耳の良さに慣れるのが特に。

 だが、それでも今は落ち着いている。いや、慣れたというべきだろう。

 今では普通に過ごせているし、慣れればむしろ便利だ。

 耳をすませば使用人たちの小言や噂も聞き取れるし。

 

 閑話休題。

 

 さて、3歳になり、歩けるようになった僕はこの時期になったら行動を開始しようと思う。

 

 

 僕がまずやることは、キアン……父上の仕事見学だ。

 現場で見て学ぶ。

 将来自分もやらなければいけないことだから、雰囲気を見ておきたい。

 

 ただ、将来のための行動にあたって僕なりのルールを決めた。

 

 

 年相応の行動で目立たずに生活しよう。

 

 

 考えても見てほしい。幼い子供が言葉を流暢に話し、勉強も平均よりもできている。

 難しい言葉も理解する。

 

 これらを神童と呼ばずになんと呼ぶ。

 僕はもともとスペックは高くない。

 どんどん求められるレベルが上がっていき、自分を苦しめるだけだ。

 

 だから、年相応らしい行動をする。

 それでも、一度父上の仕事ぶりを見てみたい。

 そのため、シンを伴い父上が仕事をしている書斎を耳を頼りに移動をしている。

 父上に会いたい旨を表しながら。

 

「ちちうえ?」

「アレン様、こっちですよー。シンのところにきてください」

「ちちうえ、どこー」

「アレン様……」

 

 現在僕は父上を探すため、屋敷の廊下を彷徨いている。

 先ほどから僕の面倒を見て、最後には呆れているのは専属執事のシン。

 年齢は40代ほどで痩せている黒髪、黒色の執事服を着ている。

 他の使用人たちから聞こえた会話から、相当なベテランらしく、今後の僕の教育も担当するらしい。

 心優しく、常に家のことを思ってくれているので僕自身シンのことは好きだ。

 

 僕の行動でシンはため息をつきながら、どうしようかと考えている。

 

 早く見つけないとなー。そう思うも、残念ながら父上の書斎の場所はわからない。だから、耳を頼りに進むしかないのだ。

 僕は廊下を移動しながら父上の声がしないか移動しながら聞き探す。

 さっきこっちの方から聞こえたんだよね。

 ここの部屋かな?

 

『今日のお昼なんですかね?』

『何?もうお腹すいたの?』

『……はい』

『さっき朝食食べたばかりじゃない。しっかりしなさい』

 

 なんだ、メイドさんの会話か。ここじゃないな。

 たしかにお腹すいたけど、今は父上を探さなければ。

 僕は奥の部屋へと移動する。

 

『掃除だりぃ。なんで、毎日同じところしないといけないんだよ』

 

 ん?なんだこの声は。この人やる気なさすぎだろ。

 

 少しお灸を据えた方がいいかな。ちょうどシンもいるし。

 僕はこの部屋のドアを入りたいというアピールをシンにした。

 

「しん、ここあけてー」

「ここに入りたいのですか?」

「うん!」

 

 ガチャッとシンが仕事に文句を言っていた者のいるドアを開けた。

 

「?!シンさん!なんでここに!」

「……ウェル、何をしているんだ?」

 

 シンがドアを開けると、掃除が面倒くさいと独り言をしていたウェルと呼ばれた茶色髪の癖っ毛の使用人が椅子に座っていたが、慌てて立ち上がる。

 シンはそんなウェルの姿を見て呆れていた。少し怒っているようだ。

 

「いやーその……掃除です」

「では何故座っていた?」

「ゆ、床の掃除をですね……」

「私には手には何も持っていないように見えるのだが」

「あ……すいませんでした!」

 

 シンの質問についにウェルさんが勢いよく頭を下げて謝罪をした。

 

 シンってこんなに怖いんだ。

 ウェルさんに悪いことしちゃったなー。でも、サボってんのが悪いよね……うん。

 

「この部屋の掃除が終わり次第私の元に来なさい」

「……はい」

「アレン様行きますよ」

 

 ウェルはシンの言葉にしょぼんとして返事した。

 シンはドアを閉め、そのまま僕の手をひきその場を後にした。

 

『まじかよー。やっちまったぁ。……最悪。はぁ』

 

 僕とシンが部屋を出た後、ウェルさんの愚痴が聞こえた。

 もしかして反省してないか?

 ……今度同じような場面に遭遇したらもう一度やろうかなー。

 

『少し休憩するだけだったのに。……はぁ。……さっさと終わらせて、シンさんのところ行くか』

 

 

 うん?ウェルさんって結構真面目なのかな?

 なんか悪いことしちゃったなぁ。

 僕はウェルさんに心の中で謝罪をする。

 

「アレン様」

「なに?」

 

 ふと、考え事をしていると、隣を歩くシンが話しかけてくる。

 

「アレン様は立派な人間にならなければいけません。先ほどのウェルのようになってはいけませんよ」

「うん?」

「……少し難しかったですかね。そうですね。将来、大きくなったら悪い人になってはいけませんよ」

 

 子供の教育は難しいらしい。シンは簡潔に言葉を言い換え、伝わるようにした。

 流石に3歳からいいこと悪いことくらい分かると思う。とりあえず会話の流れから返すとすれば……。

 

「ウェルはわるいひと?」

「それは……」

 

 シンは少し困った顔をした。

 いや、別に困らせるつもりはなかったんだけど。

 ウェルはどう返すんだろう?

 

「いえ。ウェルは努力k……頑張り屋さんですよ。それにすごい人です。ただ、ちょっと悪さをしてしまっただけですよ」

「そうなんだ」

 

 そうか、ウェルは努力家なのか。

 シンにここまで言わせるのはすごい。

 ただの僕に言い聞かせるための言葉なのかもしれないけど、基本シンは人をここまで評価する人ではない。

 むしろ、滅多に他人を褒めることはないかもしれない。

 少しお灸を据えるだけのつもりだったけど、ウェルに悪いことをしてしまったな。もう何もかも遅いが。

 

「わかった。僕もがんばりやさんのすごい人になる!」

「頑張ってください」

「うん!」

 

 言ってて恥ずかしくなるけど、我慢だ我慢。

 ここで、本性を出すのはいけない。

 子供らしく年相応に。

 

 僕は自分にそう言い聞かせた。

 

 毎回子供のふりして過ごすの面倒臭くなってきた。

 今後のことを考えて何か策を用意した方がいいかもしれない。

 

 また今度考えよう。

 

 時間は自由にあるし、僕自身屋敷を自由に移動もできる。

 父上と母上は放任主義なのか、シンに任せきりなのか、基本的にやることは自由にさせてくれている。

 ま、この件は今はいいかな。

 僕は思考を整理し、意識を父上探しに切り替える。

 

『ああ。早く仕事を終わらせてユリアンとアレンと一緒にいたいなぁ』

 

 あ、ここだ。

 

 それから探すこと数分。ついに父上の声を発見した。

 




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3

『ああ。早く仕事を終わらせてユリアンとアレンと一緒にいたいなぁ』

 

 あ、ここだ。

 僕は父上がいる部屋を特定できた。

 毎日のように聞いているので間違えるはずがない。

 さて、どうしたものか。

 

「シン、ここはいる」

「ここは……。今この部屋ではアレン様のお父上が仕事をしております。邪魔してはいけませんから別のところに行きましょう」

「ちちうえいるの?!」

「えぇ……」

 

 どうしたものかと悩んでいるシン。

 シンはどうやら仕事をしている時に僕に入って欲しくないらしい。

 だが、ここで引くほど僕は素直にはなれない。

 ごめんねシン、今回だけだから……多分。

 僕は心の中でシンに謝罪をしながら、あえて父上がいることだけわかったように演じ、ドアを叩いて父上を呼ぶ。

 

「ちちうえー!」

「アレン様!お仕事の邪魔をしてはいけません。移動しますよ!」

「いや!」

 

 僕の行動に驚いたのかシンは僕を抱いてその場を去ろうとする。

 

『……アレンの声?今のは幻聴かな?』

 

 

 後もう一押し!

 

「ちちうえー!」

「アレン様……」

 

 シン、困らせて申し訳ないね。もうできるだけ迷惑はかけないようにするから今回だけは多めに見てほしい。

 

『どうやら幻聴ではないらしい。神様からのプレゼントかな?……考えすぎか。……まぁ、こんな機会滅多にないだろうし、父親らしくかっこいい姿を見せるのもいいかもしれない』

 

 父上は僕が扉の前にいることが分かると息子に威厳を見せるため、やる気らしい。

 作戦成功かな。

 ドアの向こうからは父上が椅子から立ち上がり、僕の目の前のドアへと移動するための足音が近づいてきた。

 

「なんだ?騒がしい」

「ちちうえー」

「?!キアン様、申し訳ありません」

 

 すげー声のトーンが低いわ。

 よっぽど格好つけたいらしいな。

 

「ちちうえだー!」

「ほーら、アレンどうしたのかなー?」

「キアン様、私の力不足でお仕事に水を刺してしまい、申し訳ありません」

「いや、気にすることはない。見た限りだと、アレンがわがままを言ってしまっているのかな。……僕も少し休憩をしていたところだし問題ないよ」

「……承知しました」

 

 シンは自分の力不足だと思い、それ以上は言わないらしい。

 本当にごめんて。

 でも、これで、目的の第一段階は突破かな。

 後は父上次第。

 

「ちちうえ、なにしてるのー?」

「お仕事をしてるんだよ」

「おしごと?」

「そうだよ〜」

『はぁー』

 

 威厳を見せるのでは?

 シンは初めの威厳がなくなっていることに小さくため息をついてるし。

 威厳がなくなっても息子想いの良い父上だな。

 僕はそう思いつつも、子供らしく話かける。

 

「ぼくもおしごとするー」

「お!アレンも手伝ってくれるのかい?」

「うん!」

「よろしいのですか?」

 

 シンは父上の姿を見て、質問をしてきた。

 確かにその指摘は的確だ。仕事の内容まではわからないが、領主の仕事は責任が伴う。

 子供が一人いて、何かあったらどうするつもりなのだろう?

 

「問題ないよ。朝にシンが手伝ってくれていたから仕事は少ししか残していない。それほど重要な仕事でもないからアレンがいても平気だよ。仕事終わるまでアレンがいても大丈夫だよ」

「承知しました」

 

 話がまとまり、ドア付近にいた僕たち父上の書斎へ入った。

 あまり仕事については学べそうにないかな。

 とりあえず今日は軽い見学だな。

 

 僕は方針を固めつつ、父上に抱っこをしてもらいながら、書斎へと入った。




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4

僕の我儘で父上の書斎で仕事の見学をはじめた。

 

 邪魔にならないようにと、シンが入り口近くの壁に椅子を置いて、座るように促されたので待機している。

 

 父上の書斎は広い。部屋のちょうど真ん中に長方形の机が置いてあり、その左右に赤色のソファーが設置してある。その奥に父上が仕事で使うであろう、焦茶色のアンティークの机があり、資料が山のように積んであった。

 壁際には隙間なく本棚に本が並べてある。

 

 僕は書斎と聞いたら、少し散らかっているイメージがあったのだが、整理整頓がしっかりしていた。

 これもシンの仕事の成果なのだろう。流石である。

 シンは今は僕の世話係を担当しているが、元は父上の専属で働いていた。

 

 先ほどの父上とシンの会話から今もなお仕事を手伝っているらしい。

 

 目の前の光景を見ていると、高い信頼関係を築いていることが分かる。

 

 この二人を見ていると僕もそう言った信頼をおける存在が欲しくなる。

 別にシンが嫌なわけではないが、一から信頼をおける存在を築きたいと思ってしまう。

 

 また、あまりシンの負担にはなりたくないし、信頼をおける人をそばに置きたい。

 

 選ぶときは慎重に選ぼう。専属のことについてはまた後日、ゆっくり選定していこう。

 

『ああ、アレンが僕の仕事ぶりを見ている。頑張って仕事しないと』

 

 考え事をしている時ふと、父上からこんなつぶやきが聞こえてきた。

 シンを確認するも、気がついている様子はない。

 ただ、シンからも数分に一回、父上の張り切り具合を見て『はぁー』というため息がちょくちょく聞こえている。

 

 僕、この場にいるの正解なのだろうか?おそらく仕事は捗っていると思うが、シンの態度は呆れている様子。僕がいるのといないとではため息するほど違いがあるのか。

 

「こんなところかな!」

 

 どうやら仕事がひと段落ついたらしい。

 父上は両手を飛ばし首を少し回していた。

 

「キアン様、お疲れ様でございます。お仕事の進捗の方は如何程ですかな?」

「大方終わったよ。まぁ、いつも通り余裕を持たせて終わらせてあるから心配いらないよ。……アレン、静かに待ててえらいね」

 

 何故か「いつも通り」の部分を強調して話している父上。

 どれだけアピールしたいんだか。

 父上は僕の座っていた椅子から抱き上げて頭を撫でてくる。

 こっちはつぶやきが丸聞こえなため、威厳もクソもないのだが……。

 だが、ここで何も言わないのが大人の対応である。せっかくのアピールを無碍にするのは良くない。それに3歳児がわかるわけがない。

 だから、ここで僕がやるべき行動は。

 

「ちちうえ……カッコよかったです!」

「?!そ!そんなに僕はカッコよかったかい!」

「うん!」

「……ふむ」

 

 父上は僕の褒め言葉に喜び、そんな父上を見てシンは何かを考え始めた。

 本当に父上は表情の起伏がすごい。父上の人間性は素晴らしいのだが、そこが心配になってくる。

 人が良すぎるというのは貴族にとっては致命的のはずだ。

 

 交渉はもちろん、駆け引きは苦手なのかもしれない。

 まだ、外の世界の父上を見たことがないので断言できないが。

 

「キアン様」

 

 考え事が終わったであろうシンが少し笑いながら父上のことを呼んだ。

 

「お一つ提案があるのですが、よろしいですか?」

「何かな?」

「今度から仕事を行う際、アレン様に一緒にいていただくことにしませんか?……そうすればいつもと違って仕事が早く終わりますし、先延ばしになることはありません」

「お、おい。……何を言っているんだ。いつも変わらずあんな感じじゃないか」

 

 なるほど。

 普段はもっと集中力が低く、仕事を先延ばしにすることがあるのかよ。

 大丈夫なの領主がこれで。

 ちょっと先が心配になってきたよ。

 

「ちちうえ?」

「アレン、シンはきっと疲れているんだよ。もう、冗談はやめてほしいなぁ、もぉ」

『ドクン…ドクン…ドクン…ドクン』

 

 あ、父上は慌ててるわ。

 

 

 僕は人と接する時近くにいればその人の鼓動の音が聞こえる。

 まぁ、これに関して遠くても10メートルくらいなら耳をすませば聞こえる。だが、嘘を見抜くとかそんなことはできず、ただ、鼓動の速さが聞こえるだけ。

 なんの役に立つのかわからないが、こういう時、緊張しているか否かくらいは分かる。

 

 今回の場合は鼓動が少し普段よりも早いから少し焦っているくらいだな。

 

 ここは何も言わないに限る。僕が言うべき言葉は決まっているからだ。

 ここで、一気に父上のテンションを上げよう。

 

「ちちうえ、かっこよかったです。もっとちちうえのかっこいいすがたをみたいです!」

「あぁぁ……」

「……ほう」

 

 僕の言葉に父上は嬉しさのあまり狼狽え、シンは感心するような態度をとった。

 父上の態度はわかるけど、シンは何に感心したのだろう?

 

 

「そうか……僕はかっこよかったか!今度からは気が向いたらいつでも来てもよいよ。ただ、お仕事の邪魔はしないでお利口でいられるならね!約束できるかい?」

「うん!」

 

 僕は父上から許可が降りたことで嬉しくなり即答した。

 父上は僕の行動に嬉しくなったのか、強く抱きしめてきた。

 嬉しかった僕であったが、その嬉しさは長くは続かなかった。

 

 理由は、はしゃいでいる僕と父上を見て発したシンの言葉が原因。

 

「アレン様はきっと立派な領主になられるかもしれませんな!……ユベール家は安泰ですな!」

「……ゆべーる?」

 

 あれ?その家名、どこかで聞いたことあるような……。

 そういえば僕、自分の家の姓知らなかった。

 僕が発した言葉に父上は反応してか、話し始める。

 

「アレンにはまだ教えていなかったね!……アレンは将来、ユベール家の領主になるんだ!これから伯爵家の嫡男として、立派な人間にならないとね!」

「え!」

 

 僕は驚き声をあげてしまった。

 父上から発せられた言葉の「ユベール」「伯爵家」「嫡男」。そして、僕の名前であるアレン。

 それらを聞いて一つの推測を導き出す。

 

 僕が前世の最後にプレイした乙女ゲーム「夢ファン」の攻略対象は三人で、その内の一人に「アレン=ユベール」というキャラがいた。

 

 

 この世界……もしかして「夢ファン」の世界?

 

「あはは!まだ話すには難しすぎたね。気にしないで大丈夫だよ」

 

 僕はそこを気にしているのではないです父上。

 今の僕の心境を理解できるのは自分だけ。

 

 ……とりあえず覚えている限りの「夢ファン」の情報書き記さなきゃ。

 

 僕は僕に対して将来を期待し始めた父上とシンとは逆に不安を感じ始めたのだった。

 




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5

乙女ゲーム「夢見る乙女のファンタジア」通称「夢ファン」。

 

 ヒロインであるフローラ視点でゲームが進行する恋愛シミュレーションゲームで攻略対象と親交を深めハッピーエンドを目指す。

 ただ、「夢ファン」はシナリオを進めるだけでは攻略対象とのフラグを立てることができない。

 「夢ファン」はゲームシナリオを進める上で、フローラのステータスを向上させ、条件を満たさなければ発生しないイベントも存在する。

 

 ゲームを進める上で上げるステータスは大きく分けて三つ。知力、体力、そして財力の三つで、それぞれ5段階。

 

 

 ステータスを上げることはさほど難しくない。

 ゲームシナリオを進めると、昼休憩パート、放課後パートがあり、そこでステータスを上げれば良い。

 ただ、それと同時進行で攻略したい攻略対象とのイベントをこなし、好感度を上げなければいけない。

 

 攻略対象の好感度が一定以上かつ、ヒロインのステータスも条件を満たせればハッピーエンドになる。

 

 そんな「夢ファン」の攻略対象は主に三人。

 

 

 国の第一王子、王位継承権1位。俺様キャラが特徴で、才色兼備なアドリアン=グラディオン。

 

 外交を主に任されているグレゴリー侯爵家の御曹司。知的な雰囲気を漂わせるオーラス=グレゴリー。

 

 そして最後にこの僕、ユベール伯爵家の嫡男アレン=ユベール。

 

 名前を上げた順で攻略の難易度は高くなる。

 それぞれルートのハッピーエンドでは、主人公が学園に入学した目的を達成するための行動でそれぞれ違う未来が待っている。

 

 ちなみにその目的というのが、自分が孤児として育ち、苦労をしたため、自分のように苦労をする人間が少しでも減るようにより良い国にすること。

 

 

 アドリアンルートならば王妃となり、より良い国にするためアドリアンと尽力し、支える未来。

 

 オーラスルートなら外交の仕事を妻として支え、将来的に外交で得た知識をフルに使い、商いをはじめ国内を豊かにする。

 

 そして、最後にこの僕、アランルートは国内をよくするために最善の行動をする。

 ほかの攻略対象とはルートとしては地味すぎると思うが、これには理由がある。

 アレンルートはいわばお助けルートだ。多少ステータスや好感度が低くても攻略できてしまう。

 

 初心者むけ、最初の練習台、チュートリアル的なルート。

 

 そのため、攻略難易度は低く設定されている。

 

 俗に言うちょろいやつなのだ。

 

 

 

「こんなことになるならもっと理恵とゲームやっておくんだったなぁ。隠しキャラもいるって理恵言ってたけど、名前くらい聞いておけばよかったよ」

 

 現在、家族が寝静まり、時計の針が12時を指している自室で「夢ファン」の覚えている限りの情報を書き記しているのだが、大ざっぱなことしか覚えていない。

 

 キャラの名前と大まかな内容だけだ。それに詳しいシナリオは覚えていない。理恵とシナリオをRTAで進めたからだ。

 理恵とゲームをした理由も理恵が悪役令嬢であるアレイシアに疑問を持ったため、そこしか見ていない。

 

 まだ、この国名や攻略対象の家の名前など、それらを調べていないからなんとも言えない。

 

「明日はシンにお願いして色々教えてもらうか」

 

 本来なら自分で調べれば良いことなのだが、僕はこの世界の文字が完璧に読めない。

 僕も年相応の生活をしながら怪しまれない程度に勉強をしていたのが、仇となった。

 

 まぁ、ゲーム開始にせよ、まだまだ時間はあるし、慌てることではない。

 とりあえず今一番にやることは。

 

「とりあえず寝よ」

 

 これである。

 

 

 今日は色々あった。

 父上の職場を見るだけなのに何故こんな慌てなきゃいけないのか。

 僕はまだ3歳児、いい子はすでに寝なきゃいけない時間。

 ということで、今日は寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 シンに国名、家名の必要最低限な情報を調べた。

 国名はシンに聞いたらすぐにわかったが、家名を調べるのはタイヘンであった。

 流石に直接家名を聞くのはできないため、少し思考した結果、貴族の家名辞典のようなものがあるんじゃないかと結論付け、探した結果発見できたので、そこで確認した。

 

 

 

 偶然僕の名前が同じだけならばよかった。

 

 僕は攻略対象から悪役令嬢の家名を探して見つけ出してしまった。

 そして、少し探すのは大変であったが、男爵家、ヒロインがなるはずの家名までも見つけ出したしまった。

 

 

「ここ……夢ファンの世界で確定じゃん」

 

 僕はこの世界が乙女ゲームの世界であることが確定しため息をしたのだった。



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6

この世界が乙女ゲームの世界だと確信して数日、僕はゲームシナリオに備えて行動する……ことはしなかった。

 だって、「夢ファン」にはバッドエンドがないのだ。

 バッドエンドが待っているとしたら悪役令嬢くらいだ。

 

 アレイシアは主人公をいじめていてそれが貴族らしくない行動ということで、最終時に断罪されていたっけ。

 その後はどうなったか知らん。記憶にない。

 

 王道的に国外追放とかかな?

 

 でも、それは自業自得だ。

 

 主人公をいじめていたアレイシアが悪い。

 流石に救いようがない人は放っておくに限る。

 

 なんせ相手は公爵家。

 貴族階級トップにして王家の次に逆らってはいけない。

 下手したら没落だ。

 せっかく人生が約束されているのに下手に首を突っ込むほど勇気はない。

 

 

 乙女ゲームの世界に転生したのだがら不幸なキャラを全て助けようみたいな、立派な志は持ちあわせていない。

 

 僕自身の幸せを掴めなくて他人を幸せにできるはずがないのだ。

 

 だからこそ、僕自身が幸せになるための方針を立て直す必要がある。

 もちろん将来家を継いで無難に生きる、その指針は変わらない。

 

 では、何を変えるのか問われれば、乙女ゲームのフラグをどうへし折るかだ。

 僕は乙女ゲーム関係なく普通に過ごしたい。

 

 僕の将来設計としては、気が合う婚約者を作り、学園を卒業し、伯爵家を引き継ぎ領主として過ごす。

 

 これが妥当だろう。 

 

 僕は以前までは普通の貴族としての生活ならこれだと思ってきたが、それに乙女ゲームの内容が入ってくるといくつか不安要素がある。

 

 

 主人公の動き、物語の強制力、そして主要キャラたちとの関わり。

 

 ゲームではアレンは普通に交流していた。

 日常パートでも他の攻略対象との絡みから悪役令嬢アレイシアとの関わりから対立まで。

 

 もしも物語の強制力があるならこのイベントに参加することになるし、主人公が仮に僕のルートを選択したならば、公爵家と対立する羽目になる。

 

 

 触らぬ神に祟りなし。

 

 

 だからこそ、ゲーム開始までにシナリオブレイクをしたい。

 そのために考えられる行動は2つ

 主要キャラと交流を持たない。まず学園に入学しないくらいだが……この二つは却下だ。

 

 ここは貴族社会だ。

 主要キャラは上位貴族と王族のため関わらない選択肢は取れないし学園に入学しないのも将来伯爵家を継ぐことを考えれば無理。

 

 ハルム学園。

 

 僕が通うことになるグラディオン王国の成人を迎えた貴族の子息子女が通わなければいけない学校。

 だから、2つ目の選択肢は不可能なのだ。

 

 なら、いっそのことシナリオ通りに進め、仮に僕のルートに入ったらその通りに進める。

 

 考えたが、これもだめだ。理由は主人公のおい立ちにある。

 

 少しフローラのおい立ちをかたろう。

 

 「夢ファン」の主人公、フローラのおい立ちは少し複雑だ。

 

 フローラは15歳で成人した年にオーサス男爵の元へきた。

 

 フローラはオーサス男爵と愛人でできた娘だ。

 オーサス男爵家の血が流れていること。そして、正妻との間に子供が恵まれなかったこと。オーサス男爵領の平民が通う学校で常に優等生で、天才と呼ばれていて、もともと優秀な成績を修めた生徒は領主に報告がいく。

 

 それらの理由で、オーサス男爵は正妻と相談し、フローラを迎えることにした。

 

 フローラは物心つく前から孤児院で育った。

 

 悲しいシンデレラストーリーである。てか、フローラ可愛そすぎだろ。

 

 

 現当主が子供に恵まれなかったから、正妻との子供ができなかったから、愛人の子供を娘を迎える。

 フローラが孤児院に入れられたのも、正妻に愛人のことを隠すためだが、最終的に子供ができなかったことを焦ってフローラのことを告げて子供に迎える。

 

 ……オーサス男爵屑すぎる。

 

 こんな初期設定に色々制作側に文句を言いたいが、残念ながらこれは乙女ゲームの設定。

 

 主人公に感情移入しやすいようにあえてそのようにしたのだろう。

 

 そんな過程をフローラは経て、オーサス男爵の誘いを高度な勉学に励めると思い承諾。

 はれて貴族の仲間入り、学園に入学した。

 

 ゲームの説明書に書かれていたのはこんな感じだったはずだ。

 

 色々語ったが、ここで重要なのは彼女の立ち位置にある。

 男爵家の令嬢で元平民。

 

 もしも仮にフローラと僕が結婚したら周りの評価はどうだろう?

 同情はされると思うが、周りの評価はどうだろう?

 僕はなんと言われようが周りの評価を気にする。

 貴族の風習に慣れていないフローラが周りにどんな影響を与える?

 フローラに貴族の令嬢の振る舞いができるか?  

 

 

 貴族の令嬢は幼い頃から教育を受け、貴族としてのあり方を学ぶ。

 しかし、フローラはそんな知識はない。

 

 入学前に多少のことは学ぶかもしれないが、それでも限界がある。

 付け焼き刃が通用するほど貴族社会は甘くない。

 僕はフローラは悪影響しか与える気がしないんだ。

 

 ひどい考えをしていることは自覚している。

 それでも、少しでも将来の不安感は無くしておきたい。

 

 

 こういった理由で考慮し、考えた結果、結論を出した。

 

 

 学園入学前に婚約者作ること。

 僕の生家は伯爵家。

 婚約の話の一つや二つ、そのうち話がくるはずだ。

 

 婚約者がいれば絶対にフローラの件と関わらなくても良い。

 多少関わってもそれが理由で距離を取れる。

  

 これが良い選択かもしれない。

 

 よし、聞ける時に聞いてみよう。

 

 

 

 年相応で普通の成長をする。

 三歳の子供がいきなりこんなことを聞いたらおかしいだろう。

 

 だから、まずは大きくなろう。

 そして、時間をかけて乙女ゲームに備えよう!




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7

決意を改め、一ヶ月が経過した。

 

 僕はある悩みができた。

 

 普段以上に僕は屋敷を彷徨き始め、耳を生かして色々情報収入するために行動した。

 こういった行動は年相応の……はず。屋敷の使用人たちの会話から何かしらの情報を得られる可能性あると思ったからだ。

 

 結果は収穫なし。

 でも、体力をつけるという目的もあるため、別にいいだろう。

 でも、その分僕の面倒を見ているシンが少し大変そうであった。

 

 さて、話は逸れてしまったが、最近の悩みについてだ。

 将来、安定だと思っていたのも束の間であった。

 

 その原因というのが……。

 

「キアン様……何故今日の目安が終わっていないのですか?」

「いやーね……あはは。……申し訳ない」

 

 父上である。

 書斎への出入りを始めてしばらく経ち、ある程度仕事の雰囲気がわかり始めた頃、ふと、僕自身の住んでいる屋敷の内装が気になった。

 

 ここ数日間は父上の書斎に行くことなく、シンと一緒に屋敷の探検をしていた。

 だが、それが原因なのか、仕事の進みが遅くなり、遅れが生じてしまった。

 

 僕がシンを連れ回してしまっているのと、父上が僕が書斎にこなくなってしまったから仕事のやる気低下が要因だ。

 

 前者はともかく後者はどうなのかと思うが、原因は僕だ。

 シンが僕の世話に時間を割いているためだ。

 ただでさえ、父上は僕が書斎にいる時だけは、『頑張るぞ』と呟きながら仕事をし、進みも早いので、いいのだが、僕やシンがいないから一人で仕事をしている。

 

 このままではまずい。

 

 そして現在、たまたま書斎に来たのだが、父上はシンに説教を受けていた。

 

「何故早くご相談してくださらないのですか?まだ、良いですが、これ以上遅れが生じてしまっていたら取り返しがつかなくなっていましたよ」

「……本当に申し訳ない。だが、一つ言いたい。……この仕事量を一人でやるのは限界があって」

「ならなおさら相談してくださいよ!」

「……」

 

 僕は黙って二人のやりとりを見ていた。

 どうすれば良いのか考えている。

 ここ最近僕はシンを連れて行動することが原因。

 今初めて父上の書斎に入ったとき、シンと父上の会話を思い出すと、シンは僕の面倒を見て、仕事の手伝いもしている。

 

 

 ここ最近シンは父上の仕事の手伝いをしていないし、シンはもともと父上の専属執事。父上は過保護らしく最も信用しているシンに僕の世話を頼んでいる。

 

 このままでは僕の行動が制限されるし、仕事が回らない。

 

 だから、僕は思考し、一番の解決策を導き出す。

 

 

 

 よし、僕の専属執事を探そう。

 屋敷を歩き回って候補は一人見つけてある。

 この前、僕のせいで罰を喰らってしまったあの人だ。

 

 そのためにはまずは執事が主人を叱り続けるっていうカオスから脱出しなければならない。

 僕は状況打破のための一言を言った。

 

「ちちうえ!」

「いや、だからわるかった……何かのアレン?」

「む……」

 

 父上は呼んだだけで弱気の声音から一瞬で威厳のある声をし、シンは僕を少し睨む。

 

 父上……もう僕に威厳あるところを見せようとしても手遅れですよ。

 

 それにシン、話の途中で入り込んでしまって悪いけど、その目は子供にしちゃいけないものかと……。

 色々ツッコミどころ満載だが、僕もここにいるのはまずいと思い。

 

「ぼく、ははうえのところいきますね」

「え……」

 

 僕が言ったあと、父上はショックを受けたのかしょぼくれた。

 

「キアン様、私はアレン様をユリアン様の元へ連れて行きますので、作業に取り掛かっていてください。すぐに戻りますので」

「……わかったよ」

 

 あーあ、なんか、僕の発言で父上、落ち込んでしまっているな。

 多分今日仕事捗らなさそうだなぁ。

 しょうがない。一肌脱いでやるか。シンも早く仕事に入りたそうな感じだし、こうなったのは僕が原因だ。

 少しくらい役に立たないと。

 それに、僕はこれから一人で行動したいため、シンが一緒ではまずい。

 

「シン、ぼくひとりでいけるからだいじょうぶだよ!」

「……承知しました。お気をつけて」

「うん」

 

 シンは僕の言葉に少し驚きはしたが、1秒でも仕事を始めたいのか、すぐに了承してくれた。

 あとはしょぼくれている父上に対して。

 これは対処が簡単だ。

 

「ちちうえ!おしごとがんばってください!」

 

 僕は満面な笑顔でそう言って書斎を退室した。

 

 

『シン……早く終わらせようか』

『……はぁ、承知しました』

 

 うん、どうやら大丈夫そうだ。

 父上は単純だ。

 ここ最近扱い方がわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父上の書斎を出て、僕は母上の場所へ向かうことはなく、僕の専属執事候補の元へ向かっていた。

 

 父上の書斎は2階にあるため、階段を降りて1階の隅にある物置小屋へと向かった。

 僕の目的の人物は一ヶ月前、父上の仕事を初めて見学した日にサボりがバレて現在、罰を喰らった人物。

 使用人のウェルだ。

 

 

 サボりがバレてから、ウェルはシンからお叱りを受け、二週間ほど前に罰として物置小屋の掃除するよう言い渡された。

 

 

 ユベール家の屋敷物置は数えていないがわかっている範囲で5部屋以上はある。

 しかも、その一つの部屋の広さは部屋によって違うが、一番広いので縦横約10メートル、高さにして3メートルほどの部屋だ。

 

 そこに使わなくなった家具や骨董品、本などが詰められる。貴族間との付き合いでいただいたものなどを保管するのにそれくらいの部屋がいるらしい。

 

 

 

 そんな部屋の掃除をウェルはまじめに一人でしている。

 しかも、罰を言い渡されたその日からずっとだ。

 この罰は僕が原因でもあるが、逆に僕自身がウェルを認めた要因でもある。

 

 

 

 倉庫は基本掃除は半年に一回で現在、ウェルはシンから言い渡されて一人で掃除をしている。

 でも、これはウェルにとっては少しかわいそうだが、罰としてはぴったりなのだろう。

 もともと掃除中のサボりで罰を喰らうことになったウェル。

 埃まみれの広い倉庫を一人で掃除するには負担が大きすぎる。

 普通の人なら途中で折れてしまうほどだ。

 

 でも、ウェルは文句を言いながらも未だに続けているのだ。

 

 まじめで責任感が強い。

 

 これはどこの領にもあることなのだが、平民が通うための学校が存在する。

 日本で言う義務教育のようなものだ。6歳から成人の15歳までの平民の子供は通わなければいけない。

 

 

 優秀な成績を収めている生徒は領主に報告がいく。

 

 優秀な生徒にはそれ相応の就職先がある。例えば優秀さを買われて商会で働く者、直接領主の屋敷の使用人に雇われるもの。

 勉強を頑張り、優秀な成績を収めればそれ相応の未来があるのだ。

 

 ウェルもそのうちの一人で、学生時代の優秀さを買われ雇われていて、シン自身の評価も高い。

 

 だからこそ専属にしたいと思った。

 

 それに、もう一つ目的があるとすれば、僕が素で接することのできる人が欲しい。

 あまり人を信用しすぎるのはいけないと思うが、話せる範囲で、僕自身が行動しやすいように立ち振る舞いができるよう、それを支えてくれる人物が必要だと思った。

 ぶっちゃけ幼い子供の演技を続けるのが我慢できない。

 

 

『はぁ………』

「お、いた」

 

 父上の書斎を出て移動すること五分、目的の人物のため息を発見。

 

「さて……引き受けてくれるかな?」

 

 僕は深呼吸し、部屋をノックした。

 

 



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8

「はぁ……いつ終わるんだろう?」

 

 ウェルは一人呟きながら上司のシンから先日の失態で言い渡された物置の掃除をしていた。

 

 その部屋は壁一帯はクリーム色、出入り口正面から見てすぐ右の壁に窓が設置されてそこから光が差し込んでいるだけ。部屋の中は薄暗い。その部屋には年代までは不明だが、骨董品が多く詰めて置かれてして、大きな黒い布が被せられていた。

 定期的に掃除はされているとはいえ、その

布も叩けば埃が舞うほど。

 本来ならば、物置部屋を掃除する際は5、6人で掃除をするものだ。

  

 

 ウェルはそんな部屋を罰を言い渡された日からサボらずに掃除を続けている。

 こうなってしまったのはサボったのが原因だ。

 自分の犯したミスは行動で取り返すしかない。

 

 上司のシンから3部屋やるように言い渡された後もウェルはため息をつきながらも掃除し続けた。

 

 

 

トントン!

「……はい!」

 

 ふと、扉からノック音が聞こえたため、慌てて返事し、カチャッと急いでドアを開けた。

 

「……あれ?」

 

 勢いよくドアを開けたものの、あたりを見渡すと誰もいない。

 悪戯か?それとも気のせいか?そう疑問を浮かべつつ、ウェルは掃除に戻ろうとすると。

 

「うぇる……どうも」

「……あえ!!」

 

 いきなり足元から声がしたのでウェルは驚き声を上げた。

 そこには、仕えているこの屋敷の主人、キアン=ユベールの息子のアレンがいたのだ。

 

「あ、アレン様……どうかされたのですか?」

「うん。ウェルとはなしがしたくてきたの。はいるねー」

「ちょっ……チッ」

 

 ウェルはいきなりのことで困惑するも、それと同時に舌打ちをした。

 もしも他の人にこの場を見られたらどう思われるだろうか?

 アレンの行動に自然と焦りと苛立ちが増した。

 アレンはウェルの心情を無視し、勝手に入室しあたりを見渡し、話し始めた。

 

「……すごいね。もうこんなにきれいになってるよ」

「……ありがとうございます。……アレン様、ここは埃も待っており、汚れもあります。せっかくのお召し物が汚れてしまいますよ」

 

 ウェルはアレンに早く出ていけよと心では思いつつ、遠回しに伝えようとする。

 ウェル自身も3歳の子供相手に何を言ってるんだろうとため息をしつつ、どう言えば伝わるのだろうと考え始めた。

 

 だが、その思考はすぐに焦りから困惑へ変わる。

 それはアレンの言葉を聞いてからだ。

 

「そんなに焦らなくてもいいよウェル。僕は君に提案しに来たんだ。……何、そんなに悪い話じゃない。もちろんその話を受けるかどうかは君次第だよ」

「…………はい?」

 

 ウェルは今目の前の現状を理解できなかった。

 ウェルの目の前の3歳児で物心すらついていないはずのアレンが発するような言葉ではなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はい?」

 

 僕の言葉にウェルは困惑をしていた。

 

 まぁ、それもそうだろう。まだ、もの心ついて間もない子供がこんなハキハキと話したら誰だってこんな反応を示すだろう。

 でも、僕には時間がない。

 早く母上の所へ向かわなければいけないし、今日は要件だけ伝えにきたのだ。

 

 そうしなければ話が進まない。

 僕が入室した後、ウェルの苛立ちは増した。

 てか舌打ちするとかひどくないか?

 しょうがないか。今の状況では流石にその態度を取ってもおかしくない。

 僕の耳じゃなかったらその舌打ちは聞こえないよ。

 ウェルも早くこの状況を終わらせたいだろうし早く要件を済ませてしまおう。

 

「驚かせてすまない。念のため先に言っておくけど、ここでの会話は僕とウェルの秘密で頼む。……今まで隠してきたのが意味がなくなるからね」

「………隠してきた……ですか?」

「ああ」

 

 ウェルは困惑から緊張した表情となる。

 ちょっと厨二病みたいだが、あまり長居はできない。要件だけ言って早く去ろう。

 

「まず、用件だけ先に言うと、ウェルには僕の専属になってもらいたいんだ」

「?!お、私にですか……何故?」

 

 僕はウェルには要件だけ先に伝える。ウェル驚き質問してくる。

 

「ウェルが最も適任だと思ったからだよ。まじめで責任感がある。それに頭も切れると聞いた。学生時代も優秀だったとシンから聞いた。将来、僕が伯爵を継いだ時にサポートできる能力を持つ人を探していたんだ。そこで君にお願いしたいと思ったんだ」

「何故私なのですか?もっと適任な人間はいると思いますが」

「いや、ウェル以上の適任はいないよ。ウェル……君のここ数日の行動を見ていたけど、君は本当にまじめで責任感が強いと確信を持てた。そう言った点から適していると思った」

「……はあ」

 

 ウェルは僕に警戒を向けながら返答をする。

 ここまでの要件はあくまで理由の半分くらい。

 今の雰囲気からすると、まだ了承はもらえなさそうだ。

 ま、もちろん受け入れてもらえるようなネタはあるから慌ててはいないが。

 とりあえず残りの半分の事情を説明しよう。

 

「それは理由の半分だよ。一番の理由は僕自身が屋敷で自由に行動するために協力をしてもらいたいんだ。このまま普通を演じて無難に生きることを目的にしてたんだけど、事情が変わってね。行動を起こそうと思ったんだ。だけど、僕はあまり目立つ行動はしたくないから年相応を演じたい。そこで協力者が必要なんだ」

「……そんなこと私に言ってよかったのですか?」

「その確認をしている時点で君は吹聴したりしないんじゃない?それに、ほかの人に伝えたとして信じると思うかい?」

「……確かに」

 

 爪を隠すだの目的のための行動だの、確かに間違ってはいないんだが、乙女ゲームが関わるからと正直に言えない。

 でも、こう答えるのが今の状況からしたら普通だな……多分。

 もう訳は説明終わったし、あとはウェルの家庭の事情を持ち込んで了承してくれるといいんだけど。

 

「もしも、僕の専属になってくれたら今の給料は倍近くになると思う。そうすればもっと家族に裕福な暮らしをさせられるんじゃないかな?この条件は君にとっても悪くないと思うんだ」

 

 家庭の事情を持ち込まれたことにより、ウェルは驚きの表情をした。

 ウェルは体の弱い母と歳の離れた妹がいる。少しでも楽な生活をさせたいならば僕からの提案は好条件。そう言った理由や僕についての疑問、困惑を隠せないでいるのか、ウェルは少し黙り込んでしまった。

 また、ウェルの家族の事情を利用するのは流石に卑怯かと思ったけど、今回は許して欲しい。

 僕自身も本性晒したからここで断られては困るのだ。

 

「……少し、考える時間をいただけないでしょうか」

「一週間でいいかな?」

「それで大丈夫です」

「わかったよ。来週来るから、その時に返答お願い」

「…わかりました」

 

 何か思うことがあるのだろうか?

 ウェルは考える時間が欲しいと言った。

 僕は別に返事を急いでいるわけではないため、その場で了承。そのまま母上がいる客間へと向かった。

 

 

 




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9

投稿ミスして9話飛ばしてました。

申し訳ありません。


 ウェルとの会話から一週間が経過した。

 

 父上の仕事は軌道修正され、波に乗っていた。おそらく僕の最後の一言のおかげかな?

 とにかく、父上はシンのおかげもあり、仕事は順調に進んでいる。

 

 いやぁ、最初はどうなるかと思ったが、これでユベール家は安泰だ。

 

 将来の不安感もなくなったし、そろそろ一週間経つ。

 

 ウェルはいい返事くれるだろうか?

 

 ここ一週間、僕のお世話係は母上が担当してくれた。

 常に行動を共にしているわけだが、内容としては母上と読書したり、縫い物している母上を見たり、何か作ったり、あとは散歩くらいだ。

 

 話をする中で一週間をかけて、父上とシンの関係を聞いた。

 そしたら、母上から「シンは専属執事なのよー」なんて、言葉を聞いた。そして僕は「ぼくもせんぞくひつじほしい!」と少しわがままを連呼し続けた。

 もちろんわざとだ。「しつじ」を「ひつじ」と呼ぶのは多分年相応だと思う。

 

「アレン、今日はどこへ行きたいの?」

「こっちー」

「あらあら、元気ねー。ひつじさんは見つかるかしらねー?」

 

 今日も僕はウェルがいる物置部屋を避けて屋敷をまわる。母上は僕が専属執事を探すと言ってから、屋敷の廊下を歩く時、必ず言ってくる。

 だが、これは必要な過程で、作戦の一環だ。

 

 一応作戦のシナリオとしては専属執事が欲しい子供が屋敷を移動する。

 屋敷を回っているとき、たまたま物置小屋に行き、ウェルを発見する。

 今日はウェルとの約束の一週間。

 もしも、それで了承してくれるのなら、僕の我儘を発動させ、母上に了承してもらうながれだ。

 

 偶然を装うこの作戦、我ながら良いと思う。

 

 一応、専属執事の返答はできたら母上のいるところでしてもらいたい。

 承認てほどではないが、父上は母上には逆らえない。だから、この後の流れはウェルに返答を聞いてからもしも良い返事をもらえたら母上の前で「このひとぼくのひつじにする!」と宣言するのだ。

 

 僕はそう考えながらも母上と会話をしながら移動する。

 そして、物置小屋の近くに来ると僕は今できる限りの速度で全力疾走した。

 

 

「こっちはじめてきた!ははうえいこ!」

「ちょ、ちょっとアレン!どこ行くの!待ってってば!」

 

 僕は好奇心旺盛な子供を装い、全力で走る。

 普通大人と子供ならばすぐに追いつかれてしまうだろう。

 たが、母上は青を基調にしたドレスを着おり、走りづらいのか、出せる範囲の速さで歩いて僕の後を追ってくる

 

 僕はウェルと話をするため、時間を稼がなければいけないため、物置小屋へ着くと、勢いよくドアを開ける。

 

ガチャ!

「え!?」

 

 入った瞬間驚きの声を上げた。

 その人物は僕の目的であったウェルだ。

 

 ウェル掃除中だったのか?

 

「……すごい」

 

 僕は部屋の見渡して驚いた。

 汚いはずの物置部屋は一週間前とは比べられないくらい綺麗になっていたのだ。

 ……は!部屋に感心している場合じゃない!母上が来る前に返答を聞かなくては!

 

「ウェル……すごいね綺麗な部屋だね。見違えたよ。……本来ならもう少しこのことを言うべきなんだけど、今は時間がない。……返答を聞かせてもらえるかな?」

「どうしたんですか?そんなにお急ぎで……」

「それで、答えは?」

「……わかりました」

 

 僕はウェルに急かさせてしまったことを謝罪しながら言った。

 ウェルは戸惑いながらも僕の質問を聞くと姿勢を正し、左手を腹部にあて、右手は後ろに下げ、一例をした。

 

「アレン様のお誘い、喜んでお受けします」

 

 ウェルはそう一言了承した。

 あれ?なんか少し凛々しくなった?

 ウェルはこの一週間で変わったような気がした。

 前は少しはっきりしないような雰囲気はあったが、今は自信に満ちている、そんな印象だった。

 何かあったのか?僕は気になり聞いてみる。

 

「随分雰囲気が変わったけどなにかーー」

「ちょっとアレン!何やってるの?」

「あ……」

 

 僕が何かを聞こうとしたら、母上が少し息を切らしながら入室してきた。

 もう少しかかると思っていたが、どうやら走ってきたらしい。

 淑女なら走るなんてみっともないとか言いそうな母上にしては珍しいな。

 ……それほど僕のことが心配だと思ってくれているのかな?

 ……まぁ、姿を見失えば焦るか。

 あははは。僕は一体どれだけ人に迷惑をかけるのだろう?

 

「「……」」

 

 母上が入ってきた後、ウェルと母上はお互いを無言で見ていた。

 あ、多分状況整理できてないなこの二人。

 ま、そうか。

 物置部屋に入ってきたばかりで理由が分からずウェルがいたから。

 そして、ウェルはきっと僕一人でくると思っていたのか、いきなり母上が入ってきたことに混乱している。

 この状況を招いてしまったのは僕の責任か。とりあえず役者は揃った。ここで宣言してしまおう!

 

 

「ははうえ、ぼく……きめました」

「……え、なにをかしら?」

 

 僕の発言に母上は一瞬はっとなり、意識を僕へ向けた。

 そして、僕はウェルには近づきこう言った。

 

「ぼく、このひとひつじにしたいです!」

「はぁ……」

「はい?」

 

 僕の発言に二人は別々の反応をした。

 母上はこめかみに手を置いてため息を。ウェルは先ほどの僕の言動に対して疑問符をあげる。

 

「えっと……あなた、名前は?」

「は、はい!奥方様、私はウェルと申します」

「そうですか……ウェル」

 

 

 母上は状況整理をし始めた。ウェルという名前を聞いて刹那思考し、話し始める。

 

「ウェル、あなたはここで何をしていたのですか?」

「はい。シン様の指示で 物置部屋の清掃をしておりました」

「ここの……」

 

 そう言いながら母上は部屋を見渡す。

 

「ここを……ウェル一人でしたのですか?」

「……はい」

 

 母上はそう質問をし、戸惑いながらもウェルは返答をする。

 

「……ウェル、この件はほかの者に確認をしても問題ありませんか?」

「はい。大丈夫です」

「わかりました。……アレン」

「……なんですか?」

 

 母上はウェルに再度確認を入れて、少し考え込み、話の矛先を僕へと向ける。

 

 僕は一瞬返答が遅れてしまったものの、すぐに返答し、母上の話を待つ。

 

「何故、ウェルをひつじさんにしたいのですか?」

 

 その質問はとても真剣な表情だった。

 いや、その表情は5歳児に向けるようなものじゃないと思うんだけど……。

 いや、別にいいんだけど、急に理由と言われても困る。特に考えてなかったけど、強いて言うなら……。

 

「ウェルじゃなきゃだめなんです!」

 

 5歳児の僕が言える理由は本音だけ。

 事実は言えないが僕がウェルを専属執事にしたいのはそれが主だ。ウェルの先ほどの僕に返答をした時の態度。

 ウェルは本当に努力家だと思う。

 

 ウェルとは付き合いはまだ数日だが、人柄は好きだ。

 信用に足る人物だろう。

 

『はぁ……これも血筋なのかしら。……キアンにも可能な限り自由にさせるように言われているし……はぁ』

 

 僕の言動に対してのかは不明だが、母上はそう呟きながら、ため息をし、どこか納得した雰囲気をしていた。

 

「アレン……この件、少し考える時間を頂戴。……あ、ウェル、勝手に話を進めて申し訳ないのだけど、アレンもこの通りあなたを気に入ったようなのよ。できたら引き受けてくれるの嬉しいのだけど?」

「……専属の件、私はお受けしたいと思っております」

「そう、ありがとう。……この件は追って連絡します。今日は仕事に戻りなさい」

「承知しました」

 

 専属の件は一時的に保留となった。

 でも、母上のあの呟きや態度からいい方に話が進んでくれることを願うだけだな。

 

 

 

 それから次の日、母上はシンや周りの使用人にウェルの言ったことが真実であるのかどうかを確認後、真実だと分かると、正式にウェルを僕の専属執事にすることが決定した。

 

 ただ、始めは父上が反対をしたものの、母上と二人でお話し、震えながら了承した。

 

 もちろん僕はどのような内容で話し合いを聞いたのだが、母上は怖すぎることだけが印象に残った。

 

 そして、僕は決めた。

 

 もしも、婚約者できたら父上のように尻に敷かれないように頑張ろうと。

 

 あ、そういえばウェルはなんで一週間も考える時間が欲しかったんだろう?それに何故掃除をやり切ったんだ?

 ま、こういうのは直接聞いた方がいいか。

 

「そういえばウェル」

「なんですか?」

「ウェルは僕が専属執事について話、いつ決めたんだ?」

「いつと聞かれましても……。誘われた時に決めましたよ。やっぱり、アレン様に言われた内容はとても魅力的でしたから」

「え?……なら一週間も必要ないじゃん。なんで?」

「そうですね。……強いて理由を言うならば、ケジメをつけるためですね」

「ケジメ?」

「はい。任された仕事を達成できないようじゃ、アレン様の専属には相応しくないと思ったからです」

「なるほど」

 

 ウェルを専属執事にできてよかったと改めて実感した。

 ウェルとは長い付き合いになりそうだし、少しずつ信頼関係を築いていこうかな。あと、早めに仕事を覚えてもらうために、父上とシンの仕事を手伝ってもらおう。そして、将来、僕が家を継いだ時、支えになってもらおう!

 



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10

転生して年月が経ち、気づけば10歳になっていた。

 僕はこの世界が乙女ゲームの世界だとわかってから、目立たずに努力を重ねた。

 

 今思うと、ウェルに本性を曝け出して、専属にしたのは正解であった。

 ウェルは本当に有能な人材であった。

 僕の専属になってからというもの、その立場に相応しくなるために努力を重ねた。

 

 もともと才能に恵まれていてそれに加えて努力。

 その結果、ウェルはシンの代わりになるべく、教育係も兼任することになり、父上の仕事の手伝いをしてもらったため、今では僕がいる時、忙しい時限定で手伝っている。

 

 

 

 僕は6歳……物心がついたと思われた時期からウェルによる教育が始まった。

 読み書きから算術、歴史など基本的な教養を学び始めた。

 

 勉強に関しては前世があるため、そこまで苦労はしなかった。そのおかげか、本来なら長い時間をかけて学ぶはずの範囲を終わらせている。

 

 ただ、ウェルは僕自身があまり目立ちたくないことは伝えているので、教養の進捗については父上に虚偽報告をしてもらって、順調に学んでいることになっている。

 

 全てが円滑に進んでいた……僕はそう思っていたのだが、最近になってある悩みができた。

 

 それは……。

 

「ウェル……僕にはいつになったら婚約者ができるんだ?」

 

 これだ。

 今、ウェルと勉強中ということにしての自室にこもっている。

 ウェルは部屋の端で椅子に座り本を読み、僕は針を片手に刺繍をしていた。

 

「……なんですか唐突に?」

 

 そんな質問にウェルは対して本を閉じ、視線を僕に向ける。

 

「いや、唐突でもないんじゃないと思うんだ。僕も10歳になったんだよ。縁談の一つもないのはおかしいと思うんだ」

「……いや、おかしいのはアレン様のその考えかと」

 

 いや、その返答おかしくないか。

 僕の考えがおかしい?意味がわからない。それと、ウェル……自分の主人に対してその態度はないんじゃないか?

 

「ウェル……流石に今のは失礼じゃないか?」

「いや、フランクに接するように言ったのはアレン様じゃないですか。それに今更ですよ」

「それはそうだけどね。僕が言いたいのは僕の考えがおかしいと言う部分だよ。もう少し遠回しに言うとかできないの?」

「……では、こういえばいいですか?失礼ながらアレン様のその考えは世間の常識から多少、乖離している部分が複数ございます。まず一つ目ですがーー」

「あーいや。面倒くさい。もういいから」

「なら初めから言わなければいいのに」

 

 ウェルはため息をしながら文句を言う。

 ウェルは僕に対してフランクに接してくれている。

 雑だと言ってしまえばそれまでだが、まあいい。これは一つの信頼なのだと思っておこう。もともと僕から言い始めたことだし。

 僕自身も気を遣わないで接することができるため、本気で咎めたことはない。

 

 少し話が本筋から逸れてしまったため、話を戻そう。

 

「はぁ……もういいや。一応話戻すけど、さっきウェルが言った僕の考えがおかしいとは言ったけど、どう言うこと?」

「……その前に一つ聞きますが、何故時代遅れの婚約の話が出てきたのですか?」

「時代遅れ?なんのこと?」

 

 僕の発言にウェルは呆れた目で僕を見ていた。

 だめだ。ウェルが言っている内容がわからない。

 婚約が時代遅れだなんてあるはずがない。これは僕自身が調べたからだ。

 父上の書斎から貴族についての本を借りて読んだから間違いないはずだ。

 

「いや、そんな呆れた表情しないでよ。本当に意味がわからないんだよ。ちゃんと本で読んだし」

「……いや、そんな本ないはずですが……。ちなみになんと言う本を読んだのですか?」

「何って、これだけど」

 

 僕は父上から借りた、赤い古びた本をウェルには見せた。

 

「はぁーー。何読んでるんですか全く。アレン様って頭いいのか悪いのか分かりませんよね」

「いや、流石にその発言はおかしくないかい?流石の僕も怒るよ」

 

 ウェルはこめかみに手を乗せため息をした。

 僕はすぐにウェルを咎める。流石の僕も許容できる範囲があるので、一応咎めたのだが、何故かウェルはさらに大きなため息をついた。

 

「いや、さっきからどう言うことなんだい?言わないとわからないよ」

「……では、今アレン様が持っている本のタイトルを言ってみてください。それと出版期日も」

「……わかったよ」

 

 僕はウェルの言われるがまま、持っている本の名前と出版期日を言う。

 

「タイトルは《古の貴族の在り方》出版期日は……あれ?」

 

 ……見間違いかな?

 何故か今の時代の30年ほど前になってる。

 

「今から30年も前になってる」

「そんな昔の本、一体どこから持ってきたのですか?」

「どこって……父上の書斎だけど」

「……なるほど。納得しました」

 

 いや、一人で納得されても困るんだけど。

 

「キアン様の書斎にある本は全て古書ですよ。年代は別でも、今では出版されてない珍しい本が多々あります。……もしかして勝手に持ち出したのですか?」

「まぁ……うん」

「アレン様はご存じないかもしれませんが、キアン様は珍しい本を集める習慣があります。そのアレン様の持っている本もその一冊。黙って持っていかれるのはキアン様が困ると思いますよ」

「……申し訳ない」

 

 執事に怒られる主人ってなんか父上とシンの関係のような。ウェル、シンに似てきた?

 

「この本は俺が戻しておきますね」

「……すまないね」

「いえいえ、これも仕事のうちですから」

 

 そう言ってウェルは僕から本を受け取り、部屋を出ようとする。

 今から戻しに行ってくれるのか……本当にウェルは働き者だなぁ。

 

「すぐに戻りますね」

「ありがとう……いや待って!」

「なんですか?」

 

 

 危ない。

 まだ、重要なことを聞いてなかった。

 ウェルは足を止め、振り返る。

 

「いや、まだ僕の質問に答えてもらうまでないんだけど」

「戻ってからではダメですか?」

「解説は後ででいいから結論だけでも言ってほしいかな」

 

 せめてこのモヤモヤは解決しておきたい。僕の考えが古いってどう言うことだよ。

 

「今の時代、恋愛結婚が主流なんですよ。家同士の政略の婚約なんて考えは行き遅れたもの同士で行うことになります。まぁ、家によっては事情によって婚約する家はあるそうですが……。まだ、学生でもないのに婚約とかそういう考えは今の時代古いんですよ」

「……そ、そうなんだ」

 

 ウェルはそう言って退室した。

 

 婚約の考えが古いとか意味わからん。

 なんか考えずれているな。

 

 だめだ。意味がわからない。

 とりあえず帰ってきたらウェルに解説をお願いしよう。




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11

 時代が進めば価値観も変わる。

 

 「夢ファン」の舞台である国……グラディオン王国においての恋愛価値観は僕の考えていた貴族の考えは古い。

 

 この時代の恋愛の基準は恋愛結婚にあるらしい。

 価値観が変わり始めたのは現在のグラディオン国王が即位した30年ほど前から。

 理由は現王は王妃と恋愛を経て結婚に至り、それから国王は恋愛結婚の素晴らしさを世に広め始めたそうだ。

 

 当初はそのような考えは広まらず、恋愛結婚するのはごく少数の貴族だけであった。しかし、恋愛を経て結婚に至った夫婦は仲が良く、子沢山に恵まれた。

 

 貴族とは子孫を残すことも義務の一つ。

 国王の始めた恋愛結婚の思想は始めは流行しなかったものの、年月が進むにつれて徐々に増加していった。

 そして現在、恋愛結婚の文化は今では当たり前になった。

 

 恋愛の場は成人した貴族の子息が通うことになる「夢ファン」の舞台であるハルム学園が主な舞台となる。

 恋愛結婚と言っても、ゼロからのスタートではない。

 親同士で昔から交流会があり、完全な赤の他人スタートではない。

 一部事情により婚約が済んでいたりする子息、子女がいるパターンもあるようだが、学園に入る貴族の子息子女は殆どがフリーな状態。

 それは本当に大丈夫なのかと思ったのだが、行き遅れた人(婚約できなかった人たち)同士での婚約の場も用意されると聞いた。

 

 これらの説明をウェルから聞いたのだが、僕はある一つの結論に至った。

 この世界は乙女ゲーム。

 ゲームの強制力があるのか、設定を遵守するためにこのような文化が生まれたのだろう。

 

 だが、この件は深く気にしない方がいいかもしれないな。

 もう埒が明かない。

 

 

「なるほどね。大体わかったよ。ありがとうウェル」

「まさか、アレン様がこのことをご存じなかったとは知りませんでした。キアン様やユリアン様から聞いていないのですか?」

「あー。そういえばそんな話してたようなしてなかったような」

「何やってんですか……恥かくところでしたよ。アレン様が」

「あはは」

 

 そういえば婚約云々の話は一度もなかったような。

 ……もしかして、ウェルがもう教えるからいいとか思われたのか?

 うん。多分そうだ。きっとそうだ。

 

 本当にウェル様々だな!

 僕は考えを放棄した。

 

 

「ウェル……これからも何かあったら指摘してほしい。君だけが頼りだ」

「……承りました」

 

 こうして、婚約の件は解決したのだった。

 僕は疑問がスッキリしたため、再び刺繍の作業を開始した。

 

「……そういえば先ほどからアレン様は何をしているのですか?」

「何って……この前庭で見かけた青い鳥の刺繍だけど」

「……今度は刺繍ですか。それにしても無駄にクオリティ高いですね」

「無駄は余計だよ。それになんだよその微妙な言い方は」

「絵画、縫い物、木彫りに続いて今度は刺繍ですか」

 

 ウェルは僕の手元を見ながらそういった。

 なんか含みがあるいいかなだなぁ。

 

「別に僕が隙間時間に何しようが別にいいでしょ?しっかりとやらなければいけない目安も毎日しているし」

「いや、別に俺は文句はありませんよ。ただ、アレン様は決まった趣味を持たれないと思っただけで」

「あぁ。そういうことか」

 

 僕は手先がとても器用だ。

 繊細な技術が必要なことは大抵できるので、さまざまなことをしている。

 先ほどウェルが言ったことはなんとなく興味を持って始めたのだが、思っていた以上に才能があったらしく、僕の作業を見かけたウェルから褒められることがある。

 

「一応これは趣味の段階だからね。今やってる刺繍に関してもこれ完成したらもうやらないかもしれないね。流石に飽きてきたし」

 

 まぁ、興味を示したものは大体やろうとは思う。あくまでこれは暇つぶしだからだ。

 

「やるべきことをやるのでしたら特に俺は何も言いませんよ」

 

 ウェルはそう言いながら先ほど座っていた椅子に戻り本を読み始めた。

 ただ、僕から離れる際、『才能の無駄遣い』と呟いていたのはなんのことだろうか?

 

 僕は少し疑問に思うも、気にせずに刺繍を開始した。

 

 

 

 だって、やることないからしょうがないじゃないか。

 僕友達いないんだもん。

 でも、もうすぐ僕にとってもはじめての貴族デビューであるお披露目会がある。

 

 ああ、楽しみだ。

 友人たくさん作りたいな!



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12

『あいつが公爵様を怒らせたやつか』

『ユベール伯爵閣下もあのような子供が嫡男とは……』

『先ほどのアレイシア嬢の表情見たか?……なんとも可哀想であったな』

 

 

 大人たちは小声で僕には対する悪口を言っている。

 やばい……心がズキズキ痛む。

 

 僕は生まれて備わっているこの能力について、今まで後悔したことはなかった。

 むしろ喜ばしいと思っていた。

 魔法の存在しないこの世界において、僕はこれを転生特典だと思っていたし、助けられたことも多かった。

 だが、この日だけは自分の耳の良さを憎んだことはない。

 

『ねぇ、なんであの子に声かけちゃダメなの?』

『知らないよ。お父様とお母様が絶対に仲良くしちゃいけないって言われたんだよ』

『……なんか可哀想だね』

『一人ぼっちだねあの子』

 

 所々から聞こえる子供たちからの純粋で悪気のない悪口。

 ぼっちなんで言葉誰が教えたのやら……。

 

 耳が良くなければこんなことにはならなかった。

 

「馬車の時はあんなにも楽しみだったのになんでこうなってしまった……」

 

 

 入った時、一番に驚いたのは天井にあった大きなシャンデリアだったっけ。

 

 パーティーホールに入った後、周囲に沢山のご馳走……後で美味しく新しくできた友達と食べるつもりでいたのに、もうそんな雰囲気じゃないわ。

 

「父上は大丈夫かなぁ……」

 

 僕はパーティホールで一人でポツンと過ごしている。

 なんでこうなってしまったのか。

 それは時は数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラディオン王国の貴族は10歳になった子息子女に王国で開催されるお披露目会に参加する義務がある。

 交流を図り、親交を深めることを目的とされている。

 僕自身も将来は伯爵家を継ぐことになる。

 ハルム学園にも通うことになるだろうし、出来るだけ信用できる友人と、貴族間で付き合いができるような人脈作成が今回の目的。

 人脈作成は無理でも世間話できるくらいは仲良くなることが最低条件。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 空は快晴、たまに吹く風が心地よい天気のまさにお出かけにはピッタリだというこの日に、街道を走る馬車から外を眺めている。

 

 僕は今、はじめての貴族の義務を果たすべくユベール伯爵領からグラディオン王国へと向かっている。

 僕は期待を胸に二日ほどかけて王都に馬車で向かった。

 

 

 

 

 

 

 王都についたのお披露目会の一週間ほど前に着いた。

 これでも遅いくらいで早い人で一ヶ月前に来ている人もいるらしい。

 

 父上も当初はそのくらいに向かおうとしていたらしいのだが、母上のわがままにより、そのくらいになった。

 グラディオン王国貴族は王都に自前の屋敷を持っている。

 それは、貴族で位の低い男爵の貴族も所有している。

 

 貴族の仕事は多岐にわたるが、大きく分けるとしたら自分の領統治と国の統治に関わることだろう。

 仕事をするため、貴族にとって自分の屋敷は必須なのだ。

 

 少し話は逸れたが、では何故母上のわがままで開始一週間前の到着になってしまったか。

 理由は至って単純、母上が貴族同士の付き合いを面倒くさがっていたからだ。

 母上は貴族間の婦人会を面倒くさがっていた。

 

 僕が生まれる前は毎年王都を行き来して参加していたらしいが僕が生まれたことを言い訳にサボっていたらしい。

 

 それはどうなのかと言いたくなったが、母上が「アレンが大きくなったからこれからは前のように参加しなければいけないわね」と父上に愚痴っていたので、また参加するようになるらしい。

 

 王都にいたら嫌でも参加しなければいけない。

 それでも、最後に少し束の間の休暇を楽しみたいとわがままで王都到着が一週間前とギリギリにさせた。

 僕は意外な母上の一面に驚いた反面、こういう一面を知れて嬉しいと思った。

 

 ま、こういうところは父上たちの問題なので、僕には関係ないかな。

 

 僕も王都についてから貴族間の付き合いに参加すると思ったのだが、僕のデビューはお披露目会にするのが伝統らしい。

 だから、僕はお披露目会当日まで、ウェルと王都散策で時間を潰すことになった。

 

 なったのだが……。

 

「だめだ…………頭が痛い」

「大丈夫ですか?……これ飲み物です」

「ありがとう」

 

 現在、お披露目会6日前。

 僕はウェルと共に王都散策をしていたのだが、お忍びで市街地に出て一時間ほど時間が経ち、限界が来てしまった。

 理由は人に酔った……というよりも耳が痛すぎる。

 

 僕は生まれつき耳がよく、大体の人の会話は拾ってしまう。

 生まれて数年間はこの屋敷内だけで会話するのにも違和感があり、慣れるまでが大変であった。

 

 今までは屋敷だから話をする人間も家族を除けば使用人だけ。

 それでも慣れるまで数年なら時間を有したのに、人混みになったらどうだろうか。

 

 鼓膜は破れはしないが耳が痛くなり、頭痛がするようになってしまった。

 

「人混みに酔ったんですね。アレン様は今まで市街地に出たことありませんでしたし、人が多いのははじめてだったんですね。……このままではお披露目会に影響が出る恐れがありますし、帰りますか?」

「……そうしようかな」

 

 不覚だった。

 まさか、こんなことになるなんて思わなかったな。

 ……でも、今後のことを考えると経験できてよかったかもしれない。

 市街地を歩けないなんて、今後支障になりうるかもしれない。

 それにお披露目会も結構な人数いるかもしれないし、また頭痛くなるかもしれない。

 これは……早く慣れなくては。

 この日戦略的撤退ということで僕は屋敷へ帰宅した。

 

 僕はお披露目会の前日までウェルと共に市街地に通い続け、1時間ほどで限界が来たら帰宅するというウェルにとっては迷惑極まりない行動を続けた。

 

 そして時は流れお披露目会当日となった。




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13

「アレン、準備は大丈夫かしら?」

「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。挨拶回りには僕もユリアンもいるしね。それに多少のミスは許されるし僕たちフォローに入るから安心して」

「……とても心強いです」

 

 僕は今、父上の母上と共にお披露目会の会場にいる。

 会場には馬車を使い向かった。

 

 王宮に着くと、騎士と思わしい鎧を着ている男が数人いて、案内をしていた。

 荷物検査から危険物の持ち込みをしていないかのボディーチェックをしていた。

 

 ただ、僕たちを対応するにあたって、兵士の方々はすごく緊張していた。

 失礼がないよう、粗相をしないようにと思っていたのだろう。

 鼓動が早く、危うくこっちまで緊張してしまった。

 

 ただ、僕はそんな兵士の人たちに対して、「いつもお疲れ様です」と言ったら笑って「ありがとうございます」と返してくれた。

 

 本心からの言葉でも社交辞令だと思われたと思うが僕にできたのはこれだけであった。

 その後は王宮に務める使用人に案内をされ、パーティ会場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に足を踏み入れると、一番に目に入ったのは会場中央の天井に設置されているシャンデリアだった。

 金と銀を基調とした色とりどりの宝石が付いている……とても綺麗だ。

 周囲には使用人たちが待機していて、会場の端にはご馳走が並べられていた。

 

「アレン、なにをそんなに……あ、料理!…食いしん坊さんなんだから」

「すいません」

「大丈夫よ。……でも、食事は後でね」

「はい」

 

 少し周りを見すぎたかな?

 母上にキョロキョロしすぎてしまっていたのか、指摘されてしまった。

 

 でも、子供ははじめて見る光景に目を奪われてしまうのは年相応の行動だと思う。

 精神年齢三十路くらいだが、言い訳をさせてほしい。

 こんなの普通のヨーロッパではあるまいし、日本ではまず見れない光景だろう。

 だからしょうがない。

 

 でも、指摘されてしまったからには同じことはしない方が良い。

 なので、僕は興味がそそられるものが多い中、見るのは最低限に我慢して父上たちついていく。

 

 会場にはもうすでに招待された人たちが集まっていた。

 子供は見た感じ30人前後かな?

 大人も合わせると人数は100人ほどか。

 

『『『すーはーすーはー』』』

『『『ドクン…ドクン…ドクン』』』

 

 それにしてもみんな緊張しているのかな。近くに通りかかった子供の心拍が少し早かったし、ところどころで深呼吸が聞こえた。

 

 会場は少しガヤガヤしていた。

 ……僕友達作れるのかな?早く行動開始したほうがいいかもな。

 でも、一応今日の流れだけは把握しておこう。本来なら事前に確認しておくものだが、忘れていた。

 

「父上、今日のお披露目会の開始まで時間がありますが、なにをするのですか?」

「うーん。アレンには少し難しいかもしれないけど聞きたいかい?」

 

 おそらく10歳の子供に話してもしょうがないと思ったのだろう。

 

「お願いします」

「そうだね。まずは挨拶周りかな」

「挨拶……ですか」

「そう。まずは式が始まる前に上流貴族の方々に挨拶を済ませておく必要があるんだよ」

「なら、もっと早く来なきゃダメだったんじゃ……」

 

 は、と気づいた時には遅かった。

 ついつい驚き素で返してしまった。

 現在、お披露目会が始まる一時間ほど前。

 全て挨拶を回るには無理だろう。

 だが、この疑問は母上が答えてくれた。

 

「大丈夫よ。お披露目会と言ってもこれは貴族の子息子女が10歳まで健やかに成長したことへとお祝い行事だから、普通の貴族のパーティとは少し仕様が違うのよ」

 

 よかった。

 どうやら普通の貴族のパーティと違って少しだけ軽いようだ。

 どんなものでもはじめてには結構緊張してしまうからね。少しだけ肩の荷がおりたな。

 

「ユリアンの言う通り、パーティの練習みたいなものだと思ってもらえばいいよ」

「わかりました」

 

 母上が説明を。そのあと、父上がその補足してくれた。

 

 父上と母上が説明してくれて、流れだけは理解できた。

 本来は挨拶回りをしなければいけないけど、今日はないのか。

 10歳の子供だと疲れてしまうからかな。

 

 お披露目会とはあくまでパーティの練習。

 徐々に社交界に慣れるための第一段階。

 気を張り続けたのが馬鹿らしいくらいだ。気楽に参加して大丈夫そうだ。

 

 僕は「夢ファン」の主要キャラには出来る限り最低限の交流だけにしたい。

 

 アドリアンとは学年が一つ違うからこの会場にはいない。

 オーラスとアレイシアも学年は同じだから話す可能性はあるが、最低限に収めればいいし、できる限り避けよう。

 主人公フローラに限ってはまだ平民なので会場にいるわけがない。

 

 交流は最低限度になる。

 そう思っていたのだが……。

 

「でも、練習といっても挨拶回りをしないというわけじゃないんだ。毎年の習わしでお披露目会に参加する貴族で一番爵位の高い方に挨拶するのが決まりなんだ。まだ、いらしてないけど、もうすぐ来るはずかな」

 

 安心してるのも束の間、父上がまたも追加説明をしてきた。

 僕は急な展開に少し驚くもすぐに確認のため質問をする。

 

「……ちなみに今年は誰なのでしょう」

「今年は担当は……ソブール公爵閣下だよ」

 

 はい、悪役令嬢と会話すること確定しました!

 世の中そんなに甘くない!

 




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14

 グラディオン王国のお披露目会の流れを説明すると、まずはパーティに参加する人達の中で位の高い家……今年だとソブール公爵への挨拶、次に国王の言葉からパーティが始まり、上級貴族の順に国王へ報告を兼ねて挨拶をして終了する。

 

 国王への挨拶の間は時間が空くため、その間に子供同士の交流が始まる。

 派閥形成と言っても良いかもしれない。

 

 親から古からの付き合いで「誰と仲良くしなさい」と指示をする人、新しいつながりを求め、自由にさせる人もいる。

 

 僕は後者だ。

 だから、お父様からはソブール公爵への挨拶が終われば自由にしてよ良いと言われた。

 ただ、友達はしっかり作りなさいと念押しして言われた。

 

 もう父上、僕は精神年齢三十路に近いんですよ。

 今更ガキ相手に緊張しませんよ。

 そんな軽い気持ちで順番待ちをしていた。

 

 ユベール伯爵家は一応上級貴族。

 出番はそう遅くなく、前から数えたほうが早いだろう。

 挨拶の時間としても一言親同士が挨拶し、それに倣い子供もするだけ。

 時間にして長くても30秒ほど。

 ただ、ソブール公爵家と交流のある家は世間話もするのでかかっても数分だ。

 

 なにも緊張することはないのだ。

 

 だが、それば僕の考えであって他の子供はそうではない。

 耳をすませば、後ろや前の家の子供から聞こえる鼓動がはやい。

 それは挨拶の出番が近づくたびに早くなる。

 だが、それは僕自身、多少緊張しているし、少し楽しみというこの場には似つかない思いがある。

 

 なんせ、「夢ファン」のユーザーから「感情のない人形」と呼ばれたキャラだ。

 どんな人物なのか気にならない方がおかしい。

 

 だから、あえて僕は耳をすませ、他の子供の心拍数を聞いている。

 他の人と比べあまり緊張していないという優越感に浸り、気を紛らしている。

 

『ドクン…ドクン…ドクン』

『ドクン……ドクン……ドクン』

『ドク…ドク…ドク…ドク』

 

「……あれ?」

 

 なんか一人だけめちゃくちゃ脈拍数早すぎる人いるんだけど、気のせいかな。

 僕は人に近づけば脈拍数を聞くことができるが、誰がどの音なのかまではわからない。

  

 現在順番は僕の挨拶の順番は次。

 勘違いじゃなければ今の脈拍音は前から聞こえたはず。

 ……もう一度、今度は前の子供に耳を澄まして聞いてみよう。

 

『ドクン…ドクン…ドクン』

 

 うん、前の人ではなさそうだ。

 なら、誰の音なんだろう?

 もしかして聞き間違えーー。

 

「ほら、アレン順番が回ってきたわよ」

「……はい」

 

 考え事をしてぼーっとしてしまっていたらしい。母上に背中を軽く叩かれながら指摘され、ようやく気がついた。

 ついに出番が来たらしい。

 多分聞き間違いかな。

 今思えば、あんな脈拍数早い人普通はいないな。

 きつい運動をして、息を切らした人ならばともかく緊張ってだけであそこまで心拍数が早い人はいない。

 

 きっと勘違いだったのだろう。

 僕はそう結論付けて、思考を切り替えソブール公爵一家への挨拶に集中する。

 

 順番が回ってきたことで父上と母上の後についていくようにソブール公爵一家の前に移動する。

 

 移動の最中はどのような容姿をしているのか気になり、確認をする。

 やはり、これは予測していたことだが、ソブール公爵家の家族は容姿が整い過ぎていた。

 父親は40代でウェーブの入った赤髪で少し目がつり目の強面。母親は癖のない青髪を腰まで伸ばし、垂れ目の母性溢れる人。二人はこちらに気がつくなり、歓迎の意味が込められているのなら、口角を上げて少し微笑んでいる。

 

 そして、その二人に挟まれるように立っているアレイシアと思わしき子供。

 

 青髪で少しウェーブの入った髪を腰まで伸ばし、つり目が特徴。将来絶世の美女になるだろうなと印象があると同時に夫妻とは違い少し真顔だ。

 

 どちらかと言うと、少し怒っているような印象すら見える。

 

「これはこれはキアン殿」

「お久しぶりでございますラクシル様」

「ここ数年は領地の統治に力を入れていたのだったな。進捗のほどは」

「はい。お陰様で」

 

 ラクシル様から話を軽い世間話から入り、父上は受け答えをする。

 そして、軽い会話を済ませた後、自己紹介に移る。

 

「まぁ、世間話はこの辺にして、お互いの子供の紹介としようか。……アレイシア」

「はい」

 

 アレイシアは父親に挨拶を促される

 僕は父上たちの会話を聞いていて、視線もそちらに向けていたため、アレイシアへと意識を向ける。

 アレイシアはラクシル様から指示が出た後、返答、カーテシー話始める。

 その作法はとても洗礼されていて、とても綺麗であった。

 

 そして意識をアレイシアに意識を集中させる。

 

『ドク…ドク…ドク…ドク』 

 

 するとまた先ほどの脈拍音が聞こえる。

 一体どこから……。

 

「お初にお目にかかります。ラクシル=ソブール公爵、長女。アレイシア=ソブールと申します。よろしく「え……」……」

 

 僕はアレイシアが話している最中につい無意識に声を上げてしまった。

 

 この時点で分かったことは2つ

 一つは異常な脈拍音の正体。

 それは目の前にいる少女、アレイシアのものであったこと。

 そして2つ目。

 自分がしでかしてことの大きさ。

 人が挨拶中に阻害してしまった。

 

 気がついてからではもう手遅れだった。




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15

 人間一度ミスをするとそれを取り戻すのは至難の技だ。

 僕、アレン=ユベールは今世で人生が終わった。

 そう錯覚してもおかしくないほど、この凍りついた空間に救いを求める。

 頭が真っ白でまともに思考ができない。

 

 やばい、なにをしなければいけないんだっけ?

 今の僕は初歩的なことすらも、わからなくなってしまっていた。

 

「………」

 

 この静まり返ったび空間の中、僕は未だにアレイシアと視線があったままであった。

 そして、パーティ会場はざわめきが増していく。

 周りが話している内容はおそらくこの状況についてだとおもうだが、話している人数が多すぎて声を拾えない。

 だが、今はそんなこと気にしている場合ではない。

 

 落ち着こう。

 

 わかる範囲で状況を整理しよう。

 

 

 まずは僕の視線の先にいるアレイシア。

 彼女は僕がいきなり声を上げてしまったことで驚いているのか、はたまた困惑しているのか分からないが、つり目で睨まれている。

 感情が読めず、怒っているだけに見える。

 どんなことを思っているのかわからない。

 なるほど。これが感情のない人形と呼ばれな由来か。

 

 ………いや、こんなことを考えている場合じゃない。

 

 早くこの状況をどうにかしなければ。

 アレイシアに関する現実逃避のお陰でどうにか思考が回るようになってきた。

 

 ありがとうアレイシア。そしてごめん悪口言ってごめん。

 

 さて、まずは……そう!謝罪をすべきだろう。

 悪いことをやってしまったらまず最初にやるべきことは謝罪だ。

 

 

 子供がやってしまったことだ。

 素直に許してくれるだろう。

 

 許してくれるよね?

 

 許してください!

 

「アレイシア嬢、大変申し訳ありませんでした」

 

 僕は頭を下げて謝罪をする。

 この後どうしよう。何をすれば良いのだろう。

 誰か……僕に助け船をください。

 僕はそう期待するが、世の中そんなに甘くなかった。

 

「まずは、頭を上げなさい」

「はい」

「あの、ソブール公爵、息子の粗相を「ユベール伯爵」……はい」

「すまないが、少し黙っていてくれないか?」

 

 

 僕に話しかけてきたのこの会場で最も位の高い人物。ラクシル様だった。そして、父上も僕を助けるため、話しかけたがバッサリと切られてしまった。

 だめだ。父上の助けも期待できない。

 

 僕は身体中から冷や汗がでる。

 ラクシル様と目が合うと特徴的なつり目で品定めをするかのように睨んでくる。

 ……その視線、10歳児にしていいものではないと思うのですが。

 

「何に対する謝罪だ?それと名はなんと言う?」

 

 圧迫面接のように、逃げ道を塞ぐようにラクシル様は僕に質問してくる。

 

「大変失礼致しました。私はアレン=ユベールと申します」

「そうか、アレン君か。……で、何に対する謝罪だ?」

「……アレイシア嬢の話を遮ってしまったことです」

「では、何故あのような反応を示した?」

「それは」

 

 素直に言って良いものか。いや、だめだ。

 ここはそれなりの答えを言おう。

 アレイシアの鼓動にびっくりした。理由はこれだが、もっと明確に言うなら、ギャップに驚いたと言うことだ。

 アレイシアはめちゃくちゃ緊張している。あの早い鼓動が何よりの証拠だろう。

 あんなにも緊張しているにも関わらず、完璧な所作を行なっていたことに驚いた。

 

 が、これを言うわけにはいかない。

 それなりの理由で……怪しまれないもの。

 

「その……アレイシア嬢に見惚れてしまいまして」

「え……」

「ふむ……」

 

 僕はラクシル様の様子を伺いながら話した。

 僕は自分で言った言葉を後悔した。もっと他に言いようがあったはずだ。

 こんなの失礼極まりない。

 でも、残念ながら一度してしまった失言は取り消せない。

 僕の発言にアレイシアは少し声を発して表情がこわばり、ラクシル様からは睨まれる。

 ……どうすれば良いのだろう。

 そして、また沈黙が支配する。

 

「アレン君」

「はい」

「私は昔から嘘をつく人間が嫌いでね。口先から出た言葉を並べる人間は大体わかるんだ」

 

 

 あ、バレてらぁ。

 

 ラクシル様は二度目は無いぞと言わんばかりに威圧をしてくる。

 これ、変な言い訳したらあかんやつだ。

 どうしよう。

 

「そんなに言えない理由なのかな?」

 

 ラクシル様はどんどん表情が険しくなる。

 僕は覚悟を決めた。

 ただでさえ今の僕の立ち位置はかなりやばい。 

 この場で引いたら人生が終わる。覚悟をきめるしかない!

 

 思考は刹那。

 

 本当の理由に嘘を混ぜながら理由をまとめ、話始める。

 

「……アレイシア嬢に見惚れてしまったのは本当です」

 

 僕は前置きとして、先ほどの発言は嘘ではありませんと言うアピールをする。これを話さないと……初めの発言を嘘と言ってしまったら後から指摘されかねない。

 僕は言葉を続ける。

 

「ただ、アレイシア嬢の洗練された所作を見て驚いたのですが、その反面とても緊張されていたので、驚き、思わず声を出してしまいました」

 

 嘘に真実を混ぜると良いと聞いたことがある。

 嘘はついていない。実際に緊張していたことは分かっていたし、それに驚いてしまったことは真実だ。

 それにアレイシアの容姿を綺麗と思ったのも真実。

 僕の発言は真実を隠した本心だ。

 ラクシル様は僕の言葉を聞いて小さくため息をした。

 

「ユベール伯爵」

「はい」

「後日、私の屋敷に来なさい。……今回の件についての話がしたい」

「……承知しました。失礼します」

 

 今回のやりとりは最後にラクシル様から屋敷への招待をされた。

 

 地獄への紹介状かな?

 

「……はぁ。アレイシア、行くよ」

「……はい、お父様」

 

 ラクシル様はアレイシアを見ながら何故かため息し、近くにいたアレイシアの背中を軽く叩くと、急に動き出すように返答してラクシル様についていった。

 

 

 少しアレイシアの反応に疑問が残るが、一つわかることは僕は相当ラクシル様の怒りを買ってしまったらしい。

 アレイシアはその場を移動するときも僕を睨んでいた。

 これからなにがあるのやら。

 

 

 

 

 その後、ラクシル様はアレイシアと奥さんを連れて会場から出て行っていった。

 

 今後なにが起こるかわからない。ただ、わかることが僕のデビューは大失敗で終わってしまったこと。そして、我がユベール一家はその日はお通夜のようであった。

 

 どうしてこうなった。




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16

ソブール公爵一家が一度会場を出た後、10分ほどして戻ってきた。

 ソブール公爵一家が戻ってくるまでは大変であった。

 

 会場の参加者たちはなにもなく無事であったことに安堵し、僕たちユベール伯爵一家は噂の的であった。

 もちろん悪い意味で。

 やれ、伯爵の嫡男は廃嫡決定だの、子育てがなってないだの、ボロクソ噂を言われていた。

 もちろんその噂の内容は父上と母上には聞こえるはずはなく、僕もはっきりとは聞こえなかったものの、単語だけ拾うことができ、大体話の内容を理解した。

 

 父上と母上は上の空であった。

 いつもなら父上の失言から始まり、最終的に母上に屈服させられるという夫婦漫才があるのだが、今は会話はなく、通夜状態の雰囲気だった。

 

 

 そんな僕も自身の失態でアレイシアがパーティ不参加になってしまったらどうしようと思うこと。そしてラクシル様の怒りを買ってしまい、後日呼び出しを喰らってしまい、今後どうなるのだろう?

 不安しかない。

 本当にお先真っ暗だ。

 そんな心境でいた。

 

 

 だが、そんな我がユベール一家に一つの道筋があったとすれば、アレイシアがパーティに戻ってきたことだ。

 僕は勿論、母上と父上も不安要素が一つなくなり、安堵の笑みが見えた。

 

 そして、一つ疑問に残ったのが、何故かラクシル様の機嫌が良かったことだ。

 何故だろう?そんな心境変化があったものの、お披露目会は進行した。

 

 

 

 パーティは開始時間になると、国王からのありがたーいお言葉からはじまった。

 「国の誇りを胸に」とか、「国の発展のために」とか「将来偉大な」とかそんな美辞麗句を並べた言葉だった。

 周りの子供たちは照れている雰囲気をしていたが、僕は前世での校長の挨拶みたいな印象を持ってしまったので聞き流し、次に国王への挨拶に上級貴族の順に挨拶があり、僕はそれをしっかりこなした。

 

 ただ、挨拶前に父上と母上から厳重に注意をされ、国王へ挨拶が終わったら安心していた。

 パーティの山を越えた後はつつがなくパーティは終わった。

 本当になにもなかった。僕に近づく子供は一人もいなかった。

 

 ただ、パーティが終了するまで気になったことがあったとすれば勘違いじゃなければ僕はずっとアレイシアに睨まれていた。

 理由はおそらく僕の発言が原因だろう。

 本当に後悔しかない。

 なにが見惚れただよ。

 

 ……僕は今後をどうなってしまうのだろう?

 廃嫡され、平民になるか。

 家の継承権を剥奪されるか。

 

 パーティが終わり、屋敷に着くと不安で押しつぶされそうになるも、どうにか眠りについた。

 

 

 そして、パーティから次の日。死の宣告のようにソブール公爵からの使いが来て、急遽父上と僕の二人で来るように指示が来た。

 

 母上も来ようとしていてが、命令に逆らっては現状を悪化させるだけであるため、屋敷待機となった。

 

 手紙が届いてから急いで用意をして、父上、僕はソブール公爵邸へと向かうのだった。

 





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17

フライング投稿本当にすいませんでした。

19話はすぐに消しました。



 ラクシル様から招待され、僕と父上はソブール公爵の屋敷には馬車を使って向かった。

 

「アレン」

「はい」

 

 現在馬車内にて、父上と対面で座っている。

 雰囲気は暗い。

 昨日はパーティ開始から今に至るまで会話はなかった。

 ふと、思い出すと父上と話したのもパーティが始まる以前だったような。

 それほどまでにショックが大きかった。

 そんな中で僕の名を呼んだ父上は昨日のような迷いや不安は一切なく、どこか覚悟を決めた雰囲気だった。

 

「大丈夫……何があっても僕が守るから」

「……父上」

 

 そう言いながら父上は僕と目を合わせ、両肩に手を乗せ、一言そう言ってきた。

 

『ドクンドクンドクンドクン』

 

 しかし、その両手は少し震えていて、近くにいることにより早い鼓動が聞こえてきた。

 相当緊張し、恐怖しているのだろう。

 

 僕は正直言ってしまえば、切り捨てられると思っていた。

 昨日の件は僕の責任だ。

 

 自分の家のことを気にするなら、全て僕のせいにして、勘当又は廃嫡。

 下手したら施設に入れられる。処遇はあげたらキリがないだろう。

 

 自分の子供が悪いのに、本来なら切り捨てる方法もあるにもかかわらず父上は家よりも僕を優先してくれた。

 

「ごめんなさい」

 

 僕は気がついたら涙が出ていた。

 それは昨日からの不安、後悔、それらが全て流れていくようであった。

 

 父上は僕の隣へ座り優しく頭を撫でてくれた。

 その後は僕は何も話せず、涙は止まらず、父上は僕の落ち着くまで頭を撫でてくれた。

 そして僕が泣き止み落ち着いた時にはソブール公爵邸へ到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公爵邸に着くと門番から身元確認後、門を開けてもらい、そのまま入口までそのまま馬車で移動した。

 さすがは公爵邸というのだろう。

 門から入口までは馬車で5分ほど時間がかかった。

 その間の道中、背景は綺麗であった。

 整えられた草木や所々にある噴水。

 ちゃんと手入れが行き届いている。どれほどの手間がかかっているのか……。

 伯爵も上級貴族だが、相手は腐っても王族の次に権力を持つ公爵家。

 ユベール伯爵邸と比べても二倍近くはあるかな?

 

 僕と父上は屋敷の入り口に着くと乗ってきた馬車を降りた。

 そして、入り口には四十代ほどの薄茶色の執事がいて、その周りに20人ほどの使用人が控えていた。

 

「キアン様、アレン様。ようこそおいでくださいました。ラクシル様より、本日案内を仰せ使っております。リットと申します」

「これはリット殿、ご丁寧に。僕はキアン=ユベール。そして息子のーー」

「アレン=ユベールです」

 

 リットさんの自己紹介をされ、お互いに簡単な自己紹介をした。

 

「……ふむ」

 

 ……なんだろう?僕が名前を名乗った後、リットさんからじっと見られているような。

 

「あ、あの……なにか?」

「いえ、なんでもありません。……ラクシル様がお待ちですので、ご案内いたします」

 

 僕は思わず声をかけるも、リットさんは何もなかったかのように案内を開始した。

 リットさんに向けられた視線はどこか値踏みされているような感覚であった。

 最近なんか値踏みされることが多いような。 

 僕は商品なのかな?

 

 ……気のせいだな。

 僕は考えを改め、リットさんの後ろをついていった。

 

『……あの子がお嬢様の』

『ああ、世の中珍しいこともあるものだな。まさかあのお嬢様にね』

『リットさんから聞いた話なのですが、ラクシル様、昨日帰った後ご機嫌だったらしいですよ』

『あーなるほど』

 

 ん?

 なんか後ろから話し声聞こえたんだけど?

 何が珍しい?お嬢様とはアレイシアのことを言っているのだろうか?

 それにラクシル様がご機嫌って何故?

 

 僕は気になるもの、何もなかったかのように普通にリットさんについていく。

 

 ここは公爵家の屋敷だ。

 

 もしも挙動不審な態度をとり、これ以上変だと思われたくないし、父上は今でも不安に思っていて、これ以上不安要素を作りたくない。

 

 ラクシル様が何故ご機嫌なのかは不明だが、僕が考えていた最悪のことはないかもしれない。

 

 今はその可能性に賭けたいと思う。

 

「ラクシル様、リットでございます」

 

 リットに案内され歩くこと数分、ラクシル様が待っている応接室に到着した。

 

「お客様をお連れしました」

「リットご苦労だった」

 

 広い応接室の真ん中に焦茶色の机を中心に明るい赤色のチェスターフィールドソファが二つ。

 その一つの中心にラクシル様は座っていた。

 そして、ラクシル様は僕と父上が来ると分かると少し笑みを浮かべーー。

 

「呼び出してしまいすまないな。どうしても急ぎ決めたい事項があったから、急遽来てもらった。あまり大層なもてなしはできないが、歓迎しよう」

『え?』

 

 そう言ったのだった。

 僕は一瞬昨日のように「え?」と言いそうになるのを抑えるが、理解が追いつかない父上は誰にも聞こえないような小声で動揺していた。

 

 いや……あれ?

 

 何故歓迎しているの?社交辞令かな?

 

 でも、さっきの使用人たちの会話といい、ラクシル様の態度といい、意味がわからない。

 

 僕たちはどうなるのだろう?

 

 

 




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18

『え?』

 

 父上はラクシル様の態度に少し戸惑っていた。

 

 昨日のお披露目会、息子の粗相を働いてしまった件で呼び出されていると思っていたのに何故か歓迎と言われた。

 僕は使用人のたちの会話から少し違和感を持っていたからそこまでではなかったが、何も知らなければ戸惑うだろう。

 

 でも、ラクシル様はこちらを見て微笑んでいる。

 

「どうかしたか?」

 

 部屋に入るやその場に立ち尽くす僕と父上を見てラクシル様から声をかけられる。

 

「……なんでもありません」

 

 父上はすぐに意識を切り替え、座るように言われていた席へ移動する。僕も父上に習い移動する。

 座るように促されていたソファーに掛けると、ラクシル様の後ろに控えていたリットがラクシル様、父上、僕の順に紅茶を入れてくれた。

 

 そして、ラクシル様は入れられた紅茶を飲み、それに倣い飲む。

 

 それからしばらく沈黙が続いたが、父上がそこへ斬り込む。

 

「ラクシル様、本日はお招きいただきありがとうございます」

「キアン殿、そんなに改める必要はないさ。今日は私たちだけ。もう少し楽にしてもらって構わない」

「はい」

 

 父上は恐る恐るラクシル様と話を始める。

 父上は声が少し震え、心拍数も普段よりも早かった。かなり緊張している。

 楽にしろと言われてもできるわけないと思うのだが……。

 

 申し訳ないと思うが、ここで僕の出番はない。

 こう言ったやりとりは大人たちの仕事だ。僕みたいな子供の出番はない。

 

「ふむ……。キアン殿は少し誤解されているようだ」

「……誤解ですか?」

「そうだ。……そういえば、お披露目会が終わってから変な噂が飛び交っていたな。なんと言っていたかな……確か、ユベール伯爵が我が家に粗相をしたという内容であったが?」

 

 ラクシル様がそう言った瞬間、父上は気を引き締める。

 まさか、噂になっているとは思ったが、ここまでとは。 

 確かに本当のことなのだが少し微妙にニュアンスがずれている。

 僕個人がやってしまったことなのが……いや、子供がやってしまったことは全て親の責任ということか。

 

「やはり、キアン殿は何か誤解しているな。……先に言っておくが、私は昨日の件は気にしていない。むしろ、良かったと思っているくらいだ」

「はい?」

 

 思わず、ラクシル様の想定外の展開に父上は疑問符をあげる。

 昨日の件はむしろプラスだったとはどういうことだろう?

 怒らせてしまったのではないのだろうか?

 

 ラクシル様は父上の反応を見るわいなや少し笑ってしまう。

 

「あははは。キアン殿は面白いな。だが、すぐに表情に出すのは貴族としては致命的ことだな……」

「は……はい」

 

 表情は元々ラクシル様はつり目なため、少し怖い印象があるが、どうやら怒ってはないらしい。

 

「あの、ラクシル様。昨日の件ではないのでしたら本日はどう言ったご用件で」

「それはだね。……いや、それは当事者が揃ってからの方が良いだろう。娘ももうすぐ準備を終わる頃だろうからな」

「承知しました」

 

 ラクシル様は何故か僕の方を見ながらそう言った。

 その視線を感じた僕や何故か嫌な予感がする。気のせいか?

 だが、今回呼ばれたのは昨日の粗相ではないことがわかり安心した。ただ、新たな疑問が生まれるが、娘の準備ということはアレイシアが来たら話が進むだろう。

 

 父上が思っていた不安要素もなくなり、後は新たに生まれた疑問だけ。

 言い方は少しずれているかもしれないが、第一関門突破というところだろうか。

 僕がこんな考えごとをしている最中にも、父上とラクシル様の会話は続いていたので耳を傾ける。

 

 内容はあまりなくただの世間話だ。

 自分達の領地について。最近の出来事などの話があった。僕にも自分の領地に関してラクシル様から質問をされることがあったが、答えられる範囲で率直に答えた。父上も話が進むにつれて緊張感もなくなり、少しリラックスしてきた。

 そして、話は進み、子育てについての話になる。

 

「これは一人の親としての質問なのだが、キアン殿は子育ては何に重点を置いている?」

「すいません、質問の意図がわからないのですが。……アレンの教育方針についてでしょうか?」

「そんなに深い意味はないが、そう捉えてもらって構わない。それに思ったことをそのまま話してくれればいい」

「承知しました」

 

 僕の教育について?

 そういえば、あまり興味を持ったことなかったけど。てか、特に何も言われてない。

 

「僕の個人的なものになりますが……僕は自主性を重んじるようにしています」

「ほう……それはどのように」

「アレン自身が自分からやり始めたこと、興味を持ったことは全てやらせるようにしています。基本は僕や妻、ユリアンからは必要最低限のことはやるように促しますが、それ以外はアレンには自由にやらせています」

「……ふむ。確かに自主性を重んじるというのはいいが、それでは無責任という捉え方もできるのではないか?」

「確かにそうです。事実ですのでそこは否定しません」

 

 父上の自由放任主義な教育方針。

 確かに今思えば僕には礼儀作法や教育とかはやるように言われたが、それ以外は基本自由だったな。

 ラクシル様の指摘も確かに無責任の部分もある。

 僕は父上の言葉に耳を傾ける。

 

「僕はアレンに自主的に考えて行動できるようになってほしいと思っています。自分から行動し、実行に移す。その過程で経験や失敗を繰り返し、その教訓を次に活かせるようになってほしい。それをできる大人になってもらいたいという願いから、妻、ユリアンと話し合い決めました」

 

 ああ、そんな思いがあったのか……。

 そういえばウェルの件もすぐに許された。僕自身が始めることを否定せずになんでもやらせてくれた。

 まぁ、今まで失敗していないため、その教訓を活かす機会はないが、それでも、自分の得意分野や苦手なこともわかる。

 そこまで考えられていたなんて。

 

「勿論、勿論間違った方向へ進んでしまいそうになった時はそこを咎めます。自由にさせすぎると我が強く、わがままな人間になってしまいますから……?!」

 

 ふと、父上は自分の子供の教育に関して語り終わってから気がついた。

 目上の人相手に生意気を言いすぎたと思った。

 父上はすぐにラクシル様に謝罪をしようとするが、それはしなかった。

 ラクシル様が笑い声を上げたからだ。

 

「がはははは!……キアン殿、貴殿の意見はとても参考になった!アレン君がどのように育ったかが、知りたかっただけなのだが、珍しい考えを聞けた!」

「……はい」

 

 この部屋の空間は困惑。 

 僕自身もそうだが、使用人のリットを始めこの場にいる者は沈黙をする。

 そして、父上は訳が分からず質問をする。

 

「あの……どう言うことですか?」

「ああ、すまなかったな。順を追って説明しよう。…実を言うと、娘のアレイシアが未だに準備をしているのはキアン殿とアレン君と会話の場を設けるため。そして、アレン君自身を見極めるためだったんだよ」

「アレン見極める?」

 

 未だに困惑するもラクシル様は話を続ける。

 

「試すようなことをして申し訳ないが、どうしても必要なことだったんだ。娘は少々……いや、かなり小難しい性格をしていてね。そんな娘に相応しいか試させてもらった」

「アレイシア嬢にふさわしい?……あ、なるほど」

 

 ラクシル様と父上はどうやら共通の認識をしているらしい。

 

 え……娘に相応しいって何?僕試されてたの?

 訳がわからないがどうやらラクシル様の態度を見る限り僕は認められたらしい。

 とりあえず訳が分からないため、父上に聞く。

 

「あの、父上、どう言うことでしょうか?」

「それはだね「キアン殿」……なんでしょう?」

「もうすぐアレイシアも来る時間だ。詳しい内容は当人たちが揃ってから話そうか。アレン君、もう少し待ってもらおう」

「……承知しました」

「承知しました」

 

 父上、僕と返答をした。

 ラクシル様は何故か父上の話を遮った。

 どうやら教えてくれないらしい。

 まぁ、もうすぐアレイシア来るらしいし、少し経てばわかるかな?

 

 ふと、本当に時間ピッタリなんだろう。

 廊下から二人の足跡が聞こえる。 

 一人は大人、もう一人は子供か。

 おそらく、アレイシアだろう。扉との距離はあまりない。

 もうすぐ来るのだろう。

 

『スゥーハースゥーハー』

 

 扉の前にいる人物は大きく深呼吸をしている。

 

 これで当事者は揃う。

 僕は気を引き締めて深呼吸し、アレイシアのノックに備える。

 ……が、足跡が止まってから数秒が経過してもノックする気配がない。

 一応、ラクシル様との会話は先ほどの言葉で途切れたので、今は静寂。

 いや、遅すぎるよ。扉の前で何してんだよ。

 僕は気になり、ドアを見たいのを我慢する。

 すると、ドアの外から二人の会話が聞こえてきた。

 

 

 

『……あの、アレイシア様』

『何かしら?』

『早く入らないのですか?』

『入りますよ。今は深呼吸をしているのです』

『もう扉の前で10秒は経ってますよね?それに深呼吸はそれで何回目ですか?』

『いや、でもまだ緊張してしまって』

『別に緊張することはないと思いますが?』

『リタ、緊張しない方がおかしいわよ。だって相手は昨日わたくしを褒めてくださったアレン様なのですよ!緊張しない方がおかしいわ』

『昨日嫌と言うほど聞かされましたそれは……気になる殿方に会えるから嬉しいんですよね?では、急いではいかがですか?』

『な、何を言っているのですかリタ?あ、アレン様は別に気になる殿方ではありません。ただ、わたくしを初めて褒めて下さった人ってだけで……その……』

『ああもうわかりました。それでいいです。では行きますよ』

『え?……待ってリタ……あ』

 

 すると、会話が途切れたと思ったらすぐにドアがノックされた。

 

 いや、アレイシアの反応めっちゃかわええーやん。ゲームとは別人じゃん!

 

 落ち着け僕!ここで取り乱してはいけない。

 とりあえず、落ち着け。

 

 僕は落ち着くため、小さく深呼吸し、アレイシアとリタと呼ばれた女性が入って来るのを待った

 

 もちろん期待して。

 

「失礼致します。準備のため遅刻をしてしまいました。大変申し訳ありません」

 

 そこには先ほどとは別人に成り果てた綺麗なドレスに身を包んだアレイシアの姿とため息を小さくため息をしながら後ろに控える銀髪碧眼が特徴のリタと呼ばれた女性。

 

 そして、アレイシアは僕と目が合うなり、表情が少し険しくなり、真顔で睨んでいた。

 

 

 …………あれ?




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19

「失礼致します。準備のため遅刻をしてしまいました。大変申し訳ありません」

 

 僕は今、困惑をしている。

 応接室に入ってきた一人の少女のギャップにだ。

 先ほどの扉の前では年相応の話し方をしていた。僕に会うのが楽しみだったから不明だが、例えるなら恋する乙女のようにドキドキして扉の前でリタと呼ばれたメイドと会話をしていたはず。

 それがどうだろう?

 

 今、扉の前で可愛らしい会話をしていた彼女の表情は真顔で僕を睨んでいる。

 

 もともとつり目が特徴なのだが、さらに目つきが鋭くなる。

 

 僕は思わずそんなアレイシアにどんな反応をすれば良いのか分からずとりあえず微笑んでみることにした。

 

 すると。

 

『はぁ』

 

 ため息をされ、視線を逸らされてしまった。

 僕はそんな彼女の反応にショックを受けた。そして、彼女は僕を見ることなく、その場からリクシル様の隣へ移動を開始した。

 

 だが、ここで僕はアレイシアの塩対応に近づくにつれてショックから疑問へと変わる。

 

『ドク…ドク…ドク…ドク』

 

 僕はアレイシアが応接室に入る前から椅子に座るまでの反応が予想外すぎて、混乱し、思考がうまくまとまらない。

 ……落ち着こう。とりあえず、状況整理からだ。

 さっき扉の前から聞こえた会話はアレイシアとリタさんとの会話で間違いないはず。そして、年相応の会話をしていたはずのアレイシアが入った瞬間、何故か鼓動がありえないほど速くなり、僕はアレイシアに睨まれた。

 

 ……だめだった。うまく頭が回らない。

 でも、とりあえずわかることは、アレイシアは緊張していると言うことだけ。

 そうでなければこんなに鼓動が早くなるわけがない。

 

 僕が少しでも冷静になるために思考を回転させている時でも、時間は進む。

 アレイシアが座ってから数秒、この沈黙を破るものが現れた。

 

「お父様、キアン様とアレン様がいらしてから随分とお時間が経っております。何故わたくしに誤りの情報を知らせたのですか?」

 

 アレイシア本人であった。

 ラクシル様がアレイシアに誤った情報を伝えたのは僕を見定めると言う訳のわからない理由。

 突然の質問か。

 

 ラクシル様はアレイシアの言葉を聞き、答える。

 

「すまないな。どうしても必要なことであったんだ。お前のためにな」

「必要なこと……ですか。答えになっておりません。わたくしは何故誤った事を伝えたのかを聞いたのですが?」

 

 ラクシル様はあやふやの返答をし、アレイシアはその反応にさらに表情が険しくなる。

 あやふやに返答をしているラクシル様は何故か僕や父上に一瞬視線を向けている。

 もしかしてわざとやっているのか?

 

 そんな光景に僕も父上もどう反応すれば良いかわからず、黙って見守る。

 

「アレイシア、人間誰しも間違えることくらいある。そう怒らなくても良いのではないか?」

「……話を逸らさないでくださいませ。今は何故誤ったことを伝えたのかという件について話しているのです……もしかしてリタ、あなたも知っていたのですか?」

「いえ、私は存じておりませんでした」

「アレイシア、誤解をさせぬために言っておくが、リタにはお前と同じ内容を伝えている」

 

 ラクシル様は絶対わざとアレイシアに対し雑に接しているのかもしれない。その態度にアレイシアはカッとなっているのか、リタさんも疑い始めた。

 だが、ここで父上が埒が開かないと判断し、話に割り込む。

 

「ですからーー」

「あの、ラクシル様。アレイシア嬢に訳を説明した方がよろしいのでは?」

「そうだな。指摘感謝する。……アレイシア、少し冷静になった方が良いのではないか?」

「あ……申し訳ありません」

 

 どうやらアレイシアは父上とラクシル様の発言で少し冷静になったようで、少し俯き、何故か僕の方へと視線を向ける。

 え?なんで僕見るの?

 

 なんか、睨まれてる?

 そして、今何故か全員の視線がアレイシアに向いており、それが原因か、さらに鼓動が速くなってしまっている。

 恥ずかしいのかな?

 

「がははは。すまなかったな。……今回の件の話であったな」

 

 ラクシル様は恥ずかしがっているアレイシアと混乱している僕を見て、一度笑い、話を進める。

 なんで、ラクシル様はこんなにもたのしそうなんだろう?

 

「……もう、真面目な話をする雰囲気ではない。……ここは単刀直入に言おう」

 

 そう発言した、ラクシル様は勿体ぶるように間をあける。

 僕を見定めるやら、親子のこんなやりとりを見せるとか、一体この人は何を考えているのだろう?

 だが、僕は次のラクシル様の発言でフリーズしてしまうことになる。

 

「アレン君、アレイシアを貰ってくれないか?」

『ドクドクドクドク』

「……はえ?」

 

 

 はえ。

 その言葉がアレイシア到着後初めて出る言葉であった。また、何故か今までで聞いたことのない鼓動がアレイシアから聞こえてきた。

 

 あれ?今ラクシル様なんて言った?

 

 こんやく?何それ美味しいの?

 

 何がどうすればそんな話になるんだ?

 

 

 

 

 …………はえ?

 




読んでいただきありがとうございます。
次回最終回です。


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エピローグ

ラクシル様の発言に戸惑ってしまい、ついつい戸惑いの声を出してしまった。

 意味がわからない。

 何故こうなった?

 ラクシル様の意図がわからない。

 僕を見定めたのって婚約の話をするためなのか?

 

 とりあえず、今はアレイシアの鼓動は放っておこう。

 今は話始めないと。なんでこういう展開になってるのかわからないし。

 このまま話が進められたらまずい。

 このまま本当に婚約させられたら面倒臭いことになる事この上ない。 

 貴族階級トップの公爵、しかも悪役令嬢と婚約。

 流石にまずい。物語には面倒くさいから関わらないと決めていたのに。

 

「あのラクシル様、話が急すぎではありませんか!?」

 

 僕は驚いてしまっていたため、少し早口になってしまう。

 

「急と言うほどではないと思うが。……貴族同士、関係を繁栄させるため、相互の家の子供を婚約させるのは昔からある事だが?」

「それは存じておりますが」

  

 だめだ。正論すぎて何も言い返せない。

 僕だけではこの場を打破できない。

 

 だから、考えを変える。

 一人でダメなら他者に助けを求めれば良い。

 僕はそう決心し、まずは隣に座っている父上に視線を向けて助けを求めるため、視線を父上に向けた。

 

 ……視線の先に見えたのは頷いている笑顔の父上。

 

 もしかして賛成なの?

 いや、まだだ。

 直接聞いていない。

 

「父上」

「ん、何かなアレン?」

「……」

 

 僕の質問に答えた父上の声音は少し高かった。

 ご機嫌なのですか?

 

「……どう思われますか?」

「婚約の話かい?よかったじゃないか」

「キアン殿は賛成か!」

「もちろんです」

 

 残念ならが父上賛成派らしい。

 たしかに家のことを考えるとこの話、断るわけないか。

 公爵家と関係を持てるチャンス、普通は逃さない。

 僕も家のことを考えると受けた方がいい話かもしれないけど、身の丈に合わない上、その相手が悪役令嬢アレイシア。

 

 シナリオは気にしないと言っていることに矛盾しているのは自覚している。

 僕の人生が関わっているのだ。

 

 ……父上がダメなら当事者のアレイシアだ。

 僕はアレイシアの視線を向ける。

 

「………」

『ドクドクドクドク』

 

 アレイシアは僕を見つめて……フリーズしていた。

 この鼓動、今までで一番早いかもしれない。

 

「あ、アレイシア嬢……大丈夫ですか?」

「………」

「……はぁ。リタ」

「はい」

 

 僕は心配で声をかけるも反応はなかったからか、ラクシル様がリタさんに声をかけ、リタさんはアレイシアの肩を軽く揺さぶり名前を読んだ。 

 何か手慣れているようなこの流れに僕は戸惑うも、すぐにアレイシアは覚醒する。

 

「……何でしょうかアレン様」

「……いえ、なんでもありません。……アレイシア嬢は私との婚約についてどう思われますか?」

「わたくしはお父様の意向に添いたいと思います」

 

 と、覚醒したアレイシアは何もなかったかのように受け答えをした。そこに突っ込みたくなるも、今は気にしていられない。

 

 

 アレイシアと父上はラクシル様と同意見。

 この場において僕と同じ考えを持つ人間はもういない。

 もう了承するしかないのかもしれない。

 

 僕は諦めたかけた……が、次の瞬間ある一つの記憶が蘇った。

 それは先日ウェルとの会話をした時の記憶。

 

 ああ、そうだ。何で僕は忘れていたのだろう。

 ラクシル様の言葉で一度納得してしまったせいで、忘れていた。

 

 グラディオン王国の風習についてを。

 

 僕はアレイシアの返答後思考時間にして数秒。

 最後の希望を見据えて話し始める。

 

「ラクシル様、失礼ながら、一つの確認したいことがあります」

「何かな?」

「ここ、グラディオン王国の婚約について、確か、学園で相手を見つけると言う風習があったお聞きしました。何故、未だ入学前で婚約のお話になったのですか?」

「そんなの決まっている」

 

 と、ここでラクシル様は僕の発言で表情に変化が現れる。

 そして、少し間を開け話し始めた。

 

「親として、娘の幸せを思っただけのこと。先程アレン君も見たと思うが、アレイシアは少々小難しいところがある。今後、学園で最良の相手を見つけられるかわからない。そのため、今日はこの場を設けたのだ」

 

 ああ、なるほど。

 僕はその一言で理解した。

 先ほどからのラクシル様の行動。

 僕を見定めたのはアレイシアのことを思っての行動だったのか。

 確かにラクシル様の言う通り、アレイシアは少し……いや、かなり面倒くさいと思う。

 未だにわからないことだらけだが、今日を通して分かったことがある。

 フリーズ、異常に早すぎる鼓動、そして人前とリタさんと二人きりの時の会話。

 

 これらから、アレイシアは相当緊張しすぎてしまう体質らしい。

 

 僕はラクシル様の意味深の行動が全てアレイシアを思ってからこその行動だと理解できた。

 が、安心したのも束の間、真面目な表情をしているラクシル様から追撃が来る。

 

「アレン君、私の記憶が正しければ確か昨日、娘には見惚れたと発言していたと記憶しているが。そんな君にとってはこの話は良いことだと思うのだが……違うのかな?」

「……そ、そんなことは」

「もしかして昨日の発言は虚言だったのかな?」

 

 ラクシル様超怖い。さすがは公爵家だ。この話を断ったらお家潰し確実だ。

 昨日の誤魔化しがまさかこんなことになるとは思わなかった。

 もう、覚悟を決めるしかないらしい。

 

「アレイシア嬢と婚約が出来ること、この上なく嬉しく思います。先ほどの私がした発言はアレイシア嬢の意思を確認したいと思っただけです」

「そう言うことか!なら、遠回しに確認せず、初めからそういえば良いだろうに。そう言った気遣いができるとは私の目は曇っていなかったようだ。これから娘を頼む」

「……はい」

 

 僕は嘘に嘘を重ねているかもしれないが、自分の発言には責任を取ろうと思う。

 

 そして、その後婚約の手続きした。

 

 手続きを終了後は、ラクシル様は仕事に戻り、アレイシアとリタ2人の見送りをしてくれた。

  

 どうにか、事が丸く収まり安心するも、今後どうすれば良いか、小難しいアレイシアとどう向き合って行けば良いのか。

 

 その不安感だけが残るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ん?何かアレイシアたちが話してる?

 

 

 

『リタ、アレン様との婚約どう思いますか?』

『どうって……よかったんじゃないですか?アレイシア様のことをよくご理解していると思いますが』

『もう!リタったら、冗談言わないでくださいよ。まだあって2日ですよ!そんなことはないと思いますよ』

『いや、むしろ普通たった2日で……いや、いいです。忘れてください』

『リタ、今失礼なこと言おうとしてましたよね?』

『気のせいです。気にしないでください』

『……まぁ、いいでしょう。でもリタ、何故アレン様はわたくしが緊張していたことがわかったのでしょう?今まで家族以外で見抜かれたことなかったのに』

『知りませんが、旦那様はアレン様は観察眼に優れていると言っていました』

『なるほど。お父様のお眼鏡にかかったのですね。相当優秀な方なのかしら?』

『そこまでは分かりませんが、アレイシア様を任せられるのはアレン様しかいないという事ではないでしょうか』

『ま、任せられるって……ど…どう言う意味でしょう?』

『知りませんよそんなの。運命なんじゃないですか?』

『運命!?……ごほん!……良い関係が築ければ良いのですが……大丈夫でしょうか?』

『アレイシア様が素直になりさえすれば簡単ですよ』

『ねえ、さっきから失礼すぎません?それにわたくしの扱い雑すぎる気がするのですが』

『気のせいです。……もう行きましょう。お見送りはこれで十分かと思います。……本日はまだ予定がありますので、急ぎましょう』

『……リタ?何故そんなに急いでいるのですか?待ってください!わたくしも行きます!』

 

 と、こんな会話が聞こえてきたのだが…なんかここまでくると面白いわ。

 なにこの少しクセがつきそうなアレイシアのギャップ。

 

 2日アレイシアと実際に会って、リタさんとの二人だけの会話を聞いたことで一つの推測ができた。

 

 

 アレイシアはもしかして……重度のあがり症ではないのだろうか?

 

 そして、表情が変わらないのは緊張により表情筋がこわばっていただけ?

 

 

 

 あははは。

 

 

 

 まさか、これが「感情のない人形」って呼ばれている原因だったなんて、考えもしなかったよ。

 

 

 理恵……悪役令嬢アレイシアは制作側が用意した都合の良いキャラではなかったよ。

 

 むしろ生まれつきの性格や体質のせいで主人公や攻略対象たちに理解をされず誤解を招く悪循環で悪者扱いされる可哀想すぎる不遇キャラだった。

 

 

 もしかして、僕が「夢ファン」の世界に転生した理由ってこの不遇すぎる悪役令嬢の救済するためだったりして……。

 

 

 

 考えすぎだな。

 

 

 

 でも、ここまで事情を知ってしまい、不遇すぎる悪役令嬢と関係を持ってしまった。

 

 もう、乙女ゲームに関わらないとか、自分のためだけに努力しようだなんて甘い考えは捨てなければいけないな。

 

 ここまでくると物語の強制力とかもありそうだし、必ず何かしら巻き込まれるかもしれない

 

 それでも、僕がまず第一に考えなければいけないのは不遇すぎる悪役令嬢を人並みの幸せを提供するくらいだろう。

 

 これはおそらく同情や憐れみから来ていることだと思う。

 

 でも、今はそれでいいと思うんだ。

 

 まだまだ人生は長いし、僕と悪役令嬢は出会ったばかり。

 

 これからゆっくり関係を築いていけば良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜完〜

 




これでこの物語は完結です。

他にも書きたい作品がありますので、一区切りをついたので完結にしました。
続きは投稿するかは未定です。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。


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番外編 ウェル

不定期ですが、登場人物の視点の話を何話か投稿したいと思います。


 ウェルはユベール伯爵家に使えて十年近くになる。

 母親と妹がいて、幼い頃から貧しい生活をしてきた。

 だが、ウェルは何も文句を言わずにできる限り母親を支え、将来、恩返しするために勉強に励み続けた。

 その努力の甲斐あってか、ウェルに二度の転機が訪れた。

 

 一度目はウェルの優秀さが評価され、ユベール伯爵家に仕えることができると言う話が来たこと。

 

 ウェルはその話を担任からされた時、驚いた。

 

 というのも、学校に数える程度しかないが、ユベール伯爵家から雇用の話が来ることはあった。

 

 だが、それは本当に稀で、最近では十年ほど前に一度あったくらい。

 ウェルは戸惑うもその場で家族と相談なしに即決した。

 理由は待遇の良さだ。

 

 これで母により良い生活をさせてあげられる。

 妹も安心して勉学に励むことができる。

 ウェルはそう思い、その話を喜んで家族にしたら二人とも始めは戸惑っていたものの最終的に賛成し、自分のことのように喜んだ。

 

 ウェルのユベール伯爵家に内定が決定した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 そして、二度目。

 これはユベール伯爵家嫡男、アレンとの出会いだ。

 ウェルはアレンの誘いを受け、専属になった。

 

 もちろん始めは戸惑った。

 自分は騙されているのではないかと。

 

 呂律が回らない年齢である3歳の子供が流暢に喋っていたこと、そしてこんなにも早く自我ができるものなのか。

 

 

 だが、それでも家のことを考えるとより良い生活をさせてあげられると思い、その場誘いを受けることを決定するもその場では即答しなかった。

 

 その時期ウェルはシンから罰をもらっている状態であった。そのため何かしらの区切りをつけるため、一度引き受けた仕事を中途半端にするのは、良しとしなかったためだ。

 

 そのため、ウェルはその場で冷静に考える時間が欲しい。そう思い、一週間の猶予をもらった。

 

 

 その後任されていた仕事に一区切りつけるとウェルは晴れて専属執事となったのだった。

 

 

 アレンの専属となった後も専属としてふさわしくなるため、一層努力し、教育係件専属使用人となったのだった。

 始めは否定的であった者たちも納得し、ウェルを否定する者はいなくなった。

 

 アレンの専属になり、7年が経過し、今ではお互い信頼関係を築いている。

 

 

 だが、二度のチャンスをものにした努力家のウェルは最近アレンのことで悩みを抱えている。

 

 それはアレンが変わり者だということ。

 

 ウェルのアレンの印象は聡明で天才だ。

 

 幼い頃から流暢に言葉を話し、教育課程も同年代と比べても早く終わらせるほど。

 

 それでもアレンは抜けていることが多く、良くも悪くも周りとズレていることがある。

 

 よく確認もせずに変な本を読むことが多いし、無駄に器用すぎるので女性が嗜むような内容まで手を出すもすぐに飽きて別の内容に手を出す始末。また、最近では婚約は家同士ですることが当たり前だと間違った解釈をしていた。

 

 別に悪いことではない。

 間違ったことはウェル自身が指摘すれば良いし、器用すぎる点は利点だ。

 

 何かその才能を別のことに活かしてくれればと思うがキアンから基本的に自由にさせるよう指示が出ているため、放って置いている。

 それでも何故か安心できないのだ。

 

 だが、その不安は的中することになった。

 

 アレンはお披露目会を経て、公爵家の息女と婚約が決まってしまったのだった。

 

「何故そのようになったのですか?」

「いや、僕に言われてもなんとも。少しやらかしちゃったと思ったら、気づいたら婚約してた」

「だから、さっきから何でそうなったのか聞いているんです!」

「わかった。ちゃんと一から説明するから」

 

 現在アレイシアとアレンが婚約が決まってから次の日、ウェルはキアンから報告を受けた。

 

 そして現在、婚約の件について説明をアレンに求めていた。

 

「ーーそれで、僕の功績により、かのソブール公爵家と関係を持てたんだよ!……あれ?ウェル聞いてる?」

「聞いてます。……タイヘンデシタネ」

「なんで棒読み?もっと何かないの?」

「なんでもないです。ただ呆れていただけです」

「呆れてるって、どの点で?僕はきっかけはどうあれ、ソブール公爵家と繋がりを作ったんだよ。もっと言い方ないの?」

「はぁ……アレン様、そろそろ現実に戻ってはいかがですか?」

「な…なんのことかな?」

 

 ウェルはアレンの説明、態度を見てさらに呆れた。

 そして、ウェルはアレンに一言言いたいことができた。

 

「アレン様、失礼を承知で一言言わせてください」

「何かな?ウェルの指摘にはいつも助かってるからね。今さら失礼とか気にしなくていいのに」

「わかりました」

 

 ウェルは前置きをし、話し始める。

 

「アレン様……あなたバカですか?」

 

 アレンとウェルは主人と使用人の関係。

 失礼極まりない、本来ならば咎められ、最悪ウェルは職を失ってもおかしくない。

 だが、その失礼なウェルの言葉にアレンは。

 

「……ごもっともです。……現実逃避してたわ」

 

 素直に認めたのだった。

 

 その後はウェルがアレンの説教が始まった。

 使用人が主人を説教するという謎のスタイル。

 これはキアンとシンの関係と少し似ているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そんな変わった主従関係をドアの外から眺めるものがいた。

 

「やっぱり親子ね!」

 

 ユリアンはアレンとウェルの二人を見ながら微笑んでいた。

 だが、その声はもちろん耳の良いアレンに聞こえていて、アレンはユリアンに向かい助けを求めるように視線を送る……が。

 

 助け舟を出すことなく、微笑みながらその場を立ち去ったのだった。

 

「少しくらい反省してもらわないとね!さんざん迷惑かけたんだもの」

 

 ユリアンは一人ごとを言いながらその場を後にした。

 ユリアンは誰にも聞こえていないと思ったが、アレンには聞こえていた。

 

 アレンはユリアンの呟きを聴き、この状況では誰も助けることはしないと思い、ウェルが納得するまで説教を受ける覚悟したのだった。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

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番外編 ユベール夫婦

「「どうしてこうなったのかしら(だろう)」」

 

 場所はグラディオン王国、ユベール伯爵邸。

 そこの一室に1組の夫婦が机に向かい合い、ため息をしていた。

 一人がユベール伯爵家当主キアン、もう一人がその妻ユリアン。

 この二人、相当疲労困憊状態。

 理由は二人の息子こアレンがしでかしたことが原因であった。

 

 貴族の子息子女が貴族としてはじめての義務「お披露目会」。

 生後10歳の子供が王族に健やかに育ったことを祝う場で将来の人脈や関係を築く会場。

 

 本来なら子供同士の交流を持つ、贅沢をいえば交流の少ない家同士の新たな関係を築くなど、大人はこういった思惑があった。

 

 もちろん、それはユベール伯爵家夫婦もわずかながら期待をしていた。

 だが、ユベール伯爵夫婦にとってそれは「あわよければ」そんな軽い気持ちであった。

 

 それが……。

 

「まさか、ソブール公爵家と関係をもつ……しかも御息女のアレイシア嬢と婚約できるなんて」

「ええ、私もそれを聞いた時驚いたわ。でも……」

「「はぁ……」」

 

 ソブール公爵家の御息女との婚約。

 これに関しては二人にとって喜ばしいことだ。

 家柄も理想で、アレンが婚約できたので将来は安泰。

 

 では、何故二人がため息をしていたか。それは結果ではなく、結果に至るまでの過程にある。

 

「アレンの育てかた……自由にさせるのは間違っていたかしら?」

「いや、それはないと思うよ。そもそも、自発的に行動させたおかげで、ウェルのような優秀な人材をアレンの専属にできたわけだし。

「でも、もう少しアレンに厳しくするべきだったと思うわよ。だって、目上の人の挨拶を遮ったのよ。そのせいで……」

「それは……」

 

 貴族は噂に敏感だ。

 今回の一件で、アレンの悪い噂が流れてしまった。

 それは今後のアレン……ユベール伯爵家の将来に深く関わる可能性も……。

 

 アレンの婚約について話すほど、雰囲気が暗くなっていく。

 室内は静寂で物音もしない。

 だが、その静寂も長くは続かなかった。ドアからトントンとノック音が聞こえたためだ。

 

「シンです。ウェルを連れてきました」

「入っていいよ」

「失礼します」

「……失礼します」

 

 静寂を破り、入室したのはシンとウェルの2人。

 

 だが、入る際、ウェルは落ち込んでいた。

 それは表面上は取り繕っているものの、長い時間を過ごしている者にはすぐに違いがわかる。

 そのため、この場にいる者たちにはすぐに見抜かれてしまった。

 

 普段であれば咎められてもおかしくないのだが、指摘するものは誰もいなかった。

 

 原因はアレンがしでかしたことだからだ。

 

「そんなに畏まらないでいいよ二人とも。今日は別に何か言うために読んだわけじゃないんだから」

「そうよ。今回は私たちの息子が原因です」

「いえ。今回の件、私の力不足が一番の要因です。どのような罰も受ける所存です」

 

 キアン、ユリアンはウェルを気遣い言葉をかけたものの、ウェルは自分の力不足と言い、罰せられることを望んでいた。

 キアンとユリアンはそんなウェルを見て、どうしたものかと思うも、自分達ではウェルが納得するような言葉が思い浮かばず困ってしまう。

 

 ふと、キアンがシンに視線を送り、助けを求める。

 この場に置いて中立の立場で的確な答えを出せるのはシンだけであった。

 

「一先ず、保留にしてはいかがでしょう?」

 

 シンの言葉に部屋にいる3人の視線が集まる。

 

「もう、終わってしまったことを考えても仕方ないですよ。結果だけ見ればソブール公爵家と関係を持てたことは喜ばしいことです。人の噂も75日と言います。時が経てばほとぼりも冷めるのでは?」

「シン……そうよね」

「そうだね。終わってしまったことを考えてもしかない。今から出来ることをすればいいか」

 

 シンの指摘でユリアン、キアンは少しばかり元気を取り戻した。

 過去に囚われることではなく、この先のこと。今から出来ることをすればよい。

 

 アレンの一件は取り返しのつかないことではない。そうするためには……。

 

「ウェル、アレン様を一から徹底的に教えなさい」

「わかりました!徹底的に一から再教育したいと思います!」

「……あはは」

「うふふ」

 

 シンは今できること、アレンの再教育を徹底することをウェルに指示をした。

 

 普通ならば、それはキアンが決めて指示を出すべきなのだが、ユベール伯爵家の主従関係は変わっている。

 

 そんな光景を苦笑いしながらアレンに憐れむキアンに、光景に微笑むユリアン。

 

 今後、アレンがどうなってしまうのか。

 本人のいないところで話し進んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ」

 

 アレンはこの一連のやり取りを壁越しに聞いていて、明日からウェルにどんな厳しい教育をされるのか、恐怖するのであった。



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学園編
1


学園編です。
よろしくお願いします。


 月日が経つのは早いことで、アレイシアとの出会いから五年が経ち成人、ハルム学園の入学を控えている。

 

 

 今日は入学前の最後のアレイシアとの定期的なお茶会の日、僕はいつも通り、彼女とお茶会をしている。

 

 

『今日、アレン様の婚約者が来るんだろう?』

『あぁ、あの怖い人か』

『アレン様もよく婚約を結ばれたよな?』

『それはある。俺じゃ無理だわ』

 

 とまぁ、こんな失礼な会話が聞こえて来る。

 別に咎めることはしない。

 耳が良すぎることは他人にバレるような行動はしないよう心がけている。

 

 

「あの……聞いているのですか?」

 

 おっと、いけない。

 考えごとをしていた。

 今は彼女との、会話に集中せねば。

 

「ごめんごめん。僕の立ち振る舞いに関する話だったのね」

「……聞いていらっしゃるのならいいです。もっと、わたくしの婚約者というのを自覚してくださいませ!あなたの態度一つ、わたくしの評価につながるのですよ」

 

 まぁ、いつも通りだなぁと内心思うも咎めることをしない。いつものことだし、ただ緊張しているだけなのだから。

 

 彼女は名門家の息女らしく周りの目を気にし、常に自分を高め、何が最良な選択かを考え行動している。

 僕に対してもそれ相応の態度をする様に言ってくる。

 本当に努力家である。

 でも、婚約者になって数年……そろそろ素で接して欲しいものだ。

 

「ごめんて……」

「あなたは謝罪しかできないのですか?毎回それしか言っていませんよね?それに、あなたのわたくしに対する態度、言葉遣い。正した方が宜しいのでは?」

「そうかな?僕は君の前では素で接したいし、婚約者、将来家庭を築き支え合う夫婦になるんだよ?僕は君に対して心を許しあえる関係を築いた方がいいと思うんだ。それに、君と接している時以外はちゃんとした態度で接していると思うけど?」

「それはそうですが……」

 

 僕の言い分にアレイシアは少し考え始める。

 

 とりあえず今日はお開きにしようかな。

 午後から外せない用事があるし。

 それに……。

 

『ドク…ドク…ドク』

 

 鼓動が早くなって来ているからそろそろ落ち着かせてあげない。

 こういうのはリタに任せるのが一番である。

 それに、ここで少しだけイタズラを仕掛ける。

 

「アレイシア嬢、先ほどまでの態度、謝罪いたします。今後はあなたの婚約者に相応しい立ち振る舞いをしていきたいと思います。本当に申し訳ありませんでした」

「………え?」

 

 僕はアレイシアに丁寧な言葉遣いでこれまでの態度を謝罪する。

 ま、冗談なのだが……。 

 そういうと、アレイシアは少し悲しそうな表情をした。

 わかっていても素直になれない。

 僕に対しても緊張しすぎてきつい態度をとってしまう。

 僕はそんな彼女が愛おしい。

 アレイシアはよっぽどのことがない限り、表情は変えない。

 まー、緊張が限界に達したらフリーズしてしまうが。

 今もなお、無表情だが、よく見れば悲しい顔をしている。

 最近、細かすぎるけど、そういう判断がつくようになってきた。

 僕も成長しているってことかな?

 ……流石に可哀想になってきたな。そろそろネタバラシするか。

 

「冗談だよ!今さら態度は変えないよ」

「?!」

 

 僕が笑いながらそう言うと、アレイシアは顔を真っ赤にしながら驚く。

 あ、やべ……。

 相当怒らせてしまったらしい。

 

「今のあなたの態度、とても不快です!今日は帰らせていただきます。行きますよリタ!」

「……わかりました」

 

 アレイシアは怒りながら、控えていたメイドのリタにそう言い、退席した。

 そして、リタはその跡を追うように去っていった。

 立ち去る際、リタは僕の方を向き、一礼した。

 その時、少し睨まれたが、意味としては「面倒くさいことしないでください」というような感じだ。

 僕とアレイシアがお茶会をするときは半分はこういう形で終わる。

 いや、僕が終わらせている。

 理由はアレイシアの態度が面白いからだ。

 悪い癖だ。

 

 さて、アレイシアを見送らなくては、僕はそう思い怒るアレイシアを追うため、部屋を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお越しください。いつでも歓迎いたします」

「……わかりました」

 

 僕の言葉に、アレイシアはそう返し、馬車に乗って帰っていった。

 それからアレイシアが乗った馬車が動き始めて十秒ほど時間が経ち、ある会話が聞こえてきた。

 

『どうしようリタ……アレン様に嫌われてしまいました』

『大丈夫ですよ、アレイシア様。アレン様は嫌ってなんていませんよ』

『でも……」

『毎回言っていますが、アレン様はアレイシア様を好いていますから、今更あのような態度をとったところで、嫌ったりしませんよ』

『それでも……こんなわたくしを好いているなんて、あり得ないわ。今度こそ嫌われてしまったわ』

『大丈夫ですって……。そんなにお気になさるなら今度、お詫びを兼ねて訪れてはいかがですか?』

『でも……。もしもそれで図々しい女だなんて思われたら……どうしましょう?』

『大丈夫ですって、もぉ、あなたは全然変わりませんね。アレン様とは何年の付き合いになると思ってるんですか?5年ですよ。今更遠慮するような関係でもありません。それにアレン様なら喜んで時間を作ってくれますよ。毎回そうですし』

『リタ……。うん、そうよね。そうするわ』

 

 

「うん、いつも通りだね」

「相変わらずですね」

 

 いつも通りのこの反応。後ろに控えているウェルも呆れている模様。

 少し不安だったけど、これでよかった。

 

 それにもうすぐハルム学園に入学しなければならない。

 乙女ゲームも始まるし、ヒロインがどのような行動をするかもわからない。

 

 色々とわからないことが多い。

 

 でも、僕は彼女を幸せにすることを第一に考える。

 だから、乙女ゲームのような結末にはさせない。

 それが僕のできることであるのだから。

 




読んでいただきありがとうございます。
更新は不定期です。

もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら差支えなければお気に入り登録や高評価を頂ければ幸いです。

評価ポイントはモチベーションになります。


ーーーーーーーーーーー
短編投稿してます。
よろしければ暇つぶしに。
連載版候補です。

よろしくお願いします。


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「只今、悪役令嬢攻略中です。なお、最近ではツッコミ役にシフトチェンジの兆しあり。……たまに見せるデレが最高です。」


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「せっかく、5年かけて準備して美少女奴隷買ったのに、何故か勘違いされて厄介なことに巻き込まれてしまったのだが」

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婚約者の調査記録〜結論、俺の婚約者は態度がデカイがツラが薄い〜


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2

最後まで読んでくださると幸いです。


 さらに月日が流れ、入学式当日となった。

 

「どうか……娘を頼むよアレンくん」

「はい。ラクシル様、お任せください」

 

 ここはソブール公爵邸。 

 一応、今日はめでたい日なのだが、空気は少し緊張している。

 ラクシル様、そんなに心配しないでも大丈夫ですって。

 

 アレイシアがうまくやっていけるか不安がっているようだ。

 まぁ、理由はわかる。重度のあがり症の彼女は家族以外の人に素を見せられない。

 

 好意を持ってくれている僕にすら緊張して素直になれない。

 ここ数年、僕はアレイシアとパーティに出席した。

 だが、まだ少なからず悪評をもつ僕と常に緊張しているアレイシアは何か近寄りがたい雰囲気があるらしい。

 

 アレイシアには表面上のお友達(利益欲しさに近づく輩)はできたものの友達はできないでいた。

 

 僕は一応、一人だけ友人と呼べる存在ができたのだが。

 

 リタから僕とアレイシアの様子を逐一聞いているラクシル様はとても心配していた。

 

 ……僕の大丈夫は信用できないらしい。

 

「はぁ、本当にアレン君と婚約させて正解だった。我が娘ながらこんなにも不器用とは……もしも一から相手を探すのは難しいかっただろう」

 

 ここまで言うのは酷いかなと思うも本当のことなのでコメントできない。

 

 学院で気が合う友人ができることを願おう。

 僕も可能な限り協力する。

 

「はぁ……おっと、そろそろくるな。アレン君、先程の会話はオフレコで頼むよ」

「……承知しました」

 

 ラクシル様は気配を感じとったらしく、近くにいる僕にそう一言言って少しだけ距離を空けた。

 少し気を使ってくれたらしい。

 

 2人の足音が聞こえ、少し待つと階段から二人の女性が降りてくる。

 一人はメイド服を着込むリタともう一人は……。

 

「……美しい」

 

 アレイシアは貴族学院の制服を着てきた。

 白色のブラウスに、コルセット風のウエストからふんわりと広がるロングスカート。

 

 綺麗さに思わず息を呑む。

 コツッコツッと、階段をリタにエスコートしてもらいゆっくりと降りるアレイシア。

 

「ご機嫌様、アレン様。わざわざお迎えにいらっしゃなくてもよろしかったんですのよ。これから学院で毎日顔を合わせるのですから」

 

 うん、彼女は平常運転だ。

 ふと、ラクシル様を見ると娘の姿に微笑んでいた。

 心配そうにしていたラクシル様だが、やっぱり父親にとって娘の晴れ姿は嬉しいらしい。

 難しい顔すると思ってたけど、僕の考えすぎだったようだ。

 

 ラクシル様が近くにいるからあまりいちゃつくのは嫌だけど、ここで褒めないと少しアレイシア拗ねることだし、褒めなければ。

 

「いや、愛しの婚約者の制服姿をいち早く見たいと思ったからだよ。それに学院まで一緒にいたかったからね」

『ドク…ドク…ドク…ドク』

「………」

 

 あ、フリーズしちゃったよ。

 毎回思うけど、5年も経つんだよ。少しくらい慣れてくれないかなぁ。

 

「……アレイシア?」

「……そ……その様な戯言を言うのは止めてください。毎回同じような言い回しをしているではありませんか?……言葉の説得力がありません」

 

 ……えぇ。どうすりゃいいんだよ。

 

「本当のことなんだけどなぁ」

「では、証明してみてください。あなたが本当にわたくしをその様に想ってくださっているのなら」

 

 いや、逆に難しい。

 言葉で示す以外に何か方法あるか?

 ……誓いをすれば良いのだろうか?

 

 どう言ったものか?

 

 うーん。……どうしよう。

 リタは何か助け舟を求めアイコンタクトを送るも……期待できそうにないな。

 「自分で考えてください」と言わんばかりの無視。 

 ラクシル様は……僕を真剣に見ている。

 試されてるのか?

 

「やはり、口先だけだったのですね」

 

 いや、まだ5秒も経ってないんだけど。

 少しアレイシアはしゅんっとしていた。

 

 小さすぎる変化だが、僕は見逃さない。もうヤケだ。

 僕はアレイシアの右手を両手で優しく掴む。

 

「な?!」

「アレイシア、この場を借りて誓おう。僕は君を嫌うことは決してないよ。どんなことがあっても僕は君を裏切らない。だから、君もどんなことがあっても僕を信じ続けてほしい」

 

 これは誓いだ。

 乙女ゲームが始まるので、もしかしたらアレイシアは悪役令嬢みたいになるかもしれない。

 だが、僕はどんな時でも君の味方を続ける。

 

『ドクドクドクドク』

「……あの、アレイシア?」

 

 完全に……フリーズしてしまった。

 口がポカンと小さく空いており、視線が僕一直線に向いていた。

 

 呼んでも反応を示し出さない。

 

 ……やりすぎた。

 




最後まで読んでくださりありがとうございました。


もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら差支えなければお気に入り登録や高評価を頂ければ幸いです。

評価ポイントは作者のモチベーションになります。

よろしくお願いいたします。



ーーーーー
短編投稿しました。
暇つぶしによろしければ。

「結成!乙女ゲー国外追放同盟~逆行したコソ泥モブと前世持ちの悪役令嬢が結託、逆ハー阻止に奮闘す〜」

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3

 

「アレイシア様…アレイシア様」

「……は。何かしらリタ?」

 

 少しやりすぎてしまい、フリーズしてしまったアレイシア。

 だが、リタが声をかけたことにより、すぐに意識が覚醒した。

 これ以上余計なことをするとフリーズしてしまいそう。

 

「アレイシア、そろそろ行こうか」

「わかりました」

 

 だから、リードはリタにしてもらい、僕ゆっくりとアレイシアのペースに合わせた歩き始め、馬車に向かう。

 

「あの……馬車が一つしかありませんが?」

「そりゃ一緒の馬車で向かうからだけど……何か問題がある?」

「別々で行きましょう。未婚の男女が一緒の馬車で行くのはどうかと」

 

 えぇと。僕たち婚約しているはずなんだけどなぁ。

 

「いや、でも婚約しているわけだし大丈夫だと思う……」

『ドク…ドク…ドク』

 

 どうするべきか。

 普段なら馬車一緒に乗るくらい平気なんだけどなぁ。

 ……でも、今さっきの件もあるし。……しょうがない。

 

 リタに視線を送るも……あ、もう用意が済んでいるのね。

 ならいいか。

 

「学院でどう思われるかわからないし、今日は別で行こうか」

「そ……そうですわね」

 

 僕はアレイシアの気持ちを常に優先している。だから、とりあえず今日は自分の家の馬車で学院に向かった。

 

 本当に僕はどうすればいいのだろう。

 僕はアレイシアが好きだ。

 

『アレイシア様、今のはいけないと思いますよ。流石のアレン様が可哀想です』

『で、でも。ふ……二人きりになるのが今日は恥ずかしくなってしまって。だってあんな……両手で握られて……褒めてくださって』

『はぁ』

『何故ため息をしますの?私は真剣に』

『なら、尚更そろそろ素直になるべきでは?』

『で…でも』

 

 僕は耳がいい。

 だから、離れていても会話が聞こえてしまう。

 アレイシアの本心はわかっている。いや、知ってしまっている。

 

 だから、僕の方から近づけば解決かもしれないが、可能なら彼女から寄り添ってきて欲しい。

 

 根本的なことを解決しないといけない。彼女ば僕に対していまだに緊張してしまっているという点だ。

 僕から寄り添ったところで彼女は素で接してくれない。

 

 何故付き合いが5年になるのに彼女は緊張してしまうのか。

 

「原因がわかればいいんだけど。それか何かアクシデントがあれば変わるのかなあ?」

 

 前世で「雨降って地固まる」という言技もある。

 何か僕とアレイシアの関係が進む物事があればいいんだけど。

 

 まぁ、そんな都合の良いことなんてそうそう起きないか。

 どうにかこの学院生活でどうにかしなきゃな。

 

 

 

 

 

「うふふ。ついにこの時が来たわね。みんな私が攻略してあげるわ」

 

 アレンの考えとは裏腹に学院生活は想定外の方向に進んでしまうとはこの時のアレンはまだ知らない。

 




最後まで読んでくださりありがとうございました。


もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら差支えなければお気に入り登録や高評価を頂ければ幸いです。

評価ポイントは作者のモチベーションになります。

よろしくお願いいたします。



ーーーーー
以前投稿していた短編に加筆して再投稿しました。
4000文字増えてます。
よろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n9338id/
「只今、悪役令嬢攻略中です。なお、最近ではツッコミ役にシフトチェンジの兆しあり。……たまに見せるデレが最高です。」
日間 異世界転移 恋愛 37位


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更新停止のお知らせ

 今まで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

 

 申し訳ありません。

 ご連絡が遅くなりました。

 小説家になろうでは改訂版投稿の際に作品ページにてご連絡させていただきました。

 しかし、ハーメルンでは作品ページに連絡をしていなかったため、未完設定にしてしばらく経ちますが、この場をお借りして連絡したいと思います。

 

 本作はここまでで未完にしてます。

 実は本作は23話で完結の予定で執筆したものになります。

 それでも、小説家になろうにて続きが気になるとご意見をいただき学園編を投稿を始めました。

 

 しかし、投稿し始めたものの、物語の設定が浅くなってしまい、投稿を続けても作者が満足いく作品が投稿できなくなりました。

 

 ですので、現在この作品を残したまま、別作品として改訂版を投稿しております。

 

 乙女ゲームや登場キャラたちの設定の見直し、学園編で登場させようとしていたキャラなど、作品をより良くするために物語を練り直しました。

 

 なので、読んで楽しいと思っていただけるように、執筆してます。

 

 タイトルとあらすじは以下の通りになってます。

 

 

 

 

 

 

 タイトル

「実は僕……すごく耳がいいんです〜乙女ゲームで感情のない人形と嫌われていた悪役令嬢、実は重度のあがり症だった〜」

 

 あらすじ

 

【ある日僕は過労死で死んでしまった。

 だが、幸運なことに第二の人生、赤ちゃんとして転生を果たした。

 しかも伯爵家の嫡男、人生は約束された。

 

 僕は苦行から解放されたことに歓喜した。

 新たな人生、平穏な生活を送ろうと決心した。

 そんな僕には二つの秘密がある。

 一つ目は生まれつき耳が良すぎること。

 同じ部屋の小声からもちろん、壁越しでの会話も聞き取ることができる。

 

 二つ目は僕は前世の記憶があること。

 どうやら僕が転生した先は乙女ゲーム世界だった。

 しかもその転生先は攻略対象アレン=ユベール。

 

 アレンはいい意味でも悪い意味でも有名なキャラだった。

 美少年のため、腐女子のユーザーから同性カップリングや男の娘にされてしまったり。

 

 また、アレンルートで立ち塞がる悪役令嬢アレイシアは無表情で主人公をいじめる。

 だから「感情のない人形」とユーザーから最も嫌われていた。

 

 そんな人とは婚約してたまるかと思っていたのだが、アレイシアがそう言われたのには理由があったんだ。

 

「わたくし、軽薄な方は嫌いですわ」

「少しは伯爵家長男としての自覚をお持ちになっては?」

 

 アレイシアは僕の前では無表情で話す。褒めても少しきつい言い回しで返答してくるのだ。

 だが、それは表では。

 実はアレイシアにはユーザーの誰も知らない秘密があったんだ。

 

『ねぇ、リタ聞いてください!アレン様がわたくしを可愛いって!』

『リタ!見てください。アレン様がわたくしにプレゼントを!』

 

 僕はアレイシアとメイドのリタとの会話を偶然にも聞こえてしまった。

 

 アレイシアが「感情のない人形」と言われた理由は重度のあがり症が原因だった。

 

 ……可愛すぎだろ。

 僕はそんな彼女に惹かれてしまった。

 

 これは乙女ゲームの攻略対象の耳がいいだけの僕と不器用すぎるけど、懸命に頑張る悪役令嬢とのちょっと変わった恋の物語】

                            

 

 

 

 本作はハーメルンと小説家になろうで先行投稿という形でマルチ投稿をしてます。

 

 是非気になった方は読んでいただけると幸いです。

 

 




 
 下記のURLが改訂版の作品ページになります。
 
 https://syosetu.org/novel/315709/


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