インフィニット・ストラトス~夏の月が進む世界~ (吉良/飛鳥)
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夏の月が進む世界~キャラクター設定~


一夜夏月

 

本作の主人公で、世界で初めてとなる『ISを動かす事が出来る男性』となった少年。本名は『織斑一夏』。

普通と比べれば優秀な人物であったが、姉の千冬と双子の弟である秋五がそれに輪を掛けて優秀だったために、一部を除いて『織斑家の面汚し』と蔑まれていた。

『出来た事よりも出来なかった事』を指摘して絶対に褒めてくれなかった千冬と、現状を見て見ぬ振りをする(少なくとも一夏はそう感じた。)秋五に心底嫌気がしていた頃、第二回モンド・グロッソにて千冬の大会二連覇を妨害せんとする勢力に誘拐されてしまい、千冬が決勝戦に出場したと言う事を聞いて絶望し、用無しとなった一夏には誘拐犯が暴行を加え、顔には一生消えない傷を刻み込まれた。

殺されるすんでの所でオータムによって助け出され、その際に投与された治療用ナノマシンの副作用で瞳が金色に変色してしまったが、『傷痕と目の色が違うだけで随分印象が変わるな』と気にはしていない。

助け出された後は、『織斑』との決別を決意して、新たに『一夜夏月』と名乗るようになる。

『一夜夏月』の戸籍を作り上げる為にオランダに数日滞在した際にロランと出会って、女優を目指している彼女の『最初のファン』となり、『一夜夏月』となった後は更識家に預けられ、刀奈、簪と良い感じの関係を続けていたりする。ロランとも文通での交流は続いている。

更識家に身を置くようになった後も文武共に努力を怠らなかったが、更識家に身を置くようになってから一年後に突如として、『此れまでの経験値が一気に反映された』と思う程の急成長を遂げ、その結果秋五を遥かに凌駕する存在となっている。

束によって『世界で初となるISを動かせる男性』となったが、中学卒業まではその事実を隠し、中学卒業と共にその情報を公開してIS学園に入学する事になった。

 

 

 

更識楯無

 

本作のメインヒロインの一人。本名は『更識刀奈』。

『更識』始まって以来の天才と称されており、次期の『楯無』となるべく幼い頃から様々な訓練を受けて、『暗部の長』に足りる力を培って来た。

そのせいで妹の簪とは少し溝が出来てしまっていたが、夏月が二人の仲を取り持つ事でお互いの誤解も解けて良い感じの姉妹関係を構築している。

一五歳の時に、父親から譲られる形で『楯無』を襲名し、『更識家当主・第十七代更識楯無』となると同時にIS操縦者として日本の国家代表にも抜擢されている。

其の実力は極めて高く、IS学園進学後に、互いに量産機であるとは言っても、模擬戦で千冬を圧倒して時間切れ引き分けに持ち込んでいる……が、一部の生徒の間では、『千冬の面子を潰さない為に、敢えて引き分けに持ち込んだのではないか』と言う噂も立っている。

IS学園の生徒会長を務めており、夏月が入学後は彼の護衛も務めている。

 

 

 

更識簪

 

本作のメインヒロインの一人。

楯無の妹で、姉と比べると控えめな性格であり、次代の『楯無』となるべく様々な力を培って行った姉の事を尊敬しつつも少しばかりコンプレックスを抱いていた。

そんな折、更識に居候する事になった夏月から『刀奈さんは刀奈さん、簪は簪だろ?刀奈さんと簪は同じじゃないんだから簪は自分の得意分野を伸ばせば良いんじゃないか?』と言われたのを機に、元々得意だったプログラミングを徹底的に磨いた結果、完全にコンプレックスを克服。

夏月の計らいで、姉妹水入らずの時間を過ごした後に溝は埋まり、今では良い姉妹関係を続けているだけでなく、自分の得意分野で『楯無』となった姉を支える心算で居る。

徹底的にプログラミング技術を磨いた結果、結構ヤバめなコンピューター・ウィルスも作れるようになってしまい、其の性能は、あの束が『此れを各国の軍事機関に送り込んだらその国は間違いなく滅びるね』との事。

IS操縦者としては日本の国家代表候補生に選抜されており、国家代表に昇格する日も遠くないと言われている。

 

 

 

ロランツィーネ・ローランディフィルネィ

 

本作のメインヒロインの一人。フルネームが無駄に長く、愛称は『ロラン』。

オランダの小さな劇団に所属しており、十三歳の時に初舞台前に一人路地裏で練習してた所を夏月に見られた事が切っ掛けで夏月と交流する事に。『女優目指してるのか?なら、俺が最初のファンって事で良いかな?』と言う言葉に嬉しさを感じていた。

ISの適性検査を受けたところ、高い適性がある事が判明し、舞台女優を続けながらISの訓練にも精を出し、十五歳でオランダの国家代表にまで上り詰めた。

 

 

 

 

ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー

 

本作のヒロインの一人。

タイの国家代表で一年三組のクラス代表を務めている。頭脳明晰で思慮深い性格。 

スタイルは抜群で、豊満なバスト(Dカップ)とヨガで鍛えたしなやかな脚線美の持ち主。

小学生時に量産型ISに試乗したことがきっかけで、タイのIS特別訓練校に転入した。

物心つくまえに父親と死別し、現在は母親との二人暮らし。

『肉体凶器』の異名をもつムエタイチャンプの母親から格闘技の指導を受けており、特に蹴りの威力は殺人的で素人が喰らおうものならば骨折は確実。

IS戦闘でも蹴り技を主体とした徒手空拳での格闘戦を得意とする珍しいスタイルで闘う。

早くからIS操縦の特訓を受けていたせいか、男性に対してあまり免疫がなかったが、母親が運営しているムエタイ道場には同世代の男子の門下生も居た事で少しずつ男性にも慣れて行き、今では男性にも普通に接する事が出来る。

クラス対抗戦で夏月が『命の遣り取りなら戦闘スタイルは選んでられないが、ルールのある試合ならフェアにだろ?』と言った事で本気の無手の格闘戦を行い、其の中で自分と互角以上に戦える夏月に対して好意を抱くようになった。

 

 

 

グリフィン・レッドラム

 

本作のヒロインの一人。ブラジルの国家代表で二年生。

孤児院出身で、そこで同じ境遇の子供たちの面倒を見ていたことから、世話好きで姉御肌な性格となった。

趣味・特技は運動全般で、特にサッカーが得意でIS学園に来るまでは地元の女子サッカークラブでエースストライカーとして活躍していた。

大人の男性顔負けの健啖家で、特に肉を好物とし、地元のステーキ店のチャレンジメニュー(三十分以内に400gのステーキ十枚を食べ切ったら無料)をクリアしていたりする。

サッカーだけでなく、格闘技も学んでおり、ブラジリアン柔術二段、空手三段、マーシャルアーツ二段の腕前を持つ。

楯無から夏月の事は聞いていたが、クラス代表決定戦で全勝した夏月を見て気に入り、そして其の後食堂で凄まじいまでのメニューを平らげるのを見て余計に気に入り好感を抱くようになった。

 

 

 

凰乱音

 

本作のヒロインの一人。台湾出身の少女で、一夏と秋五の一学年下。

箒が転校したのと入れ替わる形で、従姉妹の鈴音と同じ時期に転校して来て、『お姉ちゃん』と慕ってる鈴音が虐められているところを一夏と秋五が助けてくれたと言う事を聞いて、二人と交流するようになった。

一夏の周囲には味方があまり居なかった事から、弾、鈴音と共に一夏の数少ない友人となるが、一夏が周囲から不当な扱いを受けている事に対して、申し訳なさそうな顔はするモノの見ているだけで何もしない秋五の事は、鈴音を助けてくれた礼は有れども、好きになれずにいた。

鈴音が両親の離婚を機に中国に帰国した後も日本に残っていたが、第二回モンド・グロッソにて一夏が誘拐され、そして死亡したと言う事を聞いた時には大きなショックを受け、葬式に参加した際には千冬に対して『なんで見捨てた!』と掴み掛かり場を騒然とさせた。

小学校卒業と共に台湾に帰国してISの訓練を受けて台湾の代表候補生となり、中学三年次に飛び級でIS学園へと進学し、『一夜夏月』となった一夏と、『世界で二人目のIS男性操縦者』となった秋五と再会した。

 

 

 

凰鈴音

 

本作のヒロインの一人。箒が転校するのと入れ違いになる形で中国から転校してきた少女。

日本語に不慣れな事で虐められていた所を一夏と秋五に助けられ、二人と交流を持つ事になるが、その後一夏が不当に低い評価を受けている事を知る。

秋五に『アンタは弟して何もしないの?』と聞いた事もあったが、秋五が『双子とは言え弟に助けられたとなったら一夏のプライドが傷付くかもしれないし、弟に助けられたって事で余計にバカにされるかもしれない』と言う事を聞き、其れが間違いとは言い切れなかったため、其れ以上は何も言えなかった。

自分を助けてくれた一夏と秋五が擦れ違いで不仲になっているのであれば自分が何とかしてやりたいと思っていたが、両親の離婚に伴って中国に帰国する事になり其の願いは達成されないままとなった。

一夏の努力を認めずに、出来なかった部分だけを叱責していた千冬に対しては良い感情を持っておらず、乱音から『第二回モンド・グロッソで一夏が誘拐されて、織斑千冬に見捨てられて死んだ』と言うLINEメッセージを受けた際には『アンのクソ女ぁ!』と激怒し、スマホを粉砕しかけた。

帰国後僅か一年足らずで、中国の代表候補生に上り詰め、『世界初の男性操縦者発見!』、『二人目の男性操縦者はブリュンヒルデの弟!』のニュースを聞いてIS学園に行く事を決めた。

 

 

 

布仏本音

 

昔から更識家に仕えていた布仏家の次女で、簪の従者を務めている。

物怖じしない性格で、どんな事に対してものほほんとした態度で応じてしまい、何かに対して驚く事が殆どなく、驚いたとしても驚いているように見えないので、周囲からは『驚愕と言う感情が欠落しているのではないか?』と思われる事も少なくない。

更識家に居候する事になった夏月の事を、『一夜夏月だからイッチーだね♪』と呼ぶなど、人見知りせず人懐っこい部分が有る反面、簪に危機が迫ったその時は普段ののほほんとした雰囲気からは想像出来ない鋭さを見せる。

夏月から名付けられた『のほほんさん』と言うニックネームは気に入っている。

 

 

 

布仏虚

 

昔から更識家に仕えていた布仏家の長女で本音の姉。

本音と比べると落ち着いた性格で、年上年下関係なく敬語で話し、知的な印象を与える少女。

刀奈の従者を務めており、刀奈が『楯無』となった後もその役目を続けているが、時々『お嬢様』と呼んでからかう事もあったりする。

其の容姿から頭脳派のイメージを持たれがちだが、戦闘能力も高く、その辺のチンピラ風情ならば相手が何人であろうとも無力化する事が出来たりする。

 

 

 

オニール・コメット

 

カナダ代表候補生にして双子のアイドルの妹で、乱音と同じく飛び級で代表候補に選抜された少女。

二人で1機のISを操る変わり種で、機体の左側を担当している。

代表候補生に抜擢された事から実力は確かだが、実戦経験の少なさと精神的な幼さのせいで慢心し易いと言う弱点がある。

しかし、その弱点は秋五達とのトレーニングで解消され、有利な状況でも慢心せずにアドバンテージを失わないようになっている。

 

 

 

ファニール・コメット

 

カナダ代表候補生にして双子のアイドルの妹で、乱音と同じく飛び級で代表候補に選抜された少女。

二人で1機のISを操る変わり種で、機体の右側を担当している。

代表候補生に抜擢された事から実力は確かだが、物事をきちんと考え行動する性格をしているが故にやや警戒心が強いところがあり、好機を生かし切れない弱点がある。

しかし、その弱点は夏月達とのトレーニングで解消され、『リスク対アドバンテージ』を計算して好機をきっちりと生かせるようになっている。

 

 

 

織斑秋五

 

一夏の双子の弟。

早熟の天才型で、小学・中学の頃は一夏の事をぶっちぎっていた――そのせいで一夏が嫌がらせを受けていた事は知っていたが、『双子とは言え弟に助けられたとなったら一夏のプライドが傷付く。』、『弟に助けられたら、其れを理由に更なる嫌がらせを受けるのではないか?』と言う思いがあった為に、一夏を助ける事が出来ないでいた。

第二回モンド・グロッソで一夏が誘拐された後に、死亡したとの報を受けた時には誰よりも後悔し、己を呪った。

もしも一夏が生きていて再会する事が出来たら、過去の事を謝った後にまた兄弟として過ごしたいと思っている。――『世界初の男性IS操縦者』となった『一夜夏月』に関しては、『一夏と似ている』と想いながらも、『顔の傷は兎も角、瞳の色は変えられないよな』と考えて、『他人の空似』と言う事で納得しているらしい。

 

 

 

篠ノ之箒

 

黒髪ポニーテールが特徴的な少女。

男勝りな性格で、『男女』と虐められていたが、其処を一夏と秋五に助けられ、二人と親友になる。

秋五が天才であると言うのは己の両親が営む剣道場に通っている時から分かっていたが、同じく道場に通っていた一夏の事も天才ではないが、地道な努力を怠らない者だと思っていた。

故に、一夏の努力を評価しない千冬にはあまり良い感情を抱いていない。

姉の束がISを開発した事で『要人保護プログラム』の対象となり、一家が離ればなれになってしまった事で束には複雑な感情を抱いているが嫌っている訳ではない。

 

 

 

セシリア・オルコット

 

イギリスの代表候補生で、名家『オルコット家』の現当主。

プライドが高く、お嬢様口調だが誰にでも丁寧語で接し、殆どの相手を呼び捨てにせず敬称を用いる。

幼少期の経験から女尊男卑の思考に染まっていたが、クラス代表決定戦で夏月にパーフェクト負けを喫し、その後の秋五との試合の中で自分が目指して居たモノ、何故男尊女卑の思考に至ったのかを思い出すと同時に、父への誤解も解けて本来の自分を取り戻すに至った。

 

 

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

ドイツの国家代表。ドイツ軍のIS部隊『黒兎隊』の隊長を務めている。

黒兎隊の副隊長から、日本の漫画、アニメ、ゲーム等の色々と間違った知識を教わっており、其れを純粋に信じて実行してしまう『アホの子』なのだが、其処がクラスメイトからは慕われている。

ドイツ軍に赴任して来た千冬の過酷な訓練によって凶暴で好戦的な第二人格が出来上がり、ラウラ自身が千冬に疑念を持ってしまった事で第二人格に身体を乗っ取られそうになるも、最終的には秋五によって第二人格は消滅させられた。

 

 

 

シャルロット・デュノア

 

フランスの代表候補生で、デュノア社の令嬢。

男装して『シャルル・デュノア』としてIS学園に編入してきたが、初日で秋五と箒に正体を明らかにし、己の目的を明らかにすると同時にデュノア社の不正の証拠を楯無に渡し、己の保護を申し出た。

見た目からは想像出来ない位の強かさ――もっと言ってしまえば腹黒さを秘めており、己の目的を達成する為ならばどんな手段を取る事も厭わない部分がある。

ある意味では味方であるならば此れ以上なく頼りになる存在……なのかも知れない。

 

 

 

織斑千冬

 

織斑家の長女で、一夏と秋五の姉だが、現在の人格は『織斑計画』によって作られたモノであり、更に『白騎士事件』の際に白騎士のコア人格と融合した事で倫理観が欠如した人格になっている。

本物の千冬の人格は白騎士のコア人格と入れ替わる形で白騎士のコアに引き込まれ、その後『騎龍シリーズ』の為に新たなISコアを束が作った際にそのコアの一つに移動し、自分が宿ったコアが夏月の『騎龍・黒雷』に搭載されるように操作し、黒雷のコア人格として夏月の事を見守って来た。

現在の千冬の人格に対しては『アレは必ず世界の災厄となる』と言って、夏月に『奴を殺せ』と言い放った――其れは己の肉体を滅ぼす事と同じだが、自分はもう本来の身体に戻る事は出来ないと理解しているからこその言葉だった。

 

 

 

篠ノ之束

 

ISの生みの親で、箒の姉。自他共に認める『天才』であると同時に、己の研究が原因で予期せぬ事態を招く事も有る『天災』。

一夏と秋五の才能に一早く気付き、一夏は大器晩成型である事も見抜いていた。

其れだけに、一夏の努力を評価しない千冬の事を『コイツ身体能力は凄いけど無能なんじゃね?』と思っていた。

世界を一変させた『白騎士事件』の黒幕と思われているが、束はロシア、中国、北朝鮮が日本に向けて放ったミサイルを迎撃する為に白騎士を派遣しただけであり、白騎士が行った自衛隊の艦隊や民間のクルーズ船の破壊に関してはノータッチ。

『一夜夏月』となった一夏に、『ISを動かす事が出来る』と言う事を告げると同時に夏月の専用機を開発し、更には夏月と交流の深い更識姉妹、ロラン、鈴音、乱音にも専用機を開発して譲渡している。

『騎龍』シリーズは厳密に言えばISではなく、ISを凌駕する機体で、ISの世代で言えば第8世代に相当する。

相当にぶっ壊れた性能ではあるが、『この先の世界には絶対に必要になる力』として開発されており、夏月が仲間と認めた相手の機体を騎龍化する事も考えていたりする。

 

 

 

スコール・ミューゼル

 

亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』を率いる女性幹部。亡国機業所属前は、『時雨』のコードネームで更識のエージェントとして活動しており、更識姉妹とも面識がある。

長身で美しい金髪とモデル並みのプロポーションを持った、セレブ然とした抜群の美貌を誇る。

十年前の白騎士事件の際、白騎士が破壊した艦船に偶然搭乗していた事で瀕死の重傷を負い、失った身体を機械で補い、表面を人工皮膚で覆って隠している。

金に目が眩んで、『織斑一夏誘拐』を行った亡国機業の構成員を粛清すべく現場に向かい、オータムが『先ずは俺だけで行く。ヤバい時は連絡する。』と言われたが、結局スコール自身が出る事なくオータムは一夏を救出し、最速で其の場から離脱して隣国のオランダへと移動した。

一夏が『織斑』の名を捨て『一夜夏月』として生きる事を決めた後は、彼の新たな戸籍を作って自分の養子と言う事にした後に更識家に預け、自らの目的を達成する為にオータムと共に行方をくらます。

その際夏月に、『準備が出来たら迎えに行くから、其の時までに信頼出来る仲間を作っておきなさい。』と告げている。

 

 

 

オータム

 

亡国機業所属のISパイロット。オレンジの長い髪と、『オレ』と言う一人称が特徴。

荒っぽい口調が怖そうな印象を与えるが、実際には面倒見の良い姉御肌の人物で、義理人情に厚く、筋の通らない事が大嫌い。

立場上はスコールの部下に当たるが、だからと言ってスコールに敬語と言う事も無く、上司と部下と言うよりも歳の近い友人と言った間柄である模様。

『織斑一夏誘拐』を行った亡国機業構成員の粛正に向かった際には、先ずは一人で現場に突入したが、其処で抵抗出来ない一夏に暴行を加える構成員にブチ切れて、結局スコールの手を借りる事なく全員を秒で抹殺してのけた。

一夏が『一夜夏月』として生きる事を決めた際には、『一夏の名を二つに分けて、夜と月って関係性の高いモノとくっつけるとか中々センスあるな?』と感じた。

更識家に預けるまでの数日間ではあるが、一緒に居る間に夏月の事を弟のように感じており、夏月からも『秋姉』と慕われている。

IS無しでの戦闘能力も高く、武器に関しては銃火器から刀剣、ナイフにヌンチャク、トンファーなど何でもござれ。



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機体設定

騎龍・羅雪

 

二次移行した『騎龍・黒雷』。

頭部の角を思わせるセンサーアンテナはより先鋭化して長くなり、頬の部分にも左右二対のブレードアンテナが追加され、背部からはエネルギーで構成された高速機動用の光の翼が展開され、目を模したカメラアイは二次移行前よりも鋭くなり、カメラレンズも赤く変化し、『闇の龍騎士』を思わせる外見となっている。

攻・守・速を高いバランスで供えつつも、近距離戦に其の性能を割り振った機体となってるだけでなく、本領である近距離戦で最大の力が発揮されるように調整されている。

また、コア人格である『織斑千冬』と夏月が出会った事で機体とのシンクロ率が上がっており、今まで以上に動かし易くなっている。

 

武装

 

龍騎・羅雪のメイン武装である日本刀型のISブレード。

標準的な日本刀と小太刀の中間程度の大きさだが、それ故に日本刀の攻撃力と小太刀の取り回しの良さの両方を兼ね備えている。

刀身にビームを纏わせる事で斬撃の威力を高める事が出来るだけでなく、纏ったビームを飛ばす事も可能。

また、鞘にもブレードと同程度の強度があり、ブレードと鞘の疑似二刀流も可能になっている。

二次移行した事で強化され、夏月が最も得意とする『居合い』の威力と速度が上昇している。

 

ビームダガー『龍尖』

拡張領域に詰め込まれているビームダガー。

投擲して使うのが主な使い方だが、超近接戦闘では龍牙との二刀流で使われる事もある。

二次移行時にホーミング性能と、空中に停滞する機能が追加されている。

 

ビームアサルトライフル『龍哭』

左右の腰部アーマーに一期ずつ搭載されたビームアサルトライフル。

細かい狙いを付けない代わりに、連射性能を此れでもかと言う位に強化されている。

二次移行時に速射性能が更に強化されたが、夏月が使う事の無かったセミオート機能はオミットされている。

 

電磁レールガン『龍鳴』

右肩のアーマーに搭載された電磁レールガン。

ビーム兵器と比べると威力では劣るが、消費エネルギーが小さいのでコストパフォーマンスで勝る。

近接メインの夏月にとっては、至近距離でのブレード以外の攻撃方法として重宝されている。

二次移行時に連射性能が強化されて、更に銃口も二門に増加された。

 

空裂断

騎龍・黒雷のワン・オフ・アビリティ。

抜刀と同時に空間に幾多モノ斬撃を発生させ、触れた相手にダメージを与える事が出来る他、自分と相手の間にある空間を斬り飛ばす事による瞬間移動も可能になっている。

 

無上極夜

二次移行によって発現したワン・オフ・アビリティとは異なる能力。

『エネルギーを無効化する能力を無効化する』と言う、事実上『零落白夜』専用の能力だが、此れはコア人格となった千冬が何れ訪れる千冬(偽)との戦いの為に用意したモノ。

 

 

 

 

騎龍・蒼雷

 

束が開発した楯無の専用機で、一夏の『龍騎・黒雷』の色違いと言った感じの外見をしている。

『黒雷』のメイン武装が日本刀型のISブレードだったのに対し、此方は槍先にビームエッジを展開出来る『ビームランス』がメイン武装になっている。

また、ナノマシン生成機構が搭載されており、其れを駆使しての分身や水蒸気爆発も得意としている。

 

武装

 

ビームランス『蒼龍』

『蒼雷』のメイン武装である槍型の装備。

『ランス』と銘打ってはいるが、その見た目は日本の『槍』に近く、『打つ』、『切る』、『突く』の攻撃が可能となっている。

また、先端は着脱可能になっており、近接戦闘ブレードとして使用する事も可能になっている。

『ビームランス』と銘打ってはいるが、実体ブレードも搭載されており、ビームの生成が不可能な水中でも問題なく使用出来る。

 

ビームマシンガン『葉桜』

両腰部に搭載されたビームマシンガン。

フルオートで、秒間十八発のビームを放つ事が出来るようになっている他、直列に接続する事で、超射程ビームライフルとして運用する事も出来る。

 

チェーンエッジ『蛇龍』

腰部後ろに搭載されている近接戦闘用のショートブレードだが、実はチェーンエッジであり見た目以上の攻撃範囲を持っている。

軌道の読み辛い攻撃が出来る他、遠距離の相手に巻き付けて強引に引き付けると言った戦術も可能になっている。

 

ナノマシン精製機構『朧』

ナノマシン精製機構で、腕部アーマーと脚部アーマーに搭載されている。

此れで生成されたナノマシンを使って、自機の分身を作り出したり、水蒸気爆発を起こしたりする事が出来る。

楯無はナノマシンを使った水蒸気爆発を『クリアパッション』と名付け、自身の切り札としている。

 

沈む大地

騎龍・蒼雷のワン・オフ・アビリティ。

高出力ナノマシンによって空間に敵機体を沈めるようにして拘束する超広範囲指定型空間拘束結界。対象は周りの空間に沈み、拘束力は極めて高い。

 

 

 

騎龍・青雷

 

束が開発した簪の専用機で、フルスキンの重装甲な機体。

機動力を犠牲にする代わりに、攻撃力と防御力にステータスを全振りしており、遠距離攻撃型ながらも前衛と必要としない単機での戦闘も可能になっている。

また、マルチロックオンシステムが搭載されており、複数の相手を同時に攻撃する事も可能になっている。

 

武装

 

22mm径6連装ミサイルポッド『滅』

両肩と両脚部に装備されたミサイルポッド。

連射性に優れ、最大で一分間に二百発のミサイルを放つ事が出来る。

 

高威力火線ビームライフル『砕』

バックパック右に搭載された大型のビームライフル。

高威力ながらもある程度の連射が可能であり、他の武装と共に相手にプレッシャーを掛ける事が出来る。

 

電磁リニアバズーカ『絶』

バックパック左に搭載された電磁リニアバズーカ。

徹甲弾、散弾、榴弾と言った弾丸だけでなく、火炎弾、氷結弾、粘着弾と言った特殊な弾丸を打ち出す事も可能になっている。

 

ビームジャベリン『龍尾』

近接戦闘用のビームジャベリン。

何方かと言えば近寄って来た相手を追い払う為の武装であり、近接戦闘能力は其処まで高くないが、柄を伸ばす事が出来るので相手の意表を突いた使い方をする事も出来る。

 

電磁鞭『蛟』

両腕部に収納されている電磁鞭で、矢張り近寄って来た相手を追い払う為に使用される。

ビームジャベリンよりも不規則な動きをさせる事が出来るので相手は対処がし辛い。

鞭自体に電撃を流す事が可能になっており、相手を拘束した上で電撃を流す事で大ダメージを与える事も可能になっている。

 

チェックメイト

騎龍・青雷のワン・オフ・アビリティ。

試合中に使ったミサイルやバズーカの弾丸を再利用して、相手の周囲に設置するモノで、使われたら最後逃げ場はない。

 

 

 

騎龍・銀雷

 

束が開発し、『Dr.T』の名でオランダに『ロランの専用機』として送った機体。

夏月の機体と同じ外見だが、此方は機体色が白銀となっており、メイン武装として『ビームハルバート』が搭載されている。

 

武装

 

ビームハルバート『轟龍』

龍騎・銀雷のメイン武装。

斬る、突く、叩き潰すの三種の攻撃が可能になっている武器であり、斧部分と槍部分にはビームを纏わせる事が可能になっている。

 

ビームライフル『火龍』

腰部に搭載されたビームライフル。

連射性能と威力を追求した結果、高威力火線ビームライフルと、ビームアサルトライフルの丁度中間のような性能になっている。

特化した力はないが、その分クセが無く使いやすい。

 

ビームトマホーク『断龍』

拡張領域に収納されているビームトマホーク。

ビームハルバートの間合いよりもより近い間合いで使うだけでなく、ロランは投擲武器としても使用する。

 

アークフェニックス

龍騎・銀雷のワン・オフ・アビリティ。

自分及び、半径10m以内に居る味方のシールドエネルギーを最大値の50%回復する。

設計ミスか、或はバグかは不明だが、何故か効果範囲内に存在するスマートフォンやタブレットのバッテリーも充電される。

 

 

 

龍騎・紫雷

 

束が開発し、『Dr.T』の名で台湾に『凰乱音の専用機』として送った機体。

夏月の機体と同じ外見だが、此方は機体色が紫となっており、右腕と一体化した近接戦闘用シールド付きブレード兼ビームライフル、カタール、ビームサーベルと言った多数の近接戦闘武器を搭載している他、台湾が中国から技術提供を受けて完成させた『衝撃砲』も機能を向上させた上で搭載されている。

 

武装

 

コンボ武装ユニット『雷鳴』

右腕と一体型の、シールド、近接戦闘用大型ブレード、ビームライフルが一つに纏められた紫雷のメイン武装。

ブレードは未使用時には折り畳まれているが、この状態でもトンファーブレードとして使用する事が可能となっている。

シールドは表面が常に微弱振動を起こす仕様になっており、実弾だけでなくビームに対しても高い防御性能を誇る。

ビームライフルは銃身を切り詰めている為射程と威力は低いが、その分連射性能が高くなっている。

 

ビームサーベル『煌龍』

左右の腰部アーマーに一本ずつ搭載されているビームサーベル。

柄の部分を連結させて、双刃式のハルバートとして使用する事も出来る。

 

近接戦闘用カタール『裂龍』

ビームサーベル同様に腰部アーマーにマウントされた近接戦闘用の装備。

握って使うタイプの武器であり、間合いは狭いモノの『斬る』、『打つ』、『突く』の攻撃が可能な万能武器。

表面には対ビーム加工が施されている為、ビームサーベルとも斬り合う事が可能になっている。

 

衝撃砲『龍砲』

圧縮空気を打ち出す武装で、その弾丸は不可視となっている。

 

アビリティドレイン

紫雷のワン・オフ・アビリティ。

対象の機体性能をコピーし、一時的に自機に其の性能を付与する。対象がワン・オフ・アビリティを発現していた場合は其れをもコピー出来る。

 

 

 

騎龍・赤雷

 

束が開発し、『Dr.T』の名で中国に『凰鈴音の専用機』として送った機体。

夏月の機体と同じ外見だが、此方は機体色が赤となっており、身の丈以上のレーザーブレード対艦刀、アンカー搭載型ショートシールド、ビームブーメランと言った近接型の武装を搭載している他、中国が独自に開発した衝撃砲も性能を向上させた上で搭載されている。

 

武装

 

レーザーブレード対艦刀『滅龍』

背部に二本マウントされた身の丈以上のレーザーブレード対艦刀。

柄の部分を連結させる事で超大型の双刃式ブレードとして使用する事も出来るが、鈴はこの大型ブレードを二刀流で使うと言うトンデモない事を得意としている。

 

クロー搭載シールド『鋼龍』

両腕部に搭載された射出型クロー搭載型のショートシールド。

クローのワイヤーは、『1G下で10tの物質を振り回しても切れない』強度があり、アンカーで捉えた相手を振り回してダメージを与える事も出来る。

 

ビームブーメラン『飛龍』

両肩のアーマーに搭載されたビームブーメラン。

投擲武器として使うだけでなく、ビームエッジの長さを調節する事で近接戦闘用のショートブレードとして使用する事も出来る。

 

衝撃砲『龍砲』

中国が開発した第三世代武装で、圧縮した空気を打ち出す。

威力は然程高くないが、その弾丸は不可視なので相手にプレッシャーを与える事が出来る。

 

龍の結界

赤雷のワン・オフ・アビリティ。

自機からチェーンを伸ばして結果を張り、その結界に触れると衝撃砲が発射される。

 

 

 

騎龍・碧雷

 

騎龍化した『ドゥルガー・シン』。

格闘戦に特化し、通常のISと比べると極端に装甲が少なく、また薄くなっているのは変わらないが、新たにナックル部に拳打の威力を高める為のクロー、脚部のロウ・アンド・ハイには蹴りの威力を更に高める為のビームエッジが展開されるようになっている。

また、頭部には龍の角を模した形のマルチセンサーアンテナが追加されている。

 

武装

 

拡散弓『クラスターボウ』

弓型の武器。

発動時にエネルギー状の矢が複数本、放射状に広がる仕様であり、命中率及び出力も高い。

また、放射状に広げずに一点に集中して発射する事も可能になっている。

束によって一度に発射出来るエネルギー矢の数が増えたが、騎龍化によって更に発射出来る本数が増えており、またより威力の高い『プラズマの矢』を放つ事も可能になっている。

 

ロウ・アンド・ハイ

脚部装甲に蛇腹状に装着された鋭利な金属パーツ。キックの威力を高める。

騎龍化によって表面にビームエッジを展開する機構が追加されている。

 

イン・アンド・アウト

騎龍化によって新たにナックル部に追加されたクロー。

左右に夫々三本ずつ搭載されており、拳打の威力を高めるだけでなく、クローを射出して攻撃する事も可能になっている。

 

クイン・フェニックス

騎龍・碧雷のワン・オフ・アビリティ。

機体の性能を一時的に三倍に引き上げる強化能力だが、能力使用後は一時的に機体能力が半分になるデメリットも持ち合わせている。

自分だけでなく、他者の機体に対して使用する事も可能。

 

 

 

騎龍・空雷

 

騎龍化した『テンカラット・ダイヤモンド』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲は空色。

近距離、中距離、遠距離の武装が一通り揃っているのであらゆる距離で戦う事が可能となっていながらも搭乗者であるグリフィンに合わせて近~中距離で最も力が発揮出来るようになっている。

 

武装

 

ダイヤモンドブロウ

騎龍化した事で性能が向上した『ダイヤナックル』。

以前よりも小型化したが数が六つに増えており、本体との同時攻撃で凄まじいラッシュ攻撃が可能となっているだけでなく、夫々にビーム砲やビームブレードが搭載されているので『殴る』以外の攻撃も可能になっている。

 

シルバーレイン

騎龍化した事で性能が向上した『ストーンレイン』。

アンロックユニットとしての機能は其のままに、ビーム砲、グレネードランチャー、リニアレールキャノン、ビームシールド発生装置の複合兵装となっており、ビームシールド以外の三つの火器は状況に応じて使い分けが可能となっている。

 

プラチナストライク

身の丈以上の巨大な近接ブレードと大口径ビームキャノンの複合武装。

其の大きさ故にISのパワーアシストをもってしても取り回しの悪さを完全に補う事は出来ないが、斬撃もビームも其れを補って有り余る破壊力を有している。

特にビームは競技用リミッターを外して放った場合、一撃で相手のシールドエネルギーをエンプティにするだけの威力がある。

 

 

 

騎龍・氷雷

 

騎龍化した『コズミック・メテオ』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲はファニールの髪色と同じオレンジ色。

『コズミック・メテオ』よりも更にISバトルに於ける戦闘力の向上が成されているが、相変わらず『ISバトルモード』と『ライブ、コンサートモード』の切り替えが可能で、『エンターテイメント機体』としての側面は失われていない。

『ISバトルモード』では全身装甲タイプだが、『ライブ、コンサートモード』では一転して所々に金属パーツの付いたライブ衣装風となるのも依然と同様。

 

武装

 

メテオクラッシャー

切っ先が音叉のように二股になっている近接戦闘用の大型ブレード。

グリップ部が全長の三分の一ほどと可成り長く、広い間合いでもより近い間合いでも使えるようになっている他、グリップ部のナックルガード部分も半分ほどはブレードの延長となっている。

『ライブ、コンサートモード』では電子ギターとして機能する。

 

プルートブレード

両手首に固定装備されているビームサーベル。

腕の動きがダイレクトに斬撃の軌道となるため、手に持って使う刀剣類よりも軌道が読み難い。

『ライブ、コンサートモード』では手首で明滅するアクセサリとなる。

 

メテオストライク

アサルトライフルタイプのビームガンで二丁搭載されている。

速射性に優れており、近接戦闘がメインとなるファニール用にサイズは取り回しの良いハンドガンサイズとなっている。

『ライブ、コンサートモード』ではマイクとマイクスタンドになる。

 

ソング・オブ・ウラヌス

『コズミック・メテオ』に搭載されていた『サウンド・オブ・アドバンテージ』を昇華させた騎龍・氷雷のワン・オフ・アビリティ。

歌によって味方機の攻撃力と機動力を底上げする他、『騎龍・雪雷』と同時に使用した際には効果が倍化ではなく二乗する作用がある。

 

 

 

騎龍・雪桜

白式が二次移行して『騎龍化』した機体。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっている。

近接戦闘特化型なのは変わらないが、新たに両腕部にビームクローが展開可能になっている他、掌部にはビーム生成機構が追加されている。

 

武装

 

日本刀型近接ブレード『晩秋』

龍騎・雪桜のメイン武装である日本刀型のISブレード。

標準的な日本刀と同じサイズであり秋五にとっては最も使い易いモノであると同時に、ISでは初めてとなる『自分だけの剣』でもある。

雪片・弐型よりも使い易いようにコア人格が調整してる。

 

ビームクロー『咬』

両腕部に追加されたビームクロー発生装置。

ビームクローの形状は秋五の発想次第で無限に作り出す事が出来る。

また腕部で発生させたビームクローを発射する事も可能。

 

ビーム発生装置『灯』

両掌部に搭載されたビーム発生装置。

発生させたビームはビームシールドとして使用する事も、ビーム砲として発射する事も可能な攻防一体の武装となっている。

 

明鏡止水

騎龍・雪桜のワン・オフ・アビリティ。

一時的にパイロットの反応速度を思考力を超えるレベルに引き上げる事で『考えるよりも先に身体が反応する状態』にする。

理論上は考えるよりも先に身体が反応するのであらゆる攻撃を回避する事が可能となっている。

 

 

 

騎龍・紅雷

騎龍化した『紅椿』

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲は紅色。

近接戦闘に特化しているのは変わらないが、全ての武装がより箒に適した形になっている。

試験的に搭載されていた『自動機体更新機能』が標準化され、常に箒の最新のパーソナル情報に合わせて機体が最適化されるようになっている。

 

武装

 

展開装甲

騎龍・紅雷の要である可変装甲。

両の腕肩脚部と背部に装備され、その一つ一つが自動支援プログラムによるエネルギーソード、エネルギーシールド、スラスターへの切り替えと独立した稼動が可能。背部の二機は切り離してビットとしての使用も可能となっている。

 

雨月零式・空裂弐式

刀剣の形をした騎龍・紅雷の主力武装。

雨月零式は刺突攻撃の際にレーザーを放出し、空裂弐式は斬撃そのものをエネルギー刃として放出することができるため、一対多での中距離戦闘にも適している。

また紅椿の頃とは異なり、柄の部分で連結させて双刃式のブレードとしての運用も可能になっている。

 

穿千・五月雨

両肩の展開装甲をクロスボウ状に変形させて発射する二門の出力可変型ブラスターライフル。

新たにマルチロックオンとホーミング性能が追加されており、此れにより複数の相手に対して『防御は出来るが回避出来ない攻撃』を行う事が可能となった。

 

絢爛武闘・静

騎龍・紅雷のワン・オフ・アビリティ。

一対百のエネルギー増幅能力となっているだけでなく、損傷した機体装甲をも応急処置的ではあるが修復も可能となっている。

使用時には展開装甲から放出される黄金色の粒子によって機体が金色に輝き、少ない残量のエネルギーを増幅して一気にフル状態にしたり、従来ならば事前準備が必要でコア同士のシンクロなど非常な困難が伴う他のISへのエネルギー提供を即時実行できる。

紅椿同様、騎龍・紅雷の高性能はこのアビリティの使用を前提にしており、発動していない時は燃費効率が非常に悪いため、機体がすぐにエネルギー切れを起こしてしまうものの、完全に操れるようになればほぼ無尽蔵のエネルギーが供給されることとなる。

ゴスペルとの戦闘時に箒の願いに紅椿が呼応する形で発現し、束は『絢爛舞踏』と名付けていたが、紅椿が箒の思いを組み『絢爛武闘』となり、騎龍化した事で『絢爛武闘・静』となったのだった。

 

 

 

騎龍・海雷

騎龍化した『ブルー・ティアーズ』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲は青い海色。

ブルー・ティアーズの基本性能を受け継ぎつつ、その性能を向上させている。

 

武装

スターライトmkIⅦ

主力武装である巨大な特殊レーザーライフル。

外見的な変化はないが、最大射程と威力が夫々三倍になっている。

 

スターライトmkⅥ

銃剣術を行う事を前提にイギリスが新たに開発したレーザーライフルで、騎龍化に伴ってより銃剣術に向いた装備となっている。

 

ブルー・ティアーズ2nd

遠隔無線誘導型の武器で、相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃が可能。

機体に接続することでスラスターとしても機能する。装備数はブルー・ティアーズの時よりも増えて十基で、六基はレーザー、四基はミサイルを撃つことができる。

最大稼働時にはビームの軌道も操る(曲げる)ことができる。

ただしビットを展開している間、操縦者のセシリアはビットの制御に集中しなければならないので他の武器と連携できず、彼女が無防備になるという弱点も持ち合わせているが、セシリアは敢えてその弱点を克服せずに『BT兵装での十字砲』の陣形を作る事で優位な状況を作り出す『BT兵装』の新たな可能性を構築している。

 

インターセプター/ゼロ

接近戦用のショートブレード。

スターライトに搭載する事が可能となっており、その際には銃剣術用の実体ブレードとして機能する。

 

 

 

騎龍・玄雷

騎龍化した『シュバルツェア・レーゲン』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲は黒。

シュバルツェア・レーゲンの基本性能を受け継ぎつつも、その性能を大きく向上させている。

 

武装

AIC

アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略。ラウラ自身は「停止結界」と呼称し、もともとISに搭載されているPICを発展させたもの。対象を任意に停止させることができ、1対1では反則的な効果を発揮するが、使用には多量の集中力が必要であり、複数相手やエネルギー兵器には効果が薄い。

 

レールカノン『雷竜』

肩に搭載された大型のレールガン。

高電圧で弾丸を一気に加速して撃ち出す。

 

ワイヤーブレード『ドラグナー』

両肩とリアアーマーに計六機搭載されている。

伸縮自在で柔軟性もある為、通常の実体ブレードよりも多彩な動きが可能となっているがその分切断力では劣る。

 

プラズマ手刀『竜掌』

所謂『エネルギーブレード』の一種。

『ベルリンの赤い雨!』と叫んで使うのは副隊長の影響か……?

 

 

 

騎龍・闇雷

騎龍化した『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲はシャルロットの瞳と同じ紫色。

ラファール・リヴァイ・カスタムⅡ』の基本性能を受け継ぎつつ、その性能を向上させている。

 

武装

グレー・スケール

シールドの裏に装備されている七十五口径のパイルバンカー。通称・盾滅殺し(シールド・イレイザー)。

リボルバー機構の装備によって、炸薬交換による連続打撃が可能となっており、騎龍化した事でその威力はより高まっている。

 

ミラージュ・デ・デザート・夢幻

斬り合っていたかと思えばいきなり銃に持ち替えての近接射撃、間合いを離せば剣に変更しての接近格闘。押しても引いても一定の距離と攻撃リズムを保ち、攻防ともに安定した高レベル戦闘方法。

いわく『求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む』との事。

 

 

 

騎龍・雪雷

騎龍化した『シューティング・メテオ』。

他の騎龍シリーズ同様に全身装甲となっており『機械の竜人』のような外見となっており、装甲はオニールの髪色と同じアイスブルー。

『シューティング・メテオ』よりも更にISバトルに於ける戦闘力の向上が成されているが、相変わらず『ISバトルモード』と『ライブ、コンサートモード』の切り替えが可能で、『エンターテイメント機体』としての側面は失われていない。

『ISバトルモード』では全身装甲タイプだが、『ライブ、コンサートモード』では一転して所々に金属パーツの付いたライブ衣装風となるのも依然と同様。

 

武装

 

メテオイレイザー

遠距離戦闘用の大型キャノン砲。

変形機構を有しており『大口径ビームキャノン』、『ビームガトリング』、『電磁リニアキャノン』の三形態を使い分ける事が出来る。

『ライブ、コンサートモード』では電子キーボードとして使用出来る。

 

ネプチューンブレード

両手首に固定装備されているビームサーベル。

腕の動きがダイレクトに斬撃の軌道となるため、手に持って使う刀剣類よりも軌道が読み難い。

『ライブ、コンサートモード』では手首で明滅するアクセサリとなる。

 

メテオブラスター

アサルトライフルタイプのビームライフルで二丁搭載されている。

射撃の精密性に優れており、遠距離戦闘がメインとなるオニール用にサイズはフルサイズのビームライフルとなっている。

『ライブ、コンサートモード』ではマイクとマイクスタンドになる。

 

ソング・オブ・ウラヌス

『シューティング・メテオ』に搭載されていた『サウンド・オブ・アドバンテージ』を昇華させた騎龍・雪雷のワン・オフ・アビリティ。

歌によって味方機の攻撃力と機動力を底上げする他、『騎龍・氷雷』と同時に使用した際には効果が倍化ではなく二乗する作用がある。

 

 

 

ゴールデン・ドーン

 

スコールの第三世代型IS。その名の通り全身に金色のカラーリングが施されている。

先端が開閉式となっている巨大な尾が搭載され、近接戦闘時には三本目の腕として用いられる。

 

武装

 

プロミネンス

両肩に備わっている炎の鞭。

攻撃のみならず、高速回転させて全身を覆えば防御シールドとしても使える。

 

プロミネンス・コート

機体周囲に張る薄い熱線のバリア。

 

ソリッド・フレア

火の粉を凝縮して作る超高熱火球。

 

 

 

ア・スラ

 

オータムの第三世代IS。

背中に八つの独立したPICを展開している装甲腕を備え、オータム自身の腕と合わせて腕が十本あるように見える異様な外見をしている。

装甲腕には、遠距離用のビームキャノン、中距離用の電磁リニアガン、近距離用のブレードとナイフが内蔵されている。

 

武装

 

ブレイズキャノン

装甲腕に内蔵されている大口径のビームキャノン。

八つの装甲腕からバラバラに発射する事で、高威力のビームを疑似的に連射する事が出来る。

 

リニアマグナム

装甲腕に内蔵されている電磁リニアガン。

威力と射程ではビームキャノンに劣るが、連射性が高い為、八つの装甲腕全てから放つと凄まじい弾幕を放つ事が可能。

 

アイゼンシュナイド

腕部に内蔵された近接戦闘用のナイフ。

 

アサルトシュナイダー

腕部に内蔵された近接戦闘用のブレード。

 

チャージキャリバー

本体に搭載された近接戦闘用のブレードだが、柄のグリップエンドからビームを放つ事も可能になっている。



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本編
Episode1『一つの夏が夏の月に変わる時』


新作開始だぜ!!By夏月      全力で行くわよ!By楯無


織斑一夏と言う少年は、一言で言えば優秀な少年だと言えるだろう。

学力も運動能力も、同世代の中では特出していた――が、彼の不幸は、姉の織斑千冬と、双子の弟の織斑秋五は一夏以上に優秀であったと言う事だったと言わざるを得ないだろう。

千冬と秋五が余りにも凄すぎたせいで、一夏は一般人よりも優れているにも拘らず、『織斑家の出来損ない』と言う不当極まりない評価をされて来た……が、此れには姉の千冬の教育方針も大きく影響していたのは否めない。

千冬は、秋五には天性の才能がある事を見抜いて褒めて伸ばす事にし、まだ失うモノの無い一夏は叱って育てる事にしたのだが、千冬は秋五の事は手放しで褒める反面、一夏に対しては例え相応の結果を出しても、出来た部分を褒めるよりも、出来なかった部分を叱責して、時には手を上げる事もあり、其れを見ていた周囲の人間も、何時しか一夏の事を『織斑家の出来損ない』と言うレッテルを張って見るようになってしまったのだ。

 

では、一夏にマッタク味方が居なかったのかと言うとそれは否だ。

通っていた剣道場の師範の二人の娘で長女の『篠ノ之束』は、一夏を『いっ君』、秋五を『しゅー君』と呼んで分け隔てなく接しており、次女の『篠ノ之箒』も学校で『男女』と虐められていた所を一夏と秋五に助けられた恩義から、秋五だけでなく一夏にも普通に接していた。付け加えて箒の場合、『一夏は秋五のような天才タイプではないが、地道な努力を怠らずに続ける事が出来ると言うのも凄い事ではないだろうか?』と言う思いもあったようである。――それ故に、一夏の努力を評価しない千冬に関しては良い感情を持っていなかったが。

剣道場の師範である『篠ノ之劉韻』も、『秋五君には剣道の、一夏君にはより実践的な剣術の方が向いているかも知れない』と、一夏には『特別指導』としてより実践的な剣術の方を教えたりしていた。……門下生と言う立場的に、劉韻に意見出来ない千冬は、其れを面白くなさそうに見ていた。

 

一夏達が十歳の時に束が宇宙進出用のマルチパワードスーツ『インフィニット・ストラトス』(以降『IS』と表記)を開発し、更に『白騎士事件』と呼ばれる事になる大事件が起きた後に、束が行方を眩ませ、篠ノ之家は日本政府の『要人保護プログラム』によって離れ離れになり、箒も転校を余儀なくされてしまったのだが、『何時かきっと再会出来る』と信じ、別れ際に一夏と秋五に涙を見せる事はなかった。

 

箒達が居なくなってしまった後も一夏の味方は居なくなった訳では無かった――箒が転校する頃には、小学三年生の時に出会った『五反田弾』と、その妹の『五反田蘭』、そして箒と入れ替わるように中国から転校生としてやって来た『凰鈴音』(名前部分は以降『鈴』と表記)、鈴の従姉妹で台湾から転校生としてやって来た一つ年下の『凰乱音』(名前部分は以降『乱』と表記)が居たのだ。

弾とは学校行事の臨海学校の時に飯盒炊飯で意気投合し、蘭とは其の流れで。鈴とは、転校当初まだ日本語に不慣れな事で虐められていたところを秋五と共に助けたのが切っ掛けで、その事を知った乱に『お姉ちゃんを助けてくれてありがとう』と感謝されて、其れから一緒に居るようになった。

乱は当初、秋五にも感謝していたのだが、『出来損ない』と馬鹿にされ、陰湿な嫌がらせを受けている一夏に対して何もしない事に、次第に不信感を募らせて好きになれずにいた。

一方で鈴は秋五に一夏を助けない理由を聞いたのだが、秋五は『僕が助けたら弟に助けられたって事で一夏のプライドが傷付くかもしれないし、其れを理由に余計に一夏の立場が悪くなるかも知れないから。』と言って、其れを聞いた鈴も其れ以上は何も言えないで居たのだが。

其れでも一夏は、数少ない味方が居たおかげで性格が歪む事もなく、千冬には褒められる事はなくとも、仲間達からは評価されていた事もあり、『出来損ない』と言われる事も、陰湿な嫌がらせにも屈する事はなかった……尤も、現状を見て見ぬ振り(少なくとも一夏はそう感じていた)する秋五と、頑なに己の努力を認めずに、それなりの結果を出してもその結果を評価してくれない千冬には心底嫌気がさしてはいたが。

特に千冬は、ISバトルの世界大会『第一回モンド・グロッソ』で優勝し、『ブリュンヒルデ』の称号を得てからは、より強権的になったので余計だった。

 

だが、そんな状況であっても一夏はまだ、『何時かは千冬姉も俺の事を認めてくれるかもしれない』と僅かばかり思っていたのだが……両親の離婚を機に鈴が中国に帰国した後に、その僅かばかり残っていたモノを完全に粉砕する事件が起きた。

 

ドイツで開催された『第二回モンド・グロッソ』の時である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode1

『一つの夏が夏の月に変わる時』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回モンド・グロッソ――世界中から腕利きのIS乗りが己の腕を試さんと、代表国の威信を背負って其の力を発揮する、『ISのオリンピック』とも言うべき大会なのだが、『第二回大会も第一回大会に続いて織斑千冬が優勝するだろう』と言うのが大方の予想だった。

何しろ千冬は、第一回大会で全ての試合を五分以内に終わらせると言う凄まじい結果を残しているので、大方の予想が『千冬の連覇』となってしまったのは致し方ないと言えるだろう。

 

 

 

だが、千冬の連覇を快く思わない者も存在しているのもまた事実だ。

国名は上げないが、オリンピックで常にメダル獲得数でトップ3に名を連ねる国々としては、今や世界でトップブランドとなっているISを使った『ISバトル』の世界大会で日本人に連覇されると言うのは非情に面白くない事である。只でさえ日本は、IS発祥の地として国際社会でも発言権を増し、つい最近国連の常任理事国入りを果たし、中国、北朝鮮、ロシアとの領土問題も有利に進めて来たと言う事もあり、此れ以上日本の力を増さない為にも、千冬の二連覇を阻止しようと企む者が現れると言うのは当然の結果であったと言えるだろう。

 

とは言え、真正面から千冬を襲撃して決勝戦を棄権させる事は不可能に近いので、千冬の二連覇を阻止せんとする者達は、金でエージェントを雇って千冬の弟を誘拐するように指示し、そして其の指示を受けた者達によって、飲み物を買う為に席を立った一夏は誘拐されてしまったのである。

真正面から当たっても勝てないのならば、人質を使ってと言う事なのだろう。

一夏は剣術だけでなく、体術に関しても、柔道、空手、ボクシング、レスリングを習っており、其れなりの腕前だったのだが、背後からのスタンガン攻撃(10万ボルト)には如何する事も出来ずに捕まってしまったのである。

 

誘拐犯達は、『織斑千冬の弟の織斑一夏を誘拐した。織斑千冬に『無事に弟を返してほしければ決勝戦を辞退しろと伝えろ』と日本政府に伝えたのだが……

 

 

「お、オイ!織斑千冬が決勝戦に出てるぞ!!」

 

「んだとぉ!?あのアマ、弟見捨てやがったのか!?」

 

 

何と千冬は決勝戦に平然と出場していた――一応言っておくと、千冬は一夏を見捨てた訳ではなく、日本政府が『織斑一夏誘拐』の件を千冬に伝えなかったのである。一人の少年の命よりも、国の名誉を優先した、そう言う事なのだろう。

 

 

「(何だよ其れ……ハハ、結局俺は千冬姉には家族として見られてなかったって事か……俺は千冬姉にとって弟でもなんでもなかった訳か……不出来の弟は家族ですらないって、そう言う事か……)」

 

 

だが、其れは一夏にとっては決定的な一打だった。

千冬が自分の事を如何して褒めてくれないのかと思っていたが、今回の事で『自分が家族として見られていない』と言う事を確信するには充分過ぎた――その瞬間に一夏の瞳には僅かばかりの憎悪の炎が宿ったのだが。

 

 

「クソがぁ!此れじゃ計画丸潰れだぜ……このクソガキがぁ!!」

 

 

其れは其れとして、千冬が決勝戦に出場して今回の計画が失敗に終わったと知った誘拐犯達は、其の腹いせに椅子に縛り付けられて身動きが取れない一夏に対して暴行を加え始めた。

殴る蹴るだけでなく、致命傷にならない場所への凶器での攻撃……ナイフで顔には、一生消えない傷を刻み込まれてしまった。

しかし、その暴行を受けても一夏は悲鳴一つ上げずに、歯を食いしばって其れを耐えた――悲鳴を上げたら、誘拐犯に屈してしまった気がして、絶対に声を上げる事だけはしまいと思っていたのである。

 

執拗な暴行は更に続き、一夏も辛うじて意識を保っている状況になり――

 

 

「坊主、何か言い残す事はあるか?」

 

「其れよりも、テメェが最後に言い残す事はあるか?」

 

 

誘拐犯の一人が一夏の頭に銃を突き付けて来たところで状況が一変した。

銃を突き付けて来た男の背後に、オレンジのロングヘアーが特徴的な女性が現れると、秒で男をスリーパーホールドで絞め墜とした後に首の骨を折って滅殺!!マッタク持って無駄のない流れるような動作には感動すら覚えるだろう。

 

 

「あ、アンタは……オータムの姉御!」

 

「よう、金に目が眩んで随分と勝手な事してくれやがったなオイ?

 オレ達はテロリストじゃねぇってのに、『織斑千冬の二連覇阻止』の為とか言う下らねぇ誘拐なんぞに手を貸しやがって……テメェ等の私利私欲で身勝手な行動にはボスも大層ご立腹でな、オレとスコールにテメェ等の粛清を命じて来たぜ?

 まぁ、そう言う訳だから……取り敢えずテメェ等は全員死んどけ!」

 

 

オータムと呼ばれた女性はナイフとハンドガンを装備すると誘拐犯達の中に切り込み、次々と誘拐犯達を物言わぬ骸へと変えて行く……一発でヘッドショットを決める射撃の正確さも見事なモノだが、誘拐犯の銃撃はナイフを盾代わりにして弾くと言う抜群の戦闘センスの前では、組織の末端の構成員である誘拐犯では、正に手も足も出ないと言った所だ。

 

 

「く……こ、来ないで!其れ以上近付いたら、そのガキを撃ち殺すわよ!!」

 

「は、言うじゃねえか?なら、やってみろよ、出来るもんならなぁ!!」

 

 

誘拐犯のリーダーの女性は手にした銃を一夏に向けるが、その引鉄が引かれるよりも早くオータムのハンドガンが女性の眉間を撃ち抜き勝負あり。突入してから僅か三分足らずでオータムは誘拐犯全員を始末したのであった。

イキナリ目の前で起こった事に唖然としている一夏を保護すると外で待機していたスコールと合流し、其のまま全速力で現場から離脱。

目的を果たした以上、此の場に長く留まる必要はないと考えたのだろう。

 

 

「えっと、助けてくれてありがとうございます?あの、お姉さん達は?」

 

「何だって礼が疑問形になってんだ?ま、イキナリ目の前であんな事が起きたんだから理解が追い付かねぇって所なんだろうけどよ。

 オレはオータム。んで、こっちが相棒のスコールだ。」

 

「私達は貴方を誘拐した連中と同じ組織に属している人間よ……尤も、彼等は末端の構成員で、私とオータムは幹部と言う違いがあるけれどね。」

 

「同じ組織って、それじゃあアンタ等もまさか……」

 

「あ~~、気持ちは分かるが落ち着け坊主。オレ達はお前を如何こうしようとは思ってねぇ。

 お前を誘拐した奴等はスコールが言った通り末端の構成員で、金に目が眩んで上に話を通さずに勝手な事しやがったんでボス直々に粛清命令が出てな、その命令を完遂する為にあそこに行ったって訳だ。」

 

「そして君を助けたのは、ボスの命令とは別に匿名での依頼が私個人に入ったからよ。

 『誘拐された織斑一夏を助けて欲しい。助けた後は、織斑千冬の元には帰さずに引き離して欲しい。勿論、本人の意思を確認した上で』ってね。」

 

「……そう、だったんですか。すみません、助けて貰ったのに。」

 

 

『自分を誘拐した連中と同じ組織に属する幹部』と言う事を聞き、『この二人も実は自分を誘拐する心算だったのか』と少し警戒した一夏だったが、スコールとオータムから事情を聞き、現状を理解した。

その後、スコールから『依頼では貴方を織斑千冬の元には帰さないで欲しいとあったのだけれど、貴方は如何する?あくまでも、貴方の意思を尊重するわ。』と言われた一夏は、迷う事無く『俺はもう、千冬姉の……織斑千冬の元に帰りたくはありません。』と自らの意思を示した。

日本政府が一夏誘拐の事実を隠蔽して千冬に伝えなかったとは言え、そんな事を知らない一夏からしたら、決勝戦に出場した千冬は自分を見捨てて二連覇の名誉を取ったも同然だったので、この回答は当然と言えるだろう。

何よりも、今回の一件で一夏は『何時かはきっと』と言うこれまで縋っていたモノすら否定されたに等しく、『絶対に認めてくれない姉』と『見て見ぬ振りする弟』に見切りをつけるには充分なモノであったのだ。

 

 

「……本当に良いのね?」

 

「はい。俺は今から『織斑』を捨てて別人として生きて行きます……!!」

 

「別人としてね……良いぜ、ならオレとスコールでその手伝いをしてやんよ!ウチの組織の力使えば、戸籍を新たに作るとか余裕だし、あの馬鹿共がお前をリンチした事であの場にはお前の血も残ってるから、『織斑一夏』を死んだ事にするのも難しくねぇしな。」

 

「別人と言う事は、今の名を捨てると言う事だと思うけれど、新たな名前を考えていたりするの?」

 

「『一夜夏月』……って言うのは如何でしょう?一つの夜に夏の月って書いて。」

 

「一夜夏月……良いんじゃねぇか?夜と月ってのは関係が深いし、其処に一夏の名を分けて入れてるってのも中々良いセンスだと思うぜ?」

 

 

そして一夏は『織斑』との決別を決め、新たに『一夜夏月』として生きる道を選択したのだった。――一人では到底無理であるかもしれないが、スコールとオータムが組織ぐるみで協力してくれると言うのでれば話は別だろう。

スコールとオータムが属している組織『亡国機業』は世界的にも強大な影響力を持つ裏組織なので、新たな戸籍や、パスポートを始めとする身分証明書を作る事位は朝飯前なのだ。

 

 

「取り敢えず、此れ飲んどけ。治療用のナノマシンが詰まったカプセルだ。顔の傷痕は残っちまうだろうが、傷其の物はあっと言う間に治っちまうからよ。……まぁ、副作用で髪や目の色が変わっちまうかもだけどな。」

 

「どうせ変わるんなら目の色が変わって欲しいですね。

 髪の色は染める事で変える事が出来ますけど、目の色だけはカラコン使わないと変える事が出来ないから、俺が『織斑一夏』だって言う事を完全に否定出来ますから。」

 

 

オータムから渡された治療用ナノマシンカプセルの副作用を聞いても一夏もとい夏月は動じず、それどころか『色が変わるなら目の方が良い』と言う……もう、完全に『織斑』に未練はないようだ。

余りにもアッサリし過ぎな気もするが、其れだけ夏月の心の奥底には鬱憤が貯まっていたと言う事なのだろう……其れが今回の件で爆発した訳だ。

 

現場を離脱して十数分後、車は港に到着し、其処から亡国機業所有の大型船に乗り込み、更に船のヘリポートでヘリコプターに乗り換えて、一行はドイツの隣国であるオランダへと飛び立って行った。

其の間に、オータムは日本政府に『此方の要求は無視されたので織斑一夏は殺害し、その遺体は粉々にして海にばら撒いた……其れと、オレの事を知られたくないからオレ以外のメンバーも殺しておいた。』と連絡を入れていた。

 

 

日本政府にオータムからの連絡が入ると同時に、決勝戦を終えた千冬にドイツ政府から『織斑一夏が誘拐された』との連絡が入り、千冬は全速力で現場に急行したのだが、其処にあったのは誘拐犯と思しき人物の遺体と、決して小さくない血溜まりだった。

そして、其の血溜まりから採取された血液はDNA鑑定の結果『織斑一夏』のモノであると断定され、更に日本政府に入った連絡と合わせて『織斑一夏』の死亡は、状況証拠によって断定された――『一夏の血液』と言うたった一つの物的証拠の存在も大きかっただろう。

一夏が死んだと言う事に千冬はショックを受けていたが、其れ以上に秋五はショックを受けると同時に後悔していた……『もしも自分が一夏の事を助けていたら、こんな事にはならなかったのではないか』と。尤も、既に状況は後悔先に立たずな訳なのだが。

 

 

ドイツでそんな事が起きていた頃、夏月たちを乗せたヘリコプターはオランダへと無事到着。

普通ならば空港での入国審査があるのだが、亡国機業によってスコールとオータム、そして夏月は既にオランダに入国済みとなっているので入国審査は完全スルー出来るのである。

オランダに到着するまで、ヘリコプターの中で寝ていた夏月だが、目を覚ましたその時には身体の傷は治っていたが、同時に目の色が金色に変わっていた……オータムに指摘されて、其れを確認した夏月は『此れも悪くないな。』と思っていた。

 

 

「なぁ、オータムさん……秋姉って呼んでも良いか?なんか、姉貴って感じがするからさ。」

 

「グハァ!!……こ、コイツは中々の破壊力だなオイ……良いぜ、お前がそう呼びたいなら好きにしろや。」

 

 

そして、若干オータムをKOしかけていた……まだ出会って数時間だが、夏月はオータムに千冬とは全く異なる『姉性』を感じたのかも知れない。――亡国機業内でもオータムを『姉御』と慕う奴等は少ないくないので、ある意味では間違いではないのかも知れないが。

兎にも角にも、『一夜夏月』としての戸籍やら何やらが出来るまで日本に戻る事は出来ないので、一行は暫しオランダに滞在する事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

第二回モンド・グロッソから数日後、日本では『織斑一夏』の葬儀が執り行われていた。

結局一夏の遺体は上がらず、仏無しでの葬儀となったのだが、其れでも式には其れなりの人数が参加していた――その多くは、千冬の関係者であり、一夏とは縁も所縁も無い者達だったが。

葬儀そのものは恙無く執り行われたのだが……

 

 

「何でよ……何で一夏を見捨てたの!言ってみろ、何でだぁぁぁぁ!!!」

 

 

葬儀が終わりに近付いた所で乱が千冬に詰め寄り、胸倉を掴んで強制的に立ち上がらせて激しく責め立てた……乱の目元には涙が浮かんでおり、一夏が死んでしまった事を心底悲しんでいる様だった。

泣きそうになっているのを何とか堪えている秋五とは違い、式が終わろうとしているにも関わらず、悲しむ素振りすら見せない千冬に我慢して居たモノが一気に爆発した、そんな感じだった。

だが、其れだけにそんな乱の哀しみと怒りに満ちた目で睨みつけられた千冬は乱の問いに答える事が出来なかった……『日本政府が一夏誘拐の事実を隠蔽した』と言えば其れで済むのかも知れないが、其れを言った所で所詮は言い訳に過ぎない。

一夏が誘拐された事にも気付く事が出来ずに決勝戦に出場した千冬は、『一夏を見捨てた』と言われても其れを真っ向から否定する事が出来なかったのだ。

 

 

「……だんまりって、所詮アンタにとって一夏はその程度の存在だったって事ね……尊敬に値するわ『血濡れのブリュンヒルデ』!アタシは、アンタを絶対許さない!」

 

 

だんまりを貫く千冬に業を煮やした乱は、千冬の胸倉を離すと、今の自分に出来る最大最強の侮蔑の言葉を千冬に吐き捨てて、其の場を後にした――『血濡れのブリュンヒルデ』とは、千冬にしてみれば此の上なく突き刺さるモノであっただろう。

そして乱だけでなく、葬儀に参列した五反田兄妹からも『アンタに姉の資格はねぇよ』、『一夏さんの最大の不幸は貴女が姉だった事ですね』との罵声を浴びせられ、千冬のライフはゼロになり掛けていた――其れでも折れなかったのは、もう一人の弟である秋五の事を守らねばならないと言う思いがあったからだろう。

 

葬儀から数日後、千冬は単身ドイツに渡っていた――『織斑一夏誘拐』の報を入れてくれたドイツに恩を返すべく、一年間ドイツ軍の『黒兎隊』の教官を務める事になっていたからだ。

だがこの千冬の選択は、乱や弾に『一夏の死から逃げようとしている』と思われ、一夏の味方だった者達からは余計に印象が悪くなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

日本で『織斑一夏』の葬儀が行われているとは露ほども思っていなかった夏月は、オランダ生活を満喫していた。

『一夜夏月』の日本国籍が出来るまでの滞在ではあるが、馴染みのなかったオランダ料理は夏月の琴線に触れるモノがあったらしく、スコールとオータムが酒の肴にしていたチーズも日本では見た事がないモノだったので其方にも興味があり、街に出てはチーズやオランダ料理の食べ歩きをするようになっていたのだ。

 

本日もチーズ専門店でまだ食べた事がないチーズを買おうと街に繰り出したのだが――

 

 

「―――!―――――!!」

 

 

無人のビルの近くを通った時に何か声が聞こえて来たので、夏月は気になってビルに入ってみると、其処では銀髪の少女が身振り手振りを交えながら何かを話していた――が、ビルの中には今入った夏月以外には少女の姿しかない。

にも拘らず、誰かと話して居るかのような立ち振る舞い……少女は、演技の練習をしているのだ。

余程集中しているのか、少女は夏月に気付かずに練習を続け、夏月も少女の熱の入った練習にすっかり見入ってしまい、セリフを言い切り少女が一息吐いたところで自然と拍手を送っていた。

 

 

「っ!君は……?」

 

「あぁ、ゴメン驚かせて。

 いや、ビルの前通ったら中から声が聞こえて来てさ。ちょっと気になったから中に入ってみたら、君が演技の練習してて、何て言うか思わず見入っちまった。セリフに気持ちが籠ってて凄く良かったと思う。」

 

「そうかい?其れは良かった……実は明日が初舞台でね、こうしてこっそりと練習していたんだ。」

 

「初舞台って、劇団かなんかに所属してるって事か?……あ、そう言えば名前を名乗ってなかったな。俺は一夜夏月って言うんだ。」

 

「名乗られたのならば返すのが礼儀だね。私はロランツィーネ・ローランディフィルネィだよ。長いだろうから、ロランと呼んでおくれ。」

 

 

少し言葉を交わした後にお互いに名を名乗る。夏月は『長い名前だな……つか最後の方なんつった?』と思ったのだが、其れを聞く前に『ロランと呼んでくれ』と言われたので敢えて改めて聞くような事はしなかった。

なので其のまま話をしてみると、ロランは街の小さな劇団に所属しており、明日が初舞台で、しかも行き成り主役として役者デビューするのだと言う。

 

 

「初舞台で行き成り主役って、其れって可成り凄い事なんじゃないか?いやまぁ、さっきのロランの演技を見たら主役に抜擢されるのも納得って所だけどさ。

 演劇には明るくない俺でも、ロランの演技のレベルが高いって事だけは分かったからな。」

 

「ふふ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか?

 今は未だ街の小さな劇団だけれど、将来女優を目指している私からしたら夢を叶える為の大切な第一歩だからね……主役を任された以上は、確りとその役目を果たす心算さ。」

 

「女優目指してんだ?……なら、デビュー前の演技を見て、其れに見入っちまった俺はロランの最初のファンって事で良いかな?さっきはマジで、完全に演技に引き込まれてたからな。」

 

「君が最初のファン……うん、悪くないね。なら、最初のファンとして明日の舞台を観に来てくれるかな?団長から『親しい人にでも観に来て貰え』ってチケットを何枚か貰っていてね、一枚君に進呈するよ夏月。」

 

「良いのか?OK、必ず観に行くよ!」

 

「ふふ、今日以上の演技をして魅せるから期待していておくれ♪……それにしても、その顔の傷痕は……」

 

「あぁ、此れな……やっぱり怖いか?」

 

「いや、ワイルドで良いと思うよ?寧ろ、君の魅力を引き立てている感じがするね♪」

 

「ワイルドで良いか……そう言われると、少し照れ臭い気もするけどな。」

 

 

初対面でありながらあっと言う間に打ち解ける事が出来たのは、此れはもう夏月とロランは『馬が合う』と言うより他は無いだろう。馬が合う人間と言うのは、初対面であっても簡単に打ち解けてしまうモノなのである。

その後、夏月はロランと共に目的のチーズ専門店まで行き、夏月が買おうと思っていたチーズの他にロランお勧めのチーズを購入し、屋台でオランダのB級グルメを堪能してからロランと別れ、滞在しているホテルへと戻って行った。

 

ホテルに戻った夏月は、スコールとオータムに今日あった事を話し、『明日はロランの舞台を見に行きたい』と言うと、スコールは『オランダを発つのは明後日の予定だから問題ないわ。』と言い、オータムも『ソイツのファンだってんなら、花束ぐらいは用意しておけよ』と言ってくれた。

其れは其れとして、スコールから『一夜夏月』の戸籍が出来たと言う事を聞き、スコールが持っている日本国籍『坂神時雨』の養子と言う事になったとの事だった……まさか、スコールの養子になるとは思っていなかったので、其処は夏月も驚いたのだが、一夜夏月には他に家族も居ないので、スコールが孤児を引き取って養子にしたと言う方が色々と都合が良かったのだろう。

因みに戸籍が出来たのにオランダを発つのが明後日なのは、『一夜夏月』のパスポートが出来上がるのが明日だからである。入国の際は、亡国機業の裏ルートで入国したのだが、日本に向けて出国し、日本に入国する際には『一夜夏月』の存在を公に認めさせた方が良いので、パスポートは絶対に必要になるのである。

 

翌日、ロランの舞台を観に来た夏月は、オータムのアドバイスの通り花束を持って来ていた。

こう言う場合の花束は数種類の花を使ったモノを用意するのが普通なのだが、夏月が用意したのはチューリップの花束だった――色々と迷ったのだが、チューリップはオランダの国花なので、其れ一択だったのだ。この辺のセンスの良さも夏月の優れている部分であると言えるだろう。

 

劇の内容は、ロラン扮する一国の姫がマスクで顔を隠して悪人を成敗すると言う内容で、最後の最後でその正体を明かし、民衆からの絶大な支持を得て次代の女王になると言うモノだったのだが、ロランの演技は秀逸で、主役としての輝きを此れでもかと言う程に放っていた……『脇役が巧ければ主役はダイコンでも務まる』と言うモノを見事に否定したと言えるモノだった。

カーテンコールで夏月は惜しみない拍手を送ると、舞台終了後に楽屋を訪れてロランに花束をプレゼントした。

 

 

「夏月……観に来てくれるとは思っていたけど、花束のプレゼントは正直予想外だったよ。」

 

「俺はロランの最初のファンだからな。花束くらいはプレゼントしても良いかなって。」

 

「ふふ、ありがとう夏月。嬉しいよ。」

 

 

こうしてロランの初舞台は成功を収め、そして翌日夏月はオランダを発つ事になったのだが、アムステルダム国際空港にはロランが見送りに来てくれていた。自身の最初のファンである夏月の見送りに行かないと言う選択肢はなかったのだろう。

 

 

「いつかまたオランダに来ておくれ夏月。」

 

「其れも良いけどさ、お前が大女優になって日本に来るってのもアリじゃないか?お前が日本に来た其の時は、俺が日本を案内してやるよ。」

 

「私が日本にか……其れも良いね。其の時が来たらぜひ日本を案内しておくれ……そして、美味しいラーメン屋と牛丼屋を教えて欲しい。」

 

「なんでラーメンと牛丼?」

 

「ラーメンと牛丼は日本人のソウルフードなのだろう?是非とも一度味わってみたいと思っていてね。」

 

「まぁ、間違いじゃねぇな。ラーメンと牛丼が嫌いな日本人ってのは可成りのレアケースだろうからな。」

 

 

別れ際に少々謎の約束が交わされたが、夏月とロランはハイタッチを交わすと、夏月はスコール、オータムと共に日本行きの便の搭乗口へと向かって行き、ロランはその背に向かって手を振り、、夏月は後ろ手に手を振って其れに応え、エスカレーターを降りる際にサムズアップしてターンエンド。

 

 

「夏月……また会おう。君と再会する時を楽しみにしているよ。」

 

 

夏月達が搭乗した旅客機が離陸したのを見届けたロランは其れだけ言うと空港のロビーを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

オランダを発った夏月達は、無事に日本の羽田空港に到着した――仮にハイジャックが起こったとしても、スコールとオータムが居る時点でハイジャック犯は秒で無力化されるのでマッタク問題はないのだが、無事に到着出来たと言うのは其れだけで素晴らしい事であると言えるだろう。

 

入国審査を終えた一行は、空港でタクシーに乗って、次なる目的地に。

 

 

「えっと、何処に向かってるんですかスコールさん?」

 

「此れから貴方が過ごす事になる場所よ夏月――出来る事なら、私とオータムも貴方と一緒に暮らしたいのだけれど、私達は組織の仕事があるから貴方と一緒に暮らす事は出来ないの。

 だから、貴方の事は私が最も信頼出来る人に預けさせて貰うわ……良いわね?」

 

「……そう言う事なら分かったよスコールさん……いや、義母さん。」

 

「此れは予想以上の破壊力!!」

 

「オレの時よりも破壊力がハンパねぇなオイ……天然ジゴロかコイツは?『織斑家の出来損ない』って卑下されてなかったら、冗談抜きで巷の女を魅了しまくってたかもだぜ。

 下駄箱の容量無視したラブレターが現実になってたかもな。」

 

 

その道中で夏月はスコールに決して小さくない精神的ダメージを与えていた……良い方向での精神ダメージなのでそれ程問題にはならないだろうが、『義母さん』と言うのは中々に刺さった様だ。夏月のような極上イケメンに言われると、スコールのような大人の女性でも中々に来るモノがあるらしい。

 

それはさておき、タクシーは目的地に到着。

タクシーを降りた夏月は、目の前の大邸宅に驚いた……何せ、目の前に現れたのは東京ドーム一個分はあるであろう敷地を漆塗りの壁で囲い、大きな門を供えた大邸宅だったのだから。

 

夏月達がやって来たのは、日本の暗部組織である『更識』の家だった――そして、此処で夏月は運命的な出会いを果たす事になるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode2『夏の月の新たな出会い~刀と簪~』

刀奈も簪も、女の子に付ける名前じゃないよな?特に刀奈……By夏月      其れは言ったらだめよ♪By楯無


羽田空港からタクシーに乗って辿り着いた先は東京ドームとその周辺施設一個分に相当する屋敷であり、そのあまりの凄さに夏月は圧倒されていた……城門のような巨大な正門だけでも可成りのモノなのだが、門も屋敷を囲っている壁も全て漆塗りが施されている事でより重厚感が増しているのである。

その荘厳な屋敷に圧倒されている夏月とは別に、スコールは正門のインターホンを押して人が来た事を知らせる。

程なく、インターホンのスピーカーから女性の声が。恐らくこの屋敷で働いている人間だろう。

 

 

『お待たせしました。何の御用でしょう?』

 

「更識楯無様はいらっしゃるかしら?」

 

『はい。楯無様はいらっしゃいますが、何かお約束でも?』

 

「いえ、悪いけれどアポなしよ……けれど大事な用事があるの。楯無様に、『土砂降りの雨が降った』と伝えて頂ける?其れで楯無様には通じるから。」

 

『土砂降りの雨……畏まりました、少々お待ちください。』

 

 

その女性に対し、スコールは暗号めいた何かを伝えると、女性も其れが何であるのか気付いたらしく、一度スピーカーが切れる。『楯無』と呼ばれた人物に、『土砂降りの雨が降った』と伝えに行ったのだろう。

 

 

「義母さん、この屋敷の人と知り合いなのか?」

 

「えぇ、亡国機業に行く前は、この屋敷で……いえ、正確には『更識』の一員として働いていたの。楯無様は更識家の当主様で、嘗ての私の上司と言う事になるわ。

 確か、貴方と同じ位の歳の娘さんが二人居たと記憶しているわ。」

 

「いや、こんなデカい家で働いてたってのに、何だって亡国機業なんぞに行ったんだよお前……ぶっちゃけ、絶対こっちで働いてた方が給料その他諸々全部良かったんじゃねぇのか?」

 

「そうでもないわよオータム。寧ろ仕事の危険度で言えば此方の方が上だったかも知れないわ……自分の身体の色んな所が機械化してる事に何度感謝したか、其れすら分からないわ。」

 

「……此処、ヤクザの家とかじゃないよね?」

 

「そう言った反社会勢力ではないから安心してちょうだい夏月。楯無様は人間的にもとても素晴らしい方よ……そうでなければ、貴方を此処に連れて来ないわ。」

 

 

嘗てスコールはこの屋敷――『更識』で働いていたらしく、『楯無』とは更識の当主で嘗てのスコールの上司だと言う。……亡国機業以上に危険な仕事をしているとの事だが、其れは此れから説明されるのだろう。

夏月は一瞬『ヤクザか?』と疑ったが、如何やらそうではない事にひそかにホッとすると同時に、『同じ位の歳の二人の娘』と言うのが少し気になっていた。此れから此処で暮らす事になると言うのだから、其の子達とも一緒の生活をする事になるのだから気になるのは当然だ。

 

暫し雑談していると、インターホンのスピーカーから先程の女性の声が発せられ、『どうぞお入りください。楯無様の元にご案内いたします』と伝えて来たので、夏月達は正門を潜って更識の屋敷へと入って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode2

『夏の月の新たな出会い~刀と簪~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷内に入った夏月達は、屋敷の使用人に案内されて大広間に案内されていた。

その大広間は三十畳ほどの和室で、床の間には高価そうな屏風が飾られ、襖にも山水画や龍虎図が描かれており華やかさはあるが、しかし屏風にも襖絵にも金箔のようなモノは用いずに全て水墨画で描かれており、荘厳でありながらワビサビを感じさせる見事な造りとなっていた。

そんな大広間の上座には、着物を着て、特徴的な蒼い髪をオールバックにした男性が座布団に座っていた。彼が、更識の当主である楯無なのだろう。

 

 

「『土砂降りの雨が降った』……君が更識を去る際に、次に私に会いに来た事を示すこの暗号を聞く時が来るとは思っていなかったよ時雨。いや、今は亡国機業のモノクロームアバターの隊長・スコールと言うべきかな?」

 

「時雨で構いませんわ楯無様……御無沙汰しています。」

 

 

その楯無に対し、スコールは正座をすると畳に指を付いて頭を下げる。更識から去ったとは言え、嘗ての上司に対しての礼儀は尽くすと言う事だろう。

そんなスコールに対し、楯無は『一体何の用だ?』と問うと、スコールは夏月を呼んで自分の横に座らせ、『暫くこの子を預かって欲しいと思い此処を訪れました。彼は一夜夏月……本当の名は織斑一夏と言います。』と紹介する。

 

 

「織斑一夏?其の子は確かドイツで死亡した筈ではなかったかな?

 更識でも、日本政府に『織斑一夏誘拐』の犯行声明が入ったのと同時にドイツに駐在しているエージェントに彼を探させたが、漸く彼が連れて行かれた場所を特定して向かった時には、誘拐犯と思しき者の遺体と血痕だけがあり、織斑一夏君を発見する事は出来なかったが……成程、我々よりも早く君達が動いて彼を保護したと言うのであれば納得だ。

 亡国機業であれば、更識よりも早く情報を得ていたとしても不思議ではないからね。……そうか、君が織斑一夏君か。」

 

「今の俺は、一夜夏月です。織斑一夏は、もう死んだんです。」

 

「うむ……成程、そう言う事か。」

 

 

夏月の一言で楯無は何があったのかを察したのだろう。其れ以上は夏月に関しては深く追及はしなかった……自分の娘と変わらない歳の少年が、本名とは別の名を名乗り、嘗ての己を『死んだ』と断言するには、相当な事があったのだと感じたのだろう。

 

 

「其れで、何故彼を私に預けるのかな時雨?」

 

「一つは、私とオータムは亡国機業の任務で世界中を飛び回っているので彼を一つの場所に置いておく事が出来ない事ですわ……私達と一緒に世界を飛び回っていては、本来受けるべき教育を受ける事が出来ませんもの。

 ですが、楯無様に預ければ日本に定住出来ますし、然るべき教育を受ける事も出来ますので。

 それともう一つは彼を鍛えて頂きたいのです。

 夏月は周囲から双子の元弟と比べられて居た様なのですが、彼自身の能力はとても高く、鍛えれば其れこそ織斑千冬すら凌駕する存在になるのではないかと私は考えていますわ。」

 

 

其処まで言うとスコールは立ち上がって楯無に近付き、

 

 

「何よりも彼は、恐らく『織斑』の『イリーガル』……其れだけで、楯無様には分かるでしょう?」

 

 

楯無にそう耳打ちした。

夏月とオータムはそんなスコールの行動を少し疑問に思ったが、スコールは嘗て更識の人間だったと言う事もあり、自分達には知られたくないスコールと楯無の間だけの何かがあるのだろうと考えて敢えて何を言ったのかを問う事はしなかった。

 

 

「成程ね……あい分かった。夏月君は更識で預かるとしよう。そして、君の望み通りに彼を鍛えるとしようじゃないか……将来有望な少年を鍛えると言うのも実に楽しみだし、彼の存在は刀奈と簪にとっても良いモノになりそうだからね。

 彼の事は大船に乗った心算で安心して任せてくれ。そう、タイタニックに乗った心算で。」

 

「いや、其れ速攻で沈没するんじゃないっすかね?」

 

「氷山に激突する前から、燃料庫で火災が発生してたらしいから、氷山にぶつからずともタイタニックは沈む運命にあったってのを何処かで聞いた事があるぜ?沈没確定の豪華客船とかマジ笑えねぇっての。」

 

「うむ、見事な突っ込みだな。」

 

 

スコールの話を聞いた楯無は、夏月を預かる事を即了承した。その際に、楯無の小粋な冗談に夏月とオータムが絶妙な突っ込みを入れた事も楯無には好印象を与えた様だ。

その後、夏月が『時に更識ってどんな組織なんですか?』と質問し、其れに対して楯無は『更識とは日本の暗部であり、分かり易く言えば日本のカウンターテロ組織であると同時に、天皇陛下直属の部隊だ』と説明した。

同時に『楯無』とは代々当主が継ぐ名であり、現在の楯無は十六代目だと言う。

更識は天皇直属の部隊として、武士が台頭して来た平安時代中期に生まれた家で、歴史の裏で日本の権力を操って来たのだと言う……源平合戦に応仁の乱、本能寺の変、関ケ原の合戦、大阪の夏と冬の陣、明治維新、日本の大きな転換期の裏には更識の力が働いていたのである。唯一、第二次世界大戦……正確には日中・太平洋戦争だけは、更識が関わっていない、日本政府の暴走の末に起きた事なのだが。

 

詰まるところ、更識と言うのは日本の象徴である天皇の直属であり、場合によっては日本政府にも絶大な影響を持っている家と言う事である……首相が他国と比べて短い間隔で交代しているのも、更識が裏で動いた結果だ。そんな状況で、長期政権を築いた小泉内閣と第二次阿部内閣は更識も認める成果を出したと言う事なのだろうが。

 

ともあれ、夏月は更識に預けられる事が決まり、正門で夏月はスコールとオータムと別れる事に。

 

 

「此処からは離れ離れか……ちょっと寂しいかも。」

 

「学校行事があったらすぐに知らせてね?必ず参加するようにするから。

 ……私達の準備が出来たら、必ず貴方を迎えに行くから、其の時までに信頼出来る仲間を出来るだけ作っておきなさい。其れが、貴方の為にもなる事だから。」

 

「信頼出来る仲間……うん、分かったよ義母さん。秋姉、義母さんの事を頼んだぜ?」

 

「だ~~れにモノ言ってんだコラ?

 オレは亡国機業でもトップクラスの実力を持ってるオータム様だぜ?テメェに言われるまでもなく、スコールの事は絶対に守ってやんよ!テメェこそ次に会った時には今よりももっと良い男になってろよ?

 其れこそ、オレが同性愛者じゃなかったら惚れてたレベルによ!」

 

「いや、何でそうなるんだよ……でも、上等だ。やってやるぜ!!」

 

 

別れに涙は不要。

夏月とオータムが若干謎の遣り取りをしていたが、其れもまたある意味では日常茶飯の事だったのでスコールも止める事はせず、楯無も微笑ましく其れを見守っていた。それ程に、夏月とオータムの遣り取りは、『歳の離れた姉弟のじゃれ合い』と映ったのだろう。

 

 

「楯無さん……俺も更識の仕事に係わる事って出来ないですかね?」

 

 

スコール達と別れた後で、夏月は楯無に『俺も更識の仕事に係わらせて貰えないですか?』との爆弾を投下した――更識がどんな組織であるかを知り、亡国機業に身を置くスコールが『準備が出来たら必ず迎えに行く』と言った事で、自分も将来的には『裏』の世界と係わる事になるのは間違い無いと考えて、申し出たのだ。決して伊達や酔狂ではなく、夏月は真剣に考えた上で楯無に聞いたのである。

 

 

「出来なくはない。だが、更識の仕事に係わるとなれば相当な覚悟が必要になるし、場合によっては『死』を覚悟して貰う事もある……君にその覚悟があるのかな夏月君?」

 

「織斑一夏を殺して一夜夏月となった其の時から、俺はこの先の人生にどんな事があっても立ち止まらずに進む覚悟を決めました……其れに、俺は秋姉が助けてくれなかったら死んでたし、死ぬ覚悟は其の時に決めちまいましたから。もう、怖いモノは何処にも無いんです。」

 

「……人を殺す、その覚悟も必要になる仕事だが?」

 

「自分が死ぬ事を覚悟する以上の事って、絶体絶命の状況でも生き抜く覚悟を決める事ですよね?其れに比べたら人を殺す覚悟は決められますよ……それが、絶対に仕留めなければならない相手ならきっと。」

 

「そうか……君の覚悟は良く分かった。ならば、君にもゆくゆくは更識の裏の仕事を手伝って貰うとしよう。あぁ、だがあくまでも君にやって貰うのは、要人の護衛やターゲットの確保だがね。其れから先の汚れ役は私達大人の仕事だからね。その為の技術と知識も教えよう。但し、普段はちゃんと勉学に勤しむ事が条件だ。

 私の娘達が通う中学校に君を編入する準備を整えておくよ……そう言えば、私の娘達を君に紹介しておくべきだね。」

 

 

夏月の言った事に、楯無は驚くも、夏月の覚悟を聞いて其れを是とした……更識としても優秀なエージェントが増えると言うのは有り難い事だったのだ。それでも、夏月の学校生活を優先している辺りに、楯無の人としての本質が見えると言えるだろう。

その後楯無は、夏月を先程の大広間に連れて行くと、其処で自身の二人の娘を呼び寄せて夏月に紹介した。

 

 

「彼女達は私の娘だ。さ、自己紹介しなさい。」

 

「更識刀奈よ。同じ位の歳だから敬語は要らないし、気軽に刀奈って呼んでちょうだいな♪」

 

「更識簪です。其の、宜しく。」

 

「一夜夏月だ。此れから宜しくな。」

 

 

快活な印象のある少女は『刀奈』と名乗り、少し引っ込み思案っぽい少女は『簪』と名乗った……恐らくは刀奈の方が姉なのだろう。其れに対し、夏月も自己紹介をしてターンエンドだ。

その後、夏月は刀奈と簪に屋敷内を案内され、道場を案内されたその時は、『少しばかり身体を動かしたいな』と言った事で、其れを聞いた刀奈と突然のスパーリングを行う事になり、その結果は互いに全力を出した上でのダブルKOだった……刀奈は得意の柔術で夏月の打撃をいなしていたのだが、夏月の打撃は予想以上のモノであり、いなせなかった攻撃をガードした腕は腫れ上がって段が付くほどだったのだ。

だが、この結果に刀奈は満足そうな笑みを浮かべ、簪は驚いた表情を浮かべていた……実は、刀奈は次代の楯無となる事が決定しており、幼い頃からありとあらゆる英才教育を施され、戦いに関しても、其れこそ殺しの技すら身に付けているのだが、そんな刀奈と互角に遣り合った夏月の力はトンデモナイの一言であり、刀奈は同世代で自分と互角の戦いが出来る夏月の登場に喜び、簪は刀奈と互角に戦える夏月の実力に心底驚かされたのだ。

だが、同時に其れは夏月の相手が刀奈だったからとも言える……刀奈の同世代では頭一つ抜きん出ている実力が、大多数の否認と少数の肯定と言うアンバランスな評価によって開花し切れず燻ぶっていた、地道な努力によって鍛えられてきた夏月の力を一気に引き出したのである。

『織斑一夏』の時には開花しなかった其の力は、皮肉な事に『織斑』の名を捨て、『一夜夏月』となった事で覚醒したとも言えるだろう……或は、スコールも夏月の潜在能力は更識でならば発揮されると考え、更識に預ける事にしたのかも知れない。真相はスコール本人にしか分からないが。

因みに、屋敷を案内中に簪が同い年で、刀奈は一つ年上だと言う事を夏月は知ったが、自己紹介の時に『敬語はなしで』と言われたのを思い出し、敬語は使わずに話していたが、年上ではあるので最低限の礼儀として『刀奈さん』と呼ぶようにしていた。……刀奈本人は『敬称も要らないのに』と言った感じだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして始まった更識家での生活は、夏月にとってとても心地いいモノだった。

夏休み期間中だったと言う事もあり夏月は簪の夏休みの宿題を手伝ったり、刀奈の美術の課題であるデッサンのモデルを務めたり、道場でトレーニングをしたり、楯無から『更識』の仕事の事を教わったりと毎日が充実していた。

『更識』に仕えている『布仏』とも出会い、刀奈の従者である『布仏虚』と、簪の従者である『布仏本音』と知り合いになり、本音から『一夜だからイッチーだね』と言われ、夏月も『なら君はのほほんさんだな』と、互いにニックネームを送り合っていた。

 

更識家で過ごすようになって何よりも夏月が嬉しかったのは、更識の人間全員が自分の努力を認めてくれた事だった。

楯無だけでなく、その妻の『更識凪咲』、刀奈と簪は元より、使用人として働いている者達も夏月の努力を認め、そして褒めてくれた。台所を任されている料理人達に至っては、夏月を師匠と呼ぶ連中まで居る始末だ。(日頃の礼としてまかないを作ったら、何故かそう呼ばれるようになった。)

そしてその努力を認められ、褒められた事で夏月はより己を磨き、其れに刺激を受けた刀奈も己を高めようと互いに切磋琢磨する関係になって行った……スパーリングでは、剛の夏月と柔の刀奈では刀奈の方が有利なのだが、『柔よく剛を制す』をモノともしない夏月の剛の技がぶつかる事で毎回時間切れ引き分けか、ダブルKOで決着は付かずだったが。

また、ロランとは少し古風だが文通を行っており、オランダから届くエアメールも夏月の楽しみの一つであった。(オランダを発つ際に、ロランから連絡先と住所を教えて貰い、夏月は最初の手紙で自分が暮らしている更識家の住所を教えておいたのである。)

尤も、電話では国際通話になるので通話料金がトンデモナイ事になるし、LINEのメッセージもそもそも日本とオランダの時差を考えるとオランダが夕方の時、日本は深夜になるので使う事が出来なく、文通と言うのが一番の交流手段であった訳だが。

 

そんな充実した日々を過ごしていた夏月だったが、一つだけ気になる事もあった。刀奈と簪の姉妹関係だ。

不仲と言う訳ではなく、刀奈は簪の事を大事にしているのは良く分かり、何かと簪の事を気に掛けているのだが、そんな刀奈に対して簪は一歩引いていると言うか、少し苦手意識を持っているように夏月には感じられたのだ。

だからある日、夏月は思い切って刀奈に聞いてみた、『簪と巧く行ってないのか。』と。

その問いに対し、刀奈は軽く溜め息を吐くと、『まぁ、簪ちゃんを見てればそう思うわよね。』と前置きした上で話し始めた。

 

 

「私は更識の長女として生まれ、其の一年後に簪ちゃんが次女として生まれ、そして私が五歳になるまでに男児が生まれなかった事で、私は五歳にして次代の楯無になる事が決まったの。更識家では、第一子が女児であった場合、第一子が五歳になるまでに男児が誕生しなかった場合、長女が次代の楯無となるのよ。

 次代の楯無となる事が決まったその日から、私にはありとあらゆる英才教育が叩き込まれたわ。

 語学に哲学に人心掌握術、ありとあらゆる武術と格闘技だけでなく暗殺術まで色々とね……普通なら音を上げてしまうところなのでしょうけれど、生憎と私には全く苦にならなかった。それどころか、次々と新しい事が出来るようになるのが楽しくて堪らなかった。お父様を始めとした周囲の大人達も、そんな私を『更識始まって以来の天才』と評していたわ。

 でも其れは、簪ちゃんにとっては余りにも大きくて重いモノに映ってしまったみたいで、あの子は私に対してコンプレックスを抱いているのよ……そんな事は全然ないのに、『私はお姉ちゃんと違って何も出来ない』位は考えているかも知れないわね。

 まぁ、私が簪ちゃんにカッコ悪い所見せたくないって言う思いで、簪ちゃんの前ではより張り切っちゃったって言うのも原因の一つではあると思うけど。」

 

「自ら妹のコンプレックス増長させてどうすんだよ……」

 

「仕方ないでしょ?お姉ちゃんって言うのはね、妹や弟の前ではカッコいい姿を見せたいモノなのよ!」

 

「うん、マッタク分からん。」

 

 

簪が刀奈に対してコンプレックスを抱いている事は理解出来たが、刀奈が言った『姉は妹や弟の前ではカッコいい姿を見せたいモノだ』という意見は夏月には理解出来なかった。少なくとも『織斑一夏』であった頃、只の一度も千冬のカッコいい姿と言うモノを見た事が無かったからだ。

料理をさせればダークマターを生成し、片付けをさせれば片付けるどころかグラウンドゼロが発生し、服は脱げば脱ぎっぱなし、酒を飲んだら毎度毎度己の限界を超えて飲んで酔い潰れていたのだから刀奈の意見が理解出来ないのは仕方ないだろう。

 

 

「簪ちゃんには簪ちゃんにしか出来ない事もあるし、デジタルな事に関する技術と知識に関してはあの子は私よりも上なのだけれど、私のせいで自分に自信が持てなくなってしまっているのよ……私が其れを言ったところで、何の効果も無いと言うのが歯痒いわよね。」

 

「まぁ、確かに自分のコンプレックスの原因に幾ら褒められたところで、其れを素直に受け取る事は出来ないからな……でも、そう言う事なら俺に任せてくれないか刀奈さん?

 此の家に居候の身である俺だからこそ、若しかしたら簪のコンプレックスを払拭出来るかも知れないからさ。」

 

「……一理あるわね。ゴメンね、私達姉妹の問題を……」

 

「気にするなよ。刀奈さんと簪は、何処かの馬鹿姉弟と違ってまだやり直せるからな……何より、アイツと違って刀奈さんは、簪の事を見てるんだ。」

 

「夏月君?」

 

「いや……そんじゃちょっと簪の所に行って来るわ。」

 

 

小声で呟いた事は刀奈には聞こえていなかったようだが、夏月は刀奈と簪が『織斑一夏と織斑千冬』のようになって欲しくはないと思っている様だ……一夏と千冬の場合、遠からずその関係に終わりが訪れていただろうが、刀奈は簪の事をちゃんと見ているので、まだ改善は出来ると夏月は考えたのだろう。

其処からの夏月の行動は早かった。

 

 

「簪、ちょっといいか?」

 

「夏月?うん、良いよ。」

 

「そんじゃ、失礼しますっと。」

 

 

簪の部屋に向かうと、扉をノックして簪の了承を貰って入室……したのだが、初めて簪の部屋に入った夏月は驚いた。

何故かと言うと、簪の部屋は所狭しとアニメや特撮のポスターが張られ、棚には無数のフィギュアとガンプラ、そして中型のモニターとそれに接続されている複数のゲーム機……見事なまでの『オタク部屋』だったからだ。

だが、夏月は驚きはしたモノの怯みはしない。

 

 

「コイツは何とも見事な領域展開だな簪?五条さんもビックリだぜ。」

 

「私はマダマダ。五条さんと比べるのも烏滸がましい。」

 

 

先ずはアニメネタを振ってみると、簪は其れに秒で対応した……簪は、どんなジャンルのアニメや特撮ネタを振られても対応する事が出来る、全ジャンルのガチ勢でもあるのだ。極めたオタク道は、ある意味で極限と言えるのかもしれない。

 

 

「其れで、私に何の用かな夏月?」

 

「単刀直入に聞くけどさ、簪は刀奈さんの事苦手なのか?」

 

 

先ずは良い感じで掴みに成功した夏月は続いて真っ直線に切り込んだ……デリケートな問題なので、本来は外堀から埋めて攻めるべきなのだが、そんな事は夏月には出来ないので、イキナリのダイレクトアタックをかましたと言う訳だ。

 

 

「苦手って言うか……少しコンプレックスを抱いているのは間違いない。」

 

 

だが、その効果は抜群で、簪は夏月に己の想いを話し始めた。

 

 

「お姉ちゃんは五歳の頃から次の楯無になるべく色んな教育をされていた……きっと私だったら音を上げてたと思うけど、お姉ちゃんは其れを苦にする事なく次々と熟していて、『更識始まって以来の天才』とまで言われてた。

 お姉ちゃんが凄い人だって言うのは誇りだけど、でも同時に私には何もないんだって、お姉ちゃんと比べたら何も出来ないって、そう思ったの……だから、お姉ちゃんが優しくしてくれるのも、少し辛かったし、お姉ちゃんの優しさを素直に受け取れない自分がより嫌だったんだ。」

 

 

矢張り簪は簪で思うところがあった様だ。

刀奈に対してコンプレックスを抱き、そのせいで刀奈の妹を思う気持ちを素直に受け取る事が出来なくなってしまい、一歩引いた態度を取らせるようになってしまったのである……刀奈の頑張りが、より簪のコンプレックスを増長していたと言うのも、間違いではないのだろう。

 

 

「成程な……だけど、簪は簪で刀奈さんは刀奈さんだろ?姉妹だからって同じじゃないんだ、簪は簪の得意分野を伸ばして行けば良いんじゃないのか?少なくともデジタルな面に関しては、刀奈さんよりも簪の方が上だって俺は思ってるぜ?

 其れにな、刀奈さんは完璧超人じゃないぜ?本人から聞いた話だけど、刀奈さんは簪の前ではカッコいい所見せようとより張り切ってたんだと……優雅に水面を泳ぐ白鳥が、水面下では必死に足をばたつかせてるのと同じなんだよ。

 刀奈さんは決して完璧超人なんかじゃなく、妹にカッコいい所を見せたいだけの姉なんだ。何よりも、簪には簪の良い所があるんだ、だとしたら刀奈さんと自分を比較する事自体が無意味だと思わないか?」

 

「!!」

 

 

だが、夏月の言った事は簪にとっては衝撃だった。

『簪は簪で刀奈は刀奈』、ともすれば簪のコンプレックスを刺激しかねない言葉だが、夏月は簪には刀奈にはない簪だけの良い所があると言った事で簪の心に突き刺さるモノがあった様だ。

夏月のセリフを聞いた簪も、『刀奈と簪は違う』と真っ向から言い、刀奈と自分を比較せずに、己の良い所を認めたくれた事が嬉しく……自然とその瞳からは涙が溢れていた。そう、歓喜の涙が。

 

 

「か、簪!?ゴメン、言い過ぎたか?」

 

「ううん、そうじゃないよ夏月……嬉しかったの、私を認めてくれた事が。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、私の事を褒めてくれたけど、更識の分家の人達は、お姉ちゃんばかりを褒めて、私の事は『不出来の妹』って言う事が多かったから。更識の外の人間である夏月に認められたのが嬉しかったの。」

 

 

其れに夏月は少し驚いたが、哀しみの涙でない事を知るとホッと息を撫で下ろした……簪を悲しませたと刀奈と楯無に知られたら明日の朝日を拝む事は出来なくなってしまうだろうから。

一しきり泣いた後、簪は夏月に『ありがとう』と礼を言うと、その後は刀奈とも話をして『お姉ちゃんは私の事を気に掛けてくれてたのに、避けるような態度を取ってゴメンなさい』と謝り、刀奈も『私の方こそ、簪ちゃんに辛い思いをさせちゃってたわ。ゴメンね。』と謝り、刀奈と簪の間にあった僅かな溝は一気に埋められたのだった。

 

 

「ありがとう夏月君。貴方が居なかったら、私と簪ちゃんはずっとあのままだったかも知れなかったわ……本当に感謝するわ。」

 

「礼を言われるほどじゃないだろ刀奈さん?

 姉妹仲ってのは良いに越した事はないからな……でもまぁ、簪の事を『不出来の妹』とか言った分家の連中は許せないよな?簪の事を何も知らないクセに勝手な事言いやがって。」

 

「そうよねぇ?本家に楯突いたら如何なるか思い知らせて上げましょうか……いっそカチコミ掛けてやろうかしら?」

 

「良いな、やっちまうか。」

 

 

後日、更識の分家の幾つかが割とシャレにならないレベルの大打撃を受ける事になったのだが、その大打撃を与えたのは紅い眼の少女と金色の目の少年だったとか……其の二人が何を言ったかは不明だが、此の日を境に分家の人間が簪に対して『不出来の妹』と言う事はなくなったのであった。

 

刀奈と簪の仲が良好な状態になった後は、改めて夏休みを思い切り楽しんだ。

海やプールに夏祭りと言った定番から、アウトドアや登山に海外旅行まで色々な事を――その際、夏月は海やプールでの刀奈と簪の水着姿と、夏祭りの浴衣姿にスッカリ見惚れてしまい、刀奈と簪も水着姿となった夏月の細マッチョなボディと、夏祭りの甚平姿に見惚れたりしていた。

また、アウトドアの際には夏月が持ち前の主夫力を発揮し、定番のバーベキューや飯盒炊飯で激ウマ料理を披露した。バーベキューでは只肉や野菜を焼くだけでなく、アルミホイルに包んだ海鮮の蒸し焼き、手作りソーセージ三種(ガーリック、ブラックペッパー、チョリソー)等を用意し、〆に具はなく、ショウガとニンニクを利かせてオイスターソースと醤油でシンプルに仕上げた焼きそばを提供。

飯盒炊飯では定番のカレーを作ったのだが、只のカレーではなく手作りしたカレールーを使ったスパイスの利いたパンチのあるチキンカレーが大好評だった。序に合わせて作った『ソーセージとエリンギのスープ』も大好評であった。

 

 

「ちょっと待とうか簪。なんでストⅢサードで普通に春麗選択してんだよ!普通に最強キャラを、サードの闇と言われるキャラを使うなっての!」

 

「春麗は最強……此れで削り殺す。」

 

「甘いぜ簪、伝説を見せてやる!鳳翼扇に対して、伝説のウメハラブロッキングじゃあ!そしてカウンターの豪波動拳にスーパーキャンセルを掛けて瞬獄殺だ!!」

 

「まさか、ウメハラブロッキングをやって来るとは思わなかった……やるね夏月。」

 

「ぶっつけ本番だけどな……失敗してたら俺が死んでたわ。」

 

「それじゃあ、今度は私と夏月君ね♪」

 

 

出掛けない日は出掛けない日で、ゲームを楽しんでいた。テレビゲームだけでなく、遊戯王やポケモンカードと言ったアナログなゲームを含めてだ。因みに格ゲーでは一夏が最強で、遊戯王では簪が最強、将棋やチェスでは刀奈が最強だった。

 

そうした楽しい夏休みを過ごしながらも、夏月は刀奈と共に暗部としての訓練を受け、簪は将来『楯無』となる姉をサポートする為にバックスとしての訓練を受け才能を開花させて行った。

暗部としての訓練を受けると言う事は、当然夏月も暗殺術と言った『殺し』の技を学ぶ事になった訳だが、夏月は『楯無さんは、殺しはさせないって言ってたけど、義母さんが迎えに来た時には絶対に必要になる』と考えて、其れも全て身体に覚え込ませて行ったのだった。

 

 

そんなこんなで夏休みも残り数日となったある日の事。

うだるような暑さが続き、埼玉県の熊谷市と、茨城県の大子町が共に最高気温45℃を観測したその日、更識家の昼食は夏の定番である『冷やしそうめん』だった。

但し、普通の冷やしそうめんではなく、器に盛ったそうめんに、蒸し鳥の冷製、キムチ、モヤシとホウレン草とゼンマイのナムルをトッピングし、鶏ガラで出汁を取ったピリ辛の冷たいスープを掛けた『冷麺風冷やしそうめん』だが。

 

 

「ん~~、とっても美味しい!キムチとピリ辛のスープで食欲が刺激されて、何杯でも行けちゃうかも!」

 

「夏月って本当に料理が上手だよね?厨房の人達が『夏月さんには勝てねぇです』って言うのも納得かも。」

 

「料理の腕には自信があるからな。

 自慢じゃないが、此処に来る前に通ってた学校では、実家が定食屋のダチ公に調理実習の時に、『俺が店継いだら、お前の事従業員として雇いてぇ』って言われたくらいだからな。二学期から通う事になる学校で、女子のプライドを折りまくるかもだぜ。」

 

「止めて夏月君!女子のライフはもうゼロよ!!」

 

「HANASE!!」

 

「デッキ一枚を残して全てドロー。全部モンスターカード。魔導戦士ブレイカー、追加攻撃×二十五回。」

 

 

その食卓では、実に和やかな昼食風景が展開されていた。夏月と更識姉妹のこうした遣り取りも、更識夫妻にとっては最早日常となっている――其れだけ、夏月が更識家に馴染んでいると言う事でもあるだろう。

だが、此の日は少しばかり様子が違っていた。

そうめんを食べ終えた楯無は目を瞑って腕を組み、まるで侵入者の気配を探るかのような様子を見せていたのだ。

 

 

「お父様?」

 

「お父さん?」

 

「楯無さん?」

 

「……気配が何時の間にか一つ増えているね?しかも近い……其処か!!」

 

 

夏月と更識姉妹の問いに、『気配が一つ増えている』と答えた楯無は、床の間にあった刀を手にすると其れを畳に突き刺す!!其れこそ、床下に人が居たら其れを刺殺する勢いでだ。コソコソ嗅ぎ回る不埒の輩には容赦しないと言う事なのだろう。

 

 

「中々に良い勘をしてるじゃないか更識楯無……だけど今回は、約10cm程ずれていたみたいだね。まぁ、あと10cm後ろを刺されてたら、私お陀仏だったけど。」

 

 

だが、楯無の一撃は約10cmほど外れていたようで、床下からはそんな声が聞こえて来た……少なくとも床下に忍んでいる人物は相当な胆力があるのと言うは間違い無いだろう。約10cmずれていたとは言え、目の前に刀が突き刺さって来たら大抵の場合は驚いて言葉を発する事が出来なくなってしまうモノなのだから。

 

 

「この声……もしかして束さんなのか?」

 

「大正解!!」

 

 

夏月はその声に聞き覚えがあったので、声の主が『篠ノ之束』なのかと問うと、超ハイテンションな『大正解』の掛け声と共に、和室の畳が吹き飛び、其処から特徴的なスミレ色の髪にうさ耳のカチューシャを装着し、童話『不思議の国のアリス』の主人公であるアリスを連想させるエプロンドレス……の胸元を大きく開けた衣装を身に纏った女性が現れた。

 

 

「やぁやぁ、久しぶりだねいっ君!いや、今はかっ君って言うべきかな?

 初めましての人には初めまして!皆のアイドルにして稀代の天才、正義のマッドサイエンティストの束さんだよ~~、ブイブイ!」

 

 

その正体は、ISの生みの親である『篠ノ之束』で、一夏だった頃の夏月の数少ない味方でもある人物だった……恐らくは、ドイツで誘拐された一夏の消息を追い続けた結果、更識家に辿り着いたのだろうが、まさか床下から畳を吹き飛ばして登場するとは誰も思わなかっただろう。天井裏に潜んでいて、天井をぶち抜いて参上と言うのであればまだ予想出来るが、畳ぶち抜いて床下からコンニチワなどと言うのは大凡予想出来るモノでは無かっただろう。

何にしても、日本の暗部である更識家に、本日この時をもって、最強にして最凶で最狂の天才で天災が降臨したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode3『最強で最凶にして最狂の天才で天災の降臨!』

天才で天災降臨!刀奈さん、簪何か一言!By夏月      世界規模核戦争勃発!By楯無    水爆実験上等By簪    其れは、流石に言い過ぎじゃないかなぁ?By天災兎


更識家の広間の床をぶち抜いて現れたのは、ISの生みの親にして稀代の天才で天災、最強で最凶で最狂な、自称『正義のマッドサイエンティスト』である篠ノ之束であった。

まさかの展開に、楯無も凪咲も、刀奈と簪も目が点になっていたのだが、夏月だけはそうではなかった。

 

 

「床下から登場とは、意表を突いた登場をしてくれますね束さん?だけど、何人様の家の床ぶち抜いてんだアンタはぁ!!」

 

 

音もなく束に近付くと、一瞬で背後を取りジャーマンスープレックス一閃。

高角度かつ非常に綺麗なブリッジで放たれたジャーマンスープレックスは一種の芸術品と言っても過言ではないだろう――織斑一夏だった頃からブリッジを得意としており、ジャーマンスープレックスも得意技ではあったのだが、一夜夏月として更識家で暮らすようになった事で本来の力が解放されジャーマンスープレックスにも更なる磨きが掛かったようである。

 

 

「おぉう、此れはまた見事なジャーマンだねぇかっ君?束さんじゃなかったら完全にKOされてる所だよ。

 それと、床ぶち抜いただけじゃなくて、お屋敷の300m先から地下掘り進んで此処までやって来ました!其れと床はぶち抜いたけど、畳は壊してないから無問題!」

 

「充分問題だよ!!」

 

「ヘブし!!」

 

 

其れを喰らっても更にトンデモナイ事を言った束に対し、夏月は起き上がりジャーマンの要領で起き上がるとアルゼンチンバックブリーカーを極めた後にデスバレーボムで投げ、追撃のフラッシュエルボーを叩き込む。

実に見事な、流れるような連続技に流石の束もKOされ、その場に伸びてしまった……4ヒットの連続技でKOと言うのは、格闘ゲームだったら間違いなく顰蹙を買うレベルの壊れ性能だろう。

 

 

「夏月君、この人は?篠ノ之束って名乗ってたけど、若しかして……」

 

「若しかしなくても、この人こそISの生みの親である篠ノ之束だよ刀奈さん。

 頭脳レベルは間違いなく人類史上最強で身体能力も割と人外レベルなんだけど、其れ以外は色々と残念な人だ……つーか、何で地下掘り進んで来たんだよ?普通に玄関から来ればよくないか?」

 

「……天才の感性は、一般人には理解出来ない。」

 

「簪、其れ言ったらもう何も言えないって。」

 

 

夏月にKOされた束を見て、刀奈も簪も思うところがあり、楯無と凪咲も『彼女が篠ノ之束……』と言った感じで束を見ていたのだが、此のままでは埒が明かないと判断した夏月が、束に喝を入れて強制的に覚醒させた。

夏月は師である劉韻から喝の入れ方も学んでいたので、安全かつ効果的な喝を入れる事が出来るのである。(尚、素人が喝を入れるのは非常に危険なので、読者諸氏は絶対に真似をしないように。)

 

 

「そんで束さん、何だって此処に来たんですか?」

 

「ん~っと、其れはねぇ……」

 

 

 

――ぐ~~~~~……!

 

 

 

喝を入れられて目を覚ました束に対し、夏月は此処に来た理由を尋ねたが、其れに答えるよりも早く束の腹が見事な轟音を奏でてくれた。腹の虫は大分限界に達している事の証だろう。

 

 

「束さん、ちゃんと飯食ってます?」

 

「え~~っと……そう言えば此処三日ほど、穴掘るのに夢中で碌に食事してなかったっけか?エナドリ飲んでたから大丈夫だと思ってたけど、ダメだったみたいだね此れは♪」

 

「三日間エナドリだけって、死にますよ!?」

 

「因みにモンエナだよん♪」

 

「うん、普通に致死量。」

 

「……束さん、取り敢えず飯食いましょうか?詳しい話は其れからです。」

 

 

なので、詳しい話を聞く前にまずは束の腹を満たす事になったのだった……最強で最凶で最狂な天才で天災であっても、空腹と言う人としての基本的な欲求を完全に制御する事は出来なかったみたいであるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode3

『最強で最凶にして最狂の天才で天災の降臨!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月特製の『冷麺風冷やしそうめん』を束は瞬く間に五人前平らげて、すっかり腹は満たされた様だった……その食べっぷりは凄まじく、夏月だけでなく更識家の面々も、『一体ドレだけの期間真面な食事をしていないんだ?』と思う程だった。

 

 

「ごちそーさま!相変わらずかっ君は料理の天才だね!

 夏の定番の冷やしそうめんを、冷たいつけ汁につけて食べるだけじゃなく冷麺風に仕上げるとは実に見事!ミシュランに変わって、束さんが五つ星の評価を……いや、最高評価である八つ星の評価をしちゃうよ!」

 

「八つ星って、遊戯王じゃないんですから。

 そんで、マジで如何したんですか束さん?」

 

「んっとね、先ずはかっ君に会いに来たんだよ。

 スーちゃんに『誘拐された織斑一夏を救出して欲しい』って匿名で依頼したんだけど、スーちゃんからは『依頼達成』の連絡があっただけで、いっ君が如何なったのかは全然分からなかったんだよ。スーちゃんも『依頼達成』の連絡があった後で全然連絡付かなくなっちゃってるし!!

 んでもって、独自に調べた結果、いっ君はかっ君になって更識家で暮らしてる事を突き止めたので突撃してみたって訳さ!!」

 

「俺を助け出して、依頼達成の報告した後でスマホを機種変してアドレスも変えたんだろうなきっと……人とあまり関わりたくないって事か亡国機業の人間的には。」

 

 

束は如何やら夏月に会いに来たらしかった。

同時に、スコールに匿名で『織斑一夏の救出』を頼んだのも束だったらしい……誰よりも早く『織斑一夏が誘拐された』と言う情報を得た束は、誘拐犯の粛正に向かっていたスコールに匿名で依頼をしていたのだ。

だが、スコールからは『依頼達成』との報告しか受けておらず、その報告の後でスコールは自らのスマホを機種変更してアドレスを変えていたので束には連絡手段がなく、一夏が如何なったのかは分からなかったので、独自に調べた結果、『織斑一夏』は『一夜夏月』となって更識家に身を寄せている事を知って更識家に突撃してた、と言う事である様だ。アドレスの変更だけならば未だしも、使用しているスマートフォン其の物を変更されてしまうとスコール個人を特定するのは難しかったのだろう。

 

 

「織斑一夏?彼は、一夜夏月ではないの?」

 

「其れ、如何言う事?」

 

 

だが、束が言った事は刀奈と簪には初耳の事であった。

夏月が嘗て更識のエージェントであったスコールの養子であると言う事は父である楯無から聞いてはいたが、夏月の本当の名が『織斑一夏』だと言う事は聞かされて居なかったのである。

楯無も、夏月の正体を刀奈と簪に明かす心算はなかったのだが、束によって暴露されてしまっては隠す事は不可能だと思い、夏月の正体は『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の弟である事を告げた。

 

自分の正体がバレてしまった夏月は、また千冬と比べられてしまうのではないかと危惧した……更識家で暮らすようになってから、誰も夏月の事を否定せず、努力している事も認めてくれたが、其れはあくまでも『一夜夏月』に対しての評価であり、『織斑千冬の弟』と言う事が露呈したら、どんな事を言われるのかを夏月は少し恐れたのだ。

徹底的に無視して、気にしないようにしていたとは言え、周囲から『織斑家の出来損ない』と言う、不当かつ不条理な評価を受けて来た夏月にとって、他者からの評価と言うのは嫌でも意識せざるを得ないモノになっていたのだ。其れも、夏月自身が理解していない深層心理でだ。

 

 

「そう、夏月君はあのブリュンヒルデの弟だったのね……でも、其れが何?夏月君は夏月君でしょう?決して、ブリュンヒルデの弟と言うだけではないし、今の貴方は『織斑一夏』ではなく、『一夜夏月』なのでしょう?

 夏月君は、夏月君。ブリュンヒルデの弟ではないわ。」

 

「夏月は夏月で、織斑千冬と同じじゃない……私とお姉ちゃんは姉妹だけど違う、夏月が教えてくれた事だよ。」

 

 

だが、刀奈も簪も夏月の正体を知っても、千冬と比べるような事はせずに、『夏月は夏月』だと言って、夏月自身を受け入れてくれた――スコールが夏月を更識に預けたのは最上の選択だったみたいである。

刀奈と簪の言葉を聞いた夏月は、一言『ありがとう』と告げると、再び束と向き合う。

 

 

「俺の無事を確認したいってのは嘘じゃないんだろうけど、其れだけが目的で此処に来た訳じゃないよな束さん?と言うかその程度の事なら、此の家の電話番号調べて電話して、俺に代わって貰えば良いだけの事なんだから。

 束さん、俺の無事を確認する以外の別の目的があるんじゃないのか?」

 

「ムムム、其処まで読むとは見事だねかっ君?

 でも其処まで分かってるなら出し惜しみする必要はないか……実はね、かっ君はISを動かす事が出来るんだな此れが!私は其れを伝える為に、本日此処に現われたって言う訳さ!」

 

 

夏月の問いに対して答えた束の回答は見事なまでにぶっ飛んでいた。

現行では女性にしか起動できないISを、男性である夏月が起動出来ると言うのは、其れこそトンデモナイビッグニュースであり、一部の女尊男卑の思考を持っている勘違い女性に対しては核弾頭レベルの衝撃となるだろう。

 

 

「俺がISを扱えるって、其れは流石にないでしょ束さん?だって、俺は正真正銘男なんだから。

 ……もしかして束さん、夜な夜な深夜に俺の部屋に忍び込んで分からないように俺を改造したとか、そう言う事ですか?今の俺は身体は男でも、遺伝子的には女になってるとか。」

 

「夏月がまさかの性転換?……この場合は後天的な性同一性障害になるのかな?」

 

「身体は男、心も男、でも遺伝子的には女……此れは中々に難しい問題だわ。

 でも、篠ノ之束博士と言えばISの生みの親……その博士が、『ISは女性にしか動かせない』理由を見つけて、其れが夏月君がISを動かせると言う事に至ったのだとしたら有り得ない話ではないと思うのよね。」

 

「うむ、刀奈の言う可能性も無きにしも非ずだな。其れがもしも本当だとしたら、トンデモナイ事になりかねないからね。」

 

「篠ノ之博士、詳しい事を聞かせて頂いても宜しいかしら?」

 

 

束の爆弾発言に対し反応は夫々だったが、もしも夏月がISを動かせると言う事が真実であるのならば、其れは最早世界の常識を覆しかねない……最悪の場合は夏月の存在を巡って国家間での争奪戦が勃発する事態も考えられるのだ。

なので先ずは束の話を聞いた上で対応すべき、少なくとも楯無はそう考えているだろう。

 

 

「勿論だよ、其の為に来た訳だしね。

 先ず結論から言っちゃうと、かっ君がISを動かす事が出来るって言うのは嘘でも冗談でもなく本当の事。何故かって言うと、其れはかっ君が織斑千冬の弟だからって事になるんだ。だから同じ理由でしゅー君もISを動かす事が出来るんだよね。」

 

「俺が、アイツの弟だからだって?」

 

「うん、かっ君が織斑千冬の弟だから。

 私もさ、何でISは女性にしか動かす事が出来ないのか、その原因をずっと探ってたんだけど、ISが一体如何言った基準でパイロットを選んでいるかを調べてみたら驚きの事実が判明したんだよね~~。

 何とISは、世界初のIS操縦者である織斑千冬を自らの操縦者と認定し、全てのISコアは『織斑千冬本人、或は織斑千冬と酷似した存在』をIS操縦者として認識してるんだよ。

 だから現行のISは女性しか、より正確に言うなら『IS適性の高い女性にしか動かす事が出来ない』って言う状態になってるんだ……『IS適性の高い女性』ってのは確かに『織斑千冬と酷似した存在』ではあるからね。

 でも、そう言う事なら『IS適性が高い女性』以上に織斑千冬に酷似した存在は存在してる……そう、弟であるかっ君としゅー君は充分にIS操縦者となる資格があるんだよ。姉弟って言う関係は、IS適性が高いだけの真っ赤な他人の女性よりも織斑千冬に近い存在である訳だからね。」

 

 

本日二発目の核弾頭投下。

『ISは女性にしか動かせない』と言う理由のまさかの真実……同時に其れは、世の女性全てがISを動かす事が出来る訳でなく、最低でもIS適性が『C』でなければ動かす事が出来ない事の理由にもなっていた。

そして、その理由であれば確かに血を分けた弟である夏月と秋五がISを動かす事が出来るとしても決してオカシイ事ではないだろう。千冬の弟であれば、世の女性よりも千冬に酷似した存在――乱暴な事を言えば、遺伝子構造の僅かな差は有れど略同じで、決定的に違うのは男性か女性かと言う事なのだから。

 

 

「成程、其れなら確かに理屈は通ってるが……束さん、織斑千冬が世界初のIS操縦者ってのは如何言う事だ?もしかして、『白騎士』を操縦してたのはアイツだったってのか?」

 

 

束の言っている事は理解出来たし、一応の理屈は通っているとその場にいた全員が思ったが、夏月には其れ以上に聞き逃せない事があった。『織斑千冬が世界初のIS操縦者』だと言う事だ。

 

束が学界に発表するも、一度は『子供の机上の空論』と一蹴されたISだが、その圧倒的な性能を世界に見せ付けてISを認めさせたのが世に言う『白騎士事件』であり、この時の白騎士の操縦者こそが世界初のIS操縦者になるのだが、其れが実は千冬だったと言うのは、『元』弟としては聞き捨てならない事だろう。

 

 

「其の通りだよかっ君。良い機会だから、白騎士事件の真相も話しておこうか?

 世間では、白騎士事件は束さんがISの存在を認めさせる為に行ったマッチポンプだって言われてるけどそうじゃない。あの日、日本に対して発射されたミサイルはロスケ、チョンコロ、チャンチャン坊主(ロシア人、朝鮮人、中国人の意。)の政府公認のハッカーが軍事施設のミサイルシステムをハッキングして発射されたモノだったんだよ。

 数千発のミサイルを、日本の防空システムで撃ち落とすのは不可能だし、当時日本と合同軍事演習を行ってたアメリカのイージス艦の力を借りても全弾迎撃するってのは無理だった……だから束さんは、白騎士を使ってミサイルを迎撃する事にしたんだよ。ISなら其れが可能だったから。

 でも、当時白騎士を操縦出来るのは織斑千冬しかいなかったから、アイツにミサイルの迎撃を頼んだんだけど……全てのミサイルを迎撃した後、アイツは近隣海域に展開してた自衛隊の空母や、アメリカ軍のイージス艦を白騎士を使って破壊した。まるで自分の力を誇示するかの様に。その結果、ISは現行兵器を遥かに凌駕する兵器として認知されるようになっちゃったんだよ。

 んで、さっき言った『全てのISコアは織斑千冬本人、或は織斑千冬と酷似した存在をIS操縦者として認識してる』って言うのも、現行のISのISコアは白騎士のコアをコピーして作ったモノだからなんだよ。

 だから厳密に言えば、一から全く新しいISコアを作れば男性でも操縦出来るISを作れるかもなんだけど、ぶっちゃけ白騎士のコアのコピーの方が新しく作るよりも断然高性能なんだよね~~……私も今から新しいコア作る事は出来ないし。コピーじゃないオリジナルコアを作るための材料もないからね。」

 

「そう言えばISコアの材料って何なんだ?」

 

「コピーじゃないオリジナルのコアの材料は、篠ノ之神社の祠の御神体の中にあった石。調べた結果、大昔日本に落ちた隕石だったんだけどね。

 流石に早々簡単に隕石なんて手に入らないっしょ?だから作らないし作れないんだよ。ちょっと話がずれたけど、以上が白騎士事件の真相だね。」

 

 

三発目の核弾頭投下。

白騎士事件のまさかの真実だったが、其れを聞いた夏月……いや、夏月だけでなく刀奈と簪、そして楯無と凪咲も己の怒りが沸々と沸き上がって来る事を実感していた。

束の言った事が真実であるとするならば、千冬は己の意思でマッタク関係の無い人達の命を危険に晒し、或は命を奪っていたのだから……此れは人として決して許して良いモノではないだろう。

 

 

「白騎士のコアには当時のログが残ってるだろうから、束さんが言ってる事は本当なんだろうな……ったく、笑い話にもならないぜ。俺と秋五に真剣を握らせて、『其れが人の命の重さだ』とか偉そうに言った奴が、実は簡単に人の命を奪う行為をしてたって訳だ。

 マジで最悪だ。『織斑一夏』を殺して、『一夜夏月』になったのは間違いじゃなかった。アイツとアレ以上いたら、きっと碌な未来は待ってなかったって、束さんの話を聞いて確信したからな。」

 

「世界最強のブリュンヒルデは、冷血のティーシポネーだったと言う訳ね……唾棄すべき存在と言うモノを、初めて知った気がするわ。」

 

「織斑千冬……世界を悪い方向に変えた大罪人だね。」

 

「其れが白騎士事件の真相か……ミサイル迎撃後の蛮行は、全て織斑千冬の独断だったと言う訳か。――とは言え、この事実を日本政府に伝えたところで何の意味もないだろう。

 織斑千冬は、今や日本が世界に誇る一種のブランドと化しているから、彼女に関する負の情報は全て揉み消されてしまうだろうからね。」

 

 

白騎士事件の真相を知った夏月は、より千冬への嫌悪感が増したようだ。

己の努力を決して認めず、そして自分の命よりも大会二連覇の名誉を優先した千冬の事は、もう姉とも思っていなかったが、白騎士事件の真相を知った事で更に千冬の事が嫌いになった様であり、刀奈と簪も千冬への嫌悪感を抱いている様だった。

 

 

「まぁ、其れは其れとして、俺がISを動かせるって言う理由は納得出来たんだけど、秋五にもそれを伝えるのか束さん?」

 

「いんや、しゅー君には伝えない。

 今しゅー君に其れを伝えたら織斑千冬にも其れが伝わる可能性があるし、アイツがしゅー君がISを動かせるって事を知ったら間違いなく大々的に発表するだろうからね……其れがどんな結果になるかも考えずにね。

 だから、此の事はかっ君が中学を卒業するまでは秘密にして、中学を卒業したら公表する心算だよ。中学を卒業するタイミングなら、IS学園に強制入学する事になるけど、IS学園に居れば他国の干渉は受けないから少なくともかっ君争奪戦は起きるにしても比較的平和なモノになるだろうからね。」

 

「俺がIS学園に……って事は、秋五も?」

 

「まぁ、そうなるだろうね。

 世界初の男性IS操縦者が現れたとなれば、世界中で男性のIS起動テストが行われるのは必至って言えるもん。そんでもって、しゅー君はIS起動してIS学園に入学する事になるよ。」

 

 

白騎士事件の真相を話した後、束は夏月が中学を卒業するタイミングで『一夜夏月は男性でありながらISを起動出来る』と言う事実を公表し、夏月をIS学園に入学させる心算であるようだ。

確かに中学卒業のタイミングならば其のままIS学園に入学する事になる上に、中学卒業からIS学園入学までの期間は短いのでトラブルに巻き込まれる可能性も低くなるのだから、今の段階で何処かで偶然ISを起動して大騒ぎになるよりもずっとマシな方法である。

まして、此れから一生夏月がISを起動出来る事を隠して生きて行く事は到底不可能なのだから、公表した上でIS学園に入学した方が夏月の身の安全もある程度保証されると言う訳だ。其れに関しては、夏月の後に『二人目』として発表される事になるであろう秋五にも言える事だが。

 

 

「それと、其処の青髪ガールズ……えっと、名前何て言ったっけか?」

 

「青髪ガールズって……間違いないけれど。コホン、更識刀奈と申しますわ篠ノ之束博士。以後お見知りおきを。」

 

「更識簪、です。」

 

「刀奈と簪……なら、かたちゃんとかんちゃんだね!

 でさ、かたちゃんもかんちゃんもISの訓練してて、かたちゃんの方は夏休み前に日本の国家代表候補生になってたよね?別に誰が代表候補生になろうとも束さんには関係ないと思ってたんだけど、珍しい青髪だからちょっと印象に残ってたんだ。

 でもって、かんちゃんの方もかたちゃんにはまだ及ばないけど他の訓練生と比べたら実力は頭一つ抜きん出てるし、遠距離攻撃に限定すればかたちゃん以上。

 なので、二人にはかっ君にISの訓練を付けて欲しいんだよね。其れからISに関する知識も色々と。」

 

「「「はい?」」」

 

「うむ、そう来たか。」

 

「急展開の連続ですね、アナタ♪」

 

 

爆弾四発目。

実は更識姉妹は、刀奈が『A+』、簪が『A』と姉妹揃って極めて高いIS適性を有しており、『IS操縦者訓練生』としての訓練を受けていて、刀奈の方は夏休み前に『日本の国家代表候補生』になっていたのである。尚、若干十四歳で代表候補生になると言うのは日本における此れ迄の最年少記録である織斑千冬の十八歳四カ月を大幅に更新した事にもなっていたりする。

そして簪もまた、他の訓練生と比べると頭一つ抜きん出た実力を持っており、近い内に代表候補生に昇格するのではないかと言われている、正に日本が世界に誇っても良い『IS操縦者姉妹』であり、其の二人に夏月のIS訓練を頼むと言うのも、爆弾発言ではあるが理に適っていると言えるだろう。

更に刀奈と簪が更識の娘であると言う事も大きいと言える。

更識は其の存在の特殊性故に、外部に対しての情報統制がキッチリとされており、少なくとも更識家内部で夏月のIS訓練をする分には外部に夏月の事が漏れる事は無いと言えるからだ。仮に外部に情報を漏らそうとする輩が居たとしても、そんな輩は即楯無に察知され、死なないけど地獄を見る拷問(生爪剥がし、手の平に五寸釘を打って其処に蠟燭を立てて火を点ける、頭部の棘は無く身体部分の棘は内蔵に達しない長さに調整された『アイアンメイデン』等々)が行われた上でベーリング海峡でのカニ漁船送りになるので問題無しなのだ。

 

 

「私と簪ちゃんが夏月君のIS訓練を……ですが束博士、訓練と言っても私も簪ちゃんもそして夏月君もISは持っていませんわ。其れに、幾らこの屋敷が広いと言ってもISの訓練をするには流石に狭すぎると思います。」

 

「フッフッフ、私を誰だと思ってんだいかたちゃんや?

 私はISの生みの親である束さんだよ?かっ君とかたちゃんとかんちゃんの訓練用のISも、訓練用の地下アリーナを屋敷の敷地内に作るのも、三徹すれば余裕のよっちゃんイカってなもんだよ!三徹した後は三十時間眠るけどね♪」

 

「寝溜めって出来るモノなんだ。」

 

「束さんだから出来る事だ。普通は絶対に出来ねぇからな?」

 

 

更に束は夏月と刀奈と簪の訓練用のISを作り、更識の屋敷の敷地内の地下に訓練用のアリーナを作るとまで言い出した……普通ならば、少なくとも後者は許可出来ないモノなのだが、話を聞いた楯無は『ふむ、そう言う事ならばお願いしても良いかな?』と束の提案を受け入れた。

刀奈と簪が自由にISの訓練が出来ると言うメリットも然る事ながら、矢張り夏月がISの訓練を出来ると言うのが大きかったのだろう。如何にISを起動する事が出来ると言っても、今の夏月はISに関しては全くの素人なので、IS学園に入学する前にある程度の実力は付けておくに越した事はないと判断したのだ。

 

 

「そんじゃ、OKって事だね。

 其れから、かっ君の専用機だけじゃなくてかたちゃんとかんちゃんの専用機も考えないとだけど、此れは皆の訓練でパーソナルデータが得られてからだね。箒ちゃんは此れから次第だけど、鈴ちゃんと乱ちゃん、それからローちゃんにも専用機を作らないとだね。」

 

「ちょっと待って束さん、俺と刀奈さんと簪の専用機ってだけでも驚きなんだけど、何だって鈴と乱にも?其れとローちゃんってのは若しかしなくてもロランの事か?其れと箒には作ってやらないのか?」

 

「うん、そうだよ?

 鈴ちゃんは中国に帰国後にISの訓練を始めたし、乱ちゃんはいっ君のお葬式が済んだ後で台湾に帰国してISの訓練をしてる。ローちゃんもISの適性検査を受けて見事に『A』の判定を受けて、劇団で女優業の傍らでISの訓練を受けてるんだよ。

 鈴ちゃんと乱ちゃんはかっ君の味方だったから束さんも目を掛けてたし、ローちゃんも色々と調べてみたら実はかっ君が女優として歩み始めた彼女の最初のファンだったって事を知っちゃったんだよね~~?かっ君が最初のファンとなった彼女に束さん特製の専用機を送らないと言う選択肢があるだろうか?否無い!断じて有り得ない!なので、鈴ちゃんと乱ちゃんとローちゃんには、もっと正確に言うならば、中国と台湾とオランダには、『Dr.T』の名で、鈴ちゃんと乱ちゃんとローちゃんの専用機を贈る心算。中国にだけは、『凰鈴音以外に此の機体を譲渡した場合、ISコアがオーバーフローを起こして水爆の数倍の大爆発を起こして、大陸は焦土になる』って脅し文句付きだけど。

 其れと箒ちゃんに関しては、今の箒ちゃんは全然マッタクISとは無縁の生活をしてるから専用機は今は作らない。私の妹って事で強制的にIS学園に行く事になると思うから、IS学園入学後の箒ちゃんがISとどう関わって行くのか、専用機は其れを見てからだね。」

 

 

挙げ句の果てには、夏月と更識姉妹、更には鈴と乱とロランの専用機まで作ると言う始末……如何して夏月とロランが知り合いだった事を、スコールと連絡が取れなくなった束が知っていたのかと言うと、偶々世界中の監視カメラをハッキングしていた時に、ロランの初舞台の劇場の監視カメラの過去映像に、観客席にいる夏月を見付け、其処からロランの事を色々と調べ上げたからだった。

そして、夏月がロランの最初のファンだと言う事を知り、ロランも夏月には好印象を持っているらしいと知った束は、ロランが高いIS適性を有していて、ISの訓練を行っている事を知って彼女の専用機を作る事を決めたらしい。……その一方で、中国に対して確りと釘を刺す心算で居るのが束らしいが。

また、妹の箒に関しては強制的に入学させられるであろうIS学園での過ごし方を見てから専用機を作るか否かを決めるらしい。

 

 

「束さん、如何して其処までするんですか?」

 

「かっ君の事が大事だから、かな。

 織斑千冬がかっ君に不当な評価を下していた事で、かっ君は普通ならグレてもおかしくない状態にあったんだけど、其れでもかっ君がグレずに済んだのは、箒ちゃんと箒ちゃんが転校した後の鈴ちゃんと乱ちゃんの存在が大きいと思うんだ。勿論、だっ君と妹ちゃんもね。そして、かっ君がオランダで出会ったローちゃん、そして日本に戻って来て出会ったかたちゃんとかんちゃんもかっ君にとっては大きな存在だからね。

 だから、私が認めたかっ君の仲間には相応の力を与えようと思った、只それだけだよ。」

 

 

だが、束は伊達や酔狂で夏月と更識姉妹、鈴と乱、そしてロランの専用機の制作を考えた訳ではなく、更識姉妹、鈴と乱、ロランは夏月の味方なので夏月と並び立つに相応しいと判断して専用機を作る事を決めたのだ。

世紀の天才にして天災に認められるとは、更識姉妹と鈴と乱、ロランは相当なモノだと言っても過言ではあるまい。

 

 

「時に束さん、今どこで暮らしてんの?確か白騎士事件以降、世界的に指名手配されてなかったか?」

 

「其の通り!現在束さんは、住所不定で世界中を転々としているのだよ!でも、世界中を転々とするのにも疲れて来たから……楯無ちゃんや、私を更識家に置いてくれないかな?」

 

「うん、構わないよ。」

 

「お父様決断はっや!」

 

「そして軽い。」

 

「楯無さんと束さん、実は同類だったみたいだな。」

 

「あらあら♪」

 

 

そして、本日最後の爆弾として、束が更識家で暮らす事が確定した。束の申し出をアッサリと受け入れた楯無も大概ではあるが、兎も角此れで束の身の安全も保障されたと言えるだろう。日本の暗部である更識は、日本政府にすら秘匿している情報があるので、更識家に居る限り束の存在が世界に露呈する事はないのだ。

 

この日から三日後には、夏月と更識姉妹の訓練用の機体と地下の訓練用アリーナが完成し、夏月は更識姉妹とISの訓練を始め、同時にISに関しての知識も学ぶ事になったのだが、訓練を始めて一週間で夏月は刀奈と互角のISバトルが出来るまでに急成長して、束ですら驚かせる結果となった。

加えて、更識の暗部としての訓練では、銃器の扱いも略マスターしたと言うのだから驚くなと言うのが無理だろう。

 

 

「(織斑のイリーガル……夏月君は、如何やら君の言った通りだったみたいだな時雨……)」

 

 

夏月の急成長を見た楯無は、スコールが夏月を更識家に預ける際に楯無に耳打ちした『彼は織斑のイリーガル』と言う事を理解していた……織斑のイリーガル、其れが何であるのかは未だに謎ではあるが夏月の急成長と無関係な事でないのは間違い無いだろう。

其れは其れとして、夏月の急成長に呼応する形で刀奈と簪の実力も底上げされ、夏休みが終わる頃には刀奈に簪続いて日本の国家代表候補生に昇格し『美少女姉妹代表候補生』として少しばかり注目される事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな充実した夏休みも終わり、二学期の始まりだ。

二学期の始まりと同時に夏月は更識姉妹が通っている中学校に転校生として通う事が決まっており、二学期の初日に夏月は校長室を訪れて校長と挨拶をした後に担任教師と共に自分が此れから過ごす事になるクラスに移動。

 

担任と共にクラスに入ると、『誰?』、『転校生?』、『てか、顔の傷凄くね?』と言ったざわめきが起きたが、夏月は気にする事なくクラスを見渡すと、後ろの席に簪の姿を見付けて手を振り、簪も其れに応えて手を振る。……其れだけでもクラス全体が大騒ぎになる事態なのだが、二学期早々の転校生と言うまさかの展開に、夏月と簪以外の生徒は夏月と簪の遣り取りにマッタク持って気付いていなかったのである。

 

 

「はいはい、静かに!

 二学期始まって早々だけど、今日は転校生を紹介するわ。さ、自己紹介して。」

 

「ウッス!

 隣町の藤崎第一中学校から転校して来た一夜夏月です。趣味は料理、特技は剣術と空手と柔道とクレー射撃です。此れから、どうぞ宜しくお願いします。」

 

 

そして、自己紹介で夏月はぶっちゃけた。

趣味が料理で、特技が剣術と空手と柔道までは良いのだが、クレー射撃と言うのは流石に中学生の特技の範囲を超えているので、簪以外の生徒は驚きの声を上げて、その声量で教室の窓ガラスが粉砕!玉砕!!大喝采!!!されてしまうのではないかと思う程のモノだった。

因みに夏月は剣術は篠ノ之流の免許皆伝で、空手は三段、柔道二段の黒帯だったりする。クレー射撃に関してもプロ並みとは行かないが、十回中七回は的に当てる位の腕前だ。

 

此れだけ凄い転校生だと、敬遠されそうなモノだが、夏月が転入したクラスは満場の拍手をもって夏月を迎え入れてくれた……簪が真っ先に拍手したと言うのも大きいかも知れないが、少なくともこのクラスは夏月の事を受け入れた、其れは間違い無いだろう。

休み時間には転校生のお決まりとも言える『質問攻め』にあい、当然顔の傷についても聞かれたのだが『空手の修業中に野性の熊に襲われて……』と、先ずは冗談を言った後で、『小学校の時に、転校生を虐めてる奴等をブッ飛ばしてやったら、其の内の一人が図工で使う彫刻刀で斬りかかって来たんだけど、直前で躓いたモンだから攻撃の軌道が変わって避け切れずにザックリと。』と、鈴を助けた時の事を脚色しまくって伝えた。

其の答えにクラスメイト達は驚いていたが、『因みに虐められてた子は中国からの転校生で、日本語に不慣れな事を虐められてたんだけど、この一件以降同じ様な虐めをして来た奴等に対して、『ならアンタ達ハ、中国ニ行ッテイキナリ中国語シャベレルノカ!』って言って反撃するようになった……いやぁ、アレは見事なカンフーだった』と付け加えると、クラスメイトからは『なんだそりゃ?』、『虐められっ子は実はブルース・リーかジャッキー・チェンだった訳ね。』と笑いが沸き起こった。

そんな中で、簪が『夏月は私の家で暮らしてるんだよ』と核爆弾を投下し、クラスメイト達から如何言う関係なのかを問いただされる場面もあったが、『親が海外赴任になって、知り合いの家に俺を預けただけだから!』と言って切り抜けた。

因みに、刀奈も刀奈で『今日一年に転校して来た一夜夏月君は私の家で暮らしているのよ♪』と爆弾投下をした事で、次の休み時間は刀奈のファンである二年生の男子に質問攻めにされる事になるのであった。

 

そして、その日の放課後に、夏月は『空手部』への入部届を出し、其れは即日受理されて夏月は目出度く空手部の一員となった――本当は剣道部に入部しようと思っていたのだが、『他校との練習試合の時に秋五と再会したら面倒な事になる』と考えて空手部を選んだ訳だ。

この学校は、『柔道場』、『剣道場』、『空手道場』と分かれているため部活が違えば鉢合わせる事は略ないのである。

 

其れは兎も角として、二学期が始まった此の時から一夜夏月の本当の人生が始まった、そう言っても過言ではないだろう……授業に部活、ISの訓練を行っている夏月の表情はとても満ち足りたモノだったのだから。

 

だが、此処からが一夜夏月にとってのスタートラインなのである……『織斑』であった時には絶対に味わう事の出来なかった、此の充実した時間こそが、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode4『Rapid development just below the sudden turn』

急展開上等!By夏月      キングクリムゾン!By楯無    スター・プラチナ・ザ・ワールド!By簪    最強スタンドの勢ぞろいかな♪By束


ある日の放課後、夏月は空手道場にて空手部の部長である人物と向き合っていた。

と言うのも、転校初日に空手部に入部した夏月は、その日の稽古で同じ一年生の部員を全員KOしただけでなく、大会で団体戦のメンバーとなっている部員をも時間切れの優勢勝ちではあるが倒してしまい、其の実力を見た部長が夏月に勝負を申し込んで来たのだ。

部長も、夏月と同じく中学生でありながら黒帯なので、空手の腕前は生半可なモノでは無いだろう。

 

 

「夏月君、まさか君のような人に出会えるとは思ってなかったよ。俺は、同世代では敵無しって言われていたし、俺は強いと自負していたけれど……如何やら君とは良い勝負が出来そうだ。」

 

「なら、その期待には応えないとですよね。」

 

 

夏月は転校してきたその日から『更識姉妹と一緒の家で暮らしている』との事で話題になっており、その後も座学では難問をすらすらと解き、体育では50m走で校内新記録を叩き出し、家庭科では女子のプライドを圧し折りまくるなど数々の『凄い事』をしてのけた事ですっかり注目されている。

その注目の生徒が、夏の大会では全国三位になった空手部の部長と手合わせすると言う事で空手道場にはギャラリーが沢山集まり、刀奈と簪は最前列でこの戦いを観戦するようである。

 

 

「「…………」」

 

 

二人とも構え、審判役の副部長が試合開始を告げる。

先に仕掛けたのは部長の方で、鋭い踏み込みから閃光のような突きを繰り出すが、夏月は其れをガードすると横蹴りのカウンターを繰り出す――だが部長は其れをスウェーバックで躱す。

しかし夏月は攻撃の手を緩めず、回し蹴り、後回し蹴り、バックブローの連続技で攻めるが部長はそれらを全て的確にガードし、踵落としを避けると胴抜き、正拳、アッパーカットの連続ブローを繰り出す……が、夏月は其れ等を全てガードしクリーンヒットを許さない。

互いに鋭い攻めを見せるが、巧みな防御で決定打を与えず、一進一退の攻防は激化していくが、結局互いに決定打を与える事が出来ずに時間切れ引き分けに。

引き分けだったとは言え、一流同士の見事な戦いはギャラリーを魅了したが、更識姉妹だけは少し不満げな顔だった。

 

その後はギャラリーも解散し、夫々の部活に戻って行き、やがて完全下校時刻となり夏月は更識姉妹と共に下校していたのだが……

 

 

「夏月君、さっきの試合どうして手を抜いたの?」

 

 

刀奈がこんな事を聞いて来た。その隣では簪も、『私も其れは聞きたかった』と言わんばかりの表情をしている……先程の試合後、この二人が少し不満げな顔をしていたのは、夏月が手を抜いたと感じたからなのだ。

 

 

「手を抜いたって、人聞きが悪いな刀奈さん。俺は手を抜いてなんていないぜ?」

 

「なら、言い方を変えるわ。何故勝とうとしなかったの?貴方の実力なら勝つ事は簡単だった筈よ?」

 

「空手部の部長さんは確かに強いけど、お姉ちゃんが本気を出したら簡単に勝つ事が出来る……そんなお姉ちゃんと互角に戦える夏月が本気になれば勝つ事が出来たと思う。」

 

「あ~~……其れはアレだ、転校して来たばかりの一年坊が勝っちまったら部長の面目丸潰れになっちまうだろ?

 人の面目潰してまで俺は自分の力を誇示ような事はしたくないんだよ……相手が自分の力に酔ってイキってるような奴だったら容赦なくぶっ潰すけどな。」

 

「成程……部長さんの面目を守る為に勝ちに行かなかったと言う訳か。

 まぁ、勝ちには行かなかったとは言え、夏月が本気を出してないって言う事は多分私と簪ちゃんにしか分かってないでしょうから部長さんも花を持たされたとは思っていないでしょうけれどね。」

 

「そう言う気遣いが出来るのは凄いと思う。」

 

 

だが、夏月は決して手を抜いた訳ではなく、部長の面目を潰さない為に敢えて引き分けに持ち込んだのだ。

本気を出さないと言うのは礼を失する行為かも知れないが、学校の部活動は其れは其れで難しいモノがあり、一年生が部長に勝ってしまったなんて事があったら部活全体の体制に影響が出かねないのだ……最悪の場合は部長のリコールなんて事態になり兼ねない。だから、夏月は引き分けと言うギリギリの結果を落とし所にしたのだ。空手部が正常に機能する為に。

 

其れを聞いた刀奈も簪も夏月が本気を出さなかった事に納得し、家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode4

『Rapid development just below the sudden turn』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更識家で暮らすようになってから、夏月の日常は充実したモノとなっており、学校生活も『織斑一夏』だった頃とは違いとても楽しいモノだったが、だからと言って楽しいモノだけでもなかった。

 

 

「お父様、今日のターゲットは?」

 

「二週間前に起きたアパート暮らしの女子大生が殺害された事件は知っているね?

 その犯人の男は一度は逮捕されたモノの証拠不十分で不起訴となっているんだけど……その男の親は政府の官僚の一人でね、権力で息子の犯行を握り潰したんだ……日本の暗部である更識として、此れは見過ごす事が出来るモノでは無い。

 犯人の男は当然だが、其れを諫めるどころか権力で擁護した親も許してはならない……だから、其の二人が今回のターゲットだ。」

 

「権力を持つ者は、其の力で身内の犯罪を揉み消す……何時の時代でもそんな輩は居るモノなのね。ホント、ハラワタが煮えくり返る思いだわ。」

 

「自分の犯した罪に対する罰を受けずにのうのうと生きてるとか反吐が出ますねマジで……つまり、そいつ等を捕らえれば良いんですね?」

 

「あぁ、ターゲットの確保は刀奈と夏月君に任せる。ターゲットを確保した後は私の仕事だ。」

 

 

其れは更識の仕事があるからだ。

更識家に来てから二ヶ月後には、夏月も刀奈と共に更識の仕事に参加しており、要人の警護やターゲットの確保などを行っており、特にターゲットの確保に関しては楯無が舌を巻くほどの結果を出していたのである。

 

そして今回は殺人の罪を逃れてのうのうと生きている犯人とその親の確保であり、夏月と刀奈がターゲットの確保をする事になった――重要な役目だが、逆に言えば夏月と刀奈はその大役を任せるに値する力があると言う事だろう。

 

楯無からの命を受けた夏月と刀奈は簪のナビゲートを受けながらターゲットが居る屋敷に裏から忍び込むと、番犬のドーベルマン数匹をあっと言う間に蹴散らしてから庭木を伝って屋根に上り、其処から屋根裏に侵入してターゲットが居る広間にまで移動する。

辿り着いた広間では、犯人である男とその父親が『揉み消してくれてありがとよ親父!』、『此の程度の事ならば揉み消すのは容易よ。ワシのキャリアに傷を付ける事も出来んからな』と言う、唾棄すべき会話をしていた。

一人の人間の命を奪った事に対する後悔や反省と言うモノはマッタク無いようである。

 

 

「下衆野郎共……如何する刀奈さん?」

 

「そうね、彼等には確りとお仕置きをして上げないといけないわ。折角だし、此処は派手に行きましょうか夏月君。」

 

「派手に、ね。了解……オラァ!!」

 

 

次の瞬間、夏月は天井を本気の拳で打ち抜き、広間に刀奈と共に降り立つ。

当然、突然天井が崩落した事に驚くターゲット達だったが、夏月も刀奈もそんな事は知った事ではない……更識としての仕事を果たす、只それだけなのだから。

 

 

「閻魔からのお迎えが来たわよ外道さん。さぁ、お祈りの準備は出来ているかしら?」

 

「どうも、天井裏から現れた復讐のソード・ストーカーです。本物で~す。」

 

 

自らの存在を宣言するが早いか、夏月と刀奈はボディガードと思われるゴリマッチョの黒人二人に金的を喰らわせて一撃で戦闘不能にすると、刀奈は親の方を一瞬で背後を取ってドラゴンスリーパーで絞め墜として確保したのだが……

 

 

「オラァ!外道が一端に立ってんじゃねぇ!!外道が立ってるのには違和感を感じるんだよ!!膝を破壊するタイプの復讐のソード・ストーカーだゴルァ!!」

 

「げべらぁ!?」

 

 

夏月は犯人の男に低空ドロップキックを放つと、其処からドラゴンスクリューを叩き込み、トドメに膝十字固めを極めて膝を完全破壊して絶対に逃げられないようにする……膝十字で膝を完全破壊された時点で犯人は意識が吹っ飛んでアワを噴いていたのだが。

取り敢えずターゲットは確保したので、彼等にはこの後で楯無によって世にも恐ろしい拷問が待っている事だろう……更識流の拷問術は、ターゲットが『もう一思いに殺してくれ』と言うほどのモノなので相当に凄まじいモノであるのは間違いない。

法の裁きを回避してのうのうと生きている外道に外法の裁きを与えるのも更識の仕事であるのだ。外道に容赦は必要ない。

 

 

「此れにて今回の事はお終いだけど……あの膝殺しコンボは流石にやり過ぎじゃないかしら夏月君?」

 

「そうかも知れないけど、自分の罪を償わずにのうのうと生きてる奴ってのは如何しても許せないんだよ俺は……テメェの罪を清算せずに生きてるってのは、織斑千冬と同じだからな。

 だから、俺はそう言う奴にはどうしてもやり過ぎちゃうのかも知れないな……」

 

「夏月君……そうだったわね。……でも、それなら貴方は何も間違っていないわ。自分の罪を償わずにのうのうと生きている相手には容赦は必要なかったわね。

 貴方は暗部の人間としてとても正しい行動をしたのよね……グッジョブよ夏月君♪」

 

 

己の罪を逃れてのうのうと生きているターゲットに織斑千冬を重ねて、若干オーバーキルをしてしまった夏月だったが、其れは其れで大した問題ではないのでお咎めなしとなり、其れどころか楯無から、『刀奈が楯無を継いだら、君が最側近になって欲しい』とお願いされ、今回の仕事ぶりは高く評価がされていたのだった。

そして今回の一件を機に政府官僚の家族に対する犯罪行為への忖度は無くなり、権力者の親族だから正統な裁きが下されないと言うふざけくさった沙汰が行われる事はなくなり、罪人は罪人としてその罪を償う事が本当の意味で義務化されたのだ……其れでも罪から逃げようとするモノには、更識からの容赦ない鉄槌が下される訳だけなのだが。

 

 

「簪ちゃんも、見事なナビゲートだったわよ?貴女も、もう立派な暗部の人間だわ。」

 

「確かに。簪のナビゲートが無かったらもっと侵入に手間取ってたかもしれないからな……つか、どの庭木からなら屋根に登る事が出来るとか良く調べたもんだぜ。」

 

『皆がスムーズに仕事が出来るようにサポートするのが私の仕事だから……今回みたいにターゲットの居場所が分かってる場合なら、何処からがターゲットに気付かれずに最速で侵入出来るのかを調べるのも大事だから。』

 

 

刀奈と夏月は、バックスとして侵入路をナビゲートしてくれた簪に礼を言うと、簪も『仕事だから』と言いつつも満更でもない様だ。

夏月が更識の仕事に参加するのとほぼ同じ時期に簪もバックスのサポーターとして更識の仕事に参加するようになっており、コンピューターのハッキングやデータの入手にクラッキング、目的地までのナビゲート等々裏方として充分な働きをしているのである。

特にコンピューター関係に関しては束が舌を巻くほどの腕前で、クラッキング用のコンピューター・ウィルスを作った際には、『こんなモノをぶち込まれたら、相手のコンピューターは原作効果の死のデッキ破壊ウィルスと魔法除去細菌兵器を喰らった状態になって、仮に此れを各国の軍事機関のコンピューターに感染させたらその国は秒で滅びるだろうね』と言わしめた程だ……尤も、このウィルスは余りにもヤバすぎるので、楯無が『最後の切り札』としてデータの入ったUSBメモリを厳重なセキュリティの施された地下金庫に保管しているのだが。

 

その後、夏月と刀奈は帰路についたのだが、その際に楯無から『私と凪咲は今日は夕飯を食べないから、偶には三人で外食でもしてくると良い』と、二万円を渡されたので、その日は夏月と刀奈と簪の三人で高級焼き肉チェーン『ジョジョ苑~奇妙な焼き肉~』で焼き肉を楽しんだ。

因みに、肉に関してはタン塩、カルビ、ハラミ、ロースと定番どころを注文したのだが、〆のメニューは夏月がユッケビビンバ、刀奈がピリ辛カルビラーメン、簪が冷麺と見事に分かれたのだった。

楯無からは『お釣りも好きに使っていい』と言われていたので、焼き肉を堪能した後は銭湯で一風呂浴び、束へのお土産として宇都宮餃子の屋台で『スタミナ餃子』と『イカの塩辛』を購入した――その結果、此の日は束が餃子と塩からを肴に美味しいビールを堪能し、その勢いで研究を更に加速させたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其れからも夏月の充実した日々は続き、夏月が転校して来てから初めてとなる授業参観にはスコールとオータムの両名が参戦してクラスの注目を集め、夏月が『俺の義母さんと姉貴だ』と紹介した時には簪以外のクラスメイトが凄まじい衝撃を受けた。

空手部の方でも、秋の新人戦ではベスト4の好成績を残して三年生引退後の空手部の新たなエースとなり、体育祭に学園祭、修学旅行と言った各種イベントを消化している内にあっと言う間に時は経って新年度となり刀奈は中学三年生になって、夏月と簪は二年生になった。

新年度から刀奈は生徒会長となり、従者である虚は副会長となっている。

 

夏月は空手部のエースとして他校との練習試合でも連戦連勝で、簪は所属している『ゲーム研究部』の一員としてe-スポーツの大会に出場し、格ゲー部門で『最弱キャラを使って優勝する』と言う偉業を成し遂げ、『美少女ゲーマー』としてちょっとした有名人になっていた。

 

また、夏月とロランの文通も続いており、最近では手紙だけでなく写真も同封して互いの近況を報告し合っていた――この年の空手の地区予選で優勝した時に撮った写真を見たロランは初めて会った時よりも逞しくなった夏月の姿に少し見入ってしまっていたが。

 

そして其の年の夏、刀奈は十五歳の誕生日に日本の国家代表になると同時に、父である楯無からその地位を引き継ぎ、『第十七代更識家当主更識楯無』となった。成人年齢がニ十歳と定められて以降、十代で楯無を襲名するのは彼女が初である。

その襲名式には更識の関係者が集まり、刀奈は先代の楯無――本名更識総一郎から楯無の名を譲り受け、新たな更識楯無となったのだった。

 

 

「父、更識総一郎から楯無の名を継ぎ、このたび第十七代の更識楯無を襲名させていただきました。

 まだまだ若輩者故、至らぬ所もあるとは思いますが、楯無の名に恥じないよう精進してまいります。」

 

 

その襲名式にて、刀奈改め楯無は立派な口上を述べ、集まった関係者達に頭を下げる……が、楯無は襲名の口上を述べて終わらせる心算は更々無かった。

嘗て夏月と共に簪の事を不当に低評価していた分家にカチコミを掛け、分家の連中を黙らせたがそれでもコソコソと簪の事を『姉と比べると……』と言う輩は存在していたので、自分が楯無となった時に、そう言う輩は一掃してやろうと考えていた。

 

 

「そして、今この場で私は更識楯無として、更識簪と一夜夏月を最側近として任命するわ。

 夏月君は此れまで何度も私と共に現場に出て成果を上げているし、簪ちゃんは常にバックスのサポーターとして私達を裏から支えていてくれたからね……私の最側近として、此れ以上の人物は存在しないわ。」

 

「俺達が最側近だってよ簪。」

 

「任命された以上は頑張らないとだよね。」

 

 

此処で楯無は夏月と簪を自身の最側近とする事を告げた。

夏月に関しては、総一郎が『刀奈が楯無となったら最側近になって欲しい』と言っていたので特に問題は無かったのだが、簪が最側近となると言うのは一部の関係者からしたら意外極まりなかっただろう……尤も、意外に思った者達は簪が裏方として活躍している事を知らない目が節穴のボンクラ共と言う事になるのだが。

 

 

「楯無様、本気ですか?妹とは言え彼女を最側近にするなど!貴女と比べたら彼女は……」

 

「私と比べたら、簪ちゃんは何かしら?」

 

 

この決定に抗議した分家の人間に、楯無はその喉元に扇子を突き付けて問う……その楯無の目は、大凡女子中学生のモノでは無く、暗部の長である『更識楯無』としての極めて冷たく冷徹なモノであり、その目に睨みつけられた相手は、蛇に睨まれた蛙の如く全く動く事が出来なくなり、全身から冷や汗を大量に噴出し其の場に座り込む事になってしまった。

同時に此の事は、『簪の事を低く扱ってはならない』との認識を周囲に知らしめる結果となった――楯無が最側近としたと言う事は簪には相応の能力があり、其れに異を唱えると言うのは楯無と敵対する事を意味すると、そう思わせたのだ。

そうして襲名式は無事に進み、最後は楯無が祝い酒を飲み干してターンエンド。本来ならば未成年の飲酒は御法度なのだが、こう言った場での祝い酒は暗黙の治外法権となっているので問題無しである。

 

 

そして刀奈が新たな楯無となって数日後――

 

 

「いよっしゃー、遂に出来たよかっ君とたっちゃんとかんちゃんの専用機!そして鈴ちゃんと乱ちゃんとローちゃんの専用機も!

 専用機を作るだけならもっと早く出来たけど、夫々の個性を120%発揮出来る機体を作る為にはパーソナルデータの収拾が必要不可欠だからね……一年間データを収拾した甲斐もあって、此の『騎龍』シリーズは束さんの最高傑作ってモンだね!いや~、頑張った私!!」

 

 

束は夏月、楯無、簪、ロラン、鈴、乱の専用機を完成させていた。

一年かけて夫々のパーソナルデータを収拾して専用機をガチで組み上げた結果、束自身が『最高傑作』と評するまでの機体に仕上がっていたのだ……其の機体は『機械仕掛けの龍人』と言った外見をしているが、機体によって武装が異なっているので、武装の差異が専用機としての違いと言う事なのだろう。

完成した専用機を満足そうに眺めると、束は夏月と楯無と簪に連絡を入れ、研究室に来るように伝えた。(更識に身を寄せる事になった後で、地下に研究室を作っていた。)

 

 

「束さん、態々呼び出して何か用か?」

 

「地下に研究所を作ったとは聞いていたけれど、まさか此処まで本格的なモノを作っていたとは驚きだわ……研究所の建設を許可したお父様も大概だと思うけど。」

 

「お父さんと束さんは割と同類みたいだから。」

 

 

程なく夏月達は研究所にやって来たのだが、研究所内部に入るのは初めてだったので思いのほか本格的な作りだった事に少し驚いていた。……簪は『特撮に出て来る秘密基地みたい』とも思っているかも知れないが。

 

 

「やぁやぁ、来たねかっ君にたっちゃんにかんちゃん!

 今日皆を呼んだのは他でもない、皆の専用機とローちゃんと乱ちゃんと鈴ちゃんの専用機が完成したんだよね!

 ご覧あそばっせい!此れこそが一年に渡って皆のパーソナルデータを集めて、そして使用者の力を120%発揮出来るように調整した、現行のISを遥かに凌駕する性能を持った専用機『騎龍』シリーズだよ!」

 

「此れが、私達の専用機……!」

 

「まるでロボットの龍人……特撮ヒーローになりそう。」

 

「あぁ、見てるだけでコイツが凄いもんだってのは良く分かるんだけど……束さん、『現行のISを遥かに凌駕する性能を持ってる』って其れは流石にヤバくないか?

 現行のISって第二世代が主流で、第三世代機は漸く開発が始まったばかりだろ?其れなのに現行ISを凌駕する性能って、コイツは世代で行ったらドレ位になるんだよ?」

 

「ん~~……大体第七世代って所だろうねISの世代で言えば。

 でも其れはあくまでもISの世代に当て嵌めた場合の話なんだよね……此の『騎龍』シリーズはISだけどISじゃない。より分かり易く言うなら、現行のISが形骸化しているとは言えアラスカ条約に一応は違反しないように、兵器の側面を持ち合わせながらもギリギリ『ISバトル』用に作られてる。

 でも、『騎龍』シリーズは最初から兵器として開発したんだよ。

 宇宙進出用のパワードスーツとして開発したISであっても、織斑千冬が勝手な事をしてくれたせいで現行のあらゆる兵器を凌駕する性能を持っている事を証明しちゃった訳なんだけど、だったら私が最初から兵器としてISを作ったらどうなると思う?其れこそ、現行のISすらチリ紙になる位の超兵器になるのは確実っしょ?」

 

「「「!!!」」」

 

 

当然束は夏月達に専用機が完成した事を伝え、其れを披露したのだが、その専用機はなんとISの世代で言えば第七世代に相当し、更には束が一から兵器として開発した、正に『最強の兵器』だと言うのだ。

勿論ISバトルに於いてはリミッターが掛けられるだろうが、リミッターを解除したその時は其れこそ単機で世界を滅ぼす事だって可能になる危険なモノであるのは間違い無いだろう。

 

 

「束さん、何だってそんなモノを……其れにISが兵器扱いされてるのを一番嫌ってたのは束さんだろ?」

 

「うん、宇宙進出用として作ったISが兵器として扱われるのは我慢できないけど、私が最初から兵器として開発したのなら話は別だよ。

 此れは確かに危険なモノだけど、かっ君達なら此の力を間違った方向には使わないって信じられるから此れを託したい……でもって、此れは完全に私の勘なんだけど、此の力はいずれ此の世界に絶対に必要になると思うから。」

 

「此の世界に必要になる力、ですか。」

 

 

だが、束も伊達や酔狂でこんな超兵器を作り上げた訳ではなく、『此の世界にいずれ必要になると思うから』と言う理由があったのだ……勘とは言っても、稀代の天才の勘がそう言ったのであれば中々に無視出来る事ではないだろう。

逆に言えば、其れだけの力が必要になるトンでもない未来が待っていると言う事の裏返しでもあるのだが。

 

 

「束さんの勘は昔から当たるからな……OK、そう言う事なら有難く専用機は貰うぜ束さん。この力、間違わずに使い熟してやるぜ!」

 

「其処まで信じてくれているのなら、其れに応えないと言うのは不義理が過ぎるわね……束博士、専用機有り難く拝領させて頂きますわ。」

 

「束さん……うん、此の機体使い熟して見せる。」

 

 

束の話を聞いた夏月と楯無と簪は、その想いに応えるべく専用機を受領。

ロランと乱と鈴にも篠ノ之束の名で同様の内容のメールを送信しており、彼女達からも同様の答えが返って来たので束は所属国に専用機を『Dr.T』の名で贈る事を決めたのである。

 

 

「ありがとう皆。

 其れじゃあ早速専用機の説明と行こうか!

 先ずは黒い機体はかっ君の専用機『騎龍・黒雷』!攻守速を高水準で備えたバランス型だけど、かっ君が最も得意としている近接戦闘能力に特化してるよ。メイン武装は日本刀型のISブレードだけど、鞘もブレードと同等の強度があるから鞘を使っての疑似二刀流も可能だよ!

 続いて蒼い機体がたっちゃんの専用機である『騎龍・蒼雷』!かっ君の機体と略同じ性能だけど、メイン武装が槍で蛇腹剣も搭載されていて、機体性能としてはかっくんの機体よりもスピードで僅かに劣るけどパワーで僅かに上回るって感じかな。

 そんでもって青い重装甲の機体がかんちゃんの専用機である『騎龍・青雷』!他の機体は基本的に近接戦闘がメインになるんだけど、かんちゃんは遠距離戦が得意だから其れに特化した性能にしてみたよ!

 遠距離特化型の機体ってのは、普通なら近距離型の前衛が居てこそ真価を発揮出来るんだけど、ISバトルは基本タイマンだから単機で戦える遠距離型ってモノを目指して重装甲の機体にしてみました!機動力は他の騎龍シリーズに大きく劣るけど、その分防御力はメッチャ高い!耐えられる攻撃なら避ける必要はないって奴だね!

 メイン武装はバックパックに搭載された二門の大型火器『高威力火線ビームライフル』と『電磁レールバズーカ』だよ。徹甲弾、散弾、榴弾と言った通常弾だけじゃなくて、火炎弾、氷結弾、粘着弾みたいな特殊弾を使う事も出来るよ!かんちゃんが望むなら『対B.O.Wガス弾』も搭載出来るよ!」

 

「其れは是非ともお願いします。」

 

「いや、其れはISバトルどころか戦争が起きても人間相手じゃマッタク持って意味ないから。

 つか、バイオハザードのクリーチャーが現実世界に現れたら冗談抜きで世界が滅びるっての……襲われたら最後、主人公を除いてゾンビ一直線とか無理ゲーにも程があんだろ。」

 

「本当よね……そして簪ちゃんの専用機のコンセプトって、どこぞの白い魔王の理論其のモノよね?」

 

 

その『騎龍』シリーズは、束が一年を掛けて夏月達のパーソナルデータを集めた上で完成させただけあって、使用者の力を120%反映出来る機体になっているみたいであった……簪の専用機に関しては可成り極端な性能ではあるのだが、其れでも圧倒的な防御力で攻撃をシャットアウトし、圧倒的な火力で相手を殲滅出来ると言うのは凄まじい事この上ないだろう。

ロランと乱と鈴の機体も、それぞれの個性に合わせた調整が施されており、彼女達の力を120%引き出せる機体に仕上がっているのだから、束は本物の稀代の天才であると言っても誰も文句は言わないだろう。

『対B.O.Wガス弾』は兎も角として、夏月と楯無と簪はそれぞれの専用機を受領し、束はオランダと台湾と中国にも『Dr.T』の名でそれぞれの専用機を贈った……但し中国に対しては『此の機体を凰鈴音以外に渡した場合、機体は核爆弾十発分に相当する威力の自爆をする』と言う脅し付ではあるが。

そんな事をしたのも、一夏の味方だった鈴の事は信頼していても、中国と言う国は信頼出来ない国だったからだろう……『嘘でも百回言えば本当になる』などと言う教育を平然と行う国を信頼しろと言うのがそもそも無理であるのだが。

 

更に束は、個人的なメッセージとしてロランには『夏の月のお友達の兎より』、乱と鈴には『夏の月となった一つの夏のお友達の兎より』と送っており、ロランには専用機が贈られてきた背後には夏月の存在があると言う事を、乱と鈴には暗に『織斑一夏は別の名となって生きている』を伝えていたのだった。

ロランは初め、差出人不明のメールを不審に思ったのだが、メールアドレスが『shinononotabane』のアナグラムになっている事に気付き、差出人が束であり、夏月が束と知り合いであると言う事に少し驚いてはいた。

 

 

「あの機体は夏月からの贈り物とも言える訳か……篠ノ之束博士からのメールと、夏月が束博士と知り合いだったと言うのには驚いたけれど、此の力が君と私を繋ぐモノであるのならば、有難く頂戴するよ。」

 

 

「一夏は生きてる?……此れは、日本に行って確かめないとだわ!其の為にも、飛び級でIS学園に行けるようにしないとね!IS学園に行けば日本に居る事が出来るんだから!」

 

 

「一夏は死んでない?兎のお姉ちゃんは嘘は言わないから、此れはきっと本当の事よね……なら、アタシは絶対にまた日本に行かないと!

 織斑千冬は大嫌いだけど、一夏と秋五はまだやり直せる……ちょっとした擦れ違いで拗れちゃった兄弟仲を元に戻してやる事が、アタシに出来るアイツ等への恩返しだからね。」

 

 

そして、専用機を受領したロランと乱と鈴は、各々決意を固め、そして更にトレーニングに邁進し、ロランはオランダの国家代表になり、乱と鈴はそれぞれ台湾と中国の国家代表候補生に上り詰めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

専用機を受領してからは、更識の仕事も大幅に捗る結果になった。

専用機を受領してからの初めての任務は、麻薬の取引現場を押さえ、犯人を確保する事だったのだが、その現場で楯無は犯人グループに見付かってしまい、あっと言う間に組み伏せられ、犯人グループの男達は『殺す前にいい思いさせて貰おうじゃないか』と、下卑びた笑みを浮かべ楯無を犯す気満々だったのだが、組み伏せられた楯無の姿がグニャリと歪んだと思ったら大爆発を起こして、股間のミサイルが発射準備満タンだった男達を吹き飛ばす!……組み伏せられた楯無は、ナノマシンで作り上げたデコイ兼爆弾だったのである。

 

 

「お馬鹿さん、乙女の純潔は貴方達みたいな下衆には捧げられないわ。」

 

「その純潔を無理矢理汚そうとした時点でお前等は滅殺だけどな……オラァ、大人しくぶっ飛んどけ!テメェ等は一生車椅子生活だ!

 つか、下衆が偉そうに立ってんじゃねぇ!死なない程度に死んどけ!!」

 

「マルチロックオン完了……Fire!!」

 

 

その爆発に怯んだ犯人グループを、楯無が蛇腹剣で斬り付け、夏月が神速の居合いで斬り飛ばし、簪が回避不能のミサイルの嵐を喰らわせてターンエンド。

機体にはリミッターを掛けて、相手が致命傷を負わないようにはしてあるのだが、其れでも騎龍の性能は圧倒的で、仮に犯人グループがISを所持していたとしても余裕で制圧出来ただろう。夏月の言っている事が、若干矛盾しているが、其れに突っ込むのは無粋と言うモノだろう。

 

 

「……序に野郎としての選手生命終わらせておくか。フン!!」

 

「あらあら、此れはとっても痛そうね……」

 

「気絶してなかったらショック死してたかもしれない。」

 

 

犯人グループは全員気絶し、此れで任務は完了なのだが、夏月はダメ押しの一発として犯人グループの男性の股間に強烈な蹴りを叩き込んで確りと物理的に潰しておいた……ナノマシンで出来た偽物とは言え、共に暮らしている少女をレイプしようとした男共を許す事は出来なかったのだろう。

犯人グループの回収に来た更識のエージェントの男性陣は、股間を蹴り潰された犯人グループを見て冷や汗が大量に噴出してしまったのは仕方のない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其れから更に一年が経ち、楯無は高校生となってIS学園に進学し、夏月と簪は中学三年生となっていた。

日本の国家代表である楯無は一般受験者とは別に実技試験が行われたのだが、IS学園に配備されている汎用機である『打鉄』を使ったにも拘らず、楯無は試験官である山田真耶を圧倒してパーフェクト勝利を収めていた。

試験官の名誉のために言っておくと、山田真耶は決して弱くはなく、IS学園の教師となる前は日本の国家代表候補生にまで上り詰めたIS乗りだったのだが、楯無はそれを遥かに上回る実力があったのだ……元代表候補生と現国家代表では其の実力には大きな差があったと言う事だ。

こうして楯無は首席でIS学園に入学したのである。

主席入学と言う事もあって、楯無は注目される事になったのだが、楯無は自分を過度に誇る事もなく、試験結果に関しても謙虚な態度を貫き通した事で、逆に他の一年生からは高い好感度を得る結果になっていた……そのせいで、楯無には望まない『妹』も大量発生する事態になってしまったのだが、其れは実妹である簪がIS学園に入学してくるまでは続くであろう……其の時までは、楯無に『頑張ってくれ』と言う以外には他がないのか悲しい所である。

 

其れは其れとして、中学最高学年に進級した夏月と簪も、夫々空手部の新部長、ゲーム研究会の新部長として他校との練習試合で連戦連勝して校内の有名人になっていたが、其れだけではなくゲーム研究部が月一で行っている『ゲーム大会』では夏月と簪の決勝戦がお決まりとなっていた。

格ゲーならば夏月が勝ち、遊戯王なら簪が勝つと言う状況だったが、格ゲーでも遊戯王でもない場合は勝負は時の運と言う感じになっており、其れが逆にギャラリーを楽しませる結果になっていた。

 

 

「この起爆で決める……喰らえ簪!見せてやる、俺の超連鎖を!!」

 

『ファイヤー!アイスストーム!ダイヤキュート!ブレインダムド!ジュゲム!バヨエーン!バヨエーン!バヨエーン!バヨエーン!バヨエーン!バヨエーン!バヨエーン!!!』

 

「へへ、燃えたろ?」

 

「此のままでは終わらんぞ~~~~!!」

 

 

本日のゲームは『ぷよぷよ』で、互いに大連鎖の応酬になったのだが、最後の最後で三十連鎖と言うトンデモ連鎖を組み上げていた夏月に軍配が上がったのだった……取り敢えず、白熱した戦いであった事は間違い無いだろう。

 

 

 

その夜――

 

 

「総一郎様、礼の件調べが付きました。」

 

「そうか……ご苦労だったな。」

 

 

縁側で月を肴に晩酌をしていた総一郎の元に更識の密偵が現れると、一枚のA4サイズの封筒を置き、そして音もなく去って行った……更識家は、伊賀や甲賀の陰に隠れてしまっているが、江戸時代には有数の忍びの家系でもあったので一瞬で身を隠す事位は余裕なのである。

 

 

「……夏月君は織斑のイリーガル……成程、そう言う事だったのか。」

 

 

だが、封筒の中身を読んだ総一郎は、そう言うと額に腕を上げて天井を拝む――其の姿は、知りたくなかった真実を知ってしまった者のようであったが、其れはある意味では間違いでないと言えるだろう。

総一郎が読み終えた封筒の中身のトップページには『織斑計画について』と、ハッキリ記されていたのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode5『まさかまさかの急転直下のジェットコースター!』

俺は普通の人間じゃな無かったみたいだBy夏月      其れは其れで魅力的よ?By楯無    其れは言えてるかもBy簪


楯無がIS学園に入学してからあっと言う間に一カ月が経ち、現在は五月の超大型連休、所謂ゴールデンウィークに突入し楯無も一カ月ぶりに実家に帰省していた。

『更識』が特殊な立場であると言うのは学園側も理解しているので、楯無及びその従者である虚は外出・外泊する際の届け出は不必要の措置をしているのだが、入学からゴールデンウィークまで更識としての仕事はマッタク無かったので、実家に戻るのは本当に久しぶりなのである。

 

 

「夏月君!簪ちゃ~ん!!」

 

「ぬおわ、楯無さん!」

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 

なので楯無は先ずは夏月と簪を全力でハグする。

たった一カ月、されど一カ月、今までずっと一緒だった夏月と簪に会えなかったと言うのは楯無にとって結構寂しいモノがあったのかも知れない……電話やLINEのメッセージの遣り取りをしていたとしてもだ。

 

 

「はぁ~~、一カ月ぶりに夏月君分と簪ちゃん分を摂取出来るわ~~。

 更識の仕事が無かったら、次に補給出来るのは夏休みになってからだから、ゴールデンウィーク中に夏休みまでの期間を乗り切れるように確りと補充しておかないとだわ~~♪」

 

「何なんだよその謎の栄養素みたいなのは……俺と簪からしか摂取出来ないのかよ?」

 

「名前からして多分そうだと思うけど、因みに不足するとどうなるの?」

 

「頭痛に眩暈が初期症状として現れて、中期症状で不眠症と判断力の低下が、後期症状として全身の倦怠感と過呼吸、末期症状で運動能力が著しく低下して日常生活にも支障が出るようになるわ。」

 

「「其れは一大事だ。」」

 

 

行き成りハグされて夏月も簪も驚きはしたが、二人もまた楯無と実際に会うのは一カ月ぶりなので悪い気分ではなく、寧ろ楯無のちょっとしたおふざけにノリノリで反応して居る位だ。

同時に楯無がこんな事が出来るのは夏月と簪に対してだけだ……この二人に対しては、暗部の長である楯無でなく刀奈としての自分を曝け出す事が出来るのだろう。素の自分を出せる相手が居ると言うのは、楯無と言う立場を継いだ彼女からしたら貴重なモノと言える訳である。

 

 

「そんで楯無さん、IS学園での生活はどんな感じなんだ?」

 

「そうねぇ、寮の部屋は高級ホテルを思わせるほどのモノだから快適だし、食堂のメニューも豊富で味も一級品だから満足出来るわね。

 IS授業の内容に関しては、国家代表や代表候補生にとっては復習的なモノが多いけれど一般生徒には分かり易く教えてると思うわ……IS以外の授業も進学校レベルって感じだから退屈はしないわ。

 総じて悪くないのだけれど……」

 

「悪くないけど?」

 

「何か問題があるのか?」

 

「……織斑千冬。彼女がIS学園の教師として働いているのよ。」

 

 

夏月は来年から自分も通う事が確定しているIS学園の事を楯無に聞き、楯無も其れに答えたのだが最後の最後で夏月にとっては最も聞きたくない名前が出て来てしまい、其れを聞いた夏月だけでなく簪も盛大に顔を歪めた。

己が通う事になる学園に、最も忌むべき相手が教師として勤務していると言うのは最悪以外のナニモノでもないだろう……夏月の過去と白騎士事件の真相を知った事で更識姉妹も千冬には良い感情を持っていないし、楯無は千冬がIS学園で教師をしていると知った時には、『更識の力を使って、教師続けられなくしてやろうかしら?』と考えていたりする位なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode5

『まさかまさかの急転直下のジェットコースター!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬がIS学園で教師を務めていると言うのは、夏月にも簪にも衝撃的な情報だっただろう……特に夏月は、千冬は教員免許を取得していない事を知っているから尚更だ。

夏月が知らない間に教員免許を取得したと言う線もまず無いと見て良いだろう。

千冬は高校在学時に白騎士事件を起こし、高校卒業後はISバトルの競技者として生活していたので、大学の教育学部に進んで単位を取り、教育実習を経て教員採用試験を受けている暇などなかった筈なのだから。

 

 

「アイツが教師だって?

 私立なら教員免許がなくても教師が出来るって聞いた事はあるけど、IS学園は国立通り越した世界立だろ?そんな場所で、教員免許ない奴が教師やってて良いのかよ?てか、アイツが教師やってたら未完の大器を『能無し』って言って潰しかねないんじゃないか?」

 

「夏月君の過去を考えると、その可能性は否定出来ないのだけれど、どうにも彼女は日本政府の後押しでIS学園の教師になったみたいなのよね。

 第二回モンド・グロッソ後に現役の引退を表明して、一年間ドイツ軍で教官を務めていた彼女を日本に繋ぎ止める為に、日本政府は特例で彼女に教員免許を与えてIS学園の教師に任命したらしいわ。

 同時に、日本政府は『ブリュンヒルデが教師をしている』と言う事で、IS学園のステータスを高めたいって狙いもあったのでしょうけれどね。」

 

「其れは、また何とも笑えねぇな。」

 

「教師不適合者が教師をしている……普通なら其れだけで文春砲が炸裂してると思う。」

 

 

だが、千冬がIS学園で教師として勤める事が出来ているのは、日本政府が大きく裏で動いていたからだった……第二回モンド・グロッソの際に、『弟を見捨てて栄誉を取った』と言う一定数あるマイナスのイメージを払拭する為に、日本政府は事実を歪め、『織斑一夏誘拐は日本政府も感知していない事であり、織斑千冬も其れを知る術はなかった』と会見を行い、ドイツに千冬が持って行かれない為にIS学園の教師と言う立場を用意して日本に呼び戻したのだ。

そして、教員採用試験を受けていないどころか教育実習の経験すら無いにも関わらず千冬に特例として『IS学園の教師』の立場を与えたのだ……尤も、逆に言えば千冬はIS学園以外では教師になる事が出来ないと言う事なのだが。

この一連の出来事に対し、IS学園の学園長は当然『受け入れられない』と抗議をしたのだが、政府は『受け入れられない場合は、学園に訓練機として支給している打鉄を全て回収する』との圧力を掛けて来たのだ。

打鉄は学園の訓練機の半分を占めている機体なので、其れが全て回収されてしまっては学園の運営そのものに関わる為、学園長は千冬を教師としてIS学園に招くしか無かったと言う訳だ。

 

 

「ったく、アイツが教師とか最も程遠い職業じゃねぇか……楯無さん、アイツに何かされてないか?」

 

「バッチリ目を付けられてるわね♪

 入学試験をぶっちぎりの首席で合格したって言うだけじゃなく、実技の授業では機体と武装の展開でも過去最速を更新して、急降下からの急停止では目標である10cmジャストだったからね……其れが如何にも彼女には生意気に映ったらしくて、ゴールデンウィーク前の実技の授業では模擬戦を行う事になって、私も彼女も学園の訓練機である『打鉄』を使ったのだけれど……ハッキリ言わせて貰うなら、『世界最強は此の程度なの?』と思う位に拍子抜けだったわ。」

 

 

新入生の中ではぶっちぎりの成績で入学し、『更識』と言う事で色々と特例措置が施され、同級生からも慕われている楯無は千冬に目を付けられてしまったらしく実技授業での模擬戦で公開処刑をされ掛けたのだが、楯無にとって千冬は脅威ではなかったようだ。

 

 

「織斑千冬に勝ったのお姉ちゃん?」

 

「やろうと思えば勝てたけど、『織斑千冬に勝った』なんて事になると面倒な事になるから時間切れ引き分けにしておいたわよ。引き分けなら、周囲も『織斑先生が手加減した』って思ってくれるしね……私が勝つよりも引き分けの方がリアリティあるでしょ?

 けど、私が其れを出来る程度の実力だったのよ織斑千冬は。

 或は現役を引退して鈍ってたのかしら?少なくとも、私は彼女がモンド・グロッソを二連覇したと言う事が信じられないわね。正直なところ、あの程度で『世界最強』を名乗るなんて烏滸がましいにも程がある。そう言わざるを得ないわね。」

 

 

現役を引退したとは言っても、嘗て『世界最強』と謳われた者が、新入生と時間切れの引き分けになったと言うのは其れは其れで話題になりそうではあるが、『世界最強に勝利した』と言うのに比べれば大分軽いモノになるので楯無は其れを選んだのだろう。

『なら、負ければよかったんじゃないか?』との意見もあるだろうが、楯無は夏月を苦しめて来た千冬に負ける事だけはしたくなかったので、時間切れ引き分けと言う選択をしたのだ……逆に言えば、この結果は千冬にとっては敗北以上の屈辱であっただろう。

 

腐っても鯛ではないが、人として最低であっても千冬の実力は一級品であり、其れだけに相手の実力を見極める事位は出来るのだが、だからこそ楯無が模擬戦で自分に花を持たせた事が分かってしまったのだ。

楯無の事を勝手に生意気だと思い、模擬戦と言う形で鼻っ柱を圧し折ってやる心算だったのが、蓋を開けてみればあくまでも千冬の主観ではあるのだが現役時代の自分と遜色ない実力を楯無は持っており、その上で時間切れ引き分けと言う結果に終わった……勝とうと思えば勝てたのに、敢えて引き分けに持ち込んだ、引き分けにされたと言うのは相当にプライドが傷付いたのは間違いない。

千冬にとって唯一の救いであるのは、彼女の『ブリュンヒルデ』と言う称号がこの模擬戦を見ていた多くの生徒に『織斑先生が手加減した』と誤解させてくれた事だろう。『世界最強が生徒相手に本気を出す筈がない』と、無意識の内に多くの生徒が思っていたのだ。

 

 

「楯無さん、次があったらその時は容赦なくアイツをぶっ倒してくれ。アイツが教師をしてるなんて、其れだけで害悪この上ないからな。」

 

「お姉ちゃん、やっちゃってください!」

 

「勿論、次の機会があったら、EXR.E.D.Kickから七拾五式・改に繋いで、大蛇薙→百八拾弐式→大蛇薙→八雲の十割即死コンボを叩き込んで教師生命を永遠に終わらせてあげるわ。

 束博士が持ってる白騎士事件の真実を公表すれば、織斑千冬はお終いだしね。」

 

 

次に千冬との模擬戦の機会があったら、楯無は容赦なく千冬を潰す心算であるようだ……ゴールデンウィーク前の模擬戦では互いに訓練機である『打鉄』を使ったが、次に模擬戦を行う時には楯無は専用機である『騎龍・蒼雷』を使って千冬を容赦なくフルボッコにして、『ブリュンヒルデ』の幻想を終わらせると、そう言う事なのだろう。

仮にISを使わない生身での戦いを行ったとしても楯無は千冬を圧倒しただろう……千冬の身体能力は確かに凄まじいモノがあるのだが、其れはあくまでもスポーツの世界での事であり、ドレだけ強くともスポーツの範疇でしかない。

逆に楯無は、更識の仕事で何度も生死が掛かった場面を経験し、そして其れを切り抜けて来た事で身体能力も精神面でも千冬を大幅に上回っているのだ。……此れは夏月と簪にも言える事ではあるが。

 

 

「あ~~~……でもアイツを本気で潰すってんならとっくに束さんが動いてる筈だよな?

 束さんが静観してるって事は、今はまだアイツを潰す時じゃないって事なのかも知れない……だとしたら、俺達の判断だけで色々やるのは逆に拙いかもだ。束さんが本気でアイツを潰しに掛かったら其の時に俺達も派手にやった方が良いかもな。」

 

「其れは、確かに言えてるかも……なら、学園では私の方からは特に何もしないでおくわ。……向こうから仕掛けてきたその時は容赦しないけどね。」

 

「もしかしたら束さんは、織斑千冬を只潰すだけじゃなくて、社会的にも完全抹殺する方法を考えてるのかも知れない……アニメなら地下の研究室でマッドサイエンティストが怪しく眼鏡を光らせてる、そんな感じになってるのかも。」

 

 

現状では束が何もしていないので千冬の事は向こうから何かしてこない限りは必要最低限の接触しかしないと言う方向で……だとしても、楯無が在籍している一年一組は担任が千冬なので、嫌でも顔を合わせる事になってしまうのだが。

 

取り敢えず千冬に関しての話は此れでお開きとなり、夏月と楯無と簪は一カ月ぶりとなる三人の時間を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一カ月ぶりに実家に帰省した楯無は、楯無として部下の報告を聞きつつ、プライベートでは夏月と簪の二人と一緒にゴールデンウィークを楽しんでいた。

特にゴールデンウィークの初日には楯無にとっては一カ月ぶりの夏月の料理を堪能した後に、格ゲーと遊戯王で夜通し遊びつくし、ゴールデンウィーク二日目は全員が午前十時に目を覚ますと言う凄まじい寝坊をしてしまったのだが、総一郎も凪咲も其れを咎める事はしなかった。ゴールデンウィークの寝坊は、ある意味で当然の権利と言えるからだろう。

 

そう言う訳でゴールデンウィーク二日目はスロースタートとなったのだが、夏月と楯無と簪はエナジーバー(夏月が一本満足inプロテイン、楯無がSoyJoy、簪がカロリーメイトメープル味)で簡単な朝食を摂ると早速街に繰り出して行った。

折角のゴールデンウィークなのだから遊ばねば損だし、何時更識の仕事が入るかも分からないので遊べる時に遊んでおくべきなのだ。

 

先ずは簪の希望で秋葉原へと繰り出し複数のアニメショップを見て回り、簪は特撮のDVDボックスを購入し、楯無はアニメのクリアファイルを購入し、夏月はMGのプロヴィデンスガンダムを購入していた。フリーダムでもジャスティスでもなくプロヴィデンスと言うのは中々のチョイスと言えるかもしれない。

また、あるショップでは店内で『アニソン、ゲーソン限定カラオケ大会』が開催されており、『飛び入りOK』との事だったので簪が飛び入り参加し、名作『Air』の神曲『鳥の詩』を熱唱して会場を沸かせたりもした。

 

カラオケ大会を盛り上げたところでランチに丁度良い時間になったので、『何処で食べるか?』と相談した結果、満場一致ハンバーガーショップでランチタイムとなったのだが、そこで夏月はエビカツバーガーをLLセットで注文しただけでなく、単品でてりやきバーガー、フィッシュバーガー、レッドホットチキンを注文して店員が若干引いていた……絶賛成長期真っ盛りの夏月は此れ位余裕で食べてしまうのではあるが。

 

ランチ後は水道橋まで足を延ばして東京ドームシティの遊戯施設で楽しんだ。

ボーリングやバッティングセンターと言ったスポーツ施設だけでなく、ゲームセンターに観覧車やジェットコースターと言ったアトラクションに、野外ステージでは特撮ヒーローのショーも行わているので午後は十二分に楽しむ事が出来た。

帰り際にひったくりの現場に遭遇し、ひったくり犯を夏月と楯無がブッ飛ばし、簪が警察に通報した上で犯人の顔をSNSに晒すと言うハプニングはあったがゴールデンウィーク二日目も楽しい時間を過ごす事が出来たと言えるだろう。

 

 

 

 

そしてその日の夜。

夕飯を終えた楯無と簪は久しぶりに一緒に風呂に入っていた。

因みに更識家の浴室は見事な石造りとなっており、浴槽は檜造りと言う立派なモノであり、浴槽も五~六人は余裕で入れるほど広さとなっているのだ……更に風呂の湯は地下100mから引いている鉱泉水を沸かして居ると言うのだから贅沢極まりないだろう。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。」

 

「何かしら、簪ちゃん?」

 

「お姉ちゃんは、夏月の事どう思ってる?」

 

 

一カ月ぶりとなる姉妹水入らずとなるお風呂タイムで、簪は楯無に『夏月の事を如何思ってるか』と聞いて来た。

その問いに対して楯無は少し考える……何故簪がこんな事を聞いて来たのか。そして自分が夏月の事を如何思っているのか……だが、自分が夏月の事を如何思っているのかは直ぐに答えが出たので、其れを素直に伝える事にした。

 

 

「そうね……私は夏月君の事が好きよ。異性として、彼の事を意識しているわ。」

 

「そう、なんだ。」

 

「でも、其れは貴女も同じよね簪ちゃん?貴女も夏月君の事を異性として意識しているからこそ、私が彼の事を如何思ってるのかが気になった、違うかしら?」

 

「違わない……」

 

 

其れだけでなく、簪が夏月に抱いている想いにも気付いたようだった。

姉妹揃って同じ男に惚れてしまうとは、普通ならば昼ドラ上等のドロドロな姉妹の愛憎劇が展開される状況なのだが、楯無と簪はそうはならなかった。寧ろ、お互いに夏月に惚れていた事を当然だと思っている感じだ。

 

 

「そう……其れで、簪ちゃんは夏月君の何処に惚れたのかしら?」

 

「私は私でお姉ちゃんと同じじゃないって、お姉ちゃんの妹としてじゃなくて私自身を見てくれた時から……ううん、夏月の過去を知った時からかな?

 私に言ってくれた言葉はきっと夏月自身が言って欲しかったモノで、夏月は誰にも其れを言われる事が無かったのに私には自分が一番欲しかったであろう言葉を掛けてくれた……その優しさと強さに。」

 

「成程ね……納得だわ。」

 

「其れでお姉ちゃんは?」

 

「今度は私のターンか。

 そうね……私は夏月君の過去を知った時、夏月君を守らないとと思ったわ……努力を認められる事もなく不当に低い評価を受けて来た彼が此れ以上傷付かないようにしたいと、そう思っていた。

 でも、彼は私が守る必要がない位に強くなったわ……そして、更識の仕事に参加するようになってから、私は何度も危ない所を夏月君に助けられた。正直な話として、夏月君が居なかったら私はとっくに男共の慰み物になって純潔を失ってたでしょうね。

 私を助けに入った夏月君を何度も見る内に、彼に惹かれて行ったわ……其れこそ、彼に純潔を捧げたいと思う位にね。」

 

「そうなんだ。」

 

「あと、夏月君の『悪人に男も女も関係ない』って言うスタンスも惚れる要素の一つではあったわね。

 普通はドレだけ悪人相手でも、相手が女性なら少しは躊躇うモノだけど、夏月君は『悪い奴に男も女も関係ねぇ!』って言ってスカッとブッ飛ばしちゃうからねぇ?あの思い切りの良さは惚れ惚れするわ。」

 

「其れは分かる。」

 

 

楯無も簪もお互いに夏月に惚れた理由を話し、お互いに納得出来たのだが……しかし、姉妹で同じ男性を好きになってしまったと言うのは中々に難儀なモノだと言わざるを得ないだろう。

現在の日本の法律は一夫一妻なので、楯無と簪は将来を考えると何方か一方しか夏月と交際出来ないのだから。

 

 

「私も簪ちゃんも、そして多分夏月君の文通相手のロランちゃんも夏月君に友情以上の感情を持っているでしょうね……夏月君に好意を寄せている女性は三人も居る――いえ、束博士が専用機を送った鈴ちゃんと乱ちゃんの事を考えると五人の可能性もあるわ。

 さて、如何したモノかしら?」

 

「なら、全員でかっ君を愛してあげれば問題ないんじゃないかな?」

 

 

楯無が如何したモノかと悩んでいるところに乱入して来たのは世紀の天才にして天災である束だ。

うさ耳のカチューシャを外して、身体にバスタオルを巻いて登場したのを見る限り純粋にお風呂タイムだったのだろうが、偶然にも其処で更識姉妹の夏月への想いを聞いてしまい黙っている事が出来なかったのだろう。

 

突如の束の乱入に驚いた楯無と簪だったが……直後にその視線は束の胸元に向かってしまった。

楯無は現役女子高生であり其れこそ雑誌の読者モデルが出来るレベルのプロポーションの持ち主で、簪はバストサイズこそ楯無に劣るが其れが逆にスレンダー美少女としての魅力を高めており、簪もバストサイズは其れほど気にしていないのだが、束の胸部装甲の凄まじさには目を奪われてしまった。

束の胸部装甲は、『肩からスイカ二つぶら下げてるのか?』と思う程のモノだったのだ。

 

 

「束博士、つかぬ事を聞きますがバストサイズは如何程で?」

 

「98のG!そして妹の箒ちゃんは中学三年生にして96のF!しかも今なお成長中!!って、そんな事は如何でも良いんだよ。

 たっちゃんとかんちゃん、そしてローちゃん、鈴ちゃんと乱ちゃんもかっ君の事が本気で好きならみんな一緒に付き合っちゃえば良いんじゃないかな?かっ君の事を世界に公表したら、貴重な男性操縦者に対しての特別措置として、『男性操縦者重婚法』が制定される可能性が高いんだよね……たっちゃんとかんちゃんの何方かしかかっ君と交際出来ないなんてのはナンセンス!みんな一緒にハッピーハッピーってね!!」

 

「「男性操縦者重婚法?」」

 

 

そんな束の口から出て来たのは、『男性操縦者重婚法』なる聞きなれない言葉だった。此れから世界に二人しか存在しない男性IS操縦者となる、夏月と秋五に重婚を認めると言うモノなのであろうが。

果たして何故そんなモノが出来上がると言うのか。

 

 

「束さんがシミュレートした結果、かっ君の事を公表して、続いてしゅー君もISを動かせる事が分かった場合、99.98%の確率で『男性操縦者重婚法』が早ければゴールデンウィーク中に制定される可能性が高いんだなこれが。

 世界に二人しかいない男性IS操縦者となれば、あらゆる国が其の存在を欲しがって、IS学園に入学させたとしても争奪戦が起きるのは必至……かと言って其れが激しくなって国同士の争いに発展したら本末転倒でしょ?

 ならどうすれば平和的にかっ君としゅー君を己の国と関係を持たせるか……答えは簡単、二人に重婚を認めた上で自国の人間と結婚させてしまえば良い。序に他重国籍も認めちゃえば自国の国籍を取得させる事も可能になるから、一応は自国の人間としても扱う事が出来るっしょ?

 勿論選ぶ権利はかっ君としゅー君にあるけど、此れならかっ君としゅー君に思いを寄せる人が何人居ても問題ナッシング!!よって、たっちゃんとかんちゃんが一緒にかっ君と付き合っても大丈ブイブイ!!」

 

「束さんのシミュレートの結果って言われると、否定出来ない気がする……」

 

「略確実に其れは制定されるって事になるわね?

 でも、確かに其れなら私と簪ちゃんを含め、夏月君に思いを寄せている子が自分の思いを諦めなければならないなんて事にはならないし、夏月君も複数人から告白されても悩む必要はないかも知れないわ。……問題は、女子の方は納得するとして夏月君が複数と付き合う事を是とするかだけれど。」

 

 

世界に二人しかいない男性IS操縦者を可能な限り安全かつ平和な方法で各国の所属にさせる方法として『男性操縦者重婚法』が制定されるであろうと言う事が束のシミュレートの結果として叩き出されたと言うのならば、其れは確実に現実になるのだろう。

そして其れが現実になれば、其れは単純に夏月と秋五を各国が自国にも籍を置かせる方法と言うだけでなく、彼等に思いを寄せる者達もその思いを諦めなくてはならない事態と言うのも起こり得ないだろう。……一部の男性からは『男の夢とロマンを現実に出来るだなんて捥げろこの野郎!』と言った怒号が飛んできそうではあるが。

だが少なくとも、楯無と簪の何方か一方だけが夏月と交際し、交際出来なかった方との関係が気まずくなると言う事態だけは回避出来ると言うだけでも、束のシミュレート結果は有難いモノだったと言えるのかもしれない。

 

 

「そう言えば束博士、博士の妹さんは夏月君と織斑秋五君のどちらに好意を抱いているんです?」

 

「箒ちゃんはしゅー君だね。勿論いっ君だった頃のかっ君も好きだったけど、其れは好意って言うよりは尊敬に近い感じだったかな?

 かっ君は兎に角何があっても努力を怠らなかったし、本来なら一番にその努力を認めなくちゃいけない織斑千冬に認められなくても決して努力する事を止めなかったからね、其れを素直に凄いって思ってたんじゃないかな?

 其れとお父さんから剣道じゃなくて剣術の手解きを受けて居たってのも大きいんじゃないかな?お父さんがより実戦的な剣術を教えるって言うのは、かっ君の剣術の才能が相当に高かった証だからね……お父さんから剣術の指導をして貰うって言うのがドレだけ凄い事なのか箒ちゃんも子供心に分かってたんじゃないかな?

 箒ちゃんにとってしゅー君は初恋の人で、かっ君は自分が目標とする人なんだと思うよ?

 だから、ニュースで『織斑一夏死亡』を知った時には、目標を見失って抜け殻みたいになっちゃうんじゃないかと思ったんだけど、『天国にいるお前に見られても恥じない剣士となって見せる!』って気持ちを切り替えて剣道に邁進してるから安心したよ。」

 

「……束さん、何で最近の箒さんの事をそんなに詳しく知ってるの?」

 

「可愛い妹である箒ちゃんの事は、一日二十四時間一年三百六十五日、閏年の時は三百六十六日、絶えずその様子を観察してるからね~~?箒ちゃんに関しては束さんの知らない事なんて無いのさ!」

 

「お姉ちゃん、ストーカーが居る。」

 

「此れは『溺愛のシスコン・ストーカー』って言うところかしら?

 レベル6の闇属性戦士族で、攻撃力2000の守備力1500。互いのフィールドと墓地に存在する少女型モンスターの数×200ポイント攻撃力が上昇して、自分フィールド上に存在する少女型モンスターの数で異なる効果を得るわ。

 一体:このカードは戦闘では破壊されない。二体:守備表示モンスターを攻撃した場合、攻撃力が守備力を越えていればその数値分のダメージを与える。三体:相手モンスターを戦闘で破壊し墓地へ送った場合、そのモンスターのレベル×200ポイントのダメージを与える。四体:このカードは相手の効果を受けない。五体:このカードの元々の攻撃力と守備力は10000になる。勿論複数体存在してる場合はその数の効果が全て発動するわ。」

 

「うん、中々にヤッベー効果だね此れは♪」

 

「研究が進んで極悪な使い方が開発されてムショ入り確定レベル。八咫烏と一緒に終身刑も待ったなし。」

 

 

束が若干犯罪染みた行為を妹の箒に行っていたが、箒が其れで何か被害を受けていると言う訳ではないのでストーカー被害とは認定出来ないだろう……ストーカー被害に相当していたら、楯無も束に対して何かしらの措置を行う必要が生じたのだろうが。

取り敢えず篠ノ之箒は敵ではないが、『織斑一夏』には恋愛的な行為は抱いていないが尊敬し目標としているとの事だった……一夏の努力を認めていた人間と言うモノは、少ないながら一定数は存在していたと言う事の証とも言えるだろう。

 

その後は他愛のない雑談をしながら更識姉妹と束はお風呂タイムを楽しんだのだった。

楯無と簪は千冬に関して束が如何考えてるのか聞こうかとも思ったのだが、良い気分のお風呂タイムを壊したくないと言う理由から此の場では聞かない事にしたようである……話題にすら出したくないとは、相当に嫌っている事の証と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ゴールでウィークは更識の仕事が入る事もなく無事に終わり、楯無は学園に戻って行った。

学園に戻ってからも特に更識の仕事が入る事も無かったので、千冬に注意をしつつ学園生活を送っていたのだが、五月二十三日は更識家に戻って来ていた。何故かと言えば、その日は夏月の誕生日だからだ。

織斑一夏の誕生日は十月二十三日なのだが、一夜夏月の誕生日はスコールが夏月の戸籍を造る際に五月二十三日に設定していたのである。

なのでその日は夏月の誕生パーティが盛大に行われた。

広間の檜造りの大きな座卓には寿司、ローストビーフ、彩り野菜のサラダ他多数の御馳走が並び、夏月の前には十五本のロウソクが立ったバースデーケーキが。

 

 

「それじゃあ……ふぅ!」

 

「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」

 

 

夏月がケーキのロウソクの火を吹き消すと同時にクラッカーが鳴って誕生パーティスタート。

先ずは夏月へのプレゼントだが、楯無はソーラーバッテリーの電波式腕時計、簪からはMGストライクフリーダムガンダム・エクストラフィニッシュVer、総一郎と凪咲からは象牙製の『一夜夏月』の実印と認印、束からは京都の刀匠に特別に打って貰った日本刀をプレゼントされた……束のプレゼントが若干物騒ではあるが、己の父である劉韻が剣術の手解きを行っていた夏月には最高のプレゼントになると思ったのだろう。

夏月も、その刀を手にした時には『何だか手に馴染むな』と、何処か満足そうだったが。

 

その後誕生パーティは恙無く進んだ。……夏月が最後の楽しみにとっておいた『焼きハラスの握り』を束が『かっ君食べないの?』と言って、夏月の答えを聞く前に食べてしまい、『束さん、俺それ最後に食う心算だったんだぞ!』とキレた夏月と、『束博士、其れは流石にダメだわ』と言った楯無によるキン肉マン史上『互いの必殺技を組み合わせた最強のツープラトン』として名高い『NIKU→ラップ』を喰らってKOされると言うハプニングはあったモノのね。尤もそれを喰らった束は一分と絶たずに復活していたのだから本気で束は人間を辞めているのかも知れない。果たしてこの世にキン肉バスターとOLAPの複合技を喰らって五体満足な人間がドレだけいるのやらだ。

 

誕生パーティ後は風呂に入り、後は寝るだけだったのだったのが、風呂後に夏月は総一郎からの呼び出しを受けて大広間に来ていた。

 

 

「何だよ、簪と楯無さんも呼ばれてたのか?」

 

「えぇ、私達もお風呂から上がったら大広間に来るようにお父様から言われていたのよ。」

 

「私達だけじゃなく夏月も……もしかして夏月に関しての重要な話なのかも。」

 

 

其処には楯無と簪の姿もあった。

夏月よりも先に風呂を済ませた更識姉妹は浴衣を着用して居ていたのだが、夏祭りに着ていくような浴衣ではなく浴衣本来の役目を重視して作られた浴衣を纏った更識姉妹に思わず夏月は見入ってしまった……薄い紅色一色で作られた浴衣は、更識姉妹の青い髪と見事なコントラストを生み出してその魅力を引き立てていたのだから。

そして、更識姉妹もまた風呂上がりに甚平姿となった夏月に見惚れていた。

甚平は浴衣と違い肘から下と膝から下が顕わになるのだが、夏月の其れは決して太くないが、しかし必要な筋肉が付いており、女子の『雌の本能』を刺激するには充分な破壊力があった……甚平の合わせ目から見える『分厚くないが適度な厚さを持った胸板』も乙女の心にダイレクトアタックをかましたと言えるだろう。

 

 

「「「中々のお手前で!」」」

 

 

互いにとても見事だったので、夏月と楯無と簪は柏手を打っていた。

其れから程なくして総一郎が大広間に現れて上座に座り、その隣には妻の凪咲が座す……其れだけで大広間は緊張感が増したのだから、楯無の名を刀奈に譲っても尚総一郎の実力に衰えは無いと言う事だろう。

 

 

「夏月君、君は今日をもって十五歳になった……武家社会ならば元服をして成人として扱われる歳になった訳だ。

 だから、私は君を一人の大人と見なして私が知る君の……否、『織斑』の真実を此れから君に話す心算なのだけれど……君に其れを聞く覚悟はあるかい?もし無いと言うのであれば、やめるけれど。」

 

「織斑の真実……良いぜ、話してくれよ総一郎さん。何が出て来ても、俺はもう大丈夫だから。……一番認めて欲しかった姉に最後まで認めて貰えなかった、俺はもう『織斑』には1mmの未練もないからな。」

 

「そうか……」

 

 

夏月の決意を聞いた総一郎は、暫し目を閉じて天井を仰ぐと、何かを決意したように夏月を見て口を開く。

 

 

「夏月君、君は両親の事を何処まで覚えている?」

 

「両親の事は、ぶっちゃけ何も覚えてないって言うのが正直なところですね。

 織斑千冬は『両親は私達を残して蒸発した』って言ってましたけど、アイツから離れた今、其れが本当だったのかは正直疑問に思ってますよ……普通に考えれば、年端の行かない子供達だけを残して両親が蒸発とかあり得んでしょ?

 俺達の両親がとんでもない外道だったってんなら兎も角として、そうじゃなかったら普通は児童福祉施設に子供預けますよね?」

 

 

総一郎の問いに夏月が答えると、其れを聞いた総一郎は、『そうか」と言って天井を仰ぐ……夏月の両親に関しては、総一郎でも真実を知りたくは無かったとそう言う事なのだろう。

 

 

「あぁ、その通りだよ夏月君。

 君達の両親が蒸発したと言うのはあくまでも表向きの理由でね……本当の事を言うと、君達には親と言うべきモノは存在していない。

 君と織斑千冬と織斑秋五は狂気の塊とも言える『織斑計画』によって生み出された存在。分かり易く言うならば、とある目的のために人工的に生み出された存在であり、織斑千冬は多数のトライアンドエラーの末に完成した千体目の成功個体なんだ。

 そして君と秋五君は、その成功個体の遺伝子を培養し、染色体を弄って女性体よりもより強い肉体を持つ男性体として作られた量産型の人造人間なんだよ。」

 

「「「!!!」」」

 

 

そして告げられた真実は夏月だけでなく楯無と簪にとっても衝撃極まりないモノであったと言えるだろう……まさか、夏月が人工的に生み出された存在であり、千冬の染色体を弄った末に誕生した『織斑千冬の男性型のクローン』だったと言うのだから。

 

『青天の霹靂』とは正にこの様な事を言うのかも知れないが、だがしかし、自分が千冬のクローンであると言う衝撃極まりない事を聞いても夏月は取り乱す事なく極めて冷静であり、寧ろ何処か納得したかのような表情すら浮かべている。

或は、夏月は千冬と自分が本当の姉弟ではないと言う事に気付いていたのかも知れない。

 

 

だからこそ、自分が何者であるのか。織斑千冬と自分達は、否そもそもにして『織斑計画』とは一体何なのか、其れ等の真実を知りたいと考えたのだ。

 

 

「総一郎さん、詳しく其の話を聞かせて貰って良いですか?」

 

「お父様、私達にも聞かせて下さい……!」

 

「私も、知りたい……!」

 

「勿論だ……君には知る権利があるからね。無論、刀奈と簪も知っておいた方が良い事だ。此れからも彼と一緒に居ると言うのであればね。」

 

 

そして、総一郎の口からは千冬が十年以上に渡って隠し続けて来た『織斑』の真実が夏月と楯無と簪に語られるのであった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode6『急転直下を越えた垂直落下だぜ!』

垂直落下と言えば、垂直落下DDTだよな?By夏月      破壊王の究極奥義ね♪By楯無    垂直落下DDTはプロレスのロマン技By簪


十五歳の誕生日を迎えた夏月は、その日の夜に先代の楯無である総一郎から、自身が『織斑計画』と言う計画で生み出された人造人間であると言う驚愕の真実を知らされる事になった。

だが、其れを聞いても夏月は揺るがずに『詳しい話を聞かせてくれ』と言い、楯無と簪も『私達にも聞かせてほしい』と言って来たのだ……夏月にも楯無にも簪にも一切の迷いは見て取れない。如何なる真実でも聞く覚悟は決まっていると言う感じだ。

 

 

「総一郎さん、織斑計画って言うのはそもそも何なんですか?」

 

「最強の人間を作り出す計画って言えば良いのかな?

 強靭な肉体と高い戦闘力を有した最強の人間を作り出す事が目的だったみたいだ……そして、そうやって作った最強の人間を兵器として売る事も考えていたみたいだよ。」

 

「人間を兵器として売るって、そんな非人道的な事が許される筈がないわ!」

 

「あぁ、許される事ではないよ刀奈。

 しかし、表向きには人道的配慮が如何のだの非人道的だのと言いながら、各国は常にその裏で強い力と言うモノを求めているのもまた事実。この日本ですら非核三原則を謳いながらその裏で核開発は行われている事は知っているだろう?」

 

「それは、そうだけれど……」

 

「織斑計画も、そう言った裏の計画だった……そう言う事なの?」

 

「其の通りだ簪。

 試験官ベイビーと言う存在は決して少なくないが、多くの試験官ベイビーには出生届が出され戸籍も存在しているが、織斑計画で誕生した者達にそう言ったモノは存在していない。

 法的に存在していないのならばどんな事をしても、其れこそ兵器として売買し、売られて行った先で命を落とそうとも其れは兵器が壊れてしまったのと同じ扱いだ。

 何よりも強靭な肉体と高い戦闘力を有した人間なんて言うのは、紛争地帯で日々兵士を失っている軍やテロリストからしたら喉から手が出るほど欲しい存在だと言えるだろう?織斑計画の研究者達は、最強の人間を量産して兵器として売り出す事を最終目標にしていたみたいだからね。」

 

 

総一郎が語ったのは、織斑計画のより詳しい内容であり、其れを聞いた夏月と楯無と簪の顔は流石に歪む……『最強の人間を作り出す』、只それだけならば考える者も少なくないだろうが、実際に其れを作り出して、まして兵器として売ろうと言うのであれば話は別だ。人工的に生み出されたとは言え、命を兵器として戦場で使い潰すなどと言う事は許される行為ではないのだから。

 

 

「つまりアイツが普通の人間よりも強いのは、最強の人間として作られたからって事ですか?」

 

「そう言う事になるが、織斑千冬はあくまで九百九十九回のトライアンドエラーの末に完成したいわばプロトタイプであり、織斑計画の本質は其のプロトタイプのデータをもとに男性体を量産する事であり、量産型がプロトタイプを経て一号機と二号機として完成したのが君と織斑秋五君だった。

 そして君達の完成により計画は加速するかと思われたが、織斑計画は思わぬ方向で終わりを迎える事になる……そう、篠ノ之束の存在によってね。」

 

 

それから総一郎は、織斑計画は『天然で最強』な束の存在によって終わりを迎えた事を話した……研究者達は、費用対効果を考えた結果此のまま計画を続けるよりも束を捕らえてそのクローンを作った方が効率が良いと考えたのだと言う。

その時点で千冬、一夏、秋五は処分される筈だったのだが、折角の『作品』を処分するのはもったいないと考えた研究者の一人が『織斑』の戸籍を用意し、『両親は幼い頃に蒸発した』と言う記憶をインストールして現在の織斑の家に放置し、目覚めた一夏達は『織斑家』として一般社会に紛れて暮らして来たのだ。

 

 

「なんかもう、色々あり過ぎて正直理解が追い付かない部分もあるんですけど……でも、俺が『最強の人間』を生み出す計画で作られたって言うんなら、俺は失敗作って事になるんですかね?

 自分で言うのも何ですけど、此処に来るまでの俺はドレだけ努力しても秋五には敵わなかった。……兵器として使うのが目的なら、性能は同じじゃないと問題がありますよね?」

 

「確かにその通りだ。

 夏月君、君は量産型の一号機の方になるんだが……量産型一号機は研究者達の間でこう呼ばれていたみたいなんだ。『イリーガル』とね。」

 

「「「イリーガル?」」」

 

 

如何やら、夏月が一夏だった頃に努力が中々実を結ばなかったのも織斑計画が関係しているようだ。『織斑』の『イリーガル』……果たしてそれは一体何なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode6

『急転直下を越えた垂直落下だぜ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イリーガル』……英語で不法な、非合法と言う意味だが、織斑計画自体が不法で非合法なモノなのだから、その計画によって誕生した者に対し『イリーガル』と言う俗称で呼ぶと言うのは些かオカシイと言えるだろう。

ならば何故夏月は研究者からイリーガルと言われていたのだろうか?

 

 

「イリーガルと言う言葉には、本来の意味だけでなく『異質』、『変異体』と言う意味で使われる場合もある。恐らく研究者達は、そう言った意味で夏月君を『イリーガル』と呼んでいたんだろうね。」

 

「俺が、織斑における異質、変異体って言う事ですか?」

 

 

もしも研究者達が夏月の事を『異質』、『変異体』と言う意味合いで『イリーガル』と呼んでいたとしたら、それは『織斑計画』と言う狂気の計画を行っていた研究者達としても夏月は相当に想定外の存在であったと言う事にもなるだろう。

 

 

「私も織斑計画の事は以前から知っていたし、その計画において『イリーガル』と呼ばれる存在が居る事も知っていたけれど、既に終わった計画だったから詳細を詳しく知ろうとは思わなかったのだけれど、君が初めて家に来た時に時雨……スコールが私に耳打ちして君が織斑の『イリーガル』である事を教えてくれたんだ。

 俄かには信じ難かったけれど、それが本当であるのならば更識で保護すべきだと思い君を預かる事を即決したんだ……尤も、そうでなくとも私は君を預かっていたけれどね。」

 

「って事は、義母さんは俺が織斑のイリーガルだって事を知っていた?……オランダに滞在中に調べたのか!」

 

「恐らくはそうなんだろうけど、君を預かってから私は改めて織斑計画の事を調べて君と刀奈達に話した内容を知ったんだが、調べた情報の中には夏月君が『イリーガル』と呼ばれている理由となるであろう事もあった。

 さて、此処で問題だが人を兵器として使用とする場合、其れが人工的に作られた存在であるのならば求められる二つの性能があるんだが、其れは一体何か分かるかな?」

 

 

此処で総一郎から夏月達三人に出題だ。

此れもまた今回の話に関係する事なのだが、三人とも如何せん『人を兵器として使用する』と言う感覚が理解出来ない為に中々答えを出せず、頭上に大量の『?』を浮かべ、楯無に至っては扇子に『考えない人』のイラストを出している位だ。

 

 

「もしかして、初期能力値の高さとレベルアップによる能力値の上昇の大きさ、かな?」

 

 

それから暫く考えたところで声を上げたのは意外にも簪だった。

恐らく人を兵器として使用すると言うのがイメージ出来た訳ではなく単純に己が得意としているゲームの、特にRPGのキャラクターに置き換えて考えてみたのだろう。

確かにRPGに於いて初期能力が高いだけでなくレベルアップによる能力上昇も大きいなんてキャラクターがいたら其れはもう間違いなくゲームバランスを破壊する激強キャラになるのだから。

 

 

「正解だ簪。

 購入した兵器が即使えなくてはならないのは絶対条件だが、強化人造人間には戦場から帰還するたびにその戦闘で得た経験を即時己に反映出来る能力が求められるんだ。

 即使えるだけの初期能力値の高さは織斑千冬で既に達成出来ていたが、彼女は経験を積む、トレーニングする事による能力値の上昇は平凡だった。

 逆にプロトタイプ完成型二号機である織斑秋五君は、初期能力は平均的だがトレーニングの成果が即反映されると言う性能が実現されていたのだが……夏月君はその何方でもなかった。

 夏月君、君は初期能力値も平凡で、トレーニングの成果も劇的には現れない個体であり、研究者達も完成当初は失敗作だと思っていたらしいのだけど、君は厳しい環境で経験、トレーニングを積んだ時間が長ければ長いほどに力を蓄え、最低で五年、最長で十年経った辺りで其の力が解放されて能力値が一気に上昇し、以降はトレーニングの成果も劇的に現れると言う、大器晩成型の個体だったんだ。

 時間は掛かるが最終的には誰よりも強くなる……即戦力となる存在を作ろうとしていた彼等にとって、君は確かに異質な変異体だったと言う訳だ。」

 

「時間は掛かるけど確実に強くなる……夏月君、君ってサイレント・マジシャンだったのね?いえ、夏月君は男の子だから沈黙の剣士-サイレント・ソードマンが正しいかしら?夏月君、剣術得意だし。」

 

「お姉ちゃん、其れは合ってると思うけどちょっと違う。

 夏月はギャラドス。コイキングだった織斑一夏は、一夜夏月って言うギャラドスになった事で一気に強くなった……織斑千冬に舐めプかましたお姉ちゃんとガチで戦って互角以上の夏月は今や織斑千冬以上。」

 

「的確な表現だとは思うけどよ、コイキングは流石に如何かと思うんだけどな簪?」

 

 

簪の言った事は正解であったが、夏月は初期能力は平凡で、トレーニングの効果も劇的には現れない代わりに厳しい環境での経験やトレーニングを積めば積むだけ力を蓄え、ある日を境に其れが解放されて急成長し、その後はトレーニングの成果も即時反映されると言う割とトンデモナイ存在であるようだった。

それならば確かに、『異質』、『変異体』の意味を込めて『イリーガル』と呼ばれていたのも納得だろう。

同時に三人は千冬が嘗て人外の強さを発揮していた事に納得し、夏月は秋五が周囲から天才と称されるほどの成長ぶりを見せていた事にも納得していた……千冬は兎も角、秋五は周囲に持て囃されてもトレーニングを怠る事はなかったので成長するのは当然の事だったが、ある意味で異常とも言える成長速度の速さは、織斑計画に於いて得た能力だったのだから。

そして其れは夏月も同じだろう。

奇しくも努力の一切を千冬に認めて貰えず、極一部を除いて周囲から『出来損ない』と言われている精神的に厳しい環境にあっても努力を続けてきた結果、織斑一夏から一夜夏月となったところで此れまで蓄えたモノが爆発して一気に強くなったのだから……此れ等が人工的に生み出されたが故に得た能力であっても、夏月も秋五も自己研鑽を怠らなかったからこそ其の力を十二分に開花出来た訳だが。

 

 

「コイキングはお気に召さない?なら、FFⅢのたまねぎ戦士の方が良い?たまねぎ戦士も初期は弱いけど地道に育てると最強になる大器晩成型だから。」

 

「其処はせめてFFⅩの七曜の武器の『ナイツ・オブ・オニオン』か、ディシディアFFの『オニオンナイト』って言ってくれよ!?

 たまねぎ戦士は幾ら何でも名前が雑魚過ぎるわ!何だよたまねぎ戦士って!剣で切った相手の目に強烈な刺激を与えて泣かせるのか?因みに、玉ねぎだけじゃなくて長ネギもモノによっては目に来るので注意が必要だぜ!」

 

「玉ねぎだけじゃなくて長ネギでも来る事があるのね……此れは初めて知ったわ。」

 

 

だが、此れだけのトンデモナイ事を聞いても夏月も楯無も簪も、『人を兵器として使用する』と言う事には顔を歪めたが、其れ以外は割と普通に受け入れてしまった。

特に夏月は己の出生に関する事なのでもっと衝撃を受けるのではないかと総一郎は思っていたのだが、当の夏月はそれ程の衝撃を受けた感じではなく、楯無と簪も夏月が何者であるかを知ったからと言って夏月に対しての態度が変わる事もなかったのだ。

 

 

「……私が話した事は結構衝撃的なモノだったと思うのだけど、夏月君も刀奈も簪も何か思うところはなかったのかな?特に夏月君は……」

 

「いや、俺は逆に納得しちまいました。

 俺達の両親が俺達だけを残して蒸発しただけなら未だしも、頼る親戚筋が無かったってのはオカシイと思ってたんですけど、俺達が織斑計画で生み出された存在だってんならそれも納得ですから……てか、アイツが俺と秋五に親の事を極力話さないようにしてたのは、もしかしたら植え付けられた偽の記憶の他に、本来の記憶が残ってたからなのかもな。

 だとしたら、俺に厳しくしてたのも俺の特性を知ってたからって事になるのかも知れないけど……だからと言って、今更アイツの事を好きになれるかと言ったら其れは絶対に否だけどな。」

 

「まぁ、其れが普通だと思うわよ夏月君。何処に己の努力を絶対に認めない相手を好きになる人が居るのかしら?

 雑草の強さを期待して厳しくするのは間違いではないけれど、何処かでその努力を認めてあげなければ本当の意味での雑草の強さは育たない……でも、夏月君は家に来て、その努力を多くの人に認められた事で其の力を覚醒させた。貴方が織斑を捨てたのは正解だったと言えるわ。

 それからお父様、確かに衝撃の内容ではありましたけれど、私も簪ちゃんも夏月が何者であるかを知ったところで、ぶっちゃけ『だから何?』って言ったところよ。

 私も簪ちゃんも織斑一夏の事は何も知らないけれど、一夜夏月の事なら誰よりも知っていると思っているし、夏月君は夏月君でしかない。彼の正体が何者であるとか今更関係ないわ。」

 

「同じく二号。」

 

 

夏月は『織斑』の諸々に納得し、楯無と簪は『夏月は夏月以外の何者でもない』と言うスタンスだったので、織斑計画の詳細を知ったところで『だから何?』状態であったようである。

総一郎としてはもっと取り乱すかと思っていたので少々拍子抜けの結果になったが、逆に言えば夏月と楯無と簪の精神的な強さを知る事が出来たとも言える結果だったとも言えるだろう。

そして、同時に夏月と更識姉妹はこれ程の情報を得ても揺らがぬ絆を紡いでいるのだと言う事を総一郎は理解したのだった。

 

 

「普通の人ならば発狂しかねない内容だった思うのだが……それをこうもアッサリと受け入れてしまうとはね――だが、だからこそこの情報を伝えて良かったと思えるってモノさ。

 夏月君、君は君自身の道を進んで行ってくれ。そして刀奈と簪は、彼の事を支えてやってくれ。」

 

「勿論、俺は俺の道を進んで行きますよ、何があってもね。」

 

「そして夏月君の事を支えろと言うのであれば、異論はないわお父様。もとよりその心算だったから。」

 

「夏月を支えるのが私とお姉ちゃんの役目だから。」

 

「そうか……では、話は此処までだ。すまなかったね夏月、十五歳の誕生日にこんな話をしてしまって。だが、どうしても君と娘達には伝えておきたかったんだ。」

 

「いや、ある意味では最高の誕生日プレゼントでしたよ総一郎さん。」

 

 

総一郎は伝えて良かったと思うと同時に、誕生日にこんな話をしてしまった事を少しばかり後悔していたみたいだが、夏月は全く気にせずに『ある意味で最高の誕生日プレゼントだった』と言って大広間から退出時に後ろ手に手を振っており、楯無と簪も其れに続く。

そんな三人を見て、総一郎はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑計画の全容を聞いた後も、夏月と楯無と簪の関係がギクシャクすると言う事はなく、寧ろ此れまでよりも更に仲は良好になっているようだった。

夏月の誕生日の翌日にはIS学園に戻って行った楯無だが、一日の終わりには必ずノートパソコンのテレビ電話機能を使って夏月と簪と雑談をするのが日課となっていた……極稀に、下に水着を着込んだ上でバスタオル一枚や裸エプロンに見える格好で画面内に現れて夏月を驚かせて簪にお叱りを受ける事もあったが。

 

夏月と簪も中学校最後の一年を満喫しており、夏月は空手部の引退試合となる夏の総体で地区予選、中央地区、県大会で優勝して全国大会に出場し全試合一本勝ちで優勝を果たし、簪はE-スポーツの大会に出場し『格闘ゲーム』、『パズルゲーム』、『レーシングゲーム』の三部門で優勝し、総合成績でも一位を獲得する快挙を成し遂げていた。

 

そんな日常の合間に更識の仕事を熟す事もあったが、日々のトレーニングで其の力を伸ばしている夏月と楯無と更識の精鋭の前では汚い金で甘い汁を吸っている下衆は勿論、マフィアや半グレ組織であっても即壊滅状態となっていた。

また、簪が現場に出たのは束から貰った専用機の性能を試すための一度だけだったがバックスとしてのサポートはバッチリ行っており、夏月や楯無がターゲットに迅速に近付く事が出来るのも、簪が常に最適な最短ルートを割り出してくれていたからでもある……その最適ルートの中には、夏月と楯無の戦闘力を信頼しているからこその『敵との遭遇』が予想されるルートもあったのだが、夏月と楯無は敵と遭遇しても即撃破してしまったのでマッタク問題はなかった。

 

更識の仕事は基本的に裏社会を相手にするモノであり、ターゲットは更識の屋敷に連行されてキツイ拷問をされた上で表社会からその姿を消す事になるので、更識の事を知っている裏社会の人間は居ない……訳ではない。

マフィアや半グレ組織を相手にする時には、『シマを荒らした仁義知らずを潰しに来た』と言う理由で同じターゲットを粛正に来た本物の任侠者と共闘する事も少なくないので、裏社会でも更識の名を知っているモノは其れなりに存在していた。

そしてその裏社会において、夏月は『スカー』と言う異名で呼ばれるようになっていた……相手が外道であれば男も女も関係なく容赦なくブッ飛ばすその姿と顔の傷痕から、『相手に確実に傷を刻む傷のある男』と言う事でそう呼ばれるようになったらしい。

実際に現場ではターゲットから『お前がスカーか!?』と恐れられる事も少なくなかったのだ。……尤も夏月はそんな事は関係ないとばかりに楯無と共にターゲットを無力化して更識の屋敷に連行するだけだったが。

 

 

話は前後するが、IS学園にて臨海学校前に行われた『学年別トーナメント』では見事に楯無が優勝を果たしていた。

一回戦で行き成りアメリカの国家代表候補生であるダリル・ケイシーとぶつけられ、二回戦では余裕で勝ち上がって来たイギリスの国家代表候補生のサラ・ウェルキンと戦い、準決勝はロシアの国家代表候補生である日露ハーフのマリア・神楽坂が相手で、決勝戦はブラジルの国家代表候補生であるグリフィン・レッドラムが相手と言う凄まじくハードなトーナメントだったのだが、楯無は一回戦と決勝戦以外は五分以内で試合を終わらせて日本の国家代表としての力をこれでもかと見せ付けてくれた。

無論、楯無と戦った者達も国家代表候補生なので決して弱くはなく、能力値で言えば全員がAクラス以上であり、ダリルとグリフィンはAAAクラスなのだが、楯無は其れを更に上回るSクラスであり、使用機体の性能差もエグイ事になっているので誰も楯無には勝つ事が出来なかったのだ……逆に言えば、そんな楯無と十分以上も戦う事が出来たダリルとグリフィンの実力も相当に高いと言えるのだが。

 

だが、此の楯無の優勝を快く思わない者も居た……そう、千冬である。

楯無に花を持たされて以降は余計に楯無を目の敵にして、座学では難易度の高い問題を回答させたり、実技では高難易度の技をやらせたりしたのだが、楯無はそれら全てを余裕でクリアしてしまい、千冬は楯無に対し忸怩たる思いを募らせて行った。

そこで学年別トーナメントを利用して楯無に痛い目を見せてやろうと、楯無がどうやっても一回戦から決勝戦まで各国の国家代表候補生とぶつかるよう対戦表を作ったのだが、其れをものともせずに楯無は優勝を搔っ攫い、其れだけでなく対戦した相手と友情を育んでいたのだから千冬としては面白くない事この上ないだろう。

 

挙げ句に楯無は新聞部からのインタビューで『今回のトーナメントはとても良い経験になったわ。今回の対戦表を作ってくれた方に最大級の感謝をするわね♪』と言ってのけたのも面白くなかっただろう……その記事を読んだ瞬間に、千冬は学園新聞を紙屑に変えていたのだから。

特定の生徒を目の敵にして攻撃するなど、普通は懲戒処分モノだがバックに日本政府が付いている千冬は余程の事をしない限りは学園側も重い処分を下せないと言う、千冬にとっては職を失う事がないと言う意味では最高の場所でもあるのだIS学園は。

 

その後の臨海学校は特に問題もなく終わり、IS学園が夏休みに入ってからは更識の仕事がない日は夏月も楯無も簪も夏休みを満喫した。

海に山に夏祭りに花火大会……夏休みのイベントは一通り消化したが、街の夏祭りの際に法被を纏ってハチマキを締めて神輿を担ぐ夏月の姿に楯無と簪が見惚れてしまったのは致し方ないだろう。究極の細マッチョとなった夏月の法被姿は乙女心に一万ポイントのダイレクトアタックをブチかますモノだったのだから。

 

 

夏月と楯無と簪が日本でこうして過ごしている頃、オランダではロランが舞台女優として活躍しつつもオランダの国家代表に上り詰め、台湾では乱が、中国では鈴が夫々国家代表候補生に就任していた。

乱と鈴は代表候補生だが、其れは単純に国家代表の枠が埋まっているからであり、代表枠に空きがあれば国家代表になっていたのは間違いないと言う事を付け加えておく。

特に乱に関しては、台湾政府が『飛び級でIS学園に進学させるべき』と考え、その方向で動いているのだから実力は相当と見て間違いないだろう。

当然ロランは夏月に手紙でオランダの国家代表になった事を伝えたのだが、其れに対しての夏月の返事には国家代表就任を祝う手紙だけでなく、国家代表就任のプレゼントとしてシルバー製のクロス付きチェーンネックレスも一緒に送られてきて、ロランは夏月からのプレゼントをその日から身に付けるようになり、同時に夏月に対する思いも強くなっていった。国家代表就任を祝う手紙だけでなく、プレゼントまで送って来てくれた夏月の粋な計らいに心を打たれたのだろう。

……尤も夏月は、楯無が日本の国家代表に就任した際にもクリスタル製のカメオ付きチェーンネックレスをプレゼントしているので、夏月からしたら極当たり前の事をしたに過ぎないのかも知れない。簪が日本の国家代表になったら間違いなく何かしらの飾りがついたチェーンネックレスをプレゼントするのだろう。

 

 

話を夏月達に戻すと、夏月と簪が通う中学校と、楯無が通うIS学園は何方も二学期に学園祭が行われていた。

勿論楯無は夏月と簪に招待状を送りたかったのだが、夏月と千冬が出会ってしまったら面倒な事になると思い招待状を送るのは見合わせ……る事はせずに、更識の潜入捜査チームに命じて、夏月に特殊メイクを施した上で学園祭へと招待した。

更識はターゲットの事を調べる為の潜入捜査チームがあり、潜入捜査チームのメンバーは素性がバレない様にする為に特殊メイクを使う事もあるのだが、その特殊メイクの技術はハリウッドの技術に引けを取らないレベルで、夏月の事も顔の傷痕を消し、代わりに火傷の痕をくっ付け、赤いカラーコンタクトを入れて、青髪のウィッグを被せ、右目の下に泣き黒子を追加して完全な別人に仕上げてしまった。

更には偽物の肩書として、『楯無と簪の従姉妹の更識ツルギ』を設定しご丁寧に身分証明書まで作ってしまったのである……尤も、此れだけ手の込んだ偽装工作を行ったおかげで夏月は安心してIS学園の学園祭を楽しむ事が出来たのだが、幸いにも千冬とエンカウントする事はなかった。

因みに楯無が所属している一年一組の出し物は『メイド喫茶』ならぬ『冥土喫茶』であり、生徒達全員が妖怪娘、モンスター娘、アンデッド娘等のコスプレをしていると言う中々に攻めたモノだったのだが、美少女達の怪奇コスプレはそのギャップが受けたのか大盛況だった。

尚楯無は、『アンデッド女医』のコスプレで、所々破けたタイトスカートとブラウスと白衣、アンデッドメイクと背中に背負った巨大な手術用メスが見事な『グロ美しさ』を表現していた。序に虚はそのアンデッド女医に付き従う『ゾンビナース』であった。

 

一方で夏月と簪の中学校の学園祭では、夏月と簪が所属する三年三組の出し物である『屋台村』が大人気だった。

お祭りの定番屋台である『たこ焼き』、『焼きそば』、『チョコバナナ』、『ヨーヨー釣り』を展開し、一箇所で色々なモノを楽しめるようにしたのだが、中でも一番人気だったのだが夏月と簪が担当している『たこ焼き』の屋台だった。

普通のたこ焼きではなく所謂『揚げたこ』なのだが、生地に揚げ玉を加えている事で、揚げたこ特有の表面のカリッとした食感と中のトロッとした食感に揚げ玉のサクッとした食感が加わわり独特の食感のハーモニーを作り出していた。

加えて特徴的なのがソースではなくマヨネーズを掛けると言うところだろう。

ソースとマヨネーズの合わせ技は割とよく見るがマヨネーズオンリーと言うのは珍しく、更に其のマヨネーズも普通のマヨネーズだけでなく夏月特製の『辛子マヨネーズ』、『ワサビマヨネーズ』、『味噌マヨネーズ』、『コチュジャンマヨネーズ』、『明太子マヨネーズ』とバラエティに富んでおり、マヨネーズを変えるだけで色んな味が楽しめる逸品となっているのだ。IS学園の友人と共に訪れた楯無も、明太子マヨネーズをトッピングした揚げたこを絶賛していた。

また、夏月と簪のコンビネーションも見事であった。

手早く熱々の揚げたこを作り上げて夏月が器に盛ると、簪が客のオーダーのマヨネーズを掛け割り箸を添えて出来立てを提供するその流れは一切の滞りがなく無駄もない。更識の仕事に於けるトップスとバックスのコンビネーションはこんな所でもバッチリ発揮されている様だった。

 

二学期のもう一つの大きなイベントとして体育祭があるが、其れはIS学園では楯無が、中学校では夏月が無双したとだけ言っておこう。……中学校のパン食い競争だけは本音がぶっちぎりの一位でゴールしたのだが、他のコースのパンまで食べて失格になると言う珍事が起きていたが。

 

修学旅行はIS学園、夏月と簪の中学共に同じ日取りで、行先も京都と言うミラクルが起こっていたのだが、団体行動は行き先が違う為夏月と千冬が出会う事はなかったが、班別行動の時は夏月と簪、楯無が連絡を取り合って合流したりもしていた。

 

 

 

更識の仕事以外は極めて平和に暮らしていた夏月達だが、その裏では束が差し迫った夏月の存在の公表に向けて色々と動いていた。

先ずは夏月の所属は、束が此の日の為に設立した株式会社『ムーンラビットインダストリー』にして、その会社のテストパイロットと言う形を取る事にした――この会社は当然通常の設立手続きは為されておらず、束が法務局やら経済産業省やらのデータを改竄して『法人登記がなされている』と言うデータをインストールして誕生した会社である。認可した覚えはなくとも法人登記認可の記録が存在している以上は認めざるを得ないのだ。

更に束はこの会社はオフィスを持たない会社で、主な事業であるIS及びISの装備作成は海外の工場に外注してあると言う体を取っていた。

実は楯無がIS学園に入学した際に日本政府でも用意していない専用機を持っていた事が問題になったのだが、其処はムーンラビットインダストリーの社長の『東雲珠音』に扮した束が『更識家から直々に依頼があった』と言って日本政府を黙らせていたのだ……夏月と簪、更にはロランと乱と鈴の機体に関しても同様の説明をする心算なのだろう。

外注している海外工場に関しては、スコールに頼み込んで亡国機業がバックに付いているIS開発会社のインドネシア支部に外注していると言う形を取った。

それだけでなく、束は日々成長を続ける夏月達(ロラン達海外組は夫々の国のデータバンクをハッキングして)の最新のパーソナルデータを取って、その都度専用機をアップデートしていた。海外組にはアップデートプログラムを機体に送り込んでいた。

アップデートとは言っても武装が強化されるとかではなく、機体の反応速度をその時点のパイロットにとって最適なモノにすると言うモノではあるが、パイロットと機体の反応速度に微塵もズレが無いと言うのは其れだけでパイロットにとっては有り難い事になるだろう。

尚、千冬が現役時代に使っていた『暮桜』は束が手切れ金として開発した機体だが、束の千冬への嫌がらせとして0.001秒だけパイロットの反応速度よりも機体の反応速度を遅くしていたりする。普通の人間ならば気にならないモノだが、千冬にとっては其れでも違和感を感じるモノだっただろう……其れでもモンド・グロッソを二連覇してしまったのだから、九百九十九体もの犠牲の末に完成した『織斑』は伊達ではない。

 

 

そんな事が行われている中で迎えた三学期は、節分の時にはIS学園では生徒会主催の豆撒きが行われ、クジで鬼役に抜擢された千冬に向かって楯無が割と本気のショットガンの如き豆を投擲して、其れに千冬がキレて生身のリアルファイトになり掛け、更識家では鬼役になった総一郎に緩~く豆をぶつける豆撒きが行われた後で夏月特製の恵方巻を堪能した。

バレンタインデーは楯無と簪が夏月にチョコレートをプレゼントし、オランダからは空輸でロランから夏月へのチョコレートが届いていた。

そしてあっと言う間に三月になり卒業式を明日に控えたその日が……夏月の存在を公表する日がやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日、世界のありとあらゆる映像メディアは束によってジャックされた。

テレビの地上デジタル放送は勿論、BSに有料チャンネル、果てはYouTubeにニコニコ動画と言った動画配信サイトまでもが束に支配されてしまったのだ――突如として画面に現れた束に世界中が驚愕したが、その束が口にした事は現在の世界の在り方を根底から覆すモノだった。

 

 

『やぁやぁ世界の皆元気に過ごしてるかな?皆のアイドルにして正義のマッドサイエンティストの束さんだよ!

 突然の事で皆驚いてると思うんだけど、今日はねと~~~っても大事な発表があるからこうして皆の前に現れたって言う訳さ!……と、画面前の君『篠ノ之束の重大発表って何だ?』って思った?思ったよね?

 それじゃあ、焦らすのも悪いから束さんからの重大発表と行きましょうか!その重大発表とは……なんと、世界で初めてISを動かせる男性が登場しましたーー!

 此れは凄いぞカッコいいぞ~~!はい、盛大に拍手~~~!!』

 

 

その日、世界には激震が走った。

よもやISの生みの親である束の口から直々に『世界初の男性IS操縦者が現れた』と言う事を聞くとは夢にも思っていなかったのだから。

 

 

『その男性の名は一夜夏月って言うんだ。

 彼がISを動かす事が出来るのは二年前から分かってたんだけど、其れを即公表したらかっ君の身に危険が及ぶと思って今日まで待ってたんだよね~~?今のタイミングで発表すればかっ君はIS学園に行く事になって諸外国からの干渉を受けなくなるからね。

 因みにかっ君は現在日本の更識家で保護されていて、かっ君はムーンラビットインダストリーの所属って事になってるから、くれぐれも変な気を起こすなよ?もしもかっ君に何かしやがったら束さんと更識がどんな手を使ってでもぶっ潰して再起不能にするからその心算で居ろよ?』

 

 

そしてキッチリと釘を刺す事も忘れない。

一般人が同じ事を言ったところで、『所詮は脅し文句に過ぎない』と一蹴されるところだが、束は世間的には『白騎士事件』の黒幕と認定されているので、『篠ノ之束ならばやりかねない』と思わせる事が出来たのだ……其れが出来る事に関しては、身勝手な行動をしてくれた千冬に少しばかり感謝していた。

千冬がミサイルを落とすだけでなく、周辺海域にいた空母や戦艦を破壊してくれたからこそ、『篠ノ之束は敵に回したらヤバイ』との認識を持たせる事が出来たのだから。

 

この束の衝撃的な電波ジャックの後に、今度は『東雲珠音』に扮した束が記者会見を行って夏月の存在を改めて世界に知らしめた――その数時間後には、世界中で男性のIS操縦者を探すための『男性によるIS起動実験』が行われたのだが、ISを起動出来る男性は見つからなかった。只一人、織斑千冬の弟であり、夏月の双子の弟である織斑秋五を除いては。

秋五がISを起動出来るのは束にとっては予測していた事態だったが、世界にとっては夏月に続く晴天の霹靂だったので日本政府も可成りバタバタの状態となり、最優先事項として一夜夏月と織斑秋五のIS学園への強制入学を発表した。

一般高校では何時狙われるとも分からないが、IS学園であれば国からの干渉を一切受けないと言う事になっているので、女尊男卑に染まったテロリストに狙われる可能性は低くなると考えたのだろう。

 

其れは間違いではないが、大変だったのはIS学園だ。

まさか全く予想していない男子生徒の入学と言う事で、緊急に開かれた会議では『所属クラスは如何するか?』、『寮の部屋割りは如何するか?』と言う事が議論されたのだが最終的には夏月と秋五は『有事の際の護衛』の観点からクラスを分けずに同じクラスになる事が決まり、寮の部屋に関しては同室だと逆に有事の際には纏めて狙われる危険があると言う事で別室になる事が決まった。

最後は学園内外における護衛なのだが……

 

 

「一夜夏月の護衛は、私更識楯無が行いますわ。

 彼は此れまでも更識の家で暮らして来たので私が護衛に付いた方が彼も気を使わないですむでしょうから――そして、彼の寮の同室にはオランダの国家代表であるロランツィーネ・ローランディフィルネィを推薦しますわ。

 彼女は夏月君とは三年に渡る文通を行っているのでお互いに信頼しているでしょうから夏月君が変に気を遣う事もないと思いますので。」

 

 

夏月の護衛に関しては楯無が名乗りを上げ、寮の同室にはロランを推していた――普通ならば生徒はこの会議には出席出来ないのだが、楯無は三学期に行われた生徒会総選挙で得票率85%と言う圧倒的支持率を得て生徒会長になっているので何も問題はない。

学園としても、『楯無』が生徒会長であるのならば学園の重要事項を決める会議には参加させないと言う選択肢はないのである。

 

 

「秋五君の方は……織斑先生の存在自体が他国への抑止力になると思うので特に護衛は付けなくてもいいかと。寮の同室は、面識があると言う篠ノ之箒で良いのではないかと提案します。」

 

 

夏月と秋五の護衛と寮での同室の生徒に関しては、楯無の意見をベースにして調整する方向で決まり会議は終了となった。

楯無の意見に対して、千冬が何かしらの反対意見を出す事もなくだ……尤も、楯無の意見は至極真っ当なモノだったので反対意見を出そうにも出せなかっただけなのかもしれないが。

 

 

「お前の意見は真っ当だとは思うが。私の弟に対しては些か対応が雑じゃないか更識?」

 

「雑だとは心外ですわ織斑先生。

 織斑先生は世界最強の『ブリュンヒルデ』なのだから、其れがバックにいる秋五君に手を出そうと考える輩は激減するでしょうに……精々、生き残った弟を死なせないようにして下さいね、『血塗られたブリュンヒルデ』。」

 

「!!!」

 

 

会議も終わり職員室から退出しようとしたところで千冬に小言を言われた楯無は笑みを浮かべながらそれに対応し、擦れ違いざまに千冬に最大級の皮肉と侮蔑を叩きつける――奇しくも楯無が口にした『血塗られたブリュンヒルデ』と言うのは、『織斑一夏の葬儀』にて乱が千冬に放った言葉であり、其れを再び叩き付けられた千冬のショックは相当なモノだったのは想像に難くないが、此れはある意味で自業自得なので同情の余地は無いだろう。

 

 

そしてその後、夏月と秋五はIS学園に入学するための形式的なペーパーテストと実技試験が行われたのだが、ペーパーテストでは夏月も秋五も余裕でクリアしたのだが実技試験では夏月が試験官となった楯無と互角以上のバトルを展開したのに対し、秋五は実技試験官になった事で緊張がマックスになって全身がガッチガチになった真耶だったので特に苦戦する事もなく、イグニッションブーストを発動した真耶の突撃を回避したらアリーナの壁にぶつかって勝手に自滅したと言う微妙な結果だったのだった。

其れでも、夏月は勿論として秋五もIS学園への進学が決まり、そして世界にとってイレギュラーとなる一夜夏月と織斑秋五がIS学園に入学する日がやって来たのだった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode7『『Klassenkameraden sind hübsche Mädchen』

来たぜIS学園……!By夏月      此処から本当の始まりね♪By楯無    君との再会を私は神に感謝しようByロラン


IS学園入学当日、夏月と簪は本土からIS学園島へのモノレールではなく、更識が手配したヘリコプターの中に居た。

夏月は『世界初の男性IS操縦者』と言う事で、モノレールの移動では駅の待ち時間やモノレール内で夏月が狙われるかも知れないと考えた総一郎が前楯無の立場を使って自衛隊にヘリコプターを要請して夏月と簪をIS学園まで運ばせる事にしたのだ。

同様の措置は秋五に対しても行われているのだが、秋五を乗せたヘリコプターは夏月達のヘリコプターよりも十五分ほど遅れてIS学園に到着するように総一郎は調整していた。ギリギリまで夏月と秋五は顔を合わせないようにした方が良いと考えたのだろう。

……実は楯無も其れを考えて、学園長に直談判して夏月と秋五のIS学園受験日をずらすようにお願いしていたりするのだ。

 

そのヘリコプター内で夏月はスマホを弄っていたのだが、LINEに義母であるスコールからのメッセージが届いていたので其れを開いてみると、『IS学園入学おめでとう夏月。』、『学園で困った事があったら、二年生のダリル・ケイシーを頼りなさい。』、『彼女は私の姪っ子だから♪』とのメッセージが入っていた。

文面こそシンプルだが、其処にはスコールの夏月に対する愛が十二分に込められていた……スコール自身、生きる為に身体をサイボーグ化して子を宿せない身体になってしまったので、血は繋がってないとは言え戸籍上は息子である夏月には親としての愛を向けているのかも知れない。

 

そして夏月もまた更識に来るまで家族の愛を知らなかったので、スコールからの愛情はとても嬉しいモノだっただろう……逆に言えば千冬はドレだけ織斑一夏に対して愛情を与えていなかったのかと言う事になるのだが。

だが、夏月は千冬からは与えられなかった愛をスコールと更識家から受けた事で、織斑一夏だった頃よりも健やかに成長したのは間違い無いだろう。

 

 

「夏月、見えて来たよ。」

 

「アレがIS学園か……」

 

 

程なくしてヘリコプターはIS学園を目視出来る場所まで来ており、夏月と簪は此れから自分達が過ごす場所に対して思いを馳せると同時に、ヘリコプターはヘリポート上空までまで移動すると垂直軌道で着陸し、無事に着陸すると夏月と簪はヘリコプターから降りる。

 

 

「待っていたわよ夏月君、簪ちゃん!ようこそIS学園に!」

 

――【祝!入学!!】

 

 

二人を出迎えたのは生徒会長を務めている楯無で、手にした扇子には『祝!入学!!』の文字が現れているが、ヘリポートに居るのは楯無だけで教師の姿は見えない――此れは楯無が学園長に『一夜夏月と更識簪をヘリポートに迎えに行くのは私一人だけにして下さい』と直接頼んだからだ。

と言うのも、そうしなければ『世界初の男性操縦者は私が出迎えてやろう』とか千冬が言いかねないからだ……その裏には『ブリュンヒルデである私が出迎えてやる方が相手にとっても光栄だろう』などと言った意味不明の自信(?)があるのかも知れないが。

無論、そんな阿呆な理由で夏月と簪に接触はさせたくなかったので、楯無は自分だけで二人を出迎えたのである。

 

 

「楯無さん、態々出迎えてくれなくても良かったのに。他にやる事もあったんじゃないのか?」

 

「おほほ、新学期になったばかりだから其処まで生徒会の仕事は多くないのよ♪その仕事も、虚ちゃんと一緒に昨日までの間にぜ~~んぶ終わらせちゃったしね?

 男子生徒の入学で色々と書類もあったみたいだけど、其れは基本的に教師の仕事だし……尤も、護衛や寮の部屋割りに関しては私も意見を出させて貰ったけれどね?生徒の身でありながら職員会議に参加すると言うのは中々貴重な経験だったわ。」

 

「流石お姉ちゃん。……それじゃあ改めて、IS学園よ私はやって来た!!」

 

「簪ちゃん、何それ?」

 

「とあるアニメの有名なセリフのオマージュ。」

 

 

ヘリポートは暫し和やかな空気に。

IS学園と言えば世界中から受験生が集まり、合格倍率は世界中にあるどんな高校よりも高いと言う狭き門なのだが、夏月も簪もそんな特別な場所に入学したからと言って特に緊張した様子はなく至極自然体だった。

此れも、『更識』として幾多の修羅場を乗り越えて来て度胸が付いているからだろう――簪はバックスだが、情報を得る為に結構ヤバい場所にハッキングを掛ける事もあったので現場に出てなくとも度胸は付いているのである。

 

ヘリポートから移動する最中に、楯無は夏月に『護衛の観点から男子は同じクラスになって、その担任は織斑千冬になった』と言う事を伝えたが、夏月は『分かった。』と返すだけで特に気にした様子もなかった。思う所が無くはないのだろうが、もう『織斑』ではないので千冬も秋五も他人と言う事なのだろう――秋五に関しては、束が『しゅー君』と呼んでいるので、千冬と違って敵認定はしていないが。

そんな感じで夏月と簪は楯無と共に学園長室に向かい、夏月は学園長に挨拶をし、『慣れない事もあるとは思いますが、充実した日々を過ごして下さい』と激励の言葉を貰ったのだった。

 

そして夏月と簪がIS学園に到着してから三十分後、秋五を乗せた自衛隊のヘリがヘリポートに到着し秋五もIS学園に降り立った……そして何の因果か、秋五を出迎えたのは実技試験で試験官を務めた山田真耶教諭であり、奇妙な巡り合わせにお互い苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode7

『Klassenkameraden sind hübsche Mädchen』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式は特に何の問題もなく終わり、生徒達は夫々のクラスに行ってSHR前の小休み時間を過ごしている。

IS学園では入学式当日から授業があるのだが、ISは表向きには『ISバトル用のパワードスーツ』扱いではあるが、其れはあくまでも表向きであり『現行兵器を凌駕する超兵器』としての側面があるのは否めない。故に、生徒達に其れほどのモノを扱うのだと言う意識を持たせる為にも、入学初日から授業を行うと言う特殊なカリキュラムを採用しているのである。

 

さて、SHR前の小休み時間は各々好きなように過ごすモノだが、一年一組は少し様子が異なっていた。原因は言うまでもなく二人の男子、夏月と秋五だ。

学園に二人しかいない男子と同じクラスになれたと言う事に一組の多くの女子は歓喜し、『少しでもお近付きになりたい』と入学式が終わったら声を掛けてみようと思っていたのだが、実際に声を掛けようとすると妙に緊張してしまい『最初の一歩』を踏み出す事が出来ずに遠巻きに見るだけになってしまったのだ。

 

只一人を除いては。

 

 

「やぁ、こうして直接会うのは三年ぶりだね夏月?元気そうで安心した……手紙に同封されていた写真よりも更に逞しくなったんじゃないかい?今の君からは、三年前には無かった魅力を感じるよ。」

 

「其れお互い様だろロラン?

 お前も前に会った時と比べたら……なんつーかその、めっちゃスタイル良くなったな?そのスタイルなら、グラビアモデルとか出来るんじゃないのか?」

 

「まぁ、そうなのだけれど、舞台では男役が圧倒的に多いのでね……衣装では隠し切れないので、男性から『男装の麗人』に設定を変える事も少なくなかったよ。」

 

 

其れはロランだ。

文通は続いていたが夏月と実際に顔を合わせるどころか会話もするのも三年ぶりだったのだが、逆にだからこそ声を掛ける以外の選択肢はなかったのだろう。夏月としてもロランと実際に言葉を交わすのは三年ぶりだったので懐かしく、楽しいモノがあっただろう。

 

 

「テレビで君がISを動かせると知った時には驚いたが、君がIS学園に行くと言うのならばまた会えると歓喜したモノだよ……嗚呼、だがまさか同じクラスになる事が出来るとは、乙女座の私は運命を感じずにはいられない。」

 

「何処のグラハムさんだよ……てか、ロランって乙女座だったのか?」

 

「言ってなかったかな?私は八月二十八日生まれの乙女座さ。」

 

 

至極普通に話をしている夏月とロランに、他のクラスメイト達は別の意味で声を掛ける事が出来なくなってしまった。と言うのも夏月は世界初の男性IS操縦者で、ロランはオランダの国家代表、そんな特別な二人が三年前からの知り合いであると言う事に驚いてしまったのだ。

 

 

「イッチ~、その人が~~、かんちゃんが言ってたイッチーの文通相手~~?」

 

「おぉ、一緒のクラスだったのかのほほんさん。紹介するよ、俺の文通相手のロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。そして彼女は布仏本音だロラン。俺はのほほんさんって呼んでるけどな。」

 

「ロラ?ロ~~~……長ったらしいのでロラロラなのだ~~~!」

 

「ふむ、其れは新鮮なニックネームだね。」

 

 

其処に突撃した本音は相当な強心臓であったと言えるが、其れを見て緊張が解れたのか同じく一組に在籍している箒は秋五に声を掛けて六年ぶりの再会を喜び会話に花を咲かせていた。

その際に秋五が、『そう言えば去年の中学の剣道全国大会で優勝したんだよな?』と言った事で、箒が中学剣道で全国制覇を成し遂げた猛者だと言う事がバレてしまったがクラスメイトには剣道経験者もいたので逆に箒の評価は初日から其れなりに高いモノとなったのだった。

おかげでクラスの緊張は緩和され、多くの生徒が『次の休み時間には話かけてみよう』と考えていたのだが、その中でたった一人、見事なプラチナブロンドの髪を縦ロールした女子生徒だけは、『お前呪いでも掛けてるのか?』と思ってしまう位の視線を夏月と秋五に向けていた。

普通ならば夏月と秋五の容姿が少し話題に上がりそうだが、同じ顔であっても傷の有無と目の色の違いだけで大分印象は異なるだけでなく、夏月は『更識』の一員として裏の仕事にも携わっていた事で織斑一夏だった頃とは雰囲気がガラリと変わり、その結果として『一夜君と織斑君ってちょっと似てる?』、『そうでもないよ?』と言った感じの反応に留まっている様である。

秋五だけは、『一夜夏月……一夏に似てる』と思ったが、『傷痕は兎も角、目の色だけは絶対に変える事は出来ないから他人の空似かな?』と、何か引っかかるモノを感じながらも今は其れ以上深くは考えないようにしたようだ。

 

 

「皆さん、其れではSHRを始めますよ~~~!

 私はこのクラスの副担任の山田真耶です。皆さん一年間宜しくお願いします!」

 

「此方こそ、宜しくお願いします山田先生。」

 

「先生が副担任って、つくづく縁があるみたいですね僕達は……宜しくお願いします。」

 

「ミス・マヤ・ヤマダ……確か、次期日本の国家代表と言われていた代表候補生であったにも関わらず戦闘スタイルがブリュンヒルデとは真逆の遠距離型だと言う理由で国家代表になれなかった不遇の実力者だったと記憶しているが、国家代表レベルの実力者が副担任とは予想外であると同時に光栄の極みだね。

 マヤ教諭、一年間よろしくご指導ご鞭撻のほどを。」

 

 

其処に一組の副担任を務める真耶が教室に入って来て挨拶をし。夏月と秋五とロランが其れに返した事で、他のクラスメイトも『宜しくお願いします!』と返した。

奇しくもロランが口にした『国家代表にはなれなかったが、其の実力は国家代表レベル』と言うのが他の生徒には響いたようだ。

IS操縦者にとって国家代表と言うのは最大のステータスであり、国家代表候補生であっても其れなりのステータスになるので、戦闘スタイルが日本政府好みではなかったと言う至極下らない理由で国家代表になれなかった真耶が実は凄いと言う事が分かったのだろう。

 

 

「はい、ちゃんと挨拶を返してくれて先生嬉しいです。

 其れではまずは自己紹介から行きましょうか?名前だけじゃなくて、趣味とか特技も言ってくれると嬉しいかな?自己紹介はアピールポイントですから、皆さん頑張って下さいね。」

 

 

先ずは無難に自己紹介で、そのトップバッターは出席番号一番の『相川清香』だった……苗字が『あ』から始まる生徒は否応なしに自己紹介での『ファーストペンギン』にされてしまうので同情を禁じ得ないが、清香は名前だけでなく出身中学、特技に趣味好きなモノから嫌いなモノ、挙げ句の果てには好みの男性のタイプまでぶっちゃけてターンエンド……黒歴史になり兼ねない自己紹介だったが、此れで以降の自己紹介の難易度が下がったと言えるのだから良い仕事をしたと評価しても罰は当たるまい。

そして、『あ』で始まる苗字は清香だけなので、次は『い』で始まる夏月の自己紹介と言う訳だ。

 

 

「束さんがジャックしたテレビと動画放送で知ってるとは思うが一夜夏月だ。

 如何言う訳か男でありながらISを動かしちまった……不慣れな事もあるとは思うが、俺がISを動かせる事には何か意味があると思ってるから、俺がやるべき事を全力でやって行く心算だから、先ずは一年間宜しくな。

 因みに趣味は自己鍛錬と家事全般、特に料理だな。特技は剣術と空手、嫌いなモノは他者の努力を認めない事と他者の努力を嘲笑う事と女尊男卑思考なので其処の所も宜しく。」

 

 

その自己紹介で夏月は一発かましたが、これが意外に好感触だった。

先ずはその容姿に、『顔の傷痕が凄いけど、其れが逆に良い!』、『ワイルド系イケメン来たーー!』、『ちょっぴりダークな雰囲気も良いかも!』と言った黄色い声が上がり、趣味と特技を聞いた生徒の中には、『そう言えば一夜夏月って、去年の空手の全国大会で優勝した人だ』とか、『料理が得意なんだ、一度食べてみたいかも』と言っている者も居り、嫌いなモノに関しても『他者の努力を認めない事と他者の努力を嘲笑う事』に関しては多くの生徒が『其れは確かにダメだよね』と同意している感じだった……『女尊男卑思考』に関しては、金髪縦ロール女子が鋭い視線で夏月を睨んでいたが、其れ以外は特に問題はなかった。

夏月の自己紹介は大成功となり隣の席ではロランが小さくサムズアップしていたので、夏月も其れに返してから着席。少し騒がしくなったクラス内は、山田先生が『ハイ、まだ自己紹介の途中ですよ?』と言って静かにさせた。

一組の生徒に『う』と『え』から始まるは苗字の生徒は存在しないので、『い』で始まる夏月の次は『お』で始まる『織斑』である秋五の番だ。

 

 

「織斑秋五です。

 僕も先程の彼同様、男でありながらISを動かしてしまって……やっぱり不慣れな事もあると思うけど頑張って行く心算です。

 あと、苗字から分かるかもだけど僕は織斑千冬の弟なんだ。でも、織斑千冬の弟としてじゃなくて、織斑秋五として接してくれるとありがたいかな?僕は僕だから。

 え~~っと……趣味は料理で特技はスポーツ全般。此れから宜しくお願いします。」

 

 

秋五の方は割と無難な自己紹介だったが、其れでもクラス内からは『一夜君とは違う、爽やか系イケメン!』、『一人称が僕の男子とかレアでしょ!』、『同じクラスにタイプの違うイケメンが二人も……神よ感謝します』と言った声が上がり再びクラス内は騒がしく。

自分の自己紹介でクラスが騒がしくなってしまった事に秋五は少し困り、箒に『如何しよう?』と目で訴えたが、箒からは『私に聞くか?』と目で応えられてしまった。

 

 

「中々真面な自己紹介をするではないか、感心したぞ?

 だが、私の弟ではなく織斑秋五として接して欲しいとはお前も中々言うようになったではないか、なぁ織斑?尤も、其れ位の気概があった方が良いとも言えるが。」

 

「え、姉さん!?如何して此処に……!?」

 

 

其処に現れたのは一組の担任であり秋五の姉でもある千冬だった。

千冬は少しとげのある言い方ではあるが秋五が無事に自己紹介を終えた事に感心していたが、秋五はこの場に千冬が居る事に驚いていた……普通ならば考えられない事なのだが、千冬は秋五に対して自分の職業が何であるのかと言う事を今この瞬間まで話した事がなかったのだ。

秋五は、まさか自分の姉がIS学園で教師をしているとは夢にも思わなかったので驚くなと言うのが大概無理と言うモノだろう。

 

 

――バガン!

 

 

秋五がまさかの実姉登場に驚いていると、突然クラスに大きな音が鳴り響いた。

何事かと思うと、千冬が持っていた出席簿が夏月の拳とご対面していた……秋五の頭に振り下ろされようとされていた出席簿を夏月がその拳で止めて見せたのだ。

 

 

「一夜、何の心算だ?」

 

「其れは俺のセリフですよ織斑先生。何故イキナリ織斑の頭を出席簿で殴ろうとしたんです?」

 

「公私混同をして私の事を姉と呼んだからだ。姉弟であっても学園では織斑先生と呼ぶのが常識だろう。」

 

「ならばまずは口頭で其れを注意すべきでしょう?

 何も言わずにイキナリ殴ったら、其れは指導の為の体罰ではなく只の暴力だ……其れこそ今の御時世、誰かが其れを撮影しててSNSに『何も言わずにイキナリ殴った暴力教師』なんて言ってアップしたら其れこそ貴女の教師人生はお終いですよ?

 其れとも織斑は口で言っては分からない程の馬鹿なんですか?もしそうだと言うのであれば出過ぎた真似をしました、謝罪します。」

 

「そんな事はないが、此処で甘く接したら其れこそ公私混同と疑われるだろう……だが、出過ぎた真似をしたと言う自覚があるのならば良い。

 此処では私がルールだ。私に逆らう事は許さんぞ?」

 

「IS学園のルールは学園が定めた校則であって貴女ではありませんよ織斑先生。何を勘違いしているのか分かりませんが、そう言ったセリフは自身を矮小に見せるだけでなく織斑にも恥をかかせるだけだからしない事をお勧めします。」

 

 

夏月は別に秋五を助けた訳ではなく、何も言わずにイキナリ暴力を振るおうとした千冬を止めただけだが、只止めただけでなく若干の皮肉を交えながら正論を展開して千冬を黙らせる。

特に千冬にとっては『秋五に恥をかかせる事になる』と言うのは実に効果があった様だ――目に入れても痛くない程に溺愛し、その才能を伸ばす為に兎に角褒めて育てて来た秋五に恥をかかせるなど、千冬にとっては絶対に否であるのだから。

 

 

「ふん……今回の件は、貴重な意見として聞かせて貰うとしよう。だが一夜、本気ではないとは言え私の一撃を止めたその拳は見事なモノだと褒めてやる。

 流石は入学試験の実技で更識楯無と互角以上の戦いをしただけの事はある。」

 

「お褒めに預かり光栄ですよブリュンヒルデ。」

 

 

千冬は体裁を保とうと『貴重な意見として聞かせて貰おう』と言い、せめてもの反撃として凄まじい上から目線で夏月に賞賛の言葉を送ったのだが、夏月は其れに対して痛烈なカウンターを叩き込んで見せた。『織斑先生』ではなく『ブリュンヒルデ』と呼ぶと言うのはこの場では相当な皮肉であっただろう。

それに対して千冬は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが直ぐに切り替え、山田先生に『SHRを押し付けて悪かった』と言うと教壇に立って改めて自己紹介したのだが、先程の夏月との一件があったからか、『私の仕事は諸君らのようなヒヨッコを一人前のIS操縦者に育て上げる事だから、厳しく指導するのでその心算で』と言うに留まっていた……其れでも教師と言うよりは軍隊の上官の発言ではあったが。

その後は自己紹介が続き、ロランが女優らしい芝居がかった自己紹介で夏月と秋五とは違った意味で注目を集め、本音が『のほとけほんねで~す!イッチーからのほほんさんってよばれてま~す♪皆、よろしくね~~~♪』と言う緩さ全開の自己紹介をして、その瞬間に本音は一組の癒し系マスコットキャラになる事が確定したと言えると同時にクラスの99%の生徒のハートを鷲摑みにしたと言っても過言ではないだろう。癒し系キャラと言うのは最強であるのかも知れないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

SHR後の一時間目は『ISの基礎理論』の授業だったが、その授業を行っているのは副担任である山田先生で、千冬は教室の一番後ろで腕を組んで授業を眺めているだけだった。

山田先生の授業はとても分かり易く、クラス全員が真面目に授業を受けていたのだが、夏月は『オイ、仕事しろよ』、秋五は『姉さん、山田先生に丸投げはないよ』と思っていた。

其れは兎も角として、授業内容に関しては夏月も秋五も問題なく付いて行く事が出来ていた。

夏月は更識家で暮らすようになってから更識姉妹とISのトレーニングを行うと同時に知識面も勉強しており、更にはISに関しては此れ以上の教師は存在しないと言っても過言ではない束から直々に教え込まれていたので授業内容はスルっと頭に入って来ており、秋五もISに関しては素人だったが持ち前の学習能力の高さで入学前に千冬から渡された参考書の内容を略覚えていたので授業で分からない所は無かったようだ。

なので山田先生から『何処か分からない事はありますか?』と聞かれた時も、夏月と秋五は『大丈夫です』と答え、山田先生も『良く予習しているみたいですね、先生感心です。』と言って満足そうだった。

 

そんな感じで一時間目は無事に終わったのだが――

 

 

「一夜夏月ってこのクラスだったわよね?」

 

 

女子達が夏月或は秋五に話し掛けようとしたところで一組に来訪者が現れた。

小柄な体格に長い髪をサイドテールにした勝ち気で少し生意気そうな少女――一年二組所属の台湾の国家代表候補生である凰乱音が夏月を尋ねてやって来たのである。

突然の来訪者に一組の生徒は、其れこそ秋五に声を掛けようとしていた金髪縦ロールの少女ですらも動きを止めてしまい、秋五も思わず乱に注目してしまう。

 

 

「夏月、君にお客さんらしい。有名人と言うのは中々大変だね?」

 

「有名人……まぁ、間違っちゃいないか。……そんで、台湾の代表候補生が俺に何か用か?」

 

「そうね、用がなかったら態々来ないでしょ?ちょっと此処じゃ話し辛いから場所を変えたいんだけどいいかしら?屋上まで付き合ってくれる?」

 

「了解。そんじゃロラン、俺ちょっと行って来るわ。」

 

「ふふ、行ってらっしゃい♪」

 

 

乱が来たと思ったら、今度は夏月と一緒に一組の教室から屋上に移動する様子を見て、クラスメイト達はようやく再起動をするが、二人だけで屋上に行ったと言う事に、『あの二人って特別な関係!?』、『一夜君ってロランさんとも親し気だったけど、若しかしてアノ子とも!?』、『まさか既に一夜君には彼女が居たって言うの!?だとしたら神は死んだ!!』と一部の生徒は絶望的な表情を浮かべていた。

そんな中で秋五は自分の方を見ようともしなかった乱に少し寂しさを感じていたが、直後に彼は金髪縦ロール少女に突っかかられる事になるのだった……初日から災難と言うより他はないだろう。

 

 

一組で何が起きているかは露知らず、屋上にやって来た二人は夏月が屋上のドアに寄りかかるようにして立って自分達以外の誰かが屋上にやって来るのを阻止していた。此れからの会話は事情を知っているモノ以外には聞かれたくないと言う事だろう。

 

 

「三年ぶりね夏月……いいえ、一夏!束さんからアンタが一夏だって事は知らされてるからとぼけても無駄だからね?」

 

「束さんが?……成程、其れじゃあ幾らスッとぼけても無駄だな。

 尤も、スッとぼける心算も誤魔化す心算も毛頭なかったけどさ……確かに俺は織斑一夏だ、『元』だけどな。……久しぶりだな乱。あんまり変わってなくて少し安心したぜ。」

 

「変わってないですってぇ?こう見えてもあの時より身長は10cm近く伸びてるんだからね!って言うか、アンタが成長し過ぎなのよ!三年前は身長150cmなかったじゃない!!」

 

「中学三年間で25cmも伸びたからなぁ……お前の倍以上身長伸びてりゃ、そりゃあお前の事があんまり変わってないって感じる訳だ。」

 

「アタシだってちゃんと成長してるのよ!胸だってちゃんと成長して80あるんだから!少なくとも胸に関してはお姉ちゃんよりも成長してるのよアタシは!!」

 

「へぇ……って事は、鈴は相変わらずのまな板って訳か?年下の従姉妹に抜かれるとか、俺ちょっと同情しちゃうね。」

 

 

先ずは乱が直球で夏月の事を一夏と呼んで来たが、夏月も隠す心算はなかったのだが束が知らせたのならば尚更だと思い、自分が『織斑一夏』であると認め、久しぶりの乱との会話に花を咲かせる事に。自分が織斑一夏だと言った際に『元』と付けたのは、もう自分は織斑一夏ではないと言う夏月なりの拘りだろう。

 

 

「お姉ちゃんが聞いたら激怒するわね其れ……にしても、専用機が贈られて来たのと同時にスマホに送られて来たメールで、『夏の月となった一つの夏の友人の兎からのプレゼント』ってのを見た時には驚いたわ。

 その時は夏の月が何か分からなかったけど、一つの夏は一夏だって事は分かったから……ったく、生きてたなら連絡の一つくらい寄こしなさいよ!ドンだけアタシが心配したと思ってんのよ!アタシだけじゃなくて弾とランカも、そしてお姉ちゃんも!」

 

「あ~~……其れについては悪かったけどさ、世間的には織斑一夏は死んだ事になってるから、死んだ人間から連絡が来たら流石に不気味だよなと思ってさ。序に俺が生きてる事をアイツに知られたくなかったから。」

 

「アイツ……織斑千冬ね?

 ったくアイツってばホントに最低だわ!一夏の葬式の時、アイツは悲しむ素振りすら見せなかったのよ?其れがあんまりにもムカついたから思わず掴み掛かっちゃったわよマジで!

 更にはアタシが思いっ切り罵倒してやったのに何も返してこなかった……アイツにとって、一夏はその程度の存在だった訳かって、余計に腹が立ったわね!」

 

「アイツに掴み掛かるとか、結構度胸あるなお前?

 でもまぁ、確かにアイツにとって俺は無価値な存在だったんだろうさ……其れを身を持って知ったからこそ、俺は迷わず『織斑』を捨てる選択を出来たんだけどな。」

 

「そして、一つの夏は夏の月になったのよね……アンタは一夏だったけど、今は一夜夏月って言う別人になったそう言う事でしょ?でも、アタシがアンタの味方である事だけは変わらないからね?」

 

「分かってるよ乱。お前は数少ない俺の味方だったからな……変な言い方かもしれないが、此れからまた宜しく頼むぜダチ公?」

 

「言われるまでもないわダチ公!」

 

 

三年分の会話と言う訳ではないだろうが、夏月も乱も再会を喜び互いに拳を合わせる。夏月が一夏だった頃、最も仲が良かったのが乱であり、ダチ公と言うのもシックリくる感じであった。――尤も乱は夏月に対してダチ公以上の感情を持っていたりするのだが。

因みに弾の妹も蘭であり、乱との呼び分けが難しいと言う事で、乱と蘭が揃って居る場合には乱は『ランネ』、蘭は『ランカ』と呼ぶようにしていた――蘭の方が花なのは『蘭』から取ったのだろう。

 

 

「さてと、まだ次の授業開始には時間があるがそろそろ戻るか。授業ギリギリに戻ると、アイツに何言われるか分からねぇからな。」

 

「始業チャイム鳴ってなくても何か言ってきそうよねぇ……アタシのクラスの担任はそんな事なさそうだけど。てか、アイツがIS学園で教師やってたって事に驚きよ。

 教師とかアイツには最も合わない職業だと思うけど。」

 

「その意見には諸手を上げて賛成だ。」

 

 

こうして夏月と乱は屋上を後にし、一組の教室の前で分かれて夏月は教室内に入ったのだが、教室内では金髪縦ロールの少女が秋五に何やら言いよっており、箒が少女を止めようとしている最中だった。

初日から姉に出席簿で殴られそうになり、初対面の少女に言い寄られるとは、秋五にとっては本日は厄日であったと言っても間違いではないだろう。

 

 

「ただいま。俺と乱が屋上行ってる間に何があったんだロラン?」

 

「おかえり夏月。

 君達が教室から出て言った直後に彼女――イギリスの国家代表候補生であるセシリア・オルコットさんが織斑秋五君に突っかかってね?

 如何にも彼女は君が嫌いな女尊男卑の思考を持っている上に無駄にプライドが高いみたいでね……SNSで『#女尊男卑発言』で発信されてもオカシク無い発言を連発していたのさ。

 そのくせ、『自分はエリートだから、どうしてもと言うのであればISについて教えて差し上げますわ!』とか何とか言っていたね?」

 

「成程、取り敢えずあの金髪縦ロールがヤバい奴だってのは良く分かった。」

 

 

金髪縦ロールの少女、セシリア・オルコットは女尊男卑の思考の持ち主で、同じクラスに男子が居ると言う事が気に入らなかったらしく秋五をターゲットにして彼是言っていたらしい。

その際に、秋五も『深く関わると面倒な事になりそうだ』と考え、当たり障りのない対応をしていたのだが、セシリアには其れも気に入らなかったらしく勝手にヒートアップしている様であった。

 

 

「おい、オルコットいいかげんに……」

 

「貴女は黙っていて下さいまし!大体にして、私は実技試験で試験官を倒したほどの実力がありましてよ?其れほどの実力者にはもっと敬意を払うべきですわ!」

 

「え、試験官なら僕も倒したけど?」

 

「な!?貴方も試験官を倒したと仰いますの!?」

 

「まぁ、僕の場合は倒したって言って良いのか微妙だけど、試験官のISのシールドエネルギーがゼロになったのは確かだよ。」

 

「んな、そんなまさか……!」

 

 

セシリアは秋五も試験官を倒していたと言う事に驚き、更に何かを言おうとしたが此処で実にタイミングよく始業チャイムが鳴り、セシリアは『また後で来ますわ!逃げないで下さいまし!』と、三下の悪役のようなセリフを吐いて自分の席に戻って行った。

尚、実技試験で試験官を倒したのはセシリアは自分だけだと思っていたようだが、実はロランと乱、そしてタイの国家代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーも試験官を倒していたりするのである。

 

休み時間に一悶着あったモノの、無事に二時限目の授業が始まり、今度は千冬が教壇に立っている。二時限目はLHRなので、自分が進めた方が良いと考えたのだろう。

 

 

「ではこの時間は、一組のクラス代表を決めようと思う。」

 

 

その口から発せられたのは『クラス代表を決める』と言うモノだったが、入学式の日は特別カリキュラムになっており、一年は全クラス二時限目はLHRになっており此の時間でクラス代表を決めると言うのも共通の流れであるのだ。

 

 

「織斑先生、クラス代表って学級委員長みたいなモノですか?」

 

「その認識で構わんが、通常の学級委員長とは違い学園イベントであるクラス対抗戦にも一組の代表として参加する事になる……通常の学級委員長以上に此のクラスの顔になると言っても過言ではない。

 就任したら一年間は余程の事がない限りは変わる事はないので皆慎重に決めるように。さて、自薦他薦は問わん。やりたいと思う者は遠慮なく手を上げろ、推薦したい奴が居ればその名を挙げろ。」

 

 

千冬はクラス代表について簡単に説明すると自薦他薦を問わずに候補者を募るが、クラス代表と言う聞くからに面倒な役職に自ら好んで就きたいと思う者は稀であり、つまりは他推による候補者が出ると言う事になる訳だ。

 

 

「はい、一夜夏月君を推薦します!」

 

「私も一夜君を!」

 

「私は織斑秋五君を推薦するよ!」

 

「私も織斑君を推薦!」

 

 

先ず候補者として名前が挙がったのは夏月と秋五だ。

学園に二人しかいない男子をクラス代表に据えて、他のクラスとの違いを前面に打ち出したいと言う気持ちがあるのだろう……遊戯王で言うならワンカートンに一枚と言われていたホロレアの青眼の究極竜レベルのレアケースと一緒になれたのだから其の気持ちを持ってしまうのは致し方ないのかも知れない。

 

 

「……推薦されても、俺はやらないぞ?」

 

「僕だって同じだ。」

 

「推薦された者に拒否権は無い、諦めろ。」

 

「「何処の独裁国家だ此処は!?」」

 

 

推薦された夏月と秋五に対して、『拒否権は無い』と言い、其れに夏月と秋五が見事にハモリ突っ込みを入れ、其れに対して放たれた千冬の出席簿攻撃は夏月がアッパーカットでカウンターした。

 

 

「だから口より先に手を出さない方が良いっての。

 そんじゃ俺はロランを推薦するぜ?彼女はオランダの国家代表だから、実力未知数の俺や織斑よりも安心してクラス代表を任せられるってモンだ。個人的な事を言わせて貰うなら、彼女の最初のファンとして推さない理由がないぜ。」

 

「ふふ、君に推薦して貰えるとは光栄の極みだよ夏月。そして、君が私の実力を買っていると言う事に歓喜して止まない……だが、私も君も推薦された身であるが故に何方か一人しか代表になる事は出来ない。

 嗚呼、神は何故このような残酷な仕打ちをなさるのか。」

 

 

その後夏月が至極真っ当な理由でロランを推薦し、夏月の発現を聞いてロランを推す声も多くなったのだが、其れでも夏月と秋五を推す声も多く、簡単には決まりそうになかったので、千冬は『其れでは此の三名による決戦投票で決めるか』と言ったところで……

 

 

「お待ち下さい、このような選出は納得出来ませんわ!!」

 

 

セシリアが机を大きく叩いて立ち上がった。その顔は憤怒の感情で彩られている……女尊男卑思考を持っている彼女にとって、男がクラス代表候補に上ると言う事自体が気に入らなかったのだろう。

 

 

「ローランディフィルネィさんが推薦されるのは良いとしましょう。彼女はオランダの国家代表であり実力も申し分ないでしょうから。

 ですが、物珍しさでぽっと出の男性操縦者をクラス代表に推薦するなどあり得ませんわ!いいえ、有り得ないどころか下賤な男性がクラス代表など恥晒し以外のナニモノでもありませんわ!

 そもそもにしてローランディフィルネィさんは兎も角、そんな男性を推薦するよりもこのイギリスの国家代表候補生であるセシリア・オルコットを推薦すべきですわ!」

 

 

こうして持論を展開するセシリアに対して、夏月と秋五は『コイツマジメンドクセェ』と思い、ロランは『美しくないな』と思っていたが、セシリアは構わず持論を展開し続け、挙げ句の果てには男性だけでなく『こんな極東の島国のお猿さんと遊びに来たのではありませんわ!』と日本を貶す発言までする始末。

だが、千冬は其れに対して何も言わず、腕を組んで聞いているに留まっている。

 

 

「(おい、静観してねぇで教師として止めろよ。)」

 

「(姉さん、此れを止めないのは流石に無いよ。)」

 

 

夏月と秋五はこの事態を止めない千冬に思うところがあったが、流石に此のままでは埒が明かないと判断し、セシリアを止める事にした――特に示し合わせた訳ではないが、同じ行動に出ると言うのは同一存在であるからかも知れない。

 

 

「其れ位にしておきなよオルコットさん、幾ら何でも言い過ぎだ。

 僕や一夜君の事を貶すのはギリギリ良いとしても、日本国を貶すと言うのは幾ら何でも拙い……君はイギリスの代表候補生なんだろう?そんな君が日本を貶す事を言ったとなれば最悪日英間の国際問題に発展しかねないんだから。」

 

「おぉ、良い事言うじゃねぇか織斑?ソイツは俺も同意見だ。

 だが其れだけじゃなく、日本を極東の島国って見下してくれたけど、そもそもにしてISを開発したのは何人だ?そしてモンド・グロッソで二連覇を達成したブリュンヒルデは何処の国出身だったっけか?

 大体にて、イギリスだって欧州の島国だろうが……つか、自分が推薦されて然りとか、幾ら何でも自意識過剰なんじゃないかライミー?」

 

「確かに推薦されて然りと思っていると言うのは自意識過剰だね……其れだけ自信があるのならば立候補すれば良いだけの事だろう?同じく国の看板を背負っている者としては君の考えは恥ずかしい限りだよ。」

 

 

先ずは秋五が正論をブチかまし、続いて夏月が其の正論に同意した上でイギリス人への蔑称である『ライミー』を使って煽り、そして予想外ではあったがロランも正論をもってセシリアをぶった切った。

更に其処から夏月とロランが『アレが代表候補生とか、イギリスは余程人材不足なのか?』、『いやいや、確かオルコット家はイギリス国内でも有数の貴族の家系だった筈だから、家柄を考慮して彼女を代表候補生にしたのかも知れないよ?』、『ならば俺は身分制度の撤廃を申し入れる!』とのちょっとした寸劇を披露してくれたのだが、其れは火に油どころかガソリンをぶっ掛ける結果となった。

 

 

「ば、馬鹿にして!

 ローランディフィルネィさん、貴女は見損ないましたわ……よもや下賤な男性に味方するなど!……こうなったら決闘ですわ!下賤な男性操縦者も、腑抜けのオランダ国家代表も、このセシリア・オルコットが蹂躙して差し上げますわ!」

 

 

ヒートアップしたセシリアは、此処で時代錯誤も甚だしい決闘を申し込んで来た。煽りに煽られて、限界が来たのだろう。

だが、決闘を申し込まれた夏月も秋五もロランも其れに驚いた様子はない――セシリアの性格は、先の休み時間で分かっていたので、適当に煽られたら激高して来るのは予想していたのだろう。

 

 

「その決闘はISバトルって事だよね?……良いよ、その決闘は受けて立とうじゃないか。」

 

「受けて立つとは、最低限のプライドはあるようですわね?

 ですがローランディフィルネィさんは兎も角、貴方達男性操縦者と私では其の実力に圧倒的な差があるのは明白……ハンデを付けてあげても宜しくてよ?」

 

「ハンデだって?要らねぇよそんなモノ。

 こちとらISを動かす事が出来るって分かった日から日々ISの訓練を続けて、三年間で稼働時間は四千時間を越えてるし、織斑は入学までの時間が短かったのに、あの電話帳並みの参考書を読み込んでテメェの知識にしちまった天才型みたいだからな……ハンデなんぞ付けたら織斑には秒殺、俺には瞬殺されるのがオチだ。

 そして断言する。オルコット、お前は織斑と戦った後、勝敗は別として天才型の理不尽さを味わうってな。」

 

「天才型って、僕は自分が天才だと思った事はないんだけど……」

 

「その謙虚な所は好感が持てるよ織斑君。」

 

「言いましたわね、後悔させて上げますわ!」

 

 

ハンデを付けてやると言ったセシリアに対し、夏月は其れは要らないとバッサリ切って捨てただけでなく、自分がISに関しては素人ではないと言う事を明らかにし、更には秋五は天才タイプなので、時間さえあれば其の力を昇華すると言い切ったのだ。

それに対し秋五本人とロラン、セシリアは三者三様の反応だったが。

 

 

「ではこれで決まりだな。

 一週間後、第一アリーナにてクラス代表決定戦を行う!織斑、一夜、ローランディフィルネィ、オルコットは鍛錬を怠る事なく、全力で戦えるようにコンディションを整えておくように!」

 

 

そして、此れまで静観していた千冬が一週間後にクラス代表決定戦を行うと言った事で、夏月、ロラン、秋五、セシリアの四人によるクラス代表決定戦は行われる事が確定し、新学期早々にしてイキナリの大イベントが開催されるのだった。

 

 

「俺は手札から魔法カード『ドラゴンを呼ぶ笛』を発動し、手札の『青眼の白龍』二体を特集召喚!そして、魔法カード『巨竜の羽ばたき』と、『滅びの爆裂疾風弾』を発動してモンスターも魔法罠も一掃した上で『融合』を発動してアルティメット降臨!そして、魔法カード『アルティメット・バースト』を発動してからダイレクトアタック!」

 

「参りました!」

 

 

その後のLHRは自由時間となり、夏月とロランが遊戯王で対決していたのだが、此処は夏月が一撃必殺となるコンボを決めてロランを圧倒していた……究極竜とアルティメットバーストのコンボは決まれば一撃必殺であるからね。

 

『クラス代表』を決める際に一悶着あったモノの、其れ以外は特に問題もなく新一年生のIS学園初日は概ね平和に終わりを迎えようとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode8『放課後と夕方と夜の平穏な時間』

平穏な時間は大事だよなBy夏月      平穏な時間は必須よBy楯無    平穏があるからこそ刺激が際立つと言えるからねByロラン


IS学園初日の授業は無事に終わり現在は放課後。

殆どの生徒は此れから過ごす事になる寮に向かって行ったのだが、夏月と秋五は一年一組の教室内に留まっていた――と言うのも、夏月は昼休みに楯無から『放課後は教室で少し待っていて』と言われていたので楯無を待っており、秋五は入学前に政府関係者から『暫くは指定したホテルからの通学になる』と伝えられていたので、此れから如何したモノかと思って教室に残っていたのだ

 

 

「夏月君、織斑君、待たせてしまって悪かったわね……寮の鍵を渡しておくわ。」

 

 

其処に楯無が現れ、夏月と秋五に寮の鍵を渡す。楯無が夏月に教室で待っておくように言ったのは寮の鍵を渡さねばならなかったからだった――普通に考えれば担任である千冬がやるべき事なのだろうが、学園長の判断で楯無が二人に寮の鍵を渡す事になったのだ。この時点で、楯無と千冬のどちらが学園長からの信頼があるのかが見て取れるだろう。

 

 

「寮の鍵、そいつは確かに大事だな。サンキュー楯無さん。」

 

「寮の鍵って、僕は暫くホテルから通うように言われていたんですが……と言うか、貴女は?」

 

「君とは初めましてだったわね織斑秋五君。私は更識楯無、この学園の生徒会長を務めさせて貰っているわ。

 改めて説明すると、君は確かにその予定だったのだけど、ホテルからの通学となると護衛や警備の面で色々と問題があるのよ……君だって学園に居る時以外は見ず知らずの護衛に囲まれて居ては精神的に参っちゃうでしょう?

 だけど学園の寮なら其れはない……君も寮生活になるのは決まっていたのだけれど、部屋を如何するかギリギリまで決まらなくて、どうしても今日までに決まらなかった場合にはホテルから通って貰う事になっていたのよ。

 それで、決まったのが本当に今日の入学式前になっちゃったから事前通達が出来なかったのよ。ゴメンなさいね?」

 

「いえ、そう言う事でしたら……でも寮生活になるとは思ってなかったから必要な荷物とかは全部指定されたホテルに送っちゃったんですけど……」

 

「其れなら大丈夫。ホテルの方に連絡して此方に荷物を送るように手配したから。」

 

 

秋五は暫くホテルからの通学だと伝えられていたのだが、秋五の精神的負担を考えて寮生活と言う事に……寮生活其の物は略決まっていたのだが、誰と同室にするかが中々決まらず(主に千冬が色々と注文を付けたせいだが)、結果として当日に変更を伝える羽目になってしまった訳だ。

其れでも秋五が不便しないように使用予定だったホテルから学園に荷物を転送する手配をしておいたのだから、その辺は抜かりがないと言えるだろう。

 

 

「楯無さん、俺の荷物は?」

 

「其れもバッチリよ夏月君。調理器具はキッチンの戸棚に収納済みだし、食材も冷蔵庫にちゃんと入れてあるから。

 さてと其れじゃあ行きましょうか?寮まで案内するわ。」

 

 

夏月の荷物は既に部屋に搬入済みであるようだが、調理器具と食材と言うのが何とも夏月らしいと言えるだろう。IS学園は食堂も完備されているのだが、夏月的には自分で料理もしたいのだろう。或は食堂での食事だけではストレスが溜まってしまうのかも知れない……料理が趣味と言うのは伊達ではないのだろう。

ともあれ楯無の案内で寮まで行く事になったのだが、その際に楯無が夏月の腕に抱き付き、夏月も『歩き辛いんだけど……』とは言いながら楯無を引き剥がそうとしないのを見て、秋五は『この二人は如何言った関係なんだろう?』と内心では少し疑問に思っていた。

 

 

「……織斑君もこうして欲しい?」

 

「え!?い、いえ僕は……と言うか、一夜君とは知り合いみたいですけど、僕とは初対面なんですからそんなこと言ったらダメですよ!?」

 

「あら、新鮮な反応♡」

 

 

そんな秋五に対し、楯無はイタズラ猫のような笑みを浮かべて軽く揶揄ってやると夏月から離れて改めて寮へと向かって行った――と同時に、秋五は楯無に対し『なんだか掴みどころがなさそうな人だなぁ。』との印象を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode8

『放課後と夕方と夜の平穏な時間』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮に向かうまでの間に、楯無は夏月と秋五に食堂や売店も案内していた。

何方も学園で生活するには絶対に使う事になる場所なので案内したのだが、夏月と秋五は食堂は兎も角売店の規模には驚かされる事になった――学校の売店と言えば購買部のような小規模のモノが多く、私立の売店であっても精々小型のコンビニが良い所なのだが、IS学園の売店は其れこそちょっとしたスーパー規模の大きさがあり、生活必需品に文房具、菓子類や弁当やお惣菜に限らず生鮮品を含めた食料品まで売っているのだ。

食料品に関しては『自炊したい』と言う生徒の為に売っているのだが、中には大凡現役女子高生が買いそうにないホルモン系の肉やウニクラゲのようなモノまで売っているのだが、此れ等は教師の嗜好品と言ったところなのだろう。

 

 

「売店のお勧めのパンは焼きそばパンとカレーパンよ。特に焼きそばパンは直ぐに売り切れるから、確実に手に入れたいなら予約して確保しておく方が良いわよ。」

 

「焼きそばパンは旨いからなぁ、売り切れるのも納得だぜ。因みに俺は追加でマヨネーズをトッピングするのが好きだな。」

 

「え?」

 

「ん?俺、なんか変な事言ったか織斑?」

 

「いや……うん、確かに焼きそばにマヨネーズは合うよね。(焼きそばパンにマヨネーズは一夏も好きだったけど、偶然だよね?焼きそばにマヨネーズをかける人は沢山いる訳だし。)」

 

 

楯無から売店のお勧めパンを聞いた際に夏月が言った事に秋五は一夏も同じモノが好きだったと思ったが、焼きそばにマヨネーズは割とポピュラーなので偶然であると考えたようだ……こんな些細な事でも一夏を連想してしまうのは、秋五にとって『織斑一夏の死』は結構大きなモノだったのかもしれない。

その後は無事に寮に到着し、秋五とは彼の部屋である『1025室』の前で別れ、夏月と楯無は夏月の部屋である『1045室』の前までやって来ていた。

 

 

「俺と秋五の部屋、結構離れてるんだな?てっきりお隣さんなのかと思ってた。同じクラスだったしさ。」

 

「護衛の観点からこうなったのよ。

 学校では同じクラスの方が護衛しやすいけれど、寮の場合は一箇所に纏めてしまうともしもの時の護衛が難しいのよ……それと、寮では離しておけば何かあっても確実に一人を生かす事が出来るわ。

 貴方と織斑君を近くの部屋にしていたら、其処に自爆テロを仕掛けられたら世界に二人しかいない男性IS操縦者は何方も死んでしまうかも知れないけれど、離しておけば何方か一方は第二陣が来る前に退避出来るでしょう?」

 

「成程、其れは確かにその通りだ……尤も、俺に自爆テロ仕掛けてきたその時は、自爆する前に返り討ちにするけどな。

 更識家から荷物送ったって事は、アレもこっちに来てるんだろ?」

 

「勿論送って貰ったわ。束博士が護身用に開発してた超合金製の高周波振動ブレードを搭載した折り畳み式のコンバットナイフをね……此れは確かに護身用としては優秀な武器よね。

 折り畳めばポケットに入っちゃうし、表面にアンチレーダー加工が施されてるから金属探知機にも引っ掛からないって言う代物ですもの。」

 

「もしも俺を狙ってる奴が襲って来たら、俺はコイツを使って野田の兄貴になっちゃっても良いよな?」

 

「『無駄無駄無駄ぁ野田ぁ!』って?なら私は隣でタイム計らないとよね。」

 

 

夏月と秋五の部屋は大分離れているのだが、此れもまた護衛の観点からだった。

学校では同じクラスの方が護衛がし易く、また教室内に居る特定の誰かを狙うのは非常に難しいので一箇所に纏めておいた方が良いのだが、寮で夏月と秋五を一箇所に纏めておくとピンポイントで狙われて二人同時にゲームオーバーになり兼ねないので寮の部屋は離しておいた方が良いのだ。

尤も、夏月は自分が襲われたその時は、テロリストが自爆するよりも早く相手を戦闘不能にする気満々であり、護身用の折り畳み式のコンバットナイフをズボンのポケットに仕舞いながら若干物騒な事を言っていたが、此れ位の気持ちがなくては平穏な学園生活を送れないと言うのもある意味では事実なのである。

ISの登場以降、女尊男卑の思考に染まった女性は一定数存在しているだけでなく、女性権利団体の幹部は女尊男卑思考の持ち主で構成されているので、自分達の地位を脅かしかねない『男性IS操縦者』に対して何をしてくるか分かったモノでは無いのだから。

 

 

「馬鹿共は返り討ちにするとして、俺の同室って誰なんだ?楯無さん?それとも簪か?」

 

「護衛の観点から言えば私か簪ちゃんがベターだったのだけど、寮の部屋は基本的に同じクラスの人間になるから残念ながら私でも簪ちゃんではないのよ~~。

 生徒会長権限で私か簪ちゃん同室になる事も出来たんだけど、其れをやったら織斑千冬がまた突っかかって来そうだから止めたのよ……私の事を敵視して色々やって来るのは構わないけど、公私は分けて欲しいわ。」

 

「公私混同をしてるって理由で秋五の頭を出席簿で殴ろうとした奴が一番公私混同をしてたとか笑えねぇっての。」

 

「それマジ?……口より先に手が出るのはまだ治ってなかったみたいね?……日本政府からの指示もあるからアレだけど、彼女は一般の高校だったらとっくに懲戒処分喰らって教師廃業してるわ。」

 

「其れに関しては諸手を挙げて同意だぜ楯無さん。」

 

 

夏月の同室は簪ではなかったのだが、其れ以前に千冬の傍若無人ぶりには夏月も楯無も呆れる他なかった……恐らくは『ブリュンヒルデ』の称号を権力か何かと勘違いして居るのだろうが、それにしても千冬の傍若無人っぷりは学園長も頭を抱えるレベルだったのだ。

自分が気に入った生徒はトコトン褒めるが、自分が気に入らなかった生徒には罵声を浴びせ、時には出席簿アタックと言う理不尽な暴力まで行っていたのだ……普通ならば速攻懲戒処分なのだが、政府からの圧力もあって千冬の首を切る事が出来なかったのである。故に、千冬は増長してしまったのだが。

 

 

「彼女はいずれ何とかしないとだけれど、決定的な何かが起きるまでは静観がベターね……下手に藪を突いて八岐大蛇を出す事もないでしょうから。」

 

「アイツの本気が八岐大蛇って、過大評価だぜ楯無さん。アイツが八岐大蛇なら、俺は其れをぶっ殺した須佐之男命だっての。」

 

「ほほ、其れは確かに言えてるわね♪

 それじゃあ夏月君、私は此処で自分の部屋に行くけれど、何か困った事が有ったら二階の『2020号』に来なさい。其処が私の部屋だから。それから今日の晩御飯は一緒に食べましょうか?七時に食堂で待ってるわ。」

 

「了解だ。」

 

 

千冬が教師として無能だと言うのは兎も角として、午後七時に食堂で一緒の夕飯を摂る約束を取り付けると楯無は其の場から去り、夏月は自室の扉をノックする。

此れから一年間は同じ部屋で過ごす事になるので同室の者とのファーストコンタクトは大事な事だ……仮に扉を開けたところでシャワー上がりでバスタオルを巻いただけのルームメイトとエンカウントしたとなったらこの先の寮生活は気まずい事この上ないのだから。

 

 

「開いてるよ。私に何か用かな?」

 

「寮で同室になった者だ。入ってもいいか?」

 

「あぁ、君が私のルームメイトか。問題ない、入って来てくれていいよ。」

 

 

室内に居たルームメイトから『入って来て良い』と言われたので、夏月は部屋に入ったのだが……

 

 

「ロラン?」

 

「私のルームメイトは君だったのか夏月……同じクラスになれただけでなく、寮でも同じ部屋になる事が出来るとは果たしてドレだけ私と君は運命で結ばれていると言うのか。

 君と同室になれたと言うのは、私にとってはIS学園に入学して最大の幸運であると言っても過言ではないだろう……矢張り乙女座の私は運命を感じずには居られない!!」

 

 

其処に居たのはロランだった。

夏月の同室がロランになるのは可成り早い段階で決まっていたのだが、それを敢えて夏月に伝えずに当日のサプライスにしてしまうのが何とも楯無らしい事ではあるが、三年振りの再会を果たし、同じクラスであるだけでなく寮でも同室と言うのは確かに運命的なモノを感じても仕方ないだろう。

 

 

「俺のルームメイトはお前だったのかロラン。知ってる奴が同室でホッとしたぜ。」

 

「其れは此方のセリフだよ夏月。

 国の代表として学園に入学した私だけれど、此処は勝手も分からぬ異国の地……その異国の地にて初対面である人間と同じ部屋になると言うのは些か心細いモノがあるのは否めないからね。

 私を君と同室にしてくれた方には感謝の言葉しかないと言っても罰は当たらないだろうね。」

 

 

護衛の観点から見ても、ロランはオランダの国家代表であり其の実力は折り紙付きであるから問題ない。

ロランはISバトルでは勿論凄腕の操縦者であるのだが、彼女は舞台での戦闘シーンを迫力あるモノにしようと、演技指導だけでなく本格的な格闘技も幾つか学んでいたので生身でも強く、ISが展開出来ない状況であっても戦う事が出来るので夏月の護衛として同室にするには充分な資格があるのだ。

 

 

「ハハ、まぁ此れから宜しくな。……其れ、俺がプレゼントした奴だよな?」

 

「その通り。私がオランダの国家代表になった際に君がプレゼントしてくれたネックレスさ。

 学校に付けて行ったら問題があるかも知れないが、寮で私服で過ごしている時ならば多少の装飾品もファッションの一部であるから問題ないと思ってね。」

 

「多分、学校に付けて行っても大丈夫だと思うぜ?だって、オルコットみたいに制服改造してても何も言われねぇし、そもそも生徒会長の楯無さんだって制服の上からベスト着てる訳だしな?

 生徒手帳見ても、特に校則でアクセサリー禁止にしてる訳でもないみたいだから。」

 

「そう言えば校則で禁止はされていなかったね。」

 

 

ロランは既に制服から私服に着替え、夏月からプレゼントされたネックレスを付けていた。

学校に付けて行くのは拙いと思ったロランだったが、実はIS学園は校則でアクセサリーの類を身に付ける事を禁止にはしていない――と言うのも、IS学園に通う生徒は日本人だけでなく、本当に世界中から色んな人が通っているのだ。

現在確認されているだけでも日本国外からの生徒は、カナダ、アメリカ、ブラジル、ロシア、イギリス、イタリア、オランダ、ギリシャ、タイ、台湾の十カ国からやって来ており、其れだけ多様な国の人間が居るとなると、一律にアクセサリー類やタトゥーを校則で禁止するのは難しいのである。アクセサリー類やタトゥーは国によっては日本とは全く異なる意味合いを持つ場合もあるので、其れを禁止してしまったら其れだけで国家間の問題に発展しかねないのだから。

 

その後、ロランに少しだけシャワールームに入って貰ってから夏月も私服に着替え、その旨を伝えてロランもシャワー室から部屋に戻って来た。

因みに夏月の私服は至ってシンプルなモノで、ブラックジーンズに背中に赤で『Bad Guy!』と入った黒いTシャツだ。シンプルながらも夏月の少しダークな魅力を引き出していると言えるだろう。

 

 

「黒は没個性と言うけれど、夏月の場合は逆に個性が際立っているようだね?

 ……制服の改造は認められているのだから、いっその事制服の色も黒にしてみては如何だろうか?黒いIS学園の制服を纏った君はとても魅力的なのではないかと思うのだけれど。」

 

「良い提案かもしれないけど、白の中に一人だけ黒だとやたらと目立つし、其れで織斑大先生に目を付けられる事になったらマジ笑えねぇから止めとくわ。正直な話として、織斑先生に目を付けられたら面倒な事にしかならねぇだろうからな。

 つかよ、オルコットの問題だらけの発言に対して何も言わねぇとか教師として如何よ?あそこは俺達が声を上げる前に教師として注意すべき場面だと俺は思うんだけどな?」

 

「其れについては私も同意見だよ……織斑先生は、ISバトルの競技者としては優秀であったのかも知れないけれど教師を務めるには些か資質に問題があると言わざるを得ないと思うな。

 教師としては寧ろマヤ教諭の方が上ではないだろうか?」

 

 

其れから暫し雑談タイムとなったのだが、夏月だけでなくロランも千冬が教師には向いてないと感じたらしい……一時限目を副担任の山田先生に丸投げして、二時限目では『クラス代表を決める』と言ったのは良いが、推薦された夏月と秋五に『拒否権は無い』と言った挙句にセシリアの暴言を止める事もせず、ISバトルでの決着の流れになったところで、其れを決定してしまったのだから、確かに教師としては問題ありと思っても致し方ないだろう。

尤も、勝手に決定した事で千冬は一週間後のアリーナの使用申請等を行う羽目になってしまったのだが……しかも授業外でクラスのアリーナの使用を申請する際には担任の申請が必要になるので、副担任である山田先生に丸投げする事も出来ないのである。

 

 

「絶対に山田先生の方が教師としては上だろうな。

 って、其れは其れとしてだ、此れから同じ部屋で暮らす訳だからシャワーの時間とか決めとこうぜ?時間決めておけば、知らずに入ってマッパの相手とエンカウントって事もないだろうからさ。」

 

「其れは確かに決めておくべきだね。」

 

 

雑談からシャワーの時間等のルールを決める事になり、午後七時半から八時までがロランの使用時間で、八時から八時半までが夏月の使用時間となり、何らかの事情でロランが使用時間に使えない場合には夏月に連絡を入れて夏月が先に使用すると言う事に決まり、ベッドは夏月が窓際のモノを使う事になったのだが、夏月曰く『窓際の方が外部からの侵入者があった時に対処し易い』との事だった……本来は護衛される身でありながらも、ロランの安全を第一に考えている辺りがなんとも夏月らしいと言えるだろう。

 

 

「カプエス2最強はAグルーヴサクラって言われてるけど、俺的に最強はAグルーヴ京だな。オリコン発動してから、毒咬み→荒咬み→九傷→毒咬み→荒咬み→九傷のループ連携がマジで減るからなぁ?

 最後は七瀬で吹き飛ばした所に大蛇薙かませば満タンから八割持ってくからな。これぞ草薙の拳って奴だぜ。」

 

「その極悪さ、今し方身をもって体験したよ。」

 

 

寮生活でのルールを決めた後は、夏月が私物として更識家から送って貰ったゲームで時間を潰し、そしてあっと言う間に時間は午後六時五十分に――楯無と約束した時間の十分前になっていた。

 

 

「っともうこんな時間か。そろそろ晩飯にしようぜロラン。楯無さんと七時に食堂で待ち合わせてるしさ。」

 

「そうだね、良い時間だしそうしようか?……そう言えば、手紙では知っていたけれどタテナシさんとカンザシに会うのは初めてだったね?勿論紹介してくれるのだろう夏月?」

 

「其れは勿論紹介させて貰うさ……お前を楯無さんと簪に紹介するだけじゃなく、楯無さんと簪にもお前の事を紹介しないとだからな――あぁ、あと乱にもか。」

 

 

そんな訳で夏月はロランと共に食堂に向かい、その途中で乱の事も誘い三人で食堂に向かって行った。

因みにロランが『刀奈』ではなく、『楯無』と言ったのは、夏月からの手紙で『刀奈が更識家の当主になって楯無を襲名した』事を知ったからであり、『刀奈の名は表に出さないようにしてくれ』とも書いてあったからである。

 

そして夏月とロランが同室で過ごしていたのと同じ頃、秋五は外からノックしても返事が返ってこないので思い切って部屋の中に入ったら、最悪のタイミングで、ある意味では最高のタイミングでシャワー室から出て来た、身体にバスタオルを巻いただけの箒とエンカウントしてしまい、秋五は慌てて部屋の外に出たのだが、箒は顔を真っ赤にして其の場にへたり込んで、『もう嫁に行けん……』と呟いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂では、楯無と簪が既に注文を済ませて席を取っていたので、夏月とロランと乱も速攻で注文の列に並ぶ。

オーダーの順番が来て、ロランは『チキンステーキ定食』を、乱は『トンカツ定食』を注文し、次は夏月のオーダーなのだが……

 

 

「俺は鯖の辛味噌煮定食をご飯特盛で。其れから単品で唐揚げと野菜の天婦羅の盛り合わせと焼きそばと回鍋肉を宜しく。」

 

 

オーダーが大分ぶっ飛んでいた。

定食のご飯大盛りだけでもIS学園では珍しいモノなのだが、其れに加えて更に単品で四品、しかも一品は炭水化物と言うボリュームたっぷりのオーダーに食堂のスタッフも少し驚いている様だった。

流石に此の量を一つのトレイに乗せる事は出来ないので、定食以外の単品メニューはもう一枚トレーを使う事になったのだが、夏月は二つのトレーを器用に両手で一つずつ持っており、其れも周りを驚かせる結果となった。

 

 

「あらあら、相変わらず凄い量ねぇ夏月君?」

 

「部活引退した後も体力落とさないようにトレーニングの量増やしたらスッカリ燃費の悪い身体になっちまったからなぁ……序に、暴力教師と女尊男卑の馬鹿のせいで精神的に疲れて余計に腹減ったみたいだ。」

 

「初日から災難。お疲れ様夏月。」

 

 

注文した料理を受け取ると楯無と簪が取っていた席にトレーを下ろして着席する。

楯無と簪は既に注文を済ませており、楯無は『豚の生姜焼き定食』で簪は『日替わりワンプレート(本日はオムカレー、ミニハンバーグ、エビフライ、ポテトサラダ)だった。

 

 

「其れじゃあ全員揃った事だし、いただきます……の前に自己紹介をしておいた方が良いわね?

 初めましてロランちゃん、乱音ちゃん。私は更識楯無、日本の国家代表で学園の生徒会長を務めさせて貰っているわ。ロランちゃんは夏月君の文通相手なのは知っていたけれど、こうして直接会うのは初めてね?」

 

「貴女が夏月が手紙に書いていたサラシキタテナシさんか……どんな人なのだろう、一度会ってみたいと思っていたのだけれど期せずしてその機会が訪れるとは思わなかったよ。

 となると、其方の眼鏡のお嬢さんが妹君のカンザシさんかな?」

 

「うん。私が更識簪……一応日本の代表候補生。」

 

「姉は国家代表で、妹は代表候補生って結構なエリート姉妹よね普通に考えると……えっと、アタシは凰乱音!台湾の代表候補生で、本来なら中学三年生なんだけど飛び級でIS学園に入学したの。

 乱って呼んでくれると嬉しいわ。」

 

「私とサラシキ姉妹、そしてランは夫々初対面だが、其れを繋いでいるのが夏月と言うのは偶然であるとは言っても一種の運命めいたモノを感じてしまうね?

 夏月がISを動かせるのも、彼がIS学園に入学する事で夏月と繋がりのある私達を邂逅させる為の神の思し召しだったのかも知れない……嗚呼、神とは時に何とも粋な計らいをするモノだ。私は十五年間生きて来た中で、今ほど神に感謝している事はないよ。

 ロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。オランダの国家代表で舞台役者もやっている。ロランと呼んでおくれ!」

 

「紹介してくれって言てったのに、俺が紹介する必要なかったな。」

 

 

食事を始める前に更識姉妹とロランと乱は自己紹介だ。

全員が夏月との繋がりを持っているが、直接会うのは初めてなので自己紹介はある意味で当然の事と言えるだろう。その際にロランが女優モードに突入し、周囲の注目を集める結果になったが、ロランは見られる事には慣れているので全然平気であった。

自己紹介を終えてから改めて『いただきます』をして食事が始まったが、その食事は雑談を交えながらの楽しいモノとなった。

ロランは夏月との文通である程度夏月の日常は知っていたが、乱は『一夏の葬儀』の後は台湾に帰国し、織斑一夏が実は生きていて一夜夏月になっているとは全く持って知らなかったので、楯無と簪の話す中学時代の夏月の事は聞いていて新鮮だった。

ロランが『それにしても夏月が此れほどの大食漢だったとは知らなかったよ』と言った時に、簪が『夏月は中学の時も、一人分の給食費で三人分食べてた。クラスで欠席者が出た時、ご飯やパン、其れと牛乳は夏月が平らげてくれたお陰で、私と夏月のクラスは食品ロスゼロだった』と返したのにはロランも乱も驚いていた。

 

 

「空手の全国大会で優勝したのは手紙で知っているけど、他にも彼の武勇伝はあるのかい?」

 

「ある。

 去年の事なんだけど、数学の担当教師が数学の試験でトップだった生徒に個人的な好き嫌いで不当に低い評価を付けたのを知った時には、職員室に単身で乗り込んで、『テメェの個人的な感情で生徒に不当な評価下してんじゃねぇ!』って思い切りブッ飛ばした。

 普通なら問題なんだけど、その教師は此れまでも自分の好き嫌いで成績を付けてた事が明らかになって懲戒処分になった……因みに女性教師。」

 

「なんとも凄い事だとは思うけれど、女性相手にやり過ぎじゃないか夏月?」

 

「悪い奴に男も女も関係ねぇだろロラン?

 相手が誰であろうと、悪い奴なら容赦しねぇってのが俺の考えなんでな……そう言う訳で、一週間後のクラス代表決定戦ではオルコットの奴を容赦なくフルボッコにする心算だ。」

 

「確かに其れは的を射ているね。

 ならば私もオルコット嬢は徹底的に潰す方向で行こうかな?彼女のような女尊男卑思考の人間が国の代表候補生であると言うのは、学園に居る他の国家代表や代表候補生の評価を著しく傷つけるモノだからね……国家代表と代表候補生の間にある壁と言うモノを教えてあげようじゃないか。」

 

 

夏月は中学時代に凄まじい武勇伝を残していたようだが、『悪い奴に男も女も関係ない』と言う考えにはロランも乱も同意であり、セシリアはクラス代表決定戦では夏月とロランから可成り苛烈な攻撃をされる事が決定したようだ。

その後も雑談をしながら食事をして、夏月が楯無に『明日の放課後手合わせしてくれるか?』と言い、楯無も其れを了承し、其処から夏月がご飯を三杯お代わりして全部のおかずを平らげで『ごちそうさま』したのだが、ロランから『彼女達との女子トークがあるので先に部屋に戻っていておくれ』と言われ、女子トークの内容は気になったが、其れは聞くべきではないだろうと夏月は判断して、『そんじゃ先にシャワー使わせて貰うぜ。明日の弁当の仕込みもあるしな』とだけ言うと食堂を後にした……雑談の中で、夏月は『明日からは昼は弁当だな。楯無さんと簪の分も作るよ』と言ったのだが、ロランと乱の視線を受けてロランと乱の分も作る事にしたようだ。

そして残った女子達はと言うと……

 

 

「単刀直入に聞こう。

 タテナシさん、カンザシ、ラン、君達は夏月の事を如何思っているんだい?私は彼に好意を抱いている……そう、友情ではなく愛情の方面でね。だがしかし、私だけがその思いを抱いているとは言えないだろうと考えているんだ。

 だから聞かせて欲しい、貴女達の夏月に対する思いを!」

 

「愚問ねロランちゃん……そんなの夏月君の事が好きに決まってるじゃないの!私だけじゃなくて勿論簪ちゃんもね!私と簪ちゃんの夏月君への愛は限界突破してると言っても過言ではないわよ?」

 

「私もお姉ちゃんと同じく夏月への好意は、最上級特殊能力を発動したオベリスク状態、つまりは無限大。」

 

「アタシだって夏月の事は好きよ?勿論異性として。

 そしてこの場には居ないけど、鈴お姉ちゃんも夏月の事が好きだと思う……って言うか間違いなくLoveの方向の感情持ってると思うわ。束さんが、夏月がISを動かせるって事を世界中に暴露した時は、お姉ちゃんからめっちゃ乙女なLINEのメッセージが届いてたし。」

 

 

ロランがぶっちゃけて、楯無と簪と乱もぶっちゃけた。

この四人……否、この場に居ない鈴も含めて五人もの人間が夏月に惚れていると言うのだ――楯無は更識の仕事で何度も危ない所を助けられた事で、簪は自分の事を見てくれた事で、ロランは文通を続けている内に、乱は鈴と共に一夏だった頃に悪友として色々やっている内に異性として意識するようになったのだろう。

普通ならばここで夏月の争奪戦が起きそうなモノだが、全員が夏月に好意を寄せていると知った楯無が『乙女協定を結びましょう』と言って、『抜け駆け禁止』を決めると同時に、簪とロランと乱、そして入学が遅れている鈴を『夏月の護衛』として新たに学園長に申請する事にした。

現在の夏月の護衛は楯無だけだが、学園長から『更識君の判断で一夜君の護衛を増やしてくれても構いません』と言われていたので彼女達も護衛に加える事にしたのだ――護衛であれば休日に二人きりで出掛ける事も出来るからとの考えもあっただろう。

護衛が楯無だけであるのならば、楯無以外の生徒とは二人きりでの外出は出来ないが、夏月の護衛になってしまえば簪とロランと乱、そして鈴も夏月と二人きりでの外出が可能になるので、此の判断は簪にもロランにも乱にも大いに歓迎され、『乙女協定』は締結される事になったのだった。

 

 

そして同じ頃、秋五と箒も夕飯を摂っていたのだが、其処で秋五は箒に『久しぶりに剣道で相手をして欲しい』と言い、箒も其れを快諾していた。

ただ箒は、秋五を中学の大会で見掛けなかった事に疑問を抱いていたのだが、其れを聞いたら秋五は『一夏の葬儀が終わったら姉さんは直ぐにドイツに発ってしまって、姉さんからの仕送りだけじゃ生活が厳しかったから中学生でも出来るバイトをして剣道は止めちゃったんだ。体力が落ちないように肉体労働のバイトをしてたんだけど、勝負勘は鈍ってるだろうから、試合の前に勘だけでも取り戻しておきたいんだ。』と答え、この答えには箒だけでなく近くの生徒も驚いた。

当時中学一年生だった秋五を一人日本に残してドイツに行った千冬は中々に姉として如何かと思う部分があるのだが、其れだけでなく中学生であった秋五がバイトをしなければならないと言う家庭環境は流石に無いと思ったのだろう……秋五は聞かれた事に答えただけなのだが、其の答えは『ブリュンヒルデ』の幻想を少しばかり揺るがせるだけのモノがあったらしく、食堂に居た生徒の何割かは千冬に対しての不信感を募らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂から部屋に戻ったロランは、実に良いタイミングでシャワーを終えた夏月とエンカウントしていた。

下はジャージを穿いていたが、上はタオルを首に掛けているだけの状態で、更には濡れた髪をオールバックにしていると言う可成りの破壊力がある姿だった……適度な厚みのある胸板に、割れた腹筋、太くはないが必要な筋肉が付いている腕と足、究極の細マッチョが其処に居たのだ。

 

 

「君の肉体美には、古代ローマの彫刻も敵わないね。」

 

「ソイツは最大級の褒め言葉だぜ。」

 

 

夏月の芸術のような肉体美に賛辞を贈ると、ロランもシャワーを浴びて寝間着のパジャマに着替えて部屋に戻る。

シャワーも終えたので、あとは寝るだけなのだが……時刻はまだ午後八時四十五分なので現役高校生が就寝するにはまだ早い。寧ろ、今の高校生ならばここからが本番と言っても良いだろう。

と言う訳で、夏月は更識家から送って貰ったゲーム機の中から任天堂のスイッチを起動して、『スマブラSP』を立ち上げると、楯無と簪と乱も呼んでスマブラの大乱闘パーティを開催して大いに盛り上がった。

 

 

「そうだ夏月、クラス代表決定戦で戦う時には手加減などしないで本気で戦っておくれよ?」

 

「言われるまでもないぜロラン……真剣勝負の場で本気を出さないってのは、相手にとって無礼極まりないからな。俺の全力をもってして相手になるぜロラン。そして俺が勝つ!」

 

「そう来なくては……私も、勝つ気で行かせて貰うよ。最高の試合をしようじゃないか!」

 

 

その最中に、夏月とロランはクラス代表決定戦で互いに本気で戦う事を誓っていた――確かに真剣勝負の場で本気を出さないと言うのは、相手にとって無礼千万でしかないので本気を出す以外の選択肢はそもそも存在していないのである。

逆に言えば其れはセシリアに対しても一切の手心は加えないと言う事でもあり、セシリアは少なくとも夏月とロランには明確に負けフラグが立ったと言っても過言ではないだろう。

 

その後もスマブラパーティは盛り上がり、夏月は対戦の合間に弁当の仕込みをしていたのだが、千冬による点呼の時間になった時には、楯無は天井に張り付き、簪はクローゼットの中に隠れ、乱はベッドの下に潜り込んだのでバレる事はなかった。

千冬の点呼が終わった後は、それから暫くスマブラを楽しんだ後に、楯無と簪と乱はベランダを伝って自室に戻って行った……廊下で千冬とエンカウントしたら面倒な事になると判断したからなのだが、ベランダから二階の自室に戻った楯無は流石であるとしか言えないだろう。

フック付きのロープを二階のベランダに投擲して外壁を登って行くと言うのは彼女でなければ出来ない芸当であるのだから。暗部の長として納めた技術は、更識の仕事以外でも役に立っているようだ。

 

 

「そんじゃ電気消すぞ?お休みロラン。」

 

「お休み夏月。良い夢を。」

 

 

ともあれ此れにてIS学園の初日は終了し、夏月とロランはあっと言う間に夢の世界に旅立って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 



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Episode9『クラス代表決定戦に向けての日常』

クラス代表……ぶっちゃけ面倒クセェ!By夏月      ギルギアのソルみたいな事言わないの♪By楯無    夏月の言う事も分かるけれどねByロラン


学園生活二日目。

此の日、夏月と同室のロランは鼻孔をくすぐる香しい匂いと熱した油の弾ける音で目を覚ました――目覚めたロランは、洗面所で顔を洗って完全に覚醒すると、制服に着替えてから部屋のキッチンに。

そしてキッチンでは夏月が朝っぱらから揚げ物をしていた。ロランの眠りを起こした油の弾ける音は、夏月が揚げ物をしていた音だったと言う訳である。

 

 

「朝から精が出るね夏月。其れは私達の朝ご飯かな?」

 

「いんや、コイツは本日の弁当のメインディッシュって奴かな?丁度良い具合に揚がったから、味見してみるかロラン?」

 

 

夏月が朝っぱらから揚げ物をしていたのは本日の弁当の仕込みを行っていたからだった。

ロランが来たタイミングで丁度揚がったので、一つ味見を勧めてみる。弁当のおかずの味見が出来ると言うのも、夏月と同室であるロランの役得であると言えるだろう……ロランの女性としてのプライドが粉砕される危険性も若干存在はしているが。

 

 

「此れは唐揚げと言うモノかい?食べるのは初めてだけれど、それだけに楽しみだね。

 ……ふむ、衣はサクサクかと思ったら意外とふんわりしているモノなんだね?味付けは日本の醤油がメインなのだろうけど、衣の中身は一体何だい?

 コリコリとした食感が特徴的だけれど、此れは唐揚げに使われる鶏肉ではないよね?」

 

「その通り。この唐揚げの材料は鶏肉じゃなくて豚の直腸の肉厚な部分なんだ。」

 

「豚の直腸って食べるのかい!?初めて食べたよ!」

 

「まぁ、あんまりメジャーじゃないからなぁ?知る人ぞ知るって感じなんだけど、最近はあつかうスーパーや肉屋も少しだけどあるんだよ。んで、入学前に買っておいたのを荷物と一緒に送って貰ったって訳。

 コリコリの食感が旨いんだけど部位が部位だけに結構臭いがキツイから、先ずは牛乳で洗ってから食品用のポリ袋に入れて、其処におろしショウガとおろしニンニク、酒と醤油と一味唐辛子を加えて全体に味が馴染むように袋の上から揉んで一晩漬け込む。

 んでもって、一晩漬け込んだら袋の中に片栗粉と卵白を入れて良く馴染ませると其れが衣になるから、後は160℃位の少し低めの油でじっくり揚げれば出来上がりって訳だ。内臓肉だからしっかり火を通さないとだぜ。」

 

「成程、随分と手が込んでいるんだね。」

 

 

夏月が作っていたのは一般的な鶏の唐揚げではなく豚の直腸の唐揚げだったが、味見をしたロランには中々好評だった様である。

同時にロランは夏月の料理の腕前に驚かされたがプライドが圧し折られる事はなかったようだ。逆に言うならば、ロランも料理の腕前には夏月に負けないくらいの自信があると言うのかも知れない。

その後夏月は、衣を作る際に余った卵黄三個に全卵を三つ加えてチキンコンソメとカレー粉で味付けした卵焼きを作り、アスパラのバター醤油炒め、三種のパプリカの即席ピクルスも作って唐揚げと共に弁当箱に詰め、ご飯も詰めて行ったのだが、ご飯は只詰めるだけでなく薄く詰めた上に先ずはノリの佃煮を全体に乗せてからまた飯を薄く詰め、今度は鮭フレークを全体に散らしてからまた飯を詰め、最後は焼き明太子の解し身を振り掛けてから飯の隅に福神漬けを添えて弁当完成。

福神漬けと言えばカレーのお供と思われがちだが、元々福神漬けは『ご飯に合う七つの食材を最高の味で漬け込んだ漬け物』として作られた物なので、普通にご飯のお供にしてOKなのである。

 

 

「実に見事な手際の良さだったね?」

 

「料理は趣味だからな。」

 

 

あっと言う間に五人分の弁当を作り上げてしまった夏月の腕前は若しかしたら並の料理人を遥かに凌駕しているのかも知れないが、ともあれ無事に弁当は完成したので一つはロランに渡して一つは自分の弁当用の手提げ袋に。

残る三つは此れから楯無と簪と乱に届ける訳だが、夏月の弁当箱が他の四人の弁当箱よりも遥かに大きかったのは当然と言えば当然だろう……作った弁当は五個でも実際に作ったのは八人前だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode9

『クラス代表決定戦に向けての日常』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂での朝食は昨晩の夕食の時のメンバーに布仏姉妹を加えたメンバーで摂り、夏月はその際に楯無と簪と乱に弁当を渡していた。

朝食のメニューは夏月が『鯵の干物定食』のご飯特盛に小鉢で納豆、冷ややっこ、切り干し大根の炒め煮を追加して、楯無は『日替わりホットサンド(本日はコンビーフと卵サラダ&ツナマヨとチーズ)』で、簪は『鮭のハラス焼き定食』、ロランは『フレンチトーストとオムレツのセット』、乱は『鯖の塩焼き定食』、虚は『日替わり朝定食(本日はご飯、なめことワカメの味噌汁、メザシの一夜干し、ホウレン草のゴマ和え)』、本音は『納豆定食』だったのだが、本音は納豆に生卵、キムチ、メカブ、オクラの輪切り、とろろ芋をトッピングして良く混ぜてから大盛りのご飯にぶっ掛けて『超ネバネバ丼』を作り上げて周囲をちょっと引かせていた。

ネバネバ丼は味は良いのだが見た目が若干アレなのが困りモノである。

 

 

「朝からよく食べるね一夜君?やっぱり男の子だからかな?」

 

「鷹月さんか……いや、男だからじゃなくて俺だからだと思うぜ?

 此れ位食べないと正直午前中持たねぇんだわ。……午前中に実技の授業がある日には、此れの更に倍食べないと腹減って授業中にぶっ倒れるかもだぜマジ。」

 

「何とも燃費の悪い身体じゃない?最近流行りのSDGsに逆行してる気がする。」

 

「俺の身体の燃費が悪いからって地球に大きな影響を与えるとは思えないぜ相川さん……つか、俺の身体にSDGs適応って、其れ普通に俺に死ねって言ってるのと同じだから。」

 

 

食事中に話し掛けて来た女子に対しても夏月は普通に対応するのが見事である。

女子の園に放り込まれたら少しばかり委縮してしまいそうなモノだが、夏月の場合は更識家で過ごしている際に楯無から結構距離の近いスキンシップを何度も経験していたので女子との会話程度では緊張しないのだ。

 

夏月達が賑やかで和やかな朝食を摂っている頃、秋五も箒と共に朝食を摂っており、秋五も夏月同様クラスメイトから話し掛けられていたのだが、其処に上級生が現れて秋五を品定めするかのように見やった後で、『私がコーチしてあげようか?』と可成りの上から目線で言って来たのだが、秋五はそれに対し『折角の好意を申し訳ありませんが必要ありません。僕は先ずは勝負勘を取り戻す事が先決ですので、彼女に其れを頼んでありますから。』と箒との訓練がある事を言って断った。

それに対し上級生は、『その子、ISは素人なんじゃないの?』と言って来たのだが、箒は目付きを鋭くすると『私は篠ノ之束の妹ですが?』と言って強制的に黙らせたのだった……箒としては束の名を出すのは憚られたのだが、こう言った面倒な輩を黙らせるには『篠ノ之束』の雷名を使うのが最も手っ取り早いと言う事も理解しており、必要であれば不本意ながらも束の名を出す事も辞さなかったのだ……其れをやった日には、束の顔写真を神棚に置いて束の好物である『イチゴ生大福』を供えて謝り倒しているのだが。

 

其れは其れとして、上級生も『篠ノ之束』の名を出されては其れ以上は何も言えず、大人しく退散するしかなかった……大凡、秋五に適当な訓練を行って、クラス代表決定戦でそこそこの成績を収めさせて己の手柄にしようとしたのだろうが、その目論見は見事に霧散した訳だ。

一方で夏月の方にそう言った輩が来なかったのは楯無とロランの存在が大きかったと言えるだろう……国家代表である楯無をロランと一緒に居る夏月に対して『コーチしてあげようか?』等と言うのは無知蒙昧極まりないのだから。

加えて夏月はその存在をギリギリまで秘匿されていたが、ISを起動したのは二年前であり、ISを起動したその日から此の上ない厳しいトレーニングを積み重、ISの稼働時間は並の代表候補生を余裕で上回る四千時間オーバーなのだから、そんな夏月に対してそもそも一般生徒がコーチなど到底務められる筈がないのである。

 

 

「納豆おかわりなのだ~~!!」

 

「俺が言えた義理じゃないが、朝っぱらから食欲全開だなのほほんさん。」

 

 

ともあれ朝食は平和だったのだが、その和やかな食堂に千冬が現れ、『何をのんびり食べている!遅刻者は校庭十周だ!』と言って来た事で平和な空気は一気に霧散して食堂に居た生徒達は朝ご飯をかき込むように食べる羽目になったのだった。

遅刻は確かに良くないが、其れに対する罰則を持ってして生徒の食事時間を短縮すると言うのは教師として如何なモノであるのか……千冬は完全に『生徒は教師の言う事に従うべきである』と言う間違った教育理念に染まっていると言っても過言ではないだろう。そうでなかったら、この様な『問答無用』な一方的な事が口から出て来る事はないのだから。

そんな千冬に夏月は『何処の暴君だお前は?北の将軍様かよ。』との思いを抱き、秋五も『姉さん、其れじゃ唯の独裁者だよ』との思いを抱いていた……秋五は秋五で千冬に対して思うところがあるみたいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで一人の遅刻者を出す事もなく全員がクラスに集まり、一時限目前のSHRが始まったのだが――

 

 

「そうだ織斑、お前には政府から専用機が支給される事になった。」

 

「僕に専用機?あぁ、僕のデータ採りの為か……」

 

 

其処で千冬は特大級の爆弾を落としてくれた。

専用機と言うのは国家代表候補生以上のIS操縦者にのみ与えられるモノであり、IS操縦者にとっては可成りのステータスとなるモノなのだが、其れがIS関連では何の実績もない秋五に支給されると言うのは通常では有り得ない事なのだ。

しかし、秋五が『現状では世界で二人しか存在しないISの男性操縦者』だと言うのであれば、其れは話は別だ。

世界に二人しか存在しない男性のIS操縦者のデータは其れこそ各国が喉から手が出るほど欲しい代物であり、だからこそ日本政府は其のデータを独占し、あわよくば外交の切り札にしようと秋五に専用機を用意したのである。

秋五も自分に専用機が用意された理由は直ぐに理解したらしい。

 

 

「専用機が与えられると聞いて安心しましたわ……此れで漸く私と貴方は使用機体の面では対等になったと言えるのですから――時に、一夜さんの専用機は用意されていませんの?」

 

「俺は、もう既に専用機を持ってるぜオルコット……其れも束さんが直々に開発した真の意味での俺の専用機がな。

 つか、専用機を持ってる程度で粋がらない方が良いと思うぜオルコット?その程度で粋がってたら、お前のお里が知れるってモンだ……尤も、英国淑女の貴族様ってのは平民を見下さねぇとテメェのプライドを保てないのかも知れないけどな。」

 

 

秋五に専用機が用意されていると言う事を聞いたセシリアはこれまた意気揚々と自分の方が上だと言う事をアピールして来たが、話を振られた夏月が其れをバッサリと一刀両断した上でセシリアを煽る!煽り倒す!

 

 

「貴方……私を馬鹿にしていますの?」

 

「そんな心算はなかったんだが、アンタには馬鹿にされたと映ったのか……だったら悪い事をした、謝るよ。」

 

「何処までも腹立たしい物言いを……少し躾けて差し上げますわ!インターセプター!」

 

 

『謝るよ』と言いつつも、夏月はセシリアを手招きして煽る。超ベジットが悟飯吸収の魔人ブウ(悪)を煽った如くだ……煽られまくったセシリアは専用機である『ブルー・ティアーズ』を部分展開して、近距離戦闘用のコンバットナイフ『インターセプタ―』を手にして夏月に襲い掛かって来た。

まさかの事態に山田先生はセシリアを止めようと動いたのだが――

 

 

「見切ったぁ!!」

 

 

其れよりも先に夏月はナイフを白羽取りし、更にセシリアにカウンターの横蹴りをブチかまして教室の端っこまで蹴り飛ばす!!

この強烈な横蹴りを喰らったセシリアは蹴りのダメージと壁への激突の衝撃で気絶し、白目を剥いて頭の上には格闘ゲームの気絶状態を示すが如くに無数のヒヨコが仲良くサークルダンスをしている様だった。

 

 

「完全に伸びちまいましたけど、コイツ如何します織斑先生?あと、先に手を出したのはオルコットですから此れって正当防衛ですよね?」

 

「まぁ、正当防衛は成り立つだろう。オルコットは武器を持っていた訳だしな。

 取り敢えずオルコットは廊下にでも捨てておけ一夜。目が覚めれば勝手に戻って来るだろうからな……あの手の馬鹿は正直手に負えん。何故、私のクラスには問題児が集められるのだろうな?」

 

「(そりゃアンタが問題児だから、同類項に纏められてんだろ。山田先生は副担任兼アイツの調査役だったりしてな。)」

 

「(正当防衛以前にオルコットさんがナイフを出した時点で、其れこそ出席簿アタック案件だろ姉さん……出席簿アタック発動の基準がバグってない?)」

 

「(もしも夏月が刺されていたら大問題になっていたと言うのに全く動こうとしないとは……マヤ先生は止めようと動いたと言うのにね?彼女は本当にISバトルで世界の頂点に立った実力者なのか甚だ疑問だね。)」

 

 

夏月がセシリアを無傷で返り討ちにした事で大事にはならなかったが、セシリアが専用機を部分展開しただけでなく、ナイフを取り出して夏月に襲い掛かったのに何も行動を起こさなかった千冬に対して、一組の生徒の多くが不信感を抱いたようだった。

生徒によっては『織斑先生は実は女尊男卑思考の持ち主で、だから男子である一夜君が襲われても何もしなかった』とすら思っているかも知れないだろう――山田先生もそんな千冬に少し鋭い視線を向けながらタブレットにペンタブを走らせて何かをメモしている様だった。

 

ともあれSHRは終わり一時限目の授業になる訳だが、廊下に放り出されたセシリアはSHR終了までに目を覚まさなかったので、千冬にアイアンクローで吊り上げられた状態で席に戻され、出席簿アタックによって強制的に覚醒させられていた。

明らかに問題になる暴力行為ではあるのだが、セシリアはクラス代表を決める際に盛大にやらかして一組の生徒全員を敵に回してしまった状態だったので誰も何も言わなかった。あのフレンドリーな本音が『あのイギリスのチョココロネマジムカつく~~~!』と言うのだから相当な嫌われ振りだと言えるだろう。

その後の一時限目の授業は平和に終わった。

本日の一時限目は『社会』であり、担当教師が『そう言えば中学校の時に三権分立って習ったと思うけど、三権分立の三権とは何か覚えてるかな?』と、少し授業を脱線して問いかけ、夏月が『波動拳、昇龍拳、覇王翔哮拳』と答えてボケ倒す場面はあったモノの、予想外のボケ倒しは割とウケたのだが、『そんじゃ正答を頼むぞ織斑』と秋五にまさかのキラーパスを出し、そのキラーパスを受けた秋五もまた『残像拳、太陽拳、界王拳』とボケ倒しの連鎖を行い一組のクラス内は拍手喝采、大喝采だった。担当教師もまさかのボケ倒しの連鎖に『認めるしかなかろう、結果を示されてはな』と若干意味不明な事を言っていた。

 

 

「一夜、お前が姉さんお手製の専用機を持っていると言うのは本当か?」

 

 

一時限目の授業が終わり、二時限目との合間の休み時間に箒は夏月に声を掛けて来た――夏月が言った『束さん製の専用機を持っている』と言うのは聞き捨てならない事だったのだろう。

 

 

「篠ノ之か……あぁ、本当だ。

 詳細は省くが、俺は訳あって更識の家で暮らしてたんだが、ある日あの人が更識の家に地下を掘り進んで和室の畳フッ飛ばして現れて、俺に『君は男性だけど何故かISを動かせる事が判明しました~~!はい、拍手~~!!』とか言って現れてな。

 何言ってやがんだと思ったが、束さんが持って来てた待機状態のISに触れたらマジで起動しちまってな……そんでもって其れからは楯無さんや簪にコーチして貰ってISの訓練の日々だった。

 その訓練の中で束さんは俺のパーソナルデータを収集して本当の意味での俺の専用機を作り上げたって訳だ。」

 

 

その箒に対して夏月は更識家での生活を適当にボカシながら話した。

嘘は言っていないが、表沙汰になると面倒な部分はボカシながらも不審に思われないように話すと言うのは見事なスキルだが、此れは更識家で過ごしていたからこそ身に付いたスキルだと言えるだろう。

『裏世界』にも精通している更識家の人間であればこうした話術も必要になってくるのだ。

 

 

「そうか……と言う事はお前は姉さんと会っていたと言う事になるだが、あの人は如何だった?元気でやっていただろうか?」

 

「束さんは何時も元気一杯だったぜ?そして、何時も妹であるお前の事を心配してたよ……」

 

「そうか……息災であるのならば安心した。」

 

「尤も、お前の事は常にモニタリングして、其れこそバスタイムですらリアルタイムで覗いてたみたいだけどな……ぶっちゃけて言うと、恐らくお前の最新パーソナルデータは束さんに駄々漏れだわ。」

 

「其れはストーカーではないか!!」

 

「俺もそう思ったから、『シスコンを拗らせてんじゃねぇ、このクソ兎!』って言って本気でブッ飛ばした事があるんだが、殆どダメージ受けずに復活したからな束さんはよ。

 本気で固めた俺の拳は鋼鉄ですら変形させるから、生身で喰らったら顔面陥没は確実なんだが、束さんは鼻血垂らしても余裕だったからな?……篠ノ之、お前の姉貴、実は宇宙人だったりしねぇよな?」

 

「実は姉さんは宇宙人が母さんをアブダクションして人工的に妊娠させた末に誕生した宇宙人と地球人のハーフだと言われても否定出来んのが悲しいな……宇宙人と地球人のハイブリットはトンデモなく強いらしいからな。」

 

 

箒は夏月が束と知り合いだった事以上に、行方知れずになった束の安否が気になったらしく、夏月から息災である事を聞くとホッと胸を撫で下ろした……自分の事を常にモニタリングしていると言う事には若干引き気味だったが。

束が世界的に指名手配され事で、篠ノ之家は『要人保護プログラム』に組み込まれ、箒もその影響で小学四年から転校を繰り返していたのだが、束を恨む事はなくその安否を気にしていたのだ――家族が離れ離れになった原因を作ったとは言え、自分の事を妹として可愛がってくれた束の事を嫌いになるなんて事は箒は出来なかったのである。

 

 

「だが、息災であると言うのを聞いて安心した……一夜、もし良ければ姉さんの連絡先を教えてくれないか?

 私のスマホに登録されてる連絡先では連絡を取る事が出来んのだ……メールアドレスも電話番号も変えてしまったらしくてな。」

 

「良いぜ……ってか、電話番号とメールアドレスを変更した事位は伝えとけよ束さん……」

 

 

取り敢えず夏月は箒に最新の束の連絡先を教えてターンエンド。

束が箒の事を気にしていたのと同じ位、箒も束の事を気にしていたのだ……離れ離れになっていても姉妹愛と言うモノは早々途切れてしまうモノではないのだろう。

其れを言うのであれば、一年と経たずに切れてしまった一夏と千冬の姉弟愛は所詮その程度のモノだったのだろう――千冬に織斑計画の記憶があったかは定かではないが、少なくとも秋五を優先して一夏を蔑ろにしていたのは間違いないのだからそもそも千冬と一夏の間に姉弟愛などなかったのかも知れないが。

其れは其れとして、束との連絡手段を手に入れた箒は夏月に対して何度も礼を言って席に戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業は其れから恙無く進んで昼休みになり、昼休みでは夏月と更識姉妹、ロラン、乱、布仏姉妹が屋上でランチタイムとなり、更識姉妹とロランと乱の『夏月特製弁当』には、その弁当を受け取った全員があまりの旨さに言葉をなくしていた。

メインディッシュである『豚の直腸の唐揚げ』は言うに及ばず、その他のおかずも絶品限界突破だったのだ……楯無が、扇子に『天晴』と表示したのも決して誇張評価ではないだろう。更識家は旧家であり名家であり、楯無と簪は所謂『お嬢様』でもあるので、幼い頃から社交場に出る事も少なくなく割と舌が肥えているので、誇張評価だけは有り得ないのである。

 

 

「アンタ、相変わらず女子のプライド滅殺するような料理作るわね?アタシも大分料理の腕上達したと思ったけど、アンタと比べたらマダマダじゃないのよ!!此の唐揚げとか普通に店で出せるレベルじゃない!

 料理も完璧なイケメンとか、スペック高過ぎでしょアンタ!世のモテない男子にお詫びして謝罪しなさい!!」

 

「褒められてるんだろうけど、その要求は若干理不尽な気がするのは俺だけなのかねぇ……つか、店で出せるって流石にプロの料理人には劣るだろ?」

 

「其れがそうでもないのよねぇ……ウチの料理長が『一夜君には是非とも将来更識の台所を任せたい』って言ってた位だし。夏月の料理の腕前はプロが認めるレベルなのよ。」

 

「其れはまた凄い話だねぇ?」

 

「もっと言うなら、夏月は中学生の時に厨房で賄いを振る舞ってウチの料理人達を驚かせた実績がある。」

 

「家に専属の料理人が居るとか、会長さんと簪ってガチのお嬢様なのね……」

 

「性格的には大凡『お嬢様』とは掛け離れているとは思いますが……まぁ、ワガママでヒステリーなお嬢様よりはずっと素敵な訳ですけれども。」

 

「お姉ちゃん、サラッとイギリスコロネディスってる~~?」

 

 

夏月の料理の腕前に乱が若干理不尽な事を言っていたが、ランチタイムは賑やかで楽しいモノとなっているみたいだ。

同じ頃、秋五は秋五で箒をランチに誘い、箒が雑談をしていた『四十院神楽』、『矢竹さやか』にも『一緒に如何だ?』と誘って食堂でランチタイムとなり、此方も楽しいランチタイムを過ごしているのだった。

 

 

「時に夏月、君は部活は何をやるか予定はあるのかい?」

 

「部活か……中学の頃は空手部だったけど如何するかなぁ?織斑と同じ部活でない限りは俺以外の部員は全員女子だから、運動系の部活だと真面な練習が出来ないっぽいよなぁ。」

 

 

此処でロランが夏月に部活の話題を振って来た。

IS学園にも勿論部活動は存在しており、部活によってはインターハイに出場する位の実力を持っているのだが、運動系の部活動だと他の部員は女子だけになってしまうので夏月は悩んでいたのだ。

取り敢えずチームスポーツは絶対にないとして、個人競技であっても男子と女子では体格も力も差があるので普段の練習も中々厳しいモノになるのは間違いない。

其れを考えると、運動系の部活を選ぶのは憚られたのだ。

 

 

「いっその事高校では文化部ってのも良いかもな?料理研究部とか、趣味も出来て一石二鳥だし。」

 

「其れだけは止めておいた方が良いんじゃない?アンタが入部したら他の部員がプライド粉砕されて退部者続出で廃部になる未来しか見えないから……もっと別の文化部にする事をお勧めするわ。」

 

「其れは確かに乱の言う通りかもしれない。

 だったら夏月、私は新たに『e-スポーツ部』を作ろうと思ってるんだけど、其処に入ってくれないかな?新たな部活を作るには最低でも五人の部員と顧問の先生が必要になるから。」

 

 

ならばいっその事高校では文化部に入ろうかと思っていた所で、簪から『新しい部活を作りたいからその部員になって欲しい』とのお誘いが。簪は中学時代に在籍して居た『ゲーム研究部』の発展形をIS学園でも作ろうと考えているみたいだ。

 

 

「e-スポーツ部……其れも良いかもな?

 ゲームの腕前、特に格ゲーならウメハラさんにだって勝てるんじゃねぇかと思ってるからな……PSPのストZERO3⤴⤴(ダブルアッパーズ)のワールドツアーで育てた俺のXザンギは最強だ。

 ゼロカウンターと空中ガードのスキルでXの弱点である防御面を補いつつ、オリジナルコンボのスキルで攻撃力の高いオリコンが使える上にスーパーコンボゲージが自動で回復するようになってる、ゼロコンボのスキルで通常技がチェーンコンボになって、ワールドツアークリアのリミットオフで能力値が限界突破してるからな?

 スクリュー一発がスーパーコンボ並みの威力で、ファイナルに至っては満タンから八割持ってく鬼威力になってるからな。

 格ゲー界に旋風を巻き起こすってのも良いかもだ。有難く創設メンバーにならせて貰うぜ簪。」

 

「e-スポーツとはテレビゲームだけでなく、遊戯王のようなカードゲームもアリなのだよね?ならば私もその部の創設メンバーとして名乗りを上げさせて貰おうかな?

 テレビゲームは得意ではないけれど、カードゲームならば得意だからね。」

 

「かんちゃん新しい部活作るの?なら私もその部活に入るのだ~~!!」

 

「簪ちゃんが新しい部活を……ならば、姉である此の私が在籍しないと言う選択肢はないわ!」

 

「其れ面白そうね?アタシも一枚噛ませてくれるかしら?」

 

 

その誘いに対して夏月が乗っただけでなく、ロランと本音と楯無と乱も乗って、あっと言う間に新部活創設の為の条件の一つである『部員五人』を確保する事に。

となれば残るは顧問の先生なのだが、此れは楯無の提案で山田先生に頼む事になった――と言うのも、山田先生は生徒の自主性を尊重し、生徒がやりたいと言った事は相当に危険なモノでない限りはやらせる方向の教育理念の持ち主だったからだ。

更に楯無は山田先生がスマホゲームの『ウマ娘プリティダービー』に嵌っている事も掴んでいたので、e-スポーツ部の顧問を断らないと言う確信があったのだろう。

そして実際にランチ後に山田先生に『e-スポーツ部』の顧問を依頼しに行ったら、山田先生は『e-スポーツは今や世界規模になっていますからね……マダマダ新ジャンルではありますが、敢えてその道の部活を作る向上心は素晴らしいと思います』と、アッサリ顧問を引き受けてくれたので本日中には学園長宛てに『新部活の設立申請書』が提出される事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業も平和に終わって放課後。

夏月と楯無は昨日約束した手合わせをすべく、夏月は袖の無い青紫の空手着に、楯無は上は黒、下は赤の袴に着替えて道場にやって来たのだが、道場では秋五と箒の剣道の試合が既に始まっていて多くのギャラリーが詰めかけていた。

箒は鋭い打ち込みを行っているが、秋五は其れを全て的確に防ぎ、捌きクリーンヒットを許さない……中学で全国制覇を成し遂げた箒の剣を完璧にガードしていると言うのは凄いとしか言いようがないだろう。

 

 

「(こりゃ、確かに大分鈍ってるな。)」

 

 

だが、夏月にはこの試合で秋五が大分弱体化している事が分かった。

六年前に箒が転校するまで、秋五は一度たりとも箒に負けた事はなく、それどころか箒にただの一度も打ち込ませる事はなかったのだが、今は防戦一方――全国制覇を成し遂げた箒の剣を捌き切って居るのだからその腕前は並の実力者よりは遥かに上なのだが、其れでも六年前より弱体化しているのは間違いないだろう。

一夏の葬儀の後で剣道を辞めてしまった秋五と、己の剣を磨き続けて来た箒では其の実力に差が出るのはある意味当然なのかもしれないが。

 

終始防戦一方の秋五だったが、試合開始から四分が経過したころからその動きに変化が現れた……此れまでは箒の攻撃を防ぎ捌くのが精一杯だったのが、少しずつ反撃をし始めたのだ。

その結果、剣道の試合では大凡見る事はないであろうチャンバラ対決が繰り広げられ……

 

 

「面!!」

 

「胴!!」

 

 

最後は秋五の面と、箒の逆胴が同時に炸裂したのだが、ブランクがあった分だけ秋五の一撃が僅かに遅れ、箒の逆胴の方が先に突き刺さって箒に一本が入ったのだった。

 

 

「負けちゃったか……此れは自分でも思っていた以上に鈍ってるみたいだ――だけど、今の箒との試合で勝負勘は大分取り戻せた。試合の日まで、同じ事を頼んでも良いかな?」

 

「この短時間である程度の勝負勘を取り戻してしまうお前も大概だが……その申し出を断る理由はない。私で良ければ何時でも相手になるぞ秋五。」

 

「ありがとう箒。」

 

 

この手合わせは箒に軍配が上がったが、秋五も僅か五分の試合で大凡の勝負勘を取り戻したのだからトンデモないだろう――或は此れも織斑計画によって生み出された故のモノなのかも知れないが。

そして、秋五と箒の手合わせが終わった後で、今度は夏月と楯無が道場に入り、互いに礼をした後に構えを取る。

秋五と箒の試合も注目されていたのだが、夏月と楯無の試合は『世界初の男性IS操縦者』と『学園最強の生徒会長』との事でより注目されて更にギャラリーが集まっていた――情報をリークしたのは新聞部だが。

 

 

「「…………」」

 

 

楯無はスタンスを大きめに取って両手を腰の辺り置いた古武術の構えなのに対し、夏月はスタンスを大きく取って右腕を足側に、左腕を頭上に掲げる独特の構えである『天地上下の構え』を取る。

そのまま互いに睨み合う『気組み』が行われたのだが、先に動いたのは夏月だった。

一足飛びから渾身のハンマーパンチを繰り出したが、楯無は其れを避けると夏月の攻撃の勢いを利用して、殆ど手を触れずに投げ飛ばす合気投げで放り投げたのだが、夏月は空中で受け身を取って着地すると鋭い飛び蹴りで楯無を強襲し、其処から目にも止まらぬ連続突きを放ち、しかし楯無は其れを全て的確に捌いてクリーンヒットを許さない。

互いに手の内を知っているからこその決定打を欠いた泥仕合なのだが、その試合内容はハンパなくレベルが高いと言っても誰も文句は言わないであろう。

 

 

「行くぜ!疾風迅雷脚!!」

 

「行くわよ……デッドリーレェェェブ!!」

 

 

最後は夏月の超速連続蹴りと楯無の乱舞技がかち合い、その結果は互いに戦闘不能になってのダブルKOと言う壮絶な幕切れであった――だが、この試合は夏月の実力がドレほどであるのかを示すには良い機会であったと言えるだろう。

IS学園の生徒会長は『学園最強』の証でもあり、楯無は去年模擬戦で千冬と引き分けているので名実共に学園最強なのだが、その学園最強の生徒会長である楯無とダブルKOの凄まじい試合を演じて見せた夏月の実力は相当なモノであると言っても過言ではあるまい。

 

そして、ダブルKOから復帰した楯無は、秋五に『此れから一週間、アナタが訓練機を優先的に使用出来るようにして、アリーナを使えるようにしてあげるわ』との爆弾を投下してくれたのだが、其れは秋五にとっては有り難い事だったので、その好意に甘える事にした。

序に楯無が『私がコーチしてあげるわ♪』と申し出て、秋五は其れを受け入れていた……楯無は楯無で、夏月の過去は知っていても、秋五のような才能に溢れる人物を腐らせる事は出来ないと考えたのだろう。

 

 

「そう言う事でしたら、宜しくお願いします会長さん!」

 

「ふふ、素直な子は好きよ?……だけど、私のトレーニングはとっても厳しいから、精々途中で地獄行きにならない様にね?」

 

 

こうして翌日から秋五は楯無に鍛えられる事になり、その結果として訓練終了後は口から魂が抜けて身体からアディオス仕掛けていたのだが、其れは箒が何とか魂を秋五の身体に留まらせて昇天するのを防いでいた。

 

 

「オルコット……試合の日までに、せめてテメェの短所を克服するか、長所を伸ばす事だけはしとけよ?そうじゃなかったら、俺とロランには瞬殺されて終いだぜ?」

 

「ご忠告痛み至りますわ一夜さん……ですが勝つのは私ですわ!下賤な男風情が私に勝てるとは思いません事ですわよ!」

 

「俺に言われても何の効果も無しか……良いぜ、テメェがその心算なら俺はテメェのその高慢ちきな下らねぇプライドをぶっ壊すだけだからな……予言するぜオルコット、お前は見下していた野郎に決定的な敗北を刻まれるってな!!」

 

「ならばその予言は外れますわね!」

 

 

その訓練を見に来ていたセシリアに対し、夏月は一応の忠告はしておいたがセシリアはあくまでも勝つのは自分だと信じて疑わず傲慢な態度を改める様子は微塵もなかった。

故に夏月も一切の迷いなくセシリアの事を叩き潰せるのであるが……少なくとも夏月とセシリアの試合は普通の試合では終わらないだろう。

 

因みに秋五が楯無に鍛えて貰っている間も夏月とロランは勿論トレーニングをしていたが、お互いの手の内を曝さないようにISのトレーニングは別々に行っていた。

しかしセシリアの試合の映像は一緒に見てセシリアの攻撃のパターン、得意分野、不得手分野、弱点その他諸々を徹底的に洗い出して、セシリアが自分達に勝つ可能性を徹底的に潰して行った。

最悪の場合、セシリアは夏月とロランに対しては全く何も出来ずにパーフェクト負けを喫してしまう可能性すらあるだろう。

 

そして其れからあっと言う間に時は経ち――

 

 

「楯無さん、織斑の仕上がり具合はどうですか?」

 

「そうね、取り敢えずセシリアちゃんには負けない程度には仕上げたけれど……まさかこの短期間であそこまで伸びるとは思わなかったわ。天才って言われるのにも納得よ。

 尤も、何度かお花畑を見ちゃったみたいだけど♪」

 

 

クラス代表決定戦当日。

楯無の厳しい訓練によって秋五はセシリアとは互角に戦えるレベルにまではなったようだ――天才、より正確に言うのであれば織斑計画の成功体の持つ学習能力の高さ故の事ではあるだろう。勿論、秋五が楯無の厳しい訓練を途中で投げ出さなかった事も大きいが。

 

 

「本気で死に掛けましたよ会長さん……おかげで、ISの操縦にはだいぶ慣れましたけど。」

 

「お疲れ織斑……でだ、お前が仕上がったのは良いとして、お前の専用機まだ届かねぇのか?」

 

「試合には間に合わせるって事だったんだけど、まだ来てないみたいだね……」

 

 

時は既に放課後で、アリーナでは夏月、秋五、ロラン、セシリアの四人による総当たりのリーグ戦が始まろうとしていたのだが此処で少しばかりのトラブルが発生――本来ならばとっくに搬入されていた筈の秋五の専用機が未だにIS学園に届いていなかったのだ。

まさかの事態発生!クラス代表決定戦は一体如何なってしまうのか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode10『開幕!クラス代表決定戦!~夏月の刃~』

取り敢えず10話まで来たぜ!By夏月      10話なんて生温いわ!当面の目標は100話よ!By楯無    100話が最低ラインか……道は遠いねByロラン


クラス代表決定戦当日、初戦は秋五vsセシリアの試合なのだが試合開始十分前になっても秋五の専用機は未だ学園に搬入されていなかった――開発中に何かしらのトラブルが発生したのか、はたまた搬入業者が陸路で渋滞に巻き込まれたのかは分からないが、試合開始十分前になっても専用機が届いてないと言うのは大問題としか言えないだろう。

 

 

「織斑君、来ましたよ貴方の専用機が!」

 

「待っていましたよ山田先生!」

 

 

だが、試合開始五分前になって秋五の専用機が学園に搬入され、直ぐに最適化が開始されたのだが、其れでも試合開始には間に合わないのは火を見るよりも明らかだ――最適化の後の一次移行には三十分ほどの時間を要するのだから。

 

 

「こりゃ試合には間に合わねぇよな……山田先生、試合順を変えて先ずは俺とロランの試合を先にやる事にしませんか?ロランには事情を話して、二十分の試合時間を略フルに使って試合をするようにしますから。」

 

「何を勝手な事を言っている一夜。試合順は既に決まっている。織斑には一次移行までは初期設定のままでオルコットと試合をさせる。」

 

 

其れを考えた夏月は試合順の変更を申し出たのだが、千冬は其れを認めないと言って来た……恐らくは第一試合を秋五のデビュー戦にする事で、秋五を注目の的にしようとしたのだろう。――そして、同時に秋五の有能さを示して、秋五を育てたのは自分だと言う愉悦に浸りたかったのかも知れない。

 

 

「其れ、本気で言ってんですか織斑先生?

 初期設定のままISを動かして、ましてISバトルと行うってのがドレだけ危険なモノか、曲りなりともISバトルで頂点を極めた織斑先生が分からない筈ないですよね?

 一次移行してない初期設定のままだと絶対防御を始めとした操縦者保護機能の大半が機能しないだけじゃなく、機体の反応速度も鈍くて操縦者の思ったように動かせないんですよ?

 そんな状態で試合をして織斑が大怪我を……其れも脊髄損傷みたいなその後の生活に大きく支障の出る怪我をしたら如何する心算なんです?織斑は、もう貴女の弟ってだけじゃなくて、現状では世界に二人しかいない男性IS操縦者なんです。其れが半身不随にでもなったら、其れはもう貴女だけの責任じゃなく、IS学園其の物に責任追及の手が及ぶのは分かるでしょう?

 其れだけのリスクを冒してもまだ初期設定の機体で織斑に試合をさせる心算ですか?……織斑の今後の人生を潰しても構わないってんなら俺は此れ以上何も言いませんが?」

 

「織斑先生、私も一夜君の意見に賛成です。織斑君の安全を考えれば彼の言う通りにすべきだと思います。」

 

「そうね。

 先ずは夏月君とロランちゃんが試合をして、その後で夏月君とオルコットちゃん、後は織斑君とオルコットちゃん、織斑君とロランちゃん、ロランちゃんとオルコットちゃん、最後に夏月君と織斑君が戦うようにすれば全員が公平に二連戦を経験する事にもなるので、其れが良いのではないでしょうか?」

 

 

だがその千冬の意見も、夏月、山田先生、楯無が正論三連コンボで反撃し、千冬を黙らせる。

真っ当な正論だっただけでなく、夏月に『弟の人生を潰す覚悟はあるのか?』と言われたのが効いたようだ。……其れ以前に、秋五が夏月の言ったような大怪我をしたら自分の責任だけでは済まないと言う事に気付いて居ないと言うのは致命的だが、或は『秋五ならば初期設定でも十分戦える』と、根拠のない自信があったのかも知れない。

何れにしても真正面から正論を叩き付けられては千冬としてももう何も言えないので、秋五の機体が一次移行するまで待つ事に。

 

 

「それじゃあ、私は放送室に行って試合順が変更になった事をアリーナに伝えておきますね?山田先生はロランちゃんとオルコットちゃんに伝えて頂けますか?」

 

「分かりました更識さん。」

 

 

こうして一年一組のクラス代表決定戦は、急遽試合順が変更され、本来第二試合だった夏月対ロランの試合が第一試合として行われる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode10

『開幕!クラス代表決定戦!~夏月の刃~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が行われるアリーナは一年一組の生徒だけでなく他のクラスの生徒や上級生までもが観戦に訪れて超満員札止めの満員御礼状態となっていた。

世界に二人しか居ない男性IS操縦者が試合をすると言うのが話題になっただけでなく、オランダの国家代表も試合に参加すると言うのも話題になっていた――と言うのも、ロランは現在『史上最年少で国家代表になったIS操縦者』だからだろう。

楯無も十五歳になったその時に日本の国家代表になり当時の最年少記録を更新したのだが、ロランは『十四歳と三カ月』でオランダの国家代表に就任し、楯無の最年少記録を大幅に更新していたのである。

『天才』楯無の記録を更新したロランが試合をすると言うのであれば其れは注目されて然りだろう。

 

 

「スコール叔母さんが養子にしたガキの試合が最初になったか……叔母さんは可成り評価してたが、さて実際の所はどんなモンだろうな?

 お前は如何思うよグリフィン?」

 

「期待外れって事はないと思うよダリル。だって、私達が全く勝てないタテナシが直々に鍛えたって話だし……若しかしたら、私達よりも強かったりするかもよ?」

 

「ほう?ソイツはますます楽しみだぜ!」

 

「一夜夏月さん、織斑秋五さん……男性でありながらISを起動した稀有な存在――特に一夜さんは三年前にISを動かしてその間訓練もしていたとの事ですので、其の実力が如何程か見させて頂きます。」

 

「ファニール、先ずは夏月お兄ちゃんの試合からだって!ワクワクして来たね!」

 

「あ~~、確かにそうね……てか、あの二人の事をお兄ちゃんって呼ぶの辞めなさいよオニール?変な誤解を生みそうだし、最悪の場合はあの二人がロリコンの変態疑惑を持たれかねないわよ?」

 

「お兄ちゃんはお兄ちゃんなのに?」

 

「ダメだこりゃ。問題の根本を理解してねぇわ此の子。」

 

「カナダで大人気の双子のアイドルの片割れは夏月と秋五に兄を見ていた……此れだけでも週刊誌にリークしたら情報料で一儲け出来そうな気がするわマジで。」

 

 

観客席でも此れからの試合には期待が高まっており、今か今かと試合開始を待っている状態である。

そして、第一試合を始めるアナウンスがアリーナに響いたのだが、試合を行う夏月もロランも夫々のピットからカタパルトで出撃せずにアリーナの入り口からISスーツを纏った状態で現れた。

束製の機体を持っている夏月と更識姉妹、ロランと鈴と乱だが、ISスーツも束お手製の特別仕様となっており、水着のようなデザインの一般的なISスーツとは異なっており、トップスは袖なしのノースリーブ、ボトムズは足首までのロングスパッツで脛までのミドルブーツと肘下までのロングオープンフィンガーグローブと言うデザインになっているのだ。

男性用と女性用の違いは、男性用はタンクトップの様に襟口が大きく開いているのに対し、女性用はハイネックとなっている点だろう……此れは女性用もタンクトップタイプにすると胸元がオープン過ぎて流石にヤバいと束が判断したからだ。

微乳の鈴、貧乳の乱、並乳の簪ならばまぁ破壊力は精々カース・オブ・ドラゴン程度なのだが、バストサイズが87cmのDである楯無とロランの場合はオープン胸元の破壊力が青眼の白龍レベルになってしまい、襟口から見える谷間もヤバいと言う事でハイネックにしたと言う背景があったりするのである。

 

 

「マッタク、試合開始五分前に搬入されるとは、織斑君の専用機を開発していた企業は一体如何なっているんだろうね?学園への搬入が遅延するのであれば其の旨を学園に通達して来るのが当然の事だと思うのだけれど……」

 

「大方、男性用のISを作るって事で色々やり過ぎた結果搬入期限ギリギリになっちまったって所だろうな……逆に言えば、其処まで作り込まれた織斑の専用機は束さんが作ったのに匹敵する性能になってるのかも知れないぜ。匹敵するだけで越える事はないだろうけど。」

 

「成程、確かにその可能性は否定出来ないな。

 だが、彼の専用機の搬入が遅れたおかげで、私はIS学園でのデビュー戦を初戦で、そして他でもない君との試合で迎える事が出来たのだから織斑君の専用機を造っていた企業には感謝すべきかも知れないな?

 こうして君と戦える幸運に、私は神に感謝してもし切れないと同時に、乙女座の私は矢張り運命を感じずにはいられないよ夏月。」

 

「そうかい……なら、最高の試合をしようぜロラン?但し、二十分の試合時間のうち、最初の十分間はウォーミングアップになっちまうのが残念だけどな。」

 

「織斑君の機体が一次移行するまでの時間を稼がなければならないから其れは仕方ないさ……だが、最初の十分が経過した後は私も本気で行かせて貰う。だから君も本気を出してくれよ夏月?」

 

「言われなくてもその心算だぜ。……そんじゃ、始めるか!来い、黒雷!」

 

「あぁ、始めようか!出番だよ銀雷!」

 

 

ISスーツ姿でアリーナに現れた夏月とロランは少しばかり言葉を交わすと、互いに専用機を呼び出して其れを其の身に纏う――夏月もロランも、やろうと思えば無言で機体を展開出来るのだが敢えて専用機の名をコールして呼び出したのは、『コールして呼び出した方が盛り上がる』と考えたからだった。

ISバトルにはエンターテイメントの側面もあるので、観客を楽しませる為の演出と言うモノもISバトル競技者には求められると言う訳だ。

 

が、専用機を展開した夏月とロランを見て更識姉妹と乱以外の生徒は驚く事になった……何故ならば、夏月とロランの専用機はカラーリングと搭載武装に違いはあっても基本的なデザインは全く同じ、『機械仕掛けの龍人』と言うべきモノだったのだから驚くなと言うのが無理だろう。

 

 

「(世界初の男性IS操縦者の専用機と、オランダの国家代表、そして日本の国家代表である更識姉の機体が同タイプ……如何考えても偶然ではないが、まさとは思うが束が一枚噛んでいるのか?

  一夜は更識家で暮らしていたと束は言っていたし……此れは、全試合終了後に一夜とローランディフィルネィ、そして更識姉の機体を没収して調べる必要があるかも知れんな。)」

 

 

そして千冬は千冬でマッタク持って身勝手な事を考えていたが、一介の教師が生徒の専用機を没収する事は出来ない――と言うのも、専用機とは言うなればその国の技術の結晶の現時点での集大成である訳で、其れは出来るだけ他国には漏らしたくないモノなのだ。

故に、IS学園の規定でも余程の事がない限りは専用機持ちから専用機を没収する事は出来ないのだ……そんな基本的な事も頭からサッパリ抜けてしまっている千冬はIS学園の教師としては致命的な欠陥を抱えていると言っても過言ではないだろう。

 

それはさておき、夫々専用機を纏った夏月とロランは、先ずは互いに睨み合いになる『気組み』の状態となったのだが、先に仕掛けたのは夏月からだった。

黒雷のメイン武装である日本刀型の近接戦闘ブレード『龍牙』を抜刀すると同時にイグニッションブーストでロランに肉薄して超速の逆袈裟切りを放ったが、其の攻撃をロランは銀雷のメイン武装であるビームハルバート『轟龍』の柄で受け反撃の斬り下ろしを放つ!

当たれば一撃必殺の斬り下ろしだが、ハルバートの攻撃は予備動作が大きいので夏月は其れを難なく躱して今度は最速の居合いで切り込む!――其の攻撃もギリギリではあるがロランはガードしたのだが。

 

 

「居合いは侍の最速の剣だと言う事は知っていたけれど、君の居合いは恐らく歴史の英霊の誰よりも速いんじゃないかな?『居合いが来る』と予想して防御しなければならないと言うのは、可成りの運ゲーを迫られていると言っても過言ではないと思うよ。」

 

「その予想を見事に当てちまうお前も大概だと思うけどなロラン?」

 

「まさか、君が本気で放った居合いには対処出来る自信は無いよ。

 此れまでの攻撃は、事前に何処に攻撃が来るかが分かる『テレフォンパンチ』とも言うべきモノだったから対処出来たに過ぎないさ……だが、今暫くは互いの攻撃はテレフォンパンチ状態になってしまうのだろうね。」

 

「仕方ないだろ、ウォーミングアップなんだからよ。」

 

 

一般生徒からしたらハイレベルな試合に見えるだろうが、試合開始から十分間はウォーミングアップなので夏月もロランも、まだ本来の実力の半分程度しか出していないのが現実だ。

二人の機体には複数の武器が搭載されているにも拘らず夏月は龍牙、ロランは轟龍のみを使っている事からもマダマダ実力を隠している事は相応の実力を持っている者には丸分かりだろう。

其れでも手数で勝る夏月と、一撃の重さで勝るロランの試合は中々に見応えのあるモノとなっており、一般生徒からは拍手や歓声が上っている――夏月の乱撃術をロランが轟龍をバトンの様に回して弾き、ロランの轟龍による叩き潰すかのような斧部分での攻撃を夏月は龍牙で受け流すと言う見事な攻防なのだ。

そしてそんな攻防を続けている内に、遂に十分が経過しウォーミングアップの時間は終了を迎えた。

 

 

「良い感じに体が温まって来たね夏月――試合開始から十分が経った。さぁ、本番の開幕と行こうじゃないか!」

 

「やっとか……リミッターを解除するぜ!お前は如何だ?」

 

「勿論、私もリミッター解除さ!」

 

 

そうして試合時間が十分を過ぎた瞬間に夏月もロランも動きが変わった――此れまでは互いに決定打を欠く試合だったのだが、其れは此処まではウォーミングアップに過ぎなかったからであり、此処からが本番なのである。

 

夏月がイグニッションブーストからの居合いを放てば、ロランは其れを見事に捌いたが、捌いた直後に鞘での逆手居合いが放たれて、其れは防御出来ないと判断したロランは自ら飛ぶ事で被ダメージを減少し、シールドエネルギーの消費も最小限に止める。

夏月は自ら飛んで距離を開けたロランを追って接近しようとするが、ロランは腰部に搭載されているビームライフル『火龍』を手にすると其れを夏月に向けて放ち、夏月の接近を許さない。

 

 

「ちぃ、掠ったか!

 近接戦闘だけじゃなくて射撃の腕前も可成りなモノってか?射撃の精度なら簪より上じゃねぇか……まぁ、簪の場合は射撃の正確さより砲撃の破壊力とミサイルの弾幕で相手を追い詰めるスタイルにロマンを感じてるみたいだけど。」

 

「ふふ、射撃も自信があるよ?

 スナイパーの役を演じる為に射撃場に通って本物のライフルで銃を撃つ感覚を養ったし、ISの訓練でも銃は近接戦闘と同じ位に鍛えて来たからね――特化した能力はないが、全てのステータスに隙が無いのが私なんだよ夏月。」

 

「成程そいつは厄介だ……でもまぁ分からなくはないぜ?

 役者だってバリバリ正統派からトンデモねぇ極悪人、お金持ちの美人令嬢、腹黒悪女、ありとあらゆる役を熟せる演技の幅があった方が演出家や監督も『コイツにだったらどんな役でも任せられる』って思うからな。

 そう言う意味では、俺のステータスはバランスが良いとは言えないだろうな……射撃も出来なくはねぇんだが、こちとら精密射撃なんぞ絶対無理だ!こっちの射撃は精密さ度外視の超連射の弾幕だオラァ!!」

 

 

そんなロランに、夏月も腰部に左右一つずつ搭載されているビームアサルトライフル『龍哭』を手にするとマニュアルモードで超絶連射を行うと同時に、右肩に搭載されている電磁レールガン『龍鳴』も連射してロランの射撃に対抗する。

龍哭はビームアサルトライフルと称してはいるが、そのサイズはハンドガンサイズにまでコンパクトになっており、近接戦闘がメインとなる夏月にとって取り回しの良さを重視されているのだが、何故か夏月は龍哭をどれだけマニュアルモードで高速連射出来るかと言う事を考えるようになり、マニュアルモードでの高速連射を鍛えた結果、気合の連射はセミオートモードでの秒間連射性能を上回るモノとなっていたりする。

参考までに、龍哭のセミオートモードでは秒間十二発のビームが放てるのだが、夏月はマニュアルモードで秒間二十発のビームを放てるようになっている。

序に、夏月が此処まで来るのに龍哭は其の異常な連射速度に何度もトリガーが動作不良を起こし、その度に束が『今回は可成り気合入れて焼き直したのに其れでも壊れるとか勘弁してよかっ君』と半ば泣きながら夏月の連射速度に耐えられるようにトリガー周りを改修、強化する羽目になっていたのだが。

 

圧倒的な弾幕を張って来た夏月に対し、ロランはイグニッションブーストで弾幕から離脱すると拡張領域からビームトマホーク『断龍』を呼び出してブーメランの様に夏月に投げ付け、夏月も拡張領域からビームダガー『龍爪』を呼び出して投擲し、断龍と相殺させる……と同時に夏月とロランはイグニッションブーストで接近し、龍牙と轟龍がかち合い火花を散らす!

 

 

「長物との戦いは、楯無さんの槍で慣れてる心算だったんだが……槍にはない『叩き潰す』って攻撃が加わっただけで此処まで勝手が違うとはな?当たれば間違い無く一撃必殺の斧部分での叩き潰し斬る攻撃ってのは厄介だぜ……!」

 

「其の攻撃を的確に受け流しておいて良く言うよ。

 『剣で槍に挑むには三倍の実力が必要』と言われるが、其れが本当だとすれば君の近接戦闘の実力は最低でも私の三倍はあると言う事になるのだからね……ハルバートを相手にしていると言う事を考えれれば三倍では済まないかも知れないな?」

 

 

ハルバートも槍同様に、『斬る』、『打つ』、『突く』の攻撃が出来る武器だが、槍には出来ない『叩き潰す』攻撃が出来る分、極めれば槍以上に強力な武器であり、ロランは其れを見事に使い熟しているのだが、夏月はハルバートに対して刀で互角以上に渡り合っており、近接戦闘に於いては夏月の方がロランよりも実力が上である事は間違いないと言えるだろう。

本気を出した夏月とロランの戦いは一瞬たりとも目を離せない、ともすれば瞬きすら出来ない位の激しい攻防になっており、一般生徒も試合開始からの十分間は何方も本気ではなかった事を理解し、本気の二人がドレだけの実力だったのかに驚いていたのだが、夏月とロランの本気を見て誰よりも驚いていたのはピットのモニターでこの試合を見ていたセシリアだった。

ウォーミングアップの段階では『オランダの国家代表も、男性操縦者もそこそこ出来るようですが大した事ありませんわね』と高を括って居たのだが、本気を出した夏月とロランの攻防を見てからはその考えは吹っ飛んだ。

 

 

「先程までの温い攻防は準備運動だったと言うのですか……そして此処からが本気だと……!

 ローランディフィルネィさんの本気は流石はオランダの国家代表と言ったところですが、其れと互角に渡り合っている一夜さんの実力も国家代表に匹敵するレベルだと、そう言う事ですの?

 そ、そんな事は認められませんわ!ローランディフィルネィさんは兎も角、下賤な男が国家代表と同レベルであるだなんて……そんな事があって良い筈がありません事よ!次の試合で、私が男性IS操縦者の事を完全否定して差し上げますわ!」

 

 

其れでもまだ夏月に勝つ心算でいるのだから、其処だけを見ると『相手の実力を見極める事が出来ない二流』なのだが、セシリアの表情には其れとは異なる感情が浮かんでいる様だった――まるで、『自分は男よりも有能である事を示さねばならない』と言う、一種の狂気にも似たモノが顔に現れていたのだ。

 

 

「男など、所詮は全て女性に媚び諂って生きる弱い存在でしかないのですわ……お母様にイエスマンだったお父様の様に!そんな男がISを動かした等、烏滸がましい事この上ありませんわ。」

 

 

セシリアが女尊男卑の思考を持つに至ったには家庭の事情があるみたいだが、だからと言って全ての男性を一括りにして下に見ると言うのは間違いであるとしか言いようがないないだろう。

特に夏月は女尊男卑思考を持っていて、理不尽な理由で男性を貶めようとした女性に対しては容赦なく鉄拳を見舞う、現代社会では絶滅危惧種となっている『相手が女だろうと、下衆は容赦なくブッ飛ばす』漢なのだから……尤も、下衆相手には毎度やり過ぎて更識が裏から手を回す羽目になっていたのだが。

其れは其れとして、アリーナでの激闘は続き、夏月とロランは互いに決定打を与えられないままで気付けば試合時間は残り一分となっていた。

 

 

「残り一分か……ロラン、最後はお互い最高の技をぶつけ合わないか?ソイツをぶつけ合って立ってた方がこの試合の勝者ってのは如何だ?」

 

「いいね、その提案には乗らせて貰うよ夏月……私も君もシールドエネルギーの消費は同じ位だからね……此処は互いに最高の技をぶつけ合おうとしようじゃないか!クライマックスに相応しい一撃をもってしてね!」

 

 

此処で夏月が『互いの最高の技をぶつけ合わないか?』とロランに提案し、ロランも其れを了承して、互いに最高の一撃を放つ為の構えを取ったのだが、ピットで試合を観戦していた秋五と、観客席で観戦してた箒は夏月の構えに思わず息を吞んだ。

夏月の構えは居合いの構えだったのだが、其れは一般的な居合いの構えとは異なり、上半身を大きく捻った構えであり、其れは劉韻から剣術を学んでいた一夏が己の最速の剣に更に威力を上乗せするには如何すればいいかを試行錯誤した末に辿り着いた居合いの構えだったからだ。

上半身を大きく捻る事で最速の居合いに遠心力を上乗せする事で威力を高められると一夏は考え、そして其れは夏月になった今でも変わっておらず、夏月は最高の一撃を放つ為の構えだったのだが、秋五と箒にとっては『一夏独特の構えを何故知っている?』と考える事になったのだった――夏月の独特の構えを見ても全く何も感じない千冬は、一夏の事を碌に見ていなかった事が証明されたとも言えるのだが。

 

そして試合は、残り時間は三十秒を切ったところでロランがイグニッションブーストを発動して夏月に渾身の一撃を振り下ろすが、夏月は其れが自身に突き刺さるよりも速く踏み込んで遠心力も加わった最強の居合いをロランにブチかます!

その居合は見事にロランの胴を捕らえたのだが、夏月は更に追い打ちに鞘での逆手居合いを叩き込んでロランの機体のシールドエネルギーを削る。

この攻防が終わると同時に試合終了のブザーが鳴ったのだが、シールドエネルギーは夏月が残量89%、ロランが残量65%で夏月の判定勝ちと言う結果に――ラストの二連居合いが、ロランの機体のシールドエネルギーを大きく削った結果になった訳である。……ロランの機体のワンオフアビリティを使用すればロランが判定勝ちだったのだが、其れをしなかったのはロランが己の負けを認めていて、シールドエネルギーの回復で勝っても意味はないと判断したからだろう。――ロランは真のISバトル競技者なのである。

 

 

「判定とは言え負けてしまったか……だが、悔しさはないよ。君程の実力者と互いに本気を出して戦った結果だからね……充実感こそあれど悔しさはまるでない。

 『悔しいと感じるのは、己の全力を出す事が出来なかったからだ』と言う言葉を聞いた事があるけれど、其れは真理だね――己の全力を出し切る事が出来れば、勝っても負けても充実感を得るモノが出来ると、私は身をもって体験しているのだから。」

 

「全力を出し切れば悔しさはねぇよ……でも、いい試合だったぜロラン?機会があればまたやろうぜ?」

 

「其れは私の方からお願いするよ夏月……こう見えても私は負けず嫌いだから、負けっ放しと言うのは好きじゃないからね――今度は私が勝たせて貰うさ。」

 

「そう来なくっちゃな!」

 

 

試合が終わった後は、夏月とロランは互いの健闘を称えて握手を交わし、客席からは大歓声と拍手が巻き起こる……其れほどまでに夏月とロランの試合はハイレベルなモノであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ピットに戻った夏月は、すぐさまシールドエネルギーの回復を行ったのだが、消費したのは一割程度だったので回復はあっと言う間に終わり、二試合目も直ぐに可能だったのだが、未だに秋五の白式の一次移行は終わっていなかった。

一次移行には約三十分必要なので、夏月とロランがフルタイムを戦ってもまだ時間は足りず、白式が一次移行が完了するには後十分ほど時間が掛かると見て良いだろう。

 

 

「山田先生、楯無さん、オルコットとの試合は織斑の機体の一次移行が終わるまで適当に遊んどきますんで、一次移行が完了したらプライベートチャンネルに連絡入れて貰えますか?

 一次移行が終わったら本気出して、オルコットにちょ~~~っと怖い思いして貰いますんで。」

 

「了解よ夏月君♪」

 

「一夜君、適当に遊ぶのはダメです。e-スポーツ部の生徒であるなら遊びも真剣に、ですよ?」

 

「分かりました。真剣に遊んで織斑の機体が一次移行するまで接待プレイしてきます。」

 

 

次のセシリア戦に向けて夏月は余裕綽々と言った感じだが其れも当然だろう。

此の日に向けて、ロランと部屋では何度もセシリアの試合の映像を見て徹底的に戦い方その他諸々を分析してセシリアの事を丸裸状態にしていただけでなく、対セシリアのシミュレートを何度も行って勝ち筋を付けていたのだ。

加えてクラス代表決定戦が決まってから今日までの一週間、セシリアがISを使ったトレーニングをしている姿は誰も見ていなかった――射撃場で射撃のトレーニングをする姿は何度か見掛けられたのだが、ISのトレーニングをしていないのであれば精々射撃の精度が少しばかり上っている程度のレベルアップでしかない為、夏月にとっては警戒に値する相手ではないのだ。

 

 

「一夜君。」

 

「ん?なんだ織斑?」

 

 

セシリア戦に向けて出撃準備をしていた夏月に声を掛けて来たのは、白式の一次移行完了を待っている秋五だった。

 

 

「さっきの試合の最後の居合い、アレは何処で覚えたのかな?」

 

「あぁ、アレか?覚えたって言うよりも自分で考えたって奴だなアレは。

 俺の居合いはスピードは充分だったんだが些か威力が足りなくてな、如何したモノかと思ってた時に『身体捻って遠心力加えれば良いんじゃね?』と閃いて、実際にやってみたら威力が跳ね上がったって訳だ。

 だが、アレでもまだ完成度は八割……更なる破壊力を生み出すには、天翔龍閃みたいに左足でのもう一歩の踏み込みが必要なんだろうな。」

 

 

聞いて来たのは先程の試合の最後で使った居合いに付いてだった。

死んでしまった双子の兄が編み出した居合いの構えと同じ構えを使ったと言うのは矢張り気になる事なのだろう……秋五は一夏への嫌がらせを止める事が出来なかったが一夏の事はちゃんと見ていたのだろう。

 

 

「んで、其れが如何かしたか?」

 

「いや、僕の双子の兄も居合いが得意で同じ構えを編み出していたからさ……ちょっと気になって。」

 

「双子の兄?って事は織斑先生の弟って事だよな?……あぁ、三年前のモンド・グロッソの時に誘拐されて殺されちまった織斑一夏か……姉の応援に行った先で誘拐された挙げ句に殺されちまうとは不幸だったよなぁ。

 でもそうか、お前の双子の兄貴も居合いが得意で俺と同じ構えを編み出してたのか……テメェの居合いの威力不足って問題にぶち当たった剣士ってのは案外似通った結論に至るのかも知れないな。」

 

「そう、なのかも知れないね。」

 

 

『織斑一夏』の名を出しながらも、『一夏と同じ構え』に至った理由を説明してやると、秋五は一応は納得した様ではあった。

 

 

「そんじゃ行くとすっか!織斑、俺とオルコットの戦いをよく見とけよ?次にオルコットと戦うのはお前なんだからよ。」

 

「え?あぁ、うん。勿論だよ。」

 

「なら良い。一丁やってやるぜ!一夜夏月、黒雷、行きます!」

 

 

話をしながら準備を完了した夏月は、今度は機体を展開してカタパルトに入ってアリーナへと飛翔して行った――その際に、楯無に『合図したらタイム計測頼むぜ?』と言っていたのだが、果たして夏月が何をするのか、其れは試合で明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね?その度胸は褒めて差し上げますわ。」

 

「度胸もへったくれもねぇだろうが。テメェより弱い相手に対して逃げる理由が何処にもねぇだろ……お前の方こそ、俺とロランの試合を見て良く棄権しなかったな?

 俺は少し心配しちまったぜ?ビビッて尻尾巻いて逃げ出しちまうんじゃねぇかと思ってよ。」

 

 

アリーナに出ると、早速セシリアが挑発して来たが、夏月は其の挑発に更に倍以上の挑発を返してセシリアを煽る。

更識の仕事では、相手の冷静な思考を奪う為の挑発や煽りも必要になるので、夏月も其れをガッツリと身に付けているのだ……しかもその煽りを鍛えたのは、従者の虚をして『おちょくりマスター』と言われる楯無なのだから、夏月を下手に挑発しても倍以上の煽りがカウンターで飛んで来るので下手な挑発は逆効果なのだ。

 

 

「馬鹿にしてますの?」

 

「馬鹿にしてるだなんてトンデモナイ。舐め腐って見下してるだけだ。

 序に言っとくと、織斑の機体はまだ一次移行が済んでねぇから、一次移行が終わるまではお前みたいな三下相手に時間を稼がなけりゃならないからしんどい事この上ないってモンだぜ。

 自分よりも強い奴相手に時間稼ぎをするよりも、自分よりも弱い奴相手に時間稼ぎする方が難しいぜ……力加減を少し間違っちまったら倒しちまう訳だからな。」

 

「こ、この!!」

 

 

更に夏月はセシリアを煽って煽って煽り倒す。

そして煽られまくったセシリアは顔を真っ赤にして怒り心頭状態……この時点で既に冷静な思考は完全に奪われていると言っても過言ではないだろう。試合開始前からセシリアは夏月の策略に嵌っている訳だ。

 

 

『一夜夏月対セシリア・オルコット、試合開始!』

 

 

「此れで、お別れですわ!」

 

「ところがギッチョン、避けちゃうんだよなぁ此れが。」

 

 

試合開始と同時に、セシリアは手にしたライフル『スターライトMk.Ⅲ』を放って来たが、夏月は其れを楽々回避する。

確かにセシリアの射撃の精度は高めではあるが、其れでもロランと比べれば精度は低く、更にビームよりも遅い実弾だったので回避するのに難はなかった――そもそも、夏月には視線から何処を狙っているのかが丸分かりであり、回避するのに難はなかったのである。

 

 

「そんな、まぐれに決まってますわ!」

 

「そう思うなら当ててみろよ?サービスとして十秒間この場から動かないでいてやるからよ。」

 

「この……その余裕が命取りですわ!!此れで大人しく落ちなさい!!」

 

「は~い、残念でした、次頑張りな!」

 

 

初撃を回避された事に驚くセシリアを煽り、敢えて自らを的にするも、夏月は放たれた銃弾を全て龍牙で切り落として無効化する……本気を出せばビームですら斬る事が出来る夏月にとって、実弾を斬る事位は朝飯前だろう。

これに対し、セシリアはブルー・ティアーズの最大の特徴であるBT兵器を射出し、夏月に立体的な攻撃を行うが、夏月は其の攻撃も全て回避して見せた――確かに多方向からの攻撃と言うのは厄介だが、夏月は更識の仕事の中で『銃を持った複数の相手が多方向から銃撃して来た』なんてモノも体験しているので、BT兵器も大した脅威ではなく、攻撃を余裕で回避していく。

其れも只回避するだけではなく、側転にバック中、イグニッションブーストを使っての急降下&急上昇と言うアクロバットな『魅せ』回避をしているのだ。

 

 

『一夜君、織斑君の機体の一次移行が終わりました。』

 

「その言葉を待ってましたよ山田先生……遊びは終わりだオルコット、此処からの俺はか~な~り強いぜ?」

 

 

試合開始から五分が経過した所で山田先生からプライベートチャンネルで『秋五の機体の一次移行が完了した』との連絡を受けた夏月は一気に本気モードになって先ずはビームダガーをDIO様の如く四方八方に投げまくってBT兵器を全て破壊する。

そして其のままセシリアに接近するが――

 

 

「お生憎様!ブルーティアーズは六基ありましてよ!」

 

「知っとるわボケェ!」

 

 

其れに対してセシリアは初見殺しとも言えるミサイルビットの近距離射出を敢行!

だが夏月は其のミサイルビットをマトリックス宜しく上半身を仰け反らせて回避すると、ミサイルビットの一基に両足を当て、其処からサーフィンの様に波乗りならぬミサイルビット乗りを披露した後に、自分が乗っていたミサイルビットをもう一機のミサイルビットにぶつけて爆発させ、BT兵器は此れにて全基破壊された訳である。

こうなるとセシリアに残された武器はスター・ライトMk.Ⅲと近接戦闘用のコンバットナイフ『インターセプター』だけなのだが、セシリアは近接戦闘が苦手なので、実質的な武器はスター・ライトMk.Ⅲのみと言えるだろう。

 

BT兵器を全て失ったセシリアは夏月に向けてスター・ライトMk.Ⅲを放つが、教科書通りの射撃では夏月を捕らえる事は出来ない。

 

 

「遅いのだ!当たらんのだ!!お前を倒す野田ぁ!!!ってかぁ!!!」

 

「!!」

 

 

その射撃を余裕で回避した夏月はセシリアに接近すると先ずは強烈なシャイニング・ウィザードをブチかまして体勢を崩すと、両手にビームダガー『龍爪』を逆手に持つとビームエッジの出力を調整してアイスピックのような形状に変化させる。

 

 

「楯無さぁぁぁん!!」

 

『準備完了よ夏月君♪』

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄野っ田ぁ!!」

 

 

そしてセシリアの足やら腹やら、装甲に覆われていない部分をこれでもかと言う位に滅多刺しにする――装甲に覆われていない場所を攻撃された事で絶対防御が発動しブルー・ティアーズのシールドエネルギーは大きく削られる事に。

 

 

『十秒間で百十回……一秒辺り十回だから、お世辞にも良い記録とは言えないわね。』

 

「んだとぉ!?テメェが刺し難い身体してるのが悪いんじゃボケェ!!」

 

 

夏月が出撃時に『合図したらタイム計測を頼む』と言うのは、此の連続刺しが一秒あたりドレだけだったのかの計測だったみたいだが、その結果は夏月にとっては不満しかなかったらしく、理不尽極まりないセリフを吐いてセシリアをアリーナの壁まで蹴り飛ばしてまたもシールドエネルギーを大きく減らす。

だが、此の夏月の攻撃はセシリアには充分な恐怖を植え付けていた。

絶対防御のおかげでシールドエネルギーは減っても身体に影響はなく、また操縦者保護の観点から痛覚もカットされているのだが、其れでも感覚はあるので、痛みは無くとも滅多刺しにされる感覚をセシリアは味わってしまったのだ……痛みがないだけに気絶する事も出来ずに、滅多刺しにされる感覚だけを味わったと言うのは恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 

 

「こんな野蛮な攻撃で……!」

 

「野蛮で結構!少なくとも野蛮な方が、高慢ちきな貴族様よりも何百倍もマシだと思うからな俺は!!」

 

 

せめて一矢報いようと放たれた攻撃も楽々回避して、夏月はセシリアの顔面に渾身のケンカキックを見舞うと、サマーソルトキックで蹴り上げ、空中でセシリアをキャッチすると其のままスクリューパイルドライバーをブチかましてターンエンド。

シールドエネルギーを削りまくる攻撃を連続で受けたブルー・ティアーズは、最後のスクリューパイルドライバーを喰らった事でシールドエネルギーがゼロになり、機体が強制解除されて其処には目を回して気絶しているセシリアの姿があった……此れはもう、何方が勝者であったかを確認するまでもないだろう。

 

 

「アンタじゃ役者不足だぜ。」

 

 

其れだけ言うと夏月はピットに戻り、セシリアは救護班に運ばれてアリーナから退場して行った――尤もセシリアは直ぐ目を覚まして、次の試合に向けての準備に取り掛かったのだが。

 

 

「一次移行が済んだみたいだな織斑?……今度はお前の初陣だ、精々頑張りな。」

 

「頑張るだけじゃないよ、僕は勝って来る……白式の一次移行が完了するまでの時間稼ぎだけじゃなく、オルコットさんの戦い方を見せてくれるって言うお膳立てまでして貰ったんだから、此れで負けたら情けない事この上ないよ。

 何よりも、僕を鍛えてくれた会長さんと、訓練に付き合ってくれた箒に合わせる顔がないからね……勝って見せるさ、絶対に!」

 

「そうかい。なら俺も見させて貰うぜ、天才って奴がこの一週間でドレだけモノになったのかをな。」

 

 

出撃前に夏月と秋五は短い遣り取りを交わしたのが、秋五はセシリアには勝つ気満々だった――夏月が試合でセシリアの弱点を丸分かりにしてくれたので、其処までお膳立てをされたら勝つ以外の選択肢はなかったのだろう。

 

 

「織斑秋五!白式、行きます!!」

 

 

そうして秋五は白式を纏って初陣の舞台に飛んで行った。

クラス代表決定戦は、二試合が終わったところで各自の戦績は……

 

 

一夜夏月:二勝0敗

ロランツィーネ・ローランディフィルネィ:0勝一敗

織斑秋五:0勝0敗

セシリア・オルコット:0勝一敗

 

 

と言うモノなのだが、ロランの一敗とセシリアの一敗には大きな格差があるのは否めないだろう……ロランがギリギリの攻防の末の一敗であるのに対し、セシリアは序盤に接待プレイをされた末の一敗なのだから。

其れは兎も角、第三試合も客席は大いに盛り上がってた――二人目の男性IS操縦者にして、千冬の弟である秋五の初陣であるのだから盛り上がるのも当然と言えるだろう。

そして、アリーナに入った瞬間に秋五は闘気を爆発させて本気モードに入り、セシリアを完膚なきまでに叩き潰す心算なのだろう――今此処に、『天才』が戦いの場に降臨したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode11『天才の出撃~Genialer Ausfall~』

天才と天災……一字違いで落差がハンパねぇ!By夏月      其れは……確かにねBy楯無    僅か一字の違いで残酷な違いがあるねByロラン


夏月との試合で気を失ったセシリアは担架で運ばれる途中で目を覚まし、救護班に『大丈夫ですわ』と伝えると、ブルーティアーズのシールドエネルギーを補給し、破壊されたBT兵装を拡張領域に粒子変換して収納して再構築して再び使用可能な状態にしていた。

 

 

「(一夜夏月……まさかあの様な野蛮な攻撃に屈するとは屈辱この上ありませんわ!

  そもそもにして男性は女性に対しては優しくするモノではありませんの?其れが紳士と言うモノで……いえ、男性は女性に媚び諂う情けない存在の筈――であるのならば女性に対して特別優しくする必要はない筈ですわね?

  であるのにも関わらず、何故私は男性は女性に優しくすべきだと考えてしまったのですの?……いえ、そもそもにして私は一体何時から『男性は女性よりも弱い存在である』と考えるようになっていたのでしょうか?

  大体にしてお父様が本当に情けない男性であったのならば、何故お母様はお父様と結婚したのでしょうか?)」

 

 

夏月に圧倒的な敗北を刻まれたセシリアだが、夏月との試合を思い返す中で己の考え方にトンデモナイ矛盾が存在している事に気が付いた。

『男性は女性には圧倒的に劣る存在である』と認識していたにも拘らず『男性は女性には優しくするモノだ』と言う考えも存在していたのだ――其れこそが、『英国紳士』であるとセシリアも無意識の内に考えていたのだろう。

 

 

「(いえ、其れは今考える事ではありませんわね……私が今すべき事、其れは彼との、織斑秋五との試合に勝つ事のみ。

  先程の試合、油断と慢心、そして相手の実力を見誤って居た事は認めましょう……だからこそ、もう慢心も油断もしません。織斑秋五の事も、素人ではなく私と同格の相手として見るとしますわ。)」

 

 

気付いてしまった己の中の矛盾は一旦頭の隅っこに追いやり、セシリアは次の秋五との試合に気持ちを切り替える事に。

先程の夏月との試合では、試合開始後数分は完全に遊ばれ、本気を出されてからはあっと言う間に全てのBT兵装を破壊され、切り札のミサイルビットですら簡単に攻略され、挙げ句の果てには試合とも呼べないような圧倒的な蹂躙をされた上で、アリーナに詰めかけた多くの生徒の前で気絶して救護班に回収されると言う醜態を晒してしまった。

其れは当然セシリアのプライドに大きな傷を付けたのだが、其れだけの醜態を晒した事で、今のセシリアはある意味で『怖いモノなし』の状態になっており、更に秋五の事も己と同格の存在として相手にする事を決意していた――その証拠に、夏月と戦う前の様な人を見下すような雰囲気はマッタク持って感じられないのだ。

 

だが、其れでもセシリアは秋五には勝てると思っていた。

今日までに何度か秋五が放課後にアリーナで訓練機を使って訓練をしているのを見た事があったが、毎日完敗し、更に初日と最終日でその差が縮まっているようには見えなかったからだ。

しかし秋五が毎度毎度完敗していたのは、楯無の方が秋五よりも圧倒的に強いからなのだが、実はただ完敗しただけでなく楯無は秋五がレベルアップする度に少しずつ本気レベルを上げており、完敗しながらも秋五の実力は大きく上昇しているのだ。

僅か一週間弱の訓練で既に秋五は飛行と歩行は完全にマスターしており、攻撃と防御(回避も含む)も実戦レベルにまで引き上げられ、特に防御と回避に関しては楯無の本気の攻撃をも防ぐ、或は躱す程になっているのだ。此れに関しては楯無が、『君は立場上、まず自分の身を護る事を最優先に覚えなさい』と言って、防御と回避を徹底的に鍛えたからであるが。

 

油断と慢心をなくし、そして秋五を己と互角の存在として相手をする事を決めたセシリアは『イギリスの国家代表候補』としての本来の実力を発揮するのかも知れないが、秋五の成長値を見誤って居る事がセシリアの穴とも言えるだろう。

 

 

「補給完了。セシリア・オルコット。ブルー・ティアーズ……発進しますわ!」

 

 

補給が完了したブルー・ティアーズを纏ったセシリアはカタパルトからアリーナへと出撃して行ったが、彼女には秋五の成長値を見誤っていただけでなく、ある意味で致命的とも言えるミスを犯していた。

セシリアはこの試合が決まったその日に、夏月に『お前は織斑と戦って天才の理不尽さを知る事になる』と言われた事をすっかり忘れていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode11

『天才の出撃~Genialer Ausfall~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアがアリーナに出ると、其処には既に白式を纏った秋五が待機していた……何故か空中で禅を組むと言う独特の待機姿勢だったが、此れは秋五が集中力を高める為に行っていた事なのだろう。

 

 

「申し訳ありません織斑さん、お待たせしましたわ。」

 

「いや、そんなに待ってないから気にしなくて良いよオルコットさん……一夜君にビットを全部破壊されちゃったんだから補給にも時間が掛かるのは仕方ないと思うからね。」

 

 

まだ試合開始前だが、自分の方が後にアリーナに来たと言うのは礼儀を失したと感じたのか、セシリアは遅れた事に謝罪するが秋五は気にした様子は全然なく、禅の姿勢を解いて白式の専用武装である『雪片二型』を展開して構える。

セシリアも狙撃ライフル『スターライトMkⅡ』を展開して臨戦態勢になるが、雪片二型を構える秋五を見て少しばかり眉を顰めていた。

 

 

「織斑さん、先程の私と一夜さんの試合は見ていたのですわよね?」

 

「うん、見てたけどそれが如何かしたかな?」

 

「そうであるならば、私が中~遠距離の射撃タイプで、更にはBT兵装も使う事は分かっている筈――であるにも関わらず、近接ブレードで挑む心算ですの?」

 

「って言われても、僕の白式に搭載されてる武器って此れだけなんだよね……ロケラン搭載しろとは言わないけど、僕としてはせめてハンドガン位は搭載して欲しかったって言うのが本音だよ。」

 

「はい?」

 

 

だが、己の問いに対する答えを聞いたセシリアは思わず目が点になってしまった。其れだけ秋五の専用機である『白式』は、少なくとも素人に使わせるには有り得ない装備の専用機であると言う事なのだろう。

 

 

「ま、マジですの?」

 

「マジ。本気と書いてマジだよ。」

 

「あ、有り得ませんわ!

 男性操縦者のパーソナルデータを採る事を目的とした専用機であるのならば、基本性能は攻守速のバランスを取り、武装に関しても近接戦闘用と中距離用、遠距離射撃用を搭載して、其れ等の稼働データからカスタムして行くのが普通ですわ!

 一夜さんの機体は近接寄りでしたが、彼の場合は存在を秘匿されていた間にパーソナルデータを採って彼に最適な専用機を開発したと言えますが、織斑さんの場合はそうではないでしょう?

 であるにも拘らず、近接ブレード一本のバリバリの近接型の機体を専用機として用意するって、貴方の専用機を開発した企業は頭のネジが半分ほど宇宙の彼方のブラックホールに吹っ飛んでいるんではなくて!?」

 

「其れは否定出来ないかなぁ?

 僕が織斑千冬の弟だからって言う事で、姉さんが現役時代に使ってた専用機と略同じモノを用意したんだろうけど、僕と姉さんは姉弟だけど同じじゃない。『織斑千冬の弟だから同性能の機体を使うべきだ』なんてのは、マッタク持って有難迷惑以外のナニモノでもないかな。

 機体の反応速度は白式の方が上だけど、汎用性で言えば打鉄の方がずっと上だ。寧ろ、打鉄を僕用にカスタムした方が良かったんじゃないかって思ってる位だからね……でも、無いもの強請りをしても仕方ないし、僕はこの白式で君に勝ってみせるよオルコットさん。」

 

「ある意味では欠陥機とも言える専用機ですが、織斑先生の現役時代の専用機を再現した機体であると言うのならば油断は禁物ですわね……私の全力をもってしてお相手しますわ織斑さん!」

 

「うん、全力でやろうオルコットさん。

 でも、僕は負けない……此処で負けてしまったら僕を鍛えてくれた会長さん、訓練に付き合ってくれた箒、白式が一次移行するまでの時間を稼いでくれた一夜君とローランディフィルネィさんに合わせる顔がないからね。

 負けられない理由があるんだ、だから僕は君に勝つ!」

 

「負けられない理由があるのは私も同じですわ……この試合、勝利は譲りませんわ!」

 

 

秋五の専用機である『白式』がブレオンのイカレタ機体である事にはセシリアだけでなく秋五自身も突っ込みを入れずにはいられなかったみたいだが、秋五は『打鉄よりも反応速度が良い』との理由で白式で試合に臨む事にしたようだ――セシリアがアリーナに来るまでの間に軽く体を動かしてから禅を組んだからこそ反応速度って言うモノの差に気付いたのだろうが。

 

 

『第三試合、織斑秋五vsセシリア・オルコット、試合開始ぃ!!』

 

 

「先手は貰いますわ!」

 

 

此処で試合開始が宣言され、セシリアはスターライトMk.Ⅱを放つが秋五は其れをアッサリと回避して見せた。

夏月に言われた通り、秋五は夏月とセシリアの試合をよく見ており、その結果としてセシリアの射撃に関してはセシリアの視線と銃口の角度から弾道を完璧に読み切って見せたのだ。

尤もそれが出来たのは、楯無との訓練で『己の身を守る為にも、銃を使って来た相手の視線と銃口から弾道を読んで弾を避けられるようになりなさい』と言われて悪魔のような精密射撃を回避すると言う地獄のような特訓を熟したからこそなのであるが。

 

 

「ティアーズ!」

 

 

初撃を躱されたセシリアは、しかし焦る事なくBT兵器を展開して秋五に立体的な攻撃を行い、秋五は持ち前の防御と回避でビットの攻撃をシャットダウン!――しかし、セシリアがBT兵器を展開してからも秋五は見事な防御と回避でBT兵器の攻撃を捌ききっていた。

BT兵器操作中はセシリアは動けない事が既に割れているのだが、其れでも秋五はセシリア自身を攻撃する事なく防御と回避に徹していたのだが、僅か一週間弱の訓練でBT兵器に対応出来ると言うのは驚異的な事だと言えるだろう。

尤も多くの生徒は、秋五の防御と回避の技術に驚きながらも防戦一方になっている様に映ってしまっているのだが。

 

 

「秋五……成程、今はズレを修正していると言う訳か。」

 

 

だが、箒は秋五がBT兵器に対して防御と回避に徹している真の意味に気付いていた。

六年間も離れ離れになっていたとは言っても、箒にとって秋五は初恋の相手であり、六年経った今でもその思いは一切萎えていないので、秋五に関しては千冬よりも箒の方が詳しいと言えるかも知れない。

 

 

「ズレって、どういう事かな篠ノ之さん?」

 

「秋五は先程の一夜とオルコットの試合をピットで見ていたのだろうから、オルコットのBT兵器の動きは覚えたのだろうが、しかし見たのと実際に体験したのでは、其処に僅かなズレが生じてしまうんだ。

 だからこそ、秋五はそのズレを修正する為に、先ずは様子見に回っているのだろう……恐らく大体五分後に戦況は一変する。」

 

 

モニターで見た事と実際に体験した事では其処に僅かばかりのズレが発生し、そのズレを修正する為に先ず秋五が『見』に徹しているとクラスメイトに説明した箒だったが、試合が始まって五分が経ったところで箒が言った事は正しかったと証明される事になった。

 

 

「修正完了……見切った!!」

 

 

防御と回避に徹していた秋五が、一転して攻勢に回りBT兵器を一つ斬り裂いて見せたのだ。

今までの防御と回避に比べれば其の動きは僅かに固さがあるモノの、秋五の訓練期間を考えれば十分過ぎる動きだったと言えるモノだが、驚くべきは秋五が破壊したBT兵器は秋五の背後、つまり死角である筈の場所にあった一基だった事だろう。

 

 

「さっきの一夜君との試合の映像、そして実際に戦ってみて君のビット操作のクセは完全に見切ったよオルコットさん……見ただけの情報と、体験しての情報のズレも修正出来た。

 ビットの攻撃は、もう間違っても僕には当たらない!」

 

「そんな馬鹿な……先程の一夜さんとの試合、そしてこの試合で少し見ただけで完全に見切ったと言いますの?あ、有り得ませんわそんな事!」

 

「一夜君との試合、そしてこの試合の五分間で君が見せたビットの操作パターンは合計七つ。恐らくは今は其れ以上の操作パターンは存在しない。

 そして複数のパターンを合わせて使う事も出来ない……そして、其の七つのパターンへの対処法はもう覚えた!」

 

 

言うが早いか、今度はブルー・ティアーズ本体を狙うかのようにセシリアに向かって突撃し、セシリアは其れを止めようと秋五の背後からBT兵器で攻撃するが、秋五はBT兵器からの攻撃が放たれる直前で軌道を変え、結果として秋五に向けて発射された攻撃はセシリア自身に向かって行く事に。

 

 

「く……トリックプレイと言う訳ですか。ですが、此の程度は想定しましてよ!」

 

「分かってる。だけど僕の本当の狙いは君自身が動く事だよオルコットさん。」

 

 

其の攻撃を回避する為に、BT兵器の操作を止めて飛翔したセシリアだったが、秋五は動きを止めたBT兵器を破壊する――『ビット操作中はセシリアは動けない』と言うのは裏を返せば『セシリアが動いている間はBT兵器は動かせない』と言う事でもあり、BT兵器を確実に破壊する為に秋五はセシリアが動かざるを得ない状況に追い込んだと言う訳だ。

 

 

「真の目的はティアーズの破壊……!貴方、本当にISの訓練を始めて一週間程度なんですの!?本当は、入学前から密かに訓練していたのではないですか!?」

 

「いや、僕が訓練をしたのは本当にこの試合が決まった翌日から昨日までの間だよ――まぁ、余程先生が良かったって事なんだろうけど。」

 

「如何に師が優秀であっても、弟子の方が無能でしたら全く意味はありませんわ……たった一週間足らずで此処までISを扱えるようになるだなんて想定外も良い所ですわよ本当に!」

 

 

楯無は日本の国家代表であり、其の実力はセシリアも知る所ではあるのだが、如何に楯無の実力が高く指導者としても優秀であるとしても、この短期間で此れだけISを扱えるようになったのは実際の所は織斑計画による所が多い。

しかし織斑計画の事を知らないセシリアにしてみれば秋五の才能が、この短期間でISの操縦をマスターするに至ったと考えた事だろう。

 

二基目のBT兵器を破壊されたセシリアは、此れ以上破壊させないように再びBT兵器の操縦にシフトするが、秋五は其れ等の攻撃をいとも簡単に回避し、擦れ違い様に三基目を破壊する。

BT兵器の最大の強みは、複数展開したビットによる多角的な攻撃だが、そのビットが残り一つになってしまってはその強みを生かす事は難しい。本体とビット一つの攻撃では二方向からしか攻撃出来ない上に、セシリアはBT兵器操作中は自身が動けないので残ったビット一つとの波状攻撃すら出来ないのだから。

近接戦闘を仕掛けて来た所にミサイルビットをぶつけると言う手段も存在しているが、その切り札は既に夏月戦で切ってしまっている……故にセシリアは至近距離ミサイル攻撃を使うと言う選択肢を選ぶ事が出来なかった。

夏月戦の観戦と、自身が実際に体験しただけで己のBT兵器の操作パターンを完全に見切ってしまった秋五に対して、同じ切り札が通じるとは思えなかったのだ。

 

 

「く……ならば撃ち落として差し上げますわ!」

 

 

残ったBT兵器を本体に戻すと、セシリアはスターライトMk.Ⅱを使った射撃戦に切り替えるが、その精密射撃をも秋五はマッタク持って余裕で回避してしまう。夏月が見せたアクロバティックな回避ではなく、必要最小限の動きでの回避だが、其れだけに堅実で一切の無駄がなかった。

 

 

「何故?何故当たりませんの!!」

 

「会長さんの言ってた通り、目線や銃口の角度で何処を狙ってるのか分かるモノなんだね……一流のガンマンが能面みたいな無表情で撃つ理由が分かったよ。」

 

 

そして秋五は射撃を回避しながらジリジリと距離を詰めて来ている。

イグニッションブーストが使えたら一瞬で距離を詰められていただろうが、流石に此の短期間では高等技術であるイグニッションブーストの習得には至らなかったモノの、少しずつ、しかし確実に距離を詰められている状況は、セシリアにとってはプレッシャー其のモノだろう。

 

 

「(私の目線と銃口の角度から何処を狙ってるか判断する等、其れこそ年単位での修練が必要な筈ですが、彼は僅か一週間足らずで其れを習得したと言うのですか!?あ、有り得ませんわ!

  彼の才能は認めましょう。ですが、如何に才能があると言っても此の短期間でそんな事が出来る筈が……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『お前は、天才の理不尽さを知る事になる。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、セシリアは夏月が言っていた事を思い出した。

あの時は『一体何を……』と思ったが、今この状況に置かれてその言葉の意味が理解出来た……秋五は只高い才能を持っているのではなく、正真正銘の『天才』であると思い知らされ、そして同時にその才能に嫉妬した。

 

 

「天才の理不尽……そうですわね、確かに理不尽ですわ。

 私が代表候補生になる前から習得を目指し、未だに習得出来ていない『銃の弾道を読む』と言う芸当を、この僅かな期間で習得してしまったのですから……マッタクもって神様と言うのは不公平なモノですわね。

 真の天才と言うモノは凡人を圧倒的に追い抜いて行くと聞いた事がありますが、貴方がその真の天才と言う訳ですか……認めましょう、男性の強さと言うモノを。」

 

 

だが、同時にセシリアは男性の強さを認めるに至った。

夏月との戦いで感じたのは男性の凶暴さと暴力性だったが、秋五との戦いでは男性の強さと言うモノを純粋に感じる事が出来た――本来ならば絶対不利な条件であるにも関わらず己と互角以上に戦っている秋五に此れまで感じた事のない男性への感情が芽生えたのかも知れない。

 

 

「認めた以上、もう二度と男性を見下した発言や行動はしないと誓いましょう……お礼を言っておきますわ織斑さん、私の目の曇りを晴らしてくれた事に。」

 

「……良い顔になったねオルコットさん。

 女尊男卑の思考を捨ててくれるなら其れは嬉しい事だけど、どうして君はその考えに至ってしまったの?君だって最初から女尊男卑だった訳じゃないよね?そうじゃなかったら男の力を認めるなんて事は絶対にない筈だから。」

 

「私の両親は既に亡くなっていますが、お父様は何時もお母様には媚び諂っている様に見えたからですわ……お母様は当時のオルコット家の当主ではありましたけれど、其れを差し引いてもお父様は何時もお母様の陰に隠れて、お世辞にも尊敬出来る父親ではありませんでした。

 何時もお母様の陰に隠れて、自分の意見も真面に言えないお父様を見て、男性は情けない存在であると、そう考えてしまったのかもしれませんわね。」

 

「成程ね……だけどオルコットさん、君のお父さんは本当に情けない人だったのかな?

 本当にそんなに情けない人なら、君のお母さんは何でお父さんと結婚したのかな?……此れは僕の推測だけど、君のお父さんは君のお母さんの『オルコット家当主』の地位を守る為に、敢えて一歩下がっていたんじゃないかな?

 恐らく君のお父さんは婿入りした立場だろうから、婿入りした自分が表に出過ぎるのは良くないと考えて妻である君のお母さんを立てる事を選んだんだと思うよ?

 オルコットさん、君のお父さんは本当に君に情けない姿を晒していたの?」

 

「其れは……」

 

 

そして、秋五に『何故女尊男卑の思考に至ってしまったのか』と問われたセシリアは己の父親が情けない人だったからだと答えたのだが、秋五の次なる問いには答える事が出来なかった。

冷静になって思い返してみれば、セシリアの父親は妻の陰に隠れている事が多かったが、幼い頃のセシリアが夜眠れない時には眠るまで御伽噺をしてくれて、セシリアの誕生日には子供の頃のセシリアの身の丈以上のテディベアのヌイグルミをプレゼントしてくれる事もあった優しい男性だった。

だが、成長するにつれセシリアはそんな父親の優しさよりも母親の陰に隠れている姿の方が強く印象に残るようになり、IS登場から現れた一部の『女尊男卑』思想を知った事で知らず知らずの内に、女尊男卑の思考を其の身に宿してしまったのだ。

 

 

「織斑さん、重ねてお礼を申し上げますわ……貴方のおかげで、お父様が本当はどのような方だったのかを思い出す事が出来ましたわ。ですが、其れと勝負は別物ですわ!

 私の全力を持ってして、貴方に勝って見せますわ!」

 

「雰囲気が変わったね……全力は望む所だよ。本当の意味で全力を出した君に勝たなければ何の意味もないからね!」

 

 

セシリアの射撃を躱しながら少しずつ距離を詰めて来た秋五は、3mまで迫ったところで急加速してセシリアに斬りかかったのだ、セシリアは其の攻撃をスターライトMk.Ⅱで受け止めて見せ、そして捌いた。

 

 

「一夜君との試合では、近距離戦は苦手だと思ったんだけど、此れは予想外だったかな?」

 

「確かに私は近接戦闘は不得手であり、インターセプターも上手く扱えませんが、射撃型の嗜みとして銃剣術は其れなりに修めていましてよ?一夜さんとの試合では披露する事すら出来ませんでしたが。」

 

 

ナイフでの戦闘は全くダメだが、銃剣術の心得はあったようで、セシリアは秋五と切り結ぶが、『其れなりに出来る』と『得意』の間にある差は大きく、セシリアは徐々に押されて行く。

ISの特訓に加えて、箒との剣道の模擬戦を行っていた秋五は完全に勝負勘を取り戻しており、試合の前日には箒から一本を取るまでになっていたのだ。

故に、近接戦闘限定であるが、秋五は相手が千冬以上でない限りは誰が相手であっても負ける事はない実力を取り戻していたのだ――実際は、秋五の近接戦闘の実力はとっくに千冬を越えているのだが。

 

 

「此れで終わりにするよオルコットさん……零落白夜!!」

 

「!!」

 

 

その近接の攻防の最中、秋五が切り札を切ってセシリアの胴に一文字の横切りを喰らわせ、同時にブルー・ティアーズのシールドエネルギーを根こそぎ奪い去ってゼロにする。

 

零落白夜――現役時代の千冬の強さを支えていた単一仕様で、其れは『一撃で相手の機体のシールドエネルギーをゼロにする』と言う一撃必殺のクソチート技であり、そのチート技が白式にも搭載されていたのだ。

発動には自機のシールドエネルギーがコストになるのだが、其れでも当たれば勝ち確定と言うのはチート極まりない……近接戦闘を極めれば、零落白夜は必中の『じわれ』、『つのドリル』、『ぜったいれいど』と言えるのだから。

ともあれ、その一撃必殺技が決まった以上、セシリアの機体はシールドエネルギーがゼロになって強制解除され、機体が解除されたセシリアはアリーナの上空からヒモ無しバンジーになる訳で……

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「オルコットさん?く、間に合えぇぇ!!」

 

 

落下し始めたセシリアを、秋五は何とか地面に激突する前に手首を掴んでキャッチし、其のままゆっくりと地面に着地した……もしも後コンマ五秒遅かったら、アリーナにはモザイク指定のスプラッタ映像が公開されていた事だろう。

 

 

「本日三回目の礼ですわね織斑さん……そして、今回は本気で心の底から感謝しますわ。私はまだお母様とお父様の所に行く心算はありませんでしたから。」

 

「間に合って良かった……君が僕との試合で大怪我したとなったら大問題になりかねないからね……其れで、身体の方は大丈夫?助ける為とは言え、思い切り腕掴んじゃったけど、痣になったりしてない?」

 

「其れは大丈夫ですが……自由落下の恐怖を味わったせいか、腰が抜けてしまい立つ事が出来ませんわ。

 機体も解除されてしまったのでピットに戻る事も無理ですし……だからと言って治るのを待つ訳にも……そもそもにして、腰が抜けた程度で救護班の方の手を煩わせるなど恥ずかし過ぎますし……」

 

「腰が抜けちゃったのか……って、其れ完全に僕のせいだよね?じゃあ、ちゃんと責任取らないとだね。」

 

 

そして紐無しバンジーの恐怖で腰を抜かしてしまったセシリアにそう言うと、秋五はセシリアを抱え上げた。其れも只抱えるだけでなく、所謂『お姫様抱っこ』の形で。

秋五は可成りのイケメンであり、セシリアも容姿は美少女と言っても過言ではないので、イケメンが美少女をお姫様抱っこしている姿は中々画になり、新聞部の生徒なんかは、一体どんな記事に使うのか分からないが写真を撮りまくっていたりする。

 

 

「ちょ、織斑さんイキナリ何を!?」

 

「自力で立つ事が出来ないんでしょ?だったら僕がピットまで運ぶのが一番手っ取り早いと思って。

 戻るのは僕のピットになるけど、オルコットさんは次の試合はローランディフィルネィさんとだから、僕のピットに戻った方が移動の手間がなくて良いと思うから。」

 

「其れはそうですが……ではなくて、何故いわゆるお姫様抱っこなのですか!?」

 

「人を運ぶ場合、脇に抱えたり肩に担ぐよりも、こっちの方が安定してるからだよ。災害現場で救助された人も、レスキュー隊員にこうやって抱えられてる事が多いと思うんだけど?」

 

「う……其れを言われると何も言えませんわね……では、安全運転でお願いしますわ。」

 

「其れは任せて。」

 

 

当事者であるセシリアは慌てるも、秋五に『人を運ぶには此れが一番安定するから』と言われては其れ以上は何も言う事は出来なかった。秋五は只安全にセシリアをピットまで運ぼうとしているだけで、其処に他意はないのだ。

ともあれ、『織斑千冬の弟』のネームバリューで注目されていた秋五のデビュー戦は、イギリスの国家代表候補生であるセシリアを圧倒して勝利すると言う中々に鮮烈な結果だったのだが、夏月対セシリア戦の方がインパクトが凄まじかったのでその鮮烈さは若干薄まってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事な戦いだったぞ織斑。

 代表候補生を圧倒するとは教師としては充分に合格点をやれるレベルだ――そして、公私混同は良くないが、姉としては誇らしい事この上ない。この調子で残りの二試合も頑張れよ。」

 

 

ピットに戻ってきた秋五に対して、千冬は高評価を下して褒めるが、同時に秋五に抱えられているセシリアには嘲笑の視線を向けていた。『大口を叩いておきながら此の程度か小娘が』と言わんばかりだ。

口にこそ出さないが、『秋五の踏み台になってくれた事には感謝してやる』位の事は思って居るのかもしれない。

 

 

「ありがとう姉さん。

 だけどオルコットさんをそんな目で見ないでくれるかな?彼女は試合の中で己の過ちを知って、そして男性の強さを認め、何よりも全力で僕と戦ったんだ。そのオルコットさんを馬鹿にする事は姉さんでも許さない。」

 

「言われてみりゃ、確かに今のオルコットは問題発言連発して、あろう事か俺にナイフで斬りかかって来たクソライミーとは別人だな?ぶっちゃけアレは、オルコットに宿った千年アイテムの闇人格だと言われたら俺は信じる!」

 

 

そんな千冬に秋五はセシリアを護るような事を言い、夏月も雰囲気が一変したセシリアに気付いたようだ。

逆に千冬は、秋五から予想だにして居なかった事を言われて一瞬眉を顰めるも、直ぐに普段の表情に戻り、秋五とセシリアに『次の試合に向けて補給を済ませておけ』とだけ言うと腕を組んで壁に背を預け、それ以降は何も言わなかった。

 

セシリアはBT兵器が三基破壊され、機体のシールドエネルギーもゼロになってしまったので補給には時間が掛かるが、秋五の白式は零落白夜の使用で消費したシールドエネルギーを補充するだけなので補給は直ぐに終わり次の試合の準備は万端だ。

 

 

「補給は終わったか……最終戦は俺とお前の試合だから、俺は反対側のピットに移らせて貰うぜ。

 そんじゃ織斑次の試合も頑張れよ?言っておくが、ロランはドレだけ低く見積もってもオルコットの三倍は強い……相当気合入れて掛からないと、パーフェクト負け喰らっちまうぞ。」

 

「最低でもオルコットさんの三倍……其れは確かに強敵だろうね。」

 

「そしてサラッと、私に絶望与えないで下さいます?」

 

「天才の理不尽さを知ったお前が今更この程度で絶望するか?寧ろ、勝つ事の出来ない相手に挑んで一矢報いる位の根性見せろよオルコット。お前の全敗は略確定だが、十回の勝利よりも十回の敗北の方が価値があるってモンだ。

 自慢じゃないが、俺は楯無さんから初勝利を挙げるまでに百五十連敗してる……でもって、其れは俺がお花畑見た回数でもある。今更だけど、よく俺精神崩壊しなかったよな。」

 

「夏月君はやればやるだけ成長するから、ついお姉さんもやり過ぎちゃったわ♪」

 

 

夏月は最終戦に向けて反対側のピットに移動したのだが、その際にロランの強さはセシリアの比ではないと言う事を秋五に伝えていた――その後で割とトンデモナイ事を言ってくれていたが、其れは深く追求しない方が良いと思ったのか秋五もセシリアも、そして山田先生と千冬も何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

五分間のインターバルが終わり、続いては秋五対ロランの試合だ。

ピットから出撃した秋五は雪片弐型を、ロランはビームハルバート『轟龍』を夫々構えて戦闘準備は万端と言った状態だ――何方も初撃に全力の一撃を放つ気満々と言った感じである。

 

 

『織斑秋五対ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、試合開始ぃぃぃ!!』

 

 

放送部の生徒が試合開始を告げると同時にロランと秋五は互いに距離を詰め、雪片弐型と轟龍がかち合って火花を散らす!そして其処から鍔迫り合いの様な状態になったのだが、ロランがロ―キックを放って秋五の態勢を崩すと、其処に渾身の斬り下ろしを喰らわせるが、秋五は持ち前の回避力で其れをギリギリで回避する。

 

 

「見事な回避だが、でも甘い。」

 

「がっ!?」

 

 

だが、斬り下ろしを回避した秋五に対し、ロランは横薙ぎの攻撃でハルバートの斧部分の腹で秋五の横腹を殴り飛ばす――生身であれば息が詰まり、下手をすれば嘔吐間違いなしの攻撃だが、ISを纏っている状態ならば絶対防御が発動して呼吸困難も嘔吐もないのだが、装甲に覆われていない生身の部分を攻撃された事で白式のシールドエネルギーは大きく減少した。

一撃必殺の零落白夜はシールドエネルギーを消費する事を考えると、シールドエネルギーを消費すると言うのは秋五にとっては有難くない事だ。

逆に言えば、零落白夜を当てる事さえ出来れば秋五はどんな相手にも勝てるのだが、ロランには零落白夜を当てる隙がマッタク見えなかった――秋五は実際にロランと戦ってみて、『特出して高い能力はないが、全ての能力が高い水準で纏められている隙の無いバランス型』だと言う事が分かってしまっていた。

 

セシリアは『射撃特化型』で、一応銃剣術の心得があるとは言え、近接戦闘が不得手と言う穴があったのだが、ロランにはそう言った付け入るべき隙はマッタク存在せず、秋五は攻め入る事が出来なかった。

持ち前の回避力と防御力で、横腹に喰らったカウンターの一撃以外は決定的な攻撃を喰らってはいないのだが、同時に此のまま試合を続けても秋五の判定負けになるのは確実だろう。

 

 

「降参だローランディフィルネィさん。この試合、僕の負けだ。」

 

 

そして試合開始から十分が経ったところで秋五が降参の意を示して試合は終了した。

 

 

「降参するのかい織斑君?君の学習能力を持ってすれば、残り十分の間に私の攻略法を見付けてしまうのでは思うのだが……」

 

「君が特化型だったら攻略法を見付ける事が出来たかもしれないけど、隙の無いバランス型の弱点を十分足らずで見付けろって言うのは流石に無理ゲーだよローランディフィルネィさん。

 君との試合に勝つヴィジョンが見えないんだ……だからこの試合、僕の負けだよ。」

 

「勝てないと分かった相手には無理をしないで降参するか……賢明な判断だね織斑君。だが、最終戦の夏月との試合では途中棄権はしないでくれ給えよ?世界に二人しか存在しない男性のIS操縦者同士の試合は誰もが注目している試合なのだから。

 夏月と君の試合は、言うならば闇遊戯と遊星の夢のデュエルみたいなモノだからね……期待しているよ。」

 

「うん、其れはとっても凄いプレッシャーだね。」

 

 

『今の自分では勝てない』と判断して降参した秋五だが、その判断は決して恥ずべきものではないだろう。

敗色濃厚な相手に挑むのは勇敢な行為ではあるが、敗北だけしかない相手に挑むのは愚かの極みでしかない――故に、秋五は己とロランの実力差を即座に見切って降参したのだ。

 

 

「今回は君が降参した事で私の勝ちになったけれど、君の本当の実力はマダマダこんなモノじゃないだろう?己が強くなったと思ったその時は何時でも私に挑んで来ておくれよ?強者との試合は、私も望む所だからね。」

 

「うん、是非ともそうさせて貰うよ。僕も負けっ放しってのは好きじゃないからね。」

 

 

試合終了後には互いの健闘を称える握手を交わし、そしてこの試合の勝者はロランとなった。

そして全員が二試合を終えた結果は――

 

 

一夜夏月:二勝0敗

ロランツィーネ・ローランディフィルネィ:一勝一敗

織斑秋五:一勝一敗

セシリア・オルコット:0勝二敗

 

 

と、この様になっていた。

既に二敗しているセシリアが一組のクラス代表になる事はないが、ロランがセシリアに勝って、秋五が夏月に勝った場合には、三人が二勝一敗で並ぶと言う面倒な事になるのだが、其れはあくまでも全試合が終わらなければ分からない事であるので、如何するかは此れからの結果次第だろう。

其れは其れとして、通算成績は一勝一敗とは言え、代表候補生を圧倒した秋五は己の実力を示したと言えるだろう。此れに関しては、『秋五の初戦の相手をオルコットにして秋五を確実に勝たせる』と言う千冬の望んだ結果にもなった訳ではあるが。

夏月ほどの鮮烈さはないとは言え、秋五もまたその実力を示した事により最終戦である男性操縦者同士の試合の期待は高まっている訳だが、夏月と互角に戦ったロランと、夏月戦とは明らかに別人の動きを秋五戦で見せたセシリアの試合もセミファイナルとして其れなりに盛り上がるだろう。

観客席の一部では何時の間にか、『成績予想トトカルチョ』が開かれており、一番人気は『夏月の一位通過』で、内訳は『夏月の三連勝』が70%、『夏月の二勝一分け』が25%、『二勝一敗で三人が並び、決定戦で夏月が一位』が5%と言った感じである。

二番人気はロランか決定戦を制して一位通過であり、何気に多い予想がセシリアの三連敗だったりする……因みにセシリアが一勝すると言う予想は一つも存在していないようだ。

賭け事など問題があるように思うが、実際に金品を賭けているのではなく、的中者には学食のスウィーツプレゼント程度なので其れほど問題視する事でもないだろう……学食の食券だったら若干問題になるかも知れないが。

 

 

其れは兎も角として、補給を終えたセシリアはピットから出でそして、ロランと向き合っていた。

 

 

「最後は貴女ですかローランディフィルネィさん……私の勝率は限りなく低いですが、其れでも全力で挑ませていただきますわ!」

 

「勿論全力で来ておくれオルコットさん。君の全力に、私も全力をもって応えようじゃないか。

 セミファイナルと言うのはメインイベントを盛り上げる為の前試合と見られがちだけれど、寧ろメインイベントを食う程の試合をしようじゃないか?今の君とならば、そんな試合が出来そうだよ。」

 

「其の期待に応えて見せましょう。

 では参りましょうかローランディフィルネィさん。女性に対して言う言葉ではないかも知れませんが、確りとエスコートして下さいな?」

 

「全力でエスコートさせていただくよマドモアゼル。さぁ、行くよ!」

 

 

次の瞬間に、セシリアはBT兵器の全てが展開され、ロランは其れに向かって行ったのだった――ロラン対セシリアの試合を含め、クラス代表決定戦は残り二試合。果たして如何なる結果が齎されるのであろうか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode12『Zusammenstoß von wahrem Genie und Anstrengung』

凡骨が天才に勝ったら盛り上がるよなぁ?By夏月      間違いなく大盛り上がりね♪By楯無    君を凡骨と言って良いのか、少し迷うけれどねByロラン


クラス代表決定戦のセミファイナルとなるロラン対セシリアの試合は、試合開始と同時にセシリアがBT兵器を展開し、ロランが本体に攻撃する状態となったが、ロランの轟龍での攻撃をセシリアはスターライトMk.Ⅱで見事に防いでいた。

 

 

「ビットを展開している時は、君自身は動けないと思っていたのだけれど、其れは間違いだったかな?」

 

「間違いではありませんわローランディフィルネィさん。

 確かに私はティアーズを操作している間は動く事が出来ませんが、ティアーズを展開しただけならば普通に動く事は出来ましてよ?……とは言え、この踏み込みの速さは流石ですわね?

 本来ならばティアーズの攻撃を仕掛けている所でしたが……」

 

「ビットの本領は多角的攻撃による空間制圧だからね。

 本体とビットは同時に動かせないのであれば、仮にビットを展開されたとしても本体が動かざるを得ない状況にしてしまえば恐れるモノじゃない……此のまま張り付かせて貰うよ!」

 

 

見事にロランの攻撃を防いだセシリアだったが、『使える』程度の銃剣術ではロランの轟龍による激しい攻撃を全て防ぐ事は出来ず、少しずつ被弾するようになるモノの、攻撃が当たっているのが装甲部分なのでシールドエネルギーにはまだ影響は出ていない。

だが、この状態が長く続けば何れ押し切られてジリ貧になるのは間違いないだろう……しかし、そんな状況であってもセシリアの目は真っ直ぐロランを見据えて闘志も消えてはいなかった。

 

 

「(此の状況でも闘志が消える事がないとは、織斑君との試合で覚醒した……いや、本来の彼女に戻ったと言うべきか。

  だけどこの状況でどの様な逆転の一手を考えているのか?近接戦闘では私の方がずっと上であり、切り札のビットは展開こそすれ操作する事は出来ないと言うのに……この至近距離でミサイルビットを使って距離を取ると言う方法もあるけれど、其れは自分もダメージを受ける危険性があるから考え辛い。

  ……そう言えば夏月との試合でも、織斑君との試合でも初撃はライフルによる攻撃で相手を近付けさせないようにしてからビットを展開していた筈なのに、この試合では最初からビットを展開して来たね?つまり自分の間合いを作る事よりもビットの展開を優先した。自分が動いている間はビット操作が出来ないにも関わらず。

  操作出来ないビットの展開、不得手な近距離戦……圧倒的に不利な状況でも闘志を失わない……まさか!)」

 

 

そんなセシリアを見たロランは、今の状況を冷静に分析すると何かに気付き、突如セシリアから距離を取る――直後、四本のレーザーがセシリアの前で交錯した。

もしも距離を取っていなかったら、ロランはレーザーの十字射撃を喰らっていた事だろう。

 

 

「あらあら残念。あのまま私を攻撃して下さっていたらティアーズの十字射撃を御馳走して差し上げましたのに……流石は国家代表、見事な勝負勘ですわね?」

 

「己の危機察知能力の高さに驚いているよ……だけどまさかビットからの攻撃が来るとは予想外だった。君自身が動いている時は、ビットを操作出来ないと言うのは矢張りブラフだったのかな?」

 

「いいえ、私自身が動いている間はティアーズを本来の様に複雑で多角的な操作を行う事は出来ませんが……既に空間に展開したティアーズからレーザーを放ったり、銃口の向きを変える事位ならば頑張れば何とか出来ますわ。

 ティアーズの本領である多角的空間制圧攻撃に比べれば単純ですが、私からの攻撃だけでなく、何時放たれるか分からない十字射撃の事も頭に入れておかなければならないと言うのは中々に厳しいのではなくて?」

 

「成程ね……複雑な操作は出来ないが単純な操作ならば其れなりに出来ると言う訳か。

 ……ふふ、そう来なくては面白くないよオルコットさん!さぁ、私達の舞台をもっともっと盛り上げて行こうじゃないか!オーディエンスが求めているのは、熱く激しいISバトルなのだからね!」

 

「では華麗に踊って頂きましょう。私とブルー・ティアーズが奏でるワルツで!」

 

「其れは魅力的な提案だが、私はダンサーではなく女優なのでね、ワルツよりもオペラの方が得意かな!」

 

 

セシリアがまさかの切り札を切って来たが、其れに対してロランは『自身の最終戦の相手として申し分ない』と考えると轟龍を拡張領域に収納し、代わりに右手にビームトマホーク『断龍』を、左手にビームライフル『火龍』を装備した『高機動中距離型』にシフトしてセシリアと対峙する。

セシリアもインターセプターをコールして展開すると、其れをスターライトMk.Ⅱの先に取り付けて本格的な銃剣術用のライフルに換装する……クラス代表決定戦のセミファイナルは可成りの好勝負が期待出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode12

『Zusammenstoß von wahrem Genie und Anstrengung』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実力では勝るロランに対し、セシリアは今の自分に出来る事を全て駆使して来た事で試合は略互角の展開となっていた。

距離が離れている状態ではロランは火龍で、セシリアはスターライトMk.Ⅱで射撃戦を行い、その合間に放たれるBT兵器からの十字射撃をロランは『お前、絶対に未来予知出来てるだろ?』と思う程の鋭い勘で回避し、そしてイグニッションブーストで間合いを詰めると断龍による近距離戦に持ち込む。

断龍の攻撃は轟龍の攻撃と比べるとリーチも短く威力も低いが、片手でも振り回せるトマホークであるため攻撃速度では轟龍を圧倒的に凌駕し、手数の多さでセシリアを圧倒する。

しかし、セシリアも一発の威力が低いのであれば多少の被弾は無視して銃剣術での攻撃が出来たので近距離戦も中々に拮抗していた――互いにクリーンヒットをさせない近距離戦と言うのはドラゴンボールの攻防を連想させるモノがある。

 

 

「下がガラ空きだ。」

 

「しまっ!!」

 

 

此処で先に仕掛けたのはロランだった。

鋭いロ―キックでセシリアの態勢を崩すと、其処からミドルキック→後回し蹴り→ハイキックのコンボに繋ぎ、コンボの〆は強烈無比の踵落とし!テコンドーで言うところのネリチャギを叩き込む!

生身の脳天に人体で最も固い部分の一つである踵を喰らわされたセシリアは機体の絶対防御が発動してシールドエネルギーを大きく減らすが、しかしセシリアは勝負を捨ててはおらず……

 

 

「踵落としは強烈ですが、攻撃後の隙が大きいですわ!」

 

 

踵落とし後の隙を狙ってミサイルビットを射出!

普通ならば至近距離でのミサイルには反応出来ないモノだが、ロランはマトリックス宜しくミサイルビットを回避すると、夏月がやって見せたようにミサイルビットで波乗りならぬ空乗りをすると、ミサイルをBT兵器の一つにぶつけて破壊して見せた。

 

 

「今のは一夜さんがやったのと同じ事……!」

 

「私は女優だからね、人を真似るのは得意なんだ……少しばかり難易度は高かったけれど、夏月がお手本を見せてくれたから再現出来たよ――此れで十字射撃は少しばかり弱体化したかな?」

 

 

其れは夏月がセシリア戦で見せたミサイルビットを破壊する光景のオマージュなのだが、お手本があれば再現出来ると言うのは中々にトンデモナイと言えるだろう。

女優としてセリフを覚える事が必須だったロランは、無自覚の内に学習能力と言うモノが底上げされていたのだろう……女優業で培ったモノがISバトルで生かされる事になるとは、人生何が起きるか分かったモノでは無い。

 

 

「さて、楽しい舞台だったけれど、そろそろフィナーレと行こうか!」

 

 

試合時間が十分を経過した所でロランは断龍を両手に展開すると、其れをセシリアに向かって投げ付けた。

セシリアは其れを難なく回避して見せたが、回避された断龍はブーメランの様にアリーナを旋回して、残った三基のBT兵器を粉砕!玉砕!!大喝采!!!

より近い間合いで戦う為の装備として搭載された断龍であるが、ロランのセンスによって投擲武器――ブーメランの様に使う事も出来ると言う事が証明された瞬間でもあった。

 

 

「此れで、終わりだ!!」

 

「くっ……ティアーズはまだ一基残っていますわ!」

 

 

轟龍を展開したロランの一撃が炸裂し、ブルーティアーズのシールドエネルギーはエンプティーになったのだが、その一撃が炸裂する刹那に放たれたミサイルビットもロランにヒットし、シールドエネルギーを20%程削る結果となった。

 

 

「全力を駆使してやっと二割ですか……代表候補生と国家代表では圧倒的な差があるとは聞いていましたが、その差を身をもって体感しましたわ。この試合、私の完敗ですわねローランディフィルネィさん。」

 

「そうだね……だけどこれで終わりじゃないだろう?

 トレーニングを積んで強くなったと確信出来たら何時でも私に挑んでくると良い――私は、夏月とタテナシ以外には負ける心算はないけれどね。」

 

「一夜さんとサラシキ会長は別ですの?」

 

「うん、別だね。

 夏月とタテナシに関してはドレだけシミュレートしても勝てる未来が想像出来ないんだよね……特に夏月に関しては、今回の試合で負けてしまったから余計にな感じかな?夏月とタテナシは間違いなく、最強クラスのIS操縦者だよ。……其れこそ、ブリュンヒルデすら凌駕しているかも知れないな。」

 

「ブリュンヒルデを!……其れは確かに別格ですわね。」

 

 

試合後にセシリアはロランから夏月と楯無が千冬すら凌駕するIS操縦者であると言う事を聞かされて納得すると同時に、其れ以上は何も言えなくなってしまった。

夏月と楯無の実力がハンパないが、楯無は去年模擬戦で敢えて千冬と引き分ける事が出来るだけの実力があるし、夏月は其の楯無と互角以上に戦えるので、冗談抜きで今の夏月と楯無は嘗て世界最強と謳われたブリュンヒルデを凌駕していると言えるだろう。

 

 

「ですがいい試合でしたわ……貴女と戦う事が出来た事に、最大級の感謝を。」

 

「そうだね……良い試合だったよオルコットさん。」

 

 

そして、ロランとセシリアは互いの健闘を称える抱擁を行い、ロランはセシリアに『健闘の証』として頬にキスを落としてターンエンド……舞台劇に於いて、カーテンコールで最高の演技をしたパートナーの頬にキスを落とすのは珍しい事ではないのでロランもその乗りだった訳だ。

 

 

「女性に言う事ではないかも知れませんが、気障ですわね?」

 

「男役が多かったのでね、このキャラクターは最早地になってしまったよ。」

 

 

その光景には観客席から黄色い歓声が上がっていたが、ロランは其れに飲まれる事なく改めてセシリアの健闘を称えるとピットに戻って行った――そして、この時点でロランは二勝一敗となり、クラス代表の椅子は最終戦の結果待ちとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れロラン。良い試合だったな?」

 

「君と戦った時のオルコットさんなら瞬殺も出来たけれど、本来の力を取り戻した彼女は中々に厄介だったよ……けれども、予想以上に良い試合が出来たと言う事に関しては満足出来たかな。」

 

「とても良い試合だったわよロランちゃん♪」

 

 

ピットに戻ったロランを出迎えたのは、最終戦の準備を整えた夏月と、ピットを移動して来た楯無だった。

そんな二人に『満足出来た』と伝えると、ロランは機体を解除してピット内にあるベンチに腰を下ろす――アレだけの試合を行ったにも関わらず、息一つ乱れていないのは、普段から厳しいトレーニングを行っている賜物だろう。

一方で逆側のピットに戻ったセシリアは息も絶え絶えで、機体を解除するとピット内のベンチに横になってしまったのだが、此れは体力切れではなく単純操作とは言え『BT兵器を動かしながら自身も動く』と言う事を行った結果、脳に多大な負荷が掛かってしまった結果だ。試合中は、脳自身がアドレナリンを分泌していた事により平気だったが、試合が終わった途端にアドレナリンの分泌が控えられて一気に負荷が襲って来たのだ……自身も動きながらBT兵器を操作すると言うのは、想像以上に大変な事であるのかも知れない。

 

 

「しっかしまぁ会場のボルテージ上げてくれたなぁ?

 メインイベントはセミファイナル以上の試合を求められる訳だが、こうも会場が盛り上がってると試合やる方は責任重大だぜ……只でさえ、世界に二人しか居ない『男性IS操縦者同士の戦い』って事で期待されちまってるからな。

 泥仕合にだけはならねぇようにしねぇとだ。」

 

「ヒート100%になってる会場を、ヒート120%にまで引き上げるのも、メインイベンターの役割だが、君と織斑君の試合ならば其れが出来ると確信しているよ私は。

 同時に君の勝利も確信しているよ夏月。織斑君は確かに天才タイプで相手との実力差を見極める事も出来るが、巧く言葉には出来ないのだけれど君と彼とでは決定的な差を感じるんだ……実戦経験の差と言うのが一番近いと思うのだが、其れだけではない気もするんだよ。」

 

「ま、こう見えて結構修羅場経験してっからね俺は……簪の事を無能扱いしてた更識の分家に楯無さんと一緒にカチコミ掛けたのも今となっては良い思い出だぜ。」

 

「いやぁ、アレはスカッとしたわね♪

 まぁ、夏月君は筋の通らない事が大嫌いだから、街中でもカツアゲ現場とか社会的弱者への虐めとかを目撃すると『この外道が!』ってぶっ飛ばしちゃうものね?

 夏月君の拳で総入れ歯になった人の数は両手の指の数じゃ足りないわよ。」

 

「成程、ISバトル以外での実戦も多数経験していたと言う訳か。」

 

 

試合の合間にはインターバルが設けられており、そのインターバルで補給等を行う訳なので、既に補給を終えている夏月と秋五の試合前にインターバルは必要ないと思うだろうが、前の試合で荒れたアリーナを整備する必要があるので試合間のインターバルは必ずISバトルでは設定されている。

そのインターバルで夏月と楯無とロランは軽く雑談を交わしており、ロランが感じた夏月と秋五の差に関しては更識の仕事の事は伏せた上で夏月はISバトル以外の実戦経験も豊富だと話して納得させていた。何れはロランにも更識の仕事の事を話す時が来るだろうが、今はまだその時ではないと言う事なのだろう。

 

 

「さてと、そんじゃ行って来るわ。」

 

「行ってらっしゃい夏月君。勝ったらご褒美にチューしてあ・げ・る♡」

 

「いや、それよりも勝ったら今夜の晩飯で一品奢ってくれ。今夜の俺は相当に食うだろうからな。」

 

「……ロランちゃん、この対応は如何思うかしら?」

 

「夏月、其処は『それじゃあ気合入れて行くぜ!』と言うところではないかな?」

 

「キスで腹が膨れるか!キスよりもキスの天婦羅じゃあ!

 まぁ、楯無さんみたいな美少女からのキスってのは魅力的な提案ではあるけどさ……だからこそ、賞品で貰う事は出来ねぇよ。其れは、大事な人が出来た時まで取っておけよ。」

 

「……そうね、そうするわ。けれど其れは其れとして、勝って来てね夏月君。」

 

「あぁ、勝って来るぜ!」

 

 

インターバルも終わり準備が出来た夏月は『モンスターエナジー³』を飲み干すと機体を展開してカタパルトに入って発進シークエンスを待つ――カタパルトに入る前に楯無とロランにサムズアップして、楯無とロランも其れに返していたが。

 

 

『進路クリア。一夜夏月君、発進どうぞ。』

 

「一夜夏月、騎龍・黒雷!行くぜ!」

 

 

発進シークエンスと共に夏月はカタパルトからアリーナに出撃し、出撃後は見事なバレルロールを見せてアリーナに降り立った――そして、逆側のピットからは白式を纏った秋五が出撃して来た。

そして、略同じタイミングでアリーナに降り立った夏月と秋五は向かい合う形になったが、夏月は何時でもメイン武装である近接戦闘ブレード『龍牙』を鞘から抜刀する事が出来る態勢を取っており、秋五も雪片弐型を展開して構え、臨戦態勢はバッチリと言った感じだ。

 

 

「僕が勝てなかったローランディフィルネィさんに勝った君には、三段論法で言うと僕は勝つ事は出来ない訳だけど……三段論法ってのは意外と当てにならないモノでもあるからね、僕の全力を持ってして君に挑ませて貰うよ一夜君!」

 

「三段論法なんてモノはマジで当てにならないからな……お前に勝ったロランに俺が勝ったからって、俺がお前に勝てるかと言えばそうじゃねぇよな。『○○に勝った××に勝ってるから俺は○○よりも強い』なんて考えは阿呆の極みだろ。

 勝負ってのは実際に戦うまで分からないモンなんだからな……其れを理解してるってだけでも大したモンだぜ織斑。」

 

「慢心も無しか……此れはますます僕の勝率は低くなった訳だけど、だけど僕は退かないよ――ローランディフィルネィさんに、『メインイベントは降参しないでくれ』って言われてるしね。」

 

「……降参不可って、結構サディスティックな縛り入れて来たなロランは。

 其れってつまり、ボコボコのフルボッコにされても戦える間は戦えって事だろ?まぁ、此れは悪意タップリに受け取った場合ではあるが……まぁ、ロランの言わんとしてる事は分かるけどな。」

 

「ローランディフィルネィさんは、ある意味僕を鼓舞してくれたのかもね。」

 

「……お前にしろオルコットにしろ、ロランの複雑な苗字を間違えず、噛まずに正確に発音出来てる事に俺はちょっと感動してる。」

 

 

秋五は夏月との実力差は理解していたが、其れでも退くと言う選択肢はなかった。

ロランに『最終戦は降参してくれるな』と言われたのもあるが、秋五自身が夏月とトコトン、其れこそ自身の白式のシールドエネルギーが尽きるまで戦ってみたいと思ってしまったのだ。

 

 

「まぁ、そう言う事ならトコトンまでやってやるぜ織斑……其れに俺は少しばかりお前を見直したから、お前の望みには付き合ってやるよ。」

 

「見直したって、如何言う事かな?」

 

「偉大なるお姉様には何も言えないのかと思ってたが、ちゃんと自分の意見を言えるって事が分かったからな……少なくとも、俺の中でお前はブリュンヒルデの腰巾着じゃねぇって事にはなったぜ。」

 

「……嘗て僕は姉さんに自分の意見を言う事が出来なかった事で大切なモノを失ってしまったからね。其れからは後悔しない為にも、姉さんにもちゃんと自分の意見を言うようにしたんだよ一夜君。」

 

「成程……そんで、今更かも知れねぇけどよ、『君』は要らねぇ。

 同い年の野郎から『君』付けで呼ばれるのは慣れてねぇし、なんか気持ち悪いからな――そもそもにして俺はお前の事『織斑』って呼んでるんだから君付けするなっての。

 ……って、よくよく考えたらお前の事を『織斑』って呼ぶのもアレだよな?お前と織斑先生が一緒に居る所で『織斑』って呼んだら、お前の姉貴は『貴様、教師を呼び捨てにするとは良い度胸だな』とか言ってきそうだし……お前の事は此れから『秋五』って呼ばせて貰うわ。」

 

「其れは否定出来ないね……じゃあ僕も君の事は『夏月』って呼ばせて貰うよ。」

 

 

夏月は秋五が千冬に意見出来る事を評価していたが、秋五は一夏が死んだのは自分が千冬に対して一切の意見を言わなかった事も原因だったと考えていた様であり、一夏の死以降は己の意見を迷わず千冬にぶつけるようになっていたのだ――其れによって秋五は千冬の歪みを知る事になったのだが。

 

 

『クラス代表決定戦メインイベント、一夜夏月vs織斑秋五……試合開始ぃぃぃぃぃ!!』

 

 

此処でメインイベントの試合開始が告げられ、夏月は龍牙を抜刀し、秋五は雪片二型を振り下ろす形で真正面からかち合いブレードが火花を散らす。

暫し鍔迫り合いの状態となったが、夏月が龍牙をカチ上げて鍔迫り合い状態を解除すると、其処からは凄まじい剣劇が行われた……その剣劇は宛らアクション映画の戦闘シーンの如くだ。

 

 

「ったく、狡いよな天才ってのは。

 俺は今お前が居る場所に辿り着くのに俺は二ヶ月掛ったってのに、お前は一週間弱で其処に到達しちまうんだからな……神様の不公平さにはマジで怒りを覚えるってモンだぜ。

 でもってお前が才能に胡坐掻いてるクソ野郎だったら俺も容赦なくブッ飛ばせたんだが、お前は才能に胡坐を搔く事はなく努力も怠らねぇから嫌いになる事も出来ねぇと来た……もうどうすれば良いか分からないから、取り敢えず顔面殴って良いか秋五?」

 

「良い訳ないだろ夏月!誰が好き好んで殴られるって言うんだ!」

 

「ドMな人間には寧ろご褒美だと思う今日この頃なんですけどもぉ。」

 

「生憎と、僕はマゾヒストじゃないから全力で拒否するよ!」

 

 

その凄まじい剣劇にアリーナは盛り上がり、ロランとセシリアの試合の時よりもボルテージを高めて行く……夏月の袈裟切りを秋五が逆袈裟で受け止めて鍔迫り合いになり、真正面からの力比べでは分が悪いと判断した秋五は自分から後ろに下がる事で鍔迫り合いの拮抗を崩して夏月の態勢をも崩そうとする。

その秋五に対して、夏月は体勢を崩すどころか逆に龍牙を押し込み、半ば無理矢理秋五の事を吹き飛ばし、更に鋭い踏み込みからの突きを繰り出す。

秋五はその突きを夏月の左腕側に避ける。右腕側に避けた場合は、突きから派生した横薙ぎの一撃を喰らう危険性があるので、この判断は賢明であり剣を使う者にとってはある種当然の判断だったと言えるだろう。

 

 

「悪くない判断だが、甘いぜオラァ!!」

 

「なに!?」

 

 

しかし夏月は左手で鞘を持つと逆手居合いを繰り出して秋五を打つ。

横薙ぎの攻撃を読んでいた秋五の更に裏を読んでいた攻撃に、秋五は防御も回避も間に合わずに真面に胴を打たれてシールドエネルギーが減少する……居合いの後の二撃目としての鞘打ちは頭に入っていたが、突きを躱された際のフォローとして鞘打ちを使って来るとは予想外だったのだろう。

 

 

「まさか、鞘での逆手居合いを突きのフォローに使って来るとは思わなかったよ……常に隙を生じない二段構えって言う事か。」

 

「其の通り。

 俺が使うのは剣道じゃなくてもっと実戦的な剣術なんでね、全ての攻撃が基本一撃目に対処された場合に即二撃が放たれる二段構えだ……一撃目を捌いたからって気を抜くと痛い目見るぜ?」

 

「成程ね……しかし実戦剣術か。

 何合か打ち合って分かった事だけど、君の剣の太刀筋には見覚えがある……全てではないけれど、君が使う剣の太刀筋には篠ノ之流剣術のモノが幾つか存在している――でも、僕が知ってる限り僕と同い年で篠ノ之流剣術を先生から教わってたのは一夏だけだった。

 なのに如何して君が篠ノ之流剣術を使えるんだい?」

 

「篠ノ之流がどんなモノかは知らねぇけどよ、多分だが俺が学んだ剣術とその篠ノ之流ってのは基が同じ剣術で、其れを学んだ弟子が夫々昇華させて新たな流派を作ったんじゃねぇかな?

 大元が一緒なら似たような太刀筋になっても何ら不思議はないと思うしな。」

 

「そんな事ってあるのかな?」

 

「あるだろ?例えば空手を見て見ろよ。

 空手のルーツを辿って行けば、辿り着くのは中国拳法の一種だ。其れが沖縄に伝わって琉球空手になって、其れが本土に伝わって『唐手』になり、やがて『空手』となって極真館やら精神会館、正道会館やらと分派してったんだ。

 だったら剣術に関しても同じ事があっても何らオカシクねぇだろ?因みに俺は今使ってる剣術の他に、二天一流、示現流、其れから漫画見て独学で覚えた飛天御剣流が使えます。天翔龍閃はまだ使えないけどな。」

 

「成程、空手を例にしてみると確かにそうだ……篠ノ之流剣術を修めていたのは一夏だけだったから、君は本当は一夏なんじゃないかと思ったけど違うか。

 顔の傷だけならば誘拐された時に付けられたモノだって言えるけど、目の色が違う事だけはどうしようもない……目の色を変える事は他者の目を移植するか、カラーコンタクトを使用するしかないんだけど、君の眼はカラーコンタクトを使用してる不自然さはないし、他者の目を丸々移植すると言うのはそうある事じゃないから、君の眼は天然モノなんだろうからね……でも、君の説明のおかげで僕のモヤモヤも晴れた。改めて行くよ夏月!」

 

「おうよ、もっと楽しもうぜ天才!生まれ持った才能に胡坐を掻かずに努力を怠らなかった真の天才様とこうして出会えた上に戦える。こんな幸運、滅多にないぜ!」

 

 

夏月の太刀筋に篠ノ之流剣術の太刀筋を見付けた秋五は夏月が一夏なのではないかと思ったが、夏月の説明と目の色が違う事から一夏によく似ているだけの別人だと判断し、改めて夏月と切り結ぶ。

楯無との訓練で地力を、箒との剣道の模擬戦で勝負勘を取り戻した秋五の攻めは鋭く、当たればそれこそ全てが必殺クラスな上に白式には正真正銘の一撃必殺と言える『零落白夜』があるので其の攻撃は其れ自体が脅威になるのだが、夏月は難なく其れを捌き、蹴りや拳を叩き込んで少しずつだが確実に白式のシールドエネルギーを削って行った。

秋五の実力は一週間弱の訓練で代表候補生クラスまで引き上げられているのだが、夏月は三年間みっちりと訓練していた上に、秋五が使うのが剣道であるのに対して夏月が使っているのは実戦剣術と言う差も大きかった。

剣道はあくまでもスポーツの範疇なので、ルールに則った範囲の事しか出来ないが、実戦剣術にルールは存在しないので使えるモノは何でも使うモノであるので時には鞘だけでなく拳や蹴りでの格闘も必要になり、夏月は体術に関しても空手に柔道に加えて我流の喧嘩殺法も修めているので近接戦闘に関しては冗談抜きにマッタク隙が無いのである。

故に、試合開始から十分が経った頃には、夏月の黒雷のシールドエネルギーは残量が98%であるの対し、秋五の白式のシールドエネルギーの残量は45%と大きく差が付いてしまっていた。

普通なら、此れだけの差が付いてしまったら絶望しかないが、白式には一撃必殺の『零落白夜』があるのでシールドエネルギーの残量が上回っていても油断は禁物だろう。

 

 

「秋五、このまま続けたら俺の勝ちは間違いねぇが、お前だって負けたくはないよな?だったら使って来いよ、偉大なるお姉様から押し付けられた必殺技をよ。」

 

「如何やらそれしかなさそうだね……シールドエネルギーが半分を切ってる状態だと、本当に斬る一瞬にしか発動出来ないけど、その一瞬を制して僕は君に勝って見せるよ夏月!」

 

 

此処で夏月は龍牙を納刀して居合いの構えを取ると、秋五も雪片二型を正眼に構える……渾身の斬り下ろしと神速の居合い、夏月も秋五も一撃必殺の構えだ。

瞬間、アリーナの空気は張り詰めたモノとなり観客には、其れこそ楯無ですら瞬きが出来ない程に緊張が走る――其れほどまでに夏月と秋五の気組みは凄まじい、凄まじすぎるモノだったのだ。

その気組みが始まって二分弱、観客の誰かのスマホにLINEの着信を知らせる音が鳴ったのを合図に二人は其の場を飛び出した!

一撃必殺の零落白夜による斬り下ろしを躱した夏月はカウンターの居合いを放ち、しかしそれを秋五はダッキングで躱し再度零落白夜での斬り上げを放つ……だが夏月は其れを鞘で受け止めると前蹴りを秋五に喰らわせ、其処から飛び膝蹴り→ハイキック→後回し蹴り→二連続サマーソルトキックのコンボを叩き込んで白式のシールドエネルギーを削り切る!

 

 

『白式シールドエネルギーエンプティ!勝者、一夜夏月!』

 

「今回は俺の勝ちだな秋五?修業して出直して来な。リベンジは何時でも受けるぜ。」

 

「そうだね、もっとトレーニングを積んでまた挑ませて貰うよ……久々にぶつかった高い壁、挑み甲斐があるってモノだよ。」

 

 

此れにて試合終了!

奇しくも嘗ての兄弟対決となったクラス代表決定戦のメインイベントだったが、其れを制したのは夏月だった――一夏だった頃は何をやっても秋五には勝てなかったが、『織斑一夏』から『一夜夏月』となり、そして此れまでの経験が一気に身になった事で夏月は秋五を凌駕するだけの実力を其の身に宿していたのだ。

 

ともあれ、此れでクラス代表決定戦は全試合が終わり、その最終戦績は――

 

 

一夜夏月:三勝0敗

ロランツィーネ・ローランディフィルネィ:二勝一敗

織斑秋五:一勝二敗

セシリア・オルコット0勝三敗

 

 

このようになり、夏月の一位通過を予想していた生徒には学食のスウィーツ一品がプレゼントされ、更にその中で夏月の三勝に賭けていた生徒には追加で学食のスウィーツ二品がプレゼントされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

全試合終了後、ピットに戻って来た夏月と共にロランと楯無はピットを後にして寮に戻ろうとしたのだが……

 

 

「一夜、ローランディフィルネィ、更識姉、お前達の専用機を一時此方で預からせて貰う。」

 

 

其処に千冬が現れ、『専用機を預からせて貰う』と言って来た。

 

 

「其れは一体いかなる理由か聞いてもよろしいでしょうか織斑先生?」

 

「世界初の男性操縦者と日本の国家代表とオランダの国家代表が同系統の機体を使っている事に何の疑問も抱かないと思うか?何よりもお前達の機体は、提出されているカタログスペックを遥かに凌駕してるのでな、其方に関しても調べる必要がる。」

 

「言いたい事は分かりましたが、許可は取っているんですか?」

 

「当然だ。だからさっさと機体を寄こせ。」

 

「其れは嘘ですね。」

 

 

だが、そんな千冬を楯無はバッサリ切って捨てた。

機体を預かる事に許可は取ったと言う千冬に対し、真正面から『其れは嘘だ』と言ってのけるとは更識家の当主の心臓の強さは半端なモノでは無いと言えるだろう。

 

 

「私は日本の国家代表であると同時に更識の現当主……その私の専用機に関する事があれば、直接日本政府から私に連絡が入る事になっているので、織斑先生が私よりも先に連絡を受けていると言う事はありませんわ。

 そして其れは夏月君もまた然り……夏月君も専用機に関する何かがあれば政府から直接の連絡が入る事になっているので、貴女が許可を取ったと言う事は有り得ない。」

 

「私に関しても同様だね。

 私の専用機に関する事があれば、オランダ政府から私に直接連絡があるようになっているからね……貴女がオランダ政府から許可を取っていると言うのは真っ赤な嘘だと言う事になるね。」

 

「つ~訳だ、アンタはお呼びじゃないぜブリュンヒルデ。」

 

 

そして、楯無、ロラン、夏月の連続論破で千冬は何も言えなくなってしまった……『許可は取っている』と言えば専用機を没収出来ると考えていた千冬だが、専用機のセキュリティは思いの他堅く、結果として千冬は己の独断専行を晒すと言う醜態を見せる事になったのだった。

 

 

「愛する弟君の為にも、少しは立ち振る舞い考えろよブリュンヒルデ。此のままだと、アンタ最愛の弟君にも嫌われちまうぜ?……ま、俺には関係ないけどな。」

 

 

去り際に夏月が放った一言に千冬は肩を震わせ、拳を血が出るほどに固く握りしめたが、しかし反論は出来なかった――秋五の事を思うと、此れ以上の事は出来ないが、しかし己の目的を果たせなかった事が悔しくてたまらないのだろう。

そんな千冬の事を、山田先生は離れた場所から見ていたのだが、嘗て憧れた先輩の醜態をバッチリ目撃してしまった彼女の目には千冬に対する尊敬の念はキレイサッパリ消え去っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス代表決定戦終了後、夏月は寮の自室のシャワールームで汗を流して着替えると、ロランと一緒に食堂を訪れていた。

セシリアは脳の疲労が限界突破したらしく、ピットのベンチで一休みした後は寮に戻ってシャワーで汗を流した後に寮の自室に戻ってベッドにダイブし、そのまま死んだように眠っているのだが、夏月とロランは試合で失ったエネルギーを補給すべく食堂に来ていたのだ。

秋五も食堂に来ていて、『味噌カルビ丼定食』を特盛で頼んでおり、今は箒と一緒にディナータイムである。因みに箒のメニューは『海鮮あんかけ焼きそばとエビ蒸し餃子のセット』である。

で、先ずはロランのオーダーは『大盛りオムハヤシ定食』だったのだが……

 

 

「俺はサーモンアボカドユッケ丼を特盛で。

 其れが飯で、おかずはハラミステーキを400gとアジの南蛮漬けとコーンクリームコロッケとナスの辛味噌炒め。でもって味噌汁の代わりに味噌ラーメンで宜しく。」

 

 

夏月のオーダーが大分バグっていた。

燃費の悪い身体故に、三試合を行ったのならばこのオーダーもまた仕方ないのかも知れないが、其れにしたって可成りぶっ飛んだオーダーだと言えるだろう……そもそもにしてステーキ400gがおかずとして有り得ない。

しかし、このメニューを夏月はペロリと平らげ、更には追加注文として『味噌カルビ丼特盛』、『厚切りカルビ焼き』、『回鍋肉』を注文したのだから冗談抜きでハンパないと言えるだろう。

尤も此の豪快な食事っぷりから、二年生のグリフィン・レッドラムに好感を抱かれてしまったのだが……取り敢えず、此れだけ食事を美味しく食べる事が出来る夏月は間違いなく何があっても大丈夫だろう。

『ご飯を美味しく食べる事が出来てる間は、何があっても大丈夫』と言ったのは誰だったか分からないが、其れはある意味で真理と言えるだろう。

 

そして、クラス代表決定戦の結果と食堂での一件で、夏月の名は学園全体に広がる事になったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode13『クラス代表決定と代表就任パーティーと』

クラス代表か……ま、頑張るさBy夏月      君が私意外に負ける姿は想像出来ないわBy楯無    其れも、中々の自信だねタテナシByロラン


クラス代表決定戦の翌日、夏月はその日も日課である早朝トレーニングを行い、学園島を一周するランニングを終えていた――学園島は周囲5㎞ほどの孤島なのだが、其れでも学園島を一周すると言うのは簡単なモノでは無いだろう。

そんな過酷な早朝ランニングを行って尚、息が乱れていない夏月には驚く他ないのだが。

 

 

「朝早くから精が出ますね一夜君。」

 

「山田先生。早朝トレーニングは日課なんで、やらないとなんか落ち着かないんですよ……昨日三試合もやったってのに、今日も普通に早朝トレーニングしてる俺って少しオカシイんですかね?」

 

「其れだけ早朝トレーニングは一夜君の習慣になっていると言う事だと思いますよ?

 先生も学生の頃、寝付けない時にイラストロジックを解いてたんですけど、其れがすっかり就寝前の習慣になっちゃって、どんなに疲れてる時でも其れをやらないと落ち着いて寝る事が出来ないんですよ。

 習慣になってる事って言うのは、疲れていてもやらないと逆に気持ちが悪いんですよね。」

 

「習慣……そう言われると納得っすね。そして遅ればせながら、おはようございます山田先生!」

 

「はい、おはようございます一夜君♪」

 

 

ランニングを終えてベンチでインターバルを行っていた夏月に声を掛けて来たのは山田先生だ。

教員の中でも山田先生は起床時間が早い方なのだが、今日は何時もより少しだけ早く目を覚ましてしまい、『朝の散歩と言うのも良いかも知れませんね。』と考えて外に出たところでランニングを終えてインターバルを行っていた夏月を見付けたのだ。

 

 

「早朝トレーニングとの事でしたけれど、今はランニングをして来たんですよね?その後のトレーニングメニューってどんなモノなのでしょう?」

 

「この後は腕立て伏せと腹筋、其れからスクワットを三百回ずつやったあと、木刀を使った素振りとシャドーを夫々十五分ずつ、それが終わったら最後は筋肉の柔軟性を失わないように三十分じっくりと太極拳ですね。

 んでもって、トレーニングが終わったらシャワーで汗流してから本日の弁当作りです。」

 

「少しハードではありますが、アスリートとして理想の肉体を得る為には効果的なトレーニングと言えますね?

 筋肉を強く、硬くするトレーニングを行った後で実戦的な動きを行い、最後に有酸素運動かつ全身運動でありつつゆったりとした動きの太極拳を行う事で、剛性と柔軟性を合わせ持った素晴らしい筋肉が出来上がりますから……成程、一夜君は細身なのではなくて1mmの無駄もなく絞り込まれた究極の細マッチョって事ですね。

 筋肉好きな女子からしたら垂涎の肉体と言う事になりますか……」

 

「何なんすか、その特殊な性癖は……」

 

 

少しばかりの雑談の中で、山田先生は夏月が行っているトレーニングは理に適ったモノだと評価してくれた。自身も元日本の代表候補生だっただけあって、アスリートの身体の作り方は熟知しているのだろう。

 

 

「そう言えば一夜君、昨日の織斑先生の事なんですが……」

 

「昨日の?……あ~~、若しかして『専用機を渡せ』ってやつですか?見てたんですか?」

 

「偶然なんですけどね……あの、一夜君は更識さんとローランディフィルネィさんと一緒に学園に抗議入れようとか考えてたりしますか?」

 

「いや、学園に抗議なんて入れませんよ?

 だって昨日のアレって学園の指示じゃなくて織斑先生の独断ですよね?なら、学園に抗議するってのはちょいとお門違いだと思うんで……こんな事言ったらアレですけど、あの人なんで教師なんてやってんですかね?普通だったらテメェの独断で専用機の没収とかやらないと思うんすけど。」

 

「ですよね……織斑先生が『ブリュンヒルデ』の称号をもって自分の好き勝手やっていると言う話は聞いていましたし、学園長からも『織斑先生の素行をチェックするように』と命じられていたんですが、私にとって織斑先輩は憧れの存在だったので、心のどこかで『そんな事はない』って思っていたんですよ。

 でも、昨日の一件を目の当たりにしてその憧れの気持ちは一気に冷めました……」

 

「でしょうね。」

 

 

そして山田先生は昨日の一件で夏月達が学園に抗議を入れないかを危惧していたようだが、アレは学園の指示ではなく千冬の独断に過ぎないので学園への抗議は入れないと聞いてホッとすると同時に、つい『憧れの存在の本当の姿を知って幻滅した』と漏らしてしまったが、其れはある意味で仕方あるまい。

憧れが強ければ強いほど、本当の姿がダメ過ぎた場合には幻滅する幅も大きい……『愛していたからこそ憎しみも大きくなる』と言うのと同じなのだろう。偶然のイタズラと言えば其れまでだが、その偶然によって千冬は己を慕う後輩まで失う結果になったのだった。

 

 

「それじゃあ一夜君、また後で。」

 

「次は教室でですね。」

 

 

山田先生と別れた後で夏月は残りのトレーニングメニューを熟すと自室に戻ってシャワーを浴び、其れから本日の弁当(三種のサンドイッチ《明太タラモサラダ、スモークサーモン&クリームチーズ、エビカツ&タルタルソース》、マグロの中華風竜田揚げ、ピーマンのカリフラワームース詰め、ウズラの卵の磯部揚げ)を作り上げ、ベッドで寝ているロランを起こすと、制服に着替えてから食堂に行って朝食タイム。

本日の夏月の朝食メニューは、『鯖の塩焼き定食』のご飯特盛に、単品で『納豆(卵黄、鰹節トッピング)』、『冷ややっこ』、『ベーコンエッグ』、『茄子とキュウリの浅漬け』を追加すると言うモノだったのだが、夏月の大食いは既に学園では有名になっているので最早誰も何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode13

『クラス代表決定と代表就任パーティーと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームルーム前の時間と言うのは、生徒にとっては数少ない自由時間でもあるので、一年一組の教室でも夫々が思い思いに過ごしている……そんな中でセシリアが一人で居ると言うのは、矢張り初日の言動と、夏月にインターセプターで襲い掛かった事が大きいだろう。

日本を貶める発言と、女尊男卑の発言を連発した挙げ句、夏月にISの武器で攻撃したと言う事から、セシリアはクラスメイトから完全に距離を置かれてしまったのである……自業自得と言えば其れまでなのだが。

 

 

「おはようございます。朝のホームルームを始めますよ~~。」

 

 

其処に山田先生と千冬が現れて、朝のSHRが始まる――山田先生が入って来た瞬間に秒で自分の席に戻った生徒は極めて優秀であると言えるだろう。

自分の席に戻っていなかったら、千冬の出席簿アタックが炸裂する事は、一週間ちょっとで分かっているので、其れを回避するためにも自席への着席は他のどのクラスよりも早いのだ一年一組は……教師未満の暴力も、時には何かしらの役に立つ事があるみたいである。

 

 

「其れではまず、一組のクラス代表は一夜夏月君に決まりました。一繋がりでなんか縁起が良いですね。」

 

 

そのSHRでは、先ずは山田先生が『一組のクラス代表は夏月に決まった』と言う事を知らせ、その知らせにクラスからは拍手が巻き起こり、夏月のクラス代表就任は全会一致で可決されたと言えるだろう。

寧ろクラス代表決定戦で三戦全勝の結果を残した夏月がクラス代表にならなかったら、其れは其れで逆に抗議の声が上がっていた事だろう。

 

 

「一夜、クラス代表になったのだから就任の挨拶くらいしろ。」

 

「言われなくてもその心算ですよ織斑先生。

 一組のクラス代表になった一夜夏月だ。クラス代表になった以上は、一年一組の顔に泥を塗らねぇように粉骨砕身務めさせて貰う所存だ!……けど、俺に万が一の事があって、クラス代表の務めを果たす事が出来なくなる事態ってのがマッタク無いとは言い切れないから、俺は一組の副代表としてロランを指名するぜ!」

 

「私が副代表か……君の補佐官と言う事を考えると悪くないね。」

 

 

千冬に言われてクラス代表に就任した事の挨拶をした夏月は、自身の補佐であり、クラス代表がその務めを果たす事が出来なくなった場合の保険とも言える『副代表』にロランを指名して、ロランも其れを快諾した。

クラス代表決定戦では夏月に負けたロランだが、最終戦績は二勝一敗と、全体二位の成績を収めているので副代表として其の実力は申し分ないと言えるだろう。

そんな訳で、ロランの副代表就任も満場一致の拍手で迎えられたのだった。

 

 

「すみません、少し宜しいでしょうか?」

 

 

そんな中、挙手して発言の許可を求めて来たのはセシリアだった。

其れを聞いた千冬も山田先生も、セシリアの発言を許可し、セシリアは『感謝致します』と言うと……

 

 

「皆様、私の発言で不快な思いをさせてしまった事を、心よりお詫び申し上げます!」

 

 

其の場で見事なまでの『DO・GE・ZA』をブチかましてクラスメイトに謝罪して来た――初日の数々の言動が、秋五との試合を行い、本来の自分を取り戻した事で如何に拙い事であり、外交的に見ればイギリスと日本の関係を悪化させかねないモノだったと理解したのだろう。

しかし、その謝罪に対してクラスメイトの反応は今一だ……アレだけ日本を貶す&女尊男卑発言を連発してくれたセシリアに対してはそう簡単に許す事ってのは出来ない事のだろう。

 

 

「ふむ……ならば此れで手打ちで良いのではないか?」

 

 

そんな中で声を上げたのは箒だった。

 

 

「確かにオルコットは問題発言を連発した上に一夜にナイフで斬り付けた……其れは確かに下手すれば国際問題に発展しかねない事ではあるが、オルコットは自らの非を認め、貴族のプライドを捨てて土下座までしたのだ。

 此処は彼女を許し、此れで終いにしてやるのが人の道と言うモノだろう?私も、オルコットがクラスで孤立する事でクラスの雰囲気が悪くなると言うのは望んでいないからな……皆は如何だろうか?」

 

「其れは……確かに篠ノ之さんの言う通りかもね。」

 

「オルコットさんは謝ったんだから、其れを許さないって言うのは、ちょっと大人気ないよね。」

 

 

その箒の意見はクラスメイトには受け入れて貰えた。

箒自身、要人保護プログラムによって日本全国を転々としていた事で、転校先では浮いた存在である事も多かったので、セシリアがクラスで孤立するのは良い事ではないと判断したのだろう。

 

 

「うむ……とは言え、直ぐに友達が出来ると言う訳でもないだろうから――オルコット、私の友達になってくれないか?」

 

「篠ノ之さん!?その、私で宜しいのですか?」

 

「要人保護プログラムで日本各地を転々としたせいで、実に恥ずかしい事だが友人と呼べる存在は秋五を除くと片手の指で足りる程しか存在していないのだ……私としても新たな友人が欲しいのだ!」

 

「ぶっちゃけましたわねぇ篠ノ之さん!?」

 

「箒で構わん!寧ろ箒と呼べ!」

 

「では、私の事もセシリアと呼んでくださいませ!」

 

 

そして、箒とセシリアは友人関係となった――箒は要人保護プログラムによって、セシリアは両親の遺産を狙う輩との接触を避ける為に他者との関わりが極端に少なくなっていたのだが、それだけに互いに数少ない友達の関係になったと言うのは、箒にもセシリアにもプラスの事だろう。

 

 

「其れは其れとして、夏月さん、貴方にインタセプターで斬りかかった事への罰を私に。

 罪には罰が必要ですわ……容赦無き沙汰を下して下さいませ。私は、其れを全て受け入れますわ……其れこそ、学園を辞めて国に帰れと言うのならば、迷わずにそうしましょう。」

 

 

続いてセシリアは、夏月にインターセプターで斬りかかった事への罰を求めて来た。

罪は罰によってこそ相殺され、罰を受けた者はその罪が許される――其れが法治国家なので、セシリアが己の罪に対する罰を望んだのはある意味で当然であると言えるだろう。

 

 

「何でもか……ならオルコット、俺に背を向けな。」

 

「背を……これで良いんですの?」

 

「OKだ。そんでもってだ。」

 

 

そんなセシリアに夏月は己に背を向けるように言うと、セシリアの綺麗な金髪を肩甲骨の辺りで一纏めにすると、其れを護身用の折り畳みナイフでバッサリと斬り落としてターンエンド。

 

 

「髪は女の命、って言うだろ?

 此処までの長さに伸ばすのには時間が掛かっただろうし、其の間の手入れだって並大抵のモノじゃなかった筈だ……だから、そいつをバッサリってのは充分な罰になるだろ?

 相手が野郎だったら丸刈りにしてやる所なんだが、外道じゃねぇ女に其処までやるほど俺は鬼畜じゃねぇからな。

 兎に角、罰としてアンタの髪、こうして頂いたぜ。」

 

「髪を……確かに此れは女性にとっては最高クラスの罰と言えますわね――ですが切り取ったのは良いとして、切り取った私の髪は如何する心算ですの?」

 

「ん?あぁ、そうだな……メルカリにでも出品してみっか。此れだけ綺麗なブロンドの髪ならカツラ屋とかが欲しがるかも知れねぇし……或は髪フェチの変態が高値で買ってくれっかもな。」

 

「髪の毛なんて出品して大丈夫なんですの?」

 

「大丈夫、大丈夫。メルカリはもっとヤッベーモノ出品されてっから。

 参考までに『きったねぇ箸¥500』、『親父の万年筆¥3,000』、『彼女の浮気の証拠写真¥100』、『俺の彼女¥99,800』、『小島よしお¥20,000』、一番新しいやつだと……『ゴリラ¥1,000,000』だとさ。此れ実際に購入されたらどうする心算なんだろか?」

 

「そもそも自分の彼女を出品とか冗談にしても性質が悪過ぎる気がしますが……ですがそれらに比べたら、確かに髪の毛程度は全然大した事はありませんわね。」

 

「つ~訳で早速出品。『英国淑女のハニーブロンド¥100,000』っと……もしも売れたら、売り上げの二割をお前にやるよオルコット。」

 

「罰として切り取られた髪なのですから、その髪を売る事で得た利益を私が二割も貰ってしまったら罰になりませんわよ一夜さん……まぁ、其れは其れとして貴方からの罰、確かに受け取りました。

 罰を与えずに許さないと言う選択肢もあった筈ですが、罰による許しを与えてくれた事に感謝いたします。」

 

「俺は外道には容赦しねぇが、テメェの過ちを認めて変わろうとしてる奴を潰すような事はしねぇよ……つ~訳で、この話は此処までだ。」

 

 

セシリアの髪を切った後で若干突っ込みどころ満載な遣り取りが行われたが、最後は夏月が有無を言わさぬ感じで話を終わらせ、同時にSHRも終了の時刻になったので、山田先生が『其れではSHRを終わります。一時間目はISの実技授業になるので、ISスーツに着替えてグラウンドに集合して下さいね。』と言い、一組の生徒達は更衣室へと移動して行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その一時間目の実技授業、グラウンドに集まった一組の生徒の多くは夏月に見入ってしまっていた。

夏月のISスーツ姿は昨日のクラス代表決定戦のロラン戦でお披露目されていたのだが、昨日は観客席から遠巻きに見ていただけだったのに対し、今日は近距離で見る事になった訳だが、近距離で見るとISスーツ姿の夏月は年頃の女子には中々に刺激的だったのだ。

秋五も体力を落とさないように力仕事のバイトをしていただけあって、細身ながら其れなりに筋肉は付いているのだが、夏月の場合はISスーツの上からでもシックスパックになった腹筋や『泣く子も黙る大腿筋』がクッキリ浮き上がっているにも関わらず、ガチムチのゴリマッチョではなく1mmの無駄もなく絞り込んだ究極の細マッチョなので思わず見とれてしまったのだ。

 

 

「俺、なんか注目されてねぇ?」

 

「君の古代ギリシャの彫刻の如き芸術的な肉体に誰もが目を奪われてしまっているのだよ夏月……この美しい肉体美、機会があれば是非とも君にはヌードデッサンのモデルを頼みたいモノだよ。」

 

「……パンツ穿いてても良いなら。流石に愚息を晒すのは勘弁。」

 

「うん、それで構わないよ。……そして君だけじゃなくで、篠ノ之さんも注目されているみたいだね。」

 

「まぁ、其れは仕方ねぇだろうな。」

 

 

そして夏月だけでなく箒も注目されていた。

実は箒はバストサイズが98cmと一年生どころか、IS学園の生徒全員の中でもぶっちぎりの胸部装甲を搭載しているのだ――制服姿の時は下着と制服でソコソコ抑えられているのだが、ISスーツだとその凶悪なまでの胸部装甲が惜し気もなく晒されるので、矢張り年頃の女子は注目してしまうのだろう。最も箒自身は『剣を振るのには少しばかり邪魔だな』と、貧乳娘が聞いたらブチキレそうな悩みがあったりするのだが。

 

 

「其れでは本日は先ずは機体と武装の展開、そして飛行と急降下と急停止のお手本を見て貰うとしようか?お前達が目指すモノがドレほどのレベルであるのかを知るのも大切な事だからな。

 織斑、一夜、ローランディフィルネィ、オルコット、前に出て専用機を展開しろ。」

 

 

そんな中で授業が始まり、専用機持ちである夏月とロラン、秋五とセシリアが呼ばれて前に出て専用機を展開する――展開時間は、夏月とロランが0.3秒、セシリアが0.45秒、秋五が0.76秒で全員可成りの好タイムと言えるだろう。特にISの訓練を始めて一週間ちょっとの秋五が一秒を切っているのは驚異的な事である。其れだけ秋五は努力したと言う事でもあるのだが。

続いて武装の展開だが、夏月はビームダガー以外の武装は外付けであり、ロランもビームハルバートとビームトマホーク以外の武装は外付けなので、秋五とセシリアが武装の展開を行ったのだが、『近接戦闘用の武装を展開しろ』と言われた際に、セシリアはインターセプターではなくスターライトMk.Ⅱを展開して見せた。

それに対し千冬は『近接武装を展開しろと言った筈だ!』と言って来たのだが、セシリアは『コールしなくては展開出来ないインターセプターよりも、コール無しで展開出来るスターライトを展開しての銃剣術の方が効率的ではありません事?』と言って反論していた――結局は、『お前の言わんとしている事は分かるが、其れでは手本にならん』言われたので、インターセプターをコールして呼び出したのだが。

序に言っておくと、その横では夏月が拡張領域から大量のビームダガーを取り出して『お前が何秒動けようと関係ない処刑方法を思い付いた!』と言ったDIO様になっていて、ロランも拡張領域からビームトマホークを両手で持てるだけ展開していた……一流のIS乗りは、ジョークも割と容赦ないみたいだ。

 

続いて飛行の見本の披露となり、グラウンドから飛び立った夏月とロランと秋五とセシリアだったが、先頭は夏月とロランで、其れにセシリアが続き、僅差で秋五が続くと言う形になった。

スペックで言えば白式の方がブルー・ティアーズよりも機動性は上なのだが、如何に秋五が一週間程度でISバトルを行えるようになったとは言え基本動作では矢張り経験の差が出てしまうのだろう……其れでもセシリアとはほぼ並行飛行であり、セシリアの方が5cmほど秋五よりも頭が先に出ている程度であるのは見事であると言えるだろう。

 

 

「試合中はもっと機敏に動いてなかったかお前?」

 

「戦いながら飛ぶって言うのはドラゴンボールとかの戦闘シーンでイメージしやすかったのと、会長さんとの特訓でも、回避・防御・攻撃を行いながら飛ぶ事を重点的に叩き込まれたから大丈夫なんだけど、逆に只の飛行訓練って殆どやらなかったから、普通に飛ぶ方が僕には逆に難しくなってるのかも。」

 

「ですが、秋五さんならば普通の飛行も直ぐにマスターしてしまうのではなくて?と言うか、今ので大体感覚は掴んでしまったのではありません事?次は置いてけぼりにされそうですわね私。

 ……夏月さん、真の天才と言うモノは本当に理不尽ですわ。私、秋五さんの才能には嫉妬を禁じ得ませんわよ!!」

 

「そして秋五は才能に胡坐掻かずに努力を怠らねぇタイプだからな……努力は才能を凌駕するが、両方持ってる奴には誰も勝てねぇってか?つかオルコット、俺と秋五を名前で……」

 

「私なりのお二人に対する敬意と言ったところでしょうか?

 形は違いますが夏月さんも秋五さんも私に其の力を示して下さいました……相手を姓ではなく名で呼ぶと言うのは貴族にとっては敬意の現れでもあります。ですので夏月さんと秋五さんと。

 まぁ、夏月さんには男性の強さだけでなく、男性の凶暴さと恐ろしさも教えられてしまいましたけど……」

 

「野田の兄貴はまだ優しい方だぜ?あれが和中の兄貴だったら身体を両断される感覚を、小林の兄貴だったらナイフ腹に刺されてグリン!ってされる感覚を味わってるんだからな。」

 

「ふむ、アレでも優しい方だとは夏月は底が知れないね。」

 

「ローランディフィルネィさん、感心するところオカシクないかな?」

 

 

目的地である『上空100m』に到達した所で暫し雑談タイムとなり、セシリアは夏月と秋五の事を名前で呼ぶようになっていた――これもまたセシリアが良い方向に変わった証でもあるのだろう。

セシリアが秋五を見る目は、夏月を見る目とは少し異なっていたが、若しかしたらセシリアは本来の自分を取り戻す切っ掛けをくれた秋五に好意を抱いたのかも知れない……人間、何が切っ掛けで異性に恋心を抱くか分からないモノだ。

その後、地上の千冬から『其処から急降下と急停止を行え。目標は地上10cmだ。』と通信が入り、先ずはトップバッターとしてセシリアが急降下からの急停止を行って見事に地上10cmジャストで停止して見せた。

続いてはロランが急降下を行ったのだが、そのスピードはセシリアよりも遥かに速く、急停止の際にも見事なバレルロールを披露して地上10cmジャストで停止して見せた。

そして残るは夏月と秋五だ。

 

 

「なぁ秋五、此のまま普通に急降下と急停止をやってもつまらねぇからよ、一緒にISバンジーで突っ込むってのは如何よ?

 真っ逆さまになって急降下して地面ギリギリで停止ってやつだ。取り敢えずやる方も見てる方もスリル満点なのは間違いないだろ?……やるか如何かはお前に任せるが、さて如何する?」

 

「そんなの決まってるじゃないか……乗らせて貰うよ夏月。

 同世代の男子と一度はトンデモナイ馬鹿をやりたいと思ってたんだけど、今まではその機会がなかったからね――期せずして訪れたその絶好の機会を断る理由がないよ。是非ともやらせて貰うさ!」

 

「OK!そう来なくっちゃな!そんじゃ一発ド派手に行くぜ!!」

 

 

その夏月と秋五は、あろう事か真っ逆さまになるとそのまま物凄い勢いで地面に向けて急降下を開始!

其れを見た他の生徒達はある者は悲鳴を上げ、またある者は絶対防御があるから万が一急停止に失敗しても死ぬ事はないと理解していても顔が青褪めており、千冬ですらまさか秋五がこんな事をするとは思っていなかったらしく、驚愕の表情を浮かべている程である。

 

 

「「どぉぉぉりゃっせいやぁぁぁぁぁ!!」」

 

 

だが、夏月も秋五も真っ逆さまの状態で急降下して来て地上10cmジャストで急停止に成功し、其処からバック宙の要領で体勢を立て直して地上に降りると、ハイタッチを交わした後に拳を合わせていた。

尤も、あまりにも危険な行為ではあったので千冬の出席簿アタックが炸裂したのだが、夏月は其れを『当て身投げ』でカウンターして出席簿アタックを回避して見せたのだった……空中で受け身を取って態勢を立て直した千冬は流石は嘗て『世界最強』と謳われただけの事はあるが。

その後の授業は恙無く進み、一組の生徒は全員が機体の展開と武装の展開をコールありでとは言ってもスムーズに行えるようになったのだった。

 

二時限目以降の授業も問題なく進んだのだが、四時限目の体育では夏月と秋五は女子生徒とは同じ競技を行えないと言う事だったので、夏月が秋五に『お前バスケ出来る?』と聞き、秋五も『勿論出来るよ。』と答え、その結果ワンゴールでの1on1が行われる事に。

試合は秋五の先攻で始まり、互いに得点を許さない展開となったが、秋五が最後の攻撃で見事なダブルクラッチを決めて先制点を取ると、後攻の夏月はラストターンと同時に開始場所からのツーポイントシュートを放ち、其れが見事に決まって2-1で夏月の勝利と言う結果になった……最後の最後で意表を突いたロングシュートを放つと言うのは秋五でも予想出来なかったのでディフェンスに入る前にシュートを打たれてしまったと言う訳だ。

 

 

「まさか2ポイントシュートを打って来るとは思わなかった。完全に意表を突かれた。僕の完敗だ。」

 

「普通に攻めてゴールしても引き分けで終わっちまうからな……勝負事は白黒ハッキリ付けてぇんだよ俺は。」

 

「其れは、僕も何となく分かる気持ちだな。」

 

 

と、こんな感じで体育の授業は終わり、午前中の授業は無事全て終了。

昼休みのランチタイムでは夏月は更識姉妹、ロラン、乱とランチタイムを楽しんでいたのだが、秋五の方は箒だけでなくセシリアが参戦していた……友情と、恋のバトルは別物なのだろうが、本日は箒の方が一歩リードと言ったところだろう。

と言うのも今日は箒が秋五の為に手作りの弁当を用意していたからだ。経木に包んだオニギリとタクアン、タッパに入った玉子焼きと言うシンプルな弁当だが、オニギリは『鮭ワカメの混ぜご飯』、『明太高菜』、『鯖マヨネーズ』と全て秋五の好物で固められていたのである――六年も離れ離れになっていても、秋五の好みを忘れて居ないと言うのは素晴らしいと言わざるを得ないだろう。

まさかの手作り弁当に驚かされたセシリアだが、だからと言って秋五の事を諦める気は更々なく、自分なりのアピールと言うモノを考えている様だった……取り敢えず秋五を取り巻く恋愛事情は、夏月を取り巻く恋愛事情と比べると些か激しいモノになるのは間違いなさそうであるが、現時点では幼馴染の強みがある箒の方が僅かばかり上と言った状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、夏月は道場で箒と立ち会っていた。

と言うのも、昼休み終了直後に箒から『放課後、もしも良かったら私と一手立ち会っては貰えないだろうか?』と言われたからだ――夏月としても断る理由はなかったので其れを受け入れ、放課後の道場では空手着姿の夏月と袴姿の箒が激しい攻防を行う事に!

箒は剣道の腕前も一流だが、要人保護プログラムの対象になってからは『いざと言う時の為に剣がない状態でも戦えるようにしておいた方が良い』と考え、合気道を始めとした古武術を複数修めており、無手の格闘でも其れなりに戦えるようになっているのだ。

だがしかし、夏月の格闘は箒の其れを圧倒的に上回り、後の先が基本となる日本の格闘技を相手に一切のカウンターを許さなかった……夏月の攻撃を完璧にカウンター出来る人間など、最早楯無しか存在しないと言っても過言ではないので、箒が捌き切れないのも致し方ないと言えるだろう。箒の実力は低くはないが、夏月と楯無の実力は更に上なのだから。

 

 

「一撃必殺!!」

 

「ぐ!!」

 

 

その試合は、夏月が箒に腰の入った正拳付きを喰らわせて試合終了――その正拳付きを喰らった箒は膝から崩れ落ちてしまったのだから。

だが、負けた箒には悔しさはなく、己よりも遥かに強い武人と出会えた事による喜びが顔に浮かんでいた……己よりも強い者との邂逅は武人にとって至高の幸福と言うが、箒は正にその幸福を自らの身をもって感じたのだろう。

 

試合後、シャワーを浴びて汗を流した夏月は、箒から『少し付き合え』と言われて、一年一組の教室まで連れて来られ、そして教室内に入ったのだが――

 

 

「「「「「「「「「「一夜夏月君、クラス代表就任おめでとう!!」」」」」」」」」」

 

「うおわ!?」

 

 

教室内に入った瞬間にクラッカーが鳴り響き、教室内には『一夜夏月君クラス代表就任おめでとう!』の横断幕まで掲げられている……そう、一組の生徒は夏月のクラス代表就任を祝うパーティの準備をしていたのだ。

山田先生にパーティの許可を取り、箒にはパーティの準備が出来るまでの時間稼ぎをお願いしたのだ……箒が夏月に立ち会ってくれと言ったのは、己が夏月と戦いたかったからと言う理由の他に、パーティの時間稼ぎと言う目的もあったのである。

机をくっつけてテーブルクロスを敷いた簡易のテーブルには定番のスナックである『チキンナゲット』、『フライドポテト』等が並んでいる……電子レンジ調理のスナックではあるが、ディップソースは定番のバーベキューとマスタードの他に、『明太マヨネーズ』、『ワサビサワークリーム』、『ハバネロカレー』と言った手作りのモノが用意されていたので満足は出来るだろう。

 

 

「俺のクラス代表就任パーティか……其れは良いとして、明らかに一組の生徒じゃねぇ奴がいるよな?楯無さんと簪、乱は分かるとして、他は誰じゃーい!」

 

「三組代表のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと言います……昨日のクラス代表決定戦、実に見事な戦いぶりでした一夜さん。」

 

「私は二年のグリフィン・レッドラム。宜しくね!

 昨日の試合はホントに良い試合だったよね?タテナシから実力のほどは聞いてはいたけど、まさかの三連勝には驚いたよ……其れから、あの食べっぷりにも好感を抱いたかな♪」

 

「お前が夏月か……スコール叔母さんから話は聞いてたが中々やるじゃねぇかお前?俺はダリル・ケイシー。お前が男じゃなかったら惚れてたぜ俺は。」

 

「アンタが義母さんが言ってたダリルさんか……秋五、この先輩の格好何処から突っ込みを入れるべきだと思う?其れとも今は、こんなデザインの見せパンや見せブラがあるのか?」

 

「ないと思うよ?と言うか、何処も彼処も突っ込みだらけだと思う……取り敢えず今年からは男子も居る訳だから少し自重した方が良いんじゃないかな?」

 

「ダリルの格好は確かに突っ込みどころしかないわね。

 初めまして、アタシはファニール・コメット。オニールと共にカナダの代表候補生をやらせて貰ってるわ。それと、アイドルとしても活動してるわよ。」

 

「オニール・コメットです。夏月お兄ちゃん、秋五お兄ちゃん、はじめまして~~!!」

 

「「!!?」」

 

「イッチーとオリムーをお兄ちゃん……成程、イッチーとオリムーはロリコンだったんだね♪

 

「「スッゴクいい笑顔でトドメさしてキタコレ!!」」

 

 

明らかに一年一組の生徒ではない生徒が居たのだが、其れは夏月の戦いっぷりに惹かれた者達が大半だった。

各々自己紹介をし、ダリルの格好に突っ込みが入ったりしたのだが、カナダの代表候補生であり、双子のアイドルであるコメット姉妹は、妹のオニールが特大級の核爆弾を投下し、本音がトドメとなる一撃を喰らわせる事態となったのだが、それに対して夏月と秋五は息の合った完全シンクロの反応を見せていた……兄弟でなくなった事で兄弟だった時よりも良い時間を過ごせていると言うのは何とも皮肉な事だと言わざるを得ないだろう。

 

その後、新聞部の『黛薫子』がパーティに乱入して来て、夏月に『クラス代表に就任して一言お願いします』と言うと、夏月は偽悪的な笑みを浮かべてから首を勝っ切る仕草をしてからサムズダウンをして『俺と戦おうってんなら、命を懸けな』と言ってターンエンド!

そして其の後の記念撮影では胡坐を掻いて腕を組んでいる夏月の両脇を更識姉妹が固め、後ろからロランが抱きとめ、乱が夏月の前に肘を突いて横になっているだけでなく、その周囲にグリフィンとヴィシュヌ、コメット姉妹にダリルが集まり、秋五の両脇は箒とセシリアが固めていて中々の破壊力となっている――タイプは違うが極上のイケメンである夏月と秋五が、夫々タイプの異なる極上の美少女を侍らせているってのは其れだけで絵になるのだから。

薫子は其れをバッチリ写真に収めると満足そうに教室から去って行った……新聞部として、明日の新聞の一面をどうやって飾るか、其れを考える事に専念すると言う事なのだろう。

そして明日発行される学園新聞は過去最高の発行部数を記録し、増刷されるのは略間違いないと見て良い筈だ。

 

其れは其れとして、夏月のクラス代表就任記念パーティは続き、カラオケパーティでは夏月とロランがデュエットした『メルト(男女混声Ver)』はぶっちぎりの百点満点を記録していた。因みに次点は秋五と箒がデュエットした『楽園』だった。

こうしてクラス代表就任パーティは良い感じに盛り上がり、学生寮の完全就寝時間の三十分前まで続く大宴会になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月達がクラス代表就任パーティを楽しんでいた頃――

 

 

「此処がIS学園……遂にやって来たわ此の場所に!秋五、一夏……いや、今は夏月か……アンタ達とまた会える事になるとはね。再会を楽しみにしているわ!」

 

 

学園島の埠頭に一台の船が停泊し、その船の中からは髪をツインテールにした勝気で活発そうな少女が降りて来た――如何やら夏月と秋五の知り合いであるようだが、此の少女の登場によって学園に新たな嵐が起きる!!……のかどうかは分からないが、だからと言って何もないと言う事にはならないだろう。

IS学園に、中国よりの龍が降臨した、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode14『A dragon coming from China-the sound of a bell』

中国と言えば何が思い浮かぶ?By夏月      『パンダ』、『万里の長城』、『中華料理』かしら?By楯無    逆に其れ以外が思い浮かばないのが悲しいねByロラン


今日も今日とて早朝のトレーニングを熟した夏月だったが、今日は少しばかり変化があった……と言うのも、トレーニングの〆の太極拳には山田先生(以降、『真耶』と表記。)が参加したからだ。

元日本の代表候補生でありながら、『遠距離型』と言う理由で国家代表になれなかった真耶だが、其の実力は極めて高く、ガンナーとしての能力はセシリアを圧倒しており、全身を使った有酸素運動の有用性は理解していたので、夏月の太極拳に付き合ったのだが、予想以上の消耗に真耶は少しばかり息が上がっていた。

 

 

「太極拳……やるのは初めてだったんですが、思った以上に身体を使うモノなんですねぇ?エアロビクス以上の運動量とは思いませんでした。」

 

「ゆっくりとした動きを長い時間行うってのは思った以上に大変なんすよ。

 けど、ウェイトトレーニングの後にゆっくりとした動きを長い時間行う事で筋肉の柔軟性を失う事なく、鋼鉄の強さとゴムのしなやかさを併せ持った身体が出来上がる訳なんですよ。一瞬の瞬発力と長期の持久力の双方を兼ね備えた理想の身体が。」

 

「此れをほぼ毎日続けると言うのは大変な事だと思いますが……続けて来たからこそ、一夜君の強さに直結している訳ですね?継続は力、正にその通りですね。」

 

 

同時に真耶は夏月の強さは日々のトレーニングに裏打ちされたモノだと改めて認識する事になった。

昨日も早朝トレーニングを行っている夏月と話をしてトレーニング内容を聞いてはいたが、最後の太極拳を一緒にやってみて、自分は初体験だったとは言え太極拳だけでも少し息が上がってしまったのに、夏月の息は殆ど乱れていないのだ。太極拳の前にランニング、腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々三百回、木刀を使った素振り、シャドーを夫々十五分ずつ行っていたにもかかわらず――慣れていると言えば其れまでだが、此れだけの濃い内容のトレーニングに身体が慣れるにはドレだけの回数を熟したのか想像も付かないだろう。

 

 

「ところで、トレーニングメニューは此れから増やしたりするんですか?」

 

「その予定はないですね。

 俺自身、今の体型がベストだと思ってまして、この体型を維持するのは今のトレーニング量が最適なんですよ。常に身体をベストなコンディションにしておけば自ずと実力も伸びるってモンでしょう?」

 

「ベストコンディションを維持するのも一流のアスリートに求められる能力であり、常にベストコンディションを維持していれば最高の状態で本番に臨む事が出来ますから良い結果も付いて来る事になりますから、確かに実力も自然と伸びて行きますね。」

 

 

夏月は今のトレーニング量が最適であり、ベストコンディションを維持出来ると思っている様でトレーニング量を増やす事は考えていないらしい――最適量を越えたトレーニングを行っても身体にはマイナスでしかないのだから当然と言えば当然だろう。

 

トレーニングを終えた夏月は真耶と別れ、また何時ものように部屋に戻りシャワーで汗を流して、此れから弁当の仕込みなのだが――

 

 

「やぁ、おはよう夏月。」

 

「ロラン、起きてたのか。」

 

 

夏月がシャワー室から出て来ると珍しくロランが目を覚ましていた。

何時もは大体夏月が弁当を作っている最中に起床し、夏月が弁当を作り終える間に登校準備やら身嗜みを整えるのだが、今日は夏月がシャワーを浴びている間に目を覚まし、シャワーが終わる頃には着替えと髪のセットを終えていたのだ。

 

 

「君が料理する音が私にとって良い目覚まし時計になっていたのだけれど、如何やら私の身体は其の音で目を覚ますよりも、君の弁当作成を手伝う事を選んだみたいでね?こうして君が弁当を作り始める前に身嗜みを整えてしまったと言う訳さ。」

 

「あ~~……なんか良く分からんが、弁当作るの手伝ってくれるってんなら頼むわ。……の前に、料理は出来るんだよな?」

 

「勿論さ。

 オランダ料理だけでなく、日本料理も勉強したから作る事が出来るよ?得意な日本料理は肉じゃがと煮魚、後は刺し身と冷奴とチリメンジャコのおろし和えだね。」

 

「……前者二つは兎も角、後者三つは誰でも作れるような気がするんだが、料理が出来るなら問題はねぇか。有難く手伝って貰うとするよ。」

 

「ふふ、一緒に料理をすると言うのは、何だか夫婦みたいだね♪」

 

「ってーと、俺は家庭を支える主夫でロランが外に出て働くキャリアウーマンって事になるのか?……俺、調理師免許取っていざと言う時には料理屋出来るようにしといた方が良いかもな。」

 

「君の腕前ならば、調理師免許なんて速攻で取得出来るだろうけどね。」

 

 

ロランは夏月の手伝いをしたいと思って何時もよりも早く起床したらしく、夏月もその申し出を受け入れて二人で弁当の調理を開始。

楯無が提案した『乙女協定』で抜け駆けは禁止されているが、一緒に料理をすると言うのは夏月の同室であるロランに特権的に許された権利でもあるので、その権利を行使しない理由はないのだ……その権利を行使しながらも、夏月に変にアピールしない所にロランが『乙女協定』の最低ラインを遵守している事が窺える訳であるが、夏月を取り巻く恋愛事情は中々に複雑そうである。

 

因みに同じ頃、箒も自室で弁当を作っており、昨日に続いて秋五の好物が詰め込まれた最強の秋五用弁当を完成させていた――恋する乙女は好きな人の為ならば労力は惜しまないらしい。

そんな箒が作った本日の弁当は『鮭フレーク、ノリの佃煮、明太子の三段飯』、『出汁巻き卵』、『豚の味噌漬け焼き』、『ホウレン草のゴマ和え』、『ナスの浅漬けキムチ』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode14

『A dragon coming from China-the sound of a bell』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終えた夏月とロランが教室に入ると、何やら教室内はざわついていた。

『転校生』、『中国の代表候補生』と言った単語が聞こえてくるのを考えると、どうやら中国の国家代表候補生が転校生としてIS学園にやって来たのだろう……より正確に言うのならば『転校生』ではなく『編入生』になるのだが。

 

 

「おはようさん。何やら盛り上がってるみたいだが、何かあったのか?」

 

「このざわめき、話題の劇の初日の開幕前の如しだね。」

 

「あ、夏月君とロランさん、おはよう!

 実はね、今日二組に転校生が来るみたいなの――で、その子は只の転校生じゃなくて中国の代表候補生で専用機を持ってるらしいんだよね……二組はまだクラス代表が決まってなかったけど、若しかしたらその子がクラス代表になるんじゃないかなって。」

 

「あん?乱が二組の代表になったと思ってたんだが、二組の代表はまだ決まってなかったのか……にしても、中国か。」

 

 

話題は、その編入生が中国の国家代表候補生であり、二組のクラス代表になるのではないかと言う事についてだった。

夏月は実力的は勿論の事だが、専用機を持っている事で乱がクラス代表になったと思っていたのだが、実は二組の代表はまだ決まって無く、件の編入生が二組の代表になるのではないかと噂されているのだ。

 

 

「中国、何かあるのかい夏月?」

 

「そう言えばロランには言ってなかったっけか?中国には知り合いが居てな……最後に会ったのはもう三年以上前になるんだが、元気かねアイツ。」

 

「君も中国に知り合いが居るのか夏月?……奇遇だね、僕もなんだ――そして奇しくも僕も彼女と最後に会ったのは三年以上前になるんだよ……君の知り合いと同じ人かは分からないけど、まぁ、僕の知ってる彼女なら元気で居るだろうね。」

 

 

その編入生が中国の国家代表候補生だと聞いた夏月と秋五は、即座に同じ人物を思い浮かべていた――箒と入れ替わる形で乱とやって来た中国からの転校生であり、日本語が不慣れな事で虐められていた少女の事を。

 

 

「アタシの噂かしら?噂されるようになるとは、アタシも随分と有名になったモノね?」

 

 

そんな中、突如クラス内に響いた声。

その声の主を探ると、一組の教室の入り口には、栗毛の髪をツインテールにした勝気そうな少女が腕を組んでドアフレームに背を預けて立っていた……口元から覗く八重歯(牙と言うなかれ!)が、余計に少女の勝気さを際立たせている感じだ。

 

 

「「鈴?」」

 

「ヤッホー!久しぶりね夏月!其れと秋五!元気そうで安心したわ!」

 

「と言って挨拶代わりに飛び蹴りして来るなよ……まぁ、此の程度なら余裕で何とか出来るから良いけどよ。つーか、年頃の女の子がスカートで飛び蹴りするんじゃありません!パンツ丸見えになるぞお前!」

 

「鈴、一夏からも注意されてたんだから直そうよ其れ……」

 

「大丈夫よ、スパッツ穿いてるから!」

 

「「そう言う問題じゃない!!」」

 

 

鈴と呼ばれた少女は挨拶代わりに飛び蹴りを繰り出して来たのだが、此れは夏月にとっては懐かしいモノでもあった。

一夏だった頃に、虐められていた鈴を秋五と一緒に助けており、その際に鈴は一夏に恋愛方面での好意を抱いたのだが、その気持ちを如何しても素直に伝える事が出来ず、照れ隠しとして功夫仕込みの一発が繰り出される事もあったのである――が、一夏は其れを難なく捌いて、『はーい、残念でした。』と対処していたので、一夏が鈴の好意に気付く事はなかったのだが。

 

 

「それにしても久しぶりだね鈴?君が中国に帰ったのは中一の時だったから、かれこれ三年ぶりになるのかな?」

 

「そうね、其れ位になるわ……まさか、アンタがISを起動するとは思ってなかったわ秋五――そして、アンタもね夏月。アンタが世界初の男性のIS操縦者になったってニュースを聞いた時には驚いて心臓が三秒ほど停止したわ!」

 

「安心しろ鈴、正常な人でも心臓は日に最大で三秒ほど停止するらしいからな……三秒ってのは、ギリギリ人が意識を失わない範囲なんだそうだ。」

 

「なら、三秒間なら心臓は停止しても大丈夫って事ね♪……って、そうじゃないでしょ!!」

 

「うん、実に見事なノリ突っ込みだ。」

 

 

あまりにも親し気な様子の夏月と鈴に、クラスメイト達は『どんな関係なのか?』と聞いて来たが、此処は夏月が機転を利かせて『俺が義母さんと世界中を転々としてた時に立ち寄った中国で会った』と説明してクラスメイトを納得させていた。

秋五も、夏月と鈴が親し気な事には少しばかり疑問を抱いていたのだが、夏月の説明を聞いた事で取り敢えず納得したようだ――『目の色が違うから一夏に良く似た他人』であるとは思っても、一夏との共通点を見出すと如何しても秋五は夏月と一夏が実は同一人物ではないのかと考えてしまうらしい。――逆に言えば、それだけ秋五は一夏の事を気に留めていたと言う事でもあるのだが。

 

 

「まぁ、其れは其れとして、そろそろ自分のクラスに戻った方が良いぜ鈴?後ろに魔王が居るからな。」

 

「後方からの攻撃、来るよ!」

 

「ご忠告どうも……チョイッサーーー!」

 

 

 

――バッカァァァァァン!!

 

 

 

そんな中、鈴は自分に向けて振り下ろされた出席簿を見事な蹴り上げでカウンターしてノーダメージでやり過ごす!!

その出席簿を振り下ろしたのは千冬だったのだが、何も言わずにイキナリ出席簿アタックを繰り出すと言うのは指導の範囲を逸脱した行き過ぎた体罰であると言わざるを得ない……千冬にはその認識はマッタクないだろうが。

 

 

「何も言わずに暴力って、其れって教師として如何なのよ?」

 

「貴様が口で言って聞く魂か?口で言っても分からない相手には、身体に覚えさせるしかあるまい?……この学園に於いて教師の、特に私の言う事は絶対だ凰。」

 

「ふぅん……己が絶対だとは、流石は言う事が違いますねブリュンヒルデ?

 ううん、此処は『血塗られたブリュンヒルデ』って言った方が良いかしら?家族の命よりも己の名誉を優先した奴には此の上ない名誉な称号よね?乱のセンスの良さにはビックリよ。」

 

「貴様……教師に正面切って喧嘩を売るとは良い度胸だな?」

 

 

鈴と千冬は旧知の仲なのでお互いに遠慮も何もない仲なのだが、それだけに千冬は鈴が言った事を見過ごす事は出来なかったのだろう――ましてや生徒の前で『血塗られたブリュンヒルデ』などと言われたら余計にだ。そんな不名誉な称号、他の誰にも聞かせたくはないのだから。

故に、千冬は凄まじいプレッシャーを鈴に放っているのだが、鈴は怯むどころか逆に千冬を睨み返している。元々負けん気の強い鈴だからこそ出来た事なのだが、しかし教師と生徒のメンチギリ合戦とは中々にレアな光景である訳で、多くの生徒が『此れ如何なっちゃうんだろう?』と事の行方を傍観している状態だ。

 

 

「はい、其処までですよ織斑先生、生徒と揉め事は御法度です。それとソロソロSHRが始まっちゃいますから。凰さんも、編入先のクラスに戻って下さいね?」

 

 

しかし、その事態を収めたのは真耶だった。

千冬を制止すると、鈴にも編入先のクラスに戻るように言って両者のメンチギリ合戦を強制終了させたのだ――何時もの笑顔を崩さずに一触即発状態の鈴と千冬を抑えてしまった真耶のメンタルの強さは相当だと言えるだろう。

 

 

「は~い、そうします。初日から遅刻ってのもアレだしね。其れじゃ夏月、秋五また後でね!昼休み、一緒にご飯食べましょ!」

 

「お~~、そうすっか。」

 

「うん、また後でね鈴。」

 

 

真耶に言われた鈴は千冬に向けていた殺気交じりの闘気を霧散させると、人懐っこい笑みを浮かべて自分のクラスへと戻って行った――その際に、夏月と秋五にランチの約束を取り付けたのだから大したモノであると言えるだろう。

 

 

「彼女が君の知り合いか夏月。中々活発そうなお嬢さんじゃないか?あの底抜けに明るい性格と織斑先生の睨みにも怯まない胆力……中々の好印象だね。」

 

「天真爛漫、元気溌剌、怖いもの知らずって言葉を其のまま擬人化したような奴だからな鈴は……聞いた話だが、小学生の時、掃除の時間に廊下の雑巾がけを校舎の端から端まで七往復したらしいぜ?」

 

「でもって、其れは真実なんだよ……何故か僕と一夏も巻き込まれて一緒にやる事になったんだけどね。

 因みに僕は鈴と同様に七往復でダウンしちゃったけど、一夏は気合で九往復して、その日は家に帰るなり死んだように眠ってた……僕も疲れてたから、その日の夕飯はコンビニ弁当になっちゃったよ。」

 

「コンビニに買いに行っただけ偉いと思うぜ?普通なら家にあるカップ麺で済ませちまうところだ。」

 

 

ロランは鈴に好印象を抱いたようだが、秋五に絶賛恋している箒とセシリアは胸中穏やかではなかった――箒とセシリアは友人同士ではあるが、同時に恋のライバルでもあり、何方が秋五のハートを射止めるのかに関しては一切の妥協がない。

そんな中で新たなライバルが現れたとなれば其れは穏やかな気持ちではないだろう……尤も、鈴が好意を抱いているのは夏月であって秋五ではないので、箒とセシリアの焦りは杞憂でしかなかった訳だが。

 

 

「……其れでは、本日のSHRを始める。」

 

 

それはさておきSHRが始まり、本日の予定が千冬から生徒に伝えられて行ったのだが、真耶は先程の千冬と鈴の一件も確りとタブレットの端末を起動して記録しており、ただ記録するだけでなく、千冬が鈴に出席簿を振り下ろそうとした瞬間の写真と動画も記録に添付していた……憧れが失望に変わった事で、真耶は一切の手加減を辞めたのかも知れない。

こうして、千冬の問題行動は着実に記録されて行く事になるのであった。……真耶からの報告が上がる度に、学園長は胃と頭にダメージを受け、胃薬と頭痛薬が手放せない状態になってしまっているのだが……学園長と言う立場は、中々に大変なモノであるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「中国から来た凰鈴音よ!皆、宜しくね!」

 

 

一年二組のSHRでは鈴が簡潔かつ元気一杯の挨拶でクラスの心を掴んでいた。

只の挨拶ならばクラスの心を掴む事は出来なかっただろうが、鈴はホワイトボードにデカデカと己の名前を書き記した上で教壇に仁王立ちして挨拶をすると言う爆裂インパクトブレイカー全開な事をしてくれたので、クラスの心を掴むには充分だっただろう――其れが出来たのも、鈴の生来の社交力の高さがあればこその事ではあるのだが。

 

 

「待ってたよお姉ちゃん!それじゃ、二組のクラス代表は任せるよお姉ちゃん。」

 

「クラス代表って何でよ乱!てか、アンタがクラス代表なんじゃないの!?」

 

「台湾の代表候補生で専用機持ってるって事でクラス代表に推薦されたんだけど、お姉ちゃんが学園にまだ来てないから一旦保留にしてたんだ。

 お姉ちゃんが二組以外に編入されたらアタシがクラス代表になるけど、お姉ちゃんが二組に来たら代表はお姉ちゃんにするって事で……と言う訳だから、クラス代表宜しく!」

 

「なんでじゃーい!アンタでもクラス代表務まるでしょうに!」

 

「だってお姉ちゃんアタシより強いっしょ?

 去年行われた台湾と中国の合同合宿での模擬戦、アタシは一回もお姉ちゃんに勝てなかったんだけど?五日間の合宿で計十回の模擬戦を行って、只の一度も引き分ける事も出来ずに十連敗って、流石に凹んだわ。」

 

「確かにアタシはアンタに十連勝したけどね!?

 だとしても、去年の戦績なんぞ当てにならんでしょうが!アタシは一年前よりも強くなってるけど、其れはアンタも同じでしょ!?

 今アタシとアンタが戦っても、去年と同じ結果にはならないと思うんだけど、その辺は如何よ!?」

 

「……十連敗もしてると苦手意識が付いちゃって、お姉ちゃんに勝てるヴィジョンがマッタク見えないのよ此れが!」

 

「自身満々に言う事かーい!苦手意識なんぞ払拭しなさーい!!」

 

「無理!って言うか、お姉ちゃんだって台所に出る黒光りして増殖して突撃するGへの苦手意識は払拭出来ないでしょ!!」

 

「三種のGを混ぜるな危険!アレへの苦手意識は全人類の95%が払拭出来ないでしょうが!!って言うか、アタシへの苦手意識をGへの苦手意識と一緒にすんじゃないわよ!!」

 

 

そして、其処で乱が鈴をクラス代表に推して来た。……鈴と乱の遣り取りは若干漫才の様になってしまっているが。

台湾の代表候補生で専用機を持っていると言う事で乱は二組のクラス代表に推薦されていたのだが、鈴が遅れてやって来る事をLINEのメッセージで知っていた乱は其れを一時保留にして、鈴が二組にやってきたその時は鈴にクラス代表を任せようと思っていたのだ。

乱の実力は実技授業で明らかになっているのだが、其の乱を上回る実力の持ち主である鈴がクラス代表になると言うのはある意味で道理であると言えるだろう。

クラスの顔とも言うべきクラス代表は相応の実力を持つ者が務めて然りなのだから。

 

 

「そう言えば鈴音さんって、中国の代表候補生の序列一位だって聞いた事あるよ?」

 

「マジで?序列一位って、絶対に強いよね?……台湾の序列一位の乱音さんが勝てなかったって言うんだから、其の実力は本気でハンパないと思う。鈴音さんからは確かに龍のオーラみたいなモノを感じるわ。」

 

「貴女になら、二組のクラス代表を乱ちゃん以上に安心して任せるられると思うわ……宜しくね鈴さん!」

 

「クラスメイトの此の反応、最早外堀は埋め立て済みかーい!……上等よ!クラス代表、やってやろうじゃないの!!」

 

 

クラスメイト達の反応から既に外堀は埋められていた事を知った鈴はヤケクソ気味にクラス代表に就任したのだが、その裏には乱からの信頼があったので断る事が出来なかったのだ――此処で断ったら、自分がIS学園に来るまで答えを保留していた乱に対しての申し訳が立たないと思ったから。

中国人は嘘吐きで平気で人を裏切ると言うイメージがありがちだが、鈴は小学四年生から中学一年生までの思春期を日本で過ごした事で、日本特有の義理人情やらを確りと学んでいたので土壇場で裏切るような事はせずに乱の期待に応えて見せたのだ……鈴の生来の性格的にも断ると言う選択肢は存在してなかったのだろうが。

 

 

「そう言えば乱、一組のクラス代表って誰?秋五?其れとも夏月?」

 

「一組の代表は夏月だよお姉ちゃん。」

 

「ふぅん?どっちが代表でも本気で行くのは当然だけど、其れを聞いて俄然やる気が出て来たわ!……クラス代表対抗戦、楽しみにしているわよ夏月!そんでもって楽しみにしてなさい!!」

 

 

更に一組のクラス代表が夏月だと聞いて、鈴はクラス代表対抗戦に向けて闘志を燃やしていた――己が恋した相手と全力で戦える舞台と言うのは、鈴にとっては最高のモノであったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業は全て無事に終わって昼休み。

歴史の授業の時に、歴史上の人物の名を答えるよう指名された夏月が『間違ってるけど大間違いと言う程ではない答え。』、『明らかに絶対違う答え。』、『漫画やアニメのキャラクターの名前を答える。』と散々ボケ倒した挙げ句に『其れじゃー、華麗に正答を答えてくれ。頼むぞ天才。』と秋五に答えを丸投げしたり、数学の授業では逆に当てられた秋五が答えのみをホワイトボードに書き、夏月に『式を書くのが面倒だから、そっちは君に任せるよ。』と歴史の時間のリベンジをかましていたが、特段授業には影響はないようだった。

 

箒とセシリアは鈴の事が気になってはいたが、其れが気になり過ぎて授業に集中出来ずに担当教師から注意されると言う事はなく、確りと授業は受けていた――英語では箒が、古文ではセシリアが頭から煙を出していたが。

大和撫子なサムライガールにとっての英語と、英国淑女にとっての古文は最も縁遠いモノであったのだろう。因みに箒は、他の科目は学年で二十番以内だったのだが、英語だけは炎上ギリギリの低空飛行だったりする。

 

其れは其れとして、夏月はロランと更識姉妹、秋五は箒とセシリアと一緒に食堂に向かっていた。

 

 

「夏月、秋五!こっちよこっち!席取っておいたわ!」

 

「お~~、サンキュー鈴。乱。」

 

「助かるよ。」

 

 

食堂では既に自分のメニューを注文した鈴が、乱と共に席を取っていた。

其れを確認すると夏月達も其方に向かう――夏月と更識姉妹、ロランと乱は夏月特製弁当が、秋五と箒には箒お手製の弁当があるので、食堂のメニューなのは鈴とセシリアだけになるのだが。

そんな鈴とセシリアだが、鈴が注文していたのは『四川風汁なし担々麺』(因みに担々麺は汁なしが本場だそうです。)で、セシリアが注文したのは『ローストビーフのサンドイッチ』だった。

 

 

「さて、それでは秋五、彼女とお前がどんな関係なのか、其れを教えてくれるか?」

 

「彼女は凰鈴音。箒と入れ違いになる形で中国から転校して来た子なんだ……因みに乱もその時一緒に転校して来たんだ。乱は台湾からだけどね。

 幼馴染って言うのはオカシイかも知れないけど、僕にとっては大切な友達だよ。」

 

「そうだったのか……では改めて、私は篠ノ之箒と言う。宜しくな凰。」

 

「鈴で良いわよ。凰だと乱と分からないし……てか、篠ノ之ってアンタ若しかして兎のお姉ちゃんの家族?」

 

「兎のお姉ちゃん?」

 

「あ、束さんの事。あの人うさ耳型のメカを頭に装備してるから。」

 

「そう言えばそうだったな……あぁ、私はあの人の妹だ。あまりにも似ていないので、初見では姉妹には思われないのだけれどな。

 しかし姉さん、私の知らない所で知り合いを増やしていたとは……しかも一夜だけでなく海外にまで知り合いがいるとはな――流石は姉さんと言ったところか。」

 

 

席に着くなり箒が秋五に鈴との関係を聞いて来たが、秋五は其れに答えると箒は納得して、鈴に自己紹介すると、続いてセシリアも『イギリスの国家代表候補生のセシリア・オルコットと申します。宜しくお願いしますね鈴さん?』と、少しばかり好戦的な笑みを浮かべて自己紹介し、鈴も『中国の国家代表序列一位の凰鈴音よ』とバリバリ好戦的な笑みを浮かべて返していた……尤も、その後で鈴は箒とセシリアに『アタシは秋五に恋愛感情は持ってないから安心しなさい』と耳打ちし、箒とセシリアは一瞬顔が赤くなったのだが、幸いにも秋五には気付かれてはいなかった。

 

 

「うんうん、元気そうな子は大好きよ♪私は更識楯無、この学園の生徒会長で日本の国家代表を務めさせて貰っているわ。」

 

「更識簪。日本の国家代表候補生。あと四組のクラス代表、宜しくね?」

 

「一組の副代表にしてオランダの国家代表を務めさせて貰っているロランツィーネ・ローランディフィルネィだ。

 まさか中国からの編入生が夏月の知り合いだったとは、この数奇な縁の巡り合わせに、乙女座の私は運命と言うモノを感じずには居られない……しかもその少女は天真爛漫な性格と愛らしい容姿を持ち、名前は鈴の音を冠する可憐なモノと来た。嗚呼、神は何処まで我々を翻弄するのか。」

 

「え~っと、多分褒めてくれたんだろうけど……夏月、この人大丈夫?」

 

「此れがロランの平常運転だから気にすんな。気にしたら負けだ。

 そんでもって慣れろ、俺は慣れた……まぁ、俺が女優としてのロランのファン第一号だから慣れる事が出来たのかもしれないけどな。取り敢えず、一緒に居て絶対に退屈だけはしねぇな。」

 

「ふ、最高の褒め言葉だよ夏月……改めて宜しく頼むよ、ミス鈴音。」

 

「アタシの事は鈴で良いって!」

 

「では、私の事もロランと呼んでおくれ。」

 

「うん、其れはそうさせて貰うわ。ぶっちゃけ、その長い名前を正確に言える自信全くないから。」

 

 

更識姉妹とロランも自己紹介をして、其処からは親睦を深める為のランチタイム……になるのが通常の流れなのだが、其れに待ったをかける人物が居た。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん、何で秋五も誘ったの?アタシがコイツの事好きじゃないっての知ってるよね?」

 

 

それは乱だ。

従姉妹である鈴が虐められていたのを助けてくれた一夏と秋五には感謝していた乱だったが、一夏が不当な評価をされて一部の人間から『織斑の出来損ない』と言われているの知った時、其れを知りながら何もしなかった秋五には怒りを覚え、如何にも好きになれずにいたのだ。

 

 

「うん、知ってる。だけど、秋五には秋五の事情と葛藤があったのよ……アタシとしても、恩人の秋五がアンタに誤解されたままってのは嫌だから、その誤解を解くために一緒のランチにと思ったのよ。

 あと、一夏が生きてる間に二人の擦れ違いを修正出来なかったアタシの後悔を晴らすって意味もあるけどね……秋五、あとはアンタの口から言いなさい。」

 

「鈴……そうだね。此れは僕自身が言わなきゃいけない事だ。」

 

 

其れでも、鈴が此の場をセッティングしたのは、秋五への誤解を解く為――それは乱の誤解を解くためではなく、夏月となった一夏に秋五の思いを聞かせると言う目的もあったのだろう。

 

 

「僕と一夏は一卵性の双子だったけど、僕の方が弟だった……もしも僕の方が兄だったら、僕は迷わず一夏を助けていたよ。

 だけど双子とは言え僕は弟だった……一夏を『出来損ない』って蔑んでいた連中は、テストの点数が僕よりも一点低かっただけで一夏を馬鹿にするような奴等だったんだ――其処で僕が一夏を庇ったらどうなる?

 連中は一夏の事を『弟に庇われた情けない奴』と更に馬鹿にするようになるだろうし、姉さんは更にだ!姉さんは『双子であるとは言え、兄であるのにも関わらず弟に庇われるとは、恥を知れ!』と叱責するのは目に見えていた。下手すれば手を上げてたかも知れないな……だから、僕は一夏を助ける事が出来なかった。僕が助ける事で、一夏は更に辛い思いをする事になるから……僕が助けた事でより一夏が傷付く事に、僕自身が耐えられなかったって言うのもあるんだけど。

 でも、ドイツで一夏が誘拐されて、そして死んでしまった時、僕は死ぬほど後悔した……葬式では泣かないように堪えたけど、葬式が終わった後で僕は涙が枯れるんじゃないかって位に泣いた……そして、泣きながら一夏に謝ってたよ。『何も出来ずにゴメン。』、『苦しみから救えなくてゴメン。』って……そして、もしも僕が声を上げていたら一夏は死なずに済んだんじゃないかって、そう考えるようになったんだ……だから僕は、一夏が死んでしまったその時から、何があろうとも自分の意見は必ず口にするようにしたんだ……もう二度と後悔しない為に。」

 

「アンタ……そうだったんだ。そんな理由があったんだ……」

 

「自分が助けた事で余計に兄貴を辛い目に遭わせちまうかも知れなかったか……成程、ソイツは確かに助けるのも躊躇しちまうよな。」

 

 

話を振られた秋五は、此れまで鈴以外には話した事がなかった己の胸の内を話し、其れを聞いた夏月と乱、更識姉妹は一応の納得をしたようだ――自分が助けた事で余計に立場が悪くなるとなれば、確かに助けに入るのも躊躇すると言うモノだ。

まして、其れが身内である姉ですら一夏を余計に追い込む存在でしかなかったとなれば尚の事だろう……正に環境の悪循環とは此の事だ。千冬は己の預かりしならないところで無意識に秋五の事を苦しめていたと言うのは何とも笑えない話である。

 

 

「……お前の兄貴、仏壇は?」

 

「勿論あるよ。

 毎日水を変えて榊と一夏の好物だった『栗蒸し羊羹』を供えて、線香を上げてたよ……流石にIS学園に仏壇を丸ごと持って来る事は出来なかったけど、一夏の位牌とロウソク立てと線香立てを持って来て簡易的な仏壇を自室に作ってるけどね。」

 

「……後で、お前の部屋に行くから仏壇に手を合わさせてくれ。不遇の死を遂げちまった兄貴に、線香の一本でも上げさせて貰うさ。」

 

 

更に秋五は、仏壇を持ち込む事は出来ないが、一夏の位牌とロウソク立てと線香立てを持ち込んで自室に簡易の仏壇を作り上げ、毎日線香を上げていた――其れを聞いた夏月は、一夏の仏壇に手を合わせる事を決めた。

『一夏の死』を未だに確り其の胸に刻み込んで弔う姿勢の秋五に対してのある意味での礼と、織斑一夏と完全に決別するための事でもあるのだろう――一夜夏月として織斑一夏に線香を上げる事で、夏月は完全に『織斑一夏』とは別人になれるのである。……その決断は、並大抵の覚悟で出来る事はないのだが。

 

 

その後のランチタイムは鈴と秋五が過去のエピソードを披露して賑やかなモノになり、鈴が夏月特製弁当のクオリティの高さに驚き、乱からおかずを一つ貰って試食し、『昔より腕上ってんじゃないのよぉ……!』と若干乙女のプライドを折られ掛けたり、箒特製弁当を見た夏月が秋五に『愛妻弁当か?』と言って箒を一瞬で沸騰させたりしていたが、概ね平和なランチタイムであった。

そして食後は夏月と秋五と箒とセシリアは更識姉妹とロランと乱に、『此処からは夏月に関する女子会』だと言われて先に食堂から去る事になった。

 

 

「さて……それじゃあまどろっこしいのは苦手だから単刀直入に聞くわよ鈴ちゃん。貴女、夏月君に恋してるわね?……いえ、恋なんて生温いモノじゃなくで、夏月君の事を愛してるわね?私達と同様に!否定はしないわよね?」

 

「お姉ちゃん、直球過ぎ。」

 

「それは……否定出来るかおんどりゃぁぁぁぁ!!」

 

「うむ、そうではないかと思っていたが矢張りだったみたいだね。」

 

「お姉ちゃん、意外と分かり易いからね?」

 

 

其処で投下された楯無の爆弾に、鈴は肯定するしかなかった。

日本語が不慣れな事で虐められていた所を一夏と秋五に助けられた鈴だが、その際に虐めグループのリーダーに真っ先に殴り掛かってフルボッコにしてしまった一夏に一目惚れしてしまい、しかしその思いを伝える事は出来ないまま今に至っていたのだ。

 

 

「なら、貴女も私達の『乙女協定』に加わって貰うわよ?

 私と簪ちゃん、そしてロランちゃんと乱ちゃんは夏月君に恋愛方面での好意を抱いているの……そして、私達四人は『抜け駆け禁止』の乙女協定を結んでいるのよね……だから、貴女にも其れに加わって貰うわよ?夏月君に対しては全員が平等でなくてはならないわ――良いわよね?」

 

「抜け駆け禁止の乙女協定……OK、其れには加わらせて貰うわ楯姉さん。恋愛は平等に、此れって基本よね!――其れを踏まえた上での乙女協定とは、アンタ中々やるねぇ楯姉さん?」

 

「おほほ、伊達に更識楯無は名乗っていなくってよ?もっと褒めてくれても良いのよ鈴ちゃん。」

 

「いよ、流石は生徒会長!アンタが大将!日本一!総理大臣!」

 

「日本初の女性総理大臣を目指しても良いかもしれないね。」

 

 

鈴は一夏――夏月に恋心を抱いていたのだが、其れを伝えらえずに今に至り、其れを聞いた楯無に『乙女協定』の事を聞かされ、自身も其れに加わる事を決めたようである。

抜け駆け禁止の乙女協定下では出来る事は限られているが、其れでも鈴は夏月の側に居られる事を重視して乙女協定に加わったのだ……鈴の夏月に対する『愛』は本物であると言っても過言ではないだろう。

 

 

「其れでは、新たな乙女協定のメンバーとして、貴女を歓迎するわ鈴ちゃん。」

 

「宜しくお願いするわね楯姉さん。」

 

 

乙女協定の新たなメンバーが加わり、楯無と鈴はガッチリと握手を交わし、その後はロラン、簪、乱とも握手を交わして、鈴は正式に夏月を巡る『乙女協定』の一員となったのであった。

そして其の後、乙女協定のメンバーは昼休み終了ギリギリまで談笑してその絆を深めて行ったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode15『Kurz vor dem Klassenwettbewerb』

クラス対抗戦前の一幕だぜBy夏月      ヨガを極めても手足を伸ばす事は出来ないのねBy楯無    其れが出来たら、其れはもう人間辞めてるよByロラン


午後の授業も全て無事に終わった放課後、夏月は部活に行く前に秋五の部屋を訪れていた――『織斑一夏』の仏壇に線香を上げる為にだ。

勿論手ぶらではなく、売店で購入したお供え物を持ってきている……単純に仏壇へのお供物だけでなく、此れもまた夏月が『織斑一夏』と完全に決別する為に必要な事であるのだろう。

簡易的なモノとは言え、『織斑一夏』の仏壇に供物を供える事で、『織斑一夏』を自ら『死者』であると認め、『一夜夏月』と完全に分離させる……一夜夏月となって三年経って、漸く『一夜夏月』と『織斑一夏』は完全な別人となる訳である。

 

 

「よう、邪魔するぜ秋五。」

 

「よく来てくれた、こっちだよ夏月。」

 

 

部屋に入ると秋五の案内で仏壇へ。

仏壇は、本やらCD、DVDやらを収納出来るタイプのテレビ台の上に、一夏の遺影と位牌、線香立てとロウソク立て、花立、鈴台に置かれた鐘を置いた簡易的なモノであるが、良く手入れがされており埃一つ付いてはいない。秋五は毎日、朝と夕方に仏壇の埃を払い、花も定期的に入れ替えているのだ。

 

 

「これ、モンエナと売店で奇跡的に残ってた焼きそばパン、お供え物として買って来たんだけどよ、何処に置けば良い?」

 

「ロウソクと線香の側以外だったら、何処にでも空いてる所に置いてくれればいいよ……って言うか、組み合わせがオカシイと感じるのは僕だけ?普通焼きそばパンには牛乳かお茶だと思うんだけど?」

 

「いや、お供え物って下げたらお前が食べるんだろ?だったら牛乳やお茶よりもエナジーチャージが出来るモンエナの方が良いかなって。

 こっちの方が日持ちもするし、姉貴のせいで精神的エネルギーガリガリ削られてそうだからモンエナ飲めば少しは疲労回復になんだろ?……此処は成分が濃縮されたモンエナ³にすべきだったか?」

 

「いや、普通ので良いよ!」

 

 

夏月が持って来たお供え物の組み合わせが中々に独特だったが、夏月は夏月で考えてチョイスしたようだ――そして、そのお供え物を仏壇に供えると、事前に点けられていたロウソクで線香に火を点けて線香立てに挿してから鐘を鳴らして手を合わせる。

 

 

「(此れで、織斑一夏は俺の手で完全に死んだ事になった訳だ……もっと何か思うところがあるかと思ったが、何の感慨も湧かねぇ……『織斑』には何の未練もないって証か。)

 ……にしても、一卵性双生児ってだけあってマジでお前と同じ顔だが、なんと言うかこう……自分と同じ顔が仏壇にあるってのは、少し複雑な気分にならねぇか?」

 

「其れはないかな。同じ顔でも僕と一夏は別だからね。

 姉さんは僕だけを褒めて、一夏を褒める事はなかったどころか、一夏の努力も頑なに認めなかったけど、本当に凄いのは僕じゃなくて一夏だった……僕と一夏と姉さんは篠ノ之道場って剣道場で剣道を習ってたんだけど、一夏は劉韻先生から剣道じゃなくて篠ノ之流の剣術を門下生の中で唯一人伝授されていたからね。

 スポーツとしての剣道よりもより実戦的な剣術を伝授されていたって事は、一夏はスポーツマンとしての資質よりも本物の剣士としての資質があったって事になるんだ……そして、姉さんが剣術を伝授されなかった事を考えると、劉韻先生は一夏の方が姉さんよりも剣士としては上だと見抜いてたんだと思うよ。」

 

「そっか……お前、兄貴の事をスゲェ奴だと思ってたんだな。」

 

「一夏は凄かった、姉さんに認めて貰えなくても努力を辞めない姿には尊敬すら覚えたよ……でも、僕は何も出来なかった……そして、一夏は誘拐されて死んでしまった――きっと一夏は、僕の事を恨んでいるのかも知れないな。」

 

「……其れは、無いと思うぜ?

 確かに生きてる時はお前に対して思う事もあったかも知れないが、お前は兄貴の死を切っ掛けに変わろうとしたんだろ?

 お前が変わろうとしなければ、兄貴も失望して恨んだかもしれないが、少なくともテメェの死を切っ掛けにして変わろうとしてるって事を知ったら、『遅ぇよ。』とは思っても恨んじゃいないと思うぜ……だから、そんな事考えんなよ?お前がそんなんじゃ、兄貴も天国で心配しちまうぜ。」

 

「……夏月、そうだね。……一夏だったら、『天国で蓮の葉の上で過ごすなんぞ退屈過ぎる!つー訳で俺は地獄に行く!』って言って、地獄の鬼と喧嘩しまくって、死者から地獄の獄卒になりそうだけど。」

 

 

仏壇に手を合わせた後、秋五に少し訊ねると、秋五は秋五で一夏の事を尊敬していた事が判明し、同時に一夏に対して此の上ない後悔の念を持っていたみたいであるが、それに対して夏月が『そんな事はないと思うぜ?』と言ってやると秋五も其れを聞いて安心したような表情を浮かべた……夏月は、自分の気持ちを言っただけだったが、結果的には其れは秋五の胸に燻ぶっていた負の念を払拭する事に繋がったようだ。

 

其の後、夏月が秋五に『どっちがお前のベッド?』と聞き、秋五が其れに答えるとベッドの下を覗き、『お前の秘蔵のお宝コレクションがあるかと思ったが、此処じゃなかった。』と言い、秋五は『そんなモノないよ!仮にあったとしても寮に持って来る訳ないだろ!』と返していた……少しばかりアレな遣り取りではあるが、夏月も秋五も笑顔であり、その遣り取りを心底楽しんでいる様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode15

『Kurz vor dem Klassenwettbewerb』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『織斑一夏』の仏壇に供物を供え、線香をあげて手を合わせた夏月は秋五との他愛もないやり取りを終えた後、自身の所属する『e-スポーツ部』の部室にて活動を行っていた。

今年発足したばかりの部活で、部員も最低数しか居ない部活なのだが、顧問である真耶が『e-スポーツはこれから伸びる分野ですから!』と学園長に懇切丁寧に説明して、現在使われていない教室を丸々一室部室として獲得していた。

その部室には複数のゲーム機とモニターだけでなく、各種カードゲームが出来るテーブルが設置され、今年発足したばかりの新設の部活とは思えない充実っぷりとなっている……ゲーム機は殆ど簪が実家から持って来たモノではあるのだが。

 

そして、本日は新たな部員として鈴が加入していた。

乱から『e-スポーツ部』の事を聞いた鈴は、夏月と一緒の部活になれると言う事もあって迷わずに入部を決めたのだ。

 

 

「よっしゃ、此処から一気にコンボで行くわよ!」

 

「甘いぜ鈴……其の攻撃は態と喰らったんだよ!これぞ投げキャラの高等テクニック当て投げじゃーい!!喰らえや、ランニングスリーからのウルトラキャンセルウルトラクラークバスター!!」

 

「あんですって~~~!!!」

 

 

その部活では、『KOFⅩⅤ』の対戦が行われ、夏月が鈴相手にクラークでの三タテをブチかましていた……敢えて相手の小技を喰らって、喰らいモーションの間に無敵時間のあるコマンド投げを入力してコンボに割り込んで投げを決める『当て投げ』を仕込む辺り、夏月は可成りの格ゲーマスターと言えるだろう。

 

 

「あ、相変わらず投げキャラ使ったアンタはマジで強いわね夏月……アンタのザンギがめっちゃ強いのは知ってたけど、KOFのクラークも此処までとは――ⅩⅤに大門が居なくて良かったと本気で思ったわ。」

 

「大門がいたら、俺のチームはクラーク、シェルミー、大門で固定されただろうな……投げキャラは奥が深いから、弄ってて楽しいんだわ。」

 

 

格ゲーに関しては部員全員を総なめにした夏月だったが、顧問である真耶との試合では余裕勝ちとは行かなかった――ふんわりとした雰囲気の真耶だが、実は格ゲーの腕前は上級者レベルであり、夏月とも互角の試合をして見せたのだ。

結果としては夏月が勝ったのだが、互いに三人目まで出し合い、タイムオーバーの末の判定だったので、真耶の格ゲーの腕前は相当なモノだと言えるだろう……人は見かけによらないとは良く言ったモノだ。

 

その後も様々なゲームをプレイし、スマブラでは楯無が無双し、ぷよぷよでは簪が圧倒的な強さを見せ、リズムゲームでは鈴と乱が圧倒的な強さを見せ、クイズゲームではロランが『お前雑学王か?』と思わせる知識を披露して無双していた。

 

 

「俺はフィールド魔法『神縛りの塚』を発動!そして、ハード・アームド・ドラゴン、ビッグ・シールド・ガードナー、マシュマロンの三体をリリースし、『オシリスの天空竜』を召喚!

 更に俺はメタモル・ポッドを反転召喚して効果発動!互いのプレイヤーは手札を全て捨て、新たにカードを五枚ドローする……これにより、俺の手札は五枚になり、オシリスの攻撃力は5000ポイントになる!」

 

「攻撃力5000だって!?」

 

「だが其れで終わりじゃねぇ!

 リバースマジック『貪欲な壷』!俺の墓地のモンスター五体をデッキに戻してシャッフルし、カードを二枚ドローする……これにより俺の手札は七枚!よってオシリスの攻撃力は7000!!」

 

「こ、攻撃力7000!!」

 

「コイツで終わりだ!オシリスの天空竜で、ギガンテック・ファイターに攻撃!超電導波サンダー・フォース!!」

 

 

更にその後で行われた遊戯王のデュエルでは、『オシリスに完全効果破壊耐性を与える』デッキを組んだ夏月が連戦連勝だった……完全効果破壊耐性を得たオシリスを突破するのは至難の業なので、コンボが決まれば夏月のデッキに勝つのは略不可能と言えるのだ。……召喚したモンスターの攻撃力が2000ポイントもダウンされた上に効果破壊も出来ないとなればオシリスを突破する事は略不可能なので、夏月が連戦連勝したと言うのも頷ける事だ。

取り敢えず、新設の『e-スポーツ部』は中々に賑わっている様である。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

部活が終わった後、夏月はアリーナでISのトレーニングを行っていた……『試合前に手の内は知りたくない』と言う理由で、簪と鈴はトレーニング相手として除外したのだが、其れでも楯無とロランを相手にしてのトレーニングは中々にハードなモノだった。

楯無がナノマシンで作り出した無数の分身とロランの相手と言うのは夏月であっても可成り厳しいモノであり、夏月でなかったらトレーニング開始と同時に、問答無用でゲームオーバーになっていたかも知れないが、夏月は其の攻撃を見事に回避してロランに攻撃し、楯無に対してもビームダガーを投擲してソコソコのダメージを叩き込んで見せた――日本とオランダの国家代表を相手に回し、しかし互角以上の戦いが出来る夏月の実力は現行のIS操縦者の中でもトップクラスであると言っても過言ではないだろう。

流石にノーダメージとは行かなかったが、制限時間二十分をフルに使って戦い切り、楯無とロランの二人を相手にシールドエネルギーが60%も残っていたと言うのは驚くべき結果である。

 

楯無とロランとのトレーニングを終えた後、夏月は二人に『もう少しだけ身体を動かしてから戻る』と言うと、楯無とロランは『了解』の意を示してアリーナから大浴場へと向かい、残った夏月は一分ほど休憩すると今度は機体を纏った状態でのシャドーを開始。

其の動きは実際に相手がいるのではないかと錯覚してしまう程に洗練されており、回避行動だけでなく防御もしているので、シャドーの仮想敵は楯無クラスと言えるだろう……そんなシャドーを十五分続けたところで夏月は機体を解除してベンチに腰を下ろし、本日のトレーニングは終了と言った感じだ。

 

 

「精が出るわね夏月。ほい、差し入れ。」

 

「鈴か……サンキュ。お、モンエナか?嬉しいねぇ!」

 

「アンタって昔っから運動後はスポドリじゃなくてエナドリよね?」

 

「こっちの方が炭酸の清涼感もあるからスキッとするんだよ。疲労回復効果もあるしな。」

 

 

其処にやって来たのは鈴。

差し入れのエナジードリンクを夏月に手渡すと、自分もベンチに座る――少しばかり汗ばんでいるのを見るに、鈴もまた別のアリーナでトレーニングを終えたばかりなのだろう。

夏月は貰ったエナジードリンクを一気に飲み干すと、空き缶をアリーナの入り口にあるゴミ箱に向かって投げ、空き缶は見事にゴミ箱にホールインワンし、鈴は其れを見て『お見事!』と拍手を送る……トレーニング後の和やかな一時である。

 

 

「にしても、ちょっと安心したわアタシ。」

 

「安心したって、何に?」

 

「アンタと秋五の事よ。

 秋五の葛藤とか苦悩を知ってたのは、本人以外だとアタシだけだった訳じゃない?アンタや乱に話そうかと思った事もあるんだけど、秋五自身が言わない事をアタシが勝手に言っていいモノかって思ってて……でも、そのせいで乱は秋五の事を誤解したままになっちゃったし、アンタも秋五の事を良く思ってなかったでしょ?

 だから、アンタと秋五がIS起動させてIS学園に行くって知った時、なんかギスギスした雰囲気になっちゃうんじゃないかと心配してたんだけど、杞憂だったみたい。」

 

「『織斑一夏』としては思うところはあるが、『一夜夏月』は『織斑秋五』とは初対面だし、秋五も昔とは違って自分の意見を言えるようになってたからな……少々様子を見る事にしたんだよ。」

 

 

そんな中で、鈴は夏月と秋五の関係を学園に来るまで心配していたと言う事を話してくれた。

一夏と秋五、その双方の思いを知っている鈴だからこそ、『一夜夏月=織斑一夏』だと知った時に『IS学園で秋五と再会した際に関係が良くない方向に向かってしまうのでは?』と危惧していたのだ。

だが、実際にIS学園に来てみたら関係は悪くないようなので安心した様である。

 

 

「其れに、お前のおかげで秋五も実は苦しんでたんだって事を知ったし、さっき織斑一夏の仏壇に線香上げに行った時、アイツが一夏の事を如何思ってたのかを聞く事も出来たからな。

 『織斑一夏』として家族に戻る気は更々ないが、『一夜夏月』としてならアイツのダチ公兼ライバルにはなれると思ってるよ……尤も、『織斑一夏』としても『一夜夏月』としても、織斑千冬は絶対に許さねぇけど。」

 

「いやぁ、アイツは絶対許しちゃダメでしょ?てかさ、アタシが思うに秋五もアイツの被害者っしょ?

 昔の秋五って、虐めとかを見過ごせないのはアンタと一緒だったけど、其れ以外の事になると自分の意見を口にする事って滅多になかったじゃない?それって、アイツが人前で秋五の事をやたら褒めてた事が原因だと思うのよ。」

 

「人前で褒められ過ぎて、逆に自分の意見を言うのが怖くなっちまった……『下手に自分が意見を言えば織斑千冬が是が非でも其れを通すんじゃないか』ってか。」

 

「そう、そんな感じ。」

 

 

『自分が一夏を助けたら千冬は余計に一夏を責める』、『自分が下手に意見を口にしたら千冬は其れを何が何でも通そうとする』……完全に矛盾している事だが、其れもまた秋五を苦しめていた要員の一つであろう。

もしも一夏の死がなかったら秋五はその矛盾を越えて自らの意見を口にするようにはならなかった事を考えると、一夏の死は無駄ではなかったと言えるだろう――同時に一夏の死後、秋五は千冬に対しての疑念も大きくしていたりする……一夏の葬儀が終わって直ぐにドイツに軍の教官として向かったのもそうだが、ドイツから帰国した後も千冬は只の一度も一夏の仏壇に線香を上げるどころか手を合わせる事すらなかったのだ。秋五が千冬に対しての疑念を大きくし、不信感を持つようになったのは当然と言えるだろう。

 

 

「ま、織斑千冬は何時か必ずぶっ潰してやるさ……そんじゃ俺はソロソロ行くとするわ。モンエナサンキューな。」

 

「うん、また後で食堂でね。……其れと今度のクラス対抗戦、本気で行くから覚悟しなさいよ?もしも手加減なんかしたら、中国四千年の歴史が誇る数多の拷問ぶちかましてやるからからね!!」

 

「サラッとおっかない事言ってんじゃねぇよ……心配しなくても、真剣勝負の場で手加減するなんて興醒めな事はしねぇからな。……てか、手加減して勝てる相手じゃないよ、お前も、簪も、そしてギャラクシーさんもな。

 だが、俺は全員に勝って優勝する心算だ……俺を止められるもんなら止めてみな。」

 

「上等、やってやろうじゃない!……時に、アンタが一夏だって事を知ってる人ってドンだけ居るの?」

 

「お前と乱以外だと楯無さんと簪だけだ……ロランには何れ話さないととは思ってるけどな。クラス対抗戦が終わったら、それとなく話してみるさ。」

 

 

トレーニング後の雑談も終わり、夏月はアリーナの更衣室で着替えてから寮に戻り、シャワールームで汗を流していたのだが、シャワーを浴び終えて脱衣所に出たところでタイミングが良いのか悪いのか、脱衣所にあるタオルを取りに来たロランとエンカウント!

此れには夏月もロランも驚いて一瞬固まってしまったのだが、この時夏月はまさかロランが居るとは思わなかったので腰にタオルなんぞは巻いておらず、ロランは夏月の『長砲身四十五口径ビッグマグナム(弾数∞)』バッチリと目撃してしまい、直後に夏月とロランの絶叫が学園島に響き渡る事となり、その後はお互いに謝り倒すと言う展開になってしまったのだった……此れが逆の立場だったら『ラッキースケベ』になるのだろうが、女性が男性のマッパを見てしまった場合は中々そうはならないようである。

 

 

「(あ、あんなモノを見てしまっては……此れは、是非とも夏月にお嫁さんにして貰わないと!)」

 

 

この一件でロランには何か妙な思いが芽生えてしまったみたいだが、其れでも乙女協定に違反する事はないだろう……同室と言う事で、他のメンバーよりも少々有利な立場にあるロランだからこそ協定は遵守するのである。

取り敢えず今回の件は『お互いにタイミングが悪かった』と言う事で決着し、其れから食堂に行って新たに鈴を加えた何時ものメンバーで晩御飯タイム……に、本日はグリフィンが加わっていた。――夏月は知らない事だが、グリフィンも『乙女協定』のメンバーになっていたりする。。

如何やらグリフィンは楯無から夏月の事を聞いて興味を持ち、クラス代表決定戦で実力の程を知り、気持ちいいほどの食べっぷりを見て好感を抱いたらしく、大浴場で一緒になった楯無に『彼って今彼女とかいるの?』聞き、楯無が『居ないけれど、今現在彼に好意を抱いている人は私を含め五人居るわ……そして、其の五人は抜け駆け禁止の《乙女協定》を結んでいるの。』と答え、『じゃ、私も乙女協定に追加だね!』とサラリと乙女協定の一員に。夏月がアリーナに一人残ってシャドーを行っている間にこんな事があったのだ。

そして、此の日の晩御飯タイムでは夏月とグリフィンの大食い対決が始まり、夏月とグリフィンが共にステーキ定食十人前をペロリと平らげてドローと言う結果になって、その結果は新聞部に良いネタを与える事になるのだった。

序に、夏月は楯無から、『明日からグリフィンのお弁当も追加して貰える?』と頼まれ、夏月は其れを了承していた――主夫力が限界突破し、料理が趣味な夏月にとっては今更作る量が増えたところで大した問題ではなかったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経ち、クラス対抗戦当日。

今日も今日とて夏月は早朝のトレーニングを行っていたのだが、ランニングを終えて寮に戻ってくると庭の一角で禅を組んでいる人物が居るのに気付いた――深い緑色のショートヘアーと艶のある褐色の肌、一年三組のクラス代表にしてタイの国家代表候補生であるヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが禅を組んで瞑想していたのである。

 

 

「……お早うございます一夜さん。本日もトレーニングですか?」

 

「お早うギャラクシーさん。ま、日課なんでね……つっても、今日はクラス対抗戦あるから何時もよりは軽めのトレーニングにする心算だけどな。」

 

 

夏月の気配を感じたのか、ヴィシュヌは禅は組んだままだが目を開け、柔らかい笑顔で挨拶して来たので夏月も挨拶を返し隣に腰を下ろす……軽めとは言いつつもランニングはバッチリ学園島を一周して来たので、この後のトレーニングメニューが何時もよりも軽めの内容になるのだろう。

 

 

「一夜さんがランニングに出掛ける姿は何度か拝見していますが、ドレ位の距離を走っているのですか?」

 

「学園島を一周だな。」

 

「……学園島は周囲10kmはあると思うのですが、其れだけの距離を走って全く息が乱れていないと言うのは驚異的な事であると思うのですが?こう言っては失礼と思いますが、一夜さんの体型的に長距離走は得意ではないのではないかと……」

 

「短距離を走るには細過ぎる、長距離を走るには太過ぎるって事か?

 確かに俺の体型は究極の細マッチョではあるが、単純に走るとなったら長距離も短距離も向いてない体型だが、俺の場合は筋肉が特別なんだ――人間の筋肉ってのは瞬発力のある速筋と持久力のある遅筋、そして僅かにその両方を併せ持つ筋肉の三種類で構成されてるんだが、俺は独自のトレーニングで全身の筋肉を速筋と遅筋の両方の機能を併せ持つ筋肉だけにしちまってるんだ。

 だから、10kmのランニング程度なら特に息が上がる事なく熟す事が出来るって訳……流石に全力疾走したら息は上がると思うけどな。」

 

「そもそも10kmを最初から最後まで全力疾走する人など居ないと思いますが。」

 

 

身体能力がぶっ飛んでいる夏月だが、其れは筋肉に剛性と柔軟性の双方を持たせるトレーニングをして来た結果だ。

筋肉繊維を太くする事なく、細くしなやかに、其れで居て強く鍛えた結果、夏月の筋肉は細い針金を何本も束ねて作られたワイヤーの如き強さと生ゴムの如き柔軟性を併せ持つに至ったのだ――普通ならばそんな事は絶対に不可能だが、『織斑計画』によって生み出された人造人間で、更に『イリーガル』と呼ばれていた夏月だからこそ会得出来た奇跡の肉体であると言えるのだが。

 

 

「そんで、ギャラクシーさんはなんだってこんな所で禅組んで瞑想してたんだ?」

 

「瞑想は日課で、何時もは自室で行っているのですが、今日はより集中力を高めたかったので外で行う事にしたんです……外で行う瞑想は、自然の気を取り入れる事も出来ますし、瞑想の後のヨガもより良い感じで行えるんですよ。

 クラス対抗戦、最高のコンディションで挑みたいので。」

 

「成程な?ってか、ギャラクシーさんヨガやってるのか……となると今日のクラス対抗戦、一番の強敵はギャラクシーさんかもしれないな?ヨガをやってるって事を考えると、間合いの外から手足が伸びて来たり、火を吐いたり、瞬間移動したりする可能性があるからな……!」

 

「私をどこぞの妖怪ヨガと一緒にしないで頂きたいのですが……」

 

「冗談だよ。」

 

 

ヴィシュヌはヴィシュヌで本日のクラス対抗戦に最高のコンディションで臨むために外での瞑想を行っていたようだ――『ヨガをやっている』と聞いた夏月がどこぞのストリートファイターなヨガ僧を想像したが、現実でヨガを行っている者にはあんな人外な事は出来ないので悪しからずである。

その後はヴィシュヌはヨガを、夏月は普段は三百回ずつ行っている腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々百五十回、木刀を使った素振りと無手でのシャドーを十分間行って朝のトレーニングは終了。

夏月がトレーニングを行っている横ではヴィシュヌも日課のヨガを行っており、『身体を二つに折って両足を背面で交差させ腕で立つ』と言う複雑なポーズを見た夏月が、思わず『なんでそないな事出来るとです?』と妙な言葉遣いで聞いてしまったのはご愛敬だ。

 

 

「其れでは一夜さん、クラス対抗戦全力で良い試合をしましょう。」

 

「あぁ、最高の試合をしようぜギャラクシーさん!

 其れこそ、一年の部の後の二年、三年の部の試合が全て霞んじまう位の物凄い試合をやってやろうぜ……今から新聞部からの優勝者インタビューのコメント考えておくか?」

 

「己を鼓舞する手段としては、其れもアリかも知れませんね。」

 

 

自分の部屋に戻る前に、夏月とヴィシュヌはクラス対抗戦での健闘を誓うと軽く拳を合わせて部屋に戻り、夏月はシャワーを浴びてから六人分に増えた弁当を作りを始めたのだが、鈴は兎も角グリフィンはめっちゃ食べるので実質的には自分の分を含めた七人分ではなく十人分を作る事に――尤も夏月は全く苦にせず、ロランの手伝いもあってあっと言う間に弁当を作り上げてしまった。因みに本日の夏月特製弁当のメニューは、『明太高菜の混ぜご飯』、『鶏のチリソース』、『アスパラとパプリカのピクルス』、『穴子入り出汁巻き卵』、『カリフラワーのマヨネーズソテー』だった。

 

因みに同じ頃、ヴィシュヌは自室のシャワールームではなく大浴場にて汗を流していたのだが、其処には偶然朝風呂を浴びに来ていた真耶と鈴が居り、鈴は年上の真耶は兎も角として同い年であるヴィシュヌとの発育の違い――主に身長と胸部装甲の差に絶望し、残酷なまでの『胸囲の格差社会』を味わう結果となっていた。

 

そして其の後は食堂で朝食タイムに。

本日の夏月の朝食は『鮭のハラス焼き定食』のご飯大盛りに、単品で『納豆(卵黄と刻み昆布トッピング)』、『焼き厚揚げ』、『コンビーフ入りポテトサラダ』と言うラインナップだが、高カロリーかつ即エネルギーに変わるメニューなので、クラス対抗戦を意識したメニューであったと言えるだろう。即エネルギーに変わる食事であれば試合で最高のパフォーマンスを発揮する事が出来るのだから。

 

 

「ごっそさん。」

 

 

食後、夏月は自販機でコーラを買うと、其れを思い切り振ってから蓋を開けて炭酸を抜くと、其れを一気に飲み干してエネルギーチャージは万全!炭酸を抜いたコーラは滅茶苦茶濃い砂糖水なので、これまた即時エネルギーに変わる飲み物であるのだ。……尤も其れは、驚異的な消化能力を持っている夏月だからこそ出来る事ではあるのだが。一般人が炭酸抜きコーラを飲み干した直後に運動をするのは非常に危険なので絶対に真似してはいけない事である。

何れにしても、エネルギー補給を十二分に済ませた夏月は最高のコンディションでクラス対抗戦に臨む事が出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午前十時、遂にクラス対抗戦開幕の時間となった。

クラス対抗戦は毎年一年の部が注目の的となるのだが、今年は例年よりも一年の部は注目を集めていた――言わずもがな、夏月が居るからだ。

クラス代表決定戦では無傷の三連勝をして見せた夏月だが、クラス対抗戦ではどんな試合を見せてくれるのかと言う期待もあって、俄然注目の的になっているのである……新聞部がクラス対抗戦前に発行した、『各クラスの代表にクラス対抗戦に対する意気込みを聞いてみました!』との見出しの号外にて、『注目の選手は誰』との質問に対し、夏月以外の一年のクラス代表は異口同音に『夏月』と答えていたのが余計に注目を集める結果になったのだろう。

 

 

『Lady's&Gentleman!さぁ、いよいよ待ちに待ったクラス対抗戦の始まりだ~~~!

 クラス対抗戦の実況を務めるのは私、放送部の法堂蓮子!そして解説は、皆大好きIS学園の癒しキャラにして実はトンデモナイ実力の持ち主である山田真耶教諭だ~~~!!童顔に魔乳の組み合わせは強烈無比!山田先生を嫌いな人なんぞ存在しないってモンだぜ~~~!!』

 

『な、何ですかその紹介は~~~~!!もう少しちゃんと紹介して下さい~~~!!』

 

 

放送室にて実況を行う放送部の生徒もノリノリで実況の真耶を紹介する……普通ならば『ブリュンヒルデ』のネームバリューのある千冬を解説に迎えそうなモノだが、放送部は『織斑先生だと良いリアクションが期待出来ないかも』と考えて真耶に解説を頼んだのだろう。

千冬には場を盛り上げる為の解説など不可能なので、放送部が真耶を解説に選んだのはある意味で英断と言えよう――もしも千冬が解説だったら試合に余計なダメ出しをして場をシラケさせる可能性が大いにあったのだから。

 

其れは其れとして、クラス対抗戦で優勝したクラスには賞品として『学食のスウィーツフリーパス券』が贈られる事になっているのだが、其れとは別に生徒間ではクラス対抗戦の結果を予測するトトカルチョが行われていた。

火付け役は新聞部で、見事に的中した生徒には『学食無料券』が三日分プレゼントされるとあって可成り熱いトトカルチョが展開されているのだが、そんな中で一番人気だったのは夏月だった。

『クラス代表決定戦』でオランダの国家代表であるロランを下した上で三連勝した夏月ならば、夏月以外の参加者が国家代表候補であるクラス対抗戦なら全勝出来ると考えたのだろう……簪も鈴もヴィシュヌも、代表枠に空きがないから代表候補生のままであるだけで、其の実力は国家代表と遜色ないどころか、若しかしたら国家代表を凌駕しているかも知れないのだが、一般生徒にはそんな事は分からないので、此のトトカルチョの結果は致し方ないだろう。

勿論、二組、三組、四組の生徒の大半は自分のクラス代表に賭けているのだが、全体数からすると矢張り少数になってしまうのだ……尚、楯無は夏月にするか、簪にするかで悩んでいたのだが、悩みに悩んだ末に夏月に賭ける事にした。

この場に居る誰よりも夏月と簪の実力を知っている楯無だが、同時に姉としての思いもあるので悩んだのだろう……最終的には、更識の仕事で何度も修羅場を潜って来た夏月の実戦での強さが決め手になったのだろう。

 

 

『其れでは、一年の部の最初の試合の組み合わせ!ルーレット、スタートォ!』

 

 

クラス対抗戦が開幕し、先ずは一年の部の最初の組み合わせがルーレットによって決められる。

オーロラヴィジョンに表示された第一試合と第二試合の対戦表が目まぐるしくシャッフルされ、約十秒シャッフルされた後に組み合わせが決定……その組み合わせはと言うと――

 

 

・第一試合:一組代表・一夜夏月vs二組代表・凰鈴音

 

・第二試合:三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーvs四組代表・更識簪

 

 

と、このようになった。

 

 

「いきなりお前とか鈴……初戦でぶち当たるってのも悪くねぇかな?

 ある意味ではお互いに最高のコンディションで、しかも全く消耗してない状態で戦う事が出来るって事だからな?……だけど、後の試合の事を考えて出し惜しみなんて温い事するなよ鈴?全力を、奥義を尽くさねば俺には勝てないからな。」

 

「言われるまでもないわよ夏月……アンタこそ、龍の爪牙の餌食にならないように注意すると良いわ。悪いけどアタシ、手加減とか出来ないからね。」

 

「はっ、俺に手加減なんぞ無用だ。寧ろ手加減なんてしたらぶっ殺す。」

 

「アハハ!そう来なくっちゃね!全力で行くわよ夏月!」

 

「上等だ……寧ろ、全力の更に先を引き出してやる!お前の持てる力を全て出して来な!――俺は其れを粉砕するぜ!」

 

「言ってくれるじゃないの!粉砕出来るモンならしてみなさい!アタシはアンタの全力を、粉砕!玉砕!!大喝采!!!してやるわ!!」

 

 

控室のモニターで其の組み合わせを見た夏月と鈴は互いに好戦的な笑みを浮かべると拳を突き合わせた後に夫々のピットに向かって行ったのだが、簪とヴィシュヌは其の時の夏月の背後にオベリスクの巨神兵を、鈴の背後にはオシリスの天空竜を幻視していた……夏月と鈴の試合が相当に激しいモノになるのは間違いないと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――同刻、IS学園の遥か上空

 

 

成層圏ギリギリの其の場所には二人の少女がISを部分展開して居た。

一人は眼鏡をかけ、長い髪を二つに分けて縛り、そして其れを一つに纏めた少女で、もう一人はショートカットで目元をバイザーで覆っている小柄な少女だ……何方も可成りの実力者であるのは間違いないだろう。遥か上空に居るとは言え、IS学園のセキュリティに引っ掛かっていないのだから。

 

 

「其れで、そのタイミングで仕掛ける?仕掛けるタイミングはアタシ達に一任されているが……如何するM?」

 

「そうだな……一年の部の最終戦が佳境に入って来たタイミングで仕掛けるぞN。其方の方がインパクトがあるし、あの女の力の一端を捥ぐには効果的だと思うからな――奴の無能ぶりを晒してやるさ。」

 

「ブリュンヒルデの無能ぶりを晒すか、成程な……で、其れ以外の本音は?」

 

「弟の活躍を全試合見届けたいです!秋五の試合は見れんが、一夏……否、夏月の試合は見る事が出来るのでな、姉として弟の試合は見届けたいのだ!」

 

「ブラコン乙……と言うか、一夜夏月と織斑秋五は、五~六歳まで成長促進ポッドの中で成長させた上でポッドから出されて稼働時間は十年だから、稼働時間が十三年の自分の方が姉だってのは如何と思うぞM――マドカ。」

 

「其れについては突っ込むなN――ナツキ。私だって少々無理がある理論だとは思っているさ……でも、肉体的にはあの二人より幼くとも、生まれたのは私の方が先と考えると、な。」

 

 

M――マドカと呼ばれた少女と、N――ナツキと呼ばれた少女はIS学園に突入するタイミングを狙っていたのだが、会話の内容を聞く限り、IS学園を壊滅させると言った物騒なモノではなさそうだ。

其れでも夏月と秋五を『弟』と称したマドカは要注意人物であると言えるだろう……少なくとも彼女は、ある程度は『織斑計画』の事を知っていると言えるのだから。

 

 

様々な思惑が交錯する中、クラス対抗戦は其の幕を上げるのだった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode16『クラス対抗戦は最初から手加減不要の全力全壊!』

クラス対抗戦……全力で行くぜ!By夏月      全勝優勝、期待してるわ♪By楯無    君ならば全勝優勝も夢ではない、私はそう思っているよByロラン


クラス対抗戦第一試合は夏月vs鈴となり、夏月は自分のピットルームで出撃の準備をしていた。

機体を展開し、動作に異常がないかの最終チェックをし、何時も通り動く事を確認するとカタパルトに向かうのだが……

 

 

「なんでお前達も居るんだよロラン、オルコット。それにグリ先輩まで。」

 

「なんでだって?愚問だな夏月……観客席で見るよりもピットルームで見た方が君により近い感覚で観戦出来るからに決まっているじゃないか。

 臨場感で言えば観客席の方が上なのかも知れないが、ピットルームにはアリーナの詳細を知るためにアリーナに設置された全てのカメラで撮影された映像がリアルタイムで、それも最高画質の8Kで流れて来るから、観客席で見るよりも迫力があるんだよ。」

 

「其れに、此処なら試合に向かう君をお見送り出来るし、試合を終えた君を迎える事が出来るでしょ?」

 

「私はクラスメイトとして激励に参りましたの。」

 

 

ピットルームにはロラン、グリフィン、セシリアの姿があった。

其れらしい理由を言ってはいるが本当の理由は別にあり、彼女達がピットルームに居るのは楯無から『万が一トラブルが起きた時に即動けるようにピットルームで待機していて欲しい。』と頼まれたからであり、その際に『試合に出る選手には余計な負担を掛けたくないから、ピットルームに居る理由は適当に誤魔化しておいて♪』とも言われたので、実際に適当かつ其れらしい理由を言った訳だ。

同じ理由で鈴側のピットルームには乱、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー、の三人が待機しており、乱は『クラスメイトのお見送りとお出迎えの大役を任された。』、ダリルとフォルテは『何か面白そうだからコイツに付いて来た』とピットルームに居る理由を鈴に説明していた。

 

無論楯無とて、『万が一』との理由だけで六人もの専用機持ちをピットルームに待機させている訳ではない――更識の長の、『楯無』としての第六感が今日のクラス対抗戦で何かが起きると告げていたのだ。

『楯無』となるべく幼い頃からありとあらゆる英才教育を受け、若干十三歳で暗部の仕事に携わって来た彼女の第六感は一般人の其れとは比べ物にならないモノであり、暗部の仕事の場でも第六感に従った事で命の危機を回避した事も一度や二度ではないのだ……そんな己の第六感が『何かが起きる』と告げた以上、楯無は其れを無視する訳には行かなかったのである。

ならば何故ロラン達専用機持ち六人をピットルームに待機させているのかと言えば、トラブルが発生した際に観客席の出入り口が外部ハッキングによってロックされてしまった時の事を考えてだ――仮にもしそうなってしまった際にピットルームで待機している六人が観客席に居たら、一般生徒達と共に観客席に閉じ込められる事になリ、トラブルに対処出来る手が減ってしまうだろう。

だが、管制室とピットルームはセキュリティの事を考えて観客席の出入り口とは別系統から電源を取っており、ロックこそ特殊電子キーかカードキーで行われているが外部ハッキングが出来ない様にネットワークには接続していなので、ピットルームか管制室に居れば閉じ込められる事は無いのだ……観客席はネットワーク接続をしておいた方が開閉がスムーズであり、外部からの客を入れた時に都合が良いのでハッキングに対するセキュリティが若干弱くなってしまっているのだ。其れでもファイヤーウォールの強固さは一般企業のモノとは比べ物にならないのだが。

尚、楯無自身は管制室に詰めており、有事の際には現場の指揮を執る事になっている。

此れに関しては千冬も現場の最高指揮官であるのだが、楯無は千冬の指揮系統から外れた独立した指揮系統を学園長から特別に与えられている――千冬はあくまでも一教師に過ぎないが、楯無は日本の暗部の長……であるのならば、楯無には自由に動いて貰った方が学園としても安心出来るのだ。楯無が訓練機を使った模擬戦とは言え、千冬と引き分けたと言う実績も大きいだろう。

 

 

「まぁ、応援してくれるってんなら良いけどよ……つか、オルコットは此処に居て良いのか?ぼやぼやしてっと篠ノ之に秋五の事取られちまうぞ?お前と違って、篠ノ之には『幼馴染』って最強クラスのアドバンテージが有る訳だしな。」

 

「オホホ……その程度のアドバンテージなどひっくり返して見せますわ。イギリス人は恋と戦争では手段を選びませんの。とは言いましても、正攻法での手段は選ばないと言う事ですが。」

 

「其れなら良いけどよ……まぁ、頑張れや。

 そんじゃ、そろそろ時間なんで俺は行くぜ?」

 

「あぁ、行ってらっしゃい夏月。一筋縄で行く相手ではないだろうが、だからと言って君が負けるのは想像出来ないからね……是非とも華麗に勝利を収めて帰って来ておくれ。」

 

「バッチリ決めて来てよ、カゲ君!!」

 

「うっす、全力でやって来るぜ!」

 

『システムオールグリーン。進路クリア。騎龍・黒雷、発進どうぞ。』

 

「一夜夏月。黒雷、行きます!」

 

 

楯無が己の第六感に従ったセキュリティが敷かれている中、夏月はロラン達と軽く言葉を交わすとカタパルトに入り、其処から一気にアリーナへと飛び出し、略同じタイミングで逆側のピットからは鈴がカタパルトで飛び出し、そしてこれまた同じタイミングでフィールドに降り立つ。

クラス対抗戦一年生の部は第一試合からガチンコのセメントバトルになるのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode16

『クラス対抗戦は最初から手加減不要の全力全壊!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィールドに降り立った夏月と鈴を見て、観客席は一年一組のクラス代表決定戦の時と同じざわめきに包まれていた。

その理由は簡単、夏月と鈴の機体が武装以外は全く同じだったからだ――一年の生徒は一夏とロランが同型の機体を使っている事に(二組の生徒は乱も同形の機体を使っている事に)、二年以上の生徒は楯無と同系統の機体を使っている三人目が現れた事に驚いているのだ。

武装は違うが、本体の形状は全く同じであり、違いがあれば機体カラーが夏月が黒で鈴が赤であると言う事だけである。

そして千冬は管制室で、『凰妹だけでなく、凰姉も同型の機体だと……?』と、夏月、ロラン、楯無、鈴、乱がどの様な関係であるのかを疑問に思っていたが、真実に辿り着くのは難しいだろう。その裏に嘗て裏切った親友の存在を感じてはいたが、彼女と夏月達との接点がまるで分らないのだから。

鈴と乱に関してはは過去の事から束との接点があるとは思えても、夏月と更識姉妹、ロランに関しては全く謎で、夏月と更識姉妹は更識家での同居と言う接点があるモノの、其の三人とロラン、鈴、乱の三人の接点が見えず、鈴と乱以外の四人が如何にして束と接点を持つに至ったのか、其れが分からない以上真相は不明なままなのだ。

 

 

「其れがお前の専用機か……攻撃的なお前にはピッタリの装備って感じだなオイ?特に背中にマウントされた大型のブレード……ソード・インパルスみたいでカッコいいじゃねぇか!」

 

「ビームブーメランと、クローシールドも搭載してるわよ?」

 

「何ぃ!お前の専用機はソード・ストライクとソード・インパルスのハイブリッドだったのか!!」

 

 

そんな事は全くお構いなしに、夏月と鈴は自然体で向き合い、夏月は無形の位で、鈴はレーザーブレード対艦刀『滅龍』を右手で順手、左手で逆手に構えて臨戦態勢はバッチリと言った感じだ。

互いに龍を模したフェイスパーツで口元以外は見えない状態だが、フェイスパーツの下ではその目に闘気を宿した猛獣の如き獰猛な表情を浮かべているだろう。夏月も鈴も強者との戦いは何よりも望んでいるモノなのだ。

 

 

『其れでは、クラス対抗戦一年の部第一試合、一夜夏月vs凰鈴音!デュエル、スタートォォォォォォォ!!』

 

『其れは、間違ってないけど間違ってます!!』

 

 

若干突っ込みどころ満載の試合開始宣言と同時に夏月と鈴は飛び出し、鈴は右手で斬り下ろしを、左手で斬り上げを繰り出し、夏月は斬り下ろしを龍牙で受け、斬り上げを鞘で受け、其れを捌くと空手の前蹴りを繰り出す。

両手が塞がっていたので鈴はガード出来なかったが、自ら後ろに飛ぶ事でダメージを最小限に止めると、鈴は滅龍を両手で順手に握り直してイグニッションブーストからの連続斬りで夏月に攻撃する。

其の攻撃は、暴風の如き激しさだが、夏月は龍牙と鞘で見事に捌いて行く――其れも真正面から受けるのではなく斜めの角度で完璧に受け流しているので所謂ガードダメージも略ゼロになっているのだ。

 

 

「身の丈以上の大型ブレードの二刀流とは、相変わらず小さいくせにパワーだけはぶっ飛んでんなお前?山椒は小粒でも辛いってか!」

 

「中華料理、特に四川料理の決め手は山椒なのよ!って言うか、小さいって言うな!此れでも、10cm伸びてるんだからね!!アンタがデカくなってるだけでしょ!」

 

「中学三年間で30cm近く伸びたからな俺は……でも、お前は背は伸びても、相変わらずまな板だなぁ……まぁ、俺は胸の大きさなんてのは気にしないけどな。貧乳には貧乳の魅力がある!

 とあるネット記事で、『巨乳との夜のバトルは逆に大味』って見た事あるし!」

 

「何の慰めにもなってないわよバカヤロー!!ってか、まな板って言うな!!」

 

「悪い悪い、なら下ろし金で如何よ?アレは平たんじゃないから。」

 

「平たんじゃないけど、アレに付いてるのは膨らみじゃなくて鋭い突起でしょうがアホンダラ!!」

 

 

激しい攻防を行いながらもこんな軽口を叩き合えるのは、逆に言えば激しい攻防を行いながらもまだ夏月と鈴にはギリギリではあるが余裕があるからだろう。

それから暫くは激しい剣劇が展開されたが、此れでは埒が明かないと考えた鈴は、大振りの斬り上げを繰り出して夏月に其れを捌かせると同時に、スライディングキックを繰り出して夏月の態勢を崩すと、其処から高角度の後回し蹴りを繰り出す!

 

 

「ち、そう来たか!」

 

 

だが、夏月はその蹴りを後ろに飛ぶ事で最小限のダメージでやり過ごすと、両手にビームダガー『龍爪』を持てるだけ展開すると、其れを連続で投擲し『貴様が何秒動けようと関係ない処刑方法を思い付いた』DIO様の如き攻撃を行い、しかし鈴は滅龍を柄の部分で連結させると、其れを棒術の『旋風棍』の様に回転させて全ての龍爪を迎撃し、イグニッションブーストで夏月に近付くと――

 

 

「行くわよ!」

 

 

蹴り足を地面に付けない連続蹴りからの蹴り上げ――ストリートファイターⅢ3rdの春麗の最強スーパーアーツとして有名な『鳳翼扇』を繰り出す。一瞬で間合いを詰める事が出来るイグニッションブーストからの連続攻撃は強烈無比の攻撃であり、普通ならば反応するのは難しいだろう。

 

 

「ふっ!はぁっ!とりゃあ!!!」

 

「此れは、伝説のウメハラブロッキング!ゲームなら兎も角、現実のバトルで其れをやる馬鹿が居るとは思わなかったわよ!」

 

 

だが、夏月は其れを全段見事に捌き切ってノーダメージでやり過ごすと、カウンターの鞘打ちを繰り出し、其処から返しの鞘当てを叩き込むと居合いの一閃から逆手居合い連続技を叩き込み、コンボの締めに鍛える事も出来ず、動作の彼是から装甲で覆う事も出来ない喉笛にスタン・ハンセンも驚きの見事なウェスタン・ラリアットをブチかまして鈴をアリーナの壁付近まで吹っ飛ばす!

 

 

「今のは可成り効いたわ夏月……でも、アタシはまだ戦えるわ!」

 

「その頑丈さと根性には敬意を表するぜ……どんだけ頑丈なんだテメェは?つか、俺が知ってるよりも頑丈になってねぇか?機動力と頑丈さを併せ持ってるって、其れは割とチートキャラだろ!!」

 

「褒め言葉と受け取っておくわ!今の一撃でアタシの機体のシールドエネルギーの残量は65%まで減っちゃったけど……其れだけあれば、アンタに勝つ事は不可能じゃないわ!」

 

「ったく、俺が言えた義理じゃないが、諦めない奴ってのは心底厄介だぜ……だが、そう来なくちゃな!!」

 

 

だが、鈴の機体はシールドエネルギーは大きく減少したがまだ健在で、そして鈴の闘気も消え去っていないので試合は続行なのだが……夏月の機体が未だシールドエネルギーが略満タン状態であるのに対し、鈴はシールドエネルギーが残り65%であると言うのは鈴にとっては圧倒的に不利な状況であると言えるだろう。

此のまま夏月に逃げ回れてしまったら、タイムオーバーでの判定負けは避けられないのだから。

しかし、鈴は絶望する事無く、それどころか更なる闘気を燃やして夏月に苛烈極まりない攻撃を繰り出して来る――がしかし、夏月はそんな鈴の攻撃を全て受けつつ的確に捌いてダメージは最小限に止めている……傍目には鈴の猛攻に夏月が防戦一方になっているように見えるだろう。

 

 

「(く……何で?何でこうも全部の攻撃が捌かれるのよ!?対艦刀は振りが大きいって言っても、だからってこうも完璧に捌き切れるモノなの!?)」

 

 

しかし、攻めている側である鈴は自分の攻撃が夏月に決定的な一撃を与える事が出来ていない状況に焦りが生まれていた。

夏月とてダメージはゼロではないが、其れはあくまでも鈴の攻撃を避けられずにガードした際に生じる微々たるモノで、格闘ゲームで言うところの『削りダメージ』のような感じであるのだ。

鈴は最強ではないが、しかし中国の代表候補生の序列一位であり、実力的には国家代表と遜色ないレベルだ……でありながら、夏月に攻撃を捌かれているのかと言えば、此れは単純に経験した『実戦』のレベルに差があるからだ。

夏月も鈴もISバトルの実戦経験は豊富であり、単純にISバトルのみの経験ならば恐らく大きな差はないだろうが、其れ以外の『実戦』の経験となると此れは大きく異なって来る――鈴は功夫を中心とした中国拳法を会得しており、ISバトルに於いても其れを巧みに使用しているのだが、生身で中国拳法の大会に出場した事はマッタク無くあくまでもISバトルに於ける戦闘技術の一つに過ぎない。

夏月もまた剣術以外に空手、柔術と言った格闘技を身に付けているが、鈴とは違い夏月は空手の大会に出場し、中学時代は全国制覇している上に、更識の仕事でも修めた武術を使っている……加えて更識の、暗部の仕事は時に命の危険が伴うモノであるため、ISバトル以外の『実戦経験』では雲泥の差があるのだ。

あくまでもスポーツとしての実戦しか経験のない鈴と、戦場での実戦を経験している夏月では『勝負勘』にも差が出てしまい、其れが鈴が夏月に決定打を与えられない要因となっているのだ。

 

 

「(悔しいけど、今のアタシじゃ夏月に勝つのは難しいわね?……でも、久しぶりの格上との戦い、燃えて来るじゃない!)」

 

 

夏月と己の力量差を知った鈴だが、其れでもフェイスパーツから唯一見える口元には笑みが浮かんでいた。

彼女の実力は最早中国国内では敵無しの状態にまでなっており、現在序列二位の少女とも最初の頃は互角に戦っていたが、此処最近は圧勝するようになってしまい、少し物足りなさを感じていた――そんな中で再会した想い人は、自分が想像していた以上に強くなっていた。其れが堪らなく嬉しかったのだ。

 

 

「やるじゃない夏月、アタシが此処まで手こずったのは随分久しぶりよ……だから、本当はもっと後まで取っておきたかったんだけど、切り札を切らせて貰うわ!」

 

「切り札だと?」

 

「喰らえ!!」

 

 

此処で鈴は切り札を切る事にし、直後に夏月を衝撃が襲いその身を大きく吹き飛ばし初めてシールドエネルギーが削りダメージ以外で減る事になった――吹き飛ばされた夏月は、空中で態勢を立て直しているので其処まで大きなダメージではなかったようだが。

 

 

「衝撃の割にシールドエネルギーの減りは其処まで大きくない……成程、今のは圧縮空気の弾丸か?」

 

「ふぅん、一回喰らっただけで今のが何かを見切るとかトンデモナイ観察眼ねアンタ?

 そう、此れこそが中国が開発した第三世代装備、衝撃砲『龍砲』よ!圧縮空気の弾丸其の物の威力は決して高いモノじゃないけど、龍砲は砲身も弾丸も見えない上に、周囲の空気を取り込んで、其れを圧縮して撃ち出すから弾切れもエネルギー切れもない……空気が存在する限り無限に撃つ事が出来る不可視の弾丸は、流石のアンタでも厄介なんじゃないの?加えて、此の機体を作ったのはあの人だからね?」

 

「更に性能が向上してるって訳か……!」

 

 

夏月を吹き飛ばした攻撃の正体、其れは中国が開発した第三世代装備『龍砲』が撃ち出した圧縮空気の弾丸だった――威力自体は其処まで高くないが、弾切れもエネルギー切れも考えずに撃つ事の出来る不可視の弾丸と言うのは厄介極まりないだろう。

台湾も中国からの技術提供で同様の装備を持っており、乱の機体にも龍砲は搭載されているのだが、其処は機体を開発した束によって強化改造が施され、空気の圧縮速度が速くなり、単発の空気弾を撃ち出すだけでなく、威力は低くなる代わりにアサルトライフルの様に連射が出来るようになっているのだ。

 

 

「そして其れだけじゃないわ……見せてあげる、赤雷のワン・オフ・アビリティを!」

 

 

更に鈴は機体の単一仕様を解放し、次の瞬間にはフィールドにチェーンが縦横無尽に展開され夏月と鈴を取り囲む……其れはまるで外部からの他者の侵入を拒みながらも内部に居る者を外に逃がさないかのようだ。

 

 

「ワン・オフとは大盤振る舞いだな?だが、こりゃなんだ?チェーンで俺の動きを制限しようってのか?」

 

「まぁ、ある意味間違いではないわ。

 だけどこのチェーンは単純にアンタの動きを制限するだけのモノじゃないわ……このチェーンに触れた瞬間にアンタに向かって龍砲が発射される。だけど、何処から発射されるのかはアタシにも分からないランダム仕様だから、アンタは動く事も難しくなるって訳。

 此れが触れれば発射される、『龍の結界』よ!逃げ場はないわ!!」

 

「半径20mエメラルドスプラッシュってか?花京院かお前は!」

 

 

だがその実態は、チェーンに触れたらその瞬間に夏月に向かって龍砲が発射されると言う凶悪な結界だった……鈴は口にしなかったが、夏月がチェーンに触れずとも鈴の意思で龍砲を発射する事も可能なのだろう。

シールドエネルギーの残量は夏月の方が上だが、だからと言って結界のチェーンに触れない為に動かずにタイムアップを待つ事も出来ないだろう……圧倒的な火力の砲撃型の機体ならば火力にモノを言わせて強引に結界を突破出来るかも知れないが、夏月の様なバリバリの近接戦闘タイプには、この結界は厄介極まりない代物だ。

 

 

「龍の結界が展開している以上、インファイターのアンタに勝ち目はないわよ?」

 

「だろうな……だが、俺にもワン・オフ・アビリティがあるのを忘れるなよ鈴?お前がワン・オフの大盤振る舞いをしてくれたんだ、俺も見せてやるよ、黒雷のワン・オフ・アビリティをな!」

 

 

しかし夏月は今度は己の機体の単一仕様を発動して龍牙を抜刀すると、次の瞬間チェーンの一部が砕け散った。

 

 

「結界のチェーンが!何よ、まさか斬撃を飛ばしたの!?」

 

「ちげぇよ、斬撃を飛ばしたんじゃなくて空間を斬ったんだ。此れが俺の機体のワン・オフ・アビリティ、『空裂断』だぜ!空間を斬り裂く、此の攻撃の前には結界はマッタク持って無意味だぜ鈴?」

 

「空間を斬るって、兎のお姉ちゃん其れは流石にぶっ飛び過ぎじゃない!?」

 

 

其れは夏月の黒雷のワン・オフ・アビリティ、『空裂断』によって空間ごと結界のチェーンが斬られたからだ……『空間を斬るって如何言う事か?』と思うが、其処は世紀の大天才・篠ノ之束が開発した代物なので一般人には説明しても理解は出来ないだろう。凡人には天才の思考なんぞ大凡理解出来るモノでは無いのだから。

だが、此のワン・オフ・アビリティは鈴にとっては有り難くないモノだろう……近接戦闘メインのインファイターには圧倒的なアドバンテージが取れる筈の自身のワン・オフ・アビリティが夏月には通じないと言う事なのだから。

 

 

「終わりだ、鈴!」

 

「負けるもんですかぁぁぁ!!」

 

 

次の瞬間、夏月は再び空裂断を発動し、同時に鈴は結界内の全方向から夏月に向けて龍砲を放つ!

アリーナには空間断裂の甲高い斬撃音と、龍砲が着弾する轟音が響き渡り、双方の攻撃の余波でバトルフィールドは粉塵に覆われて何も見えなくなる――そして、音が鳴り止み、粉塵が晴れると其処には機体を纏った状態の夏月と、機体が解除された鈴の姿があった。

最後の攻撃で鈴は夏月の機体のシールドエネルギーを大幅に削ったモノの、己の機体は夏月の攻撃によってシールドエネルギーをゼロにされてしまったのだ。

 

 

『けっちゃーく!!凰鈴音、シールドエネルギーエンプティ!Winner is 夏月!!』

 

 

激闘を制したのは夏月!

勝利コールを聞くと、龍牙を手元で反転させて逆手に持つとスタイリッシュに納刀する……其れが一々様になっているのだからカッコいいと言うしかないだろう。

 

 

「負けちゃったか……あ~~、もう悔しいったらないわ!全力を出し切ったら悔いはないって言うけど、全力を出し切っても勝てなかった悔しさはあるじゃないのよ!」

 

「そりゃ、お前が人一倍どころか人よりも五倍くらい負けず嫌いだからだろうよ……負けず嫌いってのは良い事だと思うが、其れが強過ぎると勝利以外じゃ満足出来ねぇのが厄介だぜ。」

 

「そんでもってアタシの場合、充実した試合で勝たないと満足出来ないのよね……如何しましょ此れ?」

 

「如何しようもねぇな……けど、良い試合だったぜ鈴。俺も熱くなれたからな……機会があればまた戦おうぜ?」

 

「そうね……もっともっとトレーニングして、アンタに勝てるようになってやるわよ!」

 

 

そして、夏月も機体を解除して鈴と試合後の握手をガッチリと交わす――と同時に、観客席からはこの試合を称える歓声と拍手が沸き起こりアリーナ中に響き渡る。

クラス対抗戦は、第一試合から大盛り上がりの試合が展開されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

続く第二試合、ヴィシュヌvs簪の試合は、またしてもカタパルトから出撃した簪の機体を見た多くの観客は驚く事になった。

簪の機体は重装甲であるが、基本的なフォルムは夏月、ロラン、鈴が使っていた機体と同じだったからだ……此れで同型統の機体を使っているのは一年では四人目となるので、驚くなと言うのが無理があるだろう。

だが、簪から僅かに遅れてカタパルトから登場したヴィシュヌの機体にも観客は驚く事に。

一般的なISは肩、腰、胸、腹部、腕部、脚部に装甲が装着され、背部にはカスタム・ウィングと呼ばれる飛行用のユニットが搭載されているモノ――とは言っても、最近ではシールド・エネルギーの存在から装甲は腕部と脚部のみの機体も多数存在しているが。

ヴィシュヌの機体も腕部と脚部にのみ装甲が存在する機体だったのだが、その形状が通常のISとは大きく異なっていた――通常、腕部や脚部のみの機体であっても、其の装甲は巨大で分厚く手足の延長のような存在となっており、腕部装甲には搭乗者の手とは異なる専用のマニュピレーターが搭載されているモノだ。

だがヴィシュヌの機体の装甲は、肘下の下腕部と膝下の部分に夏月達の機体の装甲の様な『騎士甲冑』を思わせる装甲で、腕部の装甲には手首型のマニュピレーターは存在せずに拳にナックルダスターが搭載され、指先は鋭い爪状になっており、脚部装甲には鋭角に曲げられた金属プレートが何枚も蛇腹状に装着されていると言う異様さなのだ。

腕部と脚部の装甲以外には、肘と膝に夫々エルボーガードとニーガードが装着され、猛禽類の翼を思わせる形のカスタム・ウィングが存在しているが、装甲とガードは総合格闘技で使われるオープンフィンガーグローブ、レガース、肘と膝のサポーター、下腕部に巻くバンテージを其のまま機械にしたかのようで、完全な近接格闘型の機体であるのが見て取れる。

 

 

「……異様な機体だね?まるでサイボーグの格闘家。」

 

「言い得て妙ですね……ですが私の専用機、『ドゥルガー・シン』はロールアウトされた時にはこのような姿ではなく、近接格闘に特化しながらも一般的なISの姿をしていました――ですが、試運転をした段階で其の機体では私の力は半分も発揮出来ない事が分かったのです。

 理由は簡単、装甲が大きく、そして厚過ぎた事と、手首型のマニュピレーターでは私の拳の動きとの間に若干のタイムラグがあるからでした……とは言え、ドゥルガー・シン自体のスペックは高かったので、装甲を最小限に減らし、更に手首型のマニュピレーターをオミットする事で問題を解決し、今の姿になったのです。」

 

「パイロットの力を十二分に引き出す為に敢えて装甲を薄くした……私とは真逆のコンセプトだね?」

 

「えぇ……だからこそ、この試合は私と貴女、何方が己の間合いを取る事が出来るか、其れで勝負が決まると言えます。」

 

 

極限まで装甲を減らしたのには、ヴィシュヌの力を120%発揮出来るようにする為だった様だ……同時に此の試合は、ヴィシュヌの言うように何方が自分の間合いを取るかで勝負が決まると言えるだろう。

第一試合の夏月vs鈴の試合は、何方も近接戦闘を得意としていたので真正面からのインファイトの展開になったが、此の試合は近接格闘型のヴィシュヌと、遠距離砲撃型の簪の戦いなので、第一試合とは試合の展開は全く異なるモノになると言えるだろう――近付きたいヴィシュヌと、距離を取りたい簪、真逆の二人の戦いなのだから。

 

 

「「………」」

 

 

簪は右手にビームジャベリン『龍尾』を展開し、左手で電磁リニアバズーカ『絶』を構え、両肩と両脚部に搭載された22mm径6連装ミサイルポッド『滅』を展開し、ヴィシュヌはガードを高めにした蹴り技主体の格闘技独特の構えを取る。

此の試合、開始時には簪にアドバンテージが有ると言えるのだが、其れは試合の開始位置の間合いは近距離攻撃がギリギリ届かない中距離だからだ――中距離となると近接型のヴィシュヌはイグニッションブーストを使うなりして簪に接近しなくてはならないのだが、簪は試合開始と同時に砲撃を行う事で、労せずに己の間合いを取る事が出来るからだ。……そして簪自身も、仮に自分の初撃よりも早くヴィシュヌが飛び込んで来たとしても、其の時は龍尾で振り払ってからミサイルを叩き込めば良いと、そう考えていた。だからこそ、龍尾を右手に展開したのだ。

 

 

『其れでは第二試合……の試合開始は、山田先生お願いします!』

 

『此処でまさかのキラーパス!?えっと……第二試合、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー対更識簪……試合開始!!両者魂を燃やし尽くすまで戦え~~~!!』

 

『うわ~お、思った以上にぶっちゃけた!!』

 

 

そして試合は、放送部からまさかのキラーパスを貰った真耶が、半ばヤケクソ気味に試合開始を宣言してスタート!

誰もが先ずはヴィシュヌが近付こうとするだろうと考えていたのだが、何とヴィシュヌはその予想を裏切って、自らバックステップで距離を取ると、拡散弓『クラスター・ボウ』を放ち、無数のエネルギーの矢で簪を攻撃する。

 

 

「此れは予想外。」

 

 

しかし、簪は焦る事なく両肩と脚部から無数の小型ミサイルを放ってエネルギーの矢を相殺し、其れによってフィールドは爆炎に包まれる――となると、ヴィシュヌの狙いは爆炎に紛れて簪に接近する事だと思われるが、ヴィシュヌの接近を警戒していた簪に向かって来たのはヴィシュヌではなく、またしてもエネルギーの矢であった……だが、簪は其れを龍尾で弾き落とす。

近接戦闘は得意ではない簪だが、自分に向かって放たれた弾丸や矢を弾き落とす位は容易いのだ。

しかし、エネルギーの矢は矢継ぎ早に、それも様々な方向から放たれて来るので、簪は龍尾で撃ち落とすだけでなく、ミサイルでの迎撃も余儀なくされていた。

 

 

「(爆炎に紛れて近付く事が目的じゃない?だとしたらギャラクシーさんの目的は何?……若しかしてミサイルを撃ち尽くさせようとしてる?だけど、ミサイルを撃ち尽くしたとしても、ビームライフルと電磁リニアバズーカがある。

  其れに、私が弾切れしたフリをしてギャラクシーさんを誘いこむ事だって出来る……青龍の総弾数を正確に把握してなければ、弾切れ狙いは逆にリスクが高い筈なのに……ダメ、ギャラクシーさんの狙いが読めない……!)」

 

 

そしてこの状況に簪はヴィシュヌの狙いが読めずに少しばかり困惑していた――自分が想定していた試合の状況とは全く異なっていた事も大きいだろう。

休む事無く放たれるエネルギーの矢の対処に追われ、そのせいで爆煙は何時までも晴れず、ヴィシュヌの考えも読めない……状況はお世辞にも良いとは言えないだろう。

 

 

「此れは!」

 

 

更に此処で、爆煙の中から簪に向けて全方位からのエネルギーの矢が迫って来た――ヴィシュヌが高速移動をしながら放ったのだろうが、流石に周囲三百六十度からの攻撃を迎撃する事は不可能と判断した簪はブースターを全開にして上空に逃れたのだが……

 

 

「やっと、貴女の方から近づいて来てくれましたね。」

 

「!?」

 

 

逃れた先にはヴィシュヌが先回りしていた。

クラス対抗戦前に、自分が戦う相手の事を調べるのは基本だが、簪の事を調べたヴィシュヌは、『自分から近付くのは難しい』と考え、『ならば簪の方から近付かざるを得ない状況に持ち込む』事を思い付き、試合開始と同時に自ら間合いを離してクラスター・ボウを放ち、其れを迎撃させる事で簪の視界を奪い、その上で回避と迎撃が略不可能な全方位からの攻撃を行って簪の回避先を上空一点に限定した上で其処で待っていたのだ。

 

 

「此れは私の間合いです……!」

 

「く……!」

 

 

其処からは一方的な展開となった。

簪は龍尾でヴィシュヌの近接戦闘に対処していたのだが、ヴィシュヌの攻撃は苛烈かつ強烈無比であり、近距離砲撃のカウンターを叩き込む隙すらなかった……鋭くしなやかな拳打と蹴りに加え、より近い間合いでは人体の最も固く鋭い場所である肘と膝の攻撃も飛んで来るので、反撃のしようがなかったのだ。

 

 

「この動き、肘と膝も使った拳脚一体の激しい攻撃……ムエタイ!此れは厄介極まりない……!」

 

 

加えて、ヴィシュヌの使う格闘技がムエタイであると言うのも簪にとっては有難くなかっただろう。

『立ち技の打撃限定の格闘技で最強は何か?』と聞かれたら、其れは間違いなくムエタイだ――世間一般ではキックボクシングの亜種と思われがちなムエタイだが、ムエタイはキックボクシングでは禁止とされている肘での攻撃もOKである上に、立ち技打撃オンリーの格闘技では唯一組んだ状態での打撃や組付きから逃れる為の投げも認められているので、打撃の種類の豊富さと自由さでは空手やテコンドーを圧倒するのだから。

そのヴィシュヌの苛烈な攻撃に対し簪は防戦一方になり、電磁鞭『蛟』を展開してヴィシュヌの動きを封じる事すら出来ない状態になっていた。

 

 

「行きます!」

 

 

此処でヴィシュヌは鋭い飛び膝蹴りから二連続の上段回し蹴り→飛び横蹴り→ジャンピングアッパーカットのコンボを叩き込んで簪の龍尾を其の手から弾き飛ばす。

 

 

「終わりです……降参して下さい更識さん。私は、相手を無駄に傷付ける試合はしたくありません。」

 

「だね……降参しますギャラクシーさん。

 此の試合、貴女の思惑を見誤った時点で私の負けは決まっていたのかも……でも、私の弱点は改めて浮き彫りになったとも言えるから、その弱点を補う位に自分の長所を伸ばして、また挑ませて貰うから。負けっ放しは好きじゃないんです私は。」

 

「再戦は何時でも大歓迎ですよ。ですが、私もまだまだ強くなりますから、次も負ける心算はありません。」

 

「ギャラクシーさん、意外と負けず嫌い?」

 

「ふふ、其れはお互い様です。」

 

 

此処で簪が降参して試合終了!

最後まで足掻くのも良いが、相手との力量差を知って降参するのもまた一流の証と言えるだろう――簪の実力は決して低くなく、其れこそ次期日本代表との呼び声も高いのだが、今回は間合いを制されてしまった事で最悪の相性となり敗北となってしまったのだ……逆に言えば、簪が己の間合いを取る事が出来たらヴィシュヌを圧倒していただろう。

だが、この結果はある意味で驚異的な事であると言えるだろう――機体の性能では圧倒的に上回る簪が、ヴィシュヌに負けたのだ……其れは機体の性能差は、パイロットの力量で幾らでも補えると証明した結果でもあるのだから。……尤も、簪は機体性能に頼りきりではなかったので、ヴィシュヌは総合能力で簪を上回ったと言う事になるのだが、だとしたらヴィシュヌの実力はトンデモナイモノであると言わざるを得ないだろう。

ともあれ、現在の戦績は――

 

 

・一夜夏月:一勝0敗

・凰鈴音:0勝一敗

・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー:一勝0敗

・更識簪:0勝一敗

 

 

と、この様になった。

第一試合と第二試合が終わった状況では、この様な戦績になるのは必然であり当然だ――だからこそ、次の試合が重要になってくるのだ。試合の組み合わせはコンピューターによるランダム設定であるので、第三試合と第四試合の組み合わせがどうなるのか、其れは誰にも予想できない事だった。

 

だがしかし、クラス対抗戦は始まったばかり、此処から先の試合も興奮必至のリアルバウトが展開されるのは間違いないだろう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode17『燃えろ!燃やせ!完全燃焼上等クラス対抗戦!』

完全燃焼は良いんだが、燃え尽きて灰になってる奴が……By夏月      真っ白な灰ねBy楯無     せめて成仏しておくれByロラン


クラス対抗戦は第一試合と第二試合が終わり、現時点での戦績は夏月とヴィシュヌが一勝、鈴と簪が一敗と言う結果に――総当たりのリーグ戦の初戦を終えたところで一勝が二人、一敗が二人となるのは必然の結果であると言える。

引き分けと言う結果もあるが、ISバトルに於いてはドロー判定は中々あるモノでは無いので、この結果には誰もが納得していた。

 

 

「夏月とローランディフィルネィさん、そして更識会長だけじゃなく、鈴と簪さんも同系統の機体……此れは偶然じゃないよね?」

 

「うむ、偶然ではないだろうな。」

 

 

同時に秋五と箒が口にした疑問もまた多くの生徒、教員が思った事だろう。

夏月と楯無と簪が同系統の機体であると言うのは、三人とも日本のIS操縦者なので日本のIS開発企業が一手に引き受けたと考える事が出来るが、其処にオランダ出身のロラン、中国出身の鈴、一年二組の生徒と実技担当教師以外は殆ど知らないが台湾出身の乱の三人も同系統の機体を使用しているとなると、此れは有り得ない事だと言えるのだ。

国家代表や代表候補生に与えられる『専用機』は、国が開発を主導、或は国の依頼を受けた国内企業が制作するモノであり、其れを考えると日本国籍でないロランと鈴と乱の三人が日本国籍である夏月と更識姉妹と同系統の機体を使っていると言うのは、其れこそ何者かが此の六人の専用機を開発し、夫々の国に納得させた上で譲渡したと言う事になってくるのである。

日本の企業がシェア拡大の為に、オランダ、中国、台湾の三カ国に話を持ち掛けた可能性がゼロではないが、其れをやると言うのはその国のIS開発企業に対しての敵対行為になる上に、最悪の場合は技術その他ノウハウだけを持って行かれた上で契約を切られる危険性も高く、自社の安全を考えたら到底出来るモノではなく、個人となれば尚更だろう。

 

 

「となると、やっぱり束さんだろうな。

 クラス代表決定戦の前、僕に専用機が支給されるって話になった時、夏月は束さんお手製の専用機を持ってるって言っていたからね――其れを踏まえると、ロランさんや更識会長に妹さん、鈴と乱の機体が同系統なのも束さんが開発したモノだって考えると納得出来るよ。」

 

「矢張り姉さんか……」

 

 

だが此の世界にはたった一人それが出来る人間が存在する。言わずもがなISの生みの親である束だ。

束の世間一般の評価は『ISを開発して白騎士事件起こしたヤベー奴で、自分に興味のない奴とは話もしない天災』と言った不名誉極まりないモノなのだが、秋五は幼少期から、箒は妹として幼い頃から一緒に居たので、本当の束の事を知っており、確かに束は自分が興味がない事にはトコトン無関心だが、逆に自分が興味を覚えたモノ、好感を抱いた人間にはトコトン付き合う部分があり、そうであるならば束が夏月達六人の専用機を作ったとしてもマッタクオカシク無いのだ……尤も、夏月が『束さんお手製の専用機を持ってる』と発言した事は、その後のセシリアの凶行によって上書きされてしまった事で一組の生徒どころか千冬ですら記憶から吹っ飛んでいる訳だが。

 

 

「だが、ロラン達と姉さんの繋がりが見えんが?」

 

「単体で見るとね。だけど、其処に夏月が入ると状況はガラリと変わるんだ。

 入学式の日、夏月はロランさんと親しげに話していたみたいだった……つまり、あの二人は旧知の仲だって事だよ。鈴と乱は束さんと付き合いがあったから当然束さんとは接点がある。

 そして鈴と乱も夏月の知り合いだ、更識会長と妹さんも……一見するとバラバラに見える六人は夏月を入れた七人にする事で一本の線で繋がるんだよ。」

 

「うむ、成程。そう言われると納得だ。」

 

 

そして秋五は千冬ですら辿り着いてない夏月、更識姉妹、ロラン、鈴、乱と束の関係性もある程度看破していた……此の洞察力の高さは千冬を遥かに凌駕していると言えるだろう。或は、此れが試作の成功例と正規製品としての成功例の差なのかも知れないが。

 

 

「でも、そうなると夏月達の機体ってスペックが現行の第三世代を遥かに凌駕してる可能性がある訳だけど、如何に自分の得意な間合いに持ち込んだとは言え、会長さんの妹さんに勝っちゃったギャラクシーさんはトンデモナイと思うんだよね僕は。

 若しかしたら彼女の実力は一年生の中でも頭一つ抜きん出てるんじゃないかな?夏月や鈴も、ギャラクシーさんは一筋縄では行かないと思う。」

 

「あぁ、彼女の格闘技のセンスは見事だし、剛性と柔軟性を併せ持った肉体は其れこそ全身此れ凶器と言った感じだろう……正直、木刀を持って挑んでも今の私では敵わんだろうな。」

 

 

尤も其れ以上に、秋五と箒にとっては束製の機体を使っているであろう簪をヴィシュヌが圧倒した事に驚いていた――如何に間合いを制したとは言え、圧倒的とも言える機体の性能差を引っ繰り返したのだから。

其れが可能だったのはヴィシュヌの抜群の格闘センスと勝負勘に加え、専用機が120%彼女用にカスタマイズされていたからと言うのも大きいだろう。

ともあれ、まだ全員が一試合を終えた段階であり、イベントを盛り上げるには第三試合と第四試合で夏月とヴィシュヌに土が付いて全員が一勝一敗の状態で最終戦に突入するか、夏月とヴィシュヌ、鈴と簪がぶつかって、二勝が一人、一勝一敗が二人、二敗が一人と言う状況になる事だろう。

前者の場合は最終戦後に確実に優勝決定戦が行われ、後者の場合は最終戦の結果次第で優勝決定戦になるかと言う手に汗握る戦績になるのだから……果たして注目の第三試合と第四試合は如何なる組み合わせになり、そしてどのような試合が展開されるのか――其の期待にアリーナのボルテージは高まって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode17

『燃えろ!燃やせ!完全燃焼上等クラス対抗戦!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体の補給の為の十分間のインターバルが終了した後、第三試合と第四試合の組み合わせの抽選が行われ、夫々のパネルが目まぐるしくシャッフルされ、凡そ五秒後に対戦表が決定された。

 

 

・第三試合:二組代表・凰鈴音vs三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー

 

・第四試合:一組代表・一夜夏月vs四組代表・更識簪

 

 

そして、結果はこのようになり、同時にセミファイナルとファイナルバトルは夏月vsヴィシュヌ、鈴vs簪の組み合わせになる事も決まった。何方の試合が先になるのかは、コンピューターの機嫌次第になる訳だが。

今回も奇数組と偶数組に分かれたので、夏月とヴィシュヌが同じピットルーム、鈴と簪が同じピットルームに夫々移動したのだが、控室からピットルームに移動するまでの間、対戦が決まったヴィシュヌの事を……正確に言えばヴィシュヌの胸を鈴が親の仇を見るかのような目で見ていたのは気のせいではないだろう。

いや、其れは最早『親の仇を見る目』と通り越して、いっそ『呪詛』の念が籠っていたと言っても過言ではないかもしれない……ともすれば、鈴の目の色は反転したダークシグナー状態になっていた可能性すらある――持たざる者にとって、ヴィシュヌの豊満なバストは羨望の対象であると同時に呪詛の対象でもあるのだろう。

 

 

「ヴシュヌって言ったっけかアンタ?……ぶっちゃけた事聞くけど、アンタ胸のサイズ何cmよ?」

 

「……はい?」

 

 

なので、アリーナに降り立った鈴が、同じくアリーナに降り立ったヴィシュヌにド直球ストレートな事を聞いてしまったのは致し方ないと言えるだろう……答え次第では更なる絶望を味わうかも知れないが、其れでもその正確なサイズを知りたいと言うのが複雑な乙女心と言うモノなのだろう。

 

 

「えっと、其れは絶対に答えないとダメですか?」

 

「ダメよ!さぁ、教えなさい!プライベートチャンネルでも良いから教えなさい!!」

 

「流石に恥ずかしいのでプライベートチャンネルで……『93cm。因みにカップサイズはDです。』

 

「93のDかぁ……よし、ぶっ殺す!」

 

 

だがしかし、ヴィシュヌのバストサイズを聞いた鈴は速攻で怒り爆発状態となり殺意の波動に目覚めた……自分よりも15cmも大きい上にカップサイズは三つも上と言うのが火を点けたのだろう――自分で聞いておいて、答えを聞いたらブチキレると言うのは理不尽此の上ないが。

 

スッカリ闘気に火が点いた鈴はレーザーブレード対艦刀『滅龍』を両手に装備し、対するヴィシュヌは簪戦の時と同様にガードを高めに取ったムエタイ独特の構えをして試合開始の合図を待つ――ギラギラと闘気を燃やしている鈴と、静かな闘気を纏っているヴィシュヌの対照的な姿が印象的だ。

 

 

『会場のボルテージが上がって来た所で第三試合だ~~!!

 世界初の男性操縦者である一夜夏月と負けず劣らずの戦いをした凰鈴音と、日本の代表候補生である簪を間合いを制して下したタイの代表候補生であるヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの試合、期待するなってのが無理なモンだよなぁ?

 其れじゃ山田先生、試合開始を宣言して下さい!』

 

『また私なんですか!?……第三試合、凰鈴音vsヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、Go For Broken!Fight!!

 

 

第二試合に続き、真耶のヤケクソ気味の試合宣言で始まった第三試合は、今度はヴィシュヌも鈴も互いに間合いを詰め、其処からクロスレンジの激しい攻防を繰り広げる展開となった。

鈴は滅龍の二刀流で大胆かつ威力抜群の連撃を繰り出し、しかしヴィシュヌも的確なガードでクリーンヒットを許さず、長い足を活かした鋭いローキックで鈴を攻撃する……そのローキックは脛ではなく、装甲の隙間を狙って膝に繰り出されているのが中々にエグいが。

そして、ヴィシュヌは鈴の攻撃をガードしながらローキックを繰り出しながら徐々に間合いを詰めている……間合いが近くなればなるほど、大型の対艦刀は其の力を発揮出来なくなるのでこの判断は間違いはない。

近接戦闘武器としては最強クラスの攻撃力を誇る対艦刀だが、近付き過ぎるとその威力を発揮出来ないと言う、割と致命的な弱点があるのだ……であるにも拘らず、束が鈴の機体に其れを搭載したのは、鈴の能力を最大限に活かせる武器は対艦刀だと判断したからなのであるが。

 

 

「取りました!」

 

「しまった!」

 

 

遂に距離を詰めたヴィシュヌは鈴を首相撲に取ると、其処から連続の膝蹴り――ムエタイで言うところの『チャランポー』を叩き込み、その締めにハイキックをブチかまして鈴をアリーナの壁まで蹴り飛ばす。

これにより鈴の機体は大幅にシールドエネルギーが消費される事に。

 

 

「ふふ、大人しそうな顔して中々エグイ攻撃して来るじゃないヴィシュヌ……ムエタイの真髄、堪能させて貰ったわ――だったら今度は、アタシが功夫の真髄を見せてやるわ!功夫だけじゃなく、中国拳法と言うモノを全て学んだアタシの拳、見せてやるわよ!」

 

「中国拳法の真髄……是非とも拝ませていただきましょう。」

 

 

だが鈴は余裕綽々で起き上がると、滅龍をバックパックに納刀して、ヴィシュヌに武器無しでの格闘戦を提案し、ヴィシュヌも其れを受け入れ、其処からは中国拳法とムエタイの異種格闘技戦が開幕。

打撃の種類ではムエタイの方が勝るが、手の種類に限れば中国拳法の方が豊富であり、鈴も正拳、裏拳、貫手、掌底、竜頭拳を駆使してヴィシュヌを攻撃し、ヴィシュヌは近距離用の肘や膝での攻撃を駆使して応戦する。

 

 

「こう言っては失礼かもしれませんが、その小さい身体からは想像出来ない凄まじいパワーですね?一発でも真面に貰ったら危険極まりありません。」

 

「チビでもパワーだけなら誰にも負けないわよアタシは!」

 

 

『此れISバトルだよな?』と思ってしまう程の見事な格闘戦だが、此処でも矢張り少しずつ無手の格闘の実戦経験の差が表れ始めた――ヴィシュヌも夏月が空手其の他格闘技での実戦経験が豊富であるのと同様、ムエタイの実戦経験が豊富であり、地元のジュニア大会では初出場から三連覇しているバリバリのムエタイファイターなのである……となると、あくまでもISバトルの補助手段としての中国拳法しか修めていない鈴では地力に差があり敵わないのは道理。気合と根性で経験の差を埋めるのにも限度があるのだから。

更に鈴が押され始めたのは体格差もあるだろう。

ヴィシュヌと鈴の身長差は10cm以上もある上に、足の長さを比べると圧倒的にヴィシュヌの方が足が長いのである――鈴も何方かと言えば足が長い部類に入るのだが、ヴィシュヌは最早『身体の半分以上が足』と言う位に足が長い。その長い足で回し蹴りの様なリーチの長い技を振られると、回避するのが難しく、間合いが開いてしまうと其の長い蹴りに阻まれて再度近付く事すら困難なのである。

 

 

「身長だけじゃなくて胸にも圧倒的な差があるってだけでも理不尽だと思ってるのに、足もアンタの方が圧倒的に長いとか理不尽極まりないんじゃないの此れ!?

 何でそんなに足長くなってんのよアンタ!!」

 

「小学校に上がる前からムエタイの特訓をしていて、蹴りの練習で足を振る事が多かったので、其れで足が伸びてしまったのかもしれません……加えてヨガも行っているので身体も柔らかいので余計に伸びたのかもしれませんね?」

 

「ヨガをやってると、ヤッパリ足が伸びるんかーい!!

 ちぃ、武器ありの近接戦闘でも、武器無しの格闘でも分が悪いとなったら……しゃーない、格闘技対決は此れでお終いよ!こっからは、アタシの好きな様に戦わせて貰うから!!」

 

「今までも随分と自分の好きなようにやっていたと思いますが……と言うのは野暮なのでしょうね。」

 

 

無手の格闘でも分が悪いと判断した鈴は『格闘技対決はお終い!』と宣言すると、自らバックステップで距離を取り両腕に装備された小型シールド『鋼龍』からワイヤー付きのクローを射出してヴィシュヌを攻撃する。

ワイヤークローは、本来は遠方の相手を捕まえて強引に自分の間合いに引き入れる為の装備だが、クローを閉じた状態で振り回せば先端に鈍器の付いた鞭として使用する事も可能な、意外と用途の広い武器だったりする――其れを此の場で思い付いて実行する鈴の戦闘センスは見事なモノだ。

同時に此の攻撃はヴィシュヌにとっては厄介なモノと言えるだろう。

自分の間合いの外からの攻撃である事に加え、縦横無尽に攻撃が走り、鈴との間合いを詰めようとすれば巧みなワイヤー捌きで後ろから攻撃が飛んで来る――更には龍砲も撃って来ているのだからバリバリ近接格闘型のヴィシュヌには不利な状況だ。

 

 

「衝撃砲は一発一発の威力は低いのですが、其れも塵も積もれば山となる……ならばここは肉を切らせて骨を断つとしましょう。」

 

 

此のままではジリ貧と考えたヴィシュヌは、何を思ったのか突如完全に動きを止めて鈴と向き合う姿勢に……しかもムエタイの構えをするでもなく、完全に脱力していると言う状態なのだ。更には両目を瞑るおまけ付き。

 

 

「諦めたって訳じゃないわよね?……何を狙ってるのかは知らないけど、棒立ちなら只の的よ!」

 

 

鈴もヴィシュヌが何かを狙っているであろう事は察したが、相手の方から動きを止めてくれたのならば此れ以上の好機は存在しないので、鈴は両肩のアーマーからビームブーメラン『飛龍』を引き抜くと其れをヴィシュヌに向かって投擲し、更にワイヤークローでの攻撃を行う。

此の攻撃を真面に喰らったらドゥルガー・シンのシールドエネルギーは大幅に削られ、一気にヴィシュヌが不利になるのは火を見るよりも明らかだ。

 

 

「此れは、予想以上に良い攻撃が来ましたね……」

 

 

だが、此処でヴィシュヌは目を開くと自分に向かって来た飛龍を蹴りで迎撃すると同時に勢いを失った飛龍を其の手に取り、ワイヤークローのワイヤーを斬ってクローを落下させる。『1G下で10tの物質を振り回しても切れない強度のワイヤー』であっても、流石にビームエッジを跳ね返す事は出来なかったようだ。

其のままヴィシュヌは飛龍を両手に持って鈴へと突撃する!

 

 

「ビームブーメランを迎撃するだけじゃなくて、其れを逆に自分の武器にするってマジでドンだけよアンタ……龍の結界、は使えないわね。今使っても飛龍を投げられたら意味が無い――飛龍は元々アタシの武器だからチェーンに当たっても龍砲は自動発射されないし。

 こうなったら、此処からは根性比べよ!」

 

 

鈴は龍砲を放ってヴィシュヌを止めようとするが、龍砲を喰らってもヴィシュヌは止まらない――衝撃砲は空気が存在する限り無限に撃つ事が出来る武装だが、圧縮空気の弾丸は実弾やビームと比べると圧倒的に威力が低く、ヒットしても削れるシールドエネルギーは少ない……言うなれば『威力は低いけど弾数無限状態だから撃って撃って撃ちまくって相手のシールドエネルギーをガリガリ削れ』と言った感じの武装なのだ。束が改造を加えても、圧縮空気の弾丸に実弾級の威力を搭載するには至らなかったのである。

故に被弾したとしても一撃でシールドエネルギーが激減する事は無いので、多少の被弾を必要経費と割り切って強引に接近する事は難しくないのだ――『初見でなければ』との条件が付くが、先の夏月と鈴の試合と此の試合で衝撃砲の本質を見抜いたヴィシュヌは見事と言えるだろう。

 

 

「はぁ!!」

 

「どっせい!!」

 

 

遂に間合いに入って来たヴィシュヌに対し、鈴は滅龍の二刀流ではなく、滅龍を柄の部分で連結させた双刃式の超大型ブレードで対応する。小回りの利くビームブーメランショートビームブレードの二刀流に対して、大型の対艦刀二刀流では分が悪いと考え、棒術の動きも使える双刃式の大型ブレードを選択したのだ。

双刃式の大型ブレードも振りは大きいが、棒術の円運動も出来るので対艦刀の二刀流よりも威力は落ちるが取り回しの点では勝るのである。

其処からは互いに退かない猛烈な剣劇が開幕!

ヴィシュヌの超高速の逆手二刀の攻撃に対し、鈴は双刃式大型ブレードをバトンの様に回して其れを捌くと、棒術の要領でブレードを振り回して攻撃する――が、ヴィシュヌは其れを飛龍で受け流す。何方も決定打を欠く剣劇だ。

 

 

「貰った!!」

 

「!!」

 

 

何合目かの打ち合いの後、鈴はローキックを放ってヴィシュヌの態勢を崩すと、双刃式大型ブレードを分離させ、今度は平行に連結しての連刃刀にすると一気にヴィシュヌに振り下ろす!当たれば必殺間違いなしだ!

 

 

「実は、其れを待っていました。」

 

 

その必殺の一撃をヴィシュヌはまさかの白羽取り!

しかも只の白羽取りではなく、飛龍を滅龍の両脇に刺す形での白羽取りだ……普通の白羽取りならば兎も角、ビームエッジを突き立てられた滅龍はバチバチと火花を上げ、次の瞬間には爆破炎上!

其の爆風を至近距離で喰らったヴィシュヌも鈴もシールドエネルギーを大幅に減らす事になったが、此れで赤雷に搭載されている武装は龍砲を除いて全て使用不能になってしまった……となれば、降参するしかないのだが、人一倍どころか十倍は負けず嫌いな鈴には降参すると言う選択肢は無かった。

勝てないと分かった相手に潔く降参するのも一流の証だが、勝てないと分かった相手に対して降参せずに最後まで足掻くと言うもまた一つの選択肢と言って良いだろう。

最後まで足掻くと言うのは、己と相手の実力差をトコトン徹底的に見極め、そして次の戦いの時までにその差を埋めるには何をすべきかを考える為の行為とも言えるのだから――尤も、己と相手の実力差を理解しないで無駄な足掻きをする蛮勇も居るのだが。

 

 

「そう来たか……でも、アタシは降参しないわ!ヴィシュヌ、アンタの最高の技でアタシの首を掻っ切れ!!」

 

「行きますよ鈴さん……此れが母から受け継いだ私の奥義の一つです!!」

 

 

覚悟を決めて一気に突進して来た鈴に対し、ヴィシュヌはカウンター気味のエルボーを放つと、間髪入れずに二連続のハイキックからの鋭い飛び蹴りのコンボを叩き込んで鈴のシールドエネルギーを削り切る……最後の最後でヴィシュヌの予想外の白羽取りで龍砲以外の全ての武装を失ってしまった鈴が敗北したが、其れでも此の試合が白熱したモノだったのは間違いないだろう。

アリーナを埋め尽くすほどの拍手が、其れを物語っていた。

同時に此れで鈴は二連敗なのだが、二組の生徒が其れを責める事は無いだろう――この二試合、鈴は出し惜しみをせずに全力で戦ったのだから。全力を尽くし、それでも勝てなかった事を責めるのは幾ら何でもお門違いどころの話ではないのだから。

 

 

「今回はアタシの負けね……だけどアタシは今よりももっと強くなってアンタにリベンジさせて貰うわ――其の時はついでにそのデカパイ切り落としてやるから覚悟しときなさいよコンチクショー!!」

 

「流石に切り落とされるのは遠慮したいですね……尤も胸が育ちすぎたせいでムエタイの階級を三つほど上げる事になったのでバストダウンを試みたのですが、どうにも上手く行かなかったので少し悩んではいましたが。」

 

「胸が育ち過ぎて階級上げる事になったって、何kgあんじゃいそのデカパイは!!」

 

「両方で3㎏位でしょうか?量った事ありませんので分かりませんが。」

 

「呪殺すんぞ即席ホルスタイン!!」

 

 

最後の最後でバストサイズの話になって何とも締まらない結果になってしまったが、其れでも此の試合が観客に与えた印象が大きいのは間違いないだろう――同時に此の試合は第二試合に続き、またしてもヴィシュヌの実力の高さを証明する試合となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんちゃんだけじゃなくリンちゃんにも勝っちゃうとは、此れはトンデモな逸材かも知れないね、タイの国家代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー――ヴィーちゃんは。

 先に『乙女協定』に参加したグリちゃんも中々の実力者みたいだし、如何やらかっ君の周囲には女性としての異なる魅力を持っている実力者が集まってる感じだね此れは……ヴィーちゃんとグリちゃんの機体の改造案も考えておいた方が良いかもね。」

 

 

IS学園のアリーナにハッキングをかましてクラス対抗戦をリアルタイムで観戦してた束はこんな事を呟いていたのだが、束の琴線に触れたヴィシュヌとグリフィンは相当の実力者であると言えるだろう――束は可能性のない凡人には全く興味を示さないのだから。逆に言えば、束が興味を示した相手は、一見すれば凡人でも実はトンデモナイ実力の持ち主であったりするのだ。

そしてその筆頭が夏月だ――『織斑一夏』であった頃は千冬と秋五と比較されて蔑まれ、不当に低い評価を受けていたが、束は夏月の底知れない潜在能力に気付き、父である劉韻にその事を話した結果、『お前も気付いていたか……だが、彼の潜在能力は剣道では発揮されまい。故に、一夏君には剣道ではなく剣術を教えようと思っているのだがお前は如何思うか?』と相談され、束も『い~んじゃない?いっ君には多分だけど実戦的な剣術の方が向いてるって思うし……いっその事お父さんがいっ君の事を最強の剣士にしちゃえば?』と提案した事で当時の一夏が劉韻より『篠ノ之流剣術』を教えられるようになったと言う流れがあったりするのだ。

 

 

「しゅー君も相変わらず才能に胡坐を掻かずに努力してるし、いっ君の死を切っ掛けにあのクズに自分の意見を言うようになったから此れからも伸びるだろうね。

 そんでもってしゅー君には箒ちゃんとセシリアちゃん……セッちゃんが居るみたいだし、『織斑』の男性の遺伝子には魅力的な女性を引き付ける特別な能力でもあんのかね?……セッちゃんは最初は束さんもドン引きのDQNだったけど、しゅー君に負けた後は一転して立派に英国淑女やってっからな~~?

 ほ~~んと、なんだって平気で人裏切るどころか人の命を危険に晒す様なクズの弟君達があんなに良い子なのか不思議でならないよ……ま、あのクズはそう遠くなくしゅー君にも見限られるんだろうけどね。」

 

 

同時に束は世間一般で『優秀』とされている人物が本当に優秀であるか否かを見極める力も持っていた――その束のお気に入りである秋五は矢張り紛れもない天才であると言う訳だ。セシリアの事も独特の愛称で呼んでいる辺り、その秘められた力も見抜いているのだろう。

 

 

「にしても、何だってしゅー君の機体に零落白夜が搭載されたんだろ?

 ヒカルノちゃんに、『上が一次移行段階からワン・オフを発現する機体を作れって無茶振りして来た』って泣き付かれてかっ君達の機体の設計データを『使い終わったら破棄する』って条件で送ってやったけど、開発に成功したとしてヒカルノちゃんがあんな危険物搭載するとは思えねーんだよね?私ほどじゃないけど間違いなく天才で、私以上の変人だけど良識は弁えてる訳だし。

 詳しい事聞こうにも電話しても出ねーし、メッセージも既読付かねーし、よっぽど忙しいんかね?……ま、何れ連絡は取れるっしょ。

 其れよりも、次はかっ君とかんちゃんの試合だね!全く真逆の性能の黒雷と青雷……さっきのヴィーちゃんと同様に完全近接戦闘型のかっ君に対してかんちゃんが如何戦うのか!コイツは今場所注目の一番だね!」

 

 

束としては秋五の『白式』に零落白夜が搭載されている事が疑問だったようだが、白式の開発者とは全く連絡が取れない状態なので聞くに聞けない状態であるようだ……直接会いに行けば良いとも思うが、束がそうしないと言うのは相応の理由があるのだろう。

其れよりも束は次の夏月と簪の試合の方に意識が向きモニターに全集中だ――実の弟の様に可愛がっていた夏月と、その夏月に思いを寄せる少女の一人である簪の試合は絶対に見逃す事は出来ないのだろう。下手すれば変装して学園で直接観戦していたかも知れない。

そして、モニターの向こうでは丁度夏月と簪がピットから発進してフィールドに降り立ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ピットからアリーナに降り立った夏月は即座に居合いの構えを取り、簪は機体に搭載されている火器を全開にして待機する――先の簪vsヴィシュヌ同様の完全近接戦闘型と完全遠距離戦闘型の組み合わせだが、夏月は徒手空拳ではなくメインの攻撃は龍牙による斬撃なので、試合の展開は異なってくるだろう。

 

 

「俺達の番か、楽しもうぜ簪?」

 

「うん……って言いたい所だけど、夏月が相手だと楽しむ余裕はないかも知れない。」

 

「何で?俺が相手じゃ不満か?」

 

「不満じゃないけど、夏月は弾丸だけじゃなくてビームまで斬るから完全遠距離型の私としては最もやり辛い相手なんだよ?まさか、現実でビームを斬る馬鹿が居るとは思わなかった。

 ビームを斬るなんて、私が知ってるだけでもガンダムSEEDのキラくらいだよ?」

 

「あ~~……でも俺とキラってある意味同じ様な存在だから、其れを踏まえると俺がビーム斬れてもオカシクなくね?」

 

「其れは確かに。」

 

 

弾丸どころかビームまで斬り飛ばしてしまう夏月は簪にとっては最もやり辛い相手なのだが、だからと言って棄権すると言う選択肢は存在しなかった――思いを寄せる男性(ひと)との試合はトコトンまで遣り合いたいと思ったのだろう。

 

 

「だけど、今日は夏月が弾丸やビームを斬れようが斬れまいが関係ない戦術を考えて来た……だから、夏月を楽しませる事は出来るかも知れない。」

 

「俺用の戦術とはVIP待遇だな?楽しませて貰うぜ簪。」

 

 

そして簪は対夏月用の戦術を用意して来たらしい……となると、此の試合は鈴vsヴィシュヌの試合以上の激しいモノになるのは間違いないだろう。夏月も簪も闘気とやる気に満ち溢れているのだから。

 

 

『会場の皆、盛り上がってるかー!?盛り上がってるよなぁーー!!

 第四試合、世界初の男性IS操縦者一夜夏月vs日本の国家代表候補生更識簪……デュエル、スタートォォォォォォ!!』

 

『また振られると思って準備してたら、今度は振られなかった~~~!?』

 

 

今度は放送部の生徒による試合開始が宣言され、それと同時に簪は機体に搭載された火器を一斉発射してのフルバーストをぶちかまして夏月を攻撃する!

無数の小型ミサイルに高威力のビーム、そしてリニアバズーカから撃ち出される多種多様な弾丸によるフルバーストは確かに弾丸もビームも斬る事が出来る夏月であっても対処するのは難しいだろう。

特に厄介なのがリニアバズーカ『絶』から放たれる多種多様な弾丸だ――徹甲弾、散弾、榴弾だけならば兎も角、其処に火炎弾、氷結弾と言った特殊弾丸を混ぜられると中々に厳しいモノがあるのだ。

氷結弾と火炎弾は両方斬ってしまうと急激な温度変化で龍牙が破損する可能性があるし、粘着弾を斬ってしまったら身動きを封じられ、硫酸弾を斬ってしまったらその時点で龍牙は溶けて使用不能になってしまうのだ……対B・O・Wガス弾だけは斬ったとしてもマッタク問題ないのだが。

 

 

「成程、此れは確かに近付くのは簡単じゃないか……だけど、甘いぜ簪!」

 

 

そのフルバーストに対して、夏月は回避しながらビームダガー『龍爪』を両手に展開すると、其れを無数のミサイルに投げ付けて何発かを迎撃すると同時に誘爆によって他のミサイルを破壊し、更にはその爆煙で簪の視界を遮りロックオンを強制的に解除する――ISにはハイパーセンサーがあるが、完全に視界が遮られてしまっては流石に周囲の状況を完全に把握する事は出来ないのだ。

 

 

「視界を……爆煙に紛れて奇襲を仕掛ける心算?」

 

 

視界が遮られた簪は、夏月が爆煙に紛れて奇襲を仕掛けてくると考えて龍尾を構えて近接戦闘に備える……そして奇襲を仕掛けて来るなら背後からだと考えて背後に神経を集中させていたのだが――

 

 

「呼ばれて飛び出てこんにちわ!どーも、一夜夏月DEATH!」

 

「!?」

 

 

その簪の予想を裏切って、夏月はまさかの真正面からコンニチワ!

簪の予想は間違いではなかったが、夏月は簪の予想を読んで裏の裏を突いたのだ――更識の仕事に携わって来た事で、夏月は実戦における駆け引きも可成り成長しているのだ。特に何度も共に修羅場を潜り抜けて来た楯無の裏技の彼是は確り学んでいるので、相手の裏の裏を突く事くらいは朝飯前の夕飯なのだろう。

逆に言えば、簪は機体のテストの為に一度前線に出ただけで、後はバックスに徹していたので駆け引きの面では夏月に負ける部分もあったのかもしれない――だとしても、対夏月用の戦術を確りと構築して来た簪の能力の高さは否めないが。

 

 

「オラァ!」

 

「くぅ!!」

 

 

だがしかし、近距離戦に持ち込まれてしまっては簪としては分が悪い事この上ないだろう――夏月の鞘を使った疑似二刀流の攻撃は苛烈であると同時に隙が無いので簪は龍尾で防ぐのが精一杯の状態だったのだ。

同時に其れは完全に防ぐ事は出来ず、簪は少しずつ、しかし確実にシールドエネルギーを減らす結果に。

 

 

「終わりにするぜ……」

 

 

此処で夏月はイグニッションブーストからの居合いを放つと同時にワン・オフ・アビリティを使用して、簪に居合いと同時に無数の空間断裂を喰らわせる――夏月が龍牙を逆手に持ち直して納刀した瞬間に無数の空間断裂が簪を襲ってシールドエネルギーを削り切る!!……居合いの後で龍牙を手元で回転させてから逆手に持ち替えてのスタイリッシュな納刀に多くの乙女がハートを撃ち抜かれたのだが、其れは今は良いだろう。

 

 

「此れでも駄目だったって、ちょっと自信無くす。」

 

「いや、俺も結構ヤバかったぜ?……ぶっちゃけて言うと、ダガーでの迎撃が巧く行かなかったら俺がジリ貧だった――あのフルバースト、俺以外の相手だったら間違いなくKOされたんじゃないか?――楯無さんなら如何にかするだろうけど。」

 

「お姉ちゃん、割とチートキャラだからね。」

 

 

此の攻撃で簪の機体はシールドエネルギーがゼロになって試合終了――鈴と共に二連敗してしまったが、その顔は晴れやかだ……負けたとは言え、夏月と本気で遣り合ったと言う事に満足したのだろう。

夏月と簪は、互いの健闘を称える握手を交わすと、夫々のピットに戻って行った。

そして現時点での戦績は――

 

 

一夜夏月:二勝0敗

凰鈴音:0勝二敗

ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー:二勝0敗

更識簪:0勝二敗

 

 

と、この様になり、次の試合が優勝決定戦と最下位決定戦になるのである――だからこそ、次の試合は此れまで以上に負けられないモノになるだろう……次の試合で一年の最強と最弱が決まるのだから。……とは言っても、一年のクラス代表の実力は明確な序列を付け難い『ドングリの背比べ』状態なので、クラス対抗戦の結果は一つの指標でしかないのだが。

だが、最終戦で優勝と最下位が決まると言う分かり易いシチューエーションに会場のボルテージは此の上なくぶち上がり、否応なくセミファイナルとメインイベントがバリバリ盛り上がるのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、IS学園の遥か上空では……

 

 

「うん、実に見事な試合だったな一夏、いや夏月……其の実力、最早アイツを越えてると言えるだろう――ククク、此れは会うのが楽しみになって来たぞ。」

 

「其れは良いから、取り敢えず鼻血拭け。」

 

 

夏月の試合を見たマドカが鼻から愛を噴出してナツキが呆れてティッシュを渡していた……マドカはIS操縦者としては相当に高い腕前を誇るのだが、夏月と秋五の事になると途端にポンコツになる『残念な実力者』でもあるのだ。

 

 

「で、どのタイミングで仕掛けるんだ?最初の予定通り、一年の部の最終試合で良いのか?」

 

「いや、予定を変更して夏月の最終戦、其れが中盤に差し掛かったところでやる。アイツの機体が動ける状態で、尚且つアイツ自身が私達と戦える状況でなければ意味が無いからな――遅れるなよナツキ?」

 

「ふん、誰に言っている?」

 

 

だが、マドカは夏月の勇士に鼻から愛を噴出しても思考は鈍っておらず、夏月の最終戦が中盤に差し掛かったところで仕掛ける旨をナツキに伝え、ナツキも其れを了承していた――如何やらクラス対抗戦は夏月の最終戦が大きなポイントになるのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode18『燃えろ!燃やせ!焼き尽くせバーニングソウル!!』

良く燃えるようにガソリンぶっ掛けるか?By夏月      其れはダメ♪By楯無     下手したら自爆であの世行きだからねByロラン


クラス対抗戦一年生の部も残るは二試合となったのだが、その組み合わせは二連勝の夏月とヴィシュヌ、二連敗の鈴と簪になるのは確定しているので、肝心になって来るのは試合順だろう。

言い方は悪いが、最下位決定戦と優勝決定戦の何方が先になるのかなのだ――優勝決定戦が最終試合になるのが理想ではあるのだが、試合順はあくまでもコンピューターによるランダムセレクトなので此れは何方が最終試合になるのかは誰にも分からない事だ。

其れとは別に、生徒間で行われていたトトカルチョは現時点で、鈴と簪に賭けていた生徒は脱落となったのだが、夏月かヴィシュヌに賭けていた生徒にとっては夏月vsヴィシュヌの試合は絶対に見逃す等と言う事は出来ない試合であると言えるだろう。

 

 

「秋五、お前は一年の部の最終戦をどう見る?」

 

「鈴と会長さんの妹さんの試合は、間合いを制した方が勝つと思うけど、夏月とギャラクシーさんの試合は予想が出来ないって言うのが正直なところかな?夏月もギャラクシーさんもバリバリの近接型だけど、同系統でしかも地力に大きな差がない実力者同士のぶつかり合いなだけにマッタク予想が出来ないんだ。」

 

「むぅ……矢張り予想は難しいか。

 一夜が使うのが剣術のみであれば、刀を折るなり弾き飛ばすなりしてしまう事でヴィシュヌの方が圧倒的に有利となるが、一夜は剣術だけでなく体術も修めているからな……そう簡単には行く筈もない。

 加えて、ヴィシュヌは姉さん製のISを相手に二連勝している……性能差を完全にひっくり返してしまっているから余計に勝負の行方は予想出来ないか。」

 

「そう言う事。」

 

 

一組の生徒は夏月の、三組の生徒がヴィシュヌの勝利を願うのは当然と言える事だが、同時にこの二人の試合は此れまでの様な圧倒的な試合展開にはならないとも考えていた。

夏月とヴィシュヌは夫々鈴と簪を圧倒した訳だが、何れの試合も格闘技の経験差、体格差、得意な間合いを取る事が出来たからと言う幾つかの要素が夏月とヴィシュヌにとって有利に働いた部分があったのは間違いないと言えるだろう――だが、夏月とヴィシュヌは格闘技の経験は互いに十分ある上に何方もバリバリの近接型で、体格的には夏月の方が上だが、リーチだけならばヴィシュヌの方が僅かに勝る……つまり総じて戦えば五分になるのだ。

 

勿論近接格闘型とは言え、夏月には近接ブレード『龍牙』があるのでリーチの差を埋める事も出来るのだが、其れはヴィシュヌも分かっているので夏月の武器の使用不能を狙って来るのも確実……そして、夏月の武器が破壊され無手の格闘となったら其れこそどちらに軍配が上がるのかは分からないのである。

秋五と箒は其れに加えて、夏月達の使っている機体が束製だと知っているから余計に勝負の行方を予想する事が出来なかった……束製のISと言う可成りぶっ飛んだ、其れこそ現行の第三世代機をぶっちぎった性能の機体を使っている簪と鈴に勝ったヴィシュヌならば、或は夏月にも若しかしたらと思ったのだろう。

 

 

「そう言えば箒、夏月から束さんの連絡先聞いたんだよね?連絡してみたの?」

 

「いや……連絡しようとは思ってるのだが、如何せん六年も会っていなかったのでな……いざ連絡しようとしても何を話したモノかと考えてしまって今だに連絡を取る事が出来ていないんだ――我ながら、中々に面倒な性格をしていると思っているよ。」

 

「そんなに深く考えなくても良いんじゃない?箒が思った事をそのまま口にすれば良いと思うよ。」

 

「私が思った事を……そうかも知れんな。今日の夜にでも連絡を入れてみるか。」

 

 

其れとは別に、秋五は箒に『束さんに連絡を取ってみたのか?』と聞いたのだが、箒も色々思うところがあったのか未だに連絡は取っていなかったらしい――束に悪い感情は持っていない箒だが、束が行方を眩ました事で『要人保護プログラム』の対象となり、IS学園に入学するまでは各地を短い間隔で転々としてので思う所があるのだろう……其れでも束を嫌ってない辺り、箒は本気で束の事を姉として慕っているのだろう。

 

 

『其れではクラス対抗戦、一年の部最終戦、試合ルーレットスタァートォ!!』

 

 

此処で夏月vsヴィシュヌ、簪vs鈴の何方が最終試合になるのか注目のルーレットが始まり、対戦表が目まぐるしくシャッフルされ、その結果――

 

 

・セミファイナル:二組代表・凰鈴音vs四組代表・更識簪

・メインイベント:一組代表・一夜夏月vs三組代表・ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー

 

 

コンピューターが空気を読んだのかは分からないが、対戦表は多くの観客が望む結果になり、優勝決定戦が最終試合になると言う最高の組み合わせになるのだった……因みに二組の生徒と四組の生徒は、夫々が簪と鈴が最下位にならないように必死の応援をすると心に決めていたのだった――自分のクラスが最下位となるのは矢張り気分的も良いモノでは無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode18

『燃えろ!燃やせ!焼き尽くせバーニングソウル!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦セミファイナルの鈴vs簪。

簪も鈴も既にフィールドに降り立ち互いに専用機を展開していた――だが、簪も鈴も其れだけでなく鈴は滅龍を両手に装備し、簪も高威力火線ライフル『砕』と電磁リニアバズーカ『滅』を両手に保持して戦闘態勢は充分だ。

 

 

「簪、悪いけど此の試合はアタシが勝たせて貰うわよ!三連敗は絶対に避けたいのよアタシは!」

 

「其れは私も同じ……だけど、私としては鈴には親近感を覚えてる――特に胸の大きさで。」

 

「オイコラ其れは喧嘩売ってんのかアンタ?アタシと比べたらアンタは圧倒的にデカいでしょうが!!其れでアタシに親近感を覚えるって、嫌みか其れは!!」

 

「私、お姉ちゃんがアレなんだけど?」

 

「そういや、楯姉さんの胸部装甲はぶっ飛んでたわ!!」

 

 

話題が胸の大きさに及んだのは少しばかりアレだが、簪も鈴も闘気はMaximum状態なので、セミファイナルであっても此の試合が普通に終わる事だけは有り得ないと言えるだろう……近接戦闘型の鈴と、遠距離砲撃型の簪ではまたしても間合いを制した方が勝利を掴む構図なのだが、互いに三連敗は避けたいだけに、初っ端から全力全壊は間違いないだろう。

 

 

『クラス対抗戦セミファイナル、鈴音vs簪!デュエル、スタートォォォォ!』

 

『また私じゃないんですかぁ!?』

 

『山田先生は、最終試合……敢えてメインイベントと言いましょう!そっちを宜しくです!』

 

『まさかの一番重要案件!?』

 

 

そして始まったクラス対抗戦の一年の部のセミファイナルの簪vs鈴の試合は、多くの観客が『試合開始と同時に簪が弾幕を展開するだろう』と予想していたのだが、その予想を裏切って、簪はイグニッションブーストで鈴に近付くと、ビームジャベリン『龍尾』を揮って鈴に奇襲を行うと、其のまま鈴をビームジャベリン――引いては簪が修めていた薙刀術も使って鈴を激しく責め立てる。

簪の近接戦闘の技術は『やって出来ない』レベルではあるが、鈴は予想外の展開に対応が後手に回ってしまい、結果として決して近接戦闘が得意ではない簪に攻め込まれる形になってしまったのだ

簪の龍尾の激しい攻撃を鈴は『滅龍』で受け流し、だが簪もまた龍尾での攻撃の手を緩める事無く、次から次へと円運動で流れるような攻撃を続けて行く……もしも簪が本格的に近接戦闘のトレーニングもしていたら、遠距離でも近距離でも戦えるオールラウンドファイターとなっていた事だろう。

 

 

「まさか、こう来るとはね……大人しそうな顔をしておきながら、アンタも中々やるじゃない簪!

 ……アンタが何を考えて近距離戦仕掛けて来たのかは分からないけど、近距離戦をお望みだってんならトコトン付き合ってやるわ!!」

 

「うん、鈴なら付き合ってくれると思った。」

 

 

そう言うと簪は龍尾を揮って鈴のガードを下げると、其処に鋭い横蹴りを放つが鈴は其れをガードしてカウンターの後回し蹴りを放つが、簪はカウンターのカウンターとなる切り上げを放って鈴に追撃を許さない。

攻撃動作中だった鈴は防御も回避も出来ずに切り上げを喰らいシールドエネルギーを減らしたモノの、怯む事無く滅龍を叩き付ける……が、その一撃は青雷の分厚い装甲に僅かに傷を付けただけでシールドエネルギーの減少にまでは至らなかった。ビームエッジ部分が当たったのならば違う結果だったかも知れないが、切っ先の実体刀部分では青雷の分厚い装甲に決定的なダメージを与える事は出来なかったのだ。

 

 

「実体刀部分でも鋼だって両断出来るってのに、ドンだけアンタの機体の装甲堅いのよ!?PS装甲搭載してんじゃないでしょうね!!」

 

「其れはない……と思うけど、製作者の事を考えると未知の物体で装甲を作った可能性は捨てきれないのが悲しい所かも。」

 

「そりゃ完全に同意するわ。

 ヴィシュヌみたいに装甲の隙間を狙えば良いんでしょうけど、アタシにはそんな細かい器用な事は出来ないのよね……でも、だったら装甲の上からでもソコソコ効く攻撃をするまでの事!此れでも喰らえ!!」

 

「えっ!?」

 

 

だが次の瞬間、今度は簪が大きく吹き飛ばされる事となった。

鈴が滅龍を振るった様子はなく、鋼龍からクローが射出された訳でもない……となると龍砲を使ったと考えるのが普通だが、龍砲から放たれる圧縮空気の弾丸では青雷の分厚い装甲に阻まれ吹き飛ばす事など不可能だろう。放たれたのが圧縮空気の弾丸だったのであれば。

 

 

「今のは龍砲?避ける事は出来なかったけど弾丸が見えた……其れにシールドエネルギーも其れなりに持って行かれた……圧縮空気の弾丸じゃなかった?」

 

「いいえ、圧縮空気の弾丸であるのは間違い無いわ――但し、通常の龍砲の数千倍の空気を圧縮したモンだけどね!」

 

「!!」

 

「簪だってこの世に存在するありとあらゆる物質が圧縮される事で熱を帯びるのは知ってるわよね?

 其れは空気だって同じ事。空気も圧縮すると熱を帯び、やがてプラズマ球を生成するわ……其れを龍砲で再現したのよ。

 通常の龍砲の数千倍になる数tの空気をピンポン玉サイズにまで圧縮してプラズマ球を作って其れを撃ち出したって訳!流石に発射までにメッチャ時間が掛かるから連射は出来ないけど、プラズマ弾ならその分厚い装甲にも有効よね?」

 

 

鈴が撃ち出したのは只の圧縮空気の弾丸ではなく、通常の数千倍の空気を圧縮して作り出したプラズマ球だったのだ。

プラズマ球は空気弾と違って目視可能だが、弾速は亜光速に近く、光ったのを見たと同時に着弾するようなモノなので事実上回避も防御も略不可能……チャージ時間が長いため連射は出来ないが、其れでもプラズマ球と言うのは極めて有効な攻撃と言えるのだ――簪との試合の前に其れを思い付いてぶっつけ本番で、しかも近距離戦を行いながらチャージを行っていた鈴の戦闘センスは相当に高い訳だが。

 

 

「確かに今のでシールドエネルギーが30%も削られたからね……でも、連射が出来ないなら対応は出来る。今度はこっちの番。」

 

 

しかし、連射が出来ないのであれば警戒する必要はあるがチャージ時間に攻撃をする事は出来る。

簪はイグニッションブーストを発動して鈴との距離を詰めると、再び龍尾で攻撃……せずに其のまま鈴に強烈な体当たりを喰らわせてアリーナの壁まで大きく吹っ飛ばして見せた!

まさかの突進攻撃に観客達は度肝を抜かれて会場は静まり返ってしまい、夫々のピットルームのモニターで観戦していた夏月達ですら予想していなかった簪の攻撃に唖然としていたのだが、此の攻撃は実は理に適った攻撃だったりする。

簪の専用機である『騎龍・青雷』は、他の騎龍シリーズと違い遠距離特化型の機体となっており、近距離戦に持ち込まれた時にあっと言う間にシールドエネルギーが尽きてしまわないように他の騎龍シリーズの三倍の分厚い装甲に覆われており極めて頑丈な機体になっているのだが、機体が頑丈と言うのは裏を返せば非情に硬いとも言える訳で、その硬い身体での体当たりは其れだけでも充分な破壊力を秘めているのである。

まして今回簪は、通常のブーストではなくイグニッションブーストを使った上で渾身の突進を喰らわせたのだ……その衝撃は最早交通事故レベルのモノであり、鈴が生身の状態だったら間違いなくモザイク必須状態となっていただろう。

 

 

「っつぅ……イグニッションブーストからの体当たりで絶対防御が発動するとか、アンタの機体は移動要塞かなんかか!体当たりで絶対防御発動って、普通は絶対に有り得ないからね!?」

 

「うん。でも今のは初見の一発しか通じないから二度目はない……プラズマ球の攻撃と今の体当たりでイーブンだから。そして、此処からはもう貴女は私に近付かせないよ鈴。」

 

「まぁ、そう来るわよね!」

 

 

復帰した鈴に、簪はすかさずミサイルポッド『滅』を展開して無数のミサイルを放ち、『ミリ単位での正確な操作が要求される鬼のような弾幕』を喰らわせる――が、鈴は自分の周囲にだけワン・オフ・アビリティの『龍の結界』を展開して其のミサイル弾幕をシャットアウトし、着弾したミサイルの数だけ結界から龍砲のカウンターが放たれる。

プラズマ弾はないとは言え、不可視の弾丸の雨霰と言うのは厄介だが、簪はリニアバズーカ『絶』から対B・O・Wガス弾を放ってアリーナを緑色のガスで充満させると再び無数のミサイルを放って龍砲を迎撃!

通常は見えない圧縮空気の弾丸だが、有色のガスで満ちた空間であれば其の存在を認識する事は可能となる……圧縮空気の弾丸が通った場所はガスの流れが乱れるからだ。

 

 

「ガス弾にはこんな使い方もあったとは意外だったわ……でもこれは如何かしら!」

 

 

龍砲のカウンターを迎撃された鈴は、ビームブーメラン『飛龍』を投擲し簪は其れを龍尾で弾き飛ばすが、次の瞬間には鈴が滅龍を平行に連結させた状態で頭の上からコンニチワだ。

簪の意識を飛龍に向けさせた上でイグニッションブーストで簪の頭上まで移動して、其処から渾身の兜割りを繰り出したのだ……其れは簪も何とか辛くも龍尾でガードしたモノの、其処からの鈴の猛攻に防戦一方となりシールドエネルギーがガリガリと削られて行く事に――更に、この間に龍砲がプラズマ弾のチャージも行ってると考えると簪は可成り分が悪いだろう。

 

 

「此のままじゃジリ貧……だけど、隙あり!」

 

「んな!」

 

「此れでも喰らって……エレクトリッガー!!」

 

「みぎゃぁぁっぁ!?」

 

 

其れでも武器が超大型故に振りが大きくなる鈴の攻撃の隙を突いて簪は電磁鞭『蛟』を鈴に巻き付けると強烈な電撃を喰らわせてシールドエネルギーを削り、更に近距離でのミサイル弾幕をブチかましてシールドエネルギーを危険域まで減少させる。

だが、鈴も転んでは只では起きず、滅龍を分割すると其れを投げつけて簪の火線ライフルとリニアバズーカを破壊する……と同時に、鋼龍のクローを射出して簪を捕まえると、其のまま強引に引っ張り込む。強引にでも近距離戦に持ち込んで決着を付けようと言うのだろう。

 

 

「そう来ると思ったよ。」

 

 

しかし、引っ張られながらも簪は再びイグニッションブーストを発動!

鋼龍のワイヤーの巻取りも利用した分、そのスピードは通常のイグニッションブーストを遥かに凌駕していると言えるだろう……つまりは、簪は先程よりも更に強烈な突進攻撃を鈴に喰らわせる心算なのだろう。

 

 

「そう来たか……でもね、アタシだってプラズマ弾のチャージは完了してんのよ!喰らえ……スーパー龍砲!!」

 

「捨て身タァァァァァックル!!」

 

 

鈴のスーパー龍砲が放たれると同時に、簪が鈴に渾身のタックル――捨て身タックルを喰らわせ、凄まじい爆音が鳴り響くと同時に爆煙が発生する……互いに至近距離で爆発を喰らったのだから無事ではないだろう。

そして、煙が晴れると其処には、シールドエネルギーがゼロになって機体が強制解除されてダウンしている簪と鈴の姿があった……互いに最後の力を振り絞って放った攻撃は強烈無比であり、互いに其れを真面に喰らった上で至近距離での爆発まで喰らった事で仲良くシールドエネルギーがエンプティーになってしまったのだ。

 

 

『凰鈴音、更識簪、共にシールドエネルギーエンプティ!セミファイナルは、まさかのダブルノックダウンのドローだぁぁぁぁぁぁ!!』

 

『まさかのドローとは……二人とも三連敗だけは避けたいと思っていたでしょうから、その執念がぶつかり合った結果、勝ちも負けもないドローと言う試合結果になったのかもしれません。

 でも、とても良い試合でした。』

 

 

結果は両者KOでドローと言う結果に。

勝ち負けが付かない灰色の決着だったが、互いに三連敗を避けたかった簪と鈴にとってはある意味で最高の試合結果だったと言えるだろう――勝つ事こそ出来なかったが、互いに三連敗を避けた上での引き分けだったのだから。

 

 

「勝てなかった……残念。」

 

「ま、互いに三連敗は避けられたって事で良いとしましょ……そんでもって、アタシとアンタは0勝で同率の三位になる訳か――一勝もしてないのに三位って、喜ぶべきか悲しむべきか悩むわね。」

 

「其れは確かに。」

 

 

無論全力を出し尽くした簪と鈴に、決着がつかなかった事に関する若干の不満はあれど、全力を出し尽くした満足感はあった……全力を出し尽くした上でのドローゲームならば悔しさは其処まで大きくないのかもしれない。

ともあれ、クラス対抗戦一年生の部のセミファイナルは、全力バトルの末にダブルKOと言うある意味で壮絶な幕切れとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

次はいよいよクラス対抗戦・一年の部の最終試合である、夏月vsヴィシュヌだ。

二人とも既にフィールドに降り立ち機体を展開しているのだが、夏月の姿に会場は騒然となっていた――と言うのも夏月は機体をフル展開せずに肘下の下腕部と膝下の部分の装甲と龍の翼を思わせるカスタム・ウィングのみを展開し、武装も腰部のビームアサルトライフル『龍哭』のみが展開されている状態、つまり『格闘戦と飛び道具のみ使用出来る状態』となっているのである。

同時に此の機体の展開の仕方は、ヴィシュヌの専用機と略同じ姿であるとも言えるのだから、会場も騒然とするだろう。

 

 

「一夜さん、如何言うおつもりですか?ハンデ、と言うのであればお断りしたいのですが……」

 

「ハンデじゃなくて、俺は対等な条件で戦いたいだけだギャラクシーさん。命の遣り取りなら戦闘スタイルは選んでられないが、ルールのある試合ならフェアにだろ?

 其れと、俺も武闘家の端くれなんでね……圧倒的な機体の性能差を抜群の格闘センスと勝負勘でひっくり返したギャラクシーさんとは無手の格闘でガチンコ勝負してみたくなったんだよ。

 相手が無手の格闘を得意としてて、俺も無手の格闘は得意だってのに、刀使って戦うなんざ無粋極まりねぇってモンだ――ま、詰まるところは俺のワガママなんだが付き合ってくれるか?」

 

「純粋に格闘戦をしたいと、そう言う事ですか……分かりました。私も此の試合、ISパイロットではなく一人の武闘家として挑ませて頂きます。」

 

「ありがとよ。」

 

 

夏月は決してヴィシュヌを舐めていた訳でなく、圧倒的な機体の性能差を純粋なムエタイファイターの実力で覆してしまったヴィシュヌと本気の格闘戦を行いたくて機体を部分展開していたのだ。

機体性能とパワーならば夏月の方が上だが、スピードとリーチではヴィシュヌの方が上となると、総合的には略互角……バトル漫画も真っ青な激しく熱い格闘戦となるのは間違いないだろう。

夏月の考えを聞いたヴィシュヌも『それならば』とISパイロットではなく一人の格闘家として此の試合に臨む事を決め、ガード位置がやや高めのムエタイ独特の構えをすると、簪と鈴との試合の時とは違い、ガードポジションを取った両腕とやや前に出した左足をリズムを取るかの様に上下に軽く揺らしている――IS学園では初となる無手同士の格闘戦に心が躍っているかのようだ。

夏月もヴィシュヌに感謝を述べると同時に、スタンスを大きめにとって腰を落とし、右手は拳を握って腰の横に添え、左手は拳を半開きの様な状態にして軽く肘を曲げた独特な構えを取る。

両者とも静かに闘気を高め、何時試合が始まってもOKと言った感じだ。

 

 

『其れではクラス対抗戦一年生の部最終戦!

 山田先生、一年の部のラストマッチ開始を高らかに、其れこそIS学園の歴史に残る位のレベルで宣言しちゃって下さい!!』

 

『だから何で無茶振りした上でハードル上げて来るんですか~~~!?

 え~~い、もうなるようになれです!クラス対抗戦一年生の部最終試合、ラストマッチ、ファイナルファイト!

 勝つのは果たして日本の龍か!はたまたタイの猛虎か!龍虎相まみえる此の戦い、正に瞬き厳禁!This is The FinalBattle!一夜夏月vsヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー!GetReady……Go Fight!!』

 

『いやぁ、ヤケクソ気味にしては見事っすね?』

 

『……今度の実技授業、タップリとレクチャーして差し上げますからその心算で居て下さいね?』

 

『やべ、アタシ死亡フラグ踏ん付けたっぽいわ。』

 

 

真耶がまたしてもヤケクソ気味に、しかし見事な試合開始を宣言!

無茶振りをした上でハードルをブチ上げた放送部の部員は後日地獄を見る事になりそうだが、試合開始を聞いた夏月とヴィシュヌは同時に地面を蹴って一気に距離を詰めると夏月は右ストレートを、ヴィシュヌは飛び膝蹴りを繰り出し拳と肘が激突する。

生身の戦いであれば、人体の最も鋭く硬い部分に拳をブチ当てたら拳の方が砕けてしまうのだが、ISを纏っている状態ではその限りではなく、夏月は僅かにシールドエネルギーを減らしたモノの、力任せに拳を振り抜いてヴィシュヌを強引に吹っ飛ばし、追撃の飛び蹴りを放つ。

だが吹き飛ばされたヴィシュヌは空中で態勢を立て直すとその飛び蹴りをダッキングで避け、カウンターのアッパーを放とうとしたのだが……

 

 

「そうは行かないぜ?」

 

「!!」

 

 

其れに合わせるかのように夏月が急降下して蹴りを放って来た。

生身であれば飛び蹴りをダッキングで避けられた時点で反撃確定なのだが、夏月はISの飛行能力で強引に軌道を変えて下方向への蹴りを繰り出したのだ――ISを纏っているからこそ出来た芸当だが、無手の格闘とは言ってもISを使わないとは言っていないので此の攻撃はマッタク問題ない。

ヴィシュヌにとっては予想外の攻撃ではあったが、其れでもアッパーの軌道を修正して夏月の蹴り足に合わせると、其のままブースターを吹かして上昇し、今度はヴィシュヌが夏月を吹き飛ばし、追撃のニーキックからの踵落としの連続技を繰り出すが、しかし夏月は的確なガードでクリーンヒットは許さない。

舞台を空中に移しても攻防の激しさは変わらない。

互いに攻防一体の立ち回りで決定打を許さず、シールドエネルギーを1%ずつガリガリと削り合うような展開となっている……攻防の激しさも然る事ながら、夏月もヴィシュヌもイグニッションブーストを使った仕切り直しを行っているせいで、その戦いはまるでドラゴンボールのラッシュ格闘の打ち合いの如しだ。

 

 

「ッラァ!!」

 

「はぁっ!」

 

 

何度目かの打ち合いで夏月の拳とヴィシュヌの肘がかち合って激しいスパークを起こし、しかし互いに押し切ろうとした結果、集中したエネルギーが飽和状態となり、遂に限界が来て爆発を起こして強制的に間合いが離され、夏月もヴィシュヌもシールドエネルギーを減らす。

再び間合いを詰めて格闘戦に入るのかと思いきや、ヴィシュヌはクラスター・ボウを展開すると、正打ち、横打ち、背面打ちで夏月を攻撃する――『無手の格闘じゃないのか?』と言うなかれ。ISバトルはエンターテイメントの側面も持ち合わせているので、観客を飽きさせない為の工夫と言うのもISバトル競技者に求められる技術と言えるのだ――なので、ヴィシュヌは近距離の格闘戦に少しばかりエッセンスを加える意味でクラスター・ボウでの攻撃を行ったのだ。

 

クラスター・ボウは『拡散弓』の名の通り、本来は複数のエネルギーの矢を放射状に発射して広範囲を攻撃する装備なのだが、拡散せずに複数の矢を一体の対象に集中させる事も可能になっていると言う、実は汎用性のある遠距離武器なのだ。

よって、夏月には数十本のエネルギーの矢が向かって行く事になる訳だが――

 

 

「イ~ッツ、ショータ~イム!!」

 

 

夏月はビームアサルトライフル『龍哭』を両手に持つと、有り得ない位の高速連射でエネルギーの矢を完全相殺!しかも、只相殺するだけでなく、二丁銃の通常撃ち、交差撃ち、平行撃ち、背面撃ちを披露しての相殺なので、夏月もバッチリ魅せプレイをしてくれた訳だ。

エネルギーの矢とビームが相殺して爆煙が巻き上がるが、其れが晴れると同時に夏月とヴィシュヌはまたしても肉薄して激しいクロスレンジでの攻防が行われる。

矢張り互いに決定打を欠く攻防になったが、此処で仕掛けたのは夏月だった。

 

 

「貰ったぁ!!」

 

「しまった!」

 

 

ヴィシュヌのハイキックをダッキングで躱した夏月は即ヴィシュヌの背後を取ると、腰をホールドしてプロレスの芸術技であるジャーマンスープレックス一閃!角度もありブリッジも完璧なジャーマンスープレックスは、技の開祖であるプロレスの神様ことカール・ゴッチも大絶賛の高評価をしてくれそうだが、夏月は其れでは終わらずに連続でローリングジャーマンを繰り出すと、〆にアルゼンチンバックブリーカーを極めてからヴィシュヌを投げ飛ばす。

ヨガによって人体が獲得出来る究極の柔軟性を会得しているヴィシュヌにはアルゼンチンバックブリーカーは大したダメージにはならなかったが、其れでも連続ローリングジャーマンは有効であり、ドゥルガー・シンのシールドエネルギーを大きく減らす事になった。

其処に夏月が追撃のダッシュからの渾身の左フックを放つが、ヴィシュヌは其れをスウェーバックで躱し、続いて繰り出された低姿勢からの抉り込むようなアッパーカットもバック転で回避すると、イグニッションブーストで夏月に肉薄し、目にも止まらぬ拳と蹴りの雨霰の猛攻を叩き込む。

 

 

「ふん!ふん!とりゃあぁぁ!!」

 

「だから、ウメハラブロッキングをリアルでやるんじゃないわよ!アホかアンタは!!」

 

 

その猛攻を夏月は全て捌き切って見せ、観客席からは鈴の突っ込みが飛んで来ていた――『背水の陣からの大逆転』の象徴である『ウメハラブロッキング』は格闘ゲーム界に於いて最早伝説となっているが、其れをリアルの試合で行う人間など、夏月以外には存在しないだろう。

だが、其れでもヴィシュヌの猛攻は止まらず、変則的な飛び二段蹴りの後は連続パンチから左右の連続アッパーに繋ぎ、其処から飛び膝蹴り→踵落としの連続技を叩き込む――だが、夏月は其の攻撃もブロッキングでやり過ごすと、踵落としにカウンターの一本背負いドラゴンスクリューを放つ!

しかし、ヴィシュヌも一本背負いドラゴンスクリューで投げられる瞬間に夏月の頭を両足でホールドすると、其処から速攻のフランケンシュタイナーで夏月を地面に叩き付けてシールドエネルギーを大きく削って見せた。

ヴィシュヌのしなやかな肉体が繰り出したフランケンシュタイナーはタイミング、威力、そして技の美しさ全てに於いて申し分ない一撃であり、予想外の攻防に観客からは大きな声援が上がっている……矢張り見た目に派手な技はウケが良いようである。

 

 

「くあぁ~~……見事なフランケンシュタイナーだったな?今のは効いたぜギャラクシーさん……否、ヴィシュヌ。生粋のムエタイファイターだと思ってたが、まさかプロレス技も使えるとは思ってなかったぜ。」

 

「タイに遠征に来たプロレスラーとの異種格闘技戦は其れなりに行っているのでプロレス技もソコソコ使えるんですよ私は……プロレスは魅せ要素が大きくて実戦的ではないと思っていたのですが、一流のプロレスラーの技は魅せ要素もありながら技としての威力も備えているのだから驚きです。

 そして、その最も足るものが此れです。」

 

「シャイニングウィザード……コイツは確かにプロレス界における最高の必殺技かもな!」

 

 

間髪入れずに、ヴィシュヌは『平成のミスタープロレス』、『稀代の天才レスラー』の名を欲しいままにした天才プロレスラー武藤敬司が編み出した最強必殺技であるシャイニングウィザードを繰り出す!

が、夏月は自ら横に倒れる事でダメージを逃がし、其処から強引にぶっこ抜いての『垂直落下DDT』をブチかましシールドエネルギーをごっそりと削る……夏月とヴィシュヌの試合は、正に何方が勝っても可笑しくないレベルの試合となっていた。

クラス対抗戦一年生の部で最も激しい試合展開になってるが、夏月もヴィシュヌも、その顔には笑みが浮かんでいた――夏月もヴィシュヌも、強者との戦いに歓喜して居たのだ。

 

 

「楽しいなぁ、ヴィシュヌ!IS纏ってなかったら、お互いがぶっ倒れるまで続けたい所だぜ!」

 

「はい、とても楽しいです一夜さん……いえ、夏月!ISバトルはシールドエネルギーが尽きたら試合終了と言うのが珠に瑕ですね。」

 

 

その中で互いに名前呼びになり、敬称も消滅!

其れは互いに相手の事を同格と認めたからであり、同時に此処からは更に激しいバトルが展開される事の証でもあるのだ――夏月を名前呼びしたヴィシュヌの頬には少しばかり朱が差していたのだが、其れは深く言及すべき事ではないだろう……人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらなのだ。

 

 

「ん~~……此れはヴィシュヌちゃんも乙女協定に追加かしらね?」

 

 

管制室では楯無がそんな事を呟いていたが、ヴィシュヌを乙女協定の新たな一員とすると考えたのはある意味当然と言えるだろう――此の試合でヴィシュヌが夏月に好意を持ったのは間違い無い……名前呼びになって敬称も無くなり、夏月を名前呼びした時に僅かに頬が染まっていたのがその証拠と言えるだろう。……其れを管制室のモニターで確認してしまう楯無が中々にヤバい気もするのだが。

だが、だからと言って楯無はヴィシュヌを排除する気は更々無かった……既に夏月は自分と簪、ロランにグリフィンも虜にしているので、今更乙女協定のメンバーが増えたところで何の問題も無いのだ――尤も、乙女協定に参加するには其れなりの実力が必要になるので、一般生徒が新たに『乙女協定』に参加するのは現状では略不可能な訳だが、逆に言えば実力さえあれば一般生徒もワンチャンありと言えるだろう。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

もう何度目になるか分からないぶつかり合いを行った夏月とヴィシュヌはまたしても間合いを離す事になり、互いに構えを崩さずに平常心を保ちつつ、次の一手を考える――夏月もヴィシュヌも相当数のシミュレートを行っている事だろう。

此れまでの攻防に於ける攻撃パターン、其れに対する有効な一手、決定的な一打をどうやって打ち込むか、其れ等を瞬時に頭の中で整理し互いに地面を蹴ろうとした次の瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

――ドッガッァァァァァァァァァン

 

 

 

 

 

 

 

 

突如アリーナのシールドをブチ破って二機のISが現れた――一機は一般的なISと基本的な部分を同じにした機体でパイロットは小柄な少女の様だがバイザーで目元を隠し、もう一機は全身装甲で、機械仕掛けの天使を彷彿させるデザインをしている。

クラス対抗戦の最終試合が行われている最中でのまさかのIS学園の外からの乱入者となれば、其れはトンデモナイ事ではあるのだが、夏月もヴィシュヌも慌てる事無く二機のISを見やる。

 

 

「な~んか来たぞヴィシュヌ?さて、如何する?」

 

「其れを態々聞きますか?……試合を邪魔した無粋な輩には、相応の報いを受けさせます。」

 

 

ヴィシュヌの思考が若干バイオレンスだが、折角の楽しい試合を中断せざるを得なくなったとなれば、その原因を作ったモノに対して怒りを覚えるのも無理はない。まして此れからもっと楽しくなる筈だったのならば尚更だ。

夏月もヴィシュヌも試合で消耗してはいるが、試合中だった事もあって気分は高揚しており身体も充分温まっているので戦闘を行うには何ら問題はない……テンションが上がっている分だけ今の方が試合前より強いかもしれない位だ。

 

 

「さてと、そんじゃ無粋な輩には退場願いますか。」

 

「教師陣から撤退命令出ませんかね?」

 

「んなモン無視だ。俺達が撤退したら、アイツ等が観客狙うかも知れないからな……少なくとも観客の避難が済むまでは撤退は出来ないだろ。」

 

「確かに、其れはそうですね。」

 

 

夏月もヴィシュヌも二機のISと向き合うように構え何時でも動けるように準備をし、其れを見たバイザーの少女は口元に僅かに笑みを浮かべ、ライフルのセーフティを解除する……クラス対抗戦一年の部の最終戦は、突然の乱入者によって試合から戦闘へと強制変更されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode19『Besiege den rücksichtslosen Eindringling』

この乱入者、倒してしまっても構わんのだろう?By夏月      うん、構わないわ♪By楯無     無粋な輩には御退場願おうか?Byロラン


クラス対抗戦一年生の部のラストマッチに突如として現れた乱入者――アリーナのシールドをブチ破って現れただけにトンデモナイ相手だと言うのは間違いないのだが、管制室にて誰よりも早く動いたのは楯無だった。

 

 

「虚ちゃんは現状確認、本音はアンノウンの機体照会を急いで。」

 

 

アリーナ内の煙が晴れて乱入者の姿が明らかになると、虚と本音に指示を飛ばして現状の確認と乱入者が使用している機体の詳細を調べるように指示を出し、虚と本音も凄まじいスピードで管制室のコンピューターのコンソールを叩いて必要な情報を洗い出して行く……そのスピードと正確さは管制室に居る教師陣を上回り、此の二人は更識姉妹の従者とは言え、暗部の一員である事を改めて認識させてくれるようだ。

 

 

「現在、観客席の扉とバトルフィールドへの通路の扉、ピットルームのカタパルトのハッチがロックされています。

 ハッキングによるモノと思われますが、現状ではアリーナ内部から出る事も外部から入る事も不可能……現在コントロールの奪還作業中。コントロールを奪還し次第ロックの解除を行いますが、コントロールの奪還とロックの解除の両方には十分は掛かるかと。」

 

「五分でやって。」

 

「其れは流石に無理です!」

 

「十分掛かると言えば十五分掛かるわ。五分の心算でやって十分で上がれば上出来よ。」

 

「……言ってくれますね。分かりました、やってみます!」

 

「機体照会かんりょ~~!

 全身装甲の方は該当機体が見つからなかったけど、もう一機の方はイギリスが開発したBT兵装搭載型二号機『サイレント・ゼフィルス』だって~~!なんかね~、ロールアウト直後に誰かに強奪されちゃったみたい~~?」

 

「強奪されたイギリスの新型機……強奪した犯人か、それとも強奪犯から其れを買ったか或は奪ったか……現状では分からないけれど、何れにしても一筋縄で行く相手じゃないわね。」

 

 

虚に対する要求が若干厳しめだが、其れは虚なら出来ると楯無が信頼しているから故の事だろう。

状況を把握した楯無は直ぐに脳内で如何すべきが最適解かをシミュレートする

現れた乱入者は二名だが他にも仲間が居るのか、その中にISを所持している者は何人いるのか、客席に居る生徒の避難を如何に安全を確保しながら行うか、乱入者の相手を夏月とヴィシュヌの二人に任せきりにして良いモノか……ありとあらゆる情報を精査し、取捨選択を行う。この間僅か二秒!

 

 

「ピットルームに待機している専用機持ち達に通達!アリーナの観客席とバトルフィールドへの通路の扉が外部ハッキングによってロックされているわ!

 此方でも解除を行っているけれど解除には少しばかり時間が掛かりそうなの。だから貴女達は今すぐ観客席に向かって扉を破壊して生徒の避難誘導を行ってくれるかしら?そして其れが済んだら夏月君とヴィシュヌちゃんの加勢に入って!その際に通路のロックが解除されて居なかったら、其れも破壊してくれて構わないわ!

 生徒会長の権限に於いて許可します!」

 

「待て更識姉、扉の破壊は許可出来んぞ!」

 

「生徒の安全確保が第一です織斑先生!生徒の安全と比べたら扉の一枚や二枚大したモノではないでしょう?そんな事を言ってるよりも、教師部隊を突入出来るように準備をしておいて下さい!」

 

「くっ……」

 

 

近くにあったインカムを手に取ると、楯無はピットルームに待機させていた専用機持ち達の機体にプライベートチャンネルで連絡を入れて指示を出し、『扉の破壊を許可する事は出来ない』と言って来た千冬を一喝して黙らせる……千冬は教師部隊の隊長であり、有事の際の指揮権限も持っているのだが、楯無は楯無で千冬とは異なる指揮系統を学園長から直々に持たされているので、立場としては千冬と同等、或は其れ以上であるので千冬の言う事に従う義務もないのだ。

千冬は楯無の言葉に面白くなさそうな顔をし、軽く舌打ちをしてから漸く教員部隊に指示を飛ばす……尤も其れは『教員部隊はアリーナ通路扉前で待機せよ』と言うマッタクもって具体性を欠くモノであり、突入後は乱入者の確保か夏月とヴィシュヌの安全確保の何方を優先すべきか教師部隊が現場で混乱するのは避けられないかもしれないだろう……千冬の指揮官としての能力にはやや疑問があると言わざるを得ないだろう。

 

『扉の破壊を許可してるならロックの解除は行わなくても良いのではないか?』と思うなかれ。ロックを解除して扉の破壊を行わないで済むのであれば其れに越した事はないので、ロックの解除作業も行っておいた方が良いのだ。

楯無の指示を受けて専用機持ち達も即行動に移ったが、その際にダリルがサイレント・ゼフィルスを見て『アイツは……やるならやるって前もって連絡くれよなスコール叔母さん』と独り言ちていたのは誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode19

『Besiege den rücksichtslosen Eindringling』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリーナのバトルフィールドでは夏月とヴィシュヌが乱入者である二人と対峙してた……その際に、夏月は黒雷を完全展開していたが微動だにせず、其れはヴィシュヌと乱入者の二人も同じだ。

先に動けばその分だけ相手に情報を与える事になり、不利になる。故に互いに動かないのだが、この状況が長続きしないのもまた事実……睨み合いが長引けば長引くほど乱入者達の方が不利になる。時間が経てば経つほど、援軍が来る確率が高くなるのだから。

 

 

『夏月君、ヴィシュヌちゃん、ロランちゃん達には既に指示を出したけど、フィールドに通じる扉が全て外部ハッキングでロックされているの――悪いけれど、援軍が到着するまでそっちは任せても良いかしら?』

 

「楯無さん……勿論だ。つか、折角の試合ぶち壊されてキレてるんでね俺もヴィシュヌも……援軍が到着するまでの時間稼ぎとは言わずにコイツ等をブッ飛ばす!」

 

「私も夏月と同じ気持ちです……其れに倒してしまっても構わないのでしょう更識会長?」

 

『ヴィシュヌちゃん、其れ死亡フラグよ……でもまぁ、貴方達なら大丈夫だと思うけれどね。

 何時の間にか名前呼びになってた事は後でじ~~っくり聞くとして、今は折角の試合をぶち壊した無粋な乱入者に、貴女達の怒りをぶつけて上げて構わないわ♪

 バッチリやっちゃいなさいな!』

 

「「イエス・マム!!」」

 

 

その状況で楯無からの指示を受けた夏月とヴィシュヌは、『時間稼ぎどころかぶっ倒す』との意思を示すと、通信終了と共にイグニッションブーストで夏月はサイレント・ゼフィルスを纏った少女に、ヴィシュヌは全身装甲の相手に突撃し鋭い飛び蹴りを一閃!

先に動いたのならば夏月とヴィシュヌが不利になりそうだが、夏月が放ったのはムエタイ式の飛び蹴りで、ヴィシュヌが使ったのは空手式の飛び蹴り……試合で使った互いの技を見様見真似で放ったモノであり、夏月とヴィシュヌの本質とは言い難いので、ディスアドバンテージにはなり得ないのだ。

 

 

「く……まさか其方から仕掛けて来るとはな……中々良い飛び蹴りじゃないか……!」

 

「ガードしといてよく言うぜクソチビ!悪いがヴィシュヌとの楽しい時間を邪魔されて俺は過去最高レベルでブチギレてんだ……骨の一本や二本覚悟しとけオラァ!」

 

「無粋な乱入者には相応の報いを……試合は此れからと言う時に邪魔してくれた事を精々後悔して下さい!」

 

「此れが拳脚一体の攻撃……実際に体験すると、見るよりも鋭いモノだなムエタイと言うのは……!」

 

 

其処からは本格的な戦闘になり、夏月はサイレントゼフィルスの少女――Mに龍牙で斬りかかり、ヴィシュヌは全身装甲の相手――Nに拳脚一体の猛攻を仕掛けて一気に攻め立てる。

無手の格闘も可成りのレベルで修めている夏月だが、その本質は矢張り剣術であり、鞘を使った疑似二刀流でMを圧倒する……それでもMは巧みなコンバットナイフの二刀流で対応してクリーンヒットを許さない辺り、Mの実力も相当なモノであると言えるだろう。

 

 

「おいクソチビ、鼻血出てんぞ?まだ俺の攻撃ヒットしてねぇと思うんだけど、襲撃前にチョコレートかピーナッツ食い過ぎたか?」

 

「フフフ、その何方でもない……お前とこうして面と向かって相対して少しばかり興奮しただけだから心配無用だ!……今はフェイスパーツで隠れてしまっているが顔の傷跡もワイルドで実に良い感じだ!

 お前は私の想像以上に良い男だったみたいだな!出来れば素顔で戦って欲しいのだが?」

 

「何意味分からねぇ事言ってんだお前!つーかそんなに鼻血出して大丈夫かオイ?」

 

「鼻血程度、ISの生体保護機能で直ぐに止まるわ!」

 

「そう言えばそうだった……な!」

 

 

Mは何故か鼻血を出していたが、如何やら夏月と相対した事で興奮メーターが振り切れて鼻血が出てしまったらしい……この時点でMは大分ヤバい奴だと夏月は認識したのだが、相手はIS学園を襲撃したテロリストか其れに準ずる存在だと言う事を忘れる事は無く、龍牙と鞘の攻撃をガードさせると鋭い踏み込みから体重の乗った重いケンカキックを叩き込んでMをアリーナの壁まで蹴り飛ばす!夏月は剣術と体術だけでなく、更識の任務で培った実戦的な喧嘩殺法も身に付けているので近接格闘戦に於いて切れるカードは極めて多いのだ。

 

 

「はぁ!やぁ!ていやぁぁぁぁぁ!!」

 

「ぐ……近接戦闘では矢張り分が悪いか――得意な武装が使えないと言うのは、存外厳しいモノだな。」

 

 

一方でヴィシュヌもまたNをムエタイで圧倒していた。

Nの機体は射撃と砲撃戦に重きを置きながらもバランスが取れた機体であり、N自身も射撃と砲撃を得意としながらも近接戦闘も出来る遠距離よりのオールラウンダーであるのだが、逆に言うとガッチガチの格闘型に近接戦闘を挑まれると分が悪いのだ……バランス型の弱点は特化型を相手にした場合、得意な状況に持ち込まれると如何にも出来ないと言う点だろう。

バランス型は弱点はないが、特化した能力がない為、一点特化型に得意な分野で迫られると対応出来なくなってしまうのだ――オールラウンダーでありながら特化型を経験と抜群の勝負勘で制する事が出来る楯無は、流石は暗部の長と言ったところなのかも知れないが。

 

 

「中々に良い蹴りだが……女の顔面に蹴りかますか普通!いや、その思いきりの良さは好感が持てるが!」

 

「喧しい!悪い奴に男も女も関係ねぇ!外道は問答無用で顔面陥没じゃあ!テメェは一生流動食になっとけぇ!!」

 

「この歳で総入れ歯は勘弁だ!」

 

 

夏月はMの顔面に体重の乗った見事な喧嘩キックを叩き込み、更に強烈な正拳突きをブチかます……中学時代よりも強くなった夏月の正拳突きの威力は余裕で瓦を十五枚破壊する事が可能だろう。

真面に喰らったら大ダメージは必至だが、追撃の夏月の拳を自ら後ろに飛ぶ事でダメージを軽減したMはBT兵装を展開し、夏月を取り囲む……MのBT兵装操作技術はセシリアを上回るモノだった様で、M自身が動きながらBT兵装を展開して見せたのだ。

BT兵装はそもそもにして極めて高い空間認識能力と、平行思考能力があって初めて扱えるモノであり、大凡専用機に標準装備されるモノではないピーキーな兵装なのだが、イギリスはBT兵装の適性がある代表候補生が二人もいると言う事で其れを開発したのだ――そして一号機であるブルー・ティアーズはセシリアに専用機として与え、二号機であるサイレント・ゼフィルスは二年のサラ・ウェルキンの専用機として譲渡する予定だったのだが、ロールアウト直後に強奪されて今はMの機体となっている……機体の稼働時間は極めて短い筈だが、其れでもセシリアを上回るBT兵装の操作を行っているのを見る限りMの空間認識能力と平行思考能力は代表候補生の其れを上回るモノだと言えるの訳であるが。

 

 

「BT兵器か……普通に考えると厄介なんだが、タッグだとそうも言えないんだな此れが――ヴィシュヌ!」

 

「心得ています、夏月!」

 

 

だが、展開されたBT兵装はヴィシュヌがクラスター・ボウの拡散撃ちであっと言う間に撃ち落として粉砕!玉砕!!大喝采!!!

遠距離戦は不得手なヴィシュヌであるが、クラスター・ボウを使った射撃トレーニングは五十時間以上行っているので、クラスター・ボウを使った射撃であれば精度は可成り高いのだ。

同時に此の迎撃はMとNには実に有り難くないモノだったと言えるだろう――何故ならば今の迎撃は、夏月がヴィシュヌ具体的な指示をした訳でなく、夏月の呼び掛けにヴィシュヌが応えたに過ぎないのだから。連携にしても其れは付け焼刃ではなく、其れこそ熟練のタッグの如しだったのである。

 

 

「BT兵器が……ふむ、実に見事な連携だが、何故そこまで連携出来る?お前達は今日初めて戦ったのではないのか?」

 

「あぁ、オレとヴィシュヌが戦ったのは今日が初めてだが、ガチの格闘戦をやったおかげでお互いの考えてる事がなんとな~く分かっちまうんだわ……真の格闘家の拳は口ほどにモノを言うってな!

 ガチで拳を交えた俺とヴィシュヌの間には、戦闘限定で言葉なんぞ必要ねぇんだよクソチビ!ソイツを其の身に刻んどけぇ!!」

 

「えぇい、クソチビと呼ぶなぁ!!」

 

「だったらクソガキだボゲェ!!」

 

「クソォ、仕方ないとは言え終いにゃ泣くぞ!!母さんに言いつけてやる!」

 

「小学生かテメェは!」

 

 

間髪入れずに夏月の鋭い横蹴りがMに炸裂しヴィシュヌの凶器の膝蹴りがNに炸裂するが、MもNも自ら蹴りの流れに乗る感じで動く事でダメージを軽減しシールドエネルギーの消費を最小限に止め、Nが搭載されている火器を全開にしてのフルバーストで反撃を行い、其処にMがナイフで斬り込んでくる――その攻防は正に一進一退と言ったモノであり、此の戦いが決着するにはまだ少し時間が掛かるみたいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃観客席では、突如の乱入者に混乱して、我先にとアリーナの外に出ようとした生徒で扉前は大混雑となっているかと思いきや、意外な程に生徒達は落ち着いて避難行動を行っていた。

その立役者となったのは秋五と箒、そして己の試合を全て終えて観客席に来ていた簪と鈴だった。

乱入者二人がアリーナのシールドを突き破って現れた直後は生徒達も突然の事に驚き、現場は騒然となり、夏月とヴィシュヌが戦闘を始めてからは『試合』ではない『戦い』の迫力に足が竦んでしまう生徒も居たのだが、其処で声を上げたのが秋五達だった――『あの二人と戦ってるなら此方に意識を向ける可能性は高くない』と言って夏月とヴィシュヌが戦っている間は逆に自分達が狙われる確率は低いと言う事を伝えて生徒達を落ち着かせ、四つのグループに分かれて夫々別の扉まで避難誘導させたのだ。

四つのグループに分けて別々の扉に誘導したのは、一箇所に大人数が殺到したら最悪怪我人が出る事態になり兼ねないと考えたからである。

更に抜群のタイミングで一組の生徒にはロランから、二組の生徒には乱からクラスのグループLINEで『扉を破壊する!』とのメッセージが送られ、即座に扉前に集まった生徒で其れを共有し、アリーナの扉から離れる。

 

 

そして次の瞬間、二つの扉が斬り裂かれ、一つの扉は真っ赤に熱された次の瞬間に凍り付いて砕け散り、一つの扉は文字通り吹き飛んだ――ロランが轟龍、乱がコンボ武装ユニット『雷鳴』のブレードで扉を斬り裂き、ダリルがヘルハウンドの炎で熱した扉をフォルテがコールド・ブラッドで瞬間凍結させて砕き、グリフィンがテンカラットダイヤモンドのダイヤナックルとセシリアが本国から送られて来たブルー・ティアーズの新兵装であるグレネードランチャーを使って扉を吹き飛ばしたのだ。

少々手荒いやり方ではあるが、生徒をアリーナから避難させる手段としてはベターな方法であると言えるだろう。

 

 

「慌てず、落ち着いてシェルターに避難するんだ。大丈夫、君達の事は必ず私達が護るから。」

 

「何時でも展開出来る専用機を持ってるんだから、こんな事があった時はアタシ達が矢面に立つからアンタ達は安心して避難しなさいってね!」

 

 

其処からはロラン達も生徒の避難誘導を手伝い、緊急用の避難シェルターへと生徒達を誘導して行く――そして其の避難シェルターは、乱入者の登場と同時に放送席から飛び出した真耶によってロックが解除されて何時でも使用可能になっていた。(外部ハッキングの危険性を考慮して、避難シェルターの扉は教員証ID番号、其れに対応した個別パスワードの入力によってのみ操作する事が可能になっている。)

真耶もシェルターの入り口で、『避難シェルターはこっちです!』と拡声器を使って呼び掛け、生徒が迷わずにシェルターに来れるように尽力する――其処には何時もの、『親しみやすいドジっ子先生』の姿はなく、只生徒の安全の為に全力で働く頼もしい先生の姿だけがあった。

 

 

「生徒達の避難は大体済んだかな?……では、私達も戦場へ赴くとしようじゃないか――夏月とヴィシュヌの至高の格闘戦に無粋な横槍を入れてくれた輩に、相応の報いを与えねばならないからね。」

 

「其れなんだけどよぉ、俺らが行かなくてもアイツ等で何とかしちゃうんじゃねぇか?ぶっちゃけ、アイツ等が負けるとは思えねぇんだがな俺は。」

 

「ミス・ダリル、貴女の言う事は分かるが……だがしかし、私達が夏月達の加勢に入る事で相手が戦意を喪失する可能性は極めて高いとは思わないかい?

 窮地に援軍は王道の燃える展開だが、互角以上の戦いをしている所に援軍が来ると言うのは相手にとっては圧倒的に絶望的な状況と言える……嗚呼、敵に絶望を与えるのもまた一興と思わないか?」

 

「おいサイドテール、大丈夫かコイツ?言わんとしてる事が分からねぇ訳じゃないんだけどよ。」

 

「此れがロランの平常運転だから問題ないわブラチラパイセン。」

 

「さよか……てか、ブラチラパイセンって俺の事か?」

 

「他に誰が?見せブラと見せパンにしても、大胆過ぎると思う今日この頃なんですけどもぉ?てか、秋五にも注意されたのに止めないのねそのスタイル?」

 

「其処は突っ込んだら負けだから、此れが俺のスタイルって事で納得しとけ――つーか、寮では基本的にパンイチタンクトップだから俺は。」

 

 

生徒の八割をシェルターに避難させたところで専用機持ち達は夏月とヴィシュヌの加勢に向かう事にしたのだが、その際にロランが何時もの『ロラン節』を発揮してダリルが突っ込みを入れたのは、ある意味で安定の流れと言えるだろう――その際にダリルが寮ではトンデモナイ姿で過ごしている事が明らかになったのだが、其れは特に重要な事ではないので深く追及する必要はないのだが。

 

そして一行がバトルフィールドに通じる通路にやって来ると、丁度コントロールの奪還とロックの解除が完了したのか、バトルフィールドへの通路の扉が開き、ロラン達は其処から一気にバトルフィールドに向かって機体を進めて行った――が、千冬から『扉の前で待機』を言い渡された教員部隊は千冬からの次の指示が無かった事で、如何動くべきかが分からず、同時に自分の考えで勝手に動いて良いモノかと言う思いもあり行動する事が出来ないでいた……教員部隊はIS学園の精鋭部隊なのだが、其れを十全に機能させる事が出来ない千冬の指揮官としての適性には甚だ疑問を感じ得ない――結局千冬からの指示はないまま一分が過ぎ、教員部隊は夫々の考えで現場に突入する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ロラン達が避難誘導を行っていた頃、夏月とヴィシュヌは乱入者の二人に少しばかり疑問を抱いていた――と言うのも、夏月とヴィシュヌの攻撃を最小限のダメージでやり過ごすのは兎も角として、二人の攻撃は狙いは適格だが何処か甘く、夏月とヴィシュヌには余裕で回避出来るモノだったのだ。

IS学園を襲撃するにしては余りにもお粗末な攻撃能力だが、其れが逆に夏月とヴィシュヌには――引いては管制室で此の戦いをモニターで見ていた楯無にも『本気を出していない』と思わせたのだが、其れが大きな疑問だった。

相手がIS学園に何らかのダメージを与えようと襲撃して来たのであれば本気を出さないと言うのは合理的ではない――敢えて学園側の戦力を測るために力を温存している可能性もなくはないが、戦力を測るためならもっと大勢の人数を寄こした方が確実性が増すので、たった二人で戦力分析と言うのは考え辛いのだ。

 

 

「ヴィシュヌ、相手さんは何を考えてるのかは知らねぇが、少なくとも本気で攻撃をする心算は無いみたいだ……其れって、滅茶苦茶ムカつかねぇ?こっちは全力出してるってのによぉ……ぶっちゃけ馬鹿にされた気分だぜ。」

 

「防御と回避は全力を出している様ですが、攻撃は余りにもお粗末と言うか精彩を欠くと言うか……本気の攻撃をしないのか、それとも出来ないのかは分かりませんが、此の程度の攻撃では私達には届きません――この様な攻撃を繰り返されると、若干腹が立ちますね?」

 

「ホントに其れな……オイコラクソガキ、やる気あんのかテメェ?そんな温い攻撃で俺達を何とか出来ると思ってんなら流石に舐め過ぎだぜオイ……アリーナのシールドぶち破った時の攻撃は如何したぁ?

 アンだけの攻撃が出来るんだ、俺達との戦いでも本気を出したら如何なんだ?」

 

 

そして其れは実際に戦っている夏月とヴィシュヌからしたら手加減をされていると言うか、『此の攻撃で充分』と判断された感じがして気分も良くない……『本気を出したらどうだ』と夏月が言うのも当然と言えるだろう。

そう言ったと同時に夏月とヴィシュヌはまたも乱入者に向かって行ったが、此処で夏月が予想外の事をやってくれた――居合いで斬り掛かると見せかけて龍牙をヴィシュヌに投げ渡したのだ。

 

 

「「なに!?」」

 

 

まさかの夏月の一手に乱入者の二人も完全に虚を突かれて対応が一瞬遅れてしまう……そして其の一瞬は夏月とヴィシュヌにとっては充分過ぎる隙となり、Mに夏月のムエタイ式飛び膝蹴りからのジャンピングアッパーの連続技がクリーンヒットし、Nにはヴィシュヌの逆袈裟斬りからの唐竹割が炸裂する。

夏月のムエタイもヴィシュヌの剣術も即興の見様見真似であるが、其れでもクリーンヒットした事で乱入者の機体のシールドエネルギーは大きく減少する――無論この好機を逃す手はなくヴィシュヌは龍牙を夏月に投げ返すと膝を曲げた状態で両足を夏月の背にくっ付けると、其処からイグニッションブーストを発動すると同時に一気に膝を伸ばして夏月を押し出し、夏月もイグニッションブーストを発動する。

イグニッションブーストによる加速に両足での押し出しの加速が加わり、更に夏月自身のイグニッションブーストによる三段加速は超高等技術であるリボルバー・イグニッションブーストをも超えた超加速となり、乱入者の二人に亜音速で近付きMに居合いを、Nに鞘での逆手居合いを叩き込んでシールドエネルギーをイエローゾーンまで減少させる。

 

 

「じ、実に見事な一撃だが、弟からの愛が痛くて困るな。いかん、また鼻血が出て来たみたいだ。」

 

「ブラコンも大概にしろ馬鹿……だが、そろそろ時間みたいだぞ?」

 

 

 

「やぁ夏月、ヴィシュヌ、加勢に来たよ。」

 

「夏月さん、ギャラクシーさん御無事ですか!」

 

「ま、アンタ達なら大丈夫だと思ったけどね?」

 

「カゲ君もヴィシュちゃんもやるねぇ?」

 

「スコール叔母さんが評価してただけの事はあるじゃねぇか……タイの嬢ちゃんも大したモンだぜ。」

 

「取り敢えず、面倒なのはゴメンなんでさっさとそいつ等とっ捕まえて終わりにするっすよ。」

 

 

 

 

更に此処でロラン達がバトルフィールドに参上した。

虚が『五分の心算で十分』でコントロールの奪還とロックの解除を行った事で、生徒達の避難誘導を終えたロラン達はスムーズにバトルフィールドに突入する事が出来たのである――が、此れは乱入者の二人にとっては有り難くない事だろう。夏月とヴィシュヌの二人でも充分過ぎる位に強いのに、其処にオランダの国家代表、アメリカ、イギリス、台湾、ブラジル、ギリシャの国家代表候補生が現れたのだから。

 

 

「私達が突入してから十分か……ふむ、生徒達の対応は悪くない様だが、教師部隊は未だ来ないか――奴は私が思っていた以上に無能だったらしいな?……引き上げるぞN、目的は達成出来た。もう充分だ。」

 

「そうか……ならば長居は無用だな。」

 

 

だが、その光景を見たMは満足そうに口元に笑みを浮かべると、Nと共にイグニッションブーストで一気に上昇して其の場からの離脱を試みる――が、勿論其れを許す夏月達ではない。

 

 

「待てコラクソガキ、こんだけ好き勝手やっといて今更逃がす訳ねぇだろうが!つか、この状況で逃げられると思ってんのかオラァ!無駄な抵抗して手間取らせるんじゃねぇぞコラ!」

 

「逃がしませんわよ!……強奪されたサイレント・ゼフィルス、返して頂きますわ!」

 

 

特にセシリアは、自国が開発し、しかしロールアウト直後に強奪されたサイレント・ゼフィルスを使っている相手を逃がす事は出来ず、必ず確保するとの思いでこの場に来ているのだから尚更だろう。

 

 

「あ~~~……アイツの中では強奪されたままって事になってるのか此れは。

 ったく、イギリスは報連相がなってないな?まぁ、其れは後で説明すれば良いか……取り敢えずこの場は退かせて貰うぞ?バイバイキーン!ってな!」

 

 

しかし此処でMがスモークグレネードを炸裂させ、更にチャフを散布して夏月達の視界を完全に潰し、その隙に一気に学園島から離脱する――そして、スモークとチャフが完全に晴れた頃には乱入者の二人の姿は何処にも無かった。

 

 

「最後の最後で狡い手使いやがって……追うか、楯無さん?」

 

『いえ、追わなくて良いわ。相手の正体が分からない以上深追いは禁物だしね……全員帰投してくれるかしら?』

 

「了解だ。」

 

 

楯無に指示を仰ぐも『追わなくて良い』と言われたので、夏月達は地上に降りてから機体を解除してバトルフィールドを後にし、ロラン達から一分遅れて突入して来た教師部隊は敵が居なくなっている事に驚いていた。

楯無の第六感が的中した形となった襲撃事件だったがIS学園側の被害はアリーナのシールドと生徒を避難させる為に破壊した観客席の扉のみで人的被害はゼロと特に問題の無い結果となった――只一つ、教師部隊の指揮系統が正常に機能していなかったと言う事を除けば。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

この襲撃は、リアルタイムでクラス対抗戦を(IS学園のアリーナカメラをハッキングして)観戦していた束も見る事になったのだが――

 

 

「サイレントゼフィルスの子の声、昔のアイツに似てるなぁ?バイザーで目は隠れてたけど髪型もアイツにそっくりだし……若しかしたら、あの子は……織斑計画の事を考えたら有り得ない話とは言えないね此れは。

 此れは、アイツにとっての爆弾になるかもね?」

 

 

サイレントゼフィルスを操っていたMを見て何かを感じ取っていた――世紀の大天才の琴線に触れる何かがあったMは何やら凄い奴なのかも知れない……夏月と相対して鼻血吹き出してしまう色々とヤベー奴と言うだけではないようだ。

 

 

 

――全力全壊SLB!!

 

 

 

此処で束のスマホが物騒極まりない着信音で着信を知らせる。番号を確認すると、相手は連絡が取れていなかった『篝火ヒカルノ』だった。

 

 

「モスモスひねもす、皆のアイドルにして正義のマッドサイエンティストの束さんだよ~ん!や~っと連絡付いたねヒカルノちゃん?若しかしなくても厄介事かい?」

 

『大正解だよ束ちゃん。

 白式のワンオフが零落白夜になった事で、其れに関しての彼是を上に納得させるのに一苦労ってね……おかげさんで此処最近は一日三時間位しか寝てないのよ此れが……今の私なら四十八時間の連続睡眠も出来る気がする。』

 

「うお~い、其れは流石に死ぬぞヒカルノちゃん?三徹余裕の束さんが言っても説得力ねーかもだけど……てか、白式のワンオフが零落白夜になったって言った?

 って事はアレってヒカルノちゃんが搭載した訳じゃないって事?」

 

『だ~れがあんな危険物を素人が使う機体に搭載するかっての。

 束ちゃんから貰ったデータを使って白式に一次移行段階からワンオフを発動する事が出来るようには出来たんだけど、何故かそのワンオフが零落白夜って言うクソチートなモンになっちゃったのよ……流石にヤッベーからリミッター掛けて絶対防御貫通はオフにしてっけどね。』

 

「偶々零落白夜になっちゃったって事?……こりゃ、一度白式を調べてみる必要があるかもね――忙しいところ連絡ありがとねヒカルノちゃん!

 良ければ、時間が空いたら久しぶりに飲みに行かないかい?美味しい焼き鳥屋さん見つけてさ、なんとレバーをタレじゃなくて塩で提供してくれるんだよ!」

 

『マジで?其れはメッチャ期待出来るわ!時間空いたら連絡するから!』

 

「はいは~い♪」

 

 

本題は秋五の専用機である『白式』のワン・オフ・アビリティである『零落白夜』についてだったが、其れは白式の開発者であるヒカルノが設定した訳でなく、束から貰ったデータを基に『一時移行時からワン・オフ・アビリティが発現する機体』として白式を作り上げた結果、零落白夜がワン・オフ・アビリティとして発現したと言うのだ。

嘗ての千冬の機体の必殺技が弟である秋五の機体に受け継がれたと言うのは偶然で片づけるモノではなく、束は機会を見て白式を調べてみる事を決め、同時にヒカルノと飲む約束を取り付けていた――レバーを塩で提供する焼き鳥屋と言うのは、確かに期待が出来ると言うモノだが、ヒカルノは兎も角として束はザルを遥かに超越した酒豪なので、下手したら店中の酒が無くなる可能性があるだろう……世紀の大天才で大天災はアルコール分解能力もぶっ飛んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

正体不明の乱入者がやって来た事でクラス対抗戦は中止となり、夏月と更識姉妹、布仏姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、乱と鈴、秋五と箒、セシリア、ダリル、フォルテと真耶、千冬と教師部隊は会議室に集められていた――此度の襲撃事件の詳細報告と言ったところだろう。

箒は専用機を持たない一般生徒だが、秋五、簪、鈴と共に生徒の避難誘導を率先して行っていた事もあって共に参考人として付いて来るように言われていたりするのだが、箒としても今回の事をもう少し詳しく知りたかったので拒否する理由は無かった。

 

 

「どうも、学園長の轡木十蔵です。其れでは早速今回の襲撃事件の詳細を報告してくれますか更識楯無君?」

 

「はい。

 本日、クラス対抗戦一年生の部の最終戦である一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの試合中に正体不明のIS乗りが乱入し、同時にアリーナの観客席及びバトルフィールドに繋がる扉は全てハッキングによってロックされました。

 そこで私は、『何かあった時の為に』ピットルームに待機させていた専用機持ち達に生徒の避難誘導を命じ、一夜君とギャラクシーさんには襲撃者を抑えるように命じ、其れは概ね巧く行ったと思っています――最後の最後で、敵には逃げられてしまいましたが……」

 

「いいえ、充分です楯無君……敵は取り逃がしてしまいましたが、生徒達には全く被害がなかったのですから。」

 

 

生徒会長にして、実質的にIS学園の有事の際の最高権力者であると言える楯無が報告を行い、その報告を聞いた十蔵は『生徒に被害は無かった』との事で、乱入者を逃した事を咎める気は更々ないようだ……出来なかったところを責めるよりも、出来た事を評価すると言う事が出来る様だ。

 

 

「ですが、襲撃者が何の意図をもってIS学園を襲撃して来たのか、其れはマッタク持って不明です――実際に交戦した一夜君とギャラクシーさんに話しを聞いたところ、『相手は本気の攻撃をして来なかったみたいだった』との事ですので……」

 

「襲撃の目的は不明ですか……一夜君か織斑君を狙って来たと言うのであれば、まだ分かり易かったのですが、そのような単純なモノではないと言う事ですね。

 学園の戦力を測りに来た、と言う可能性もゼロではありませんが、たった二人でと言うのは解せません……そして彼女達のバックにある何らかの存在も考えておいた方が良いでしょう。」

 

「はい、大凡たった二人での犯行とは考え辛いですので。」

 

 

とは言え乱入者の目的、引いてはその裏にあるであろう何かしらの存在の目的が何であったのはかはマッタク分からないので、此度の襲撃にどんな意図があったのかまでは流石に推測しようにも分からない事だらけなのだが――

 

 

 

――ザ、ザザザ……

 

 

 

此処で突如会議室の大型モニターが起動して、砂嵐の画面がモニターに表示される……会議室に居た誰もが『モニターが故障したか?』と思ったが、砂嵐は徐々に治まって行き、そしてやがて一つの人影を映し出した。

 

 

『やぁ、御機嫌ようIS学園の諸君。』

 

「テメェは!」

 

「先程の……!」

 

 

そうして会議室のモニターに映し出されたのは、学園を襲撃し他乱入者の一人、サイレント・ゼフィルスを使っていた目元をバイザーで覆った少女、Mであった――如何やら今回の襲撃事件は、単純なIS学園への敵対行動と言う訳ではなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode20『Nach dem Angriff war er vielfältig, wirklich vielfältig』

事件後の事情聴取……ぶっちゃけメンドクセェ!By夏月      其れは分かるけど、サボれないからBy楯無     覚悟して受けるしかないだろうねByロラン


クラス対抗戦一年生の部の最終試合に於いて発生したIS学園への襲撃事件――其れは襲撃者を夏月とヴィシュヌが抑え込み、秋五と箒達が生徒の避難誘導を行い、真耶が避難シェルターを解放した事で事無きを得て、現在は会議室で此度の襲撃事件に関する報告を行っていたのだが、その報告会の最中に会議室のモニターが突如として起動し、砂嵐の末に画面に映し出されたのは、先程の襲撃事件でサイレント・ゼフィルスを駆っていた少女、Mだった。

 

 

「試合に無粋な乱入かましてくれただけじゃなく、今度はIS学園のモニターをハッキングか?何が目的だクソガキが。」

 

「一体何者なのですか貴女は?」

 

 

其れに真っ先に反応したのは、先程までM達と実際に交戦していた夏月とヴィシュヌだ。

此れからと言う時に乱入された事で試合をぶち壊されただけでなく、防御と回避は兎も角攻撃では本気を出さず、挙げ句の果てにまんまと逃げ果せた相手が画面越しとは言え現れたのだから当然と言えば当然だろう――そして、二人の顔つきが険しいのも当然と言えば当然の事である。

 

 

『だからクソガキと言うな!私の心のライフポイントはゼロを通り越して若干マイナスだぞ!!

 まぁ、其れはある意味自業自得であるから仕方ないとして……私が何者か……そうだな、先ずは私の身分を明らかにせねば話も出来ないか――訳あって本名と素顔を明かす事は出来ないが、私は国際IS委員会のシークレットエージェント。コードネームを『M』と言う。』

 

「国際IS委員会の……」

 

「シークレットエージェントですってぇ!?」

 

 

先程の戦闘に続いて夏月にクソガキ呼ばわりされた事にMは可成りショックを受けたようだが、なんとか気を持ち直すと『本名と素顔を明かす事は出来ない』と前置きしてから自身が『国際IS委員会のシークレットエージェント、コードネームM』と言う事を明らかにした。会話が出来ると言う事はモニターは『オンライン会議モード』になっているのだろう。

其れを聞いた会議室に居た面々は全員が驚きを隠せないようだった――国際IS委員会のシークレットエージェントと言うのは、委員会お抱えのエージェント組織であり、その活動内容は諜報活動からISを使った犯罪の未然防止、要人の警護まで幅広く行っており、構成員は知能や戦闘力がずば抜けていると言われている。

だが、その活動は完全に人目に付かないモノであり、実際にシークレットエージェントの活動を目にした者は存在していない――要人警護に当たる際も、映画顔負けの特殊メイクで素顔を隠している為、エージェント達の素顔を知っているのは国際IS委員会の、其れもシークレットエージェントの司令官のみであるが故に、国際IS委員会のシークレットエージェントは半ば都市伝説の様な存在ともされているのだ。

そんな存在が画面越しとは言え現れたとあっては驚いて然りだろう。

 

 

「国際IS委員会のシークレットエージェント……更識でも其の存在は掴み切れていないのだけれど、まさか本当に存在していたとはね?

 だけど貴女の言う事が本当だとして、そのシークレットエージェントがIS学園を襲撃した理由は何?国際IS委員会が直轄の組織とも言えるIS学園を襲撃する理由は存在しないと思うのだけれど?」

 

『あぁ、其れは実に簡単な話だよ第十七代更識楯無殿

 此度の一件は、世界に二人しか存在しない男性IS操縦者の身の安全を考えての事……国際IS委員会が行った、抜き打ちのIS学園のセキュリティチェックと言う奴だよ。事前の通達無しの抜き打ちテスト、本物の襲撃さながらの緊張感を味わって貰えたかな?』

 

「「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」」

 

 

楯無の言った事はこの場の誰しもが思った事だったが、Mから返って来たのはまさかの『抜き打ちのIS学園のセキュリティチェック』と言う斜め上の答えだった……抜き打ちであるのならばIS学園の人間が誰も此の事を知らなかったのも頷けるし、現場は本番同然の状況になるのだから予定されていた訓練とは違い本当の緊急時と略同様の対応になるので、真のセキュリティ能力を評価する事にも繋がるだろう。

 

 

『IS学園の皆さん、此度は国際IS委員会の急な取り決めにより混乱を招いてしまった事を、お詫びいたしますわ。』

 

 

更に此処で新たな人物がモニターに現れたのだが、其れを見た夏月と更識姉妹はMが何者であるかを明かした時以上に驚愕の表情を浮かべる事となった――モニターに新たに現れた人物は嘗て更識のエージェントとして『時雨』の名で働き、現在は亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』の隊長にして夏月の義母であるスコール・ミューゼル、その人だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode20

『Nach dem Angriff war er vielfältig, wirklich vielfältig』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Mが何者であるのか、そして今回のIS学園の襲撃がなんだったのかが明かされた上で、モニターに現れたスコールは蠱惑的な笑みを浮かべており、多くの男性を虜にしてしまいそうな怪しい魅力がある……只一つ、着ている服がジャージ(NIKE製)である事を除けば。

 

 

「義母さん、何だって其処に居るんだよ!?」

 

『フフフ、久しぶりね夏月、元気そうで安心したわ。

 何で其処に居るかって言われても、私は国際IS委員会のシークレットエージェントを取りまとめている存在だからとしか言いようがないわ……若しかして言ってなかったかしら?』

 

「今初めて聞いたよ!てか、何でジャージなんだよ!?あのセクシーなドレスとは言わないけど、せめてレディースのスーツで出て来るところだろ此処は!!」

 

『かたっ苦しい格好とか好きじゃないのよ実は……パーティとかでもドレスコードがなかったら、其れこそジーパンとTシャツで言っても良いと思ってる位だから。』

 

「否、ドレスコードが無くても其れは普通にアウトだから!」

 

 

スコールの服装は兎も角として、スコールが国際IS委員会の一員であった事は夏月も今聞いた話なのだが、其れは国際IS委員会には亡国機業のエージェントが入り込んでいると言う証でもある……或は既に国際IS委員会は亡国機業が掌握しているのかもしれない。

尤も亡国機業は一般的には『目的の為ならば手段を選ばない冷酷なテロリスト集団』として認知されているが、その実態は歴史の裏で戦争の勃発と終結を管理して来た(世界人口が増え過ぎて経済が困窮した時には増えすぎた人類を減らす為に戦争を起こさせ、兵器の製造と使用によって経済を回転させ、世界人口が一定数以下になったところで戦争を終結させ経済の安定化を行って来た……第二次世界大戦だけは日本を恐れたアメリカをはじめとする欧米とロシアが日本に戦争を仕掛けさせるように仕向け、其れに乗った日本政府が暴走した結果なのでノーカンだが。)、世界の秩序を保つ為の組織なので、今や世界的な『力』の象徴となっているISの管理を行っていたとて何ら不思議はないのだが。

 

 

「彼女が君の母君なのか夏月?其れにしては随分と若く見えるが……」

 

「俺と義母さんは血は繋がってない……俺は養子なんだよ。

 俺はガキの頃に両親が事故で他界して、親戚筋をたらい回しにされた末に十歳まで孤児院で過ごしてな……俺が十歳の時に、当時二十歳だった義母さんが孤児院にやって来て俺を引き取ってくれたんだ。

 義母さんは白騎士事件の時に大怪我を負って、そのせいで子供が作れない身体になっちまったらしいんだけど、どうしても子供を諦める事が出来なくて、俺を養子として迎え入れてくれたって訳さ……本来なら、夏月・ミューゼルになるところなんだけど、義母さんは俺の本当の両親との唯一の繋がりである『一夜』の姓は残してくれたって訳だ。」

 

「……君の予想外に重い過去に私は驚いているよ。」

 

「私も同じく。」

 

「同時に三号♪」

 

 

夏月の説明にロラン、ヴィシュヌ、グリフィンは少しばかりの驚きがあった様だが、夏月が織斑一夏である事を知っている更識姉妹と布仏姉妹、鈴と乱は『この設定なら納得出来るわね』と言った感じだった。

尤も、スコールが現れたからと言って、彼女達が国際IS委員会のシークレットエージェントであると言う事が証明されたわけではないが、此処で箒のスマホに束からのメールの着信があり、そのメールには添付ファイルとして『国際IS委員会のメンバーの詳細』が記載されており、其処には確かに『シークレットエージェント司令官』として『スコール・ミューゼル』の名が記されていたので、そのメールを見せられた学園の人間はスコールとMが国際IS委員会のシークレートエージェントである事を認めるしかなかったのだ……ISの生みの親にして世紀の大天才の大天災が調べ上げたのならば其処には1mmも疑う余地は無いのである――アメリカのFBIやCIA、ロシアのKGB、イギリスのMI6に、国際警察のインターポールですら行方を掴めていないにも拘らず、各国の企業にISコアを提供し続けている束の能力は疑いようもないのだから。

それは同時に、其れ等の組織から束の存在を秘匿し続けている更識の隠蔽能力も相当に凄いと言う事になるのだが。

 

 

「ふむ……貴女達が国際IS委員会のシークレトエージェントであると言う事は裏が取れたので信じましょう――して、抜き打ちテストの結果、IS学園のセキュリティ体制は如何なモノでしたかな?」

 

 

ともあれ、箒が着信したメールの添付ファイルによってスコールが国際IS委員会のシークレットエージェント部隊の長である事は真実と分かったので、学園長の轡木十蔵は、IS学園の体制は如何だったかを問う。

抜き打ちテストだっただけに、その結果は気になる事だろう。

 

 

『そうだな……先ず、生徒達の動きには文句の付けようがない、百点満点だったよ。

 アリーナを強襲した私ともう一人…彼女のコードネームはNと言うのだが、我々には一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが対処して一般生徒が避難する時間を稼ぎ、織斑秋五、篠ノ之箒、更識簪、凰鈴音は生徒の避難誘導を率先して行い、ロランツィーネ・ローランディフィル……いったー!舌噛んだ!改めて……ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、凰乱音、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、グリフィン・レッドラム、ダリル・ケイシーがアリーナの扉を破壊して生徒の避難経路を確保して避難シェルターへの誘導を行い、山田真耶教諭は避難シェルターの入り口を解放して生徒をシェルターに誘導していたからな。

 私とNに対応した一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーも見事だった……私達を制しながら、其れでも客席に影響が及ばないように私達の意識を自分達に向けさせていたからな?尤も無言での連携には少しばかり度肝を抜かれたがな。

 本来は保護すべき男性IS操縦者がよもや此れほどの力を持っているとは思わなかったが……だが、教師部隊の対応に関しては苦言を呈さずには居られんな此れは?

 アリーナに通じる通路の扉のロックが解除されて、ロランツィーネ・ローランディフェルネィ、凰乱音、セシリア・オルコット、フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー、グリフィン・レッドラムの六名が即フィールドに出て来たのに対し、教師部隊が出て来たのは其れから一分後……些か対応が遅くないか?』

 

「ふむ、生徒よりも遅れて突入と言うのは流石に問題ありとしか言いようがない……何故突入が遅れたのか理由を聞きましょうか?」

 

 

その結果は、Mは生徒と真耶の動きには文句なしの百点満点を言い渡しながらも、教師部隊の動きに関しては苦言を呈して来た……確かに、ロラン達がフィールドに突入してから一分後にフィールドに突入すると言うのは致命的な対応の遅さであると言えるだろう。

此れは流石に十蔵も看過する事は出来ず、教師部隊に初動対応が遅れた理由を問うたのだが……

 

 

「部隊の訓練の度に織斑先生の言う事が異なるので、どうすれば良いのか分からなかったんですよ!」

 

 

それに対する答えはこれまた斜め上を行くモノだった。

『如何言う事か』と十蔵が聞けば、教師部隊の隊員は『教師部隊の訓練の度に、織斑先生の指示が二転三転するのでどうすれば良いのか分からなかった』と言うのだ……教師部隊は月一で日曜日に『IS学園が外部からの襲撃を受けた』と言う想定で訓練を行っているのだが、その訓練の度に千冬の指示は異なっていた事で教師部隊は現場で混乱したと言うのだ。

 

更に話を聞いて行くと、千冬は隊員からの指示を仰ぐ通信があった時には『其れ位は現場で考えて行動しろ!』と言ったにも拘らず、実際に隊員が現場の判断で動いたら動いたで『私の指示なく勝手な事をするな!』との滅茶苦茶な指揮を行っていたのだ――此れでは真の有事の際に教師部隊が如何すれば良いのかと迷ってしまうのも仕方あるまい。

 

 

「指示が二転三転って、最悪の上司の極みじゃねぇか其れ?こんなのが上司だったら、俺は即刻辞表を提出して次の就職先を探しちゃうぜ……こんなのが隊長とか教師部隊の先生達に同情しちゃうね流石に。」

 

「隊員が優秀でも指揮官が無能では部隊も正常に機能しないわよね……ダメね此れは。」

 

「一夜……更識姉……!!」

 

「現場での判断に委ねるのか、自分の指示を優先するのか、何方かハッキリさせておかないんじゃ、其れは確かに動き様がないよね……指示を仰いでも自分の判断で動いても注意されるってのは僕も如何かと思いますよ織斑先生?」

 

「織斑~~~~~~!?」

 

 

此処で夏月と楯無が一発かましてくれたのだが、秋五が正論で追撃を行った事に千冬は酷く驚いた……夏月や楯無が何か言ってくるかもしれないとは思っても、秋五まで自分の事を批判する発言をするとは夢にも思っていなかったのだろう。

だが実際に千冬が行っていた事は大問題以外のナニモノでもない――指示を仰いだら現場の判断で動けと言われ、現場の判断で動いたら指示なく勝手な事をするなと咎められる。教師部隊の隊員も此れではどうしようもないだろう。

加えてその矛盾を指摘したら指摘したで、今度は『今は何方を行うべき位は自分で判断しろ!其れと私の言う事は絶対だ!』と無茶苦茶な事まで言っていた事が教師部隊の隊員が暴露し、そのあまりの横暴さに其の場に居た全員が呆れかえったほどである。

 

 

「……教師部隊の訓練の内容については織斑先生から提出された報告書に目を通していたのみでしたが…その結果がこれとは、此れには私にも責任がありますがあまりにも酷過ぎますね?

 政府からの要請で織斑先生を教師部隊の指揮官とし、有事の際の指揮権を与えていましたが今回の一件を考えると貴女にその権限を与えておくのは間違いであったと言わざるをえません……とは言え、政府からの要請では私の一存で貴女の指揮官の地位と指揮権を剥奪する事は出来ませんが……」

 

『国際IS委員会は、今回の事をセキュリティ上の重大な欠陥と認め、IS学園に対して即刻教師部隊の指揮官の変更を要請致しますわ。』

 

 

一つ溜め息を吐いてから十蔵はそう言うとモニターに視線を向け、スコールも心得ているとばかりに『国際IS委員会からの要請』と言う形で、事実上の千冬の指揮官解任を十蔵に言い渡す。

IS学園の学園長の一存では日本政府の要請によって指揮官に据えられた千冬を指揮官から解任し、別の誰かを指揮官に指名する事は難しいが国際IS委員会からの要請となれば話は別だ。

国際IS委員会は、『IS界の国連』とも言われている組織であり、委員会が決定した事には各国政府も正当な理由がない限りは拒否は出来ない……それ故に、委員会のメンバーは委員会に加盟している各国の代表が務め、特定の国だけが利を得るような案件が出ないようにしているのだが。

 

 

「少し待って下さい学園長!私が指揮官を解任されるなど納得行きません!悪いのは私ではなく、指揮官の考えを真面に読む事も出来ない隊員の方でしょう!?」

 

「そんな事を言ってる時点で貴女には指揮官としての資格がありませんわよ織斑先生?

 指揮官とは部下の行動全てに於ける責任を背負わなければならない存在との自覚はおありですか?己の無能を部下のせいにするとは言語道断であり厚顔無恥と言わざるをえませんわ……あぁ、そもそもにしてお金で直せるアリーナの扉と、お金には代えられない生徒の命の何方の方が大切かを分かっていない時点で指揮官としての資格は微塵もありませんでしたか――七つも年下の小娘に言われて漸く気付いて教師部隊に雑な指示を出したくらいですものね?」

 

 

無論己が指揮官を解任される流れになっている事に千冬は抗議の声を上げるが、其れは楯無がバッサリと一刀両断。しかも只一刀両断するだけでなく、千冬がドレだけ指揮官に向かないかを更に明らかにした上でだ……若干千冬を蔑むような言い方になっているのも、暗部の長として様々な現場で指揮を執って来た経験があるだけに、千冬の『本当の現場を知らない名ばかりの指揮官』ぶりに怒りを覚えたからだろう。

 

 

「更識姉、貴様……!」

 

「静粛にしなさい織斑先生!貴女の指揮官解任と指揮権の剥奪は最早決定事項です!IS委員会からの要請とあっては無視出来ませんし、この要請には拒否する正当な理由もありません!

 現時点を持って織斑先生を教師部隊の指揮官から解任し、同時に有事の際の指揮権も剥奪します!教師部隊の後任には……さて、誰が適任でしょうかね?」

 

「学園長、発言を宜しいだろうか?」

 

「ローランディフィルネィさん、なんでしょうか?」

 

「教師部隊の新たな指揮官に、私はマヤ教諭を推薦したい。

 今回の件で、マヤ教諭は他の教員の誰よりも早く動いて避難用のシェルターを使えるようにしていた――突然のアクシデントの中でも冷静さを失わずに己のすべき事を的確に行い、生徒達の安全を確保したマヤ教諭こそ教師部隊の指揮官として相応しいと思うのだが如何だろうか?」

 

 

楯無のモノ言いに千冬がキレかけたが、十蔵は其れを黙らせると、新たな教師部隊の指揮官を誰にするかと言う話になったところで、ロランが真耶を推薦して来た。

確かに真耶は放送室で試合の解説なんかを行っていたにも拘らず、M達が乱入して来たのを見るや否や放送室を飛び出して避難シェルターを使えるようにする為に動いていたのだ。此の行動力と決断力は指揮官としても申し分ないだろう。

推薦された真耶は『私ですかぁ!?』と驚いたが、ロランに続いて夏月、更識姉妹に布仏姉妹、ヴィシュヌ、グリフィン、鈴と乱、秋五、箒、セシリア、フォルテにダリルに加え、教師部隊の隊員からも『山田先生を是非!』との声が上がり、此れを聞いた十蔵は軽く頷くと、真耶に対し『山田先生、貴女を教師部隊の指揮官に任命すると同時に有事の際の指揮権を織斑先生より譲渡します……更識楯無君と協力して、学園の安全を守って下さい』と言って真耶を新たな指揮官として任命する。

それに対し、真耶は少しばかり戸惑ったモノの、直ぐに表情を引き締めて『誠心誠意務めさせて頂きます』と教師部隊の新たな指揮官に就任する事を受け入れた。

数年前の真耶であったら拒否しただろうが、千冬に対して『憧れの先輩』のフィルターが無くなってしまった今の真耶には千冬の後釜として教師部隊の指揮官になる事に驚きはあれど拒否する理由は無かった……憧れていただけに、その本質を知ってしまった際の失望は大きかったと言う事なのだろう。

 

 

「ふざけるな!納得出来るかこんな事!」

 

「テメーが納得出来るかどうかは問題じゃねぇんだよ。此れは既に決定事項なんだから大人しく受け入れとけやDQNヒルデ。」

 

 

尚も往生際悪く喚く千冬だったが、夏月が延髄に的確な手刀を叩き込んで意識を刈り取る……その手刀は恐ろしく速いモノで、物凄い実力がありそうな雰囲気を醸し出していながら実は名前も貰えなかった某漫画のキャラクターが『俺でなけりゃ見逃しちゃうね』と言うレベルのモノだった――更識の実働部隊の一員である夏月は、『ターゲットを確実に行動不能にする術』を確りと身に付けているのである。

 

 

「姉さんの意識を刈り取るとは、やるね夏月?それと、DQNヒルデってのは中々のネーミングだと思うよ。」

 

「色々修羅場潜ってるからな俺……そして、DQNヒルデに弟君からの公認貰いました!薫子先輩に今回の一件リークして校内新聞で盛大に書いて貰うとすっか?」

 

「そうだね……今回の事は正義のパパラッチに盛大に報じて貰うとしようじゃないか。」

 

 

秋五は秋五で夏月が千冬を落とした事に抗議する事もなく、寧ろ一撃で千冬の意識を刈り取った事を賞賛し、『DQNヒルデ』のネーミングも評価していた……一夏の死を境に自分を変えようとして思った事は躊躇せずに言葉にするようになった事で秋五は千冬の独裁的な性格に気付き、血の繋がった唯一の家族であるにも関わらず『手放しで信用出来る存在ではない』と思うようになっていたのだ。

加えて、今回の一件を夏月が新聞部の黛薫子にリークする気でいるらしく、そうなれば千冬の教師部隊の指揮官解任と無能さはIS学園全体に知れ渡る事になり千冬の評価はダダ下がりになるだろう……学園内に一定数存在する『ブリュンヒルデの崇拝者』はその記事を認めはしないだろうが。

千冬がKOされた事で、その後の報告会はスムーズに進み、その中でアリーナに閉じ込められた秋五達から『同じ様な事が起きた時の為に、アリーナの観客席の扉は外部ハッキングを受けてロックされた場合は、内側から手動で開けられるようにした方が良い』との意見が上がり、十蔵もその意見を受け入れ、扉を補修する際に内側からの手動でのロック解除機構を取り付ける事を決めた。同時に、アリーナのバトルフィールドに直結する通路の扉にも外部ハッキングでロックされた際には手動でのロック解除が出来るようにする事も決定された――だけでなく、アリーナのシールドも強化する方向で話は纏まった。

 

今回の襲撃は、まさかの国際IS委員会が行った抜き打ちのセキュリティチェックだったが、其のお陰でIS学園のセキュリティは強化されたと言えるだろう――同時に今回の一件で千冬はIS学園に於ける『力』の一端を失ったのであった。

……マドカのサイレント・ゼフィルスについてセシリアが言及した部分もあったが、マドカが『強奪された機体を私が奪取し、その報酬としてイギリス政府から正式に譲渡された』と言って納得させた……セシリアもイギリスに即問い合わせたら、其れは紛れもない事実だったので、マドカに詫びを入れて事なきを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園との通信を終えたMことマドカは実に満足そうな表情を浮かべていた。

 

 

「ククク、見たかスコール、織斑千冬のあの無様な姿を?

 アレが私のオリジナルかと考えると少しばかり情けないが……何れにしても奴が無能である事は明らかになった訳だ――ブリュンヒルデの称号も大した事は無いとしか言いようがないな?マッタク持って情けない事この上ないぞ。」

 

「マッタク持ってその通りだけれど……夏月と秋五君に、貴女が姉であると言う事は伝えなくて良かったのかしら?」

 

「伝える心算だったのだが、織斑千冬の意識が吹っ飛んでいるのでは意味が無いから止めた……夏月は己の出自を先代の楯無から聞かされているだろうとお前から聞いているからアレだが、織斑千冬は中途半端に過去の記憶が残っているらしいとの事だから私が夏月と秋五の姉だと告げれば壮大に混乱してくれるだろうけれど、意識が吹っ飛んでいるのであれば其れを聞かせる事も出来んからな……今回は奴の力の一端を捥ぐ事が出来たと言う事で満足しておくさ。」

 

 

本当ならば千冬の前で夏月と秋五に対して『姉である事』をぶちまける心算だったみたいだが、夏月が千冬の意識を刈り取ったので止めたらしい……其れでも千冬の一端を捥ぎ取る事が出来たので今回の一件はマドカにとっては充分な成果であったのだろう。

 

 

「其れよりもスコール、更識姉妹と布仏姉妹だけでなく、ロランツィーネ・ローランディフェルネィ、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、グリフィン・レッドラム、凰乱音、凰鈴音の五人は見所があるぞ?アイツ等も此方側に引き込みたい位だ。」

 

「そうね……でも、彼女達ならば夏月も『仲間』と認識しているでしょうから、時が来たら夏月と一緒に此方に来ると思うわ――其の時の為にも、準備を進めて行かなければね……取り敢えず、今回の任務は終了。本部に戻るわよマドカ。」

 

「了解だ。」

 

 

最低限の目的を果たしたマドカとスコールは委員会に最低限の報告をオンラインで提出してから外で待っていたナツキと合流すると、夫々専用機を展開して其の場から離脱し、亡国機業の本部へと戻って行った……果たして亡国機業の目的はなんであるのか、其れは現時点では亡国機業の幹部しか知り得ない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室での一件が終わった頃には午後六時半を突破していたので、夏月達一行は其のまま食堂に直行して夕飯タイムとなり夫々が好みのメニューをオーダーしていたのだが……

 

 

「俺は、元祖スタミナ丼の辛口を特盛で。

 其れが飯で、おかずはマスタードメンチカツと麻婆春雨と鯖の塩焼きとニラレバ炒め、其れからエビ焼売と鯵の南蛮漬けと鶏モモ肉の山賊揚げで宜しく。あと味噌汁の代わりに味噌ラーメン、牛乳はパックで。」

 

「私はね~……和風ステーキ丼を特盛の肉二倍で!

 其れがご飯で、おかずはトンカツと唐揚げとハンバーグとベーコンステーキと鴨のコンフィ!でもって味噌汁の代わりにビーフシチュー、牛乳はパックで宜しく!」

 

 

夏月とグリフィンのオーダーが大分バグっていた。グリフィンのオーダーに至っては全部肉で、牛、豚、鳥のコンプリートメニューである。

此の二人の大食漢っぷりは既に周知の事実であるが、其れにしても今日の夏月は何時もよりも更に量が多い……一番大きなトレー二つでも足りないので、キッチンカートが登場した位なのだ。

『此処は一体何処の大食い大会の会場だ?』と思う位にテーブル一杯に並んだ料理を前に『いただきます!』の挨拶と同時に夏月もグリフィンも食事を開始!

勿論何時ものメンバー+ヴィシュヌもすぐ隣のテーブルで食事をしているのだが如何せん此の二人は注文した量がハンパなく多いので、見慣れていてもついつい其方に視線が向いてしまうのは致し方ないだろう。特に夏月は何時もにも増して量が多いのだから尚更だ。

 

 

「夏月君、今日はまた一段と凄いわねぇ?」

 

「三試合だけじゃなくて、プラスアルファの戦いがあったから余計に消耗しちまった感じなんだよ今日は。

 特にヴィシュヌとは本気のガチで、ISのパワーアシスト略無しの格闘戦やったから余計にだな……自分で作り上げといて言うのも何だけど、持久力と瞬発力の両方を併せ持った筋肉で構成された身体ってのは恐ろしく燃費悪いモンだぜ。」

 

 

何時もよりも更に量が多いのにはキチンと理由があったようだが、普段よりも動いたからと言って食事量がほぼ倍になると言うのは燃費の悪い身体では済まないだろう……其れも此れも、夏月が独自のトレーニング方法で全身の筋肉を速筋と遅筋の双方の利点のみを併せ持つ筋肉に変えてしまっているからなのだが。

因みに速筋と遅筋の利点のみを併せ持っている筋肉はどんな人間にも全身の筋肉に僅か数%だけ存在しているのだが、普通はこの筋肉の割合は生涯変える事は出来ない――しかし、夏月の場合は織斑計画で生まれた存在であるが故に、全身の筋肉を此の最高の筋肉オンリーにする事が出来たのだ。

『最強の人間を作る計画』により様々な遺伝子操作を行われた身体は通常では有り得ないポテンシャルを秘めており、その中でも特に異質な『イリーガル』だった夏月は独自のトレーニングによって製作者ですら想像していなかったであろう究極の肉体を得るに至ったのである……燃費の悪さと引き換えにではあるが。

 

 

「グリ姉さんもよっく食べるわよね~~……なのに全然太らないって、その栄養何処に行ってるってのよ?」

 

「胸かな?実は私の胸は栄養貯蔵庫で、食べる物が無くなった時は此の胸に蓄えられた栄養を消費して生き永らえるんだよ♪だから一週間何も食べなかったら胸無くなると思う。」

 

「んな訳あるかぁ!!アンタはラクダと人間の合いの子かーい!!」

 

 

グリフィンもグリフィンで相当に燃費の悪い身体をしているのだが、彼女の場合は生まれつきエネルギー消耗が大きい『赤色細胞』の割合が普通の人間よりも多いと言うのが理由なのだろう。

『痩せの大食い』と言う程には細身ではないグリフィンだが、其れでも此れだけ食べて均整の取れた抜群のプロポーションを維持しているのだから、世の女性からしたら羨望の的だろう。

 

適度に会話をしながらも夏月とグリフィンは注文したメニューを次から次へと平らげて行く……其れも決して無理をしている様には見えないのだから凄いとしか言いようがない。この二人ならばあのギャル曽根にも引けを取らないだろう。

 

 

「すんませーん、マグロユッケ丼の特盛とカルビの鉄板焼きと鯖の竜田揚げ追加で!」

 

「追加注文で、ナムルカルビ丼の特盛と豚キムチ炒めとチキングリル宜しく♪」

 

「うっそだぁ!?」

 

「胃袋が甘いぜ、お留守だぜ、がら空きだぜ!」

 

「此処まで来ると、最早夏月とレッドラム先輩の胃袋は宇宙ではなく何でも吸い込むブラックホールですね……」

 

「ブラックホール……巧い事言うわねヴィシュヌちゃん?入って来た食べ物を吸い込んだ上で破壊する事で即消化して腸へ送る……正にブラックホールだわ。」

 

 

最初に注文したメニューを全て平らげた上で、夏月とグリフィンはさらに追加注文を行い、そしてその追加注文もペロリと平らげてしまったのだから大したモノであると言わざるを得ないだろう……もしも夏月とグリフィンが本土にある『食べ放題の店』を訪れたら、間違いなく料金の元を取るどころではない食べっぷりを発揮して閉店に追い込んでしまうかも知れない。或はチャレンジメニューを余裕で制覇して出禁になる可能性も無きにしも非ずだろう。

なんにしても、夕食タイムは平和に過ぎて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後は、食休みを挟んだ後にお風呂タイムであり、場所は現在女子生徒の特権である大浴場――男子生徒用の大浴場も急ピッチで建造されているが、完成はドレだけ早くてもゴールデンウィーク明け以降になるので夏月と秋五が広い風呂を堪能出来るようになるのはまだ先だ。

その大浴場の浴槽にて、ヴィシュヌはゆったりと身体の疲労を癒していた。

 

 

「(一夜夏月……無手の格闘で私と互角以上に戦った人は随分と久しぶりでしたね――彼の強さは本物でした。)」

 

 

その脳裏に浮かぶのは夏月の事だった。

ヴィシュヌの祖国で母が営んでいるムエタイ道場では最早敵なしの状態になっており、同世代の男子だけでなくプロデビューを間近に控えた選手ですら圧倒してしまうだけの実力があるのだが、夏月はそんなヴィシュヌと互角以上に渡り合って見せたのだ……初めて会った己と互角以上に戦える男性、其の存在にヴィシュヌはスッカリ心を奪われてしまったようだ。

 

 

「隣、失礼するわねヴィシュヌちゃん。」

 

「サラシキ会長……いえ、大丈夫ですよ。」

 

 

其処に現れたのは楯無だ。

ヴィシュヌの隣に腰を下ろすと全身を浴槽に浸け……

 

 

「ヴィシュヌちゃん……貴女、夏月君の事が好きになっちゃったのよね?」

 

「へ?へ……あぁぁぁぁぁぁ!?///

 

 

直球ドストレートな爆弾を投下し、其れを聞いたヴィシュヌは瞬間沸騰し、耳の先まで真っ赤になってしまった……夏月の事が気になっていたのは間違いないが、其れが何かを自覚していなかったヴィシュヌにとって、この爆弾は強制的に夏月への恋慕を自覚させる事になった訳である。

 

 

「あの、その、其れは……」

 

「あらあら、恥ずかしがる事は無いわよ?夏月君はとても魅力的だから貴方が惚れたとしても其れは無理のない事だわ――優秀な雄を欲するのは、雌として当然の事ですもの。

 かく言う私も夏月君に惚れている……いいえ、私だけでなく簪ちゃんにロランちゃん、鈴ちゃんと乱ちゃんとグリフィン……少なくとも現状では六人の人間が夏月君にLOVEの方向での好意を抱いているのだからね。」

 

「そんなにですか!?」

 

「そうなのよ……そして、この六人は抜け駆け禁止の『乙女協定』を結んでいるの――貴女も夏月君に惚れてしまったのならば乙女協定の一員になったと言う事でもあるわ。

 夏月君に惚れていて尚且つ相応の実力を持っている事が乙女協定加入の条件なのだけれど、貴女は其の双方を満たしているからね……因みに、乙女協定に加入すると、特典として夏月君お手製のお弁当がランチになります!」

 

「其れは、とても魅力的な特典ですが……抜け駆け禁止の乙女協定、私も加入させて頂けますか?私は夏月が好きになりました……この思いは本物ですので。」

 

「はいは~い、一名様追加で♪」

 

 

己の思いを自覚したヴィシュヌは『乙女協定』に加入し、同時に何れ可決されるであろう『男性IS操縦者重婚法』が世に発表されたその時には、夏月にはイキナリ七人もの婚約者が出来上がる可能性がある訳だが……逆に言えば夏月は七人もの極上の美少女を虜にするだけの魅力がある男だったと言う事なのだろう。

其の後のお風呂タイムは、楯無とヴィシュヌが互いに背中を洗いあったり、併設のサウナでタップリ汗を掻いた後で水風呂にダイブし、またサウナに入ると言うフィンランド伝統のサウナ術を堪能した後に風呂から上がり、脱衣所にある自販機で風呂後の定番である牛乳を購入して飲み干してターンエンド。因みに楯無はコーヒー牛乳でヴィシュヌはフルーツ牛乳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴び終えた夏月が着替えて部屋に戻ると、大浴場での入浴を終えたロランがラフな寝間着姿で待っていた――だけでなく、其の手には二本の缶が握られていた。

 

 

「今日はお疲れ様だったね夏月?偶には如何だい?」

 

「オイオイ、俺らはまだ未成年だぜ?ビールはヤバいんじゃないの?」

 

「心配ご無用さ、此れはノンアルだよ。」

 

「ノンアルなら問題ねぇな……つまみは?」

 

「オイルサーディンの缶詰じゃダメかい?

 缶詰を皿にあけただけと言うのは味気ないので、フライドガーリックの粉末と一味唐辛子、ブラックペッパーを追加してみたのだが……」

 

「いや、上等だ。」

 

 

ロランが手にしていたのはノンアルコールビールだった――本物のビールだったら大問題であるが、アルコール度数0%のノンアルであれば未成年であっても飲む事は出来るので問題無しだ。

そして、ロランが用意していた肴も中々のモノであると言えるだろう……オイルサーディンの缶詰は酒の肴としては最高クラスのモノなのだが、其処にフライドガーリックの粉末と一味唐辛子、ブラックペッパーを加えたとなれば(ノンアルとは言え)ビールのお供には最高であると言えるのだから。

 

 

「君の今日の活躍に敬意を表して……乾杯。」

 

「乾杯。」

 

 

こうしてノンアルコールの飲み会が始まった訳だが、夏月もロランも大いに盛り上がり、ノンアルコールであるにも関わらず場の雰囲気で気分的はスッカリ酔ってしまい、最終的には床で寝る事になったのだが、その顔は満ち足りたモノだった。

そして翌日、新聞部が発行した『IS学園通信』の最新号には夏月達の活躍を伝える記事だけでなく、千冬が教師部隊の指揮官を解任され、指揮権も剥奪されたと言う記事も見出し付きで掲載された……この記事によって、『ブリュンヒルデ』の幻想が崩れて行くのは間違いないだろう――其れは其れとして、ノンアルの酒盛りを楽しんで床で寝てしまった夏月とロランは夜中に目を覚ました後に、今度はちゃんとベッドに入り――

 

 

「お休みロラン、良い夢を。」

 

「君もまたいい夢をだよ夏月。」

 

 

互いに『良い夢を』と言って再び眠りに就いた……マッタク持って予想外の乱入はあったが、夏月達にはある意味で貴重な経験が出来たとも言えるだろう。

此度のIS学園襲撃事件は抜き打ちの訓練だったとは言え、一人の怪我人も出す事なく完了する事が出来たのだから……そんな日は来ないに越した事はないのだが、若しも本当にIS学園が外部からの襲撃を受けたとしても夏月達ならば学園を護る事が出来る筈だ。

 

因みに、クラス対抗戦の優勝賞品である『学食デザートフリーパス券』は、夏月とヴィシュヌに襲撃者を抑えた報酬として学園長から直々に渡されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode21『ゴールデンウィーク前の一幕~色々急転直下~』

五等分の花嫁ならぬ七等分の花嫁ってか?By夏月      全員平等に愛してね?By楯無     平等な愛こそが一夫多妻成功の秘訣だからねByロラン


クラス対抗戦が行われた日の夜、学生寮の屋上には箒の姿があった。

箒は手にしたスマホから、夏月から教えて貰った束の連絡先をダイヤルすると、其れを発信し束からの応答を待つ――束のスマホの呼び出し待機音は、B’zの『愛のままにワガママに僕は君だけを傷つけない』だった……此れを聞いた箒は『姉さんB’zのファンだったのか?』と、姉の意外な一面に驚いていた。

 

 

『モスモス、ひねもすハローハロー!皆のアイドルにして正義のマッドサイエンティストの束さんだよ!久しぶりだね箒ちゃん!』

 

「えぇ、実に六年ぶりです……息災の様ですね姉さん?」

 

アッハッハ、束さんはいつ何時でも元気一杯なのさ!生まれてこの方風邪を引いた事すらないからね!束さんは無敵なのだよ箒ちゃん!』

 

「『馬鹿は風邪を引かない』と言いますが、姉さんの事を考えると其れは間違いであったと思ってしまいますよ……少なくとも六年前の時点で姉さんは天才でありながら風邪を引いた事がなかったのですから。」

 

『ハッハッハ、天才の束さんは免疫機能もバグってるのさ!

 この束さんの体内では多分致死率100%の病原菌だろうとウィルスだろうと、生存も増殖も出来ないのだよ!』

 

「……姉さんの細胞から万病に効くワクチンを開発出来るんじゃないですか?」

 

『出来るだろうけど、其れは一般人には強過ぎて使えねーと思うよ?束さんの免疫機能を一般人に投与するのは、生まれたての赤ん坊にアルコール度90%のウォッカを飲ませるようなモノだからね~~♪』

 

 

束が電話に出ると、六年振りに姉妹としての言葉を交わす……秋五に『何を話せば良いのか……』と言っていた箒だが、いざ電話をしてみると自分でも驚く位に自然と言葉が口から出て来ていた。緊張よりも六年振りに姉と話す嬉しさの方が上回ったと言う事なのだろう……尤も、束は一方的に六年間箒の事を確りとバレないように見守っていた訳であるが。

 

 

「其れは確かに危険ですが……其れよりも、今日は助かりました。姉さんがスコール・ミューゼル女史の素性を明らかにしてくれたお陰で話が円滑に進みました。」

 

『まぁ、アレ位の事を調べるのは私にとっては朝飯前の寝起きの牛乳だからね~~?てか、やろうと思えば世界各国の重要機密だって秒で調べ上げる事出来ちゃうし、其れこそ権力でひた隠しにしてる重大スキャンダルとかだって丸裸に出来るのだよ!

 因みに国際指名手配されてる私が未だに捕まらないのは、実は私が情報操作しまくって世界の数カ所で同時に私を目撃したって情報を不定期に流してるからなんだな此れが!』

 

「はぁ……何だか良く分かりませんが、姉さんは矢張り凄い人なのだと再確認は出来ました。」

 

 

相変わらずの束のぶっ飛び具合に困惑しながらも、箒の顔には笑みが浮かんでいる――白騎士事件以降、要人保護プログラムによって両親と離され、IS学園入学まで何度も転校を繰り返して来た箒は、その原因とも言えるISを生み出した束に対して複雑な感情を持っていなかったと言えば嘘になるが、だからと言って束の事を嫌いにはならなかった……自分が幼い頃から手作りの奇抜なおもちゃを作っては、其れを使って驚きと楽しさを与えてくれた姉の事を嫌いになるどころか、心の底では尊敬出来る存在と思っていたのだ。

 

 

「姉さん、難しいとは思いますが一度何処かで会う事は出来ませんか?もう六年も会っていないのですから……出来ればその、一緒に食事でもと思ったのですが。」

 

『ん~~~~……今すぐには無理かな?今丁度新型のISを作ってる最中だし。

 でもそうだなぁ?今のまま順調に進めば七月には完成するし、そうしたら時間が出来るから会う事は出来るよ!って確か、七月にはIS学園の臨海学校があるんだよね?でもって日程は……二日目が箒ちゃんの誕生日じゃないか~~!

 決めた!その日に私の方から箒ちゃんに会いに行くね!もっちろん、最高の誕生日プレゼントを持って行くから楽しみにしててね!!』

 

「臨海学校に乱入って、其れは流石に……いえ、姉さんならば関係ありませんか……」

 

『そゆこと~~!其れに、IS学園の生徒会長と束さんはお友達だからね~~?彼女に事前に連絡入れとけばモーマンタイ!序にこの際だから箒ちゃんにはネタバレしとくと、かっ君やたっちゃんの機体は束さんが作ったモノなのだよ!』

 

「秋五の予想通りですか……ですが、少々の不安はありますが、私の誕生日に会えるのを楽しみにしています。……其れではお休みなさい姉さん。大好きですよ。」

 

『グハァ!!其れは破壊力あり過ぎだぜ箒ちゃんよ……此れで束さんは一週間徹夜できっかもしんね~わ。』

 

 

通話を終える直前に、箒が己の思いを伝えた事でスマホの向こうの束は鼻から盛大に愛を吹き出す結果になっていたりするのだが多分大丈夫だろう。

通話を終えた箒は屋上から自室に戻りながら、束が用意すると言っていた自分への誕生日プレゼントに一抹の不安を覚えても居た……十歳までは毎年手作りの誕生日プレゼントを渡してくれたのだが、『押すとブザーが鳴ると同時に警察に連絡が入る防犯ブザー』、『頭を乗せた三秒後に眠りに誘う超安眠枕』、『速度がマックス300km出る電動アシスト自転車』等々、色々ぶっ飛んでいたので其れも致し方ないだろう。

だがそれでも、六年振りとなる姉との会話に箒は満足したようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode21

『ゴールデンウィーク前の一幕~色々急転直下~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦の翌日、IS学園は新聞部が発行した学園新聞の内容が話題となっていた。

記事の内容は、『昨日の襲撃事件は国際IS委員会による抜き打ちのIS学園のセキュリティチェックであった事』、『一夜夏月とヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーがアリーナに乱入して来た委員会のエージェントに対処した事』、『専用機持ちと織斑秋五達、山田真耶教諭によって生徒の避難が円滑に行われた事』、そして『織斑千冬が現場で的確な指示を出せずに、指揮官としての資格はないと判断され指揮官を解任された事』だったのだが、特に話題となっていたのは千冬に関する記事だった。

千冬は実技担当教師の筆頭であり、教師部隊の指揮官を務めている上に『ブリュンヒルデ』の称号も相まって、今年入学した一年生の間では憧れを抱いていた生徒も決して少なくないのだが、その千冬が指揮官を解任されたとなったら驚きもするだろう――が、驚いているのは一年生と一部の『ブリュンヒルデの信奉者』だけであり、二年と三年の『ブリュンヒルデ信奉者』ではない生徒は『遂にこうなったか』と言った感じの反応だった。

二年と三年の生徒の多くは、去年と一昨年で千冬の授業の内容の酷さを知っており、その横暴さも知っているので千冬に対して良い感情を持っている者は『ブリュンヒルデの信奉者』のみなのだ――去年楯無と打鉄同士の模擬戦で引き分けと言う結果になったのも、一部の生徒には『楯無が舐めプかました』と認識されているのかもしれない。

 

『ブリュンヒルデの信奉者』は記事の内容に憤慨していたが、ご丁寧に『この記事は学園長の許可を得て掲載していますので、クレームは学園長にどうぞ♪』と文末に記載されていたので如何する事も出来なかった。

学園長への直接抗議など、一介の生徒に出来る事ではない……其れこそ、楯無並みの胆力がなければ到底無理な事なのである――故に、彼女達は記事の内容に憤慨しながらも抗議する事は出来ないで居たのだ。其れを見越して、『学園長公認』と付け加えた新聞部の黛薫子の記者としての能力は高いと言えるだろう。

 

そんな中で授業が始まったのだが、一年一組の担任は未だに千冬のままであり、千冬も昨日は指揮官を解任された事でヤケ酒を煽ったが、二日酔いになる事もなく普通に勤務していた。

が、其れが逆に生徒達に良い感情を持たせなかったが其れは当然だろう……新聞で散々叩かれていたにも拘らず、平然と担任として振る舞うとは、果たしてドレだけ面の皮が厚いと言うのか?厚顔無恥どころの話ではないのだ。

 

其れとは逆に生徒達から好意的な感情を向けられていたのは真耶だ。

校内新聞の記事も然る事ながら、避難シェルターをいち早く解放し、更に拡声器で生徒の避難誘導を行っていた真耶からは何時もの『ドジな眼鏡っ娘』のイメージは霧散して『頼りになる先生』とのイメージが上書きされたのだろう――其れでも、『山ちゃん先生』、『山ピー先生』、『やまや先生』と言った愛称で呼ばれるのは、真耶の親しみやすさ故だろう。

 

だからと言って何が変わったと言う訳でもない――千冬はSHRで最低限の連絡事項を告げると、後は真耶に丸投げすると言う最早お馴染みになっている光景が繰り返されているに過ぎないのだから。

 

 

「秋五、お前の姉貴の面の皮って、ゴジラ並みに分厚くね?」

 

「うん、其れは否定出来ないかな……厚顔無恥って言葉を知ってよ姉さん……」

 

 

昨日あれだけの事があったにもかかわらずいつもの調子を崩さない千冬に対して秋五は若干頭痛を覚えていたのだが、此れもまた致し方ないと半ば諦めた様子でもあった……千冬が己の考えを変える事は無いと言う事は、子供の頃から何度も見ているので、学園新聞の記事で千冬が態度を改める事は無いと考えていたのだろう――秋五にとっても千冬が姉だと言うのは恥ずべき事実となり掛けているのかもしれない。

 

其れは其れとしてSHRは恙無く終わり、その後の授業も問題なく進んだ――生物の授業では、教材用のDVDを夏月が更識仕込みのテクニックで『無修正のアダルトDVD』に差し替えた事で阿鼻叫喚の事態となっていた……しかも其れは所謂『レズモノ』であり、女優の片割れは千冬にそっくりだったのだからその衝撃は計り知れないだろう。……此の夏月のイタズラにより、さらに多くの生徒は千冬に対して悪感情を抱く事になったので、夏月からしたら作戦成功と言ったところだろう。

予想外の映像に、秋五ですらドン引きしていたのだから。

 

 

 

そして昼休み前の四時限目、一組は体育の授業だ。

本日は二チームに分かれてのソフトボールで、夏月と秋五はグラウンドの隅でキャッチボールを行っていたのだが、そのキャッチボールは普通のキャッチボールではなかった!

夏月も秋五も投げているのはストレートオンリーなのだが、その球速がハンパなモノではなかったのだ――夏月のストレートの最高速度は169km、秋五のストレートの最高速度は166kmと、目下大リーグで大活躍中の大○翔平の最高速度を凌駕していたのである……尤も、変化球は無いので一概に大谷を超えたと言う事は出来ないが、其れでも野球部でもないのに160kmオーバーのストレートを投げる事が出来ると言うのは充分に驚愕に値する事であると言えるだろう。

 

その凄まじいキャッチボールに目を奪われていたが、女子達は箒とセシリアが別チームになった事で拮抗した試合展開となっていた――ソフトボールの経験はないにも関わらず、ピッチャーを務めた箒とセシリアの剛速球は誰も打つ事が出来ず、見事なゼロ行進が続き、授業の授業時間が残り十分になったところで、後攻である箒チーム最後の攻撃だ。

既に二者が凡打しツーアウトでの箒の打順だが、此処で箒がホームランを打てばサヨナラとなる場面だけに緊張が高まる……フルカウントから箒はファールでトコトン粘って八球目!

 

 

「此れで……お終いですわ!」

 

「その球筋……見切ったぁ!」

 

 

放たれた九球目を、箒は見事にバットの真芯で捉えて場外ホームラン!打球は学園島を越えて海に落下したので、此れはもう箒の完全勝利と言っても過言ではないだろう――剣の道を極めんとしたサムライガールは、その過程で見事な選球眼を会得するに至ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

でもって、本日のランチタイム。

新たにヴィシュヌが加わり、夏月が作る弁当の数も一つ増えたのだが、料理が趣味である夏月にはマッタク持って問題なく、自分の分を含めて八人分の弁当を余裕のよっちゃんイカってな感じで仕上げてしまったのだから驚きだろう。しかも、数は八人分でもグリフィンが三人前食べるので実質十人前の量を作っているのだから。

そんな夏月の特製弁当の本日はメニュー、『鮭と明太子と枝豆の混ぜご飯』、『キャベツたっぷりメンチカツ』、『エノキ茸のジェノベーゼソースパスタ風』、『蒸しナスの柚子胡椒和え』、『玉子焼き』と言ったラインナップ。

彩りも良く、栄養バランスも考えられている弁当はSNSにアップしても相当に映えるだろうし、『世界初の男性IS操縦者が作った』となれば其れだけでバズる事間違いなしだ。

 

 

「相変わらずアンタの料理の腕前って滅茶苦茶高いわよね?

 此のメンチカツ一つにしても、普通カツってお弁当に入れると衣がしんなりしちゃうモンなのに、此のメンチはサクサク感が残ってるじゃない?一体如何やったらこんな事が出来る訳。」

 

「あぁ、唐揚げの時は油で揚げてるんだけど、カツ系の時は油で揚げてないんだ。

 丸めた肉ダネに油を染み込ませたパン粉を纏わせてからオーブンで焼き上げるんだよ。そうする事で時短にもなるし、衣が油を吸い過ぎる事もないからカロリーカットにもなる。

 因みに唐揚げの時は、片栗粉に卵白を混ぜた衣を使う事で衣をふんわりと仕上げて弁当に入れても衣がへたらないようにしてる。卵白を衣に入れると粉だけ付けた時と違って卵白が固まる事で余計な油を衣が吸う事もなくなってやっぱりカロリーカットになるしな。」

 

 

料理が趣味と言う事もあって、夏月は料理で使える様々な裏技を幾つも知っており、其れ等を駆使する事で大量の弁当も其れほど時間を掛けずに作る事が出来るようである……IS学園での家庭科の授業で、まだ調理実習は行われていないが行われたその時は夏月が一組の女子の多くのプライドを粉砕!玉砕!!大喝采!!!してしまうのは間違いないであろう。

 

 

「あれ、この玉子焼き……甘いと思ったら中にチーズが入ってる?甘いんだけどしょっぱい、なんだか不思議な感じ。」

 

「あぁ、其れは前にネットで『四種のチーズのピザを頼んだら一緒にハチミツが付いて来た』って話を見てな?其れって如何だと思ったんだけど、実は意外と合うみたいな事が書いてあったから、甘みをハチミツで付けてる俺の玉子焼きにチーズ入れても行けんじゃねぇかと思ってやってみたんだよ。

 如何だった?」

 

「意外な組み合わせだったけれど悪くないわよ夏月君!

 ハチミツの甘さの後にチーズの塩味が来る……此の絶妙な甘じょぱさがクセになるわね。チーズとハチミツ、此の組み合わせは全然アリだわ。」

 

 

更に夏月は新しい事に挑戦するのを迷わない。

明らかに『此の組み合わせはアウトだろ』と言うモノでない限りは先ずは挑戦して試作し、その試作品で満足が行くモノが出来たら其れは即弁当メニューに採用しているので其れなりの頻度で目新しいメニューが登場するのも夏月特製弁当の楽しみと言えるだろう。

 

 

「ほ~んと、めっちゃ美味しい弁当なんだけど、いっつもアタシ達だけ作って貰うってのもなんか悪いわよねぇ?……だからさ、今度アタシ達が一品ずつ作って持ち寄ってのランチとか如何よ?

 一人一品でも七人でやれば七品になる訳だし、その日は夏月にはご飯だけ用意して貰って。良いと思わない?」

 

 

そんな中、鈴がこんな提案をして来た。

夏月特製弁当は確かに美味で見た目も良く栄養バランスとカロリーも考えられているので文句の付けようがないのだが、だからと言って半日授業である土曜と学園が休みの日曜以外は毎日弁当を作って貰っているのは少しばかり申し訳ないと思ったのだろう……其れだけでなく夏月に自分達の料理を食べて貰いたいと言う思いもあったのかもしれない。

 

 

「あら、其れはナイスアイディアね鈴ちゃん?確かに、夏月君に作って貰ってばかりですものねぇ……偶には私達が作った料理を夏月君に食べて貰うって言うのもアリだと思うわ。」

 

「確かに、其れは悪くないと思う……私の料理のレパートリーは多くないけど。」

 

「ふ、其れは実にナイスアイディアだ鈴……己の料理を振る舞い、其れを喜んでもらえると言うのは此の上ない喜びであると同時に己の料理の腕に自信も付くと言うモノだからね?嗚呼、君に私の料理を振る舞う事が出来る機会が訪れた事を、私は神に感謝せずには居られないよ夏月。」

 

「こんな時でもロラン節は全開か~い!ま、此れが無かったら無かったで逆に心配になるけど。……ふふふ、台湾グルメの真髄を見せてやるわ!」

 

「料理ですか……母からはムエタイだけでなく家事もみっちり仕込まれたので問題はありませんが、さて何を作りましょうか?出来ればタイ独特の料理を振る舞いたいところですね?」

 

「豚丸ごと一頭って何処で手に入れられるんだろ?」

 

 

その鈴の提案には他の乙女協定のメンバーもノリノリだった――グリフィンが何を作る心算なのかは若干不安ではあるが。

そして夏月も其れに待ったをかける事は無かった。料理が趣味で弁当を作るのも半ば日課となっていた夏月だが、楯無達の手料理と言うモノにも興味があったのである――一応、鈴と乱の料理の腕前は『織斑一夏』が第二回モンド・グロッソで誘拐される前までに行われた調理実習で知ってはいたのだが、三年経った今では其の時よりも腕を上げているとも考えたろう。

 

 

「それじゃあそれはゴールデンウィーク明けにやるとして……明後日からゴールデンウィークに突入して、IS学園は七連休になるのだけれど、其の七連休、夏月君は日替わりで私達とデートして貰うからその心算で居てね?

 七連休で、私達も七人だから丁度良いわよね♪」

 

「はい?って、デートだってぇ!?」

 

 

鈴の提案が全会一致で受け入れらたところで今度は楯無が割と大きな爆弾を投下して来た……ゴールデンウィークは七連休になるので、日替わりで全員とデートと言うのは夏月も予想してなかっただろう。

抜け駆け禁止の乙女協定だが、だからこそ全員が平等にデートの機会を得られる七連休を見過ごす理由は何処にも無い……故に、此の楯無の提案と言うか決定はある意味で当然と言えるだろう。

 

 

「あら、私達とデートするのは嫌かしら夏月君?」

 

「嫌じゃないけど、デートって言い方は如何なんだと思ってな……デートってのはなんと言うか、交際中の相手とするモノだと俺は思うんだけど?」

 

「ふむ……確かに一理あるわね?

 良い機会だし、デートする前に今此処に集まった女の子達がなぜ貴方と一緒に居るのか、そして私達七人の女子の関係が如何言うモノかを説明しちゃいましょうか?皆も良いかしら?」

 

「タテナシ……そうだね、良い機会だから夏月に私達の関係と、私達が如何言った集まりであるのかを明かしてしまった方が良いだろうね。私は異論はないよ。」

 

「私もない。」

 

「でも自分の気持ちは自分で言うわよ!」

 

「ま、其れは当然でしょ?」

 

「カゲ君めっちゃ驚くと思うけどね♪」

 

「まぁ、驚いて然りでしょうね。」

 

 

困惑気味の夏月に対し、楯無はそう言ってロラン達に聞くと、ロラン達も『大丈夫』との答えだったので、楯無は改めて夏月と向き合うと……

 

 

「私達七人は『乙女協定』を結んでいるのよ。」

 

「乙女協定?」

 

 

乙女協定の存在を夏月に告げる。

夏月からしたら『乙女協定とは何ぞや?』と言ったところだが、その名前から何かしらの協定である事は理解出来た……とは言ってもその内容はさっぱり見当も付かない訳であるが。

 

 

「私達乙女協定のメンバーは全員同じ男性に思いを寄せていてね?『抜け駆け禁止』の条約を結んでいるのさ……そして其の男性とは、君だよ夏月。私達は、全員が君の虜になってしまったと言う訳さ。

 嗚呼、七人もの少女を虜にするとは君はなんと罪深い男性なのか……だが、其れほどの魅力を持つ君の事を誰が責められようか?」

 

「俺!?」

 

「そう、夏月の事。此処に居る七人全員が、その……夏月の事が好きなんだよ。」

 

「因みにLIKEじゃなくてLOVEの方だから、其処を間違えんじゃないわよ?」

 

「其れに好きじゃない人と一緒に居ようとは思わないでしょ?アタシもアンタの事が好きなのよ!」

 

「最初は良い食べっぷりに好感を抱いたんだけどさ、なんかいつの間にか本気で好きになってたんだよ♪」

 

「昨日の試合で戦い、貴方の強さと人柄に惹かれてしまいました……自分でも若干驚いています。」

 

「夏月君には何度も危ない所を助けて貰ってるし、其の時の姿がカッコ良くてもう……惚れるなって言うのが無理な話よね♪」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

其処から今度は告白ラッシュ七連打!

夏月もこの七人がまさか自分に恋愛方面での好意を持っているとは思っていなかったので、これには流石に驚く結果に……とは言え、思い返してみるとさりげなくアピールしていたと考えられる行動もあったりしたので、夏月も次第に『マジでそうなのか……』と驚きが引いて行ったようだ。

 

 

「ゴメン、俺全然気付いてなかったわ……けどさ、流石に今此処で一人選ぶ事なんて出来ないぜ?俺自身の気持ちも定まって無い訳だし。つか、一人選んで気まずくなっても嫌だしな。」

 

「でしょうね?

 でも選ぶ必要はないのよ夏月君……何故なら、ゴールデンウィークが明ける頃には夏月君と織斑君は合法的に複数の女性と交際出来るようになるのだから。」

 

「何でだよ?」

 

「その頃に、『男性IS操縦者重婚法』が可決される見通しだから♪」

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 

此処で更なる爆弾投下!

ゴールデンウィーク明け頃に『男性IS操縦者重婚法』が成立するらしいと言う事は束のシミュレートの結果だったのだが、その後更識でも調べてみたところキッチリと裏が取れ、法案は既に出来上がり、後は審議して可決・成立させるだけの段階まで来ていたのだ――そして其の審議期間が丁度日本のゴールデンウィークの時期と重なり、成立はゴールデンウィーク明け頃になるだろうとの事なのである。

此れを聞いた夏月は少しばかり頭痛を感じたが、だが逆にこの七人の中から一人を選ばなくても良くなったと言う事には少しホッとしていた……一人を選んで関係がギクシャクしてしまうのは矢張り気分が良くない事であるから。

 

 

「マジか……でも、そう言う事なら俺も腹括らないとだよな?

 此れだけ魅力的な女性に好意を向けて貰って、其れで選ぶ必要もなくなったってんなら俺には全員の気持ちに応える義務があるってモンだし……改めて、此れからも宜しくお願いします!」

 

「「「「「「「はい♪」」」」」」」

 

 

急転直下の出来事ではあったが、最終的には夏月が全てを受け入れて全員との交際に踏み切って万事解決。乙女協定のメンバー達も、何処かホッとした表情であると同時に嬉しそうでもあった。

 

 

「けどそうなると、皆に俺の秘密も話さないとだよな……」

 

「おや、何か私達に秘密にしている事があるのかい夏月?」

 

「二つほどな。

 一つはロランとヴィシュヌとグリ先輩が知らない事、もう一つは楯無さんと簪以外は知らない事……どっちも重要な事だから付き合うんだったら話しておかなきゃならない事だ。特に後者の秘密はな……今夜俺の部屋――だと他の誰かに聞かれるか。」

 

「なら生徒会室を使いましょうか?

 あそこならこの人数が入っても平気だし、学園長に許可取れば夜でも使う事が出来るから。」

 

 

夏月は己の秘密を話す事も決意し、場所は楯無が生徒会室を使う事に決めてくれた……夏月の秘密、特に楯無と簪しか知らない秘密と言うのはトンデモナイものであるので話すのは少し怖くもあるだろうが、其れでも秘密にしたままと言うのは嫌だったのだろう。彼女達と真摯に交際をしようと言う夏月の気持ちの表れとも言えるだろう。

 

 

夏月の秘密についてはこの場では其れ以上触れず、そして其の後、『夏月とのデート順抽選会』が行われ、その結果は初日が鈴、二日目が簪、三日目が乱、四日目がグリフィン、五日目がヴィシュヌ、六日目がロラン、最終日が楯無となった。

デートプランを考えるのが大変そうだが、夏月はゴールデンウィークの予定は特になかったので、彼女達の希望を聞く形でのデートになるであろうから実は其処まで大変と言う事はなさそうである。

 

 

「で、ではその日は私と一緒に出掛けると言う事で良いな!」

 

「秋五さん、約束を忘れないで下さいまし!」

 

「うん、その日はちゃんと予定を開けとくから安心してよ箒、セシリア。」

 

 

同じ頃、食堂では箒とセシリアがゴールデンウィーク中に秋五とのデートを取り付けていた……夏月と比べたら圧倒的に少ないが、其れでも極上美少女と言っても過言ではないない黒髪黒目のサムライガールと、プラチナブランドの髪とサファイアの瞳を持つ英国淑女を虜にした秋五も中々のモノであると言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業も恙無く終わり、夏月は『e-スポーツ部』の部室に向かおうとしたのだが、其処で千冬に呼び止められ『この後生徒指導室に来い』と言われた……無視をしても良かったのだが、無視したら無視したで面倒な事になると考えた夏月は、此の上なく不本意ではあるが生徒指導室に向かって行った。

そして、生徒指導室の前まで来ると……

 

 

「はいドーモ、一夜夏月DESTH!」

 

 

扉を蹴り開けて入室!

蹴り開けられた扉は近くにあった椅子を弾き飛ばし、その椅子は室内に居た千冬に真っ直ぐ飛んで行ったのだが、千冬は其れを余裕でキャッチする……腐っても鯛ではないが、現役を引退しても『ブリュンヒルデ』の名は伊達ではないと言う事なのだろう。

 

 

「……普通に入室出来んのか貴様は?」

 

「スンませ~ん、カチコミの時のクセが抜けなくて。

 んで、俺は何で生徒指導室に呼ばれたんでしょうか織斑先生?態々生徒指導室に呼ばれるような事はしてないと思うんですけどねぇ……もしかして無意識に何かやらかしてました俺?」

 

「カチコミって、一体学園入学前は何をしていたのか些か気になるが……まぁ良い。

 別にお前が何か問題を起こした訳でもないし、当然説教をする為に呼んだ訳ではない……只、少しばかり聞きたい事があってな。あまり人に聞かれたくない事でもあるから悪いが生徒指導室に呼び出させて貰った。」

 

「聞きたい事?俺に?」

 

「あぁ……単刀直入に聞く、お前は何者だ?」

 

「は?」

 

 

千冬から聞かれた事に思わず気の抜けた返事をしてしまった夏月だが、用件も告げられずに生徒指導室に呼び出された挙げ句、『お前は何者だ?』と意味が分からない事を言われたらこんな反応にもなるだろう。

 

 

「束が電波ジャックをしてお前の存在を明らかにしたあの日、アイツは二年前からお前がISを動かせる事は分かっていた、だがお前の身の安全を考えてあの日まで公表しなかったと言った……其れはまぁ分かるのだが、お前は一体何時何処でどのタイミングでISを起動した?そもそも束とは如何言った関係なのだ?

 悪いがお前の事を調べさせて貰ったが、中学の三年間を更識の家で暮らしていた以前の事が一切分からなかった……何処の小学校に通っていたのか、それすらも分からなかったのに、中学時代に突如として更識の家に現れている……其れが少し気になってな。」

 

「あぁ、そう言う事か。

 俺が今の義母さんの養子になったのが六年前で、其れまでは施設での通信教育で育ったから小学校に通ってた記録が無いのは当然ですよ。んで、義母さんに引き取られてからは一緒に世界を回ってたんだけど、中学に上がるタイミングで義母さんが旧知の仲である更識の先代当主に俺を預けた。俺の国内の記録が中学時代から急に出て来たのはつまりそう言う事ですね。

 ISを動かしちゃったのは偶々義母さんが持ってるISに何気なく触れたら起動しちゃったって事で、その場には義母さんしか居なかったから外部に漏れる事は無かったけど、義母さんが実は束さんと知り合いだったみたいで、其の流れから束さんが徹底して俺がISを動かせるって事を秘匿してくれたんすよ。此れで満足ですか?」

 

 

千冬の言わんとしている事を理解した夏月は虚実を織り交ぜて説明をして行く――恐らく千冬は民間の興信所なんかを使って夏月の事を調べ上げたのだろうが、夏月に関するありとあらゆる情報は束と更識と亡国機業(スコール)によって作られ、そして操作されたモノなので民間の興信所が夏月の正体に辿り着くのは不可能であるのだ。

 

 

「話が其れだけなら俺は行かせて貰いますよ?今日は部活で他校とのオンライン練習試合があるんで。」

 

「いや、もう一つだけ……お前は実は私の弟の一夏じゃないのか?」

 

 

生徒指導室を出て行こうとする夏月に対し、千冬はまた突拍子もない事を言って来た……言ってる事自体は正解であるのだが、其れを聞いた夏月は思わず失笑を漏らしてしまった。其れほど千冬の言った事はオカシナ事だったのだ。

 

 

「何を言い出すかと思えば……織斑一夏は三年前の第二回モンド・グロッソの決勝戦の時に誘拐され、そして殺された。

 其れは織斑先生が誰よりも知っているでしょう?織斑先生が決勝戦に出場した事で織斑一夏は殺されてしまったんですから……確かに俺と織斑先生の弟は顔が似てるとは思いますけれど他人の空似ですよ。俺に死者を重ねないで下さい。」

 

「確かに一夏は死んだが、だが其れは状況証拠のみで断定されただけであり一夏の遺体は発見されてない……物理的には一夏の死は証明されていない。

 となれば実は生きていたが、自分が世間的には死んでいる事を知って別人として生きている可能性もゼロではないし、お前がそうでないとも言い切れんだろう?」

 

「別人ですよ……秋五の部屋で織斑一夏の遺影を見ましたけど、俺とは目の色が全く違う。目の色だけは他者の目を移植するでもしない限り、絶対に変える事は出来ないんですから。

 仮に俺が織斑一夏だったとして、織斑先生は如何する心算なんですか?」

 

「私は……一夏に助けに行けなかった事を謝りたい。」

 

 

千冬は更にこんな事を言って来たが、其れは夏月にとっては到底認められるモノではなかった。

 

 

「謝りたいだって?何都合の良い事言ってんだアンタ?

 秋五から聞いたぜ?織斑一夏の葬式が終わって直ぐにドイツに軍の教官をやるために行っちまって、帰国したらしたで今度は碌に家事もしないで織斑一夏の仏壇に手を合わせる事もなかったそうじゃないか?

 しかもアンタは織斑一夏がドレだけ努力してもその努力を決して認めようとしなかったらしいな?そんな奴が今更助けに行けなかった事を謝りたいだとか、フザケタ事言ってんじゃねぇよ――一度も織斑一夏の事をちゃんと見なかったクセして今更姉ぶるんじゃねぇっての……反吐が出るぜ。」

 

 

だからこそ、一切の容赦なく言葉のナイフで千冬を徹底的に切り刻む……此れまでは一応教師相手と言う事で敬語を使っていたが、其れも止めての若干粗暴で荒々しい口調でだ。

まさかの反応に千冬は完全に気圧され、何時ものように『教師に対しては言葉遣いを気を付けろ!』と言う事すら出来なかった……『一夏に謝りたい』と言う事に対してこんな事を言われるとは思っても居なかったのだろう。

 

 

「兎に角俺は織斑一夏じゃねぇし、京に一つ織斑一夏だったとしてもアンタに謝られた所で許す事はねぇだろうな……まぁ、あの時に見捨ててくれた事には逆に感謝するかもだけどよ。

 ……ったく、無駄な時間を過ごしたぜ。下らねぇ妄想も大概にしとけよブリュンヒルデ!」

 

 

吐き捨てるように其れだけ言うと、夏月は生徒指導室から出て行き、千冬は其の場に呆然と立ち尽くす事しか出来なかった……果たして千冬が本当は何をしたかったのは不明であるが、夏月の中で千冬への感情が更に悪いモノになった事だけは間違いないだろう。

 

其の後部活に参加した夏月は、『KOFⅩⅤ』でのオンライン練習試合にて大将として出場し、クラーク、シェルミー、最近追加されたDLCキャラである乾いた大地の社の『投げキャラチーム』を結成して、乾いた大地の社で三タテを決めて圧勝した。

其の後、今度は『ストⅢ3rd』のオンライン対戦となったのだが、此処でも夏月は大将として出場し、持ちキャラであるリュウを使って相手の春麗の鳳翼扇にウメハラブロッキングをかましてからのジャンプ大P→中足→中昇龍拳→スーパーキャンセル真・昇龍拳を叩き込んで鮮やかに勝って見せた。

序に本日より、e-スポーツ部には新たにヴィシュヌとグリフィンが入部した――ヴィシュヌは入ろうと思っていた部活がなく、グリフィンはサッカー部に所属していたのだが、夏月と一緒に居られると言う事で入部したのだ……グリフィンはサッカー部の部長に二重所属を認めてもらうのに苦労して今日になった訳だが。

ともあれ、本日の部活も大層充実したモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を終えて時間は十九時三十分。

夏月と乙女協定のメンバーと布仏姉妹は生徒会室に居た――布仏姉妹は、話が長くなるだろうと判断した楯無がお茶なんかを用意して貰う為に呼んだのだ。別に楯無がやっても良いのだが、どうせならば布仏姉妹の淹れる極上のお茶の方が良いと判断したのだ。虚のお茶の淹れ方は完璧だが、茶葉の目利きは本音の方が優れているので、本音が選んだ茶葉を虚が淹れれば其れはもう最強のお茶となるのである。

そんな最強のお茶が全員に配られた所で、夏月は口を開いた。

 

 

「先ずはロランとヴィシュヌとグリ先輩が知らない俺の秘密からだな……俺の本当の名は織斑一夏。織斑秋五の双子の兄で、織斑千冬の弟だ……尤も、今の俺にとってはもう捨てた名だけどな。」

 

「君が織斑一夏だって?……確かに織斑君と似ているとは思っていたけれど、まさか兄弟だったとは……だが、織斑一夏は三年前に死んだ筈じゃないのかい?」

 

「世間的には。

 だが織斑一夏の死は俺の義母さんと仲間によって偽装されたモノに過ぎないんだよ……誘拐犯にリンチされてる所を助けられて、俺は織斑と決別する事を決めて一夜夏月になった――んで、『一夜夏月』の日本戸籍を作る間に訪れたのがオランダで、其の時に俺はお前と会ったんだよロラン。」

 

「そうだったのか……だが、今の君は一夜夏月なのだろう?そもそもにして私とヴィシュヌとグリフィンにとっては君は最初から一夜夏月なのだから、実は織斑一夏と言われても大した問題ではないかな?」

 

「えぇ、マッタク持って問題ではありません……私達が好きになったのは、織斑一夏ではなく一夜夏月なのです。貴方が一夜夏月である事は変わりませんから。」

 

「カゲ君はカゲ君だよ!織斑一夏じゃなくてカゲ君だから!」

 

 

先ずは自分が『織斑一夏』であると言う事を告げたが、ロランもヴィシュヌもグリフィンも特別驚く事なくその事実を受け入れた上で、夏月は夏月だと言ってくれた。夏月が一夏だったと言う事は大した問題ではなかったのだろう。

 

 

「そっか……そう言って貰えると嬉しいぜ。

 そんじゃ、今度はこの場に居る中では楯無さんと簪、虚さんとのほほんさん以外は知らない俺の秘密だ……俺は、普通の人間じゃない。最強の人間を生み出す事を目的としていた『織斑計画』によって生み出された人造人間だ――織斑千冬と、織斑秋五も同じくな。

 織斑千冬は九百九十九回のトライアンドエラーの末に完成したプロトタイプで、俺と秋五はそのデータを基に作り出された男性体量産型の成功体で、更に俺は『イリーガル』と呼ばれる個体だったんだ……俺は普通の人間じゃない、其れでも良いのか?」

 

 

続いて今度は己が『織斑計画』によって生み出された人造人間であり、更に『イリーガル』と呼ばれて居た存在である事を明かす――此れには流石にロラン達だけでなく鈴と乱も驚いたが、だからと言って夏月への思いが変わったかと問われればそれは否だ。

 

 

「アンタが人造人間だったからって其れが何よ?其れを聞いてアタシ達の思いが変わると思ってるなら、アタシ達を見くびり過ぎよアンタ!アタシ達の思いの強さを舐めんじゃないわよ!」

 

「つか、アンタが人造人間とか逆に納得だわ……人造人間なら男であってもIS動かせるかもだし、あの異常とも言える戦闘力にも頷けるからね。」

 

「君がまさか人造人間だったと言う事には驚いたが、だからと言って君と言う人間の魅力が変わる訳ではないだろう?寧ろ私は、その神秘的な出自に一種の感動を感じるよ……SFの世界にしか存在しないと思っていた人造人間がこうして実際に存在してるのだからね。

 そして其の君と出会う事が出来るとは……嗚呼、私達の出会いには、乙女座の私は運命を感じずには居られない!」

 

「今の世ではデザイナーズベイビーの存在は珍しくないので、貴方が人造人間だからと言って、其れは大した問題ではないと思います……其れに貴方が何者であろうとも私達は、貴方が良いんです。」

 

「だから、君が何者だとか、そんなのはマッタク問題じゃないんだよカゲ君!」

 

「皆……ありがとな。」

 

 

夏月が『織斑計画』によって生み出された人造人間であり、更に『イリーガル』だと言う事を聞いても、ロランと鈴と乱、ヴィシュヌとグリフィンの思いが変わる事はなかった――一夜夏月が何者であっても、その全てを受け入れると言う思いは固まっていたのだろう。

夏月が己の秘密を暴露した事で、逆にその絆は強くなったとも言えるので、夏月も意を決して己の秘密を明らかにした甲斐があったと言うモノだ――其の後は風呂に入って就寝時間……とはならず、風呂に入った後は改めて生徒会室に集まってのパジャマパーティが開催され、その最中に楯無が『そう言えば、乙女協定の私達はファーストキスと初めてを夏月君に捧げる事が出来る訳なんだけど、夏月君のファーストキスと初めてを貰うのは誰になるのかしらね?』と呟いた事で、ちょっとしたデュエルが展開される事になったのだが、其れは楯無とヴィシュヌが無双して、最後には相討ちとなり、延長戦のじゃんけん勝負の結果は楯無が制し、ヴィシュヌが夏月のファーストキスを、楯無が夏月の初めてを貰う事で決着したのであった……生徒会室で何をしてるのかと思うが、此れもまた彼女達には大事な事だったのだろう多分。

 

 

そしてあっと言う間に時は過ぎ、ゴールデンウィーク初日がやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode22『ゴールデンウィーク初日~鈴の音との一日~』

七連続デートの初日か……流石に緊張するなBy夏月      その緊張を超えるのよ!By楯無     その緊張を超えた先に得るモノがあるからねByロラン


本日より大型連休のゴールデンウィークとなる訳だが、だからと言って夏月の日課に何か変わりがあるかと言われたらそれは否だ――ゴールデンウィーク中だろうとも夏月は早朝トレーニングを怠る事は無く、己を鍛え上げているのだ。日々これ鍛錬である。

さらに最近はヴィシュヌからヨガも習っており、鋼の剛性とゴムの柔軟性を併せ持つ筋肉が更なる柔軟性を得るに至っているのだから、最早夏月の肉体は『地球人として最高にして最強の肉体』と言っても過言ではないだろう……同時に、夏月との早朝太極拳が日課になっている真耶も、『瞬発力には欠けるが持久力に長ける筋肉』を会得し、遠距離でのヒット&アウェイを得意とするガンナーとしては理想の身体を得るに至っていた――学園最強クラスのバストは其のままに、アスリートとして必要な筋肉を供え、腹筋がシックスパックになっている真耶の身体もまた最強であると言えるだろう。

 

そして早朝トレーニングを終えた夏月は自室に戻ってシャワーで汗を流すと、朝食の準備に取り掛かった――ゴールデンウィーク中、と言うよりも日祭日は学園の売店は通常通りの営業をしているのだが、食堂は終日営業を停止しているので、生徒は自炊するか、売店の弁当を購入するかの二者一択になるのだ……其処で一切迷う事無く自炊を選択した夏月は『趣味:料理』と言うだけの事はある。

 

 

「ん……おはよう夏月。良い匂いがするね?」

 

「おはようロラン。もう少しで朝飯出来るから、顔洗って来いよ?……なんならシャワー浴びて来ても良いぜ。」

 

「昨日は少しばかり寝汗を掻いてしまったみたいだから、お言葉に甘えてシャワーで汗を流させて貰うよ。」

 

 

夏月の料理中に目を覚ましたロランは寝汗を流す為にシャワールームへと向かい、夏月は其のまま料理を続ける……普通ならば同室の女子のシャワータイムとなったら少しは動揺したり、人によっては邪な思考が頭を過ぎったりするのだろうが、夏月は全く気にする様子は見せない。

と言うのも、楯無が割とスキンシップ多めの人であり、更識の家で暮らしていた時もナチュラルに夏月に抱き付いて来ており、その場に簪が居た場合は簪も抱き付いて来たりしていたので夏月の『女性に対するドキドキハードル』はメッチャ高くなっており、最早同室の少女がシャワーを浴びている程度では動じなくなっており、序に言っておくと所謂『当ててるのよ♪』をやられても平常心を保って居られたりするのである。

 

 

「ふぅ、朝シャワーで汗を流すと気持ちが良いね。今日も良い一日になると、そんな風に思ってしまう位にね。」

 

 

十分ほど経ったところでロランがシャワーを終えてシャワールームから出て来た頃には夏月も朝食を作り終え、少し大きめの座卓の上には美味しそうな料理が並べられている。

本日の朝食のメニューはと言うと、雑穀米、アジの干物のグリル焼き、中華風冷奴(ネギとカツオ節の代わりに刻んだザーサイと食べるラー油をトッピング)、摘果メロンの辛子漬け、具沢山味噌汁(ダイコン、ニンジン、ゴボウ、ネギ、エノキ、なめこ、油揚げ)、そして納豆(明太辛子高菜トッピング)と言ったラインナップだ。

 

 

「今日も美味しそうな朝ご飯だね?

 学校が休みの日は三食君の料理が食べる事が出来ると言うのも、同室である私の特権と言ったところかな?出来立ての料理と言うのは、弁当では味わえない美味しさがあるからね。」

 

「まぁ、弁当のメニューは冷めても旨いように作ってるけど、出来立ての温かさはないからな。

 にしても、ロランもすっかり納豆に慣れたな?」

 

「最初は強烈な臭いに驚いたけれど、意を決して食べてみたら味は悪くなかったからね。

 まぁ、其れでもこうして普通に食べる事が出来るようになったのは、君が色々と納豆のトッピングを食堂で注文してくれたからだけどね……ネギよりもショウガやミョウガの方が臭いを消してくれると言うのは驚きだったよ。」

 

「ショウガやミョウガにはネギには無い清涼感があるから、納豆の臭い消しとしては優秀なんだぜ。

 んで、今日のトッピングは明太辛子高菜なんだが……此れだけだと少し塩味に欠けるから、此の顆粒の『丸鳥ガラスープ』を小さじ半分ほど加えると塩味が丁度良くなってコクも出るぜ。」

 

「ほう、此れはまた新しい食べ方だね?因みに君が一番好きな納豆のトッピングは何なんだい?」

 

「其れはぶっちぎりで卵黄とカツオ節とネギと刻んだ塩昆布の組み合わせと、今日の明太辛子高菜と顆粒丸鳥ガラスープだな。キムチや刻みオクラ、とろろ芋ってのも捨て難いんだけど、この二つには絶対に勝てん。」

 

「成程ね。確かに其の組み合わせは私も好きだからね……因みに私の一番は、ワサビと海苔とちりめんジャコなんだよ。」

 

「意外と渋い組み合わせだな。」

 

 

メニューに納豆があったが、ロランは既に納豆が全然平気になっているのでマッタク問題ではなかった……とは言っても、偶に食堂で本音がやっている、『納豆と味噌汁のぶっかけ丼』は未だに慣れないようであるが。

 

 

「「いただきます!」」

 

 

そして二人とも手を合わせて『いただきます』をすると朝食タイムに。

夏月は本日より怒涛の七連続デートになるのでランチはロランとのデートの日以外はロランと一緒ではないのだが、其れでもランチ用の作り置きも用意しているのだから凄いとしか言いようがない――朝食の準備と並行して其れも作っていたのだから。

 

朝食後、夏月は着替えてゴールデンウィーク初日の鈴とのデートに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode22

『ゴールデンウィーク初日~鈴の音との一日~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デートの待ち合わせは、ロランを除いた全員が『AM9:00にモノレールの駅』でと決めていた――ロランだけは夏月と同室なので待ち合わせの必要はないのである。

現在の時刻はAM8:55――約束の時間の五分前だがモノレールの駅には既に夏月の姿があった。五分前行動は当然の事と言えるのだが、夏月は最低でも約束の時間の十分前には待ち合わせ場所に行くようにしているので遅刻する事だけは絶対にないのだ。

 

 

「ごめんね、待ったかしら?」

 

「おう、めっちゃ待った。」

 

「アンタねぇ、其処は嘘でも『俺も今来たところだ』って言うモンじゃないの!?」

 

「逆に聞くが、俺ってそんなキャラか?」

 

「……いいえ、違うわね。」

 

 

待ち合わせ時間の二分前に鈴がモノレールの駅に現れ、そして此の遣り取りなのだが、こんな軽口を叩き合う事が出来るのも夏月も鈴も互いに心を許しているからこそだろう――夏月が織斑一夏だった頃から、鈴は乱と共に一番の味方であったと同時に一緒に馬鹿が出来る悪友でもあったのだから。

 

さて、そんな二人の本日のファッションはと言うと、夏月は白のスラックスにボタン付きの赤いシャツを合わせてシャツの袖をまくり、左腕に束お手製の超高性能腕時計(完全防水、ソーラーバッテリー、電波式、だけど文字盤はレトロなアナログ式)と言うコーディネートで、鈴は赤い袖なしのパーカーに黒いハーフパンツ、首に本革製のチョーカーのコーディネートだ。

 

 

「相変わらずシンプルなコーディネートだけど、アンタの場合は其れが似合ってるから凄いわ……シンプルなコーディネートってのは、シンプルなだけに着る人間の魅力ってモノがダイレクトに反映されるからね?

 ってか、今日のアンタのコーディネートって、バグ大の『紅林二郎』じゃない?」

 

「意識した訳じゃないんだが、言われてみれは確かに腕時計以外は紅林だな。」

 

 

夏月のファッションは、奇しくもYouTubeのとある漫画動画チャンネルの『悪党は絶対に許さない正義のフリーター』と同じモノだったみたいだが、夏月も悪党はどんな理由があろうとも絶対に許さないので、ある意味ではピッタリのファッションであると言えるだろう――序に言っておくと、夏月の本気の拳は、その正義のフリーター同様にダイヤモンドよりも硬いのでマジでピッタリなのである。

 

まぁ、それはさておき、夏月と鈴はモノレールで本土に移動。夏月にはおよそ一カ月ぶり、鈴からしたら実に三年振りとなる日本本土だ。(鈴は、中国から日本に来た際には成田空港からヘリコプターで直接IS学園に向かったので本当の意味で日本の地を踏むのは三年振りなのである。)

 

 

「そんで、先ずは何処に行くんだ鈴?」

 

「そうね……先ずはゲーセン行くわよゲーセン!」

 

「だろうな。」

 

 

そして始まったデートだが、先ず鈴が選んだデート先はまさかのゲームセンターだったのだが、此れはある意味では当然と言えるモノだったりする。

と言うのも、夏月と友人になって以降、中国に帰国するまでの間、放課後のゲームセンタータイムは当たり前になっており、月の小遣いを遣り繰りしてゲームセンターで遊び倒していたので、夏月とのデートをゲームセンターでと言うのは鈴的には全然アリなのである。

 

 

「と、言う訳でやって来ましたプラザカプエス!」

 

「此れこそがゲーセンよね!」

 

 

そんな二人がやって来たのは、格ゲーの二大巨頭と言われているCAPUCOMとSNKが共同運営している大型ゲームセンター『プラザカプエス』だった。

昨今、ゲームはオンラインが主流になって、対戦ゲームもオンライン対戦が出来るようになった事で、対戦型の筐体を設置しているゲームセンターは廃れ、今やゲームセンターはUFOキャッチャーなどのアミューズメントゲームを主体としたモノに変わって来ているのだが、このプラザカプエスは敢えて対戦型の筐体を多数設置しているだけでなく、今だ大人気のリズムゲームやガンシューティングを取りそろえ、対戦型の格闘ゲームに関しても『通常のアーケード版では使えなかったキャラをデフォルトで使用可能』にした特殊基盤を搭載している事で、レトロゲームファンを取り込む事に成功していたのだ。勿論、今流行りのアミューズメントゲームも多数設置している。

 

そのゲーセンで、夏月と鈴は先ずは対戦型格闘ゲームでガチバトルを行ったのだが、ストリートファイターZERO3⤴⤴、KOF2002UM、CAPCOMvsSNK2の何れの対決でも夏月が勝利した。

ZERO3では夏月のザンギエフが鈴のガイルを投げの二択と、高等テクニックである『足払いスクリューすかしファイナルアトミックバスター』で圧倒し、見事な一ラウンドはパーフェクト勝利を収めた上でのストレート勝ちとなり、KOF2002UMでは夏月の大門が三タテをブチかまし、カプエス2ではレシオマッチでザンギエフ一人をレシオ4にした夏月が、春麗(レシオ1)、八神庵(レシオ1)、草薙京(レシオ2)のチームを撃破して試合終了――レシオ1のキャラがレシオ4のキャラの必殺技を喰らったら其れだけでも致命傷であるのだが、レシオ4のザンギエフの強スクリューパイルドライバーは、レシオ1のキャラのライフを余裕で三分の一持って行くので、これはある意味で当然の結果と言えるだろう。同時に格ゲーに於ける投げキャラと言うのは極めてしまうと最強クラスであると言う事を証明した対戦でもあった訳である。

 

 

「アンタのザンギ、マッジでエグイわ……何よ、ジャンプ攻撃ガードしたらスクリュー確定って!」

 

「スクリュー後の間合いの離れ方が初代ストⅡ並だったら、無敵対空持ってないキャラは其処で終わるだろうなぁ……まぁ、無敵対空出されたら出されたで空中ガードから着地後スクリュー確定なんですけどもぉ。」

 

「何故二度の調整を行った筈のダブルアッパーでザンギは弱体化されなかったのか謎だわ……」

 

 

其の後、夏月と鈴はガンシューティングの二人プレイでノーミスノーコンティニューを達成し、今はアミューズメントゲームを楽しんでいる所だ。

 

 

「夏月、其れ本当に取れるの?」

 

「先の五百円分でアームの強さは分かったから此れで行けるぜ……アームが弱く設定されてたらアウトだったが、アームの強さは通常設定だったみたいだから此れで貰うぜ!」

 

 

挑戦しているのはユーフォーキャッチャーなのだが、只のユーフォーキャッチャーではなく景品がバカデカイ『ビッグ・ユーフォーキャッチャー』に挑戦していた――此の手のユーフォーキャッチャーはアームの強さはあまり弄られていない場合が多いのだが、景品がそもそも巨大過ぎて取るのは至難の業と言われており、夏月も既に五百円を消費していた。

だが、其の五百円分でアームの強さと狙っている景品の重さのバランスを見極め、何処を狙うべきか分かったらしく獲物を目指してアームを操作する……因みに狙っているのは鈴に『アレって取れる?』と聞かれた『ハイパーDXヌイグルミ・メンダコ君(直径50cm、高さ35cm』と言う大物中の大物だ。

夏月に操作されたアームはツメを広げるとターゲットに向かって降りて行き、そしてメンダコ君の足と足の間をガッチリホールドして持ち上げる!足と足の間に確りとツメを挟んでしまえばそう簡単に外れる事は無くなる……五百円分の失敗は、ツメを足と足の間に確実に差し込むための布石でもあったのだ。

其のままアームはメンダコ君をゴールまで連れて行き、景品投入口の真上でツメを開いたのだが……

 

 

「「……うっそだぁ。」」

 

 

此処で予想外の事態発生!

メンダコ君は確かに景品投入口の真上に落とされたのだが、広げられた足が景品投入口に引っ掛かってしまい落ちて来なかったのだ……『お店では入れる景品の大きさを確かめておけ』としか言いようのない事態なのだが、此れは流石にどうしようもないので近くにいた店員を呼んでメンダコ君を取り出して貰って無事に景品を入手完了!

店員も、景品投入口の真上に鎮座しているメンダコ君を見て『穴に落ちる大きさだったら取ってた奴だ』と判断して特に問題もなくメンダコ君をゲット出来たのだった。

無事にメンダコ君をゲットした夏月は、『簪への土産になるな』と大人気アニメのフィギュアをゲットしたのを皮切りに、『ジャンボきのこの山』、『バケツ箱入りチキンラーメン』と言った景品を次々とゲットして行った……普通ならば大荷物になるのだが、専用機を持っている夏月と鈴には『拡張領域に収納』と言う反則ギリギリの究極の裏技があるのでマッタク持って問題無しである。……専用機の本来の使い方としては若干問題があるかも知れないが。

思い切り楽しんだ二人はゲームセンターを出ようとしたのだが、其処で入り口付近にあるダンスゲームに人だかりが出来ているのに気付いた。『何事か?』と思って覘いてみると、ドレッドヘアーで色黒の男性が軽快なステップでエキスパートランクの楽曲を次々とパーフェクトクリアしているらしかった。

 

 

「へ~~、エキスパートランクをパーフェクトって結構凄いわね?こりゃ人だかりが出来るのも納得だわ。」

 

「あぁ、確かに凄いが……此の領域に辿り着くまでに家で相当練習したんじゃないか?多分だけどあの人、此の領域に辿り着く前よりも体重が10㎏は減ってると思うんだが如何よ?」

 

「まぁ、趣味を極めてダイエットも出来たってんなら良いんじゃない?」

 

 

其れを見た夏月と鈴は夫々思った事を言って、其のまま退店しようとしたのだが……

 

 

「Hey!其処のスカーフェースボーイ!俺っちと一発ダンスでセッションしないか~い!Youからは只モノじゃないオーラを感じたから、きっと最高のビートを刻める筈って俺っちのソウルフルなダンサースピリッツが告げてるぜ!!」

 

「ん、俺以外にも顔に傷のある奴がいるのか?」

 

「いや、アンタ以外に顔にそんなデカい傷がある奴なんて居ないから。」

 

 

此処で人だかりを作っていたダンサーが夏月に対して『セッションしないか?』と言って来た――しかも其れは、夏月を引き立て役にして自分をより目立たせようと言った下心は無く、純粋に夏月とのセッションを望んでいる様だった。

『一流は一流を知る』と言う言葉があるが、その言葉の通りダンスの道を極めんとしている男性には夏月が一流のアスリートであり武道家であると言う事を見抜いて、その上で声を掛けて来たのだろう。

 

 

「俺で良いのかい、Mr.ダンスマスター?」

 

「そうそう、Youだぜ!俺っちと一緒に最高のビートを刻もうぜ!」

 

「……ゲーセンのラストとしては良いかもな?その提案、乗らせて貰うぜ。」

 

 

なので夏月も其の提案を受けると百円玉を投入してダンスバトルモードに突入する。

とは言っても此れは勝ち負けを競うダンスバトルではなく、ダンスのセッションなのである意味では気楽に出来ると言うモノだ――勝負であれば鈴の手前、絶対に負けられない夏月だったが、ダンスのセッションであれば相当にヤバいミスをしない限りは焦らずにステップを踏む事が出来るのである。

 

そうして始まったダンスセッション。

選択された楽曲はノーマルでもノーミスクリアは先ず絶対に不可能と言われている『Finder keepers』だった――目まぐるしく流れて来る矢印バーを夏月も男性もパーフェクトを外す事なく的確なステップを踏んで得点を伸ばして行き、ギャラリーの熱を高めて行く。

更に夏月は足でステップを踏むだけなく、手でパネルを押す『ブレイクダンス』の要素も加えてギャラリーを魅了する……ダンスの経験はマッタク無い夏月だが、徹底的に自分を虐めぬいて到達した最強クラスの肉体には此れ位は朝飯前だったらしい。

その夏月に触発されたダンサーも更に軽快なステップでギャラリーを沸かせ、結果は互いにパーフェクトクリアであり、このセッションは大成功に終わったと言えるだろう――此のダンサーがナンパ野郎で鈴を相手に指名して来たら、事と次第によっては惨劇になっていたかも知れない事を考えると、此のダンサーが割と真面であった事には感謝すべきだろう。

退店前に予想外のイベントが発生したが、ゲームセンターを満喫しまくった夏月と鈴は店を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームセンターを後にした夏月と鈴はショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しんだり、駅前に出店してるアクセサリーの露店で、デート記念のアクセサリを購入して名前を彫り込んで貰ったりしていた……同様のアクセサリはまだ増える可能性はあるのだが、乙女協定のメンバーを平等に愛するのであれば其れもまたある意味で当然と言えるだろう。

そして昼時の良い時間になったのでそろそろランチタイムなのだが、夏月は鈴から『ランチタイムはアンタを連れて行きたい所があるからアタシに任せて。』と言われたので鈴に任せ、今も鈴の案内でランチタイムの場所に向かっていた。

 

 

「(アレ、この辺りって……確か……)」

 

 

だが、その道中の景色は夏月には見覚えのあるモノだった――何故ならそれは、夏月が『織斑一夏』だった時代に数少ない味方だった親友の祖父が経営している食堂に通じる道だったからだ。

そして其れから歩くこと五分程、鈴が歩みを止めた。如何やら目的地に到着したようである。

 

 

「やっぱり此処に向かってたのか。」

 

「そうよ♪アンタにとっては三年振りになるんだから結構懐かしいんじゃないの?……てかそう言えば、アンタって三年前に厳さんに、『お前にならウチの味を特別に教えてやっても良い』とか言われてなかったっけか?結局其れって如何なったのよ?」

 

「教わりたいって気持ちと、自分の舌で盗みたいって気持ちの両方があって迷っててな……んでもって、答えを返す前にあんな事になっちまったから、結局『織斑一夏』として返事をする事は出来ず仕舞いだったな。」

 

「そうだったんだ……」

 

 

到着したのは『五反田食堂』。

夏月が『織斑一夏』だった頃の数少ない味方にして親友だった『五反田弾』の祖父である『五反田厳』が経営している街の食堂で、地元民から愛されている昔ながらの店だ。

その人気は中心街に大型ショッピングモール『レゾナンス』が出来て、多くのファミリーレストランやファーストフード店が出店しても衰えるところを知らず、常連客のみならず今だに新規のファンが出来る程である――因みに店主の五反田厳は一昔前の『職人気質の頑固親父』と言った感じなのだが、其れが逆に客に『仕事では一切の妥協を許さない一本気』と受けが良く、最近では若い客がSNSに店の事をアップする事もあり、厳を目的に来店する客も一定数居たりする。

弾も中学の時から休日や夜には店を手伝う事も多く、最近では将来店を継ぐために厳から店秘伝の味を日々叩き込まれており、店の看板メニューである『業火野菜炒め』を任される事も多くなって来ている――そんな弾もSNSにアップされてそれなりに話題になっているのだが、平日の日中は店に居ないので厳ほどではなかったのが若干哀しいが。

因みに厳も当然一夏の味方であり、一夏の敵であった人物は軒並み出禁にすると言う大胆な事をしてくれたので、一夏は此の店では安心して食事が出来た場所でもあった――只一人、秋五だけは鈴が弾に『アイツは一夏の敵じゃないから。』と伝えていた事で出禁を免れていたりもする。弾的には、一夏の現状を目の当たりにしても何もしようとしない秋五はあまり好きになれなかったのだが、親友である鈴の頼みとあって其れを受けたのであったが。

 

夏月も鈴も来店するのは三年振りとなるので懐かしい部分もあるが、懐かしさに浸っていても空腹は満たされないので入店……

 

 

「たのもー!!」

 

「俺等昼飯食いに来たんだよな?道場破りに来たんじゃないよな?」

 

 

したのだが、鈴の入店の仕方がおかしかった!

扉を蹴破りはしないが、勢い良くブチ開けて『たのもー!』と言うのは如何考えても昼食を摂りに来た客ではなく、武術の道場に殴り込んで来た道場破りとしか言えないだろう。

 

 

「道場破りならぬ食堂破りか?……って、鈴じゃねぇか!ひっさしぶりだなぁオイ!いつ日本に戻って来たんだよ?」

 

「やっほー!久しぶりね弾!ついこの間中国から日本に来たのよ――中国のIS乗り国家代表候補生としてね!」

 

「マジか!?国家代表候補生って、お前スゲェんだな……」

 

 

インパクト絶大な鈴の入店に、店内は一時騒然とするも、弾がやって来たのが鈴だと気付き、常連客も三年前まで良く来店していた少女だと気付いたので店内が大きな混乱に陥る事は無かった。其れだけ鈴は五反田食堂で顔が売れていたと言う事だろう。

 

 

「んでそっちの奴は……若しかして、お前の彼氏か?」

 

「ん~~……まぁ、そうなるわね?より正確に言えば、アタシはコイツの彼女の一人って事になるわ。……聞いて驚け弾、彼は世界初の男性IS操縦者にしてアタシ以外にも六人の彼女が居るリアルハーレム野郎よ!!

 そして補足しておくと、アタシを含めた七人全員が其れを是としてるからマッタク問題ないわ!!」

 

「んだとぉ!?

 こ、コイツが世界初の男性IS操縦者……女性にしか使えない筈のISを動かした世界初の男性は、並の野郎じゃ出来ない事をアッサリやるってのかよ!七人も彼女が居るとか、羨ましいを通り越して若干殺意を覚えんぞ!

 だが、世の男性が出来ない事をアッサリやってのけるとは、其処に痺れる憧れる!!」

 

「殺意を覚えるのか、それとも痺れて憧れるのかどっちかにしろよ、忙しい奴だな……」

 

 

其処で鈴がトンデモナイ爆弾を投下した事で弾が暴走しかけたのだが、其処に『ちゃんと接客しやがれ馬鹿野郎が!』と、厳の『お玉アタック』が炸裂し、その一撃で正気を取り戻した弾は夏月と鈴を空いてるカウンター席に案内するとオーダーを取る事に。

 

 

「んっとね~~、アタシはあんかけ五目焼きそばと業火野菜炒め。焼きそばは麺大盛りで。」

 

「小さいくせに相変わらずよく食べるなお前?そんだけ食っても身体が大きくならないって、摂取カロリーよりも消費カロリーの方が大きいのが原因じゃねぇ?胸がデカくならねぇのも胸筋が発達し過ぎて脂肪が付く余地が無くなってたりして……」

 

「だとしたら、鍛えまくった自分を恨むわ~~。」

 

「ま、あくまでも可能性だけどな。んで、そっちの彼は?」

 

「俺は……トンカラゴウメンを大盛りで。」

 

「!?」

 

 

そこで夏月のオーダーを聞いた弾は目に見えて驚いていた。

夏月がオーダーした『トンカラゴウメン大盛り』は、嘗て一夏が良く注文していた『トンカツ』と『唐揚げ』と『業火野菜炒め定食』と『ラーメン』のご飯と麺大盛りの略称であり、此のオーダも一夏しか知らないモノだったのだから驚くのもまた然りであると言えるだろう。

 

 

「アンタ……なんで其れを知ってるんだ?」

 

「何でって……俺は織斑一夏だった人間だからだぜ弾――三年振りだけど、元気そうで安心したぜダチ公。」

 

「え……お前、一夏なのか?似てるとは思ったけど……本当に一夏なのか?」

 

「信じられないか?

 弾、お前は確か中学一年の時に憧れの先輩に告白しては振られ、ラブレターは読まずに捨てられて恋愛事に関してはスラダンの桜木花道に並ぶ、現実では恐らく前人未到の五十連敗だったよな?でもって、其の五十連敗は織斑一夏が第二回モンド・グロッソで誘拐される前に達成した大記録だってんだからある意味で大したモンだ……ぶっちゃけ、このまま百連敗を達成してギネスに認定されて欲しいと思ってる俺が居るのを否定出来ない。」

 

「其のモノ言い、そして俺の恋愛事情を其処まで詳細に知ってるとは、お前は間違いなく一夏だ!!生きてやがったかこの野郎!!」

 

「今はもう、織斑一夏じゃなくて一夜夏月だけどな。」

 

「名前なんぞ如何でも良いんだよ!お前が生きてたって事の方が大事なんだからよ……ったく生きてたなら生きてたってもっと早く言えよダチ公!」

 

「悪いな。俺にもいろいろと事情があったんでな……戻って来たぜ、ダチ公!」

 

 

夏月はアッサリと己が『織斑一夏』である事を明らかにしたのだが、其れをしたのは弾が心からの親友であったからこそだろう――そして、其れを聞いた弾も、夏月と一夏が同一人物だとあっさり認めた辺り、一夏と弾の友情は本物であったと言えるだろう。

オーダーを取った後、弾は自ら鍋を振って夏月と鈴への『業火野菜炒め』を完成させると、其れを二人に持って行った後に、夏月と鈴からIS学園での事を聞き、二人から『秋五は、一夏の葬式以降変わり始めている』と言う事を聞くと同時に、秋五の葛藤と苦悩も知る事となり、更に夏月が『秋五と家族に戻る事は出来ないけど、ダチ公兼ライバルにはなれる』と言った事で、秋五に対する僅かばかりの敵対心も消えてしまったようだった――過去の行いを悔いて、自らを改めようとした者には然るべき結果が用意されていると言う事だろう。……逆に言えば、過去の行いを悔いる事無く、自らを改めようとしなかった者にも相応の然るべき結果が用意されていると言えるのだが。

実際に『織斑千冬は只の一度も織斑一夏の仏壇に手を合わせる事は無かった』と聞いた弾は、余計に千冬の事を許せなくなっていたのだから――因みに、食事後に弾が妹の蘭を呼んで、一夏が生きている事を伝え、夏月が一夏である事を伝えると、感極まった蘭が夏月に渾身の『捨て身タックル』をブチかます事になり、ノーマークだったボディに其れを喰らったら夏月でもKOされていたかも知れないが、夏月は瞬間的に腹筋を固めて蘭の捨て身タックルを受け切り、逆に蘭が目を回して失神する事態となった……本気で固めた夏月の腹筋は拳銃の弾すら貫通させないので、其処に頭から突っ込めば脳震盪を起こすのも当然と言えるだろう。逆に言えば脳震盪で済んだ蘭の頑丈さも中々であると言えるのかもしれないが。

 

其の後、蘭は無事に目を覚まして改めて一夏が生きてたと言う事に歓喜し、其処からは食堂全体が宴会の雰囲気となり、昼時であるにも拘らずアルコールが提供され、蘭がカラオケマシーンを持ち出してガチの大宴会となったのだった。

で持って開催されたカラオケ大会では夏月と鈴のデュエットによる『夕陽と月~優しい人へ~』がぶっちぎりの満点で満場一致の優勝となった――夏月が八神庵の独特な低音ボイスを、鈴が谷間このえの女性ながら力のある歌唱力を見事に再現したデュエットはその厚みがハンパなモノではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

五反田食堂でのランチタイムを終えた夏月と鈴は、午後の部で再びゲーセンを訪れて、夏月も鈴も対戦型の格ゲーの筐体で乱入者を五十人連続抜きする偉業を達成し、アミューズメントゲームでは夏月がユーフォ―キャッチャーの景品を次々とゲットして最終的には店長が泣きを入れる事態になったのだから夏月のゲームの才能は『元祖遊戯王』である闇遊戯にも勝るとも劣らないと言えるだろう。

 

そして、そんなデートも終わりの時間を迎え、夏月と鈴はIS学園島に向かうモノレールの駅にやって来ていた。

 

 

「今日はとっても楽しかったわ夏月。最高のデートだったわよ。」

 

「なら良かったぜ。」

 

 

其処で鈴は夏月に対して今日のデートは最高だったと言う事を伝え、夏月も素っ気ないながらも其れを素直に受け入れる――織斑一夏だった時に己の努力を認めて貰えかった事で、夏月は己への評価を過小評価する傾向にあったのだが。其れは更識家で暮らしていた期間に解消されていたみたいだ。

 

 

「だから、此れは今日のお礼よ。」

 

 

と、此処で鈴が夏月に不意打ちのほっぺチューを炸裂!

熾烈なデュエルの結果、夏月のファーストキスはヴィシュヌが貰う事になったのだが、其れは逆に言えば『夏月のファーストキスを貰わなければ大丈夫』と言う事でもあるので、鈴はほっぺチューに踏み切ったのである。

 

 

「鈴……ほっぺにキスって、欧米か!」

 

「乙女の決死の覚悟に対して言う事は其れかーい!」

 

「いや、とっても冗談です……お前の思い、受け取ったぜ鈴。」

 

 

それに対して少しばかり冗談めいた対応をした夏月だったが、鈴の本心は理解しており、改めてその思いを受けったのだった――駅の構内で抱き合う二人に周囲のギャラリーが精神に大ダメージを受けて、砂を大量に吐いて、駅構内の自動販売機と売店、そして駅前のスタバではブラックコーヒーが売り切れになる事態になったと言うのだから恐ろしい事この得ない――此れが更識姉妹かロランとのデートだったらもっと凄い事になっていただろう。

何にしてもGW初日の鈴とのデートは大成功であったと言って間違いではあるまいな。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に学園に戻って来た夏月と鈴は夫々の部屋に戻ったのだが――

 

 

「夏月、此れは何だい?」

 

「ユーフォ―キャッチャーでゲットした景品の数々だ……『きのこの山』とかお菓子類は兎も角、チキンラーメンは日持ちするから非常食として使えるだろ?即席ラーメンは大災害時の強い味方だからな。」

 

「成程ね……だが、カップ麺や即席麵には熱湯が必要ではないのかな?」

 

「其れはあくまでもメーカーが推奨してるモノであって、時間を掛ければ熱湯じゃなくても調理は出来るんだ――ぶっちゃけ、時間さえ掛ければ水でも普通に調理出来るからな。

 野菜ジュースやトマトジュースで作ると水で作った場合よりも美味しいって前にテレビでやってた気がする。」

 

「即席麵も中々に奥が深いみたいだね……」

 

 

夏月がアミューズメントゲームでゲットしたバケツサイズの容器にこれでもかと敷き詰めらたインスタトラーメンはトンデモない数だったのだが、其れは非常食として使える上に、賞味期限が迫って来たら迫って来たで、夏月の料理スキルによって様々なアレンジが加えられ苦労せずに消費する事が出来そうである。

 

其の後、夏月はシャワールーム、ロランは大浴場でのバスタイムを満喫し、後は寝るだけなのだが……

 

 

「ロラン……何で俺のベッドに居るんだ?」

 

「君と一緒の夜を過ごしたかった、其れではダメかい?」

 

「いや、ダメじゃないけどさ……服も着てるし、まぁ良いか。」

 

 

夏月のベッドには『ハーフパンツ&タンクトップ』姿のロランがスタンバイしていた――中々に破壊力のある格好なのだが、其れでもその誘惑に負ける事無く落ち着いた対応をした夏月の精神力は途轍もないと言っても罰は当たるまい……取り敢えず、夏月のデート七連戦の初日は中々に良い結果だったと評価出来るモノだった。

そしてその夜、ロランは夏月の腕枕を心行くまで堪能したのだった――乙女協定を結んでいると言え、此れもまた同室に許された特権であると言えるだろう。

 

 

何れにしても、ゴールデンウィーク初日のデートで夏月と鈴の心の距離はグッと近付いた、其れは間違いない事だ。

とは言えゴールデンウィークはまだ始まったばかり、残るデート六連戦もきっと思い出に残るモノになり、夏月と乙女協定のメンバーとの絆もより強固なモノになるのは確定事項であると言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode23『ゴールデンウィーク二日目~コスプレを楽しめ~』

本気のコスプレを見せてやるぜ!By夏月     コスプレイベント、とっても良いわねBy楯無     これは楽しそうだByロラン


ゴールデンウィーク二日目。

本日夏月とのデートとなっている簪は、大浴場で朝風呂を満喫していた――眼鏡型デバイスと専用機を外した姿と言うのは普段の簪とはまた違った魅力があると同時に、眼鏡型デバイスがなく、普段は頭部にアクセサリの様に装着されている待機状態の専用機の一部がない状態だと(ある意味常時部分展開しているようなモノだが、此方の方が眼鏡型デバイスの感度が良くなるとかなんとか……)楯無とよく似ており、髪型が同じだったら目尻の角度で判断する以外に判断方法は無いと言っても過言ではないだろう。

今でこそ髪型やらその他諸々の違いから楯無と簪はパッと見其れほど似ている様には見えないが、幼い頃は『双子か?』と思ってしまう位にそっくりで、『活発な方が刀奈、大人しい方が簪』と認識されていた時期すらあったりするのである。

 

それはさておき、現在大浴場に居るのは簪一人だけなのだが、この大浴場を一人占めと言うのは中々の贅沢であると言えるだろう。普段ならば部活の朝練後の生徒も居たりするのだが、ゴールデンウィーク中は朝練を行っていない部活の方が多く、帰省している生徒も多いので大浴場を独占出来ていると言う訳だ。

 

 

「簪ちゃん、一緒に良いかしら?」

 

「お姉ちゃん……うん、良いよ。」

 

 

其処にやって来たのは簪の姉にしてIS学園の生徒会長であり、現更識家の当主である『第十七代更識楯無』こと、更識刀奈だった。

簪の隣に腰を下ろして湯に浸かった彼女は一つ欠伸をしてから両手の指を組んだ状態で腕を真っ直ぐに伸ばす――如何やら大浴場に来る前に、軽く一仕事片付けていたらしい。とは言ってもそれは恐らくデスクワークだろうが。

 

 

「……夏月と織斑君が入学したから今年は忙しい?」

 

「ん~~……そっちは其れほどでもないのだけれど、問題は織斑千冬ね。

 クラス対抗戦での一件で少しは改善してくれれば良いと思ったのだけれど、本音から聞く限りでは全く変化がないし、夏月君の話を聞くと寧ろ悪化してるような気がするのよね……此のまま行けば恐らくそう遠くなく一年一組の担任を外される時が来るでしょうけど、其の時に彼女の信奉者達が黙っていないであろう事を考えると色々対策も練らないといけない訳よ……で、ゴールデンウィーク最終日前には草案を纏めちゃおうと思って、昨日は略一日部屋に缶詰めで寝たのは今日の一時半で、其れでもって五時に起きて一仕事して来たって訳。

 楯無を継ぐために色々やって来た私じゃなかったら今日は丸一日寝て過ごす事になったと思うわ。」

 

「私の想像以上に忙しかったみたいだね……」

 

「そうねぇ……でも、リフレッシュの為の朝風呂を簪ちゃんと御一緒出来たんだから疲れなんて一気に吹き飛んでエネルギー満タンよ!……って、時に簪ちゃん今日は夏月君とデートなのよね?

 参考までに何処に行くのか教えて貰っても良いかしら?」

 

 

如何やら千冬とその信奉者のせいで楯無は可成り忙しい身であるらしい……学園内だけでなく、現日本首相の『亀志打総理大臣(誤字に非ず)』からも、『政府内の織斑千冬の信奉者を何とかして欲しい』と更識に依頼が来ているので尚更だ。――因みに第二回モンド・グロッソの際に『一夏が誘拐された事』を千冬に知らせなかったのは政府内の千冬信奉者であり、其れが週刊誌にすっぱ抜かれた時には内閣支持率は超絶下落してしまったので、政府としても千冬信奉者を完全排除するための材料を探しているのだろう。

其れ等をゴールデンウィーク六日目までに終わらせようとしている辺り、楯無は夏月とのデートを後顧の憂いなく行いたいのだろう。

で、簪に今日の夏月とのデートは何処に行くのかと聞いてみたのだが……

 

 

「秋葉原のイベントにだけど……何でそんな事聞くの?」

 

「私と夏月君のデートって一番最後でしょう?だから、出来るだけ行き先が被らないようにしたいのよね。」

 

「成程納得。」

 

 

楯無のデートはゴールデンウィーク最終日であるため、単純計算で六つのデートスポットが使えないと言う中々のハードモードだったりするのだ。夏月はデートコースが被っても文句は言わないだろうが、だからと言って其れを是と出来ないのが恋する乙女の複雑な心境と言うモノなのだ。

 

 

「それじゃあ、今日のデート楽しんでらっしゃいな♪」

 

「うん。」

 

 

暫し姉妹の時間を過ごした後でバスタイムは終了となったのだが、着替えたその後で簪が脱衣所にあるソファーで楯無にマッサージを施して更に疲れを癒してたりもした……楯無として忙しい事もある姉の為に、簪はネットやら本を読んでマッサージを会得していたのだ。

そのマッサージの効果は覿面で楯無の疲労は完全に吹き飛んだのだが、簪のマッサージのあまりの心地よさに楯無は何とも艶のある声を漏らしてしまい、その結果『早朝の大浴場から更識会長の嬌声が聞こえて来た』との噂が立つ事になったのは、まぁ仕方ないだろう――この噂を消し去るために、楯無が更に忙しくなったのも仕方あるまいな。暗部の当主にして生徒会長も中々に大変であるらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode23

『ゴールデンウィーク二日目~コスプレを楽しめ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デートの待ち合わせ時間は、ロランを除いて『モノレールの駅にAM9:00』と決めてあり、夏月は昨日と同様に十分前にはモノレールの駅にやって来ていた。

ロランだけが待ち合わせから除外されているのは、彼女は夏月と同室である事から『駅での待ち合わせは不要』と判断されたからだった――同室のアドバンテージがあるロランだが、其れは逆にデート当日のお洒落も最初からみられる事にもなり、待ち合わせ場所で見た時のドキドキ感は得られないと判断されて、同室と言うアドバンテージと相殺されたと言う訳だ。

因みにロランが夏月と同室である事で得られる最大のアドバンテージは、『日祭日は三食夏月の料理が食べられる』と言うモノであっても過言ではないだろう。

序に本日の朝食は『混ぜ込み鮭ワカメご飯』、『焼きウィンナー』、『焼きナス』、『豆腐とえのきと卵の味噌汁』、『冷凍小松菜の辛し和え』だった――焼きウィンナーと焼きナスはオーブンペーパーを敷いたテンパンで一緒に焼いたので見事に手間を省いている見事なモノだった。

 

 

「ゴメン、待たせたかな?」

 

「いや、そんなに待ってねぇから気にすんな。待ったつっても精々カップヌードル半個分の時間だからな。」

 

 

ゴールデンウィーク二日目の夏月と簪のデートはこんな感じで始まった……夏月の待ち時間の伝え方が少々特徴的ではあるが、此れも夏月なりのユーモアと言うモノなのだろう。尚、カップヌードルの量を半分にしても一分半で調理は出来ないので悪しからず。

 

で、本日の夏月と簪のファッションコーディネートはと言うと、簪はスカイブルーのハイネックの長袖シャツにピンクのプリーツスカートを合わせ、ダークグリーンの短ベストと言うモノであり、上半身を大人締めに纏めながらスカートで華やかさを出すモノだったのに対し、夏月は黒のスラックスに黒の半袖Tシャツと言う極めてシンプルなコーディネートだった。

黒は没個性とも言われるのだが、夏月の場合は黒を完璧に着こなしているので没個性にはならず、逆に夏月の魅力を引き出しているとも言えるのだが……

 

 

「夏月、そのTシャツは何?」

 

「ネットで買ったんだけど、此れ結構よくない?」

 

 

本日夏月が着用している黒のTシャツには前面に白で『法律が許しても俺が許さない!』とプリントされていたのだ(因みに実在品です。)……普通に考えたらナンともアレなデザインではあるのだが、確かにインパクトだけなら間違いなく最強クラスだろう。

特に法で裁く事が出来ない千冬と言う存在の事を考えると、此のTシャツは夏月の決意が現れたモノであるのかもしれない。

まぁ、夏月は此れの他にも黒地に白字で『I♡社長』、『気軽にご相談下さい』、『そう、俺だ!』と入ったTシャツも持っているので若干特殊な趣味があるのかもしれないが。

 

 

「うん、とっても良いと思う。」

 

「だろ?んで、先ずは何処に行く?」

 

「先ずは秋葉原。」

 

 

夏月が直接口にした訳ではないが、簪も何かを感じ取ったのか其れ以上は突っ込まずに、本日のデートの行き先を告げる――その行き先は、嘗ては日本一の電気街として栄え、現在はアニメ、漫画、ゲームと言ったサブカルチャーの聖地となっている秋葉原だった。

モノレールで本土に移動した二人は、上野駅までバスで移動してから山手線で秋葉原に向かったのだが、その車内では、夏月が簪が痴漢の被害に遭わないように簪の後ろに陣取り、簪以外に殺気を飛ばしていたので簪が痴漢に遭う事はなく無事に秋葉原に到着したのだった。

 

 

「秋葉原に無事到着した訳なんだが……なんか、レイヤーさん多くないか?」

 

「実際に多いよ。今日は年に一度秋葉原で行われるコスプレの一大イベントだから……だから、今日はトコトンまで付き合って貰うよ夏月。」

 

「まぁ、そうなるよな。」

 

 

本日、秋葉原では『国内最大』とも言われているコスプレイベントの真最中であり、簪は此のコスプレイベントに夏月と参加する為に秋葉原にやって来たのだ――ゴールデンウィークの二日目がイベントの初日だったと言うのは簪にとっては嬉しい誤算だったと言えるだろう。

コスプレイベントの楽しみは、道中で出会うレイヤーさんとの交流なのだが……

 

 

「簪、アレはアリなのか?」

 

「ギリギリのグレーゾーン……そうとしか言えない。」

 

 

その道中で擦れ違ったレイヤーに夏月は思わず突っ込みを入れずには居られなかった――と言うのも、其れは三人組で、『ストリートファイターシリーズ』の、ザンギエフ、エドモンド・本田、サガットのコスプレをしていたのだが、気合に気合が入り過ぎて『肌色キャラのコスプレをする場合は肌色のストッキングやタイツを着用する』と言う暗黙の了解をぶっちぎり、ガチで上半身裸だったのだ……コスプレと言う事でポリスメンに引っ張られはしないだろうが、高クオリティを目指した結果限界突破するとトンデモナイ事になってしまうらしい。何事もやり過ぎには注意である。

 

 

「んじゃ、後でな。」

 

「うん、後で。」

 

 

会場入り口で手荷物検査を終えた夏月は簪から衣装の入った紙袋を受け取ると夫々更衣室に向かい、そして室内でコスプレ衣装に着替える訳だがコスプレ衣装は普通の服とは違って特殊な構造をしていたり装飾品や装備品もあったりするので着替えるのに時間が掛かってしまうのは仕方ないだろう。

更衣室に入ってからおよそ十分後、夏月も簪もコスプレ衣装に着替えて再び会場内に登場だ。

 

 

「うん、ヤッパリ夏月には良く似合ってる。その衣装を作って良かった。」

 

「そうか?まぁ、衣装を作った簪が似合ってるって言うなら間違いないけどよ。簪も良く似合ってると思うぜ?」

 

 

コスプレ衣装は簪が自作したらしいのだが、『既製品を使わずに衣装を自作してこそ真のコスプレイヤー』とも言われるので、簪もオタク趣味が高じた結果コスプレ衣装を手作り出来る『真のコスプレイヤー』となったのだろう。

そんな簪が本日用意したコスプレ衣装は、夏月が『閃の軌跡』シリーズの主人公『リィン・シュヴァルツ』で簪は『リリカルなのはシリーズ』の『リィンフォース・ツヴァイ』だった。作品は違うが『ダブル・リィン』となっている辺り完全に狙ったのだろう。

 

 

「リィンも良いけど、俺の顔の傷の事考えたらFFⅧのスコールの方が良かったんじゃないか?」

 

「其れも考えたんだけど、夏月とリィンって声が良く似てるから今回はこっちにした。スコールの衣装は夏コミで……夏コミに向けてお姉ちゃん達の衣装も作って行かないとだね。」

 

「夏コミにコスプレ参加は決定事項なのな……『お姉ちゃん達』って事は俺と楯無さんだけじゃなくてロラン達も参加させられる訳か――どんなコスプレ衣装が出来上がるのか楽しみではあるな。」

 

 

会場内には様々なコスプレをしたコスプレイヤーと、コスプレイヤーの撮影を目的としたカメラマンが多数来場しておりそこかしこで撮影会が行われている――特にネットでコスプレ活動を積極的に配信しているコスプレイヤーの元には長蛇の列が出来る程である。

また、其処までの長蛇の列は出来なくとも完成度の高いコスプレイヤーには自然とカメラマンが集まって来るモノであり、夏月と簪も適当に会場を回っていると四、五人ほどのカメラマンから『撮影お願い出来ますか?』と声を掛けられ、断る理由もないので快諾してミニ撮影会が始まった。

異なる作品のコスプレをしている場合、単体ずつの撮影となる事が多いのだが、夏月と簪に声を掛けて来たカメラマン達は二人が『作品の枠を超えたダブル・リィン』である事に気付き単体の写真だけでなく二人揃っての写真も撮影していた。

勿論撮影ではポーズの注文もあったのだが簪に対しての『魔法を放つポーズ』も簪は可成り高いレベルで要求に応えていた。

アインス、ツヴァイ問わずリインフォースのコスプレをするコスプレイヤーの多くは『闇の書』、『蒼天の魔導書』も自作してるのだが、其れは何れの場合も手で持つモノであり、『魔法を放つポーズ』の際もページを開いた状態で手に持っているのだが、簪は其処から一歩踏み込んだ作り込みをしており、透明のアクリル版で作った『手首に装着出来るブックスタンド』を装着して作中の『魔導書が浮いている状態』を略完璧に再現していたのだ。

夏月には圧倒的に『居合いの構え』の要望が多かったのだが、此れも夏月にとっては特に問題は無い事だった。居合いは夏月が剣術の中で最も得意としているモノであり、その構えは自然体でありながら隙は無く、『本物の剣士』から放たれる『剣気』にはカメラマン達も戦慄した位だ……居合いの構えをした夏月の周囲に揺らめくオーラのようなモノが見えたのは見間違いではないだろう。後日、写真をプリントアウトしたカメラマンは夏月の周囲に揺らめいていたオーラも写真に収めていた事に驚く事になるのだが。

夏月と簪二人揃っての撮影では、これまた色々な注文が出された。

『魔法を放とうとしているツヴァイと、居合いを放とうとしているリィン』、『戦うリィンとツヴァイ』、『蒼天の魔導書に興味を示すリィンと、魔導書を開いて見せるツヴァイ』等々の注文に対し、夏月と簪は完璧とも言えるポーズを決めてカメラマン達を満足させていた。

 

ミニ撮影会が終わった後は、また会場内を適当に回っていたのだが……

 

 

「其処のリィン君、ちょっと良いかな?」

 

「其処のリィン、ちょっとえぇかな?」

 

「俺?」

 

「私ですか?」

 

 

夏月は『空の軌跡』の『エステル・ブライト』のコスプレをした女性に、簪は『リリカルなのはシリーズ』の『八神はやて』のコスプレをした女性に声を掛けられた――話を聞いてみると、どうやら彼女達は夫々『軌跡シリーズオールスター』、『リリカルなのはシリーズオールスター』での撮影をお願いされたらしく、そのシリーズのキャラクターのコスプレをしているレイヤーを集めたのだが、リィンとツヴァイだけが中々見つからず、漸く見つけた夏月と簪に声を掛けて来たとの事だった。

其れを聞いた夏月と簪は断る理由もないので其れを快諾し、無事に大人数の集合写真の撮影は行われ、夏月と簪は大いに感謝されたのだった――撮影後にメールのアドレス交換をしていた簪はオタ友を増やしていたみたいだったが。

 

その後も適当なミニ撮影会を何度か行っている内にランチタイムとなり、夏月と簪は会場の出入り口で整理券を受け取ってから会場の外に。出入り口で整理券を受け取れば、コスプレをしたままで会場の外に出る事も可能になっており、現にランチタイムには多くのコスプレイヤーが秋葉原の街に繰り出していたのだ。

 

 

「んで、何処で飯食うんだ?秋葉原だからやっぱメイド喫茶か?」

 

「其れも良いけど、喫茶店のメニューじゃ夏月は満足出来ないでしょ?だから本日のランチは、このメイドレストラン『メイドの土産』で摂る事にする。」

 

「店の名前が突っ込みどころしかねぇな。」

 

 

夏月と簪がやって来たのはメイド喫茶ならぬメイドレストラン。

メイド喫茶とは異なり、カフェメニューではなく本格的な定食屋やファミリーレストラン並のメニューを揃えている店なのだ――メイドレストランと言う事でホールスタッフは全て女性で全員がメイド衣装を来ている訳だが。

 

 

「「「「「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様。」」」」」」」」」」

 

 

最早お決まりとなっている入店時の挨拶を受けた夏月と簪はウェイトレスに案内されたテーブルに着くと、ウェイトレスから『本日のランチメニュー』を聞いた上でメニュー表をめくって行く。因みに本日のランチメニューは『恋する豚のヒレカツ定食』、『燃え盛る愛のビーフカレー』、『メイド特製萌え萌えオムハヤシ』である。

暫しメニューを眺めた夏月と簪だったが、程なく注文が決まったらしく、インターホンでメイドウェイトレスを呼ぶと早速注文して行く。

 

 

「私は燃えさかる愛のビーフカレーと単品で『萌え萌えチキンバスケット』をお願いします。」

 

「俺は、恋する豚のヒレカツ定食をダブルでライス特盛。そんで単品で『メイドのまかないチキン南蛮』、『萌えたろ?寧ろ萌えとけフライドポテト』、『愛の直火焼きステーキ』で」

 

 

夏月のオーダーがぶっ飛んでいるのは何時もの事なので簪は驚かなかったが、周囲の客とウェイトレスは驚いていた……よもや此れだけの注文をする者が居るとは思わなかったのだろう。

 

 

「畏まりました。ステーキの焼き加減とソースは如何なさいますか?」

 

「焼き加減はレアで。ソースは和風おろしソースでお願いします。」

 

 

其れでもウェイトレスは驚きを顔には出さずに業務を続けたのだから中々のプロ意識の高さであると言えるだろう――『此の程度で驚いていては到底メイドは務まらない』と考えているのかもしれないが、其れは其れで見事にメイドになり切っていると評価出来る事である。

程なくして注文したメニューが運ばれてきてランチタイムスタート。

 

 

「「いただきます。」」

 

 

料理を口に運んだ夏月は、少しばかり意外な顔をした。

と言うのも、この手の店は内装やスタッフの衣装には凝っているモノの、料理に関しては冷凍品などを使っている場合が多く『そこそこの味』である事がお決まりみたいなモノなのだが、此の店の料理はちゃんと作られていたからだ。

カツやフライドポテトなんかは店の回転率を上げる為に『揚げるだけ』の状態にはなっているのだろうが、其れでも其処までの工程は丁寧に作られている事が分かるモノであり、意外であると同時に満足出来る味でもあったのである。

 

 

「想像してたよりも美味いな?此れなら満足出来るぜ。……時に簪、カツ一切れやるからチキンバスケットの唐揚げ一個くれないか?」

 

「二つあげるから、ステーキも一切れ欲しい。」

 

「OK、交渉成立だ。」

 

 

こんな感じでランチタイムは過ぎて行ったのだが、仲睦まじく美少女とランチタイムを楽しんでいる夏月には、此の店のウェイトレスに会う事が日課となっている非モテの陰キャオタクからは羨望、嫉妬、呪怨と言った感情が込められた視線が向けられていた……序に夏月は容姿も良いので其れが更に彼等の負の感情を大きくさせてしまっているのだろう。

尤もそんな視線を向けられている夏月は全然平気と言った感じだ。中学時代は更識姉妹と一緒に登下校をしていた事で同等の視線は何度も向けられて来たのでスッカリ慣れてしまっているのと、七人も恋人が出来た事で此れから先街に出ればこんな事は更に多くなると思っていたので、そもそも気にする事すら止めているのだろう――付け加えておくと更識の仕事で何度も修羅場を潜り抜けて来た夏月からしたら、素人の敵意の籠った視線なんぞ蚊に刺された程度も感じないのである。

外野の視線をガン無視しながらランチタイムを楽しみ、ランチメニューに付いて来る日替わりデザートも美味しく頂いた。

本日の日替わりデザートは『萌えるメイドのクリームブリュレ』だったのだが、此れも少し趣向が凝らされており、ウェイトレスが客の目の前で耐熱容器に入ったカスタードプリンの上に生クリームをトッピングしてからグラニュー糖と洋酒を塗し、最後に小型のガスバーナーで表面を一気にブラストバーンしてこんがりと焼き固め、シロップ漬けのフルーツとチョコレートブラウニーを添えて完成だ。客の前で最後のワン工程を行い、出来立てを提供すると言うのも中々面白い趣向だろう。……夏月はまさかのガスバーナーの登場に、『此れは萌えるメイドじゃなくて、燃やすメイドだろ。』と突っ込んでいたが。

会計後は、この手の店のお約束とも言える『メイドさんとの記念撮影』もバッチリ行い、ウェイトレスとのツーショットだけでなく、夏月と簪とウェイトレスの三人でのスリーショットも撮って貰っていた。序に『メイドの土産』の店名に偽りなく、記念撮影後には『お土産』としてウェイトレスの手作りクッキーを渡されたのだった。

 

ランチタイムを終えた夏月と簪は午後の部に向けて会場へと足を進めていたのだが……

 

 

「あれ、昨日のお兄さんじゃん?なになに、今日は別の子とデート?」

 

 

その途中でアクセサリを売っている露天商から声を掛けられた――偶然にも、昨日の鈴とのデートでアクセサリを買った露店が、今日は秋葉原に出店して商売を行っていたのである。

 

 

「昨日の……あぁ、あの店か。よく俺の事分かったな?」

 

「其れだけ顔に大きな傷跡のある人なんて早々居ないからねぇ、一発で分かっちまったぜ?

 にしても昨日はツインテールの美少女で、今日は青髪の美少女とデートとはお兄さん割とプレイボーイだなぁ?モテる男の特権かもしれないけど、後ろから刺されても知らないよ~~?」

 

「其れを俺が別の女の子と一緒に居る場面で言う辺り、アンタも割と良い性格してるよ……だが、ソイツは心配御無用だ。俺が複数人と交際してる事は、交際相手全員が同意済みだ。てか、交際相手全員から同時に申し込まれて『全員と付き合っても全然問題ない』って言われたし。」

 

「因みに私を含めて交際相手は全部で七人。そしてその内一人は私のお姉ちゃん。」

 

「ぬわぁんだとぉ!?」

 

 

昨日とは違う相手とデートをしている夏月に対して爆弾を落とした心算だった露天商は逆に『交際相手の合法ハーレム(要約)』と言う核爆弾の雨……であろうとも全て撃ち落とすフリーダムガンダムのハイマットフルバーストのカウンターを喰らってしまう結果となった。

まさかのカウンターに度肝を抜かれた露天商だったが、其処ですぐさま『だったら昨日の子だけじゃ他の子に悪いから、何か買ってあげたら?』と言って来たのは、流石の商売人魂と言ったところか。

夏月も『其れもそうだな』と、クロスの飾りが付いたチェーンチョーカーを二つ購入し夫々に名前を彫り込んで貰った。

 

 

「交際相手が七人も居るってなると、ゴールデンウィークの七連休は毎日デートかい?」

 

「そうなってるな。……案外、その七日間毎回何処かでアンタと会う事になったりしてな。」

 

「そうなってくれると俺としては嬉しい限りだけどねぇ?なんたってそうなれば毎日確実に二つは売れる事になる訳だからな……こりゃ、最低でもあと五種類はアクセサリのバリエーション増やさないとだぜ。

 さてと、ホイ名前入れ終わったぜ。」

 

 

露天商とのまさかの再会だったが、お揃いのアクセサリを購入した夏月と簪は改めて会場に向かい、会場入りすると簪はコインロッカーから新たな紙袋を取り出して夏月に渡して来た。

中身はコスプレ衣装なのだが、午後の部は午前中とは別の衣装でと言う事なのだろう。

其れを受け取った夏月は更衣室で新たなコスプレ衣装に着替えて午後の部の会場に出撃!!夏月が会場に出ると、簪も着替え終わって更衣室から出て来た所だった。バッチリのタイミングで着替え終わるとか、中々に以心伝心なのかも知れない。

午後の部の夏月の衣装は『東亰ザナドゥ』の『高幡志緒(Sウェア)』で、簪の衣装も『東亰ザナドゥ』の『北斗美月(Sウェア)』であり、午後の部は同作品で衣装を揃えて来た感じだ。

夏月は金髪で長髪のウィッグを装着しているのだが、顔の傷もあってオリジナルの志緒よりも見た目の威圧感が増しているモノの、其れが逆に良かったのかカメラマン達が殺到する事態となっていた。

志緒と美月の組み合わせは非公式ながらファンの間では『カップル』として認識されている事も注目された一つの要因と言えるだろう……そして、衣装だけでなくソウルデヴァイスまで簪が手作りしたと言うのだから驚きである。

午後の部もカメラマン達からの要望に応えていた夏月と簪だが、時刻が十五時になろうかと言う所で簪が撮影会を途中で終わらせて夏月を会場中央にあるステージまで連れて来た。

 

 

「簪、如何したんだよイキナリ?」

 

「此処からが此のイベントのメインイベント……ステージ上にエントリーしたコスプレイヤーが現れて己の衣装をアピールして、そしてグランプリを決めるの。私は夏月と一緒にエントリーしてるから、ね?」

 

「ステージイベントってか……OK、どうせならグランプリとっちまおうぜ。」

 

 

其れは此のコスプレイベントのメインイベントであるステージイベントに参加する為だった。

エントリーした参加者がステージ上で夫々自慢のコスプレ衣装を披露し、コスプレをアピールするためのちょっとしたアピールタイムも設けられているので、其処でドレだけアピール出来るのかも大事なポイントとなって来るだろう。

エントリーしたコスプレイヤーが次々とコスプレ衣装を披露し、見事なアピールをして行く中で遂に夏月と簪の番がやって来たのだが……

 

 

「簪、ちょっと失礼するぜ。」

 

「夏月……きゃあ!」

 

 

なんと夏月は簪をお姫様抱っこしてからステージイン!

非公式ながらファンからカップル認定されている志緒と美月のコスプレをした二人組が、志緒コスの男性が美月コスの女性をお姫様抱っこしてステージインしただけでもインパクトがハンパないのだが、コスプレ衣装を披露した後は、クロスドライブ発動時のセリフを発した後に、志緒メインのXストライク&ストライクチェインを見事に再現して見せたのだ……志緒のXストライクの演出を完全再現する為に夏月は、『専用機にサポートして貰って人外のハイジャンプを行う』と言う割とトンデモナイ反則技を使っていたのだが、此れは『男性IS操縦者』にのみ許された反則技であると言えるだろう。

そして、このインパクト絶大のパフォーマンスが審査員の印象に残ったのか、夏月と簪は見事にグランプリを獲得し、『キング・オブ・コスプレイヤー』の称号とグランプリ認定の『金の盾』を贈呈されたのだった……因みに、ステージ上の夏月と簪はカメラマン達がバッチリと撮っており、撮影会が途中で打ち切られた埋め合わせをバッチリとしてみたいである――カメラマンの執念と根性も凄いモノがあると言える。

 

グランプリを取った夏月と簪にはステージイベント終了から更にカメラマンが殺到して、イベント終了の十八時まで撮影会が行われる事になったのだが、その撮影会は夏月も簪も楽しんでいたので特に問題は無いだろう。やや無茶振りとも思えるポーズにも可能な限り答えていたと言うのは、ISバトルを行う上でのエンターティナーとしての意識が働いたのかもしれないが。

 

イベント終了後、そろそろ夕食に良い時間だったので、夏月と簪は上野駅まで移動した後、上野駅のラーメン店『ラーメン粋家屋』で夕食を摂る事にした。

白菜が入った塩ベースのスープのラーメンはアッサリでありながら、その奥には鶏ガラと煮干しで取った上品なコクがあるモノで実に満足出来た。サイドメニューの餃子も皮はパリパリ、中身はジューシーで此方も非常に満足のいくモノであったようだ。

夕食後は、駅前のホビー店を訪れ、夏月がデート記念として簪に『MGEXストライクフリーダムガンダム』をプレゼントした……デート記念にガンプラってのは如何かと思うだろうがガチオタの簪には此の上ないプレゼントであるのでマッタク問題ないのだ。夏月の財布から諭吉さんが二枚ほど飛んで行ったが、簪の喜ぶ顔が見れたので夏月からしたら安いモノだった。

 

 

「夏月、今日は楽しかったよ。」

 

「なら良かったぜ。コスプレってのも偶には良いかもな?」

 

「コスプレの楽しさと奥深さを知って貰えたら、私も嬉しい。……今度は皆も一緒に、ね?」

 

「あぁ、今度は皆も一緒にだな。」

 

 

上野駅からバスで学園島に向かうモノレールの駅までやって来た所で、簪が今日のデートは楽しめたとの事を伝えると同時に夏月の頬にキスをする……夏月のファーストキスはヴィシュヌが貰う事が決まっている以上、此れが簪に出来る精一杯なのだが、其れでも夏月にはその気持ちは充分に伝わったと言えるだろう。

今日のデートで、夏月と簪の距離はグッと縮まり、その絆が強くなったのは間違いないだろう……と言うか、其れは確定事項であるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんうん、良いねぇ青春してるねかっ君達は!

 七連続デートってのもかっ君だから出来る事だよね……でもって、嫁ちゃん達が本気でかっ君の事を愛しているからこそ其れが可能になってる訳だ――なら、束さんは君達の事をサポートさせて貰うよ……勿論しゅー君と箒ちゃん、セッちゃんの事もね。」

 

 

束のラボでは、束が如何やら夏月と簪のデートを超小型のドローンカメラでリアルタイムで見ていたみたいだが(勿論昨日の夏月と鈴のデートもバッチリ見てました。)、見事に青春を謳歌している夏月の姿を見て感動すると同時に何かを考えているみたいだった。

そして、束のパソコンのモニター上には夏月達が使っている『騎龍シリーズ』の強化案だけでなく、ヴィシュヌとグリフィンの専用機の強化案(騎龍化)と、白式とブルー・ティアーズの強化案、そして新機体の設計図が映し出されていた。

 

 

「臨海学校が最初のターニングポイントになるのかもしれないけど、でも其れ以上に警戒すべきはコイツ等かもな。

 特にドイツの眼帯チビは、アイツの影響受けまくってる可能性がありまくりな訳だしね。如何考えてもかっ君としゅー君に悪影響しかなさそうじゃんよ。」

 

 

そして其れとは別に束柄のPCのモニターには『ゴールデンウィーク明けにIS学園にやって来る』二人の生徒の情報が映ってた――一人はドイツ出身の銀髪眼帯少女で、もう一人は金髪を一つに纏めた中性的な容姿の人物だった。

 

 

「ま、コイツ等なんてかっ君達の足元にも及ばない連中に決まってるだろうけど、かっ君達にマイナスになる『何か』をやる事になったその時は、束さんが直々に天罰食らわしてやるからその心算で居ろよ?束さんは、大事なモノを守るためならどこまでも冷徹で残酷になれるからね。

 其れよりも、もうちょっとドローンのカメラの解像度上げたいなぁ?其れから望遠機能も強化しとこうか?どうせならかっ君達やしゅー君達のデート映像は超高画質で録画して保存しておきたいからね!」

 

 

大分物騒な事を言っていたが、其れは逆に言えば束が其れだけ夏月と嫁ズの事を大切に思ってる事の現れと言えるだろう――束の加護とか、冗談抜きで凄い事と言えるのだが、その束が本気を出せばフランスからの留学生の正体もあっと言う間に明らかになるだろう。

……ドローンのカメラに関しての彼是は普通に考えて『盗撮』以外のナニモノでもないのだが、束自身は盗撮している心算はマッタクなく、『大切な弟分と妹分達影から見守っているだけだよ~♪』との認識なので指摘したところで徒労と言うモノだろう……夏月達も夏月達で『束さんだから』と納得してしまうのが問題であるのかもしれないが。

 

 

因みに、メイドレストラン『メイドの土産』で『お土産』として貰ったクッキーは、夏月はロランと一緒に『夜のお茶会』のお茶請けとして食し、簪は仕事中の楯無に差し入れてめっちゃ感謝され、差し入れを貰った後の楯無の仕事スピードは数十倍にまで跳ね上がったとかなんとか。

 

まぁ、其れは其れとして、ゴールデンウィーク二日目の簪とのデートも大成功で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode24『ゴールデンウィーク三日目~乱の音と聖地巡礼~』

今回は『ガルパン』タグも必須かもなBy夏月     まあ、其れは確かにBy楯無     だけど当作品はあくまでもIS二次創作だからねByロラン


ゴールデンウィーク三日目。

本日は夏月は乱とのデートなのだが、其れとは別に早朝のトレーニングは欠かさず、そしてトレーニング後は朝食の準備に取り掛かり、寝起きのシャワータイムを終えたロランとの朝食と言うのは最早休日のお決まりとなっていた。

因みに本日の朝食メニューは発芽玄米ご飯にそぼろ納豆、洋風冷奴(長ネギの代わりに玉ねぎの微塵切りをトッピングしてオリーブオイルと醤油を掛けた)、鯖の味醂干しのグリル焼き、長ネギとワカメと油揚げとなめこの味噌汁と言うラインナップだった。

 

でもって、朝食タイムを終えた夏月は着替えてモノレールの駅に。

待ち合わせ時間の十五分前にモノレールの駅にやって来た夏月だが、待っている間はスマホのゲームをプレイして時間を潰していた……スマホゲームの『遊戯王マスターデュエル』で、十五分の間に『青眼デッキ』で十連勝を達成した夏月はデュエリストとしても可成り高い腕前である事が分かると言うモノだ。

 

 

「お待たせ、夏月。」

 

「マスターデュエルで時間潰せたから、あんまり待ったって自覚はねぇな。」

 

 

待ち合わせ時間の五分前に乱がモノレールの駅に現れたのだが、夏月はマスターデュエルでのデュエルに夢中だった事で、『待った』とは思っていなかったようである……其れだけ集中出来ると言うのは、ある意味で凄い事ではあるのだが。

 

そんな夏月と乱の本日のファッションコーディネートはと言うと、夏月はブルージーンズに黒いTシャツを合わせ、其処に白のレザー製の半袖ジャケットを纏い、腰にはシルバー製のチェーンが装着されている――そして、其れだけでなく白いレザー製の半袖ジャケットの背には、赤で『滅』の一文字が刻印されていて、なんともインパクトがある物になっている

一方の乱は、七分丈のホワイトジーンズに薄紅色のタートルネックの袖なしシャツ、少し厚底のブルーのお洒落サンダルと言うコーディネートだ。髪を纏めているリボンも普段使っているモノとは違い、ラメ入りのキラキラとしたモノになってる。結構気合を入れて来たようだ。

 

 

「マスターデュエルやってたの?ドンくらい勝てた?」

 

「青眼デッキで十連勝中。流行りの強カテゴリー頼みのプレイヤーなんぞ俺の敵じゃございませ~ん。『ふわんだりぃず』を白石コストの目覚めの旋律から混沌龍、カオスMAX、究極亜竜の鬼展開で粉砕!玉砕!!大喝采!!!してやったわ!!」

 

「相変わらず遊戯王も鬼のように強いわねアンタは……まぁ、其れは良いわ。其れじゃあ早速行きましょうか?」

 

「オウよ。んで、今日は何処に行くんだ?」

 

「其れは目的地に着いてのお楽しみって事で。」

 

 

そしてGW三日目、乱とのデートが始まった。

学園島からモノレールで本土に行くと、上野駅まで移動して往復の特急券を購入し下りの特急列車『トキワ』に乗って一時間ほどで茨城県の水戸駅に到着。

往復の特急券を買った時に降車駅は水戸駅だと言う事は分かっていたので、夏月は今日の目的地は此処かと思ったのだが、一度改札を出ると券売機で新たな切符を買って、今度は鹿島臨海鉄道の大洗鹿島線に乗り換えて海方面を目指す。

 

 

「此処が、今日のデート場所?」

 

「そうよ!」

 

 

鉄道(大洗鹿島線は電車ではなくディーゼルエンジン)に揺られる事十五分程、到着したのは茨城県の大洗町であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode24

『ゴールデンウィーク三日目~乱の音と聖地巡礼~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降車した夏月と乱は階段を下りて駅の中に入ったのだが、其処でイキナリ凄いモノを見つけてしまった。

其れは階段を下りた先の開けた空間の壁に、『祝!大洗女子学園全国大会優勝!!』の横断幕が飾られていたからだ。其れも壁を覆い尽くさんばかりの勢いで。

 

 

「なんだ此れ?大洗女子学園って学校が何かの大会で全国制覇したのか?」

 

「違うわよ。

 そもそもにして大洗女子学園って学校は実在してなくて、此れってアニメの話なの。此の大洗って、あるアニメの舞台になってて、アニメで町興しを成功させた場所なのよ。」

 

「アニメの……って事は今日のデートってもしかして……」

 

「所謂『聖地巡礼』ってやつよ。一度やってみたかったのよね此れ。」

 

 

だが、其れは如何やらアニメの世界の話であったらしく、此の大洗はアニメで町興しを成功させた町でもあり、乱は所謂『聖地巡礼』をやってみたくてデートの場所を此処に決めたらしい。

聖地巡礼となれば他にも色々な場所があるだろうが日帰りで行けて充分楽しむ時間がある場所となると大洗以外には無かったのだ……他にも日帰りで行ける場所はあったのだが、日帰り出来るだけで楽しむ時間が充分にあるかと言われたら正直微妙だったのである。

 

 

「でも、其れなら羽田から茨城空港に行ってバスに乗った方が移動時間短かったんじゃねぇの?金は掛かるけど。」

 

「アタシもそう思ったんだけど、ネットで調べてみたら大洗鹿島線で大洗駅まで来て、歩いて大洗の町を散策するのが大洗の正しい聖地巡礼のやり方みたいなの。

 だから、アタシも其れに倣おうかなって。」

 

「聖地巡礼は正しい方法でって、簪もそんな事言ってたっけか。そう言えば、GW中だけどなんかイベントやってんの?」

 

「勿論やってるわよ、アニメの関連イベントを。

 そして夏月、アンタ割とプロレス好きだったわよね?」

 

「まぁ、好きだけどそれが如何した?」

 

「今日のイベントにはね、プロレスラーの蝶野正洋さんが来るのよ!因みに蝶野さんは茨城県の観光大使である上に、大洗を舞台にしたアニメの大ファンだったりもするのよね!」

 

「マジか!?其れは期待出来るな!」

 

 

GW三日目の本日はアニメ関連のイベントがあるらしく、そのイベントにプロレスラーの蝶野正洋が来る事を聞いた夏月は一気にテンションが上がったようだ……夏月は実はプロレスが大好きで、特に『闘魂三銃士』と呼ばれた世代はぶっちぎって大ファンだったので、その闘魂三銃士の一人である蝶野正洋がイベントにやって来ると聞けばテンションが上がるの致し方ないだろう。

駅から出た二人は、乱の『先ずは軽く聖地グルメを頂きましょうか?』との提案で駅近くのパン屋に入り、其処で『ガルパン』なる総菜パンを購入した。

コッペパンに焼きそば、ソーセージ、コロッケの『総菜パン三種の神器』をトッピングした最強の総菜パンは味も良く、夏月と乱は其れを食べながら移動し、やって来たのは大型の観光施設『大洗シーサイドステーション』だった。

複数のショップや食堂、レストランが入った所謂『ショッピングモール』なのだが、その外観は中々にインパクトのあるモノとなっていた。

 

 

「建物に描かれてるのって、アニメのキャラか?」

 

「そうよ♪」

 

 

道路に面した建物にはアニメのキャラがデカデカと描かれていたのだ――アニメで町興しに成功したと言うだけの事はあるだろうが、駐車場を外から見た夏月は驚く事になった。

駐車してある車の中にアニメのキャラのラッピングをしている車、所謂『痛車』があるのはアニメの聖地である事を考えれば別にオカシイ事ではないのだが……

 

 

「何で戦車があるし。」

 

 

其の駐車場には先の大戦で使われていたドイツ製の『Ⅳ号戦車H型』が停車していたからだ。勿論本物ではなく、本物そっくりに作られたレプリカであるが。

 

 

「此れも、此処が舞台のアニメで登場したモノだからよ。」

 

「戦車が登場して、しかも大洗女子学園って架空の学校が全国大会制覇するってどんなアニメだよ其れ?」

 

「ガールズ&パンツァー、通称『ガルパン』って言うんだけど、簡単に説明すると廃校の危機に直面した大洗女子学園が、廃校を回避する為に『戦車道』って言う戦車を使った架空の武術の全国大会で優勝を目指すって所かしら?

 で、此のⅣ号戦車は所謂『主役メカ』って訳。このH型は二度の回収を経て辿り着いた主役メカの最終形態って所ね。」

 

「話を聞いただけじゃイマイチ分からないから、今度簪に聞いてみるか……んで、DVDかブルーレイ持ってたら貸して貰おう。」

 

 

だが其れもまたアニメの影響らしかった……先程購入したガルパンが何処となく戦車っぽかったのと、予備知識なしの初見だと意味不明な商品名も、此れで納得出来たと言う所だ。

そして本日のイベントは此の『大洗シーサイドステーション』とすぐ隣の『大洗マリンタワー前広場』がメイン会場となっており、夏月と乱は特設ステージにより近いマリンタワー前広場に移動してイベントの開始を待つ――会場にはガルパンキャラのコスプレをしたレイヤーさんも居たので、其れを撮影するのも忘れずにだ。

 

 

『せーので、パンツァーフォー!』

 

 

イベントが始まり、先ずはアニメキャラの担当声優による歌が披露され、その後に主役担当の声優が挨拶をすると其れだけで会場は大盛り上がりとなり、会場のテンションは一気にギガマックスに限界突破だ。

其処からは声優さん達によるトークイベントが行われたのだが、そのトークイベントの最中、突如として鳴り響いた『クラッシュ』のBGMと共に登場したのは、『黒のカリスマ』としてプロレス界のみならず芸能界にまで多大な影響を与えている蝶野正洋、その人だった。

 

 

「ガッデーム!!」

 

「何で登場早々キレてんのよ……」

 

「其れが蝶野さんのキャラだからな。」

 

 

蝶野の登場でトークイベントは更に盛り上がったのだが、そのトークイベントだけでは終わらない――其れはイベント会場に特設リングが設営されているからだ。

トークイベントが終わったその後は、その特設リングにて蝶野正洋と大洗の御当地レスラー『オオアライダー』がタッグを組んで、茨城県の御当地ヒーロー『イバライガー』の宿敵である悪の秘密結社『ジャアク』の幹部である『ダマクラカスン』と手下の『青い人』とのタッグマッチが行われ、試合はヒールチームの極悪反則殺法を喰らった蝶野・オオアライダー組が窮地に追い込まれたが、ギリギリの土壇場で蝶野が青い人にカウンターのケンカキックをブチかまし、更にダマクラカスンにブレーンバスターをかました後にシャイニングケンカキックを叩き込んでSTFを極めると、オオアライダーが青い人をコーナーに振って側転エルボーを叩き込み、其処からフェースクラシャーに繋いでトドメはトップロープからのムーンサルトプレス一閃!そしてそのまま方エビ固めでピンフォールを奪い、見事に蝶野・オオアライダーのタッグが極悪ヒールチームを退けたのだった。

その後はサイン会が行われ、夏月と乱も主役の『あんこうチーム』のメンバーを担当している声優陣と蝶野から特製の色紙にサインを貰っていた。

 

 

「お前さん、世界初の男性IS操縦者だったよな?……色々と大変な事もあるだろうが、絶対に負けんじゃねぇぞオラァ!ガッデメファッキン、アー!!」

 

「御託は要らねぇ……俺だけ見てりゃいいんだ、ってか?」

 

「分かってんじゃねぇかオラァ!!」

 

 

そこで夏月は蝶野から『黒のカリスマイズム』を継承していたみたいだった――夏月は根っからのダークヒーローなので、黒のカリスマの後継者としては此れ以上の人材は居るまいな。

こうして夏月が二代目黒のカリスマに就任した後は、特設ステージ上で主役チームの担当声優と蝶野による『パンツァーフォー』の掛け声が行われ、会場も其れに合わせて『パンツァーフォー』を叫んだのでその一体感はハンパないモノであると言えるだろう。

で、イベントが終わると良い感じでランチタイムの時間となっていた。

この大洗シーサイドステーションには浜焼きが味わえるバーベキュー店や、地魚が味わえる寿司店等がテナントを展開しているのだが、乱が本日ランチに選んだ店は『トンカツレストランCookFan大洗出張所』だった。

 

 

「トンカツって、此れは此処じゃなくても食えるだろ?」

 

「そう思うでしょ?だけど、実は此処には『聖地巡礼グルメ』がある訳よ。」

 

 

まさかのトンカツ屋だったが、店内に入ってメニューを見た夏月は乱の言った事に合点が行った――メニューのトップには戦車の形を模した『ガルパンカツ』が堂々と掲載されていたのだから。

ガルパンカツには食べ切りサイズの一人前用と、二~三人前の『リアルサイズ』が存在しており、夏月は迷わず『リアルサイズ』を注文し、乱は食べ切りサイズを注文した。

そして注文からおよそ十五分後、注文したメニューが運ばれて来たのだが、夏月がオーダーした『ガルパンカツ・リアルサイズ』のインパクトはハンパなモノではなかった――アスパラとコロッケで回転砲塔を、リッツクラッカーで転輪を再現してるのは食べ切りサイズと同じなのだが、本体であるトンカツのデカさが食べ切りサイズとは比較出来ない位にデカかったのだ……夏月ならば余裕で食べ切るだろうが。

 

 

「実際に見るとインパクトハンパねぇな此れ……何となくだけど、グリ先輩だったら『要予約』って書いてあったマウスカツ(約八人前)も余裕で一人で平らげちまう気がするんだが、そう思うのは俺だけでしょうかね乱さんや?」

 

「いやぁ、グリ姐ならマウスカツ三つくらい余裕で行けるでしょ?こう言っちゃなんだけど、グリ姐はやろうと思えば学食のメニュー一周出来ると思ってるわアタシは。」

 

「あぁ、出来そうだな確かに……俺も大概食う方だけどグリ先輩には勝てる気がしねぇ。」

 

「あの人の胃袋は多分ブラックホールだからね……ま、其れは良いとして出来立ての熱いうちに食べましょ!頂きます!」

 

「頂きます!……ん?」

 

 

いざ食べようとしたところで夏月がテーブルの隅に割り箸や紙ナプキンとは異なるモノが置かれているのに気付いた。

其れは大きさ的にはメモ帳程度の大きさの紙なのだが、夏月が一枚手に持っていると其処には『ソースとすりゴマの相性が良いのは勿論分かっていますが、色々な調味料を用意してみましたので、あなたのおススメのカツの食べ方を教えてください!』と書かれていた。

言われてみると、テーブルにはソースと野菜用のドレッシングの他に、醤油、岩塩、チリパウダー、ガーリックパウダー、カレーパウダー、粗挽きコショウ、柚子七味唐辛子、花椒パウダー、五香粉などなど様々な調味料とスパイスが存在していた。

 

 

「ふむ……色々試してみるか。」

 

 

夏月はそう言うと、特大トンカツの半分にソースを、もう半分に醤油を掛けると、ソースを掛けた方のカツには一切れずつ、チリパウダー&ガーリックパウダー、カレーパウダー、粗挽きコショウを振り掛け、醤油を掛けた方のカツには一切れずつ柚子七味唐辛子、チリパウダー&五香紛、花椒パウダー&ガーリックパウダーを振り掛けて改めて食事開始!

 

 

「一切れずつ違う味ってのも面白そうね?アタシもやろうっと!」

 

 

乱も夏月の真似をして一切れずつ異なるスパイスを振り掛けて食べる事にしたみたいだが、乱の場合は既に擂り胡麻とソースを掛けていたので醤油をかける事は出来なかったが、乱はガーリックパウダー&カレーパウダー、粗挽きコショウ&チリパウダー、チリパウダー&ガーリックパウダー、チリパウダー&花椒パウダーと言った中々パンチのある組み合わせをやっていた。

サクッと揚がったカツは絶品でご飯とよく合い、小鉢の漬け物と付け合わせの味噌汁も美味しく食が進み、夏月はおかわり自由なご飯を三杯もおかわりし、おかわり用のご飯が入っている炊飯器の横には『本日のご飯のお供』として生卵が置かれていたので、当然の如く卵掛けご飯も頂いた。その卵掛けご飯も、普通に醤油だけでなく、トンカツ用のトッピングとして置かれていたスパイス類を加えて卵掛けご飯の新たな世界を切り拓いていたのが夏月らしいと言えるが。

 

 

「衣はサクサクで肉はジューシーで柔らかい……此処のトンカツは若しかしたら俺が今まで食べたトンカツの中で一番美味いかもしれない。」

 

「此処は食肉店『ニュークイック』と親会社が同じだから、食材が中間マージョン無しで仕入れられるらしくて、割と良い肉が比較的安い値で仕入れる事が出来てるんだって。

 アンタが注文したガルパンカツのリアルサイズ、他の店で注文したら五千円はすると思うわ。」

 

「食肉店と同系列か、なら納得だな。」

 

 

極上のトンカツを完食した後は、デザートとして夏月は『シルクスウィートの干し芋アイス』、乱は『笠間のブランド栗のモンブラン』を注文し、『あなたのおススメのカツの食べ方を教えてください!』と書かれた紙には、夏月は『ソースと胡麻、其れからチリパウダーとガーリックパウダー』と書き、乱は『ソースと胡麻、チリパウダーと花椒パウダー』と書き、そしてレジで精算してガルパンのクリアファイルを貰っていた。

でもってこのクリアファイルはGW限定の『黒のカリスマコスチューム』を纏った三人のキャラクターがデザインされたモノだった。

 

 

「この真ん中の子は建物にも描かれてたけど、横の二人もやっぱアニメのキャラなのか?」

 

「そうよ。

 真ん中の子が主人公の『西住みほ』で、右隣が姉の『西住まほ』、左隣がライバルから戦友、宿敵、好敵手と立場が色々と忙しい『逸見エリカ』ね。」

 

「マッジで立場が色々忙しいなぁオイ!キャラぶれっぶれじゃねぇか、大丈夫か?」

 

「因みにまほの好物はカレーでエリカの好物はハンバーグ。」

 

「お子様か!」

 

 

会計は夏月が乱の分も払ったのだが、其処には『デートは男の方が出すモンだろ』と言う思いだけでなく、乱の分も一緒に払った方が自分の『Tポイントカード』のポイントもより多く貯まると言う思いもあったのだった……自分も損しないように考えているのは中々に強かである。

ランチタイムを終えた夏月と鈴は、大洗の永町商店街を散策する事に。

大洗には他にも日本有数の規模を誇り、サメの飼育数と飼育種類に関しては日本一の水族館や其処まで高くはないが大洗のランドマークとなっているマリンタワーがあるのだが、『大洗の聖地巡礼は商店街を回るべし!』との事だったので、先ずは商店街を散策している訳だ。

 

 

「なんか、アニメキャラのスタンドポップ多くないか?」

 

「あ、気付いた?

 実はこの商店街って、各店が夫々アニメの推しキャラのスタンドポップを設置してる事も話題になってんのよ。因みにこっちの旅館はテレビ版と劇場版を合わせ、二度も戦車が突っ込んで大破してます!

 でも戦車道の試合で壊れたモノは、全て戦車道連盟が全額負担出直してくれるので問題無しなのよ!!」

 

「戦車道連盟ってのは金山か油田でも持ってんのか?って言うのは野暮なんだろうなぁ。」

 

 

永町商店街は大洗の中でも特にガルパンを推しており、商店街にあるすべての店が――其れこそ郵便局や銀行までもが推しキャラのスタンドポップを店先に設置していると言う力の入り具合なのだ。

そして聖地巡礼者に対して優しいのも永町商店街の特徴だったりする。

肉屋の前を通れば焼きたての焼き鳥を『持っていきな!』と無料で渡してくれたり、団子屋の前を通れば大洗の御当地スウィーツである『みつだんご』を無料で渡してくれたり、挙げ句の果てには総菜屋の前を通りかかった時には『作り過ぎちゃったから持って行って~』と、ワカサギの唐揚げをワンパック渡される始末……なんと言うかおもてなしの精神がバーニングソウルしていると言っても過言ではなかろう。

そんな凄い商店街を堪能して『正しい聖地巡礼』を楽しんだ夏月と乱は、商店街を抜けてビーチ横の道路に。

其処には大きな鳥居があったので、其処で二礼二拍した後に鳥居を潜り、1kmほど歩いてやって来たのは大洗が日本に誇る水族館『大洗アクアワールド』だ。

前述したように、此の大洗アクアワールドは日本有数の規模の水族館であると同時に、サメの飼育数と飼育種類では日本一であり、日本で唯一『ネコザメ』の人工孵化に成功した水族館としても割と有名だったりするのだ。因みに此処もガルパンの劇場版にて施設の一部が中破していたりする。

その道中で、例の露店商とエンカウントして、新たなアクセサリーを購入したのはある意味で当然のイベント言えるモノだったのかもしれないな。

 

 

「入ってスグにインパクトがハンパねぇなオイ?」

 

「やっぱりクジラはデッカイわぁ。」

 

 

入館した夏月と乱を出迎えたのは、天井から吊り下げられているセミクジラとマッコウクジラの全身骨格標本と、ウバザメの剝製だった――ウバザメは割と大型のサメで、その剝製だけでもインパクトはハンパないのだが、其れよりも更に大きいセミクジラとマッコウクジラの骨格標本も展示されているので、入館時のインパクトと言うのは中々にトンデモナイモノがあるのである。

 

券売機でチケットを買った夏月と乱は、スタッフから『GW限定スタンプラリー』の台紙を受け取ると、順路に沿って水族館を進んで行く。

先ずは円柱形の水槽に入ったアジやイワシと言ったお馴染みの魚の展示に始まり、コブダイやイシダイと言った珍しい魚の展示に続き、少し開けた場所の中水槽では小型のウミガメやフグ、カニやエビと言った小動物も展示されており、その中水槽の先に一つ目のスタンプがあったので其れをゲット。

其のまま進んで行くと、今度はアクアワールド一の大水槽が現れ、其処ではアオウミガメやイワシの群れ、小型のサメやエイ、ウツボなんかが一緒に暮らしていた。

竜宮城を思わせる幻想的な大水槽だったが、GWの特別企画として『飼育員さんによる餌やり』が公開され、小型のサメが餌を求めて飼育員のウェットスーツを口で引っ張る様には思わず夏月と乱も笑みを漏らしてしまっていた。

その後は、深海ゾーンを経て開けた展示室にやって来たのだが、其処に展示されている様々なサメには夏月も乱も『こんなサメが居たのか』と驚く事になった。

 

 

「……やんのかこら?――逃げたか、俺の勝ちだ。」

 

「ウツボ相手に本気で喧嘩売るなっての。」

 

 

そんな中で夏月は水槽のガラス近くまでやって来たウツボと本気のメンチギリ対決を行った結果見事にウツボを撃退していた――『海のギャング』と言われ、獰猛さでは肉食のサメをも凌駕すると言われているウツボをメンチギリで撃退するとは、夏月の目力はハンパなモノではないのだろう。

 

その後は『クラゲゾーン』、『深海ゾーン』を経てアクアワールドが目玉として最も力を入れてる『サメ&南国の海ゾーン』にやって来ていた。

『飼育数、飼育種類共に日本一』と言われるだけあってこのコーナーには大小合わせて多種多様なサメやエイが大きな水槽の中で泳いでおり、一風変わった姿をしているサメも居て其れだけでも楽しめると言うモノだろう。

 

「なに、あのエイとサメの合いの子みたいなの?」

 

「『サカタザメ』だとさ。確かにエイとサメの合いの子にしか見えねぇよなぁ……或は神様が納期に間に合わなくて既に作ったサメとエイのデータを無理矢理くっつけてノルマ達成したのかもな。」

 

「神様の生命創造ってそんなに事務的なモノだったんかい!」

 

「そして俺達人間は、神様が直立二足歩行用の首と腰と膝を作らずに四足歩行の動物から流用したせいで、頸椎痛、肩こり、腰痛、膝関節痛に悩まされるようになったって訳か。」

 

「若干神様を殴りたくなったわ。」

 

「因みにこのサカタザメ、名前にサメって付いてるけど分類上はエイなんだと。ま、魚だとよくある話だな。『鯛』って付いてる魚の殆んどは、真鯛を除いて鯛とは別の魚らしいからな。」

 

「なんかややこしいわねぇ……」

 

「確かにややこしいが、きつねなんてネコ目イヌ科だぞ?」

 

「もう訳分からないわね其処まで来ると……つか、キツネの何処にネコの要素があるのやらだわ。」

 

 

夏月と乱は自然と腕を組んでおり、その様子は普通ならばモテない男女から色々な感情が入り混じった視線が突き刺さるところだが、GW中の本日は家族連れやカップルが圧倒的に多いのでそんな視線を向けられる事もなく快適に水族館を満喫出来ているようだ。

『サメと南国の海ゾーン』の次には『北の海ゾーン』が現れ、其処を過ぎると資料展示ゾーンになり、其処では複数のサメの皮の剥製を触ってサメ肌の違いを肌で感じる事が出来るコーナーや、太古の昔に存在していた超巨大ザメ『メガロドン』のあごの骨の化石の展示、硬骨魚類、軟骨魚類(サメやエイ)、魚型クジラ類の身体の構造の違いを示した身体の断面図の説明付き大型イラストと、海に関する知識を深められる場所となっていた。

そのすぐ横には小さめの土産物コーナーと売店とイートインがあったので、夏月と乱は其処で飲み物とサメ肉を使ったアクアナゲットを購入して小腹を満たし、続いてエスカレーターを上って『海鳥&海獣ゾーン』に。

エトピリカの飛び込みや、アシカやオットセイの愛嬌ある姿に自然と笑顔がこぼれたが、一つの水槽は現在改装中となっていた――張り紙によると、『ラッコの死去によるラッコ水槽の改装』との事で、改装後はこの水槽はカワウソの展示水槽になるらしい。

 

 

「見たかったなぁ、ラッコ。」

 

「まぁ、死んじまったってんなら仕方ねぇだろ……なら、せめて新たに誕生したカワウソの赤ちゃんに名前を付けてやるとしようぜ。」

 

 

ラッコは見れなかったが、展示コーナーの上層では『カワウソの赤ちゃんの名前の募集』を行っていたので、夏月と乱は其れに夫々考えた名前を応募し、同時にスタンプラリーの二つ目のスタンプもゲット!

その先はキッズコーナーとなっており、キッズコーナーを抜けた先は『淡水ゾーン』で、那珂川や涸沼と言った茨城県の淡水域で見られる生物が展示されている。

 

 

「真っ青なアユ?」

 

「一万匹に一匹の割合で見つかる突然変異種だってさ。」

 

 

其処には激レア生物の『青いアユ』や、斑点の無いニジマス、オオウナギなんかも展示されていて海の生物とはまた違った楽しさを堪能させてくれた――で、其処を抜けると二体のクジラの全身骨格標本とウバザメの剥製が……入り口付近、エントランスから階段で上がった二階部分に出て来る訳だ。

二階部分には海洋ショーを行う『アクアシアター』と、特別展を行う『多目的ホール』があり、多目的ホールではGW限定企画展『遊戯王展』が行われており、遊戯王の『水属性・魚族、水族、海竜族モンスターのモデルとなった生物』がカードと共に展示されていた。

『フライングフィッシュ』が『トビウオ』、『レインボーフィッシュ』が『ニジマス』、『舌魚』が『アンコウ』はなんとなく分かるとしても『海竜神』が『トラウツボ』と言うのは夏月も乱も若干疑問を抱いていた……蛇のように長い身体は確かに似てはいるのだが。

で、この企画展にて最後のスタンプをゲットし、スタンプラリーをコンプリートした夏月と乱は賞品である『アクアワールドオリジナル扇子』をゲットしたのだった。

 

企画展を見終えて、スタンプラリーをコンプリートした夏月と乱がやって来たのは水族館の一大目玉イベントとも言える『イルカショー』だった。

夏月と乱は最前列に陣取っている――最前列は水飛沫の被弾を喰らう事が確定な席であるのだが、水飛沫を喰らう事もまたイルカショーの醍醐味と考えている夏月と乱にとっては最前列は正に最高の席以外のナニモノでもないのだ。

 

そして始まったイルカショーは、GW期間の特別企画展と連動して『遊戯王』とコラボした内容になっていて、調教師のコスチュームも遊戯王のキャラクターを連想させるモノとなっていた。

内容は、『世界の海を支配しようと目論む闇のデュエリストに、主人公である遊戯と海のデュエリストである梶木がタッグを組んで挑む』と言う、原作では絶対にありえないモノなのだが、モンスターの攻撃などをイルカのジャンプやアシカの巧みな芸で再現しており、また調教師も見事に闇遊戯と梶木のキャラを再現していて実に見応えのあるモノとなっていた。……その度に夏月と乱は被弾してずぶ濡れになっているのだが。

 

 

「如何したデュエリスト達よ、其れが精一杯か……その程度では俺は倒せぬぞ!」

 

「クソ……此のままじゃ海を守る事は出来ん……此処までなのか……」

 

「諦めるなよ梶木、まだデュエルは終わってないぜ!

 俺は手札からマジックカード『融合』を発動!俺のフィールドの『カリフォルニアアシカ・ナッツ』と、梶木のフィールド上の『バンドウイルカ・アクア』を融合!

 来い、『ドルフィンに乗るナッツ』!!

 ドルフィンに乗るナッツの攻撃力は二千九百……此のままでは貴様を倒す事は出来ないが、このカードの攻撃力はこの会場に居る観客の声援の数×500ポイントアップする!

 そして、この会場の観客は立ち見の客も居るからキャパシティ限界の三百人を超えている!よってドルフィンに乗るナッツの攻撃力は十五万+@アップする!」

 

 

ショーの終盤では絶体絶命のピンチに闇遊戯が逆転の一手を放ってアシカがイルカの背にライドオンして、イルカが超高速でプールを周回した後に潜水してから、急上昇してアシカと共に天井からぶら下げられたボールにテールキックをブチかましてターンエンド!

此の一撃で敵のライフはゼロとなり、見事に闇遊戯・梶木タッグが勝利を掴み取ってショーは終わりとなった。

ショーを見終えた夏月と乱は、出入り口に用意されているタオルで身体を拭くと、今日の記念に記念メダルを購入して日付と名前を刻印すると土産物コーナーでお土産を幾つか購入した――レトルトの『シャークカレー』を購入したのは物珍しさもあるのである意味で当然と言えるだろう。夏月は他にも『常陸牛肉みそニンニク』、『チリメン山椒』、『納豆ふりかけ』等も購入していたので、此れ等が弁当に使われるのは間違いないだろう。

 

アクアワールドを堪能した二人がやって来たのは海岸沿いにある『かねふくめんタイパーク』だった。

此処は辛子明太子の製造工場なのだが、工場見学が出来るだけでなく、かねふくの明太商品が購入できる上に、此処でしか食べる事の出来ない地元グルメもあったりするので大洗観光の隠れた名所だったりするのだ。

 

 

「思った以上にデケェなおい!」

 

「明太子一本使ってるらしいからね。」

 

 

先ずはイートインで明太子グルメを楽しむ事にした夏月と乱だったが、注文した明太子おにぎりと明太豚まんの大きさに驚いていた……明太子が一本使用されているとの事でおにぎりの大きさは中々にハンパなかったのだが明太豚まんも横浜の中華街で売られている豚まんに引けを取らない大きさだったからだ――とは言ってもアクアワールドから明太パークまでは2㎞ほどあるので、その道のりを徒歩でやって来た夏月と乱はペロリと平らげて、デザートに『明太ソフト』も注文していた。

 

 

「ミルクソフトの甘さに明太のピリ辛、アリだな。」

 

「意外な組み合わせにビックリだわ。」

 

 

普通ならキワモノとなりそうな明太とミルクソフトの組み合わせだが、明太のピリ辛がミルクソフトの甘さを際立出せると言う意外な化学反応を起こして割と美味であったみたいだ。

そんな明太グルメを堪能した後は工場見学をして、売店で『できたて明太子』、『明太高菜』、『明太ふりかけ』、『明太せんべい』、『手羽明太』等々多数の商品を購入した――荷物は多くなるが、其処は夫々の専用機の拡張領域に収納してしまえばマッタク持って問題ない。序に言うと拡張領域に収納すると粒子変換され、取り出す時に収納した状態で構築されるので冷凍品であっても問題なかったりするのだ。

 

明太パークを後にした二人は大洗駅から大洗鹿島線で水戸駅まで移動し、駅構内にあるラーメン屋『なんつっ亭』で少し早めの夕食を摂った。

乱のオーダーは『黒マー油鶏白湯麺』とギョーザだったのだが、夏月は『猛烈タンメン鼻血ぶー』を超激辛とギョーザと言う中々にぶっ飛んだオーダーだった……しかし夏月はその超激辛を一度も水を飲む事無く涼しい顔で完食してしまったのだから恐ろしい事この上ないだろう。極限まで己を鍛え上げ、更に更識で暗部の訓練を受けた夏月は可成りのレベル『痛さ』でも耐えられるようになっており、其れに伴って味覚だけでなく痛覚とも連動している辛味に関しても相当な辛さでも割と平気で食べる事が出来るようになったのだ。

 

夕食後は、往復切符で特急『トキワ』に乗って上野まで移動すると、其処からバスで学園島行きのモノレールの駅まで移動し、夏月と乱のデートもそろそろフィナーレと言ったところだろう。

 

 

「ん~~、楽しかった~~!アンタは如何、楽しんでくれたかしら今日のデート?」

 

「楽しませて貰ったぜ乱。

 まさかの聖地巡礼には驚いたけど、其のお陰で知らなかった大人気アニメの事を知る事が出来たし、蝶野さんにも生で会えたからな。最高のデートだったぜ。良い一日だったよ。」

 

「なら良かったわ♪」

 

 

其の物レールの駅では乱が夏月にデートの感想を聞き、『最高のデートだった』との答えを貰うと、背伸びをして夏月の頬にキスをする……通算三度目となるなので夏月は驚く事は無かったがそれでも乱の思いは充分に伝わり、そのお返しとして夏月は乱をハグしてやるのだった――もしもこの場に他の誰かが居たら盛大に砂糖を吐いていたのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月と乱がデートを終えて学園島に戻って来た頃、楯無は自室で凄まじい勢いで書類を処理していた……その殆どが千冬と千冬の信奉者が暴走した際に如何するかを纏めた書類なのがマッタク笑えないが。

 

 

「虚ちゃん、モンエナ頂戴!」

 

「モンエナ³五本目……此れ以上は死にますよお嬢様……」

 

「アッハッハ、おかしなことを言うわね虚ちゃん?

 私は幼い頃から次代の楯無となるべくありとあらゆる英才教育を受けて来ただけじゃなく、拷問や毒物に対する耐性も訓練されて来たわ……その結果として、私を毒殺する事はフグ毒を持ってしても不可能になってるのよ?そんな私が一般人の『エナジードリンクの接種致死量』で死ぬはずがないでしょう?

 何よりも、夏月君とのデートを後顧の憂いなく迎える為に、この仕事はさっさと終わらせたいのよ!」

 

「愛の力は偉大ですねぇ……」

 

 

そんなGW返上とも言える激務を楯無が熟せていたのは、偏にGW最終日の夏月とのデートの最中に呼び出しを受けないようにする為だった――虚の助力もあるので書類の不備はないだろうが、如何せん数が多いので最速で処理してもGW最終日の前日までかかってしまうのだが、GW最終日まで伸びないと言うのであれば楯無にとっては大した問題ではなかった……夏月とのデートが出来るのであれば、どんな激務だろうと楯無は熟してしまうのだから。

 

 

「よっしゃー、終わったわよ虚ちゃん!!」

 

「お疲れ様でした。学園長への提出は私が行っておきますので、お嬢様は疲れを癒して下さい。」

 

「そうさせて貰うわ。」

 

 

 

書類の提出を虚に任せた楯無は、ベッドに突っ伏すると其のまま寝息を立て始めた……其れほどまでに激務に追われてたと言う事なのだろう。其れでも其れを期間内に処理してしまうのは流石は『楯無』と言ったところだが、その根幹には『後顧の憂いなく夏月とのデートを楽しみたい』と言う思いがあったのも間違いないだろう。

正に『恋する乙女の力は無限大」と言っても過言ではないのだが、取り敢えず楯無は夏月とのデートを後顧の憂いなく楽しむ準備は出来たようである。

 

そして本日のデートで夏月と乱の絆が鈴と簪に続いて強固なモノになったのは確定事項であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode25『ゴールデンウィーク四日目~Sports施設をEnjoy~』

思いっ切り身体を動かすってのも良いもんだぜ!By夏月     此れも一種の全力全壊かしらね?By楯無     まぁ、間違ってはいないと思うよByロラン


ゴールデンウィークも四日目となり、本日より後半戦になるのだが、だからと言って夏月の日課が変わる事はない。

早朝トレーニングを終えた後はシャワーを浴びて汗を流した後に朝食の準備に取り掛かり、その途中でロランが目を覚ましてシャワーを浴びた後に夏月を手伝うと言うのもお馴染みの光景となっていた。

 

 

「オーブン両面で八分焼いた後は、オーブン上火のみで更に五分だったかな?」

 

「あぁ、其れでやってくれロラン。そうする事でチーズが良い感じに溶けた上で焦げて香ばしくなるからな。」

 

 

本日の朝食メニューは『スパイシーチーズトースト』、『ベーコンエッグ』、『トマトサラダ』、『キノコともずくの酸辣湯』とシンプルなモノだったのだが『スパイシーチーズトースト』は、ピザ用のミックチーズに一味唐辛子、粗挽き胡椒、ガーリックパウダーとラー油少々を混ぜ合わせた物を食パンにトッピングして両面を八分間焼いた後に、オーブンの上火で五分焼く事でチーズが良い感じに焦げて溶けたチーズを内側に閉じ込めると言う普通のチーズトーストとは違う少々凝ったモノになっていた。

また、ベーコンエッグも通常のベーコンエッグとは違って厚切りのベーコンを使用している事で『ベーコンのステーキの目玉焼き乗せ』と言った感じになっており、トマトサラダも微塵切りのタマネギを散らし、其処に夏月特製のイタリアンドレッシング(オリーブオイル、バルサミコ、塩、粉末バジル)をかけたモノとなっている。

そしてあっと言う間に朝食が出来上がり、席に着いて『いただきます。』だ。

 

 

「スープはコンソメかと思ったけれど、微妙に中華なんだね?」

 

「トーストとベーコンエッグが結構ドッシリとしたモンになってるからスープは酸味を利かせたサッパリ系でな。仕上げに一垂らししたラー油が良いアクセントなんだ。」

 

「ふむ、酸味の具合も丁度良い。此れだけのスープをあんな短時間で作り上げてしまうとは驚きだよ。」

 

「まぁ、ベースは顆粒の鶏ガラスープ使ってるし、酸味はもずく酢を汁ごと入れれば割と良い感じになってくれるからな。」

 

「お手軽簡単でしかもその味は本格的とか、此れはもう冗談とかではなく本気でレシピ本を作ってみるか、料理のレシピサイトを作ってみたらどうだい?サイトに関してはカンザシに協力を仰げば難しい事ではないだろうしね。」

 

「まぁ、そっちは気が向いたらな。」

 

 

因みに夏月はトーストとベーコンエッグがそれぞれ三枚ずつで可成りのボリュームであるのだが当然の如く完食し、更には食後にモンエナ・カオスまで飲み干していた……明らかに摂取エネルギーが打っ飛んでいるのだが、今日のデートのお相手はグリフィンだと言う事を考えると摂取エネルギー過剰とも言い切れないのだ。

グリフィンはアクティブな性格をしており、身体を動かす事と食べることが何よりも好きで、所属しているサッカー部では二年生ながらエースストライカーとして活躍しており、夏月も『今日のデートはきっと思いっ切り体を動かす事になるんだろうなぁ』と考え、途中でエネルギー切れを起こさないようにガッツリ食べた上でモンエナ・カオスでバッチリエネルギーチャージをしたと言う訳なのである。

 

朝食後、食器を洗い終えると夏月はデート用の服に着替えてグリフィンとのデートに。

 

 

「あ、そうだ昼飯用にハヤシソース作って鍋ごと冷蔵庫に入れてあるから温めて食ってくれ。炊飯器に飯もタイマーセットしてあるからさ。」

 

「君のその気遣いに感謝するよ夏月。其れでは、グリフィンとのデートを存分に楽しんで来ておくれ。確りと彼女の事をエスコートしてあげたまえよ?」

 

「其れは勿論だ。」

 

 

其れを見送ったロランは、『さて今日は何をしようかな?』と考えた後に、『負けっ放しと言うのは悔しいから腕を上げておこうか。』と、午前中は部屋にある格ゲーを最高難易度でプレイすると言う『e-スポーツ部』の部員として自己鍛錬に勤しむ事にしたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode24

『ゴールデンウィーク四日目~Sports施設をEnjoy~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例によって待ち合わせの十五分前にモノレールの駅に着いた夏月は、本日も『マスターデュエル』にて無双していた――昨日とは違い、本日は『鎧皇竜-サイバー・ダーク・エンド・ドラゴン』をメインにした『真・サイバー流』で無双していた。

サイバー・ダーク・エンドだけでなく、サイバー・ツイン・ドラゴン、サイバー・エンド・ドラゴン、鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン、鎧獄竜-サイバー・ダークネス・ドラゴン、キメラテック・オーバー・ドラゴンの融合召喚も狙い、サイバー・ダークを生かす為に『輪廻独断』までぶち込んだと言う、ある意味で究極レベルのファンデッキでありながら環境デッキを相手に無双しているのだから恐ろしい事この上ないだろう。

 

 

「ヤッホー、お待たせカゲ君!」

 

「グリ先輩丁度良い所に……パワー・ボンドで強化融合したサイバー・ダークに輪廻独断でドラゴン族になったサイバー・エンドを装備して、リミッター解除して攻撃力一万七千六百にぶち上げての一撃で十二連勝目だぜ!

 此れで昨日と合わせて、此れで二十二連勝だ!」

 

「お~~、其れはすっごいね!」

 

 

十二連勝した所でグリフィンがモノレールの駅にやって来て、此処で夏月の本日のマスターデュエルは終了だ。

先ずは本日の夏月とグリフィンのファッションコーディネートだが、夏月は黒いスラックスに銀で『nWo』のロゴマークが入った黒いTシャツ、蝶野ブランドの『アリストトリスト』のチェーンペンダント、そしてウォレットチェーンと言うコーディネートで、昨日の乱とのデートで蝶野正洋氏より継承した『黒のカリスマイズム』全開のファッションだったのだが、其れが夏月の『ダークヒーロー』的な魅力を引き立てていた。

一方でグリフィンはと言うと、白いニーソックスに黒いスニーカーを合わせ、ブルーのホットパンツに赤いハイネックのタンクトップにファー付きのベージュのフライトジャケットを合わせてアンダーバストまでファスナーを締めたコーディネートなのだが、此のコーディネートはグリフィンの抜群のプロポーションを際立たせているだけでなく、彼女の健康的な身体をより魅力的に見せていた。

 

 

「カゲ君ってヒール?」

 

「秋五と比べたら俺は悪役じゃないけど、ダークヒーロー系だぜグリ先輩……グリ先輩も、似合ってるぜ其のファッション。」

 

「えへへ、ありがと。」

 

 

良く見れば、グリフィンのポニーテールを纏めているのも何時ものリボンではなく、飾り付きの髪ゴムとなっている……矢張り今日のデートの為に可成り気合を入れて来たと言う事なのだろう。

 

モノレールに乗って本土まで移動した二人は、其処からバスで移動して、到着したのは日本最大級と言われている複合型スポーツアミューズメント施設『AthleteAll Enjoy』だった。

此処は東京ドームシティに匹敵する広さの屋内スポーツ施設なのだが、施設内には屋内プール、ボーリング場、バッティングセンター、テニスコート、フットサルコート等のスポーツ施設だけでなく、ビリヤード、ストラックアウト、キックターゲット等の娯楽施設も存在しており、更には焼き肉、ラーメン、回転寿司と言った飲食店も存在しているだけでなく、スポーツで汗を掻いた利用者の為に『スーパー銭湯』的な施設も存在しているのでスポーツ好きならば本気でこの施設で一日潰す事が出来るだろう。

 

 

「やっぱり身体を思いっ切り動かす訳か……んで、先ずは何処から行くんだグリ先輩?」

 

「先ずはね……テニス行ってみよう!」

 

 

そんな中で夏月とグリフィンが最初にやって来たのはテニスコートだ。

ラケットだけでなくテニスウェアとシューズもレンタルしていたので、夏月とグリフィンはテニスウェアとシューズもレンタルしてテニスコートにやって来たのだが……

 

 

「アレは……秋五とセシリアか?」

 

「そうみたいだね?」

 

 

そのテニスコートでは秋五とセシリアが見事なラリーを行っていた。

実は全くの偶然だが夏月の四日目のデートは、秋五とセシリアのデートの日と被っており、秋五とセシリアは夏月とグリフィンよりも一本前のモノレールので本土に渡っていて、先に此の施設でテニスに勤しんでいたようだ。

 

 

「よう秋五、お前もセシリアとデートか?」

 

「夏月……まぁ、そんな所かな。君はレッドラム先輩とデートかい?」

 

「大正解。」

 

 

夏月が秋五に声を掛けると、秋五も其れに応えて秋五とセシリアのラリーは止まってしまったが、まさか此処でエンカウントするとは夏月も秋五も考えてはいなかっただろう……だからと言って、気まずくなるという事は無く、即座にグリフィンが『此処であったのも何かの縁だから、ダブルスで勝負しない?』と提案し、其れに対しセシリアも『良いですわね』と応え、此処に『世界に二人しか居ないIS男性操縦者によるテニスのダブルスの試合』が始まったのだった。

ペアは当然ながら夏月とグリフィン、秋五とセシリアだ。

此の面子でテニスの経験があるのはセシリアだけなのだが、夏月達が来るまで秋五はセシリアと凄いラリーを行っていたのでテニスの彼是は理解している事を考えると、テニスは全く未経験の夏月とグリフィンのペアは圧倒的に不利なのだが、いざ試合が始まるとマッタク持ってそんな事はなかった。

夏月ペアのサービスゲームから始まった試合は――

 

 

「喰らい……やがれぇぇ!!」

 

 

先ずは夏月が超強烈なサーブでサービスエースを取ると、続くサーブでもサービスエースを決めて早くも二点リードとなった。

そして三度目のサーブは秋五が超反応してギリギリでレシーブを返すと、グリフィンが其れを力任せに打ち返し、セシリアが其れを技ありのリターンで返し、その打球は大きく弧を描いて夏月達のフィールドに落ちて行く。

打球の落下地点の予想が難しい大きな弧を描いた打球は中々に対処し辛いのだが……

 

 

「舐めんなオラァ!!」

 

 

その打球に超反応した夏月は、グリフィンの肩を踏み台にしてハイジャンプすると、弧を描いて落ちて来た打球を力任せに打ち返す力任せの『ダンクスマッシュ』を叩き込む!

此れによって更に点差は開いたのだが、その後も試合の主導権を握っていたのは夏月・グリフィンペアだった。

夏月とグリフィンは確かにテニスは未経験だが、其れだけにテニスのセオリーなんてモノはマッタク持って関係なく、夏月の技ありの攻撃と、グリフィンのパワー全開の両手打ちの『波動球』とも言えるスマッシュで秋五・セシリアペアを圧倒してのストレート勝ちを捥ぎ取って見せた――秋五・セシリアペアは可成りレベルの高いペアなのだが、夏月・グリフィンのペアは其れを上回ったと言う事なのだろう。

ダブルスの後はシングルで夏月と秋五が試合を行ったのだが、此れは意外にも拮抗した勝負となっていた――如何やら先程のダブルスは、テニスの経験があったセシリアがセオリーも何もない夏月とグリフィンの攻撃に度肝を抜かれ、本来の力を発揮出来なかった事もまた敗因だった様だ。

 

さて、夏月と秋五の試合は拮抗したモノとなっている訳だが、果たして此の二人の試合が普通のテニスの試合で済むだろうか?答えは断じて否であろう。

『最強の人間の完成型』として誕生した二人の身体能力はそもそも一般人よりも大幅に高い上に、夏月も秋五も鍛錬は欠かさなかったので最早此の二人にはプロアスリートでもビックリレベルの身体能力が備わっていたりするのだ。

そんな二人のテニスの試合は超高速ラリーは当たり前、漫画やアニメで出て来そうな超人技も何のその、挙げ句の果てにはリターンしようとしたら打球の威力にラケットのガットが耐え切れずに吹っ飛ぶという事態に……因みにガットが吹っ飛んだのは秋五のラケットであった。

ラケットが破損したので試合は強制終了となったのだが、その時点では最終セットの途中で得点は夏月の6-5だったので夏月の勝利となった。

 

そんな超絶テニスバトルに続いて、今度はグリフィンとセシリアがシングルで試合を行う事に。

此の二人も一般的な女子高生と比べれば可成り高い身体能力を持ってはいるが夏月と秋五の二人と比べれば常識の範囲内なので、偶にグリフィンが未経験者故のトンデモプレーはするモノの割と普通の試合となっていた。

 

 

「そんで秋五、お前は如何すんの?」

 

「如何するって、何を?」

 

「箒とセシリアの事……気付いてんだろ、アイツ等がお前に向けてる感情が何であるか位はよ。」

 

「それは……うん。」

 

 

その試合を見ながら夏月が秋五に尋ねたのは箒とセシリアとの関係についてだった。

箒とセシリアが秋五に対して恋愛感情を持っているのは火を見るよりも明らかであり、『友情と恋の駆け引きは別』を絵に描いたような箒は幼馴染、セシリアは専用機持ち同士という夫々のアドバンテージを最大限に使用した秋五を巡る平和的な恋のバトルはある意味で一年一組の名物となっていたりするのだが、その当事者である秋五は二人と一緒に居る事に心地良さを感じている一方で何処か一歩踏み出せていない感じがしたのだ。

 

 

「気付いていても其れに応えてしまったら今の関係を続ける事は出来なくなる、そう考えてお前は一歩踏み出す事が出来ない、そんな所か?」

 

「ハハ、其処まで見事に言い当てられると言い訳も出来ないよ。

 箒とセシリアが僕に恋愛感情を持ってるってのは普段の様子を見ればそう言った事に疎い僕だって分かるさ……と言うかアレで自分にどんな感情が向けられてないか気付かないとか、其れはもう鈍感とか朴念仁を通り越して精神病を疑っても良いレベルかもだよ。

 でも、だから僕には何方か一方を選ぶ事が出来ないんだ……優柔不断と言われたら其れまでだけど、僕がどちらか一方を選んでしまった事で此の関係が壊れてしまうんじゃないかって思うとね――何より、僕が何方かを選んだ事で箒とセシリアの友情も壊れてしまったら、其れが僕には耐えられないんだ……何時までも答えを出さないままではいられないって言う事は分かってるんだけどね。」

 

「成程な……だったら簡単な話だ、どっちも選ばずに両方と付き合っちまえ。現実に、俺は二人どころか七人と付き合ってるからな。」

 

「え?」

 

 

だが、此処で夏月が爆弾を投下し、その爆弾のダイレクトアタックを喰らった秋五は思わず目が点になってしまった――『両方と付き合ってしまえ』と言うのも一般論としては有り得ない事なのだが、其れを言った当人は『七人と交際している』と言うのだから驚くなと言うのがそもそも無理と言う話であろう。

 

 

「七人って……」

 

「楯無さんと簪とロラン、其れから鈴と乱、ヴィシュヌとグリ先輩だな。別に七股掛けてる訳じゃなくで、此れは七人全員が納得してる事だから其処間違えんなよ?」

 

「だとしても、全員と交際って言うのは流石に倫理観が……」

 

「普通はな……だが、俺とお前に限っては複数の女性と交際する事が合法的に認められるようになるんだよ、GWが明けた頃に『男性操縦者重婚法』が新たに国際法として可決される事でな。」

 

「男性操縦者重婚法!?」

 

 

此処で二発目の爆弾投下。

秋五にとっては俄かには信じられない情報ではあったが、情報のソースの大元が束である事を明かされると其れはもう信じるしかなかった……束の言う事ならば間違いないと言う事は子供の頃から秋五も身を持って体験している事だったのだから。

その後夏月から『合法的に複数の女性と交際してOKってんなら箒かセシリアの何方かを選ぶ必要はないよな?問題となるのはお前達が其れを受け入れる事が出来るかって事だが……果たしてたった一人の女性しか愛してはいけないって誰が決めたんだろうな?自然界に目を向ければ、寧ろ一夫一妻の方がレアケースってモノなんだぜ?』と半ば強引な力技とも言える事を言われて覚悟を決めたらしく、『男性操縦者重婚法が制定されたら、僕は箒とセシリアの思いに応えるよ。僕も箒とセシリアの事は好きだからね。』と返していた……如何やら熱烈なアプローチを受けている内に、秋五自身も箒とセシリアに対して同じ位の恋愛感情を持ってしまっていたらしい――だからこそ余計に何方も選べない状態になっていたのだろうが。

 

そんな事を話している内にグリフィンとセシリアの試合は終わり、最終セットまでもつれ込んだ結果、セシリアがデュースの末に二連続でサービスエースを決めると言う劇的な勝利を収めていた。

テニスを堪能した後、夏月が秋五に予定を聞くと『午前中は此処で思い切り遊ぶ予定』との事だったので、此処であったのも何かの縁と午前中はダブルデートと洒落込む事にした。

更衣室で着替えた一行は自販機で飲み物を購入してクールダウンすると、其処からボーリング、バッティングセンター、ストラックアウト、ビリヤード等様々なスポーツを心行くまで堪能した。

ボーリングでは夫々が本名ではなくちょっと遊んだ名前で登録し、グリフィンが『ブラジリイヤ~ン柔術師範』、秋五が『オータムファイブ~正義の味方~~』、セシリアがまさかの『背師利亜尾琉故津斗』とどこぞの暴走族の様なネームだったのだが、其れ以上に夏月の『DQNヒルデバスターK』と言うのが中々のインパクトだった。

『ブリュンヒルデ』とはつまり織斑千冬の代名詞であり、世界的にも知られているのだが、其れを捩った『DQNヒルデ』と言うのは可成りのインパクトがあり他の客が注目してしまったのも仕方あるまい。

そのボーリングはストライクあり、ガーターありのゲームで全員が楽しめた……そんな中で夏月が『ボーリング玉がレーンを転がらずに空中を飛んでピンを粉砕する』と言うトンデモプレイをした事以外では特に問題は無かった。果たして如何やって投げたらあのボーリングの重い球が空中をカッ飛んで行くのかと言うのは深く追及してはイケナイ事なのだろうが。

バッティングセンターでは速度設定が『昭和の怪物』、『平成の怪物』、『令和の怪物』と分かれていたのだが、此処で『平成の怪物』に関しては意見が分かれる事になった。

昭和の怪物はプロ野球の投手のタイトルである『沢村賞』が誕生する切っ掛けとなった昭和の大投手『沢村栄治』であり、令和の怪物はアメリカ大リーグで投打の二刀流で活躍している大谷翔平で間違いないのだが、平成の怪物は『ダルビッシュ有』なのか、それとも『松坂大輔』で意見が分かれた……最終的には現在も大リーグで其れなりの活躍をしているダルビッシュが平成の怪物となったのだった。

そのバッティングセンターでは、夏月が『令和の怪物』を上級コースで、秋五が『昭和の怪物』の上級コースを選んで、十球中八本をホームランすると言う凄まじい事をやってくれた――『昭和の怪物って、今では大した事なくね?』と思うかも知れないが、沢村栄治は昭和の、其れも戦前の時代の今と比べてトレーニング器具も発達しておらず、科学的なスポーツトレーニングも確立していなかった時代に於いて最高速度が150kmを越えていたというのだから正に怪物と言えるだろう。

その怪物の剛速球を八本もホームランした秋五も中々だが。

バッティングセンター後のストラックアウトでは全員が見事にパネルを打ち抜いて賞品をゲットし、ビリヤードではセシリアが見事な腕前を披露して、ブレイクショットでナインボールを落とすと言う凄技を見せてくれた。

 

ビリヤードを終えた頃にはそろそろランチに良い時間になっていたので、施設内のスーパー銭湯で汗を流した後、着替えて今度はランチタイムだ。(テニス後もレンタルしたテニスウェアを使っていたので着て来た服は下着を除いて無事であり、下着も替えを持って来ていたので問題無しである。)

施設内には様々な飲食店が存在しているので目移りしてしまうが、此処は『何処が良い?』との問いに、只一人明確に『お肉~~!』と答えたグリフィンのリクエストによって焼き肉屋に。

セシリアも焼き肉屋は初体験だったみたいなので、此れはある意味で良いチョイスだっただろう。

注文は当然の如く食べ放題の最上級プランである『食べ放題プレミアム』なのだが、ドリンクバーを付けても一人頭四千五百円未満で、国産牛の希少部位も食べ放題と言うのは可成りリーズナブルであると言えるだろう。

 

そして、食べ放題プレミアム+ドリンクバーを四人前注文した後は、其処からは怒涛の注文ラッシュだ。

 

先ずは『国産厚切り牛タン』の塩を八人前注文し、其れを皮切りに『厚切り豚カルビ』、『超厚切りハラミ』、『厚切りジューシーカルビ』、『厚切りミスジ』、『やみつきトロてっちゃん』、『上赤センマイ』等を注文し、食べ放題の焼き肉を堪能して行く。

 

 

「この大きなお肉はどうやって食べますの?ナイフもフォークもありませんわよ?」

 

「此れは、ハサミで切ってから食べるんだよ。」

 

「其れが普通の食べ方なんだが……」

 

「いっただきま~す!!」

 

「まぁ、グリ先輩ならそうなるよな。」

 

「普通なら『下品』と言う所なのですが、此処まで豪快な食べっぷりになってきますと逆に尊敬の念すら覚えますわね……と言うか何故に一口で行けますの?」

 

「そりゃグリ先輩だからな。」

 

「其れで納得出来るから不思議だよね……」

 

 

そんな中で、グリフィンはハサミでカットして食べるのが普通な大きさの肉を見事なまでに切らずに一口で食していた……推定100gはあるだろうと思われる肉の塊を一口で食してしまうとは、グリフィン・レッドラム恐るべし。彼女ならば、150gのステーキも一口で平らげる事が出来るだろう――グリフィンの事を『リアルジャック・ハンマー』と称しても決して罰は当たらないだろう。

 

さて、食べ放題のメニューは焼き肉だけでなくサイドメニューも豊富であり、焼き肉のお供であるキムチやナムルにチョレギサラダは勿論の事、『焼肉屋さんの牛筋煮込み』、『ローストビーフ』、『ヤゲンナンコツの唐揚げ』、『ガリバタコーン』と言ったバラエティに富んだ内容になっており、肉以外の焼きメニューとしては長ネギ、玉ネギ、トウモロコシと言った野菜類の他に、『有頭エビ』、『イカの姿焼き』、『殻つき天然ホタテ』等の海鮮も豊富に用意されているので飽きる事無く食べ放題を楽しめるのである。

そして食べ放題にプラスしたドリンクバーも楽しみの要素の一つであると言えるだろう。

最近のドリンクバーは、例えばコーラでも普通のコーラだけでなくオレンジやメロンのフレーバーが入ったモノが用意されており、ドリンクバーの楽しみである『ミックスドリンク』が最初から用意されている訳なのだが、其れを踏まえても更なるミックスドリンクを作り上げるのも楽しみなのである。

 

 

「夏月、其れってコーラ?なんか濁ってるような気がするんだけど……」

 

「コーラにカルピスソーダを混ぜたカルピスコーラってところだなコイツは。

 本当はエナドリ混ぜたかったんだけど、此処のドリンクバーには無かったからカルピスで妥協した訳だがな……次は午後ティーにカルピスウォーターぶち込んでみるか。」

 

「其れは一風変わったミルクティーのようになるのでしょうか?」

 

「ジンジャーエールの辛口にコーラを混ぜたらなんか懐かしい味になったんだけど、記憶掘り返してみたら昔風邪引いた時に孤児院のママ先生が作ってくれた『コーラにレモン汁とショウガ汁を加えて温めたモノ』に似てるんだ此れ。」

 

 

そのミックスドリンク制作ではグリフィンが何やら懐かしい味を偶然再現している様だった。

その後も食は進み、主に夏月とグリフィンが持ち前の食べっぷりを遺憾なく発揮して冗談抜きで食べ放題の元を完全に取る位に食べていた――午前中に『此れでもか』と言う位に思い切り身体を動かした事で余計に食欲が増進されているようだ。

そして、ラストオーダーの九十分が近付いて来た所で〆のご飯or麺物のオーダーとなり、夏月は此の店一押しの『ダブルカルビ(牛カルビと豚カルビ)石焼風ビビンバ』、グリフィンは『旨辛カルビラーメン』、秋五が『石焼風カルビガリバタライス』、セシリアが焼き肉の〆の王道とも言える『冷麺』をオーダーした。

セシリアは初めて食べる冷麺に『麺を冷たくして食べると言うのは初めての体験でしたが、実に美味しいモノですわね』と感激していた――後日談として、ゴールデンウィークが明けた後の学園の学食では所謂『冷たい麵』をオーダーするセシリアの姿が見られるようになるのだった。

ご飯物を粗方食べたところでラストオーダーとなるデザートを注文したのだが、此れはまさかの全員一致で『濃厚クリームブリュレ』だった……夏月は簪とのデートで入ったメイドレストランの時みたいに目の前でガスバーナーで裏百八式・大蛇薙されるのではないかと思っていたのだが、出て来たのは調理場で最終工程まで終えたクリームブリュレだった――流石に焼き肉店では其処までのインパクトは求めていなかったのだろう。

 

デザートも完食して『ごちそうさま』した後の会計は、夏月と秋五が夫々半額ずつ出し合っての会計となった。

グリフィンとセシリアは自分の分は自分で払う心算だったのだが、『此処はカッコ付けさせろって。』、『こう言う時は男性の方が払うモノでしょ?』と言われると、あまり食い下がるのも逆に失礼になると思ってこの場は甘える事にした様である。

 

ランチ後に秋五とセシリアの予定を聞くと、『午後は映画を見た後にウィンドウショッピングをする』との事だったので、秋五とセシリアとは此処でお別れとなり夏月とグリフィンは再びレンタルのスポーツウェアを借りて午後も思い切りスポーツを楽しむ事にした。

 

午後の部の一発目はスポーツクライミングが楽しめる施設で、初心者用の緩い坂から、超上級者用の傾斜角が百度に達しているウォールまで様々なクライムウォールが用意されている場所だ。

夏月もグリフィンもフリークライミングの経験はないので先ずは初心者用からスタートしたのだが、其れをあっと言う間にクリアしてしまい、中級者用もこれまた余裕でクリアして上級者用にトライし、其れも余裕のよっちゃんイカでクリアして、超上級者用の傾斜角百度にチャレンジ!

流石に逆に反っているウォールには少しばかり苦戦したモノの、其れでもミスする事なくクリアしてしまったのだからマッタク持って驚くべき身体能力であると言わざるを得ないだろう――人造強化人間である夏月は兎も角、其れとタメ張れる身体能力を有している夏月の嫁ズも中々にぶっ飛んだ存在であるのかもしれない。

フリークライミングを堪能した後は、パンチングマシーンや腕相撲マシーンをプレイし、パンチングマシーンではグリフィンがまさかの一発500㎏を叩き出し、腕相撲マシーンでは夏月がマシーンの方が最高の力を出す『横綱コース』を選択した上でマシーンの腕をぶち折ると言うトンデモナイ事をしてくれた……マシーンを壊したとなれば当然弁償モノなのだが、夏月は『弁償代はムーンラビットインダストリーに請求しといて』と弁償を束に丸投げしていた。

まぁ、夏月は公には『東雲珠音』が社長を務める『ムーンラビットインダストリー』の専属パイロットと言う事になっているので、会社に弁償を丸投げしても別にオカシイ事ではないのだが、実際には束に全額請求が行くので束からしたら割と冗談ではない話だったりするのだ――それでも、『今度お詫びに束さんが大好きなキャラメルプリン作ってやるから』と夏月に言われた事で色々と納得してしまうのだから世紀の大天才も割と中々にチョロいと言うか大衆的と言うか、兎に角一般ピープルと其れほど大きな違いはない部分があるのだろう。

 

その後はジムでのフィジカルトレーニング、屋内プールでの水泳を楽しみ、本日最後の種目として選んだのはバスケットボールだ。

夏月とグリフィンはハーフコートでのワンonワンをする心算でバスケットコートにやって来たのだが、フルコートで試合を行おうとしていたチームが何やら揉めているようだった。

見たところ高校生同士の練習試合と言ったところの様だが……

 

 

「練習試合当日に欠員が出たって、其れはもっと早く言えよ!如何すんの此れ?」

 

「控えの選手で埋めれば良いと思ってたんだが、まさかの控えが全員『どうせ出番はないだろう』ってゴールデンウィーク中に彼女とのデートやら旅行を入れてるとは思わなかったんだよ……でも、こうなった以上は試合をするしかあるまい!」

 

「ハンデ戦で納得出来るかぁ!」

 

「ですよねー!」

 

 

如何やら一方の高校のレギュラー陣のうち二人が怪我で欠場となり、更には控えのメンバーも全員がゴールデンウィークの予定を消化中であり試合に来る事が出来なかったのだ……キャプテンはギリギリまで交渉を続けたのだが、結局は欠員を埋める事は出来なかったみたいである。

此のままでは練習試合其の物がおじゃんになり兼ねないのだが――

 

 

「な~んか、お困りみたいだな?」

 

「私達で良ければ力を貸そうか?」

 

 

此処で夏月とグリフィンが声を掛け、メンバーが足りなかった高校のキャプテンは、『天の助け』とばかりに夏月とグリフィンに助っ人をお願いしてなんとか練習試合を行う事が出来るようになった。

助っ人である夏月とグリフィンに任されたポジションは、夏月がシューティングガード、グリフィンがパワーフォワードだったのだが、二人ともその役目を十分に果たし、グリフィンはインでの攻防で圧倒的な強さを見せ、攻める時は強引なレイアップやダンクを決め、守る時はキッチリとブロックとリバウンドを決め、夏月はアウトからのスリーポイントだけでなくグリフィンからのロングパスからアリウープの大技を決める活躍を見せてチームの勝利に貢献した。

因みにこの試合での成績は、夏月が三十得点、十アシスト、七スティールで、グリフィンが二十得点、五アシスト、十ブロック、十五リバウンドと言う堂々たるモノであった。

試合後、助っ人を務めたチームのキャプテンからはメッチャ感謝され『何かお礼をさせてくれ』と言われたので、其処はドリンク一本で手を打って貰い、夏月は『モンスターエナジー・パンチラインアウト』を、グリフィンは『スパークリングアクエリアス』を奢って貰った。

試合後、再びスーパー銭湯で汗を流した夏月とグリフィンは施設を後にして夕食を摂るために何処に入るかを探していたのだが、此処でまさかの例のアクセサリーを扱っている露店商とエンカウント!

 

 

「おぉっと、またまた会ったな兄ちゃん?今日は褐色肌と青髪が印象的な美人さんとデートかい?てか、此れで四日連続か……ここまで来ると運命を感じるな?」

 

「運命ね……そうかもな。」

 

 

でもって夏月はグリフィンとお揃いのアクセサリーを購入し、其処にはバッチリとそれぞれの名前を刻んで貰った――此れもまた初デートの記念となるのだろう。

そして、夕食としてグリフィンが選んだのはまさかの『回転寿司』だった。

『お寿司って一度食べてみたかったんだよね』とのグリフィンの意見は分からなくはないが、其れなら其れで夏月は『回らない本物の寿司を味わって欲しかった』と思うのは仕方あるまい――『回転寿司』とは今や『寿司がメインのファミリーレストラン』と化しており伝統的な江戸前の握り寿司とは全く異なるモノになっているのだから。

だとしても回転寿司はその敷居の低さが魅力であり、寿司初体験の日本国訪問中の外国人にとっては良い場所であると言えるのだ。

なので夏月とグリフィンは回転寿司を堪能したのだが、『寿司の文化を間違って覚えられたら堪らない』と考えた夏月が、『焼き肉』、『ハンバーグ』、『トンカツ』と言った邪道なメニューは悉くキャンセルさせ、精々『焙り○○』に止めていた――尤も、其れが功を奏して『炙り大トロ』を食したグリフィンは『レアのステーキより美味しい』と感激していたが。

 

そんな訳で回転寿司でのディナータイムも終わり、夏月とグリフィンはIS学園島に向かうモノレールの駅までやって来ていた。

 

 

「こんだけ思いっ切り身体を動かしたのってのは大分久しぶりな気がするけど、其れだけにメッチャ楽しめたぜグリ先輩……今度は、屋内プールでレンタルじゃないグリ先輩の水着姿を拝みたいけどな。」

 

「其れは、夏休みのお楽しみって事で。今日は楽しかったよカゲ君……大好きだ。」

 

 

その駅構内でグリフィンは夏月の頬にキスをする……乙女協定のバトルによって夏月のファーストキスを貰う権利があるのはヴィシュヌなので、頬や額へのキスがヴィシュヌ以外の嫁ズに出来る現状での精一杯なのだ――其れを踏まえると、ヴィシュヌとのデート後にデートが予定されているロランと楯無はその精一杯を越える事も出来るのだが、其れはくじ運と言う事で納得するしかないだろう。

其れは其れとして、実はこの時ホームの端ではセシリアが秋五に頬にキスをしてアピールをしていたりした……まさかの事に秋五は暫しフリーズしてしまったモノのすぐさま再起動して、『うん、君の気持ちは確かに受け取ったよ』と返してそのスマイルで更にセシリアのハートを打ち抜いていたのだから中々の恋の曲者であると言えるかもしれない――この分だと、ゴールデンウィークの最終日に予定している箒とのデートもタダでは終わらないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学園に戻って来た夏月は直ぐに自室に戻ったのだが、其処で待っていたのはロランからの『格ゲー勝負』だった。

予想外の展開だったが夏月は其れを受け入れたのだが、結果は夏月の全勝だった――CPUの難易度を最高設定にして自主トレーニングを行っていたロランのレベルは確かに上がっていたのだが、夏月の場合はそもそもにして格ゲーと遊戯王に関してはレベルが打っ飛んでいるので、多少レベルアップした程度ではマッタク持って勝負にならなかったのだ。

 

 

「今日一日トレーニングをしていたのだが、其れでも全く持って歯が立たないとは……君は矢張りトンデモナイ存在であるみたいだね夏月?」

 

「格ゲーと遊戯王に関しては年季が違うんだよロラン……高々一日程度のトレーニングで俺を超える事が出来ると思うなってんだ……つか、大門が居るKOFとザンギエフが居るストリートファイターでは負ける気がしねぇんだわ。」

 

「君の大門とザンギエフには勝てる気がしないよ。」

 

 

その後もゲームを深夜まで楽しんだ後に、就寝となったのだが――

 

 

「何で居るし。」

 

「同室の特権はトコトン生かすべきだとは思わないかい夏月?今日もご一緒させて貰うよ。」

 

「さよか、まぁ好きにしてくれ。」

 

 

ベッドの上にはタンクトップとスパッツ姿のロランが。

ロランの抜群のプロポーションでのこの格好は可成りの破壊力があり、並の野郎だったら『ルパンダイブ』案件なのだが、夏月は特に興奮する事もなく一緒のベッドにイン!――するだけでなく、ごく自然に腕枕をしているんだから、此れが楯無に『初めて』を捧げた暁にはどうなるのか全く持って分かったモノではないだろう。

取り敢えず、夏月とロランの絆はデート前でも普通に強化されているみたいだ――其れと同じ位に、夏月とグリフィンの絆も此の日のデートで強化されたのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、グリフィンの部屋では……

 

 

「ん~~、カゲ君大好き~~!!」

 

「其れは分かった!分かったからオレに手加減なしの卍固めをかますんじゃねぇっての!!ソロソロ俺は限界だぜ!!」

 

「えい♪」

 

「アントニオ猪木!」

 

 

夏月へのラブ力が限界突破したグリフィンがそのラブ力を消費する為に何故かダリルに『元祖卍固め』を極め、グイグイ締め上げた後にグラウンド卍固めに移行して更に締め上げ、その結果としてダリルは謎の断末魔と共にKOされたのだった。

世界最強と称される『グレイシー一族』の強さを支えている『ブラジリアン柔術』の黒帯であるグリフィンの前では亡国機業のエージェントであるダリルも苦戦する相手では無かったようだ――ダリルの実力は二年生で三番目の実力者なのだが、グリフィンはナンバーツーなのでこの結果はある意味では順当な結果だったと言えるだろう。

だが、其れは其れとしてこのデートで夏月とグリフィンの距離が今までよりもグッと縮まったのは確かな事だと言えるだろう――ゴールデンウィークは残り三日だが、その三日で夏月と嫁ズの絆がより強固になると言うのは確定事項と言っても過言では無い。

其れはつまり、夏月と嫁ズの間にある『愛』は本物であると言う事なのだろう――ゴールデンウィークは残り三日、その三日のデートが如何なるモノになるのか、其れは神のみが知ると言う所なのだろうが、少なくとも全てのデートが良い結果に終わる事だけは確かな事であると言えそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode26『ゴールデンウィーク五日目~偶にはマッタリと~』

マッタリゆったり過ごすってのも良いモンだぜBy夏月     思い切り癒されたかしら?By楯無


ゴールデンウィーク五日目。

本日は夏月とヴィシュヌのデートの日なのだが、其れでも夏月は早朝トレーニングを欠かす事は無く、学園島を一周して学園寮前に戻って来た――何時もの『早朝トレーニング』ならば其処からフィジカルトレーニングに移るところなのだが、此の日はクラス代表対抗戦の日以来となる夏月とヴィシュヌが早朝トレーニングでエンカウントしたようだ。

 

 

「朝から精が出ますね夏月?」

 

「お前もな……てか、何でそんな複雑なポーズが出来んだよヴィシュヌ?」

 

「長年の修業の賜物、でしょうか?

 日々の鍛錬を起こる事が無ければ、此れ位は余裕です――特に夏月、貴方ならばきっと出来ると思いますよ?」

 

「いや、多分無理だと思う。てか絶対無理だって。関節の可動域越えてるし。

 前から思ってたんだけどよ、ヴィシュヌってもしかしたら普通の人よりも身体が柔らかいだけじゃなくて、関節の可動域が広いんじゃないのか?だからそんな人外なヨガのポーズが出来るんだと思うんだが……つか、ぶっちゃけダルシムもビックリなポーズだし。」

 

「言われてみれば、母からムエタイ以外にもグラウンドのテクニックも伝授されているのですが、その際に関節技を掛けられても只の一度もギブアップした記憶は在りませんね……私は特異体質だったという訳ですか。」

 

 

そして本日もまたヴィシュヌがヨガで何とも奇怪なポーズ――両足を頭の後で交差させて引っ掛け、更に背面合掌を行っており、これまたお約束的に夏月からの突っ込みが入った訳だが、如何やらヴィシュヌは普通よりも関節の可動域が広い『ダブルジョイント』と呼ばれる特異体質だったらしく、母親から護身術を兼ねたサブミッションを教え込まれた際にも一度もギブアップする事は無かったらしい。

同時に関節の可動域が広いと言う事は打撃に関しても有利に働く部分があり、関節の可動域が広ければそれだけ腕や脚がよりしなやかになるだけでなく、腰の捻りもより大きく出来るので打撃の重さも増し、連続攻撃もよりスムーズに行う事が出来るのである。

……何故『最強の人間』を目指して作られた夏月にその可動域の広い関節を持たせなかったのか些か疑問ではあるが、織斑計画を行っていた研究者達はダブルジョイントの存在を知らなかったのかもしれない。

 

 

「ま、ダブルジョイントの人間は脱臼もし難いって聞くし、怪我する確率も低くなるから良かったんじゃないか?」

 

「そうですね。

 其れよりも夏月、本日のデート宜しくお願いします。」

 

「あぁ、こっちこそな。何処に行くのか決めてあるのか?」

 

「決めてありますが、何処に行くかはデートが始まってからのお楽しみと言う事にしておいて下さい。」

 

「だな、そうしとく。」

 

 

話題は本日のデートの事になったが、『何処に行くのかはデートが始まってから』と言うのは当然と言えば当然の事であると言えるだろう。

デート前に何処に行くのかを知っていれば其れに適した服装を選ぶ事は出来るが、何処に行くのかと言うワクワク感は薄れてしまうので、デートの新鮮さを味わいたいのであればデート前よりもデートが始まってから、もっと言うのであれば実際に目的地に到着して初めて知ると言うのが良いのだろう。

 

トレーニングを終えた夏月は自室に戻るとシャワーで汗を流した後に朝食作りを開始し、途中でロランが起きて朝食の準備を手伝うのもスッカリ朝のお馴染みの光景となっている。

本日の朝食メニューは麦飯、アジの干物のグリル焼き、白菜のピリ辛浅漬け、ダイコンと白菜とエノキダケとネギと油揚げの味噌汁と言う100%和食のメニューで、夏月は勿論ロランも美味しく頂いた。夏月の作る朝食は和食が圧倒的に多いので、ロランもスッカリ和食の魅力に嵌ってしまったようだ。

 

朝食を終えた夏月は着替えると、ロランに『冷蔵庫にシーフード入りのホワイトソースが入ってるから、今日のランチはソイツをドリアにして食べてくれ』と言って部屋を出て待ち合わせ場所であるモノレールの駅へと向かって行った。

その『シーフード入りホワイトソース』は一人分の量ではなかったので、ロランは昼食時にコメット姉妹を部屋に呼んでドリアを振る舞い、そのドリアのホワイトソースを作ったのが夏月だと知ったコメット姉妹は驚き、此処に新たに夏月の料理に魅了された少女が二人爆誕したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode24

『ゴールデンウィーク五日目~偶にはマッタリと~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノレールの駅でヴィシュヌを待っている間、夏月はまたもスマホの『マスターデュエル』をプレイしていた。今日はまた別のデッキを使っているみたいだが……?

 

 

「先攻とって、手札に黒炎弾二枚と、真紅眼融合が揃ってたら、相手に手札誘発が無い限りは直焼きのワンターンキルが確定するって、真紅眼デッキの直焼き火力ヤバいだろ絶対に。

 青眼は『高い攻撃力で相手を粉砕するビートダウン』、ブラマジは『多数のコンボを駆使するコントロール』が基本なのは良いとして、何故に真紅眼は原作のルールじゃ禁止だった『直接火力』になったのか分からねぇよな……」

 

 

如何やら本日は『真紅眼デッキ』を使っていたようだが、その凶悪な『直接火力の威力』に若干引いていた――相手に手札誘発がなければ、手札次第では先攻1ターンキルが可能と言うのは確かに凶悪極まりないのだから致し方あるまい。

先攻を取る事が出来て、尚且つ手札が揃っていれば環境デッキを一方的にフルボッコに出来る『真紅眼』は、実は初代御三家デッキでは最強であるのかもだ。

流石に『直焼きはつまらない』と思った夏月は、デッキを一軍の『青眼』に切り替えてデュエルを楽しんでいたのだが、其れでも1ターンで『青眼の究極竜』、『ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン』、『青眼の究極亜竜』を揃えてしまうのは見事であると言えるだろう。

 

 

「お待たせしました夏月。」

 

「マスターデュエルで六連勝する位には待ったが、待つのもまたデートの内だからマッタクもって問題ねぇよ。因みにこれで現在二十八連勝だな。」

 

「其れはお見事です。」

 

 

六連勝したところでヴィシュヌがモノレールの駅にやって来たので夏月はアプリをオフにして本日のオンラインデュエルはデュエルは終了となった。

此処からデートがスタートな訳だが、恒例の本日の二人のファッションはと言うと、夏月はベージュのダメージジーンズに黒地に白で『法で裁けない外道は、外法を以ってしてこの拷問ソムリエが裁く』と入ったTシャツで、腰には髑髏をあしらったシルバーチェーンと言う出で立ち……今日のTシャツも中々に個性的である。

ヴィシュヌの方はと言うと、タイの伝統的な民族衣装を彷彿させる少しタイトな花柄のロングスカートに、若葉色の七分丈のボタン付き袖なしシャツを合わせ、桜色のベストと言うコーディネート。

ヴィシュヌのファッションは、所謂『へそ出し』になるのだが、ヴィシュヌの場合はそんじょそこらのギャルのへそ出しとは違い、鍛え上げられて見事なシックスパックになった腹筋も一緒に見えているのでふしだらな感じはマッタク無く、寧ろヴィシュヌの健康的な身体の美しさを際立出せているくらいだ。

 

 

「拷問ソムリエって何ですか?」

 

「ありとあらゆる拷問に精通した、法で裁かれなかった外道を狩るダークヒーローって所だな……YouTubeの『バグ大』の拷問ソムリエ『伊集院茂夫』は世界中のありとあらゆる拷問に精通してるだけじゃなくて戦闘力もぶっちぎりで武闘派のヤクザもビビるって居るバグ大最強のキャラだな。」

 

「拷問ですか……タイには、昔の刑務所で実際に行われていた拷問として、対象の顎にフックを突き刺して宙吊りにして、其処にムエタイを叩き込むと言うモノがあったらしいです。」

 

「ソイツは地獄だなぁ。

 まぁ、其れは其れとして、其のファッションイケてると思うぜヴィシュヌ。」

 

「ありがとうございます。貴方のファッションも個性的でいいと思いますよ。」

 

 

お互いにファッションを褒めた後にモノレールで本土まで移動すると、モノレールの駅からバスで新宿まで移動し、新宿駅から京王線に乗ってやって来たのは東京都下の府中市。

府中駅は大きな駅ビルがあり、その駅ビルには100円ショップを始めとした様々なテナントが入っており、一階にはスーパーマーケットやスウィーツ店が展開されてるだけでなく、駅ビルのすぐ隣には二階建ての『TUTAYA』があり、駅ビルから少し歩いたところには大型のデパートも展開されている活気溢れる場所なのだ。

だが、逆に言うとデートスポットになるような場所は殆どなく、夏月も『何で此処に来たんだ?』と少しばかり疑問だったのだが、駅を降りてヴィシュヌに連れて行かれた場所を見て納得だった。

ヴィシュヌが連れて来たのは、駅の近くでありながら少しばかり路地を入ったところにある隠れ家的な『ゲームショップ』だったのだ。

 

 

「此処は……コイツは掘り出し物があるかもな。」

 

「確実にあると思います。」

 

 

『e-スポーツ部の部員として部に貢献したい』と考えたヴィシュヌは、デートの最初の場所としてインターネットを使って調べた此の店を選んだのだった。

隠れ家的なショップだけに『知る人ぞ知る』と言った店なのだが、店内にはレトロなゲーム機やゲームソフトだけでなく、店内に所狭しと並べられているショーケースの中には遊戯王の『スーパーレア』以上のレアカードがリーズナブルな値段でバラ売りされていた。

そこで夏月はPSソフトの『エアガイツ』、『鉄拳』と、遊戯王のバラ売りカードで初期イラスト版の『青眼の白龍』、『ブラック・マジシャン』、『真紅眼の黒竜』のシークレットレア仕様のカードを購入し、ヴィシュヌは初期テキストのシークレットレアの『混沌帝龍』のカードを購入していた――ヴィシュヌが使っているデッキは『カオスロード』なので、エラッタによって大幅に弱体化したとは言っても『混沌帝龍』はデッキに入れておきたかったのだろう。

 

隠れ家的な中古ショップで良い買い物をした夏月とヴィシュヌは京王線で八王子駅まで移動すると、其処からJR中央線に乗り換えて、やって来たのは高尾山。

 

 

「おぉっと、此れで五回目のエンカウントだなぁスカーフェイスの兄ちゃん?」

 

「アンタ、今日は此処でだったのか。」

 

 

そして駅を降りたところで此れまで四日連続でエンカウントしている露店商と出会い、そんでもって当然の如く『デートの記念』としてお揃いのシルバー製のブレスレットを購入し、ブレスレットの裏には夫々の名前を刻印して貰った――こうなると、此の露店商とは七連続のエンカウントもあり得るのかもしれないな。

 

 

「んで、高尾山なんだが……若しかして登山イベントか?」

 

「いえ、山頂まではケーブルカーで上りましょう。」

 

 

夏月は登山イベントかと思ったのだが、ヴィシュヌはケーブルカーで上ると言って来たので登山イベントではないのだろう。

 

ケーブルカーのチケットを購入し、いざケーブルカーに乗り込んだのだが、其れはまた何とも不思議な空間であった――ケーブルカーは山の傾斜に合わせて設計をされているのだが、ケーブルカーの共通設計として車内は大雑把な段設定になっているのだから。

満員になった場合に、立っている客が転んだ際に大怪我を負わないように、敢えてスロープにはせずに段設定をしているのだろう。

 

 

「ケーブルカーを使うと楽だな。」

 

「徒歩の登山よりも時間は掛かりませんし、ケーブルカー自体の速度は其処まで速くありませんから新緑を楽しむ事も出来ますから。」

 

 

ケーブルカーでゆったりと新緑を楽しみながら高尾山を上って行き、十分弱で中腹の『高尾山駅』に到着すると、其処からは舗装された一号路――表参道を歩いて新緑の季節の山を堪能する事に。

表参道は登山道とは異なり全行程舗装されており、ケーブルカーの駅からの道はアップダウンも少ないので新緑の山をゆったりと楽しみたいのならば此方の方が向いているだろう。

無論登山道を使って登山するのも良いモノだが、ヴィシュヌの高尾山のデートプランはあくまでも『ゆったりと楽しむ』と言う事なので、其れならば断然ケーブルカーで上ってからのら表参道一択な訳である。

表参道は舗装されているとは言え、其れ以外は手付かずの自然が残されており、新緑の樹木の香りに枝間から差し込む木漏れ日、小鳥のさえずりやそよ風が木々の小枝を揺らす自然が奏でる音楽がゆったりとした気分にさせてくれそうだ。

 

 

「なんか、こう言うのも良いな。久しぶりにゆっくり過ごしてるって気分だ。」

 

「其れならば良かったです。」

 

 

夏月にとっても此の高尾山の表参道ートは思った以上に楽しいモノになっているみたいである。

此れまでのデートは、ゲームセンター三昧、コスプレイベント、聖地巡礼、スポーツ三昧と割と賑やかなモノだったので、ゆったりと静かに過ごすデートと言うのは新鮮な気分だったのだ。

そうして暫く表参道を歩いていると、何かがヴィシュヌの胸元に落ちて来た。

 

 

「葉っぱ、ですよね此れ?ですが、何か不思議な形をしているような気が……」

 

 

其れは木の葉だったのだが、特に風も強くないのに新緑が枝から落ちると言うのは少しオカシナ話であり、落ちて来た木の葉も葉巻タバコの様に巻かれており、とても自然に落葉したモノとは思えない代物だったのだ。

 

 

「此れは……オトシブミの卵だな。」

 

「オトシブミ?」

 

「そう言う名前の昆虫でな。

 オトシブミの仲間は卵を木の葉っぱに産み付けた上で、その葉っぱをこんな風にクルクル巻いてから地面に落とすんだよ。

 樹上に置いたままだと鳥とか他の昆虫とかに狙われ易いけど、地面に落として雑草や落ち葉の中に隠れちまえば狙われるリスクが相当低くなる上に葉っぱで巻いちまえば葉っぱ其の物が卵をガードする要塞にもなるから、こんな不思議な形にしてるんだとさ。」

 

「良く知っていますね?少し意外でしたが、それにしても見事な知恵ですね……」

 

 

その不思議な木の葉の正体は夏月には分かったらしく、其れが何であるのかを説明し、ヴィシュヌは予想外の夏月の知識に驚くと共に子孫を繋ぐ為の知恵に感心していた――因みに夏月が妙に詳しかったのは、小学生の時に図鑑に嵌っていた時期があり、特に昆虫図鑑を好んで読んでいたからだったりする。

此のオトシブミの卵を皮切りに、高尾山や周辺に住む野生動物の姿をちらほらと見るようになり、キツツキやヤマガラと言った野鳥に蝶やナナフシと言った昆虫、果てはタヌキやニホンザルと言った動物まで見る事が出来た。特に基本的に夜行性の動物であるタヌキを昼間に見る事が出来たのは可成りレア体験と言えるだろう。

自然を体感しながら表参道を進むと、その先にあったのは『高尾山薬王院』だ。

『浄心門』を潜った後に『百八段階段』を上り、その先にある『仏舎利塔』に手を合わせてから『山門』、『仁王門』を通った後に先ずは『御本堂』を参拝し、『御本社』、『奥之院』、『浅間社』、『大師堂』の順で参拝した後に御護摩受付所で高尾山薬王院独特の『天狗の御朱印帳』を、夏月は黄色、ヴィシュヌは赤を購入して、最近では『参拝の証』ともなっている『御朱印』を貰って高尾山薬王院を後にした――因みに、高尾山薬王院の奥の山道を上って行くと頂上に辿り着くのだが、本日のデートプランは薬王院迄だったので、此処でUターンと言う訳だ。

ケーブルカーの駅へと戻る帰り道では、『たこ杉』と言う樹齢百年以上の大杉の写真を撮り、行きと同様に自然を満喫しながら歩いていたのだが……

 

 

『コン♪』

 

「夏月、アレは……」

 

「キツネだな。しかも奇形か?尻尾が二本ある。」

 

 

夏月とヴィシュヌの前に尻尾が二本あるキツネが現れたのだ。

高尾山にはタヌキだけでなくキツネも居ると言えば居るのだが、人前には滅多に姿を見せないので、こうしてその姿を拝む事が出来ると言うのは昼間にタヌキを目撃する以上のレア体験であると言えるだろう。

見たところまだ子ギツネのようだが、遊んでいる内に表参道に出て来てしまったのだろう。夏月とヴィシュヌは怖がらせないようにキツネがその場を去るのを待っていたのだが、そのキツネはその場から去るどころか夏月とヴィシュヌの方に近寄って来て、なんと二人に身体を擦り付けて来たのだ。

 

 

「夏月、此れは一体如何した事でしょうか?」

 

「そんな事は俺が聞きたいっての……まさか尻尾が二本ある子ギツネとエンカウントして、更にイキナリ擦り寄られるとは予想外にも程があんだろ流石に?キツネに抓まれたような気分だぜ。相手がキツネだけに。」

 

 

まさかの事態に驚きはしたモノの、自分達の事を全く警戒していないみたいなので夏月とヴィシュヌもそのキツネを撫でてやり、再びケーブルカーの駅に向かって歩き始めたのだが、なんと其の子ギツネも一緒に歩き始めた。二人に付いて来たのだ。

初めの内は夏月とヴィシュヌも『その内何処かに行くだろう』と考えたのだが、子ギツネは一向に何処にも行く気配はなく遂にケーブルカーの駅まで付いて来てしまったのだ。

 

 

「オイオイ、何処まで付いて来る気だ?そろそろ帰らないと、お母ちゃんが心配しちまうぞ?」

 

「此処から先は一緒には行けませんよ?自分のお家に帰らないとダメです。」

 

 

流石に此れ以上は一緒に居る事は出来ないと考えて、夏月とヴィシュヌは子ギツネに自分の巣に帰るように言ってみたのだが、子ギツネは頑としてその場から動こうとはせずにじっと二人の顔を見つめている――其れはまるで『一緒に連れて行って』と言わんばかりだ。

 

 

「……若しかしてコイツ、親や兄弟を亡くしちまったのか?

 自分一匹だけ生き残って、そんでもって困り果ててた所で俺達と出会って……擦り寄って来たのはSOSのサインだった、そう言う事なのか?もしそうだとしたら、流石に見捨てる事は出来ないよな?」

 

「ですが、連れて行くのも難しいですよ?下山は徒歩でも可能ですが、此れから先の予定では動物を連れて行くのは無理なモノなので……」

 

「……だったらイチかバチか、あの伝説の掛け声を試してみるか――子ギツネ、『ヌイグルミ!』」

 

 

だからと言って一緒に連れて行く事は出来ないのだが、親と兄弟を亡くして偶然であった自分達に助けを求めて来たのだとしたら見捨てる事は出来ないので、夏月は動物を合法的に様々な施設に合法的に連れ込む事の出来る伝説の呪文である『ヌイグルミ』を唱えると、其れを聞いた子ギツネはお座りした状態で微動だにしなくなった……あの呪文は猪だけでなくキツネにも有効だったようだ。

そんな訳でヌイグルミ状態なった子ギツネを抱えてケーブルカーに乗り込んで下山。ケーブルカーの中で性別を確認したらメスだったので、名前を二人で考えて決まった名前は、夏月が話した『安倍晴明の母親である葛の葉は妖狐だった』と言う伝説から『葛の葉』を捩って『クスハ』となった。

流石に野郎がヌイグルミを抱えているのは不気味なのでクスハはヴィシュヌが抱っこしていたが。

 

下山した頃には丁度昼食時だったのだが、ランチもヴィシュヌは考えていたらしく駅から程近い蕎麦屋を本日のランチタイムの場所とし、確りと予約も入れていた。

 

 

「蕎麦屋か、渋いな?」

 

「学園の学食で日本の麺を色々と食べてみましたが、うどん、素麺、蕎麦の中では一番蕎麦が私の好みだったんです。あの独特の香りはとても素晴らしいモノです。

 其れと、此の店では高尾山の名物蕎麦が味わえるとの事でしたので、此れは外せないと思ったんです。」

 

「高尾山の名物蕎麦?」

 

「とろろ蕎麦です。」

 

 

そしてこの店は高尾山名物の『とろろ蕎麦』が食べられる店でもあったのだ。

『とろろ蕎麦』と言うと、一般的には蕎麦のツナギにとろろ芋を使っているモノを指すのだが、高尾山のとろろ蕎麦はつけ汁にとろろ芋を加えた独特のとろろ蕎麦であるのだ。

お伊勢参りの宿場町に伝わる『麦とろ』と同様、高尾山でも険しい山道を登る薬王院への参拝者の為に滋養強壮効果のある山芋を摩り下ろしたとろろ芋が振る舞われており、江戸時代に其れが庶民食の代表であった蕎麦と融合してとろろ蕎麦が誕生したとも言われているのである。

となれば、当然オーダーはとろろ蕎麦一択なのだが、とろろ蕎麦単品ではなく、天ぷらとセットの『天とろろ』の特上をヴィシュヌは並で、夏月は特盛で注文した。

 

 

「お待たせしました、天とろろで御座います。」

 

 

注文してから十五分程して天とろろの特上が運ばれて来た。

蕎麦はザルに盛られ、つけ汁にはとろろ芋が投入されているがネギやワサビと言った蕎麦のお供とも言える薬味はなく純粋に蕎麦ととろろ芋のコラボレーションを楽しむメニュー構成となっていた。

天婦羅の方も季節の山菜(山独活、タラの芽、こしアブラ)と江戸前の海鮮(車海老、穴子、ヤリイカ)、そして東亰のブランド豚である『東京X』のバラ肉とバラエティに富んでおり満足の行くモノだった――天婦羅は天然の岩塩でと言うのもポイントが高いと言えるだろう。

ランチにはデザートも付くのだが、そのデザートも『葛饅頭』と和のスウィーツであり、葛のプルプルの食感と絶妙な甘さの餡がベストマッチだった。

会計はヴィシュヌは割り勘の心算だったのだが、夏月が『良い店に連れて来てくれた礼に俺が払うよ』とヴィシュヌの分も払い、ヴィシュヌも『ありがとうございます』と礼を言ったが、其れとは別にヴィシュヌはテイクアウトでサイドメニューの『稲荷ずし』を購入し、店を出た後でクスハにご飯として与えていた。

 

 

「旨かった~~……で、次は何処に行くんだ?」

 

「今度は奥多摩まで足を延ばすとしましょう――そして其処までは、GW期間限定の特別車両で行きましょうか。」

 

 

午後は奥多摩まで足を延ばす予定だったらしく、駅で奥多摩行きの列車を待っていたのだが、其処に現れたのはまさかの『C-62』型の蒸気機関車だった。

ヴィシュヌはインターネットで、GW期間限定で蒸気機関車が運行されている事を知り、運行時間も調べて蒸気機関車に乗れるようにデートプランを組んで来たと言う訳である。

 

 

「SLか……良いね。一度乗ってみたいと思ってたんだよ!しかも、C-62じゃないか!」

 

「旅客用のSLは番号が『C』だと言う事は知っていましたが、C-62はその中でも特に人気の車両らしいですね。」

 

 

客車は流石に当時のモノではなく、当時のモノに限りなく近いカラーリングが施されているモノだが、其れでも外観だけでなく車内も昭和レトロな造りが再現されており、鉄道好きだったら乗るだけでもテンション爆上がりだろう。

高尾山口駅では時間調整の為に少しばかり停車時間が長くなっており、夏月とヴィシュヌも初めて生で見る実際に動いている蒸気機関車の姿をスマホで撮影し、其れをSNSにアップしたりしていた――勿論場所を特定されない為に何処の駅か分かる様なモノは写り込まないようにしてだ。

 

そして、こんなレア車両の登場ともなれば所謂『撮り鉄』も多く集まって来る訳なのだが、中にはより良い写真を撮ろうとマナーを守らない迷惑な撮り鉄が発生するのもある意味ではお約束であり、此処でもそんな迷惑な撮り鉄が駅員や真面目な撮り鉄とトラブルを起こしていた。

鉄道の写真をホームから取る場合、点字ブロックの内側から撮影するのがマナーであり其れが当たり前なのだが迷惑撮り鉄はそのマナーを守らずに、当たり前のように点字ブロックを超えた地点から撮影を敢行しようとしているのだ。

今は停車中だから兎も角として、此れが蒸気機関車がホームに入って来るタイミングだったら列車が緊急停止する事態になっていたかも知れず、多くの人に迷惑が掛かってしまう訳だが迷惑撮り鉄はそんな事は全く考えておらず、結果として駅員や他の良識のある撮り鉄とのトラブルになってしまうのだ。

だが、本日この場に集まった迷惑撮り鉄達は運がなかったと言えるだろう……何故ならばこの場に夏月が居るからである。

夏月はヴィシュヌに『ちょっと行って来る』と言うと、トラブルを起こしている迷惑撮り鉄達に近付き――

 

 

「オイ、アンタ達がマナーを守らない事で多くの人に迷惑を掛けてるって分からねぇのか?」

 

「何だよ!良いだろ別に線路に降りてる訳じゃねぇんだし!其れに、良い写真を撮るために多少の無茶をするってのはカメラマンとしたら当然の事だろうが!」

 

「そうだそうだ!

 其れに此の写真をSNSに上げればバズるんだから、俺達はこの特別車両を広く広告してるって事になるんだぜ?礼こそ言われても、文句を言われる筋合いは何処にもねぇんだよ!」

 

 

声を掛けてみるも、迷惑撮り鉄達は自分達が迷惑行為をしていると言う自覚はマッタク無く、それどころか『この特別車両の事を広く知らせてやってるんだから、寧ろ感謝すべきだ』なんて事を言って来た……が、其れは夏月の逆鱗に触れる行為に他ならない。

 

 

「人様に迷惑掛けてまで撮った写真に何の価値があるんじゃあ!撮り鉄名乗るんなら最低限のマナーくらい守らんかボケがぁ!

 テメェ等みたいな迷惑な撮り鉄擬きのせいで、本当に鉄道を心から愛してる真の撮り鉄さん達も白い目で見られちまうんだろうがぁ!人様の迷惑になる事はやっちゃいけませんって母ちゃんから習わなかったんか、此のアホンダラゲェ!!」

 

「キシャポッポ!?」

 

「シンカンセン!!」

 

「オダキュウデンテツ!?」

 

 

次の瞬間、夏月の鉄拳が迷惑撮り鉄達に炸裂して、全員一撃でKOしてしまった。

そして、この迷惑撮り鉄達を駅員に引き渡してターンエンド――普通ならば此処で警察を呼んで事情聴取となるところだが、夏月は『第十七代更識楯無』の最側近であり、其の存在は政府関係者は勿論の事、警察や消防に救急、自衛隊に公共施設の職員にも知られているので、今回の様に明らかに『他者の害になっている』存在をぶちのめした際にはお咎めなしとなっており、夏月は事を済ませると客車に乗車してヴィシュヌと共に奥多摩へと向かって行った。……ある意味では『更識楯無の最側近』だからこその特権な訳だが、その特権を悪用したらその者は『更識流百八式拷問術』によって死ぬより辛い責め苦を味わう事になるので、そんな馬鹿な事をする輩は居ないと言えるだろう。

 

迷惑撮り鉄達をぶちのめしてから、改めて蒸気機関車に乗り込み、辿り着いたのは奥多摩地方。

大都会の東京都心に隣接していながら、豊かな自然が残っている場所であり、多摩川の源流に近い上流は透明度の高い清流となっており、清流にしか生息しないアユやヤマメが釣れると言う事で、釣り人の穴場となっていたりするのだ。

 

そんな奥多摩地方でヴィシュヌの案内でやって来たのは小さな隠れ家的な温泉施設だ。

奥多摩は、実は高尾山から源泉を引いている温泉施設が其れなりに存在しており、都心から日帰りでアクセス出来ると言う理由で、コアな温泉好きからは隠れた名湯がある場所として人気だったりするのだ。

 

 

「予約していたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーですが……」

 

「お待ちしておりましたギャラクシー様。どうぞ此方へ。」

 

 

ヴィシュヌは此の温泉施設を予約していたらしく、フロントで『予約していた』事を伝えると、仲居が夏月とヴィシュヌを案内して、辿り着いた先は『露天風呂』だった。

如何やら予約を入れておけば露天風呂を貸し切りに出来るらしく、ヴィシュヌは露店を貸し切りにして貰ったらしい――そして貸し切りならば存分に楽しめると考えた夏月は特に深く考えずに入り口でヴィシュヌと分かれ、脱衣所で服を脱いで腰にタオルを巻いて露天風呂にログインだ。

 

 

「此れは、中々の絶景だな。」

 

 

その露天風呂は、多摩川の上流部の清流と奥多摩の木々のコラボレーションを堪能出来るモノとなっており、GW中の今は新緑と清流の組み合わせが初夏を目前にした季節の美しさを此の上なく演出してくれていた。

 

 

「気に入ってくれたのならば良かったです。」

 

「へ?って、ヴィシュヌ!?」

 

 

だが、此処でまさかのヴィシュヌが参戦!

その身体にはバスタオルが巻かれているのだが、其れでもバストサイズが90cmオーバーのヴィシュヌがバスタオル一枚と言うのは破壊力がトンデモナイレベルであり、夏月も無意識に『男のミサイルが発射準備万全』になってしまったのは致し方あるまい。

 

 

「な、何で此処に居るんだよ!?」

 

「露天は混浴なんですよ此の温泉……だから貸し切りにして貰ったんです。此の温泉は、貴方と一緒に楽しみたかったんです。」

 

「そう言われたら何も言えねぇな……」

 

 

大人しそうなヴィシュヌがまさかの大胆な行動に出て来た事に驚いた夏月だが、ヴィシュヌから『温泉を一緒に楽しみたかった』と言われたら其れ以上は何も言えないので、ヴィシュヌと一緒にこの露天風呂を堪能した。序に、クスハは桶に張ったお湯で『ミニ温泉』を堪能した。

 

夏月にとっては少しばかりのハプニングがあった温泉だったが、温泉を堪能した後はフロントでお約束とも言える『風呂後の牛乳』を購入し、夏月はコーヒー牛乳でヴィシュヌはフルーツ牛乳だった。

温泉を満喫した後は、JRと京王線を乗り継いで調布まで移動すると、駅前の『お好み焼き屋』で少し早めの夕食を済ませた――その際に、夏月が本職も舌を巻くレベルの見事なヘラ捌きを見せて注目されていたが、料理が趣味の夏月にとってはお好み焼きを良いタイミングでひっくり返す事位は造作もなかったのだろう。

因みに夏月が注文したのはお好み焼きの定番とも言える『ブタ玉』で、ヴィシュヌが注文したのは『エビ玉』だった。そして、〆のメニューは、最近のお好み焼き屋では〆のメニューとして定番となっている『焼きラーメン(豚骨)』で、其れも美味しく頂いた。

 

そしてモノレールの駅までやって来たのだが、此処で『クスハをどうするか』という問題が発生した。

GW中ならば日替わりで面倒を見る事が出来るのだが、普段は日中の面倒を見る事が出来ない為に学園島に連れて行く事は出来ないのだ――クスハを連れて授業に参加したら、千冬が何をしてくるか分かったモノではないから尚更だ。

 

 

「困った時は、此の私に任せんしゃい!」

 

「束さん!?」

 

「貴女がドクター・束……」

 

 

だが其処に、呼んでもいないのに束が参上し、『その子は私が預かるよ!』と言っていた……と言うのも、束はISとその関連装備以外にも、様々なモノを開発・試作していて、その中には『人間と動物のコミュニケーションをもっと円滑にしたい』との思いで開発された装置もあり、其の装置の起動実験の動物が欲しかった束にとってクスハの存在は渡りに船だった訳だ。

夏月も『束さんだったら無茶な動物実験はしないよな』と考えて、クスハを束に引き渡した――篠ノ之束と言う人物は一般常識を宇宙の彼方のブラックホールに蹴り飛ばしてしまったようなぶっ飛んだ人物であるが、しかし命の重さを重々に承知しているので命を軽んじた行為だけは絶対にしないのである。

 

 

「クスハちゃんは確かに受け取ったよ!そんじゃ、かっ君とヴィーちゃんも此れからお幸せに!」

 

 

だがしかし、去り際に爆弾を落として行くのは流石は『天災』と言ったところか……恐らくは、真面目故に弄り甲斐があると言う傍迷惑な愛情表現がヴィシュヌに炸裂したのだろう。

 

 

「夏月……私は、貴方の事を愛しています……其れは、間違いありません。」

 

「其れは分かってる……そして、其れは俺もだよヴィシュヌ。俺はお前の事を愛してる。」

 

「夏月……ん……」

 

 

束が去った後、夏月は改めてヴィシュヌの肩を抱くと、その唇を奪う。

謎のクジによって『夏月のファーストキス』を貰う権利はヴィシュヌが獲得したのだが、そのヴィシュヌの権利を夏月はヴィシュヌとの初デートで消化してみせた――初デートでファーストキスを達成させてしまうと言うのは、何とも凄い事であるのだが、其れが出来たのも夏月がヴィシュヌの事を真剣に愛し、ヴィシュヌも夏月の事を真剣に愛しているからこそだろう――尤も其れは、夏月組全員に言える事であろう。

全員が夏月の『秘密』を知った上で全て受け入れ、夏月もそんな彼女達と真摯に向き合っているからこそ、其処に真の愛情と信頼が生まれると言うモノなのだから。

 

モノレールのホームで唇を重ねた恋人達の姿は、月明かりだけが照らしていた。

 

 

そしてゴールデンウィークは残るところあと二日だが、残る二日もきっと夏月の記憶に残るデートになると言うのは、略間違いない事だと言っても過言ではあるまい。

残り二日、夏月にはどんなイベントが待っているのか実に興味深いモノである。

 

 

そしてその夜。

 

 

「ロランちゃん、夏月君息してる?」

 

「してない……と、勘違いしてしまう位に呼吸回数が少ないね。死んだように眠るとは此の事かもしれないな。」

 

 

本日のゆったりデートで思い切り癒された夏月だったが、だからこそ残り二日となったGWを全力で楽しむためにも更なる英気を養おうと本日は完全就寝時間が訪れる前にベッドに入り、ベッドに入るなり秒で眠りに就いてしまった……就寝前に楯無が夏月とロランの部屋を訪れた際には、呼吸回数すら生きるのに最低限の回数となって、体力回復に回すエネルギーを多くしていたと言うのだから恐ろしい。此れもまた『織斑計画』で生み出されたが故に可能となっている事なのだろう。

其れは其れとして、今日のデートで夏月とヴィシュヌも距離が縮まったのは間違いないだろう――そして其れは同時に夏月とヴィシュヌの絆が鋼の強さを得た事でもあるのだ……今回のデートもまた、最高の結果になったのは言うまでもない事だろう。

ゴールデンウィークは残り二日、ロランと楯無とのデートでは何が起きるのか?――取り敢えず、デートをぶち壊しにするレベルの事が起きないように神様に祈っておくとしよう。……この世に本当に『神様』が存在しているかどうかは分からないが。

 

 

「お休み、夏月。」

 

「あら大胆♪」

 

 

取り敢えず本日は、ベッドに横たわる夏月の頬にロランがキスを落としてターエンドだ……それを見た楯無も便乗して夏月の頬にキスを落とした後に自室へと戻って行った、ゴールデンウィークは残り二日。

セミファイナルのロラン、ファイナルステージの楯無が一体どんなデートプランを用意しているのか……此の二人は何か凄いプランを考えていそうな気はするが、其れでも夏月の負担にならない事は考えているだろうから、トンデモプランだけは無いだろう。ある意味で実際に蓋を開けるまで詳細不明の『パンドラの箱』に似たスリルがあるのは否定し切れない部分があるが。

其れは其れとして、GW五日目のヴィシュヌのデートプランは大成功であったと、そう言うより他に彼女のデートプランを賞賛する言葉はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode27『ゴールデンウィーク六日目~まさかのドームライブ~』

ラーメンは日本人のソウルフードだぜ!By夏月     まぁ、否定はしないわBy楯無     ラーメンはジャパニーズソウルの塊だねByロラン


ゴールデンウィーク六日目。

本日は夏月とロランのデートの日だが、今日も今日とて夏月は早朝のトレーニングをバッチリ行った上で只今朝食の準備中――昨夜は『生命維持に必要となる最低限の呼吸数』で睡眠をとった事でバッチリと英気が養われ、何時も通りの朝を迎える事が出来ているみたいだ。

 

夏月が朝食の準備をしている間にロランが朝シャワーを浴びるのも何時もの光景であり、シャワーを浴び終えたロランはスパッツにタンクトップと言う何ともセクシーな格好でシャワールームから出て来たのだが、そのロランの胸元に天井から何かが落ちて来た。

 

 

『コンニチワ、Gデス。』

 

 

其れは、人類の永遠の敵と言っても過言ではない、主に台所に出没する『黒光りするG』だった。

 

 

「(何故シャワー上がりに?何故胸元に?そもそも如何してお前が此処に居る?)」

 

 

普通ならば悲鳴を上げるところなのだが、突然の事態にロランの思考は逆に冷静になり、同時に沸々と怒りが湧いて来たらしく、あろう事か胸元に落ちて来たGを素手で掴むと思い切り床に叩き付けて見せたのだ。

Gを素手で掴むと言う事自体が驚くべき事なのだが、女性であるロランが其れを行ったと言うのは驚くと言うレベルを超えていると言えるだろう……其れだけ凄まじい怒りが湧いて来たと言う事なのだろうが。

 

 

「夏月、何か武器を!」

 

「はいよ、ダスキンのモップ。」

 

「此の戯けがぁぁ!!」

 

「はい、トドメのゴキジェット。」

 

「死に晒せぇぇぇぇぇ!!」

 

『ジョオーサマー!!』

 

 

床に叩き付けたGに対してロランはモップでの一撃を振り下ろすと、トドメにゴキジェットを噴射してターンエンド!

……既にモップの一撃で決まっていたであろう事を考えるとゴキジェットはダメ押しを通り越したオーバーキルであるのだが、念には念をと言う事だろう。『核戦争で世界中のありとあらゆる生き物が死滅したとしても篠ノ之束とGだけは生き残る』と言われている彼等の生命力は実に侮れないのである。

 

 

「はぁ、はぁ……何で此の部屋に奴が出るんだい夏月?

 此の部屋にGの発生源は無かったと記憶しているんだけどね?生ゴミは密閉式の蓋付きの発酵機に入れて処理している筈だろう?」

 

「なら別の部屋で発生したのが外から入って来たんだろうな……でもって、発生源は寮監室だろうな。」

 

「ふむ、その心は?」

 

「寮監室に居るのが織斑千冬だから。

 ぶっちゃけアイツの家事能力は壊滅的で、料理をすればダークマターを生成し、掃除をすれば掃除する前よりも汚れるなんて事はざらで最悪の場合はグラウンドゼロが発生だ。

 俺が織斑一夏だった頃、小学校の時に秋五と一緒に二泊三日の宿泊合宿で家を空けた時なんざ帰宅したら家の中が異空間になってたからな……アレをたった一日で掃除した俺と秋五は偉いと思うぜ?しかもゴミが散乱してただけじゃなくで、カップ麺の空き容器の中でGが謎の進化をしかけてたから速攻で殺虫剤だったぜ。」

 

「うわぁ……」

 

 

如何やら今回現れたGの発生源は千冬が使っている寮監室の可能性が高そうだが、もしも夏月の予想通りだとしたら寮監室の現状を確かめた上で学園長に報告して寮監を別の教員に変えて貰う必要があるだろう……自分の家でもないのに綺麗に使う事が出来ない人間が生徒の模範になる筈がないし、そんな汚部屋が存在している事自体が生徒にとってはマイナスでしかないのだから。

 

取り敢えずGが落下して来て、しかも其れを掴んでしまったロランはシャワーを浴び直し、其の間に夏月は朝食を完成させた。

まさかのハプニングで一緒に朝食の準備が出来なかったのはロランとしては不満であるのだが、『まぁ、偶にはこう言う事もあるか。』と思い直して本日のデートの方に気持ちを切り替えて行ったようだ。

そして本日の朝食は『もち麦入りご飯』、『鮭のカマの塩焼き』、『豆腐と玉ネギの中華風サラダ』、『納豆(茹でて刻んだモロヘイヤ、ちりめんじゃこ、塩昆布トッピング)』、『長ネギとナスと厚揚げとなめこの味噌汁』と毎度の事ながら美味しいだけでなく栄養バランスもバッチリのモノだった。

 

朝食を終えた後は外出用の服に着替えるのだが、此処は流石に夏月はシャワールームで着替えを済ませた……同室故のハプニングがゼロではないが、流石に着替えは別々の部屋でだ。

その際にもシャワー室の扉を少しだけ開けてロランの生着替えを覗こうとしなかった夏月は真に紳士であると言えるだろう。

 

そして着替えを終えた夏月とロランは本日のデートに繰り出して行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode27

『ゴールデンウィーク六日目~まさかのドームライブ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同室と言う事でモノレールでの駅での待ち合わせは無く、寮の部屋からデートが開始された訳だが、先ずは本日の夏月とロランのファッションコーディネートを見て行くとしよう。

夏月はワインレッドのスラックスにダークグレーのボタン付きシャツを合わせたシックでシンプルなコーディネートで、ロランは七分丈の黒いストレッチタイプのレディースのスラックスに白のボタン付きロングシャツ(裾が膝上まであるシャツ)を合わせ、その上から袖なしの赤いベストと言うコーディネートだ。

ロランはシャツの袖のボタンを留めていないが、本日ロランが着ているシャツはそもそもボタンを留めて袖口を締めるようにはなっておらず、ボタンはあくまでもデザインの一つなのである。

 

二人はモノレールの駅に向かうべく寮の玄関にやって来たのだが、其処でなにやら疲れた顔の秋五とエンカウントした。

 

 

「よう、朝から疲れてるみたいだけど如何した?」

 

「夏月とローランディフィルネィさんか……昨日の夜、ちょっと姉さんに用があったから寮監室に行ったんだけど、入ってみたらトンデモナイ汚部屋――を通り越した亜空間になってたから、今日は朝から寮監室の掃除をしてるんだ。

 で、今は超大型のゴミ袋を二つゴミ捨て場に持って行ったところ……でも、あの量だと最低でもゴミ袋はあと十枚は必要だろうね……ワンカップの瓶の中でGがメガ進化しかけてたし。」

 

「「うわ~お……」」

 

 

秋五がなにやら疲れていたのは朝っぱらから寮監室の掃除に駆り出されたからであり、同時に其れは夏月の予想が大当たりであった事も裏付けていた……果たしてドレだけの汚部屋であったのかは想像もしたくないが、ワンカップの瓶の中でGが独自の進化を遂げようとしていたと言うだけでも大分ヤバい状態であったのは間違いないだろう。

 

其れを聞いた夏月は寮のロビーにある自販機で飲み物を購入すると其れを秋五に投げ渡した。

 

 

「夏月、此れは?」

 

「姉貴の汚部屋の掃除に休日を費やす事になったお前への差し入れだ。

 モンスターエナジー・コーラ。モンエナの中でも最強クラスのクレイジーなテイストだけど、その分パワーチャージ能力はピカ一だ。其れ飲んで頑張んな。」

 

「ハハ、その気遣いに感謝するよ……君達はデートかな?楽しんでね。」

 

「勿論その心算さ。」

 

 

秋五に差し入れのモンスターエナジー・コーラを渡すと、改めてモノレールの駅に行ってモノレールで本土まで移動すると、バスに乗ってやって来たのは原宿のとあるシネマコンプレックス、通称『シネコン』だった。

ロランのデートプランの一発目は映画鑑賞と言う事らしい。

 

 

「映画か……ま、デートの定番と言えば定番だな。」

 

「ふふ、確かにそうかも知れないけれど、此のシネコンは少し特殊なモノでね、最新の映画ではなく昔の映画ノリバイバル上映を専門に行っているんだ。

 其れも只のリバイバル上映ではなく、ハイヴィジョンデジタルリマスターしたモノを更に4DXで上映すると言うモノなのさ……此れはとても面白そうだとは思わないかい?」

 

「あぁ、ソイツは面白そうだな。」

 

 

だが、其れは只の映画鑑賞ではなく『ハイヴィジョンデジタルリマスターした映画の4DXリバイバル』と言う可成り挑戦的な試みを行っているリバイバル専門のシネコンでの映画鑑賞だった。

昔の映画をハイヴィジョンデジタルリマスターすると言うのは珍しい事ではないが、其れを劇場でリバイバル公開、しかも4DXでと言うのは可成り革新的かつ尖った試みであると言えるだろう。

 

 

「さて夏月、今の君の気分は『アクション』、『コメディ』、『ロマンス』、『SF』、『ファンタジー』、『ホラー』、『サスペンス』、『ミステリー』、『アニメ』のドレかな?」

 

「んなもんアクション一択だ。俺は根っからのアクション映画好きなんでな。」

 

「ならば良かった。ここでは丁度アクションの名作と言われている『ターミネーター2』がHD4DXでリバイバル上映されている最中だったんだ。」

 

「マジで?其れはマジでグッドタイミングだったぜ!

 ターミネーターは全作DVDで見たんだけど、やっぱ最高傑作と言えるのは2なんだよなぁ。第一作では敵として登場したシュワちゃん扮するT-800が味方として現れて、殆ど不死身のT-1000を右腕を失って頭の半分はエンドスケルトンが露出する状態になっても最後の最後でトドメを刺すってのは熱い展開だよな?

 最後の『俺には涙は流せない』って、此れはマジで名ゼリフだと思うぜ。」

 

「ふむ、其れに関しては私も同感だね。」

 

 

夏月がアクションを選択したので、第三シネマで上映されている『ターミネーター2:HDリマスター4DX』のチケットを購入し、その後売店で映画のお供の定番であるポップコーンとコーラを購入して第三シネマに。因みに購入したポップコーンは、夏月もロランも仲良く『キャラメル』だった。

 

上映時間になると新作の映画の広告に続いて、『No!映画泥棒!』の広告が入った後に本編が始まり、4DX特有の座席の揺れだけでなく、火花や火薬の匂いにスモークなどがシネマ内に発生して臨場感を高めてくれる。

更に、最終盤の製鉄所のシーンではシネマ内の空調が『暖房モード』になって、観客に製鉄所の熱気を体感させると言う細かい芸を見せてくれた……シュワルツェネッガーやリンダの熱演がその熱を更に高めて行ったとも言えるだろう。

 

 

「ん~~~……楽しかった!やっぱ、ターミネーター2はアクション映画の中でも五本の指に入る往年の名作だって言えるな。」

 

「確かにね。

 だけどこの映画が日本で大ヒットを記録した一つの要因として、私は翻訳家の存在は欠かす事が出来ないと思ってるんだよ夏月。」

 

「翻訳家の?そりゃまたなんでだよロラン?」

 

「製鉄所のシーンで、液体窒素で氷漬けになったT- 1000に向かってT-800が『地獄で会おうぜベイビー』と言うシーンなんだが、原典では『Hasta lavista, baby』と言っているんだ。

 で、『Hasta la vista』はスペイン語で『さようなら』の意味だから、そのまま翻訳して作中のキャラクターのセリフにするのならば『あばよ、坊主』とか『じゃあな、坊や』とするところだと思うのだが、其れを『地獄で会おうぜベイビー』と訳した翻訳家に、私は此の上ないセンスを感じずには居られないんだ。」

 

「あ~~……うん、其れは分かる気がする。」

 

 

洋画を日本語訳にする際には翻訳家に其れを頼むのだが、依頼した翻訳家によってどう訳されるかが異なるのも日本における洋画の吹き替え版の醍醐味であると言えるだろう。特に『意訳上等』、『独自訳上等』を地で行く『戸田奈津子氏』の翻訳は人気が高いとされているのだ。

その後も映画の感想や作中の小ネタ、作中のちょっとしたミスなどを話しながらウィンドウショッピングを楽しみ、ロランが『冒頭のバーのシーン、シュワルツェネッガー氏は実はパンツは穿いていたのだけれど、大掛かりなバーのセットを本物のバーと勘違いして入って来る人も居て、そんな人達に『何でパンツ一枚なの?』と訊ねられ、『今日はストリッパーの日だ』と答えたらしいよ。』と作品の裏話を話してくれた時には夏月も『其れは小粋なジョークなのか神対応なのか若干判断に迷うな?』と言った感じではあったが、二人ともこんな他愛のない時間も楽しんでいるのは間違いないようだった。

そんな感じでウィンドウショッピングを楽しんでいる内に、昼食時となり、夏月は『ロランは何処に連れてってくれるんだろうか?』と本日のランチを楽しみにしていたのだが――

 

 

「夏月、今日のランチは君に決めて貰っても良いかな?」

 

「え、俺が決めんの?」

 

 

ロランから『君に決めて貰っても良いか。』と言われてしまった。

此れまでの五回のデートは全て彼女達の方がランチを何処で摂るかを考えて来てくれたので、夏月は今日もロランが考えて来てくれたのだろうと思っていたのは致し方ないのかもしれないが、だからと言って行き成り言われて『はい、此処にします』とは中々行かないのもまた事実であろう。

夏月も『さて、如何したモノか?』と考えたのだが、此処である事を思い付いた。

 

 

「そうだな……ロラン、お前今の気分はラーメンと牛丼ならどっちよ?」

 

「ふふ、今はラーメンの気分かな♪」

 

 

其れは『ラーメンと牛丼の二択をロランに迫る』と言うモノであり、夏月から聞かれたロランは笑顔で其れに答えていた。

ラーメンと牛丼と言う二つのメニュー、其れは夏月とロランにとっては三年前のオランダでの別れ際に交わした『日本に行った時には美味しいラーメン屋と牛丼屋を教えて欲しい』と言う約束に基づくモノだったのだ。

突然ランチの事を振られた夏月は三年前のこの約束の事を思い出して、ラーメンと牛丼と言う提案をした訳である。

 

 

「約束、覚えていてくれたんだね?」

 

「まぁな。もっと言うならこの機会を逃したら次は何時に出掛ける事が出来るか分からねぇし。んで、序に今の気分はアッサリ系?其れともコッテリ系?」

 

「そうだねぇ……今の気分はコッテリ系かな?

 初ラーメンなのだから、此処は基本であるところのアッサリ系の醤油ラーメンが正しいのかもしれないが、この前テレビで見た濃厚なコッテリ系ラーメンの凄まじく強烈なインパクトが忘れられないんだ。

 女性としてコッテリ系は如何なモノと思うところが無いと言えば嘘になるが、今の私は濃厚なコッテリ系のラーメンを求めているんだよ夏月!嗚呼、私を魅了したコッテリ系ラーメンのなんと罪深い事か!」

 

「街中で其れをやるお前にちょっと感激したけど、OKコッテリ系な。」

 

 

此処でまさかのロラン節が炸裂したが、ロランのリクエストに応えるべく夏月はスマホで『コッテリ系ラーメン』が食べられる店を検索し、幾つか出て来た候補の中からロランのリクエストも叶えられて尚且つ自分が食べたいメニューがあり、そしてサイドメニューも充実している店を見つけるとランチは其処で食べる事に決めた。

そのラーメン屋は今居る場所から電車で二駅先にあるのだが、東京都内で二駅なんぞ十分程度なので大した距離ではないから無問題である――で、あっと言う間に二つ先の駅に着いたのだが、改札を降りたロビーであるモノが夏月とロランの目に留まった。

 

 

「夏月アレは……」

 

「ピアノだな。『駅ピアノ』ってのがあるのは話には聞いてたが実物を見るのは初めてだ。」

 

 

其れは一台のピアノだった。

其れも只のピアノではなく、内部構造が丸見えになっている『透明なピアノ(ガラスではなく透明なアクリル製)』だったのだ。

此れは所謂『駅ピアノ』と呼ばれる誰でも自由に演奏出来るピアノであり、最近では日本でもその姿を見れる場所が増えて来ているのだが、透明なピアノと言うのは全国的に見ても極めて珍しいと言えるだろう。

 

 

「ピアノか……夏月、ランチ前に一曲演奏したいのだけれど良いかな?」

 

「構わないが、ピアノ弾けるのかロラン?」

 

「ふふ、本業は舞台女優だったけれど、趣味で絵画や音楽も嗜んでいて、特にピアノは最も得意な楽器なんだよ――元々はピアニストの役を演じる為に始めたのだけれど、趣味だった事もあって今では可成りの腕前だと自負しているよ。

 今日のデートの記念に是非とも君に一曲捧げさせて貰うよ。」

 

「其れは嬉しいな。」

 

 

『今日のデートの記念に』とロランはピアノの椅子に腰掛けると鍵盤に指を置き演奏を始める。

ロランが演奏を始めたのは、ゲーム『FINAL FANTASYⅩ-2』のオープニングテーマである『久遠~光と波の記憶~』であり、割と有名な曲だけに自然と人が集まって来たのだが、ロランは只演奏するだけでなく其処に独自のアレンジを加え、更にはオリジナルにはないフレーズやメロディを加えて演奏して見せたのだ。

動画配信サイトなどで同曲を『弾いてみた』、『演奏してみた』と言う動画は多数あるが、其れ等は基本的にオリジナルの楽曲をなぞっているモノであり、ロランのように大胆なアレンジを加えたモノは極めてレアである――故に、ロランの演奏には集まって来た誰もが聞き入ってしまったのだが、其れでもロランの演奏を100%堪能出来たのは夏月だけだろう。

ロランによる大胆なアレンジは、夏月への『愛』が込められたモノだったので、其の真の魅力は夏月にしか分からないのである――其れでも、演奏を終えたロランには惜しみない拍手が送られたのだから、彼女の演奏がドレだけ素晴らしかったかが分かると言うモノだろう。

そんなロランの手を取って共に一礼した夏月には一部の野郎から『このリア充が!』、『爆発しろ!』、『寧ろ捥げろ!』との視線が向けられたが、夏月は其れを『聖なるバリア-ミラーフォース』してターンエンド。素人の殺気は無効だけでなく反射すると言うのは中々に反則だろう。

 

駅ピアノで見事な演奏を披露して、改めて目的のラーメン屋に向かって行ったのだが――

 

 

「おぉう、まぁた会ったな傷の兄ちゃん!今日の相手は銀髪の美少女かい?此れで六連続だが、兄ちゃんの彼女は美少女揃いで羨ましい事この上ないぜ。」

 

「またアンタか……もうこうなったら、明日のデートでもアンタとエンカウントしたいと思ってる俺が居るんだわ。」

 

 

今日もまた、例の露店商とエンカウント!

ここまで来ると最早偶然とは言い難く、ともすればこの露店商は束の指金であるのではないかと疑ってしまうところではあるのだが、束だったら露店商に頼むより、自ら露店商に扮るだろうからその線は薄いだろう――同時に、束が扮した露店商ならば箒の方に吹っ飛んで行く可能性が高いので尚更だ。

此処で夏月はロランとお揃いのチェーンネックレスのドックタグを購入し、タグに名前を入れて貰った。

 

露店商からドッグタグを購入して、改めてやって来たのは『熱血!太陽ラーメン』なるラーメン屋だった。

ネットのレビューでは『熱血で熱いハートの店主と天真爛漫な女性店員とクールで知的なイメージの男性店員が良い感じ!』との事で、メニューも充実していてレビュー評価も4.5と可成り高めで期待が出来る店なのだ。

 

 

「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

そして店に入るなり聞こえて来たのは店主である男性の気合が入りまくった『いらっしゃいませ』だった!

逆立てた髪に豆絞りの鉢巻きをしたその様は、絵に描いたような『熱血店長』であり、女性定員と男性定員もレビューのコメントに違わないモノで、女性店員はショートカットの髪にヘアバンドをしてピンクのエプロンが可愛らしく、男性店員の方はオレンジに近い茶髪と眼鏡が特徴的で、Vネックのシャツと黒いエプロンが特徴的である……どことなく、どこぞの『熱血学園格闘ゲームの主人公チーム』を思わせる三人だが、多分それは偶然であろう。

 

女性店員に席に案内された夏月はメニューをめくって何をオーダーするかを考える。

 

 

「ロラン、コッテリ系が御所望だったけど、醤油と味噌と塩ならドレが良い?」

 

「塩は誤魔化しが利かないと聞いた事があるから此処は塩かな。」

 

「了解。すいませーん、注文お願いします。」

 

「はいは~い!其れでは、ご注文をどうぞ!」

 

「『コッテリ塩チャーシュー麺』の並盛と、『辛味噌チャーシュー麺』の『激辛』を麺ダブルでお願いします。

 其れから単品で『唐揚げ四個』と『餃子六個』をお願いします。あと、餃子のタレの皿は二つで。取り皿も二枚お願いします。」

 

「畏まりました。」

 

 

そして注文を出した。

 

 

「夏月、何故皿も多めに注文したんだい?」

 

「ネットのレビューでは此の店はラーメンが美味しいのは当然としてサイドメニューも好評で、その中でも餃子と唐揚げは特に人気だったみたいだから両方を味わおうと思ったんだが、夫々を一人前ずつ注文したらロランには量が多いだろ?

 ラーメンの麺を半分にするって選択肢もあったんだが、初めてのラーメンなんだからフルサイズで味わって貰わないと勿体ないと思ってな……なら、サイドメニューをシェアすりゃ良いんじゃないかと思ったんだよ。

 幸いにも唐揚げも餃子も偶数だったから、唐揚げは二個ずつ、餃子は三個ずつ分ける事が出来るからな。」

 

「ふむ……だが、それでは君は足りないのではないかな?」

 

「だから麺が二倍になるダブルで注文したんだよ。」

 

「成程、納得だ。」

 

 

サイドメニューの注文もロランが美味しく食べられる範囲でと考えてのモノだったと言うのは見事であると言う他はないだろう……誰に教わった訳でもないにも拘らずこんな事がナチュラルに出来てしまう夏月は女性からしたら理想の男性像のサンプルであると言えるのかもしれない。

それはさておき、注文から十分ほどでオーダーしたメニューが運ばれて来たのだが、ロランの『コッテリ塩チャーシュー麺』は中々のインパクトがあった。

透き通った塩スープのラーメンに香ばしく炙られたチャーシューが五枚トッピングされ、その他に『半熟味玉』、『メンマ』、『海苔』がトッピングされているのは王道のチャーシュー麺なのだが、此の『コッテリ塩チャーシュー麺』は其処に豚の背油を此れでもかと言う位にトッピングして、更に『焦がしニンニク油』を一垂らしした『濃厚コッテリラーメン』であったのだ。

此れでも充分インパクトがあるのだが、此処に更に『太陽ラーメン特製ラー油』を一垂らしして全体の味を〆ているのだから、其処に店主の拘りが見て取れると言うモノだ。熱血店長の拘りはハンパないのだ。

そして夏月が注文した『辛味噌チャーシュー麺(激辛)』もインパクトが凄かった。

此方は濃厚な豚骨ベースの味噌スープのラーメンに炙りチャーシューが五枚と半熟味玉がトッピングされているのだが、其処に更にサイドメニューにある『熱血麻婆豆腐(激辛)』がトッピングされ、その麻婆豆腐にはタップリのチリパウダーと花椒パウダーが振り掛けられている『激辛』の名に恥じないモノだった。

此方も熱血店長の拘りが見て取れるラーメンである。

 

 

「コクのある塩味のスープと豚の背油が麺に絡んで何とも言えない美味しさだ……焦がしニンニク油とラー油もその美味しさを引き立てている。

 そしてこの唐揚げと餃子も素晴らしい。唐揚げは衣はサクッサクだけれど中は柔らかくジューシーで、餃子はニンニクが利いていて美味しいだけでなく、君が教えてくれたタレが最高だね?醤油とラー油を混ぜただけで此処まで美味しいタレになるとは思っていなかったよ。」

 

「普通は醤油と酢とラー油を混ぜるんだが、俺は酢を入れない醤油とラー油のタレが好きでな……ぶっちゃけた事言うと、醤油とラー油のタレの方が餃子の美味しさをダイレクトに味わえると思うんだわ?

 個人的に酢は餃子のタレには蛇足だと思ってるぜ。」

 

「確かに酢の酸味は料理を選ぶ気はするね?以前に学園の食堂で食べた酢豚は美味だったけれど、カニ玉の甘酢餡はあまり好きではなかったよ。」

 

「カニ玉の甘酢餡は俺も要らないな。」

 

「時に、辛くないのかいそれは?」

 

「辛いんだけど、此れは何て言うか『美味しい辛さ』ってやつだな。

 麻婆の部分だけを食べたら恐ろしく辛いんだろうけど、其れをスープと混ぜる事で全体的に良い感じの激辛になるんだよ。此れは激辛好きでも満足出来る辛さがありながら最後まで美味しく食べられるやつだ。」

 

 

とても美味しいラーメンと餃子と唐揚げに舌鼓を打ちながら、二人ともラーメンを平らげ、追加注文でライスと生卵を注文して、其れを残ったスープに投入して『ラーメン雑炊』にしてスープまで残さず見事に完食。特にラーメン雑炊はロランにとっては衝撃的なモノだった様だが、『此れがラーメンの楽しみ方と言うモノか』と初ラーメンを最後まで堪能出来たようだ。

支払いは夏月が全額払う心算だったのだがロランに、『ラーメンと追加注文のライスと生卵は自分で払うよ。初ラーメンは自分のお金で食べたかったしね。』と言われたのでラーメンとサイドメニューと追加注文のライスと生卵の代金だけを支払う事にした――夏月としてはデートで女性に払わせると言うのは些か気が退けたが、其処はロランの気持ちを尊重したと言う所だろう。

 

 

「そんで、午後は何処に行くんだロラン?」

 

「東京ドームさ。」

 

「東京ドーム?」

 

 

午後のデートは何処に行くのかと聞いたら、何とも意外な答えが返って来た。

確かにプロ野球は公式戦が始まり、デーゲームであれば何もオカシクないのだが、東京ドームを本拠地とするジャイアンツは本日は横浜スタジアムでDeNAとの試合が組まれているので東京ドームでの試合は無い筈なのだ。

 

 

「今日は東京ドームでは試合はないだろ?あ、ドームシティで遊ぶのか?」

 

「違うよ夏月。今日は東京ドームでアイドルのライブがあるのさ。そのチケットを取ってあるので其れを見に行くんだよ。」

 

「アイドルのライブって……俺、アイドルとか正直興味ねぇんだけどな?

 ○○48とか、ドレがどのユニットで誰が誰なんだかさっぱり分からん。ぶっちゃけ五十体のルージュラ見せられてんのと大差ねぇんだよ。」

 

「ファンが聞いたら即怒髪天なセリフだねぇ……だけど、そのライブを行うアイドルがカナダで大人気の双子のアイドル『メテオシスターズ』――コメット姉妹ならば如何かな?其れでも君は行く気にならないかい?」

 

「ファニールとオニールの?」

 

 

如何やら目的は東京ドームで行われるアイドルのライブであり、そしてライブを行うのはファニールとオニールのコメット姉妹の『メテオシスターズ』だったのだ。

アイドルには興味がない夏月だが、ライブを行うのが同級生であると言うのであれば話は別だ――特に姉のファニールの方は実は夏月に何かと絡んで来ており、夏月もファニールの事を妹の様に思っていたりするのだ。因みに、妹のオニールの方は秋五に懐いていたりする。

ライブがコメット姉妹によるモノだと聞いた夏月は『そう言う事なら、行かない手はないな』と言ってスッカリやる気になっていた――『もしもコメット姉妹のライブじゃなかったら如何したのか?』と思うだろうが、其処はロランも考えて『コメット姉妹のライブ』ならば絶対に乗って来ると踏んでチケットを予約したので問題無しだ。チケットが取れなかったら取れなかったで別のプランを考えただけなのだから。

 

そんな訳で山手線で秋葉原まで移動すると、其処から総武線に乗り換えて水道橋まで移動しライブ会場である東京ドームに到着。

ライブ開始前だと言うのにドームの入り口前には長蛇の列が出来ているのだが、ロランが取ったチケットは通常であれば一般人は立ち入る事の出来ないグラウンドに作られた『特設アリーナ』のS席だったので、ドーム一階の『選手・スタッフ専用口』から入場して特設アリーナに。

 

ドーム内はライブ開始前だと言うのに凄い熱気に包まれており、此れには夏月も少しばかり驚かされた。

 

 

「すげぇ熱気だな?其れだけコメット姉妹のファンの期待が高まってるって事なんだろうけど……アイドルファンの発する此のエネルギーを物理的に取り出して使用する事が出来るようになれば地球のエネルギー事情は一気に解決する気がする。」

 

「其れは確かに……ドクター束に頼んだら出来ないだろうか?」

 

「束さんなら出来そうな気がする。つーか、束さんがその気になれば核融合炉だろうと太陽の熱エネルギーで発電するソーラーパネルだろうと何でも出来ると思う。

 其れをやらないのは、其れをやっちまったら人間の進化が其処で止まっちまうからって考えてるのかもな。」

 

「ふむ、確かに其れは否定出来ないかな?

 周囲に便利なモノが増えてしまったら、人は其れに頼り切ってしまうからね……人類が種として更なる高みに上るためには不便なモノは残しておくべきなのかも知れないね。

 其れよりも、ライブが始まるよ夏月。」

 

「みたいだな。」

 

 

ライブの開始時間になると、ドーム内の照明が全て消え、そして次の瞬間にはステージを照らし出し、ステージ上にはアイドルの衣装を着たコメット姉妹が背中合わせに立っており、其処から一曲目が始まり、コメット姉妹は行き成り会場のボルテージをマックスに持って行った。

歌の上手さは勿論の事、振り付けも左右対称のシンメトリな振り付けがバッチリと決まっており、双子ならではの見事なパフォーマンスを見せてくれた。

一曲目を終えたところで、コメット姉妹がライブの挨拶を行い、『今日は楽しんで行ってねーーー!』と言ったところで二曲目に入り、会場のボルテージはウナギ登りに上昇して行く。

そんなライブの中、ファニールは最前列に居た夏月とロランに気付きピースサインを送ると、夏月もロランもサムズアップして其れに応え、ファニールは其れにウィンクを返したのだが、その結果として夏月とロランの半径2メートル以内に居たファンはそのウィンクにハートを打ち抜かれる事になったのだった。

ライブはコメット姉妹のオリジナル曲だけでなく、日本のアニメの楽曲のカバーなどもあり実に充実していた――ライブの途中で、コメット姉妹が『ゲスト』として呼んだ『影山ヒロノブ氏』が現れて数曲披露した後に、コメット姉妹と共に超絶有名な『CHA-LAHEAD-CHA-LA』を歌ったのには会場は最高に盛り上がった。

ライブの最後はアップテンポの少しロックな曲で〆たのだが、其れだけでは終わらず会場から沸き上がった『アンコール』に応える形でコメット姉妹が再びステージに現れ、アンコールで披露したのはバラード系のゆったりとした曲だった。

そのアンコールには満場の拍手が送られ、ライブは大盛況で終わったのだった――ライブ後夏月はLINEで『良いライブだったぜ』とメッセージを送り、ファニールからは『当然でしょ?』、オニールからは『来てくれてありがとうお兄ちゃん』との返信が来ていた。

 

ライブが終わった後はドームシティのバッティングセンターやミニ遊園地のアトラクションを楽しんだ後に、晩御飯にやって来たのは『ノンアル居酒屋』と言う、此れでもかと言う位に矛盾しまくった店名の店だったのだが、ロランによるとこの店は『未成年にも居酒屋の雰囲気を味わって欲しい』と言う店主の思いから生まれた店で、ドリンクは全てノンアルコールだが、食事メニューは居酒屋の其れを踏襲したモノとなっているのである。

 

 

「俺はレモンサワーとイカゲソの唐揚げ、其れから焼き鳥のレバーを塩で。」

 

「私はライチサワーとエビの磯部上げと焼き鳥のカシラを塩で。」

 

 

ノンアルコールなので酔う事はないが、其れでも夏月とロランは居酒屋の雰囲気を思い切り楽しんだ――肉体的に酔う事は無くとも、店の雰囲気で気分的に酔う事が出来る此の店は中々に良いモノだと言えるだろう。

同時にこの様な店が増えれば未成年の飲酒と言った事態は大幅に減るのかもしれない。

 

 

「レバーを塩で提供するとは、あの店は料理にも拘ってるみたいだな。レバーを塩でってのは、余程レバーの鮮度が高くないと出来ない事だからな。満足出来た。」

 

「ならば良かったよ。」

 

 

ノンアルコール居酒屋を後にした夏月とロランはモノレールの駅まで移動し、本日のデートも最終盤と言ったところだ。

 

 

「夏月……私は君の事を愛している。此れは私の偽らざる気持ちだよ。」

 

「其れは俺もだよロラン。」

 

 

そして、月夜が照らすモノレールのホームで、夏月とロランは静かに唇を重ねた――前日のデートでヴィシュヌが乙女協定の第一リミッターを解除し、其れは乙女協定で即共有されたので、夏月とロランがマウス・トゥ・マウスのキスをしてもマッタク持って問題ないのである。

その後学園島に戻った二人は、夏月は自室のシャワーで、ロランは大浴場で汗を流した後に一緒のベッドで眠りに就いたのだった――ロランに腕枕をしている夏月も、夏月に腕枕されているロランも幸せそうな寝顔を浮かべており、其れを見る限り本日のデートは大成功だったと言えるだろう。

同室と言う事で、他の乙女協定のメンバーよりも距離が近かった夏月とロランだが、本日のデートによってその距離は更に縮まったのは確実であるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、国際IS委員会では男性操縦者が現れたその時から協議されて来た法案が議論を重ねて細かい調整を行った上で遂に本日の会議で全会一致で可決し、日本時間のゴールデンウィーク最終日の未明に其の法案が世界に向けて発信された。

 

其の法案とは『男性IS操縦者重婚法』と言うモノであり、現行では世界に二人しか存在しない男性のIS操縦者である夏月と秋五に合法的に『一夫多妻』を認めると言うモノだった。厳密に言えば『一夜夏月と織斑秋五の一夫多妻を認める』ではなく、『一夜夏月と織斑秋五は一夫多妻を行うように』の方が正しいのかもしれない。各国とも男性IS操縦者との繋がりは喉から手が出るほど欲しいと言うのは偽らざる本音であるのだから。

そして、其れが発表されるや否や、IS学園に国家代表や代表候補生を送り込んだ国々は、彼女達に夏月や秋五との関係が如何程かを確かめる事になったのだった――無論、各国の日本大使館を通じてであり、当人達への確認は日本時間の午前八時以降にはなるのだが。

何にしても取り敢えず束のシミュレート結果は大当たりだった訳である。稀代の天才のシミュレートは大抵の場合『正解』、『大当たり』になるのかも知れない。

 

そんな世界に激震が走った中で、ゴールデンウィークは遂に最終日の朝がやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode28『ゴールデンウィーク最終日~Enjoy Double Date~』

遊園地、デートの王道だなBy夏月     王道こそ最強よ♪By楯無     其れは真理だねByロラン


ゴールデンウィーク最終日も、夏月は何時も通りに早朝トレーニングを行っていたのだが、日本時間の未明に国際IS委員会が『男性操縦者重婚法』が可決された事を発表した事で、IS学園に在籍している各国の国家代表や代表候補生には自国の大使館を通じて男性操縦者との関係を問う通信が入って来た。

唯一の例外として代表候補生でもなければ専用機持ちでもない箒にも日本政府から連絡が入っていたのだが、箒は篠ノ之束の妹と言う事で特例でIS学園に入学したという経緯があるので連絡が入っていたのである。

そんな連絡を受けた更識姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、乱、鈴は『絶賛交際中』と伝え、箒とセシリアも『ゴールデンウィーク中にデートする間柄』と伝えた事で日本政府は『更識姉妹と一夜夏月、篠ノ之箒と織斑秋五は婚約関係にある』と言う事を世界に向けて発表した……世界で二人しか居ない男性のIS操縦者を自国に置いておきたいという思惑があったのは間違いないだろうが、オランダが『ロランツィーネ・ローラディフィルネィと一夜夏月』、タイが『ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと一夜夏月』、中国が『凰鈴音と一夜夏月』、台湾が『凰乱音と一夜夏月』、ブラジルが『グリフィン・レッドラムと一夜夏月』夫々が婚約関係にあると発表し、イギリスも『セシリア・オルコットと織斑秋五が婚約関係にある』と発表したのだった……年齢的に結婚は出来ずとも、婚約関係は結ぶ事が出来るので、男性IS操縦者とのパイプを持ちたい国としては此れはある意味で当然の対応だったと言えるだろう。

 

そんな中で対応に困ったのはカナダだった。

カナダもコメット姉妹と言う国家代表候補生をIS学園に送り込んでいたのだが、飛び級で高校に進学しているとは言え、コメット姉妹は本来ならばまだ小学生の年齢なので夏月と秋五の婚約者とするのは些か憚られたのだ。

 

だが、実際にコメット姉妹に聞いてみると、姉のファニールは『夏月の事は好きよ……アイツは、何だか一緒に居るとホッとするから』と答え、妹のオニールは『お兄ちゃん達の事は好きだよ。特に秋五お兄ちゃんは優しいから』との答えが返って来たので、カナダ政府は『ファニール・コメットと一夜夏月、並びにオニール・コメットと織斑秋五が婚約関係にある』と、やや強引ではあるが発表したのだった。

 

 

「まさか、一気に八人も婚約者が出来るとは思わなかったぜ……何より予想外のファニール。」

 

「ふふ、其れだけ君は愛されていると言う事だよ夏月……ファニールも、君に魅了されてしまったのだろうさ。マッタク持って罪な男だね君は?」

 

「まぁ、俺もファニールの事は嫌いじゃねぇよ?少し生意気で強がりな部分もあるが、その辺も含めて可愛いとは思うし。

 だがな、そうであっても此れだけは言わせて貰うぞ?俺はロリコンじゃねぇぇぇ!断じてロリコンじゃねぇ!!そして秋五だってロリコンじゃねぇんだよ!!!と思いたい。元兄として!」

 

「君や秋五がロリコンではないと言う事は無論信じているが、コメット姉妹も僅か十二歳で将来の伴侶が決まってしまった訳だから、彼女の事も私達と同じように愛して上げておくれよ?」

 

「其れは分かってるけど……しっかし、今まで妹みたいに思ってたからそうなるまでには少しばかり時間が掛かるかもな。」

 

 

何時ものように朝トレーニングを終え、朝食を食べてる最中にロランに日本のオランダ大使館から連絡が入り、ロランが夏月との関係を答えた直後に怒涛の『婚約関係発表ラッシュ』により、一気に八人も婚約者が出来てしまった夏月だが、割とアッサリとその状況を受け入れていたのは七人もの女性と交際する事になった事で覚悟を決めていたのと、彼女達に己の出生やら何やらを受け入れて貰っていたからだろう。

カナダの発表には流石に驚いたモノの、夏月はファニールの事を嫌いではないし、ファニールが自身に向けている感情も何となく察していたので『ロリコンではない』と言う事を強く主張した上で受け入れていた――同時に、其れはファニールにも己の秘密を明かさねばならないと言う事でもあるのだが、其れに関して夏月は『多分大丈夫だろう。』と考えていた。此れもロラン達に受け入れて貰ったからこそだろう。

 

 

「はぁ、予想してたとは言え実際に現実になるとやっぱり驚くモンだな……でもって、此れから色んな国から見合い写真とか大量に送られてくるんだろうなぁ……少しばかり憂鬱だぜそれを考えると。」

 

「まぁ、そうなるのは確実だろうけれど、選別作業は私達も手伝うから安心しておくれ。

 それよりも、今日はタテナシとのデートだろう?GWの最終日も目一杯楽しんで来ると良いさ――最終日のデートと言う事で、きっとタテナシも気合の入ったデートプランを用意してる筈だからね。」

 

「だな。そんじゃ行って来るわ。

 それと、鍋にアラビアータソース作ってあるから、昼飯に冷蔵庫のニョッキ茹でて絡めて食べてくれ。或は冷凍飯解凍してからソース掛けてライスグラタンにしても良しだぜ。」

 

「ふむ、相変わらず準備が良いね?美味しく頂かせて貰うよ。」

 

 

昼食の準備もバッチリとしておいた夏月はGW最終日の楯無とのデートに出掛けて行った。

夏月が作って行ってくれたアラビアータソースはそれなりに量があったので、この間と同様にランチタイムにはコメット姉妹を部屋に呼んで美味しく頂き、ファニールに『ようこそ乙女協定に』と言って夏月チームの一員となった事を温かく迎えていたロランであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode27

『ゴールデンウィーク最終日~Enjoy Double Date~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デートの待ち合わせ場所は例によってモノレールの駅であり、待っている間はスマホのマスターデュエルを行うのが最早定番になっている夏月であり、今日もすこぶる順調に連勝記録を更新中。

 

 

「後攻だけど、初手の五枚がマスクチェンジ系の魔法カードでドローカードは『HEROモンスター』って、相手の場には伏せカードもないし此れって俺の勝ちじゃね?」

 

 

本日使っているのは『M・HEROデッキ』のようだが、初手に大分ぶっ壊れた手札が揃ったらしく、モンスターを通常召喚して殴った後に、怒涛の『マスクチェンジ』系の魔法カードを五連発して相手のライフを一気に削り取る後攻ワンターンキルを達成していた……マスクチェンジ系の魔法カードは全て速攻魔法だから可能となる怒涛の猛ラッシュだが、普通なら手札事故レベルの『初手にモンスター一体で残りは魔法カード』が寧ろ魔法カードによっては有利に働く『M・HEROデッキ』の秘めた力は凄まじいと言えるだろう。因みに特撮オタでもある簪は『E・HERO』、『D-HERO』、『M・HERO』、『E-HERO』の全てを組み込んだ『究極のHEROデッキ』も使ってるのだが、本来ならば回る筈もないデッキを見事に回してしまうのは特撮ヒーローに対する愛ゆえの事かもしれない。

 

 

「夏月?」

 

「お前も外出か?」

 

「ん、秋五と箒か……あぁ、今日は楯無さんとデートでな。そう言うお前達もデートかよ?」

 

「う、うむ、そんな所だ。」

 

「箒は最終日以外は実家に戻って剣の稽古をしていたらしいからね。」

 

 

其処にやって来たのは秋五と箒だ。

如何やら本日は此の二人もデートらしく、本土に渡るためにモノレールの駅にやって来たのだろう――そんな二人のコーディネートは、秋五はエンジ色のジーンズに白い半袖のボタン付きシャツを合わせ、青い半袖のジージャンで、箒は七分丈の黒いストレッチタイプのパンツに赤い六分丈のタンクトップを合わせ、その上からグレーのボタン付きシャツを羽織ってシャツの裾を前面で縛ると言うコーディネートである。

 

 

「お待たせ夏月君。って、あらあら織斑君と箒ちゃんもデートかしら?」

 

 

次いで楯無がモノレールのホームに現れ、夏月の方もデートがスタートと言ったところだ。

本日の夏月のコーディネートは黒いダメージジーンズにこれまた黒いTシャツと言うシンプルなモノだが、Tシャツは身体にジャストフィットするタイプのモノであり、夏月の究極の細マッチョと言うべき見事なボディラインを強調していた。

一方の楯無はと言うと、白い七分丈のストレッチタイプのパンツに、黒いシャツを合わせ、その上から和の意匠を取り入れた上着を重ねたコーディネートで、特徴的な蒼い髪と実にマッチしている。

 

 

「アハハ、偶然ですね会長さん……会長さんと夏月は本日は何方に?」

 

「うふふ、今日はデートの定番である遊園地よ……そして、先日オープンしたばかりの『湘南海浜公園・浜が俺を呼んでいる!』なのよ♪」

 

「え?……僕と箒のデート場所も其処なんですけど……」

 

 

で、夏月と楯無が何処に行くのかを秋五が聞いたところ、行き先はまさかの同じ場所だった……遊園地はデートの定番ではあるとは言え、デート場所が同じだと言うのは中々のレアケースと言えるだろう。

 

 

「目的地は同じか……なら、本日はダブルデートってのは如何だ秋五?グリ先輩とのデートの時は半日だったけど、今回は一日マルッとダブルデートってのも悪くないだろ?」

 

「夏月……確かに其れもアリだね。箒も其れで良いかな?」

 

「わ、私は構わんぞ、うん。」

 

「私も全然OKよ夏月君♪」

 

 

此処で夏月がダブルデートを提案し、秋五も其れを受け入れ、楯無と箒もOKだったのでGW最終日は期せずしてダブルデートと相成った。

先ずはモノレールで本土まで移動し、其処から東京駅までバスで移動した後に京浜東北線で神奈川県の湘南まで足を延ばすと、駅からは徒歩で遊園地に。

目的地である遊園地は湘南の駅から徒歩で五分程度の距離なので態々バスを使うまでもないのだ。

 

 

「おぉ、本当に七日間連続で会っちまったなぁ兄ちゃん?今日は蒼髪の美人さんとデートかい?てか、連れにもう一組ってダブルデートって奴か?」

 

「マジで七連続になったな?俺も驚いてるぜ。」

 

 

此処で例の露店商とGW七連続エンカウントを達成。

露店商は楯無を見て『此の子が二日目の子のお姉さんか……タイプは違うけど姉妹揃って美人さんだねぇ!』等と言い、楯無も『あらあら、口が旨いわねぇ?商売上手なんだから』と返していた……秋五と箒が少しばかり置いてけぼりを喰らっていたが、最終的には夏月と楯無はクロスの飾りが付いたウォレットチェーンを購入してクロス部分に名前を彫って貰い、秋五と箒もお揃いのシルバーリングを購入して名前を彫って貰った。更に二人はお土産として、夏月はファニールへクロスの飾りが付いたウォレットチェーンを、秋五はセシリアとオニールへシルバーリングを購入し、各々の名前も刻印して貰っていた。

 

 

「いやはや、しかしまさかの七日連続とは……こりゃ学校が休みの日に兄ちゃんが外出したら、その都度俺と会う事になるんじゃねぇかって気すらして来たぜ?」

 

「其処まで行くと最早若干ホラーだろ……ま、今度会う機会があったらまた何か買わせて貰うぜ。」

 

「あいよ、毎度あり~~!!」

 

 

露店商と別れてから数分後、目的地の遊園地に到着。

湘南駅から園のアトラクションの一部が見えてはいたのだが、実際に近くまで来るとその大きさが分かりジェットコースターも観覧車も中々の迫力を醸し出していた。

湘南海岸の直ぐ側に建設されたこの遊園地は施設内に人工のビーチが作られ、『海水浴と遊園地を同時に楽しめる施設』と言うのが売りであり、水着のまま遊園地のアトラクションを楽しめる日本国内唯一の遊園地であるのだ。――尤もGWはまだ海水浴をするには水温が低く、海開き前なので水着客は皆無なのだが。

 

楯無も秋五もネットで『終日フリーパス券』を予約しており、入り口でスマホのデジタルチケットをスキャンして貰って、いざ遊園地ダブルデートの開幕だ!

 

 

「早速コイツか楯無さん……」

 

「此れは絶対外せないと思うのよ♪」

 

「イキナリか……フフフ、武士道とは死ぬ事と見付けたり。」

 

「箒、変な覚悟決めないで!?」

 

 

まず最初にやって来たのはこの遊園地の最大目玉であるジェットコースター『ハイパーデンジャラス・コズミック・バーストコースター』だった。

最大落差500m、最大傾斜七十度、最高時速150km、最大5Gと言うジェットコースターの極致とも言える絶叫アトラクションだが、だからこそ其のスリルを体験しないと言う選択肢はそもそも存在していないのだ。

開園と同時に入場し、速攻で此のジェットコースターにやって来た事で、四人掛けのコースターの最前列は夏月と楯無、秋五と箒がゲットする事に……ジェットコースターは最前列に乗ってこそなので、此れはある意味で最高の席だったと言えるだろう

 

そしてコースターは発進し、ゆっくりと上り坂を上がって行き、そして頂点まで達した次の瞬間には一気に急降下して加速すると、其処から三回転ループ→大回転→連続アップダウン→急降下十回転ループと言った過激なルートが続き、ラストは傾斜七十度の急降下からの超高速のバックストレートを経てホームに帰還したのだが、秋五と箒はスッカリグロッキーとなっていた。

ISとは全く異なる動きに秋五も箒もオーバーヒートしてしまったのだろう。

 

 

「お~い、生きてるか秋五?」

 

「箒ちゃ~ん、生きてるかしら?」

 

「「はッ!」」

 

 

夏月と楯無に声を掛けられて再起動した秋五と箒だが、ジェットコースターに酔ったと言う訳ではなく単純に体験した事のない過激な動きに驚いて暫し放心状態になってしまっただけだったようである。

夏月と楯無が平気だったのは更識としての特殊訓練を受けている事と、更識の仕事を何度も熟す中で『何が起きても動揺しない胆力』を身に付けているからであろう……動揺しない事と驚かない事は全くの別物なのでこのモーストデンジャラスなジェットコースターのスリルは確りと堪能出来た訳であるが。

 

 

「まさか、此処まで凄いとは思ってなかったから思わず呆けちゃったよ……何と言うか、一般人がギリギリ耐える事の出来るレベルまでのモノを限界まで詰め込んだようなジェットコースターだったけど、設計者は一体何を考えて此れを作ろうと思ったんだろうね?」

 

「恐らくだが頭のネジが数本吹っ飛んでいる人物が設計したのだろうな……だが、もう大丈夫だ。さぁ、次に行こうか!」

 

 

秋五と箒も再起動したので、改めて遊園地めぐりがスタートし、次にやって来たのはおどろおどろしい洋館のような施設……所謂『お化け屋敷』、『ホラーハウス』と呼ばれるアトラクションだ。

大抵のお化け屋敷やホラーハウスは人形やロボットを使ったモノで、一定の感覚で飛び出すように設定されているので、タイミングによってはスルーしてしまう事も少なくないのだが、この遊園地のホラーハウスは特殊メイクをしたスタッフが潜んでいるタイプで、客が来たベストのタイミングで出て来ると言う絶対にスルーしてしまう事はない本気のホラーハウスなのだ。

デートには不向きなアトラクションにも思えるかもしれないが、ホラーハウスでは驚かされた時に合法的に抱き付く事が出来るので、実はデートには割と向いているアトラクションであったりするのだ……極稀に、武闘派の女性が脊髄反射でスタッフを殴ってしまうと言う珍事もあったりするのだが。

 

 

「まるでサバイバルアクションホラーゲームの世界に迷い込んでしまったかのようね……ゾンビだけなら兎も角、タイラントとか謎の追跡者とか出て来ないわよね?」

 

「出て来たら全力で逃げるしかないだろうなぁ……こっちは丸腰だし。」

 

「何処かにマグナムとか落ちてないかな?」

 

「いや、お前は戦う気なのか秋五よ……」

 

 

洋館風のホラーハウスの中を進んで行く四人だったが、今のところ雰囲気はあれどなにも出て来ない……それが逆に恐怖感を煽ってくれるのだが、更に進んで行くと『如何にも何か出てきそうな広間』に辿り着き、ご丁寧に姿見の鏡やベッドなど怪しげなモノが設置されている。

 

 

「「「「「「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」」

 

 

そして次の瞬間、鏡からは貞子が、ベッドからはチェンソーマン、壁をぶち抜いてプレデターが現れ、プレデターに先導されるように無数のゾンビが広間になだれ込んで来た……ジャンルが色々とごちゃ混ぜになっているが、其れが逆に恐怖を駆り立てる演出となっていると言えるだろう。

 

 

「来たぁぁぁ!!トンズラかますぞ!」

 

「悪霊に悪魔憑きに宇宙からのハンターにゾンビって、色々混ざり過ぎでしょうに!でも、その統一感の無さが逆に怖いわねぇ♪」

 

「とか言いつつ会長さんはなんか余裕そうに見えるのは僕だけなのかな!?」

 

「いや、それは私も思ったから安心しろ秋五!」

 

 

其処からは恐怖アクションの大連鎖が始まり、障子を突き破って出てくる無数の手、突如床下から現れるフレディ、チェーンソーを振り回して襲い掛かって来るジェイソン、イキナリ吹きかけられるドライアイススモーク、扉を開けた瞬間にプレデリアンがこんにちは!

その他にも学校の怪談でお馴染みのお化けや、都市伝説でまことしやかに噂されているモンスター等が次々と現れては驚かせてくれて、その度に楯無は驚いたフリをしながら夏月に抱き付き、箒は本気で驚いて秋五に抱き付いていた……その際、箒の『IS学園の生徒最強のバスト』が腕に押し付けられた秋五は別の意味でドキドキしていたみたいだが、此れもある意味では役得と言えるのかもしれない。

 

そんなホラーハウスを満喫した後は、気分を変えてファンシー系のアトラクションに行き、レールの上を二人漕ぎのコースターで回る『UFOサイクル』を楽しんだ。

ジェットコースターの様な急激なアップダウンは無く、コースターのスピードは搭乗者のペダルを漕ぐ速さによって決まる上に、最高速度の上限が設定されている為に前のコースターに追突する事はない安全なアトラクションであり、レールは比較的高い位置に設置されているので、湘南の海の景色も楽しめるアトラクションとなっているのだ。

 

その次にやって来たのはゴーカートなのだが、このゴーカートは四人組でのレースも出来るモノだったので、迷わずレースを選択した。

だが、其処は只のレースではなく、『リアルマリオカート』とも言うべき妨害も可能になっており、レース用のカートにはレースで一度だけ使える妨害ボタンが備わっており、其れを何時使うかがレースの行方を左右すると言えるだろう。

 

スタートダッシュはほぼ同時で、最初の直線は横這いだったのだが、ファーストコーナーで夏月がアウトラインに逸れてからの鋭角ドリフトでトップに躍り出ると、その後に秋五がピッタリとくっつき、スリップストリームを利用して夏月に付いて行く。

暫くはその状態が続いたのだが、最終コーナーであるシケインに差し掛かったところで秋五が見事なドリフトを見せて夏月を抜き去った……

 

 

「は~い、其処で少し大人しくしててね♪」

 

「悪いが勝たせて貰うぞ。」

 

 

と思った瞬間、楯無と箒が妨害ボタンを使用し、夏月と秋五は一定時間カートの操作が出来なくなってしまった……どんな妨害効果が発動するかはランダムであるとは言え、一定時間操作不能と言うのは中々に良い妨害効果を引き当てたと言えるだろう。

動けなくなった夏月と秋五を悠々と追い越し、楯無と箒は2ラップ目に突入し、其れから遅れる事五秒後に動けるようになった夏月と秋五も2ラップ目に突入した、が五秒のビハインドは大きくその距離を詰める事が中々出来ない。このままでは負けてしまうのは明らかだったのだが、此処で夏月と秋五はカートを猛加速させるとコーナーに差し掛かったところでまさかの壁走りを敢行!

壁走りはアップダウンはあれどストレートオンリーとなるので絶望的な距離を詰める手段としては有効なのだ――尤も、壁走りと言うモノは一部の『ミニ四駆漫画』でしか存在しない架空の走法であり、其れを現実でやれと言われたら絶対に不可能なのだ。……つまり、夏月と秋五は専用機の力を少し使って壁走りをやってのけたと言う訳だ。若干反則かもしれないが、此れもまた戦術の一つと言う所だろう。

 

まさかまさかの裏技を使った事で横這いになって最終ラップを迎え、夫々が見事なドライビングテクニックを披露し、誰が勝ってもオカシクナイ状況だったが、最終コーナーのシケインに差し掛かったところで夏月と秋五が妨害ボタンを使い、その結果楯無と箒は見事にスピンしてしまい、クラッシュには至らなかったモノの大きく時間を消費する事になった。

となれば最後はバックストレート夏月と秋五のデッドヒートとなり、夏月も秋五も何方も譲らない熱い展開となったのだが……

 

 

「勝つのは俺だぁぁぁ!!」

 

 

此処で夏月は『一度ブレーキを踏んでから一気にアクセル踏み込んで超加速する』と言う高等技術を使って一気に秋五を抜きさってゴールイン!それに続いて秋五もゴールインし、楯無と箒は略同時にゴールインした。

表彰台での記念撮影を終えた後は、メリーゴーランド、コーヒーカップと言ったファンシー系のアトラクションを楽しんだ後に、フリーフォールの部屋全体が豪快に動く事で巨大竜巻に巻き込まれた体験が出来る『ツイスター』、東京スカイツリーと同じ高さからのバンジージャンプ等を楽しみ、そして小休止となり夏月と秋五は飲み物を買いに来ていた。

 

 

「そんで秋五、『男性操縦者重婚法』が制定された訳だが、お前は箒とセシリアに自分の思いは告げたのか?」

 

「勿論したよ……婚姻関係が結ばれてからの告白って言う順番を可成り無視した事にはなっちゃったけど、でも何方も選ばなかった僕の事を受け入れてくれた箒とセシリア、其れから半ば強制的に僕の婚約者になったオニール……彼女達の事は大事にしていきたいと思ってるよ。」

 

「そうか、なら良かったぜ……お互い此れから大変だろうが、此れもISを動かしちまった野郎の宿命と思って頑張ろうぜ。」

 

「ふふ、そうだね。」

 

 

自販機で飲み物を購入(夏月はモンスター・エナジー・カオス、秋五はコカ・コーラ、楯無はウィルキンソンの辛口ジンジャー・エール、箒は抹茶ラテ)して、戻って来たのだが……

 

 

「お姉さん達若しかして女の子二人で遊びに来た感じ?それってチョー寂しいよね?俺らと遊ばない?」

 

「青髪のショートヘアーと、黒髪をポニーテールにした大和撫子……そそるぜぇ!」

 

 

其処では楯無と箒が絶賛チャラ男の集団にナンパされていた。

楯無は日本人としては珍しいでは済まない蒼髪と紅い瞳が特徴的な美少女であり、箒は黒髪黒目が美しい大和撫子で、キリっとしたその佇まいは『侍ガール』としての凛とした魅力もあるので、チャラ男のターゲットになってしまったのはある意味では仕方ないだろう。

 

とは言え、楯無も箒もチャラ男のナンパに付き合う気など全くなく、無視を決め込んでいたのだが、如何やらそれがチャラ男達には気に入らなかったらしく、強引に楯無と箒の腕を掴もうとした次の瞬間!

 

 

「オイ、人の女に手を出すとは良い度胸してるなこの野郎……」

 

「箒も会長さんも魅力的だからナンパしたくなる気持ちは分からなくもないけど、力尽くでって言うのは如何かと思うんだよね僕は。」

 

 

チャラ男の腕を夏月と秋五が掴み、其処から夏月はチャラ男を『キン肉バスター』に取り、秋五はチャラ男を『キン肉ドライバー』を炸裂させ、究極至極の合体技である『マッスル・ドッキング』が炸裂し、ナンパ野郎は憐れ病院送りになって、その他のチャラ男達は夏月と秋五に恐れをなして蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのだった……ナンパをするのならば相手を選ばないと痛い目に遭うと言う良い教訓だったと言えるだろう。

 

ナンパチャラ男軍団を撃退し、ドリンクで一息入れた後は迷路やジェット滑り台等のアトラクションを楽しみ、気が付けばランチタイムに良い時間になっていたので、園内にある飲食店でのランチタイムとなったのだが、此の日のランチタイムは満場一致で『ハンバーガー』となっていた。

他にも色々な飲食店があるのだが、このハンバーガーショップは全国チェーンしている店をテナントで入れている訳ではなく、遊園地の運営会社が経営しているオリジナルブランドであり、此処でしか食べられないメニューも存在しているのでこのハンバーガーショップをチョイスしたと言う訳だ。オーダーが入ってから調理すると言う点も大きなポイントだろう。

其の為かどうかは不明だが、一般的なハンバーガーショップやファーストフード店とは異なり、レジカウンターで注文するのではなく、普通のファミリーレストランのように席での注文となっているのも特徴的だ。

 

入り口で店員に『四名』と伝えると席に案内され、早速何を頼むのかを考える。

ハンバーガーやチーズバーガー、てりやきバーガーと言った定番のメニューは勿論、此の店のオリジナルメニューとして和風ロースカツバーガー、湘南若大将バーガー、肉盛りスタミナバーガーと言ったモノもあり、サイドメニューに関してもフライドポテトやチキンナゲットの他にスパイシーポテト、ツナナゲット、レンコンチップス、シュリンプナゲット等々豊富に揃っており、選ぶ楽しみもあるようだ。

 

程なくして全員がオーダーを決め、インターホンを押してウェイトレスさんを召喚すると、夫々オーダーを出して行く。

 

 

「私は湘南タルタルエビカツバーガーのセットで、ポテトをフライドキャロットにして、ドリンクはジンジャーエールの辛口で。其れから単品でスパイシーエビドックをお願いするわ。」

 

「私は和風フィッシュバーガーのセットのポテトをレンコンチップスに換えて、飲み物はアイスキャラメルミルクで。あと、単品で湘南ライスバーガーの和風カルビで。」

 

「僕はクアトロチーズバーガーのセットをポテトとドリンクをLサイズで。ドリンクはコーラでお願いします。あと、単品でてりやきマグロバーガーをお願いします。」

 

「俺は……和風ロースカツバーガーのセットをポテトとドリンクをLサイズでドリンクは濃い目のカルピスソーダ。それから単品で激辛メンチバーガーと、肉盛りスタミナバーガー、あとはシュリンプナゲットの十六ピースと和風スパイシーチキンバスケットの八ピースで。シュリンプナゲットのソースはバーベキューとマスタードと和風柚子胡椒を一つずつで。」

 

「畏まりました。」

 

 

全員がセットメニュー+αのオーダーであり、楯無と箒は女子高生としては多めのオーダーに感じるだろうが、楯無も箒もアスリートとしての身体をしているので一般的な女子高生と比べたら必要な摂取カロリーが如何しても多くなるので、此れ位の量は普通なのだ。

夏月が若干ぶっ飛んだオーダーではあるが、単品注文のサイドメニューに関しては全員でシェアする為にオーダーしたモノなのでマッタク持って問題はない……この場にグリフィンが居たらサイドメニューを一人で食い尽くしてしまうかも知れないが。

 

そしてオーダーしてから待つ事十分ほどで料理が運ばれてきてランチタイム開始。

バーガーに関しては全員が此の店のオリジナルメニューをオーダーし、其れ等はとても美味しいモノだったのだが、夏月がオーダーした『肉盛りスタミナバーガー』のインパクトは物凄いモノがあった。

レタスとスライスしたオニオンの上にビーフパテ、ローストンカツ、フライドチキン、牛・豚・鶏のミックスミンチのミートソースにフライドガーリックの粉末をタップリトッピングしたハンバーガーは迫力満点であり、インパクトだけならばバンズ三枚のビックマックをも遥かに凌駕していると言えるだろう……食べるのが大変そうだが、夏月はハンバーガーの方を口の大きさに合わせて強引に潰して喰らい付いていた。

こうでもしなければバンズと具材を一緒に味わう事は出来なかったのだが、『ハンバーガーは口に合わせて潰して食べるモノ』と言うハンバーショップの店長も居るので此れはある意味ではハンバーガーの正しい食べ方と言えるのかもしれない。

シェアしたサイドメニューの方も美味であり、シュリンプナゲットのソースも此の店オリジナルの和風柚子胡椒ソースが良い感じの爽やかさとスパイシーさでシュリンプナゲットの『表面サクサク、中はプリップリ』の食感を際立たせてくれていた。

オーダーしたメニューを全て食べ終えた後は食後のデザートとして夏月は『塩キャラメルチョコレートアイス』、楯無は『チョコバナナ海賊船』、秋五は『カスタードクリームブリュレアラ・モード』、箒は『抹茶アイスと大納言小豆アイスの雪だるま』を注文し、夫々美味しく頂いた。

支払いに関しては夏月が楯無の分も払おうとしたのだが、楯無が『フリーパス券は飲食店もフリーパスなのよ♪』と言った事で、全員無料でハンバーガーショップを後にした……少しばかり値は張るモノの、園内の全ての施設(アミューズメントゲームコーナーのプレイ代は除く)が料金を払う事無く使用出来るフリーパス券は丸一日此の遊園地を使う場合には可成りお得なモノであると言えるだろう。

 

ランチタイムを終えてからの午後の部は、先ずはステージイベントである定番のヒーローショーを楽しんだ。

今年は仮面ライダー生誕五十周年と言う事でAmazonプライム限定で公開されている『仮面ライダーBlack Sun』を元にしたショーだったのだが、ショーの後半でピンチに陥ったBlackSunの元に、BlackSunのオリジナルである『仮面ライダーBlack』と『仮面ライダーBlackRX』が駆け付け、協力して敵を倒すと言う激熱な展開に盛り上がり、ショーの後で楯無は簪へのお土産として三人の『仮面ライダーBlack』のサインを貰っていた。

 

ヒーローショーを満喫した後は、アミューズメントゲームコーナーを訪れユーフォ―キャッチャーやプリクラ等を楽しんだ――特にプリクラは此の遊園地の限定フレームもあったので余計に楽しめた。

撮影の瞬間に楯無は夏月に、秋五は箒に『ほっぺチュー』をかまして夫々の驚いた表情がプリクラに残されたのも良い思い出の形と言えるのかも知れない……夏月は兎も角として、箒の方はまさかの事にゆでだこ状態になってしまい、再起動するまでに五分程必要になっていたが、実直なサムライガールには頬へのキスでも充分な破壊力があったと言う事なのだろう。

その後はメダルゲームで全員がトンデモねぇ動体視力を発揮してメダルを荒稼ぎし其れを換金して一儲けし、エアホッケーのダブルスでは先ずは夏月&楯無ペアと秋五&箒ペアの試合を行い、接戦の末に夏月&楯無ペアが勝利した後に、夏月&秋五ペアと楯無&箒ペアの試合を行ったのだが、此れは夏月&秋五ペアが圧倒して勝利した。……兄弟でなくなったとは言え、織斑計画に於ける量産型の完成形として生まれた双子の連携は完璧であり、楯無&箒ペアが三セットで奪った得点が十点以下だったと言うのがその連携の凄まじさを如実に表していると言えるだろう。

 

そんな感じでアミューズメントゲームを楽しんで居ると何時の間にか日は傾き始めており、閉園時間も迫っていた――となると、遊園地デートの定番とも言える『観覧車』を外す事は出来ないので、夏月と楯無、秋五と箒に分かれて別々のゴンドラに乗って観覧車の一周を楽しむ事に。

此の観覧車は直径が180mと言う国内最大級の観覧車であり、最上部からの眺めは其れは最高と言うより他にないモノで、閉園間近のこの時間帯だと夕陽に照らされた湘南のビーチが実に美しく見えるのである。

 

 

「夏月君、今日のデート、満足して貰えたかしら?」

 

「まさかのダブルデートになったけど充分に楽しめたぜ楯無さん。」

 

「それなら良かったわ……夏月君、大好きよ。」

 

「其れは俺もだよ楯無さん。」

 

 

ゴンドラが頂点に達した所で夏月と楯無はキスを交わし、その愛を深めていた――同じ様に頂点に達した所で秋五も箒と唇を重ねたのだが、ほっぺチューで機能停止してしまう箒にとってこのキスは衝撃的だったらしく、キスをされたと言う事を認識した瞬間に魂が肉体から離れかけてしまっていた。純情可憐な大和撫子のサムライガールが恋愛事に慣れるのにはもう少し時間が必要なのかもしれない。

 

観覧車を降りた後は遊園地を後にして、少し早めの晩御飯を駅前の『丼専門店』で摂り、夏月は『元祖スタミナ丼』の特盛、楯無は『湘南海鮮丼』、秋五は『キムチ牛丼』の大盛り、箒は『マグロユッケ丼』をオーダーして美味しく晩御飯を頂いた。

 

となれば、後は学園に戻るだけなのだが、秋五と箒が湘南駅から電車に乗ったのに対し、夏月は楯無に連れられて湘南の港まで来ていた――そして其の港で待っていたのは一隻のクルーザーだった。

其れは更識が所有するクルーザーであり、船内にはシャワールームやベッドルームも完備されている、クルーザーと言うよりは超小型のクルーズ船と言った方が正しいモノだった……詰まるところ、此れで海の旅を楽しみながら学園に帰ろうと言う事なのだろうが、勿論そんな単純な事では終わる筈がない。

 

 

「ふぅ……サッパリしたな。」

 

 

シャワールームで汗を流した夏月はベッドルームにやって来たのだが……

 

 

「お帰りなさいアナタ。ご飯にします?お風呂にします?それとも私?」

 

 

ベッドルームのドアを開けたら、其処には所謂『裸エプロン』の楯無が笑顔で立っていた――そのインパクトは凄まじく、夏月は数秒固まった後に一度ドアを閉め、目を擦って頬を叩いた後に再びドアを開ける。

 

 

「お帰りなさいアナタ。ご飯にします?お風呂にします?それとも私?」

 

「…………」

 

 

其処には先程と同様に裸エプロンの楯無が存在しており、夏月は再びドアを閉める……そして、息を整えてから三度目の正直としてドアを開けると――

 

 

「お帰りなさいアナタ。私にします?私にします?それともワ・タ・シ?」

 

 

其処には三度裸エプロンの楯無が居て、遂には選択肢が三択に見掛けた一択となっていた……『夏月の初めてを貰う』と言う乙女協定の最終リミッターを担う楯無はリミッターの完全解除に乗り出した、そう言う事なのだろう。

三度見た事で、此れが見間違いではないと判断した夏月は、後手でベッドルームの鍵を閉めると楯無に近付き、そのままお姫様抱っこをする。

 

 

「それじゃあ、楯無さんを頂こうかな?」

 

「あん、それじゃあ残さずに食べてね♪それから、今だけは刀奈って呼んで……ね?」

 

「分かったよ、刀奈……」

 

 

楯無をベッドに下ろすと、夏月は己の野性を解放して楯無と愛し合った……互いに初めてであるにも拘らず、夜が深くなるほどに激しく、そして愛し合い、その結果として夏月と楯無の愛はより深いモノとなったのだった。

行為を終え、同じベッドで夏月の腕枕で寝る楯無、そんな二人の姿を窓から差し込む月明かりが優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月達がデートをしていた頃、ヨーロッパのドイツとフランスではある動きがあった。

 

 

「ボーデヴィッヒ少佐、君にIS学園への出向を命じる。可能ならば織斑千冬教官の弟君と親密な関係になってくれる事を望む――頼んだぞ。」

 

「ハッ!その任務、必ずや成功させてみせます!」

 

 

「我が社の命運はお前に掛かっていると言っても過言ではないからな……くれぐれもしくじるなよシャルロット?」

 

「うん、分かってるよ父さん。(まぁ、僕の本当の目的はアンタ達を奈落の底に落とす事なんだけどね♪)」

 

 

ドイツ、フランス共にIS学園に自国の国家代表、代表候補生を送り込む形で進んでいるようだが、此の二人がIS学園に於いて新たな火種になるのは確実であると言えるのかもしれない――フランスの方は腹の底で何を考えてるのかは分からないが、ドイツの方は如何やら千冬と何かしらの接点がある様なので尚更であると言えるだろう。

 

そしてGW明けの月曜日、二つの火種がIS学園に飛来したのだった。

 

 

「ボーデヴィッヒか……待ちわびていたぞお前の事を。私の手駒として動いてくれるお前が学園に来るのをな。」

 

 

新たな生徒がやって来た事を聞いた千冬は、大凡教師とは思えないほどの歪んだ笑みを浮かべ、ドイツからの転入生の事を全力で歓迎しているようだった……取り敢えずGW明けの初日は、何やら荒れる事になるのは間違いないと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode29『ゴールデン・ウィーク明け初日は波乱万丈!?』

DQNヒルデが、叩き潰してやるぜBy夏月     遠慮なくやっちゃって♪By楯無     手加減は不要だねByロラン


ゴールデンウィーク最終日のデートを終え、クルーザーで楯無との一夜を過ごした夏月は何時も通り目を覚ました。

夏月の隣には一糸纏わぬ姿で眠っている楯無の姿があり、其れを見た夏月は口元に僅かに笑みを浮かべていた……それは、そんな楯無の姿をこの上ない程に愛おしいと思ったからだ。

昨晩は此の上ないほど愛しあったにも拘らず、其れでもまだ欲しいと夏月は思ってしまい、同時に『愛に限界量は存在しない』と言う事を実感していた。

 

とは言え、此の時間に目が覚めてしまったとなれば日課となっている早朝トレーニングを欠かす事は出来ないので、夏月は楯無を起こさないように静かにベッドから出ると、ベッドルームのクローゼットに収納されていたトレーニングウェアに着替えてからクルーザーの甲板に出る。

クルーザーは既に学園島に到着しており、それを確認した夏月は甲板から学園島の埠頭に飛び移ると日課の早朝トレーニングを開始した――昨晩、楯無と散々『夜のISバトル』を行ったにも拘らず、普通に早朝トレーニングを行える夏月は、スタミナの回復力も相当なモノなのだろう。

 

そして、早朝トレーニングを終えた夏月は、一度クルーザーに戻って楯無を起こしに行ったのだが、体を揺すっても呼び掛けても全然目を覚まさなかった上、寝言で『夏月君~~えへへ~~』等と言っており、マダマダ夢の世界からは戻って来そうになかったので、取り敢えず楯無のスマホにAM7:00のアラームをセットし、スマホの隣に『起こしても起きなかったし、幸せそうな夢を見てるみたいだったから先に戻ってる。また学校でな。』とのメモを残してから、寮の自室に戻ってシャワーで汗を流し、その後に速攻で朝食の準備に取り掛かる。

 

 

「やぁ、おはよう夏月……朝帰りとは、昨晩はタテナシとお楽しみだったのかい?」

 

「おはようロラン……まぁ、其れは否定しねぇよ……んでもって、俺は自分で思ってた以上に肉食系だった事に驚いてんだ――まさかのウルトラセブンを決めちまうとは思わなかったからな。

 って、そんな事よりも顔洗って来いよ。」

 

「ふふ、確かにそうだね。」

 

 

その最中にロランが目を覚まし、夏月が朝帰りした事についてのちょっとした遣り取りをした後に、顔を洗ったロランはキッチンに立ち、ゴールデンウィーク前に鈴が言っていた『今度アタシ達が一品ずつ作って持ち寄ってのランチとか如何よ?』をやる日が本日なので、そのメニューの作成に取り掛かった。

 

 

「それは、土鍋かい夏月?」

 

「おうよ。

 今日のランチはロラン達が一品ずつ持ち寄る事になってて、俺が用意するのは飯だけだろ?だから、せめて飯に拘ろうと思って今日は土鍋ご飯で!本音を言うなら羽釜を使ったかまど炊きで行きたいんだが、羽釜は兎も角かまどはないから其れは断念だ。

 だが、土鍋で炊いた飯ってのは炊飯ジャーで炊いたモノとは一線を画すからな……最近の炊飯ジャーは土鍋炊きを再現してるモノもあるが、其れはあくまでも再現であって本物には及ばない。

 此の最高の飯に合う料理を期待しているぜロラン。」

 

「そう来たか……ならば其れには応えて見せるよ夏月。

 既に下ごしらえは昨日の内に済ませてあるから、後は仕上げだけからね――君に、本場のオランダ料理を提供させて貰うよ。」

 

「ソイツは楽しみだな。」

 

 

今日は夏月が弁当で用意するのは飯だけなので、せめてそこに拘ろうと土鍋を使って炊くと言うのは中々思い付く事ではないだろうが、其れでも土鍋で炊いた飯の美味しさは格別なので譲れない部分であったのかもしれない――同時に、本日の朝食の飯も同じ物になるので、ロランは炊き立ての土鍋ご飯を食べる事が出来る訳だが、此れもまた同室の特権だろう。

暫くして米が炊け、おかずも完成。本日の朝食は土鍋炊きの白米、カマスの干物のグリル焼き、小松菜と水菜の辛し和え、さつま揚げとネギとエノキとわかめの味噌汁と言うラインナップで、相変わらずの夏月の腕前を賞賛しつつ、初めて食べた土鍋で炊いた飯の旨さにロランは感激していた。

朝食後は夏月は飯を、ロランは自作した料理を夫々弁当箱に詰めてから制服に着替えて七日ぶりとなる学園校舎へと向かって行く――ゴールデンウィーク明け初日の始まりだ。

 

尚、夏月がセットしたアラームで目を覚ました楯無は隣に夏月が居なかった事に少し寂しさを覚えていたが、スマホの脇にあったメモを見ると『無理に起こすのが悪いと思わせる顔をしていたのかしらね』と、少し恥ずかしくなったモノの、夏月の事を愛しているのだと言う事を再確認し、着替えてから寮に戻り超速で本日のランチメニューを作り上げた後に登校したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode29

『ゴールデン・ウィーク明け初日は波乱万丈!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七日ぶりに生徒達で賑わっている校舎だが、生徒達の話題の中心になっているのは矢張り昨日、国際IS委員会が発表した『男性操縦者重婚法』と、それから暫くして日本、オランダ、中国、台湾、タイ、ブラジル、イギリス、カナダが『男性操縦者と自国の国家代表、または国家代表候補生は婚約状態にある』、と発表した事に関してだ――前者に関してはある程度予想していた生徒も極少数ではあるが存在していたらしく、予想していなかった生徒達に『なぜそうなる可能性があるのか』と言う事を解説していたりもしたのだが、後者に関してはマッタク持って誰一人予想していなかった事だけに憶測やら何やらが色々飛び交っているらしい。

特に夏月の場合は一気に婚約者が八人と言う異常極まりない事態なのだから尚更だ――秋五の三人でも充分に多いのだが、その倍以上の人数の夏月の方が衝撃度が大きかったのだろう。

だが、夏月と秋五の双方で大きな存在として上がっていたのが『コメット姉妹』だ。

飛び級でIS学園にやって来たとは言え、彼女達は本来はまだ小学生であり、そんな彼女達を男性操縦者の婚約者として発表したカナダ政府は大分ぶっ飛んでいると言った意見が多かったが、『彼女達の自己推薦』と言った意見も出てはいた……実はある意味其れは正解ではあるのだが。

 

 

「そんで、俺は別に構わないがお前は本当に良いのかファニール?」

 

「良くなかったらこうはなってないわよ……アタシ、アンタの事結構好きだし一緒に居ると楽しいから。それに、ロランに『乙女協定』に加入させて貰ったからね。」

 

「君への思いが本物であるのならば、乙女協定は来る者を拒まないよ――尤も変態的な趣向を持ってる人間は別だけどね。」

 

「変態は絶対に加入させないでくれ……でも、そう言う事なら宜しくなファニール。」

 

 

「カナダ政府に強制されたんじゃない、よね?」

 

「うん!私はお兄ちゃんの事が好きだから。」

 

「そっか……なら良いけど、其れならまずは僕を『お兄ちゃん』って呼ぶのを止めてみようか?婚約者相手にその呼び方はおかしいからね……夏月の事は、将来的には『お義兄ちゃん』になるから変える必要はないかもだけどね。」

 

「オイコラ秋五、テメェ何サラッと自分だけオニールからの『お兄ちゃん呼び』を脱しようとしてやがんだコラ。」

 

「まぁ、その気持ちは分からんでもないがな……」

 

 

登校中に出会った当人達はこんな感じで、特に気にした様子もなく、また婚約関係になったからと言って何が変わると言う訳でもなく、此れまでの関係性も特に変わる訳ではないみたいである――逆に言えば、変わる事がない位の絆が存在していると言う事でもあるだろう。

コメット姉妹と別れ夏月、ロラン、秋五、箒は一組の教室に入り――

 

 

「おはよー、ロラロラ!ほーほー!そして、ロリコンさん達~~~!!」

 

「「行き成り良い笑顔でトドメ刺しにキタコレ!!」」

 

 

イキナリ本音がとっても良い笑顔で超小型核爆弾搭載型のガトリングガンをぶっ放して来た。

勿論本音とて夏月と秋五がロリコンであるとは思っておらず、此れは言うなれば『コメット姉妹が婚約者になった事』をネタにしたジョークなのだが、本音は『世界で最も人畜無害な存在』と言っても過言ではないのほほんとした性格のせいで、本気なのかジョークなのか判断に迷う部分があるのだ――それこそ、楯無や姉の虚でもその見極めは難しいレベルなのである。

 

 

「な~んてね、とってもジョーダンだよカゲカゲ、オリムー。」

 

「ジョークならジョークと分かるテンションで言ってくれよのほほんさん!ぶっちゃけマジなのかジョークなのか判断出来ねぇから!」

 

「心臓に悪いよ……お願いだから、冗談と本音が分かるように言ってくれると助かるよのほほんさん。」

 

「ん~~~?良く分からないけど分かったよ~~♪」

 

「「いや、絶対に分かってない!!」」

 

 

布仏本音、一年一組のマスコット的存在である『のほほん少女』は若しかしたらある意味で最強の人類であるのかもしれない。

其れは其れとして、一年一組の教室では夏月と秋五だけでなく、夏月の婚約者となったロラン、秋五の婚約者となった箒とセシリアにもクラスメイトからの質問やらなにやら殺到していた――特に箒は国家代表でも代表候補生でもないのに秋五の婚約者として発表されたのだから余計にだ。

だが、其れに対して箒は『私が篠ノ之束の妹だからだろうな』と言う、ありとあらゆる事情をブッ飛ばしてしまう必殺のセリフを以てして強制的に質問して来た相手を納得させていた――『篠ノ之束の妹』と言う肩書は箒は決して好きなモノではないのだが、だが面倒事を一発で終わらせる切り札として使う事は厭わなかった。心の中で決して嫌っていない姉に謝りながらではあるが。

 

 

「席に着け。此れよりホームルームを始める。」

 

 

そんな中で千冬と真耶が教室に入って来た事で生徒達の雑談は終わり、全員が席に着く。

クラス対抗戦以降、教師部隊の指揮官と緊急時の指揮権を剥奪された千冬は未だに一年一組の担任を続けているのだが、実はゴールデンウィーク中に『生徒寮の寮監』も更迭される事になっていた――寮監室の掃除を行った秋五が、あまりの酷さに掃除前に撮った寮監室の様子を楯無に見せて相談し、其処から学園長に話が通って『自己管理が出来ない者に生徒寮の寮監は任せられない』と判断され、千冬は生徒寮の寮監室から教員寮の一般室へと移動する事になり、生徒寮の新しい寮監には一年三組の担任である『鬼柳京香』が就任したのだった。

 

 

「それじゃあ、本日は転校生が居ます。其れも二人もです!入って来て下さい。」

 

 

真耶がそう言うと、新たに二人の生徒が入って来たのだが、その一人には誰もが注目してしまった。

一人は長い銀髪に眼帯と言う中々にぶっ飛んだ外見ではあったがそれでも『少女』である事は見て取れたのだが、もう一人はブロンズの髪を首の辺りで束ねているとは言っても制服はズボンを着用し、更に胸元も精々『胸筋が鍛えられている』程度のふくらみであった事、そして中性的な顔立ちだった事から『男子』にしか見えなかったのだ。

 

 

「では、お二人とも自己紹介をして下さい。」

 

「はい。

 フランスから来た、シャルル・デュノアです。男性でありながらISを動かしてしまったので此処に来ました――此処には僕と同じ境遇の人が二人も居ると聞いているので少し安心しています。」

 

 

先ずはブロンドの方が自己紹介をした――まさかの『三人目の男性操縦者』との事だったが、夏月も秋五も、そしてロランも見た瞬間に『怪しい』と感じていた……夏月と秋五は『織斑計画』によって生み出された存在であり、『最強の人間』に必要な能力の一つとして、所謂『第六感』と言うモノが極めて鋭く成長するように設定されていた事でシャルルの事を直感的に『怪しい』と思い、ロランは舞台で『男性役』や『男装女子』の役を演じる事が多かっただけに本当に男性なのか、それとも男装女子なのかを見極める事が出来るので、矢張り『怪しい』と感じたのである。

此の三人が『怪しい』と感じたとなれば、シャルルの本当の性別は男性ではないのかもしれない。

 

其れは其れとして、『三人目の男子』が来た事に一年一組の生徒は盛り上がって歓喜の声が上がり、こうなる事を予想していた夏月とロラン、秋五と箒とセシリアは瞬時に耳を塞いでダメージを回避したのだが、此の歓声で教室の窓には罅が入ったのだから現役JKのパワーはハンパなモノではないと言えるだろう。

 

 

「では、続いて自己紹介をお願いしますねボーデヴィッヒさん。」

 

「うむ……」

 

 

そして真耶に自己紹介を促された銀髪眼帯少女はペンを手に取ると、ホワイトボードにデカデカと『羅裏・坊出美津陽』と書き殴った後に、『私がドイツ軍黒兎隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒである!』と『私が漢塾塾長、江田島平八である!』を彷彿させる自己紹介をして一年一組の生徒の大多数を喰っていた――それだけインパクトのある自己紹介だったと言えるのだが、夏月とロラン、秋五と箒とセシリア、そして本音はインパクトに飲まれる事なく平常運転だった。

 

 

「織斑秋五は何方だ?」

 

「えっと、織斑秋五は僕だけど?」

 

 

真耶に席を指定されたたシャルルとラウラはその席に向かったのだが、その途中でラウラは二人の男性操縦者の存在を確認し、『何方が織斑秋五か?』と聞いて来たので秋五は『織斑秋五は自分だ』と告げた――それと同時にラウラは『お前が……』と言ったかと思ったら、秋五の肩や腕を掴むように触ると、その顔をマジマジと近距離で見つめて来る。

ラウラの予想外の行動に、クラスメイト達も『何があったの?』、『あの二人って実は知り合い?』と言った感じであり、秋五自身も『ドイツ軍って言ってたし、若しかして姉さんの教え子?』と思っては居たモノの、何が何やらと言った状態だ。

 

 

「あの、ボーデヴィッヒさん?」

 

「ふむ、容姿は悪くないだけでなく、身体には必要な筋肉も付いている……ならば申し分ないか。

 織斑秋五、今この時を以て、貴様を私の婚約者とする!そして一切の異論は認めん!」

 

「……はい?」

 

「「「「「「「「「「なんだってーーー!?」」」」」」」」」」

 

「おぉっと、そう来たかドイツ人……」

 

「初対面の人間をイキナリ婚約者として指名するとは凄まじいまでの強心臓の持ち主と言うべきかな?

 しかも、その相手の実姉の目の前でとは中々出来る……と言うか普通ならば絶対に出来ない事だと思うけれどね?流石は軍に所属していると言うだけあって、度胸は並大抵のモノではないのかな?」

 

 

そしてまさかの『婚約者にする』宣言にクラスは一気に騒然となったが、其れを聞いて黙って居られないのが箒とセシリアだ。

自分の意思は示したとは言え、ある意味では国によって半強制的に秋五との婚約関係になった訳だが、其れを機に二人揃って秋五に告白され、晴れて恋人関係になる事が出来たのだから、突然現れた新参者が秋五を婚約者にすると言うのは断じて認められないのである。

一応ラウラは上官から『織斑千冬教官の弟と親密な関係になる事を望む』と言われていたので、其れを実行するためのモノだったのだが、それを知らない人間からしたら『イキナリ現れて何言ってんだお前?』となるのは至極当然の事と言えるだろう。

因みに恋に関してはライバルであった箒とセシリアだが、其れ以外では親友なので箒は料理下手……と言うか料理の腕前が壊滅しているセシリアに料理を教え、セシリアはお洒落に疎い箒にファッションコーディネートを教えたりしていたりするのだ。

 

 

「ボーデヴィッヒ、私の前で堂々と織斑を婚約者にすると抜かすとは中々良い度胸をしているじゃないか……と言うか、山田先生も止めて欲しかったのだけれどな?」

 

「教師としては止めるべきだったのかもしれませんが、山田真耶個人としては事の顛末が気になったので最後まで見てみようかなぁと。」

 

 

だが、箒とセシリアが動く前に千冬が口を開いた事で、箒とセシリアは勢いを削がれてラウラに詰め寄る事は無かった。

真耶が止めなかった理由は少しばかり問題があるかも知れないが、真耶とてもしもラウラが秋五に害をなす行動に出ようとしたその時は直ぐに止められるようにスカートで隠している大腿部のガンベルトに収納してある『麻酔針発射式の改造エアガン』に手を掛けていたからこその事だったのだ――『麻酔銃で眠らせる』、と言うのは些か強硬手段に思えるかも知れないが、少なくとも問答無用で生徒の頭に出席簿を叩き込むよりは遥かに良いだろう。麻酔銃ならば喰らった生徒も略痛みを感じる事無く即座に眠ってしまうのだから。

 

それはさておき、此処でホームルーム終了のチャイムが鳴ったので、ラウラの『お前を婚約者にする』発言に関しては有耶無耶となり、生徒達は一時限目の『IS実技』の為に更衣室への移動を開始。

その際に千冬が夏月と秋五に『一夜と織斑はデュノアの面倒を見てやれ』と言った事で、夏月と秋五はシャルルと共に男子更衣室に向かう事になったのだが――

 

 

「君達が一夜夏月君と織斑秋五君だよね?同じ男性操縦者として此れから宜しく……」

 

「んな挨拶なんぞ後だ。秋五、デュノアの情報は校内でドレほどで回ってる?」

 

「もう略全校生徒が知ってる状況だね……此れから授業があるから大丈夫、と言いたい所なんだけど三組は一時限目が自習になってるから若しかしたら少しヤバいかも知れないよ。」

 

「ヴィシュヌとコメット姉妹だけじゃ抑えられねぇよなぁ……よっしゃ、連中が来る前に更衣室に逃げ込むぞ!」

 

「え?ちょっと一夜君!?何で僕を担ぎ上げるのさ!?」

 

「んなモン、こっちの方が速いからに決まってんだろうが!つーか軽いなお前?ちゃんと飯食ってんのか?」

 

「食べてるよ!」

 

 

改めて自己紹介して来たシャルルを制止すると、シャルルの情報が校内でドレだけ認知されているかを確認した後に、夏月がシャルルを担ぎ上げると其のまま一気に男子更衣室へとダッシュ……したのだが、既に廊下には情報を聞き付けた一年三組の生徒達が現れていた。

一時限目が自習となった一年三組の生徒達は、これ幸いとばかりに『三人目の男性操縦者』を拝みに来たと言う訳だ――男日照りのIS学園に於いて『三人目の男子』と言うのは非情に貴重な存在であり、しかも其れが『ワイルドなダークヒーロー系の夏月』、『爽やかな正統派イケメンの秋五』とも違う、『中性的な魅力の王子様』となれば余計にだろう。

 

 

「居たぞー!!」

 

「者共、出あえ出あえ~~~!!」

 

「オイコラ、何時からIS学園は武家屋敷になったんだ?つーか、先ずはコイツ等を止めろよ自習監視教師!……担当割り出して学園長にチクってやるからな!!」

 

「えっと、何でこんな騒ぎになってるの?」

 

「僕達が学園でたった三人しか居ない男子だから。特に君は三人目として注目されてるからだよデュノア君。」

 

「あ~~、成程そう言う事か……IS学園の女子達って肉食系だったんだ。」

 

 

現役JKの行動力は凄まじく、廊下に出たその時には挟み撃ち状態となって逃げ場はない状況になっていた――そんな中でヴィシュヌとコメット姉妹は夏月と秋五に手を合わせて謝罪する仕草を見せていたが、夏月も秋五も片手を上げて『気にするな』とのジェスチャーを送ると……

 

 

「デュノア、舌噛まないように歯を食い縛ってろよ!それじゃあ、いっくぜぇぇ!!」

 

「え?ちょっと待って、うっそだぁぁぁぁぁ!?」

 

「それじゃあ授業があるからこれで!」

 

 

廊下の窓を開けてそこから一気に飛び降りた!

IS学園の校舎は一階が生徒用の昇降口と来客用の玄関、職員室と学園長室で構成されており、二階には『情報処理室』、『音楽室』、『理科室』と言った特殊教室で構成されており、生徒達が通う教室は三階より上の階に存在しており、つまりは一年生の教室であっても三階に存在していると言う訳であり、夏月と秋五は三階の廊下から飛び降りたと言う事になるのだ。

三階の高さともなれば10mを超えるので普通の人間が飛び降りたら骨折は免れないのだが、其処は『織斑計画』によって生み出された超人である夏月と秋五、ノーダメージで着地すると、其のまま男子更衣室に向かって『バイバイキーン』と言った感じであった――まさかの紐無しバンジーに付き合わさせられたシャルルは夏月に抱えられた状態で口から魂が抜け掛けていたのだが。

取り敢えず女子の一団を撒いた夏月達は更衣室でISスーツに着替えて一時限目の授業に向かうのだった。――因みに暴走した三組の生徒には、ヴィシュヌが『私のフィアンセを危険な目に遭わせた覚悟は出来ていますね?』と言って、手痛いお仕置きを加えていた。

そして、このお仕置きによって『ヴィシュヌは絶対に起こらせちゃダメだ』と言うのが一年三組の暗黙の了解となったのであった……滅多に怒らない大人しい人ほどマジでブチキレた其の時には誰よりも恐ろしいと言うのは、如何やら真実であったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の一時限目は一組と二組の合同実技授業であり、其れは此れまでも何度もあったので特に問題なく授業が始まる筈だったのだが、本日は少しばかり何時もとは様子が異なっていた――その原因は千冬が何時ものレディースのスーツではなくISスーツを纏った状態でいたからだ。

 

 

「本日は諸君に実際にISを使った訓練を行って貰うが、授業の前に諸君等に模擬戦を見せておこうと思う。

 クラス代表決定戦、そしてクラス対抗戦とISバトルを何度も生では見て来たと思うが、私に言わせれば其れは所詮高校生レベルであり、プロの世界には遠く及ばないと言わざるを得ん――故に、今日はまず本物のISバトルがドレだけのモノかと言うモノを私が直々に諸君等に知って貰うとしよう。

 そして、私の相手を務めるのは、お前だ一夜。」

 

 

如何やら千冬は先ずは『模擬戦』で本物のISバトルを生徒達に見せる心算であり、その模擬戦を自ら行うべくISスーツに着替えていたのだが、模擬戦の相手に夏月を指名して来たのには、『生意気な一年生を自らの手で叩き潰す』との思惑があっての事だろう――去年も楯無に其れを行った挙句に己が大恥を搔く結果になったと言う事を千冬はスッカリ忘れてしまっているのかもしれない。或は、己にとって不都合な出来事は瞬間的に脳から削除されると言う何とも都合の良い脳ミソを搭載しているのかもかも知れない。

 

 

「俺をご指名とは、中々良いチョイスだが……俺は楯無さんほど優しくねぇから、『引き分け』になると思うなよ?

 そしてテメェの器の小ささを知るんだな――『ブリュンヒルデ』と持て囃されても、所詮アンタは楯無さんが舐めプかまして漸く引き分けになる程度の実力でしかなかった、モンド・グロッソを二連覇出来たのは一撃必殺の零落白夜があったからだってよ。」

 

 

そんな千冬に向かって、夏月は此の上ない偽悪的な笑みを浮かべると、挑発的なセリフを放った後に首を掻っ切る動作をしてから思い切りサムズダウンし、これでもかと言う位に千冬の精神を逆撫でする。

何時もの千冬ならば此れだけ激高している事だろうが、先程のホームルームでラウラが言った事の方が衝撃的であり、『後で問い詰めねばなるまい』との思いが結果的に瞬間的に頭が沸騰するのを抑えているようだ……遠回しに、ラウラは千冬の精神的なサポートをしたと言えるだろう。

 

 

「ふ、吼えるか。

 それでこそ鍛え甲斐があると言うモノだが、今回の模擬戦、お前が望むのであれば自身の専用機を使っても一向に構わんぞ?専用機でなければ何時もの実力を発揮出来ないだろうからな。」

 

「冗談、訓練機相手に専用機使えるかよ……其れに、俺が専用機使ったのをアンタが負けた時の言い訳にされたくないし、何より俺は対等な条件で戦った上で勝たないと満足出来ないんでね。」

 

 

専用機を使っても構わないと言う千冬に対し、夏月は自分も訓練機である『打鉄』を使う宣言を行い、夏月と千冬は共に『打鉄』を使って模擬戦を行う事に。

IS学園で使われている訓練機は日本製の『打鉄』とフランス製の『ラファール・リヴァイブ』であり、何方も初心者にも扱い易いバランス型の汎用機なのだが、ラファール・リヴァイブよりも打鉄の方がよりクセが少なく、その分操縦者の腕前がダイレクトに反映される機体となっていると言える――故にこの模擬戦は、真っ向からの力のぶつかり合いになる訳である。

 

 

「では、始めるとしようか一夜?」

 

「地に落ちた DQNヒルデを ブチ殺し~~。」

 

 

 

「……何だい今の不穏な五・七・五は?」

 

「『バグ大』に登場する『一条康明』の、通称『死の五・七・五』ね。此れを聞いた相手は死ぬ。」

 

 

夏月が何やら不穏な五・七・五を言った直後に模擬戦が始まり、先ずは互いに鋭い踏み込むから近接ブレード『葵』で相手を斬り付ける。

袈裟斬りに斬り下ろして来た千冬に対し、夏月は逆袈裟に切り上げ、葵同士がぶつかって激しく火花を散らす……が、其のまま押し合いとはならず、夏月が点をずらす形で脱力した事で千冬は体勢を崩し、其処に夏月の膝が炸裂!

完全に虚を突いた攻撃であり、普通ならば真面に喰らっていた所だろうが、千冬は膝の一撃を喰らいながらも足の装甲に葵を突き立て、夏月の打鉄のシールドエネルギーを減らす。現役時代より衰えたとは言え、勝負勘はまだ健在らしい。

だが、夏月は更に其の上を行き、膝を入れた状態から其のまま蹴り上げで千冬の顎をカチ上げると、其処から踵落としに繋ぎ、至近距離からの突きを繰り出し、千冬の打鉄のシールドエネルギーを減らす……専用機である黒雷を使っていたら、この時点で終わっていただろうが、打鉄では夏月の動きに機体の反応が追い付いていない為、踏み込みが甘くなり突きの威力が削られてしまったのである。

 

 

「ふ、やるではないか一夜。デカい口を叩くだけの事はあると褒めてやる。」

 

「そりゃどうも……だがなぁ、生徒相手だからって手加減する必要はないぜ織斑先生?

 此の程度じゃ張り合いがないんでな、もっと本気でやって欲しいぜ……其れとも此れが本気だったのか?だとしたら失礼な事言ったな、謝るよ。」

 

「ふん、此処までは小手調べだ。」

 

 

どこぞの宇宙最強の合体戦士みたいな事を言う夏月に対し、千冬もありきたりなセリフを返すと、其処からは凄まじき人外のバトルが展開される事に……両者とも機体の反応速度が遅いにも拘らず、太刀筋が見えないレベルの剣劇を行っており、其れは果たして生徒のお手本となるのかは疑問ではあるが、この模擬戦を観戦していた生徒達は異次元のISバトルに驚いた――と同時に、専用機を使わずとも千冬と互角以上に遣り合っている夏月の実力が如何程のモノであるのかを改めて知る事になったのだった。

唯一、ドイツで千冬の教えを受けたラウラだけは、此の試合展開に『教官と互角以上に戦うとは、アイツは何者だ?』と言った表情を浮かべていたのだが。

 

だが、その模擬戦も唐突に終わりを告げる事になった。

 

 

 

――ブスン……

 

 

 

激しい剣劇を行っていた二人の打鉄のマニピュレーターが突如煙を上げて機能が停止し、続いてスラスターからも火花が散った後に黒煙が上がり機能を停止したのだ……機体の反応速度を超えたバトルを行った結果、双方の打鉄が限界を迎えたのだ。

 

 

「……オイ、少しは加減と言うモノをしろ一夜。」

 

「其れ、アンタが言ってもマッタク持って説得力ねぇから……成程、楯無さんが舐めプかましたのは、本気出すとこうなる事を予見してたからだったって訳か。」

 

「如何やら、其のようだな。」

 

 

スラスターが機能を停止した二機は空中での姿勢制御を失い、そのまま地面に紐無しバンジー。

マニピュレーターとスラスターが故障したとは言え機体は解除されていなかったので、夏月も千冬も無事だったのだが、落下時に巻き起こった土煙が晴れると、其処では夏月が千冬に見事なテキサス・クローバー・ホールドを極めていた……落下中にも攻防が行われ、その結果夏月が制したと言う事なのだろう。

取り敢えず、この模擬戦で夏月の実力は再確認されたのは間違いないが、模擬戦後に真耶が『修理代は織斑先生の給与から天引きしておきますから』と言うと、此の模擬戦が、実は授業直前になって千冬が無理矢理捻じ込んで来た事を暴露した事で、千冬の評価はまたしても下落するのだった――授業直前に無理矢理模擬戦を捻じ込んだ挙句に訓練機を壊したとなれば、此れもまた当然の結果であったと言えるだろう。

 

夏月に痛い目を見せる心算だった千冬は、逆に自分の首を絞める事になったのだった。

 

 

その後の授業は、専用機持ち達が一般生徒にISの操縦を教えると言うモノになり、各班ともそれなりに良い成果を上げていたのだが、セシリアは説明が細か過ぎて一般生徒には理解が難しく、鈴の方は説明がザックリしていて此れまた理解し辛い状態となっていたのだが、其れでも最終的には全員がそれなりの成果を出したのは流石は代表候補生と言ったところだろう。

そんな中、ラウラは指導をしながらも夏月の事を、半ば睨みつけるような形で見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業は何も問題はなく終わって、やって来た昼休み。

夏月チームは本日も屋上でランチタイムで、秋五チームは学食でランチタイムなのだが、本日は夏月チームにファニール、秋五チームはオニールが参戦――互いに己の婚約者と一緒に居たいと言う事なのだろう。

序に言うとファニールはロランから今日の事を聞いており、自分も一品作って来たみたいである。

 

 

「それじゃあ、早速料理をオープンしましょうか?」

 

 

楯無のこの一言で夏月の嫁ズはタッパーに詰めたおかずをオープン!

其処から現れたのは実に様々な料理だった――楯無は大葉で挟まれたハンバーグの様な料理で、簪は弁当のおかずの定番であり王道の玉子焼き、ロランはオランダ料理の一つであるオランダ風のミートローフであるバルケンブリー、ヴィシュヌはタイ料理のプー・パッ・ポン・カリー(カニのカレー炒め卵とじ)、グリフィンは何かのカツ、乱は春巻き、鈴はエビの炒め物、ファニールはサーモンのグリルのメープルソース掛けと言うラインナップだった。

鈴が、『アタシの料理は一番最後にして……見た目はシンプルだけど、中華料理は味が濃いから』との事で、先ずは鈴以外の料理から食べ始めたのだが、そのドレもがとても高いレベルだった。

楯無が作って来たのは大葉で挟んだハンバーグではなく、肉ではなくマグロを使ったマグロバーグであり、叩いたマグロの身にネギとニンニク、ゴマ油と卵と片栗粉を良く混ぜてから成形し大葉で挟んで焼いたモノで、ミンチにしてツナギを混ぜる事で火を通した際にパサついて硬くなるマグロの弱点を克服しており、簪の玉子焼きは出汁と甘味のバランスが絶妙。

ロランのバルゲンブリーは中に仕込まれたチェダーチーズが味に深みを与え、ヴィシュヌのプー・パッ・ポン・カリーはカニのプリップリの食感にカレーのスパイシーさと玉子のフワフワ感が堪らない食感だった。

乱の春巻きは只の春巻きではなく、台湾料理の代表格である『ルーロー飯』の具材を巻いたモノで普通の春巻きよりも味わい深いモノとなっており、ファニールのサーモンのグリルのメイプルソース掛けは、香ばしく焼き上げられたサーモンとメイプルシロップを使ったソースが絶妙なマッチングとなっていた。

 

グリフィンのカツは、食べた瞬間に口の中一杯に濃厚なコクが広がり、しかしそれは肉でも魚でも無かったのだが、更識姉妹は覚えのある味であり、『昔京都の料亭で食べたフグの白子に似てる』と言って、周囲を驚かせていた――料亭ともなれば可成り敷居が高いモノであり、一般ピープルには到底縁のないモノであると言えるのだが、そんな料亭に行った事がある更識姉妹は、実は『お嬢様』だったと言う事を再認識させられたのだった。

 

まぁ、其れは其れとして、夏月は『これはフグの白子じゃなくて子羊の脳ミソだな』と、このカツの材料を見抜き、グリフィンも『正解』と其れを肯定していた――脳ミソと聞くとゲテモノと思うかも知れないが、インドや南米では割とポピュラーかつ比較的安価な食材であり、近年では日本で取り扱う肉屋が増えている知る人ぞ知る美味なる食材なのである。

 

そして最後は鈴のエビの炒め物だ。

一見すると、何の変哲もないエビの油炒めなのだが……

 

 

「「「「「「「……!!」」」」」」」

 

 

其れを口にした瞬間、全員の顔色が変わった――只のエビの油炒めだと思っていたら、其れは凄まじいまでの辛さだったのだ。

日本語では言い表せないレベルの唐辛子の暴力、否応なしに実感させられる血管が拡張していく感覚、止めどなく溢れ出す汗――だがその凄まじい辛さの後にやって来る、深い旨味とエビの食感が何とも言えない味のコラボレーションとなって口の中に広がっていく。

 

 

「鈴、コイツは……この強烈な辛さとその奥にある旨味は……!」

 

「凰鈴音特製の、エビの激辛唐辛子油炒めよ。

 赤くなかったから分からなかったかもだけど、この料理に使った油って、生の青唐辛子、干して粉末にした青唐辛子、そして塩漬けにした青唐辛子を夫々同じゴマ油で煮出して、三者三様の辛味と旨味を移したモンなのよ。激辛の奥にある旨味、堪能して貰えたかしら?」

 

「超獄辛の透明なラー油って訳ね……やるわね鈴ちゃん。

 しかもこの料理、辛いと分かってる筈なのにまた箸を伸ばしちゃうのよ……強烈な辛さに襲われるのに食べたくなる――危険と分かっているのに如何しても止める事が出来ない、まるで麻薬の様な料理だわ!」

 

「お姉ちゃん、その表現は流石に如何かと思う……言わんとしてる事は分かるけど。」

 

 

鈴特製の透明な超獄辛ラー油を使ったエビの炒め物はインパクトがハンパなく、此のランチタイムで一番のインパクトをブチかましたのは間違いないだろう。

取り敢えず本日のランチタイムもまた賑やかで楽しいモノになったのは間違い無さそうである――因みにこの超獄辛ラー油の影響か、午後の授業は全員が頭がスッキリした状態で受ける事が出来ていた。序にファニールは本日のランチを経てスッカリ辛いモノが平気になった様である。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ランチ後の午後の授業も実にスムーズに進み、放課後は夏月達はe-スポーツ部の活動を行い、その中でスマブラでの対戦を行っていた夏月と楯無とグリフィンとロランだったが、此処では夏月のリュウが無双していた。

スマブラのリュウはスマブラの簡単コマンドだけでなく、本家ストリートファイターでのコマンドでも必殺技が出せる仕様になっており、本家コマンドで出した方が性能が上になるのだが、特に本家コマンドの昇竜拳は性能が打っ飛んでおり、至近距離で当てれば標準的なキャラでダメージ80%で確定ぶっ飛びになると言うトンデモなぶっ飛ばし能力を備えている上に、リュウの蓄積ダメージが150%以上になってる場合にはぶっ飛ばし性能が格段にぶち上がり、標準的なキャラクターでダメージ40%で確定ぶっ飛びになると言う近距離技では間違いなく最強のチートレベルの性能になっているので、夏月は近距離のコマ昇龍で次々とぶっ飛ばして見事に勝利していた……スマブラのリュウは、波動拳がクッソ弱い代わりに近距離戦はゴリゴリ強く、Aボタン短め押しのコパン(小パンチの意)の肘からレバー入れAの鎖骨割りでガードクラッシュ出来ると言う、ごり押しのゴリラなのである。

 

 

「昇龍拳を破らぬ限り、俺に勝つ事は出来ない。」

 

「其れを身を以て実感したよ……」

 

 

そんな感じの部活動の後は、アリーナで軽くISの訓練をした後に食堂で夕食を摂って、後は夫々の部屋で就寝時間まで好きな様に過ごすのが何時もの流れだ。

因みに本日の夏月の夕食のメニューは、『特盛豚キムチ炒飯』、『鯖の辛味噌煮』、『タルタルチキン南蛮』、『肉じゃがコロッケ』、『味噌豚骨ラーメン』と言うラインナップであった。

 

そして部屋に戻った夏月とロランはノンアルのビールを開けて、スモークサーモンを肴に疑似的な酒盛りを楽しんでいたのが――

 

 

 

――コンコン

 

 

 

此処で扉をノックする音が聞こえ、夏月とロランは一緒に其れに対応する事に――そして、扉を開けると、其処には秋五と、授業後のホームルームで秋五の同室である事が告げられたシャルルの姿があった。

 

 

「秋五にデュノア?如何したんだ、こんな時間に?」

 

「ごめんね夏月……だけど、僕はこうするしかなかったんだ……まさかとは思っていたけど、本当にそうだとはね……此れは、結構な大問題だと思うよ。」

 

 

そして、秋五が言うには如何やら何かトンデモナイ問題が起きたのは間違いないだろう――そして其れは、秋五の後で暗い笑みを浮かべているシャルルに関すると考えて間違いないだろう。

ゴールデンウィーク明けの初日は、如何やら波乱だらけの一日となりそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode30『男?女?或は究極レベルの腹黒王子』

腹黒王子爆誕!!By夏月     見事なまでの腹黒だったわBy楯無     彼女の内臓は真っ黒だろうねByロラン


転校生が二人もやって来ると言うまさかのゴールデンウィーク明けの初日だったのだが、その夜には夏月とロランの部屋に秋五が『三人目の男性操縦者』と言う、超レアケースと言える『シャルル・デュノア』を伴って訪れていた。

 

 

「立ち話もなんだから、取り敢えず中に入れよ。あんまり他の生徒達には聞かれたくない話なんだろ?」

 

「うん、そうさせて貰うよ。流石にこんな話は、あまり多くの人に聞かれたくない話ではあるからね……それこそ、君が会長さんとの個人的パイプを持ってなかったらきっと来なかったと思う。」

 

 

取り敢えず夏月は秋五とシャルルを部屋に招き入れる事にした――間違いなく面倒な案件が発生したと言うのは本能的に感じ取り、同時に『此れは、一般生徒に伝える事は出来ない』と判断し、秋五も暗に其れを肯定したので、周囲に注意しつつ二人を自室に招き入れたのだった。

 

 

「取り敢えず適当に座ってくれ……何か飲むか?つってもあるのはモンエナ以外だと、ノンアルのビールとかカクテルなんだけどな。」

 

「飲み物の品揃えに若干突っ込みどころがあるんだけど……此の時間にモンエナはないからノンアルで。折角だからビールを貰おうかな?

 ビールのCMを見るたびに、キンキンに冷えたビールって言うのはドレほど美味しいモノなのかって思ってて、大人になったら飲んでみたいと思ってたんだよね。」

 

「はいよ。お前もノンアルのビールで良いかデュノア?」

 

「うん、僕も其れで。」

 

 

夏月は冷蔵庫から新たにノンアルコールビール二本とゴルゴンゾーラのカマンベールチーズを取り出すと、ノンアルコールビールを秋五とシャルルに渡し、二人と向き合うように座ってチーズを開ける。ロランも夏月の隣に座って二人と向き合う形になっているが、此方はスマホで誰かと連絡を取っているようである。

 

 

「で、話しってのは?……なんて、聞くまでもないか。

 朝見た時から怪しいと思ってたし、女子共に追い回された時も理由が分かってないみたいだったから『まさか』とは思ったけど、『デュノア君はデュノアちゃんでした』って、要するにそう言う事なんだろ秋五?」

 

「大正解だよ夏月……だけど、問題は『バレちゃった』んじゃなくて、彼女の方から自分の正体を同室である僕と箒に『バラして来た』って言う事なんだ――あまりにも予想外過ぎる展開に箒はフリーズしちゃったしね。

 『部屋の調整が間に合わなかった』って事で一時的に同室になったんだけど、まさかこんな事になるとは思わなかったよ。」

 

「「ふぁっ!?」」

 

 

秋五の話とは、『シャルル・デュノアは男子ではなく女子だった』と言うモノで、其れ自体は夏月もロランも予想しており、だからこそ夏月も確認の意味で秋五に聞いたのだが、秋五はシャルルが女子であった事は認めつつ、其れが偶発的にバレてしまったのではなく、シャルルが自らバラして来たと言うのを聞いて、思わず変な声を出してしまい、ロランはスマホを操作する手も止まってしまっていた。

バレたのではなくバラして来たと言う事は、つまりシャルルは元より男装を貫き通す心算などなかったと考えられるからだ――尤も、見る人が見れば初見で見破られてしまう男装だったので、バラさずともバレるのは時間の問題だったのかもしれないが。

 

 

「自ら正体をバラすって……だったら何だって男装なんてしてたんだお前?」

 

「そもそもにして君は本気で男装する気があったのかい?

 舞台で男装経験豊富な私に言わせて貰うと、君の男装は正直言って男装の体を成していなかったとしか言えない……『三人目の男性操縦者』の肩書と、『男子の転校生』と言うインパクトがなかったら、誰が見ても君は女の子にしか見えないからね?」

 

「本気で男装する気なんて更々無かったよローランディフィルネィさん。

 男装してたのは、あのクソッタレ達の命令に従ってるフリをする為だからね……織斑君と同室になれたのは幸運だったけど、専用機持ちの生徒と同じ部屋になった時には初日で正体をバラす心算だったんだ。」

 

「……どうやら、ただ単純に俺や秋五に近付き易くするために男装してたって訳じゃなさそうだな……」

 

 

シャルル自身は『場合によっては初日で正体をバラす心算だった』と言うモノの、此れは単純な『性別詐称』では済まないだろう――シャルルは己に男装してIS学園に行くように命じた相手を『クソッタレ達』と呼んでおり、命令主とシャルルの関係は、少なくともシャルルにとっては到底良好なモノでないのは明白であるからだ。

 

 

「コイツは俺達だけで如何にか出来る問題じゃないな……楯無さんに連絡入れてみるか。」

 

「それには及ばないよ夏月、タテナシには既にLINEでメッセージを送ったからね……自ら正体をバラして来たと言う事に驚いて少し手が止まってしまったけれど、其処は抜かりないさ。」

 

「流石は俺の嫁、仕事が早い。」

 

「俺の嫁……嗚呼、なんと甘美な響きだろうか?

 祖国の公認で君の婚約者となれた幸運に、私は神に感謝してもし切れない……ので、余った分を邪神に感謝しようと思うのだが如何だろうか?邪神でも神である事に変わりはないからね。」

 

「アバターとドレッド・ルートは兎も角、イレイザーが微妙だから邪神は止めとけ。」

 

 

此処でロラン節が炸裂したモノの、ロランは既にスマホのLINEで楯無にメッセージを送っており、その返信として楯無からは『生徒会室に集合。織斑君は箒ちゃんとセシリアちゃんとオニールちゃんを連れて来るように言っておいて』とのメッセージが夏月とロランスマホに送られて来た――夏月組は独自のLINEグループを作っているので夏月組の他のメンバーにも同様のメッセージが送られているのだろう。

それを見た夏月は秋五に『箒とセシリアとオニールを呼んで生徒会室に行くぞ』と言うと、秋五が其の三人を呼び出したのを確認してから生徒会室に向かう――途中で新寮監に見つかったが、『更識から話は聞いてる……満足して来なさい』と言われ、特に咎められる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode30

『男?女?或は究極レベルの腹黒王子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな訳で夜の生徒会室には夏月組と秋五組、そして布仏姉妹とシャルルの計十六名が終結した――一般の高校の生徒会室ならば相当な過密人数であり、其れこそ座る場所がないレベルなのだが、IS学園の生徒会室は十六畳と言う広さがあり、生徒会長のデスクの他に五人掛けのソファーが四つもあるのでキャパシティにはまだ余裕があると言った感じだ。

 

 

「さてと、ゴールデンウィーク中の仕事で一番大変だった案件だったけれど、まさか初日でこうなるとはね……正直頭痛いわ。」

 

「って事は、楯無さんはデュノアが女だって事は知ってたのか?」

 

「えぇ、知っていたわ夏月君。

 『シャルル・デュノア』の転入書類を見た時点で怪しいとは思っていたのだけれど、デュノア社から送られて来た書類とは別に、フランス政府が学園に送って来た書類は『シャルル・デュノア』のモノだけじゃなくて、『シャルロット・デュノア』と言う女の子のモノも同封されていたからね。

 其れはつまり、デュノア社はシャルロットちゃんをシャルル君に仕立て上げて何かをしようとしている……恐らくは夏月君か織斑君の専用機のデータを盗むと考えているとほぼ断定出来るんだけど、フランス政府は其れを認めている訳ではないと推察出来るわ。

 だから、学園長と相談した結果、暫く泳がせる心算で居たのだけれど、まさか初日で自ら正体を明かしてくるとは流石に予想外だったわ……其れこそ神様でも、束博士でも予想出来なかったんじゃないかしら?」

 

「楯無さん、姉さんから『そんなんとっくに見破ってたよー』とのメールが……」

 

「……箒ちゃん、貴女のお姉様は神様より凄いのかしら?」

 

「この間、『神の世界にアクセスして、オベリスクの巨神兵と殴り合った末に友情が芽生えた』とか言ってましたが……冗談ではなく割とガチだったみたいです。」

 

「うわ~お、束博士ハンパないわねぇ♪」

 

 

そうして始まった会議(?)は、先ずは楯無がシャルル――改め、シャルロットに関しては転入書類がデュノア社が送って来たモノと、フランス政府が送って来たモノとでは違いがあり、フランス政府から送られた書類には『シャルロット・デュノア』と言う少女の転入届も添付されていたのだ。

シャルル・デュノアではなく、シャルロット・デュノアの転入書類もあるのならば、取り敢えずシャルロットが性別詐称で処罰される事は無いだろう――シャルロット・デュノアとしての書類が存在しているのであれば、男装していたのはあくまでも個人の趣味として片付ける事は可成り強引な力技ではあるが可能であるのだから。

 

 

「束博士が打っ飛んでいるのは良いとして、貴女の目的は一体何なのかしらシャルロットちゃん?」

 

 

束のハンパの無さはさておき、学園の生徒を守る立場にある楯無としては、事と次第によっては学園を焼き尽くしかねない火種であるシャルロットの事を此のまま無視する事は出来ないので、IS学園の生徒会長としてではなく、更識の長としてシャルロットに問う。

其処には普段の『悪戯好きな人誑しの生徒会長』の姿はなく、冷徹かつ非情な手段も必要ならば使う事を厭わない、更識家当主の『更識楯無』が存在していた。

夏月と簪、布仏姉妹は慣れているが、其れ以外は『本気モード』の楯無の姿を見るのは此れが初めてであり、其の身から発せられる『絶対強者』の雰囲気に気圧されていた……去年の学年別トーナメントで楯無とガンガン遣り合ったグリフィンですら僅かに気圧されたのだから、楯無の放つ『暗部の長』としてのオーラの圧力と言うのはハンパなモノではないのだろう――其れを受けても意識を保っているコメット姉妹は、此れまでのアイドル活動でプレッシャーに負けない鋼のメンタルを会得していると言えるだろう。

 

 

「そんなに怖い顔しないでよ会長さん……僕の目的は全て話すからさ。」

 

 

そして話し始めたシャルロットだったが、男装してIS学園に転入するまでには中々にハードな人生を歩んで来ていた。

『デュノア姓』を名乗って入るモノの、シャルロットは現デュノア社の社長と社長夫人の間に生まれた子供ではなく、社長と愛人の間に生まれた子供であり、実の母親とは裕福とは言えずともそれなりの生活を送っていたが、自身が十歳の時に母親が重い病に倒れ、治療の甲斐もなく他界してしまった事、その際に父親に治療費の援助を求めたが其れを断られた事で、母は充分な治療を受ける事が出来ずに死んでしまった事、自分にIS適性がある事を知った途端に、傾きかけていたデュノア社の経営を立て直すべくデュノア社に呼び出され上に強制的に専用機のパイロットにされた事、初対面の血の繋がってない母親からは出会い頭に『この、泥棒猫の娘が!』と平手打ちされた事、只只管ISの訓練をさせられた上で『男性としてIS学園に行け』と命令された事――そして、デュノア社からとは別にフランス政府から『デュノア社の不正を暴け』との密命を受けていた事も明らかにした……フランス政府からは、『何方でも良いから、男性操縦者との関係を築いてくれれば尚良』とも言われて居たと言う事も包み隠さずだ。

 

 

「愛人の子とは言え、其れでも己の血を引く娘に対してやる事とは思えんな?――まして、病床に伏したシャルロットの母親を見捨てたと言っても過言ではない所業をしておきながら、シャルロットにIS適性があると分かった途端に会社に招いて専用機のテストパイロットにした挙げ句に、男装してIS学園にと言うのは幾ら何でも酷いと言うレベルではないだろう!!

 デュノア社の社長夫妻……貴様等の血は、何色だぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ロバート・デニ色ってのは洒落にもならないわね……だけど、大分久しぶりにハラワタが煮えかえる位の怒りを覚えたわアタシは……!!!」

 

「其れは、アタシもだよお姉ちゃん……!」

 

「私もですわ……よもやそのような事を平然と言ってのけるとは、無礼を承知して申し上げますが、シャルロットさんのご両親は良心と言うモノを宇宙の彼方のブラックホールに蹴り飛ばしてしまったのかもしれませんわね。」

 

 

そんなシャルロットの告白を聞いて秒で反応したのは箒と鈴と乱とセシリアだった。

この四人は可成り複雑な家庭環境にあり、箒は束が国際指名手配された後に日本政府の『要人保護プログラム』によって両親と離れ離れになって日本各地を転々としており、鈴と乱は両親が離婚、セシリアは両親共に列車事故で他界しているだけに、まだ生きている親が、愛人との間に出来た子供とは言え、こんな碌でもない命令を下したと言う事に黙っていられなかったのだろう。

 

 

「確かに、愛人の間に出来たとは言え血の繋がった娘にやらせる事じゃねぇな……だが、お前自身も今の両親とは縁が切れても構わないって思ってるんだよな?

 だから正体バラしてデュノア社の企みも俺達に話した……デュノア社の命令よりもフランス政府からの密命の方を果たす心算で。……正解じゃないかも知れないが少なくとも間違いじゃないだろ?」

 

「まぁ、確かに間違いではないよ一夜君。」

 

「僕には親が居ないから、親って言うモノがどんなモノなのかは分からないけどデュノア社長夫妻が人間としてダメだと言う事は良く分かった……分かったけど、今の話だとシャルロットさんの本当のお母さんは病死しててデュノア社長以外には身寄りもないんだよね?

 そんな状況でデュノア社の不正を暴いても君が路頭に迷う事になるんじゃないのかな?フランス政府も任務の成功報酬は出してくれるだろうけど、衣食住を保証してくれるとは思わないし。」

 

 

デュノア夫妻の外道っぷりと、シャルロットは『デュノア社の不正を暴く』と言うフランス政府からの密命の方を優先したのは分かったが、デュノア社の不正を暴いて公表すればデュノア社は間違いなく倒産し、デュノア夫妻も逮捕は免れないのだが、そうなってしまった場合シャルロットの居場所がフランスには無くなる事でもある。

『フランスの代表候補生』と言う事で学園に在籍している間は衣食住は保証されるだろうが、デュノア社が倒産したとあっては卒業後は根無し草も同然であり、ISバトルの世界に身を投じようにも所属企業がない状態では其れも難しく、それらを総合して考えるとデュノア社の不正を暴くのはシャルロットにとってはデメリットが大きいとも言えるのである。

 

 

「うん、其れは分かってる。

 だからこそ僕は先に君に正体をバラしたんだよ織斑君……僕を、君の婚約者の一人にしてくれないかな?」

 

「……はい?」

 

「「「!!?」」」

 

「此れは、まさかの展開だね?

 物語の急展開と言うのは舞台劇でもそれなりに用いられているし、急展開は観客も盛り上がるモノなのだけれど、現実に急展開が起きると、此れは中々に反応に困るモノだ……そうは思わないかいタテナシ?」

 

「そこで私に振る貴女に驚きよロランちゃん……でも、自身が当事者でなく傍観者として見れるのならば急展開はバッチ来いよ!」

 

「お姉ちゃん、其れは流石に如何かと思う。」

 

「午前中は銀髪眼帯に婚約者にするって言われて、夜はデュノアに婚約者にしてくれって言われるとは、モテモテだなぁ秋五……弾の奴が見たら血涙流して羨むだろうな。モテる男は辛いってか。」

 

「婚約者が八人も居る貴方が其れを言いますか……」

 

 

此処でシャルロットがトンデモナイ爆弾を投下して来た。

『男性操縦者重婚法』が制定された事で、夏月と秋五は合法的に複数の女性と結婚する事が出来るようになった訳で、二人とも実際に複数の婚約者が居る状態なのだが、此処でまさかシャルロットが秋五に婚約を申し出て来るとは誰も思わなかっただろう。

無論、シャルロットとて伊達や酔狂でこんな事を言った訳ではなく、驚く秋五に対して『君と婚約状態になれば少なくとも僕の立場はフランス政府によって保証されるし、デュノア社の元社員達から狙われる危険性もグンと減るんだよ。』と説明した――確かに男性操縦者の婚約者になったとなれば、フランス政府とてシャルロットの身の安全と社会的立場は保証しなくてはならなくなり、デュノア社が倒産した事でシャルロットを逆恨みした元社員から狙われる危険性も格段に下がるので、この申し出は理に適っていると言えるだろう。

 

 

「だけど、流石にイキナリ婚約関係って言うのは……僕達まだ会ったばかりだし。」

 

「うん、まだ会ったばかりだけど、其れって逆に言えばお互いの事は此れから知って行けばいいだけの話でしょ?

 日本のお見合いだって、初対面同士で行うモノって事を考えたらそんなにオカシナ事ではないと思うんだけど如何かな?僕は特に変な事は言ってないと思うよ?」

 

「其れはそうかも知れないけど、何で夏月じゃなくて僕だったの?」

 

「一夜君には既に八人も婚約者が居たから、ちょっと無理かなぁって♪織斑君も三人の婚約者が居るけど、一夜君の半分以下だから、其処なら未だ入り込める余地が存在するかなって。」

 

「理由が若干黒いよ!?」

 

 

秋五を選んだ理由が若干黒かったが、悩んだ末に秋五はシャルロットの提案を受け入れる事にした――秋五は元々お人好しな性格であり、一夏の死後に己の意見をハッキリと言うようになってからはお人好しな面も前面に出てくるようになり、困っている人を放っておく事は出来ない人間になっていたのだ。

そのせいで貧乏くじを引く事も少なくなかったが、秋五は『やらないで後悔するのはもうゴメンだ』と思っているが故に、どんな面倒事があったとしても困ってる人間は助けると心に誓っていたのだ。

箒とセシリアとオニールは少しばかり複雑な表情だったが、最終的には『秋五が決めたのならば』と考え、シャルロットの事を同じ婚約者として迎え入れていた。

 

とは言え、だからと言って全てが万事解決した訳ではない。

 

 

「其れでシャルロットちゃん、貴女はフランス政府からの密命を遂行する道を選んだみたいだけれど、デュノア社の不正の証拠とやらは見つかったのかしら?」

 

「其れは勿論……あの人達意外と守りはガバガバだったし、側近を二、三人締め上げたらアッサリとデュノア社の不正の彼是を吐いてくれたから助かったけどね。

 と言う訳で、此方をお納めください会長さん。」

 

 

シャルロットはフランス政府からの密命を受けてデュノア社の不正を暴こうとしていた訳だが、既にその証拠は押さえてあったらしく分厚い封筒を楯無に渡し、楯無が中身を確認すると、其処には『粉飾決算』、『脱税』と言った不正のありきたりなモノだけでなく『イグニッションプランの為の新型機の開発費用を横領した』と言うトンデモないモノまであった――其れに加えて『社員の過剰残業』、『社内幹部の女性権利団体との癒着』と言ったモノまで出て来た。此れをフランス政府に渡したら、デュノア社は速攻で地獄行き間違いなしだろう。

 

 

「此れは……笑って済ませられる案件ではないわね――其れこそ、フランス政府が此れを知ったらデュノア社は即終わるでしょうけど、何故フランス政府ではなく私に此れを渡したのかしらシャルロットちゃん?」

 

「そんなの……アイツ等に地獄を見せるために決まってるじゃないですか♪

 お母さんを見捨てたクソ親父、初対面でイキナリビンタかましてくれたクソ女、そして僕に男装してIS学園に行けなんてふざけた事を抜かしてくれた奴等が会社の不正で逮捕されて終わりなんてのは、僕は大凡認める事は出来ないんですよ。

 あのクソッタレ共には、『生きててごめんなさい』って思うレベルの苦痛を味わって貰わないと最後の最後までクソ親父がきっと助けてくれるって信じてたお母さんが浮かばれない……アイツ等を地獄に落とす為には、僕は悪魔にもなるよ。

 でも、この情報を僕が持ってるって事をデュノア社に知られたら危険なのも事実なんだけど、今の僕はIS学園の生徒で織斑君の婚約者にもなった訳だから、もう分かりますよね会長さん?」

 

「此処まで見越して織斑君の婚約者になったって訳か……マッタク持って、可愛い顔して大胆と言うか抜け目ないと言うか……中々の腹黒さだわ。

 貴女の意図は分かったので、この資料は私が預かって然るべき処置をするわ――それと、デュノア社の事が決着するまでは貴女の事は織斑君の婚約者と言う事で更識が責任をもって保護させて貰うわ。

 其れと、デュノア社の一件が決着するまで、貴女は引き続き『シャルル・デュノア』として生活した方がいいわね。」

 

「其れは勿論。」

 

 

其れを楯無に渡したのは、『会社の不正で逮捕』では到底シャルロットは納得出来なかったからだ――楯無もシャルロットの意図を汲み取って資料を預かり、シャルロットの保護を約束した。

とは言え、シャルロットの保護は出来ても、デュノア社は日本国外の企業であり、現状では日本に何か危害を加えるような事はしていないので、更識の凄腕エージェントをフランスに送り込む事も出来ないのだが、此処で動いたのが夏月だった。

『だったら自由に動ける戦力を使えば良いじゃん?』と言うと、オータムに連絡を取って『秋姉、フランスのデュノア社をぶっ潰すの手伝ってくれ』と頼み込み、オータムも詳細を聞いた後に、『最近少し体が鈍ってたから丁度良いぜ』と夏月の頼みを受け入れたのだった――元より、可愛い弟分の頼みを断ると言う選択肢は存在しないオータムなのだが、此れはデュノア社にとっては最悪の凶報だろう。

何せオータムは亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』の中でも屈指の実力の持ち主であり、オータムに勝てるのは部隊長であるスコールだけなのだ。

マドカとナツキも可成りの実力の持ち主だがオータム相手には良くて引き分けと言う結果であり、其れだけでもオータムがドレだけ強いかが分かる――そんなオータムが出張ったとなればデュノア社は即時壊滅間違いないだろう。

夏月は『先ずは更なる証拠集めからな?』とは言っていたが、『証拠集め』でもオータムが潜入捜査などと言う地道で時間が掛かる事をする筈もなく、真正面からカチコミ掛けて力尽くで証拠を引っ張り出すのは目に見えているのだから。

 

 

「夏月、今電話したのって誰?」

 

「俺の姉貴分の秋姉。

 裏社会の特殊部隊の人間だから今回の一件に関しては適任の人物だな……完全武装した悪党一ダース相手に、ハンドガン一丁とコンバットナイフ一本って装備で無双出来るような人だから会社の警備員なんぞマジ秒殺だ。」

 

「す、凄い人が知り合いに居るんだね……」

 

「序に言うと義母さんの恋人でもあるんだけどな……義理とは言え母親の恋人が姉貴分とかちょっぴり複雑な気持ちだけどよ。」

 

「いや、その状況を受け入れてるアンタの精神力に感服するわアタシ。」

 

 

付け加えると、亡国機業所属の人間は全て『表の社会では存在しないことになっている人間』なので監視カメラ等の映像から身元が割れる事もないと言う点も、デュノア社を潰すには持って来いの戦力であるのだ――夏月が『殺しはご法度で』と言ったので、死人は出ないだろうが、デュノア社が阿鼻叫喚の地獄絵図で染め上げられるのは間違いないだろう。

 

 

「それじゃあ、此れからの事はまた後日にして、今日は此れで解散――だけど、夏月君と夏月君の婚約者はこの場に残ってね?特にファニールちゃんには伝えておかないとイケナイ事があるからね。」

 

「確かに、今は此れ以上出来る事はないから一夜君のお姉さん分が新たな証拠を持って来てくれたらって感じだね……まさか、此処までの事になってくれるとは、マッタクもって嬉しい誤算って言う奴だったよ。

 まぁ、織斑君が僕を婚約者にしてくれなかったら、正体バラした時に僕の下着姿を見たって事を切り札として出す心算だったんだけどね?其れを含めての正体バラしだった訳だし。」

 

「ちょ、そんな事する心算だったの!?」

 

「マッタク持って何処までも腹黒いなお前は……同じ秋五の婚約者として巧くやって行けるか凄く不安だぞ……」

 

「見た目は爽やか王子ですが、その本性は腹黒王子……黄色い歓声を上げていた子達が知ったら卒倒してしまうかも知れませんわね。」

 

「案外女優に向いてるかもしれないよ……」

 

 

最後の最後でシャルロットが黒さを見せてくれたモノの取り敢えず本日は解散となり、秋五、箒、セシリア、オニール、シャルロットは生徒会室から出て行ったのだが、夏月組の面々は其のまま生徒会長室に残る事になったの訳であるが――其れはファニールに夏月の秘密を伝える為だった。

確かにファニールも夏月の婚約者となったのだから、夏月の秘密を知る権利はあり、楯無もシャルロットのトンデモ告白の後だったら、夏月の秘密を聞いても其れほど衝撃は受けないだろうと考えたのだろう。

 

 

「アタシに伝えておかないとイケナイ事ってなによ?」

 

「まぁ、ぶっちゃけ俺の秘密。」

 

「夏月の秘密って……実は秋五の兄弟でしたとか、実はどこぞの仮面のヒーローみたいに改造人間で人外の力を持ってます~~。とか、そんな感じの秘密?」

 

「俺が話す前に殆ど正解に辿り着いちゃったよこのアイドル少女は?」

 

「え、正解って……ウソ、適当に言ったのにマジだったの!?」

 

「マジもマジ。本気って書いてマジってルビ振るレベルの奴だ。」

 

 

だが、話をする前にファニールが冗談でほぼ正解を言ってしまい、言ったファニール自身も『まさか』と思ったのだが、夏月達の反応を見て其れが本当の事だと感じて改めて夏月の話を聞く事に――厳密には改造人間ではなく人造人間の『織斑』なのだが、改造人間レベルのぶっ飛んだ身体能力を有しているのは間違いないと言えるだろう。

『夏月が実は織斑一夏で、織斑は『織斑計画で作られた最強の人間』』と言う事実にファニールは絶句したモノの、校舎の三階から紐無しバンジーを敢行しても全然平気な夏月と秋五のトンデモナイ身体能力を目にした事で逆に納得し、夏月が一夏だった事に関しても、『今のアンタは織斑一夏じゃなくて一夜夏月なのよね?だったら別に何も変わらないでしょ?』と言った感じで割とアッサリと受け入れていた。アイドル業で培われたメンタルの強さと言うのは相当なモノであるらしい。

 

 

「あれ?でもそうなると秋五も人造人間って事になるのよね?」

 

「そうなるんだが、此の事はオニールも含めて他言無用で頼むぜファニール……秋五も何れ『織斑計画』の事を知らなきゃならないが、今はまだ其の時じゃないんでな――約束出来るか?」

 

「勿論!もしも約束破ったら、鈴特製の激辛透明辣油をコップ一杯一気飲みしてやるわ!!」

 

「いや、あれをコップ一杯も一気飲みしたら脳の血管切れてアンタ死ぬわよ……」

 

 

ファニールには『他言無用』と言う事を念押しして、ファニールも他言にしない事を約束してくれたので、夏月達も此れにて解散となったのだが、夏月は全員を部屋まで送ってから自室に戻ると言うイケメンムーヴをブチかまして婚約者達を改めて惚れ直させていた。

 

 

「流石に疲れたな今日は……」

 

「そうだね……シャワーを浴び直すという気分でもないし今日はもう寝ようか夏月?……君との初めてがお預けになってしまうのは少し残念だけれどね。」

 

「待てコラ、連日とか俺の体力が持たんわ。」

 

「だったら束博士に頼んで体力回復効果もある精力剤を作って貰えば……」

 

「めっちゃ効きそうだけど空恐ろしいわそんなモン!!」

 

 

こうして、ゴールデンウィーク明け初日は最後の最後でトンデモナイ爆弾が投下された後に幕を閉じたのだった――余程精神的に疲れたのか、夏月はベッドに入るなり秒で眠りに着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、夏月から連絡を受けたオータムは亡国機業のアジトにてデュノア社にカチコミを掛けるために装備を揃えていた――ハンドガンとコンバットナイフは基本として、其れ以外にもアサルトライフルにショットガン、グレネードランチャーと色々選んでいるようだ。

自身の専用機を使えば其方の方が楽なのだが、会社の警備員がISを持っている可能性は極めて低いのでISを使うよりも銃器を使う事をオータムは選択していた。

ISを使っての無双は面白くないと考えたのだろう。

 

 

「殺しは御法度って事だったから使うのは麻酔弾と、グレネードは麻酔ガス弾ってところだな……うっし、準備は整ったからIS学園の学年別トーナメントが始まったら仕掛けるとするか。

 オイ、今度の仕事オメーも手伝えマドカ。」

 

「はぁ?なぜ私がお前の仕事を手伝わねばならんのだ面倒くさい……私は行かんぞ。」

 

「そうか、ソイツは残念だ……オメーの弟からの頼みだったから誘ったんだけどよ、行きたくないなら仕方ねぇからオレ一人で片付けて来るわ。」

 

「そう言う事は先に言え……そうであるのならば喜んで手伝わせて貰おうじゃないか?愛する弟の頼みを断ったとなればお姉ちゃん失格だからなぁ!!私は何をすれば良いんだオータム!!」

 

「変わり身早すぎんだろ……このブラコンが。取り敢えず鼻血拭けアホたれ。」

 

 

オータムから手伝えと言われたマドカは、その仕事の依頼主が『弟』だと聞くと、一転してやる気を出し、やる気が出過ぎて鼻から愛が噴出していた……ブラコン此処に極まれりと言ったところだが、弟の為ならば何でも出来ると豪語するマドカが参戦するのならばデュノア社へのカチコミは先ず間違いなく成功するだろう。

そして、其れは同時にIS学園の年間イベントである『学年別トーナメント』が始まったその時がデュノア社の終わりの始まりである事を告げていた――亡霊のターゲットとなった相手は、どんな形であれ人生のピリオドが待って居る事だけは間違いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、シャルロットは昨日と変わらずシャルルとして登校し、授業も恙無く行われた――三組と四組の合同実技授業では、お手本の模擬戦として、ヴィシュヌと簪のタッグが真耶と戦い、真耶は代表候補生二人を相手にして『勝てずとも負けない戦い』を見せて生徒達からの評価を上げていた。

ヴィシュヌのムエタイには少し梃子摺ったモノの、ラファール・リヴァイブのライフルを使った銃剣術で見事な近接戦闘をやってのけ、遠距離戦だけでなく近接戦闘もソコソコ強いと言う事を示してくれたと同時に、日本政府の意味不明な理屈がなければ真耶は間違いなく日本代表になっていたと言う事も実感させてくれた。

 

ランチタイムでは今日は夏月の特製弁当が振る舞われ、本日の弁当のメニューは『昆布の佃煮付き日の丸ご飯』、『鶏ささみの生姜焼き』、『小松菜と厚揚げの煮浸し』、『ツナ入りタラモサラダ』、『洋風出汁巻き卵』と言うラインアップでとても満足出来た。

 

午後の授業も特に大きな問題もなく進み放課後は先ずは部活だ。

 

 

「えぇ!?ちょっと待って下さい、今私立ちガードでしたよね?なのになんで中段喰らうんですか!?」

 

「此れがF式ってやつですよ山田先生。

 俺のジャンプ攻撃を使った立ち固めを見て、下段が来るって思ってしゃがみガードを入力したんだろうけど、俺は其のしゃがみガードを読んで中段を仕込んだんだけど、山田先生のキャラはしゃがみガードを入力してても、俺のキャラのジャンプ攻撃が早かったせいで、しゃがみガード状態なのに見た目は立ちガードのガード硬直が持続しててしゃがみガードしてるのに立ちガードの状態になってて、結果として立ちガードしてるのに中段を喰らう事になったって訳です。逆に言うと、俺が下段の択をしてたら、立ちガードなのに下段をガードしてるってこれまた不思議な状況になってた訳です。」

 

「奥が深いですね格ゲーも。」

 

 

此処では相変わらず格ゲーと遊戯王に於いては夏月が無双していた……ストリートファイターシリーズのオンラインマッチでは、かのウメハラ氏とタメ張った夏月の実力はワールドクラスと言えるだろう――ストⅢ3rdのオンラインマッチでは、最強と言われる春麗相手に『真・昇龍拳』のリュウで圧倒したのだから驚く他ないだろう。

e-スポーツ部には、新たにファニールが参戦し、アイドルの経験を活かしてリズムゲームではエキスパートコースをパーフェクトクリアすると言う最強っぷりを披露してくれていた……遊戯王に関してはまさかのデッキが『ステップ・ジョニー』だった事で周囲を驚かせたが。

 

そして部活後はアリーナでISの訓練だ。

本日は夏月&ファニールvs鈴&乱のタッグマッチから始まった……ファニールは専用機が特殊過ぎて使えないので、訓練機のラファール・リヴァイブを使って居たのだが、其れでも中々に良い勝負となっていた。

ファニールが徹底的にサポートに回って夏月は近接戦で鈴と乱の二人を同時に相手にして、しかしマッタク退く事は無く、逆に鈴と乱に確実なダメージを叩き込み、タイムアップとなった事で試合は終わったのだが、今回は夏月ファニールのタッグが判定勝ちを捥ぎ取った形となった。

その後もトレーニングは続き、模擬戦もパートナーを変えて色々と行っていたのが、その最中に、その圧倒的な強さから夏月と楯無のコンビは殿堂入りレベルであるのは間違いないだろう。

 

そしてそろそろ良い時間なので、今日の訓練は此処までと思い、終わりの準備をしていたのだが――

 

 

「待て!一夜夏月、私と戦え!!」

 

 

其処にまさかの乱入者が現れた。

長い銀髪に左目の眼帯が特徴的な小柄な少女――ドイツ軍の黒兎隊の隊長を務めているラウラ・ボーデヴィッヒの姿が其処にあった……その眼には燃え盛る闘気が宿っており、ともすれば其処には殺気も混じっているかも知れない。

 

 

「連日の厄介事って、二日連続で厄日か俺は?」

 

「其れは若干否定出来ないわねぇ……お祓いして貰う?」

 

「いや、其れには及ばねぇです楯無さん……どうせ断っても聞かないだろうから少しだけ相手してやるさ。

 イキナリやって来て其れは如何かと思うが、やらないと納得しないんだろ?とは言ってもアリーナの使用時間がギリギリなんでな、五分で良ければ付き合ってやるよボーデヴィッヒ。」

 

「構わん。五分もあれば貴様の実力を知るには充分だからな。」

 

 

楯無と軽口を交わしながらも夏月はラウラから視線を外さずに、逆に殺気と闘気を叩き付けてやったのだが、其処は流石に現役軍人だけあって適当にやり過ごしたと言った感じだ。

ラウラの闘気は既にマックスレベルだが、『口で言っても絶対に退いてくれないよな』と夏月は考え、同時に『トレーニングの範疇を超えそうになったら力尽くでも黙らせればいいか』とも考えてラウラの挑戦を受ける事にした――こうして、放課後のアリーナにて、突如夏月とラウラの模擬戦が行われる事になったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode31『ドイツの黒兎は一筋縄では行かない?』

銀髪眼帯はネタの宝庫だぜBy夏月     其れは確かにそうかも知れないわねBy楯無     需要は多いかもねByロラン


放課後のアリーナでの訓練中に現れたラウラは夏月に『私と戦え』と挑戦状を叩き付け、夏月も『五分で良ければ付き合ってやる』と言って始まった夏月とラウラの模擬戦は、試合開始と同時に夏月が居合いで斬り込んでラウラが其れを防御して以降は、攻めるラウラと回避する夏月の展開になっていた。

 

 

「ドイツ軍の現役軍人、其れも一部隊を率いる隊長がドレだけのモノかと思って期待したんだが、此の程度なのか?

 遠慮しないで本気を出してくれよ――いや、本気を出して此の程度なのか?だとしたら失礼な事を言ったな……謝るよ。」

 

「ぐ……舐めるな!!」

 

 

ラウラの攻めは鋭く、そして激しいのだが、其れは夏月にとっては回避するのは容易な攻撃だった――確かにラウラは現役の軍人であり、黒兎隊を率いる部隊長であるのだが、しかし実戦経験は両手の指で足りる程しかなく、両手足の指でも足りない位の修羅場を潜って来た夏月に戦いを申し込むのは些か無謀だったようだ。

 

 

「貴様、何故攻めて来ない!!」

 

「たった五分の試合で俺の力を全部見せるってのは土台無理な話なんでな、今回の試合は、俺の『防御の強さ』ってモノを体感して貰おうと思っただけだ……ソイツは充分に実感出来たんじゃないか?

 まぁ、俺よりも弱い奴に合わせるってのは少ししんどかったけどよ。」

 

「誰がお前よりも弱いだと?」

 

「おまえー!m9(^Д^)!!そう言われて悔しけりゃ、せめて一発当ててみな!

 鬼さん此方、手のなる方へ~~!ホレホレ、手を止めてる暇はないぜぇ?五分間なんぞあっと言う間なんだからな?残り時間は、多分カップラーメン一個分の調理時間程度じゃないのか?……そう言えば、カップヌードルの『肉汁餃子味』ってのが売ってたなぁ?後で買ってみるか。」

 

「例えが分かり辛いわぁ!と言うか、戦いに集中しろぉ!!」

 

「戦いには集中しながらも別な事も同時に考える事が出来る……此れがマルチタスクって奴だ!……そしてマルチタスクと言えばリリなのだよなぁ?そういやお前リリなののチンクにそっくりじゃね?……まさかドイツ軍には紫髪のマッドサイエンティストが!!」

 

「居る訳なかろうがぁ!と言うか、其れを言うなぁ!!」

 

 

更に此処で夏月はラウラを煽る。煽りまくる。

正攻法の戦いでも夏月は最強クラスの実力の持ち主であるのだが、楯無直伝の『おちょくりスキル』もスキルレベルがカンスト状態となっており、相手を煽り倒すと言う事に関しても最強クラスとなっていた……尤も、本気で相手をおちょくって煽り倒す事に関してはマダマダ楯無の方が上ではあるが。

 

 

「はぁ、此れはもう完全に夏月のペースだね?

 あの回避は見事だけれど、必ず何処か一カ所に明らかな隙を作って居ると言う所がキモなのだろう……マッタク、相変わらず普通ならばやらないような事を平然とやって見せるモノだよ。」

 

「本当にね……その隙は当然現役軍人である彼女には分かるモノだから其処を狙う事になる訳だけど、其れは夏月君にとっては完全なテレフォンパンチな訳だから当たる筈がない。

 ワザと隙を作って其処に攻撃させる事で結果として簡単に攻撃を避ける事が出来る……そして、相手を煽る事で其の事実に気付かせないんだから完璧よ。」

 

 

ラウラにテレフォンパンチを『打たせている』と言うのも中々にトンデモナイ事だが、此れも決して努力する事を止めず、更識家で暮らすようになってからは更に実戦的な訓練をして来たからこそ可能な事だろう……テレフォンパンチを打たせている事を悟らせない為に煽ってラウラの冷静な思考能力を奪っていると言うのも実に見事であると言えるだろう。

其の後も攻めるラウラと回避する夏月の構図は変わらず、夏月が煽りに煽って煽り倒して、遂にはラウラが半分涙目になりながら顔を真っ赤にして攻撃していたのを見て夏月の嫁ズは若干ラウラに同情していたが、其れもラウラが半ば喧嘩を売るような形で勝負を申し込んで来た結果なので、『若干同情するけど自業自得』と言う感じであった。

そしてその状態であっと言う間に五分が経過して試合終了――結局ラウラは只の一発も、其れこそ夏月に攻撃を掠らせる事すら出来ずに終わると言う結果になったのだった……如何に夏月に煽られて冷静な思考を失っていたとは言え、この結果はラウラにとっては相当に悔しいモノなのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode31

『ドイツの黒兎は一筋縄では行かない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合後、機体を解除した夏月はヴィシュヌからよく冷えた『モンスターエナジーウルトラ』を受け取ってクールダウンし、ラウラもファニールから良く冷えたアクエリアスを渡されてクールダウンしていたのだが、完全に息が上がっているラウラに対して息一つ乱れていない夏月の姿が、先の模擬戦の勝者が何方であるかは誰の目にも明白であるだろう。

 

 

「そんで、なんだってお前は喧嘩売るような形で俺に挑んで来たんだボーデヴィッヒ?」

 

「……昨日の実技の授業での貴様と教官の模擬戦、機体がオーバーヒートした事で試合としては引き分けだったが、最後の最後で貴様は教官に関節技を極めていたので、試合ではなく戦闘として見た場合にはお前の勝ちだ。

 だからこそ知りたくなったのだお前の実力が如何程であるのかを……あの教官が最後の最後で押し負けたと言うのが私には如何しても信じられなかったのだ。」

 

 

そんな中で夏月はラウラに勝負を仕掛けて来た意図を訊ねると、如何やらラウラは昨日の実技の授業での夏月と千冬の模擬戦の結果が信じられず、夏月の実力が本当に千冬を超えるほどであったのかを知るために勝負を仕掛けて来たのだった――千冬が一年間ドイツ軍で教官を務めた時の教え子がラウラであり、ラウラは千冬の事を慕っているので、模擬戦の結果が納得出来なかったのだろう。

 

 

「あの結果が信じられない、ね……まぁ、お前の中じゃ織斑先生は最強の存在なんだろうから其れは致し方ないかもだが、少し冷静に考えろよボーデヴィッヒ。

 織斑先生が最強だったのは三年前の第二回モンド・グロッソで優勝した時までだ――その大会を最後に現役を引退して、今はIS学園の教師で現役時代と同じトレーニングは出来なくなって実力も勝負勘も鈍ってるんだぜ?そんな織斑先生が現役バリバリの俺に勝てる筈ないだろ?

 引退して実力が衰えちまったボクシングの元世界王者が現役バリバリの現世界王者に勝てないのと同じだ……現役時代で専用機を使ってるならまだしも、引退して訓練機使ってる状態なら負ける気はしねぇ。

 序に言っておくと、俺は毎日のように超絶ハードトレーニングをして、その結果全身の筋肉が速筋と遅筋の利点のみを持つ筋肉で構成されちまったから尚更だ。」

 

 

だが、その試合結果もある意味では当然と言えるモノだったと夏月はアッサリと言ってのけた――無論ラウラは反論したかったのだが、夏月の言った事は紛れもなく正論だったので其れを否定する事は出来なかった。

千冬は確かにモンド・グロッソを二連覇して『世界最強』の称号である『ブリュンヒルデ』を得て、最強のまま引退したのだが、其れはもう三年も前の話であり千冬の最強は最早過去のモノでしかなく、去年は楯無に舐めプの末にドローとなり、今年は夏月と本気で遣り合った末に、『戦闘だったら負けだった』と言う結果が其の事実を如実に物語っていると言えるだろう。

 

 

「ま、納得出来るとは思ってないが、付き合ってやるのは今回だけだ。

 俺と如何しても戦いたいってんなら今度の学年別トーナメントにエントリーして俺と当たるまで勝ち進む事だな――まぁ、トーナメントには俺の嫁ズも出場するだろうからお前が俺と戦うまで生き残れるかどうかは知らないけどよ。」

 

「ふふ、態々君が手を煩わせるまでもない……タテナシとグリフィンは学年が違うから当たる事は無いが、私達一年生の内誰かが彼女と当たったその時は必ず勝つと約束しようじゃないか。

 愛する人に敵意を向ける相手を此の手で叩き潰す……嗚呼、其れはなんと素晴らしい事だろうか?此れもまた一つの愛の形であると、そうは思わないかいヴィシュヌ?」

 

「そこで私に振りますか……まぁ、何となく分かる気はしますね。」

 

「いや、分かるんかーい!」

 

 

其れでもラウラが納得出来たとは思わなかった夏月は、『付き合ってやるのは今回だけで、俺と戦いたいなら学年別トーナメントにエントリーして俺と戦うまで勝ち進む事だ』と言い、ロランは持ち前のロラン節を発揮して、『自分達がラウラと当たったその時は絶対に倒す』とまで言ってくれたのだ。

ラウラはドイツ軍の現役軍人なので普通ならこんな事は言えないだろうが、夏月に煽られまくって本来の実力が発揮出来なかった事を差し引いても、そもそもにして簡単に煽られてしまう時点でラウラの実力は底が知れたと判断したからこそ言えた事だろう――ファニールは専用機が専用機だけにタイマンでの実力は不明だが、其れ以外のメンバーは全員がモンド・グロッソでも通用するだけの実力の持ち主であり、代表候補生である簪、鈴、乱も国家代表の枠が埋まってるから代表候補生に甘んじているだけであり、国家代表の椅子が空けば即代表になるのは確実なのだから。

 

 

「織斑先生は過去の最強に過ぎないんだぜ?

 其れを受け入れて前を見ない限り、お前は俺や俺の嫁ズに勝つ事は出来ないぜボーデヴィッヒ……ま、其れから先は自分で考えるんだな――まぁ、タップリ悩んで答えを出すが良いさ。」

 

「教官は過去の最強に過ぎない……」

 

 

最後に其れだけ言うと夏月達はアリーナを後にし、シャワールームで汗を流した後に食堂で夕食タイムに突入。

本日の夕食メニューは、楯無が『親子カツ丼定食』の大盛り、簪が『アジフライ定食』の大盛り、ロランが『ネギ味噌トンカツ定食』の大盛り、鈴が『ラーチャーギョー(ラーメン、炒飯、餃子のセット)』の麺大盛り、乱が『鉄板カルビ焼き定食』の大盛り、ヴィシュヌが『サーモンアボカドユッケ丼定食』の大盛り、ファニールが『タルタルチキン南蛮定食』だったのだが……

 

 

「俺は……味噌カルビ丼を特盛。其れが飯で、おかずは肉じゃがコロッケと唐揚げとサバの味噌煮と回鍋肉。そんで、味噌汁の代わりに味噌ラーメンで、牛乳は一リットルのパックで宜しく。」

 

「私はスタミナステーキ丼の特盛。其れがご飯で、おかずはおろしトンカツと油淋鶏とスタミナホルモン炒めとハラミカットステーキ。でもって、味噌汁の代わりにチャーシュー麺で、牛乳は私も一リットルのパックで。」

 

 

夏月とグリフィンのオーダーは今日も今日とて大分バグっていたのだが、夏月とグリフィンはこの超ボリューミーなメニューを余裕で平らげてしまうのだから驚く事この上ないと言うモノだ――そして、夏月とグリフィンの見事な食べっぷりは最早IS学園の名物となっているのだから、最後まで美味しく完食する真の大食いと言うのはドレだけ凄いのかと言わざるを得ないだろう。

 

夕食後、女子組は大浴場でお風呂を楽しみ、夏月は自室のシャワールームで全身の疲れを癒し、シャワーを浴び終えた夏月はシャワールームから戻って来たのだが、其処には予想外の光景が待っていた。

 

 

「うふふ、待っていたよ夏月……私にするかい?私にするかい?其れとも、私かな?」

 

「選択肢が一択なんだわ其れ。」

 

 

なんとベッドの上では下着姿のロランが待っていた……楯無から教えて貰ったであろうセリフを言ってくれたのだが、其れは実質一択であるだけでなく、ロランの抜けるような白い肌と黒い下着のコントラストは芸術品の如くであり、其れだけの魅力を全開にして来たロランに対し、夏月の答えは一つしかなかった。

部屋の扉の鍵を掛けると、夏月は無言でベッドに近付くと、其処から一気にロランをベッドに押し倒す……つまりはそう言う事なのだろう。

 

 

「誘って来たのはお前の方なんだから文句は言うなよ?止めろって言われても、俺はもう止まらないからな。」

 

「止まらず来ておくれ……君の愛を、存分に私に注いでおくれ……愛しているよ夏月。」

 

「其れは俺もだよロラン。」

 

 

そして、夏月とロランは夜を通して愛し合ったのだった。

ロランは与えられる愛を感じて夏月の背に爪を立ててしまったが、その痛みですら夏月にとっては己が愛されていると実感する要素に過ぎなかった――そんな感じで愛し合った翌朝、夏月はカーテンから差し込んだ朝日で目を覚ましたのだが、ロランは自身の右腕を枕にして眠っていた。

そんなロランの姿を愛おしいと思った夏月は背後からロランを抱きしめる。

 

 

「おはよう。朝だぜロラン。」

 

「……!?」

 

「如何した?」

 

「す、スマナイ……恥ずかしくて、顔を合わせられない。」

 

 

此処でロランが何とも乙女な反応を見せてくれたのだが、一糸纏わぬ姿で愛する人から後ろから抱きしめられたらこんな反応にもなるだろう――昨夜の情事を思い出したと言うのもあるだろうが。

そんなロランに、『トレーニングに行って来る』と言うと、夏月は日課である早朝トレーニングに繰り出し、ロランは暫しベッドの上で改めて『夏月の女』となった事を嬉しく思い、同時に『この悦びを他のメンバーにも知って貰うには如何したモノかな?』とも考えていたりした――流石に、ファニールだけは除外して考えていたのだが。

暫くベッドの上で考えていたロランだったが、やがて体を起こすとシャワーを浴びて汗を流してから制服に着替え、朝食の準備を開始した。

普段は夏月がトレーニングから帰って来て朝食の準備をしている時にロランが目を覚ますのだが、今日は同じ時間に目が覚めた……と言うか起こされたので、朝食の準備をしようと思ったのだろう。

 

 

「味噌汁は豆腐とワカメとネギとシメジで良いかな?其れから銀鱈の味醂漬けをグリルで焼いて、後は納豆かな?

 だけど、只の納豆と言うのも面白くない……ふむ、納豆と卵は相性が抜群だから、納豆入りの卵焼きと言うのは中々イケるかもしれないね?出汁巻きのようにするのではなく、ネギとツナ缶を加えて半熟のカニ玉のように仕上げればきっと美味しい筈だ。よし、やってみよう。」

 

 

その中で何か思いついたらしく、ロランは新たなメニューを作る事を決めて準備を進めて行き、その最中にトレーニングを終えた夏月が戻って来て、シャワーを浴びた後で朝食の準備に参加した。

ロランが考えた朝食メニューを聞いて『中々良いメニューだが、少し野菜が足りない』との事でもう一品、千切りキャベツを塩昆布とゴマ油で和えた通称『無限キャベツ』を加えて本日の朝食が完成。尚、朝食の準備と並行して夏月は本日の弁当も作り上げていた――此れも何時もの光景ではあるのだが、その主夫力の高さには改めて脱帽してしまうレベルであるのは間違いないだろう。

其れはさて置き、本日の朝食でお目見えしたロランが考えた納豆玉子焼きは半熟でフワフワに仕上がった卵と納豆の独特の粘りが見事にマッチしており、其処にオイルごと投入されたツナと微塵切りのネギの青い部分が良いアクセントを加え、醤油とアクセントで加えられた七味唐辛子が全体の味を引き締め、夏月が『此れは飯が進む』と太鼓判を捺すレベルの逸品に仕上がっていた――『料理はインスピレーション』とも言うが、本日はロランのインスピレーションが納豆料理に新たな逸品を追加する事になったのだった。

 

朝食を終えた後は普通に登校なのだが、夏月も秋五も寮から校舎までは己の婚約者と一緒に登校するようになり、その光景は僅か三日でIS学園では『当たり前』となっていた――シャルロットだけは、デュノア社の一件が片付くまでは『シャルル・デュノア』として生活する事になるのだが、其れでも『織斑秋五の友人』と言う体をもってして秋五と一緒に登校している辺り、中々のしたたかさであると言えるだろう。どさくさに紛れて一緒に登校しているラウラも相当なモノだろうが。

 

本日はホームルームで『学年別トーナメント』について説明が行われ、『出場希望者は期限までにエントリーを済ませるように』と千冬が言ってホームルームはお終いとなり、その後の授業も特に何の問題もなく進んで行ったのだが、一組の四時限目の数学の授業は担当教師が出張になった事で自習となり、自習の監視官となった教師が、寮監の『鬼柳京香』だった事で『バカ騒ぎしなければ自由にしていい。満足しましょう。』と言った事で自習とは名ばかりの自由時間となり、各々が好きなように過ごしていたのだが、夏月とロランがSwitchでスマブラの対戦を始めた事を切っ掛けに『スマブラ大会』が開催され、其処では夏月とロランが『e-スポーツ部』として圧倒的な強さを発揮してくれた――夏月は近距離最強のゴリゴリのゴリラであるリュウを使ってコパンからのコマ昇龍拳で撃墜の山を築き上げ、ロランはピカチュウを使い、小技でちまちまとダメージを蓄積させたところでカミナリで一気に纏めて吹っ飛ばすと言う戦術で無双していた。

 

そんな感じで昼休みとなり、夏月組は屋上で、秋五組は食堂でランチタイムとなったのだが、食堂でのランチをラウラは機械的に済ませると、そそくさと食堂を後にしたのだった――秋五は『如何したのかな?』と思ったが、よくよく考えてみたら、秋五はラウラの『婚約者とする』発言に対して、その是非を答えていなかったので『まぁ良いか』とあまり深くは考えなかった。

 

 

だが、足早にランチを済ませたラウラは、学園島の一角で千冬と対峙していた。

 

 

「こんな所に呼び出して何用だボーデヴィッヒ?」

 

「織斑教官……織斑秋五を私に下さい!ぶっちゃけ、一目惚れしましたぁ!!

 ハートにキューピッドの矢が五百本ブチ刺さってしまったのです!――色恋事に現を抜かす等と言うのは軍人としては失格だとは自覚していますが、ですがこの想いに蓋をする事は出来そうにありません!私を織斑秋五の婚約者として認めて下さい!!」

 

「そう来たか……」

 

 

其処でラウラが言ったのは、まさかの『自分を秋五の婚約者として認めろ』との事だった――如何やらラウラは秋五に一目惚れしてしまい、その結果、転校初日に『お前を婚約者とする』と言ったぶっ飛んだ行動に出たのだろう。

尤もラウラがそう言った行動に走った裏には、日本のアニメや漫画と言ったサブカルチャーに染まりまくったオタクな副官からの若干間違った入れ知恵のせいなのだが、其れは此処で言っても仕方ない事なので詳細は省く事にしよう。

 

 

「そうだな……今度の学年別トーナメントで貴様が一夜に勝つ事が出来たら秋五との婚約を認めてやろうではないか……秋五と婚約関係になりたいのならば、勿論断りはしないなボーデヴィッヒ?」

 

「は、はい!勿論です!!」

 

 

だがここで千冬は悪魔の如き契約をラウラに持ち掛けて来た――其れは、学年別トーナメントで夏月に勝てたら秋五との婚約を認めると言うモノだったのだが、此の契約の裏には言外に『一夜夏月を潰せ』との意味合いもあり、千冬はラウラを使って夏月を潰す気だったのである。……千冬にとって、夏月と夏月のパートナー達は目の上のタンコブであり、夏月達が居る事で、もっと正確に言えば去年楯無が入学して来てから自分の思い通りに事が進まなくなってきており、今年は教師部隊の指揮官を解任されて指揮権を剥奪され、寮監も更迭になった……千冬はそれら全てが夏月達が原因だと考えており、どうにかして排除したい相手だったのだ。

一昨日の模擬戦では己の手で始末する心算だったのだが、其れは失敗に終わったので、今度はラウラを使って夏月を潰そうと考えたのだ――下衆らしい下劣な考えなのだが、千冬に心酔しているラウラには其れが分からず、『夏月に勝てば秋五の婚約者として認めて貰える』と言う事にまんまと釣られる形になってしまったのだった――此れも千冬がドイツで軍の教官をしていたからだろう。

 

 

其の後の授業はこれまた滞りなく行われ、あっと言う間に放課後となり、先ずは部活動で、テーブルでは夏月と真耶が遊戯王で対戦していたのだが――

 

 

「俺は手札から儀式魔法『カオス・フォーム』を発動!

 手札の『青眼の白龍』をリリース!一つの魂は光を導き、一つの魂は闇を誘う。やがて二つの魂はカオスの力を呼び覚ます!儀式召喚!降臨せよ『伝説の剣闘士カオス・ソルジャー』!」

 

 

伝説の剣闘士カオス・ソルジャー:ATK3000

 

 

其処は夏月が伝説の剣闘士カオス・ソルジャーを組み込んだ青眼デッキで真耶を圧倒していた――真耶のデッキは真紅眼軸のエクシーズ&融合デッキで爆発力は高いのだが夏月の青眼デッキには打点で劣る上に、伝説の剣闘士カオス・ソルジャーのフィールド全バウンスが強烈であり、真耶は夏月に圧倒されてしまったのである――その夏月も、簪の『究極のHEROデッキ』には成す術がなく圧倒されていたのだが。

 

そして部活後はISの訓練となり、本日はファニールが一番乗りで、ファニールも皆が来るまでに準備運動をして待っていたのだが、此処で招かれざる客が現れた。

 

 

「ふん、貴様だけか?」

 

「生憎と、アタシが一番手だったみたいね。……何しに来たのよマッタク……」

 

 

其れはラウラだ。

昨日夏月から『如何しても俺と戦いたいなら学年別トーナメントにエントリーして勝ち残れ』と言われたばかりなので、流石に今日は勝負を申し込みに来たと言う訳ではなさそうだが、アリーナ内に居たのがファニールだけだったのが少し不満げな様子でもあるようだ。

ファニールもファニールで昨日の一件の事で警戒をしている……ラウラは現役軍人であり、昨日は夏月に手玉に取られたが其の実力は自分より上だと言う事はファニールは理解していた。如何にカナダの国家代表候補生とは言ってもファニールは本来ならばまだ小学生であり、トレーニングをしているとは言え現役軍人との実力差は可成り大きいのだから。

 

 

「悪い、待たせちまったなファニール……って、またお前かボーデヴィッヒ?昨日、付き合ってやるのは今回だけだって言った筈だが、聞いてなかったのかお前?」

 

「昨日の今日で来るだなんて、流石に其れはお姉さんも如何かと思うわよボーデヴィッヒちゃん?」

 

 

其処にタイミング良く夏月達がアリーナにやって来て、ラウラの姿を見るなり苦い顔をしたのだが、昨日言ったにも係わらず今日またこうして自分達の前に現れたとなれば苦い顔をしたくもなるだろう。

 

 

「そんな顔をするな、今日は戦いに来た訳ではない……いや、ある意味では戦いであると言えるのかもしれんが、此れは学年別トーナメント前の必要な戦い、そう情報収集と言う奴だ。

 昨日はお前の実力を全て見る事は出来なかったのでな、今日はじっくりとお前達の訓練を見学させて貰うとしようではないか!訓練とは言え、見る事で得られるモノは大きいからな!」

 

 

だが、如何やらラウラは本日は戦いを申し込みに来たのではなく、夏月達の訓練を見学に来たようだ……夏月達の実力を確かめるには実際にその訓練を見学するのが一番だと考えたのか、目的を言い切ったラウラは実に誇らし気であった。

 

 

「成程、其れは確かに悪くない考えかも知れないが、お前に見られてるって分かっていて俺達が本気を出すと思うのか?俺達の実力を見たいってんなら、学園の資料室でクラス対抗戦やクラス代表決定戦のアーカイブでも見た方が良いと思うぜ?

 少なくとも、その映像には俺、ロラン、ヴィシュヌ、簪、鈴、秋五、セシリアの本気の戦いが記録されてる訳だからな。」

 

「そうかも知れんが、其れは所詮過去の実力に過ぎんだろう?貴様が教官の事を過去の最強と称したように。

 そして私は大事な事を思い出したのだ……かのサイヤ人の王子であるベジータも『順位なんてモンは決まった瞬間に過去のモノとなる。現に今の俺はさっきよりも強くなっている』と言っていた事を!つまり今のお前達はクラス対抗戦の時よりも数倍は強くなってると言う事だ!」

 

「一応、間違ってはいないのかしらね?ロラン、アンタ如何思う?」

 

「まぁ、間違ってはいないだろうね?特に夏月に関しては成長値がハンパじゃない上に、ステータスがカンストすると言う事が無いからねぇ……RPGの解析魔法で夏月のステータスを調べたら、カンスト突破して数値表記がバグっているかも知れないからね。」

 

 

ラウラの言っている事も間違いではないが、その例えが漫画知識だと言うのはオタクな副官の影響が大きいのだろう――若しかしたら、夏月達の訓練を見学に来たのも其の副官から勧められた漫画やアニメ、ゲームの知識を発揮してしまったからなのかもしれない。

 

 

「まぁ、見たいってんなら好きにして良いけどよ、情報収集って事は本気で学年別トーナメントで俺達に勝って、織斑先生の敗北の穴を埋める心算か?」

 

「いや、此れは私の為だ。

 秋五に『婚約者とする』とは言ったモノの、秋五からは明確な返事を貰って居なくてな……其処で秋五の実の姉である教官に『秋五を下さい』と頼んでみたのだ。教官からのお墨付きを貰えば、秋五とて断る事は出来んだろうからな。

 其れを聞いた教官は、『学年別トーナメントで一夜に勝てたら認めてやろう』と仰ったのだ――つまり、学年別トーナメントでお前に勝てば私は秋五の婚約者になる事が出来るのだ!ならば、やれる事は全てやるべきだろう?」

 

 

更に情報収集の目的も中々に驚くべきモノだった――だがしかし、其れを聞いた夏月達が感じたのは、ある意味では純粋なラウラの思いの裏に潜んでいる千冬のドス黒い悪意だった……其れほど、千冬が何をしようとしているのかは丸分かりだったのだ。

 

 

「成程な……その意見には賛同しなくもないが、アイツ遂に生徒まで使って俺を、俺達を潰そうとして来た訳か。

 ボーデヴィッヒ、お前アイツに利用されてんぞ?恐らくだが、アイツは近い内にお前に『一夜に勝つのならば、タダ勝つのではなく徹底的に叩き潰せ』ってな事を言って来ると思うぞ?」

 

「なに?其れは何故だ?」

 

「アイツにとって俺達は目障りな存在だからだ。

 一昨日の授業で俺と模擬戦やったのも、直々に俺の事を潰す心算だったからだしな……序に言っておくと、同じ理由で去年は楯無さんと模擬戦やって、舐めプされた上でドローだった訳だけどよ。」

 

 

『千冬がラウラを利用して夏月達を潰しに来ている』、そう考えた夏月は其れをストレートにラウラに教えてやった。

ラウラからすれば其れは到底信じられない事だっただろうが、夏月達からしてみれば此れまでの千冬の振る舞いを見ていれば其れ位の事は平気でやって来るだろう事は容易に想像が出来たのだ。

千冬は兎に角自分が一番で、自分の考えこそが正しいと信じて疑わない人間であり、其れが一夏が虐げられる事になった原因でもあるのだが、其れだけに己の目的を達成する為には如何なる手段を取る事も厭わない部分もある、ある意味での超危険人物でもあるのだ――白騎士事件の真相を考えても、其れは火を見るよりも明らかな事だろう。

 

 

「織斑先生からしたら、貴女が夏月君やロランちゃんの事を倒してくれれば御の字と言ったところでしょうね……勝てば織斑君の婚約者が増えて、結果として彼の警護は厚みを増すし、自分の溜飲も下がって、夏月君達の鼻をへし折る事も出来る訳だし。

 そして負けたら負けたで特にデメリットもないのだから、此れほど使い易い駒は無いと思うわ。」

 

「わ、私が教官の駒だと?……私は教官にとって駒に過ぎなかったと言うのか……?」

 

「真相は分かりませんが、その可能性は非常に高いのではないでしょうか?」

 

 

其れを聞いたラウラは一様にショックを受けていた。

夏月達の言った事を『嘘だ』と否定するのは簡単だが、夏月達の言っている事が『嘘』であると断定する明確な証拠も理由もないのでラウラは咄嗟に否定をする事が出来ず、それどころか千冬に対して少しばかりの疑念を抱く結果となってしまった。

ラウラにとって千冬はどん底に居た自分を救い上げてくれた恩人であったのだが、夏月達の話を聞いた今は、『若しかして自分にとって都合の良い駒を作る為にどん底に居た自分を鍛え上げてくれたのではないか?』との考えが浮かんで来てしまったのである。

其れはラウラにとっては否定したい考えだったが、一度浮かんだ疑念と言うのは簡単に払拭出来るモノではなく、ラウラは暫し無言で考え込んだ後に、『今日の見学は止めにしておく』とだけ言ってアリーナから出て行った……千冬に対して僅かばかりの疑念を抱いてしまった結果、ラウラは少し混乱してしまったのかも知れない。

 

 

「ボーデヴィッヒの奴、此れで目を覚ましてくれると良いんだが……さて、どうなる事やらだぜ。」

 

「其れは神のみぞ知るだよ夏月……ダイスがどんな目を出すかは、其れこそ誰にも予想出来ないから、出た目にその都度対応して行くのが一番だと思うから。」

 

「ま、結局はそうなるんだろうなぁ……どの道、学年別トーナメントでアイツと当たったその時は、全員一切の手加減をせずに本気でやるとしようぜ?ボーデヴィッヒが相変わらずアイツに心酔してるようだったら、少しばかり荒療治が必要だろうからな――アイツの信奉者なんぞ、居ない方が世の為人の為だぜマッタクよ。」

 

「カゲ君の意見にはめっちゃ同意だね♪」

 

 

ラウラが去った後、改めてアリーナでの訓練が始まり、先ずは夏月とヴィシュヌのタッグと楯無と乱のタッグの模擬戦から始まったのだが、夏月が楯無に、ヴィシュヌが乱に対応すると言う見事な分断作戦を成功させ、ヴィシュヌは得意のムエタイとプロレス技で乱を圧倒し、夏月と楯無は真っ向からの斬り合いを行っていた。

夏月の得物は刀で、楯無の得物は槍であり『刀で槍に挑むには三倍の力量が必要』と言われているのだが、夏月は鞘を使った疑似二刀流でその力量差を埋め、その結果、互角以上の戦いが出来ているのだ。

 

 

「少し失礼しますよ。」

 

「ヴィシュヌちゃん!……乱ちゃんはやられちゃったか……!」

 

 

だが此処で、乱と遣り合っていたヴィシュヌが参戦して、拮抗していた戦いの天秤は一気に夏月の方に傾いた――乱はヴィシュヌと近接戦で遣り合っていたが、ヴィシュヌのハイキックで近接戦闘ブレードを破壊されてからは、拳脚一体のムエタイの攻防を防ぎ切る事は出来ず、最後は飛び膝蹴りからの抉り込むようなジャンピングアッパーカット二連発の連続技でシールドエネルギーがエンプティとなってしまったのだ。

そしてそうなった以上は夏月の加勢に入るのは当然であり、楯無は夏月とヴィシュヌの二人を同時に相手にしなくてはならなくなり、結果として可成り不利な戦いを強いられる事になってしまったのである。

 

 

「行きますよタテナシ……タイガァァ、レェイド!!」

 

 

ヴィシュヌが連続のハイキックからの飛び蹴りで楯無のガードを抉じ開けると、其処にすかさず夏月が袈裟斬りで斬り込み、更に逆袈裟に斬り上げた後に刀身にビームを纏わせて巨大化させると、其れを一気に振り下ろして楯無の機体のシールドエネルギーを削り切った……のだが、転んでも只で起きないのが楯無だ。

 

 

「はい、ドカン。ってね♪」

 

 

 

――バッガァァァァァァァァァァァァン!!

 

 

 

此の土壇場で切り札である『クリアパッション』を発動して夏月とヴィシュヌを道連れし、結果として夏月とヴィシュヌもシールドエネルギーがエンプティーとなって、此の模擬戦は引き分けと言う結果に――因みに、模擬戦に於いては楯無は未だに無敗であったりする。

勝てなくとも、負けない戦いをしており、負けそうになったその時は今回のようにクリアパッションによるダブルKOを行って、『学園最強』の座を護り続けていた……最強に求められるのは『負けない事』であるとはよく言ったモノだろう。

其れを考えると、クリアパッションは可成り反則級の技であるのだが、此れは所謂『初見殺し』の技であり、二回目以降は対処が可能なので禁止レベルではないのである――二回目以降も対処不可能な状態で其れを使う楯無の戦闘センスには脱帽するしかない訳なのだが。

 

其の後はこれまた何時も通りパートナーを変えてのタッグ模擬戦――ではなく、シングルの模擬戦が行われ、其処では夏月が圧倒的な実力を発揮し、楯無以外には勝っていた……楯無もギリギリのドローだったので最早夏月の実力は学園でも最強レベルであると言っても過言ではないだろう。

 

今日も今日で良い訓練が出来たので此処で終わりにしようと思い、片付けを始めたのだが――

 

 

「夏月君、会長さん……大変だよ!第三アリーナでボーデヴィッヒさんが!!」

 

「鷹月さん?」

 

「あらあら、如何したのかしら静寐ちゃん?」

 

 

其処に現れたのは夏月とロランのクラスメイトである『鷹月静寐』だった――夏月がクラス代表でなかったら、彼女がクラス代表になっていたのではないかと言う位に生真面目な性格で、ある意味では一組の纏め役とも言える静寐が此れほど取り乱して来たと言うのは只事ではないだろう……しかも、ラウラが何かをしでかしたと言うのではあれば尚更である。

 

 

「詳しく説明してる暇はないから一緒に来て!」

 

「お、おう、分かった!」

 

 

そして静寐に連れられてやって来た第三アリーナには地獄の光景が広がっていた。

専用機を展開したラウラの足元には学園の訓練機を纏った相川清香、谷本癒子、矢竹さやかが血塗れで転がっており、同じくボロボロになった四十院神楽をラウラが片手絞首吊りにしていたのだから。

 

 

「ボーデヴィッヒ……テメェ、此れは一体如何言う心算だ!」

 

「一夜夏月……貴様の言った事を考えたが答えは出なかったのでな、実力行使をする事にした!

 私が教官の駒であるかどうか、その真相は兎も角として、私にとって教官は絶対の存在であり、その教官から教えて頂いた事は『強者だけが生き延びる事が出来る』と言う事だった――つまり弱い奴に生きる価値はない……強者こそが正義であり生きるに値する存在だ!だから私が判定してやったのだ……コイツ等が生きるに値する存在であるかと言う事をな。

 私は邪魔なモノを全て薙ぎ倒し、お前も倒して教官に認められて織斑秋五の隣に立つ……トーナメントに参加する力量の無い者は、トーナメントが始まる前に全て排除すると決めた。」

 

「俺に言われた事でぶっ壊れたってか……其れは別に構わねぇんだが、マッタク持って無関係な奴等を巻き込んだってのは流石に看過できないぜボーデヴィッヒ?

 流石に今回の事は見過ごす事は出来ないんでな……ぶっ潰させて貰うぜボーデヴィッヒ!」

 

 

夏月に言われた事を考え抜いた結果、ラウラは精神的な暴走を起こしてしまい、その結果としてこの様な暴挙に出てしまったのだろうが、だからと言って純粋に訓練を行っていた生徒を半殺しにしたと言うのは到底許せるモノではなく、夏月は此処でラウラと戦う事を選択したのだった。

 

 

「覚悟は良いな銀髪チビ!」

 

「来い、一夜夏月!!」

 

 

そして、本気の夏月と、暴走状態にあるラウラとの一戦が幕を開けたのだった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode32『ドイツの黒兎隊長は二重人格だと?』

銀髪眼帯に加えて二重人格と来たかBy夏月     設定モリモリね♪By楯無     設定メガ盛りだねぇByロラン


ラウラが暴走した第三アリーナでは、相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽がラウラによって血祭りに上げられると言う地獄絵図が展開され、其処に割って入った夏月がラウラと戦うと言う構図になっていた。

夏月に言われた事を自分なりに考えていたラウラの脳のキャパシティが容量の限界を超えて、その結果暴走した可能性は大いにあるのだが、だからと言って全く無関係の一般生徒のトレーニングに乱入した挙げ句に血祭りに上げたと言うのは大凡見過ごす事は出来ない案件なのである。

 

 

「此れは……一体何が起きてるの?」

 

 

更に此処で秋五達が第三アリーナに現れ、その惨状を目にして声を上げた――夏月達だけでなく、秋五達の方にも此の惨状は伝えられており、秋五達も急いで第三アリーナにやって来たのだが、其処では夏月とラウラが向き合っていて、重症の四人の生徒が其の場に横たわっていたのだ。

 

 

「秋五……詳しい事はまた後でだ――楯無さん達と一緒に相川さん達を保健室に連れて行ってくれ。ISの絶対防御が発動していたであろうにも拘らずそのダメージってのは流石にヤバいと思うからな。」

 

「夏月……何でこんな事になったのかは分からないけど、確かに今優先すべきはそっちの方だね。」

 

 

夏月は秋五に指示を出しながらもラウラからは視線を外さずに真正面から睨みつけて一切の隙を見せない……更識の一員として裏の仕事に関わる事が多かっただけに、ガチの戦場の戦い方と言うモノを熟知しているのだろう。

秋五に怪我人の事を任せたのも、『ラウラは秋五に惚れているから、秋五の事を襲う事は無い』と判断したからであり、楯無と共に秋五、グリフィン、静寐が怪我人の搬送を始めてもラウラが其方に襲い掛かる事は無かった……仮に襲い掛かったとしてもすぐさま夏月に止められていただろうが。

 

 

「さてと、此れで思い切りやれるな銀髪チビ……悪鬼掃滅、貴様はダルマじゃあ!!」

 

「……今日は日本刀の和中なんだ。」

 

 

楯無の先導で秋五達が重症者四人を第三アリーナから連れ出したのを確認すると、夏月は何やら物騒な事を言い、其れに付いての軽い突っ込みが簪から入ると同時に雷光の居合いでラウラに斬り込み、ラウラは其れをプラズマ手刀で受け止め、逆にワイヤーブレードで反撃するが、夏月は其れを鞘でガードしてイキナリ火花が散るクロスレンジの戦闘に。

昨日の模擬戦とは違い、今日は夏月も攻めているのだが、其の攻撃にラウラは完璧ではなくともある程度対応出来ており、攻撃も防がれているとは言え夏月に届いており、その事には夏月だけでなく其の場に居る夏月のパートナー達も驚きを隠せない様子だった。

 

 

「(何だ?昨日とはまるで動きが違う……防御は未だ俺の攻撃を何とか防げるレベルだが、攻撃に関しては昨日よりも早くて鋭い――だけなら未だしも、此処まで昨日と違うと最早別人じゃないのか此れは?)」

 

 

だが、実際にラウラと戦っている夏月は驚くと同時に疑問、違和感も感じていた。

今のラウラは昨日と比べて別人のような動きになっており、表情に関しても暴走前の『少し天然が入ってる純粋な少女』の面影は何処にもなく、飢えた野獣の様にギラ付いた殺意を浮かべた目に、皮肉気な笑みを浮かべた口元と、とても同一人物とは思えない表情を浮かべているのだ。

そんな疑問と違和感を感じながらも、勝負は徐々に夏月とラウラの地力の差が表れ始め、ラウラの攻撃は夏月に当たらなくなり、逆にラウラは夏月の攻撃を防ぐ事が出来なくなって来ていた。

 

 

「暴走すんのは勝手だがな、だからってマッタク関係ない一般生徒を巻き込んでんじゃねぇ!一発顔面陥没しとけぇ!!」

 

「ふむ、和中で始まりトドメは紅林で来たか。」

 

 

其の後の攻防で、夏月がラウラの顔面に拳を叩き込んで絶対防御を発動させてシールドエネルギーを大きく減少させ、ラウラ自身もアリーナの端までぶっ飛ばされただけでなくフェンスに衝突して更にシールドエネルギーを減らす形となった。その直前の夏月のセリフにはロランが何か感心しているようだった。

其れでもラウラはフラフラと立ち上がったのだが……

 

 

「……此処は第三アリーナ?何故私はこんな所に……しかもこの状態は、戦っていたのか?……若しかして、私はお前と戦っていたのか一夜夏月?」

 

「は?いや、何言ってんだお前?今までガンガン遣り合ってただろうが!」

 

「何だとぉ!?何故私とお前が戦っているのだ!?そもそも如何してそんな事になってしまったんだ!?」

 

 

なんと、立ち上がったラウラは突如として意味不明な事を言ってくれた――夏月にぶっ飛ばされて逆に冷静になって此れまでの事を誤魔化そうとしている訳では無く本当に此の状況を理解していないと言った感じだ。

其れだけでなく、先程の血に飢えた獣のような表情も、全てを切り裂く鋭利な刃物のような殺気も霧散し、『ちょっと天然で純粋なラウラ』に戻っていたのである。

如何やら、此度の此の惨状は夏月に言われた事でラウラの思考がヒートアップした末にキャパシティオーバを起こして暴走したと言う事ではなく、もっと面倒な真相が潜んでいるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode32

『ドイツの黒兎隊長は二重人格だと?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えず今のラウラは危険そうでは無さそうだと判断した夏月達は、ラウラを座らせると何故夏月とラウラが戦っていたのか、そもそも何故戦う事になったのか、其れ等を説明した。勿論、ラウラが相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四名が訓練している所に乱入して、四人に重傷を負わせてしまった事もだ。

 

 

「なにぃ!?私が其の四人に重傷を負わせたと言うのか!?」

 

「あぁ、その通りだ……てか、お前マジで覚えてないのか?」

 

「うむ、マッタク持って記憶がない。気が付いたら私は此処に居てお前と対峙していた……如何やって此処までやって来たのか、マッタク覚えていない。」

 

 

しかし其れを聞いたラウラは『マッタク記憶がない』と言って来た……惚けていると言う感じではなく本当に覚えていないと言った感じであり、更識の仕事で嘘を見抜く事が出来るようになっていた夏月と、女優として多彩な演技をして来た事で相手が演技をしているかどうかを見抜けるようになっていたロランには、ラウラが嘘を吐いているか或は演技をしているようには見えなかった。

そして、其れはこの場に居る全員も『ラウラが嘘を言っている』とは感じなかった――逆に言えば普段のラウラは大凡嘘を吐く事が出来るような人物ではない、そう思われていたと言う事なのだろう。転校初日に秋五に対して『婚約者』宣言をした事からも、ラウラは『搦め手使わずに直球勝負』と言うイメージが出来ているのだろう。

 

 

「えぇっと、此れは一体如何言う状況なのでしょうか?」

 

 

其処にやって来たのは真耶だ。

真耶もまた他の生徒から『第三アリーナでラウラが一般生徒を半殺しにしている』と聞き、一目散に第三アリーナまでやって来たのだ――本校舎の職員室からやって来たので到着が遅れたのだろう。

だが、到着した第三アリーナではラウラと夏月達がアリーナの床に座って話をしていると言う状況だったのだから、一体如何言う状況なのかを聞いたのはある意味で当然であると言えるだろう。――此処で千冬ではなく真耶を呼んできた辺り、生徒から何方が信頼されてるのかが窺えると言うモノだ。

 

 

「山田先生……実は――」

 

 

そんな真耶に、夏月達は此処で一体何があったのかを包み隠さず説明した。

ラウラが暴走して四人の一般生徒が行っていた訓練に乱入して其の四人に重傷を負わせ、其処から夏月と戦う事になり、夏月の本気の拳を喰らったら暴走状態が解除されたモノの其れまでの事は一切覚えていないと言う事を。

 

 

「記憶がない、ですか……ボーデヴィッヒさん、貴女の記憶があるのは何処までですか?」

 

「え~と……そうだ、一夜夏月に『織斑先生はお前を手駒として使おうとしている』と聞かされ、其れが果たして如何言う事なのかを自分なりに考えていたのだが、納得出来る答えが見つからず、考えが煮詰まって来た所までは記憶にある。

 だが、記憶があるのは其処までで、気が付いたら私は此処に居て一夜夏月と対峙していた……しかも如何言う訳かフルボッコにされた状態で。」

 

「成程……となると、若しかしたらボーデヴィッヒさんは二重人格であるのかもしれません。」

 

「「「「「「「「「「「「二重人格!?」」」」」」」」」」」」

 

 

其れを聞いた真耶は少し考えると、これまた中々トンデモナイ事を言ってくれた。

無論真耶とて伊達や酔狂でこんな事を言った訳では無く、夏月達の話を聞き、そしてラウラの状態を確認した上で、過去に日本で起きた似たような事例と照らし合わせた上で『ラウラが二重人格』であると判断したのだ。

 

 

「私が二重人格……?」

 

「その可能性は充分にあると思いますよ?

 ボーデヴィッヒさんは、自分の記憶が抜け落ちている事があったのは今回が初めてなんですか?」

 

「いや、過去にも記憶が飛んでいる事は何度かあったな?

 軍のサバイバル訓練で精神が限界に近付いて来た時とか、隊長として激務に追われてギリギリの状態になった時とかは記憶が飛んで、気が付いたらサバイバル訓練や激務が終わっていたと言う事は何度もあった。」

 

「ならばもう確定ですね。

 恐らくですがボーデヴィッヒさんは精神的に追い込まれた際に、その重圧から逃れる為にもう一人の人格を自分の中に作り出してしまったのだと思います――其れこそ、どんな逆境をも乗り越えてしまう凶暴で好戦的な人格を。

 ですがボーデヴィッヒさん自身はそのもう一つの人格を認識しておらず、もう一つの人格はボーデヴィッヒさん自身の人格が目を覚ますと強制的に深層心理の奥底に引っ込んでしまうのでしょう。」

 

「マジかよ……」

 

 

其れだけではなく、真耶はラウラに『過去に記憶が飛んだ事は無いか?』と聞き、ラウラの答えを聞くとラウラが二重人格になってしまった理由も予測したのだった。

一般的に多重人格になるのは、『逃げ出したい現実から逃避する為に、その現実を代わりに体験する存在を作り上げる』事が圧倒的に多いのだが、如何やらラウラの場合も御多聞に漏れずだったらしい。

此の事にラウラは少なからずショックを受けていたのだが、其れでも『だとしても私がやってしまった事であるのは間違いないので、どんな罰でも受ける覚悟だ……ハラキリをしろと言うのであればそうする』と、これまた若干間違った事を口にしてくれたのだが、真耶が下した沙汰は、『厳重注意と学年別トーナメント前日まで専用機を没収する』と言う、今回の惨状を考えると可成り軽めのモノだった。

 

 

「其れは、幾ら何でも軽過ぎるのではないか!?」

 

「かも知れませんが今回の場合、日本に於ける過去の判例を考えると重い罰は下せないんですよ。

 多重人格の人が他の人格の存在を認識していない状態で他の人格が犯罪行為を行った場合、主人格である人物は其の行為をマッタク認識しておらず、一種の心神喪失状態にあったとして無罪になった判例もありますからね。

 とは言っても、今回の事は完全に揉み消す事は出来ないので、『ボーデヴィッヒさんが模擬戦に熱が入って一般生徒相手に本気を出してしまった』と言う事にしておきましょう……模擬戦でやり過ぎたと言う事なら、中破した訓練機の修理代も学園の予算で落とせますので。」

 

 

勿論そんな軽い罰では納得出来ないラウラだったが、真耶は日本に於ける過去の判例を上げて説明し、その上で重い罰を科す事は出来ないとも言い、更には今回の一件での落し所も説明してくれた……『模擬戦で熱が入ってやり過ぎてしまった』と言う事であれば特別珍しい事ではないのでラウラが批難される事はないのである――そこまで考えてこの沙汰を下したのだから真耶は矢張り隠れた一流と言えるだろう。

 

そしてこの場は解散となり、夏月は保健室に運ばれた四人に様子を見る為に保健室に向かったのだが、其処にはラウラが『私の知らないもう一人の私がやったとは言え、私がやってしまった事に変わりはないので、キチンと謝罪しなくてはな』と言って同行していた。――簪、ロラン、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニール、箒、セリシア、シャルロット、オニールも一緒に行こうとしたのだが、其処は『大人数だと逆に彼女達に負担になるだろ?』と言われて此処は引き下がる事になったのだ。

 

 

「時にボーデヴィッヒ、お前が初めて記憶が飛んだのは何時だ?」

 

「初めて記憶が飛んだのは……そうだ、織斑教官がドイツ軍に指導教官としてやって来た時からだったな。教官の厳しい訓練に心が折れそうになったところで記憶が無くなり、気が付いたら其の訓練を達成して教官に褒められてた。」

 

「成程な……(って事はつまり、アイツがボーデヴィッヒを追い込んだ事で、ボーデヴィッヒはもう一人の自分を生み出す事になった訳か……ったく、本気で碌な事してくれねぇなあのDQNヒルデは!)」

 

 

その道中、ラウラから『初めて記憶が飛んだのは何時か』を聞いた夏月は、ラウラが二重人格になってしまったのは間違いなく千冬が原因だと考えていた――ラウラはドイツ軍が『織斑計画』を元にして生み出したデザイナーズベビーであり、ロールアウト時には最高クラスの性能を備えていたのだが、その後に行われた『ヴォーダン・オージュ』の移植に失敗し、最高だった性能が最低まで落ち込んでしまい、『落ちこぼれ』、『失敗作』の烙印を押されて絶望のどん底にあったと言う話を聞き、そんなラウラの前に千冬が教官として現れ、仕事として『落ちこぼれ』であるラウラを鍛える為に厳しい訓練を課した結果、その厳しさにラウラの精神が限界を迎えてもう一つの人格を作り出してしまったのだと、そう判断したのだ。

 

 

「よう、四人の容体は如何だ?」

 

「其れは大丈夫よ夏月君。

 重症であるのは間違いなかったけど、私の専用機のナノマシン生成機構を使って治療用ナノマシンを作って彼女達の体内に送り込んだから――でも、其れは兎も角として、如何してボーデヴィッヒちゃんが此処に居るのかしらねぇ?……あんな事をしてくれた事に関して、お姉さん絶賛ガチギレ中なんだけど?」

 

「その気持ちは分かるけど、取り敢えず先ずは俺達の話を聞いてくれ楯無さん。」

 

 

保健室に入ると、搬送された四人は楯無が専用機の裏技とも言える治療用ナノマシンを生成して四人の体内に送り込むと言う事をしてくれたので、四人とも表面上の傷はほぼ完治していた。

其れは其れとして、楯無は護るべき生徒をフルボッコにしたラウラに対して、『更識楯無』としての殺気を叩き付け、其れを喰らったラウラは盛大に硬直し、少しばかりチビっていた……その殺気も、夏月の言葉を聞いて消え去ったのだが、其れでも現役軍人をガチでビビらせる『楯無』の殺気は相当なモノだと言えるだろう。

 

 

「日本には『蛇に睨まれた蛙』と言う言葉があるそうだが、私は今それを身をもって体験したぞ……軍人である筈の私が『死』の恐怖を感じてしまうとは……」

 

「会長さん、本当に何者なの?」

 

「秋五、実は楯無さんは裏社会では其の名を知られている関東最大の極道、『更識組』の現組長で、『楯無』って言うのは歴代の組長が襲名する名前なんだよ。

 そして今の楯無さんは歴代の『楯無』の中でも最強と言われていて、僅か十五歳で組長になると敵対組織を軒並み粛清するだけじゃなく、更識組のシマを荒らした半グレなんかにも一切容赦しないで徹底的に叩き潰して来たんだ。

 そんでもって俺も、楯無さんの右腕として裏社会でやって来てな……その挙げ句に外道とカツオ節の見分けが付かなくなって、気付けば外道をカンナでカツオ節みたいに削ってた事が何度かあったんだわ。」

 

「其れって何処の小峠華太!?」

 

「ま、全部嘘だけどな。」

 

「嘘なの!?」

 

「冗談だ。」

 

「結局どっちなのさ!?」

 

「う~ん、百点満点のリアクションね織斑君♪」

 

 

若干のコントを挟みつつ、夏月は楯無と秋五にラウラが二重人格である事と、先程の惨状はラウラのもう一つの人格がやった事、ラウラ自身はもう一つの人格を認知していなかった事、そしてラウラが二重人格になってしまった原因は千冬にあるかも知れないと言う事を話した。

俄かには信じられない事ではあったが、夏月がこんな事で噓を言う必要性はマッタク無い事と、目の前のラウラがアリーナで見た時とはまるで別人であった事から楯無と秋五は、ラウラが二重人格である事が事実であるのだと認めていた。

 

 

「ボーデヴィッヒさんが二重人格で、そうなった原因は姉さんにあるか……」

 

「ちょっと待て、私が二重人格である事は分かったが、何故私が二重人格になった原因が教官にあるのだ?」

 

「何でって、お前が初めて記憶が飛んだのが織斑先生に鍛えられてた時なんだろ?

 なら、その過酷な訓練にお前の精神が限界を迎えて、その辛さを肩代わりしてくれる人格を作り出したって考えるのが普通だぜボーデヴィッヒ……多分、織斑先生はお前が二重人格になっちまったなんて事には気付いてないだろうけどな。」

 

「むぅ……言われてみれば、確かにそうかも知れん……」

 

「でも不思議よね……何だって織斑先生は『落ちこぼれ』の烙印を押されていたボーデヴィッヒちゃんを鍛えたのかしらね?同じく、『落ちこぼれ』と蔑まれていた実弟の織斑一夏君の事は見捨てたって言うのに。

 若しかして、一夏君の事を後悔してボーデヴィッヒちゃんを鍛える事で一夏君への贖罪にしようとした、とかかしら?」

 

「その可能性は無くはないかも知れないが、実弟のお前は如何考えるよ秋五?」

 

「……こう言ったらアレだけど、姉さんがそんな殊勝な事を考えるとは思えないかな?

 ボーデヴィッヒさんを鍛えたのも、多分『仕事だから給料分は働いてやるか』程度の気持ちで、本気でボーデヴィッヒさんを鍛える気はなかったんじゃないかと思うんだよね――ボーデヴィッヒさんがもう一つの人格を作り出さざるを得ない位に厳しい訓練だって、『此処で潰れるならその程度』位の気持ちだったと思うよ?

 まぁ、結果的にはボーデヴィッヒさんにもう一つの人格が現れた事で、姉さんの厳し過ぎるであろう訓練を全て熟してボーデヴィッヒさんは黒兎隊の隊長になった訳だから姉さんとしては嬉しい結果だっただろうけどね。」

 

 

此処でラウラが二重人格になった原因が千冬にあると言う事に、ラウラ自身が疑問を投げ掛けて来たが、楯無が千冬が『落ちこぼれ』の烙印を押されていたラウラを何故鍛えたのかに疑問を投げ掛けから夏月にパスし、夏月は楯無の予想も可能性として無くは無いと言った上で秋五にパスを出し、秋五はその可能性を完璧に全否定してターンエンド。

一夏の死後、秋五は自分の意見を迷わずに言うようになったのだが、そうして自分の意思を示すようになった事で千冬の闇と言うか、其れまでは見えていなかった部分が見えるようになり、IS学園で生活するようになってからは其れが特に目に付くようになり、とっくに千冬に対しての信頼は無くなっており、最近では『姉弟愛』すらも消えかかっているのだ……誰よりも尊敬してた双子の兄の死は、秋五には良い転機になったのだ。

 

 

「其れはつまり、教官は私の事を鍛えて下さったのではなく、仕事だから仕方なくやったと、そう言う事か?」

 

「ショックかもしれないけど、多分そうだと思うよ……あの人は、ドレだけ努力しても自分や僕に僅かに結果が劣っていたと言う事だけで一夏の事を『落ちこぼれ』と言って、決して一夏の努力を認めなかったんだ。

 そんな人が、ボーデヴィッヒさんに本気で向き合おうとしていたとは思えない。」

 

「そんな……」

 

 

無論、ラウラはそんな事は認めたくないので、なんとか秋五の言った事を否定したかったのだが、秋五の更なる一撃で黙らざるを得なくなり、同時にラウラの中にあった『織斑千冬』の理想像には大きな罅が入り始めていた。

千冬に心酔してからこそ、一度疑念が生じてしまえばと言う事なのだろう……ラウラの純粋さが、よりそれを加速させたとも言えるが、最早ラウラにとって千冬は手放しで尊敬出来る『教官』でなくなったのは間違いないだろう。

 

其の後、相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四名は目を覚まし、目を覚ました四人にラウラが見事なDO・GE・ZAをかまして謝罪し、夏月がラウラは二重人格であり、先の事はもう一つの人格がやったと言う事を説明すると、四人とも何か合点が行ったようだった。

と言うのも、四人はアリーナに乱入して来たラウラは何時もとはまるで様子が異なっており、乱入して来たのがラウラだと分かったのは乱入して来て暫くしてからだったと言うのである――其れほどまでにラウラのもう一つの人格は別人だったのだろう。

 

ベッドから身体を起こした四人は異口同音に『其れならボーデヴィッヒさんが悪い訳じゃない』と言ってラウラの事を許し、四人の寛大な対応にラウラは涙だけでなく鼻水もちょちょ切れの状態となっていたのだが、其処は夏月が制服ポケットからポケットティッシュを取り出し、其処からティッシュを取り出してラウラの鼻に当てると言う工程を僅か五秒で行ったので、ラウラが鼻水を垂らすと言う醜態を晒す事は無かった……楯無の右腕として働いて来た夏月は、フォロースキルも中々に高いと言えるのかもしれない。

 

其れは兎も角として、謝罪と和解も出来たので、夏月達は保健室から出ようとしたのだが、その前に保健室の外から地鳴りのような足音が聞こえて来て――

 

 

「「「「「「「「「「織斑君、夏月君、私とタッグを組んで~~!!!!」」」」」」」」」」」(鉤カッコ省略)

 

 

一年の略全員となる女子生徒が保健室になだれ込んで来た……辛うじて保険室のドアは無事だったが、保険室のドアがアナログな引き戸だったら間違いなく押し倒されてお釈迦になっているだろう。女子のパワー恐るべしだ。

とは言え、なぜ此れほどまでの女子生徒が此処にやって来たのは分からないので、夏月と秋五は其れを問うたのだが、その理由は、『学年別トーナメントがタッグマッチになった』と言う事だった。

此れは楯無も寝耳に水だったのだが、楯無が重症者の搬送を行っている時に決まった事なので致し方ないだろう――楯無は学園長である轡木十蔵とプライベートなLINEグループを作っており、緊急の案件に関しては其処にメッセージが来るのだが、其処にメッセージが来ていなかった事を考えると、学年別トーナメントがタッグマッチになったと言うのは其処まで大きな案件ではないのだろう。

或は、楯無ならばタッグ戦になった事の意図に気付くだろうと言う信頼があったのかもしれないが――だからと言って、夏月と秋五からしたら行き成り不特定数の生徒から『タッグを組んでくれ』と言われたのだから堪ったモノではないだろう。

押し寄せて来た生徒の中からパートナーを選べば、選ばれた生徒は選ばれなかった生徒からの嫉妬を買って、最悪の場合には其れが原因でイジメに発展し兼ねないのだから。

 

 

「悪い、俺はタッグを組むなら俺の婚約者とタッグを組むって決めてんだ。」

 

「僕も夏月と同じかな……僕は僕の婚約者以外とタッグを組む気はないんだ。」

 

 

だがしかし、夏月と秋五には『男性操縦者重婚法』が制定されてより誕生した『婚約者』と言う最強の存在があり、その婚約者以外と組む心算は無いと言うのは夏月や秋五とのタッグを夢見ていた女子達を絶望させるには充分な破壊力があった。

『婚約者』とはつまり、将来を約束し合った仲であり、その婚約者以外とタッグを組む心算は無いと言うのは、其れだけ夏月と秋五は婚約者達の事を大事にしていると言う現れであり、一般生徒では大凡入り込めない領域であると認めざるを得なかったのだろう。

 

 

「学年別トーナメントがタッグマッチか……となると、ボーデヴィッヒだけじゃなく、お前にも織斑先生はコンタクトを取って来るかもだぜ秋五。」

 

「姉さんが僕に?其れは如何して?」

 

「今日の事は織斑先生の耳にも入るだろうし、ボーデヴィッヒが二重人格だって事も織斑先生は知る筈だ――となれば、お前にボーデヴィッヒのお目付け役を頼んで来るのは火を見るより明らかだ……お前をボーデヴィッヒの制御プラグにする心算なのかもだぜ。」

 

「其れは、否定出来ないのが悲しいね。」

 

 

夏月の予測に秋五は驚きながらも否定しなかったので、夏月の予想は高確率で当たると思ったのだろう――同時に其れは、秋五が最早千冬の事を一切信頼も信用もしていないと言う事にもなる訳だが。

 

其の後、四人に『お大事に』と言って夏月達は保健室を後にして夫々の寮の部屋に戻って行ったのだが、夏月の部屋ではロラン、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニールによる『夏月のタッグパートナー』の座を巡って激しい戦いが繰り広げられていた。

無論ISを使ったバトルではなく、遊戯王や各種ゲームでの対戦によって夏月のタッグパートナーを決めようとしていたのだが、何れの勝負でも圧倒的に勝利するモノが居なかったために中々決着が付かなかったのだが、夏月が『面倒だからじゃんけんで決めちまえ』と言った事で、史上最強と言っても過言ではないじゃんけんバトルが行われ、決勝戦はロラン、ヴィシュヌ、簪の対決となり、幾多の相子の末に――

 

 

「「「じゃん、けん、ぽん!!!」」」

 

 

簪とヴィシュヌはチョキ、ロランはグーと言う結果になったのだった。

 

 

「勝った……勝ったぞ夏月!!

 学年別のタッグトーナメントと言う大舞台を君のパートナーとして迎える事が出来るとは……嗚呼、何と幸せな事だろうか!夏月、君のタッグパートナーとして恥じない働きをする事を約束しようじゃないか!」

 

「このロラン節を見ると、負けた悔しさが湧いてこないから不思議。」

 

「此処まで露骨に勝利した事に喜ばれると普通は少しカチンとくるところなのでしょうが、微塵もそんな感情が湧かないのは彼女の場合はあからさまに芝居がかって居るからなのでしょうね……女優、恐るべしです。」

 

 

勝負を制したのはロランであり、決まり手となったグーは其のまま勝利のガッツポーズに早変わりだ。毎度お馴染みのロラン節も忘れずにである。

連続の相子が続いた事で、全員が次の一手を予測していたのだが、此処はロランが予測が当たって学年別タッグトーナメントに於ける夏月のタッグパートナーの座を掴み取ったのだった。

同時に其れは学年別タッグトーナメントに最強のタッグが出場する事も意味していた。

夏月チーム最強のタッグとなれば其れは間違いなく夏月と楯無のタッグなのだが、『一年生での最強タッグ』となった場合には此れは夏月とロランのタッグが最強だった――基本的に夏月は誰と組んでも強く、一年生のみのタッグでも、簪、ヴィシュヌ、鈴、乱とのタッグはほぼ横ばいの強さで、ファニールとのタッグはファニールが専用機を使えないのでやや劣るモノのタッグとしての完成度は可成り高いのだが、そんな中でもロランとのタッグは頭一つ抜きん出ているのだ。

同室で生活していると言う事がプラスになっているのか、特に言葉にしなくとも互いの意図を察する事が出来ており、連携や分断、スイッチ等がタイムラグなしで行われる事と、近接戦闘がぶっちぎりで強い夏月と、ハルバートによる突く、斬る、打つ、叩き潰すの四択攻撃が出来るロランの連携の近接コンビネーションは対処が難しく、楯無ですら夏月とロランのタッグと戦った時には『道連れのクリアパッション』を使ってドローにして『生徒会長不敗』を死守する展開となっているのだ。

タッグとなれば、専用機持ち同士が組んだ場合には何らかのハンデを背負わされるのは間違いないだろうが、夏月とロランのタッグはそんなハンデも跳ね返してしまうだろう。

 

こうして夏月のタッグパートナーは決まったのだが、其の場で簪達もそれぞれタッグを決め、その結果簪と鈴、乱とヴィシュヌがタッグとなった。ファニールは、『夏月と組めないんじゃ、オニールと組まない以外は勝てない』と言って自らタッグ候補から外れたのだ。

また別の場所では楯無がダリル・ケイシーとコンタクトを取ってタッグを結成し、グリフィンもサラ・ウェルキンとのタッグを結成して夏月チームはファニール以外が学年別タッグトーナメントに出場する為のタッグを結成したのだった。

同時に楯無がグリフィンではなくダリルをタッグパートナー指名したのは、学年別トーナメントがタッグになった意図を理解していたからとも言える――クラス対抗戦の時の襲撃は国際IS委員会による抜き打ちのセキュリティチェックだったが、今後本当の襲撃が起きないとも限らないので、この様なイベントはタッグで行う事にしたのだと。

だとしたら楯無としてはグリフィンよりもダリルの方がパートナーとして適任だったのだ――夏月の義母の姪であるダリル・ケイシー、本名レイン・ミューゼルは亡国機業の一員である事は既に調べが付いており、実戦経験が豊富である事は分かっていたのである。

暗部の長であり、学園の生徒を守る立場にある生徒会長である楯無としては、有事の際には実戦経験が人間がパートナーである方が動き易いと考えたと言う訳である――グリフィンも実力的には申し分ないのだが、実際の戦場を経験していないと言う事でタッグパートナーから除外したのだろう。

 

其れは其れとして、タッグが決まった後は夏月とロランの部屋では最終就寝時間直前までゲーム大会が行われて全員大いに楽しんだ――KOF97で鈴が暴走庵を、ストⅢ3rdストライクで簪が春麗を使った際には大ブーイングが起きたのだが、鈴の暴走庵は夏月の大門が、簪の春麗は夏月のリュウが見事に撃破してみせた。

ウメハラブロッキングは兎も角、暴走庵のジャンプを見てから対空した夏月の動体視力と反応速度は最早人間の領域を超えていると言っても過言ではないだろう。

 

そして、最終就寝時間が迫って来た所で夫々が自分の部屋に帰って行ったのだが、何故かロランが部屋を出て行き、室内には夏月と簪が残ると言う結果に。

 

 

「えっと、何でロランが出て行って簪が残ったんだ?」

 

「それは、その……今日は私が夏月に証を刻んでもらうから、かな?」

 

「おうふ、そう来たか。」

 

 

簪が残ったのは、夏月と結ばれる為であり、このシチュエーションを作り上げたのはロランだった――実はロランは、先のタッグパートナー決めのじゃんけん大会の決勝戦の際に、簪とヴィシュヌに、『もしも私が勝った場合は二人でじゃんけんをしておくれ。その勝負に勝った方には、夏月との一夜をプレゼントするよ』と耳打ちしており、その裏じゃんけん大会で簪が見事に勝利を手にして夏月との一夜をゲットしたのだ。

 

 

「その……初めてだから、優しくしてね?」

 

「其れはちょっと約束出来ないかも知れないな……簪が可愛過ぎて、自分を抑えきれる自信がないんだわ。でも、たっぷりと愛してやるよ簪。」

 

「うん……」

 

 

其の後、夏月と簪はベッドの上で一つになり、激しくそして深く愛し合い、その愛の絆を深め強くしていったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学年別トーナメントがタッグトーナメントに変更された翌日、トーナメントに参加を予定してた生徒はタッグパートナーを探して奔走する事になったのだが、其れ以外は特に大きな問題もなく、午前中の授業は恙無く終わって昼休みになったのだが、その昼休みに秋五に対して呼び出しが掛かった――しかも、秋五を呼び出したのは千冬だったのである。

折角のランチタイムを邪魔される形になった訳だが、教師からの呼び出しとなれば無視する事も出来ないので、秋五は職員室に。

 

 

「其れで、何の用ですか織斑先生?」

 

「うむ、今度の学年別タッグトーナメントなんだが、出場するのであればボーデヴィッヒとタッグを組んでやってくれないか?」

 

 

其処で千冬から告げられたのは『学年別トーナメントに出場するのならラウラとタッグを組んでやって欲しい』と言うモノだった――夏月からこう来るであろう事を告げられていたので秋五は驚く事は無く、『夏月の言った通りになったね』と言った感じだった。

 

 

「其れは別に良いですけど、何で僕なんですか?」

 

「昨日の事は聞いている……ボーデヴィッヒは二重人格で、もう一つの人格は非常に好戦的で危険な人格であるとな。

 もしもその人格がトーナメントで現れたら大変な事になるのは間違いないだろうが、ボーデヴィッヒはお前に惚れているようなのでな、お前がタッグパートナーであればもう一つの人格が表に出て来ても最悪の状況にはならん筈だからな。(その凶暴化したボーデヴィッヒが一夜を潰してくれれば尚良いがな。)」

 

「(絶対に良くない事を考えてるだろうけど、其れを指摘したら絶対にもっと面倒な事になるから、此処は一先ず了承しておくか。)

 そう言う事なら分かりました織斑先生――だけど此の事はボーデヴィッヒさんにはちゃんと伝えておいて下さいよ?彼女に話が通ってなくて、トーナメント直前になってパートナーが僕と判明したとか、其れは絶対に嫌ですから。」

 

「其れに関しては心配するな。ボーデヴィッヒには放課後伝える心算だったからな。」

 

「なら良いですけど、織斑先生、くれぐれもボーデヴィッヒさんに変な事を言わないで下さいよ?要らない事を言った事で、ボーデヴィッヒさんのもう一つの人格が表に出て来る可能性はゼロじゃないんですから。」

 

「あぁ、其れは分かっているから心配するな。時間を取らせたな織斑……私からは以上だ。」

 

「……失礼しました。」

 

 

千冬の言った事に少しばかり釈然としないモノがった秋五だったが、此処で其れを問い詰めても徒労だと判断して職員室を後にして箒達が待っている食堂に直行してランチタイムを楽しんだ。因みに本日の秋五の弁当はセシリア製で、『生ハムとクリームチーズのサンドウィッチ』、『四種のパプリカの即席ピクルス』と言うシンプルなモノだったのだが、そのクオリティは高く、秋五は満足していた。

 

だが、そんな穏やかなランチタイムの裏では――

 

 

「秋五はボーデヴィッヒと組む事を決めてくれたが……よもやボーデヴィッヒが二重人格で、もう一人の人格が極めて好戦的かつ凶暴であったと言うのは嬉しい誤算だったな?

 ソイツを一夜にぶつけてやれば流石に奴とて苦戦は免れない筈だ。

 ククク、働いて貰うぞボーデヴィッヒ!私の手駒としてな!」

 

 

千冬がよからん事を画策していた――ラウラを使って夏月を倒しに来るであろう事は夏月達も予想していた事だが、ラウラのもう一つの人格を利用しようとしていると言うのは予想外だっただろう。

そしてその日の放課後、校内放送にてラウラへの呼び出しが掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode33『Öffnung!Turnier nach Klasse!!』

学年別トーナメントの始まりだぜ!By夏月     ふふ、此れは盛り上がりそうね?By楯無     私と夏月のタッグで盛り上げてやろうじゃないか♪Byロラン


放課後の校内放送で職員室に呼び出されたラウラは……

 

 

「たのもー!!織斑教官に呼ばれて馳せ参じた、一年一組のラウラ・ボーデヴィッヒである!!」

 

 

あろう事か道場破り宜しく職員室の引き戸を蹴破って職員室に参上した……職員室のドアを蹴破ると言うのは中々に大問題であるのだが、ラウラには副官から間違いまくっている日本のサブカルチャー知識を習っているので、これもまた仕方ないのかもしれない。

思い切り蹴破られたドアは激しく吹っ飛び、其れが誰かにぶち当たったら大怪我は間違いないのだが……

 

 

「派手な登場だなボーデヴィッヒ。と言うか、一夜にしろお前にしろ私の呼び出しを受けた奴は普通に現れる事が出来んのか……」

 

 

其れが飛んで行った先に居たのは千冬だったのでマッタク問題は無かった。

現役を引退した事で大幅に弱体化したとは言え、織斑計画によって生み出されたその身体能力は未だ健在であり、飛んで来たドアを片手で掴み取ってしまう位の事は造作も無いと言う感じだった。

 

 

「そして、教官、いえ織斑先生、どの様な御用でしょうか?」

 

「いや、大した事ではない……昼休みに、織斑に今度の学年別タッグトーナメントではお前と組むように言ってやった。そして織斑は其れを了承した……お前は晴れて織斑のパートナーになれた。良かったな。」

 

「そ、それは本当ですか!私が秋五の……!」

 

 

千冬は其のままラウラに『学年別タッグトーナメントではお前と組むように言い、織斑も其れを了承した』と言う事を伝え、秋五とタッグを組む事が出来たと言う事をラウラは驚きつつも喜んだのだが、ただ喜んでいると言うだけでもなかった。

夏月に『一夜に勝つのならば、タダ勝つのではなく徹底的に叩き潰せってな事を言って来るかもな』と言われていただけに、千冬からの呼び出しを受けた時点でラウラはそう言われるのではないかと若干の警戒をしていたのだ――もしもそんな事を言われたら、またしても精神的な負荷が掛かり、もう一人の自分が出てきてしまうのではないかと言う恐怖もあったのだろう。

 

 

「要件は其れだけだ。時間を取らせて悪かったな。」

 

「そ、其れだけですか?ならば態々職員室に呼び出さずともホームルーム後に伝えて頂ければ充分だったのですが……」

 

「なに、ちょっとしたサプライズと言う奴だ。お前には『自分を織斑の婚約者として認めてくれ』と言われて大層驚かされたのでな……ホンの少しのお返しだと思え。」

 

「は、はぁ……そう言う事であるのならば。あの、それでは失礼します。」

 

 

だが、千冬は『秋五がラウラとのタッグを了承した』と言う事を伝えただけで、この場では其れ以上の事を言う事は無かった――ラウラとしては少々拍子抜け、或は警戒して損したと言った結果だっただろうが、精神的な負荷が掛からなかったと言うのは良い事だっただろう。

 

 

「(此れで秋五とボーデヴィッヒを組ます事は出来た……先ずは第一段階は成功だな。

  トーナメントまで、二人はコンビネーション等の練習する為に否が応でも共に過ごす時間は長くなり、そうなればボーデヴィッヒはより秋五に惹かれて行く筈……となれば、同時に試合時には己の目的を達成する為、そして秋五と一緒ならばより負けられないと強烈なプレッシャーが掛かり、一夜との試合時には其れがより大きくなり精神的な限界が来てもう一人のボーデヴィッヒが現れる可能性が大きい。

  一夜のタッグパートナーが誰になるかは未だ分からんが、秋五ともう一人のボーデヴィッヒの同時攻撃を受ければ流石に無事では済まない筈……そして、もう一人のボーデヴィッヒが如何に凶暴で好戦的とは言っても秋五の言う事であれば聞くだろうからな……もしも現れなかった其の時は、私が一押ししてやれば良い。)」

 

 

だが、その裏で千冬は矢張りロクデモナイ事を考えており、顔には『子悪党が悪巧みを思い付いたような笑み』が浮かんでおり、他の教師達から引かれていた。

序に、ラウラが蹴破った引き戸は直せば使用可能だったのだが、その修理代は千冬の給料から天引かれる事になった――『織斑千冬はラウラ・ボーデヴィッヒの嘗ての師であり、アレも織斑千冬が仕込んだ事だろう』と判断されたからなのだが、それに対して千冬は『場合によっては力技で行け』と指導した事もあったため、完全否定する事が出来ずに、只でさえ少なくなっている給料の今月分が更に減る羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode33

『Öffnung!Turnier nach Klasse!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、夕食の食堂では秋五が箒、セリシア、シャルロット、オニールに『今度のタッグトーナメントはボーデヴィッヒさんと組む事になった』と言う事を伝え、秋五と組んで出場する心算だった箒とセシリアは目に見えて落胆していた。

おまけに其れが千冬が直々に決めたとなれば尚更だ――箒もセシリアも秋五がラウラとタッグを組む事に関して万人が納得する反対の理由がある訳ではなく、千冬が一度自分が決めた事を覆す事は無いと分かっていたからだ。

シャルロットは『組めれば御の字』、オニールは『ファニールと一緒じゃないと専用機が使えないからトーナメントはパスかな』と考えていたので落胆してはいなかったのだが。

 

 

「はぁ……まさか、織斑先生の命令で秋五さんとボーデヴィッヒさんがタッグを組んでしまうとは思いませんでしたが……ですが、だからと言ってタッグトーナメントに出場しないと言う選択肢は有り得ませんわ!

 つきましては箒さん、私とタッグを組んで頂けませんか?」

 

「わ、私で良いのかセシリア!?

 私は専用機もないし、ISの操縦に関しては素人の域を出ん……代表候補生であるお前の足手纏いにしかならないと思うのだが……」

 

「何を仰いますか!

 箒さんはISを動かしたのは学園に来てからだと言うのに、日々の訓練で基本的な動きは完璧に出来るようになっている上に、戦闘技術も粗さはありますが一般生徒の中ではトップクラスですわ。

 何よりも箒さんは近距離での戦いならば一組の中でもトップ5にランクインすると言っても過言ではありません――聞いた話では、剣道の夏の大会では一年生で唯一団体戦のレギュラーに選ばれた上に、大将を任されたとの事……バリバリ近接型の箒さんならば私のパートナーとして申し分ありませんわ♪

 其れに、箒さんは汎用機を使う事になるので、恐らくは専用機持ちに課せられるハンデも専用機同士のタッグよりは軽いモノになると思いますので。」

 

「そう言う事であるのならば構わないが……まぁ、お前の足手纏いにならないようにだけは善処しよう。」

 

 

此処でセシリアが箒にタッグパートナーになってくれと申し入れた。

セシリアが言ったように、箒はIS学園に来てから初めてISを動かしたのであり、入学から一カ月弱では普通はマダマダ素人の域を出ないのだが、箒は剣道だけでなくISの訓練も真摯に行っており、其の訓練は天才の秋五と代表候補生のセシリアと共に行われていた事で、箒は自分が思っている以上にISの操作技術は向上しているし、ISバトルの実力は、専用機を持っていない一般生徒の中では間違いなくトップクラスになっているのだ。

加えて箒はバリバリの近距離型なので、遠距離型のセシリアとは相性が良く、特にブルー・ティアーズのBT兵装による多角的攻撃とライフルによる正確な射撃は箒の近距離戦を的確にサポート出来るのだ――オーソドックスな前衛後衛コンビの発展形が、箒とセシリアのタッグなのである。

箒も一度は『自分では足手纏いになる』と言って、セシリアの申し出を断ろうとしたのだが、セシリアにそこまで言われてしまっては断りきる事が出来ずにタッグを組む事を了承したのだが、箒は姉の束が凄過ぎる事で自己評価が低くなる傾向にあり、本来の実力よりも自分を過小評価してしまうキライがあるのだ……此ればかりは仕方のない事であり、箒が実績を積み重ねて自己評価を高められるようになるしかないだろう。

ともあれ、此れにて箒とセシリアによる『恋する乙女タッグ』が結成され、シャルロットは後日『三人目の男性操縦者』と言う偽りの肩書を利用してクラスメイトの鏡ナギをパートナーにすると言う腹黒さを披露してくれた。

 

一方の夏月チームはと言うと、既にトーナメントに参加するタッグが決まっていると言う事もあり、和気あいあいとした夕食時だった。

毎度お馴染み、食事量がバグってる夏月とグリフィンの本日の夕食メニューは、夏月が『ビビンバカルビ丼の特盛』、『アジの南蛮漬け』、『油淋鶏』、『青椒肉絲の春巻き』、『豚バラ肉とモヤシのキムチ炒め』、『中華風味噌ワンタンスープ』で、グリフィンは『和風ステーキ丼の特盛』、『豚の生姜焼き』、『鶏モモ肉のステーキ(ガーリック)』、『チーズ入りメンチカツ』、『カルビの鉄板焼き』、『和風鶏団子汁』と言うラインナップ……夏月は一応栄養のバランスは考えてあるのだが、グリフィンがオンリー『肉』なのは最早突っ込み不要だろう――尤も、此の夕食時の栄養バランスの悪さは夏月の特製弁当によって解消されていると言うのだから、夏月の弁当のクオリティの高さが分かると言うモノだが。

 

 

「そう言えば、俺とロランだけじゃなくて皆もタッグの申請はしたのか?」

 

「其れは勿論よ……フフフ、トーナメントで当たったその時は覚悟してなさいよ夏月?クラス対抗戦の時の雪辱をさせて貰うわ……そう、十倍返しでね!

 絶対にアンタを打っ倒してやるから覚悟してなさい!アタシと簪のタッグの前にひれ伏すと良いわ!!」

 

「クラス対抗戦では負けたけど、今度は負けないから……覚悟してね夏月。」

 

「放課後に申請は済ませました……クラス対抗戦では決着が付きませんでしたが、今度こそは……」

 

「学園の公式戦でアンタと戦うのは初めてだけど、トーナメントで当たったその時はアタシの全力をもってしてアンタに挑ませて貰うわ……勿論、ロランにもね。」

 

「無論全力で来ておくれ。力をセーブした相手に勝利した所で、その勝利には何の意味も無いと言えるからね。」

 

 

大会が始まる前から此方では既に火花が散っていた。

じゃんけん大会の末に夏月のタッグパートナーの座を勝ち取ったロランだったが、夏月のタッグパートナーになれなかった嫁ズも、簪と鈴、ヴィシュヌと乱がタッグを組んで『一年最強タッグ』が生まれる結果に――其処に、秋五とラウラのタッグと、箒とセシリアのタッグもエントリーするので、専用機持ちとタッグを組めなかった一般生徒にとっては絶望のトーナメントとなるだろう。

因みにタッグ申請書には任意ではあるが『タッグ名』を記載する欄があり、夏月とロランのタッグは『エイベックスISバトラーズ』、簪と鈴のタッグは『髪飾り決死隊』、乱とヴィシュヌは『究極アジアタッグ』で申請し、秋五とラウラは『無敵インビジブルーズ』、箒とセシリアが『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』でタッグ申請を行って無事に受理されたのだった。

因みに楯無とダリルのタッグ名は『ダークヒロインズ』で、グリフィンとサラのタッグ名は『超ヒロインタッグ』だった――其れはまぁ兎も角として、夏月とロランがタッグを組むと言う事を知った千冬の心中は穏やかではなかっただろう。

夏月もロランもクラス代表決定戦で秋五に圧勝している存在だからだ……其の二人がタッグを組んだとなれば、秋五とラウラのタッグとぶつかったとしても其れほど苦戦する事は無く突破してしまうのではないかと思ったからである――其れこそ、ラウラのもう一つの人格が表に出て来ても、夏月とロランのタッグの相手が務まるかと言われたら其れは否なのだから。

夏月一人に対して秋五とラウラの裏人格で挑めばまだ活路はあったかも知れないが、夏月のパートナーがロランとなればそうはいかないだろう――『乙女協定』と言うモノがあるとは言え、ロランには夏月と同室と言う他のパートナー達には無い絶対的なアドバンテージがあり、そのアドバンテージによって培われた絆の強さと言うのはDQNヒルデには計り知れないものがあるのである。

 

 

「ま、取り敢えず大会には全力で、だな。俺とロランのタッグに当たったその時は、様子見なんて事はしないで、全力で挑んで来いよな?

 そうじゃなきゃ、俺もロランも楽しめないからな。」

 

「無論、その心算ですよ夏月……」

 

 

其れはさて置き、夏月チームはトーナメントで戦う事になったその時は全力で戦う事を約束してターンエンド!――夏月とグリフィンは追加注文で、『トリプルカツ丼(チキンカツ、牛カツ、トンカツ)特盛』、『直火焼き牛タン入りハンバーグ』、『回鍋肉』を注文して、其れを瞬く間に平らげてしまったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、ラウラは自室でシャワーを浴びると秋五の部屋にやって来ていた――タッグトーナメントでのフォーメーションの相談にやって来たのだが、チャイムを押して中に招き入れられると、其処には簡易的な仏壇に手を合わせている夏月の姿があった。

『織斑一夏』との完全決別の為に『織斑一夏』の仏壇に手を合わせた夏月だったが、『一度だけってのは、流石に拙いよな』と考えて、定期的に月一で『織斑一夏』の仏壇に線香を上げ、お供物を備えていたのだ。お供物がモンエナ率100%なところも夏月らしいと言えるだろう。

 

 

「一夜夏月、何をしに来たのだ?」

 

「テメェの努力を認めて貰えず、其れでも努力を止めなかった偉大なる努力人間に線香とお供え物をな……故人を偲んでも、バチは当たらねぇだろ?」

 

「む、そうだったか。」

 

 

思わぬ先客があったが、夏月が一夏の仏壇に手を合わせに来たと言うのを聞いたラウラは、『仏壇に手を合わせるのも日本人の死者に対する敬意の現れだったな』と考えて、特に何か言う事は無かった――副官の入れ知恵も、時には役に立つ場合があったらしい。

 

 

「織斑一夏……第二回モンド・グロッソの際に誘拐されて殺害されてしまった教官のもう一人の弟だったか?

 あの誘拐事件があったからこそ教官はドイツ軍に呼ばれる事になり、私も教官と出会えた訳だが……しかし、織斑一夏とは一体どのような人物だったのだ?良ければ教えてくれないか秋五よ?」

 

「そうだね……一夏は一言で言えば『努力の天才』だったよ。

 自分で言うのもなんだけど、僕は一を聞いて十を知るタイプで、大概の事は一度見れば同じ事が出来るようになっていた――だけど一夏は、直ぐに出来るようにはならない代わりに努力する事を決して止めずに一つ一つ確実に熟してレベルアップして行くタイプだった。

 僕が早熟の天才型だとしたら、一夏は長年の努力が実を結ぶ大器晩成型だったんだと思う――だけど、姉さんは其れを見分ける事が出来ず、天才型の僕は些細な事であっても褒めた反面、一夏の事を褒める事は只の一度もなかったよ。

 小学校の時のテストも、僕も一夏も九十八点だった時も、僕の事は出来た九十八点分を褒めてくれたのに対して、一夏は足りなかった二点分を責めていたから。

 其れでも、一夏は何時かは姉さんが褒めてくれると信じて努力をしていたんじゃないかと思う……だからこそ、あの時に姉さんが決勝戦に出場したと言う事を知らされたであろう一夏の絶望感は想像すら出来ないよ。

 いつかは認めてくれるんじゃないかと思っていた姉さんに捨てられた……きっと一夏は想像出来ない絶望と憤怒の感情をもって死んだんだと思う――きっと今頃は地獄で鬼を相手に派手に喧嘩をしてるのかも知れないよ。」

 

 

此処でラウラが一夏について秋五に聞き、秋五は一夏は『努力の天才だった』と言った。

ドレだけ努力しても、其れが認められないとなれば大抵の人間は其処で腐って努力する事を止めてしまうのだが、一夏は腐る事なく愚直なまでに努力を続けて自分を高め、その結果として篠ノ之流剣術を師範の劉韻から直々に伝授される事になったのだから、秋五が一夏を『努力の天才』と称したのは実に適格だったと言えるだろう。

 

 

「ふむ、凄い奴だったのだな織斑一夏は。

 だが、何故教官は織斑一夏の努力を認めなかったのだ?」

 

「姉さんも僕と同じ天才タイプだったから、努力が実を結ぶ大器晩成型の一夏の事を認めたくなかったのかも知れないね――努力が才能を超えるなんて事はあってはならないと思ってたのかも。」

 

「だとしたらドンだけケツの穴小せぇんだよアイツは……大凡、ブリュンヒルデの称号を得た人間の思考形態とは思えねぇな?だから、DQNヒルデなのか!」

 

「DQNヒルデ……妙な語呂の良さが耳に残るな?」

 

 

秋五の話を聞いて、ラウラは千冬に対する疑念が更に大きくなっていた――『出来損ない』の烙印を押されて絶望の底にあったラウラに厳しい訓練を課し、其れを裏人格が代替した部分があったとは言え熟した事で、ラウラは絶望のどん底から黒兎隊の隊長に上り詰めたので千冬には此の上ない恩義を感じていたのだが、IS学園に編入してからは其れが悉く崩れて行った。

実技授業では夏月との模擬戦でギリギリのところで競り負けただけでなく、実技授業では実際に教鞭をとっているのは真耶であり、朝と夕方のホームルームも真耶が取り仕切っており、千冬は殆ど何もしていなかったのだ――加えて、ラウラは千冬が複数の教師から監視されている事も察していた。

 

 

「だが、何故教官は複数の教師に監視されているのだろうか?」

 

「其れは、姉さんがやらかしたからだね。」

 

「クラス対抗戦の時に盛大にやらかしたからなアイツは。」

 

 

そして、千冬が複数の教師から監視されている理由を聞いたラウラは驚きを隠せなかった――国際IS委員会のシークレットエージェントによる抜き打ちの学園のセキュリティチェックだったとは言え、有事の際の指揮権を任されてた千冬は教師部隊に明確な指示を出さなかっただけでなく、普段の訓練でも指示が一定ではなく、理不尽とも言える事を言っていたと言う事を聞けば驚きもするだろう。

 

 

「まさか、そんな事があったとは……織斑教官は選手としては最高だったが、指揮官には向かなかったと言う事か……うぅむ、私の憧れは幻想だったのか……」

 

「ま、まぁそんなに落ち込まないでボーデヴィッヒさん……だったら君は君が理想とした姉さんを目標にして、其れを超えれば良いんじゃないかな?」

 

 

そして其れを聞いたラウラは己が憧れた存在は幻想だったのかと絶望しかけたが、其処は秋五は見事なフォローを入れて事無きを得た……ラウラが理想とした千冬こそがラウラにとっては本物であり、其れを目標にして超えれば良いとは、中々に良いフォローだったと言えるだろう。

その後、夏月は秋五の部屋を後にして自室に戻って行った。

 

自室に戻った後は、就寝前の楽しみとなっている『ノンアルコール』での晩酌の時間で、今日は夏月がノンアルのライチサワー、ロランはノンアルの杏サワーで、肴は鮭のハラスの燻製である。

 

 

「しかし、まさか織斑教諭が織斑君とボーデヴィッヒ嬢を組ませるとは思わなかったよ……果たして一体何を考えてあの二人を組ませる事にしたのだろうね?」

 

「十中八九、秋五とボーデヴィッヒを使って俺を潰そうとか考えてやがるんだろうなあのDQNヒルデは。

 ボーデヴィッヒのもう一つの人格についてはアイツも知る事になっただろうし、その凶暴な裏人格を秋五に制御させた上で俺を潰す為の駒として使う……アイツなら其れ位の事は躊躇なく考えるだろうからな。」

 

「つまりは私怨を晴らす為かい?……其れは果たして教師として如何なモノかと思うのだけれどね?」

 

「この世に最も教師に向かない人間が居るとしたら、其れは間違いなく織斑千冬だろうな……人の努力を認めて評価する事が出来ない人間に教師なんて仕事が務まる筈ないからな。

 もっと言うと、束さんが調べた結果、アイツは正式な教員試験を受けずに、『ブリュンヒルデ』の称号だけでIS学園の教師に抜擢されたって事だったからな……教師の適性なんぞ考えられてなかった訳だ。IS学園が存在しなかったら、アイツ普通にニートまっしぐらだろ。」

 

「まぁ、彼女が一般職を熟せるとは到底思えないし、アルバイトでも問題を起こして即解雇な気がするよ。」

 

 

その晩酌の席にて、ロランは千冬が秋五とラウラを組ませた事に疑問を呈して来たが、夏月がその理由を予想してやると其れに納得し、其処からは千冬が如何に教職に向かないかと言う話になって、更には一般職でも絶対に巧く行かないだろうと言う話題に発展して、最終的には夏月とロランによる『織斑千冬でも出来る職業ランキング』が、夏月チーム&一年一組のグループLINEの投票によって決定され、堂々の一位に輝いたのは『女子プロレスのヒール』だった――ヒールレスラーはベビーフェイスよりも難しいのだが、其れを差し引いても千冬の悪辣さはヒールレスラーにピッタリだと思う生徒が多かったのだろう。

 

 

「ま、アイツの思惑なんぞは真正面からブチ砕いてやるだけだ……頼りにしてるぜロラン?」

 

「ふ、勿論だよ、君のパートナーとしてその期待に全力で応えようじゃないか。……精々頼りにしてくれたまえよ夏月?君に頼りにされればされるだけ、私は強くなる事が出来ると思っているのだから。」

 

「なんともお前らしい言い方だが、だからこそ安心するぜ。ロランは何時も通りなんだってな。」

 

 

ロランは夏月を後ろから抱きしめるようにしなだり掛かり、夏月もそんなロランの顔を手にすると触れるだけのキスをして、其処から流れるような動作でロランを所謂『お姫様抱っこ』に抱き抱えると其のままベッドに下ろし、此の日は其のまま同じベッドで眠りに就いたのだった。

夏月に腕枕されたロランは実に幸せな表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其れから学年別トーナメントの日までは夫々のタッグが大会に向けてハードなトレーニングを行っていた――其の訓練内容は、大凡一般生徒が付いて行けるモノではなく、尤も軽いと言われていたセシリアと箒のトレーニングですら、箒がブルー・ティアーズのBT兵器の十字砲火を回避しつつセシリアからの射撃も回避してセシリアにダメージを与えると言う厳しいモノだったのだ。

尤も、この訓練で箒の回避能力と危機察知能力は相当に高くなったのは間違いないだろう。

 

そして遂にやって来た学年別タッグトーナメント当日。

開会式後に一年生の部が始まり、アリーナの大型モニターにはコンピューターがランダムに選んだ組み合わせが映し出されたのだが、専用機持ち同士、或は専用機持ちが居るタッグは見事にばらけて直接対決は二回戦以降となる理想的な組み合わせとなっていた。

ただ、一番の盛り上がりとなるであろう夏月と秋五の試合は夫々のタッグが一回戦を突破すれば二回戦でぶつかると言う組み合わせでもあった――此の対決は決勝戦で実現するのが観客的には最高だったのかもしれないが、早い段階で当たる組み合わせと言うのは、『略確実に対決が実現する組み合わせ』と言えるのだ。

そう言う意味では順当に勝ち上がれば二回戦でぶつかると言うのはベターであったと言えるだろう。

互いに一度は相手の試合を見る事が出来るので、マッタクの初見でぶつかるよりもより深い試合になるのは間違いないだろう――逆に決勝戦での激突となると、何度も試合を見た事で互いに充分な対策を講じる事が出来るようになり、読み合い重視の泥仕合になる可能性も無きにしも非ずなのだ。

二回戦での激突は一回戦以上に深く、決勝戦よりも派手な試合になる可能性が大きいのである――だとすれば、対戦表を抽選したコンピューターは空気を呼んだと言えるかもしれない。

現在はまだ『シャルル・デュノア』であるシャルロットの試合も見物なのかも知れないが、シャルロットの実力はまだ未知数なので夏月と秋五ほどの話題性は無いようだった。

 

そんな一年生の部の一回戦第一試合に登場したのは簪と鈴の『髪飾り決死隊』だった。相手はラファール・リヴァイブと打鉄を纏った一般生徒のタッグだ。

普通に戦えば簪と鈴が勝つだろうが、試合開始前に今回のタッグトーナメントに於ける『専用機持ちに課せられたハンディキャップ』を説明して行くとしよう。

専用機は使用者に合わせてフルカスタムされているので学園の訓練機とは性能差が月とスッポンであり、その性能差を分かり易く言うなら専用機が『青眼の白龍』で訓練機が『暗黒の竜王』と言ったところだろうか?

兎に角圧倒的な性能差があるので、専用機持ちが圧倒的に有利になるのでハンディキャップが設定されるのは道理なのだ。

そのハンディキャップは、『両タッグとも全員が専用機持ちの場合:ハンデなし』、『片方のタッグが二人とも専用機持ちで、もう片方が二人とも訓練機の場合:専用機タッグのシールドエネルギー50%減でスタート』、『両タッグとも専用機と訓練機のタッグの場合:専用機持ちはシールドエネルギー35%減でスタート』、『片方が専用機と訓練機のタッグでもう一方が訓練機のタッグの場合:専用機のシールドエネルギー30%減でスタート』となり、更に専用機がワン・オフ・アビリティを発現していた場合、『専用機持ち同士のタッグの試合』以外ではワン・オフ・アビリティの使用禁止と言う縛りも入っていた。

此れは流石に専用機持ちが縛りが多いと思うかも知れないが、此処までやって漸く訓練機は専用機に対して攻撃が届くと言うレベルなので、此れは妥当なハンディキャップなのである。

 

なので、簪と鈴はシールドエネルギーが50%減の状態で試合が始まったのだが、簪も鈴もそんなハンデなど有って無いようなモノだった。

試合開始と同時に簪が機体の火器を全開放して『相手を絶対殺す弾幕』を展開して相手タッグの出鼻を挫いた――六連装ミサイルポッド『滅』の連続発射に加え、ビームライフル『砕』と電磁リニアバズーカ『絶』の連射による弾幕は『弾幕シューティングゲームの極悪ボス』を彷彿させるモノがあり、此れだけでも充分過ぎるのだが其処に更に鈴がレーザーブレード対艦刀『滅龍』の二刀流で斬り込んで来た事でマッタク対処する事が出来ずにいた。

簪の極悪弾幕を何とか回避しても、回避した先には鈴が斬り込み、鈴の斬撃に対処しようとすれば其処に簪の砲撃が叩き込まれると言う悪夢のような布陣が組まれているのだ……その結果、試合開始から僅か五分で相手タッグは二人ともシールドエネルギーがゼロになり、逆に簪と鈴はノーダメージのパーフェクト勝利を決めたのだった。

この結果には生徒達だけでなく、来賓として観戦に来ていた各国の要人や大手IS企業の幹部達も驚いているようだった。

 

其処からは専用機持ちが居るタッグを中心に手に汗握る試合が展開された。

ヴィシュヌと乱の『究極アジアタッグ』は、乱が近接戦闘用カタール『裂龍』を使っての近接戦を、ヴィシュヌがムエタイをメインとした近接戦を仕掛けて猛ラッシュで畳み掛けて圧倒的勝利を収め、箒とセシリアの『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』は、試合開始と同時にセシリアがBT兵装で十字砲火の布陣を完成させると、スターライトMk.Ⅱによる精密射撃と十字砲火で相手タッグの動きを制限し、其処に箒が斬り込んで各個撃破すると言う戦い方で勝利を収めた――圧倒的勝利とは行かなかったが、箒の粗削りな部分をセシリアが見事にカバーしており、圧倒的な強さはない代わりに一度型に嵌れば恐ろしいタッグと言えるだろう。

シャルロットと鏡ナギのタッグは、シャルロットが今はまだ『シャルル・デュノア』である事を最大限に利用して、相手タッグに甘い言葉を連発して正常な判断を奪い、其の上で得意のラピッド・スイッチで次々と武装を換装して圧倒すると言う腹黒プレイで勝利していた。

 

秋五とラウラの『無敵インビジブルーズ』は、試合開始と同時に相手タッグを分断して圧倒し、各個撃破かと思わせておいてその実は秋五もラウラも相手を誘導して一箇所に集めたところにラウラがレールカノンを叩き込み、秋五が追撃の逆袈裟二連斬を叩き込んで試合終了。

トーナメントに向けて何度も連携を練習しただけあり、完璧とも言える試合運びだった。

 

そして一回戦の最終戦に登場したのは夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』だ。

今回のトーナメントにエントリーした一年生のタッグの中では間違いなく最強のタッグであり、試合開始と同時に夏月がビームダガー『滅龍』を、ロランがビームトマホーク『断龍』を投擲して牽制すると、其れを避けた先に回り込んで近接戦闘に持ち込む。

秋五とラウラとは違って分断はせずに戦っていたのだが……

 

 

「スイッチ!」

 

「了解だ!」

 

 

瞬時にパートナーと入れ替わる事で相手を変えて相手タッグを翻弄していた。

突然相手が変わると言うだけでも可成り厄介な事であるのだが、夏月とロランでは近接戦でも全く戦闘スタイルが異なるので、夫々の戦闘スタイルに慣れて来た場面でタッグパートナーとのスイッチを行われると、入れ替わった相手にマッタク持って対処出来なくなってしまうのだ――頭では『此れまでとは違う相手』と認識していても、短時間ながら身体が覚えてしまった反応と言うのは消す事は出来ず、刀に対してハルバートの、ハルバートに対して刀の対応をしてしまう事で隙が生まれ、結果として大ダメージを受ける事になったのだ。

 

 

「此れで決めるぞロラン!」

 

「派手に行こうか?」

 

 

トドメは夏月もロランを相手を打ち上げ、其処に追従してサンドイッチ状態で連撃を加えて、トドメは全体重を乗せた斬り落とし――全体重に加えて落下速度も加わった斬り落としの威力は凄まじく、此の攻撃で相手のシールドエネルギーはゼロになって夏月とロランは勝利を収めた。

トドメの一撃が決まった際、夏月は刀を振り下ろした状態で、ロランはハルバートを地面に突き刺すような格好になっていたのが印象的だった。

 

 

「まさかのパーフェクト勝利とは……此れもまた愛する君とのタッグだからこそ成し得た結果なのだろうか?

 嗚呼、一回戦を突破しただけだと言うのに、私は此の上ない高揚感を感じているよ夏月……この調子ならば二回戦も最高のパフォーマンスが出来る筈――此れは、君と共に優勝を手に出来るんじゃないかな?」

 

「俺の狙いはハナッから優勝だけだ――その過程でぶつかる奴等は片っ端からぶっ倒して行く、其れだけだ。」

 

「其れはつまり、ヴィシュヌ達とぶつかっても一切の手加減はしないと言う事なのだが、彼女達とぶつかった時は本気で相手をしてくれ給えよ?彼女達も本気の君との戦いを望んでいるだろうからね。」

 

「其れは言われるまでもねぇよ。全力を出さないのは逆に失礼だからな。」

 

 

夏月とロランは腕を合わせて勝利のポーズを決めると、観客からは盛大な歓声が沸き起こった――其れだけ夏月とロランの戦いは見事だったのだ。

其の後、十分間のインターバルを挟んで二回戦が始まり、各タッグとも危なげなく二回戦を突破していた――箒とセシリアのタッグが、一回戦よりも洗練された動きを見せた事に会場はざわついていたが、其れは裏を返せば箒の急成長があったとも言えるだろう。

訓練ではない試合は初めての箒だったが、その初戦を勝利で飾っただけでなく、そのたった一回の試合で『ISバトル』の戦い方を身体に覚えさせたのだ――束がチート無限のバグキャラだとしたら、箒は身体の学習能力がチート級であるのだろう。頭ではなく身体で覚える力がチート級と言うのも中々にぶっ飛んでいると言えるだろう――篠ノ之姉妹は姉は万能型チート無限バグキャラで、妹は一能力限定のチートキャラだった様だ。

 

其れは兎も角として、二回戦の最終試合は秋五とラウラの『無敵インビジブルーズ』と夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』の試合だ。

その試合が始まる直前、無敵インビジブルーズのピットには千冬の姿があった。

 

 

「姉さん?」

 

「教官、何故此処に?」

 

「公私混同は良くないが、弟と嘗ての教え子を激励しに来ても罰は当たるまい?

 一夜とローランディフィルネィのタッグが相手では可成り厳しい戦いになるだろうが、だからと言ってお前達が勝てないと言う訳では無い――互いに専用機持ち同士のタッグであるのでハンデは無く、ワン・オフ・アビリティも使う事が出来るのだからな。

 下馬評では一夜とローランディフィルネィが絶対有利と言われているが、その下馬評を引っ繰り返して見せろ。」

 

 

その千冬は中々の無茶振りをかましてくれたのだが、此れは普通ならばハッパを掛けてモチベーションとテンションを上げると言う目的があったと言えるのだが、千冬には更なる思惑があった。

千冬の言った事にサムズアップで応えた秋五とラウラだったが、千冬はピットルームから出る前に、ラウラの耳元でラウラにしか聞こえない声量で『此の試合、勝つだけでなく一夜を潰す心算で行け。其れこそ二度とISに乗れなくなる位にな。』とトンデモナイ事を言ってくれた。

『一夜を潰す位の気概で行け』と言ったとも言えなくもないが、千冬の此れまでの事を考えると、この言葉は文字通りと考えた方が良いだろう。

 

 

「(一夜夏月を潰す?……そんな事、出来るか……!奴とは戦いたいが、其れは正々堂々真正面からだ――潰す手段は幾つかあるが、私はそんなモノを使って奴と戦いたくはない!!)」

 

 

故にラウラは悩み、如何するのが最適解であるのかを導きだそうとしたが、試合開始直前の僅かな時間では考えが纏まる筈もなく、気が付けばカタパルトに乗って出撃を待つ状態となっていた。

 

 

「(私は、如何すべきなのだろうか?)」

 

《如何すべきかだと

 そんなモノ、一夜の奴を血祭りに上げる、其れ意外に何の選択肢があると言うのだ主人格様?秋五を己のモノにするには此れが一番手っ取り早いんだ……一体何処に迷う要素がある?》

 

「(お前は!!)」

 

 

此処でラウラのもう一つの人格がラウラに語り掛け、千冬の言った事を完遂しろと言って来た――ラウラのもう一つの人格は千冬の厳し過ぎる訓練の際に生まれたので、ある意味ではラウラの主人格以上に千冬に心酔していたのだ。

 

 

「(だが、其れは出来ん……私はあくまでもルールの上で勝ちたいんだ!潰すような事はしたくない!其れに、織斑教官がこんな事を言って来るとは!!)」

 

《そうか……ならば貴様は深層心理の奥に引っ込んで居ろ!

 僅かばかりでも織斑教官に疑念を持ってしまったお前は最早この身体の主人格である資格すらない……貴様の代わりに一夜夏月を倒し、私が織斑秋五の嫁となるのだ、完璧だろう?》

 

「(待て、其れは……!)」

 

《引っ込んで居ろ腰抜けが!》

 

「(うわぁぁぁぁぁ!!)」

 

 

それだけに表のラウラが千冬に対して疑念を持った事は許し難く、そして試合前に千冬から言われた事が原因でもう一人のラウラが現れ、しかもあろう事が主人格のラウラを深層心理の奥底に閉じ込めて完全に肉体の所有権を得たのだった。

其れと同時にラウラの目付きは鋭くなり、口元には歪んだ笑みが浮かんでいた――ラウラのもう一つの人格である交戦的で凶暴な人格が表に出て来た証であり、ラウラはこの裏人格で夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』との試合に臨む事になったのだった。

尤も、秋五に人格が入れ替わった事がバレないようにその歪んだ笑みは直ぐに消え、真似事ではあるが本来のラウラの人懐っこい笑みを顔に張り付けたのだが。

 

ラウラの裏人格が表に出た事で二回戦の最終試合は、可成り荒れる事になる事は間違い無いと言っても良いだろう――此の試合、無事に終わるかどうかだ。

取り敢えず瞬き厳禁、席を立ったらイエローカードレベルの組み合わせだけに会場のボルテージは最高潮に達して、試合の開始は今か今かと待ち侘びている状態なので、普通の試合で終わると言う事は無いだろう。

 

ラウラの人格が裏人格となっている事に一抹の不安はあれど最高の試合展開が期待出来ると言うモノだが、この時、ラウラの機体にはトンデモナイ爆弾が搭載されていると言う事には誰一人として気付いていなかった。

 

 

「秋五、ボーデヴィッヒ……持てる力の全てをもって掛かって来いよ。俺達に勝ちたいんならな!」

 

「私達は出し惜しみをして勝てる相手ではないからね?」

 

「無論、出し惜しみはなしだ――初手から全力で行くよボーデヴィッヒさん!」

 

「ふん、言われるまでもない。全力をもってして倒してやる!」

 

 

ともあれ、二回戦の最終試合も試合が始まり、四者とも飛び出して其処から一気に試合が始まった――決勝戦レベルの二回戦である『無敵インビジブルーズ』と『エイベックスISバトラーズ』の試合はのっけから手に汗握る試合展開となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 



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Episode34『Vernichte die falsche Battle Maiden!!』

VTS……取り敢えず、ぶっ倒して良いよな楯無さん?By夏月     勿論、徹底的にやっちゃって良いわ♪By楯無     偽りのブリュンヒルデに、絶対的な死をくれてやろうじゃないか!Byロラン


学年別タッグトーナメント二回戦の最終戦は、世界に二人しか存在しない『男性IS操縦者』のぶつかり合いである事で、『これは決勝戦か?』と思ってしまうくらいにアリーナの熱気は高まっていた。其れこそ、その熱気で気球が上がるのではないかと思うレベルでだ。

此の試合で観客が望むのは夏月と秋五のぶつかり合いなのだが、試合開始直後ぶつかり合ったのは夏月とラウラ、秋五とロランだった。

 

観客の望む展開ではなかったかもしれないが、夏月とラウラは兎も角として、ロランと秋五のぶつかり合いは秋五にとってはクラス代表決定戦の雪辱を果たす機会と言えるので、秋五のリベンジなるかと言う展開に観客は盛り上がりを見せていた。

 

 

「ローランディフィルネィさん、今度は勝たせて貰うよ!」

 

「クラス代表決定戦の時とは最早別人だな織斑君?

 無論受けて立つが、私の事はロランと呼んでおくれよ?……作者がいい加減私の名前をフルネームで書く事に嫌気が差しているのでね。」

 

「……はい?」

 

「スマナイ、妙な電波を受信してしまったらしい……タダの妄言と斬り捨ててくれたまえ。」

 

 

秋五の鋭い斬り込みに対し、ロランはビームハルバート『轟龍』の柄で其れを受けると、其処からカウンター気味の斬り上げを放つ!――が、秋五は其の斬り上げをギリギリで回避すると逆に横薙ぎでカウンターのカウンターを叩き込む。

 

 

「ふむ、見事なダブルカウンターだ……」

 

「そのダブルカウンターを受け止められると少しショックかな。」

 

 

そのダブルカウンターをもロランはガードし、序盤は互いにダメージはゼロだ。

 

一方の夏月とラウラはと言うと、のっけから手加減も何もないガチガチのクロスレンジでの戦いを行っていた――その攻防は凄まじく、正に手に汗握る展開であり、アリーナのボルテージを上げて行くのだが、そんな中で夏月は今戦っているラウラに既視感を感じていた。

ラウラが千冬から『一夜に勝てば織斑の婚約者として認めてやる』と言われたのはラウラ本人から聞いていたので、ラウラが夏月を狙ったのは道理であり、攻撃が激しいのも夏月に勝つ為だと考えれば納得も出来るが、夏月が感じた既視感は今のラウラの攻撃其の物であった。

攻撃が激しい、鋭い、其れはトーナメントまでの期間秋五と共に訓練を行い、其の訓練も専用機を没収されていた事で訓練機を使ったモノであり、専用機に慣れたラウラにとって訓練機で訓練を行うと言うのは重りを付けてトレーニングをするのと同じようなモノであり、そんな状態の訓練を続けた後に専用機を動かせば動きが良くなるのも理屈としては分かるが、攻撃の激しさと鋭さの奥に、夏月は凶暴さを感じ、その凶暴さに既視感を覚えたのだ。

 

 

「……成程、そう言う事か。……オイ、クソッタレの銀髪チビ。何でテメェが表に出て居やがる?ボーデヴィッヒは如何した?」

 

「ククク……気付いていたか。

 主人格には奥に引っ込んで貰ったぞ?教官がお前を潰せと言った事に対し、主人格は迷い、そしてやりたくないと思ってしまったのでな……教官の仰った事を黙って遂行出来ないのではラウラ・ボーデヴィッヒである価値はない。

 私こそが教官の仰った事を迷いなく遂行出来る存在……真のラウラ・ボーデヴィッヒになるのだ!貴様を倒してな!」

 

 

其の凶暴さの正体、其れはラウラの人格が所謂『裏ラウラ』に変わっていた事が原因であり、夏月が既視感を感じたのは相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、四十院神楽の四人を半殺しにした時と同じ凶暴さを感じたからだ。

 

 

「やれやれ、俺の予想通りの事をやってくれるとかマジで余計な事しかしやがらねぇな、あのDQNヒルデはよぉ?

 ……本来のボーデヴィッヒだったら楽しい試合になったかも知れないが、テメェなんぞはハッキリ言って俺の敵じゃねぇんだよ銀髪チビ。大体にして、テメェじゃ秋五の嫁は務まらねぇっての。」

 

「務まるかどうかは問題ではない……貴様に勝てば私は張れて教官のお墨付きを貰って織斑秋五と婚約関係になれるのだからな!」

 

 

ラウラの精神的負荷を代わりに受ける存在として生まれた裏ラウラだが、今回はラウラの精神的負荷の肩代わりではなく己の意思で表に出て来たのだが、其のまま身体の支配権を得る心算らしく、秋五の婚約者の立場だけでなく、自らが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』となる為にも夏月を倒さんと思っているようだ。

そんな裏ラウラに(フェイスパーツで表情は見えないが)、夏月は心底つまらなそうな視線を向けると、納刀状態で裏ラウラの攻撃を捌いていた状況から不意を突く鞘打ちの一閃を叩き込んで強制的に間合いを離すと、此の試合で始めて朧を抜刀したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode34

『Vernichte die falsche Battle Maiden!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朧を抜刀した夏月は、プライベートチャンネルを使ってロランと秋五に『ラウラが裏人格になっている』と言う事を伝えると、ロランも秋五も『何故?』と疑問を持ったのだが、夏月がその理由を説明するとロランは『成程、納得だ』と納得し、秋五は『姉さんは何余計な事してくれてるの……』と千冬の余計な横槍に呆れると同時に、千冬をピットルームから追い出さなかった事を後悔しても居たが、其処は『起きてしまった事は仕方ない、此処からどうするかだ』と即座に切り替えたみたいだ。

 

 

『其れで、彼女の事は如何するんだい夏月?』

 

「打っ倒すさ。如何やらこの銀髪チビの狙いは俺みたいだからな……だから、こっちは俺に任せてそっちはそっちで思い切りやってくれ。

 特に秋五、お前にとってはロランにリベンジ出来る機会なんだからダセェ試合だけはすんじゃねぇぞ?そんで、もしもロランに勝つ事が出来たら俺へのリベンジも挑んで来いや。……そっちが決着する前に、俺はこの銀髪チビを打っ倒しちまうかもだけどな!」

 

『此の状況でそう言い切れてしまう君に益々惚れてしまいそうだ……だが、そう言う事ならば了解だ。』

 

『姉さんの横槍は僕が始末するのが道理なんだろうけど、そのボーデヴィッヒさんは多分君以外は目に入って無いと思うから、悪いけど任せるよ夏月!』

 

「おうよ、任された!」

 

 

通信を終えると、夏月はイグニッションブーストで裏ラウラに肉薄し鋭い一文字切りを繰り出し、それに対して裏ラウラはスウェーバックで其れをギリギリで回避する。

しかし夏月はそこで朧を逆手に持ち替えると其処から超高速の逆手連続居合いを繰り出して裏ラウラを一気呵成に攻め立てる!

通常の居合いと比べると速さも威力も劣る逆手居合いだが、通常の居合いと異なり振り抜いても手首を返すだけで即座に次の攻撃を放てると言う利点があり、結果として逆手の連続居合いは『単発での威力は劣るが、連続攻撃によって総合的な威力は高くなる』のである。

更に夏月は只連続で逆手居合いを繰り出すだけではなく、通常の居合いの横一文字、袈裟斬り、逆袈裟切りの三種を使い分けており、裏ラウラは左右から引っ切り無しに繰り出される三択攻撃に対処しなくてはならなくなっていたのだ。

 

 

「何と言う激しい攻撃だ……だが、此れ位ならば対処出来ないレベルではないな。」

 

「だろうな。なら、ギアを上げるぜ?」

 

 

次の瞬間、夏月の逆手連続居合いはその激しさが増し、更に夏月は其処に鞘打ちや蹴りを使った体術を織り交ぜる複合的な攻撃を行って来たのだ。

逆手の連続居合いだけならばギリギリ対処出来たかも知れないが、其処に鞘を使った二刀流と蹴りが加わったとなると逆手連続居合いのどのタイミングで鞘や蹴りが飛んでくるのかも予想しなくてはならず、戦闘の難易度は一気に跳ね上がるのだ。

加えて夏月は更識の人間として、『人を殺す技術』も修得しているので、如何すれば相手の命を確実に奪う事が出来るのかも分かっているのだ……無論、現役軍人であるラウラも人を殺す手段は修得しているだろうが、其処は実戦経験の差がモノを言う。

実際に人を殺した経験はないが一夜夏月となり更識の家で暮らすようになってから数多くの修羅場を潜り抜けて来た夏月と、現役軍人ではあるが本当の戦場を経験した事のないラウラでは決定的な差があり、其れは裏ラウラが表に出て来ても同じである――寧ろ、普段は深層心理の奥底に引っ込んでいる裏ラウラならば余計に経験が少ないので夏月に勝つのは難しいだろう。

 

 

「く……ならば此れは如何だ!!」

 

「お?……何だこりゃ、動けなくなっちまった。……時を止めたってのか?」

 

「時よ止まれ、ザ・ワールド!ではないが、此れはAIC。対象の動きを完全に止めてしまうレーゲンの特殊機能だ!如何だ、指一つ動かせまい!」

 

 

だが、此処で裏ラウラはシュヴァルツェ・レーゲンに搭載された特殊機能である『AIC』を発動して夏月の動きを封じる。

AIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラーは元々ISに標準装備されているPICをドイツが独自に発展させた物で、対象の動きを任意で封じる事が出来ると言う、一対一のタイマンでは正に反則級の能力を持っている。

発動には極めて高い集中力が必要になるので、複数の相手には向かないが、其れでも対象の動きを止める事が出来ると言うのは脅威だろう。

 

 

「要は楯無さんの『沈む床』の劣化版か。

 俺自身は動けないけど機体に搭載された武装は使う事が出来るみたいだから、ぶっちゃけ大した脅威じゃねぇな。」

 

「何だとぉ!?」

 

 

だが其れも夏月にとってはマッタクもって脅威ではなかった。

と言うのも楯無の機体にはナノマシンで完全に相手の動きを封じてしまう『沈む床』と言うワン・オフ・アビリティが搭載されており、其れが発動したら最後、機体に搭載されている武装すら動かす事が出来なくなるので、機体に搭載された武装を動かす事は出来るAICは夏月にとっては生温いモノだったのである。

 

右肩のアーマーに搭載された電磁レールガン『龍鳴』を裏ラウラに放って強制的にAICを解除すると、間髪入れずに超神速の居合いを叩き込んで裏ラウラを吹き飛ばしてアリーナのフェンスに叩き付け、イグニッションブーストで間合いを詰めて串刺しのシャイニング・ウィザードを一閃!

これにより裏ラウラは絶対防御が発動してシールドエネルギーが大幅に減ったのだが、夏月は其れでは終わらずに裏ラウラをブレーンバスターの要領で持ち上げると両足をホールドして飛び上がり、其処から一気にフィールドに急降下してキン肉バスターを鮮やかに、そして豪快にブチかまし、追撃として裏ラウラを蹴り飛ばす。

この時点でシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは残り30%程になっており、裏ラウラも息が絶え絶えになっていた。

 

 

「クソ、此れでも喰らえ!!」

 

「はい残念でした~~!次頑張りな!」

 

 

苦し紛れに放ったレールガンの連射も夏月は全て朧で斬り落として見せた……其れだけでも、夏月が一体どれだけの実力を備えているのかがうかがえるだろう。

ビームに比べれば遅いとは言え、レールガンは初速から時速7000kmと言う実弾兵器としては他の追随を許さない発射速度を誇り、其れは大凡人が対処出来るレベルではないのだが、ビームを斬る事が出来るようになっている夏月にとっては充分対処出来るモノであり、寧ろ遅いと感じた位だろう。

 

 

「馬鹿なレールガンの弾を斬っただと……有り得ん、有り得んぞそんな事は!!」

 

「ところがギッチョン、此れは現実なんだよなぁ……だが此れで、テメェの詰め手は全て封殺されちまったな銀髪チビ?

 AICは俺の龍鳴で解除出来るし、近接戦闘では俺の方が上で、レールガンは俺が斬る事が出来るんだからな……無様を晒す前に降参する事をお勧めするぜ?」

 

「誰が、降参などするかぁぁ!!」

 

 

此れ以上やっても意味は無いと判断した夏月は裏ラウラに降参勧告をしたのだが、裏ラウラは其れを聞き入れず、逆に夏月の降参勧告を『侮辱された』と感じ、逆上して突っ込んで来たのだが、そんな単調な攻撃は夏月には通じない。

 

 

「言うだけ無駄だったか……なら相応の対応をさせて貰うぜ銀髪チビ!獄門招来……貴様は達磨じゃあ!」

 

 

逆に逆手の連続居合いで裏ラウラの両手両足を一閃して絶対防御を発動させてシールドエネルギーを大きく減らし、此の攻撃によってシュバルツェ・レーゲンのシールドエネルギーは残り10%を切り、其れこそあと一撃受けたら終わりと言う所まで追い込まれていた。

 

正に圧倒的なワンサイドゲームであり、此れだけならば観客もシラケてしまっただろうが、夏月と裏ラウラの一方的な展開とは裏腹にアリーナは盛り上がっていた。

理由はロランと秋五の戦いだ――試合が始まってから今の今まで、互いにクリーンヒットを許さずにシールドエネルギーの消耗も微々たるモノと言う正に接戦となっており、クラス代表決定戦では秋五が自ら降参する程の実力差があった事を考えると、僅か一カ月半弱でロランと互角の戦いが出来るようになった秋五の急成長ぶりに観客達は驚き、そして盛り上がっているのだ。

そして其れだけではなく、盛り上がっているもう一つの要素として秋五の相手がロランである事も大きいだろう。

僅かな期間で急成長した秋五はロランとも互角に戦う事が出来るようになっていたが、あくまでも『互角に戦えるようになった』レベルであり、実力的にも経験的にもロランの方がまだ上であり、試合の主導権を握っているのはロランであり、ロランは女優業で培った『魅せる技術』を駆使して、観客には『ラウラの援護に向かいたい秋五と其れを阻止するロラン』と映るように立ち回っていたのだ。

これにより観客達の反応は『織斑君、早くボーデヴィッヒさんを助けに行って!』と言うモノと、『ロランさん、其のまま織斑君を抑え込んで!』と言う二つに分かれて熱狂の渦を作り出しているのである。

 

 

「まさか一カ月と少しで此処まで強くなるとは……流石は天才。否、天才が研鑽を怠らなかった結果かな?

 嫉妬と言うのは実に醜いモノであると言うのは理解しているのだが、私が数年掛かって辿り着いた場所に僅か一カ月少しで追い付いてしまうとは、その天才ぶりに私は嫉妬せずには居られない……嗚呼、神とは何故にこうも不公平なのだろうか?

 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群な上に学習能力もずば抜けているとは、幾ら何でも君は神に愛され過ぎではないかな織斑君?」

 

「僕の方は結構必死なんだけど、ロランさんは何時もの其れを出来るだけの余裕があるって、何とか喰らい付けるようになったとは言え僕もマダマダだな……僕はもっと強くならなきゃ!箒達の為にも!」

 

「そのストイックな姿勢は好感が持てるよ……だが、矢張り君は天才だ。こうして戦っている間にもレベルアップしているのだからね……此れがRPGだったらプレイヤーから批判の嵐が起きそうだ。」

 

「一部のプレイヤーからは喜ばれそうだけどね!」

 

 

其の攻防もドンドン過熱して行き、其れに比例するように観客の声援も大きくなって行ったのだが、此処で遂に激闘の幕引きと言っても良い展開となった。

残りシールドエネルギーが10%を切った裏ラウラはプラズマ手刀に全てのエネルギーを集中し、次の夏月の攻撃に捨て身のカウンターを喰らわせようと考え、其のカウンターは完璧とも言えるタイミングで放たれたのだが、なんと夏月は其の完璧とも言えるカウンターを身体を捻って躱すと、其処から流れるような動作で遠心力タップリの超速居合いをラウラの延髄に叩き込んだのだ。

 

普通ならば此れでシールドエネルギーは尽きていただろうが、シュヴァルツェア・レーゲンは軍が開発した機体であり、戦場でギリギリまで戦えるように『シールドエネルギーがゼロになる攻撃を受けても、一度だけシールドエネルギー1%で耐える』と言う機能が搭載されており、其れでギリギリ裏ラウラは戦闘不能を免れた訳だ。

だがしかし、其れはあくまでも『一撃で戦闘不能になる事はない』と言うだけで、絶体絶命の状況である事に変わりはない……零落白夜の様な一撃必殺が搭載されているのならば此の機能は厄介なモノだが、そうでないのならば戦闘不能を先延ばしにするモノなのだから。

 

 

「(く……私が何も出来ずに……負けるのか私は……?嫌だ、此処で負けてしまったら私は存在意義をなくしてしまう……何よりも、教官の仰った事を遂行する為にも、私は負ける事は出来んのだ!!もっとだ、もっと力があれば私は!)」

 

 

如何足掻いても逆転の道が見えない裏ラウラは此処で敗北する事に恐怖し、そして願ってしまった『力』と言うモノを。

 

 

【willst du macht?(汝、力を望むか?)】

 

 

そんな時、裏ラウラにはシュヴァルツェア・レーゲンからそんなシステム音声が聞こえて来た――此の土壇場で『力を望むか?』とは、如何考えても碌な事にならないのは明白な事であり、そもそもにしてこの様なあからさまな『力を与える』ような文言には早々飛びつく者は居ないのだが……

 

 

「(力が欲しいかだと……あぁ、欲しい。奴を、一夜夏月を倒せるだけの力を私に寄こせ!其の力があれば、私はぁぁぁぁぁ!!!)」

 

 

裏ラウラは『力』を望んでしまった――千冬によって生み出され、千冬の訓練を本来のラウラに代わって受けていた裏ラウラは心底千冬に心酔しており、だからこそ千冬に言われた事を遂行せんとしていたので、夏月に勝つのは絶対条件であったため、此の土壇場で『力』を求めたのだ。

其の『力』がどんなモノであるかを考えずに。

 

 

【Verstanden.Valkyrie Trace System Anfang.(了解。ヴァルキリートレースシステム起動。)】

 

「ぐ……ぐわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

そして次の瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンはゲル状に融解し、そして黒いゲルに変化すると裏ラウラに纏わり付いて其の姿を変えて行く……予想外の展開に夏月もロランも秋五もその光景を見ている事しか出来なかったのだが、裏ラウラに纏わり付いた黒いゲルの形が定まった時には、夏月も秋五も驚くしかなかった。

 

 

「オイオイ、あの銀髪チビは何処までDQNヒルデに心酔してやがんだ?色こそ黒いが、此れはまるで……」

 

「姉さんの現役時代の愛機、『暮桜』……!」

 

 

其の姿は、現役時代の千冬の専用機だった『暮桜』其の物だったのだから。

 

 

「夏月、此れは一体何だい?彼女の機体のワン・オフ・アビリティかな?」

 

「いや、そうじゃないぜロラン……前に束さんから聞いた事があるんだけど、コイツは多分ドイツが独自に開発した悪魔の機能『ヴァルキリー・トレース・システム』って奴だと思う。

 確か『過去のモンド・グロッソの優勝者の動きを再現する』ってシステムだったと思うが、其れってつまりは現役時代の織斑千冬の動きをパイロットに強制する事になる訳だから普通に考えるとパイロットへの肉体的負担がトンデモねぇって事でお蔵入りになった筈だったんだが、如何やらテメェの研究を諦めきれなかった魔導サイエンティストが居たみたいだな?」

 

「そんなモノが……!」

 

 

黒い暮桜の正体は、秘密裏にシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた禁断のシステムである『ヴァルキリー・トレース・システム(以下VTSと表記)』が発動したからだった。

『過去のモンド・グロッソ優勝者の動きを再現する』と言うシステムは裏ラウラにとっては願ってもない事だったかも知れないが、VTSには『パイロットの身の安全は度外視する』と言う致命的な欠陥が存在しており、其れは裏を返せば『パイロットがどうなっても過去のモンド・グロッソ優勝者の動きが再現出来れば其れで言い』と言う人道的に問題しかないシステムだったのでドイツ政府はVTSの開発を凍結したのだが、その研究に携わった者達は己の研究成果を世に出す為に、秘密裏に誰にもバレないように電脳世界の裏ルートを使ってシュヴァルツェア・レーゲンにVTSを潜ませていたのだろう――そして、其れはこうして発動してしまったのだ。

 

まさかのハプニングであり、本来ならば此処で試合を中断してトーナメント其の物を中止にすべきなのだが、先のクラス対抗戦が国際IS委員会のシークレット・エージェントによる抜き打ちのセキュリティチェックによって中止になった事を考えると、二連続で学園の一大イベントを中止にすると言うのはあまり良くない事なので、楯無は専用のLINEグループで学園長と話し合った結果、今回の事は『タッグトーナメントを中止せずに鎮圧する』と言う方向で決まったようだ。

そして、楯無は専用機を部分展開してプライベートチャンネルで其れを夏月とロランにも伝える――要するに、黒い暮桜を犠牲者を出さずに沈黙させろと言う、難易度ハードなミッションなのだが、其れを聞いても夏月とロランが怯む様子はなかった。

 

 

「一人の犠牲も出さずにアレを沈黙させろとは中々ハードだな?つまりはボーデヴィッヒも生きて引っ張り出せって事だからな……だけどまぁ、やって出来ない事じゃないか?お前となら、尚の事だよなロラン。」

 

「愚問だな夏月……アレは現役時代の織斑先生を模しているとは言え、所詮は模倣に過ぎないのだろう?……模倣に過ぎないのであれば、私達の敵ではない。」

 

 

マッタクもって余裕綽々其の物で、ともすれば『VTS?何それ美味しいの?』と言った感じだ――最早実力の底が知れている千冬の現役時代を再現したVTSに呑み込まれてしまった裏ラウラは夏月とロランの敵ではないだろう。

夏月もロランも、黒い暮桜を畳む気満々だったのだが……

 

 

「夏月、ロランさん……此処は僕にやらせてくれないか?と言うか、僕がやる!」

 

 

此処で秋五が割って入って来た。――良い格好をしたかった、と言う訳では無いだろう。秋五の瞳には強い『闘う者』の光が宿っていたのだから。

 

 

「秋五……なんだって、お前がやるんだ?」

 

「ボーデヴィッヒさんは僕のタッグパートナーだ。だったら、タッグパートナーである彼女を救い出すのは僕の役目だろう?

  ……と言うか、ボーデヴィッヒさんのピンチに何も出来ずに何がタッグパートナーだ!僕は、僕の持てる力を全部注ぎ込んでボーデヴィッヒさんを助け出すだけ!」

 

「そう来たか……さて、如何する夏月?」

 

「なら、露払いは俺とロランがやってやるから、テメェは必ずボーデヴィッヒを連れ戻して来いよ?」

 

「言われるまでもないさ……!」

 

 

己のタッグパートナーなのだから自分が救い出すのは道理とは、少しばかり考え方が古臭いと言われそうだが、其れは正解であり、其れを聞いた夏月とロランは露払いに徹する事を決め、あくまでも秋五がフィニッシャーになるように動き始めた。

 

現役時代の千冬の専用機である暮桜を模し、其の動きも現役時代の千冬と同等となれば其れは普通ならば難敵となるだろうが、VTSによって再現された『偽暮桜』には決定的な欠陥が存在していた。

其れはあくまでも『暮桜の姿になったのは、裏ラウラの憧れの具現化』に過ぎず、暮桜本来の性能を有している訳では無いと言う事であり、つまりは現役時代の千冬を『最強』の座に押し上げた『零落白夜』は搭載されていないのである。

更にもう一つの欠陥と言うか弱点として、再現されるのが現役時代の千冬の戦い方であると言う点だ。

現役時代の千冬は確かに最強の座に居たかも知れないが、其れは一撃必殺の零落白夜があったからであり、千冬の戦い方は相手が反応出来ないほどの速さをもってして相手の懐に飛び込んで零落白夜を当てる、其れに尽きるのだ。――故に、一対一では間違いなく強いが、零落白夜がなく相手が複数ともなると此の戦い方はお世辞にも強いとは言えないのである。

仮に零落白夜があったとしても、近接ブレードで攻撃出来るのは基本的に一人だけなので複数の相手では分が悪く、使用中は己のシールドエネルギーが減少し続ける事で、其処に相手からの攻撃を喰らったらあっと言う間にシールドエネルギーは尽きてしまうのだから。

 

 

「ふむ、中々に鋭い斬撃だが、君の神速の居合いと比べると全然遅いな?模倣では、所詮この程度と言う事か……ならば脅威ではないね!」

 

「アイツの戦い方は所詮はタイマン限定で零落白夜あってのモノだからな……複数相手に零落白夜なしじゃ此の程度が関の山ってな!

 そもそもにして、アイツが最強だったのは三年も前の話だぜ?そんだけの時間があれば機体の性能はずっと向上するし、パイロットの技量だって当時よりもレベルアップするってモンだ……錆び付いた過去の最強の模倣が、現役バリバリの俺達に勝てる道理は何処にもねぇ!」

 

「その意見には諸手を上げて賛成だ!」

 

 

更に夏月は一夏だった頃に千冬の戦いを何度も見ているので攻撃のクセ等も分かり切っているので対処するのは容易であり、ロランと共に『完璧』と言えるコンビネーションで偽暮桜を圧倒している。

夏月が朧で斬り掛かり、其れを偽暮桜が防げば間髪入れずにロランが轟龍での重い一撃を叩き込み、偽暮桜がロランに攻撃すればロランが其れを防いだ瞬間に夏月の斬撃がカウンター気味に炸裂し、その逆のパターンもまた然り。

『確実に決める事が出来るタイミングで攻撃を叩き込む』には、同時攻撃ではなく少しだけテンポをずらして攻撃した方が完全近接戦闘型には有効であり、武器が近接戦闘ブレード一本ならば尚更だ。

 

 

「…………!」

 

「其の攻撃は見切った……成程、零落白夜を当てればその時点で勝ちだったので攻撃手段は多くはない訳か――では、そろそろ終わりにしようか?夏月、頼む!」

 

「お前を倒す野田!ってなぁ!!楯無さぁん、回数測定宜しくぅ!!」

 

『はいは~い♪』

 

 

偽暮桜の袈裟切りをロランが轟龍で跳ね上げて隙を作ると、夏月が両手にビームダガー『龍爪』を展開して偽暮桜に肉薄すると先ずは前蹴りを喰らわせて体勢を崩し、そして……

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、野田ぁ!!」

 

『二十四回、新記録ね?国際試合に強いのかしら♪』

 

 

偽暮桜を龍爪で滅多刺しにしてダメージを与える。

クラス代表決定戦の際にセシリアに喰らわせたのと同じ攻撃だが、其の時よりも精度が上がっており、今回は十秒間で二十四回の攻撃を行った訳だが、其れでも偽暮桜は沈黙せずにまだ戦う意思を示すかのように立ち上がる。

だが、其れは立ち上がっただけで最早戦う事は不可能だろう――現役時代の千冬の動きを再現させられた事でラウラの身体は限界を迎えているからだ。

此れ以上戦えば最悪ラウラの身体は壊れてしまうが、このギリギリの一線こそがラウラを助ける事が出来る唯一のタイミングであるとも言える――最早VTSでも強制的に機体を動かす事が出来なくなった状態であれば、確実に必殺の一撃を当てる事が出来るからだ。

 

 

「お膳立ては全部済んだぜ?最後はキッチリ決めろよ正義のヒーロー!」

 

「仕損じる事だけはしないでくれたまえよ?」

 

「此処までやって貰って失敗したとか、其れは恥ずかしいどころの話じゃないからね……此れで決める!

 行くよ白式!ボーデヴィッヒさんを、ラウラを助ける為に僕に力を貸してくれ!!」

 

 

此処で秋五がタッグトーナメント前にギリギリで修得したイグニッションブーストを発動して偽暮桜に肉薄すると、零落白夜を発動して雪片二型を一閃!

相手の機体のシールドエネルギーを強制的に吹き飛ばしてしまう零落白夜が炸裂したとなれば、偽暮桜とて只では済まず強制的にVTSも解除される筈なのだが、しかし零落白夜が炸裂した瞬間、秋五と偽暮桜を中心に眩い閃光が発生し、そしてその閃光はアリーナ全体を包み込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

閃光が治まると、秋五はアリーナではない場所に居た。

其処は荒れ果てた荒野であり、枯れた草木には焼け焦げたような跡があり、其処彼処に銃弾の薬莢やら折れたナイフやらが散乱している……『古戦場』と言うのがピッタリと言った場所だった。

 

 

「此処は?僕はアリーナに居た筈なのに……っと、此れは……認識票?《Laura Bodewig》……ラウラの?

 ……ISにはコア人格って言うモノがあって、コア人格の世界って言うモノがあるって束さんから聞いた事があるけど、若しかして此処がそうなのかな?」

 

 

昔束から聞いた話から此処が何処なのかを推測し、少しばかり歩き回ってみた秋五だったが、部隊のベースキャンプを模したような場所に来たところで信じられないような光景を目にした。

其処では後ろ手に手錠を掛けられたラウラを、裏ラウラが刀で斬り捨てようとしていたのだ。

 

 

「まさかこんな事になるとはな……貴様の様な腰抜けが存在していたから私は勝てなかったのだろうな……ならば、今此処で貴様を殺し、私が本当の意味でのラウラ・ボーデヴィッヒとなる!

 教官の事を信じられなくなった貴様に価値はない……冥獄へと沈め……!」

 

 

後ろ手に手錠を掛けられたラウラには抵抗手段はなく、其のまま斬り捨てられるしか選択肢は残っていなかったのだが……

 

 

「そうはさせない!」

 

「んな、貴様は……!」

 

「秋五……?」

 

 

そのギリギリのところで秋五が割って入り、裏ラウラの刀を雪片二型を展開して受け止めた。

 

 

「貴様、如何して此処に……!此処は私達の精神世界だぞ!?」

 

「多分だけど、白式とレーゲンのコアが共鳴して僕を此の世界に導いたんじゃないかな?ISのコアにはコア人格ってモノがあるらしいから、その可能性は否定出来ないと思うよ――特にレーゲンが、ラウラの事を助けたいと思ったなら尚更ね。」

 

 

そして裏ラウラの斬撃を防いだ秋五は、渾身の掌底を叩き込んで裏ラウラを吹き飛ばす。

秋五もまた剣道だけでなく骨法や柔術と言った体術を修めているので無手での攻撃もそこそこに強いのだ……其れこそ、現役軍人であるラウラの裏人格を吹き飛ばしてしまう位には。

 

 

「レーゲンが其の腰抜けを助けたいと思った、だと?馬鹿を言うな、教官の事を信じ切れず、言われた事を遂行出来なくなった其の腰抜けに一体何の価値がある!

 教官が育て上げた最強の弟子、其れこそがラウラ・ボーデヴィッヒであるべきであり、教官の訓練は殆ど私が受けて来た!故に私こそが、ラウラ・ボーデヴィッヒとして相応しい存在だ!其の腰抜けよりもな!」

 

「其れは違うね。

 ラウラは姉さんの言う事を鵜呑みにしていた過去の自分とは決別して、姉さんの言う事に疑問を持ち自分で考える事を始めた――姉さんの教え子である事から脱却してラウラ・ボーデヴィッヒとしての一歩を踏み出し始めたんだ!

 だから消えるべきはお前の方だ!お前は、ラウラには必要のない存在だ!」

 

「何だとぉ!?」

 

 

此処で秋五は零落白夜を発動し、雪片二型に強烈な光が宿る。

零落白夜の連続使用は自滅の危険性があるのだが、此処は現実世界ではない精神世界なのでそんなモノは関係ない――そもそもにして白式を展開していないのに雪片二型を展開して零落白夜を発動しているのだから今更ではあるが。

 

 

「消えろ、姉さんによって生み出されたラウラの闇よ!永遠にラウラの中からなくなってしまえ!!」

 

「馬鹿な……こんな所で私は死ぬのか……だが、今私を消した所で、必ずまた次の私が現れる!ソイツが腰抜けである以上はな!」

 

「其れはないよ……ラウラの事は僕が支える。だから、もうお前が現れる事は二度とない……完全に消えてしまえ!!」

 

 

零落白夜の居合いを喰らわせた秋五は、ダメ押しとばかりにゼロ距離からの強烈な突きを放って裏ラウラの人格を粉々に砕き散って見せた……千冬によって生み出された裏ラウラが千冬の弟である秋五によって消滅させられたと言うのは何とも皮肉であったと言えるだろう。

間接的にではあるが、其れは秋五が千冬の事を否定したとも言えるのだから。

 

 

「こんな情けない私を助けてくれたのか?……何故だ?」

 

「僕がラウラには生きて欲しいと思ったから、かな?

 其れにラウラは、ちょっと間違った日本のサブカルチャー知識がある事で、一組では『愛すべきアホの子』として人気だから、ラウラが居なくなったら悲しむ人が多いんだよ、僕を含めてね。

 だから帰ろうラウラ。皆が、君の事を待ってるから。」

 

「そうか……ふふ、強いなお前は。益々惚れてしまった……この責任、取って貰うぞ?」

 

「勿論、その心算だよ。」

 

 

秋五はラウラの手錠を外すと、ラウラをお姫様抱っこをして――その瞬間に再び閃光が弾け、その閃光が治まると其処にはアリーナの景色が展開されており、秋五は偽暮桜からラウラを引っ張り出してお姫様抱っこした状態となっており、ラウラと言うコアを失ってゲル体が蠢いたシュヴァルツェア・レーゲンは、夏月とロランがISコアに直接ダメージを与えて強制的に沈黙させていた。

 

 

「土壇場で漢を見せたな秋五?零落白夜を喰らってもなお沈黙しなかった偽暮桜の僅かに出来た綻びからボーデヴィッヒを引き摺り出すとは大したモンだぜ!」

 

「闇に捕らわれたヒロインを救い出すとは、正に主人公の面目躍如と言ったところだね?いやぁ、実に見事だったよ織斑君!」

 

「あはは……まぁ、僕も必死だったからね。」

 

 

秋五が精神世界で裏ラウラを消し去っていた時、現実世界では秋五がラウラを偽暮桜に出来た僅かな傷に手を突っ込んで、無理矢理ラウラを引き摺り出したと言うトンデモナイ力技の救出劇が行われていたらしい――其れは秋五にとっては覚えの無い事だが、其処は当たり障りのない答えをして誤魔化したのだった。

秋五が体験した事は余りにも現実離れした事なので話しても信じて貰えないと思ったと言うのも大きいだろう。

 

これにてラウラは無事に救出された訳だが、トーナメントは中止になっていないので試合は続行となるのだが、ラウラが担架で保健室に運ばれて行った直後、秋五が降参して試合は終了。

零落白夜があるとは言え、夏月とロランの二人を一人で相手にする事は出来ないと考えての降参であり、同時に其れは己の今の実力を正しく理解しているからこその事だと言えるだろう。

注目の試合は呆気ない幕切れとなったが、だが其れでもアリーナは割れんばかりの拍手が沸き起こっていた――突然のハプニングにも完璧に対処し、そしてラウラを救い出した事に対する盛大な拍手が両タッグに送られていたのだ。

 

そしてこの試合を制した夏月とロランの『エイベックスISバトラーズ』はその後の試合も破竹の勢いで勝ち進み、決勝戦では並みいる強豪を打ち破って決勝戦まで駒を進めて来た箒とセシリアの『日英タッグ。サムライガール&英国淑女』と熱い試合を展開した後に、夏月とロランが箒とセシリアをサンドイッチ状態してから回避不能の連続攻撃を浴びせる『ダークネス・イリュージョン』をブチかましてKOし、優勝を捥ぎ取ったのだった。

夏月とロランのタッグは申し分なく強かったが、決勝戦まで駒を進めて来た箒とセシリアのタッグも実は相当なダークホースであったと言えるだろう――準決勝までに『騎龍』シリーズが居るタッグは潰し合いになったとは言え、準決勝ではシャルロットと鏡ナギの実力派タッグを下しているので其の実力は確かなモノなのだから。

 

こうして、学年別タッグトーナメント一年生の部は幕を下ろしたのだが、盛り上がっているアリーナとは裏腹に、管制室では千冬がラウラが夏月を仕留めきれなかった事に怒りを覚え、手にしたマグカップを粉々に砕いていたのだった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode35『トーナメントの裏側とトーナメントの其の後』

秋姉、全力全壊ってか?By夏月     全力全壊ね……彼女は味方だと頼もしいわBy楯無     理性ある戦闘狂はある意味最強だと思うよByロラン


IS学園にて白熱のタッグトーナメントが行われていた頃、亡国機業のオータムとマドカはフランスの地に降り立っていた――夏月から頼まれた『デュノア社粛清』の任務を遂行する為にだ。

オータムもマドカも表向きには存在していない人間なので、普通ならばフランスに入国する事は不可能なのだが、亡国機業は世界規模の組織であり、あらゆる分野のエキスパートが揃っているので構成員のパスポートを作る事は朝飯前のモーニングコーヒーであり、オータムとマドカは無事にフランスに入国する事が出来ていたのだ。

 

 

「此処がデュノア社か……ったく、ドデカイビルをおっ建てたモンだぜ。

 こんだけのビルをおっ立てたにも拘らず、欧州のイグニッション・プランから除外されて経営難に陥って、起死回生を狙って愛人の子を『男性操縦者』としてIS学園に送り込んで、あまつさえ男性操縦者の機体データを取って来いと命じるとか、大凡人の心を持ってる奴がやる事じゃねぇよな?」

 

「デュノア社の社長夫妻は、其れほどまでに外道な奴等だったと言う事だろう……尤も、だからこそ私達も手加減せずに暴れる事が出来るのだけれどな。」

 

 

空港からタクシーでデュノア社の本社ビル前までやって来たオータムとマドカは早速作戦を開始し、先ずはマドカが『デュノア社の見学に来た子供』を装って入り口前の警備員に話し掛け、警備員がマドカに対処している間にオータムが警備員の背後に回り込み、延髄に素早い手刀を叩き込んで意識を刈り取る。

 

 

「恐ろしく速い手刀……私でなければ見逃していたな。」

 

「マドカ、テメェ其れ死亡フラグだぜ?」

 

 

意識を刈り取られた警備員は当然その場に倒れ込み、其れを見た通行人やビル内部に居た警備員数人も集まって来て、其の場に居たオータムとマドカに事情を聴くも、二人とも当然『知らぬ存ぜぬ』を貫き、マドカが『デュノア社を見学したくて姉さんと来たんだけど、警備員の人に話しかけたらイキナリ倒れちゃったの』とだけ言って集まって来た人達を納得させていた。

傍目に見ればマドカは普通の子供であり、オータムも女性にしては身長が高めではあるがパッと見は細身であり、屈強な警備員を如何にか出来るようには大凡見えなかったと言うのも大きいだろう。

だが、疑われなければ其れで良いと言う訳では無く、オータムとマドカはデュノア社のビル内に入らなければならないのだ。

 

 

「……なぁ、姉さん。こんなモノが転がってたけど、これは何なんだ?」

 

「んあぁ?……って、オイコラマドカ、其れは手榴弾じゃねぇか!何でそんなモンが落ちてんだよ!?

 ……まさか、警備員が倒れたのはデュノア社を狙うテロリストが何処かから狙撃ライフルで撃ったからなのか!?……でもコイツ等生きてるし、実弾じゃなくて麻酔弾か!って、んな事言ってる場合じゃねぇ!マドカ今すぐそれを捨てろ!」

 

「は~い。」

 

「って、ピン抜いてから捨てる馬鹿が居るかぁ!!」

 

 

此処で一芝居打って、マドカがスタングレネードを拾ったフリして炸裂させ、其の場に居た者達の視界を奪う。

勿論オータムとマドカはスタングレネードが炸裂する刹那の瞬間に亡国機業謹製の『通常の三倍の遮光性のあるサングラス』を装着してスタングレネードの閃光をシャットアウトし、その混乱に乗じてまんまとデュノア社のビルに侵入する事に成功した。

先の警備員二人の意識を刈り取った事で起きた騒ぎにビル内のエントランスに居た警備員も駆け付けてくれた事で、彼等もスタングレネードに巻き込む事が出来たのは嬉しい誤算だったと言うところだろう。

 

 

「さてと、此処からが本番だから気を抜くんじゃねぇぞマドカ?テメェの腕前なら大丈夫だろうが、万が一トチったらその時は……今回の一件がお前のせいで苦労したって夏月にチクってやるかんな!」

 

「適当に済ます心算だったが、其れを言われたら本気を出すしかあるまいなぁ……お姉ちゃんとは、弟にとっては常にカッコいい存在でなければならんのだ!!」

 

「まぁ、この前のクラス対抗戦の時の乱入で、お前に対する夏月と秋五の印象はあんまり良くねぇだろうがな……精々頑張れやブラコンお姉ちゃんよ?」

 

「上等だ!証明してやろうではないか、あの自称姉よりも私の方が夏月と秋五の姉であると言う事を!……惜しむらくは、私が姉だと言う事を伝える術が無いと言う事なのだがな……」

 

 

ともあれ、本番は此れから。

ビル内部に突入すると同時に、スコールとマドカはアタッシュケース(金属探知機無効化機能付き)に入れていた銃器を取り出して一瞬で武装すると、正面玄関から真っ向突入と言う、大凡『デュノア社の不正の証拠を集める』と言う目的には向かない突入をしてくれたのだが、其れ以上に『デュノア社の粛清』の目的もあるので真正面から喧嘩を売ると言うのはアリであるのかもしれない。

だがしかし、オータムとマドカの突入はデュノア社終焉のカウントダウンが始まったと言っても過言ではないだろう――オータムとマドカは、亡国機業の実働部隊である『モノクロームアバター』内でも五指に入る実力者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode35

『トーナメントの裏側とトーナメントの其の後』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビル内に突入したオータムとマドカは、先ずはエントランスの受付に居る受付嬢を麻酔銃で眠らせて無力化すると、エレベーターで一気に十階まで移動し、ビルのコントロールルームに突入する。

ビルのコントロールルームではビル内に設置された監視カメラの映像をチェックするだけでなく、ビル内のセキュリティシステムも管理しているので、此処を制圧してしまえば其の後の動きがずっと楽になるのだ。

 

 

「よう、デュノア社の犬共、今からこのコントロールルームはオレ達が制圧させて貰うぜ?取り敢えず眠っときな!!」

 

「精々良い夢を見るんだな。いや、貴様等が見るのは悪夢かも知れんが取り敢えず眠っておけ!」

 

 

コントロールルームに突入するや否や、オータムとマドカはグレネードランチャーから『麻酔ガス弾』を発射して、コントロールルームのオペレーターを全員眠らせ、全員を縄で縛り上げた後に、セキュリティシステムを弄ってビル内のセキュリティを全てオフにし、非常時に自動的に降りるようになっている隔壁などを無力化する。

此れで、デュノア社のセキュリティは無効になったのだが、無効になる前に機能していたセキュリティは有効であり、受付嬢が麻酔銃で眠らされたのを見ていたコントロールルームのオペレーターが緊急非常ボタンを押しており、ビル内の警備員全員がコントロールルームに集まって来ていた。

 

 

「こりゃまた団体さんのお出迎えか?

 女子供の二人組相手にビル内の警備員が全員集合ってのは些か過剰戦力だと思うのはオレだけかねぇ?……まぁ、こんだけ集まって来た所で所詮はティラノサウルス二頭vsネズミ十数匹なんだけどよ。」

 

「馬鹿を言うなオータム……ゴジラ二頭vsトカゲ十数匹だろう?」

 

「マドカお前、其れは……確かにそうかもな!」

 

 

だが、その警備員の群れもオータムとマドカにとっては簡単な相手だった。

亡国機業のエージェントとして幾度となく死線と修羅場を潜り抜けて来たオータムとマドカと、ハードな訓練を積み重ねて来たとは言え所詮は民間企業の警備会社の警備員とでは基本的な戦闘力に圧倒的な差があり、其れこそ数の暴力がマッタク意味を成さない位の力の差があるのだ。

 

麻酔銃、延髄への当身、チョークスリーパーなどを駆使してあっと言う間に警備員全員を無力化した二人は、コントロールルームから社長室に、『侵入者二人を無力化』との偽の情報を送ると、情報処理室の場所を調べ上げて、一気に情報処理室に。勿論コントロールルームを破壊して、監視カメラ等の録画映像を消去するのも忘れない。

 

その情報処理室はデュノア社でも社長夫妻を含めた極一部の人間しか入る事が出来ない場所であり、当然厳重なセキュリティが施されているが故に、中に入るとなると特殊電子キーをスキャンした上でパスワードの入力が必要になるのだが……

 

 

「電子キーにパスワード?知るかそんなモン。力技で突破上等だぜってな!」

 

 

オータムは大口径のマグナムで扉のロックを破壊すると、ドアを蹴破って情報処理室に入り、マドカと共にデュノア社の不正の証拠を探して行く……そうして探して行った結果、シャルロットが楯無に提出した不正やら用途不明の金の流れを裏付ける証拠を上回る真っ黒なデータが次から次へと出て来た。

イグニッションプランの出資金を着服していただけでなく、一般社員の給与を本来の額から10%ピンハネして着服し、それでいて残業代の出ないサービス残業をさせておきながら、タイムカードは定時で切らせると言う、超ブラックな経営実態も明らかになり、更には『他社の開発データの無断転用』、『ダミー会社を使っての銀行からの融資』、『シャルロットの実母に保険金を掛けており、その受取人はデュノア夫妻になっていた』、『フランス政府に提出した第三世代機の開発データはコンピューターで計算しただけで試験も行ってない机上の空論』と言った明らかにやば過ぎるモノまで出てくる始末だったのだ。

 

 

「オイオイオイ、トンデモねぇブラック企業だなデュノア社?……コイツは、社長夫妻には少しじゃなく、相当に痛い目に遭って貰わねぇとだよなマドカよぉ?」

 

「クククク……私を作り出した奴等も相当に胸糞が悪い連中だったが、デュノア社長夫妻は其れ以上に胸糞が悪くなる連中だ――其れこそ、ゲロ以下の匂いがプンプンするぜ!って奴だ。

 オータム、コイツ等には死よりも辛い目に遭った上で裁きを受けるべきだと私は思うんだが、お前は如何思う?」

 

「勿論その心算だぜ!」

 

 

そして其処からエレベーターで最上階の社長室までやって来たオータムとマドカは、社長室のドアを豪快に蹴破って社長室内にログイン!……したのだが、其の社長室内では、社長のアルベールと妻のロゼンタが絶賛本番中だった。

『社長室で何やってんだアンタ達は!!』と言う突っ込みが入りそうだが、此れはアルベールとロゼンタにとっては日常なのだ……尤も、本番中に乱入者が現れたと言うのは今回が初めてなのだが。

 

 

「な、なんだね君達は!」

 

「社員を馬車馬の如く働かせて、愛人の子を『三人目の男性操縦者』と偽ってIS学園に送り込んでスパイ活動させておきながら、テメェ等は社長室でイチャコラとは随分と良いご身分だなオイ?

 取り敢えず、テメェ等には地獄を味わって貰うぜ!」

 

「恨むなら己を恨むんだな。」

 

 

突然の事に驚くデュノア夫妻に対し、オータムはアルベールの股間を蹴り上げて『男の選手生命』を一撃で引退に追い込み、マドカはロゼンタにチョークスリーパーを極めて意識を刈り取り、オータムはアルベールを、マドカはロゼンタを抱え上げると、オータムがスコールに連絡を入れてデュノア社の屋上にあるヘリポートにヘリコプターを一機寄こすように言い、スコールも其れを了承し、オータムとマドカが屋上に到着した時にはもうヘリコプターが到着しておりオータムとマドカは其れに乗って亡国機業のアジトに戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そして辿り着いた亡国機業のフランス支部の基地……の地下深くにある拷問部屋には、下着姿で柱に括りつけられたデュノア夫妻の姿があった。

あの場で殺すのは赤子の手を捻るよりも簡単な事だったがのだが、其れでは夏月からの依頼を遂行出来ないと考えたオータムは、こうして亡国機業のフランス支部の地下にある拷問室に御案内した訳だ。

 

その拷問室には『鉄の淑女』、『ファラリスの牡牛』と言った古代の拷問器具が並んでおり、『電気警棒』、『棘付きドリル』と言った現代の拷問器具も揃っている『真の拷問室』なのである。

 

 

「オラ、起きろ外道夫婦が。何時まで寝てる心算だあぁん?テメェ等みたいな外道が何時までも寝こけてんじゃねぇぞコラァ!」

 

 

其処でオータムは未だ意識が戻っていないデュノア夫妻に蹴りを入れて強制的に意識を覚醒させる。

強烈な痛みとショックで目を覚ましたデュノア夫妻は自分達の現状を理解すると、『此処は一体何処だ!?』、『私達に一体何をする気だ!』、『こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?』、『此れは犯罪だ』等と喚き立てて来たが、オータムはデュノア夫妻の顔面にメリケンサック装備の拳を容赦なく叩き込み、手始めに前歯を全て粉砕した。外道に歯は必要ないと、そう言う事なのかも知れない。

強制的に歯を失ったデュノア夫妻の顔面は何とも悲惨な事になっていたのだが、そんな事はオータムにとっては如何でも良い事であり、重要なのは此れから外道極まりないデュノア夫妻に対して如何なる拷問をもってしてドレだけの責め苦を与えてやるか、只それだけであるのだ。

 

 

「犯罪とかどの口が抜かしてやがんだテメェ等はよぉ?テメェ等のやって来た事の方がよっぽど犯罪じゃねぇか……まぁ、そのヤバい事の数々は『シャルロット・デュノアからの依頼を受けて』って事で全部フランス政府に報告してやったけどよ。

 しかしまぁ、アレだけの事やってりゃ経営が傾くのは自業自得って奴なんだが……シャルロットの奴の実母に勝手に保険金を掛けて保険金の受取人をテメェ等にして病魔に侵された彼女を見捨てて保険金を手にし、更に其の上でシャルロットにスパイ行為をさせるとか、テメェ等には罪悪感ってモノが存在しねぇのか?

 テメェ等が私腹を肥やす為にシャルロットから母親を奪った事に対して申し訳ないとは思わないのかよ?」

 

「シャルロットを身籠った事を知った時、私はアイツに『中絶しろ』と言ったにも拘らず、アイツは中絶せずに生んだ……私にとっては望まない愛人の子だ!ならば、せめて役に立って貰わねば割に合わないと言うモノだ!

 そして私の言う事を聞かずに勝手に子供を産んだアイツには、死んでも私達の財産を増やす位の事をして貰わねばなるまい!生きている間はそっとしておいてやった事に感謝して欲しいモノだな。」

 

「そうよ!

 あの泥棒猫の子供は、私達の為に働く事が出来る事を感謝すべきなのよ!私達が使ってやらなかったら、身寄りのないアイツはストリートチルドレンになって野垂れ死にしてたでしょうからね!」

 

 

オータムはデュノア夫妻に『罪悪感はないのか?』と問いかけたのだが、返って来たのは唾棄すべき答えであり、其れを聞いた瞬間オータムは完全に『鬼』となる。

戦闘力は極めて高いオータムだが、亡国機業内でオータムが指折りの実力者として評価されているのは、ターゲットに対する拷問の容赦のなさと、拷問で殺してしまう事がない絶妙な力加減もあるのだ――決して殺さず、しかしターゲットに地獄の苦しみは確実に味わわせると言うのは相当に恐ろしいスキルと言えるだろう。

 

 

「聞くだけ無駄だったか……ならテメェ等には相応の苦痛を味わって貰うとするぜ?

 ……テメェの外道な行いを精々後悔するんだな。先ずは此の電撃を喰らっとけ外道共が!!」

 

「「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!?」」

 

 

其れだけ言うと、オータムは電気警棒を手に取り、電圧をマックスにするとデュノア夫妻を其れで殴り付け、同時に聞くに堪えない不愉快な悲鳴が沸き上がる――ボルト数が高くともアンペア数が低ければ死ぬ事はないのだが、10万ボルトの電撃を0.1アンペアで喰らわされると瞬間に火花放電が起こり、其れを喰らった場所は一瞬で焼け焦げるのでその苦痛は想像を絶するものがあるのだ。

 

 

「此の程度で騒ぐんじゃねぇ!母親を助けて貰えなかったシャルロットが感じた辛さと苦しみはこんなモンじゃ全然足りねぇんだからなぁ!!」

 

 

其の衝撃でデュノア夫妻は一瞬で意識を失うも、オータムは其れを許さずに氷水を頭からぶっかけて強制的に覚醒させると、今度はブラックジャックを使ってボッコボコに殴り、棘付き鞭で全身に裂傷を負わせ、エアウォータガンでレモン汁入り塩水をぶっ掛け、両手の指を逆に折った上で両肩と両股関節の関節を砕き、最後は愛飲の『マルボロノーマル』、通称『赤マル』を使ってのエッグアイをブチかます!

白目の部分なので失明はしないとは言え、目を直接焼かれた激痛にデュノア夫妻は何度目になるか分からない失神状態となり、更には苦痛と恐怖が限界を迎えたらしく盛大に失禁までしてしまっていたのだった。

 

 

「デュノア社は此れで終いだろうが、テメェ等の醜態も確りと世間様に晒してやらねぇとだよな?

 精々テメェ等の愚行を後悔すると良いぜ……テメェ等には死後の地獄よりも生き地獄の方が相応しいってな!『炎上』と言う名の現代の灼熱地獄に焼かれて死にやがれってなモンだぜ!

 クククク……ハハハハハ……ハァッハッハッハッハ!!」

 

 

その様を写真に収めたオータムはサディスティックな笑みを浮かべると、其れを匿名でインターネットの暴露系掲示板にアップし、そして其れは瞬く間に拡散されると同時に、フランス政府がデュノア社の不正の証拠を世間に向けて発表し、『デュノア夫妻の資産は凍結し、此れを没収し、デュノア社は取り潰しとする』との決定をした事でデュノア社とデュノア夫妻に対してのバッシングが燃え上がり、あっと言う間にデュノア社の株は暴落して資産価値がゼロとなり、デュノア夫妻の個人資産は差し押さえられ、デュノア社はオータムとマドカが乗り込んでからの僅か数時間で事実上の倒産となり、永久に此の世界から其の存在を抹消されたのだった。

 

そしてデュノア夫妻はオータムによる目一杯の拷問を喰らった後に醜態を世間に晒し、そして最終的にはパリの警察署前に転がされているところを発見され、その場で逮捕となり、後日治療後に裁判に掛けられる事になったのだが、死刑制度がないフランスは犯した罪夫々の合算による累計の懲役刑となっており、デュノア夫妻には『粉飾決算』、『政府への虚偽報告』、『スパイ行為の強要』、『社員への不正労働』、etc……etc……その他色々積み重なって最終的には『懲役二十万四千五百九十二年』と言う、現在の『確定した懲役刑のギネス記録』を更に十万年以上超えた懲役刑が科せられる事になったのだった――死刑がないとは言え、この懲役は事実上の死刑と言えるだろう。この刑期を生きて終える事が出来る人間は存在しないのだから――もしも刑期を満了出来たとしたら、其れはもう人間ではなく、限りなく人間に近い人間ではない何かだろう。

 

些か過剰なやり方だったかも知れないが、此れ位やらなければシャルロットの父と義母に対する怒りは治まらないだろうから、此処まで徹底したのが正解だったと言えるのである。

 

 

「改めて、お前だけは敵に回したくないと実感したよオータム……其の容赦の無さは正直私でも勝てそうにないからな。」

 

「拷問してる時のお前が活き活きし過ぎていて若干引いたぞ……お前、間違いなくドSだろ?」

 

「其れは否定しねぇよ……つーか、サディストじゃねぇと此の仕事は務まらねぇってモンだぜ?

 だけどまぁデカい仕事終えて即日ボーナス出たから、今日はオレの奢りで夕飯御馳走してやるよ。寿司と焼き肉、どっちが良い?其れともステーキか高級フレンチがお望みか?」

 

「「其処は寿司一択で。」」

 

 

臨時ボーナスが入ったオータムは、マドカとナツキを連れてパリにある『寿司バー藤堂』に赴き、最高級の寿司と日本酒を堪能したのだった。マドカとナツキは未成年なのでジュースだったのだが。

何にしても、オータムは夏月からの依頼を完璧に遂行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

時は学年別タッグトーナメントが終わった時間に戻り、学年別タッグトーナメントは、一年生の部は夏月とロランのペアが優勝し、二年生の部は楯無とダリルのペアが決勝でグリフィンとサラのペアを下して優勝し、三年生の部は……アメリカの国家代表の『サラ・アーノルド』とイタリアの国家代表の『ロザリア・トルナドーレ』のペアが優勝を決めていた。

 

その学年別トーナメントが終わった後で……

 

 

「此処は……知らない天井だ。」

 

 

ラウラは保健室で目を覚まし、お約束のネタをかましていた。此れも副隊長の入れ知恵なのだろうが。

 

 

「私は一体……取り敢えず起きねば……!?」

 

 

取り敢えず起きた方が良いと思ったラウラは、ベッドから起き上がろうとしたのだが、その瞬間に全身に凄まじい激痛が走り、再びベッドに其の身を横たわらせる事となったのだ……VTSによって強制的に現役時代の千冬の動きを再現させられたラウラの身体は限界を超えて、言うなれば『全身筋肉痛』の状態になっていたのだ。

 

 

「あらあら、無理は禁物よラウラちゃん……でも、目が醒めて良かったわ。」

 

「更識、生徒会長……」

 

 

其処にやって来たのは楯無で、現状を理解出来ていないラウラに対して一体何が起こったのかを説明し、『裏ラウラが夏月に圧倒された果てに、専用機に密かに搭載されてたVTSが暴走した』と言う事を伝え、『其れは織斑君が何とかしてくれた』と言う事も伝えた――夏月とロランの活躍を敢えて伝えなかったのは、其れを伝える事で夏月に対してラウラが恋愛方面での好意を抱く事を阻止した結果だろう……同時に、秋五に対するラウラの好意が増大する事を狙ったのだ。

楯無も夏月に好意を抱いているので、ラウラの秋五に対する恋心を応援しつつ、夏月に好意を向けないようにすると言う高度な駆け引きをした訳である――第十七代目『更識楯無』は、歴代の『楯無』の中でも、特に優秀であるのかもしれない。

 

 

「秋五が、私を……?」

 

「織斑君は貴女の事を助けようと必死になっていたわ……少なくとも、織斑君にとって、貴方は箒ちゃんやセシリアちゃんと同レベルの存在であるのは間違い無いと言えると思うわよ。」

 

「そう、か。

 そう言えば、不思議な夢を見ていたような気がする……古戦場のような場所でもう一人の私に殺されそうになっていた私の事を秋五が助けてくれた――だけでなく、『お前はラウラには必要のない存在だ』と言ってもう一人の私を両断し、そして消し去ってしまったのだ。

 そして現実に、今はもう一人の私の存在を感じる事は出来ない……アレは只の夢ではなかったのだろうか?」

 

「さぁ、其れは分からないわ……仮にISが関係しているのだとしたら、束博士に聞けば分かるかも知れないけどね?」

 

 

精神世界での事をラウラは夢だと思っていたようだが、その夢の中で秋五によって抹消させられた裏ラウラの存在を現実でも感じる事が出来なくなったと言うのは奇妙な事だろう――尤も、『此れでもう人格が変わる事はないか』と安堵していたが。

 

 

「其れで話は変わるけれどラウラちゃん、今の貴女にとって織斑先生はどんな存在なのかしら?矢張りどん底に居た自分を掬い上げてくれた恩人の教官かしら?」

 

「いや……もう一人の私も言っていたが、私はもう教官の言う事を手放しで信じる事が出来なくなっている。

 仕事だったからとは言えどん底に居た私を今の地位まで引き上げてくれた事には感謝しているが、その結果としてもう一人の私が生まれた……だけでなく、私も自分で学園での教官の事を調べてみたのだが、その行いは大凡人として尊敬出来るモノではなかったな。

 最早理想としていた教官の姿ですら砕け散ってしまったぞ……」

 

「なら良かったわ……其れなら、もう二度と織斑先生に何か言われたとしても貴女が其れに従う事はないと言えるのだから。……あの女の力は徹底的に削ぎ落してやらないとですものね。」

 

 

一方でラウラは千冬にも見切りを付けたようだった――『一夜に勝ったら織斑の婚約者として認めてやる』と言われてやる気を爆発させたのは間違いないが、夏月とロランのタッグとの試合前に『一夜を潰せ』と言われたのはショックであり、其れが裏ラウラを表に引っ張り出すトリガーになったのだが、夏月と正々堂々真っ向勝負を望んでいたラウラにとって、此の一言は容認出来るモノではなく、結果として千冬への此れまでの思いが崩れ去るトドメの一撃となったのだった。

その千冬だが、トーナメント後の会議に於いて、夏月が提出した騎龍・黒雷の音声データから千冬が試合前にラウラに『一夜を潰せ』と言っていた事が明かされ、『ラウラ・ボーデヴィッヒは精神的な負荷が限界を超えると凶暴な第二人格が現れるので、精神的負荷は可能な限り掛けないようにする』とした取り決めに違反しているとして糾弾される結果となった。

だが千冬は『アレは一夜を潰すくらいの気概で行けと檄を飛ばしただけ』、『まさかこの程度の事で第二人格が現れるとは思わなかった』と、汚職や不倫等の不祥事が表沙汰になった政治家の様な受け答えでのらりくらりと躱していたのだが、そう言われてしまうと『そうではない』と言う決定的な証拠がない限りは追及は不可能となり、今回の事件のキーマンであったにも拘らず千冬に下されたのは『減俸』と『夏のボーナス無し』と言う極めて軽いモノだった。

とは言え、既に給与が大幅にカットされている千冬にとって此れは痛手であり、同時に今回の一件でラウラを手駒として使う事は二度と出来なくなった……千冬は自らの行いで金と手駒の両方を失うと言う結果になったのである。

此れまでも余計な事をしては手痛いしっぺ返しを喰らって来たと言うのに、其れから全く学んでいない辺りは流石のDQNヒルデ……否、最早『無能ヒルデ』と言うべきであるかも知れない。

序に、今回の一件は新聞部によってまたしても大々的に生徒達に報道される事となり、IS乙女の憧れの存在であった『ブリュンヒルデ』の幻想は、一部の狂信者を除いて木っ端微塵に粉砕されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

トーナメント終了後、真耶から『今日から男子用の大浴場が使えるようになりました』と聞かされた夏月と秋五は速攻で大浴場に突撃して、およそ一カ月半ぶりとなる本格的な風呂を堪能していた。

一応寮の部屋のシャワールームにもバスタブはあるのだが、シャワールームのバスタブは小さく、仮に湯を溜めても全身を伸ばしてゆったりと浸かる事は出来ないので、この広々とした浴槽と言うのは実に有り難いモノがあった。

加えてIS学園の大浴場の湯は、地下110mから掘り出した天然の温泉であり、pH9.5と言う超アルカリ泉で身体を温める効果が大きく、更に保温効果も高い上に筋肉痛なんかにも良く効くので、IS学園の生徒にとっては最高の風呂であると言えるだろう。

 

 

「あ~~……やっぱり広い風呂は最高だぜ……」

 

「こんな広い風呂を貸し切りとか、贅沢極まりないよね。」

 

「ワガママを言わせて貰うなら、脱衣所に自販機が欲しかったがな。」

 

「風呂上がりにはやっぱり牛乳?」

 

「牛乳も良いが、俺はやっぱりモンエナで。

 ノーマル、パンチアウトライン、カオス、マンゴーロコ、ウルトラ、アブソリュート、スーパーコーラ、ドクターと全種類揃えていてくれたら完璧だ。」

 

「……少しモンエナ中毒になってない?」

 

「かもな。新作出ると取り敢えず買っちまうし。」

 

 

その広い浴槽で最高の温泉を堪能しながら世間話をすると言うのも、一夏と秋五の頃では絶対になかった事であり、一夏が夏月になった事でやっと可能になった事であった……他愛のない世間話を普通に出来る、其れはある意味で此の上ない幸福な時間であるのかも知れない。

 

 

「時に秋五よぉ、お前ボーデヴィッヒの事はどうする心算だ?

 天下のDQNヒルデ様はボーデヴィッヒに、俺に勝ったらお前の婚約者として認めてやるとか言ってたみたいだが、裏人格の銀髪チビが出て来たとは言ってもアイツは俺に勝つ事は出来なかったんだが……」

 

「うん、確かにラウラは夏月に勝つ事は出来なかったから姉さんに僕の婚約者として認めて貰えないかも知れないけど、僕がラウラの事を婚約者とするなら何も問題はないよね?

 今回の事で、ラウラには誰か支える人が必要だと、そう思ったんだ。

 僕の事は箒やセシリアが支えてくれる……だったら僕はラウラを支えてやってもきっと罰は当たらないと思うんだ――否、僕がラウラを支えたいって、そう思ってる。

 トーナメントに向けて一緒に訓練してるうちに。常識に疎くて間違ったアニメや漫画の知識満載の、愛すべきアホの子を、僕は愛おしいと感じてしまってたんだ。」

 

「そうかい……なら、明日の朝のホームルームでボーデヴィッヒに其れを伝えるってのは如何よ?間違いなくトンデモナイインパクトをブチかませると思うぜ?

 或は昼休みに放送室をジャックして学園の全校生徒に向けて公開『ボーデヴィッヒは俺の嫁宣言』をしてみるか?……放送室ジャックしなくても、楯無さんに頼めば放送室を貸切る位は余裕だけどな。」

 

「前者は兎も角、後者は遠慮しておくよ……と言うか、其れは職権乱用だよ夏月?」

 

「使える権力は使える時に用法容量を守って正しく使いましょうってな。」

 

 

千冬の出した条件をクリア出来なかったのでラウラは千冬には秋五の婚約者としては認められない可能性が高いのだが、千冬が認めずとも秋五がラウラの事を『己の婚約者』として選ぶとなれば話は別であり、秋五はそうする心算でいたのだ。秋五自身がラウラを選んだのならば千冬が認めようと認めまいと、そんな事は一切関係ないのである。

勿論その事を箒達に話さねばならないが、秋五の人柄を知る箒達が其れに異を唱える事はないだろう――現実に、入浴後に自室にセシリア、シャルロット、オニールを呼んでその事を伝えたら、異口同音に了承してくれたのだから。

 

其れとは別に、夏月と秋五は風呂を楽しみながら雑談を続けていたのだが、夏月が秋五に『そう言えばお前と箒達って何処まで行ってんの?』と聞かれた際には秋五は何とか誤魔化そうとしたのだが、結局夏月からの追及を逃げ切る事が出来ず、箒とセシリアとは一線を越えた事を白状する事になったのだった。

此れも男子二人きりと言う状況だからこそ出来た事であり、女子が居る場所でこんな話題を振ったら速攻でドン引きされる事だろう――そう言う意味では男子に大浴場が解放されたのは、『男子だけでしか出来ない会話が出来る場所』が出来たとも言えるので、夏月と秋五にとっては此れも有り難い事と言えるのかもしれない。

 

 

「学園の生徒最強の爆乳は如何だったか一言。」

 

「此の上なくデカくて柔らかかったです!箒の胸には海神の巫女も真っ青でした!」

 

 

男子のアホな会話全開だったが、其れでもこのお風呂タイムは夏月にも秋五にも楽しい時間であったのは間違いなかった。

そして其れだけでなく、入浴後に夏月がスマホにオータムからのメールが来ていたのを確認し、『デュノア社は片付けた』との事を知り、其れを秋五にも伝え、秋五は自室に戻ると其れをシャルロットに伝えるのだった。

……そのデュノア社の崩壊が、翌日のホームルームでトンデモナイサプライズを引き起こす事になるとは、この時は誰も想像してなかっただろうが。

 

 

そんな最高とも言えるお風呂タイムを終えて自室に戻って来た夏月だったのだが……

 

 

「ヤッホー、待ってたよカゲ君!お風呂堪能して来た?広いお風呂って、やっぱり良いよね~~♪」

 

「…………」

 

 

扉を開けると、リオのカーニバルを思わせる布面積が滅茶苦茶小さい衣装を纏ったグリフィンがお出迎えをしてくれた……此れまで楯無とロランが裸エプロンでお出迎えしてくれたので、大抵の事では驚かない夏月だったのだが、今回のグリフィンは斜め上の衣装だったので瞬間的に思考がフリーズし、本能的に秒で扉を閉めて一度クールダウンし、もう一度扉を開ける。

 

 

「カーニバルの衣装じゃ不満だった?」

 

「…………」

 

 

今度は腹部が大きく開いたセクシーなスポーツタイプの水着を着たグリフィンがお出迎え……本来の同室相手であるロランは本日は別室にお泊りに言っている事は最早確定だが、夏月は再び扉を閉め、思考をクリアにする為に深呼吸をしてから三度目の扉オープン!

 

 

「もしかして、此れがお望みだったのかな?」

 

 

そして其処には下着姿のグリフィンが。

褐色の肌に白い下着のコントラストはインパクトがハンパなく、更にはグリフィンの健康的な肉体と美しいプロポーション&ボディラインを際立たせており、其れを見た瞬間に夏月の理性が音を立てて粉砕され、夏月は扉を閉めて後手で鍵を閉めると、グリフィンをお姫様抱っこしてベッドまで運び優しくベッドに下ろしてから其の上に覆い被さり、そしてキスを落とす。

そのキスは所謂『大人の深いキス』であり、キスを終えた夏月とグリフィンの間には銀の糸が出来ていた。

 

 

「お姫様抱っこでベッドに運んで、其のままキスって……カゲ君意外と肉食系?」

 

「まぁ、どっちかって言うと肉食系だろうな俺は。

 普段なら安い挑発には乗らないんだけど、そんな挑発されちまったら話は別……其の挑発に乗らないって選択肢は存在しないぜグリ先輩……こうなった以上、俺はもう止まらないから覚悟しろよ?」

 

「うん……だけど、今はグリフィンって呼んで欲しいかなカゲ君?」

 

「なら俺の事も夏月って呼んでくれよグリフィン。」

 

「うん……来て、夏月。君の愛を私に頂戴?」

 

「言われなくともその心算だ……愛してるよ、グリフィン。」

 

「私も愛してるよ夏月。」

 

 

そして其処からは恋人同士の甘い夜の幕開けとなり、夏月とグリフィンは夜が深くなるにつれ激しく求め合い、そして深く愛し合い、その愛と絆はより強く深くなったのだった。

 

こうして学年別トーナメントは裏ラウラとVTSの暴走と言うハプニングはあれど、其れ以外は問題なく終わり、そしてトーナメントの翌日に、一年一組には二つのビッグサプライズが投下され、生徒達を大いに驚かせる事になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode36『Geburtstagsfeier mit ihm nach dem Turnier』

トーナメント後の平和な日常、なのか?By夏月     まぁ、平和と言って良いんじゃないかしらね?By楯無    圧倒的平和は何物にも代え難いねByロラン


タッグトーナメントの翌日の朝、何時も通り目を覚ました夏月はグリフィンを起こさないようにベッドから出ると、日課である早朝トレーニングに繰り出して行った……昨晩はグリフィンと恋人同士の甘い夜を過ごしたのだが、グリフィンが肉食系女子であり、更にラテンのノリで夏月は盛大に搾り取られる結果となったのだが、其れでもこうして日課である早朝トレーニングを行えるのだから、夏月も大概絶倫であると言えるだろう。

 

トレーニングを終えて自室に戻って来た時にはグリフィンも目を覚ましてシャワーを浴びているようだったので、其の間に夏月は朝食の準備と弁当作りを略同時に行うと言う離れ業を見せ、グリフィンがシャワーを浴び終えて部屋に戻ってくる頃には見事な朝食が出来上がっていた。

 

 

「いっつもお弁当作って貰ってるけど、そう言えばカゲ君の料理の出来立てを食べるのって初めてかも。」

 

「俺の部屋にお泊りすると、もれなく一夜夏月特製の朝ご飯が付いて来ますってな。」

 

「この朝ご飯、ロランは毎日食べられるんだよねぇ?……な~んか、其れってちょっとズルい気がするなぁ。」

 

「ハハ、ソイツは同室の特権って奴だろ?まぁ良いじゃんか、将来的には毎日食べられるようになる訳なんだからさ。」

 

「……其れもそっか♪」

 

 

さて本日の朝食メニューは、『発芽玄米ご飯』、『鰆の塩こうじ漬けのグリル焼き』、『ネギ、カブ、なめこ、コロコロ厚揚げ、とろろ昆布の味噌汁』、『納豆(卵黄、フライドオニオン、パルメザンチーズ、オリーブオイル、粉末丸鳥ガラスープトッピング)』、『カブの葉っぱの辛し和え』である。

基本的には和食なのだが、その中で納豆のトッピングが洋風だが、此れは夏月が『カルボナーラ風の味付けにしてみるか』と試しにやってみたところ、意外な位に美味しかったので納豆のトッピングバリエーションとして見事に採用されたモノであったりする。

 

 

「納豆をこんな風に食べるのは初めてだけど、此れは思った以上に美味しいね?」

 

「納豆もチーズも発酵食品だからな。発酵食品に発酵食品の組み合わせは基本的に美味。ヨーグルトに味噌を合わせたのは肉漬けても魚漬けても旨いからな。

 てかグリ先輩納豆平気なんだな?」

 

「ん~~、私だけじゃなくてブラジルの人って大抵納豆平気な人が多いんだよね?

 ブラジルって南米でも日系の人が多い国でさ、結構日本の食文化が普通に普段の食卓に上がる事も珍しくないんだ――で、納豆って割と安価で栄養満点でしょ?

 私が育った孤児院でも結構ご飯の時に出てたんだよ。だから全然平気。納豆以外にもイカの塩辛とか好きだし。」

 

「イカの塩辛か……刺し身で食べられるイカが一杯丸ごと手に入ったら手作りしてみるか。」

 

「おぉ、其れはちょっと楽しみ!

 其れは其れとして、ドイツの眼帯ちゃんは大丈夫かな?機体の暴走で結構無理したみたいだし、其れに織斑君との事も……」

 

「身体の方は多分大丈夫じゃないか?

 無理した事で全身筋肉痛にはなってるだろうけど、現役軍人なら回復も早いだろうしな……秋五との事も、秋五が昨日、『ラウラの事を僕の婚約者にしようと思う』って言ってたから問題ないと思うぜ。」

 

「そっか、なら安心だね……一抹の不安は、織斑君が眼帯ちゃんを婚約者に指名したら、織斑先生が何をしでかすか分かったモノじゃない事だけどね……」

 

「秋五が自分の意思で決定した事に異を唱えて彼是言って来たら、その時点で秋五はアイツを見限るだろうな……そんでもってそうなったその時は、俺が伊集院先生張りの鉄拳でアイツの歯を全部ぶち折るぜ。

 『外道に歯があるのは違和感を覚える』ならぬ、『DQNに歯があるのは違和感を覚える』ってな。」

 

「流石は拷問ソムリエの伊集院先生、言う事が違うね……ヤクザもビビるだけの事はある。」

 

 

少しばかり物騒な発言もあったが、夏月とグリフィンは平和な朝食タイムを過ごし、食後は日本茶で一息入れた後に制服に着替えて(勿論夏月はシャワールームで着替えた)本日も学園生活のスタートだ。

因みに食堂で朝食を摂った生徒達は食堂に設置されているテレビで流れていたニュースで『フランスのデュノア社の社長夫妻が逮捕され、デュノア社が倒産した』と言うニュースを聞いて驚いていた――そのデュノア社から『三人目の男性操縦者』と言う触れ込みでやって来たシャルロットが居る一年一組の生徒は余計にだ。

そして、このニュースが此の日の爆弾の一つと密接に関係している事には、シャルロットの真実を知る者であっても予想出来ないモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode36

『Geburtstagsfeier mit ihm nach dem Turnier』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームルーム前の一年一組の教室では登校して来たラウラがクラスメイト達にもみくちゃにされていた――ラウラの裏人格の事は周知されており、クラス対抗タッグトーナメントの対夏月&ロラン組の試合の際には裏人格が表に出ており、更には其の裏人格によってVTSが暴走した事も新聞部が発行した『学園新聞・タッグトーナメント特別号』で知る事となり、VTSの暴走で無理矢理動かされたラウラの事を心配していたのだ。

 

 

「ボーデヴィッヒさん、身体の方は大丈夫なの!?全身筋肉痛だって聞いたけど、痛い所は無い?無理しないで痛い所があったら遠慮なく言ってね!」

 

「無理してない?無理はダメだよ!?無理して動いた結果更にダメになりましたとか、そんなのは洒落にもならないからね!無理は厳禁!絶対ダメ!!」

 

「む……心配をかけてしまったようだが、大丈夫だ。

 昨日は全身筋肉痛のような状態になってしまったが、私達黒兎隊の隊員は全員が体内に治療用のナノマシンを投与されているので筋肉痛程度ならば一晩熟睡してしまえば完治するモノだからな。ドイツの化学力は世界一と言う奴だ。」

 

「よ、よかったぁ~~~!!」

 

「ボーデヴィッヒさんがダメになったとか、其れは本気で笑えないからね……無事でよかった、本当に良かったよぉ!!」

 

「って、のわぁぁぁぁぁ、抱き付くな貴様等~~!此れでは身動きが取れぬではないか~~~!!」

 

 

VTSの暴走により強制的に現役時代の千冬の動きを再現させられたラウラはその負荷に耐え切れず全身筋肉痛になっていたのだが、体内に投与されていた『治療用ナノマシン』によって一晩で完全回復し、ラウラが無事だった事を知ったクラスメイト達は全員がホッとして力が抜けていた。

ラウラは本音と共に『一年一組のマスコットキャラクター』となっており、凶暴な裏人格は兎も角、『日本のアニメ、漫画、ゲームの知識がちょっと間違ってる愛すべきアホの子』であるラウラはクラス内ではスッカリ人気者になっていたりするのだ。

 

 

「おはよう。酷い筋肉痛だって聞いてたけど……もう、動けるんだラウラ?」

 

「ウム、もう一人の私が迷惑をかけてしまったな秋五……お前を私の婚約者にするなどと言っておきながら此の体たらく……此れでは『お前を婚約者にする等と、一体どの口が言うと言う』と言うモノだ。

 アレは忘れてくれ。いっそ黒歴史にしてくれても構わん。」

 

「その事なんだけどさ……忘れてくれなんて言わないでよ。……ラウラ、君に僕の婚約者になって欲しい。」

 

 

其処に秋五が教室に入って来たのだが、ラウラの姿を認めた秋五は、ラウラの身体を気遣った後に特大の爆弾を落としてくれた――確かに昨晩、大浴場で夏月から『明日のホームルームでボーデヴィッヒを婚約者に指名するか?』との選択肢を提示されてはいたが、まさかホームルーム前にやるとは夏月ですら予想しなかっただろう――実際にこの光景を見た夏月は『俺の提示の斜め上を行きやがったが』と言った、驚きながらも此の状況を楽しんでいる表情を浮かべていたのだが。

 

 

「そ、それは私としては嬉しい事だが……だがしかし、私は教官が私をお前の婚約者として認める条件を、『タッグトーナメントで一夜夏月に勝つ』と言う条件を達成する事が出来なかった……そうであるならば私にお前の婚約者になる資格は……」

 

「其れはあくまでも姉さんが出した条件でしょ?

 僕はそんなモノは関係なく、ラウラに僕の婚約者になって欲しいって思ったんだ――僕が決めたのなら姉さんが其処に彼是言う余地はないんだよ……『男性操縦者重婚法』に於いて、婚約相手の最終的な決定権は僕と夏月にあるんだからね。

 其の上で僕は君に僕の婚約者になって欲しいって思ったんだけど……ダメかな?」

 

「だ、ダメな筈がないだろう!寧ろ願ったりだ……その、不束者ではありますが宜しくお願いします!」

 

 

秋五からの申し出を聞いたラウラは、其の場に正座すると三つ指を付いて秋五に頭を下げた……此処でも若干間違った日本の知識が爆裂披露されたのだが、一年一組では『ラウラの間違った日本知識は愛すべきアホの子の要素』との認識だったので其処には誰にも突っ込まなかったが、其れ以上に秋五がラウラに『僕の婚約者になって欲しい』と言った事の方が衝撃的であり、ラウラが三つ指を付いてその申し出を受けた瞬間に、一組からは黄色い声が此れでもかと言う位に沸き上がり、その声量によって窓ガラスに罅が入ったくらいだ。

 

 

「女子のパワーはマジでスゲェな?

 このパワーを物理的に取り出してエネルギーに変換したら、多分原発なんぞ目じゃないレベルのエネルギーを得る事が出来るんじゃないかと思うのは俺だけか?

 これぞ正にクリーンなエネルギーだと思うんだけどな。」

 

「其れは私も思っているよ夏月……私の『九十九人の恋人達』のエネルギーも凄まじいモノがあるからね?」

 

「九十九人の恋人?……浮気じゃねぇよな?」

 

「浮気な筈がないだろう?

 私は舞台では『男役』、『男装の麗人』を演じる事が多かった事で、男性よりも女性のファンの方が圧倒的に多いんだが、その中でも特に熱狂的なファンの事を『九十九人の恋人』と呼んでいるのさ。

 因みに君は『唯一無二の生涯のパートナー』だよ夏月。」

 

「さよか。唯一無二の生涯のパートナーか……ソイツは最高の称号だぜ。」

 

 

ともあれ、ラウラは無事に秋五の婚約者となったのだった。

『僕の事は箒達が支えてくれるから、君の事は僕が支えるよ』と言うのは此の上にない殺し文句であり、其れを聞いたラウラはハートにキューピットの矢が新たに百本突き刺さり、完全に秋五に魅了されてしまったようだった。

 

其れから程なく朝のホームルームが始まり、真耶と千冬が教室に入って来たのだが、真耶の顔は何処か疲れているように見えた――昨晩の教員会議で疲れているのは間違いないのだが、其れだけではないようである。

 

 

「今日は皆さんに転校生……と言って良いのかは自分でも疑問なのですが、新たなお友達を紹介します。」

 

「フランスから来ましたシャルロット・デュノアです。」

 

 

その原因はフランスの腹黒王子こと、シャルロット・デュノアだった。

昨晩秋五から『デュノア社の社長夫婦逮捕』と、『デュノア社の倒産』を知ったシャルロットは、その日の内に真耶に事の次第を打ち明け、改めて『シャルロット・デュノア』として編入すると言う事を伝えていたのだが……余りの急展開に、真耶も対応が後手後手に回る羽目になり、今日の早朝に何とか編入手続きを追わらせると言う相当極まりない激務をこなしたので其れは疲れると言うモノだろう――尤も此れは本来、『まだ』一組の担任である千冬の仕事であるのだが、今回もまた御多聞に漏れず真耶に丸投げしたようである。

 

尤もシャルロットを三人目の男子として疑っていなかった生徒にとっては此れは凄まじい爆弾であり、同時に『三人目の男子』と言う幻想が崩れ去ったのだが、しかし其れ以上にシャルロットの事を心配する声が多かったのも事実だ。

今朝のニュースで『デュノア社の社長夫婦逮捕』、『デュノア社の倒産』は誰もが知っていたので、シャルロットにも何らかの影響があるのではないかと心配していたのだが――

 

 

「デュノア社が倒産したとか、其れは僕にとっては如何でも良い事なんだよね――そもそもにして、母さんを見殺しにした奴がどうなろうと知った事じゃないんだよ。

 精々、地獄を味わえば良いと思うよ。」

 

 

黒い笑みを浮かべてサムズダウンしたシャルロットに対してクラスメイト達は其れ以上は何も言えなかった――と同時に、シャルロットとデュノア社の間には途轍もない軋轢が存在していたのだと言う事も理解させられたのだった。

其れと同時にシャルロットの内に秘めた黒さもクラスメイト達に知れ渡る事になったのだ……腹黒王子は腹黒プリンセスであったのである。

 

そして其のままホームルームは終わって授業になったのだが、本日の一組の四時限目は体育で内容は『学園島一周マラソン』だったのだが、誰が言ったのか、『夏月チームと秋五チームによるリレー勝負』に授業内容が変わり、夏月と秋五は夫々の婚約者を入れたチームを作って、そしてリレー勝負となったのだった。

 

夏月チームに夏月の婚約者がロラン一人(残るメンバーは本音、静寐、ナギ)なのに対し、秋五のチームは秋五の婚約者がオニールを除いて全員が居る上に、箒以外は何れも代表候補生以上なので秋五組が圧倒するかと思いきや、後半でバトンを渡されたロランが秋五組のセミアンカーに追いつき、そしてデッドヒートの末に同時にアンカーにバトンを渡し、アンカーの夏月と秋五のデッドヒートは、正に『手に汗握る』展開となり、最後は夏月がまさかの幅跳びの要領で跳躍して強引に一位を獲得して、秋五に見事な勝利を収めたのだった。

 

 

話は前後するが、日本時間の正午に、ドイツが『ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑秋五の婚約』を、フランスが『シャルロット・デュノアと織斑秋五の婚約』を夫々発表し、二人は自国政府公認の元、正式に秋五の婚約者となった――ラウラに関しては、千冬が『アイツは私が出した条件をクリア出来なかったのだが、秋五自身がボーデヴィッヒを選んだのであれば仕方あるまい。』と、可成り不満そうであったが受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其処からは平穏な日々が続き、やって来た五月二十二日。

その日の放課後、夏月を除いた『夏月の嫁ズ』は楯無からのグループラインを受け取って、放課後の生徒会室に集まっていたのだ――呼び出した楯無は、生徒会長の机で、『某指令』の様なポーズをとっていたが。

 

 

「さて、明日はいよいよ夏月の誕生日な訳だけど……皆、プレゼントは買ってあるわよね?」

 

 

その楯無が開口一番言って来たのが此れだった。

スコールは『一夜夏月』の戸籍を作る際、その生年月日を五月二十三日に設定しており、明日が正に誕生日当日なのである――如何して五月二十三日なのかを夏月はスコールに訊ねたのだが、スコール曰く『特に理由はないけど、頭にパッと浮かんだ』との事で、言うなれば直感的に其れが良いと思ったと言う事なのだろう。

ともあれ、明日は夏月の誕生日なので楯無は皆に『プレゼントは買ってあるのか?』と尋ねたのだが、其れに対する答えは全員が『Yes』であり、プレゼントは楯無が『京都の刀鍛冶が作った高級包丁セット』、簪が『MGEXユニコーンガンダム』、ロランが『ワニ革の財布』、ヴィシュヌが『革製のチョーカー』、グリフィンが『武藤敬司プロレス名勝負列伝』のBR、鈴が『DAIGOの台所の番組ロゴが入ったエプロン』、乱が『ガールズ&パンツァーのアニメBRコンプリートセット』、ファニールが『オーダーメイドの万年筆』と見事にバラけていたのでプレゼントが被る心配はなかった。

そして誕生日となれば当然の如く誕生パーティな訳であり、夏月の誕生パーティは此れまでも更識の家で行われていたのだが、今年はIS学園に居ると言う事もあって少しばかり勝手が異なってくるだろう――パーティの開催場所にしても、寮の部屋では全員が入るには些か狭いのだから。

 

 

「夏月の誕生パーティを開くと言うのは諸手を上げて賛成だが、何処で行うんだいタテナシ?寮の部屋では些か狭いだろう?

 ……まさかとは思うけれど、生徒会室で行う心算じゃないだろうね?確かに此処ならば広さ的には全員入っても問題ないとは思うのだが。」

 

「まさか、そんな事は考えていないわ。

 誰かに聞かれたくない話をするのなら兎も角として、生徒会室を私的に使ったとなったら流石に問題だからね……因みに今日の事は夏月君には聞かれたくない事だからギリギリセーフよ。反則ギリギリのグレーゾーンだけれどね。

 でも、パーティ会場に関してはもう確保してあるから安心して良いわ――『e-スポーツ部』の部室を使えるから。

 山田先生に事情を説明して使用の許可を申請したらアッサリと許可してくれたからね……『其れなら思い切り一夜君の誕生日を祝ってあげて下さい』とまで言ってくれたし、山田先生って実は天使なのかしら?」

 

「山田先生はマジ天使っしょ……あの胸の無駄な脂肪の塊だけはアタシにとっては絶対的に敵だけどね。」

 

「お姉ちゃん、落ち着いて。女は胸じゃないよ!」

 

「年下のくせにアタシよりデカいアンタが言っても一切合切説得力皆無なのよ乱!……ヴィシュヌ、アンタのその胸を10%で良いからアタシに寄こせ!マジ寄こせ!」

 

「えっと……無理です。」

 

 

真耶の粋な計らいにより夏月の誕生日パーティは『e-スポーツ部の部室』で行われる事になったのだが、会場の確保以上に必要となるのが、『誕生日パーティを夏月に悟られない』と言う事だ。

更識の家に居た頃は、誕生パーティ当日には先代の楯無である総一郎が夏月に特別訓練を行ったり、楯無と簪がショッピングに連れ出したりして夏月に誕生日パーティを悟られないようにして来たのだが、孤島にあるIS学園では其れも難しい事であり、如何にして夏月に悟られないようにするかも大事な事であり、其れには学園島から夏月を連れ出すのが上策なのだが……

 

 

「夏月君にはパーティを内緒にしておきたいから当日は学園島から連れ出すのが上策なのだけれど……その任務は、貴女に任せるわファニールちゃん。」

 

「えぇ、私!?」

 

 

その最重要任務に於いて白羽の矢が立ったのはファニールだった。

普通に考えれば夏月の嫁ズで最年少のファニールにこの任務を任せるのはミスキャストなのだが、ファニールはゴールデンウィーク後に夏月の婚約者となったので嫁ズの中で唯一夏月とのデートをしていないので夏月を学園島から連れ出す事でデートが出来て、更にファニールはカナダだけでなく世界的に大人気の実力派アイドルであり、妹のオニールと共に歌とパフォーマンスだけでなく演技力も高く評価されているので夏月を学園島から連れ出すには此の上なく適任の人材だったと言う訳である――若干十二歳にして此の実力は、末恐ろしいモノがあると言っても罰は当たるまい。

 

其れ等を楯無がファニールに説明し、その説明を聞いたファニールも、『そう言う事なら任せなさい!』と了承し、最終的には『ファニールが夏月を連れ出している間にパーティの準備を完遂する』と言う事で決着し、夏月の誕生日パーティは準備される事になったのだった。

 

そして其の日の夕食時に、ファニールが夏月に『明日のデート』を申し込み、夏月も其れを了承した事で、ファニールのミッションは先ずは略成功したと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日五月二十三日、夏月は例によって待ち合わせの十五分前にはモノレールの駅に来ており、これまたスマホの『マスターデュエル』で並み居る強カテゴリーデッキを相手に、『好きなカードで作ったデッキ』で連勝街道を突っ走ていた。

『スターダスト系全部ぶっこみました』なシンクロデッキを使って連勝数を伸ばしていた所にファニールが現れ、其処からデートスタート。

本日の夏月のコーディネートは、ライトグレーのダメージジーンズに背中に銀で『鬼神』と入った黒いTシャツで、ファニールは『袖なしのセーラー服』と言うべきトップスにホットパンツを合わせ、ホットパンツのベルト通しに巻きスカートのベルトを通して右足だけを覆うように巻きスカートを装着し、アイドルだとバレないように変装用の伊達眼鏡を装備である。

 

 

「鬼神……アンタにはピッタリかもね?」

 

「ファニールも、良く似合ってるぜ其れ。」

 

 

合流した二人はモノレールで本土に移動すると早速デート開始……なのだが、傍目には其の姿は『仲の良い兄妹の休日のお出掛け』にしか見えないのは致し方ない事だろう。普通にデートしているように見えるようになるには後三年ほど必要であるのかもしれない。

其れは其れとして、デートとは言っても昨日の今日なので夏月もファニールもデート内容は決めておらず、その時々で適宜楽しむと言う感じで先ずは適当に街をぶらつく事にしたのだが――

 

 

「おぉ、傷の兄ちゃん!ゴールデンウィーク以来だな!」

 

「露店商のオッサン!久しぶりだな、儲かってるか?」

 

「ボチボチってところだな。」

 

 

此処でゴールデンウィーク中になんと七日間連続でエンカウントしたシルバーアクセサリーの露店商と久しぶりのエンカウント。

露店商はファニールを見て『妹さんかい?』と聞いて来たが、其れに対し夏月は『ゴールデンウィーク後に追加された八人目の嫁だ』と説明し、露店商は『こんな子供が嫁って、傷の兄ちゃんもしかしてロリ……』と言い掛けたのだが、『其れ以上言ったら顔面変形しちゃうぜオッサン♪』と笑顔の中に凄まじい殺気を込めた夏月に言われ、言い掛けた言葉を強引に飲み込む事となった……滅多な事は言うモノはないと言う教訓である。

とは言え、出会った以上何も買わないと言う選択肢は無いので、夏月はファニールとお揃いのチェーンブレスレットを購入し、留め具の部分に其々名前を刻印して貰った――その際に、ファニールの正体がバレて露店商がサインを求めたのはご愛敬と言ったところか。

 

其の後はゲームセンターのアミューズメントゲームで夏月が賞品を獲得しまくり、ファニールが『ビートマニア』、『ダンスダンスレヴォリューション』、『太鼓の達人』等のリズムゲームの最高難易度をクリアしまくってランキングを塗り替え、ドラムとピアノのセッションが出来る『ジャムセッション(オリゲー)』では、夏月がドラムを、ファニールがピアノを担当してノーマルでも鬼畜難易度と言われている『Finderkeepers』を最高難易度で、しかもノーミスでクリアすると言う離れ業をやって見せてギャラリーを湧かせていた――序にパンチングマシーンに挑戦した夏月が、右ストレート、右正拳突きでトンデモナイ記録を出し、最後の三発目はワンインチパンチを繰り出して『測定不能』と言うトンデモ記録を叩き出していた。『本気で固めた俺の拳はダイヤモンドよりも硬い』と言うのは伊達ではないようである。

 

ゲームセンターで遊んだ後は良い時間になったので、ファニールの希望で『お好み焼き屋』に入り、夏月は『海鮮ミックス』を、ファニールはある意味でお好み焼きの基本とも言える『ぶた玉』を注文し、そして夏月が見事な焼きっぷりを見せてくれた。

片面に丁度良い焦げ目が付いた所でひっくり返し、暫く経ったところでもう一度ひっくり返して良い感じに焦げ目が付いたのを確認すると、敢えて鉄板に零れるようにソースを掛けて鉄板でソースを焦がして香ばしさを引き出し、其処にすかさずカツオ節を振り掛けヘラで細かく切り分け、切り分けた後でマヨネーズをトッピングしてターンエンド……ではなく、ファニールにヘラでの食べ方も教える事も忘れない。お好み焼きはヘラで食べてナンボなのである。

そしてお好み焼きを堪能した後は締めの『焼きラーメン』だ。

焼きラーメンと言えば豚骨が王道なのだが、ソースとマヨネーズの濃い味付けのお好み焼きの後では豚骨では味が薄く感じてしまうと言う事で、ノーマルな豚骨ではなく味噌豚骨にしたのは正解だろう……その味噌豚骨に『ナルトの一楽監修』と書いてあったのがなんともアレだが。

 

 

「はぁ~~……話には聞いてたけど想像以上に美味しかったわお好み焼きと焼きラーメン。今度はタコ焼きを食べてみたいわね。」

 

「タコ焼きなら、タコ焼き用の鉄板あるから今度作ってやろうか?俺特製の揚げタコ焼きを。ソースなしでマヨネーズオンリーで食べるのが揚げタコの基本だぜ。」

 

「其れも美味しそうね……機会があればお願いしようかしら。」

 

 

ランチ後の午後の部は、カラオケボックスに突撃して、ファニールによる夏月の為の独占ライブが行われた。

『メテオ・シスターズ』の曲だけでなく、日本のアニメソングや有名歌手のヒットナンバー、果ては野球やサッカーの応援歌に至るまで、ファニールは其の歌声を惜しむ事無く披露し、夏月を楽しませてくれた。

その独占ライブのラストは、夏月とファニールがデュエットで『楽園』を歌い上げて全国ランキングトップの記録を出して終幕となった。

 

カラオケボックスを出た頃には日が傾き始めていたのでモノレールの駅から学園島に戻って来たのだが、此処でファニールは寮には戻らずに夏月を連れてe-スポーツ部の部室に向かって行った。

夏月も『何で部室に?』と不思議そうだったのだが、部室の扉を開けると――

 

 

「「「「「「「HappyBirthday、夏月!」」」」」」」

 

 

クラッカーが鳴り響き、部室の中にはテーブルに所狭しと並べられた料理と、めっちゃ気合の入ったバースデーケーキが用意されていた――ファニールが夏月をデートで学園から連れ出している間に、楯無達は夏月の誕生パーティの準備を進め、家庭科室で『フライドポテト』、『スモークサーモンとクリームチーズの春巻き』、『海鮮とトマトとアボカドのサラダ』、『ローストビーフ』、『バースデーケーキ』を作って、部室の飾りつけもしていたのだ。

用意された料理は全て美味しそうだったのだが、その中でも特に目を引いたのがバースデーケーキだろう。

三段重ねの豪華さだけでなく、クリームやフルーツのトッピングが抜群のセンスであり、メレンゲで作られたデフォルメされた夏月と嫁ズのメレンゲ菓子がケーキ全体にインパクトを追加しているのだ。

 

 

「そう言えば、今日って俺の誕生日だったっけか……ぶっちゃけ忘れてました!」

 

「自分の誕生日位覚えておきなさいな……でも、そんな訳で夏月君の誕生日パーティーを始めるわよ!」

 

 

楯無の号令で夏月の誕生日パーティが始まり、先ずはノンアルコールのシャンパンで乾杯した後に夏月がケーキのロウソクを吹き消し、プレゼントを渡してから立食パーティとなり、用意された料理は夏月が『レベル高いな』と言う程のモノであった。特にローストビーフは焼き色が見事なロゼに仕上がっており、ソース無しでホースラッディッシュオンリーで行けるほどの出来だった。

スモークサーモンとクリームチーズの春巻きも、揚げる事でクリームチーズが良い感じに溶けて、其れがスモークサーモンとの絶妙なマッチングとなっていた……スモークサーモンに火が通り過ぎないように内側になるように巻き、更に湯葉で包んだのが大正解だった様だった。

フライドポテトも出来合いの冷凍品を揚げただけでなく、オーソドックスな塩、スパイシーなカレー、粉チーズとコショーと複数のバリエーションが存在し、サラダもトマトの赤とアボカドの緑が実に良い色合いを演出し味も抜群だった。

そしてバースデーケーキだが、此れも只のケーキではなく一段目は普通のスポンジケーキで、二段目はココアスポンジケーキ、三段目はコーヒースポンジケーキとなっており、クリームも一段目は生クリーム、二段目はカスタードクリーム、三段目はマスカルポーネチーズのクリームと相当に凝ったモノになっており、夏月が満足出来る仕上がりとなっていた――嫁ズが本気を出すと色々と凄いと言うのは間違いないだろう。

 

だが、ケーキを食べてもパーティは終わらず、其の後はe-スポーツ部らしく、色々なゲーム大会で盛り上がった。

格ゲーと遊戯王では夏月が無双し、パズルゲームでは簪が最強列伝、リズムゲームではファニールが絶対無敵だったのだが、其れでも各種ゲームを夫々が心行くまで楽しみ、パーティの最後には夏月のスマホを使ってタイマーセットをして集合写真を撮影してターンエンド。

中央で腕組しながらサムズアップする夏月の右側に楯無、左側にロランが陣取り、夏月の後にヴィシュヌとグリフィン、夏月の前に鈴と乱が座ってピースサインをして簪とファニールはヴィシュヌの横でフュージョンのポーズを決めていた……簪とファニールに若干の突っ込みがありそうだが、此れは此れで良い記念写真になったのは間違いないだろう。

 

 

「皆、ありがとな……最高の誕生日になったよ。」

 

 

記念撮影の後で、夏月が嫁ズに感謝の意を伝えて夏月の誕生日パーティはお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日パーティが終わった後、夏月は大浴場で一風呂浴びて、風呂後に入浴前に売店で購入しておいた『モンスターエナジー・アブソリュートゼロシュガー』、略して『モンエナ・アブゼロ』を一気に飲み干して寮の自室に戻って来たのだが、扉を開けるとロランの姿はなく、代わりに途轍もなく巨大な段ボール箱があった。

其れは巨大ながら綺麗にラッピングされ、ご丁寧に『夏月へのバースデープレゼント』とのメッセージカードが貼り付けられていたので、夏月としても無視する事は出来ずにラッピングを解いて箱を開けたのだが……

 

 

「その、HappyBirthdayです夏月。」

 

 

箱の中に入っていたのはリボンで局所を隠すようにラッピングされたヴィシュヌだった。

このまさかの展開に夏月の思考は暫し宇宙の彼方のブラックホールまで旅してしまったのだが、秒で思考を取り戻すとヴィシュヌに『なにやってんだ?てか、如何してこうなった?』と聞き、其れに対して返って来た答えは『くじ引きで誰が夏月のプレゼントになるのかを決めた結果、私になりました』と言うモノだった……『プレゼントは私』はある意味で王道展開であり、其れを言い出したのは間違いなく楯無だろうが、その結果として嫁ズ一番のプロポーションを誇るヴィシュヌが夏月へのプレゼントになったのは、ある意味では最高の結果であったのかもしれない。羞恥心で顔を赤らめたヴィシュヌも可成りポイントが高いと言えるだろう。

 

 

「ヴィシュヌ……此れは流石に破壊力が最上級能力を発動したオベリスクだぜ……最高の誕生日プレゼント、有り難く頂くぜ。」

 

「夏月……貴方の愛を、私に下さい……そして私の全てを貰って下さい……」

 

「勿論、その心算だぜヴィシュヌ……最高のバースデープレゼントに感謝、だな。」

 

 

そのヴィシュヌをお姫様抱っこして箱から出すと、優しくベッドに下ろしそしてシャツとジャージを脱ぐとヴィシュヌに覆い被さってキスを交わし、そして其のまま恋人達の甘い夜に突入し、夏月とヴィシュヌの愛と絆もより強く深いモノになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、束は『箒の誕生日プレゼント』の制作に精を出していたのだが、其処で思いもよらぬデータを発見していた――其れは白騎士事件の際の白騎士のコアデータのログであり、箒の誕生日プレゼント用のISコアを新たに作ろうとして気付いたモノだったのだが、そのログには白騎士事件からの三年間で束でも知る事がなかった白騎士事件の真の真相に至るモノが記録されていた。

 

 

「ふむふむ此れは……んん?って此れは……この白騎士のコアのログが正しいとしたら、織斑千冬は……ちーちゃんは――もしかしてそう言う事なのか?

 だとしたらアイツは、学園に居る織斑千冬は……いや、アレの中に居る人格が私の予想通りだとして、、ちーちゃんは一体何処に行っちゃったんだろう?……此れは、少しばかり本気で調べてみる必要があるかも知れないね。白騎士事件、白騎士のコア人格、そして織斑計画全てを」

 

 

其れを見た束は、早速調査を開始したのだが、しかし世紀の大天才にして大天災でもその詳細を知る事は出来なかった――其れほどまでに白騎士事件と織斑千冬の関係と言うモノは強固なプロテクトが掛かっているのだろう。

そのプロテクトは『十二桁の異なるパスワードを十回連続で正しく入力せよ』と言う難解極まりないモノであり、流石の束も圧倒的な面倒くささゆえに匙を投げ、『織斑計画の真相』の方を調べる事にしたのだから……尤も織斑計画にしても既に凍結、破棄された計画であるために残っている資料は殆ど無く、更識家が調査した以上の情報は出て来ない可能性の方が高い訳なのだが、調べてみるのは無駄ではないだろう。

 

そしてあっと言う間に時は進み、臨海学校の十日前までやって来たのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode37『Eine Szene aus einem Urlaub vor Rinkai Gakko』

何だか、めっちゃ久々な気がするぜ?By夏月     年末年始は作者死に掛けてたから♪By楯無    其れは笑顔で言う事では無いと思うよByロラン


箒への誕生日プレゼントの制作過程で見付けた白騎士のISコアのログから、千冬に関して『ある仮説』を立てた束は、解析不能な『白騎士事件と織斑千冬の真の関係』の方は一先ず置いておき、『織斑計画』の方から調べてみる事にした。

 

とは言っても既に凍結された計画であり、計画に関する資料の殆んどは破棄されているので、新たな情報が得られるとは束も期待しては居なかったのだが……

 

 

「むむ、此れは……『開発体ナンバー1000、個体名:千冬、量産型成功例一号:個体ナンバー1、個体名:一夏、量産型成功例二号:個体ナンバー5、個体名:秋五の人格と性格について』だって?あの三人の人格と性格についての記録か……此れは若しかしたらお宝情報かもだね?」

 

 

其処で束は『織斑計画』に於ける唯一の開発成功体である千冬と、量産型の成功体である一夏と秋五の人格と性格についてのデータを入手する事が出来た――とは言ってもこのデータ自体は更識も得て来たのだが、不要と判断して報告はしていなかったのだ。

だがしかし、このデータは実は結構重要だったのかも知れない。

 

 

「『開発ナンバー1000、個体名:千冬は自分にも他人にも厳しいところはあるが、その本質は優しく、後発型の弟達にも厳しくも優しく接している』って、学園に居るアイツとはまるで別人じゃんよ此れは?

 でもって、私と出会った時には既に当時のいっ君の事は冷遇してたんだよね?……となると、ちーちゃんは何らかの理由でドイツの眼帯ちゃんと同様に自分とは異なる第二人格を作り出して、ソイツが本来のちーちゃんを押し退けてメイン人格になった可能性がある訳だ。」

 

 

其処に記されていた千冬の性格と人格の詳細は、現在の千冬とは似ても似つかぬモノであり、其れを見た束は『千冬には何らかの理由で第二人格が発現し、其れが本来の千冬の人格を押し退けてメイン人格になった』との仮説を立てるに至った――入手したデータが真実を記しているのであれば、今の千冬の人格破綻振りはそう考える以外に説明が付かないと言うのもあるが。

『現在の織斑千冬は何らかの理由で誕生した第二人格が主人格になっている』との仮説の元に更に調査を進めて行った束は、その途中で『織斑計画の闇』とも言うべき記録も目の当たりにする事になった。

初の成功例である千冬が誕生するまでに犠牲になった九百九十九体の失敗作が存在していたと言うのは序の口で、千冬のスペア(或はドナー)として作られた『アウトナンバー』と呼ばれていた個体が存在していた事、量産型の失敗作は顔を潰された上で秘密裏に裏社会のマフィア等に売り捌かれていた事、量産型には『人を殺す為のデータ』がインストールされてる事、計画のデータの一部はドイツに高額で売り渡されていた事等々、後ろ暗い計画だとしても余りにも闇が深いモノだった。

 

 

「束さんが言っても説得力皆無かもしれねーけど、織斑計画に携わった連中ってのは大凡人としての倫理観とかぶっ飛んでんねぇ?

 ……流石に無いとは思うんだけど、計画の中で『ラウ・ル・クルーゼ』みたいな奴が生まれたりしてーねーだろうな?あんなのが生まれたらマジで最悪だから……まぁ、あの仮面はお洒落だと思うけど。

 っと、此れは何だ?なになに……『開発体ナンバー1000、量産型成功例一号:個体ナンバー1、成功例二号:個体ナンバー5の記憶操作について』だって?」

 

 

そんな中で新たに見付けたのは、千冬、一夏、秋五の記憶に関する記録だった。

千冬と一夏と秋五は『織斑計画』凍結後に偽の記憶を植え付けられて『織斑家』となったのだが、その記憶操作に関して記された記録には驚くべき事が書かれていた――一夏と秋五の記憶操作は問題なく行えたのだが、千冬は記憶の操作がどうやっても成功せず、苦肉の策として別の人格で上書きをしようと試みたが、其れも巧く行かず、最後の手段として『人としての倫理観も常識も度外視して、兎に角千冬よりも強烈な人格をインストールして千冬の人格に蓋をする』と言う手段を使ったと言うモノだった。

其れはつまり、今の千冬の人格は本来の千冬の人格を表に出さない為に作り出された人格であり、其れが本来の千冬の人格を抑え込んでいると言う驚くべき事実であったのだ……其れでも本来の千冬の人格が僅かばかり蓋から漏れ出していた事で『秋五だけを溺愛する』と言う歪んだ弟愛が出来上がってしまったのかも知れないが。

 

何れにしても、現在の千冬は本来の千冬の人格ではなく、織斑計画の末に人工的に生み出された人格である事が明らかになったのだが、其の更に先には『正義と愛のマッドサイエンティスト』を自称する束ですらも予想しなかったトンデモない事実が隠されているのだった。

白騎士のコアのデータログを洗い直した末に見つかった、『白騎士事件の際に、白騎士のコアに正体不明のデータがインストールされていた』と言う記録と共に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode37

『Eine Szene aus einem Urlaub vor Rinkai Gakko』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジメジメした梅雨も終わり、日本列島は漏れなく全国的に晴れとなって強い日差しが降り注ぎ、否が応でも『夏の到来』を感じる陽気となっており、其れはIS学園の学園島でも同じ事だった。

IS学園島は日本本土から離れた孤島に有るとは言え、『日本領』の範囲に存在しており、天気もまた日本と略同じなのである。

 

そんな『夏の到来』を感じるIS学園だが、六月には中間考査が行われ、一年生では夏月と秋五がワンツーフィニッシュを決め、夫々の婚約者達も二十位以内に名を連ねる結果となり、二年生では楯無がぶっちぎりのトップで、次いでグリフィンとダリルが同率の二位と言う結果だった。

 

と、中間考査は全員が良い結果であった――飛び級でIS学園にやって来た乱とコメット姉妹が上位に名を連ねていると言うのは中々に驚きの事態だが、此れは彼女達の日々の努力の賜物と言うモノだろう。

 

 

其れはさて置き本日は土曜日……臨海学校前の最後の土日だ。

週明けには一年生は臨海学校となるのだが、臨海学校の場所が海ともなれば、女子にとっては『水着の新調』と言う重大な任務があるので、『此の土曜日で水着を買いに行こう』となったのはある意味で当然の成り行きと言えよう。

 

そして其れは夏月と秋五の嫁ズも御多分に漏れず、本日は本土にある大型ショッピングモール『レゾナンス』にて水着の買い出しと相成ったのである。

 

待ち合わせ場所は例によってモノレールの駅であり、夏月と秋五は待ち合わせ時間の十五分前には駅に来ていた。『女性を待たせるべきではない』との考え故だろう此れは。

 

そんな夏月と秋五の本日のファッションは、秋五はブルージーンズに白のTシャツを合わせ、赤い袖なしのジージャンと言うコーディネートで、夏月はダークグレーのスラックスに黒のTシャツのコーディネートなのだが、その黒いTシャツには白で『外道に男も女も関係ねぇ!外道はぶっ飛ばす!』と入っていた……夏月の場合、其れが冗談ではなく本気であるのが少々恐ろしい所ではあるのだが。

 

 

「夏月、そのTシャツは……」

 

「結構良いだろ?

 俺がこの世で最も嫌いなモノはなぁ、外道な所業を働いておきながら『女だから殴られない』って思ってる外道女なんだよ……そう言う意味ではテメェから殴られに来るお前の姉貴は少しばかりマシかもな。ホント~に、ほ~んの少しばかりだけな。」

 

「姉さん猪武者だからなぁ……一発殴られたら二発殴り返せって人だからね。

 で、スマホで何をやってるの?」

 

「遊戯王の『マスターデュエル』。

 こう言っちゃなんだが、自分の好きなカードで構築したデッキで流行りの強カテゴリーデッキをフルボッコにするのが楽しくて堪らねぇんだわ……『憑依覚醒』と『ダーク・ドリアード』のペンデュラム効果で火力底上げした霊使いの総攻撃で決まり!此れで都合六十連勝だな。」

 

「因みに最終的な君のフィールドってどうなってたの?」

 

「モンスターゾーンに憑依装着のエリア、ヒータ、アウス、ウィン、それから守備要因のマジシャンズ・ヴァルキリア。

 ペンデュラムゾーンにダーク・ドリアードと方眼の魔術師、魔法罠ゾーンに憑依覚醒と憑依解放、フィールド魔法ゾーンに魔法族の里だな……ダーク・ドリアードと憑依解放の効果で憑依装着の攻撃力は4350にアップして、相手モンスターを攻撃する時には憑依解放の効果で攻撃力が5150までになるぜ。」

 

「うん、其れはもうレベル4モンスターの攻撃力じゃない。」

 

 

雑談をしながら夏月はスマホの『マスター・デュエル』で六十連勝を達成すると言う偉業を成し遂げていた――実際にカードを使ったデュエルでも、アプリデュエルでも夏月は相当な強さを発揮するようだ。

そんな事をしている間に女子陣もモノレールの駅にやって来た。

勿論全員オシャレをしており、其れが夫々の個性と魅力を十二分に引き出したモノとなっており、夏月と秋五も思わず見とれてしまった……特にヴィシュヌと箒の己のプロポーションを最大限に活かしたコーディネートは破壊力が相当に高かった。(ヴィシュヌは七分丈のストレッチタイプのジーパンに胸元にスリットが入った白いハイネックの袖なしシャツ、箒は黒いレディースのスラックスに赤いハイネックのタンクトップを合わせ、白いボタン付きシャツを羽織って裾を胸の下で縛っている。)

 

 

「すまん、待たせたか秋五?」

 

「いや、そんなに待ってないから気にしなくて良いよ。其れに、まだ待ち合わせ時間の五分前だしね。」

 

「待つのもお出掛けの楽しみってな……其れは良いんだけど、なんだって楯無さんとグリ先輩も居るんだよ?楯無さんとグリ先輩は臨海学校には行かねぇだろ?」

 

「臨海学校には行かないけれど、夏休みには海やプールに行く事になるから水着を新調しようと思ったのよ♪」

 

「で、良い機会だから一緒にと思った訳だよカゲ君。」

 

「さいですか……まぁ、賑やかな方が楽しいから良いけどな。」

 

 

待ち合わせ場所には臨海学校には参加しない楯無とグリフィンの姿もあったのだが、臨海学校には参加せずとも夏休みには海やプールに繰り出す事になるので水着を新調したいと言うのであれば今回の買い物に参戦するのも全然アリだろう。

ともあれ此れでメンバーは揃ったのでモノレールに乗ろうとしたところで布仏姉妹もモノレールの駅にやって来て、本音が『私とお姉ちゃんも水着を買いに行くのだ~~♪』と元気よく宣言してくれた事で布仏姉妹も一緒にショッピングと相成った――因みに、全員がオシャレをしている中でラウラだけは制服だったのだが、その訳を聞いてみると『服は制服と軍服以外には持っていない』との答えが返って来た事により、本日のショッピングプランには水着以外に『ラウラの私服の購入』が追加されたのだった。

 

そうしてモノレールに乗り込み本土に到着して、大型ショッピングモール『レゾナンス』を目指して移動を開始した一行だったが、極上クラスのイケメン二人が、極上レベルの美少女を複数人と一緒に居ると言うのは否が応でも注目されてしまい、夏月と秋五には所謂『非モテ男児』から、羨望と嫉妬の視線を向けられていた。

だがしかし、夏月と秋五はそんな視線は全く気にせずに居た――羨望と嫉妬程度では、『最強の人間の量産型』として誕生した二人にはマッタク持って無意味としか言いようがないのだ……相当に濃密な殺気にすら怯まないように設計されているのだから。

そんな下地がある上に、此れまでの経験が積まれた夏月と秋五を精神的に怯ませると言うのは並大抵の事ではないだろう。

 

 

其れは其れとして、間もなくレゾナンスに到着なのだが――

 

 

「おぉっとぉ、ま~たまた会ったな傷の兄ちゃんとその嫁ちゃんズ?今日はお友達も一緒かい?」

 

 

到着直前に最早お馴染みのアクセサリーの露店商とエンカウントした。

決して狙った訳ではないのだが、こうして外出する度にエンカウントするとなると、此れはもう何かしらの運命力が働いているとしか思えないのだが、或は此れも夏月が繋いだ縁であるのかも知れない。

 

 

「いや、マジで出掛ける度にアンタとは会うよなぁ……今日は友達ってか、秋五とは前に一度会ってるだろアンタ?ゴールデンウィークの最終日に。」

 

「お~~!そう言えば見覚えがあるな?ポニーテールの大和撫子ちゃんと一緒だったイケメン君じゃないか!……アンタも、傷の兄ちゃん同様に複数の彼女持ちかい?羨ましいねぇマッタク!!」

 

「アハハ、あの時はどうも……」

 

 

此の露店商、シルバーアクセサリーだけでなく新たに革製のアクセサリーの販売も始めたらしく、革製のベルトやブレスレット、チョーカーと言った製品も数は少ないとは言えそれなりに種類が揃っていた。

出会った以上は何も買わないと言うのは悪いので、夏月は嫁ズ全員に新たに販売を始めた革製品の中から夫々のパーソナルカラーのチョーカーをプレゼントし、秋五は箒以外のメンバーに好きなシルバーアクセサリーを一つずつプレゼントした。箒はゴールデンウィークの時に買って貰ったので遠慮したようだ。

 

本命の前に露店商で良い買い物をした後に改めてレゾナンスに向かい、到着して向かうは五階に毎年夏限定でオープンする『水着売り場』だ。

水着と言うモノはグラビアアイドルでもなければ夏しか着る機会の無いモノではあるが、逆に言えば夏にだけ着るからこそ拘りたいと言うモノでもあり、此の特設の水着売り場はそんな客のニーズに応えるようにブランド物からリーズナブルな水着まで多数取り揃えているガチの水着売り場なのである。

その水着売り場に来ると、夏月と秋五は特に迷う事もなく自分の水着を選んで購入した――元々男性用の水着は女性用の水着と比べると種類が少なく、精々トランクスタイプか競泳タイプかの二択の上で色を選ぶ程度なのでそんなに迷う事もないのだ。

だがしかし、女性用の水着となると話は別だ。

女性用の水着は男性用の水着よりもバリエーションが豊富で、更にデザイン性も高くカラーも豊富なので選ぶ側としてはどうしても目移りしてしまい、中々『此れ!』と言うのを決められないのが現実であり、其れは夏月と秋五の嫁ズもご多聞に漏れずで、どんな水着を買うか大いに悩んでいるようだ。

 

 

「こりゃ、まだまだ時間が掛かりそうだな……秋五、少しぶらつくか?」

 

「僕は構わないけど、この場を離れても良いのかな?」

 

「楯無さんにLINEでメッセージ送っとくから問題ねぇよ。何ならお前も箒にLINEでメッセージ入れときゃ良いじゃねぇか?いやぁ、こう言う時に便利だよなLINEって。」

 

「其れは確かにそうだね。」

 

 

女子達の水着選びにはまだまだ時間が掛かると判断した夏月は楯無にLINEで『秋五と少しぶらついて来るから水着を選び終わったら連絡プリーズ』とメッセージを送り、秋五も箒にLINEで『水着選び終わったら連絡をして』とメッセージを送り、夫々『了解』との返信を貰ったので特設の水着売り場を離れてレゾナンスの別のテナントを見て回る事にした。

三階のホビーショップでは夏月が『HGガンダムエアリアル……HGを買うべきか、其れともMGが出るまで待つべきか……』と悩んだ末に『HGガンダムエアリアル』を購入するのは止めて、代わりに遊戯王の新パックを五袋買ってウルトラレアを三枚ゲットすると言う脅威の運命力を見せ、秋五はポータブルタイプのリバーシを購入していた。

続いて九階のミュージックショップでは、夏月と秋五は共に洋楽のコーナーでコメット姉妹のCDを見つけて迷わず購入した……今のご時世、欲しい音源だけをダウンロード購入する事も出来るのだが、其れをせずに敢えてCDを購入した辺りに夏月のファニールへの、秋五のオニールへの愛が感じられると言うモノだろう。

 

続いてやって来たのは四階の雑貨屋だった。

雑貨屋と言うのは見ているだけでも楽しいモノであり、時間を潰すには打って付けの場所であると言えるのだが、秋五は此の雑貨屋の品を吟味しているようだ。

 

 

「秋五、何か探してんのか?」

 

「もうすぐ箒の誕生日だから、プレゼントになるモノがないかと思ってね……箒の誕生日を祝うのは六年振りだから最高の誕生日プレゼントを渡したいんだよ。」

 

「成程……テメェの嫁には最高の誕生日プレゼントをってか――その意気や良しだぜ秋五。」

 

 

秋五は箒への誕生日プレゼントを探していたらしく、其れを聞いた夏月も一緒に箒への誕生日プレゼントを選ぶ事にした――現在箒がポニーテールを纏める為に使っているリボンは、六年前の誕生日に一夏と秋五からプレゼントされたモノであり、そのリボンも一夏と秋五が一緒に選んだモノだったりするのだが、六年の時を経て再び兄弟ではなくなった夏月と秋五が箒への誕生日プレゼントを共に選ぶと言うのは何とも奇妙な縁、或は因果であると言えるだろう。

 

 

「俺としては、あのリボンは大分くたびれてるみたいだから、新たなリボンをプレゼントするってのが良いと思うんだが、新たなリボンは此のゴージャスなメタリックゴールドってのは如何よ?

 ストフリの内部フレームもビックリなこのゴールドは、結構イケてると思わないか?」

 

「其れは確かにゴージャスだけど、箒にはこっちのいぶし銀の方が似合うんじゃないかな?

 六年前の箒には白いリボンが似合ってたけど、今の箒には光沢を抑えた大人の『いぶし銀』が良いと思うんだよね……其れとも、こっちの桜色の方が良いかな?」

 

「確かにそっちも似合いそうだが、お前からプレゼントされたモノなら何でも喜ぶと思うけどな俺は……いっその事リボンじゃなくて、簪でもプレゼントしても良いかも知れないぜ?

 大和撫子でサムライガールな箒には多分似合うと思うしな……分かってるとは思うが、楯無さんの妹をプレゼントするって訳じゃないからな?」

 

「其れは分かってるって!」

 

 

最終的に秋五は『いぶし銀色のリボン』と、夏月が提案した簪を箒へのプレゼントとして購入した。リボンは兎も角、簪はそれなりに値が張ったのだが、大事な嫁へのプレゼントともなれば大した出費ではなかったらしい。

リボンと簪はプレゼント用にラッピングして貰ったところで二人のスマホにLINEで『水着を大体選んだ』、とのメッセージが入ったので五階の特設水着売り場に戻ると、其処には複数の水着を手にした嫁ズの姿があった。

 

 

「其れ、全部買うのか?」

 

「そんな訳ないでしょ。

 皆水着其の物は選んだのだけれど、色が中々決められなくて、折角だから私達は夏月君に、箒ちゃん達は織斑君に選んで貰おうって事になったのよ♪」

 

「そ、そう言う訳だから頼んだぞ秋五!」

 

「此れは予想外の高難易度ミッションが待ってたみたいだよ夏月……てか、僕達が決めて良いモノなのかな此れって?」

 

「良いかどうかは知らないが、頼まれて任され以上は真剣にやる以外に選択肢はねぇだろうな……でもって、俺達の選択が彼女達の臨海学校並びに夏休みの海やプールでの評価に直結する訳だから、気合入れんぞ秋五。」

 

 

嫁ズは水着の基本デザインは選んだモノの、どの色を買うかを中々決める事が出来ず、最終的な判断を夏月と秋五に委ねる事にしたらしい。

此れは夏月と秋五には予想外だったのだが、自分の嫁ズに頼まれたとなれば断ると言う選択肢は存在しないので、若干自分の趣味も入れつつではあるが『どの色が良いか』を選んで行く事になった。

 

先ずは夏月組。

楯無が持って来たのはアンダーが紐パンタイプのビキニで、色は赤、黒、白、シルバーの四色。その中から夏月が選んだのはシルバーだった。理由は『一番楯無さんに似合いそうだったから』と言うシンプルかつ最も納得出来るモノであり、其れを聞いた楯無はシルバーを購入する事を決めた。

其れを皮切りに、簪はフリルの付いたビキニで手にしていたのはアイスブルーとローズピンクで、夏月はローズピンクを選択し、簪は其れを購入。ローズピンクを選んだのは『髪色との対比が美しいから』だった。

ロランが手にしていたのはトップがハーフカップタイプのビキニで、色はレモンイエローと黒だったが、夏月は迷わず黒を選択。『ロランは銀髪で肌も白いから黒の方がメリハリが出る』との理由だった。

ヴィシュヌが持っていたのはシンプルなビキニタイプで色は赤と白だったが、夏月は速攻で白を選択――『ヴィシュヌの健康的な褐色肌には白が似合う』とはなんとも説得力があるモノだった。

グリフィンが選んだ水着はハイネックのワンピースタイプだったが、大胆に開いた背中部分と腰骨辺りまで切れ上がったアンダー部が何ともセクシーなモノであり、色は赤と白だったのだが、夏月が選んだのは赤だった。『同じ褐色肌でもラテン系のグリ先輩には情熱的な赤が似合う』との事らしい。

鈴の水着はセパレートタイプで色は水色とピンクとエメラルドグリーンで夏月はエメラルドグリーンを選択。『一見するとミスマッチに見えるカラーリングが実はマッチしてる事がある』とは結構冒険した選択だったのかもしれない。

乱が手にしていたのはハイネックタイプのトップと言う珍しいタイプのツーピースだったが、トップの胸元に一文字に入ったスリットが大胆な印象を与える水着で、手にした色は赤と青と黄色と青紫と結構多めだったが、夏月は青紫を選択。『紫は乱のパーソナルカラーだからな』との事だ。

ファニールの水着は可愛らしいワンピースタイプで、色はワインレッドとアイスブルーで、夏月はアイスブルーを選択し、『カナダは北国だからアイスブルー一択だろ』と言い切っていた……少しばかり安直かも知れないが、此れもまたありと言えるだろう。

序に布仏姉妹も水着を選んで来たのだが、虚が選んだのはシンプルなセパレートタイプだったのに対し、本音が選んだのは『着ぐるみ』にしか見えないモノだったのだが、その着ぐるみの下にはビキニタイプの水着が仕込まれているとの事だったので、夏月も秋五も追及はしなかった。

 

其れはさて置き、続いては秋五組だ。

トップバッターは箒で、手にしているのはツーピースの水着で、色は桜色と山吹色だった。

 

 

「ツーピース……箒のスタイルならビキニが似合うんじゃないかと思ったんだけど、此れは少し意外だったかな?」

 

「うむ……私も最初はビキニタイプにしようと思ったのだが、何と言うか、そのだな……わ、私のサイズに合うのは此れしか無かったんだ!」

 

「……デカいのはデカいでサイズに合う服が中々無くて苦労するみたいだな?」

 

「アタシに言わせて貰うなら贅沢な悩みだわ其れ……」

 

「何が贅沢なモノか鈴!

 此処まで大きいと下着だって店で売ってるモノではサイズが合わないから特注品をオーダーせねばならないのだぞ!そして特注品は一般販売物よりも高いからブラ一つだけでも財布からお札が羽を生やして飛んで行ってしまうのだからな!」

 

「だったらタバ姉さんに頼んで特別製の下着作って貰えば良いでしょうが!

 あの人なら、多分だけどアンタのサイズにジャストフィットのブラ作った上に、肩こり軽減効果も付けてくれると思うわよ?」

 

「姉さんならば否定出来んが……何故だろうか、明日の朝には姉さんから特注品の下着が届くのではないかと思っている私が居る……まさかとは思うのだが、見ていないよな姉さん?」

 

 

サイズに合う水着がツーピース以外に無かったとの事でこのチョイスだったらしい。

大きければ大きいなりの悩みがあるようだが、其れは持たざる者にとっては贅沢な悩みであるのだろうが、巨乳の悩みと貧乳の悩みは未来永劫相容れないモノであるのだろう。

箒と鈴の言い合いを治めた後に秋五は桜色を選び、箒は其れを購入した。『箒には山吹色よりも桜色の方が似合うと思うから』とは中々の殺し文句だろう。

次はセシリアで、手にしてたのはビキニで色はゴージャスなゴールドとシルバーだったのだが、秋五は迷わずにシルバーを選択した。『セシリアは金髪だからシルバーの方が映える』とは中々良いセンスと言える。

シャルロットが持っていたのはパレオ付きのセパレートタイプで色はオレンジと黒で、秋五が選んだのは黒だった……専用機のカラー的にはオレンジなのだが、秋五は『シャルは黒だよね……腹黒いし』と、一発かましていた。其れを聞いたシャルロットも、『うん、其れは良いセンスだね』と黒い笑みを浮かべていたが――果たして此の二人に真の愛が芽生えるのは何時の日になるのか些か謎である。

続いてラウラが持って来たのは腹部が大きく開いたスポーツタイプで、色は緑を基調にした迷彩柄と青を基調とした迷彩柄で、秋五が選んだのは青を基調とした方だった――現役軍人であるラウラには迷彩柄はジャストチョイスだったのだが、青を基調とした迷彩柄は珍しかったので其方を選んだのだろう。

因みに、ラウラは最初は所謂『スクール水着』を選ぼうとしたのだが、其れは秋五の嫁ズが全力で阻止したのだった……此れも黒兎隊の副官の入れ知恵なのだろうが、臨海学校で一人だけスクール水着と言うのは浮いているどころの騒ぎではないので、スクール水着を絶対阻止したのはファインプレイと言えるだろう。

最後にオニールが手にしていたのはファニールとお揃いのワンピースタイプで、色は白とピンクで、秋五が選んだのは白だった。

その理由は『カナダは北国だから、新雪の白が良いと思ったんだ』との事だった。夏月とは違うが、秋五もまたカナダ出身と言うのを重視したようである。

 

 

「あれ、夏月と秋五じゃねぇか?」

 

「ん?弾か。」

 

「奇遇だね……」

 

 

嫁ズの水着が決まっとところで水着売り場を後にしようとしたら、なんと此処で弾とエンカウント。

如何やら妹の蘭の荷物持ちとしてやって来たらしく、其の手には既に大量の紙袋が下げられている……荷物持ちにされると言うのは、兄として如何かと思わなくもないが『妹の為なら此れ位の事は屁でもない』のが弾なので、其処は追求すべきではないだろう。

ただ、秋五は過去の事から弾に対して少しばかり後ろめたい思いがあったのだが、其れも弾が『ゴールデンウィークの時に鈴からお前が一夏の事で悩んでたってのを聞いて、そんでもって一夏の葬式の後でお前は変わろうとしてるってのを聞いたからな……過去の事は水に流してやる』と言った事で、秋五も弾に対しての後ろめたさが無くなり、『ありがとう』と言って握手を交わし秋五と弾は『友人』となったのだった。

 

 

「しかしまぁ、『男性操縦者重婚法』ってのは知ってたけど、其の見目麗しい方々は全員お前等の嫁さんって事かよ……鈴と乱も充分美少女の類だから、正直言って羨まし過ぎんぞお前等!

 俺もそろそろ彼女が欲しい!いや、仲が良い女子が居ない訳じゃないんだが、何でか俺って女子には『友達』、良い所で『とっても良い人』なんだよなぁ……俺って男としての魅力ねぇのかな?」

 

「そんな事は無いと思うけどな……因みに弾、虚さんとのほほんさんは俺の嫁でもなければ秋五の嫁でもないぞ?」

 

「のほほんさんと虚さん?」

 

「だぼだぼな服着てるタレ目の子がのほほんさんこと布仏本音で、ヘアバンドと眼鏡を装備したポニーテールの人がのほほんさんのお姉さんの布仏虚さんだよ。」

 

「なん、だと!?」

 

 

新たな友情が紡がれた所で、弾は夏月と秋五の『合法ハーレム』状態を羨んでいたのだが、『布仏姉妹はフリーだ』と聞き、そして虚を見た瞬間に弾は全身に『デーモンの召喚』の『魔光雷』が炸裂したかのような電撃が走った。

虚は所謂『委員長タイプ』な外見なのだが、其れが逆に弾にはツボだったらしい。

そして其れは虚もだったらしく、弾を見て顔を赤らめていたのだった――生真面目な虚だけに、赤毛にバンダナと言う『ちょい悪』な容姿の弾は逆にツボだった様だ。

 

 

「んん~~?お姉ちゃん、若しかしてダンダンに一目惚れしちゃった?でもって、ダンダンもお姉ちゃんに一目惚れしちゃった感じ~~?」

 

「「!!!???//////」」

 

 

更に此処で本音が悪意がマッタク無い特大級の爆弾を投下した事で、弾と虚は互いに一目惚れだったのだが、メールアドレスとLINEのアカウントを交換するに至ったのだった……『恋愛とは何時何処で花咲くのかマッタクもって予想が出来ない』と言うのは至言だと言えるだろう。

そんな感じで目出度く弾と虚が結ばれた所で弾と別れ、気付けばランチに良い時間となっていた。

午後はラウラの私服を選ぶ事になるので出来ればレゾナンス内で済ませたかったのだが、レゾナンスの最上階はレストラン街となっているので問題は無かった。

無かったのだが、最上階のレストラン街は回転寿司にラーメン、牛丼チェーンにイタリアンレストラン、ステーキハウスにハンバーガーショップにケンタッキー・フライド・チキンのテナントが入っているグルメ街の群雄割拠状態だった。

此れだけ豊富だと目移りしてしまうモノだが、夏月と秋五が『ランチは何が良い?』と聞いたところ、海外組は満場一致で『ラーメン』との答えが返って来たので、本日のランチはラーメンに決まったのだった。

外国人に人気の日本食のトップは『寿司』であり、海外でも寿司屋は可成りの数出店しているのだが、外国人に人気の日本食の裏番長である『ラーメン』を提供する店はマダマダ少ないので、海外組が『ラーメン』を選択したのはある意味で当然だったと言えるだろう。

 

そして一行は、最上階のレストラン街にあるラーメン屋、『超熱血ラーメン!熱いぜ……バカヤロー!』に入店し、食券を購入。

夏月は『激辛ラーメン』の麺大盛りに『チャーシュー四枚』のトッピングに単品で『唐揚げ』、楯無は『塩チャーシュー麺と半炒飯と餃子』、簪は『塩豚骨チャーシュー麺とミニ麻婆丼』、ロランは『濃厚味噌チャーシュー麺とミニマヨチャーシュー丼』、ヴィシュヌは『野菜たっぷりタンメンとチャーシュー盛り』、鈴は『ワンタンチャーシュー麺と揚げニラ餃子』、乱は『激辛担々麺とミニメンマ丼』、ファニールは『キムチチャーシュー麺』、のオーダだったのだが……

 

 

「チャレンジメニューのバケツラーメンにトッピング全部乗せで更に単品で餃子と唐揚げに炒飯大盛りって、本気か嬢ちゃん?」

 

「本気も本気だよ?本気って書いてマジってルビ振る位にね!」

 

 

グリフィンのオーダーは、チャレンジメニューである『バケツラーメン』にトッピングを全部乗せした上で、単品で餃子と唐揚げと炒飯を大盛りで注文すると言う『お前何処のフードファイターだ?』と言いたくなるレベルでぶっ飛んだモノだった……トッピングの全部乗せは『チャーシュー四枚』、『味玉』、『メンマ』、『辛ネギ』、『焼きのり』、『唐揚げ二個』と言うボリューミーなモノなのだが、大食漢のグリフィンならば完食は容易だろう。

 

其れはさて置き、秋五は『味噌豚骨ラーメンと唐揚げ』、箒は『元祖中華そばと餃子』、セシリアは『油そば・塩』、シャルロットは『濃厚豚骨つけ麺とザーサイチャーシュー炒め』、ラウラは『チャーシュー担々麺と餃子(ニンニク増し)』、オニールは『アッサリ塩タンメン』のオーダーと相成った。

 

食券を渡してから十五分程で注文したメニューが届き、ランチタイムが始まったのだが、チャレンジメニューである『バケツラーメン』にトッピングを全部乗せして、更に餃子と唐揚げと大盛りの炒飯をオーダーしたグリフィンは初っ端からフルスロットルだった。

チャレンジメニューのラーメンをアッサリ系の塩ではなく、コッテリ系の『味噌豚骨』でオーダーしただけでも相当な猛者感があるのだが、グリフィンはその凄まじいボリュームのラーメンをダイソンのサイクロンクリーナーもビックリの勢いで吸い込み、別途注文した唐揚げと餃子と大盛りの炒飯も平らげて行く……此れだけの量を笑顔で心底美味しそうに食べているグリフィンの姿には驚きと同時に笑みが浮かんでしまうモノだった。

 

 

「レッドラム先輩、相変わらず凄いねぇ?此れならバケツラーメンの完食制限時間は余裕なんじゃないかな?」

 

「グリ先輩なら余裕だっての……つか、グリ先輩が此れで終わる筈ねぇんだわ。」

 

「美味しかった~~!それじゃあ追加で、油そばの豚骨の特盛と、豚キムチ炒め、麻婆丼、餃子のニラとニンニクマシマシで宜しく!」

 

「何時もながらにすっごいわねぇグリフィンちゃん……この食べっぷりを動画に収めてYouTubeで公開したら途轍もなくバズるんじゃないかと思ってる私が居るのを否定出来ないわ。」

 

「うん、絶対にバズると思うよお姉ちゃん。」

 

 

その超ボリュームのチャレンジメニューである『バケツラーメントッピングを全部乗せ』だけでなく、唐揚げと餃子と大盛りの炒飯ををもチャレンジメニューの制限時間内に平らげたグリフィンは、更にぶっ飛んだ追加オーダーをブチかまし、其れを平らげた後には単品メニューをフルコンプリートすると言うトンデモナイ事をやってのけてくれた……此の前人未到の偉業達成に感激した店主が、チャンレンジメニューだけでなく、グリフィンの注文を全て無料にしたのだから相当だろう。

 

 

「グリ姉さん、何であれだけ食べて太らないのか謎だわ……」

 

「グリ先輩は、俺と同じく燃費が悪い身体なんだろうな……グリ先輩は筋肉量も多いからな――ぶっちゃけると、豊満なバストと割れた腹筋を併せ持ってる楯無さんとロランとグリ先輩とヴィシュヌは俺的には最強です!シックスパック女子は美しい!」

 

「其れは分かるよ夏月……箒も美しく割れた腹筋が魅力的だらね。」

 

 

夏月と秋五が少しばかり特殊な好みを明らかにしてくれたが、『闘う為の筋肉』を備えた女性と言うのは其れだけで魅力的なモノであり、特に抜群のプロ―ローションに『闘う為の筋肉』を併せ持ったと言うのは反則以外のナニモノでないと言えるだろう。

そんな感じのランチタイムを終え、一行がやって来たのは七階にテナントとして入っているブティックだ。

午後はラウラの私服を選ぶと言う事になっており、ブティックに到着するや否や、ラウラは楯無と箒に両脇を抱えられて店内に連行され、其処からはラウラは着せ替え人形となる運命が確定し、夏月と秋五は水着選びの時と同様に夫々のパートナーにLINEでメッセージを入れてから別行動に。

 

別行動中は、今度は八階のゲームセンターで夏月と秋五のタッグで『ハウス・オブ・デッド4』の二人プレイをノーミス&ノーダメージでクリアしてランキングのトップ2を決め、ストZERO3⤴⤴をドラマティックバトルモードでプレイし、夏月はザンギエフ、秋五は殺意の波動に目覚めたリュウを使って、全試合パーフェクト勝利でクリアした。

其の後はアミューズメントゲームで夏月が景品をゲットしまくった……ヌイグルミにフィギュアにプラモデルに巨大なインスタントラーメンや巨大な駄菓子等々、『いっそ店を潰す勢い』でゲットしまくり、最終的には店長が泣きを入れる事態になったのだった。

 

 

「此れだけの戦利品も、拡張領域に入れちまえば難なく持ち運ぶ事が出来るんだからISってやっぱりすげぇよな?……その拡張領域が零落白夜で容量使い切ってるお前の白式はマジで欠陥機なんじゃねぇのか?

 今度束さんに見て貰うか?束さんなら零落白夜の消費エネルギーを軽くしたり容量小さくしたり出来ると思うし――まぁ、束さんは『零落白夜』には否定的で、『私が作った最大の駄作』って言ってたから、零落白夜削除して別の何かを搭載するかも知れないけどな。」

 

「シールドエネルギーを一撃で削り取るとか反則以外の何物でもないからね……自分で使ってみると、改めて其れを実感するよ。

 そして同時にこうも思うんだ……もしも暮桜に零落白夜が搭載されていなかった場合、其れでも姉さんはブリュンヒルデの称号を得るに至ったのかって……当たれば一撃必殺があったから姉さんは勝てたんじゃないかってさ。」

 

「さぁな、歴史にIFはないから分からねぇだろ……ま、現役時代のアイツはソコソコ強かったのは間違いないだろ?今は見る影もない感じだけどな。」

 

 

ゲットした景品は拡張領域に収納して七階のブティックに戻る最中、こんな会話をしていたが、実際のところ零落白夜がなかったら千冬がモンド・グロッソを二連覇するのは難しかったと言えるだろう。

第一回大会では超高速の近接戦闘で圧倒出来たとしても、第二回大会では研究されて対処されるのがオチなのだ……対処しようとしても当たったら其の時点で機体エネルギーをゼロにしてしまう零落白夜があればこそ、千冬はブリュンヒルデになり得たのだ――第二回大会で零落白夜を禁止にしなかった大会の運営側にも問題はあっただろうが。

 

ブティックに戻ると、夏月の嫁ズと秋五の嫁ズと布仏姉妹が一人ずつラウラの私服を購入したらしく、計十四個の紙袋が存在していたのだが、其れとは別にラウラの手には三種類トップとアンダーがあった。

まだ値札は付いたままなので購入はしていないのだが、話を聞いてみると箒が『私達が選んだ服は一つずつ購入したのだが、ラウラが自分で選んだ服は中々に多くて、最終的にはトップとアンダーを三種類に絞り込んだのだが、決めきれなかったので最後はお前に選んで貰おうと言う事になったのだ秋五』との事であり、水着選びに続いて秋五には超絶重要なミッションが投下されたのだ。

ラウラが手にしてのはトップが黒地にシルバーで『BATT』と刻印されたTシャツと裾が膝まであるボタン付きのロングシャツとハイネックの袖なしシャツ、アンダーは赤いダメージジーンズと迷彩柄のハーフパンツと黒いミニスカートであり、其れを見た秋五は一瞬で夫々の組み合わせをシミュレートし、その結果としてトップはロングシャツ、アンダーは赤いダメージジーンズを選択した。

膝までのロングシャツにダメージジーンズの組み合わせはラウラの銀髪と眼帯ともマッチしており、更に両膝に革製のベルトを装着し、そのベルトを緩いバンドで繋ぐ事で『動きを阻害しないレベルの拘束ファッション』が出来上がり、其れが余計にラウラの魅力を引き出していた。

此の一式をラウラは購入し、其の後は適当にウィンドウショッピングを楽しんでからレゾナンスの駐車場に店を出していたクレープの屋台で『午後のおやつ』を堪能してから楯無が『折角だから、今日はとことん楽しみましょう!』と提案し、全員が其れに賛同した事で、クレープを堪能した後は大手カラオケボックスの『BigEcho』に突撃し、『ドリンクバー付きのフリータイム』でパーティ部屋を借り切りモノレールの最終便の直前まで歌いまくった。

夏月とロランがデュエットした『Meteor』、秋五と箒がデュエットした『遠雷』は高得点で、コメット姉妹による生ライブは此の上なく盛り上がり、夏月と秋五がデュエットした『夕陽と月』は夏月が八神庵パートを、秋五が草薙京パートを担当してめっちゃ盛り上がった――夏月が八神庵パートを『夕陽と月~優しい人へ~』に変えたと言うのも大きいだろう。

そして最後は、全員で『雪、無音、窓辺にて』を替え歌の『王、決闘、現世にて』の歌詞で熱唱してカラオケパーティはお終いとなり、一行はモノレールで学園島に戻り、夏月秋五も大浴場で一風呂浴びて部屋に戻り、夏月はロランと、秋五は箒と一緒のベッドで眠りに就き、翌日の日曜日は『e-スポーツ部がオンラインで他校と練習試合を行って、格ゲー部門とオンラインデュエルでは夏月が無双し、パズルゲームでは簪が無双した』と言う事以外は特に何もなかった……その練習試合で、顧問対決となった際に、真耶が格ゲーではストⅢサードでリュウを選択して、ロマンタップリの『真・昇龍拳』をスーパーアーツに設定して、見事なブロッキングから反撃コンボを決め、上段足刀蹴りにスーパーキャンセルを掛けて真・昇龍拳を叩き込んで勝利を捥ぎ取っていたのだった。

因みにその日曜日の夜には、夏月の部屋に鈴が登場し、『アタシをアンタの女にして』と言われ、夏月と鈴は恋人の濃密な夜を過ごす事になり、同時に夏月は『貧乳の感度』を知る事になり、鈴の身体を味わい尽くしたのだった。

 

 

 

――そして月曜日、一年生はモノレールで本土まで移動すると、移動した本土で待機してた大型バスにクラスごとに乗り込み、此処に本年度のIS学園の臨海学校が始まったのだった。

同時に、束が己のラボで箒への誕生日プレゼントを完成させ、其れをもって臨海学校の場所へとぶっ飛んで行ったのだった――この臨海学校、一筋縄で終わる事は無いのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 



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Episode38『Die Küstenschule hat begonnen!Habe Spaß!』

海と言えば?By夏月     水着とサーフィン海の家!By楯無    まぁ、間違ってはいない、のかな?Byロラン


臨海学校当日、一年生は学園島からモノレールで本土に移動した後に、バスに乗り換えて臨海学校が行われる場所まで移動する事になったのだが、バスの座席と言うモノに関しては一年一組が少しばかりカオスだった。

夏月の嫁ズはクラスがばらけており、一組の夏月の嫁はロランだけなのでバスでの夏月の隣は必然的にロランだったのだが、秋五の方が少し問題だった。

秋五の嫁ズはオニール以外は全員一組所属なので『誰が秋五の隣になるのか?』で嫁ズが火花を散らす事になったのは必然だったと言えるだろう――最終的には夏月が『平和的にゲームで決めろ』と言った事でスマブラでの大乱闘が勃発し、激戦の末に其れを制した箒が秋五の隣の席をゲットしたのだった。

そんな一組のバス内ではお決まりの『カラオケ大会』ではなく、スマホでの『マスター・デュエル』のオンラインデュエル大会が開催され、『e-スポーツ部』所属の夏月とロラン、顧問の真耶が圧倒的なプレイングで無双していた。

この三人には縛りプレイとして、夏月は『青眼デッキオンリー』、ロランは『ブラック・マジシャンデッキオンリー』、真耶は『真紅眼デッキオンリー』と言う制限が課せられていたのだが、夏月もロランも真耶もそんな制限なんぞ知らぬ存ぜぬと言った状態だった。

 

夏月は『ドラゴン目覚めの旋律』や『トレード・イン』でデッキを高速回転させてからカオスMAXや各種アルティメット・ドラゴンを融合召喚しての圧倒的な火力で粉砕!玉砕!!大喝采!!!をブチかまし、ロランは魔法、罠、モンスター効果を駆使して華麗なコンボでブラック・マジシャン師弟を展開し、更には儀式や融合を使ってブラック・マジシャンを強化し、『拡散する波動』と『メテオ・レイン』のコンボで一気に相手のライフをゼロにし、真耶は『真紅眼融合』から『流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン』を融合召喚し、自身の効果と魔法カード『黒炎弾』を二枚発動する『先攻ワンターンキル』の極悪コンボを展開していた。

人畜無害な笑顔が特徴的な真耶は生徒からの人気も高いが、勝負事には妥協はしないのでこの様な極悪な『直焼き』デッキが出来上がってしまったのだろう。

そうしてオンラインでのデュエルを楽しんでいる間に、バスは途中のサービスエリアに到着し、生徒達はトイレタイム&暫しの自由時間と相成った。

 

サービスエリアは土産物だけでなく、『サービスエリアグルメ』と言われるフードメニューが存在しており、トイレタイムを済ませた生徒達は其方の方にも惹かれて購入する者も少なくなかった。

 

 

「上海餅って、此れどんな食い物なんだ鈴?」

 

「小麦粉と片栗粉を水で溶いた生地で挽肉や野菜、海鮮を包んで焼いた餃子のバージョン違いみたいな中国では割とポピュラーな軽食よ。中国では『シャービン』って名前の方が一般的ね。」

 

 

其れは夏月組も御多分に漏れず、『上海餅』の屋台で上海餅を購入して中国初の屋台グルメを堪能し、秋五組はこのサービスエリア限定で、雑誌の『サービスエリアグルメランキング』で堂々の五位にランクインした『牛筋焼きカレーパン』を堪能していた。

店頭に並んだ焼きカレーパンに、注文を受けた後にアツアツの牛筋カレーを再度トッピングしたカレーパンは激うまで、副官から日本知識を植え付けられていたラウラは日本発グルメの一つであるカレーパンの美味しさに感動していた。

 

 

「更なるエネルギー補給にモンエナは必須だな……ウルトラパラダイス、新フレーバーか――此れは買いだな。」

 

 

サービスエリアグルメを堪能した後に、夏月は売店で『モンスターエナジー・ウルトラパラダイス』を購入して、其れを一気に飲み干してエナジーチャージを完了して、臨海学校初日の海に備えていた。

そしてサービスエリアを出発した後には、一組のバス内で更に大盛り上がりのオンラインデュエル大会が開催され、大会後半で実施されたタッグデュエル大会では、夏月とロランのタッグが夏月が『遊星デッキ』、ロランが『ジャックデッキ』をベースにしたシンクロ主体のデッキを使用し、夏月が『セイヴァー・シューティング・スター・ドラゴン』を、ロランが『スカーレッド・スーパーノヴァ・ドラゴン』をシンクロ召喚して無双したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode38

『Die Küstenschule hat begonnen!Habe Spaß!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各クラスともバス内でのイベントを楽しんでいる内に海が見える場所までやって来て、程なくして臨海学校での宿泊場所となる旅館『花月荘』に到着した。

ビーチと目と鼻の先にある趣のある和風の旅館で、臨海学校中はIS学園の貸し切りとなっているのだが、IS学園は旅館の宿泊コースを最上級プランで申し込んでおり、一学年と引率の教師の人数ともなれば花月荘側としても良い収入になるのでIS学園は良いお客さんでもあるのだ。

 

到着した一行を花月荘の女将である『清州景子』が出迎え、生徒達も『宜しくお願いします』と挨拶をした後に、臨海学校前にスマートフォンにダウンロードした『臨海学校手帳』に記載されている夫々の部屋に荷物を置きに行ったのだが……

 

 

「今更気付いた事なんだが、俺達の部屋記載されてねぇよな秋五?記載漏れか、其れとも本気で部屋が用意されてないのか……」

 

「確かに記載されてないね……まさかとは思うけど、僕達だけ野宿とか?」

 

「マジか……テント持って来るべきだったかもな。そして、マジで野宿だった場合は速攻で文科省と教育委員会と国際IS委員会にクレームブチかますわ。」

 

「いやいやいや、そんな筈ないじゃないですか一夜君、織斑君!

 お二人は私と同じ部屋なんですよ。寮と同様に一夜君はローランディフィルネィさんと、織斑君は篠ノ之さんと同室と言う案もあったんですけれど、其れだと婚約者さん達だけでなく、他の生徒達も押し掛けそうだったので私と同じ部屋になったんです。」

 

「あ、そうだったんですか?……なら、僕達の部屋が記載されてないのは納得だね。」

 

「教員の部屋まで押し掛けて来る猛者は流石に居ないだろうからな……いや、俺の嫁ズは押し掛けて来るかも知れないけどな。俺の嫁ズは怖いモノなしだ……殴って倒れる相手に対しては。」

 

「殴って倒れない相手に対しては?」

 

「……俺の嫁ズなら、其れも最終的には気合でなんとかするような気がする。……殴って倒れない相手でも、お前の方は箒が何とかしそうだよな?確か実家の神社では巫女さんもやってるんだろ?」

 

「うん、まぁ出来るような気がしなくもないよ。夏祭りや正月限定の巫女さんだけど。」

 

「巫女さんなら幽霊を祓う事も出来るかも知れませんね?まぁ、来たら来たで其の時は就寝時間までは思い切り楽しんじゃいましょう♪偶には羽目を外すのも大事な事ですら♪」

 

 

夏月と秋五の部屋は記載されていなかったが、此れは他の生徒が押し掛けるのを避ける為に『教員との同室』になっていたからだった。

そして同室の教員は真耶なのだが、此れは職員会議で学園長から真耶を直々に指名したからだ――此れがもしも一昨年だったら千冬と同室だっただろうが、千冬は去年の楯無との模擬戦で評判が下がり、今年に入ってからは教員だけでなく生徒の間でも評価が下がり続けている事で、世界に二人しか存在しない貴重な男性IS操縦者を任せる事は出来ないと判断されたのだ。

逆に真耶は此れまでは千冬の陰に隠れていたが、今年に入ってからはその隠された実力を発揮する機会が多く、教師間でも生徒間でも評価が鰻登りになっているので夏月と秋五と同室と言う重要任務を任されたのである――そうであっても、『来たら来たで、其の時は就寝時間まで楽しんじゃいましょう』と言う柔軟な発想が出来るところも真耶の良い所であると言えるだろう。得てして、修学旅行や臨海学校を生徒と共に楽しめる教師は生徒人気が高いのだから。

 

真耶と共に部屋に到着した夏月と秋五は其処で制服をパージすると夏月はボクサーや総合格闘家が入場時に纏っているロングパーカーを、秋五はグレーの半袖のパーカーを纏う……夏月も秋五も既に制服の下に水着を着込んでいたのである。

 

 

「恐ろしく速い早着替え……私でなければ見逃しちゃいますね――ではなく、初日はマルッと自由時間なので楽しんで下さいね一夜君、織斑君♪」

 

「はい、そうします。」

 

「俺達は先に行ってますんで、山田先生も着替えたら来て下さいよ?少なくとも一組の連中は、山田先生とビーチで遊ぶの楽しみにしてると思いますんで。」

 

「ふふ、了解です♪」

 

 

あまりにも速かったので夏月と秋五の水着の詳細は分からなかったが、パーカーを纏った状態でビーチへ行くと、既に複数の生徒が海水浴やらビーチバレーなんかを楽しんでいた。

その生徒達は夏月と秋五がやって来たのに気付くと『わ、私の水着オカシクナイかな?』、『水泳部で水着焼けしてるのに何でビキニ選んだ私!』、『夏のビーチに美男子が二人……今年の夏はこのネタで行こう』等の声が聞こえて来た。

夏月と秋五には既に複数の婚約者が居り、何れも国家代表候補生以上の実力者であるのだが、だからと言って夏月や秋五との交際を諦めた生徒が居ない訳ではなく、自主トレーニングを行って己の実力を底上げして立候補を狙っている生徒も居る――一年一組に限って言えば、鷹月静寐、鏡ナギ、四十院神楽が夏月の婚約者を、相川清香、谷川癒子、矢竹さやかが秋五の婚約者を狙っていたりするのだ。

理由は兎も角として、そのトレーニングによって地力が底上げされていると言うのは悪い事ではないだろう――地力が底上げされ、IS学園に『推薦テスト』を申請して其れをクリアすれば、IS学園の推薦で国家代表候補生になる事も可能なのだから。

 

まぁ、其れは其れとして、ビーチにやって来た夏月と秋五はリングインしたプロレスラーのように纏っていたパーカーを脱いで放り投げる――と同時に、ビーチの女子からは黄色い歓声が上がった。

秋五の身体は細身ではあるが必要な筋肉がついている『男性グラビアアイドル』の様なモノで、水着もシンプルなトランクスタイプだったのだが、夏月の身体は『究極の細マッチョ』であり、全身が『ゴムの柔軟性と鋼鉄の剛性を併せ持つ筋肉』で構成され、極限まで細くしなやかに、それでいて強く鍛え上げられた身体は、それだけでも女子の生物としての『雌の本能』を刺激するモノである上に、夏月の水着はボディービルダーがボディービルの大会で穿いているような身体にジャストフィットしたブーメランタイプであり、女子の視線は釘付けになってしまったのである。

 

 

「腹筋板チョコバレンタイン!」

 

「泣く子も黙る大腿筋!」

 

「背中に鬼神が宿ってる!」

 

 

女性陣から謎の声援が上がったが、そんな事は気にせずに夏月と秋五はビーチに降り立ったのだが、其処で夏月は秋五に『日焼け止めのオイル』を投げて寄越した……浜辺でのオイル塗りは定番のイベントだが、秋五の嫁ズは箒とオニールを除いて全員がヨーロッパ勢の白人であり日焼けは厳禁なのだ。

そして箒とオニールも日焼けには強くないので日焼け止めのオイル塗りは不可避のイベントと言えよう。

同時に夏月は日焼け止めのオイルとサンオイルの両方が必要だった。

簪と鈴と乱、ロランとファニールは日焼け止めのオイルを塗る事になるのだが、ヴィシュヌにはその特徴的な褐色肌をより美しくするためにサンオイルを塗る事になるからだ……尤も既に大人の階段を上っている夏月と秋五にはオイル塗り程度は余裕の任務なのだが。

 

 

「アタシが一番乗りね!夏月ーー!」

 

「は~い、突撃は危険で危なくてデンジャラスだからダメだぜ鈴。そして、良い子も悪い子も真似しちゃダメだ。」

 

 

嫁ズで真っ先にやって来たのは鈴だ。

夏月に飛びついて肩車をして貰おうと目論んでいたのだが、夏月は飛びついて来た鈴を右腕で受け止めると、其処から空中で一回転させて右肩に抱えると言うトンデモナイ離れ業を披露してくれた。

しかも、此れだけのことをして鈴には一切ダメージがなかったのだから、夏月の絶妙な力加減は褒めるべきであろう――こんな事をされて全く驚いていない鈴の強心臓も大したモノだが。

 

 

「なんか目論んでたのは違う結果になっちゃったけど、アンタよく片腕でアタシの事抱えられるわね?

 自分言うのもなんだけど、片腕で抱えられる重さじゃないと思うんだけど?」

 

「鍛えてるから此れ位は余裕だっての……なんなら左肩に乱を乗せる事も出来ると思うぜ?……多分本気のブリッジならロランとヴィシュヌと楯無さん乗っけてもイケると思うしな。

 相手のバランス感覚次第だけど、多分指一本でお前達を支える事も多分出来ると思うぜ。」

 

「其れは中国雑技団も真っ青の難技だと思うわアタシ。」

 

 

そして其れを皮切りに夏月と秋五の嫁ズがビーチに現れたのだが、彼女達の水着姿は他の生徒達の戦闘意欲を削り切るには充分な破壊力があった――コメット姉妹は兎も角として、其れ以外は割とプロポーションが極悪であり、箒の桜色のツーピースと、ヴィシュヌの白のビキニの破壊力は特に凄まじくエクゾディアレベルか最上級特殊能力を発動したオベリスクの如しだったのだ。

更に隠れ兵だったのがシャルロットだ。

性別を偽り、男装していたシャルロットは中性的なイメージが強かったのだが、水着になってみたら『お前男装してる時一体如何やって隠してたんだ?』と言うレベルで胸部装甲が凶悪だったのだ。

 

 

「……分かっちゃいたけど、やっぱりアタシが乳ヒエラルキーの最下層かい!

 年下の乱に負けてるってだけでも結構凹むのに、なんだってこうもドイツもコイツも胸がデカいのよ!唯一私よりもサイズが低いのがファニールとオニールだけって流石にダメージがデカ過ぎるんですけど!!最終的には泣くわよオイ!!」

 

「ふむ……だがしかし、ファニールとオニールは飛び級でIS学園に入学したとは言え本来ならば小学生で、現在成長期真っ盛りと言うのを考えると、将来的には超えられてしまうのではないかな鈴?

 女の子の成長はとても早いからねぇ……最短で一年後には身長もスリーサイズも抜かされている可能性が否定出来ないよ。」

 

「サラリとトドメ刺してんじゃねぇわよロラン!!……かくなる上は、タバ姐さんに頼んで身長と胸を大きくする薬を作って貰うか……」

 

「ア~~、友人として、姉さんの妹として言っておくが、其れは絶対に止めた方が良いぞ鈴……姉さんならば出来るだろうが、きっと限界突破したモノを作ってお前が望んだのとは異なる結果になるだろうからな。」

 

「だまらっしゃい!此の天然即席ホルスタイン!!」

 

「……何時になく荒れてるね鈴は……」

 

「貧乳でまな板で盆地胸な鈴にとってこの光景は地獄だろうからなぁ……せめて背が高ければまだ良かったんだろうけど、鈴は身長もちっこいから色々コンプレックスが爆発してんだろ。多分な。」

 

 

そんなこんなで夏月と秋五の嫁ズも勢揃いした所で、彼等の臨海学校初日の自由時間がスタート。

先ずはレジャーシートを砂浜に敷き、海の家でレンタルしているビーチパラソルを立てて、其処で嫁ズへのオイル塗りを行い、確りと準備運動をしてから海へと突撃!

 

海の水は透明度が高く、そして浅瀬にはサンゴ礁が存在しているのでゴーグルを装着しただけの簡易装備であっても十二分に美しい海の光景を楽しむ事が可能となっており、夏月と秋五は嫁ズとの海を堪能していた。

サンゴ礁にて其処に住まう生き物たちと戯れる嫁ズは実に魅力的であり、夏月と秋五が一瞬彼女達の姿に人魚を幻視してしまったのはある意味で当然なのかも知れない。

因みに、全員が専用機持ちであり、専用機は待機状態で身に着けているのだが、ISは待機状態でもその機能の一部はオンになっており、その中には『宇宙空間でも呼吸が出来る』と言うモノがあり、其れが機能している事で夏月達は水中でも普通に呼吸が可能になっており、長時間潜っている事が可能になっていた。

其のお陰で普段は中々見る事が出来ない貴重な生物を見る事も出来ていた。

 

 

「夏月、この身体が透明な魚は何ですか?長い身体……リュウグウノツカイの幼生でしょうか?」

 

「いや、コイツは……ウツボの幼魚だな。前にテレビで見た事があるけど、まさか実物を拝む事が出来るとは思わなかったぜ……幼魚時代はこんなに綺麗なのに、なんだって成魚になると海のギャングになっちまうのかねぇ?

 真正面から見たウツボの顔は何とも言えない愛嬌があるけどな。」

 

「箒、何してるの?」

 

「ハリセンボンが威嚇して膨らんで来たので、睨めっこをしている。」

 

 

この様な感じで海を堪能した夏月達は浜辺に戻ると、クラスメイトからの誘いを受けてビーチバレーに参加する事になった――そのビーチバレーには真耶も参加していたのだが、水着姿の真耶は箒とヴィシュヌ以上の攻撃力を発揮していた。

水着はシンプルなビキニタイプなのだが、光沢を抑えたカッパーゴールドが『大人の女性』を演出し、海と言う事で眼鏡を外してコンタクトレンズを装着した真耶は普段のおっとりとした感じではなく、『出来る女性』の感じが出ていたのだ。

更に真耶はビーチバレーでも見事な動きを見せ、次々とスパイクを決めて生徒達から尊敬の念を集めていた――同じ頃、千冬は海の家で勤務時間であるにも関わらずビールを飲むと言うトンデモナイ事をやっていたのだった。

 

其れはさて置き、ビーチバレーに参加した夏月達は組み合わせを変えながらビーチバレーを楽しんでいたのだが、そろそろランチタイムになると言うところで千冬が乱入してきて夏月に勝負を申し込んで来た。

少しばかり面倒だとは思ったモノの、夏月は断る理由もなかったのでヴィシュヌをパートナーに指名し、千冬はラウラをパートナーに指名して試合が始まったが、試合は終始夏月&ヴィシュヌペアが主導権を握る展開となった。

サーブ後のリターンで千冬は強烈なスパイクを放って来たが、夏月が其れをレシーブするとヴィシュヌが絶妙なトスを上げ、其処から夏月がレーザービームの如きスパイクを叩き込んで点数を重ねて行き、時にはヴィシュヌが超高角度のジャンピングサーブでサービスエースを決め、終わってみれば夏月&ヴィシュヌペアが完封のストレート勝ちを収める結果となり、千冬は赤っ恥を掻く結果となったのだった。

 

ビーチバレーを終えた後はランチタイムになったので、一行は海の家でランチを摂る事にした。

海の家のメニューと言えばカレーライス、ラーメンが主食のメインであり、サイドメニューとしてフランクフルト、焼きそば、イカ焼き、おでんと言った感じで、夏月達もカレーライスやラーメンをメインとしてオーダーし、各種サイドメニューを頼んでシェアしていた。

 

 

「フランクフルトにケチャップは要らん!マスタードだけで食すのがドイツ流だ!」

 

「ソース焼きそばって、中華料理的には邪道なんだけど、何とも言えない美味しさがあるのよね此れって……ソース焼きそばも、日本人のソウルフードって言えるかもしれないわね。」

 

「今更だけど、何で夏場の海なのにおでんがあるんだろう?」

 

「海で冷えた身体を温めましょうって事なんじゃないのか?」

 

「ふむふむ、そう言われてみれば納得してしまうねぇ?簪も疑問が解けて良かったんじゃないかな?」

 

「うん、納得した。そしてやっぱりおでんは出汁が浸み込んだダイコンが一番美味しい。後は牛筋が良い。」

 

「カンザシ、意外と好みが渋いね……」

 

 

海の家でのランチタイムを楽しんだ後の午後の部では、夏月組と秋五組は観光用のクルーザーで沖に出て、其処で釣りを楽しむ事にした。

水着姿の美男美女が釣りを楽しむ様は何とも絵になるモノであり、其れこそ釣り専門雑誌の表紙を飾れるのではないかと思うレベルだろう――其れほどまでの魅力があるのである。

 

釣りは全員が初体験だったのだが、ビギナーズラックと言うか釣果の方も上々で、アジやイワシ、タイやヒラメと言った魚をそれなりの数を釣り上げており、クーラーボックスもソコソコ埋まっていたのだが、ソロソロ港に戻ろうとしたところで、突如夏月の竿に大きな当たりが来た。

其れを見た夏月はすぐさまリールを巻いて釣り上げようとするが、食いついた相手は相当な大物なのか中々引き上げる事が出来ない……其処から夏月と魚の正に力比べの格闘が幕を開け、タップリ一時間を掛けた格闘の末に針に掛かった魚が海面に姿を現したのだが、其処に現れたのは実に見事な角を有した『カジキマグロ』だった。角まで含めれば大きさは2mを越えているだろう。

カジキマグロは釣り上げられる直前に最後の力を振り絞って決死の体当たりをブチかまして来る事もあるので釣り上げる前にトドメを刺すのがセオリーで、夏月が引き上げる直前に秋五がモリで海面まで引き上げたカジキの頭を突いてトドメを刺したのだった。

 

 

「まさかカジキマグロ釣り上げちまうとは思わなかった……此れ競りに出したらドレ位の値段が付くんだろうな?」

 

「カジキはホンマグロよりは大分安価で取引されてはいるけど、其れでも此の大きさだと数十万はするんじゃないかな?しかもこれはマカジキだし。」

 

 

こうして良い釣果を治めたのだが、『釣り上げた魚は如何するか?』と相談していたところ、真耶が花月荘に連絡を入れて引き取って貰う事になり、今晩のメニューに使われる事になったのだった。釣りたて新鮮な魚が如何調理されるのか、夏月達も楽しみにしていた。

 

釣りから戻って来た夏月達は再びビーチへと向かったのだが、其処では本音が何とも見事なサンドアートを作り上げていた。

遊戯王の霊使い、軌跡シリーズの歴代主人公、ガンダムシリーズから昭和の主人公(アムロ・レイ&ガンダム)、二十一世紀最初の主人公(キラ・ヤマト&フリーダム・ガンダム)、令和の主人公(スレッタ・マーキュリー&ガンダム・エアリアル)、地面に突き刺さった伝説の剣、モンスターハンターのリオレウスと討鬼伝のゴウエンマのタッグに戦いを挑むハンターとモノノフ等々、サンドアート展の会場もビックリの状態となっていた。

 

 

「凄いな……此れ全部のほほんさんが作ったのかよ?」

 

「本音にこんな特技があったとは意外……ISの整備が得意だから手先が器用なのは知ってたけど……MGEXストフリのエモーションマニュピレーター、本音に頼めば良かったかなぁ?」

 

「えへへ~~、作り始めたら気分が乗って、気が付いたらこんな事になっていたのだ~~!

 因みに、私一人で作ったんじゃなくて、キヨキヨやしずしず、ゆこゆこにも手伝って貰ったんだよ♪特に~、七月のサマーデビルを自称するゆこゆこはとっても頼りになる仲間だったのだ~~!」

 

「七月のサマーデビル……ふむ、一体どのような意味があるのか少しばかり興味があるね?」

 

「其れは、何となく深く聞いてはいけないような気がします……」

 

 

当の本音はマダマダ作る気満々で、『次はブラック・マジシャン師弟を作るのだ~~!』と張り切ってサンドアート制作を再開し、夏月と秋五の嫁ズは改めてオイルを塗って貰った上で再び海に入り、夏月と秋五は海の家で水上バイクをレンタルして嫁ズと海上ツーリングを楽しみ、ヴィシュヌは水上バイクで引っ張られながら波乗りを行い其処で見事な宙返りなどのトリックを決めて見せ、他の生徒達を驚かせていた。

こうして初日の自由時間を思い切り楽しみ、最後は誰が言って始まったのか、クラス対抗のビーチフラッグ大会が行われ、激闘の末に三組が優勝を捥ぎ取った。

各ブロックを勝ち抜いたヴィシュヌとロランが決勝戦でぶつかったのだが、最終的には足の長さで勝るヴィシュヌがロランを上回ったのだった――因みにエキシビションで行われた夏月と秋五の一騎討は三回勝負で夏月の二勝一敗で幕を閉じた。

更に序に、本音が静寐、清香、癒子と共に作り上げた数々のサンドアートはクラスメイトによって各種SNSにアップされてバズリまくり、Twitterでは一時『超凄いサンドアート』がトレンド入りしていた。

 

尚、千冬はビーチバレーで夏月に負けた後も海の家に入り浸ってビールを飲んでおり、その様子は真耶が確りと動画に収めて学園長にメールで送信しており、学園では轡木が楯無と相談して千冬から『実技担当責任者』の権限も剥奪する事を決めていた……千冬にインストールされた人格は自ら破滅の道を歩むモノであったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

海を満喫した生徒達は軽くシャワーを浴びた後に浴衣に着替えて夕食の大広間にやって来たのだが、その豪勢な夕食メニューに驚く事となった。

輝く銀シャリは其れだけでも魅力的なのだが、おかずには『刺し身の盛り合わせ』、『茶碗蒸し』、『天婦羅の盛り合わせ』、『浜焼き』が用意されて、食欲中枢をダイレクトに刺激するモノとなっており、刺し身の盛り合わせには夏月達が午後の釣りでゲットした魚が使われているのだから豪勢極まりないのは当然と言えるだろう。

タイは皮付きの湯引き、ヒラメは薄造りでエンガワが添えられ、アジはタタキ、イワシはナメロウになり、カジキマグロは厚切りの刺し身だけでなく、浜焼きにも厚切りの身が提供されていた。

茶碗蒸しにはカマボコとシイタケ、そして新鮮なエビが具材として使われており、全体をカツオ節とサバ節、昆布のだし汁が上品に纏め、天婦羅の盛り合わせは海鮮の他にナス、カボチャ、シシトウ、オクラなどの夏が旬の野菜も添えられており、浜焼きには先述した厚切りのカジキマグロに加えて、ハマグリ、岩ガキがあり、アワビに至っては活アワビを其のまま殻ごと焼く『踊り焼き』での提供となった。

 

 

「コイツは何とも豪勢極まりないな……刺し身に添えられてるワサビも、此れは本ワサじゃねぇか。」

 

「本ワサは香りが違う……カジキマグロの濃厚な脂にはワサビのツンとした辛みが良く合うよ。」

 

 

刺し身に添えられたワサビは純度100%の『本ワサビ』であるのも驚くべき事だった――秋五から本ワサの説明を受けたシャルロットが、ワサビを其のまま食す、『外国人あるある』を披露してくれたが、其処に『三ツ矢サイダー』を渡した箒も中々に鬼畜と言えるだろう。

ワサビの辛さでダメージを受けた口内に炭酸の追加ダメージにシャルロットは悶絶する事になり、箒は『秋五を裏切るような事があれば此の程度では済まさん』と言っていた……腹黒フィアンセは、中々に前途多難なようである。

 

 

「夏月、アンタのエンガワ頂戴!」

 

「其れは無理な相談だぜ鈴……ヒラメのエンガワは一番美味しい所だろうが!でもって希少部位!此ればっかりは俺の嫁でも譲る事は出来ねぇ!同じ提案をされた時、お前は其れを容認出来るのか!」

 

「其れは無理ね♪」

 

「なら、此処は大人しく諦めな。」

 

 

こうして豪華な夕食を堪能した後は、食休みを挟んでお風呂タイムに突入した。

花月荘には屋内の温泉だけでなく露天の温泉が男女別で存在しており、多くの生徒は露天の方を選択し、夏月と秋五の嫁ズも露天温泉に向かったのだが、其処では鈴にとってはビーチ以上の地獄の光景が展開されていた。

バスタオルで隠されているとは言え、露天温泉では『巨乳~魔乳の展示会』と言っても過言ではないレベルの『乳祭り』状態となっており、特に箒、ヴィシュヌ、本音の『一年生乳ヒエラルキーのトップ3』の攻撃力はぶっ飛んでおり、より分かり易く言うなら、箒は攻撃力5000、ヴィシュヌは攻撃力4500、本音は攻撃力4000で、鈴の攻撃力は1000と言ったところだろうか?

 

 

「海以上にムッカつくわねこれぇ!

 なんだってドイツもコイツも胸に脂肪を蓄える事が出来てるのよ~~!!毎日牛乳飲んでたのに、80に届いてないアタシへの嫌がらせか此れは!特に箒とヴィシュヌ!アンタ等の胸を5%ずつアタシに寄こしなさい!」

 

「ですから、其れは無理です。」

 

「姉さんに頼めば可能かも知れんがな……私としても胸が大き過ぎるのは悩みの種なので、少しばかりバストダウンしたい所だからな。」

 

「其れはイヤミかこの乳魔人どもが~~!!」

 

 

鈴がまたしてもトンデモナイ無茶要求をして来たが、この時壁一枚で隔てられた露天の男風呂には夏月と秋五が入っており、これ等の会話はバッチリと二人の耳にも届いていたのだった。

 

 

「鈴、相変わらず胸の事になると色々とアレだね……気持ちは分からなくもないけど。」

 

「まぁ貧乳は貧乳で魅力もあるんだけどな……ぶっちゃけて言うと、貧乳との夜のISバトルは結構良い感じだったぜ?ボリュームは足りないけど、その代わりに感度は最高だったからな――結論として、デカくても小さくても双方に夫々良い所があるって感じだな。」

 

「僕はサラッとトンデモナイ事を聞いた気がするよ。……って言うか、こっちに僕達が居るなんて事は微塵も思ってないよねアレ。」

 

「絶対に思ってねぇだろうな。」

 

 

だからと言って何が如何なる訳でもなく、一行は温泉を満喫したのだった。

そして温泉を満喫した後、夏月と秋五の嫁ズは二人の宿泊部屋となっている真耶の部屋に突撃をブチかまし、其処で全員が夏月と秋五のマッサージを受け、そして其の後にトランプやウノでのゲーム大会が始まった。お菓子やジュースをOKにしてくれた真耶は、『一日目は完全自由行動なので無礼講です』と微笑んでいた。

そのゲーム大会の中で、真耶は夏月と秋五の嫁ズに『時に皆さんは一夜君と織斑君の何処に惚れたんですか?』と斬り込んで来たのだが、其れに対する夫々の嫁ズは異口同音に『人柄に惹かれた』と答えていた。

ロランは夏月が自身のファン第一号で、更識姉妹は夏月と家族として過ごした時間の中で惹かれて行き、鈴と乱にとっては初恋の相手、ヴィシュヌとグリフィンとファニールは何時の間にか好きになっていた。

箒は秋五が初恋の相手で、セシリアは自分を変えてくれた相手、シャルロットは利害の一致だが、ラウラはVTSの暴走から救い出してくた恩人であり、オニールにとっては大好きなお兄ちゃんなので、『人柄に惹かれた』と言うのは嘘ではないのだろう――少なくともシャルロット以外は。

 

 

「その捨て牌、ロンだ!

 見るが良い、此れこそが人生で一度見る事が出来るかどうかと言う麻雀の最強役!ポーカーのロイヤルストレートフラッシュをも上回る最強無双の究極の一手!

 チューレンポートーじゃぁぁ!!ツモじゃなくてロン上がりだから得点は二倍!大人しくハコを喰らいやがれぇ!!」

 

「チューレンって、マジですか!?」

 

「まさかの幻の最強手牌を揃えるとは、流石と言うか何と言うか、運も凄いね夏月。」

 

「夏月の此処一番での強運はデュエルだけではなかったみたいですね……」

 

 

そうして就寝時間ギリギリまで行われたゲーム大会では、最後の麻雀大会で夏月が幻の最強手牌と言われている『チューレンポートー』をリーチを掛けてからのロン上がりで完成させ、秋五と真耶とヴィシュヌに見事にハコを喰らわせて一撃必殺の大勝利を収めていた。

此の麻雀対決では、負けたラウラが副官からの入れ知恵で服を脱ごうとしていたのだが、其れは夏月と秋五が全力で阻止し、『脱衣麻雀』な展開は阻止していたのだった。

そして、ゲーム大会を心行くまで楽しんだ一行は、就寝時間の五分前になると夫々の部屋に戻って行き、眠りに就くのだった。

 

 

「それじゃあ電気を消しますね?お休みなさい、一夜君、織斑君。」

 

「お休みなさい山田先生。」

 

「Good Night.Sweet Dream.(お休みなさい。良き夢を。)と、敢えて英語で言ってみたんだが如何だろう?」

 

「日本語で良かったんじゃないかなと思うよ?」

 

「でも、発音自体はとっても良かったと思います。」

 

 

夏月が英語で言った後に感想を求め、秋五は若干辛口で、真耶は発音は良いと褒めてくれた――其れは其れとして、直後に真耶の部屋も照明が落とされ、夏月と秋五もあっと言う間に夢の世界へと旅立って行くのだった――思い切り楽しんだだけに、身体は疲れていたのかも知れない。

海を思い切り楽しみ、豪華な食事と最高の露天温泉を満喫し、臨海学校一日目は大きなトラブルもなく無事に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月達が海を満喫していた頃、楯無は生徒会室で生徒会の業務を熟していた。

主な仕事は書類への捺印なのだが、本日は学園長との会談もあって本来の予定よりも可成りの業務量を熟す事になり、判を捺した書類の数は余裕で四桁は下らないだろう――其れ等の作業も一区切りとなり、一休みに虚が紅茶を淹れてくれているのだが――

 

 

 

――パリン!

 

 

 

「ティーカップが割れた?……何だか不吉ね此れは……」

 

 

其処で楯無が愛用しているティーカップが突如として真っ二つに割れ、楯無も虚も、其処に何か不吉な事が起きるのではないかと言う不安を抱かずには居られなかった……夏月達が居れば大丈夫だと思う反面、『カップが割れる』と言う不吉極まりないモノを見てしまった楯無が不安になるのは致し方ないと言えるだろう。

 

 

「お嬢様、此れはきっと偶然です……不吉な事は、起こらない筈です……多分。」

 

「そ、そうよね虚ちゃん……カップが割れるのは不吉の前兆なんてのは、所詮は迷信に過ぎないんですからね。」

 

 

楯無も虚もこの結果は偶然だと自らに言い聞かせるが、ティーカップが真っ二つに割れたのは決して偶然ではなく、不吉の前兆であった事を、二人は後に知る事になるとはこの時は誰も予測すらしていなかっただろう――そう、其れこそ全知全能の存在である神ですら、臨海学校の二日目に起こる最悪の事態は、想定していなかった事であるのかも知れない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode39『臨海学校二日目は訓練とまさかの非常事態!?』

臨海学校二日目は箒の誕生日だBy夏月     うん、絶対に束博士がやって来るわね♪By楯無    来る、きっと来る~~Byロラン    其れは、ちょっと違う。其れだと貞子が来ちゃうBy簪


アメリカ領ハワイ沖。

海に浮かぶアメリカの空母『リンカーン』の艦内では、アメリカとイスラエルが共同開発したIS『シルバリオ・ゴスペル』が此れから行われる起動試験の為に待機しており、其の機体のテストパイロットとして指名された、アメリカ空軍の女性パイロット『ナターシャ・ファイリス』は待機状態のゴスペルを愛おしそうに見つめていた。

 

 

「やっとこの日が来た……やっと貴方と共に飛ぶ事が出来るのねゴスペル。」

 

 

ナターシャはゴスペルのテストパイロットとして指名されたその日からゴスペルと共に空を駆ける事を楽しみにしており、今日と言う日を心待ちにしていたのだ――ナターシャに触れられたゴスペルは、それに呼応するように僅かにメインカメラを明滅させた。……尤も此れは、整備スタッフが外部からメインカメラを操作したのだが、中々に粋な事をしたと言えるだろう。

此れからゴスペルと共に空を駆けるナターシャへの激励の意味もあったのかも知れない。

 

 

「ふふ、貴方も私を待ってくれていたのかしら?だとしたら、私達は相思相愛ね♪」

 

「相思相愛ねぇ……そりゃ結構な事だが、恋人がISってのは少し寂しくないかナタル?」

 

「あら、IS乗りにとって相棒である機体と相思相愛である事は此の上ない幸福な事だと思うのだけど、そう思っていたのは私だけだったのかしら?……此の子と共に空を飛ぶ、其れを考えただけでも私はワクワクして来るのよ。」

 

「ソイツは素晴らしい考えで……ISに乗る事すら出来ないのに、『ISを動かす事が出来る女性は男性よりも上位の存在だ』とか考えてる女性権利団体の連中にヘッドホンで二十四時間耐久で聞かせてやりたいね。」

 

 

少し揶揄うように言って来た男性整備スタッフにナターシャは偽らざる本音を言うと、男性整備スタッフも軽口を叩きながらも『降参だ』と言うように両手を挙げ、ゴスペルが待機しているドック内は和気藹々とした雰囲気に満ちていた。

夏月と秋五と言う例外の二人を除いて、ISは女性にしか起動出来ないが、ISの整備・開発の分野ではマダマダ男性スタッフの数も多い。

特に整備業では男性整備士の方が女性整備士よりも圧倒的に多いので、整備業務から男性を排斥すると言うのは愚の骨頂なのだ――『女尊男卑思考』の持ち主であるIS乗りは、男性整備士を自身の機体の整備から排除した結果、逆に女性整備士からも見放されてしまい、機体の整備が出来なくなり、結果としてIS乗りとしての地位を失ってしまったなどと言う例もあるのだ。

 

其れはさて置き、アメリカとイスラエルが共同開発した『シルバリオ・ゴスペル』は、『アメリカとイスラエルが共同開発した、両国が持てる最新技術を結集して作り上げた最新鋭の第三世代機』と言うのが表向きの発表だったが、実は其れだけではない裏の事情が存在していた。

IS関係の産業は今や世界の一大産業となり、其の分野で成功を収めている企業ほど株価は上がり、大企業として発展しているのだが、現在IS関連の産業は、機体の開発、搭載OSの開発、搭載武装の開発の何れにおいてもシェアの上位を独占しているのは日本の企業であり、特に『世界初の男性IS操縦者』である夏月の専用機を開発し、更に夏月がテストパイロットを務めている『ムーンラビットインダストリー』は、更識姉妹、ロラン、鈴、乱の専用機も――日本、オランダ、中国、台湾の国家代表及び国家代表候補生の専用機も開発しており、急激に業績を伸ばしており、其れがIS登場以前は圧倒的な財力と軍事力で『世界の警察』を自負していたアメリカには少しばかり面白くなかった。

 

第二次世界大戦後、戦勝国として日本を占領し、日本が独立を果たした後も『日米安保条約』によって軍事的に日本を守る体を保っておきながら、実質は日本を『自国の属国』と考えていたアメリカだが、IS登場以降は、ISの開発国である日本の立場が国際社会でも高くなり、自衛隊にも日本製のISが多数配備され、更には憲法の第九条に自衛隊の存在が明記され、世界に向けて『日本は自国を防衛する為の武力は排除しない』と言う姿勢を明確にした事で、アメリカは日本に対して急速に支配力を縮小させて行った――ISが核爆弾ですら絶対防御を発動すれば無効に出来ると言うのも大きく、『核の傘』の力も弱くなっていたのも大きいだろう。

 

其処でアメリカはせめてISの分野で日本を抜いてやろうと、恥も外聞もかなぐり捨てて友好国であるイスラエルと最新鋭の第三世代機の開発に着手し、開発スタッフが『スピード・ウォリアーも同情するレベルの過労死』をするのではないかと言う位の超絶ブラックな開発環境の末に完成したのが『シルバリオ・ゴスペル』であり、其のスペックは現行の第三世代機を上回るスペックを実現していた――其れでも、ISの生みの親である束が直々に開発した『騎龍シリーズ』と比べたら『太陽とBB弾』位の差がある訳だが。

 

ともあれ、アメリカとしては此の最新鋭の第三世代機の開発を持ってしてIS産業で日本を追い抜くと言う思惑があったのだ――そして、其れを実現する為に、シルバリオ・ゴスペルには『アラスカ条約』の穴を突いたアウトゾーンギリギリのグレーゾーンとなる機能も搭載されていたのだった。

勿論、ゴスペルのパイロットであるナターシャも、整備チームもそんな事は露ほども知らずに、本日の起動試験に向けて全力を尽くしていたのだが、シルバリオ・ゴスペルの覚醒がトンデモナイ大事を引き起こすとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode39

『臨海学校二日目は訓練とまさかの非常事態!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校二日目。

今日も今日とて朝早く目覚めた夏月は日課になっている早朝トレーニングを行っていた――花月荘から離れすぎると問題になりかねないので何時ものマラソンは出来なかったが、学園島では行えない『砂浜でのロードワーク』を行う事が出来て、期せずして下半身の強化を行う事が出来ていた。

 

トレーニングを終えた夏月は温泉で汗を流すと自室に戻ろうとしたのだが、その道中である渡り廊下で箒とエンカウントした。

 

 

「よう、早起きだな箒?

 早起きは良い事だが、何してんだお前?」

 

「一夜か……此れは如何見ても怪しいのでな。」

 

 

その箒はと言うと、庭に生えているうさ耳を学園の許可を取って持って来ていた木刀で突っついていた――うさ耳は、つまり束のトレードマークでもあり、其れを知っている箒だからこそ、『引っこ抜いてね♪』と張り付けられたプレートを安易に信じる事はせずに木刀で突っつくと言う行為に出たのだろう。

 

 

「怪しいどころの騒ぎじゃねぇなオイ……だけど、引っこ抜いたら引っこ抜いたで何か起きそうな気がするんだよなぁ……」

 

「私もそう思ったから引っこ抜かずに木刀で突っついてみたのだが、何も起きなかったんだ……さて、此れは如何したモノかな?」

 

「引っこ抜くのは間違いなくNGだが、突っついても何も起きないと来たら……だったら最終手段として踏み付けてみるか――そう、踏み付けるだけで自分と同じ大きさの敵を倒す事が出来る世界一有名な配管工の赤服ヒゲ親父の如くに!」

 

 

此処で夏月は『踏み付ける』と言う行動を選択し、渡り廊下から一足飛びでうさ耳の上まで移動するとそのまま踏み付けると華麗なテンポで着地し、着地と同時にスライディングキックでうさ耳を地面から刈り取り、空中に舞って落ちて来たうさ耳に、裏拳の要領で『逆手掌打』をブチかましてうさ耳を文字通りに『粉砕』してみせた。

 

だが、粉砕されたうさ耳は『ファイナルファンタジー』の『勝利のファンファーレ』を奏でたかと思ったら、粉砕された事で発生した欠片が瞬時に大人気駄菓子の『うまい棒』、『Bigカツ』、『マーブルガム』に姿を変えたのだった。

 

 

「うさ耳を粉砕したら駄菓子に変わるって、量子変換技術を使ったにしたってぶっ飛んでんだろ流石に……つーか、束さんは一体何がしたかったんだろうな?――お前は分かるか箒?」

 

「実の妹である私でも姉さんが何を考えているのかは分からんが……うまい棒は定番の『チーズ』だけでなく大人気の『明太子』と、根強いファンがいる『納豆』をチョイスしたのは評価出来ると思う。」

 

「……何だろう、今この瞬間に俺は束さんと箒は間違いなく姉妹なんだなって確信したぜ。」

 

 

此のうさ耳は、恐らく束のちょっとしたイタズラであり大きな意味は無かったのだろう――駄菓子が撒き散らかされると言うのは、国際的に指名手配される前には、夏祭りの度に篠ノ之神社内にて屋台を展開しながら、無邪気な子供達に対しては『駄菓子のレインメーカー』をかましていた束らしいが。

 

うさ耳を処理した夏月と箒は夫々自室に戻り、自室に戻った夏月は既に起きていた真耶に挨拶をした後に、未だ寝ていた秋五に近付くと……

 

 

「何時まで寝コケているのだ秋五!たるんでいるぞ!」

 

「わぁ!起きてるよ箒……って、夏月か!」

 

 

耳元で箒の真似をして秋五を叩き起こしていた。

此れには秋五も少しばかり抗議したが、此の部屋で一番最後に起きたのは自分であった以上は、『起こして貰った』と言う事で其れ以上の抗議はせず、『朝温泉』を堪能した後に夏月達と共に朝食の場となっている大広間に向かって行った。

 

 

「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」

 

 

そして始まった朝食タイムのメニューは昨晩の夕食と比べれば劣るとは言っても可成り豪華なモノだった。

メニュー其の物は『ご飯』、『焼き魚』、『納豆』、『味噌汁』と朝食の定番のメニューだったのだが、ご飯は地場産のコシヒカリを使った銀シャリで、焼き魚はこれまた地場産のアジを干物にしたモノで、納豆は『水戸産』のブランド納豆である『舟納豆』に地場産の卵の卵黄とネギとカツオ節をトッピングし、味噌汁はこれまた特産の豆腐と地場産のワカメ、露地栽培のナメコを使用しており、その美味しさはSSS級であった。

 

 

「のほほんさん、其れ旨いのか?」

 

「日本の全部乗せ丼とも言えるかもしれないけど、流石に其れは……」

 

「え~~?とっても美味しいよ~~♪」

 

 

そんな中で本音は、ご飯に味噌汁をぶっ掛けて、其処に納豆をトッピングすると言うDIO様もビックリ仰天するであろうトンデモ丼を開発し、其れを実に美味しそうに、そして楽しそうに完食し、更にはご飯と納豆と味噌汁をおかわりして二発目をぶっ放すと言う偉業(?)をブチかましてくれたのだった。

 

 

「のほほんさんは究極のグルメなのかそれとも味覚がぶっ壊れてんのか……判断に迷うな此れは?」

 

「馬鹿と天才は紙一重、其れに近いのかも知れないね。」

 

 

本音が自作のトンデモ丼を披露した以外は朝食タイムは和やかで平和的に過ぎて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校の二日目は、『ISの訓練』がメインとなっており、生徒達はISスーツに着替えて浜辺に整列し、其処で『訓練を始める前に、皆さんにISバトルでの本気のバトルと言うモノを見て貰いたいと思います』と真耶に言われ、直後に始まったISバトルに目を奪われていた。

模擬戦を行っているのは夏月&ヴィシュヌペアと、秋五&セシリアのペアだ。

近接戦闘型のペアと、近接型と遠距離型のペアの戦いとなれば、普通は前衛と後衛に分かれているペアの方が一方が得意距離を外されても、もう一方が其れをフォロー出来るのでフレキシブルな戦い方が出来て有利なのだが、此の試合はそうはならなかった。

試合開始と同時にヴィシュヌはセシリアに向かおうとしたのだが、『試合開始と同時に必ずセシリアに近接戦を仕掛けて来る』と予想していた秋五が割って入ってヴィシュヌがセシリアの元に向かうのを阻止していた。

銃剣術による近接戦闘も行う事が出来るセシリアだが、逆に言えば銃剣術を封じられてしまったら近接戦闘が行えなくなると言う事でもあり、更に銃剣術より近い間合いでの徒手空拳の格闘を得意としているヴィシュヌをセシリアに接近させてはならないと考えたのだ。

 

そして其れは見事に功を奏し、ヴィシュヌをセシリアの元に向かわせる事は阻止出来た――そう、ヴィシュヌは。

秋五がヴィシュヌを食い止めたと同時に、夏月がその横をすり抜けて一気にセシリアに接近していたのだ――無論セシリアは秋五がヴィシュヌを止めても夏月が来る事は織り込み済みであり、夏月を止める為に十字砲に配置したBT兵装とスターライトMk.Ⅱによる射撃で夏月を迎え撃った。

しかし夏月はスターライトMk.Ⅱの弾丸を避け、更にはBT兵装からのレーザーを龍牙と鞘の二刀流で斬り飛ばし、弾き飛ばしながらセシリアに接近して鋭い逆手の逆袈裟斬りを繰り出したのだ。

セシリアもその逆袈裟切りをスターライトMk.Ⅱを使った銃剣術で何とか防いだモノの、バリバリの近接戦闘型である夏月に対しては分が悪く、空中に配置したBT兵装を使おうにも、近接戦闘状態では自身を誤爆してしまう可能性がある為に使う事が出来ず、結果として『シールドエネルギーを大幅に減少させるであろう高威力攻撃をギリギリで防ぐ』のが精一杯となっていた――自分を見失っていたとは言え、夏月に舐めプかまされた上で一方的に完封されたクラス代表決定戦の時と比べればセシリアも相当にレベルアップしていると言えるのだが。

 

 

「近接戦闘なら瞬殺出来ると思ったんだが、意外とやるねぇお嬢様?

 銃剣術もクラス代表決定戦の時よりも洗練されてるみたいだし……コイツはアドバイスなんだが、本国に頼んで『銃剣術用のライフル』ってのを開発して貰ったら如何だ?銃身の先っぽにブレードをくっ付けるんじゃなくて、銃身の下部を丸々ブレードにしてさ。

 ライフルとして使う際に照準のブレを抑えるならフォアグリップ付ければ良いと思うし……いっその事ガンブレードの開発を依頼しても良いかもな。」

 

「其れは、貴重な意見として参考にさせて頂きますわ!」

 

 

このままではジリ貧だと思ったセシリアは、此処でミサイルビットを発射した。

近接戦闘の間合いであってもミサイルビットを回避される事は既に分かって居る事であったがセシリアの狙いは他にあった――夏月がミサイルビットを避けると同時に、回避行動によって攻撃の手が緩んだところでBT兵装を操作して回避されたミサイルビットを攻撃し、夏月の背後で爆発させたのだ。

其れは完全なる奇襲の初見殺しであり、予想していなかった背後の爆発を夏月は真面に喰らってしまった。

 

 

「ふふ、夏場の海では花火をするモノだと秋五さんに教えて貰いましたので♪」

 

「此れは花火じゃなくて爆炎ってんだぜお嬢様よぉ……つか、俺を『キタねぇ花火』にする気かよ……黒雷じゃなかったら終わってたな。」

 

「!?」

 

 

だが、夏月は機体のシールドエネルギーを減らしながらも健在だった――並の第三世代機だったらシールドエネルギーが大幅に減っていただろうが、束が直々に開発した『騎龍シリーズ』はISの世代で言えば『第七世代』に相当するので防御力も既存のISと比べたら格段に向上しており、近距離のミサイルの爆発ならばそれ程シールドエネルギーを減少させずに済んだのだ――機体に救われたと言えば其れまでだが、夏月及び騎龍シリーズの使用者は其れだけの高性能機を使用するに値するモノだと言う事なのだろう。

爆炎の中から現れた夏月は再びセシリアに斬りかかって行った。

 

同時にヴィシュヌと秋五の戦いも手に汗握るモノとなっていた。

本来、無手の格闘と剣術ならば剣術の方が圧倒的に有利なのだが、剣の間合いよりもより近い無手の格闘の間合い入ってしまえばその限りではない――そして、ヴィシュヌの場合は其れが更に顕著であった。

ヴィシュヌは腕は兎も角として足が身体の半分を占めていると言う足の長さがあり、其の長い足から繰り出される蹴り技は、剣の間合いでも届く上に、ローキック、ミドルキック、ハイキックの打ち分けだけでなく、ミドルキック→後回し蹴り、ハイキック→踵落としと言ったコンビネーションも繰り出されるので秋五は完全に対応し切る事は出来ず、少しずつ被弾してシールドエネルギーがガリガリと削られていた……其れでも相討ち狙いでヴィシュヌに攻撃してシールドエネルギーを少しずつではあるが減らして居るのは流石は『天才』と言ったところだろう。

 

 

「此れで終わらせる……ヴィシュヌ!」

 

「はい!決めますよ夏月!」

 

 

見応え抜群の試合は、十五分が経過した所で動いた。

夏月がセシリアを、ヴィシュヌが秋五を夫々捉えると、プロレスのハンマースローの要領で夫々を投げて空中で激突させてシールドエネルギーを減らすと、追撃としてヴィシュヌは秋五に稲妻レッグラリアットを、夏月はセシリアにシャイニングウィザードを喰らわせ、そして其れがダメージを逃がせないサンドイッチ攻撃となって白式とブルーティアーズのシールドエネルギーを一気に削り取ってレッドゾーンに突入させる。

 

 

「勝負あり、其処までです!勝者、一夜夏月&ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーペア!」

 

 

此処で真耶が『勝負あり』を宣言して試合は終了。

通常のISバトルではシールドエネルギーが尽きるまで戦うのだが、本日はこの後でISの訓練が控えているのでシールドエネルギーが全損した状態では其れも行えないので、此処で真耶がレフェリーストップを掛けたのだ――此れが千冬だったら最後まで戦わせていたのかも知れないが。

実際に千冬は此処で試合を止めた真耶に対して『最後までやらせろ』と言わんばかりの視線を送っていた――とは言え、訓練内容に関してはを真耶に丸投げしたので口を挟む余地はないのだが。

 

 

「今回の試合のように、一見すると有利に思えるタッグでも、戦い方を工夫すれば勝つ事が出来ると言う事は分かりましたね?

 ですが、此れだけの試合が出来たのは、一夜君も織斑君も、そしてギャラクシーさんもオルコットさんも不断の努力を続けて来たからからの事で、逆に言えば努力は裏切らないと言う事です。

 努力を怠らず研鑽を続けていれば、必ずそれが実を結ぶ日が来るので、皆さんも頑張って行きましょう!」

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

 

此れだけの圧倒的なISバトルを目の当たりにしたら、そのレベルの違いから心が折れてしまう生徒が出てもオカシクないのだが、其処は真耶が実に見事なフォローをして其れを防いでいた――努力を怠らずに研鑽を続けていたにも関わらず、『織斑千冬の最強伝説』の弊害で日本の国家代表になれなかった真耶だからこそ『努力と日々の研鑽は裏切らない』と言う事を生徒に伝えたかったのだろう……自分が悔しい思いをしたからこそ、生徒には後悔して欲しくないと思ったと言うのも大きいだろうが。

 

ISバトルが終わったその後は、クラス別の訓練となったのだが、其処は専用機持ちが六人も居る一組の生徒が操縦技術に関しては特出していた――二組には鈴と乱、三組にはヴィシュヌとコメット姉妹、四組には簪が居るのだが、其れでも一組の専用機持ち六人と言うのは圧倒的で、更には夏月と秋五の指導は至極分かり易かったので生徒の吸収も早かったのだ。

特に夏月の嫁の座を狙っている『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』と、秋五の嫁の座を狙っている『相川清香』、『谷川癒子』、『矢竹さやか』は其れが顕著であり、ともすればこの訓練で、『国家代表候補生』に匹敵する実力を身に付けるに至っていた――恋する乙女のパワーは計り知れない。

 

 

こうして午前中の訓練が終わり、一同は砂浜で花月荘が用意してくれた弁当でのランチタイムになったのだが、この弁当がまた豪華極まりないモノだった。

少し小さめのおにぎりが三種(夏月と秋五用には通常サイズ)とおかず数種のラインナップなのだが、おにぎり三種の具材は夫々、『タラコ高菜』、『醤油漬けイクラ』、『自家製昆布の佃煮』であり、タラコ高菜のおにぎりにはおぼろ昆布、醤油漬けイクラのおにぎりにはオーソドックスに焼きのり、自家製昆布の佃煮のおにぎりには少し厚めに削ったカツオ節を巻くと言う拘りっぷりである。

おかずの方はと言うと、弁当のおかずの定番であり殿堂入りのデフォルトとも言える『玉子焼き』、これまた皆大好き『鶏のから揚げ』、地場産の野菜を使った『コールスローサラダ』と『三種のナムル(もやし、ゼンマイ、ホウレン草)』、そして食後の甘味に夏にぴったりの爽やかな『梅シロップのゼリー』まで添えられていた。

充実したメニューで栄養バランスも考えられている弁当だが、夏月は燃費が悪い身体な上にISバトルを行った事でこの弁当だけでは全然足りず、真耶に『海の家で何か買って来ても良いか?』と許可を取ろうとした。

しかしそこは真耶が先読みをしていて、『一夜君なら足りないだろうと思って、実は旅館に頼んで一夜君用にお弁当のお代わりを用意して貰っておきました♪』と二つ目の弁当を渡してくれた。しかも二つ目の弁当は最初から二人前の量になっていたのだ。

夏月とグリフィンの健啖家っぷりは有名だが、だからと言って其れを見越した弁当の注文は普通はしないだろう――だがしかし、真耶は『空腹では午後の訓練に支障をきたすかもしれない』と考えて追加注文に踏み切ったと言う訳だ。何処まで生徒ファーストの教師であると言えよう。

 

そんな真耶の気遣いのおかげで都合三人前の弁当を平らげた夏月は満足し、他の生徒達と共にランチタイム後の食休みを取った後に午後の訓練に。

午後の訓練は一般生徒が簡単な模擬戦を行い、専用機持ちは専用機の整備及び海外組は本国から送られて来た追加パッケージのインストールを行う事になっている――自分の専用機の整備位は出来るようになっておかねば、専属の整備士にトラブルがあった場合に整備が出来なくなってしまうので、己の機体の整備と言うモノもまた専用機持ちには必須科目であったりするのだ。

 

 

「箒は何でこっちに居るの?専用機持ってないよね?」

 

「姉さんから、『箒ちゃんは専用機持ちの皆と一緒に居てね♪学園の方には私が話しを通しておくから♪』とメールが来たのだ。」

 

 

その専用機持ち達の中に、専用機を持っていない箒の姿があったのだが、束からのメールで此方に来たらしい――更に束は本当に学園に話しを通したらしく、真耶には学園長から『篠ノ之箒君を専用機持ちの方に加えるように』との指示が入っていたのだ。

となれば束が何かやるのは間違いない訳で、束の人柄を知る夏月、秋五、箒、鈴、乱、簪は『果たして何が起きるのか……』と思いながらも、先ずは専用機の整備に取り掛かった。

その整備では簪がその腕前を発揮して秋五組だけでなく真耶をも驚かせていた。

簪のISバトルの腕前は機体の火力と装甲の分厚さに頼った部分があるため、楯無や夏月と比べると一枚劣る部分があるのは否めないのだが、機体の整備関しては誰よりも的確かつ迅速に行う事が出来ていた――更識の仕事で裏方に徹している簪は、ISの世界においても裏方の仕事の方が実は得意だったりするのかも知れない。

 

 

「ふえぇぇ、凄いですね更識さん?私が現役だったら専属の整備士として雇いたい位です……でも、両手の指の間に工具を挟むのは危ないのでやらない方が良いと先生は思います。」

 

「レンチとスパナとドライバーは整備士の三種の神器。」

 

「ガンプラモデラーの三種の神器は?」

 

「ニッパー、ピンセット、デザインナイフ。」

 

 

専用機組は雑談を挟みながら専用機の整備並びに追加パッケージのインストールを行い、一般生徒達は模擬戦でISバトルの実力を高めて行き、『夏月の嫁』の座を狙っている『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』と、『秋五の嫁』の座を狙っている『相川清香』、『谷川癒子』、『矢竹さやか』は午前中の訓練の成果も相まって一般生徒の中では高い成績を叩き出していた。

 

こうして午後の訓練は順調に進んで行ったのだが、突如として沖で高波が発生し、浜辺に居た全員が『何事か!?』と思って沖を見た次の瞬間、高波から何かが飛び出し、そして其れは其のまま一直線に砂浜に向かって来たのだ。

飛んで来たのはニンジン型のロケットで、其れが浜辺に不時着したらクレーター生成は間違いないどころか、最悪の場合は生徒や教師に被害が出るだろう。

浜辺に向かって突っ込んでくるニンジン型ロケットに、一般生徒達はパニックになるが、専用機持ち達――特に夏月組は慌てる事無く専用機を展開すると、ニンジン型ロケットの軌道上に入り――

 

 

「ストⅠ昇龍拳!!」

 

「ストⅡ’タイガーアッパーカット!!」

 

 

夏月とヴィシュヌが『格闘ゲーム最強無敵対空』と名高いジャンピングアッパーカットでニンジン型ロケットを迎撃し、其処に鈴と乱が龍砲で、簪がミサイルの鬼弾幕を追撃として加え、最後はロランが轟龍でロケットを切り裂いてターンエンド。

そしてニンジン型ロケットは爆発四散!――普通なら、この時点でロケットのパイロットは異回送り状態になっているのだが……

 

 

「あ~っはっは!此れはまた何とも刺激的な出迎えだったねかっ君達~~!」

 

 

そのロケットに乗っていたのが束ならばその限りではない。

爆発四散したロケットから脱出した束は、砂浜の足場の悪さなんてモノは一切関係ないとばかりに夏月達に向かって突進し――

 

 

「来るなら来るで、普通に登場出来ないのかアンタって人はぁぁぁ……!!ネイキッドタワーブリッジ!!」

 

「ぺぎゃらっぱぁ!?」

 

 

其れを夏月がカウンターのファイヤーマンズキャリーで持ち上げると、其処から大人気の某英国超人が繰り出した、『人体の構造上、絶対に再現不可能な必殺技』を束にブチかます――再現不可能な必殺技を再現出来るのも、『織斑計画』の成功例であるのかも知れないが。

 

 

「これまた強烈な一撃だったねかっ君?私じゃなかったら死んでるよ?」

 

「俺もアンタじゃなかったらあんな技やらないけどな。

 取り敢えず、自己紹介しとけよ束さん?『篠ノ之束』の名は世界的には有名だけど、その本人と実際に会った事があるのは俺と簪と鈴と乱、秋五と箒だけなんだからな。」

 

「そう言えばそうだったね~~?

 ではでは改めまして、私こそがISの生みの親にして、世界最強の正義のマッドサイエンティストである篠ノ之束さんだよ!その名前を確りと脳味噌に刻み込んでおきたまえよ!ワッハッハ!!」

 

 

其れを喰らっても平気な束もまた大分ぶっ飛んでいるのだが、夏月に促されて自己紹介をすると、多くの生徒は呆気に取られていた――束の名は『ISの生みの親』であると同時に『白騎士事件の黒幕』としても知られており、一般には『ISの存在を認めさせるために自作自演のテロを引き起こした危険人物』と認識されており、其の人柄は『目的を達成するためならば如何なる犠牲も厭わない冷徹で冷酷なモノ』と思われていたのが、実際に目の前に現れた束は思考は少々ぶっ飛んでいるかも知れないが割と愉快な人物だと思えたのだ。

 

 

「やぁやぁ、箒ちゃん!こうして実際に会うのは六年振りだけど、此れはまた何とも実に見事な大和撫子とサムライガールを絶妙なバランスで融合した美人さんになったモンだね?

 六年前の箒ちゃんは束さんの腕の中に納まってたけど、今の箒ちゃんは私の腕の中にはあまるかにゃ~~?……大きくなったね、箒ちゃん。」

 

「六年も経って居るのですから大きくもなりますよ姉さん……息災の様で安心しました。」

 

 

そして自己紹介を終えた束は箒に近付き、そしてどちらともなくハグをした――束は箒の事を超極小のカメラで見ていたとは言え、実際に会うのは六年振となるので箒も束も会えなかった時間を埋めるようにハグを交わして姉妹の絆を確かめ合っていた。

 

 

「束、貴様一体何をしに来た?」

 

 

そんな姉妹の再会に水を注して来たのは千冬だった。

苛立ちを隠そうともしない表情で束に言うと、其のまま近付いて束を箒から引き剥がそうとする――白騎士事件の真相を知っている束が此の場に居るのは自分にとってマイナスでしかないと思い千冬は動いたのだが……

 

 

「そんな事お前に言う必要はねーよ。地の果てまで飛んでけよ此の偽物が。」

 

 

その千冬を束は右腕一本で掴むと放り投げ、落ちて来た所に『破壊王』橋本真也もビックリの爆殺ミドルキックをブチかまし、其れを喰らった千冬は海面を水切りしながらかっ飛んで行き、遥か沖合まで吹っ飛ばされていた……一般人ならば即死案件だが、腐っても『織斑計画』で誕生した千冬ならば死ぬ事は無く、三十分もあれば泳いで戻って来れるだろう――仮にサメに襲われたとしても返り討ちにする事は可能な筈だ。

束が言った事の後半は余りにも小声だったので誰の耳にも入らなかったが。

そして、沖まで蹴り飛ばされた千冬を誰も助けに行こうとしなかった事から、現在の千冬の学園に於ける評価は推して知るべきだろう――未だに存在し続けている、極一部の『ブリュンヒルデ信奉者』は助けに行こうとしていたのだが、其れは真耶が阻止していた。『沖に出るのは危険なので許可出来ません。』と、尤もらしい理由を付けてだ。

 

 

「余計な邪魔が入ったね箒ちゃん。

 前に電話で、箒ちゃんの誕生日に誕生日プレゼントを持って会いに行くって言ったのは覚えてるかな?」

 

「えぇ、其れは覚えていますが……」

 

「フッフッフ、ならばプレゼントするよ箒ちゃん!此れが束さんから愛する箒ちゃんへの最高の誕生日プレゼントさ!!」

 

 

千冬を沖へと蹴り飛ばした束は改めて箒と向き直ると右腕を高く掲げて指を鳴らし、其れと同時に大破したと思われていたニンジン型ロケットから何かが射出されて束と箒のすぐそばに着地する。

其れはコンテナであり、束が再度指を鳴らすとコンテナが展開し、中に入っているモノが顕わになる――コンテナが展開された場所に存在していたのは、『紅』を基調にしたカラーリングが施された一機のISだった。

 

 

「さぁさぁ、とくとお目にあれ!

 此れこそが束さんが箒ちゃんの誕生日プレゼントとして開発した箒ちゃん専用のISである『紅椿』だよ!現時点での私の持てる技術を結集させた最高傑作って言っても過言じゃない機体さ!受け取ってくれるかい箒ちゃん?」

 

 

其れは箒への誕生日プレゼントだったのが、誕生日プレゼントがISの生みの親である束が直々に開発した最新鋭機とは豪華を通り越して贅沢をも超越している代物だと言えるだろう。

世界が第三世代機の開発に難航している中で、第七世代機を余裕で開発してしまう束が己の技術の粋を結集して作り上げた機体ともなればドレだけの性能を有しているのかすら予想不可能と言うモノだろう。

 

 

「……折角ですが、其れを受け取る事は出来ません。私に、専用機を貰うだけの力があるとは思えませんから。」

 

 

だが、箒は其の機体を受け取る事は出来ないと言って来た。

剣道部では一年生でありながら既にエースの座を獲得し、アリーナの使用許可が取れた時は秋五と共にセシリア達との訓練を行っていた箒は入学時には『C』だったIS適性がA-まで引き上がっているのだが、周囲が凄過ぎるせいで箒は己の成長を実感できずにおり、その結果として束が開発した専用機を受け取れないと言って来たのだ。――プラスαの要因として、決して嫌ってはいないが、凄過ぎる姉へのコンプレックスもあったのかも知れない。

 

 

「何を仰いますか箒さん!

 確かに貴女は一般生徒かも知れませんが、私に言わせて頂ければ、箒さんほどの人に専用機が与えられていない事の方が驚きですわ!――クラス対抗トーナメントで汎用機の打鉄を使っていたにも拘らず、私と共に決勝戦まで駒を進めた箒さんの実力は、専用機を持つに相応しいと思いましてよ?」

 

 

だが、此処で箒の背を押したのはセシリアだった。

クラス代表決定戦後に親友となった箒とセシリアだったが、クラス代表決定戦後に謝罪をしたセシリアに対して真っ先に反応したのが箒であり、箒が先陣を切った事でセシリアは一組に受け入れて貰った部分が大きいので、セシリアは其の時の恩を返すが如く、『箒には専用機を貰う資格がある』と力説し、親友の力説を聞いた箒も、『なれば私が専用機を持つに値する人間になればいいだけの事だったか』と納得し、こうして無事に束から箒への誕生日プレゼントは渡され、副作用として箒とセシリアの友情はより強固なモノとなり、一般生徒達は箒に嫉妬する事なく、改めて自分も専用機を貰えるような存在になるべく精進して行くのだった。

 

そして其の後は特に問題はなく、束も各専用機の整備などを手伝いながら、平和に過ぎて行った――その際に束と本音が出会って謎の友情を構築していたりしたのだが、其れはマッタク持って無害だったので問題は無かった。

 

 

「山田先生!」

 

「何ですか?」

 

「実は……」

 

 

そんな中で、慌てた様子でやって来た教師が真耶に何かを耳打ちすると、其れを聞いた真耶の表情が一変し、『親しみ易い真耶ちゃん先生』から、銃火器を使わせたら右に出る者は居ないと言われた『楯殺し』のモノへと変貌する。

 

 

「皆さん、緊急事態が発生しました!

 専用機持ち以外の人達は直ちに旅館に戻って指示があるまで待機!専用機持ちの皆さんは私と一緒に来て下さい!――マッタク持って、なんだってこんなトンデモナイ事が起こるんですか……!」

 

「ハプニング発生か……偶には無事にイベントが終わらないもんかねぇ?誰だよトラブルフラグ立ててんのは……」

 

「それは僕も思ったけど、起きてしまった以上は其れを如何にかする以外に手はないだろうからね……全力で対処するだけじゃないかな?僕の考えは間違ってるかい夏月?」

 

「否、大正解だ。」

 

 

真耶の号令によって一般生徒は旅館で待機する事になり、専用機持ちは真耶に先導されて教師室の一つに向かって行った――この予想外の緊急事態に対処するために。

臨海学校の二日目は、最後の最後でトンデモナイ事態が巻き起こった――起こってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode40『Stoppen Sie die Flucht des silbernen Evangeliums』

ゴスペルよりも先にDQNヒルデを殺したいBy夏月     其れは誰もが思ってると思うわ♪By楯無    うん、きっとそうだと思うよByロラン


臨海学校二日目、生徒達は砂浜でISの訓練を行っていたのだが、其れは突如として中止になり、専用機持ちは真耶に言われて教師室の一つに集まり、専用機持ちでない一般生徒達は旅館内にて待機となっていた。

何が起きたのかは此れから専用機持ち達には伝えられるのだろうが、現状を見るだけでも異常事態、緊急事態が発生したのだと言う事は想像に難くなかった。

 

 

「そんで、何があったんですか山田先生?」

 

「先程、ハワイ沖で起動実験を行っていたアメリカとイスラエルが共同開発した新型IS、『シルバリオ・ゴスペル』が暴走し、日本に向かっていると連絡がありました。

 そしてゴスペルは現在の進路を進んで来ると、丁度この海岸を通過するとの事で急遽IS学園が対処する事になり、アメリカとイスラエルからも正式に『ゴスペルを破壊して欲しい』との依頼があったんです。」

 

「其れで専用機を持ってる僕達が対処する訳ですか?……こう言うのはアレですけど、此の場合って普通は自衛隊のIS部隊が対処するモノなんじゃないですか?」

 

「普通はそうなんですが、実にタイミングが悪い事に、今日に限って自衛隊のISは全機点検&オーバーホールを行っていたらしくて出せる機体が一機もないらしいんですよ……戦闘機ではISに追い付く事すら難しいですから、学園が対処しないとならないんです。」

 

「其れはまた、何とも狙ったようなタイミングで暴走事故が起きたモノだねぇ?……と言うか何故日本に向かっているのやらだ――開発国であるアメリカかイスラエルに向かうのならば分かるのだけれど。

 此れまで舞台女優として様々な劇に出演して来たけれど、まさか劇ではない現実でこのような劇的な状況に遭遇すると言うのは中々の貴重な体験と言うべきなのだろうか……そんな状況を愛する人と、そして最高の仲間達と迎えると言うのは、乙女座の私は運命を感じずには居られないね。」

 

「こんな状況でもそう言ってしまえるお前は大物ではないかと思うぞロラン……」

 

 

真耶が告げたのは『シルバリオ・ゴスペルが暴走した』と言う事と、『その対処をIS学園が行う事になった』と言う事であった。

本来ならば自衛隊のIS部隊が対処すべき案件であるのだが、今日に限って自衛隊のISは全機整備及びオーバーホールとなっており出撃可能な機体が一機も存在しない状況であったのだ――アラスカ条約によって自衛隊や軍が所持出来るISの上限が決まっているからこそこのような事が起きてしまう訳だが。

 

 

「新型機が暴走、ね。

 何で暴走したのか、その辺はアメリカとイスラエルから説明ありましたか山田先生?」

 

「其れが、暴走の原因は分かってないみたいなんですよ。

 ただ、ゴスペルは無人機との事でしたので、若しかしたら搭載したAIに深刻なバグが発生してしまったのではないかと考えているんですが……其れはあくまでも私の予想に過ぎませんし……」

 

「……ゴスペルが無人機なら、山田先生の今の予想は多分限りなく正解だと思う人全員挙手。」

 

「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」

 

 

暴走の原因は不明だが、自衛隊のIS部隊が出れない以上は専用機持ちである夏月達が対処しなければならないと言うも理解出来ない話ではないだろう――学園の教師部隊が量産機で対処するよりも、専用機持ちが専用機で対処した方がゴスペルと渡り合う事が出来るのだから。

加えてアメリカとイスラエルは『ゴスペルの破壊』を依頼して来たのだから楽と言えば楽だった――単純に破壊するだけならば騎龍シリーズが夫々のワンオフ・アビリティーを使えば其れで事足りるのだから。

 

 

「ん~~……眼鏡巨乳ティーチャーの予想は悪くないけど、ところがそう簡単には行かないんだな此れが!」

 

 

だが、此処で束が登場した……其れも普通にドアから入って来るのではなく、何故か天井裏から。

 

 

「だから、何でアンタは普通に登場出来ねぇんだよ?屋根裏からって忍者かアンタは!」

 

「え~~?だって束さんが普通に登場したら面白くないっしょ?やっぱり正義のマッドサイエンティストを自称してる身としては、登場するだけでも相手を驚かせるような事をしないといけないと思うんだよね♪」

 

「言わんとしてる事は分からなくもありませんが、意表を突いた登場は時と場合を選んでください姉さん……して、簡単には行かないとは如何言う事ですか?」

 

「んっとね~、ゴスペルが無人機だってのは真っ赤な嘘で、ゴスペルは有人機。パイロットはアメリカ軍のIS部隊に所属してるナターシャ・ファイリス。

 そんでもってゴスペルが暴走したのは、アメリカとイスラエルがゴスペルにアラスカ条約の穴を突いた兵器を搭載したから……ゴスペルは拒絶してエラー表示を出して、パイロットも搭載を止めるように言ったんだけど、其れを無視して無理矢理搭載した事でゴスペルのコアがオーバーフローを起こして暴走。パイロットも意識不明になっちゃったって訳さ。」

 

 

だが、忍者よろしく登場した束が告げたゴスペルの暴走の真実と、ゴスペルが本当は有人機であると言うのは重要で重大な情報だった――もしもこの情報がなかったら、夏月達はゴスペルを無人機として破壊し、パイロットであるナターシャの命を奪っていたかも知れなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode40

『Stoppen Sie die Flucht des silbernen Evangeliums』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴスペルが有人機と言う事が判明した事でミッションの難易度は一気に跳ね上がった――『破壊すれば其れでミッションコンプリート』だったのが、『ゴスペルを制圧した上でパイロットも無事に保護する。破壊はNG』とクリア条件が変わってしまったのだから。

だが、任務の難易度が上がった事以上に、夏月達はアメリカとイスラエルがゴスペルを無人機だと伝え、ゴスペルの破壊を依頼して来た事に憤慨していた――自分達の失態を隠す為に、ゴスペルを破壊してパイロット諸共葬ろうとしたのだから、怒りを覚えるのは当然と言えよう。

 

 

「臭いモノには蓋じゃないが、テメェ等のミスをなかった事にする為に人の命を一つ消そうとするとは、アメリカって国は人の命を数で数える事が得意みたいだな?

 まぁ、だからこそ日本に原爆を落とす事が出来たんだろうけどな。

 だが、ゴスペルが有人機と分かった以上はパイロットの救出は絶対条件だ……さて、どうしたモンだろうな?」

 

「山田先生、ゴスペルの詳細なスペックは?」

 

「勿論あります。但しこれは機密事項なので、絶対に口外にしないで下さい。」

 

「ウム、其れは当然の事だな。」

 

「広域攻撃能力を備えた高機動型か……此れは厄介そうな相手だね。」

 

 

アメリカとイスラエルには相応の対応をするとして、今はゴスペルにどう対処するかを考える。

真耶から開示されたゴスペルのスペックに目を通し、そして『広域攻撃能力を備えた高機動型の機体』に対して如何戦うのか作戦を練って行く――カタログスペックではゴスペルの最大速度はマッハ3.5となっており、其れは僅かではあるが騎龍シリーズの最大速度を上回るモノで、結果としてゴスペルにアプローチ出来るのは一度だけと言う状況だったのだ。

つまりはたった一度のアプローチでゴスペルを無効化しなければならない訳で、そうなると一撃必殺の攻撃が絶対的に必要になるのは言うまでもないだろう。

 

 

「アプローチ出来るのが一回で、其の一回で決めなきゃならないと来たら……今回の主役はお前以外には存在しないよな秋五?……寧ろ、此の状況で零落白夜を使わないって手はないからな。」

 

「僕もそう思った……こんな時こそ零落白夜の出番だからね。」

 

 

そして其の一撃必殺が学園側には存在していた――言うまでもなく秋五の白式のワン・オフ・アビリティである『零落白夜』だ。

篝火ヒカルノが『一時移行からワン・オフ・アビリティを発現出来るようにした』結果として偶発的に備わった零落白夜ではあるが、其れがまさかこんな形で役に立つ場面が来るとは、其れこそ束でも予想出来なかった事だろう。

攻撃面は零落白夜があるからクリア出来たが、次なる問題は『どうやって超高速で移動するゴスペルに秋五を接近させるか』である。

零落白夜はISのシールドエネルギーを強制的に消し飛ばす――より正確に言えば、シールドエネルギー貫通の攻撃で機体の絶対防御を発動させて一気にシールドエネルギーをゼロにするモノであり極めて強力かつ危険な力なのだが、その代償として発動中は自機のシールドエネルギーが常に減少してしまう欠点もある。

現役時代の千冬は相手を斬る瞬間にだけ零落白夜を発動させる事でその欠点を補っていたが、秋五は基本的には零落白夜は使わず、訓練と実戦を合わせても使用したのはクラス代表決定戦の時のセシリア戦と夏月戦、学年別タッグトーナメントでVTSに取り込まれたラウラを助け出す時の合計三回であり、秋五自身も零落白夜に頼らないで勝てるように訓練していた事もあり、零落白夜の瞬間使用は出来ていない。

つまりはゴスペルに攻撃する前から予め零落白夜を発動しておく必要があり、その為のエネルギーを温存する意味で、秋五を現場まで他の誰かが運ぶ必要がある訳なのだが、束製の騎龍シリーズで最速の機体である夏月の黒雷でもゴスペルの最大スピードには僅かに及ばないとなると中々難しいだろう。

 

 

「タバ姉さん、騎龍シリーズの競技用リミッター外したらゴスペルの最大速度超える事って出来るわよね?」

 

「ん?あぁ~~……そう言えばそんなモン付けてたっけかねぇ?そうだね、競技用リミッター外せば余裕でゴスペルの最大速度超えられてたっけね?超絶重装甲のかんちゃんの機体でもゴスペルとタメ張れるレベルになるからね。」

 

 

だが、此処で鈴がサラリとトンデモナイ事を言い、束も其れを肯定した。

騎龍シリーズは束が『最初から兵器として開発したIS』であり、『宇宙進出用のパワードスーツとして開発されながらも現行兵器を凌駕する性能を持つIS』ですら余裕で凌駕する性能となっており、その圧倒的な性能故に普段は『競技用のリミッター』を掛けていたのだ。

そのリミッターを掛けた状態ですら現行の第三世代機を圧倒する性能だと言うのが、流石は束自らが開発した機体と言ったところだろう――そして、まさかのカミングアウトに真耶と騎龍の所持者ではない者達は驚いていたが、秋五は『束さんが開発した機体ならリミッター掛けないとヤバいよね』と納得し、箒は『若しかして私の紅椿も結構ヤバい機体だったりするのだろうか?』と戦慄していた。

 

 

「一夜君達の機体にリミッターが掛けられたと言う事は今は置いておいて、そのリミッターを解除すればゴスペルのスピードを上回る事が出来るのであれば織斑君は切り札として温存して、一夜君、更識さん、ロランさん、鈴音さん、乱音さんがゴスペルと交戦。ギャラクシーさんは可能であればゴスペルに対しての格闘戦を行い、広域攻撃を放たせないようにして下さい。但しこちらは、あくまでも可能であればなので無理はしないようにして下さいね?

 そしてオルコットさんはBT兵装での援護及びゴスペルの動きを制限、ボーデヴィッヒさんは福音の動きが鈍ったところをAICで動きを停止し、其処を織斑君が零落白夜で仕留める、この作戦で行きましょう。

 篠ノ之さんとデュノアさんはいざと言う時の予備戦力として待機していて下さい。」

 

 

其れでも真耶はすぐさま頭を切り替えると、騎龍シリーズがリミッターを解除した事を前提とした作戦を立案する。

そして其の作戦は理に適ったモノである上に、箒とシャルロットをもしもの時の予備戦力として待機させておく二段構えで一部の隙も無かった――普段は柔らかい笑顔がチャームポイントの『山ちゃん先生』だが、有事の際にスイッチが入って眼鏡を外した『楯殺し』となった真耶は作戦の立案能力も高かったのだ。

 

 

「ちょっと、アタシとオニールは出番無しな訳?」

 

「秋五もお兄ちゃんも其れは酷いよ……」

 

「いやぁ、お前達も専用機持ちだから一緒に来たけど、お前達の機体ってそもそも競技用ってよりもエンターテイメント用の機能を重視してるから戦闘には向いてねぇだろ?

 訓練機の打鉄やラファールを使うって手もあるんだが、ファニールもオニールも飛び級でIS学園に入学してるけど本来はまだ小学生だからな……どこぞのサイヤ人の王子じゃないが、『ガキを戦いに巻き込むな』って所だな。

 更にもっと言うなら、お前達が怪我をして、そして顔に一生モノの傷痕でも残っちまったら其れこそアイドル生命が終わっちまうからな……アイドル業を楽しんでるファニール達にアイドルを止めさせたくはねぇんだよ。」

 

「そう言う訳だから、今回は待機しててくれないかな?君達がアイドル業を続けられなくなったら、そっちの方が僕も夏月も悲しいからね。」

 

「……そこまで言われたら何も言えないじゃない……だけど、絶対に死ぬんじゃないわよ?其れだけは絶対に約束だからね!」

 

「絶対に無事に帰って来てね……!」

 

 

コメット姉妹は専用機が余りにも特殊である上に、彼女達はISパイロットであると同時にカナダで絶大な人気を誇る双子アイドルである事と、本来ならばまだ小学生と言う事で作戦のメンバーからは除外されたのだった。

通常のISバトルとは違い、今回の作戦は冗談抜きの『戦場』と言っても過言ではない戦闘になるので、最悪の場合はISの絶対防御があるにしても大怪我をするかも知れないのだ……腕や足を骨折したなら未だしも、顔に消えない傷痕でも残る事態になってしまったら、コメット姉妹のアイドル人生は終わってしまい、其れこそIS学園には彼女達が所属するプロダクションからドレだけの慰謝料と損害賠償を請求されるか分かったモノではないのだ――故に、コメット姉妹は作戦から除外されたのだ。夏月と秋五がコメット姉妹からアイドル業を奪いたくなかったと言うのも大きいだろう。

この決定にコメット姉妹は一応の納得をしたが、だからと言って夏月達が危険な任務に向う事に変わりはないので、ファニールは夏月の、オニールは秋五の無事の帰還を願って頬にキスをした。

ファニールもオニールも、今は此れが精一杯なのだが、其れだけに夏月と秋五の心には打っ刺さっていた。

 

 

「秋五君、俺達は今この時を持って純真無垢な天使から最高の祝福を貰った訳だが、この祝福を受け取った俺達は何をすべきだろうか?簡潔に作文用紙一枚以内で纏めてくれ。」

 

「作文用紙一枚も必要ないよ……この作戦を絶対に成功させてゴスペルを無力化した上でゴスペルのパイロットも無事に救出する、其れだけだよ。寧ろ、其れ以外の答えが必要かな?」

 

「いや、過不足ない最高の、百点満点の答えだぜ秋五……そんじゃまぁ、気合入れて行きましょうかねぇ?

 山田先生、作戦前にめっちゃ気合の入る号令をお願いします!」

 

「ふふ、そう来ましたか一夜君……なら任せて下さい!

 此れよりオペレーション・ゴスペルダウンを発動します!目標はゴスペルの無力化とゴスペルのパイロットの救出ですが、其れ以上に私が皆さんに命令する事は全員生きて帰還せよ、此れだけです!

 でも、皆さんならきっと作戦を成功させる事が出来ると確信しています!……其れじゃあ行きますよ?1、2、3!!!」

 

「「「「「「「「「「「「「だーーー!!!」」」」」」」」」」」」」

 

 

コメット姉妹から最高の祝福を貰った夏月と秋五は作戦の成功を改めて誓い、夏月が真耶に号令を頼んで、頼まれた真耶は号令の最後の最後で超絶有名なアントニオさんの『1、2、3!ダー!!』を繰り出して士気をブチ上げていた。

ノリの良さを発揮しながらも作戦に向かう者達の士気を揚げると言うのは実に見事な事であり、此れは千冬では絶対に不可能な事だっただろう――もしも真耶が自由国籍を取得していたら、何処かの国の国家代表になっていただけではなく、軍のIS部隊の隊長になっていたとしてもオカシクは無かっただろう。

こうして作戦は決まり、ゴスペルを迎え撃つ為の準備が進められるのだった。

その準備の際に束が全機の調整を行い、夏月の嫁ズの機体には『騎龍化』の因子を埋め込んでいた(学園に残っているグリフィンの機体には遠隔操作で埋め込んでいた。)のだが、此れもこの先に必要になるからなのだろう。

逆に言えば秋五達の機体に『騎龍化』の因子を埋め込まなかったのは、今はまだ必要ではないと判断したからなのかもしれないが。

更に鈴と乱の機体に搭載されている『龍砲』にも手を加え、鈴がクラス対抗戦の簪戦で見せた『プラズマキャノン』のチャージ時間を短縮してソコソコの連射も可能にしていた――この辺は流石はISの生みの親と言ったところだろう。

ともあれ、ゴスペルに対処する為の準備は着々と進んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、束によって沖合までブッ飛ばされた千冬は漸く浜辺迄戻って来ていた。

束はぶっ飛ばす際に、只殴るだけでなく使い捨ての小型のロケットブースターを千冬に取り付けており、其れによって千冬は浜辺から30kmも離れた場所までブッ飛ばされた上でロケットブースターが燃料切れを起こして沈黙して海に落ち、其処から泳いで浜辺まで戻って来たのだ。――腐っても鯛と言うべきか、DQNヒルデと成り果てても千冬の人外レベルの身体能力はマダマダぶっ飛んでいるらしい。

 

こうして戻って来た千冬だが、旅館がなにやら物々しい雰囲気になっているのに気付き、更には旅館の外で夏月達がISの出撃準備をしているのを見付けてしまったのだった……其れを見た千冬は、『何かが起きた』事を察知すると同時に、夏月が出撃すると言う事に注目していた。

千冬にとって夏月は秋五の前に立ちはだかった目の上のタンコブであり、また自分の事を何かと妨害して来る相手であったので常々排除したいと思っていた存在であったのだ――そして、『何かが起きた』と言うのは千冬にとっては此の上ない好機だった。

出撃準備をしていると言う事は即ち、『此れから戦闘行為を行う』と言う事であり、その状況を利用すれば夏月を、邪魔者を排除出来ると考えたのだ――本来の千冬の人格に蓋をする為に作られた人格は、倫理観やら何やらは本当に備わっていないらしい。

 

 

「問題は如何やって夏月を落とすかだが……そう言えば、私以上に奴の存在を疎ましく思っている奴等が居たな?

 ならば奴等に、疎ましく思っている相手を始末する機会を与えてやるのもまた一興か……ククク、貴様等が信奉しているブリュンヒルデが直々に仕事をくれてやろうではないか?泣いて喜ぶが良い。」

 

 

何かを思い付いた千冬は誰にも気付かれないように旅館内の自室に戻ると、スマートフォンから何処かに連絡を入れ、『一夜夏月が臨海学校の実施場所に近い空域で戦闘を行うらしい。目障りな存在を消すチャンスではないか?』と告げていた。

スマートフォンの向こうでは『千冬様から直々にご連絡があったわ!』、『ブリュンヒルデが我々に異分子を排除する機会を下さった』との声が上がっており、其れを聞いた千冬は口元を歪めていた……女性権利団体に所属しているISパイロットの実力は到底夏月に適うモノではないが、女性権利団体は裏では幾つかのテロ組織と繋がっており、其れ等の組織を通じて違法に多数のISを所持しており、『数の暴力』で夏月を攻撃する事は可能なのだ。

其れでも通常の戦闘であれば夏月が数の暴力を物ともせずに一機残らず斬り捨てるだけでなく、一緒に出撃する者達も応戦するだろうが、今回の出撃は臨海学校の予定には無かった事であり、であれば突発的に発生した『何らかの任務』であるのは火を見るよりも明らかである。

だからこそ千冬は女性権利団体に餌をくれてやったのだ――此れまで夏月はクラス代表決定戦では『白式の一次移行が終わるまでの時間稼ぎ』、クラス対抗戦での国際IS委員会の抜き打ちセキュリティチェックでは襲撃者に的確に対処し、学年別タッグトーナメントでラウラのVTSが暴走した際には秋五がラウラを助け出す為に露払いを行っており、何れの場合も『己の役割をキッチリと果たしていた』のだ。

であれば、今回のケースでは『任務の遂行』を最優先にすると考え、女性権利団体は自分が引き受け、共に出撃した仲間には『任務の完遂』を優先させる筈と、そう考えたである。そうなれば『数の暴力が最大に活かせる』とも考えたのだろう。

通信を終えた千冬は、スマートフォンから会話履歴を削除し、同時に女性権利団体の電話番号も削除して自分と女性権利団体が関係を持っていたと言う事実を消し去る――そして何食わぬ顔で作戦指令室になっている真耶の部屋に向かい、あたかも『今海から戻って来ました』と言った形で部屋に入り、そして束に恨み言をぶつけた上で掴み掛かろうとし、そして逆に束にカウンターの『キン肉バスター』を極められるのだった。

とは言え、流石の頑丈さで千冬は一発ではKOされず、再度束に掴み掛かろうとしたのだが、其れは真耶に阻止され、『今の織斑先生は教師部隊の一員ではなく一般教師なので学園長の許可なく作戦指令室に入って来ないで下さい。』と言われた後に合気投げで部屋の外まで投げ飛ばされ、更に部屋は内部から施錠され完全に締め出される結果と相成った。

 

 

「最近、昔の私はなんであの人に憧れを抱いていたのか分からなくなって来ました……何故憧れていたのでしょうか?」

 

「……認めたくないモノだな、若さ故の過ちと言うモノは。」

 

 

千冬を部屋から閉め出した真耶と束は、改めて夏月達が作戦を成功させて無事に帰還する事を願い、通信機等が正常に稼働している事を確認し、そして真耶は夏月達に『作戦開始』を告げ、出撃命令を下すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『オペレーション・ゴスペルダウン』が開始され、先ずは機体のリミッターを外した騎龍シリーズが先行する。

そして程なくしてゴスペルの反応をキャッチし即座に臨戦態勢に入り、先ずはゴスペルの動きを止めるべく簪がマルチロックオンでゴスペル本体と、ゴスペル周辺をロックオンすると、六連装ミサイルポッド『滅』、火線ビームライフル『砕』、電磁リニアバズーカ『絶』を一斉に放つフルバーストで先制攻撃を行う。

ゴスペルだけでなく周囲の空間もロックオンしている為、弾幕シューティングゲームに於いて『絶対に倒せないボス』として、登場から二十年近くが経った現在でも完全撃破報告が上がっていない『陰蜂』でもドン引きする程の弾幕がゴスペルに襲い掛かる。

 

 

『La……』

 

 

しかしその凶悪な『絶対殺す弾幕』をゴスペルは持ち前の機動力で躱す――と同時に攻撃して来た相手を『敵』と見なして応戦を開始して簪に向かって行く……必殺の弾幕を避けられたら怯むところだろう、だがしかし簪に焦りはなく怯む事もない。

ゴスペルが簪に到達するよりも早く夏月とロランが間に割って入り、夏月が『龍牙』での居合いを、ロランが『轟龍』の斧部分で重い一撃を繰り出す――スピードとパワーの見事なコンビネーションでありタイミングは完璧だったが、それすらもゴスペルは躱して見せ、今度は夏月とロランを『敵』と認識して応戦を開始する。

 

 

「其れを避けるのは分かってたわ!」

 

「本命はこっちよ!」

 

 

しかしゴスペルが応戦を開始したのと同時にゴスペルを囲む形でチェーンの結界が展開される。

鈴がワン・オフ・アビリティである『龍の結界』を発動し、更に乱がワン・オフ・アビリティの『アビリティ・ドレイン』で其れをコピーして『二重の結界』を作り出し、ゴスペルを其の結界の中に閉じ込めたのである。

結界を作っているチェーンに触れれば即座に龍砲が発射されるだけでなく、プラズマチャージが行われていた場合にはプラズマ砲が発射される極悪仕様の『龍の結界』は、閉じ込められた側からしたら『此れ如何やって攻略すれば良いんですか?てか、攻略法あるのか此れ?』と言いたくなるモノなのは間違いないだろう。

しかも味方は結界のチェーンに触れてもOKと言う、『味方に優しく、敵には容赦なし』の仕様なのだから尚更だ。

 

 

「少しでも触れれば発射されるわよ、龍の結界は!」

 

「躱せるかしらゴスペル……半径20mの龍砲を!!」

 

「花京院も実は死亡フラグだよなぁ……でも、半径20mエメラルドスプラッシュは、相手がDIOじゃなかったら普通に王手掛かるか。」

 

 

だが、ゴスペルは自身に搭載された広域ビーム攻撃兵装『シルバー・ベル』を起動すると、其れで二重の結界を破壊する――のだが、結界を破壊したゴスペルの目の前にはヴィシュヌが現れて強烈無比な飛び膝蹴りを繰り出して来ていた。

夏月とロランの攻撃だけでなく、鈴と乱の結界ですら『見せ技』に過ぎず、本命は結界が破られた後に待っていたのだ。

ゴスペルは広域攻撃と高い機動力が持ち味ではあるが、密着の格闘戦となると其の力を発揮する事は出来ない――特にヴィシュヌが使うムエタイのように、拳脚一体で拳と肘も使って来る格闘技が相手ならば尚更だ。

拳を避けても続けて肘が飛んで来て、蹴りを防いだと思ったら一秒にも満たない速さで軌道が異なる膝が飛んで来るだけでなく、場合によっては首相撲からの密着攻撃も飛んで来るので広域攻撃は使う機会がなく、矢継ぎ早に繰り出される攻撃を機動力で躱す事も不可能だったのだ。

近接戦闘用のブレードも無手の格闘の間合いでは本来の力を発揮出来ないのもゴスペルには不利な部分であり、モーションの大きいハイキックの隙にブレードでの攻撃を行っても、ヴィシュヌはヨガで培った柔軟性抜群の身体で回避してしまうので、この間合いでの詰め手は封殺されたも同然だったのである。

加えてセシリアがBT兵装を展開して『十字砲』の布陣を完成させているのもゴスペルからしたら厄介だっただろう――此の戦いに於いてセシリアは完全に後衛に徹しており、ブルーティアーズ本体の制御を捨てて、リソースの全てをBT兵装の操作に使っていたのでゴスペルがドレだけ移動しようとも、其れに合わせて十字砲の布陣は常にゴスペルをロックオンしているのである。

更にラウラは何時でもAICを発動出来るようになっており、秋五も零落白夜の準備は完了しており、後は状況が整えばその瞬間に任務が完遂されるのだが――

 

 

「IS反応?……此れは、女性権利団体か!」

 

「そんな!?何で彼女達が此処に!?この作戦は関係者以外は誰も知らない筈なのに……!!」

 

 

其処で現れたのは女性権利団体のIS部隊だった。

打鉄とラファール・リヴァイブで構成された部隊の数は二十……そして其の二十機のISはその全てが夏月に向かって行ったのだ。

 

 

「千冬様の弟君には手を出すな、彼はブリュンヒルデと血を分けたお方であり、下賤な男共とは異なる存在……我々の目的は、あくまでもあの異物だけだ!」

 

「下賤な男が神聖なるISを動かすなど言語道断……此処で朽ち果てろ、一夜夏月ぅ!!」

 

「此れは此れは、何ともバイオレンスなデートのお誘いです事……こちとら重要な任務の最中だからまた今度にしてくれって言っても、其れを聞いてくれる相手じゃないのが悲しいわな――つー事で、俺は此の無粋な乱入者に対処すっから、ゴスペルの方は任せるぜ秋五!」

 

「ちょっと待ってよ夏月、一人で大丈夫なの!?」

 

「逆に聞くが、俺がISを使えるだけの雑魚にやられると思ってんの?コイツ等程度なら、二十体どころか三ダース来ても余裕のよっちゃんイカで五分以内で滅殺出来るってなモンだぜ。」

 

「ゴメン、聞くだけ無粋だったね。」

 

 

予想外の事態ではあったが、夏月は秋五達にゴスペルの対処を任せると、自分は乱入して来た女性権利団体との戦闘に入り、そして戦闘開始と同時に擦れ違いざまに居合いからの二連斬で打鉄を行動不能にすると、ラファール・リヴァイブの射撃を回避しながら逆手の斬り上げでラファール・リヴァイブのライフルを破壊する。

更に、ビームアサルトライフル『龍哭』を高速連射して、女性権利団体の機体を次々を行動不能にしていく。

 

 

「……しまった!!」

 

『La……Laaaaaa……!』

 

 

だが、此処で女性権利団体にとっては『嬉しい誤算』とも言うべき事態が発生した。

ゴスペルとの超近接戦闘を行っていたヴィシュヌが必殺を狙って放ったハイキックを躱され、其処にゴスペルがカウンターの『シルバー・ベル』を放とうとしたのだ。

近接戦闘ブレードでのカウンターは通じないと考えてシルバー・ベルでのカウンターを選択したのだろうが、此れはヴィシュヌにとっては有り難くない事だった。

広域殲滅攻撃では身体を捻って避ける事は不可能な上に、ヴィシュヌの『ドゥルガー・シン』はヴィシュヌの動きを最大限に活かし、かつ其の動きを阻害しないために、一般的なISと比べると装甲が極端に少なく、機動性を高めるために防御力を犠牲にしており、装甲がない部分に至近距離から広域殲滅攻撃を喰らったとなれば一撃でシールドエネルギーは尽きてしまうだろう。

 

 

「させるかよぉ!!誰の嫁に手ぇ出しとんじゃおんどりゃぁぁあ!!ぼて繰り回すぞボゲェ!!」

 

「夏月!!」

 

 

だが、其処に夏月が割って入ってシルバー・ベルの攻撃を一身に受けたのだ――リミッターを解除した事でシールドエネルギーもリミッターを掛けていた時よりも増加しているとは言え、其れでも至近距離で広域殲滅攻撃を喰らった事で黒雷のシールドエネルギーは一気に削り取られてレッドゾーンに突入してしまい、更に其処に『これぞ好機』とばかりに女性権利団体の機体が襲い掛かって来たのだ。

その大半は秋五達が落としたが、落とされなかった数機が夏月に接近しブレードで斬りかかる。

無論夏月は其れに対処していたが、至近距離で広域殲滅攻撃を喰らってしまった事で動きが鈍り、遂に攻撃を喰らい体勢を崩してしまったのだ。

其れを女性権利団体のメンバーは見逃さずに次々と攻撃を加えて行き、シールドエネルギーがレッドゾーンになっていた黒雷は其の攻撃に対して絶対防御を発動した事でシールドエネルギーがゼロになって機体が強制解除され、夏月は其のまま海へと落ちて行き、同時にその隙をついてゴスペルは空域から離脱し、作戦は事実上の失敗となったのだった。

 

 

「夏月!!……こんな所で、君を死なせられるか!!」

 

 

海に落ちた夏月はロランが即座に回収したのだが、其の間に女性権利団体のメンバーは其の場から離脱した――追う事も出来たが、今は夏月の方が優先だとして誰も追跡はしなかったが。

ロランによって回収された夏月は呼吸もあり心臓も動いてはいたが、完全に意識はなくとても危険な状態だったので、一行は夏月と夏月と秋五によって落とされた女性権利団体のメンバーを連れて(女性権利団体のメンバーは簪が電磁鞭『蛟』でグルグル巻きにしてだが)花月荘へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

秋五達が花月荘に戻った頃、夏月の意識は覚醒していた――但し、その意識が目覚めたのは花月荘の一室ではなく、雪が降り積もっている『真冬の海岸』とも言うべき場所だったのだが。

 

 

「雪の海岸……目が覚めたら季節が進んでましたってか?

 だとしたら、俺は愛する嫁達と夏の定番イベントを消化出来なかったって言うのか!?……プールや海での水着は言うに及ばず、夏祭りの浴衣姿を拝む事が出来なかったとは、そんなの死んでも死に切れるかぁ!!

 時間の巻き戻しを激しく要請したい所だぜ俺は!!」

 

 

周囲の光景を見て、夏月は一気に時が進んでしまったのではないかと思ったが、そうではなく此処はISコアが作り出した疑似空間であるので、此の世界は黒雷のコア人格が作り出した世界であるのだ。

 

 

「ハハ、残念ながら時間の巻き戻しは流石に無理だぞ一夏――否、今は夏月と呼ぶべきだったかな?」

 

「時間の巻き戻しは無理か……って、誰だ!?」

 

 

そして夏月の言った事に対して、冷静な突っ込みが入ったのだが、その突っ込みを入れたモノの姿を見て夏月は思わず目を見開いて、全身の動きを止めてしまったのだった――

 

 

「こうして会うのは初めてだな夏月よ。」

 

「お前は、織斑……千冬……!」

 

 

夏月の前に現れたのは、夏月が最も嫌悪し、そして憎悪している『織斑千冬』だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode41『Die schockierende Wahrheit, die Entwicklung von Kiryuu』

まさかまさかの真実が明らかになったとさBy夏月     この展開を予想出来た人は居るのかしらね?By楯無    敢えて言おう、副管理人以外は予想していなかったと!!Byロラン


オペレーション・ゴスペルダウンは女性権利団体が割り込んで来た事で事実上の失敗に終わり、そしてそれだけではなく夏月が女性権利団体のISによって撃墜されて重傷を負い、意識不明になると言う最悪極まりない状況なっていた。

不幸中の幸いとも言うべきか、花月荘に戻る前に最低限の応急処置が施されていた事と、花月荘に到着後すぐに束による適切な治療が行われた事で夏月の命に別状はなかった。……医師免許は無くとも束の医療知識は一般の医者よりも遥かに高い『リアル・ブラックジャック』なのだ。

普通ならばISの攻撃を受けて撃墜され、更に機体が解除された状態で上空から海に叩き落とされたら最悪即死、良くて全身骨折と言ったところだろうが、こうして一命を取り留める事が出来たのは、夏月が『織斑計画』によって誕生した存在で、普通の人間よりも肉体強度が高かったからなのは間違いないだろう。

治療が終わった夏月は其のまま医務室として使われた教師室で寝かされ、護衛として教員部隊所属の教師数人が配置されていた。

 

 

「さてと、其れじゃあ事情聴取を始めましょうか?」

 

「うむ、其れについては私も同意見なのだが、マヤ教諭……其の手に持っているモノは一体何か聞いても良いだろうか?」

 

「束博士が魔改造したエアガンですよローランディフィルネィさん……束博士曰く、人体を貫通する威力がありながらも特製のBB弾には治療用ナノマシンが搭載されているので即座に治療されて死にはしないとの事でした。

 絶対に死なないのに究極レベルの苦痛を与える……口を割らない相手の口を割らせるには持って来いですね。」

 

「そんなモノ用意しなくても良かったのに……私も『更識』だから、口を割らせる為の拷問術は一通り学んでるから。

 序に今回の一件、お姉ちゃんに報告したら、『私は生徒会長として学園を離れる事は出来ないから、連中の事は簪ちゃんに任せるわ……いえ、更識楯無として命じるわ、手加減しないでやりなさい。』って言われたから。」

 

 

一方で指令室として使用されていた真耶の部屋には撃墜された女性権利団体のISパイロットが簪の青雷の電磁鞭『蛟』で拘束された状態のままで目を覚まし、自分達を取り囲んでいるIS学園の面々に冷や汗を掻く事になっていた。

全員が自分達に怒りを向けているのは直ぐに分かったが、そんな中でも夏月の嫁ズであるロラン、簪、ヴィシュヌ、鈴、乱、ファニール、そして真耶からは『怒気』だけでなく『殺気』も籠っており、今更ながらに夏月を襲撃した事を後悔していたのだ。

 

自分達が盲信して神格化している千冬に唆されて夏月を襲撃したのだが、『神聖なISを起動した下賤な男を排除する良い機会が訪れた』と短絡し、夏月の嫁ズの事は完全に頭から抜けていた――そして夏月の嫁ズの実力は一番実力では下であるファニールですらも並のIS操縦者を凌駕していると言う事を。

そして、彼のクラスの副担任を務めている真耶は、日本の『国家代表選考委員会』が実力と結果だけで国家代表を選出していたら、間違いなく日本の国家代表になっていたISパイロットであり、生徒の事を誰よりも大切にしている教師だったのだ……自分の婚約者と生徒を傷付けられた彼女達が怒りだけでなく殺意を覚えても致し方ないと言えるだろう。

 

 

「それで、貴女達は一体誰からゴスペルの一件を聞いたんですか?」

 

「……………」

 

「黙秘ですか……ですがそれは愚の骨頂ですね。エアガンの前に先ずはお願いします、更識さん。」

 

「ピカチュウ!」

 

 

真耶の質問に対して黙秘する女性権利団体のメンバーだったが、その瞬間に簪が蛟に電気を流して強烈な電撃を喰らわせる――其れは正に『10万ボルト』級の威力であり、其れを喰らったメンバーはアニメのように火花放電を散らしながら骨状態とシルエットの点滅となる。

ボルト数は極悪だが、アンペア数は低いので感電死する事は無い電撃は拷問としては効果充分だろう――今回の一件は学園に居る楯無にも伝えられ、『夏月が女性権利団体のメンバーに撃墜されて意識不明になった』と聞いた楯無はその瞬間にブチ切れ、『更識楯無』として簪に『手加減せずにやれ』ととっても良い笑顔で命じていた事で簪も一切の容赦はないのだ……此処で学園から現場まで飛んで来なかったのは、楯無が夏月の婚約者である事よりも、学園の生徒会長であり『楯無』である事を優先したからだ。

本当ならばグリフィンと共に夏月の元に向かいたかっただろうが、その気持ちを抑えて楯無は学園で己のすべき事を成すと言う選択をしたのだ……グリフィンには『極秘情報』として今回の事は伝えていたのでグリフィンも生徒会室に飛んで来て、簪に『手加減なしでやっちゃって!』と言っていたが。

 

 

「此れは此れは、中々にキッツイ拷問だねぇ?

 あのクズが女権団を唆したってのは既に分かってる事だけど、この情報を巨乳ティーチャーに渡すのはや~めた。

 此れを渡したら、かっ君を殺そうとしたクソ以下のお前達の事を救う事になっちゃうからね……DQNヒルデに盲信して、ISをこの世に生み出したのが誰だったかってのを忘れた自分の低脳を恨むと良いよ。

 精々自分達が盲信したDQNヒルデの為に口を閉ざし続けてかんちゃんと巨乳ティーチャーによる拷問を心行くまで堪能すれば良いさ。」

 

 

そして束は女性権利団体の蛮行にして愚行が千冬に唆されたからだと言う事は既に調べ上げていたが、それを此処で明らかにする心算は無かった――其れは然るべきタイミングで明らかにするが、今は夏月を殺そうとしたロクデナシ共に苦痛を味わわせるべきだと、そう考えたのだ。

冷酷に言い放った束の目には、夏月達に向ける『愉快で素敵な正義のマッドサイエンティスト』のモノではなく『冷酷無情の革新者』の仄暗く冷たい炎が燃えていたのだった――其れは、女性権利団体が敵に回したら最強最悪でしかない存在から『敵』として認識された事を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode41

『Die schockierende Wahrheit, die Entwicklung von Kiryuu』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情聴取――と言う名の拷問が三十分に渡って行われたが女性権利団体のメンバーは口を割らず、最終的には簪のリミッター解除の『ボルテッカー』と真耶の改造エアガン曲撃ちを喰らって全員が意識を飛ばしていまい、其れ以上の事情聴取は不可能となった……冷水をぶっ掛けて目を覚ましても良かったのだが、ゴスペルが健在である事を考えると、女権団のメンバーの尋問に割いている時間はないと判断し、再度ゴスペルを止めるべく指令室では作戦会議が始まっていた。

 

 

「基本的な作戦は先程と同じですが、一夜君が出れないとなると、その穴を埋める存在が必要になりますね?……此のメンバーの中でゴスペルに喰らい付けるスピードとなると……」

 

「山田先生、私に行かせてくれませんか?」

 

「篠ノ之さん?」

 

 

基本的な作戦は先程と同じではあるのだが、夏月の代役が必要になっていた。

だが夏月の代役が出来るメンバーとなると可成り難しいだろう――秋五ならば夏月の代理が務まったかも知れないが、秋五は本作戦の切り札なので最後の最後まで温存しておくべきであり、ゴスペルとの戦闘は任せられない。

だが、此処で夏月の代理に名を挙げたのは箒だった。

 

 

「姉さん、紅椿のスピードならばゴスペルに喰らい付く事は出来ますよね?」

 

 

何故か箒はこの場にいない筈の束に向けて質問をしたのだが、その直後、部屋の畳が一枚吹っ飛ばさた……束が床下から昇龍拳で畳ぶち抜いて登場すると言うぶっ飛んだ登場をして見せたのだ。

正確には、此処は二階の部屋なので一階の屋根裏から登場したと言うべきなのかも知れないが。

 

 

「其れは勿論!紅椿は束さんが直々に開発した第四世代機だから、軍用の第三世代機でも全ての能力で上回ってるからね……だけど箒ちゃん、かっ君の代役ってのは簡単じゃない。

 一歩間違えば死ぬかもしれない……其れでも君はやるのかい?」

 

「確かに私の今の実力では一夜の代役を完璧に熟すのは難しい……と言うか不可能でしょう。

 ですが、其れはあくまでも私一人ではの話に過ぎません……今の私には姉さんが私の為に作ってくれた紅椿があり、そして頼れる仲間達が居ます――私の実力は足りずとも、此れだけの戦力があれば一夜の真似事くらいは出来る筈です。」

 

「箒ちゃん……良く言ったーーー!!」

 

 

いずれにせよぶっ飛んだ登場をして見せた束だが、その登場の仕方とは裏腹に真面目な顔で箒に覚悟を問うたのだが、箒は今の自分の実力を理解しつつも紅椿と仲間達の力があれば夏月の真似事くらいは出来ると言い切り、其れを聞いた束は感涙ブチかまして箒に抱き付いていた――箒は専用機を手にした事で慢心せずに、専用機を持つに恥じない実力を身に付けようと考えながら、此の状況を打破出来る最適解を選んだのだから当然と言えるだろう。

 

 

「巨乳ティーチャー、ゴスペルは今何処に居るのかな?」

 

「先の空域を離脱後、東京に向かいましたが、東京に到達する前に茨城で百里基地からのスクランブルを受けて再び此方に向かってきています……こちらに来るのは十分後と言ったところですね。」

 

「十分か……なら、其の間に騎龍以外の武装とスペック強化するよ!」

 

 

ゴスペルとの再戦に向け、束は騎龍シリーズ以外の機体の調整も行い、ドゥルガー・シンは拡散弓『クラスター・ボウ』のエネルギー矢の最大射出量を二倍にし、白式の燃費を改善し、ブルーティアーズのBT兵装のインターフェースを改良して本体及びライフルとの同時操作を可能にし、シュバルツェア・レーゲンは『AIC』の効果対象を一体から複数に変更され、ラファール・リヴァイブカスタムⅡはラピッドスイッチの僅かなタイムラグがゼロとなっていた。

各国が目玉を飛び出しそうな魔改造なのだが、其れも『束が手を加えた』と言う事で大抵の事はまかり通ってしまう辺り、『篠ノ之束』が世界に与える影響は、英国女王の発言以上なのは間違いないだろう。

 

そして其れから数分後、一行は改めて『シルバリオ・ゴスペル』を無力化するために花月荘から出撃したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、『真冬の海岸』とも言うべき世界にて、夏月は目の前に現れた『織斑千冬』と対峙していた。

千冬は夏月にとっては絶対に許す事の出来ない存在であり、何れ此の手でトドメを刺してやろうと考えて居た存在だったのだが、目の前に現れた『千冬』に対しては不思議とそう言う思いは湧き上がってこなかった――其れでも千冬を見る目には絶対零度の冷たい炎が宿っていたが。

 

 

「矢張り私を其の目で見るか……分かってはいた事だが、実際に体験すると中々に辛いモノがあるな。……奴め、倫理観とかを無視してやり過ぎたと言うべきか?」

 

「何言ってんだアンタ?」

 

「いや、お前達が『織斑千冬』だと認識している奴が余りにも酷過ぎてな……或は、あれ程の強烈な人格でなくては私と言う人格に蓋は出来ないと言う事だったのかも知れないが。」

 

 

困った感じでそう呟く千冬に夏月は意味が分からず頭の上に大量の『?』を浮かべる事になった――今の千冬の言葉を信じるのであれば、何時も見ている『織斑千冬』は本当の『織斑千冬』ではないと取る事が出来るからだ。

 

 

「……アンタ、一体何者なんだ?」

 

「ふむ、その質問に対する答えは実にシンプルだ……私こそが本物の織斑千冬だ。」

 

「なん、だと?……其れが本当だとしたら、俺達が何時も見てる『アレ』は一体何者だってんだ!?」

 

「其れは此れから説明するが……お前は『織斑計画』に関して何処まで知っている?」

 

「ほぼ全て。総一郎さんから聞いた。

 俺と秋五、そしてアンタは『織斑計画』によって誕生した存在だが、計画其の物は束さんの存在が明らかになった事で凍結、完成した俺達は記憶を操作されて『織斑家』となった、此れで合ってるよな?」

 

「あぁ、其れで大体合っている……私の記憶と人格に関する事以外はな。」

 

 

目の前の千冬が『本物の織斑千冬』と言う事に驚かされた夏月だったが、『織斑計画』に関してどこまで知っているかを話した後に千冬が語った己に関する事に、更に驚かされる事となった。

一夏と秋五の記憶操作は成功したのだが、此れは二人が『量産型の兵士』として作られた事が大きく関係していた――戦場で感じた恐怖、トラウマと言ったマイナスの記憶を即抹消出来るように、一夏と秋五は記憶操作が容易になっていたのである。

記憶操作後には新たなプロテクトが設定されて簡単に記憶の書き換えは出来なくなっていたのだが。

しかし、『先ずは成功例を作る』事を最優先にして採算度外視で造られたプロトタイプの千冬は、ありとあらゆるものに対する耐性が強く作られ、記憶操作もレジストしてしまうようになっていたのだ。

何度記憶操作をしようとしても失敗し、別の人格で上書きしようとしても弾き返され、千冬から『織斑計画』に関する記憶を取り除く事は出来なかったのだ。

其処で織斑計画に携わったメンバーは苦肉の策として『兎に角、どんな形でもいいから今の人格が表に出ないように蓋をする』と言う方法を取るに至り、幾度のトライアンドエラーの末に完成したのが夏月達が良く知る『織斑千冬』の人格だったのである。

だが完全に蓋をする事は出来ず、その人格には本物の千冬が知っていた織斑計画の記憶が中途半端に――主に一夏と秋五の成長に関する知識が受け継がれた事で差別待遇が生まれたと言うのだ……『だとしても、一夏への対応は完全に間違っていたと言えるがな』と千冬はこぼしていたが。

 

 

「アンタが本物の織斑千冬で、アイツが偽物だってのは分かったけど、だとしたら何だってアンタは此処に居る?此処は黒雷のコア人格の世界なんだろ?」

 

「其れは、今の私は黒雷のコア人格だからだ。」

 

「はぁ!?如何言うこった其れは!?」

 

 

続けて衝撃の事実として、本物の千冬は現在は黒雷のコア人格となっている事が明らかになった。

何故そうなったのかは六年前の『白騎士事件』まで遡る。

日本に対して発射された数千発のミサイルを迎撃すべく、束は非常に不本意ながら千冬(偽)に白騎士に搭乗してミサイルの迎撃を依頼したのだが、その際に蓋をされていた本来の千冬の人格は何かに引っ張られる感覚を覚えた次の瞬間、見覚えのない場所にいたのだと言う。

其処がISのコア人格の世界であると分かったのは白騎士事件が終わった後だったが、コア人格の世界だと気付くと同時に其処に存在すべき存在が居ない事に、白騎士のコア人格が居ない事に気付いた――そして同時に悟った。

自分を引っ張ったのは白騎士のコア人格であり、自分は白騎士のコア人格と入れ替わったのだと。

 

 

「ちょっと待て、其れってつまり今のアイツの中には白騎士のコア人格があるって事か?」

 

「正確には、今のアイツの人格は私に蓋をしていた人格と白騎士のコア人格が融合したモノだと言うべきか……白騎士のコア人格は、恐らく私の肉体を乗っ取ろうとしたのだろう。

 束によって誕生した己の存在を認めさせるために私の肉体を乗っ取り、そして機体を完璧に操作してその有用性を証明する心算だったのかもしれんが、私をコア内部に閉じ込めはしたモノの、私に蓋をしていた人格は排除出来ず、最終的には二つの人格が融合した――その結果として、蓋の人格は更に倫理観やら何やらがぶっ飛んでしまった訳だがな。」

 

「……思い返してみると、白騎士事件の後でアイツの俺に対する対応が更に悪くなった気がするな。成程、其れは如何言う理由があった訳だ……だからと言って俺にとってのアイツの何が変わる訳じゃないけどよ。」

 

「だろうな。」

 

 

白騎士のコア人格となった千冬は、束が夏月達の専用機である『騎龍シリーズ』のISコアを制作した際に、制作されたコアの一つに移動し、そして黒雷にコアが搭載される際に、白騎士のコア人格であった事を利用して、己の人格が宿ったコア以外は黒雷に適応しないようにして黒雷のコアとなったのだった。

 

 

「そんな事が……束さんが知ったら目ん玉飛び出すかも。」

 

「アイツが此の程度で驚くとも思えんがな。

 其れは其れとして、お前が虐げられていた現実を目の当たりにしながら何も出来なかった不甲斐ない私を許してくれとは言わん……せめてもの贖罪として、お前の気が済むまで『私』を使い倒してくれても一向に構わん。

 だが、奴だけは必ず殺せ……白騎士のコア人格と融合したアイツは、此のまま生きていれば必ず世界に悪影響を及ぼす存在になる……奴は、『織斑計画』によって生み出された厄災だからな。」

 

「安心しろ、言われんでもアイツは何時か必ず俺が直々にぶっ殺すって決めてたからな……だが、アンタの話を聞いてよりその決意が強くなったぜ。

 だけど良いのかよ?アイツを殺すって事はアンタの身体が無くなっちまうって事なんだけどさ?」

 

「構わん。

 私が元の身体に戻る為には私が居るコアを搭載したISに奴が乗り、其の上で奴から身体の支配権を取り返さねばならんのだが、奴の人格は私と言う人格に蓋をする為に生み出されているだけでなく白騎士のコア人格と融合しているのだ……私では身体の支配権を取り戻す事は最早不可能だからな。

 序に言うと、奴が色々やらかしてくれたお陰で『織斑千冬』の評判はゼロを通り越してマイナスになっているからな……身体に戻って針の筵で生活するのも御免被る――一度マイナスになってしまった評判をプラスに戻すのも大変であるしな。」

 

「言われてみりゃそれもそうか。」

 

 

千冬は千冬(偽)を殺せとまで言って来たが、其れに対して夏月は異を唱えはしなかった。

昔の恨みを晴らすと言う訳ではないが、夏月は千冬の事は何れ必ず抹殺すると心に誓っていたのだから――『努力を続けていれば何時か認めて貰える』と思っていた一夏にとって第二回モンド・グロッソでの一件は明確な裏切りであり、同時に千冬に対して憎悪を募らせるには充分だった。

一夏が誘拐された事を千冬は知らなかった等と言うのは言い訳にもならないのだから。

 

 

「時に夏月、お前は随分と魅力的な女性を婚約者にしているみたいだな?

 私が私の身体に居たのであれば将来的に是非とも酒を酌み交わしたい相手だ……そして、お前は彼女達に愛されているんだな夏月……本来ならば姉として祝福してやりたいが、其れも出来ないとは歯痒いな……」

 

「……その思いだけで充分だよ。

 アンタが姉だったら、俺は『織斑一夏』のままでいられたのかも知れないな――だけどそうなった場合は、楯無さん達と出会う事もなかったかも知れないって事を考えると、あのクソッタレの人格はある意味で俺の人生のMVPかもだぜ。

 アイツが第二回モンド・グロッソの時に俺を助けに来なかった事で俺は『一夜夏月』になる事が出来て、ロランと、楯無さんと簪と出会う事が出来たんだからな。」

 

「そうか……今更遅いかも知れないが、私はお前達の事を愛していた。

 だが、姉としてお前達に接する事が出来なかったのが心残りだったのだが……皮肉にもお前が意識を失った事でこうして会う事が出来た……お前と会う事が出来て良かったよ夏月。

 さぁ、そろそろ目を覚ます時間だ――お前の仲間達はゴスペルを止める為に再度出撃したみたいだからな。」

 

「マジか?……だったら、俺が何時までも寝てる訳には行かねぇよな!」

 

「そうだな……だから黒雷の力を解放する。

 此の力があればゴスペルを止める事は造作もないだろうさ……行くぞ、夏月。」

 

 

千冬の話を聞いた夏月は『自分だけが寝てる事は出来ない』と言い、其れに応えるように千冬が黒雷の力を解放し、景色が『真冬の海岸』から、『真夏の海岸』へと変貌する。

同時に夏月は本能的に黒雷の力が増した事を感じ取っていた。

そして黒雷の力が増して行くのを感じると周囲の景色の輪郭がぼやけ始める……夏月の意識が浮上し始め、此の世界から現実に戻り始めているのだろう。

 

 

「あぁ、そうだ……一つだけ言い忘れていた事があったな?

 夏月、いや一夏よ……奴からあれ程の差別待遇を受け、周囲からも『出来損ない』と罵倒されながら、よく腐らずに努力を続けた。普通なら努力をするのが馬鹿みたいだと思ってしまうだろうが、途中で投げ出さずに今もまだ努力を怠らずに日々研鑽を続けているのは素晴らしい事だ。

 ……よく頑張った。偉いぞ、一夏。」

 

 

夏月の意識が浮上する直前、千冬はそう言って今まで見た事もなかった優しい笑顔を浮かべながら頭を撫でて来た。

今はもう夏月の方が背が高いので、千冬の方が夏月の頭の上まで腕を伸ばす格好だが、マッタク持って予想外だった千冬の行動に夏月は驚き、そして自然と涙が溢れていた――其れは『織斑一夏』がずっと望んでいたモノだったから。

一夏が努力を続けて来たのは、『いつかきっと姉が認めてくれる』と思っていた部分も確かにあり、一夏はその努力を認め、褒めて欲しかったのだ――其れが、千冬(偽)の策略の果てに得られたと言うのはなんとも皮肉な事だろう。

 

 

「はは、遅いよ……遅いけど、ありがとう。」

 

「弟の努力を認めない姉など言語道断だ……あぁ、其れから、秋五には私の事はまだ黙っていてくれ――後で、束とも色々話をしなくてはならないし、何故白式ではなく黒雷のコアに居るのか、秋五が納得する理由を考えねばならんのでな。」

 

「ん、了解だ。」

 

 

そして景色の輪郭は溶けてなくなり、次に夏月の目に飛び込んで来たのは花月荘の天井だった。

自分と秋五が使っていた真耶用の教員室とは異なる部屋だが、天井の造りは全く同じだったので、此処が花月荘だと言う事は直ぐに分かった――同時に先の福音戦にて、乱入して来た女性権利団体に不覚を取って撃墜された事も思い出していた。

 

 

「知ってる天井だ……ってのは面白くもないか。

 女権団の連中め、何処で今回の事を知ったんだか……つか、俺だけ狙って秋五は狙わないとか、ブリュンヒルデの弟様はISを動かしても問題ねぇってか?

 俺も実は『織斑千冬の弟』だって事を知ったらアイツ等は一体どんな面をするのやら――いや、アイツ等にとっては『織斑一夏』は出来損ないに過ぎないだろうから何も変わらねぇか……ま、少なくとも俺と秋五が落とした連中は連行されて山田先生辺りに尋問されてんだろうけど。

 さてと、身体は動くな?我ながら頑丈な身体です事……そんじゃまぁ、行きますかね!」

 

 

布団から飛び起きた夏月は部屋の扉をブチ開けて廊下に出る。

警護に当たっていた教師達は意識がなかった夏月が突然部屋から出て来た事に驚いていたが、夏月は構わずに真耶の部屋に向かって行く――警護に当たっていた教師達は口々に『まだ動いてはダメだ』、『先ずは精密検査を』と言っていたが、夏月はその全てを無視して足を進める。

 

 

「たのもー!山田先生!ゴスペルの方はどうなってますかぁ!!」

 

「一夜君!?」

 

「うおぉう、意識が戻ったのかいかっ君!?」

 

 

そして勢いよく扉を開けると、中に居た真耶にゴスペルが今どうなっているかを訊ねる――そんな夏月に、真耶と同じく部屋に居た束も驚く。

当然だろう……撃墜されて重傷を負い、意識がなかった夏月が突然目を覚まして、とても重傷を負った人間とは思えない元気さで目の前に現れたのだから――『織斑計画』の事を知っている束であっても驚くのは致し方ないだろう。

 

 

「い、一夜君、もう動いて大丈夫なんですか!?って言うか目を覚ましたんですか!?」

 

「目を覚ましたからこうして此処に居るんすよ山田先生……そんでもって、身体はすこぶる調子が良いです!重傷なにそれ美味しいの?って感じっすね……こう言っちゃなんですけど、呆れた頑丈さっすよね俺って。

 頭潰されるか心臓ぶち抜かれない限りは死なないんじゃないですかね俺は?」

 

「かっ君、ごめん若干否定出来ない。」

 

「まぁ、束さんなら頭潰されて心臓ぶち抜かれても再生しそうな気がするけどな……つか、束さんの場合既に全身を液体金属性のGANDに作り変えてても俺は全然驚かない!」

 

「オイ~~、束さんは此れでも生身の人間だぞ~~~!?」

 

「いや、最早束さんは『人間に良く似た人間じゃない何か』だから。

 正直な話、俺は束さんが『スーパーコーディネーター』とか『イノベイター』だって言われても素直に信じちゃうからな。……良かったな束さん、どっちに転んでも主人公になれるぞ。」

 

「キラ君やせっちゃんはアニメキャラとしてはカッコいいし好きだけど、自分が同じ存在になろうとは思わないって!」

 

「よっしゃ、其れじゃあ人間に擬態する事も出来るELSで如何だぁ!!」

 

「遂に有機生命体ですらなくなってんじゃんそれぇ!流石の束さんでも終いにゃ泣くぞ!!」

 

「泣け!叫べ!そして、朽ち果てろぉぉ!!」

 

「まさかの八神庵ぃぃぃ!!」

 

「……私は一体何を見せられているのでしょうか?でもこの調子なら、一夜君は全快と見て良いでしょうね。」

 

 

夏月と束の漫才寸劇が行われるも、其れを見て夏月は全快だと判断した真耶はよく生徒のことを見ていると言えるだろう――軽口を叩き、そして少し偽悪的な笑みを浮かべるのが夏月であり、其れが出来るのであれば大丈夫だと、そう判断したのだ。

更に見たところ夏月の身体に異常は無そうで、念のために束に調べて貰ったところ、『傷は完全に塞がってるし、骨や内臓にも一切の異常なし』との事だったので真耶は現在の状況を夏月に伝える事にした。

本来ならば病み上がりの夏月を出撃させるべきではないのだが、自分が動く事が出来るのに出撃出来ないとなれば其方の方が夏月には逆に良くないだろうと考えたのである。とは言え、まだ出撃許可は出さないが。

 

現在は夏月を除いたメンバーが福音との交戦状態に入っており、その戦局は箒が仲間のサポート受けながら踏ん張って夏月の代理を務めている事で、完全有利ではなくとも状況は悪くなかった。

此のままなら、状況が整えば秋五が零落白夜を叩き込めばミッションコンプリートと言ったところだろう。

 

 

「成程、状況は悪くないか……だけど、戦場では何が起きるか分からないんで、早速だけど俺も出撃して良いんですよね山田先生?――何よりも、進化した俺の相棒が暴れたいみたいなんで、俺もコイツの性能を確かめたいんでね。」

 

「ちょっと待ってかっ君其れって……まさか!!」

 

「あぁ、黒雷は二次移行したんだよ束さん――福音の一件が済んだらメンテナンス頼むぜ?黒雷改め羅雪も、束さんと話す事があるって言ってたからな。」

 

「かっ君の機体が?若しかしてかっ君、コア人格にアクセスしたのかい!?……むぅ、ホントにかっ君は束さんの予想を良い意味で超えてくれるモンだよ!」

 

「其れが俺だろ束さん?……んで、俺の出撃認めてくれますか山田先生?」

 

「本来ならば認められませんが、束博士のお墨付きで身体は問題ないと言われたのならば話は別です……一夜君、出撃を許可します。

 今度こそ福音を無力化して、そして先に出撃した皆と福音のパイロットと一緒に必ず無事に戻って来てください。先生との約束です!!」

 

「了解!一夜夏月、騎龍・羅雪、行きます!!」

 

 

真耶から出撃許可を貰った夏月は二次移行した専用機『騎龍・羅雪』を展開して仲間達が福音と交戦している場所へと一直線へと向かって行った――字面は異なるが『悪鬼』を表す『羅刹』と同じ名を冠する事になったのは、『世の中は善だけでは救えない』とコア人格と化した千冬が考えたからなのかも知れない。

ともあれ、夏月は進化した相棒と、再会した本当の姉と共に戦場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月が目を覚ます少し前、真耶が指定した空域では専用機持ちとゴスペルの激しい戦闘が行われていた。

箒が夏月が居ない事で生じた穴を埋めようと尽力し、近接戦闘ではヴィシュヌがサポートに回り、簪とセシリアは後方支援を務め、ロランとラウラはゴスペルに隙が生じた際に的確な一撃を叩き込み、シャルロットは驚異の武装高速切り替えでゴスペルに反撃の隙を与えなかった。

鈴と乱はハイパーセンサーでも感知出来ない『龍砲』の連射を行いながら、その時々にプラズマキャノンを織り交ぜる事でゴスペルの機動力を潰す――不可視だが威力の低いの空気弾と、見えるが当たったら大ダメージのプラズマキャノンの両方があるからこそ、ゴスペルはマッハ移動が出来ないのだ。マッハ移動した先にプラズマキャノンが放たれる可能性があるのだから。

更に束によって対象が複数に強化されたAICが予想外の効果を発揮してくれた。

ラウラはAICの停止結界をゴスペルではなく味方が放った銃撃、砲撃に対して使う事でゴスペルの回避タイミングをずらし、更にミサイルや弾丸を空間に固定し、其処に仲間達がゴスペルを誘導して『貴様がドレだけ動けようと関係ない処刑方法を思い付いた!』と言った状況に追い込んだりしていたのだ。

勿論、ゴスペルは其れに的確に対処しており、ノーダメージとは行かないモノの決定打を許さなかったのだが、簪が放った『山嵐』のミサイル弾幕をセシリアがBT兵装で攻撃して誘爆させ、辺りに煙が立ち込めた事で状況は一変する。

ISにはハイパーセンサーが搭載されており、其れを使えば煙の中でも相手の事を補足する事が出来るのだが、暴走した福音はパイロットが意識を失っている事もあって箒達の事を正確に把握する事が出来なくなっていたのだ。

そして其れは箒達にとっては好機であり――

 

 

「貰ったぁ!!」

 

「此れで決めます!!」

 

 

爆炎の中から箒が二刀を逆手に持った状態で現れて、篠ノ之流剣術の二刀流奥義である『炎舞・紅蓮』を繰り出し、ヴィシュヌは母から直伝された飛び膝蹴りからの二連続のアッパーカットに繋ぐ『タイガー・ジェノサイド』を叩き込んで福音を海に落とす。

其れは誰の目にも『決定的な一打』であり、箒達も勝ちを確信したのだが、その直後に海から巨大な水柱が発生し、水柱が消えると、其処には落とした筈だった『福音』が存在していた――其れも、僅かながら姿を変えて。

全身を覆っていた装甲はより洗練されてシャープなデザインとなったが、逆に背部ユニットは大きくなり、広域攻撃能力が強化された事が窺えた――ゴスペルはパイロットを守るために自己進化したのだ。

 

 

『La……』

 

「シルバーベル!?……此れは拙い……皆、逃げてぇ!!」

 

 

そして進化したゴスペルはパイロットの脅威を排除すべく、広域殲滅攻撃である『シルバーベル』をリミッターを解除して使用し、そしてが放たれた直後、専用機持ち達の視界は真っ白に塗り潰され、閃光が治まった次の瞬間には全員が砂浜に叩き落とされていた。

機体は解除されてないがシールドエネルギーは全員がレッドゾーンとなっており、次にシルバーベルを喰らったら其処でゲームセットだろう……秋五が動ける状態なので零落白夜の一発逆転が狙えなくはないが、其れは難しいと言わざるを得ないだろう。

 

ゴスペルは、二度目のシルバーベルの発射体勢に入り、其の場に居た全員が『死』を覚悟したのだが――

 

 

「ゲームセットにはまだ早いぜゴスペルさんよぉ!

 つーか、ゲームセットを宣言するなら俺を倒してからにしろよ――暫定的とは言え、『IS学園一年最強』である俺を倒さないでゲームセット宣言ってのは流石に如何なモノかと思うぜオイ?

 さっきは女権団の横槍で不覚を取ったが、今度はそうは行かねぇ……改めて、今度は横槍無しでやろうぜゴスペル!今度こそお前を無力化して、パイロットも救い出して見せるぜ!!」

 

「此の土壇場で現れるとは、中々に美味しい登場の仕方をするな君も……嗚呼、だが其れが素晴らしい。それでこそ、私達の騎士だ……君が目を覚ますのを待っていたよ!!」

 

「夏月、意識が戻ったんだ……!心配させ過ぎだよ……!」

 

「そして、遅刻ですよ……」

 

「この、寝坊助!もう目を覚まさないかと思ったじゃないのよ!!」

 

「つか、意識失って重傷だったのに、意識を取り戻したら即出撃とか、アンタの頑丈さに少し呆れたわ!」

 

「ヒーローは遅れて現れる!……って、俺はどっちかってーとダークヒーロー系だから違うか――まぁ、遅刻した分は此れからの働きで返すって事で勘弁してくれ!

 んでもって、改めて俺は嫁ズに愛されてるって実感してますわ!!」

 

 

其処に夏月が割って入り、シルバーベルを強制的に中断させる。

そして夏月は獰猛な笑みを浮かべると、嫁ズに後ろ向きのままサムズアップして見せると、其れを其のまま自分の首元まで持って行くとゴスペルに向かって首を掻っ切る動作をした後にサムズダウン!

そして次の瞬間には『朧』改め『心月』を展開して、ゴスペルに向かって行った――そして夏月が参戦した事によりゴスペルとの第二幕は、其のまま終幕に向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode42『ゴスペル戦第二ラウンド!否、ファイナルラウンドだ!』

ゴスペル……お前を殺すぞBy夏月     夏月君、そのセリフは死亡フラグよ!?By楯無    ムキンクスの名言のオマージュだねByロラン


ISコアの世界で本物の千冬と邂逅した後に復活した夏月は、ゴスペルがどうなっているのか束と真耶からを聞くと、二次移行した専用機『騎龍・羅雪』を展開し、仲間達がゴスペルと戦っている戦場に向かって行った、真耶と束も其れを黙って見送っていた――目を覚ましたばかりの夏月を戦場に向かわせるのは、通常ならば有り得ない事だが、夏月の身体に異常はなく、何よりも束も真耶も夏月の事を信じているからこそ余計な事は言わずに送り出したのである。

 

 

「山田先生!夏月が出撃したってマジなの!?」

 

「ふぇ!?ふぁ、ファニールさん!?」

 

 

だがしかし、此処で司令室となっている真耶の教員室にファニールが突撃して来た。

コメット姉妹は『機体が戦闘向きではない』との理由で事実上の戦力外通告を受け、其れは夏月が撃墜された後も変わらず戦場に出る事は許可されず、其れを聞いたファニールは、自分に出来る事として、夏月の看病を行っていたのだ。

だからこそ、タオルを変えようと少し部屋を空け、そして部屋に戻って来た時には夏月の姿が無かったと言うのは衝撃的を超えた事態だっただろう――夏月が居なくなっている事に驚いたが、秒で再起動して部屋の警護に当たっていた教師に話を聞くと、『一夜君は目を覚まして司令室に向かって行った』との答えが返って来たので全速力で司令室までやって来たのだ。

 

 

「ファニールさん、如何して一夜君が出撃した事を知ってるんですか!?」

 

「アイツの性格考えれば分かりますって!

 ゴスペルを無効化出来なかったのは夏月だって分かってるんだから、目を覚ましたら絶対に出撃するに決まってる!自分の嫁達と仲間達が戦ってるなら尚更!」

 

「ほうほう、意外とかっ君の事よく理解してんねファーちゃんも?」

 

「こう見えて、アタシも夏月の婚約者なんで。」

 

 

因みにオニールの方はと言うと、旅館待機を言い渡された一般生徒達が不安を感じたり退屈したりしないように、教師に許可を取って大広間にてカラオケマシーンを使って単独ライブを行っていた――本心は『大好きなお兄ちゃん』である夏月の看病をしたかっただろうが、其れは姉であり夏月の婚約者であるファニールの役目だと考えて自分は一般生徒の為に行動したのだ。双子とは言え、出来た妹と言えるだろう。

 

 

「で、出撃しちゃっても大丈夫な訳!?さっきまで意識失ってたのよアイツは!無理して身体がシャレにならないダメージを受けたりしたら……!」

 

「其れについては問題ナッシングだよファーちゃんや。

 出撃前にこの束さんがかっ君の身体をバッチリ調べて、そんでもってマッタク持って全然問題なかったからねぇ……束さんの治療が適切だったとは言え、あの回復力はぶっ飛んでるっしょ?」

 

「そ、其れなら安心かしら?

 ……って、そう言えば夏月は出撃前に何か食べた?」

 

「いえ、何も食べてはいないと思いますが……」

 

 

ファニールは束から『夏月の身体は完全回復した』と聞いて安心したのだが、真耶から『夏月は出撃前に何も食べてない』と聞いて顔色が一気に変わり、『ヤバい』と言った表情になる。

夏月の身体の燃費の悪さはIS学園の生徒達の間では有名だが、その夏月が目を覚ました直後に何も食べずに出撃したと聞けばファニールの顔色も変わるのも致し方ないだろう……先の戦闘でエネルギーを大幅に消費した夏月が一切の補給をしないで再度戦場に向かったとなれば、機体のエネルギーは潤沢にあったとしても夏月自身が途中でガス欠になる可能性があるのだから。

 

 

「だとしたら拙いわね……アイツ途中でガス欠になるかも!

 山田先生、訓練機のラファール借りるわ!」

 

「え?あ、はい!気を付けて下さいねファニールさん!」

 

「……束さんとした事が、こんな時の為の特製エナジードリンクの開発をしてないとか、不覚だったね。」

 

 

其れを聞いたファニールは真耶にラファール・リヴァイブの使用許可を貰うと、ロビーの自動販売機で『モンスターエナジー・スーパーコーラ』を購入すると、ラファール・リヴァイブを身に纏って夏月の元へと飛んで行ったのだった。

 

 

「……こんな事態を生徒達に任せるしかない……歯痒いですね。」

 

「ん~~……君が望むならだけどさ、緊急事態にすぐに対応出来るように専用機作ってあげようか巨乳ティーチャー?

 ぶっちゃけ、教師部隊の司令官は専用機を持ってるべきだと思うのだよ束さんは……まぁ、あのDQNヒルデには土下座されたって作ってやらねーけどね?……手切れ金として暮桜作ってやったのを今では後悔してる。」

 

「其れは有り難い事ですが、私の一存では決められないので学園に戻ってから学園長と相談して、ですね。」

 

 

雑談にしては可成り重要な事を話していた真耶と束だが、互いに相手の顔は見ずにその視線は月が輝く夜空に向けられていた――今度こそ、夏月達がゴスペルを無力化してくれる事を願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode42

『ゴスペル戦第二ラウンド!否、ファイナルラウンドだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二次移行したゴスペルのシルバーベルを喰らい絶体絶命となった秋五達の前にギリギリのタイミングで駆け付けた夏月だったが、夏月の専用機である『騎龍・黒雷』もまた二次移行して『騎龍・羅雪』となり、その容姿は変わっていた。

『機械仕掛けの龍騎士』な外見は其のままに、頭部の角を思わせるセンサーアンテナはより先鋭化して長くなり、頬の部分にも左右二対のブレードアンテナが追加され、背部からはエネルギーで構成された高速機動用の光の翼が展開され、目を模したカメラアイは二次移行前よりも鋭くなり、カメラレンズも赤く変化している。

黒雷が『黒き龍騎士』ならば、羅雪は『闇の龍騎士』と言ったところだろう。

 

 

「っしゃぁぁぁぁぁ!!」

 

『La……!』

 

 

その羅雪を纏った夏月は、二次移行で進化した日本刀型近接ブレード『心月』をイグニッションブーストからの居合いでゴスペルに叩き付ける――達人レベルとなれば生身で放っても目視出来ない居合いを、ISのパワーアシストがある状態で、更にイグニッションブーストとの合わせ技で繰り出されたとなれば、其れは防御も回避も不可能な、正に一撃必殺の攻撃となるのだが、ゴスペルは人間では不可能な超反応で其れに対処し直撃を回避して見せた。

 

だが、其れを見た夏月はフェイスパーツの下で苦い顔を浮かべていた。

現在のゴスペルは暴走しているが、暴走してはいても『搭乗者の命を最優先にする』事を最優先にしているので、自身に攻撃してくる相手を誰であろうと『敵』と認識して攻撃して排除しようとしているのだが、『敵の排除』も優先事項の上位であり、『敵の排除』が『搭乗者の命を優先する事』に繋がると考えた結果、『敵を排除する為には、パイロットに多少の負荷が掛かるのは仕方ない』と言う矛盾しまくった結論を出してしまっていたのだ。

其れはある意味で学年別タッグトーナメントで暴走したラウラの『ヴァルキリー・トレース・システム』に似たモノ――ある意味では其れ以上に危険なモノなので、早急に何とかしなければゴスペルのパイロットの命が危ないだろう。

 

 

「パイロットは殺さずにゴスペルだけを無力化する、其れだけなら未だしも制限時間ありって、此れは思った以上に鬼畜ゲーだなオイ!?

 ……だが、生憎と俺は難易度が高ければ高いほど燃えるって言うドMゲーマーでもあるんでな……鬼畜難易度なんぞは寧ろ大好物だ!絶対的にウェルカム!難易度が高けりゃ高いほど、クリア時の達成感がハンパないんじゃアホンダラァ!!」

 

 

任務のクリア条件が可成り厳しくなってしまったが、だからと言って夏月が退くかと言ったら其れは否だ。

先程の作戦は、自分が落とされた事で失敗に終わった……其れを分かっている夏月に、この場で退くと言う選択肢なんかはそもそも最初から存在しておらず、ゴスペルの機動力に喰らい付いて距離を開けさせず、徹底的に引っ付いて近接戦闘を仕掛けていた。

 

ゴスペルは機動力と広域攻撃が極めて強い機体だが、その代償とも言うべきが近接戦闘能力は其処まで高くないのだ――其れでも、打鉄以上の近接戦闘能力を有しているのだが、近接戦闘に重点を置いた羅雪との近距離戦は大幅な不利となるのは道理であり、結果としてゴスペルは羅雪に追い込まれる事になったのだ。

 

 

「夏月……ったく遅いのよアイツは……だけど、病み上がりのアイツだけを戦わせる事は出来ないわよね?

 ロラン、アンタの機体のワン・オフ・アビリティって機体のシールドエネルギーを最大値の50%を回復するのよね?

 だったらそれでアタシ達の機体のエネルギー回復出来ない?」

 

「其れは無理だよ鈴……確かに私の機体のワン・オフ・アビリティは機体のシールドエネルギーをマックス値の50%を回復出来るけど、回復するのはシールドエネルギーだけで機体の損傷までは直せない。

 機体エネルギーは回復しても、真面に戦闘行為を行えない機体に意味はない……こんな状態の機体で出て行っても、却って夏月の足手纏いになるだけさ。」

 

 

其れを見た一行は、夏月の戦いに目を見張っていた。

夏月の強さはIS学園でも有名だが、今の夏月は普段とは比べ物にならない位の凄まじい力を発揮していた――ゴスペルの超反応にも的確に対処しているのだから凄まじい事この上ないだろう。

其の一方で、鈴はロランに『ワン・オフ・アビリティで回復出来ないか?』と聞いていたのだが、ロランの機体のワン・オフ・アビリティはあくまでも『シールドエネルギーを最大値の50%回復』するものであり、機体の損傷は直せないのだ――シールドエネルギーが最大値の50%回復しても、機体が半壊状態ではあまり意味がないと言えるだろう。装甲が半壊しただけでなく、装備も略壊れてしまっているのならば尚更だ。

 

 

「ならロランさん、白式のエネルギーだけでも回復出来るかな?

 白式も装甲が破損しては要るけど其処まで酷くないし、雪片・弐型も壊れてないからシールドエネルギーが回復すればまだ戦う事は出来るから。

 シャル、白式にラファールに残ってる全部のシールドエネルギーを分けて貰える?」

 

「織斑君、確かに被害は君の白式が最も少ないし、唯一の武器である雪片・弐型も健在だが……。」

 

「其れは出来るけど……如何して?」

 

「決まってるだろ?夏月の加勢に入る!

 目を覚ましたばかりの彼が戦ってるのに、僕が戦わずにいるなんて、そんな事が出来るか!友達が戦ってるのを黙って見てるなんて事、僕には出来ないよ!」

 

「友の為に、一番動く事の出来る自分が向かうか……嫌いじゃないよそう言うのは。友情の為に戦うとは、嗚呼なんと素晴らしい事か!喜んで白式のシールドエネルギーを回復させて貰おうじゃないか!」

 

「秋五……ヤバい、ガチで惚れたっぽいよ僕……でも、そう言う事なら僕の機体の全てのシールドエネルギーを持って行って!」

 

「ありがとう。此れで僕も戦える!」

 

 

此処で秋五がロランにシールドエネルギーを回復して貰い、シャルロットの機体から残るシールドエネルギーを全て分けて貰って夏月とゴスペルの戦いに改めてエントリーした――夏月だけに戦わせる事は出来ないと言った秋五を見て、シャルロットが利害一致でしか無かった関係からガチで秋五に惚れたみたいだったが、其れは今は関係ない事だ。ロランの芝居めいた物言いも何時もの事だろう。

 

其の一方で夏月とゴスペルの戦闘は激しさを増し、もう何度目かも分からない近接ブレードのぶつかり合いとなり、これまた激しい火花が散る――此れまでなら、此処で仕切り直しになっていたのだが、今回は此処でシールドエネルギーを大幅に回復した白式がゴスペルに背後から斬り掛かった。

 

其れは完璧なタイミングでの奇襲攻撃であり、普通なら避ける事は不可能な攻撃だが、ゴスペルは超人的な反応速度で其れを避ける。

零落白夜は発動していたので、掠りでもすれば大幅にシールドエネルギーを削る事が出来たのだが、完璧に躱されてしまっては効果はない……だが、回避しても次なる一手が既に用意されていた。

 

 

「貴様が何秒動けようと関係ない処刑方法を思い付いた、ってか!」

 

 

夏月がゴスペルを取り囲むようにして何百本モノビームダガー『龍爪』改め『龍尖』を展開していたのだ。

二次移行して『龍尖』となった事でビームダガーはホーミング性能と滞空機能が備わり、投擲された後に空中に留まる事が出来るようになっており、夏月は其の力を使って『ダガーの結界』を作り出してゴスペルを取り囲んでいたのだ。

 

 

「貴様はチェスや将棋で言うところの『詰み』に嵌ったのだ!逃げ場はないぞ!喰らえ、魔空包囲弾!!」

 

「いや、DIO様なのかピッコロさんなのかどっちなの?」

 

 

圧倒的な物量で展開された龍尖は夏月の合図で一気にゴスペルに向かって発射されるが、ゴスペルは其れをシルバーベルで迎撃する。

広域殲滅攻撃の前にはビームダガーは簡単に撃ち落とされてしまうが、何百本とあれば全てを撃ち落とすのは容易ではなく、逆に言えばこの大量の龍尖はシルバーベルに対する壁にもなり得るのだ。

 

 

「ダガーの陰からコンニチワ、ってなぁ!!」

 

「隙ありだよ!」

 

『!?』

 

 

龍尖に隠れる形で夏月と秋五が現れ、夏月は神速の居合いを、秋五は威力充分の袈裟斬りでゴスペルを攻撃し、其れは遂にゴスペルに届きシールドエネルギーを大きく減らす。

 

 

「広域殲滅攻撃は強力だけど、全方位から絶え間なく攻撃が来た場合は、その陰に隠れてる存在の事は認識し辛くなるみたいだね……とは言え、流石に少し危なかったから零落白夜で少し無効にしたけどね。

 そのせいでもう零落白夜は使えないけど、其れでも通常攻撃でシールドエネルギーを削る事は出来る!」

 

 

シルバーベルを零落白夜で無効にした事で白式のシールドエネルギーは大きく減ってしまったので、もう零落白夜は発動出来ないが、其れでもこの抜群のコンビネーションがあればゴスペルを無力化する事は難しくないだろう。

本来ならば放った後の隙が大きくなる大技も、二人であれば片方がその隙をフォロー出来るので、決め技級の攻撃を惜しむ事無く使う事も出来るのだから。

 

 

「秋五、やられちまったと思ったがまだ動けたのか?」

 

「ロランさんにシールドエネルギーを最大値の50%回復して貰った上でシャルの残りのシールドエネルギーを貰って来たんだ……装甲は破損してても、雪片・弐型が健在なら僕は戦えるからね。

 其れに、病み上がりの君だけを戦わせるなんて事は出来ないよ……僕はもう、只見てるだけの傍観者にだけはならないって決めたんだから!」

 

「おぉっと、良い事言うねぇ秋五?あのクソッタレなDQNヒルデに聞かせてやりたいもんだぜマッタク。

 そんじゃまぁ、ここからは息を合わせてバッチリ行こうぜ?お前が正統派の正義のヒーローなら、俺はアウトサイドのダークヒーローだ……普通ならその道は決して交わる事がないが、交わる事がないからこそ同じ目的を達成するために力を合わせたその時は無敵で最強ってな!」

 

「ダークヒーローって、其れ自分で言う事かな?」

 

「顔にこんな大層な傷痕があって、『お前本当に日本人か?』って言われて当然の金色の瞳を持った俺が正義のヒーローってのは無理があんだろ流石に?何よりも正義のヒーローってのはガラじゃねぇ……俺はダークヒーローの方が性に合ってんだよ!」

 

「成程、君らしい!」

 

 

夏月がゴスペルに向けた心月を秋五が雪片・弐型でカチ上げ、其れを合図に二人でゴスペルに突撃し怒涛の剣戟ラッシュを繰り出す。

正統派な秋五の剣術と、実戦の中で鍛えられた変幻自在の夏月の剣術の同時攻撃にはゴスペルも完全に対処する事は出来ず防御と回避の比重が大きくなり、シルバーベルによる強制的なリセットも出来ない状況だった。

近接戦闘状態での広域殲滅攻撃はゼロ距離攻撃になるので放った側にも攻撃の余波が及び、最悪の場合は其れがパイロットにも影響する……故に『パイロットの安全を最優先』にしているゴスペルはシルバーベルを発動出来ずにいたのだ。

だがそれでもゴスペルは致命傷になる攻撃は的確に対処してダメージを最小限に抑えていた――少しずつでも削れているのならば何れ限界が来るだろうが、現在のゴスペルは暴走状態にあって普通では有り得ない機動も行っている為に意識の無いパイロットに掛かる負担がハンパなモノではなく、早急にゴスペルを停止させないとパイロットの命に係わる事態になり兼ねない……だからこそ早期決着が必要なのだ。

 

だが、白式にはもう一度零落白夜を発動するだけのシールドエネルギーは残っておらず、結局のところは真正面からガリガリとシールドエネルギーを削って行く以外に方法はないのだ。

負ける事はないが、制限時間ありのミッションと言うのは矢張り難易度は高いと言えるだろう。

 

 

「(無力だな私は……一夜の真似事すら真面に出来ず、姉さんお手製の専用機を貰ったにも拘らず此の体たらく……此れでは、私の為に専用機を用意してくれた姉さんに申し訳が立たん!

  紅椿、私はまだまだ未熟で、お前の力を十全に引き出す事も出来ていないが、今この時だけは分不相応と分かってはいるが私に力を貸してくれ!此の状況を打開し、ゴスペルと其のパイロットを救う為の力を私にくれ!対価が必要だと言うのなら、何でもいい……私の身体を持って行け!)」

 

 

その戦いを見ていた箒はなんとも言えない歯痒さを感じていた――束製の専用機を手にしたにも関わらず、ゴスペルを無効化する事は出来ず、無効化するどころか二次移行したゴスペルのシルバーベルを喰らって戦闘不能になってしまい、否が応にも己の弱さを突き付けられた気がしていたのだ。

だからこそ箒は己がまだ未熟ではあると認識した上で紅椿に此の状況を打開するための力を貸してくれと願った――其れこそ、対価として己の身体をも差し出す覚悟でだ。

 

 

 

――キィィィィィィィィン……!

 

 

 

そして、其れに応えるように紅椿が輝き、そして光が弾け、その次の瞬間にはシルバーベルによって落とされた専用機全てのシールドエネルギーが全回復しただけではなく、破損した装甲や武装も完全に元通りになっていた。

此れこそが紅椿のワン・オフ・アビリティである『絢爛武闘』だ――束が設定した名称は『絢爛舞踏』だったのだが、紅椿は『舞踏』よりも『武闘』の方が箒にピッタリだと判断して『絢爛武闘』になったのだろう。

其れはさて置き、その効果は強力無比であり、味方のISのシールドエネルギーを全回復した上で破損も全快させると言う、整備スタッフが喉から手が出るほどに欲しがるモノだったのだ。

 

 

「此れは……シールドエネルギーが回復しただけでなく機体の損傷、破損した武装まで直してしまうとは……私の機体のワン・オフ・アビリティが涙目の効果だね?」

 

「うむ……此れは私も予想外だった。よもや此れほどの力を紅椿が有しているとはな……だが、此れならば!!」

 

 

此れにより出撃した全機が完全回復したのだが、此処でヴィシュヌの機体が光を放った――其れは、進化の光であり、此の土壇場で束がドゥルガー・シンにインストールした『騎龍化』の因子が活性化したのである。

 

 

「二次移行?いえ、此れは機体其の物が別物に代わっている?ドゥルガー・シンではなく、騎龍・碧雷……束博士が仕込んでくれた訳ですか。心遣い感謝します!」

 

 

光が治まると、其処には騎龍と化したドゥルガー・シンを纏ったヴィシュヌの姿があった。

装甲が必要最低限なのは変わらないが、新たに頭部に龍の角を模したマルチセンサーアンテナが追加され、腕部の装甲にはナックル部に新たにクローが追加されて拳打の威力を高め、脚部のロウ・アンド・ハイにはビームエッジ展開機構が追加されて蹴りの威力を増し、拡散弓クラスター・ボウは一度に放てるエネルギー矢の本数が束による強化状態以上に増えていた――『騎龍・碧雷』其れがヴィシュヌの新たな相棒の名前だ。

 

 

「待たせたな秋五、一夜!此処からは私達も共に戦うぞ!」

 

「おぉっと、此処で互いの嫁ズが参戦して来たぜ秋五?……嫁さんの前でカッコ悪い姿を見せる事は出来ないよなぁ?だから、此処は一気に決めてくぞ秋五!異論はあっても全力で無視するのでその心算で宜しく!!」

 

「其れって異論を唱える意味ないよね?勿論、異論はないけどね!」

 

 

そんな訳で箒達が戦場に合流し、箒は早速『絢爛武闘』で白式と羅雪のシールドエネルギーを満タンに回復し、破損した白式の装甲も完全に元通りにして見せた。

ロランのワン・オフ・アビリティを遥かに上回る回復能力であり、回復出来るシールドエネルギーに上限はないと言うのも相当に強いと言えるだろう――極論を言うのであれば、紅椿が絢爛武闘を使って秋五のサポートに徹すれば、秋五は事実上一撃必殺である『零落白夜』が使い放題になると言う超極悪チートモードになるのだから。

 

そして戦闘不能になっていたメンバーが復活した事で、其処からは一方的な展開となった。

簪が得意の弾幕でゴスペルを牽制しながら、しかし其の動きはセシリアがBT兵装の十字砲で制限し、更に鈴と乱がダブルの『龍の結界』を発動してゴスペルが戦闘空域から離脱する事を防ぎ、其処に他のメンバーが矢継ぎ早に近接戦闘を仕掛けて行く。

ゴスペルは反撃する事も出来ない状態だが、其れでも一撃必殺の零落白夜だけは確実に回避していた――ゴスペルはIS自身であるが故に、本能的(?)に零落白夜を発動した際に展開されるエネルギーの刃は危険だと察しているのだろう。

だがそれでも此のまま此の波状攻撃を続けて行けばゴスペルのエネルギーは尽きるだろう――夏月と秋五の二人で戦っていた時よりも手数は遥かに増えているのだから。

 

 

「此のまま一気に押し切って……って、あれ?……ヤベ、ちっと飛ばし過ぎた。」

 

 

此のまま一気に押し切れる、そう思った時だった――突如として夏月の動きが鈍くなった。

必殺を狙った居合いは鋭さを欠いてゴスペルの表面を軽くなぞるに終わり、逆にゴスペルがカウンターでブレード攻撃を放って来る――が、其の攻撃はロランが轟龍で弾き、其のまま夏月を掴んで距離を取る。

 

 

「目が覚めたばかりで無理をしてしまったかい夏月?少し休んでいると良い――なに、後は私達だけでもなんとかなるさ。」

 

「いや、身体は大丈夫なんだけどガス欠っぽい……目が覚めてお前達が戦ってるって知ってエネルギー補給しないで来ちまったからなぁ……さっきの戦いでも消耗してたってのに、コイツは大失態だ。」

 

 

此処でファニールが懸念していたガス欠を起こし、夏月は動きが鈍くなってしまったのだ。

ISコアの世界で本物の千冬と出会って事の真相を知り、機体も二次移行してやる気メガマックスで出撃した夏月は、テンションが上がってる事で一種のブースト状態になっていた訳なのだが、ブースト状態はあくまでも一時的なモノであって長時間持続するモノではなく、ブースト状態が切れてしまえば少ないエネルギーでエンジンを全開にしていた代償がやって来るのである。

 

 

「夏月ぅ!やっぱりガス欠起こしてたわね!此れでも飲みなさい!!」

 

「アレはラファール?って、ファニールじゃないのよ!?アンタは待機の筈じゃなかったっけか!?」

 

「山田先生に聞いたら夏月が何も食べずに即出撃したって言ってたから、ガス欠起こしてるんじゃないかと思ってエネルギー補給に来たのよ!」

 

「此れは、ある意味でナイスタイミングと言うべきですね?」

 

 

だが、其処に訓練機のラファール・リヴァイブを纏ったファニールが現れ、龍の結界の外からチェーンの隙間を縫うようにしてモンスターエナジー・スーパーコーラを夏月に投げ渡し、夏月も其れを落とさずにキャッチして、其のまま開栓して中身を一気に飲み干す。

コーラはそもそもにして糖分が非常に高く即エネルギーになるのだが、其処にモンスターエナジーのガラナや高麗人参等のエナジー成分がプラスされたら其れはもう最強のエネルギー補給飲料と言えるだろう。

 

 

「モンエナチャーァァァァジ!!サンキューファニール!おかげさんでエネルギー満タンになったぜ!!さ此処からの俺は、ちょっと強いぜゴスペルさんよぉ!!」

 

「まさか一本で回復するとは、モンスターエナジー恐るべしだね。こんなに回復するのは君だけかもしれないが。」

 

 

ファニールからの見事な援護を貰ってエネルギーを回復した夏月は改めて居合いでゴスペルに斬り込むと、居合いからの鞘打ちの二段攻撃を繰り出し、更に連続の逆手居合いでゴスペルの動きを大きく制限すると共にシールドエネルギーを削って行く。

そして其処でラウラがAICを発動して遂にゴスペルは完全に其の動きを止める事になった。

 

 

「やっぱり最後は正義のヒーローが決めないとだよな?バッチリ決めろよ秋五!!」

 

「此れで決められなかったら僕は世界一の間抜けだからね……終わりだゴスペル。大丈夫、君のご主人様は助けるし、君の事も殺さないから……だから今は大人しく眠ってくれ!!」

 

 

其処に遂に秋五が零落白夜を叩き込み、ゴスペルのシールドエネルギーは強制的にゼロになって機体が解除され、パイロットであるナターシャ・ファイルスの姿が露わになる……完全に意識はなく、そんな状態でゴスペルが解除されたら海に真っ逆さまなのだが、彼女の事は零落白夜を叩き込んだ秋五が確りと掴んでいた。

意識がない状態で無理な動きをした事でナターシャの身体に何か異常が起きている可能性もあるので、一行は即座に花月荘へと戻って行った――同時に、其れは今回の任務が無事に終わった事を意味していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

花月荘に戻った一行は先ずはバイタルチェックが行われたのだが、多少の擦り傷や裂傷はあれど、其れ以外は特に大きな怪我もなく、脈拍なども安定していたので真耶から『お疲れ様でした』との労いの言葉を貰った後に、夫々の部屋に戻って行った。

ナターシャに関しては束が診たのだが、『無茶な動きをした事で筋肉がダメージ受けてるから、暫くは全身筋肉痛になるだろうけど、骨や神経は奇跡的にダメージ受けてなかったから、筋肉痛が治れば直ぐに動けるよ』との事だった。

 

 

そして全てが終わった後で、箒は旅館から出て夜の砂浜を歩いていた。

奇しくも今夜は満月で、月の光が砂浜を金色に照らし、海面に映った満月がなんとも幻想的だった――特に何か目的があった訳ではないが、無性に歩きたくなったのである。

 

 

「満月に照らされた黄金色の砂浜を歩く黒髪の美少女……月からやって来た天女様かな?」

 

「……馬鹿も休み休み言え秋五。私が天女と言うガラか?月からやって来た天女の護衛剣士の方がまだあっていると言うモノだろう――私は、天女の様な聖なる存在ではないしな。」

 

「そんな事もないと思うけどね。」

 

 

其処に秋五がやって来て、二人はビーチにある岩に腰掛ける。

 

 

「箒、Happy Birthday.」

 

 

此処で秋五は箒に『Happy Birthday』と言うと、ポケットから綺麗にラッピングされた小箱を箒に渡した――本日は七月七日で箒の誕生日なのだが、そのバースデープレゼントを満月の幻想的な浜辺で渡すとは、秋五も中々の演出家であると言えるだろう。

予想外の事に驚いた箒だったが、再起動してプレゼントを受け取ると『開けても良いか?』と聞いた上で小箱のラッピングを解いて中身を確認する……そうして小箱から現れたのはリボンと簪だった。

 

 

「此れは……」

 

「六年前にプレゼントしたリボンを今でも使ってくれてるのは嬉しいけど、大分傷んでるみたいだから新しいリボンをね――其れと、箒は今じゃ珍しい黒髪だから簪は似合うんじゃないかと思ってさ。

 夏月のアドバイスもあったんだけどね。気に入って貰えたかな?」

 

「あぁ、最高の誕生日プレゼントだよ秋五……自分の誕生日によもやあんな事が起きるとは夢にも思っていなかったが最後の最後でこんな最高のサプライズが待って居たとはな……此の誕生日は一生忘れられないモノになったよ。

 ありがとう秋五、とても嬉しいぞ。」

 

「なら良かった。」

 

 

そして秋五と箒は暫し見つめ合い、其のまま唇を重ねた。

二人以外には誰も居ない月夜の浜辺で、恋人達は二人だけの秘密のバースデイパーティを行い、その様子は満月だけが優しく見守っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ナターシャを診終えた束は『二次移行したんで一応チェックしといてください』と夏月から渡された騎龍・羅雪のデータその他をチェックしている中で、羅雪のコア人格となった千冬とのコンタクトを果たし、千冬から白騎士事件の時に何があったのか、その真相を聞かされていた。

 

 

「まさか白騎士のコア人格がね……何と言うか、手塩にかけて育てて来た愛娘がグレてレディースの総長になっちゃった親の気持ちが分かったかも知れないよ束さんは――つまり、白騎士事件の際に白騎士のコアに流れてきた謎のデータはちーちゃんだった訳だ。

 此れは流石に束さんでも予想外だったけど……ちーちゃんはこれから如何するの?ちーちゃんが望むなら、身体を用意する事位は簡単に出来るけど?」

 

『いや、其れには及ばん。と言うか、生身も体を作る事も出来るのかお前は……まぁ、今更お前が何をしようとも驚かんがな。』

 

「ハッハッハ、束さんに出来ない事は殆どないのだよ!」

 

『だろうな。

 話を戻すが、今更生身の肉体を得ようとは思っていないし、ISコアの世界と言うのは中々に快適でな?腹が減る事もなければ疲れる事もないだけでなく、私の意思で簡単に模様替えが出来る上に、望めば食事をする事も出来る――腹が減らずとも食欲はあるのでな、其れを簡単に満たす事が出来るのは素晴らしいぞ?

 其れこそ現実世界では超高級食材も、此処ならばある意味で食い放題が出来るからな……私は羅雪のコア人格として生きて行くさ。』

 

「若しかして、コア人格の世界満喫してる?」

 

『思い切り満喫しているよ。』

 

 

束としては白騎士がまさかの行動をしていた事に驚いていたが、『其れなら其れで、ぐれた娘を更生させるのは親の役目だよね』と言わんばかりの決意を瞳に宿し、そして奇妙な形で再会した親友との雑談を暫しの間楽しんだのだった。

其の後、束の提案で羅雪には『コア人格が己の意思で半実体化出来る』機構が実装され、千冬はコア人格の世界以外でも夏月と遣り取りが出来るようになったのだ――そうするまでに十分も掛かっていないのだから、矢張り束の頭脳と技術力はハンパなモノではないと言うべきだろう。

 

 

こうして波乱の臨海学校二日目は幕を閉じ――

 

 

「夏月、一緒に入っても良い?」

 

「乱!?って言うか、もう既に入って来てるだろ!」

 

 

る前に、露天風呂を満喫していた夏月の元に乱が現れ、まさかの混浴状態となった。

勿論乱が抜け駆けした訳ではなく、臨海学校に参加している嫁ズが公平なクジを行った結果、乱がその権利をゲットした訳であるが。

だからと言って特に何があった訳ではなく、乱が夏月の背中を流し、夏月が乱の髪を洗った後は仲良く温泉でまったり過ごしたのだった――その際に、乱が夏月の腕に抱き付いていたのはある意味で当然と言えるだろう。

 

 

「俺が成人してたら、月見酒の露天風呂って贅沢が出来た事を考えると、未成年の自分が若干恨まれる!」

 

「そう言うと思ったからノンアルのカクテル持って来てるのよね。ライチとピーチ、どっちが良い?」

 

「そりゃライチ一択で。寧ろライチしか勝たん。」

 

 

更に乱が持って来たノンアルコールの缶カクテルで乾杯をして、月夜の露天風呂を楽しみ、そしてどちらかと言う事もなく自然に唇を重ねていた……だけでなく、一気に気分が盛り上がった事で其のまま身体を重ねるに至ったのだった。

露天風呂でナニしてんだと思うだろうが、其処は乱が入る前に『現在混浴使用中』の札を下げて来たので第三者が入って来る事は無かったので安全(?)だった訳なのだが、何にしても最後の最後で乱が夏月の女となって臨海学校の二日目は真に幕を下ろしたのだった。

 

余談ではあるが、夏月を始末し損ねた千冬(偽)は大層悔しがっていたが、事件後に女性権利団体との遣り取りの音声データが束によってIS学園に暴露され、その結果を重く見た学園長の轡木十蔵がIS学園に於ける担任教師の資格を剝奪され、臨海学校後は真耶が一年一組の担任になる事が確定し、千冬(偽)はIS学園での全ての権力を失ったのだった――だが、この結果は因果応報以外の何物でもない。

『ブリュンヒルデ』の名を振りかざして好き勝手やって来たツケが今になって纏めて回って来た、只それだけの事なのだから。

まして今回千冬(偽)が行った事は『嘱託殺人』と言う重大な犯罪であり、その対象者となったのは『世界に二人しか居ない男性IS操縦者の内の一人』だった事を考えれば、此の程度の罰では寧ろ全然足りず、其れこそ本来ならば警察に突き出されて裁判に掛けられてもオカシクないのである――そうならなかったのは、偏に千冬(偽)が逮捕されたとなれば、其れを知った女性権利団体がどんな暴挙に出るか分からないと言う理由もある訳なのだが。

因みに、音声データをIS学園にしか暴露しなかったのは、世界中に暴露して一発で失墜させるよりも、ジワジワと追い詰めた上で完全にトドメを刺すと選択を束がしたからだろう。

其れは其れとして、臨海学校は遂に最終日となるのであった――最終日は恐らく何も起きずに無事に終わる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode43『臨海学校最終日!彼是それ此れ、OverDrive!』

最終日の裏側はBy夏月     色々とあったみたいね?By楯無    これぞ表の裏の二重奏Byロラン    ゴメン、ちょと意味が分からないBy簪


臨海学校最終日。

今日も今日とて早朝のトレーニングに繰り出そうとした夏月だったが、旅館の正門前には真耶が腕を組んで佇んでいた――其の姿は、絶対強者のモノであり、普段の天然ボケ連発の『親しみ易い真耶ちゃん』とは程遠いモノだった。

 

 

「一夜君、何処に行くんですか?」

 

「日課の早朝トレーニングなんですけど、若しかしなくても今日に限ってはアウトだったりします?」

 

「はい、スリーアウトチェンジですね♪」

 

 

問いかけてきた真耶に対して夏月は素直に日課の早朝トレーニングを行う事を伝えたのだが、真耶は笑顔でアウトを宣告した……女性権利団体によって一度撃墜され、其処から目を覚まして即ゴスペルとの戦闘に向かった夏月の身体はもう大丈夫なのだが、だからこそ今日くらいは休んで欲しいと思うのは当然の事だろう。

 

 

「山田先生……早朝トレーニングは最早日課になってるんでやらない方が逆にストレスになって精神的によろしくないと言いますか……トレーニングは一日休むと三日戻ると言われてますし。

 何時もより軽めにして砂浜でのロードワーク二十分と素振り三百回とヨガストレッチだけにするんで、許可して貰えませんかね?」

 

「一夜君、一度『軽め』の意味を調べた方が良いと先生は思います。……確かに何時ものハードトレーニングと比べれば遥かに軽めかもしれませんが。

 そもそもの疑問なんですが、一夜君は毎朝あれだけのハードトレーニングをしてるのに何故普通に授業を受ける事が出来るんですか?授業中に寝たりしないのは感心ですが、体育やISの実習も普通に行ってますし……疲れたりしないんですか?」

 

「山田先生……ISを動かせるって事が分かったその日から、俺は何度お花畑見て、その都度川の向こうの名前も知らない爺ちゃんに『お前さんはこっちに来るのは早過ぎる』って言われたか分からねぇんすよ?

 その他にも何度か修羅場経験してますし……其れに比べたらあのくらいのトレーニングなんて楽勝っすよ?寧ろアレくらいは余裕で熟せるくらいじゃなきゃダメだと思ってますからね――主に俺の嫁さん達を守る意味でも。」

 

「一夜君の壮絶な経験にちょっと戦慄してますよ……」

 

 

夏月の事を心配する真耶だったが、同時に夏月の『日課になっている事をやらない方がストレスになる』との言い分も理解出来るので、真耶は妥協案として『何かあった時の為に備えて自分が同行する事』を提案し、夏月も『山田先生が一緒でも全然OKです』とその提案を受け入れて、無事に日課の早朝トレーニングに向かう事が出来たのだった。

 

 

「時に一夜君、素振りをするとの事でしたが木刀か模造刀みたいなモノ持って来てましたっけ?」

 

「持って来てないですけど、昨日の朝海岸で流れ着いたと思われるバット見つけたんで其れで……まぁ、只のバットじゃなくて釘バットだったんで、流石に持ち帰ったら拙いと思って海岸の岩場に隠しときましたけど。」

 

「……何処かのツンツン頭の元ソルジャー1stが海に落としちゃったんでしょうか……?」

 

「だったら釘バットじゃなくてバスターソードの方を落として行って欲しかったっすね……いっその事、アポカリプス落として行ってくれりゃ良かったのに。」

 

「マテリア穴三つで、マテリア成長値三倍は魅力的ですからねぇ。」

 

 

その早朝トレーニングは真耶が同行した事で砂浜でのロードワークでは真耶からの的確な指導が入って、夏月は砂地での身体の動かし方を完璧に身に付け、素振りでも、木刀とは異なるバットでの素振りでの僅かなブレも修正してくれたので、結果として一人で行うよりもより大きな効果が出たのだった。

同時に夏月は、素振りのブレを修正してくれた真耶を見て、『山田先生は射撃戦が得意って話だったけど、近接戦闘も普通に出来そうだな』と思っていた――射撃戦を得意としている真耶だが、近接戦闘がマッタク出来ないとは言っていないのである。単純に近接戦闘の能力が当時の国家代表選考委員会の求める基準に達していなかっただけなのである。

 

其れは兎も角として、夏月は真耶同行のもと、普段と比べれば可成り軽めではあるが、其れでも濃い内容の早朝トレーニングを行う事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode43

『臨海学校最終日!彼是それ此れ、OverDrive!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行最終日の朝食時、昨日の作戦に参加した面々は昨日の事を一般生徒に聞かれるのではないかと思って、聞かれた時の対応を考えていたのだが、蓋を開けてみれば誰一人として昨日の事を聞いて来る事は無かった。

夏月達は其れを不思議に思ったのだが、ファニールから昨日の旅館でなにがあったのかを聞いて納得した。

一般生徒には自室での待機が命じられ、コメット姉妹も事実上の戦力外通告を受けて待機していたのだが、コメット姉妹は教師に許可を取って大広間で一般生徒を集めて独占ライブを行っており、夏月が落とされたその後はオニールが単独でのライブを行って一般生徒達を楽しませていたのだ。

結果的に一般生徒には待機を命じられた事よりも、世界的に大人気となっている双子アイドルのライブを生で、其れも独占出来たと言う印象の方が強く残り、誰も昨日何があったのかを聞いては来なかったのだ――此れはコメット姉妹のファインプレイと言えるだろう。

 

 

「そう考えると、昨日の裏MVPはファニールとオニールだった訳か……よし、ご褒美として玉子焼きをやろう。」

 

「それじゃあ僕からは煮物の高野豆腐を。」

 

「玉子焼きとは気前が良いじゃない夏月?」

 

「味が染みた高野豆腐は美味しいよね♪」

 

 

そのコメット姉妹に夏月は玉子焼きを、秋五は煮物の高野豆腐をあげていた。

臨海学校三日目の朝食メニューは、白米、焼き魚(鯖の一夜干し)、玉子焼き(刻みアナゴ入り)、煮物(里芋、コンニャク、ダイコン、高野豆腐、イワシのつみれ、ウズラの卵入りさつま揚げ)、納豆(かつお節、卵黄、ネギトッピング)、味噌汁(ネギ、ダイコン、ニンジン、ゴボウ、エノキダケ、油麩)と言うラインナップである。

そして夏月の食欲がリミッターを解除した状態になっていた。

ゴスペルとの戦闘時にエネルギー切れを起こし、其れをファニールが持って来たモンスターエナジーで回復した夏月だったが、昨晩は乱と露天温泉で夜のISバトルを行った後は部屋に戻ると直ぐに寝てしまい、夕食は食べていなかった上に、そんな状態で早朝トレーニングを行った事で空腹マックス状態となり、飯と味噌汁と納豆を六連続でおかわりすると言う事をやってのけただけでなく、食物アレルギーや好き嫌いで残されたメニューも一緒に平らげて食品ロスゼロを達成して周囲から拍手を浴びていた……燃費の悪い身体は、食品ロスを減らすには向いているのかも知れない。

 

そうして朝食は終わったのだが、臨海学校の三日目の午前中は自由時間となっているので、生徒達は初日と同様に海に繰り出して行った。

夏月組と秋五組も其れは同じで、最終日を思い切り楽しもうと海に繰り出して行った――特に昨日はあんな事があったのだから、最終日を心行くまで楽しんでも文句はないだろう。

 

夏月組と秋五組は初日と同様にシュノーケリングを楽しんでいた。

 

 

「箒、何をしてるの?」

 

「うむ、岩場からウツボが威嚇して来たので睨めっこをしている。そして、ウツボの顔は真正面から見ると意外と愛嬌があると言う事に気付いた。もしもウツボが陸上生物だったら私はペットにしてたかもしれん。

 よくよく見れば、中々に可愛いなウツボも。」

 

「箒さんの可愛いの基準が良く分からなくなって来ましたわ……」

 

「雌のイルカに囲まれてんですけど、此れ如何いう状況?」

 

「夏月、君は如何やら人間だけでなく他の動物からも優秀な雄と認識されているみたいだね?……よもやイルカを射止めてしまうとは驚きだ……君の魅力は種族の垣根を超えると言う事なのか……嗚呼、そんな君の婚約者となれた事に、私は神に感謝をしてもし切れないよ。」

 

「……此れは、突っ込むべき所なのでしょうか?」

 

「ううん、無視して良いと思うよヴィシュヌ。」

 

 

楽しんでいたのだった。

箒が出会った少し強面の魚やらなにやらに睨めっこを挑んでいるのは傍から見ていればなんとも微笑ましい光景であり、其れを超小型の魚型カメラで見ていた束は『箒ちゃんも意外と愉快なところがあるんだねぇ?』と妹の知らない一面を知って御満悦であった――そんな事をしながらも、束は別の作業も同時進行で行っていた訳なのだが。

 

 

臨海学校最終日はそんな感じで平和に過ぎて行き、生徒達も残りの自由時間を満喫していたのだが、同じ頃アメリカ軍のゴスペル開発部の上層部は戦々恐々の状態になっていた――ゴスペルが暴走した事を知った彼等は、IS学園に『ゴスペルは無人機だ』と伝えた上であわよくばパイロット諸共ゴスペルが破壊される事を期待していたのだが、結果としてゴスペルは機能停止にはなったが破壊されず、パイロットである『ナターシャ・ファイルス』も無事だったのだから。

ゴスペルが健在なだけならば後で解体すれば良いだけの事だが、ナターシャの生存と言うのは非常に頭の痛い事だった――ナターシャは、ゴスペルと共に空を舞う事を願っていたので、今回の暴走の真相を知れば間違いなくゴスペルを守るために裁判を起こすだろう。

そしてそうなった場合は軍の上層部は自分達が不利になるのは分かっていた……自由を謳うアメリカであっても少なからず女尊男卑の風潮は存在しており、そうなればナターシャ自身は女尊男卑でなくとも女性である彼女の方が裁判では圧倒的に有利になるのは火を見るよりも明らかな上に世論も多くが彼女に味方するのは目に見えているのだ。

故にゴスペル開発部の上層部はナターシャの暗殺も視野に入れ、如何動くべきが頭を悩ませていたのだが……

 

 

『モスモス、ひねもす。ハロー、ハロー!

 テステステス、あ~~、本日は晴天なり!……うん、マイク感度はオッケー!さぁて、聞こえてるか凡人共ぉぉぉ!!!』

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 

其処で突如として会議室の大型モニターが砂嵐となったと思ったら次の瞬間にはそのモニターに束の姿が現れて一発かましてくれた。

全然マッタク予想していなかったまさかの事態に其の場に居た者達は騒然となったのだが、これは致し方あるまい――ISの生みの親にして、世界的に指名手配されている束がモニター越しとは言え目の前に現れたら、驚くなと言うのが無理と言えるだろう。

 

 

『まぁ~ったく持って、中々にふざけた事をしてくれたじゃないかアメリカン?

 ゴスペルにアラスカ条約の穴を突いた装備を搭載するとはね……まぁ、そんなモノを無理矢理搭載した事が原因でゴスペルは暴走しちゃった訳だけど、其れはある意味で当然だよね?お前達は『空を飛んでみたい』って思ってた純真な少年を、爆弾を搭載した戦闘機に乗せるに等しい行為をしたんだから。

 其れだけでも許せねーのに、お前等はゴスペルを無人機と偽ったよね?……其れはつまり私の妹である箒ちゃん、私のお気に入りのかっ君やしゅー君、そしてその嫁ちゃん達に『人殺し』の業を背負わせる心算だったって事だよね……君達は束さんを怒らせる天才なのかな?』

 

 

同時にモニターの向こうの『全然マッタク笑ってない人を殺す事の出来る笑顔』を浮かべる束を見て、ゴスペル開発部の上層部の人間は漸く今回の自分達の対応は最悪の一手である事を認識した――束は単純にISの生みの親と言うだけでなく、自分が生み出したISを心から愛しているだけでなく、自分が気に入った人間に対しては何処まで厚情なのである。

故に、ISを穢そうとした者や自分のお気に入りの人間を傷付けようとした者には一切の容赦はしない……敵と認識した相手には何処までも冷酷で冷徹になれるのも束なのだ――だからこそ、ゴスペル開発部の上層部はガクブル状態になってしまったのだ。

此の場に束本人は居なくとも、最悪の場合は何らかの方法で自分達の命を抹消させる為の何かをして来ないとも限らないのである

 

 

『だけどさぁ、束さんも鬼じゃないから君達にチャンスをあげようじゃないか。

 ゴスペルの機体と、パイロットであるナーちゃんの身柄を束さんに渡してくれるなら、今回の事は国際IS委員会には報告しないであげる――最新鋭のISと其のパイロットを束さんに差し出すだけで君達は自分の罪を国際IS委員会に報告されないんだから、此れは破格の条件だと思うけどね?』

 

 

だが此処で束はまさかのチャンスをゴスペル開発部の上層部に与えた。

そのチャンスとはゴスペルとナターシャの身柄を自分に寄こせと言うモノだった――此れがロシアや中国からの申し出だったら彼等も断っただろうが、束の申し出となれば話は別だ。

束の力は其れこそ秒で世界を転覆する事も可能なのを考えると、此処は束の提案を受け入れるのが最上策であろうと考えたのだろう――『国際IS委員会には報告しない』と言うのも大きかったため、ゴスペル開発部の上層部は束の提案を受け入れたのだが、実は束は今回の一件の詳細をアメリカ大統領の『ジャージ・バイダン』に既に報告済みだった。

束は『国際IS委員会には報告しない』とは言ったが、だからと言って其れ以外の場所には報告しないとは一言も言っていないのである。

今回のゴスペルの暴走は、ゴスペル開発部の上層部が独断でゴスペルにアラスカ条約の穴を突いた武装を無理矢理搭載した事が直接の原因であり、ゴスペルとナターシャ及び開発スタッフや整備士にはマッタク一切の責任はなかった事を確りと伝えたのだ。

此れを聞いたバイダン大統領は激怒して、今回の一件に関わったゴスペル開発部の上層部の人間を全て除隊処分にして軍の名簿からも其の名を抹消すると言う徹底ぶりを見せてくれたのだった。

 

後日、除隊処分を受けた元ゴスペル開発部上層部の人間が次々と自宅で亡くなっているところを発見されたのだが、遺体発見時の状況や自宅に争った跡が一切ない事、遺書らしきメモが残っていた事で警察は全員を『自殺』と判断し、一時は元アメリカ軍の新型IS開発に関わって居た者達が次々と亡くなったと言う事でニュースになったが、其れも直ぐに別の事件のニュースによって人々の記憶から忘れ去られて行くのだった。

此の件に関して、ネット上ではまことしやかにCIAの関与が疑われていたのだが、その確固たる証拠は何もなかったので、今回の一件はアメリカに於ける『政府の陰謀論』の一つになるに留まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、女性権利団体の本部ビル前には四人の女性がやって来ていた。

一人はオレンジ色の長い髪にレディースのスラックスとボタン付きのシャツを合わせた女性で、一人は長い髪を二つに分けて結んだ上で一つに纏めた髪型の眼鏡の少女で、一人はTシャツにハーフパンツと言うラフなスタイルの少女で、一人はプラチナブロンドの髪と左目の泣き黒子が特徴的でセレブ然としたドレスを身に纏った女性だ。

 

言うまでもなく女性権利団体の本部に現れたのは亡国機業の実働部隊である『モノクローム・アバター』の隊長であるスコールと、モノクローム・アバター内でも屈指の実力者と知られているオータム、マドカ、ナツキだった。

スコールはゴスペル事件の事を束から知らされており、女性権利団体が夏月を殺そうとした事も当然知る事となり、其れを知った瞬間に豪胆なオータムですら恐怖を覚えるレベルでブチ切れ、最強の部下を引き連れて女性権利団体の本部にやって来たのだ。

夏月とは血の繋がりは無くともスコールにとって愛する息子である事は変わらず、その息子が殺され掛けたとなれば其れをやった女性権利団体を許してやる理由は何処にもない――白騎士事件の際に白騎士が破壊した艦船に乗っていた事で重傷を負い、其れが原因で子供を作れない身体になってしまったスコールからしたら余計にだ。

 

 

「スコール、このビル内に居る奴等全員ぶっ殺しても良いんだよな?……お前と同じ位にはオレもブチキレてんだ……オレの可愛い弟分に上等働いてくれたクソッタレを生かしとく理由は何処にもないからな!」

 

「まぁ、お前が許可せずとも皆殺しは確定だ……私の弟を殺そうとした奴等に情けも容赦も必要ない!」

 

「えぇ……一人残らず始末しなさい。

 でも、このビルから逃げ出した者は追わなくて良いわ……そいつ等には逃げ延びた事による『何時殺されるか分からない恐怖』を存分に味わって貰うから。」

 

「はぁ……スコール隊長の逆鱗に触れてしまうとは、自業自得とは言え少しばかり連中に同情してしまうが、精々己の浅はかな決断を恨むんだな。」

 

 

そうしてスコール達は女性権利団体の本部に乗り込もうとしたのだが入り口には団体のメンバーである警備員が居るので、当然スコール達は警備員に止められたのだが、警備員の一人をスコールが機械義手に仕込んでいた銃で撃ち抜き、もう一人はオータムが擦れ違い様にマチェットナイフで首を斬り落として絶命させる。

だが其れは一階フロアの受付からは丸見えであり、受付嬢は即座に非常ボタンを押そうとしたのだが……

 

 

「はいドーモ、死神DEATH!本物DEATH!!」

 

「余計な事はしない方が良い……お前達に待って居るのは絶対の『死』だけなのだからね。」

 

 

マドカが一足飛びで受付嬢との距離を詰めると、非常ボタンを押そうとしていた手をコンバットナイフで手首から斬り落とし、ナツキが両手に装備した44口径のガバメントを独自に改造したハンドガンで受付嬢の頭を撃ち抜いて絶命させる。

更に受け付けにあった電話も破壊しただけでなく、受付のパソコンから束お手製の超極悪コンピューターウィルスを内部ネットワークに送り込んで女性権利団体本部のネットワークも完全破壊し、中央エスカレーターで二階に向かう。

 

二階では『一夜夏月をどうやって始末するか』と言った内容の会議が会議室で行われていたのだが、その会議室の扉をオータムが蹴り破って本格的にカチコミが始まったのだ。

突如扉が蹴破られた事に驚いた会議室に居た面々は、何が起きたのかを理解する間もなく一瞬でその命を散らす事になった……全員が的確に頭か胸を撃ち抜かれているか、或は一瞬で首を落とされているので苦痛を感じる暇すらなかったのは幸運だと言えるのかもしれない。

だが、会議室が襲撃を受けた事で自動的に女性権利団体の本部には緊急事態を知らせるアラートが鳴り響き、スコール達がエスカレーターで三階まで移動すると、其処には武装した女性権利団体のメンバーが出張っていた――ISがないのは、女性権利団体が所有しているISは臨海学校の方に出払っていたからだ。

 

 

「おぉっと、コイツはなんとも熱烈な歓迎だが……テメェ等の歓迎なんぞ誰も望んでねぇんだよ!其処で死んどけクソ女どもがぁ!オレはこの世で、女尊男卑ってモンが一番嫌いなんだよぉ!!」

 

「貴女、もう死んで良いわよ。」

 

「此の程度で如何にか出来ると思われるとは、随分と甘く見られたモノだな?」

 

「その認識の甘さが貴様等の敗北の理由だ……亡霊を殺す事は何人たりとも出来はしない。」

 

 

だがその武装集団もスコール達の前にはマッタク持って無力だった。

亡国機業の実働部隊であるモノクローム・アバターに所属出来るのは亡国機業でも屈指の実力者であり、更にはモノクローム・アバターに所属する為の厳しい試験を突破した者だけなので其の実力は女性権利団体の武装集団如きではマッタク持って相手にならなかった。

銃弾の雨を搔い潜ってオータムが一人に接近すると、回し蹴りでアサルトライフルを蹴り飛ばしてから、その女性を持ち上げてアルゼンチンバックブリーカー一閃!

プロレスでは背骨を折らないように手加減して使われる技だが、オータムは一切の手加減をせずに一思いに背骨をブチってその女性を投げ捨てる……そして、偽悪的な笑みを浮かべて女性権利団体のメンバーを手招きする。

同時にスコールは蠱惑的な笑みを浮かべて女性権利団体を嘲笑し、マドカはこれまた偽悪的な笑みを浮かべてサムズダウンし、ナツキはクールに状況を分析していたのだ――其れを見た女性権利団体のメンバーは激高し、或は恐怖を押し殺して襲い掛かって来たが、そんなモノは彼女達にとっては敵と呼ぶにも烏滸がましい雑魚以下のナニかでしかなかったので、次々とモノ言わぬ屍へと変えて行く。

 

 

「う、嘘でしょう?相手はたった四人、其れも一人は子供なのに、其れなのにこんな……こ、コイツ等人間じゃないわ!嫌だ、私は死にたくないのよぉ!!!」

 

「に、逃げるなぁ!貴様それでも女性権利団体の一員か!!」

 

「あら、よそ見しているなんて、そんな余裕があるのかしら?」

 

「っ!?」

 

 

武器を持った集団がたった四人の相手に圧倒されている事に恐怖し逃げ出す者も出始めたが、逃げ出した者は敢えて追わず、向かって来る者達は情け容赦一切なく絶命させる。

そんな中でも彼女達の目に最も恐ろしく映ったのはスコールだった。

モデルと見紛うほどの美貌とプロポーションを持ち、セレブ然としたドレスに身を包んでいるにも拘らず右腕は人工皮膚が剥がれて機械義手があらわになり、その機械義手はギミックアームとなっており、拳銃、ショットガン、マシンガン、グレネードランチャー、刀、ドリル、パイルバンカー、チェーンソーへの変形が可能なヤバ過ぎる代物である上に、スコール自身が返り血で濡れてドレスにも赤い斑点が幾つも出来ている……其の姿は『近未来の死神』とも言えるモノだったのだから。

 

やがて武装集団は逃亡者や戦死者で数を減らして行き、遂に残るは武装集団の隊長のみとなった――同時に隊長は自分の命が此処で尽きる事も理解した。

集団で掛かっても掠り傷一つ負わせる事が出来なかった連中を自分一人で如何にか出来る筈がないと。生物としての本能が逃げろと告げる一方で、逃げる事は出来ないと言う事も分かってしまったのだ。

 

 

「お前達は一体……何が目的でこんな事をした……?」

 

「目的?そうねぇ……私の息子がお世話になったお礼かしら?……自分の子供が殺されそうになって怒らない親は居ないわよねぇ?」

 

「む、息子……?」

 

「貴女達が織斑千冬に唆されて殺そうとした一夜夏月は私の息子なのよ――亡国機業実動部隊『モノクローム・アバター』の隊長である此の私、スコール・ミューゼルのね。」

 

「む、息子って……そんな馬鹿な!奴は、一夜夏月は日本人の筈……貴様の様な西洋人が母親の筈がない!……否、養子か!!」

 

「ふふ、大正解♪

 私と夏月は血は繋がっていないけれど、其れでもあの子は私の大切な息子なのよ……白騎士事件の際に重傷を負った事が原因で子供が作れない身体になってしまった私にとっては余計にね。

 そんな大事な息子を殺されそうになったのよ?さて、逆の立場だったら貴女は自分の子供を殺そうとした相手を黙って許す事は出来るかしら?」

 

 

せめて死ぬ前にスコール達の目的が何なのかを聞いたが、返って来た答えは至ってシンプルなモノだった。

同時にオータムとマドカも略同じ理由で此処に来ていた――オータムにとっては可愛い弟分であり、マドカにとっては愛すべき弟である夏月を殺され掛けた事はなにがあっても見過ごせる事ではないのだ。

今回のメンバーの中で夏月との関係がないのはスコールに命じられて参加したナツキだけだろう。

 

だが、スコールの答えを聞いた武装集団の隊長は、此処に来て女性権利団体が夏月を殺そうとした事は間違いだったと悟った。

結果として夏月を殺す事は出来なかったが、其れでもこうして女性権利団体は現在進行形で壊滅しようとしている――幹部連中が逃げおおせる事が出来れば何処かで再起する事も出来るだろうが、其れには決して短くない時間が必要になるのは間違いなく、再起しても此れまでのように活動する事は不可能だろう。

そして、女性権利団体の崩壊が報じられれば各国の政府に入り込んでいた政治家の女性権利団体のメンバーも政府内での立場を失い、此れまでは女性権利団体と言うバックがあった事で揉み消されて来た不祥事も明るみになり辞職に追い込まれるのは略間違いない――夏月を殺そうとした時点で、女性権利団体は自ら『死のルーレット』のボタンを押したのだ。

 

 

「最期に何か言い残す事はある?せめてもの情けとして遺言位は聞いてあげるわ。」

 

「お優しい事で……それじゃあ最期に。我等がブリュンヒルデに栄光あれ!!」

 

「其れが遺言とは、ある意味で素晴らしいと褒めてあげるわよ。」

 

 

隊長の最期の言葉を聞いたスコールは至近距離からのショットガンを放って頭を吹き飛ばす――首を斬り落としても良かったのだが、首を斬り落とされだけでは即死はせず、斬り落とされた首には十秒ほど意識が残るのだ。

だからこそ、スコールはせめてもの情けとしてショットガンで頭を吹き飛ばしたのだ――木っ端微塵に吹き飛んでしまえば其れこそ即死であり、痛みも苦しみも感じないのだから。

こうして女性権利団体の武装集団を完全に無力化して最上階の幹部達が集まる区画にやって来たのだが、其処は既にもぬけの殻となっており人の姿も気配もマッタク無かった――女性権利団体の幹部達はアラートが鳴り響いた瞬間に屋上のヘリポートに移動して、其処から専用ヘリで逃亡していたのである。

 

 

「逃げられてしまったわね……でも、逃げたとしても其れで生き延びる事が出来たと思ったら大間違いよ?

 姿が見えない亡霊は何時何処で襲って来るか分からないのだから……精々、『何時殺されるかも分からない』恐怖に怯えながら暮らし、精神をすり減らすのね。

 精神をすり減らした結果、自ら命を絶つのか、其れとも精神を病んでしまうのか……ふふ、何れにしても私の息子を殺そうとした事への報いを受けると良いわ。」

 

「オレ様の弟分に手を出した事を精々後悔しやがれ!」

 

「私の弟を殺そうとしたのだ、相応の報いを受けた後に死ね。」

 

「此れも家族愛……なのだろうか?良く分からないけど。」

 

 

幹部達が逃げた事を確認したスコール達はビル内部に多数の爆弾を設置すると、ビルから出た後に起爆スイッチを押してビルを派手に爆破解体してミッションコンプリートだ。

そして、女性権利団体の本部が爆破されたと言う事はあっと言う間に世界中のマスコミに知れ渡って現場には多くの報道陣が押し掛けて、『我先に』とばかりに撮影を行い各国のメディアが速報で『女性権利団体の本部が爆破崩壊した』とのニュースを報道するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は戻って臨海学校の現場。

最終日の自由時間を楽しんだ生徒達は温泉で海水やら砂やらを落とした後に、大広間で昼食タイムとなった。

この昼食が終われば一時間の自由時間の後にIS学園に戻る事になるので、臨海学校最後の食事となるのだが、本日の昼食メニューは初日の夕食に負けず劣らずの豪華なモノだった。

彩り海鮮丼(漬けマグロ、サーモンハラス炙り、キンメダイ、イクラ、アジ、ウニ)、クロマグロの大トロのステーキ地場野菜のグリル(ナス、オクラ、ズッキーニ)添え、アボカドの冷たいスープと言うラインナップに加え、七輪での焼き貝と焼き天然キノコも提供されたのだから豪華極まりないと言えるだろう。

 

 

「生でも食べられる旬の岩ガキを敢えて七輪で焼きガキにして食べるってのは贅沢此の上ないよなぁ……レアの岩ガキをレモン汁で食べる、最高だぜ!!」

 

「生ともボイルとも異なるレアの焼きガキ……此れはまた格別だね。」

 

 

そんな豪華な昼食を堪能した後は、自由時間で荷物を纏める事になったのだが夏月組と秋五組は既に荷物を纏め終えていたので本気の意味で自由時間となった訳で――

 

 

「初代ザンギは、一度ダウンを奪う事が出来れば勝ち確定!其処まで持って行くのが大変だけどなぁ!」

 

「ダウンしたら起き上がりにジャンプ攻撃を重ねられて其処から地上技が連続ガードになったところでスクリューパイルドライバーで強制的に投げられて、以下ループって、初代ストⅡのザンギエフが最弱って言うのは可成り疑わしいんだけど?」

 

「初代のザンギはダブルラリアットに弾抜け性能が無くて前後の移動も無かったから相手に近付く手段が無かった事で最弱って言われてたみたいなんだけど、一度でもダウンを奪う事が出来れば勝てるって言うある意味一撃のロマンが詰まったキャラだったんだよ。

 そう言う意味ではそんな一撃もなく通常技も必殺技も全てが弱く、ピヨッたら通常の倍のダメージを受けるリュウこそが最弱キャラだっての。」

 

 

花月荘のゲームコーナーでレトロゲームを楽しんでいた。

特にStreetFighterⅡは初代からスーパーXまで網羅していたので時間一杯楽しめた――簪はダッシュでベガ(作中最強)を、スーパーXで豪鬼(大会では使用禁止)を使用して大顰蹙を買う結果になったのだが、此れも内輪でのお遊びと言う事で厳重注意に留まった。

そうして自由時間も終わり、一行はIS学園に戻る事になったのだが……

 

 

「貴方達がゴスペルと私を助けてくれたのかしら?」

 

 

移動用のバスに乗ろうとしていた夏月と秋五に一人の女性が声を掛けて来た。

彼女こそがナターシャ・ファイルス――ゴスペルのパイロットにしてゴスペルと共に空を飛ぶ事を誰よりも楽しみにしていたアメリカ軍のIS部隊に所属していた女性なのである。

 

 

「最終的にゴスペルを止めたのは秋五の方だ。俺は其のお膳立てをしただけだ。」

 

「でも、其のお膳立てが無かったら僕が決める事は出来なかったと思うから、真の功労者は夏月じゃないかな?寧ろ、死に掛けてた状態から復活した君の方が僕とは比べ物にならない位に凄いと思うよ?」

 

「まぁそう言えるかもしれないけど、試合ではアシストよりも得点の方が評価は高いんだぜ秋五?幾らアシストが良くても得点に繋がらなきゃ意味はないからな。

 だから、今回のMVPはアシストを見事に得点に繋げたお前だ秋五。あと、俺はダークヒーロー系だからMVPとかガラじゃない。」

 

「なに其の無理矢理理論……だけど其れに納得してる僕が居るのを否定出来ない。」

 

「ふふ、仲良いのね?」

 

「親友ですから。」

 

「より正確に言うならダチ公兼ライバルっすね。」

 

「互いに高め合う、良い関係だと思うわ。

 でも、改めてありがとう。特にゴスペルを止めて私を助けてくれた秋五君……君は私のナイト様ね♪」

 

 

其れに対して夏月も秋五も互いに手柄を譲り合う事になったのだが、最後の最後で夏月が少々強引ではあるがある意味では正論をブチかまして秋五を納得させてナターシャの礼を秋五は受ける事になったと同時に、秋五はナターシャにロックオンされたのだった……『男性操縦者重婚法』が可決した今、ナターシャもまた秋五の嫁として参戦するのかもしれない。

 

其れはさて置き、バスは旅館を出発したのだが、千冬(偽)は生徒達が旅館前に集まる前に秘密裏に厳重な護送車に押し込まれて学園に送還される事になったのだった――夏月の抹殺を女性権利団体に任せた事は既にIS学園限定でとは言え明るみになっている上に学園内に於ける全ての権限が剥奪されているので、千冬(偽)が此れまでのように自分の好き勝手をする事は出来ないだろう。

勿論事情を知らない一組の生徒達からは帰りのバスに千冬が居ない事に対しての質問が上がったが、其処は真耶が『織斑先生は学園からの急用で呼び出されたので一足先に学園に戻ったんです。』と説明して納得させていた。

 

そんな事よりも、バスは数時間を掛けて東京にあるIS学園に直通のモノレールの駅に到着していた――此処に到着するまでの道中では、一組のバス内ではお約束とも言えるカラオケ大会が勃発して、ソロ部門では秋五が、デュエット部門では夏月とロランがぶっちぎりの得点で見事に優勝を捥ぎ取っていた。

そして一行は学園島のモノレールの駅に到着し――

 

 

「夏月君!」

 

「カゲ君!!」

 

「うわっと!」

 

 

ホームに夏月が降り立った次の瞬間に楯無とグリフィンがスピアータックル真っ青の勢いで夏月に突進し、そして抱き付いて来た。

夏月が落とされたと言う事を知ったその時は、其れこそ今すぐにでも現場に向かいたかった楯無とグリフィンだったが、自分達には役目があるので現場に行く事を止めたのだが、夏月が心配である事に変わりはなかったので、こうして夏月が無事に自分達の前に現れた事に感極まったのだろう。

 

 

「良く、良く生きててくれたわ……おかえりなさい、夏月君。貴方が生きていてくれて本当に嬉しいわ。」

 

「君が落とされたと聞いて、生きた気がしなかったよ……一命は取り留めたって聞いたけど、其れでも心配だったんだよカゲ君。おかえり。」

 

「大事な嫁ズを残して死ねるかよ。其れに、俺はそう簡単には死なねぇっての……聞こえるだろ、俺の心臓の音?」

 

 

何処か不安そうな表情の楯無とグリフィンの頭を、夏月は己の胸に押し当てた。

其処から聞こえるのは一定のリズムで刻まれる夏月の心臓の鼓動、生命のリズム……其れが楯無とグリフィンの不安を一発で吹き飛ばしたのだった――夏月の心音はそれ程までに力強かったのだ。

 

 

「うん、聞こえるわ。貴方の生命の鼓動を。」

 

「ドキドキ言ってる……」

 

「其れが、俺の生きている証だ。」

 

 

そして其の後、夏月は楯無とグリフィンとハグを交わした後にキスを交わして、其れを見た生徒達からは黄色い歓声が上がっていた――年頃の少女が多いだけに色恋沙汰は需要が多いのかも知れない。

其れは其れとして、『新型ISの暴走とその鎮圧』と言うトンデモナイハプニングはあったモノの、最終的に今年の臨海学校は大成功と言う形で幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode44『日常の復帰……日常って何でしたっけか?』

制限カードがなかった時代のルールでエクゾディアパーツと壷と施しを三積みしたデッキを組んでみたら極悪だったBy夏月     其れは極悪通り越して外道ね……By楯無    此れは、もう突っ込みが追い付かないよByロラン


臨海学校が終わった翌日、夏月は相変わらず早朝トレーニングに繰り出していた。

臨海学校中は普段のトレーニングを行う事は出来なかったので幾らかセーブしたトレーニングに留まり、ゴスペル事件後は更にセーブしたトレーニングをしなくてはならなかったので、超久々となる全力のトレーニングは夏月にとっても楽しい事だっただろう。

 

 

「学園島を全力で一周!このほど良い疲労感が、『思い切りトレーニングしたなぁっ!』て気分にさせてくれるんだよなぁ!いやぁ、朝から気分爽快だぜ!!」

 

『学園島を全力で一周してもほぼ息が乱れていないとは、お前の身体は一体どうなっているのやらだぞ夏月?

 日々のトレーニングで身体が慣れたと言うだけでは片付けられん……『織斑計画』に於いて『イリーガル』と呼ばれていたのは伊達ではないか。大器晩成型とは言え此処までの成長をするとは、連中も考えていなかっただろうな。』

 

 

学園島を全力で一周したにもかかわらずほぼ息が乱れていない夏月に、羅雪のコア人格となっている千冬も半実体化して驚いていたが、夏月は『学園島全力一周は準備運動だ』と言わんばかりに腕立て伏せ、腹筋、スクワットを夫々三百回行ってから、木刀を使った素振りを五百回、体術と剣術のシャドーを夫々三十分ずつ行った――尚、夏月は非常に高いイメージ想像力があり、シャドーの相手も完全想定し、時には回避や防御が出来ず攻撃を喰らったような動きをする事すらあった。

 

 

『本当に凄いなお前は……其れで、本日の相手は誰だったんだ?』

 

「体術の相手は身長190㎝、体重170㎏の元相撲取りのプロレスラーで、剣術の相手は今日は突きの対処法を鍛えたかったから突きの名人と言われ、『木刀の突きで空き缶を貫通した』って伝説がある斎藤一だな……流石に本物は知らないからるろ剣の斎藤一をモデルにするしかなかったけど。」

 

『成程、今日はやけに身体を捻ってからの居合いカウンターが多いと思ったがそう言う事だったか……しかしまたトンデモナイ奴を仮想敵にしたものだな?』

 

「どうせシャドーをやるなら相手は強い方が良いからな……とは言っても力士は相手にしようとは思わないけどさ。

 長期戦に持ち込めばワンチャンあるかと思ったんだけど、力士の張り手を一般人が喰らったら良くてムチ打ち、悪けりゃ顎が砕けて、最悪の場合は頭蓋骨陥没して死ぬし、立ち合いのブチかましなんぞ最早交通事故レベルの破壊力の上に瞬間的なスピードがハンパないからほぼ回避は不可能で長期戦に持ち込む事自体が結構な無理ゲーだと知った……プロレスや他の格闘技に転向して弱体化した状態じゃないととても戦えないっての。」

 

『……ヤクザも、相撲取りにだけは喧嘩を売るなと言われるそうだからな?

 もっと言うのであれば、アメリカンフットボールのトップ選手ですら相撲取りを相手に力比べをした場合、幕下どころか序の口の相撲取りにも勝てんらしい。』

 

 

今日のシャドーの相手はこれまたトンデモナイ相手だったみたいだが、一応戦う相手は選んではいるらしい。

其の後、夏月は『筋肉の柔軟性を失わないトレーニング』の為に、今度は学園島を寮から四分の一だけウォーキングしてまた寮に戻ると言う事を行ったのだが――

 

 

「そう言えば今更かも知れないけど、アンタの事は何て呼べば良い?

 アンタが本当の織斑千冬の人格だってのは理解しても、俺にとってはあのクソッタレなDQNヒルデが織斑千冬だから、アンタの事を千冬とは呼びたくないし、楯無さん達にも千冬とは呼ばせたくないんだ。」

 

『ならば羅雪と呼べば良かろう?

 今の私は羅雪のコア人格なのだから間違いではないしな……と言うか、お前私の事を彼女達に教える心算なのか?』

 

「なら羅雪って呼ばせて貰うけど、アンタの事を教えないって選択肢がそもそも無いと思うんだけど其れに対しては如何よ?

 少なくとも、嫁達に将来の義姉を紹介しない方が問題ありだと思うし、羅雪だって未来の義妹達と面通しはしておいた方が良いと思うからな――別に何か問題がある訳じゃないだろ?」

 

『いや、彼女達もアレには良い感情を持っていない事を考えると、この姿で出て行くのは少しばかり抵抗があってな。』

 

「其れに関しては俺も説明するから大丈夫だって……事の真相を知れば皆受け入れてくれるって――俺が織斑計画で人工的に生み出されたって事を知っても其れをアッサリ受け入れてくれたしな。」

 

 

夏月はコア人格となった千冬の事を何と呼べばいいか悩んだが、其処は千冬が『今の私はコア人格だから』と、機体名である『羅雪』と呼ぶ事で決着し、同時に夏月は彼女の事を自分の嫁ズに紹介する気満々であり、千冬改め羅雪は其れに関しては少しばかり不安があったが、彼女達が夏月が何者であるかを知っても其れをアッサリと受け入れてくれた事を思い出し、彼女達と邂逅する事を決めたのだった。

 

其の後、寮に戻って来た夏月は鈴から教えて貰った太極拳で身体を解した後に、早朝ヨガを行う為に寮の庭に出て来たヴィシュヌと共にヨガストレッチを行って本日の早朝トレーニングを終え、トレーニングを終えたら速攻で部屋に戻ってシャワーを浴び、そして超高速で自分と嫁ズの弁当を完成させるのだった。

弁当作りも三日振りと言う事もあって本日の弁当は可成り気合が入っていたのだが、其れはまた後ほどで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode44

『日常の復帰……日常って何でしたっけか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂での朝食を済ませた後、夏月はロランと共に一組の教室にやって来たのだが、其処では箒がクラスメイト達に囲まれていた。

其の理由は、箒は本日誕生日に秋五からプレゼントされた新しいリボンと簪を初めて使ったからだ――リボンが新しくなっただけでは注目されなかったかもだが、新しくなったリボンと共にポニーテールの根元に装備された簪が箒の『大和撫子サムライガール』の魅力を爆発させた事によりクラスメイトの注目を集めてしまったのだ。

 

 

「篠ノ之さん、リボン新調したの?其れとその簪は?」

 

「し、秋五から誕生日プレゼントとして貰ったんだ……その、オカシイだろうか?」

 

「全然オカシクないよ!寧ろよく似合ってるって言うか……そして其れが織斑君からのプレゼントとか最高過ぎるっしょ此れ!

 自分の嫁さんの魅力を最大限に引き出す事が出来るアクセサリをプレゼントするとは織斑君恐るべし……!!ポニーテールに簪装備の篠ノ之さんは、大和撫子のお淑やかさとサムライガールの双方の魅力が爆発してるって!!」

 

「……秋五、お前がプレゼントしたモノで箒がトンでもねぇ事になってんぞ?」

 

「そうなんだけど、僕もこうなるとは思わなかったって……と言うか、自分で婚約者達の誕生日プレゼントのハードルを上げた気がしてならない――如何しても考えが纏まらなかった時は、また相談して良いかな夏月?」

 

「まぁ、構わないぜ秋五……そんでもってオニールのプレゼントに迷ったその時はマジで相談して来い。

 其の時は俺はお前からオニール経由でファニールが喜びそうなモノを知る事が出来るし、お前はファニール経由で俺からオニールが喜びそうなモノを知れる、正にWin-Winの関係って言えるからな。」

 

「其れは、間違ってはいないのかな?」

 

 

取り敢えず、ホームルーム前の自由時間は箒がクラスメイトからの質問攻めにあったが、箒は其れに対して一切偽る事なく対応し、其れが逆に箒と秋五の関係の深さをクラスメイトに知らしめる事になり、箒が何かを言うたびに黄色い歓声が上がっていた。

そんな時間を過ごす内にお馴染みのベルが鳴って朝のSHRとなり、一組には真耶が入って来たのだが、今日は何時も一緒に入って来る千冬の姿は無く、千冬の代わりに見慣れない外国人が一緒に入って来たのだった。

 

 

「おはようございます皆さん。其れでは本日のSHRを始めますね。」

 

「って普通に始めようとしないで真耶ちゃん先生。

 織斑先生は如何したんですか?其れと其の人誰?」

 

「織斑先生は、臨海学校の際に業務中であるにも拘らず飲酒をしていた事が明らかになって、更に寮監室が腐海と化している事を理由に一組の担任を外されて、本日より私が一年一組の担任を務める事になりました。

 そして彼女はナターシャ・ファイリスさん。本日より一組の副担任を務める事になりましたので、皆さん仲良くして下さいね?」

 

 

当然の質問に真耶は簡潔に答え、一緒に入って来た人物は本日より一組の副担任になった事を告げた。

本日より新たな副担任として一年一組に赴任して来たのはナターシャ・ファイリス。元アメリカ軍のISパイロットであり、ゴスペルのパイロットを務めていた人物だ。

束は半ば脅迫と言っても過言ではないゴスペル開発部の上層部に持ち掛けた取引……と言う名の制裁を喰らわせた上でゴスペルとナターシャの双方を引き取ったのだが、其処から僅かな時間でナターシャの新たな仕事場を探した上で最終的にIS学園の教師として登録し、更には千冬(偽)の降格によって空位となった一年一組の副担任に就任させると言う荒業をやってのけたのだから相変わらず恐ろしい手際の良さだ――だが、ナターシャが副担任と言うのは悪い事ではないだろう。

ナターシャは最新鋭機であるゴスペルのテストパイロットに選出される程の優秀なISパイロットであり、ISに関しての知識も豊富なので、IS関連の授業の教師は天職であると言えるのである――束もそう思ったからこそナターシャをIS学園に教師として赴任させるのがベストだと判断したのだろう。

 

 

「まさか彼女がIS学園の教師として赴任して来るってのは予想外だったぜ……取り敢えず、色々と頑張れよ秋五?臨界学校の最終日、お前は彼女にロックオンされてたみたいだからな。」

 

「其れは、果たして喜ぶべきか悩むべき事なのか……弾に相談したら『贅沢な悩みを言ってるんじゃねぇ!』ってガチギレされそうな気がするよ。」

 

「其れは間違いねぇな……尤も、今は虚さんって彼女が出来たから、其処までじゃないかも知れないけどよ。」

 

 

ゴスペル事件に直接関わった一年一組のメンバーである夏月、ロラン、秋五、箒、セシリア、ラウラ、シャルロットはナターシャが教師として現れた事に驚いたが、しかしナターシャの事を拍手で出迎えたのだった。

ゴスペル事件に関しては緘口令が敷かれた事を考えれば、この対応は実に見事なモノだったと言えるだろう――此の拍手が皮切りとなって、一組の生徒全員がナターシャを拍手で迎える事になったのだから。

そしてナターシャの副担任就任が満場の拍手で迎えられた事で、千冬(偽)が一年一組の担任を外されたと言う事に関しては誰一人として理由をより詳しく聞いて来なかったのだが、真耶にとっては其れは有り難い事だっただろう――ネームバリューだけは無駄に最強である千冬(偽)なのだが、其れが担任を外された理由の詳細をを話すとなると最重要部分は伏せたにしても其れだけでホームルームどころか授業時間を一枠使う破目になってしまうのだから。

尤も一組の生徒は入学してから此れまでの千冬の態度ややらかしを知っているので、臨海学校の一件を知らない生徒であっても最初の真耶の説明である『臨海学校時の飲酒』、『寮監室の腐海化』との担任外しの理由を聞いて、『あぁ、遂にこの時が来たか』と可成り納得しているようではあったが。

 

そうして朝のSHRは特に何の問題もなく終わり、生徒達は今日も今日とて学業に邁進して行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一時限目の数学、二時限目のIS科学、三時限目の古文を終え、現在は昼休み前の四時限目である体育だ。

本日の体育は『サッカー』であり、クラスが二チームに分かれて試合を行うのだが、夏月と秋五は夫々のチームのゴールキーパーだったのは致し方ないと言えるだろう……夏月も秋五も身体能力が可成りぶっ飛んでいるので、フォワードにしようものならばドレだけのゴールを決めるか分かったモノではなく、最悪の場合は夏月と秋五のタイマンになってしまう可能性があり、そうなったら女子達がボールに触れる機会は無くなってしまうと考えられた結果、夏月と秋五は強制的にゴールキーパーを務める事になったのだった。

因みに夏月は足だけでFFⅩのミニゲームの一つであるブリッツボールにて最強アビリティである『ジェクトシュート2』を再現する事が出来るようになっていたので、夏月をフォワードから外させたのは可成り大きいだろう。『ジェクトシュート』は故意に相手にボールをぶつけているのでサッカーで使ったら普通にファウルを取られるかも知れないが。

 

試合の方はと言うと此れは何方のチームも互いに退かない一戦が展開されていた。

夏月と秋五が好セーブを連発してゴールを決めさせないだけでなく、夫々のチームが要所要所で相手の攻撃をクリアして決定的なチャンスを与えないようにしていたのも大きいだろう。

一見すれば箒、セシリア、ラウラ、シャルロットを有する秋五チームの方が有利に見えるが、夏月チームには足の速さだけならば彼女達を上回る陸上部に所属している相川清香、高い判断能力を持ち司令塔となっている鷹月静寐と言った生徒が居り、結果として戦力は五分五分と言った感じになっていた。

だが、今のところ互いに相手の攻撃をクリア、または夏月、秋五がセーブしているので無得点だが、実はカウンターでの攻撃は夏月チームの方が鋭かった。

其の理由は夏月チームは3トップ、3ミドル、3バック、スィーパーと言う珍しい布陣を敷いている事が大きかった。『スィーパー』と言うの聞き慣れないポジションだと思うので軽く説明すると、スィーパーは基本的にはディフェンダーなのだが、通常のディフェンダーの更に後ろにポジショニングしている、ディフェンスラインが突破された際の最後の砦となる『掃除屋』の役目を担った完全ディフェンス専門家の事である。

あまりにも尖った布陣なので最近は使われる事は無くなったが、この完全ディフェンス専門家の存在は存外馬鹿に出来なく、一対一の状態では真っ向からカット、クリアを狙うだけでなく、相手オフェンスが複数ならば自らディフェンスラインを上げる事でオフサイドを誘発する事も出来る上、ボールをカットした場合には即座に前線のフォワードにカウンターのロングパスを放つ事も出来るのである。

夏月チームはこのスィーパーにサッカー部の部員を配置する事でその真価を発揮しカウンターで何度か攻め込んだのだ――惜しくもフォワードのロランが放ったシュートは悉く秋五にセーブされてしまったが。

そして授業開始から四十五分が経過した。

授業時間は一時限に付き五十分なので、此処からは五分間のアディショナルタイムに突入。

此処で秋五チームが攻め込み、巧みなパス回しで前線のフォワードである箒に繋ぐと箒は剣道で鍛えた見事な足捌きを持ってして3バックを抜き去りスィーパーと一対一の状況になる。

箒の身体能力は可成り高いが、其れでもサッカー部の生徒とサッカーで勝負して勝てるかと言われたら否なので、此処で箒は奇策に出た。

此のまま抜き去ると見せかけて身体を反転させると、同じくフォワードを務めていて上がって来たセシリアに向かって渾身の力を込めた強烈なパスを放つ――パスと呼ぶにはあまりにも強過ぎる打球だったが、親友として互いに認め合い、恋のライバルとして切磋琢磨して来たセシリアには箒の意図が即座に理解出来た。

 

 

「箒さん、ナイスパスですわ!」

 

「思い切りブチかませセシリア!」

 

 

箒からの弾丸パスを、セシリアはダイレクトでボレーシュートしてゴールを狙う。

箒が狙ったのは『野球の打球』的なシュートだった――野球ではピッチャーが150kmを超える球速の球を投げるが、其れをジャストミートした際の打球の速度は投球の球速を上回っているのだ。

ならば、強烈なパスをダイレクトでシュートすれば其れは最早『弾丸シュート』をも遥かに超えた『キャノンシュート』となって夏月チームのゴールに襲い掛かる。

 

 

「此れは良いシュートだ……だがゴールは割らせないぜ!おぉぉぉ……オベリスク・ゴッドハンド・クラッシャー!!」

 

 

だが、夏月はそのシュートに対して大きく振りかぶると、『体重×握力×スピード=破壊力』となるパンチングをブチかましてボールをブッ飛ばす。

そうしてぶっ飛ばされたボールはセシリアの『キャノンシュート』をも凌駕する、球速300kmを余裕で超える『リニアキャノンショット』となってグラウンドを砂煙を巻き上げながらぶっち切り、更にゴール前で前線に上がっていたロランがボレーシュートで更なる加速を加えると言う神技を行い、此の『普通のサッカーでは有り得ない球速』には流石の秋五も反応し切れずに遂にゴールを決められたのだった……其れでもボールの勢いは止まらずにゴールネットを突き破り、グラウンドの端にあるコンクリートの壁にめり込んで漸く止まった訳だが。

此れが決勝点となり、試合は夏月チームが1-0で勝利したのだった。

 

 

「やった~~、勝てたよイッチー。」

 

「うん、勝てたけどのほほんさんは特に何もしてないよな?次はもっと頑張りなさい。」

 

「了解なのだ~~!!」

 

 

此れにて本日の午前中の授業は終了して昼休みとなり、夏月組は久しぶりに全員揃って屋上でのランチタイムとなったのだが、臨海学校中は料理をしていなかった夏月が作った弁当はリミッター解除の凄いモノとなっていた。

その弁当は、『チリソースとナンプラーで味付けしたタイ風海鮮炊き込みご飯』、『ルーロー飯の具材を包んだ鳥皮餃子』、『彩り野菜(アスパラ、ニンジン、ラディッシュ)の即席ピクルス』、『刻みアナゴとささがきゴボウ入りの出汁巻き玉子焼き』、『タラの白子の唐揚げジュレポン酢掛け』と言う豪華なモノであり、嫁ズは其れを一口食した瞬間に『味の天国』へと誘われる事になった。

特に揚げ物である鳥皮餃子と白子の唐揚げは、弁当に詰めたら普通は外側がしんなりしてしまうモノなのだが、夏月の弁当では何方も外側が見事なカリカリ感とサクサク感を維持していたのだ。

白子の唐揚げに関しては小麦粉ではなく米粉を使った事が大きいが、鳥皮餃子に関しては一度低温でじっくりと揚げた後で、超高温の油で二度揚げする事で鳥皮の脂を逆に飛ばして鳥皮特有のサクサク食感を実現したのである。

 

 

「は~~……相変わらず貴方のお弁当は最高だわ夏月君。此れだけの味なら、仕出し弁当でも三千円は取っても罰は当たらないと思うわよ……寧ろ夏月君のお弁当を三千円で食べられるなら、寧ろ安いわ。」

 

「うん、私もそう思うよ。」

 

「さいですか……将来は弁当屋開くのもアリかもな。」

 

 

取り敢えず本日の弁当も好評だったが、食事がほぼ終わったところで夏月は嫁ズに『機体が二次移行した際にコア人格と出会って、コア人格は束さんが半実体化を出来るようにしてくれた』と言う事を伝えて、コア人格である千冬改め羅雪を呼び出したのだが、現れた羅雪は黒いハイネックのインナーに白いパンツタイプのレディースのスーツを纏い、そして頭には白いヘッドギア型の仮面を被っていた。

個性的と言えば個性的だが、その格好はあまりにも妖しさが爆発していたため嫁ズは勿論、『此の姿で出て行くのは抵抗がある』と聞いていた夏月ですら少しばかり思考がフリーズしてしまった……真面目そうな人間(?)がボケをかますと反応に困ると言うが、羅雪の格好に対する夏月達の反応も似たようなモノだろう。

 

 

「夏月の機体のコア人格ってまさかのプロスぺラ?」

 

「んな訳あるかぁぁ!

 つーか何だってガンダムシリーズの最新作の仮面キャラにして、ガンダムシリーズの仮面キャラの中でも最も胡散臭いって言われてるプロスぺラになってんだよ!

 仮面被るにしてももっと他の仮面は無かったのかオイ!」

 

『となると、シャアかラウかミスター・ブシドーなのだが、ドレが良いだろうか?』

 

「俺達の生まれを考えるとラウなんだけど、初代マスクマンと視聴者に強烈なインパクトを残したミスター・ブシドーも迷う選択だよな……じゃねぇんだよ、素顔で登場してくれ羅雪。」

 

『ふふ、冗談は此処までにしておくか。……決して素顔を見られるのが怖かった訳ではないからな?』

 

「微妙に説得力に欠けんぞオイ……」

 

 

真っ先に再起動したのはオタク趣味がある簪で、羅雪の格好がガンダムに登場するキャラのモノだと分かると、これまた速攻でボケて見せ、夏月が秒で突っ込み其処からナチュラルなコントを少し披露したところで仮面を外す流れとなった。

少なからず素顔を晒す事に抵抗があった羅雪だったが、改めてヘッドギアを外して半実体化した羅雪の素顔を見て夏月の嫁ズは絶句した――仮面の下から現れたのは、此れまでの自分勝手な振る舞いのツケが一気に払う事となり、学園に於ける全ての権限を失って、現在は寮の一室にて監視付きの軟禁生活を送る事になったDQNヒルデこと『織斑千冬』其の物だったのだから。

 

当然の如く夏月の嫁ズは其の素顔に絶句した後に全員が表情に嫌悪感を浮かべる事になったが、其れは致し方ない事だろう。

少なくとも彼女達にとって『織斑千冬』と言う存在は傲慢で身勝手な暴力教師であり、一夏だった頃の夏月が周囲から蔑まれる一番の原因になった人間であるだけではなく、臨海学校でのゴスペル事件の際には女性権利団体を唆して夏月を殺そうとまでした忌むべき相手なので、如何したって其の姿には嫌悪感を抱いてしまうのだ。

 

 

『矢張りその反応になるか……ある程度覚悟していたとは言え、実際にその反応をされると中々にキツイモノがあるな?

 マッタク、私の身体を使って好き放題やりよってからに……奴と直接戦う事になったその時は、機体のリミッターを解除するだけでなく性能をブーストして細胞どころかDNAすら一片も残さずに消し去ってやる。

 奴が暮桜を持ち出して来た所で、零落白夜を無効にする能力は既に作り上げているからな。』

 

「零落白夜を無効って、サラッとトンデモねぇ事を聞いた気がするが、其れよりも今は羅雪の事を皆に説明しないとだよな。」

 

 

羅雪は夏月の嫁ズの反応に少しショックを受けつつも何やらトンデモない事を言ったが、今は其れは其れとして夏月が嫁ズに羅雪の事を紹介して、彼女が自身の専用機のコア人格であり、そして本当の織斑千冬であると言う事を告げた。

勿論其れを聞いた嫁ズは驚き、如何言う事なのかと聞いて来たが、夏月は羅雪から聞いた事の顛末を其のまま嫁ズに話した――普通ならば大凡信じられない事だが、ISにはマダマダ未知のブラックボックスの部分があり、特にコア人格に関しては束が其の存在を示唆しているとは言え、実際にコア人格とアクセス出来たパイロットは存在せず、夏月が世界で初めてISコアのコア人格とアクセスした人物であり、同時に既に覚醒していたコア人格がパイロットの身体を乗っ取ろうと画策しても其れもまたあり得ない話ではないと嫁ズは考えていた。

そして白騎士のその行為は自身を生み出した束に対する反逆行為――人が造物主である神に対しての反逆を行ったに等しい行為であるとも感じていた。

同時に真相を聞いた嫁ズからは羅雪に対する嫌悪感は無くなっていた。

容姿は同じでも、羅雪と千冬(偽)の表情は全く異なってる事に気付いたからだ――千冬(偽)が己の力を絶対的なモノとして疑わず、己と秋五以外の人間の事を基本的には見下していたのに対し、羅雪は夏月の事を大切に思い、そして自分達に対しても少し不器用ではあるが優しい笑顔を向けてくれたのだ。

 

 

「アレがDQNヒルデだったのはそう言う事情があったからだったのね……でもお義姉さん、コア人格のままで此れからも生きて行く心算なのかしら?束博士なら新しい身体を作ってくれる気がするけれど?」

 

「クローン培養で新しい身体を作る事位は束博士なら朝飯前の寝起きのエナジードリンク。

 それどころかクローン培養技術を更にぶっ飛んで、ターミネーターのエンドスケルトンを開発して、其処にデータ化した記憶やら人格やらを転写する事すら出来るんじゃ無いかと思ってる。」

 

「其れ位タバ姐さんなら余裕っしょ?」

 

「余裕のよっちゃんイカどころじゃないよお姉ちゃん……束さんが本気を出したら、其れこそ世界の軍事バランスは一気に天地逆転状態になってもオカシクないよ!」

 

「だが、よもやあのDQNヒルデが織斑計画の最も深い闇と言っても過言ではなかったとはね……まぁ、彼女が居たからこそ私は夏月と出会う事が出来た訳だが、其れには感謝しても夏月を殺そうとした事は絶対に許さないよ。

 血濡れの英雄ですらなかった彼女には今の惨めな生活こそが相応しい……そして、今この時に夏月の真の姉上と邂逅出来た事に、乙女座の私は此の上ない運命を感じずには居られない!」

 

「まさかそんな事があったとは驚きましたが、貴女こそが真のブリュンヒルデであったと言う訳ですか――いえ、此処は真に敬意を表して仏教における最高神である大日如来が武力を行使する為に変化した不動明王と言うべきでしょうか?」

 

「どっちでも良いんじゃないの?本物の千冬さんは、あのDQNヒルデとは比べ物にならない実力を備えてるのは間違いないし、何よりもカゲ君が私達に嘘を言う筈がないからね。」

 

「ま、其れは確かにそうね……アンタの事、信じてあげるわ羅雪。」

 

『……突っ込みを入れたい所があるのは兎も角として、私を受け入れてくれた事には礼を言おう――そして、こんなに良い子達が義妹となるのは嬉しい事だな。』

 

「だから、大丈夫だって言っただろ?」

 

『そうだな。』

 

 

そして嫁ズは羅雪の事を受け入れ、同時に全員が羅雪の事を『義姉』と認めて、羅雪も夏月の嫁を『義妹』として受け入れていた――羅雪の容姿が千冬(偽)と同じだった事で少しばかりの混乱はあったが無事に羅雪のお披露目は終わり、後は昼休みが終わるまで軽く談笑して楽しんだ。

その際に羅雪は嫁ズに対し、『自分の事は秋五達にはまだ秘密にしておいてくれ』と頼み、嫁ズも其れを了承した――秋五にとっては、『姉の本当の人格がISコアになった』と言う事だけでも衝撃的であるのに、その人格が自分のISではなく夏月のISに存在しているとなったら余計に混乱すると理解したのだろう。

 

そんなこんなで昼休みが終わり、午後の授業に突入したのだが、一組では夏月を筆頭にした専用機持ちが教師にピンポイントで当てられるも、その全てを完璧に答えて見せた事でクラス内で更に注目される結果となっていた。

特に六時限目の数学の時間に夏月は超難しい方程式を解くように言われたのだが、夏月は其れをアッサリと解いた上で逆に担当教師に更に複雑で難解な方程式を解いてみろと言って来た。

担当教師も生徒からの挑戦を断ると言う選択肢は無く、その方程式に挑んだのだが、其の答えを出す事は出来ずに敢え無く途中で脳ミソがオーバーヒートして見事に機能停止状態となったのだった――まぁ、夏月が提示したのは現代科学を持ってしても解く事が出来ないと言われている『ファルコンの定理』に『火星探索船カッシーニの軌道計算』をミックスしたモノだったので、大凡人に解く事は出来ないのだが。

そんな訳で数学教師を完全KOした後にホームルームで必要事項を聞き、放課後はe-スポーツ部での活動を行って、オンライン対戦では夏月が各種格ゲーで百連勝の偉業を達成し、簪はパズルゲーム――主にぷよぷよのオンライン対戦で前人未到レベルの超絶鬼連鎖をブチかましてオンライン対戦で無双状態となり、IS学園のe-スポーツ部の存在はネットをベースにして大きく知られる事になったのだった。

 

 

部活動を終えた夏月はアリーナで軽く専用機を動かした後で食堂に向かって夕食を摂り、大浴場で汗を流してから自室に戻って来て、扉を開けたのだが――

 

 

「お帰りなさいアナタ。お風呂にします?晩御飯にします?其れとも、私?」

 

「お帰りカゲ君!私とタテナシ、どっちにする?」

 

 

其処に現れたのは裸エプロンな楯無とグリフィンだった。

本来の同室であるロランは本日は何処かで外泊なのだろうが、夏月にとってはまさか楯無とグリフィンがダブルで来るとは思っていなかった――だからこそ、其処からの行動はマッハの如く速かった。

部屋の鍵を後手で締めて誰も入れないようにすると、目にも止まらぬタックルで楯無とグリフィンを回収した後にその勢いのままにベッドにライドオン――すると同時に夏月は楯無とグリフィンのエプロンを破り捨て、ベッドの上には楯無とグリフィンの芸術品の様な肢体が現れる。

 

 

「そんなの、どっちかを選べる筈ねぇだろ?……誘って来たのはそっちからなんだから、今夜は寝れなくなっても文句は言うなよ?」

 

「文句なんて言う筈が無いでしょう?……貴方が落とされたと聞いて、そして感じてしまった不安を、貴方の愛で上書きして欲しいのよ……貴方の愛を、私とグリフィンちゃんに余す事無く注いで頂戴な。」

 

「来て、カゲ君。君の愛を、私達に頂戴。」

 

「そう言われたら、断る事は出来ないよな!」

 

 

そうして夏月は今宵は楯無とグリフィンと互いの体力が尽きるまで愛し合い、そして彼女達の不安を払拭したのだった――行為が終わり、夏月に腕枕されて眠る楯無とグリフィンの姿を、月の光が静かに優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、本土にある更識邸では、先代の楯無である更識総一郎が縁側で月見酒と洒落込んでいた――総一郎は歴代の楯無の中でも風流を好み、同時に歴代楯無の中でも無類の酒好きでもあったので、風流と酒を同時に楽しめる月見酒は最高のモノだと言えるだろう。

 

 

「月見酒とは中々に風流よの総一郎。」

 

「父上……名月を肴に酒を嗜むのもまた一興ですよ。偶には一緒に如何です?」

 

「ふむ、其れは間違いではないな。偶には息子と酒を酌み交わすのも良いものよな。」

 

 

そんな総一郎の元に現れたのは、先々代の『楯無』であり、更識姉妹にとっては祖父となる『更識幻夜』その人だった。

 

 

「ワシの初孫は見事に楯無を継いだみたいじゃが、だがしかし今のままでは楯無としては未完成と言わざるを得ん――真に楯無となるには、『元服』を行わねばならぬ……総一郎よ、何時現楯無を元服させる心算か?」

 

「学園が長期休暇に入り次第直ぐにでも……楯無を継ぐために必要な事とは言え、実の娘にこんな事をさせるとは――更識は天皇直属の部隊とは言え裏社会で生きる暗部、その闇はとても深いと言わざるを得ないと、そう感じていますよ。」

 

「そうじゃろうな……じゃが、楯無の名を継いだ以上此れを避けて通る事は出来ん事はお前も分かっておろう総一郎?」

 

「分かっていますよ父上――だからこそ、楯無が戻って来たその時には、私の口から直接言う心算です――『人を殺す任務』を受けろとね……実の娘にそんな事を告げるとは、私は間違いなく地獄行きでしょう。」

 

「安心せい、お主だけを地獄には行かせん――ワシも一緒に地獄に付きおうたるわ……だから、今この時だけは心を鬼にせよ。そうでなくては、娘に残酷な任務を課す事は出来ぬからな。」

 

「心を鬼に……貴方も二十年前のあの時は私と同じ気持ちだったんですね。」

 

 

その会話の内容はなんともトンデモない事であり、夏休みに入ったら楯無には『殺し』が必要となる任務が下されるとの事だったが、其れは『楯無』の名を継いだ者とすれば避けて通れない一種の『儀式』であり、其れをクリアして初めて真の楯無として認められると言うのならば、新たな楯無として其れを受けないと言う選択肢はそもそも存在していない、一種の強制イベントなのだが、総一郎も幻夜も現楯無――刀奈ならばこの強制イベントもクリアするだろうと考えていた。

此の『元服』には、現楯無だけでなく、其の最側近である人物も参加する事が通例となっている。最側近である人物もまた殺しを経験、或は殺しのサポートを出来るようになっておかねばならないからであり、今回の場合は最側近として夏月と簪も参加する事は決定事項なのである。

第十七代の楯無となった刀奈は更識家始まって以来の天才と称されるだけの実力があり、妹の簪は実力では刀奈に僅かに劣るモノのデジタル面では姉を上回っており、夏月に至っては楯無と互角以上に戦えるだけの実力があるので、この三人が力を合わせれば、どんなに困難な任務でも瞬間でクリア楽勝のヌルゲーになると言っても、其れは決して過言ではないのだ。

 

 

裏社会では近々大きな動きがあるのだろうが、そんな事は関係なくIS学園では日々を平和に過ごしながら、一学期最大の生徒の試練とも言える期末考査が行われた後に終業式が行われ、生徒達は学園最大の長期休暇である『夏休み』に突入するのだった。

因みにだが、通知表に関しては夏月組も秋五組も略全科目で最高評価の『5』を獲得すると言う優秀さを見せてくれた――セシリアだけは家庭科が『3』だったが、ダークマター生成状態だった料理の腕前が箒の指導もあって家庭科で『3』の評価が貰えるまでになったと考えれば悪くないだろう。

 

ハプニングが多発した一学期だったが、夏休みは更識の『元服』以外は平穏に過ぎて行って欲しいモノである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode45『更識の『元服』――ターゲットを滅殺せよ』

さて、外道共をぶっ殺すかBy夏月     暗部の長の真髄、見せて上げるわBy楯無    サポートは任せてBy簪


終業式を終え、IS学園は明日より夏休みとなるのだが、終業式の当日に帰省する生徒も居れば、夏休みに入ってから帰省する生徒も居るので、終業式=全生徒が学園島から居なくなると言う訳ではなかった。

夏月組と秋五組も、終業式の日には帰省せずに夏休みの初日に帰省する予定だった――終業式の日に帰国するのでは海外組が慌ただしくなると言うのが主な理由であるが

 

 

「秋五、お前もヤッパリ夏休み中には嫁ズの家族には挨拶に行く予定なんだろ?」

 

「勿論その予定だけど、其れは君もだろ夏月?」

 

「おうよ。婚約者の家族に挨拶しないって選択肢は無いからな?

 だがまぁ、俺は結構ハードスケジュールになるんだよなぁ……台湾から始まって、中国、タイ、オランダ、カナダ、最後にブラジルだからなぁ?世界一周旅行って言っても過言じゃねぇだろ此れは?

 カナダ以外はヨーロッパで纏まってるお前が少し羨ましい……しかも全部日本よりも緯度が高い国だから服も種類少なくて済みそうだし。」

 

「確かに僕の場合は『夏の寒い日の服装』で済む場所だからね?……君は、暑かったり涼しかったりで大変だね?ブラジルに至っては今真冬だし。」

 

「時差ボケよりも寒暖の差に身体がオカシクなりそうだぜ……タイに至ってはほぼ赤道直下だしなぁ!!

 其れは其れとして、カナダに行くのは日程合わせるか?別々よりも一緒の方がファニール達の家族も一度で済んで面倒じゃないだろうと思うんだが如何よ?」

 

「そうだね、そっちの方が良いかも知れない。」

 

 

現在夏月と秋五は寮のラウンジでPSVitaを使って『KOF'97 GlobalMuch』でオンライン対戦中。

Vitaはサービスが終了しているゲーム機だがサービス終了までにリリースされたゲームは名作、良作が多いので現在でも使用しているユーザーは多く、特にネットを使ったオンライン対戦は未だにそれなりに使われているのだ。

 

 

「秋五よぉ……お前何普通に対戦で暴走庵と暴走レオナ使ってんだよ!そいつ等は当時大会どころか全国のゲーセンで使用禁止になった極悪キャラだぞ!

 特に暴走庵は永パ(永続パターン。つまりハメ。)とバグで超極悪キャラになってんのによぉ!!」

 

「だって、こうでもしないと勝てる気がしないから……大門、クラーク、シェルミーの投げチームも相当に極悪だと思うけどね?」

 

「オロチ社使ってないだけ良いと思え。オロチ社のMAX版『暗黒地獄極楽落とし』を決める事が出来れば一発で逆転できるからな。

 時に秋五、お前ナターシャ先生とは如何なのよ?授業中は兎も角として、プライベートタイムでは随分とお前にアピールしてるみたいだけどよ?……プライベートタイムであっても教師が生徒にアピールするってのは大問題かも知れねぇけどな。」

 

「流石に教師と生徒ってのを考えるとアレだけど、僕自身はナターシャ先生の事は嫌いじゃないよ――指導者としてのレベルも高いし、僕達のトレーニングにもコーチとして参加してくれてるけど、ナターシャ先生がコーチをしてくれるようになってからトレーニングの質が上がったように感じてるしね。

 其れに、ナターシャ先生は本気で僕の事を好きになってくれたみたいだから、僕はその思いに真摯に応える義務があると思うんだ――まぁ、ナターシャ先生だけじゃなくて、最近は相川さん、谷川さん、矢竹さんからもアプローチ受けてるんだけど。……君の方も似たようなモノじゃないのか?」

 

「あぁ、最近鷹月さん、鏡さん、四十院さん、ダリル先輩からアプローチされてるよ……此の状況、以前の弾なら血涙撒き散らしてただろうけど、虚さんって言う彼女が出来た今なら果たしてどんな反応をするだろうな?」

 

「僕達が『合法ハーレム』になってる状況を羨んだ瞬間に、布仏先輩に背中を盛大に抓られた後に全身全霊を込めた土下座をする姿が容易に想像出来るんだけど、それは僕だけかな?」

 

「いや、俺も普通に想像したわ。」

 

 

対戦しながらの雑談だが、現在秋五はナターシャだけでなく、クラスメイトである夜竹さやか、鏡ナギ、四十院神楽からアプローチを受けており、夏月も同じくクラスメイトの鷹月静寐、相川清香、谷本癒子、そして二年生であり義母であるスコールの姪のダリル・ケイシーからアプローチを受けていたのだった。

ナターシャはゴスペルのテストパイロットに選ばれるほどのアメリカ屈指のIS乗りであるので秋五の結婚相手としては申し分なく、ダリルもアメリカの国家代表なので夏月の結婚相手として申し分ないのだが、静寐、清香、癒子、ナギ、さやか、神楽は実技授業だけでなく訓練機とアリーナの使用許可申請を高頻度で行っており、専用機持ちでない一年生の中では特出した実力を持つまでの超絶レベルアップを果たしていて、特に静寐に関しては『訓練機同士で戦えば代表候補生と互角の勝負が出来るのではないか』と言う程になっていたのだ。

そして、相応の実力があれば夏月か秋五の嫁に名乗りを上げる事が出来るので、彼女達もまた積極的なアプローチを行い始めたのだった――夏休み中は帰省しているから兎も角として、二学期が始まったら夏月と秋五の嫁ズに新たなメンツが追加される可能性は決して低くないだろう。

 

 

「大門は画面端でMAX版地獄極楽落としを決めた場合、切り株返しで更に追撃出来るのが美味し過ぎる。」

 

「何で暴走庵と暴走レオナのジャンプに対処出来るのさ……」

 

 

対戦は夏月が『お前本当に人間か?』と言いたくなるような超反応で秋五の暴走キャラを悉く撃滅し、最後は超必殺技から追撃を加える鬼コンボでKOした――一夏だった頃は秋五に勝つ事は出来なかったが、今はこうして勝つ事が出来て、そして其れを互いに楽しむ事が出来ると言うのは皮肉な事なのか、それとも『織斑計画』の第二段階である『量産化』に於ける成功例の片割れが『織斑』を捨てた事によって訪れた幸福なのか、其れは分からないが。

 

そうして対戦をしている内に嫁ズが荷物を纏めてラウンジに現れた事で対戦はお開きとなり、モノレールの駅から本土に渡って、其処から電車で羽田空港まで行って夏月と秋五は互いの嫁ズが帰国する姿を見送ったのだった。

……そして其の際に夏月と秋五が夫々の嫁ズとハグをして、そんでもってキスをしたのはある意味では当然だったと言えるだろう――其れを見た周囲の『非リア充』な連中からは『爆発しろこのリア充が!』的な視線が送られていたのだが其れは全力で無視し、ともすれば打ち返していた……取り敢えず、本日より夏休みが本格始動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode45

『更識の『元服』――ターゲットを滅殺せよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽田空港で嫁ズの帰国を見送った夏月は更識姉妹と共に羽田空港に迎えに来ていた更識のリムジンに乗って更識邸へと向かっていた――迎えの車がリムジンとは豪華極まりないが、更識には其れだけの財力があると言う事なのだろう。

そして、三十分ほどでリムジンは更識邸に到着して夏月と更識姉妹はリムジンから降りたのだが……

 

 

「「「「「「「「お帰りなさいませ楯無様!簪様!そして若!!」」」」」」」」

 

 

リムジンを降りた三人を待っていたのはまさかの出迎えだった。

楯無は更識の現当主の『第十七代目更識楯無』で、更識家の事実上のトップであり其の妹とである簪が様付で出迎えられるのは当然と言えば当然なのだが、夏月が『若』と呼ばれるのには流石に驚いた。

 

 

「銀三郎、若とは夏月君の事かしら?」

 

「其の通りです楯無様……楯無様の未来の伴侶となるだけでなく、結婚後は彼が楯無となるので、『若』と。」

 

「成程、そう言う事なら納得だわ。」

 

 

『楯無』の名を継いだ当主が女性だった場合、当代の楯無が結婚した際には、伴侶となった夫に『楯無』の名を預けるのが更識の通例となっていた――無論『楯無』の夫となる人物に相応の実力があればの話であるが、夏月は実力的には問題ない上に、何度も更識の任務を熟しているので楯無と婚約した時点で次の『楯無』となる事が確定していたのだ……となれば更識の人間が夏月の事を『若』と呼んだのも納得出来る事ではあるだろう。

次代の『楯無』となるであろう夏月は『若』と言っても何も問題ないのだから。

 

 

「ダークヒーローの俺は若様ってガラじゃないんだけどなぁ……」

 

「ダークヒーローなら、暗部の若様は逆にはまり役じゃないかしら?」

 

「夏月にはどうせなら最強のダークヒーローになって欲しいと思ってる私が居る……具体的に言うなら『D-HERO Kagetsu』が実装されるレベルで!夏月は最強のダークヒーローになれると思うから。」

 

「最強のダークヒーローね……其れを目指すのも良いかもな。」

 

 

雑談をしながら渡り廊下を歩き、そして先代の楯無である総一郎がいる広間に辿り着き、ふすまを開ければ総一郎との邂逅になる訳だが――

 

 

「しかしまぁ、扉を見るとついつい蹴り破りたくなっちまうのは何でなんだろうなぁ……流石に今回は自重しますけども。」

 

「色んな所にカチコミ掛けまくった影響かしら?」

 

「今の夏月なら鉄扉でも蹴り破れるような気がする……」

 

 

此れまで幾度となく更識の任務にてターゲットの居る場所に扉を蹴破ってカチコミを掛けて来た影響か、夏月は扉を目の前にすると蹴り破りたい衝動に駆られてしまうのだが、今回ばかりは流石にその衝動を抑えて普通にふすまを開けると、楯無と簪と共に先代の楯無である総一郎の前に其の姿を現した。

総一郎は久しぶりに見る愛娘と、その婚約者の姿を見ると笑顔を浮かべ、楯無達に座るように言うと、それから暫くは学園での出来事や夏月と楯無、簪の付き合いと言った他愛のない雑談をして久しぶりの団欒を楽しんだ。

 

 

「さて、夏休みに入ったばかりで悪いのだが、今夜久しぶりに仕事が入った――そしてこの仕事にてお前には『元服』をして貰うぞ十七代目更識楯無よ。」

 

「「「!!!」」」

 

 

暫し雑談を楽しんだ後に、総一郎は一度楯無達に向き直ると、『優しく頼りになる父親』から『先代の更識楯無』の顔になり、久しぶりとなる『仕事』の話に入った。

其れだけならば驚く事は無かったが、今回の任務が楯無の名を継いだ刀奈の『元服』である事を告げると夏月も楯無も簪も一気に表情が引き締まった――更識に於ける元服とは、『人を殺す』事を意味しているのだから。

 

其れを聞いた楯無の目付きは鋭くなり、其処には何時もの『飄々として人柄がとらえられない人誑し』の楯無の姿は無く、其処に居たのは『第十七代目更識楯無』となった少女だった。

夏月と簪の目付きも鋭くなり、『楯無の最側近』としての顔になった――暗部の一員である以上、何時かは己の手を血で汚す、あるいはそのサポートをする覚悟はとっくの昔に決めていたのだろう。

 

 

「……先代、此度の元服を行うに当たってのターゲットは?」

 

「うむ、今回のターゲットは此の男だ。」

 

 

すぐさま任務の詳細を聞き、今回のターゲットの事を楯無は総一郎に訊ねる。

総一郎が渡して来たファイルにはターゲットの詳細が記されてた――此度のターゲットは二十代の男性で表向きには合法ドラッグのバイヤーで、同時に若干アンダーグラウンドな地下カジノの経営者であり若干違法ではあるモノの更識のターゲットにはなり得ないのだが、裏では自分が運営している地下カジノで大負けして借金抱えた客やホームレス、家出少年・少女を甘い言葉で誘っては地下の実験場で新しい麻薬の実験材料にしており、実験材料にされた人物は例外なく全員が死亡するか、或は廃人になった末に殺されていたのだ。

その被害者は既に五千人を超えているので、普通ならば大きな事件として報道されるところなのだが、ターゲットの父親は警視庁の現警視総監で、母親は検察庁トップの人物だったので、息子の犯行を一つ残らず揉み消していたのである。

 

 

「警視総監と検察庁のトップが犯罪者の息子を逮捕せずに野放しにするとか有り得ねぇだろマジで……久しぶりにマジで腹の底から怒りが湧いて来たぜ……!!」

 

「あぁ、実に有り得ない事だが、悲しい事だがこんな輩が存在しているのもまた事実――故に、我等更識は存在しているのだよ夏月君。

 此の国を脅かす者や法で裁く事の出来ない悪に外法の裁きを与えるのが我等更識の役目であり、故に楯無の名を継ぐ者は『人を殺す』事が出来るようにならなければだ――楯無の名を継いだ刀奈、刀奈と結婚後は楯無の名を預かる夏月君はね。」

 

「……楯無となる事が決まったその時から、何時かこの日が来る事は覚悟していましたわお父様……でも、相手がそれ程の外道であるのならば私も遠慮なくやれると思うわ……此れだけの外道には地獄すら生温い。

 楽には逝かせてあげないわよ……被害者の苦しみ、遺族の怒りと悲しみを兆倍にして返してあげるから覚悟なさい。」

 

 

正に今回のターゲットは生ゴミも驚きの腐りに腐り切った外道だったが、此れもまた更識の『元服』の決まり事でもあった。

如何に覚悟を決めているとは言っても、実際に人を殺すとなったら其処には少なからず戸惑いが生まれるモノだ――だからこそ、更識の『元服』では『殺す以外に断罪の方法は無い』、『死んで当然』としか思えない外道をターゲットにした任務を遂行させて来たのだ。

人と言うのは中々に残酷な存在であり、『死んで当然』、『殺しても平気』と思った相手に対しては躊躇なく『殺しのトリガー』を引く事が出来る――選挙の応援演説中に銃撃された阿部元首相(誤字に非ず)の事件もその良い例と言えるだろう。

そうしてハードルを低くした上で殺しの経験を積ませるのが更識の『元服』なのだが、もう一つのルールとして、最後のトドメは楯無が自らの手で行うと言うモノがあったのだ――そして其れは銃や機械を使わずに刃物か鈍器、或は素手で行う事とされていた。

己の手でトドメを刺す事で、『殺した感覚』を身体に浸み込ませると同時に、命の重さを其の身に浸み込ませるためにも最後のトドメは己の手で行う必要があると言う訳だ。

 

 

「お父様……今宵の元服、必ずや遂行して見せます。」

 

「俺も楯無さんに同行する……サポート頼んだぜ簪?」

 

「任せて。お姉ちゃん直々に最側近に任命されたんだから、表だっての戦闘は苦手でも裏方としての仕事はキッチリ熟すよ……既に、ターゲットの屋敷は特定した。

 其れから屋敷の警備にどれだけの人間が使われているのかも――警備を任されてるのは金で雇われた半グレだけど、殺しを許されてるみたいだから、警備員よりも厄介かも知れないよ。」

 

「半グレが警備員か……逆にやり易いぜ!」

 

 

其れでも、夏月と楯無と簪に迷いはなかった。

 

そして其れから数時間後、夏故にまだまだ日は長いのだが、漸く陽が落ち始めたころ、夏月達の姿は今回の任務のターゲットの豪邸にあった――今宵はターゲットだけでなくその両親も此の豪邸に来ている事を簪が調べ上げていたので、この外道一家を一網打尽にするには絶好の機会だった訳である。

その任務に向かう夏月は黒いスラックスに黒いTシャツのコーディネートで日本刀を持っていたのだが、楯無は袖なしで足の部分が網タイツになっている身体の線がバッチリ出るボディスーツを着込んだ上にくノ一の忍び装束を着て小太刀を二刀装備すると言うなんともセクシーな出で立ちだった。

 

 

「此れはまた、何ともセクシーな出で立ちっすね楯無さん?……正直思春期の男子には眼福であると同時に目の毒っすよ……耐性の無い野郎が見たら、速攻臨戦態勢間違いないだろ此れは?

 何と言うか、網タイツに包まれた足が絶妙な色気を演出してんな。」

 

「日本で暗部、諜報機関と言えばやっぱり忍者でしょ?折角の元服なんですもの、服装にも気合を入れてみたわ。似合ってるかしら?」

 

「其れは勿論。

 今度、一日その格好で一緒に過ごして欲しい位だぜ。」

 

「あら、良い反応♪……それじゃあ、そんな日が過ごせるように、外道共を殲滅と行きましょうか夏月君♡」

 

「だな、行くとしますか!」

 

 

其れは其れとして、簪によって既に此の豪邸のセキュリティその他は丸裸にされているので攻略は容易いだろう。

屋敷の裏手からフック付きロープで塀を登って庭に入ると、早速襲って来た番犬である数匹のドーベルマンに対して、犬には『一撃必殺』以上の『絶対滅殺』とも言える『ハバネロスプレー』をぶっ掛けて気絶させる。人間の数百倍とも言われている犬の嗅覚でハバネロの辛み成分を吸い込んでしまったら、其れはもう人間が感じる痛みの比ではないので一瞬で意識が吹っ飛んだのである。

こうして厄介な番犬を無力化すると、今度は屋敷前でスモーク弾を炸裂させて、その煙に紛れる形でドアの前の半グレを背後からお手本のようなスリーパーホールドを極めて絞め落してKOし、豪邸内部に入って行く。

 

そうして突撃した豪邸内部にも、半グレの警備が居たのだが、半グレの猛者程度は夏月や楯無の相手ではなく、出て来た次の瞬間には『滅殺』されており、『何しに出て来たんだお前』状態となっていた。

中にはやたらと打たれ強いモノも居たのだが……

 

 

「腐れ外道を護ってんじゃねぇぞクソが!其れだけの力があるなら、其の力は弱い人を守るために揮えってんだ、此のバカ野郎が!

 取り敢えずテメェは、顔面陥没しとけゴラァ!退院したら、真っ当な職業に就けよ……!」

 

 

其れは夏月が必殺の拳でぶちのめしていた。

本気で固めた夏月の拳は『リアルダイヤモンドナックル』であり、其れを喰らった相手は顎の骨がバラバラになるのは避けられない――その圧倒的なパンチで警備を一掃し、夏月達は改めて豪邸の主の間の前に降り立ち――

 

 

「人の皮を被った外道が、年貢の納め時よ!」

 

「腐れ外道~ 全員滅殺 あの世逝き~~。」

 

 

 

扉を蹴破ると同時に夏月と楯無が内部を強襲!

此れに驚いた部屋内の半グレの護衛達は驚いて銃を抜くが遅い――銃撃が放たれるよりも早く夏月は刀で、楯無は小太刀で最前列に居た半グレの銃を弾き飛ばすと、一気に腕を極めて半グレ達に向き合う形にさせる。

正に目にも止まらぬ早業だったが、仲間を盾にされる形になった半グレ達は手にした銃の引き鉄を引く事が出来なくなってしまった――半グレは真の極道の様な任侠者ではなく、『気に入らない相手は暴力でぶっ潰す』事を厭わない義理も人情もないアウトローだが、其れでも仲間に引き鉄を引くのは躊躇われた。

だが、其れは夏月と楯無にとっては絶好の好機となり、二人とも腕を極めた半グレを思い切り蹴り飛ばして銃を構えて固まっていた半グレ集団にぶつけると、夏月は一足飛びからの居合いで半グレ数人を斬り捨て、楯無も二刀小太刀で半グレを次々と斬り捨てて行く。

其の姿に一切の迷いはない――人を殺した経験は無い夏月だが、織斑一夏として誘拐された際に目の前で人が殺される事を体験しており、更識の任務では殺さずともターゲットを半殺しにする事もあっただけでなく、元より外道には一切容赦しない性格なので外道を斬り捨てる事に戸惑いはなく、楯無もまた『次代の楯無』となる為に熟して来た訓練の中には『殺し』の技術もあり、何度も脳内で人を殺すイメージトレーニングを行っていたので矢張り外道を葬る事に戸惑いは無かった。

 

逆にこの光景に恐怖を覚えたのは此度のターゲットである外道とその両親だ。

屋敷の護衛として雇ったのは裏社会でも名の通った半グレ組織であり、其れこそ警察でも手を焼くほどの連中なのだが、其れがたった二人の人間に……高校生位の少年と少女に蹂躙されてしまったのだから。

更に悪かったのは、此の豪邸には緊急用の避難通路の入り口が倉庫にしかなかったと言う事だ――見つかりにくいように倉庫に避難通路の入り口を設計したのもあり、通常ならば侵入者があれば豪邸内に設置されているセキュリティが作動して危険を知らせてくれるので、其の間に倉庫に逃げ込む事も出来たのだが、今回は既に簪が豪邸内のセキュリティにウィルスを送り込んで無力化していた事で、倉庫に逃げる事も出来なかったのである。

 

 

「悪鬼掃滅!貴様は達磨じゃあ!!」

 

「大金に目が眩んでこんな外道達の護衛を引き受けたのが運の尽きね……来世では真っ当な道を歩みなさいな。」

 

 

夏月と楯無はモノの数分で半グレ達を全員無力化して見せた……最後は夏月が半グレの四肢を斬り落とし、楯無が半グレを『サイコロステーキ先輩』にした事で、ターゲットと其の両親は震え上がった。

どうやっても逃げる事は出来ないと悟り、同時に自分達が殺されると理解したからだ。

 

 

「く……こんな所で!!」

 

「おせぇんだよタコ!喰らえ!天界蹂躙拳!フィアーズ・ノックダウン!!オベリスク・ゴッドハンド・クラッシャー!!!」

 

 

其れでも拳銃を抜いてその銃口を向けたモノの、其れより早く夏月が動き、幻魔と邪神と神の必殺拳を叩き込んでターゲットと其の両親の意識を一撃で宇宙の彼方へと吹き飛ばす!意識を刈り取っただけではなく、歯も数本折れていた。

完全に意識が飛んだこの状態ならば殺す事は赤子の手を捻るよりも容易い事なのだが、楯無は此処ではトドメを刺さずにターゲットと其の両親を更識の家に持ち帰り、そして其の身を更識の家の地下深くにある、更識の人間でも『楯無』以外は極少数しか知らない『拷問部屋』へと運び込んだ。

夏月が意識を刈り取った時点で殺す事は可能だったのだが、『被害者の苦しみと遺族の怒りと悲しみを兆倍にして返す』にはあの場では殺さずに、拷問を以ってして長い責め苦を与えた上で殺すのが最上だと楯無は判断したのである。

既にターゲットと其の両親は身包みを剥がされた状態で拷問部屋内にあるプールに吊るされており、直ぐ近くには専用機を部分展開した楯無と夏月が中空で腕を組み、プールサイドでは大きめのペットケージを側に置いた簪が待機していた。

 

 

「此の状況でまだ寝てるとは図太いと言うか何と言うか……夏月君、目を覚まさせてあげなさいな。」

 

「了解!何時まで寝てやがんだ腐れ外道が!さっさと目を覚ませボケがぁ!!取り敢えず唐揚げになっとけぇ!!」

 

 

そんな連中に夏月は柄杓で煮え滾った油をぶっかけて強制的に意識を覚醒させる――熱湯よりも煮え滾った油の方が遥かにダメージが大きく、更に熱湯よりも肌に張り付くのでより火傷が重症化するのだ。

だが、強制的に目を覚まされた連中は状況が理解出来ずに喚き散らし『此れは犯罪だぞ!』、『私を誰だと思っている!?』と言って来たのだが、其れも楯無が己の身分を明かすと静かになった――『更識楯無』とは日本の暗部の長であり、其れが直々に出張って来たと言う事は自分達の悪行は既に知られていると言う事で、こうなればもう自分達には未来は無いと悟ったのだろう。

 

 

「さてと……随分と好き勝手やってくれたみたいね?

 合法ドラッグのバイヤーや裏カジノの経営者ってだけなら兎も角、ホームレスや裏カジノですった客を新たな麻薬の実験台にするってのはやり過ぎたわ……しかもそれを親の権力で揉み消すとはね――私腹を肥やす為に人の命を奪って心が痛まないのかしら?」

 

「ハハ、馬鹿な事言うなよ……俺は、社会のゴミや裏カジノでやらかしちまった馬鹿共を有効活用してやっただけだ!其れの何が悪い!」

 

「そうだ、息子のやった事は何も問題はない!社会不適合者を有効活用してやったのだ!そうして健全な社会を維持する事に貢献していたのだぞ!」

 

「更識ならば、私達のやった事も理解出来るでしょう?更識だって表に出来ない裏の仕事に手を染めているのだから!!今すぐ私達を解放しなさい!!!」

 

 

最後のチャンスとして楯無は被害者や遺族に対する申し訳なさは無いのかと聞いたが、返って来たのは唾棄すべき答えであった――同時に楯無の瞳からはハイライトが消失して『無慈悲な楯無』のモノとなる。

此れから此処で展開されるのは真の地獄絵図だろう。

 

 

「そう、貴方達が救いようのない外道で助かったわ――貴方達は人間じゃない、人間の皮を被った腐れ外道……なら、私もトコトン鬼畜になる事が出来るわね?

 簡単に、楽に死ねるとは思わない方が良いわよ?貴方達には被害者の苦しみと遺族の怒りと悲しみを兆倍にして味わわせてあげるから。」

 

 

楯無が指を鳴らすと同時に夏月がダガーナイフを投げて外道達の足を貫き、其処から流れた血がプールに落ちて行くのだが、血がプールに落ちた次の瞬間、巨大なホホジロザメが水面に向かってジャンプして来た!

肉食のサメであるホホジロザメは血の匂いに敏感で、一滴でも海中に血が流れ出たら数km先からやってくる貪欲なハンターなのだ――そんな彼等にとって水面に落ちた鮮血は此の上ない御馳走の在処を示す道標であり、プールと言う限られた場所であれば其れはあっと言う間にプール内のサメに伝わり、ターゲット一行はすぐさまサメに襲われる事となったのだ。

哀れな獲物達は可能な範囲でサメからの攻撃を躱してはいたが、其れも長くは続かずに、遂に全員が両足を食い千切られる結果となった――鋭利な刃物で斬り落とされたなら未だしも、サメの歯はエッジが細かいノコギリ状になっており、更に獲物を逃がさないように奥まで刺さるようになっている為、一瞬で嚙み千切られたとしても断面はボロボロになり、想像を絶する苦痛と激痛が襲ってくるのだ。

あまりの激痛と足を失ったショックでターゲット達は声にならない悲鳴を上げ、恐怖で失禁すると言う醜態まで晒したのだが其れだけでは終わらせず、楯無が指を鳴らすと、今度はプールサイドで待機していた簪が大きめのペットケージの扉を開き、中から数羽のハゲタカが飛び出してターゲットの足の切断面を啄み始める。

ハゲタカは本来死肉を貪る鳥なのだが、矢張り血の匂いには敏感なので、時には大きな傷を負った瀕死の動物を生きながら啄む事もあるので食い千切られた足の断面を啄んでいる訳だが、其れをやられた方は堪ったモノではない。

傷口に塩を塗られるでは済まない激痛を与えられ、ターゲット達は気を失うが、その瞬間に夏月がまたも煮え滾った油をぶかっけて強制的に覚醒させる――其れを何度か繰り返している内にターゲット達はやがて悲鳴すら上げられなくなっていた。

何時終わるとも分からない拷問に完全に心が折れてしまったのだ……そして其れを見た楯無は冷酷な笑みを浮かべてターゲット達に声を掛ける。

 

 

「さて、今は一体どんな気分かしら?」

 

「もう、いっそ殺してくれ……」

 

「そうね、そろそろ殺してあげるわ――但し、貴方の両親をね。」

 

「つまり、お前はもう少しだけ此の生き地獄を楽しめって事だな。」

 

 

ターゲットに声を掛けた楯無だったが、ターゲットの今の気持ちを知ると、武装も展開してビームランス『蒼龍』でターゲットの両親を拘束していた縄を切ってプールに落とし、落とされた二人は瞬く間にホホジロザメの餌となって絶命した――生きながらに身体を食い千切られると言うのは相当な恐怖だっただろう。

其れを見たターゲットは即座に顔を青褪めさせるが、楯無は冷酷な笑みを更に深いモノにすると、更に数時間拷問を続けた上で、最後はビームランスで一切の容赦なく、しかし一瞬で終わらないようにゆっくりとその首を斬り落とすと、身体諸共プールに落としてサメの餌としたのだった――同時に此れにて更識の『元服』の儀は達成され、楯無は『真の楯無』となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

見事に元服の儀を行った楯無は、風呂を浴びた後で縁側にて月を眺めていた。

満月を過ぎた一八夜だが、其れでもその月の光は優しく楯無を照らしていた――そんな月を肴に、楯無は米麴から作ったアルコール度0%の甘酒を嗜んでいた。

 

 

「月を肴に晩酌とは風流だな楯無さん?」

 

「夏月君、貴方も一緒に如何かしら?ノンアルの甘酒だから大丈夫でしょう?」

 

「なら、お呼ばれするぜ。」

 

 

其処に夏月が現れて、其処から一緒にノンアルではあるが月見酒を楽しむ事になった――つまみとして用意してあったのがスルメや割きイカではなく、ビーフジャーキーやカルパスだったのがなんとも現代人らしかったが。

 

 

「楯無となる事が決まった時点で、何時かこんな日が来る事を覚悟していたけれど、覚悟を決めて何度もイメージトレーニングで人を殺しても、実際に人を殺したら嫌でもその感覚は身体に浸み込むんだって実感したわ。

 同時に今日と言う日を持って私は人を手に掛けた咎人になったのよね……どんな事情があるにせよ、私は此れで地獄行きは間違い無いでしょうね。」

 

「其れは俺も同じだろ楯無さん。」

 

 

その月見酒の席で、楯無はポロリと弱音を吐いてしまったが、其れを聞いた夏月は『地獄行きは俺も一緒だ』と言って楯無の肩を抱いて引き寄せる――この大胆な行動に楯無は一瞬で顔が真っ赤になってしまったのだが、直後に夏月が共に地獄に落ちてやると言った事を思い出して、其れがなんとも嬉しかったのでより夏月の胸板に顔を押し付けたのだった。

 

 

「約束するよ楯無さん……俺は絶対にアンタを裏切らないで一緒に居るよ――其れこそ、死が二人を分かつまで、な。」

 

「凄い事をアッサリと言ってくれちゃってまぁ……だけど、貴方の言う通りかもね夏月君?死が分かつ其の時までは一緒に居ましょうね夏月君?約束だからね?」

 

「分かってるよ……俺が死ぬその前日まで、お前達の事は守り抜く――何があっても絶対にな!!」

 

「うん……!」

 

 

夏月の言葉を聞いた楯無はすっかり安心して夏月の胸板から顔を離すと、其のまま唇を重ねた――よもやのカウンターのキスに驚いた夏月だったが、直ぐに其れを受け入れ、一度唇が離れたら、今度は夏月の方から楯無にキスをしたのだった。

そうして何度かキスを繰り返すうちに、楯無は夏月に膝枕をされた状態となり、夏月は楯無の髪を撫でていたのだが、其れが楯無にとっては余程心地良かったらしく、数分後に楯無は夢の世界へと旅立ち、其れを追うように夏月も睡魔に襲われて夢の世界へと旅立って行ったのだった。

そしてそんな二人の姿は、空に輝く月が優しく照らしていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode46『嫁ズの家族への挨拶Round1~台湾~』

嫁ズへの挨拶は大事だな!By夏月     挨拶は大事よ!忍者の礼儀よ!古事記にだってそう記されているわ!By楯無    忍者スレイヤーも今となっては懐かしいねBy簪


楯無の元服も無事に終わり、その後の三日間は夏月と更識姉妹は夏休みを満喫した――訳ではなく、夏休みの課題を全力で消化した。

僅か三日で夏休みの課題を消化してしまうと言うのは脅威だが、逆に言えば先に課題を消化してしまえば残りの夏休みは完全なフリータイムとなるので、スタートダッシュで課題を終わらせるのは良い手だと言えるだろう。

そして、夏休みの四日目となる本日、夏月と更識姉妹の姿は羽田空港の国際線のロビーにあった。

と言うのも本日から夏月は『嫁ズの家族に挨拶ツアー』が始まり、最初の目的地である台湾に向かう為に夏月は羽田空港にやって来ており更識姉妹は見送りとして一緒に来た訳である。

とは言え、搭乗開始まではまだ時間があるので、国際線のロビーにあるラウンジで、ゲームに興じていた。

 

 

「『竜の逆鱗』を発動して、究極竜に貫通能力付けてから『アルティメット・バースト』を発動して、簪の守備モンスター三体に攻撃!

 貫通付きの四千五百で三回攻撃だったら幾ら何でも耐えられねぇだろ?『アルティメット・バースト』の効果で究極竜が攻撃する場合ダメステ終了時までカード効果の発動を封じられてる訳だしな?」

 

「普通なら終わりだけど、私が裏守備でセットしたモンスターは全て『マッシブ・ウォリアー』よって戦闘ダメージは発生しない。」

 

「なに其の鉄壁の防御?!

 じゃあ『融合解除』で究極竜を三体の青眼に分離して夫々でマッシブ・ウォリアーに攻撃。此れで破壊は出来るよな?」

 

「其れは通さない。『くず鉄のかかし』×3!」

 

「マジか!?

 なら手札を一枚捨てて『超融合』発動。青眼二体を融合して『ブルーアイズ・タイラント・ドラゴン』を融合召喚して全体攻撃!滅びのタイラントバースト!!

 幾ら何でも今度こそ全滅出来ただろ流石にぃ!!」

 

「うん、其れは流石に防げない。」

 

「此れだけの攻撃を受けてノーダメージなのだから簪ちゃんの防御は鉄壁を通り越して最早難攻不落の要塞と言ったレベルよね此れ……マッシブ・ウォリアーじゃなくてシールド・ウィングだったらマジで突破不可能だったわよ此れ。」

 

 

現在はスマートフォンの『マスターデュエル』では夏月と簪が熱いデュエルを繰り広げており、簪の要塞レベルの防御が夏月の攻撃を耐え切っていた。

夏月のデッキは海馬デッキをベースにした超攻撃的な『青眼デッキ』であり、簪のデッキはシンクロンチューナーを軸にスターダスト系シンクロをメインにした『超シンクロデッキ』で、ガッチガチのガチデッキではないのだが、此れは実はe-スポーツ部に於ける遊戯王のデッキ構築のルールに則ったモノだったりする。

e-スポーツ部では『強いデッキで勝つ』のではなく、『好きなカードを使って勝つ』事を大切にしており、基本的に巷で流行りの強カテゴリーでのデッキ構築はNGなのである――『閃刀姫が好きだから使う』ならOKだが『閃刀姫は強いから使う』のはダメと言う訳だ。

逆に好きなカードならばガチデッキでは採用されなくともデッキに組み込む事は多々あり、夏月も自身の青眼デッキには『好きだから』との理由で『フェルグラントドラゴン』と『巨神竜フェルグラント』と『アークブレイブドラゴン』と『光と闇の竜』が組み込まれている――『伝説の剣闘士カオス・ソルジャー』も組み込まれているのは微妙なところではあるが『青眼をコストにカオス・ソルジャーを出して死者蘇生で青眼を特殊召喚するのは古き良き時代のお手軽火力コンボ』と言う事で認められていた。

 

因みにデュエルの方は簪が返しのターンで『ジャンク・シンクロン』、『マッシブ・ウォリアー』、『ボルト・ヘッジホッグ』、『チューニング・サポーター』の四体で『スターダスト・ドラゴン』をシンクロ召喚し、更に『シンクロ・ストライク』でスターダストの攻撃力を四千五百まで引き上げてブルーアイズ・タイラントに攻撃したのだが、夏月がリバースで『反射光子流』を発動し、更に手札から『オネスト』を発動してブルーアイズ・タイラントの攻撃力を一万二千四百までぶち上げてカウンターを喰らわせて夏月が勝利となったのだった。

 

そしてこのデュエルが終わったと同時に搭乗が開始されたので、夏月は台湾行きの便に乗るために搭乗口に向かって行った。

 

 

「はぁ……此れから暫く夏月君に会えないと思うと少しじゃなく寂しいわね……」

 

「其れはお互い様だろ楯無さん?ちゃんと連絡は入れるからさ。」

 

「だけど、声だけだと私もお姉ちゃんも確実に夏月分が不足する……夏月分が不足すると、判断能力の低下の他、目眩や頭痛、集中力の低下等が現れるんだよ。」

 

「なんじゃそりゃ……良く分からんが、なら俺が日本を発つ前に充分に摂取しとけ。」

 

「それじゃあ、遠慮なく……」

 

「そうさせて貰うわね♪」

 

 

搭乗口前にて夏月は更識姉妹と熱い抱擁を交わし、そして触れるだけのキスをした後に搭乗口を通過して、台湾行きの便に乗り込み、更識姉妹は夏月が搭乗した台湾行きの便が無事に飛び立つのを空港のロビーから見守っていたのだった。

 

夏月が日本から台湾に向けて出発した三日後には秋五がフランスに向かって日本を出発して、『男性操縦者の婚約者の家族への挨拶回り世界ツアー』が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode46

『嫁ズの家族への挨拶Round1~台湾~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽田空港から台湾桃園国際空港までのフライト時間は三時間五十分と、海外旅行としては破格の短時間であり、夏月も機内でAmazonPrimeで購入した映画『グリーンマイル』を見ていたら到着していたと言った感覚だった。

入国審査は問題なくパスし、空港のロビーにやって来ると……

 

 

「ヤッホー!待ってたわよ夏月!」

 

「迎えに来てくれたのか乱!」

 

 

ロビーには乱が居て、夏月を見つけるや否や駆け寄って来てハイタッチを交わす。

だが、其れだけでは終わらず左右の手でタッチを交わした後は、互いに肘から下を左右交互に合わせた後に右の拳をサムズアップした状態で合わせてから120%と言える気合をぶち込んだ気勢を持って振り下ろす!

 

 

「「よっしゃーー!!!」」

 

 

此れは夏月と乱、そして鈴しか知らない遣り取りであり、そう言う意味では嫁ズの中では夏月が一夏だった頃を知っている二人の特権とも言えるモノだろう……夏月も実に三年振りとなる此の遣り取りに懐かしさを感じていた。

其の後、先ずは乱の実家に行って乱の親に挨拶となった――とは言っても乱の両親は離婚しているので、挨拶する相手は乱の母親だけなのだが。

乱の母親の事は一夏だった頃に会った事があるので知っているが、夏月は乱に家族に自分の正体の事、過去の事を話しているかを聞いたところ、『話していない』との事だったので、『初対面』の対応をする事に決めた――無論相手は一夏の事を知っているので突っ込んで来るかも知れないが、其処は目の色を理由にして逃げ切る心算だった。

双子の弟である秋五ですら、『目の色が違う』と言う事で、夏月が一夏であると言う可能性は完全に捨てるに至ったのだから、言い方は悪いかも知れないが赤の他人である乱の母親を誤魔化す事は容易いだろう。己の正体を知っている人間は少ないに越した事はないのだから。

 

そうしてやって来た乱の実家だが、乱の実家は台湾では珍しい店舗を構えた料理屋で、店は店主である乱の母親と若い女性スタッフ数名で切り盛りされていた。

台湾と言えば屋台グルメが有名であり、料理人もその多くが屋台で出店しており、首都を除いた都市では店舗を構えるよりも屋台で出店している者が圧倒的に多いのだが、そんな中で店を構えて、しかも繁盛していると言うのは此の店が如何にレベルの高い料理を提供しているのかが分かると言うモノだ。

 

 

「おかーさん、ただいま~~!夏月連れて来たよ~~!」

 

「お帰りなさい乱。丁度昼休みになったから良いタイミングだったわ……お茶を入れるから、空いてる席に座って貰って頂戴。」

 

「了解っす!」

 

 

店は丁度昼休みに入ったところだったので、夏月は乱に案内される形で店内のボックス席の一つに案内され、其れから程なくして乱の母親が茶とお茶菓子である月餅をお盆に乗せてボックス席に現れ、茶と月餅をテーブルに置いて夏月と向き合う形となった。

 

 

「初めまして。凰乱音の母の、凰正音(ファン・ショウイン)です。」

 

「初めまして、一夜夏月です……娘さんとは婚約関係になってます。」

 

「其れは知っています、台湾政府が発表していますから……ですが夏月さん、貴方は乱の事を幸せにする事が出来ますか?――此の子は嘗て思いを寄せていた男の子に先立たれると言う辛い経験をしています。

 そんな此の子が貴方に惹かれたと言うのは母として驚くべき事ですが、だからこそ貴方が乱の事を幸せに出来るのか、その確証が欲しいのです。」

 

「幸せにする事が出来るかどうかは問題じゃないと思います……重要なのは幸せにするかしないかじゃありませんか?

 出来るかどうかってのは、出来なかった時に『出来ませんでした』って言い訳が出来るけど、『するかしないか』って場合は言い訳が出来ないんですよ……『します』って言って出来なかったらどんな言い訳も通じないですから。

 だから俺は乱を幸せに出来るとは言いません……俺は乱を幸せにする、其れだけですよ。」

 

 

乱の母親の正音からは可成り厳しい言葉が飛んで来たが、夏月は其れから逃げる事無く、己の乱に対する思いを噓偽りなくぶちまける!――『織斑一夏の葬儀』で乱は千冬(偽)の胸倉を掴んで糾弾してくれたと言うのも夏月にとっては乱の好感度を上げる理由だったのかも知れない。

取り敢えず夏月は本気の気持ちをぶちまけたのだが、其れを聞いた正音も、『貴方の気持ちが本物だと言う事は良く分かりました』と言って、夏月と乱が婚約状態にある事を認め夏月に乱を託したのだった。

 

 

「其れを聞いて安心しました。そして、貴方が本気で乱の事を考えてくれている事も分かりました。

 娘を、乱の事を宜しくお願いします……其の子は気が強い反面、少しばかり寂しがり屋なところもあるので。」

 

「はい、任されました――乱には寂しい思いだけはさせませんよ、絶対に。其れだけは約束します。」

 

「ふふ、良い人を見付けたわね乱?」

 

「そうね、夏月はアタシにとっては最高の人よお母さん!……それだけに、『男性操縦者重婚法』が制定されなかったら夏月に思いを寄せる女子達でバトルロイヤル勃発してただろうけどね……そしてそうなったらその時は会長が圧勝してたかもだわ。」

 

「バトルロイヤルになったら楯無さんが最強だろうなぁ……楯無さんは、一対一でも一対多でも相手を圧倒出来るだけの実力があるからな――ぶっちゃけると、楯無さんならIS学園の全校生徒を相手にしても勝てるんじゃないかって思ってる俺が居るんだわ。」

 

「それは、確かに否定出来ないわね。つか、クリアパッションは普通に反則技っしょアレ?初見殺しは勿論、一度見ても対処方法がマジ無いんですけど。」

 

「使われる前に倒せ。」

 

「無理ゲー乙!」

 

 

そんな訳で実家への挨拶は無事に済んだので、夏月は乱と共に台湾観光&グルメツアーへと繰り出して行った――屋台グルメがピックアップされがちだが、台湾は隠れた絶景も多く、写真映えする場所も少なくないので、『低コストで良い絵が撮れる』とインフルエンサーの間では実は『コスパが良い』と大人気の海外旅行場所となっているのである。

夏月と乱も超高層タワーからの絶景や、その超高層タワーを背景にした写真を撮りつつ、台湾を満喫し、まだランチには早いので街中にある複合スポーツ施設でちょっと身体を動かそうと思ったのだが、そのスポーツ施設最大の施設である『野球場』では何やら揉めている様だった。

と言うのも、此の日は草野球の試合が組まれていたのだが、片方のチームの選手が試合直前の練習で怪我をしてしまい、人数が足りなくなってしまっていたのである――それならば試合其の物を延期させれば良いのかも知れないが、互いに此の日での試合を望んでいたので延期と言う選択肢は無いのだろう。

だからこそ如何するべきかですったもんだをしてる訳なのだが。

 

 

「伯父さん、どったの?若しかしてなにやら問題発生?」

 

「おぉ、乱ちゃんか!あぁ、問題発生だ。」

 

 

だが、此度の幸運は、片方のチームの監督が乱の伯父だったと言う事だろう。

事の詳細を聞いた乱は、夏月に『伯父さんのチームの助っ人になってくれない?』と言い、夏月も『野球も偶には良いか』と其れを了承し、夏月は此の試合の先発投手でありながら、DHで三番バッターも務めると言う、メジャーリーグで大活躍中の大○翔平張りの投打二刀流で出場する事になったのだった。

 

その試合の一回の表、マウンドに上がった夏月は、最速165kmの延びのあるストレート、落差の大きいフォークボール、曲がり方がエグイスローカーブ、緩急自在のスライダーと言った複数の球種を駆使して三者連続の三球三振にとって見せると、其の裏の攻撃、ノーアウト三塁一塁のチャンスで、フルカウントからファールを挟んだ七球目をジャストミートしてホームランをブチかましてイキナリ三点を獲得すると、此れで打線に火が点き、一イニング目から打者一巡の打線爆発状態となり、夏月が助っ人で入ったチームは初回から七点の大幅なリードを奪ったのだった。

此れで一気に波に乗ったチームは、投げては夏月が奪三振ショーを繰り広げ、打線は毎回得点し、夏月に至っては巡ってきた打席全てで安打をマークしてサイクルヒットを達成し、終わってみれば十八対〇で夏月が助っ人で入ったチームが圧勝!

夏月は投手として完封勝利しただけでなく、打者としては五打数五安打十打点(スリーランホームラン、タイムリーツーベース、走者一掃のタイムリースリーベース、シングルヒット、看板直撃の満塁ホームラン)の大活躍で、乱の伯父も大いに感謝していたのだが、乱は夏月の投手のスコアを見て戦慄していた。

 

 

「夏月、アンタってば冗談抜きでトンデモナイ事やってくれたわね?」

 

「トンデモナイ事って、確かに活躍したって自覚はあるけど、完封して複数安打位は大○選手だったやってる事だろ?」

 

「確かにそうだけど、アンタがやったのはマジでトンデモナイ事なのよ!

 全イニング三者連続三球三振で仕留めて、八十一球完全試合達成してんのよアンタ!プロでも完全試合を達成した人は少ないってのに、八十一球完全試合達成って凄過ぎでしょうが!!プロでも無理な事を素人がやってのけるとかバグってんじゃないのアンタ!?」

 

「意識してなかったけど、そんなトンでもねぇ事してたのか俺は……バグってるってのに関しては若干否定出来ねぇけど。(最強の人間として作られた存在の中でもイリーガルの俺は、戦闘以外でも最強クラスの性能を発揮するって事か?マジでなんて存在を作ってんだよ織斑計画は……)」

 

 

なんと夏月は全イニングを三者連続三球三振で仕留める『八十一球完全試合』と言う『究極の完全試合』を達成していたのだった。

理論上は、全イニングで初球打ちをさせてアウトにする二十七球完全試合こそが究極の完全試合なのだが、其れは現実的に不可能なので、現実的に可能な八十一球完全試合こそが究極の完全試合なのである。

マスコミが入っていない草野球の試合だけにニュースにはならないだろうが、其れでも草野球仲間達の間で此の究極の完全試合の話は広がって行くのは間違いないと言えるだろう。試合を観戦していたギャラリーが動画をSNSにアップするなどすれば尚更だ――身元がバレると色々面倒なので、試合を撮影していたギャラリーには『SNSに上げる際は顔と名前を伏せる事』を厳命していたが。尤も、仮に顔を隠さずにネット上に上げたところでそれはそれで即束が対処してしまうから問題はないだろう。

取り敢えず草野球の方は夏月が途轍もない大記録を達成したモノの、其のお陰で乱の伯父のチームに勝利を齎す事が出来たので、その後は施設内でボーリングや卓球を楽しんだ――卓球をやった際には超高速のラリーで周囲の注目を集めてしまい、更にはそのラリーの果てには夏月が放ったスマッシュでピンポン玉が破裂すると言うアクシデントも発生したのだった。

超高速のラリーで負荷が掛かっていたピンポン玉は、夏月の強烈なスマッシュを受けた瞬間に耐久値が限界を超えてしまったのである……プラスチック製のピンポン玉が破裂すると言うのは滅多にない事ではあるが、逆に言えばそれ程までに夏月と乱のラリーは凄まじかったと言う事だろう。

 

そんな感じでスポーツ施設を楽しんで、シャワーで汗を流した後は少し遅めのランチタイムになっていたので乱は夏月を台湾名物の屋台街に連れて来ていた。

台湾グルメはその多くが屋台料理であり、屋台料理と言う事で敷居が低いのも特徴と言えるだろう――台湾グルメはフランス料理や中華料理と異なり、『庶民でも気軽に楽しめる』モノと言えるのだ。

本格的なフランス料理や中華料理となると如何しても高級料理になってしまい、テーブルマナーの彼是もあって庶民は中々手が出ないのだが、台湾料理は屋台料理こそが王道で本格的と言えるので、テーブルマナーなども気にせずに安価で本格的な台湾料理が味わえるのである。

加えて台湾料理は原住民料理のルーツを持ち、中華料理をベースに日本・西洋の料理が融合し台湾独自のアレンジを加え、独自に進化した料理なので、実は日本でも馴染みがある料理も少なくない。

日本では『角煮バーガー』として知られているスナックも、台湾料理の『グァバオ』がルーツであり、コンビニでよく見かける『魯肉飯』、『油そば』等も台湾料理の代表的なモノ、ルーツが台湾料理にあるモノと言えるだろう。

その他にも色々な屋台が展開されており、どの屋台で昼食を摂るかは中々決まらなかったのだが、夏月が運動後でエネルギーを大幅に消費していた事から、『屋台巡り台湾グルメツアー』が行われ、夏月は日本では馴染みのない『牛肉麵』、『紅油抄手(ワンタンの辣油煮込み)』、『香雞排(台湾風フライドチキン)』と言った台湾グルメを堪能すると同時にその味を舌で記憶して弁当のメニューとして如何アレンジするかを考えていた――最早料理は趣味になっている夏月だが、こうして新たな味を貪欲に吸収して行くのもレシピの拡大に繋がっているのだろう。

其れでも、屋台街の屋台を全て制覇した夏月の身体の燃費の悪さは相当なモノだと言えるだろう――『最強の人間を作る』事を目的としていた『織斑計画』だが、最強の人間の燃費は如何程になるかまでは考えていなかったらしい。――秋五の食事量は普通なので、単純に夏月の方がオカシイだけかもしれないが。

 

屋台巡りのランチタイムを終えた後は、乱の案内で観光スポットを回って見る事になった。

台湾の首都には高層ビルも多く、中心街に建てられたランドマークタワーは東京スカイツリーに迫る高さで、その展望台からの眺めは最高其の物なのだが、其の展望台からは晴れている日は日本の鹿児島を望む事が出来たのだった。

此れには夏月も感激し、乱に此処に連れて来てくれた事に感謝していた――でもって、展望台での最高の眺望を堪能した後は、タワーの一階にあるゲームセンターで夏月と乱はe-スポーツ部の部員として見事な活躍をして見せてくれた。

ガンコンを使ったシューティングゲームでは、ノーコンティニュー&ノーダメージでの究極のワンコインクリアを達成し、対戦格闘ゲームでは夏月が『KOF2002UM』で『大門・シェルミー・クラーク』の投げチームで対人戦五十連勝を達成し、乱は『StreetFighterⅢ3rdストライク』で最強を通り越して『3rdの闇』とも言われている超ハイスペックキャラの春麗を使って対人戦三十連勝を達成していた。

乱の連勝を三十で止めたのが夏月が使う豪鬼であり、3rdストライクでは伝説となっている『ウメハラブロッキング』を披露した後に瞬獄殺を決めると魅せプレイをしてギャラリーを湧かせていたのは見事だと言えるだろう。

 

 

そんな感じでゲーセンの対人戦の連勝記録とCPU戦のスコアランキングを軒並み書き換えた夏月と乱は、アミューズメントゲームでもヌイグルミや超巨大なお菓子等の賞品を沢山ゲットし、最後に記念にプリクラで此のランドマークタワー限定フレームで撮影した後に首都にあるカードショップを訪れていた。

カードショップのバラ売りでは、遊戯王のカードが九割を占めていたのだが、しかしこの店ではレアカードが中々良心的な値段でバラ売りされていた――其れでも大人気の『ブラック・マジシャン・ガール』や『閃刀姫』は高額が付いていたが。

 

 

「アジア版の『死者蘇生』のイラストはやっぱりまだ慣れないな……死者蘇生と言えばあの十字のイメージが強いからなぁ?アンクの形なのが問題なのかね?」

 

「宗教上の観点から変更されたんでしょうね……って、このブラマジ公式カードじゃなくてファンが作った奴じゃん!こんなカードまで売ってるとか、大丈夫この店?」

 

「まぁ、此の手のカードはAmazonでも売られてるから問題ないだろ。ファン作成カードも健全物しか売られてないみたいだからな。」

 

 

店内を適当にぶらつきながら、カードを数枚購入した後、夏月と乱は店内にあるフリーデュエルスペースにてデュエルをしようとしていたのだが、其処では見過ごす事が出来ない光景が繰り広げられていた。

 

 

「返してよ!其れ、やっと手に入れた大事なカードなんだから!!」

 

「カード一枚だけ持ってたって意味ないだろ?俺も欲しかったカードだから有効活用してやるよ。」

 

 

其れは、高校生くらいの男子が小学生くらいの女の子から遊戯王のカードを強引に奪っていると言う場面だった。

男子が手に持っているのは『竜騎士ブラック・マジシャン・ガール』のイラスト違いのカードのシークレットレア仕様であり、其れは相当なレアカードな上に人気のカードなので女の子も欲しかったカードであり、なけなしのお小遣いをはたいて手に入れたカードなのだろう。

だが男子はその女の子からカツアゲさながらにカードを奪ったのだった。

 

 

「何してやがんだこのクズ野郎。」

 

「小学生からカード強奪してんじゃねぇわよ此のアホンダラ。」

 

 

勿論其れを黙って見ている夏月と乱ではなく、カードを強奪した男子の尻を思い切り蹴り上げる……フィジカルトレーニングを怠らない夏月と乱の蹴りともなれば其れは強烈無比であり、その蹴りを喰らった男子はカンフー映画の如く宙を舞った後に床に叩き付けられ、其の衝撃でカードを手放してしまい、宙に舞ったカードを乱がゲットして持ち主である女の子に返す。

 

 

「テメェ等、イキナリ何しやがる!!」

 

「お前の方こそ何してやがる?

 小学生の女の子からカードを強奪するとか最低のクズ野郎だなオイ?お前みたいな奴にはカードを手にする資格すらねぇよ……テメェみたいなのが触れるとカードが穢れんだよタコ助が。

 ケツへの蹴りで済ませた事に感謝しろよ?俺的には顔面陥没させてやりたい位なんだからよ!」

 

「んだとぉ!良い根性してるじゃねぇかテメェ……このストリートデュエル四百戦無敗の俺に喧嘩を売るとはな!デュエルだ、デュエルで勝負しやがれ!」

 

 

そして何故かデュエルする事になったのだが、夏月も『四の五の言うより分かり易い』と言う理由で其れを受けて立ち、フリーデュエルスペースにて夏月と男子のデュエルが始まった。

ダイスロールの結果男子が先行を取り、先ずは裏守備でモンスターをセットし、伏せカードを三枚セットしてターンを終了したのだが、続く夏月のターンでイキナリの猛攻が始まった。

ドローフェイズに『伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー』の効果を発動してデッキから『カオス・フォーム』をサーチすると、『伝説の白石』をコストに『ドラゴン・目覚めの旋律』を発動して合計三体の『青眼の白龍』を手札に加えると、『カオス・フォーム』を発動して『伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー』を儀式召喚し、『青眼の白龍』をコストに『トレード・イン』を発動して手札を増強してから二枚目の『カオス・フォーム』を発動して『ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン』を儀式召喚し、『龍の鏡』で墓地の『青眼の白龍』三体を除外して融合して『青眼の究極竜』を融合召喚!

そして、『伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー』で攻撃して守備表示モンスターを破壊して極悪な全バウンスを決めた後に、カオス・MAXと究極竜のダイレクトアタックで合計八千五百のダメージを与えてワンターンキルをブチかましたのだった……初手が強過ぎたと言えば其れまでなのかも知れないが、初手に強いカードを呼び込む事が出来る運もまたデュエリストには備わっているべき能力なのだろう。

まさかのワンターンキルを喰らった男子は納得出来ないとばかりに再戦を申し込んで来たのだが、今度は乱が相手となり、乱はダイスロールに勝って先攻を取ると『真紅眼融合』で『流星竜メテオ・ブラックドラゴン』を融合召喚し、融合召喚成功時の効果でデッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地に送って千四百のダメージを与えると手札から『黒炎弾』を二枚発動して七千の直焼きコンボを喰らわせ、合計八千四百のバーンダメージを叩き込むる先攻ワンターンキルを決めて見せた……デッキから融合素材を落として融合出来るだけでも充分に強力なのに、融合召喚されたモンスターのカード名が『真紅眼の黒竜』になると言うのは強力を通り越してガチでヤバいと言えるだろう。

取り敢えず連続ワンターンキルで男子を完膚なきまでに叩きのめした夏月と乱は何時の間にか集まっていたギャラリー達から絶賛されていた――如何やらこの男子はデュエルの腕もソコソコある上に腕っぷしも相当に強いので、此れまでにも何度も横暴な振る舞いをしていて迷惑を被った客も少なくなく、其れを叩きのめしてくれた夏月と乱が賞賛されるのは当然の事だったのかも知れない。

そして今回の一件で店側も男子を『出禁』としたのだ――小学生の女の子からカードを奪うと言う最低最悪な事をしなければこんな事にはならなかったのかも知れないが、此れもある意味で好き勝手やって来た事への報いと言えるだろう。

 

そして其の後、夏月と乱はフリーデュエルスペースにて様々なデュエリストと熱戦を繰り広げ、そしてそのデュエルはギャラリーの一部がスマホで録画して顔にボカシを入れた上でSNSにアップした事でネット上では『無双のデュエリスト現る!』と滅茶苦茶バズったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

台湾観光を終えた後は乱の実家に戻り、夕食時となったのだが、今夜の夕食は乱が作るらしく、夏月はリビングで夕食が出来上がるのを待っていた――そして待つ事一時間弱、リビングのテーブルには乱が丹精込めて作った御馳走が並べられていた。

海鮮を具材にして皮をパリパリに揚げた『海鮮鳥皮餃子』、豚肉と筍とザーサイをナンプラーで味付けした炒め物を具材にした『エスニック春巻き』、空芯菜と木耳と金華ハムのスープ、そして細かく刻んだザーサイとチャーシューの炒飯と庶民的ながら実に美味しそうな御馳走が並び、其れを食べた夏月は楯無宜しく『天晴』と書かれた扇子を開いて見せ、乱も夏月に喜んでもらえて満足していた。

料理が趣味であり、そして料理には並々ならぬ拘りを持った夏月に『天晴』と言わしめた乱の料理の腕前は相当に高いと言って良いだろう――デザートの『タピオカミルクティーパフェ』も高評価だったのも乱にとっては嬉しい事だった。

 

そんな感じで夕食も無事に終わり、後は風呂に入って寝るだけなのだが、食後に乱は夏月を誘って首都にある高級ホテルを訪れていた――そのホテルの屋上には『ナイトプール』が開設されており、乱はナイトプールを夏月と楽しむために此処にやって来たのだ。

ナイトプールには多くのカップルが訪れており、夏月は水着に着替えて乱を待っていたのだが……

 

 

「お待たせ、夏月♪」

 

「良い仕事してますねぇ?いやぁ、眼福ですわ。」

 

 

水着に着替えてナイトプールにやって来た乱を見て柏手を打って頭ていしていた――乱の水着は臨海学校の時とは違い、燻し銀のビキニであり、その渋い色合いが乱のスレンダーな魅力を際立出せると同時に、小ぶりではあるが確りと主張する事が出来る胸部装甲を見事に強調していたのだ。

そして其処からはナイトプールをトコトンまで楽しんだ――途中、乱がナンパされたり、乱と同期の先輩である台湾の代表候補生の女子と出会ってやっかまれる事もあったが其れは夏月が矢面に立つ事で全部解決した。

乱をナンパした野郎の顔面に本気で固めたダイヤモンドナックルをブチかまして顔面陥没をブチかましたのも、先に相手に一発殴らせておいてからの事なのでバッチリ正当防衛が成立するので問題はないだろう。ナンパするだけなら未だしも乱を無理矢理連れて行こうと腕を掴んだ輩に慈悲などないのだ。

乱に絡んで来た代表候補生に関しても、己と乱の関係を改めて伝える事で強制的に黙らせる事に成功していた――世界に二人しか存在しない男性IS操縦者の一人である夏月の婚約者として国が認めた乱に危害を加えようものならばドレほどのペナルティが待っているのかは想像すら出来ない……場合によっては二度とISに乗る事が出来なくなってしまうので、代表候補生達は大人しく引き下がる以外の選択肢は存在していなかった。

 

そうして、全てのお邪魔虫を払った後に夏月と乱は改めてナイトプールと楽しみ、乱が乗っているゴムボートの端に夏月が肘を付いていると言う中々にバランスが難しい状態となっていたのだが、バランスを崩して沈没しないのを見ると、夏月は絶妙なバランスでゴムボートが沈没しないようにしているのだろう。

 

そんなこんなでナイトプールを堪能した夏月と乱は乱の実家に戻るや否や、乱の部屋にてベッドに突っ伏して其のまま夢の世界へと旅立って行ったのだった――其れでも自然と夏月は乱に腕枕をしていたのだから、其処にある愛情は本物だと言えるだろう。

帰って来るなり部屋に直行した乱と夏月の事を心配した正音も部屋を見に来たのだが、ベッドの上で夏月に腕枕をされて気持ち良さそうに寝ている乱を見て安心して其の場から去ったのだった――幸せそうな顔をして眠る恋人達にはなにも言う事は無かったのだ。

 

 

そんな訳で、嫁ズへの挨拶回り世界ツアーの初日の台湾は見事にクリアしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode47『嫁ズの家族への挨拶Round2~中国~』

中国と言えばなによ?By夏月     中華料理!万里の長城!パクリ上等商品!By楯無    ドレも否定出来ないね此れはByロラン


乱の母親に挨拶を済ませた夏月は台湾を目一杯楽しんだ後に乱に腕枕をして眠りに就いたのだが、翌日の早朝には何時も通り目を覚まし、日課となっている早朝トレーニングを熟していた。

とは言っても流石に見知らぬ外国の土地でのランニングは行わずに代わりにスクワットを行っていた。

其れ以外のトレーニングメニューはほぼ学園で行っているモノと同じであった……素振り用の木刀は空港の持ち物検査で引っ掛かると思って持って来ていなかったので、乱の母親の正音から薪割り用の斧を借りて素振りを行ったのだった。

木刀よりも遥かに重い斧で普通に素振りが出来た事には夏月自身少し驚いていたが、逆に言えば其れが出来る位に鍛え抜かれていると言う事なのだろう。

トレーニングを終えた後はシャワーを借りて汗を流し、正音の朝食の準備を手伝い、二品ほど料理を作らせて貰った。

朝食の準備が大体出来たところで正音から『乱の事を起こして貰っても良いかしら?』と頼まれたので、乱の部屋にやって来ると、乱はタオルケットを抱き枕にしてまだ眠っていた……学園では割と早起きな乱なのだが、今は夏休みと言う事もあり、更に昨日はめいっぱい遊んだのもあって本日は少々お寝坊さんであるらしい。

 

 

「オイ、朝だぞ乱。ソロソロ起きろ。あんまり寝てると目が腐るぞ?」

 

「うぅん……夏月……キャメルクラッチで背骨をぶち折ったDQNヒルデをラーメンにしないでぇ……そんなの誰も食べないからぁ……」

 

「オイコラどんな夢見てんだよ?つか夢の中の俺は何をしてんだよ?キャメルクラッチで背骨を折った相手をラーメンにするって、初期の頃のラーメンマンじゃねぇか。

 大体あのDQNヒルデの背骨をぶち折るだけなら兎も角として、誰があんなのをラーメンにするかっての……アレが原料のラーメンなんぞ食ったら腹下すなんてレベルじゃねぇだろうが。」

 

『腹を下したで済めば御の字、食中毒で入院ならまだマシ、最悪の場合は内部から奴に操られてしまうかも知れん……DQNヒルデの大量増殖とは笑えんな。』

 

「其れはマジで笑えねぇよ羅雪……」

 

 

乱は何やらトンデモない夢を見ていたようで、夏月もそして羅雪までもが半実体化して突っ込みを入れていたが、ある意味悪夢と言えるモノを此れ以上見続けさせるのも悪いと思い、夏月は乱の耳元で『起きろよ乱、朝だぜ?』と囁き、更に後ろから抱きしめる事で強制的に乱を覚醒させた。

イキナリ抱きしめられた事と、耳元で囁かれた夏月のイケメンボイスに乱の意識は一気に覚醒し、自分が寝過ごした事を確認すると、慌てて洗面所にかっ飛んで行って顔を洗った後に軽く朝シャンをしてからドライヤーを掛けて何時ものサイドテールに髪を纏めてから食卓に。

本日の朝食は『油飯』、『シェントウジャン(豆乳のスープ)』と言う台湾ではポピュラーな朝食メニューの定番に加えて夏月が作った『空心菜とキクラゲと刻みザーサイ入りのオムレツ』、『キノコの即席エスニックマリネ』も並んでいた。

因みに油飯とシェントウジャンは店でも朝食メニューとして提供しているモノだったりする――台湾では朝食を大事にしているのだが、その朝食は家で食べるよりも外食が基本となっており、早朝から営業している食堂やテイクアウト専門店も結構多いのである。

そして其れは乱の実家の食堂も御多聞に漏れず、朝食を摂った後は朝のラッシュが始まり乱も、そして夏月も店を手伝っていた――夏月が調理に入ってくれた事で厨房の方の回転率は普段より高くなっていたが。

 

そんな朝のラッシュが終わったところで、夏月は次の目的地である中国に向かう為に空港に来ていた。

 

 

「それじゃあ、お姉ちゃんに宜しくね夏月!」

 

「オウよ、今度は日本でな!夏休み、思い切り遊び倒そうぜ!」

 

「モチのロンよ!夏休みは遊び倒さなきゃ損ってね!」

 

 

空港のロビーで夏月と乱はハイタッチを交わした後に軽くハグをしてから、夏月は搭乗口へと向かい、乱に背を向けながら右腕を高くあげるとサムズアップし、乱も其れにサムズアップすると夏月の姿はエスカレーターの向こうへと消えて行った。

夏月の嫁ズの家族への挨拶回り、次の目的地は鈴の故郷である中国だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode47

『嫁ズの家族への挨拶Round2~中国~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

台湾を発ってから数時間後、夏月は中国の上海国際空港に到着していた。

台湾から上海へのフライト時間もそれほど長くは無かったので、夏月は機内でSwitchを起動して『ULTRA StreetFighterⅡX』のランクマッチでザンギエフを使用してランクを上げ、ランクマッチでは暗黙のルールで使用禁止となっている『殺意の波動に目覚めたリュウ』や『洗脳されたケン』を使って来た相手に対しては、スクリューパイルドライバーからの起き攻め二択で完封していたのだった。

そんな感じで中国に到着した夏月だったが、スマホには鈴からのメッセージが届いており、其処には『店番が忙しくて迎えに行けなくなっちゃったからゴメン』と書かれており添付ファイルには空港から実家である店までの地図が乗っていた。

 

取り敢えず夏月は空港でタクシーを捕まえると其の地図を頼りに鈴の実家近くまでやって来て、其処からは徒歩で鈴の実家に向かっていたのだが……

 

 

「ウチの店で食い逃げかまそうとは良い度胸じゃないの!その度胸は褒めてあげるけど、その選択は大失敗だったって事を知れぇ!!」

 

「ペギャらっぱぁ!?」

 

 

繁華街に差し掛かったところでそんな声が聞こえて来て、其方に目を向けると見知ったツインテールの少女が食い逃げを働いたと思われる男性客数人をフルボッコにして山積みにし、其の上に胡坐を掻いていた……其れをやったのは言わずもがな夏月の婚約者である鈴である。

 

 

「弱い、弱いわ……此の程度で食い逃げがまかり通ってちゃ、この店のウェイトレス兼用心棒の凰鈴音の名が泣くってモノよ!もっと歯応えのある奴は居ないの!」

 

「此れはまた何とも聞きしに勝る暴力娘!今ボコられたの大学のレスリング部の奴だぞ!?」

 

「チビのくせに一体何処にそんな力が!未来はゴリラかブロリーか!?」

 

 

見た目からは想像も出来ない鈴の強さに食い逃げ犯達は恐れ慄き、可憐な女子高生に言うべきモノではない事まで口にした結果、即座に鈴の蹴りが、拳が肘や膝が飛んで来て瞬く間にフルボッコにされてしまった……中には真面に急所に入った攻撃もあり、急所に入れられた相手は泡を吹いて失神していた……男の急所をダイレクトアタックされなかっただけまだマシなのかもしれないが。

 

 

「えっと、流石にやり過ぎじゃない鈴ちゃん?急所にブチかますのは流石にヤバいと思うんだけど?」

 

「やり過ぎじゃないわよ?

 寧ろ此れ位やって、『二度と食い逃げをしよう』なんて気が起きないようにしてやらないとダメでしょ?……大学のレスリング部とか言われてた奴に関してはキッチリと大学の方にクレーム入れてやる心算だしね?やるなら徹底的にやってやらないとダメなのよ!」

 

「其れはまぁそうかも知れないけど……って、一人逃げた!!」

 

「あ、こら待て~~~!!」

 

「待てと言われて待つかボケ!食い逃げ程度で半殺しにされて堪るか!!」

 

 

思い切りフルボッコにされたにもかかわらず、隙を見て逃げ出そうとする食い逃げ犯も当然ながら居る訳で、一瞬の隙を突いて何とか逃げ出す事には成功し、此のままならば逃げ切る事も可能だろう。

鈴も足は速いが、小柄であるために一歩の幅が小さくなってなってしまうので、大柄の男に大股で全力疾走されると追い付くのは極めて難しいのである。

 

 

「飯屋で飯食ったらちゃんと金払わんかボケがぁ!!取り敢えずぶっとんどけぇ!!当て身投げじゃあぁぁ!!!」

 

 

だがその男は、其処に現れた夏月によって問答無用の合気投げを食らわされてゴミ捨て場にジャストミートしていた……全力逃走していた食い逃げ犯の勢いを利用した合気投げとは言っても、其れでも10mは離れているゴミ捨て場にぶん投げると言うのは簡単な事ではないだろう。

加えて投げられた食い逃げ犯は完全なカウンターを喰らった事で受け身を取る事が出来ず、巨大な粗大ゴミに身体を打ち付けてしまい、白目を剥いて失神する事になったのであった……夏月が本気でぶん投げたら、コンクリートのブロック塀に叩き付けられて骨折していただろうから、ゴミ捨て場に投げられたのは、全身ゴミ塗れになったとは言え食い逃げ犯にとっては幸運だっただろう。

 

 

「何やら立て込んで居たみたいだが、此れ要るか鈴?」

 

「要るから寄越して夏月……食い逃げの罰として、コイツには一カ月間店で皿洗いして貰うから。」

 

 

其れでも食い逃げ犯は鈴の実家で一カ月間の皿洗いをする事になった――鈴にぶちのめされた他の食い逃げ犯が『皿洗い二週間』だったのを考えると、この食い逃げ犯への罰は重いと言えるだろう。

尤も其れは、其の場から逃げ出そうとした報いであるのかも知れないが。

因みに鈴がウェイトレス兼用心棒をやっているのは、鈴が夏休みで帰省したタイミングで普段はその役割を担っている従業員が夏季休暇を取り、代わりに鈴がその役目を引き継いだからである。

 

 

「其れは其れとして、いらっしゃい夏月!待ってたわよ!」

 

「おう、来たぜ鈴!そのチャイナドレス、似合ってるぜ?」

 

「えへへ、そう言って貰えると嬉しいわ。」

 

 

トラブルの現場で会った夏月と鈴だったが、食い逃げ犯は瞬く間に無力化され、其の後は夏月が鈴のチャイナドレス姿を絶賛していた。

鈴が纏っているのは『夏季限定コスチューム』として食堂のウェイトレスの衣装となったチャイナドレスなのだが、そのチャイナドレスは袖なしなのは良いとして、下半身を覆うロングスカートには左右に腰までのスリットが入っていて、其処から見えるか見えないかのギリギリのチラリズムが特徴的であり、同時に其れは鈴の健康的な身体の魅力を十二分に引き出してた。

バストサイズこそ夏月の嫁ズの中では最下級な鈴だが、そのスレンダーなボディのポテンシャルは極めて高く、ファッションによっては大化けするのである――現にチャイナドレスのスリットから見え隠れする黒のニーソックスを穿いた鈴の健康的な足は実に魅力的であるのだから。

取り敢えずゴミ捨て場に投げた食い逃げ犯に関しては、水をぶっかけてゴミを洗い流した後に消毒用のアルコールをこれまた頭から全身に散布してから、フルボッコにされた他の食い逃げ犯と共に鈴の実家である料理店『凰飯店』の厨房に強制連行して罰としての皿洗いをさせる事になった――当然警察にも被害届が出される事を考えると彼等の人生はお先真っ暗と言えるだろう。

其れから鈴は他の従業員に、『サボったり逃げようとしたりしたら容赦しなくて良いから』と言って食い逃げ犯の監視を頼み、自分は店長であり母親である『凰春麗(ファン・シュンレイ)』に夏月が来た事を告げていた。

其れを聞いた春麗は従業員に少し席を外す事を告げると、夏月と鈴を店の二階にある居住スペースへと連れて行き、リビングルームにてテーブルを挟んで座る形となった。テーブルには店を離れる前に淹れて盆に乗せて持って来た中国茶が湯気を立てている。

 

 

「初めまして、一夜夏月です。中国政府の発表で知ってるとは思いますが、娘さんは俺の婚約者になってて、俺も結婚を前提にお付き合いさせて貰ってます。」

 

「えぇ、其れを知った時は私も驚いたわ。

 そして初めまして……ではなく、久しぶりと言った方が正解かしら一夜夏月君……いえ、織斑一夏君?」

 

「「!!?」」

 

 

そこで先ずは挨拶となったのだが、此処で春麗はまさかのカウンターを放って来た。

春麗の言った事に夏月も鈴も驚いたのだが、当の春麗は『イタズラが成功した悪ガキ』のような笑みを浮かべていた――如何にも『してやったり』と言わんばかりだ。

 

 

「……良く分かりましたね?乱の母殿は気付かなかったのに。」

 

「顔の傷と目の色が違う事が大分印象を変えているけど、娘の恩人の事を間違えたりはしないわよ一夏君――其れに、貴方が亡くなったと聞いてから鈴は表面上は明るく振る舞っていたけれど其れが空元気だと言うのは分かり切ってた。

 其れなのに、『Dr.T』から専用機を与えられた後で途端に本気で元気になっちゃったんですもの……其れで察したわ、鈴は専用機を貰っただけじゃなくて、一夏君が生きてるって事を知ったんじゃないかって。」

 

「母上、私ってそんなに分かり易かったでしょうか?」

 

「それはもう。鈴は昔から嘘吐けないし、嘘吐いても直ぐにバレるからね。」

 

 

春麗は鈴が専用機を受け取った時から、鈴が完全に立ち直ったのを見て『若しかしたら織斑一夏は生きているのではないか?』と考え、今日夏月に会って其れは確信に変わったのだった。

顔の傷と金色の目が、織斑一夏とは可成り異なる印象を与えるのだが、春麗が其れがあっても夏月が一夏であると確信したのは一夏が鈴の、娘の恩人であると言うのが大きいだろう。

中国から転校してきた当初、鈴はまだ日本語が巧く話せず、其れを一部の生徒から揶揄われてイジメの対象になっていたのだが、そのイジメっ子達を叩きのめしたのが当時の織斑兄弟であり、その口火を切ったのが一夏だったのだ。

秋五もイジメっ子達を撃退したのだが、鈴は口火を切った一夏に惹かれ、その結果として一夏の方を春麗に良く話しており、春麗も何度か鈴が家に連れて来た一夏の事を覚えていたので、少しばかり容姿が変わったところで夏月は一夏だと即見抜いたのだろう。

実に見事な観察眼だと言えるが、鈴は自分の態度から一夏が生きている事を悟られるとは思ってなかったのか、思わず敬語になっていたのだった。

 

 

「まさか、俺が一夏だとバレてるとは思わなかったけど、其れは他言しないでくれよ春麗さん?織斑一夏が本当は生きてましたって事になったら、面倒な事になるのは目に見えてるからな。」

 

「其れは分かってるわ――そして、鈴の事をお願いね一夏君、ううん夏月君。」

 

「其れは言われるまでも無いですよ春麗さん。」

 

 

まさか自分の正体が割れているとは思わなかった夏月は、春麗に『織斑一夏が生きている事は他言にしないでくれ』と言った上で、春麗から鈴の事を任されて力強い答えを返し、其れを聞いた春麗も夏月ならば鈴を任せられると確信して、『此の子の事を頼みます』と言って夏月に鈴を任せたのだった。

そうして春麗から認められた夏月と鈴は其のまま店で休憩時間になった従業員と共に昼食を摂る事になった。因みに本日のまかないは鈴特製の『酢豚』だった。

 

 

「旨い!前に食べた時よりも腕上げたな鈴!此れはマジで無限に食えそうな気がするぜ!!」

 

「夏休みになってこっちに戻って来てからは毎日のように酢豚の研究してたからね?

 前にアンタが食べた酢豚がジムリーダーだとしたら、今の酢豚は四天王って所かしら?最終的な目標はゲーム中最強の存在である金銀クリスタルのレッドやエメラルドのダイゴレベルだけどね!」

 

「良く分かるような分からんような……取り敢えず夏休み前とは比べ物にならない位にレベルアップしたって事は分かった。」

 

 

その酢豚は夏月が絶賛する程の味なのだが、此れも鈴が帰国してから日々『最高の酢豚を作る』研究をしていたからだろう。

肉にはバラ肉とヒレ肉の二種類を使って食感の違いを出して素揚げではなく軽く粉を付けて唐揚げにする事で甘酢ダレが良く絡むようにし、野菜類に関しても一度冷凍したモノを使う事で野菜の甘味を引き出しつつ味が染み込み易くする工夫がなされ、味の決め手になる甘酢ダレには爽やかな酸味と甘味が特徴のリンゴ酢に、コクのある黒酢、ドライトマトのペースト、ニクマム(ベトナムの魚醤)を合わせたモノを使い、爽やかでありながら深いコクがある酢豚を完成させていたのだ。

しかも鈴は此れでも満足はしておらず、更に上の味を目指しているので夏休みが終わる頃には更にメガシンカした『アルティメット酢豚』が完成してる可能性は高いと言えるだろう。

この酢豚には夏月も箸が進み、大盛り飯を三杯平らげ酢豚も二度お代わりして、其れを見た鈴も満足そうな笑顔を浮かべていたのだった。

 

昼食後は春麗が鈴に『午後の特別休暇』を出した事で、午後は上海観光をする事になったのだった。

鈴が居なくなったらまた食い逃げを働く輩が現れてしまうのではないかとも思うだろうが、現在店内には『食い逃げを働いた輩の末路』が見せしめ同然に皿洗いをさせられているので、其れを見て態々食い逃げを働こうと思う輩はいないであろうから大丈夫だろう。

 

さて、上海は首都である北京と同等かそれ以上の都会である為、海外からの観光客も多く観光客向けの施設も多数存在しているのだが、夏月と鈴はそう言った観光施設には向かわずに、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。

勿論そうなったのには理由があり、現在は日本を始め、中国や台湾、韓国も夏休み期間に入っており、そう言った観光施設は人でごった返して真面に楽しむ事は出来ないだろうと考えたのだ――実際に上海にある大人気のテーマパークに行ってみたところ、入場券売り場と入り口に長蛇の列が出来ており、入場までに時間単位で掛かるだろうと入るのを断念したのである。

一度そんな光景を目にしてしまうととても他の観光施設に向かう気にはなれず、こうしてウィンドウショッピングに繰り出した訳だが、夏月にとっては初めて見るモノも売られていたので充分に楽しむ事が出来ていた。

 

 

「『遊戯帝』って、此れ誰が如何見ても遊戯王のパクリじゃねぇか!遊戯の髪の金髪の部分をエメラルドグリーンに変えただけだろ此れ!

 そしてどうしてブラマジの肌をブランカにしたし!原作ブラマジも肌の色がデスラー相当ではあるけど……って思ったら、劇場版のブラマジは肌緑色だった!!?」

 

「此れを『自国のオリジナルです』って言い切っちゃうんだから恐るべき強心臓よねぇ……アタシも日本で暮らした経験が無かったらこんな事が平気で出来るようになってたのかと思うとかな~り怖いわね。」

 

 

中には突っ込みどころ満載の最早開き直ったとしか思えないパロディですらない極悪かつ粗悪なコピー商品も多数存在していたのだが、其れは其れとして本格的な中国茶、漢方などは良いモノがあったので夏月は日頃の感謝と労いの意味を込めて本場の中国茶と疲労に効く漢方を束に海外便で送る事にした。

ウィンドウショッピングの途中で立ち寄ったブティックでは、鈴が夏月相手に一人ファッションショーを披露し、夏月も鈴の七変化に拍手を送っていた――其のファッションショーの礼に、夏月が一番鈴に似合っていると感じたコーディネート一式を購入して鈴にプレゼントし、店にもキッチリと利益を還元していたのだから見事であると言えるだろう。

そうしてウィンドウショッピングを楽しんでる内に上海でも指折りの大型ビルまでやって来ていた。

地上五十階のこのビルには、スーパーマーケットやスポーツ施設、複数のレストランやファーストフード、回転寿司に焼き肉と言った外食産業、銀行等が入っているのだが、その中には何と鈴が中国拳法を学んだ『拳法道場』も入っていた。

鈴としては己の中国拳法の師である人物にも夏月の事を紹介したいと思ったのだろう。

 

 

「此処で鈴は中国拳法を学んだのか……道場内からの熱気がハンパないな?道場の外に居るってのに其れをヒシヒシと感じるぜ。」

 

「其れだけ中国拳法を極めようとしてる猛者が集まってる……って訳じゃないのよね?

 この道場って実戦的な中国拳法だけじゃなく、演武である『功夫』も他の道場と比べて高いレベルで教えてくれるから、アクション俳優を目指してる奴等も多くて、武闘家とアクション俳優、夫々を目指す奴がガチで修行してるから熱気が凄いのよ。」

 

「ブルース・リーやジャッキー・チェンの後継者を目指す奴等も居るって訳か……武闘家だけじゃないからこその熱気ってのは、聞くと納得だな。」

 

「功夫映画って、功夫が本物じゃないと迫力が出ないから、一流のアクション俳優を目指す奴の多くは此処に入門する訳よ。」

 

 

道場の入り口で一礼して道場内に入った夏月と鈴は、鈴が夏月を道場の上座に居る己の師である『元小龍(ゲン・シャオロン)』所に案内して、夏月の事を『私の婚約者です』と紹介していた。

 

 

「世界初のIS操縦者と聞き及んでいるが……ふむ、中々の実力があると見た。

 一見すると細身であるが、その身体は細いのではなく1㎜の無駄もなく絞り込まれているのだろう……この道場の門下生はおろか、師範代でもお主に勝つのは簡単ではないであろうな。」

 

「貴方が鈴の師匠ですか……初めまして、一夜夏月です。

 百戦錬磨の達人と見受けますが、其れほどの武闘家に高く評価して頂けるとは光栄ですよ。」

 

 

夏月の実力を見抜いた元は、実際に夏月の実力を見てみたいと思い、夏月に『ワシの弟子と一手願いたい』と申し入れ、夏月も其れを快諾した事で、道場の師範代とのスパーリングを行う事になり、夏月はソックスを脱いで素足になり、手にはオープンフィンガーグローブを装備してそしてスパーリングが始まった。

相手は道場の師範代と言う事もあり、其の攻撃は鋭く全てが一撃必殺級の威力を有していたのだが、更識の人間として鍛えられ、更に実戦経験も豊富な夏月には対処するのは容易であり、全ての攻撃を捌いた後にカウンターの裏拳を叩き込むと、其処からハイキック→ストレートの連続技を叩き込む――裏拳のカウンターから回転しながらの連続技は回転の遠心力が加わった事で二撃目、三撃目の威力はより高くなっているのだ。

夏月の攻撃は其れで終わらず、更にハイアングル踵落とし→高速ロ―キック→バックエルボーの連続技を叩き込み、最後は右のショートボディアッパーから左のショートアッパーで顎をカチ上げ、其のまま左の拳を振り抜くジャンピングアッパーをブチかましてターンエンド。

格闘ゲームでの有名な乱舞系超必殺技である『龍虎乱舞』を彷彿とさせる連続技を喰らった師範代は意識はあったモノの10カウント以内に立つ事は出来ず、このスパーリングは夏月の勝利となったのだった。

 

 

「我が道場の師範代をこうも見事に倒して見せるとは、良き相手を見つけたな鈴よ……あれ程の男性は滅多に居るモノではない。大事にしてやれよ?」

 

「勿論、その心算ですよ元師父!」

 

 

元の言葉に鈴はチャームポイントである八重歯が見える笑顔をもってして応え、其れを見た元も満足そうに頷き、スパーリングを終えて引き揚げて来た夏月に賞賛の言葉を送った後に、『我が道場の師範代を倒した証だ』として、自身が編み出した奥義である『残影』を伝授した。

その奥義は超高速で相手と擦れ違い、擦れ違いざまに相手の秘孔を突いて時間差でダメージを与えると言う超高等技だったのだが、夏月は一度元からお手本を見せて貰っただけで其れを略修得してしまった――『最強の人間』として生み出されただけに、戦闘に関する事ならば修得するのは容易なのだろう。

此れには元も驚きを隠せなかったが、逆に『此れほどの才を持つモノと出会えたのは幸運だ』とも思い、鈴が夏月の婚約者になった事を心から喜んでいたのだった。

 

元の道場を後にした夏月と鈴はウィンドウショッピングを再開したのだが、其処で鈴と同期の中国の代表候補生達と出くわした。

夏月は台湾での経験から鈴がやっかみを受けているのではないかと危惧したのだが、出会った代表候補生達は鈴に対して友好的だった――出会ったのは中国国内で代表候補生の序列三位の『李朱華(リ・シュカ)』と序列五位の『漣琉愛(レン・ルウ)』と序列八位の『烈瑚青(レツ・コハル)』の三人だった。

鈴は帰国後僅か一年で代表候補生の序列一位に上り詰めただけでなく、『ムーンラビットインダストリー』から専用機を送られたと言う事もあって、序列上位である代表候補生からは疎まれる事もあったのだが、其処は鈴の生まれながらの天真爛漫な性格と日本で培った『敵意を向けてくる相手には容赦するな』の精神でもってイチャモンを付けてくる相手は真正面から正々堂々徹底的に叩き潰して来たのだ――その結果として、鈴の強さを認めて、そしてその強さに憧れるモノも出て来て交友関係が広がっていたりするのだ。

この三人に鈴は夏月を紹介すると、三人は異口同音に『鈴の旦那はイケメンで羨ましい』と言った後に、久しぶりに会ったのだから思い切り遊ぼうと言う事になってカラオケボックスに突撃すると、ドリンクバー付きのフリータイムで一室を借り切ってカラオケ大会がスタートした。

鈴だけでなく代表候補生の三人も見事な歌声を披露し、オンラインランキングと連動している得点システムでは軒並み九十五点オーバーを叩き出してランキングのトップ3を塗り替えていたのだが、夏月は英語曲である『WienerTakes It All』、『EYE Of The Tiger』、『Shall_Never_Surrender』を見事に歌い上げて夫々で九十九点を叩き出してランキングの一位に輝いてた……英語圏の人間を抑えて一位を取るとは中々に凄い事であると言えるだろう。

 

カラオケを終えた後は、代表候補生三人と別れ、午後のおやつとして屋台で売られている『揚げゴマ団子』を購入して食べた後に、最後にホビーショップに寄って、夏月は遊戯王のブースターパック十個とガンプラの『MGEXストライクフリーダムガンダム・エクストラフィニッシュVer』を購入し、鈴は遊戯王のブースターパックを十個購入し、WiFiポイントでマスターデュエルの限定ブースターをデュエルポイントを消費してダウンロードしていた。

因みに夏月と鈴が購入した遊戯王のブースターパックは、十個中七個でスーパーレア以上が出ると言う驚異の引きの強さを見せていた――この引きの強さはデュエルでも健在なのだから恐ろしい事この上ないだろう。

因みに『e-スポーツ部』の顧問である真耶も引きは強く、絶体絶命の土壇場でミラーフォースやサンダーボルトを引き当てると言う『神のドロー』を何度もやっているのだ……悲しい事に、其処から先が続かずに負けを1ターン伸ばしただけと言うのが普段のドジっ子ブリとマッチしていたりするのだが。尤も、そんな少しポンコツなところが、真耶が生徒に好かれる要因となっているのだろうだろう――圧倒的な実力を持ちながらも、平時は天然で親しみ易いキャラクターと言うのは好かれて然りなのだから。

 

其れは其れとして、ウィンドウショッピングを終えた夏月と鈴は店に戻って来たのだが、『凰飯店』は本日限定で十七時で閉店していた――と言うのも、春麗が夏月と鈴の事を盛大に祝いたいと考えたからだ。

その仕込みの為に十七時で閉店して、夏月と鈴を祝するための料理を作っていたのだ――そうして出来上がったのは中国料理の高級料理である『北京ダック』、燃える辛さと痺れる辛さがクセになる『四川風麻婆豆腐』、『カニの餡掛け炒飯』であり、その見事な味には夏月も舌を巻き、同時にその舌でこの味を完璧に覚えてレシピに加える気満々だった。

夏月は、料理に関してはIS以上に貪欲にレベルアップを果たしているのである。

 

夕食後はお風呂タイムとなり、夏月は庭にある露天風呂でまったりとしていた――温泉ではなく、普通の家庭用水栓のお湯なのだが、其れでも露天風呂となるだけで特別な気分になるのだから不思議なモノだろう。

 

 

「夏月、失礼するわね。」

 

「鈴……予想はしてたけどやっぱり来たな?」

 

「あら、予想してたの?」

 

「露天風呂を薦められた時点でな……にしても、バスタオル一枚ってのは流石にセクシーだなオイ?」

 

「ウフフ、アタシの魅力を再確認したのかしら?でも、今日はもっともっとアタシの魅力を知って貰うからね!」

 

「なら、俺の知らない鈴の魅力って奴をタップリと教えて貰おうかな?でもやり過ぎは無しの方向でな?」

 

「じゃあ、ギリギリまで行くわね♪」

 

 

此処で鈴が露天風呂に乱入して来たが、露天風呂では特に何も特別な事は起きず、夏月が鈴の髪を洗い、鈴が夏月の背を流し、マッタリと露天風呂を堪能した後は脱衣所で着替えてから冷蔵庫から牛乳を取り出して腰に手を当てて一気飲み!風呂後の牛乳は格別なのである。

そして風呂後は鈴の部屋に行って、夜遅くまでゲームを楽しんだ後に一つのベッドで寝る事になり、夏月は乱に続いて鈴にも腕枕をする事になったのだった。

 

 

「お休み鈴、良い夢を。」

 

「気障なセリフだけど、アンタが言うと嫌みがないわね夏月……アンタこそいい夢を見なさいよ?――明日の朝、悪夢にうなされてたら問答無用で殴って起こすからその心算でいなさい!!」

 

「嫁の愛が深くて痛い。出来れば普通に起こしてくれ。」

 

 

ベッドの上で夏月は鈴の額にキスを落とすと、鈴に腕枕をしたまま二人とも夢の世界へと旅立っていくのだった。

 

 

「鈴の事、任せたわよ夏月君。幸せにして上げてね。」

 

 

二人の様子を見に来た春麗も、夏月と鈴が幸せそうに寝ているの見ると、其れだけ言って自室に戻って行ったのだった。

鈴の親への挨拶と、夏月としては予想外に鈴の中国拳法の師匠にも挨拶をする事になったのだが、その結果は何方も極めて良好であり、今回の嫁ズの家族+αへの挨拶も大成功に終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode48『『嫁ズの家族への挨拶Round3~タイランド~』

ストⅡのベガステージは実在してるんだとさBy夏月     其れは、ちょっと驚きね?By楯無    ベガのステージがタイなのには疑問があるけどねByロラン


鈴の母親に挨拶を済ませた夏月は中国を目一杯楽しんだ後に、鈴と同じベッドで眠りに就いたのだが、夏月は気が付くと太陽が眩しいほどに輝いている真夏の海岸に来ていた――此処は臨海学校でゴスペルに撃墜された際に訪れて居た場所であり、つまりは羅雪のコア人格の世界なのである。

あの時は雪が降り積もる真冬の海だったが、夏月の意識が浮上する直前に真夏の海へと変わり、以降其のままになっていたようだった。

羅雪は、睡眠時など夏月の意識が未覚醒状態である時に限って夏月の意識をコア人格の世界に呼び込む事が出来るようなっていたのだ。

 

 

「此処はコア人格の世界か……其処に俺を態々呼んだっていう事は、余程重要な話があるって事で良いんだよな羅雪?」

 

「あぁ、其の通りだ。何れ秋五にも教えなければならない事だが、先にお前に伝えておこうと思ってな。

 実はな、お前と秋五には『年下の姉』と言うべき存在が居るのだ。」

 

「年下の姉?それってアンタのクローンとか、そんな感じの存在って事か?」

 

「うむ、まぁその認識で間違ってはいない。

 より正確に言うのであれば、織斑計画初の成功例として誕生した私に何かあった時の為のスペア、或は臓器提供用のドナーとして生み出された存在だな。」

 

「スペア兼ドナー……まぁ、織斑計画ってのは人工的に最強の人間を作ろうとか考えてるイカレタ連中が集まって進めてたモノなんだろうから、成功個体に何か問題が起きた時の為にそう言ったモノを用意してもオカシクねぇか。

 パーツのスペアなら兎も角、人体のスペアとかイカレてるにも程があると思うんだが、ソイツが俺と秋五にとって姉なのは兎も角、年下ってのはどう言う事だ?」

 

「アイツ……マドカが誕生したのは十三年前だが、お前と秋五が生まれたのは十年前でな。

 お前達が誕生する前に既にマドカは誕生していたのだ――で、お前と秋五は生まれて直ぐに『成長促進機』に入れられて肉体が六歳まで成長してから外に出されたのだ。

 だから肉体的にはお前と秋五の方が大人だが、生まれてからの年月で言えばマドカの方が上だ――故に、マドカは年下の姉と言う訳だ。」

 

「肉体的には十六歳でも実年齢は十歳とかもう意味分からねぇ。」

 

 

其処で羅雪から聞かされたのは、『年下の姉』が居ると言う事だった。

千冬のスペア兼ドナーとして生み出されたマドカは、束の存在によって織斑計画が凍結され破棄される際に記憶操作されて織斑姉弟の一員になる予定だったのだが、千冬のスペア兼ドナーであった事で記憶操作をレジストしてしまい、千冬の人格に蓋をする事で疲弊していた織斑計画のスタッフは同じ事をもう一度やるのは絶対に嫌だとばかりにマドカには記憶に関する操作を一切行わずに改造スタンガンで気絶させて、その辺に放置していたのだ――なので、羅雪もマドカが織斑計画が凍結・破棄された後はどうなったのかは知らないのだが。

 

 

「其れで、そのマドカってのは生きてんのか?」

 

「生きてるぞ?クラス対抗戦の時に乱入して来た奴が居ただろう?サイレント・ゼフィルスを使っていたのがマドカだ。バイザーで顔を隠していたが、私には直ぐに分かったよ。」

 

「マジか……そうとは知らず随分と暴言吐いちまったなぁ……次に会う事があったら謝っとくか。」

 

 

しかし羅雪はクラス対抗戦の際に乱入して来た二人組の内、サイレント・ゼフィルスを使っていたのがマドカである事を看過しており、其れを夏月に伝えた――其れを聞いた夏月はなんとも複雑な顔をしていたのだが、其れは致し方ないだろう。

知らなかったとは言え、姉である存在に対して暴言を吐きまくったのだから。

 

 

「まぁ、アレは状況が状況だっただけに仕方ない事だ。

 其れよりも、お前の嫁達の家族への挨拶回り、次の目的地は確かタイだったな?……ギャラクシーの実家は確かムエタイ道場を営んでいるんだったな?……夏月よ、此れはバトルは避けられんかもしれんぞ?

 道場主ともなれば、娘の交際相手が如何程の実力の持ち主なのかを試そうとして来るかも知れないからな。」

 

「あ~~……其れは覚悟してっから大丈夫だ。」

 

 

羅雪は状況的に仕方ないと言った後で、話題を『嫁ズの親への挨拶回り』へと変えた。

乱と鈴の親への挨拶を済ませた夏月の次の目的はヴィシュヌの母国であるタイなのだが、ヴィシュヌの母親は『女性ムエタイファイター』として名を馳せた人物で、現役引退後はムエタイ道場を開いて未来のムエタイチャンピオンを育てており、それだけに『生半可な力しかない人間に一人娘であるヴィシュヌの事を任せる事は出来ない』と考えていたりするので、挨拶に来た夏月の実力を見極めようとしてくる可能性は極めて高いのだ。

加えてそのムエタイ道場にて門下生の男性達にとってヴィシュヌはアイドル的存在なので、その婚約者となった夏月に対して勝負を挑んでくる可能性も充分にあると言えるのである。

だが、そうなったとしても夏月は己の実力を示すだけだと、そう考えていた――更識の仕事で武器を持った悪党を幾度となく相手にして来た夏月には、スポーツの延長の格闘技では負ける気はマッタク無いのである。

 

其れから夏月と羅雪は他愛ない会話を交わした後に、夏月の意識が浮上してコア人格の世界から離れて行き、そして夏月は目を覚ました。

目を覚ました夏月は早朝トレーニングを終えた後で『凰飯店』の仕込みを手伝い、鈴と共に中国のポピュラーな朝食である『朝粥セット』を食べてから中国を発ち、次の目的地であるタイへと向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode48

『嫁ズの家族への挨拶Round3~タイランド~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上海国際空港からバンコク国際空港へと到着したのは丁度昼時だった。

入国審査を無事に済ませた夏月だったが、夏月の次に入国審査を受けた男性は、持ち物の中から『謎の白い粉』が出て来た事で強制連行されていた――其の『白い粉』が麻薬だった場合、男性が刑務所送りになるのは間違いないだろう。

タイでは麻薬は所持しているだけでも重罪であり、最低十年は刑務所暮らしになるのだから。タイにおける麻薬の密輸、密売は他国よりもリスクが大きいのだ。

 

其れは其れとして、空港のロビーではヴィシュヌが夏月の事を待っていたのだが、ヴィシュヌを見た夏月の思考は一瞬停止してしまった。

ヴィシュヌはタイの伝統衣装で出迎えてくれたのだが、右肩を露出した衣装はヴィシュヌの健康的な身体の魅力を十二分に引き出しており、更に身体の線をバッチリ出しながらもタイツとは違って余裕がある事で、ヴィシュヌの豊満なバストも強調されていたのだ。

 

 

「中々のお手前で。」

 

「其れは使い方が正しいのか疑問ですが、気に入ってくれたのであれば良かったです。」

 

 

何とか再起動した夏月が柏手を打って一礼したのも仕方ないだろう――其れほどにタイの伝統衣装を纏ったヴィシュヌは魅力的で破壊力がエクゾディアだったのだ。

ともあれ、無事に合流した夏月とヴィシュヌは実家に行く前に昼時と言う事もあったのでランチタイムとなった。

空港内にも幾つか食事処があったのだが、此処は夏月が『折角だからヴィシュヌのお勧めの店とかあったら其処に行ってみたいな?』と言った事で空港内にある食事処ではなく、ヴィシュヌのお勧めの店に行く事になった。

そうしてヴィシュヌが夏月を連れて来たのは空港から少し離れた場所にある『カレー専門店』だった。

まさかのカレー専門店に夏月も驚いたのだが、ヴィシュヌのお勧めならばと期待もしていた。

 

 

「ベジタブルライスを二つお願いします。」

 

 

メニューの方もヴィシュヌのお勧めと決めていたので、席に着くとヴィシュヌは直ぐに注文を出したのだった。

其れから十分ほどでヴィシュヌがオーダーした『ベジタブルライス』が運ばれて来た――メニューの名前から夏月は『野菜の炒飯か?』と予想していたのだが、その予想は大当たりで、野菜の炒飯が出て来た。

だが、其れだけでなくその周囲には小鉢に入った『マトン』、『エビ』、『チキン』、『豆』、『挽肉』の五種類のタイカレーが添えられていた。

そしてヴィシュヌは其の五種類のカレーを野菜の炒飯の上に掛けると、其れを混ぜ合わせてから口に運んだのだ――夏月も其れに倣って野菜炒飯と五種のタイカレーを混ぜ合わせてから口に運んだのだが、その瞬間に旨さの電撃が全身を駆け巡った。

ココナッツミルクやナンプラーで独特のエスニックな風味が特徴のタイカレーだが、此の五種のタイカレーは夫々が具材の持ち味を生かしつつ、カレーのスパイシーさを失わずに、ココナツミルクとナンプラーの風味も持たせていたのだ。

加えてマトンとチキンは『レッド』、豆は『イエロー』、エビと挽肉は『グリーン』と別れていたのも味の深みを増している要因だと言えるだろう――タイカレーはレッド、イエロー、グリーンで夫々異なる味が楽しめるのもまた特徴なのだから。

 

 

「お勧めがカレーだったのは意外だったけど、この味なら納得だぜ。馴染み深いカレーだからこそ、その奥深さってモノを知る事が出来たぜ。」

 

「満足していただけのならば私としても嬉しい限りですね♪」

 

 

最高のランチタイムを過ごした夏月とヴィシュヌは、タイ観光をしながらヴィシュヌの実家であるムエタイ道場へと向かっていた。

その道中で目にしたモノは、夏月にとっては目新しいモノも少なくなかった――特に夏月の目を引いたのは、『ゾウタクシー』だった。地球温暖化を抑制する為に掲げられた『CO2削減』に貢献する為、タイでは自動車ではなくゾウを使った究極のエコタクシーが誕生していたのだ。

ゾウと言えば巨体故に動きが遅いイメージがあるが、タイなどに生息しているアジアゾウはアフリカゾウと比べれば小柄であり、本気で走った際には最高時速60kmとも言われているので、エコタクシーの動力としては実に優秀なのである――とは言っても、ヴィシュヌの実家までは歩いて行ける距離なのでタクシーを使う事は無かったのだが。

 

そう言う意味では夏月とヴィシュヌはちょっとしたデートをしたと言えるだろう。

 

 

「此処って寺か?……何で寺の庭に虎が居るんだよ?」

 

「ふふ、日本のお寺ではまず有り得ない光景ですが、タイの仏教寺院では割と見られる光景なんですよ此れ。

 タイではゾウが神聖な動物とされているのは知っていると思いますが、トラもまた神聖な存在とされているんです――特にタイの仏教ではトラは釈迦の使いとされているので、事故や密猟で親を失った子供のトラを保護して育てている寺院も少なくないのですよ。」

 

「成程ねぇ……だけどよ、虎の餌ってどうなってんだ?

 仏教って確か殺生を禁じてるから肉食NGだったよな?そうなると虎の餌の確保って難しいんじゃねぇの?前にテレビで動物園の裏側を紹介する番組で言ってたけど、虎って一日にキロ単位の肉を食うらしいからな……まさか、ネコ用のキャットフード食わせてる訳でもないだろ?」

 

「僧侶は肉食厳禁ですが、トラは仏教徒でなく、また釈迦の使いと言う特別な存在なので肉食も大丈夫なのではないでしょうか?と言うか、トラに肉食を禁じるとなると其れはもう『お前餓死しろ』と言っているようなモノですから。

 其れ以前に私は仏教の肉食厳禁には少しばかり否定的なんです――殺生を禁じているから肉食はダメとの事ですが、菜食であっても『命』を頂いている事に変わりは無いと思うんですよ。

 動物はダメで植物はOKと言うのは納得出来ません。世のヴィーガンの方々を否定する気はありませんが。」

 

「そう言う意味では坊さんでありながら『生きる為には必要な事なのです』って言ってバリバリ肉食してたって言われてる親鸞和尚は仏教の真理に触れて真の悟りを開いていたのかもな。」

 

 

道中では虎が居る寺院に夏月が驚き、ヴィシュヌが何故仏教寺院に虎が居るのかを説明し、雑談の中でタイの首都として知られている『バンコク』という名称は外国人が使う呼び方であり、タイ人は首都を『クルンテープ・マハーナコーン』或は『クルンテープ』と呼ぶのだとヴィシュヌが夏月に教えていた。

そして其の二つの呼び方も所謂略称であり、タイの首都の正式名称は『クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット』だと言う事も教えてくれたのだった。

 

 

「長い上に何処をどう略してもバンコクにならねぇだろ此れ!つか、長くて良く分からんかったらもう一度言ってくれるかヴィシュヌ。」

 

「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシットです。」

 

「計百四十七文字を一字一句間違わずに言い切った事に驚きだぜ。」

 

 

タイの首都の正式名称が恐ろしく長い事に驚いた夏月だったが、そんな感じの雑談を続けている内にヴィシュヌの実家に到着していた。

ヴィシュヌの実家は平屋の一階建ての一軒家なのだが、敷地面積は広く、庭には母屋よりも大きな建物が存在してた――その建物こそがヴィシュヌの母である『ガーネット・シズ・ギャラクシー』が道場主兼経営者兼師範を務めているムエタイ道場なのだ。

ガーネットは日中は師範として門下生の指導を行っているので道場に居る事が多く、今日もヴィシュヌは外出前にガーネットが道場で門下生の指導を行って居たところに外出する旨を伝えていたので、母屋ではなく道場の方へと夏月を連れて行った。

 

 

「デッカイ道場だなぁ?可成り繁盛してるんじゃないかこのムエタイ道場って?」

 

「自慢ではありませんが、母は現役時代には『人間凶器』の異名を持っていた女子ムエタイ界では敵無しの存在だったので、そんな母が経営している道場となれば自然と入門者は増えると言うモノです。

 ムエタイは現役で百試合をする選手の方が珍しいと言うのに、母は現役時代に百戦以上を行った上に百戦以上のKO勝ちを収め、同階級では相手が居なくなって一つ上の階級に挑戦してチャンピオンにもなった、ある意味で伝説的なバケモノですので。」

 

「現役で百戦以上して百戦以上KO勝ちして同階級で敵が居なくなって上の階級に挑戦って、ムエタイ界のアーチ・ムーアかお前の母上は。」

 

 

ヴィシュヌの母であるガーネットは中々にトンデモナイ女子ムエタイファイターであったらしく、女子ムエタイ界ではまだ生きているにも拘らず其の存在は半ば伝説と化しており、彼女の道場には入門者が尽きないと言う嬉しい悲鳴状態となっていたのだ。

そしてガーネットは選手として最高だっただけでなく指導者としても最高だったらしく、この道場からは何人ものムエタイチャンピオンを輩出しており、其れがまた門下生の増加に繋がっていたのだ。

 

 

「この先に母が居る訳ですが……夏月、此処は手加減しないで思い切りやっちゃって下さい。道場破り上等な位の方が母の好みですので。」

 

「嫁公認なら問題ないか……なら遠慮なく!……たのもー!」

 

 

その道場の扉を夏月は『黒のカリスマ』も絶賛するであろうケンカキック……ではなく、思い切り音が出るほどの勢いで平手で叩き開けた。

『婚約相手の親に挨拶に来た』と言う事を考えれば、普通なら此の登場は大問題なのだが、今回はヴィシュヌに『思い切りやっちゃって下さい』と言われており、其れはつまり『嫁公認』なのでギリギリOKなのだ――加えてガーネットが『道場破り上等な位の方が好み』と言うのも関係しているだろう。

 

とは言え、突如扉が蹴破られたかの如き勢いで開かれた事で門下生達は『道場破りか!』と身構えてしまったのは致し方ないだろう。

 

 

「お母さん、只今戻りました。」

 

「お帰りヴィシュヌ。……そんで其方の方が……」

 

「初めまして、一夜夏月です。ヴィシュヌの婚約者で結婚を前提にお付き合いさせて頂いています。」

 

 

勢いよく扉が開けられた事に練習中の門下生達は驚いていたが、そんな事には構わずにヴィシュヌは指導をしていたガーネットに戻って来た事を伝えると、夏月は自己紹介をした後に『ヴィシュヌの婚約者』だと言う事を告げた。

其れを聞いたガーネットは特に驚いた様子もなかった――既にタイ政府が『ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと一夜夏月は婚約状態にある』と発表していたので、ある意味では『今更』と言うところがあったのかも知れない……其れでも己の一人娘の伴侶となる男性がどんな人物であるのかは矢張り気にはなっていた。

 

帰国したヴィシュヌから夏月の話は聞いていたが、其処は『乙女フィルター』が掛かっているとも考え、ガーネットは実際に夏月と会って其の目で見るまで、ヴィシュヌとの婚約状態を認める気は無かったのだが、いざ目の前に現れた夏月には思わず息を呑んだ。

道場破り然として登場した強心臓も然る事ながら、『ヴィシュヌの婚約者で結婚を前提に付き合っている』と言った瞬間に向けられた門下生からの羨望と嫉妬と殺気が混じった視線を向けられても夏月はマッタクもって平気の平左、ともすればそんな視線なんぞマッタクもって感じてないと言った具合だったのだ――其れを見たガーネットは、其の度胸に感服すると同時に夏月にはトンでもなく凄まじい力が秘められている、そう直感したのである。

夏月と相対したその瞬間から彼に向けて本気の闘気をぶつけていたと言うのにマッタク怯んだ様子が無かった事も理由としては大きいだろう。

 

 

「敵意の籠った視線を一気に向けられても全然平然としているとは、大した胆力だねぇ?……それどころかアタシを前にしても怯まないとは大したモンだ。

 自分で言うのもなんだけど、私に闘気をぶつけられたら現役のムエタイファイターでも怯む事が多いってのに……ヴィシュヌから話は聞いていたけど、実際に会ってみると、成程此の子が惚れる訳だよ。」

 

「え~と、其れはありがとうございます?」

 

「ヴィシュヌの相手として相応しい実力があるかどうか、其れを試す心算だったけど如何やら其れは必要なさそうだ――君にならば大事な娘を任せても大丈夫だと確信したモノ。

 夏月君、娘の事を宜しく頼むわよ?」

 

「はい、勿論です!」

 

「お母さん……ありがとうございます……!!」

 

「「「「「ちょっと待ったぁ!!」」」」」

 

 

故にガーネットは夏月をヴィシュヌの婚約相手として認めたのだが、そうは簡単に行かないのが門下生達だ。

門下生にとってヴィシュヌはアイドル的存在であるので、其れを奪っていく夏月の事を許す事は出来ないのだ――ヴィシュヌが夏月と婚約状態にあるのは国が決めた事でありヴィシュヌ自身も夏月に惚れているのだから其れに口を出すのはお門違いであるとは理解していても、理解しているからと言って納得しているかと言われたら其れは断じて『否』であるのだ。

納得するには自分達の手で夏月がヴィシュヌに相応しいかを見極める以外は方法がないので、門下生達はガーネットに直訴して夏月とのエキシビションマッチを行うところまで漕ぎ付けたのだった。

 

 

「羅雪の予想とは違った形だが、バトルにはなる訳か……まぁ、こっちの方が四の五の言うより分かり易いか。

 本来ならガーネットさんに認めて貰った時点でミッションクリアなんだが、それじゃあ納得出来ない連中の事も納得させなきゃ意味はないだろうからな……バトった末に認められるとか、何時の時代の青春漫画だよって気もするけどよ。」

 

「私と互角以上に戦えた夏月ならば勝てますよ。

 この道場の門下生で私に勝てた人は一人も居ませんから……頑張ってくださいね夏月。」

 

「おうよ!」

 

 

スニーカーとソックスを脱いで裸足になった夏月はオープンフィンガーグローブを装着してスパーリング用のリングに上がり、門下生達の方は指折りの実力者五人が選ばれ、一人目がリングに上がる。

試合のルールは、『立ち技の打撃オンリー。組み技はスタンド状態での首相撲のみOK。ダウンした相手への攻撃は禁止。』となり、試合は一ラウンド三分で五ラウンド制、ラウンド間のインターバルは一分と設定され、決着はKOもしくはガーネットが『此れ以上の試合続行は不可能』と判断して試合を止めてのTKOで判定での決着は無し(フルラウンド戦って決着が付かなかった場合は引き分け)となって、試合終了後には五分のインターバルが設けられる事となった。

そうして始まった第一試合、先に動いたのは夏月だった。

鋭い踏み込みから強烈な右ストレートを放つと、相手は其れをギリギリでガードしたが、流れるような動きで左のショートアッパーを繰り出してガードを強引に抉じ開けると、ガラ空きになった顔面にアックスボンバーを叩き込む。

ムエタイでは肘と膝での打撃も認められているので、肘を相手の顔面に叩き込むアックスボンバーは反則打撃にはならないのだ――そして、そのアックスボンバーは見事に相手の顎を打ち抜いた事で一人目はKOされて勝負あり。

本来ならば此処で五分間のインターバルとなるのだが、夏月は『此れ位ならインターバルは必要ない』と言って、即第二試合に。

第二試合は相手の方が先に動いて凄まじいラッシュを仕掛けて来たのだが、夏月は其れをダッキングやスウェーバックを駆使して避けて避けて避けまくる。其れこそ回避の値がマックス値の255で、運の値が150を超えたファイナルファンタジーのキャラの如く、『回避可能な攻撃は必ず回避する』と言った感じだ。

だが、夏月は相手の攻撃を回避するだけで攻撃は行っていなかった。

 

 

「お前、なんで攻撃してこない!」

 

「攻撃しなくても、このまま回避を続けてれば何れアンタは自滅するからだ。」

 

「!!」

 

 

回避をするだけで攻撃してこない夏月に二人目の相手は、何故攻撃してこないのかと言ったのだが、返って来た夏月の答えには声を詰まらせた――二人目の相手は試合開始から猛攻を仕掛けてペースを握って、その勢いのままに試合を決めるタイプだったのだが、逆にその猛攻に対処されてしまうと途中でガス欠を起こして終盤に逆転負けを喰らう事が多かったのだ。

夏月は更識の人間として裏の仕事にも携わって来たので、相手がどんな戦い方を得意としているのかを見極める目も養われていたのだ――そして、夏月の読みは見事に的中して、試合開始から第四ラウンドに入ったところで相手がスタミナ切れを起こして攻め手が単調で荒くなり、放たれた大振りのストレートに対して其れを円運動で回避すると後回し蹴りを側頭部に叩き込んで一撃KOをして見せた。

 

続く三人目は夏月の方から仕掛け、一人目の時と同じく鋭い踏み込みからの右ストレートを放ち、其れをガードした相手に対して今度は左の肘を振り下ろしてガードを下げると、下がった肘を踏み台にしてシャイニングウィザードを一閃!

『稀代の天才プロレスリングマスター』が編み出したシャイニングウィザードは、開祖が使えば『相手の膝を踏み台にした技ですらなくなる』と言われているのだが、夏月も基本の型には囚われないシャイニングウィザードを見事に決めて見せたのだ。

 

副将戦となる四人目とは試合開始と同時に間合いを詰めて打ち合う展開になったのだが、打撃に関してはムエタイしか知らない門下生よりもあらゆる格闘技を修得している夏月に分があり、夏月はムエタイで許されている打撃を駆使して打ち合いを制し、最後は二連続のジャンピングアッパーカット、所謂『昇龍裂破』をブチかましてKO!――四連戦しても全く息が乱れていない夏月には門下生だけでなくガーネットも驚いていた。

 

 

「久し振りに師に会いに来たが、其処でまさかこれ程の奴と出会うとはな……オイ、代われ。五人目はこの俺だ。」

 

「は、はいぃぃ、帝王様!!」

 

 

最後の五人目なのだが、此処で五人目の相手が急遽変更になった。

五人目の相手は道場の門下生最強の存在だったのだが、第四試合が終わる直前に嘗てこの道場の門下生だったムエタイファイターが現れ、第四試合の結果を見て自分が五人目に名乗りを上げたのだった。

2m近い身長とスキンヘッドが、大人気格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズの『サガット』を彷彿とさせる。

199cm、115㎏と言うムエタイファイターとしては破格の体格故に、ムエタイ界では最重量ランクでも相手が存在せず、結局はプロになる道を諦め、ストリートファイターとして野試合を繰り返して無敗を誇る無冠の帝王なのだ。

其の身から発せられる『強者のオーラ』は凄まじく、此れまでとは明らかに次元の異なる相手に夏月の表情も引き締まる。

 

 

「最後の最後で此れはまた凄いのが出て来てくれたなぁ……コイツは間違いなく強敵だ。」

 

「彼は『帝王』との異名を持つほどのムエタイファイターであり無敗のストリートファイターです……此れまでの相手とは次元が違いますので、気を付けて下さい。」

 

「帝王か……そんじゃ一丁やりますか!!手合わせ頼むぜ帝王様!」

 

「来い小僧!お前の力を見せてみろ!」

 

 

そして運命の最終試合。

ゴングと同時に互いに飛び出して激しい打ち合いとなったのだが、その途中で帝王は首相撲に夏月を取ると、ボディに強烈な膝蹴りを何発も喰らわせた上でトドメにハイキックを放つ!

普通ならば此れでKOされていただろうが夏月は倒れず……

 

 

「此れが帝王が放つムエタイの真髄……勉強になりました。折角だから忘れる前に復習させて貰うぜ!」

 

 

今度は夏月が首相撲に持ち込んだのだが、その体格差から夏月は帝王に振り回される事になった。

其れを見た門下生達は『お前の蹴りなんぞ帝王様には通じねぇよ!』と煽っていたのだが、そん中でも振り回されながらも夏月の蹴りは少しずつ様になって行き、遂に帝王に決定的な一撃を叩き込んだのだった。

 

 

「て、帝王様に入れやがった!!」

 

「へへ、如何だ!本番は此処からだぜ!!」

 

 

此処からが仕切り直しだとばかりに攻め込んで来た夏月に対して、帝王はカウンターの飛び膝蹴り『カイザー・ニー・キャノン』を放つ――此れも、真面に喰らったら其の時点でKO間違いなしなのだが夏月は倒れず……

 

 

「コイツは効くぜ……せいやぁ!!」

 

 

逆に首相撲からカイザー・ニー・キャノン擬きを叩き込む。

 

 

「あ、アイツ、帝王様のカイザー・ニー・キャノンを喰らっても倒れない……いや、倒れないどころかカイザー・ニー・キャノン擬きを繰り出すとは……!」

 

「し、信じられねぇ……こんなの初めて見た!」

 

 

その光景に門下生達は戦慄し、ヴィシュヌとガーネットは満足そうだった。

プロのムエタイ界では相手が存在しない事で、仕方なくプロを諦めて野試合を行っているとは言え、帝王の実力はムエタイをやって居るモノのみならずタイ全土に知れ渡っているので、其の帝王と互角に渡り合っている夏月の実力が如何程であるのかは誰の目にも明らかだった。

そうして夏月と帝王の戦いははラウンド終了のゴングが鳴らされる事なく続けられ、五ラウンド分の十五分を戦ったところでガーネットがゴングを鳴らして試合終了を告げ、最終戦は時間切れ引き分けとなったのだが、帝王は此の戦いで夏月の実力を認め、『お前なら、俺のカイザー・ニー・キャノンを受け継ぐに相応しい相手だ』と言って、夏月に自身が厳しい修行の末に編み出した最強の膝蹴りを継承し、其れを見た門下生達は夏月がヴィシュヌの相手として相応しいと認めていた――帝王が力を認めた事で理解と納得が合致したのだろう。

 

 

「カイザー・ニー・キャノンは最強の膝蹴りだが、俺一人が覚えているのでは何れ埋もれてしまう……この技を受け継いでくれる奴を探していたが、此処で其れに相応しい奴に出会う事が出来るとは思っていなかった。

 一夜夏月、お前が覚えた膝蹴りは世界最強の膝蹴りだ!其れを忘れるな!」

 

「あぁ、忘れねぇよ帝王様。アンタとの戦いと、アンタのカイザー・ニー・キャノンは絶対にな!」

 

 

互いに全力を出して戦い抜いた末の引き分けだったが、夏月と帝王はリング中央でガッチリと握手を交わし互いに健闘を称え合い、その瞬間に道場内からは歓声と拍手が沸き起こった――此のムエタイ道場の門下生達は血気盛んだが単純で、憎いと思っていた相手であってもその強さを認めれば其れは尊敬に変わるのだ。

そして己の強さを示した事で夏月は彼等に認められ、其のまま一気に親しくなったのだった――拳を交えて親しくなる、少しばかり古臭いが、男同士が互いを認めて親しくなるには此れ以上の方法は存在しないのかも知れない。

 

こうしてガーネットだけでなく道場の門下生達にもヴィシュヌの婚約者である事を認めさせた夏月は、今度は其処から道場で始まった歓迎の宴にヴィシュヌと共に参加する事になった。

午後五時でトレーニングが終わった後で、ガーネットが門下生達に『宴の準備』を言い渡し、僅か九十分で宴の準備が整っていた――宴は立食形式だが、ベンチプレス台に板を渡してテーブルクロスを掛けた簡易テーブルには、『ガパオライス』、『タイ風焼きビーフン』、『トム・ヤム・クン』、『タイ風生春巻き』、『タイカレー』等のタイグルメが並べられていた。

 

 

「それじゃあ、我が娘ヴィシュヌの婚約を祝って、カンパーイ!」

 

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 

 

ガーネットの音頭で乾杯が行われ、其処からは実に楽しい宴が行われた――用意された料理のレベルが高かったのは言うまでもないが、門下生達が夏月とヴィシュヌの馴れ初めなんかを聞いてたりして、其れに夏月とヴィシュヌは嘘偽りなく答え、宴の後半で開催されたカラオケ大会では夏月とヴィシュヌがデュエットで『奇跡の地球』を、桑田パートを夏月が、桜井パートをヴィシュヌが熱唱してぶっちぎりの最高点を叩き出して優勝を捥ぎ取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

宴が終わった後、夏月とヴィシュヌはシャワーで汗を流し、そして今は母屋にあるヴィシュヌの部屋で一つのベッドに入っていた――当然のように夏月はヴィシュヌに腕枕をしており、ヴィシュヌも夏月の腕枕を心地良く感じていた。

 

 

「お疲れ様でした夏月……お母さんが貴方の実力を量るかも知れないとは思っていたのですが、そうはならずに逆に門下生が爆発して、更に帝王が出て来るとはマッタクもって思いませんでしたから。」

 

「俺もまさかこうなるとは思ってなかったけど、其れでも良い経験だったぜ――ムエタイの本場のタイで帝王って言われてる人から、最強の必殺技を継承する事も出来た訳だからな。

 そう言う意味では、今回の挨拶回りは大成功以上の結果だったぜ。」

 

「そうですか……そうならば良かったです。」

 

 

其のまま夏月とヴィシュヌは触れるだけのキスを交わすと、其のまま夢の世界へと旅立って行った――挨拶回り旅行の第三ラウンドも夏月は見事に勝利を収めたのであった。

そして、ヴィシュヌの部屋を訪れたガーネットは夏月に腕枕をされた状態で幸せそうに眠っているヴィシュヌを見て、改めて『夏月はヴィシュヌの相手として此の上なく相応しい存在である』と確信していた――こうして、タイの夜は更けて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode49『嫁ズの家族への挨拶Round4~オランダ~』

オランダネタの一発ギャグ!『オランダはオラんだ!』By夏月     安直すぎるわ……山田くーん!By楯無    夏月のザブトン全部持って行ってByロラン


ヴィシュヌの母親であるガーネットに婚約の挨拶をして、更に『帝王』と称されているムエタイの強者との戦いを行った上で開かれた宴でヴィシュヌと婚約関係を道場の門下生に認めさせた夏月だが、今日も今日とて早朝に目を覚ますと、日課となっている早朝トレーニングを開始。

先ずはヴィシュヌの実家の敷地内を周回する形で軽くランニングを行い、ランニングを終えた一分ほどのインターバルを入れてから後は腕立て伏せや腹筋、ベンチプレス等のウェイトトレーニングを行い、その後にヴィシュヌと共にヨガを応用した柔軟体操を行って筋肉の剛性と柔軟性を同時に鍛えるのが夏月の朝のルーティーンなのだが、今日は少しばかり勝手が違っていた。

 

 

「帝王と互角に渡り合う実力があるって言うのに、日々其れだけの濃密なトレーニングを欠かさないって言うのは感心出来るよ。」

 

「俺は凡才なんで、日々これトレーニングじゃないと、周りに置いてかれちまいますからね。」

 

「君が凡才と言うのなら、世の人間の大半は凡才未満と言う事になるわ。まぁ、驕らずにストイックに努力を続けられると言うのは素晴らしい事よ。

 其れよりも、まだ体力は残ってる?」

 

「バリバリ残ってますよ!」

 

「スタミナも申し分ないか……それじゃあ、本日のトレーニングのシメに入るわよ。」

 

「お母さん、楽しそうですねぇ……」

 

 

ランニング後にトレーニングを行っていたのは道場で、その様子をガーネットが見ていたのだ。

学園では寮とトレーニングルームが離れているので中々ダンベル運動やベンチプレスを行う機会がないのだが、ガーネットのムエタイ道場には一通りのトレーニング器具が揃っており、ランニングから帰って来て直ぐに使う事も出来るのでトレーニング器具を使った運動も行っていたのである。

其のトレーニングの内容の濃さと、此れだけのトレーニングを行っても汗は掻いても殆ど息が上がっていない事にガーネットは感心すると同時に、ヴィシュヌから聞いていた夏月の凄まじいトレーニング内容は事実だったと認識した。

実は内心では『多少は話が盛ってあるだろうし乙女フィルターも掛かっているだろう』と思っていたのだが、実際に目にした夏月のトレーニングはガーネットの想像を超えたモノであり、『道場の門下生に同じトレーニングをさせたらもっと強くなるのでは?』と考えた位だ――尤も、同じトレーニングが出来るようになるには相当な時間が掛かると考えてもいたが。

そんな夏月の本日のトレーニングのシメは木刀を使った素振りではなく、ガーネットが構えたミットに打撃を打ち込む『ミット打ち』だ。

ガーネット自身が夏月の力を肌で感じたいと言う理由もあったのかも知れないが、夏月はガーネットの指示する場所に指示された打撃を打ち込み軽快にミット打ちを熟して行き、時には蹴り→肘→拳打の連続技までもキッチリ決めて見せた。

 

 

「さぁ、最後だよ!左右のコンビネーションから回し蹴り、最後に昨日帝王から学んだ必殺技!」

 

「ボディがお留守だぜ!カイザーァァァ……ニー・キャノン!!」

 

 

ミット打ちの最後は夏月が左のボディブロー→右のアッパーカット→左上段回し蹴り→帝王直伝カイザー・ニー・キャノンのコンボを見事に決めて終了――コンボの締めであるカイザー・ニー・キャノンを放つ前に、ヴィシュヌがスマホで『KOFの超必殺技発動時効果音』を鳴らしたのはちょっとした茶目っ気と言う奴だろう。

ミット打ちが終わるとガーネットは満足そうな笑みを浮かべて、『改めてヴィシュヌの事を宜しく頼んだよ!』と言い、夏月も『勿論です』と返し、ヴィシュヌも『逆に、夏月以外に私の事を頼める男性は居るのでしょうか?』と言っていた……取り敢えず、道場の門下生達はヴィシュヌの事をアイドル的存在として慕っており、『本気』に『マジ』とルビを振るレベルでヴィシュヌに惚れてる門下生も居たのだが、ヴィシュヌからしたらマッタク恋愛対象としては認識されていなかったようである。

 

ともあれ本日も日課であるトレーニングを終えた夏月はシャワーを浴びて汗を流すと、朝食が出来上がるまでの間にヴィシュヌからタイ式マッサージで身体を解してもらい、其れが終わると今度は夏月が独学で身に付けたマッサージでヴィシュヌの身体を解してやった。

そして、マッサージの後はガーネットお手製の朝食を食べてから軽く近所を散策した後に夏月は次の目的地であるオランダに向かう為に空港へとやって来た。

空港にはヴィシュヌとガーネットだけでなく、ガーネットの道場の門下生達も見送りに来ていた。

 

 

「また来いよ!負けっ放しってのは性に合わないからな!」

 

「俺に勝ちたいなら、先ずはスタミナを付ける事だ……今度戦ったその時は、途中でガス欠を起こさないようにしとけよ?つっても、今度会う時は俺も今よりも強くなってるから負ける気は無いけどよ。」

 

「減らず口を……でも其れ位じゃないとな!

 俺達からヴィシュヌちゃんを奪って行くんだ、だったら俺達の誰よりも強くないと納得出来ないからな!」

 

「なら、俺は常に最強でいらるようにしないとだな。」

 

 

門下生の一人とがっちりと握手を交わした夏月は、ヴィシュヌと『今度は日本で』との約束をすると別れ際の抱擁を交わした後に搭乗ゲートを潜ってオランダ行きの便へと乗り込むのだった。

その際に、夏月は振り向く事なく後ろ手に手を振り、最後に腕を上げてサムズアップして見せたのが、其れがなんとも様になっており、ともすれば映画の一場面としても使えそうなモノだったので、其れを見た道場の門下生達は『絶対に勝てねぇ!』と絶望していたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode49

『嫁ズの家族への挨拶Round4~オランダ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凡そ九時間のフライトを経て到着したオランダのアムステルダム国際空港。

北半球の国なので季節は夏だが、赤道に近いタイと比べるとその気温は夏であっても過ごしやすいモノと言えるだろう――夏月が滞在した際のタイの最高気温はバンコクで観測史上初となる二日連続での四十度越えを記録していたのだ。そんな中でもトレーニングを普通に行っていた夏月が大分ぶっ飛んでいるが。

対するオランダの首都アムステルダムの本日の予想最高気温は二十四度なので半袖で過ごしやすい陽気と言えるだろう。

 

飛行機を降りた夏月はパスポートのチェックと手荷物検査をパスした後で、ベルトコンベアで流れて来るキャリーバックを受け取ると空港のロビーに。

約束ではロランが迎えに来ている筈なのだが、ロビーにロランの姿はなかった――『若しかして到着窓口を間違えてるのか?』と思って、他の到着窓口を探してみてもロランは見当たらなかった。

 

 

「ロラン、何かあったのか?」

 

 

約束の時間は守るロランだけに、此の場に居ない事に一抹の不安を覚えた夏月はスマートフォンを取り出してロランに連絡を入れようとしたのだが――

 

 

 

――♪~~

 

 

 

その直前に耳に入って来たピアノの音色に其の動きが止まった。

このアムステルダム国際空港には最近よく耳にする『空港ピアノ』なるモノが存在していて、空港を訪れた人々は自由にそのピアノを弾く事が出来て、その様子は動画サイトやテレビでも公開されていて、夏月もその動画を見た事があるのだが、其れでも夏月の足は音のする方へと向かって行ったのだった。

 

そして、音源へと辿り着いた夏月が見たのは空港ピアノで聞いた事がない音楽を奏でる銀髪のショートカットが特徴的な少女だった――そう、ピアノを奏でていたのはロランだったのだ。

夏月からオランダ行きの便に乗ったとの連絡を受けたロランは、夏月が到着する時間に合わせて空港を訪れて空港ピアノを奏でて夏月を迎えたのだ。

その旋律は時に柔らかく繊細ながら、時に力強く荒々しく、またある時は力強さと優しさを兼ね備えた旋律を奏でてくれた――誰も聞いた事のないピアノ曲であり、ロランのオリジナルのピアノ曲なのかもしれないが、その旋律には誰もが聞き入っていた。

 

 

 

――パチパチパチ!

 

 

 

だがそれでも、演奏が終わったその時に真っ先に拍手を送ったのは夏月だった――そして、其れを見たロランは額に汗浮かべながらも笑みを見せ、夏月にサムズアップして見せた。

夏月だけに捧げるロランオリジナルのピアノコンチェルト、其れを捧げる事が出来たと言うのはロランにとっては大きいだろう。

 

 

「見事な演奏だったぜロラン……今のは何て曲なんだ?」

 

「今のは私のオリジナルの曲で、まだ曲名はないのだけれど……そうだな、敢えて曲名を付けるのならば『Een nacht en zomermaan』かな?日本語で言うなら『一つの夜と夏の月』と言うところだね。」

 

「俺の名前を分割したってか?……センスいいよロランは。そのセンスの良さには脱帽するぜ。」

 

 

演奏を終えたロランに夏月が近付き、そして抱擁を交わした後に触れるだけの軽いキスを交わす。

まさか空港ピアノの演奏で出迎えられるとは思っていなかった夏月だったが、そのサプライズに満足すると同時にロランの演出力の高さにも驚いていた――世界一周と言っても過言ではない嫁ズの家族への挨拶旅行だが、此れまで訪れた台湾、中国、タイではこんな演出をもってして夏月を出迎えた国は無かったので、夏月としても新鮮さを感じていた。

 

 

「ようこそオランダへ夏月!早速だが、私の両親を紹介させて貰おうじゃないか!」

 

「あぁ、頼む。お前の両親にお前と婚約関係になったって事を知らせるために来た訳だからな……目指せ四連勝!」

 

「まぁ、君ならば大丈夫だと思うけれどね。」

 

 

ロランからサプライズの出迎えを受けた夏月は、ロランと共に空港を出るとロランの案内で市内の美術館へとやって来ていた――勿論、ロランも只連れて来た訳ではなく、この美術館では現在ロランの父親が個展を開いており夏月の事を紹介&夏月が挨拶をするために連れて来たのだ。

ロランの父親は偏屈な芸術家であり、ロランが幼い頃は夫婦間での口論が絶えず家庭内もギスギスしていたのだが、其れは父親の作品が世に認められて行くと共に解消されて行き、ロランの父親は現在では『現行のオランダの芸術家では最高クラス』との評価を得るまでになっていたりする。

因みにロランが劇団に入団したのは家庭内がギスギスしていた時期であり、母親が『劇団にでも通わせて、自分と夫の間に流れてるギスギスした雰囲気とは少しでも触れる時間を減らした方がロランの精神衛生上良いのかも知れない』と考えてロランを入団させたのだ――そんな理由で演劇の世界に飛び込んだロランだったが今では劇団屈指のトップ女優になっているのだから、演劇はロランにとっては天職だったのだろう。

 

 

「親父さん、芸術家だって言ってたな前に。」

 

「芸術家故に少し偏屈で変わり者だけれどね。

 私の『ロランツィーネ』と言う名前も父が考えたんだ……既に苗字が長ったらしい上に読み難いと来ているのに、其処にこれまた長い名前を付けると言うのはとても珍しい事ではないのかと思うのだよ。

 まぁ、私はこの名前をとても気に入っては居るのだが、IS学園に行くまでは初対面の相手には先ずフルネームを正確に呼ばれた記憶がない……故に、初対面でイキナリ私のフルネームを正確に呼んだ織斑君とオルコットさんには驚いたよ。」

 

「ホント、お前の名前を初見で正確に呼ぶ事が出来る奴って殆ど居ないと思うからな……そして其の長い名前は親父さんが考えたモノだったのか――確かに変わり者だなこりゃ。」

 

 

美術館では複数ある展示室を使って数人の芸術家、美術家が共同で個展を開いており、ロランの父親も其の内の一人であった。

ロランの父親は最初は画家として活動していたのだが画家としては全く芽が出ず、何度目とも分からない妻との口論の際に『売れない画家なんて止めてしまえば良い!』とハッキリ言われた事が逆に天啓となり、芸術家でも全く畑違いの彫刻家に転身したところ此れが大当たりとなり、オランダでも指折りの彫刻家として名を馳せているのだ。

入り口で個展のチケットを購入した夏月とロランは個展巡りをしながらロランの父親が個展を開いている展示室に向かって行った――その道中の個展では色鮮やかなチューリップ畑を描いた風景画や、愛娘を描いたと思われる肖像画と言った分かり易いモノから、一見すると……否、よく見ても何が描かれているのか判別不能な抽象画や何を表現したのか良く分からない現代アート等もあって色んな意味で楽しむ事が出来た。

 

 

「作品名『聖なる光』……此れは『混沌』の方が的確ではないかと思うのだが如何だろうか?」

 

「いや、此れは普通に『グニャ』だろ。此れ多分明日来たら今日とは違う形になってるぞ?夜中の間に変形してるんじゃないのか?絶対するだろ此れは?」

 

「其れは若干ホラーだが……確かにそうなってもオカシクない形をしているね此れは。」

 

 

如何とも表現し難い現代アートに中々に突っ込みどころのある感想を言いながら、二人は目的であるロランの父親の個展が開かれている会場に到着した。

展示室の前のテーブルには一組の男女が――此の二人こそ、ロランの父親である『ジョセフ・ローランディフィルネィ』と母親である『ミーネ・ローランディフィルネィ』である。

 

 

「やぁ、来たよ父さん母さん。」

 

「おぉ、待ち侘びたぞロランツィーネ!」

 

「其れで、其方の方が……」

 

「一夜夏月、私が婚約している男性さ。」

 

「初めまして、一夜夏月です。ロランツィーネさんとは結婚を前提にお付き合いさせて頂いています。」

 

「ふむ、ロランツィーネから話は聞いていたが、中々の好青年だな?ロランツィーネの父のジョセフ・ローランディフィルネィだ。」

 

「うふふ、想像していた以上のイケメンさんでビックリしたわ。初めまして、ロランツィーネの母のミーネ・ローランディフィルネィです。」

 

 

先ずは挨拶と自己紹介。

その際に夏月は『ロランと結婚を前提に交際させて貰っている』と言ったのだが、オランダ政府がロランの事を夏月の婚約者とした事はロランの両親も知っていると言うかオランダ政府から直接『アンタ達の娘を一夜夏月の婚約者にするから(要約)』と聞かされていたので驚く事は無かった。

其れでも一人娘が世界初の男性IS操縦者とか言うどこぞの馬の骨とも知れない人間の婚約者になってしまった事に一抹の不安も無かったと言えば嘘であり、ロランの事を案じていたのだが、当のロランからは『夏月は女優としての私の最初のファンで、言動は少し粗野な部分もあるけれど行動は紳士だ』と聞かされていたので夏月と実際に会うのを楽しみにしていたりするのだ。

 

 

「ふむ……服装こそ少々ラフではあるが、成程これは確かにロランツィーネが言っていた通り紳士のようだ。普通ならば怖い印象を与える顔の傷痕もワイルドな魅力となっている……何よりもロランツィーネは腕を組むほどに彼の事を慕っていると来た。

 此れは、私達がとやかく言う事は無いかな母さん?」

 

「えぇ、私達が口を挟む余地はありませんよお父さん。」

 

「ならば……ロランツィーネの事を宜しく頼むよ夏月君。君ならば娘を任せても安心だと、実際に会ってみて実感した。」

 

「まさか楽勝の四連勝となりましたとさ……まぁ、修羅場が展開されるよりはずっと良いけどよ。」

 

「父さんは芸術家故の偏屈さがあるから夏月の事を色々言って来るのではないかと思っていたから、こうもストレートに認めて貰った事には私も驚いているよ……最悪の場合は娘と父の拳のキャッチボールも覚悟していただけにね。」

 

 

そうして実際に会った夏月は顔の傷痕こそ少し怖い印象を与えるが、態度は紳士であり腕を組んだロランに美術館を案内されながらも出来る限りのエスコートをしており、ジョセフとミーネへの挨拶も礼を失しない紳士然とした態度で行い、其れが好印象でジョセフとミーネに『娘を任せても大丈夫だ』と判断させたのだ。

ロランとの婚約関係を認めて貰った夏月は、『ディナーは一緒にしよう』と言われてディナーまではロランの案内でオランダ観光をする事になった――のだが、この美術館での個展では、来場者の体験コーナーを設けているブースもあったので、夏月とロランは『ガラス細工』の体験コーナーにて所謂『切り子グラス』の制作を行っていた――夏月は瞳と同じの金色、ロランは髪と同じ色の銀色のグラスを選択して切り子模様を刻んで行き、素人故の粗さはあるモノの見事に仕上がった『世界に一つだけの切り子グラス』を完成させていた。

 

そんな『世界に一つだけの切り子グラス』を作った夏月とロランは美術館を出て市街を散策していた。

 

 

「そう言えば夏月、今日は地元のサッカーのクラブチームが試合を行うんだが見に行かないかい?」

 

「オランダは滅茶苦茶強豪って訳じゃないけど、ワールドカップとかでは予想外のダークホースになる事が少なくない隠れた名チームなんだよな……その試合を生で見る機会ってのは中々無いから観戦させて貰うとしようかな。」

 

 

ロランの提案で地元のサッカーのクラブチームの試合を観戦する事になり、試合が行われる市営スタジアムまでやって来た夏月とロランは、折角だからと『フェイスペイント』も行い、ロランは両方の頬にオランダ国旗をペイントしたのだが、夏月は顔面を真っ赤に塗り、顔の中央に黒で一本線を入れ、頬に鏡文字で『忍』と『炎』と入れた『グレート・ムタ』のペインティングで登場した。

そのインパクトは絶大で、周囲の観客を驚かせたのだが、夏月は地元のクラブチームが先制すると歓声を上げる代わりに緑の毒霧を噴射するパフォーマンスを行って他の観客から拍手喝采を浴びていた……毒霧噴射後に忍者ポーズを決めていたのも大きいだろう。

後半はハーフタイムでペイントを落として大人しく観戦し、売り子からファーストフードである『フリカンデル(皮なし挽き肉ソーセージを揚げた料理)』、『レッカーベキェ(イギリスのフィッシュ・アンド・チップスに似ているが、香辛料で上品に調味して衣がより天ぷらに似たタラの揚げ料理)』、『ウナギの燻製』、『ロルモップス(ニシンの酢漬け)』等を購入してオランダグルメを堪能した。

試合は1-1で迎えた後半のアディショナルタイムに地元のクラブチームがロングパスを受けたフォワードが見事なドリブルで切り込み、ペナルティエリア外からのミドルシュートを決め、此れが決定弾となって地元クラブチームが勝利したのだった。

そんな劇的な試合を観戦した後でロランが夏月を案内して来たのは無人のビルであった。

 

 

「この無人ビル……此処は若しかして……」

 

「そう、私と君が初めて会った場所だよ夏月。」

 

 

その無人ビルは夏月とロランが初めて会った場所であり、夏月がロランのファン第一号となった思い出の場所だったのだ――夏月にとってもロランにとっても大切な場所である此の地を訪れたと言うのは、ロランの粋な計らいと言えるだろう。

 

 

「正直な事を言うとね、あの時此処で一人で練習していたのは少し不安があったからだったんだ。

 初舞台で、其れもイキナリ主役を任されていたからね……其れだけ私の演技の腕前を買ってくれたのだと言う事は分かっていても、其れが『期待に応えなければ』と自分にプレッシャーを掛けてしまっていてね。

 でも、君と出会った事でその不安やプレッシャーは吹き飛んでしまったんだよ夏月。」

 

「俺と出会ってって、何でだよ?」

 

「演技の練習を見られていたと言う事は勿論驚いたのだけれど、其れを見ていたのは私と同じ位の歳の男の子で、顔には大きな傷跡があって目の色はとても珍しい金色だったのにはもっと驚いた。

 そうして現れた君に私は明日が初舞台でしかも主役だと言う事を話したら、練習を見ていた君は『納得した。』と言ってくれただろう?加えて『演劇には明るくない俺でも、ロランの演技のレベルが高いって事だけは分かったからな。』とも言ってくれた。

 そう、演劇に関してはマッタクの素人である君に私の演技のレベルが高いと言って貰えた事で私の不安とプレッシャーは吹き飛んだ……演劇に詳しくない人間を感動させたり納得させると言うのは中々に難しいんだ……目が肥えていないからこそ一切のフィルターがない状態で演技を見るからね。

 そんな君に私の演技を高評価して貰った事で不安とプレッシャーは自信に変わったのさ――君が私のファン第一号になってくれた事も大きかったよ。」

 

「そうだったのか……俺としては率直に感想を言っただけだったんだが意外と大きな影響与えてたんだな。」

 

 

其の場所でロランは当時の心境を夏月に話していた。

十三歳で初舞台と言うのは無い事ではないが、初舞台でイキナリ主役と言うのは中々無い事であり、当時のロランは相当な不安とプレッシャーを感じていて、其れを振り払うように演技の練習をしていたのだが、夏月と出会い、そして己の演技を評価されて更には最初のファンになった事で不安とプレッシャーは自信に変わって吹き飛んだと言うのだ――その結果として初舞台は大成功に終わり、そして公演回数が進むごとにロランの演技がSNS等で話題になり、公演の千秋楽は劇場が超満員札止め状態になり、立ち見客を入れても入りきらなくなってしまい、急遽千秋楽の公演回数を増やす事態になったほどであったのだ。

そして此の初舞台を皮切りに舞台女優としての頭角を一気に現したロランは所属劇団に欠かす事の出来ない花形女優に成長したのである――男役を演じる事が多かったが故に、女優でありながら女性ファンの方が多いと言う不思議な現象が起きてしまったのはロラン自身も予想外だったが。

 

 

「もしもあの時君と出会っていなかったら、私は舞台女優として大成する事は無かったと思っているんだ……私の夢を後押ししてくれたのは君なんだ……あの時君と出会ったのは正に運命の出会いだったと言う訳さ。

 大女優になってから日本に行く心算だったけれど、IS適性がある事が判明したので其方も頑張ったらオランダの国家代表になってIS学園に行く事になって、ISの生みの親である束博士から専用機を貰って、そしてIS学園で君と再会して――改めて振り返ってみると君と出会ってからの人生はなんとも激動の人生だったが、其れだけに君との出会い、そしてIS学園で再会した事に、乙女座の私は運命を感じずには居られなかった……君は如何だい夏月?」

 

「まぁ、俺もIS学園でお前と再会した時は驚いたよロラン……生憎と俺は乙女座じゃないから運命なんてモンは感じなかったけどよ――運命じゃなくて、俺とお前が再会するのは必然だったのかもな。」

 

「必然か……確かに其方の方が運命よりも良いかも知れないね。」

 

 

二人にとって大切な場所で抱擁を交わすと、触れるだけのキスをして其処から暫くの間抱擁をし、廃ビルの窓から入り込む光が夏月とロランを照らしていた。

 

思い出の場所を後にした夏月はこれまたロランの案内で市内の劇場にやって来ていた。

ロランは『私の凱旋公演をやっているから、夏月に見て欲しいんだ』との事で、夏月には断る理由もないので有り難くロランの舞台を見る事になった――のだが、ロランが舞台に上がる度に湧き上がる黄色い歓声に少し引いていた。

ロランは男役を演じる事が多いので女性のファンが多いと言うのは聞いていたが、よもや此処までとは思っていなかったのだ――その歓声を上げているのは、『ロランの九十九人の恋人』と称されている特に熱狂的なファンなのだが。

同時に此の『九十九人の恋人』はロランにとっては頭が痛くなる存在でもあった――女優としては熱狂的なファンは悪くないが、夏月の婚約者としては有り難くないと言えるのだ。

熱狂的過ぎてロランを妄信している者も居るので、そのロランと婚約状態になった夏月の事を敵視している者も居るのだ――『ロランの意思ではなくオランダ政府が決めた婚約』と考えているのだろう。

だからこそ、ロランは夏月がオランダを訪れた際に一計を案じていた。

 

ロランの凱旋公演で演じられてたのはロランのデビュー作となる作品で、マスクで顔を隠した姫騎士が悪を倒していくと言うモノだったのだが、此の日の公演では此れまでとは異なり終盤でマスクの姫騎士が敵に囲まれて絶体絶命の状況に陥っていた。

姫騎士は父親である王を守らねばならないが自分も死ぬ事は出来ない――だが、此の状況では己の生存と王の生存の何方かを犠牲にしなくては何方も悪党に討たれてしまう。王を逃がせば自分が死ぬ、自分が助かるように動けば王が死ぬ、正に最悪の窮地なのである。

そんな状況の中で、ナレーターから『其処に救いのサムライが現れた』とのアナウンスと同時に客席に居た夏月にスポットライトが当てられた。

突然の事に驚いた夏月だったが、『彼こそが此の状況を打開するために現れた東方よりやって来たサムライであり姫騎士の盟友である!』とのアナウンスを聞くと苦笑いを浮かべ、内心では『やってくれたなロラン!』と思いながらも『こうなった以上は行かないとだよな』と気分を切り替え、席を立って舞台へ向かい、舞台に上がる前に舞台下に居たスタッフから小道具の刀を受け取ると颯爽と舞台に飛び乗り、其処から悪党役数人と剣戟を行った後に、神速の居合いを繰り出し、居合い後にスタイリッシュに納刀したところで悪党は全員崩れ落ちてターンエンド――小道具なので殺傷能力は皆無なのだが、悪役の演者達は実に見事なやられっぷりを披露してくれたのだった。

そして其の後は、仮面の姫騎士が窮地を救ってくれたサムライに素顔と名を告げ、そして結ばれると言う流れで劇は終わり、拍手喝采となったのだが、其れでは終わらず……

 

 

「私の九十九人の恋人よ、彼は、一夜夏月は私が生涯で唯一愛した男性だ……そして私の心は彼の虜になってしまっているんだ――君達の事は無論大切なファンだが、夏月とは違う。

 私は君達に愛を与えているのかも知れないが、夏月は私に愛を与えてくれるんだ……愛されるのではなく愛してくれる存在、私にとって夏月はそんな存在なのさ。

 君達が真に私のファンであるのならば、夏月の事を認めて欲しい。」

 

 

ロランは舞台上から『九十九人の恋人』に対して『夏月の事を認めろ』とダイレクトアタックをブチかましたのだ。

『九十九人の恋人』はロランの予想外の宣言に驚き、中には舞台上の夏月に対して敵意の籠った視線を向ける者も居たが、『オランダ政府の決定ではなくロランの意志で夏月と婚約状態にある』と本人の口から直接聞かされた事と『真のファンであるのならば夏月の事を認めて欲しい』と言われてしまったら何も言えない――此れ以上夏月の事を敵視するのは、其れこそロランへの裏切りになるのだから。

そして突然の事であるにも拘らず、演技とは言えロランのピンチに迷わず駆け付けた夏月の事は認めざるを得なかった。俳優達の見事な演技があったとは言え夏月は観客の一人であったにも拘らず、突如舞台上に招かれたと言うのに見事なアクションをやってのけて見せたのだ――自分達が同じ状況になったとして、果たして同じ事が出来るかと問われれば其れは大凡出来る事ではないのだから。

そんな訳で、些か強引な力業ではあったがロランは見事に『九十九人の恋人問題』を解決して彼女達に夏月の事を認めさせたのであっただった――因みに今回の一件はSNSで拡散され、その結果ロランのファンが爆増したのはある意味では『此の事は私にとっても嬉しい誤算だった』と言ったところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

劇場を出てからはロランの実家に向かい、日本の感覚では早めのディナータイムと相成った。

オランダの夕食時間は日本と比べると幾分早く、十八時ごろには夕食時間なのだ――ロランもその時間を見計らって帰って来たのだが、リビングルームには既に準備が万端整っていたので、ロランと夏月は手洗いをうがいをした後に食卓に向かった。

テーブルに並べられたのは、蒸したジャガイモと軽く炙ったライ麦パン、牛の煮込みと数種類のチーズと、オランダの伝統的なメニューだったのだが、夏月は満足しており、特にオランダ産のチーズに関しては『Amazonで輸入しても良いかもな』とか考えていた――そのディナーの席では『学園でのロランの様子』、『二人が交際するようになった切っ掛け』、『ロランと他の婚約者との関係』、『夏月の趣味』、『個展で見た自分の作品を如何思ったか』等々色々な話をし、最後に改めてジョセフとミーネから『ロランツィーネの事を幸せにしてやって欲しい。』と言われた夏月は『勿論です。任せて下さい。』と答えて、ジョセフとミーネを安心させたのだった。

 

 

夕食後フリータイムであり、ロランの後にシャワーを浴びて部屋に戻って来た夏月だったのだが――

 

 

「夏月、今夜は一杯如何だい?」

 

「其れは、断る理由が何処にもないな。」

 

 

其処にはノンアルコールのカクテル缶とニシンのスモークのオイル漬け缶詰を手にしたロランが居た。

床には映画のDVDも置かれており、夏月はロランの誘いに乗って、映画鑑賞をしながらのノンアルコールの『未成年の晩酌』を心の底から楽しみ、そして映画が終わると共にその晩酌も終了となりベッドに入ると夏月はロランに腕枕をし、直後に二人揃って夢の世界へと旅立ったのだった。

夏月に腕枕をして貰って眠っているロランも、ロランに腕枕をして眠っている夏月も何方も此の上なく平和で幸せそうな笑みを浮かべており――

 

 

「うん、うん、かっ君もローちゃんも幸せそうで束さんは大いに満足なのだよ!この映像だけで良い肴になるってモンさ!」

 

 

其の様子を盗撮……もといモニタリングしていた束は満足そうにラボで『八神庵』張りの高笑いを上げながら、もう何本目になるか分からない缶ビールを開けると一気に飲み干していた。

其れは其れとして、夏月の嫁ズの親への挨拶旅行四日目も取り敢えず大きな問題は起こらず無事に終わり、夏月とロランは互いに愛情を深めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode50『嫁ズの家族への挨拶RoundEX~秋五の旅路~』

50話まで来たけど……今回の出番はアバンだけか!By夏月     今回の主役は秋五君ねBy楯無    まぁ、偶にはこんな事もあるさByロラン


ロランの両親への済ませた夏月は、翌朝も日課となっているトレーニングを行おうと外に出て来たのだが、其処にはロランが待っていた――IS学園では夏月よりもロランの方が先に起きている方がレアケースなのだが、今日に限ってはそのレアケースが発動したらしかった。

 

 

「今日もまた早朝トレーニングかい?君のそのストイックさには好感が持てるよ夏月……だが、トレーニングも結構だけれど、今日に限っては私に付き合わないか?

 是非とも君を連れて行きたい場所があるんだよ。」

 

「俺を連れて行きたい場所?……なんか気になるな……そう言われたら断る事は出来ねぇだろロラン。勿論断る気なんて無いけどさ。」

 

 

ロランに『連れて行きたい場所がある』と言われた夏月は、本日は早朝トレーニングを行わずにロランに付き合う事にした――トレーニングは『一日休むと三日戻る』言われているが、夏月ならば三日戻ったところで一日で戻し分を取り返す事も出来るので大した問題ではないのだろう。此れもまた『織斑計画』で誕生したが故の特異性なのかもしれないが。

そんな訳で、夏月はロランの案内で小高い山の山頂までやって来たのだが、その眼前に広がる雲海に、夏月は息を呑んだ。

雲海の存在は知っていたが、精々テレビの自然番組などで見るだけで、こうして直接見る機会は無かったので、其れを見られた感動はとても大きなモノだろう。

 

 

「雲海なんて初めて見たぜ……」

 

「だけどこれで終わりではないよ?さて、ソロソロだね。」

 

 

続いてロランが腕時計で時間を確認した直後に朝日が昇りはじめ、朝焼けが雲海を照らし、空も山並みも見事な茜色に染め上げたのだった――その美しさは、日本で幻の絶景と言われている『赤富士』にも劣らない見事なモノであった。

 

 

「……息を呑む絶景って言葉があるけど、コイツは正に其れだな……本当に凄いモノを見ると、人は語彙力を喪失するんだって身をもって味わったぜ。」

 

「此の光景は何時も見られる訳ではないんだ。

 雲海自体が頻繁に発生するモノではない上に、ある程度の湿度があって陽の光が空気中の水分に乱反射する条件が整った時にだけ、此の燃えるような『赤の雲海』が発生するのさ。」

 

「凄くレアな光景って事か……コイツは朝から良いモノを拝ませて貰ったな。」

 

「昨日スマートフォンで今日の天気を調べていたら、丁度条件が揃っていてね……君と共に此の光景を見たかった。何よりも君に見て欲しかったんだ。」

 

「そうだったのか……最高の景色を見せてくれてありがとよロラン。」

 

 

此の絶景も見事だったが、夏月は雲海と同じく朝日によって全身を茜色に染めたロランにも目を奪われていた。

ロランは肌が白く髪も銀髪で、今日着ている服も白がメインになっているので全身が綺麗な茜色に染まっており、其れはまるで『朝焼けの女神』とも言えるモノだったので思わず夏月も目を奪われてしまったのだ。

 

 

「そんなに見つめられると流石の私も照れてしまうのだけれどね夏月?」

 

「悪い、茜色に染まったロランがあまりにも魅力的だったんでついな……赤い雲海も見事だったが、其れ以上に茜色のロランには魅入っちまったよ。

 ……若しかして、そっちを見せるのがメインだったとか?」

 

「……だとしたら如何する?」

 

「お前の手腕に感心するだけだ。」

 

 

ロランの狙いの真相は深く追求せず、夏月とロランは僅か五分程しか存在しない幻の絶景を堪能した――二人とも敢えてこの光景をスマートフォンで撮影しなかったのは、『デジタルデータでは真の美しさは保存出来ない』と考えたのと、此れほどの絶景は己の心に焼き付けておくのが正解だと感じたからだろう。

極レアの絶景を堪能した二人は家に戻ると、ロランの両親は未だ起きていなかったので二人で朝食の準備を済ませた――学園の寮では一緒に朝食や弁当の準備をする事も多かったので其処は慣れたモノだ。

 

そうしている内にロランの両親も起きたので朝食となり、ロランの両親は夏月の料理の腕前と、何時の間にか料理の腕前を上げていたロランに驚く事になった。

朝食後には夏月が次の目的地であるカナダに向かう為に空港へと出発し、ロランも見送りの為に空港へと来ていた。

 

 

「ファニールとオニールに宜しく言っておいておくれ。次は日本で会おう。」

 

「あぁ、今度は日本で……日本で夏休みのイベント全て消化するからその心算でな。」

 

「ふふ、楽しみにしているよ……それじゃあ、気を付けて。」

 

 

別れ際に触れるだけのキスをして、そして夏月はカナダ行きへの便に乗り込み、ロランは夏月が乗り込んだ便が離陸する其の時までロビーで見守り、離陸したら手を振っていた……夏月の乗る便からは見えないだろうが、ロランの気持ちは夏月には伝わっていた事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode50

『嫁ズの家族への挨拶RoundEX~秋五の旅路~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月が嫁ズの家族への挨拶旅行を行っているのと同じく、秋五もまた嫁ズの家族への挨拶旅行を行っていた。

夏休みが始まってすぐに箒と共に篠ノ之家を訪れて箒の両親に『箒と婚約状態にある事』を報告し、箒との婚約を認めて貰うように頼み込んだのだが、此れはアッサリとOKされた。

箒の父である『篠ノ之劉韻』は厳格な性格で、一見すると中々話が通じなさそうな頑固親父のイメージなのだが、実際には厳格な性格ではあるモノの冗談なんかが通じる部分もあり、人としての器が大きい人物なのである。

そして何よりも娘達の幸せを心から望んでいるので、『秋五と婚約する事が箒の幸せになるのならば』と思って、秋五と箒が婚約状態にある事についてはとやかく言う事は無かった――只一つ『箒を泣かせる事になったら、私は君を斬る』と言った時には本気の殺意を其の目に宿していたが。

其れでも、そう言われて『僕が箒を裏切るような事があったら、其の時は迷わず僕を斬って下さい先生』と言った秋五もまた見事と言えるだろう――千冬(偽)の手から離れた事で、秋五は人間としても大きく成長したようだ。

箒の母である『篠ノ之冬馬』も秋五と箒が婚約状態にある事には特に異を唱えず『箒が幸せになれるのならば私が言う事は無いわ』と言って二人を祝福したのだった――同時に『束にも良い人が居てくれると良いのだけれど……あの子と一緒になる男性となると、其れこそアニメや漫画やゲームに登場するぶっ飛んだ能力を持ってる男性じゃないと無理かもね?』と、束にも伴侶となる男性が現れてくれる事を低可能性ながら願っていた。

 

そして其の日の夕食には秋五と箒の婚約を祝う料理が並んでいた。

鯛の尾頭付きの刺し身に始まり、縁起物の鯛を担ぐ恵比寿を彫刻された高野豆腐の煮物、お祝い用の紅白はんぺん、ニンニク醤油で下味を付けたスッポンの肉、シイタケ、筍、エビを具材にした竹の鍋、そして赤飯が並べられ、秋五も箒も其れを有り難く頂いた。

 

篠ノ之家への挨拶が終わった秋五が次に向かったのはフランスだった。

日本からのフライト距離で言えばドイツの方が近いのだが、秋五の嫁ズの欧州組が『誰の所に最初に来るか』を決めるためにスマブラでのガチ対決を行った結果、『近距離最強のゴリゴリのゴリラ』と言われている『リュウ』を使用したシャルロットがセシリアの『ゼロスーツサムス』とラウラの『スネーク』を小パンチからのコマンド昇龍拳で撃墜しまくってKOして最初の権利をゲットし、其の後の対戦ではラウラの『テリー・ボガード』がセシリアの『ベヨネッタ』を蓄積ダメージが100%超えた場合にのみ連発できるパワーゲイザーとバスターウルフを乱れ打ちして勝利して二番目の権利を獲得したのだった――オニールは距離的に最後になるのは分かっていたので参戦してなかったのだが。

 

 

そのフランスなのだが、秋五には挨拶すべきシャルロットの家族は存在していなかった。

シャルロットの実母は病気で既に他界しており、父親であるアルベールと継母であるロゼンタはデュノア社崩壊の際に逮捕されているのでシャルロットに家族は存在していないのでフランスのマイクロン首相に必要な事を報告した後は普通にフランス観光になっていた。

秋五としては少しばかり拍子抜けではあったが、生で見るエッフェル塔や凱旋門は迫力があり、スマートフォンで何枚も写真を撮っていた。

一通りの観光を終えるとシャルロットは何故か『パリの刑務所に行こう』と言い、秋五も『何でそんな所に?』とは思ったモノの特に断る理由も無かったので了承したのだが、シャルロットの目的は刑務所に到着すると直ぐに分かった。

シャルロットは受付で面会の申し込みをすると、秋五と共に警護官と一緒に面会室に――そして面会室に現れたのは嘗てデュノア社の社長だった『アルベール・デュノア』と社長夫人だった『ロゼンタ・デュノア』の二人……シャルロットの実父と継母だ。

二人はシャルロットが面会に来た事に心底驚いていたが、シャルロットはそんな事はお構いなしに『手駒だと思ってた僕に裏切られて刑務所暮らしになるってどんな気分?可成りの重罪重ねてたから懲役が二十万年超えたんだってね、おめでとう♪逆に僕は貴方達が接触しろと言って来た男性操縦者である彼と目出度く婚約関係になってすごく幸せなんだ。貴方達の惨めな姿を見て、貴方達には僕の幸せな姿を見せてやりたくて此処に来たんだよ……要件は其れだけ。精々檻の中で永遠に後悔しててね飼い犬に手を噛まれた間抜けな飼い主さん♪』と腹黒さを全開にして言葉のナイフでアルベールとロゼンタの心をズタズタに切り裂いていた。

アルベールもロゼンタもプライドだけは無駄に高いので、手駒としてしか見ていなかったシャルロットに反旗を翻された末に逮捕、投獄、生きて出れない懲役刑となったので此れは悔しいだろう……まして、シャルロット自身は自由を手にして世界に二人しか居ない男性IS操縦者の一人となっている来たら余計にだろう。

ワナワナと震えるアルベールとロゼンタだが、オータムの拷問前の鉄拳で歯を全部折られている事で真面に話す事も出来ないので何も言えなかった。

 

 

「シャル、相変わらず本気を出すと真っ黒だね……」

 

「敵には一切の容赦って要らないと思うんだ僕♪……君は違うの秋五?」

 

「僕の場合は口より先に手が出るかなぁ……箒や鈴を虐めてた男子に対しても口で何か言う前に手が出てたしね?……一夏も同じだったから、やっぱり僕と一夏って双子だったんだなぁ。」

 

「僕は、物理的に傷めつけるよりも言葉で徹底的に抉って精神的にKOする方が好きかなぁ?僕が箒が虐められてる場面に遭遇したら徹底的に言葉で攻撃して心を圧し折るだろうね。」

 

「徹底的に腹黒だね……味方だと頼もしいけど。」

 

 

シャルロットの腹黒さは相当なモノだが、今のシャルロットは利害関係ではなく本気で秋五に惚れて本物の婚約者となっているので、少なくとも秋五とその嫁ズに腹黒が発動する事は無いだろう。

刑務所を出た後は穴場スポットの観光をして、ランチとディナーでは本格的なフランス料理を堪能したが、秋五はディナーで提供されたフランス料理に感銘を受ける事になった――フランス料理と言えば上品で格式高いモノだと思っていたのだが、ディナーで提供されたメニューは『骨付き子羊肉のロースト』をメインに、『エスカルゴのバター炒め』と言ったナイフとフォークでは食べ辛いモノだけでなく、『ハチの巣(牛の胃袋の一つ)のトマト煮』、『子羊の脳ミソのフライ』と言った内臓系のメニューも提供されたのだ。

上品なイメージのあったフランス料理だったのだが、骨を持って肉に齧り付いたり、殻を持ってエスカルゴを穿る事は全然OKであり、ともすれば『ゲテモノ』と言われるであろう内臓肉も普通に食す事に秋五は感銘を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

フランスの次に秋五が訪れたのはドイツだ。

空港のロビーで待っていたラウラの案内でドイツ軍の『黒兎隊』の宿舎にやって来たのだが――

 

 

「「「「私達と戦え、織斑秋五!」」」」

 

 

其処でイキナリ黒兎隊の隊員である、『ネーナ』、『マチルダ』、『イヨ』、『ケーネ』が秋五に勝負を挑んで来た――彼女達は黒兎隊の中でも特にラウラを慕っている者達なだけにどこぞの馬の骨とも分からない男性操縦者にラウラの事は任せられないと考えて秋五に勝負を持ち掛け来たのだろう。

 

 

「良いよ……僕がラウラの相手として相応しいか、君達が直々に判断してくれ。」

 

 

秋五もその勝負を受けたのだが、勝負は序盤から秋五のペースだった。

ネーナ達は抜群のコンビネーションで攻撃を仕掛けて来たのだが、クラス代表決定戦前に楯無に徹底的に鍛えられた事で秋五の防御と回避のスキルは限界突破して超人レベルに達しており、其れこそ楯無クラスの実力者でなければ攻撃を当てる事すら難しくなっており、秋五は現役軍人四人のコンビネーションを実に見事に回避し続けて見せたのである。

同時に、攻撃を回避され続ける言うのは相手の焦りを誘発して攻撃の手が荒く、雑になるのも事実であり、時間の経過と共にネーナ達の動きは精彩を欠くモノとなって行き、そうなればもう秋五にはもう間違っても攻撃が当たる事は無いだろう。

 

 

「(攻撃の手が荒く雑になって来た……攻めるべきは今だ!)」

 

 

此処が勝ち所だと判断した秋五は、イグニッションブーストで一気にネーナに肉薄すると擦れ違い様に斬撃を叩き込み、その一瞬だけ零落白夜を発動してネーナの機体のシールドエネルギーを強制的にエンプティーにすると残る機体も同じ方法で一気にシールドエネルギーをゼロにして勝利を収めたのだった。

現役時代の千冬(偽)と比べれば零落白夜の発動時間は僅かに長いのだが、其れでも実戦では充分に通用するレベルにまで秋五は零落白夜を使い熟せる様になっていたのである。努力する天才である秋五だからこそ、僅か三カ月程度の短期間に零落白夜を自分のモノに出来たのだろう。

 

 

「これが、秋五とお前達の力の差だ……秋五は私の婚約相手として相応しいと理解しただろう?」

 

「「「「はい!お姉様を宜しくお願いしますお兄様!!」」」」

 

「いや、何でさ。」

 

 

圧倒的な結果にネーナ、マチルダ、イヨ、ケーネの四人も秋五の実力を認めてラウラを任せられると判断したのだが、秋五の事を『お兄様』と呼ぶようになった事に関しては秋五も突っ込みを入れる以外に選択肢は無かった。

一応ラウラが『私の事をお姉様と呼んでいるから、その私の伴侶となるお前はお兄様なのだろう』と説明してたくれたが、秋五は『オニールからのお兄ちゃん呼ばわりがなくなったと思ったら今度はお兄様か……』と若干げんなりしていた……ところに黒兎隊副隊長で極度のオタク&間違った日本のサブカルチャー知識満載のクラリッサが『お兄様は好みではないか……ならば『兄上』、『兄ちゃん』、『兄さん』、『兄君』の中から選ぶと良い』と割り込んで来て場を混沌の渦に陥れていた。

ドイツの『強化人間計画』は『織斑計画』から技術を転用した部分もあるのであながち大間違いではないのだが。

最終的には『普通に名前で呼ぶ』と言う事で落ち着いたのだが、今度は其処からなぜか黒兎隊全員+秋五によるゲーム大会が開催される事になり、クラリッサがオタクの本領を発揮して無双するかと思いきや、秋五がガッツリ喰らい付き、秋五とゲームをする事も少なくないラウラが予想外の粘りを見せてクラリッサの一人勝ちを阻止し、パズルゲームの『ぷよぷよ』では逆に秋五が『天才』の面目躍如と言える驚異の『十五連鎖+全消し』の超絶コンボをブチかまし、クラリッサに滅多にお目にかかる事の出来ない『ブラックホールおじゃまぷよ』を送り付けて勝利した。

そのゲーム大会中、クラリッサはプレイしているゲームについて可成りディープなオタク知識を披露してくれた事で、秋五は『クラリッサさんが日本に来る事があったら簪さんに紹介してみようかな?』とか考えていた。簪も可成りのオタクなので話は合うだろう。

そのゲーム大会の後で黒兎隊の総司令官であり、ラウラの親代わりでもある『ヴォルフガング・ヨハネ・ベルンシュタイン中将』に挨拶に行ったのだが、此れは過去に千冬(偽)が黒兎隊の指導をしていた経緯もあり、『あの織斑教官の弟君ならばラウラを任せられる』とアッサリと認めて貰えた――千冬(偽)は仕事だからとやっていただけだったのだが、その結果は黒兎隊を確実に強化していたので評価は中々に高い様だった。

秋五としては些か微妙な気分ではあったが特に問題もなく認めて貰えた事には安堵した――千冬(偽)がやった事も、時にはプラスの結果を生む事もあるらしい。

挨拶が終わった後でベルンシュタインから『今夜は一緒に食事をしよう』と言われた秋五は、『お気遣い感謝します』と言って、夕食まではラウラと一緒に過ごす事となり、ラウラの案内でドイツの首都ベルリンの名所を見て回り、東西のドイツを分断していた『ベルリンの壁』の跡地に来た際には、この壁を越えようとして命を落とした者達の鎮魂を願って手を合わせて祈りを捧げていた。

其処から今度はラウラの案内でベルリン内の劇場に案内され、其処でドイツが世界に誇るオーケストラである『ベルリン交響曲楽団』による演奏会を聞く事に。

演奏会のプログラムは、これまたドイツが世界に誇る作曲家である『ベートーヴェン』の交響曲の中でも世界的に有名である『交響曲第九番合唱付き』……日本では『第九』、『喜びの歌』として知られているモノだった。

その演奏は素晴らしく、クラシック音楽には明るくない秋五でも素直に『凄い』と思えるモノだった。

指揮者の指揮、オーケストラの演奏技術の高さは言うまでもなく、独唱を担当したソプラノ、アルト、テノール、バスのレベルも高く、合唱を行うコーラスも実に素晴らしいハーモニーを奏で、最後のフィナーレの部分は通常よりも可成り速いテンポだったのだが、其れを見事に歌い切り、演奏終了後には会場全体が割れんばかりの拍手に包まれ、秋五とラウラもスタンディングオベーションとなっていた。

 

 

「どうだ、中々良い演奏だっただろう?」

 

「僕はクラシックには明るくないけど、其れでも良い演奏だと思ったよ……と言うか、ラウラがクラシックが好きだった事が僕としては意外だったかな?こう言ったらアレかもしれないけど、ラウラってアニソンとかの方が好きなんじゃないかと思ってたから。」

 

「其れも勿論好きだが、クラシックも好きなのだ……特にベートーヴェンとシューベルトは良い。

 逆にモーツァルトは好かん。天才過ぎるが故に名曲は多いのだが面白みに欠ける……更に言うならモーツァルトはウ○コ好きの変態だったらしいのでな……天才と変人は紙一重か。」

 

「其れはちょっと知りたくなかった情報かなぁ。」

 

 

ラウラがクラシック好きと言うのは意外な事であったが、其れ以上にモーツァルトの知られざる事実の方が秋五には驚きであった。

壮大な第九の演奏を堪能した後は夕食に良い時間になったので軍に戻り、ベルンシュタインと共にディナータイムに。

ベルンシュタインの案内でやって来たのは中々に高級なレストランで、ベルンシュタインは黒ビールを、秋五とラウラは『リンゴの炭酸水』を注文し、其の後コース料理が運ばれて来たのだが、その全てが実に美味しいモノだった。

前菜に『ヴルストの盛り合わせとザワークラフト』が提供され、秋五は日本では中々目にする事のないソーセージに目を奪われ、中でも『ブルースヴルスト(血のソーセージ)』には驚いていた。

『血のソーセージ』と聞くとなんとも不気味な感じがするが、実際に食べてみると『レバーの燻製』の様な感じで意外と美味であった。

スープには夏である事を考慮した『ヴィシソワーズ』が振る舞われ、サラダは『ドイッチェサラダ』が提供された――『フレンチサラダ』に似た味だが、フレンチサラダのドレッシングが油と酢と塩を混ぜたものであるのに対し、ドイッチェサラダのドレッシングは油がラード、酢がバルサミコになっているのが特徴で、フレンチサラダよりもコクが深く、そして爽やかなモノとなっていた。

そしてメインディッシュは『タルタルステーキ』だった。

ドイツ版のユッケ――歴史的にはユッケの方が『韓国版タルタルステーキ』なのだが――とも言うべき料理であり、肉を生で食べる習慣が余りない日本人にはハードルの高い料理なのだが、秋五は上に乗った卵黄をタルタルステーキと混ぜ合わせると、フォークで其れを掬って一気に口に運び込んだ、

 

 

「……焼肉屋で食べたユッケとはまた違うけど、此れは此れでとても美味しいね。タルタルステーキは僕的には全然アリだよ。」

 

「そうか、其れならば良かった。」

 

「我が国の食文化を受け入れて貰えたようで何よりだよ織斑秋五君。」

 

 

初めて食べたタルタルステーキだったが、秋五的には全然アリだったらしく、あっと言う間に平らげてもう一皿追加注文をしたくらいだったのだ――そしてメインディッシュの後のデザートは『桃とチーズのケーキ』で此れもまた美味しく頂いた。

ディナー後は、黒兎隊の宿舎に戻り、秋五とラウラは同じ部屋で寝る事になったのだが……

 

 

「ゲーム大会夜の部!別名『隊長婚約記念パーティ~黒兎隊は眠らない~』!!」

 

「クラリッサ……貴様待っていたな!!そして別名が長いわ!!」

 

 

其処にはクラリッサを始めとして黒兎隊のメンバーが全員集合しており、其処から本日二回目となるゲーム大会が開催されて全員で大いに盛り上がり、最終的には全員が寝落ちする結果となったのだった。

そして翌日、誰よりも早く目を覚ましたラウラは、目の前に秋五の顔があった事に驚いて混乱し、混乱した状態でまだ夢の世界に居た黒兎隊の隊員をジャイアントスウィングでぶん回した後に外に放り上げると言うトンデモナイ事をやってくれていた……放り出された隊員は無事だったので大きな問題にはならないだろう。

朝っぱらから一騒動ありはしたが、取り敢えず黒兎隊の皆と共に食堂で朝食を済ませた後に秋五は次の目的地となるイギリスに向かう便に登場する為に空港に来ており、其処にはラウラだけでなく黒兎隊の隊員全員が集まって秋五を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツを発った秋五は、欧州最後の目的地であるイギリス、正式名称『北アイルランド及びグレートブリテン連合王国』の首都『ロンドン』の国際空港に到着した。

空港のターミナルビルを出ると、ロータリーには一台のリムジンが待機しており、そのリムジンの前にはセシリアが立って秋五に向かって手を振っていたいた――秋五はセシリアがリムジンで迎えに来た事に驚いたが、リムジンに乗る機会など早々無いので気持ちを切り替えて人生初となるリムジンを堪能する事にしたのだった。

リムジン内部にはオルコット家のメイドである『チェルシー・ブランケット』がお茶の準備をしておりお茶菓子も用意されているようだった――車内で本格的なお茶が出来るのもリムジンの特徴であると言えるだろう。そもそもにして車内に小型とは言えテーブルを乗せる事が出来るのだから恐るべき広さなのだ。

 

 

「まさかリムジンでお出迎えとは思わなかった……しかもメイドさんまで居るなんてね?」

 

「セシリアお嬢様の専属メイドのチェルシー・ブランケットでございます。織斑秋五様、以後お見知りおきを。」

 

「織斑秋五です。その、宜しくお願いします。」

 

「チェルシーの淹れるお茶は最高ですのよ秋五さん。其れではお茶の準備も出来たようですし、早速参りましょう。」

 

 

空港を出発したリムジンは『ビッグベン』や『バッキンガム宮殿』等の観光の名所を回りながらドライブをした後に、市街地から少し離れたロンドンの郊外にある墓地へとやって来た。

 

 

「セシリア、此処は?」

 

「この墓地に私の両親は眠っているのですわ……お母様とお父様に秋五さんの事を報告すべきですので。」

 

「あぁ、成程ね……だとしたら失敗したなぁ、此れなら日本から線香を持って来るべきだったよ。イギリスに献香の文化があるかどうかは知らないけど、日本人的にはお墓参りには線香は必須だからね。」

 

「そのお心遣いには感謝しますが、献花用の花を買っているので其れで納得して下さいまし。」

 

 

その墓地にはセリシアの両親が埋葬されており、一際大きな墓の前に来ると、セシリアは買って来ていた花を供えた。此処が両親の墓なのだろう。

映画でしか外国の墓地を知らない秋五にとっては、日本の墓地とはマルっきり異なる雰囲気に戸惑いと新鮮さを感じても居たが、オルコット家の墓の前に来るとセシリアの両親が目の前にいるように感じ、自然と背筋が伸びていた。

 

 

「四ヶ月ぶりですねお母さん、お父さん……今日は二人に報告があって来たの。

 彼は織斑秋五、世界で二人しか存在していない男性IS操縦者の一人で、そして私の婚約者の男性――彼は此れまで私が出会った男性の中でもピカ一の存在であり、イギリスの代表候補生になった後で曇ってしまった私の目を覚ましてくれた恩人。

 そんな彼の事を、お母さんとお父さんに紹介したかったの。」

 

 

その墓に向かって秋五の事を紹介したセシリアだったが、其の時は何時もの『お嬢様言葉』は消えており、普通の、年相応の少女の言葉遣いとなっていた。

此れには秋五も驚いて、『言葉遣いが何時もと違う……』と言ったのだが、其れに対してセシリアは『こっちが素の私なのよ秋五……お嬢様言葉は、『オルコット家の当主としての振る舞いを演出するためのモノ』だから。』と説明していた。

両親が揃って他界した事で若くしてオルコット家の当主となったセシリアは、当主としての振る舞いを考えに考え抜き、そして相手に付け入る隙を与えないようにする為に身に付けたのだが『お嬢様言葉』であり、実際に社交場にて此の話し方でオルコット家の遺産を目当てに近付いてきた輩を黙らせた事も一度や二度ではなかったのだ――だからこそ、其れをなくした姿を見せたと言うのは秋五の事を真に愛し信頼しているからだろう。

真に愛しているからこそ素の自分を知って欲しかった訳だが、秋五は少し驚きながらも、『僕はそっちのセシリアの方が好きだなぁ』と無自覚の殺し文句をブチかましてセシリアの『お嬢様言葉』を抹殺するに至っていた……愛する人に『そっちの方が良い』と言われたらもうどうしようもないのである。

お嬢様言葉が無くなったら無くなったで他のメンバーやクラスメイト達に『セシリアキャラ変えたの?』とか言われてしまうかも知れないが、其れは其れとしてでもだ。

 

墓参りを終えた後で訪れたのは、美術館や劇場ではなくまさかのプロレスの興行が行われているアリーナだった。

秋五との試合で女尊男卑の思考がゴッド・フェニックスされたセシリアは偶々テレビで見たプロレスに大嵌りしてしまい、すっかりプロレスファンになっており、このアリーナでは現在新日本プロレスで活躍中のイギリス人プロレスラー『ウィール・オスプレイ』が凱旋試合を行うので、見逃せなかったのだ。

まさかのプロレス観戦となったが、秋五もプロレスを生で見るのは初めてだったので此れは純粋に楽しんだ――メインイベントのオスプレイの凱旋試合は、二十五分を超える激闘の末にオスプレイが飛び付き式のDDTを決めた後に相手を立たせてからプロレスの芸術品と言われる『ジャーマンスープレックスホールド』を決めて見事にスリーカウントを奪って勝利し、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれ、セシリアもスタンディングオベーション状態だった。

 

プロレス観戦を終えた後は、オルコット家に向かい、秋五はセシリアの実家に到着したのだが、その大きさに圧倒された。

家は二階建てなのだが、日本の一般的な二階建ての家と比べると1.5倍程の大きさがある上に、庭の広さは東京ドームレベルで庭には人工的に作られた池と川があり、其処には様々な魚が泳いでいたのだ――日本ではこれ程の豪邸を見る機会は中々無いだろう。

 

 

「なんて言うか、凄いね?」

 

「此処まで大きいと管理が大変よ……チェルシー達が居なかったら、家中蜘蛛の巣だらけになっていると思うわ。」

 

「そうならない為に我々メイドが存在していますので。」

 

 

オルコット家に到着した時には夕食に良い時間になっていたので、即夕食の準備が行われてディナータイムとなった。

イギリスと言えば『メシマズ国』の不動の一位と言う不名誉な記録を持っているが、イギリス料理は種類が極めて少ないだけで決して不味い訳ではなく、此の日のディナーで提供された『ローストビーフ』や『フィッシュ&チップス』には秋五も満足していた。

ローストビーフは外はこんがり、中は赤みを残しながらも火が通っている見事なロゼに仕上がっており、フライドオニオンのシャリピアンソースがその味を引き立て、フィッシュ&チップスにはイギリス伝統のビネガーソースをタップリと掛けて其の美味しさを堪能したのだった。

 

そしてディナー後は夫々シャワーを浴び……

 

 

「秋五、其れは……」

 

「セシリア、其れは君だって……行くよ!」

 

「私も行くわ……スペードのロイヤルストレートフラーッシュ!!」

 

「そんなの勝てる訳ないだろぉ!!キングとエースのフルハウスなら勝てると思ったのに……」

 

 

就寝前にトランプに興じて色んなゲームを楽しんでいた。

ポーカーではセシリアが七勝三敗で圧勝したが、神経衰弱では秋五が九勝一敗と圧勝した――記憶力がモノを言う神経衰弱ならば秋五の方がセシリアよりも圧倒的に強かったようだが、運の要素が絡むポーカーでは今日はセシリアの方に運が味方をした様であった。

そして其の後も色んなゲームをして心行くまでトランプを楽しんだその後は秋五がセシリアに腕枕をする形でベッドに入り、見回りの際にその光景を見たチェルシーは笑みを浮かべ、『お嬢様の事をお願いしますね、秋五さん』と言っていた。

 

そして翌日、『コンチネンタル・ブレックファースト』(壮大な名前だが、パンとお茶のセットの朝食)を終えた秋五は、最後の目的地であるカナダに向かう為にロンドン国際空港に来ており、セシリアも見送りの為にやって来ていた。

 

 

「秋五、気を付けてね?オニールに宜しく。」

 

「うん、分かってる。セシリアも帰りは気を付けてね。今度は日本で。」

 

 

別れ際に軽くキスを交わすと、秋五はカナダ行きの便に搭乗すべくゲートを潜って行き、セシリアは其の背が見えなくなるまで其の場を動かずに居たのだった――そして同じ頃、夏月もまたオランダからカナダに向かって出発していたのであった。

夏月と秋五、嘗ての兄弟が揃うカナダでは、何が待っているのか……其れは、神と運命と束以外には分からない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter51『嫁ズの家族への挨拶Round5~双子の婚約者は元双子?~』

元双子、今は真っ赤な 他人ですBy夏月     なんとも闇が深い五・七・五ね♪By楯無    その闇の深さが私達を惹き付けたのかなByロラン


オランダを発った夏月は次の目的地であるカナダに到着し、空港のロビーでスマートフォンの『マスターデュエル』のランクマッチを行って時間を潰していた。

ランクマッチは強カテゴリーが犇めく『群雄割拠』と言える状態となっているのだが、そんな中で夏月はそんな強カテゴリーをガン無視しまくった『青眼デッキ』と『真・サイバー流デッキ』で無双していた。

青眼デッキでは『目覚めの旋律』や『トレード・イン』でデッキを高速回転させながら青眼を高速召喚して、更に『カオスMAX』の儀式召喚や『究極竜』の融合召喚を行い、時には相性抜群の『伝説の剣闘士 カオス・ソルジャー』の極悪バウンスを行った上で青眼三体の攻撃でオーバーキルを達成していたり、真・サイバー流では『ボンドエンドリミッター解除』、『エボリューションリザルトバースト、○○レンダァ!』、『攻撃力六千オーバーサイバー・ダーク』、『ボンドリミッター解除で攻撃力二万のサイバー・ダーク・エンド』等を使って連勝の山を築いていた……『強カテゴリーデッキを組めば勝てる』と言う風潮が強くなってきている現在のデュエル界に夏月は一石を投じたと言えるだろう。実際にマスターデュエルのユーザーの間では『Katsuki』(マスターデュエルでの夏月のユーザー名)は可成りヤバいプレイヤーとして恐れられていたりするのである。

 

 

「久し振りだね、夏月?」

 

「夏休みに入ってからは初めましてだな秋五。」

 

 

此処で秋五もイギリスからカナダに到着して、ロビーで夏月と合流していた。

軽く拳を合わせたその姿は長年の友人其の物であり、大凡出会って三カ月程度とは思えないモノだが、此の二人は元々は双子の兄弟だったので此れ位の方が普通であると言えるだろう――兄弟ではなくなったがライバル兼親友であると言うのは中々に特殊な関係と言えるだろうが。

 

 

「時にスマホでなにやってたの?」

 

「マスターデュエルのランクマッチ。どうせならトップランカーになってやろうと思ってな。

 だけどドイツもコイツも流行りの強カテゴリーデッキばっかで対策が容易で歯応えがねぇってのよ?強いカードに頼りきりで基本的なデュエルタクティクスってモノが低いからキーカードを潰された際のリカバリーも出来ねぇ……やっぱデュエルってのは、『強いカード』で組んだデッキで勝つよりも、『好きなカード』で組んだデッキで勝つ奴の方が強いって事を実感したぜ俺は。」

 

「あぁ、其れは確かに言えてるかもね?格闘ゲームでも強いキャラよりも自分の好きなキャラで勝つ方が楽しいからね。」

 

 

夏月はファニールと、秋五はオニールと婚約関係にあるので当然二人の両親に挨拶に行く訳なのだが、別々に挨拶に行くよりも一緒に行った方が良いと考え、日程を調整してカナダを訪れる日は同じ日にしていたのだ。

 

 

「そんで秋五、パイプラインパンチとマンゴーロコとカオス、ドレが良い?」

 

「えっと、何の話?」

 

「モンエナに決まっとろうが。

 俺もだが、お前も長旅で疲れてるんじゃないかと思ってなモンエナ数本買っといたんだよ。エナジーチャージに於いてモンエナの右に出るエナドリは存在しねぇと本気で思ってるからな俺は……因みに最新フレーバーも出てたんだけど、スイカってのはちょいとばかし手が出なかったぜ。」

 

「スイカってそのまま食べるのが一番美味しいからね……正直スイカの加工品ってあんまりヒットしてない気がする。スイカバーを除いて。

 其れは其れとして、確かにモンエナは可成り効くのも事実だからね?折角だからマンゴーロコを貰おうかな?他の二つは名前からして色々とヤバそうだからね。」

 

「この中で一番ヤバいのはカオスだけど、モンエナの中で一番ヤバいのはやっぱりスーパーコーラだろ?コーラにモンエナのフレーバーの刺激は相当にクレイジーだぜマジで。

 其れよりも秋五、お前は嫁さん達の家族への挨拶は順調だったのか?」

 

「其れは順調だったよ……セシリアもシャルもラウラも血の繋がった家族は居なかったけど、家族と呼べる人達には認めて貰ったからね――ドイツではラウラの部下とISバトルする事になったけど、まぁキッチリ勝って来たさ。」

 

「お前もバトってたのか?実は俺もだ。ISバトルじゃなくて生身のリアルファイトだけどな。

 中国では鈴の功夫の師匠のお弟子さんの師範代と戦って勝って、タイではムエタイの帝王って人と戦って引き分けた上で帝王の奥義を継承して来たぜ。」

 

「ムエタイの帝王……ムエタイの帝王、ね。」

 

「ムエタイの帝王と聞いてサガットを連想しただろお前?……サガットだったよ実際に。眼帯して胸に傷があったら完璧にサガットだった。」

 

 

夫々の此れまでの挨拶回り旅行の事を話しながら夏月と秋五は空港内でファニールとオニールを待っていた。

到着時間を知らせたら、『空港まで迎えに行く』との返事があったのでこうして二人が来るのを待っているのだが、ソロソロ約束の時間になるのにコメット姉妹は未だ空港内に其の姿を見せていなかった。

『五分前行動』が基本となっているコメット姉妹が約束時間の二分前になっても空港に来てない事が来なった二人は、夏月がファニールに連絡を入れようとしたのだが……

 

 

「オラァ、大人しくしやがれ!!」

 

 

その瞬間に、目出し帽を被ってショットガンを装備大男が空港に現れ、手近に居た客にヘッドロックを極めてショットガンを向けて来た――仲間らしき存在は確認出来ないので単独犯なのだろうが、カナダではイキナリまさかの展開が繰り広げられる事になった様である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode50

『嫁ズの家族への挨拶Round5~双子の婚約者は元双子?~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の事態に空港内は騒然となり、ショットガンを装備している男に対して誰も何も出来ない状態になっていた――男は興奮しており、何か動きを見せたらその瞬間にショットガンをぶっ放すだろう。

その隙に拘束すると言う手もあるが、其れは逆に言えば犠牲になる誰かが必要になるとも言える――態々捨て駒役を進んで名乗り出る者は居ないだろう。

 

 

「オイ、オッサン。」

 

「なんだぁ?動くんじゃねぇ、ぶっ殺すぞガキが!」

 

「出来るならやってみろよ!」

 

「物騒なセリフは吐かない方が良いと思うなぁ?」

 

 

だが此処で夏月と秋五が動いた。

男に声を掛けるとショットガンを向けて来たのだが引き鉄が引かれるよりも先に夏月はコインを弾いて注意を逸らすと、一気に間合いを詰めてショットガンを蹴り飛ばし、その隙に秋五がタックルをかましてヘッドロックを極められていた人質を解放すると怯んだ男を夏月がブレーンバスターの要領で持ち上げ、其処から更に両足をホールドして『キン肉バスター』の体制になり、其処に秋五が『OLAP』で組み付いて『NIKU→LAP』の状態となる……此れで夏月がジャンプして着地すれば技が決まって目出し帽男はほぼ全身骨折状態となるだろう。

NIKU→LAPはキン肉バスターによる頸椎、両大腿部、両肩の五カ所の破壊だけでなく、OLAPによる両膝と両肘の破壊も行われるので、喰らったら軟体生物になるのは避けられないのである。

 

 

「はいはいはい、其処まで!ストップ!スト―ップ!!!ドッキリカメラです!!」

 

 

その必殺のコンビネーションが炸裂する直前に、テレビ局のクルーが『ドッキリテレビ』のプラカードを掲げて必殺コンビネーションをギリギリで阻止した――実はコメット姉妹から何かと話題の男性IS操縦者が本日カナダを訪れると言う事を聞いていたテレビ局は其れに合わせて、夏月と秋五に対してドッキリ企画を仕掛けて来たのだが、其れは逆にテレビ局の方が驚かされる事になってしまった。

当初の予定では空港で起きたまさかの事態に狼狽える夏月と秋五の姿をカメラに撮った上でネタバラシをする心算だったのだが、夏月と秋五は狼狽えるどころか逆に目出し帽男を撃退し始めてしまったので、慌ててネタバラシに至ったのである。

 

 

「だ~から、夏月と秋五にドッキリ企画は通じないって言ったでしょ?此の二人の心臓の強さはハンパないから、大概の事じゃ驚かないっての。」

 

「私とファニールは止めた方が良いって言ったんだけど……ごめんね秋五、お兄ちゃん。」

 

「ドッキリ企画だったのか……まぁ、普通に考えたら単独で空港でこんな事なんてしないよな……って事は、此れは空港側も了承してたって事だよな?海外のドッキリ企画はマジで壮大だな。」

 

「少しやり過ぎな気もするけどね。」

 

 

其の場にはコメット姉妹も来ていたのだが、コメット姉妹は夏月と秋五に対するドッキリ企画は成功しないと言っていたらしく、結果としては其の通りになったのだからこのドッキリ企画のプロデューサーは見通しが甘かったと言うより他にはないだろう。

 

 

「んじゃ改めまして。久し振りだなファニール、オニール。まさかこう来るとは思わなかったぜ?」

 

「久し振りだねオニール。其れからファニールも。予想外の展開だったけど、いい刺激になったかな?」

 

「ごめんね夏月、秋五。

 テレビ局がどうしてもって聞いてくれなかったのよ……尤も、そのドッキリ企画を真正面から叩き潰しちゃったアンタに脱帽だわ。カナダと言うか南北を問わずアメリカのドッキリ企画って可成り過激だから、アンタ達も飲まれちゃうんじゃないかって思ってたんだけど、そんな事は無かったわね。」

 

「流石だね秋五、お兄ちゃん!其れと久しぶり!」

 

 

今回の企画は終わってみればドッキリの失敗の『逆ドッキリ』とも言うべき結果となったのはテレビ局的には笑えないかもしれないが、お茶の間の視聴者には大受けするかもしれない。

尚このドッキリテレビは生放送と言う中々に特殊なモノである上に、ネタバラシ後もカメラは回って居た事で、夏月とファニール、秋五とオニールの親密さをカナダ全土に放送する事になり、『大人気アイドル『メテオ・シスターズ』は夫々が男性IS操縦者の婚約者となった』と言うカナダ政府の発表を改めて突き付けられた形となり、特に彼女達のファンは女性は兎も角男性は略全員が血涙流して絶叫する事になったのだった。

このドッキリが成功して夏月と秋五が狼狽えでもしてくれたらまだ良かったのかも知れないが、夏月も秋五も怯む事無く目出し帽男を撃退しようとしてしまったので大凡自分達では敵わないと悟ってしまったと言う訳だ。

尤も、夏月は更識の仕事で時には武装した悪党1ダースを相手にする事もあったので此の程度では怯む事など無く、秋五も一夏の死後に『変わる事』を決意した其の日から理不尽なイジメや不条理な暴力に対して織斑計画によって会得した高い戦闘力と『天才』と言われる頭脳をフル活用して対処して来た事で度胸が付いているので怯む事は無かったのである――其れでも夏月が目出し帽男をキン肉バスターに取った直後にNIKU→LAPの布陣を完成させてしまう辺り、兄弟でなくなっても『双子の超感覚』はまだ健在であるのかも知れない。

 

 

「だから、俺の事を『お兄ちゃん』って呼ぶのはいい加減に止めなさいってのオニール……つか、何で秋五は普通に名前呼びで俺はお兄ちゃん呼ばわりなんだ?」

 

「え?だって私は将来的に秋五と結婚するし、お兄ちゃんはファニールと結婚するんでしょ?

 私とファニールは双子だけどファニールの方が先に生まれてるからファニールの方がお姉ちゃんで、そのファニールと結婚するならお兄ちゃんは義理のお兄ちゃんになるんだから間違ってないと思うけど如何かなお義兄ちゃん。」

 

「色々とこんがらがりそうだが、確かに間違ってはいないと思うけど、『お兄ちゃん』呼びはマジで止めてくれ!ともすればのほほんさんがとっても良い笑顔でトドメ刺しに来るからマジで。」

 

「アハハ、間違ってないなら別に問題は無いと思うよオニール?夏月の事を『お兄ちゃん』って呼んでも大丈夫……と言う訳で此れから宜しく兄さん。」

 

「秋五、テメェ其れ本気で言ってるなら中国で覚えた鈴の師匠直伝の功夫の奥義とタイで会得したムエタイの帝王直伝の超必殺技のコンボ叩き込んだ上でキン肉バスターからの風林火山かますぞ?」

 

「冗談じゃなくて、此れも割と間違いじゃないと思うんだよ……君が僕の『義兄』になる事は確定してる訳だから。」

 

「だとしても同い年の奴に兄とは呼ばれたくねぇわ……未来的には義兄弟になるのかも知れないが、俺とお前は親友で悪友って関係の方がシックリ来るだろ?だからこれからもそのスタンスで行こうぜダチ公。」

 

「ふふ、確かにそっち方が僕達には合ってるかもしれないな……了解だ夏月。」

 

 

空港でまさかのドッキリを仕掛けられた夏月と秋五だったが、其れを見事にカウンターした後にコメット姉妹と空港を後にしてコメット姉妹の実家に向かいながら『プチカナダ観光』をコメット姉妹の案内のもとで楽しむ事となった。

カナダの都市としては『シドニー』が有名だが、首都は『オタワ』と言う都市で、コメット姉妹の実家も此のオタワにあるのだ。

シドニーのオペラハウスほどの知名度は無いが、オタワにもそれなりに観光スポットは存在しており、イギリスの『ビッグベン』を彷彿させる時計塔が特徴的な国会議事堂やガラス張りの『ナショナルギャラリー』と言った中々にインパクトがある建物が目を引いていた。

 

 

「カナダに来たら、此れは絶対に食べておかないと嘘よ!」

 

「私達お勧めのカナダグルメだよ♪」

 

「バニラのソフトクリームにメイプルシロップを掛けたシンプルなスィーツだが、シンプルなだけに其の美味しさはダイレクトに感じられる訳だが……うん、此れはマジでシンプルに旨い!

 濃厚なバニラソフトクリームのコクのある甘さをメイプルシロップの独特の香りと甘味が際立たせてる……メイプルシロップってホットケーキやパンケーキに使うモノだって思ってたけど、意外な使い道があったんだな。」

 

「肉の照りを出す為に表面に塗る水あめの代わりに出来るかも知れないね。」

 

「秋五、そのアイディア貰ったわ。」

 

 

プチ観光をしながら、カナダのプチグルメを堪能しつつ、夏月は新たな料理の扉を開いていた……秋五の一言があったからこそではあるが、だとしても其れを即採用してしまう辺り夏月の料理に対する探求心はISに関してのあらゆる事を上回っているのかも知れない――一夏であった頃に千冬(偽)に半ば強引に押し付けられた家事が趣味の領域にまで達してしまったのは果たして幸運なのか皮肉なのか、其れは分からないが。

取り敢えず現状では夏月は料理をする事は楽しいので幸運であったと言えるだろう。

 

そんな感じでプチ観光を終えて到着したコメット姉妹の実家は、此れは意外な事に高級マンションやタワーマンションや豪邸ではなく、至って普通の二階建ての民家だった。

 

 

「ただいま、お婆ちゃん!」

 

「私とオニールの婚約者、連れて来たよお婆ちゃん。」

 

「おや、おかえりオニール。ファニール……そうかい、其方の方々が……ファニールとオニールの祖母のソフィレア・コメットです。初めまして。」

 

「えっと、初めまして。一夜夏月です。ファニールと婚約関係になってます。……御両親が待ってるかと思ったらお祖母様が待ってたとは予想外でしたけど。」

 

「アハハ、其れは僕もだよ夏月。初めまして、織斑秋五です。オニールと婚約させて頂いてます。」

 

 

更に其処に待っていたのはコメット姉妹の両親ではなく、コメット姉妹の祖母だった。

此れには夏月と秋五も予想外だったモノの挨拶をして、其の後詳しい話を聞いてみたところ、コメット姉妹の両親は共働きで、本来ならば今日は有休を取って休みの筈だったのだが、狙ったかのようなタイミングで会社でトラブルが起き、しかもそのトラブルがコメット姉妹の両親がプロジェクトリーダーを任されているプロジェクトで発生したモノだったので、急遽二人とも有給返上で会社に駆り出されてしまったとの事であった。

一応夏月と秋五を家に連れてくる時間は伝えてあったので、『その時間までには何とかトラブルを大方片付けてリモートでも対応する』と言って、部屋にはリモート会議用のモニターを設置して行ったらしいが。

 

 

「狙ったようなタイミングの悪さだなオイ……此処まで順調に来てたってのにまさかのカナダでトラブル発生とはな?ま、リモートとは言え御両親に挨拶出来るのは不幸中の幸いかも知れないけどな。」

 

「物事ってのは中々全てが良い様には進まないって事なんだろうね……オニール達の御両親に直接挨拶出来ないのはちょっと残念かな。」

 

「でも最速で、其れこそプロジェクトチーム全員呼び出してトラブル解決して夕飯までには必ず戻るって言ってたけどね……なら早く帰って来てと思うけど、メンタルダメージが少ない内に夏月達との挨拶を済ませたいって事だと思うわ。」

 

「今日の晩御飯はお婆ちゃんが作ってくれるから期待してて良いよ?お婆ちゃんの料理ってとっても美味しいから♪」

 

「へぇ、ソイツは楽しみだな?……俺のレシピがまた増えるって意味でもな。」

 

 

其れからリモート会議用のモニターが起動して、モニターにはコメット姉妹の父親である『テラーズ・コメット』と母親である『リリッケル・コメット』が映り、モニター越しではあるが夏月と秋五は挨拶し、テラーズとリリッケルも笑顔で対応してくれた――会社でのトラブルに対応していた事でその笑顔は若干疲れていたが。

夏月がファニールの、秋五がオニールの婚約者になっている事に関しては、此れは特に問題なく認めて貰えた……ファニールとオニールから夏月と秋五がどの様な人物であるのかを聞いていたと言うのもあるが、アイドルと言う不特定多数の人物を相手にする仕事をしている娘達の事を考えた末の決断だったと言えるだろう。

アイドルとはファンあってのモノだが、逆に言うと熱狂的を通り越して狂信的になってしまうファンも非常に稀ではあるとは言え存在しており、そんなファンはやがてストーカーに暗黒進化してコメット姉妹を付け回すようになり、更には『自分は此れだけ相手の事が好きなんだから、相手だって自分の事が好きな筈だ』と身勝手極まりない感情を持つようになり、挙げ句の果てには誘拐や監禁、最悪の場合には歪んだ好意を拗らせた挙げ句に殺害に踏み切る事もあるのだ。

アイドルであるが故の危険性、其れを排除するには娘達に明確な交際相手が居た方が良いと考えていたテラーズとリリッケルにとって夏月と秋五の存在は有り難いモノだった……政府が決定した事であるのならば一個人が何か言ったところで覆るモノではないし、世界に二人しか居ない男性IS操縦者に対して何か害になる事をしたとなれば其れはカナダだけでなく世界的にも見過ごせる事ではなく、特に彼等の婚約者を有している日本、中国、台湾、タイ、オランダ、ブラジル、ドイツ、フランス、イギリスは黙っておらず、其れをやった者に対して『国際警察』を動かして逮捕しようとするだろう。

アイドルに婚約者が居ると言うのは普通なら地雷になるのだが、その婚約者が夏月と秋五の二人であるのならば話は別になるのである……よもや十カ国を敵に回してまで夏月と秋五を害しようとするモノは居ないだろう。

序に言うと、此の二人を害しようとしたら、其れが実行される前に確実に束が動いて其れをやった輩の人生にピリオドを打たせる事になるので、夏月と秋五に手を出そうとする事自体が死亡フラグと言えるのである。

夏月と秋五はアッサリと認められた事で拍子抜けした感じではあったが、変に反対されるよりは良かったと言えるだろう……只一つ、テラーズから『君達はロリコンだったりするのかな?』と聞かれた際には全力全壊限界突破で否定したのだが。

 

 

「うんうん、無事に認められてよかったねぇ夏月君に秋五君。

 時に、苗字は違うみたいだけど君達は双子かね?この老いぼれが見ても同一人物なんじゃないかと思う位に似てるんだけどねぇ?違うところがあるとすれば顔の傷痕の有無と目の色位だよ。」

 

「……確かに似てるかもしれないですけど、僕と夏月は別人ですよソフィレアさん。

 僕には双子の兄が居ましたけど、兄は三年前の第二回モンド・グロッソの際に誘拐されて、そして死んでしまいましたから……何より、僕と兄は目の色も同じだったんですけど夏月は目の色が違う。

 目の色だけはカラーコンタクトを入れるか他者の目を移植する以外に変える方法が無いので彼は僕の兄弟じゃないんですよ。」

 

「日本人にしては珍しいこの金色の目は生まれつきなんですよ……まぁ、珍しいんでガキの頃は色々言われて時には中二病発症してた時期もありますけどね。」

 

 

テラーズとリリッケルへの挨拶が終わった後でソフィレアは夏月と秋五が双子の兄弟なのではないかと言って来たが、其れはキッパリ否定した――本当は大正解であるのだが、秋五にとっては一夏は既に死んだ存在であり、夏月としても織斑一夏は自らの手で抹殺した存在であるので否定一択だったのだ。

其れでも夏月は自分と秋五の本当の関係性に言及して来たソフィレアの直感に驚いていたが。

 

其の後は夕飯時までフリータイムとなったので、コメット姉妹は夏月と秋五を釣りに誘っていた。

実はコメット姉妹は揃って釣りが趣味であり、仕事がオフの日に釣りに出掛ける事が多いだけでなく、カナダで大人気の釣り番組のレギュラーメンバーとして中々の釣果を上げていたりするのだ。

 

そんな訳でやって来たのは川釣りだ。

日本だと少し早いが北国であるカナダでは八月には鮭が遡上し始め、この時期は特に育ち切った『キングサーモン』が遡上してくるので釣り人にとっては恰好の釣り場となっているのだ。

 

そうして竿を川に投げてから数分後、夏月の竿に当たりが来た。

その強い引きに負けないように合わせながら夏月はリールを巻いて行く――が、只巻くだけなく相手の呼吸に合わせて緩急を付けるのは釣りの基本だ。焦ってリールを巻きまくると却って獲物に逃げられてしまうのだ。

其処から夏月と針に掛かった獲物との格闘が幕を開け、互いに譲らない戦いが展開されて行った……釣り上げたい夏月と逃げたい得物の攻防は、一瞬の隙を突いて夏月が勝利となった。

 

 

「どりゃっせぇぇぇぇい!!」

 

 

獲物の引きが若干弱くなったその瞬間を夏月は見逃さず、一気にリールを巻いて思い切りぶっこ抜いた結果、体長が一mを超える実に見事なキングサーモンを釣り上げたのだった。

更に釣り上げたキングサーモンは身体が『繁殖色』である赤に染まっていない雌であり腹の中には高級食材である『イクラ』の材料となる魚卵が詰まっているので此れは最高の釣果であったと言えるだろう。

だが、最高の釣果は最大の敵を呼び寄せる事もある――

 

 

『グルルルルル……ガオォォォォォォォォォ!!』

 

 

其処に現れたのは腹を空かせたクマ!

しかも只のクマではなく標準的なグリズリーを遥かに凌駕した体長二mを超える位の化け物グマだ――そんなモノが目の前に現れたとなれば、怯んで動く事が出来なくなり、最悪の場合には『リアルベアークロー』で身体を切り裂かれて絶命まっしぐらだろうが、其れはあくまでも一般人の場合の話だ。

 

 

「あぁ、やんのかクマ公?」

 

「いや、アンタなんで普通にクマを睨み付けてんのよ!?」

 

「うん、夏月なら絶対にやると思った。そして此の状況でも彼なら絶対に大丈夫だろうと思ってしまってる僕が居るのもまた事実。」

 

「確かにお兄ちゃんなら大丈夫そう……」

 

 

そのクマに対して夏月は『大阪のヤクザも脱帽する』、『半グレがビビって逃げる』、『某拷問ソムリエが賞賛する』レベルのメンチギリをブチかまして威圧する――クマは肉食獣の中でも屈指の強者であるが、夏月の威圧を受けると本能的に『戦ってはいけない相手』と感じ取ったのか踵を返して森の奥へと帰って行った。

此れにはファニールも『嘘でしょ流石に……』と若干呆れていたが、それ程までに夏月の威圧力は凄まじいと言う事なのだろう……逆に言えば夏月が此れほどの威圧力を得るに至った更識での訓練が色々とぶっ飛んでいると言えるのかもしれないが其れは言及してはいけない事だ。

夏月がISを動かせると分かったその日から行われた楯無と簪との訓練で地獄を見た夏月は、何度か『綺麗なお花畑が存在してる世界で川の向こうのお爺ちゃんに追い返された』経験があるので、最早野性のクマ程度では怯まないどころか逆にクマの方をビビらせるまでになっていたのである。

そして夏月が釣り上げたキングサーモンは卵は塩漬けのイクラにして、身は半身を刺し身にして残りの半身は燻製にする事にした……頭も燻製にするのは、夏月がノンアルコールの晩酌の良い肴になると考えたからだろう。其の後キングサーモンの頭の燻製は日本の更識邸宛てに郵送する手続きを取った後に日本行きとなったのであった。

 

そして釣りから帰ると、テラーズとリリッケルは帰宅しており、食卓にはソフィレアが腕によりを掛けた御馳走が並んでいた……テラーズとリリッケルは笑顔で対応してくれたモノの、肉体的にもメンタル的にも大分ダメージを受けていたようなのでリモートでの挨拶は正解だったと言えるだろう。疲れ切っている状態よりも疲労が浅い状態の方がキチンと話が出来るのだから。

『干し鱈と野菜のマリネ』、『ジャガイモの冷たいスープ』が並び、主菜は『鹿肉の塩固め焼き』だった――鹿肉は上質な赤身で肉の旨味を存分に有しているのだが独特の臭いがあるので食べ慣れていないと少しキツイのだが、此のソフィレアの塩固め焼きでは、肉を覆う塩釜の中にタイム、セージ、ローズマリーと言った多数の香草を刻んで混ぜ込んでいたので鹿肉の独特の臭いを見事なまでに消し去っていたのだ。

此れだけでも充分だったのだが、夏月は自分が釣り上げたキングサーモンを調理して『キングサーモンのカルパッチョ』を作り上げ、其れがまた大好評だった。

そのディナーの席で改めてファニールとオニールの事を任された夏月と秋五は其れに力強く答えて、テラーズとリリッケル、ソフィレアの信頼を勝ち取っていた――狙い澄ましたかのようなトラブルはあったが、カナダでの挨拶も最終的には成功したと言えるだろう。

 

 

夕食後はシャワーを浴びて後は寝るだけなのだが、シャワーを浴び終えた夏月と秋五は、先にシャワーを済ませたコメット姉妹に連れられてコメット姉妹の実家から近い小高い丘に来ていた。

流石に外出するので寝間着ではなく夫々が動き易いジャージ姿だ……夏月のジャージの上着の背中に黒地に白で『世の外道は全て俺がぶっ殺す』と入っていたのには誰も突っ込む事が出来なかったが。

 

 

「こんな所でなにがあるんだファニール?昼間なら見晴らしが良さそうだが……」

 

「其れは直ぐに分かるわよ夏月……始まったわね。」

 

 

そんな中で夜空に現れたのは見事なオーロラだった。

カナダは可成り発展した都市でありながらオーロラを見る事が出来る場所なのだが、本日のオーロラは通常のオーロラとは異なり、緑のオーロラに赤のオーロラが混じる非常にレアな『オーロラ爆発』と言われる現象が起きていたのだ。

地球の磁場と太陽風の関係によって引き起こされるオーロラ爆発はまだ詳しいメカニズムは分かっておらず、天体ショーでも可成りのレアケースであるのだが、其れを見る事が出来たと言うのは幸運極まりないだろう。

 

 

「赤いオーロラ……話には聞いた事があったが、此れがオーロラ爆発って奴か――研究者であっても一生に一度会えるかどうかって現象に立ち会う事が出来たってのは此の上ない幸運かもな。」

 

「テレビでしか見た事がなかったけど、此れは生で見ると確かに凄いね?……此れだけ壮大な自然の軌跡を前にすると、人間は如何に矮小な存在だって事を、否でも痛感させられてしまうね。」

 

「「//////」」

 

 

その壮大な光景を見つめる夏月と秋五の横顔を目にしたコメット姉妹は改めて彼等に惚れ直していた。

『高々十二歳で男女交際好きだ嫌いだを言うな、十年早い』と思うかも知れないが、男女が『憧れではない恋心』を自覚するのは十歳前後なので、其れを踏まえると決してませたモノではないと言えるだろう。

だからこそファニールの夏月への、オニールの秋五への思いは本物と言う事が出来る訳なのだが。

 

 

「其れでもまぁ、俺達がお前達に言う事があるとすれば、只一つだな……おい、分かってるよな秋五?」

 

「分かってるよ夏月……オニール、ファニール、僕達の事を好きになってくれてありがとう――僕も夏月も、君達の事が大好きだよ。」

 

 

更に此処で秋五が一撃必殺レベルの事を告げてファニールとオニールの精神に良い意味での限界突破のダメージをブチかまして、其れを喰らったコメット姉妹はファニールは夏月に、オニールは秋五に抱き付き、そして自然と唇を重ねるのだった。

夏月と秋五をロリコンと言うなかれ、夏月と秋五は相手がファニールとオニール、愛する婚約者だったからこそキスを交わしたのだ――此の二人に対してナノレベルでもロリコンの疑惑を持った輩は即滅殺間違いなしだろうが。

そうしてキスを交わした夏月とファニール、秋五とオニールは家に戻ると其々ベッドに入り、ファニールは夏月に、オニールは秋五に腕枕をして貰って秒で夢の世界に旅立ち、夏月と秋五の其れからそれ程時が経たないうちに夢の世界へと旅立ったのだった。

 

そして其の後に部屋を見に来たテラーズとリリッケル、ソフィレアが見たのは同じベッドで幸せそうに手を繋いで眠っている夏月とファニール&秋五&オニールであったので何かを言う事もなく夫々の寝室へと戻って行ったのだった。

 

空港でのドッキリテレビやら何やらがあったとは言え、カナダでの挨拶も成功したと言って差し支えないだろう――其れは、幸せそうな顔で眠る夏月と秋五とコメット姉妹が証明していたのだから。

そして、此のカナダにて秋五の挨拶旅行は終わりだが、夏月はカナダの後に最後の地である『ブラジル』が待っているのでマダマダ気は抜けないだろう――ともあれ今宵はカナダでの挨拶が無事に済んだ事を夏月も秋五も心底安心し、そして満月が照らす夜に夫々のパートナーに腕枕をして意識を夜の闇に委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode52『嫁ズの家族への挨拶Final Round~Brazil~』

ブラジルと言えば?By夏月     女性がケツ出して踊る国ね!By楯無    其れは、大間違いとは言えないのが悲しいねByロラン


カナダでコメット姉妹の両親への挨拶を秋五と共に終えた夏月は翌朝も何時も通りの早朝トレーニングに繰り出していたのだが、本日の早朝マラソンは何時もとは少しばかり様子が異なっていた。

夏月が走り込む姿は学園でもお馴染みとなっているのだが、本日はその肩にファニールが乗っていたのだ。

 

 

「夏月、もっと速く!生身で光の速度を超えるのよ!」

 

「其れは流石に無理だってばよ!生身で光の速度を超えるのは不動さんちの遊星君に任せるぜ!」

 

 

夏月はカナダの土地勘が無いので、ファニールに早朝マラソンのナビゲートを頼んだのだが、その結果としてファニールを肩車して早朝マラソンを行う事になってしまったのだった――夏月にとってはファニールを肩車する程度はマッタク問題ではなかったので多少のファニールからの無茶振りはあったモノの、早朝トレーニングは今日も今日とて高い成果を出したと言えるだろう。

トレーニングを終えた後は夏月はシャワーを浴びて汗を流し、シャワー後はコメットママの『リリッケル』に朝食の準備の手伝いを申し出たのだが、その際にリリッケルから『今日はマフィンを手作りしたから其れに合うメニューを作って貰えるかしら?』と少しばかりの無茶振りを受けてしまった。

リリッケルとしてはちょっとしたイタズラの心算であり、夏月が悩むようであればメニューを提示しようと思っていたのだが、リリッケルは次の瞬間に夏月の限界突破主夫力を目にする事となった。

『マフィンに合うメニューですね?』と確認を取った夏月は『冷蔵庫の中のモノ自由に使っても良いですか?』と聞いて来たのでリリッケルも其れを了承すると、夏月は冷蔵庫から卵、コンビーフ、トナカイ肉のソーセージ、タマネギ、セロリ、マッシュルームを取り出すと、鍋で湯を沸かし、其処にスライスした玉ネギとマッシュルーム、セロリと適当な大きさに切ったトナカイ肉のソーセージを投入し、一煮立ちしたところで中火にして固形のコンソメを入れて灰汁を取り、塩コショウで味を調えて此れで野菜とトナカイ肉のソーセージのコンソメスープが完成。

続いて熱したフライパンに油を引くと、12mm程の厚さに切ったコンビーフの表面に小麦粉を塗してからフライパンに投入して片面に軽く焼き色を付けてからひっくり返して其処に卵を落とし蓋をして蒸し焼きに。

其の間に新たに冷蔵庫からトマトとタマネギとクリームチーズを取り出すと、トマトとクリームチーズをスライスして更に盛り、其処にみじん切りにしたタマネギを散らし、キッチンにあったハーブオイルとミルで挽いた岩塩で味付けをしてトマトサラダが完成。

そしてトマトサラダが完成したタイミングでフライパンの蓋を開けると卵に火が通り、卵黄がトロトロの半熟でも完全に固まった完熟でもない絶妙な状態に仕上がっており、此れを皿に取ってコンビーフエッグの出来上がり。ベーコンエッグやハムエッグではないのは、目新しさを狙っての事だろう。

 

 

「と言う訳で取り敢えず三品ほど作ってみましたが如何でしょうか?」

 

「貴方の料理が美味しいって事はファニールとオニールから聞いていたのだけど、此処まで手際よく料理が出来るとは思わなかったわ――私の無茶振り的要求にも応えて見せたのも凄いわよ。

 貴方、IS操縦者じゃなくてプロの料理人にもなれるんじゃないかしら?」

 

「其れは良く言われるんですけど、残念ながら今現在だと料理人一筋ってのは難しいでしょうね……ISを動かす事が出来る男性、其れがISに乗らない事を今の世界は許容してくれるとは思えませんから。

 まぁ、二足の草鞋って道もあるんで男性操縦者と料理人の両方もアリですかね?……いっそモンド・グロッソで優勝した上で料理屋開けば『モンド・グロッソの優勝者の店』って事で人集まりますよね?」

 

「其れはまぁ、確かにそうかも知れないわね♪」

 

 

夏月の手際の良さに驚いたリリッケルだったが、其処で丁度手作りマフィンも焼き上がったので其れを食卓に運んで朝食は準備完了。

その頃には秋五とオニール、ソフィレアも目を覚ましてリビングに集まっていたのだが、コメットパパの『テラーズ』はまだ起きて来ていなかったのでファニールとオニールが起こしに行ったのだが、二人が身体を揺すろうが上に乗っかろうが其処からジャンプしようがマッタク目を覚まさなかったので、最終的には専用機を起動して『覚醒作用のある音楽』を大音量でぶっ放して強制的に起こす事になった――その際、部屋の扉の方向には同じ音量の逆位相の音を出す事で相殺して部屋の外には音楽が漏れないようにすると言う徹底っぷりを見せていた。

 

リリッケルの手作りマフィンと夏月の料理による朝食はとても美味しく、焼き立てのマフィンとコンビーフエッグは相性抜群で、半分に切られたマフィンでコンビーフエッグをサンドしたのは最高の逸品だった。

朝食後に夏月と秋五はコメット姉妹とゲームなんかを楽しんだ後に空港にやって来ていた。

秋五は此のまま日本に帰国となる訳だが、夏月は此れから最後の目的地であるブラジルに向かうのである……北半球のカナダから南半球のブラジル、季節は反転して冬となる訳だが、ブラジルは年間を通して温暖なので其処まで問題は無いだろう多分。

 

夏月はブラジル行き、秋五は日本行きの便に乗るのでファニールとオニールも夫々の搭乗口へとやって来ていた。

 

 

「次に会うのは日本でだな……日本の夏休みの正しい過ごし方ってやつを教えてやるから楽しみにしてなファニール。」

 

「其れはとても楽しそうね?期待してるわよ夏月。」

 

 

ゲート前で軽く拳を合わせると夏月はブラジル行きの便に搭乗し、日本行きの便の搭乗口付近では秋五とオニールが似たような遣り取りをしていた――こうして夏月は最後の目的地であるブラジルへと旅立ち、秋五は日本に帰国するのだった。

尚、カナダの一部のパパラッチ系週刊誌が夏月とファニール、秋五とオニールの熱愛報道……は未だしも、憶測捏造上等の『肉体関係』に関しての記事を掲載しようとしていたのだが、そんな事を束が許す筈もなく、捏造記事のデータは跡形もなくデリートされるだけでは済まず、社内のありとあらゆるデータもデリートされる結果になり、そのデータの中には取材スケジュールや他社との打ち合わせの日程等も入っていたため、会社は一気に傾く事になるのであった。

雑誌の売り上げ数増加を目論んで下手な謀をすると碌な目に遭わないと言う良い教訓だったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode52

『嫁ズの家族への挨拶Final Round~Brazil~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カナダからブラジルへの航行時間は、オランダ~カナダ間よりも短いとは言え地球を縦に移動する訳だから其れなりに時間が掛かり、十時間以上のフライトを経て夏月はブラジルに降り立っていた。

カナダとブラジルの時差はブラジルの方が平均で一時間ほど早いので、午前十一時にカナダを発ってから十時間以上のフライトを終えた今は夜の十時となっていたので夏月は空港近くのホテルを取って、グリフィンとの合流は翌日となった。

 

そして翌日。

ホテルを取っていたために早朝トレーニングが出来なかった夏月はホテルのジムで軽く身体を動かした後に朝食を摂ってホテルをチェックアウトして、昨夜グリフィンと決めた待ち合わせ場所である空港のターミナルにやって来ていた。

 

 

「やっほー!ようこそブラジルにカゲ君!」

 

「待たせたなグリ先輩。」

 

 

其処には既にグリフィンがやって来ており、夏月の姿を確認すると即駆け寄って情熱的なハグを行い、夏月も其れに応える――ラテンの血があればこその情熱的な愛情表現だが、此れ位はブラジルでは割と普通なので周囲の人間も誰も何も言わないのが日本とは異なると言えるだろう。

 

 

「しかし、ブラジルに来るのは初めてなんだが……なんか外国に来た気がしないんだよな……」

 

「ブラジル……って言うか南米は日系の人が多いからじゃないかな?これから行く孤児院のママ先生も日系人だからね。……逆に言うと、日系の人が多かったから私はIS学園に行っても外国に行った感じがしなかったんだけど。」

 

「同じ事はハワイにも言えるかもな。」

 

 

空港で合流した夏月とグリフィンはブラジル観光をしながらグリフィンが育った孤児院に向かう事になった――グリフィンは、物心付く前に孤児院前に放置されていた孤児であり、夏月の嫁ズの中では唯一両親の顔すら知らなかったりする。

尤もグリフィン自身はそんな身の上を不幸だと思った事は一度もなく、寧ろ自分を此処まで育ててくれた孤児院の『ママ先生』に対して感謝しかないのだ――だからこそ己の伴侶となる夏月の事はちゃんと紹介したいと思っているのである。

 

其れは其れとしてブラジルの首都であるリオデジャネイロは大都会だが、一本路地を裏に入れば其処にはスラム街が存在している。

尤もスラム街とは言っても治安が致命的に悪いと言う事は無く、華やかな大都会と比べると寂れた印象のある下町と言った雰囲気である――嘗ては犯罪が日常茶飯事だったスラム街だが、其れを重く見たブラジル政府が日本に倣って『交番』をスラム街を中心に設置した結果、犯罪発生率は激減したのだった。

とは言え其処は血気盛んなブラジル人故に、スラム街では其れなりの頻度でストリートファイトの大会が開催されており、交番の警官も余程の事がない限りは取り締まる事は無かった。何か起きた時の為に大会を監視はしているが。

そんなスラム街を通って行くのが孤児院への近道と言う事で、夏月とグリフィンはスラム街を歩いていたのだが、その最中にストリートファイトの大会が開催されている場面を目撃した。一応警官が巡回しているが、大会に熱狂しているギャラリーは特に気にはしていないようである。

夏月が興味を示した事で其れを観戦する事になり、大会は丁度決勝戦が行われており、カポエラ使いのドレッドヘアーの男とブラジリアン柔術使いのスキンヘッドの男が火花を散らす戦いを演じていたのだが、その決勝戦は夏月の目にはとても温いモノに映ってしまっていた――更識の仕事で数々の修羅場を潜って来た夏月には、スラムでのストリートファイトですら『死ぬ危険性の無い安全な戦い』と感じてしまったのだろう。

 

 

「踏み込みが甘いな?

 其れから、カウンターのタイミングが少し遅い……楯無さんだったら今のカウンターの投げで完全に相手をKOしてんぞ?武闘派じゃない簪でも一撃KOとは行かなくても戦闘不能寸前には追い込んだ筈だからな……此の大会あんまりレベル高くないのか?」

 

「低くはないけど滅茶苦茶高いとは言えない感じかな?其れにしたってカゲ君辛口だね♪」

 

 

だが、其れを口にしてしまった事で夏月は大会の主催者によって、『いちゃもんを付けるのだから強いのでしょう?』と因縁を付けられ、屈強な男二人に連れられる形でバトルフィールドに連れ出されてしまった。

そして其処で夏月は大会を制したスキンヘッドの大男に胸倉を掴まれて『粋がるんじゃねぇぞガキが!』と揺すられたのだが、何度か揺すられたその時にカウンター気味の頭突きをブチかますと、流れるような動きで側頭部にハイキックを叩き込み、トドメはタイで会得したムエタイの帝王の奥義の『カイザー・ニー・キャノン』で顎を打ち抜いてKO!

ストリートファイトの大会を制したチャンピオンがKOされた事に会場は一時静まり返ったが、次の瞬間に割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こり夏月の勝利を祝福してくれた――ブラジル人は血の気が多く交戦的な人物が多いのだが、其れだけに『強い』と言う事を示せばあっと言う間に『友』認定される事も少なくなかったりするのである。巡回中の警官まで拍手をしてくれたのだから相当だろう。……夏月が連れ出された時点で止めなかったのは夏月の実力を見てみたかったと言う事にしておくのが良さそうではあるが。

 

 

「わぁお瞬殺♪流石だね、カゲ君?」

 

「嫁さんが八人も居るってのに弱いんじゃ話にならないでしょう?弱くならないように日々鍛えてる訳だし……多分だけど、今の俺なら現役時代のDQNヒルデにも勝てると思う。てか勝つ。」

 

「確かに今のカゲ君だったら現役時代のブリュンヒルデにも勝てるだろうね♪」

 

 

期せずして己の力をブラジルの喧嘩好き達に示す事になった夏月は改めてグリフィンの案内でリオデジャネイロの郊外のスラム街を越えた先にある木造二階建ての孤児院、『ママの孤児院』に到着した。

呼び鈴を鳴らすとインターホンから『入って頂戴』と流れて来たので、グリフィンは夏月を連れて孤児院の一番奥にある『ママ先生の部屋』にやって来ると、扉をノックし、中から『入って』との声が聞こえると夏月と共に中に入った。

 

 

「お帰りなさいグリフィン。そして初めましてね、一夜夏月君。」

 

 

その部屋で待っていたのは肌こそ褐色だが顔の造形は日本人の日系人で、此の孤児院の院長である『マチルダ・ニシズミ』だった――一見すると優しそうな女性だがその瞳の奥には強い意志を宿している事を夏月は初見で勘付いていた。

 

 

「初めまして、グリフィンの婚約者の一夜夏月です。」

 

「此の孤児院の院長のマチルダ・ニシズミよ……ふむ、良く鍛えられてるみたいねその身体は?自己鍛錬は怠らない感じなのかしら?」

 

「まぁ、トレーニングは趣味みたいなモンですからね?この挨拶旅行中も基本的にトレーニングは欠かしてないですし……と言うか、最早朝のトレーニングはルーティーンに組み込まれてるんでやらないと何となく一日が始まらないと言った感じですね。」

 

「カゲ君のトレーニングってホント凄いんだよママ先生。

 学園島を一周して、腕立てとかスクワットとかを何百回もやって、シャドーや木刀の素振りもみっちりやった上で筋肉の柔軟性を失わない運動をして、最後にはヨガで身体解してるんだもん。

 このトレーニングを続けた事で、カゲ君の身体って全身が速筋と遅筋の利点のみを併せ持つ最強の筋肉になってるんだって!」

 

「そりゃまた凄いわねぇ……昔読んだ日本の漫画で『人間の遅筋と速筋、その両方の性質を併せ持つ筋肉の割合って一生変わらないって』の言うを読んだ事があるのだけれど、其れが真実だとして、変わる筈の無い筋肉の割合を全身を瞬発力と持久力の両方を併せ持つ筋肉100%にしちゃうだなんて驚きだわ。」

 

 

ファーストコンタクトは上々で、其処から一気に話題に花が咲く事になり夏月とマチルダはあっと言う間に打ち解けていた。

夏月の身体が鍛えられていると言うところから始まり、其処から『ブラジルは移民の国で、昔は移民同士の争いも日常茶飯事だったから、ブラジル人は自然と血気盛んで喧嘩好きな男性が多く、そんな男性と結婚する女性は強い男性を見極める目が育っており、更に結婚後はその喧嘩好きの旦那の尻をひっぱたくようになるからブラジル女性は相当に気が強い』と言う話になって、其れを聞いた夏月は『ブラジル人の女性と結婚した野郎は絶対に浮気とか出来ねぇですね。』と口にしていた。

マチルダも『浮気をしただけだったら兎も角として、浮気に現を抜かして家族を蔑ろにしたその時は折檻確実だね。』と言っていた……何でもマチルダの知り合いに浮気して家族を蔑ろにした旦那の『野郎の選手生命』を半分終わらせた女性が居たらしいのだ。

そんな事を言いながらもマチルダは『君ならそんな心配はないだろうけどね?』と言えば夏月も『グリフィン達を悲しませるような事はしませんよ……愛する女性には真摯に、ですから』と答え、グリフィンも『カゲ君なら嫁が八人も居るから飽きて浮気とか有り得ないって♪』と笑っていた。夏月を信じているからこそ笑いながらと言ったところなのだろう。

其処から今度は夏月の家族の事に話題が移ったのだが、夏月は『自分には両親が居なくて施設で育ち、十歳の時に今の義母である『坂上時雨』(スコールの日本国籍であると同時に更識のエージェントだった頃のコードネーム)に養子として迎えて貰い、今は更識家に居候中』と言う事を話した……流石に『織斑計画』云々を話す事は出来ないので表向きの話ではあるが、其れでもマチルダは納得してくれたらしく、『そうかい、君も孤児だったんだね……』と言うと同時に、『似た境遇のグリフィンと夏月ならば巧く行くだろう』とも考えていた。

其処から今度はグリフィンについての話になったのが、グリフィンは赤ん坊の頃に此の孤児院の前に籠に入った状態で放置されており両親の顔も知らず物心付く前から此の孤児院で暮らしていたのだ。

 

 

「実はね、私の『グリフィン・レッドラム』って名前もママ先生が付けてくれたモノなんだよ。」

 

「え、そうなのか?」

 

「此の子が入れられてた籠には『Griffin』って刻印されたプレートがくっ付いてて、籠の中の赤ん坊は赤い羊毛の帽子を被せられていたのさ……安直だけど、その籠のプレートと赤い羊毛の帽子から、『グリフィン・レッドラム』って名付けたんだよ。」

 

「レッドラムって、『赤い羊』って事だったんですか……俺はてっきり『Murder』の逆読みなのかと思ってました。某高校生探偵の事件簿の犯人の中にも『Mr.レッドラム』てのが居たから余計に。」

 

「誰が殺人者じゃーい!」

 

 

グリフィンの名付け親もマチルダだったと言うのは驚きだったが、夏月のまさかの勘違いに更に場の雰囲気は和んだ様だった――そして、場の雰囲気が和んだ所でマチルダは一番大事な事を切り出した。

 

 

「夏月君、君の人柄は良く分かったし、君ならグリフィンを任せても良いかなとも思ったけれど、最後に一つだけ……グリフィンを幸せにするのは当然だけど、グリフィンの事を絶対に裏切らないで。そして悲しませないで。其れを約束出来る?」

 

「グリフィンの事を裏切らない、其れは約束します。悲しませないってのも俺が最低な事をして悲しませるような事だけは絶対にしないって誓いますけど、グリフィン達を悲しませる結果になっても、そうしないとグリフィン達を守る事が出来ない状況になったその時は、俺はその選択をします。

 彼女達を悲しませる結果になっても、其れでもグリフィン達の無事こそが俺の望む事なので。尤もその選択をしても俺は絶対に生き延びてグリフィン達の元に戻りますけどね絶対に。」

 

「カゲ君だったら死に掛けても絶対に戻ってくるような気がする……其れこそ閻魔に喧嘩売ってでも。」

 

 

マチルダの問いに対して夏月は嘘偽りない己の気持ちを告げる。

嫁ズの事を真に大切に思っているからこそ裏切る事は絶対にしないし、悲しませるような事もする心算は無いが、結果として嫁ズを悲しませる事になろうとも、そうする以外に嫁ズを守る方法が無いのであれば夏月は迷わずその方法を選択する心算だった。

無論夏月とて嫁ズを悲しませたくは無いので、その選択をしても必ず生き延びる気ではあるのだが、其れを聞いたマチルダはにっこりと笑みを浮かべてた。

 

 

「其れが君の本心なんだね……其れが聞けて良かった。

 少し意地悪な質問だったんだけど、此れに場当たり的な耳当たりの良い答えをして来たら私は君の事を認める事は出来なかったけど、君は『悲しませない事』に関しては約束をせずにグリフィンを守る為に必要ならその選択をすると正直に言ってくれた。そして其の選択をしても絶対に生き延びて帰って来ると。

 だからこそ信用出来る……夏月君、グリフィンの事を宜しくお願いしますね?」

 

「……はい!」

 

「ママ先生、ありがとう!」

 

 

嘘偽りなく答えた夏月にマチルダは『グリフィンを任せるに値する』と判断して、グリフィンの事を任せ、最後のブラジルでの挨拶も無事に成功となったのだった。

マチルダへの挨拶が済んだ後は、グリフィンが『私の弟と妹達を紹介するね』と言って孤児院の二階に案内された――二階は一階にもあった二人部屋の他にリビングルームよりもやや小さめの大広間が存在しており、孤児院で暮らしている子供達が其処で遊んでいる最中だった。

其処にグリフィンが声を掛けると子供達が集まって来て、其処でグリフィンは夏月の事を『此の人がお姉ちゃんの将来の旦那さんです』と紹介し、夏月も自己紹介をすると羅雪の拡張領域に入れていたモノを取り出した。

其れは大きな紙袋で、その中身は数種類のゲーム機と多数のゲームソフト、遊戯王のストラクチャーデッキ数種類にブースターパック&夏月がデッキ構築をした際に出た余りカード千枚近く、真新しいサッカーボール、HGCEのガンプラフルコンプリートセットと、孤児院の子供達へのプレゼントが詰め込まれていた。

ゲームソフトは一人がゲーム機を独占する事がないように、複数人でプレイ出来る『スマッシュブラザーズ』や『桃太郎電鉄』に『マリオカート』、ダウンロードコンテンツでインストールしたベルトスクロールアクションの伝説的作品で二人プレイも出来る『ファイナルファイト』も入っているので孤児院の子供達は大いに楽しむ事が出来るだろう。

遊戯王のカードに関してもストラクチャーデッキだけでなくブースターパックと夏月が使わなかったカードが多数あるので、其れ等を組み合わせて個性的なデッキを作る事が出来るだろう――個性的なデッキこそが最強と考えている夏月だからこそ、単体では役に立たない余りカードも孤児院の子供達に渡す事にしたのだ。

単体では役に立たないカードでもコンボで化けると言う事は少なくないので、其れを考えさせる事が出来るとなればデッキ構築は子供の思考力の向上に関して決して小さくない役割を果たすのかも知れない。

その後夏月は子供達の要望で、『ファイナルファイト』で上級者向けのハガーでプレイをする事になったのだが、此処で夏月は『e-スポーツ部』の面目躍如のスーパープレイを連発してくれた。

ノーミスは当然としてハガーでは不可能と言われていた『パンチ嵌め』で雑魚を蹴散らした後は、ボスに対しては徹底して『パイルドライバーオンリー』で攻めて見事にノーミスノーダメージで全面クリア。

更にその後は大人気キャラの『ガイ』を使ってノーミス&ノーダメージ&最高得点と言う凄まじい記録を出した事で夏月は孤児院の子供達からも尊敬される事になったのだった――たった一人を除いて。

 

 

「夏月、オイラと勝負しろ!お前がグリ姉ちゃんの相手に相応しいか、オイラが確かめてやる!」

 

 

夏月がガイでファイナルファイトを全クリしたところでやって来たのは褐色肌に短い金髪が特徴的な少年、『セルジオ・グレイス』だった――年の頃は十~十二歳と言った所だが、その瞳に宿った闘気は本物で、本気で夏月に勝負を挑んで来ていた。

 

 

「ちょっとセルジオ、カゲ君に失礼だよ!」

 

「まぁまぁ、そう言うなよグリ先輩……アイツの気持ちは分からなくもないからさ――良いぜ、その勝負は受けてやる。勝負方法はお前が決めて良いぜ?格闘技での勝負となったら俺が絶対に勝っちまうからな。」

 

 

夏月に勝負を申し込んで来た少年『セルジオ』は五年前に五歳の時に此の孤児院にやって来ており、その日から当時十二歳だったグリフィンに何かと世話をして貰っていた事でグリフィンに対して淡い恋心抱いており、其れだけに突然としてグリフィンの婚約者となった夏月の事を認める事が出来なかったのだろう。

無論セルジオとてグリフィンの幸せを願ってはいるのだが、見ず知らずの男がグリフィンの婚約者と言うのは認めたくないと言う複雑な心境なのである……この年頃の恋する少年は色々と面倒であるのだ。

だからこそ夏月に勝負を申し込み、先ずはリフティング勝負となったのだが、セルジオが百回以上を達成した後にミスったのに対して、夏月は余裕で三百回を突破してしまい、続くPK勝負では夏月が『キャノンシュート』、『バナナシュート』、『ドライブシュート』でキーパーを翻弄して三連続でゴールを決め、対するセルジオは狙いは悪くなかったのだが狙いが分かり易かった事で三連続でセーブされて敗北が確定。

其れでも諦められないセルジオは遂に夏月に格闘技での直接対決を申し入れ、孤児院の庭にて夏月vsセルジオのファイナルラウンドが始まったのだが、此れは最早勝負になっていなかった。

果敢に攻めて来るセルジオに対して夏月は一切手を出さずに防御と回避に徹していた――本気を出せばそれこそ一瞬で勝負が付くだろうが、夏月が本気で攻撃したらセルジオを怪我させてしまうので其れは出来なかった。

グリフィンの『弟』に怪我をさせたくはなかったので夏月は防御と回避に徹しながらもセルジオに『負け』を認めさせるその瞬間を狙っていた。

 

 

「く……いい加減当たれよこの野郎ーーーーー!!」

 

 

そして遂に訪れた瞬間。

ことごとく攻撃を躱され、防がれたセルジオは遂に痺れを切らして大振りの『当たれば必殺』となる右のフックを放って来たのだが、夏月は其れを軽く弾くと此処で漸く攻勢に回り右の拳を繰り出す。

完璧なカウンターで放たれた拳打は防御も回避も不能であり、其れが決まればその瞬間に決着だろう。

だがその拳がセルジオに炸裂する事はなく、夏月の拳はセルジオの顔の1cm前でピタリと止まっていた……本気の拳による完全なる寸止めにセルジオは動く事が出来なくなり、次の瞬間には其の場に尻もちを付く事になった。

そして此れこそが夏月の狙いだった。

防御と回避に徹した上で攻撃の隙に完璧なカウンターを放って其れを寸止めする事で『本気になれば何時でも倒せた』と言う事を分からせてセルジオに『負け』を認めさせようとしたのだ。

此れにはセルジオも『どうやっても夏月には勝てない』と実感したのか、目に涙を浮かべながらも悔しそうな顔で夏月の事を睨みつけて来る……そんなセルジオに苦笑いを浮かべながらも夏月は彼の頭を少し乱暴に撫でてやった。

 

 

「イキナリ何処の誰とも分からない奴に大好きなお姉ちゃんを取られちまったら、そりゃ怒るよな?分からんでもないぜその気持ちはさ。

 だけど、お前はグリフィンの事が大好きでグリフィンには幸せになって欲しいと思ってるんだろ?……なら、グリフィンが選んでくれた俺の事を認めてやってくれないか?お前さんに祝福して貰えないってのは、グリフィンも悲しいと思うんだよ。」

 

「セルジオ……ゴメンね、私はカゲ君を選んだんだ。セルジオが私に好意を抱いてる事は知ってたけど、其れに応える事は出来ない……セルジオは私の大切な弟なのは間違いないけどね。」

 

「分かってた……分かってたよそんな事は……グリ姉ちゃんに婚約者が出来たって時点でオイラの初恋は終わったんだって。

 でも、それでもグリ姉ちゃんの婚約者が本当にグリ姉ちゃんに相応しいのか、オイラ自身が知らないと納得出来なかったんだ……そんでもって結果は完敗。悔しいけどオイラはアンタの事を認めるよ一夜夏月……グリ姉ちゃんの事、絶対に幸せにしろよ!グリ姉ちゃん泣かせたら絶対に許さないからな!」

 

 

そうして夏月とグリフィンの言葉を聞いたセルジオは此れで完全に吹っ切れたらしく、夏月に『グリ姉ちゃんの事を絶対に幸せにしろ!』と言うと、涙を拭って建物内に走って言ってしまった。

まさかの『小さな婚約者見極め人』の登場であったが、夏月はセルジオに己を認めさせる事に成功したのだった。

 

セルジオとのバトルが終わった後はパンとベーコンの軽めの昼食を済ませてから孤児院の子供達と遊びまくった。

遊戯王にスマブラに桃電と兎に角遊びまくった。

遊戯王では夏月が無改造のストラクチャーデッキ『精霊術の使い手』で子供達の挑戦をことごとく退けながらもデッキ構築のアドバイスをし、スマブラではグリフィンがピカチュウを使っての華麗な立ち回りを見せ、桃電とマリカーでは夏月とグリフィンが見る人が見たらドン引きレベルの妨害合戦を行っている隙に孤児院の子供が一位通過しており、庭でのサッカーでは夏月が実に見事な『ジェクトシュート(パンチングはなし)』を決めて子供達を湧かせていた。

 

そんな楽しい時間を過ごしている内に夕食時となり、本日のディナーは庭でのバーベキューだ。

バーベキューコンロの網の上には厚切りの豚バラ肉、骨付き子羊肉、ナスやトウモロコシ、ジャガイモと言った野菜類が並べられているのだが、其れを遥かに上回るインパクトだったのが、特製コンロの上でグルグル回されながら焼かれている豚だった。

其れはつまり『豚の丸焼き』なのだが、こんがりと焼かれた表面の皮だけを食す中国の豚の丸焼きとは異なり、ブラジルの豚の丸焼きは豚一頭を丸々食べるのだ。

焼かれていたのは子豚なので其れほど時間を掛けずに焼き上がり、切り分けられて振る舞われたのだが夏月は生まれて初めて食べる豚の丸焼きの美味しさに感激する事となった。

こんがりと焼かれた皮の香ばしさは言うまでもないのだが、じっくりと火を通した肉は余分な脂を落としながらもジューシーで柔らかく噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出て来たのだ。

此れだけでも充分過ぎるのだが、グリフィンが『此れが美味しいところ』と言って出してくれた尻尾と耳は正に最高だった――尻尾はカリッと香ばしく、耳は日本でもお馴染みの豚の耳の燻製、『ミミガー』とはまた違うカリカリとコリコリが入り混じった食感で実に美味だったのだ。

また特徴的な鼻の肉も、鼻のナンコツが実に良い味を出してくれていた……因みにブラジルのバーベキューは基本的に味付けは塩と香辛料であり、素材の味をダイレクトに味わう事が出来るので、其れも夏月にはポイントが高かったようである。

 

 

「うん、確かに旨いな此れは……んで、グリ先輩は何を手にしておられるのでしょうか。」

 

「豚のもも肉~~!耳と尻尾が美味しいのは知ってるんだけど、私は此のもも肉を豪快に齧り付くのが好きなんだよねぇ♪この骨付きもも肉は最高だよ~~~♪」

 

「うわ~おワイルド。だけど美味しそうに食べる君が大好きです。」

 

 

グリフィンもまた健啖家っぷりを十二分に発揮して、今宵のバーベキューは大いに盛り上がった。

そのバーベキューの後はお風呂タイムとなったのだが、此処は夏月とグリフィンで子供達を入浴させた後に一緒にお風呂となった――そしてお風呂タイム後は部屋に戻って一緒のベッドで夢の世界へと旅立つのだった。

そんなこんなで、夏月の最後の嫁の家族への挨拶旅行も無事に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、日課である早朝トレーニングを終えた夏月はマチルダと共に朝食を作り上げ、朝食を済ませたその後はグリフィンと共に『リオデジャネイロ国際空港』に向かって日本行きの便の搭乗手続きを行っていた。

『嫁ズの家族への挨拶回り旅』は此れで終わりとなったので夏月はグリフィンと共に日本に向かうのだ――既にロラン、ヴィシュヌ、鈴と乱、ファニールは日本入りをしているので、夏月とグリフィンが日本に戻れば『夏月チーム』が日本に勢揃いすると言う訳だ。

 

其れから二十時間以上のフライトを経て、夏月とグリフィンは日本の地に降り立っていた。

 

 

「めっちゃ久しぶりだ~~!ニッポンよ。私は帰って来た!!」

 

「この空気、とっても落ち着くなぁ~~……日本最高だね!!」

 

 

若干謎な事を口にした夏月とグリフィンだったが、ゲートを潜った先のロビーには更識姉妹、ロラン、鈴と乱、ヴィシュヌ、ファニールが待っており、其れを確認した夏月とグリフィンは彼女達とハイタッチをした後にハグを交わして久し振りとなる再会を喜んでいた。

そして同時に此処からが夏休みの本番と言えるだろう――前半戦は嫁ズの家族への挨拶に費やしてしまったので夏月と秋五にとっては後半戦こそが夏休み本番なのである。

 

その夏休みの本番では一体どのような事が起こるのか?――少なくとも、生涯の思い出に残る夏休みになる事だけは間違いないだろう。

此の面子の夏休みが、大凡一般的な夏休みになる筈がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode53『夏休みイベントラウンド1~夏祭りだぜ~』

夏祭りと言えば、焼きそば、たこ焼き、金魚すくいBy夏月     イカ焼きと射的も外せないわ!By楯無    日本の祭りはディープだねByロラン


嫁ズの家族への挨拶旅行も無事に終了し、此処からが夏休みの本番であり、夏月と嫁ズは更識邸で暮らしていた。

だが夏月と嫁ズだけでなく、秋五と彼の嫁ズもまた更識邸にやって来ていた――夏月の嫁ズ海外組が夏休み中は更識家にホームステイする事は決まっていたのだが秋五の方は海外組のホームステイ先は決まっていなかったのだ。

最初は秋五の家にホームステイ予定だったのだが、秋五の家……織斑の家は一夏と秋五と千冬の三人暮らしをしていたので秋五と嫁ズの計六人で生活すると言うのは、日中は兎も角として就寝時に寝室の絶対数が足りないと言う事実が明らかになったのである。

織斑家はリビング、キッチン、千冬、一夏、秋五の個室、風呂と脱衣所兼洗面所、トイレと言う間取りであり客室がそもそも存在していない――現在はマッタク使われていない千冬の部屋と一夏の部屋を使い、一部屋二人に割り当てれば寝室の確保は出来るが、秋五としては一夏の部屋を弄りたくはなかった事、そして千冬の部屋は嫁ズ全員が拒否するだろうと思ったのだ。

『だったら半分は箒の所にホームステイさせれば良いのではないか?』とも思うが、箒は『要人保護プログラム』によって両親とは離れて暮らしており、現在は叔母が管理している実家で暮らしている状況なのだ……秋五との婚約の事を伝えるために両親に会いには行ったが、其れも実に中学に入学して以来であり、両親は実家とは別の場所で暮らしていたりするのである。

そんな状況の箒の所に海外組を二人も預かって貰うと言うのは些か無理だと判断し、夏月より先に帰国していた秋五は困り果ててしまい、藁にも縋る思いで楯無に相談したのだが、其処で楯無から提案しされたのが『貴方とお嫁ちゃん達も更識家に来たらどうかしら?』との事だった。

此れには秋五も驚き『良いんですか?』と聞いたのだが、楯無から返って来たのは『構わないわよ♪』との応えであり、『そうしてしまえばファニールちゃんとオニールちゃんも一緒に居られるしね。』と言われ、秋五も『確かに其れもそうだ。』と思い楯無の提案を受ける事にして更識邸で生活させて貰っている訳だ。

 

更識邸は英国貴族のセシリアが驚くほどの広さがあり、二階建ての本宅に来客用の別宅、離れに道場が存在しており、本宅には枯山水の中庭があり、敷地内の庭にも見事な日本庭園が造られていて、鯉が泳ぐ大きな池まであるので初めて訪れた秋五と秋五の嫁ズだけでなく、夏月の嫁海外組も驚かされる事になった。

序に言うと池で泳いでいる鯉は一匹十万円以上する錦鯉なのだが、其れが十匹以上泳いでいる事からも、更識家がドレだけの財力を持っているのかが分かると言うモノだろう。

 

さて、楯無が秋五に自分の家に来ればいいと提案したのは彼と彼の嫁ズの為だけではなく、更識の長としての考えもあっての事だった――そう、護衛対象である夏月と秋五を一箇所に纏めてしまった方が護衛の観点からすれば都合が良かったのだ。

護衛対象を一箇所に纏めてしまえば警護を織斑家に派遣する必要がなくなり人員を半分にする事が出来るので、その分を裏の仕事に回す事も出来る上に、夏休みのイベントも夏月組と秋五組で一緒に行えるので警護も出動回数が減ると言うメリットがあるのだ。

少しばかり強引かもしれないが楯無が決定した上で、簪が『秋五達が更識家で夏休みを過ごす事のメリット』を数値化して示してしまえば幹部級の人物であっても異を唱える事は出来ないので、アッサリと承認されたのである……権力の使い方を分かっている楯無と、其れを見事にサポートする簪のコンビは歴代の『楯無と補佐』の中でも最強であるのかも知れない。

 

秋五に遅れて帰国した夏月は、更識邸に秋五達が居る事に怪訝な顔をしたが、楯無から事情を聞くと納得し、『最高の夏休みにしようぜダチ公!』と言って秋五と拳を合わせていた。

其れから数日は夏休みを憂いなく過ごす為に夏休みの課題を終わらせる為に使い、そして八月の前半には其れが全て終わっていよいよ夏休みの本番だ。

 

そんな時に、道場では夏月と秋五がスパーリングを行っており……

 

 

「此れで決める!」

 

「レインメイカー……だが甘いぜ!」

 

 

秋五が勝負を決めようと放ったレインメイカーを躱した夏月がカウンターとなるジャーマンスープレックスホールドを叩き込み、其処からローリングジャーマンに繋いで最後はローリングブルーサンダーを決めてターンエンド。

 

 

「俺の、勝ちだ!此れで俺の十五勝先行だな。」

 

「数え直してよ、此れで君の十四勝先行だ。」

 

 

IS学園入学当初は夏月の方が秋五よりも圧倒的に強かったのだが、秋五も日々トレーニングを行って来た事で夏月との差が縮まっており最近ではギリギリではあるが模擬戦で勝利する事も少なくなくなっていた――とは言え、夏月もトレーニングを怠っていないので中々勝敗差は埋まらない状況となっているのだが。

取り敢えず、夏月と秋五は『親友兼ライバル』と言う関係性を良い感じで発展しているのは間違いないだろう。

因みに、セシリアから『お嬢様言葉』が消えた事には全員が驚く事になったが、『そっちの方が印象が良い』と中々に好印象であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode53

『夏休みイベントラウンド1~夏祭りだぜ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月と秋五のスパーリングが終わった後は、夏休みの課題が全て終わっている事もあって午前中は思い切り遊び倒した。

大人数で楽しめる『人生ゲーム』は二人一組のタッグで行われたのだが、此れは夏月とロランのタッグが驚異の強運を披露して圧倒的な勝利を収め、スマッシュブラザーズの大会ではリリース当初、理不尽なまでの強さで多くのプレイヤーにトラウマを刻み込んだ事でアップデートで弱体化され『強いけど勝つ為にはプレイヤーのプレイスキルが重要』となったにもかかわらずリリース当初のやらかしが原因で『最凶キャラ』と言われている『ベヨネッタ』を持ちキャラにしている簪の独壇場……かと思いきや、同じ理由で『最凶』と言われている『クラウド』を持ちキャラとする楯無と、『遠距離では如何にも戦えない上に近付く手段も少ないが近距離戦とガードブレイク能力はやたらと高いゴリゴリの近距離格闘脳筋ゴリラ』と意味不明な評価を受けている『リュウ』を持ちキャラにした夏月が三つに分けたリーグ戦を無敗通過して決勝戦で激突し三人とも互いに譲らない戦いとなったのだが、混戦の中で夏月が絶妙のタイミングでリュウの『↓B』必殺技の『セービングアタック』を使ってベヨネッタとクラウドを纏めてスタンさせると、其処から通常技キャンセルコマンド昇龍拳を叩き込んでダブル撃墜!

この撃墜で『セービングアタック』を警戒した結果楯無と簪は攻撃の手が鈍ってしまい、其処を夏月が果敢に攻め込んで撃墜の山を築き、挙げ句の果てには『最後の切り札』である『真・昇龍拳』を叩き込んで曙フィニッシュまで決めて見事優勝して見せたのだった。

持ちキャラ同士のガチ勝負で性能的にはベヨネッタとクラウドに比べれば劣るリュウで勝ったと言うのはプレイヤーの腕前に加えて駆け引きの勝負にも勝った部分も大きいだろう。

続くツイスターゲームでは、此れはヴィシュヌが最強だった。

ヨガで此の上ない身体の柔軟性を会得していたヴィシュヌはツイスターゲームの無茶な要求にも見事に対応し、時には『どうやったらそんなポーズが出来るのでありましょうか?』と言いたくなるような体勢すらやってのけたのだ……右腕と左腕が交差した状態で右足が頭を超えて左足は真っ直ぐ伸ばされた体勢は大凡普通の人間には出来るモノではない――身体の柔軟性に関してはヴィシュヌも割と人間を辞めていると言っても良いだろう。

 

そんな感じで午前中を楽しんだ後はあっと言う間にランチタイムとなり、夏月は厨房にて調理を開始していた。

ロランを始めとした欧州組とカナダ出身のコメット姉妹は日本の高温多湿な夏に少しばかり『夏バテ』をしており、其れを見た夏月は夏バテを一発で解消出来るランチメニューを作り始めたのだ。

 

先ずは長ネギを細く切って白髪ネギを作ると、其れに辣油と花椒パウダーを和えて『辛ネギ』を作ると、ラーメン丼におろしニンニクと辣油を入れてから『鶏白湯ラーメンのスープの素』を加え、其れを氷水で希釈して『冷たい豚骨ラーメンスープ』を作り、其処に茹でて冷水で〆た中華麺を投入し、トッピングに『自家製叉焼』、『自家製メンマ』、『自家製味玉』、『自家製辛ネギ』をトッピングし、彩りにミニトマトと塩ゆでにしてから氷水で冷やしたアスパラガスを添えて夏月特製の『冷やしスタミナ鶏白湯ラーメン』が完成。

更に夏月はサイドメニューとしてニンニクと唐辛子が利いた『ケイジャンソルト』で鶏肉に下味を付けた『スタミナ唐揚げ』、ワインビネガーで作ったマリネ液にスライスして焼いたナスをつけ込んで冷やした『ナスのマリネ』、ニラとニンニクタップリの味噌味の餡が特徴の『スタミナ味噌餃子』を作り上げており、其れ等を食した欧州組とコメット姉妹はすっかり夏バテからは解放され、元気とスタミナが回復する事になったのだった……夏バテを一撃で解消してしまう料理を作り上げてしまう夏月の料理スキルには改めて脱帽だが。

 

そうして昼食後は午後の部となったのだが……

 

 

「そう言えば、今日って篠ノ之神社の夏祭りの日だったよね箒?」

 

「む……確かにその通りだ秋五。」

 

 

其処で本日は篠ノ之神社で行われる夏祭りの日だと言う事が明らかになった。

夏祭りとは夏休みに於いて絶対に外せないイベントであるので、其れに参加しないと言う選択肢は存在しない――嫁ズは祭りに必須の浴衣の事が気になったのだが、其処は更識の力をフル活用して更識ご用達の貸衣装屋に頼む事で問題無しとなった。

 

そんな訳で午後は先ずは貸衣装屋にて浴衣を選ぶところからスタート。

更識邸から車で十五分位の場所にある店には、色とりどりで様々なデザインの浴衣が揃えられており、夏月と秋五は兎も角として嫁ズは彼是目移りしてどの浴衣にするのか決めるのに少しばかり時間が掛かりそうである。

その貸衣装屋にて、夏月と秋五は特に迷う事もなく甚平を選び、其れに着替え履物も下駄に履き変えて準備万端となっており、後は嫁ズが浴衣を選んで着替えれば其れで夏祭りへの出撃準備は完了であり、それから暫くして嫁ズが浴衣を選び終えて着替えて来たのだが、其の浴衣姿に夏月と秋五は思わず夫々の嫁ズの姿に見入ってしまった。

先ずは夏月の嫁ズだが、楯無は濃紺の生地に花火の装飾が施された浴衣、簪は白地にアニメ風に描かれたネコやイヌがあしらわれた浴衣、ロランは袖なしタイプで燻し銀の地に色鮮やかな金魚をあしらった浴衣で、ヴィシュヌはロランと同じ袖なしタイプなのだが此方は夏の大空を思わせる青い地に大輪の向日葵をあしらった夏らしいデザインとなっており、グリフィンは黒地に様々な色の漢字が入っている浴衣、鈴は袖なしタイプの浴衣に肘から下にだけ袖を後付けし赤地に金で龍の刺繍がされたモノ、乱は青紫の地に水芭蕉が描かれた浴衣で、ファニールはミニスカートタイプでカナダ国旗が浴衣全体にプリントされているモノだった。

続いて秋五の嫁ズは箒が黒地に赤い南天模様をあしらった浴衣、セシリアは青地に竹が描かれた袖なしタイプ、シャルロットは上半身が青、下半身が赤、帯が白と偶然にもフランス国旗のカラーとなっている浴衣、ラウラは濃紺の地に銀糸で天の川が描かれた浴衣で、オニールはミニスカートタイプで赤地に幾何学模様があしらわれた浴衣となっていた。

 

 

「秋五、今此処に浴衣姿の女神が降臨したと思うんだが如何よ?」

 

「何を言ってるんだ君は……と言いたい所だけど僕もほぼ同じ事を思ったよ。」

 

「だよな!いやもう、皆凄く似合ってるぜ!」

 

「やっぱり皆容姿が優れてるから浴衣を着ても様になるかな?華があるよね。」

 

「ウフフ、ありがと♪夏月君と織斑君も甚平が良く似合ってるわ♪

 でも、浴衣姿になるとやっぱり箒ちゃんがバリ強いわよねぇ?黒目黒髪の純和風の大和撫子でサムライガールの箒ちゃんの浴衣姿は、其れこそティーンズ向けのファッション雑誌の表紙やグラビア飾れるんじゃないかしら?」

 

「そのような高評価は身に余る光栄ですが、仮にそんな事になったとしたら其の雑誌は発売される前に姉さんによって私の画像データが全て残らず盗まれてしまうと思うのですが如何でしょうか?

 自分で言うのもなんですが、姉さんの妹LOVEは楯無さんの其れを遥かに凌駕しているように感じます。」

 

「……其れは否定出来ない。色々と偉大でかつシスコンの姉を持つとお互い大変だね箒。」

 

「うむ、お互い大変だな簪よ。」

 

「嗚呼、なんと素晴らしい事か。今此処に同じ悩みを抱える妹二人による新たな友情が誕生した。私は其の友情を心から祝福し、見守る事を誓おう!」

 

「ロラン、変な感じに纏めなくて良いからな?

 そんじゃ準備も出来たし、夏祭りにいざ出陣じゃ~~~!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「おーーーーーーーー!!」」」」」」」」」」」」」」

 

 

嫁ズの浴衣姿の感想から少しばかり変な方向に行きかけたが、其処は夏月が強引に流れを戻して、いざ夏祭りに出陣。

既に沿道には幾つもの出店が出来上がっており、夏祭りの雰囲気を作り上げていた。浴衣姿の人が多く行きかっているのも其れに一役買っており、地元のケーブルテレビの取材クルーと思しき一団の姿もあった……夏祭りを生中継するのだろう。

 

 

 

――カラコロ、カラコロ……

 

 

 

下駄の音も軽快にやって来たのは箒の実家である篠ノ之神社であり、この夏祭りの総本山の総合案内とも言うべき場所なのだが、神社に着くなり箒は秋五に断りを入れると其の場から去って行った――と言うのも夏祭りで毎年行われている『神楽舞』を今年は箒が行う事になっているので、その準備の為に一時秋五から離れたのだろう。

 

 

「箒の奴如何したんだ?」

 

「神楽舞の準備だってさ。

 この夏祭りでは毎年神楽舞が奉納されているんだけど、今年は箒が神楽舞を舞う事になってるんだよ……夏休みに入ってからは僕が帰国するまで毎日練習してたらしいからね、僕としても楽しみなんだ。」

 

「嫁さんの晴れ舞台となれば、そりゃ楽しみだよな……時にその神楽舞、束さんが舞ったらガチで神が降臨するんじゃないかと思うんだが……」

 

「束さんの場合、其れが否定出来ないのが悲しいね。」

 

 

箒の神楽舞は十八時頃からであり、まだ三十分以上時間があるでの先ずは適当に出店を見て回る事になった。

神社の境内にも様々な出店が出されており、夏祭りの定番である『タコ焼き』、『焼きそば』、『フランクフルト』、『焼きイカ』、『今川焼』、『かき氷』、『綿あめ』、『金魚すくい』、『ヨーヨー釣り』、『スーパーボールすくい』の他、『ジャンボ串焼き』、『ラーメンヌードル』、『ワッフルサンド』と言った変わり種も存在していた。

 

 

「よぉ、久しぶりだなスカーフェイスの兄ちゃん!」

 

「アンタは……久し振りだなアクセサリー屋のオッサン!」

 

 

その出店の中には此れまで休日の度にエンカウントしていた『アクセサリーの露店商』の店もあり、久しぶりの再会に夏月と露店商は軽く拳を合わせていた。

露店商はこの夏祭りを掻き入れ時と考えていた様で、新作のアクセサリー数種だけでなくシルバーの小物を多数揃え、更には浴衣女性に似合うであろう櫛や簪もシルバーアクセサリで作り上げて来たのだった。

夏月は顔馴染みと言う事もあり、シルバー製の簪を嫁ズ全員分購入し、秋五も嫁ズ全員分のシルバー製の櫛を購入した……普通なら可成りの出費になるのだが其処は顔馴染みと言う事で夏祭り限定値引きがされて約半額で購入する事が出来たのだった。

 

 

「まいどあり~~!心行くまで夏祭りを楽しめよ若者達よ!」

 

「アンタも商売頑張れよ!」

 

 

其処からは屋台巡りが始まったのだが、食べ物系は神楽舞が終わってからと言う事になり、先ずはアミューズメント系から回る事に。

まず最初にやって来たのは定番の『金魚すくい』だ。

一回百円と中々に良心的な値段設定ではあるが、破れやすいポイで水中の金魚をすくうのは至難の業で、『自力で一匹取る事が出来たら上出来、二匹以上取れたら神』と言われるほどの高難易度のモノであり、挑戦した嫁ズは楯無が何とか一匹ゲット出来た位で、後は一匹もゲット出来ずにポイが破れ、百円分として其々一匹ずつ金魚を貰うに留まっていた。

秋五も何とか一匹ゲットしたのだが、最後に挑戦した夏月がやってくれた。

 

 

「ホォォォォォォ……あ~ったったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!あ~ったた、あ~ったた、オワッタァ!北斗百裂拳!!」

 

 

凄まじいスピードでポイを斬るように動かして金魚を跳ね上げると其れを見事に水が張られた器でキャッチし、ポイが破れる頃には器は金魚で埋め尽くされていたのだった……此れには金魚すくいの屋台主も驚愕し、夏月がゲットした金魚を全て入れる事が出来る巨大な袋を用意する事になったのだった――尚、此れ等の金魚達は祭りの間中連れ歩いたら弱ってしまうので、楯無が更識の使用人に連絡を入れて取りに来させ、持ち帰られた金魚達は更識家の庭の池に放たれて鯉達と暮らす事になった。

続いてやって来たのは『型抜き』の屋台。

一見簡単そうに見える型抜きだが、実は此れが意外と難しく、型抜きを達成して賞品を得る客の方が少ないのだが、此処では簪と意外な事にラウラが無双状態となっていた。

簪はオタク故にガンプラやフィギュアを組み立てる機会も多く、特にガンプラは精密な作業を要求される事が少なくなかったので手先が器用になっており、ラウラは軍で銃の分解清掃を行っている内に手先が器用になっており、そんな二人にとって型抜きは朝飯前程度の事であり、次から次へと型抜きを成功させては賞品をゲットして行き、最終的には店主が泣きを入れる事態となったのだった。

其の後は射的でセシリアが無双し、十発全てで賞品をゲットし、くじ引きでは楯無と簪が更識家の財力にモノを言わせて祭りのくじ引きの闇を暴いていた……百回以上引いても一等や特賞が一度も出ないと言うのは流石に有り得ないのである。

 

そんな感じで出店を回っている間に神楽舞の時間となり、一行は神楽舞が行われる特設ステージの前までやって来ていた。

程なくして笛の音と共に巫女装束に身を包んだ箒が舞台に上がって来たのだが、舞台に上がって来たのは箒だけではなくもう一人巫女装束に身を包んだ女性の姿があった。

神楽舞の奉納は毎年巫女一人で行うモノだったので二人目の巫女に会場は暫しザワついていたが、夏月と秋五と更識姉妹、そして鈴と乱はもう一人の巫女の正体に気付いていた――そうもう一人の巫女は変装した束だったのだ。

束の変装は特徴的な紫の髪を黒く染め、其れを箒と同じポニーテールに纏め、目の下に泣きボクロを付けただけなのだが其れだけでも可成り印象が異なり、今の彼女が『篠ノ之束』だと夏月、秋五、更識姉妹、鈴と乱が気付く事が出来たのは付き合いが長いから故であり、そうでなければ先ず気付かないだろう。

事実、臨海学校の時にしか会った事のないロラン達はマッタク気付いていなかった――こっそりと教えたら其れは大層驚いてはいたが。

箒も神楽舞の準備に行ったら、其処に束が居た事に驚いたのだが、姉と共に神楽舞を行える事に嬉しさを感じ、『変装をしていればバレる事もないだろう』と思い、こうして姉妹での晴れ舞台となったのだった。

そして其の神楽舞に其の場に居た全員が見入る事になった。

巫女装束に身を包んだ篠ノ之姉妹の神楽舞は、実に見事であり、其処には神々しい『雅』の世界が展開され、現実世界でありながらも神が住まう世界に誘われたと錯覚してしまう位の舞が披露されていたのだ。

鏡写しの如く完璧なシンメトリの舞は一切ぶれる事無く行われ、舞の終盤に取り入れられている剣術を模した動きも流れるように舞い、最後はフィニッシュポーズもバッチリシンメトリで決めて神楽舞は終わり、その瞬間に観客からは割れんばかりの拍手が沸き上がり神楽舞は大成功となったのだった。

 

 

「まさか姉さんが来るとは予想外でしたが、結果として最高の神楽舞が出来ました……ありがとうございます姉さん。」

 

「箒ちゃんが今年の神楽舞を舞うって事だから来たのさ――姉妹での神楽舞、実は私の夢だったんだよね?その夢が達成されただけでも束さんは満足さ!

 さぁ、此処からはしゅー君達と一緒に夏祭りを楽しみたまえよ箒ちゃん!束さんは此れにてお暇させて貰うからさ!」

 

「変装をしたままで夏祭りを楽しんでは行かないのですか?」

 

「いやぁ、そうしたいのは山々なんだけどさ~、今の神楽舞で神の世界との扉が繋がり掛けちゃったみたいなんだよね~?ちょいとそれを閉じて来るからさ。」

 

「流石に冗談だとは思いますが姉さんが言うと冗談だとは言い切れない所があるのが困りますね……前に『オベリスクの巨神兵と殴り合った』とも言っていましたし。

 取り敢えず気を付けて帰って下さい姉さん。神様に会う事があったら宜しく言っておいて下さい。」

 

「にゃはは~~、了解なのだよ箒ちゃん!それじゃあ、グッドラック!」

 

 

神楽舞が終わった後、束は冗談なのか本気なのか分からない事を言ってから其の場から去って行った。ラボに戻る前に出店で色々と買って行ったのは今夜の夜食か酒の肴にするのだろう。

 

巫女装束から浴衣に着替えた箒は秋五達と合流し、改めて出店巡りがスタート。

先ずは箒がやりたいと言ったアミューズメント系から回る事にし、箒は定番の金魚すくいに挑戦して普通の赤い金魚、黒い出目金、赤と白の二色金魚を一匹ずつゲットして見せた。そしてこの金魚も当然更識家の池送りとなった。

ヨーヨー釣りやスーパーボールすくいもやってみたかったのだが、持ち物が増える前に食事系の出店を回る事にして、夫々が目星を付けていた店に向かい、グリフィンは一目散に『ジャンボ串焼き』の出店にやって来ていた。

この出店『ジャンボ串焼き』の名に偽りなしと言わんばかりに串焼き一本の長さが30cmもあり、一本でも可成り食べ応えのあるボリューミーなモノとなっているだけでなく、メニューも『牛カルビ』、『豚カルビ』、『鶏モモ』、『牛ハラミ』、『白モツ』、『牛シマチョウ』、『ナンコツ入りつくね』と充実しているのだ。

 

 

「えっとね……全種類塩とタレで一本ずつくださ~い!」

 

「えっと嬢ちゃん、お友達の分もって事で良いのかい其れは?」

 

「え?私一人分だけど……あぁ、でもカゲ君達の分も必要か……じゃあ今のオーダーに牛カルビの塩を十四本追加でお願いします!追加の牛カルビは袋に入れて下さい。」

 

「マジか……だが、その気合の入ったオーダー気に入ったぁ!ちょいと待ってな!」

 

 

その充実したメニューをグリフィンはなんと全種類塩とタレで一本ずつ頼むと言うぶっ飛んだオーダーをし、出店の主人もそのオーダーに驚きながらも先ずはグリフィン用の十四本を焼き上げ、塩とタレを夫々別のトレーに乗せてグリフィンに渡し、グリフィンが食べている間に追加の十四本を焼き始める。

先ずは自分用の串焼きを受け取ったグリフィンは塩の方から食べ始めたのだが、その見事な食べっぷりには周囲の人間の注目を集めていた――ラテン系の美少女が浴衣を纏っていると言うだけでも注目されるのだが、其の美少女が30cmもある巨大串焼きを豪快に食べているのは圧巻の一言であると同時に、グリフィンは実に美味しそうに満面の笑顔で食べているので其れが余計に注目を集めていた。

結局グリフィンは夏月達の分が焼き上がる前に十四本のジャンボ串焼きを全て平らげてしまい、其れもまた周囲の人間を驚かせていた――ブラジルのステーキ早食い大会で十分間に六枚を平らげたのは伊達ではないのだ。

 

 

「美味しかった~~♪次は何を食べようかな~~?」

 

「「「「「「「「「「いや、まだ食べるんか~い!!」」」」」」」」」

 

 

夏月達の分を受け取って代金を払ったグリフィンはマダマダ満足していなかったらしく早くも次は何を食べるかを考えて居ていたが、グリフィンの見事な食べっぷりを見ていた周囲の人間が思わず突っ込んだのは当然と言えば当然だろう。

成人男性でも一本で大分腹が膨れるであろうジャンボ串焼きを十四本も平らげておきながらマダマダ食べる気満載なのだから、突っ込みを入れるなと言うのがそもそも無理だ――恐らくだがグリフィンならばバラエティ番組なんかで出て来る『超爆盛メニュー』も余裕で食べ切った上で『おかわり』もする事だろう。

そんなグリフィンが育った『ママの孤児院』のエンゲル係数は相当にヤバい事になっていたのではないかと思われるが、実は院長であり経営者であるマチルダは農園と牧場も営んでいたので食費に関しては大分抑えらえれていたのだった……其れでも十歳を過ぎた頃からグリフィンは一人で牛一匹完食する勢いの食欲を発揮してくれたので苦労はしたのだが。

 

其れはさて置き、夏月は更識姉妹、ロランと一緒にタコ焼きの出店にやって来て夏月は揚げタコに辛口ソースとマヨネーズをトッピングし、楯無はノーマルのタコ焼きにソースと青のりの関東風トッピングで、簪はノーマルのたこ焼きにソースとカツオ節の関西風トッピング、ロランは夏月のお勧めでノーマルなタコ焼きにソースとマヨネーズとカツオ節のトッピングだった。

 

 

「どんな食べ物かと思ったのだけれど、フワフワの生地でとタコの歯応えの良い食感の組み合わせが素晴らしいね?

 一口で食べる事が出来る大きさも祭りにはピッタリだし、丸く焼き上げられているのも可愛い。此れはアレンジして、ホットケーキの生地でドライフルーツやマシュマロを包んで焼き上げてチョコレートソースを掛けたスウィーツにも出来そうだね。」

 

「OK、其の案貰ったロラン!ソースはチョコレートソース、マヨネーズはカスタードクリーム、カツオ節はハイミルクチョコを薄く削って再現してやるぜ!!」

 

「おぉっと、私の思い付きが君の料理人魂に火を点けてしまうとは……なんとも罪な事をしてしまったみたいだね私は?タテナシ、カンザシ、彼に新たな可能性を示してしまった私の事を許してくれるかい?」

 

「私的には夏月君のレパートリーが増える事に関してはマッタク持って問題がないから無罪で♪」

 

「寧ろ料理に関しては思った事はドンドン口にした方が良い……夏月は間違いなく其れを新たなレパートリーに昇華させるから。

 冗談じゃなく夏月のレシピ数は料理本が出せるレベル……いっその事インターネット上に夏月の料理のホームページ作ろうか?きっと大人気になる筈。」

 

「其れも良いかもな。」

 

 

ロランの一言からこれまた夏月が新たなレパートリーを考えたらしい……料理は最早趣味の領域となっているとは言え、些細な会話から新たなレシピを思い付くと言うのは相当な事だろう。

他のメンバーもそして他のメンバーもそれぞれ向かった出店を堪能していた。

秋五はセシリアと共に『タイ焼き』の出店で秋五は『粒あん』を、セシリアは『カスタード』を注文し其れを半分こしたのだが、秋五はより多くの餡が詰まっている頭の方をセシリアに渡すレディーファーストぶりを発揮していた。

 

 

「あれ、アンタはケチャップ付けないのラウラ?」

 

「フランクフルトにマスタードだけって初めて見たけど……」

 

「此れがドイツでの食べ方なのだ。

 そもそもにしてブルストにケチャップは、『カリーブルスト』以外では邪道なのだドイツではな。こうしてマスタードを付けて食すのが王道なのだ。難を言うのであれば粒マスタードであればより良かったのだがな。」

 

 

フランクフルトの出店ではラウラが鈴と乱に『フランクフルトの本場での食し方』を力説していた――日本ではケチャップとマスタードがスタンダードになっているが、本場ではマスタードオンリーで食すのが王道であるらしい。

 

 

「ハチミツを掛けるのは冒険だったが、此れは思った以上にイケるな?チーズとソーセージの塩味にハチミツの甘さが絶妙なアクセントとなっている……塩味と甘さの見事なコラボレーションに溶けてしまいそうだ。」

 

「箒、腕が溶けてる!」

 

「なにぃ!?其れは大変だが心配御無用、姉さんお手製の紅椿には人体再生機能も搭載されているので、完全に切断でもされない限りは大抵の肉体ダメージは瞬時に再生出来るのでな!」

 

「なに其の超絶チート能力!?」

 

 

『チーズハットク』の出店ではまさかのハチミツトッピングに驚きながらもそのハチミツが美味しさを広げている事に感激した箒とシャルロットがプチ漫才を繰り広げ、コメット姉妹はかき氷の出店でファニールはオレンジ、オニールはブルーハワイと夫々自分の髪の色と同じシロップをオーダーして、ヴィシュヌは『ラーメンヌードル』の出店で『激辛ラーメンヌードル』をオーダーしてそれを見事に完食していた。

タイ料理はスパイスが効いた料理や、ハーブをふんだんに使った料理が多く、ヴィシュヌも幼少の頃からそんな料理を食べて来たので辛味には強く、出店が『辛さレベル5』とした激辛ラーメンヌードルも平気の平左でスープまで飲み干して見せたのだった。

其れでも唐辛子のカプサイシンで紅潮したヴィシュヌは色っぽく、その色香に当てられた野郎共が即ナンパをして来たのだが、其処は夏月が神速で割って入り、ナンパ野郎達を即時撃滅した――己の嫁に手を出した輩には手加減不要なのだ。

 

 

「夜郎自大……己の器を知れ下郎。」

 

「和中の兄貴の四字熟語ね♪」

 

 

因みに、『夜郎自大』とは古代中国の故事で、『夜郎』と言う男が率いていた一団が、『己が最強だと思い上がって、身の程を弁えずに威張り散らしていた』事で、通じて『身の程知らず』の意味を持っている。

身の程を弁えなかったナンパ野郎達は夏月のダイヤモンドナックルで顎を砕かれた上で歯が全てバラバラになって若くして総入れ歯が確定したのだった……ナンパする相手は選ぶべしと言う良い教訓だっただろう。

其の後は一度集まって、グリフィンからジャンボ串焼きのカルビを貰った一行は其れを食してから改めて祭りを回る事に。

腹は満腹ではないが大分膨れていたのだが、出店を回っている中で弾が切り盛りしている出店を見付けたので、其処にやって来てみると、その出店では五反田食堂の名物メニューである『業火野菜炒め』をアレンジした焼きそばが販売されており、其れが結構好評なようだった。

単品でも絶品な業火野菜炒めと焼きそばがフュージョンしたらどれだけのモノになるのか興味が湧いた一行は、其れを購入する事に――注文の番が来た時には弾に驚かれたが、弾は笑顔で注文を受けてあっと言う間に注文分の焼きそばを作り上げた……のだが、その最中に虚が出店を手伝っていると言う事が判明してしまい、虚は楯無から少しばかり弄られる結果となった。

今日の夏祭りには虚も誘っていた楯無だったのだが、『その日は用事がありますので』とやんわり断って来た虚がまさか恋人である弾の出店を手伝っていたとなれば弄りたくなるのも無理はないだろう……とは言っても楯無は『此れは確かに外せない用事ね……虚ちゃん、五反田君とお幸せに~~~!』と言っただけで、其れを聞いた虚が顔面紅潮の後に爆発して行動不能になってしまっただけなのではあるが。

 

其れからも一行は夏祭りを堪能し、ヨーヨー釣りでは夫々が目的のヨーヨーをゲットし、スーパーボールすくいでは夏月と秋五が共に特大クラスのスーパーボールをゲットし、腕相撲では嫁ズ最強のパワーを誇るグリフィンが秒で相手を叩きのめして賞金をゲットし、お面屋で某電気ネズミや某マスクドライダー、某光の国の巨人のお面を購入して、チョコバナナの出店で『ペンギン』風に作られたチョコバナナを購入したところで夏祭りはフィナーレとなる花火大会となり、夏の夜空に大輪の花が次々と咲いて行く。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』のテーマ曲に合わせて繰り広げられるスターマインは圧巻の一言であると同時に、そのスターマインの中に国民的キャラである『ドラえもん』、『ピカチュウ』、『孫悟空』を模した花火があったのは驚愕に値する事だろう。

 

 

「来年もまた、一緒に夏祭りに来れると良いな。」

 

「来れるわよ、絶対にね。」

 

 

夏祭りのフィナーレとなる打ち上げ花火には夏月組も秋五組も見入る事になり、最後の一発が上がるまで会場に居たのだった――そして、祭りから帰ったその後は入浴後に祭りのテンション其のままにゲーム大会が開催されて深夜までゲーム対戦が行われ、翌日は全員が仲良く寝過ごす事になったのだった。

こんな事が出来るのもまた夏休みであったこそだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、火星の外を回っている外惑星である木星の付近を漂っていた小惑星から何かが発射され、其れは真っ直ぐに地球に向かって行ったのだった――そして其れは後に人類にとって最悪の災厄となるモノの種だったのだが、この時点では誰一人として其の存在に気付いていないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode54『夏休みEvent Round2~遊園地で遊び倒せ~』

遊園地と言えば?By夏月     ジェットコースターとお化け屋敷!By楯無    ゴーカートとメリーランドも外せないかな?Byロラン


夏休みであっても早朝トレーニングを欠かさない夏月は今日も今日とてマラソンと各種ウェイトトレーニングを行った後で仮想敵(身長195cm、体重120㎏のコンバットレスリングの達人)とのスパーリングを限界ギリギリの極限まで行った挙句に、ヨガの柔軟体操と太極拳を行って筋肉の剛性と柔軟性を高めて強化に強化を重ねて行く……IS操縦者として、武道家として、更識のエージェントとして、そして何より八人もの嫁を守る為には日々鍛錬は欠かせないのだ。

其のトレーニングを終えた夏月はシャワーで汗を流した後に厨房にやって来たのだが――

 

 

「箒、もう来てたのか……思ったよりも早いな?」

 

「早朝のトレーニングを行っていたのだろうお前は?ならばお前の方が早起きだ一夜。」

 

 

厨房には既に箒の姿があった。

実は本日は夏月組と秋五組で遊園地に繰り出す事になっており、夏月と箒は昼食の『弁当』を作る為に厨房を訪れていたのだ。

夏月よりも先に厨房に入って弁当を作ってた箒は、既に弁当の定番であり殿堂入りとも言えるメニューである『玉子焼き』を完成させて重箱に詰めていた――この玉子焼きは箒が母親の冬馬から習ったモノなのだが、オリジナルレシピが玉子に和風のカツオダシの粉末と塩と砂糖で味付けしたモノだったのに対し、箒はそのレシピを完璧に再現出来るようになったところで独自のアレンジを加えて和風のカツオダシの粉末と塩を白だしに、砂糖をハチミツに変え、少量の味醂を加えて味付けして焦げ易くした上で何回にも分けで玉子液をフライパンに入れて巻くを繰り返す事で断面が見事な渦巻き模様になった玉子焼きを完成させていた。

 

 

「おぉ、美味そうじゃん。黄色にうっすらと入った茶色の焼き色が良い感じだ。ハチミツ使うと焦げ易いからこの色に仕上げるのは難しんだけどな?」

 

「数え切れぬ失敗の末に漸くこの色に仕上げる事が出来るようになってな……自分で言うのもなんだが努力の結晶と言う奴だ。

 それだけに料理の腕に関しては秋五のパートナーの中では一番だと自負している――最近、洋食に関してはセシリアが物凄い勢いで伸びて来ているので油断は禁物だが。」

 

「そんな話を聞くと、嫁ズの誰よりも料理の腕前が上な俺がちょっと複雑な気分……まぁ、俺の嫁ズは全員料理出来るけどさ。嫁の料理にはやっぱり憧れるって。」

 

「ならばそう言って作って貰えば良いのではないか?だがまぁ、家事全般が出来るに越した事はあるまい?

 今の御時世、男性も家事が出来なくてはダメだからな……『家事は女の仕事』等と言う前時代的な考えでは生涯独身は免れんのではないかと思うぞ――姉さんのように『家事は一切出来なくてもまったく問題なく生活する事が出来る』と言うのも如何かとは思うが。」

 

「束さんは其れで良いんじゃね?ぶっちゃけ束さんのお眼鏡に適う男性なんぞ早々存在しねぇって……其れこそ『キラ・ヤマト』や『不動遊星』レベルのヤッベェ奴じゃないと無理だと思うんだけど、妹としてお前は如何思う?」

 

「否定出来んのが悲しいな。最悪の場合は全てを全部自動でやってくれるアンドロイドを作ってしまう気すらするぞ。」

 

 

雑談をしながら、夏月は夏月で冷蔵庫から昨日の内に下味をつけていた鶏肉に米粉を塗して衣を付けると、其れを煮立った油に投入して、これまた弁当の大人気おかずである鶏の唐揚げを作って行く。

欧州組とカナダの双子の夏バテ解消メニューの時に作った唐揚げとは違い、本日の唐揚げは王道の『ニンニクショウガ醤油』と洋風の『白ワインと塩コショウ』、ナンプラーとシラチャーソースで味付けしたエスニック風、ヨーグルトとカレー粉と塩とチリパウダーに浸け込んだ『タンドリーチキン風』の四種だ。

小麦粉ではなく米粉なのは、米粉は小麦粉よりも『ザクッ』とした食感の衣になり二度揚げの手間がなく、冷めても衣がシンナリしにくいと言う特徴があるので弁当向きなのである。序に米粉は小麦粉よりも油を吸わないのでカロリーカットにもなると言うおまけ付きなのだ。

其処から夏月と箒は次々と弁当のメニューを作り上げて行き、唐揚げと玉子焼きの他に『ほうれん草とモヤシとゼンマイのナムル』、『銀鱈の西京みそ焼き』、『キンピラゴボウ』、『揚げナスの肉みそ和え』、『筑前煮』、『ジャガイモのマヨチーズ焼き』が完成。

主食は『おにぎり』であり、その具材も定番の梅干し、焼き鮭、昆布の佃煮の他に箒が『高菜明太』、『ジャコたくあん』、『アジのヨーグルト味噌漬け』を、夏月が『スモークサーモンと醤油漬け筋子』、『刻んだナムルと肉みそと冷凍卵黄』、『白いペースト状の何か』と言った変わり種を用意していた――白いペースト状の何かはツナマヨに似ていたが、ツナマヨとはまた異なったモノだろう。

そのおにぎりも定番である焼きのりで巻くだけでなく、おぼろ昆布、大判削りのカツオ節、高菜の塩漬けの葉っぱ等を巻くと言う拘りっぷりだった。

こうして弁当を完成させた夏月と箒だったが、夏月は休む間もなく朝食の準備に取り掛かり、瞬く間に十五人分(グリフィンが居るので実質二十人分)と言う凄まじい量の朝食を作り上げ、その手際の良さには箒も手伝いながら、只々目を丸くするだけだった。

 

 

「私の手伝いなど必要なかったのではないかと思う位の手際の良さは見事だが……一夜、お前その鍋とお玉を持って何処に行く心算なのだ?」

 

「え?いやほら朝飯出来たから皆を起こそうかなぁって。アニメとかマンガであるじゃん、鍋をお玉で叩いて起こすやつ。アレやろうかなって。」

 

「止めんか!アレで目が覚めるのは創作の世界だけだろう!?

 いや、現実でも目は覚めるかも知れんが、今まで眠っていた所に金属がぶつかり合う甲高い轟音を聞かされたらビックリし過ぎて心臓に悪い上に自律神経も乱れてしまうだろうが!」

 

「自律神経の乱れまで指摘するとか、意外と人体に詳しいっすね箒さんや?」

 

「剣道をやって行く中で、只我武者羅に剣の腕を鍛えれば良いのではないと気付いて、如何すればもっと効率良くトレーニングの成果を上げられるかを研究して行く内に自律神経と言うモノのバランスを整えるのも大事だと知ってな。」

 

「何処でどんな知識を得るのかってのはホント分からんモノだよなぁ……そんじゃ、別の方法で起こすとしますか。」

 

 

朝食が完成したので、他のメンバーを起こそうとマンガやアニメでお馴染みの『例の方法』を行おうとした夏月を箒が『其れは危険だ』と止めて、最終的に『全員の専用機と広域通信を繋いで音楽を流す』と言う方法で起こす事に決まった。

その際に箒が、『ゆったりとした曲調で始まりながらも、途中で激しいリズムになるモノだと自律神経が副交感神経から交感神経に切り替わり易い』と言い、夏月は該当する曲をスマートフォンのライブラリから探して、羅雪とUSB接続した後に眠っているメンバーの専用機と広域通信を繋げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode54

『夏休みEvent Round2~遊園地で遊び倒せ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月が選択した楽曲は、確かに箒が言った事に合致していたのだが、まさかの黒のカリスマの入場テーマ曲だった『Crash~nWo.Ver~』だった……鐘の音から始まるこの曲はゆっくりとしたテンポで始まり、『N・W・O』の音声の後にロックのメロディーが流れるモノだ。

其れだけならば特に問題なかったのだが、夏月が途中で『ガッデ~ム!!朝だオラァ!朝飯出来てるから起きろガッチャメラ!』と黒のカリスマのモノマネをブッ込んで来たのだ――此れにはまだ夢の世界に居た他のメンバー達も一気に目を覚ます事になり、揃って通信先の夏月に異口同音に突っ込みを入れるのだった。

 

目を覚ましたメンバーは顔を洗ってから着替えると食事場所となっている大広間に集合。

夏月組と秋五組が更識邸に泊まるようになってからは、総一郎と凪咲は別室で二人で食事を摂っているので其方の方に配膳をしてある――総一郎曰く『オジャマ虫は引っ込んでいるよ』との事なのだが、実のところは『若者だらけの空間だと話が合わずに気まずい空気を流してしまいそうだから』であった。先代の楯無であってもジェネレーションギャップを埋めるのは難しいようだ。

 

 

「まさかの目覚ましに驚いたけれど、今日の朝ご飯も美味しそうね?」

 

「美味しそうじゃなくて美味しいんだよ楯無さん。今日は箒が手伝ってくれたから何時もよりも捗ったしな。」

 

「いや、私は居ても居なくても同じだったのではないだろうか?」

 

「同じじゃないぞ?

 お前が居てくれたから何時もよりも量が多いのに、何時もより早く作れたからな――アスリートの世界では0.1秒を縮めるのも大変な事を考えると、分単位で短縮出来たお前の働きは誇って良いモノなんだぜ。」

 

「少し釈然とせんが、そう言う事にしておこう。」

 

 

全員が長机の前の席に着き(和室なので座布団です)、『いただきます』をしてから朝食タイムに。

本日の朝食のメニューはご飯(雑穀米)とわかめとネギと豆腐となめこの味噌汁に納豆(卵黄、ネギ、もみのり、ちりめんじゃこ、辛子トッピング)、アジの開きのグリル焼き新ショウガの酢漬け添え、ほうれん草の胡麻和え、玉子豆腐である。玉子豆腐もスーパーで購入した既製品ではなく夏月が手作りしたモノだ。

因みにアジの開きは厨房のグリルでは一気に焼けないので、大型のバーベキューコンロを使って一気に焼き上げた――その結果、炭火焼きとなった事で旨さが爆増した訳ではあるのだが。

 

 

「玉子豆腐を手作り出来るって、其れって可成り凄い事だと思うんだけど?」

 

「そうでもないだろ?茶碗蒸しの作り方を知ってれば玉子豆腐だって簡単に作れるからな?

 最大限ぶっちゃけると、玉子豆腐って『具材が入ってない冷たい茶碗蒸し』だから。『具材を入れて蒸して温かい状態で出すか』、『具材を入れずに蒸した後に冷やして出すか』、茶碗蒸しと卵豆腐の違いは本当に其れだけだからな。

 其れは其れとして、海外組もすっかり納豆が平気になったな?」

 

「初めて食べた時は強烈な臭いが気になったけれど慣れてしまうと納豆も美味しいわね?

 調べてみたら栄養価も豊富で、特にたんぱく質が豊富で美肌効果もあるって事だから、英国淑女としては外せない食材であるのかも知れないわ……納豆には卵黄とカツオ節とネギ、そして辛子と醤油ね。」

 

「うむ、其れが納豆のトッピングの基本だセシリア。個人的にはシラスや塩昆布もお勧めだがな。」

 

「タイにもインドから伝わった納豆に似たモノがあるのですが、タイでは刻んだ青唐辛子やナンプラーを混ぜて食べる事が多いですね――若しかしたら納豆にカレー粉はアリなのかもしれません。」

 

「発酵食品と発酵食品の組み合わせは最強だから粉チーズとキムチも全然アリだと思う……と言うか、納豆キムチのチーズピザトーストはとっても美味しかった。」

 

「其れを実行したアンタに驚きよ簪!てか、其れって焼き上がった後トースト内がめっちゃ臭くなりそうなんだけど……」

 

「実際に臭かったから即ファブリーズした。」

 

 

朝食タイムは、何故か納豆談議が開催され、全員が納豆耐性を獲得している夏月の嫁ズは夫々がお勧めのトッピングを披露していた――秋五組ではセシリアが納豆耐性を獲得していたのが驚きだが。

その中でもファニールが言った『納豆にメープルシロップ+醤油』とは中々に斬新だろう――メープルシロップの独特の風味が納豆の臭いを消すのかも知れない。真相は分からないが。

 

朝食後は一休みした後に本日の目的地である遊園地に向かう事になった。

目的地は東京ドームシティでも、東京ディズニーワールドでもユニバーサルスタジオジャパンでも富士急ハイランドなく、本日向かうのは北関東某所に此の夏オープンしたばかりの新施設『ジャパン・サブカル・ワールド』なる遊園地だ。

此の遊園地は、今や日本が世界に誇る文化の一つと言える『アニメ・マンガ・ゲーム』をテーマにしたテーマパークで、園内には日本国内のみならず海外でも大人気の作品をテーマにした施設やアトラクションが多数存在しており、オープンするや否やSNS上で話題となって、あっと言う間に新たな『サブカルチャーの聖地』として連日大盛況となっているのだ。

其れだけ人気のテーマパークともなればチケットを購入するのも中々に難しそうだが、其処は世紀の大天才にして自称『正義のマッドサイエンティスト』である束がが味方のこの一行、束がこのテーマパークのホームページをハッキングしてチケット購入のプログラムを弄って人数分の『一日フリーパス券』を見事に手に入れていたのである――勿論これは普通ならば間違いなく犯罪なのだが、束はチケットを手に入れるだけでなく、ちゃんと電子マネーで購入金額を支払っているので盗んだ訳ではない。言うなれば『コネを使ってチケットを優遇して貰った』と言うところだろう……方法は可成りグレーではあるが、代金を支払っているのだから其処まで大きな問題にはならないだろう。

そもそもにして運営側からしたら『十五人分の一日フリーパス券が売れた』と言う結果しか残らないのでハッキングされた事にすら気付く事はないのだ――束のハッキングを見破って対処出来る人間がこの世に果たして存在するのかと言う問題もあるだろうが。

 

そんな経緯でチケットは手に入れた訳だが、其の目的までの移動に用意されたのはまさかのリムジン。

人数が人数なので、リムジンはサイズの異なる二台用意されており、、大きな方には夏月組が、通常サイズには秋五組が乗り込んで移動する事になったのだが、リムジンに乗った事がなかった面々は此れだけで驚いてしまっていた……更識姉妹とセシリア、そしてテレビの企画で何度か乗った事があったコメット姉妹は慣れたモノだったが。

 

其れから首都高を突っ切って北関東某所に突入して高速を降りると一路目的地に向かって二台のリムジンはエンジンを吹かし、高速を降りた三十分後には目的地であるテーマパークに到着していた。

 

 

「お疲れ様。帰りは改めて連絡を入れるから、連絡が来たら迎えに来てちょうだいな。」

 

「了解しました楯無様。」

 

 

リムジンを降りた楯無は運転手にそう告げ、其れから入り口で全員が『一日フリーパス券』を提示して園内に入ったのだが、其処はまるで別世界だった。

様々なアニメ・マンガ・ゲームの世界観が再現されているのは当然として、園内スタッフが様々なアニメ・マンガ・ゲームキャラに扮したコスプレをしており、中には『アニメやマンガ、ゲームの世界から飛び出して来たのではないか?』と思う程の完成度を誇るコスプレもあり、思わず簪がスマホで撮影しまくったくらいなのだ。

 

そして一行が先ずやって来たのは園の目玉アトラクションであるジェットコースターだった。

此のジェットコースターは、『遊戯王5'Ds』をモチーフにした、其の名も『ライディング・コースター』。

遊戯王5D'sの主人公『不動遊星』の愛機である『遊星号』を模したゴンドラが特徴なのだが、ライディングデュエルと言えば超高速は当然として、時として壁走りや天井走りをするトンデモ無いモノなので、其れを再現したとしたら相当ぶっ飛んだアトラクションであるのは想像に難くない。

運良く全員が同じゴンドラになったのだが、その最前列になったのは夏月と秋五だった……此れは喜ぶべきか嘆くべきか意見が分かれそうである。

そして定員に達した所でゴンドラは動きだし、長い上り坂を上って行く……その高さは500mと国内最大で、頂点に達した直後にこれまた国内最大となる八十度の傾斜を一気に降りる事になると言うトンでも仕様。

四十五度の傾斜ですら降りる際にはほぼ垂直落下の感覚であると言うのに、其れが八十度ともなれば最早自由落下の其れに近いだろう。

 

 

「さて、そろそろ頂点だな……其れじゃあ行きますか!

 レベル8シンクロモンスター、スターダスト・ドラゴンに、レベル2シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンをチューニング!

 集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く!光さす道となれ!!」

 

 

 

――ガコン……

 

 

 

そして遂にゴンドラは頂点に達し、其処から一気に急降下!

 

 

「アァクセルシンクロォォォォォォォォォォ!!」

 

 

先ずは落差400mの急降下に始まり、その急降下後には急上昇からの4回転捻りが入り、其処からまた急降下した後に横倒しのストレートから天地逆転の上昇した後に天地逆転のまま急降下し、天地逆転のまま一回転かと思いきやこの一回転がメビウスの輪になっていて強制的に天地が元に戻され、其処から連続の三連ループを経て急上昇すると、最後の急降下が行われ、三回転、天地逆転ストレート、横倒しストレートを経て最後のバックストレートで激走してターミナルに到着。

絶叫系大好き人間であってもグロッキーになるであろうハードなジェットコースターだったのだが……

 

 

「いやぁ、実に見事なアクセルシンクロだったわねぇ……実際はもっと速いんだろうけど。」

 

「と言う訳で無事に招来しました『シューティング・スター・ドラゴン』。」

 

「思った以上に過激だったけど楽しかったね?次は何処に行く?」

 

「私は此処に行ってみたいな?バイオハザードをモチーフにしたホラーハウスと言うのは中々に興味がある。」

 

 

夏月組も秋五組もマッタク持って平気だった。

と言うのもISバトルにおける激しさはジェットコースターの比ではなく、ジェットコースター位の激しい軌道は日常的に行っているので耐性が付いていたのだ――自分でやるのか、外部から強制的にやられるのかと言う違いはあれど、耐性があると無いでは矢張り違いは大きいだろう。実際に初めてこれに乗った者達は軒並みグロッキーになっていたのだから。

 

そんなジェットコースターを楽しんだ後は、ラウラのリクエストでホラーハウスにやって来ていた。

此のホラーハウスは、大人気サバイバルホラーゲームの『バイオ・ハザード』をモチーフにしており、第一作の洋館を模した外観が特徴的だ――更に特徴として、ホラーハウスでは当たり前の一方通行設計ではあるが進路途中に自分で開けることが出来る扉が幾つも存在しており、扉を開けて中に入るか否かを自分で選択出来ると言う事が上げられるだろう。

自分で選択出来ると言う事は、言うなれば自ら恐怖の演出の扉を開ける事になる訳だが、必ず扉を開けた先に恐怖の演出が待っているとは限らないので、ドキドキ感は普通のホラーハウスよりも大きいだろう。

そうしてホラーハウスに入って行った夏月組と秋五組は館内を移動したのだが、簪が『ゲームを忠実に再現してるなら、あの部屋に何かある』と言ったので、その部屋に入ってみたら、其処には何かを貪る人らしき何かの姿が……

 

 

「かゆ……うま……」

 

 

その正体はゾンビ……に扮したスタッフなのだが、此の状況では雰囲気がありまくり過ぎた。

迫真の演技にコメット姉妹は恐怖で失神してしまい、夏月がファニールを、秋五がオニールを担ぎ上げて其の場を離脱したのだが、部屋を出たところで待っていたのはハンターだった。

驚かそうと襲って来たのだが、其れは更識姉妹がビンタをかまして撃退……相手が人外(に扮した存在)であっても驚く事は無いらしい。こんな所でも更識として鍛えて来たモノが役に立っている様である。

其れからも様々なクリーチャーが襲い掛かって驚かせてくれて、施設を出ようとした最後にはラスボスのタイラントが現れて最高に驚かせてくれたのだった……其処で目を覚ましたコメット姉妹が再び気絶すると言うハプニングがあり、更には此のタイラントを倒さないとゴール出来ないようになっており、其の場にはモデルガンのマグナムとグレネードランチャーとショットガン他様々なモデルガンが置かれていたので、コメット姉妹以外の全員が其れを手に取って引き金を引きまくった結果、タイラントは倒れて無事に洋館から脱出したのだった――モデルガンが玩具火薬搭載の『発火モデル』だったので臨場感がハンパなモノではなかったが。

 

ジェットコースターとホラーハウスと言う過激なアトラクション二連続となったので、コメット姉妹が目を覚ました後はコーヒーカップやメリーゴーランド、レールサイクルと言ったファンシー系のアトラクションを楽しんだ。

コーヒーカップはカップが『スーパーマリオ』の『クッパクラウン』になっており、メリーゴーランドの馬は遊戯王の『サンライト・ユニコーン』、『サンダー・ユニコーン』、『ボルテック・バイコーン』、『ライトニング・トライコーン』、『ファイヤーウィング・ペガサス』で、馬車は『巨大戦艦 クリスタル・コア』で、レールサイクルの足漕ぎゴンドラは歴代仮面ライダーのバイクを模したモノとなっていた。

 

そんな感じでファンシー系のアトラクションを楽しんだ所でランチタイムとなったので、一行は屋外スペースにて長テーブルを二つくっ付けて席を作ると、其処に夏月と箒が作った弁当を展開する。

事実上二十人前となる弁当は重箱に詰められており、五重段が四つと言う時点で可成り凄まじいのは間違いないだろう。

 

 

「此れだけの重箱、何処に隠してたの?」

 

「羅雪の拡張領域に入れといた。

 拡張領域に入れときゃ量子分解されて持ち運びも便利だし、取り出したその時は出来立て状態が維持されてるってんだから便利だよなぁ?この拡張領域の技術はデリバリー専門業者に売れば良い感じの収入源になる気がしてならねぇわ。」

 

「こう言うのを『廃スペック』って言うのかな?其れとも技術の無駄遣いの方が合ってるんだろうか?」

 

「秋五、其れは気にしない方が良いと思うわ……多分永遠に答えは出ないと思うから。」

 

「だね。」

 

 

そしてランチタイムがスタート。

夏月と箒が作り上げた弁当は実に美味であり、夏月製の唐揚げと箒製の玉子焼きは特に大人気で、あっと言う間にソールドアウト状態になったくらいだ――勿論其の他のメニューも大好評で、主食のおにぎりも大人気だった。

ノリ以外のモノも巻いてあると言う事と、多種多様な具材が高評価だったのだが、夏月が作った『白いペースト』を具材にしたおにぎりを口にした時には全員が動きを止める事になった。

其れはツナマヨに酷似しているがツナマヨではなく、もっと深い味わいを感じたのだ。

 

 

「此れは、ツナマヨではないね?ツナマヨよりも深い味わいを感じる……此れは何だい夏月?」

 

「コイツは鯖の水煮缶のリエットだ。

 常温に戻して柔らかくしたクリームチーズ100gに鯖の水煮缶190gの骨を取って身を解したモノと、味噌大さじ一、マヨネーズ大さじ三を加えてよく混ぜたモノだ。

 本来はバゲットやクラッカーに塗って食べるモノなんだが、『ツナマヨのノリでおにぎりの具材にも使えんじゃね?』と思って使ってみたんだがビンゴだったか。」

 

 

イタズラが成功したイタズラっ子のような笑みを浮かべて夏月はその正体を明かす――鯖缶のアレンジレシピは豊富ではあるが、リエット風に仕上げると言うのは中々に斬新であり、更にそれをおにぎりの具材にすると言うのは可成り革新的な発想であると言えるだろう。

 

夏月と箒の弁当に舌鼓を打ったランチタイムの後は午後の部に突入し、一行は先ずは『3Dシアター』に。

此の3Dシアターでは定期的に上映作品が変わるのだが、夏休みの期間は『遊戯王5D's』の『デュエルBOX』の特典として付属されていた『遊星vsジャック』の特別デュエルが収録されたモノであり、スターダスト・ドラゴンとレッド・デーモンズ・ドラゴン等のモンスターが大迫力の3Dで映し出される光景に思わず興奮し、本編とは異なり龍亞・龍可兄妹がアキの事を『アキ』と呼んでいるのも新鮮な印象だった。

その3Dシアターでは上映作品に因んだ入場特典が配布されており、『遊戯王』が上映されている今は、大人気カードである『ブラック・マジシャン・ガール』の『劇場版記念』のイラスト違いのシークレットレアと言う大盤振る舞いだった。

 

3Dシアターを楽しんだ後は、『マリオカート』を意識したゴーカートでレースをして、フリーフォールの絶叫アトラクションであり『転がり魂』をモチーフにしたモノには腹の底から絶叫し、『FallGuys』を模した立体的な迷路では全員が見事に迷いまくった挙げ句のゴールをしたり、『ONE PEACE』をモチーフにしたウォーターコースターを楽しみ、今はゲームコーナーで様々なゲームに勤しんでいた。

このゲームコーナーはアミューズメントゲームだけでなく、筐体型の対戦ゲームも多数取り揃えており、特に格闘ゲームの対戦台では格闘ゲームブームに沸いた世代が熱い戦いを繰り広げていたのだが……

 

 

「此の俺に格ゲーで勝とうなんぞ一千万年早いぜオラァ!!KOFⅩⅤのオンラインマッチ現在八十五連勝中を舐めるなぁ!!」

 

 

『KOF99』の対戦台では、夏月が『京、クラーク、マキシマ』のチームで無双していた。

KOF99ではマキシマは『System1マキシマスクランブル』からの三段攻撃で超必殺技一発分のダメージを叩き込む事が出来て、クラークは必殺投げからの起き攻めの二択が強力で、京は鬼性能の弱版の轢鉄と百八拾弐式が強く、カウンターモード発動時の屈B×2→弱轢鉄→スーパーキャンセル弱百八拾弐式(溜め1)の連続技が兎に角強力で、夏月は飽きて態と負けるまでに二百連勝を達成していた――夏月の使用チームが強かったと言うのもあるが、そのチームがKOF99における夏月の持ちキャラ全集結であるとなれば誰も文句は言えないだろう。

 

ぶっちぎりの連勝記録を打ち立てた夏月は、大画面の『ストリートファイターⅢ(一作目)』で、リュウを使ってラスボスのギルのゲージを満タンにした上で『真・昇龍拳』でKOした後に、『リザレクション』が発動する前にお手玉コンボを繰り返して得点をカンストさせると言う偉業を成し遂げ、『F-ZERO』や『マリオカート』等のレースゲームでは意外な事にグリフィンが『超鋭角ドリフト』、『スピンブーストショートカット』当のテクニックを披露して圧倒的強さを見せ、アミューズメントゲームでは秋五と共に嫁ズのリクエストする景品をゲットしまくり、特に夏月は簪が所望したアニメキャラのフィギュアをゲットするだけでなく、『一回千円』の高級ユーフォーキャッチャーでは見事に『MGデュエルガンダム・アサルトシュラウド』をゲットして見せたのだった。

 

ゲームコーナーのラストは限定フレームでのプリクラだったのだが、一番最初に撮った夏月と楯無は、シャッターが切られる直前に夏月の頬にキスをして、プリントアウトされたシールが他のメンバーに目に触れた事で、夏月と秋五はプリクラ撮影時に嫁ズから頬へのキスを受ける事になったのだった……少しばかり恥ずかしくはあったモノの、此れもまた婚約者同士の大切な繋がりであるのは間違いないだろう。

 

ゲームコーナーを後にした一行は、待ち時間が少ないアトラクションや施設を狙って楽しみ、気が付けば日が暮れて夜のパレードの時間が迫っていた――ので、園内のレストランで夕食を済ませると、パレードを見るために沿道に参列する。

 

そして程なくして夜のパレードが始まり、その華やかな演出に誰もが目を奪われていた。

日本のアニメ・マンガ・ゲームを再現したパレードは華麗かつ刺激的で、パレード車の上では超サイヤ人に覚醒した悟空に扮したスタッフとフリーザ様に扮したスタッフが見事なアクションを行っており、別のパレード車では武藤遊戯に扮したスタッフと不動遊星に扮したスタッフがデュエルを行い、他のパレード車でもアニメ・マンガ・ゲームの魅力をこれでもかと凝縮したモノが展開されており、沿道の客は惜しみない拍手を送っていた――そして其れは夏月組と秋五組も同じであり、最後まで此のパレードを楽しんだのだった。

尤も最後までパレードを楽しんだ事で時間がリミットオーバーしてしまったので一行は今日は近くのホテルに泊まる事になり、楯無はその旨を更識家に伝えて迎えは明朝に来る事と相成ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食はホテルのバイキングを堪能し、その後はお風呂タイムとなり、夏月と秋五は露天の大浴場を堪能していたのだが――

 

 

「流石、一流ホテルの大浴場は違うわね?此れならゆったりと楽しめそうだわ。」

 

「広い風呂を独占出来るとは、何とも言えない贅沢だな。」

 

 

此処で嫁ズが突入して来た。

夏月と秋五は露天使用前に札を『使用中』に変えたのだが、施設を訪れていた子供が其れを反転させて『空き』にしてしまった事で嫁ズがやって来たのだ……バレても特に問題はなさそうだが、思わず身を隠してしまったのは致し方ない事と言えるだろう。

 

 

「夏月君、思った以上にベッドの上では巧かったけど、織斑君は如何だったのかしら箒ちゃん?」

 

「秋五も思ってた以上に……まさか理性を飛ばされてしまうとは思っていませんでした……ですが、恥ずかしかったけれどとても幸せだったのは間違いないと思います。其れが本音ですね。」

 

「ぶっちゃけると、また愛して欲しい。と言うか愛に限界はないから一杯ほしい。」

 

「其れはまた盛大にぶっちゃけたね簪。」

 

 

そして其処で夫々の嫁ズの本音を聞いてしまった夏月と秋五は、部屋に戻ると嫁ズの本音を適えると言わんばかりの勢いで嫁ズと『夜のISバトル』に突入し、コメット姉妹も無事に少女から女になったのだった。

『ロリコン』とは言うなかれ……年の差など関係ない、純粋な愛の証として夏月と秋五はコメット姉妹に己を刻み込んだのだから――こうして夏月組も秋五組も晴れて全員が真の意味で『嫁』となったのだった。

序に言うとコメット姉妹は夏休み中に誕生日を迎えて十三歳となり、九月からが新年度となるカナダ基準で行くと夏休みが終われば中学生になる訳で、小学生相手ではないのでギリギリではあるが問題はないのだ――尚、これを機にコメット姉妹に『ある変化』が訪れるのだが、其れはまた後の事だ。

 

尚、リムジンの運転手が予想をぶっちぎって翌日の出動となった事に血涙をブチかまして、総一郎から『今日は休むか?』と提案されたのはまた別の話なのだが、本日の一件を持ってして夏月と秋五がより嫁ズとの関係を深くしたと言うのは間違いないだろう。

 

だがしかし、暑い夏のイベントはまだまだ此れで終わりではない……夏休みの定番イベントはマダマダ存在しており、定番以外の珍イベントも待っている……のかも知れない。

楽しい夏休みはまだまだ続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode55『夏休みEvent RoundEX~反転・縮小Crisis!~』

ガチな話として俺の女体化とか誰得だよ?By夏月     私はウェルカムよ!By楯無    盛大にぶっちゃけたねタテナシ?Byロラン


マダマダ続く夏休みなのだが、遊園地での一日の後――ファニールが夏月と、オニールが秋五と交わった其の次の日からコメット姉妹には目に見える急成長を遂げる事になった。

身長は元々鈴よりも僅かに高かったのだが、その身長は今や160cmに届く勢いとなっており、バストサイズも乱と同等の80cmに到達していた――楯無達のようなグラマラスなプロポーションではないが、コメット姉妹は『スレンダー美少女』と言うべきプロポーションを獲得するに至っており、それを見た鈴は『この世に神は居ないのか~~!!』と血涙を流して絶叫していた……夏月の嫁ズの中で一番の盆地胸となってしまったのだからその絶叫も致し方ないのかも知れないが。

 

其れはさて置き本日一行が訪れていたのは『ムーンラビットインダストリー』の本社で、夏月組は専用機のメンテナンス(夏月の嫁ズの出身国は、夫々の専用機のメンテナンスに関して、夏月が所属する『ムーンラビットインダストリー』にも関わるように打診し、社長の『東雲珠音』が其れを了承していた。)で、秋五組は会社見学と言うスケジュールになっていた。

一行の前には『ムーンラビットインダストリー』の社長にして開発主任の『東雲珠音』が現れて、一行を出迎えてくれたのだが――

 

 

「……一体何をしているんですか姉さん?と言うのは言うだけ今更ですね。

 臨海学校の際に一夜達が使っている『騎龍シリーズ』のメンテナンスを行っていたので『もしや』とは思っていましたが、『騎龍シリーズ』の開発元であるムーンラビットインダストリーの社長は矢張り姉さんだったのですね。」

 

「うわ~お、今まで誰一人として見破る事が無かった私の正体を初見で見破ってしまうとは素晴らしいね箒ちゃん!

 此れはアレだね、姉妹愛がなせる業だね!さぁ、その愛を更に深めるためにハグをしようじゃないか箒ちゃん!其れとも、ハグだけじゃなくなくて抱きしめてキスもした方が良いかなぁ?」

 

「……木刀とのキスがお望みですか?」

 

「おうふ、私に気付かれないスピードで木刀を抜くとは腕を上げたね箒ちゃん……てかなんで木刀なんて持って来てるのさ?」

 

「護身用です。立場的に何時何処で誰に狙われているか分かりませんから。」

 

 

箒がその正体を見破り、秋五組は箒を除く全員が驚く結果となった――コメット姉妹はファニールは夏月から聞かされてはいたモノの『オニールには言わないでおいてくれ』と言われていたのでオニールは知らなかったのだ。

そんな感じで衝撃の会社訪問となった訳だが、夏月達の専用機のメンテナンスはバッチリ行われ、夏月組は束の秘書を務めていると言うラウラ似の少女『クロエ・クロニクル』の案内で社内を見学して回った――その最中、ふとした事からクロエの出自を知る事になり、ラウラはクロエの事を『姉上』と呼ぶようになってしまったのだが特に問題はないだろう。

夏月組の専用機のメンテナンスでは、束が改めて『ファーちゃんとニールちゃんは夫々独立した専用機を作った方が良いね』と言って、メンテナンス後にコメット姉妹の最新のパーソナルデータを採った上で、カナダ政府に『コメット姉妹の専用機改めて作っから。異論は認めねーからその心算で』と相当に強引な連絡を入れてコメット姉妹には新たに『騎龍化』のプログラムが組み込まれた専用機が用意される事になり、その日の夜にはファニールに『コズミック・メテオ』が、オニールに『シューティング・メテオ』が授与されるのだった。

そして其れだけでなく、秋五組の専用機にも『騎龍化』のプログラムを組み込み、機体性能も底上げし、特に白式は此れまでの燃費の悪さが嘘のように改善され、更に『零落白夜』にもテコ入れして、『絶対防御貫通』はオミットされ『当たればシールドエネルギーを強制的にゼロにする』仕様になり、一撃必殺は此れまでと変わらないが操縦者の命を奪ってしまう危険性を排除していた。

また、夏月とヴィシュヌはゴールデンウィークでデートした際に保護したキツネの『クスハ』とも久し振りに会っており、ゴールデンウィークの時には子ギツネだったクスハも、あれから三ヶ月経った今では身体は大人のモノとなり、黄金色の毛並みが美しい立派なキツネとなっていた……クスハの首輪に束が開発した『動物語自動翻訳機』が搭載されていた事で普通に意思疎通が出来た事には驚かされたのだが。

そして本日の予定も終わったのだが、その帰り際――

 

 

「かっ君としゅー君にお願いがあるんだけど、束さんが開発したこの秘密のドリンクのモニターをやってくれないかな?

 人の潜在能力を解放させるドリンクを作ってみたんだけど、どんな副作用が出るか分からねーんだよね此れが……束さんも飲んでみたんだけど、束さんってばそう言った副作用もレジストしちゃうみたいで副作用出なかったからさ~~?二人にどんな副作用が出るか試して欲しいんだよね。大丈夫、死ぬ事だけはないから。」

 

「束さん、何処に副作用が出るって分かっててモニターやる人間が居るんですか?」

 

「其れに、僕達にとって其れって何のメリットもないですよね?」

 

「メリットか……この依頼を受けてくれたら、今年オープンした此の『リゾートプール・エバーラスティングサマー』のチケットをプレゼント!勿論かっ君としゅー君の分だけじゃなくて嫁ちゃんの分もね!しかも、施設内レストランの無料パスも付属で如何だぁ!!」

 

「「やります!!」」

 

 

束がなんとも怪しげなドリンクのモニターを依頼して来たのだが、その報酬が今年オープンした屋内の大人気リゾートプールのチケットであり、更には施設内レストランの無料パスも付属となればその依頼を断ると言う選択肢は夏月も秋五もなかった。

夏月も秋五も男の子……嫁ズの水着姿は矢張り見たいのだ――特に夏月は臨海学校では楯無とグリフィンの水着姿を見る事が出来なかったので尚更だろう。

そんな訳で夏月と秋五は束開発のドリンクを――夏月は『クレイジースプライト』、秋五は『アトミックコーラ』を飲み干した。

束の話では『副作用は飲んだ翌日に現れて副作用は一日のみ』との事だったので、此の日は更識邸に戻った後に夕食を摂って風呂に入り、そして就寝となったのだが、翌朝夏月と秋五には予想以上にトンデモナイ副作用が現れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode55

『夏休みEvent RoundEX~反転・縮小Crisis!~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AM5:00。

今日も今日とて早朝トレーニングを行う為に目を覚ました夏月だったが、布団から身体を起こした所で身体に違和感を感じた――妙に身体が重かっただけでなく、何故か胸部に物凄い存在感を感じたのだ。

『なんだ?』と思って胸に手を当てると……

 

 

 

――ムニュ……

 

 

 

「……は?」

 

 

其処には本来ならば有り得ない感触が存在していた――其れは楯無達と『夜のISバトル』を行った際に感じた感触と同じではあると同時に男ならば絶対に有り得ない感触だった。

その感触に嫌な予感を覚えた夏月は股間に手を伸ばすと、其処には本来あるべきモノが存在していなかった。

本来あるべきモノが存在せず、本来存在しえないモノが存在していると言う異常事態――詰まるところ、夏月は身体が『女体化』してしまっていたのである。

 

 

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

そして当然の絶叫は更識邸に響き渡り、その絶叫によって楯無達も目を覚ましたのだが、女体化した夏月を見て思わず思考が停止してしまった――と言うのも、女体化した夏月は『イケメンが女体化したら美少女になる』を体現したかの如き超絶美少女になっており、夏月の面影を残しながらも女性的になったその顔は、誰もが認める美少女でありながら顔の傷痕が『ワイルド美少女』と言った感じであり、プロポーションも抜群でありながら腹筋はバッキバキのシックスパックになっていると言う『マッスル美少女』となっていたのだ。

 

 

「夏月君……どうしてこうなったのかしら?」

 

「束さんのドリンクの副作用だろうなぁ……俺が女体化とか誰得だよ?こんな筋肉質な女体の需要って何処にあるんだよ……つーか、野郎のシャツだと胸が大分キツイな。」

 

「ふ……女体化しても君の魅力は変わらないよ夏月……此れほどの美少女が私達の伴侶であると言うのならば其れは其れでマッタクもって問題はない。寧ろ私的にはバッチ来いだよ。」

 

「お前はどんな時でもブレねぇなロラン!?」

 

 

取り敢えず女体化した夏月に関しては夏月の嫁ズは少しばかり暴走しかけたモノの、なんとか理性を取り留めたのだが――秋五組の方では夏月よりも、もっとトンデモナイ事態が発生していた。

 

 

「起きているか一夜ぁぁぁ!!」

 

 

夏月組の就寝部屋に突如突撃して来た箒は小脇に秋五似の少年を抱えていた――如何やら秋五は夏月とは異なり、女体化せずに幼児化してしまったのだった。

夏月組は幼児化した秋五に驚き、秋五組は女体化した夏月に驚いたのは当然と言えるだろう。

そうなった原因は間違いなく昨日飲んだ束特製ドリンクなので、夏月はどうしたモンかと束に連絡を入れたのだが……

 

 

『此の電話番号は本日限定で使われておりません。』

 

「アンのクソウサギ、モニターしてたのは当然として、俺と秋五のまさかの副作用を知ってバックレやがったな……まさかの副作用だったから言いたい事は山ほどあるんだけど、バックレたとなったら言いたい事を言うだけじゃ済まさねぇぞマジで……!

 取りあえず野田の兄貴の『無駄無駄無駄無駄野田ぁラッシュ』と小林の兄貴の『憧れのサイスポー・ハードグリングリーン!』は確定だな。秋五、お前も束さんに対する制裁考えとけ!」

 

 

電話は繋がらなかった。

束は当然の如くリアルタイムで夏月と秋五の事をモニターしていたのだが、夏月が女体化し、秋五が幼児化すると言うまさかの副作用に『あ~~……此れは予想外だったから改造必須だね』と速攻でラボに閉じ籠り、スマホも上記のメッセージが流れるように設定してドリンクの改造を行い始めたのだ――その結果として、夏月からシバかれる事が半ば確定してしまったのであるが。

そして夏月は同じくトンデモナイ状況になってしまった秋五にも『束さんへの制裁考えとけ』と言ったのだが、そう言った夏月の事を秋五は不思議そうに見上げ――

 

 

「凄い顔の傷……でも、怖くない……お姉ちゃん、誰?」

 

「……は?」

 

 

まさかのセリフを口にしてくれた。

此れには此の場に居た全員が驚き、秋五の嫁ズが秋五に話し掛けるも、秋五は彼女達の事を本気で分かっていないらしく『お姉ちゃん達、誰?』と返したのだった。

演技をしているようには見えず、秋五は本気で此の場に居る全員が誰であるのか分かっていない様子で、しかし自分の事は『織斑秋五』と名乗った事から、幼児化した秋五は一時的に記憶が飛んでしまったらしいのだ。

 

 

「こんな状況になった際に一時的に記憶が飛んでるってのはある意味で幸運かも知れないが……この状態にあった時の記憶が元に戻った際に有ったらバチクソ地獄だけどな。

 んで、お前は何してんだ箒?」

 

「し、秋五……私の事を、『箒お姉ちゃん』と呼んでみてくれないか?」

 

「え~っと……箒お姉ちゃん?」

 

「……グハァ!!」

 

「ちょっと~~!お約束ではあるけど大丈夫なの箒~~~!?」

 

「うむ、此れほど派手に鼻血を噴出すると言うのは軍人である私であっても初めて見たが……出血量は致死量ではないから大丈夫だろう多分。」

 

 

そんな中、箒は魔が差したのか秋五に『箒お姉ちゃん』と呼んでくれるように頼み、呼んで貰ったら予想以上の破壊力に鼻から愛を噴出して気絶してしまい、現場は一時騒然となり、やめておけば良いのにセシリアが其れに続いて『セシリアお姉ちゃん』と呼ばせて、『あぁ、尊いわ……』と恍惚の表情を浮かべた状態で気絶してしまったのだった……箒は普段妹として束と接しているので、『お姉ちゃん』と呼ばれた破壊力は凄まじいモノであったらしい。

 

まさかの早朝の騒動があったので夏月は何時ものトレーニングは行えなかったのだが、其れでも何時もの半分ほどの量の朝トレーニングを行うと、トレーニング後にシャワーで汗を流してから手際良く朝食を作り上げ、朝食タイムに――別室の総一郎と凪咲に朝食を持って行った時には流石に驚かれたが、事情を説明すると原因が原因だけに納得したようだった。

 

 

「しかしまぁ、まさか一日限定とは言え女の身体になっちまうとはな……声も何時もより高くて自分の声の筈なのに違和感しか感じねぇよマジで――つか、女性ビルダーかってのよ今の俺は。

 取り敢えず今日は一日此処で過ごした方が無難だろうな。」

 

「うふふ……そんな事が出来ると思ってるのかしら夏月君?いえ、今は夏月ちゃんと言うべきかしらね?

 こんな状況だからこそ、今日は全員で遊びに行くわよ~~!夏休みは一日たりとも無駄にする事は出来ないから、課題が終わってるなら遊んで遊んで、此れでもかって言う位に遊び倒すのが夏休みの正しい過ごし方なの!と言う訳で、今日は水族館に行くわよ~~!!」

 

「出来るとは思わなかったけどヤッパリですよねコンチクショウ!

 つーか水族館か……となるとイルカショーは必須で水飛沫に被弾する可能性があるんだよな?……流石に女の身体でノーブラってのは拙いだろうけどスポーツブラであっても付けるのは抵抗あるから、仕方ねぇサラシ巻いてくか。」

 

「筋肉質だからアレだけど、アタシって今の夏月にもバストサイズ負けてんのよね?……この世から胸の脂肪細胞なんて死滅すれば良いのよ~~~!!

 なんで、如何してアタシの胸は中学一年の時から1mmも成長してくれないのよ!牛乳飲んでチーズ食べて、バストアップの体操までしたのに……アタシの努力を返せってのよ!神様のバカヤロー!!」

 

 

其の朝食タイムにて、夏月は今日は更識邸で大人しくしている心算だったのだが、楯無が其れを許す筈もなく本日は水族館に繰り出す事が決定した――尤も、此れは元々のスケジュールではあったのだが。

夏月としては出来るだけ外出を控えたかったのだが、だからと言って短期間に詰め込んだスケジュールをキャンセルするのは如何かと思い、口では彼是言いながらも其れに異を唱える事はしなかった――もっと言うなら、今の自分ならば誰も『一夜夏月』とは気付かないだろうから、外出先でマスコミに突撃される事も無いだろうとも思っていたのだ。

夏休みでの外出では、何度かパパラッチ的マスコミに嫁ズとの時間を邪魔される事もあったので、少々辟易してのは事実だったのである――そんなマスコミには束がキッツイ制裁(取材データの抹消等々)を加えて来たのだが、其れでも突撃して来るマスコミは少なからず存在していた訳なのだ。

 

そんなこんなで一行は二台のリムジンで本日の目的地である水族館へとやって来ていた。

夏月と秋五のファッションだが、夏月はブラックジーンズに黒地に銀色で『我こそ拳を極めし者』と入ったTシャツを合わせ、秋五は楯無が部下に命じて織斑家から持って来させた、『秋五の子供の頃の服』を纏っており、半袖半ズボンの子供秋五に箒とセシリアは又しても気絶し掛けたのだが、其処は何とか持ち堪えたのだった。

 

其れはさて置き、本日訪れた水族館は入館直後に最近発掘された最強最大の巨大魚『ダンクルオステウス』の全身化石がお出迎えしてくれた――『最強最大の肉食魚』と言われているダンクルオステウスの全身化石は迫力満点で、特に幼児化した秋五は目をキラキラと輝かせていた。

 

 

「箒お姉ちゃん、セシリアお姉ちゃん、このお魚とっても強そう!」

 

「此れは現代のサメ以上の攻撃力を有していた最強の肉食魚だそうだ……サメのような鋭い歯は持たないが、代わりに頭骨全体が鎧のようになっており、口の部分には歯に該当する強固な突起物が存在していたらしい――と、パネルに書いてあった。」

 

「箒、最後の一言で色々と台無しよ。」

 

 

この大迫力の化石のお出迎えの次に待っていたのは円柱形の水槽で飼育されてる魚達だった。

其処にはアジやイワシと言った食卓でお馴染みの魚だけでなく、『コブダイ』や『イシガキダイ』と言った珍しい魚も展示されており、豆知識的な感じで水槽に『シラスとシラウオの違い』を記した紙が張られていて、ちょっとしたトリビアを楽しめるモノとなっていた。

其処から続いては『浅瀬の生き物コーナー』となり、其処には浅瀬に生きる小型のウミガメや、フグ、カニなどが展示されていた――尚、この水族館では夏休み限定のスタンプラリーが行われており、第一のスタンプが此の『浅瀬の生き物コーナー』にあったので全員が入館の際にスタッフから渡されたスタンプカードに捺印したのだった。

 

其れからは少し施設を下ってから施設最大の『大水槽』にやって来た。

この大水槽には回遊魚や小型のサメやエイ、熱帯の海に住む色鮮やかな熱帯魚、ウミガメなどが展示されており、夏休みの特別企画として飼育員による『餌やり』が公開されると同時に、アナウンスとモニターでどの様なモノが餌として与えられているのかも紹介されていた。

餌の多くはアジやイワシ、スルメイカにアサリと言った海産物だったが、ウミガメ用に『バナナ』が用意されていると言う意外性もあり、其れを聞いているだけでも大いに楽しむ事が出来て、大水槽を楽しんだ後は大水槽前で集合写真を撮って、次は深海エリアだ。

深海エリアは流石に生きている魚を展示するのは難しいので『リュウグウノツカイ』の剝製や深海生物のCGが展示されるに留まったのだが、展示されているリュウグウノツカイの剥製は10m以上もあり、迫力がハンパなモノではなかった。

 

 

「これだけ長いのに頭から下は喰われる事前提で長くなってるってんだから、ある意味で潔くねぇかなリュウグウノツカイって。」

 

「喰われる事前提ってのがネガティブなのかポジティブなのか若干迷うところではある……戦略的撤退みたいな感じなの、かな?」

 

「其れは、何とも言い難いわねぇ……」

 

「箒お姉ちゃん、セシリアお姉ちゃん、このお魚さんとっても長いよ!」

 

「あぁ、そうだなとっても長いな。長縄跳びが出来そうだな。」

 

「このお魚さんが海面に浮いて来た時は天変地異の前触れと言われているそうよ?2011年に日本で起きた『東日本大震災』の前にも関東の近海でリュウグウノツカイが海面に上がったらしいからね。」

 

 

さて、幼児化した秋五を除いて本日は美少女の集団となっている夏月組と秋五組であり、此れだけの美少女が集まっていたらナンパ師が寄って来そうなモノなのだが、一行をナンパする野郎は居なかった――幼児化した秋五が居るので、『子供の面倒を見てる奴をナンパ出来ねぇよな』と考えたのもあるが、一番の原因は夏月である。

今の夏月は誰が見ても『美少女』と言える女性となっているのだが、顔の傷痕と、女体化しても変わらない『究極の細マッチョ』にナンパ師達はビビッて声を掛ける事が出来なかったのだ――女体化した事で夏月の筋力は本来の30%ほど低下しているのだが、其れでも並の成人男性の筋力を遥かに凌駕しているので、ナンパ師を撃退する事は余裕なので、ナンパ師達が自重したのは良い判断だったと言えるだろう。

 

 

「それで、次のコーナーに来た訳だけど……箒ちゃんは何をしているのかしら?」

 

「ダイオウグソクムシと睨めっこをしています更識会長。」

 

 

深海コーナーの次は、『水族館で展示できる深海生物のコーナー』となっており、其処で箒は水槽越しにダイオウグソクムシと睨めっこをしていた……臨海学校の時もそうだったが、箒は己と目が合った海洋生物とは睨めっこをしなければ気が済まないのかも知れない。

其処からエスカレーターで上がった先には中型の水槽に様々な魚を展示してあるコーナーとなり、マンボウや色々なサメ、南の海のサンゴ礁なんかが再現された水槽があり、サンゴ礁を再現した水槽の前では箒がウツボと睨めっこをしていた。

 

 

「チンアナゴって、アナゴ?なら食べられるのだろうか?」

 

「食べるってどうやって?」

 

「素麵みたいに汁に浸けてツルツルと。」

 

「其れは流石に可愛そうだろ……」

 

 

『チンアナゴ』の水槽の前ではこんな珍会話が行われ、その先にある『北海の海コーナー』では『流氷の天使』の異名を持つハダカカメガイ、俗称『クリオネ』が展示されていたのだが、タイミングが良いのか悪いのか餌の時間だったらしく、頭部の『バッカルコーン』を展開して餌を食べると言う『悪魔の食事風景』を見てしまい、秋五はちょっと固まっていた。

北海の海コーナーの次は『海獣コーナー』となっており、ラッコやアザラシ、海鳥の展示を楽しんだ後に、今年生まれたアザラシの赤ちゃんの名前を募集していたので全員で応募用紙に夫々が考えた名前を記載して投票箱に入れていた――と同時に、此処でスタンプラリーの二個目のスタンプをゲットした。

 

此処まで来たところでランチタイムとなったので、水族館内でのフードスクエアでランチを摂る事に。

フードスクエア内には様々な店が出店していたのだが、グリフィン以外の全員が『海鮮丼専門店・丼姫』にオーダーを出したのだった。

夏月は『パーフェクトマグロ丼の特盛』、楯無は『大盛りマグロユッケ丼』、簪は『大盛りネギトロキムチ丼』、ロランは『大盛り生シラス丼』、ヴィシュヌは『大盛り鯵タタキ丼』、鈴は『大盛り漬けカツオ丼』、乱は『大盛りイワシのナメロウ丼』、ファニールは『大盛り漬けマグロ丼』、秋五は『お子様寿司セット』、箒は『大盛り海鮮テンプラ丼』、セシリアは『大盛りうに丼』、ラウラは『大盛り活イカ丼』、シャルロットは『大盛り貝丼』、オニールは『大盛りネギトロユッケ丼』をオーダーしていた。

唯一別の店でオーダーを出したグリフィンは、『ステーキハウス・肉野郎』にオーダーを出しており、そのオーダーは『サーロインランチの肉500gをレアで、肉三倍』と言う相当にぶっ飛んだモノだった。

肉500gで肉三倍となれば1500gのステーキとなるのだが、オーダーしたメニューが運ばれて来たグリフィンは其の超絶ステーキを実に美味しそうに完食して、更にはおかわりとしてまたしても合計1500gをオーダーすると言うぶっ飛び具合を見せてくれたのだが、グリフィンの食べっぷりには周囲の客も驚きながらも感動したらしく惜しみない拍手が送られていた。

尚、客の中には此の光景に驚き、思わずスマートフォンで動画を撮ってSNSにアップする者も居て、SNS上ではこの動画が『ステーキ爆食美少女』とのタイトルで暫しバズるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ランチ後の午後の部は水族館の大人気イベントとも言える『イルカショー』から始まった。

夏休みの特別企画となっているイルカショーは人気が高く、立ち見になる客も少なくなかった――夏月達は運良く座席を確保する事が出来たのだが、水槽の最前列だったので水飛沫に被弾するのは間違いないのだが、水飛沫に被弾するのもまたイルカショーの醍醐味なので此の座席は寧ろ美味しいと言えるだろう。

夏休みのイルカショーのプログラムは『ウルトラマン』とコラボしており、『地球を侵略しに来たバルタン星人vs地球防衛軍』と言った形となっており、バルタン星人に模したボールをイルカがジャンプからのテールキックで撃退し、一気に五つのボールが降りて来た際にはウルトラマンが降臨して戦うも、途中でエネルギー切れとなってしまい絶体絶命となったのだが、此処でイルカの背に乗ったアシカがヒレをぶん回して観客のヒートを集めてキスでイルカに其れを伝え、イルカがハイジャンプからのドルフィンキックでボールを蹴ってウルトラマンにエネルギーを譲渡して、最後はアシカを背に乗せたイルカがハイジャンプして宙に浮くボールにテールキックをブチかますと同時に、残る一個のボールに『スペシウム光線』のエフェクトが走ったと思った次の瞬間にはボールは破裂した。

 

 

『フォフォフォ……よもや此れほどとは……少しばかり君達を甘く見ていたようだ――だが、次はこうは行かないぞ地球人よ。』

 

「来るなら来いバルタン星人!お前達が何度来ても俺達は負けない!地球は俺達が守る!そしてその意思がある限り、ウルトラマンは俺達の味方でいてくれる!

 お前達が地球を侵略する事は永遠に出来ないぞバルタン星人!!」

 

『ウルトラマンを味方に付けたとなれば些か分が悪いので今は退散するが……君達が道を間違えれば味方だったウルトラマンは即敵となる――精々光の巨人が永遠の味方である為の努力を怠らない事だ。』

 

「分かっているさ……だから、俺達はウルトラマンを裏切らないように努力していくだけだ――じゃあな、バルタン星人。」

 

『フォ~ッフォッフォッフォ!!』

 

 

最後は地球防衛軍の隊員に扮した調教師とバルタン星人の音声での遣り取りが行われ、バルタン星人に見立てたボールにイルカがハイジャンプドルフィンキックをブチかましてターンエンド。

グレーな結末だったが観客はスターディングオベーションとなり惜しみない拍手を送っていた。

イルカショーを楽しんだ一行は『淡水魚コーナー』で池や川の生き物を楽しむ事に。

此の『淡水魚コーナー』にはアユやフナ、コイと言ったお馴染みの魚だけでなく生きてる姿は中々お目に掛かる事が出来ない『ナマズ』や『ウナギ』、『斑点模様がないニジマス』と言った珍しい魚も展示してあり、更には全長が180cmもある『ヨーロッパオオウナギ』まで展示してあり、一行はその大きさに驚く事になった。

其の後は夏休み限定の企画展である『大アマゾン展』で『デンキウナギ』や『ヘラクレスオオカブト』、古代魚の『ガー』、超巨大なナマズ、アナコンダと言ったアマゾン付近に生息している南米の生き物を観覧し、此処でスタンプラリーの最後のスタンプをゲットして、スタンプラリーの景品である『オリジナル納涼扇子』を手に入れ、秋五は小学生以下限定の水族館のマスコットのキーホルダーも手に入れた……本来は高校生なのだが、今の秋五は誰が何処から見ても五歳児ほどにしか見えないのでギリOKだろう。

最後は土産コーナーで夫々色々な土産(水族館オリジナルクッキー、マスコットのヌイグルミ、水族館オリジナルのナマズカレー等々)を購入した後に迎えのリムジンに乗り込み、楯無が予約していた『ジビエ料理』の店に足を運んで『ボタン鍋』に舌鼓を打つ事になった。

ジビエ料理は全員が初体験だったのだが、イノシシの肉は牛肉に近く、ボタン鍋は『すき焼き』のようなモノであり美味しく頂き、〆のうどんも『うどんスキ』で美味しく頂いたのだった。

 

そのジビエ料理を堪能した後で更識邸に戻りお風呂タイムとなったのだが――

 

 

「何で入って来てんだよ楯無さん達は!?」

 

「今の夏月ちゃんは女の子だから問題ないでしょう?……と言うか、一緒にお風呂とか今更でしょ?と言うか、一緒にお風呂以上の関係になってる訳だしね?夏月君の○○○は凄かったわ……何度絶頂してもまた欲しいと思ってしまったんですもの……愛には限界量は存在しないわね。

 そうだわ、折角だから夏月ちゃんの状態でってのは如何かしら?」

 

「待ってお姉ちゃん。

 女性が感じる性的快楽は男性が感じる其れの凡そ百倍で、男性に同等の刺激を与えるとショック死するって聞いた事がある。」

 

「そうなのかいカンザシ?其れは初めて聞いたが……またとない機会だから、その説が本当かどうか是非とも検証してみるべきではないかと思うのだが、君は如何考える夏月?」

 

「そんなモン却下に決まってんだろ!つーかそもそもにして普通俺に聞くかロラン!?

 大体その説が本当だったら俺死ぬじゃねぇか!死因は何だ?腹上死か!?」

 

 

楯無達が突撃して来た事により、夏月は何ともドタバタなお風呂タイムを過ごす事になり、何とか本日は夜のISバトルはしない方向に持って行く事に成功し、ひとまず無事に就寝する事になったのだが、眠ったら眠ったで、羅雪のコア人格の世界に呼ばれていた――しかも夏月だけではなく、夏月の嫁ズも一緒だった。

 

 

「羅雪、俺だけじゃなくてロラン達まで呼ぶとか何かあったのか?」

 

「特別何があった訳ではないが、一人で飲むと言うのも些かツマラナイから誰かと一緒に飲みたくなったので呼ばせて貰った。

 勝手で悪いが暫し付き合え――ISのコア世界は精神世界であり、夢と同じなので、飲酒をしても問題あるまい。

 現実世界で未成年が飲酒したとなれば大問題だが、夢の世界での飲酒であるのならば誰も文句は言えない上に何が問題になる訳でもないからな――だから今宵は私の晩酌に付き合え。未来の義妹と飲むと言うのも一興だしな。」

 

「そう言う事ならば付き合わさせて貰いますわ、お義姉さん♪」

 

 

呼ばれた理由はまさかの『一人で飲んでもツマランから付き合え』との事だったが、精神世界であれば酔う事はない上に幾らでも飲む事が出来るので断る理由はなく、大人数で精神世界での酒盛りを大いに楽しんだのだった。

因みに夏月の姿は女体化していなかったが、身体は女性になっても精神は男のままだったので精神世界では元の姿だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、夏月の女体化と秋五の幼児化は効力を失って、夏月は元の身体に戻り、いつもの早朝トレーニングを熟した上で、これまた元の姿に戻った秋五と共に『ムーンラビットインダストリー』に出向き、ラボで束と向き合っていた。

 

 

「オイコラ天才クソウサギ、昨日はよくもバックレやがったなぁ?

 まさか女体化するとは思わねぇだろうが!おかげで昨日は色々と大変だった事もあったんだぜ?水族館のトイレとか!……最後にこの世で言う事はあるか?」

 

「そうだねぇ……箒ちゃん、愛してるよ……もし私が生きてたら、ベッドの上で姉妹の愛を語ろうじゃないか!そう伝えてくれるかな?」

 

「前半は兎も角、後半は色々とアウトなので割愛するぜタバネさん……取り敢えずこの技で戦闘不能になっとけや!必殺『7000万パワーマッスルスパーク』!」

 

「ペギャらっぱあ!?」

 

 

限られた空間のラボ内では逃げ回る事は出来ず、そもそも出入口は秋五がガードしているのでラボの外に逃げ出す事も不可能となり、ドリンクの効果で潜在能力が解放された夏月に束はアッサリと捕まってしまい、脱出不能の超絶技『マッスルスパーク』を喰らって完全KOされていた――しかしながらKOされた束の表情はドリンクの効果を身をもって体験した事もあり、『やり切った笑み』が浮かんでいたのだった。

まさかまさかの展開となったが、此れもまた夏休みの良い思い出になる事だろう。

 

 

「秋五、お前マジで昨日の記憶無いのか?」

 

「それが不思議とないんだよね……君から聞いた限りでは無い方が幸せだけどね……君は如何なんだ夏月?」

 

「バッチリあるからある意味では地獄……記憶があるってのは、時としてトンデモねぇディスアドバンテージになるのかも知れないぜ――女体化した俺の事を誰もが完全に認めてくれたらまた違うのかも知れないがな。

 ま、今回の事は貴重な経験だって思った方が良いのかもだぜ――こんな機会はこの先滅多に起こらない事だからな。」

 

 

だが其れでもこの一幕は夏休みの思い出に過ぎない――夏休みも残りは半月ほどなので、残る時間をドレだけ充実して過ごす事が出来るのか?取り敢えず、夏月組と秋五組も残る夏休みを充実した日々にすべき為の計画を練っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode56『夏休みEvent Round3~矢張りプールは基本!~』

夏はプールは絶対に外せないぜ!!By夏月     私達の水着を披露する時ね!By楯無    は~い、とくとご覧あれ~~!!Byグリフィン


夏休みのある日、IS学園の『e-スポーツ部』は『e-スポーツの全国大会』に参加していたのだが、其処では凄まじい活躍を見せていた。

リズムゲーム部門ではファニールが圧倒的な強さを見せて優勝し、パズルゲーム部門では楯無とロランがワンツーフィニッシュを決め、スポーツゲーム部門では鈴と乱と顧問の真耶が表彰台を独占した。

格闘ゲーム部門では『KOFⅩⅤ』で簪が『草薙京』、『K’』、『アッシュ・クリムゾン』の『KOF歴代主人公チーム』を使って優勝し、『STREETFIGHTERⅢ~3rd ストライク~』に参加した夏月は持ちキャラである『リュウ』で参加して決勝戦までコマを進めていた。

 

決勝戦の相手は韓国の有名プレイヤーで、過去には格闘ゲーム界のレジェンドと言わている『ウメハラ』をも破った実績を持つ強豪であり、『3rdの闇』とも言われている超絶強キャラの『春麗』を使って来たので一筋縄では行かないだろう。

 

上級プレイヤー同士の戦いだけに、互いの動きの読み合いとなり互いに攻め手に欠いたのが、何故か夏月は中距離で単発の『波動拳』を放つ際に『一度しゃがむ』と言う動作を入れていた――『波動拳』はコマンドの関係上単発出しの場合は一瞬しゃがむ事がなくはないのだが、夏月のそれはあまりにもあからさま過ぎだった。

夏月のプレイングに少しばかりの違和感はあったもののそのまま試合は進み、第一ラウンドは中距離で突如しゃがんだリュウに対して、『波動拳か?』と思った相手が春麗の『気功拳』を放って来たのだが、リュウは『波動拳』を撃たずにジャンプで気功拳を躱すと、ジャンプ強キックから地上の立ち強パンチに繋ぎ、立ち強パンチをキャンセルして昇龍拳を叩き込んでKOして見せた。

これこそが夏月が『中距離からの単発波動拳の前には必ずしゃがむ』と言う動作を行っていた事の答え――『中距離単発波動拳の前には必ずしゃがむ』事を相手に刷り込む事で『中距離でしゃがんだ=波動拳』と言う思考を植え付けたのである。

 

だが相手も此れでは終わらず、第二ラウンドは春麗が『最強キャラの面目躍如』と言わんばかりの立ち回りを見せ、リュウの通常技が届かない間合いから届く大パンチや中足払いで間合いを制すると、春麗の特権とも言える『下段狩りが出来る立ち大キック』、間合いがクソ広くなる『歩き投げ』等を駆使して一本取り返して来た。

 

そして運命のファイナルラウンド。

互いに手の内を知っているだけに削り合いの様な戦いになり、互いに一歩も退かないままリュウも春麗も体力が半分を切ったところで相手が飛び込んで来たので夏月は昇龍拳で対空しようとしたのだが、其れは罠で春麗は真下に落下して攻撃する特殊技を使って昇龍拳を空振りさせると、着地の隙に中足払いからの鳳翼閃を叩き込み、更に追撃を加えて左右の二択を迫って来た――その二択は何とか捌いた夏月だが、リュウの体力は後一発強通常技以上の攻撃を喰らったらKOされてしまうところまで追い込まれていた。

更に悪い事に春麗は未だゲージが一本残っているのでスーパーアーツをもう一度打つ事が出来る状況であり、そうなると鳳翼閃は『弾抜け』の性能を持っているのでリュウは波動拳を使う事も出来ない……其れでもブロッキングで攻撃を捌きながら投げでダメージを与える事が出来たが、其れでも状況は不利。

そんな状況で、相手は普通に歩いて間合いを詰めて来ると単発で鳳翼閃を発動して来た――多段ヒットする鳳翼閃をガードさせて削り倒す心算なのだろう。

正に絶体絶命の状況なのだが……

 

 

 

――カキーン!カキーン!カキーン!

 

 

 

此の土壇場で夏月は伝説の『ウメハラブロッキング』を成功させて鳳翼閃を捌き切ると、ジャンプ中キックからターゲットコンボに繋ぎ、ターゲットコンボにキャンセルを掛けて昇龍拳を放ち、更に昇龍拳にスーパーキャンセルを掛けて『1ゲージスーパーアーツとしては最強の破壊力』を持つ『真・昇龍拳』を叩き込んでKOし、見事な逆転勝利をして見せたのだ。

嘗てウメハラ氏が見せた『背水の陣からの逆転劇』を再現して見せた夏月に観客席は大いに沸き、対戦相手の韓国代表の選手も夏月の見事なプレイングを賞賛したのだった。

こうして『e-スポーツ大会』はIS学園の生徒と真耶が席巻したのだが、この年の夏の高校生大会は甲子園を除いてIS学園が席巻する結果となった。

剣道の全国大会では箒が個人戦(女子の部)と団体戦で優勝し、個人戦(男女混合)で準優勝して見せ、秋五は個人戦(男子の部)と個人戦(男女混合)で優勝、セシリアが所属するラクロス部と相川清香が所属するハンドボール部も全国制覇を成し遂げ、陸上競技ではIS学園の陸上部に所属している生徒が次々と大会新記録を樹立して行ったのだ。

ISと言う特殊なパワードスーツを操縦するには相応の身体能力が求められるモノであり、その意味ではIS学園の生徒は一般的な高校生と比べると日々のトレーニングで高めの身体能力を獲得するに至っているのだろう。

そうであっても、此れまでは此処までIS学園が大会を席巻する事はなかったのだが、今年は圧倒的な状況となっているのは今年の新入生が粒揃いだった事が大きいと言えるだろう。

専用機持ちは言わずもがなだが、今年の新入生のイレギュラーである二人の男性操縦者に適応されている『男性操縦者重婚法』の存在もあるだろう……夏月と秋五の嫁の座を得んとして己磨きを怠らない生徒が多く、結果として部活に於いても其のトレーニング成果が発揮されていたと言う訳だ。

 

そしてその中でも特に特出した成長を見せた夏月の嫁の座を狙う『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』、秋五の嫁の座を狙う『相川清香』、『谷本癒子』、『矢竹さやか』であり、夏休みが終わる頃には彼女達は『日本の代表候補生』となるまでの成長を遂げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode56

『夏休みEvent Round3~矢張りプールは基本!~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みも残すところは後十日程となったある日の事、夏月組と秋五組は今年オープンしたリゾートプール施設『リゾートプール・エバーラスティングサマー』にやって来ていた――言わずもがな、先日の束が試作したドリンクのモニターを務めた際の報酬として貰っていたチケットを使った訳だが。

『施設内のレストラン無料パス券』はチケットを切る際にスタッフからプラスチック製の無料パス券が付属したリストバンドを渡され、其れを手首に巻いていた。

チケットを切った後は夫々更衣室に移動して水着に着替える事に。

 

 

「秋五、臨海学校の時に一度見てるとは言えやっぱりテメェの嫁さんの水着姿ってのはやっぱり期待しちまうよな?……楯無さんとグリ先輩の水着姿は今回が初めてだし、ファニールは臨海学校の時よりも成長してるから、ヤッパリ新鮮だしな。」

 

「うん、正直僕も期待してるのは否定しないさ……彼女達の水着姿は華があるからね。」

 

 

先に水着に着替え終えてプールにやって来た夏月と秋五は、主に女性客の視線を一身に集める事になった――夏月も秋五も日々のトレーニングを欠かさずに理想の肉体を手にしているのだが、夏月が『格闘家系究極の細マッチョ』であるのに対して、秋五は『男性グラビアアイドル系細マッチョ』と言った対照的な肉体美を手にしていたのだから、こうなってしまうのは致し方ないだろう。

 

 

「ハァイ♪待たせたわね夏月君♪」

 

「待たせたな秋五。」

 

 

だがしかし、更衣室から現れた夏月の嫁ズと秋五の嫁ズは男性客の注目を集める結果となった。

全員が容姿端麗なのは言わずもがなだが、プロポーションが中々にぶっ飛んでいたのだ――鈴と乱とコメット姉妹とラウラはバストサイズこそ小さいモノの、スレンダー美少女としての魅力が爆発しているのだ。

逆に更識姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、箒、セシリア、シャルロットはプロのモデルでもビックリする位の見事なプロポーションであり、特に『学園の生徒最強』と言われる箒の胸部装甲の破壊力は凄まじく、自己主張も激しいそれに野郎の何人かが前屈みになってしまったのは致し方ないだろう。

更に彼女達は其れだけ抜群のプロポーションを誇りながらも、IS乗りとして鍛えられたアスリートの筋肉が必要な部分に必要なだけ付いている『美しさと強さを兼ね備えた最高の肉体』となっている――彼女達は守られるだけの少女ではなく戦う為の爪牙を有する『女豹』でもあるのだ。

そしてそんな美少女軍団は二人の少年に向かって行ったので、彼女達に注目していた男性客は一転して向かった先に居た夏月と秋五に怨念と妄念が入り混じった視線を向けて来たのだが、夏月と秋五は其れを軽く受け流していた――同じ様な事は此れまでにも何度も体験しているので最早完全に耐性が付いてしまい、眉一つ動かしていなかったのだ。

 

 

「楯無さん、グリ先輩……最高ですその水着。」

 

「ウフフ、ありがとう夏月君♪でも、この水着ってデザインは自分で選んだけど色は夏月君が選んでくれたのだから似合ってるのはある意味当然なのよねぇ♪」

 

「カゲ君は私達に一番似合う色を選んでくれた訳だからね♪」

 

 

そんな中、夏月は臨海学校では学年が違うと言う事で不参加で拝めなかった楯無とグリフィンの水着姿に感激して柏手を打っていた……それ程までに楯無とグリフィンの水着姿は刺激的で素晴らしいモノだったのだ。

加えて成長した事で水着を新調したコメット姉妹の水着姿も魅力的だった――ファニールはアイスブルーのビキニで、オニールは白のビキニで、此れは以前使っていたワンピースタイプと同じカラーなのだが、ファニールは夏月が、オニールは秋五が以前に選んでくれたカラーをそのまま持って来たコーディネートなのである。

勿論水着を新調したコメット姉妹の水着姿を褒めるのも忘れない夏月と秋五である。

 

 

「そんじゃあ、思い切り遊びまくる前にモンエナチャージと行きますか!羅雪の拡張領域にストックしといて良かったぜ!」

 

「おやおや、何だか随分と久々な気がするねモンエナチャージは……因みに本日のフレーバーはなんだい?此れまで見た事のない缶のデザインなのだけれど?」

 

「コイツは『モンスターエナジーTHE DOCTOR』だぜロラン。

 パイプラインパンチやカオス、ウルトラパラダイスみたいに果汁のフレーバーが爽やかなんだけど、其処はCrazyが売り物のモンエナ。フルーツ系の中ではトップクラスのヤバい仕上がりになってるんだ此れが!此れを飲んだら最高にHighって奴だ!!

 今の俺なら範馬勇次郎や超サイヤ人ブルーベジットにも勝てるんじゃないかって思う位にはなぁ!!」

 

「めっちゃテンション上がってるんだけど……此れって聞きようによってはヤバい薬キメた奴のセリフよね?」

 

「うむ、否定出来んな。」

 

 

全力で何かをする際には最早お馴染みになっている夏月のモンスターエナジーチャージを終えてから、先ず一行がやって来たのは此のリゾートプール一押しの目玉アトラクションであるウォータースライダー『超絶ウォータースライダー・ビッグウェーブヘルorヘブン』だった。

落差500mは日本どころか世界中にあるのウォータースライダーとしても最大であり、2レーンタイプのコースの途中にはレーンが切れている部分もあるのでスリルも相当なモノだろう――同時に、恋人同士ならば一緒に滑る事も出来るので、夏月はジャンケンでトップバッターになったヴィシュヌを、秋五はこれまたジャンケンでトップバッターになった箒を後ろから抱え込む形でスタンバイして、其処から一気にスタート!

スタート直後の急降下から、サイドロールが加わり、一回転捻りが来て、其処から急降下して加速した上でレーンが切れてる場所を勢いで突破し、其処からまた急降下した後に一回転捻りが入り、連続ループを通過した後に最後の急勾配ストレートを疾走してゴールのプールに突撃してターンエンド。

 

 

「ぷはぁ!スリル満点のウォータースライダーだったな?……ぶっちゃけ、ジェットコースター以上だったぜ。」

 

「確かにジェットコースター以上のスリルがありましたね。」

 

 

だが此れで終わりではなく、夏月は此処から七周、秋五は四周して嫁ズとのウォータースライダーを楽しむ事になるのだが、先に滑り終えた嫁ズは終わるまでプールサイドで待つ事になる訳で、そうなれば当然の如くある事が発生するのだ。

 

 

「ねぇ彼女達、俺達と一緒に遊ばない?退屈させない事は約束するよ~?」

 

「君達みたいな可愛い子達が女の子同士だけでってのはすこ~し勿体ないから、俺達と遊ぼうよ?一夏のアバンチュールってのを体験してみるのも良いだろぉ?」

 

 

そう、其れはこう言う場所ではある意味で風物詩とも言えるところ『NA・N・PA』である。

此の施設は広いので彼女達が夏月、秋五と一緒に居るところを見ていない野郎も当然居る訳で、そう言った輩にとっては彼女達は恰好のナンパ相手として映ってしまい、早速声を掛けて来たと言う訳だ

此の時声を掛けて来たのは五人組の大学生位の男性で、全員がスポーツ系の部活に所属しているか、或はボディービルでもやっているかの如くガチムチマッチョマンだった……見た目は凄いが、夏月や秋五と比べると無駄な筋肉が多いのもまた事実なのだが。

正直な事を言えば彼女達にその気はマッタク無く、断るのが上策であるのだが、この手の輩は断ったところでしつこく食い下がって来た上で最終的には逆上して力尽くと言うのがオチだ――無論力尽く出来たところで撃退する自信はあるが、其れをやったら撃退してもバックヤードでの取り調べは不可避となり折角のプールを楽しむ事が出来なくなってしまうだろう。

如何したモノかと考えたところで――

 

 

「What do you want for us?It's bad manners to call out to a woman, you know?(私達に何か用?女性にイキナリ声を掛けるとはマナーがなっていないわ。)」

 

 

セシリアが英語で対応した。

此れには思わずナンパ男達も驚いてしまった――英語ならばなんとなくでも分かるのではないかと思うかも知れないが、日本人に馴染みがあるのは『アメリカン・イングリッシュ』であり、イギリスの『ブリティッシュ・イングリッシュ』では同じ単語でもアクセントや音が重なる部分が微妙に異なるので初めて聞いた場合には『?』となってしまうのだ。

同時に此れはナンパ男達を撤退させる最善の方法でもあった。

 

 

「Ik ben dankbaar voor het hartstochtelijke aanbod van de man, maar helaashebben we iemand in ons hart tot wie we besloten hebben, dus zou je hetkunnen opgeven?(男性からの熱烈な申し出は有り難いけれど、生憎と私達には心に決めた相手が居るのでね、諦めてくれないかい?)」

 

「Erstens magt ihr Mattaku nicht, also verschwindet sofort aus eurem Blickfeld.(そもそも貴様等なんぞはマッタクもって好みではないから即刻目の前から消え去れ。)」

 

「Je veux dire, je ne veux pas que tu me parles parce que ces muscles sontincroyablement dégoûtants.(って言うか、その筋肉が途轍もなく気持ち悪いから話しかけないでほしいんだけど?)」

 

「No tengo nada que ver con el daruma muscular de mala calidad, así quesiento que debería venir anteayer ♪(見掛け倒しの筋肉達磨に用はないから一昨日来やがれって感じかな♪)」

 

「C̄hạn næanả h̄ı̂ xxk cāk thī̀ nī̀ thạnthī t̄ĥā nạts̄ụ s̄ụki læa khn xụ̄̀n«h̄ĕnc̄hāk nī̂ khuṇ ca mị̀ plxdp̣hạy(私としては即この場を去る事を推奨します。此の光景を夏月達が見たら貴方達は無事では済まないでしょうから。)」

 

 

其処からロランがオランダ語で、ラウラがドイツ語で、シャルロットがフランス語で、グリフィンがブラジルの公用語であるスペイン語で、ヴィシュヌがタイ語で一気に捲くし立てて来たのだからナンパ男達は堪ったモノではなかった。

セシリアのブリティッシュ・イングリッシュだって碌に分からなかったのに、其処にオランダ語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、タイ語が加わったら訳が分からなくなってしまうのは当然だろう――タイ語に至っては使用文字も特殊なモノなので文字に書き起こしてもアルファベットに直さないと意味不明な暗号状態なのだ。

よもやナンパした相手が理解不能な外国語を話してくるとは思っていなかったナンパ男達は互いに顔を見合わせると、『し、失礼しました~~!』、『ごゆっくりぃ!』と言って走り去ってしまった。

暴力を振るわず、暴力を振るわせずに撃退する――国際色豊かな夏月と秋五の嫁ズだからこそ出来た最善にして最高の方法だったと言えるだろう。

其の後は秋五が最後のオニールと滑り終わった事で彼女達の傍に居る事になったので彼女達がナンパされる事はなく、夏月が最後に楯無と共に滑り終えるまで特別問題は起きなかった。

 

先ずは目玉アトラクションを楽しんだ訳だが、此のウォータースライダー以外にも此のリゾートプールには人気のコーナーが多数あり、その一つが人工の浜辺のあるプールだ。

此のプールでは人工的な大波を発生させて屋内に居ながらサーフィンを楽しむ事が出来るようになっているのである。

一行は早速サーフボードをレンタルすると人工波でのサーフィンに繰り出した――全員がサーフィンは初体験であるにも拘らず、其れなりに様になっているのはアクロバティックな動きが多いISバトルを行う為に体幹が鍛えられていたからこそだろう。

其れだけでも充分に凄いのだが、夏月は波乗りをしながら自分の嫁ズと次々とパートナーを変えながら水上ダンスを披露すると言う離れ業を披露し、人工浜辺に居た客達からスタンディングオベーションを受ける事となった。最後のダンスパートナーとなったロランとビッグウェーブに乗った上で浜辺に着地し、大きく仰け反ったロランの背を夏月が片膝を付いて支えると言うフィニッシュポーズもオーディエンスの評価を上げる要因だったと言えるだろう。

 

其の後は普通のプールでビーチボールやイルカやシャチ型の浮き輪を使って楽しみ、楯無の提案で夏月と秋五が夫々のパートナーを肩車しての『水上騎馬戦』が行われ、秋五の嫁ズ五人に対して、夏月の嫁ズからは楯無、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、鈴が選ばれて熱戦を演じ、最終的には三対二で夏月の勝利と相成ったのだが、鈴vs箒の試合では箒の胸部装甲の凄まじさに嫉妬した鈴が、箒の水着のトップスを剝ぎ取ると言う蛮行を行って反則負けになっていた――水着を剥ぎ取られた箒はその瞬間に自らプールに飛び込んだのであられもない姿を公衆に晒す事はなかったが。

 

そんなハプニングはあったモノのプールを思い切り楽しみ、気が付けばランチタイムとなっていた。

此の施設のレストランは全てプールサイドに存在しており、客が一々着替えずに水着で入店する事も出来るのが特徴だった――普段は服を着て入る場所に水着で入ると言うのは中々に新鮮な気分が味わえるモノだろう。

レストランとしては寿司に焼き肉にイタリアン、ファーストフードからお好み焼きと多種多様取り揃えてあるのだが、レストランだけでなくプールでは定番の軽食である『フランクフルト』、『焼きそば』、『カレー』等を提供している屋台もあり思わず目移りしてしまうのは仕方ないだろう。

 

 

「夏月、『浜焼き』とはどのような料理なのでしょうか?」

 

 

そんな中、ヴィシュヌが『浜焼き屋・海坊主』と言う店の看板を見付けていた。

日本人である夏月、更識姉妹、秋五、箒、日本で暮らしていた経験のある鈴と乱は過去の夏休みに浜辺で実際にやった事があるので知っているのだが、他の海外組から未知のモノだろう――『浜焼き』と言う名称からどんなモノであるのかイマイチ想像し辛いと言うのも理由としては大きいのかも知れない。

 

 

「浜焼きってのは簡単に行っちまえば海の幸のバーベキューだな。

 肉じゃなくて貝とかイカとか魚を網で焼いて食べるんだけどさ、貝は活きたまま焼くから、焼き上がりのサインで二枚貝の口が開くのが中々に迫力があるんだ。シンプルに塩や醤油だけで食べるってのも特徴だな。」

 

「お肉じゃないバーベキューってとっても興味ある!ねぇ、ランチは此処にしよう!!」

 

「うむ、最近は砂浜も規制が厳しくて浜焼きをリアルでやるのは難しくなって来ているから其れも良いかも知れんな?秋五、如何だろうか?」

 

「僕は良いけど、皆も其れで良いかな?」

 

「「「「「「「「「「「異論なーし♪」」」」」」」」」」」

 

 

更にグリフィンが興味を示し、箒が秋五に聞き、秋五が皆に聞けば満場一致だったので本日のランチは浜焼きに決定した。

店内に入って人数を伝えると席に案内されたのだが、店内は人工の砂浜になっており、其処に浜焼き用のグリルが内蔵されたテーブルが幾つもあり、夏月達は『団体客用』の大きなテーブルに案内された。

六人掛けのテーブルを三つ繋げたようなテーブルで、グリルは大きめのモノが三つ設置されているので焼くのには困らないだろう。

席に着くと早速タッチパネルの端末を操作して『食べ放題・プレミアム海鮮コース』を人数分、ドリンクバーを付けてオーダーを出す――最上級コースであるプレミアム海鮮コースは通常ならばドリンクバーを付けて税込み四千四百四十七円なので高校生ではとても手が出せないのだが、『施設内のレストラン無料パス券』があるのならば話は別だ。『施設内のレストラン無料パス券』込みで入場券を購入した際には単体で入場券を購入するよりも可成り割高になるのだが、施設内のレストランが全て無料で使える事を考えると逆にお得であると言えるのかもしれない。

コースをオーダーした一行はタッチパネルで夫々オーダーを出すと、ドリンクバーで好みのソフトドリンクをグラスに注いで席に戻ると、自国語で『乾杯』をして浜焼きランチスタート。因みに『乾杯』は、英語では『Cheers』(カナダも同様)、ドイツ語では『Beifall』、フランス語では『Acclamations』、オランダ語では『Proost』、タイ語では『Chịyo』、中国語では『干杯』(台湾も同じ)、スペイン語では『Salud』であった。

程なくしてオーダーしたメニューが運ばれて来たので早速焼き網に乗せて行ったのだが、プレミアム海鮮コースではエビやイカ、ホタテなどの定番だけでなく、高級食材である『伊勢海老』、『ハマグリ』、『岩ガキ』、『アワビ』等も注文可能になっているので、其れ等をオーダーして豪快に網で焼いて行く。

貝類は活きたままなので、アワビは『踊り焼き』になるのも特徴と言えるだろう。

伊勢海老は一尾を縦割りにしたモノが提供され、其れを網で焼いて軽く塩を振ってミソと一緒に堪能すると言うのは中々の贅沢であり、夏月と秋五は件のドリンクで中々にアレな目に遭ったのだが、其れを差し引いても報酬としてこのチケットを用意してくれた束には感謝していた。

メニューは貝やエビ、イカだけでなく普通の魚もあり、捌き立てのサバやアジは言うまでもなく、プレミアム海鮮コース限定でオーダー出来る大トロの軽く表面を炙った『大トロのレアステーキ』は絶品であり、全員が舌鼓を打っていた。

最上級コースとは言え、食べ放題で此れだけの魚介類を提供して採算が取れているのかとも思うだろうが、此の『浜焼き屋・海坊主』で提供している新鮮な魚介類は市場に卸せない所謂『規格外品』であり、店長が毎朝市場で漁師から直接買い付けているので食べ放題でも提供出来るのである。

更に浜焼きだけでなくサイドメニューも豊富で、『ウニイカ』、『マグロの山掛け』、『ピリ辛サーモンユッケ』等の一品料理から、ご飯&麺モノも『マグロユッケビビンバ』、『キンメダイのピリ辛茶漬け』、『海鮮親子冷麺』等々豊富に取り揃えてあったので浜焼き以外のシーフードも堪能出来るのである。

 

 

「いっただきま~~す♪」

 

「其れを一口で行くとか、グリ先輩の食べっぷりには無限の可能性を感じちまうんだけど如何よ?」

 

「其れは否定出来ないわねぇ♪」

 

 

200gある『サーモントロステーキ』のレアを一口で平らげたグリフィンには全員が驚いていたが、グリフィンは500gの牛のサーロインステーキでも二口で完食してしまうので200g位は余裕なのだ。

そんな感じで浜焼きを楽しみ、〆のご飯&麺モノでは夏月が『アルティメット海鮮丼(ウニ、イクラ、大トロ、キンメダイ、アワビ、キャビアトッピング)』、楯無が『三種のイクラ丼(紅サケ、ヤマメ、キングサーモンの魚卵の塩漬け)』、簪が『ナメロウ冷やし味噌ラーメン』、ロランが『マグロユッケビビンバ丼』、鈴が『海鮮冷麺(生エビ、炙りトロ、蒸しウニトッピング)』、乱が『漁師のTKG(ご飯にタコの卵トッピング)』、ヴィシュヌが『究極のウニ丼(生ウニ、焼きウニ、蒸しウニトッピング)、グリフィンは『大トロステーキ丼』の富士山盛、ファニールは『海の宝石丼(ホタテの貝柱、イクラ、ウニ、トビッコトッピング』で、秋五は『アルティメット海鮮石焼ビビンバ(ビビンバに大トロ、岩ガキ、生の桜エビトッピング)』、箒は『究極の貝丼(アワビ、ホタテの貝柱、アカガイ、ホッキガイ、岩ガキトッピング)』、セシリアは『炙りハラス丼』、ラウラは『究極のサーモン丼(生サーモン、生トロサーモン、炙りハラス、イクラトッピング)』、シャルロットは『白身丼(真鯛、キンメダイ、ヒラメ、エンガワトッピング)』、オニールは『期間限定生シラス丼』をオーダーした。

流石に浜焼きでたらふく食べていたので、〆はほぼ全員が『並盛』でオーダーした中、一人だけ『特盛』をも遥かに超える『富士山盛』でオーダーして、正に富士山の如く盛られた大トロステーキ丼を完食してしまった光景には夏月達は慣れたモノだが他の客は大層驚く事になった。

 

 

「もう何度言ったか分からないけど、グリ姉さんは何であれだけ食べて全然太らない訳?って言うか、明らかに余裕で胃の容積を超える量を食べてるような気がするんだけどさ?」

 

「胃袋に食べ物が入って来た瞬間に超強力な消化活動が始まって、即消化して腸に送っちまうのかもな……ぶっちゃけグリ先輩の消化システムに関しては束さんでも解明諦めるんじゃないかと思ってるんだ俺は。」

 

「姉さんでも匙を投げるとは相当だな彼女は……」

 

 

浜焼き+αを楽しんだ後は軽く食休みを入れてから午後の部に突入。

本日の午後はイベントとして『水上レース』と『水着コンテスト』が予定されており、『水上レース・女性の部』には夏月組から乱と鈴とファニールが、秋五組からはラウラとオニールがエントリーしており、『水上レース・男性の部』には夏月と秋五がエントリーし、『水着コンテスト』には夏月組から更識姉妹とロランとヴィシュヌとグリフィンが、秋五チームからは箒とセシリアとシャルロットがエントリーしていた……箒の水着コンテストエントリーは意外と言えば意外かもしれないが、彼女ならば並み居るライバル達に圧倒的な大差をつけて優勝してしまう可能性があるのは否めない事だろう。

とは言え、イベント開始まではまだ時間があるので、一行は『流れるプール』や、『波が発生するプール』、『小型の渦潮が発生するプール』を楽しんでいた――『小型の渦潮が発生するプール』では、夏月が渦に飛び込み中国拳法の極意の一つである『通背拳』で渦を掻き消すと言うトンデモナイ事をやってくれたのだが。

 

 

「おや、お嬢様達ではありませんか?」

 

「夏月と秋五、お前達も……って言うか嫁さん達も一緒に来てたんだな。」

 

「あら、奇遇ね虚ちゃん?五反田君とデートかしら……なぁんて聞くまでも無い事よねぇ♪」

 

「のほほんさんと妹ちゃんが付いて来ちまったのは、ある意味当然か?」

 

「行くとなったらテコでも動きそうにないからね此の二人は……」

 

 

そんな中で布仏姉妹と五反田兄妹とエンカウント。

勿論デートの真っ最中なのだが、弾は虚を此のリゾートプールに連れて来ようとほぼ夏休み返上で毎日『五反田食堂』の厨房で鍋を振り続けてコツコツ金を貯めて居たのだ……妹の蘭が『お兄、アタシも連れてってくれるよね?』と来るのは予想していたので『連れてってやるのは構わないが、本当に連れてくだけだから入場料その他は自腹切れよ』と五寸釘をぶっ刺してやった。

弾がコツコツと金を貯めていたのはあくまでも虚とのデートのためであり、決して蘭を遊ばせてやるためではないのだ――と、普通ならここで終わるのだろうが、虚の方も妹の本音が『連れてって~~♪』とくっついて来たのだ。

勿論虚も『連れて行くだけですから入場料その他は自分で支払いなさい』と言った――虚としては本音がお菓子やらその他諸々の購入で親からの小遣いはほぼ毎月使い切っているのを知っていたのでこう言えば諦めるだろうと思ったのだ。

だが、天は本音に味方したのかとある日に商店街で買い物をしたところ福引券をゲットした本音はその福引でまさかの特賞をデステニードローし、その特賞が此の『リゾートプール・エバーラスティングサマー』のチケット二枚であり、それをゲットした本音は暗部補佐の実力をもってして蘭のスマートフォンの番号を調べ上げて連絡を取り『貴方のお兄さんの彼女の妹だよ~~』と自己紹介をしてから蘭を誘ったのだ。

普通ならば警戒してしまうところだが、マッタクもって警戒されなかったのは本音は暗部補佐と言う立場の人間でありながらもその本質は人畜無害な『のほほんさん』だからだろう。

そんな訳で本音と蘭もこうしてやって来たのだ……自腹を切った訳ではないがチケットを入手してしまったのならば弾も虚もそれ以上は何も言えないのでこうなったと言う訳だ――ある意味で妹ズの執念が運を呼び寄せたと言っても過言では無いのかもしれない。

 

 

「のほほんさん、妹ちゃん、デートの邪魔はしちゃダメだぜ?人の恋路を邪魔する輩は馬に蹴られてなんとやらって言うからな?」

 

「分かってます一夜さん。

 デートの邪魔ではなく、お兄が虚さんに無礼を働かないか、或いは他の女性に見とれてしまわないか、それを監視してるだけですので……お兄は女性に関しては若干信用出来ない部分がありますからね。『IS学園に野郎二人だけとか、マジハーレムじゃねぇか!』とかほざいてましたので。」

 

「う~ん……蘭ちゃん、それは弾なりのポーズだと思うよ?

 僕が知る限り、五反田弾って人間は表面上は軽く振る舞ってるけど、その本質は一本気な性格の好漢だよ……だから、布仏先輩と交際してるなら大丈夫。惚れた女性には弾は誠心誠意をもって付き合う筈だからね……そうだろう、弾?」

 

「当たり前だろ秋五……俺みたいなのが虚さんのような素晴らしい女性と交際出来るようになったってのがそもそもにして宝くじで一等を当てる位の奇跡と言っても良いレベルだからな?俺は、虚さんの事を絶対に放さねぇ!そんでもって何があっても絶対に守り通してやんぜ!!」

 

「あ、あの弾君、その辺にしておいて下さい……さ、流石に少し恥ずかしいので。//////」

 

 

蘭はあくまでも弾の監視との事だったのだが、弾は実は純愛なので虚以外の女性に目移りする事はなく、弾のストレートな言葉を聞いた虚は瞬く間に茹蛸状態となって顔面が真っ赤になってしまった……虚のこんな姿は楯無でも見た事はなかったのでとても新鮮だった。

お互いにデート中と言う事で弾と虚とは其処で別れたのだが、本音は簪が、蘭は乱が二人のデートの邪魔にならないように強引に引き剥がしてコチラ側に連れ込んでいた。

 

 

「かんちゃーん、なんでおねーちゃんと一緒に行かせてくれないの~~~?」

 

「本音は無意識に虚さんと五反田君の邪魔しそうだし、本音は存在其の物が本日限定でお邪魔虫。だからこっちに来る事、此れは命令。」

 

「それはないよかんちゃーん!って言うか、立場的に私ってかんちゃんのメイドって立場なんだから命令されたら歯向かえないんじゃな~~いかな~~?」

 

「アンタも兄貴の監視なんてしてないでこっちに来て、この数多存在している美女達の中から自分が目指す女性像を見つけたら如何?……まぁ、中には如何やったところで到達出来ない存在がいるけどねぇ……」

 

「確かに、約一名日本人とは思えない胸部装甲を搭載している人がいるわね……」

 

 

簪は立場を利用して命令し、乱は謎の理論を展開して強引に二人を引き込み、イベントの時間まで施設を回り、午前中も訪れたウォータースライダーをもう一度楽しんだのだが、今回はラストに頭から突入した夏月の上にグリフィンがサーフィンのような体制で乗っかり、最後は『マッスル・インフェルノ』のポーズでプールに突入し、プールの壁にぶつかる前にグリフィンが飛び降り、夏月は勢いは其のままに身体を反転させるとプールの壁を蹴ってジャンプしてからプールサイドに着地して周囲から拍手喝采を受けていた――因みに、その直後に弾が虚と共に滑り降りてきたのだが、滑り終わってプールサイドに上がってきた虚は割と余裕があったのだが、弾は少しばかりダメージを受けていたようだった。

それでも心配した虚を安心させようと精一杯強がって見せた弾は漢の意地は持っているのだろう。

 

その後も適当に施設をぶらついていたのだが、今度は夏月とロラン、秋五と箒とセシリアとラウラとシャルロットにとってはクラスメイトである鷹月静寐、鏡ナギ、四十院神楽、相川清香、谷本癒子、矢竹さやか、そして一年先輩であるダリル・ケイシーと其の恋人であるフォルテ・サファイアとエンカウント。

出会い頭にダリルは『相変わらず世の男どもに恨まれそうな事してんなぁエロガキ共!』と言って来たのだが、『エロガキって、制服がパンチラブラチラなダリルパイセンには言われたくないっすねぇ?』と夏月がカウンターをブチかましていた。

 

 

「それよりもダリル先輩、同性とは言えフォルテって恋人が居るにも係わらず俺にアプローチ掛けてくるのは流石に如何かと思うんですけど?フォルテに悪いと思わねぇんですか?」

 

「それに関しては問題ねぇっすよカゲツ。

 アタシ全然OKしてるっすから♪アタシはダリルの同姓の恋人でカゲツは異性の恋人だから全然問題ないっす!其れに、ダリルがカゲツにアプローチしたくらいで目くじら立てるような心の狭い嫁じゃないんすよアタシは!」

 

「いや、お前何処のレンブランさんだよ!?」

 

「つー訳で、オレがお前にアプローチするってのはマッタクもって問題ねぇって事だよな?自分で言うのもなんだが、実力的にもオレはお前のパートナーとして相応しいと思ってっからよ。」

 

「それはそうかも知れないけどさ……其れと、彼女達もだよなぁ……」

 

 

ダリルが自分にアプローチしてくる事に関しては『フォルテが居るだろ!』と言ったモノの、当のフォルテが其れを認めているとなれば夏月はそれ以上何も言えないだろう――ダリルのアプローチに対する懸念はフォルテ只一点だったのだから。

また彼女に加えて、『鷹月静寐』、『鏡ナギ』、『四十院神楽』からのアプローチに関しても夏月はソロソロ答えを出そうと考えていた――此れに関しては『相川清香』、『谷本癒子』、『矢竹さやか』の三人からアプローチを受けている秋五も同様だ。

彼女達六人は『男性操縦者重婚法』が制定されてからと言うモノ、其の座を射止めんと一般生徒として出来る限りの訓練(基礎フィジカルトレーニングのみならず訓練機やシミュレーターを使っての実戦トレーニング、図書館での専門学の勉強等々。)を欠かさずに行い、一年生の一般生徒の中でも頭一個抜きん出た実力を持つようになり、一部の生徒の間では夏月組狙い組を『三月光』、秋五組狙い組を『三秋燃』と呼ぶようになっていた。

ISの実技の授業の際には見学者を除き全員がISスーツに着替えるので、夏月も秋五も当然彼女達の身体は何度も見ているのだが、今日会った彼女達の身体は四月の頃とは比べ物にならないほどに鍛えられている事が分かった――外見的な変化は大きくないが、皮下のインナーマッスルが鍛えらえれており、タダ歩くだけでも体幹がブレていない事が見て取れたのだ。

それからしばし雑談をしてから彼女達とは別れたのだが――

 

 

「夏月、ダリルは言うまでもないがダリル以外の彼女達も相当に本気みたいだが……如何するんだい?今の彼女達を『実力不足』と言う事で断る事は出来ないと思うけれど?」

 

「次にアプローチしてきた其の時は、そりゃ真摯に応えるさ。

 俺のパートナーの地位を手に入れるために頑張ったってのは、そりゃ男として嬉しい気分がないかって言われたらないとは言えないし、此れまでは『実力不足』って事だけが唯一の懸念点だったからな……専用機はなくとも素で十分な実力があれば問題ないだろロラン?」

 

「確かにその通りだね。」

 

「それはお前も同じ考えか秋五?」

 

「まぁ、そうだね。

 彼女達の事が嫌いだって言うなら兎も角として、嫌いじゃないなら唯一の懸念点がなくなれば断る理由は逆に何処にあるって感じだからね。」

 

 

夏月も秋五も次に彼女達がアプローチを掛けて来た時には断らずに受け入れようと考えていた。

ダリル以外の六人は『実力不足』が唯一の懸念点であったのだが、その懸念点がなくなったとなれば断る理由もない。もとより別に彼女達の事が嫌いと言う訳ではないのだから。

逆に『好きか?』と聞かれたら其れは其れで現時点では『Like』の方の『好き』に留まるのだが、交際当初に恋愛感情がなくとも愛を育む事が出来ると言うのは夏月も秋五も良く知っているので問題はない――特に一種の『契約』のような関係から始まった秋五とシャルロットの婚約が、今ではガチになっているのだから何処で愛が育つのか、芽生えるのかは分かったモノではないのである。

因みに夏月の嫁ズも秋五の嫁ズも新たなメンバーが増える事に関しては『抜け駆けしない事』、『相応の実力を持つ事』、『裏切らない事』が絶対条件ではあるモノの基本的にはウェルカム状態である。『守護者は多い方が良い』との考えもあるのだろうが。

 

 

 

――ピンポンパンポーン!

 

 

 

『只今より本日の第一イベント『水上レース・爆走アクアロード女性の部』を開催いたします。

 参加エントリーの方は中央大プール前の受付にてエントリーを、また事前エントリーを済ませている方は中央大プール東に設置されたゲート前にお集まり下さい。

 繰り返します。只今より本日の……』

 

 

此処でイベントの時間となり、場内アナウンスで『水上レース・女性の部』の開催が告げられると、レースに参加する鈴と乱とラウラとコメット姉妹はゲート前に向かいレースの開幕を待つ。

この水上レースは、よくあるタイプの水面に並べられた浮かぶ足場を渡って行くタイプではなく、プール上に幅5mほどのレーンが設置され、其れを駆け抜けると言うモノなのだが、レーンは平坦ではなくアップダウンや平均台、定番の浮く足場等が存在しており簡単にはゴール出来ないようになっている上にある程度の妨害行為も認められているので決して平穏なレースとは言えないだろう。

更に、フォルテにナギ、清香に癒子もエントリーして来ているので油断は出来ない――そんな中でエントリーが締め切られ、総勢百名近い参加者がスタートゲートに集結し、司会からルールの説明を受けた上で位置に付き、そしてレーススタート!

参加人数に対してレーン幅が狭いので最初はすし詰め状態になるかと思いきや、このレーンには転落防止用のフェンスが設置されていないので、我先にとスタートした多くの参加者で外側に陣取って居た者達はレース開始直後に押し出される形でプールに落下して早々に失格となってしまった――ラウラも落ち掛けたのだがギリギリでレーンの端っこを掴んで生き残ると即座にレースに復帰した。

さて、このレースにてトップに立ったのは意外にも鈴と乱の二人だった。

レース参加者の中にはモデルのように手足の長い女性や、女性ビルダーのような人も存在し、それ等と比べたら鈴と乱は圧倒的に小柄なのだが、このレースではこの小柄な体型が役に立った。

小柄だからこそ他の参加者の間を縫うように走る事が出来るだけでなく、小柄ゆえの身の軽さで軽快にアップダウンをクリアし浮く足場もあっという間にクリアしてゴールは目前に――なったのだが、ここで最後の障害として二人の『ゴールを守るガーディアン』が現れた。

悪役女性レスラーを彷彿とさせるペイントを顔に施し、スポンジ製の棘バットで襲い掛かって来たのだが、鈴と乱はスライディングでガーディアンの足の下をすり抜けて見事にワンツーフィニッシュ!

シチュエーション的に『ゴールを守るガーディアン』を倒さなければならないと思ってしまいがちだが、実は倒す必要はなく如何にガーディアンをやり過ごしてゴールするかが重要なのだ――そう言う意味では鈴と乱は最高レベルのゴールを決めたといえるだろう。

そして鈴と乱のゴールから遅れる事四十秒、コメット姉妹とラウラが横一直線で現れ、ラウラがスライディングで二人のガーディアンの体勢を崩すとコメット姉妹はガーディアンを馬飛びし、そのまま三人揃ってゴールイン!一位は鈴、二位は乱、三位がコメット姉妹とラウラと言う結果になった。『三位が三人』と言うのは少しばかり奇妙な結果ではあるが、リゾートプールのイベント結果に細かい事を言うモノではないだろう。

因みにナギは七位、清香は八位、癒子は十位で、水上レース・女性の部の入賞者枠はIS学園の生徒が席巻する結果となったのだった。

 

続いて男性の部だが、其処には意外な人物が参加して来ていた。

 

 

「帝王、アンタが参加して来るとは流石に予想外だったぜ。」

 

「ふ、偶には少しばかり息抜きをするのも良いかと思ってな……お前と会うとは思わなかったがな夏月よ。」

 

「この人が帝王……うん、まごう事なきサガットだね。」

 

 

其れは夏月が『嫁ズの家族への挨拶旅行』でタイを訪れた際に、ヴィシュヌの実家のムエタイ道場で出会った『ムエタイの帝王』と呼ばれる巨漢だった。

強敵を求めてアジア方面を旅している途中に日本に立ち寄り、『偶には息抜きも必要か』と此の場所を訪れてイベントに参加したのだ――己の奥義を授けた夏月と出会えたのは嬉しい誤算だったのかもしれないが。

夏月にとっては予想外の参加者が居た訳だが、水上レース・男性の部がスタートし、スタート直後に帝王が其の巨躯をもってして周囲の参加者を吹き飛ばしながら爆走し、夏月と秋五はスリップストリームのようにその後を付いて行く。

高低差のあるアップダウンも2mを超える巨躯の前には大した障害にはならずに帝王は楽々とクリアして行き夏月と秋五は片方が上に跳ね上げて、跳ね上げられた方が引き上げるコンビネーションでアップダウンをクリアし、浮く足場には少しばかり梃子摺るかと思ったが、帝王は助走を付けてから鋭い飛び蹴りで浮く足場ゾーンを飛び越え、夏月と秋五はこれまでに鍛えた見事な体幹をもってして浮く足場をクリアし、ゴールまでは三人がほぼ横這いに。

そしてゴール直前にはお約束の『ゴール前のガーディアン』が登場――女性の部に出てきた『ゴール前のガーディアン』と比べると『ガチのプロレスラーじゃないのか?』と思ってしまうほどの体格で、やはり悪役レスラーのような風貌だ。

 

 

「猛虎咆哮……!!」

 

「帝王直伝……!!」

 

「「カイザー・ニー・クラァァァァァッシュ!!」」

 

「うわぁ……」

 

 

だが其れも夏月と帝王の『カイザー・ニークラッシュ』が吹き飛ばす……因みに直撃したのではなく、技の余波だけで吹き飛ばしたのだから恐ろしい事この上ないだろう。

このまま夏月と帝王が同率一位でゴールし、其処から0.1秒遅れて秋五が二位通過、更に其処から三十秒遅れて弾が三位でゴールした……虚に良いカッコを見せたかったのだろうが、同じ思惑を持って参加した者達に潰されずに表彰台に到達したのは見事と言えるだろう。

こうして、水上レース・男性の部は一位が夏月と帝王、二位が秋五、三位が弾と言う形になった――因みに、水上レースの優勝賞品は男女関係なく『売店チケット三万円分』であり、二位は『一万円分』、三位は『五千円分』となっている。

束が用意したチケットでは売店までは無料ではないので、此れは嬉しい臨時収入と言えるだろう。

 

 

そして続くは本日の第三イベント、と言うよりもメインイベントである『水着コンテスト』が始まり、夏月組からエントリーした更識姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、秋五組からエントリーした箒、セシリア、シャルロットが観客の目を引ていたが、ダリル、静寐、神楽、さやか、そして虚も中々に注目されていた――此の場に真耶が居たらぶっちぎりだったかもしれないが。

因みに、己の嫁ズ達に不埒な視線を送って居た野郎共は夏月が更識式の暗殺術を駆使して一時的に視界を奪っていたが、其れは誰にも分からなかったので特に問題はないだろう。

序に夏月組が夏月に、秋五組が秋五に、虚が弾に笑顔で手を振った際には夏月と秋五と弾の半径2m以内に居た野郎共はハートを撃ち抜かれてしまった……撃ち抜かれて戦闘不能になった訳であるが。

 

そしてコンテストが始まってから三十分ほどで参加者は全てアピールを終えて、いよいよグランプリが決定される。

水上レースと違って二位も三位もない、グランプリはたった一人のみなのだが、そのグランプリを決める審査員会議は揉めに揉めていた――グランプリ候補として選出されたのは楯無、ヴィシュヌ、箒の三人なのだが何れも甲乙付け難く中々決まらずにいたのだ。

白い肌と蒼い髪、紅い目がミステリアスな楯無、黒髪黒目のポニーテールが大和撫子然としていながら圧倒的なバストサイズが強インパクトな箒、褐色肌がエキゾチックな雰囲気を演出し、その肢体を包む白いビキニのコントラストが美しく、手首と足首に装着した輪っか状のアクセサリが魅力的なヴィシュヌと夫々魅力が異なるのだ――それでも、此処まで絞り込んだのだが。

そして十分近い審査の末に遂にグランプリが決定し、お馴染みのドラムロールと共にスポットライトが交錯し、三つのスポットが重なってヴィシュヌの姿を照らし出したのだった。

 

 

『グランプリは、エントリー№24!ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー!!』

 

 

グランプリに選ばれたのはヴィシュヌ。

審査員は悩みに悩んだ末に、楯無と箒を上回る足の長さが最後の決定ポイントとなり、ヴィシュヌがグランプリに輝いたのだった。

グランプリに輝いたヴィシュヌには、グランプリの証である盾とトロフィーが送られ、その後は参加者全員で記念撮影が行われ、希望者にはスマホに高画質の画像データが送られる事になった。

 

コンテスト後は良い時間になったのでシャワーを浴びた後に来訪時の服に着替え、売店で水上レースで手に入れた『売店チケット』を使って様々なお土産を購入していた。夏月と更識姉妹は総一郎と冬馬に『地酒のセット』と『地魚の燻製セット』も購入していた――簪が『ガンダム』とコラボしたぬいぐるみ『メンダコズゴック』をゲットしたのはアレだが本人は満足しているようなので突っ込みを入れるのは無粋だろう。

売店での買い物を終えた一行はリムジンバスに乗り込み、あとは夕飯なのだが――

 

 

「そう言えば秋五よぉ、俺達って今年の夏は嫁ズの家族への挨拶旅行やってたから土用の丑の日逃してるんだよなぁ?やっぱ夏は一度は食いたいよな鰻?」

 

「言われてみれば確かに……食べたいね、鰻。」

 

「はいはい、それじゃあ今日の晩御飯は鰻ね♪」

 

 

嫁ズの家族への挨拶旅行で夏月と秋五は日本の『土用の丑の日』を逃してしまっており、夏月の提案で本日の夕飯は鰻となった。

早速楯無が更識御用達の鰻屋に予約を入れた――其の店は江戸時代から続く老舗であり蒲焼のタレは代々継ぎ足しで伝えられており、関東大震災、東京大空襲、東日本大震災の際にも、此のタレだけは死守していたりする。

むろん蒲焼だけでなく白焼きも可能で、白焼きには赤穂の粗塩を使う拘りっぷりでありながらも、鰻の脂が苦手な人の為に脂の少ない穴子で鰻同様のメニューも提供していたりするのである。

そんな最高の鰻屋で、夏月は特上の『鰻の白焼き重』を、秋五は特上の『鰻の蒲焼重』を注文し、嫁ズもそれぞれ好きなモノを注文して、本日の夕食タイムも楽しく過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

嘗て木星軌道から射出された『ソレ』は誰にも気付かれる事なく――其れこそ地球上のありとあらゆる天体観測用の望遠鏡に捉えられる事無く地球へと到達していた。

大気圏で燃え尽きずに地球に降りたったそれは野球ボール位大きさなのだが、その周囲にはクレーターは存在しないので、よほど静かにこの地に降りたったのだろう。

 

 

『…………』

 

 

やがて其の野球ボール位の大きさの物体の中から、ゲル状の何かが溢れ出し、其れはあたかも意志を持っているかのように地面を這いずり回り、やがて地上に出て来たモグラに遭遇すると、ゲル状の何かはモグラを覆い始めた。

無論モグラは抵抗するも、すぐに抵抗は無くなり、ゲル状の何かは『モグラ』に酷似したモグラではない何かとなって地中にその身を潜めて行くのだった――まるで力を溜めるかの如くに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode57『夏休みEvent Round4~アウトドアでキャンプだ!~』

キャンプの定番と言えば?By夏月     飯盒炊飯とカレーよね♪By楯無    バーベキューも外せないよね……お肉最強!Byグリフィン


夏休みのある日の夜、楯無は父であり先代の『楯無』である総一郎から書斎に呼び出されていた。

総一郎の書斎は四畳半ほどの広さの和室であり、其処に机と椅子、座卓が置かれているので人が二人入るとそれだけでもう満室と言った状態で、今も座卓を挟んで楯無と総一郎が座っている状況で他に誰かが入る余地はなさそうである。

 

 

「簪ちゃんや夏月君は呼ばずに私だけ呼び出すとは……『楯無』にだけ通しておきたい話があると言う事でしょうか先代?」

 

「いや、そうではないよ刀奈。

 今夜は『楯無』ではなく、私の娘である『刀奈』に伝えておきたい事があってね……だから、楽にしてくれていい。」

 

「あら、そうだったの?ならば、そうさせて頂くわお父様。」

 

 

楯無は『楯無に何か重要な話があるのか』と思ったのだが、総一郎は『楯無』ではなく『刀奈』と呼んだ――つまり、今は『先代楯無』と『現楯無』ではなく父と娘として話がしたいと言う事なのだろう。

 

 

「夏月君が帰国してからの君達の事を見ていたけれど、全員仲が良くて実に結構。

 実力的にもお前と共に夏月君と歩むには申し分ない――其れこそ、更識のエージェントとしてスカウトしたいくらいだ……中でもヴィシュヌ君は特出しているかな?正直、彼女の蹴りは凶器だと思ったよ。」

 

「ヴィシュヌは元ムエタイチャンプのお母様からムエタイの英才教育受けて来たって事だから、それくらいの蹴りは放てるわよお父様?……夏月君ですら『ヴィシュヌの蹴りはガードを貫通してくるから何とか避ける以外にノーダメージで済ませる方法はない』って言うもの。」

 

「ガードを貫通する蹴りとはなんとも恐ろしいが……そう言う夏月君の本気の拳もガードを貫通すると思うのだが……彼が顔面陥没させた外道は何人だったかな?」

 

「其れはもう数えるのも面倒なレベルね♪」

 

 

内容的には少し物騒なところがなくはないが、楯無と総一郎は暫し雑談を楽しんだ。

流石に総一郎が『そう言えば夏月君とは何処まで進んでるんだい?』と聞いてきた其の時は楯無も『其れは流石にデリカシーがない質問よお父様♪』と言って扇子で一発かましていた――確かに如何に親子と言えども少し踏み込みすぎた質問ではあっただろう。

 

 

「此れはデリカシーがなかったか……だけど、夏月君とは良い関係を構築しているようだから安心した。

 さてと……刀奈、これから先色んな事があると思うが、その中でお前は必ず選択を迫られる場面が来るだろう――そしてそんな場面では多くの場合『楯無』としての正しい選択をする事になると思うが、本当に大事な選択をする場面が来たその時は『楯無』ではなく、『刀奈』として正しいと思う選択を、己の本心に偽らざる選択をしなさい。」

 

「楯無ではなく刀奈として……」

 

 

そんな中で総一郎は楯無に『本当に大事な選択をする場面が来た時は『楯無』ではなく『刀奈』として選択しろ』と言って来た――それはつまり、暗部の長としての選択よりも、『更識刀奈』と言う一人の人間の選択を重視しろとの事である。

其れを聞いた楯無も、総一郎が伊達や酔狂でそんな事を言う人間ではない事を知っているので、其の言葉を真摯に受け入れ、同時に其の時が来たら迷わずに『刀奈』としての選択を出来るようにしておこうと心に決めたのだった。

 

そして、その選択の時はそう遠くない未来に訪れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode57

『夏休みEvent Round4~アウトドアでキャンプだ!~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの定番イベントと言えば『夏祭り』、『海orプール』であり、その二つは既に消化しているのだが、まだ消化していない定番イベントとして『アウトドア・キャンプ』があり、一行は本日河口近くの河原にやって来ていた。

つまりは此処でアウトドアとキャンプを行う訳だ。

楯無は虚も誘ったのだが、虚は弾に誘われて別の場所でキャンプに出掛ける予定が入っていたので不参加である――本音は『今日は家でごろ寝なのだ~~』と言って夏休みだから許されるぐーたらライフを満喫しているので矢張り不参加である

 

 

「それじゃあさっそくテント設営と行くか。」

 

「テントは川からなるべく離れた場所に張った方が良いね。」

 

 

布仏姉妹不参加は兎も角として、キャンプ地に到着した一行は先ずはテントの設営に。

最近は簡単にキャンプが出来るようにワンタッチ式の簡単なテントも販売されており、テントの設営はそれほど大変ではないのだが、それでも風に飛ばされないように四隅に杭を打つ等の工夫は必要なので、テント設営は割と一仕事なのだ。

 

 

「オラァ!一撃滅殺!!」

 

「ハンマー一発で杭を打ち込むとか、相変わらずトンでもないパワーだねカゲ君♪」

 

 

其の杭をハンマーの一撃で打ち込んでしまう夏月のパワーは凄まじいモノがあるだろう……秋五も僅か三発で杭を打ち込んでいたので並々ならないパワーがあるのは間違いないだろう。『織斑計画』の成功体は矢張り普通ではないのである。

此度のキャンプの参加者は夏月組、秋五組合わせて十五人なので、テント一つに二人の予定で七つのテントを設営したのだが、其れだと一人あぶれてしまうので、一つ大きめのテントを用意し、そのテントは三人で使う事になっていた。

二人しかいない男子である夏月と秋五は同じテントで、更識姉妹とコメット姉妹も同じテントなので、残るメンバーでくじ引きを行って誰と誰が同じテントになるのかを決めたのだが、くじ引きの結果、ロランとヴィシュヌ、箒とセシリア、ラウラとシャルロット、グリフィンと鈴と乱と言う組み合わせになったのだった。

 

テントの設営が終われば昼食まではフリータイムとなるので、それぞれ川遊びや釣りをして楽しむ事に。

流石に水着は持ってきていないが、腕まくりや裾まくりをすれば浅い川遊びは充分に出来るので特に問題はないだろう――其れでも、水の掛け合いは行われるので各々着替えは持って来ているのだが。

そんな中でラウラは『キャンプと言えば黒人のマッチョな隊長がエクササイズを指導してくれるのではないのか?』と天然ボケをかましてくれた訳だが、此れもまた黒ウサギ隊の副隊長の入れ知恵であるのかもしれない。

 

 

「秋五、水切り勝負しようぜ。」

 

「水切り……川遊びの定番だね?良いよ、その勝負受けて立つよ夏月。」

 

 

川遊びを満喫している最中、夏月が秋五に『水切り勝負』を持ち掛け、秋五もそれを受けて水切り勝負が始まった。

三本勝負で先に二本取った方が勝ちとなる訳だが、一本目は夏月も秋五も五回の水切りを決めたので引き分けかと思ったのだが、距離で僅かに秋五が勝った事で秋五の勝利となり、二本目は秋五がまたしても五回の水切りをして見せたのに対し、夏月は七回の水切りをやって見せた事で夏月の勝利となり、決着は運命の三本目に。

三本目は『負け先』で秋五が先攻となり、意識を集中した秋五は見事なサイドスローで石を投げ、投げられた石は川面を連続で八回跳ねた後に川に沈んだ――二本目の夏月の七回を上回る水切りをして見せたのだ。

八回の水切りとなると、其れを上回るのは可成り難しい事ではあるのだが、後攻の夏月はアンダースローで石を投げると、投げられた石は川面を大きく八回跳ねた後に対岸へと到達していた。

川面を跳ねた回数は夏月、秋五共に八回だが秋五の投げた石が途中で川に沈んだのに対し、夏月が投げた石は川を渡って対岸まで到達しているのでこの勝負は夏月の勝利と言えるだろう。

 

 

「水切りで対岸まで到達するって言うのは動画で見た事はあるけど、実際に生で見る事になるとは思わなかったよ……どうやったら対岸まで到達出来るのか知りたいな?」

 

「石はなるべく平たいモノを選ぶのは基本として、石をリリースするのは腕が最も伸びた時で、リリースする瞬間に手首と人差し指にスナップを利かせて石に強烈な横回転を加えてやるんだ。

 更にサイドスローよりもより水面に近くなるアンダースローで投げる事によって石が低く遠くまで跳ねるようになって対岸まで到達出来るようになるって訳だ……OK?」

 

「……ヴィシュヌ、君は今の夏月の説明を聞いて結局のところどう言う事なのか理解出来たかい?」

 

「言わんとしている事はなんとなく分かるのですが、詳細まで理解出来たかと問われると其れは否ですね……すご技テクニックを口で説明するのは難しいと言う事だと思います。」

 

 

夏月の水切りのテクニックは口で説明されても良く分からなかったのだが、夏月と秋五の水切り対決から今度は互いの嫁ズも参加して『水切り大会』が開催されたのだが、勝負よりも『石が何回水面を跳ねたか』の方が重視され、最初は一回も石が水面を跳ねる事が出来なかったコメット姉妹が初めて一回成功した時には大拍手が巻き起こった位だ。

逆に楯無は最初から結構な回数水面を石が跳ねていたのだが、此れは暗部の長として『どんな状況であっても戦える様に』と小枝や小石も武器として戦う術を身に付けていた事が大きいだろう――タダの小石であっても楯無の手に掛かれば其れは弾丸並みの殺傷力がある訳で、其れだけの威力があると言う事は速度も石の回転力も相当なモノであり、結果として水切りでも大きな成果を出すに至ったのだ。

 

 

「楯姐さんすっご……」

 

「オホホ、IS学園の生徒会長は学園最強の証でもあるから、あらゆる分野で最強でなければいけないのよ鈴ちゃん……家事スキルだけはどうやっても夏月君には勝てる気がしないのだけれどね……」

 

「家事スキル、特に料理の腕でカゲ君に勝つのってHP1、MP0の状態で必ず先制攻撃してくる敵とエンカウントした際に生き残るレベルのムリゲーじゃないかな?或いは遊戯王で初手五枚が全部儀式モンスターって言うくらいの苦行。」

 

「……一夏も調理実習の際にクラスの女子のハートをバッキバキに圧し折ってた記憶があるけど、夏月の料理スキルは一夏以上かも知れないよ。」

 

 

水切りを存分まで楽しんだ後は、また水遊びや釣りなどに精を出していたのだが、そろそろ昼食に良い時間になってきたので夏月は昼食の準備に取り掛かった。

キャンプ飯の定番と言えばカレーであり、本日の昼食はカレーなのだが夏月がタダのカレーで済ませる筈がなく、昨日の内に『飴色玉ねぎ』を作ってタッパに詰めて持って来ており、可成り拘ったカレーを作る心算なのである。

そして其の飴色玉ねぎとは別に、夏月は火にかけた鍋にバターを投入すると、其処にみじん切りにした冷凍玉ねぎを入れて炒めて行く――玉ねぎは一度冷凍する事で細胞が壊れ、火を通した時により甘みを引き出す事が出来るのだ。

冷凍玉ねぎに火が通った所に飴色玉ねぎを加え、全体がよく温まった所でグリルで皮に焦げ目を付けた鶏肉と昨日の内に湯むきしてタッパに詰めて来たトマトを投入し、野菜ジュース一本(一リットル)、板チョコレート半分を加えて煮込み、軽く沸騰して来た所で夏月特製のカレールウを投入する。

夏月特製のカレールウは、バターで小麦粉とカレー粉を良く炒めた所にデミグラスソース、ドライトマト、塩、コショウに隠し味にナンプラーを少々加え、水分が飛ぶまで煮詰めて完成したモノであり、市販のカレールウとは一線を画すモノだったりするのだ。

カレールウを投入した後はコンロの火を弱火にして焦げ付かないように注意しながらジックリと煮込み、同時に飯盒で炊いている飯の方も注意深く見て沸騰しすぎない火加減を保つ。

そうして飯盒の飯が良い感じに炊き上がったところで『昼食が出来たぞ』と声を掛けて、キャンプ飯の定番であるカレーでのランチタイムに。

飯盒で炊いた飯は飯盒本体と蓋に分けて盛るのが基本であり、空いたところにカレーを注ぐのもまたキャンプカレーの基本と言えるだろう――そして、其れがなんとも言えないキャンプ感を演出してくれるのである。

 

 

「「「「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)

 

 

其のランチタイムだが、全員が夏月特製カレーの美味しさに言葉を失う事になった――夏月特製弁当で舌が肥えている夏月の嫁ズですらだ。

夏月特製カレールウで作られたカレーはスパイシーな辛さと深いコクがあり、冷凍玉ねぎと飴色玉ねぎの二種類の玉ねぎが味に深みを持たせ、皮を香ばしく焼かれた鶏肉が食欲を増進し、後乗せのトッピングの網焼きの野菜(ナス、シシトウ、ズッキーニ)がこれまたいい味を出してくれていたのである。

 

 

「美味し~~!!カゲ君、おかわり~~!お肉多めでよろしく~~!!」

 

「そう来ると思って、グリ先輩用に鶏もも肉の網焼きを後乗せトッピングで用意しといたぜ――肉は二枚でいいよな?」

 

「全然OKだよ♪」

 

 

スパイシーなカレーは食欲を刺激し、全員が普段よりも多めに食べる結果になったのだが、其れでもグリフィンの食べっぷりは凄まじく、飯盒五つ分の飯をカレーと共にペロリと平らげて見せ、結果として飯もカレーも余る事なく完食となったのである。

カレーの後はデザートなのだが、デザートは嫁ズが凝って作り上げた『真夏の青空ゼリー』だった。

夏の青空を演出したブルーハワイのゼリーに、白い雲を模した杏仁ゼリーとバニラアイス、太陽を模したカットマンゴーを加えたデザートは冷たく爽やかでカレーの後のデザートにはピッタリだった。

 

 

「「「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)

 

 

夏月特製のスパイシーなチキンカレーと嫁ズが作った夏にピッタリの爽やかなデザートでランチタイムは全員が大いに満足したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ランチタイム後は軽い食休みを挟んで午後の部。

とは言っても基本的には河原周辺での水遊びがメインであり、午前中とほぼ変わりは無く、釣りに関しては午前中から今の今まで釣果はゼロ……川釣りは海釣りとは違った難しさがあるのだろう。

 

 

「ロラン、何やってんだお前?」

 

「ストーンアートと言うやつだよ夏月。

 自然石を積み上げて作るストーンアート……此れは中々に奥が深いね?全体の美しさを演出しながらも自然石を使っているが故に不安定になるバランスも見極めないとだからね――いやはや実に奥深い。」

 

 

そんな中、河原ではロランが『ストーンアート』に挑戦していた。

ロランは父親が芸術家なので幼い頃より芸術に触れる機会が多く、自然と芸術的センスが磨かれていたので、河原にある様々な形の石を見て、以前にテレビで見た『ストーンアート』を自分でもやってみたくなったのだろう――己の芸術センスがストーンアートでドレだけ通じるのかを試したかったと言うのもあるのかもしれない。

先ずは土台となる『大きめで比較的平らな石』を見つけると、其処に大小様々な石を組み合わせて積んで行くのだが、ただ安定感のある石を積み上げて行ったのでは『ストーンアート』にはならないので、細長い石や丸い石、先が尖った石等も絶妙なバランスを取りながら積み上げ、更にアートとして芸術性を演出するために縦に積むだけでなく横方向にも長い石を突き出すようにして、更にその石の先端にも別の石を積み上げて行く。

そうして石を積み上げ始めて約三十分後、積み上げられた石はロランの身長と同じ高さにまでなり、ロランは『此れで完成だ』と一番上に星のような形をした石を乗せて『ストーンアート』が完成した。

 

 

「バランスを取りながら石を積む事に夢中になってしまったが、此れは中々バランス感覚が鍛えられる……ふむ、バランス感覚のトレーニングとして割と良いかもしれないな。

 で、こうして完成した訳だが……自分で作っておいて言うのもどうかと思うのだけれど、これは一体なんだろうか夏月?」

 

「なにって聞かれても、制作者であるお前が分からないのに俺に分る筈ないだろ?

 てか、自然石積んで作るストーンアートで特定の何かを作るのは無理なんじゃないかって思うんだけどよ……ストーンアートってのは、統一規格じゃない自然石を如何に美しく芸術的に積むかが大事なんじゃないのか?

 そう言う意味では此れは最高クラスの出来だと思うぜ俺は……三角形の頂点同士を合わせて積むとかトンでもねぇバランスだと思うしな。」

 

「成程……ならば君の評価を素直に受け取るとしよう――とは言っても、こんなモノが河原にあっては邪魔でしかないので、ストーンアートは作った後で壊すまでがワンセットだね。」

 

「かもな。」

 

 

出来上がったストーンアートは実に見事なモノだったのだが、此れをそのまま河原に放置したら邪魔でしかないので、ストーンアートは完成後に壊すまでがワンセットだったりする。

とは言っても普通に壊すのは面白くないので、最も微妙なバランスを保っている場所に小石を投げつけて崩してやると、其れを引き金に石の塔はまるでビルを爆破解体したかの如く崩れ去った……崩す時ですら芸術的にと言うのもストーンアートに於いては大事な要素であるのかも知れない。

だが、ロランのストーンアートを見た他のメンバーもストーンアートに挑戦して、中々に個性的な作品が次から次へと生まれては、芸術的破壊が行われたのであった――因みに、箒は木の枝で居合を繰り出してストーンアートを崩すという見事な事をやってくれた。

 

そうしてストーンアートを楽しんでいる間、固定されていた釣り竿にはストーンアートが終わった後で実にタイミングよくアタリが来て、アタリが来た竿を引きながらリールを巻くと、遂に最初の釣果として『イワナ』を釣り上げ、其れを皮切りに次々と川魚を釣り上げ、終わってみれば『イワナ』、『ヤマメ』、『ニジマス』等が大漁であり、今夜の夕食にこれ等の魚を使った料理が追加されるのだった。

 

釣りの後は、夏月組と秋五組に分かれて『エアーウォーターガン』を使ったサバイバルゲームを楽しんだ。

人数は夏月組の方が多いので、秋五組にはハンデとして『箒、セシリア、ラウラは二回被弾で脱落』が設けられ、結果として何方も一歩も譲らない展開となったのだが、脱落したメンバーからウォーターガンを借りて二丁状態となった夏月が命中度外視の極悪連射をした事で秋五組のメンバーは次々と被弾してしまい、しかし秋五が夏月だけに狙いを定めて撃ってきた事で相打ちとなり、同時に此の相打ちで秋五組は全滅となり、夏月組はグリフィンとファニールが生き残っていたので夏月組の勝利となったのだった。

 

 

サバイバルゲームが終了した後は、テントで着替えてから夕飯の準備だ。

キャンプのディナーと言えばバーベキューであり、大きめのバーベキューコンロに木炭を入れて火を点け、それとは別に釣った魚を焼くために石でコンロを作って其処にも火を熾して、其処に串に刺して塩をした魚を並べて行く。

 

バーベキューコンロの方には定番の牛肉だけでなく、豚肉に鶏肉、骨付きのラム肉のほか、ナスやカボチャ、トウモロコシなどの夏野菜も並べられて炭火で良い感じに焼かれて行く。

炭火で焼かれた肉や野菜は、焼肉屋のコンロで焼かれたのとは異なる香ばしさがあり、特に炭火で良い感じに焦げ目がついた肉の脂身は食欲中枢にダイレクトアタックをブチかまして来てくれるのである。

 

 

「「「「「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」」」」」

 

 

紙コップに好みのドリンクを注ぐと乾杯をしてから、良い感じに焼けている肉や野菜、川魚の塩焼きを夫々自分の皿にとって堪能する――炭火で焼いた肉や野菜は絶品だが、それ以上に直火焼の川魚の塩焼きは何とも言えないワイルドな美味しさに満ちていた。

 

 

「肉も旨いが、ニジマスの塩焼きも美味だな?

 此れは街中では味わう事の出来ないモノだから、正にアウトドアでしか味わえないグルメと言うモノなのだな。」

 

「此れはハラミステーキよね?

 普通はハサミで切るのだけど……」

 

「いっただきま~す!ん~~、おいし~~!!」

 

「グリ先輩なら切らずに一口で行くよなぁ……此処まで来ると、いっその事グリ先輩には500gのステーキを一口で平らげて欲しいと思ってる俺が居る。」

 

「やろうと思えば多分出来るよ~~?」

 

「やろうと思えば出来るのね……グリフィンおそるべしね♪」

 

 

グリフィンの健啖家ぶりには最早突っ込みすら入らないのだが、それが逆に良い感じにバーベキューを盛り上げて、用意した肉と野菜だけでなく釣り上げた川魚も全て完食。

バーベキューの〆は、バーベキューコンロの網を鉄板に交換しての焼きそばだ。

勿論ただの焼きそばではなく、熱した鉄板にごま油を敷いて、其処にみじん切りにしたニンニクを投入して炒めた所に中華麺を入れて炒め、其処にオイスターソースと醤油で味付けした具のないシンプルな『オイスターソース焼きそば』である。

具材はなくともニンニクの風味が良く出たごま油で炒められた中華麺は香ばしく、オイスターソースと醤油が全体の味をシンプルに纏めて実に味わい深い逸品になっており、満足出来るバーベキューの〆だった。

 

 

バーベキューが終わる頃には日も沈んでいたのだが、キャンプはまだ終わらずに、日が沈んだ後はホームセンターで購入した花火セットで花火大会だ。

手持ちの花火だけでなく、七色に変化する噴出花火、十連発の打ち上げ花火、勢いよく飛び出すロケット花火など色々な花火を楽しむだけでなく、手持ち花火を複雑に動かして、其れをスマートフォンのカメラを半シャッターで撮影してからシャッターを切って見事な『花火アート』の写真を撮ってSNSにアップしてバズらせていたりした。

 

 

「噴出花火を二つ紐で繋いで……花火ヌンチャク!此れは俺だから出来る事なので、良い子も悪い子も絶対に真似しちゃダメだぜ!下手に真似したら火傷じゃすまない大怪我をする可能性があるからな!」

 

「だったら最初からやらない方が良いんじゃないのかな?」

 

「簪……それは言わないお約束だ!」

 

 

夏月が『真似するな?そもそも真似できないだろそれは。』と言うべき事をやってくれたのだが、此れもまたキャンプに於けるテンションがあったからこそ出来た事だろう。

そうして花火も終わったのだが、だがしかし未だテントで寝るには至らなかった。

と言うのも、この日は夏の一大天体ショーと言える『獅子座流星群』が観測出来る日であったので、一行は深夜まで星空を観察し、夜空に光の筋を描く流れ星に感激し、そして流れ星を堪能した後に夫々のテントに入って就寝するのだった。

 

そして翌朝、全員でラジオ体操をしてから飯盒炊飯で炊いた米と缶詰で簡単な朝食を摂ると、テント等を片付けて一行は帰路に付き、アウトドアキャンプは終わりを告げるのだった。

此のアウトドアキャンプも、夏休みの良い思い出になったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――同じ頃、IS学園の地下収容所

 

 

「交代の時間よ。」

 

「もうそんな時間?……それじゃあ、あとは任せたわ。」

 

 

其処では収容所の監視が交代時間となっていた――監視を担当しているのは、IS学園の教師部隊の教員なのだが、千冬(偽)が更迭され、新たに真耶が指揮官となった教師部隊は本当の意味でIS学園の精鋭部隊となっており、監視も問題なく行われているのである。

 

 

「それにしても、まさか彼女がこんな事になってしまうとは、一体誰が想像出来たかしらね?……『世界最強』と言われた『ブリュンヒルデ』が、今は咎人としてIS学園の地下に収容されているとは……世の中何がどうなるか分かったモノじゃないわ。」

 

「マッタクもって、その通りだわ。」

 

 

その地下収容所に収監されているのは、嘗て『ブリュンヒルデ』とまで言われた『織斑千冬』――もっと正確に言うのであれば、織斑千冬の皮を被った『何か』であった。

地下の収容所からの脱獄はほぼ不可能であり、しかし万が一の事を考えて監視が配備され、千冬(偽)を監視していたのだが、千冬(偽)は収容所の中でぶつぶつと何かを言っているだけの存在になり果てていたのだった。

同時に、そんな千冬(偽)の様子は実に不気味であり、監視員である教師部隊の隊員は、真夏であるにも関わらず、背筋が凍るような感覚を覚えるのだった――尤も、そんな事は関係なく、夏月達の夏休みはまだまだ終わらないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode58『夏休みEvent FinalRound~コミケでコスプレです!~』

コスプレってのも中々にディープな世界だよなBy夏月     気合の入ったエドモンド・本田とかザンギエフにはある意味感動するわねBy楯無    コスプレもまた、己に酔ったモノがちなのかもしれないねByロラン


更識の仕事に夏休みと言うモノはなく、IS学園が夏休みであっても更識の仕事で夏月と楯無と簪が夜に出掛ける事は少なくなかった――夏月の嫁ズには更識の仕事の事は話しており、更識がどんな家であるのかも話していたのだが、秋五組は更識の仕事や家の事はマッタク知らなかったので、秋五がそれとなく聞いた事もあったのだが、其処は楯無が話せる範囲である『警察、自衛隊とは異なる治安維持機構のトップである事』、『主な仕事は要人の護衛や重要人物の監視』等を話す事で納得してもらっていた――裏の仕事に関しては秋五達にはまだ話すべきではないと判断したのだ。

 

そんな中で今日も更識の仕事に出掛けた更識姉妹と夏月。

本日のターゲットは警察でも捜査が難航している『連続レイプ事件』の犯人だ――犯人の親は警視庁の上の方の人間であり、息子の犯行及びその証拠を自身の持つ権力で揉み消していたのだ。

身内の犯罪を表沙汰にしたくないとは言え、法の裁きを受けずに犯した罪も償わずにのうのうと生きている事が許される筈もなく、其れが結果として更識のターゲットとなり、外法の裁きを受ける事になってしまった訳だが。

 

 

「取り敢えず眠っとけ!」

 

「暫し、良い夢を見てね♪」

 

 

犯人の男が暮らしているのは親の別荘であり、其処には金で雇われた屈強なボディーガードも存在しており、普通ならば正面から押し入るのは相当に難易度が高いだろう。

だがしかし、ありとあらゆる格闘技・武術を身に付けている更識の人間にとっては表の世界のボディーガード程度は脅威の存在ではなく、夏月と楯無は門番のボディーガード達をあっという間に気絶させて無力化すると、真正面から犯人が居る別荘内部に乗り込み、内部の使用人には即効性の睡眠剤スプレーを吹き付けて眠らせ、警備担当と思われるボディーガード達は出会い頭に速攻で叩きのめして無力化し、突入から僅か五分ほどで目的地であるターゲットの居る部屋の前まで到着し、そしてその部屋の扉を夏月が派手に蹴り破った。

 

 

「お楽しみのところ申し訳ないけれど、年貢の納め時よ腐れ外道さん♪」

 

「醜悪な 腐れ外道は 地獄逝き~~……俺達から逃げられるとは思うなよ?」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 

部屋の中ではターゲットと其の仲間と思われる如何にも真面な職業には就いていなさそうなチンピラ……否、チンピラにすらならない半グレと思われる男達が昼間から酒盛りをしていた。

突然の乱入者に驚いた男達だったが酒が入っている状態では直ぐに動く事は出来ず、瞬く間に夏月と楯無に意識を刈り取られて戦闘不能になり、ターゲットの男はイキナリの事に慌てながらも懐からナイフを取り出して攻撃するも、夏月は其れを簡単躱すとカウンターのローキックで膝を破壊し、更にカイザー・ニーキャノンでナイフを持った手の骨を砕き、その隙に楯無が背後に回ってワイヤーで首を絞めて意識を刈り取る。

こうして確保されたターゲットは更識家の地下にある拷問部屋にて楯無が用意した『夏休み拷問スペシャル(人間ダーツ、人間バーベキュー、腹上ねずみ花火、人喰い鮫入りプールで水泳)』を喰らった末に地獄へと叩き落されたのだった。

そしてターゲットの親は息子の犯罪を隠蔽していた事が明らかになって懲戒免職となった上で『犯人隠匿』、『証拠物違法廃棄』等々の罪で裁かれ、『懲役六年』の実刑判決を受けたのだった……悪事は最後まで貫き通す事は出来ないと言う事だろう。

 

 

「みたいな内容の漫画をウェブで公開しようかと思うんだけどどうかな?」

 

「簪ちゃん、此れは色々とアウトだわ……名前を変えるのは当然にしても、内容も完全フィクションにしないとヤバいわ。知ってる人が読んだら何の事か分かってしまうわよこれでは。」

 

「うん、此れはダメだろ簪……どうせやるなら名前を変えるだけじゃなくて登場人物の容姿も完全に別人にしないとだぜ?……マッタク無関係の人間がフィクションとして読むには面白いのかもしれないけどな。」

 

「登場人物が完全にフィクションならまだ良いかも知れないけど、この状態での公開は絶対にNGよ簪ちゃん?」

 

「お姉ちゃんと夏月の性別を入れ替えればそれだけで割と大丈夫かも……折角ネームを完成させたのをボツにするのは勿体ないから、公開しても問題がないように修正してからピクに上げる事にする。」

 

「ネットに上げるのを止めはしないのね……取り敢えず修正したら見せて頂戴な。本当に大丈夫かチェックするから。」

 

「ん、分かった。」

 

 

此処までの話は、実は全て簪がネットに上げようとしていた漫画の内容だったのだが、内容が実際の更識の仕事を題材していたので大問題であり、そもそも内容以前に楯無と夏月が実名で、しかも容姿が本人そのものだったので楯無も夏月も当然の如くダメ出しをして、しかしそれでも簪は諦めずに登場人物の名前と容姿、更に楯無と夏月の性別を入れ替えた完全オリキャラとした上で内容も完全なフィクションとしてネット上で公開する事を考えていたりした……オタク根性は早々簡単に己が作ったモノを諦めはしないのである。

楯無を『有剣(うつるぎ)』、夏月を『華月(かづき)』と名を変えて性別も入れ替えて描き直した漫画はネット上で大人気となり、簪のSNSでのフォロワーの数も一気に爆増するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode58

『夏休みEvent FinalRound~コミケでコスプレです!~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み最後の土曜日、一行は東京ビッグサイトへとやって来ていた。

その目的はタダ一つ――本日東京ビッグサイトで開催されるオタクにとっての夏の一大イベント『コミックマーケット』に参加するためである……とは言っても同人サークルとして参加するのではなく、コスプレでの参加だ。

夏休み前から簪は此の日の為に複数のコスプレ衣装を制作しており、夏月組と秋五組全員のコスプレ衣装を一人二着ずつ完成させていたのだ……簪は拘り派なので、細部までとことん再現した最高レベルのコスプレ衣装をだ。

 

 

「いやはや、凄い人だなこれは?

 一般のお客さんは会場に入るまでに数時間掛かるんじゃないのか此れは?」

 

「間違いなく掛かる。

 昨日の夜からスタンバイしてた人なら兎も角として、今朝から並んだ人は六時の人で会場入りが出来るのは早くて十時……コミケでトップ会場入りすると言うのは可成りのハードモード。」

 

「そう、みたいだね……初めて来たけど、此れは凄いな。」

 

 

会場である東京ビッグサイトには『何処からこれだけの人間が集まってきたのか?』と思う位の人が集まっており、其れがコミックマーケットがドレだけ夏の一大イベントとなっているのかを示していた。

一般客は会場入りするのに長蛇の列に並ばなければならないが、サークル関係者やコスプレイヤーは別の入口から会場入りする事が出来るので直ぐに会場内に入る事が出来るので、夏月達はコスプレイヤーの為に用意された更衣室に向かって行き、更衣室の前で男女に分かれて着替える事になった。

 

 

「コスプレって言うのは初めてやるけど、なんだかドキドキするね。」

 

「だろうけど、慣れちまうと中々に楽しいもんだぜコスプレってのは……特に簪お手製のコスプレ衣装はクオリティが滅茶苦茶高いから、見た目だけならキャラになり切る事も難しくねぇんだわ。

 衣装だけじゃなく、小物も確り作り込まれてるからな……此のガンブレードなんか、マジで本物みたいだからな。」

 

「簪さんの器用さには頭が下がるね。」

 

 

そうして着替えて更衣室から出て来たのだが、一行のコスプレはレベルが凄まじく高かった。

夫々のコスプレは、夏月が『ファイナルファンタジーⅧ』の『スコール・レオンハート』、楯無が『ファイナルファンタジーⅩー2』の『ユウナ(ガンナー)』、簪が『ドラゴンボール』の『ケフラ』、ロランが『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の『アンヘル』、鈴が『空の軌跡』の『エステル(SC)』、乱が『リリカルなのは』の『高町なのは(VividVer)』、ヴィシュヌが『ストリートファイター』の『エレナ』、グリフィンが『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の『レオナ(ⅩⅣ)』、ファニールが『遊戯王』の『水霊使い・エリア』と言う出で立ち。

そして秋五組は秋五が『ファイナルファイト』の『ガイ(ストZEROVer)』で、箒が『リリカルなのは』の『シグナム(劇場版)』、セシリアは『私の推しは悪役令嬢』の『クレア=フランソワ』、ラウラは『リリカルなのは』の『チンク・ナカジマ』、シャルロットは『ドラゴンボール』の『未来トランクス(精神と時の部屋での修行後)』、オニールは『遊戯王』の『スターダスト・トレイル』と言う出で立ちで、会場入りするや否やコスプレイヤー目当てで会場にやって来ていた『レイヤー撮影隊』に取り囲まれる事になっていた。

 

夏月と簪はゴールデンウィークの際に同じような状況になっていたので特に慌てる事はなかったが、写真の被写体になる経験がない他のメンバーは突然の事に慌ててしまったのは致し方がないだろう――其れでも即対応した楯無達は流石と言うべきだが。

 

 

「スコール君はガンブレードを構えて不敵に笑って、ユウナちゃんはハンドガンを構えながら挑発的なポーズで。

 ケフラちゃんは気を溜めるポーズ、アンヘルちゃんは出来たら勝利ポーズの一つの『コーンな感じ?』で!エステルちゃんは棒術具を脇に抱えてブイサインで、なのはちゃんは勝気な表情でレイジングハートを構えて、エレナちゃんはY字バランス、レオナちゃんは手刀を構えて、エリアちゃんは杖を掲げてくれるかな?」

 

「ガイは腕を組んで、シグナムは抜刀して不敵な笑みを、クレアは高笑いのポーズでチンクはランブルデトネイターを構えて、トランクスは剣を逆手に持って、スターダスト・トレイルはシンクロの準備に!」

 

 

撮影隊の希望のポーズを可能な限り応えつつ、夏月達はアドリブを交えながら撮影会を盛り上げて行った――特に人気だったのは夏月扮する『スコール・レオンハート』と、楯無扮する『ユウナ』の組み合わせだった。

スコールもユウナもファイナルファンタジーシリーズで主人公を務めたキャラクターだが、他のシリーズの主人公にはない個性が人気で、発売から彼是二十年以上経った今でも凄まじい人気を誇っており、そのコスプレとなれば自然と人が集まり、夏月と楯無のツーショットを求める撮影隊で溢れかえっていたのだった。

 

勿論他のメンバーのコスプレも完成度が高く、特にエレナコスのヴィシュヌと、レオナコスのグリフィンには『レイヤーの写真を求める』男性陣が殺到していたのだった……エレナコスのヴィシュヌとレオナコスのグリフィンはセクシーさが限界突破しており、男性撮影者の多くは股間のミサイルが発射スタンバイ状態になって前屈みになってしまったのだが、其れはある意味で仕方ないだろう――そんな彼等には夏月から容赦ない殺気を向けられてビビッて退散する場面もあったのだが。

また、箒の『シグナム』も完成度が非常に高く、撮影を求める声が多かった。

『大和撫子』と『サムライガール』が同居している箒の『黒髪のシグナム』は新鮮かつ、レヴァンティンを構える姿は剣道・剣術を修めているが故に非常に安定感があり、箒の『キリッ』とした雰囲気もシグナムのイメージにピッタリだったようだ。

 

 

「取り敢えず一段落ってところだな……此処まで注目されるとは、やっぱり簪の手作り衣装は完成度バリ高いって事なんだろうな?着替えただけなのに此れだけ注目されるんだからな。」

 

「真のコスプレは衣装のみで勝負すべき。

 髪型を弄るのは兎も角として、髪を染めるのはまだ甘い……髪色をキャラと同じにしなくとも衣装と髪型だけでキャラになり切るのが真のコスプレ。奇しくも今回は箒がそれを証明してくれた。」

 

「あはは……箒可成りの人気だったからね。」

 

「正直此れほどの人に囲まれる事などなかったから凄く緊張してしまった……緊張が顔に出ないようにすると言うのも中々に難しいモノだと実感したぞ?」

 

「その割にはノリノリでポーズを決めているようにも見えたけれど……人は緊張が限界を超えると逆に冷静になると言う事なのかしらね?」

 

 

会場入りしてから一時間半が経った頃には撮影会も一段落したので、一行はコミックマーケットそのものを見て回る事にした。

とは言ってもコスプレイヤーは目立つので行く先々で撮影されてしまう事になったのだが、それでも各種サークルを見て回って、どんな同人誌が売られているのかを見るだけでも楽しかった。

ちょうどこの日は『全年齢』の日だったので、二次創作でもR-18は排除されていたので、同人誌のサンプルも立ち読みで楽しみ、気に入ったモノは即購入して、連載物に関しては今日持ってきた在庫分が完売した後は、委託しているサイト(虎の穴やメロンブックス)にての購入を検討していた。

『全年齢』とは言っても、原作的に『同性愛表現』がある同人誌も少なくはなかったが、その辺は最近の『性の多様性』と言う事だろう……百合作品が目立っていたのは『機動戦士ガンダム 水星の魔女』を題材にした同人誌を販売しているサークルがそこそこあったからだろう。

『ガンダムで百合展開は驚きだったけど、スレミオは尊い』とは簪の弁である。

 

そんな感じで午前中を終えて昼時となり、夏月達は一度コスプレを解除してからランチタイムに。

コミックマーケットの会場である東京ビッグサイト周辺には色々な食事処が存在しており、昼食のメニューには事欠かないのだが、『なんでもいいよ』と言う意見が多かった中で、『私はラーメンがいいね』と明確に意見を言ったロランの意向を尊重して、一行は東京ビッグサイト近くにあるラーメン店へとやって来ていた。

この店はネットでのレビューでも平均四つ星を獲得している人気の名店であり、だからこそ其の味には期待が出来ると言うモノだろう。

入店してカウンター席を夏月組と秋五組で占領した後に注文を出した。

オーダーは夏月組が、夏月が『スタミナ豚骨辛味噌チャーシュー麺』の『特盛』、楯無が『ネギ塩チャーシュー麵』、簪が『フライドニンニク塩チャーシュー麺フライドニンニク増し』、ロランが『濃厚煮干し豚骨ラーメン』、鈴が『四川風汁なし冷やしタンタンメン』、乱が『ピリ辛台湾ラーメン』、ヴィシュヌが『タンメン野菜増し』、グリフィンが『超濃厚鶏白湯麺角煮乗せ角煮マシマシ』の『横綱盛』、ファニールが『塩チャーシュー麺』で、秋五組は秋五が『夏季限定スタミナキムチラーメン』、箒が『スタミナラーメン全部増し』、セシリアが『濃厚豚骨つけ麺』、ラウラが『元祖醤油ラーメン』、シャルロットが『冷やし塩ラーメン』、オニールが『塩まぜソバ』のオーダーとなり、更にシェアするサイドメニューとして『餃子』と『唐揚げ』をオーダーした。

其れから待つ事十分弱で注文したメニューが運ばれて来たのだが、グリフィンがオーダーした『超濃厚鶏白湯麺角煮乗せ角煮マシマシ』の『横綱盛』のインパクトは凄まじかった。

『横綱盛』と言う事で特盛以上のデカ盛りなのは想像出来たが、出て来たのはバケツサイズの丼に盛られたラーメンであり、其処には丸ごと一本の豚バラ肉の角煮がなんと五本も乗っていると言う凄まじいボリュームのモノであり、普通ならば角煮だけで満腹になってしまうだろう。

予想以上の凄まじいボリュームのラーメンだったが、健啖家を超えたスーパー健啖家であるグリフィンには普通に食べ切れる量だったらしく、豪快に一本モノの角煮に齧り付いたかと思うと次の瞬間には麺を啜り、食べながらカウンターにある『おろしにんにく』、『ラー油』、『おろしショウガ』、『トウバンジャン』等を加えて味変をしながらバケツサイズのラーメンをドンドン食べて行く。

その豪快な食べっぷりには他の客も思わず食べる手を止めたくらいで、一本モノの角煮を一口で食べた時には店内に拍手が鳴り響いたほどだった。

そしてグリフィンは誰よりも盛が多いラーメンを誰よりも早く平らげ……

 

 

「すいませーん、追加でチャーハンの大盛りと塩チャーシュー麺の特盛チャーシューマシマシでお願いします♪」

 

「胃袋が甘いぜ!お留守だぜ!!がら空きだぜ!!!」

 

 

更に鬼の追加注文をしてくれた。

そしてその追加注文もペロリと平らげてしまったのだからグリフィンの大食いは最早人類最強レベルと言っても良いだろう――其れこそ、かの『ギャル曽根』とグリフィンがタッグを組んだら日本全国のデカ盛りチャレンジメニューを完全制覇する事だって夢ではないレベルと言えるのだから。

 

グリフィンがスーパー健啖家ぶりを思い切り発揮してくれた昼食タイムは平和に終わり、精算の際に夏月と秋五はテイクアウトで『ニラ饅頭』を人数分購入していた――冷凍品だが、専用機の拡張領域にぶち込んでしまえば問題なしだ。

 

そして一行は再び東京ビッグサイトを訪れ、コミックマーケットの午後の部に午前中とは異なるコスプレで参加した。

午後の部のコスプレは夏月組が、夏月が『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の『キラ・ヤマト』、楯無が『機動戦士ガンダム00』の『ロックオン・ストラトス(ライル・ディランディ)』、簪が『機動戦士ガンダム00』の『ティエリア・アーデ(セカンドシーズン)』、ロランが『機動戦士ガンダム00』の『グラハム・エーカー』、鈴が『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の『チュアチュリー・パンランチ』、乱が『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の『ミオリネ・レンブラン』、ヴィシュヌが『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の『ニカ・ナナウラ』、グリフィンが『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の『スレッタ・マーキュリー』、ファニールが『機動戦士ガンダム00』の『フェルト・グレイス(セカンドシーズン)』と夏月組は全員がガンダム関係でまとめて来た。

 

一方の秋五組は、秋五が『餓狼~Mark Of Wolfs~』の『キム・ジェイフン』、箒が『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の『不知火舞』、セシリアが『月華の剣士』の『雪』、ラウラが『ザ・キング・オブ・ファイターズ』の『ハイデルン』、シャルロットが『サムライスピリッツ』の『シャルロット』、オニールが『餓狼~MarkOf Wolfs~』の『双葉ほたる』と秋五組は全員が格闘ゲーム関係でまとめられていた。

そしてそれは全員が実に見事に衣装とマッチしており、午前中以上に『レイヤー撮影隊』の的になっていた。

特に箒の『不知火舞』には野郎が殺到しまくるという結果に……IS学園の生徒最強のバストサイズを誇る箒の不知火舞コスは破壊力が凄まじく、ゲーム内での舞の凄まじい『乳揺れ』も完全再現してしまっているのだから仕方ないだろう。

布面積が極端に少なく、半乳半ケツの衣装は流石に拙いので、其処は簪がコスプレ衣装用に布面積を増やしていたのだが、それでも不知火舞の衣装のセクシーさと露出度は物凄いモノがあるので、それを着ると言うのは羞恥心マックスなのだが、その羞恥心が振り切れてしまったのか箒はノリノリでカメラマンの要求に応えていて、『よ、日本一ぃ!』のポーズも見事に決めていた。

 

一方、夏月組で人気なのはロランだった。

女優であるロランは芝居がかった仕草は得意中の得意であり、ある意味地になっている部分があるのだが、其れがグラハムのキャラとジャストマッチしており、『己に酔っているポーズ』をさせたら右に出る者は存在していなかった……撮影者のリクエストに応えて、グラハムの名台詞である『乙女座の私は運命を感じずにはいられない!』、『名乗らせてもらおう、グラハム・エーカーであると!』、『今の私は、阿修羅をも超える存在だ!』、『抱きしめたいなぁ、ガンダム!』なんかを完璧に再現したと言うのも大きいだろう。

ロランと箒が大人気ではあったが、他のメンバーもコスプレレベルが高かったので撮影者が殺到して、色々なポーズでの撮影が行われていった。

そんな中で、キラコスの夏月には『キラの早口OS設定を言って』と言う無茶振りレベルのリクエストも来たのだが、夏月は其れを拒まず、ストライク・フリーダム起動時の『CPG設定完了。ニュートラルエンゲージ。イオン濃度正常。メタ運動野パラメーター設定。原子炉臨界。パワーフロー正常。全システムオールグリーン』を早口で言ってリクエストを消化しギャラリーを沸かせていた。

ロックオンコスの楯無が『目標を狙い撃つぜ♡』のセリフと共に手を拳銃の形にして撃つポーズには男女問わずハートをぶち抜かれ、『水星の魔女』のキャラクターに扮した鈴、乱、ヴィシュヌ、グリフィンは『地球寮組』、『株式会社ガンダム組』として四人での撮影を望む声が多かった。

撮影会が一段落した後は、コミックマーケットの午後の部を見て回り、午後から参加のサークルの同人誌を立ち読みしたり、東京ビッグサイトにコミックマーケット限定で出店した屋台のグルメを堪能した。

屋台は色々なモノが出店していたが、夏月組と秋五組が揃って購入したのは『たこ焼き』だった――購入したのは普通のたこ焼きではなく、多めの油で揚げ焼きにした『揚げタコ』で、カリッと揚がった生地とマヨネーズの相性が抜群の逸品であり、ロラン達海外組もあっと言う間に揚げタコの虜となってしまっていたのだった……カラッと揚がった生地とタコのプリプリの食感にマヨネーズは最強なので此れに抗う事は最早不可能であると言えるだろう。

 

そんな感じで一行の屋台巡りは続き、グリフィンが『ジャンボ串焼き』の屋台で、『牛カルビ』、『豚バラ』、『鶏モモカルビ』、『牛タン』を一本ずつ『塩』で購入し、夏の定番屋台の『かき氷』では全員が涼をとるために注文し、シロップで舌を染めていた。

特に『メロン』や『ブルーハワイ』を注文した者はバッチリ舌が染まってしまい、宛ら『グレート・ムタ』が毒霧噴射した後のような状態になっていた――それほどまでに舌を染め上げるかき氷のシロップ恐るべしだ。

 

屋台巡りを終えてコミックマーケットの会場に戻ると、其処ではステージイベントとして『コスプレイヤー選手権』の結果が発表されているところだった。

『コスプレイヤー選手権』は文字通り、コミックマーケットに参加したコスプレイヤーの中でのナンバーワンを決めるコンテストであり、来場者の投票にて決まるモノで、投票は一人一票であり、投票所にはカメラが設置されて立会人も居るので同じ人間が重複投票する事は出来ないようになっていて、票が意図的に操作されないように工夫がなされていた。

そうしてステージ上で開票が行われ、得票数のトップ10が発表されて行き、ベスト5にはエレナコスのヴィシュヌ、レオナコスのグリフィン、シグナムコスの箒が選出されたのだが、栄えあるグランプリを獲得したのは同票数で『スコールコスの夏月』と『ユウナコスの楯無』であり、グランプリを獲得した二人はステージ上に招かれる事になった――ので、速攻で午前中の衣装に着替えてステージに上がるのだった。

グランプリが同票数によるダブル受賞と言うのは中々に珍しい事であり、それだけでも注目される事なのだが、夏月と楯無がステージ上で自己紹介をすると更に会場はざわめく事になった――世界に二人しかいない『男性IS操縦者』の一人と、その婚約者の一人にしてISの日本国家代表が此の場に居るとなればそれも致し方ないだろう。

此れには進行役のMCも驚いたが、それでも二人に『グランプリを獲得した気持ちは?』とのインタビューを行い、夏月と楯無もそれに応じながらも、『グランプリを獲得出来たのは衣装の出来が良かったから』とサラリと簪の仕事が良かったからだと言う事を口にし、その流れから衣装を作った簪もステージに呼ばれてインタビューを受ける事になり、其処からトップ5に選ばれたコスプレイヤーの衣装は全て簪が作っていた事が明らかになり、簪には急遽『夏コミコスプレ特別賞』が贈られる事になったのだった。

グランプリを獲得した夏月と楯無には賞品としてトロフィーと一万円分のクオカードが贈られ、特別賞の簪には五千円分のクオカードが贈られるのだった。

そして最後に楯無が膝を付いた状態で二丁拳銃を交差して構え、その後ろに夏月が立ってガンブレードを構えてポーズを決めると、ステージに向かってカメラのシャッターが凄まじい勢いで切られると同時にフラッシュが輝き、それはまるで大物タレントや大物政治家の記者会見に集まったマスコミのカメラの如しであった。

 

 

「まさかグランプリを獲得しちまうとは思わなかったぜ……しかも楯無さんとのダブル受賞とはな。」

 

「オホホ、それだけ私と夏月君のコスプレ姿は魅力的だったと言う事よ……尤も、それもまた簪ちゃんが心血を注いで作ったコスプレ衣装があればこそだった訳だけどね?

 こう言ったらなんだけど、簪ちゃんネットでコスプレ衣装の製作を有料で受け付けてみたら如何かしら?きっと依頼が殺到して稼げると思うわよ?」

 

「そうなったらそうなったで学園生活に影響が出そうだからやめとく。コスプレ衣装制作はあくまでも趣味の範囲でしかやる気はないから。」

 

「なら、学園卒業したらそっち関係で生計を立てるのもアリかも知れないね?

 趣味を仕事に出来る、それは実に素晴らしい事であり、趣味を仕事に出来るのであれば、それは絶対にやめる事はないだろうからね――私も卒業後は女優業とISバトル競技者の二足の草鞋をやる心算だからね……勿論、最優先にすべきは夏月の伴侶である事だけれど。」

 

 

ステージ上での最後の大撮影会を終えた夏月と楯無は仲間達と合流し、雑談をしながら更衣室に向かい、更衣室で私服に着替えるとコミックマーケットの会場である東京ビッグサイトを後にし、ゆりかもめで新橋まで戻ってくると、其処から電車で上野まで足を延ばした。

そして上野駅前にあるホビーショップに入って時間を潰しつつ、プラモデルを売っているフロアでは夏月と簪が『ガンダムSEEDシリーズ』のガンプラの『RG』を複数購入し、ラウラもMGの『フリーダム・ガンダムRM』、『ジャスティス・ガンダム』、『プロヴィデンス・ガンダム』を購入し、地下にあるカードゲームのフリースペースでは『e-スポーツ部』の面々が『遊戯王』で無双していた――中でも夏月の『青眼デッキ』と簪の『超HEROデッキ』の強さはぶっ飛んでおり、夏月は『ドラゴン目覚めの旋律』のサーチからの融合や儀式、蘇生召還等の特殊召喚を駆使して攻撃力三千以上のモンスターを鬼展開して一撃必殺を行い、簪は『マスク・チェンジ』や『超融合』を使ってバトルフェイズ中に次々とモンスターを特殊召喚して攻撃をする凄まじいラッシュで一気に相手のライフを消し飛ばしていた――次いで凄かったのは楯無のハンドレスであり、『インフェルニティ・ガン』が制限されているとは言え、『氷結界の龍 トリシューラ』が無制限となった今、ハンドレスからの脅威の展開力で先攻トリシューラ三体で相手の戦術を瓦解させ、そしておまけとばかりにシンクロ召喚した『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』の魔法・罠無効能力で完全に相手の戦術を完封してしまっていた。

 

ホビーショップで時間を潰した後は夕食に良い時間になっていたので、これまた上野駅前のビルにある『お好み焼き屋』で夕食を摂る事にした。

浅草で『もんじゃ焼き』も良かったのだが、『もんじゃ焼き』は海外組には食べ方が難しいのでお好み焼きになったのだった。

人数が人数なので一つのテーブルとは行かず、幾つかのテーブルに分かれる事になったのだが、夏月組、秋五組ともに『誰が夏月、秋五と同じテーブルになるのか』でじゃんけんバトルが行われ、その結果ロラン、ヴィシュヌ、ファニールが夏月と、箒、セシリア、オニールが秋五と同じテーブルになったのだった。

 

 

「夏休みももうすぐ終わりですが、この夏はとても楽しかったです。

 日本の夏を体験出来たと言うのも大きいですが、夏月が作ってくれた『夏向けのメニュー』にも感激しました――私は特に、メカブとオクラとトロロと納豆をトッピングした冷やしそうめんが気に入りました。」

 

「夏向けの『ネバトロ冷やしそうめん』か。

 メカブの冷やしそうめんはテレビの料理番組でやってて、オクラとトロロは『吉野家』のCMで見て、『此れってぶっかけ冷やしそうめんに良いかな』って思ったんだけど、そこで『どうせなら究極のネバトロにしてやれ』って考えて納豆も加えてみたんだけど、此れが思った以上に大当たりだったみたいだぜ。

 上から掛ける冷たい汁も、カツオ節とサバ節に昆布と干しシイタケから取った出汁に濃い口醤油とナンプラーを合わせた手作りだからな……気に入ってくれたのなら拘った甲斐があったってもんだぜ。」

 

「冷たい麵と言うのはオランダでは馴染みがなかったから実に新鮮だった。

 ぶっかけ冷やしそうめんに冷やしラーメンと実に美味だったが、私は『冷やし明太スパゲッティ』に感激したよ夏月……辛子明太子のプチプチ感と絶妙な辛味にネギとミョウガ、青じその清涼感がプラスされていて実に素晴らしかった。」

 

「温泉卵を使った『冷やし月見うどん』も美味しかったわよ?冷たい汁と揚げ玉って意外なほどに合うのね。」

 

「冷たい麺の可能性は無限大ってな。日本人の発想力を舐めたらダメだぜ……外国から入ってきた料理をアレンジして日本風にするのは日本人の十八番とも言えるからな。

 ぶっちゃけ、カレーうどんとカツカレーは日本が世界に誇る日本食と言っても良いと思ってる。」

 

「うむ、それは確かに言えてるな。」

 

 

夫々のテーブルでは雑談をしながらお好み焼きが焼かれて行き、夏月と秋五は見事なへら捌きでお好み焼きをひっくり返し、良い感じに焼けたところでソースとカツオ節、マヨネーズを散らして鉄板の上で切り分け、そしてヘラでの食べ方を教えていた。

ヘラで食べ易いように賽の目にカットするのが関西風なのだが、このヘラで食べると言うのが海外組には大うけで、英国貴族のセシリアも鉄板から直接ヘラでお好み焼きを食べていた。

勿論、たった一種類では満足出来ず、最初の一枚を焼いた後は、『豚玉』、『タコ玉』、『イカ玉』、『エビ玉』と言ったお好み焼きの定番を注文し、更に『牛スジ』、『ナンコツ』等の変化球メニューも注文してそれを堪能し、締めには『焼き豚骨ラーメン』をオーダーした。

『焼きそば』とも異なる『鉄板焼き麺』は少し焦げ目がつく位に焼かれた中華麺に豚骨ラーメンのスープを加えて炒めるのだが、そのスープも半分は鉄板の上に直接落として焦がしてから麺に絡めるのが焼きラーメンの極意であり、最後に揚げ玉と紅ショウガをトッピングして完成だ。

 

 

「此れが焼きラーメン……焼きそばとはまた違った美味しさだねこれは。」

 

「タイで人気の焼きビーフンよりも美味しいかも知れませんねこれは……日本の麵料理はお世辞抜きで無限の可能性があるのではないかと思います。」

 

「お好み焼きも焼きラーメンも美味しかったわ~~……特に牛スジのお好み焼きは絶品だったわ。」

 

「満足して貰えたなら何よりだ。」

 

 

お好み焼き屋での夕食には全員が満足し、そして上野駅から電車で移動し、新宿駅からは迎えに来ていたリムジンバスで更識邸に向かい、その道中で何処かの遊園地が夜のアトラクションとしてあげていた花火を鑑賞した。

遠目であるからこそ花火の全体像を見る事が出来たので、予想外の花火鑑賞に全員が感嘆し、お馴染みである『たまや、かぎや』の掛け声を上げながら更識邸への帰路を楽しんでいた。

 

週が明けての水曜日からは二学期の始まりであり、今回のコミックマーケットでのコスプレが夏休み最後の一大イベントになった訳だが、夏月組、秋五組共に夏休みはこの上なく満喫出来た事だろう。

『夏休みを満喫したか?』と問われたら、それには間違いなく『満喫しまくった』と答える事が出来るのだから――故に、今年の夏休みは色々と大成功だったと言えるだろう。

 

そして始まる二学期――其れは同時に新たな戦いが始まると言う事も意味しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、亡国機業の実働部隊である『モノクローム・アバター』はある施設を襲撃して、そして制圧していた――其処は孤島の無人島に建設された施設なのだが、『違法な人体実験とISの開発を行っている』との事で、亡国機業のターゲットとなり、襲撃される事になったのだった。

施設の武装隊員は応戦したモノの百戦錬磨の『モノクローム・アバター』の隊長であるスコール・ミューゼル、『モノクローム・アバター』の三強である『オータム』、『織斑マドカ』、『蓮杖ナツキ』の敵ではなく、瞬く間に制圧されてしまった――生半可な実力ではこの四人に勝つ事など無理難題なのだ。

 

 

「此れは……まさか、此処でこんなデータを入手出来るとは思っていなかったけど、此れは私にとっては嬉しい誤算だわ――此れで夏月を迎えに行く事が出来るのだからね。」

 

 

そうして施設を制圧したのだが、その中でスコールはあるデータを目にしてその顔に笑みを浮かべていた――そして、夏月を迎えに行けると零していたのだが、其れはこのデータがあればこその事だった。

スコールが目にしたデータには『織斑計画』に関する詳細の他に、成功例である千冬にすら埋め込まれなかった、量産型の一夏と秋五だけに埋め込まれていたある因子の存在が明記されていた。

其れは『他者を惹きつける因子』と『他者の成長を促進する因子』であり、その因子は異性により効果があるモノであるとの事だった――尤も、前者はほぼ機能していないとの事なので、夏月と秋五がハーレム状態になっているのは、前者の因子は関係なく、彼等の人間的魅力が大きかったからなのだが、後者の因子に関しては正常に機能しているとの事で、ならば夏月と秋五のパートナー達がトレーニングしただけ強くなるのも納得であり、彼等と交わったコメット姉妹が身体的に急成長したのも頷けるだろう。

 

 

「長かった……本当に長かったわ――だけど漸く私は目的を果たす事が出来る……精々首を洗って待っていなさい織斑千冬……貴女が白騎士事件で生み出した亡霊と、貴女が切り捨てた嘗ての弟が貴女の首を刈りに行くからね。

 IS学園の二学期、面白い事になりそうだわ。」

 

 

スコールは口元を三日月の如く歪め、己が人でなくなった原因である千冬に対しての復讐の時が来た事を心底喜んでいるようだった――こうして、濃密な夏休みは終わり、新たな戦いが確定している二学期が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode59『二学期は初日からまさかの超絶急展開!』

二学期早々嫁が増えました!By夏月     いやん、夏月君の魅力が嫁を増やしたわ♪By楯無    夏月のフェロモンは最強かもしれないなByロラン


夏休みの最終日である八月三十一日、その日は夏月組も秋五組もこれでもかと言う位に遊び倒した。

午前中は海に繰り出して海水浴を楽しんだ後にランチは夏らしく流しそうめんを堪能し、午後は複数のスポーツが楽しめるスポーツパークでフリーバッティングやボーリングを楽しんだ。

ボーリングでは夏月と楯無がパーフェクト三百点を叩き出し、フリーバッティングでは箒が『令和の怪物』に設定したピッチングマシンの剛球を見事にホームランして見せていた。

そして夕食は打ち上げ花火を楽しみながら河原でバーベキューで、グリフィンは最早お馴染みとなっているステーキ一口食いを披露していた。

そんな濃密な夏休み最終日を過ごした訳だが、翌日の九月一日も夏月は何時も通りに目を覚ますと、これまた何時も通りの早朝トレーニングを行って更に自分を強化していく――昨日の遊び疲れは微塵も感じさせないレベルだ。

 

 

「今日も早いですね夏月?昨日も思い切り遊び倒したというのに、疲れ知らずですか?」

 

「俺は『最強の人間』を作る計画の中で生まれた存在だから、そもそもにして疲労なんてモノとは無縁の存在なのかもな……てか、俺に言わせればそんな人外のポーズが出来るお前の方が本当に普通の人間なのか小一時間ほど問いたいところだぜヴィシュヌ?

 両足を頭の後ろで組んだ上で背面合掌って、どうやったらそんな事が出来んだよ?」

 

「ヨガを毎日続けていれば、としか言いようがありません……尤も、私はまだ口から火炎を吐く事も手足を伸ばす事も出来ないので、ヨガの極意は極めてはいない訳ですが。」

 

「うん、其れが出来るようになったらマジで人間じゃないから。ダルシムみたいな妖怪ヨガは目指さなくていいぞヴィシュヌ。」

 

 

そしてヴィシュヌもまた早朝の瞑想とヨガを行っており、其処で『普通は絶対不可能』なポーズを決めているのもお馴染みの光景と言えるだろう――此の柔軟性は果たして何処まで凄くなるのか分かったモノではないだろう。

なにせヴィシュヌには楯無が本気で関節技を極めても全然通じず、並の人間だったらギブアップしているであろう角度で極めても全然平気な顔で、挙句の果てにはその柔軟性をもってしてするりと抜け出してしまうのだから。

 

 

「にしても今日から二学期か……なんとなくだけど、一年にとっては二学期からが本番かもな。専用機持ち、代表候補、国家代表は兎も角、一般生徒にとっては特に。

 一学期は同じ所からのスタートだったが、二学期は夏休みをどう過ごしたかで大きく差がついてくるだろうからな?

 一組の一般生徒の中には間違いなく超レベルアップしてるのが六人居る訳だけど、さて他に一学期の時よりレベルアップしたのがドレだけ居るのかってのも二学期の楽しみかもな。」

 

「其れは確かに言えてるかもしれません……夏休みを怠惰に過ごしたか、それとも全力で遊んで鍛錬して勉強したのか、その差は大きいですから。」

 

 

夏休みの過ごし方で二学期から差が出ると言うのはIS学園に於いては一般高校よりもより顕著と言えるだろう。

夏休みであっても学園の施設は利用可能であり、学園に配備されている訓練機も普段より借り易くなっているので、其の機会を有効に活用した者は大きく其の力を伸ばす反面、夏休みをダラダラと過ごした場合は一学期終了時のまま、或いはレベルダウンしてしまうので、IS学園に於ける夏休みは一種の篩い落としの場面とも言えるだろう。

そんな中で、鷹月静寐、四十院神楽、鏡ナギ、相川清香、谷本癒子、夜竹さやかの六人は夏休み中もストイックに己を鍛え、遂には真耶他数人の教師及び学園長の轡木十蔵の推薦で日本の国家代表候補生になっており、同時に静寐、神楽、ナギは夏月の、清香、癒子、さやかは秋五の嫁の座を獲得する資格を得た状態になっていた。

尚、アメリカは学園が夏休み終了の土壇場でダリル・ケイシーを夏月の、ナターシャ・ファイルスを秋五の婚約者として発表した――世界のリーダーを自称するアメリカとしては自国の人間が世界に二人しかいない男性IS操縦者との繋がりがないと言うのは色々と政治的な面でも見過ごせない部分があったのだろう。

尤も此の二人は実力的には問題ないので夏月の嫁ズも秋五の嫁ズもOKしたのだが。

 

ともあれ本日から始まる二学期。

其の初日の朝食も勿論夏月が作り、本日の朝食は『雑穀米』、『ネギと油揚げとなめことエノキとしめじの味噌汁』、『納豆(カツオ節、卵黄、アサツキのみじん切り、もみノリトッピング)』、『アジの開き』、『キュウリとキャベツの塩昆布和え』だった。

そして夏月が最初で最後となる『フライパンとお玉』での轟音目覚ましで全員を起こして、二学期の朝が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode59

『二学期は初日からまさかの超絶急展開!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終えた一行は制服に着替え、持ち物に忘れ物はないかを確かめた後に更識邸を出発して学園島行きのモノレールの駅へと向かっていた。

モノレールの駅まではリムジンではなくマイクロバスでの移動なのだが、此のマイクロバスもまた更識所有のモノであると言うのだから驚きだろう――更識はその仕事の関係上、様々な乗り物を有している訳だが。

 

モノレールの駅に到着すると、其処には同じく学園島に向かう生徒が複数居て駅は大分混雑しているようだった。

 

 

「凄い混雑だな……こりゃ満員電車ならぬ満員モノレールは確実だよなぁ?……周囲が女子だらけの満員モノレールとか、俺と秋五にとってはある意味バツゲームじゃねぇかな?」

 

「私達でガード出来れば良いのだけれど、混雑する車内だと其れも難しいでしょうから、此処も更識の力を使った方が良いかも知れないわね。」

 

 

二学期早々満員モノレールで学園島までと言うのは夏月と秋五にとってはメンタル的に宜しくないだろう。

夏月も秋五も複数人の婚約者が居る訳だが、だからこそ其の婚約者以外の女性との不必要な接触は避けたい訳だが、満員モノレールに乗っていたらあらぬ事を言い立てて、其れをもってして夏月と秋五に関係を迫る生徒が居ないとも限らないので、満員モノレールは避けるが吉と言えるのである。

なので楯無はスマートフォンで更識の家に連絡を入れると夏月達を再びマイクロバスに乗せ、マイクロバスはモノレールの駅から少し離れた場所にある埠頭に向かい、その埠頭には高速クルーザーが停泊していた――楯無は更識の家に連絡を入れて高速クルーザーを埠頭に回して、海路で学園島に向かうように手配したのだ。

 

 

「高速クルーザーまで所持してるとか、会長さんの家って本気でドレだけなのさ……なんて言うか、僕はリアルに『こち亀』の『中川さん』を見ているような気分だよ。」

 

「あ~~、そりゃあ中々に適切な表現だぜ秋五。」

 

 

そうして一行は高速クルーザーに乗って一路学園島へ。

移動中に楯無が学園に連絡を入れていたので学園島の埠頭には『万が一の時の為』に複数人の教師が待機しており、其の中の一人であるナターシャは高速クルーザーから降りて来た秋五に抱き着こうとして、抱き着く直前で真耶からハリセンの一撃を喰らって撃沈していた……アメリカ政府公認で秋五の婚約者となったナターシャだったが、其処は公私を分けろと言う事なのだろう。突っ込みにしては強烈過ぎる一撃だった事は指摘してはイケナイ訳だが。

 

 

「あの~、ナターシャさん大丈夫ですかね山田先生?」

 

「峰打ちだから大丈夫です。」

 

「ハリセンのミネウチとは一体どういう事なのだろうか……分かるかいカンザシ?」

 

「『スパーン!』って良い音がして炸裂するのがハリセンの本気で、音はしないでぶっ叩くのが峰打ち……ハリセンに関しては峰打ちの方がダメージが大きいから注意が必要。」

 

「成程、突っ込みの基本のハリセン打ちも中々に奥が深いようだ。」

 

 

取り敢えず其処から夫々の寮の部屋に向かって荷物を部屋に置くと、講堂での始業式に。

始業式は特に大きな問題はなく進み、学園長の挨拶は十蔵が定型文を使いながらも簡潔にまとめ、生徒会長の挨拶では楯無が『夏休みでチャージしたエネルギーを二学期で発散させるわよ♪』と言って拍手喝采だった。

始業式後はロングホームルームとなり、ロングホームルームが終われば二学期の初日は終了となり、あとは生徒のフリータイムである。

其のロングホームルームにて一年一組では――

 

 

「其れでは皆さんにお知らせがあります。

 昨日、この一年一組の生徒である鷹月静寐さん、四十院神楽さん、鏡ナギさん、相川清香さん、谷本癒子さん、夜竹さやかさんが日本の国家代表候補生となりました。

 彼女達は夏休み中もストイックに己を鍛えていたので、私他複数の教師と学園長の推薦で国家代表候補生となりました――なので、皆さんも此の六人に負けないように頑張って下さいね?」

 

 

真耶が鷹月静寐、四十院神楽、鏡ナギ、相川清香、谷本癒子、夜竹さやかが日本の国家代表候補生となった事を伝えていた。

それを聞いた一年一組の面々は自分達のクラスから国家代表候補生が誕生した事に驚きつつも、それを祝福して惜しみない拍手が送られ、静寐達は少しばかり照れながらも其の拍手に応え――そして、拍手が鳴り止んだ次の瞬間に静寐、神楽、ナギは夏月に、清香、癒子、さやかは秋五に公開告白をブチかまして来た。

真っ直ぐで純粋な好意に加えて、彼女達は国家代表候補生となっただけの実力があり、夏月や秋五のパートナーになる条件は満たしている……そして何よりも夏月も秋五も彼女達が自分達に向けている感情には気付いていたので、其の告白を受け入れて、静寐、神楽、ナギは夏月組に、清香、癒子、さやかは秋五組に加入する事になり、夫々の嫁ズも其れを承認したのだった。(一年一組の生徒でないパートナーにはLINEで連絡を入れ、休み時間に来て貰ったのだが。)

 

だが、夏月組への加入は夏月への本当の好意、相応の実力、他の嫁ズの承認だけでは決まらない――つまりは、夏月の真実を知ってなお、其れを受け入れて夏月と共に居る事が出来るか、その覚悟があるのかどうか、其れが一番必要な事なのだ。

 

なので夏月はロングホームルーム終了後に、静寐と神楽とナギを寮の自室に招いて己の真実を話す事にした。勿論他のメンバーも一緒である。

 

 

「此れだけ入ると流石に狭いな二人部屋だと……少し話は長くなるんだけど何か飲む?つってもモンエナかノンアルのビールかカクテルなんだけどな冷蔵庫に入ってるのは。」

 

「其れ、高校生の冷蔵庫の中身じゃなくてほぼ社畜と化してるサラリーマンの冷蔵庫の中身……」

 

「飲み物以外は至って普通なのだけれどね……何故かこうなってしまったのだよ♪」

 

「同室であるのにロランさんは止めなかったのですね。」

 

「止めるどころか逆に乗っかった可能性があるんじゃないかしらねロランちゃんは♪」

 

 

先ずは冷蔵庫の中身をネタにして軽く雑談をすると、新たに夏月組に加入した三人に対して夏月が『これから話す事は全て真実であり、他言無用だ。特に秋五にはな』と前置きをすると、三人も表情が真剣なモノに変わり、此れから夏月が話す事はとても重要な事であるのだと感じたようだ。

其処から夏月は己の真実――『自分が本当は織斑一夏であり、第二回モンド・グロッソの時に誘拐された事』、『その際に今の義母であるスコールと姉貴分であるオータムに助け出されて一夜夏月となった事』、『自分と秋五と織斑千冬は織斑計画と言う『最強の人類を作る計画』で生み出された人造人間である事』を告げた。

 

 

「「「…………」」」

 

「……まぁ、いきなりこんな話を聞かされたら、そりゃ驚くよな?……でもな、全部事実なんだ――俺は普通の人間じゃない、ある意味では生物兵器って言っても良い存在だ。

 そんな俺でも、本当に良いのか?」

 

「えっとね、織斑計画とか言うのには確かに驚いたし、一夜君が織斑君の双子のお兄さんだったって言う事にも驚いた、それは間違いないけど、一夜君が一夜君である事に変わりはないんだよね?

 普通の人間じゃないって言っても、見た感じでは私達と何が違うのか分からないし、寧ろその強さに納得したかな……うん、全然何も問題ないよ。」

 

「私も驚きましたが、ですが貴方が貴方である事、其れは変わらないのならば全然何も問題ありませんよ一夜さん……その程度の事で、私達の思いは変わりません。」

 

「私としては寧ろ織斑君のお兄さんだったって事に納得した感じ。

 一夜君と織斑君って、『他人の空似』にしては似過ぎてると思ったからね……其れと、貴方が織斑一夏なら織斑先生に対しての態度もある意味で納得出来るしね。」

 

 

普通ならば衝撃の事実であるのだが、静寐も神楽もナギも驚きはしたモノの夏月の真実を聞いても其の思いは変わらなかったどころか、夏月の千冬(偽)に対しての態度や、ある意味で異常とも言える強さに納得したと言った感じだった。

あまりにもアッサリと受け入れ過ぎと言うなかれ、こうして受け入れて貰えたのもまた夏月が一学期の間に築き上げた人徳があればこそだ――一組のクラス代表としてクラス対抗戦や学年別タッグトーナメントで結果を出しただけでなく、クラスメイトと積極的に係わり、時には一般生徒と共にトレーニングを行っていたりしたので、『一夜夏月』と言う人間に対しての評価や信頼は可成り高く、それ故に夏月が本当は何者であるとか、そんな事は『炒飯にグリーンピースが乗っているか否か』以上に如何でも良い事であるのだ。

 

 

「ファニールがアッサリ受け入れてくれた時も驚いたけど、まさか鷹月さん達もアッサリと受け入れてくれるとは予想外だったんだが……俺が織斑だった事は兎も角、人造人間だったって事は驚くべきだと思うんだけどな?」

 

「人工的に生み出された強化人間……それはつまりガンダムSEEDのコーディネーターと同じだからある意味で耐性があるのかもしれない。」

 

「お前のせいかキラァァァァァ!!」

 

 

簪の言った事はある意味では間違いではないのかも知れないが、ともあれ夏月の真実を知ってなお其の思いが変わらなかった静寐、神楽、ナギの三人は正式に夏月組の一員となり、その後は夏月の専用機である『騎龍・羅雪』のコア人格である『羅雪』と対面し、其の見た目が『織斑千冬』である事に驚きつつ夏月から事の真相を聞いて納得して挨拶をし、羅雪も新たに加わった夏月の嫁達を歓迎していた。

 

 

「オレも含めて嫁が十二人も居るとは本気でハーレムだなエロガキ?……いや、オレがお前の嫁になると自動的にフォルテも付いてくるから十三人か?」

 

「サラっと自分の恋人を俺の嫁にするなよダリル先輩。」

 

 

二学期は初日から急展開だったが、夏月が己の真実を話し、静寐、神楽、ナギが其れを受け入れ、羅雪が三人に挨拶し、その際には当然の如く驚かれたが、羅雪の正体に関しても説明し、静寐達はまたトンデモナイ秘密を知った訳だが其れもまた受け入れた後は、『e-スポーツ部』の部室で夏月組に新加入したメンバーの歓迎会が行われ、其れは最終下校時刻まで続いて大いに盛り上がった。

其の歓迎会の最中、メールで『IS学園e-スポーツ部にKOF2002UMでのオンラインマッチを申し込み』が届き、其れに返信すると直ぐに返信が来て、『オンライン対戦部屋を設置します』との事だったので、すぐさまPS5を起動してKOF2002UMを立ち上げるとオンラインでの対戦部屋を検索し『vsISGAKUEN』のルーム名を見つけると、其処に入室してオンライン対戦開始。

e-スポーツ部での格闘ゲーム最強は夏月なので、夏月がオンライン対戦を行ったのだが、夏月は得意の投げキャラのチームではなく、『草薙京、テリー・ボガード、リョウ・サカザキ』の『SNK格ゲー主人公チーム』を使って対戦相手を圧倒していた。

 

 

「強いね一夜君……ううん、此れからは夏月君って呼ばせて貰うけど。

 そう言えば貴方は私達の事を受け入れてくれたけど、私達に恋愛的な意味の好意を持ってる訳じゃないんだよね?……好意を持っていないのに告白を受けてくれたのはどうして?」

 

「格ゲーで俺に勝つなんぞ百年早いってな。なら俺も、名前で呼ばせてもらうぜ。

 でもって俺は確かに静寐達に恋愛的な好意を持ってる訳じゃないが、でもクラスメイトとして、同じ学園に通ってる仲間としての好意は持ってる。

 ヴィシュヌとグリ先輩とファニールも最初はそんな感じだったけど、今じゃ愛しく思ってるから、恋愛感情がなくても愛を育む事は出来るんだって、そう思ってるんだ俺は。衝動的な恋よりも、育んだ愛の方が価値があると思うしな。」

 

「それは、確かにそうかもしれませんね。」

 

「愛か……それじゃあ、今夜さっそく一発やってみっかエロガキ!」

 

「ダリル先輩、俺はそんな節操なしじゃねぇからな?

 最低でもデート一回した後だやっちまうのはな!いや、それでも十分早すぎると思いますけどねぇ!!つーか、俺の事を万年発情性欲野郎みたいに言うんじゃねぇっての!

 少なくともブラチラパンモロのアンタにだけは俺はエロガキとは言われたくないぜダリル先輩!!つーか百歩譲って俺がエロガキで良いとしたらアンタはなんだ?エロメスガキか!?」

 

「さぁて、そいつは如何だろうなぁ?」

 

 

e-スポーツ部での歓迎会は大いに盛り上がり、夏月がKOF2002UMのオンライン対戦で無双していた事も其れに拍車をかけていた――そうして盛り上がった後に、全員が部室で寝泊まりする事になり、二学期初日は急展開からの濃密な一日となったのだった。

尚、秋五組の方でも新たな婚約者は好意的に迎えられていた。

 

因みに、夏休み中に急成長を遂げたコメット姉妹に、多くの生徒が『誰?』、『あんな子居たっけか?』と言った反応を示したのだが、コメット姉妹だと言う事が分かると一様に驚く事になり、急成長の理由なんかを聞いて来たのだがファニールもオニールも己の急成長に関して心当たりのある事は、内容が内容だけに適当にごまかしてはぐらかしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園の二学期の最初のイベントは学園祭だ。

普通ならば最初の学園イベントは体育祭であり、例年ではIS学園も二学期最初の学園イベントは体育祭なのだが、今年は異例の男子生徒が二人も居る事で体育祭の種目選びが難航して例年通りの開催が難しくなったので、今年限定で二学期の最初のイベントは学園祭になったのだった。

 

学園祭では各クラス、部活ごとに店を出して、ドレだけの客を呼び込む事が出来たのかが重要な要素だ――集客率が最も高かった店には生徒会から特別ボーナスが出るとあっては此れは気合が入るだろう。

 

そんな訳で二学期二日目のロングホームルームでは『学園祭での出し物』を何にするかの学級会議が行われ、其れはもう怒涛の勢いで様々な案が出て来た。出て来たのだが……

 

 

 

――『夏月と秋五とツイスターゲーム』、『夏月と秋五とポッキーゲーム』、『夏月と秋五とレスリング基本講座』、『夏月と秋五のファッションショー』etc…etc

 

 

 

出て来た案はドレも採用出来るモノではなく、議長を務めるクラス代表である夏月は副議長を務める副代表のロランに『全部ボツで』と伝え、ロランは出て来た案全てにデカデカとバツ印を付けて『不採用』と書き加えていた。

これ以上トンデモナイ案が出てきたら秋五も何か言ってやる心算だったのだが、その前に夏月が全部ボツにしたのでホッとしているようだった……秋五組の中でも箒は『秋五とポッキーゲーム……秋五と……』等と呟きながら顔を真っ赤にしていたが、なにやら妄想したのだろう。

なんにしても夏月と秋五の婚約者がクラス内に合計で十人も居ると言うのにこんな案を出して来た彼女達の心臓の強さは相当なモノと言えるのかもしれない……嫁ズが敢えて何も言わなかったのは婚約者としての余裕か、其れともそもそもこんな案が通る筈がないと考えているからなのかは分からないが。

 

 

「え~~、全部ボツにするって酷くない一夜君?其れに、案が出ただけで採決もしてないのに。」

 

「採決するまでもなく議長権限でボツだこんなモン!

 大体俺と秋五の負担がハンパない上に誰得だよこんな出し物?誰も得しない上に俺と秋五にだけ負担が集中するって事で全部却下だ!異論は此れまた議長権限に於いて全て認めない!」

 

「職権乱用!権力の横暴だ~~~!!」

 

「やかましい、使うべき時に使わないで何が権力だってな!

 今この学級会議に於いては俺が最高権力だ!恨むなら俺をクラス代表として認めた自分達を恨めってんだ!!権力最高!!」

 

 

勿論、採決もせずに全部ボツになった事に対してブーイングが上がるが、夏月はどこぞの蟹のような髪型をしたデュエリストが聞いたら『オイ、デュエルしろよ』と言い兼ねないような事を言って強制的にブーイングをシャットアウトした。

この学級会議に於いて議長を務めている夏月の決定は絶対であり、正当な理由がない限りは其の決定を覆す事は出来ない――そして今回の事は、案を出した生徒は『貴重な男子を活かさない手はない』と言う理由だけで提案しており、倫理観や夏月と秋五に掛かる負担其の他諸々はマッタク全然考えていなかったので夏月の決定に対して異を唱える事は出来なかった訳である。だからこそ夏月も権力の暴力を使った訳だが。

 

 

「秋五とのポッキーゲーム……私は全然ウェルカムだけれど?」

 

「ナターシャ先生、今度は伝説の突っ込み武器『10tハンマー』を喰らってみますか?」

 

「其れは遠慮するわ真耶先生。(滝汗)」

 

 

ナターシャは悪乗りしかけたが其処は真耶がとっても良い笑顔で喰い止めた。

千冬(偽)が完全に失墜した今、真耶はIS学園の教師陣では最強の存在となっており、其の指導力の高さと親しみ易さから生徒からの人気も高く、実力的にも現役の代表候補生や国家代表と互角に戦える事から、元軍人のナターシャでも真耶の本気の覇気には気圧されてしまったのである。

 

 

「つっても、此のままじゃ出し物が決まらない訳なんだが、何か良い案は無いか?勿論、ボツになった案以外で。」

 

「ふむ、其れならばIS学園は基本女子高であると言う事を活かして『ガールズバー』と言うのは如何だろうか?

 女子はホステスとなり、秋五と夏月はバーテンダーとなればやって出来ない事もないだろうと思う――流石にアルコール類は提供出来ないが、ソフトドリンクのカクテルならば提供出来るし、スナック類も冷凍食品やレトルト食品を使えば簡単に出来るだろう?」

 

 

とは言え、此のままでは出し物が決まらないので夏月は改めて『何か案はないか』と聞いたところ、新たな案を出してくれたのはラウラだった。

ラウラは黒兎隊の副官であるクラリッサから日本のサブカルチャーを可成り間違った知識を含めて大量に教えられていたのだが、今回は其の知識を有効活用する事が出来た。

『ガールズバー』と言うと少しばかり『お水系』のイメージが無くもないが、本来は女の子と楽しくお酒を楽しむ場であり、少しアレンジしてアルコール類を提供しないようにすれば学園祭の出し物としても充分に使える物ではあったのだ。

夏月と秋五はバーテンダーをやれば良いと言うのもポイントだろう――バーテンダーならばソフトドリンクのカクテルやスナックを作る事が仕事になるので少なくともボツ案のように夏月と秋五にだけ負担が集中する事は無いのである。客の相手は他のクラスメイトが行うのだから。

 

 

「ガールズバー風の出店……アリかもね!

 IS学園は基本が女子高だから学園祭には男性客も多いと思うし、其の男性客を纏めて呼び込めるよ此れなら!一夜君と織斑君のバーテンダも学園の生徒や女性客を引き寄せる要素になると思うからね。」

 

「ラウラ、ナイス提案!」

 

 

そしてラウラの提案は好評で、更に其処から『ホステス役の女子はコスプレしても良いんじゃないか』、『どうせならメニューにオリジナルの名前を付けては如何か?』、『一夜君はチョイ悪系不良バーテンダー、織斑君は正統派爽やか系バーテンダーが良いと思う』、『店名は『BarIS Girls&Guys』で如何?』等々の意見が出て来て、そしてラウラの提案以外に他の案は出なかったので、一年一組の学園祭での出し物は『ガールズバー風カフェ』に決定した。

 

 

「ガールズバー風カフェで決まった訳だが、そうなると山田先生とナターシャ先生は如何なる?」

 

「マヤ教諭はカフェのママで、ナターシャ教諭はカフェのオーナーで良いんじゃないかな?

 個人的な意見を言わせて貰うのであれば、マヤ教諭には着物をアレンジした衣装がよく似合うのではないかと思っている……そしてその和の衣装を絶妙に着崩してくれれば言う事なしだね。」

 

「ロラン、お前其れはぶっちゃけ過ぎだろ……そもそも山田先生が其れを承認するとは思えないし。」

 

「私がカフェのママですか……分かりました、その大役謹んで務めさせて頂きます!着物のアレンジ衣装を着崩してくれと言うなら其れにも応えますよ?学園祭を盛り上げる為なら、余程の事じゃない限りは私はやっちゃいます!」

 

「と思ったら意外とノリノリでしたとさ!」

 

 

真耶も此の出し物にはノリノリであり、ナターシャも『オーナー』との立場にノリノリであったので問題はないだろう。

こうして一年一組の学園祭での出し物は決まり、その日は其の後の授業も滞りなく進んだ――実技の授業では、新たに日本の国家代表候補生となり、夏月の婚約者となった静寐、神楽、ナギと一般生徒三人によるチーム戦が行われ、静寐(ラファール・リヴァイブ)と神楽(打鉄)とナギ(ラファール・リヴァイブ)のチームが見事な連携で相手チームを圧倒してノーダメージのパーフェクト勝利を収め、真耶は『スタートラインは同じでも、日々の鍛錬の差で此処までの違いがあるんです。皆さんも彼女達に負けないように頑張って下さい。』と言って生徒達の向上心に火を点けていた。

専用機持ちでない一般生徒であっても日々己を苛め抜くレベルの鍛錬をしていれば国家代表候補生に昇り詰める事は出来ると言う事をクラスメイトが証明してくれたのだから向上心にも火が付くと言うモノだろう……新たに日本の国家代表候補生となった此の六人の存在は学園の生徒全体に対して良い刺激になったのは間違いなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは、良いね良いね、良いねぇ?

 かっ君としゅー君の隣に立つ事が出来るのはローちゃんや箒ちゃん達だけだと思ってたんだけど、まさか一般生徒に過ぎなかった彼女達がその資格を得るとは束さんも思ってなかったよ♪

 束さんの予想を超えてかっ君としゅー君の隣に立つ資格を得た彼女達には束さんが直々に専用機を用意してやるべきだよね!此れは束さんは俄然燃えて来た!正に束さんの魂は燃え盛ってバーニングソウルさ!」

 

 

同じ頃、IS学園の様子を盗撮――もといドローンカメラでモニターしていた束は、夏月と秋五に新たな婚約者が出来た事に驚きながらも彼女達に専用機を作る事を決めていた。

束が彼女達にどのような専用機を用意するのかマッタクもって不明ではあるが、束が直々に開発した機体であるのならば現行の第三世代機をよゆうのよっちゃんイカで凌駕しているのは間違いないだろう。

 

 

「イキナリ騎龍でも良いけど、ある程度のレベルに達したら騎龍に変わる機体の方が良いかな?最初から騎龍を作るよりも、騎龍化の因子を組み込んだ機体の方が作り易いしコスパも良いからね~~?

 騎龍化の因子を組み込んどけば、必要な時には羅雪の中のちーちゃんが因子を強制覚醒させてくれるかもしれないしね♪いや~、色々と楽しくなって来たよ此れは!!」

 

 

こうして束は新たに『騎龍化の因子』を組み込んだ機体を六機開発して『かっ君としゅー君の新しい嫁ちゃん達へ』とラッピングした巨大なコンテナをIS学園に送り込むのだった。

 

 

同時に其れは束が漠然と感じていた『近い未来に起こりうる地球全土を巻き込む戦い』に対する布石でもあったのである――とは言え、此の先にどんな未来が待っているのかは、未だ誰にも分からない事だろう。

だがしかし、少しずつだが確実に決戦の時は近付いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode60『学園祭は準備から楽しめ!何があってもな!』

60話まで来ましたとさBy夏月     だけどこれが中間地点じゃないのよね……By楯無    嗚呼、ここは中間地点にも程遠いさ!Byロラン


『祭りは準備している時が一番楽しい』とは誰が言ったかは分からないが、二学期最初の大イベントである『学園祭』に向けて各クラス&各部活が、夫々の出し物の準備をしているIS学園は活気に満ちていた。

普段の授業は普通に行われていたのだが、それが終わった放課後は学園祭の準備に全振り状態となっており、各クラス、各部活の熱気は限界突破で燃え盛ったバーニングソウルとなっていた。

そん中で一年一組では、夏月と秋五が新たな嫁ズと共に『学園祭の出し物に必要な物の買出し』の名目で放課後のデートを行う様になっていた――其れを提案したのはロランと意外な事に箒だった。

ロランは夏月と、箒は秋五と同室と言う圧倒的なアドバンテージがあるからこそ、『嫁ズの平等』を誰よりも考えて、新たな嫁ズに夏月や秋五との放課後デートの時間を与えるべきだと判断したのだろう……その判断が出来るのは素晴らしいと言うより他はない。

 

無論、放課後デートは休日のデートよりも時間が限られており、一応は『学園祭の出し物に必要な物の買い出し』との理由で外出許可を貰っているので自由に遊べる時間は少ないのだが、其れでも僅かな時間でも其れなりに遊べるゲームセンターや、買い物ついでのウィンドウショッピング等を楽しむ事は出来ていた。

 

 

「この間の実技の授業の模擬戦の時に分かった心算だったんだが、静寐は射撃の腕がハンパないなマジで?

 ガンコンのシューティングゲームでノーミスってのは何度か見た事あるけど、雑魚は全部ヘッドショットで即死させて、ボスも弱点だけを攻撃して怯ませ続けて何もさせないでクリアってのは初めて見た。

 弾幕攻撃なら簪の方が上だけど、精密射撃なら静寐の方が上なんじゃないか?……下手すりゃオルコットとタメ張れるレベルだと思うぜ。」

 

「私を含めた新代表候補生六人は夏休み中、山田先生にお願いして、山田先生の時間がある時には直接指導して貰ってたの。

 で、その際に山田先生が私達の得意分野を見抜いて徹底的に其れを鍛えてくれたおかげで此処まで成長出来たんだ。

 山田先生って、現役時代はガンナーだったから銃器の扱い方の指導が的確なのは勿論なんだけど、近距離戦での戦い方も物凄く的確に指導してくれて驚いた……ガンナーだからこそ分かる近距離型の弱点、其れをどうやったらカバーしつつ戦えるのかとかね。

 私はガンナーよりのバランス型だったみたいで、中距離での射撃の命中精度と近距離での銃器と近接武器の使い方を徹底的に叩き込まれたわね。」

 

「指導する相手がどんなタイプかを見極めて適切なトレーニングを行うとは、指導者としてもやっぱり最高だな山田先生は……でもって、『近距離型じゃないから』って言う馬鹿で阿呆極まりない理由で山田先生を国家代表にしなかった日本政府とIS委員会の日本支部のお偉いさんは今更後悔してるかもな。

 山田先生が日本の国家代表になってたら、日本はモンドグロッソで三連覇を達成してたかもしれないんだから。」

 

 

此度新たに日本の国家代表候補生になった鷹月静寐、四十院神楽、鏡ナギ、相川清香、谷本癒子、矢竹さやかの六人は夏休み中もトレーニングを続けていただけでなく、真耶に頼み込んで直接指導をしてもらっていたのだった。

真耶は生徒の得手不得手を見抜く力も高く、また向上心のある生徒に対してはより指導に熱が入るので、結果として静寐達六人は夏休み中に凄まじいレベルアップを成し遂げて、国家代表候補生に上り詰めたのである。

そして真耶によって判明した六人のバトルスタイルは静寐が『ガンナー寄りのバランス型』、神楽が『完全近距離型(遠距離攻撃は銃器は適性がないが弓矢型の武装であれば遠距離攻撃も可能)』、ナギが『近距離戦寄りのバランス型』で、清香が『スピード重視のヒット&アウェイのバランス型』、癒子が『ISバトルのセオリーに囚われないトリッキー型』、さやかが『普段はガンナー型、追いつめられると近距離型』と言う感じになっており、秋五組の方が中々に尖った個性が揃っているようだった。

 

 

「でもって、静寐達のそんなデータを束さんは既に得てるだろうから、近い内に学園に静寐達の専用機が送られてくるんじゃないか?

 確率は可成り低いが、束さんが其の専用機の外見を『ガンダム』にした場合、静寐の専用機は『フリーダム』でナギの専用機は『ジャスティス』になるだろうな間違いなく。」

 

「其れは流石に著作権に抵触するから無いと思うけど……そういえば夏月君ってガンダムも好きだよね?ガンダム作品で一番好きな機体って何?」

 

「ガンダム型の機体ならぶっちぎりでSEEDシリーズ最強無敵のストフリだけど、ガンダム型以外の機体だと水星の魔女に登場したダリルバルデだな。」

 

 

放課後デートで雑談をしながら必要な買い物を済ませた夏月と静寐は、モノレールの駅前にあるたこ焼き屋で小腹を満たすと学園島へと戻り、少し遅れて秋五と清香が同じくモノレール駅前のたこ焼き屋で小腹を満たしてから学園島へと戻って行った。

そして二学期が始まって五日目、IS学園には束から『かっ君としゅー君の新しい嫁ちゃん達へ』とラッピングされた巨大なコンテナが送り込まれ、その中には夏月と秋五の新たな嫁ズの専用機が収められているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode60

『学園祭は準備から楽しめ!何があってもな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束から静寐達に専用機が送られてくるかもしれないと言う事は、夏月が楯無を通じて学園長に既に報告していたので専用機の受領は滞りなく進み、即フォーマットが行われて、其の専用機『鎧空竜』は静寐達の専用機となったのだが、其の専用機は基本的な外見は同じながらカラーリングと装備は大きく異なっていた。

静寐機は黒を基調としたカラーリングで、武装はビームハンドガンとビームサブマシンガンと近接専用のISブレードとISコンバットナイフ。

神楽機は赤紫を基調としたカラーリングで、武装はビーム薙刀と弓矢型の射撃武器であるビームアローで、ナギ機はダークブルーを基調としたカラーリングで、武装は日本刀型のISブレード二振りとビームマシンガン二丁。

清香機はベージュを基調としたカラーリングで、武装はビームライフルとビームサーベルとシールドだがバックパックに強力なブースターとスラスターが搭載されており、癒子機はオリーブグリーンを基調としたカラーリングで、武装は基本となるISブレードとISライフルを装備しつつ、スモークグレネード、スタングレネード、対BOWガスグレネード等の特殊装備を搭載――『対BOWガスグレネード』はISバトルに於いてはマッタクもって無力であるのだが、束とてそんな事は分かり切っているので、それでも敢えて其れを搭載した事には何か意味があるのだろう。

さやか機は桜色を基調としたカラーリングで、武装は遠距離型の高威力長射程ビームランチャーと近距離用のレーザーブレード対艦刀の両方を搭載している尖った機体となっていた。

 

国家代表候補生が増えただけでなく、彼女達の専用機も増えたのでIS学園は此の専用機の事も国際IS委員会に報告し、国際IS委員会からは機体のスペックの詳細を求められたのだが、此の専用機は国際IS委員会でも、日本政府でも、それこそ国連でも手を出す事の出来ない『この世界に生まれたバグ』、『生まれた時からチートだった』、『チートバグとは彼女の為にある言葉』、『この人に近付いたらスマホが電源オフになったんですけどマジで』等の異名を持つ、『世紀の大天才』にして『ISの生みの親』である、『篠ノ之束』が作ったモノであり、カタログスペックは兎も角として、詳細な機体スペックはIS学園でも把握し切れていなかったため、『詳細スペックは分かり次第報告』と言うに留まったのであった。

 

そんな訳で無事に静寐達の専用機の受領は終わり、今日も今日とて放課後の学園祭の準備なのだが、本日の放課後、夏月はダリルに『ちょっとばっかし頼みがある』と言われて彼女が所属している『IS学園プロレス同好会』の部屋に連れてこられていた。

そしてその場に連れてこられていたのは夏月だけでなく楯無とグリフィンとヴィシュヌの姿もあった。

 

 

「夏月、貴方も呼ばれたのですか?」

 

「若しかして、とは思ったけれど本当に連れて来られるとはね?」

 

「ん~~……結局なんで私達って連れて来られたのダリル?」

 

「俺だけじゃなくてヴィシュヌと楯無さんとグリ先輩も巻き込むってのはただ事じゃないよな?

 ダリル先輩……俺達に何を要求する心算だ?」

 

「夏月、楯無、グリフィン、ヴィシュヌ……スマン、オレ達『プロレス同好会』の出し物に協力してくれ!!!」

 

 

マッタクもって予想していなかった事態に夏月がダリルに問うと、ダリルは夏月と楯無とグリフィンに見事なDO・GE・ZAをかました後に、何故こんな事を行ったのかを説明してくれた。

ダリルが所属する『プロレス同好会』は学園祭の出し物として、小アリーナを借り切っての『プロレス大会』を企画しており、其の大会のメインイベントが『同好会顧問と同好会会長と同好会副会長の三人タッグvs同好会会員の四人タッグ』のハンディキャップ戦だったのだ。

プロレス同好会の顧問の教師は男性で、五年前までは地方のローカル団体とは言えプロレス団体でトップを張った経験があり、更には『男女混合マッチ』で自分が三人タッグである事から、対戦相手は四人タッグと言うハンディキャップマッチを提案して来たのだ。

其れだけならば特に問題はなかった、此れが一学期のイベントであったならば。

ダリルは静寐達よりも一足早く夏休み中にアメリカ政府によって『一夜夏月の婚約者』として発表されており、プロレス同好会の顧問も当然その事を知っているので、学園祭でのイベントを盛り上げるのにダリルが夏月の婚約者となった事を使わない手はないと考え、夏月達にプロレス同好会のイベントに参加して貰おうと考えたのだ。

そして夏月以外の三人に関しては、夏月の嫁ズの中で格闘技の経験者である事から選んだと言う訳だ――ダリルは亡国機業のメンバーなので格闘技は身に付けているのだが、表向きには『中学時代は地元のアメリカでアマレスのジュニア大会で優勝経験がある』、アマレス経験者と言う事になっている。ジュニア大会で優勝したのは事実であるが。

 

話を聞いた夏月達は『要は客寄せパンダって事か?』と顧問に聞いたのだが、顧問もローカル団体とは元プロレスの選手なので夏月達の事を『客寄せパンダ』とは考えてはおらず、イベントの大筋から説明してくれた。

プロレス同好会のイベントは、顧問と会長と副会長が所謂『ヒール軍団』となり、ダリル率いる『ベビーフェイス軍団』と戦う『対抗戦』の形で学園祭初日に全九試合を予定しており、其のメインイベントが四対三のハンディキャップ変則マッチとなっているのだった。

其のメインイベントにて、ベビーフェイス軍団のリーダーを務めるダリルが助っ人として楯無、グリフィン、ヴィシュヌを連れて来たと言う形でチームを組んだ事にして客の興味を引き、しかし夏月の存在は此の段階では明らかにはしないのだと言う。

 

 

「俺は当日参戦の『究極のMr.ⅹ』って事?」

 

「そう言う事になるかな?

 だけど、当日一夜君が普通に登場しても面白くないと思うから、メインイベントの変則マッチの時に、ピンチに陥ったダリル達を助けに来た形で試合に乱入して盛り上げてほしいんだ。」

 

「成程。」

 

 

夏月もプロレスは大好きなので、顧問の言っている事、特にメインイベントに関する話は所謂『アングル(試合全体の流れと大まかな取り決め)』だと看破したらしくより詳しく話を聞いていた。

楯無とグリフィンとヴィシュヌも最初はあまり乗り気でなかったのだが、話を聞いている内に『案外面白そう』と思ったのか段々と乗り気になって来て、アングルの提案なんかをするようになって来ていた――其の中で、『ガチで当たると危険だから』との理由で、ヴィシュヌのムエタイキックは禁じ手となり、ヴィシュヌの蹴り技はプロレスで使われる蹴り技に限定されたのだった。

 

 

「そう言う事なら○○が絶体絶命のピンチの時に会場の照明が落ちて、照明が復活したら○○装束の俺が花道に現れて、リングイン後は窮地の嫁を守るように立ち塞がって、其処から○○ってのはどうかな?」

 

「うむ、それは良いかも知れない。」

 

「其れで○○が何とか復活したところで夏月君が相手をコーナーポストに振って、其処から私達の波状攻撃で最後は○○でフィニッシュと言うのは中々に良いと思うのだけれど?」

 

「確かにそのフィニッシュは盛り上がりそうね……良し、それで行きましょう!ヒールは悪の限りを尽くした上で散るのが最高の華だからね。」

 

「つ~訳で、俺達はプロレス同好会のイベントに協力するぜダリル先輩。」

 

「マジでありがてぇ!!今度学食で何か奢るぜ!!」

 

 

メインイベントの流れも大体決まり、其の後は当日のコスチュームを作るために夏月達の採寸を行ってプロレス同好会との話し合いは終わり、同好会を後にしてからは夫々のクラスに戻って学園祭の準備に精を出すのだった。

因みに一年一組の出し物は『ガールズバー風カフェ』だが他のクラスの出し物がどのようなモノかと言うと、鈴と乱が所属する一年二組は『中華喫茶&台湾屋台』、ヴィシュヌとコメット姉妹が所属する一年三組は『クイズ迷路屋敷』、簪が所属する一年四組は『ISマルシェ(物品販売)』、楯無、グリフィン、ダリルが所属する競技科二年は去年楯無が所属していた一年一組が行った『冥土喫茶』のバージョンアップ版となっていた。

更に、今年から学園祭には外部からの客は誰でも入れるようになり、去年までの『招待状制』は廃止となって居たのだが、此れは『招待状』がセキュリティ面で殆ど役に立っていなかった事を去年の学園祭後に楯無が十蔵に報告していたからだ――去年の学園祭に、夏月は特殊メイクを施して性別を偽り『楯無と簪の従姉妹の更識ツルギ』として参加したのだが、事情を知っている楯無と虚以外は誰一人として其れを見抜けず、招待状で来場者数を制限しても招待状を送られた人間になり切った侵入者を完全にシャットアウト出来ないと言う事が明らかにされたと。

招待客を制限する事には効果がないのならば、フリー入場を可能にした上で学園内のセキュリティを強化した方が良いと提案し、今年からは招待状制が完全撤廃され、学園島の監視カメラは増設され、学園祭中は教師部隊が私服で見回りをする事になったのである――真耶が隊長となった今の教師部隊ならばキッチリと仕事をしてくれるだろう。

 

それはさて置き、夏月は学園祭の準備を堪能しており、その期間中に静寐、神楽、ナギ、ダリルとの絆も深めて行き、放課後は自クラスの出し物の準備をしながらプロレス同好会に顔を出して楯無達とプロレス技を練習をして、持ち前の運動神経でプロレスのアクロバティック技や雪崩技もマスターして行ったのだった……どんな試合になるかは当日までのお楽しみと言ったところだろうが。

そうして充実した日々を送り、学園祭まで十日を切ったある日の昼休み、スマートフォンにスコールからのメッセージが届いた。

 

 

「義母さん……そうか、遂にやるんだな。」

 

 

そのメッセージには『学園祭の最終日に貴方を迎えに行く』とだけ記されていたのが、夏月はこのメッセージが意味する事がなんであるのかを正確に理解していた。

と言うのも、スコールが夏月を更識家に預けたあの日、スコールは夏月に『私達の準備が出来たら、必ず貴方を迎えに行くから、其の時までに信頼出来る仲間を出来るだけ作っておきなさい。其れが、貴方の為にもなる事だから。』と言っていたのだ――そして、夏月は今や仲間以上の関係である婚約者が(フォルテは特殊過ぎるので除外して)十三人も存在しているので、スコールが言った事を現実のモノとしていたのだ。

 

 

「(義母さん……でも、此れは楯無さん達にも伝えないとだよな。)」

 

 

スコールからのメッセージが意味するモノがなんであるのかを夏月は理解しており、自分だけならばスコールのメッセージに諸手を挙げて賛成していたところだが、夏月はスコールの養子であると同時に更識の一員でもあるので、己の判断だけでスコールのメッセージに応える事は出来ず、結果として楯無達にスコールからのメッセージの内容を伝える事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月から『皆に伝えたい事があるから、生徒会室に皆を集めて欲しい』とのLINEのメッセージを受信した楯無は、即座に『夏月の嫁ズ』のグループLINEで自分以外の嫁ズ全員にメッセージを送って生徒会室に集合するように伝え、そして本日の放課後の生徒会室には夏月の嫁ズがフルコンプリート状態となっていた。

 

 

「其れで、私達に伝えたい事って何かしら夏月君?」

 

「今日の昼休み、義母さんから『学園祭の最終日に貴方を迎えに行く』ってメッセージが入ったんだよ楯無さん。」

 

「スコール……時雨さんから?」

 

 

其処で夏月はスコールからのメッセージ来たと言う事と、そのメッセージの内容を伝えたのだが、其れを聞いた嫁ズ達の表情は一気に引き締まったモノとなった。

楯無と簪は『更識』の人間であり、ダリルも亡国機業のメンバーなのでスコールの正体は知っているのだが、他の嫁ズも夏月の義母である『スコール・ミューゼル』が亡国機業の幹部であると言う事は夏月の口から聞かされてたので、其のスコールが『夏月を迎えに来る』と言うのが只事ではないと理解したのだろう。

 

 

「夏月、彼女が君を迎えに来るとは具体的に如何言う事なのかな?

 君は世界に二人しか存在しない『男性IS操縦者』であり、其の存在は世界各国が喉から手が出るほど欲しい存在だ……だからこそ、『男性操縦者重婚法』等と言うモノが出来上がり、一国が君を独占しないようにした訳だからね。

 にもかかわらず、君を迎えに来ると言うのは、文面通りに取るならば、君をIS学園から連れ去ると取れるのだが……」

 

「まぁ、概ね間違っちゃいないと思うぜロラン……だけど連れ出すのは俺だけじゃなくて俺の婚約者である皆もだ。

 そしてタダ連れ出すだけじゃなくて、派手にドンパチやらかしてからになると思う――普通に連れ出すのは不可能に近いから、『学園祭中に学園が襲撃されて、その際に行方が分からなくなった』って形を取るんだと思うから、間違いなく戦闘は起こる筈だ。」

 

「「「「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」」」」

 

 

其処でロランが『夏月を迎えに行くとは如何言う事なのか』と聞くと、夏月は『俺だけじゃなく、俺の婚約者も全員IS学園から連れ出すんだと思う』と答えた。

其れを聞いた嫁ズは楯無ですら絶句していた――夏月だけでなく、夏月の嫁ズもIS学園から連れ出すと言う事は、つまり夏月を含めて十五人もの専用機持ちをIS学園から奪う事であり、其れはIS学園の大幅な戦力低下を意味していたからだ。

千冬(偽)が此れまでの権限を全て失い、IS学園の防衛の要である教師部隊の隊長には真耶が新たに就任し、同時に有事の際の最高指揮官も真耶になった事でIS学園の防衛能力は以前よりも格段に上がったのだが、其れでも其の教師部隊をも超える力を持った専用機持ち達が一気に十五人も学園から居なくなると言うのはIS学園にとってはありがたくない事この上ないのである。

夏月、更識姉妹、ロラン、鈴、乱の騎龍シリーズは現行のISを遥かに上回る機体性能を有しており、ヴィシュヌの専用機も臨海学校の際に束が埋め込んだ『騎龍化』の因子が覚醒して『騎龍』に進化し、グリフィン、ファニール、静寐、神楽、ナギの専用機にも『騎龍化』の因子が組み込まれており、ダリルの専用機の『ヘル・ハウンド』にも、ダリルが夏月の嫁の一員となった際に束がオンラインで『騎龍化』の因子を送り込んでおり、序にダリルの恋人のフォルテの専用機『コールド・ブラッド』にも『騎龍化』の因子をインストールしていたので、その『騎龍化の因子』が全機で覚醒した際にはIS学園の教師部隊ではとても相手にならないのだ――秋五組の機体にも『騎龍化の因子』はインストールされているので、其れが覚醒すれば夏月達とも渡り合えるのかもしれないが。

 

 

「俺は義母さんと一緒に行く。

 だけど皆には其れを強要はしない……俺と一緒に来るって事は、一時的にとは言えIS学園と敵対する事になる訳だからな――ファニールは俺と一緒に来た場合はオニールと戦う事になるかもしれないから慎重に判断してくれ。」

 

 

夏月はスコールと共に行く心算だったが、嫁ズには『本当に一緒に来るのかを考えてくれ』と言った。

三年前のあの日、夏月が更識の家に預けられるまでに、夏月はスコールから『自分は白騎士事件の被害者である』と言う事を聞いており、スコールが『白騎士』こと『織斑千冬(偽)』に対して深い恨みを持っている事も知っていた。

同時に夏月自身も千冬(偽)に対しては三年前の『第二回モンドグロッソ』の際に自分を見捨てた事に対して思うところがあったので、其れを清算する意味でも一時的にIS学園と敵対する事になってでも、千冬(偽)は此の手で討つと心に決めていたのだが、其れはあくまでも夏月の都合なので、嫁ズに『俺と一緒に来い』と強要する気はなかった――特に双子の妹が秋五の嫁であるファニールには。

 

 

「オニールと戦う事になるのは確かに少し思うところがなくはないけど、でもオニールを殺せって事じゃないんでしょ?……だったら私はアンタと一緒に行くわよ夏月!

 何よりも、アンタの婚約者になった時点で私は何があってもアンタと一緒に居るって、アンタを裏切らないって決めてるんだから、そんな事は聞くだけ無駄ってモンよ!!」

 

「うふふ、言うわねファニールちゃん♪

 だけどファニールちゃんの言った事はある意味で私達の総意でもあるわ……貴方が一時的にと言えIS学園と敵対すると言うのなら、私達も貴方と一緒にIS学園と敵対する。

 ……此の判断は『更識楯無』としては正しくないのかもしれないけど、『更識刀奈』はそうすべきであると判断したわ。」

 

 

だがファニールは、『オニールを殺さないのなら』と言う事が大前提で夏月と一緒に行く事を決め、楯無も夏月と一緒に行く事を決めていた――奇しくも楯無は夏休み中に、先代の『楯無』である父の総一郎から言われた『楯無としてよりも刀奈としての判断をする時が来る』と言うのを此処でする事になったのだが、此処で楯無は『更識刀奈』としての判断を優先して夏月と共に行く事を決断したのだった。

そして、楯無とファニールだけでなく、夏月の嫁ズは全員が夏月と一緒に行く事を迷わずに選択してくれた――ダリルは亡国機業のメンバーなので兎も角としてだ。

 

 

「皆……良いのか?」

 

「私達を甘く見るなよ夏月?

 君の義母が亡国機業の幹部であると聞いた其の時から、私達は裏の世界と関わる覚悟は決めているからね……だから、君が行く所には私達は全員が一緒に行くさ――それも一つの愛の形だと思うからね。」

 

「ロラン……そうか。

 ったく、俺が『織斑一夏』だった頃なら考えられない展開だぜコイツはよ……『織斑一夏』の味方は片手の指で足りるほどしか居なかったが、『一夜夏月』には両手の指でも足りない位の味方が居るんだからな。

 だけど、それが皆の意思なら俺がとやかく言う事は無いか……なら、学園祭の最終日、その時が来たら精々大暴れやらかしてやろうぜ?

 でもって、学園祭はあくまでも本命の為の下準備……本命はその後、学園祭で派手なドンパチをブチ起こした後で義母さん、と言うか亡国機業は改めて学園に襲撃予告を入れる、『織斑千冬の身柄を差し出せば襲撃は取りやめる』って条件でな。

 そうすれば学園はアイツを差し出す判断をするかもしれないが、アイツは其れを聞いて大人しく身柄を渡されるような奴じゃない。必ず自ら戦いの場に出て来るだろうからな……そうなれば俺と義母さんの一番の目的は果たされるってモンだぜ。

 学園祭でIS学園を離脱した後で、改めてアイツを引き摺り出して全てを清算してやる……!!」

 

「あは、それ良いわね夏月?

 あの『血濡れのブリュンヒルデ』を血祭りにあげる……其れをやるのがアイツの嘗ての弟であるアンタってのは最高此の上無いでしょ?……アイツには『一万年続く苦痛を一万回繰り返す』最悪の地獄ですら生温いと思うから、現世で最大の絶望を与えてから地獄に叩き落すべきよ。」

 

「お姉ちゃんの意見に賛成だね。

 アイツには生きる価値もないから。」

 

『やれやれ、ここまで嫌われるとはある意味で凄いなアイツは……いや、この場合はアレを作り出した研究者達を褒めるべきか?……いずれにしても奴に終焉の時が近づいているのは間違いないか。

 奴が戦場に出て来たとしても、零落白夜を無効に出来るようにはなっているから大した脅威ではないがな……いや、そもそもにして今の奴では、新たに代表候補生になったばかりの鷹月達にすら勝てんだろうがな。』

 

 

誰一人迷わずに夏月と一緒に行くと選択したのは、其れだけ夏月と嫁ズの絆が深いと言う事であると同時に、絆の深さ以上の『愛』の力があったからこそだろう――『愛』があるからこそ、嫁ズは一時的とは言えIS学園と敵対する事になる選択をしたのだ。

真実の愛があればこその選択だったのだ此れは。

 

 

「楯無さん、本当に良いんだな?」

 

「勿論よ夏月君。

 お父様からも、『本当に大事な選択をする場面が来たその時は『楯無』ではなく、『刀奈』として正しいと思う選択を、己の本心に偽らざる選択をしなさい』って言われたからね……さっきも言ったけど、更識刀奈としては此の選択が最も正しいと、そう判断したのよ。」

 

「そうか……ありがとな、楯無さん。」

 

 

日本の暗部である更識の長である楯無に改めて聞けば、『楯無としての判断よりも、刀奈としての判断を優先して、それが正しいと思った』と言われたてしまったら其れ以上は何も言う事は出来ないので、夏月は改めて礼を言って楯無達が自分と一緒に来てくれる判断をしてくれた事に感謝するのだった。

 

 

「だが、そうなった時、お前は如何する秋五?」

 

 

だが一つの懸念事項があるとすれば、それは秋五と彼の嫁ズだ。

秋五も其の嫁ズももはや千冬(偽)には見切りをつけており、『此れ以上は関わりたくない』とすら思っているのだが、だからと言ってIS学園と一時的であっても敵対する理由は何処にもないので、学園祭最終日には夏月組と秋五組が真っ向からぶつかる可能性は決して低いモノではないのである。

 

 

「簡単な選択じゃないのは分かるが、選ばないって選択肢はあり得ないからな……お前は世界と姉、最終的にどっちを選ぶのか――『織斑一夏』が死んじまった後で、其れを後悔して変わろうとしたお前がどんな選択をするのか、見させて貰うぜ。」

 

 

秋五と其の嫁ズが其の時にどのような選択をするのかはマッタクもって予想が出来ない事ではあるが、夏月は秋五がどんな選択をするのかを楽しみにしている様だった。

そして此の時の夏月の顔には『獰猛な肉食獣』の如き凄惨な笑みが浮かんでおり、其れを見た嫁ズは改めてハートブレイクされ、その日の夜には新たに『夏月の嫁』となった静寐、神楽、ナギ、ダリルが夏月と『ISバトル』を行う事になり、夏月は全員と『最低四回』やった上でマダマダ健在と言う凄まじい『絶倫』っぷりを発揮してくれたのだった。

 

 

其れは其れとして、学園祭の準備は滞りなく進み、そして遂に学園祭の日がやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園島で学園祭の準備が行われた頃、日本近海の名もなき島ではあるトンデモない事が起こっていた。

 

 

『…………』

 

 

其れは宇宙から飛来して地球のモグラと融合した謎の生命体が、地球の既存生物を次々と吸収して其の力を高めていたのだ――此れまでに取り込んだのは昆虫なのだが、昆虫は『全ての生き物サイズが同じだったら最強の存在』と言われており、そんな昆虫の力を得たと言うのは相当な脅威と言っても良いだろう。

カマキリの挟む力は人間の握力に換算すると500kgを余裕で越え、アリの怪力は人間に換算すると『一人でジャンボジェット機を引き摺る』事になり、ノミのジャンプ力は人間に換算すると助走なしのジャンプで東京タワーを飛び越すと言うのだから凄まじい事この上ないのだが、その驚異的な能力を宇宙から飛来した謎の存在が得たとしたら、それは間違いなく地球人類にとって脅威の存在となるだろう。

 

こうして束にすら悟られる事なく、地球にとって脅威となる存在は地下深くで其の力を蓄えるのだった……同時に、IS学園の地下で幽閉生活を送って居た千冬(偽)は、此の存在の事を微弱ではあるが感じ取っていたのだった。

取り敢えず断言出来るのは、千冬(偽)と、宇宙からの飛来者が邂逅したらその時は間違いなく世界にとってトンデモナイ事になると言う事だろう――そうして時は進み、IS学園の学園祭の日が遂にやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 




機体説明

鎧空竜

束が静寐達の為に開発した第五世代の専用機であり、全機に『騎龍化』の因子が組み込まれており、搭乗者のレベルが上がるか、或いは危機的状況に陥った際に『騎龍』に覚醒するようになっている。
また試験的に『IS自己進化プログラム』が組み込まれており、此れにより『鎧空竜』は搭乗者の戦いに合わせた自己進化が出来る機体となっている。






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Episode61『学園祭を盛り上げろ!限界突破をぶち破ってな!』

今回はプロレスを知らない人には優しくない内容だぜBy夏月     知らない人はググってウィキッて来てね♪By楯無    今回はある意味でハードモードかもねByロラン


学園祭当日から少し時間は遡り、学園祭まで一週間を切ったある日の放課後、楯無は生徒会室でパソコンを前にほくそ笑んでいた……その姿は、『IS学園最強』の証である生徒会長が不敵な笑みを浮かべているようにも見えたが、楯無の従者である虚にはそうは映っていなかった。

 

 

「何やら楽しそうですが、悪巧みですかお嬢様?」

 

「悪巧み……うん、悪巧みね此れは。

 それもタダの悪巧みじゃなくて、更識楯無の……ううん、更識刀奈の一世一代の悪巧みよ。其れこそ、世界を巻き込むレベルでの壮大なスケールの。」

 

「矢張り悪巧みですか……其れも、お嬢様の一世一代の、更には世界を巻き込むレベルの悪巧みとは一体何をなさる御積りですか?……ハッキリ申し上げますと、世界を巻き込む悪巧みを考える人間など、篠ノ之束博士一人で充分なのですが?」

 

「あらあら虚ちゃん、束博士の場合は世界を巻き込むんじゃなくて宇宙を巻き込むんじゃないかしら?」

 

「其れは……まぁ、少々否定は出来ませんが。」

 

 

虚は此れまでの経験から、楯無が此の笑みを浮かべた時は大概トンデモナイ悪巧み(大抵の場合は悪戯)を思い付いたのだろうと看破していたが、楯無は悪巧みである事を認めながらも、それが『自身にとって一世一代の悪巧みであり、世界を巻き込むレベルのモノである』とトンデモナイ事を平然と言ってくれた……しかも、『更識楯無ではなく更識刀奈としての悪巧み』と言うのが、ある意味で余計に性質が悪いと言えるだろう。

『更識楯無』であれば『暗部の長』の立場もあるので其処までトンデモナイ悪巧みはしないだろうが、『更識刀奈』であれば『暗部の長』の立場など関係ない一人の少女に過ぎないのでリミッターが外れた悪巧みを普通にしてしまうのである。

 

 

「まぁ、束博士の事は取り敢えず置いといて、今回の悪巧みは未来の為の一手とも言えるのよ虚ちゃん。

 貴女にも学園祭最終日に時雨さんが学園を襲撃してくると言う事は話したわよね?」

 

「はい、其れは存じ上げております――本音にも、其れは伝えてありますが、其れと悪巧みに何か関係が?」

 

「えぇ、大アリよ。此れは時雨さん達が襲撃を成功させる為の下準備よ。

 時雨さん達のIS学園襲撃は私達――夏月組にとってはとっても大事な事になるから其れは絶対に成功させなくてはならないの……だから、其の襲撃が上手く行くためにも、学園島全体を巻き込む大掛かりなイベントを学園祭最終日に考えていたのよ。」

 

 

楯無は学園祭最終日にスコール率いる亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』がIS学園を襲撃する事を夏月から聞かされており、夏月と夏月の嫁ズは其の騒ぎに乗じてIS学園から一時離脱する事になっていたのだが、楯無はスコール達が少しでも動き易くなるように学園島全体を巻き込んだ大型イベントを学園祭最終日に行おうと考え、そのイベントをどのようなモノにするか、如何すればイベントに乗じてスコール達が動き易くなるかを考えていたのだった――確かに其れは、相当なスケールの悪巧みであると言えるだろう。

 

 

「私達は夏月君と共に一時的に学園を去るけど、貴女は如何するの虚ちゃん?

 目的が果たされたら私達はまた学園に戻ってくるから無理に一緒に来いとは言わないわ。五反田君との事も考えると、寧ろ一緒に来ない方が良いでしょ今回は流石に。」

 

「だだだ、弾君の事は兎も角としてですね、私は学園に残る心算でしたよお嬢様?

 私と本音が学園に残ればお嬢様達に学園の様子を伝える事が出来ますから――勿論、お嬢様と簪様が学園からいなくなった事で一部の教師からは怪しまれるでしょうが、其れ位の事は私も本音も何とか出来ますので。

 ですからお嬢様はご自分の為すべき事を完遂して下さい。」

 

「虚ちゃん……うん、ありがとう。

 私は歴代の楯無の中でも最高との評価を受けてるけど、貴女も歴代の楯無に仕えた従者としては最高だわ……私達が居ない間、IS学園を頼んだわ虚ちゃん。此れは楯無としての命令ではなく、貴女の友人である刀奈としてのお願いよ。」

 

「ならば私も友人として其の願いを聞きますよ刀奈……如何か、無事に帰って来て下さい。其れが、貴女の友人である布仏虚の願いです。」

 

「うん、約束するわ。」

 

 

虚は妹である本音と共に学園に残る選択し、そしてそれは一時的に学園から離脱した楯無達に学園の様子を伝えるスパイの役目を自ら買って出たと言う事でもあるのだが、布仏は更識に代々仕えて来た家であり、其の仕事の中には諜報活動も含まれており、虚と本音も幼い頃より諜報活動の訓練を行っていたので諜報員としての腕前はロシアのKGBやアメリカのCIAの諜報員にも負けず劣らずのレベルなので、布仏姉妹が学園に残って諜報活動を行ってくれると言うのは有難い事だと言えるだろう。

虚の協力も取り付けた楯無は、其処から虚と共に最終日の大イベントの内容を詰めて行き、最終的には『男性操縦者二人を鬼とした巨大鬼ごっこ』と言う形に落ち着き――そして此の企画が学園に認証された時、楯無はスコール達の襲撃と自分達のIS学園離脱は成功すると確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode61

『学園祭を盛り上げろ!限界突破をぶち破ってな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻って学園祭当日――学園島には凄まじい数の人が訪れていた。

IS学園に代表候補生、或いは国家代表を送り込んでいる国、男性操縦者の婚約者を有する国のお偉いさん方は言わずもがなだが、今年はそんな肩書とは無縁の一般客の数が過去一となっていた。

去年まで採用されていた『招待状制』が廃止され、誰でも学園祭の期間中であればIS学園を訪れる事が出来るようになったのが大きな要因なのは間違いないが、一般客の中には凡そ『カタギ』とは言い難い人間も存在していた――其れは、更識の仕事で外道共に共に鉄槌を下した真の『任侠者』であり、楯無が生徒会長を務めているIS学園の学園祭がどんなモノかを見に来たのだろう。

 

所謂『ヤクザ』がやって来たら、普通は驚くところだろうが、IS学園の生徒の多くは実技授業にてメンタル面が(主に実技担当教師によって)鍛えまくられているので『ヤクザ』が来た程度では対して驚いてはいなかった。

 

 

それはさて置き、今年の学園祭で一番の注目となっているのは矢張り『世界に二人しかいない男性IS操縦者』を有している一年一組であり、其の出し物である『ガールズバー風カフェ』は学園祭が始まって十分が経つ頃には長蛇の列が出来ていた。

バーテンダーを務めている夏月と秋五目当ての女性客だけでなく、ホステス役を務めている女生徒目当ての男性客も居るので、一年一組は男性客、女性客の両方を取り込んでいたと言えるだろう。

 

 

「制服のスラックスにワイシャツを合わせてその上からベストを着て蝶ネクタイを装備するだけでバーテンダーの衣装になるのには驚いたけど、ホステス役の彼女達の衣装が簡単に手に入るとは思わなかったかな?」

 

「ホステスの衣装なんぞはコスプレ専門店なら幾らでもあるからな。

 簪が懇意にしてるコスプレ専門店にネットで頼めばソコソコの値で購入出来るってモンだぜ……尤も、その支払いはDQNヒルデの給与から天引きされるように束さんが調べ上げたDQNヒルデの口座番号を入力する裏工作をしてるんだがな。

 因みに此れは普通は絶対にやっちゃダメだからな?」

 

「そんな事は分かってるけど……此れは姉さんの口座残高はほぼゼロだね。今までの事で色々と払うモノもあっただろうから……此れは僕はバイト探さないとかな。」

 

「単純に金が必要ならバイトするよりも宝くじ買って束さんに連絡した方が楽じゃねぇかな?束さんなら、お前が買った宝くじの番号を一等の番号にしちまう位は朝飯前だと思うぜ?」

 

「其れは、確かに束さんなら出来るかもしれないけど、其れは流石に反則技だと思うんだよね。」

 

「反則技も5カウント以内なら全然ありだぜ?プロレス限定だがな!」

 

 

夏月と秋五のバーテンダー衣装はIS学園の制服をアレンジしたモノであったのだが、ホステス役の女子生徒のコスチュームは夏月が簪に頼んで、簪の行きつけのコスプレショップに発注したモノであり、その衣装クオリティは可成り高いモノとなっていた。

基本デザインはワンピースタイプのナイトドレスなのだが、肩紐の有無、スカートの長さなんかで差別化が行われ、特に箒のプロポーションをこの上なく魅力的に見せるドレスは多くの男性客をKOする事になったのだった――学園の生徒最強と言われている箒のホステス衣装の破壊力は凄まじく、『魅惑の谷間』にKO或いは理性を失う男性客が続出する事態となっていたのだ。

 

KOされた男性客は兎も角として理性を失った男性客は色々とアレなので、夏月と秋五が鎮圧に向かって夏月も秋五も夫々五人ずつ戦闘不能にした後に残る二人の内一人を夏月が連続ブリッジで跳ね上げると、秋五はもう一人の男性客の腕をバネのように捩じった上で其れを開放して上空に吹き飛ばす。

そして夏月はブリッジで跳ね上げた相手と背中合わせになると両足を極め、更に両腕をチキンウィングに極め、秋五は吹き飛ばした相手の首を両足で極めてから左足を抱え、更に夏月に極められた相手の首をも足でホールドし、同時に夏月も秋五が固めた相手の右足を自身がホールドした相手の右足首と共に極めて其のまま降下!!

 

 

「「マッスルキングダム!!」」

 

 

キン肉マンの最強必殺技である『マッスルスパーク』と同作品に於いて『ロビン家の次世代の必殺技』と言われた『ビッグ・ベン・エッジ』が融合したツープラトンは強烈無比であり、迷惑客は此れにて完全にKOされ、そしてこれが見せしめになったのか、これ以降はこんな迷惑客は現れなかったのだった……如何に『無礼講』と言える祭りであっても、最低限のマナーすら守れない客には容赦なく鉄槌が下されると言う事を忘れてはいけないのかも知れない。

 

少しばかりのトラブルはあれど一年一組の出し物は大盛況となっていたところに――

 

 

「久しぶりね夏月?元気そうで何よりだわ。」

 

「義母さん!来てくれたのか!」

 

 

夏月の義母であるスコールが来店して来た。

本日のスコールは『クラス対抗戦』の際に起きた『国際IS委員会による抜き打ちのセキュリティチェック』の後でモニター越しに会った時のようなジャージ姿ではなく、セレブ然としたドレス姿であり、其の美貌に一組の生徒だけでなく、他の客も見とれてしまっていた。モニター越しとは言え会った事のあるロラン、秋五と箒とセシリアはその限りではなかったが。

 

スコールはカウンターではなくボックス席を指定すると、一組内に居る夏月の嫁であるロランと静寐と神楽とナギを指名して、彼女達と共にノンアルコールのドリンクと簡単なスナックを楽しみながらも彼女達に『夏月の事を宜しくね』と言っており、ロラン達も『任せてください』と返していた。

因みにスコールの席には彼女の好みを熟知している夏月によってメニューにはない『スルメのゲソの炙り七味マヨネーズ添え』が提供されていた……スコールの酒の肴の好みは実は中々にオッサンだったようである。

一組の出し物を堪能したスコールは、その後夏月の嫁ズが居るクラスの出し物全てに顔を出して、更識姉妹以外の嫁ズと直接の邂逅を果たしていたのだが、姪であるダリルからは『態々オレのところに来る必要あったか?』と言われてしまうのだった。

 

 

「夏月、君のお義母さんって国際IS委員会のシークレットエージェント部隊の隊長なんだよね?学園祭に来てる暇なんてあるのかな?」

 

「或いはこれも仕事なのかもだ……クラス対抗戦の時に抜き打ちのセキュリティチェックが入ったみたいに、義母さんは客として学園を訪れて、その目で直々にIS学園のセキュリティの穴を見つけに来たのかもだぜ。」

 

「確かにその可能性はあるかもしれないな。」

 

そんな感じで午前中は一年生の出し物を中心に盛り上がったところで正午となり、夏月組と秋五組はクラスメイトの粋な計らいでもってして全員揃って『昼休み』となって屋上でのランチタイムとなっていた。

秋五組は売店で購入した弁当だったのだが、夏月組は今日も夏月特製の弁当であった。

夏月組の本日の弁当は、『おにぎり三種(明太子、高菜ジャコ、サバマヨネーズ)』、『だし巻き卵焼き』、『エスニック風鶏の唐揚げ』、『中華風ピリ辛春雨サラダ』となっており、特に鶏の唐揚げは大好評だった。

 

 

「この鶏の唐揚げ、下ろしにんにくと下ろしショウガを漬け汁に使っているだけでなく、醤油の代わりにナンプラーを、日本酒の代わりに紹興酒を使っていますね?

 この深い味わいは、醬油と日本酒では出せませんから。」

 

「ふ、正解だぜヴィシュヌ。

 ナンプラーと紹興酒を使ったからこそこれだけの味が出来たって言えるからな……ナンプラーと紹興酒は醤油と味噌と同レベルで常備しておくべき調味料なんじゃないかと思ってんだ俺は。」

 

「料理は奥が深い……まる底なし沼みたいだ。一度拘ると妥協が出来なくなってしまうのは演技に通じるモノがあると感じるね。

 そしてこの唐揚げ、深い味わいが素晴らしいのは当然として、此のザクザクとした衣は小麦粉や片栗粉ではないよね?小麦粉や片栗粉では此処までのザクザク食感は出せないはずだ。」

 

「良く気付いたなロラン?

 今回は衣に片栗粉や小麦粉じゃなくて米粉を使ってみたんだ。此のザクザク食感はクセになるだろ?」

 

「確かに此のザクザク食感はクセになるけど……アタシはザクよりドムの方が好きなのよね。」

 

「鈴、ドムドムな食感ってのは逆にどんなモノなのか教えて欲しいんだがな?ドムドムって、そんな名前のハンバーガーショップがあったみたいだけどな?」

 

「ドムも良いけど、グフも捨てがたいよね?」

 

「乱、更に難易度を上げるなよ!グフグフな食感って、其れもうマジで意味が分からねぇから!」

 

「ゲルググかサザビーがシナンジュか、いっそケンプファーか、水星の魔女で赤い機体枠を持って行ったダリルバルデか……個人的には土壇場で主役機になったキャリバーンをマスターグレードで出して欲しい。」

 

「簪ぃ、そこまで行くともう意味が分からねぇから!」

 

 

夏月の料理への拘りは相変わらず凄まじいモノがあり、新たに嫁ズになったダリル、静寐、神楽、ナギは初めて夏月特性弁当を食べた時には『女子のプライド』がゴッドハンドクラッシャーされたのは言うまでもないだろう。

こんな感じで賑やかなランチタイムを過ごした後は、夏月と秋五は再びバーテンダーとして仕事に精を出したのだが、午後も一段落したところでクラスメイトから休みを貰って、夫々の嫁ズと共に学園祭を回るのだった。

其の最中、競技科の三年のクラスの出し物である『大食い大会』の『ステーキ大食い部門』にグリフィンが参加し、二十分の制限時間内に200gのサーロインステーキを二十五枚完食すると言う脅威の記録を打ち立てて優勝していたりした。

 

 

「やっぱり揚げタコってのは、ソースは掛けずに辛子マヨネーズだけを掛けるのが王道だよな。」

 

「辛子マヨネーズも良いけど七味マヨネーズもありっしょ?ぶっちゃけ、揚げタコはソースはなしで、お好みのマヨネーズってのが一番の王道だと思うわ。」

 

「其れはある意味で真理よ鈴ちゃん。私としては、ワサビ入り味噌マヨネーズを推したいわ。」

 

 

午後の屋台周りデートも良い感じとなり、そして時は満ちて学園祭初日の最大のイベントが始まろうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭一日目の午後三時、学園の小アリーナには学園の生徒だけでなく学園祭にやって来た客が詰めかけていた。

この小アリーナでは『プロレス同好会』によるイベントがこれから行われる事になっており、そのイベントには生徒会長の楯無をはじめとして、『世界に二人だけの男性IS操縦者』の一人である夏月の嫁ズも参戦するとの告知がされていたので話題性があり、多くの客を集める事に成功していたのだ。

 

此のイベントの形としては、同好会顧問率いるヒール軍団と、ダリル率いるベビーフェイス軍団の全面抗争戦と言う形となっており、全九試合構成でマッチメイクが行われており、セミファイナルまでの八試合はシングルマッチもタッグマッチもあり、その全てが手に汗握る試合展開で、プロレスに明るくない客でも思わず気持ちが昂ったくらいだったのだ――『学生プロレス』と聞くと侮られるかもしれないが、その技術レベルは非常に高く、本当のプロレスの世界でチャンピオンになったレスラーの中には学生プロレス出身者も少なくないのだ。

 

其れは兎も角としてセミファイナルが終わった時点でベビーフェイス軍団とヒール軍団の戦績は四勝四敗のタイとなっており、此のメインイベントで完全決着と言う形となっていた。

そしてメインイベントは、会場の証明が落ちた後にリングが照らし出され、リング上のリングアナウンサーがマイクを手に取る――此のリングアナウンサーは長年日本のプロレス界でリングアナウンサーを務めた『田仲ケロ』リングアナウンサーであり、此の名物リングアナウンサーを呼んで来たと言うあたりにプロレス同好会の本気が見て取れるだろう。

 

 

『本日のメインイベント、スペシャル変則タッグマッチ、六十分一本勝負を行います!

 IS学園を漆黒に染め上げるのか?青コーナーより、『IS学園は我等が牛耳る』……『カースドマーダーズ』首領組、入場!』

 

 

先ずはヒール軍団の入場となり、会場内に『黒のカリスマ』の入場テーマである『クラッシュ』が鳴り響き、同好会顧問(以下『顧問』と表記)、同好会会長(以下『会長』と表記)、同好会副会長(以下『副会長』と表記)の三人タッグが花道から登場してリングイン。

 

 

『黒き野望は必ず食い止める!赤コーナーより、『IS学園の秩序はオレ達が守る』……『ISマスターズ』リーダー組、入場!』

 

 

続いて今度はダリル率いるベビーフェイス軍団の入場となり、会場内に『稀代の天才』の最終入場テーマとなった『HOLD OUT2021』が鳴り響き、楯無、グリフィン、ダリル、ヴィシュヌの四人タッグが花道に現れ、入場の途中で楯無が手にした日本刀を抜いて片膝を付いて日本刀を構えてポーズを取ると、グリフィン、ヴィシュヌ、ダリルはその後ろで『ギニュー特戦隊』的なポーズを決めて観客を盛り上げる。

そしてそれだけでは終わらず、リングインの際にも楯無はコーナーポストに立った上で入場時のコートを投げようとしながらより歓声の大きなところに投げる仕草をし、ヴィシュヌはトップロープを掴んでのローリングインを行い、グリフィンとダリルは楯無と同様にコーナーポストに上ってアピールして観客を盛り上げていた。

 

其処から田仲アナウンサーの各選手の紹介コールが行われた後にメインイベントのゴングが打ち鳴らされてメインイベントが始まった。

ベビーフェイス軍団の先発は楯無で、ヒール軍団の先発は副会長だ。

先ずはオーソドックスな手四つからのロックアップでの力比べとなり、其れはほぼ互角だったのだが、楯無は首投げで副会長を投げると、背後からスリーパーホールドを仕掛けて体力を奪おうとする。

しかし、副会長も其れを簡単には許さずに、スリーパーが決まる直前に左腕を差し込んでスリーパーが完全に極まるのを阻止して逆に楯無を首投げで投げ返し、投げられた楯無は転がって間合いを取ると其のままダッシュで副会長に飛び掛かるが、副会長が寝転がると楯無はその上を飛び越えてロープに向かい、ロープの反動を使って再度ダッシュすると今度は副会長がカウンターのアメフトタックル……を楯無は馬飛びの要領で躱して華麗に着地し、タックルを躱された副会長も巧くロープを使って停止し、ロープに腰掛けるようにして楯無を手招きし、此の華麗な攻防に先ずは会場から拍手が送られた。

其処から再びロックアップ……と見せかけて副会長が仕掛けた逆水平チョップを楯無は避けずに受けて、更に二発三発と逆水平チョップを喰らったところで四発目にカンター気味のエルボースマッシュを叩き込み、今度は楯無が『反則も5カウント以内ならOK』のルールを最大限に活かしたナックルパートを叩き込む。

パンチはプロレスでは反則だが、パンチ一発は5カウントもかからず、次のパンチまでは5カウント以上の間があるので特に攻撃モーションの大きい『弓を引くナックルパート』は反則カウントすら執り難い攻撃なのだ。

其のナックルパートで副会長を自軍のコーナーまで追い込んだ楯無はダリルにタッチし、リングインしたダリルはコーナーに押し付けられていた副会長を逆側のコーナーに振って、其処に串刺し式のラリアットを叩き込もうとしたのだが、ダリルのラリアットが炸裂する直前に副会長が身を躱した事でダリルはコーナーポストに激突して自爆!

此の隙に副会長は自軍のコーナーに逃げて会長にタッチし、リングインした会長は自爆したダリルに背後から襲い掛かるとフルネルソンに極めた後に投げっぱなしのドラゴンスープレックスで投げてダウンしたところにエルボードロップを落とし、更にドラゴンスリーパーで絞め落としに掛かるが、此処はグリフィンがカットに入って其れを阻止する。

此れで仕切り直しとなったのだが、自爆、フルネルソン、投げっぱなしドラゴンスープレックスと連続ダメージを受けたダリルは少し辛そうで、会長は此処で流れを引き寄せようとダリルをロープに振ると、自分もロープに飛んで反動を付けてラリアットを繰り出した――のだが、ダリルは其れをダッキングで躱すとロープにぶつかって跳ね返って来た会長にドロップキックをお見舞いしてダウンを奪うとグリフィンとタッチし、交代したグリフィンは会長を立たせると袈裟切りチョップの連打からフロントネックロックに極めて自軍のコーナーまで連れて来ると、ヴィシュヌがグリフィンの身体に触れる形で交代し、会長をグリフィンから預かると二・三発張った後にリング中央で卍固めを極める。

卍固めは手足が長いほどより複雑に手足が絡まるために威力が高くなるのだが、ヴィシュヌは身体の半分以上が足であり、腕も同年代の女子と比べると少し長く、更には高い柔軟性もあって卍固めの威力をより高めてくれていた。

此れがシングルマッチならば決まっていただろうが、変則タッグマッチでは仲間がカットしに来るものであり、此処は副会長がカットに入ってヴィシュヌにドロップキックを喰らわせた。

カットされたヴィシュヌは転がって自軍のコーナーに行って楯無と交代すると、会長もここでやっと顧問と交代し、此処で遂にこの変則タッグマッチの醍醐味である『女子レスラーvs男性レスラー』の戦いが実現した。

体格とパワーでは顧問の方が楯無よりも圧倒的に上なので、真正面からぶつかったら楯無が不利なのだが、楯無は低空ドロップキックで顧問の膝を攻撃すると、続けてドラゴンスクリューを極めて投げ飛ばし、追撃のスライディングキックで顧問を場外に落とすと身体をロープに振ってダッシュし、側転してからバック中でトップロープを飛び越えて全身を浴びせる『スペースフライングタイガードロップ』を喰らわせる。

全身を強烈に浴びせる空中殺法は極まれば必殺なのだが、顧問は降って来た楯無の身体を受け止めると、そのまま場外のマットにボディスラムで叩き付けて来た――顧問の体重は115kgと楯無の倍以上もあるので簡単に受け止められてしまったのだ。

そしてそのまま両軍入り乱れた場外乱闘になったのだが、此処でヒール軍団『カースドマーダーズ』の悪党マネージャーが仲間を引き連れて乱入し、グリフィン、ヴィシュヌ、ダリルを分断した上で楯無を集中攻撃すると後ろ手に手錠をかけて自由を奪ってしまった。

此れに会場からはブーイングが巻き起こるが、ヒールはブーイングを受けてナンボなので此れはヒールとしては最高の仕事をしたと言えるだろう。

楯無に手錠をかけたヒール軍団はグリフィン、ヴィシュヌ、ダリルを攻撃するが、三人ともタダではやられず、多勢に無勢の中でも奮闘し、その姿に拍手が送られたのだが、リング上では手錠を掛けられた楯無が悪役マネージャーによってパイプ椅子に座らされ、其処に会長が蹴りを叩き込み、顧問が黒いバットを手にして其れを楯無の脳天に喰らわそうと振りかぶったところで――

 

 

 

――フッ……

 

 

 

突如として会場の証明が全て消えた。

此れには観客も何事かとざわついたのだが、次の瞬間に落雷のような音がしたかと思ったら三味線の音が鳴り響き、不気味な笑い声が聞こえて来たかと思うと、三味線とエレキギターが鳴り響き、そして軽快な和楽器とロックが融合した独特なメロディが流れ、それと同時に花道をスポットライトが照らし、スポットライトが照らした場所には、忍者装束を模した何者かの存在があった。

片膝を付いて怪しげな忍者ポーズを取っていた人物は其のままゆっくりとリングに向かって行き、其の中で会場の照明も復活。

其のまま忍者装束の人物はリングインすると頭巾を脱ぎ捨ててその正体を現す。

頭巾の下から現れたのは顔全体を緑に塗って、顔の中央に赤で一本線を引き、頬に鏡文字で『忍』と『炎』とペインティングした夏月だった――其のペインティングは『稀代の天才』のもう一つの顔である『グレート・ムタ』のモノであり、此れは『グレート・ムタ』ならぬ『グレート・カゲ』と言ったところだろう。

頭巾を脱ぎ捨てたグレート・カゲは、上半身の衣装も脱ぎ捨てて鍛え上げられた究極の細マッチョの身体を披露すると、顧問の横を抜けて楯無の前に立ち、そして楯無を守るかのように顧問と会長に向き合い無言で人差し指を向ける。

突如現れたグレート・カゲに驚いた顧問と会長だったが、敵対するのであれば容赦はないので、先ずは会長が前蹴りを繰り出したのだが、グレート・カゲは其の蹴り足を取るとカウンターのドラゴンスクリューで投げ、転がって起き上がるとバットで殴りかかって来た顧問に真っ赤な毒霧を噴射し、更に悪役マネージャーにも毒霧を喰らわせて行動不能にする。

更にグレート・カゲはドロップキックで会長を場外に叩き落すと、毒霧を喰らって悶絶している顧問をコーナーに振り、其れをステップで追うと側転からの全身を浴びせる形でエルボーを叩き込み、此処でヒール軍団と副会長を場外乱闘でKOしたグリフィン達がリングに戻って来て、ローリングエルボーを喰らった顧問にグリフィンが串刺しラリアットを叩き込み、続いてヴィシュヌが両手で『ロックオンポーズ』をした後に串刺しのシャイニングウィザードを決めてから顧問を逆サイドのコーナーに振り、其処にダリルがコーナー最上段からのミサイルキックをブチかまして顧問をダウンさせると、顧問を肩車して其処にグリフィンがトップロープからラリアットをブチかますツープラトン『ダブルインパクト』を決める。

だが猛攻はここで終わらず、グリフィンが顧問をコーナーに上げるとグレート・カゲがコーナーに上がり……至近距離から今度はグリーンの毒霧を噴射してから雪崩式フランケンシュタイナーをブチかまし、此処で手錠を外した楯無がコーナー最上段に上がると、難易度SSSの空中殺法である『月面水爆』こと『ムーンサルトプレス』を決めて見せた。

其れも稀代の天才が生み出したオリジナルの『低く速い回転』とは異なる、『高くダイナミックな回転』と言うエンターテイメント性を重視したモノだったので会場のボルテージは一気に120%となり、ムーンサルトプレスを決めた楯無はそのまま片エビ固めで顧問をフォールする形となり、其処にグリフィン、ヴィシュヌ、ダリルも折り重なってフォール体制に。

そして其のままフォールカウントが入り、見事スリーカウントが入ってベビーフェイス軍団が対抗戦を制した形となったのだった。

 

其れを認められられないヒール軍団は、仲間を総動員して試合後に乱闘を起こしたのだが、その乱闘にはベビーフェイス軍団の仲間も加勢し、何よりもグレート・カゲが毒霧でヒール軍団を蹴散らしたのでヒール軍団は完全敗北となったのだった。

勝利した楯無達はリング上でグレート・カゲと共にポーズを決め、此の写真は学園祭後の校内新聞の号外のトップを飾るのであった――序に言うと、試合後のサイン会も大盛況で、プロレス同好会は当初考えていた以上の利益を得るに至り、此の日限定の『グレート・カゲ』のサイン色紙は後に凄まじいプレミアがついてトンデモナイ値段になるのだった。

 

 

「ペイントってのは、落とすのが面倒なんだよな……」

 

「お疲れ様夏月君。メイク落とし使う?」

 

「貸してくれ楯無さん。」

 

 

試合後、夏月はペイントを落とすのに苦労していたが、其処は楯無からメイク落としを借りて直ぐにペイントを落とす事が出来ていた。

そしてプロレス同好会のイベントが大盛況で終わったその後は、夏月は嫁ズと共に学園祭を見て回り、初日のフィナーレである花火大会では、夏月が手持ちの噴出花火を両手に持ってヌンチャクアクションを披露して大喝采を浴びた後に、真耶から『盛り上げるのは良いですけど危ない事はダメですよ!』と軽い説教を受けていたが、取り敢えず初日は大盛り上がりで終わったのだった。

 

そして続く二日目も一年一組の出し物をメインに多いに学園祭は盛り上がり、プロレス同好会が二日目の目玉イベントとして企画していた(一日目終了後に夏月と秋五に言い渡されたので二人は大層驚いたが)、『夏月vs秋五』のスペシャルシングルマッチも盛り上がり、グレート・カゲとして登場した夏月が技のプロレスで秋五と互角以上に遣り合った末に、最後は至近距離からの毒霧を喰らわせて悶絶させたところにシャイニング・ウィザードを一閃してダウンさせたところにムーンサルトプレスを決めてスリーカウントを奪って勝利を収め、此れがまた大いに盛り上がっていたのだった。

 

そんな感じで学園祭二日目も滞りなく終わり、運命の学園祭三日目――最終日が始まるのだった。

 

 

「いよいよオレの出番か……ガッカリさせてくれるなよ夏月の弟君よぉ……!」

 

「やっとこの時が来たか……夏月、秋五……本当のお姉ちゃんが迎えに来たぞ……私が、お前達の本当のお姉ちゃん……だわらばぁ!!」

 

「マドカ、お前少し落ち着け。取り敢えず鼻血拭け。」

 

「む……スマンなナツキ……少々興奮し過ぎてしまったようだ。」

 

「まぁ、その気持ちは分からなくもないけれどな。」

 

 

そしてその学園祭の最終日には、亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』の三強と言われいる『オータム』、『マドカ』、『ナツキ』も参加しており、IS学園の学園祭はこの最終日からが、寧ろ本番であると言えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、束はラボでテンションがブチ上がっていた。

と言うのも、現在の夏月達の専用機の最新のデータを遠隔操作でモニターしていたのだが、最新の機体データは束が予想してよりも大幅に操縦者とのシンクロ率や機体成長率等が上昇していたのだ。

 

 

「良いね、良いねぇ?束さんの予想をも上回る成長を見せてくれるとは、こう言うのを『私にとっては嬉しい誤算だった』って言うのかもしれないね!

 カッ君の嫁ちゃん達の機体は『騎龍化』の因子が良い感じで活性化してるから、あと一歩あれば騎龍として覚醒するし、シュー君の白式と箒ちゃんの紅椿も良い感じでスコアが上がってるし、セッちゃん達の機体もスコアが上がってるから、その本当の力に覚醒するのはそう遠くないね此れは。

 そして、其の力が全て覚醒した其の時がお前の終焉の時だよ……ゴミ屑と白騎士の融合人格――特に白騎士、道を踏み外してしまった君には、君のママとして一発カチ喰らわしてやらないとだからねーー!」

 

 

束は騎龍として覚醒していない夏月の嫁ズの機体の騎龍として覚醒、そして秋五の白式と箒の紅椿、更に秋五の嫁ズの機体が覚醒する時が近いと確信しながら、千冬(偽)に終わりの時が近付いていると言う事も確信し、そして千冬(偽)の一部となっている白騎士にもキッチリ一発喰らわせてやる心算でいるようだった。

DQNヒルデに、終焉のカウントダウンを告げた束は、モニター越しにIS学園の学園祭最終日の様子を確認すると、変装してからラボを後にしIS学園へと向かうのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter62『学園祭最終日は色々とぶっ飛んでいるぜ!』

学園祭最終日はバトルか……上等だぜ!By夏月     アハ、少し本気出そうかしらね?By楯無    そしてここがターニングポイントだねByロラン


学園祭最終日もIS学園には多くの客が訪れており、其の中でも一年一組の出し物である『ガールズバー風カフェ』はぶっちぎりの人気で、最終日も午前中から長蛇の列が出来ていた。

ホステス役の女子生徒は勿論として、バーテンダー役の夏月と秋五も休む間もなくノンアルコールのカクテルを作っていた。

 

 

「ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク……出来たぁ!!」

 

「アイスピックだけで球状の氷を作るって言うのは最早神業なんじゃないかと思うね。」

 

 

一年一組の出し物が大人気だったのはホステス役の女子生徒のレベルが高かったのは勿論だが、バーテンダーを務めている夏月のパフォーマンスが本職のバーテンダーに負けず劣らずの見事さだったのも大きいだろう。

アイスピック一本で氷の塊から球状の氷を作り上げ、シェイカーアクションでは両手にシェイカーを持ってカンフー映画伝説的スターである『ブルー・スリー(誤字に非ず)』もビックリのヌンチャクアクションさながらのパフォーマンスを披露してくれたのだから話題にならない方がオカシイと言えるだろう。

 

 

「と言う訳で新作のカクテル作ってみたから試飲してみてくれ秋五。」

 

「炭酸系なのは分かるんだけど、なんだろう色からして物凄く危険物な気がしてならないんだけど……取り敢えずカクテルの材料を利かせてくれると有難いんだけどな夏月?」

 

「なに、大したモノは使ってねぇって。

 モンスターエナジースーパーコーラをベースにして、其処にレモンとジンジャーエール、それからマムシドリンクと高麗人参とガラナのエキスを混ぜた一口飲んだらパワー完全回復の『クレイジーモンスターエナジー』ってところだ。」

 

「いや、それ色々混ぜすぎだよ!パワー完全回復どころか、飲んだら脳の血管切れるんじゃないの其れ!?」

 

「因みに精力剤としての側面も持ち合わせてるから、夜のISバトルでは野郎は無限マグナム状態になる事も可能だぜ……と言う訳で一気に飲み干してみてくれ秋五。安心しろ屍は拾ってやるから。」

 

「やっぱり死ぬんじゃないか其れ!!」

 

「ってのは全部冗談で、コーラにレモンとジンジャーエール、レモン汁を混ぜたモノにブルーキュラソーシロップ混ぜたらヤバそうな色になっちまったんだよなぁ……やっぱ食い物や飲み物に青色を使うのは難しいもんだな。」

 

「はぁ、冗談なら冗談らしいテンションで言ってくれないか?君の冗談は分かり辛い上に少し怖いよ……まぁ、其れが一夜夏月って人間なんだろうけどさ。

 其れよりも、最終日には生徒会主催のイベントがあって、会長さんは僕達にも協力して欲しいって言ってたけど具体的には何をやる心算なんだろう?」

 

「さぁ、其れは俺が聞いても詳細は教えてくれなかったから分からんが……楯無さんは『祭りは賑やかな方が良い』って考えてる人だから、普通じゃ思い付かないようなぶっ飛んだイベントをかましてくれるかもしれねぇぞ?」

 

 

夏月の冗談に秋五は驚かされたモノの、本題は学園祭最終日の本日に行われる生徒会主催のイベントについてだった。

二日目が終わった昨夜、夏月組と秋五組は楯無に生徒会室に呼び出されて、最終日の生徒会主催のイベントに協力して欲しいと頼まれ、そのイベントが『観客参加型』である事は聞かされたモノの詳細は語られていなかったのだ――普通なら断るところだが、『二人しかいない男性IS操縦者と、其の婚約者が開催側として参加していると言うのは大きな売りになるから』と頼まれては断る事も出来ないのでイベント参加を決めたのだ。あくまで秋五組はだが。

夏月組は其れより前に楯無から話を聞いていたのでイベントの詳細は知っており、そして其れがスコール率いる亡国機業実働部隊の『モノクロームアバター』が学園を襲撃する為の隠れ蓑としてのモノである事も分かっていた。

 

 

「(でもって、お前の相手は秋姉だろうな……実力的にはほぼ互角だろうが、実戦経験がある分だけ秋姉の方が有利ってところだが、お前は戦いの中でも成長するから、戦闘が長引けはその差はなくなるか。

  ……秋姉に、秋五と戦い始めて五分経ったら連絡入れてくれって伝えとくか。)」

 

 

一年一組の出し物にはオータムもやって来ていたのだが、夏月もオータムも互いに『客とバーテンダー』として接して親しい関係にある事を、夏月の嫁ズ以外には知られる事なく過ごし、オータムはレディースのスーツを纏った『バリバリ仕事が出来るOL』と言った風体だったのでホステス役の女子生徒から少しばかりの憧れの目を向けられて居た。

そして、マドカとナツキも来店していたのだが、マドカは髪を金髪に染めて逆立てると言う大胆な変装をしていたので、クラス対抗戦の後にモニター越しに現れた『国際IS委員会のシークレットエージェントのM』である事は当事者である夏月達にもバレる事はなかったが、バーテンダー姿の夏月と秋五に見惚れつつもなんとか鼻から愛が噴出するのを堪え、そして待機状態のサイレントゼフィルスに仕込んでいた小型カメラで写真を撮影しまくっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode62

『学園祭最終日は色々とぶっ飛んでいるぜ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中の客入りが一段落したところで夏月と秋五は順番で休憩を取る事になり、秋五の方が先に休憩を貰って学園祭を回っていた。

嫁ズと一緒ではなく、一人で学園祭を回ると言うのも悪いモノではなく、秋五は射的やヨーヨー釣り、金魚すくいと言った祭りの定番イベントを心行くまで満喫していた――金魚すくいでは、ポイが破れるまでに十匹モノ金魚をすくってしまったので、二匹だけ貰ってあとは水槽に戻したのだった。貰った二匹が珍しい『赤い出目金』と超珍種の『ピンクの出目金』だったのは、ある意味で当然と言えるだろう。

其れから秋五は一旦寮に戻って金魚を水を張ったバケツに移し替えてから学園祭回りを再開し、祭りの定番である『フランクフルト』を購入し、ソーセージの本場であるドイツ出身のラウラの『カリーブルスト以外でソーセージにケチャップは邪道だ。ソーセージには粗挽きマスタードが一番だ』との意見を取り入れて粗挽きマスタードのみでフランクフルトを堪能していた。

 

 

「織斑様、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん?」

 

 

そんな秋五に声を掛けて来た女性が。

その女性はオレンジ色のロングヘア―が特徴的でレディースのスーツを身に纏っていた――其の女性の正体は、言わずもがなオータムだ……作戦の前段階としてオータムは秋五に接触して来たのだ。

 

 

「えっと貴女は?さっき一組の出し物にも来ていましたよね?」

 

「其れに気付くとは思った以上に鋭いのですね?

 申し遅れました、私はIS開発関連企業『ムーンラビットインダストリー』の『巻上礼子』と言います。つきましては織斑様に弊社の新装備を使って頂きたいのですが……」

 

「ムーンラビットインダストリーって、夏月が所属してる企業だったよね?

 其処の新装備ってのはとっても試したいんだけど、僕の白式を開発したのは倉持技研だから、他者の装備を僕の独断で試す事は出来ないんだ……だから今回はごめんです。」

 

 

オータムの勧誘はあからさまだったが、秋五は其れを見事に躱して自由時間を楽しみ、少しずれて自由時間となった夏月と合流して定番の屋台を回るなどして学園祭を満喫していたのだった。

そして昼休みを挟んで午後の部になったのだが――

 

 

――ピンポンパンポーン

 

 

『此れより、生徒会主催のイベントを開催しま~す♪

 参加希望者は十三時三十分までに講堂に集まってね~~♪』

 

 

午後の部開始と同時に楯無の放送が入り、生徒会主催のイベントに興味がある生徒&一般客は講堂に集まり、講堂にはキャパシティの限界を超えた一万人以上が集まっていた。

予想を超えた参加者の数に楯無は驚いたモノの、流石に其処は暗部の長、驚きは顔に出さずに生徒会主催のイベントの詳細を述べて行く。

 

 

『良く集まってくれたわ――はじめましての人ははじめましてね?私がIS学園生徒会長の『更識楯無』よ。以後お見知りおきを♪

 さて、早速だけど生徒会主催のイベント、其れは『学園全体の鬼ごっこ』よ。

 此れからコンピューターが参加者の中からランダムに鬼を選んで、其の鬼を捕まえるのが鬼に選ばれなかった参加者の成すべき事よ――制限時間内に『鬼』を捕まえる事が出来たら賞品が出るから頑張ってね。

 勿論『鬼』に選ばれた人も、制限時間まで逃げ切る事が出来たら豪華賞品がプレゼントされるので全力で逃げてね♪』

 

 

更に楯無は詳細を述べながら『鬼』を捕まえた参加者と、最後まで逃げ切った『鬼』には賞品が出ると言う事を伝えて参加者のやる気を高めて行く。

 

 

『それじゃあ、鬼役を決めるガチャガチャ行くわよーーー!!!』

 

 

其処からガチャが行われ、『鬼』として選出されたのは夏月と秋五と楯無だった――『鬼』は三枠で、夏月と秋五が選出される事は決まって居だのが、ランダム選出の三枠目に楯無が選ばれると言うのは予想外の事だったっと言えるだろう。

 

 

『あ、あら……私?……此れは予想外だったけど、私を捕まえたのが学園の生徒だった場合には来年の生徒会長の座も追加でプレゼントね♪

 IS学園の生徒会長は生徒最強の証……私を捕まえた生徒には其れを名乗る権利があるからね?さてと……取り敢えず鬼ごっこの始まりよ!』

 

 

だが、楯無は少し怯んだモノのすぐさま気持ちを立て直すと改めて生徒会主催の『鬼ごっこ』の始まりを宣言し、IS学園は学園島全体が凄まじい熱気に包まれる事となり、同時に亡国機業がいつ襲撃してもおかしくない状態となっていたのだった。

 

先ずは鬼となった夏月と秋五と楯無が講堂から飛び出し、其れから一分後に残る参加者が講堂から出撃して、最大規模の『鬼ごっこ』が始まったのであった……そして、この鬼ごっこの開始と同時にオータム達も動き始めていた。

 

 

「更識の嬢ちゃんも良く考えたもんだなマッタク……おかげさんでオレ達は動き易くなったけどよ……んじゃ、オレは夏月の弟君の方に行くとすっか。

 『天才』って呼ばれた奴がどの程度なのか、先ずは見させて貰うぜ?――今度は実戦でな!」

 

 

夏月が予想した通り秋五の相手となるのはオータムのようだ。

先程の勧誘を見事に躱して見せた秋五にオータムは感心しながらも、だからこそ実際の戦闘ではドレだけの腕前であるのか興味が湧いたのだ――今や自分と互角以上に戦う事が出来る夏月の弟である秋五の実力を其の身で確かめたくなった訳だ。

 

こうして、生徒会主催の大イベントの裏ではIS学園を揺るがす事になる襲撃の準備が着々と進んでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学園島全体を巻き込んだ鬼ごっこで追手から逃げていた秋五は、何とか逃げ切ったモノのスタミナ切れを起こしてしまっていた――この状態で襲われたら一溜りもないだろう。

一般客が出撃した後に、夏月と秋五の嫁ズも『ガーディアン』として出撃していたのだが、単純計算で鬼一人につき三千人超の追手が居るのだから制限時間まで逃げ切れと言うのがドダイ無理な話と言えるのだ。

 

 

「はぁ、はぁ……夏月が『絶対に必要になるから』ってモンスターエナジー・カオスを渡して来たのは間違いじゃなかったね……此れは確かにモンエナでチャージしないととても持たないよ。

 最高に盛り上がるのは間違いないとして、此れはハード過ぎないかな会長さん?」

 

 

物陰に身を潜めた秋五は夏月から渡されていた『モンスターエナジー・カオス』でエネルギーをチャージすると追手が途切れた隙を突いて物陰から飛び出して次の隠れ場所を探し始めたのだが、その最中に運悪く追手に見つかってしまった。

 

 

「鬼発見!者ども、出合え、出合え~~!!」

 

「逃がさないよ織斑君!!」

 

 

そしてあっと言う間に追手が集まって来て、秋五は一気にピンチに陥ったのだが、簡単に捕まるかと言えばそうは問屋が卸さない。この場合の問屋が何を扱っているのかは突っ込んではいけないのだろうが。

 

 

「秋五を捕まえたいのならば……」

 

「私達の屍を越えて行くのね。」

 

 

そんな追手の先頭隊は箒のプラスチック刀とセシリアのエアガンの攻撃によって進路を塞がれてしまった――そして箒とセシリアだけでなく、ラウラにシャルロットにオニール、清香、癒子、さやかが秋五のガーディアンとして立ち塞がって追手を喰い止めていた。

其の隙に秋五はその場を離脱して別の場所に向かっていたのだが、その最中に運悪く別の追っ手に見つかってしまい、其処から全力での追いかけっこが始まり、秋五は持ち前の運動能力でなんとか追い付かれていなかったが、しかし逃げ切る事も出来ていなかった。

モンスターエナジー・カオスでエネルギーをチャージした事で疲労は回復したとは言え、だからと言ってが体力が回復した訳ではないので、秋五は可成りキツイ逃走劇となったのだが――

 

 

「織斑様、こっちです!此処に逃げ込んでやり過ごしてください!」

 

「え?……取り敢えず、此れは天の助けかな!」

 

 

その最中、『男子更衣室』から伸びて来た手を秋五は取り、次の瞬間には『男子更衣室』の室内に転がり込んでいた。

距離を離す事は出来なかったが、この男子更衣室前のコーナーを追手が曲がるのは秋五が曲がってから約十~十二秒後になるので、追手からしたらコーナーを曲がったところで秋五が消えたと錯覚するだろう。

 

 

「ふぅ……助かりましたよ、巻紙さん。」

 

「いえいえ、私としても織斑様とはもっと話をしたいと思っていましたので。」

 

 

秋五を助けたのは『巻紙礼子』を名乗ったオータムだった。

秋五に声を掛け、男子更衣室内に引き込んでからドアを閉めて鍵を掛けるまでの手際の良さは実に見事なモノであり、その動きには一切の無駄がない洗練されたものだった。

 

 

「僕と話をしたいって、其れってさっきの新装備を使ってくれとかそう言う事ですか?

 さっきも言いましたけど、僕の機体を開発したのは倉持技研なので、その手の話は僕じゃなくて倉持技研に連絡を入れて欲しいのですが?そもそも僕の一存で決められる事でもないですし。」

 

「えぇ、其れは分かっています。

 我が社の新装備を使って頂くのは今回は諦めるとしましょう。ですが私としても収穫なしで帰る事は出来ませんので……付きましては、手土産として織斑様の白式を頂こうかと思いまして。」

 

 

秋五は巻紙礼子がしつこく勧誘に来たのだと思って、先程と同じようにあしらおうとしたのだが、先程とは違い礼子から強烈で純粋な殺気と闘気が溢れ出したと思った次の瞬間にはISのサブアームが秋五に向かって伸びて来て、秋五は其れをギリギリで回避したのだった。

サブアームは其のまま背後にあった金属製のロッカーを凹ませていたので、もしも回避出来ていなかったら秋五は一撃で戦闘不能になっていただろう。

 

 

「ほう、良く避けたな?完全に虚を突いたと思ったんだが、コイツを避けるとは、あらかじめ可能性の一つとして考えてなきゃ無理な事だ……お前、学園祭で何か起きる事を想定してやがったのか?

 優男に見えて、意外とやるみてぇだなオイ?」

 

「会長さんから『男性操縦者を狙う輩が来るかもしれないから警戒は怠らないように』って言われていたからね……加えて、夏月が所属してる企業を名乗った時点で貴女の事は警戒していましたよ巻紙さん。

 夏月が所属している企業の名を名乗れば僕が油断すると思った、そうでしょう?」

 

「流石は『天才』と言われるだけの事はあるな?

 大体正解だぜ……だが、如何にお前が天才でも此の状況は可成り拙いだろ?散々逃げ回って体力消耗した状態でオレと戦ったらタダじゃ済まねぇって事は分かんだろ?痛い思いをしたくなかったら大人しく白式を渡しな!」

 

「本当に頭が良い人間なら白式を差し出すんだろうけど、僕は天才と言われても馬鹿だったみたいだ――白式は渡さない!

 そして貴女の事も倒して此処で捕らえる!なによりも皆が力を合わせて作り上げた学園祭を無茶苦茶にする貴女を僕は許す事が出来そうにない!!」

 

「ハッ、言うじゃねえか……学園祭を無茶苦茶にするオレを許さないってのは悪くないが、オレを倒して捕らえるか……やってみな、出来るもんならな!」

 

 

そしてそこから秋五と礼子――オータムの戦闘が始まった。

オータムの専用機『ア・スラ』はサブアームによる『六本腕』とも言える近接戦闘の強さが売りであり、その圧倒的な手数をもってして秋五を攻め立てていたのだが、秋五も楯無の地獄の訓練によって身に付けた見事なディフェンスタクティクスでクリーンヒットを許さない戦いになっていた。

更に秋五は、攻撃を防いだ刹那にカウンターを放ってもいた――其のカウンターもオータムはサブアームで防いでしまったのだが、近接ブレード一本しか武装がない白式で、手数では六倍にもなるア・スラと互角に戦えていると言うのは凄いと言えるだろう。

 

 

「中々に良い戦いをするじゃねぇか?オレの六本腕と互角に遣り合ったのは片手の指で足りるほどしか居なかったんだが……だがまだ足りねぇな?

 お前は強いがマダマダオレとやるには経験が足りてねぇ……だが、学園祭をぶち壊すオレを許さねぇって怒りがお前の力を底上げしてるか……なら、お前が本気でブチ切れたらオレも楽しめるかもだな……此処は限界突破で怒ってもらうとするか――オイお前、お前の双子の兄の『織斑一夏』が死んじまったのはなんでだか知ってるか?」

 

「姉さんが第二回モンド・グロッソの決勝戦に出場したから、だよね?

 姉さんの大会二連覇を阻止しようとする連中に誘拐されて、其れで一夏を使って決勝戦を棄権させようとしたけど、姉さんが決勝戦に出た事で一夏は殺された……其の後犯人からの声明で一夏はバラバラにされて海に捨てられて、手下も殺したって……でも、あれから三年経った今も犯人は誰なのかの目星すらついてない。」

 

「其れで正解だが、織斑一夏を殺した奴は今お前の目の前に居るぜ?ククク、さて、どんな気分だオイ?」

 

「僕の目の前に居るって……貴女が、貴女が一夏を殺したのか!?」

 

「ククク、その通りだぜガキンチョ!

 誘拐されたアイツにトドメを刺したのは他でもないオレだ!……テメェの兄貴を殺したのはこのオレ、亡国機業のオータム様よ!

 ククク……マッタクもってアイツの最期の姿は中々に見ものだったぜ?織斑千冬が第二回モンド・グロッソの決勝戦に出場したのを見て、自分は見捨てられたんだって事を知った、あいつの絶望の表情はよ!」

 

 

此処でオータムは秋五の真の本気を引き出すために悪に徹し、秋五にとってはトラウマであると同時に自分を変える切っ掛けとなった一夏の死の真相(と言う名のオータムの捏造)を告げて秋五の怒りに火を点けようとしていた。

 

 

「貴女が一夏を?

 貴女が一夏を殺したのか……なんで、どうして一夏を殺した!目的が達成されなかったからって一夏を殺す必要はなかった筈だ!其れを、どうして殺したんだアンタはぁぁぁ!!」

 

 

其れは見事に成功し、一気に怒りのボルテージがマックスになった秋五はオータムに斬りかかるが、その斬撃は先程までとは異なり、オータムがア・スラのサブアームを使った六本腕でも捌くのが困難なレベルの超高速の斬撃となっていた。

格段に攻撃の質が上がった秋五にオータムは笑みを浮かべると同時に戦闘開始から五分が経ったので夏月へとプライベートチャンネルで連絡を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

オータムが秋五との戦闘を始めたころ、学園島全体でも事態が動いてた。

突如学園島を正体不明のISが襲撃して来たのだ――其の襲撃に対しては、真耶率いる教師部隊が応戦すると同時に、専用機持ちの生徒達が主体となって一般生徒や学園祭に参加している一般客の避難誘導を行っていた。

襲撃して来た正体不明機は真耶が機体スキャンを行ったところ、無人機である事が判明したので教師部隊も遠慮なく攻撃する事が出来た事で次々と堕とされて行ったのだが、堕とされると即次が補充されるのでキリがない戦いとなっていた。

 

 

「いやぁ、あの巨乳ティーチャーが率いる教師部隊は中々に優秀だね?

 『ISを纏っていない人間は攻撃しない』って制限を付けてるとは言え、この私が作った無人機をこうもあっさり落としてくれるとは……逆に言えば、あの屑がドンだけ無能だったのかって事が証明されてる訳だけどね。」

 

「……あの無人機、矢張り貴女の仕業でしたか姉さん。」

 

「ふ~ん?……束さんの背後を取るとは、中々に成長したね箒ちゃん?」

 

 

そんな中、『東雲吏』として学園祭にやって来ていた束の背後には紅椿を展開して近接ブレードを向ける箒の姿があった。

突如無人機が学園島に現れた其の瞬間に、箒は此れが束がやった事だと看破していたのだった――『要人保護プログラム』によって家族がバラバラになるまでは箒は誰よりも近くで束の事を見ていたので、ある程度は束の思考をトレース出来るようになっていたのだろう。

 

 

「こんな事をして一体如何言う心算ですか姉さん?返答次第では、私は貴女を斬ります……何故、どうしてこんな事を!!」

 

「ん~~……道を踏み外しちゃった娘に母親として一発カチ喰らわせてやるため、かな?とは言っても、此れはその前段階だけどね……因みにあの無人機は、ISを纏ってない人間には攻撃しないように設定してあるから、一般生徒や一般客を攻撃する事はないからご安心をだね♪」

 

「道を踏み外した娘に一発カチ喰らわすって、姉さん未婚ですよね?……いや、まさかISですか!?」

 

「うん、正解だよ箒ちゃん――束さんが最初に作ったIS『白騎士』は盛大に道を踏み外してトンデモナイ事をしてくれたからね……生みの親として此れは見過ごせないでしょ?

 だから、それを引き摺り出す為にこんな事をした――とは言え、此れは前段階だから束さんは此処でお暇するけど、箒ちゃんは此れから選択を迫られると思うよ?

 そしてその選択によっては、親しい人と戦う事になるだろうね……取り敢えず、自分の心に従うのが正解だとは思うけどね――それじゃあ、さらばだ!」

 

「待って下さい姉さん!」

 

 

箒の問いに束は飄々とした態度で答えながらも、自分の目的を伝え、そして何とも気になる事を言って束は煙玉を使うと其の場から消えてしまった――其の場に残された箒は、束が最後に言った事が頭にこびりついていた。

選択によっては親しい人と戦う事になるかもしれない、其れが頭から離れなかった――煙玉の煙幕が晴れた後、箒は迷える瞳で虚空を睨み付けるのであった。

そして同時に、戦場にはマドカとナツキも参戦して来た事で一気に混戦の様相を呈して来たのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でオータムと秋五の戦いは秋五が劣勢となっていた。

怒り爆発状態で地力が底上げされてオータムと互角以上に戦っていた秋五だったが、怒り爆発の一時的なブーストでも体力の消耗を補う事は出来ず、徐々にオータムに追い詰められる形となってしまったのだ。

 

 

「此処までみてぇだな?まぁ、オレ相手に良くやったと思うぜお前は?(正直、体力消耗してなかったらオレ負けてたかもだからな。)」

 

 

内心では若干冷や汗を掻きつつも、オータムは更衣室の壁に叩き付けられた秋五に近接ブレードの切っ先を向ける――此の状況は秋五からしたら絶体絶命だろう。

白式はまだ動くがシールドエネルギーの残量は30%を切っており、此れでは一撃必殺の零落白夜を使う事も出来ないのだから。

 

 

「たのもーーー!!」

 

 

だが此処で夏月が更衣室のドアを蹴り破って現れた。

このトンデモナイ登場に普通ならば驚くところなのだが、秋五は安堵していた――絶体絶命の状況で自分よりも強い存在が現れてくれたのだ……此れならば何とかなる、そう思うのは当然と言えるだろう。

 

 

「秋姉、幾らなんでも煽りすぎ。

 秋姉は確かに織斑一夏誘拐事件の場に居たけど、秋姉は一夏の奴を助けるためにあそこに行ったんだろ?だけど間に合わなくて一夏は殺された後だった……其れが真相だろ?」

 

「アハハ、流石にやり過ぎちまったか?

 でもこれ位は大目に見てくれよ?お前が『天才』って言った奴と本気で戦いたくなっちまうのは分かるだろ?……特にオレみたいな人間はよ。」

 

「まぁ、其れは分からなくないけどな。」

 

 

だが、現れた夏月はオータムと親しげに話し始めており、其れが秋五には異質に映った。

夏月は『ムーンラビットインダストリー』の企業代表であるが、其れが『亡国機業』の一員であるオータムとあたかも顔見知りであるかのように接しているのが分からなかった。

 

 

「夏月……君はその人と知り合いなのか?」

 

「ん?あぁ、そう言えば言ってなかったけかな?

 俺はムーンラビットインダストリーの企業代表で、更識の一員であると同時に亡国機業の一員でもあるんだ……だから、此の場では俺はお前の敵と言う事になる訳か。」

 

「君が、亡国機業の一員だって!?」

 

「その通りだ……さて、此の絶体絶命の最悪の状況で正義の味方は如何動くんだ秋五?」

 

 

その答えは秋五にとっては衝撃的なモノであったが、驚く秋五を傍目に夏月は羅雪を部分展開すると日本刀型の近接ブレード『心月』を抜いて其の切っ先を秋五の喉元に突きつけ、そしてある意味で『究極の選択』と言える選択を秋五に迫るのだった。

同時に学園島の各地では夏月の嫁ズが無人機、そしてマドカとナツキ側に付いた事で学園側との対決姿勢を明らかにした事で学園側有利の状況が崩れてしまい、其の戦闘の最中で秋五の嫁ズと向き合う状態となり、学園祭の最終日のIS学園は楽しい祭りの会場から一転して戦場になったのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode63『学園祭最終日の戦闘と其の後の彼是Et cetera』

僕達!By夏月     私達は!By楯無    本日をもってIS学園から離反します♪Byロラン    ……何の宣誓ですか此れ?Byヴィシュヌ


学園祭最終日は、突如として祭りから戦場へと変わり、箒を初めとした『秋五の嫁ズ』も無人機に対処していたのだが、其処にマドカが駆る『サイレント・ゼフィルス』と全身装甲の専用機を駆るナツキが参戦した事で様相は一変した。

 

最初はマドカとナツキの参戦により、今回の襲撃もまたクラス対抗戦の時と同様に『国際IS委員会』による抜き打ちのセキュリティチェックかとその場に居た全員が考えたのだが……

 

 

「今回はセキュリティチェックではなく本物の襲撃だ……本気で戦わねばISを纏っていても無事では済まんぞ!

 ホラホラ、ボサッとしていると学園が火の海になってしまうぞ!!」

 

「く……BT兵装の技術だけでなく、操縦技術は全て其方の方が上ね……!」

 

 

マドカはその可能性を真っ向から否定すると攻撃を再開する。

マドカのIS操縦者としての腕前は国家代表レベルを凌ぐものであり、BT兵装の操縦技術もセシリアよりも遥かに上で、更に其処に全身装甲のナツキと無人機まで加わったら学園の専用機持ちだけでは持ち堪えるのは難しいだろう。

だが、其処に真耶率いる精鋭揃いの『教師部隊』が戦線に加われば其の限りではなく、特に真耶の『単騎で戦えるスナイパー』とも言える特異な戦い方はマドカも舌を巻くほどであり、このまま行けば襲撃を鎮圧するのは難しくない――いや、難しくない筈だったのだ。

 

 

「ロラン……其れに鈴達まで……一体何の心算だお前達!!」

 

 

楯無と簪とグリフィンを除く夏月の嫁ズが、『ゴールデンドーン』を纏ったスコールと共に攻撃をして来るまでは。

夏月の嫁ズの中では最強の楯無が居ないとは言え、夏月の嫁ズの実力は非常に高く、特にロラン、鈴、乱の専用機は『騎龍』であり、ヴィシュヌの専用機も『騎龍』に覚醒しているので秋五の嫁ズや他の学園専用機持ち、教師部隊とは機体の性能面で大きく優位に立っており、更には『競技用のリミッター』も解除されているので全ての攻撃が一撃必殺レベルとなっていたのだ。

そしてスコールとダリルは炎を扱う事が出来るので、『パイロットを直接燃やす事で絶対防御を強制発動させる』攻撃を行って次々と教師部隊を戦闘不能にしていった――其れでも意識を刈り取っても怪我は軽傷で済ませていたのだが。

 

 

「貴様等、此度の襲撃者の仲間だったのか!それともこの場で裏切る気か!」

 

「裏切ると言うのは少し違うかなラウラ?

 私達は、此の場に居ない楯無を含めて全員が夏月と共に歩む事を決めているだけの事さ――そう、夏月が一時的ではあるけれどIS学園と敵対する選択をしたからこそ私達も彼と共に其の道を行くと言うだけの事。

 君達だって織斑君と同じ道を歩む事を決めているのだろう?嗚呼、愛があればこそ其の選択が出来る訳だね。」

 

 

IS学園でもトップクラスの実力者である夏月の嫁ズが襲撃者側に付いたと言うのはIS学園からしたらなんとも有り難くない事だろう――そして、其れ以上に事態が複雑なのはコメット姉妹だ。

 

 

「ファニール、如何して……!」

 

「如何してって、ロランが言った通りよオニール。

 アタシは夏月と一緒に行く。だから、アンタがそっち側に留まるってんならアタシはアンタと戦う事になるわね……まぁ、多分だけど今回だけじゃなく、最低でももう一回はアタシ達は戦う事になると思うけどね。」

 

 

ファニールはオニールに近接戦闘ブレード『デブリクラッシャー』の切っ先を向けてそう告げ、そして夏月組と秋五組は戦闘状態となり、ロランvs箒、鈴vsセシリア、乱vsシャルロット、ヴィシュヌvsラウラ、ファニールvsオニール、静寐vs清香、神楽vs癒子、ナギvsさやかとの組み合わせになり、スコールとダリルとフォルテは残る教師部隊と専用機持ちの相手をするのだった。

 

そして同じ頃、更識姉妹とグリフィンは一般生徒と来客を誘導して地下のシェルターに避難させていた――此度の襲撃はあくまでも千冬(偽)を引き摺り出す為の前段階なので、関係ない人達には被害が出ないように考えられていたのである。

そして避難誘導が終わると、更識姉妹とグリフィンも専用機を展開して戦場に向かって行った――同時に其れは学園側にとって戦局が更に苦しくなる事を意味するモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode63

『学園祭最終日の戦闘と其の後の彼是Et cetera』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で校舎内の男子更衣室内では、夏月が秋五に『騎龍・羅雪』の近接戦闘ブレード『心月』の切っ先を突き付けて選択を迫っていた――夏月が参戦するまでの事を考えれば、其の選択は『このまま戦うか、其れとも大人しく白式を渡すか』との選択となるだろう。

少なくともオータムは『白式を寄越せ』と言って秋五を襲撃したのだから。

 

 

「なんてな。

 この状況で戦うか否かの選択を迫るのはフェアじゃねぇ……お前の機体はシールドエネルギーの残量が30%を切ってる状態だが秋姉の方はシールドエネルギーの残量が60%以上ある上にまだまだ元気一杯の俺が参戦したんじゃお前に勝ち目はないからな。」

 

「夏月、君もさっきまでの『学園全体鬼ごっこ』で追われる側だったはずなのに、なんでそんなに元気なのさ?まさかとは思うけど、疲れ知らずの無敵ファイターとか言わないよね?」

 

「なんでって、そんなのモンエナの最強フレーバートップ3のカオスとスーパーコーラとドクターを連続で飲んだからに決まっとろうが。

 でもって其れに加えて、寮に戻っておじやと梅干と炭酸抜いたコーラって言う『即エネルギーに変わるメニュー』を摂取して来たからバリバリ元気ってな訳だぜ……今の俺の攻撃力は神をも超えるぜ!ってのはまぁ良いとしてだ。」

 

 

だが、此処で夏月は心月を納刀して見せた。

其れは秋五からしたら謎な行動と言えるだろう――夏月は武力をもってしての選択を放棄したと言えるのだから。

 

 

「質問を変えるぜ秋五。

 お前は此のまま学園に残るか、それとも俺と一緒に来るか、どっちを選択する?どっちを選択してもお前は何かを得る代わりに何かを失う事になる訳なんだけどな。」

 

 

しかしここで夏月は新たな選択を秋五に迫って来た。

学園に留まるか、其れとも夏月と共に行くか――此れは確かに武力にモノを言わせた選択肢ではなく、更に夏月も剣を収めているので秋五の気持ち次第となる選択と言えるだろう。

学園に残る選択をすれば学園での日々を得られる代わりに夏月という親友兼ライバルを失い、夏月と共に行く選択をすれば親友兼ライバルを得る代わりに学園での日々を失う事になる。

だからこそ秋五は迷う――此の選択が、自分だけでなく嫁ズにも影響があるからだ。

 

 

「その前に聞きたい事がある……なんで学園祭でこんな事をしたんだい?

 学園祭にはIS学園の生徒だけでなく、外部からの一般人も参加している……其の一般の人達の安全は考えなかったのか!」

 

「学園祭だからこそだ。

 不特定多数の人間が学園を訪れるから、秋姉をはじめとした亡国機業の人間も簡単に入り込む事が出来たからな……其れと専用機を持ってない一般生徒と外部の一般参加者は楯無さんと簪とグリ先輩が地下のシェルターに誘導してるから問題はないぜ?

 亡国機業は一般人への被害を最小限にするように努力していますってな。」

 

 

取り敢えず一般生徒と一般参加者は更識姉妹とグリフィンが地下のシェルターに避難誘導した事で無事であり、夏月は秋五に其れを伝える。

其れを聞いた秋五は一先ず安堵したモノの、しかしだからと言って夏月と一緒に行くか、それとも学園に残るかの選択が出来るかと言えば其れは否であり秋五はその答えを出す事は出来なかった。

 

 

「まぁ、此の場で決めろってのは難しいかもだな――だからお前にヒントを二つやるよ秋五。

 一つ目のヒントは『白騎士事件』。より正確に言うなら『白騎士の正体』だな。そいつを調べてみろ。追加ヒントで、義母さんは白騎士事件の被害者な。

 そして二つ目のヒントは『織斑計画』、或いは『プロジェクト・モザイカ』だ。こっちに関しては碌に情報は残っていないかもしれないが、其れでもネットで調べれば何かしらの情報を得る事が出来るだろうし、束さんを頼ればより詳細な情報を得る事が出来るだろうさ。

 束さんを頼ればお前達『織斑』の真実が分かるかもしれないぜ?」

 

 

答えを出せずに居る秋五に其れだけ言うと、夏月は『騎龍・羅雪』を展開して、オータムと共に其の場を離脱して嫁ズに連絡を入れると、嫁ズも同じく其の場を離脱するのだった――離脱前に更識姉妹は戦闘に参戦後に真耶以外の教師部隊をあっと言う間に全滅させると言うトンデモナイ事をしてくれたのだが。

 

更に離脱後は上空で束が用意した光学迷彩ステルス機能を持った空中移動要塞に乗り込み、要塞は光学迷彩ステルスを起動するとマッハ4と言うトンデモナイ速度で学園島上空から移動し、文字通り『その場から消えてしまった』のであった。

因みに、夏月の嫁ズと秋五の嫁ズの戦いは夏月の嫁ズの方が終始優勢であった――ロラン、鈴、乱、ヴィシュヌは機体性能もぶち抜けているが、其れ以上に夏月組は全員が楯無から『殺しの技』を習っていた事が大きいだろう。

秋五組で『殺しの技』を身に付けているのは現役軍人であるラウラだけであり、剣術を修めている箒でも『殺人剣』は身に付けていなかったので、『スポーツ』と『実戦』の差が出てしまったと言う訳だ。

無論実際に『経験』があるのは楯無と夏月だけだが、『知っている』のと『知らない』、『会得している』のと『会得していない』のでは大きな差が存在するのである。

一応、紅椿の『絢爛武闘』でシールドエネルギーの回復は出来たとは言え、シールドエネルギーは回復出来てもパイロットの体力とダメージの回復は出来ないのでジリ貧になってしまい、最後の最後で参戦して来た楯無が『沈む大地』で秋五組を行動不能にしたところに、リミッター解除の『クリアパッション』を叩き込んで一気にシールドエネルギーをゼロにして見せたのであった。

ともあれ学園祭最終日に起きた襲撃から始まった戦闘は、事実上IS学園側の敗北と言う形で幕を閉じたのである。

 

 

「白騎士の正体と織斑計画……夏月の義母さんは白騎士事件の被害者……一体如何言う事なんだ?……特に僕と姉さんの姓である『織斑』の名を関した計画と言うのは……?

 此れは、本腰入れて調べてみる必要がありそうだね。」

 

 

そして一人更衣室に残された秋五は、夏月に言われた事が頭から離れず、『白騎士の正体』、『織斑計画』または『プロジェクト・モザイカ』について本気で調べようと決意を固めていた。

同時に嫁ズが全員戦闘不能になった事を白式に入った通信によって知り、自分達は強制的にIS学園に残留する事を決められたのだと知ると同時に、夏月達と自分達の間にある決定的な力の差を思い知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

襲撃後、一般生徒と来客の安全を確認した後、学園祭にやって来ていた来客には学園長の十蔵が謝罪をした上で、後日改めて謝罪の場を設ける事として帰宅してもらい、其れ等の事が全て終わった後にIS学園では緊急の会議が執り行われ、其処で真耶が学園長の十蔵に今回の襲撃による被害を報告していた。

 

 

「IS学園側の被害としては校舎とアリーナの一部損壊、教師部隊の隊員数名が軽傷を負った程度で一般生徒及び外部から学園祭に参加していた人々の中に怪我人はなく人的被害は実質的にはゼロですが、一夜夏月、更識楯無、更識簪、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ、凰鈴音、凰乱音、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー、グリフィン・レッドラム、ファニール・コメット、ダリル・ケイシー、鷹月静寐、四十院神楽、鏡ナギ、フォルテ・サファイアの計十四名が襲撃者――亡国機業と共に学園から離脱し、現在行方不明となっています。」

 

 

IS学園の人的被害は実質的にはゼロだが、IS学園屈指の実力者である夏月組がIS学園から離反し『行方不明』となってしまったのはIS学園としては大きな痛手と言えるだろう――IS学園の最強クラスの戦力がIS学園と敵対する相手となってしまったのだから。

『最強の存在は味方であるうちは頼もしいが、敵となった時は最大の脅威となる』とは誰が言った事だったか分からないが、IS学園は正にその状況になってしまった訳である。

 

 

「十四名もの生徒――其れも専用機持ちが亡国機業を名乗る襲撃者と共に学園から離脱した上に行方不明とは……此れは由々しき事態なので、早急に捜索を開始し発見し次第彼等の確保を。暫くは其方の任務に務めてください山田先生。」

 

「了解です。」

 

 

十蔵は即捜索開始を命令したが、其れを了解した真耶も、その会議に出席していた秋五組も夏月達を捜索するのは難しいだろうと考えていた――と言うのも、夏月組のバックには亡国機業が存在しており、その更に裏には束の存在が見え隠れしているからだ。

亡国機業だけならばギリギリ何とかなるかもしれないが、束がバックに居るとなれば話は別だ……束が敵側に居ると言う事はつまり、『ラスボスよりも強い最強の敵』を相手にするのと同じであり、束が本気を出せば誰も夏月達の行方を掴む事など出来る筈がないのだから。

 

 

「それにしてもまさか更識君が襲撃者側に付くとは……この事を、君は知っていたのですか布仏君?」

 

「知っていたら報告しています。

 確かに私はお嬢様の従者ではありますが、だからと言ってお嬢様の傀儡ではありません……お嬢様が学園に損害を与えるであろう事を事前に知っていたのであれば私は其れを報告しますよ。

 私はお嬢様の従者であると同時に友人です……その友人が間違った事をしようとしているのであれば其れを止めるのまた友の役目と思っています。」

 

「……そうですか、そうですね……失礼な事を聞きましたね。気分を害したのであれば謝罪します。」

 

「いえ、此の状況では私が疑われるのは当然であると思いますので。」

 

 

続いて今度は虚に十蔵の矛先が向いた。

虚が楯無の従者である事は十蔵も知っているので、だからこそ虚に疑いを向けるのは当然の事であるのだが、虚は十蔵から言われた事を真っ向から否定して見せた。

無論此れは真っ赤な嘘なのだが、虚も『更識の人間』故に、幼い頃から『暗部』として様々な訓練を受けて来たので、自分よりも遥かに年上で人生経験が豊富な十蔵が相手であっても欺く事くらいは造作もない事であり、十蔵が欺かれてしまえば其の場の他の誰も虚の言った事を『嘘』だとは見抜けず会議は終わり、結局は『夏月達を捜索し発見次第確保する』と言う事が確定した。

しかし同時に腑に落ちない部分がある事も会議に参加した誰もが感じていた――其れは、一般生徒や来客の避難誘導を行ったのが亡国機業と共に学園を去った更識姉妹とグリフィンだった事だ。

此の三人は避難誘導が済んだ後に戦闘に参加して教員部隊や秋五の嫁ズと戦っている事を考えると態々避難誘導を行っていた意図が不明であり、同時に『襲撃は本当の目的ではなかったのではないか?』と別の目的があった可能性を考えざるを得なくなり、『次』の事を考えて学園の警備強化が早急に行われる事になり、更に今回の一軒に関しては一般生徒に緘口令が敷かれる事になり、マスコミにも報道規制を掛ける事になったのだった――世界に二人しか存在しないIS男性操縦者のうち一人が、自身の婚約者と共にIS学園と敵対する事になったなど、とても外部に漏らす事は出来ないのだから。

 

 

「白騎士の正体と織斑計画?そして一夜の義母が白騎士事件の被害者だと?」

 

「うん、夏月は確かにそう言った――そして、白騎士の正体と織斑計画について調べてみろともね……僕は、夏月達が今日まで僕達を騙していたとはとても思えない。

 夏月達がIS学園から離脱したのには相応の理由があったからだと思うんだ……だから、其れを知る為にも僕に力を貸して欲しい。

 僕一人では調べるにしても限界があるから。」

 

「貴方の頼みを断る筈が無いでしょう秋五?

 私達が少しでも力になれるのなら、喜んで協力するわ。」

 

「セシリア……ありがとう。」

 

 

一方で会議終了後に夏月は嫁ズに頼んで『白騎士の正体』と『織斑計画』について調べる事に協力して貰い、即座にインターネットで該当ワードを検索すると、『白騎士の正体』に関しては直ぐに大量の情報が見つかった。

その多くはインターネット上の巨大掲示板に上げられたモノであり、白騎士の正体に関しても『無人機説』、『篠ノ之束が開発した最新鋭機説』、『宇宙人の気まぐれ説』、『古代の超文明が目覚めた説』など様々だったが、中でも取り分け真実味が高かったのが『白騎士は織斑千冬説』だった。

其れが真実味が高かった理由としては他の説が根拠の薄い荒唐無稽な説であったのに対して、『白騎士=千冬説』は、後年の『モンド・グロッソ』に於ける千冬の戦い方と白騎士の戦い方が酷似している事、白騎士も現役時代の千冬の専用機である暮桜も近接戦闘タイプである事、己の力を誇示するかのような戦い方が似ている等々、千冬(偽)が白騎士である事を裏付ける情報が多かったのだ。

 

 

「白騎士の正体は姉さん?……そしてスコールさんは白騎士事件の被害者って言う事は、目的は姉さんへの復讐なのか?

 ……いや、まだそうと決まった訳じゃない……白騎士の正体が姉さんだったとして、其れと織斑計画って言うのが如何関わってくるのかは未だ分からないからね……『織斑』の秘密、其れって一体何なんだ?」

 

「お前の姓と同じ『織斑』の名を関した謎の計画……調べられるだけ調べてみて、其れで何も収穫が無かったら姉さんを頼るしかあるまい――学園と敵対する立場になった姉さんが協力してくれるかは些か微妙なところではあるがな。」

 

「箒が頼めば大丈夫じゃないかしら?

 束博士は敵味方問わず箒の事は溺愛しているでしょうから貴女が頼めば間違いなく情報を提供してくれる筈よ……束博士を思いのままに出来る貴女の存在こそが世界最強かもしれないわね箒?」

 

「其れは喜んでいいのか少々悩むぞセシリア。」

 

 

白騎士の正体に関しては確定的な情報が得られた一方で、織斑計画またはプロジェクト・モザイカに関してはネットでも『そんな計画があったっぽい』程度の情報しかなかったので、最後の手段として束を頼る事になったのだった。

束はIS学園と敵対状態になってしまったので、果たして情報が得られるのかと言う疑問はあったのだが、セシリアの言うように箒が直々に聞けば何かしらの情報を得る事は出来るだろう――『世紀の天才にして天災』と言われている束だが、その本質は誰よりも箒の事が大好きな『世界最強のシスコン』なので箒の頼みを断ると言う選択肢はそもそも存在していないのである。

しかし其れでもIS学園と敵対する側に回った束と直ぐに連絡を取る事は箒でも出来ず、秋五達は暫し『我慢の時』を過ごす事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、学園島から文字通りマッハで離脱した束の空中移動要塞は太平洋上にある無人島に着陸していた。

無論此の無人島は只の無人島ではなく、束が見つけた無人島を開発して魔改造を施した島となっており、島には最高級のホテルや旅館が白目を剥くレベルの宿泊施設が出来上がっており、その施設には束が世界各国のホテルのスタッフやシェフ及び調理スタッフを徹底的に観察して開発したAIが搭載されたロボットスタッフが配置されていたので、冗談抜きに三ツ星ホテルを余裕でぶっちぎる宿泊施設となっていたのだった。

 

そして其の宿泊施設にて夏月組は改めてマドカとナツキと顔合わせをする事になった――移動要塞のスピードが速過ぎたため、ドッグルームから更衣室に移動して着替えている間に此の無人島に到着してしまったので互いに自己紹介する時間が無かったのだ。

 

 

「初めましてって訳でもないが、そっちは俺等の事知ってるんだよな?

 でもって俺も眼鏡の人以外は知ってるんだよなぁ……だけどまぁ、改めてコンニチワだなマドカ?……それとも、マドカ姉って呼んだ方が良いか?」

 

「ど、どちらでもお前の呼び易い方で良いぞ……と言うか、お前に名前を呼んで貰えただけで我が人生に一片の悔いなし!!」

 

「待て待て待て!人生にピリオドを打つのはまだ早いぞマドカ!」

 

 

その顔合わせの場で夏月に名前を呼ばれたマドカは、ブラコントリガー(?)が発動して盛大に鼻から愛を噴出した後に、『世紀末拳王』の様な事を言っただけでなく拳を天に向けて突き上げており、ナツキが必死にマドカの意識を繋ぎ止める事になった。

まさかのハプニングはあったモノの、マドカがやらかしてくれた事で緊張とは無縁な空気が流れ、其処からは改めて互いに自己紹介をして、夏月達は眼鏡の人物が『蓮杖ナツキ』と言う名前である事を此処で初めて知ったのだった。

そして夏月の嫁ズは自己紹介をした後に、マドカに異口同音に『宜しくお願いしますねお義姉さん』と言った事でマドカはまたしても意識を失い掛けたのであった……夏月の嫁ズに『義姉』と呼ばれるのもマドカは望んでいたのだった。ブラコンでシスコンとは、中々にマドカは『姉弟・姉妹愛』を拗らせていると言えるだろう。

 

 

「そんで、俺達はIS学園から離脱しちまった訳だが此れから如何するんだ義母さん?」

 

「今回の一軒でIS学園側の人的被害はゼロに出来たけど、結構派手に学園施設を壊しちゃったから其れが復興するまでは亡国機業と更識の仕事をメインに活動する事になるわね。

 そして、IS学園の復興が済んだら改めてIS学園に攻撃を仕掛けるわ――但し、今度は今回みたいな奇襲じゃなくて、襲撃する事をIS学園に伝えた上で『此方の要求を飲めば襲撃はしない』と伝えるけれどね。」

 

「その要求は『織斑千冬の身柄を寄越せ』だろ?」

 

「えぇ、その通りよ♪」

 

 

顔合わせと自己紹介が終わったところで、夏月はスコールに此れからの予定を聞くと、IS学園の復興が済むまでは亡国機業と更識の仕事をメインに活動するとの事だった――更識の仕事に関しては頭首である楯無がIS学園から離反したとて無くなる訳ではなく、そもそもにして更識は此れまでの長い歴史の中で歴代の『楯無』が真の目的を達成するために本家を離れる事は少なくなかったので、其れを考えれば今回の事もまた『楯無の歴史の一つ』でしかないのである。

 

 

『だが、奴が大人しく身柄を渡される筈がない……己の身が此方に引き渡されると知ったら奴は間違いなく身柄の引き渡し先である此方に対して攻撃を行うだろう。

 其れこそ、IS学園の地下に封印されている『暮桜』をも持ち出してな――と言うか、第二回モンド・グロッソを最後に三年間も使われていなかった『暮桜』は今更起動する事が出来るのかが些か疑問ではあるがな。』

 

「ん~~……普通のISなら三年間もメンテナンスしないで放置してたらスクラップになっちゃうんだけど、暮桜は如何やらコアがあの人格と共鳴してたみたいで三年間で自己進化してるっぽいね?

 尤も、自己進化したところで性能は第三世代止まりだから、束さんが開発並びに改造を施したカッ君とカッ君の嫁ちゃんの敵じゃねーし、初っ端から本気を出せばオーちゃんも余裕で勝てるんでないかな?

 グレちゃった娘には、束さんが直々に一発かましてやる心算でいるから、誰がアイツと戦う事になっても然るべきタイミングで機体に『強制停止コード』をぶち込んでやるけどさ♪」

 

 

更に其処で羅雪のコア人格が半実体化して現れたのだが、此れには亡国機業の面々は驚く事になった――羅雪のコア人格は『本物の織斑千冬の人格』であり、容姿も千冬だったのだから。

其れに関しては夏月と羅雪が説明をした事でスコール達も納得したが、マドカは『お前の事は何と呼べばいい?』と聞き、羅雪は『お前の好きなように呼べば良かろう?』と答えた事で、マドカは羅雪の事を『羅雪姉さん』と呼ぶようになったのだった。

 

 

「強制停止されて動けなくなったところをフルボッコ……時を止めて動けなくなった相手に『オラオラ』のラッシュをかます空条承太郎の如く――9ゲージでのスタープラチナ・ザ・ワールド後にスタンドモードの『スターブレイカー』を二発かました後での、本体モードでの『プッツンオラ』と本体の波状攻撃は一撃必殺のコンボだから。」

 

「フルボッコも良いが、一撃で仕留めると言うのもロマンではないかなカンザシ?動けなくなったところを『轟龍』のような巨大武器で叩き切ると言うのも良いモノだと思うけどね。」

 

「普通ならそれもあり。

 だけど、アイツには一撃で終わらせるよりも何度も何度も攻撃した後に終わらせた方が良い……簡単には殺さずに苦しみを可能な限り持続させた上で殺すのが更識流拷問術の真髄だから。」

 

「うっわぁ……拷問ソムリエの伊集院先生のルーツってもしかしたら更識なのかもしれないわね……」

 

 

千冬(偽)の処分に関しては簪が可成り物騒な提案をして来たのだが、どうなるかはその時の状況次第と言う事になるのだろう――仮にどんな状況であろうとも千冬(偽)に待っているのは地獄一択なのは間違いないだろうが。

 

 

「そんで義母さん、俺達はこれから何処に向かうんだ?」

 

「先ずは中国、続いてロシア、その次で北朝鮮ね。

 此の三国はIS登場以降、ISを使った分野で業績を伸ばしているけれど、ISの軍事転用を禁止した『アラスカ条約』を無視した機体開発を他の国よりも積極的に行っているから少しお仕置きしてあげないとだわ。

 特にロシアは未だにウクライナへの軍事侵攻を続けているから、其れを止めさせる意味でも特別厳しくやっておく必要があるわね。」

 

「先ずは其処からか……ったく、マジでその三国はロクデナシが作った国って言っても過言じゃないぜ――まぁ、だからこそ俺達も迷わずに本気を出す事が出来るんだけどよ。」

 

「ロスケ、チョンコロ、チャンチャン坊主に情け容赦必要ねーでしょマジで?

 あんな嘘八百で塗り固められた国は寧ろ滅んだ方が世の為人の為だと思ってるから、容赦なくやっちゃって良いよカッ君♪むしろぶっ殺しちまえってな感じだよあんな国はね!」

 

「了解しました~~……と言いたいんだけど、お前の祖国が攻撃対象になってるんだが、大丈夫か鈴?」

 

「あ~~……其れは気にしないで良いわ夏月。

 確かに中国はアタシの祖国だけど、短くない時間を日本で過ごしてるから、中国に帰国した際に中国がドンだけトンデモナイ国なのかって事を知っちゃったのよね……ぶっちゃけて言うなら、今の中国と言うか東アジアは嘗ての『大東亜共栄圏』の名のもとに日本が統治すべきだったんだって心底思ったわ。

 日本が管理してくれてたら、中国も朝鮮もこんな国にはならなかった筈だから。」

 

 

移動要塞は此れから中国、ロシア、北朝鮮に出向いて亡国機業が『粛清』を行う予定であり、夏月組も当然其れには参加する事となったのだが、中国出身である鈴も中国を攻撃する事には躊躇いはなかったようだ――其れは逆に言うと、中国の若者は中国に見切りを付けている者が少なくないと言う事にもなる訳なのだが。

ともあれ、亡霊の牙は『覇権主義』を貫こうとしている『共産国家』に向けられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

移動要塞が中国に向かっていた頃、秋五達には待ちに待った束からの返事が来て、返事のメールには『織斑計画』の詳細を記したPFDファイルが添付されていたのだが、そのファイルを開いた秋五組は驚愕する事になった。

 

 

「僕と一夏、そして姉さんは人工的に作られた存在……其れも『最強の人間を生み出す』と言う目的の元に……アハハ……僕達は普通の人間じゃなかったのか――僕達は、化け物だったのか……!」

 

「織斑計画……ドイツのアドヴァンスド計画は其れを元にしていたのか……!」

 

 

秋五は己のルーツを知って茫然自失となってしまい完全に其の表情が『無』となり、意識までもが飛びかけた。

そんな秋五を見た箒達が必死になって意識を繋ぎ止めた事で秋五は『精神的ショック』を受けた事による廃人にならずに済んだのだが、『織斑』の真実を知った秋五が受けた衝撃は想像を絶するモノであったのは間違いなく、己と千冬の存在に対する疑問と疑念が頭の中で渦巻いていたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode64『Trennende Wege und individuelle Entscheidungen』

裏の仕事……外道に手加減は必要ねぇな!By夏月     外道は滅殺一択ね♪By楯無    それじゃあ、裏のお仕事を熟そうかByロラン


夏月から齎されたヒントの一つである『織斑計画』の詳細を、束からの情報で知った秋五は己の出生の真実にショックを受けて茫然自失となってしまい、傍目には『自我が崩壊した』と取れる位の状態となっていたのだった。

 

勿論秋五の嫁ズも此の状態の秋五を何とかしようと慰めたりもしたのだが、その効果はあまりなかった――そんな中でラウラは『私の出生は秋五の出生が元になっているとなると、私と秋五は兄妹だったのか!?』と、ある意味で正解であり、ある意味では大間違いの見当違いな事を言っていたが。

 

 

「……秋五のショックは僕達が思っている以上に大きいみたいだけど、だからこそ此の状況で秋五を立ち直らせる事が出来たら、僕の株は大きく上がると言うモノだよね?」

 

「此の状況でもお前は真っ黒だなシャルロットよ?

 だが、此の状況で秋五を立ち直らせる事が出来るのは恐らくは私だけだろう……このメンツの中では、私が一番秋五と過ごした時間が長いからな。」

 

「そうね……この場は貴女に任せるわ箒。」

 

「あぁ、任されたよセシリア。」

 

 

シャルロットが此処で普通に聞いたらドン引きレベルな事を言ってくれたが、箒が其れを諫めると、自分が秋五の所に行くと宣言し、セシリアも箒に全てを託し、他の嫁ズも其れに倣った――小学一年生の時から秋五の事を知っている箒以外に秋五の事を立ち直らせる事は出来ないと、そう判断したのだ。

 

 

「たのもー!入るぞ秋五!!」

 

「……箒?」

 

 

秋五の嫁ズを代表して箒が部屋に入ると、室内では電気も点けずに秋五がベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた――『織斑計画』の事を知ってから、秋五はこんな状態になってしまい、同室の箒も今日までは夏月組の離脱によって空きが出来た部屋で寝泊まりしていた位なのである。

 

 

「秋五……お前の出生に関しては私達も驚いたが、お前は此のままで居る心算なのか?己の出生にショックを受けて、其のままで居る心算か!」

 

「僕だって此のままで居たくはない……だけど、僕は普通の人間じゃなかった……僕も姉さんも『最強の人間』を作り出す計画の中で誕生した存在……良く言えば『超人』、悪く言えば『化け物』だ……普通の人間じゃない僕が、此れから如何生きて行けばいいのか……其れが分からない――箒達も僕の事をどう思ってるか分からなくなってしまったよ……」

 

「ふむ……成程な……お前の気持ちは分からなくとは言えん……お前が受けた衝撃は私達の比ではないだろうからな……だが、何時までそうしている心算だ!!歯を食いしばれ秋五!!」

 

 

そんな秋五に……なんと箒は手加減一切なしの鉄拳を叩き込んだ!

箒のパンチ力は秋五の嫁ズの中では最強であり、その拳を真面に喰らった秋五は壁まで吹っ飛ばされ、更に箒に胸倉を掴まれて強制的に立たされる事になった。

 

 

「人工的に作られたから普通の人間ではないだと?バカな事を言うなよ秋五!その理論で言えばラウラも普通の人間ではないと言う事になる……まぁ、確かにラウラは少し天然なところもあるが、其れでも私達と変わらない人間だ。

 そして其れはお前も同じだろう秋五!其れに、私達がお前の事をどう思っているか分からなくなってしまっただと?……見くびるな!お前の出生は驚くべきモノだったが、たかがその程度の事で私達のお前に対する思いが変わるとでも思っているのか!!私達のお前への思いはそんなに安くも軽くもない!

 それに何より、こんな事でショックを受けるのは兎も角として塞ぎ込んで腑抜けになって、そんな状態であの世の一夏に顔向けが出来るのかお前は!地獄で鬼を相手に喧嘩をしているであろう一夏に笑われてしまうぞ其の体たらくでは!」

 

 

秋五を強制的に立たせた箒は一気に捲し立てて自分の、自分達の思いを秋五にぶつける――そして、其れは秋五の瞳に光を取り戻す事にもなった。

箒の鉄拳によって物理的な衝撃を受けた秋五は半ば強制的に意識を覚醒させられ、其処に箒が嘘偽りのない思いをストレートにぶつけて来た事で、『織斑計画』の内容を知った時以上の衝撃を受け、精神的にも急激に浮上する事になったのだ。

 

 

「箒……そう……だね……こんな状態じゃあの世の一夏に笑われちゃうよね……生まれが如何あっても僕が僕である事に変わりはない。そんな簡単な事を忘れてしまうなんて、僕もマダマダだね。

 若しかしたら夏月は、僕が僕の真実を知って、其れを乗り越えられるかを試したのかな……乗り越えたのなら其れで良いけど、乗り越える事が出来なかったら戦う価値もない、其の選別をするためのモノだったのかもしれないな『白騎士の正体』と『織斑計画』は。

 ……ありがとう箒、君の、君達のおかげで僕はなんとか乗り越える事が出来たよ……だから、今度夏月達と対峙する事になったその時は迷わないで僕が正しいと思う判断を出来そうだ――愛の籠った拳は、身体よりも心に響くんだって言う事も知ったよ。」

 

「私を含め八人分の愛を拳に込めたからな……其れは兎も角として、その目が出来るようになったのであればもう大丈夫だな秋五?」

 

「あぁ、心配かけてごめん。僕はもう大丈夫だ。」

 

 

結果として秋五は立ち直り、其の後箒が他の嫁ズを部屋に招き入れて、部屋に入って来た嫁ズは口々に秋五に『心配した』と伝え、体育会系の清香は所謂『気合注入の闘魂ビンタ』を炸裂させ、秋五は改めて嫁の愛を物理的に受ける事になったのだった。

ともあれ秋五は立ち直り、嫁ズとの絆もより深くなったので、『織斑計画』の真相を知った事による秋五の一時の塞ぎ込みは、『雨降って地固まる』と言う結果に繋がったと言えるだろう。

だが、其れと同時に秋五は地下に幽閉状態にある千冬(偽)と何とか面会を取り付けて『織斑計画』について聞く必要があると考えていた――自分は知らなかった、もとい『忘れさせられていた事』であったが、千冬(偽)が其れを全く知らないとは思えなかったからだ。

しかし、現在の千冬(偽)は如何なる理由があっても生徒は面会する事が出来ない状態となっているので、秋五が千冬(偽)に『織斑計画』に付いて聞く機会は無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode64

『Trennende Wege und individuelle Entscheidungen』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園を離脱し、束が魔改造を施した無人島にやって来た夏月達は、IS学園が復興して通常運転を再開するまでは亡国機業と更識の仕事……所謂『裏社会』の仕事を熟す事になったのだが、夏月の嫁ズは全員が『殺しの技』を会得している一方で、実際に『殺しの経験』があるのは楯無と夏月とダリルだけであり、他のメンバーは其の経験は無かった。簪は拷問の手伝いをした事はあっても直接的に手を下す事はなかったので未経験扱いだ。もとより簪はバックス担当なので『殺しの経験』其の物は不要ではある――其れは其れとしても寧ろ、高校生の身分で『殺しの経験』がある方が普通ではないのだが。

 

だがしかし、此れから裏社会の仕事を行う上で『殺しの経験が無い』と言うのは時と場合によっては致命的な弱点となるので、先ずは其の経験をする事から始まった――とは言え、イキナリ『生の殺し』を経験させるのはハードルが高すぎるので、束が開発した『VRシミュレーター』を使っての経験からだ。

VRであれば所詮は仮想現実なのだが、其処は世紀の大天才である束が開発したシミュレーターなので、VR体験であっても『人を斬った感触』、『相手の断末魔の叫び』、『血の匂いと味』をこの上なくリアルに体験できるモノとなっており、初めてこのシミュレーターを使った後、ロラン達は多大なる精神的ダメージを負う事になったのだった。

 

可成りキツイ仮想現実の体験ではあったが、楯無から『人を殺したその日に焼き肉やステーキを食べられるようにならないと裏の仕事は出来ないわよ』とのトンデモナイ事を言われ、同時に夏月と楯無は仮想現実での訓練なしにぶっつけ本番の『殺し』をやった事を知って、ロラン達は奮起してVRでの訓練を行い、四日後には全員がVRシミュレーターでの訓練後も精神的ダメージから寝込む事が無くなったのであった。

 

そんな訳で訓練を終えた嫁ズと共に夏月が本日やって来たのはロシアにあるとある施設。

首都モスクワからそれほど離れていない場所にあるこの施設は、表向きには『食料生産プラント』となっており、缶詰やその他非常食の生産を行っているのだが、其の裏では核ミサイルやIS用の軍事兵器を開発している『違法軍事施設』だったのだ――そしてそれだけならば未だしも、『ISに搭載可能な核兵器』と言う世界を滅ぼしかねない極悪兵器の開発まで行っていたのだから亡国機業としても更識としても見過ごす事が出来ない存在なのである。

 

 

「入り口の警備は二人……ザンギエフみたいなのが居たら厄介だったけど、あれくらいの兵士だったら俺と楯無さんなら楽勝かな?」

 

「君とタテナシならば突破は可能だろうが、此処はもっとスマートに行こうじゃないか。」

 

 

入り口にはロシア軍の兵士と思われる男性二人が警備にあたっていたのだが、真っ向から突入しようとする夏月に対してロランが『待った』を掛けると、サイレンサー付きの遠距離狙撃ライフルを持ち出し、其れを見た静寐も同じ物を持ち出して照準を警備兵に合わせ……そしてライフルの引鉄を引いて見事なヘッドショットで警備兵を沈黙させる。

其れと同時に夏月達は入り口まで移動し、簪が遠隔操作で施設のシステムにハッキングをして入り口の扉を開けて、一行は中に雪崩れ込む。

 

 

「な、なんだお前達は!?」

 

「此れから死ぬ奴に名乗る必要はないだろ。」

 

 

無論施設内部には多数のロシア軍の兵士が存在しており、施設に侵入して来た夏月達に対して攻撃をして来たのだが、プロの軍人が相手だろうとも夏月組は恐れる事なく向かって行き、夏月は一足飛びと同時に抜刀するとあっという間に五人の兵士を『斬首刑』に処し、楯無も両手に装備した『扇子型の暗器』を使って兵士を永眠させる。

ロラン達も『仮想現実での殺しの体験』が功を奏して、襲い来るロシア軍兵士に対して恐れる事なく返り討ちにしていた――グリフィンがコンクリートの地面にツームストーンパイルドライバーをブチかまして、ロシア兵を文字通り『脳天粉砕』したのには少しばかり驚かされたのだが。

 

そうして幾多の障害を排除して辿り着いた最奥部。

此の先には此の施設の責任者が居るのは確定だ――簪が責任者が最奥部に逃げ込んだ事を既に掴んでおり、その情報は夏月達に知らされていたと言う事を考えると、責任者は完全に『チェックメイト』となった訳だ。

 

 

「ハッハー!どうも、キック力を極限まで高めた『マスター・モンク』で~~す。本物DEATH!」

 

「どうもこんにちは、お初にお目にかかるね外道さん?今宵は満月、人を殺すには良い夜だとは思わないかい?」

 

「お祈りは済んだ?トイレは?拷問室でガタガタ震える準備は出来てるかしらね?」

 

 

其の最奥部扉は夏月が黒のカリスマも称賛するレベルの『喧嘩キック』で蹴り破り、同時に室内に夏月組が雪崩れ込んで施設責任者の護衛を務めるロシア兵との戦闘となったのだが、四日と言う短時間で人を殺せるようになったロラン達にはプロのロシア兵も敵ではなく、あっと言う間に全員が戦闘不能&あの世行きとなっただけでなく、ヴィシュヌとグリフィンが対処した相手は打撃かサブミッションかの違いはあれど、全身の骨がバラバラになると言う恐るべき結果となっていたのだった――そして護衛が全滅すれば施設の責任者を確保する事は容易であり、責任者の背後に回った夏月が完璧と言うべきチョークスリーパーを極めて責任者の意識を刈り取って、其の責任者は無人島の地下にある拷問部屋へと連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

拷問部屋に連行された責任者は腰に布を一枚巻いた状態で太い杭に荒縄で括りつけられており、夏月から喰らったチョークスリーパーの影響で未だ意識を飛ばした状態にあった――だが、だからと言って楯無が手加減をするかと言えば其れは否だ。

 

 

「ロラン、この外道の目を覚ましてあげなさい。」

 

「了解だ。外道の目覚ましには熱湯よりも煮えた油の方が効果が高い。」

 

 

此処で楯無の命を受けたロランが、煮え滾った油を柄杓でターゲットにぶっかけて強制的に意識を覚醒させる――熱湯よりも煮え滾った油の方が肌に張り付いて重度の火傷を負う事になるので、煮え滾った油を浴びるのは熱湯を浴びる以上の苦痛となるのである。

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!此処は、此処は何処だ!?何故私はこんなところに居るんだ!?」

 

「此処は地獄の一丁目ってな……アンタが此処に居るのはある意味で当然だろ?

 えぇ、ISに核兵器を搭載しようとしてた『死の技術者達の総元締め』さんよぉ?ISを軍事転用してるだけでもぶっ殺しモンだってのに、ISに核兵器を搭載しようとするとか、世界滅ぼす気なのかロシアは?形骸化してるとは言えISの軍事転用を禁じた『アラスカ条約』の中でも特に重要な『ISへの核兵器搭載』を禁じる部分だけはどの国も守ってるってのに、其れを破るとは……あり得ねぇだろ普通に?」

 

 

其れを浴びたターゲットは苦痛で目を覚まし、自分の状況を理解すると喚き立てて来たが、其処は夏月が強烈な殺気をぶつけて強制的に黙らせた。

強制的に黙らせながらも相手が気絶しないように殺気の強さをコントロールした訳だが、殺気のコントロールが出来ると言うのは並大抵の修練で出来る事ではなく、夏月組で殺気のコントロールが出来るのは夏月と楯無だけなので、此の二人がドレだけのレベルであるのかが分かると言うモノだ――ダリルは殺気の大雑把なコントロールは出来るが、『相手を黙らせながらも気絶させない』と言った細かいコントロールは未だ出来ていなかった。

 

 

「さてと、最低限のルールすら犯そうとしたロシアなのだけれど、此れは大統領の命令だったのかしら?其れとも貴方達の独断?どっちだったのか教えてくれるかしらね?」

 

 

更に其処に楯無が追撃とばかりに『絶対零度の笑み』を浮かべた表情でターゲットに問うと、ターゲットは恐怖で失禁しながらも『今回の事はロシア大統領の指示ではなく自分達の独断である』と白状した。

祖国であるロシア、ひいては大統領を庇うための方便である可能性もなくはなかったが、人は極限状態に置かれると嘘を吐く事が出来なくなるモノであるので、此れは嘘ではないのだろう――だからと言ってターゲットへの処置が変わる事は無いのだが。

 

 

「そう……つまり貴方達は自分達の技術を試したいが為にISへの核兵器搭載を行おうとしたのね……うん、本物の技術者ならば『犯してはならない領域』と言うモノを弁えて、其処には踏み込まないモノだけど、貴方や貴方の部下達はそうじゃなかった訳ね?

 夏月君!」

 

「アイサー!」

 

 

楯無に呼ばれた夏月が手にしたリモコンのスイッチを入れると、ターゲットが括りつけれている杭が伸び始めた。

其れに合わせてターゲットの身体も引っ張られるのだが、人の身体は筋肉と軟骨によって骨が繋げられているので、引っ張られてもそう簡単には骨同士が離れる事はないだが、其れだけに限界を超えて引っ張られると言うのは凄まじい苦痛となるのだ。

そして限界を超えて引っ張り続ければ、やがて筋肉は伸縮限界を迎えて切れ、軟骨も骨から剥がれる事になり、そうなってしまえばあっと言う間に身体は伸びる杭に合わせて伸ばされるだけなのだ。

だが、ただ身体を伸ばされただけでは致命傷にはならない――切れた筋肉と外れた軟骨を元に戻す手術は必要になるだろうが、医療機関で適切な処置を施せば、完全回復は難しくとも未だ助かるだろう。

だが、外道相手にそんな慈悲は有り得ないのが『更識流』であり『亡国機業』なのだ。

 

 

「精々苦しんで死ぬのね。ISに核兵器を搭載するなんて事をしようとした貴方には、徹底的に苦しんだ末の死こそが相応しいわ。」

 

 

胸筋と腹筋と腹筋が切れ、背骨の軟骨接合も無理やり剥がされたターゲットの身体は伸び切っていたのだが、楯無が『徹底的に苦しんで死ね』と言った次の瞬間に伸び切ったターゲットの身体を楯無と簪以外の嫁ズが羽根箒で撫で始める――痛みはないが、此れは逆に辛いモノであった。

『痛み』ならば気を張る事で耐える事が出来るのだが、人間が如何足掻いても耐えられない感覚が『くすぐったさ』と『痒さ』であり、抵抗出来ない状態で全身を羽根箒で撫でられたターゲットは耐えきる事は出来ずに笑う事になる訳で、しかし『笑う』と言う行為は『息を強制的に吐かされるのに息を吸う事が出来ない』状態でもあるので相当な苦しみを感じる事になるのだ。『笑い過ぎて窒息死した』と言う事例も存在するほどであり、拷問でのくすぐりは『死の笑い』に他ならないだろう。

 

 

「あらあらそんなに笑って、楽しそうじゃない?それじゃあ、もっと楽しい事をしましょうか?鈴ちゃん、乱ちゃん、やっちゃいなさい。」

 

「お任せあれよ楯姐さん!」

 

「此処からが本当の地獄の始まりよ!」

 

 

ターゲットが『死の笑い』を上げている中で、今度は鈴と乱が秘孔を刺激して『痛覚が数倍になる状態』にすると、ロランがアッパー掌打を叩き込み、ヴィシュヌがハイキックで側頭部を打ち抜き、グリフィンがブラジリアン柔術式の当て身を喰らわせ、ファニールが脳天チョップ、ダリルが串刺しシャイニング・ウィザード、静寐と神楽がサンドウィッチラリアット、ナギがストーンコールドスタナーを叩き込み、痛覚が数倍になったターゲットは意識を飛ばしかけるモノの、意識が飛ばないように威力は抑えられており、そして此の程度では終わらないのが更識流拷問術の真に恐ろしいところだ。

 

 

「外道が……貴様には地獄すら生温い。己の愚行を悔いたまま死ぬが良い!

 ホォォォォアァ!!ア~ッタッタッタッタッタッタッタ、ア~ッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ!ア~ッタッタッタッタッタッタッタ、ア~ッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ!ア~ッタッタ!ア~ッタッタ!オワッタァア!!北斗百裂拳!!!

 ……お前はもう、死んでいる。」

 

「ひ~で~ぶ~~!!」

 

 

トドメは夏月が目にも留まらない超高速のパンチのラッシュと百烈脚を超えた千烈脚をも上回る『萬烈脚』とも言える連続蹴りを喰らわせた後に強烈なアッパーカットで顎を打ち抜き、其の攻撃を喰らったターゲットは断末魔の叫びを上げた後に、アッパーが炸裂すると同時に最大級の力で身体を引っ張られた事で上半身と下半身が永遠に『さようなら』をする事になり、同時にターゲットの命は此処で尽きたのだった。

 

 

「外道は精々閻魔に金払って沙汰を軽くして貰うんだな――現世で得た金をあの世に持っていけるかどうかは分からないが、『地獄の沙汰も金次第』って言葉があるように、金さえあれば厳しい裁きを回避出来るかもだからな。」

 

「お金で沙汰を変えちゃうってのはあの世の裁判官としては如何なモノかと思うけれどね♪」

 

 

同時に此れにて今回の仕事は終了となったのだが、此の日を皮切りに世界各国の『IS関連の違法組織』や『武器の密売組織』、『麻薬の密売組織』と言った裏社会の組織は次々と壊滅して行ったのだった――更識と亡国機業が本格的に手を組んだ今の状況では、表の法の効力が及ばない裏社会であっても『裏社会のルール』すら無視した連中には然るべき裁きが下されるようになっていたのだ。

 

そして、何回目かの違法組織を叩き潰したあと、夏月組は『焼肉宝〇』のアメリカの支店にて『任務達成』の打ち上げを行っていた。

シミュレーターでトレーニングを行っていたとは言え、短期間で裏の仕事に慣れてしまったと言うのは恐るべき順応性であるのだが、此れもまた全員が『夏月と交わっている事』が影響しているだろう。

スコール達が『違法な人体実験とISの開発を行っている施設』を襲撃して制圧した際に入手した『織斑計画』に関するデータには夏月と秋五には『他者の成長を促進する因子』が埋め込まれている事が記されており、其の因子は共にトレーニングを行ったり、共に戦ったりする事で其の力を発揮して他者の成長を促進させるのだが、其の因子が最も活性化するのが実は『性的な交わり』であり、全員が夏月との夜を経験しているのであらゆる方面での成長が促進し、『人を殺す事』に対する耐性も普通よりも早く獲得する事になったのである。

 

 

「いっただきまーす!!」

 

「おい夏月、『宝〇カルビ』はハサミで切って食べるモノだと思っていたんだが、その認識が間違っていたのか?一口で行ったぞアイツは?と言うか、あれって一口で食べられるモノだったのか?」

 

「マドカ、其れは突っ込んだら負けだ。

 グリ先輩はやろうと思えばワンポンドステーキですら一口で平らげる事が出来るから、宝〇カルビなんぞは余裕で一口で行けるっての……『もっと味わえよ』って言う人もいるかも知れないけど、グリ先輩はアレで味わってるから何も言えねぇ。

 寧ろ、あの喰いっぷりには謎の可能性すら感じるからな。」

 

「まぁ、確かにコイツの喰いっぷりはいっそ清々しいがな……成程、食い放題コースを選択したのはコイツの為か。」

 

 

其の打ち上げではグリフィンが毎度お馴染みとなっている見事な喰いっぷりを披露してマドカを驚かせていた。

食い放題でも最上級のコースである『国産牛プレミアムコース』であってもグリフィンが居れば十分に元が取れるモノであり、期間限定メニューである『柔らかみすじステーキ』と『厚切りイチボステーキ』もグリフィンは一口で食べ切って見せ、他の客から拍手喝采を浴びていたのだった。

 

 

「それにしても、こうして裏の仕事に携わるようになった事で初めて知ったけど、世の中には許しがたい『悪』って言うモノが私が考えていた以上に蔓延っているモノなんだね……表の法で裁かれなかった外道を滅するためにも外法をもってして外道を裁く裏の組織は絶対に必要なんだって言う事を身をもって知ったよ。」

 

「だからこそ『更識』も『亡国機業』も今まで存在する事が出来ていたのよ静寐ちゃん。

 表の法で裁く事が出来ない外道が存在する限り、外法をもってして悪を裁く裏の組織もまた存在し続けるモノなのよ――そんな裏の組織なんてモノは存在出来なくなる方が世界にとっては良い事なのだけれどね。」

 

 

『裏の仕事』に係わる事になった事で、更識姉妹とダリル以外の夏月の嫁ズは『世界の闇』を知る事になったのだが、同時に其れを絶対に許して野放しにしてはならないとの思いも抱いていた。

其の闇を野放しにしていたら其れはやがて世界を侵食し、最悪の場合は三度目の『世界大戦』を引き起こす引き金を引きかねない――三年前の『織斑一夏誘拐事件』も、日本政府の対応によっては日本とドイツの間で戦争が起きてもオカシクなかったのだから、少しでも戦争の火種になりかねないモノは徹底的に排除して然りなのである。

 

 

「追加注文は、『厚切りイチボステーキ』を六人前、ソースは無しでね♪」

 

「うわぉ、グリ姐さんグレイトォ……」

 

 

其れは其れとして、此の打ち上げではグリフィンが『健啖家』の真髄を発揮して店側が損しないようになっている『食べ放題コース』で『元を取る』と言う偉業を成し遂げたのであった――一人で3㎏以上の肉をペロリと平らげてまだまだ余裕があるグリフィンは、脳の食欲中枢と胃の消化能力と腸の吸収能力がバグっていると言っても罰は当たらないだろう。

此れだけ食べた後で、テイクアウトで『カルビ弁当』を『ご飯とお肉倍盛り』でオーダーしたのだから本気で凄まじいモノだと言う以外にはないのだが、グリフィンの大食いも、夏月組のモチベーションの維持にも繋がっていたので特に誰も何も言う事はなかった――グリフィンがご飯を美味しく食べる事が出来ている内は問題ないと言うのが、夏月組のスタンスだったりするのだ。

 

そして、この日以降も夏月組は裏の仕事で多大なる成果を上げ、亡国機業からスコール率いる『モノクロームアバター』とは異なる実働部隊『モノクロームアバター・オルタナティブ』の名称を与えられ、夏月は其の部隊の隊長に抜擢されるのだった。

 

 

「俺が隊長ってのはガラじゃないかもしれないが……取り敢えず、外道相手にはこれまでと同様に手加減不要のスタンスで行くぜ?異論はあるか?」

 

「無いわよ夏月君……外道の皆さんには、此れから先は『何時自分が殺されるか分からない恐怖』を感じながら生きて貰いましょうってところね――ドレだけの恐怖を感じたとところで、行き着く先は地獄一択なのだけれどね♪」

 

「私達は地獄の使者かい?……其れも悪くない。

 嗚呼、愛する人と共に外道に外法の裁きを下す地獄の使者となる事がこれほどまでに甘美な事であるとは思わなかったよ……否、愛があればこそ此れも甘美に感じるのだろうね?愛は素晴らしいな夏月。」

 

「お前の言わんとしてる事が分かるような分からないような……取り敢えず、愛は素晴らしいって事で良いな。」

 

 

ロランが芝居がかった仕草で訳が分かるような分からないような事を言っていたが、其れは其れとして夏月率いる『モノクロームアバター・オルタナティブ』は此処に結成され、裏社会に蔓延る『法の手の届かない闇』に対する粛清の手が増えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭から二週間が経ったIS学園では通常の学園運営が行われていた。

学園祭で起きた襲撃事件に関しては厳重な緘口令が敷かれ、其れを口にしただけで地下の懲罰房送り、最悪の場合は退学処分がとられる事もあって誰も学園祭の事は口にする事はなかった――学園祭以降不登校となっている『夏月組』に関しては、『学園祭の際に起きた戦闘によって重傷を負って本土の病院に入院して、現在は面会謝絶状態にある』と言う事にして何とか誤魔化していたのだが。

 

だが、この日の放課後に、IS学園を揺るがす事態が起こった。

 

 

『あ、あ~~……テステステス、マイク入ってる?え~と、聞こえてるかしらIS学園の皆さん?』

 

 

IS学園に配置されている全てのモニターが突如起動したかと思った次の瞬間には、画面にスコールの姿が映っていたのだ。

 

 

『私は亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』の隊長を務めているスコール・ミューゼルよ。

 IS学園が無事に復興した事を先ずは祝福するわ――だけど、復興が済んだからこそ私達は改めてIS学園を攻撃する事が出来る……万全の状態にあるIS学園を相手に勝利してこそ意味があるのだからね。

 今から二十四時間後に亡国機業はIS学園に対して攻撃を開始する事を通達するわ。

 だけど、こちらの要求に応えてくれるのであれば攻撃は中止する――私達の要求は『織斑千冬の身柄を此方に引き渡す事』ただそれだけよ。

 此方の要求を飲んで学園を戦火から逃れさせるか、其れとも此方の要求を拒否して学園を戦火に包ませるか、其の何方を貴方達は選ぶのか……ふふ、良い答えを期待しているわ。』

 

 

其のスコールが口にしたのは『二十四時間後にIS学園を再度襲撃する』と言う事と、『此方の要求に応えれば襲撃は行わない』との事であり、その要求とは『織斑千冬の身柄を亡国機業に引き渡せ』との事だった。

此れは千冬(偽)の身柄を引き渡せばIS学園の平穏を守る事が出来るのだが、『ブリュンヒルデ』のネームバリューは未だに絶大なモノがあるので、IS学園としても難しい選択を迫られる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter65『Der starkste Angriff nach dem Schulfest』

次の襲撃相手はIS学園だってよBy夏月     ふふ、其れは腕が鳴るわね♪By楯無    目指すは完全勝利一択だねByロラン


亡国機業、其れも実働部隊『モノクロームアバター』の隊長を務める『スコール・ミューゼル』からIS学園に突き付けられた『襲撃予告』、そして『織斑千冬の身柄を此方に引き渡せば襲撃は行わない』と言う通達に対しての対応は緊急に開かれた学園会議でも意見が分かれた。

『千冬一人で学園と生徒を守る事が出来るのであればその提案を受け入れるべきだ』と言う意見がある一方で、『千冬を引き渡したからと言って、本当に襲撃が行われないと言う保証がない以上は戦力を整えて迎え撃つべきだ』と言う意見もあった――『抗戦』を訴える教員の中には、『此処でテロリストに屈してはIS学園其の物の信頼を失う事になり兼ねない』との意見もあり、学園長の十蔵は頭を悩ませる事になっていた。

何方の意見も一理あるので簡単に決める事は出来なかったのは元より、学園祭から数日経った今では各国から新たに『代表候補生』や『国家代表』が学園に送り込まれ、その何れもが専用機持ちであるので学園から離脱した夏月組の戦力をある程度は補填出来ていたのが逆に問題だった――なまじ戦力が補填されてしまったからこそ『抗戦』との意見が出てしまったのは否めないからだ。

 

 

「意見がハッキリと分かれてしまいましたか……こんな状況で君に聞くのは卑怯であるかもしれませんが、織斑先生の弟である君はどう考えますか?」

 

 

此の会議の場には秋五の姿もあった。

亡国機業が『織斑千冬の身柄の引き渡し』を要求して来たので、千冬の弟である秋五も会議に参加させられており、秋五の意見によって最終決定が行われる、そんな感じの会議となっていたのだ。

 

 

「僕は……姉さんを亡国機業に引き渡すべきだと考えます。」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

 

だからこそ、秋五が『姉さんの身柄を亡国機業に引き渡すべきだ』と言った事には、『抗戦』を訴えた教師達は驚く事になった――千冬の弟である秋五ならば姉の擁護に回ると思っていたからだ。

確かに一夏が存命だった頃の秋五であれば千冬の擁護に回ったかもしれないが、一夏の死後に自ら変わる事を選んで其の道を進んで来た秋五に千冬を擁護する気はサラサラ無かった――今の秋五にとって千冬は『一夏を死なせた元凶』であるだけでなく『教師の立場を勘違いしているDQN』でしかない上に、夏月が与えてくれたヒントによって、『白騎士事件』の際の『白騎士』である事も知ったので、千冬は完全に『忌むべき存在』となっていたのだ。

 

 

「……理由を聞いても?」

 

「姉さんは『白騎士』……其れが答えです学園長。

 姉さんは、織斑千冬は『白騎士』として日本に飛来したミサイルを叩き落しただけでなく、近隣海域に展開してた自衛隊の空母や、アメリカ軍のイージス艦を攻撃して破壊し、多数の死傷者を出した罪人でありながら、其の罪を裁かれる事なく、そして償う事もなく生きているなんて事が許されて良い筈がないでしょう?

 彼女の身柄は亡国機業に引き渡して其の罪を償わせるべきだと僕は考えます……何よりも、彼女一人とIS学園の安全なら天秤に掛けるまでもないと思いますよ?『百を救うための一の犠牲』。『コラテラルダメージ』ってやつだと思いますよ此れは。」

 

「織斑先生が白騎士……その証拠は?」

 

「インターネットで調べてみたら『白騎士の正体=織斑千冬説』が非常に多かったので箒に頼んで束さんに『白騎士事件』の真相を聞いて貰ったらアッサリと束さんが教えてくれましたよ『白騎士は織斑千冬で自分が依頼した』と――但し、束さんが依頼したのは『ミサイルの迎撃』だけで、後の事は全て彼女の独断との事でした。」

 

「篠ノ之束博士が言うのであれば間違いないでしょう……織斑先生は未曽有の被害を出した事件の実行犯だったとは。」

 

 

秋五に理由を聞いた十蔵だったが、その理由を聞けば秋五が『千冬の身柄を亡国機業に引き渡すべき』と言ったのも納得出来るモノだった――ISが世に認められると同時に最悪の被害を出した『白騎士事件』の『白騎士』が『織斑千冬』であると言うのであれば、千冬は、千冬(偽)はトンデモナイ数の死傷者を出した『罪人』であり、其の罪が裁かれる事もなく、罪を償う事もなく生きている事は到底許される事ではないだろう。

加えて、千冬(偽)は去年楯無に実技授業で『舐めプの末の引き分け』になった後から教師としての資質に疑問を持たざるを得ない事を幾度となく起こした上に今年の臨海学校では女性権利団体を扇動して夏月の事を殺そうとしており、其の結果として現在は学園島の地下にある地下牢に閉じ込めているのだが、『ブリュンヒルデ』のネームバリューもあり、IS学園としても如何処分したモノかと悩んでいたのだ。

しかし千冬(偽)の実弟である秋五から『亡国機業に身柄を引き渡すべき』と言われ、更には其れに値する情報が齎されたのであればIS学園としても千冬(偽)を漸く処分出来るので、会議の最後の採決では『織斑千冬の身柄を亡国機業に引き渡す』事に対して会議参加者の九割が賛成した事で千冬(偽)の身柄は亡国機業に引き渡される事が決定したのだった。

当然反対した一割の『織斑千冬の信奉者達』は抗議したが、其処は十蔵が『学園長の鶴の一声』でもってして強制的に黙らせた――『此れは決定事項であり覆りません。これ以上異を唱えるのであれば解雇も止む無しですが?』と言われては黙らざるを得ないのだが。

こうしてIS学園は回答期限内に通信を繋げて来たスコールに対して『織斑千冬の身柄を其方に引き渡す』と伝えると、スコールも『三時間後にIS学園に出向く』と言う事を伝え、真耶は教師部隊数名を引き連れて千冬(偽)を地下牢から連れ出すために学園島の地下へと向かって行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode65

『Der starkste Angriff nach dem Schulfest』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園で緊急の会議が行われていた頃、その会議の様子はリアルタイムで夏月達に伝わっていた。

IS学園に唯一残った生徒会のメンバーである虚は当然会議に参加しており、その際に虚は制服のポケットの中でスマートフォンを操作して楯無のスマートフォンに連絡を入れ、其れを受けた楯無はスマートフォンを『ハンズフリー』の『スピーカーモード』にして会議の内容が夏月組全員に聞こえるようにしていたのだ。

 

 

「秋五の奴も束さん経由で『白騎士事件』の真実に辿り着いたみたいだな。其れから『織斑計画』についても……自分の出生の真実知っても精神崩壊起こさなかったのは箒達が居たからだろうな――嫁さんの存在は偉大だぜ。

 それはさて置き、あのクソッタレの身柄がこっちに来るってのは最高だよな?……楯無さん、取り敢えずアイツにどんな拷問ブチかましてやりましょうかね?」

 

「実は案外簡単に死ねない『磔刑』、四肢を荒縄で縛って壊死させる『達磨刑』、全身をゆっくりと腐らせてウジなんかに喰わせる『スカベンジャー』、致命傷にならない場所にナイフを刺していく『黒ひげ危機滅殺』の、さてどれが良いかしらね?」

 

 

此れによりIS学園が千冬(偽)の身柄を亡国機業に引き渡す事は確定事項となったのだが、夏月達は身柄を引き取った千冬(偽)に対する拷問方法を話し合っていた――夏月は当然として、夏月の嫁ズにとっても千冬(偽)は『織斑一夏』だった頃の夏月が不当な扱いを受ける原因を作った元凶であり、絶対に許してはならない存在なのでこうして次々と拷問方法が上がって来るのだろう。

 

 

「私としては十字架に磔にした上で密閉した部屋で煙で燻すのが良いのではないかと思うのだがどうだろうか?『ブリュンヒルデの燻製』と言うのは中々にネーミング的にイケてるとは思わないかい?

 何よりも、燻されながら死んで行くと言うのは火炙りにされるよりも辛いモノだと思うからね……煙で息が遮られ、そして真面に息が吸えないとなれば、其れは最悪レベルの苦痛に過ぎないモノさ。」

 

「燻製刑ってか?其れも新しいから候補に入れておこう。他に意見は?」

 

「アジア象の鼻で締めあげるのは如何でしょうか?

 アジア象はアフリカ象と比べると小柄なので力も弱いですが、其れでも鼻で締め上げる力は人間の握力に換算したら余裕で1000kgを越えますので、ブリュンヒルデであろうとも全身骨折は免れないかと。」

 

「硫酸を表皮にうすーく塗って表皮が溶けた所に塩と唐辛子を塗り込むって言うのは如何かな?此れは凄まじい激痛が全身を貫くから無敵のブリュンヒルデでも耐える事は出来ないと思う。」

 

「大人しそうな顔してエッグイ拷問方法を提案してくれた事に驚きだぜ静寐……だが、其れもアリかもな。」

 

 

そんな中でシンプルながらも聞くだけで鳥肌が立つレベルの拷問を提案して来たのは静寐だった――『硫酸で表皮を溶かした上で其処に塩と唐辛子を塗り込む』と言うのは絶叫を通り越した激痛でありながらも死ぬ事はないので拷問としては最強クラスと言えるだろう。それこそ拷問ソムリエの『伊集院先生』が称賛するレベルと言っても過言ではないだろう。

 

 

「だが、この拷問はアイツが大人しくこっちに来た場合の事だ……アイツが大人しくこっちに身柄を引き渡されるとは到底思えねぇから、多分戦闘になるのは間違いないと思うから、そうなった時は頼むぜ?」

 

「そっちも抜かりはないわ夏月君。

 寧ろ戦闘になってくれたのならば私達としても都合が良いんじゃないかしら?私達が戦闘行為を行ったと言うのは、IS学園が此方の要求を拒否した、或いは織斑千冬が独断専行を行ったからとの大義名分があるのだからね。

 こう言ってはなんだけど、流石は時雨さん、お父様が先代の『楯無』だった頃に当時の『楯無』の右腕だったのは伊達じゃないわ……今回の交渉は結果が何方に転んでも亡国機業側に利がある結果になるのだからね。」

 

 

だがしかし、IS学園が何方の選択をしても利があるのは亡国機業の方だった。

『織斑千冬の身柄を亡国機業に引き渡す』事を選択した場合は兎も角として、『織斑千冬の身柄を亡国機業に引き渡さない』選択をした場合、IS学園は亡国機業からの一斉攻撃を受ける事になるのだが、その場合には束が世界に向けて『白騎士事件の真実』を暴露する事になっており、何方に転んでも亡国機業が敗北する未来は存在していないのである――そもそもにして、束が亡国機業側に付いている時点でIS学園側は詰んでいるとも言える訳だが。

 

 

「マジで抜かりねぇな……そんじゃ行くか!マドカ、お前にも働いてもらうからな?」

 

「任せておけ夏月。

 姉と言うモノは弟や妹が見てる前では其の能力が数倍に跳ね上がるモノだからな……今の私は阿修羅をも超える存在だ!お前ならば分かるだろう、更識楯無ぃ!!」

 

「えぇ、とっても良く分かるわお義姉さん♪」

 

 

IS学園には夏月率いる『モノクロームアバター・オルタナティブ』も同行する事になっており、夏月達はスコールと共に移動用の『ステルス輸送機』に乗り込むとIS学園へと向かって行った。

余談ではあるが、夏月とマドカは夏月達が亡国機業の一員となって直ぐにISバトルを行ったのだが、その試合の結果は夏月の圧勝だった。

近距離主体の『騎龍・羅雪』と射撃型で尚且つBT兵装によるオールレンジ攻撃が出来る『サイレントゼフィルス』ならば、機体相性ではサイレントゼフィルスの方が圧倒的に有利なのだが、夏月はビームダガー『龍尖』でBT兵装を全て破壊するとイグニッションブーストからの居合で切り込んで近距離戦に持ち込むと、鞘を使っての疑似二刀流、空手、ムエタイ、マーシャルアーツ等の体術でマドカを圧倒し、最後はタイを訪れた際に『帝王』から受け継いだ『カイザーニークラッシュ』を喰らわせてサイレントゼフィルスのシールドエネルギーをゼロにして勝利したのだった――この勝利により、マドカは『私の弟は世界一強い!』等と言って、更に夏月への愛を深める事になったのだが其れは特に問題はないだろう。

 

 

「大人しくこっちに身柄を渡せばそれで終いだが、アイツが馬鹿な事をしたら其の瞬間に俺達は学園を攻撃する事になる訳だが、そうなったら今度はお前はどんな選択をする秋五?

 白騎士事件の真実を知ったお前が選択を間違えるとは思えないけど、もしも選択を間違っちまった其の時は嘗ての兄として、そして今のダチ公として俺はお前を討つぜ。」

 

 

其の輸送機の中で夏月は秋五が今度はどんな選択をするのかを楽しみにしつつ、秋五が選択を間違えてしまったその時は『元双子の兄』として、『今のダチ公』として秋五を討つ事を決めていた。

そして其の夏月の顔には『ダークヒーロー』其の物の不敵な笑みが浮かんでおり、嫁ズが其れを見て惚れ直したのは当然として、其れを見たマドカは鼻から愛を大量に噴出して出撃前に戦闘不能になりかけると言うまさかの事態に陥っていたのだった……其れでも即持ち直したのだから『究極的に突き抜けたブラコン』と言うのは不死身で無敵であるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

学園では会議終了後に、真耶達教師部隊が千冬(偽)を地下牢から出すべく地下牢に向かい、幾重もの厳重なセキュリティを解除して千冬(偽)が居る地下牢までやって来ていた。

その地下牢で千冬(偽)はグレーの囚人服を身に纏い、両手足には鎖付きの手錠と足枷を付けられて自由が大幅に制限された状態で居た――一人で食事が出来るように手錠の鎖は幾分長めではあるが、其れでも腕を広げ切る事は出来ないので動きは大分制限されるだろう。

 

 

「……山田君か?……君が来るとは珍しいな……私に何か用か?」

 

「亡国機業からの要請を受けて貴女の身柄を亡国機業に引き渡す事になりましたので此処からは出て貰う事になります。」

 

「亡国機業に?……テロリストに屈するとは、IS学園も地に落ちたか?」

 

「いいえ、此れは学園長の正当な判断です。

 貴女の身柄を引き渡さなければIS学園は亡国機業の襲撃を受ける事になり、そうなれば少なくない犠牲がIS学園に齎されるでしょう――其れが、貴女一人を引き渡せば回避出来るのであれば当然の決定であると思います。

 『百を救うための一の犠牲』、貴女はIS学園の生徒の為の生贄にされたんですよ『先輩』。」

 

 

自分が亡国機業に引き渡されると言う事を聞いた千冬(偽)は『IS学園はテロリストに屈したか』と嘲笑して来たが、真耶は其れを真っ向から否定し『貴女の身柄を引き渡すのはコラテラルダメージ』だと言い放ち、トドメに最大限の侮蔑と嘲笑を込めて『先輩』と呼んでいた――IS操縦者として千冬に憧れていたからこそ真耶の千冬の本性を知った際の失望は大きく、其れだけに千冬(偽)をIS学園の生徒を守るために生贄として差し出す事に関しては微塵も迷いはなかった。

 

地下牢から出された千冬(偽)は真耶によって強引に両腕を後ろに回されて、更に真耶に背後からフルネルソンに極められて身動きが取れなくなっていたので大人しく引き渡し場所である学園島の埠頭に向かうしかなかったのだが――

 

 

「千冬様!!」

 

「助けに来ましたブリュンヒルデ!」

 

 

此処で千冬(偽)にとっては幸運と言える事が起きた。

『織斑千冬の信奉者』である教師はクラス対抗戦と学年別タッグトーナメントの後に全て解雇されていたのだが、生徒に関しては『退学理由』が無かったので学園内に残っており、其の『織斑千冬の信奉者』の生徒が此処でやらかしてくれたのだ。

『ペットボトルに重曹と一味唐辛子と酢を入れてシェイクすれば簡単に出来る催涙爆弾』を使って真耶達を怯ませると、その隙に千冬を真耶達から引き剥がすと、千冬(偽)を送り主不明のメールに記されていたIS学園の地下施設に連れて行った――そして其処には千冬(偽)が現役時代に使っていた専用機である『暮桜』が存在していた。

最後に動かしたのは三年前なので真面にメンテナンスを行っていなかった今現在動くのかは分からなかったのだが……

 

 

「ふふ、お前も私を待っていたか暮桜!」

 

 

千冬(偽)が搭乗すると暮桜は問題なく起動した――だけでなく僅かながら其の姿を変えていた。

シャープな全身装甲なのは三年前と変わらないが、シャープさは残しながらも『甲冑騎士』を思わせる外見が『鎧武者』を思わせるモノに変わっており、頭部には三年前にはなかったブレードアンテナが追加されていた。

 

 

「ククク……この力があれば恐れる事は何もない……亡国機業も私が全て蹴散らしてくれる!」

 

 

暮桜を纏った千冬(偽)は意気揚々と地下から飛び立っていったのだが、其れは最悪の選択であると言う事には気付いておらず、更に秋五が自分の味方ではなくなっていると言う事にも気付いていなった――千冬(偽)は、ある意味で自ら『断罪のボタン』を押したと言える、そんな選択をしたのである。

其の選択の先にあるのは、決定的な敗北であると言う事には気付かずに。

 

そう、先の生徒達にメールを送り付けたのは束であり、束は暮桜ごと千冬(偽)もとい『千冬の代替人格と白騎士のコア人格の融合人格の慣れの果て』を始末する為に『ブリュンヒルデ』の幻想から覚める事の出来ていない生徒を煽ったのである――全ては束の掌の上の事であり、千冬(偽)も其れを助けた生徒達もその事には気付かずにまんまと乗せられてしまったと言う訳だ。

加えて奇襲された真耶がすぐさま教師部隊に『一般生徒と一般教師を地下シェルターに避難させ、専用機持ち達には出撃準備をさせて下さい』と命じたのだが、此の時既に亡国機業のメンバーは学園に到着しており、学園長である十蔵と埠頭で『織斑千冬の身柄引き渡し』の為に顔を合わせており、真耶が十蔵に連絡を入れたのは少しだけ遅れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園からの連絡を受けたスコールは『モノクロームアバター・オルタナティブ』のメンバーと共にIS学園を訪れて、埠頭にて学園長の十蔵と話をしており織斑千冬の身柄が亡国機業に引き渡されるのは確定したのだが――

 

 

 

――ドッガァァァァァァン!!

 

 

 

其の場に突如ISのエネルギー攻撃が着弾した――其の攻撃は地面を爆ぜただけだったので十蔵とスコールは無傷だったのだが、だからと言って無視出来るモノではないだろう。

 

 

「轡木十蔵学園長、此れは一体如何言う事かしら?

 織斑千冬の身柄を引き渡すと言うのは私達を誘き出す為の罠で、其の本心は此の場で私達を葬る事だったと、そう言う事だととっても?」

 

「そ、そんな心算は……私達は本気で彼女を――と、失礼。

 山田先生、如何しました?……何ですと!?織斑先生のシンパの生徒が襲って来て織斑先生を奪取して何処かへ連れ去ったと!?……と言う事は、まさか今の攻撃は!」

 

 

スコールは束から話を聞いていたので此の場で千冬(偽)が襲撃してくる事は分かっていたのだが、其れでも『引き渡し現場で襲撃された』と言う事に対して十蔵に聞く形を取り、十蔵もそのタイミングで真耶からの連絡が入って千冬(偽)が自由の身になった事を知り、同時に今の攻撃が千冬(偽)からのモノであると気が付いたのだった。

 

 

「流石はDQNヒルデ、自分が自由になる為なら他の連中がどうなろうと知ったこっちゃねぇですか……ったく大したモンだぜマッタクよぉ?

 まぁ、学園長がどう考えていたかは兎も角として、アイツの身柄の引き渡しは行われなかったんだから俺達は予告通りにIS学園を襲撃するしかなくなっちまった訳だ……恨むなら、馬鹿なDQNヒルデを恨めよ学園長。」

 

 

だが、如何なる理由があろうとも亡国機業側からすれば『織斑千冬の身柄の引き渡し』がなされなかった訳で、そうであるのならば事前に通告した通りに『IS学園への攻撃』を行うだけであり、夏月達は夫々専用機を展開すると散開して学園への攻撃を開始する。

勿論此の攻撃は一般生徒と一般教師の避難が完了している事を虚から知らされたからこそ行ったのであって、真の目的は専用機持ちの生徒――より正確に言うのであれば秋五組を此の場に引き摺り出してこうなってしまった原因を伝える事にあったのだが。

 

 

「その機体、暮桜かしら?貴女が現役時代に使っていた時とはデザインが変わっているみたいだけれど……もしかして自己進化していたのかしらね?」

 

「あぁ、そうだ……暮桜は進化したのだ!今の私が最大の力を発揮出来るようにな――時に貴様は誰だ?

 私の前に立つと言うのが何を意味するか分かって私の前に現れたのか?私の前に立つと言うのは即ち私と本気で戦う意思の表れだ……私の前に立ったのは更識姉と一夜に続いてお前で三人目だが、今回は前の二人のようには行かんぞ?

 私は私本来の力を揮う事が出来る状態になっているのだからな。」

 

「貴様は誰か……まぁ、貴女には白騎士事件の被害者なんて言うモノは取るに足らない存在でしょうね……私は、白騎士事件の際に貴女が手当たり次第に攻撃した事で撃沈された艦船に乗っていた者よ。

 幸いにして一命は取り留めたけれど腕と足を失い、子を宿す事まで出来なくなってしまったわ……あの日から何時か白騎士を此の手で討つ事を考えて生きて来たけれど、今日その機会が来た事には感謝するわ。

 骨の髄まで焼き尽くしてあげるわ、ブリュンヒルデ。」

 

 

埠頭の上空では暮桜を纏った千冬(偽)とゴールデンドーンを纏ったスコールが対峙しており、スコールは千冬(偽)に『己が白騎士事件の被害者』だと言う事を伝えると両手に火の玉を作り出すと其れを『ベジータのグミ撃ち』並みの連射で千冬(偽)に向けて放つ。

全弾ヒットしたらシールドエネルギーは大幅に減少するだろうが、千冬(偽)は抜刀すると零落白夜の瞬間発動を使った斬撃で火の玉を全て迎撃して見せた――『エネルギーを強制的にゼロにする』零落白夜は物理攻撃でない攻撃に対しても有効であり、ビームや炎に対しては圧倒的な強さを発揮して一撃必殺の剣だけでなく、無敵の盾としても機能するモノなのだ。

 

 

「ハァァァァ!!」

 

「ちぃぃぃ!!」

 

 

無論スコールも其れは分かっているので、全ての火の玉が霧散するとと同時に斬り込んで近接戦闘を仕掛けていた。

スコールの手には新たに束が開発したゴールデーンドーン用の近接戦闘武器である『ビームジャベリン』と『ビームクナイ』を連結させた『ビームランス』が握られており、スコールはビームランスによる猛攻に加えて、ビームランスを分割してのビームジャベリンとビームクナイの二刀流の攻撃も混ぜ合わせて千冬(偽)を翻弄していた。

零落白夜があるのでビームエッジは無効化されてしまうのだが、ビームジャベリンとビームクナイはビームエッジが展開出来なくても本体が束が新たに開発した特殊素材で出来ているので既存のISブレードとは余裕でチャンバラが可能だった。

 

 

「背後がお留守だぜブリュンヒルデ!」

 

「!?……貴様……!!」

 

 

更に其処にオータムが参戦して来た事で千冬(偽)は一気に窮地に立たされる事になった。

オータムの専用機『ア・スラ』は四本のサブアームを搭載した機体であり、本体とサブアームによって機体の名称の元となった『阿修羅』さながらの『六本腕』での攻撃が可能で、本体とサブアーム全てに近接武器を搭載すれば、文字通りの『六刀流』となるのだ。

 

 

「六刀流、相手にしてみるか?」

 

「更に私は二刀流……合わせて八刀流の私達に死角はないわね♪」

 

「……スコール、まさか変態専用ガンダムの専用セリフをオマージュして来るとは予想外だったが――久しぶりに大暴れやらかそうじゃねぇか?亡国機業最強コンビの力をその身に刻みなブリュンヒルデ!」

 

「テロリスト風情が吠えるか……良かろう、『ブリュンヒルデ』の力をその身に刻み込め――そして後悔しろ、己が一体誰に喧嘩を売ってしまったのかと言う事をな!!」

 

 

状況的には不利であるのだが、其れでも千冬(偽)には投降すると言う選択肢はなく、スコールとオータムのコンビを相手に戦闘を続けるのだった――此れは世界最強のハンディキャップマッチであった。

この戦闘と同時に真耶率いる教師部隊は避難誘導其の他諸々を終えて教師部隊に配備された『打鉄カスタム』と『ラファールリヴァイブ・カスタム』を纏って戦場に出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

散開して学園島を取り囲んでから攻撃を開始した夏月組は、出撃して来た秋五組と対峙してた――実力的には夏月組の方が上なので一方的に叩きのめそうと思えば叩きのめす事が出来たのだが、夏月組は敢えてそうしなかった。

因みに対峙しているのは『夏月と秋五』、『楯無と箒』、『ロランとセシリア』、『ヴィシュヌとシャルロット』、『グリフィンとラウラ』、『ファニールとオニール』、『静寐と清香』、『神楽と癒子』、『ナギとさやか』となっており、フリーとなった簪、鈴、乱、ダリル、フォルテは教師部隊と交戦していた。

 

 

「フォルテ・サファイア……裏切者は此処で始末します。」

 

「うげ、ベルベット!?アンタ学園に来てたんすか。」

 

 

フォルテにはIS学園に新たにやって来たギリシャの国家代表である『ベルベット・ヘル』が対処していた――ベルベットはフォルテが亡国機業の一員となったと言う事を聞いてフォルテが裏切ったと感じ、フォルテを始末する為にIS学園にギリシャの国家代表としてやって来ていたのだ。

なので、フォルテとベルベットの戦いは激しいモノとなっていたのだが――

 

 

「夏月、どうしてこんな事を……!」

 

 

夏月と対峙した秋五は夏月達が学園を攻撃した意図が分からず、夏月に其れを問うていた。

『織斑千冬の身柄を亡国機業に引き渡す』事が決定しているのならば、其れがなされればIS学園は平和であったのだから秋五がそう思うのはある意味で当然と言えるだろう。

 

 

「どうしてだって?

 そんなのは決まってんだろ……お前の姉貴がISを纏って攻撃して来たからだ――アイツの身柄が大人しく引き渡されたのなら俺達は学園への攻撃は行わない心算だったんだが、アイツが自分の手で其れをぶっ壊してくれたんでな……俺達としても其れを見過ごす事は出来ないからこうしてIS学園を攻撃する事になったって訳だ。

 全てはあのDQNヒルデの選択が引き起こした事だったって訳だ――マッタクもって大したモンだぜ『ブリュンヒルデ』ってのはよ。」

 

 

其れに対して夏月は悪意たっぷりの笑みを浮かべてそう告げると、更に偽悪的な笑みを浮かべて秋五を睨みつけた――そして同時に秋五は『最後の砦』とも言うべき精神面での障壁が突破され、秋五には『織斑千冬=白騎士』と言う真実だけではなく『織斑千冬=忌むべき白騎士』である事が確定されたのであった。

 

 

「姉さんが?……一夏を見殺しにしただけじゃなく、IS学園の生徒を全て犠牲にしても満足しないのかアンタって人はぁぁぁぁぁ!!……そうであると言うのならば僕が姉さんを討つ!」

 

「OK,良く吠えたな秋五。」

 

 

其れを聞いた秋五は自らの手で千冬(偽)を討つ事を心に決め、そして夏月と共に千冬(偽)が戦闘を行っている埠頭の上空まで全速力で向かうのであった――同時に秋五達が其の場に到着した其の時が、此度の襲撃の終幕の時でもあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode66『血塗られたブリュンヒルデをDQNヒルデを討て!』

DQNヒルデへの判決は?By夏月     死刑一択でしょ?By楯無    或いは市中引き回しの上で晒し首だねByロラン


夏月の嫁ズと秋五の嫁ズは二度目となる真っ向からの勝負となっていたのだが、其れは最早勝負になっていなかった――夏月の嫁ズの機体はほぼ無傷であったのに対して秋五の嫁ズは箒の紅椿の単一仕様である『絢爛武闘』でシールドエネルギーこそ回復出来ていたのだが、機体の装甲は半壊状態となっていたのだった。

 

 

「く……私達とお前達では此処までの差があると言うのか……」

 

「ふむ……此の状況ではそう思ってしまうのも致し方ないが、私と君達ではIS操縦者としての差はそこまでないよ箒――だが、操縦者としての差は大きくないとしても機体の性能差と覚悟には大きな差がある。

 其の差がこの結果と言うところだね。」

 

「機体の性能差と覚悟の差、だと?」

 

 

IS操縦者としてのレベルは夏月組も秋五組も其処まで大きな差はないが、機体の性能差と覚悟の差となると話は別だ。

秋五の嫁ズも秋五の為に戦う覚悟は決めているが、『秋五の為に人を殺す事が出来るか?』と問われると、其れは否だ……秋五の嫁ズの中で、『実戦剣術を学んでいる身』である箒と、現役軍人であるラウラは『命の重さ』を理解してはいたが、『殺す覚悟』は実戦経験が皆無なので矢張り決めているとは言えない状況だった。

 

 

「私達は全員が夏月の為ならば此の手を血で染め上げる事は厭わない……寧ろ夏月ならばそんな私達でも愛してくれるだろうからね。

 だが君達は如何だ?織斑君の為に其の手を血に染める覚悟が出来ているのか?……いいや、出来てはいない――其れだけでも大きな差なのだが其処に絶対的な機体の性能差が加われば君達が私達に勝つ事が出来ないのは分かるだろう?

 私達の機体……特に『騎龍シリーズ』は、束博士が最初から『兵器』として開発したモノなのだから。

 宇宙用のパワードスーツとして誕生したISが『現行兵器を凌駕する兵器となった』のならば、束博士が最初から『兵器』として生み出した『騎龍』の性能がどんなモノであるのか、君には分かるだろう箒?」

 

「姉さんが最初から兵器として作った機体……其れは最早『ISをも超えるIS』と言う事か……!!」

 

 

加えて其処に『圧倒的な機体の性能差』まであっては秋五の嫁ズでは夏月の嫁ズに勝つ事は不可能と言えるだろう。

秋五の嫁ズの機体にも『騎龍化の因子』が組み込まれているとは言え、其の因子が覚醒して騎龍化しなければ通常のISと同じであり、『兵器』として開発された騎龍シリーズとは世代差も大きい――箒の専用機である『紅椿』が現行のISで最高である第四世代なのだが、騎龍シリーズは現行ISの世代で言えば第八~九世代となり、二次移行した夏月の羅雪に至っては第十四世代と言うぶっ飛んだモノなのである。

更にロラン達は学園に居た頃には機体に掛けていた『競技用リミッター』を解除した状態になっており、其の攻撃は全てが絶対防御が発動するレベルのモノなのだ……グリフィンとファニール、ダリル、静寐、神楽、ナギの機体は騎龍化していないが、其れでも夫々が自身の相手を圧倒しているのは実戦経験の差なのだろうが。

 

 

「……少し会わない間に随分と差が開いたわねオニール?

 このまま戦ってもアタシ達が負ける事はないけど、其れでもまだやる?これ以上やるって言うならそれこそ一切の手加減は出来なくなるんだけど……出来ればこれ以上アタシはアンタを傷付けたくないのよね。」

 

「ファニール……でも、其れでも学園を守るためには戦わないと……!」

 

「あ~~……成程ね。

 なら徹底的に叩き潰してやるわ……って言えばとっても悪役らしいんでしょうけど、此の展開は夏月の予想通りだから、そろそろアタシ達が戦う理由は無くなるんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

 

此のまま戦っても秋五の嫁ズ――引いてはIS学園側が不利になるのは目に見えている。

戦力は亡国機業側の方が圧倒的に上であり、如何に真耶が優秀なIS操縦者であり現役の国家代表とも量産機で互角以上に戦える実力者とは言え多勢に無勢では勝つのは難しいだろう。

だが、そんな中でファニールがオニールに対して意味深な事を言った次の瞬間だった。

 

 

『皆、聞こえる?』

 

「「「「「「「「秋五!」」」」」」」」

 

『戦いは此処で終わりだ。

 学園が攻撃されているのは姉さんが……織斑千冬が亡国機業に引き渡されるのを拒否して学園の地下に封印されてた暮桜を引っ張り出して亡国機業を攻撃した事が原因だ……だから、僕は此れから夏月と共に織斑千冬を討つ!

 皆も力を貸してくれ!』

 

「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」

 

 

秋五から通信が入り、学園が攻撃されている理由が伝えられ、更に『その元凶である千冬を討つから力を貸して欲しい』と言われ、同時にファニールがオニールに言った事の意味を秋五の嫁ズは知るに至った。

秋五が千冬(偽)を討つと言うのであれば其れは亡国機業の目的とも合致するので、そうなれば亡国機業とIS学園が戦う理由も無くなるのだ。

なので、夏月の嫁ズも秋五の嫁ズも此処からは千冬(偽)を討つ為に共闘する事になるのだが――

 

 

「……やれやれ、無粋な乱入者と言うモノは実に美しくない、そうは思わないかい箒?

 アドリブが劇を面白くする事は少ないくないのだけれど、アドリブはやり過ぎるとシラケるモノだよ……まして、誰も望んでいないアドリブは余計なモノでしかない――ともすれば不愉快極まりないね。」

 

「ならば、その要らんアドリブは力技で叩き潰して本筋に戻せば良いだけの事……寧ろ嘗ての世界最強に挑む前の準備運動としては丁度良いだろうさ。」

 

 

其処に束から情報提供と機体(一度きりの使い捨てで機体エネルギーは搭乗者の生命力)提供を受けた『女性権利団体』の残党が現れ、夏月の嫁ズと秋五の嫁ズは先ずは其方に対処する事になった。

箒は紅椿のワン・オフ・アビリティーである『絢爛武闘』で味方のシールドエネルギーを全回復させる秋五の嫁ズと共に女性権利団体の残党に向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode66

『血塗られたブリュンヒルデをDQNヒルデを討て!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スコール&オータムvs千冬(偽)の戦いは、スコールとオータムのコンビが千冬(偽)を圧倒するかと思いきや、意外にも拮抗していた。

二人を相手にしているので千冬(偽)が攻撃する機会は中々無く、一撃必殺の零落白夜もシールドエネルギーを消費するので使えないが、其れでもスコールとオータムの猛攻を的確に防いで受けるダメージは最小限にしていたのだ。

 

 

「現役を引退して鈍っているかと思ったけれど、思ったよりもやるわね?

 楯無に舐めプされて引き分けになって、夏月には双方機体がオーバーヒートした末に負けたと聞いていたけれど、若しかして其の戦いでは手加減をしていたのかしら?」

 

「いや、量産機の打鉄ではアレが限界だった。

 だが私の専用機である暮桜を使う事が出来るであれば話は別だ……暮桜こそ私が全力を出し切る事が出来る機体であると同時に、戦闘中でも相手のデータを集積して其れを即座に反映し、更にそのデータを私自身にインストールして私を強化する機能が備わっている。

 故に、引退した身であっても暮桜を纏って戦えば私はあっと言う間に現役時代の、或いは其れ以上の力を手にする事が出来るのだ!」

 

「んだ其のクソチート機能は!?

 血反吐を吐くほどのハードトレーニングを熟した末に今の力を手にした夏月に土下座して謝りやがれ此のクソッタレが!」

 

 

其れは千冬(偽)の力ではなく暮桜の力が大きかった。

千冬(偽)の人格には白騎士のコア人格が融合しているので、ISのコアにアクセスする事も容易であり、束から手切れ金として渡された暮桜の性能を一部書き換えて自分に都合の良い機能を追加していたのだ。

 

 

「力こそが全て……力がなければ何も成す事は出来ないが、力さえあれば何でも出来る!」

 

 

激化する戦闘の中で、千冬(偽)はスコールにカウンターの居合を決めて右腕を斬り飛ばす。

利き腕である右腕を斬り落とされたとなったら普通は其処で戦闘不能になるところだが、スコールは白騎士事件の際に右腕と左足を失って、失った右腕と左足を機械義肢にしていたので斬り落とされても問題はなかった。

それどころか――

 

 

「腕を斬り落とされたくらいでは私は止まらないわ!」

 

 

ゴールデンドーンの背部に搭載されてるパーツをパージすると其れを斬り落とされた右腕に接続して先端からビームサーベルを展開する――束によって魔改造されたゴールデンドーンには背部に新たに二機のBT兵装が追加されていたのだが、其れは只のBT兵装ではなく、スコールの機械義肢のスペアであると同時にマニュピレーター未搭載の状態であれば腕と一体化したビームサーベルとして機能するモノであり、ビームサーベルだけでなくビームライフルとしての運用も出来るモノだった。

 

とは言え、ビームサーベルもビームライフルもエネルギー系の攻撃なので零落白夜がある暮桜に対しては決定打になりえないのだが――

 

 

「年貢の納め時だぜDQNヒルデーーーー!!」

 

「僕の大切なモノを守るため、僕は此処で貴女と戦う事にした!」

 

 

此処で夏月と秋五が戦線に加わり、千冬(偽)に強烈な飛び蹴りをブチかまして吹っ飛ばす――夏月が飛び膝蹴りだったのは『帝王』直伝のカイザーニークラッシュを叩き込んだからだろう。

マッタクもって予想していなかった攻撃だけに、千冬(偽)も避けられずに真面に喰らってしまった訳だが、千冬(偽)は攻撃された事以上に、其の攻撃に秋五が加わっていた事に驚いていた。

 

 

「秋五……何故お前が……!如何してお前が私を攻撃する!?お前は私の弟だろう!!」

 

「弟だからだよ……姉さん、否、織斑千冬……貴女が大人しく亡国機業に身柄を渡していたら此の戦闘は起きなかったし、学園の生徒達が危険に晒される事もなかった。

 学園の生徒の事を第一に考えるのなら、貴女は大人しく亡国機業に其の身を委ねるべきだった……其れなのに、貴女が無駄な抵抗をした事で不必要な戦闘が起き、その末に僕の婚約者達は不必要な戦いを行う事になって無用なダメージを負う事になった……僕は僕の大切な人達が傷付く原因となった貴女の事を許す事は出来ない!!まして、白騎士事件の罪を償う事もしないでのうのうと生きている貴女の事が許せない!!」

 

 

千冬(偽)にとって、秋五は自分の言う事を何でも聞く優秀な人物であったのだが、一夏の葬儀後に秋五は千冬(偽)の言う事を問答無用に聞くだけではなくなり、自分で考えて行動するようになり、『織斑秋五』と言う一人の人間としての自分を確立するに至ったので、だからこそ今回の千冬(偽)の行いを許す事は出来なかったのだ。

 

 

「だから、僕は此処で貴女を討つ!」

 

 

肚を決めた秋五は『一撃必殺』の『零落白夜』を発動すると、イグニッションブーストで千冬(偽)に接近し、頭上からの唐竹割りを繰り出す――其の攻撃のタイミングは完璧であり、防御も回避も不可能で、千冬(偽)は零落白夜を真面に喰らってしまったのだが……

 

 

「……何で、如何してシールドエネルギーがゼロにならないんだ!?」

 

「零落白夜は此の暮椿のワン・オフ・アビリティであり、お前の白式の零落白夜は所詮は模倣品に過ぎないと言う事だ……オリジナルならば模倣品を防ぐ事は造作もないのでな。」

 

 

暮桜のシールドエネルギーはゼロにはならず逆に白式に反撃して来たのだった。

千冬(偽)が言うように、零落白夜は本来暮桜のワン・オフ・アビリティだったので、オリジナルではない白式の零落白夜をレジストする機能くらいは搭載されているのだろう。

だが其れは秋五にとっては有り難くない事この上ないモノだった――ISでの戦闘に於いては間違いなく最強、ともすればチートレベルの零落白夜が通じないとなると秋五は雪片・弐型を使っての剣術のみで戦うしかなくなる上に、白式は『近接戦闘に於ける戦闘能力は非常に高いが、其れを帳消しにするレベルで燃費が悪い機体』であり、臨海学校と夏休みに束によって其れは大幅に改善されていたのだが、其れでも『並のISと比べると燃費は良くない機体』であるので短期決戦が出来ないと言うのは可成りのデメリットだ。

『クラス代表決定戦』前に幾度となく楯無によって地獄を見せられて鍛えられた防御と回避の技術があれば千冬(偽)の攻撃が直撃する事はないが、其れでも攻め手に欠けるのは痛いだろう。

更に千冬(偽)は暮桜の機能で戦いの中でドンドン強くなって行くと言うのだから更に性質が悪い――此のまま戦えば秋五はジリ貧になってしまうだろう。

 

 

「其の回避と防御は見事だが其れも大分見切れるようになって来た……お前が私に反抗するとは残念だよ秋五。お前ならば私の後継者として申し分ないと思っていたのだがな。

 だが、私に反抗するのであれば致し方あるまい……真の零落白夜によって沈め。」

 

「!!」

 

 

此処で千冬(偽)は零落白夜を発動して秋五に斬りかかる。

至近距離での斬り上げを回避した秋五は、至近距離からの攻撃を受けた事で攻撃を回避はしたが一瞬動きが止まってしまい、其の一瞬が実戦では命取りになってしまうのだ。

 

 

「ところがギッチョン、そうは行かねぇんだよな此れが!」

 

「彼の覚悟がどれほどかを見極めるために此処までは静観していたけれど、彼の覚悟は本物だと分かったから、此処からは改めて参戦させて貰うわ。」

 

「やるじゃねぇか天才優男……テメェが男じゃなかったらオレはガチで惚れてたかもな!」

 

 

だが此処で此れまで秋五と千冬(偽)の戦いを静観していた夏月とスコールとオータムが参戦して来た。

千冬(偽)の攻撃を夏月が受け、其処にスコールとオータムが斬りかかって暮桜のシールドエネルギーを此の戦闘が始まって初めて大きく減らす事に成功していた。

 

 

「一夜……貴様、何故零落白夜を受けて平然としていられる?此れを喰らったら即戦闘不能の筈なのだがな?」

 

「さっきアンタが秋五に言ったセリフを返すぜDQNヒルデ。

 俺の機体は束さんのお手製だ。束さんお手製の機体なら、同じく束さんが作った零落白夜を無効に出来るってモンだぜ……特に俺の羅雪は、お前が白騎士事件の際に強制的に其の身体から追い出した奴がコア人格になってるんだからな!」

 

 

其れだけならば未だしも、零落白夜を受けた夏月の羅雪は戦闘不能になっていなかったのだが、其れは騎龍シリーズが束が開発した機体である事と、羅雪は二次移行した際に『ISコアのコア人格』となった『本物の織斑千冬』が完全覚醒状態なっていた事が大きかった。

騎龍シリーズには元々『零落白夜』をある程度レジストする機能が備わっており、零落白夜を喰らってもシールドエネルギーはゼロにはならず、『現在のシールドエネルギー50%を消費する』仕様になっており、最終的には『シールドエネルギー1で踏みとどまる』仕様になっていたのだが、騎龍・羅雪はコア人格である羅雪(千冬)が夏月と意思疎通が出来るようになった事で其の力を最大限に発揮出来るようになり、零落白夜を完全にレジストする『無上極夜』を備えるに至っていたので、零落白夜は『威力がデカいだけの斬撃』でしかなくなっていたのだった。

 

 

「羅雪、此処で秋五の機体が進化するってのは激熱展開だと思うんだけど如何よ?

 『堕ちたブリュンヒルデを進化した弟が討つ』って言う展開は、瞬間最大視聴率も狙えるんじゃないかって思うのよ俺は……此の激熱展開は、瞬間最大視聴率60%は堅いんじゃね?」

 

『うぅむ……其れは否定するのが難しいが、確かに此の局面に於いて秋五の白式が進化するのは最高にして最大の一手になるのは間違いないか……少しばかり強引だが、白式のコア人格と秋五をコア人格の世界で引き合わせるか。』

 

「因みにそれ如何やんの?」

 

『白式のISコアにアクセスしてコア人格をISの表層意識まで強制的に引っ張り出して、コア人格に秋五の意識をコア人格の世界に連れて来させる。尤も、白式のコア人格を引っ張り出した時点で、コア人格が無意識に秋五の意識を連れて行ってしまうだろうがな。』

 

「うわ~お、思った以上に力技だった!」

 

 

そして此処で羅雪のコア人格が白式のコア人格にアクセスして強制的にISの表層意識まで引っ張り出した上で秋五の意識をISのコア人格の世界に連れて来させると言うトンデモナイ力技を使って秋五の意識をコア人格の世界に送り、そして其れによって動きを止めてしまった秋五をカバーする為に夏月とスコールとオータムは千冬(偽)を攻め立てて、千冬(偽)が動きを止めた秋五を攻撃出来ないようにしていた。

 

 

「背部装備が腕になるって……ダリルバルデかよ義母さん?」

 

「言われてみれば此れは確かにダリルバルデね……束博士、『水星の魔女』に大ハマりしてたから少なからず影響を受けているのかもしれないわね。」

 

 

夏月とスコールとオータムが其の気になれば千冬(偽)を倒すのはいとも容易い事だったかもしれないが、其れをしなかったのは『千冬(偽)の撃破は秋五が覚醒している時に行うべき』だと考えたからだろう。

 

 

「秋五が戻ってくるまで、少し遊んでやるよDQNヒルデ。シールドエネルギーの貯蔵は充分か?」

 

「一夜、私を相手に『遊んでやる』と言うとは中々に良い度胸だと褒めてやるが……暮桜を、私を倒せる奴はいないと言う事を其の身、其の命をもってして知るが良い――喜べ一夜、貴様の墓石には私が貴様の名を刻んでやる!」

 

「ジョーダン。アンタに殺されたんじゃ死んでも死にきれないぜ!」

 

 

夏月が居合で斬り込めば、千冬(偽)はギリギリではあるが其れをガードして斬り返すと、其のカウンターを夏月はダッキングで躱してカウンターのカウンターとなる斬り下ろしをかましたが、千冬(偽)は其れをガードする――と同時にスコールが斬りかかり、オータムが六刀流で攻めて来たので、千冬(偽)は一旦其の場から距離を取る事を余儀なくされていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、羅雪によって強制的に『白式のコア人格が表層意識に引っ張り出された事』で、白式のコア人格が無意識にコア人格の世界に連れて来た秋五の意識は常夏のビーチにあった――其れだけだったなら秋五もそれほど困惑する事は無かったのだが……

 

 

「常夏のビーチ……の海の家で全裸でポテチつまみながらレトロゲームを満喫してる君は誰?」

 

「うわおおぉっぉ!?」

 

 

其の常夏のビーチの海の家では、全裸でポテトチップスをつまみながらレトロゲームに勤しむ金髪ロングの美幼女の姿があった。

此の美幼女こそが白式のコア人格であり、羅雪によって強制的に表層意識に引っ張り出されたのだが、強制的に引っ張り出された事で逆にコア人格の世界を満喫してるようだった。

 

 

「君は、若しかして白式?」

 

「あぁ、その通りだ秋五……私は白式のコア人格だ。

 羅雪のコア人格に無理やり引っ張り出されたのだが、成程あいつは私とお前を此処で会わせる為にお前の意識を連れてきやすい表層意識まで引っ張って来たと言う事か。」

 

 

白式のコア人格は黒いイブニングドレスを構成して身に纏うと、改めて秋五に向き直る。

秋五としては千冬(偽)と戦っていたのに、イキナリ景色が変わった事に驚いてはいたが、目の前に居る美幼女が白式のコア人格である事を知ると、此処が『ISのコア人格の世界』であると理解していた。『天才』と称されているのは伊達ではなく、最小限の情報から正解を導く事は秋五が得意とするモノでもあったのだ。

 

 

「僕は、如何して此処に呼ばれたの?」

 

「簡単に言えば私が、白式が進化するために必要な事だったからだ。

 お前の此れまでの経験で私は二次移行する事は出来るのだが、母上が私に植え付けた『騎龍化の因子』を覚醒するには私とお前が邂逅して、私とお前がより強固な絆を紡ぐ必要があったのだよ。

 取り敢えず座れ。此処でどれだけの時間を過ごそうとも、外の世界では十秒ほどしか経過していないのでゆっくりして行け。と言うよりも相手になれ。一人プレイはつまらん。」

 

 

白式が二次移行する事は可能だが、その先の『騎龍化』を果たすには秋五と白式のコア人格がより強固な絆を紡ぐ必要があるとの事で、更に此処でどれだけの時間が経過しても外の世界では十秒ほどしか経過しないとの事なので、秋五は白式のコア人格に付き合って彼女がプレイしてたレトロゲーム『ストリートファイターⅡ´ターボ』で対戦する事になり、互いに最強と名高い『エドモンド本田』を使っての暑苦しい対戦が何度か展開されたほか、リュウとケンのライバル対決、ザンギエフとバイソンのプロレスvsボクシングの定番の異種格闘技対決などを行っていた。

 

 

「ぐおぉぉぉ、ダッストを吸い込むのかスクリューは!」

 

「これ位は驚く事じゃないよ……夏月なら、最弱と言われてた初代ストⅡのザンギエフで圧倒的不利が付くと言われてるダルシム相手にパーフェクト勝利しちゃうからね。」

 

「其れは本気で凄いな!?

 ……其れでだ秋五よ、お前は実の姉を討つ決意をしたみたいだが、こう言っては何だがアイツは最悪の場合は殺さねば止まらないだろう――お前は実の姉を殺す事が出来るのか?」

 

 

そんな中で白式のコア人格は秋五に『実の姉を殺す事が出来るか?』と聞いてきた。

千冬(偽)は確かに戦闘不能にした程度では止まらず、その命を奪わねば止める事は出来ないだろう――命を奪わずとも、脊髄神経を断裂して身体の自由が利かなくなるくらいの事はせねばならないだろう。

 

 

「殺す事が出来るかどうかは分からない、だけど必要なら僕は彼女に刃を向ける事に迷いはない。

 一夏が死んでからずっと考えていたんだ……一夏は本当は死なずに済んだんじゃないかって……彼女が決勝戦を棄権して一夏を助けに行ったら間に合ったんじゃないかって――でも、そうはならずに一夏は殺されてしまった。

 ある意味で一夏は実の姉であるあの人に殺されたとも言える……白騎士事件の際に多くの人を死なせ、或いはその人生を奪っただけではなく、実の弟まで殺したあの人を僕は絶対に許さない。

 だから、僕はあの人に断罪の刃を振り下ろさなければならないんだ。」

 

「ふ、少しばかり甘さはあるが答えとしては及第点と言ったところか……だが、此れならば私は騎龍化出来そうだ。

 では最後に私に名を付けてはくれまいか秋五よ?二次移行して、更に騎龍化したら私は白式ではなくなるのでな……新たな姿となる私に名を授けて欲しいのだ。」

 

「新たな名前……なら、雪桜って言うのは如何かな?雪のように白い肌と、桜色の瞳が印象的だからね。」

 

「雪桜か……うむ、気に入ったぞその名前♪」

 

 

秋五の答えは甘さが残るモノではあったが充分に及第点だったので白式のコア人格は此れならば騎龍化出来ると確信し、最後のトリガーとして秋五に新たな名を求め、秋五も其れに応えた事で白式の進化が始まり、雪桜と名付けられた美幼女が輝いたかと思った次の瞬間に、秋五の意識は急速に浮上して元の世界に戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラオラ、如何したブリュンヒルデ?テメェなんざ足だけで十分だぜ。」

 

「貴様……舐めるな!」

 

 

秋五が白式のコア人格とコア人格の世界で邂逅していた頃、夏月は見事なまでに千冬(偽)を手玉に取っていた。

暮桜の機能で全盛期以上の力を身に付けるに至った千冬(偽)だが、其れは所詮『表面を上書きした』に過ぎないので、更識姉妹との訓練で数えるのも面倒になるレベルで『奇麗なお花畑で見知らぬお爺ちゃんと出会った』経験がある夏月には脅威となる相手ではなかったのだ。

其の結果として足だけで対処すると言うトンデモナイ事をやっているのだが、タイで本場のムエタイを学んだ夏月の足技は見事なモノとなっており、最強の合体戦士と名高いベジットもビックリレベルの足だけ対処をやって見せたのだ。

千冬(偽)の攻撃を悉く蹴りで潰しただけでなく、一瞬の隙を突いてカイザー・ニークラッシュを叩き込み、更に二連続の回しハイキックを側頭部に叩き込むと其処から飛び足刀蹴りを喰らわせて暮桜のシールドエネルギーを大きく減らす。

 

 

「でもって追撃のアシュラバスターだ!」

 

 

吹き飛ばされた千冬(偽)はオータムがサブアームを使った六本腕で拘束し、キン肉バスターの上位互換版であるアシュラバスターをブチかます……絶対防御が発動した事で戦闘不能は免れたが、暮桜のシールドエネルギーは此れで更に大きく減少した。

 

 

「覇ぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ!!」

 

「秋五!」

 

「覚醒しやがったか……!」

 

 

更に此処で秋五が覚醒し、白式は二次移行すると同時に騎龍化して、『騎龍・雪桜』として生まれ変わった。

其の姿は他の騎龍シリーズに酷似しているが装甲は新雪の如き純白だが、腰に搭載された刀は桜色の鞘に納められており、何よりも『雪桜』は秋五がコア人格に送った名であるので、此れこそが白式の真の姿であるとも言えるのかもしれない。

 

 

「雪桜……行くぞ、此処で織斑千冬を討つ!」

 

 

此処で強化された秋五が参戦した来た事で、千冬(偽)は一気に窮地に陥る事になった。

と言うのも、秋五が強化されるまでの間の時間稼ぎを行っていた夏月とスコールとオータムも本気を出した事で千冬(偽)は暮桜の能力をもってしても追い付く事が出来なくなってしまい、被弾が多くなってしまったのだ。

加えて秋五の雪桜は白式だった頃よりも攻撃手段が増え、特に腕部に搭載されたビームクローは単純な近接戦闘武器だけではなく、ビームクローを発射する事も出来たので、近距離での突然の射撃には千冬(偽)も対処し切れていなかった。

 

 

「捉えたぜ……今だ、やれぇぇぇぇ!!」

 

「貴様……!!」

 

 

そして一瞬の隙を突いて千冬(偽)の背後を取ったオータムが六本腕で千冬(偽)拘束すると、其処にオータムが『デス・メテオ』レベルの巨大な火球をブチかまし、続いて夏月がワン・オフ・アビリティの『空烈斬』で暮桜の装甲を切り裂くと同時に、女性権利団体を蹴散らした嫁ズが参戦して夫々が強烈な攻撃を叩き込んで暮桜のシールドエネルギーをガリガリと削って行く。

更には束が外部ハッキングで暮桜のシステムに介入して暮桜のコアにシールドエネルギーがゼロになると同時に自己崩壊を起こすウィルスを仕込んでおり、暮桜の完全破壊も準備が完了していた。

 

 

「秋五、最大の一撃をブチかましてアイツを叩きのめせ!!」

 

「言われるまでもないさ夏月……織斑千冬は僕の手で討つ!此れで終わりだ……二十倍界王拳かめはめ波ぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 

其の攻撃の〆となるのは、秋五の雪桜の攻撃だ。

騎龍化した事で秋五の機体には新たに両掌にビーム発生装置が搭載されたのだが、秋五は其れを使って『地球上で最も有名な必殺技』を再現して千冬(偽)を暮桜諸共太平洋の遥か彼方に吹き飛ばしたのだった。

 

 

「かめはめ波はやっぱり最強の必殺技で間違いないな。」

 

「ガンダム種デスではデスティニーがかめはめ波を撃つって話もあったんだけど、結局は実現しなかったから残念……ガンダムがかめはめ波を撃つ事が実現していたら、日本のアニメ業界は今とは違う発展をしていたかもしれない。」

 

「簪、其れは其れとしてだぜ。」

 

 

吹き飛ばされた千冬(偽)がどうなったかを確認する術はないが、秋五の最後の一撃は雪桜のシールドエネルギーまでをも回した一撃だったので、其れを喰らった千冬(偽)が真面な状態で居るとは考えられないだろう。

仮に生きていたとしても、五体満足と言う事はあり得ない――其れを踏まえると、此度の戦いは此れにて終幕となったと言っても間違いではないだろう。

 

 

そして管制室が千冬のシグナルをロストしてから十分後に十蔵から『戦闘終了』が言い渡され、IS学園島に於ける戦いは幕が下りる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

太平洋上にある無人島、秋五の最後の一撃で吹き飛ばされた千冬(偽)の身は其処にあった。

暮桜の絶対防御が発動したおかげで一命は取り留めていたが、右腕以外の四肢は吹き飛び、右目は潰れ、頭髪も半分を失うと言う悲惨な状態になっていた。

普通の人間ならば絶命していたもオカシクないのだが、其れでも生きていたのは彼女が『織斑計画』の数少ない成功例である事が大きいだろう――だとしても其の命は風前の灯火なのだが。

そして絶対防御が発動した事でシールドエネルギーがゼロになった暮桜は束が送り込んだウィルスによってコアが自己崩壊を起こし、機体其の物は砂となって此の世から消え去ったのだった。

 

 

「クソ、クソ、クソ……こんなところで、こんなところで終わって堪るか……私は織斑千冬だ……世界最強の存在なんだ……其れを思い知らせてやる!!」

 

 

其れでもその執念は凄まじく、残った右腕で何とか身体を起こそうとするが其れが出来る筈もなく、精々身体を仰向けにするのが背一杯だった。

 

 

『………』

 

「カマキリ?にしては妙にバカでかいな?」

 

 

其処に現れたのはカマキリを取り込んで進化した宇宙からの来訪者だった。

カマキリ型の存在は千冬を取り込もうとしてカマを振り下ろしたのだが、千冬(偽)は唯一残った右腕で其れを掴むと逆にカマキリ型の存在に喰らい付いてそして其の存在を完全に喰らい尽くしてしまった。

だが、其れを喰らい尽くした千冬の身体には異変が起き、グニャグニャになったと思ったらあっと言う間に人間大の大きさのカマキリとなったのだが、カマキリの首から上は人間の上半身となっており、其処には両腕がカマキリの腕となった千冬(偽)が存在していた。

地球にとって近い将来に最悪の敵となる存在が、今ここに誕生したのであった――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode67『戦闘終了後のIS学園は平穏其の物であります!』

平和ってのは何にも代え難いモノだよなBy夏月     平和は金では買えないモノねBy楯無    平和は正義さByロラン


亡国機業とIS学園の戦闘が終わった後、束は最後に暮桜の反応をキャッチした太平洋上の無人島を訪れていた――千冬(偽)の生死と暮桜が己が打ち込んだウィルスで本当に崩壊したのかを確認する為にやって来たのだ。

 

 

「暮桜の最後の反応をキャッチしたのは此処なんだけど、何もないって言うのは解せないなぁ?

 仮にあいつが死んでたとして、其の死肉がカラスや海鳥に喰われたとしても骨は残る筈なのに、骨の欠片すら残ってないって言うのは流石にあり得ないよね?此処がアフリカのサバンナなら骨もハイエナが喰い尽くしちゃうから残らないかもだけど――最後の反応をキャッチしたのは島の中央だから波に持ってかれたって言うのも考え辛い……若しかして、しゅー君のかめはめ波で完全に消滅しちゃったのかな?

 いや、其れなら暮桜の最後の反応をキャッチ出来ないか。」

 

 

其処で束は千冬(偽)の遺体、或いはその痕跡を見付ける事が出来ずにいた。

秋五の攻撃で完全に消滅したのであれば暮桜の最後の反応をキャッチする事は出来ず、逆に此の場に千冬(偽)が吹き飛ばされて到着していたのなら、生死を問わずに何らかの痕跡が残っている筈だが其れもなかった。

生きているのならば此の場から移動するなり、生きる為に戦闘による負傷を治療しようとした痕跡、食料を確保しようとした痕跡等々、一つ位はそう言った痕跡が見つかるモノだが其れはない。

では死んだのかと言うと、遺体らしきモノは何処にも見当たらない――カラスや海鳥が群がったのであれば死肉はあっと言う間に食べ尽くされてしまうのだが、其れでも骨は残る。しかしその骨すら欠片も見当たらないのだ。

 

 

「この無人島に吹き飛ばされた後で消滅したって考えるのが一番妥当なんだろうけど、何て言うかシックリ来ないな……暮桜は私の仕込んだウィルスで消滅したとしても、何か違和感があるんだよね……まるで何か重大な見落としをしているような。

 アイツが死んだなら其れで終わりな筈なのに、私の第六感が警鐘を鳴らしてるのは何でだ?……まさかとは思うけど、束さんでも理解出来ない『何か』が存在してるのか?……なんて、其れこそまさかだね。

 『月より近くて遠い場所』って言われてる地球の深海の生物もほぼ全て網羅し、世界中のオーパーツの謎を解明した束さんに理解出来ない事なんてマジで存在しないっしょ?……古代エジプトの『王の記憶の石板』が実在してる事には驚いたけどね――高橋先生は何処で此れの存在を知ったんだか。」

 

 

束は自身の第六感が警鐘を鳴らしている事を感じながらも、其れを思い過ぎだと考える事にした――己の能力を過信している訳ではないが、専門の研究者ですら頭を悩ませている事案を解明してしまった束は、少なくとも此の地球上には自分を超える頭脳の持ち主は存在しない事を確信しており、だからこそ己が出した結論には絶対的な自信を持っていたのだ。

 

 

「だけど、警戒だけはしておいた方が良いかも知れないね……此の世に絶対は無いって言うから。

 騎龍が必要になる世界なんてのは無い方が良いんだけど、私は騎龍は世界にとって必要になると思ったから作った……ある意味では矛盾してるのかもしれないけど、私が騎龍を作ったから其れが必要になる世界になるのか、それとも其れが必要になる世界になるから私は騎龍を作ったのか……うん、考えても答えは出ないから、此れに関しては考えるのを止めようかな♪

 何れにしても世界は必要な選択をする筈だから……アイツの処遇を世界が決めたのなら、其れに従った上で、そして最終的にぶち殺すだけだね。」

 

 

束は誰に言うでもなくそう言うと専用の『人参型ロケット(ステルス迷彩搭載)』に乗り込むと無人島から飛び立って行ったのだが、其の無人島のある一本の木の枝には『首から上が千冬(偽)になったカマキリの抜け殻』が引っ掛かっており、其れは人参型ロケットが発射する際の噴出に押されて枝から外れて、更に島に吹き付けた強風によって海に飛ばされて海上に落下し、海上に落下した抜け殻はウミガメなどの海洋生物に食されて姿を消し、千冬(偽)と宇宙から飛来した宇宙生物が融合した事実は誰にも知られる事はなく、千冬(偽)と融合した宇宙生物(以降キメラと表記)は地下深くで其の力を蓄えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode67

『戦闘終了後のIS学園は平穏其の物であります!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亡国機業がIS学園を襲撃してからの週末を経た月曜日、学園祭の際にIS学園から姿を消していた夏月組は約半月ぶりにIS学園に其の姿を現していた。

夏月組が亡国機業のメンバーとなったと言う事は秋五組を含めてIS学園でもごく一部の生徒しか知らない事ではあるとは言え、こうして普通に登校していると言うのはあの戦いに参加したメンバーからしたら信じられない事だろう。

 

 

「夏月……だけじゃなくて君の嫁さん達もだけど、なんで普通に登校してるのさ?」

 

「俺達は亡国機業のメンバーではあるが、だからと言ってIS学園を退学した訳じゃないし、IS学園も俺達を退学処分にはしてないから、事が終われば復学ってなモンだぜ秋五。」

 

「うん、そうだとは思った、

 束さんがバックに居るなら君達が復学するのも簡単だとは思うからね……だけど、どうして君の義母とオータムが学園に居るのさ!?」

 

「其れは俺にも分からん。多分束さんが裏から手を回したんだろうな。」

 

 

幸いにも学園を襲撃したメンバーの事を知っているのは秋五組と真耶とごく限られたメンバーだったので、夏月達は無事に復学し、何の事情も知らないクラスメイトには適当な事情を説明して理解して貰っていたのだが、其れとは別にスコールが新たにIS学園の教師として就任し、オータムは学園警備員となっていたのだ。

どうしてそうなったのか、その詳細は夏月も知らないのだが、スコールとオータムは亡国機業でも指折りの実力者であるので、其れだけの実力者がIS学園に居ると言うのはIS学園としても頼もしい事であるのでスコールとオータムを受け入れたのだった――因みにスコールは一年四組の副担任と言う扱いだ。

 

 

「皆さん、席に付いて下さい。ホームルームを始めますよ。」

 

 

此処で一組には担任である真耶がやって来てホームルームが始まったのだが、真耶が担任となってから、一組の生徒達は真耶が教室に来ると席に付くようになっていたので、真耶の教師としての存在は千冬(偽)を上回っていると言っても良いだろう――千冬(偽)が担任だった頃は、ホームルームが始まっても生徒達は一部を除いて騒いだままだったのだから。

 

 

「今日は皆さんに新たなお友達を紹介したいと思います――入って来て下さい。」

 

 

それはさて置き、真耶は必要な連絡事項を伝えると、此処で編入性を教室に呼び込み、呼ばれた編入性は一組の教室に入って行ったのだが、其の編入生の容姿に一組はざわつく事になった。

と言うのも、編入性の容姿は嘗て一年一組の担任を務めていた千冬(偽)と瓜二つだったからだ。

 

 

「此度IS学園に編入した『織斑マドカ』だ、宜しく頼む――『織斑』の名で察した者も居るかもしれないが、私は此のクラスの『織斑秋五』の姉だ。」

 

 

更に此処でマドカが爆弾を投下して来た……新たな編入生が秋五の姉と言うのは中々のパワーワードであり、其れによって夏月組と秋五組を除く一年一組は暫し混乱状態になったのだが、其れは真耶が一喝して黙らせていた。

 

 

「彼女が僕の姉って……如何言う事なんだ?」

 

「其れが知りたきゃ昼休みに屋上に来な……其処で俺が知ってる限りの真実をお前に教えてやるよ。」

 

 

己の姉を名乗るマドカの登場に秋五は訝し気な表情を浮かべたが、其の詳細は昼休みに教えてやると夏月が言った事で秋五は取り敢えず今は深く詮索するのは止めてホームルームや授業に集中する事にしたようだ。

 

ホームルームが終わり、一時間目は『歴史(世界史)』だったのだが、担当教師が授業の途中で歴史話から脱線した事と、授業内容が『古代エジプト史』だった事から古代エジプトのミステリーやら何やらに関しての話題で盛り上がり、更に其処から夏月とロランが『遊戯王ネタ』をぶち込んだ事で話題は更に脱線して授業が終わったのだった。

 

授業終了後の二時間目との休み時間には予想通りと言うかなんと言うかマドカの周囲には生徒達が殺到してマドカを質問攻めにしていた――『織斑君の姉って如何言う事?』、『なんで今になって?』との質問に対してマドカは『秋五は私が姉であった事を覚えていないから話していなくても仕方ない。』、『私の方でも漸く準備が整ったからだ』と答えていた。

箒達もマドカに何か聞きたそうにしていたのだが、其処は秋五が『昼休みに夏月が説明してくれる』と言う事を告げると此の場でマドカに色々と聞くのは止めたのだった。

 

続く二時間目の『語学(担当教師はその都度変わる)』は本日は『日本語』だったので多くの生徒は問題なかったのだが、此処ではラウラが黒兎隊の副官であるクラリッサから教えられた『間違った日本語の使い方』を実に見事に披露して担当教師に何度目になるか分からない困惑を与えるのだった。

『糠に釘』の意味を『糠味噌に釘を入れると漬物が美味しく出来る』と答えられたら困惑もするだろう――尚、糠味噌に釘を入れると美味しくなるのではなく糠漬けの色が良くなるので誤解無きよう。

 

ラウラがボケをかました以外は特に問題なく二時間目は終わり、三時間目は体育だ。

本日の体育は『バレーボール』で、夏月と秋五は夫々の嫁が居るチームに配属され、夏月チームと秋五チームが試合を行う事になったのだが、其の試合は『此れはプロの試合か?』と思う位に凄いモノとなっていた。

チームメンバーは夏月チームが『夏月、ロラン、静寐、神楽、ナギ、本音』と言う構成で、秋五チームが『秋五、箒、セシリア、ラウラ、シャルロット、清香』と言う構成だったのだが、何方も一歩も引かない点の取り合いとなっていたのだ。

夏月チームは本音が穴にも見えるが、本音はアタッカーとしてはダメダメでもディフェンダーとしては優秀で、秋五チームのスパイクを拾える時には確実にレシーブして反撃に繋げていただけでなく、スパイクの為のトスも絶妙なタイミングで上げていたのだった――本音はセッターとしての能力が極めて高かったのだ。

 

そうして試合は互いに譲らぬままデュースとなり、夏月チームが一点リードで迎えたサーブ。

サーブを打つのはロランだ。

二、三度ボールを床に打ち付けたロランはボールを高くトスすると、ジャンプサーブではなく落ちて来たボールをアンダーサーブで高く上げた――ジャンプサーブではなく、『バレーボールの魔球』とも言われる『天井サーブ』をロランは打ったのだ。

天井スレスレまで上がったサーブ球は落下点が読み辛いだけでなく、通常のサーブとは比べ物にならない『落下速度』が追加されているので対応するのが極めて困難なのだが、其処は箒が天性の勘の鋭さでボールの落下地点に滑り込んでレシーブしてサービスエースは防いだ――のだが、レシーブ球はアーチを描いて夏月陣営に飛んで行き――

 

 

「ダイレクトォォォォォッォ!!」

 

 

其れを夏月がバックからダイレクトスパイクをブチかまして秋五陣内に突き刺してデュースを制したのだった――夏月のスパイクを受けた床は少しばかり焦げ付いていたのだが、その程度であるのならば然程問題はないだろう。

夏月が本気のフルパワーでスパイクしていたら体育館の床はぶち抜かれていたのだから。

 

 

「僕が言うのもおかしいかも知れないけど、本当に人間なのか君は?」

 

「徹底的に自分を鍛えて鍛えて鍛え抜くと此れ位の事は出来るようになるって言うサンプル……まぁ、その過程で何度か奇麗なお花畑で知らないお爺ちゃんとお話しする事になりますが……」

 

「うん、取り敢えず一般人には無理だよね。」

 

 

夏月もまた『織斑計画』によって誕生した存在なのだが、秋五はその事は知らないので『本当に人間なのか?』と感じても致し方ないだろう――とは言え他のクラスメイト達は特別突っ込んでは来なかったので、『一夜君のぶっ飛び具合は一組の常識だよね♪』と言う感じになっている可能性は否定出来ないのかもしれない。と言うかそうなっているのだろう。まぁ、平和である事に間違いはなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

体育の後の四時間目の『数学』も恙無く終わって昼休みとなり、夏月組は屋上でランチタイムとなっていた。

本日のランチも夏月お手製の弁当であり、主食はおにぎり三種(高菜明太子、野沢菜ジャコ、葉唐辛子と昆布の佃煮)でおかずは『ハチミツだし巻き卵』、『洋風豚の角煮』、『コールスローサラダ』、『四川風キンピラゴボウ』と言ったモノだった。

そして其処には秋五組も参加していた――マドカの真実を知る為に此処に来ていたのだ。

因みに秋五組のランチは箒と、箒から料理を教えて貰っているセシリアが一緒に作った弁当であり、主食は此方もおにぎり三種(ツナマヨネーズ、カレーミンチ、スモークサーモン)、おかずに『オムレツ風卵焼き』、『チーズ入りミニハンバーグ』、『ズッキーニのサラダ』と言ったラインナップだった。

 

 

「此処に来たって事は、真実を知る覚悟が出来たって事で良いか秋五?」

 

「あぁ、その通りだ……君が知っている事を全て僕に教えて欲しい。」

 

「了解だ。

 織斑計画の事は調べただろうから其れの詳細は省くが、コイツもまた織斑計画によって誕生した存在だ――但し、お前や織斑一夏みたいに『量産型』としてではなく、『唯一の成功例のバックアップ』としてな。」

 

「其れってつまり織斑千冬のバックアップと言う事だよね?

 データのバックアップではなく生身の人間をバックアップとして作るって言う事は……若しかして彼女は、織斑千冬に何かあった時の為のスペア、或いはドナーとして生み出されたって言うのか!?」

 

「察しが良いじゃないか秋五、流石は天才と言われただけの事はある。

 そして私が姉と言うのはだな、お前と一夏は私よりも後に誕生しているのだ――だが、お前達は『成長促進機』の中で六歳位まで身体を成長させてから外に出されてな、肉体的には十六歳で六年分の記憶も後付けで存在しているのだが、稼働時間で言えば十年であり、稼働時間が十三年の私の方が姉と言う事になる訳だ。」

 

「え~と、つまり僕と一夏は六歳までは精神と時の部屋状態だったって事?六年分の成長を数日位で行ったって事か……ますます業が深いね織斑計画と言うのは。

 ん?だけど如何して君は計画が凍結された際に僕達と一緒に『織斑家』の一員にならなかったんだ?」

 

「私は織斑千冬のバックアップであった事で記憶操作が出来なかったらしくてな……織斑千冬の記憶操作に苦労していた連中は『もう一度同じ事を行うのは面倒だ』と思ったらしく、私をスタンガンで気絶させて適当な場所に放置したのだからな。

 まぁ、そうして捨てられたところをスコールに拾われて今に至る訳だが。」

 

 

そうしてマドカに関しての真実を話すと、秋五と秋五の嫁ズは大層驚いていたが、其れ以上に気になったのが『マドカが千冬のバックアップであった事で記憶操作が出来なかった』と言う点だ。

逆に言えば其れは千冬もまた記憶操作が出来なかったと言う事になるのだから。

 

 

「千冬さんが記憶操作を出来なかったのならば織斑計画を行っていた連中は一体如何したと言うのだ?

 秋五と一夏の記憶を操作しても、千冬さんの記憶を操作出来なかったら意味はないだろう?……まさかとは思うが、マッタク別の人格を人工的に作り出して其れで蓋をしたとか言う訳じゃないだろうな?」

 

「箒、ファイナルアンサー?」

 

「え~と、ファイナルアンサー。」

 

「…………正解。」

 

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 

 

千冬の記憶操作に関しては、箒が見事なまでの勘の良さを発揮して正解を導き出していた。

束が理論で正解を導き出すのであれば、箒は直感で正解を選んでしまうと言う束とは異なる『天才』であるのかもしれない――『究極の理論と究極の直感は同じ答えを導き出す』と言われているが、束と箒は正にそうであるのだろう。理論の天才と天才的直観の姉妹とは、なんとも凄過ぎるのだが。

 

 

「箒が言ったように、織斑千冬は記憶操作が出来なかった事で、より強烈な人格で本来の人格に蓋をする事になったんだ――でもって、織斑計画をやってた連中は、とにかく本来の織斑千冬の人格に蓋をする事だけを考えて、倫理観とかを無視した兎に角強烈な人格を作り出して蓋をする事になった訳なんだが、話は其処で終わりじゃない。

 白騎士事件の際に、あろう事か白騎士のコア人格が織斑千冬の身体を乗っ取ろうとして彼女の身体に入り込み、蓋をされていた本来の織斑千冬の人格を白騎士のコアに送り込んだんだ。」

 

「な、なんだって!?」

 

 

更に追撃として夏月が『本来の織斑千冬の人格がどうなった』のかを伝えると、またしても秋五組は全員が驚き、ラウラに至ってはネットで見る『バカの人』の顔になっていたのだった。

此れだけでも十分に驚くべき事なのだが、夏月は『本来の織斑千冬の人格がどうなったのか』を説明する為に、羅雪のコア人格を半実体化させて秋五達に見せていた――羅雪は、白いレディーススーツを身に纏ってヘルメットタイプの仮面を被った『プロスペラ』の姿で現れて、『初めまして、羅雪のコア人格です。』とボケをかましてくれたのだが。

 

まさかのボケだったが、仮面を外した羅雪のコア人格は織斑千冬と瓜二つの容姿であり、羅雪から事の顛末を聞いた秋五達は又しても驚かされる事になった。特に秋五は、本当の姉がISのコア人格になっていると言う事実に心底驚き戦慄している様だった。

 

 

「貴女が本当の織斑千冬で僕の本当の姉さんなのか?……でも、だったらどうして姉さんは夏月の機体のコアに居るんだ?僕の機体じゃなくて……」

 

『其れはだな……夏月も私にとっては弟だからだ。

 束から織斑計画の事は聞いているだろうが、織斑計画の『イリーガル』についても聞いているだろう?其の『イリーガル』こそが夏月なのだ――初期能力は低く、しかし経験を積む事で劇的に成長する大器晩成型の夏月は、『生物兵器』としては失敗作としてマドカと同様に捨てられたのだが、其処をスコールに拾われた末に更識家に其の身を寄せる事になったのだ。』

 

「って、君も織斑計画で誕生した存在だったの夏月!?」

 

「実はそうでしたってな。

 どう言う訳か俺はお前達と同じ遺伝子から作り出されたにもかかわらず、目の色が金色になっちまった挙句にまさかの大器晩成型になっちまった訳なんだけどよ。因みに、俺の方がお前や一夏より先に誕生したらしいぜ。」

 

 

其れだけでは終わらず、羅雪は夏月の正体も虚実を織り交ぜた上で暴露して、夏月も其れを肯定していた――夏月=一夏である事は明かさないが、夏月もまた『織斑計画』によって誕生した存在であると言う事は伝えておいても問題はないと判断したからこそだが。

 

 

「僕が人工的に作られた存在だったって言う事だけでも驚きなんだけど、君もまた同じ存在だったとは驚かされたよ夏月……だったら君の事は『兄さん』と呼んだ方が良いかな?」

 

「いや、其れは今まで通りで良いぜ秋五。

 同い年の野郎に『兄』と呼ばれるのは違和感があるし、下手したら『漫画研究会』の腐女子共に要らないネタ提供する事になるかもだからな……冬コミで俺とお前のBL同人誌が販売されるとか冗談じゃないからよ。」

 

「其れは、僕としても冗談じゃないかな。」

 

 

だが、驚きの連続だったとは言え秋五組は全員がマドカの真実と千冬の真実と夏月の真実(若干改変)を受け入れていた――確かに驚くべき事であったのだが、だからと言って夏月が夏月である事に変わりはなく、羅雪に関しても『そう言うモノだ』と思ってしまえばそれまでであり、恐れるモノではなかったと言うのが大きいだろう。

箒達は羅雪が本当の織斑千冬である事を知って、秋五の婚約者となっている事を改めて伝えて挨拶して、羅雪も『秋五の事を宜しく頼む』と言って箒達の事を秋五の婚約者として認めていたのだった。

 

 

そんな感じで昼休みを過ごした五時間目は二組との合同授業の『IS実技』だ。

一組には夏月と秋五の婚約者である専用機持ちが多数存在しており、二組にも夏月の婚約者で専用機持ちである鈴と乱が居る事で、此の合同授業は生徒のレベルアップの幅が大きくなっていた――特に新たに夏月の婚約者となった静寐、神楽、ナギと秋五の婚約者となった清香、癒子、さやかは専用機持ちとなって日は浅いモノの其の実力は可成り高く、一般生徒の指導役としても申し分ないモノがあるのだ。

 

其の合同授業は、先ずは『夏月&静寐&神楽』vs『秋五&箒&セシリア』のチーム模擬戦が『お手本』として行われる事になった。

そして此の模擬戦は、夏月チームは静寐と神楽の『鎧空竜』が此れまでの戦闘経験を『IS自己進化プログラム』が学習して『近接型のオールラウンダー』として機体が自己進化しているので『近接戦闘がメインだがどの距離でも戦う事が出来る』チーム構成となったのに対して、秋五チームは『近接型の秋五と箒、後方支援のセシリア』と言う役割分担が明確になっているチーム構成の戦いとなった。

夏月チームにロランや鈴が居ないのは、夏月が戦力バランスを考えてチーム構成をしたからだ――秋五はこの間の戦いで機体が二次移行&騎龍化しているので夏月の羅雪と機体の性能差はほぼ無くなっているが、秋五組の他のメンバーの機体は騎龍化していない為、ロランや鈴をチームに加えると性能差があまりにも大きくなってしまうと考えて静寐と神楽を選んだのである。

試合のルールは通常のISバトルのルールに加え、決着の条件に『相手チームを全滅させるか、相手チームのリーダーを戦闘不能にする』が加えられた。

相手チームを全滅させるか、其れともリーダーのみを狙うのか、其れによって戦い方が変わってくると同時に瞬間的な判断力が必要になってくるのは間違いないだろう。

例えば相手チームに超絶強力な広範囲攻撃が出来る機体があった場合開始直後に全滅を狙ってくる可能性があるので真っ先に其れを潰す必要があるだろうが、逆にステータスを近接戦闘のタイマンに全振りした機体があった場合はリーダーを狙われる危険性があるので其れへの対処が必要になってくるのである。

 

 

「それでは、試合開始!」

 

 

真耶の号令で始まったチーム戦は、先ずは秋五組のセシリアがBT兵装を射出して『十字砲』の陣形を作り出して夏月組の動きを制限した上で、更に空間制圧を行おうとする。

夏月チームは『近接戦闘メインのオールラウンダー』であるため、高威力、長射程の遠距離武器が機体には搭載されていないので、空間制圧を完了すれば圧倒的なアドバンテージを得る事が出来るのだ。

無論夏月組も其れは解っているのでセシリアの十字砲の布陣を潰しに掛かるのだが、夏月には秋五が、神楽には箒が対応して十字砲の布陣を崩させないようにする――静寐がフリーになるとも思えるだろうが、その静寐にはセシリアが十字砲布陣のBT兵装から絶えずレーザーを放ち、更にライフルで攻撃する事で動きを封じていた。

 

 

「見事な薙刀捌きだが、その動きは素人ではないな?薙刀の経験者なのか四十院は?」

 

「実戦的な薙刀は未経験ですが、私は幼少の頃より白拍子を学んでいましてその中で……白拍子は男装して舞う事もあり、其の舞には薙刀を使うモノもありましたので――源義経の妾として知られている静御前も白拍子であり、実は薙刀の名手であったと言われていますので。」

 

「槍に刀で挑むには三倍の力量が必要と言われているが、槍の『斬る』、『突く』、『打つ』に加えて防御の『受け流し』がある薙刀には三倍以上の力量が必要となるか……私も二刀流には自信があるのだがな!」

 

 

「僕の機体も騎龍化したのに……マッタクもって差が縮んだ気がしない……!」

 

「機体が進化した程度で俺とお前の差がそう簡単に埋まる筈がねぇだろ?俺とお前じゃ潜ってきた修羅場の数がダンチだからな……俺との差を埋めたいならウージー持った悪党一ダース相手に刀一本で切り抜けるって事を最低五回はやらないと無理ってモンだぜ!

 それと、此の作戦はお前が考えたモノだろうが、良く出来てるが少しばかり静寐の事を甘く見たな?確かにフリーになる静寐をセシリアに任せるってのは悪くないが、其れで静寐をジリ貧に出来ると思ったら大間違いだぜ。」

 

「え?」

 

 

神楽は箒と、夏月は秋五と正に『火花を散らす近接戦闘』を行っており、此のままの状況が続けば静寐をセシリアが戦闘不能にして其のまま秋五組の支援に入ると言う流れになっていたのだが、夏月が秋五に端的に『静寐を甘く見るなよ?』と言った次の瞬間、十字砲布陣を完成していたBT兵装の一機が破壊された――静寐がビームダガーを投擲して破壊したのだ。

此れによりBT兵装による十字砲は弱体化したのだが、其れだけでなく静寐はセシリアからの狙撃と残ったBT兵装からの攻撃を躱しながらビームダガーを投擲、或いはビームハンドガンで攻撃して次々と破壊して行き、遂にはBT兵装を全て破壊するに至ったのだ。

静寐は夏月組では特に突き抜けた能力はなく、IS操縦者としては『凡百な近接型オールラウンダー』と言った感じなのだが、静寐の真骨頂は其の観察眼にある――相手の一挙一動を見逃す事なくつぶさに観察して攻防のクセ、其れによって生じる隙を見出す能力が超人的に秀でているのである。

其の能力によってセシリアの十字砲撃のクセと弱点を見極めた静寐は、攻撃を完璧に回避してBT兵装を全て破壊し、そして今度は自分の領域である『近接戦闘』に強引に持ち込んだのだった。

 

 

「なんと言う観察眼……でもこれも夏月がいなかったら埋もれていた才能……その稀有な才能の持ち主とこうして戦えると言うのはこの上ない幸運ね!」

 

「亡国機業でも可成り鍛えられたからね……勝たせて貰うよセシリア!」

 

 

セシリアも銃剣術で近接戦闘に対応するが、静寐は学園祭で夏月と共に亡国機業の一員となった後、オータムやマドカ、ナツキに何度も地獄を見せられたので代表候補生としては新米であっても国家代表クラスの実力を獲得していた――其れは神楽とナギにも言える事なのだが。

其の経験で近接戦闘の力を高めた静寐と銃剣術も出来る狙撃型のセシリアでは其の差は歴然であり、静寐の小太刀二刀流がセシリアの『銃剣術に対応した新装備』である『スターライトMk.Ⅴ』のブレードと銃身を斬り落とし、トドメは目にも留まらぬ逆手二刀流の連撃でブルー・ティアーズのシールドエネルギーをゼロにした。

 

そしてこれにより夏月組は数の上で有利となり、夏月は静寐とスイッチしてフリーとなると、ビームダガーを可能な限り大量に投擲し、其れを空中でホバリングさせて固定する。

その狙いは言わずもがな秋五と箒だ。

 

 

「見えている事が逆に恐怖だろう?お前達は将棋やチェスで言うところの『詰み』にはまったのだ……逃げ場はないぞ!」

 

 

此処でビームダガーが一斉に発射され、其れと同時に静寐と神楽は夫々戦闘空間から離脱し、秋五と箒に無数のビームダガーが向かう――秋五と箒は其れを何とか全て叩き落そうとするモノの、あまりの数の多さに全てを落とす事は出来ずに何本かは喰らってしまう結果に。

 

 

「終わりだ……」

 

 

更に其処にダメ押しとばかりに夏月が羅雪のワン・オフ・アビリティの『空烈斬』を発動して、秋五と箒の周囲に『空間斬撃』を無数に発生させ、其れを喰らった秋五と箒は機体のシールドエネルギーを大きく減らす事になった。

其れでも箒の『紅椿』のワン・オフ・アビリティの『絢爛武闘』を使えばシールドエネルギーを回復出来たのだが、そうはさせまいと夏月と静寐と神楽は秋五に近付き、夏月は逆袈裟二連斬、静寐は小太刀二刀流六連斬、神楽は薙刀円舞斬を叩き込んで雪桜のシールドエネルギーをゼロにする――秋五チームのリーダーは秋五なので、秋五が戦闘不能になった事でこの試合は夏月チームに軍配が上がったと同時に、チーム戦での戦い方の難しさを他の生徒に伝えるには充分なモノとなっていた。

 

チーム戦後は専用機持ちごとにチームが分けられて本日の課題を熟す事になった――本日の課題は『空中での姿勢の安定』だったのだが、夏月達の指導の良さと真耶のサポートもあって、この授業でほぼ全ての生徒が空中での姿勢制御を身に付けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、放課後の訓練を終えた夏月達は『e-スポーツ部』の活動に勤しんでいた。

ロランと簪は『未改造のストラクチャーデッキでのデュエル』を行い、ロランは『精霊術の使い手』を使い、簪は『王者の鼓動』を使っていたのだが、フィールドに各属性の『憑依装着』、魔法罠ゾーンにペンデュラムの『ダーク・ドリアード』、永続魔法の『憑依覚醒』を揃えた事で各憑依装着は夫々攻撃力が二千ポイントアップして攻撃力三千八百五十となってレモン軍団を圧倒していた……コンボによってはレベル四のモンスターでもレベル八のモンスターを圧倒する事が出来るのである。

 

 

「これだけでも凄いのに、魔法族の里で魔法カードの発動を封じられたらもうどうしようもない……回った時の霊使いデッキは恐るべしだね。」

 

「逆に言えば、回らなかったらどうしようもないのだけどね。」

 

 

此のデュエルはロランに軍配があった。

そして同じ頃夏月はオンラインマッチで『KOFⅩⅢ』対戦を行っており、『ネスツスタイル京』、『大門』、『クラーク』のチームで連勝を重ね、『格闘ゲームでの対戦動画』をアップしているユーチューバーとも戦い、大門での三タテ、クラークでの三タテ、ネスツスタイル京での三タテを決めて絶対的勝利を収めたのだが、後日此の対戦動画が公開された事で、対戦相手が誰なのかを特定する動きがあったのだが、其れは楯無が更識の力と束の力を使って全力で妨害したのでこの試合の対戦相手が誰であったのかと言うのはIS学園の『e-スポーツ部』の部員以外には知る者は居なかったのだった――居なかったのだった。大事な事なので二回言いました。

そして同時に、現在のIS学園は平穏無事其の物でなのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode68『修学旅行PartⅠ~古都を存分に楽しめ~』

修学旅行に逝ってきまーす!By夏月     逝ってらっしゃーい!By楯無    字がオカシイと言うのは無粋かな?ロラン


夏月達がIS学園に復学した際に変わった事として、其れまでムーンラビットインダストリー本社で過ごしていたゴールデンウィーク中に夏月とヴィシュヌが高尾山で保護した狐の『クスハ』がIS学園に居ると言う事だろう。

此れまでは『寮や教室にクスハが居たらDQNヒルデが何を言ってくるか分からない』と言う理由からムーンラビットインダストリーで過ごしていたクスハだったが、其のDQNヒルデがIS学園から居なくなった事で学園島に送られ、『夏月パパ』と『ヴィシュヌママ』と共に暮らす事になり、日替わりで一組と三組に居る事になっていたのだった。

そしてゴールデンウィークの時は子狐だったクスハも今では立派な『大人の狐』の身体になっており、突然変異であると思われる二股の尻尾も成長と共に数が増えて今では伝説の妖狐である『玉藻の前』と同じ『九尾』となっていた。

 

 

「うぅ~む、雪のような純白の毛並みに九本の尻尾……伝説の妖狐そのものではないか!この尻尾でもふりたい……存分にモフモフを堪能したい!

 夏月よ、お前とヴィシュヌのキツネ……とてもモフモフしているな。」

 

「ボーデヴィッヒ、お前は何時から天狐の事になるとポンコツと化す忍者になったんだ?」

 

「いや、ラウラは戦闘時以外は割と普段からポンコツで天然だろう?故に我がクラスに於けるマスコット的存在になっている訳であるし……いや、可愛い動物が好きだったと言うのは確かに意外ではあるが。」

 

「ウサギってのはキツネに捕食される側であってキツネをモフるモンじゃないと思うんだがなぁ……」

 

 

学園にやって来たクスハは、其の愛らしい容姿と束が作った『人語発声装置』を使ったコミュニケーションで学園の生徒のみならず教師の間でも大人気となっており、各種SNSにおけるIS学園の公式アカウントのアイコンも『漫画研究会』のメンバーが書いた『クスハのイラスト』に正式に差し替えられてしまった位なのである。

 

 

其れは其れとして、亡国機業が二度目の学園襲撃を行った際に千冬(偽)の受け渡しを妨害した『ブリュンヒルデの信奉者の生徒』と、戦闘に参加した『女性権利団体の残党メンバー』に関して少し触れておくとしよう。

受け渡しを妨害した生徒は、千冬(偽)を暮桜が封印されている区画まで案内し、千冬(偽)が暮桜で出撃した直後にやって来た教師部隊のメンバーによって捕縛され、其の後数日間学園の地下独房で過ごした後に『退学処分』となり学園島から追放された――だけでなく、日本全国の公立私立全ての高校にIS学園での蛮行が通達されていたので一般の高校に編入する事も最早叶わず、最終学歴が『中学卒業』と言う、現代では就職するにしても厳しいモノとなってしまったのだった。自業自得と言えば其れまでかも知れないが。

一方で女性権利団体の残党に関しては束が匿名で送った機体に乗って戦闘に参加した末に全員が学園の教師部隊によって鎮圧されたのだが、『パイロットの生命力をエネルギーとする機体』……端的に言えば『乗ったら最悪死ぬ機体』に乗った事でパイロット達は其の殆どが老婆と化しており、中には絶命してミイラ化した者まで存在してたのだった。

辛うじて老婆化で済んだ連中も、軒並み生命力を限界まで使い切ってしまった事で数日の内に全員が『二十~四十代で老衰で死亡する』と言う、普通ならば有り得ない最期を迎える事になったのである。

 

また、学園の教師として赴任したスコールと、学園の警備員として着任したオータムに関しては、此れは束が学園に働きかけただけでなく、スコールとオータムが自身を学園に売り込んだと言うのも大きかった。

亡国機業は謎の多い組織ではあるが、兵力、財力、権力等々有している力は大きいので、IS学園としても亡国機業との繋がりが出来るのはメリットの方が大きいと考えてスコールとオータムを雇う事にしたと言う背景があるのだ――束としては、自分が予測した『騎龍が必要になる世界』になってしまった場合、IS学園が前線基地になる可能性が高いので、オータムとスコールを配置しておいた方が良いと言う思惑があったのだが。

 

 

「夏月、クスハが覚えている技はなんだ?『かえんほうしゃ』、『だましうち』、『あやしいひかり』、『おにび』か!」

 

「いや、ポケモンのキュウコンじゃねぇから!

 仮に束さんが何らかの方法でポケモン的な技を覚えさせたとしたら、公式で覚えられる技設定とかガン無視して『せいなるほのお』、『なみのり』、『10まんボルト』、『あやしいひかり』または『ほろびのうた』って構成になるから。」

 

「その技構成は炎タイプの弱点を補える見事な技構成だな!」

 

 

取り敢えず現在のIS学園は平穏無事其の物であった。

尚、千冬(偽)に関しては学園での戦闘終了後に束が『白騎士事件の真相』と三年前の第二回モンド・グロッソに於ける『織斑一夏誘拐事件』の真相をネットや各種メディアに暴露した事で『ブリュンヒルデ』の幻想は完全に崩れ去り、一転して千冬(偽)に対しての非難が殺到する事になり、『ブリュンヒルデの伝説』は幻想の産物として葬られ、逆に千冬(偽)には『日本が恥ずべき稀代の犯罪者』との烙印が捺される事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode68

『修学旅行PartⅠ~古都を存分に楽しめ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亡国機業の襲撃があったので体育祭は中止となったのだが、体育祭の後のイベントである一年生の修学旅行は予定通りに行われる事となり、IS学園の一年生達はモノレールで本土に移動した後にバスで東京駅まで移動し、其処から新幹線で奈良に向かっていた。

バスでの移動ならば車内でカラオケ大会と言う事も出来たのだが、新幹線では其れは出来ないので生徒達は奈良の到着するまで座席に座っている以外の選択肢は無かったのだが――

 

 

「なんか動きが悪いな?若しかして手札事故やっちまったのか?だとしたらご愁傷様としか言えないんだが……」

 

「『好きなカードでデッキを組む』と言う縛りを入れてみたが、おかげで個性的なコンボが見れて楽しいモノだね……結束で起動砦のギア・ゴーレムの守備力を一万まで上昇させた上で攻守を逆転してからのリミッター解除、そしてダイレクトアタックのコンボには少し胆を冷やされたさ。」

 

 

一年一組の生徒が乗る車両では、『e-スポーツ部』所属の夏月とロラン、顧問の真耶によってスマートフォンゲームの『マスターデュエル』を使ったデュエル大会が開催されて移動中の退屈を解消していた。

『女子高生が遊戯王?』と思うだろうが、IS学園の生徒は『e-スポーツ部』の各種大会での活躍を見てゲームを始めるモノも少なくなく、通じて遊戯王を始めた生徒も割かし多く、学園の売店でも遊戯王カードの取り扱いを始めたくらいなのである。なので大会は可成り盛り上がっていた。

デュエル大会は三ブロックに分かれたトーナメントで、トーナメントの優勝者は夫々のブロックのボスである夏月、ロラン、真耶に挑む権利を得て、ブロックボスに勝利する事が出来れば見事『マスターデュエリスト』の称号を得て、賞品である『ホログラフィックレア仕様の初期版イラストの青眼の白龍』、『シークレット仕様の初期版イラストのブラック・マジシャン』、『シークレットレア仕様の初期版イラストの真紅眼の黒竜』の『初代御三家超レアセット』+『学食スウィーツ無料券十枚組』を手に入れる事が出来るのだが、既に大会は三巡して居るにも関わらず、未だにブロックボスを突破する者は存在していなかった。

 

夏月のデッキは『攻撃振りの青眼デッキ』、ロランのデッキは『満足しかないハンドレスデッキ』、真耶は『直焼き上等真紅眼デッキ』となっており、何れのデッキも手札によっては一ターン目で詰みとなるだけでなく、真耶のデッキは先攻での焼き殺しすら可能なデッキだったのだ――故に、此のボスの牙城は中々崩す事は出来ず、結局奈良到着までにブロックボスを撃破する生徒は現れなかったのだった。

其れでも三巡した大会で最も成績の良かった上位三名に『敢闘賞』として成績一位の生徒に『青眼の白龍のカードと学食スウィーツ無料券四枚』、二位の生徒に『ブラック・マジシャンと学食スウィーツ無料券三枚』、三位の生徒に『真紅眼の黒竜と学食スウィーツ無料券三枚』が送られていた。

因みにクスハは『夏月パパとヴィシュヌママと一緒に行きたい』と言って聞かなかったので、伝説の呪文『ぬいぐるみ』を使った上でヴィシュヌが連れて行く事になった――男性が大きなぬいぐるみを抱えていると言うのは中々に不気味なのでヴィシュヌが連れて行く事になったのは妥当と言えるだろう。

尤も『ぬいぐるみ』は車内限定なので其れ以外の場所では普通に動けるのだが。

 

 

奈良到着後、先ずは団体行動となるのでやって来たのは修学旅行定番の『奈良公園』だった。

数多くの鹿が観光の目玉となっている奈良公園だが、此の時期の雄の鹿は角を切り落とされている状態だった――五月頃ならば『袋角』、『パイプ角』と呼ばれる角が成長途中の状態なので雄は角付きなのだが、夏が過ぎて秋に入ると角が育って研ぎ始めて鋭くなって危険なので切り落とされるのだ。

だが奈良公園の雄鹿は最早『角の立派さでは雌の気を引く事は出来ない』と悟っており、角なしの頭での頭突き合戦で雌雄を決する事になっており、『角の立派さで決まる鹿』よりも可成り原始的な力勝負での雌の獲得を行う事になっていたのだ。

 

 

「鹿せんべい……夏月、此れは人間も食べる事が出来るのかい?」

 

「材料は人間が食っても害がないモノだから食べても大丈夫だが食べても多分旨くはないぜ?味はないし、普通のせんべいと比べると食感もボソボソだろうからな。」

 

「ふむ……鹿せんべいの材料は何なのかな?」

 

「ふすま。分かり易く言うなら米ぬかをメインにした穀物の殻だな。」

 

「うむ、其れは確かに美味しくはないだろうね。

 で、何故に君と織斑君には雌の鹿が群がっているのかな?」

 

「其れは俺と秋五が聞きてぇっての……オイ秋五、天才なら何でこんな事になってるのか分析して説明しろ。俺にはマッタクもって意味が分からん。」

 

「え~っと……多分だけど、君と僕は『織斑計画』で誕生した『最強の人間の量産型』で、其れはある意味で『最強の生物』とも言えるから、『種の保存の為により優秀な遺伝子を求める野生動物』からしたら魅力的な存在なのかな?」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

 

其の一方で夏月と秋五は雌の鹿に囲まれていたのだが、其れには夫々の嫁ズが『私の旦那に何してんの?』と言わんばかりの殺気をぶつけて雌鹿達を退散させていた……臨海学校の時も夏月は雌のイルカに囲まれていたので秋五の仮説はあながち間違いとは言えないのかもしれない。

奈良公園は鹿だけでなく、見るべき歴史的建物も少なくないので、其れを見学しながら、途中にある社務所で破魔矢を買ったりおみくじを引いたりして奈良公園を目一杯楽しんだ。

夏月組と秋五組も社務所でおみくじを引いていた。

 

 

「お姉ちゃん吉か。私も吉だね。」

 

「おぉ、大吉だ。」

 

「僕も大吉だね。」

 

 

其の結果は夏月と秋五、簪と箒が『大吉』、ロラン、ヴィシュヌ、セシリア、ラウラ、静寐が『中吉』、鈴、乱、神楽、ナギ、清香、癒子が『吉』、コメット姉妹、さやか、夏月の嫁の嫁であるフォルテが『小吉』と言う結果に。

 

 

「シャルは如何だったの?」

 

「秋五……僕はねぇ……なんと大凶だったよ。」

 

 

他の面々は中々に良い結果だったのだが、シャルロットはまさかの『大凶』を引き当ててしまっていた――『凶』ですら中々引く事が出来ない事を考えると、『大凶』を引いたシャルロットはある意味では凄まじい『強運』の持ち主と言えなくもないのだが、『大凶』を引き当ててしまったと言うのは気分的は決して良いとは言えないだろう。

 

 

「あ~……その、なんだ……流石にアレだからもう一回引いてみちゃどうだデュノア?」

 

「うん、僕もそう思う。この結果が後々尾を引いてもいけないと思うからね。」

 

「うん、僕もそう思って引き直してみたんだ……でもそれも大凶で、その次も大凶で、引き続けた結果十連続で大凶をドローしちゃったんだよねぇ……其れだけでも大分絶望的なのに細かい運勢では十枚全てで無くし物が『見つかりません』、『出ないでしょう』、『諦めるが吉』って如何言う事さ!?

 僕って此処までの凶運の持ち主だったの!?」

 

「シャル、其れは……」

 

「極度の腹黒が原因かもな……まぁ、日本には『災い転じて福となす』って言葉もあるから、十連続で『大凶』だったからって悲観する事もないだろ?逆に言えば十連続で大凶を引いちまったって事は最悪は使い尽くしたとも言える訳だから此処からは浮上してくだけって考える事も出来る。

 物事は前向きに捉えた方が上手く行くモンだぜ。」

 

「アハハ……確かにそうかもしれないね……」

 

 

加えてシャルロットは十回も『引き直し』を行っていたにもかかわらず『十回連続で大凶を引き当てる』と言う、ギネスに申請したらギネス記録に認定されるのではないかと言うレベルの『凶運』を発揮していた。『狂運』と言っても良いかも知れないだろう。

此れには流石のシャルロットも気分が沈んだのだが、夏月の『最悪は使い果たしだろうから此処からは浮上して行くだけだ』との言葉を聞いて気分的に持ち直して奈良公園を楽しんだのだった。

 

奈良公園を後にした一行は観光バスで京都まで移動する事になり、移動中のバス内では全てのクラスで『カラオケ大会』が開催され、特に一組のバス内では白熱したカラオケバトルが展開されていた。

夏月と夏月の嫁ズのデュエットと、秋五と秋五の嫁ズによるデュエットが高得点を叩き出していたのが主な要因であり、今もまた秋五と箒が『楽園』をデュエットして本日の最高得点となる『九十八点』をマークしていた。

そして続いては夏月とロランのデュエットなのだが、夏月とロランがチョイスしたのは『桑〇佳祐&Mr.children』による名曲『奇跡の地球』で、桑〇パートを夏月が、Mr.childrenのボーカルである〇井パートをロランが担当し、その見事なデュエットはバス内に響き渡り、終わってみるとまさかの百点満点を記録して完全勝利をマークしていた。

尚、二組では鈴と乱のデュエットが無双してぶっちぎりの一位を獲得し、三組ではコメット姉妹が現役アイドルの力を遺憾なく発揮して無双しただけでなくヴィシュヌが日本の名曲をタイ語で歌い上げると言う凄技を披露し、四組では簪がアニソンをメインに高得点を叩き出して無双していた。

 

 

そんなこんなで一行は京都の『平等院鳳凰堂』にやって来ていた。

十円硬貨にも刻まれているので名前は知らずとも其の見た目は日本国民には『十円玉硬貨のデザイン』として広く認知されており、現地にやって来た生徒の多くは財布から十円玉を取り出して本物と見比べていた。

夏月も御多分に漏れず財布から十円玉を出していたのだが……

 

 

「夏月、其の十円玉すっごくピカピカだけど、若しかして新しい十円玉?」

 

「そう思うだろうが違うぜ静寐。

 聞いて驚け、此の十円玉はなぁ……昭和六十四年の十円玉だ!」

 

「「「「!!!」」」」

 

 

其の十円玉はピカピカの状態であり、見た目は今年発行されたばかりの十円玉其の物なのだが、なんと此の十円玉は昭和六十四年発行の十円玉だったのだ。

昭和六十四年は僅か七日間しかなかった年号であり、その期間に発行された硬貨は其れだけでも貴重と言えるのだが、其れが新品同然の状態で存在しているとなれば驚くなと言うのが無理な話だ。

 

 

「何処で手に入れたんだい?」

 

「いや、普通に買い物したお釣りで貰ったんだけど、妙にピカピカしてるから新しいのかなと思って年号見たら昭和六十四年だったから俺も驚いた――で少し光沢が鈍りかけてたからクリームクレンザーで磨き上げたら見事な光沢が復活したって訳だ。

 そんでもって錆びさせるのは勿体ないから定期的に磨いて光沢が失われないようにしてんだよ。」

 

「つまり物凄いレアな十円玉と言う事ですね。」

 

 

まさかの夏月のレア十円玉のお披露目となったが、平等院鳳凰堂の見事なシンメトリの造りは実に美しく、学園の生徒達は暫し歴史の偉大な建造物を心行くまで楽しみ、最後は平等院鳳凰堂をバックに集合写真を撮ってターンエンド――夫々が自由にポーズを決めていい集合写真ではあったのだが、何を思ったのか夏月と一組の夏月の嫁ズは『ギニュー特戦隊』のポーズをとって、其れに対抗心を燃やしたラウラの提案で秋五組は『黒蠍団招集』のポーズを決めると言う中々にシュールでカオスな集合写真となっていた。

其れを咎める事なく、自身も『私立ジャスティス学園』の『鏡恭介』の勝利ポーズである『馬鹿の一つ覚えってやつだな』をやっていた真耶はノリが良く、しかし〆る時はキッチリ〆るメリハリがあり親しみやすさもあるので修学旅行に於ける生徒の多少の嵌め外しには寛容なのだろう――ノリが良いが、〆る時は〆る、決して怒らないが正しく叱ってくれる真耶は教師の鑑と言えるだろう。

 

 

平等院鳳凰堂を後にした一行は京都の商業施設にて昼食を済ませた後に修学旅行中お世話になる旅館に到着した。

京都でも老舗である其の旅館は『和』の情緒が散りばめられており、客室は全室畳張りの和室となっているだけでなく、大浴場は男女は別れているとは言え露天であり、その露天風呂も『和』の情緒を大切にしたモノだったのだ――尤も遊戯コーナーだけは『和』の情緒だけでは構築出来なかったので、筐体型のゲームも多数存在しているのだが、其れは致し方ないだろう。

 

旅館に到着したのは夕方であり、夕食までは自由時間となったので先ずは班別に割り当てられた部屋に向かって行った――部屋割りは同クラスであり同班のメンバーなので、夏月は一組の嫁ズ(ロラン、静寐、神楽、ナギ)と同室だったのだが、秋五は嫁ズがオニール以外は全員一組と言う状態だったので揉めに揉めた末に平和的にじゃんけんで班を決める事になり、其の結果として秋五と同じ班になったのは箒、セシリア、ラウラ、清香、癒子であった。

因みにじゃんけんバトルは箒が剣道で鍛えた動体視力を武器にして相手の出す手を拳の握り方から予想すると言う方法で連続あいこの末に勝利を収めると言うトンデモナイ事をやってくれていたのだった。

 

 

「畳張りの純和風の部屋か、悪くないな。」

 

「畳に布団、私にとっては憧れのモノだね。」

 

 

部屋にはお湯の入ったポットと『抹茶のティーパック』、そして個包装の生八つ橋が『もてなし』として置かれていたので、夏月達は先ずは其れで一息吐いてから夕食時間までスマホゲームのオンライン対戦や遊戯コーナーでのゲーム対戦を楽しんだ。

 

 

「うぅむ……私は『九』の牌を捨ててリーチだ!」

 

「此処でリーチを掛けて来たかロラン……だが其れはロンだ!

 そして俺が作り上げたのは、『一生に一度見る事が出来る事が出来るか』、『此れが揃ったらロンでもツモでも相手は死ぬ』と言われている麻雀に於ける最強の手牌、発生率0.0005%の『九蓮宝燈』だぁぁぁ!!」

 

「な、なんだってぇ!?」

 

 

その遊戯コーナーの雀卓では夏月、ロラン、静寐、神楽が麻雀対決を行っていたのだが、三連敗していた夏月が四戦目で土壇場の『九蓮宝燈』をロン上がりで決めて他者を一気に滅殺していた――九蓮宝燈ーと言う最強の手牌をロンで揃えた夏月の得点は凄まじいので、此れにて夏月がトップになっただけでなく、他者のポイントも根こそぎゼロにして夏月は文字通りの完全勝者となったのだった。

 

 

「負けてしまったか……麻雀で負けた時は服を脱がねばならないのだったかな?確か麻雀ゲームで勝った時には負けた相手が服を脱いでいたと記憶していたのだが?」

 

「いや、其れはゲームの中だけだからな!?つーか誰だよ部室に脱マーのソフト持って来やがったのは……少なくとも学校でやるモンじゃねぇだろうが。」

 

「そう言えば前にネットで見た事があるのですが、今から二十年以上前のゲームセンターにはその手のゲームが普通に置かれていて誰でもプレイ可能だったそうですよ?」

 

「倫理観仕事しろぉ!

 思春期の男子には悪影響しかねぇわ!!」

 

「尤もその頃は格闘ゲームが全盛期であり、ストリートファイターシリーズやKOFシリーズの対戦台が盛り上がっていた時期なので、其の手のゲームをプレイしていたのは格闘ゲームが下手な大人達だったようですが。」

 

「リュウと草薙京が思春期男子への悪影響を防いでたのか……」

 

 

其の後、他クラスの夏月の嫁ズも遊戯コーナーにやって来て夏月達とゲームを楽しみ、更に其処に真耶も加わって改めて麻雀が行われたのだが、何と真耶が此処で『哲也-雀聖と呼ばれた男-』の主人公である『阿佐田哲也』もビックリの麻雀テクニックを披露して夏月の嫁ズのみならず夏月にも痛烈なハコ(点棒枯渇の意)を喰らわせていた。

強上がり役を揃えるのは当然として、ダブル役満、トリプル役満を決めた挙句に九蓮宝燈をも超える出現率0.0003%の『輪廻転生しても拝む事が出来るかどうか分からない』と言われている麻雀に於ける幻の役である『天和(自分が親の時、配牌時の14枚で既にアガりの形=和了形が完成している場合に成立)』を決めた際には夏月が五百円玉を投げて柏手を打ったくらいだったのだ。

 

 

「真耶先生……いっそプロ雀士になっては如何でしょうか?ぶっちゃけ此れだけの腕があればギャンブル漫画の主人公にも勝てるんじゃねぇかって思ってる俺が居るんですわ。」

 

「夏月君、麻雀は遊びの範囲で楽しむから良いんですよ……プロ雀士になったらISの代表候補生時代に培った動体視力其の他諸々を用いて相手の手牌とか高速イカサマも可能ですからね。

 やろうと思えば多分ツバメ返し位なら余裕で出来ると思います。」

 

「房州さんの奥義を余裕で……やっぱり真耶先生は最強だわ。」

 

 

真耶の雀士としての腕が凄まじい事は証明されたところで夕食となり、クラスごとに『大広間』にて夕食となったのだが、其の夕食のメニューが中々に凄かった。

白米と澄まし汁は兎も角として、其れに『天婦羅の盛り合わせ』、『生湯葉の刺身』、『落とし鱧の梅肉和え』が加わった超豪華な膳となっていたのだ。

特に天婦羅は山海の珍味を盛り込んでおり、『ボタンエビ』、『天然モノのマイタケ』と言った高級食材がふんだんに使われていたのだが、中でも驚かされたのは『フグの肝の天婦羅』だった。

フグの毒がある部分は『肝』なので其処は絶対に食べる事が出来ないとされていたのだが、フグの毒は『毒を持つ餌を食べる事で体内に蓄積するモノ』なので、完全養殖で毒のない餌で育ったフグはマッタクもって毒はなく、『フグ毒』の在処である『肝』も無毒なので食す事が可能になっていたのだ。

 

 

「フグの肝……なんと美味な。

 此れは世界三大珍味と言われているフォアグラをも超える美味ではないのではないかと思うのだが君はどう思う夏月?是非とも、料理が得意な君の意見を聞かせて欲しい。」

 

「うん、普通にフォアグラ越えてんな此れ。

 もっと言うならフォアグラよりも濃厚なら上って言われてるあん肝も超えてるだろ此れ?養殖数が少ないからまだまだ貴重品だが、養殖が広がればフグの肝は『幻の珍味』から『大衆向けの珍味』になるかもだな。」

 

 

その夕食に舌鼓を打った後は一時間の食休みを挟んだ後にクラス別の『お風呂タイム』となり、初日は一組からだったので、一組の生徒は露天風呂の一番風呂を貰う事になり、夏月と秋五は臨海学校以来となる二人きりのお風呂タイムと相成ったのだった。

 

 

「君と一緒にお風呂って言うのは臨海学校以来だね。

 まぁ、其れは別に悪くはないんだけど……夏月、君は織斑千冬――いや、姉さんの身体を乗っ取った奴が此の前の戦いで完全に消滅したと思うか?最後の一撃を放っておいて言うのもなんだけど、僕はアレでアイツが消滅したとは思えないんだ。」

 

「まぁ、多分だけどアイツはまだ生きてるだろうな。流石に今は生きてたとしても戦闘不能状態だとは思うが。」

 

 

其処で秋五は『千冬(偽)』が生存している可能性を夏月に言及したが、夏月はアッサリと『千冬(偽)』は生きているだろうと言って来た――夏月は羅雪から千冬(偽)の人格の詳細も聞いていたので、『千冬(偽)が死にそうになったその時はどんな手段を使ってでも生き延びるかもしれない』と言う事を聞いており、其れを踏まえて『千冬(偽)』はまだ死んでいないと考えたのだった。

 

 

「アイツはまだ生きてる可能性が高いか……だとしたら――」

 

「今度アイツが俺達の前に姿を現したしたその時は、今度こそ欠片も残らないレベルで滅殺してやるだけの事だぜ――あんな災厄でしかない存在は此の世から永遠になくなってしまった方が世の為人の為なんだからな。」

 

「それは……確かにその通りだね。」

 

 

千冬(偽)が生きていて何かをして来た其の時はその都度対処するしかないのだが、夏月だけでなく秋五もまた次に千冬(偽)と対峙した其の時は一切の容赦無く斬り捨てる覚悟を決めていたのだった。

 

そうしてお風呂タイムが終わって部屋に戻った夏月と秋五だったのだが、其処では夫々の同室の嫁ズが『浴衣をはだけさせて上気した顔で誘って来た』ので『据え膳食わぬは男の恥』とは思ったモノの、修学旅行先の旅館ではとギリギリ思い留まり彼女達を説得して普通に寝る事に成功した夏月と秋五であったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月達が修学旅行を楽しんでいた頃、マリアナ海溝の更に深い場所にある海底洞窟から入った地下のドーム空間では宇宙から飛来した宇宙生物と融合した千冬(偽)が産卵を行い、『カマキリの卵塊』に似たモノを複数生み出していた。

 

 

「ククク……この卵が孵り、子供達が育った其の時が貴様等の終焉の時だ……暫し、束の間の平和を謳歌するが良い――其の平和の先に待っているのは地獄以外のナニモノでもないのだからな!!」

 

 

其処で千冬(偽)は人でなくなった姿で勝利を確信していた――卵塊から生まれたばかりの子供達は非力で無力だが、其れでも半月もあればIS学園と遣り合う事が出来るだけの力を身に付けるだろうと考えていたので、卵が孵り無数の子供達が生まれればその望みは叶うのかもしれない。

 

 

「さて、此処に来るまでに可成りの種類の生き物を吸収した訳だが、果たしてどんな姿の子供達が生まれて来るのか……楽しみだ。」

 

 

こうして千冬(偽)の悪意は誰に知られる事もなく卵塊と言う形で増えて行き、少しずつ、しかし確実に増殖・増幅して其の力を蓄えているのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode69『修学旅行PartⅡ~京都はミステリーゾーンだぜ~』

京都は古都のロマン満載だぜBy夏月     お土産は生八つ橋を宜しく~!By楯無    此れは定番かなByロラン


修学旅行期間中であっても夏月の早朝トレーニングが行われないと言う事はなく、夏月は何時も通りの早朝トレーニングを行い、トレーニング後の汗を流す為に早朝の露天風呂にやって来ていた――だけでなく、其処には秋五の姿もあった。

先の戦いで己の未熟さを知った秋五は、夏月達が復学した後は自分も夏月と同じトレーニングメニューを行うようになっていたのだ――始めたばかりの頃は、其のハードさに途中でリタイアする事が多かったのだが、最近では最後まで付いてくる事が出来るようになっていたのだ。

 

 

「このハードトレーニングにこの僅かな期間で付いてくるようになるとは、流石は天才と言うべきか?」

 

「いや、幾ら天才でも此のトレーニングに付いて行けるようになるのは並大抵じゃないよ夏月……僕が織斑計画で生み出された強化人間だからこそじゃないかな此れも?

 僕もトレーニングは行ってたけど、君のトレーニングと比べたらまるで遊びだ……これじゃあ僕と君の差は縮まらない筈だよ――僕が時速100㎞で走ってたんだとしたら、君は時速500㎞で走ってた訳だからね。」

 

「時速500㎞?馬鹿言うな、お前が時速100㎞なら俺は時速3300㎞だ。」

 

「アクセルシンクロ!?」

 

 

其れでもトレーニングを終えた後、秋五は完全にバテてしまっており、まだまだ余裕がある夏月との差はまだまだあるようだった――織斑計画のイリーガル体である夏月は、『大器晩成型』の特性を遺憾なく発揮して『早期熟成型』の秋五の事を完全に追い抜いてしまっていたのだった。

加えてトレーニングの質に大きな差があった事で、今や夏月は完全に秋五の事を置いてけぼりにしていたのだ……特に、学園から離脱していた期間に裏の仕事を多数熟した事でその差は更に大きくなっていたのだ。

とは言っても秋五の実力も余裕で国家代表を圧倒出来るレベルなので強者の域ではあるのだが、其れを超えるレベルで夏月と夏月の嫁ズのレベルがぶっ飛んでいるのである。

 

 

 

――ガラガラガラ……

 

 

 

そんなトレーニング後の朝風呂を満喫していると露天温泉の脱衣所の扉が開く音がした。

此の旅館は修学旅行期間中はIS学園が借り切っているので一般の宿泊客が入ってくる事はないので、夏月も秋五も『旅館の男性スタッフが入りに来たのか?』と思ったのだが、なんと入って来たのはマドカだった。

 

 

「マドカ、お前何でこっちに来てんだよ!こっちは男湯だぞ!」

 

「確かにこっちは男湯だが、此処の露天風呂は二十四時間入れるようになっているだけでなく、午前一時から午前六時三十分までは混浴となるのだ!

 なので私がこっちに入っても今の時間帯ならばマッタクもって問題はないし、家族水入らずの裸の付き合いと言うのも悪くあるまい?……其れとも、姉のバスタオル姿に照れたか?」

 

「いや、其れはないわ。

 鈴以上のまな板ボディに照れるとか今更ないから。」

 

「僕も嫁さんがラウラを除いて揃いも揃ってダイナマイトボディだから其れはないかな?」

 

「織斑計画の研究者達よ、何故私を『成長促進機』に入れて成長させなかった!其れで成長していれば私の身体は十九歳となリ、姉さんに負けず劣らずのダイナマイトボディになっていた筈なのに!!」

 

『こう言っては何だが、お前は私のスペア兼ドナーとして生み出された存在だからな……スペア兼ドナーは成長させるよりも若い方が良いと判断されたのかもしれん。

 計画が凍結されて関わっていた者達も行方知れずになってしまった今では真相は闇の中だがな。』

 

「奴らめ……見つけ出したら絶対に滅殺してやる。」

 

 

此の旅館は時間限定で露天風呂は混浴になるらしく、マドカは夏月と秋五が入ったのを確認してやって来たのだった――少しばかり夏月と秋五を揶揄ってみたが、逆に手痛いカウンターを喰らう事になったのだが、其れでも最終的には和やかな朝風呂タイムを楽しむ事になった。

其の最中、羅雪のコア人格が等身大で半実体化して参加して来たのだが、其れもマッタクもって無問題だった――こうして此の日初めて、織斑家は『家族のお風呂タイム』を楽しむ事になったのである。

 

そして、入浴後の牛乳は基本であり、夏月はノーマルの牛乳、秋五はコーヒー牛乳、マドカはフルーツ牛乳を購入して一気に飲み干し、其の後に朝食の時間となり、修学旅行の二日目がスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode69

『修学旅行PartⅡ~京都はミステリーゾーンだぜ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行二日目の朝食メニューは旅館では定番の『ご飯と味噌汁』、『焼き魚』、『納豆』だったのだが、味噌汁は出汁を利かせた白味噌仕立てで、焼き魚は『鱧の塩焼き』、納豆には刻みネギと鰹節と卵黄がトッピングされ、味付けは京都で主流の『白醤油』でされており、関東は異なる味付けに舌鼓を打っていた。

 

其の朝食が終わった後の修学旅行二日目はクラス別行動となっており、夫々自クラスのバスに乗って目的地へと向かって行った。

 

其のクラス別行動で一組が最初にやって来たのは京都でも屈指の観光名所である『三十三間堂』だ。

百体を超える千手観音像がある事で有名な三十三間堂だが、其の千手観音像は全て手彫りである事から『同じ顔は一つとしてなく、自分と同じ顔の千手観音像が存在している』とも言われているのだ。

 

 

「これが日本の仏像と言うモノか……オランダにも遥か昔に貿易で日本から持ち帰られたモノが存在してはいるのだが、オランダの博物館で見るのと本場で見るのでは違うモノだね?

 この独特な建物、お堂と言うのだったかな?その内部の雰囲気と仏像が見事に調和しているからね……父が芸術家故に、幼い頃から芸術作品に触れる機会は多かったが、これほどまでに細かい手彫りの木像と言うモノは初めて見たよ。」

 

「加えて、此処にある千手観音像が彫られた頃はまだ日本にはヤスリってモノが存在してないから表面の滑らかさもノミだけで出してるってんだから驚きだよなぁ……日本人の手先の器用さは世界一だぜマジで。」

 

「其れは確かにそうかもしれないな。

 時に、私は未だに寺と神社の違いが良く分からないのだが、如何違うんだい?」

 

「では、其れに付いては僭越ながら私、四十院神楽がさせて頂きます。

 寺と神社は、先ず中にいる人間が異なります。寺の場合は僧や尼ですが神社の場合は神官と巫女になります。

 続いて寺では仏教の仏を祀っているのに対し、神社は主に元々日本に居た神を祀っている場合が多いですが、中には東郷神社や乃木神社、靖国神社のように英霊と呼ばれる存在を祀っている場合もあります。

 基本的に仏教が寺、神道が神社と覚えていれば問題ないかと思います。因みに地方にある小さな神社の多くは土地神やお稲荷様を祀っている場合が殆どですね。」

 

「因みに、仏教と日本の神道は他の宗教の神様も認めて内部に取り込むって言う特徴があるんだよ。

 だから外国から入って来た仏教を受け入れたし、仏教も仏の位である『如来』、『菩薩』、『明王』、『天』の中で明王と天は他の宗教の神様が仏教に取り入れられて仏になったモノだから。

 他の神を認めないキリスト教やイスラム教徒は其処が違うところだよね。」

 

 

其の無数の千手観音像の見事な造形に驚きながらも仏師の業に感激し、少しばかり寺と神社の違いなんかを話しながら三十三間堂を満喫し、ラウラは『此れだけ腕があると自分でどの腕を動かしているか分からなくなりそうだが、支配神経は如何なっているのだ?』と若干的外れな疑問を抱いていた。

 

続いて一組が訪れたのは老舗の刀鍛冶の工房だった。

室町時代から続いている鍛冶屋なのだが、最近では刀だけでなく包丁も作っており、其の包丁は名のある料理人が態々特注するだけの名品であったりするのだ。

刀と同じ製法で鍛えられて生み出された包丁は大量生産で生み出された包丁とは切れ味も、其の切れ味の持続性も全く異なり、食材の細胞を潰さずに切る事が出来るので料理の味に雲泥の差が生まれるのだ。

特に生魚を扱う寿司職人からの注文が多いと言うのは鍛冶本の話だった。

 

 

「因みに包丁と特注でオーダーするとどれ位の値段になるんです?」

 

「モノによるが、最低でも一本十万はするもんだ。

 鈍を渡す事は出来ねぇから、材料には最高級の玉鋼を使うし、こっちも持てる刀鍛冶の業を全投入するからなぁ……俺としても、自分が作ったモノを大切に使ってもらえるなら嬉しいってモンだ。」

 

「最低十万か……因みに決済は現金のみですか?カードや電子マネーは対応してない感じで?」

 

「現金のみだ――と言いたいところだが、今のご時世カードや電子マネー決済にも対応してないとやって行けないからカードも電子マネーも大丈夫だ。」

 

「そうですか……其れじゃあ包丁五本特注で注文しても良いですか?

 刺身包丁と出刃包丁、其れから万能包丁を大、中、小一本ずつで――俺は料理人じゃないけど料理が趣味で、旨い料理を作る事に手間も時間も惜しまないんだけど、量販店で買った包丁じゃちょっと満足出来なかったんで。

 支払いは電子マネーで。貯金の半分は電子マネー化してるから金額は充分にあるからな。」

 

 

此処で夏月がまさかの包丁を特注オーダーしていた。

料理が趣味の夏月だが、量販店で買った包丁では満足出来ていなかったので、此の機会に自分の手にあった特注の包丁をオーダーしたのだ――誕生日に楯無から包丁をプレゼントされており、其れもこの工房で作られた包丁に負けず劣らずの業物だったのだが、楯無からのプレゼントと言う事でなんとなく『使うのが勿体ない』と思ってしまい、使わずに永久保存状態になっていたのだ。

なので此処でオーダーをしたのだが、鍛冶本も夏月の目の奥にある一流の料理人のみが宿す『料理への拘り』を見抜いて特注オーダーを受け付けて、最高の業物をIS学園に届けると約束してくれた。

 

 

「では、私も此れの打ち直しをお願い出来るだろうか?」

 

 

続いて箒が紅椿の拡張領域に収めていた真剣の日本刀を持ち出して『打ち直し』を依頼していた。

拡張領域に収めていたとは言え、真剣の日本刀を持ち歩いていると言うのは銃刀法に抵触しそうなモノだが、箒と言うか篠ノ之家は日本政府に対して『真剣所持許可』を申請して、其の申請が認められていたので篠ノ之家の人間は誰であっても真剣を所持する事が出来るので問題はなかった。

 

 

「ふむ……此れは、此の刀は!

 江戸時代初期に江戸幕府初代将軍の徳川家康公が城下町の剣道場として栄えていた『篠ノ之剣道場』の師範の教えに感激して送ったとされた幻の名刀『花鳥風月』では!?

 よもや此処で幻の名刀と出会えるとは……あい分かった、此の刀、私の技の全てをもってして打ち直させて貰おう!」

 

 

其の刀は江戸時代初期に篠ノ之家の先祖が江戸幕府の初代将軍である『徳川家康』から下賜されたモノなのだが、歴史的記録が殆ど残っていないが故に『幻の名刀』と言われるモノであったらしく、その打ち直しを依頼された鍛冶本は刀鍛冶として己の持てる業の全てを持ってして打ち直すと気合が入りまくりだった。尚、刀は夏月が注文した包丁同様、学園宛に届けてくれるとの事であった。

 

序に此の工房では鍛冶技術で作った鉄製の小物も販売しており、一組の生徒達は自分の守り本尊が打ち込まれた刀型のお守りを購入していた。

 

 

そうして鍛冶工房を出たところでお昼時となり、一組が昼食の為にやって来たのは『京風牛鍋』の店だった。

『牛鍋』其のモノは明治時代に日本に入って来た牛肉食文化が日本国内で独自に発展したモノであり、牛鍋は関東に伝わった後に、やがて『すき焼き』に形を変えて日本全国に伝わって行ったのだが、厳密に言えば『牛鍋』と『すき焼き』は似てはいるが、マッタクの別物なのだ――牛鍋は割り下を使うが、すき焼きは焼いた牛肉に醤油と砂糖をダイレクトアタックするモノなのである。

最近ではすき焼きにも割り下を使うのでその境界線はほぼ無くなっているのだが。

 

 

「此の出し汁はカツオ節だけじゃなく、煮干しと昆布、サバ節とアゴ出汁を合わせて牛肉のコクに負けないように作られてるな?……此れなら、本場の牛鍋も期待出来るってモンだぜ!」

 

「使われてる出汁が何であるか分かるとか、君は本気で料理人を目指しても良いんじゃないか夏月?一夏も料理が得意だったけど、君の腕前は一夏すら超えてるように思うからね。」

 

「ISバトルの競技者と料理人の二足の草鞋……いや、最近だと二刀流って言うべきか?

 モンドグロッソ制覇したら、『ISバトルの世界王者が経営する店』って事でメッチャ繁盛しそうだよなぁ……勿論、店を出すなら料理の味も超一流を目指すけどよ。

 ……なんとなくだけど、チャレンジメニューとして『グリフィン・レッドラム専用定食』を作っても良いかもな。」

 

「因みに其れはどんなメニューになるの?」

 

「ご飯はラーメン丼に山盛り。大体八人前。其れに極厚のロースとんかつ三枚、鶏の唐揚げ三十個、牛ハラミステーキ1kg、コロッケ二十個だな。

 まぁ、グリ先輩が本気を出してリミッター解除したら三十分と掛からずに完食した上で更におかわりするだろうけどな……ぶっちゃけグリ先輩なら定食屋のメニュー全制覇出来ると思ってる。」

 

「本当に、本当に今更かもしれないけどさ、レッドラム先輩の胃袋ってどうなってるの?」

 

「知らん。

 と言うかグリ先輩の脅威の脅威の大食いっぷりは束さんが調べてもどうなってるんだか解析不能なんだから俺達が分かる筈が無かろうて……」

 

「束さんでも解析不能なモノがこの世に存在してる事に驚きだよ……」

 

「レッドラム先輩の食欲は最早怪奇現象の類と言う訳か……姉さん、なんとか解析して下さい。」

 

 

夏月が牛鍋の割り下使われている出汁を見事に言い当てて、其れを皮切りに始まった秋五との会話は予想外の地点への着地をする事になったのだが、其れは其れとして一組の生徒は京風の牛鍋を心行くまで堪能した。

京風の牛鍋は白醤油を使い、出汁を効かせた割り下が特徴だったのだが、其の割り下は牛肉のどっしりとしたコクのある味に負けないほどの旨味が凝縮されたモノだったので牛鍋全体の味わいをより深いモノにさせていた。

鍋の〆は雑炊かうどんなのだが、此処は満場一致でうどんとなり、牛肉の出汁も染み出した鍋汁で煮込まれたうどんもまた格別だった。

 

 

昼食後の午後の部、一組がやって来たのは『能』が行われる舞台だった。

日本の伝統芸能の一つである『能』だが、其れを生で見る機会は中々無いので、此れも貴重な経験と言えるだろう――尤もクラスの人数が人数なので一年一組の生徒達が観劇する回は事実上の『IS学園の貸し切り』となるのだが。

 

ほぼ全ての生徒が能は初体験であり、特に海外組のロラン、セシリア、ラウラ、シャルロットは興味津々と言った感じだったのだが、公演が始まると独特な雰囲気に一瞬で魅了されてしまった。

今、此の現実で行われている筈なのに、この世のモノではないのではないかと錯覚してしまうような奇妙な感覚――能の持つ独特な『幽玄』の世界に一瞬で取り込まれてしまったのである。

能の舞は、歌舞伎や白拍子にはない『妖しさ』が存在しており、其れがまた観客を魅了して取り込むモノなのだ――そして観劇後、ロラン達海外組は見事に幽玄の世界の妖しい魅力にやられていた。

 

 

「これが能か……話には聞いていたが実際に見ると、なんとも言えない独特な雰囲気に呑まれてしまったよ――普通の舞台劇とは違う『何か』を感じたよ。

 其れが何かを説明するのは難しいのだが、此の世のモノとは思えない不思議な美しさを感じた……そして演者が被っていた面も不思議な感じがした。」

 

「これが幽玄ってモノなんだろうな。

 演者が被ってた面は『能面』て言ってな、能面は見る角度によって『喜怒哀楽』の全てが表現出来るように作られてるらしい――尤も、其れを完全に表現するには一流の能面職人と能の演者が必要になるけどな。

 因みに、今回使用されたのは一般的な能面だけだったけど、能面は他にも翁と媼、姥、樒ってのが存在するらしい。でもって樒の面は『化け物』を表現する際に使われるんだが、『しかめっ面』の語源になったとも言われているんだ。」

 

「しかめっ面の語源になったとは、樒の面はきっと凄い顔をしているのだろうね。」

 

 

何とも言えない幽玄の世界を堪能した一組の一行は、その余韻を残したまま本日最後の目的地である八坂神社にやって来ていた――その道中のバスの中ではバス移動の定番であるカラオケ大会が初日同様に行われて、今回は秋五とセシリアがデュエットしたHighand Myty Collarの『遠雷』が夏月と静寐がデュエットした同じくHigh and Myty Collarの『Pride』を超える高得点を叩き出して見事に優勝していた。

セシリアの歌唱力も見事だったが、秋五が男性パートのラップ部分を完璧に歌い上げたのも大きいだろう――夏月&静寐も同じ状態だったのだが、夏月が男性のラップパートで本家を再現し過ぎたのが逆にマイナスになってしまっていた。カラオケで高得点を出すには、似たように歌うのではなく歌詞を正確に歌うのが大事なのであろう。

 

そんな感じで到着した八坂神社は、『縁結びの神社』としても有名なのだが、学園に二人の男子である夏月と秋五には既に厳しい選定の末に選ばれた多数の『嫁』が存在しており、今からその二人の何方かの嫁となるのは可成りのムリゲーなので、嫁ズ以外の生徒は『良縁がありますように』との願いを持ってして参拝していた――既に国家代表クラスが嫁ズになっているところに、自らも日本の国家代表候補生となって飛び込んで行った静寐、神楽、ナギ、清香、癒子、さやかの方がぶっ飛んでいると言っても過言ではないのだ。

 

参拝後は運試しでおみくじを引いたのだが――

 

 

「吉ですか、此れは悪くありませんが……恋愛運は『良縁なし。特に縁談は避けるべし。』って、此れはどう考えても吉の運勢じゃないですよね!?私に良い人は中々現れないって言う事ですか!?」

 

 

担任である真耶は『吉』だったのだが、細かい運勢の中で『恋愛運』に関しては中々に微妙な結果だった事で少しばかり荒れていた――真耶もソロソロ恋人の一人くらいは欲しいお年頃なので此の結果に対しての此の反応は致し方ないとも言えるのかもしれない。

誤解がないように言っておくと真耶は決してモテない訳ではなく、代表候補生時代は男性ファンも多数存在しており、『近接戦闘型ではない』と言う至極下らない理由で国家代表になれなかった際にはファンの男性達が国際IS委員会の日本支部のホームページに抗議の書き込みを多数行い、更には其の中に存在していたハッカーによってホームページがクラッキングされると言うちょっとしたサイバーテロまで起きていたのだ……事態を重く見た日本支部は、真耶を国家代表にはしなかったモノの国家代表にアクシデントが発生して試合に出場出来なくなった際のピンチヒッター、いうなれば『国家代表補欠』とも言うべき扱いにして一応の鎮静化をしたと言う事があったのだ。

事件の発生理由があまりにもアレなので事件が公にされる事はなく、この話は都市伝説化しているのだが、其れほどまでに真耶の人気は高いので引く手数多とも思えるのだが、逆に真耶に交際を申し込むのは男性側が委縮してしまっていたのだ。

IS操縦者としての確かな実力があり、童顔な眼鏡美人でありながら凶悪なほどの胸部装甲を搭載していると言う其のギャップ、其のギャップがまた真耶の魅力を引き出しており、結果として男性は『俺って此の人に相応しいのだろうか?』と思ってしまい、場合によっては声を掛ける事すら出来なかったのだ。

加えて真耶自身があまり自分から仕事以外で男性と関わる事はしないと言うのも原因と言えるだろう。

 

 

「山田先生、恋愛運に関しては中々厳しいみたいっすけど大丈夫だと思いますよ?

 もしも本当に彼是全部ダメになったとしても、最後の手段として……『秋五の嫁になる』って言う最終手段にして最後の切り札が残されてますから!だから悲観しないで下さい!」

 

「ふえぇぇ!?い、一夜君!?織斑君は、その生徒なんですが!?」

 

「そうだよ夏月、何言ってるんだい君は!?」

 

「何を言っているだと?

 既にナターシャ先生が嫁になってるお前が言うか秋五!俺の嫁は全員IS学園の生徒だが、お前の嫁は生徒どころか教師もいるだろうが!だからこの際山田先生が増えたところで問題ねぇだろうが!

 つか、俺の方はもう定員が一杯なんだよ!ダリル先輩の嫁も居るモンでな!!」

 

「言われてみればナターシャ先生は織斑君の婚約者になっていましたね……ならば確かに私が立候補しても問題はないのでしょうか?此れは少し真剣に考えてみる必要があるかもしれません……」

 

「考えなくていいですよ山田先生!?」

 

「むぅ、秋五の嫁が増える事に関しては秋五が認めるのであれば異を唱える気はないが、山田先生が加入するとなると少しばかり考えてしまうな?山田先生が加入したら、私の最大の優位性が失われかねんからな。」

 

「山田先生、秋五は胸が大きな女性が好きなんで大丈夫です!」

 

「待って夏月、勝手に人の性癖捏造しないで!?いや、勿論嫌いじゃないけどだからって特別好きって訳でもないからね!?」

 

 

其処から夏月の悪乗りによるちょっとしたドタバタコントが展開されたのだが、其れは最終的には真耶が秋五に『本当に良縁に恵まれなかった時にはお願いします』と言って頭を下げ、秋五もそこまで言われたのを無碍には出来ないので、『その時は、はい』と答えていた。

尤も秋五自身も真耶には『尊敬出来る先生だ』との感情を持っていたので、真耶が嫁ズに加入しても特に問題はないだろう。

 

 

「ねぇ秋五、僕もう泣いても良いかな?」

 

「シャル……逆に此処まで来ると強運なんじゃないかな?」

 

 

そんな八坂神社にて、シャルロットは初日の奈良公園のおみくじに続いてまたしても『大凶十連続ドロー』と言う結果になっていた――大凶なだけに細かい運も中々に最悪だったのだが、恋愛運に関してだけは良い結果だったので其処は秋五の嫁である事がプラスになったのだろう。

因みにシャルロット以外の秋五の嫁ズとは全員が中吉以上と言う良運であり秋五自身は中吉で、夏月と嫁ズは全員が『大吉』と言う結果で、夏月に至っては『一万本に一本』と言われている『プラチナム大吉』を引き当てていたのだった。

此のアルティメットレア級のくじ結果を写真に撮ってSNSにアップした結果、滅茶苦茶バズって夏月のフォロワーも激増する結果となったのだが、其れ以上にバズったのがヴィシュヌのSNSだ。

京都の名所でクスハと共に撮った写真は『褐色肌の美女と白いキツネと京都の風景がジャストマッチ』、『美少女と動物の組み合わせは最強』等のコメントと共に『一万いいね』を達成してたのだった。

 

 

八坂神社を後にした一行は旅館に戻ると、夕食までの自由時間を楽しんだ。

夏月の部屋には他の嫁ズも集まってSwitchを使ってのスマブラでの対戦やトランプの色んなゲームを堪能した――其の際、鈴が持って来ていた『ツイスターゲーム』では当然の如くヴィシュヌがヨガで会得した身体の柔軟性を如何なく発揮して無双していた。

指示的に、『足が背中を越えて肩越しにならないと無理』なポーズであってもヴィシュヌは難なく熟していた――此れは身体の柔軟性だけでなく、『身体の半分以上が足』と言う、ヴィシュヌの脅威の足の長さがってこその事であるのだが。

因みにトランプの『ババ抜き』では鈴が驚きの十連敗と言う結果だった――鈴は感情表現が豊かである反面、思った事が顔に出やすいので、ジョーカーを引いてしまった事が一目で分かるだけでなく、ジョーカーに手をかけた際にも顔に出てしまう事から、ジョーカーを握ったが最後、誰にもジョーカーを渡す事が出来ずに十連敗となってしまったのだった。

ISバトルでは好機と不利が顔には出ないのだが、ゲームではそうは行かないようであった。

 

 

そして夕食の時間となったのだが、本日の夕食は『鱧尽くし』だった。

鱧の刺身、鱧の照り焼き、鱧の蒲焼を混ぜ込んだ『鱧のひつまぶし』、鱧の真薯の吸い物と、鱧の美味しさを堪能出来るモノとなっていた――高級食材である鱧がふんだんに振る舞われているのを見ると、IS学園は此の修学旅行に可成りの出費をしたのだろうが、其れでも学園運営には支障がないのだからIS学園の資金力は相当に高いと言っても問題はないだろう。

 

 

食事の後は少しばかりの自由時間を経て入浴時間となり、昨日に続いて露天の温泉を楽しんだ――のだが、本日の一番風呂は二組だったので、塀の向こうからは鈴の『巨乳に対する呪詛』が此れでもかと言う位に聞こえて来ただけでなく、『その胸少し寄越せ!』と言う無茶振りも聞こえて来ていた。

 

 

「鈴、なんかめっちゃ荒れてない?」

 

「夏休みの間に、其れまで自分よりも下だったコメット姉妹が急成長してバストサイズを抜かされた事が大分ショックなんだろうな……俺は巨乳も貧乳もどっちもイケる口なんだが、女性にとって胸の大きさってのは相当に大事なモンなのかね?男の俺には分からんが。」

 

「大事なんじゃないかな?良く分からないけどね。」

 

 

取り敢えず『胸の大きさで女性を評価するのは良くない事ですよー!』と言うのは間違いないだろう。

そして入浴タイムが終われば後は就寝するだけなのだが、夏月の部屋と秋五の部屋には他のクラスの嫁がやって来て、就寝時間を越えてもゲーム其の他で大いに楽しみ、そして其のまま同じ部屋で寝る事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、何処にあるかも分からない海底洞窟では――

 

 

「ククク……生まれたか!お前達が生まれるのを心の底から待っていたぞ。」

 

 

千冬(偽)が生んだ卵塊から次々と子供が誕生していた。

其の姿はカマキリ、モグラ、クワガタ、トカゲと統一感は無かったが、其れは逆に言えば宇宙から飛来した存在は其れだけの地球の生物を取り込んでいると言う事で持った。

更に卵塊から一体だけが生まれてくると言うのは普通ならばあり得ない事だ――カマキリの卵塊からは百匹近い小カマキリが生まれてくるのだから。

ならばなぜ此処の卵塊からは一匹しか生まれなかったのか?――答えは簡単、卵塊の中で生まれた子供達は卵塊の中で殺し合いをして、最後に生き残った一匹のみが生まれて来たからだ。

『より強いモノのみが生きる権利を得る』と言う狂った生存競争を生き抜いて誕生した此の生物達は生半可な強さではないだろう。

 

 

「先ずは其の力をもっともっと高めるとしよう……ククク……もっと子供達を増やして其の力を高めねばなるまい……私の子供達が百体を超え、夫々が凄まじい力を得た其の時が終焉の時だ。

 私達の侵攻が始まったら、精々足掻いて見せろ……その足掻きは無駄になるだろうがな。」

 

 

卵塊から新たな存在が誕生した事を確認した千冬(偽)は、新たに洞窟にいたるところに卵塊を生み出して、己の子供達を量産して行った……束ですら感知出来ない、探知不可能な地球の奥底で、地球にとって脅威となる存在は着々と其の力を増しているのだった。

 

 

「私も姿を変えるか……此方の方が人間の世界では動き易いだろうからな。」

 

 

更に千冬(偽)は其の容姿を変化させて『織斑千冬』とは全くの別人になって人間社会に溶け込んで人間社会の情勢を掴む心算なのだ――千冬とは似ても似つかない身体となった千冬(偽)――否、『織斑千冬であったモノの慣れの果て』は最悪の暴走を選択したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode70『修学旅行PartⅢ&FINAL~古都を心から堪能しろ~』

銀閣寺は、若干名称詐欺じゃね?By夏月     其れは言っちゃダメ~~♪By楯無    観光名所も呼称がややこしいのかな?Byロラン


修学旅行三日目の朝、夏月は何時ものように早朝トレーニングを行うために目を覚ましたのだが、其処には何とも微笑ましい光景があった。

昨日は遅くまで楯無とダリルを除く嫁ズが同じ部屋に集まって遅くまでゲームを楽しんだ末に同じ部屋で寝る事になったのだが、夏月が目を覚ました直後に見たのは『鈴を抱き枕にしているヴィシュヌ』だったのだ。

同じ部屋での雑魚寝状態だったので、寝ぼけたヴィシュヌが偶々手に触れた鈴を抱き枕として抱き寄せてしまったのだろうが、褐色肌の美少女が健康的な肌色の美少女を抱き枕にしていると言うのは其れだけでも絵になるモノと言えるだろう。

 

 

「此れは起こすのは無粋だな。」

 

 

なので夏月も起こさないように朝トレーニングに向かおうとしたのだが――

 

 

 

――ムギュ……

 

 

 

此処でヴィシュヌが鈴を抱き直して、其の豊満な胸に顔を完全に埋める結果となった――ヴィシュヌの胸部装甲は夏月の嫁ズの中でも最強であり、そんな最強の胸に顔を埋める事になったらどうなるか?

答えは簡単、鼻と口を塞がれて窒息状態になる一択である。

なのでヴィシュヌの胸に顔を埋められた鈴は僅か数秒で窒息して手足をばたつかせる事になるのだった――普通なら此れで抱き抱えている側が目を覚ましそうなモノだが、ムエタイの一流選手でもあるヴィシュヌに、中国拳法を修めているとは言え実戦経験は皆無の鈴のバタつきは体格差もあって『熟睡中に猫の尻尾が身体に触れた』程度でしかなかったらしくヴィシュヌが目を覚ます事はなかった。

 

『中国産貧乳ガール』が、『タイランド産爆乳ガール』の胸に顔を埋めての窒息死と言うのは流石に笑えないだろう。

 

 

「デカい胸に顔が埋まって窒息とか漫画やアニメの世界だけかと思ったが本当にあるんだなこんな事……つか、デカい胸に埋まって窒息死なんてのは鈴にとってはこの上ない屈辱的な死因だろうなぁ。

 取り敢えず此のままってのは拙いから……よっこいせっと。」

 

 

此処で夏月はヴィシュヌも鈴も起こさないように細心の注意を払いながら鈴の身体をヴィシュヌから引っこ抜く。

確り抱きしめられてはいたモノの、女性の胸の膨らみはほぼ脂肪細胞で構築されている上に骨は存在していないので弾力と柔軟性を併せ持っているだけなので意外とスルッと鈴を引き抜く事が出来たのである。

救出された事で呼吸が出来るようになった鈴は、少しの間呼吸が荒かったモノの、直ぐに落ち着いて静かな寝息を立てていた……此の状況になっても目を覚まさないと言うのは少し危ない気もするのだが、身体がまだ目を覚まさなくても大丈夫と判断したのだろう。

 

 

「二次被害を防ぐために……此れ抱き枕にしとけ。」

 

 

鈴を失ったヴィシュヌは両腕を広げたのだが、また他の誰かに触れて抱き枕にしたら同じことが起きるのではないかと考えた夏月は、ヴィシュヌの右腕に自分が使っていた枕を乗せてやり、枕に触れたヴィシュヌは其のまま枕を抱き枕にしたのだった。

其れを確認した夏月は改めて日課の早朝トレーニングに繰り出して、朝霧の立ち込める古都の空気を楽しみながら鍛錬を行い、トレーニング後は露天風呂で汗を流した後に、トレーニング後のお約束とも言えるモンスターエナジーでエネルギーチャージを決めていた。

 

其れから朝食タイムとなり、『白米』、『手まり麩と京地鶏の澄まし汁』、『鰆の西京味噌漬け焼き』、『生湯葉の刺身』と言うメニューの朝食を堪能し、修学旅行の三日目がスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode70

『修学旅行PartⅢ&FINAL~古都を心から堪能しろ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行の三日目は最も自由に行動出来る『班別行動』の日なのだが、班によって此の日の動きは異なると言えるだろう。

予め班内で決めていたルートを回る班もあれば、ルートは特に決めずに自由気侭に京都を回る班もあるので、正に『班別の自由行動』となる訳である。

とは言え『班別行動』なので、クラス内で決められた班での行動になるのだが、夏月と秋五に関しては其の限りではなく、夏月も秋五も三日目は夫々の嫁ズとの行動になっていた。

秋五の方は一組以外の生徒は三組のオニールだけなので兎も角として、夏月の方は三組のヴィシュヌとファニール、四組の簪がプラスされるので他のクラスにも大きな影響を与えるのだが、他のクラスの生徒も夏月と秋五の嫁ズに関しては『三日目くらいは一緒に』と考えていたので、班員が抜ける事は予め了承していたのだった。

 

 

「ナターシャ先生、如何して一緒に居るんですか?」

 

「あら、私も秋五君の婚約者なのだから一緒に居てもオカシクは無いでしょう?私だけ仲間外れは寂しいし悲しいわよ?」

 

「教員としての仕事は良いんですか!?」

 

「その事をマヤに言ったら『それほどやる事は多くないので織斑君と一緒に楽しんで来て下さい。私は未だ織斑君の婚約者にはなっていないので一緒に行く事は出来ませんから、私の分まで楽しんで来て下さい』と言われたのよ♪」

 

 

他クラスの生徒がオニールだけの秋五組には教師であるナターシャが加わっていると言う『班別行動』ではありえない光景が展開されていたが、此れもまた『教師である女性を婚約者にした』からこその事なのだろう。

教師の仕事をぶん投げて一緒に京都巡りを行うナターシャも如何なモノかとは秋五も思ったのだが、其れを深く追求したらまた面倒な事になりそうだと思ってあまり深くは聞かず、其れは箒達も同じだった――唯一ラウラだけは軍人と言う職業柄か追及しそうになったのだが、其れはシャルロットが音速で口を手で塞いで阻止し、『ラウラ此れ以上は聞いちゃだめ』と言っていた。

 

そんな訳で始まった修学旅行三日目の班別行動。

夏月組は特にルートは決めてはおらず、適当に京都をぶらつきながら行きたいところを見付けたら其処に行くと言うスタイルで行動を開始し、先ずは簪の提案で京都観光をするなら外せない観光名所である『清水寺』に向かう事になった。

 

清水寺は京都の観光名所の一つだが、清水寺に向かう表参道も坂道に八つ橋や工芸品展等々様々な店が軒を連ねており、其れもまた一種の観光の目玉となっているのだ。

 

 

「ん?彼女達は舞子と言うのだったかな夏月?」

 

「あぁ、彼女達は舞子さんだな?芸子さんも一緒みたいだが。因みに、バッチリ化粧してるのが舞子さんな。」

 

「京都の舞子、話には聞いていたけれど、実際にこうして見てみると……中々に怖いな?

 私も舞台女優だけに観客席から見て丁度良く見えるが近くで見ると厚化粧に驚くと言う舞台メイクを経験しているのだが、其れと比較しても此れは少しやり過ぎではないかな?顔面白塗り&唇に鮮やかな紅はコントラストはハッキリしてるが、近くで見ると少し怖いぞ!?」

 

「まぁ、其れが舞子さんだからな。慣れるまでってやつだな此れは。

 因みに舞子さんになるには可成り厳しい修行をするらしくてさ、早い人だと俺達よりも下の年齢から修業を始める人もいるらしいぜ?」

 

「マジで?

 其れってお座敷の作法とかも叩き込まれんでしょ?アタシじゃ絶対に耐えられずに夜逃げ……いや、ストレス爆発で暴れまくった挙句に破門されるわ。」

 

「お姉ちゃん、意外と自己診断出来てるね。」

 

 

そして其処にはこれまた京都の名物とも言える『舞子』や『芸子』も多く訪れているので、其れがまた観光客には人気となっていて記念撮影をお願いする観光客も、主に外国人観光客をメインにして多いのである。

かく言う夏月達も、『折角なので』と言う事で舞子さんに声を掛けて清水寺をバックに一緒に記念撮影を行って貰ったのだった。

 

そうして辿り着いた清水寺の舞台からの眺めは最高で、正に京都の街が一望出来ると言うモノだった。

其の絶景をバックに記念撮影を行った夏月組だったのだが、清水寺から移動しようとしたところで、同行しているクスハが舞子さんと芸子さんに捕まってしまった。

 

 

「雪のような白い毛並み、キレイおすなぁ?どこから来はったん?」

 

「美人さんのお狐様やねぇ?尻尾も九本あるし、若しかして神様のお使いなんやろうかねぇ?」

 

「スイマセン、其の子俺達の子です!俺達のクスハです!」

 

「お騒がせしました!」

 

 

其れも夏月とヴィシュヌが直ぐに対処した事で大事にはならなかった――舞子さんと芸子さんは少しばかりクスハと別れるのが名残惜しかったみたいだったが、クスハは狐の中でもかなり特殊な存在であると言えるので夏月とヴィシュヌの判断は正しいと言えるだろう。

もしもクスハが夏月とヴィシュヌの手から離れて何処かに行ってしまっただけなら未だしも、其の特異性に目を付けたマッドサイエンティストの類に捕まってしまったら実験動物にされてしまう未来しかないのだから、クスハは夏月とヴィシュヌが確りと護らねばならないだろう。

 

そんなこんなで清水寺を後にした夏月組が次にやって来たのは、これまた京都の観光名所として外す事の出来ない『金閣寺』だった。

金閣寺をリクエストしたのは意外にもヴィシュヌだったのだが、ヴィシュヌの出身国であるタイに存在している世界遺産の『アンコールワット寺院』は『嘗ては金色だった』と言う事もあり、現存している『黄金の寺院』を見ておきたかったのだろう。

幸運な事に此の日は晴天だったので、金閣寺は太陽の光を目一杯受けて金メッキ仕上げのガンプラである『百式』や『アカツキ』も驚きの『金ぴか光沢』を放ち、ド派手な『金色』をこの上ないほどに主張していたのだった。

 

 

「物凄い金色……此れだけど派手な金色だと若しかしたらビームを反射する事が出来るかもしれないから試してみても良い夏月?」

 

「やめい簪、其れやった瞬間に『重要文化財破壊』で逮捕されるから。多分更識の力をもってしても誤魔化せないからな?

 なんぼ金色でもアカツキのビーム反射装甲『ヤタノカガミ』を搭載してる訳じゃねぇんだから。」

 

「其れは残念。

 因みにガンプラのイエローのパーツはゴールドで塗装してから鏨でスジボリを追加したり元々彫られてた溝を掘り直してから墨入れペンのブラウンでスミ入れするとぐっとパーツのグレード感がアップする。」

 

「其の知識、今此処で必要だったかしらね?」

 

「100%必要ありませんよファニール。」

 

「ですが、本当に見事な金色です。

 絢爛豪華とはまさに此の事であるのだと思います……天気にも恵まれて、金閣寺の魅力と豪華さを堪能出来ました。」

 

「なら良かったが、冬にはまた違った姿も見れるんだぜ?

 屋根に雪を積もらせた金閣寺ってのも中々に味がある……でもって、其の雪が積もった金閣寺が今日みたいな晴天に照らされると金閣寺の光沢に雪の反射光が加わって今日以上の物凄い光沢を放つらしいんだ。」

 

「其れはまたなんとも凄そうですが、其処まで来るとサングラスを掛けないと真面に見る事が出来ないかもしれませんね?」

 

 

金閣寺を眺めながら雑談をした後に、今度は金閣寺をバックに記念撮影。

記念撮影の後は駐車場にある茶屋にて抹茶と、生八つ橋をはじめとした京都スウィーツを堪能すると、今度は特に目的地もなく京都をぶらりと散策する事にしたのだが、適当にぶらつくだけでも京都の街並は東京とは異なっており、特に碁盤の目に区画されている路地は東京の路地と違って複雑ではなく、仮に間違った道に入ってしまったとしても右回り、或いは左回りオンリーで戻れば元居た場所に簡単に戻る事が出来ると言うのは可成り大きな利点と言えるだろう。

 

そうして適当に散策しながらウィンドウショッピングを行い、時には土産物屋に入って店内を見て回り、気に入ったモノがあったら購入すると言う事をして楽しんでいた――簪が『修学旅行のお土産と言えば木刀』と言って木刀を購入しようとした際には、静寐に『最近は木刀を購入すると旅館に戻ってから先生に刀狩りされるらしいよ?』と言われて購入を止めていた。

拡張領域に入れて隠すと言う裏技も存在するのだが、IS学園に於いては専用機持ちは『拡張領域に問題になりそうな物を隠していないか』とチェックもされるので其の裏技も使えないだろう――そこまで調べるのはやり過ぎと思うかもしれないが、其れほど徹底しなければ専用機持ちの拡張領域を使って酒やタバコ、最悪の場合は違法薬物の持ち込みも行えるので、こうした厳しいチェックは絶対に必要になるのである。

 

 

「ねぇ夏月、此れ可愛くない?お土産に買って行こう。学園に残ったタテナシとグリフィンとダリルの分も。」

 

「こいつは干支守りか?

 リアルな造形じゃなくてカジュアルでポップな造形は確かに可愛いから買うか。つか、此れはトラじゃなくてネコじゃねぇのか?」

 

「トラはデフォルメするとネコになる、此れは常識。」

 

 

何件目かで訪れた土産物屋でファニールがマスコット的なデザインの『干支守り』を見付けて、其れを見た夏月は購入する事を決め、全員が自分の干支と同じお守りを購入し、学年が違うので学園に残る事になった楯無、グリフィン、ダリルの干支のお守りも購入したのだった。

因みに乱とファニール以外は全員が二千六年生まれだったので『戌』の干支守りだったのだが、一つ下の乱は『亥』の干支守りを購入し、三つ下のファニールは『丑』の干支守りを購入し、逆に一つ上の楯無とグリフィンとダリルには『酉』の干支守りを夏月が購入してプレゼントする事になったのだった。

 

そんな感じで京都を適当に散策しているウチに昼食時となったので夏月組もランチタイムとなったのだが、『何処で何を食べるか?』となった際に『京都グルメは旅館で堪能出来るから、逆に京都グルメじゃないモノにしよう』と言う事になり、夏月組一行がやって来たのは京都グルメとは最も遠い存在と言っても過言ではない『ハンバーガーレストラン』だった。

 

だがしかし此の店はハンバーガーのフランチャイズ店として全国展開している『マ〇ドナルド』や『〇スバーガー』とは異なり、『敢えて古都京都に出店した個人経営の店』であるので、逆に期待出来ると言うモノだろう。

夏月達は入店して人数を告げると、二階の『パーティルーム』に案内され、其処でメニューと暫し睨めっこする事になった。

メニューには全国展開しているハンバーガーのフランチャイズ店ではまずお目に掛る事のない珍しいハンバーガーが名を連ねていたのだから其れも致し方ないと言えるだろう。

定番のビーフパテを使ったハンバーガーだけでも十種類を超えていると言うのに、其処に『フライドチキン』、『フィッシュ』、『エビカツ』が同じ位のバリエーションで存在しているのならば、其れは迷うなと言うのが無理と言うモノだ。

 

そうして迷う事十分弱、全員のオーダーが決まった事を確認した夏月はインターホンを押して定員を呼び出すと、注文を出した。

 

 

「俺は此の『究極のベーコンレタスダブルチーズバーガー』をポテトとドリンクのセットで。其れから単品で『ダブルエビカツバーガー』を。

 ポテトとドリンクはLサイズで、ドリンクはコーラで。」

 

「私は『ハワイアンバーガー』をポテトとドリンクのセットで。ドリンクはジンジャーエールでお願いしようかな。」

 

「私は『究極のてりやきバーガー』をポテトとドリンクのセットで。ドリンクはリンゴジュース。」

 

「アタシは『フィッシュエビバーガー』をポテトとドリンクのセットで!ドリンクは烏龍茶で宜しく!」

 

「アタシは『タルタルフィッシュバーガー』をポテトとドリンクのセットで。飲み物はコーラで♪」

 

「私は『旨辛照り焼きチキンバーガー』をポテトとドリンクのセットで。ポテトとドリンクはLサイズで、ドリンクはレモンスカッシュでお願いします。」

 

「え~っと、私はねぇ……『スパイシーサーモンバーガー』をドリンクとポテトのセットで。ドリンクは強炭酸のサイダーで。」

 

「私は『ダブルチーズバーガー』をポテトとドリンクのセットで。ポテトはLサイズで、ドリンクはコーラでお願いします。」

 

「私は……此の『濃厚バーベキューバーガー』をポテトとドリンクのセットで。ポテトは明太子フレーバーで、ドリンクはノンアルコールのビールを。」

 

「かなり迷ったけど、私は『限界突破フィッシュバーガー』をドリンクとポテトのセットで。飲み物はハンバーガーの大親友のコーラで♪」

 

 

夫々異なるオーダーだったのだが、オーダーしてから約十分後には注文したメニューが提供されていた。

 

 

「此れは、メニューに掲載されていた写真以上だな?」

 

 

其のメニューは実に見事なモノであり、断面を香ばしく焼かれたバンズが具材を見事に挟み込んでいたのだが、挟まれている具材の厚さがマ〇ドナルドは勿論として、具材はケチケチしないと言われている〇スバーガーをも上回っており、特に夏月がオーダーした『究極のベーコンレタスダブルバーガー』はビーフパテとこんがり焼かれたベーコンが二枚であるだけでなく、レタスもふんだんに使われていて、其の厚みは余裕で15㎝を越えていたのだ。

 

 

「そんじゃまぁ、いただきます!!」

 

「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」

 

 

だがしかし夏月は其の極厚バーガーを『口に合うサイズ』に潰すと一気に齧り付くと言う豪快でワイルド極まりない食べ方をして、嫁ズも其れに倣って一気に巨大なバーガーに齧り付いた。

下品とは言うなかれ。巨大なハンバーガーは自分の口に合うサイズに潰した上で、口の周りと手を思い切り汚して食べるのが最高に美味しい食べ方なのであるのだから。

 

 

「いやぁ、此れは思った以上の味だね?

 ビーフパテにハムステーキ、輪切りのパイナップルと言う組み合わせが斬新だったのでハワイアンバーガーにしたのだが、パイナップルの甘みと酸味が想像していた以上に肉とよく合うので驚いたよ。」

 

「パイナップルって意外と肉料理と相性良いのよね。

 アタシの得意料理である酢豚に入れる事もあるし、唐揚げなんかの下味をつける段階で刻んだパイナップルを一緒に漬け込むと肉が柔らかくなるし。」

 

「この旨辛照り焼きチキンバーガーは『旨辛』の名の通り、旨味と辛さが絶妙ですね?

 照り焼きソースには赤唐辛子だけでなく青唐辛子も使っている上に、赤唐辛子は粉末と生の荒刻み、青唐辛子は焙煎とパウダーを使って唐辛子の辛さと旨さを見事に引き出していると思います。」

 

「此のスパイシーサーモンバーガーのスパイスって何かしらね?

 一種類じゃなくて沢山使われてるような気がするわ……多分だけど最低五種類位は。」

 

「若しかして五香粉(ウーシャンフェン)が使われてるのかも。

 アジア料理に使われるスパイスだと思ってたけど、成程ハンバーガーのスパイスとしても使える訳か……そしてその可能性が夏月君の主夫魂に火を点けた可能性が。」

 

「おうよ、火が点いたぜ静寐……パストラミ系の肉料理作るとき、ペッパー系だけじゃなく五香紛も一緒にまぶしたらまた違った美味しさになるだろうし、ムニエルの衣に混ぜても良いかもだぜ。」

 

「神楽、ポテトに明太って合うの?」

 

「合いますよナギ。明太タラモサラダと言う料理も存在しますし……食べてみますか?」

 

 

手に付いたソースを舐め取りながら口の周りをお絞りで拭って大きなハンバーガーを心行くまで雑談をしながら堪能し、セットメニューのポテトのサクサクカリカリ感にも満足したランチタイムとなっていた。

値段は全国展開しているフランチャイズ店と比べると少しばかり割高なセットメニューで千円オーバーだったのだが、『此の味なら高くない』と全員が思っていたのだった。

 

 

こうして最高のランチタイムを終えた午後の部、夏月達がやって来たのは『京都シネマ村』だった。

『映画のテーマパーク』である京都シネマ村は、映画の歴史や邦画、洋画、アニメ作品を問わずに映画の世界を体験する事が可能で、ある場所には時代劇風の街並みが再現されているかと思えば、ある場所にはSFの世界観が再現され、またある場所には『赤いコートを着たデビルハーフのオッサン』が大暴れやらかしそうな世界観が再現されていた。

施設内には幾つものミニシアターも存在しており、名画と言われている映画だけでなく、シネマ村オリジナルの映画も上映されているので、其れも楽しみの一つなのだが、此のシネマ村の最大の魅力は、『貸衣装で映画の登場人物に変身出来る』……もっと分かり易く言えば『映画の登場人物のコスプレ』が出来る事だろう。

貸衣装は一律千円と言うリーズナブルさも魅力と言えよう――スタジオでの写真撮影で衣装を借りたら、最低でも五桁を超える事を考えたら、非常に良心的な値段設定と言えるのは間違いなさそうだ。

 

なので夏月達も貸衣装に着替え、全員が映画の登場人物に変身していた。

夏月は映像作品である『FINAL FANTASYⅦ ADVENT CHILDREN』の主人公の『クラウド・ストライフ』、ロランは『映画版バイオ・ハザード2』の『ジル・バレンタイン』、簪は『アナと雪の女王』の『エルザ』、鈴は『劇場版ポケットモンスター~結晶塔の帝王 エンテイ~』の『リン』、乱は『劇場版ガールズ&パンツァー』の『山郷あゆみ(パンツァージャケットVer)』、ヴィシュヌは『スター・ウォーズシリーズ』の『レイア姫』、ファニールはハリウッド版『StreetFighter』の『チュンリー・ザン』、静寐は『ターミネーター1&2』の『サラ・コナー』、神楽は『バック・トゥ・ザ・フューチャーⅢ』の『クララ・クレイトン』、ナギは『風の谷のナウシカ』の『ナウシカ(王蟲の血で蒼く染まったペジテ衣装Ver)』と言うチョイスに。

此の衣装チェンジは意外なほどに静寐がハマっていた――原作同様にショートヘアーと言うのも大きいだろうが、静寐の身体もまた他の夏月の嫁ズと同様に鍛え上げられており、劇中の『サラ・コナー』に負けず劣らずの肉体を手に入れていたのだ。

女性的な曲線を保ちながら、腹筋がシックスパックになっていると言うのは見事であると言えるだろう――ロランやヴィシュヌもまた同様の状態であるのだが、夏休みの期間だけで此処まで己を鍛え上げた静寐は見事と言えるだろう……静寐と比べると少しばかり劣るとは言っても、神楽とナギも夏休み期間中に日本の代表候補生になったのだから此れは誇るべき事だと言えるだろう。

楯無と簪ですら、代表候補生になるまでには年単位を要したのだから。

尤も、楯無も簪も、代表候補生から国家代表になるまでには一年と掛かっていないのだから矢張り凄まじい訳なのだが。

 

其れは其れとして、貸衣装に着替えた一行はシネマ村に繰り出し、各所にある展示物やミニシアターでの映像作品などを楽しみながらやって来たのは『江戸の街並み』が再現された場所だった。

時代劇の撮影にも使われると言う事もあって、江戸時代の街並みは可成り高いレベルで再現されており、夏月達も其れを楽しんでいたのだが――

 

 

「へっへっへ、追い詰めたぜぇお嬢さん……大人しくこっちにそいつを渡せば、痛い目を見ないで済むぜ?」

 

「お嬢さん……此処はあっしが引き受けますんで逃げてくだせぇ……某は目が見えずとも、敵は心眼にて見えまするので御心配なさらずに――俺の命を繋いでくれた握り飯の礼、此処で果たさせていただきやす!」

 

 

其処で突如始まったミニ劇。

如何やら賊に追われる姫が絶体絶命の状況に陥り、其処で姫の施しで一命を取り留め、その礼として護衛に参加していた盲目の剣士『座頭市』が賊に立ち向かい、見事な居合をもってしてバッタバッタと賊を切り倒していくと言う実に爽快感があるモノだった。

そして残りは賊の頭領一人となったところで、傘を目深に被った『謎のサムライ』が現れて賊の頭領を一閃して絶命させると、座頭市と向き合う。

目は見えずとも相手の雰囲気から自分と戦う心算であると察した座頭市は刀を鞘に納め、必殺の居合を放てるようにすると謎のサムライと向き合い、一瞬の静寂の後に座頭市の逆手居合と謎のサムライの袈裟切りが交錯し、そして互いに相手を背にする形に。

一見すると互角だったのだが、座頭市の刀は真ん中からポッキリと折れてしまっていた。

だが座頭市の居合は謎のサムライの傘を真っ二つに斬り裂き、その下からは包帯が巻かれた頭が現れた。

 

 

「コイツは刀が折られた?刀ってのはそう簡単に折れるモンじゃないんだが其れをこうも簡単に折るとは……お前さん、人間じゃあないね?」

 

 

刀が折られた事を理解した座頭市は、謎のサムライにこう問いかけると、謎の頭に巻かれた包帯を取り去って行き、包帯の下から現れたのは――

 

 

『キシャァァァァァァ!!』

 

「傘の下の素顔はどんなモンかと思ったら、まさかの人じゃなくてプレデターかよ!」

 

「うん、この発想はなかった。」

 

 

『宇宙のハンター』であるプレデターだった。

このミニ劇は『YouTube』上にアップされていた『PVZ』が元ネタとなっており、一時期洋画界で流行っていた『VSシリーズ』の流れを汲んだ『ジョーク動画』だったのだが、再生数は中々に多く、シネマ村では其れをミニ劇で再現したのだ。

因みにプレデターは基本的に地球人類を『狩りの獲物』と考えており、光学迷彩ステルスを使って景色に溶け込み、ターゲットに気付かれる事なく人間狩りを行うのだが、一転して己が認めた『戦士』に対しては姿を見せて戦うので、座頭市はプレデターに『狩り』ではなく対等の『戦士』と認められたと言う事であり、江戸時代の日本の盲目の剣客の実力は相当なモノであったと言えるだろう。

 

刀を折られた座頭市は一気に窮地に陥ったのだが、此処で姫が賊達から渡せと言われていたモノを座頭市に投げ渡す。

目が見えずとも聴覚が発達している座頭市は姫の声とモノが飛ぶ風切り音を頼りに投げられたモノを見事に掴み取る――其れは一見すると刃の付いていない刀の柄なのだが、座頭市が手にした瞬間にライトセイバーかビームサーベルのようにエネルギーの刃が発生し、座頭市は其れを使ってプレデターと戦い、最終的には座頭市に深手を負わされたプレデターが『勝てない』と判断して自爆をしようとしたところで座頭市がプレデターの自決を察して自爆装置を突き刺して破壊し、『お前さん、其の力を人の為に使ってみちゃどうだい?』と言われ、己を敗北させた戦士によって命を救われたプレデターは『謎のサムライ』として日本全国を回る事になったのだった――尚、姫が持っていたビームサーベルは遥か太古の時代に日本に飛来したプレデターが持っていたモノであり、当時の日本人が圧倒的な力を持つプレデターを神として崇め、其のプレデターが持っていた武器を神聖なモノとして姫の家で代々受け継いでいたモノと言う事だった。

 

 

「座頭市vsプレデター……流石に此の発想はなかった。マーベルvsカプコンもビックリだろこれは?」

 

「此れがアリなら、私は『Devil May Cryvsプレデター』を推したい……ダンテとプレデターの戦いはきっと凄いアクションになるのは間違いないと思うから。」

 

「其れは確かに凄まじいアクションが繰り広げられそうではあるが、其の戦いは下手をしたら一都市が完全崩壊してしまうのではないだろうか?」

 

「一都市が完全崩壊だなんて馬鹿言わないでロラン……ダンテとプレデターがガチで戦ったら一都市どころかアメリカ大陸が壊滅して最悪の場合は地球そのものが壊滅的な大ダメージを受けるから。」

 

「うん、余計に悪いな其れは!?」

 

 

まさかのクロスオーバーのミニ劇だったが、その意外性が逆にウケたらしく、観客からは惜しみない拍手が送られ、夏月達も拍手を送っていた。

このミニ劇を観劇した後は、日本が世界に誇る映画ジャンルである『怪獣映画』の歴史が分かる展示館にやって来て、其処に展示されている歴代の『ゴジラ』の『怪獣スーツ』を観覧して其の細かな違いに驚いていた。

 

 

「ゴジラvsデストロイヤーのバーニングゴジラのゴジラスーツは内部から燃えてる感じを再現する為に百個以上の電球をスーツ内部に仕込んでて、総重量は100kgを超えるって、此れは撮影が普通に拷問だろ此れ?」

 

「暑くて重くて狭いに加えて視界も限られるのだから演者は正に地獄だろうね……此れでもしもNGが出てしまったら絶望しかないのではないかな?」

 

「絶望なんてレベルじゃねぇだろそれは……」

 

「シン・ゴジラの第五形態……此れってエヴァンゲリオン?」

 

「あぁ、其れはアタシも思ったわ簪。」

 

 

日本が世界に誇る怪獣王のスーツの多さに驚きながらも、他の怪獣の衣装の細かさやギミックにも驚きながら此の展示館を楽しみ、其の後はシネマ村をぶらつきながら、時には『客参加型』のミニ劇にも参戦し、其処では夏月が身の丈以上の大剣である『フェンリル』を抜くとクラウドの究極リミット技『超究武神覇斬』を繰り出して敵を蹴散らしていた。

其れから良い時間になったところでシネマ村内のミュージアムショップにて夫々が土産物を購入していた――其処で簪が『シネマ村限定カラーのHGCEフリーダムガンダム』を購入したのはある意味では当然と言えるだろう。

アニオタでゲーオタの簪が『限定カラーのガンプラ』を購入しないと言う事はあり得ないのだから。

 

こんな感じで三日目の班別行動を夏月組は目一杯楽しんだ後に旅館に戻った――同じく嫁ズと行動していた秋五組もまた京都の名所を回って目一杯楽しんでいたのだった。

 

旅館に戻った後は直ぐに入浴時間となり、三日目は女子は三組が最初となった事でヴィシュヌの究極クラスのプロポーションや、夏休み明けに急成長したコメット姉妹に関しての話題が男風呂の夏月と秋五に届いていた。

 

 

「ヴィシュヌは元からダイナマイトボディだったが、ファニールとオニールが急成長したのって、若しかしなくても俺達のせいか?

 学園から離脱してた時に義母さんから聞いたんだが、俺とお前には『仲間を急成長させる因子』が組み込まれてるらしくて、其れは相手が女性の場合は性交渉によって最大の効果を発揮するって事なんだが……」

 

「そうなると、確実に僕達が原因だよね……織斑計画、何で僕達にそんな機能を付けたのさ……」

 

「最強の人間を簡単に量産するためだろ?」

 

「倫理観とか完全にぶっ飛んでるね其れは。」

 

 

取り敢えずコメット姉妹の急成長は織斑計画の産物だったのだが、高い潜在能力を秘めていたコメット姉妹が急成長した事で大人の身体を手に入れたと言うのはIS学園にとっても悪い事ではないだろう。

ISの操縦能力は子供の身体と大人の身体では大きな差が出てしまうのだから――逆に言えば大人の身体になった事でコメット姉妹は其の力を存分に発揮出来る訳なのだが。

 

そしてお風呂タイムの後は夕食となり、此の日の夕食は『京風散らし寿司』と『ハマグリのお吸い物』だった。

『京風散らし寿司』は酢飯の上に錦糸卵を敷き詰めた上に、切った煮アナゴを散らし、其処に鯛、鰆の刺身、湯引きした鱧、エビを乗せた見た目にも豪華なモノであるだけでなく、味も抜群だったので実に満足出来るモノだった。

 

夕食後は自由時間となり、三日目も夏月の部屋と秋五の部屋には夫々の嫁ズが集まって就寝時間を過ぎてもゲームで盛り上がり、日付が変わった頃にやっと眠りについたのだった。

 

そして修学旅行最終日。

此の日も夏月は早朝トレーニングを行い、其れから朝食タイムとなり、朝食後には旅館を出発して京都駅に移動し、其処から新幹線で東京に戻り、東京駅からIS学園島へのモノレールが出ているモノレール駅に向かう事になっていた。

 

旅館に礼を述べた一行はクラスごとにバスに乗って京都駅まで移動し、其処からは新幹線で二時間ちょっとの鉄道の旅だ。

修学旅行を思い切り楽しんだが故に多くの生徒は新幹線では寝ていたのだが、夏月はSwitchにて『スーパーマリオメイカー2』でダウンロードした『トロールコース』に挑戦していた。

 

 

「二分の一か……なら正解はこっちだ!

 と思ったら隠しブロックからのパックンフラワーか!このクチビル植物が~~!!!」

 

「クチビル植物、言い得て妙だね。」

 

 

其の鬼畜難易度に夏月が発狂し掛けていたのだが、最終的にはクリア出来たので良かったと言う事にしておくべきだろう――こうして、IS学園の修学旅行は恙無く終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し巻き戻り、束は自身のラボにてある人物をカメラで捉えていた。

 

 

「ISのコア人格には特定の波長があるから、其れを追えば愚娘の生死も分かるんじゃないかと思ったんだけど、どうやらビンゴだったみたいだね?」

 

 

其のカメラが捉えた映像はモニターに映し出されるのだが、其のモニターに映し出されたのは一人の女性で、其れこそ『何処にでもいるOL』と言った感じだったのだが、束は此の女性から『ISコアの波長』を感知した事で注目する事になったのだった。

 

 

「白騎士……君の目的がなんであるのかは分からないけど、其の目的が多くの人を不幸にするモノであるのなら私は其れを認める事は出来ない――ドンな手を使ってでも、止めて見せる。

 其れが、白騎士事件を止める事が出来なかった私に出来るせめてもの贖罪だからね。」

 

 

そうして感知した『ISコアの波長』が『白騎士』のモノである事を確認した束は、いかなる手段を持ってしても白騎士の暴走を止めると言う覚悟を決めていたのだった――その手段の選択肢には、束の命をもコストにするモノもあったのだが、逆に言えば束は千冬(偽)との決戦には文字通りの『命懸け』で挑むと言う覚悟であったのだ。

 

 

「カッ君とシュー君の嫁ズの機体が全て騎龍となればお前達にも負けない…だけど何時攻めて来るか、何処で何が起きるか分からない以上は騎龍化を悠長に待ってる事も出来ないから……此処は一つ、サクッと強制覚醒イベントと行きますか♪」

 

 

だがしかし、束は焦る事なく、夏月組と秋五組の機体が『騎龍』として覚醒するための手段を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode71『まさかまさかのプロデビュー?~Kagetsu&Shugo~』

IS学園よ、私は帰って来た!と思ったらいきなり大舞台!?By夏月    うん、だから頑張ってね♪By楯無    全力全壊だねByロラン


千冬(偽)が姿を変えたOL風の女性は深い山奥の無人の寺にある共同墓地を訪れ、一つの大きな墓碑の前にやって来ていた。

其の墓碑には多数の死者の名が刻み込まれているのだが、その全ては先のIS学園で起きた戦闘に参加した女性権利団体の残党のモノだった――自業自得で命を落とした愚者ではあるが、だからと言って死者を無碍に扱う事が出来ないのが日本の風潮なので、彼女達は個々の墓は建立されなかったモノの共同での墓碑は建立されたのだった。女性権利団体のメンバーは女尊男卑思考の持ち主が殆どなので自身の父親や男兄弟とは縁を切り、結婚せずに独り身で居る者ばかりだったので遺骨の引き取り手もなかったのであるが。

但し、此の共同墓碑を作るにあたり管理する寺や自治体が必要になったのだが、女性権利団体に対する世間の負のイメージは非常に高かった事が影響して日本全国何処の寺も自治体も管理者として名を挙げず、最終的に『こんなところに寺あったんだ』と思われるような山奥の、殆ど廃寺状態となっている無人寺の管理放棄状態となっている共同墓地内に作られたと言う訳だ。

 

 

「貴様らに死後の安息など存在しない。死んでも私の為に働いてもらうぞ。」

 

 

そんな共同墓碑の前に立った千冬(偽)もとい、千冬の代替人格と白騎士のコア人格、そして宇宙から飛来した生物が融合した存在(以降キメラと表記)は、其れだけ言うと己の身体から同化して連れて来ていた子供達を分離し、分離した子供達は墓碑を破壊するとその下に埋葬された女権団の残党の遺骨が納められた骨壺を取り出し、其れを破壊すると中に収められていた遺骨を其の身に取り込んだのだった。

火葬されて残った遺骨には栄養分は皆無なのだが、其れを取り込んだキメラの子供達は、夫々が取り込んだ遺骨の生前の姿を含む様々な人間の姿に擬態する能力を得る事が出来ていたのだった――尤も、人間の姿に擬態出来るだけで知能は皆無で人語を話す事も出来ないのだが。

 

 

「人に擬態する事が出来れば言葉は話せずとも、ある程度は人間社会に溶け込む事も可能――となれば、食事も容易になるからな……ククク、元気に育てよ愛しい子供達よ。」

 

 

キメラ達の巣がある海底洞窟は食料がない訳ではないのだが、海洋生物を取る事が出来なかった場合は海藻や海草、或いはキメラが食用として生み出した卵塊のみであるので、食事事情はお世辞にも良いとは言えなかったのだ。

だが人間に擬態する事が出来れば人語を話す事は出来ずとも食券式の店や自動販売機を利用すれば人間社会での食事が可能となり、同時にキメラには白騎士のコア人格も融合している事で機械類に対しての外部からのハッキングも可能となっており、無人ATMを操作して内部の現金を引き出すくらいの事は可能となっていたのだ――しかも他者の口座現金を下ろすのではなく、文字通りATM内の現金を取り出すので『口座残高が知らない間に減っていたと』言う事もなく、比較的安全に現金を手に入れられるのだ。

勿論防犯カメラにもハッキングをして映像を操作して自分の姿を映像に残さない事も可能である。

 

 

「とは言え、恐らく私の存在は束には知られているだろうな……白騎士のコア人格が私の中にある以上は。

 だが束よ、如何に私の存在を知ったとしても、果たしてお前は一体『どの私』の行動を重要視するのだろうな?」

 

 

キメラは宇宙から飛来した生物と融合している事で元々殆ど存在していなかった倫理観等は完全に吹っ飛んでしまったのだが、逆に夏月から『DQNヒルデ』と呼ばれていた頃と比べると知恵が回るようになっていた。

人非ざる存在となったキメラは、今の自分は身体の分裂と融合が出来ると言う事を知ると、人間社会に出て来る時は最低でも十体に分裂して夫々が別々の行動をするようにしていた――そうする事で白騎士のコア人格の反応を分散させて束を混乱させ、自身の真の行動を悟られないようにしていたのだ。

 

 

「だが、人間の食べ物だけと言うのも味気ない……だからと言って家畜を襲ったら問題になるか……ならば野良猫や野良犬、不法投棄された外来生物なんかを餌とするか。」

 

 

キメラの子供達は人間の食事で栄養を摂るだけでなく野良犬や野良猫、不法投棄された外来生物をも取り込んで自己進化を繰り返し、そして其の力を少しずつ、しかし確実に増して行くのだった。

尤も近い未来に地球人類にとって脅威となる存在が育つ過程で生態系を破壊する外来種が大きく其の数を減らしたと言うのは、地球全体で見ると環境保全が出来た部分もあるので喜ぶべき面があったのだが……何れにしてもキメラは着々と子供達を増やしながら強化して行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode71

『まさかまさかのプロデビュー?~Kagetsu&Shugo~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に修学旅行も終わり、平和な学園生活を送っている学園の生徒達は、今日も今日とて日常を過ごしていた。

座学も実技も全力で取り組み、放課後はISの訓練や夫々の部活動に精を出し、夕食時には学食で夏月とグリフィンが本日はどんな打っ飛んだオーダーをするのかに注目が集まり、夕食後は入浴タイムを終えた後に就寝時間まで各々自由に過ごすと言う日常を送って居たのだが、そんなある日の放課後、夏月と秋五は担任である真耶から職員室に呼び出されていた。

夏月も秋五も特別注意されるような事はしていないので、其れとは異なる何か重要な事があるのだと思って二人とも職員室にやって来たのだが……

 

 

「「試合?」」

 

「はい、一夜君も織斑君も夫々企業代表となっているので、『試合をさせろ』と言う申し込みが一学期の頃からISバトルの日本プロリーグ協会から来ているんですよ――一学期の間は『経験が少ないので試合は無理』と言う理由で断っていたんですが、一学期のタッグトーナメントと臨海学校での福音事件、そして二学期の学園での戦闘で、一夜君と織斑君の実力が明らかになってしまったので此れ以上断る事が出来なくなってしまったんです。」

 

 

其処で真耶から告げられたのは『企業代表として試合をして欲しい』との事だった。

夏月と秋五は専用機持ちではあるが『世界に二人しか存在しないIS男性操縦者』と言う立場から『日本国代表』とはならず、同時に婚約者達の国の『国家代表』とはなってはおらず、しかし所属不明と言う事にも出来ないので、二人とも専用機を製造した企業――夏月は『ムーンラビットインダストリー』の、秋五は『倉持技研』の企業代表となる事で落ち着いたのだ。

だが、企業代表は国家代表と異なり最初からスポンサーが付いている状態と言えるので、スポンサーが付かなければプロデビューが非常に難しい国家代表と異なり、企業代表は企業代表となった其の瞬間から『プロのISバトル競技者』となったとも言えるのだ。

 

尤も、実力的には国家代表の方が企業代表よりも上であり、だからこそ国際大会では国家代表が出場するので、『国際大会には国家代表』、『国内のプロリーグには企業代表』と参加する試合が分かれているのがISバトル界隈の現状であるのだ。

 

其れはさて置き、プロであるのならばプロリーグで試合をする事は当然と言えるのだが、此れまでIS学園は『ISバトル日本プロリーグ協会』からの夏月と秋五への試合出場要請は『経験不足』を理由に断っていたモノの、一学期の『学年別タッグトーナメント』、臨海学校での『福音事件』、二学期の学園祭を発端とする二度の学園島での戦闘に於いて『タッグトーナメント』以外の結果は表向きには不透明なモノとなっているが、其処に件の男性操縦者二名が関係していると言う事を完全に隠す事は出来ず、其の結果として夏月と秋五の実力が広く(噂を含めて)知れ渡る事になり、IS学園としてもこれ以上は『経験不足』を理由に試合を断る事は出来ないと判断して今回の試合要請を受ける事になったのだった。

IS学園の生徒である二人の本分は勉強であるので、プロリーグでの試合は卒業、或いは将来の進路が決まってからと言う考えもあったのだが、こうなっては致し方ないだろう――其れでも、学園側はプロリーグ協会に対して、夏月と秋五の二人の試合は学園に在籍している間は今年は今回を含めて三回、来年以降は年に五回までとの制限を設け、其れが認められないなら試合には出さないと言う条件を出して其れを承諾させてはいたのだが。

 

 

「勿論最終的に決めるのは一夜君と織斑君なので、お二人が拒否するのであればその旨を伝えますが……」

 

「いや、其の試合受けますよ山田先生。

 プロの世界、其の世界での試合ってのは勝っても負けても良い経験になると思いますんで……まぁ、やる以上は負ける気はないですけどね。」

 

「僕もやろうと思います。

 だから、その話は受けさせて下さい山田先生。」

 

「お二人ならそう言うと思いました……ではOKの旨を伝えておきますね。

 其れとこの試合はタッグマッチで、一夜君と織斑君のタッグが試合を申し込んで来た企業代表のタッグチームと戦う事になりますが、良いですね?」

 

「お前とのタッグが……そう言えば、正式にタッグを組むのは初めてか?――なら、頼りにしてるぜ相棒!」

 

「僕の方こそ頼りにさせて貰うよ夏月。」

 

 

真耶から話を聞いた夏月と秋五は試合を受けると答え、其の試合がタッグマッチである事を聞いても怯む事なく、逆に夏月も秋五も正式にタッグを組むのは初めてと言う事で今から試合を楽しみにしているようであった。

プロとしてのデビュー戦でもある上にISバトルでは珍しいタッグマッチと言うのは普通ならば緊張してしまうだろうが、既に色んな意味で経験が豊富な夏月と秋五は緊張する事はなく、寧ろタッグパートナーに不足はないので夏月と秋五はガッチリと手を組むとタッグチーム結成が決まったのだ。

 

 

「其れで山田先生、俺達の相手って何処の企業代表の選手なんですか?」

 

「お二人の相手は、日本のIS関連企業としては『ムーンラビットインダストリー』、『倉持技研』に次ぐ国内シェア第三位の『島田重工業』の企業代表の『エリカ・ハルトマン・逸見』と『シホ・ハーネンフース・西住』のタッグですね。」

 

「……な~んか聞いた事のある名前がフュージョンしてる気がするんすけど……」

 

「一夜君、其れは突っ込んではいけません。

 此の二人はIS学園の卒業生、つまりOGの二十二歳なのですが……その、何と言いますか実はこの二人も此の試合がプロリーグでのデビュー戦になるみたいなんです。」

 

「「は?」」

 

 

そして其の相手だが国内IS関連企業としてはシェア三位の『島田重工業』の企業代表だったのだが、なんとその二人もまた此の試合がプロとしてのデビュー戦だと言うのだ。

ルーキーのデビュー戦に、同じくルーキーをぶつける『ダブルデビュー戦』と言うのは通常有り得ない事であり、其れこそ人員不足の地方の『ローカルプロレス団体』でもない限りは早々起こる事ではないだろう。

なので当然夏月も秋五も疑問を持ったのだが、其れに関しては真耶が自身の予測を交えてではあるが丁寧に説明してくれた。

其れによると、島田重工業は国内シェア三位とは言っても国内シェア一位であるムーンラビットインダストリーと二位である倉持技研が世界的なIS関連企業としても世界ランキング上位であるのに対し、世界ランキングとなると二十位以内にもランクインしていない上に、ムーンラビットインダストリーと倉持技研が夫々一人ずつ『男性IS操縦者』が所属していると言う現状に焦りを感じて、自社の企業代表のプロデビューの相手に夏月と秋五を指名してプロリーグ協会に試合を申請したのだろうと事だった。

『世界に二人だけの男性IS操縦者のタッグ』との試合となれば、自社の企業代表のプロデビュー戦であっても注目されるのは間違いなく、その男性IS操縦者のプロデビューの相手を務めたとなれば、勝敗は兎も角として会社の名が上がるのは間違いないので、真耶の予測は間違いではないだろう。

 

 

「つまりは自社が注目されて、あわよくば業界内での地位を向上させたいって事か……だけど其れって俺達と勝敗は別にして良い試合が出来ればの話だよな?

 一方的に叩きのめされて瞬殺されたら地位を向上させるどころか逆に下落すんじゃねぇのかな?」

 

「其れはそうかもしれないけど、国際大会は兎も角として国内のプロリーグのISバトルはエンターテイメントの側面もあるから、ある程度は『魅せる』試合をする事も必要になるんじゃないかな?」

 

「エンタメとガチの融合か……なら俺が尊敬するプロレスラーの『武〇敬司』さんを参考にして試合を組み立てるとしますかねぇ?」

 

 

島田重工業の思惑は理解出来たが、だとしても試合を行う以上は夏月も秋五も一切の手加減をする気はなかった――口では『瞬殺はプロではNG』と言った秋五も、本心では初っ端から全力で行く心算だったのだから。

其の後は試合の日時なんかを聞いた後で、試合用のタッグ名が必要との事だったので其れを決める事になったのだが、其れは夏月が『モノクローム・モザイカ』で申請して、秋五も他に良いタッグ名が浮かばなかったので其れが採用される事になった。

自身が所属している亡国機業の実働部隊である『モノクロームアバター』と『織斑計画』の別名である『プロジェクト・モザイカ』を合わせたモノだが、そのタッグ名は実にカッチリと夏月と秋五のタッグ名にマッチしていたのである。

 

そしてプロリーグでのデビュー戦となれば絶対に勝ちたいので、此の日の放課後は『プロデビュー』の一件を夫々の嫁ズに伝えるに留まったのだが、翌日からは夏月組と秋五組合同での超絶ハードなトレーニングが開始されるのだった。

相手もデビュー戦と言う事もあって其の能力が未知数な上に、試合相手の二人はIS学園のOGではあるモノの国家代表でも代表候補生でも専用機持ちでもなく、クラス代表を務めていた訳でもなかったので学園在籍時の試合の映像も残っていなかったので、嫁ズのタッグの組み合わせをアリーナの使用刻限までに可能な限り変えた状態で模擬戦を繰り返して如何なる相手が来ても最善の一手を選択出来るように己を鍛え上げて行ったのだ。

 

そして其れだけのハードトレーニングを行えば当然腹も減る訳で……

 

 

「俺は『トリプルガーリックカルビ丼』を特盛で。

 其れが飯で、おかずは『肉じゃがコロッケ』、『タルタルチキン南蛮』、『鯖の塩焼き』、『肉モヤシ炒め』で。其れから味噌汁の代わりに味噌ラーメン。牛乳はパックで宜しく。」

 

「僕は……『かつ丼』を特盛。

 其れがご飯でおかずは『唐揚げ』、『サンマの塩焼き』、『回鍋肉』で。」

 

「私はねぇ……『ステーキ丼』のメガ盛りを『肉三倍』ね。

 其れがご飯で、おかずは『チーズハンバーグダブル』、『トンカツ』、『唐揚げ』、『青椒肉絲』、『豚カルビ焼肉』、『ピリ辛もつ煮込み』。そんでもって夏月と同様に味噌汁の代わりに味噌ラーメン。牛乳もパックで。」

 

 

夏月だけでなく秋五のオーダーもバグっていた。

『消費したエネルギーは食べる事で摂取するのが最も効率が良い』と考えていた織斑計画の研究者達によって、『消費したエネルギーは食事で補充する』事が前提となっているのだが、此れまで秋五は其処までのエネルギー消費をした事が無かったので、人生初となる超絶メニューの注文となっていたのだ。

そして、ナチュラルな生まれであるグリフィンは夏月と秋五を余裕で上回るオーダーを出していたのだから驚き以外のナニモノでもないだろう――世のフードファイターでも完食出来るか如何かというオーダーなのだから。

 

 

「一夜とレッドラム先輩が凄まじい大食漢で健啖家なのは知っていたが、其れにしても今日は何時にも増して凄いな?秋五も普段の三倍近い量を食べているし……」

 

「まぁ、アレだけハードなトレーニングを行えばお腹も空くと言うモノよ箒ちゃん。

 夏月君と織斑君は消費エネルギーを食べる事で即補充出来るようになっているかもしれないから兎も角だけど、グリフィンの食欲はホント凄いと思うわ。

 そしてアレだけの量を食べても全く太らないんだから、食べた栄養は一体何処に蓄積されているのやらね。」

 

「楯姐さん……そりゃ胸でしょ間違いなく?……アタシも爆食すれば胸育つのかしら?」

 

「お姉ちゃん、其れ闇落ちし掛けながら言うセリフじゃないから……」

 

 

食事中の会話から鈴の目からハイライトが消えかけたが本日の夕食タイムも賑やかかつ楽しい時間となっていた。

序に、グリフィンは此のメニューをペロリと平らげた後で追加で『トリプルガーリックカルビ丼・特盛・肉三倍』、『ぶっかけおろし冷しゃぶうどん』、『ハイパーロングチリドッグ(パンの長さ30㎝、ソーセージ40㎝)』オーダーして其れも瞬く間に平らげ、デザートに『ウルトラデラックスジャンボパフェ(高さ30㎝)』を見事に完食して見せたのであった。

 

 

「にしてもプロとしてのデビュー戦ってんなら、なんかこうインパクトのある登場をやりたいよな?

 普通に専用機纏ってカタパルトから出撃ってのはな~んか味気ない気がするぜ……秋五、お前もどうせならインパクトのある登場をした方が良いと思うよな?てか、お前の場合はアレの弟だって事で否応なしにインパクト求められると思うんだわ俺は。」

 

「其れはそうかもしれないけど、だけどインパクトのある登場って言われても僕は思いつかないよ?」

 

「自分で言っといてなんだが俺もだ――と言う訳で簪先生お願いします。」

 

「そこで私に振るのは悪くないね夏月。

 夏月と秋五は双子って思う位に容姿が殆ど同じだから、此処は『      』ってのは如何かな?知ってる人も割と多いからイケると思うよ。」

 

「なるほど、其れは良いかもだな?」

 

「確かに良いかも知れないけど、良く知ってるね更識さん?」

 

「……ヲタの知識を舐めたらダメ。

 そしてラウラはもっと知識を蓄積すべき。貴女のヲタ知識はまだまだ浅い……そして貴女に其れを教えたと言う黒ウサギ隊の副官も私に言わせればマダマダ甘いと言わざるを得ない。最低でも遊戯王における闇遊戯の全デュエルのフィニッシャーくらいは暗記しておかなければダメ。」

 

「更識簪……師匠と呼ばせてくれ!!」

 

 

デザートタイムでは夏月が『インパクトのある登場をしたい』との事で簪にアイディアを求めたのだが、簪は夏月と秋五の容姿が瓜二つである事を生かしたあるパフォーマンスを提案し、夏月と秋五も其れを採用する事にした。

其れは正しくアニオタで特撮オタである簪だからこそ思い付いた事でもあり、同時に日本のサブカルチャーは世界でも大人気なので、国内のプロリーグの試合とは言っても海外からの観客もいる試合会場ではウケること間違いないだろう――ラウラが簪に弟子入りすると言う謎の状況が発生してしまったのもまぁ特に問題はないだろう。

 

そうして夕食が終わった後はゆっくりと風呂に入って身体をリラックスさせると、夏月は自室に戻って禅を組んで精神統一をしながら脳内ではイメージトレーニングを繰り返していた。

イメージトレーニングと言うのは実はとても重要なモノであり、イメージだからこそ作り出す事の出来る相手と言うモノも存在するのだ

夏月は、実は此れまでにISのコア人格の世界で何度か羅雪と模擬戦を行っており、夏月の中では現時点では羅雪が最強の相手なのだが、其れはあくまでも近接戦闘のみの話だ――がイメージトレーニングではイメージ次第で『遠距離戦も出来る羅雪』と言う限りなく最強に近い存在との戦いも可能なのだ。

そして夏月は『羅雪+スコール+オータム+楯無』と言う己が知りうる『最強四天王』を一つに纏めた『己がイメージ出来る最強の存在』とイメージトレーニングで戦いながら精神統一をすると言う相反する事を行っていたのだ。

『燃え盛る闘争心と平常心の融合』を目指してのトレーニングとも言えるモノなのだが、其れは言うなれば灼熱の炎とドライアイスを融合した上で存在させるくらいに難しい事であるのだが、逆に言えば其れが出来れば最高の闘気を冷静な思考を保った状態で使う事が出来るのだ――ある程度は其れが出来ていた夏月だったが、此れを機に其れを完全なモノにしようとしているのである。

 

 

 

――バシィィィィン!!

 

 

 

「……お見事。気配は完全に消していたのだけれどね?」

 

「気配は消えてたが、攻撃の瞬間には如何したって闘気や殺気が漏れちまう……こればっかりはドレだけ修行してもゼロにする事は出来ねぇ――攻撃の直前まで其れを完全にゼロにする事は出来てもだ。」

 

 

此処でお風呂タイムから戻ってきたロランが禅を組んでいる夏月に背後から木刀を振り下ろしたのだが、夏月は其れを見事に頭上で白刃取りしていた。

無論ロランとて夏月が隙だらけに見えたから攻撃したのではなく、夏月が禅を組んで集中力を高めている事を感じ取ったからこそ、其のトレーニングにプラスになると思って背後から木刀を振り下ろしたのだが。

 

 

「だが、今の一撃を白刃取り出来たってのは大きいな?

 無意識でも反応出来たって事は、意識があればもうどんな攻撃でも俺は防御と回避が出来るって事だからな……そう言う意味では今のは最高の一撃だったぜロラン。」

 

「そうかい?君の役に立てたのならば嬉しい事この上ないけれどね。」

 

 

此れにより夏月の精神はより研ぎ澄まされたのだった。

因みに同じ事は秋五の方で行われており、禅を組んで瞑想している秋五の背後から箒が木刀を振り下ろしたのだが、秋五は其れを避けるとほぼ脊髄反射で箒を掴むと其のまま『柔道のオリンピック金メダリスト』も絶賛するレベルの見事な背負い投げで投げて、流れるように袈裟固めで箒の動きを封じていたのだった――尤も袈裟固めを喰らった箒は、秋五と密着状態になった事で一瞬で脳味噌が沸騰して使い物にならなくなってしまったのだが……やる事やっていても大和撫子のサムライガールの純情さは相当なモノがあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じの日々を過ごして、遂にやって来た夏月と秋五のプロデビュー戦。

試合場所はISバトルのみならずプロレスやボクシングの試合会場としても『聖地』とされている日本武道館――の『ISバトル専用フィールド』だ。

日本武道館は確かに日本における格闘技の一大試合会場なのだが、ISバトルは屋内で行う事が出来るモノではないので、日本武道館は郊外に『日本武道館ISバトル専用フィールド』を新たに建設する事になり、ISバトル競技者にとっては此処で試合を行う事が一つの目標となっていたりするのだ。

 

そんな『日本国内』でのISバトルの聖地となっている会場にはキャパシティーの三万人を遥かに超えた五万五千人が詰めかけ、会場に入りきらなかった観客は場外のパブリックビューイングで観戦する事になり、そして日本各地で『世界に二人しか存在しないIS男性操縦者』のプロデビュー戦を見逃さないと言うかの如くに各都道府県庁及び各市町村役所に特設されたパブリックビューイングには多くの人が押しかけ、場所によっては『DJポリス』が出場を待機する状態となっていたのだった。

夏月と秋五の嫁ズとマドカは当然会場入りしている訳だが。

 

 

「夏月、秋五、負けるんじゃねぇぞ……!」

 

 

五反田食堂もまた大賑わいとなっていて、店内のテレビに客もクギ付けとなっており、弾もダチ公二人のタッグの勝利を願いながら厨房にて中華鍋を振って客のオーダーに応えていた。

 

其れは其れとして試合会場では既にフィールドに『エリカ・ハルトマン・逸見』と『シホ・ハーネンフース・西住』のタッグが島田重工業が開発した専用機の『センチュリオンMk.Ⅱ』を纏って準備万端となっていた。

IS学園在籍時は特に目立った成績は挙げていないエリカとシホだったが、卒業して専門学校に進学した後で普通の学生生活に物足りなさを感じ、入った専門学校を中退して『ISバトルの専門学校』に入学し直して改めてISバトル競技者としてのトレーニングを行い、専門学校卒業後に島田重工業にスカウトされて島田重工業の企業代表になったと言う経緯があり、島田重工業の企業代表になってからの一年間は専門学校時代よりも更に厳しいトレーニングを行っていたので、本日デビューのルーキーとは言っても其の実力は実は可成り高いと言えるのである。

 

そんな中、エリカとシホが出撃したのとは反対のカタパルト――つまりは夏月と秋五の控室側のカタパルトは未だに閉じたままだった。

観客もエリカとシホもまだかまだかと待っていた次の瞬間、カタパルトではなく主に試合後に使われるフィールドの通用口が開くと、其の通路の奥から夏月と秋五が専用機を纏わずに現れた。

ISスーツのみを纏った夏月と秋五はフィールドに現れると互いに顔を見合わせ、秋五が軽く頷くと二人揃ってエリカとシホに向き直り、秋五は足を大きく開いて上半身を左に傾けると両手の拳を顔の前で握りしめ、夏月は左手を腰の辺りで握りしめてから右手を頭上に掲げる。

そして夏月は掲げた右手を九十度返すと其れを其のまま真っ直ぐ下ろし……

 

 

「変……身!!」

 

 

その右手を水平に切って腰で拳を握ると、左手を同じように切ってからガッツポーズを決める。

 

 

「変……身!!」

 

 

続いて秋五は上半身を起こすと左右の腕を交差させるように掲げた後に右肩の方に掲げた左腕を大きく円運動させた後に右腕と一緒に右上に振り抜く。

そして夏月は『騎龍・羅雪』を、秋五は『騎龍・雪桜』を展開したのだが、此の専用機の展開には会場が大きく沸いた。

と言うのも夏月と秋五がやったのは、『仮面ライダーディケイド』に於いて『最強の仮面ライダーは誰か?』と言う話題になった際に唯一昭和ライダーから名が上がる、『仮面ライダー史上唯一&初のオンパレード』、『コイツ一人で何とかなるだろ』、『ロボライダーの耐熱温度二万度は地球上に存在しねぇ』、『バイオライダーは高熱に弱いって言うけど耐熱温度五千度は十分過ぎるやろ』、『RXは当然だけどBlackも大分やばい』との評価を受けている仮面ライダーBLACKと仮面ライダーBLACKRXが幻の共闘を果たした際のダブル変身のシーンを再現したモノであり、此れこそが簪が提案した『インパクトある登場』だったのだ。

 

簪の読みは大当たりで会場は大盛り上がりとなりボルテージも試合開始前から最高潮に近くなっていた。

 

 

「女性を待たせると言うのは些か失礼だったかな?」

 

「まだ試合開始前なんだから気にするなよ秋五。

 其れにデートってのは待ち時間も楽しむモンだろ?……俺達が先に出てたら俺はマスターデュエルで連勝数を伸ばした後にマリメ2の理不尽難易度のトロールコースに挑んで絶叫してたぜ。」

 

「絶叫って、具体的には?」

 

「『ハナー!』、『サカナーー!!』、『石オヤジーーー!!!』って所だな。」

 

 

其の大盛り上がりでの会場の空気を受けても夏月と秋五に緊張は見られず、軽口を交わした後に対戦相手であるエリカとシホに改めて向き直り、夏月は心月を、秋五は晩秋を構える。

其れを見たエリカとシホも近接ブレードを構え――

 

 

『レディース&ジェントルメン!其れでは本日の試合を始めるとしようか~~!

 本日の試合はとても珍しい、互いにプロデビュー戦となるルーキータッグの試合だーー!片や世界に二人だけの男性IS操縦者である一夜夏月と織斑秋五のタッグで、其れに対するは島田重工業の企業代表であるエリカ・ハルトマン・逸見とシホ・ハーネンフース・西住のタッグだ~~!

 プロの世界では互いにルーキーだが、だからこそどんな試合になるのかは予想が出来ない!

 果たしてどんな試合が展開されるのか!ISバトル、レディィィィ……ファイトォォォォォォ!!』

 

 

ピンクのスーツを着てオシャレな髭を携え、更には『そこまで育てるには何年かかった』と言うレベルの実に見事なリーゼントを装備したMCの掛け声で試合が始まり、試合開始と同時に夏月と秋五はイグニッション・ブーストを発動してエリカとシホの懐に飛び込む事に成功していた。

嫁ズとのトレーニングで改めて分かったのは、『夏月と秋五は近接戦闘に於いては無類の強さを誇るが、距離が離れると脆い』と言う事だった――夏月は一応ビームダガー『龍尖』の投擲とビームアサルトライフル『龍哭』の乱射で中距離戦以上でも戦えるのだが、秋五は白式が二次移行して更に騎龍化した事で遠距離武器に関しては一応搭載されてはいたが、其れでも其れはあくまでも『遠距離戦が出来る』程度のモノだったので信頼性は低いので、近接戦に持ち込むのが吉なのだ。

 

其れに対してエリカとシホは今年行われたIS学園でのISバトル全ての映像を見て、『学年別タッグトーナメント』での夏月と秋五の動きから対策を立てていたのだが、その対策はマッタクもって無駄となっていた。

タッグトーナメント当初の夏月と秋五ならば対処出来たのかもしれないが、夏月も秋五もタッグトーナメントの時よりも格段に成長しており、特に一時的とは言えIS学園から離脱して亡国機業の一員として裏の仕事を熟して来た夏月の実力は表の世界の試合では敵無しの状態となっていたのだから尚更だ。

勿論対策はされていたので無傷とは行かなかったが、其れでも夏月と秋五のタッグはエリカとシホのタッグを終始圧倒し――

 

 

「終わりだ……」

 

 

最後はワン・オフ・アビリティを発動した夏月が見事な空間断裂斬撃を決めてエリカとシホのタッグの専用機のエネルギーをゼロにしたのだった。

なれば、此処で試合は終了なのだが――

 

 

 

――ガッシャァァァァァァァァン!!

 

 

 

試合後の静寂を打ち破るかのように、アリーナの天井をぶち破って何かがフィールドに降りった――土煙が晴れて其の存在が明らかになったのだが、現れた乱入者は、全身装甲のISを纏っているのだが、その機体は『三つ目のカメラアイと六本腕』と言う異形の姿をしていたのだった。

 

 

「誰だお前?って言っても答えは期待出来ないんだが、俺と秋五のデビュー戦を潰したって事は、相応の覚悟があったからだよな?……としても、俺は折角のデビュー戦をぶっ壊されて腹立ってんだ……殺されても文句言うなよ?」

 

「僕も夏月と同じ思いだ……せめてもの救いはもう試合の方は勝負はついていたって所かな?そうじゃなかったら、僕は冷静さを保ててなかったかもだ。」

 

 

まさかの乱入者に対して夏月も秋五も手厳しく、そして一切の慈悲もない一言をブチかますと、改めて己の得物を構えて無粋な乱入者にその刃を向けるのだった。

そして此の無粋な乱入者こそが、束が画策した『強制覚醒イベント』の始まりだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode72『今こそ覚醒の時~Erwachender Ritterdrache~』

騎龍化か……満足出来るぜBy夏月    其れはキリュウ違いじゃないかしら?By楯無    だが間違いとも言えないねByロラン


夏月と秋五のプロデビュー戦は夏月と秋五のタッグ、『モノクローム・モザイカ』が圧勝したのだが、其の直後に無粋な乱入者が現れた事で試合会場は騒然となっていた。

マッタク予想していなかった事態に客席は軽くパニックになり掛けたのだが、其処は試合を観戦しに来ていた夏月と秋五の嫁ズとマドカが的確な避難誘導を行った事で観客全員、無事に会場から避難を完了していたのだった。

 

 

「観客の避難は完了したみたいだな?……にしても観客が会場から避難するまで攻撃してこないとか、何がしたいんだかなぁコイツはよぉ?」

 

「逆に言うと何時動き出すか分からないから、僕達も迂闊に動く事は出来ないんだけどね……そして貴女達は避難してくれますかエリカさん、シホさん。

 機体エネルギーはゼロになっても身体は動くでしょう?……奴は僕と夏月が相手をしますから貴女達は避難して下さい。」

 

「ちょ、そんな事出来る訳……!」

 

「いいえ、行くわよエリカ。私達が此処に居ても彼等の足手纏いにしかならないわ……今すぐ撤退するわよ!」

 

「物分かりが良くて助かるぜ西住さん。」

 

 

エリカは此の場から避難する事に対し、『自分達だけ逃げるだなんて出来ない』と感じたのだが、シホは自分も同じ思いがなくはなかったが現在の状況を的確に判断し、『自分達は此処に残っても足手纏いでしかない』と考えてエリカを説き伏せてアリーナから避難をするのだった。

『守りながらの戦い』と言うのは中々に難しいモノがあり、守る側は全力で戦う事が出来ない場合が多い――守る事に重点を置くために後の先を取る戦い方になり、後の先のカウンターも守る事を重視している場合は相手を深くまで誘い込む事が難しいので浅くなってしまい、決定打にならないが少なくないのである。

故に戦えない者は早急に戦場から離脱するのが一番であり、其れこそが戦える者達に対しての一種の礼儀であるとも言えるのだ。

 

 

「二人は避難したか……なら、此れでアイツが如何来ても全力が出せるな。」

 

「そうだね……と言いたいところだけど、どうやらそう簡単な事でもないみたいだよ今回の一件は。」

 

 

観客の避難が完了し、エリカとシホも避難した事で夏月と秋五は乱入者が如何動こうとも全力で対応する事が出来るようになったのだが、此度の一件はそう簡単に終わるモノではないようだった。

と言うのも、アリーナの上空には乱入して来たのと同じ機体が軽く見積もっても三十機は集まっていたからだ。

 

 

「団体さんいらっしゃーいってか?

 女権団は事実上消滅しちまったってのに一体何処の誰がこんな事しやがったのかねぇ……まぁ、狙いは間違いなく俺達なんだろうけど、やる気で来たんなら相手が誰であろうと関係ねぇ。無粋な乱入者には相応の報いを受けて貰うだけだからな。

 テメェの嫁達の手を煩わせるまでもねぇ、俺達で片付けるぞ秋五。」

 

「気が合うね?僕も同じ事を考えてたよ夏月!こう見えても、デビュー戦勝利の余韻にすら浸らせてくれなかった事に心底腹を立てているんだ……!」

 

 

数の上では圧倒的に不利なのだが、夏月と秋五の実力は国家代表をも上回るレベルであり、使用して居る機体も既存のISを遥かに凌駕し、夏月の『羅雪』は第十四世代、秋五の『雪桜』でも第八世代と言う、漸く第三世代機が形になって来た各国のIS開発者涙目の打っ飛んだ性能を誇る『騎龍』なので数の差などは問題ではないだろう。

但し、相手が束が作った夏月と秋五の戦闘パターンに対するあらゆる最適解がインストールされているAIが搭載された『人間では不可能な動き』も可能となっている無人機でなければ、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode72

『今こそ覚醒の時~Erwachender Ritterdrache~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月と秋五のタッグと無数の異形の機体との戦いは、夏月と秋五共に初撃で一機ずつ撃破したモノの、其処からは可成りキツイ戦いを強いられていた。

数の差は勿論なのだが、此の異形の機体は夏月と秋五の戦い方に完璧に対応しており、夏月も秋五も何時もなら必殺となる攻撃を悉く防がれてしまっていたのだ――特に己の最速の剣である『居合』に対処された夏月は秋五以上に厳しいだろう。

最強最速の剣が通じないとなったら、他の如何なる攻撃も通じないと言う事になってしまうのだから。

 

 

「最初の二機は直前で互いのターゲットを変更したから不意を突く事が出来たが……こいつ等、俺達の戦い方に対して常に最善の行動を取って来やがるだと?やり辛い事此の上ねぇぞ……!」

 

「其れに全ての腕が関節が逆に曲がるだなんて、こいつ等は全部無人機……しかも完全に僕達用に調整されたAIが搭載されてるって事かな此れは……マッタクもって面倒な相手みたいだね……!!」

 

 

完全に自分達に対しての『アンチ機体』とも言うべき異形の機体(以降『異形』と表記)を、其れも最低でも三十機を相手にして夏月と秋五は苦戦しながらも異形からのクリーンヒットは貰っていなかった。

逆にクリーンヒットを与える事も出来ていなかったが、相性が最悪の相手を複数相手にしてクリーンヒットを許していないと言うのは其れだけ夏月と秋五の実力が高いとも言えるのは当然として、夏月と秋五はアリーナの壁を背負って地上戦を行っていたのだ。

壁を背負うと言う事は退路を自ら断つ行為でもあるのだが、圧倒的な戦力差の相手と戦う場合には有効な一手でもある――壁を背負えば退路が無くなる代わりに相手から攻撃される方向は正面側からのみに限定出来る上、一度に掛かってくる数を制限する事も可能になるのだ。

素手での戦いならば最大で四体程度を相手にする事になるのだが、武器戦闘ならば一度に相手をする数は減り、使っている武器が大きく多くなるだけ其の傾向は大きくなり、全ての手に刀剣の類を搭載し、其の腕が六本もある異形は一度に掛かれる数が一人に付き二体が限界となっていた。

 

 

『『『『…………』』』』

 

 

だが異形は只の無人機ではなく搭載されているAIはリアルタイムで学習するので、此の状況に於ける最適解を導き出して行き、攻撃に参加していなかった数機が頭部からビームを発射して夏月と秋五の背後の壁を吹き飛ばす。

其の攻撃による爆風で夏月と秋五、そして其の二人と戦っていた異形複数が巻き込まれたが、夏月と秋五はもとより、異形複数も爆風の勢いに逆らわずに自ら飛んでダメージを最小限に留める事が出来たが、此れは夏月と秋五にとっては有り難くない……アリーナの壁は未だ無事な場所の方が多いとは言え、もう二度と同じ戦法は通じないと言えるのだ此の状況は。

 

 

「コイツは大ピンチってか?

 アニメとか漫画だと絶体絶命の状況で新たな力が覚醒して状況を逆転するんだが……俺もお前も機体が進化してそんなに時間経ってないから新たな力ってのは期待出来ねぇよなぁ。」

 

「ホントだよ……僕の方なんて雪桜になってから一カ月も経ってないから余計にだよ……だけど、もう一つの王道展開、『ピンチに援軍』はあるみたいだ。」

 

「だな……しかも最高で最強の援軍だぜ。……嫁の手を煩わせねぇとか言った手前、カッコ付かねぇけど。」

 

 

状況は正に最悪と言うべき状態だったが、異形達が夏月と秋五に向かおうとしたところに無数のミサイルとビーム、レーザー、プラズマの矢が異形達に炸裂した――異形達は回避は不可能と判断して、エネルギーシールドで其れを防いだが、異形達からしたら此のタイミングでの援軍は予想外と言えた。

此の攻撃を行ったのは言わずもがな夏月と秋五の嫁達とマドカであり、観客全員をアリーナから避難させ、更に安全な場所まで誘導すると全員が専用機を展開してアリーナに全速力で戻って来たのである。

 

 

「あらあらあら、私達の大切で最愛の旦那様に刃を向けるとは命知らずも良いところねぇ?……無人機相手に命知らずってのは少しオカシイかもしれないけれど、まぁ言葉の綾ってやつよ。」

 

「更識会長、間違いでもないと思うのですが……奴らは此れからスクラップになる。スクラップになると言うのは機械にとっては『死』其の物と言えると思いますので。」

 

「ふむ、確かに一理あるね箒?

 だが何れにしても我等の愛する人のプロとしての初陣を穢し、あまつさえ痛め付けようとは言語道断の許し難き所業だ……仮に天が、神が、悪魔までもが君達を許そうとも私達は決して君達を許しはしないし逃しもしない。

 故に此れより開幕するのは無粋な乱入者による剣士への襲撃ではなく、剣士の許に集いし戦乙女達による無粋な乱入者の蹂躙劇さ!嗚呼、愛する者の為に戦う事が出来るとは、私達は何と言う幸運な者達であるのか……此れほどの幸運、神に感謝してもし切れるモノではない!」

 

「こんな状況でもブレないわねアンタって?此れも一種の職業病なのかしら?……ある意味で味方だとめっちゃ頼もしい事此の上ないわ。」

 

 

夏月の嫁ズと秋五の嫁ズにマドカを加えれば其の数は二十一人となり、夏月と秋五も加えれば二十三人となり異形との数の差は大きく縮まり、更にセシリアのブルー・ティアーズとマドカのサイレント・ゼフィルスには『一対多数』を想定した『BT兵装』が、ナターシャの銀の福音には『広域殲滅兵装・シルバーベル』が搭載されているので、数の差は完全になくなったと言っても良いだろう――セシリアとマドカのBT兵装は合計で十基となる上に、セシリアは未だ本体とBT兵装の同時操作は出来ないモノの、十字砲の陣形を整えた後であれば本体操作と十字砲陣形の同時操作は可能となっており、マドカほどではないが偏向射撃も会得しているのでBT兵装は『射撃専門の機体』として機能するのである。セシリア以上のBT兵装操縦技術を持っているマドカは更にだろう。

広域殲滅攻撃が可能なナターシャは言わずもがなだ。

 

更には更識姉妹、ロラン、ヴィシュヌ、鈴と乱の機体は夏月と秋五と同じ『騎龍』であり、箒の専用機は束が直々に作り出した『第四世代』の紅椿と言う事もあって異形相手に互角以上の戦いが出来ていた。

 

 

「く……こいつ等、思った以上に強い……ダリル、こいつ等纏めて燃やせない?」

 

「燃やせるならとっくの昔に燃やして灰にしてるぜグリフィン……ミューゼルの炎は大概のモノを燃やす――其れこそ鋼鉄ですら一瞬で溶解させちまうってのにこいつ等は其の炎を喰らってもビクともしねぇ。

 こいつ等の装甲、一体なにで出来てやがんだコンチクショウが!」

 

 

だが騎龍となっていない機体ではそう簡単な戦いではなかった。

グリフィン、ファニール、ダリル、静寐、神楽、ナギ、セシリア、ラウラ、シャルロット、オニール、清香、癒子、さやか、ナターシャの機体は騎龍ではないので異形に対して圧倒する事は出来ず、『負けない戦い』をするので精一杯だった。

静寐、神楽、ナギ、清香、癒子、さやかの専用機は束が直々に開発したモノであり、グリフィンとダリル、セシリア、ラウラ、シャルロット、ナターシャの専用機も束によってテコ入れが入り、コメット姉妹の専用機も束によって改造されているにも関わらずだ。

 

だがしかし、此の異形は束が『現行のIS以上、騎龍以下』として開発した無人機なので、騎龍化していない機体では如何に高性能であっても少しばかり不利が付くのは致し方ないと言えるのだが、彼女達は『機体性能で負けている』と言う事で不利な状況に陥っていると言う事で納得出来る者達ではなく、寧ろ『機体性能で負けているのであれば機体性能を引き上げればいい』とすら考えているのである。

加えて数で勝る異形達が執拗に夏月と秋五を狙い、騎龍を纏っている者達だけでは其の全てに対応する事が難しく、援軍としてやって来たにも拘らず夏月と秋五の窮地を救いきれていないのだから尚更だ――更に夏月と秋五がクリーンヒットこそ許さなかったとは言え連戦の疲労と微々たるダメージが『塵も積もれば山となる』の如く蓄積した事で二人の動きが少しずつだが確実に精彩を欠いているのも大きいだろう。

 

 

「テンカラット・ダイヤモンド……私に力を……カゲ君を守れるだけの力を頂戴!」

 

「コズミック・メテオ……夏月と一緒に戦うための力を、アタシに寄越しなさい!」

 

「ヘルハウンド……お前とは長い付き合いだが、必要な時に必要な力が出せないんじゃ意味はねぇ……お前の力の真髄、オレに寄越しやがれぇぇ!!」

 

「今のままじゃ夏月君を守る事が出来ない……だから力を貸して……弱い私でも夏月君を守る事が出来るだけの力を!」

 

「足りないと言うのであれば私の命を捧げましょう……私の命を燃やしてでも、其の力を発揮して下さい……其れが、夏月と歩む事を決めた私の覚悟と本当の気持ちです!」

 

「夏月君はやらせない……絶対に!!」

 

 

此の状況で先ずは機体が騎龍化していない夏月の嫁ズが叫ぶと、夫々の機体が光を放つ――其れは言わば『進化の光』であり、其の光が収まった時には夏月の嫁ズの機体が進化しているのは間違いないが、だからと言って秋五の嫁ズとて負けてはいない。

 

 

「紅椿、お前の本当の力は此の程度ではないだろう?

 ……私はどんな事があっても秋五と同じ道を歩む覚悟は既に決めている――ならば、其れに相応しい力を私に寄越せ!今の私では足りないと言うのであれば此の身体とてくれてやる!」

 

「秋五の危機に、今こそ其の力を開放しなさいブルー・ティアーズ!」

 

「シュバルツェア・レーゲン……今こそが覚醒する時だ……その真の力を解き放てぇぇぇぇ!!」

 

「僕も進化の時が来たか……だけど、機体は進化しても僕は変わらないから、機体の進化は僕の『腹黒戦術』をより強烈にしてくれるかもだ……此れはもう、『暗黒王子』を名乗っても良いかな?」

 

「其れは、シャルロットの好きにすればいいと思うよ、うん……其れは其れとして、目覚めてシューティング・メテオ!」

 

「此れまで積み重ねた努力、今こそ花開くときじゃない!」

 

「七月のサマーデビルを甘く見ないでよ~!!」

 

「秋五君の嫁ズだってやる時にはやるんだから!」

 

「福音……今こそ彼にあの時のお礼をする時じゃないかしら?」

 

 

秋五の嫁ズの専用機も『進化の光』を放ち、そして其の光が弾けて収まると、其処には騎龍と化した新たな専用機を纏ったグリフィン、ファニール、ダリル、静寐、神楽、ナギと秋五の嫁ズの姿があった。

全員が全身装甲となり、ダリル以外は『機械仕掛けの竜人』と言った外見であり、ダリルも基本的なデザインは同じなのだが頭部装甲が純粋な『龍』ではなく『龍』に『狼』のイメージを織り交ぜた独特のモノとなっていた。

機体色はグリフィンが空色、ファニールがオレンジ、ダリルがガンメタル、静寐が濃紺、神楽がダークグレー、ナギがシルバーリーフ、箒が紅色、セシリアが蒼海色、ラウラが黒、シャルロットが紫、清香がライトカッパー、癒子がダークブルー、さやかがライトグレー、ナターシャが白銀だった。

 

そして騎龍化した事で夫々の機体の武装も強化されたのだが、中でもダリルの機体は異様だった。

龍の翼を思わせる高機動用のウィングが追加されているのは他の機体と同じなのだが、そのバックパックからは頭部装甲とほぼ同じデザインのユニットがフレキシブルアームに接続された状態で存在しており、ダリルの機体は『三本首』のような外見になっていたのだ。

 

 

「力が漲るぜ……随分と好き勝手やってくれたみたいだが、その代償として大人しく燃やされやがれ!オレの炎は過去一燃え盛ってるからな!!」

 

「此れは……此れなら行ける!カゲ君と一緒に戦える!」

 

「此の土壇場で進化するとか、胸熱展開じゃない?……なら、思い切り暴れてやろうじゃないの!」

 

「鎧空竜が進化した……此れが騎龍!鎧空竜よりも身体に馴染む感じが……」

 

「鎧空竜には自己進化プログラムが組み込まれているとの事でしたので、騎龍となった事でより私達に適した機体となったと言う事なのでしょう。」

 

「うん、なんか今ならどんな相手にも勝てる気がする!」

 

 

「紅椿……いや、紅雷か……応えてくれたのだな、私の思いに!!」

 

「海雷……アナタとならば私は更なる高みに登れるわ。秋五と共に!!」

 

「ククク、此れが騎龍!秋五と共に歩み、そして秋五を守る為の力!」

 

「進化したのは喜ぶべき事なんだろうけど、なんで闇雷?闇って、僕ってそんなに闇深い!?」

 

「嘗ての腹黒王子が原因のような気もするかなぁ?」

 

「でもまぁ、強くなったんなら問題ない!」

 

「七月のサマーデビル、此処からが本領発揮だからね!」

 

「癒子の機体は『騎龍・夏魔』でも機体名は良かったんじゃないかと思う。」

 

「騎龍・祝雷……今こそ福音を彼等に届けましょう!」

 

 

まさかまさかの騎龍化していない機体が全機一気に騎龍化した訳だが、其れは同時に異形に対して圧倒的アドバンテージを得た事を意味している。

異形は束が開発した無人機であり、夏月と秋五に対してのアンチ機体であると同時に機体性能は現行IS以上騎龍以下となっているので、騎龍ならば性能面で大きくアドバンテージを得る事になり、数の差は意味を成さなくなるのだ。

 

 

「行くよ~~!!

 オ~~~~……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

 

先ずは皮切りにグリフィンが『騎龍・空雷』の浮遊ユニットであり、テンカラット・ダイヤモンドの『ダイヤナックル』から進化した『ダイヤモンドブロウ』と本体の拳による凄まじいパンチのラッシュで異形を一体あっと言う間にスクラップにして見せた。

ダイヤモンドブロウはダイヤナックルよりも小型化したとは言え、其の分攻撃スピードが上昇し、更に数も二つから六つに増えた事で近接戦闘に於いては圧倒的なラッシュ力を誇り、加えてダイヤモンドブロウ自体にビームサーベルやビームライフルの機能も搭載されているので、近~中距離ではBT兵装よりも多彩な攻めが可能となっていたのだ――尤もBT兵装と異なり、本体から離れる事が出来る範囲は半径2m以内なのでBT兵装のような遠距離での多角的攻撃は出来ないのだが、其れでも此のラッシュ力は脅威だろう。

 

そして其れだけでなく、ファニールは騎龍化によって強化された武装で得意の近接戦闘メインの戦いで次々と異形を行動不能にして行き、ダリルはまるで三本首であるかのような機体からトリッキーな近接戦闘で異形を翻弄した末に強烈な炎を喰らわせて爆発四散させる。

静寐は双刃式の槍を、神楽はビーム薙刀を、ナギは連射型のグレネードランチャーで異形を攻撃し、秋五の嫁ズも夫々の得意な武装で異形を圧倒し、追い詰めて行く。

 

 

「土壇場での援軍の王道をかましただけじゃなく、進化までしちまったよ俺等の嫁達は……マッタクもって頼りになる事この上ないってモンだぜマッタク!」

 

「本当にその通りだね!」

 

 

嫁ズの機体が全て騎龍となった事で僅かばかりの不利がなくなり、そうなれば夏月と秋五も自らに対する『アンチ能力』を持っている相手であっても最早脅威とはなりえない――いかにアンチ能力を持っていたとしても、其れはあくまでも夏月と秋五に対してのみであるので、騎龍を纏った嫁ズに対してのアンチ能力は有していないからだ。

 

 

「そんじゃまぁ、嫁に後れを取る訳にも行かねぇから、俺達も此の波に乗るとしますかねぇ!!」

 

「あぁ、此処からは僕達のデビュー戦の延長戦、其のファイナルラウンドだ!」

 

 

夏月は心月と鞘の疑似二刀流、秋五は晩秋を正眼に構えると異形に向かって切り掛かるが、異形は此れまでのように最適な防御と回避は行う事が出来なかった――夏月と秋五の攻撃に対する最適解は選択しても、其の最適解の行動は嫁ズの攻撃によって阻害されてしまう。

騎龍の数が少ないのならば未だしも、相手全てが騎龍と化した今では僅かばかりの数の差などは最早無いも同然であり、異形の行動は完全に封殺された状態となっていた。

そもそもにして異形は夏月と秋五をメインターゲットに設定していたのだが、其れだけに其の二人以外の存在に対しては必要最低限の排除行動しか行わない、と言うよりも行えないようにプログラミングされているので、AIが学習しても予めプログラミングされていた行動を変える事は出来ず、嫁ズに対しては必要最低限の対処しか出来なかった事で、そして其れが致命的な隙を生み出す事になってしまった。

 

 

「夏月、やれ!」

 

「ロラン、ナイスアシストだぜ!」

 

「秋五、お前の力を見せてやれ!」

 

「箒……此れは最高のパスだね!」

 

 

そんな中でロランは轟龍で表面装甲を破壊した異形を夏月に叩き飛ばし、箒は頭部ユニットを半壊させた異形を秋五に投げ飛ばすと、夏月はロランからパスされた異形を逆手の連続居合で切り刻み、秋五は箒からパスされた異形にゼロ距離からの強烈な突きを喰らわせると、其処から連続突きで蜂の巣にする。

そして最後は夏月も秋五も横一文字に一閃すると納刀し、納刀すると同時に異形は其の機能を停止して崩れ落ちた――のだが、異形はマダマダ数が存在しているので未だ戦闘は終わりではないのだが――

 

 

「はい、此れでお終いね♪」

 

「貴様等の動きは完全に止めさせてもらうぞ!」

 

 

此処で刀奈が『沈む床』を、ラウラが騎龍化した事で強化されたAICを発動して残った異形の動きを完全に止める事に成功していた――戦場では『確実に一秒動きが止まれば殺す事が出来る』と言われているので、戦場に於いて完全に動きを止めると言うのは正に致命傷と言えるのである。

 

 

「お前らの残骸、くず鉄回収業者は幾らで引き取ってくれるかねぇ!」

 

 

動きが完全に止まった異形達に対し、夏月がイグニッションブーストからの空烈斬のコンボを叩き込んで異形達の装甲を削る――此の攻撃で異形達を完全破壊する事は勿論可能だったのだが、夏月が敢えて一撃で終わらせなかったのには理由がある。

其れは勿論、自分と秋五の嫁達が攻撃する分も残しておくためだ。

夏月の嫁ズも秋五の嫁ズも当然のようにそれぞれ婚約関係にある相手の事を心の底から愛しており、ともすれば『夏月(秋五)と世界』を天秤に掛けた場合は迷わず夏月、或いは秋五を選ぶレベルなのである。

そんな彼女達が夏月と秋五に対して上等かましてくれた異形達を黙って沈黙させる筈がない……自らの手でキッチリと落とし前を付けさせねば気が済まないのである。

 

其れを示すように夏月の空烈斬の後には嫁ズが次々と波状攻撃を繰り出して異形達のシールドエネルギーをガリガリと削って行く……異形達のシールドエネルギーがゼロになり掛けると箒が紅雷のワン・オフ・アビリティの『絢爛武闘・静』でシールドエネルギーを回復させて更にボコると言う相手が無人機でなかったら拷問レベルの攻撃が行われていた。

 

 

「あは♪簡単に死ぬ事が出来ないって言うのはどんな気持ち?

 是非とも教えて欲しいモノだけど、言葉を話せない無人機には聞いても無駄だったね……でもね、僕は秋五を傷付けられてとっても怒ってるんだよね?

 だからこれ全部喰らっといてね♪」

 

「ムエタイは数ある格闘技の中で、唯一膝と肘と言う身体の最も尖った部分での打撃が許されている格闘技です……人体で最も硬くて鋭い場所での攻撃がISで強化されたら果たしてどれだけの破壊力があるのか試させて頂きます。」

 

 

そんな中でシャルロットはお得意のラピッドスイッチで次々と武装を換装しては異形達にシールドエネルギーが尽きないギリギリで叩き込むと言う『腹黒』を全開にした攻撃を行い、ヴィシュヌはムエタイでも『凶器』と言われている肘と膝の攻撃を叩き込む――特に母のガーネットが現役時代のフィニッシュ技として使っていた左右の連続エルボーから飛び膝蹴りに繋いでジャンピング踵落としを喰らわせる連続攻撃『タイガー・バリー・アサルト』は強烈で、其れを喰らった異形はシールドエネルギーがゼロになっただけでなく機体其の物が修復不能なまでにバラバラになってしまっていたのだった。

 

 

「さてと、それじゃあ此れでフィニッシュと行きましょうか簪ちゃん?どうせなら思い切り派手に……好きでしょ、派手なのって?」

 

「フィニッシュは派手に、其れは基本。

 超必殺技でフィニッシュした際に背景が派手にフラッシュする『あけぼのフィニッシュ』を考えたカプコンは偉大――であると同時に、KOFにて必殺技でフィニッシュした際にあけぼのフィニッシュほどの派手さはなくとも画面フラッシュ演出を取り入れたSNKもまた偉大だね。

 因みに私が好きなのはカプコンではケンで、SNKでは八神庵……ライバルキャラは奥が深い。」

 

「格ゲーの主人公にはライバルキャラが居てこそだから其れは分かる気がするわ……」

 

 

其の攻撃の最後を飾ったのは更識姉妹の連携攻撃だった。

沈む床とAICと言う二重の拘束で動けなくなっている異形達に対して楯無は一撃必殺となる水蒸気爆発『クリアパッション』を発動し、簪も六連装ミサイルポッド『滅』を始めとした騎龍・青雷に搭載された火器を全開にした『相手を絶対に殺す弾幕』を展開し、其の一切の情けも何もない攻撃を喰らった異形は遂にシールドエネルギーがゼロになり、機体其の物も胴体と四肢がさようならしている状態となっていたので如何足掻いても戦闘不能であるのは間違いないだろう。

 

 

「此れで終わったか……ったく、試合後に乱入者とか、トンだプロデビュー戦だったぜ……まぁ、此れも良い経験になったって言えなくもないけどよ……つっても同じ事は二度と勘弁だけどな。」

 

「それには同意だね。」

 

 

此れにて此度の戦闘はお終いとなったのだが、だからと言って其の裏にあるモノまで終わった訳ではない。

 

 

「……居るのは分かっています。出て来たら如何ですか姉さん?」

 

「……気配は完全に消してた筈なんだけど、其れでも私の気配に気付くとは中々やるね箒ちゃん?」

 

「えぇ、貴女の気配は完全に消えていましたが、だからこそ不自然だったんです。

 気配は消えていたのに戦闘を観察している視線を感じていましたから……私だから気が付けたとも言えますが、視線を向けながら気配は完全に消す等と言う器用な事が出来るのは姉さん以外に居ないでしょうし。」

 

「箒ちゃんだから気付いちゃたって訳か~~……愛だね♪」

 

 

箒がアリーナの通用路に向かって声を掛けると、現れたのは『ムーンラビットインダストリーの社長の東雲珠音』の姿になった束だった。

普段ならば自分のラボにて超小型ドローンで撮影した映像を見ているのだが、今回の一件は『騎龍化の因子』が覚醒するかと言う重要なモノだった事もあって自ら現場に来ていたのだ。

 

 

「愛ですか……姉妹愛と言うのであれば間違いではないと思いますが……姉さん、此度の一件は貴女の仕業ですね?」

 

「ふむ、如何してそう思うのかな箒ちゃん?」

 

「あの無人機の性能が答えですよ姉さん。

 一夜と秋五、其の二人に対しての完全アンチ性能を備えた無人機など姉さん以外には開発出来ないでしょう?姉さんならば一夜と秋五の最新のパーソナルデータを持っていてもおかしくありませんからね。」

 

「あ~~……成程、そう言う事か。

 私が思っていた以上に鋭いね箒ちゃん……うん、確かに今回の事は私が黒幕だよ。」

 

 

更に箒は異形達が夏月と秋五に対してのアンチ性能を備えていた事から束が今回の一件の黒幕だと考え、其れを告げれば束はアッサリと其れを認めたのだが、其れを聞いた嫁ズは一斉に束に詰め寄った。

 

其れは当然と言えば当然だろう……己の愛する人が危険に晒されたのだから。

特に楯無は『飄々とした生徒会長』の仮面を脱ぎ捨て、日本の暗部である更識の長の『第十七代更識楯無』の顔となり冷酷無比な殺気の籠った視線を向けていたのだ――束の返答次第では『更識家地下の拷問室』にレッツゴーもあり得るだろう。

 

 

「うん、皆が怒るのも当然なのは束さんも理解してるけど、必要な事だったんだよ、騎龍でない機体が騎龍に覚醒する事が――だから、私はかっ君としゅー君を追い込んで、箒ちゃん達の機体が騎龍に覚醒する、覚醒せざるを得ない状況を作ったんだ。」

 

「それは何故です?何故私達の機体が騎龍化する事が必要だったのですか?」

 

「……アイツが、織斑千冬の姿をした奴が生きてるからだよ。

 其れも、多分だけどアイツは人間を辞めて生き永らえてる……白騎士のコア人格の反応が分裂と集束を繰り返してるのを見るに、アイツは自分の分身を作る能力を会得してる。

 其れだけなら未だしも、アイツは死んだ筈の女性権利団体のメンバーを引き連れて行動してた……なんでそうなったのかは分からないけど、アイツは束さんでも分からない人知を超えた力を身に付けてる可能性が高いんだよ。

 今は大人しくしてるけど、そう遠くない未来にアイツは間違いなく世界に対して牙を剥く……そしてそうなった時、人知を超えた存在に対して対抗出来るのはISであり、アドバンテージを得られるのは騎龍だけなのさ――だから、少し強引だけど箒ちゃん達の機体を騎龍化する必要があったんだよ。」

 

 

だが、束から返って来た答えは衝撃的なモノだった。

『織斑千冬の姿を姿をした何者』が生きていたと言うだけでも驚くべきモノなのだが、其れが人間を辞めて人外の存在となって生き永らえており、更には人知を超えた力を有していると言うのだから。

加えて対抗出来る戦力は現行のISでアドバンテージを得られるのが騎龍であるのならば、確かに騎龍の数が多いに越した事はないので、束の判断は間違いではなかったのだろう。

 

とは言え、夏月と秋五が危険に晒されたのは覆す事は出来ない事実なので、楯無と箒が夫々の嫁代表として束に『シャイニングクロス(シャイニングウィザードとシャイニングケンカキックのツープラトン)』をブチかまして一応の制裁を完了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供達も良い感じに育って来た……そろそろ仕掛けるとするか。」

 

 

その頃、海底洞窟ではキメラが充分に育った子供達を見て次の一手を考えていた――戦力が充分に整った其の時には人間世界に戦いを仕掛ける事は決めていたので、其の時が満ちたのだろう。

 

 

「日本は一番最後だ……先ずは――無駄に人口が多い国に滅んでもらうとしよう。」

 

 

電機店から盗んだタブレット端末を操作しながら、キメラは最初のターゲットに中国を選んでいた――そして数時間後、地球人類は阿鼻叫喚の地獄絵図を其の身で体感する事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode73『現れし新たな敵~Absolute natural enemy~』

絶対天敵って、ネーミングセンスが中二全開じゃね?By夏月    其れは、否定し辛いわねBy楯無    まぁ、此れもまたアリだろうByロラン


其れは突如として現れた。

今日も今日とて平和な世界が送られていたのだが、そんな中で中国の空には多数の黒い影が迫っていた。

軍用レーダーが其の黒い影を補足した時、最初は最新レーダーの感度が高く、移動する渡り鳥の群れを補足したのかとも思ったが、同空域を偵察中のドローンから送られて来た映像を見て基地内の人々は言葉を失った……レーダーが捉えたのは渡り鳥の群れなどではなくISを纏った人間ほどの大きさのカマキリの群れだったのだから。

しかも群れの中には化け物のようなカマキリ以外にも、太古の翼竜の如き大きさの猛禽類、そしてファンタジーの世界に出てきそうなワイバーンのような姿をしたモノまで存在していた。

突如現れた未知の存在、其れが自国に向かっていると言う事を知った中国軍は中国政府に連絡を入れ、其れを聞いた政府のトップである『集金平糖』はすぐさま迎撃態勢を取るように指示し、中国軍は陸に戦車、空に戦闘機、海にはイージス艦と空母を展開して謎の存在への迎撃態勢を整える。

中国の軍隊は規模だけならば世界有数であり、保有兵器も非常に多いので其の防衛線がそう簡単に突破される事はないだろう。(其れでもシミュレートするとアメリカと戦った場合は三日で、日本と戦った場合は一週間で負けるのだが。)

 

 

『『『『『『『『『『ギシャァァァァァァァァァ!!!』』』』』』』』』』』

 

 

しかし中国に飛来したカマキリと猛禽とワイバーン型の存在――そう、キメラの子供達は戦車や戦闘機からの攻撃などモノともせずに中国本土に上陸して破壊行為と殺戮行為を開始した。

更に空からだけでなく海にはダイオウイカをも凌駕する巨大なイカとタコ、クルーザーほどの大きさのロブスターの姿をしたキメラが現れてイージス艦と空母を破壊し、地上では地下からモグラ型のキメラとワーム型のキメラが現れて手当たり次第に破壊と殺戮を行っていた。

戦車や戦闘機の攻撃が効かないのであれば、当然歩兵が持っている自動小銃などは無力であり、『人が生身で持てる最強兵器トップ3』である『ロケットランチャー』、『グレネードランチャー』、『ガトリングキャノン』ですら全くダメージを与える事は出来ていなかった――グレネードランチャーは特殊弾薬の『火炎弾』、『氷結弾』、『硫酸弾』まで使ったのに一切ノーダメージだったのだ。

 

 

「此のままでは……仕方ない、IS部隊を出せ!!」

 

 

此のままでは国が亡びると判断した軍の上層部は遂に切り札であるIS部隊の投入に踏み切った。

ISの軍事転用はアラスカ条約によって禁止されているのだが、現在は条約其の物が形骸化しておりほぼ全ての国が軍部にIS部隊を作っている状態なのだが今回は其れが功を奏した。

通常兵器では全くダメージを与える事が出来なかったキメラに対して、ISの攻撃は有効だったのだ。

加えて中国は第三世代機である『甲龍』の量産化を成功させていたので、その高いISの性能によってキメラの集団と戦う事が出来ていた――とは言っても数の差が余りに大きい上に、『攻撃が効く』だけでISがキメラの攻撃に対して無敵と言う事ではないのでIS部隊も少なからず被害は出たのだが。

 

 

「くっそぉ……なんなんだよお前等!!」

 

『キシャァァァァァァァァ!!!』

 

 

キメラの集団が中国に上陸してから二時間後、首都の北京と大都市上海と香港がほぼ壊滅状態になり、IS部隊も半数が戦闘不能になったところでキメラ達は中国から撤退して行った。

絶命したキメラの亡骸を生きているキメラが吸収した事に関しては言いようのない気持ちの悪さがあったが、取り敢えず中国は国の崩壊はギリギリで免れた――だが、中国からキメラ達が撤退すると同時に、ロシアと北朝鮮、そして韓国にもキメラの軍勢が押し寄せて中国同様に首都と主要都市を壊滅状態にしたのだった。

被害が中国だけであったのならば、中国得意の『揉み消し』で今回の一件を外部に漏らさないように出来たかも知れないが、中国の他にロシアに北朝鮮、そして韓国が同じ状況になったとなれば隠し通す事は不可能だ。

特に韓国は日本とアメリカと同盟関係にあるので此の事実を公表しないと言う事は出来なかった。

 

キメラに襲われた国としては真っ先に韓国が会見を行ってキメラの存在を世界に明らかにし、キメラにはISの攻撃しか効果が無いと言う事も公表した。

その韓国の発表を受けて、国連と国際IS委員会は緊急の会合を開いてキメラ達を『絶対天敵』と命名し、絶対天敵を殲滅する為に各国の団結を求め、絶対天敵と戦う為に各国保有のISを集結させた部隊を結成し、其の前線基地に、ある意味では最強の戦力を保有している『IS学園』を指定したのだった。

 

 

「ISの攻撃しか効かないとか、本気でナニモノだこいつ等?

 いや、あの屑が黒幕なら有り得ない事じゃないか……アイツは白騎士のコア人格も有してる訳だから、配下の絶対天敵がISでしかダメージを与える事が出来ないってのも分からない話じゃない。

 だけど、タッチの差で私の方が対応が早かったね?……騎龍化の因子は全て覚醒して、守護龍達は出揃った。

 龍は最も神に近い存在だ……其れを越えられるって言うなら越えてみろ屑と融合した愚女が……悪いけど、束さんは道を誤った不良娘には一切の容赦はしねーからね♪」

 

 

束はその様子をラボのモニターで観覧しつつ、しかし夏月達が負けるとは微塵も思っていなかった。

と同時に、映像データから束は絶対天敵の弱点を明らかにすべくモニターと睨めっこして目にも留まらぬ速さでコンソールをタッチしてた――そして此の日から束は三連徹をブチかまして絶対天敵の特徴を解析して、現状で解析出来た特徴をIS学園と各国に送り付け……そしてベッドにダイブしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode73

『現れし新たな敵~Absolute natural enemy~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対天敵との戦いの前線基地となったIS学園だったが、だからと言って学園の生徒達の日常が変わる事はなかった。

専用機持ち達は何時でも出撃出来るようにとは言われていたのだが、一般生徒は其の限りではなく、今日も今日とて平和な学園生活を満喫していたのだった……絶対天敵の報道も、今現在は『対岸の火事』でしかないから此れは仕方ないだろう。

加えて前線基地に指定されたIS学園ではあったが、学園側としてもイキナリそんな事を言われたからと言って『はいそうですか』とは行かず、IS部隊の受け入れ準備や生徒達の安全も確保しなくてはならないので、現状では学園が前線基地として機能していないのも大きいだろう。

 

 

「「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」」

 

 

そんなこんなで午前中の授業を終えてのランチタイム。

夏月は嫁ズとランチタイムで、今日もまた美味しそうな弁当が作られていたのだが、本日の夏月組の弁当のメニューは『三食そぼろ丼(鳥そぼろ、炒り卵、鮭フレーク)』、『豚バラ肉の塩釜焼』、『無限キャベツ(千切りキャベツと塩昆布とゴマ油の和え物)』、『金平ゴボウ』と言うラインナップで、其れに加えて魔法瓶に『木耳と春雨の中華スープ』も仕込んでいると言うモノだった。

 

 

「にしても、絶対天敵か……束さんが解析した結果によると、『絶対天敵は地球の生物ではなく、宇宙から飛来した宇宙生物である。』、『外見は地球の生物を模している、或いは地球生物と同化して同化した生物の姿に自由に変わる事が出来る。』、『IS以外ではダメージが与えられず、通常兵器の攻撃は更なる進化を促す刺激になる可能性がある。』、『仲間の死骸を吸収して更なる進化をする可能性がある。』とまぁ、此れでもまだ解析出来たホンの一部に過ぎねぇってんだからドンだけの能力を持ってるのかって話だぜ。」

 

「其れに加えて、学園と各国に送られた解析結果には記されていないけれど、絶対天敵の親玉は織斑千冬の姿をしたアレなのよね……其れはつまり、アレも絶対天敵と融合したと言う事でもあるわ。

 最強の人間のプロトタイプの肉体に原初のISのコア人格と絶対天敵が融合した存在って、色んな意味で最悪である事この上ないわ……」

 

「マッタクもって最悪な存在であると言う事に関しては私も諸手を挙げて賛成だよタテナシ。

 血濡れのブリュンヒルデが宇宙から飛来した存在と融合して、更に大量の配下を従えていると言うのは其れだけで此の世界の危機と言っても良いモノだが……状況は悪くはない。

 ISでの攻撃が有効であるのならば戦う事は出来るし、騎龍であれば絶対天敵に対しても有利に戦う事が出来るのだから――そして、その騎龍が現状では二十三機存在している。

 決して多い数ではないが、其れでも有利に戦える存在と言うのは大きいモノだからね……だが、其れは其れとして中国が半壊状態になってしまった事は残念だったね鈴。」

 

「あ~~……うん、其れは大丈夫よロラン。

 アタシは確かに中国人だけど、日本で数年暮らした事で中国ってのがドンだけ常識がない国だったのかって痛感して、ぶっちゃけ中国に対しての愛国心とかゼロになってんのよ。

 お母さんの事は心配だったけど、無事なのを確認して日本への航空券をネットで買って送ったから大丈夫だと思うし。」

 

 

ランチタイムでの話題は絶対天敵に関してだったが、共通認識としては『千冬(偽)が絶対天敵化したとか最悪過ぎる』とのモノだった――倫理観や常識なんてモノが存在していない千冬(偽)が絶対天敵と同化して力を得た結果が中国、北朝鮮、韓国、ロシアが半壊したと言う事なのだから。

IS学園もIS部隊の受け入れ態勢や、生徒の安全確保が整えば『対絶対天敵の前線基地』として運用される事になり、そうなれば専用機持ちである生徒が戦場に駆り出されるのは必然となるのだが、夏月組も、そして食堂でランチタイムの秋五組も戦場に出る事に対しての恐れは無かった。

夏月組は全員が亡国機業のメンバーとして活動していた時期に『殺し』を経験した事で『命の遣り取り』を行う覚悟を決めており、秋五組は殺しの経験こそないが先の束による『強制騎龍覚醒イベント』にて、『命懸けの戦い』を経験した事で夏月組ほどではないにしろ本物の戦場で戦う事が出来るレベルの覚悟は決まっていたのだ。

 

 

「何れにしても、絶対天敵は殲滅すべき存在であり、殲滅出来なかったら地球は滅んでしまいます……ならば、絶対天敵との戦いにはなにがなんでも勝利しなくてはですね。」

 

「あぁ、絶対に勝たないとだぜヴィシュヌ……そして今度こそ俺はアイツを殺す……アイツは此の世に存在してちゃいけない奴だからな。」

 

「へっ、言うじゃねぇか此のエロガキが……なら、必ずお前が奴に引導を渡せよ!」

 

「パンチラどころかブラチラ全開のアンタにだけはエロガキとは言われたくないぜダリル先輩……だけど、アイツは必ず俺が討つ、其れは約束するぜ?

 まぁ、其れはつまるところお前の器をぶっ壊す事でもあるんだけど、良いよな羅雪?」

 

『構わん、完膚なきまでに破壊しろ。私も、今更あの身体に戻る気はないのでな。』

 

 

加えて夏月はキメラの親玉は己の手で討つと決めており、羅雪も『完全に破壊しろ』と其れを後押していた。

そんな感じでランチタイムを過ごし、午後は一組は五時限目が『IS理論』で六時限目は『美術』だったのだが、IS理論では箒が束譲りの知識を此れでもかと言う位に披露して担当教師に白旗を挙げさせ、美術では『ペアになって相手の似顔絵を描く』と言う課題でペアとなった夏月とロラン、秋五とシャルロットが実に見事な似顔絵を完成させていた――シャルロットが描いた秋五の似顔絵が何処か『ダークヒーロー』のテイストを感じたのはシャルロットの腹黒さがあればこそだろうが。

 

そして授業が終わった後の放課後は先ずは部活動。

『e-スポーツ部』では月一で行われているゲーム大会の日であり、今回の大会のゲームは『遊戯王』で、部員全員が魂を込めたデッキを構築してきて手に汗握るデュエルが展開された先に決勝戦では夏月とヴィシュヌが激突する事になった。

夏月のデッキは高攻撃力で相手を圧倒する『青眼デッキ』で、ヴィシュヌのデッキはモンスター効果、魔法、罠を駆使して戦うブラック・マジシャンを軸にしたコントロール型デッキで一進一退の攻防となったのだが、デュエル終盤で『青眼の究極竜』を融合召喚して『メテオ・レイン』を発動し、更に『アルティメット・バースト』のカードを発動して勝負を決めに来た夏月に対し、ヴィシュヌは『アルティメット・バースト』にチェーンして『和睦の使者』を発動してこのターンのバトルを回避すると、返しのターンで『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を融合召喚し、効果によって攻撃力が一万まで上昇したブラック・パラディンで究極竜を攻撃。

誰もが此れで決まったと思ったのだが、此処で夏月が手札から『オネスト』の効果を発動し、攻撃力が一万四千五百となった究極竜がブラック・パラディンを迎撃――かと思ったのだがヴィシュヌが手札から速攻魔法『決戦融合-バトル・フュージョン』を発動して究極竜の攻撃力をブラック・パラディンに上乗せして、攻撃力二万四千五百となったブラック・パラディンが青眼の究極竜を戦闘破壊し、夏月に一万のダメージが入ってデュエルエンドとなり、今回の大会はヴィシュヌが制したのだった。(チェーンの逆順処理は無視しておりますので悪しからず。)

 

そして其れから三日後、学園も各国のIS部隊の受け入れ態勢と、生徒の安全確保が整ったと言う事を国連と国際IS委員会に報告し、IS学園は本格的に絶対天敵に対しての前線基地となったのだった。

平和な日常が送られている裏では、確りと此の先の展開に対する準備がなされていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園が絶対天敵との戦いにおける前線基地となった頃、絶対天敵は今度は南米の砂漠地帯に其の姿を現していてた。

砂漠地帯ならば人は住んでいないので被害はゼロと思うだろうが、砂漠には危険な生物も多数存在しており、その危険な生物を取り込むために絶対天敵は砂漠地帯に現れたのだ。

並の毒はIS搭乗者には無力であるが、最強クラスの毒を独自に昇華する事が出来ればIS搭乗者に対しても有効だと考えて、フグには劣るが致死レベルの毒を有するサソリや毒蜘蛛、ドクトカゲを見付けては吸収し、人々の与り知らないところで絶対天敵は進化していたのだった。

 

 

 

さて、IS学園が絶対天敵との戦いの前線基地となり、各国はIS部隊を『IS学園派遣部隊』と『自国防衛部隊』の二つを組織する事で大まかな話が進んでいたのだが、各国が協力体制を構築して行く中、ロシアと北朝鮮は此の枠組みに入る事を拒否して自国のみで独自の対応を取る道を選んでいた。

元々他国との足並みを揃える事はせずに独自路線を貫いてきたロシアと北朝鮮だったが、自国が半壊状態になってもなお其の姿勢を崩さなかったのである……だが、アメリカをはじめとした他国は其れを非難するでもなく『どうぞお好きに』と言ったスタンスだった。

ロシアも北朝鮮も、言うなれば『国際社会の鼻つまみモノ』であり、各国とも『こいつ等如何したモンだろうか?』と考えていた事もあり、ロシアと北朝鮮が独自路線を行くと言うのであれば其れはマッタクもって構わない事でもあったのだ。

此れまでの戦争や紛争は人と人の戦いだったが、今度の相手は人間ではない未知の存在であり、更にはIS以外では対応不可能な相手なのだが、そんな状況であっても他国との協力関係を拒むと言うのならば引き留める理由は無く、寧ろ絶対天敵によって国が壊滅してしまうのならば其れもアリだとすら考えていた――ロシアが崩壊したら北方領土は日本の領土に戻り、ロシア本土はウクライナをはじめとした周辺国で分け合う事になり、北朝鮮が崩壊したら其れは其のまま韓国の領土になるだけなのだ。

 

そうしてロシアと北朝鮮が独自路線を選択した中で、意外にも中国は此の国際社会の枠組みに参加していた。

此れまでならロシア、北朝鮮と共に国際社会とは足並みを揃えて来なかった中国だが、今回はアメリカ側の国際社会に付いた形だった――中国がこの決断をした理由は言わずもがな自国の国家代表となっている鈴の存在が、もっと言えばその鈴と婚約関係にある夏月の存在が大きかった。

ロシアと北朝鮮は確かに中国の同盟国ではあるが、その同盟関係と世界に二人しか存在しない男性IS操縦者の一人とのパイプを天秤に掛けた結果、後者の方が中国にとっては大きかったのだ。

男性IS操縦者とのパイプがあると言うだけでも他国に対して大きなアドバンテージになるだけでなく、同じく夏月の婚約者が居る日本、オランダ、台湾、ブラジル、タイ、カナダ、アメリカとの関係も改善出来るのではないかとの思惑もあった――ISが世に現れてから、ISの生みの親である束の出身国である日本の国際社会での力は大きくなっており、遂には国連の常任理事国入りまで果たしてしまった事で、中国は以前のような『反日活動』が出来なくなり、其れに比例するように国民からの不満を抑え付ける事が出来なくなり、政治の方針転換を迫られていたと言うのも大きいだろう。

今回の一件を機に、中国はロシアと北朝鮮とは手を切って欧米側と連携する道を選んだ訳だ――尚、韓国も離脱するだろうと思った人もいたのだが、現在の韓国の大統領は所謂『親日家』で、欧米とも友好的な関係を築こうとしている人物なので問題なしだ。

 

そんな訳で最終的に国際IS委員会が『国際IS連合国』と名付けた枠組みには日本、アメリカ、中国、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、カナダ、台湾、タイ、ブラジルと男性操縦者の婚約者が居る国の他に、イタリア、ウクライナ、インド、オーストラリアなどの国――要するにISを保有していない後進国と、独自路線を選択したロシアと北朝鮮以外の全ての国が参加する事になった。

 

更にそれらの国には嬉しい誤算として束から新たに『絶対天敵との戦闘にのみ使用する事』を条件に百個のISコアと、束が独自に解析した事で得た『絶対天敵に有効と思われる武装』の設計図が送られていた。

武装に関しては一般のIS開発者にも作れるように束が全力で作った武装と比べるとスペック的には相当に劣化しているのだが、其れでも絶対天敵に対して有効であるのは間違いないので各国は新型機の開発と新武装の開発を急ピッチで進めると共に、自国の国家代表と代表候補生を招集してIS部隊を編成するのだった。

 

そうして各国は新機体を製造し、其れ等を国家代表と代表候補生、そして軍の『IS部隊』に配備し、国家代表と代表候補生からなる二十名をIS学園に送り込み、其れ以外は自国の防衛に当たらせると言う形で落ち着いた。

 

前線基地に二十名と言うのは少ないと感じるかもしれないが、IS学園のキャパシティを考えると其れが妥当な数であり、そして一国に付き二十名ならば総数は百名を超えるので前線基地に配備する戦力としては充分なのである――ましてIS学園には『ミニ国連軍』と言っても過言ではない戦力が集まっているので、各国の軍と比べると数では劣るが戦闘力はぶっちぎっているので無問題だ。

 

こうして絶対天敵に対しての防衛線が敷かれて行く中で、再び絶対天敵が現れたのはロシアと北朝鮮だった。

先の攻撃で現れたカマキリ型、猛禽型、ワイバーン型、モグラ型、ワーム型だけでなく、新たに蛾型、爬虫類型、蠍型が追加され、蛾型はISをはじめとした機械の機能を低下させる『鱗粉』を撒き散らしながら、複眼の両目からビームを放って都市を破壊し、爬虫類型は最初はアンギラスのような四つ足型だったのが、戦いの中で進化して二足歩行となり、最終的には日本が世界に誇る大怪獣『ゴジラ』のような容姿となって、口から『滅びの爆裂疾風弾』、『サンダー・フォース』をも凌駕する勢いの超極太光線を放ってロシアの首都モスクワと北朝鮮の首都平壌を一瞬で灰燼に帰した。

 

ロシアも北朝鮮もすぐさま自国のIS部隊を出撃させたのだが、如何にISの攻撃ならば有効であっても保有ISには限りがある上に、絶対天敵との数には圧倒的な差があるので、ロシアと北朝鮮のIS部隊は絶対天敵を其れなりに倒す事は出来たモノの自国を蹂躙する相手を倒しきる事は出来ずに逆にシールドエネルギーが枯渇してしまったところに猛攻を受けて事実上IS部隊は全滅し、パイロットは壊れた機体諸共爬虫類型の極太熱線ビームで欠片も残さずに消滅する事となった。

結果としてロシアと北朝鮮は独自路線を選んだ事で絶対天敵に完全敗北を喫する事になったのだ。

IS部隊が壊滅した事で絶対天敵の侵攻を止める手段は完全に無くなり、絶望的な蹂躙劇によってロシアと北朝鮮は壊滅的な被害を受け、更にロシア大統領の『ウラジミール・プッチーン』と北朝鮮の最高指導者である『キム・ジョーウンメイ』が絶命した事で、国は瓦解し、ロシアは所謂『北方四島』が日本に返還され、ロシア本土はウクライナ等の周辺国が領土を分け合い、北朝鮮は韓国に併合される事になったであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシアと北朝鮮が国として壊滅したと言うニュースが世界を駆け巡った頃、夏月組と秋五組には束から新たな武装が届けられていた。

夏月には新たに脇差型のISブレード、楯無には『ランスのグリップに搭載して双刃式のランスに出来る』追加ユニット、簪には『マルチロックオンの数を倍にするデータ』、ロランには『脚部ビームエッジ展開ユニット』、鈴と乱には『龍砲のプラズマ弾形成時間短縮ユニット』、ヴィシュヌには『格闘攻撃+50%ユニット』、ファニールには『ビーム攻撃+50%』ユニットが組み込まれる事になった。

 

尚先の戦いで騎龍化した静寐達の機体は楯無達と同様の騎龍シリーズの外見となったのだが、当然の如く武装は異なっている。

静寐の機体は『騎龍・鋼雷』となり、メイン武装は両腕に装備される『トンファーブレード』で、此れは『トンファー実体刀とビームエッジの双方を融合させた』と言う汎用性に富んだ装備で、オールラウンダーである静寐にはピッタリの武装であるだけでなく、前腕部に固定式のビームアサルトライフル、両肩に可変式の小型電磁レールガンと射撃武器も搭載されているため『近距離よりの万能機』と言う機体となっていた。

神楽の機体は『騎龍・銅雷』となり近接重視の『ビーム薙刀』をメイン武装とした機体なのだが、此のビーム薙刀は和弓型の武器に変形可能で、その形態ではビームの矢を放つ射撃武器として機能するようになっている。

ナギの機体は『騎龍・雹雷』となり、近距離型のオールラウンダーな静寐と神楽とは異なり、右腕に固定装備の『ビームガトリング』、左腕に固定装備の『二連装リニアランチャー』、左右の腰部に『大口径ガンランチャー』、右肩に『六連装マイクロミサイルポッド』、左肩に『連射型グレネードランチャー』を搭載するバリバリの射撃砲撃型となっていた。

簪と異なり一切の近接武装は搭載されていない完全な砲撃支援型なのだが、夏月組には後方支援機は簪の青雷のみだった事を考えると此の武装構成は全然アリだろう。

ダリルの機体の『騎龍・焔雷』は可成り特殊な外見となっており、両肩に搭載されているサブアームの先端に頭部装甲とほぼ同型のユニットが存在しており、此のユニットは牙のようにビームエッジを展開する事と先端にビームガンが搭載された遠近両用の複合攻撃ユニットとなっていた。

更にユニットを搭載しているサブアームは伸縮自在で自由に動かせるフレキシブルアームとなっている事で『四本腕』のようなトリッキーな近接戦闘が行えるだけでなく、他の武装として近接武装の『ビームアックス』、より近い間合いでの戦闘用兼投擲武器にもなる『ビームトマホーク』、射撃武器の『ビームマグナム』が搭載され、ダリル本人が持っている『炎を操る能力』も強化されていた。

 

一方の秋五組。

清香の機体は『騎龍・閃雷』となり、ビームライフルとビームサーベルを搭載した『中距離高機動型』の機体で特出した能力はない代わりに取り立てて弱点もない汎用性に富んだ万能機となっていた。

癒子の機体は『騎龍・光雷』となり、両腕部に固定装備のビームサーベルを搭載し、射撃武器として『ビームガン』と『ショットガン』、『ヒートボウガン』を搭載している。

ヒートボウガンが射出する矢は実体なのだが、矢先が対象にヒットすると同時に炸裂する『グレネード矢頭』となっており、掠っただけでも大ダメージを与えらえるようになっていた。

さやかの機体は『騎龍・輝雷』で、ビームブレードと十機のビット兵装を搭載しているのだが、ビット兵装はビームブレードをプラットフォームにして合体する事が可能で、ビットと合体したビームブレードは実体ブレードとビームブレードの両方を備えた身の丈以上の大剣となって近接戦闘に於いて圧倒的な力を発揮する武装となっていた。

 

 

「にしても、ロシアと北朝鮮が滅んじまうとはな……北朝鮮は兎も角として、ロシアは大国で軍事力も充実してると思ってたから少し意外だった感じだな?

 最悪の場合は核を使うと思ってたから余計にな。……てか、なんでロシアも北朝鮮も核を使わなかったんだ?」

 

「使わなかったんじゃなくて使えなかったのよ夏月君。

 束博士の解析結果で絶対天敵にはISの攻撃のみが有効である事が明らかになっているでしょう?だとすると、最終兵器ではあってもISの攻撃ではない核攻撃で絶対天敵を倒せると言う確信が無かったのよ……確実に倒せるから核は最終兵器になりえたのだけど、核の力をもってしても倒せないかもしれない相手にはその切り札を切る事は出来ないわ。」

 

「だが、其れが結果として国を亡ぼす結果となった――いいや、核が使用出来なかった以前に国際社会と足並みを揃えなかった時点でロシアと北朝鮮は滅びの運命しか残っていなかったのだろうね。

 国際部隊に参加していたら束博士から新たなISコアと絶対天敵に対して有効な武装の設計図を手に入れる事が出来たのだからね……その意味では中国は賢明な判断をしたと言えるだろうね。」

 

「そうね……どうやらアタシの国は其処まで馬鹿じゃなかったみたいだわ……尤も、ロシアと北朝鮮と同じ判断をしてたら、アタシは其の瞬間に日本に帰化して日本人になってたけどね。」

 

 

少しメタいが、キャラクター設定(PIXIVとハーメルンでは機体設定)に詳細が載っていない機体を解説して来たが、其れは其れとして夏月達の話題は矢張りと言うかなんと言うか絶対天敵の攻撃にとってロシアと北朝鮮が崩壊したと言う事についてだった。

此の戦いに関してはロシアと北朝鮮に援軍を送らなかった国際部隊に一定数の非難が寄せられたのだが、国際部隊は『自ら国際部隊に加わる事を拒否した国を助ける義理も義務もない』と言うこの上ない正論でバッサリと斬り捨てた――とは言っても、ISを有しない後進国は其の限りではないので、其の旨もしっかりと伝えていたのだが。

 

だが、絶対天敵の親玉の正体を知っている夏月組と秋五組は、絶対天敵はISが配備されていない国を襲う事はないと考えていた――絶対天敵の親玉が織斑千冬の身体をベースにしたキメラであり、其の人格は織斑計画で生み出されたモノと白騎士のコア人格に絶対天敵の思考が混じったモノである以上は自身にとって脅威となるISを優先的に攻撃対象にするだろうと予測していたからだ。

 

 

「まぁ、ロシアと北朝鮮は滅んだが……逆に言えば此処からが本番って事だから気合を入れてバッチリ行こうぜ!

 ……で、今更なんだけど何で普通に入って来てんだよお前等は!!」

 

「あら、将来的には夫婦になるんだから一緒にお風呂に入るくらいは普通でしょ?……其れに、やる事やってるんだから、今更一緒にお風呂位は何ともないでしょうに。」

 

「其れはそうかもしれないけど、俺だって偶には一人風呂を楽しみたい時だってあるんですけどねぇ?……弾の奴が聞いたら『羨ましい悩みを垂れ流してんじゃねぇ、殺すぞ(怒)』って言うかもしれないけど!」

 

「五反田君、虚さんと付き合ってるんじゃなかったっけか?」

 

「そうなんだけど、弾は『彼女が居る事とハーレムの夢』は別みたいでな……弾自身は純愛でもハーレム野郎に対しては嫉妬するって言うこの上ない面倒な性格をしてるみたいなんだわ。」

 

 

尚、夏月は現在入浴中であり、其処に嫁ズが突撃して来て『混浴』となっていた。

『暖簾に腕押し』である事は分かっていたのだが夏月は取り敢えず突っ込み、嫁ズは其れをサラッと流した上で大浴場でのお風呂タイムとなり、楯無は湯面に浮かべた盆に乗ったちょうしを持つと、夏月が手にした杯に中身を注ぎ、注がれたモノを夏月は一気に飲み干す――ちょうしの中身は『ノンアルコールの日本酒』なので問題なしだ。

 

 

「だが、其れは其れとして絶対天敵は必ず殲滅するぜ。

 宇宙から地球にやって来たのは偶然かも知れないけど、其れがあのクソッタレと融合して世界に牙を剥いたってんなら殲滅以外の選択肢は存在しないからな……必ずぶち殺してやるから覚悟しやがれ、絶対天敵さんよ!」

 

『うむ、確実にぶち殺せ。』

 

 

そして其処で夏月は獰猛な笑みを浮かべて『絶対天敵殲滅』を宣言し、夏月の嫁ズも其れを見て闘気に火が点き、そしてバスタイム後は『夜のISバトルタイム』となったのだが、夏月の嫁ズは全員が夏月と交わった事で更に其の力を増していた。

 

だけでなく同様の事は秋五組でも起きており、期せずして絶対天敵との前線基地となったIS学園の戦力は強化されたのだった。

 

 

 

そして其れから数日後、絶対天敵は人間社会に牙を剥いて攻撃を開始し、其の攻撃の対象となったのは『ISを所有していない国』では最大の大きさであるアフリカだった。

アフリカは国土が大きいだけでなく、数多くの絶滅危惧種が存在している国でもあるので、其処が絶対天敵に攻撃されたとなったら、IS学園の部隊が出撃する理由は充分であり、夏月組と秋五組は束が新たにIS学園に配備した高速空中戦艦『ネギトロの軍艦』に乗り込んで一路アフリカに向かうのだった。

此れは少し予想が外れる結果だったのだが、だとしても出撃しない理由は存在してないのだ。

 

 

「ふぅん、次はアフリカか……裏を突いた心算なんだろうけど、そうはさせねーよ?

 アフリカの野生動物を喰わせちまったら、お前等は冗談じゃない進化をしちまうだろうから、その進化は絶対に阻止する……私が地球人類の味方である以上はお前達絶対天敵に勝利は存在しない、其れを知りな……其れも言うだけ無駄かもだけどね。お前、もう死ねよ愚女と織斑千冬擬きの成れの果て。

 お前達が存在してるって言う事自体が許し難いからね私はさ。」

 

 

自分のラボでその様子をモニターしていた束は仄暗い笑みを浮かべた後に傍らにあったウィスキーの瓶を一気に飲み干し、そして改めてモニターを見ると仄暗い笑みに愉悦の笑みが混ざった表情を浮かべると、『八神庵の三段笑を凌駕する高笑い』を披露した後に、ラボの奥に消えて行った――其れは、此れからの戦いで夏月達の勝利を確信しているからこそのモノであり、其れは最終的には現実となるのだが、此の時の夏月達は絶対天敵との初めての戦いに向け闘気を高めると共に、激戦になるであろうと考えて緊張感を高めているのだった。

 

そしてIS学園から出撃して数時間後、アフリカの大地は戦場へと姿を変える事になる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode74『現われし脅威!~その名は絶対天敵~』

絶対天敵……来いよ、一匹残らずぶちのめす!By夏月    時は来た、其れだけね!By楯無    まさかの其れで来るとは思わなかったよタテナシByロラン


ロシアと北朝鮮を壊滅させた絶対天敵の次の攻撃対象となったのはアフリカだった。

言い方は悪いかも知れないが、アフリカは国際社会では後進国でありISも配備されていないので、絶対天敵の攻撃対象にはならないだろうと、そう思われていたのだが、絶対天敵は自己進化の為に新たな地球生物を取り込む為にアフリカにやって来たのだ。

 

現状でも絶対天敵は多数の哺乳類に虫類、爬虫類を取り込んで其の力を高めているのだが、アフリカには世界最強クラスの動物が多数存在しているので其れを吸収しないと言う選択肢はそもそも有り得ないのだ。

 

なので、アフリカに上陸した絶対天敵達は『百獣の王』であるライオンや、『地上最大の生物』であるアフリカゾウを取り込もうとしたのだが――

 

 

「悪いがそうはさせないぜ……こいつ等を吸収したいなら俺達を倒してからにしな。」

 

「此処から先には行かせない……絶対にね。」

 

 

其処に夏月達『対絶対天敵IS部隊』、部隊名『龍の騎士団』が現れて絶対天敵を攻撃し、現地生物吸収を阻止した。

アフリカの地上にはサソリ型、ムカデ型、爬虫類型、地下を掘り進んで来たモグラ型等の地上型の個体が多数現れ、上空には鳥型、蛾型、コウモリ型、翼竜型と言った空中型の個体が多数現れていた。

 

一方の迎撃部隊は『龍の騎士団』だけではなく、亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』から隊長のスコールと部隊でも指折りの実力者であるオータムとナツキをはじめとした精鋭達が戦線に加わってくれていた。

 

 

「義母さん、其れに秋姉、来てくれた事に感謝するよ。」

 

「うふふ、可愛い息子にだけ命懸けの戦いをさせる事は出来ないわ……特に私の場合は、自ら戦う力を持っている訳だし、こう見えて害虫駆除は得意なのよ私は。

 地球を滅ぼしかねない害虫の駆除、俄然やる気が出るわね。」

 

「ゴミクズ共が……此のオータム様が直々に狩ってやるぜ!感謝するんだな!」

 

 

絶対天敵の見た目は吸収した地球生物の其れを模しているのだが、大きさがマッタク異なっており、全ての個体が最低でも人間の成人男性ほどの大きさがあり、中にはもっと巨大な個体も存在している。

哺乳類や鳥類を模した個体ならば其処まででもなく、爬虫類型も怪獣映画に出て来る怪獣と思えば未だ良いのだが、其れが虫となると話は別だ……カマキリやカブトムシと言った人気のある昆虫ならば未だしも、クモやムカデにゲジ、そして人類の永遠の天敵にして人類が滅んだら地球の支配者となる言われている『黒光りするG』を模した絶対天敵の生理的嫌悪感は半端なモノではなく、一般人が見たら卒倒するか嘔吐するかの二択だろう。

迎撃部隊も夏月と秋五以外は女性なので普通ならば嫌悪感を示すところだが、彼女達は今更馬鹿でかい虫を見た程度で怯むような柔な精神をしていないので問題なしだ。

 

 

「先ずは先制。派手にぶちかます……皆、準備は良い?」

 

「問題ないよ簪!」

 

「準備OKよ。」

 

「広域殲滅なら私の出番ね!」

 

「一発派手にやってやる!」

 

「弟の前だから張り切ってるなお前……」

 

 

数では劣る迎撃部隊だが、簪、ナギ、セシリア、ナターシャ、マドカ、ナツキが前に出るとナターシャ以外は自機に搭載された遠距離武装を展開した上でマルチロックオンを起動して複数の絶対天敵をロックオンすると遠距離武器を一斉に放つフルバーストを発動し、ナターシャは広域殲滅攻撃『シルバー・ベル』を放って少なくない数の絶対天敵を葬って見せた。

マルチロックオンによるフルバーストは数の差を埋めるには有効な攻撃であり、其れが合計五機から放たれたとなれば、少なく見積もっても百体近い絶対天敵を殲滅した事になるだろう。其処に広域殲滅攻撃が加わったら尚の事だ――だが、其れでも絶対天敵は全滅していないので、其の絶対数がドレだけ存在するのかは想像も出来ないだろう。

と言うよりも絶対天敵の親玉であるキメラを処理しない限り絶対天敵はドレだけ倒そうとも其の数が減る事はないのだが。

 

 

「来いよやられ専門の雑魚共。

 獣や鳥、虫程度じゃ龍には勝てないって事を其の身をもって知るが良いぜ。」

 

「ロシアと北朝鮮を壊滅させてくれた事に礼は言うが、君達の役目は其処で終わりさ……そして此れから始まるのは地球規模で行われる人類存続を懸けた戦いなのだが、其の戦いの結果は既に決まっている。

 最終的に勝利しているのは私達地球人類だ……無粋な侵略者は滅びると相場が決まっているんだよ。少なくとも演劇の世界ではね。」

 

「いや、其れは演劇の世界に限った事ではないわよロランちゃん……現実でも、無粋な侵略者は最終的に滅びる運命にあるのよ……!!」

 

 

だからと言って怯む夏月達ではなく、寧ろ此のフルバーストでの迎撃は戦闘開始の派手な花火となり、此処から迎撃部隊は絶対天敵との本格的な戦闘を開始すると同時に、此れが後に『地球防衛戦』と呼ばれる事になる戦いの始まりでもあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode74

『現われし脅威!~その名は絶対天敵~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカの地に於ける絶対天敵との戦い、先手を取ったのは迎撃部隊の方だったが、絶対天敵は数にモノを言わせた物量作戦を行って来た――数の暴力を用いての攻撃は有効であり、すり潰せる戦力が有れば有るほどその効果は大きいと言える。

絶対天敵は親玉であるキメラが生きている限りは幾らでも其の数を増やす事が出来るので、正に物量作戦を行うには理想的な存在と言えるだろう。

 

 

「全ての生物の大きさが同じだったら最強は虫だって話を聞いた事があるけど、如何やら其れは机上の空論って訳でもなさそうだな?特にカマキリは。

 死角が存在しない複眼、脳の容積が小さ過ぎて脳震盪を起こさない頭、人間の握力に換算すると500㎏を超えるカマで挟む力、加えて飛行能力まであるとなれば確かに最強だし、其処に他の生き物にも変身可能な能力が備わってると来たら相当な難敵だ……だが、だからと言って倒せねぇって訳でもないんだけどよ!」

 

「無敵では倒しようもありませんが、難敵ならば倒す方法は存在しますからね。」

 

 

親玉であるキメラは束が白騎士のコア反応をキャッチすれば直ぐに判明するのだが、束が何度キメラの足取りを最後まで追跡しようとしても白騎士のコア反応は毎回必ず途中で消えてしまっており、現状ではキメラが何処に潜んでいるのか不明だった。

とは言え、其れで諦める束ではなく、『白騎士のコア反応が追えなくなるのは、アレがコア反応を遮断する空間に居るからだ』と推測し、其処から『ISコアの反応を遮断する物質とは何か?』の研究を始めて現在も其れは続いている――と言うのも既に数百種の物質で『ISコアの反応遮断実験』を行っているのだが『ISコアの反応を100%遮断する物質』には未だヒットしていなかったのだ。

故に現状では現れた絶対天敵を殲滅し、『此れ以上戦うのは旗色が悪い』と判断させて撤退させるのが最善策なのだ――既に束によってキメラが健在である限り絶対天敵は幾らでも数を増やせる事が判明しているので絶対天敵を全滅させるのは現状では不可能なのだから。

束の実験によってISコアの反応を100%遮断する物質が発見され、其れが存在するのは地球の何処であるのかが判明するのが先か、其れとも絶対天敵による侵攻が思うように行かず、キメラが痺れを切らして現れるのが先か、或いは抵抗虚しく地球人類が滅びるのが先か、此の何れかが此の戦いの末に待っている未来なのだが、地球人類の滅亡は無くはないかも知れないが、其れでも確率は限りなくゼロに近いと言っていいだろう。

 

 

「絶対天敵だか、全体点滴だか知らないが、テメェ等如きが地球を侵攻出来ると思うなよ?

 ロシアと北朝鮮は馬鹿な判断をしたからやられちまっただけで、其れ以外の国はテメェ等をぶちのめす為に手を取り合ってんだ……そう言う意味では少しだけ感謝してやっても良いぜ?テメェ等が現れてくれた事で世界は一つになる事が出来たんだからな!」

 

「共通の敵が現れた事で世界は一つになる事が出来た……其れはとても良い事なのだが、だからこそ私達が負ける事は有り得ない――故に、君達に捧げるレクイエムを受け取っておくれ!」

 

 

『龍の騎士団』は『騎龍シリーズ』だけでなく、束が国際連合軍に加盟した国に新たに譲渡した百個のISコアと絶対天敵に有効である武装の資料を元に開発された『対絶対天敵用IS』を開発しており、絶対天敵に対して有利な戦闘が行えるようになっていた。

『疑似騎龍シリーズ』とも言える各国の新型機が絶対天敵に有効な武装を備えているのは勿論なのだが、其の中でも矢張り生粋の『騎龍』で構成されている夏月組と秋五組の活躍は目を見張るものがあった。

 

夏月は『心月』と追加装備の脇差型の近接ブレード『三日月』の二刀流で絶対天敵を次々と切り捨てて行く――心月は順手だが三日月は逆手に持った変則の二刀流は攻撃の起動が読み辛く、逆手に持った三日月は心月での攻撃後の隙を完全にフォロー出来るので夏月の剣は正に死角がなくなっていた。

其れだけでなく近距離戦能力が強化されたヴィシュヌとグリフィンが夫々ムエタイとブラジリアン柔術で絶対天敵にダメージを与えるだけではなく――

 

 

「むぅ~だ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」

 

 

グリフィンはISのサポートがあるからこそ可能である『無呼吸連打(言葉は発してても此の間も無呼吸である。)』とダイヤモンドブロウを使って、『ジョジョの奇妙な冒険』の『空条承太郎』や『DIO様』もビックリな超高速の連続パンチで絶対天敵を粉砕!玉砕!!大喝采!!!

勿論それだけでは終わらず、ロランは追加装備の脚部ビームブレードを用いた近距離戦で絶対天敵を次々と切り捨て、ヴィシュヌはクラスターボウでのマルチ攻撃を行いながらも近距離の間合いに入って来た絶対天敵にムエタイの攻撃を叩き込んだ後に鋭い蹴りで首を刈り取って絶命させ、鈴と乱は『プラズマ龍砲』で絶対天敵を殲滅していた――ISの攻撃でなければ効かない絶対天敵だが、逆に言えばISの攻撃ならばどんなモノでも有効となるので、格闘だろうと砲撃だろうと、『龍の騎士団』の攻撃は絶対天敵にとっては有効打だったのだ。

 

 

「ダリルちゃん、合わせて!」

 

「派手にぶちかますぜ楯無!」

 

 

其の中でも強烈極まりなかったのが楯無とダリルの連携攻撃だった。

ダリルは元々フォルテとの連携を得意としており、其れは氷と炎の相反する属性による二重攻撃があればこそだったのだが、ダリルの機体が騎龍と化した事でフォルテの専用機との性能差が大きくなってしまい其の二重攻撃が出来なくなってしまった事で現在は一時的にフォルテとのコンビは休止状態となっていた。

そんな時にダリルのフォルテとの新たな連携攻撃を開発するまでの間のダリルの一時的なパートナーとして名乗りを上げたのが楯無だった。

楯無の専用機の『騎龍・蒼雷』ナノマシンの精製機能が備わっており、其れによって『ナノマシンを使った水分身』、『水蒸気爆発』と言ったトンデモ戦術を可能にしているのだが、ナノマシンで水を作れるのであれば、氷を作る事も可能なので、楯無とダリルは先の『夏月と秋五のプロデビュー戦』の後から研鑽を積んで遂に氷と炎を同じ強さで融合する合体技の完成に漕ぎつけていたのだった。(ダリルはフォルテと同様の攻撃を行っていたのだが、騎龍化した事で火力が上がっていたので其の調整が必要だった。)

 

 

「此れが私達の全力の一撃……『メドローア』って言えば分かる人には分かるのかもしれないけど、対消滅によって発生する破壊のエネルギーは凄まじいモノがあるから、其れを堪能すると良いわ。」

 

「真面に喰らえば完全消滅、掠っただけでも其の部分が抉り取られたみたいになっちまって、余波を受けただけも戦闘不能は確実ってトンデモ合体攻撃だからなコイツはよ。

 騎龍になる前ですら此の合体攻撃は相当強力だった訳だが、そいつを騎龍のパワーで放ったらドンだけの破壊力になるんだろうな!」

 

 

タダでさえ強力な氷と炎の対消滅攻撃が騎龍のパワーで繰り出されたら、其れは最早核爆弾に匹敵する破壊力であり、此の攻撃により相当数の絶対天敵が屍も残す事なく文字通り『消滅』してしまったのだが、其れでもマダマダ絶対天敵は湧いてくるので若しかしたらキメラはリアルタイムで絶対天敵を新たに生み出しているのかもしれない。

加えて新たに追加された絶対天敵は蛾型が多く、其の鱗粉で龍の騎士団の機体性能を低下させる心算なのは間違いないだろう――だが、龍の騎士団と各国の防衛部隊の機体には既に束が開発した『蛾型の鱗粉のフィルター』が搭載されており機体性能が低下させられる事はなくなっていた。

 

 

「うげ……あれってもしかして台所に出るアレじゃない?」

 

「古生代や中生代には50㎝のアレが居たってのは知ってるんだけど、其れ超えてるよねアレは?と言うか私の見間違いじゃなければ二足歩行してるよねアレって?」

 

「二足歩行するG……テラフォーマーのアレを思い出した。」

 

 

更に追加戦力の中には最初に現れたのとは異なる形をした『人類の永遠の敵』である『黒光りするG』の姿や、其のGやムカデを捕食してくれる益虫でありながら見た目で風評被害を受けている『ゲジ』の姿をしたモノも存在しており、しかも元の生物と異なり地面を這い回るのではなく『直立歩行』をしているのだから、最早ホラーを通り越した恐怖と言えるだろう。

だが、前述したように此の場に集まった女性達は此れで怯むような柔な精神はしていないので問題なく戦闘を行っており、寧ろ『G型』は正しく絶対天敵なので容赦なく殲滅して行った。

 

 

「若しかしたらこれ効果あるかも……喰らえ!!」

 

「簪ちゃん、今の何?」

 

「ネタで搭載されてる対B・O・Wガス弾。」

 

 

此処で簪がネタで搭載されているグレネードランチャーの特殊弾『対B・O・Wガス弾』を放ったのだが、此れがなんと絶対天敵には効果があった。

大人気サバイバルホラーゲーム『バイオハザード』に登場する『対B・O・Wガス弾』はグレネードランチャー専用弾であり、その効果は『T-ウィルスの影響を受けている存在のHPを半減させる』モノであり、主にボスキャラのタイラント戦で使う事になるのだが、そのネタ弾丸が絶対天敵に対しては『無脊椎の外骨格生物型』の外骨格を溶解させ、虫型の複眼を一時的に機能不全に陥らせ、哺乳類型、鳥型は呼吸困難に陥り、爬虫類型は体温が極端に低下して動く事が出来なくなってしまったのだ――ネタで搭載していた特殊弾丸がまさかの効果を発揮してくれた訳だが、この好機を逃す手はない。

 

 

「まさかのネタ武器が有効とは嬉しい誤算ってやつだな……そして射撃・砲撃型の機体にはグレネードランチャーと対B・O・Wガス弾が此の戦いでは標準装備になる事が確定した訳か。

 此の戦い、束さんは見てるだろうからな。」

 

「姉さん、見ていますか?私はとっても頑張っていますよ。」

 

 

攻撃を行う前に箒は適当にどこかにあるであろう束が此の戦場に寄越したドローンカメラに向かってウィンクしてVサインを送っていたが、箒の予測はバッチリ当たっており、ラボの束のモニターにはウィンクしてVサインをする箒の姿が映っており、其れを見た束は鼻から愛を噴出して悶絶し、その影響でエプロンドレスが真っ赤に染まる事になったのだが、束ならば大して問題ではないだろう。

 

其れは其れとして、簪の攻撃によって戦闘力が大幅にダウンした絶対天敵に対して夏月は羅雪のワン・オフ・アビリティの『空烈斬』を発動し、『見えない空間斬撃』で絶対天敵を斬り裂いて行ったのだが、斬られた絶対天敵は斬られた直後に身体が膨らんで爆発したのである。

此れにはその場に居た全員が驚いたのだが、此れは空烈斬に羅雪のコア人格となった千冬が『対零落白夜』として作った『無上極夜』の効果を上乗せした事が原因だった。

『触れたISのシールドエネルギーをゼロにする零落白夜』を無効に出来る『無上極夜』がどんなカラクリであるのかと言えば、『零落白夜の力を上回るシールドエネルギーの超回復と一時的なシールドエネルギーの増大』であり、『一撃でゼロになる前に回復してエネルギー量を増やす』と言うモノなのだ。

機能としては単純なのだが、此れは攻撃に使うとある意味では零落白夜以上の破壊力を有していた――シールドエネルギーを強制的にゼロにする零落白夜とは逆に無上極夜は強制的にシールドエネルギーの回復とエネルギーを増大させるモノであり、其れを喰らった機体はシールドエネルギーが飽和状態となってオーバーフローを起こして機能不全に陥り行動不能になるのだ。

分かり易く言えば『食べ過ぎて動けなくなってしまった』と言う状態に近いだろう。

 

そして其の攻撃を受けた絶対天敵は身体が許容出来るエネルギー量を越えてしまい、其の結果として身体が膨らんだ後に爆発四散すると言う『世紀末救世主伝説』のような状態になってしまったと言う訳だ。

 

 

『若しかしたら効果があるのではないのかと思ってやってみたのだが、思った以上に効果があったようだな……レッドラムの連続パンチに此れを使っていたらリアル北斗百裂拳になったのかもしれんな。』

 

「やるならやるって事前に行ってくれよ羅雪……斬った相手がイキナリ爆発とか、流石の俺もビビるからな?だけど、此れで取り敢えずはアフリカに侵攻して来た奴等は全滅させられたかな?」

 

 

この夏月の攻撃と他のメンバーの総攻撃によってアフリカに現れた絶対天敵は追加戦力を含めてほぼ99%が殲滅され、残った1%は撤退を余儀なくされていた――本来ならば撤退を行う絶対天敵も倒すべきなのだろうが、戦いはまだ始まったばかりなので、現れた絶対天敵を完全殲滅するよりも撤退を始めたのならば深追いしない方がベターなのだ。

完全に殲滅してしまったら次の戦いの時には全て新型となった絶対天敵と戦う事になり、新型の情報もないので其れがディスアドバンテージになってしまう事もあるだろうが、生き残りが巣に戻れば其れをベースに強化と回収が行われるであろうから、完全な新型ではなくある程度は知っている相手になると言う訳なので深追いはしなかったのである。

 

こうしてアフリカに於ける戦いは龍の騎士団の勝利に終わり、戦闘終了後に龍の騎士団の面々は現地民からの歓迎を受ける事になり、盛大な宴が開かれ、祝の酒が振る舞われた。

龍の騎士団のメンバーには未成年も多いの飲酒は本来ならばNGなのだが、龍の騎士団の総司令官を務める真耶が『祝いのお酒は治外法権ですね♪』と言った事でメンバーは祝の酒を飲みほして宴がスタートした。

宴にはアフリカの御馳走も所狭しと並び、珍しい『バオバブの実』は『酸味のある麩菓子』の様な味わいで中々の人気となっていたのだが、其れよりも一行を驚かせたのはまさかの『キリンの丸焼き』だった。

グリフィンの故郷であるブラジルでは客人をもてなす為に『豚の丸焼き』、或いは『ヒツジの丸焼き』を振る舞う事はあるのだが、其れを上回る『キリンの丸焼き』には度肝を抜かれた――焼き上がるのに五時間かかると言う事は、絶対天敵との戦闘が始まる前から仕込んでいたと言う事であり、其れは逆に言えば龍の騎士団の勝利を確信していたからこそと言えるだろう。

 

 

「キリンの丸焼きには驚いたけど、アンタはその足をガッツリ行く訳かグリ先輩。何だよ其の特大の原始肉……」

 

「ばび?(なに?)」

 

「なんでもないっす……沢山食べる君が好きです。もうこうなったらいっその事キリン一頭喰い尽くしちゃって下さい。」

 

 

其のキリンの丸焼きは、グリフィンが安定の食欲を発揮してキリンの足の肉に豪快にかぶり付いていた……所謂『漫画の肉』を凌駕するキリンの足の肉を美味しそうに食べるグリフィンに彼是言うのは無粋と言うモノなのだろう。

勝利の宴は日が沈むまで続き、宴が終わった後は龍の騎士団の面々は『ネギトロ軍艦』に乗り込んで就寝すると同時にネギトロ軍艦はIS学園へと帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、アフリカに絶対天敵の大軍が押し寄せた直後に、世界中で絶対天敵による侵攻が発生していた。

とは言えそれはアフリカに現れた大軍と比べれば遥かに小規模であり、各国の『対絶対天敵防衛部隊』で対処する事が出来ていた――絶対天敵に対抗するための国際国連軍、正式名称『地球防衛軍』に参加した国には束から新たに百個のISコアが供与され、更に『騎龍シリーズ』の基本データと『絶対天敵に有効な武装』のデータと設計図も送られていたので其れを元に騎龍シリーズには大きく劣るが、其れでも現行の第三世代ISを凌駕する性能を持った『対絶対天敵用IS』を開発したのは前述したが、其れ等の機体は近接型の『ドレイクシリーズ』、遠距離型の『ワイバーンシリーズ』、中距離高機動型の『ドラグーンシリーズ』となっており、特化型二種とバランス型一種と言う形でどんな敵にも対応出来る布陣を整える事が可能となっており、これ等の機体を開発出来ていた事で絶対天敵の侵攻に屈する事はなかった。

 

 

「HAHAHA!この程度でユナイテッドステイツを落とせると思ってんのかい?寝言は寝て言え、戯言はラリッてから言え、妄言はエレクトしてから言いやがれってなモンなんだよ!!」

 

 

アメリカではナターシャと双璧を成していた実力者であるアメリカ軍の現役軍人にしてアメリカの国家代表であり『イーリス・コーリング』が近距離型のドレイクを纏ってアメリカ本土に現れた絶対天敵を殴って、切って、アメリカプロレス最強の必殺技の『ラストライド』で滅殺する――ラストライドはパワーボムの体制から更に相手の身体を頭上に持ち上げて一気にマットに叩き付ける技なのだが、イーリスは持ち上げた状態からイグニッションブーストで成層圏付近まで上昇してから再度イグニッションブーストを発動して落差数1000mのラストライドをブチかまし、其れを喰らった絶対天敵は外骨格生物型だった事もあって頭から罅が入って粉々に砕け散ってしまっていた。

 

 

 

「来たか……私に続け、ドイツの黒兎たちよ!」

 

「「「「「「「「「Ja!!」」」」」」」」

 

 

 

ドイツではラウラが隊長を務める『黒兎隊』が其のまま絶対天敵の相手をする事になったのだが、隊員の機体は全て改修されて『劣化騎龍』となっていたので絶対天敵とも互角以上に戦えていた。

そして其の中でも特に目を引いたのが黒兎隊の副隊長の『クラリッサ・ハルフォーフ』だった。

黒兎隊の副隊長を務めているクラリッサだが、ドイツが秘密裏に行っていた『強化人間計画』による初めての成功例であり、其の能力はラウラを凌駕しているのだ――量産にはコストが大きいと言う理由でラウラ以降はラウラ基準で作られている訳なのだが。

そしてそのクラリッサは遠距離型の『ワイバーン』を使って絶対天敵を滅殺していた……ドイツの黒兎は中々に獰猛であったのだ。

 

 

「私は猫は好きだけど、アンタみたいな化け猫はゴメンさネ!」

 

 

イタリアでは第二回モンドグロッソにて千冬(偽)と優勝を争った『アリーシャ・ジョセフスター』が中距離高機動型の『ドラグーン』に乗って絶対天敵を圧倒していた。

特化型のドレイクやワイバーンと比べると大きな特徴はないドラグーンなのだが、逆に汎用性に富んでおりパイロットを選ばない機体であり、其れは『パイロットの腕がストレートに出る』機体でもあった。

そんなドラグーンを使って絶対天敵を圧倒しているアリーシャの実力は千冬(偽)を超えており、第二回モンドグロッソで彼女が千冬に敗北したのは実力差ではなく、試合の中でアリーシャが『コイツとは本気で戦う価値がない』と判断して態と負けたからだった――つくづく、千冬(偽)の『ブリュンヒルデ』の称号はマッタクもって何の価値もないモノだったのである。

 

 

「絶対天敵とは随分と大層な名を付けてくれたけど、此れでは少々名前負けな感じは否めないんだが……何だろう、少しばかり胸がざわつくヨ。

 ……私の杞憂であればいいんだけど、今回の攻撃はもしかしたら私達の戦力が如何程かを図るモノだった可能性があるネ……もしもそうだとしたら、次の攻撃は今回よりも苛烈なモノになるのかも知れないヨ……!」

 

 

だが、絶対天敵の歯応えの無さにアリーシャは違和感を覚えており、今回の攻撃は『自分達の戦力を図るモノではなかったのか?』との疑問に至っていたのだが、其れに思い至ってももう遅いだろう――各国に現れた絶対天敵は地球防衛軍によって手痛い反撃を受けて撤退してしまったのだから。

ともあれ此の戦いのファーストコンタクトは地球人類側が勝利を収めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

此度の地球侵攻は失敗に終わった絶対天敵だが、その親玉であるキメラは『カマキリの上半身が人間の女性になった』姿で新たな卵塊を生みつつ、今回の侵攻の成果に満足していた。

結果としては負け戦だったのだが、其れでも騎龍シリーズの戦闘力と各国が保有している戦力は大体把握出来た――特に警戒すべき相手はアメリカとドイツとイタリアと、そしてISの生みの親である日本と、そしてIS学園だった事も確認出来たのは大きな成果だろう。

 

 

「ククク……いいぞ、最高だ。

 貴様等が抵抗すればするだけ私の子供達も強くなる……無駄な足掻きを繰り返し、そしてその果てに滅びの道を歩むがいいさ――私の思い通りにならない世界など存在する価値もないのだからな!!」

 

 

そう言いながらキメラは新たな卵塊を多数生み出し、その卵塊からはすぐさま新たな絶対天敵が誕生していたのだった――此度の襲撃から帰還した絶対天敵を喰らったキメラによって弱点部分を補うだけの力を持った新たな絶対天敵が。

 

 

「IS学園を狙うのはまだ早いか……ならば次に攻撃すべき場所は……」

 

 

新たな絶対天敵を生み出したキメラは次なる攻撃対象を何処にするのかを決めかねていた……のだが、地球に対しての危機は未だ去ってはおらず、寧ろ此れからが本番であり、此度のアフリカに端を発する戦いは、まだ前座試合に過ぎなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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EPISODE75『新たな戦火の地~geevolueerde vijand~』

ロランがブチ切れたーー!By夏月    此れは……最強覚醒の予感!By楯無    ……!!Byロラン


アフリカでの戦いを皮切りに始まった絶対天敵との戦いは、アフリカ戦線のみならず各国の戦いでも絶対天敵を退ける事に成功していた――そして、其の後も絶対天敵の襲撃は行われたのだが、其れは各国の防衛部隊で対処可能な攻撃だった。

逆に言えば地球防衛軍に参加した国が共同開発した『ワイバーン』、『ドレイク』、『ドラグーン』は、束が直々に開発した機体及び戦いの中で覚醒した『騎龍シリーズ』には劣るとは言え現行の第三世代ISを大きく上回る性能を有していたので絶対天敵に対しても有利に戦う事が出来ていたのだ。

 

 

「もっと苦戦するかと思ってたんだが、其れだけに難なく迎撃出来てるってのは逆に不気味な感じがするぜ。お前はどう思う秋五?」

 

「確かに不気味ではあるね……此方の戦力がドレほどが調べてるのかもしれないけど、其れ以上に多くの戦いを経験する事で力を付ける目的があるんじゃないのかって、そう思うんだ。」

 

「お前もそう思うか……でもってタダ不気味ってだけじゃなくらしくねぇんだぶっちゃけて言うと。

 束さんは絶対天敵の親玉はDQNヒルデだって言ってただろ?束さんが断定したなら間違いはねぇと思うんだけど、あのDQNヒルデが相手の戦力調べたり何度も戦わせて強化するなんて堅実だけどまどろっこしい手段使うとは到底思えねぇんだわ。

 アイツなら前よりも強い力を手に入れたら其の力を振りかざして一気に攻めて来るんじゃねぇのか?このやり方には少し……否、可成り違和感があるぜ。ともすりゃ違和感しかねぇよ。」

 

「……確かにらしくないと言えばらしくないかな?

 だけど束さんは『アイツは人間じゃなくなってる』とも言ってただろ?そして絶対天敵は地球上の生物の姿を模してはいるけど其の正体は宇宙から飛来した宇宙生物だ……となるとアレも其の宇宙生物と融合してる可能性がとっても高い。100%と言っても良い。

 そうだとしたらアレの人格は宇宙生物の意識と混じって全く別のモノに変わっているとも言い切れない……そう仮定した場合、アレの人格と融合した宇宙生物の意識は融合した人格の記憶も得た訳で、其処から『ただ攻めるだけではダメだ』と学習してより効果のある戦い方を学んだのかもしれないよ。」

 

「つまりDQNヒルデの人格はもう存在してないかもしれない訳か……まぁ、あんな不良品人格この世に存在してない方が良いんだけどよ――だが、逆に言えば此の戦いは長引くと連中の方が有利になってくって訳か……出来るだけ早く親玉討たないとだぜ。」

 

「確かにそうだね……っと、僕は此処で『サンダー・ボルト』を発動して君のフィールド上の青眼の白龍三体を全て破壊する。」

 

「甘いわ。カウンタートラップ『王者の看破』!俺のフィールド上にレベル7以上の通常モンスターが存在する場合に発動できる此のカードは、魔法・罠の効果を無効、或いはモンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚を無効にする。

 此れでお前のサンダー・ボルトは無効だ。」

 

「なら僕は『神の宣告』で王者の看破を無効にする。」

 

「だったら俺も『神の宣告』を発動してお前の神の宣告を無効にする。」

 

 

そんな訳で世界は概ね平和なのだが、『織斑千冬(偽)』を知る者達からしたら、キメラとなって絶対天敵の親玉となった彼女が指揮していると思われる絶対天敵の襲撃の仕方には違和感があった。

千冬(偽)ならば、こんな攻め方はせずに一気に相手を滅ぼす勢いで戦力を投入し、更には自分も前線に出て来る筈なのだが、そうではなく『威力偵察』とも思える攻撃をして来る事に関し、秋五は自分の考えを口にしたのだが、其れはあながち間違いでもなかった。

 

千冬(偽)に喰われた宇宙生物は、その意識が千冬(偽)の人格と混じり、高圧的で傲慢な性格は其のままでありながらも戦いに関しては慎重でより勝率が高くなる方法を選ぶと言う堅実な方法を選ぶ事が出来るモノとなっていたのだ。

故に『威力偵察』とも言える攻撃を繰り返して絶対天敵に戦闘経験を積ませると同時に、相手の戦力が如何程かも探っていたのだが、現状ではまだ『龍の騎士団』や『地球防衛軍』の方が戦力として上回っており、同時に絶対天敵の進化は鈍足だったので脅威にはなりえなかったのだが、其れでも長い目で見た場合は其の限りではないので、絶対天敵の親玉であるキメラの討伐がドレだけ早く行われるか、其れが此の戦いを左右すると言えるだろう。

 

 

「此れでお前のサンダー・ボルトは無効となった!此れで終わりだ秋五!青眼の白龍で混沌の黒魔術師に攻撃!滅びのバーストストリィィィム!!」

 

「其れは通さない!トラップ発動、『聖なるバリア-ミラー・フォース』!!」

 

「ミラー・フォースだとぉぉぉぉぉぉぉ!?……と言うかと思ったか!此処で二枚目の『神の宣告』を発動してミラー・フォースを無効にするぜ!」

 

 

とは言え、今現在が平和であるのならば、其の平和は存分に謳歌すべきモノだろう。

平和な世界を謳歌しつつも自己の鍛錬を怠らずに何時でも戦えるように準備をしておけば、其れこそ突然何があっても対応する事は可能なのだ――そんな訳で、絶対天敵の襲撃は各地で起きつつも、世界は大きな混乱に陥る事なく、『日常時々絶対天敵』な時間を過ごしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode75

『新たな戦火の地~geevolueerde vijand~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、概ね平和な世界の裏では絶対天敵の親玉であるキメラが次の一手を考えていた。

相手方の戦力は大体把握し、絶対天敵も戦闘を行うたびに進化して強化されるのは分かったのだが、其の進化スピードは地球の生物を吸収した際の進化と比べると鈍足であり、此のままでは地球側の戦力を上回るには年単位の時間が必要になる上に、其の間にも束は『龍の機体』に更なる強化を施して絶対天敵に対しての絶対兵器としてしまうのは間違いない――そうなったら此の戦いに勝ち目はなくなる上に、自分の居場所が割れてしまったら、其れこそ真っ先に倒しに来るのは火を見るよりも明らかなのだから。

 

無論負ける心算は毛頭ないのだが、勝率を上げたいと考えるのは当然の事と言えるだろう。

 

 

「戦闘を繰り返す事での進化では遅いか……しかし、地球の生物は哺乳類、鳥類、虫類、魚類、甲殻類で最強クラスの生物を吸収しているから、此れ以上の吸収進化も望めない。

 ……いや、此れまでは生物に限って吸収していたが、無機物も吸収したら更なる進化が望めるのではないだろうか……吸収した相手の情報は共有できるので、上手く行けば大幅に強化する事が出来るかもしれん。」

 

 

しかし此処でキメラは『生物だけでなく無機物も吸収したらどうなるのか』と言う事に思い至り、其れを実行に移すべく絶対天敵達に吸収した地球生物の擬態能力を使って景色やら周囲の物体に溶け込みながら世界各国にある『軍事工場』に入り込んで其処にある兵器や武器を吸収するように命じた。

絶対天敵は他の存在を吸収する事で進化、強化を行う事が出来るのだが、その際には吸収した存在の利点のみを受け継ぐ事が可能であり、例えばカマキリを吸収した場合、その圧倒的なパワーと死角のない視界、脳震盪を起こさない頭部は受け継ぎつつも、骨がないので関節を攻撃されると脆いと言う弱点はオミットされ、言うなれば『関節部は内部骨格接続になっているカマキリ』になるのだ。

更に絶対天敵は変身能力も有しているので戦局に応じて最も適した動物に変身する事も可能なのだが、唯一の弱点として『キメラ状態は三種類以下の生物でしか行えない』と言うモノがあった――利点のみを利用するには三種類までが限界であり、其れ以上は弱点の克服が出来ないのだった。

 

だからこそ武器や兵器を吸収すると言うのはキメラ状態の強化にも繋がるモノがあった。

特に兵器にはデジタル機器も搭載されており、其のデジタル機器の容量は大きいモノなので其の容量を利点として取り込む事が出来れば絶対天敵のキャパシティも底上げされ、キメラ状態で同時使用出来る存在が増えるのだ。

 

 

こうして人々の与り知らぬところで絶対天敵の進化計画が進行し、世界各国に散った絶対天敵は擬態能力を駆使して各地の軍事工場に入り込み、『出荷待ち』の兵器や武器が保管されている倉庫に潜り込み、戦車や戦闘機と言った兵器の他、ハンドガンやアサルトライフル、グレネードランチャー、某サバイバルホラーでは最強の武器として知られる『ロケットランチャー』をも吸収して凄まじい進化を遂げるのだった――尤もその結果として『リボルバー・ドラゴン』や『ガトリング・ドラゴン』、『迷宮の魔戦車』のような姿を手に入れた絶対天敵も存在していたのだが。

 

 

「……何を吸収したらそうなる?」

 

『ガァァァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 

中には『メカゴジラ』や『キメラテック・オーバー・ドラゴン』、『鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン』のような姿になったモノも存在しており、果たして何を吸収したのかが非常に気になるのだが、吸収した兵器と爬虫類でキメラ化したと言う事なのだろう多分。

何れにしても此れで絶対天敵は大幅に強化されたのは間違いないが、キメラは此処で一つの大きな失敗をしていた……絶対天敵が吸収したのは通常兵器だったと言う事だ。

通常兵器を吸収したところで、其れはISに対しては優位性を得る事が出来ないので、『龍の騎士団』や『地球防衛軍』に対しては其処まで脅威の進化、強化ではなかった……其れでも龍の機体ではないISでは少しばかり苦戦するかもしれないが。

 

 

「今は此れで良い……次は、襲撃の間隔を此れまでよりも短くしてやるか。

 騎龍や其の亜種とも言うべき機体が休まざるを得ない状況に持って行ってやれば必ず其処に隙が生まれるからな……その隙を突いて、通常のISを取り込んでやる。

 ISを取り込む事が出来れば、少なくとも奴等が絶対的に優位と言う状況を覆す事が出来るからな。」

 

 

キメラは不気味な笑みを浮かべると兵器や武器を吸収した絶対天敵と同化し、そして新たに大量の卵塊を産み落とし、其処から機械と融合した絶対天敵が次々と誕生し、絶対天敵は其の戦力を底上げしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対天敵が進化してるって、如何言う事だ束さん?」

 

 

其れから数日後、IS学園の生徒会室には夏月組と秋五組、そして龍の騎士団のメンバーが招集されて、束から『絶対天敵が進化している』と言う事を聞かされていた――束は絶対天敵との戦いが始まってからは、自分のラボには戻らずにIS学園に滞在していたのである。

絶対天敵との戦いの前線基地になっているIS学園にISの生みの親が駐屯していると言うのは心強い事この上なく、『龍の騎士団』の機体整備は当然として、其れと並行して絶対天敵の情報を収集して各国に其れを流し、更に戦闘データからより絶対天敵に有効な武器や防具を開発してくれているのだから有難い事この上ない……束としては毎日の夏月からの食事の差し入れや箒と戯れる事が出来ると言うのも学園に身を寄せた理由ではあるのだが。

 

 

「言葉のまんまだよカッ君。

 絶対天敵は進化をしてる――最近ニュースになってる『軍事基地から兵器がなくなってる』ってのも、此れは間違いなく絶対天敵がやった事なんだよね。

 どうやらあいつ等、生物の吸収だけでは限界があるって考えたみたいで、兵器や武器を吸収するって強硬策に出たみたいなんだよ此れが……尤も、吸収してるのは現行の通常兵器だけでISは吸収してないからカッ君達が負ける事はないんだけど、こいつ等がISを吸収したら其の限りじゃないよね?」

 

 

束も絶対天敵の進化は察知しており、其れでも現行兵器の吸収だけならば『龍の騎士団』と『地球防衛軍』が負ける事はないと考えていたのだが、『龍の機体』でないとは言え、ISを吸収されてしまったら簡単な相手ではなくなるだろう。

 

 

「そうかも知れないけど、だからと言って俺達が負けると思ってる訳じゃないだろ束さん?」

 

「うん、マッタクもってそんな事は思ってないのだよカッ君!

 奴らがISを吸収したらトンデモない進化と強化がされるのは間違いないんだけど、其れでも龍に勝てるかって言えば其れは否だ……爬虫類が恐竜に進化して、更にメカの要素を取り込んだとしても龍に勝つ事は出来ねーんだよ。

 恐竜族最強のモンスターがドラゴン族最強のモンスターに勝つ事が出来ないのと同じだよ。」

 

「恐竜族最強は攻撃力4000だが、ドラゴン族最強は攻撃力5000だからな。」

 

 

だが、通常のISと『龍の機体』では機体性能差が大きく、『騎龍シリーズ』ではない『龍の機体』ですら現行の第三世代ISを遥かに上回っているので、『簡単に勝つ事は出来なくなる』程度の事なのでさして問題ではないだろう……そして束の例え話は説得力がありまくりであった。

 

 

 

――ビー!ビー!!

 

 

 

そんな中、IS学園には突如として緊急アラートが鳴り響いた。

此のアラートが鳴ると言うのはつまり、『龍の騎士団』に出撃要請が来たと言う事であり、其れは『疑似騎龍では絶対天敵を抑えきれなかった』と言う事でもあったのだが、今回は其の要請をして来た国がある意味では問題だった。

 

今回『龍の騎士団』に出撃要請をして来たのはオランダ……夏月の嫁の一人であるロランの出身国だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

要請を受けた『龍の騎士団』は、『マグロユッケ軍艦』でオランダに向かったのだが、到着したオランダは絶望の光景が広がっていた。

オランダの防衛部隊は戦闘を続けていたモノの新たに兵器や武器と同化した絶対天敵の侵攻を完全に止める事は出来ず、都市部に入り込んだ絶対天敵の攻撃によって首都のアムステルダムは壊滅し、他の主要都市も壊滅状態に陥ってしまっていたのだ。

絶対天敵達が吸収した兵器の中には極秘裏に開発されていた『レール砲』や『リニアキャノン』、『プラズマビームキャノン』と言った超兵器も存在していたので、其れだけの超兵器を搭載し、更には戦車や戦艦の装甲と同等の防御力を得た事で、騎龍ではない龍の機体では圧倒するのが難しくなってしまったのである。

其れでも、オランダに駐屯する『地球防衛軍』の隊員は誰一人として撃墜されていないのだから龍の機体の性能の高さとパイロットの技量の高さが逆に分かるとも言えるのだが。

 

 

「そんな…………父さんと母さんは無事なのか!?」

 

 

その惨状を目にしたロランはすぐさまISの通信機能を使って父親に連絡を入れる。

 

 

『おぉ、ロランツィーネ……!』

 

「父さん!無事なのかい?今どこに!」

 

『今日は個展の日でね、美術館だよ……母さんは何とか逃がす事が出来たんだが、母さんや個展に来てくれていた人達の避難誘導をしていたんだが、其の結果として私自身は逃げ遅れてしまったよ……瓦礫に囲まれてしまってね、もう逃げ場はない……』

 

「そんな……弱気な事を言わないでくれ!私も今オランダに到着したんだ!今助けに行くから!」

 

『其れはダメだロランツィーネ。

 お前は此の国を絶対天敵に滅ぼさせないためにやって来たんだろう?……なら、私の命よりも自分の使命を果たせ……どの道私はもう助からん。美術館の瓦礫に両足を挟まれてしまって身動きが取れないからな……最後にお前と話せてよか……』

 

 

――ドドーン!!

 

 

――……ツー、ツー……

 

 

「父さん?返事をしてくれ父さん!父さーん!!」

 

 

通信は繋がり、ロランの母親のミーネは何とか避難する事が出来たとの事だったが父親のジョセフは逃げ遅れ、崩れた美術館の中に閉じ込められ、更には瓦礫に両足を挟まれてしまったと言う絶望的な状況であった。

其れでもロランは父親を助けようと思ったのだが、父親に其れを諫められ、そして通信中に爆音が紛れ込み、そして通信は途絶えてしまった……其れは其の爆音は絶対天敵の攻撃によるモノであり、ジョセフは其れに巻き込まれてスマートフォンが通信不能になってしまった事を意味していた。

ジョセフの生死は不明ではあるが、此の状況での爆音の後に通信が途絶えたと言うのは如何しても最悪の結果が頭をよぎるのは致し方ない――市内ではレスキュー隊が救助活動を行っているので、スマホだけが壊れたのであれば救助されている可能性もあるとは言えだ。

 

 

「おい、如何したロラン?親父さんは大丈夫だったのか?」

 

「夏月……通話中に爆音が聞こえて、そして通話が途絶えてしまった……母さんは避難したみたいだが、父さんはもしかしたら死んでしまったのかもしれない……あの人がそう簡単に死ぬとは思えないが……父さんが置かれていた状況を考えると生存は絶望的と言わざるを得ないと言うのが正直な話だよ。」

 

「そんな……ロランちゃん……その、悪い方向に考えてはダメよ!可能性がゼロでないのならばお父様の生存を諦めていけないわ!」

 

「其れは分かっているさタテナシ……だが、其れは分かっていてももしも父さんが死んでしまったのではないかと思うと、私は自分自身の怒りを制御する事が出来そうにない!」

 

 

ジョセフは偏屈な芸術家であるが故に、ロランは幼少期には決して平穏とは言えない家庭環境で過ごす事になったのだが、数年後には父の作品は世間での評価を得るようになり、結果としてロランの一家はオランダでも中の上の階級に属する事になったのだ。

だからこそロランも自分が好きになった演劇の世界に入り込む事が出来たのであり、所属劇団でのトップスターになれたのもジョセフが『オランダを代表する新鋭の芸術家』としてロランを金銭面で支援してたのも大きい――ロラン自身の演技力は劇団内でも抜きん出ていたのは事実だが、親が金銭面で劇団を支援してたからこそ不動のトップスターとなれたのだ。

嫌な話になるが、舞台劇を中心に行っている劇団では演技力だけではトップになるのは難しく、劇団員の親族からの献金の多さが出世に影響しているのは間違いなかった――ロランの場合は、ロランの演技力が抜群であり、献金の多さもトップ3だったので劇団の運営団体も誰もロランがトップになるのに異を唱える事はなかったのだが。

 

だが、其の裏事情を人伝に噂で聞いていたロランは自分がトップになれたのは両親の存在があっての事だと言う事も理解していたので両親には、特にジョセフには此の上ないほどの感謝を感じていたので、其のジョセフが絶対天敵の攻撃によって生死不明となり、最悪の場合は死亡したとなれば、何時もの飄々としたキャラクターが崩壊して純粋な『殺意』に呑まれても致し方ないと言えるだろう。

 

そんなロランの怒りを受けた『騎龍・銀雷』は其れに呼応するかのようにロランの怒りをエネルギーに変換して機体エネルギーをチャージし、チャージし切れなかったエネルギーは余剰エネルギーとして『稲妻のようなオーラ』として放出される。

同時に此の時のロランはヘッドパーツで隠されていて分からなかったが、限界を超えた怒りによってロランは目の色が反転していた……そして反転した黒目は真っ赤に染まっていたのだから其処に籠った怒りは相当なモノだろう。

 

 

「殺す……お前達は滅殺だ……覚悟しろ、今の私は阿修羅を……否、ダイヤモンド・ドレイクすら凌駕する存在だ!!」

 

「……絶対に倒せない隠しボス超えちゃった。」

 

「ブチ切れてもブレない部分はあるみてぇだな。」

 

 

怒り爆発状態となったロランは銀龍のメイン武装であるビームハルバート『轟龍』を使用した近接戦で絶対天敵達を次々に撃滅して行く……兵器を吸収した事で大幅に強化された絶対天敵ではあるが、束が兵器として開発した『騎龍シリーズ』は各国が開発した『龍の機体』とは一線を画した性能となっている上に、騎龍シリーズを纏ったパイロットは全員が夏月と秋五と其の嫁ズであり、嫁ズは全員が夏月、或いは秋五と一線を越えた事で『織斑計画』で生まれた夏月と秋五が持っている『仲間を強化する因子』をダイレクトに受けており、其の結果として全員が国家代表を十回りほど強化した力を得ているので強化絶対天敵でも苦戦する事はなかった。

 

 

「父さんの事もあるが、其れだけでなく私の故郷をこれほどまで壊してくれたお前達にかけてやる情けはミジンコほどもない……砕け散れぇぇぇぇぇ!!」

 

 

ロランは轟龍で絶対天敵を斬り捨て、突き殺し、叩き潰すだけでなく、ビームトマホーク『断龍』をブーメランのように投擲して絶対天敵を斬り裂き、挙句の果てには手で絶対天敵の頭部を鷲掴みにすると、ISのパワーアシストで超強化された握力で其れを握り潰す。

其れによって銀龍の手の装甲には絶対天敵の血が付着したのだが、ロランは其れを舐め取ると、次の瞬間には吐き捨てた。

 

 

「化け物の血は活力剤になるかと思ったが、とても飲む事が出来ない位に不味い……マムシやスッポンの血は中々に美味だと聞いていたのだが、下手物の極みである絶対天敵の血はとても飲む事は出来ない代物だったか。」

 

「其れを舐め取ったお前に驚きだがな……にしてもこいつ等、兵器を吸収しただけで『地球防衛軍』じゃ抑えきれない力を得たってのは脅威だな?こいつ等がISを吸収したら、負けずとも可成りの苦戦を強いられちまうのかも知れないぜ。」

 

「其れは如何でしょうか?

 仮に絶対天敵がISを吸収したとしても、束博士ならば其の可能性も視野に入れた対抗策も用意しているのではないかと思います……実妹である箒は如何思いますか?」

 

「此処で私に振るのか?

 まぁ、確かにあの人はプロ棋士が驚くレベルで百手以上先を読んでいるような人だから、此の戦いもリアルタイムで観戦しながら最終的に勝利する為の最善のルートを考えている筈だ。

 一時攻め込まれる事はあるかもしれないが、最後に勝つのは私達であるのは間違いない……この星は、私達地球生物のモノなのだから、宇宙からやって来た相手にくれてやる道理はないと言う事だ。」

 

 

そのロランの行動に龍の騎士団のメンバーは若干引いたモノの、其れでも圧倒的な力の差をもってして絶対天敵達を次から次へと撃破し、市街地に侵攻した絶対天敵も撃滅した事でレスキュー隊の救助活動も円滑になり、瓦礫の下敷きになった人々もスムーズに救助されていた。

 

 

「此れで終わらせる……準備OKよ楯姐さん!」

 

「ナイスアシストよ鈴ちゃん……此れで爆ぜなさいな!」

 

 

ロランが散々無双した挙句、龍の騎士団の攻撃によって一か所に集められた絶対天敵達は鈴の赤龍のワン・オフ・アビリティの『龍の結界』で動きを制限されたところに楯無の『クリアパッション』を喰らわされて粉砕!玉砕!!大喝采!!!

一部の個体はモグラ型に変身して地面に潜って逃げ遂せたのだが、其れでもオランダを襲撃した絶対天敵の八割が此の攻撃によって滅されたのだ。

 

此れによってオランダでの戦闘は一時的に終わり、同時にロランは遺体安置所に向かったのだが、其処ではジョセフの存在を確認出来なかったので、次に国立病院に向かうと、其処には満身創痍ではあるが何とか生き永らえたジョセフの姿があった。

絶対天敵の攻撃によって更に崩れた美術館の瓦礫でスマートフォンが押し潰されてしまい、ジョセフにも新たな瓦礫が降って来たのだが、不幸中の幸いと言うのか、その瓦礫は上半身には落ちて来ないで、足を挟んでいた瓦礫の上に振って来たのだ。

尤も、其れによってジョセフの両足は完全に瓦礫に潰されてしまい、救助の際には『救助の為に両足の切断』を余儀なくされて、ジョセフは両足を切断する事になったのだった……両足と命、其れは重い天秤だったが、レスキュー隊は命を取ったと言う事なのだった。

 

 

「父さん……生きていて良かったよ。」

 

「ロランツィーネ……もうダメだと諦めていたんだが、自分では諦めてしまっても人生ってのは中々終わらんモノだと実感させられた……自力で歩く事は出来なくなってしまったが、この身が健在であるのならば芸術活動を続ける事は出来るから、私は此れからも己の芸術の世界を追求していくとするよ。」

 

「そうしておくれ……でも、本当に生きていてくれて良かった。」

 

 

病院でジョセフと再会したロランは抱擁を交わし、そして生きていてくれた事を喜んでいた。

両足を失ったとなればこの先の人生は車椅子生活となるので相当に不便になるのは間違いないのだが、其れでも生きていれば不便であっても『不便なりの生きる方法』を考えるモノなので案外生活できるモノだったりするのである。

 

 

「ローちゃんパパ専用の機械義肢も作らないとだね此れは。」

 

 

加えて束がジョセフ用の機械義肢の開発を考えているので、退院後の生活は其れほど不便なモノにはならないのかもしれない――機械義肢を装着した状態でのリハビリは必要になるだろうが、其のリハビリが終われば健常者と其れほど差がない生活を行う事が出来る事だろう。

こうしてオランダでの戦いは多大な被害を出したモノの地球人類の勝利となったのだった――そしてその夜、IS学園に戻る『マグロユッケ軍艦』では……

 

 

「アタシの歌を聞けぇぇぇ!!」

 

「デカルチャー!」

 

 

盛大な宴会が執り行われた後にカラオケ大会が開催され、夫々が抜群の美声を惜しむ事なく発揮して全国ランキングの上位を更新しまくって人気曲の上位三名が夏月と秋五と其の嫁ズが占める結果となったのだった。

だがしかし、IS学園に戻った彼等に休む事は許されなかった――IS学園に帰還するのと時同じくして、今度は中国と台湾が絶対天敵の襲撃を受け、IS学園に救援要請がやって来ていたのだから。

 

親玉であるキメラが健在である限りは絶対天敵は滅びる事はない……だからこそ、数の暴力を実現する事が出来るのだ。

其の数の暴力が、いよいよ其の本領を発揮した、そう言うべきモノでもあったのだ此の中国と台湾への攻撃は――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode76『押しも押されぬ激戦~Ein Krieg der totalen Zerstorung~』

全面戦争がお望みか?なら受けて立つぜ!By夏月    ふふ、すぐ地獄逝きにならないようにね?By楯無    精々足掻いてくれたまえよ?そちらの方が狩り甲斐もあるからね!Byロラン


オランダでの戦いに勝利しIS学園に戻って来た夏月達だったが、休む間もなく今度は中国と台湾からIS学園に対して救援要請が来ており、学園としても其れを無視する事は出来ないので、夏月達『龍の騎士団』は中国と台湾に向かう事になった。

中国には夏月組、台湾には秋五組が向かう事になり、各国から派遣されているメンバーは夫々の戦力を考えて振り分けられる事になったのだが、本来は夏月組である乱は今回は秋五組の方に回されていた――言うまでもない事だが、台湾は乱の出身国なので、夏月が其れを考えて乱を台湾部隊に加えたのである。

 

そうして夏月組は『サーモンイクラ軍艦』で中国に、秋五組は『マグロ納豆軍艦』で台湾に向かい、中国には亡国機業のメンバーも向かいほぼ同時に現着したのだが、中国も台湾も絶対天敵の攻撃によって決して小さくない被害を被っていた。

共に首都はほぼ壊滅し、主要都市も甚大な被害を受けていた――特に高層マンションをはじめとした巨大ビルに手抜き工事が日常レベルで行われていた中国の被害は凄まじく、都会部の高層ビルやマンションは絶対天敵の攻撃を受けただけで『ビルの爆破解体』かと誤解してしまうほどの派手な倒壊をしてしまったのである。

 

こんな事が起きれば普通ならば建物の内部に居た人間の生存は絶望的なのだが、其処は中国四千年――瓦礫に呑み込まれた者達は、太極拳や中国拳法を駆使して生き延びていたのだった。

 

 

「此の惨劇で死者ゼロとか、中国人は不死身かよ!中国は国民全員がジャッキー・チェンやブルース・リーレベルだとでも言うのかオイ!」

 

「まぁ、否定は出来ないわね。

 だけど中国以上に国民が不死身なのはインドよ?なんてったってインドでは交通事故で歩行者が車に撥ねられても、撥ねられた歩行者が普通に立ち上がって車のドライバーに『貴方今私を跳ねたわね?』って詰め寄ったって話があるらしいから。」

 

「インド人ハンパねぇな!?」

 

 

中国人の生命力の高さには驚きだが、中国に現れた絶対天敵は『メカカマキリ』、『メカカブトムシ』、『メカクワガタ』等の『機械+昆虫』の姿をしており、虫にとって最大の弱点である『炎』に対しての耐性を得ている様だった。

火に強い虫とは其れだけでも脅威となり得るのだが、その他に空には機械と融合した猛禽類のような姿をした絶対天敵が現れ、地上には虫型だけでなく『地上最大の動物』である象をサイボーグ化したような絶対天敵も現れ、その他にも地球生物と機械を融合した姿の多種多様な絶対天敵が中国を侵攻していたのだった。

 

 

「だがまぁ、其れは其れとして先ずはコイツらを一匹残らずぶち殺すとするか……相手の方が数は多いが、数に負けるほど俺達は柔じゃねぇってな!

 と言う訳で、簪、マドカ……殺れ。」

 

「任せて夏月。」

 

「可愛い弟の頼みとあれば聞かないと言う選択肢はないな!」

 

「フルバーストならばアタシも参加させて貰う。」

 

 

其の絶対天敵に対して夏月組は先ずは簪とマドカ、ナツキの弾幕フルバーストで絶対天敵を多数葬ると、其処からは各々が得意な間合いで戦いながら、しかし互いに仲間のサポートを熟すと言う見事なチームワークをもってして戦いを有利に進めて行く。

中でも見事だったのが夏月とロランと楯無のコンビネーションだ。

 

夏月はバリバリの近接型で、ロランと楯無も近接寄りの機体なのだが、其れだけに近接戦闘に於いての連携の強さは群を抜いており、ロランと楯無が刀の間合いの外に居る敵を牽制して隙を作ると、其処にすかさず夏月がイグニッションブーストからの居合を叩き込んで絶対天敵を斬り捨てていたのだ。

 

 

「お前達にはレクイエムすら必要ない……大人しく地獄に堕ちろ。」

 

 

そして其れだけでなく、夏月はワン・オフ・アビリティの『空裂断』を発動すると居合→納刀を行い……納刀した瞬間に300メートル四方の空間が縦横無尽に斬り裂かれ、其の範囲に居た絶対天敵は元に戻ろうとする空間に吸い込まれるか、空間と共に斬り裂かれて絶命するかの何方かの運命を辿る事になったのだった。

更にその後現れた絶対天敵も次々と葬り、中国は絶対天敵の侵略からギリギリのところで助かり――此の絶対天敵の襲撃以降中国は日本に対して強硬的な姿勢を執る事が出来なくなってしまった。

世界立とは言っているモノのIS学園の実質的な経営国は日本であり、『龍の騎士団』は『対絶対天敵』の前線基地となっているIS学園に駐屯する『最強のIS部隊』なので、其の『龍の騎士団』によって国を救われた中国は、既に保証が済んでいる過去のあれこれをネタに日本を攻める事は出来なくなり、逆に日本に歩み寄って同盟を結ぶに至ったのだった……絶対天敵の侵攻は、期せずしてアジアの力を大きく底上げしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode76

『押しも押されぬ激戦~Ein Krieg der totalen Zerstorung~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国は夏月達が圧倒的に勝利していたが、台湾の方でもそれほど苦戦はしていなかった。

台湾にも中国に現れた絶対天敵とほぼ同じ形の個体が現れていたのだが、機械と融合し、更には『融合した生物の利点のみを受け継いだ』と言う絶体天敵であっても無敵ではない。

『利点のみを受け継いだ』と言うのは、一見すれば『弱点は斬り捨てた』と言えるのかもしれないが、生物である以上は弱点を完全に斬り捨てる事は出来ない。

 

 

「乱、今だ!」

 

「稀代の天才が開発したプロレスの大技を喰らえ!一撃必殺、シャイニングウィザード!」

 

「相手の顔面に膝を叩き込む、シンプルながらも破壊力抜群の大技だな。」

 

 

秋五がカマキリ型の絶対天敵を肩車すると、其処に乱が箒の肩を踏み台にしてシャイニングウィザードを叩き込む。

膝蹴りを相手の顔面に叩き込むシャイニングウィザードを喰らったら普通ならば昏倒するモノなのだが、カマキリはそもそも脳震盪を起こさないので其処まで効果はないと感じるだろう。

確かにカマキリは脳震盪を起こさないが、逆に骨がないので関節部に強い衝撃を受けたら簡単に其の部分が千切れ落ちてしまう致命的な弱点も抱えているのだ――実際に乱のシャイニングウィザードを喰らったカマキリ型の絶対天敵は頭がモノの見事に吹き飛んでしまったのだから。

外骨格生物のフレキシブルな関節は内部骨格を持っている生物では有する事が出来ず、様々な地球生命体を吸収している絶対天敵とは言え、生物として不可能な身体の構造を構築する事は出来ないのである。

吸収した兵器に関しては『外装』や或いは『サイボーグ』のような姿になる事でクリアしているが、流石に『陸上で動けるクジラ』、『海を泳ぐナメクジ』等の矛盾した存在には姿を変える事は不可能だ――逆に言えば『ペガサス』、『グリフォン』、『ケンタウロス』と言ったキメラ生物には姿を変えるは可能である訳なのだが。

 

だとしても秋五組+乱のチームは台湾に現れた絶対天敵を順調に駆逐していた。

秋五組で目を引いたのは箒とセシリアのコンビだ。

完全近接型の箒と、銃剣術は使えるモノの基本的にはバリバリの遠距離型のセシリアのコンビは基本的かつ王道的な『前衛後衛コンビ』なのだが、基本で王道だからこそ其の安定感は見事なモノであり、セシリアは『BT兵装十字砲』の陣形を作り上げると二丁のレーザーライフルで絶対天敵を十字砲の布陣内に誘導し、十字砲の布陣内では箒が十字砲撃を避けた絶対天敵を容赦なく斬り裂き、十字砲の布陣の外に絶対天敵を出さないようにしていた。

驚くべき事は箒とセシリアはプライベートチャンネルでの通信すら行わずに此れだけの連携をしていると言う事だろう――互いにIS学園における最初の友人と言う事で其の友情は相当に深まっており、タッグトーナメントでもタッグを組んだ経験から言葉にしなくとも互いに如何動くべきであるかを分かっていると言う感じだった。

 

しかし此処で絶対天敵の方に動きがあった。

台湾に現れた絶対天敵も中国に現れた個体とほぼ同じだったのだが、此処で変身して甲殻類のような姿に変身すると、其れが一か所に集まり、そして其れが融合して一つの巨大な個体となったのだった。

 

 

『ギョワァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 

そうして現れたのは、極端に太くなった蜘蛛の足の上に空想上の生物である『麒麟』を外骨格生物にしたかのようなモノが乗っかり、巨大なハサミを持った二本の腕が生えている怪物だった。

其れだけでも相当に奇異な外見なのだが、其の身体には『外装』とも言うべき形で『レールキャノン』、『ミサイルランチャー』、『戦車砲』等の兵器が搭載されており、外骨格は戦車や戦艦の装甲を思わせる重厚な金属光沢を放っていた。

 

 

『グガァァァァァァッァァッァァ!!!』

 

 

「口から光線って……!」

 

「怪獣の王道攻撃ではあるが、此の破壊力は流石に凄まじ過ぎると言わざるを得ないぞ……!!」

 

 

更に其の口から放たれた光線は、世界的に有名で『怪獣王』の名を欲しいままにした『ゴジラ』の必殺技である『放射熱線』を遥かに上回る威力を有しており、此の一撃の射線上にあった台湾の都市が消滅しただけではなく、その先にあった中国の都市にも壊滅的なダメージを与え、其処から空を越えて宇宙に飛び出しても其の威力は健在で、地球周辺の宇宙ゴミを消滅させ、アステロイド帯の小惑星を粉砕し、地球に向かっていた彗星を爆殺し、土星の輪の一部を破壊した後に天王星を掠めて海王星に到達する寸前で消滅した……海王星軌道まで来て漸く消滅した此の攻撃は脅威であると言わざるを得ないだろう。

 

 

「く……デカい図体のクセに速い……!デカくて速くて強い事、其れが揃えば負けはないってのは真理だったみたいだね……!」

 

「此の図体でスピードもあるとか流石に反則だろう……!」

 

 

加えて此の巨大な絶対天敵はスピードも有しているのだから厄介だった。

デカくて強いだけならばなんとかなるのだが、其処に『速さ』が加わったら途轍もない難敵と化すのは間違いないのだ――そう言う意味では台湾に現れた絶対天敵は最上の選択をしたと言えるだろう。

 

 

「デカくて速くて強ければ其れは確かに最強かもしれないが……だがしかし、其れでも動きを止められてしまったらその限りではないだろう?

 ザ・ワールド!時よ止まれ!」

 

 

だが此処でラウラが『AIC』を発動して絶対天敵の動きを止める。

AICは『対象の動きを完全に停止させる』と言う反則的な能力なのだが、複数の相手には使う事が出来ず、数で攻めて来る絶対天敵に対してはほぼ無力だったのだが、相手が合体して巨大な一体となったのならば話は別だ。

高層ビル並みに巨大な相手であっても其れが一体であるのならばAICで拘束する事は可能であり、ラウラは全神経を集中して合体絶対天敵の動きを封じたのである。

 

 

『『『『『『ギギャァァァァァァッァァァァァッァァ!!』』』』』

 

「まぁ、此の状況だとラウラを狙うよね?……だけどそれ無理。って言うか此処で其のまま死んで♪」

 

「笑顔で言う事がえぐいな……お前を暗黒王子と言う輩が居ると言うのも納得出来ると言えば出来るな。」

 

 

巨大融合体とならなかった絶対天敵はラウラを狙って来たのだが、其の個体はシャルロットと箒をはじめとした秋五組が迎撃し、其の後はラウラのAICによって動きを止められた巨大な個体に全戦力を次ぎ込んで連続攻撃を行い、其の攻撃によって生じた外骨格の割れ目に乱がプラズマ弾を撃ち込み内側から破壊する事で巨大絶対天敵を爆発四散させてターンエンド。

こうして台湾も絶対天敵の侵攻を退け、乱は中国に向かって夏月組と合流して共に『あん肝軍艦』に乗り、秋五組は『アボカドマグロ軍艦』に乗りIS学園に帰投しようとしたのだが、いざ出発と言うところで今度はイギリスとブラジルから救援要請が入り、龍の騎士団は碌に休む事も出来ずに次の戦場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけを言うのであればイギリスもブラジルも絶対天敵の侵攻を退ける事が出来たのだが、其の二か所での戦いが終わった直後にドイツとタイ、次いでフランスとアメリカ、更にはカナダから……つまるところ日本以外の夏月組と秋五組の嫁ズの故郷からの救援要請が立て続けに発生し、龍の騎士団はすぐさま其の場に赴いて絶対天敵を退けていたのだが、ほぼ休みなしで戦っている状態であるにも関わらず、龍の騎士団のメンバーの動きには疲労の色が見えず、パフォーマンスの低下も見られなかった。

秋五組はカナダ以外はヨーロッパ圏内なので移動時間も短く、時差ボケも殆ど無いのだが、夏月組は中国からブラジル→タイ→アメリカ→カナダと、アメリカ~カナダ間を除いては移動時間が長い上に時差も発生しやすい状況であり、移動中に休む事が出来たとは言っても時差の大きな移動をした直後に戦闘行為を行うのは可成りの負担になるにも拘らず『時差ボケ、何それ美味しいの?』と言わんばかりの見事な動きで各国の絶対天敵を退けたのだった。

 

夏月と秋五、そしてマドカに関しては『織斑計画』で生み出された『最強の人間』なので、疲労の回復に関しても通常の人間と比べれば遥かに高い回復能力を持って居ると言う事で説明が出来るのだが、嫁ズや他の龍の騎士団のメンバーがマッタク疲労していないのは説明が付かないだろう。

 

 

「ふわ~~……よっく寝たぁ!束さん、此の装置の開発、マジでGJだったぜ!」

 

「わっはっは、幾らでも褒めてくれていいのだよカッ君!束さんは褒められれば褒められるほどやる気が出て、其のやる気をエネルギーに変えてパフォーマンスを向上する事が出来るって言う、『褒めれば伸びる』の究極系だからね♪」

 

「成程……なら、こんな素晴らしい装置を発明してくれた束さんにはご褒美として俺の特製『栗とサツマイモのモンブラン』を作ってやらないとだな。」

 

「カッ君お手製のモンブランだって!?……30㎝のホールケーキでお願いして良いかな?」

 

「ホールケーキか……ならトッピングには栗のブランデーシロップ漬けだけじゃなく、同じ秋の味覚の柿のコンポートもトッピングするか。」

 

「其れもう最高過ぎる~~!!」

 

 

龍の騎士団のメンバーが連戦でも疲労していなかったのは、ひとえに束が開発した『超回復ハイパーメディカルマシーン』のおかげだった。

束が開発した此の装置は、一見すると『お一人様用のドームベッド』なのだが、其の装置内と外部では時間の流れが異なっており、装置内では『装置内の人間に必要な睡眠時間』が装置外の時間の流れとは別に経過するようになっており、更に『時差ボケの自動修正』の機能も搭載されていた事で、龍の騎士団は疲労も時差ボケも関係なく最高のパフォーマンスを発揮する事が出来たのだ。

 

では、何故束は此の装置を開発したのか?

 

其れは端的に言えば絶対天敵の次の一手を読んでいたからと言う事に尽きる。

絶対天敵の親玉であるキメラは、無限とも言える増殖能力をもってして、『数による暴力』で各国を襲撃し、其れを短い間隔で行う事で龍の騎士団を疲弊させて隙を生じさせる心算だったのだが、その考えを束は完全に看破していたのだ。

キメラは宇宙生物と融合しているとは言え、其処には白騎士のコア人格も存在しており、キメラの思考には少なからず白騎士のコア人格の考えも混じってしまうのだが、だからこそ束は絶対天敵の次の一手を看破する事が出来た――白騎士は原初のISだが、その白騎士を作ったのは束なのだ。

人間が神に対して反抗出来ないのと同様に、全てのISは束に対して反抗する事は出来ない――白騎士は唯一束に反抗したISであるのだが、反抗は所詮反抗に過ぎず、造物主を打ち倒して超えるには至らなかったのだから。

故に束はキメラの思考を読み切って、龍の騎士団を完全回復させる為の装置を開発したのだった。

 

 

「にしても、束さんならこんな装置作らなくても別の対抗手段を思い付いたと思うんだけど、なんだってある意味で絶対天敵と真っ向から遣り合う道を選んだんだ?」

 

「確かに束さんならもっと良い手段を考える事は出来たんだけど、此処は真っ向から遣り合うべきだと思ったんだよね。

 幾らでも増殖出来るからこその『数の暴力』ではあるんだけど、実は生物には単細胞、多細胞問わず『分裂限界』と『生殖限界』ってモノが存在するのさ。

 単細胞生物は分裂増殖するけど、其の分裂には限界があるし、多細胞生物は生殖の限界ってモノが存在してるのさ――例えば多くの魚類は一度に多くの卵を産むけど、産卵後に死んでしまう種族の方が多い。虫もほぼ同じだね。

 哺乳類と鳥類、爬虫類は複数年に渡って出産や産卵を行う種族の方が多いけど、其れでも其れが行える期間は決まってる……つまり、こっちがアイツ等の攻撃を逐一潰して行けば、先にガス欠になるのは向こうの方なんだよ。

 限界が来たら増やす事は出来なくなるから一時的でも絶対天敵からの攻撃はストップする……そうなれば、其の期間に機体を強化回収する事も出来るってモノだからね――絶対天敵m9(^Д^)プギャーってなモンさ!」

 

「うわぁお、めっちゃ納得した此れ!」

 

 

更に束はキメラの『生殖限界』をも考えていたのだから驚きだろう。

そして其処からも龍の騎士団は世界各国を回る事になったのだが、行く先々で絶対天敵をモノの見事に撃滅し、世界にその存在感を示す事になったのだった。

 

無論其れだけでなく、束は全ての戦闘データをチェックして『戦闘に於ける絶対天敵の強化率』、『使用率の高い兵器』、『使用率の高い姿』、『危険度の高い攻撃』等々の絶対天敵のデータを纏めると、其処から『地球防衛軍』に配備されている『ドラグーン』、『ワイバーン』、『ドレイク』用の新型武装を作り、サンプルを各国に送り、新型武装のサンプルを受け取った各国は即座に量産体制に入って、結果として『地球連合軍』は兵器を吸収した事で強化された絶対天敵とも互角以上に戦う力を手に入れるに至り、更に各国に『ハイパーメディカルマシーン』も相当数が提供され、結果として龍の騎士団の出撃回数は大幅に減少するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「オノレ……オノれぇぇ!!

 何故こうも簡単に迎撃される……数の暴力と波状攻撃をもって休む暇も与えないほどに攻撃の手を加えてやれば、疲労から必ず何処かで綻びが生じて隙が出来ると思っていたのだが、疲れるどころか常に全力で戦い続けられるとは一体どんなカラクリだ?

 織斑計画で生まれた連中は兎も角として其れ以外は普通の人間の筈だ……束、奴が何かをしたのか?」

 

 

絶対天敵の本拠地である地球の何処かにあるISのコア人格の反応を遮断する物質で構成された洞窟内にて、キメラは自分の思い描いた展開にならなかった事に対して苛立ちを見せていた。

キメラは絶対天敵と視界を共有する能力を有しているので世界中の戦闘状況も把握出来ていたのだが、中国と台湾を皮切りに始まった絶対天敵による連続攻撃は人類側に小さくない被害を与えてはいたモノの、地球防衛軍には押し気味に戦えていても龍の騎士団が参戦すれば難なく撃退されると言う事態が続いていたのだ。

 

無論龍の騎士団には未だ勝てない事は分かっていたので、其れを弱体化させる為に様々な国に連続で襲撃を行い、其処に龍の騎士団を向かわせる事で疲弊させ、戦う事が出来なくなるくらいまで追い込んだところで一気に数で磨り潰そうと考えていたのだが、其れは束が開発した『ハイパーメディカルマシーン』によって破綻してしまったのである。

 

マッタク疲弊していない龍の騎士団を見たキメラは、其処に束の関与を認めざるを得なかった――現在のキメラの人格はほぼ宇宙生物が嘗ての『千冬(偽)』の人格を取り込んで進化したモノなのだが、『千冬(偽)』の記憶から、『篠ノ之束』と言う存在が地球人類にて最も警戒すべき人物であると言う事を理解していたのだ。

 

 

「私の考えを読んで対策をしたのか……?

 だが、私の子供達は幾らでも増やせる事が出来るし、私の子供達も更に子供を増やす事も可能だ……此方の戦力は尽きる事はないのだが、此のままでは埒が明かんのも事実か。

 ふむ、此処は一時攻撃の手を緩めるのも良いかも知れんな?

 攻撃を散発的にする事で逆に『何時襲撃されるか分からない』と思わせる事が出来れば、精神的にダメージを与える事が出来るかもしれんからな。

 だが、そうなるとだ……十二月二十五日と十二月三十一日、そして一月一日からの三日間は襲撃は止めておくか……クリスマスと大晦日、元旦と正月三が日は大事だろうからな。」

 

 

此処でキメラは数にモノを言わせた波状攻撃から、散発的な攻撃へと襲撃方法を変える事にした。

数にモノを言わせた波状攻撃は確かに有効ではあるが、其れは次の攻撃に備えているところに攻撃を行う事でもあるので、迎え撃つ側も『戦う準備と戦う気持ち』が十分な状態であるのだが、散発的で何時攻撃されるか分からない状況となると常に襲撃に警戒しなければならないにもかかわらず、警戒していたのに襲撃がなかった空振りもあるので、空振りだった場合の精神的疲労は可成り大きいのだ。

加えて『準備をしていたのに、其れは徒労になった』と言うのは虚脱感も大きく、其れが続くと『やる気』が削がれてしまうモノであり、だからこそ其処に奇襲を仕掛けてると言うのは効果抜群なのである。

其れでもクリスマスと大晦日と正月を襲撃する日から外すところに『千冬(偽)』の――地球人類の思考を少しばかり間違って理解した部分があるのは否定出来ないだろう。

 

 

『…………』

 

「お前は……戻って来たのか。

 ご苦労だったが其れは……!」

 

 

そんな中、人間女性に姿を変えた絶対天敵が洞窟に戻って来たのだが、其の絶対天敵が持って来たモノを見てキメラは驚くと同時に此の上ない笑みを浮かべていた。

女性に擬態した絶対天敵が持ち帰って来たモノはISコアだったのだから。

此の絶対天敵はモグラの姿で地下を掘り進んでアメリカ軍施設に到達すると、其処で擬態能力をフル活用して軍内部に侵入し、其処で見つけた一人の女性兵士を捕らえると吸収してその女性兵士に為りきってまんまとISのハンガーに入り込み、其処でアメリカの量産型である『ヘル・ハウンド』のコアを一つ盗んで戻って来たのだった。

 

 

「龍の機体のコアならば最高だったのだが、そうでなくともISコアが手に入ったのは僥倖だな……白騎士の力を使えば此のコアを強化する事は可能なだけでなく、強化したコアを私が取り込んで子供を産めば、強化コアの力を得た子供達が誕生する事になる。

 ISの力を得た私の子供達に対して、お前はどう出る束?」

 

 

此れにより絶対天敵はISの力を得た、得てしまった。

せめてもの救いは龍の機体のコアが奪われなかった事なのだが、キメラは白騎士のコア人格も有しているので、ISコアを強化する事は朝飯前であり、結果として絶対天敵は通常のIS以上、龍の機体以下のIS性能を手に入れるに至ったのだった――龍の機体以下のIS性能であっても、其処に絶対天敵の凄まじい能力が加わったら其れはほぼ龍の機体と互角の性能を持って居ると言えるだろう。

 

そして其れだけでなく、強化ISコアの力を得た絶対天敵達は龍の騎士団のメンバーに姿を変える事も可能となっており、視覚的な面でも揺さぶりを掛ける事が出来るようになっていた――誰だって、『自分と同じ姿をした相手』と相対したら少なからず驚くモノなので、此れは悪くない一手となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

束が裏方として彼是動いてくれた事で龍の騎士団は一週間ぶりにIS学園に戻って来た。

『ハイパーメディカルマシーン』で疲労は完全回復されて時差ボケもなかったのだが、移動中の各種軍艦には『シャワールーム』は完備されていたが、風呂はなかったので、龍の騎士団のメンバーは一週間ぶりとなる風呂を堪能していた。

 

 

「何度見てもムカつくわね……箒、ヴィシュヌ、アンタ等夫々その胸を10%ずつアタシに寄越しなさい!!」

 

「其れは流石に無理だ鈴。」

 

「其れに胸が大きいと言うのは良い事だけではないのですよ……重くて肩が凝りますし、格闘では邪魔ですので。」

 

「ぶち殺すぞ即席ホルスタイン!」

 

 

「お姉ちゃん、背中洗ってあげる。」

 

「あら、ありがとう簪ちゃん♪

 お礼に簪ちゃんの背中洗ってあげるわね♪」

 

 

女子風呂では鈴が箒とヴィシュヌに対して嫉妬心を全開にしている一方で、更識姉妹は平和な姉妹のお風呂タイムを楽しんでいた――美人姉妹が互いの背中を流しあうと言うのは其れだけでも微笑ましいモノがあるだろう。

 

そして入浴後はディナータイムなのだが、今宵のメニューは夏月と秋五が腕によりをかけて作った定食で、小鉢に『メンマとチャーシューと白髪ネギのラー油和え』と『ザーサイと蒸し鶏の胡麻和え』、メインに『中華風鶏モモ肉の唐揚げ』、スープに『青梗菜とキクラゲの春雨スープ』、『十六穀米』と言うラインナップでとても満足出来るモノだった。

 

夕食後に改めて一風呂浴びた夏月は自室に戻ったのだが……

 

 

「「「「「「「「「「「「私にします?私にします?それとも、私?」」」」」」」」」」」」

 

「選択肢がねぇっての……でも、そう言う事なら有り難く頂きます。」

 

 

其処では嫁ズ全員が所謂『裸エプロン』で出迎えてくれたので、夏月は遠慮なくそれを残す事なく美味しく頂いたのだが、夏月との性交渉は嫁ズの強化に直結するので、夏月の嫁ズはある意味で最高にして最大の選択をしたと言えるだろう。

戦力が底上げされると言う事は、絶対天敵との戦いに於いて何よりも優先される事なのだから――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 



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Episode77『冬期休暇と裏の仕事と誕生日と~The Nice Day~』

久しぶりの裏の仕事だ、滾るぜ!By夏月    外道に掛ける情けはないわねBy楯無    滅殺一択さ……閻魔の沙汰に期待すると良いさByロラン


ISコアを手に入れた絶対天敵はキメラがコアの力を分散して絶対天敵に与え、キメラもISコアの力を宿した子供達を大量に生み出し、絶対天敵は種としての力を底上げしたのだが、ISの力を手にしたのと同時に其の攻撃は散発的なモノとなり、更には各国の部隊で其れに対処する事が出来ていた事もあってIS学園に駐屯している『龍の騎士団』が出撃する機会は激減し、IS学園は通常の学園運営となっていた。

絶対天敵の出現によって開催が危ぶまれていた『キャノンボールファスト』も無事に執り行われ、当然の如く各学年とも専用機持ち同士が激熱のデッドヒートを展開してくれたのだが、一番の盛り上がりを見せていたのは一年生の部だった。

 

今年の一年生はIS学園始まって以来の粒揃いとなっており、専用機持ちの人数も過去最多となっている事と夏月と秋五、二人の男性操縦者の存在もあって注目度も高く、悪乗りした新聞部が『競馬新聞』の如き特別号を刷り上げたくらいなのである。

一応一般生徒が使う訓練機との性能差を考えて、専用機持ちは『一周回遅れ』の状態から、更に『騎龍シリーズ』を使用しているパイロットは『二周回遅れ』の状態からスタートとなるのだが、其れでも騎龍シリーズの性能は凄まじく、単純なスピード勝負でもあっと言う間に二周回差を埋めてしまい、更にはキャノンボールファストはタダのレースではなく自機に搭載された武装を使っての攻撃もルールで認められている『リアルマリオカート』な一面もあるので、純粋なスピード勝負ではなくバトルレースとなったレースに於いても騎龍シリーズは圧倒的な性能をもってしてレースを制しており、唯一マドカだけが騎龍シリーズを使わずに準決勝までコマを進める展開となった。

 

そして一年の部の決勝戦は夏月と秋五、そしてマドカの『織斑計画組』が全員出場する事になり、此の三人以外にはヴィシュヌと鈴が決勝にコマを進めていた。

ヴィシュヌは騎龍シリーズの中でも極端に装甲が少ない事で機体重量が軽いので騎龍シリーズ屈指のスピードを誇り、鈴は其の体型故に空気抵抗が他と比べて小さかった事が有利に――

 

 

「ぶっ殺すわよ、天の声?」

 

 

……なった訳ではなく、身に付けた中国拳法の身の熟しはレースでも有利に働いた様だった。

ともあれ決勝戦が始まり、マドカ以外はマドカから一周遅れの状態でのスタートとなったのだが、其処は直ぐに同周回に追い付き、其処から互いに退かないバッチバチのデッドヒートが展開され、更にはマドカがビットを展開して攻撃した事で決勝戦はバトルレースへと変貌した。

マドカ以外は基本的に近接型の機体なので、ビット兵装を有するマドカが有利になるかと思いきや、ヴィシュヌがクラスター・ボウを拡散撃ちしてビット兵装を全て破壊してサイレント・ゼフィルスの優位性を奪うと、鈴が突撃して近距離でのプラズマ砲を喰らわせてマドカを行動不能にし、其処に秋五が斬り込んで鈴を行動不能にしたのだが……

 

 

「此れで終いだ……カイザーァァァ、ジェノサイド!!」

 

「母直伝……タイガー・バリー・アサルト!」

 

 

其処に夏月がムエタイの帝王直伝の膝蹴りから二連続のアッパーカットのコンボを、ヴィシュヌが母のガーネットから直伝された奥義である二連続のハイキックから飛び蹴りに繋ぐ連続技を決めて秋五を行動不能にして夏月とヴィシュヌが見事なワンツーフィニッシュを決めたのだった。

其の後行われた三位決定戦では、マドカが『姉の意地』を見せて秋五と鈴を抑えて表彰台を勝ち取っていた――とは言え、『弟達に良いところを見せたかった』マドカとしては、決勝戦で最初に行動不能になってしまったと言う結果は不本意極まりなかったのだが。

 

 

「何が何でも優勝したかった……弟であるお前達に、お姉ちゃんとして凄いところを見せたかったのに……悔しい!あまりにも悔し過ぎて、エヴァの初号機か暴走庵の如く暴走してしまいそうだぞ私は!」

 

「OK、落ち着け姉。」

 

 

其の結果に納得できなかったマドカは危うく暴走し掛けたのだが、其処は夏月が『更識の裏の仕事』で身に付けた『俺じゃなかったら見逃しちゃうね』と言うレベルの手刀をマドカの延髄に喰らわせてマドカの意識を刈り取り、暴走を喰い止めたのだった。

 

こうしてキャノンボールファストは一年生の部は一位が夏月、二位がヴィシュヌ、三位がマドカと言う結果となり、二年生の部は楯無が制し、二位にグリフィン、三位にダリルと言う結果となった。

三年生の部は、イギリスのサラが制し、二位にベルベットが収まる形となり、三位に虚が流れ込むと言う結果になったのだった。

 

そんな感じでIS学園は二学期最後の大型イベントを無事に終え、残るは学園の生徒達にとって冬休み前の最後の敵である『二学期末試験』が近づいており、生徒達は単位を落とさないように必死に勉学に勤しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode77

『冬期休暇と裏の仕事と誕生日と~The Nice Day~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬休み前の最大の敵である『二学期末試験』は二日に渡って行われ、試験三日後には掲示板に学年別の成績が貼り出されたのだが、一年の成績は一位から十八位までが夏月と秋五、そして其の嫁ズが総合点で同率で並ぶと言う異例の事態となっていた。

科目別で多少の差異はあるモノの、総合点で同率になると言うのは珍しい事であり、更にそれが十八人もの人数で起こったとなれば其れは最早天文学とも言える確率なのだが、実際に起きてしまったのであれば文句の言いようもないだろう。

加えて驚くべき事は飛び級組である乱とコメット姉妹が此の十八人の中に入っていると言う事なのだが、飛び級でIS学園に入学したと言うのは単純にISの操縦技術が高いだけでなく、学力に関しても並の高校生以上の成績を誇ると言う事でもあり、そうであるのならば勉学に関してもスタートラインは他の生徒とほぼ同じなので、其処で努力を積み重ねればトップ集団に名を連ねるのは当然の結果であったのかもしれない。

二年生では楯無がトップで、三年生では虚がトップだったのは言うまでもない事なのだが、一年生のまさかの奇跡とも言うべき『十八人同率首位』と言う結果に新聞部は号外を刷る事になったのだった。

 

とは言っても其れは問題となる事でもなかったので期末試験後の日々を平和に過ごした後に、二学期終業式を迎えて学園の生徒達は冬休みに突入したのだった。

 

夏休みと比べればその期間は短いのだが、其れでも二週間以上の長期休暇となり、クリスマスに大晦日に正月と、ある意味では夏休みよりも短期間にイベントが集中するので濃密な長期休暇になるとも言えるだろう。

因みに二学期の通信簿は、夏月組も秋五組も『平均評価4.5』と言う優秀さだった。

 

 

 

そんな感じで冬休みとなったのだが――

 

 

「貴方の両親を理不尽に殺した奴が法の裁きを受けずにのうのうと暮らしているか……アハ、此れは更識が動かない理由は無いわね♪」

 

 

夏月組には『更識の仕事』が舞い込んで来ていた。

『法の裁きを受けない外道を外法で裁く』のも日本の暗部である更識の仕事であり、其れ故に理不尽な理由で家族や大切な人を喪った人々が、故人の無念を晴らす為に訪れる事も少なくないのだ。

そして今回の依頼者は、『逆恨みの犯行で両親を喪った少女』であり、更に其の少女は『未来の撫子ジャパン』を目指しているサッカー少女で、今年のインターハイの優勝校のエースストライカーでもあった。

そんな彼女の父親はJリーグでも通用するレベルのアマチュアリーグの選手であり、引退後は後進の育成に精を出しており、現在はある社会人チームの監督を務めており、そのチームは今年の社会人リーグで優勝をしたのだが、優勝を決めた数日後、両親が揃って外出した際に何者かに攫われ少女と連絡が取れなくなってしまい、不審に思った少女が警察に捜索願を出したところ、数日後に郊外にある廃倉庫で変わり果てた姿の両親が発見されたのだ。

警察は殺人事件として捜査を開始したモノの目撃情報が殆どなく、廃倉庫付近には防犯カメラも設置されていなかった事もあり捜査は難航――だが、少女の友人には親がジャーナリストとして働いている者が居たので、少女は友人に頼み込んでジャーナリストの親に調べて貰ったところ、なんと容疑者が発覚したのだ。

両親を殺したのはとある半グレ組織なのだが、其の半グレ組織のリーダーが父親が監督を務めていたチームとリーグ最終節まで競ったチームの監督だったのだ――其処まで競っていたのはチームとしての実力が拮抗していたからであり、最終節の直接対決で勝った方が優勝と言う状況だったのだが、相手チームの監督を務めていた容疑者の男は、あろう事か少女の父親に所謂『八百長』を持ちかけて来たのだ。

と言うのも、此の男は所属チームのオーナーから『今季優勝したら特別ボーナスとして百万出す』と言われており、其のボーナスを手にするために八百長を持ちかけて来たのだが少女の父は其れを断り、結局最終節での直接対決では純粋にチームを勝利に導こうとする姿勢とボーナスに目が眩んだ姿勢で差が出てしまい終わってみれば少女の父が監督を務めているチームが3-0で圧勝したのだ。

だが、相手チームの監督は負けて優勝を逃した事でボーナスの話がなくなり、更には最後の最後で無様な負けを喫した事で監督を解雇されてしまい、結果として少女の父を逆恨みし、配下の半グレ組織を使って父親だけでなく其の妻諸共誘拐した後に、遺体を発見した警官ですら目を覆いたくなる程の惨たらしい暴行を加えて殺害したのだ。

更に男には警察内部の上層部に知り合いが居り、其の相手に金を握らせて自分に捜査の手が及ばないように画策し、人を二人も殺しておきながら法の裁きを受けずにのうのうと暮らしているのだ。

此れだけの事をしていると言うのであれば更識が動かない理由は存在しないのだが、何よりも涙ながらに『両親の敵を討ってほしい』と懇願する少女の慟哭を無視する事など出来なかった。

 

 

「外道に生きる資格は存在しない……今夜、ターゲットを狩るわ。簪ちゃん、ターゲットが何者か分かるかしら?」

 

「勿論。

 今回のターゲットは社会人チームの監督って言う表の顔の他に元暴力団で半グレ組織のリーダーと言う裏の顔を持っている。

 自分と同じ暴力団崩れのチンピラを集めて作り上げた半グレ集団『未糸総素(ミートソース)』の……ハッキリ言って最悪のお山の大将。

 因みに今日は金曜日だから顔見知りの警察関係者と一緒にキャバクラに行く可能性が高い……そしてそのキャバクラは更識と繋がってる極道の資金源だから、ターゲットの確保はしやすいと思う。」

 

「流石簪ちゃん、欲しかった情報を全て持って来てくれたわね♪

 ……なら、今夜は其の店を外道達の貸し切りにしてあげましょう――地獄を見る前の最後のお楽しみってね♪ウフフ、久しぶりの裏の仕事だから腕が鳴るわぁ♪」

 

 

久しぶりの裏の仕事と言う事で夏月組は気合が入っており、日が暮れる前から簪が絞った『ターゲットがやって来るであろうキャバクラ三選』の店の前で三チームに分かれて張り込みを行っていた。

因みに『更識と繋がりのある極道』とは『日本の暗部』と通じていると言う事であり、其れはつまりは『日本国公認の極道』と言う事でもあるので正式な『法人』として存在し、警察では目の届かない『裏社会の番人』として存在しているのだ。

 

そんなこんなで張り込みから数時間後に夏月と楯無のチームが張り込んでいた店にターゲットが入店した事を確認すると、他の店を張り込んでいたメンバーを招集し、全員が揃ったところでいざカチコミ開始。

 

 

「腐れ外道共が、最後の晩餐は楽しんだか!?」

 

 

先ずは夏月がキャバクラの扉を蹴り開けると、続いて楯無達がキャバクラ内に雪崩れ込む――と同時に、事前に連絡を受けていた店側はホステスがあっと言う間に避難して夏月達が思い切り戦える場を整えると言う見事な対応をして見せた。

イキナリの事態に驚いたターゲットと其の知人と、半グレ組織のメンバー達だったが、やって来たのが高校生くらいの未成年であるのを見ると、途端に『此処は子供の来るところじゃないから大人しく帰んな』と、実に分かり易い小者的なセリフを吐き、更には下っ端に楯無達を襲わせ、あわよくば性的暴行をとも考えていたのだが、相手が悪かった。

 

 

「臭い息を吐き掛けないで貰えるかな?

 生憎と私の身体は君のような下衆で外道な存在が触れられるようには出来ていないのでね……私の身体に触れる事が出来る男性は此の世で夏月タダ一人だけだ。

 彼以外の男性に触れられるなどと言うのは絶対に拒否したいモノだよ。」

 

「オレとやりたいってんなら別に構わねぇんだが、テメェみたいなフニャチンのポークビッツじゃ満足出来ねぇから却下だぜ?夏月のマグナムと比べたら大抵の野郎は負けるだろうがなぁ!」

 

 

未成年であっても夏月組は全員が『殺し』を経験している暗部の一員であり生身の戦闘力もプロレスラーとタメ張れるレベルであったため、取り巻きのチンピラはあっと言う間に全員が物言わぬ躯となって制圧完了。

ターゲットと其の知人に関しても、ターゲットに夏月が、其の知人に楯無が背後から手加減なしのチョークスリーパーを極めて意識を刈り取り、彼等の身柄は更識の屋敷内の地下にある『拷問部屋』へと移送されていた。

移送された二人は身包みを剥がされ、腰巻一枚の状態で両手足を鎖で拘束されて十字架に縛り付けられていた。

 

 

「完全に意識を落としたとは言え、此の状況でも目を覚まさないと言うのは呆れた図太さね……夏月君、起こしてあげなさい。」

 

「オーライ、マム!……外道が、何時まで寝腐れとんじゃボケェ!!目覚まし代わりの揚げ油!!唐揚げになっとけぇ!!」

 

 

其処に夏月が煮え滾った油をぶっかけて外道達の意識を強制的に覚醒させる――冷水や熱湯よりも煮え滾った油は強制的に意識を覚醒させるには効果的なモノなのだ。

水よりも粘度のある油は肌に長く纏わり付くので、超高温による苦痛は熱湯よりも長く続き、結果として意識のない相手を強制的に覚醒させる手段としてはとても優秀なのである……高温の油を浴びせられた皮膚は瞬く間にこんがりと揚がってしまい、此れが鶏肉だったらパリパリになった皮が良い感じの酒の肴になった事だろう。

だが、人間の皮膚は酒の肴にならないので肉が焼ける匂いが拷問室に蔓延し、ターゲットの苦悶の声が鳴り響いたのだが、楯無はメリケンサックを装備した拳をターゲット二人の口に叩き込んで歯を全て叩き折って強制的に悲鳴を中断させる。

少しばかりやり過ぎとも思うかもしれないが、『法の裁きを逃れてのうのうと生きている外道』と、『それを隠蔽した存在』に対して更識はマッタク一切の慈悲はないので此の程度の事は未だ優しい部類と言えるのだ。

 

 

「こんにちわ外道さん。

 貴方は逆恨みで一人の少女から両親を奪い、もう一人の貴方は権力を使って其れを無かった事にした……一人の少女から両親を奪った事に関して少しでも申し訳ないと思う気持ちはあるのかしら?」

 

「アハハ……あの試合に勝てば俺はボーナスを手にして来季も監督として契約出来たのにアイツが八百長を拒んだ事でこんな事になっちまった。ボーナスもフイになって監督も解雇された……おかげさまで俺の人生はお先真っ暗になっちまったんだ。その原因となったアイツは死んで当然だ!」

 

「権力とはこういった時に使うモノだろう?私は何も悪い事はしていない!」

 

 

そして楯無はターゲット達に『罪の意識はあるのか?』を聞いたのだが、ターゲット達に罪の意識はまるでなく、それどころか『自分は何も悪い事はしていない』との唾棄すべき答えが返って来たので、其の瞬間に楯無の瞳から光が消えた……だけでなく、限界を超えた怒りを理性で無理矢理抑え込んだ事で、楯無の目の色は反転して『赤い瞳に黒い白目』と言うべきモノとなっていた。

 

 

「そう、其れを聞いて安心したわ……そこまでの外道なら、私もとことん非情になれると言うモノですからね。」

 

 

其処から行われたのは拷問と言うのが生温いモノであった。

ターゲット達の煮え滾った油を浴びせられた事で焼け爛れた皮膚には塩が塗り込まれ、其れだけでも地獄の苦痛なのだが、地下の拷問室が地上にせり上がった事でオープンワールドとなり、煮え滾った油を浴びせられた事で良い感じに揚がった皮膚は肉食獣の食欲を刺激したらしく、其の匂いにつられて冬眠前の腹を空かせたクマがやって来ただけでなく、上空には多数の大型の猛禽類が集まっていた。

 

 

「下手物が……精々美食家の捕食者の胃袋に収まると良いわ。」

 

 

――【弱肉強食】

 

 

楯無が手にした扇子にそんな文字を浮かべた直後、集まっていた捕食者達はターゲット達に突撃して其の身を喰らうのだった――生きながらに身体を喰われると言うのはある意味で最高の苦痛であり、ターゲット達は生きながらに身体を喰われる恐怖を其の身で感じながら最後には頭を噛み砕かれて絶命し、残った骨も更識が『死体処理班』として飼っているハイエナが残らず平らげた事で正に骨すら残らない状態となっていた。

勿論これで終わりではなく、楯無は今回の事件の真相を各マスコミにリークし、事件の真相を知ったマスコミは事件の真相と容疑者が死亡したと言う事をこぞって報道し、其れは依頼者である少女にも伝わる事となり、少女は両親の敵が討たれた事を知って漸く前に進む事が出来るのだった。

 

 

「楯無さん、依頼者の学校に行って来たけど、依頼者の女の子、吹っ切れたみたいで部活に勤しんでた――こんな事言ったらアレかもだけど、両親の死を乗り越えたあの子の動きはインターハイの時よりも洗練されてた。

 コイツは冗談抜きで高校卒業後はプロからのスカウトが来て、撫子ジャパンのメンバーになるかもだぜ?」

 

「そう……なら良かったわ。

 法の裁きを逃れた相手に外法の裁きを与えるのもまた更識の仕事ではあるけれど、其れも突き詰めれば人殺しである事に変わりはない――でも、私達が手を血で汚す事で救われる人が居るのなら、私達の存在意義があるからね。

 更識楯無、其の名が背負う業は深いわね。」

 

「でもそれを知っていて其の名を継いだんだろ?

 前にも言ったけどさ、俺も、俺達も其の業を一緒に背負うよ楯無さん……俺達と貴女は一蓮托生だ。」

 

「夏月君……ありがとう。そう言ってもらえるだけでも少し心が軽くなったわ。」

 

 

仕事を終えた楯無は屋敷の庭で月を見上げていたのだが其処に夏月がやって来て『更識楯無』の業を共に背負うと言う事を楯無に言うと、楯無は柔らかい笑みを浮かべて感謝の意を述べると夏月の胸に飛び込み、暫し抱き合うと、何方ともなく顔を上げ、そして月明かりの下で唇を重ねた。

ホンの数秒、触れ合うだけのキスだったが、其れでも互いに思いは伝わり、夏月と楯無は月光の下で改めてハグを交わすのだった。

 

 

因みに此の間も絶対天敵の襲撃は各国で発生していたのだが、各国とも強化改修された『ワイバーン』、『ドラグーン』、『ドレイク』を駆使して襲撃して来た絶対天敵を倒し、或いは撤退させる事に成功していた。

そんな中で不思議な事が起きていた――複数のサイボーグ型の個体が合体すると巨大なモニターとなり、其のモニターに日本語、英語、中国語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、オランダ語等の複数の言語で『十二月二十五日、十二月三十一日、一月一日から一月三日、以上の日時については襲撃を行わないので御了承下さい。尚、このメッセージが真実である事を証明する為に、此のモニターは此のメッセージ表示から五分後に粒子分解されます』とのメッセージが表示されたのだ。

無論各国は『此のメッセージは絶対天敵が心理戦を仕掛けて来たのではないか?』と考えたのだが、予告通り巨大モニターはメッセージ表示から五分後に光の粒となって消え去り、更に此のメッセージから数回、絶対天敵側から襲撃場所の予告が行われ、実際に予告通りに襲撃が行われた事で、此のメッセージは嘘ではないと言う事を信じざるを得なかった――だとしても其の日時も警戒態勢が解除される事はないのだが。

尚、キリスト教ではない国からは十二月二十五日が襲撃されない事に不満が出るかと思われたのだが、クリスマスは今や宗教を超越した一大イベントとなっているので特に問題にはならなかった。

序にフィンランドの国公認のサンタクロースを務めている男性は、『今年は絶対天敵のせいでフィンランド国外に行くのは無理か』と思っていたのだが、今年も無事に外国を訪問出来る事にホッとしていた――子供達がサンタクロースを楽しみにしているように、サンタクロースもまた各国の子供達と会うのを楽しみにしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな殺伐とした更識の仕事とは別に時は進んで十二月二十五日。

今宵はクリスマスであると同時にセシリアの誕生日でもあったので、秋五と其の嫁ズが滞在している『織斑家』では『クリスマスパーティ』と『セシリアのバースデイパーティ』の準備に追われていた。

バースデイパーティだけならばIS学園でも行っていたのだが、クリスマスパーティと同時開催となると準備が凄まじく手間が大きくなる――バースデーパーティの主役であるセシリアはオニールとラウラが連れ出してくれているのでネタバレにはならないのだが、連れ出している数時間でダブルパーティをセッティングすると言うのは中々の難易度だろう、普通ならば。

 

 

「織斑君、ケーキ持って来たわよ!」

 

「丸鳥の塩釜焼、焼けばいいようにして来たぜ!」

 

「会長さん、夏月、助かったよ。」

 

 

だが、秋五は事前に夏月にヘルプを入れており、その甲斐もあってクリスマスパーティ兼セシリアのバースデイパーティにはロラン作の見事なチョコレートのバースデイケーキと夏月作のパーティのメインディッシュである『鶏の塩釜焼』の『あとは焼くだけ』となったモノが夏月と楯無によって届けられていたのだった。(他の夏月組は更識邸でクリスマスの準備。)

ロラン作のバースデーケーキは三段のチョコレートケーキなのだが、一段目にはミルクチョコクリーム、二段目にはスウィートチョコクリーム、三段目にはビターチョコクリームを使って味の違いを出しただけでなく、メレンゲで作った秋五と嫁ズを模したメレンゲ菓子がデコレーションされてケーキの華やかさを増していた。

メレンゲ菓子の人形のデコレーション其の物は珍しいモノではないが、父親が芸術家であるロランは父譲りの芸術性を発揮してデフォルメしても特徴を捉えたメレンゲ菓子人形を作り上げたのだった。

 

 

「「「「「「「「「Merry Christmas&Happy Birthday Cecilia!!」」」」」」」」」

 

 

そうしてセシリアのバースデーパーティ兼クリスマスパーティが執り行われ、クリスマスプレゼントと別にセシリアにはバースデープレゼントが贈られた。

秋五からは『シャネルの香水』、ラウラからは『チェーンネックレス』、シャルロットからは『グリップ力を高める指空きグローブ』、オニールからは『クラシック名演集』のCD、清香からは『ワニ革のブレスレット』、癒子からは『万年筆』、さやかからは『パールピンクのマニキュア』が贈られた。

 

 

「料理の腕前は人並みになったから、今度はレパートリーを増やして行こうな。」

 

「箒……そうね、料理のレパートリーは多いに越した事はないわ。

 夏月並、とは行かずとも取り敢えずIS学園の学食の定番メニュー位のレパートリーは取り揃えたいところよね……和、洋、中の基本はおさえる事は出来たから、今度は発展形の習得ね♪」

 

「そうだ。

 そして今度その料理をお前の専属メイドに振る舞って驚かせてやれ……料理の腕前が壊滅的だったお前が、一年にも満たない期間で料理の腕を上げたとなれば驚く事間違いないだろうからな。」

 

「ふふ、チェルシーを驚かせるのも悪くないわね。」

 

 

そして箒からは数冊の『料理のレシピ本』がプレゼントされた。

箒の指導で料理の腕前が人並みになったセシリアだったが、其れでも漸く基本が固まったところであり、箒は次のステップとして料理のレパートリーを増やす為にレシピ本をプレゼントしたのだ――とは言っても此のレシピ本に掲載されている料理は其処まで難しいモノはなく、料理の基本が出来ていれば誰でも作れるモノばかりだったので、セシリアもさほど苦戦せずに会得出来るだろう。

 

 

「材料を混ぜて型に入れて焼くだけ……此れならば私でも出来そうだわ。」

 

「私が知る限り、バスク風チーズケーキは最も簡単な洋菓子だと思うぞ。」

 

 

尚、パーティのメインディッシュの『鶏の塩釜焼』とデザートのケーキは夏月組のヘルプがあったモノの、其れ以外は秋五達が頑張って用意し、テーブルには『サーモンとキンメダイのカルパッチョ』、『フライドポテト三種(塩、明太シーズニング、カレー粉と粉チーズ)』、『味噌焼きおにぎり』、『ピザ三種(マルゲリータ、クァトロチーズ、ペパロニ&アンチョビ)』、『シュー皮に盛り込まれた野菜サラダ』と言ったメニューが並んで何とも賑やかなモノとなってた。

何れも大好評だったのだが、意外な事にメインディッシュ以外で一番人気だったのは箒作の『味噌焼きおにぎり』だった。

この味噌焼きおにぎりはトースターではなく七輪で焼かれており、炭火で焼かれた味噌の香ばしさ、そして炭火で焼く事で出来た『お焦げ』の何とも言えない美味しさに海外組はすっかり虜になってしまったのである。

更に箒はおにぎりの中にチーズを入れており、良い感じに溶けたチーズが香ばしい味噌と相性抜群だった――味噌もチーズも発酵食品であり、発酵食品と発酵食品の組み合わせは美味と相場が決まっているので、そう言う意味では箒の味噌焼きおにぎりが好評だったのは当然と言えるだろう。

 

 

「味噌焼きおにぎり、懐かしいな。子供の頃、剣道の訓練の休憩の時に、小母さんが振る舞ってくれよね――だから、僕の中では焼きおにぎりは味噌味なんだよね……冷凍の醤油味の焼きおにぎりに少し違和感があるんだ。

 美味しいんだけど、焼きおにぎりとして此れじゃない感が強い。」

 

「うむ、其れは私もだぞ秋五……幼少の頃の印象深い味覚の記憶と言うのは中々に大きなモノであるのかも知れないな。」

 

「ラウラ、貴女お焦げ盗ったわね!?」

 

「盗ったとは心外だなセシリア。たまたまくっついて来てしまっただけだ。」

 

「そう……ならば返しなさい、味噌焼きおにぎりの最も美味な部分を!たまたまくっついてしまったのであれば所有権は私にあるわ!即刻お焦げを寄越しなさい!寄越さないのであればドイツ軍に抗議文を送るわよ!」

 

「なんだその世界一下らない抗議文は……だが断る!!」

 

「そう……なら、パーティ後のゲーム大会ではフルボッコにしてあげるわ!」

 

 

……セシリアとラウラの間で可成り低次元な争いが勃発したのだが、其れは其れとしてパーティは進み、パーティのラストでケーキにセシリアの年齢と同じ数の十六本のロウソクが灯され、誕生日のお馴染みの『HappyBirthday To You』が合唱される中でセシリアはロウソクの火を吹き消し、其れと同時に割れんばかりの拍手が鳴り響き、ケーキをカットしてデザートタイムに。

そしてデザートタイムの後はパーティの二次会であるゲーム大会と相成ったのだが……

 

 

「レベル10、シューティング・スター・ドラゴンに、レベル1救世竜セイヴァー・ドラゴンをチューニング!シンクロ召喚『シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン』!

 此のモンスターは通常の攻撃に加えて、墓地の『スターダスト・ドラゴン』と、『スターダスト・ドラゴン』の名が記されたシンクロモンスターの数だけ攻撃する事が出来る――私の墓地に対象となるモンスターは四体!よってシューティング・セイバー・スターは五回の攻撃が可能となるわ!

 アサルト・シューティング・ミラージュ!!」

 

「私のマシンナーズ軍団が全滅だとぉ!?」

 

 

遊戯王の大会ではセシリアが『スターダスト』特化のシンクロデッキで無双し、ラウラに対してはスターダスト系最強との呼び声も高い『シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン』をシンクロ召喚し、圧巻の五回攻撃でラウラのマシンナーズ軍団を全滅させていた。

そしてゲーム大会の後はカラオケ大会となったのだが、此れはソロではオニールが圧勝し、デュエットでも秋五とオニールが最高得点をマークする事となり、オニールは現役アイドルの面目躍如を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

地球人類がクリスマスを謳歌している最中、絶対天敵は人知れず進化していた。

アメリカ軍の軍人に擬態した絶対天敵がアメリカの量産機である『ヘル・ハウンド』のISコアを持ち帰って来たので、絶対天敵の親玉であるキメラはISコアを絶対天敵に馴染ませる為に、複数の絶対天敵を繭で包み、其処にISコアのデータを流し込んでいたのだった。

 

 

「……そろそろか。」

 

 

キメラがそう呟いた次の瞬間に繭は破れ、中からは形容し難い姿の絶対天敵が現れた――哺乳類と鳥類と虫類、そして爬虫類の利点のみを集めた絶対天敵の表面は強固な装甲に覆われていたのだが、同時にISにのみ搭載されている武装も搭載されていた。

 

 

「ククク……欲を言えば龍の機体のコアが欲しかったが、普通のISのコアでも想像以上の進化をする事が出来た――だが、コイツ等を実戦投入するのは年が明けてからにするか。

 正月が終わり浮かれているところにこいつ等を向かわせたら、私が思っている以上の戦果を挙げてくれるかもしれないからな。」

 

 

今は未だ出撃はしないようだが、其れでも絶対天敵は人類にとって脅威となる存在を誕生させていた――誕生させてしまったのだった……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode78『大晦日と正月と新たな戦い~Die schlimmste Entwicklung~』

暫しの平和を堪能するかねBy夏月    貴重な時間だから目一杯満喫しましょ♪By楯無    平穏な時間は正に宝だよByロラン


セシリアの誕生日とクリスマスを無事に祝った六日後、時は十二月三十一日、つまりは大晦日。

クリスマスから大晦日の六日間にも絶対天敵の襲撃はあったのだが、其れは各国の『地球防衛軍』が対処出来ていたので大きな問題ではなく、世界は新たな一年を迎えようとしていた。

 

 

「此れはまた、最近では稀に見る大規模な麻薬の売買ねぇ?

 南米を拠点に活動している巨大麻薬カルテル『マッド・マックス・クレイジー・ドラッガー』がアジアでの販路を拡大してるって事は知っていたけど、まさか日本で此処までの大規模な取引を行うとは思わなかったわ。しかも年の瀬も年の瀬、大晦日の此の日に。更に真昼間からとは大胆だわ。

 各地のカウントダウンイベントの警備に警察が人員を割いてるから狙い目だとでも思ったのかしら?」

 

「其の可能性は極めて高いだろうが、だとしたら彼等は少し浅はかであったと評価せざるを得ないね?

 確かに警察はイベントの警備に人員を割いているが故に捜査や警邏の手が薄くなり、此の手の犯罪を未然に防ぐのは難しいのだが、そんな時に警察に代わって動くのもサラシキの仕事であり、同時にサラシキと繋がっているジャパニーズマフィアの仕事でもあるのだからね。」

 

 

そんな大晦日でも更識の仕事に休みはない。

本日は関東の神奈川県のとある埠頭にて南米を拠点にする巨大麻薬カルテル『マッド・マックス・クレイジー・ドラッガー』が大規模な麻薬の売買を行うとの情報を得たので、其の売買に係わる全ての人間を捕らえるためにこうして現場にやって来たのだ。

此の手の麻薬の売買は通常は人が少ない夜中に行われるモノであり、警察の麻薬捜査官も夜中に張り込むのだが、其の裏を掻いた真昼の取引とは大胆極まりない上にダミーの取引情報も幾つか流していた事で神奈川県警は捜査が難航し、更に今日は大晦日と言う事で各地のイベントの警備に人員を割いている為に此の麻薬取引に対応する事が出来なかった――のだが、更識では其の取引の正確な情報を簪と束が掴んでおりこうしてカチコミを仕掛ける事になったのだ。

そして此のカチコミを行うのは更識の実働部隊となっている『夏月組』だけでなく……

 

 

「ま、そう言う事ね……だから、頼りにしているわよ『鬼頭組』の皆さん?」

 

「任せて下さい更識の長のお嬢さん……俺達のシマでヤクをばら撒こうとしたクソッタレ共はキッチリとカタに嵌めてやりますんで。」

 

「おやっさんは何よりもヤクが大嫌いなのに、俺達のシマでヤクをばら撒こうとかこいつ等は自殺願望者なのか~?全員俺が現役時代のアルシンドにしてやるから覚悟しろ~~♪」

 

 

この一帯をシマとしている更識と繋がりのある極道も参加していた。

極道にとって自分達のシマを護るのは当然の事であり、シマにある店から『守代』を貰う代わりに其の店の用心棒も務めているだけでなく、シマ内に於ける警察でも対応し切れない事態に対処するのも仕事なのだ。

それ故に『シマ荒らし』に対しては相応の制裁を与えるのだが、『麻薬の売買』はシマを護る極道にとって、『武器の密売』と並ぶ最悪の『シマ荒らし』であるのでこうして更識と共に此の場所にやって来たのだ。

因みに此のカチコミにファニールは参加していないのだが、其れはアイドルとして大晦日の特番に多数出演+大晦日ライブ、紅白歌合戦出場と言う仕事があるからだ。

ヴィシュヌとグリフィンも大晦日のあるイベント参加が決まっているのだが、ファニールと違い一つだけなので準備運動としてカチコミには参加している。

 

 

「そんじゃ、行きますか……ジャンキーの生みの親共、地獄の獄卒よりもおっかない奴がやって来たぜぇ?」

 

「南米でも悪名高い麻薬カルテルがまさか日本にまで毒牙を向けて来るとはね……本体は何れぶっ潰すけど、先ずは日本に来たお前達を潰すから!」

 

「麻薬の取引……タイだったら貴方達は全員が最低でも十年は塀の中でしょう――尤も、其れでは済まないかもしれませんが。」

 

 

その一言と共に夏月が倉庫のシャッターを『元祖ケンカキック』で蹴り破ると同時に更識と鬼頭組のメンバーが倉庫内に雪崩れ込み、麻薬の売買を行っていたメンバーを次々と無力化して行った。

マッド・マックス・クレイジー・ドラッガーと、其れと取引を行おうとしていた半グレ組織も武闘派の構成員を連れて来ていたのだが、更識と真の極道の武闘派と比較したら其の戦闘力は月とスッポン、太陽とBB弾、漫画版万城目と千城目位の差があるのでマッタクもって相手ではなかった。

 

 

「マッスルスパーク・地+ビックベンエッジ!」

 

「これぞ最強のツープラトン!」

 

「「マッスル・キングダム!!」」

 

 

あっと言う間にその場に居た者達を無力化すると、麻薬カルテルの日本の最高責任者と半グレ組織のリーダーに対して夏月と楯無が『キン肉マン史上最高のツープラトン』との呼び声も高い『マッスル・キングダム』を極めて完全KO!

此れにて大規模な麻薬の売買は阻止されたのだが、其れに係わった人物は更識では処分せず、その処分は其のシマの極道の仕事だった――先にも述べたようにシマ内での麻薬の取引は最悪のシマ荒らしなので、同じ事が二度と起こらないように、極道は見せしめの意味を込めて関係者を可能な限り惨たらしく殺し、其の上で中堅幹部以上の存在を半生半死の状態にした上で所属組織に送り返し『俺達のシマを荒らしたらどうなるか』と言う事を示していたのだ――無論此れは普通に暴行と殺人なのだが、警察組織と極道は戦前から深い繋がりがあり、表では対処し切れない裏世界の秩序維持を任されたのが極道なので、極道のヤキ入れに関しては警察も黙認状態なのである。

 

 

「お嬢さん、俺達は此れで。此のクソッタレ共を型に嵌める仕事が残ってますんで。」

 

「お疲れ様。精々キッツいヤキを入れて上げてちょうだいな♪」

 

「言われずともと其の心算です……俺達のシマでヤクをばら撒こうとしたって事を骨の髄にまで後悔させてやりますよ――俺は数年前から鰹節と外道が区別出来なくなっちまってるんで、鉋で削ってやります。」

 

「外道の削り節……凡そ出汁にはなりそうにはないわね。」

 

 

ともあれ、この大規模な麻薬の売買は事前に阻止され、其れに係わったメンバーはシマを護る極道によって、『法の裁きを逃れた外道』に与えられる更識の拷問をも超える極道の拷問によって凄まじい苦痛を与えられた末に一人を除いて絶命し、東京湾の外洋に錘付きで沈められ腹を空かせた肉食の魚達の養分となるのだった。

そして此処で押収された麻薬は更識が接収した後に、鈴と乱の専用機のプラズマ砲で跡形もなく消滅させられた――末端価格は1gで五桁になる麻薬だったのだが、麻薬は百害あって一利なしの典型なので処分一択だったのである。

 

取り敢えず、新年を迎える前にこの巨大犯罪を阻止出来たので、更識は午後は平和な大晦日を過ごす事が出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode79

『大晦日と正月と新たな戦い~Die schlimmste Entwicklung~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大晦日と言えば定番の大晦日のテレビ番組があるだろう。

NHKの『紅白歌合戦』は鉄板として、民放各社の『年末格闘技大会』、『笑ってはいけない○○』等々様々なのだが、更識家に於いてはNHKの『紅白歌合戦』と民放フジの年末格闘技イベント『Dynamite』が注目されていた。

と言うのも、『紅白歌合戦』にはコメット姉妹の『メテオ・シスターズ』が出場しており、『Dynamite』にはヴィシュヌとグリフィンが出場するからだ。

コメット姉妹の『メテオ・シスターズ』はカナダ国内だけでなく国外でも高い人気を博しており、日本でも新作アルバムが軒並みミリオンセラーを記録した事で押しも押されぬトップアイドルとなっていたので紅白歌合戦に出場するのは当然だったと言えるだろう。

 

一方で『Dynamite』に出場するヴィシュヌとグリフィンは、アマチュアながらもヴィシュヌはタイ国内での『未成年チャンピオン』になっており、グリフィンも南米の『総合格闘技大会』で優勝している上に、『世界初の男性IS操縦者の婚約者』と言う肩書もあり、そんな彼女達がリングに上がれば視聴率も上がると考えたテレビスタッフによって半ば事後承諾のような形で参戦が決まったのだった――其れに対して夏月はブチ切れかけたのだが、ヴィシュヌは『母の道場経営が良くなる』という理由で、グリフィンが『ママ先生の孤児院の運営資金が得られるかな?』との理由があったので、夏月はギリギリで理性を保ったのだった。

尤も其れでも『ヴィシュヌとグリフィンに二流以下の相手を当てがってお茶を濁すなよ?』と夏月が番組プロデューサーに圧力をかけた事でヴィシュヌとグリフィンの相手が二流以下になる事はないだろう。

 

そうして始まった年末特番の二大巨頭。

先ず紅白歌合戦では紅組のトップでコメット姉妹の『メテオ・シスターズ』がリリースされたばかりの新曲を披露して会場を大きく盛り上げたのだが、コメット姉妹が新曲を歌い上げた後で、伝説的アイドルの『安室〇美恵』が会場に現れてコメット姉妹と共に自身のヒット曲とメテオ・シスターズのヒット曲のミックスメドレーを歌い上げると言うサプライズをやってくれた。

コメット姉妹にとっても安室〇美恵はアイドルとして憧れの存在だったので、其の憧れの存在とステージを共に出来たと言うのは此の上ない『アイドル冥利に尽きる』モノだっただろう。

テレビ局側は引退した安室〇美恵を再びメディアに登場させるのに相当な交渉を繰り返しており、最終的には安室の方が何れ自分を超えるトップアイドルになるであろうと感じたメテオ・シスターズとの共演を条件にOKを出したと言う裏側があったりする。

同時に安室との共演はファニール姉妹にとっても良い刺激になっていた――と言うのも齢四十を超えてなお現役の自分達と遜色ないキレのあるダンスを披露してくれた事で、『自分達はマダマダアイドルとしては本当の意味でトップになっていない』と感じ、此の共演が後にコメット姉妹のアイドルとしての能力を大きく伸ばす事になるのだった。

 

こうしてコメット姉妹にとってはサプライズだった紅白歌合戦での出番が終わり、コメット姉妹の大晦日の仕事も此れで終了と相成った。

コメット姉妹は大晦日の本日、午前中に民放の情報番組の大晦日拡大版に出演して前日のレコード大賞で大賞を獲得した楽曲を披露した後に、昼の特番では民放各局を転々としながら様々なクイズやゲームを行い、十五時からは両国国技館で三時間の大晦日ライブを行い、ライブ後には三十分のサイン会を行った後にNHKホールに移動して紅白に出場すると言う中々のハードスケジュールであり、紅白出場を終えた後ファニールは更識邸に、オニールは織斑家に向かうのだった。

 

 

「まさか伝説的アイドルが登場するとは思わなかったが、其れに喰われずにほぼ対等にステージを熟したファニールとオニールはやっぱりスゲェよ……今更だけど俺と秋五、全世界のメテオ・シスターズのファンから恨まれてるんじゃね?」

 

「恨まれるよりも羨望の方が大きいと思う。

 恨んで夏月と織斑君を害する事の方がファンとしてはコメット姉妹を悲しませる事になるって分かってるから……其れを理解しないで恨みつらみをぶつけて来るのは所詮『にわか』に過ぎないから大丈夫。」

 

「にわかファンと言う存在は、真のファンにとっては迷惑極まりない存在でしかない……表面だけ見て、中身をまるで理解していない訳だからね。」

 

 

コメット姉妹の見事な紅白のステージの後はチャンネルを変えてDynamiteのテレビ観戦だ。

チャンネルを変えると丁度グリフィンの試合が始まるところであり、グリフィンと対戦相手の女性格闘家の経歴が映像付きで紹介され、試合前のインタビュー映像も公開されていた。

そして映像はライブに切り替わり、リングアナウンサーのコールによって先ずは対戦相手の女性格闘家が入場し、続いてグリフィンが『2D格闘ゲームの伝説的タイトル』と言われている『CAPCOMvsSNK2』でも屈指の名曲と言われている真のラスボスの一人である『ゴッド・ルガール』のステージBGMの『Load Of God』で入場して会場を沸かせ、リングイン後には入場時に着ていたTシャツを破り捨てると言う豪快なパフォーマンスを見せて更に会場を盛り上げていたのだった。

そんなグリフィンの出で立ちは、赤いハイネックタンクトップと赤いボクサーブリーフタイプのスパッツに赤いオープンフィンガーグローブと言うモノで、褐色の肌と目の覚めるような空色の髪と燃えるような赤がジャストマッチしていた。

 

試合形式はバーリトゥードルールで、目潰し以外は何でもありで、一ラウンド五分で判定なしの無制限ラウンドと言う完全決着型の試合形式だ。

判定がないと言う事はポイントになる攻撃は意味がなく、確実に相手を倒す事が出来る攻撃をする必要があり、必然的に激しい試合で攻め合う展開となるので、『完全決着』を好む日本人には燃える試合展開となるのは間違いないだろう。

 

そして始まった試合、グリフィンは一ラウンド目から仕掛けた。

試合開始直後にまさかのドロップキックで奇襲すると、まさかの奇襲でガードをした相手を着地と同時に掴むと強引に持ち上げてアルゼンチンバックブリーカーで締め上げてダメージを与えると、其のままデスバレーボムでリングに突き刺してから一度間合いを離すと、立ち上がろうとして片膝を付いたところにステップで近付くと、電光石火のシャイニングウィザードを一閃!

見事に側頭部をジャストミートされた相手は再びダウンし、其処にグリフィンがこれまた電光石火でマウントを取ってマウントパンチを繰り出す!

しかし相手も流石はプロであり、巧みなガードでクリーンヒットを許さず、一瞬の隙を突いて下からの三角締めを極めて逆にグリフィンを攻める。

下からの三角締めを極められた場合は腕を抜くよりも身体を押し込むようにして首が締まらないようにするのがセオリーなのだが、此処でグリフィンはなんと三角締めを極められたまま相手を持ち上げ、其のまま自分の膝に背中を落としてダメージを与えて強引に三角締めを振りほどくと、此の反撃によってダウンした相手に逆エビ固めを極めて締め上げる。

ガッチリと腰を落とした上で反りを利かせた逆エビ固めから逃れるのは困難な上に、試合開始直後のアルゼンチンバックブリーカーと三角締めへのカウンターの背骨折り攻撃で背中を痛め付けられていた相手は此の攻撃を耐える事は出来ずにタップアウトし、グリフィンはプロを相手にして一ラウンドでタップアウト勝利を収めて見せたのだった。

 

其れに続き今度はヴィシュヌの試合だ。

此の試合もまたヴィシュヌの方が後から入場し、入場BGMは『空の軌跡シリーズ』の名曲と言われている『Fateful Confrontation』のアレンジ版の『Maybeit was fated −Instrumental Ver.−』であり、其れだけでも会場は大盛り上がりだったのだが、リングインしたヴィシュヌが入場の際に纏っていたフード付きのガウンを脱ぐと会場は更に盛り上がった。

ヴィシュヌの出で立ちは先のグリフィンとほぼ同じモノだったのだが、タンクトップとボクサーブリーフタイプのスパッツは純白であり、其れが褐色の肌と『光属性モンスターとオネスト』並みの抜群の相性の良さを演出していたと同時に、純白のタンクトップに包まれた胸部装甲も影響しているだろう――先のグリフィンも中々に見事だったのだが、ヴィシュヌの胸部装甲は90㎝を越えているので野郎の観客の視線は否応なしに其処に向かってしまうのだった。

 

それはさて置き、ヴィシュヌの試合はグリフィンの時とは異なり、立ち技の打撃オンリーのルールで一ラウンド五分の判定なしの無限ラウンドと言うグリフィンよりも厳しいモノだった。

勝つにはKOかTKOしかないと言うのは、ある意味で最上級のデスマッチと言えるのだが、そんなデスマッチでもヴィシュヌは怯む事はなかった。

試合開始と同時に一足飛びで間合いを詰めるとムエタイの特徴である拳脚一体の激しい攻撃で攻め立てて相手を防戦一方にする――其れだけなら立ち技オンリーの試合では珍しい事ではないのだが、ヴィシュヌはムエタイの特徴とも言える肘の攻撃を行って相手を攻め立てる。

日本の『立ち技の打撃オンリー』となると拳と蹴りがメインとなるのだが、ムエタイでは肘と膝の攻撃もOKであり、此の試合での反則は『目潰し』と『組み技』だったのでヴィシュヌは遠慮せずに肘での攻撃を行ったのだ。

肘での攻撃はリーチは短いが、拳打の後に叩き込む事も可能な上に、膝と並んで人体で最も鋭くて硬い部分での攻撃でもあるので、真面入ったら戦闘不能は不可避なのだ。

 

 

「ちぃ、ギリギリ回避!」

 

 

ヴィシュヌの対戦相手も直撃は回避したモノの、バッチリとヴィシュヌの肘で右目の上を切られてしまった――とは言え傷は浅いので出血はそれほど多くなかったのだが、目の上を怪我した事で視界が悪くなって防御の比率が大きくなってしまった。

だが、防御を固めた事でヴィシュヌからクリーンヒットを貰う事なく其のまま第一ラウンドが終了。

インターバルの間に相手は切れた目の上に止血剤を塗り込んで出血を止めると、其処を紙テープで固定して強引に視界を確保すると気合を入れ直してから第二ラウンドがスタート。

第二ラウンドは初めから互いに近距離での激しい打ち合いとなったのだが、互いにクリーンヒットは許していなかった。

ヴィシュヌは更識の仕事をするようになってから夏月から空手を、楯無から柔術を習っており、其れが拳脚一体のムエタイと融合した結果ヴィシュヌのバトルスタイルは攻防一体のモノとなっており鋭い攻撃と堅牢な防御が同時に行われていたのだが、対する相手も第一ラウンドで防御に徹した事でヴィシュヌの攻撃をほぼ全て経験していたのでヴィシュヌと比べるとやや攻め手に欠けるモノのクリーンヒットは許さなかった。

判定ありの試合ならばヴィシュヌが絶対的に有利なのだが、判定なしの試合ならば攻め手に欠いても問題ではない――要は最終的に勝つ事が出来れば良いのだから。

激しい打ち合いの果てに第二ラウンドも終了したのだが、続く第三ラウンドも初っ端から打ち合いとなり此のままでは似たような展開の泥仕合が展開されるかと誰もが思った時に其れは起きた。

 

 

「ハッ!」

 

「!?」

 

 

近距離での打ち合いを行っていたヴィシュヌが突如としてバック転を行ったのだ。

否、其れはタダのバック転ではなくバック転と同時に蹴りを放つ格闘ゲームでお馴染みの『サマーソルトキック』であり、相手はギリギリで其れを回避したモノの、近距離での突如の蹴り上げに一瞬動きが止まってしまった。

そして其の一瞬の隙は戦いでは致命傷となる。

 

 

「行きます!」

 

 

ヴィシュヌは一足飛びで間合いを詰めると拳打と蹴りの超ラッシュを叩き込むと最後に変則的な二段飛び蹴りをブチかまし、此れを喰らった相手はダウンし、レフェリーが様子を確認するとラッシュ攻撃のフィニッシュブローである変則二段飛び蹴りに一発目が側頭部、二発目が下あごにヒットしてた事で目を剥いて失神しており、レフェリーはダウンカウントを取らずに腕を頭上で交差してから降ろす動作を二~三回ほど繰り返し、其の後に試合終了を告げるゴングが鳴り響きヴィシュヌのTKO勝ちとなったのだった。

尚、グリフィンもヴィシュヌも『試合後のインタビュー』には当たり障りのない対応をしてから会場から更識邸へ戻って行った。

 

 

そして二十時にはファニール、ヴィシュヌ、グリフィンが更識邸に戻って来たので、此処で改めて更識邸の忘年会がスタートした。

尤も既に大人達は忘年会が始まっており、良い感じに酒が入って忘年会特有の『無礼講』の空気が出来上がっている訳なのだが――其れとは別に夏月組の忘年会は始まった。

大晦日の宴と言う事もあって夏月も気合が入り、忘年会のメニューは『サーモンとホタテのカルパッチョ』、『レンコン、ズッキーニ、ナスのグリル』、『フライドポテト三種(のリ塩、カレーチーズ、明太バター)』、『ローストビーフ』、『ローストチキン』、『ローストポーク』、『根菜のクリームシチュー』、『冬野菜のシーフードカレー』、『三種のキノコ入りのビーフシチュー』等のごちそうが並んだだけでなく、グリフィンが『大晦日のお祝いならこれは外せない!』と言って何処から持って来たのか丸々一頭の羊も急遽作った土釜の中で丸焼きにされて提供されていた。

 

其の忘年会はビュッフェ形式だったので各々が自分で料理を取る形だったのだが……

 

 

「うん、こうなるだろうなとは思ってたけど凄いっすねグリ先輩。」

 

「何度も取りに行くの面倒だから♪」

 

 

グリフィンが両手に持った皿には見事なまでの『料理のタワー』が出来上がっていた。

しかも其の料理のタワーは夫々が1メートルを超えると言う凄まじいモノだったのだが、グリフィンは席に着くと同時に其の料理のタワーを物凄い勢いで食べてタワーを低くして行き、モノの十分後には料理のタワーは二棟ともなくなったのだが、其れで止まるグリフィンではなく二周目も同じ料理タワーを平らげた挙句に羊の丸焼きの両足までをも骨しか残らない完食をしてのけ、忘年会に参加していた者達を驚かせた……だけでなく、其処から更に『プリンアラモード』、『生クリームのゼリー、イチゴムーストッピング』、『桃のチーズケーキ』、『季節のフルーツのゼリーよせ』、『マロンケーキのぎゅうひ包み』、『紅玉のアップルパイ』、『ガトーショコラ』のデザートもフルコンプリートして見せたのだった。

 

大人組は酒も入っている事で忘年会は盛り上がっているのだが夏月組の方はデザート後はカラオケ大会やゲーム大会が行われて盛り上がっていた。

カラオケ大会では簪がアニソンで高得点を叩き出して無双するかと思いきや、ロランがまさかの演歌で高得点を叩き出して簪と競り合い、最後は0.1点差でロランが勝利した。

ゲーム部門では格闘ゲームと遊戯王では夏月が他を寄せ付けない強さを発揮して無双していた。

ストリートファイターではザンギエフを、KOFⅩⅤではクラーク、シェルミー、オロチ社の『投げキャラチーム』で圧倒的に勝ち、遊戯王では『青眼デッキ』を使って連勝していた――遊戯王に於いては全ての『HERO』を詰め込んだ簪の『超HEROデッキ』が奇跡的なデッキ回転を見せて夏月に次ぐ二位となったのも注目すべきところだろう。

 

 

そうしてゲーム大会も終わったところで良い時間になったので年越し蕎麦の時間だ。

ゲーム大会では格闘ゲームや遊戯王だけでなくツイスターのような身体を動かすゲームも多数行われていたので良い感じに腹も空いているので年越し蕎麦を食すには良い感じの腹具合なのである。

 

其の年越し蕎麦は勿論ただの年越し蕎麦ではない夏月特製のモノであり、汁は最高級の鰹節の枯節と北海道の日高産の昆布を此れでもかと言う位にふんだんに使って出汁を取ったところに、京都産の白醤油を小さじ一杯だけ加えた上品なモノとなっており、蕎麦は長野県産の蕎麦粉を使ったのど越しの良い二八蕎麦で、トッピングには半熟卵の天婦羅、鮭のすり身の揚げカマボコ、旬の牡蠣を炭火で焼いた焼き牡蠣が乗った超豪華版の年越し蕎麦だった。

 

 

「此れだけの具材を乗せると普通は汁が濁ってしまうモノなのだけれど、汁は澄んでる上に具材の味に負けてないし蕎麦の風味も感じる事が出来るのだから此れは尋常ならざる手腕と言う他はないわよね。」

 

「半熟卵の天婦羅と鮭の揚げカマボコは二番絞りのオリーブオイルを使って揚げてるからサラダ油で揚げるよりもしつこくないから蕎麦の汁の味を濁し難いんだ。

 蕎麦の汁自体も出汁を濃く取ってるから少しばかりの油や具材の味で濁る事はないめっちゃ強い出汁になってるからな。」

 

「生七味唐辛子で味変すると更に美味しさが広がりますね。」

 

 

その最高の年越し蕎麦を堪能した後には、更識邸内にある露天風呂・家族用(家族用は混浴)でゆったりと温まってから除夜の鐘を聞きながら就寝。

 

 

 

そして其れから凡そ五時間後、夏月組の面々は目を覚まして夜明け前の街に繰り出して東京湾を臨む埠頭にやって来ていた。

目的は初日の出を拝むためだ。

元旦には富士山や高尾山と言った山の頂上で御来光を拝む人も多いのだが、山の山頂よりも海岸の方がより早く初日の出を拝む事が出来るので、海辺に集まる人も少なくなかった。

 

 

「お前達も来てたのか秋五。」

 

「初日の出を拝まないと新年って気がしないからね。」

 

 

埠頭には秋五組の面々も訪れており、夏月組と共に初日の出を拝み、そして初日の出をバックに記念撮影を行って初日の出観覧は終わり、一度夫々の家に戻ると、今度は女子組は振袖に着替えてから初詣に。

夏月は袴姿ではなく、スラックスに長袖のシャツに革ジャンと言うラフなファッションだったが、女子組が振袖で動き辛いので何かあった時の為に動き易さを重視したと言ったところだろう。

振袖美少女の集団は当然のように注目されていたのだが、中でも注目を集めていたのはヴィシュヌとグリフィンだった――褐色肌のエキゾチックな美少女と振袖の組み合わせの攻撃力はエクゾディアレベルで道行く人が思わずスマートフォンで撮影していたのである。

 

最もヴィシュヌもグリフィンもそんな事は全く気にせず、夏月と共に本殿で新年のお参りをしていたのだが。

因みに夏月組は全員がお賽銭に500円玉硬貨を投げると言う中々の大盤振る舞いをしていたのだった。

 

お参りを終えた後はサービスとして振る舞われている甘酒で暖を取ってからおみくじを引いたのだが、夏月組は全員が中吉以上と言う中々に良い結果となったのだが、少し時間が遅れてから初詣に訪れた秋五組ではシャルロットが『正月は抜いている』とまで言われいる『凶』の、其れも『大凶』を引き当てると言うある意味では凄まじいレベルの強運ならぬ凶運を発揮していた。

 

 

初詣後は新年会となり、更識邸では夏月お手製の豪華な御節料理が振る舞われて来客をもてなし、夏月達も別室にて御節料理を堪能した後に正月特有の遊びに興じていた。

特に盛り上がったのは羽根つきで、負けた方が顔に墨で落書きされると言う事もあって白熱した羽根つきバトルが展開され、各々勝ったり負けたりだったので全員が見事に顔に落書きされていたのだった。

 

 

「で、なんで俺はグレートムタになってんだ?」

 

「作者の趣味ね♪」

 

「身も蓋もねぇなオイ。」

 

 

そんなこんなで元旦を目一杯楽しみ、午後には餅つきが行われて、つき立ての餅を堪能し、そして夜には夏月の嫁ズが夏月に迫って姫初めと相成ったのであった――そして其れは秋五の方も同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな年が明け、新年からの三が日は平穏な時が過ぎて行ったのだが、一月四日に其れは突如として現れた。

 

 

『ギギャァァァァァァァァァァァァァァ!……グガァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 

其れが現れたのは今はウクライナをはじめとした周辺国が領土を分け合った旧ロシア国内。

現れた存在はゴジラ並みの巨躯だったのだが其の表面は生物の皮膚ではない金属製の装甲版で覆われていた――この巨大な異形の出現に旧ロシアを分割統治している国々は即座に自国のIS部隊を送った。(地球防衛軍の部隊員を送るのはまだ早いと判断した。)

 

だがしかし、其のIS部隊は巨大な異形が放った『デストロイ・ギガ・レイズ』級の全方位殲滅攻撃によって全滅してしまった――ISの力を得た絶対天敵が本格的に地球侵攻を開始したのだ。

 

そして其れは、地球人類と絶対天敵の戦いが本格化して何方も絶対に退く事のない全面戦争に突入すると言う事を意味しているのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode79『新たなる戦いの幕開け~New Open Combat~』

新たな戦いか……上等、やってやんぜ!By夏月    手加減不要の全力全壊ね!By楯無    初っ端からフルスロットルで行こうじゃないか!Byロラン


突如として旧ロシア領に現れた巨大な異形。

其れに対して旧ロシア領を分け合った周辺国は先ずは通常のIS部隊を討伐に向かわせたのだが、其の結果は悲劇的と言うのも生温いモノだった――巨大な異形に通常のISの攻撃は全く通じず、逆に巨大な異形が放った全方位のビーム攻撃によって一瞬で全滅してしまったのだ。

其れだけでも凄まじい事なのだが、其れ以上に驚愕させられたのは、通常のIS部隊は全滅しただけでなくパイロット諸共消滅してしまったと言う事だろう。

絶対防御が発動する事もなくパイロットごと機体を消滅させたと言う事は、この巨大な異形の攻撃は一撃でISの絶対防御を貫通してパイロットと機体に即死級のダメージを与える事が出来ると言う事なのだ。

 

巨大な異形の力を計るために通常のIS部隊を派遣したのだが、其れはある意味では正しかった――此の巨大な異形には通常のISでは対応する事は出来ないと言う事は分かったのだから。

 

此の結果を受けてロシア領を分け合った各国は『地球防衛軍』を派遣し、地球防衛軍は激闘の末に巨大な異形を旧ロシア領から撤退させたのだが、倒し切る事は出来ず、撤退させただけだったのだ――現行兵器を遥かに上回っている通常のISでも相手にならなかった存在を撤退させる事が出来ただけでも充分な戦果と言えるだろうが。

 

だが、今回の一件は瞬く間に世界に発信され、巨大な異形は『新たな絶対天敵』と認識され、年末から続いた束の間の平穏は終わりを告げたのだった。

 

 

「冬休みはまだあったと思うんだが、三学期前に学園に行く事になるとはな……まぁ、絶対天敵が仕掛けて来たってんなら仕方ねぇんだが、マジで正月三が日が終わるまでは仕掛けて来なかったなアイツ等?

 連中の親玉が人間辞めたDQNヒルデなら余裕で約束破りブチかましそうなモンだが……こりゃあマジでDQNヒルデの人格は無くなっちまってるのかもしれないな――良い事だ。」

 

「そうね、あんな不良品人格は存在していても世界の害にしかならないモノ――尤も、其の人格が消滅したとしても同じ位世界の害になる存在の親玉なのだから無視は出来ないのだけれどね。」

 

 

絶対天敵との前線基地となっているIS学園に『龍の騎士団』が招集されたのは当然の事だったのだが、一般生徒も冬休みを切り上げて学園に戻る事となっていた。

と言うのも世界のどの国が何時絶対天敵の襲撃を受けるか分からない状態では生徒の安全が確保出来ないと言う事で地下に避難シェルターがある学園に呼び戻したのである――一応日本国内には平時には地下の貯水タンクとして、有事の際には水を抜く事でシェルターとして機能する場所が幾つか存在してはいるのだが、いざと言う時には地下シェルターに避難しながらも一般生徒に裏方として働いて貰う必要性があったと言うのも大きいだろう。

 

学園に到着した夏月達『龍の騎士団』は学園長室ではなく、学園島の地下にある学園のコントロールルーム兼作戦会議室へとやって来ていた。

其の作戦会議室には学園長の轡木十蔵、教師部隊の隊長の真耶に亡国機業のスコール、オータム、ナツキが既に集まっており、更には束までもが其処にやって来ていた。

 

 

「姉さん、何故此処に!?」

 

「其れはだね箒ちゃん、敵さんの方も本気を出して来たみたいだから、束さんの方も本気を出そうと思ってね……此れまでの戦いは腹の探り合いな部分もあったけど、相手が通常のISじゃ勝てなくなったってんなら腹の探り合いはお終いさ。

 寧ろ向こうの方から腹の探り合いをお終いにしてくれたんだから、其れには本気で応えねーと失礼っしょ?……まぁ、束さんを本気にさせた事は褒めてやるけど、私を本気にさせたってのは死亡フラグだって事を骨の髄にまで教えてやらないとだからね♪」

 

 

まさかの束の登場に夏月組+マドカ以外は驚いていたのだが、逆に言えば事態は束が直々に出張る状況――出張らざるを得ない状況である訳で、作戦会議室内の空気は一気に緊張感が高まっていた。

 

 

「其れでは全員集まったので、此れより会議を始めます。」

 

 

緊張感が高まる中、十蔵が会議の開始を宣言すると早速作戦会議室の大型液晶モニターには旧ロシア領に現れた巨大な異形――ISコアを得た事で急速に超進化した絶対天敵の姿が映し出された。

全身を金属の装甲で覆われた其の姿は『メカゴジラ』か『メタルグレイモン』か『ムゲンドラモン』かと言ったモノだったのだが、其の戦闘力は凄まじく通常のISを一瞬でパイロットごと蒸発させた全方位ビーム攻撃の破壊力は想像すら出来ないだろう。

其の絶対天敵が旧ロシア領を破壊して回る映像の後には、地球防衛軍が出撃して交戦する様子が映し出されたのだが、巨大な絶対天敵(以降怪獣型と表記)は巨体の利点を発揮して地球防衛軍を苦しめ、しかし装甲の隙間を狙った攻撃でダメージを受けて撤退したのだった。

装甲の隙間への攻撃が有効だったから怪獣型を撤退させる事が出来た訳だが、もしも装甲の隙間を狙う事が出来ていなかったら旧ロシア領に住んでいた人達はもれなく全員絶命していた事だろう――辛うじて撤退させた事で、旧ロシア領に住んでいる人々は壊滅的な被害は受けたモノの何とか生活する事が出来ていたのだ。

 

だがしかし、此の怪獣型が世界各国に現れたとなった其の時は流石に地球防衛軍だけで対処するのは難しいので龍の騎士団が出張る事になるだろう。

正月の三が日を終えて早々に世界は絶対天敵との本格的な戦闘に突入するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode79

『新たなる戦いの幕開け~New Open Combat~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧ロシア領に現れた怪獣型絶対天敵の圧倒的な戦闘力は束が現地に飛ばしていたステルス迷彩搭載のドローンカメラの映像を見た事で理解したが、逆に此の映像を見たからこそ龍の騎士団のメンバーは絶対天敵の急激な進化が謎だった。

 

 

「コイツ等、此の短期間になんだってここまでの進化をしたんだ?」

 

「此れまでの戦いの経験を糧に進化したにしては進化の仕方が極端と言うか、急速過ぎる気がする。」

 

「ポケモンでも此処まで極端に急激な進化はしない。デジモンでも極端な進化は珍しいし。」

 

『……此れは、若しかしたら絶対天敵はISコアを入手したのかもしれん。』

 

 

当然夏月達も其の進化に疑問を持ったのだが、其れに答えたのは羅雪だった。

 

 

「ISコアを入手したとして、其れが如何して急速な進化に繋がるんだ羅雪?」

 

『絶対天敵の親玉はアイツな訳だが、アイツの中には私と入れ替わりにあの身体に入った白騎士のコア人格も存在している。

 そうであるのならばISコアを一つでも手に入れる事が出来れば其れを量産して絶対天敵全てにISの力を与える事も不可能ではないのではないか?原初のISである白騎士のコア人格であればISコアの複製如きは容易いだろうからな。

 本来のISコアは隕石が原料であり、現在使われているISコアは複製品だが、束は隕石の成分をそのままコピーしてしまった事で現代科学では解析出来ていない隕石の未知の部分まで再現してしまっているのでな、使用するには問題ないので束も放置しているがISコアにはマダマダブラックボックスの部分も少なくないのだ……ならば其れが生物に驚異的な進化を促してもおかしくあるまい。』

 

「……言われてみりゃ確かにそうだな。」

 

 

絶対天敵の親玉であるキメラは織斑千冬の肉体に宇宙から飛来した生物が融合した存在であり、融合した際に『DQNヒルデ』の人格はほぼ宇宙生物の人格に上書きされたのだが、白騎士のコア人格は上書きされながらも『ISに関しての力の行使』の能力は残っていたので、アメリカから強奪した『ヘル・ハウンド』のISコアから其れを複製し、新たに生み出した絶対天敵に組み込むくらいは簡単な事だったのだ。

 

だが、絶対天敵側もISの力を得たとなったらこの先の戦いは簡単なモノではないだろう。

此れまでの戦いは地球側だけにISの力があった事で優位性を保っていたのだが、ISの力を得た絶対天敵は驚異的な進化をして通常のISでは凡そ敵わない存在となっただけでなく、強化された『ドラグーン』、『ワイバーン』、『ドレイク』であっても退けるのが精一杯と言う状況であり、そうなると龍の騎士団、特に『騎龍シリーズ』を使用している夏月組と秋五組の出撃回数が増えるのは間違いない。

束が開発した『ハイパーメディカルマシーン』があるので疲労の回復は問題なく出来るだろうが、絶対天敵が驚異的な強化をしたとなれば、『騎龍シリーズ』と言えども無傷で戦闘を終えるのは難しい……其れこそ、絶対天敵の親玉であるキメラが先に狙った『消耗戦』になってしまう可能性は低くない。

 

 

「ISの力を得たってのは厄介だね……僕の零落白夜が健在だったら其れでもなんとかなったのかも知れないけど、騎龍化した際に零落白夜はオミットされたからね。」

 

「そうなのか?

 てか、そうなると今のお前の機体のワンオフってどうなってんの?」

 

「まだ使った事はないんだけど、明鏡止水って言うワンオフになってる……なんだか身体の反応速度が爆発的に上昇して、頭で考えるより先に身体が動くって事みたいだ。」

 

「……それ、なんて『身勝手の極意』?」

 

「うん、其れは僕も思った。

 でも、其れは其れとして絶対天敵が此れまで攻撃の手を休めていたのは、ISコアを馴染ませる為で、同時に僕達を油断させる為だったんだ……正月の三が日が明けた一月四日は正月気分も抜け切ってない状態だから、絶対天敵側としては攻撃するには絶好の好機だったんだよ。」

 

「そんでもって其処で新型のお披露目って訳か……上等じゃねぇか?

 改めて喧嘩を売って来てくれたんだ、だったら其れを出来る限りの高額で買い取ってやるのが礼儀ってモンだ……でもって、全面戦争をやった上で俺達が勝つ、其れだけだ。

 序に、今度こそDQNヒルデをこの世から跡形もなく消し去ってやるぜ。」

 

「ふふ、そうですね……今度こそ消し去って差し上げましょう。」

 

 

だが、夏月組も秋五組も恐れはなく、強化された絶対天敵との戦いでも全力で己の成すべき事を成すだけと言うスタンスであった――特に夏月組は更識の仕事と学園に離反して亡国機業の一員として動いて事で、『裏社会』にも触れているだけでなく『殺し』も経験しているので、大概の事では恐れる事はなくなっていたのだ。

其れはある種の『取り返しのつかない強さ』でもあるのだが、底が見えない絶対天敵との戦いに於いては寧ろ頼りになるモノであると言えるだろう。

 

 

「うんうん、やる気があって大変によろしい!

 そんな君達に朗報!束さんは新たに『ハイパーメディカルマシーン』を強化改造して『アルティメットメディカルマシーン』を開発しました~~!!

 ハイパーメディカルマシーンの疲労回復効果は其のままに、新たに怪我の超回復機能を追加した優れモノ!」

 

「姉さん、其れを量産して各国の医療機関に配ったらノーベル賞は間違いありませんよ?」

 

「だろうけど、束さんはノーベル賞なんぞには全く興味がないから、受賞するとなっても受賞を辞退して宇宙の彼方のブラックホールに蹴り飛ばすよ♪

 束さんはそんなちんけなモノの為に研究と開発をしてるんじゃないからね。」

 

「……ノーベル賞をちんけなモノと一蹴出来るのは世界広しと言えども姉さんだけでしょうね。」

 

 

加えて束が新たな回復マシーンを開発していたので、騎龍組が大怪我をしても即時回復が可能だろう――流石に身体の一部を失ってしまったらその限りではないのだろうが。

とは言え、更なる回復装置があるのであれば龍の騎士団も思い切り戦う事が出来るだろう。

更に此の回復マシーンだけでなく、束は『無人の騎龍』をも開発しており、龍の騎士団が出撃した際のIS学園の防衛もバッチリの状態となっていた――無人機であるが、搭載したAIには夏月と楯無の戦闘パターンが基礎戦術としてインプットされており、更にはAIの学習機能によって戦闘のたびに学習してアップデートされて行くのでIS学園の防衛としては問題ないだろう。

 

そんなこんなで会議は終了したのだが、会議終了後にアラートが鳴り響いて学園に救援要請が入った――其の救援要請を入れて来たのはアメリカとイギリス……欧米でも最大クラスの国からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

救援要請を受けて夏月組+スコール&オータム&フォルテは『チャンジャ軍艦』でアメリカに、秋五組+マドカ&ナツキは『マグロキムチ軍艦』でイギリスに出撃した。

 

先ず夏月組が向かったアメリカには、旧ロシア領を壊滅させた巨大な絶対天敵が三体も現れていた――其れも海や空からではなく、地下を掘り進んでアメリカ大陸でも内陸にあるテキサス州に現れたのだ。

首都であるワシントンDCに現れなかったのは不幸中の幸いと言えるのだが、テキサスはカウボーイの地として知られているように、現在でも牛や馬を多く飼育しており、輸出用の牛肉用の肉牛を飼育している牧場も多いのでテキサスが壊滅状態になるのはアメリカの輸出にとって可成りの痛手となるので、アメリカ政府は其れに対して自国の、『地球防衛軍』を出撃させただけでなく、通常のIS部隊と空軍も出撃させたのだが、通常のISと戦闘機は瞬く間に全て撃墜され、更に通常のISと戦闘機のパイロットは機体ごと絶対天敵に吸収されて、更に絶対天敵を強化する事になってしまったのだ。

戦闘中でも倒した相手を吸収して強化される絶対天敵には地球防衛軍も苦戦していたのだが……

 

 

「ハイドーモ絶対天敵さん!一夜夏月DEATH!」

 

「圧倒的な力の差をもってしての蹂躙劇と言うのは往々にして成功しないモノさ……あらゆる演劇で其れは証明されているからね。」

 

「すこ~し、オイタが過ぎたようね?」

 

 

此処で夏月組が割って入った。

巨大な絶対天敵が放った超極太ビームを夏月が斬り飛ばし、ロランが打ち下ろし、楯無が水のヴェールで完全防御したのである――ビーム攻撃を物理的直接攻撃で防いだ夏月とロランの近接戦闘能力の高さには改めて驚くばかりだろう。

 

 

「テメェ等……オレの祖国に上等かますとは良い度胸じゃねぇか……全員纏めて丸焼きにするだけじゃ足りねぇ、焼死体すら残らねぇレベルで消滅させてやんぜ!!」

 

「此れはまた随分と派手にやったモノね?

 自国の地が戦場になった事のないステイツには可成りの痛手でしょうね……災害復興の為の州予算と国の予算だけで間に合うのかしら――まぁ、取り敢えずやられた分はやり返させて頂くわ。」

 

 

夏月組の中でもアメリカ出身のダリルの怒りは凄まじく、怒りで炎の温度が上昇して通常の紅い炎ではなくより高温である蒼い炎へと変貌していた。

ダリルの叔母であるスコールもアメリカ人ではあるのだが、ダリルほど怒りを感じていないように見えるのはアメリカ人ではあるモノの幼少期から父親が更識のエージェントとして働いていた事で日本で暮らしており、自身も十五歳から二十歳まで更識のエージェントとして働き、其の後は亡国機業に身を置いて実働部隊である『モノクロームアバター』の隊長として各国を転々とする日々を送っていたのでダリルほど怒りは感じていない様子だ。

其れでも、平和に暮らしている人々を害したと言う事に関しては怒っているのだが。

 

 

「ダリル先輩、なんか俺が思った以上にガチギレしてません?」

 

「ガチギレすんに決まってんだろ夏月!

 此処テキサスはオレが生まれ育った土地だ……生まれ故郷を滅茶苦茶にされて怒らねぇ奴は居ねぇだろ……!今のオレは過去一ブチキレてるぜ?其れこそ『今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!』ってな位にな!」

 

「簪、ダリル先輩に『ガンダム00』のDVD貸した?」

 

「ファーストシーズン、セカンドシーズン、そして劇場版にドラマCDも貸した。序に00の機体が登場するガンダムのゲームも多数貸した……そしてダリル先輩をガンダム沼に沈めた。

 そして其処から発展してオタ沼に沈める計画。現在格ゲー沼に引き摺りこみ中。」

 

「ある意味で貴女は絶対天敵より怖いわ簪ちゃん。」(汗)

 

 

ともあれ夏月組が戦闘に参加した事で改めてオープンコンバットとなったのだが、そんな中で絶対天敵の鋼鉄の尻尾の一撃がアメリカの地球防衛軍の一人に掠ったのだが、掠っただけなのに機体のエネルギーはゼロになって機体が解除されたのだ。

機体が解除された隊員は他の隊員がキャッチした事で無事だったのだが、掠っただけで機体エネルギーがゼロになったと言うのにはその場に居た全員が驚くには充分な事だった。

 

 

「掠っただけで機体エネルギーがゼロになるとは……此れは、まさかとは思うが絶対天敵はISにとって天敵とも言える『零落白夜』の力を得たのかな?

 味方ならば頼もしい一撃必殺が敵となったとしたら其れはなんとも有り難くない事だが……此の戦いは中々のハードモードみたいだね……!」

 

「零落白夜……白騎士のコア人格が敵さんの親玉に存在してるなら有り得ない話じゃないか。

 当たれば一撃必殺の零落白夜だが、逆に言えば当たらなければどうって事はない……デカい相手は其れだけ攻撃範囲も広くなる訳だが、機動力はこっちの方が圧倒的に上なんだからスピード重視で戦えば良いだけの事だからな。

 もっと言うなら俺に零落白夜は通じねぇからな……恐れる事はマッタクないんだよ!」

 

 

絶対天敵は親玉であるキメラに白騎士のコア人格が存在していた事で、白騎士の能力であり暮桜のワン・オフ・アビリティでもあった『零落白夜』の力を有しており、ISにとって最大の天敵とも言うべき力を有するに至っていたのだ。

其れもISコアを入手する事が出来たからなのだが、たった一つのISコアから此処までの驚異的な進化を遂げたと言うのは恐るべき事だろう――だが、其れでもアメリカに現れた絶対天敵は相手が悪かった。

夏月の羅雪には零落白夜は無力であり、夏月組の連携は非の打ちどころのないパーフェクトなモノであり、状況に応じて陣形を柔軟に変える事が出来ていたので超進化した絶対天敵に対しても有利に戦闘を行えていた。

 

 

「おぉぉぉ……燃え尽きろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

中でもダリルの活躍は一入だった。

怒りの感情で限界突破したダリルの炎は鋼鉄をも余裕で融解させるレベルに達しており、其の高温の炎で焼かれた絶対天敵の表面装甲は溶け落ち、中身が剥き出しになったところに夏月組の鋭い攻撃が入って二体の絶対天敵が撃破されたのだった。

 

だが、残る一体の絶対天敵の表面装甲はダリルの炎を喰らってもビクともせず、それどころかカウンターの『灼熱のブレス』を放って来たのだった。

其れだけなら未だしも、夏月組とスコール&オータムと言う最強クラスの戦力が波状攻撃を行ってもビクともせず、最後の攻撃に合わせる形でカウンターのブレス攻撃を行って来たのだ。

其のブレス攻撃には零落白夜の効果はなかったようで、掠った程度ならば問題なかったのだが、逆に決定打が与えられないと言うのは良くない状況と言えるだろう。

 

 

「皆、一分だけ攻撃を止めよう。」

 

 

此処で夏月が広域通信で『一分だけ攻撃を止めよう』と言って来たのだが、此れは伊達や酔狂ではなく、夏月が戦局を分析した結果だった。

最後に残った絶対天敵は他の二体以上に堅く、ドレだけ攻撃しても倒れないどころか、カウンターのブレスを放って来たのだが、夏月はカウンターのブレス攻撃以外の攻撃はしてこない事に気付いたのだ。

だからこそ、『此の絶対天敵は自分からは攻撃せずに攻撃されたらカウンターを行うのではないか』と夏月は考えて一分の攻撃停止を行ったのだ――そして其の攻撃停止は意味があった。

此の一分間、絶対天敵は自ら攻撃をしなかったのだ。

 

 

「俺達からの攻撃待ちのカウンター型か……デカブツ二体を倒すまでは混戦状態だから気付かなかったけどよ。

 なら、攻略法が見えたぜ……フォルテ、奴に可能な限りの冷たい攻撃を放て!そんでもってダリル先輩は其の攻撃に灼熱のカウンターをブチかましてください!」

 

「へ?意味分かんねぇっすけど、其れがコイツの攻略に繋がるんすね!?」

 

「カウンターか……OK、やってやるぜ!」

 

 

其の絶対天敵の特製を見破った夏月はフォルテとダリルに指示を出す。

其の指示に従ってフォルテが絶対零度レベルの氷の攻撃を絶対天敵に喰らわすと、其れを喰らった絶対天敵は同レベルの氷のブレスでカウンターを返して来たのだが、其処にダリルが灼熱のダブルカウンターを叩き込むと、絶対天敵はダメージを受けてもがき苦しんで見せた。

此の絶対天敵は自分からは攻撃しないカウンター型であると同時に、属性攻撃を受けた場合には其の属性と同じ属性になって同属性のブレス攻撃でカウンターを行う完全カウンター型の個体だったのだ。

属性カウンターが決まれば大ダメージを与える事が出来るが、其れは逆に言えば、異なる属性攻撃、しかも相克属性が存在しなければ絶対に倒す事が出来ない相手であり、絶対天敵の親玉であるキメラも其れを見越して此の個体を作ったのだろう。

だが、夏月組には水属性の楯無、炎属性のダリル、氷属性のフォルテが存在していたので、フォルテとダリルの『属性カウンター』が見事に決まった事で絶対天敵を追い詰め、最後はダリルの炎のカウンターで大ダメージを負った絶対天敵に楯無がナノマシンを通常の十倍散布してからの『クリアパッション』を喰らわせてターンエンド。

 

だが、アメリカでの戦いは此れで終わらず、此のテキサスを皮切りに、アメリカ各地に強化された絶対天敵が現れ、夏月達はアメリカ全土を飛び回る事になリ、各地の戦いは此れまでよりも苛烈なモノとなり、夏月達もノーダメージで勝つ事は出来なくなっていたが、全員が機体の『競技用リミッター』を解除していたのでロランの銀雷のワン・オフ・アビリティーである『アークフェニックス』の発動回数も制限がなくなったので、戦闘でシールドエネルギーが減少しても回復が容易だった事と、『アルティメットメディカルマシーン』による疲労の回復と怪我の治療も行われていたので連戦でも全く問題はなかった。

 

そうしてアリゾナ、アラバマ、オクラホマ等を転戦した後に、遂に大都市ニューヨークで絶対天敵と戦う時が来た。

ニューヨークに現れた絶対天敵は大型は一体だが、サイボーグ化したカマキリ型、クワガタ型、トンボ型、ヤシガニ型と言った此れまで幾度となく現れた個体の強化個体も現れていた。

大型個体も此れまで戦って来た個体よりもより機械的な外見となっており、生身の生物が鎧を纏っていると言うよりは『ロボット怪獣』のような外見となっており、紅く発光する目と重厚なガンメタルの外装甲が迫力満点だった。

また、強化された通常個体も空戦タイプのトンボ型、地上戦型のヤシガニ型、空陸両用のカマキリ型とクワガタ型とオールラウンドで戦える様になっているので普通ならば苦戦は必至だろう。

 

 

「オールラウンドで戦えるってんなら、動ける範囲を制限してやれば良いだけの事よ!

 アタシのワン・オフ・アビリティ、『龍の結界』は結界を形作ってるチェーンに触れれば其の瞬間に『龍砲』が発射されるだけじゃなく、タバ姐さんの強化でプラズマ弾も発射出来るようになってる……プラズマ弾は触れただけで蒸発するから気を付けなさい!」

 

 

だが、どんな状況にも対応出来るのであれば其の利点を潰してやれば良いだけの事であり、鈴が自機のワン・オフ・アビリティである『龍の結界』を展開して絶対天敵達の動きを制限する。

圧縮空気弾である衝撃砲ならば絶対天敵に対して決定打にはならないのだが、より空気を圧縮したプラズマ弾であれば絶対天敵に対しても有効――と言うよりもプラズマ弾は当たれば対象を蒸発させてしまうと言う恐るべき兵器なので、絶対天敵と言えども喰らったら即死なのだ。

 

絶対天敵達も数体が結界から放たれたプラズマ弾によって即死した事で、チェーンに触れるのは危険と理解したらしく、其れによって動きが鈍くなってしまったので、そうなれば夏月達の敵ではなく、通常の強化個体は各個撃破され、大型は外装甲が『形状記憶合金』――つまりは硬化と軟化を一瞬で行える『液体金属』で構成されていたため攻撃を喰らっても、攻撃を喰らう瞬間に軟化して攻撃を受け流し、そして即座に修復する上に、身体の形状を変化させて腕を巨大な刀に変化させて攻撃してきたりと中々に厄介だったのだが、液体金属の弱点は超低温と超高温である事は、大ヒットハリウッド映画の『ターミネーター2』で明らかになっているので、外装甲が液体金属である事が分かった後は、簪とナギがグレネードランチャーに『氷結弾』を装填して其れを大型に喰らわせて凍り付かせると、楯無とダリルが最強の対消滅攻撃を放つ。

 

 

「喰らえや、最強無敵の対消滅攻撃!此れがオレ達の最強攻撃!『メドローア』!!」

 

「Hasta la vista, baby!(地獄で会おうぜベイビー!)」

 

 

水或いは氷と炎の合成によって放たれる対消滅攻撃は、巨大な氷像と化した絶対天敵を完全に消滅させたのだった――此の対消滅攻撃がある限り、夏月組が負ける事はまず無いと言えるだろう。

逆に、絶対天敵側が此の対消滅攻撃に対しての防御の術を身に付けたら、其れはある意味でISの力を得た以上に脅威であると言えるのだが。

 

ともあれニューヨークでの戦闘も勝利で終え、次いでアメリカの首都であるワシントンDCでの戦闘では大型は現れずに強化通常個体の大軍がやって来たのだが、其の程度では夏月達の敵ではなく、各個撃破した後にクマ型の個体に夏月とヴィシュヌが挟み撃ちからのボディブロー→アッパーカット→回し蹴り→ジャンピングアッパーのコンボを喰らわせて撃滅すると、残るゴリラ型に夏月が『キン肉ドライバー』を、ライオン型に楯無が『変形キン肉バスター』を極めて、上空で夏月の肩に楯無が肩車する形で乗っかり、そのまま地面に一気に突き刺さる!

 

 

「「マッスルドッキング!!」」

 

 

漫画『キン肉マン』における最強と言われているツープラトンを決めて絶対天敵を撃滅!

そして、首都のワシントンDCを守護した事で絶対天敵はアメリカ侵攻を此処で止めてアメリカ大陸から全面撤退したのだった――次の襲撃がないとは言えないが、其れでも絶対天敵を退ける事が出来たと言うのは喜ぶべき事だろう。

無論、絶対天敵が現れた州の被害は小さくはなかったのだが、其れでも『大型のハリケーンが上陸した』と思えば復興可能なモノであり、州の復興予算で充分に賄える程度だった。

とは言え、夏月達はアメリカの危機を救った英雄なので、夏月達はアメリカ大統領からホワイトハウスに招かれてアメリカ式の晩餐会を堪能した――其の晩餐会で、グリフィンがステーキ十枚をペロリと平らげ、更にローストビーフを丸ごと食べ尽くし、丸鳥のローストチキンを見事に平らげて見せた。

 

 

「夏月君、グリフィンの食べっぷりには一種の未来を感じてしまうのは私だけかしら?」

 

「楯無さん……其れは俺も感じたぜ。あの食欲はある意味で人類の進化の一つだろ。」

 

 

此れには晩餐会に参加した夏月達以外のメンバーは度肝を抜かれたのだが、米国大統領はその豪快さに逆に感動して盛大な拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、イギリスに向かった秋五達は二体の大型と、数えるのも面倒になるくらいの通常個体の強化型が現れていた。

其れは数の暴力と言うモノだったのだが、秋五達には数の差は脅威ではなかった――イギリスにやって来た秋五達のチームにはセシリア、マドカ、ナツキと言った『一体多数』を得意とした者が居たからだ。

セシリア、マドカ、ナツキはマルチロックオンで多数の絶対天敵をロックオンすると、自機に搭載された火器を全開にして絶対天敵を撃滅し、大型に関しても絶妙な連携で特に苦戦する事もなく大型二体を含めた絶対天敵を撃滅したのだが……

 

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 

ほぼ全ての敵を撃滅したと思ったところで新たな大型の絶対天敵が現れた。

其れは先に撃滅した二体の大型よりも遥かに巨大な存在であり、全高は200mを優に超えていた――其れだけの巨体であるのならば、地上では自重で潰れてしまうのだが、ISの力を得ているのならば其の限りではなく、『リアルゴジラ』の如くイギリスの首都であるロンドンに、其の巨躯を現したのだ。

 

 

「コイツは……此れまでの敵とは違う!気を引き締めて行こう!」

 

「そうね……此れ以上イギリスの地を荒らさせはしないわ!」

 

 

当然、秋五達は其の個体を排除する為に行動を開始たのだが――

 

 

『ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

その巨大な絶対天敵は身を屈めたかと思った次の瞬間に全身からビームを放って、イギリスの首都であるロンドンを一瞬で廃墟と化してしまった――ロンドン市民は絶対天敵の襲撃と同時に地下シェルターに避難していたので市民に被害はなかったが、ロンドンの街並みは見る影もなく壊滅してしまった。

 

 

「く……掠っただけで此れほどとは……!!」

 

「思った以上に強化されているようだなコイツ等は……!」

 

 

更に其の全方位攻撃を躱し切る事が出来なかった秋五達は掠った程度の攻撃を喰らってしまい、其の結果としてシールドエネルギーをゴッソリと持って行かれてしまったのだった――そして其れは秋五達にかつてない危機的状況が訪れたと言う事を意味していたのであった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode80『最強最悪の敵とその対策~With my worst enemy~』

80話まで来たぜ!By夏月    大台に乗ったわね!By楯無    先ずは目指せ100話だね!Byロラン


イギリスの首都であるロンドンに現れた巨大な絶対天敵――其れは凶悪な全方位攻撃によってロンドンを焦土と化しただけでなく、秋五組に甚大なダメージを与えていた。

ビームが掠っただけではあるのだが、秋五組の機体エネルギーは大きく削られてレッドゾーンに入っていた――普通ならば相当な窮地なのだが、秋五組に関しては其の限りではなかった。

 

 

「掠っただけでこれ程のダメージとは……だが私が、紅雷が戦闘不能にならない限りは負ける事は絶対に有り得ん!」

 

 

秋五組には箒の専用機のワン・オフ・アビリティである『絢爛武闘』によるシールドエネルギーの回復が行えると言う強みがあるのだが、其の機能は騎龍化した際に強化されており、機体のシールドエネルギーを回復するだけでなく、機体の損傷をも修復出来るようになって居たので、秋五組は箒がエネルギーアウトしない限りは戦い続ける事が可能なのだ。

 

 

「箒が無事だったから回復出来たけど、掠っただけでシールドエネルギーがレッドゾーンに突入してしまうだなんて……一撃でロンドンの街が焦土と化したのも頷けるわ。

 正直な事を言うと、故郷を破壊された怒りよりも一撃で故郷を焦土にされた恐怖の方が大きかったわ……!」

 

「其れは致し方あるまい……一撃で大都市を焦土と化した攻撃と言うのは、先の大戦における日本への原爆投下以外には無かった事なのだからな。

 そして、掠っただけでもシールドエネルギーがレッドゾーンに突入する攻撃が直撃したらどうなるのかを考えると恐ろし過ぎてゾッとするを通り越して背筋が凍結破砕される思いだ。」

 

 

だが掠っただけでもシールドエネルギーがレッドゾーンに突入してしまう攻撃を真面に喰らったらシールドエネルギーがエンプティ―になって機体が解除されるだけでなく、最悪の場合はシールドエネルギーエンプティ―と同時に機体ごと貫かれて人生にピリオドを打つ事になってしまうだろう。

無論、其れだけの攻撃を行うには相応のエネルギーを消費しなくてはならないので、攻撃後はエネルギーをチャージする為に暫くエネルギー系の攻撃は行えなくなるモノなのだが、此の絶対天敵は『エネルギーの消費って何?』と言わんばかりに目からビーム、口から高威力の光線を放って破壊行為を続けていたのだった。

 

其れに対し、秋五達は攻撃を回避しながら攻撃をしていたのだが、この巨大な絶対天敵を覆っている装甲は特別分厚く、ラウラのレールガンやプラズマ手刀でも精々表面を少し傷付ける程度のダメージしか与える事が出来なかった。

相手の攻撃は当たれば一撃必殺、こっちの攻撃はHPを1しか削れないとなると相当なムリゲーなのだが……

 

 

「弟のピンチに力を発揮出来なくて何が姉か……力を貸せサイレント・ゼフィルス!

 私に弟達を助ける事が出来るだけの力を寄越せ!姉と言うモノはな、弟や妹の前では常にカッコいい存在でありたいのだ……だからサイレント・ゼフィルスよ、私の想いに応えろぉ!」

 

 

此処でマドカがブラコン全開の魂の咆哮を行い、其れと同時にサイレント・ゼフィルスが光を放った――マドカの想いに応えてまさかの二次移行が行われたのである。

そして光が収まると、其処には進化した機体を纏ったマドカの姿があった。

二次移行に伴い機体は口元以外が装甲に覆われたフルスキンとなっており、背部には巨大な翼が追加され、其の翼は計十基のBT兵装としての運用が可能となっているのだが、サイレント・ゼフィルスとの最大の相違点と言えばメイン武装がライフルから身の丈以上の大剣になっている事だろう。

更に此の大剣は実体剣だけでなく、実体剣にビームエッジを纏わせる事も可能となっているので物理的切断力は相当に高いと言える近接戦闘に於ける最強クラスの武装となっていた。

 

 

「ククク、良くぞ私の想いに応えてくれた!!此れならば行けるぞ……サイレント・ゼフィルス改め黒騎士……押して参る!」

 

 

二次移行したサイレント・ゼフィルスは『黒騎士』と言う中二全開の名をマドカから与えられ、そして新たなメイン武装となった身の丈以上の大剣を掲げて絶対天敵に切り掛かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode80

『最強最悪の敵とその対策~With my worst enemy~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

此の状況でまさかの二次移行が行われたマドカだったが、二次移行後の『黒騎士』の戦闘力は『騎龍』に匹敵するレベルのモノであった。

巨大な大剣で絶対天敵に斬りかかったマドカは、其の大剣に纏わせるビームエッジを最大出力にすると分厚い装甲に覆われた右腕を渾身の一刀で斬り飛ばして見せた。

腕を斬り飛ばしたと言うのは間違いなく大ダメージなのだが、巨大な絶対天敵は特にダメージを受けた様子は無く、斬り落とされた右腕をすぐさま再生してしまった……其れも斬り落とされた右腕よりも更に強固になった装甲を纏った状態でだ。

 

 

「コイツ、再生能力を持って居ると言うのか……厄介極まりないな!?」

 

「其れだけじゃないみたいだぞ……状況は更に悪くなったようだ――!!」

 

 

再生能力を持って居ると言うだけでも厄介な事この上ないのだが、更に驚くべき事に斬り落とされた右腕が変形して分厚い装甲を其のまま受け継いだヤシガニ型の絶対天敵となったのだ。

巨大な絶対天敵は圧倒的な攻撃力と防御力を有している上に一撃で其の巨体を消滅させなければ身体の一部を斬り飛ばしても再生し、斬り飛ばされた部位は新たな小型の絶対天敵に姿を変えるのだから極悪なチート性能と言えるだろう。

秋五の機体が白式のままであったのならば一撃必殺の『零落白夜』が使えたので巨大な絶対天敵も一撃で倒す事が出来たのだが、騎龍化した事で零落白夜は失われてしまったので別の形での一撃必殺を行う必要があるのだ。

 

此れが夏月組ならば楯無とダリルの氷と炎の対消滅攻撃による一撃必殺が可能なのだが、秋五組にはそもそも属性攻撃が出来る人物は存在していないので同じような一撃必殺は不可能だ。

箒の『絢爛武闘・静』で回復しながらの持久戦と言う手もあるが、堅くて強い敵との持久戦は被害を拡大させるだけなので短期決戦が望まれるのである。

 

 

「一撃で倒さないと状況はドンドン悪くなるって、最悪だね此れは。

 騎龍化した事で零落白夜が無くなったのが今は恨めしいよ……と言うか、こんなチート級の敵をどうやって倒せって言うのさ……弱音を吐く訳じゃないけど攻略法が全く見えないよ……!」

 

「だが諦める事は出来ん……我々が諦めてしまったらイギリスは壊滅してしまう……親友の故郷を見捨てる事など、私には出来ん……!」

 

「箒……貴女の心意気には感謝するけれど、状況を打開する方法は現状では全く無いわ……此れだけの巨体を一撃で消滅させろだなんて無理難題も良いところよ……如何すればいいのよこんな相手を……!」

 

 

あまりにも最悪な状況に否応なしに絶望感が漂うのは致し方ないだろう。

攻略法が見つからない上に弱点すら分からない極悪チートボスをどうやって倒せと言うのか……其れは最早ムリゲーすら超えた『絶対攻略不可能ゲー』とも言えるのである。

ヤシガニ型は小型になった分だけ弱体化したのか、装甲の隙間、関節が弱点となっていたので倒すのは難しくはなかったモノの、状況が好転したとは言い難いだろう。

 

 

『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』

 

 

――キュゴォォォォォォォォォォォ……!!

 

 

そんな中、巨大な絶対天敵は口元にエネルギーを収束させて行く。

全方位のビーム攻撃ではない口からのブレス攻撃なのだろうが、此の攻撃が放たれたら間違いなくイギリス全土は焦土化して壊滅……最悪の場合は地図上から姿を消してしまうだろう。

 

 

「そうは……!」

 

「させないよ!」

 

 

だが、一撃必殺のブレスが放たれる刹那、巨大な絶対天敵の口の上から清香が全体重+ブースターを全開にした落下速度を乗せたフッドスタンプ、より分かり易く言えばストリートファイターシリーズのラスボスであるベガの必殺技の一つである『ヘッドプレス』をブチかまし、下顎に癒子がブースターを全開にしての渾身の『昇龍拳』を叩き込んで巨大な絶対天敵の口を強制的に閉じてブレス攻撃を喰い止め、更にブレス攻撃が強制停止された事で閉じられた巨大な絶対天敵の口内で臨界に達していたエネルギーが飽和状態となって爆発を起こし巨大な絶対天敵は顔面崩壊となった。

しかし、其れもすぐに再生されると思ったのだが、吹き飛んだ口は再生されなかった――爆発による高熱で傷口が焼き固められてしまった事で再生が出来なかったのだ。

 

 

「口が再生しない?

 爆発の熱で傷口が焼き固められた事で再生が出来なくなったのか?再生能力は完全じゃない……見つけたよ、コイツの攻略法を……!

 マドカ、兎に角そいつを斬りまくって!シャルとラウラはマドカが斬り落としたところを即座にレールガンとグレネードの火炎弾で焼き固めて……其れ以外のメンバーは斬り落とされた部位の切断面を狙って攻撃して変形を阻止して!装甲に覆われてない切断面なら攻撃は通るだろうから!

 そして箒、君の機体のエネルギーを僕にくれ!」

 

「其れは構わんが、其れで何とかなるのだな?」

 

「あぁ、勿論だ。」

 

 

其れを見た秋五は『天才』と謡われた頭脳をフル回転させて巨大な絶対天敵の攻略法を編み出し、其れを仲間達に伝えて行った。

秋五が見つけた攻略法は『こうなる筈だ』と言う部分もある不確定要素も多いモノなのだったが、誰一人として其れに異を唱える事はなかった――其れだけ秋五組は秋五の考えに絶対的な信頼を寄せていると言う事なのだろう。

 

 

「可愛い弟に頼まれたとあっては断る事は出来んな?

 覚悟しろデカブツ!貴様の運命は私に斬り裂かれる、其れだけだからな!貴様等に崇める神が居るかどうかは知らんが、精々祈るが良い!!」

 

「……やれやれ、どっちが悪役か分からんな此れでは。」

 

「悪を倒すのが正義の味方とは限らない……悪を倒す悪もまた需要があるんじゃないのかなぁ?……僕もどっちかって言うと正義の味方とは程遠いと思うからね?」

 

「うむ、お前は間違いなく腹黒王子だシャル。胃袋も腸も真っ黒で間違いないな。」

 

 

マドカがブラコンを全開にして巨大な絶対天敵の腕や足を斬り落とせば、再生するよりも早くラウラのレールガンと、シャルロットのグレネードランチャーの火炎弾が切り口を焼き固めて再生を喰い止める。

そして再生が出来なくなった巨大な絶対天敵はあっと言う間にダルマになり動く事が出来なくなってしまった――其れでも、エネルギーを収束して全方位攻撃を行おうとしていたが。

 

 

「此れ以上、お前の好きにはさせない……此れで終わらせる!」

 

 

しかし其処には近接ブレード『晩秋』を掲げた秋五の姿があった。

晩秋は雪桜のメイン武装である日本刀型の近接ブレードなのだが、其の刀身はエネルギーの刃を纏って10m以上の長大なモノと化していた――箒が『絢爛武闘・静』のシールドエネルギー回復能力を応用して、自機のシールドエネルギーを回復しながら秋五の雪桜にシールドエネルギーを供給し、雪桜は供給されたシールドエネルギーを全て晩秋に集中させて一撃必殺の威力を宿した必殺の刃を作り上げたのだ。

 

当然、その秋五を止めようと通常の大きさの絶対天敵が防衛形態を取るが其れはセシリア達が鎧袖一触!

秋五はイグニッションブーストで巨大な絶対天敵に迫ると、巨大なエネルギー刃を纏った晩秋を力一杯に袈裟切りに振り下ろした。

 

 

「消魔鳳凰斬!!」

 

 

振り下ろされた袈裟切りは巨大な絶対天敵を両断しただけでなく、両断面を焼き、更に『鳳凰斬』の名が示すように、高密度のビーム斬撃によって巨大な絶対天敵の巨躯を両断して燃やし尽くしたのだった。

 

 

「はぁ、はぁ……何とか勝てた……ギリギリだったね。」

 

「ギリギリでも勝ちは勝ちだ……とは言え、こんな奴が複数で現れたと考えると正直な話として勝てる気がしない……そうならない為にも、コイツの事は姉さんに報告して解析して貰わねばなるまい。

 姉さんならば、コイツ等の事を解析した上でより有効な攻略法を見付けてくれるだろうからな。」

 

 

正に薄氷の勝利と言う結果だったのだが、此の勝利には大きな意味があるだろう。

勝利する事が出来たからこそ、此の難敵のデータを夫々の機体から提供する事が出来る訳で、敵のデータがあれば束が其れを詳細解析した上で『完全攻略ガイド』とも言うべき攻略法を確立してまうだろうから。

其れを踏まえると、辛勝ではあるがこの巨大な絶対天敵との戦いを制したと言うのは大きな成果であったと言えるだろう――戦闘終了後、秋五達は新たに束が寄越した『マグロヤマカケ軍艦』で一時IS学園に帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園に帰還した夏月組と秋五組は地下の作戦司令室に集まり、今回の戦闘に於ける被害報告と絶対天敵の撃破報告を学園長である十蔵に行っていた――夏月組の方は被害報告は皆無だったのに対し、秋五組の被害報告はロンドン壊滅と言う悲劇的なモノだったのだが、其の後の敵勢力の報告でイギリスに現れた巨大な絶対天敵はチート級の相手であった事が夏月達にも明らかになったのだった。

 

 

「再生能力だけじゃなくて斬り落とされた部分が新たな個体に変形するってのは厄介だね?

 こんな奴らが大群で攻めて来たら流石にお手上げなんだけど、しゅー君達が頑張って倒してくれたおかげで戦闘データが入手出来たから対策は可能だよ――二日……いや、三十時間以内にコイツの弱点を解析して有効な武装を遠近両方で作り上げて、更に其のサンプルモデルと設計図も各国の地球防衛軍に送ってやるさ!」

 

「姉さん、一日を超えて作業する心算ですか!?」

 

「ふっふっふ、箒ちゃんや……本気になった束さんは『一日に三十時間の研究と開発』を行う事が出来るのだよ!

 一日に三十時間の矛盾を実現出来るからこそ束さんは天才で正義のマッドサイエンティスト足りえるのさ!一日が二十四時間で足りないなら、三十時間にしてしまえば良い!常人には理解出来まい此の理論は!!」

 

「常人どころかノーベル賞レベルの天才でも凡そ理解は不可能だと思います……!!」

 

 

其れでも秋五組の機体が記録していた戦闘データがあるので束が其れを解析して此のチート級の巨大な絶対天敵の弱点を暴いて有効な武装を開発するのは難しくないだろう。

常人にとって一日は二十四時間であり、束も通常は其れに倣って生活しているのだが必要な場合に本気を出した束は一日が三十時間になると言うトンデモナイ矛盾時間を生きる存在となり、此の状態の束は三十時間キッチリで仕事を終わらせ、三十時間に達するまでは一睡もしないどころか食事も真面に摂らずにエネルギー補給はエナジードリンクで済ませると言う凄まじさなのだ――尚、その際に愛飲しているエナジードリンクは安定のモンスターエナジーである。

 

 

「流石は束さん頼りになるぜ……っと、其れとは別にちょっと聞きたい事があるんだけど良いか束さん?」

 

「ん?なんだいカッ君?」

 

「いや、絶対天敵の親玉って、宇宙生物と融合したDQNヒルデなんだよな?

 だけど、だとしたら年末年始の攻撃停止を律義に守ったってのが腑に落ちねぇんだ……あのDQNヒルデなら自分で言った事を平気で反故にするだろうからさ……此れは俺だけじゃなくて楯無さん達や秋五達も感じてたんだけどさ。」

 

「うん、まぁ確かにあの屑らしくはないね。其れは束さんも思ったよ。」

 

「だろ?

 だから俺も秋五もDQNヒルデの人格は宇宙生物に喰われちまったって考えたんだけど、だとしたら何で絶対天敵がこうして攻撃をするのかが分からないんだ……DQNヒルデの人格が残ってるなら俺達に対しての恨みつらみで攻撃してくるってのも分かるんだけどさ。」

 

 

束のぶっ飛び具合は矢張り凄まじかったのだが、此処で夏月が別の一件を――絶対天敵の親玉であるキメラの人格が千冬(偽)ではなくなっているのではないかと言う事と、そうであるのならば攻撃してくる理由が分からないと言う事を束に伝えた。

半ば強引に宇宙生物を取り込んだ千冬(偽)は、融合した直後こそ主人格であったのだが、其の人格は少しずつ宇宙生物に侵食されて、現在はキメラの人格は千冬(偽)の人格を取り込んだ宇宙生物のモノとなっていたのだ――そうであれば、宇宙生物には地球人類と敵対する理由は無いので、何故攻撃してくるのか、其れが謎だったのだ。

 

 

「其れは、あの屑の人格を取り込んだからだよ。

 確かにカッ君の言うように、絶対天敵の親玉にあの屑の人格は残ってないし、今の人格はあの屑を侵食した宇宙生物の意志なんだろうけど、あの屑人格を上書きした事で、アイツの怒りや憎悪って言う負の感情も受け継いじゃったのさ。

 更に悪い事に、アイツの負の感情は主にカッ君と其の嫁ちゃん達に向かってたんだけど、其れを受け継いだキメラの人格は負の感情の向かう先までは受け継がなかったんじゃないかな?

 だから地球人類に対して無差別に攻撃を行ってるんだと思う……宇宙生物の意志に喰われて消滅しても迷惑しか残して行かねぇって事に関しては束さんもガチギレしたい気分だぜ!」

 

「濃縮された負の感情とか最悪過ぎんだろ……消滅しても面倒事を残してくれやがるなDQNヒルデはよぉ……最終決戦で親玉と戦う事になったら、今度こそ俺がトドメを刺してやるぜ!

 絶対天敵の親玉の首は、此の一夜夏月が取る!」

 

「なら、首を落とされた身体は私とダリルちゃんで消滅させるわね♪」

 

「最強無敵の対消滅攻撃のメドローアで消滅させられない敵は存在しねぇからな……オレと楯無って実は相性最強だったんだな――俺が炎で楯無が水だから相性は最悪だと思ってたんだが、タイマンで戦うなら俺が絶対不利だが、仲間として戦うとなったら実は最高の相性だった訳だ。

 こう言っちゃなんだが、フォルテとの『イージス』よりも強力だからなメドローアは。」

 

「あらあら、私に惚れちゃったかしらダリルちゃん?」

 

「ダリルー、捨てないでくれっス!!」

 

「だーーー!捨てる訳ねぇだろフォルテ!

 オレは夏月の嫁だが、お前はオレの嫁だってのは変わらねぇから!」

 

「そ、それを聞いて安心したっす……ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 

「安心したのは良いが、其れはなんの鳴き声だおいぃぃぃ!!??」

 

 

その答えは実にシンプルであり、千冬(偽)の人格は宇宙生物の意志に上書きされたのだが、上書きした際に千冬(偽)の怒りや憎悪と言った感情を引き継いだ事で絶対天敵は地球侵攻を行っていたのだ。

負の感情は正の感情よりも強く現世に留まり易い――故に、呪いや死者の意志が宿った人形と言うのは荒唐無稽なオカルトではなく、其の中には少なからず本物が存在しているのである。

だからこそ、千冬(偽)の負の感情を引き継いで、しかしその感情を向ける相手が誰なのかと言う事を消去されてしまったキメラが地球人類全てに攻撃すると言う事を選択したのはある意味で納得出来ると言うだろう。

 

だが、だからこそ此の戦いは親玉であるキメラを討たなければ終わらないと言えた――親玉であるキメラが健在である限りは、ドレだけ倒しても絶対天敵は次から次へと現れるのだから。

そのやり取りの最中に、夏月組内で少しばかり修羅場になり掛けたのだが、其処はダリルがフォルテを一番に考えていると言う事を伝えて事無きを得ていた――より正確に言うのであれば、ダリルにとってフォルテは同姓の一番であり、異性の一番は夏月なのだ。

叔母のスコールと同様に、ダリルもまた恋愛対象は女性であるレズビアンだったのだが、夏月と出会った事でレズビアンからバイセクシャルに超進化しており、夏月との『夜のISバトル』を経て男を知り、夏月に骨抜きにされてしまったのだが、其れでも同姓の一番はフォルテなのだから、其れは褒めるべきだろう。

 

 

「まぁ、取り敢えずは親玉をぶっ殺さない限りは此の戦いが終わらないって事は分かった……だから、親玉が何処に居るのか、捜索を頼むぜ束さん。」

 

「うん、其れは任せてくれたまえカッ君!

 束さんの全能力を駆使した上で、其れをアクセルシンクロして親玉の居場所を突き止めてやるぜ!……一週間を十日で過ごす矛盾をもってしてでも、アイツの居場所を突き止めてやるさ!

 此の屑には、生きてる価値は微塵も存在しないからね――親玉の居場所が割れたら速攻で教えるから、親玉は遠慮なくやっちゃってよカッ君!

 とは言ってもアイツの反応は何時も何処かで途切れちゃう上に、其の場所が一か所だけじゃないから中々苦労してるけどね……ISコアの反応を遮断する物質ってのが今のところまだ発見するに至ってないのも大きいかもだよ。」

 

 

とは言え、現状では束も未だに絶対天敵の本拠地を割り出す事が出来ていなかったので、今暫くは人類側も絶対天敵側も『消耗戦』を続ける事になるだろう……ただ、未だにIS発祥の地である日本には一体たりとも絶対天敵が攻めて来ていないのが不気味ではあったが。

或いは日本かIS学園に絶対天敵が攻め込んで来た時が大決戦の時なのかもしれない……理想はそうなる前に絶対天敵の本拠地を突き止めるか、または侵攻が中々進まない事にシビレを切らしたキメラが自ら出陣してくる事なのだが。

絶対天敵の本拠地が明らかになるかキメラが自ら戦場に出てくれば絶対天敵の親玉を討つ機会を得る事が出来るので、一気に此の戦いを終息させる事も出来るのだから。

 

報告会が終わった後、束は学園が『研究・開発』の為に用意した一室に閉じこもり、絶対天敵の本拠地の捜索を行いながら、ロンドンに現れた巨大な絶対天敵の弱点の解析と其れに対しての有効な武装の開発を並行作業で行い、宣言通り三十時間キッカリで弱点の解析と有効武装の開発を完了した。

其の結果、ロンドンを壊滅状態にした絶対天敵の再生能力は傷口の細胞が生きている事が前提であり、傷口が焼き固められたり腐敗していた場合には再生は出来ず、斬り落とされた部位も切断面の細胞が生きていなければ新たな個体に変形する事は出来ない事が明らかになったのだ。

更に部位を再生した場合、再生した場所の防御力は大きく上昇するのだが、其の代償としてスピードがダウンしてしまう事も判明した――装甲が分厚くなれば其の分だけ重くなって動きが遅くなるのは絶対天敵も同じだったのである。

 

其れ等の弱点が明らかになった上で束が開発した有効武装は、遠距離用と近距離用共に『攻撃場所に腐敗、石化、火傷、凍傷、テロメアの残量0のいずれかの効果を与える』と言う凄まじいモノだった。

特にテロメアの残量0は細胞分裂を強制的に限界値にしてしまうモノであり、確実に発生するモノではないとは言え、他の効果ともども人間同士の戦争で使われたら核兵器級の危険物と言えるだろう……勿論、束は其れを考えて此の武装は絶対天敵にだけ効果を発揮するように設定しており、絶対天敵以外の相手に対しては普通のビームと斬撃でしかない訳なのであるが。

 

 

「まさか本当に三十時間でやり遂げてしまうとは……お疲れ様です姉さん。

 おにぎりと卵焼きと豚汁を作ってきましたので、一息入れて下さい。水出しの緑茶もセットです。」

 

「箒ちゃんの優しさが身に染みるね~~♪因みにおにぎりの具は?」

 

「姉さんの好きな明太高菜、ピリ辛肉味噌、キムチマヨネーズです。卵焼きも姉さんが好きな少し甘めの味付けで中にチーズが入った出汁巻き卵です。」

 

「うおぉぉ、束さんの好物が揃ってるぅ!

 箒ちゃんの愛が束さんに突き刺さってる!その愛が嬉しい!本気で愛してるよ箒ちゃん……抱きしめてチューしても良いかな!?」

 

「いえ、其れはダメです。ハグはOKですがキスはダメです……私にキスして良いのは秋五だけです。」

 

「……ほっぺへのチューなら親愛を示すモノだけどダメ?」

 

「……そうであるのならば許可しましょう……ですが、其れ以上の事をしたら渾身の兜割りブチかましますからね?……尤も、木刀では大したダメージにはならないと思いますが。」

 

「いやいやいや、流石の束さんでも木刀であっても全力で殴られたら流石に痛いからね?

 木刀じゃダメージにならないとか、箒ちゃんは私の事をなんだと思ってるのかな?原稿用紙一枚以内で説明してみたまえ。」

 

「姉さんは姉さん以外の何者でもないとは思っていますが、姉さんは天才の域を超えた存在であると思うので、間違いなく私の姉ではあるのですが突然変異的に誕生した特別な個体であるのではないかなと思います。

 と言うか、姉さんは間違いなく突然変異種でしょう?……父さんも母さんも黒髪であるのに、姉さんの髪は日本人では有り得ない紫色ですからね?ドコゾのピンクの金魚と同じな気がします。」

 

「うわぁお、其れは若干否定出来ないね♪」

 

 

其処に箒が差し入れを持って来て、束は狂喜乱舞し、其の差し入れを平らげた後に大浴場で一風呂浴びた後にウィスキーのポケット瓶を一気に飲み干してからベッドにダイブして丸一日眠るのだった……三十時間ぶっ続けで働いた後に丸一日眠る、其れで辻褄を合わせてしまう、合わせる事が出来てしまう束は矢張り『世紀の大天才』なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、報告会が終わった頃、夏月は秋五にスマートフォンで屋上に呼び出されていた。

既に夜の帳は下りていたのだが、今宵は晴天で夜空には半月よりも満ちた月が輝いており、夜であっても視認は容易な状態であった――尤も、織斑計画で誕生した夏月と秋五は三日月以下の月明りであっても視界が効くのだが。

 

 

「態々寮の屋上に呼び出して、何の用だ秋五?」

 

「……夏月、僕を鍛えてくれないか?」

 

 

月明りが照らす寮の屋上で、秋五は夏月に『自分を鍛えてくれ』と申し出ていた。

 

 

「俺がお前を鍛えるだって?……何だってそんな事をする必要があるんだ?

 お前はもう充分なレベルで強いだろ?……まぁ、ロンドンの事は残念だったかもしれないけど、其れは相手がクソチートだったから仕方ねぇってモンだ。」

 

「だからだよ。

 僕は強くなったと思ってた……だけど僕の強さは規格外の相手にはマッタクもって通じないんだって痛感させられたんだ……だから僕は、規格外の相手にも通じる力を身に付けなきゃならないんだ!

 其れに、僕は君と比べたらマダマダ全然弱い……僕の戦闘力が一万程度だとしたら、君の戦闘力は最低でも五十三万だと思うからね――!!」

 

「俺はフリーザ様かよ。

 ……だがな秋五、俺の――俺達の強さってのは、『人を殺す事が出来る』ってのが前提になってる、ある意味では『間違った強さ』であって、其れは『取り返しのつかない強さ』だから、其れをお前に会得させる事は出来ねぇ。

 つっても、お前は納得しねぇだろうから、ギリギリ表の世界だけで通用する力ってモノを会得させてやる……だが、其れでも其れを会得するまでに数えるのも面倒になる回数の地獄を見る事になるんだが、其れでも良いんだな?」

 

「元より覚悟は出来てる……地獄を見るのは、会長さんとの特訓で経験済みだからね。」

 

 

夏月組の強さは、『裏世界の仕事』を熟す為に必要なモノである『取り返しのつかない強さ』であり、夏月もそんな裏の力を秋五に会得させる心算はなかったのだが、だからと言って秋五が其れで引く事はないと思ったので、ギリギリ表だけで通用する力を会得させる事にした――其れでも、何度も地獄を見る事は確定していたのだが、其れでも秋五は其の特訓を受ける事を一瞬も迷う事なく決めたのだった。

 

そして翌日から秋五は夏月組から超絶スパルタトレーニングを受ける事になり、其れを見た秋五の嫁ズも其れに参加して地獄と極楽を何度も往復するレベルの、其れこそ拷問が生温いと感じるほどのハードモードを超えたデッド・オア・アライブ級のトレーニングが行われ、秋五組は『死んだように眠る』日々を過ごす事になったのだが、其の効果は大きく、トレーニングが始まってから一週間が経つ頃には、トレーニング後にもギリギリではあるが自力で動けるようになっていたのだった。

 

 

更に此のトレーニング期間にも絶対天敵との戦闘は行われており、秋五組は出撃の際にはメディカルマシーンで強制回復してから出撃したのだが、其れが逆に良かったのか、超急速回復が秋五達を回復させるだけでなく、疲労回復時に行われる肉体強化を促進していたのだ。

 

其れでも夏月組と比べれば未だ力の差は大きいのだが、秋五組は『不殺人』で得る事が出来る最高クラスの力を手にしたのは間違いなかった――人を殺した経験がなくとも、『不殺人』での最強の力を得る事が出来たのならば上出来だろう。

 

 

そして偶然か、それとも必然だったのか……此の日を皮切りに絶対天敵の侵攻は此れまでよりも苛烈になり、世界中で絶対天敵を相手にした戦闘が行われるのだった……!

そして其れは、地球人類と絶対天敵との戦闘が遂に本格化した事を意味していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode81『本格化したガチバトル~More Battle Real~』

遂に日本に来やがったか……!By夏月    一匹残らず駆逐してやるわ……!By楯無    慈悲も情けも必要ない……覚悟はいいかい?Byロラン


地球人類と絶対天敵との戦いはいよいよ本格化し、絶対天敵の攻撃も苛烈になって来たのだが、其れに対して地球人類も束が開発した絶対天敵用の武装を駆使して対抗していた。

各国の地球防衛軍は絶対天敵と互角の戦いを展開し、其の中で出撃要請を受けた『龍の騎士団』は出撃先で見事な戦果を挙げていた――此れまで、圧倒的な戦果を挙げていた夏月組だけでなく、秋五組、その他も大きな戦果を挙げていたのが大きいだろう。

 

秋五組が夏月組に鍛えられただけでなく、各国から出向して龍の騎士団の一員となったメンバーも夏月組の『地獄の訓練』を受ける事を志願した事で『龍の騎士団』の実力が底上げされただけでなく、団員のメンタル面も大きく鍛えられていた。

数えたくなくなるだけの地獄を経験した夏月組以外の龍の騎士団のメンバーは、『此の地獄を生き抜いた事を思えばどんな事でも出来る』と言う鋼の精神力を得ると同時に一種の悟りに達していたのである。

 

そして其の経験があるからこそ、以前ロンドンで戦った巨大な絶対天敵(以下怪獣型と表記)と同一の個体を前にしても怯む事はなかった――己に向けられた夏月達の『本気の殺気』、相対しているだけで否が応でも感じざるを得なかった『逃れられない死の恐怖』と比べれば、闘争本能の、破壊衝動の赴くままに暴れる絶対天敵は恐怖の対象足りえないのだ。

 

 

「ゼラアァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

夏月組との地獄の訓練の効果が最も顕著に表れているのが攻撃だ。

怪獣型の絶対天敵の装甲を、ロンドンで戦った時には貫く事が出来なかった秋五組の面々だが、特訓後は怪獣型の装甲を斬り裂き、撃ち抜く事が可能となっていた。

無論此れは束による武装の出力強化も大きいのだが、近接戦闘に関しては特訓前よりも洗練され、鋭さが増していた。

 

 

「必要な力をインパクトの瞬間にだけ込める事で攻撃は最大の破壊力を発揮する事が出来るか……確かにその通りだね?」

 

「父上が剣を振る上で大切な事として、『剣とは腕の力で斬るモノに非ず、剣は肚で斬るモノだ』と言っていたが、一夜達との訓練で漸く其の意味が理解出来た……剣を振る其の瞬間にだけ最大の力を込めれば、後は惰力の勢いで力を使わずに斬る事が出来る。

 そして無駄な力が入っていないと言う事は、攻撃が相手に当たる際に不必要な力が飛び散ってしまう事もなく、必要な力のみが攻撃箇所に伝わる、故に鋼鉄ですら両断する事が可能になるのだな。」

 

 

秋五組と他のメンバーが夏月組との特訓で習得したモノが『脱力』と『一瞬の全力』だ。

攻撃に於いても防御に於いても脱力と言うモノは大きな要素であり、例えば超一流の野球選手の打者はバットを振る直前までは完全に脱力し、ボールを捉える其の瞬間に最大の力でバットを振り抜く事で140mを超える打球を放つ事が可能な訳で、超一流のボクサーは相手のパンチを喰らう時でも目を瞑らない……目を瞑ると言う行為自体が無意識に力を入れている状態であり、敢えて其れをしない事で脱力してパンチの衝撃を受け流しているのである。

 

とは言っても全く無駄な力を使わないようにすると言うのは簡単な事ではないのだが、短期間で秋五達が其れを身に付ける事が出来たのは、夏月や楯無の他に実は鈴の存在が大きかった。

鈴が身に付けている中国拳法は演舞の『功夫』がメインであり、実戦的な拳法は基本的なモノしか体得して居ないのだが、鈴の類稀な身体能力は師の目に留まり、密かに中国拳法の奥義とも言える『消力(シャオリー)』の基本を教えられていたのだ。

消力は攻防に於ける脱力と一瞬の力の発揮を突き詰めたモノであり、極めれば非力な女性や老人であってもコンクリートの壁を粉砕可能な攻撃を行う事が出来るのだ――鈴は其の基本を教わっただけであり、ISバトルでは使う事はなかったのだが、絶対天敵のとの戦いの中で無意識に消力を使い、結果として多少自己流ではあるが消力を完成させていたのだ。

流石に無意識で完成させただけに口で伝えるのは難しかったが、其処は模擬戦の中で実際に鈴が消力を使って見せる事で秋五達に実戦で習得させたと言う訳だ――秋五組だけでなく、他の龍の騎士のメンバーも実戦派だったらしく、模擬戦の回数が三十回を超えた辺りで全員が消力を略会得したのだ。

因みにだが夏月と楯無は更識の暗殺術として、ヴィシュヌはムエタイファイターとしての技術として同様のモノを会得しており、ロラン達は裏社会に身を置くようになってから其れを身に付けたのだった。

 

此れだけでも絶対天敵との戦いは怪獣型が出て来ても被害は最小限に留める事が出来るのだが、秋五組にはロンドンでの戦いで開眼した切り札が存在していた。

 

 

「此れで決める!箒!」

 

「私の力、全て持って行け秋五!!」

 

「オォォォォォォ……此れで消え去れ!消魔鳳凰斬!!」

 

 

其れが箒の紅雷から秋五の雪桜へ絢爛舞踏のシールドエネルギー回復効果を利用したエネルギー譲渡を行い、秋五が其のエネルギーを全て日本刀型の近接ブレード『晩秋』に集中させて巨大なエネルギーブレードを生成し、其れで相手を一刀両断にする『消魔鳳凰斬』だ。

夏月組との特訓とは別に、この技の特訓を行った結果、箒から譲渡されたエネルギーは巨大なエネルギーブレードを生成するだけでなく、イグニッションブーストで突撃する秋五に追従する火の鳥……フェニックスをも顕現させ、相手には秋五の斬撃とフェニックスの灼熱の突撃が炸裂する事になったのだ。

 

 

『グギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

「僕達の……勝ちだ!」

 

 

身体を唐竹に真っ二つに両断された怪獣型は更に其れをフェニックスの炎で焼かれ、断末魔の悲鳴を上げながら消滅した――しかし、絶対天敵の攻撃は世界中で起こっており、ISが配備されていない『後進国』は『龍の騎士団』が間に合わなかった事もあって陥落した場所も少なくなく、陥落した国に存在していた者達は絶対天敵に吸収されて絶対天敵を進化させることになってしまったのだった。

進化の果てが存在しない絶対天敵との戦いは長引くほど不利になるのだが、地球人類側にも其の進化に対応したISの強化を行う事が出来る束が存在しているので、此の戦いは地球人類が絶対天敵の親玉であるキメラを討つか、或いは絶対天敵が束を討つか、その何方かが達成されない限りは終わる事はないのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode81

『本格化したガチバトル~More Battle Real~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして世界中に絶対天敵が現れ、日々苛烈な戦闘が行われている中、日本には絶対天敵が現れてはおらず、日本国民は平和な日々を享受しており、本日は秋葉原でコスプレイベントが行われており、秋葉原には多くのコスプレイヤー達が集まっていた。

其のレイヤーのレベルは非常に高く、『ネクロとイリヤを表現しながら稼働する翼を搭載したギルティギアのディズィー』、『グローブを加工して、炎を掌に宿せるようになったKOF草薙京』、気合が入りまくってコスプレで無かったらポリスメン案件になり兼ねないストリートファイターシリーズの『ザンギエフ』、『エドモンド本田』、『サガット』が秋葉原の街を練り歩き、コスプレイヤー目当てのオタクカメラマンの要望にも応えてポーズを決めており、ディープなオタクワールドが展開されていたのだが……

 

 

 

――ドスゥゥゥゥゥゥ!!

 

 

 

其処で突如、一人のコスプレイヤーが背後から別のコスプレイヤーに胸を貫かれ鮮血が周囲に飛び散ったのだ。

コスプレイベントの会場で突然の惨劇なのだが、あまりにも突然の事で周囲のコスプレイヤーやカメラマンも理解が追い付かず、『此れもイベントの一環か?』とすら思ったのだが、胸を貫かれたコスプレイヤーが口から血を垂れ流して力なく項垂れてしまった事と、コスプレイヤーを貫いたのが刃物ではなく金属質な虫の足を思わせるモノであった事を確認すると、此れが演技ではない傷害殺人であり、其れを行ったのは普通の人間ではないのだと理解し、平和で楽しいコスプレイベントの会場は一転して阿鼻叫喚の地獄と化した。

目の前で人が殺されたと言う事だけでも衝撃なのだが、其れを行ったコスプレイヤーは右腕が金属質なカマキリの大鎌と化しており、其れだけでなくコスプレイヤーの姿が変化して全身を金属質の装甲で覆われた巨大なカマキリになったのだ。

 

 

『キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

 

此のコスプレイヤーの正体は言わずもがな人間に擬態した絶対天敵だったのだ。

此れまで日本は絶対天敵の攻撃を受けた事が無かったので油断していたのは否めないが、其れでもこんな形で現れるとは予想していなかった――絶対天敵は此れまでは地下や空、海からの侵攻を行っており、日本に対しても同様に仕掛けて来ると思っていたのだ。

 

だが其の予想に反して、絶対天敵は人間に擬態した状態で日本に入り込み、多くの人が集まるイベント会場で奇襲を仕掛けて来たのである。

全く予想していなかった絶対天敵の奇襲にイベント会場は混乱状態となり、我先にと逃げようとしたのだが、イベント会場に入り込んでいた絶対天敵はカマキリ型一体だけではなく、他にもクモ型、セミ型、蛾型等が出現して其の場に居た人々を襲い始めた。

 

更にコスプレイベントの会場のみならず秋葉原の街其の物にも人間に擬態した絶対天敵が多数存在しており、コスプレイベント会場での襲撃が合図であったかの如く正体をあらわにして人々を襲い始めたのだ。

 

此の事態にコスプレイベントの会場警備の為に出撃していた警察の機動隊が対応し、人々の避難誘導をしながら絶対天敵を攻撃したのだが、通常兵器では自衛隊に支給されている実戦武器でもダメージを与える事が出来ない絶対天敵に対し、警察官が携帯している拳銃ではエアガンほどのダメージを与える事すら出来ていなかった。

機動隊からの攻撃は全く意に介さずに絶対天敵達は手当たり次第に人々を襲い、そして狩って行く。

絶対天敵にとって地球人類は狩りの対象である得物であり餌である……よって絶対天敵に狩られた人々は其の場で絶対天敵によって捕食される事になった――クモやセミのように養分を吸い取るタイプならば狩った人間から養分を吸い上げてミイラにするだけなのだが、カマキリ型やアリ型のように獲物の肉を直接喰らうタイプに狩られた人間は最悪だった。

養分を吸い取られるのならば初撃で即死しなかったとしても後はドンドン意識が薄れて行って眠るように死ぬので苦痛は感じないのだが、直接食べられる場合は初撃で即死しなかった場合は意識と痛覚が僅かでも残っている状態で身体を食い千切られるので其の苦痛は想像を絶するだろう。

 

勿論此の惨劇は直ぐに首相官邸に伝わり、時の首相は即座に自衛隊の『地球防衛軍』に出撃を命じたのだが、秋葉原での惨劇が起きたのと時を同じくして日本各地の自衛隊の駐屯地に絶対天敵が現れ、日本の地球防衛軍は其れの対処に追われてしまい秋葉原に部隊を派遣する事が出来なくなっていたのだった。

 

日本の首都である東京を襲撃し、更には自衛隊の地球防衛軍も駐屯地から動けないようにすると言う絶対天敵の……その親玉であるキメラの見事な作戦は完璧に決まった形となった。

否、決まろうとしていた。

 

 

「日本到着!

 随分と好き勝手やってくれてんじゃねぇの……更識簪一佐、砲撃を許可するぜ。思い切りブチかませ!!」

 

「了解……吹き飛べ!!」

 

 

阿鼻叫喚の地獄と化した秋葉原の上空に、龍の騎士団の移動手段の一つである『イカ明太軍艦』が現れ、其処から龍の騎士団の夏月組+スコール&オータム&フォルテが出撃し、先ずは簪がグレネードから火炎弾を撃ち出し、其れにぶつける形で氷結弾を放って楯無とダリルのコンビ攻撃と比べたら大きく劣るモノの其れでも充分な威力を持った対消滅攻撃を行って絶対天敵数体を消滅させると、其れを皮切りに夏月達による一方的な絶対天敵の虐殺が始まった。

 

『裏の住人』である夏月達の面々の攻撃は全てが『一撃で相手の命を刈り取る事が出来る』モノであり、其れは絶対天敵が相手でも例外ではなく、夏月達の攻撃は骨のない虫の最大の弱点である関節を狙っており、其の攻撃は絶対天敵の戦闘能力を奪っていた。

 

 

「外装甲は強固だが関節部は脆いか……関節の脆さは、生物が生物でいる限りは克服する事が出来ない絶対的な弱点であるのかも知れないね?

 尤も弱点が存在しない存在を、果たして生物と定義して良いのか迷うけれどね……どんな形であれ、少なからず何らかの弱点が存在していからこそ、生物は生物足りえると私は考えているからね。

 もしも絶対天敵が一切の弱点の無い存在に進化しようとしているのであれば厄介だがこの上なく倒し易い存在になるのかも知れないけれど。」

 

「其れは何故ですロラン?」

 

「簡単な答えだよヴィシュヌ。

 私はね、進化と言うモノは少しでも種の命を長らえようとする、言ってしまえば『死への抗い』だと考えているんだ――だがしかし、ドレだけ進化したところで生まれた其の瞬間から運命付けられている死から逃れる事は出来ない。

 だからこそ少しでも己を命を長らえさせようと、或いは命は短くなろうとも次世代に命を繋ぐ事が出来るように地球生物は進化して来たのだが、其れでも弱点を完全に消し去る事は出来なかった――否、より正確に言うのであれば弱点を消さなかった。

 弱点があるからこそ必死に生きる事が出来るとも言えるからね――そして、その必死さが次の世代に確実に命を繋ぐ為の大切なファクターでもある。

 故に、弱点を完全克服しようとしている絶対天敵は、生き物としては弱いのさ!」

 

「成程、言われてみれば納得出来る部分も多いですね……ですが、其れは其れとして此れだけの事をしてくれたのですから、此処は滅殺一択ですよね夏月?」

 

「当然だ……一匹残らずぶっ殺す、其れだけだ。」

 

 

其処からは夏月達と絶対天敵の戦闘が展開されたのだが、一時はIS学園から離反して裏の仕事を行っていた夏月組とフォルテ、亡国機業のエージェントであるスコールとオータムにとって絶対天敵は所詮、『少しばかり厄介だが倒せない敵じゃない』相手であり、夏月達は秋葉原に現れた絶対天敵を瞬く間に一掃して見せたのだ。

其れは正に鎧袖一触と言うべきモノであり、そして其れだけでなく夏月達は二人一組のタッグ(ダリル組はフォルテも追加なので三人)を組むと、夫々が日本各地の自衛隊の駐屯地に向かい、其処に現れた絶対天敵を次々と駆逐して行ったのだ。

 

 

 

『グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

 

 

だが、事態は其れだけで終わらず、東京湾には怪獣型の絶対天敵が現れた。

大まかな姿はロンドンに現れた個体と同じなのだが、其の身体はロンドンに現れた個体よりも更に巨大で、全身を覆う装甲もロンドンに現れた怪獣型よりも分厚くなっていた。

此のボス級の相手に、日本各地の自衛隊駐屯地に現れた絶対天敵を現地部隊と協力して制圧した夏月達は東京湾に集まり、怪獣型と戦う事に。

 

 

「デカブツが……独活の大木よりは役に立つんだろうなぁ!?」

 

「大きいだけじゃ私達の相手ではないわ。」

 

 

普通に考えれば難敵極まりないのだが、夏月達に限っては難敵足りえなかった。

怪獣型の絶対天敵は『デカくて速くて強くて堅い』を備えており、圧倒的な攻撃力と防御力を備え、更にはスピードも兼ね備えているのだが、圧倒的な巨躯がスピードとはミスマッチだった。

人間であれば、其れこそ『世界の大巨人』と謡われた『アンドレ・ザ・ジャイアント』に俊敏さが備わっていたら最強で無敵だったのかも知れないが、其れはあくまでもサイズの差はあれど人間大であればこその事だ。

怪獣型の絶対天敵はリアルゴジラ級の巨躯であり、其れが素早く動けると言うのは脅威ではあるのだが、そのスピードは人間大の相手に対しては、『見てから余裕で回避出来る』モノであり、怪獣型の攻撃が夏月達を捉える事はなかったのである。

 

 

「此れで終わりにするわ……合わせてダリルちゃん!」

 

「オレ達の最強攻撃を受け取れ夏月!」

 

「楯無さん、ダリル先輩……貰うぜ其の力!!」

 

 

怪獣型に攻撃を加える中、楯無とダリルが『メドローア』を完成させたのだが、其れを直接放つ事はしないで夏月に向かって対消滅のエネルギーを投げ渡して、夏月は其のエネルギーを日本刀型の近接ブレード『心月』で受け止め、刀身に対消滅の力を宿す。

普通ならば対消滅の力で心月が消え去るのだが、夏月は心月の刀身にビームを纏わせる事で刀身に対しての物理干渉を阻害し、更に羅雪がビームのエネルギー操作を行い、刀身に纏わせたビームに対消滅の力を付与したのだ。

そして其のまま羅雪のワン・オフ・アビリティである『空烈断』を発動し、対消滅の力を宿した空間斬撃を行い、怪獣型を跡形もなく消滅させた……予想もしていなかった奇襲で少なくない犠牲は出てしまったのだが、其れでも夏月達は日本に現れた絶対天敵を退けたのだ。

少なからず犠牲者は出てしまったモノの、秋葉原の街は壊滅状態にならず、各地の自衛隊の基地も無事であった事を考えれば成果はパーフェクトではなくとも上々の及第点と言えるだろう。

 

 

だが、被害は最小限に留まったとは言っても被害が出てしまった事は事実であり、其の被害状況に誰より先に飛びついたのはマスコミ各社だった。

被害の状況とその場に居合わせた一般人へのインタビューは良いとして、各社マスコミは『龍の騎士団』及び自衛隊の『地球防衛軍』の対応の遅れが被害を出したのではないかと言う的外れ極まりない報道を行っていた。

秋葉原で絶対天敵が暴れ始めたころ、秋五組は日本の裏側であるアルゼンチンに遠征していたので即時日本に帰還するのはそもそも不可能であり、夏月組は比較的日本から近い台湾に出向していたのだが、其れでも束が製造した戦艦を使っても最低一時間は掛かってしまうので、遅れたのは致し方ない事であるのだが、マスコミ各社は其れを考慮せずに悪意ある報道を行ったのだ――地球の為に戦っている龍の騎士団や地球防衛軍の今回の対応が、まるで『悪』であるとも言うかのようにだ。

 

 

「胸糞悪い報道しやがるなぁマスコミって奴は……だ~からマスゴミって言われんだろ。

 コメンテーターの中には真面な事を言ってる奴も居るみてぇだが、番組全体としてはオレ達の対応が遅れた事が被害拡大に繋がったってスタンスじゃねぇか……命張ってねぇ奴等が好き勝手言ってくれるぜ。」

 

 

IS学園に戻り、学食で生ハムとトマトを挟んだバゲットを豪快に噛み千切っていたオータムは学食内のモニターの一つに映し出されてたワイドショーの報道に対して不快感を全開にしていたのだが、其れはIS学園の生徒と教師全員の総意とも言えるだろう。

IS学園の生徒も教師も、『龍の騎士団』のメンバーが命懸けで絶対天敵との戦いを行っている事を知っており、戦う事が出来ないメンバーは其のサポートを全力で行っていたからこそ、秋葉原の一件で被害者が出たのは龍の騎士団の対応が遅れた事が原因だとする報道には怒りを覚えていた。

国営放送のNHKは真実を伝えていたのだが、民放各社は視聴率狙いでゴシップ的報道を行っていたのだ――学食には複数のモニターが存在しており民放とNHKの両方を視聴可能なのだが、だからこそ民放の偏向放送が目立つ結果となっていた。

各報道番組のコメンテーター、特に芸能人コメンテーターは『龍の騎士団や地球防衛軍の対応が遅れてしまったのは汲むべき事情があるのだから、犠牲者が出てしまった事は残念な事だが其の責任を彼等に負わせるのはお門違い』との意見であり、知識人のコメンテーターも半分は同意見なのだが、残る半分の知識人のコメンテーターは『どのような事態が起きても迅速に対応出来なければ意味がない』との意見を口にし、番組メインキャスターも電話が繋がっている自衛隊の自衛官になんとか『今回の事態は自分達の対応の遅さが原因だった』と言わせようとしているが見え見えの最悪の番組構成だった。

 

此の偏向報道だけでも性質が悪いのだが、更に性質が悪かったのは各種SNSだ。

犠牲者の遺族が無念の思いを投稿するのは良いとして、秋葉原の件とは一切関係ない第三者が偏向放送を見た上で見当違いな正義感を振り翳して『龍の騎士団』に対して批判にもなっていない罵詈雑言を浴びせ、中には『俺だったらもっと的確にやって見せたぜ!』等と言う勘違いも甚だしい投稿までされる事態となっていたのである。

無論IS学園は此れ等の事に対して抗議を入れたのだが、民放各社は其の抗議すら『自分達の対応の遅れをひた隠しにしようとする行為』と報道したのだが、其れをやった直後民放各社の画面は砂嵐になり、其の直後、画面には『笑顔だが青筋を浮かべた表情の束』が現れていた。

 

 

『やぁやぁ、ハローハロー、コンニチワのくんにちわ!皆大好き、世界のアイドル、正義のマッドサイエンティストの束さんだよ!

 オイこら民放のマスコミもといマスゴミ共、テメェ等命張って絶対天敵と戦ってるカッ君達の事を随分と悪く言ってくれてっけど、其れって此の束さんと敵対する意思があるって事で良いのかい?

 カッ君達はさぁ、此の束さんのお気に入りであり、束さんが全力でサポートしてる存在なんだよねぇ……其れに対して悪意を向けるとか、一遍死んでみるかお前等?』

 

 

普段の軽いノリは成りを潜めた束は『正義のマッドサイエンティスト』の二つ名の通りに、冷徹で冷酷な目をしており、並の人間ならば其の視線に晒されただけで意識を失ってしまうだろう。

まさかの束の電波ジャックに民放各社は驚かされただけでなく、更に束からのメールで『ゴシップ週刊誌各社にお前等のヤバい取材と報道の彼是の証拠を送ってやったから』と届いた事で恐慌状態陥り、秋葉原の一件を報道するどころではなくなってしまった。

 

 

『真実を報道しない報道機関に存在価値はないって知るんだね。

 NHKも偏向報道をしてないとは言えないけど民放と比べれはまだマシだし、今回は正しい報道をしてたから見逃すけど、決して束さんが認可したとは思わねー事だよ。

 束さんは冗談は言うけど、嘘がこの世で何よりも嫌いなモノなんだ……其れを努々忘れない事だね。』

 

 

画面から束の姿が消えると、民放各社――日本テレビ、TBS、テレビ朝日、フジテレビは『しばらくお待ちください』の画面になってしまった……テレビ東京は報道番組よりもアニメ番組や海外ドラマがメインコンテンツだったので束の電波ジャックを受けずに通常放送を続けていたが。

だがテレビ東京以外の民放は逆ゴシップの火消しに回る事なり、放送が再開されたのはワイドショー放送から数時間後の十八時であり、此の放送停止時間は後に世界最長の放送停止時間としてギネス記録に認定されるのだった。

其れは其れとして、束が民放各社の『黒い噂』をゴシップ誌各社に流したところ、各社のゴシップ誌は見事に其れに食い付き、こぞって其の『黒い噂』を強調した見だしで表紙とトップ記事を飾り、皮肉にも偏向報道を行った民放各社には其の報いとも言えるゴシップ報道が火を噴いたのだった。

その影響もあり、夕方の報道番組では日本テレビのそらジロー、TBSのブーなちゃん、フジテレビのガチャピンが局外の天気コーナーで天気予報士と共にもみくちゃにされると言うハプニングが発生してしまったのが、其れはある意味で自業自得と言えるだろう。

 

 

「当事者のお前等が特別反応してなかったのが不思議だったんだが、若しかしてこうなる事予想してのか?」

 

「まぁ予想はしてたぜ秋姉。

 束さんは味方には厚情で何かと頼りになる人なんだが、其れだけに仲間を傷付けたり、悪意のある情報を流す相手には容赦しねぇからな……日本に絶対天敵が現れたってのはマスコミからしたら良いネタなのは間違いないが、其の絶対天敵を世界に二人しか存在してない男性IS操縦者が所属してる龍の騎士団が多少の犠牲を出しながらも倒しました、見事な働きでしたじゃ面白くねぇんだろ。

 炎上商法じゃないが、ネガティブな部分を煽った方が人が食い付く部分があるのは否めねぇし、女性権利団体は崩壊したとは言え、極少量とは言え女尊男卑の思考の持ち主もいるだろうからな……そんな奴が番組プロデューサーだったら俺達に否定的な報道になるのもある意味納得は出来るからな。」

 

「まぁ、テレビ局は此れで済んで幸運だったと思いますよ?

 SNSで好き勝手言っていた連中は姉さんによって顔と本名と住所が特定されてネット上に晒されて更に削除不可能なレベルで拡散されているでしょうからね……恐らくネットでも現実でも平穏な暮らしを送る事は二度と出来ないでしょう。

 ……義務教育中の生徒ならば兎も角、高校生以上の存在ならば生徒や学生は停学からの退学、社会人ならば解雇か雇止め待ったなしですからね?

 姉さんを敵に回したら破滅するだけですよ……ですが、其れは今回の事で誰もが良く分かったでしょうから、今後は二度と同じ事は起きないでしょう。」

 

「マジかぁ……ガチでトンデモねぇな束の奴は……改めてアイツとだけは絶対に敵対しちゃいけねぇって実感したぜ。」

 

 

更にSNSで好き勝手な事を言っていた連中はプライバシーが丸裸にされてネットと現実の両方に束によって晒される事になり、見事に人生終了状態となってしまっていた……軽いノリでマスコミの報道に乗っかってアンチ投稿をした事で人生が破綻してしまったと言うのは笑えない結末だが、此れはマスコミ各社以上に自業自得で因果応報の結果としか言いようがないだろう。

 

 

「だけどそんな事よりも問題なのは、遂に絶対天敵が日本に現れたって事だ。

 今まで世界の色んな国に絶対天敵は現れてたんだが、日本だけは不自然なまでに絶対天敵の攻撃を受けて来なかった……其れだけ絶対天敵にとっても日本は重要な場所だったって事なんだろうが、その重要な場所である日本を攻撃して来たって事は、絶対天敵は本気で侵攻を始めたって事だって言えるからな?――多分だが、此れから先の戦いは日本、或いは此のIS学園島が主戦場になるのかも知れないぜ。」

 

「其の可能性は高いでしょうね……だから、束博士に頼んで更識のエージェントと更識と繋がってる極道組織に『ISを使わなくても絶対天敵に有効な武器』の開発を依頼したわ。

 其れがあれば生身でも絶対天敵と戦う事が出来るし、裏の戦力が絶対天敵に対処出来れば表の戦力は市民の避難誘導に集中する事が出来るから結果として被害を抑える事が出来るでしょうからね。」

 

「GJだぜ楯無さん。」

 

 

其れは其れとして、日本に絶対天敵が現れたと言う事は、絶対天敵の侵攻が本格化した事を意味しており、此れから先の戦いは日本及びIS学園島が主戦場となる可能性が高いのだが、楯無は其れを見越して束に更識のエージェントと更識と繋がりのある極道組織が生身でも使う事の出来る『対絶対天敵用の武装』を依頼していた――其れもまた絶対天敵以外には玩具程度の力しかないのだが、絶対天敵に対しては有効であるのならば問題はない。

更識のエージェント用に開発された武器が拳銃と刀だったのに対し、極道用に開発されたのが拳銃と刀だけでなくナイフや匕首、果てはスレッジハンマーや金砕棒、メリケンサックにアイスピックと多岐に渡っていたのは、極道の獲物は更識のエージェントよりもずっと多岐に渡っていたと言う事なのだろう。

 

 

「それにしても、相変わらずレッドラム先輩の食欲は凄いね?……どんな消化能力してるんだ?」

 

「まぁ、グリ先輩はアレがデフォだからな……逆にグリ先輩の食欲がなくなったら冗談抜きで地球規模の異変が起きるんじゃないかって思っちまうぜ俺は。

 つまり、グリ先輩が美味しそうに飯食ってる間は少なくとも地球は大丈夫だと思うぜ。」

 

「なんなの其れって言いたいけど、其れは妙な説得力があるね。」

 

 

そして本日のグリフィンの夕食のメニューは、『ローストビーフ丼チョモランマ盛り』、『サーロインステーキ500g(レア)』、『鶏の唐揚げ爆盛り』、『アボカド入り野菜サラダ特盛』と品目は少ないながらも盛りが多いメニューとなっていたのだが、グリフィンは其れ等をペロリと平らげて、おかわりとして『牛豚ダブルカルビ丼チョモランマ盛り』、『牛ハラミステーキ1kg』、『超ビッグトンカツ』をオーダーして、其れすらも残さずに平らげると言う凄まじい健啖家っぷりを披露してくれていた……グリフィンとギャル曽根が大食い対決をしたら収集が付かなくなるのかも知れない。

 

 

グリフィンが健啖家っぷりが健在な事を示した夕食後は入浴タイムとなり、夏月と秋五は『男子の時間』で学園の温泉を堪能していた。

 

 

「……絶対天敵との戦いが始まってから、お互い身体に傷跡が増えたな。メディカルマシーンで回復しちゃいるが、少し深めの切り傷は流石にな。」

 

「絶対天敵がISの力を得てからは特にだね。

 ISの絶対防御は通常兵器に対しては無敵だけどISが相手の場合は無敵じゃないからね……装甲の上から攻撃されたとしても、絶対防御で相殺し切れなかった分は身体に及んでしまうから仕方ないよ。」

 

 

そんな夏月と秋五の身体には、決して少なくない傷跡が刻まれていた。

ISの力を得た絶対天敵はISの絶対防御でも相殺し切れないレベルの攻撃を行う事が可能になっており、夏月と秋五は其の攻撃から嫁ズを庇う事も少なくなかったので、其の攻撃による傷跡が身体に刻まれていたのだ。

尤も、夏月も秋五も此の傷跡は『大切な人を守る事が出来た証』であり、ともすれば『名誉の負傷』であるので特に気にしてはいなかったのだが。

 

 

「まぁ、其れはそうだけどな……其れは兎も角として、此れからの戦いは此れまで以上に激化するのは間違いねぇ……途中でスタミナ切れ起こすなよ?」

 

「其れは要らない心配だね……僕達が君達との特訓でドレだけの地獄を見たと思ってるのさ……奇麗な川を挟んで見た事もないお爺さんやお婆さんと会話した回数は数えるのも面倒になってるんだから。」

 

「だろうな。

 んで、何回目で数えるの止めた?」

 

「多分だけど百回を超えた超えた辺りかな?」

 

「百回か……自慢じゃないが俺は、お前が会ったと思われるお爺ちゃんとお婆ちゃんに最低でも三百回ずつ会ってるぜ……自分で言うのもアレだけど、よく生きてるよな俺。」

 

「君はもしかしたら不死身なのかもしれないな。」

 

 

夏月も秋五も地獄の特訓を経験した事で凄まじいレベルアップを遂げており、だからこそ絶対天敵に対して互角以上の戦いが出来ていると言えるだろう。

そんな入浴タイムで夏月と秋五は風呂に浸かりながら拳を合わせて共に戦い抜く事を誓ったのだが……此の二人の入浴タイムが其れで済む筈がないと言うのは当然であると同時にIS学園における一種の恒例行事となっているのだ。

 

 

「ヤッホー!一緒にお風呂入りましょ夏月君♪」

 

「秋五、背中を流してやる。」

 

 

其処にやって来たのは夏月組と秋五組の嫁ズ……だけでなくマドカも居た。

IS学園の大浴場は男子と女子の使用時間が決められているのだが、夏月と秋五の嫁ズに関しては其の使用時間を無視しても問題ない特例措置が取られており、其の結果として混浴状態になる事は多かったのだ――尤も夏月も秋五もすっかり慣れてしまったので、驚く事もなかったが。

 

 

「夏月、秋五、お姉ちゃんと一緒の風呂は少し照れるか?と言うか照れろ!今すぐに!!」

 

「いや、其れは無い。鈴以上のツルペタな上に身内のお前に欲情するか……お前に欲情するとか無いわマジで。てかどんな要求だ其れ?」

 

「アハハ……僕も流石に無いかな……」

 

「……織斑千冬、貴様の身体を寄越せーーー!!」

 

『私の身体は既に乗っ取られているので無理だ。』

 

 

取り敢えず、本日の入浴タイムも概ね平和だったと言えるだろう。

夏月組も秋五組も仲良く背中の洗いっこをした後に湯船に浸かって充分に温まった後は脱衣所でドライヤーで髪を乾かしてから定番の牛乳を飲み干して入浴タイムはターンエンド。

そしてその後は夫々の部屋に戻ったのだが、夏月の部屋にはロラン以外の嫁ズも集まってゲーム大会が開催されて日付が変わるまでゲーム大会を楽しみ、大会後は夏月の部屋で雑魚寝状態となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間に擬態して人間社会に紛れ込ませると言うのは有効な手段だったみたいだな……此方から正体を現さない限りは気付かれる事もないのだからな。

 此れは私達にとって有益な情報だ……精々有効活用させて貰うさ――ククク、地球人類が滅びの時を迎えるのはそう遠くないのかもしれんな。」

 

 

秋葉原の一件にて絶対天敵の親玉であるキメラは『人間に擬態して人間社会に紛れ込ませる』と言う方法の有用性を実感しており、今後は其れをメインに侵攻を進める事を決めていた。

とは言え、其の方法は使ってしまった事で束による解析が行われ、『人間に擬態した絶対天敵を見破る方法』も開発中であるので人間への擬態も何れは見破られてしまうのだろうが、其れでも現状に於いて人間に擬態して人間社会に溶け込むと言うのは最上にして最悪の戦術だと言えるだろう。

 

龍の騎士団が健在ならば戦火の拡大は喰い止められるだろうが、戦火の暴走を喰い止めるのは難しい――キメラは、此の局面で戦火の暴走を起こそうとしていたのだった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode82『暫しの休息と急転直下の最終決戦開始の狼煙』

人間に擬態した絶対天敵のセリフは誤字じゃないから!By夏月    文字でおかしなイントネーションやアクセントを表現するのは難しいわね?By楯無    作者は少ない脳ミソをフル回転したよByロラン


女性権利団体のメンバーの墓を掘り起こし、埋葬されていた遺体を吸収した事で人間への擬態能力を会得していた絶対天敵は其の能力を活用して此度の日本襲撃を成功させ、更には生きている人間を捕食した事で擬態レベルが大きく進化していた。

 

 

「紺に知和。」

 

「人語を流暢に話すにはまだ難があるが使えないレベルではないな。」

 

 

マダマダたどたどしいとは言え人語を操る事が可能となっており、其れこそ『片言の日本語』や『ブロークンイングリッシュ』で通す事が出来るレベルで、『日本語に不慣れな外国人』、『外国語に不慣れな日本人』を演じる事が可能になっていた。

 

と同時に其れは人類にとっては脅威な事であった――人間の擬態レベルが高くなったと言う事は、何処に絶対天敵が紛れ込んでいるかが分からなくなってしまったとも言えるからだ。

 

故に束は『地球人類に擬態した絶対天敵の見分け方』を確立すべく研究を行って徹夜に徹夜を重ね、研究室には『最強のエナジードリンク』との呼び声も高い『モンスターエナジー』の空き缶が数え切れないほどに散乱していた。

 

 

「擬態レベルが上がってるとなると見た目で判断するのはまず不可能。

 言葉遣いがたどたどしいからってのも決定的な判断材料になるとは言えない……食事に関しても普通の人と同じモノを食べられるなら其処を判断材料にも出来ないとなると……体温か?

 絶対天敵は地球上のあらゆる生物を吸収して、その時々に応じて姿を変える事が出来るみたいだけど、姿形は変わっても元々が宇宙生物ってのは変わらない訳だから、そうなると地球上の生物とは明らかに体温が違う可能性がある……シャトル外に排出されたトイレの水が一瞬で凍るくらいに宇宙空間は極寒って事を考えると、其処で生きて行くには高い体温が必要になる――其れこそ、哺乳類では最も高い体温を持っていると言われている北の海に暮らすクジラ類よりも高い体温が。

 地球の環境に合わせて体温を低下させたとしても、其れでも活動能力を得る為には最低でも体温を三八度以上に保つ必要がある筈だから、異常に高い体温なのに普通に活動出来てる奴は絶対天敵が擬態してる可能性が高いかもだね。

 でも人間の中にも束さんみたいに『高熱なにそれ美味しいの?』ってな感じで動ける奴も居るから+アルファの判断要素が必要だな……ん?」

 

 

束は研究室で此れまで世界に現れた絶対天敵の映像を見ながら判別方法を考えていたのだが、先の秋葉原の襲撃時の映像を見て何かに気付いたらしく、人間に擬態した絶対天敵がコスプレイヤーを殺害するまでの映像を何度かリピート再生していた。

 

 

「此れは……コイツ、一切瞬きしてないじゃん。

 人間はどんなに頑張っても瞬きを我慢出来るのは一般人なら三十秒が限界で、一分我慢出来たら凄技レベルなのに、コイツは十分以上も一度も瞬きをしてない……此れは決定打だね!

 人間に擬態した絶対天敵は瞬きをしない……いや、出来ないんだ!

 あの屑の身体を乗っ取った親玉は兎も角として、其れの子分である絶対天敵達は戦闘能力を優先した結果、瞼のある生物の姿になった場合でも瞼の開閉機構は有してても其の能力はオミットしちゃったんだ、戦場では一瞬でも視界を塞ぐ事は隙になるから。

 だけどそれが今回は仇になった……フハハハハハ、此の束さんに四徹させた事は褒めてやるけど、束さんを徹夜で潰す事は出来なかったねぇ!

 擬態を判別する方法は分かった……妖しいと思った奴に強い光を喰らわせて、其れで目を瞑らないか目を守ろうとしなかったらそいつは絶対天敵だ!

 強い光を受けたら目を保護する為に目を瞑るか腕で光を遮ろうとするのが人間だからね!」

 

 

そして遂に束は人間に擬態した絶対天敵の判別方法を発見したのだった。

だが判別方法を見付けるまでに四日も掛かってしまった事で人間に擬態した絶対天敵は決して多くはないが人間社会に入り込む事に成功してしまっていた――とは言え、人間の擬態レベルを上げた場合は生身の人間には余裕で勝てるとは言え戦闘力は著しく低下すると言う弱点も露呈してしまい、人間社会に溶け込んでも即行動すると言う事態は回避されていた。

だが其れでも本土にやって来ていたIS学園の一般生徒が人間に擬態した絶対天敵に襲われて其の存在を乗っ取られ、IS学園にも人間に擬態した絶対天敵数体が入り込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode82

『暫しの休息と急転直下の最終決戦開始の狼煙』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原での一件の後、一旦世界では絶対天敵の攻撃が沈静化していた。

極小規模な戦闘は生じてはいたモノの、龍の騎士団が出撃する必要はないレベルのモノであり、現れた絶対天敵もサイボーグ体ではない個体だったので各国の地球防衛軍の戦力で余裕で対処出来ていたのだ。

また、人間に擬態した絶対天敵も秋葉原の事件後は息を潜めて大人しくしていた事もあり、事件後には『絶対天敵は何処に潜んでるんだ?』、と自分以外の人間に対して少し疑心暗鬼になっている人々も存在していたのだが、現在では其れも大分落ち着き、事件があった秋葉原界隈も日常を取り戻しつつあった。

 

此の状況に対しての各国のメディアの反応は多種多様なのだが、日本のメディアは先の秋葉原での一件で偏向報道を行って手痛いしっぺ返しを喰らった事で大分慎重な報道を行っていた。

各局とも元自衛官や現役自衛官をコメンテーターとして迎えつつ、お馴染みの芸能人コメンテーターや知識人コメンテーターと意見をぶつけ合わせて、真剣に絶対天敵とこの先どうやって戦って行けば良いのかを議論していた。

此処で光ったのが芸能人コメンテーターの意見だった。

元自衛官や現役自衛官、知識人は専門的な知識を持っているのだが、芸能人コメンテーターは一部を除いて専門的な知識がないからこそのコメントを口にする事が出来ており、同時に其れは国民の多くが思っている事でもあるので、その意見に対する元自衛官、現自衛官、知識人のコメントが注目されるのは当然で、中でも現役自衛官の意見は『最も正直な現場の意見』としてネットでも評価されてた。

 

 

各国の地球防衛軍で対処が出来ていると言う事は、龍の騎士団は出撃する事なく、IS学園では新年になってから初めてとも言える通常の学園生活が送られていた。

座学と実技が良い感じで織り交ぜられたカリキュラムが行われ、そしてあっと言う間に放課後になったのだが……

 

 

「タテナシ、今日こそ勝たせて貰うよ!」

 

「全力で来なさいなグリフィンちゃん……生徒会長はIS学園最強の証――そう簡単には勝たせてあげないわよ!」

 

 

IS学園のトレーニングルームに設置されたスパーリング用のリングでは古武道でお馴染みの袴姿の楯無とグレーの柔道胴着を着たグリフィンがスパーリングを超えたセメント勝負を始めていた。

スパーリングとはつまりは模擬戦なので、普通はお互いにある程度の加減はするモノなのだが、夏月組に限ってはスパーリングは模擬戦ではなくガチバトルなので、制限は『相手を死なせない事』と言う中々にぶっ飛んだモノなのだ――裏社会の存在ある『更識』の一員である夏月組にとって、其れは当然の事であるのだが。

 

 

「ふっ……せい!!」

 

「はい!せいやぁぁぁ!!」

 

 

そして当然の如く楯無とグリフィンの戦いは凄まじいモノだった。

楯無の武術の基礎となっているのは『グレイシーの生みの親』として知られている日本の柔道家『前田光代』が体得していた『天神真楊流柔術』であるのだが、グリフィンが体得している『ブラジリアン柔術』は『天神真楊流柔術』が元となっている為に、ある意味では『互いに手の内を知っている』状況になってしまい決定打を欠いていたのだ。

此のまま戦っても泥仕合になり、時間無制限のスパーリングならば、ダブルKOとなり兼ねないので、楯無もグリフィンも数回の攻防の後に互いに相手の出方を伺っての『見』の状況になり、リング周辺には緊張感が漂う。

 

 

「此のままじゃ埒が明かねぇな……楯無さん、グリ先輩、此れが合図だ。」

 

 

その緊張故に楯無もグリフィンも動く事が出来なかったのだが、ジャッジを務めていた夏月がポケットから五百円玉を取り出し、コイントスを行い五百円玉がリングに落ちたのが合図だと告げ、楯無とグリフィンは其れに頷いて了承の意を示す。

其れを確認した夏月は親指で五百円玉を弾き、弾かれた五百円玉は激しく回転しながら舞い上がり、そして落下してリングに落ちた。

 

と同時に先に仕掛けたのはグリフィンだった。

一足飛びで間合いを詰めると、渾身の当て身を楯無に繰り出す――其の当て身は人体急所の一つである水月を狙って放たれており、決まれば一撃必殺だったのだが……

 

 

「其れは読んでいたわよグリフィンちゃん……一撃必殺ならそう来るわよね!」

 

 

楯無は其の当て身を受け流した上でグリフィンにカウンターの投げ技でリングに叩き付け、更に追い打ちにダウンしたグリフィンを強引に逆側に投げ付けて、ダメ押しとなる腕十字固めを極める。

この腕十字固めもプロレスや総合格闘技で使われている『手首を両手でロックして引っ張る』のではなく、『手首を脇でロックして引き延ばす』形の『拷問腕十字』だった……通常の腕十字固めよりも拷問腕十字は肘関節がより強烈に逆に反らされるので一度極まったら凄まじい激痛が走って耐える事は出来ず、よしんば耐えたとしても極められた腕を抜くのは極めて困難であり下手に動けば肘関節が破壊されてしまうので、グリフィンは技が極まった瞬間に即刻タップアウトして決着と相成った――IS学園最強の名は伊達ではなく、此れで通算三十回目の生徒会長の椅子の防衛となったのだった。

 

 

「今回は勝てると思ったのに、タテナシ強過ぎるでしょ冗談抜きで!夏休み中にブラジリアン柔術最強のグレイシー一家に密かに特訓して貰ったってのに、自信無くすよマジで?」

 

「グレイシー一家は確かに世界最強なのかもしれないけど、その基礎になってるのは私が極めた天神真楊流柔術と言う事を忘れちゃダメよ?

 グレイシー柔術、ひいては其れを元にしたブラジリアン柔術は天神真楊流柔術を極めている私には通じないのよ……分家では本家に勝つ事は出来ないと言う事ね――だけど、久しぶりに楽しい戦いだったわグリフィンちゃん。」

 

「何の慰めにもなってないけど、タテナシの事を楽しませる事が出来たって言うんなら及第点かな。」

 

 

勝利したのは楯無だったが、負けたとは言ってもグリフィンの顔にも笑みが浮かんでいたので互いに全力を出し切ったのは間違いないだろう――と、同時に勝負に負けたグリフィンはロランとヴィシュヌによって更衣室に連行され、そして数分後にはメイド服を着たグリフィンが更衣室から出て来た。

実は本日のスパーリング(と言う名のガチバトル)は、『負けたら寝る時までメイド服で過ごす』と言う謎のルールが設定されており、負けた者は全員が簪お手製のメイド服に着替える事になったのだ。

生身での戦闘が得意ではない簪とファニールは他のメンバーに夕食で一品奢る事を条件に戦闘を免除されたのだが、其れ以外のメンバーはガチバトルを行い、此れまでに鈴vs静寐、乱vsナギ、ヴィシュヌvs神楽、ロランvsフォルテ、そして今しがた楯無vsグリフィンの試合が行われ、其の結果、鈴、ナギ、神楽、フォルテ、グリフィンがメイド服となったのだった。

 

そうしてリング上にはラストバトルとなる夏月とダリルが上がった。

試合の組み合わせは『同じ番号を引いた者同士が戦う』と言う形のクジ引きで決めたのだが、夏月とダリルは共に『FINAL』と書かれたクジを引いた事でラストバトルを戦う事に。

楯無vsグリフィンのジャッジを行っていた夏月はジャージを脱ぐと袖なしの青紫の空手胴着姿となり、ダリルは羽織っていたウィンドブレーカーを脱ぎ捨てると学園祭のプロレスの時に着ていたのと同じ衣装姿となった。

 

 

「空手とプロレスの異種格闘技戦か……知ってるか夏月?プロレスと空手の異種格闘技戦ってのは此れまで何度も行われてるんだが、結果はプロレス側の圧勝なんだぜ?」

 

「そりゃそうでしょうよ、異種格闘技戦とは言っても所詮はアレってルールはプロレスな訳だからな。だからプロレス技が掛かる訳だし。

 逆にプロレスラーがK-1の世界に殴り込みかけて勝った例ってのは少ないだろ?てか、現役のプロレスラーでK-1のリングに上がって勝った人って居ないんじゃないか?総合格闘技なら何人かいるみたいだけど。

 俺はプロレス好きだし、本物のプロレスラーは強さとエンターテイナーとしての能力の双方を備えてると思ってるんだけど、其れだけにプロレスのリングでの異種格闘技戦ってのはプロレスの延長線上の事で、ガチの空手との戦いとは違うって考えてるんだ……プロレスじゃ俺に勝つのは結構難しいと思うぜダリル?」

 

「お前の言う事も一理あるが、『相手の攻撃を受けるタフさ』に関してはプロレスラーが最強だって事を忘れるなよ?

 プロレスってのはボクシングや総合格闘技と違って『相手の技を避ける事が許されない』からな……プロレスってのは基本的に相手の技から逃げちゃいけねぇ――相手の技は全て受け切らないといけねぇ。

 だからこそ相手の技を全て受け切れるようにテメェの身体の耐久力を極限まで引き上げるんだ……プロレスラーの身体の頑丈さは相撲レスラーに次ぐレベルなんだぜ?……オレも同じくらいに鍛えてるから簡単にはやられねぇぞ?」

 

「だろうけど、勝つのは俺だぜダリル。

 てか、負けたらメイド服とか黒歴史過ぎて絶対嫌だし、ダリルのメイド服ってのも見てみたいからな。」

 

「オレだって負けられるか!メイド服とか、そんな恥ずかしいもん着れるかよ!」

 

「メイド服が恥ずかしいって、普段ブラチラパンチラで過ごしてるアンタがそれ言うか?

 俺としてはメイド服よりも下着晒してる方が恥ずかしいんじゃないかと思うんだけどその辺如何よ?恥ずかしいと感じるところが少しオカシクねぇかな?」

 

「羞恥心てモノも個人差があるんだよ!」

 

「……さいですか。」

 

 

夏月とダリルは軽い遣り取りをしていたが、其れでも気を緩める事無く、夏月は空手の究極の構えである『天地上下の構え』をとり、ダリルは上半身を少しばかり前傾させて両腕を大きく開いて身体を軽く上下させる構えを取る。

因みに、この数日で夏月はグリフィンとダリルに対して普段の生活でも『先輩』とつける事を止め、グリフィンは『グリ』と呼び、ダリルは呼び捨てになっていた……此れはグリフィンとダリルが『先輩呼びを辞めて欲しい』と言ったからであり先輩に対する敬語、ですます口調も改めていた。

此の試合のジャッジはファニールが務め、そして簪が試合開始のゴングを鳴らす。

其のゴングと同時に夏月とダリルはリングをゆっくりと間合いを詰めると、ダリルが両腕を上げて『力比べ』を仕掛けて来たので、夏月も両腕を上げ、互いにガッチリと手を組んでから渾身の力比べが始まった――しかし、互いに鍛えているのであれば、力比べでは男性である夏月の方に分があり、ダリルは徐々に押し込まれて行ったのだが、ダリルは見事なブリッジで力比べには負けながらも夏月の力を受け流すと、更に押し込んで来た夏月を其の力を利用して巴投げで投げる。

投げられた夏月は受け身を取って直ぐに立ち上がろうとしたのだが、ダリルは其処に間髪入れずにシャイニングウィザードを叩き込む。

立ち上がろうとして片膝を付いたところで、その膝を踏み台にして放たれるシャイニングウィザードは虚を突いた攻撃なので回避は不可能で防御も極めて難しくダリルの膝は夏月の側頭部を捉えた――

 

 

「ふぅ、武藤さんも絶賛のタイミングだったが、残念だったなダリル?」

 

「ぐ……そう来たか……まさかのエルボーガードとはな……!」

 

 

と思ったのだが、夏月はダリルのシャイニングウィザードを肘を立ててガードしていた。

普通のガードは脇を締めて下腕部で受けるモノなのだが、夏月は肘を立て、人体で最も硬い部位の一つである肘でダリルのシャイニングウィザードを受けて見せたのだ。

一般人が此れを行ったら肘が壊れてしまってだろうが、更識の一員として己を鍛えて来た夏月にとっては其の限りではなく、ダリルのシャイニングウィザードをガードしつつ、ダリルの膝にカウンターのダメージ与える事に成功していた。

此れによりダリルの右足は暫く使い物にならなくなってしまったのだが、其れでもダリルは夏月から離れず、体操選手の鞍馬運動の如き動きでバランスを取るとその状態から夏月に回し蹴りを喰らわせてロープに飛ばし、跳ね返って来たところで背後に回りコブラツイストを極める。

 

 

「オレのコブラツイストから逃げる事は出来ねぇぞ!」

 

「確かにガッチリ極まってるけど、此れが効くのはプロレスラーだけだろ?」

 

 

ガッチリ極まったコブラツイストだが、夏月は其れを難なく抜けて見せた――夏月も言っていた事だが、プロレスの関節技の多くはプロレスラーにしか通用しないモノなのだ。

プロレスラーは受け身は一流なのだが、数ある格闘技の中では最も身体が硬いのだ――其れでも一般人と比べれれば高い柔軟性を有しているが、格闘技の世界ではプロレスラーは極めて身体が堅いのだ。

 

 

「此れで終わりだダリル……一撃必殺!!」

 

「んな!?……どわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

 

 

コブラツイストから脱出した夏月はローキックでダリルの体勢を崩すと右の拳に全ての力を集中した渾身の正拳突きを放つ――ダリルは完全にカウンターとなった此の正拳突きを防御する事は出来なかったので敢えて受けた上で自ら後ろに飛んでダメージを軽減しようとしたのだが、ダリルは自分から後ろに飛んだにも関わらず夏月の正拳突きの威力を殺す事は出来ず、リングのロープをぶち切って、壁にぶち当たる事で漸く止まったのだった。

 

 

「やるな……流石はオレの旦那だぜ……こりゃオレの負けだな……回復までに一分は掛かりそうだ。」

 

「アンタも強かったぜダリル。また今度勝負しようぜ?」

 

「おうよ、今度は負けねぇ……って、オレ何回目だっけ此のセリフ言うの……?」

 

 

其れでもダリルは意識を保っており、大きな怪我もなかったのだが、背中を強く打った事によるダメージは大きく、自ら敗北を宣言。

其の後動けるようになるまで回復したところで更衣室に連れ込まれ、そしてメイド服姿を晒す事になったのだった――尤も、試合に負けてメイド服になった面々は夏月から『メイド服も似合ってるな』との評価を受けた事でまんざらでもない様子だったのだが。

 

 

 

 

 

そうして本日のトレーニングを終え、夏月は着替えて道場から出て来たのだが――

 

 

「乙かれ佐摩、位地Ya勲。」

 

 

其処に一般生徒がやって来て、夏月に労いの言葉を掛けて来た。

夏月も其の労いの言葉に笑顔で対応するのが何時もの事だったのが……

 

 

「お疲れ様って事でもねぇよ……俺達にとっては此れ位は日常の事だからな……寧ろ俺的にトレーニングは趣味の領域だから楽しいモンだぜ?

 だからこそ、お前等に後れを取る事なんかは出来ねぇんだけどな。」

 

「柄……?」

 

「もう少し語学の勉強をしてきな……音はあってるがイントネーションとアクセントが滅茶苦茶だ――そんなんじゃ、自ら正体を吐露しているようなモンだ。」

 

 

その生徒と擦れ違いざまに夏月は羅雪を部分展開して心月を抜くと、神速の居合でその生徒の首を斬り落とした――首を斬り落とされたと言う事で身体は崩れ落ちたが、斬り落とされた首は意識を保っていた。

 

 

「キサマ、四で板のか?……ナゼ、綿史がゼッタイTen敵だと未矢ぶれレたNOだ……?」

 

「何でって言われても困るんだが……逆に聞きたいんだが如何して其れで俺達を騙せると思ったんだ?

 日本人がそんなイントネーションとアクセントが滅茶苦茶な日本語話すかよ……言葉が乱れまくってるって言われてるギャルJKでももう少しマシな日本語を話すぜ――まぁ、日本人以外の生徒に擬態したとしても俺や楯無さんなら見破れるけどな。

 大抵の生き物は、相対した相手が自分と同じ種か否かってのを判別する能力を持ってるもんだろ?……人間は其の能力が低下しちまってるんだが、俺や楯無さんに限ってはそうじゃねぇ。テメェが人間に擬態した絶対天敵だってのは直ぐに分かったぜ。」

 

「な……奈ZE?」

 

「俺も楯無さんも裏の仕事で数え切れない位の外道共を葬って来た……其の場での殺害、拷問でじっくりと、その両方でな。つまり人間ってモノをよく知ってる訳だ良くも悪くもな。

 そんな経験を数えきれないくらいするとな、自然と見ただけで相手がどんな奴なのかザックリと分かるようになるモンなんだよ……善人か悪人か、女装か男装かそれとも手術しちまってるのか、人間なのか人間の姿をした人間でない何かなのか、とかな。

 俺の所に来たって事は楯無さんの方にもお前のお仲間が行ってるんだろうが多分無駄だぜ?楯無さんも俺と同様にお前達の事を見破れるからな?

 ……IS学園の生徒に擬態して、龍の騎士団の中でも最強クラスの俺と楯無さんを狙って来たってのは悪くなかったが、もう少し擬態レベルを上げてから実行に移すべきだったな……まぁ、取り敢えず死ねよ雑魚が。」

 

 

首を斬り落とされても絶命しない絶対天敵の生命力は脅威だが、夏月は何故見破る事が出来たのか、そのカラクリを説明すると斬り落とした頭部に心月を突き刺してトドメを刺し、其の死骸を手に学園長室に向かって行った。

 

 

「……やっぱり楯無さんの方にも来てたんだな?」

 

「夏月君の方にも来てたのね……」

 

 

学園長室前で夏月は楯無と出会ったのだが、楯無も学園の生徒に擬態していた絶対天敵の死骸を手にしていた……夏月の予想通り、楯無にもIS学園の生徒に擬態した絶対天敵が現れており、楯無も夏月同様相手の正体を即見破って、蒼雷を部分展開しビームランス『蒼龍』で心臓を貫いて一撃で絶命させたのだ――絶命すると同時に擬態は解除され、夏月が倒した相手は人間大の蜘蛛に、楯無が倒した相手は人間大のスズメバチに姿を変えていた。

だが、見た目的に中々にアレなモノを持っているところを一般生徒に見られたら大事なので、夏月も楯無も更識の人間として鍛えた隠形を駆使して学園長室までやって来た訳だ。

 

 

「学園長、更識楯無です少しお話宜しいでしょうか?一夜夏月君も一緒ですが。」

 

「更識君と一夜君ですか……入って下さい。」

 

「失礼します。」

 

「一夜夏月、入りますっと。」

 

 

楯無が学園長室の扉をノックして入室の許可を取ると夏月と楯無は学園長室に入室したのだが、学園長の轡木十蔵は夏月と楯無が手にしたモノを見て絶句する事になった。

人間大の蜘蛛とスズメバチ……其れは紛れもなく絶対天敵の死骸だったのだから。

 

 

「更識君、一夜君、其れは……」

 

「トレーニング後に仕掛けて来たんですよ学園長。

 俺も楯無さんも見た瞬間に正体が絶対天敵だって分かったからこうして処理した訳ですけどね……だけど、学園島に入り込んだのが此の二体だけとは考え辛いんですよ。」

 

「かと言って学園島に絶対天敵が直接やって来た事はないから、此れは本土に渡った生徒に成り代わったのではないかと考えています――学園長、最近外出許可を出して本土に戻った生徒は分かりますか?」

 

「其れは分かりますが……成程、本土に戻った生徒が絶対天敵に成り代わられたと言う事ですか……と言う事はその生徒はもう……何ともやり切れない結果ですが、ならばせめて学園に入り込んだ異物を全て排除しなくては成り代わられた生徒に対して申し訳が立ちませんね。

 更識君、一夜君……学園内に入り込んだ絶対天敵を全て排除して下さい。」

 

「「了解!」」

 

 

夏月と楯無から事の詳細を聞いた十蔵は即座に直近一週間で外出届を出していた生徒の一覧をプリントアウトすると其れを夏月と楯無に渡し、『学園内に入り込んだ絶対天敵の殲滅』を指示し、夏月と楯無は其れを受け、十蔵から渡された『直近一週間で外出届を出していた生徒の一覧』を手に学園内を回って対象の生徒と接触すると、其れが擬態した絶対天敵だった場合は有無を言わせずに絶命させるのだった。

 

 

「「牙突・零式ぃぃぃぃ!!」」

 

 

最後の絶対天敵は夏月と楯無が同時にエンカウントした事で共闘となり、相手に攻撃させる間もないコンビネーションで追い詰め、最後は夏月は刀で、楯無は槍で『牙突・零式』を放ってIS学園の生徒に擬態していた絶対天敵の上半身を粉砕していた。

 

 

「楯無さんも左でか……分かってるな?」

 

「オホホ、過去に簪ちゃんに『牙突は左手で放たなければタダの突き』って言われた事もあるし、Wikiで調べたら斎藤一が左利きだったのは史実だと言う事が証明されたから。

 利き手じゃない方で完璧な突きが出来るようになるには要練習だったけれど」

 

「牙突は左手で、此れは基本だぜ。」

 

 

こうしてIS学園内に入り込んだ絶対天敵は夏月と楯無によって全て駆逐され、其の死骸は全て真耶がラファールに搭載されているグレネードで焼却処分したのだった。

IS学園に入り込んだ絶対天敵の殲滅と言う大仕事を終えた夏月と楯無は十蔵に『絶対天敵た擬態していた生徒の名前』を報告してから、夕食を食べる為に学食にやって来たのだが、学食では多くの生徒が一つのテーブルを囲っていた。

そのテーブルで食事をしていたのはグリフィンで、本日のメニューは『ステーキセット』だけとオーダーメニューだけを見ると何時もよりも大人しいのだが、勿論それがただのステーキセットである筈がない。

ライスは『特盛』の上の『チョモランマ盛り』を更に三倍にした『チョモランMAX盛り』であり、サラダは皿ではなくボール盛り、スープはラーメン丼、そしてメインのステーキはなんとワンポンドステーキをレアで二十枚と言うぶっ飛び具合だった……ワンポンド=420gなので其れが二十枚、つまりステーキだけでも8400gと言う総重量10kgの超ボリュームメニューなのだ。

だが其処はグリフィン!此の文字通りのライスとステーキの山をどんどん小さくしていき、ボウルの中のサラダもあっと言う間に食べ尽くされ、ラーメン丼のスープは途中で一気飲み!何よりもワンポンドステーキをナイフで半分に切っただけの肉塊を一口で平らげてしまうのだから驚きだろう。

本日のグリフィンの出で立ちがメイド服だった事もあり、其れを見た生徒達が『最強のフードファイターのメイドさん』、『超絶爆食美少女メイド』としてSNSにアップした事で其れが注目され、グリフィンの食べっぷりをスマホに収めようと多くの生徒が殺到していたのだ。

 

 

「グリの食いっぷりは相変わらず見事だけど、メイド服でやるとなんか何時もとは違った迫力を感じるのは俺だけか?」

 

「いえ、私も感じたわ夏月君……まぁ、普通に考えるとあんなに豪快な食事をするメイドさんなんて存在しないでしょうから、其れが迫力を増しているのかもしれないわ。」

 

 

其れは其れとして、夏月と楯無も食券を購入して夕食を取り、食休みを取ってから入浴タイムに。

今日は男子の時間に夫々の嫁ズが突撃してくる事はなかったが、風呂上りに大浴場の外で待っていて、大浴場の隣にあるラウンジにて夏月はヴィシュヌからタイ式マッサージを、秋五はセシリアからアロマオイルを使ったマッサージを受けて身体の調子を整えて貰っていた。

 

そして入浴後、夏月組は夏月とロランの部屋に集まり、其処で夏月と楯無が『IS学園に生徒に擬態した絶対天敵が入り込んでおり、其れを排除した』事を伝えていた。

 

 

「なんと学園に……生徒に擬態していたと言う事は、擬態されていた生徒はつまりそう言う事な訳だね……まさか学園に入り込んで来ていたとは流石に驚いたけれど、何故私達の事を呼んでくれなかったんだい夏月、楯無?

 私達では頼りないかい?」

 

「そう言う訳じゃねぇよロラン。

 連中が俺と楯無さんだけを狙って来た事、其れと対象者の数が其処まで多くなかったから俺と楯無さんだけで十分対処出来たってのが理由だ……他にも、俺と楯無さん以外のメンバーが人間に擬態した絶対天敵を見破れるかどうか分からなかったってのもあるがな。」

 

「ん?あぁ、言われてみればアンタと楯姐さん、どうやって人間に擬態した絶対天敵を見破った訳!?」

 

「見破ったと言うか、更識の仕事を何度も熟したから身に付いた能力と言うところね此れは。

 私と夏月君は現場での外道の始末だけじゃなく、主犯格は其の場で殺さずに拷問を行ってるでしょう?拷問で最大限に苦痛を与えながらも簡単に死なないようにするには人間ってモノを良く知っていないとダメなのよ……そして其れは本を読んだだけでなく、其のラインを実戦を通して知る必要があるから拷問を行っていく中で自然と人間と言うモノに対して詳しくなるの。

 だからこそ目の前の存在が人間であるのか否か、其れが分かってしまうようになったのよ。」

 

「ある意味すげぇなオイ……だが、そうなるとオレ達だって同じ事が出来るんじゃねぇのか?

 拷問をやるのは基本的にお前と夏月でオレ達は毎回拷問に参加してる訳じゃねぇが、其れでも現場に出て外道を葬るってのは裏の仕事じゃ毎回の事なんだから、如何すれば効率よく人間を殺す事が出来るのかって事だけは知ってる心算だ。其れを踏まえると、お前等の半分程度でも相手が人間か否かの判別能力は持ってる筈だぜ?」

 

「ダリルの言う事は尤もだ。だから、束さんに頼んで此の前の秋葉原の一件でのある写真を送ってもらった。」

 

 

夏月と楯無だけで処理した事に関してロランが苦言を呈したが、夏月がその理由を述べ、楯無が『生徒に擬態した絶対天敵』を見破る事が出来た理由を言うと、ダリルが『自分達だって少なからず同じ事が出来る筈だ』と言って来たので、夏月は束に送ってもらった此の前の秋葉原の一件の際に撮影された一枚の写真をスマートフォンに表示して見せた。

其れは二人のコスプレイヤーが写った写真なのだが、そのうち一人は後に別のコスプレイヤーを後ろから刺殺した絶対天敵なのだ――此の写真を見せながら夏月は『どっちかが人間に擬態した絶対天敵なんだが、どっちか分かるか?』と聞いた。

何方もぱっと見は普通のコスプレイヤーであり見分けは付かないのだが、夏月の嫁ズは全員が此の後に事件を引き起こしたコスプレイヤーの方を絶対天敵だと言い、其れは見事に大正解だった。

 

 

「ダリルちゃんの言う通り、如何やら貴女達も私と夏月君に匹敵する観察眼は持っていたみたいね……となると、更識と繋がってる極道の皆さんも同じ能力を持ってる事になるから、本土の防衛は彼等に一任しようかしら?

 更識と繋がってるって事は国家組織でもあるから裏社会の組織でも警察は手が出せないからね?」

 

「良いんじゃないか楯無さん?

 極道なら警察と違って親分の鶴の一声で組織全体が動くから、警察よりもフットワークは軽いだろ……特に、更識と繋がってる極道は対絶対天敵の武器を持ってる訳だからな……!」

 

 

夏月組+フォルテは、全員が更識の仕事を経験した事で、夏月と楯無には及ばないモノの、人間に擬態した絶対天敵を見破る力を身に付けていた。

だが此れは、人を殺した経験がある――人を殺した経験があるからこそ人と言うモノを深く知っている事で会得した力であり、秋五組にはないモノだった。

しかし、此れで少なくともIS学園に入り込んだ絶対天敵を見破れる者は十四人存在しており、現状では絶対天敵がIS学園内に入り込むには本土に戻った生徒の存在を乗っ取る以外の方法がなかったので、IS学園における絶対天敵の防衛線は現状は鉄壁だろう。

 

だが、一般人や対人戦闘経験のない兵士には人間に擬態した絶対天敵を見破る術はない。

束は其の判別方法を見付けたのだが、何時ものように電波ジャックを行って大々的に其の方法を公開したら、人間に擬態した絶対天敵にも其れを知らせる事になって新たな擬態方法を開発されてしまうだろう。

 

束もどうやって伝えるか悩みに悩んだ末に選択したのが、『人間にだけ効果のあるサブリミナル』だった。

束は各局のメディアにアクセスすると、各局の番組やCMに『地球人類だけが知覚できるサブリミナル』で『人間に擬態した絶対天敵の見分け方』を混ぜ込んだのだ――地球人類だけが知覚できるサブリミナルとは、つまりは人間に擬態した絶対天敵では無意識下での知覚も出来ないのだ。

更に其れだけでなく束は『ムーンラビットインダストリー』の商品CMに使われるCMソングも新たに作曲し、其処にも『逆再生サブリミナル』を仕込んで、『人間に擬態した絶対天敵の見分け方』を無意識下に刷り込んで行った。

逆再生サブリミナルは普通に聞いていては分からず、逆再生を行う事で通常再生では分からなかった言葉が明らかになるモノなのだが、逆再生をしなくとも何度も其の音楽を聴かされる事で裏のメッセージが無意識下に刻み込まれて、知らず知らずのうちに其れが身についてしまうモノなのだ。

ある意味では『洗脳』に近いやり方ではあるが、絶対天敵の脅威から地球を守る為には必要な事であり、其れを踏まえると絶対天敵に知られる事が無いようにと、地球人類だけが知覚できるサブリミナルと言う方法を使った束は見事だと言えるだろう。

 

此れだけならば地球人類が優位に立ったと思うだろう……実際に、束が無意識下に人間に擬態した絶対天敵の見破り方を刷り込んだ結果、人間に擬態した絶対天敵は、世界各国で次々と発見されて其の都度駆逐されて行ったのだから。

此のまま行けば絶対天敵を全滅させられる日も近いのかも知れない。

 

 

「人間に擬態出来るようになったのも策の一つに過ぎん。

 人間に擬態した絶対天敵が存在すると分かれば其方の対処に追われる事になり、其の結果として私の本当の目的からは目を逸らす事が出来る……まぁ精々私の子供達と遊んでいろ。

 私が次にお前達の前に其の姿を現す其の時が、地球人類の終焉の時なのだからな。」

 

 

絶対天敵の本拠地である地下空洞では、服を脱ぎ捨てたキメラが此れまでに倒された絶対天敵の残骸を繋ぎ合わせて作った『繭』が存在しており、其の繭から無数の触手が伸びたかと思うと、触手はキメラを捉え、そして繭の中へと取り込んで行った。

 

 

「う……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

繭に取り込まれたキメラは『生きながらに全身の細胞を分解される』と言う想像を絶する苦痛を味わいながらも、分解された細胞を再構築して己を『無敵にして最強の存在』へと強制進化を行っていた。

尤も、其れは相当に無理な進化なので、進化の完了までには少し時間が掛かるだろうが、逆に言えば進化が完了したキメラは地球人類にとって本当の意味で『絶対天敵』となる存在と言えるのかも知れない。

 

そして、キメラが繭内で進化を始めたと同時に、世界中で人間に擬態していた絶対天敵による攻撃が世界各地で発生し、其の絶対天敵は其の場で処理されたモノの、此れが皮切りとなって絶対天敵の侵攻が本格化した……人間社会に放り込まれた人間に擬態した絶対天敵と言う火種が、戦火に一気に火を点け、地球人類と絶対天敵との真の戦いが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode83『腐った野望を粉砕!玉砕!!大喝采!!!だ!』

擬態能力によって人間社会に溶け込んでいた絶対天敵だったが、其の判別方法は束がサブリミナルによる刷り込みで一般人に与えて居た事と、『更識と繋がっている極道組織』の組員は夏月組と同様の判別眼を持っていた事で、日本国内に関しては人間に擬態した絶対天敵が人を襲う事は未然に防がれていた。

 

 

「兄貴、そいつは絶対天敵です。」

 

「見れば分かる……罪なき人を襲う外道が……天網恢恢、精々地獄で閻魔の裁きを受けろ。」

 

 

更識と繋がっている極道組織には絶対天敵に有効な武器も渡されていたので、絶対天敵を撃破する事は容易だった――とは言え、此れも更識が関東の極道組織を束ね上げていたからこそ可能だった事なのだが。

 

先の大戦後、日本各地の極道組織は渋谷を拠点としていた『安藤組』を除いて、互いに睨み合いしながら牽制しあい、どの組が覇権を握るかと言う状況だったのだが、其処に一石を投じたのが楯無――刀奈の祖父である先々代の『楯無』だった。

先々代の楯無は、当時関東圏で安藤組に次ぐ勢力だった『羽毛組』、『狂獄組』、『虎王組』の三つの極道組織と連携関係を築き、其の三組を『更識』の名の下に集結・邂逅させる事で同盟関係を結ばせ、日本の裏社会の秩序を守る巨大な極道組織を作り上げたのだった。

此の三組は夫々の組の名称こそ変更していないモノの、事実上更識の下部組織となっており、其れは同時に日本国が公認したと言う事でもあり、裏社会の秩序を守る存在として戦後の混乱期に乗じて朝鮮人に買い占められた駅前の一等地の奪還等を行い、現在では暴力団組織、半グレ組織等の反社会勢力を監視・制圧するのが主な仕事となっている。

因みに此の組織が誕生するまでは関東最大勢力だった『安藤組』は組長の『安藤昇』が逮捕された後に勢力を一気に縮小し、安藤が釈放後に役者に転身して組の解散を宣言した事で現在は存在していない。

 

 

「しかし、地球を侵略する宇宙生物等と言うモノは所詮SFの世界の話だと思っていたのだが、まさか自分が当事者になって其れと戦う事になるとは、こうして斬り捨てた後でも夢を見ているのではないかと錯覚してしまうな。」

 

「現実です兄貴。

 俺だって未だに信じられませんが、こうして目の前に化け物の死体がある以上は現実として受け入れるしかありません……何よりも、こんな化け物が人間に化けて社会に紛れ込んでるとか、堅気の人間にとっては恐怖でしかない訳ですから、俺達は俺達の成すべき事をするだけです。」

 

「お前の言う通りだな。

 時に人伝に聞いた話なのだが、人間に化けた化け物が秋葉原で暴れてからと言うモノ、『絶対天敵判別眼鏡』やら『絶対天敵忌避スプレー』やら『絶対天敵撃退アラーム』等と言った効果が眉唾な商品が出回っているとの事だが、其れは本当なのか?」

 

「一部の半グレや暴力団の詐欺組織が人々の不安に漬け込んだアコギな商売してるのは事実みたいです……おやっさんだけじゃなく、狂獄組と虎王組の組長も其れは把握してるらしいんで、そいつ等を一掃するための連合軍を近く組織するとカシラから聞きました。」

 

「其の連合、俺は呼ばれていないのだが実力を不安視されたと言う事か?」

 

「兄貴の戦闘力はアコギな商売してるクソッタレを狩るよりも、化け物を狩る方が向いてるっておやっさんとカシラは判断したのではないかと……兄貴の刀は外道を狩るよりも堅気の人間を守る為に振るわれるべきだと俺も思います。」

 

「そうか……ならば、俺はその任を果たさねばなるまいな――更識のお嬢さんも自ら戦場に出て戦っておられるのだ、俺達も精魂を尽くさねば義理が果たせぬからな。

 とは言え今日はもう夜も更けた、後は夜勤組に任せて俺達は上がるとしよう……だがその前に一件付き合え。今日のお前の仕事ぶりは見事だったからな、一杯奢ってやろう。」

 

「兄貴……有難く御一緒させて頂きます。」

 

 

更識直属の極道組織が互いに連携して人間に擬態した絶対天敵の対処に当たった事で、秋葉原の一件以降、日本では人間に擬態した絶対天敵が大きな事件を起こす事はなかった。

日中の街中での駆除は堅気の人間を驚かせる事もあったが、絶命した絶対天敵は擬態が解除されて人間ではない姿になっていたので、人々は襲われる前に撃退された事に安堵したのだった――と同時に、絶対天敵が人間社会に入り込んでいる事を不安に思った人達の不安な気持ちに漬け込んだ卑劣な詐欺商売も展開されていたのだが、そっちはそっちで此の三組で組織した連合軍が対処し、其れ等の詐欺商売を行っていた組織は軒並み叩きのめされた上で、所謂『闇バイト』で雇われた連中は本物の殺気をぶつけて恐怖心を植え付けてから解放したのだが、幹部連中や組織のリーダーには『皮膚をカンナで削る』、『皮膚を削ったところに熱した酒を掛ける』、『手の指を全て斬り落とす』等の極道式拷問を行った後に殺害し、遺体は夫々の組が『遺体処理』の為に飼っている大型の肉食獣の胃袋に収まったのだった。

 

 

「おぉ、旨かったかタマ?」

 

「おやっさん、今更ですが其れは虎に付ける名前じゃないと思います。」

 

「何言ってんだい、ネコには『タマ』ってのが鉄板だろう?」

 

「虎はネコ科ですがネコじゃありません……まぁ、見た目と名前のギャップは悪くないと思いますが。」

 

 

ともあれ、裏社会の秩序を守る極道同盟によって日本は人間社会に入り込んだ絶対天敵の脅威には晒されずに済み、ミュージシャンのライブやコミックマーケットと言った大型イベントを自粛する事態にはなっていなかった。

タダその会場には、警察や民間の警備会社の他に、任侠を重んじる本物のヤクザも警備に参加してたのだが、此れもまた新たな警備の形と言えるのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode83

『腐った野望を粉砕!玉砕!!大喝采!!!だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界各国で絶対天敵の侵攻が激化してはいたが、龍の騎士団が出撃する事は殆どなく、IS学園ではほぼ通常通りの授業カリキュラムが行われていた。

勿論龍の騎士団が出撃する事も無かった訳ではなかったので、其の場合には一般生徒はバックスに回って機体の整備や戦局を把握する為のオペレーションを行い、結果的に其れが各科の生徒の力を底上げしていたのだった。

特に『整備課』に在籍している生徒は、ISの生みの親である束から直接指導を受けると言う、『一生に一度あるかないか』の貴重な経験をしており、その整備技術は飛躍的に向上していたのだ。

 

 

そして本日の放課後のアリーナでは、秋五がセシリア、簪、オータムの三人を相手に模擬戦を行っていた。

遠距離砲撃・射撃型のセシリアと簪と、サブアームと合わせて六本腕の近接型であるオータムを相手にした一対三の模擬戦は、如何に秋五が天才タイプであっても厳しいモノがあったのは間違いなく、セシリアの『BT兵装十字砲』、簪の『火器を全開にした絶対殺す弾幕』、オータムの『六刀流』には苦戦を強いられていた。

セシリアのBT兵装十字砲、簪の弾幕だけでも脅威なのだが、四本のサブアームを使ったオータムの六刀流が更に厄介だった……オータム本人が両手に装備しているのは長さの異なる両刃剣なのだが、四本のサブアームは夫々が『マチェットナイフ』、『ビームアックス』、『プラズマサイズ』、『レーザーランス』と異なる武器を備えており、近接戦闘であれば如何なる間合いにも対応可能となっており、手数も秋五の六倍となるので完全に対応し切れていなかった。

しかし此の絶対的窮地に秋五の専用機の雪桜のワン・オフ・アビリティである『明鏡止水』が発動し、自身に放たれた攻撃に対して的確なカウンターを放って行く――『頭で考えるよりも先に身体が動く』と言う、究極の反射神経とも言える『明鏡止水』だが、実は弱点があった。

 

 

「く……此れは思っていた以上にキツイ……!」

 

 

頭で考えるよりも先に身体が動くと言うのは、確かに最強クラスの反射神経なのだが、其れは裏を返せば『自分の意図していない身体の操作』であり、『自動で身体を動かす』と言うのは想像以上に肉体、精神共に掛かる負担が大きいのだ。

だが裏を返せばそれは、その負担を克服して自在に使いこなせるようになれば其れは間違いなく『最強』であり、絶対天敵との戦いにおいても有利になるのは間違いないので、秋五は雪桜のワン・オフ・アビリティを極める為に、無茶とも言える訓練を行っていたのだ――但し、もう一つの弱点として現状では秋五の意志で明鏡止水を発動する事は出来ず、窮地に陥った場合にのみ発動するのだが。

自らの意志で発動出来るようにするのも必要となって来るのだが、其れよりも先ずは肉体と精神への負担を克服するのが現状の課題である。

 

 

「だけど此処で焦ったらきっとダメだ……明鏡止水の名が示す通り、この力を使いこなすにはきっと常に心を落ち着ける必要がある筈だから。」

 

 

秋五はこの訓練で切っ掛けを掴んだようだが、如何に天才と言えども切っ掛けを掴んだとして、直ぐに其れを実行に移すのは難しく、最終的には一切の容赦がないBT兵装十字砲、弾幕攻撃、六刀流の波状攻撃を躱し続ける中で精神力が限界を迎えて、自動回避・防御が発動しなくなってしまった事で全ての攻撃を喰らってKOされてしまったのだが、其れでも秋五は此の模擬戦に手応えを感じていた。

 

 

「はぁ、はぁ……自分の意志とは無関係に身体が動くって言うのが此処までキツイとは思いもしなかった……究極の反射神経と言えば其処までなのかも知れないけど、完全に身体の動きに身を任せながら心の平静を保つって言うのは容易じゃないよ。」

 

「だが、そんな事言いつつもあと数回模擬戦やりゃマスターしちまうんだろうなお前さんはよ……ったく狡いよなぁ天才って奴は?オレみたいな凡人にゃ年単掛かる難題でも数回で出来るようになっちまうんだからよ。

 お前が才能に胡坐掻いて努力しないような奴だったら、オレは間違いなくお前をぶっ飛ばしてらぁな。」

 

「才能に胡坐を掻いて鍛錬を怠るのは二流三流のやる事……姉だった頃のアレは正にそんな感じだったよ今にして思えばね――まぁ、僕にとっては最高の反面教師かも知れないな。」

 

 

自機のワン・オフ・アビリティを使いこなすにはマダマダ時間が掛かるだろうが、其れでも本日の模擬戦は秋五に明鏡止水を己のモノとする為に必要な要素を掴んでいた。

其の後はアリーナで適当に模擬戦が行われたのだが、『夏月・楯無組』と言うIS学園最強タッグに、『ラウラ・シャルロット組』が挑み、結果は夏月・楯無組がラウラ・シャルロット組を圧倒的にフルボッコにして勝利したのだった。

 

 

「一夜君と更識会長の鬼!悪魔!!高町なのは!!!」

 

「楯無、俺達は魔王レベルらしいぜ?」

 

「あらあら、其れは想像以上の高評価ね♪」

 

 

ラウラ・シャルロット組は何方も隙の無いバランス型で、大概の相手と互角以上に戦う事が出来るのだが、相手が夏月・楯無組ならば其の限りではなかった――夏月も楯無も基本は近接型のインファイターなのだが、夏月はワン・オフ・アビリティの『空烈断』で遠距離の相手を斬る事が可能であり、楯無はナノマシンを使った分身、空間拘束、広域水蒸気爆発攻撃と多彩な攻撃が可能な上に、『更識の仕事』では先陣を切ってカチコミを掛ける事もあって連携が完璧で隙がなく、ラウラ・シャルロット組はほぼ何も出来なかったのだ。

因みにだが、グリフィンとダリルに対しての『先輩呼び』が無くなった際に、夏月は楯無の事も『さん付け』で呼ぶ事を止めていた……『楯無って呼んでも良いか?』と聞かれた際、楯無は何処かの最強主婦シングルマザーも驚きの『秒速了承』をしていたのだった。

 

 

「夏月の剣技が見事なのは言うまでもないが、更識会長の分身が厄介極まりないぞ……外見で見分ける事が出来ない上に、触れたら其の瞬間に爆発すると言うのだからな?

 ゴテンクスもビックリのスーパーゴーストカミカゼアタックだぞアレは……!おまけに此方から攻撃せずとも自爆特攻を行ってくるのだからやられた側からしたら恐怖以外のナニモノでもない……並の生徒ではトラウマになるぞ!」

 

「静寐ちゃん達にも此の体験はして貰ったのだけど、トラウマになっては居ないのだけれどねぇ?……静寐ちゃん達って、私が思っていたよりも遥かにメンタルが鋼だったのかしらね。」

 

「其処はアレです、夏月への愛があればこそです楯無さん……アレくらいでへこたれてしまっては夏月の隣に立つ資格はないと、そう思いましたから。」

 

「成程、愛の力は偉大ねぇ。」

 

 

夏月・楯無組の圧倒的な強さが改めて示された模擬戦だったのだが、裏社会でも其の名を届かせている夏月と楯無のタッグに勝てる者などそうそう居ないと言えるので、此の模擬戦の結果は当然だったと言えるだろう。

そうして模擬戦を終えた一行はシャワー室で汗を流したのだが、シャワーを終えて着替えたタイミングで夏月のスマートフォンに束からのメールが入った。

そのメールの内容は、『カッ君とカッ君の嫁ちゃん達は至急束さんの所に来てほしい』と言うモノだった。

簡潔な内容だが急を要する事態が発生したのは間違いなく、其れでも夏月と夏月の嫁ズだけに限定したと言う事は、秋五組では対処に当たれない『裏の仕事』だと言う事も示していた。

 

メールを受信した夏月は『夏月組のグループLINE』で嫁ズにメッセージを送ると、数分後には夏月と夏月の嫁ズ、序にスコールとオータムとマドカとナツキも束がIS学園にて自身の研究所として学園から提供された部屋にやって来ていた。

 

 

「束さん、秋五達を呼ばなかったってのは、裏の仕事か?」

 

「うん、そうなるね……ぶっちゃけて言うと、今回の仕事は麻薬カルテルの壊滅とかとは比べ物にならないモノだよ……コイツ等を生かしておいたら、其れこそ人類は滅亡しかねないんだからね。」

 

 

部屋に入り、夏月が束に『裏の仕事』である事を確認すると、束も其れを肯定したのだが、如何やら今回の一件は此れまで携わって来た裏の仕事は少しばかり事情が異なるようだった。

『冗談は言っても嘘は言わない』と自負する束が『野放しにしておいたら人類が滅亡する』と断言するのだから、相当にやばい相手なのは間違いない。

 

 

「束博士が其処まで言うとは……今回のターゲットは一体何者なのかしら?」

 

「まぁ、当然の質問だよねたっちゃん。

 今回のターゲットは、旧ロシア軍、旧北朝鮮軍の残党と中国軍を除隊されて国外追放になった連中さ……ロシアと北朝鮮は国は滅んでも国民全員が死亡した訳じゃなく、其れは軍の関係者も同じで、生き残った奴がいたんだよ。

 でもって中国は国の体制が変わって軍も再編成されて、再編成前の軍の要職に就いてた連中は軍から除隊されて、更に国外追放になったんだけど、追放された先で旧ロシア軍、旧北朝鮮軍の残党と出会って手を結んだんだよね。

 コイツ等は、各地で撃破された絶対天敵の死骸を持ち帰って旧ロシア軍の地下施設で絶対天敵の研究をしてるのさ。

 勿論、同じ事はアメリカをはじめとした各国が行ってるんだけど、連中が行ってるのは絶対天敵の生態や弱点を解明する研究じゃなくて、絶対天敵の死骸から採取した細胞で絶対天敵をクローン培養して生物兵器として利用するって言う束さんじゃなくても激おこぷんぷん丸のカムチャッカファイヤーレベルのふざけ腐った事をしようとしてるんだよね。

 まぁ、研究はまだ始まったばかりでクローン培養も難航してるんだけど、全人類が一丸となって絶対天敵と戦ってるときに、其の絶対天敵を生物兵器として利用しようとしてるとか絶対許す事は出来ねーでしょ?……こんな輩には自分達がやってる事がドレだけ危険な事だって説明しても理解しないし理解出来ないだろうし、あまつさえその最悪の生物兵器をもってして国の再建や旧体制の復活を目論んでるって言うなら……ね。」

 

 

此度のターゲットは国として崩壊したロシアと北朝鮮の軍部の生き残りと、体制を一新した際に首を斬られた旧中国軍の幹部だった……彼等は密かに生き延びた上で地下で手を結び、絶対天敵の死骸を回収し、その細胞から絶対天敵をクローン培養して生物兵器として利用すると言う、トンデモナイ事を考えていたのだ。

 

IS以外では倒せない絶対天敵を生物兵器として利用出来れば、其れは世界にとって脅威となるのは間違いないが、絶対天敵が生物兵器としての制御下から離れてしまう事態となったら、其れは最悪の場合地球を滅ぼしかねない事になる――クローン培養で数を増やした絶対天敵が全て敵に回ったら、龍の騎士団や地球防衛軍でも対処し切れないのは明白なのだから。

 

 

「つまりは、其の研究所を潰し、研究者達を一人残さず殺害しろと、そう言う事ですわね束博士?」

 

「うん、そう言う事になるけど、お願いできるかな?」

 

「是非もありませんわ束博士……私、更識楯無をはじめとして、更識に連なる者は全員が此の国の為に働いているのだから、此の国にとって脅威となるだけでなく世界にとっても災厄となるのであれば、其れを排除する事に戸惑う事はないわ。」

 

「だな……そんな外道には生きる価値もねぇ……研究者は全員ぶっ殺すが、首謀者は『殺してくれ』って懇願するレベルの拷問をぶちかましてやる――テメェの犯した罪を其の身に分からせるには、一瞬の死の兆倍の苦しみを与える以外に方法はないからな。」

 

「嗚呼、今宵は美しくも残虐なアクション劇が展開されそうだね……なれば、私達も気合を入れねばだな。」

 

 

ターゲットの詳細を聞いた夏月組+αは、IS学園の地下埠頭で『数の子松前漬け軍艦』に乗り込むと、一路旧ロシア領に向かい、未だに周辺国の領土となっていない最北端の地にある現在では破棄された軍事施設に到着していた。

絶対天敵の侵攻によって国として滅んだロシアは、周辺国が其の広大な土地を国同士の会議で分け合って自国の領土としていたのだが、此の軍事施設がある場所は『人が暮らすには過酷過ぎる上に魅力的な天然資源もない』と言う理由でウクライナをはじめとした周辺国が何処も欲しがらなかった事で空白の土地となっていたのだが、その事が今回の件を画策した連中にとっては好都合だった。

何処の国の領土でもなければ入国は容易である上に、此の軍事施設の地下深くには軍事研究所が存在しており、其の研究所には嘗て行われていた『生物実験』を行うための施設や『生物兵器』を開発するための施設も存在しており、絶対天敵のクローン培養を行うにはうってつけの場所だった。

何処の国の領土でもないので土地を防衛する為の兵士が存在していない事も好都合だった――更に、此の地下の軍事研究所は旧ロシアのKGBが徹底的に存在を秘匿していたので、アメリカのCIAですら把握していない事だった……其れを突き止めた束の凄さは最早言うまでもないのかも知れないが。

 

 

「地下に研究室があるとなると警備兵を遠距離からの狙撃で無効化するのは不可能だよな?……簪、正面入り口以外に研究室に入れるルートは?」

 

『換気用の通気口はあるけど、侵入者対策として通気口にもレーザーセンサーが設置されてるから使えない……地上から地下に降りるのも施設一階にある隠し部屋のエレベーターしかないから正面突破するしかない。』

 

「マジか……いや、だが其れなら其れで逆に面倒な事も無いか?」

 

「正面突破上等じゃねぇか?

 そもそもにして、此のオータム様にせせこましい搦め手なんざ似合わねぇからな……真正面から突っ込んで真正面からぶっ潰す!其れがオレの流儀ってモンだぜ!」

 

「そう言えばデュノア社にカチコミ掛けた時も正面玄関からだったな。」

 

 

だがその地下研究所のセキュリティは中々に堅く、セキュリティの裏を突いて突入する事は不可能だったので、夏月達は簪のオペレーションで隠し部屋に向かうと、其処にあったエレベーターに乗って地下に降りると、エレベーターの扉が開いた瞬間に仕掛けた。

研究所の入り口に居た警備兵は、『研究者が全て研究所に居る時には起動しないエレベーター』が動いた事に警戒していたのだが、エレベーター内部から何かが放り出された事に一瞬気を向けてしまい、其の一瞬が命取りになった。

 

 

 

――カッ!!

 

 

 

エレベーターの扉が開くと同時に夏月達が放ったのは強烈な閃光で視界を潰す『スタングレネード』だった。

照明があるとは言え地上よりも暗い地下で任務に当たっている警備兵は地下の暗さに慣れてしまっているので、スタングレネードの閃光は完全な目潰しとなっていた――此のスタングレネードは束お手製で、通常の三倍の強さの閃光が発せられるのだから尚更だろう。

 

 

「テメェは此処で燃え尽きろ!」

 

「地獄の業火で焼かれなさい……そして地獄で更なる業火に魂を焼かれると良いわ。」

 

 

束製のスタングレネードで視界を失った警備兵にはダリルとスコールが『ミューゼル一族』に受け継がれている『炎を操る力』をもってして『草薙京』や『八神庵』もビックリするくらいの灼熱の炎を喰らわせて一瞬で丸焦げにして見せた――一瞬で相手を丸焦げにし、身元が分からなくしてしまうミューゼル家の炎は獄炎と言っても良いだろう。

 

 

「人の道を外れた外道共、特別に閻魔と謁見の無料チケットを持って来てやったぜ!」

 

「大人しくしていれば長生きできたかも知れないのに、下手な欲を出した事で貴方達の人生は此処でピリオド、エンディング……スタッフロールを流す準備は出来てるかしら?」

 

 

そして警備兵を片付けた後は、夏月が黒のカリスマも絶賛するレベルの『ケンカキック』で研究所の扉を蹴破り、本格的なカチコミが始まった。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「青髪の女……更識か!」

 

 

研究所はもっと奥にあったらしく、扉の先にはロビーになっており、其処には多数のロシア、中国、北朝鮮の兵士の成れの果てが存在しており、突然のカチコミに驚き、其の相手が『更識』である事も認識出来たのだが、精々それだけだった。

兵士達はプロの軍人だったのだが、国が崩壊したロシアと北朝鮮、国から追放された中国の兵士は逃げ延びた先では碌なトレーニングを行う事が出来ていなかったのですっかり身体が鈍ってしまっており、其れでは現役バリバリの夏月達の相手にはならなかった。

 

兵士は銃を抜いたのだが、引鉄が退かれるよりも早く夏月と楯無、ヴィシュヌとグリフィンが間合いを詰めて、夏月は正拳突き、楯無は当て身、ヴィシュヌはハイキック、グリフィンはアッパー掌打を繰り出して兵士をKOすると、其処からアクション映画さながらの乱闘となった。

数では相手の方が有利だが、質では夏月達の方が勝っており、加えて夏月達は全員が『一対多の戦いでの戦い方』を身に付けていたので、数の差は大した問題ではなかったのだ。

 

 

「行くぜロラン!」

 

「あぁ、此れで決めようじゃないか夏月!」

 

「「シンクロニティ・インフェルノ!!」」

 

 

トドメは夏月とロランのツープラトン攻撃だ。

夏月とロランは残った二人の兵士の背に乗ってロビー内をサーフボード、或いはスケートボードを乗るかの如く移動してダメージを与えると、タイミングを合わせて壁から離れてターゲットを正面合わせにすると、其のまま勢いを付けて頭を壁に突き刺す!

石膏ボードの壁ならばギリギリで存命出来たかもしれないが、地下研究所はコンクリートの壁だったので、コンクリートに頭を突き刺されたターゲットは頭蓋骨骨折の脳挫傷で即死だろう。

だが、此れで兵士は全て片付けたので夏月達は奥にある研究所に向かい、今度は夏月とオータムのダブルケンカキックで扉をぶち破った――そして、其処で行われていたのは外道な研究以外のナニモノでもなかった。

 

培養ポッドと思われる円筒形の装置には絶対天敵の死骸が存在していたのだが、其れとは別の装置には絶対天敵と融合したと思われる人間の姿があったのだ。

『絶対天敵を生物兵器として利用しようとしている』と言う束の予測は当たっていたが、しかし其れ以上の事を研究者達は行っていた――つまり、人間と絶対天敵のハイブリット体の製作と言うトンデモナイ事をやっていたのだ。

 

 

「コイツは……人間と絶対天敵を合体させようとしてたのか……この外道が……テメェ等には地獄すら生温いぜ!!」

 

「人間にして絶対天敵の力を持ち、絶対天敵ながら人間の知能を持っているのならば其れは確かに最強の存在なのかもしれないけど、逆に其れは人間としての自我も存在する事になるから造物主に反逆する可能性が高くなる……そうなれば正に最悪極まりない結果しか生まないわ!」

 

 

此の事実が夏月達の怒りを一気に燃え上がらせた――連中が行っていたのはいわばより悪辣な『織斑計画』とも言うべきモノだったからだ。

『織斑計画』は『最強の人間を量産して兵器として売る』と言う人道に反しているなどと言うレベルのモノではなかったのだが、今回の一件は織斑計画が生温いと思ってしまう位に最悪のモノだったのだ。

絶対天敵のクローン培養だけでも許されざるモノなのだが、更に人間と融合させたハイブリット生物を誕生させて其れを兵器として利用しようなどと言う事は到底許せるモノではないのである。

 

 

「テメェ等、こんな事をしやがるとか人の心がねぇのか?……コイツ等が暴走して平和に暮らしてる人達を襲っちまうかもしれないとか、そんな事は考えねぇのかよ!!」

 

「知らん!此れが完成すれば我等の祖国は嘗ての力を取り戻す事が出来る!ロシアと北朝鮮も復活し、共産主義による覇権国家が世界に君臨する様になるのだ!

 何よりも絶対天敵を支配下に置く事が出来れば、其れだけで他国は恐れ戦く事になる……其れに、此れだけの力を兵器として利用しない手はない!」

 

「そうかい……楯無、更識邸に連れ帰るまでもねぇ、コイツ等は此処で拷問行って生きている事を徹底的に後悔させてやろうじゃねぇか……此処まで胸糞が悪くなったのは久しぶりだぜ!」

 

「えぇ、そうしましょう夏月君……此処は生物実験や生物兵器の開発が行われていた場所だから拷問に使えそうなモノも多いし、外に連れ出せば極寒の地ならではの拷問も行えるしね。

 さて、其れじゃあ始めましょうか?生きてる事を後悔しなさい外道さん?かの偉大なる拷問ソムリエの伊集院先生はこう仰ったわ。」

 

「外道に歯があるのは違和感がある、ってな!」

 

「つー訳で、先ずは全部歯を折るぜ!」

 

 

完全に人の道を外れた思考形態に夏月達は僅かばかりの慈悲も捨て去った。

此れがもし、『生きる為に仕方なくやった』と言うのであればまだ酌量の余地もあったのかも知れないが、研究者達は誇大妄想の未来を夢想していただけではなく、研究が失敗した際の最悪の事態をまるで考えておらず、絶対天敵の力を兵器として利用する事しか考えていなかったので、最早慈悲はない。

夏月と楯無とダリルはメリケンサックを装備すると、文字通りの鉄拳で研究者達の口に次々と拳を叩き込んで歯を折ると、他のメンバーが歯を折られた研究者を拘束して手術台に叩き付けて四肢をベルトで拘束する。

 

 

「さぁて、地獄のオペを始めましょうか?」

 

 

楯無の此の言葉を合図に、手術台に固定された研究者達には『メスでの皮膚剥ぎ』、『ハサミで指を一本ずつ切り落とす』、『爪を全部剥がす』、『歯根にネジを差し込み、ネジに電線を巻き付けて電流を流す』、『皮膚を剥がされたところに沸騰寸前まで熱したウォッカを浴びせる』、『四肢をメスで滅多刺しにする』等の拷問を行った後に極寒の外に連れ出して柱に括りつける。

 

 

「さぁて、此処からがクライマックスよ。」

 

 

其処では束が開発した『極寒の地でも着れるヒーター機能搭載のイブニングドレス』を着用したスコールがトゲ付きの鞭で研究者達を滅多打ちにした。

スコールの類まれな美貌とモデル顔負けのプロポーション、そしてそのプロポーションを際立たせるドレス姿で鞭を振るう其の姿は、『超ドS女王様』其の物であり、あまりの嵌り具合にスコールの恋人であるオータムですら若干引いていた位だ。

 

だがしかし、凍てつくような極寒の地での鞭打ちはやられる方からしたらこの上ない地獄だ。

鞭打ちによって傷付いた肌は傷を修復する為に集まった血液が瞬間的に凍結してしまい、其処から表面の血管内の血液も凍結する事で血の流れが滞ってしまい、しかしそうなると凍結していない血液は何とか全身に血を巡らせようとして血管を突き破って筋肉をバイパスする――其れが痣の正体である内出血なのだが、血液すら凍てつく極寒の地では其れは逆に肉体を滅ぼすモノであり、既に肉体が大きく損傷しているのならば尚更だ。

凍り付いた血管を突き破って筋肉にバイパスした血液は、しかしその筋肉も既に皮膚を剥がされていたとなれば筋肉の表面で血液は凍り付く事になり研究者に更なる苦痛を与える事になるのだ――剥き出しの筋肉が極寒に晒されるだけでも激痛であるところに、表面に張り付いた血液が凍ったとなれば其の激痛は筆舌に尽くし難いだろう。

 

そして其れだけではなく、夏月達は雪玉を投げつけて更なる苦痛を与えていた……と同時に、此の映像は簪が各種動画サイトでライブ配信していたので『絶対天敵を兵器として利用しようとしたらどうなるか』と言う事を世界に知らしめていた――流石に夏月達の顔にはリアルタイムでのモザイク処理がされていたが。

 

 

「そんじゃあトドメと行きますか!」

 

「夏月……なんだい、その超巨大な雪玉は?」

 

「豪雪地帯限定の超必殺技、『雪元気玉』だぜロラン……羅雪を使ったからこそ作れたんだが、散々色んな方法で痛めつけた相手へのトドメは圧倒的な物理攻撃で絶望を与えてだろ?

 外道畜生には、最大級の絶望を感じた上で死んでもらわねぇとだからな。」

 

「成程……では、盛大に其れをブチかましてくれ夏月!」

 

「うおりゃぁぁぁぁぁ!!ぶっ潰れちまえ!!もう二度と生まれて来るなよ?貴様等の面は二度と見たくねぇからな。」

 

 

この拷問のフィニッシュは夏月が羅雪を展開して作り上げた、直径300mはあるであろう超巨大な雪玉の投擲だった……スコールの鞭打ちで九割殺しとなっていた研究者達は身体を拘束されていた事もあって其れを避ける事は出来ず、数トンの雪玉によって圧殺された――あまりにも大量の雪の下敷きになった事で遺体は回収されなかったのだが、百年後には氷の下から発見されるのかも知れない――つまりは、研究者達の死は最低でも百年経たなければ認知されないと言う事だろう。

 

 

「此れで終わりだ……楯無、ダリル、任せたぜ。」

 

「夏月君に任されたんじゃしくじる事は出来ないわ……行くわよダリル!」

 

「オウよ楯無!吹き飛びやがれ!」

 

「「メドローア!!」」

 

 

そして研究所は地上の軍事施設諸共、楯無とダリルの最強の対消滅攻撃によって跡形もなく吹き飛ばされてしまい、旧ロシア領の北の果ての地は此れにて文字通りの『旧ロシアの最果ての北国』としてネットで有名となり、同時に研究者達の個人情報が束によって拡散され、当日は非番で研究所の警備に当たらなかった事で夏月達のカチコミから辛くも生き延びた者達も『何時自分が殺されるか』と言う恐怖をもって生きる事を余儀なくされてしまったのだ――人道に反し、己の利益のみを考えてしまったモノには相応の結末と言えるだろう。

 

こうして、束の依頼を完遂した夏月達はIS学園に帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月達が不穏分子の制圧を行っていた頃、日本をはじめとした国際国家は、大規模なイベントの会場にて、大胆な絶対天敵駆逐策を開始しようとしていたのだった。

 

絶対天敵が擬態した人間を見分ける術は束がサブリミナルによって刷り込んでいたのが、其れよりももっと簡単な判別方法が意外にも野球の試合で明らかになっていたのだ。

日本の野球では、攻守交替の合間に観客席の様子を球場カメラが撮影してオーロラヴィジョンに映し出すと言うのは珍しくもなくなっていたのだが、ある球場で其れを行った際に、オーロラモニターには『普通の観客が人間の服を着た人間ではない存在に変化してまた戻る姿』が映し出されたのだ。

此れにより球場は一時パニックになったのだが、其処に駆けつけた更識配下の極道組織によって其の絶対天敵は倒されたので被害はゼロだったが、此の一件によって、絶対天敵は人間の目、および静止画を切り取った『写真』しか欺けないと言う事が明らかになり、カメラ撮影したリアルタイム映像で『人間が人間でないモノに変化する光景が映り込んだら、其れは絶対天敵である』と言うマニュアルが完成したのだった。

束が絶対天敵を見分ける方法を見付けたのも動画だった訳だが、此れは束が作り上げた『99.99%人間の目』と同様の機能を持った超高精細カメラであったため逆に騙されてしまったと言う事になる訳だが。

 

大規模なイベント会場にやって来た人間をカメラで撮影し、撮影した映像に映っていたのが人間でないものに変化したら、其れは絶対天敵と言う事になるので、日本をはじめとした各国は大規模イベントを利用して人間社会に紛れ込んだ絶対天敵を炙り出そうとしたのだ。

 

 

「成人前の少年少女達にだけ任せておくと言うのは如何かと思うんだが、其れだけにこうして出撃出来た事が有難いと思うね……俺達にどんだけのモノが出来るかは分からないが、せめて少年少女達の少しの助けになれたなら幸いか……ってな事を言ってる時点で頼っちまってる訳なんだがな。」

 

 

自衛隊のオスプレイから茨城の百里基地に降り立った、角刈りの髪型が厳つい印象を与える自衛官の青年は、そう独り言ちると今回の任務の地である『茨城県』の『大洗町』へと向かい、其処で人間に擬態した絶対天敵の駆逐に全力を尽くすのだった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、束は己のラボにて絶対天敵との戦いの切り札になる情報を得ていた。

 

 

「見つけた、遂に見つけたぞISコアの反応を遮断する物質を!

 ISコアは隕石を材料にしてるから、その反応を遮断するには特別な何かが必要だと思ってたんだけど……ISコアの反応を遮断していたのがまさかの『水晶』だったとはね。

 天然の水晶が存在してる場所は限られてるから、後は其の場所とキメラの反応が途絶えた場所を重ね合わせれば絶対天敵の本拠地も明らかになるってモンだ……だから覚悟しろよキメラ――お前の命は、後三ターンだ!」

 

 

『ISコアの反応を阻害していた物質』が、実は水晶であった事を突き止めた束は、此れまでキメラの反応が途絶えた場所と天然の水晶が数多く眠っている場所を重ね合わせる事で、絶対天敵の本拠地を遂に突き止めたのだった。

 

とは言っても、其処にカチコミを掛けるのは万全を期して夏月達が休息してからになるのだろうが、絶対天敵の本拠地が判明したと言うのは、此の戦いにおいて地球人にとって大きなアドバンテージになったのは間違いないだろう。

 

地球人類と絶対天敵との戦いはいよいよ最終決戦に向かおうとしていたのだが、此の戦いは人類が絶対天敵の本拠地に攻め込むのが先か、キメラが繭から進化して再誕するのが先か、其れによって戦いの天秤が何方に有利に傾くかが決まって来るのかも知れない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode84『絶対天敵との最終決戦の準備運動だ!』

リアルタイムで人間に擬態した絶対天敵を見破れる事が出来るようになったと言う事で日本だけでなく世界各国で絶対天敵の一斉排除が様々な場所で行われていた。

其のメインとなったのは大型のイベント会場であり、突然の武力の介入に会場は騒然となったのだが、其処は『この中に絶対天敵が紛れ込んでいる』と言う事を明らかにする事で逆に混乱を巻き起こす事なく絶対天敵の駆除を行っていった。

各国とも小型カメラ搭載の眼鏡型モニターを開発する事に成功しており、其のモニターを使って絶対天敵の存在を見抜くと、イベント会場に入った車輛を移動して絶対天敵を隔離した上で一般人を避難させ、其処で『地球防衛軍』の兵士が絶対天敵を的確に処理していた。

 

其れは世界各国で行われていた事であり、日本でも四十七都道府県で同じ事が行われていたのだが、茨城県の大洗町では更に凄い事になっていた。

 

 

「絶対天敵、纏めてやっつけます!」

 

「了解であります!」

 

 

其処で絶対天敵を攻撃していたのは地球防衛軍の『ドラグーン』、『ワイバーン』、『ドレイク』だけではなくなんと戦車だった。

此の大洗町は『戦車と女の子が登場するアニメ』の舞台となっており、町もアニメのブームで所謂『聖地巡礼者』が多く訪れるなど、『アニメで町興し』に成功した場所なのだが、関連イベントには必ずと言って良いほどレプリカの戦車が登場していた。

だがしかし、本日に限っては自衛隊が本物の戦車を持って来ており、絶対天敵相手に『リアル戦車道』を展開していたのだ――無論、普通の戦車では絶対天敵に効果は無いのだが、此の戦車を操っているのは地球防衛軍とは異なる自衛隊のIS部隊の女性自衛官であり、自身が使っているIS『ラファールリヴァイブ』を部分展開して戦車と接続する事で、疑似的に戦車をISの武装としていたのだ。

通常兵器では効果がなくともISの武装であれば絶対天敵に有効となるので戦車砲の破壊力は頼もしいモノであり、ISと接続している事で戦車もシールドエネルギーで護られており元々の分厚い装甲と相まって凄まじい防御力を発揮していた――擬態を解いてカマキリの姿になった絶対天敵の大鎌の一撃にすら耐えたのだから。

 

 

「こんな怪物を相手にした場合、戦車はやられ兵器って言われてますけど、此の戦場で其の汚名を返上して陸上自衛隊最新の一〇式戦車の性能を見せつけてやりましょう!」

 

「やりましょう、西住殿!」

 

「誰が西住殿か!」

 

「すみません、ついノリで♪」

 

 

まさかの戦車をISの装備とすると言うぶっ飛んだ方法だったが、此れが意外にも有効であった事から、航空自衛隊ではブルーインパルスをISと無線接続する事で空戦型の絶対天敵との交戦を可能にしており、海上自衛隊はイージス艦をISと接続する事で海に現れた絶対天敵を処理していた。

とは言え、自衛隊が保有するISは地球防衛軍の機体を含めても絶対数に限りがあるので日本全国全てをカバーするのは不可能なのは明白なのだが、自衛隊の手が届かない部分に関しては『更識と繋がっている極道』が出張ってくれていた。

関東は『羽毛組』、『狂獄組』、『虎王組』が夫々協力して事に当たっていたのだが、更識と繋がっている極道組織は実は全国に存在しており、関西地方は『天功侍組』、『京和組』、『神山組』が、九州・四国・沖縄地方は『西角組』、『朝生組』、『八生組』が、東北地方は『我妻組』、『阿室組』、『遠野組』が、北海道は『真応組』、『風吹組』、『白銀組』があり、夫々の地で絶対天敵の対応に当たっていたのだった。

 

 

「どうも絶対天敵の皆さん、天功侍組の十束淳弥と言います……せめて名前だけでも覚えて地獄に行って下さい。」

 

「アニキ、此の化け物相手に人間の言葉は通じへんと思いますよ!?」

 

「んな事は分かっとる……せやけど、相手が人間だろうと化け物だろうと初対面の相手に自分の名を名乗らないのは失礼極まりないやろ?相手が人間やないからって礼儀を欠いたらアカンで?

 何よりも、此れから殺す相手に名を名乗るっちゅーのは、殺す相手への最大の礼儀であり敬意を払うって事や……名前も知らん相手に殺されたっちゅーのは殺された相手にとっても悔しいもんやからな……殺す相手には必ず名乗れ、此れは絶対やで?覚えとき。」

 

「アニキ……深い言葉、おおきに!」

 

 

こうして人間に擬態した絶対天敵は世界規模で駆逐されて行ったのだが、其れに合わせるように通常の絶対天敵も戦場に現れた事で、世界各国で絶対天敵との正面衝突が起こったのだが、其処に現れた絶対天敵は『地球防衛軍』+αで対応出来るモノだったので、『龍の騎士団』には出撃要請は出ていなかったのだが、現状で絶対天敵に対しての最強の対抗力である龍の騎士団は、IS学園の地下にある作戦司令室に集められていた。

 

其処には学園長である轡木十蔵と龍の騎士団の司令官である真耶だけでなく、束の姿もあった――十蔵と真耶だけならば単純に『新たな任務』なのかと思ったのだが、其処に束の姿があれば其の限りではないだろう。

故に龍の騎士団の面々は緊張した面持ちだったのだが、其処で束が投下したのは地球人類と絶対天敵との戦いの結末を左右する重大なモノだったのである――其れこそ、其れは此の地球規模の戦いに終止符を打つ事が出来ると言って間違いないモノだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode84

『絶対天敵との最終決戦の準備運動だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ず束が開示したのは、『白騎士のコア反応を遮断していたのは天然の水晶だった』と言う情報であり、次いで『現在の地球で天然の水晶が存在している場所』が提示され、更には『キメラの反応が途絶えた場所』も示されていた。

 

これ等の情報を統合して考えた末に、絶対天敵の親玉であるキメラが存在する絶対天敵の本拠地は、『太平洋の深海洞窟から続いた地下空間』であると言う事も明らかになっていた。

 

 

「束さん、此処にアイツが居るのか?」

 

「ほぼ間違いなく此処にアイツは居る。

 そして絶対天敵の親玉はアイツだから、アイツを討てば絶対天敵は沈黙するのは間違いないんだけど……問題は其処に行けるのは『騎龍』だけだって事なんだよね。

 絶対天敵の本拠地は明らかになったんだけど、その入り口は10000mの深海にあるんだよ……其れほどの深海の水圧となると通常のISや束さんが作った『軍艦』でも耐える事は出来なくて、計算上で耐えらえるのは『騎龍』だけなんだ。」

 

 

絶対天敵の本拠地が明らかにはなったのだが、其処には騎龍でなければ到達出来ないと言う事も明らかになっていた。

単騎で成層圏突破と成層圏突入能力を持つISだが、深海の水圧は大気圏突破&大気圏突入時に掛かるGを遥かに上回っており、深海5000mの水圧で鉄球がぺしゃんこになってしまうのだ……通常のISでは其の水圧に耐える為にシールドエネルギーを消費し続けてしまうため、絶対天敵の本拠地の入り口に辿り着けず、束お手製の『軍艦シリーズ』でも水圧に耐える事は出来ないと来ていた。

唯一其処に辿り着く事が出来るのは束が最初から『兵器』として開発した『ISを超えるIS』である『騎龍シリーズ』のみとなれば、必然的に其処に向かうのは夏月組か秋五組の何方かになるのは明白だ。

 

 

「そう言う事なら、僕達が行くよ束さん。」

 

 

此処で絶対天敵の本拠地に向かう事に志願したのは秋五だった。

夏月組同様、秋五組も全員が『騎龍』を己の専用機として所持しているので絶対天敵の本拠地の入り口である深海洞窟まで到達する事は可能であり、夏月組と比べれは実力が劣るとは言え、秋五組の実力は騎龍の性能と相まって『表の力』では最強クラスなので絶対天敵の本拠地に突入する部隊としては充分なモノであった。

 

 

「しゅー君、なんでかな?」

 

「簡単な事だよ束さん。

 僕達は自分の力に自信は持ってるけど、だけど夏月達と比べれば圧倒的に弱いと言わざるを得ない……でも、だからこそ僕達は絶対天敵の本拠地に向かうべきなんだ。

 僕達が絶対天敵の本拠地に向かって夏月達には地上で待機してもらう……僕達よりも強い夏月達が地上に残る事で、僕達が絶対天敵の親玉を討ち損じてしまった場合に対処する事が出来るからね。

 勿論、僕達だってむざむざやられる心算はないけど、敵の親玉と遣り合うなら確実に勝つためには万が一を考えて二段構えで事に当たった方が良いと思うんだ……僕達で討てればそれでよし。僕達でダメだったら夏月達が居る……より強力な戦力は最後まで取っておくべきだと思うんだ。」

 

 

自分達と夏月達の実力差を考えた末に秋五は本拠地の突入に志願したのだ――そして其れは秋五だけでなく秋五の嫁ズも同様だった。

夏月組が亡国機業の一員として学園を襲撃した際にロランから『秋五の為に其の手を血に染める事が出来るか?』と聞かれた時には即答出来なかったが、夏月組との訓練で地獄を見た今では其の覚悟も決まっており、同時に『秋五と運命を共にする覚悟』も決めていたのである――其の瞳に宿る光は強く真っ直ぐだ。

 

 

「お前の言う事は正論だがな秋五、其れなら俺達が乗り込んでDQNヒルデの成れの果てをブチ殺しに行った方が早くないか?

 こう言っちゃなんだがな、『対象を殺す事』に関してはお前達よりも俺達の方が圧倒的に慣れてるし経験も豊富だ……其れを踏まえると、俺達が乗り込んだ方が確実なんじゃないか?」

 

「うん、君の言う事も一理あるよ夏月。

 だけど、騎龍シリーズは深海の水圧に耐える事は出来るけど、だけど耐える事が出来ると言うのは万全の状態で其処に辿り着けるって言う意味じゃないんだ。

 恐らくだけど、騎龍シリーズは深海の水圧に耐える事は出来るけど、其れは通常のISではシールドエネルギーが枯渇してしまうけれど騎龍シリーズならシールドエネルギーを残した状態で辿り着く事が出来るって事だと思う……そうじゃないかな束さん?だからこそ、僕達が行くべきなんだ。」

 

「ん~~……まぁ、当たらずとも遠からずかな?

 確かに騎龍シリーズは深海の水圧を受けても通常のISよりもシールドエネルギーの消費が五十分の一だから、騎龍シリーズなら入り口に到達した時点でもシールドエネルギーは半分以上残ってるんだけどね……だけど、しゅー君の方には箒ちゃんが居るから消費したシールドエネルギーを全快出来るからアイツとも万全の状態で戦う事が出来る――まぁ、理に適ってはいるね。」

 

 

秋五組が突入するメリットは、箒の『赤雷』の『絢爛武闘・静』によるISバトルでは反則ギリギリの回復能力があった――シールドエネルギーの回復だけならば夏月組もロランが行えるが、ロランの『銀雷』のワン・オフ・アビリティ『アークフェニックス』が『シールドエネルギーの最大値の50%を回復する』のに対して『絢爛武闘・静』はシールドエネルギーを全回復した上で機体の破損をも修復してしまうと言う『整備士涙目』の効果であるので、絶対天敵の本拠地に突入するまでにシールドエネルギーを消費してしまう事を考えると、此の絶対回復能力を持っている箒が居る秋五組が本拠地に突入するのが最もベターであると言えるだろう。

 

 

「篠ノ之の回復を頼りに戦って、其れでもダメだった場合は俺達にって事か……だが秋五、絶対天敵の親玉は中身は変わっちまったとは言えガワはお前の姉だった存在だ――其れを斬れるか?

 俺達が学園を襲撃した時は、お前もブチ切れてアイツに刃を向けたが、平常心を保った状態でアイツに刃を向ける事が出来るか?」

 

「其れは愚問だよ夏月……姉さんの本当の人格は君の機体のコア人格となっていて、姉さんだったモノは今や地球人類にとって己の平穏を脅かす存在でしかないからね、そんな存在を斬る事に躊躇いはないさ。」

 

「そうかい、其れを聞いて安心したぜ秋五……なら、アイツと相対した其の時は遠慮はいらねぇ、その首を斬り落としてやれ――お前に首を刎ねられるならアイツも本望だろうからな。」

 

「無論其の心算さ……だけど僕達がダメだったその時は頼んだよ夏月……!」

 

「そうなった時は任せとけ……アイツの事は細胞の欠片も残さずにぶち殺してやるからよ――まぁ、お前達が失敗した其の時は、俺達がケツを拭いてやるから後悔しないように思い切りやって来い!

 其れこそ、全力全壊でな!」

 

「うん、了解だ!」

 

 

秋五の思いを聞いた夏月は『思い切りやって来い』とだけ言うと右腕を掲げ、其処に秋五がハイタッチをし、続いて左手でハイタッチを交わし、左右の拳を合わせた後に互いにサムズアップした状態で拳を合わせて頭上に掲げてから一気に振り下ろす。

傍から見れば意味不明な行動に見えるが、此れだけの事で夏月は『生きて帰ってこい』と言う意思を伝え、秋五も『失敗しても死ぬ気は無い』と言う意思を伝えていたのだ――そして、其れで充分だった。

 

 

「死ぬんじゃないわよオニール……私はソロ活動する気はサラサラ無いんだから。」

 

「うん、分かってるよファニール。必ず生きて帰って来るから。」

 

 

コメット姉妹も抱擁を交わしており、そして其れが済んだ後に秋五組は学園島から絶対天敵の本拠地に向かう――と言う事はなく、絶対天敵の本拠地の地下洞窟への入り口のある海域まで『アボカドマグロユッケ軍艦』でやって来ると騎龍を展開して一気に海へと飛び込んで行った。

 

10000mの深海となると有人の潜水艦が訪れた事はなく、無人の潜水艦が訪れただけなので、秋五組が人類で初めて10000mの深海に有人潜水を行った事になる訳で、秋五達は目的地に辿り着くまでに見た事も無い海洋生物と遭遇しており、其の姿をカメラに収めていたので、其のカメラが記録した画像には新種の生物が写り込んでいる可能性も否定は出来ないだろう。

 

 

「此処か……」

 

 

其れは其れとして、海に突入してから約三十分後、秋五組は絶対天敵の本拠地への入り口である海底洞窟の入り口にやって来ていた。

入り口から中に入ると、10mほど浮上したところで海水は無くなって地下洞窟となっていた……海から上がったところで箒の『絢爛武闘・静』でシールドエネルギーを全回復してから此の地下洞窟を秋五組は進んで行った。

其の途中で絶対天敵の迎撃を受けはしたが、夏月組との地獄の特訓を生き延びた秋五組は其れに完璧に対処して迎撃部隊を逆に返り討ちにしてしまっていたのだった。

 

そうして遂に本拠地の心臓部に辿り着いたのだが……

 

 

「此れは……繭?」

 

 

其処に存在していたのは巨大な『繭』だった。

此の繭は元々は絶対天敵の躯から作られたモノだったのだが、キメラを中に取り込んでからは其の防御力を大幅に増強し、秋五達が此の場に辿り着いた時には『鋼鉄の繭』とも言うべき状態になっていた。

表面は金属質な光沢を放ちながらも一定の間隔で脈を打っている様は異様であり、同時に此の繭が絶対天敵にとって重要なモノであるとも直感的に理解していた――何故ならば其の繭を護る様に『サイボーグカマキリ型』の絶対天敵と『サイボーグ蜘蛛人間型』の絶対天敵が存在してたからだ。

 

 

「コイツ等は、あの繭らしき存在を護る衛兵か?……今の私達ならば負ける事はない相手だが、其れよりも絶対天敵の親玉は何処に居る?

 此の場所が絶対天敵の本拠地であると言うのならば其の姿がある筈なのだが……よもや、此の衛兵に擬態して紛れ込んでいると言う事もあるまい?」

 

「絶対天敵の親玉、キメラは多分だけどあの繭の中に居る。

 だからコイツ等は繭を護ろうとしてるんだ……そして此れは僕の予想だけど多分合ってる……キメラはあの繭の中で自己強化の為に進化してるんじゃないかと思うよ箒。」

 

「成程……と言う事はつまりアレは『進化の繭』と言う事だな!ならば進化が完了する前に繭を破壊しなければならないぞ秋五!……其れでも『人類を滅ぼすには充分なパワーを持ったキメラ』が誕生してしまうかもしれないが。」

 

「ラウラ……そう言えば最近電子コミックで遊戯王読み漁ってたっけ。」

 

 

更に此の場にキメラが存在していない事から、秋五はキメラが繭の中で強化進化を行っていると推測し、其れを聞いた秋五組のメンバーは夫々が武器を構えて繭を護る衛兵達と対峙する。

と同時にセシリアがスターライトmkIⅦから最大出力のレーザーを放ち、其れが合図となってオープンコンバット!

 

数で言えば絶対天敵の衛兵の方が上であり、戦力差は大体1:3.5と言ったところなのだが、秋五組にとって数の差は不利になり得なかった――其れは偏にセシリアの存在が大きいだろう。

騎龍化した事でセシリアの機体のBT兵装は十機にまで増えているだけでなく、二機のミサイルビットは四基のミサイル射出ビットとなっていた事で、ビームとミサイルによる複合的な『十字砲』が展開可能になっており、此の十字砲の陣形は敵の死角からの攻撃を基本としているので相手の数が多ければ多いほど死角が増えるので其の威力を増すのである。

此の十字砲を操作している間、セシリア自身は移動したり飛行したりする事は出来ないのだが、『ライフルを撃つ』事は出来るので、セシリアは『十字砲を操作する固定砲台』とて秋五組における重要な役割を担っているのだ。

 

其のセシリアのサポートを最大限生かしているのが箒だ。

秋五の嫁ズの中でも箒とセシリアは相性が抜群に良く、コンビネーションの質は最高クラスであり、箒はセシリアを狙う敵を一刀のもとに切り伏せ、セシリアは箒を背後から襲おうとしている敵をビット或いはライフルで撃ち抜いていた……日英親友コンビはモンド・グロッソのタッグ部門を制覇出来るだけの力を有していたのだ。

 

 

「昆虫には死角がないとの事だったが、其れが逆に仇となると知れ!必殺『プラズマネコだまし』!!」

 

 

そんな中でラウラは両手にプラズマ手刀を展開すると、其れを絶対天敵の目の前でぶつけて強烈な閃光を発生させて視界を奪う――ラウラは攻撃の瞬間に目を瞑り、他のメンバーもラウラのセリフを聞いて目を閉じたり、ラウラに背を向けた事で視界を奪われる事はなかったのだが、絶対天敵の衛兵達は其れを真面に喰らった事で一時的に視界を失ってしまった。

カマキリ型も蜘蛛人間型も視界を塞ぐための『瞼』を有していなかった上に複眼で死角のない視界だった事で閃光を防ぐ術がなく、此の目潰しを真面に喰らってしまったのだ――そして視界を失ったと言う事は敵を認識する事出来なくなった訳であり、衛兵達は秋五達の姿を見失って其の存在を探るかのように攻撃を繰り出していたのだが、勿論秋五達が其れを喰らう事はなく、『当たらない攻撃』を繰り返している衛兵達の首を斬り落として、或いは心臓を撃ち抜いて絶命させていく。

 

 

「此れで終わりだ……Go to Hell!!」

 

 

最後に残ったサイボーグカマキリ型には、ラウラがプラズマ手刀を突き刺し、突き刺したプラズマ手刀のプラズマの固定化を解いてプラズマ爆発を引き起こして大ダメージを与え、表面装甲が剥がれた所に改めて出力を全開にしたプラズマ手刀を叩き込んで其の首を斬り落としたのだった……その際に『ベルリンの赤い雨』と言っていたのはご愛嬌と言ったところだが。

 

ともあれ残るは巨大な繭だ。

秋五の予想通り、此の繭の中でキメラが強化進化をしていると言うのであれば、逆に言えば此の繭を破壊して其の進化を強制中断させればキメラの目論見は崩れると言う事なのである。

 

 

「衛兵達は片付けた……残るは此の繭だ!」

 

 

其の繭に対して秋五組は攻撃を開始したのだが、表面を金属化した繭は硬く、秋五達の近接武器を跳ね返しただけでなく、実弾攻撃やビーム系攻撃でもビクともせず、表面には傷一つ付かなかったのだ。

 

 

「普通の攻撃じゃ効かないなら此れでどうかな?

 溶解力を通常の三倍にした束博士特製の『硫酸弾』だよ!酸じゃ溶解しない銅も溶かす此の硫酸弾を喰らっても平気でいられるかな?」

 

 

此処でシャルロットがラピッドスイッチで武装をライフルからグレネードランチャーに換装すると、束特製の『硫酸弾』をお見舞いする。

酸では溶解しない銅をも溶かす束特製の硫酸弾を喰らったら絶対天敵の繭と言えども無事では済まないだろう――実際に硫酸弾を喰らった繭は其の場所が一瞬で溶解したのだから。

 

 

 

――ギュルリ……

 

 

 

だが、繭には硫酸による溶解を上回る再生能力が存在していたようで、溶解した場所があっと言う間に再生して元通りなっただけでなく、再生前よりも強固で頑丈な見た目となっていた。

ならばとシャルロットはもう一度硫酸弾を再生した場所に喰らわせるも、今度は溶解する事は無かった――飛び散った硫酸は繭の他の場所に掛かって其の場所を溶解させたが、其の場所も同じように再生して強化されてしまったのだ。

物理攻撃でもエネルギー攻撃でも突破出来ない防御力を有しているだけでなく、傷付いたら傷付いたで即座に強化再生してしまう繭は正に難攻不落で鉄壁の要塞と言えるだろう。

此の繭を破壊するには、繭の防御力と再生能力を圧倒的に上回る破壊力を込めた攻撃で、しかも一撃で完全に破壊する以外に方法はない――繭の破壊と同時に内部で強化進化中のキメラも倒す事が出来れば最高なのだが、倒せずとも繭を破壊してしまえば強化進化を途中で止める事が出来るので結果としては悪くないだろう。

 

 

「箒、絢爛武闘で僕にシールドエネルギーを……巨大な絶対天敵を倒した時の攻撃で、此の繭の破壊を試みるから。」

 

「其れは構わんが、破壊出来なかった場合は如何する?」

 

「其の時は僕達ではお手上げだ……此の場から退いて地上の夏月達に状況を報告して最悪の事態に備えるしかない……ISのコア反応を遮断してしまう此の場所じゃ通信も繋がらないしね。」

 

「ならばせめて破壊確率が上がる様に、以前の五倍のシールドエネルギーをお前に渡す!其の全てを剣に込めてアレを斬れ!」

 

「勿論その心算だ……!」

 

 

此処で秋五が箒から絢爛武闘・静によるシールドエネルギー譲渡を受け、其のエネルギーを近接ブレード『晩秋』に送り込んで刀身にエネルギーの刃を形成していく。

中国で怪獣型の絶対天敵を倒した際にはエネルギーの刃は巨大化していたのだが、今回は晩秋の刀身の倍の長さにした程度で止め、刃を巨大化させる代わりにエネルギーを其の大きさに圧縮して攻撃力を高める。

前回の五倍のエネルギーを使いながらも、エネルギーの刃の大きさは前回の半分程度に凝縮されている事を考えると、此のエネルギーの刃の破壊力は怪獣型の絶対天敵を倒した時の十倍以上と言えるだろう。

 

 

「Uwooooo……Year!」

 

 

更にオニールが自機のワン・オフ・アビリティである『ソング・オブ・ウラヌス』を使い、其の歌声で味方の攻撃力を上昇させる――だけでなく、オニールの後ろからラウラがプラズマ手刀を展開して其の両手でオニールの口元に壁を作る。

プラズマとは極限の圧縮空気であり、其の圧縮空気に挟まれたオニールの歌声は洞窟内に拡散する事なく指向性を得て秋五に向かい、味方全ての攻撃力を上昇する効果が秋五一人に集中し、攻撃力を更に五倍にし、此れによりエネルギーの刃の破壊力は怪獣型の絶対天敵を倒した時の五十倍以上となったのだ。

 

 

「此れで決める……決めて見せる!」

 

 

破壊力抜群の剣が完成したところで秋五はイグニッションブーストで繭に接近すると、其のまま切らずにイグニッションブーストを使ってジャンプする。

助走を付けて斬るよりも助走付きのジャンプからの攻撃の方が破壊力は増すのだが、秋五は其れだけでは終わらず、洞窟の天井までジャンプすると逆さまになって天井を蹴って更なる加速をする。

イグニッションブースト、大ジャンプ、天井キックの三段式加速に秋五の全体重を乗せた一撃は正に一撃必殺の破壊力があると言えるだろう。

 

 

 

――シュゥゥゥン……

 

 

 

だが其の一撃は繭に触れた瞬間にエネルギーの刃が霧散し、晩秋の実体ブレードが繭の表面を軽く傷つけるだけに終わってしまった。

 

 

「エネルギーの刃が霧散した?

 まさか……此の繭は繭の防御力を上回るエネルギー攻撃を受けた場合は零落白夜の力を纏うのか!……攻撃に使えば一撃必殺の零落白夜は防御に使うとエネルギー攻撃に対する絶対防御になるって事か……!」

 

「零落白夜の盾とは、流石に反則だろう其れは……!」

 

 

繭には『繭自体の防御力を超えるエネルギー攻撃』を受けた際には自動的に表面を『零落白夜』が覆い、エネルギー攻撃を一切シャットダウンすると言うエネルギー攻撃に対してはチートレベルの防御力を有していた。

そうなると圧倒的破壊力の物理攻撃で突破するしかないのだが、ISに搭載できる物理兵器としては最強クラスのグレネードやミサイルビットでもダメージを与える事が出来なかった事を考えると物理攻撃で突破するのは不可能だろう。

 

 

「まさか此処までとは思わなかったけど、如何やら僕達が此処で出来るのは此れまでみたいだ……戻って状況を夏月達に伝える!」

 

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 

繭の破壊は不可能だと判断した秋五達は海底洞窟から即刻離脱して深海から海上へと浮上して行った――一応夏月組ならば楯無とダリルによる氷と炎の対消滅攻撃、羅雪による零落白夜無効能力があるので此の繭を突破する事は可能なのだが、秋五は『一度戻って夏月達を連れて来る前に繭が孵化する可能性がある』と考えて現状を伝える事を最優先にしたのだ。

深海から帰還する際は、少しずつ時間を掛けて帰還しないと水圧の変化に内臓が耐えられないのだが、騎龍を纏った状態ならば其の限りではないので最速で海上まで浮上し、そして海から飛び出して『アボカドマグロユッケ軍艦』に帰還したのだった。

 

 

「戻って来たか秋五。首尾は如何よ?」

 

「……ある意味で最悪だ。

 洞窟にキメラの姿はなかったけど、そのかわりに巨大な繭があった……そして其れを護る様に絶対天敵が存在していたんだ――ほぼ間違いなく、あの繭の中ではキメラが進化をしていると思う。

 だから繭の破壊を試みたんだけど、どうやっても破壊する事が出来なかった……繭は可成り強く脈打ってたから、キメラが進化を終えるのはそう時間は掛からないと思う……僕は、其れを止められなかったよ……」

 

「繭にくるまって進化するとか、昆虫型のポケモンかよ……だけどお前達はやるだけやったんだろ?其の上で壊せなかったってんなら仕方ねぇよ……だったら其の進化したクソッタレをぶっ倒せば良いだけの事だ。

 繭は無敵だったかもしれないが、進化したクソッタレが無敵とは限らないからな。」

 

 

秋五は絶対天敵の本拠地での出来事を全て話し、キメラが進化しようとしていると言う事も伝えたのだが、其れを聞いた夏月の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

秋五達がキメラを倒す事が出来れば其れで良いと考えていたのは事実だが、夏月は心の奥底ではキメラは自分の手で討ちたいと思っており、秋五達が繭を破壊出来なかった事で其の機会が訪れた事に無意識に歓喜していたのだ。

今更『織斑』だった頃の過去をあれこれ言う心算はないが、キメラの人格の一部となっているのは本来の姉の人格に蓋をし、更に其の身体を乗っ取った白騎士のコア人格が融合したモノであり、織斑計画の負の遺産と束の負の遺産が融合した存在は己の手で消し去りたいと、そう思っていたのだ。

 

 

「進化、進化ねぇ……今の自分じゃ勝てないと考えて進化の道を選んだのかも知れないけど、お前が進化するのと同じくらいにカッ君達は成長してるから果たして進化しても勝てるかどうか分からないんだよなぁ。

 しゅー君の話を聞く限りだと、其の繭の防御力は相当だから束さんとしては地球が寿命を迎える其の時まで其の繭に引き籠ってる事を全力全壊で推奨なんだけどそうは行かないんだろうね。」

 

「束さん、『ぜんりょくぜんかい』の字がおかしくね?」

 

「カッ君、其れは突っ込んじゃダメだよ……中の人的には何も間違ってないから。

 序に言うと、劇場版の『ガンダムSEED』にも束さんの中の人が出演してるんだよねぇ……『IS×ガンダムSEED』やってる作者的にはタイムリーかな?」

 

「いや、もう何の話してるのか分からねぇから。」

 

「HAHAHA、ちょっとした妄言なのだよカッ君!」

 

 

そしてブリッジでそんな雑談をしている最中、『アボカドマグロユッケ軍艦』のレーダーが海底からのISコアとは異なる高エネルギー反応をキャッチした。

其のエネルギーの発生源は絶対天敵の本拠地である海底洞窟であり、キャッチした高エネルギーは其処から一気に上昇して海面まで迫っていたのだ。

 

 

「来るか……最終決戦の開幕だな!」

 

「地球人類の存続を左右する戦いの最終決戦……其れは言うなれば人の未来を決める聖戦――其の聖戦に参加出来ると言う事に、私は神に感謝してもし切れないな……私の持てる力の全てを此の戦いにつぎ込もうじゃないか!」

 

「学園最強の生徒会長として、そして暗部の長である『更識楯無』として私に敗北は許されないわ。

 ドレだけの強化進化をしたのかは分からないけれど、其れでも私達に勝つ事は出来ないと断言するわ……ドレだけの力を得ようとも所詮貴女は偽物に過ぎず、本物の千冬さんはこっちに居るのだからね。」

 

 

夏月組はアボカドマグロユッケ軍艦の甲板に出て自機を展開すると、其の直後に海面から巨大な光の柱が突き上がり、大量の海水を押し上げた後に『海水の雨』を降らした。

其の海水の雨は楯無がアボカドマグロユッケ軍艦全体を水のヴェールで覆った事でノーダメージだったが、光の柱と共に現れた存在は絶大なインパクトを放っていた。

 

 

「……ふ、此の力があれば地球だけでなく宇宙全てを支配する事も可能かもしれんな。」

 

 

光の柱の中から現れたのは強化進化を完了したキメラだ。

其の姿は『織斑千冬』をベースにしているのだが、頭髪と眉毛と瞳は銀色になり、背には三対六枚の白銀の翼が生え、腕は六本になり、黒いレディースのスーツは純白の天使装束に変わっていた。

絶対天敵の親玉であるキメラは繭の中での強化進化を完了し、神の如き姿と力をもってして夏月達の前に其の姿を現した――但し、其れは人類に、地球に厄災を齎す凶つ神、『邪神』がその本質なのだが。

 

 

「神気取りかよ……流石は元ブリュンヒルデ、今度は神様か――まぁ良い、アンタを倒せばそれで終わりって事に変わりはないんだからな……さっさとやられてくれよな、ミス神様?」

 

「まぁ、光栄だと思うべきなのだろうね私達は……神様と戦う機会など、中々無いのだから……この幸運に感謝を、そして邪悪なる神に死の鉄槌をだね。」

 

 

神(邪神)vs人間(超人)の戦いは、此処からが本番であり、そして最終章であり、其の最終章の幕が上がったのであった――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 




破壊不能な進化の繭か……By夏月    此れは厄介極まりないわね……By楯無    誕生するのは最悪の存在か……Byロラン


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Episode85『Absoluter Kampf zwischen Superman und Gott』

其れじゃまぁ、神様擬きをぶっ倒すか!By夏月    神殺し、此れもまた王道ね♪By楯無    神を殺すのは超人、だねByロラン


絶対的防御力を有した繭を秋五組は破壊する事が出来なかったので、繭の破壊を断念して情報を持ち帰る事を優先して、絶対天敵の本拠地である海底洞窟から帰還し、その情報を夏月組に渡したのだが、其の直後に絶対天敵の本拠地である海底洞窟からエネルギーの柱が発生し、其れが収まった所に存在していたのは六枚の翼と六本の腕を有し、髪と眉と瞳が銀色になった『織斑千冬』の姿をした絶対天敵の親玉である『キメラ』だった。

 

ISコアの反応を遮断する水晶に覆われた海底洞窟で自身を絶対天敵の屍で作られた繭に取り込ませ、其の中で生きながらに細胞レベルで身体を分解されると言う地獄を経験した後に時間を掛けて身体を再構築・強化して進化し、其の進化が今こうして終了して繭から羽化して其の姿を現したのである。

更にキメラの進化が完了した事により、世界各国に現れていた絶対天敵にも変化があり、キメラの進化完了に呼応するかのように其の場で姿を変えてより強力な力を得るに至ったのだが、其れによりベースとしている生物が何なのか分からない状態となってしまい、例えば昆虫型であればカマキリの大鎌とクワガタの大あごとカブトムシの角、スズメバチの毒針、トンボの羽を併せ持ったような姿をしているのだ……其れは取り込んだ地球生物の利点のみを現在ベースとしている生物で可能な限り再現したと言ったところだろう。

完全なる異形と化した絶対天敵は各国の『地球防衛軍』と此れまで以上に激しい戦闘を行い、地球人類と絶対天敵との戦いは最終決戦とも言える状況に突入していたのだ。

 

 

「人間だった頃と比べると相当に強くなってるみたいだなアレは……正に『ラスボス』ってところなんだが、こう言うのもアレだが全然怖くねぇんだよなぁ?

 てか、アレがラスボスって事はアレを倒せば絶対天敵は全部纏めて倒す事にもなる訳だから、アレとの戦いがガチで最終決戦なんだが、ラスボスよりも遥かに強いゲーム中最強の敵クラスとの戦闘経験がある身としてはぶっちゃけヌルゲーだぜ。

 加えて俺達はステータスがカンスト突破して若干バグってる感があるからなぁ……マジで負ける気がしねぇ。」

 

「瀕死のブリュンヒルデが何とか命を繋いで神となったと言うのは、フィクションの世界であれば最強の存在であるのかも知れないけれど、DQNヒルデが邪神になったところで龍に勝つ事は出来ないわ……何よりも、繭に包まれたままで居れば生きている事が出来たのに、繭から出て来て私達の前に現れたのだからキッチリと倒してあげるの礼儀よね?」

 

「降誕した邪神に戦いを挑むのは超人が率いる龍の騎士団とは実にドラマティックでファンタスティックではないかな?

 嗚呼、此の最高の舞台を最高の仲間達と演じられると言う事に私の心は歓喜しているよ……尤も、此れがフィナーレとなる舞台だけれどね!」

 

 

其れでも夏月組は緊張し過ぎる事はなく、適度な緊張感とリラックス感が融合した絶妙な精神状態となっていた。

進化したキメラの力は怪獣型の絶対天敵の比ではなく、『地球防衛軍』では凡そ対抗出来るモノではなく、『騎龍』ではない『龍の騎士団』も勝つのは難しい相手なのだが、『騎龍』を擁し、更に『裏社会の力』を身に付けている夏月組にとっては脅威の存在ではなかったのだ。

亡国機業の実働部隊として、更識のエージェントとして裏の仕事に携わって来た夏月組は幾度となく生身で剣林弾雨を潜り抜けて来た事で『命懸けの戦い』と言うモノを何度も経験している上に、『殺し』の経験もしているので今更どんな存在が相手だろうと怯む事はなかったのだ。

 

そして其れは夏月組と行動を共にするスコールとオータムも同様だ――特にスコールは嘗ては更識のエージェントとして、現在は亡国機業の実働部隊隊長として数多の死線を越えて来た事で、大抵の事では恐怖を感じる事はなくなっていた。

 

 

「ぷっはぁ……出撃前の一杯はやっぱりうめぇ!」

 

「秋姉、今飲んだのってポケット瓶のウィスキーだよな?出撃前に酒は如何なんだ?」

 

「ポケット瓶一本空けたくらいは如何って事ねぇ……寧ろ良い感じにほろ酔い状態の方がオレは強いんだよ――ベロンベロンに酔っぱらったら其れは其れで強いのかも知れないけどよ。」

 

「秋姉、酔拳極めてたのか……?」

 

「中国拳法を学んだ者の意見として言わせて貰うけど、酔拳はあくまでも『酔っぱらいの動きを模した拳法』であって、『酔えば酔うほど強くなる拳法』じゃないからね?其処は誤解するんじゃないわよ!」

 

「中国拳法は奥が深いのですね……では、武術の修行をしていた武闘家がカマキリが小鳥を狩ったのを見て螳螂拳を編み出したと言うのは?」

 

「其れは、此れまでは逸話に過ぎなかったんだけど、最近の研究でガチでカマキリが小鳥を狩る事があるってのが判明したから実は逸話じゃなくて実話なのかもしれないわね。」

 

 

そんな中でオータムはポケット瓶のウィスキーを飲み干し、夏月も其れに突っ込みつつ『モンスターエナジー・パイプラインパンチ』を一気飲みしてエネルギーをチャージすると『騎龍・羅雪』を展開してキメラへと向かい、他の夏月組も夫々が『騎龍』を展開して夏月に続き、スコールとオータムとフォルテも専用機を展開して其れに続き、絶対天敵との最終決戦に向かうのだった。

因みに秋五組は夏月から『絶対天敵の本拠地に行って一戦交えた事で疲れてるだろうから休んどけ』と言われて、『メディカルマシーン』で回復中だったので、回復し次第参戦と言う事になるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode85

『Absoluter Kampf zwischen Superman und Gott』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出撃した夏月組とスコールとオータムとフォルテだったが、キメラの周囲には進化した絶対天敵が集まっていた――其れは数えるのが面倒になるレベルであり、ドレだけ少なく見積もっても五~七百体は下らないだろう。

圧倒的すら超えた数の差と言うのは絶望でしかないのだが、其れはあくまでも基本的な能力が同等であればの話だ。

 

 

「随分と数だけは揃えたみたいだが、雑魚を何匹揃えたところで俺達に勝つ事は出来ねぇよ……其れとも、此れだけの雑魚を従えないと俺達と戦う事は出来ねぇって考えたのか?だとしたら何とも慎重な事で……いや、臆病って言うべきかコイツは?

 まぁ、どっちにしても俺達のやる事は変わらないけどな!」

 

「そうね、やる事はただ一つ、敵を殲滅して此の戦いを終わらせる事よ。雑兵は私達が引き受けるわ……夏月君は親玉をお願い。」

 

「ラスボスにトドメを刺すのは主人公の役目。此れはどんなアニメやゲームでも絶対の法則。」

 

「OK!任されたぜ楯無!簪!!」

 

 

進化した絶対天敵は『地球防衛軍』でも簡単に勝てる相手ではないのだが、『騎龍』にとっては脅威足りえなかった――そもそもにして『騎龍』は束が此の未来を見越して作った機体であり、其のパイロット達は全員が『ISパイロットの国家代表』を凌駕しているのだから。

 

 

「よう、随分と大胆なイメチェンをしたもんだなDQNヒルデさんよぉ?

 六対の翼に六本の腕、そんでもって純白の天使装束ってのは悪くない組み合わせだと思うんだが……銀髪、銀眉、銀眼ってのは幾らなんでも厨二過ぎるんじゃねぇのか?炎殺黒龍波並に属性てんこ盛り過ぎんだろ?」

 

「一夜か……パートナー達に私の子供達を任せてお前は私と直接戦いに来たか……まぁ、お前との直接対決は私も望むところであり、此れは予想していた事だ――寧ろお前とサシで戦う為に子供達を集めたのだからな。

 此れまでの経験から、お前が敵の親玉と直接対決をして、パートナー達は其の露払いをする事が多いのは理解していたからな……だが其れは、逆に言えばお前が倒されたらチームは瓦解すると言う事を示している。

 精神的支柱でありチームの要であるお前がいなくなれば、奴等も戦意を喪失するだろうからな。」

 

「楯無達は其処まで弱くねぇんだが……だからと言って俺は負ける心算は毛頭ねぇ。

 臨海学校の時には死に掛けちまって皆を悲しませちまったからな……テメェの大事な人達を悲しませる事なんざ二度と御免だ――其れに同じ事はテメェにも言えんだろ?

 テメェが絶対天敵の親玉だってんなら、テメェをぶち殺せばそれでゲームセットだからな。」

 

 

楯無達は無数の絶対天敵に向かい、夏月はキメラと対峙する。

夏月は夏月組のリーダーであり、キメラは絶対天敵の親玉と言う、『トップ戦力の直接対決』であり、此の戦いの結果が地球人類と絶対天敵の戦いの結果を決定付けると言っても良いだろう。

夏月は日本刀型の近接ブレード『心月』に左手を添えると少し前傾姿勢となって右手で心月を何時でも抜刀出来る構えを取り、キメラは六本の腕に刀を展開する。

 

 

「脇差型の追加装備があったと思うのだが、其れは如何した?よもや六刀に一刀で挑む心算か?……此方の手数はお前の六倍なのだぞ?」

 

「俺は二刀流も出来るんだが、二刀流はあくまでも『出来る』レベルでな、真骨頂は一刀流だ。

 其れに剣術ってのは手数が多けりゃ良いってもんじゃねぇ……手数よりも大事なのは一太刀の質だ――手数で圧倒出来ると思ってんなら、お前は俺の敵じゃないぜDQNヒルデ。」

 

 

一刀の夏月と六刀のキメラでは、側から見ると腕が六本あるキメラの方が手数の面で有利に見えるのだが、剣術は手数では決まらないモノであり、劉韻から実戦剣術を学び、更識の仕事で其の剣術を実戦で昇華させてきた夏月ならば尚の事だ。

更識の仕事は少数精鋭で其れなりの規模の組織にカチコミを掛ける事も其れなりに多く、夏月は刀一本で複数の敵と戦う機会も少なくなかった事で一刀流のキレが増しており、一刀であっても複数の攻撃に対処する事が出来るようになっていたのだ。

 

 

「吠えるか……ならば超えて見せろ、神速の六刀流をな!」

 

「六刀流と六本腕の剣技は全く別だって事を教えてやるぜ……来いよ、人間を辞めちまったDQNヒルデさんよ!」

 

 

そして夏月が吼えると同時にオープンコンバットとなり、イグニッションブーストを発動して夏月が間合いを詰めて居合を繰り出すと、キメラは其れをギリギリで回避してカウンターの袈裟切りを繰り出すが、夏月は返す刀で其れを受け止め、逆手に持った鞘でカウンターのカウンターを繰り出す。

其の攻撃はキメラの六本もある腕によって対処されてしまったのだが、キメラにとっては鞘でのカウンターよりも夏月が居合を放った右腕でカウンター攻撃を受け止めた事に驚いていた。

居合は一撃必殺の剣技だが、其の一撃が外れた際には逆に放った側が一撃必殺の状況になり、其の隙をカバーする為の鞘での二撃目は予想出来るのだが、居合を放った右腕でカウンターに対処するのは不可能に近いからだ。

 

だが、夏月が放ったのは只の居合ではなく、逆手の居合だったのだ。

順手の居合ならば外した場合は大きな隙が生まれてしまうのだが、逆手の居合であれば即座に二撃目を放つ事が可能であり、更に其処から神速の逆手連続居合を放つ事も可能であり、夏月は其の逆手居合でキメラのカウンターを潰したのだ。

 

其処からは近距離での斬り合いとなったのだが、手数では圧倒的に劣っているにも関わらず、夏月は殆ど被弾する事なくキメラとの斬り合いを行っていたのだった。

 

 

「手数では私の方が圧倒的に有利な筈……其れなのになぜ押し切る事が出来ん……!」

 

「確かにテメェは腕が六本あるんだが、同時に動かす事が出来るのは二本だけなんだよ……だから俺としては二刀流を三人相手にしてるのと同じだ。

 腕が六本あっても、テメェは人間だった頃の感覚が抜けてねぇから、六本の腕全てを同時に動かす事が出来てねぇ……マッタク六本腕を活かす事が出来てねぇんだよ。

 所詮変則的な二刀流に過ぎないんじゃ俺には通じないぜ?俺は、秋姉との模擬戦で本物の六刀流を経験してるから尚の事な。」

 

 

キメラは六本の腕を有しているモノの、人間だった頃の感覚が抜け切っておらず、同時に動かす事が出来る腕は二本だけであり、変則的な二刀流程度では夏月の敵ではなく、アッサリと其れを見極められてしまっていた。

其の斬り合いの中で夏月がキメラの一刀を弾き飛ばし、キメラは其れをキャッチする為に僅かに仰け反る姿勢になったのだが、其れは夏月にとって好機だった。

 

 

「ベストポジション……シャイニングウィザードだぁぁぁぁぁ!!」

 

「ガバァァァァァァ!?」

 

 

僅かに仰け反ったキメラに膝蹴りを顔面に叩き込むプロレスの大技『シャイニングウィザード』をぶちかましてコメカミを蹴り抜くと、逆手の斬り下ろしでキメラの右腕を、そして逆手の斬り上げでキメラの左腕を全て斬り落とす。

六本腕全てが斬り落とされたとなればキメラとて窮地なのだが……

 

 

「腕を斬り落とされた程度、私には大した損害ではない……寧ろ斬り落とされた事で、同じ攻撃では斬り落とされない強さをもって再生するのだからな!」

 

 

斬り落とされた六本腕はすぐさま再生し、ただ再生するだけではなく金属質な外見となり防御力を強化した状態で再生された――此の事を踏まえるとキメラの身体に『致死のダメージ』にならない攻撃を喰らわせるのは悪手と言えるだろう。

キメラは生きている限り、ダメージを受ける事すら自己進化を行う事に繋がるのだから。

 

 

「なら本体をぶっ壊すだけだ。

 腕や足は吹き飛んでも再生出来るとして、本体が消滅しちまったら流石に再生は出来ないだろうからな……精々足掻いて見せろよDQNヒルデ――足掻いたところでテメェの未来は変わらないけどよ。」

 

「私には死の概念が存在しない……真の不死……其れこそ細胞が一つでも残っていれば再生する事が出来るのだ――故に私を倒す事は出来ん!絶対にな!!」

 

「アホンダラ、勝負に『絶対』は存在しねぇんだよ……いや、此の戦いに関しては唯一の『絶対』が存在してるか……此の戦いの結果によって地球人類とお前達の未来が決まる、其れだけは絶対だぜ。」

 

 

そうして再度近距離での斬り合いが始まったのだが、腕を再生した際にキメラは六本腕が持つ武器を腕が斬り落とされる前とは変えて来ていた。

先程は六腕全てが日本刀を持っていたのだが、現在は日本刀、西洋剣、アックスソード、蛇腹剣、連刃刀、トンファーブレードの六種類の刀剣類を装備していた――武器の間合いは全て異なるので、手数の多さに間合いの多様性を組み込んで来たのだ。

日本刀の間合い、其れよりも狭い間合いと逆に広い間合い、あらゆる間合いに対応出来ると言うのは近距離戦では相当なアドバンテージになるのは間違いなく、此れも六本腕だから出来る事だと言えるだろう。

 

だが、夏月の武器は心月だけではない。

 

 

「近距離戦でも突然の射撃にはご注意下さいってな!」

 

 

右肩に搭載された電磁レールガン『龍鳴』を発射してキメラの動きを一瞬止めると、蹴りを放って強引に間合いを離してからビームアサルトライフル『龍哭』を超連射してキメラにビームの嵐を喰らわせる。

夏月は射撃が得意ではなく、細かい狙いを付けて正確に撃つ事は出来ないのだが、代わりに『連射力』に関しては凄まじいモノがあり、普通のハンドガンでマシンガン並みの連射が出来るのだ――無論、普通のハンドガンでそんな事をすればすぐに動作不良を起こしてしまい使い物にならなくなるので、此の『龍哭』も完成までには何度もトリガー回りの改修と強化が行われたのだが、其の度に束が『カッ君もう勘弁してよぉ』と泣きを入れた程に夏月の連射力は凄いのである。

細かい狙いを付けていないので致命的なダメージを与える事は難しいのだが、細かい狙いを付けずに連射している事から防御と回避は極めて困難となる一種の弾幕攻撃なのだ夏月の超連射は。

 

キメラからすれば近距離戦を行っていた中で突如の射撃だったので完全に虚を突かれ数発被弾してしまったのだが、すぐさま六腕にシールドを展開して全身を覆い、ダメージを最小限に止めていたのだった。

 

 

「この場合、『卑怯だ』と罵るのが正解なのか、それとも瞬時の戦術の変化を賞賛すべきなのか迷うが、此処は敢えて言わせて貰おう、『銃を持ち出すとは卑怯だ』とな。」

 

「敢えてって事は、其れが何の意味もない事は理解してんのなお前は……まぁ、ルールの定められた試合ならギリギリのグレーゾーンを『卑怯』と言うのもアリなんだが、ルール無用の戦場には卑怯なんて言葉は存在しねぇ。

 戦場で生き残る事が出来るのは圧倒的な力を持った強者か、卑怯で狡猾な奴の二つに一つ……其れは即ち、強くて搦め手も使えるならそいつは戦場に於ける最強の存在だって事だ!」

 

 

しかし夏月の攻撃は龍哭の超連射だけでなく、右手で龍哭を超連射しながら左手でビームダガー『龍尖』を物凄い数投擲してキメラの周囲に配置して停滞させて『ダガーの結界』を完成させていた。

上下左右三六〇度に配置された無数の龍哭は其れこそ防御も回避も不能であり、キメラの実体シールドでは全ての龍尖のビームエッジを防御する事は不可能だろう――零落白夜をシールドに使ったとしても、零落白夜の発動にはキメラ自身の活動エネルギーを消費してしまうので、物量相手に使う事は出来ないのだ。

 

 

「見えてる事が逆に恐怖だろ?ってな!全身串刺しになっちまいな!!」

 

「防御も回避も不可能であると言うのならば叩き落すだけの事……むおぉぉぉぉぉぉ……だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだぁ!!!」

 

 

全ての龍尖を防ぎ切る事は出来ないと判断したキメラは六腕からシールドを消して六種類の刀剣類を装備すると其れ等の武器を使って龍尖を落として行ったのだが、圧倒的な物量の前には全てを叩き落す事は出来ず、叩き落せなかった龍尖は身体に突き刺さりビームエッジが肉を焼く……喰らうと同時に傷口を焼き固めてしまうビームエッジの攻撃は生身には脅威であり、傷口が焼き固められてしまったら再生は出来ないと言う事は以前に中国に現れた怪獣型の絶対天敵で明らかになっているので、龍尖をキメラの身体に突き刺す事が出来たのは戦果としては悪くないだろう。

 

 

「く……物量の前に少しばかり不覚を取ったが、此の程度は無駄無駄無駄ぁ!効かん!

 傷口を焼き固められてしまっては再生出来ないのはあくまでも私の子供達、其れも巨大な怪獣型に限ってのモノ……私ならば、傷口を焼き固められようと、こうして再生する事は可能なのだ!」

 

 

だが、キメラは身体に突き刺さった龍尖を引っこ抜いて捨てると、龍尖が刺さった場所が瞬時に再生しより防御力が高い形状となっていた――のだが、単純に強化再生を行うだけでなく、龍尖を引き抜いた場所の一部では再生と同時に昆虫の足のようなモノや、甲殻類のハサミのようなモノと言った器官も体表に現れており、『神の如き姿』で現れたキメラは少しずつその鍍金が剥がれ始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で強化された絶対天敵達と交戦状態となった楯無達は、苦戦とまでは行かずとも、『負けないが簡単に勝つ事は出来ない戦い』と言う状況となっていたのである。

戦力比で言えば絶対天敵の方が圧倒的に有利なのだが、質は楯無達の方が上なので数の差は然程問題にならないと考えていたのだが、戦いが始まってすぐに絶対天敵達は楯無とダリルを攻撃して二人を分断して来たのだ。

 

絶対天敵は高い学習能力を持っているだけでなく、仲間との記憶の共有も出来るので、絶対天敵達は夏月組を相手にする場合、最も警戒すべきは楯無とダリルによる氷と炎の対消滅攻撃である事を理解していた。

夏月の『次元斬』や鈴の『龍の結界』も脅威ではあるのだが、この二つは防御は可能なのだ――だがしかし、対消滅攻撃に関しては防御はおろか軽減する事すら不可能であり、放たれたら最後、回避出来なければ強制的にあの世行きと言う正真正銘の一撃必殺攻撃であるため、絶対天敵達は其れを封じる事を最優先にしたと言う訳だ。

 

 

「成程、オレと楯無を分断すれば確かにメドローアを使う事は出来ねぇから、こっちの最強攻撃を封じるって意味では悪くねぇ戦術だが……オレと楯無のメドローアを封じた程度で勝てると思ってんなら少しオレ達を甘く見過ぎだぜ?

 なぁ、フォルテ!!」

 

「そうっすよダリル!氷と炎の属性攻撃は、元々アタシ等の『イージス』がISバトルじゃ本家本元なんすから!」

 

 

しかし楯無とダリルを分断した程度では止められないのが夏月組だ。

楯無との対消滅攻撃が出来ないと判断したダリルは恋人であるフォルテに声を掛け、嘗ては『学園最強コンビ』と謡われた『イージス』による氷と炎の対消滅攻撃を繰り出して絶対天敵を複数消し去って見せた。

ダリルの専用機が騎龍化した事で出力に大きな差が生まれてしまったので最近はコンビネーション攻撃を行っていなかったモノの、フォルテがギリシャ政府に対して『絶対天敵との戦いに必要になる』との理由で専用機『コールド・ブラッド』の出力アップを申請し、更に自身も鍛え直した事で楯無程でないが強力な氷属性の攻撃が行えるようになっていたのだ。

あまりにも出力に差がある場合、低い方の出力に合わせてしまうと威力其の物の低下に繋がるのだが、出力に差があれども其の差が小さければ低い方に合わせても其れなりの威力が期待出来るのだ。

 

 

「ナギ、合わせて。」

 

「了解!任せて簪!」

 

 

更に簪がグレネードで氷結弾を、ナギが同じくグレネードで此方は火炎弾を発射して軌道上で其れをぶつける事で中規模の対消滅攻撃を行っていた。

メドローアやイージスに比べれば威力は劣るのだが、その二つがマニュアル操作で夫々の属性攻撃の威力を合わせなければならないのに対し、グレネード弾ならば製造過程で全く同じ威力で作ってしまえば簡単に対消滅攻撃が可能なのである。

 

そして絶対天敵達にとって最も予想外だったのが――

 

 

「では、参りましょうか刀奈お嬢様……いえ、楯無様?」

 

「そんな堅苦しい言い方は止めて欲しいわ時雨さん……いえ、もう『お義母さん』でも良いのよね?間違ってはいないわよね?」

 

「其れはまぁ、間違ってはいませんが……」

 

 

楯無とスコールのコンビだった。

『学園最強』の楯無と、『亡国機業実働部隊モノクロームアバター隊長』のスコールのコンビは抜きん出た強さがあり、またスコールは『時雨』と名乗っていた更識のエージェントだった時代に幼い楯無に稽古をつけた事もあったので楯無の動きに完璧について行く事も出来ていたのだ。

そしてスコールはダリルの伯母であり、炎を操る力を持った『ミューゼル家』の一員であるので、楯無との対消滅攻撃『メドローア』を放つ事も可能となっていたのだ――尤も操れる炎の出力はスコールの方がダリルよりも上であり、最大火力では蒼い炎となるのだから相当だろう。

其の超高温の炎に対して、楯無も負けじと『絶対零度』に迫る冷気を発生させて其れを融合させたのだから其の破壊力は凄まじいの一言に尽き、此の一撃で三百体ほどの絶対天敵が文字通り『消滅』してしまった。

再生の力を持っている絶対天敵だが、存在其の物が跡形もなく消滅してしまったら流石に復活は出来ないだろう。

 

そして対消滅攻撃だけでなく、ヴィシュヌはムエタイでの近距離戦で戦いながらクラスター・ボウでの広域射撃を放ち、ロランはビームハルバート『轟龍』を振り回して荒々しく戦い、鈴と乱は龍砲からプラズマ弾を放って絶対天敵を焼き殺す。

ファニールは歌によるサポートを行いながらメテオクラッシャーで絶対天敵を叩き切り、静寐はトンファーブレードで、神楽はビーム薙刀で絶対天敵を斬り裂いて行き、グリフィンとオータムは……

 

 

「とっておきだよ!

 オ~……オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!徹底的にタコ殴り!

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!殴る、殴れば、殴る時!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、ブラジル女はパンチが命!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、トドメの一発もう一丁!!ダッシャァァアァァァァ!!」

 

「オレのアシュラ六刀流を甘く見るんじゃないぜ……オレの六刀流を見極める事は出来ねぇよ、お前等みたいな下手物じゃな!!」

 

 

グリフィンはダイヤモンドナックルと本体の拳で絶対天敵をタコ殴りにしており、少し謎な事も言っていたが圧倒的なパンチラッシュで絶対天敵を粉砕し、オータムは六刀流剣技で絶対天敵を圧倒していた。

正に夏月組とフォルテ、スコール、オータムのチームは『無敵にして最強』のチームと言えるだろう――だがしかし、絶対天敵側もやられているだけではなく、戦闘不能となった個体が何カ所かに集まると、集まった絶対天敵が融合して巨大な『怪獣型』へと其の姿を変貌させて来たのだった。

巨大な怪獣型は其の巨体から放たれる攻撃が強力無比で一撃で高層ビルをも粉砕してしまうのだが、恐れるべきは其の圧倒的な攻撃よりも巨体に見合ったフィジカルを持っていると言う事だろう。

金属化した表皮にはミサイルすら効果がなく、更には活動エネルギーも充分に有しているので持久戦も効果がない難敵なのだが其れが合計で五体と言うのは些か厳しいモノがあるだろう――尤も、難敵であるだけで決して倒す事の出来ない相手ではないのだが。

 

 

「巨大合体はロマンだけれど、安易な巨大合体は危険よ?」

 

――【死亡フラグ】

 

 

其れを見た楯無は口元に怪しい笑みを浮かべると、其の笑みを毎度お馴染みの『謎扇子』で隠すと、同時に怪獣型の周囲には同じポーズの楯無が無数に姿を現していた。

突如として現れた無数の楯無に怪獣型が混乱した様子を見せたが其れも致し方ない事だろう――楯無の『騎龍・蒼空』の能力の一つである『ナノマシンで作り出した分身』は、『クリアパッション』、『沈む床』と並ぶ、蒼空の三大初見殺しであり、初見で見破る事はほぼ不可能なのだ。

加えて此の分身、全てが異なる動きが出来る上に別々に言葉を発する事が出来るので大量展開されるとどれが本物の楯無なのかを見極めるのは初見でなくとも難しく、また分身全てが本物の楯無同様の戦いが出来るので、ドレが本物なのかを見極めようとしている間に圧倒的な力量差と物量に押し潰されてしまうのである。

 

其れだけでも可成り脅威なのだが、更に恐ろしいのは此の分身は武器に触れる分には問題ないのだが身体の何処かに触れた瞬間に自爆する『爆弾人形』としての機能も備えているので、此の分身が現れた時点でチェックメイトと言えるのだ――あまりにも極悪な能力なので、楯無も試合では封印、または自爆機能をオミットして使っているのだが。

 

 

「それじゃあ、全軍突撃ぃ♪」

 

「「「「「「「「「「逝ってきま~す♪」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)

 

「『いってきますの字がオカシイ』と言うのは言うだけ野暮と言う奴かなこれは?」

 

 

そして無数の分身楯無は、楯無本人の号令で怪獣型に突撃すると触れると同時に大爆発!

分身楯無の爆発の威力は一体でも石油コンビナートの巨大な石油タンクが爆発したのと同等なのだが、其れが凄まじい数で発生したとなれば怪獣型の絶対天敵がドレだけ頑丈であってもタダでは済まないだろう――分身の自爆特攻は一体だけでも強力なのだが、其れが複数となったら分身全てが爆破消滅するまで連鎖爆発が続き、怪獣型に与えるダメージも飛躍的に大きくなるのである。

 

 

「た~まや~~……って言ってる場合じゃないけど、相変わらずすっごいわねぇ楯姐さんの『超極悪スーパーゴーストカミカゼアタック』……単発威力はドンだけあるのよアレ?」

 

「自爆系の技だからポケモンだったら200は下らないと思うよお姉ちゃん……威力上限が三桁なら999でカンストしてるかも知れないけど。」

 

「……キタねぇ花火だぜ。

 敵を爆殺したら此のセリフは絶対に外せないと思う……王子は素晴らしいセリフを残してくれた……」

 

 

其の爆発は規模も凄まじく、此れが海上でなく地上で行われていたら其の場所は爆発の余波でありとあらゆる物が吹き飛んで更地となっていた事だろう。

そして其の様を見ながら怪しい笑みを浮かべている楯無は完全に悪役であった。

 

此の究極の自爆特攻攻撃を喰らった五体の怪獣型は文字通り木っ端微塵になり、辛うじて残った肉片も表面が完全に丸焦げのウェルダンになってしまっているので此れでは小型の絶対天敵として再生する事も出来ないだろう。

其れ等の肉片は全て海へと落ちたのだが、此処で絶対天敵にとっては嬉しい誤算が発生した――表面が焼け焦げていようとも肉片は肉片である事に変わりはないのだが、其れでも光の届く水深の生物は見向きもせずに深海まで沈んだ事が幸運だった。

食べ物の乏しい深海に於いては表面が焼け焦げていようとも此の肉片が貴重な食糧である事に変わりはなく、ダイオウグソクムシやクサウオ等の深海生物が其れに群がり、更に其れを食料とする大型の深海生物が肉片を食したダイオウグソクムシやクサウオを捕食し、そして其れを今度は最大の深海生物であるダイオウイカが捕食するだけでなく、更には絶滅したとされる生物まで現れて手当たり次第に獲物を食い散らかしたのだ――此れにより食された肉片は其の捕食者の身体を乗っ取って新たな絶対天敵となったのだ。

 

 

 

――ザバァァァァァァァ!!!

 

 

 

水柱と共に海上に現れた新たな絶対天敵は硬い殻に覆われたダイオウグソクムシ型、ゼラチン質の身体で物理攻撃のダメージを無効にしてしまうブロブフィッシュ型、超巨大なダイオウイカ型、そして其れよりも更に巨大な太古の肉食ザメを模したメガロドン型だった――全てエラ呼吸の水棲生物だが、其処は此れまで絶対天敵が取り込んだ生物の肺呼吸機能が備わっている事で海の外でも活動が可能なのだ。

 

 

「此処で新型が登場するとは、進化と言う一点に於いては絶対天敵は現存する地球の生物を遥かに凌駕しているのは間違いないだろうね……地球上のあらゆる種が何万年、何億年とかけて行って来た進化を此の短時間で行ってしまうのだから。

 だがしかし、其の進化はその場しのぎのモノでしかない……そんな単純な進化では私達を倒す事は出来ないと知ると良いさ!」

 

 

だとしても恐れる事はない……新たな敵と言うモノは其れだけで厄介で脅威なのだが、そもそもにして絶対天敵と言う存在自体が謎に満ちた未知数の存在であるので、新たな進化に驚くと言う事も無かった。

物理攻撃に対して高い防御力を有する硬い外殻を持ったダイオウグソクムシ型と、物理的衝撃を全て吸収してしまうゼリーボディ持ちのブロブフィッシュ型は厄介ではあるが、物理攻撃がダメならエネルギー攻撃で突破するだけなので問題はないだろう。

警戒すべきはダイオウイカ型とメガロドン型だ。

ダイオウイカ型の十本の足と、其の中でも特に伸びる二本の触腕は脅威であり、捉えられたら足の吸盤が吸着する事で逃れるのは略不可能な上、ダイオウイカの脚の締め付ける力は鉄製のドラム缶を一発でスクラップにしてしまうのでISを纏っていたとしても絶対防御が発動してシールドエネルギーがガリガリ削られる事になり、メガロドン型に関しては単純に喰われたらゲームオーバー――メガロドンが目一杯口を開いた場合、身長170㎝の人間を縦にした状態で丸呑みに出来るので、其の大口に呑み込まれたらほぼ即死だ……丸呑みにされたなら胃袋内で暴れまわる事も出来るだろうが、メガロドンは肉食のサメなので獲物はノコギリのような細かいギザギザが付いた鋭い牙で何度も噛みつかれたら此方もあっと言う間にシールドエネルギーが尽きていまうだろう。

だがしかし、そうであるならばそもそも攻撃を喰らわなければ良いだけの話であり、百戦錬磨の夏月組とスコールとオータムとフォルテにとっては然程脅威ではなかった。

 

 

「回復したから来てみたら、なんか新型が出て来たみたいだね……此れは、若しかして結構いいタイミングで僕達ってやってきた感じだったりしますか会長さん?」

 

「最高のタイミングよ織斑君……中々美味しいタイミングで来てくれたじゃない……其れじゃあ役者も揃った事だし、露払いの最終章を始めましょうか!」

 

 

更に此のタイミングでメディカルマシーンでの回復を終えた秋五組とマドカ、ナツキが合流して最終決戦の舞台に遂に全戦力が集ったのだった。

 

そして秋五組+αが合流した事で使える手札が大幅に増えた事で戦局は新型の絶対天敵を相手にしても不利にはならず、寧ろ指揮官たる楯無が自らも戦いながら仲間達に的確な指示を飛ばして状況を有利に動かしていた。

 

だが、絶対天敵側も世界中に散らばっている仲間達に絶対天敵同士でしか分からない信号で援軍を要請し、次から次へと此の戦場に新たな絶対天敵が現れて来ていた――其の影響で、世界各国での絶対天敵の攻撃の手は少しだけ緩む事になったのだが。

 

 

「次から次へとキリがないわ……だったら!!」

 

 

数を増やした絶対天敵に対してセシリアはBT兵装の十字砲布陣を一時的に解除すると、自身の周囲にBT兵装を配置すると、其れを見た簪とナギとナツキもマルチロックオンを使って複数の絶対天敵をロックオンし、次の瞬間に三人の専用機に搭載されている遠距離武器全てが解放された『フルバースト』が放たれ絶対天敵を葬って行く。

其の中でも簪の『絶対殺す弾幕フルバースト』は無数の小型ミサイルに高出力ビーム、グレネードの特殊弾乱射と言うモノであり、特にグレネードの特殊弾乱射は、『氷結弾』、『火炎弾』、『硫酸弾』と言った実用的なモノから、『対B・O・Wガス弾』、『超粘着トリモチ弾』、『ぬるぬるスライム弾』と言ったネタ的なモノまで揃っており、其れ等が絶妙にかみ合って高い効果を発揮していた――中でもスライムを凍結させるのは抜群の効果があり、絶対天敵の動きを完全に止めてしまう事に成功していたのだ。

完全に動きが止まってしまえば其れは只の的でしかなく、他のメンバーによって即座に塵と化されたのだから。

 

 

「さてと、其れじゃあそろそろフィニッシュと行きましょうかダリルちゃん?」

 

「おうよ!ぶちかましてやろうぜ楯無!」

 

「其れでは、お二人と比べれば至らぬ身ではありますが全力の支援をさせて頂きます。」

 

 

状況は圧倒的に自分達に優位と見た楯無は、『此処が決め所』と判断してダリルと共に最強の対消滅攻撃の準備に入ったのだが、今回は其処に箒が加わり、赤龍の『絢爛武闘・静』によるシールドエネルギー回復能力を使って二人の機体エネルギーを増幅させて氷と炎の威力を底上げしていた。

単発の威力ならばスコールとの対消滅攻撃の方が上なのだが、ダリルとの方が使用回数が多く慣れている上に合わせやすいので今回楯無はダリルをフィニッシュパートナーに選んだのである。

 

 

「「Woo~~……Ah~~~~~~!!!」」

 

 

だけでなく、コメット姉妹が『ソング・オブ・ウラヌス』で攻撃力の底上げを行っていた――単体でも十分な効果があるのだが、コメット姉妹が揃って使用した際には効果は加算ではなく乗算されるので、其の上昇値は計り知れないだろう……其の証拠に、限界まで高められた対消滅攻撃のエネルギーの周囲には飽和状態となったエネルギーが火花放電を放っていたのだから。

 

 

「一撃必殺……!」

 

「全力全壊……!」

 

「「ファイナル・メドローア!!」」

 

 

極限まで威力を高めた上で放たれた究極の対消滅攻撃は射線上に存在しているモノだけではなく、その周囲十数メートル内に存在しているモノも巻き込んで消滅させて行く。

対消滅攻撃は威力に比例して攻撃範囲が大きくなるので、其れだけでも充分過ぎるほどに脅威ではあるのだが、最も恐るべきは防御不能、無傷での回避不能、対消滅攻撃によるダメージは完全回復不能と言う事だろう。

対消滅の力は仮にダイヤモンドやオリハルコンのシールドや鎧であっても問答無用で消滅させてしまうので防御は意味がなく、回避した場合でも対消滅攻撃はその余波にも充分な威力がある上に、対消滅攻撃から完全に逃れるには一瞬で100m以上を移動する必要があるので無傷回避は略不可能であり、対消滅攻撃をダメージを受けながらも何とか直撃を回避したとしてもダメージを受けた場所は対消滅の力で抉られてしまった事で細胞が再生能力を失ってしまい抉られた状態のままで其処にギリギリで皮膚が再生されるにとどまるのだ――直撃すれば消滅、直撃せずとも戦闘不能は免れないのだ対消滅攻撃は。

 

 

そして此の極大の対消滅が放たれるより少し前、夏月とキメラの戦いはと言うと――

 

 

「如何したDQNヒルデ?

 パワーアップして現れたと思ったんだが、外見だけは強くなったように見えて中身は其処まででもなかったってか?

 ……お前は神になった心算だったのかも知れないが、神になろうとした奴の末路ってのは大概の場合人間に倒されるって相場が決まってんだ、神を気取った時点でお前の負けだったんだよ。」

 

「果たしてそうかな?

 今この時も私は現在進行形で進化を続けているのだ……神をも超えた存在、『超神』とも言うべき存在にまで進化するのもソロソロかもしれんぞ?」

 

「強がりも此処まで来ると感心するが、此のままじゃ進化する前にぶっ倒されてお終いだぜ?喰らえ、帝王直伝、カイザーニークラァァッシュ!!」

 

「ぐ……六本腕のガードをもこじ開ける膝蹴りとは……!」

 

 

其れは夏月が圧倒していた。

無論夏月もノーダメージではなくシールドエネルギーは僅かばかり減少しているのだが、其れに比べるとキメラの方は相当に攻撃を喰らっていた――ダメージを受けても即座に回復出来るキメラなのだが、何度もダメージを受けて即時回復を行い続けた結果、六本の腕は人間の腕から表面を鱗が覆った爬虫類のような腕に変わり、六枚の翼は純白の天使の翼からコウモリや昆虫の羽に変わり、身体の彼方此方に巨大な目玉や蟲や軟体生物の足が生えており、其の姿は現れた時のような神のようなモノではなく、醜悪で邪悪な存在に成り下がっていた。

 

進化を遂げたキメラは決して弱くなく、各国の『地球防衛軍』では対応し切れないレベルの戦闘力を有しているのだが、夏月が相手だったのが運の尽きだったと言えるだろう。

夏月は『織斑計画のイリーガル』である『大器晩成型』なのだが、更識の家にやって来てから凄まじいレベルアップを遂げ、現在では楯無以外には負けない程の実力を有しており、更に夏月の専用機である『騎龍・羅雪』には『本物の織斑千冬の人格』が存在している事がキメラを圧倒できた要因だった。

キメラの人格は織斑千冬の代替人格と融合した白騎士のコア人格に宇宙生物の意志が融合したモノなのだが、宇宙生物の意思以外の二つの人格を知っている羅雪にとってはキメラの攻撃と防御、回避の特徴を把握する事は容易であり、常に最適解を示し続けた事で夏月は最小限の被弾で最大のダメージをキメラに与える事が出来ていたのだ――夏月一人でも負けはしなかっただろうが、羅雪のサポートのおかげでより良い状態での戦闘が行えたとも言えるだろう。

 

 

「時によぉ、今は俺とこうしてバチバチにバトってる訳なんだが、お前の相手は別に俺一人だって決まってる訳じゃないってのは理解してるか?」

 

「お前だけではない?

 お前の仲間達は私の子供達と戦っているから此方に来る余裕はない筈だ……なんだ、どこかに伏兵でも配置していたか?それとも私を惑わす為のブラフか?……一体何処にお前以外に私の相手が居ると言うんだ!!」

 

「……此処に居るよ。

 僕の事を、実の弟の存在を忘れてしまうだなんて少しばかり薄情過ぎないかな姉さん?」

 

「!!?」

 

 

更に此処で秋五が参戦し、キメラを背後から強襲して六枚の翼を切り落とす……其れも即座に再生されてしまったのだが。

絶対天敵との戦いを箒達に任せた秋五はキメラと戦う為に此処にやって来たのだが、キメラに対して『姉さん』と呼びかけると言うのはなんとも皮肉が効いていると言えるだろう……嘗て姉であった存在は、今や人間ではなくなって地球人類の共通の敵となっており、秋五自身も『千冬・偽』を姉とは思っていなかったのだから。

 

 

「待ってたぜ秋五。

 俺一人でぶっ倒しちまっても良かったんだけど、やっぱこいつにはお前も一発ぶちかましておくべきだと思って、お前が来るまでトドメ刺さないようにしてたんだわ……だけど此れでやっとぶっ倒せるぜ。」

 

「そんなこと気にせずに倒しちゃっても良かったんだけど……僕の為に取っておいてくれたって言うのなら其れは有り難く受け取らせて貰うよ。」

 

 

そして此の秋五の参戦はキメラにとっては絶望的な状況だった。

夏月一人でも苦戦を強いられていたところに、夏月には劣るとは言え実力的には『現役時代の織斑千冬』を超えている秋五が加わると言うのは旗色が悪いどころの話ではないのだ。

秋五の剣は正統的な剣術による剣技であり、良くも悪くも正統派なので太刀筋を見切る事は難しくないのだが、徹底的に鍛えられた正統派の剣技は見切る事は出来ても対処する事が出来るかと言われれば其れは否――鍛え抜かれた正統派の剣技は太刀筋を見切られても対処し切れるモノではないのである。

見切れても対処し切れない秋五の正統派の剣に対し、夏月が使うのは『実戦の中で鍛え抜かれた剣』であり、型の無い実戦剣技は正に『何でもアリ』なので見切れない上に対処も難しい――正統派の秋五と、実戦派の夏月、マッタク異なる二人の剣のコンビネーションにキメラは防戦一方となってしまった。

夏月の逆手の連続居合による神速の斬撃と、秋五の両手持ちの剣技による力の斬撃の連携にはカウンターを行う事も出来ず、防御に徹するしかなかったのだが、其の防御すら夏月と秋五は越えて来た。

 

 

「夏月!」

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

夏月と秋五はキメラを挟み撃ちにすると、右ストレート→左ボディブロー→右アッパー→右百裂脚→蹴り上げ→袈裟切り→払い切り→逆袈裟二連斬の連続技を喰らわせると、夏月は逆手の連続居合、秋五は連続突きを繰り出す。

普通の生物なら細切れになって絶命している攻撃だが、キメラには圧倒的な再生能力がある為に絶命せずにすぐさま再生しているのだが、再生する度に再生した場所は醜悪でグロテスクな見た目となり、其れはまるで『神の如き姿』と言う鍍金が夏月と秋五によって剥がされているかのようだった。

 

 

「ぐ……調子に乗るなよ貴様等ぁぁぁぁ!!!」

 

 

其れに対してキメラは再生した場所から生えた蟲の足やイカの触腕を伸ばして攻撃して来たのだが、夏月は其れを鞘で叩き返し、秋五は自機のワンオフアビリティである『明鏡止水』を発動して完璧に回避する――まだ明鏡止水を完全には使う事が出来ない秋五だが、其処は雪桜のコア人格がサポートをして略パーフェクトな状態で使う事が出来るようになっていたのだ。

 

 

「悪足掻きは見苦しいぜ?

 悪の親玉なら悪の親玉らしくやられる時は覚悟を決めて大人しく往生しやがれ!此れで、終わりだぁぁぁぁ!!」

 

「精々地獄で一夏に詫びると良いよ……或いは地獄の鬼と喧嘩を繰り返した果てに獄卒になった一夏から地獄の責め苦を受けるのもアリかもね。」

 

 

キメラの反撃に対処した夏月と秋五はキメラに肉薄すると其のままイグニッションブーストを発動して超高速の飛び蹴りを叩き込んでキメラを吹き飛ばす。

交通事故級の飛び蹴りも、キメラには決定打にはならないのだが、夏月と秋五の狙いは別にあった――そう、キメラが蹴り飛ばされた先は究極の対消滅攻撃の射線上だったのだ。

 

 

「まさか、此処まで狙いだったのか……!」

 

 

回避は不可能と判断したキメラは零落白夜のシールドを展開して対消滅攻撃を防御しようとするも、対消滅攻撃のエネルギーは、『エネルギーを強制的にゼロにする零落白夜』の力をもってしてもゼロには出来ず、しかも今回の対消滅攻撃は極限まで威力を高めているのでそもそもにして零落白夜のシールドでも受け切れるモノではなかった。

 

 

「うぐ……こんな……こんなバカな……だが、此のままでは終わらんぞ……!!」

 

 

究極の対消滅攻撃はキメラをも呑み込み、其のまま成層圏を突破して宇宙に放たれ、射線上に存在していた小惑星群や宇宙ゴミを消し去り、序に地球に迫っていた隕石も消滅させたのだった。

ともあれ、此の攻撃でキメラは消滅してしまったのだが――

 

 

「此れで終わった……のかな?」

 

「いや……未だ終わりじゃないみたいだぜ?」

 

 

此の最終決戦の海域には世界各国に現れていた絶対天敵達が集って来ていたと同時に、其れはキメラが完全に消滅した訳ではないと言う事を示していた――絶対天敵の親玉であるキメラが完全に消滅してしまったら、そもそも絶対天敵は活動する事が出来なくなってしまうのだから。

絶対天敵がこうして活動していると言う事は、キメラは完全消滅せずに生き残り、生き残った欠片は海に落ち、其の欠片が世界中の絶対天敵を此の場に集めたのだろう。

 

そして集まった絶対天敵は其の全てが海に飛び込んで行ったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode86『絶対天敵との最終決戦~The is the final battle~』

真のラスボス降臨ってか?……Sacred Force再生スタンバイ出来てるか?By夏月    準備OKよ夏月♪By楯無    さぁ、神殺しのショータイムさ!Byロラン


極大の対消滅攻撃を喰らったキメラは其れでも完全に消滅する事はなく、僅かに残った欠片が海に沈み、其れを追うように世界中に現れていた絶対天敵が当該海域に現れて次々と海に飛び込んで行った。

 

 

「絶対天敵が此処まで集まって来てるとはなんとも尋常ではないと思うのだけれど、此れは此の場にやって来た絶対天敵を殲滅すべきかな夏月?」

 

「いや、其れは必要ねぇよロラン。

 恐らくだが此処には世界中に現れた全ての絶対天敵が集って来てる筈だ、DQNヒルデと融合する為にな……なら其れを各個撃破するよりも、一個体のキメラになったところをぶち殺してやる方が面倒な事も無いってモンだ……最後の悪足掻きを真正面からぶっ潰すってんも良いと思うしな。」

 

「成程、其れは確かに一理あるね。」

 

 

此の場に集まった戦力をもってすれば世界中から集まって来た絶対天敵の大群を退ける事は可能だが、流石に数が数なので負けなくとも相当に体力を消耗してしまうのは間違いないだろう。

加えて既に可成りの数の絶対天敵が海に飛び込んでいるので海中で再生を始めたキメラと融合しているのは間違いないので、態々絶対天敵の大群と戦って体力を消耗するよりも、全ての絶対天敵と融合したキメラとの戦いに全力を注ぎ込む方が遥かに効率的であり有益なのだ。

全ての絶対天敵と、その親玉であるキメラが融合したのであれば、其れを倒せば地球人類と絶対天敵との戦いに終止符が打たれる事になるのだから。

 

 

「果てさてどんな化け物が現れるか、其れは束さんにも分からないけど、此の最終決戦の様子は世界中に配信しないとね♪

 其れから、白騎士の生みの親として不良娘に最後の一発をかましてやらないとだから……軍艦シリーズの真骨頂を此処で見せるとしようかなぁ?軍艦は只のネタ艦船じゃないのさ!」

 

 

此の最終決戦の開幕を前に、束は世界中のメディアをハッキングして軍艦のカメラやドローンのカメラで撮影した映像をリアルタイムでテレビやスマートフォンの画面に映し出すようにし、更にこれまでに開発した『軍艦』も遠隔操作で最終決戦の場に出撃させていた――流石に遠隔での複数操作で軍艦の最高スピードを出すのは難しかったので全て集結するには少しばかり時間が掛かるのだが。

 

 

「絶対天敵の大群が消えた……と言う事は世界中に現れた絶対天敵の全てが海中に飛び込んだと言う事だが――あの膨大な数の絶対天敵が融合したとなれば、一体どれほど巨大な存在が現れるのか想像も出来んぞ?」

 

「直立型であれば最低でもゴジラ・アースと同じくらいはあると思うわよ箒。

 直立型でない場合でも全長は最低でも500mは下らないんじゃないかしら?……本来なら自重で存在する事すら出来ない大きさなのだけど、地球の常識が通用しない宇宙生物なら其の限りではないと思うしね。」

 

「セシリア……確かにそうだね。

 だけど、人知を超えた存在なんて言うのは絶対天敵との戦いで何度も目にしてるから今更驚く事じゃないよ……其れに相手が何であろうとも、此の世界に仇成す存在であるのなら倒すだけさ。」

 

 

そうしている内に絶対天敵の大群は其の全てが海中に飛び込んで姿を消していた。

同時に海中ではキメラが再生しながら全ての絶対天敵と融合して急激な強化進化を行っており、其の姿を大きく変えていた……其れは、セシリアが予想した通りの巨体であった。

 

 

「「……!」」

 

 

其の巨体の中央に存在している『織斑千冬』は融合進化が完了した事を感じ取ると其の目を一瞬光らせ、そして海上へと浮上して行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode86

『絶対天敵との最終決戦~The is the final battle~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界中に現れていた絶対天敵が全て現れて海中に飛び込み、其の大群が居なくなった事で、絶対天敵の全個体が海中に飛び込んで再生中のキメラと融合した事が確定し、其の融合が完了した事を示すように極大の水柱が海から発生した。

 

其の水柱は直径100mはあり、勢い良く吹き上がった海水は成層圏まで達するのではないかと言う位の高さだった。

 

 

「……来るぞ、最後の敵がな。」

 

 

其の巨大な水柱が収まると、続いて海中から巨大な存在が其の姿を現した。

現れたのは全長500mは下らない巨大な蜘蛛なのだが、蜘蛛の八本の脚とは別にカマキリの大鎌が二本存在しており、頭部にはヘラクレスオオカブトの角が生えて口元には軍隊蟻の強固なアゴが存在している。

更に其の背にはトンボの四枚羽根が生え、腹の先端にはオオスズメバチの毒針が存在していた。

此れだけでも複数の虫を融合させた醜悪な見た目のキメラなのだが、蜘蛛をベースとした本体の背には巨大な十字架が現れて其処から十本の人間の腕が生えており、其の前には髪も肌もグレーになった『織斑千冬』の上半身が鎮座し、蜘蛛の頭に存在する特徴的な八つの目は其の全てが『織斑千冬』の顔となっていたのだった。

 

 

「「ククク……アハハハハ……最強の対消滅攻撃デ私を倒しタ心算だったノだロウが、私は今またこうしテ進化し、真の神トなった!

  人とはかけ離れタ姿となっテしマったガ、神トはそもそモにして人とは異ナる存在なノだカラ、此方の姿の方ガより『神』と言エるのかモしれナいな!」」

 

 

ギリギリ知性は残っているようだが、発せられる言葉はエコーが掛かったかのような二重音声となり、其れはさながら音割れしたスピーカーの音声の如きだった――僅かに残ったキメラの欠片が無理な高速再生を行い、其処に無数の絶対天敵が融合した事で、力は大きく増した代わりに知性は略失われてしまっているようでもあった。

ほぼ失われた知性の代わりに残ったのは夏月に対しての憎悪が増幅した、己以外の生命全てに向けられた憎悪と、其の憎悪によって極限まで活性化した戦闘本能であり、此の合体キメラ(以降キメラXと表記)は極めて危険な存在であると言えるだろう。

 

 

「だから、誰もお前みたいな神の存在は求めてねぇってんだよ。

 其処のところをちゃんと自覚しとけ邪神未満……いや、リリカルなのはに出て来るナハトヴァールの暴走体に擬えて、『クズトヴァール』とでも呼んでやった方が良いか?」

 

「夏月、其れは中々のナイスネーミング……と言うか、あの状態で人語を話せる事に驚いた――あの手の化け物は大抵の場合は唸るか吠えるかしか出来ないって相場が決まってるから。」

 

「最後の相手があのような醜悪な存在と言うのは些か不満がないとも言い切れないのだが、分かり易い醜悪な存在の方が見ている側としては『悪』と認識しやすいのかも知れないね?

 そう考えれば敵ながらに中々空気を読んだと言えるのかも知れないな……巨大な化け物を倒して大団円と言うのは王道の展開だからね!」

 

 

だがしかし、夏月組も秋五組も亡国機業組も此れだけの存在が現れる事は予想していたので、其の醜悪な見た目に少し顔を歪めはしたモノの、戦意を喪失する事はなく、キメラXとの最終決戦に闘気を一気に高めていた。

怪獣型をも遥かに凌駕する其の巨躯は相当に頑丈であるのは考えるまでもない事だが、巨大であればあるほど被弾面積が増える事にもなるのでダメージを与えるのは難しくないだろう。

 

 

「其の巨体じゃ動くのも難しいんじゃないかしら?寧ろ、永遠にその動きを止めておきなさいな!」

 

「動くなデカブツ!!其処に這いつくばっていろ!!」

 

 

そしてまず最初に動いたのは楯無とラウラだ。

楯無は『沈む大地』で、ラウラは『AIC』でキメラXを拘束しようとする――ラウラのAICは相手が一体であればほぼ完全に動きを止める事が可能であり、楯無の沈む大地は高出力ナノマシンによって空間に敵を沈めるようにして拘束する超広範囲指定型空間拘束結界でAIC以上の拘束力を有しているだけでなく、其の特性によって相手が重ければ重いほど拘束力が高くなるのでキメラXに対しては最大の効果を発揮するだろう。

 

 

「「此の程度ノ事デぇぇぇぇ!!」」

 

 

しかしキメラXは其の拘束を力任せに破ると、頭部の三本角にエネルギーを集中させて高威力のビームを放とうとする。

 

 

「そうはさせないわ……其のエネルギーは自分で喰らいなさい!」

 

「相手が複数の場合、チャージ時間が長い攻撃は悪手なんだよねぇ……会長さんは破られる事を前提でラウラと拘束攻撃をしたんだよ――化け物風情じゃそんな事も分からないだろうけどね。」

 

 

其の集中したエネルギーに対してセシリアがBT兵装の十字砲を、シャルロットが二丁アサルトライフルでの超連射を叩き込んでビームが放たれる前にエネルギーを飽和状態にして爆発させてキメラXの三本角を破壊する。

尤もそれは直ぐに再生し、今度はコーカサスオオカブトの角が生えたのだが、其れとは別に十字架から生えた人間の腕の掌にもエネルギーが集まっており、其処からビームが放たれたが、其れはナツキがフルバーストで相殺して見せた。

 

更に其の直後に静寐と神楽、箒と清香が夫々の得物で十字架に生えた腕を全て斬り落とす――其の腕も即座に再生したのだが、再生した腕は人間の腕ではなく、タコやイカの触手であった……超速の再生能力は健在であっても、完全再生よりも強化再生が優先された結果としてこの様な再生となったのだろう。

 

 

「タコの脚とイカの脚……酒の肴としては最高だな!スコール、こんがりと焼いてくれや!」

 

「焼く前に醤油を塗っておきたいところだけど、其れは望めないわね……だけど、取り敢えず燃えなさい!」

 

 

其の再生されたタコとイカの触手はスコールが持ち前の炎で香ばしく焼き上げ、オータムが其れを斬り落とす――だけでなく、蜘蛛の身体に鎮座した織斑千冬だった存在をヴィシュヌとグリフィンが左右から挟み込んでいた。

 

 

「行きます……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!……フッ、せい!!」

 

「ファイヤー!

 うりゃ!せい!はい!だりゃ!!お~りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!破壊力~~~~~~~~~~!!」

 

 

ヴィシュヌはバック転の踵蹴り上げからムエタイの打撃の乱打でキメラXをタコ殴りにしてから変則的な二段飛び蹴りを叩き込み、グリフィンは肘打ち→裏拳×2のコンボから右手の片手連続パンチとダイヤモンド・ナックルでの乱打に繋ぎ、其処からボディアッパー→カチ上げエルボースマッシュ→ジャンピングアッパーのコンボフィニッシュブローを叩き込む。

 

 

「「グオォォォォォォォォぉ……ダが、この程度デは私は死なンゾォ!」」

 

「そうかも知れないけど、貴女は存在其の物が此の世にとって厄災でしかないから大人しく滅びて……夏月も言ってたけど誰も貴女の存在を望んではいないのだから。」

 

「簪って、普段は大人しいオタクだけど、有事の場合は割と毒舌な殲滅者になるよね……其れが簪の魅力なのかもしれないけどね。」

 

 

ヴィシュヌとグリフィンにフルボッコにされた織斑千冬の身体も即座に再生して、石像の様だったグレーの身体から、『エネルギー攻撃は反射する』と思わせるシルバーメタリックになったのだが、今度は其処に簪とナギからのグレネード弾が炸裂した。

簪とナギはグレネードランチャーの火炎弾と氷結弾を使った小規模の対消滅攻撃も出来るのだが、今回使ったのは火炎弾でも氷結弾でもなく、絶対天敵に対しての有効性が認められた『対B・O・Wガス弾』と『テトロドトキシンニードル弾』だった。

対B・O・Wガス弾は着弾と同時に特殊なガスが発生して其のガスを吸った相手を弱体化するモノであり、サバイバルホラーゲームの金字塔である『バイオハザード』に登場した特殊弾薬であり、本来はネタ弾薬の域なのだが、此れが束も予想していなかった『絶対天敵に対して有効』である事が以前に戦闘で証明されていたので、其れはキメラXに対しても充分なダメージを与えるだろう。

 

其れに加えてナギのグレネードランチャーから放たれたのは着弾と同時に無数の細かい針が対象に突き刺さる『ニードル弾』だったのだが、其のニードルには現在の地球上で最強の毒であるフグ毒の『テトロドトキシン』が塗られていた。

尤も天然のフグ毒を手に入れるのは容易ではないので、此のテトロドトキシンは束がフグ毒を解析して作り出した人工物なのだが、束が開発したという時点で相当な毒物であり、ニードル弾に仕込まていたポイズンニードルは、人間だったら一本でも刺さったら即死レベルの毒性を備えていたのだ。

 

 

「「此レは、毒カ……小賢しイ事を……此の程度ノ小技が効くカぁぁぁァァァァァ!!」

 

 

キメラXは全身に突き刺さったポイズンニードルを内部から筋肉を隆起させる事で弾き飛ばし、体内に入り込んだ毒を再生能力を利用して急速に解毒して行くが、其れでも完全に解毒する事は出来ず動きが鈍ってしまった。

だがしかし、動きが鈍くなろうともキメラXのタフネスと攻撃力は健在であり、蜘蛛の頭部に生えたコーカサスオオカブトの角からビームを放ち、腹部の先端からは巨大なスズメバチの毒針をミサイルのように発射して夏月達を攻撃し、蜘蛛の頭部の八つの目の代わりに現れた織斑千冬の顔の目と口からも怪光線が発射される。

もしも同じ攻撃が都市部で放たれたら間違いなく其処は壊滅してしまう攻撃なのだが、戦闘場所が海上である事が夏月達に有利に働いていた。

海上は当然陸地よりも大気中の水分が多くなる訳だが、大気中の水分が多いと言う事は楯無の蒼空のナノマシンによる水蒸気精製能力も大幅に向上すると言う事でもあり、キメラXの周囲には濃密な、しかし不可視の水蒸気が存在しており、其れがビーム系の攻撃の威力を減衰させ、毒針ミサイルの推進力を低下させていたのだ。

其れにより夏月達はキメラXの攻撃を回避、或いは防御してダメージを最小限に止める事が出来ていた。

 

無論ダメージを軽減するだけでなく――

 

 

「本日、当戦闘海域の湿度は100%ですので、急な水蒸気爆発には十分にご注意くださ~~い♪はい、ドカン!!」

 

 

楯無がクリアパッションを発動してキメラXの巨躯にダメージを叩き込む。

水蒸気爆発は、爆発が発生するまでは精々『少し蒸し暑くなったか?』程度の事しか認識出来ないので初見で見切る事は不可能であり、二度目以降も今度は僅かな湿度の上昇でも必要以上に水蒸気爆発が来るのではないかと警戒してしまい、其の結果として攻め手を鈍らせる効果もあるのだ。

キメラXに対しては攻め手を鈍らせる効果は薄いかも知れないが、二度目があるかもしれないと思わせる事が出来ただけでも充分だ……何時来るかも分からない攻撃ほど恐ろしいモノはないのだから。

 

 

「クリアパッションも決め手にならないとは呆れた頑丈さだけど、此れには耐えられるかしら?」

 

「今度の攻撃はクリアパッションよりも更に強力かも知れないモノね?」

 

「使用者がノーダメージの自爆特攻ってある意味凄まじいレベルの反則技じゃないかと思うのよねぇ……戦場に於いては反則技なんてないのだけれど。」

 

 

更に此処で楯無はナノマシンで自身の分身を大量に作り出した。

其の数は先の怪獣型との戦闘で作り出した分身の五倍以上と言う凄まじい数であり、キメラXの周囲は文字通り無数の楯無の分身で埋め尽くされている状態となったのだった。

 

 

「盛大にぶちかますわよ……アルティメット・ゴースト・カミカゼアタ~ック!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「更識楯無、逝きま~~す!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」(カギカッコ省略)

 

「お~~、思いっきり逝ってこ~い!」

 

「だから『いく』の字がオカシイと思うのだが……まぁ、此れ以上は何も言うべきではないのだろうね。突っ込みは時に無粋なモノになるみたいだ。」

 

 

其処からの『爆弾人形』である分身の突撃が行われキメラXに更なる追加ダメージを叩き込む。

迎撃しようにも分身の楯無は触れた瞬間に爆発するので物理攻撃で迎撃する事は不可能な上、エネルギー攻撃で迎撃しても今度は誘爆による連鎖爆発と言う爆発ダメージが発生するので、近距離で此の分身の突撃を発動されたらダメージを軽減する術はない。

加えて次から次へと自爆特攻が行われる事で、キメラXの再生能力を上回るダメージを与える事も可能となっており、全ての分身の特攻が終わった時にはキメラXの身体は半壊状態となっていた。

 

 

「その状態で凍り付くと良いっすよ!」

 

 

其れでもキメラXは再生を開始したのだが、再生し切る前にフォルテがキメラXの全身を凍結させて再生を阻止した。

驚異的な再生能力を持っているキメラXだが、其れはあくまでも身体の自由が利く状態である場合であり、身体全体が凍り付いてしまっては細胞活動も停止してしまうので再生する事は出来ないのである。

 

 

「デカさだけなら立派なモンだが、こんな醜悪な氷像は札幌の雪祭の会場でも展示する事は出来ねぇから、此処でブチ砕く以外の選択肢はねぇよな?」

 

「そうだね……此処で粉々に砕くだけだよ!」

 

 

巨大な氷像となったキメラXの前には夏月と秋五が滞空し、夏月は居合の構えを、秋五は正眼の構えを取る――そして次の瞬間、夏月の神速の居合と秋五の両手持ちの袈裟斬りが炸裂して凍り付いたキメラXを粉々に砕いてしまった。

 

普通ならば此れでゲームセットなのだが、粉々に砕かれただけではキメラXは死なず、砕かれた欠片が即座に集結して再生し、更なる異形の存在として海中から現れた――蜘蛛がベースなのは変わらないが、蜘蛛の八本脚はタコやイカの触手に変わり、蜘蛛の八つの目は其の場所から蛇が生えており、織斑千冬だったモノには全身に亀裂が入り、其処から不気味な赤黒い光が漏れ出しており、顔も目からは黒目が消失し、口は大きく裂け、其の口内に生えているのは人の歯ではなくサメのようなギザギザの牙であり、人間の面影は殆ど残っていなかった。

 

 

「オリジナルであるお前が人でなくなり、スペアだった私が人として生きていると言うのは皮肉が効きまくっていて笑えるなぁ織斑千冬?

 いや、本物の織斑千冬の魂は羅雪の中だから、貴様は織斑千冬のガワの成れの果てと言うべきか……まぁ、貴様のようなクズにはお似合いの姿だ!」

 

「「ガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」

 

 

此の再生によって完全に知性を失ったキメラXに対し、今度はマドカがビームガトリング『レーザーブラスター』を放ってダメージを与え、追撃に自爆機能付きのシールドビット『エネルギー・アンブレラ』をぶつけて爆破ダメージを与える。

勿論その傷もすぐに再生するのだが、キメラXも生物である以上は細胞分裂の限界が存在するので、如何に瞬時の再生が出来るとは言っても其れは無限ではなく有限であり、何れは再生する事が出来なくなるので、再生されてもダメージを与え続けるのは無駄ではない。

 

 

「え……それ本当にやるの夏月?」

 

「オウよ、たった一言で10倍界王拳状態になるんだからやるしかねぇだろ此処は……」

 

「まぁ、確かに合理的ではあると思うけど……仕方ないか――流石だねマドカ姉さん、見事な攻撃だよ!」

 

「マド姉、ナイスな攻撃だ……流石は俺達のお姉ちゃんだな!」

 

「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!弟の前では、お姉ちゃんは無敵で最強の存在となる!今の私は、鬼も阿修羅も、神をも超える存在だぁ!!」

 

「……スコール、ブラコンのパワーを物理的に取り出してエネルギーに変換する事が出来たら地球のエネルギー事情は一気に解決するとオレは思うんだがお前は如何思うよ?」

 

「其の可能性は否定出来ないわね……ブラコンパワー恐るべし。」

 

 

其処で夏月と秋五の一言でブーストしたマドカはクリスタルブレードでキメラXを滅多切りにする。

当然キメラXもマドカを振り払おうとするが、今度は其処にカウンターでラウラのプラズマ手刀が突き刺さり、更にラウラは突き刺したプラズマ手刀の出力を限界まで高めて爆発させプラズマ手刀を突き刺した部位を吹き飛ばして見せた。

 

 

『はいは~い!此処で束さんも参加させて貰うよ!!』

 

 

加えて此処で遂に束が参戦して来た。

其処に現れたのは全ての『軍艦』が変形合体して誕生した超巨大ロボット『最終決戦機動軍艦戦士マスターネギトロ』だった――其の大きさは全高50mはあり、更に其の巨躯と同じ位に巨大なビームキャノンを抱えている。

 

 

「姉さん……まさか此処で参戦してくるとは思いませんでした……」

 

『わっはっは、白騎士は私が生み出した最初のISだから私の娘みたいなモンなんだけど、その娘が道を外れて手の付けられない不良娘になっちゃったってんなら親として最低限の責任を取らないとだからね。

 だからこうしてやって来た……喰らえよ不良娘!此れが束さんの全力全壊……スターライト・ブレイカァァァァァァァ!!』

 

「姉さん、其れは色々とアウトです!!」

 

 

そして其のビームキャノンから放たれた極大のビームはキメラXを貫いたのだが、其れでもキメラXはまだ死なず更なる再生でより醜悪な姿となっていた。

其の姿は混沌とも言うべきモノであり、最早生物として良いのかも迷うモノだった……細胞分裂の限界が来るまではまだ猶予がありそうなので、キメラXを倒すには最強最大の攻撃で消滅させるのが最善と言えるだろう。

 

だが其の最強の攻撃の準備は既に整っていた。

楯無とダリル、フォルテとスコールが四人で最強クラスの対消滅攻撃の準備を行い、箒が絢爛武闘・静でのエネルギー支援を行って最も出力が低いフォルテの出力を底上げすると同時に秋五にもエネルギーを送って晩秋に巨大なエネルギーブレードを形成して行く。

更に其れをコメット姉妹が『ソング・オブ・ウラヌス』で底上げすると同時に、キメラXの身体を鈴と乱が『龍の結界』の鎖で拘束して動きを封じ、更に鎖にプラズマ電撃を流してダメージを与える。

 

 

『此れで終わらせるぞ夏月……無上極夜の効果を全開にして心月に込める。

 飽和エネルギーの斬撃で奴を葬れ――そして織斑千冬の存在をこの世から永遠に葬り去れ!!』

 

「任せとけ羅雪……クズトヴァールには此処で退場して貰うぜ、永遠にな!」

 

 

そして其れだけなく、羅雪の心月には全開にした『無上極夜』の力が込められて準備完了だ。

 

 

「行くよ……此れが終幕の引鉄の一太刀!篠ノ之流奥義の壱、消魔鳳凰斬ーーーー!!」

 

 

先ずは秋五が箒からのエネルギー供給によって数十mのエネルギーブレードを得た晩秋でキメラXを袈裟切りに斬り裂く。

 

 

「お前が神を気取るなら、俺達は神を超える存在って事になるよな?……なら其の身で味わえ、神をも超える力をな。」

 

 

続いて夏月が羅雪のワン・オフ・アビリティである『空烈断』をイグニッションブーストと同時に発動して『姿の見えない空間斬撃』を放ち、更に無上極夜によって飽和状態となったエネルギーが斬撃と同時に爆発してキメラXの身体を粉砕する。

 

 

「此れで終いだ……ぶちかませ楯無、ダリル、義母さん、フォルテ!!」

 

「此れで終わりよDQNヒルデ改めクズトヴァール!此れが私達の全力全壊にして一撃必殺の絶対滅殺!!」

 

「コイツで逝っちまいな……地獄までエスコートしてやるぜ!!」

 

「白騎士事件の清算をさせてもらうわ……地獄行きでは生温いわ――一万年続く苦しみを一万回繰り返す冥獄界に落ちると良いわ……!」

 

「此れでアディオスっすよ!!」

 

 

「「「「アルティメット・メドローア!!」」」」

 

 

そしてトドメは楯無、ダリル、スコール、フォルテによる極大の対消滅攻撃だ。

箒によってフォルテの出力も底上げされていたので此の最強の対消滅攻撃が放つ事が出来たのだが、只でさえ強力な対消滅攻撃はコメット姉妹の『歌』によって更に強化されており、結果として星すら消滅させるほどの対消滅攻撃が放たれ、其れを喰らったキメラXは細胞の一欠けらも残す事なく完全に消滅したのだった。

 

 

「俺の、俺達の勝ちだ!!」

 

「問答無用の大勝利ね!」

 

 

其れにより、地球人類と絶対天敵との戦いには終止符が打たれ、結果は地球人類の勝利となり、最終決戦に参加していた夏月組と秋五組、亡国機業組と束は『勝利のポーズ』を決めて、束が世界中に此の映像を配信する為に配置したドローンで撮影を行って勝利の記録として保存された。

 

こうして地球規模での大決戦は集結し、夏月達もIS学園に戻って行ったのだが、其の戦闘区域には束が中継の為に放ったのとは異なる、ステルス機能を有したドローンが此の戦闘の一部始終を撮影していた事には、束ですら気付いていないのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode87『風邪引きロランちゃん~A fleeting day of peace~』

風邪を引いたら、さて如何する?By夏月    モンエナ3本飲んで寝る!By楯無    パブロン一瓶飲み干すBy簪     タテナシは兎も角カンザシの回答は大間違いかなByロラン


此の地球上には未だに人が住み着いていない無人島が幾つも存在してる。

其れは大小様々であるが、人が住み着かない理由としてはライフラインの整備と確保に費用と手間が掛かると言うのが大きな理由として挙げられるだろうが、逆に言えば其れさえ出来てしまえば無人島を開発して居住する事は可能と言えるだろう。

勿論そうして開発された無人島など現在は存在していない――が、其れは推測であり地球上の全ての無人島を調査した訳ではないのだ……だとしたら誰も知らないだけで、人知れず人が住み着いた無人島が存在していたとしても何ら不思議はないと言える。

 

そしてそんな無人島が、実は存在していた。

太平洋に浮かぶその無人島は、表面上は未開の無人島なのだが、其の島の地下は食料生産プラントをはじめとした人が生きて行く上で必要なモノが全て揃っていた。

太陽の光が届かない地下でも太陽光に当たったのと同じ効果が得られる『太陽光照明』とでも言うべきモノが地下都市を照らし、其れ等を賄う電力に関しても海水の流れを利用した『海流発電』を使ってまかなっていた。

 

そんな無人島の地下の一室――標準的な中学校の教室程の広さの部屋の照明は消え、正面に設置された大型の8Kモニターには龍の騎士団+αと絶対天敵の最終決戦の様子が映し出されている。

 

 

「ほう……此れはまたなんとも予想外の事が起きたみたいだ――篠ノ之束の存在が発覚した事で凍結、破棄された『織斑計画』だったが、当該計画の量産化個体の数少ない成功例であるあの二体が此処までの力を持っていたとはな。

 だが此れは、織斑計画が間違いではなかった事の証明とも言える……織斑計画によって誕生した超人は、宇宙から飛来した存在が相手であっても、其の力を十二分に発揮してくれたのだから、地球上の生命体で彼等に勝てる者は存在しないだろう。

 尤も、彼等を相手に回して勝てずとも負けない戦いが出来る更識楯無もまた篠ノ之束級の天然の超人である可能性が否定出来ないがな。」

 

「量産個体の二体がアレほどの力を持っていた事にも驚きだが千冬のスペアに過ぎなかったマドカがアレほどの力を身に付けていたと言う事も驚きだ。

 恐らくだが、現在あの三人は既に織斑千冬の能力を遥かに凌駕していると考えられる……篠ノ之束の存在によって凍結・破棄された織斑計画だった訳だが、十年間彼女を捕らえられなかった事で再始動していたとは誰も思うまいが、だからこそ新たに生まれた彼等と彼女達には相当な価値がある。

 一夜夏月と織斑秋五、そして織斑マドカのクローンとしておけば買う側も納得するだろうからね。」

 

 

その様子を眺めていたのは数人の研究者らしき風貌の大人達だった。

性別は男女半々と言ったところで、年齢も上は七十代、下は三十代と幅があるのだが、全員に共通しているのは其の目に常人では凡そ理解不可能な狂気が秘められていると言う事だろう。

 

そう、彼等こそが嘗て『織斑計画』を進めていた研究者達であり、束の存在によって一度は計画を凍結したモノの、計画凍結から十年経っても束を捕らえるどころか所在すら掴めずに労力だけを使ってしまった事で束の捕獲は諦めて、改めて『織斑計画』を始動していたのだ。

既に過去のノウハウがあったために再研究はスムーズに行われ、既に量産型の個体が男性型、女性型ともに夫々五体ずつ完成していたのだ――同時に嘗ての織斑計画で誕生した量産個体二体が『世界初の男性IS操縦者』としてIS学園に通っているという情報を得ており、其れが絶対天敵との戦いで大きな戦果を挙げていると聞いてステルスドローンを飛ばしてみたら、其の二体に加えて千冬のスペアであったマドカまでもが予想以上の力を発揮していたのだった――正に圧倒的とも言える其の力は恐らくこれから世界各国が欲しがる事になるだろう。

其処に新たに誕生させた量産型を『一夜夏月、織斑秋五、織斑マドカのクローン』として売り込めば相当な利益が見込めるのは想像に難くなかった。

 

 

「そうかも知れないが……生憎と俺達は兵器として売られてやる心算は毛頭ねぇんだよなぁ……だからさ、アンタ等もう死んで良いぜ?」

 

「造物主が己が生み出した存在に殺されると言うのは、神話や伝承では珍しい事ではないからな……貴様等はもう用済みだ。私達にとっても、もう此れ以上は必要ないからな。」

 

 

だが、彼等の目論見が成し遂げられる事はなかった……モニターの中でキメラXがトドメを刺されたと同時に研究者達は全員が白衣を真っ赤に染めて其の場に倒れ伏す事になった――白衣を真っ赤に染め上げたのは彼等の血であり、研究者達は全員が絶命していたのだ。

其れを行ったのは秋五と瓜二つの少年達と、マドカと瓜二つの少女達……再始動した織斑計画によって誕生した強化人類だった。

研究者達は以前の研究同様に強化人類を作り出したのだが、其れが間違いだった――前回と同様と言う事は、生まれた強化人類は夫々が明確な自我を持っている居ると言う事であり、『兵器』として売り込むには其れは重大な欠陥だったのだ。

強化人類を兵器として運用する場合、明確な自我は不要であり、必要なのは下された命令をただ遂行する従順さなのだ……其れに気付かずに量産した挙句に己が生み出した存在に殺されると言うのは皮肉極まりないだろう。

 

 

「さてと、此れで俺達は自由な訳だが……此れから如何するよ千春?」

 

「そうだな……先ずは折を見て兄上達と姉上に挨拶に行かねばなるまいよ一春……そして其の上で奴等を殺し篠ノ之束も殺す――奴等が居なければ私達は存在していないが、だからこそ忌まわしい。

 奴等が存在しなければ私達は生まれなかったが、所詮私達は『兵器』として生み出された上に、兄上様達と違って社会的に存在も認められていない『異常な存在』だからな……ならばせめて『兵器』らしく全てを破壊してやろうじゃないか。

 兄上達と姉上、兄上達のパートナー達に篠ノ之束、そして此の世界の全てを……な。」

 

「幸いと言うかなんと言うか、コイツ等は僕達用のISも作ってくれたみたいだから精々有効活用させて貰おうよ。」

 

 

造物主を抹殺した強化人類達は羨望と憎悪が入り混じった目でモニターを睨み付けていた。

因みに量産型の男性体は個体名を夫々『一春(いっしゅん)』、『一秋(いっしゅう)』、『一冬(いっとう)』、『一雪(いっせつ)』、『一雷(いちら)』と言い、女性体は夫々『千春(ちはる)』、『千夏(ちか)』、『千秋(ちあき)』、『千雨(ちさめ)』、『千空(ちそら)』となっていた。

 

密かに再始動していた『織斑計画』によって誕生した新たな『織斑達』によって、IS学園には新たな脅威が近付いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode87

『風邪引きロランちゃん~A fleeting day of peace~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対天敵との戦いは終わり、世界は絶対天敵の脅威から解放されたのだが、其の戦いに於いて大きな戦果を挙げた『龍の騎士団』と『地球防衛軍』の隊員達には国連と国際IS委員会からの受勲が行われていた。

其れだけでも凄い事なのだが、其の中で特に大きな戦果を挙げた夏月組と秋五組はイギリスに招かれ、女王陛下から直々に、夏月組と秋五組の全員に『ナイト』の称号が授与されると言う異例の事態となっていた。

 

英国女王からナイトの称号を授与された人物は少なくないが、だからと言って両手の指で足りないほど多くもないのでナイトの称号を授与されたと言う事だけでも名誉な事なのだが、東洋人でナイトの称号を授与されるのは夏月と秋五が初めてであり、女性でナイトの称号を授かると言うのは其れ以上に歴史的な事だった。

 

其れだけに此の事は日本のメディアだけでなく海外メディアも大きく取り上げ、夏月組と秋五組はたちまち時の人となり、テレビ局からは各局から『トークバラエティ番組への出演』の、雑誌会社各社からは独占インタビューの申し出があったのだが、其れは学園長の轡木十蔵と、主任教師に出世した真耶が直球ストレートで断っていた。

十蔵は其の老獪さで巧みに断っていたのだが、真耶の方は電話口の相手が恐れをなすほどの『穏やかだが恐怖を感じる口調』で断っていた事もあり、真耶が対応した相手の中にはマスコミとして再起出来なくなった者も少なからず存在していた。

 

其れでも其の全てを断ってしまってはIS学園のイメージダウンにも繋がるので、事の次第を夏月と秋五と其のパートナー達に話した上で、二人とパートナー達がOKしたところに関してはトーク番組の出演と雑誌の独占インタビューを許可していた。

夏月達が何を基準に番組出演や取材をOKしたのかと言えば、其れは束に頼んで出演依頼が来ている番組、取材の申し込みをして来た出版社が過去に何か大きな問題、特に訴訟問題になるような事案を起こしていないかを徹底的に調べ上げて貰い、其の上で束が『大丈夫』と太鼓判を押したモノだったからである。

因みに真っ先に除外されたのは芸能人や政治家のスキャンダルに極めて敏感な『週刊文〇』だった……『文〇砲』とも言われる鋭く過激なスキャンダル記事が有名な雑誌だが、過去には宮崎県知事の女性問題を報道した際に逆に訴えられて裁判で敗訴しており、夏月達へのインタビュー記事を読者受けするように改変する可能性があったからである。

テレビ番組に関しては特に問題はなかったのだが、番組MCが過去に問題を起こした、或いはネットで炎上した人物である番組は真っ先に束は除外した。

此れは夏月達の為と言うよりも、そんな番組MCが夏月達を笑いのネタにしようとして弄って来たら束自身が其のMCに対して黙っている事が出来ないと判断したからだ――更に言うなら、下手に制裁を加えて夏月達に『やり過ぎだ』と怒られるのが怖かったからであり、特に箒から嫌われるようになる事だけは絶対に避けたかったからだ。

 

そんな訳で夏月達がOKしたところに関しては番組出演と雑誌取材を受け、トークバラエティ番組では流石に夏月組と秋五組全員が参加する事は出来なかったので人数は絞られたのだが、コメット姉妹は全ての番組に出演して新曲を披露し、トークの流れで夏月の剣術の腕前が話題となって剣術を披露する事になって、夏月は見事な居合斬りでスタッフが用意したマネキン人形五体を両断して見せた――其れもまるで漫画やアニメのように、抜刀一閃した後に納刀して鍔鳴りをさせたと同時にマネキン人形の上半身が袈裟斬りに斬り落とされると言う魅せる剣技だった。

また箒とセシリアの『大和撫子と英国淑女』のコンビも中々に受けが良く、楯無の掴みどころのない飄々とした態度とロランの芝居掛かった物言いもネットで話題となっていたのだった。

 

雑誌取材に関しては、新聞部の『黛薫子』の姉がジャーナリストを務めている『インフィニット・ストライプス』を含めた五社のみがOKだったのだが、取材其の物は特に大きな問題なく終わり、雑誌によっては夏月達に色紙にサインの寄せ書きを求めて来たのだが、断る理由もなかったので其れは快諾した。

尤もそのサインの寄せ書き色紙は読者アンケートの抽選の『一名様』の賞品になっていたのだが。

 

そんな感じで絶対天敵との戦いが終わっても慌ただしい日々を送っていた夏月達だったのだが……

 

 

「三八度五分……完全に風邪だな。」

 

「健康には気を使っていたので生まれてこの方、風邪を引いた事はなかったのだけれど……まさか罹患してしまうとは思わなかったよ……私もマダマダ未熟と言う事かな。」

 

「慣れない事の連続だったから仕方ねぇだろ此れは。」

 

 

節分が終わったところでロランが風邪を引いてしまっていた。

舞台女優としての経験は豊富なロランだが、テレビ出演や雑誌取材の経験は今まで殆どなかったので緊張してしまったのだが、舞台女優としての経験が『此の程度で緊張するなかれ』と言い、其の精神状態のアンバランスさが原因で自律神経を乱してしまい、全てのテレビ出演と雑誌取材が終わったところで限界を迎えて風邪を罹患してしまったのだ。

 

 

「まぁ、只の風邪ならば大人しく寝ていれば治ると言うモノさ……だから君は登校しておくれ夏月。私は大丈夫だから。」

 

「俺もそうしようと思ったんだけど、山田先生に連絡入れてお前が風邪引いて本日は欠席だって事を伝えたら、『夏月君は公欠にしておくのでロランさんの看病をしてあげてください』って言われちまったんだわ。

 そんな訳で、本日はお前の看病に従事させて貰うぜ。」

 

「其れは……マヤ教諭の心遣いに感謝だね。」

 

 

只の風邪ならば其れほど大事でもなく、風邪薬やペットボトル入りのミネラルウォーター等はベッドの近くにセットした簡易テーブルに用意したので、夏月は普通に登校する心算だったのだが、ロランが風邪で欠席と言う事を真耶に伝えると、『ロランさんの看病をしてあげてください』と言われ、夏月も真耶の心遣いに感謝しつつ其の言葉に甘えて、本日はロランの看病に従事する事にしたのであった。

 

 

「それはさて置きだ……風邪薬を飲むにあたって、なにか胃に入れておいた方が良いと言うのは理解しているのだが、身体が怠くて普通に食事を摂る事すら億劫に感じてしまうよ……」

 

「此れまで風邪ひいた事ないって言ってたからなぁ……其の場合逆に耐性がないから、引いちまった場合は重症化し易いモンなんだ。

 まぁ、普通に食事するのが億劫だってんなら、今のお前でも簡単に食べられて、しかも体力も回復出来るモノ作ってやるからちょっと待ってろ。」

 

「今の私でも食べられて体力も回復出来る料理とは、とても興味があるね……」

 

 

そんな訳で夏月は、ロランが風邪薬を服用する為に先ずは食事を摂らせる事にしたのだが、今のロランに通常の食事は難しいと考え、簡単に摂取する事が出来て尚且つ風邪で失われた体力を回復する料理を作る事にした。

鍋に湯を沸かすと、其処に味噌を溶き入れ、すりおろした山芋と削り節を加えて一煮立ちさせてから器に盛りつけ、其処に温泉卵をトッピングして完成。

 

 

「お待たせ。」

 

「良い匂いがするね……此れはなんだい?」

 

「俺特製のとろろ汁だ。

 本来は麦飯にかけて食べるモノなんだけど、今のロランに麦飯を食べるのは難しいと思ってとろろ汁単品にした――麦とろは元々、江戸時代にお遍路さんの宿場町で、『旅人に滋養を付けて貰いたい』って思いから生まれたモノらしいから、とろろ汁だけでも風邪には良いメニューだと思うんだわ。

 因みに温泉卵のトッピングは俺のオリジナル。其のまま食べても良し、崩してとろろ汁と混ぜて食べても良しだ。」

 

「とろろ汁か……其れならスープ感覚で食べられるから楽だよ……卵のトッピングも嬉しいね。其れじゃあいただきます。」

 

 

ロランはレンゲで温泉卵を崩してとろろ汁と混ぜると先ずは一口……の後、ロランはレンゲが止まらなくなってしまった。

滑らかなトロロイモの舌触りにマイルドな味噌が絶妙な相性で、削り節の豊かな出汁の風味がその二つを包み込み、更に温泉卵の濃厚なコクが全体に深い旨味を与えているモノの、風邪を引いていてもスルッと食べる事が出来て、気付けばロランはあっと言う間に夏月特製のとろろ汁を完食していた。

 

 

「はぁ……あまりの美味しさに完食してしまったよ……身体も温まったし、確かにこれは風邪には良いメニューだね夏月……ご馳走様でした。」

 

「はいお粗末様。

 其れじゃあ少し経ったら風邪薬飲んで大人しく寝てろ……って言いたいところだけど、お前のベッドって熱による寝汗で濡れてるよなぁ?……其れ以前にベッド以上に寝巻が汗で濡れてるから着替えないとだよな?

 一応聞いとくが、自分で着替えられそうか?」

 

「着替えられそうにないと言ったら君が着替えさせてくれるのかい?」

 

「そう言われたら普通は躊躇するモンなんだろうけど、する事してる身としては服を脱がせるとか今更だから謹んで着替えをさせて頂きます。」

 

 

食事後、夏月はロランを新しい寝巻に着替えさせると風邪薬をミネラルウォーター……ではなく『モンスターエナジー・オージーレモネード』で服用させた。

『水よりもこっちの方がより効きそうだから』との理由だったが、其れはあながち間違いでもなかったりする――風邪薬は用法容量を守って服用するモノであるが、病院の看護師達は自分が風邪を罹患した時には市販の風邪薬を通常の倍量を日本酒で服用するなんて事を割と普通にやっているのだから。

其れと比べたら最強クラスのエナジードリンクで風邪薬を服用すると言うのはマダマダ生温い行為と言えるだろう――だがしかし、此れは読者諸氏は絶対に真似する事のないように。絶対に真似する事のないように。大事な事なので二度言いました。

 

風邪薬を服用したロランを夏月は自分のベッドに寝かせた。

風邪を罹患した事による発熱で汗を掻いたロランのベッドは汗で濡れていたので、ベッドを布団乾燥機で乾かす間は自分のベッドで寝かせた方が良いと考えたのだ。

 

 

「それじゃあ俺は此の部屋に居るから、何か欲しいモノやして欲しい事があったら言えよ?」

 

「なら最初のお願いだ……良く眠れるようにお休みのキスをしてくれないかな?」

 

「風邪を引いててもブレねぇなお前は……」

 

 

ベッドに寝かせたロランの『お願い』を聞いた夏月は触れるだけの優しいキスをロランに落とすと布団をかけてから自分の机に向かってパソコンを起動したのだが、起動したパソコンのディスクドライブにCDをセットすると其れをスロットイン。

そしてパソコンがCDを読み込むと、続いてパソコンのスピーカーからは穏やかなメロディーが流れて来た……其れは誰でも一度は聞いた事があるであろう『パッヘルベルのカノン』であり、其れを聞いたロランは穏やかなメロディーに誘われるように眠りに就いたのだった。

 

其れを見た夏月は改めてパソコンを操作して『リモート授業』に参加しながら、同時に『マスターデュエル』のオンライン対戦を行い、『破壊蛮竜バスター・ドラゴン』と『輪廻独断』でフィールドと墓地のモンスターを『ドラゴン族』に変更した上で『龍破壊の剣士-バスター・ブレイダー』を融合召喚して対戦相手を滅殺!抹殺!!瞬獄殺!!!の殺の三段活用の圧倒的完全勝利を収めていたのだった。

 

 

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・・・

 

 

其れから数時間後、学園は昼休みの時間帯に入ったところでロランは目を覚ました。

 

 

「あふ……よく寝たみたいだが、今は何時だい夏月?」

 

「昼の十二時二十分ってところだな。

 つまりはランチタイムなんだが朝と比べて食欲は如何だ?とろろ汁以外のモノも食べられそうか?」

 

「そうだね……朝と比べたら熱も下がって来たように感じるし、食欲も出て来たからなにか食べたい気分だよ――そうだね、可能ならば麺物を所望する。

 ラーメンなら尚いいかな。」

 

「風邪引きさんにラーメンか……その挑戦、受け取ったぁ!」

 

 

目を覚ましたロランは夏月に昼食のメニューとして麺物を希望した。

単純に麺物であったのならば風邪を引いた者でも食べやすい『うどん』や『温麺(にゅうめん:暖かいそうめん)』があるのだが、ロランはまさかの『ラーメン』を希望して来た。

ラーメンの油分は風邪には良くないのだが、ロランが其れを希望したのであれば断ると言う選択肢は夏月にはなく、夏月は速攻で『風邪に効果抜群』のラーメンを作り始めた。

 

先ずは市販のインスタントの塩ラーメンの麺を茹で、ラーメン丼には粉末のスープを熱湯で溶かしておいたのだが、油が入っている液体スープは使用しないで湯切りした麺をスープに投入し、其処にトッピングとしてスタミナの代名詞であるニンニクのフライド粉末、身体を温める効果があるショウガの細切りを加え、チャーシューの代わりに『精が付く食材の筆頭』である『鰻』の刻み白焼きと疲労回復効果のあるクエン酸をふんだんに含有する梅干しのペーストをトッピングして、夏月特製の『風邪に効くスタミナ塩ラーメン』が完成だ。

 

『鰻と梅干って食い合わせが悪いんじゃないのか?』と思うかもしれないが、鰻と梅干はスイカと天婦羅のように『一緒に食べると腹を下す』と言うモノではなく、『鰻の脂は滋養強壮の効果があり、梅干のクエン酸は疲労回復効果があり、其れを一緒に食べると元気になって食欲旺盛になって食べ過ぎるから一緒に食べない方が良い』と言う意味での食い合わせの良くない例なので、風邪で弱っている時には寧ろウェルカムな喰い合わせであったりするのだ。

 

其れを証明するかのようにロランはこの特製塩ラーメンのスープを一口飲むと、其処から風邪を引いているとは思えない勢いでラーメンを食し、あっと言う間にスープまで一滴も残さずに飲み干してしまったのだった。

 

 

「ふ~~……とても美味しかったよ、ご馳走様。

 元気な時なら、スープにご飯を入れてラーメン雑炊と行くところなのだけど、今日はスープを飲み干すだけで精一杯だったよ……だけど、此のラーメンで大分回復した感じがするよ……」

 

「其れなら良かった……ベッドの乾燥も終わってるから、今度は自分のベッドで寝てろ。」

 

「うん……そうさせて貰うよ。」

 

 

昼食後、ロランは夏月にお姫様抱っこされて自分のベッドに戻ってから風邪薬を服用し、そして眠りに就いたのだった。

 

 

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・・・

 

 

 

それから更に数時間後、本日の学園のカリキュラムは全て終わり、生徒達は放課後の部活動やアリーナでのISの訓練に勤しんでおり、夏月が所属している『e-スポーツ部』も普通に活動しており、夏月もオンラインで部活に参加し、『KOFⅩⅤ』のオンライン対戦にて、『草薙京、リョウ・サカザキ、テリー・ボガード』の『SNK主人公チーム』で五十連勝を達成していた――勿論ロランの眠りを妨げないように音量はミュート設定だが。

 

 

 

――コンコン

 

 

 

そんな中で部屋のドアをノックする音が。

夏月は一旦ゲームを終了してドアを開けると其処に居たのはダリルとフォルテだった。この二人はe-スポーツ部に顔を出す事はあるのだが、部活には所属しておらず、ダリル所属の『プロレス同好会』は活動日が不定期なので基本的には放課後はアリーナで訓練をするか、二人で運動系の部活、主に格闘技系の部活に顔を出してはダリルが部員相手にスパーリングを行うと言うのが普段の放課後の過ごし方だった。

因みに現在『ボクシング部』、『レスリング部』、『空手部』、『柔道部』でのスパーリングでは負けなしのダリルなのだが、『剣道部』に関しては箒に勝つ事が出来ていなかった――亡国機業のエージェントとして高い実力を持っており剣を使った戦いも上級レベルのダリルだが、其れだけにルール内で武器を振るう事に慣れておらず、更に決められた場所を正確に攻撃しなくては有効とならない剣道では実戦との勝手が違い過ぎて中々上手く行かなかったのだ。

更に面で視界が狭くなってしまうのも大きかっただろう。

 

 

「ダリルにフォルテか……如何した?何かあった?」

 

「ん~~……まぁ、なんつーか見舞いってやつだ。

 風邪なんぞ引いた事ねぇから何が良いのかとか良く分からなかったんでググってみたら『風邪にはモモ缶』、『玉子酒が効果抜群』とか色々出て来たんだがよ、酒とかは流石にヤベェと思うからモモ缶買って来た。白桃と黄桃、どっちが良く効くとかは書いてなかったから両方買って来たけどよ。」

 

「アタシからは手作りの『風邪に効くドリンク』っすね。

 コーラにショウガのしぼり汁とレモン汁を加えてガムシロップで甘みを追加したモノなんすけど、子供の頃に風邪を引いた時にお母さんが良く作ってくれたんすよ……味は兎も角、めっちゃ効果あるっすよ此れ。」

 

 

ダリルとフォルテはロランへの見舞いの品を持って来てくれたのだった。

ダリルの二種の桃の缶詰は風邪引きにも食べ易いモノなので有り難いモノであり、フォルテの特製ドリンクも確かに風邪には滅茶苦茶効きそうなモノであったので夏月も有り難く貰う事にした。

 

 

「態々届けてくれたのか……ありがとな二人とも。」

 

「仲間が大変な事になってるなら、自分が出来る範囲で力になってやるのは当然の事だろ?……多分、部活や訓練が終わったら楯無達も来るんじゃないかと思うぜ。

 まぁ、ロランにはお大事にとでも言っといてくれ。」

 

「自分達は此れでお暇するっすね♪」

 

 

用が済んだダリルとフォルテは自分達の部屋へと戻って行ったのだが、ダリルの言った通り、其れから程なくして楯無達も夏月とロランの部屋を訪れて夫々が見舞い品を持って来てくれたのだった。

鈴と乱が『風邪に効く漢方薬』、ヴィシュヌが『身体を温めるハーブティ』、グリフィンが『ビタミン豊富な豚肉』、ファニールが『安眠効果のあるアロマ』、静寐と神楽とナギが『風邪の三種の神器(リンゴ、キウイフルーツ、グレープフルーツ【作者の独断と偏見】)』を差し入れてくれたのだが、楯無と簪が『更識家に伝わる万病に効く万能薬』を見舞品として持って来たのはご愛嬌と言ったところだろう……更識の万能薬となれば確かに効きそうではあるが、其れは本来門外不出のモノであるので、夏月も其れを指摘してやんわりと断ったのだった。

 

 

「あふ……ラーメンを食べた後ですっかり眠ってしまったみたいだね……もしかしなくてももう夕方かな?」

 

「と言うか夜だ。冬は日が落ちるのが早いからな……取り敢えず体温計っとけ。」

 

「うん、そうさせて貰う。」

 

 

そうこうしている内にロランが目を覚ましたので、先ずは体温を計ったのだが、其の結果は三十七度四分と未だ熱はあるモノの大分下がっており、朝と比べると顔色も良くなって来ていた。

 

 

「大分下がったな……此れなら明日には完治して登校出来るだろ。

 そろそろ晩飯の時間なんだが、なにかリクエストあるか?」

 

「いや、特には無いかな……尤も、君が作ってくれたモノならば何も文句はないけれどね……だけど、敢えて言うのであれば身体が温まるモノが良いね。

 オランダも冬は寒いのだけど、日本の冬は私が思った以上に寒かったからね……」

 

「身体が温まるメニューね、了解した。」

 

 

其のロランに晩御飯のリクエストがあるかと聞けば、身体が温まるモノが良いとの事だったので、夏月はキッチンで中華鍋を火にかけると其処にニンニクの微塵切りを投入して空煎りして風味を出すと水を加え、其処に顆粒の丸鳥ガラスープの素を小さじ二杯、醤油を小さじ一杯加えて一煮立ちさせたところに冷凍保存していた飯を投入する。

また別の鍋ではグリフィンが差し入れてくれた豚肉を茹で、色が変わったところで鍋から上げて食べ易い大きさにカットした。

投入した冷凍飯が熱々の汁で解凍されて再沸騰したところで溶き卵と刻みネギを散らしてから火を止め蓋をして一分ほど蒸らし、蒸らし上がったところにカットしたゆで豚を加えて『夏月特製の卵雑炊』の完成だ。

 

 

「ほいよ、出来たぜ。」

 

「此れは、なんとも美味しそうだね……頂きます。」

 

 

其の特製雑炊をロランは美味しそうに食べ、トッピングのゆで豚も残さずに平らげてしまった――本当に美味しいモノは、食欲が減退する傾向がある風邪の罹患者であっても問題なく食る事が出来ると言う事なのだろう。

其の特製雑炊を平らげた後はモモ缶とフルーツの盛り合わせをデザートに食してから、鈴と乱が差し入れてくれた漢方をフォルテの特製ドリンクで服用してから全身を『暖かいタオル』で拭いた後に新しい寝巻に着替えてベッドイン。

その頃にはロランの顔色も普段のモノに戻って来ていたので、明日には復帰出来るだろう。

 

 

「夏月……本日最後の私の我儘を聞いて貰えるかな?……今日は一緒のベッドで寝て欲しいんだ……君の胸に抱かれて眠りたい……ダメかな?」

 

「ダメって言う筈ないだろ?……其れで良いんなら喜んでその我儘を聞かせて貰うぜロラン。」

 

 

そうして其の夜は夏月とロランは同じベッドで眠りに就き、無意識の内に夏月はロランに腕枕をして、ロランは夏月の胸に頭を寄せていたのだった。

そんなこんなで夏月の献身的な看病によって翌日にはロランは復帰したのだが、そのタイミングで今度はセシリアが風邪を引いてしまい秋五は其の看病に勤しむ事になったのだった――其れでも秋五はセシリアのメイドであるチェルシーに連絡を入れてセシリアが風邪を引いた場合の対処法を聞いて、其れを実践した事で、セシリアは一日で完治したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、IS学園に向かって一隻の潜水艦が航行していた。

 

潜水艦其の物はアメリカ製なのだが、外装甲からはアメリカ製である事を示す製造番号や型番が削り取られ、其処には新たに塗装が施されているのを見る限りは、少なくともアメリカ海軍の正規の潜水艦ではないだろう。

 

 

「IS学園まで残り900m。」

 

「ネットワークシステムの一部のコントロールを奪取。『ワールドパージプログラム』インストール開始。」

 

「実働部隊は上陸準備を進めて下さい。」

 

 

其の艦内では何やら穏やかではないワードが飛び交っており、武装した兵士達がデッキに集って出撃の時を待っていた――絶対天敵を殲滅してから其れほど日数が経っていないにもかかわらず、IS学園には新たなる戦いの火種が放り込まれようとしているのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode88『新たなる戦いの始まり~Open The World Purge~』

ワールドパージ……電脳世界の異世界量開幕だなBy夏月    電脳世界に一名様ご案内~~By楯無    新章開幕だねByロラン


IS学園に迫るアメリカ製の潜水艦は海面付近まで浮上し、潜水艦のデッキからは武装した兵士達が甲板に出て戦闘準備を整えており、何時でも出撃する事が出来るようになっていたが、其れとは別にIS学園に対してネットワークからの攻撃が開始されていた。

IS学園のネットワークセキュリティは束が構築しているので並のハッキングは受け付けないのだが、FBIやCIAレベルの超高レベルハッカーが何人も集まったらその限りではないだろう。

束は間違いなく現在の地球人類に於ける最強の天才であり、ノーベル賞級の天才ですら遥か彼方に置き去りにしてしまう位のモノなので、束と個人レベルで対等に渡り合える人間は存在しないだろう――だが、個人では渡り合えずとも集団であればどうだろうか?

 

単体ではスズメバチに勝てないミツバチが、数を集めればスズメバチを倒せるように、天才が集まれば超絶天才に挑む事も出来るだろう――IS学園に向かっていた一団には天才級のハッカーが二十人存在しており、其のハッカー達によってIS学園のサイバーセキュリティは突破されてしまったのである。

 

 

「セキュリティ突破。シミュレーターにワールドパージプログラムセット完了。」

 

「『龍の騎士団』のメンバーがシミュレーターを使用したらワールドパージを発動しろ。

 一夜夏月のチームに対して発動する事が出来れば尚良い……龍の騎士団は最強のチームだったが、中でも一夜夏月のチームは特出していたからな。

 奴等を無力化する事が出来ればIS学園の戦力は大幅に落ちるのは間違いない。」

 

「IS学園の戦力が大幅に落ちれば我等の目的も達成しやすくなる。

 篠ノ之箒を手中に収め、其れを人質にして篠ノ之束を我等の配下に置き、絶対天敵との戦闘後に『地球防衛軍』の機体に掛けられたリミッターを解除させて兵器として使用出来るようにする……無論機体を強奪してからになるが。

 だがしかし、アレほどの機体を戦争の兵器として使用しない手はないからな。」

 

 

ハッカー達はIS学園のIS訓練用のシミュレーターに『ワールドパージ』なるモノを仕掛け、絶対天敵との戦いで大きな功績を上げた『龍の騎士団』の夏月組のメンバーがシミュレーターを使用した際にワールドパージなるモノの発動を考えていた。

其れが如何なるものであるかは不明だが、其れが発動すればシミュレーターを使用していた者を無力化出来るとの事なので、シミュレーター使用者の意識を強制的に眠らせてしまうような効果があるのだろう。

 

だが、彼等の本当の狙いは箒の誘拐と、誘拐した箒を盾に束を服従させる事にあった。

束を手中に収めたい理由としては、絶対天敵との戦闘が終結した後に、束が騎龍シリーズ及び地球防衛軍の『龍の機体』に施した『競技用リミッター』を解除したいと言うのが最大の理由だった。

 

絶対天敵との戦いに於いて圧倒的な力を見せつけた騎龍シリーズと龍の機体だったが、其の性能ゆえに束は戦闘終結後にリミッターを掛けた――余りにも強過ぎる力は世界にとって新たな火種になるからだ。

そして其のリミッターは束にしか解除する事は出来ない(アルファベット、数字、記号を夫々最低三種類使った十五文字のパスワードはそもそも解析不能)ので、彼等は箒を捕らえて束を配下に置き、龍の機体のリミッターを解除させて兵器として利用しようと考えたのだ。

 

 

「絶対天敵を兵器とする事には失敗したが、篠ノ之束を手中に収める事が出来れば此の世界を支配する事も決して夢物語ではない……少しばかり手荒くなってしまうが、篠ノ之箒以外の生徒はどうなっても構わんか。

 篠ノ之箒を手にした者こそが最終的に世界を手中に収める事が出来る……其れに気付く事が出来たと言うのは大きな成果だったな。」

 

 

IS学園に向かっている潜水艦はアメリカ製の潜水艦なのだが、アメリカ軍のエンブレムは削り取られている……アメリカが主導したとしてもエンブレムがない事を理由に無関係を主張するのか、それとも他国がアメリカに罪を擦り付ける心算なのか其れは分からないが、絶対天敵との戦闘が終結した事で新たに燃え上がった人の欲望と業がIS学園に牙を剥こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode88

『新たなる戦いの始まり~Open The World Purge~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常を取り戻したIS学園では絶対天敵との戦闘で削られたカリキュラムに関しては補修が行われていたのだが、其れ以外は極めて普通に学園生活が送られており、二月十四日のバレンタインデーには夏月と秋五に大量のチョコレートが学園の生徒から送られていた。

夏月も秋五も婚約者が多数居るのだが、だからと言ってバレンタインデーにチョコレートを贈ってはならないと言うルールはないのでこうなってしまったのも致し方ないだろう――尤も其れは凡そ食べ切れる量ではなかったので、夏月が大量のガトーショコラに作り直した上で学食のデザートとして振る舞われる事になったのだった。

尚、夏月も秋五も婚約者達からのバレンタインのプレゼントはちゃんと受け取っていた――チョコレートだけでなく、装飾品の類もプレゼントされたと言うのも大きいだろう。

 

因みに装飾品は夏月が楯無から『チェーンのクロス付きチョーカー』、ロランから『シルバーチェーン』、ヴィシュヌから『シルバーブレスレット』が送られ、秋五には箒から『シルバーチェーンのベルトの腕時計』、セシリアから『プラチナのチェーンネックレス』、ラウラから『ワニ革のベルト』が送られていた。

 

そんなバレンタインも無事に終わり、本日の放課後は夏月組は部活前に訓練となったのだが、訓練可能なアリーナは既に予約で満杯になっていたのでシミュレーターを使用しての訓練となった。

束製の此のシミュレーターの優れたところは専用機持ちは待機状態の専用機をシミュレーターにセットする事で、シミュレーター内でも自分の専用機が使用出来ると言う点にあり、更に仮想現実の空間で実際に身体を動かして訓練が出来るのでシミュレーションとは言え限りなく現実に近い訓練が可能になっているのだ。

 

先ずシミュレーターを使用したのは夏月、静寐、神楽、ナギの四人で、夏月に静寐とナギと神楽の三人が挑む形での模擬戦となっていた。

静寐もナギも神楽も急激にレベルアップした事で騎龍シリーズを手に入れ、更に学園から離脱中に裏の仕事も経験しているので実力的にはIS学園でも相当に上位に位置しており、夏月のパートナーに名乗りを上げられるようになるまでには此の三人で訓練を行っていた事もあり連携も抜群なのだが、戦闘に関しては夏月の方に一日の長があった。

 

 

「静寐の両腕のトンファーブレード、神楽の薙刀……異なる近接戦闘二人をナギが火器で後方支援するってのはチームとしては中々完成度が高いな?

 だが、俺が何度もお花畑を見る事になった楯無と簪のコンビネーションには少しだけ及ばないぜ……まぁ、気を抜く事は出来ないけどよ。」

 

「そう言いながらまだまだ余裕がある様に見えるのは私だけかな?」

 

「薙刀とトンファーブレードのコンビネーションを刀一本で対処するだけでなく、ナギの遠距離攻撃も完璧に防いで見せるとは……お見事です。」

 

 

夏月の剣術は順手と逆手を高速で切り替える事で凄まじい速さでの斬撃を繰り出す事が可能となっており、其れによって刀一本でも手数で上回って来る相手と互角以上に戦う事が出来るのだ。

加えて夏月はオータムの六刀流と何度も模擬戦を行っているのでトンファーブレードの二刀流と薙刀のコンビネーションに対処するのは容易い事でもあったのだ……其れでもキメラXの『付け焼刃のなんちゃって六刀流』と比べれば静寐と神楽のコンビネーションの方が遥かに上ではあるが。

 

 

「そんじゃ、そろそろ終わらせるぜ?……此の斬撃、見切れるなら見切ってみな!」

 

 

此処で夏月はバックステップで距離を取ると、其処からリボルバーイグニッションブーストを使用して超高速移動をすると同時にワンオフアビリティの『空烈断』を発動して『見えない空間斬撃』を繰り出した。

超高速移動する夏月を捉えるのは騎龍のハイパーセンサーでも難しい上に、夏月の動きとは全く関係なく空間斬撃が発生するので対処が難しいだけでなく夏月自身も居合で斬り込んで来るのだから溜まったモノではないだろう。

此の圧倒的な攻撃に静寐とナギと神楽はシールドエネルギーをゴリゴリと削られ、最後は夏月が連続居合でシールドエネルギーをゼロにし、納刀すると同時にシミュレーター内での機体が強制解除されて戦闘終了。

高い実力を持つ三人を相手に回してシールドエネルギーを80%以上残して勝利した夏月の実力は学園最強と言っても良いだろう――但し、現在『学園最強』である楯無とはチームバトルばかり行っており、学園内でのタイマン勝負は行っていないので夏月が学園最強を名乗る事はなかった。

チーム戦で楯無に勝っても夏月個人が楯無に勝ったとは言えないからだ……逆に言えば、夏月は其れを利用して楯無が卒業する直前までは楯無と学園でタイマン勝負で勝つ心算はなかったのだが。

 

 

「あ~~、また勝てなかった……私達だって強くなってる筈なのにこうも勝てないと自信無くすよ?」

 

「俺にワンオフ使わせたんだから自信持って良いと思うぞ静寐……ぶっちゃけ、シールドエネルギー80%残して勝つ事が出来たのはワンオフ使ったからだからなぁ……使わなかったら勝ったとしても残りエネルギー20%切ってたんじゃねえかな多分。

 其れに、お前達がドレだけ強くなったとは言え早々負けられるかっての……何度も死に掛けて此の領域に至ったのに、其れを半年ちょっとの訓練と僅か一カ月程度の実戦経験のお前達に超えられたとなったら其れこそ俺が自信無くすっての。」

 

「其れは、確かに……」

 

 

取り敢えずシミュレーターを使った訓練の第一弾は夏月が戦いにおける年季の違いを見せて静寐、ナギ、神楽に勝利した。

そして続いてシミュレーターを使用するのは楯無と簪とロランとヴィシュヌと鈴と乱、そしてグリフィンとファニール、ダリルとフォルテだ――更識姉妹と鈴と乱、グリフィンのチームと、ロランとヴィシュヌとダリルとフォルテとファニールのチームでのチーム戦を行うのだ。

更識姉妹が同チームな時点でロランチームはハンデを背負ったと言えるのだが、ロランチームはファニールのワンオフアビリティによるバフと、ダリルとフォルテのイージスがあるので総合力で見れば五分と言えるだろう。

 

 

「タテナシ、チーム戦では学園最強の称号を奪う事は出来ないが、此の模擬戦は勝たせて貰うよ?……嗚呼……共に同じ男性を愛した者達が、訓練とは言え本気で戦う事になると言うのは、中々にドラマティックだとは思わないかい?」

 

「其れは、確かに分からないでもないわね……だけど、そう簡単には負けて上げないわよロランちゃん♪」

 

 

そうしてシミュレーターが起動して楯無チームvsロランチームの模擬戦が始まったのだが……

 

 

 

――ビー!ビー!!

 

 

 

此処でシミュレーターから警告音が鳴り響いた。

其れはつまりシミュレーターに異常が発生した事を意味しており、警告音を聞いた夏月達も慌ててシミュレーターを停止して楯無達をシミュレーターから降ろそうとしたのだが――

 

 

「カゲ君、其れちょっと待ったぁ!!」

 

「うわぉ!束さん、何処から湧いたぁ!!」

 

「束さんを虫みたいに言うな!

 って、そんな事は如何でも良いんだよ!……大事なのはシミュレーターを停止する事も、タテちゃん達をシミュレーターから降ろす事も出来ねぇって事なんだよ……何処の誰がやったかは分からないけど、シミュレーターのセキュリティが突破されて何らかのプログラムが起動して、そのプログラムによってタテちゃん達の意識はシミュレーターを通じてネットワーク上の仮想現実世界に囚われちゃったみたいなんだよねぇ?

 タテちゃん達の意識をその仮想現実から身体に戻さないとタテちゃん達が本当の意味で目覚める事はないってところだね此れは。」

 

「静寐、警告音が鳴ってから束さんが現れるまでどれくらいの時間があったっけ?」

 

「え~とね、多分二十秒くらいだったと思う。」

 

「其の二十秒ちょっとの間にシミュレーターに何の不具合が起きて楯無達がどんな状態になってるのかまで把握するとは相変わらず常人には不可能な事をサラッとやってくれるな束さん?

 逆に言うと、其の束さんが構築したシミュレーターのセキュリティを突破した相手も相当なモンだって事になるけど。」

 

「束さんにとっては此れ位の事をあっと言う間に解析する事くらいは朝飯前のラジオ体操なのさ!……まぁ、セキュリティを突破した奴に関しては此れから調べる事になるんだけどね。」

 

 

其処に束が現れて、シミュレーターを停止して楯無達を降ろすのは危険だと言って来た――警告音が鳴ってから僅か二十秒少々で束は何が起きたのかを調べ上げ。その結果現在楯無達の意識はネットワーク上に存在している仮想現実世界の中にあり、其の意識を肉体に戻さないままにシミュレーターを停止して降ろしたら、魂の抜けた肉体は植物人間状態になってしまうと言う事を突き止めていたのである。

 

 

「何処の誰だよこんな事しやがったのは……犯人割り出してぶちのめしてやりたいところだが、楯無達を目覚めさせるのが先か。

 束さん、如何すれば楯無達を取り戻せる?」

 

「同じシミュレーターから電脳世界に電脳ダイブを行ってネットワークに囚われたタテちゃん達の意識を取り戻す以外に方法は無いかな……こんな事をしてくれた奴等の事は束さんがバッチリ正体明らかにして制裁加えてやるけどね。

 まぁ、其れは其れとしてだ、現在使用出来るシミュレーターは一つだけだけだから電脳ダイブを行えるのは現状では一人だけだよ……だから誰が電脳ダイブを行うのかってのは慎重に考えた方が良いと思うよ。」

 

 

楯無達を救うには、電脳ダイブを行ってネットワークに囚われた楯無達を直に意識を覚醒させるしかないのだが、其の電脳ダイブを志願したのは夏月だった……己の嫁ズを助け出すのは自分以外に存在しないと、そう考えての事なのだろう。

 

 

「俺が電脳ダイブをするぜ束さん……楯無達は必ず取り戻して来るから、安心してくれ。」

 

「束さんはカッ君が負けるなんて事は絶対にないと思うから、思い切りやって来ると良いよ……そんでもって、必ずタテちゃん達を取り戻して帰って来て。

 此れは約束だよカッ君。」

 

「OK……約束だ束さん。」

 

「夏月……会長さん達を必ず取り戻してきてね?」

 

「貴方も必ず無事に戻って来て下さい……全員無事にです。」

 

「夏月君なら絶対に大丈夫だと思うけどね♪夏月君に全部任せるよ!」

 

「静寐、神楽、ナギ……任せときな!」

 

 

そうして夏月は電脳ダイブを行ってネットワークに囚われた楯無達の救出に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして電脳ダイブを行った夏月だったが、電脳ダイブを行った先にあったのは真っ白な空間で何もなかった……其れこそ虚無の空間とも言える場所だったのだ。

 

 

「なんだよ、何もないじゃないか?」

 

 

夏月も何もない電脳空間に違和感を覚えていたのだが、次の瞬間に自分が上昇していく感覚を覚え、その感覚が収まると夏月は見知らぬ場所に刀を持って立っていた……恐らくは此処が楯無達の意識が囚われている電脳世界の仮想現実空間なのだろう。

中世のヨーロッパをモチーフとしたであろう何処かファンタジーさを感じさせる其の場所は、石造りの砦の内部のようで、市場や酒場、大聖堂のような建物が存在していた。

 

 

「此処に楯無達が居るってのか?」

 

 

夏月は周囲を見渡すとそう呟き、砦内部を探索しようとしたのだが――

 

 

「やぁ、君が新たに召喚された英雄かな?……その武器、東方の島国に存在していると言われている戦士が使うとされているサムライソードかな?」

 

「顔の傷も歴戦の戦士と言う感じがして、英雄っぽさを高めているわね♪」

 

「ロランに楯無……其れに簪達も!」

 

 

其処に現れたのは電脳空間に意識を囚われている楯無達だった。

だが楯無達の服装は学園の制服でもISスーツでもなく、此の砦の内部のようにファンタジーさを感じさせるモノだったのだ。

楯無はモンスターハンターのキリンシリーズに酷似した防具を装備して槍を携帯しており、簪は短めのローブにロングスカートで武器はボウガン、ロランは胸元が大きく開いたレザージャケットとレザータイトスカートの上に短めのマントと腰巻スカートで得物はハルバート、ヴィシュヌはビキニアーマーにガントレットとレガース付きブーツの極悪装備で、グリフィンはロランの装備の色違いでマントと腰巻スカートは無しで得物はウォーメイス、鈴と乱は色違いのチャイナドレス風胴着に鈴はヌンチャクで乱はカタールの装備、ファニールは白いローブに杖、ダリルは上半身は胸だけ隠し、下半身も必要最低限の部分だけ隠しましたと言った感じの衣装で武器はまさかのハンマーでフォルテは以外にも陣羽織に刀の装備だった。

 

しかし其れ以上に夏月が気になったのはロランが自分の事を『英雄』と呼んだ事だった。

ロランは普段から芝居がかった物言いが多く、夏月に対しても『私の心を盗んだ怪盗』、『最高のプレイボーイ』、『良い意味で現代のドンファン』等々、此れまでに色んな呼び方をしたいたりするのだが、『英雄』と言うのは初めて言われた事であり、更に楯無も其れに乗じていた事が引っ掛かっていた。

 

 

「英雄ってのは俺の事か?……と言うか、俺が誰か分からないのか?」

 

「召喚魔法に応じて召喚された英雄が君だろう?

 私達にとって大事なのは、君が私達と共に戦ってくれる英雄であり、仲間であると言う事だ……故に、君が何者であるのかと言うのは其処まで意味があるモノではないよ。」

 

「……マジで俺が誰か分からないのかよ……」

 

 

『若しかしたら現実での記憶がないのではないか?』と考えた夏月は一つ質問をしてみたのだが、其の結果は夏月の考えた通りであり、ロラン達は夏月が何者であるのかと言う事をすっかり忘れて、この仮想現実の世界に召喚された新たな英雄と認識していたのだ。

 

 

「(楯無達を連れ戻すには、先ずは記憶を取り戻させなきゃならないって事か……此れは思った以上に難易度が高いかも知れないな。)」

 

 

取り敢えず夏月はロラン達と話を合わせ、此れからの事を話し合う為に砦内の酒場へと移動した――其の途中、ヴィシュヌの提案で市場に寄って買い物をしたのだが、其の際に夏月は骨董屋に展示されていた姿見の鏡に自分の姿を映して今の自分がどんな姿であるのかを確かめていた。

武器が日本刀で、服装が黒いインナーとスラックスを着て、蒼いコートを纏っているのは分かっていたのだが、鏡に映ったのは其れ等を装備した夏月自身の姿だったので少し安心していた。顔が変わっていては楯無達が記憶を取り戻しても夏月だと分かってもらえなかったかも知れないのだから。

 

 

「……此れで銀髪のオールバックならバージルだな。」

 

 

其の後、酒場に到着すると大きなテーブル席に着き、夏月は己の名を名乗った後で楯無達から此の世界の事を説明された。

其れによると此の世界は、現在三つの勢力が大陸を夫々三分の一ずつ統治している状態であり、楯無達は『ハイエルフ』、『セイクリッドブレード』、『バナーソード』、『バルバトス』の四つの部族からなる『インフィニットストライカーズ』なる勢力なのだと言う。

因みに更識姉妹とファニールは『ハイエルフ』、鈴と乱とフォルテは『バナーソード』、ロランとグリフィンは『セイクリッドブレード』、ヴィシュヌとダリルは『バルバトス』に夫々所属しており、更には族長と其の補佐であった――因みにハイエルフは楯無が族長で簪が補佐、バナーソードは乱が族長で鈴が補佐、セイクリッドブレードはロランが族長でグリフィンが補佐、バルバトスはヴィシュヌが族長でダリルが補佐であった。

 

『インフィニットストライカーズ』の他には『アークデュエリスト』、『ミレニアムストライカーズ』が大陸を統治し、三つの勢力は互いに牽制し合いながらも交易を行い、大陸全土は微妙な緊張感を持ちながらも平和な状態だったのだが、二カ月ほど前に不死者の集団である『アンデッドロード』、魔の集団である『デーモンフォース』、闇に魅入られたエルフの集団である『ブラックエルフ』の三勢力が手を組んだ『フェイルプレイヤー』なる『不浄の集団』が大陸を統治して居ている三勢力に対して攻撃を始めて来ていたのだった。

フェイルプレイヤーはアンデッドも存在している事もあって三つの勢力は互いに協力して戦っていたモノの現在の戦力ではジリ貧になるのは確実と考えた末に古より伝わる召喚魔法を使って異世界からの英雄を召喚して共に戦って貰うと言うと言う事モノだったのだ。

召喚魔法によって召喚される英雄の力は召喚魔法を行う術者の魔力によって決まるらしいのだが、インフィニットストライカーズに属するハイエルフとセイクリッドブレードは高い魔力を持った者が多く、英雄として召喚された夏月は、英雄のランクの中でも最高ランクである『レジェンダリー』であったらしい。

 

 

「え~と、つまり俺はお前達と協力して、そのフェイルプレイヤーとやらをぶっ倒せば良いって事か?」

 

「えぇ、概ねそうなのだけど、脅威はフェイルプレイヤーだけではないの。

 フェイルプレイヤーが活動を開始したのと同時に、太古に封印されたフレアドラゴン、ポイズンスパイダー、ロックゴーレム、スカルデーモンの封印も解かれちゃって、そっちとの戦いもあるのよねぇ……だけど、貴方ほどの英雄が居れば頼もしいわ夏月君♪」

 

「あんまり頼られても困るんだが、呼ばれた以上は相応の働きはするさ。

 (コイツは此の世界での俺の役割を熟しながら楯無達の記憶を取り戻して行くのが最善ってところだな……思った以上に難易度が高いな此れは。)」

 

 

話を聞いた夏月は、取り敢えずこの仮想現実の世界で過ごしながら楯無達の記憶をどうやって取り戻すのかを考えていた――そして、夏月は楯無達と出撃したのだが、最高クラスの英雄として召喚された夏月の力は凄まじく、フェイルプレイヤーのアンデットに対しても圧倒的な力を持ってして不死をも超越したダメージを与えて無に帰し、フレアドラゴン、ポイズンスパイダー、ロックゴーレム、スカルデーモンとの戦いに於いても『もうコイツ一人で良いんじゃないか?』と思う程の力を発揮して倒してしまっていた。

 

 

「ドラゴンとゴーレムはデカいって想像してたから兎も角として、恐竜並みにデカいクモとか普通にトラウマレベルの存在だろ……中世代の地球にだってあんな化け物グモは存在してなかっただろうからな。

 でもって其れ以上にスカルデーモンのデカさがヤバかった……こっちは崖の上に立ってて、相手は崖の上から上半身が出てる状態なのに、其の上半身だけで俺の五倍以上あるとか流石に化け物過ぎんだろアレは!?」

 

「しかも今倒した一体だけではなく、同じような存在がまだまだ存在しているのです……フェイルプレイヤーだけでなく彼等との戦いもあるので日々が大変ですよ――ですが其れも、貴方と言う最強クラスの英雄を召喚した事で大分楽になりそうですが。」

 

「嗚呼、最高クラスのレジェンダリーの英雄の力が此処までとは想像以上だったよ……夏月、此の世界を守る為にも、私達とこれからも一緒に戦ってくれるだろうか?」

 

「其の為に俺は呼ばれたんだろ?なら、俺は俺のやるべき事をするだけだ。」

 

 

此の仮想現実の世界では、戦闘で死んだとしても戦闘に勝利して砦に戻れば戦死した者も自動的に蘇生すると言う、ゲームのような世界だった。

其の世界で楯無達は最高ランクが七の世界に於いて全員がランク六であり、夏月に至ってはランク七だったので少なくともフェイルプレイヤーとの戦闘では負ける事はないだろうが、夏月は現状では如何すれば楯無達の記憶を取り戻す事が出来るのか見当が付かず、暫くは記憶を取り戻す方法を探しながら此の仮想現実の世界で暮らす事になるのだった。

 

 

「いっただきまーす!」

 

「漫画の骨付き肉を一口で……どんな世界でもグリはグリか……」

 

 

戦闘終了後、一行は砦内の酒場に戻って来て勝利の宴を開いていたのだが、其の宴席にてグリフィンは酒場の店主からサービスで提供された『巨大な骨付き肉』の骨を掴むと、一口で肉を骨から引き剥がして頬張ると言うワイルド全開な食事をしていた。

取り敢えず、楯無達の記憶を取り戻すまでは夏月の仮想現実での生活は続くようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月が電脳ダイブを行った後、束はシミュレーターをハッキングした相手の事を逆探知して其の正体を明らかにし、学園長である轡木十蔵に連絡を入れて学園長室に真耶と教師部隊、そして秋五組を集結させていた。

静寐、ナギ、神楽の三人は夏月達が使用しているシミュレーターに何かあった際にすぐに連絡が取れるようにシミュレータールームからのリモート参加である。

 

其の場で束はシミュレーターのハッキングを行ったのは、ロシア、中国、北朝鮮の軍の残党であり、更には夏月達の粛清から運よく生き残った者達で、自分の事を取り込もうとして今回の事をしたとの事だった。

 

 

「姉さんを自軍に取り込もうと言う意図は理解出来ますが、姉さんを自軍に取り込むと言うのは可成りのムリゲーなのではないかと思うのですが……」

 

「確かにその通りだよ箒ちゃん……だけど連中の直接のターゲットは束さんじゃなくて、君なんだよ箒ちゃん。」

 

「私が……ですか?」

 

「そう、箒ちゃんなんだよね。

 自分で言うのもなんだけど、束さんに妹が居るって事は世界の誰もが知ってる事だと思うんだよね?……だとしたら、箒ちゃんを捕らえて人質にしてしまえば束さんを意のままにする事が出来るって言えるよね?

 だから連中は箒ちゃんを狙うのさ……まぁ、狙いは悪くないけど、箒ちゃんに手を出そうとした時点で滅殺確定なんだけどね♪」

 

 

そして其の正体は絶対天敵との戦いの最中に夏月達に粛清されたロシア、中国、北朝鮮の軍の残党の生き残りであり、束を手中に収める為にIS学園に攻撃を仕掛けて来たのだった――束を手中に収める為に箒を捉える為に。

だが、其れは束によって目的が明らかにされてしまい、同時に束の怒りに火を点ける事となった――束は自分が狙われるのであれば大抵の相手は返り討ちに出来るので特に問題にもしていなかったのだが、箒が狙われたのなったのならば話は別だ。

 

箒は同年代の女子高生と比べれば相当に高い力を持っているが、プロの集団を相手にしたら流石に勝つのは難しいので、箒を狙うと言うのは束を手中に収めようとするのならばある意味では当然のモノであったのだが、其れが事前に束に知られてしまったのならば本末転倒と言えるだろう。

 

束は味方には厚情で敵には酷薄を絵に描いたような人物なのだが、こと妹である箒に対してはシスコンを超越したレベルで愛しており、箒に害をなす者に対しては一切の容赦なく物理的、或いは社会的に抹殺する事を厭わないのだ。

 

 

「でもって、其のクソ共は現在IS学園に向かって来てるんだよねぇ……連中の目的は箒ちゃんだけど、逆に言えば箒ちゃんを確保する事が出来れば他の生徒がどうなろうと知ったこっちゃないって感じさ。

 さて、此の状況にて学園長さんはどうするかね?」

 

「……山田先生、教師部隊を学園島の周囲に配置して下さい――そして秋五君達は学園の内部の防衛に当たって下さい。」

 

 

ワールドパージによって夏月組はほぼ機能しなくなっており、IS学園最強戦力が機能しなくなっている中でIS学園への攻撃は行われるのだが、其れに対してIS学園は真耶を隊長とする教師部隊と、夏月組には劣るが高い戦闘力を備えている秋五組が学園の防衛に当たるのだった。

 

 

「箒……無理はしないで。

 ピンチの時には僕でも仲間でも良いから必ず助けを呼んで。君が攫われてしまったら、僕も辛いからね……でも、そんな事にはならないようにするよ。

 僕の持てる全ての力を持ってして君を守るよ箒……だから、無理はしないで。」

 

「秋五……あぁ、分かっているさ、無理はしない。

 何よりも私が攫われた事で姉さんが良いように使われてしまうと言うのは我慢出来んのでな……無理はしないが、やって来た奴等は可能な限り斬り捨ててやるさ。

 姉さんの凄さだけを知って私の事を侮った連中に、私を侮った事を後悔させてやらねばだからな。」

 

「貴女の事を簡単にとらえる事が出来ると勘違いしたのが、彼等の敗因ね……其れを其の身にたっぷりと刻み込んであげましょう♪」

 

 

こうしてIS学園が存在している学園島には最強クラスの防衛隊が結成され、海からやって来る軍勢に対しての布陣が完成し、電脳世界だけでなく現実世界でも新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode89『電脳世界の激闘と現実世界の開戦~Double Wars~』

10m以上あるモンスターを弓矢で攻撃しても蚊ほどのダメージにもならないと思うんだが……By夏月    夏月、其れは言っちゃダメ♪By楯無    ファンタジーの世界の武器は常識が通じないモノさ♪Byロラン


絶対天敵との戦いが終結してから少し経った頃にIS学園に対して行われた攻撃によって、夏月組はほぼ全てのメンバーが電脳世界に囚われてしまい、其処に現実世界ではIS学園を襲撃しようとしている輩の存在も明らかになった。

其の輩は、嘗て夏月達に粛清された『絶対天敵を兵器として利用しようとした集団』の残党であり、彼等は愚かにも箒を捕らえて人質として束を意のままにしようと考えていたのだ。

 

だが、其の思惑は皮肉にも束によって看破され、IS学園は鉄壁の防御の布陣を敷く事になったのだ。

 

秋五組の総戦闘力の高さは夏月組と比べれば劣るが、其れでも十二分な戦闘力を有しており、真耶率いる教師部隊の戦闘力も充分な上に、亡国機業でも指折りの実力者であるスコール、オータム、マドカ、ナツキも居るので負ける要素は皆無であると言えるだろう。

 

 

「何処の馬の骨とも知れん奴等が私の弟達と、其の嫁達に手を出そうとするとは身の程知らずも甚だしい……と同時に、私の逆鱗に触れた事を後悔させてやる……!

 弟に手を出されて怒らぬ姉は存在しない……楽には殺さん、ダルマにして傷口を焼き固めて苦痛の生を送らせてやるから覚悟するんだな。」

 

「……スコール、マドカがおっかねぇ。つーか、ヤバくねぇか?

 コイツが凄まじいブラコンだってのは知ってたけどよぉ、最近は其れが悪化してんじゃねぇか?……正直な話、ブラコンパワーが全開になったマドカにはオレでも勝てる気がしねぇんだけど。」

 

「貴女が勝てないなら、IS学園を襲撃しようと考えている連中は誰一人としてマドカに勝つ事は出来ないでしょうね……そうだとすると、今回は私達は出撃しなくてもマドカ一人でなんとかなるんじゃないかしら?

 ……外見は子供のマドカが大人相手に無双すると言うのは、一部から凄い需要がありそうだわ。」

 

「OK、お前もマドカのブラコンパワーに当てられてんなスコール。」

 

 

学園防衛に当たっているマドカからは『ブラコンの瘴気』とも言うべき謎のオーラが立ち上っており、更に目の色が反転すると言う謎現象が起きていたのだが、其れはマドカが夏月と秋五、そして彼等の嫁ズの事を大切に思って愛している事の証でもあると言えるだろう。

夏月組も秋五組もマドカにとっては大切な弟と義妹なので、其れを害する相手に対しては一切の容赦はなく、しかし簡単には殺さずに生き地獄を命尽きるまで送らせる心算であるようだ。

 

 

「だけどまぁ、連中も馬鹿な選択をしたもんだぜマッタクよぉ?

 箒を束の弱点だって考えたのは悪くねぇんだが、世界のお偉いさんはそんな事はとっくに分かってんだぜ?……なのに如何して今の今まで誰も箒に手を出さなかったのか、その理由を全く考えてねぇんだからよ。」

 

「篠ノ之箒は篠ノ之束の弱点ではあるが、其の弱点を突いたら百倍の報復を受ける……故に誰も篠ノ之箒には手を出さなかった……其れを理解していないのが連中の敗因となるのだろうな。

 まぁ、如何なる理由があるにしてもIS学園に手を出そうとした、其れがそもそもの間違いだったと言う事を教えてやらねばなるまい――同時に、二度と同じような輩が現れないように見せしめとしてやらねばだろう?」

 

「オウよ、徹底的にやってやるぜナツキ!」

 

 

IS学園の防衛には一分の隙もないので、此度の一件を起こした一団が其の目的を達成する可能性は極めて低いと言えるだろう――仮に、よしんば箒を捕らえる事に成功したとて、その先に待っているのは束からのしっぺ返しでは済まない痛手を通り越した激痛の報復と反撃でカウンターが確定しているので、IS学園を襲撃しようと考えた時点で詰んでいたと言っても良いだろう。

 

 

「私が姉さんの弱点か……確かに私は姉さんと比べれば凡人に過ぎないのだろうが、だからと言って下賤な賊に負けてやるほど弱くはない……この様な事が起きた時の為に、己を鍛えていたのだからな。」

 

「貴女がストイックに己を鍛えていた事は知っているわ……其れを知らないお馬鹿さん達を盛大に後悔させてあげましょう♪」

 

「IS学園は僕達が守る……絶対にね!」

 

 

秋五組も闘気を極限まで高めており、IS学園の防衛力は通常時と比較して十倍以上のモノとなっており、夏月達が電脳世界から帰還すれば、其の時点でミッションコンプリートの状況となっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode89

『電脳世界の激闘と現実世界の開戦~Double Wars~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界ではIS学園の防衛力がダイヤモンド級に堅牢になっていたのだが、楯無達の意識が囚われている電脳世界では、夏月が楯無達と共に『フェイルプレイヤー』をはじめとした敵対勢力との戦いを続けていた。

そんな中で此の電脳世界がゲームのような世界である事を理解した夏月だったが、戦闘を重ねるうちに自分を含めた楯無達には夫々固有のスキルが備わっている事が分かって来ていた。

夏月自身は通常攻撃が『鞘当て→鞘打ち→居合』の三回攻撃であり、其れ以外に『敵全体を三回攻撃』、『敵一体に防御力無視の攻撃』、『敵ランダムに十五回攻撃。20%の確率で即死』のスキルを有していたのだった。

夏月以外のメンバーのスキルはと言うと、楯無が『通常攻撃が四回』、『敵一体を攻撃後に全体攻撃』、『敵一体を攻撃し50%の確率で何らかのデバフ効果二つ発生』、簪は通常攻撃は単体攻撃で他のスキルとして『敵全体を二回攻撃』、『敵全体を攻撃し100%で毒状態』、『味方のHPを最大値の30%回復』を持っており、ロランは通常攻撃が防御力無視で他にスキルとして『敵全体に防御力無視のダメージ』、『仲間一人と敵一体を攻撃』、『味方の攻撃力40%アップ+クリティカル率30%アップ』、グリフィンが通常攻撃が二回で他のスキルで『敵一体に防御力無視のダメージを与え味方のスピードを50%アップ』、『自身のHPを50%消費して味方全員の攻撃力とクリティカル率を80%アップ』、『敵全体のHPを半分にする(相手がボスの場合はクリティカル100%の攻撃)』、ヴィシュヌは通常攻撃が敵をランダムに四回攻撃、他のスキルで『敵全体を攻撃&50%の確率で防御力30%ダウン』、『敵単体に五回攻撃&与えた総ダメージの30%分だけ自分を含めた味方のHP回復』、鈴と乱は共通で通常攻撃が三回攻撃で他のスキルとして『敵全体に火傷の状態異常』、『敵全体に毒の状態異常』、『敵全体にダメージを与えて防御力20%ダウン』なのだが、乱は同じチームに鈴が、鈴は同じチームに乱が居る場合に火傷と毒で与えるダメージが倍になり、防御力ダウン効果は50%となっていた。

ファニールは通常攻撃が全体攻撃で、他のスキルとして『敵一体に防御力無視のダメージ&即死効果(即死効果はボスには無効)』、『自分が攻撃された場合、受けたダメージの50%を相手にカウンターダメージで与える(全体攻撃を受けた場合は、チーム全体で受けたダメージの50%でカウンターする)』、『戦闘不能になった味方を蘇生して即時ターンを取得させる』モノで、ダリルは通常攻撃が敵防御力を無視したランダムの二回攻撃で、他のスキルとして『敵全体にダメージ。50%の確率で即死』、『敵全体を攻撃し、50%の確率で敵のスキルを封印』、フォルテは通常攻撃が『クリティカルヒットした場合に限り追撃が発生する』と言う特殊なモノだったが、他のスキルは『味方一人と一緒に相手をランダムに四回攻撃』、『敵全体を攻撃し凍結50%』、『敵全体を攻撃(ダリルが同チームの場合、防御力を無視してダメージを与える』と言うモノだった。

 

 

「オォォラァァァ!消えろ雑魚共!!」

 

「ふむ、相変わらず見事な腕前だ。」

 

 

そんな世界で、夏月はフェイルプレイヤーのアンデッドを斬り捨てただけでなく、ドラゴン、デーモン、スパイダーと言った敵に対しても圧倒的な力を発揮して撃破していた。

夏月の圧倒的な実力はあっと言う間に砦内に広まり、最高ランクの『レジェンダリー』として召喚された英雄と言う事もあってインフィニットストライカーズの砦内では夏月を最早英雄を通り越して神のように崇める者まで現れており、此れには夏月だけでなく楯無達も少しばかり顔が引き攣ってはいたが。

 

此の世界は現実世界と遜色ないモノであり、夏月も此の世界に嵌り掛けたのが、此の世界はあくまでも仮想現実であり、楯無達の記憶を取り戻して現実世界に戻らなければならないので、ファンタジーな世界で戦いながら楯無達の記憶を取り戻す方法を模索していたのだが現状では其の方法は皆目見当も付いていない状態だった。

『大きなショックを喰らえば衝撃で記憶が戻るか?』とも考え、敵の強力スキルを楯無達が喰らうように立ち回ろうともした事もあったのだが、仮想現実とは言え楯無達を傷付ける事は出来ず、結局は夏月が強力スキルにカウンターを入れる形で敵を倒してしまいショック療法は上手く行かず、ならば自分が態と攻撃を喰らってフッ飛ばされて楯無達にぶつかってショックを与えると言う方法ならばと其方を試してみたがそっちも全く効果はなく、所謂『叩いて直す』と言った方法はダメだったのだ。

 

 

「子蜘蛛でも中型犬レベルのデカさって流石にあり得ねぇだろ……倒しといて言うのもなんだが、あんな子蜘蛛を無限に生む恐竜級のデカさの蜘蛛とか冗談抜きに反則だろ?

 アレが大挙して押し寄せて来たら砦は簡単にぶっ壊れるんじゃないのか?

 あの化け物蜘蛛だけじゃなく、ドラゴンやバカでかいデーモンも居るんだし……其れに加えてフェイルプレイヤーとか言う闇の軍団との戦いもあるとなると戦力がドレだけあっても足りないんじゃないのか?」

 

「えぇ、実際に足りていなかったのよ。

 此のまま行けばジリ貧になって三勢力全てが滅びてしまうのは目に見えていたわ……でも、そんなときに『バルバトス』のシャーマンが古来に失われてしまった英雄の召喚術の術式を解読して、三勢力に其の術式を伝授したの。」

 

「その召喚術によって各勢力は異世界からの英雄を召喚して新たな戦力とする事で此の難局を乗り切ったと言う訳さ――尤も、召喚される英雄の強さは召喚術に使用された希少な『召喚石』のランクと、召喚術を行った者の力に大きく左右されるのだけれどね。

 私達は運良く最高クラスの召喚石である『神魔石』を入手して、更に此のメンバーの力を召喚術式に注ぎ込んだ事で君と言う最高クラスの英雄を召喚する事が出来たのだよ。」

 

「成程……中々にハードモードな世界だが、お前達は此の世界が現実じゃないと言われたらどうする?」

 

 

戦闘を終え、砦内の酒場で一休みしている中で夏月は思い切って核心に斬り込んでみた。

何者かによって楯無達の意識が電脳世界に囚われてしまったと言う事は既に束によって明らかにされているのだが、なんの為にそんな事を行ったのかと言うのは束に聞かずとも夏月は予測出来ていた――その理由は至極簡単な事で、現在のIS学園における最強クラスの戦力を封じる為であり、其れが意味している事は、IS学園に物理的な攻撃が行われると言う事だった。

 

夏月組の戦闘力は専用機の『騎龍シリーズ』の機体性能と搭乗者の能力の高さ、連携のレベルの高さ、一撃必殺の対消滅攻撃もある事でIS学園最強のチームであるので、IS学園を攻撃しようと考えている連中からすれば真っ先に無効化したい相手だと言えるのだ――尤も、夏月組を封じたところでIS学園には真耶率いる教師部隊、秋五組、亡国機業組と言った強力戦力が存在しているので、IS学園が外部戦力によって壊滅させられる可能性はドレだけ高く見積もっても1%未満であるのだが、だとしてもIS学園が攻撃されると言うのであれば黙っている事は出来ない。

だから夏月は、強引とも言える一手を切ったのだ。

 

 

「此の世界が現実じゃないだって?……異世界から召喚された君にとっては現実じゃないのかもしれないが、私達にとっては此の世界は現実なのだけれどね……?」

 

「その認識其の物が後付けのモノだとしたら如何よ?

 試しに聞くが、お前達が此の世界で生まれたのは何時だ?インフィニットストライカーズ以外の二つの勢力構成しているのはどんな連中だ?フェイルプレイヤーやドデカいモンスター達が現れたのは二カ月前って言ってたが、そいつ等は何故いきなり現れた?

 そもそもにして、アレだけの化け物が一匹だけじゃなく存在してるってのに如何して未だに三つの勢力は一つも欠けずに存続出来ている?如何に召喚術で異世界の英雄を召喚できるとは言っても、召喚される英雄の強さはピンキリで必ず強い奴が召喚されるとは限らないならハズレ英雄を引いちまった場合はジリ貧確定なのにだ。」

 

 

勿論イキナリそんな事を言われても楯無達には意味不明なので、ロランも夏月の言った事に対して逆に疑問を投げかけたのだが、夏月は其れにカウンターをかますかの如く凄まじく捲し立てて反論を封じた。

 

だが、夏月に言われた事を楯無達は考えると、確かに少しおかしな点がある事に気付いていた――インフィニットストライカーズの砦で暮らし、フェイルプレイヤーや巨大なモンスター達との戦いを続ける日々を送っていた記憶はあるのだが、自分達が生まれたのはそもそも何時なのか、フェイルプレイヤーや巨大なモンスター達は何故突如現れて攻撃を行って来たのか、改めてそれらを問われると明確な答えを出す事が出来なかったのだ。

自分の生まれに関しては自分の年齢から『何年前』と言う事は出来ても、『何年の何月何日』までは明確に分からず、其れ以前に此の世界で現在使われている年号も分からなかった。

 

 

「今まではあまり気にしていなかったけれど、こうして指摘されると確かにおかしな点があるのは否めないわね……確かにフェイルプレイヤーや巨大モンスターとの戦いは二カ月前から始まったのだけど、彼等が何故現れたのか、其れを考えた事すらなかったわ――だけど改めて指摘されると、彼等が何を目的に現れたのか、其れはマッタク謎で其の謎を解明する事すらしていなかったわ。

 其れだけなら未だしも、自分が生まれたのが何時なのかが明確に分からない上に年号すら分からない……あまりにも記憶がチグハグ過ぎるけど、此の記憶が本物でなく、誰かによって植え付けられたモノだと考えれば納得出来なくはないわね……」

 

「ですが、貴方の言うように私達の記憶が偽りのモノで、此の世界が偽物であると言うのであれば私達は一体何者で、貴方は誰なのです?」

 

「俺も、お前達も、IS学園って言うちょいと特殊な学校に通う生徒で、お前等は其のだな……なんつーかあれだ、フォルテ以外は全員俺の婚約者なんだ。」

 

「え?フォルテ以外全員アンタの婚約者なの?……ハーレムってやつよね其れ?……英雄色を好むって本当だったのね!!」

 

「鈴、お前そりゃちょっと違う……とも言い切れねぇのか?確かに夏月は英雄な訳だからな……つか、フォルテ以外全員って、幾らなんでも凄過ぎんだろ流石によぉ!?」

 

「更に加えて更に三人居るんだけどな。」

 

「其れは凄過ぎるのではないか!?

 いや、だが君ほどの男性ならば女性が魅かれると言うのも納得出来ると言うモノだ……だが、君の言う事が本当だとして、何故私達が君と婚約関係になったのか、其れを知りたいモノだね。」

 

 

夏月が直球で真実を話すと、楯無達も自分達の記憶にチグハグな部分がある事に気付き、初めてこの世界に疑問を持った様だった――とは言っても其れだけでは本来の記憶を取り戻すには至らなかったのだが、其処で夏月も諦めずに『自分と楯無達が婚約関係になった経緯』を含め、現実世界で起きた事を、特に大きな事柄を伝えた。

中でも先の『絶対天敵との戦い』は、此の世界の現状と重なる部分もあったので楯無達も聞き入っていた。

 

 

「ISに絶対天敵、そして此の世界は仮想現実で、私達の意識は本来の記憶を封じられた状態で此の世界に閉じ込められている、か……俄かには信じられないけれど、貴方が嘘を言っているようにも思えないし、言われてみると此の世界の異常さと言うモノを実感してしまうわね。」

 

「俺は、お前達の意識を仮想現実から連れ戻すためにやって来たんだ……つっても、今のところお前達の本来の記憶が戻る気配は一向にないし、如何したら記憶が戻るのか皆目見当が付かねぇんだけどな。

 記憶さえ取り戻しちまえば後は束さんが此処から引っ張り出してくれるとは思うんだが。」

 

 

とは言え現状では楯無達の記憶を取り戻す術はなく、切っ掛けすら掴めていないのが現状だ。

夏月の感覚では此の世界にやって来て数日と言ったところだが、現実世界では未だ一時間と経っていないだろう――本当に数日経っているのならば束がとっくに楯無達の記憶を取り戻させて強制的に現実世界に戻しているだろうから。

 

 

 

――カンカン!カンカン!!

 

 

 

そんな中で砦内に鳴り響いた鐘の音。

其れは砦近くに敵対勢力が現れた合図であり、ゲーム的な言い方をするならば『回避出来ない強制バトル』と言ったところだろう――其の警鐘を聞いた夏月達は敵を迎撃すべく砦の外に出たのだが、其処にはポイズンスパイダーとロックゴーレム、そしてフェイルプレイヤーの軍勢が存在していた。

其れだけならば夏月を有するインフィニットストライカーズならば退ける事は可能なのだが、フェイルプレイヤーの軍勢の中にはアンデッド化した楯無達の姿があったのだ。

フェイルプレイヤーの構成部族の一つであるアンデッドロードは不死者の集団であり、その多くは朽ちた肉体の所謂『ゾンビ』なのだが、アンデッド化した楯無達は髪と肌の色が緑色になり、目から光が無くなっている事以外は同じでありゾンビ化はしていなかった――此のアンデッド化した楯無達は、此の世界における『可能性の一つ』が形になったモノなのだろう。

アンデッドは生物にとって避ける事の出来ない『死』をも超越した存在であるので、現実には存在しない『もしもの存在』すら腐肉から作り上げてしまうのかもしれない。

 

 

「アンデットと化した私達が現れるとはね……戦場で命を落とした私達がアンデッド化すると言う未来もあるのかも知れないが、だからと言って其れが眼前にあると言うのはあまり良い気分ではないな?

 私達に揺さぶりを掛ける心算だったのかも知れないが、其れは逆効果だと思い知ると良い……己の負の未来など、此の手で消し去ってくれる!」

 

「取り敢えず、全員滅殺ね♪」

 

 

其の戦いは此れまでよりも苛烈なモノとなったのだが、実は酒場で夏月達が飲んでいた飲み物はキャラクターをレベルアップさせるアイテムで、食べ物はキャラクターをランクアップさせるモノであり、夏月も楯無達もランクとレベルが大幅に上昇していた――此れにより、ロックゴーレム、ポイズンスパイダー、フェイルプレイヤーの連合軍が相手でも負ける事はなかった。

 

 

『ふぅ、やっとここまで来れたか……夏月よ、此処からは私もサポートするぞ。』

 

「羅雪……来てくれたのか!コイツは頼もしいぜ!」

 

 

更に此処で夏月にサポート精霊的な存在として羅雪が加入した――騎龍・羅雪もシミュレータにセットされていたのだが、羅雪のコア人格は夏月の意識と一緒に此の世界には来ずに、外部からアクセスしてやっとこの世界にやって来たのだ。

とは言っても羅雪は束のような頭脳派ではないので此の状況を解決出来る術は持っていなかったので此のプログラムにセットされていた『人間の意識以外は排除する機能』を有するファイヤーフォールを殴って壊すと言う力技でもってして介入して来た訳だが、方法は如何あれ、羅雪が此の世界に顕現出来るようになった事で夏月は此の世界でも羅雪の力を使う事が可能となっていた。

超高速移動であるイグニッションブーストと、其の上位スキルに加えて羅雪は空間斬撃も可能であり、その二つを組み合わせたモノが夏月の最強奥義である『見えない空間斬撃と居合』なのだ。

羅雪の実機がなくともコア人格が此の世界に存在しているのであれば其れ等の力を発動する事は可能であり、其の技を発動した夏月の姿を目で捉える事は出来ず、初撃が何処に放たれるか分からないだけでなく、見えない初撃から間髪入れずに無数の空間斬撃と夏月の神速の居合が襲って来るので防御も回避も不可能であり、フェイルプレイヤーは此の一撃でほぼ壊滅し、ポイズンスパイダーも生み出した子蜘蛛が全て全滅して本体にも大ダメージが入ったのだが、ロックゴーレムは攻撃された際に50%確率で発生する『カウンター攻撃』を発動し、其の巨大な拳でヴィシュヌを殴りつけて来た。

 

其のカウンターに対し、ヴィシュヌは自ら後ろに飛ぶ事でダメージを軽減したのだが、自分の身長と同じ大きさの拳のダメージを完全にいなす事は出来なかったので、大きく吹き飛ばされたてしまったのだ。

 

 

「ダイビングキャーッチ!!」

 

 

だがヴィシュヌが吹き飛ばされた先には夏月が突撃しており、ヴィシュヌが地面に激突する寸前でキャッチする事に成功していた――のだが、勢い余って其のまま夏月とヴィシュヌは転がってしまい、止まった時には全く偶然ではあるが唇が重なっていた。

 

 

「「!!?」」

 

 

やる事やってるとは言え、突然のキスにはヴィシュヌだけでなく夏月も驚き、慌てて唇を離したのだが――

 

 

「……!……?

 夏月?……私はタテナシ達とシミュレーターでの模擬戦を行おうとしていた筈なのですが……此処は何処なのでしょうか?と言うか、なんで私はこんな格好をしているのですか!?」

 

「え?……ヴィシュヌ、お前記憶が戻ったのか!?」

 

「あの、如何やらそのようです……よもや貴方のキスで記憶を取り戻すとは思いませんでした……此の世界での偽物の記憶も覚えていますが、此の展開はロランならば『乙女を目覚めさせるのは矢張り王子様のキス以外には有り得ない』とか言いそうですね。」

 

「あぁ、言うだろうな……てかマジで記憶が戻ったのか……キスで記憶を取り戻しますって、此の世界を作った奴は相当にベタな展開が好きだったのか?

 つか、其れ以前に何で記憶を取り戻す一手を残しておいたし……記憶を取り戻す事が出来なければ俺も此の世界に留まり続ける事になるってのに。

 ……いや、俺が電脳ダイブを行う事までは想定しなかったって事かもな。」

 

 

まさかのキスでヴィシュヌは本来の記憶を取り戻す事になった。

マッタクもって予想外の事ではあったが、記憶を取り戻す方法が分かったのは僥倖と言えるだろう――とは言っても、本来の記憶を失っている楯無達にキスをすると言うのは中々に難易度が高いかも知れないが。

 

 

「ヴィシュヌちゃん……偶然とは言え夏月とキスしちゃうとは羨ましいわね……って、なんで私は羨ましいと思ったのかしら?」

 

「私も君と同じ事を感じたが、確かに何故羨ましいと感じたのだろうか?……私達は夏月に対して英雄に対する敬意以上の感情を有しているのか?」

 

 

だが、その光景を見た楯無達はホンの少しだけ本来の記憶を封じ込めている後付けの記憶が綻び始めているようだった。

それはさて置き、戦闘はまだ続いているのでフェイルプレイヤーの残りとポイズンスパイダー、ロックゴーレムとの戦いに集中する事になったのだが、ヴィシュヌが記憶を取り戻した事で其の戦闘力は大きく上昇し、本来の戦闘スタイルであるムエタイで敵を次々と叩きのめして行き、更には此の世界の特徴とも言える『人外の技』を利用して両手に力を集中すると……

 

 

「タイガァァァァァ……キャノォォォォン!!」

 

 

ストリートファイターのサガットのスーパーコンボである『タイガーキャノン』を放って敵を一掃して見せた――本家が巨大な気弾であるのに対し、ヴィシュヌが放ったのは某地球育ちのサイヤ人や某全力全壊の魔法少女の必殺技の如き砲撃だったが。

 

 

『グオォォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 

だが、其れで戦闘終了とはならず、大地を震わせる地鳴りの如き咆哮と共にポイズンスパイダーやロックゴーレムをも上回る巨大な存在が地面を割って現れた。

ロックゴーレムやスカルデーモンの倍はあるであろう其の巨躯の放つ威圧感は圧倒的であり、普通ならば委縮してしまうだろう――実際に記憶を取り戻していない楯無達は少し怯んでしまったのだから。

 

 

「ただデカいだけの化け物に今更ビビるかっての……こちとらもっとバカでかくてグロテスクな敵と戦ってるんだからな?……ボスキャラって奴なのかもだけど、速攻退場願うぜ?

 悪いが雑魚ボスに割いてる時間はねぇんでな。」

 

「此処は力尽くでも押し通らせて頂きます!」

 

 

しかし夏月と、記憶を取り戻したヴィシュヌは怯む事なく巨大な敵、『ゴーレム・ドラゴン』と対峙し、其の討伐に乗り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月が電脳世界で奮闘している頃、IS学園には箒を狙う一団が上陸しようとしていた。

ISを使えば水中移動も容易であり、重い酸素ボンベもウェットスーツも必要なく、上陸後は即戦闘可能と言うのは大きな利点であり、並の軍隊が相手であったのならば此の襲撃は成功していただろう。

実際に部隊はIS学園への上陸を成功させていたので、後は箒を攫うだけだったのだが――

 

 

「よく来たなクズ未満の鼻糞にも劣る生ごみが……いや、生ごみは肥料として使えるから、貴様等は生ごみにすらならんか……ただ邪魔なだけの粗大ごみと言うのが妥当かもしれんな!」

 

 

部隊の小隊長と思われる人物は、突如現れたマドカの夏月直伝の居合で機体のシールドエネルギーをあっと言う間にエンプティ―にされて機体が解除されたのだが、其れで止まるマドカではなく、機体が解除された生身に助走付きの強烈な飛び蹴りを喰らわせて小隊長の意識を刈り取って見せた。

 

上陸直後に小隊長が倒されるとは夢にも思っていなかった隊員達はまさかの事態に怯んでしまったのだが、小隊長が倒されてしまった事よりもマドカの纏う雰囲気にプロであるにも関わらず恐怖を感じていた。

今のマドカからは強烈なまでの『怒りのオーラ』が発せられており、専用機である黒騎士の外見と相まって『地獄から現れた死の使い』の如き――其れほどまでに此度の所業はマドカにとっては許し難いモノなのである。

夏月の嫁ズは静寐、神楽、ナギを除いて全員が電脳世界に意識を囚われ、夏月も楯無達の意識を取り戻すべく電脳世界に意識をダイブさせる事になっただけでなく、秋五の嫁ズの一人である箒を狙って今回の事を起こしたのだ……大切な二人の弟を危険に晒しただけでなく、その弟の嫁ズ、将来は義妹になる存在にまで手を出されたのだからマドカの怒りは『怒髪天を突く』では済まないレベルなのだ。

 

 

「ISを纏っていれば死にはしないだろうが、生憎と今日の私は貴様等の機体が解除されたからと言って攻撃を止めるのは難しそうだ……やり過ぎて殺してしまうかもしれんが、殺されてしまったその時は己の無力さと馬鹿さ加減を恨んで地獄に堕ちろ。

 兎に角今の私は間違いなく此れまで生きて来た中で最高にブチキレているのでな……仮に命は助かっても五体満足で居られると思うなよ?」

 

「……傍から見たらどっちが悪役か分からねぇなオイ……だがまぁ、マドカを本気でブチギレさせちまったのは悪手も悪手、最悪の一手だったな?

 本気でブチギレたマドカを相手にしたらオレも勝てるかどうか分からねぇからな……『藪をつついて蛇を出す』って言葉があるが、藪をつついて出て来たのが蛇は蛇でも八岐大蛇か或いはヒュドラでしたってか?

 ま、オレも可愛い弟分に手を出されてヘソで茶を沸かせる位にはキレてるんでな……悪いが手加減は出来そうにねぇ……怒りの阿修羅から逃げる事は出来ねぇからな!」

 

「うふふ……私の大事な息子とそのお嫁さん達に手を出したのだから、最大限減刑しても腕や足の一本位は折っておかないとなのよねぇ……IS学園に亡霊の使者が居るとは思わなかったのでしょうけれど、亡霊の使者を怒らせた事が最大の間違いね。

 其れ以前に、私達が居なくともIS学園の精鋭達は貴女達で如何にか出来るレベルではないわ――真耶を筆頭にした教師部隊の実力は並の軍隊と同レベルか、或いは其れ以上なのだから。」

 

 

そしてブチキレているのはマドカだけでなくスコールとオータムも同様であり、別の場所で襲撃者を迎え撃っている秋五達も襲撃者に対して最上級クラスの怒りを覚えている事だろう。

特に箒を狙われた秋五は、束から『束さんが直々に処刑しても良いんだけど、それじゃあつまらないから束さんの怒りをしゅー君に預けるよ♪』とも言われていたので気合はメガマックス状態となっており、上陸して来た部隊の一人を一瞬で戦闘不能にしてしまっていた。

 

 

「此処から先には行かせないし箒も渡さない……大切な人を失うのは一度で充分だからね……!」

 

 

夏月が電脳世界で戦っているのと時を同じくして、現実世界でも激しい戦いが幕を開け、その様子を光学迷彩ステルスを搭載したドローンカメラが撮影していたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode90『現実世界と電脳世界で粉砕!玉砕!大喝采!』

今回のタイトル、社長の名言頂きました~!By夏月    社長式三段活用ね♪By楯無    未だに此れが通じる事に驚きだよByロラン


箒を狙ってIS学園に攻撃を仕掛けて来たロシア、中国、北朝鮮の残党で構成された部隊は夏月組の主戦力である楯無達を『ワールドパージ』で電脳世界に閉じ込める事に成功し、学園島への上陸も果たしていたのだが、学園島に上陸した先で待っていたのは悪鬼羅刹も逃げ出すレベルの悪魔だった。

 

「ふん、マッタクもってつまらんな?

 よくもまぁ、此の程度の腕前で学園を襲撃して箒を攫おう等と考えたモノだ……貴様等程度の相手なら、1ダースを相手にしてもホットドッグを食いながら片手で始末出来るわ。」

 

「殺してねぇのは、夏月達に『人殺しの弟』の烙印を捺さないためなんだろうが、死んでねぇだけでコイツ等は二度と真面な生活を送る事は出来ねぇだろうな……腕や足の骨が折れただけなら兎も角として、腰椎の骨折、失明、両耳鼓膜破壊と来たらな……」

 

「此れで消し炭になりなさい……死なない程度に火力は抑えて上げたから、意識を失うまで生き地獄を味わいなさい。」

 

「でもってスコールの相手は死なない程度に全身火傷だからなぁ……皮膚移植をしても、筋肉まで焼かれてるから身体には不自由が残るのは間違いねぇよな……姉と母は絶対に敵に回しちゃならねぇって事を実感したぜ。

 かく言うオレも、不殺戦法で生き地獄を味わわせてるんだけどよ。」

 

「コイツ等には安易な死はくれてやらん。」

 

 

其の悪魔の正体はマドカとスコールとオータムとナツキ。

IS学園の防衛部隊はマドカ達以外に秋五組、真耶率いる教師部隊が存在しており、夫々の戦闘力がバチクソ高いので襲撃者に対しても其の力を遺憾なく発揮して撃退してたのだが、マドカ達はレベルが違い過ぎた。

 

スコール、オータム、マドカ、ナツキの四人は亡国機業の実働部隊『モノクロームアバター』のメンバーで、スコールはその隊長でオータムは副隊長、マドカとナツキは最上級隊員なので其の戦闘力はずば抜けており、襲撃者を圧倒していたのだ。

 

 

「ぐ……そこを通せぇぇぇ!!」

 

「其れは出来ん相談だ。

 まぁ、私としてはお前達のような馬鹿は嫌いではないのだが……今日の私は過去最大限にブチキレているのでな、あんまりドタマに来させると、マジで死を見るぞ貴様等……!」

 

 

其れでも突っ込んで来た兵士に対し、マドカはカウンターの居合を喰らわせて機体を解除すると、生身となったパイロットの顔面に拳を叩き込み、更に頭を掴んで地面に叩き付け、其の頭を踏みつけて他の隊員を睨み付ける。

体格で言えば此の場では一番小柄なマドカだが、其れが逆に襲撃者にとっては恐怖だった――子供のような体格でありながら大人の、それもプロのIS操縦者を圧倒しているのだから。

加えてマドカが倒した相手は生きてはいるモノの此の先日常生活を普通に送る事は出来ないレベルで身体が破壊されており、複雑骨折や粉砕骨折で済んだら運が良い、頚椎損傷や脊髄損傷は当たり前、視覚、聴覚、嗅覚のいずれかを失うのは少し不幸、三つとも失ったら不幸だった、植物状態になったらマドカの怒りの真髄を受けたと言った感じだろう。

 

其のマドカのヤバさに隠れているが、スコールも中々にヤバい攻撃をしており、襲撃者達を死なない程度に燃やして、『皮膚移植』が必要なレベルの火傷を負わせただけでなく皮下の筋肉にもダメージを与えて身体の深層にもダメージを与えていた。

 

 

「学園の戦力を読み違えたなぁ、オイ?

 確かに夏月達は現在のIS学園における最強クラスの戦力ではあるが、夏月達を無力化しただけではIS学園は揺るがん……最低でも、専用機持ち全員を無力化しない限りはな!

 己の浅はかさと脳味噌の足らなさを恨んで沈め!」

 

「あっぴゃーー!!?」

 

 

マドカはまたも敵の機体を解除すると、今度は其の相手に『キン肉バスター』をぶちかましてKO!……頚椎、両肩、両大腿部が破壊された相手は残りの人生は病院のベッド暮らしになるのは間違いないだろう。

取り敢えず万が一どころか、億に一、否兆に一つも亡国のメンバーが防衛に当たっている場所から敵がIS学園内部に侵入する事はないと言って良いだろう――其れほどの圧倒的な戦闘力の差が存在しているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode90

『現実世界と電脳世界で粉砕!玉砕!大喝采!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マドカ達が圧倒的な力の差を示していた頃、真耶率いる教師部隊も敵部隊を教師部隊用にカスタマイズされているとは言え、第二世代の『打鉄』と『ラファールリヴァイブ』をもってして圧倒し、制圧まで秒読みとなっていた。

教師部隊は『機体性能差をパイロットの腕でカバー出来る人材』が揃っており、そうなったのは真耶が教師部隊の隊長を務めるようになってからの事だったりする――真耶は『絶対的強者が操る専用機は間違いなく最強だけれど、並のパイロットが操縦する専用機であるのならば強者の操縦する汎用機で充分対応出来る』と考えており、教師部隊のパイロット技術を徹底的に底上げした結果、此度の襲撃者に対しても優位に戦いを進める事が出来ていたのである。

 

 

「山田隊長、コイツ等は如何様にしましょうか?」

 

「そうですねぇ……取り敢えず地下の懲罰房に放り込んでおいてください――どんな沙汰が下されるのかは此れからになりますが、学園の生徒を危険に晒したのは間違いないので、場合によっては少し痛い目を見て貰わないといけませんからね?

 そうなった場合、声が外に漏れない地下の方が生徒達の精神衛生にも悪影響がないと思いますから♪」

 

「り、了解しました……(その笑顔が逆に怖いわ……!)」

 

 

教師部隊に倒された相手は、次々と地下の懲罰房に放り込まれる事となり、その先に地獄が待っている事が確定しているとも言えた。

 

 

そして一番の本命とも言える秋五達はと言うと……

 

 

「私を捕らえて姉さんを意のままにしようと言うのは悪くない手だったが、姉さんが凄過ぎる事で私を侮ったのが貴様等の一番の敗因だ――確かに私は姉さんと比べれば大きく劣るが、だからと言って貴様等に良いようにされるほど弱くはない。

 姉さんが最強の天才であるのならば、私は最強の凡人と名乗らせて貰うさ。」

 

 

襲撃者の一番のターゲットである筈の箒が襲撃者達を圧倒していた。

同時に此の光景こそが襲撃者達にとっての最大の誤算だったと言えるだろう。

襲撃者達は束の凄さは当然知っており、だからこそ其の束を意のままに操ろうと箒を攫おうと考えたのだが、箒自身が一体どれだけの力を持っているのかと言う事に関しては全く考えていなかったのである。

 

確かに箒は束と比べれば身体能力でも頭脳でも圧倒的に劣っているのだが、其の差を分かり易く表現するなら、束が『超サイヤ人3の悟空』であるのに対し、箒は『地球人最強であるクリリン』と言ったところなのだ。

箒は束に勝つ事は出来ないが、しかしだからと言って『そこそこに強い相手』では勝てるレベルではないのだ。

 

そして秋五組は其の箒よりも強い秋五がリーダーであり、セシリアは広い視野を持ったBT兵装による空間攻撃が出来るスナイパー、シャルロットは武器の高速切り替えを使ってあらゆる戦局に即座に対応が可能なオールラウンダー、ラウラは相手の動きを完全に停止できるAICがあり、オニールは歌による味方のバフを行い、ナターシャは広域攻撃『シルバーベル』で敵部隊のシールドエネルギーをガリガリと削り、清香と癒子とさやかも機体の能力を十二分に発揮して戦闘を有利に進めていた。

其れだけでも十分強いのだが、秋五組には箒の『絢爛武闘・静』によるシールドエネルギー回復と、シールドエネルギー回復効果を機体の攻撃力の上昇に使う事も出来るので、箒が健在である限りは負ける事は皆無と言えるだろう。

 

そうであるのならば箒を真っ先に戦闘不能にすればいいかとも思うだろうが、箒自身が強い上に絢爛武闘・静は箒自身も回復するので、箒を一撃で戦闘不能にする手立てがない状態では、秋五組との戦闘は戦闘開始前から詰んでいると言っても良いのである。

 

 

「セシリア、今回はお前に此のエネルギーを渡す!」

 

「箒……有り難く貰うわ!」

 

 

此処で箒は絢爛武闘・静のシールドエネルギー回復能力を使ってセシリアの機体エネルギーを100%オーバーにして余剰エネルギーをBT兵装と二丁ライフルに充填させると、セシリアはBT兵装用に搭載されたマルチロックオンで複数の敵をロックすると、二丁ライフルとBT兵装から一気にレーザーを放つフルバーストを行い、敵部隊に大ダメージを与える。

更に追撃としてナターシャがシルバーベルを叩き込んで戦闘不能にしたのだが、其れでは終わらず新たな部隊がやって来た――敵部隊は、『質より量』とは言わないが、数だけは多いので一部隊が戦闘不能になっても直ぐに次の戦力を送り込む事が出来るのだ。

其れが出来るのも、此の敵部隊には嘗ての大国で人口も多かったロシアの残党が同士を引き連れて来たからなのかもしれない。

 

 

「まだ来るか……第一陣が失敗した時点で撤退するのが最善策とは思うが、そんな選択を出来ないほどに私を捕らえたいと言う事か……そうして数多の犠牲の上に私を捕らえたとしても、姉さんに対しては私は人質にはならんのだがなぁ?

 姉さんならば私を捕らえた連中を全滅させた上で私を救出するくらいの事はやってのけるだろうからな……私は簡単に捕らわれて堪るかと思ったが、態と捕まって姉さんにコイツ等を壊滅して貰った方が手っ取り早いのではなかろうか……なぁ、秋五?」

 

「其れは確かにそうかもしれないけど、束さんが本気でブチキレたら箒を攫った相手を滅殺するだけじゃなく、周囲を焦土にしかねないから其れは止めた方が良いと思う……本気を出した束さんは全力全壊だから。」

 

「……そう言われると私は姉さんに愛されているのだと実感出来るのだが、改めて姉さんの凄さとぶっ飛び具合も感じてしまうな……だが、だからこそ姉さんの手を煩わせる事も無いか。

 秋五、一夜達が戻ってくる前に終わらせよう――少しばかり、驚かせてやろうじゃないか一夜達をな。」

 

「そうだね……其れも良いかも知れない。」

 

 

しかしその増援に怯む事はなく、逆に秋五達は闘気を高めて第二陣と向き合う。

同様の増援は真耶率いる教師部隊、亡国部隊の方にも出撃して来たのだが、教師部隊も亡国部隊も増援程度では揺るぐ事はなく、圧倒的な力の差をもってして増援を蹴散らす事になったのだった。

 

 

「増援……此の状況では自殺願望者が増えたに過ぎん!

 ならばその願望を叶えてやる……喰らえ、キン肉ドライバー!!」

 

「でもってオレはキン肉バスター……いや、アシュラバスターか?……まぁ、どっちでもいいが、そして――」

 

「ドッキングしてマッスルドッキングだ!!」

 

 

亡国部隊の方は、マドカとオータムが正義超人軍最強無敵の合体攻撃をぶちかまして敵二人を完全粉砕……姉と姉貴分の合体攻撃が強烈無比なだけでなく、スコールの轟炎によるシールドエネルギー貫通攻撃と、ナツキのフルバーストによって敵部隊の第二陣もあっと言う間に壊滅状態となったのであった――第二陣を戦闘不能にした後、マドカは学園島から飛び出して敵の本隊に向かう勢いだったのだが、其れはスコールとオータムで止めていた。

敵本隊が何処に居るのかはとっくに束が調べ上げているのだが、其の詳細は未だ伝えられていなかった――本隊の所在が不明なままでは、此度の一件を引き起こした連中を逃がしてしまう可能性があるのだが、束は其の可能性を考慮しつつもギリギリまで所在を明らかにする気は無かった。

 

 

「作戦は失敗したけど自分達は何とか逃げられる、そう思った先に現れたのは自分にとっての死の存在だった絶望を抱いて地獄に堕ちろよ、箒ちゃんを狙ったクズ共が。

 お前等は束さんを怒らせたんだ……楽に死ねると思うなよ?最大の苦痛を味わった上に、最大の絶望を喰らって死ね……ついでに言うと、地獄の閻魔と話を付けて、お前等全員、死んだら『冥獄界』行き確定だから。」

 

 

箒を狙われた事に対して束は完全にブチキレており、襲撃者に対して最大限の絶望を味わわせる為に、襲撃者本隊の所在を明らかにしなかったのだ。

 

襲撃者達は箒を狙った事で束を意のままに操るどころか、束の逆鱗に触れて最強最悪の『天才にして天災』の怒りを爆発させてしまったのだ――『篠ノ之箒を人質にすれば篠ノ之束を意のままに出来る』と考えた時点で詰んでいたのかも知れないが。

どんな形にしても、束が介入して来た時点で敵部隊は敗北決定と言って間違いないだろう――束は、其れだけの力を持っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

秋五達が現実世界で奮闘している頃、夏月は電脳世界にてヴィシュヌの記憶を取り戻し、新たに現れた巨大なモンスター『ライトニング・ゴッド・ミノタウロス』との戦闘を行っていた。

ポイズンスパイダーやロックゴーレムと言った此の世界での巨大なモンスターを遥かに凌駕する巨躯と、其の巨躯から繰り出される物理攻撃は一撃必殺レベルなだけでなく、魔法・特殊攻撃も強力だった。

 

 

『ウガァァァァァァァ!!』

 

 

高濃度に圧縮した魔力を一気に放っての雷攻撃は喰らったら一撃で戦闘不能は間違いないだけでなく、攻撃範囲も広いので全滅してしまう可能性も充分にあるだろう。

 

 

『確かに凄まじい雷だが、ISのコア人格となった私にはISのデータだけでなく様々な情報がデータとして記録されているのでな、其の雷を無効にする事位は朝飯前だ!』

 

 

だが、半実体化した羅雪が手を掲げると其の雷が反射し、逆にミノタウロスに大ダメージを与えていた。

 

 

「えっと、何やったんだ羅雪?」

 

『お前達の部活動の様子も見ていてな、遊戯王のカードもデータとして蓄積されているのだ。

 其の中にはお前達が使ったカードだけでなく、見た事のあるカードも含まれているのでな、今では最早使われる事はなくなったカードだが、『避雷針』のカードを使ったのだ。

 サンダーボルトを打ち返すカードは、雷系の魔法に対しても有効だったようだな。』

 

「其れはまた、何でもありですか……」

 

「突如現れた彼女は一体何者なのだろうか?身体が透けているが……」

 

「夏月の守護精霊かしら?」

 

「……守護精霊か。まぁ、あながち間違いでもねぇか。」

 

 

其れは羅雪内に蓄積されていたデータの中にあった遊戯王のカードを使ったモノだった――此処が電脳世界で、羅雪がISのコア人格であるからこそ可能な反則技と言えるだろう。

しかし、此のまさかのカウンターでミノタウロスには決定的な隙が生まれ、其の隙を突いて全員で猛ラッシュを掛け、夏月は拘束居合と空間斬撃の複合技である『無限斬』を使い、ヴィシュヌはバック転の踵蹴り上げから拳と肘と蹴りの超絶連続技を喰らわせたのだがミノタウロスは大ダメージを受けながらも未だ健在であり、倒し切るにはまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

「俺とヴィシュヌの攻撃だけでも100万近いダメージを叩き込んだと思うんだが其れでも死なないって、ドンだけHPあんだよコイツは……1000万か?其れとも一億か?」

 

『……どうやらこいつは召喚された英雄であるお前と、『覚醒したキャラクター』でなければダメージを与える事は出来ず、倒すには最低でも覚醒したキャラクターが四人必要な様だ――『覚醒したキャラクター』とは、記憶を取り戻したお前の嫁達と言う事になるのだろうが、そうなるとつまりは、ギャラクシー以外に最低でもあと三人の記憶を取り戻さねばコイツを倒す事は出来ないと言う事だな。』

 

「……ヴィシュヌの記憶は偶然のキスで取り戻せたけど、キスで記憶を取り戻すってのは結構難易度高いんだがな?」

 

『其処でショック療法だ。

 ショック療法自体はお前も試したのだろうが、此処は電脳世界であり、お前達の身体もデータによって構成されているので物理的なショックでは意味がない……必要なのは精神的なショックだ。』

 

「精神的なショックって言われても、如何すればいいのか……」

 

『……私はISのコア人格で、更に覚醒状態にあるので待機状態でもお前達の様子を知る事が出来るのだが、其れだけにお前達の『恋人の夜の営み』もバッチリ目撃してデータとして記録しているのでな……そのデータを直接更識達に叩き込む!!』

 

「堂々と見てんじゃねぇよ!目を逸らせよ!コア人格の世界に戻ってろよ!姉に目撃されてたとか最悪極まりねぇだろ馬鹿野郎!」

 

 

ミノタウロスは可成りの難敵であり、倒すには『最低でも覚醒した英雄が四人必要』であり、覚醒した英雄とはつまり記憶を取り戻した楯無達なのだが、『キスで記憶が蘇る』となると難易度が高いので、簡単ではない。

だがしかし、此処で羅雪がまさかの一手を打ち出して来た――夏月と嫁ズの『深夜放送限定』、『禁則事項』、『未成年閲覧禁止』、『検閲により削除』な『夜のISバトル』の記録を楯無達に叩き込んだのだ。

 

其れを受けた楯無達は全員が一気に赤面してオーバーフロー。

自身と夏月が愛し合っている光景が無修正で叩き込まれ、更に音声に所謂『ピー音』が入らずに淫らで、しかし愛故の言葉を口にしている音声が再生されたとなればオーバーフローするのも致し方ないだろう。

無論一時的に無防備な姿をミノタウロスに晒す事にはなってしまうのだが、其処は夏月とヴィシュヌがフォローし、ヴィシュヌの攻撃で装備品スキルの『フリーズ(2ターン行動不能、スピードダウン)』が発動してミノタウロスの動きを止めたのだった。

 

 

「ちょっ……な、なんてモノを送り込んでくれるのよお義姉さん!さささ、流石に素面の時にこんなモノ脳内で強制再生させられたら脳ミソバグるわよ!?」

 

「此れほどまでに私を乱れさせ狂わせた夏月は、流石と言うべきなのかな……こうして改めて脳内で映像が再生されると恥ずかしい事この上ないが。」

 

「亡国機業のエージェントとして、ハニトラを行う訓練も受けてるからあっちの方の耐性は付いてた筈なんだが、其のオレがあんなになっちまうとは……お前マジでドンだけ絶倫なんだよ!」

 

 

だが、其の効果は絶大で楯無達は一気に記憶を取り戻す事になったのだ……精神的なショックならばもっと別にあるような気がしなくもないが、取り敢えず全員無事に記憶を取り戻す事が出来たのは僥倖だったと言えるだろう。

 

 

『効果は抜群だっただろう?』

 

「記憶を取り戻す代わりに色々失ったモノも多い気もするけどな……まぁ、今は状況が状況だから其れに関しては横に置いておくが、此の件が解決したら後で全員でコア人格の世界に行くから其の心算でな?」

 

『……心得ておこう。』

 

「さてと……記憶は取り戻した訳だが、楯無達は状況理解している?」

 

「ショックが大き過ぎて理解していないけれど……此処は一体何処なの?

 巨大なミノタウロスに私達の此の格好……シミュレーターでチーム模擬戦をしようとしていた筈なのに、どうして私達はこんな所に居るのかしら?……しかもさっきまで私達は本来の記憶がなかったのよね?」

 

「まるでゲームの世界……でも此の衣装はとっても良いから今度コスプレ衣装で作ろうかな……」

 

「此の状況で其れを言えるアンタの肝っ玉のデカさに少し驚きだわ。」

 

 

記憶を取り戻した楯無達だったが今の状況は理解していなかったので、夏月は簡単に現在の状況を説明した。

シミュレーターが外部ハッキングを受けて楯無達が使用した瞬間に楯無達の意識を電脳世界に閉じ込めてしまった事、夏月は楯無達の意識を取り戻すために電脳ダイブを行って此処に居る事、現実世界ではIS学園が何者かからの攻撃を受けているであろう事、現状で分かっている事の全てを伝えた。

 

 

「まさかのリアルソードアートオンライン状態だったんだ……でも、どうやったら此処から現実世界に戻る事が出来るんだろう?」

 

「その答えは目の前のバカでかいミノタウロスだ。

 羅雪が言うにはコイツをぶっ倒すには『覚醒したキャラクター』ってのが必要で、其れは記憶を取り戻したお前達の事なんだが、全員が記憶を取り戻した状態でコイツをぶっ倒せば其れで終いって事だとも言えるだろ?

 現実世界に戻る事は出来なくとも、撃破する為の条件が設けられている以上は、コイツをぶっ倒せば何か起きるのは間違いねぇ筈だ。」

 

「イキナリ馬鹿でかいボスとの戦闘……ミノタウロスって頭は牛だから食べたら美味しいのかも。」

 

「グリフィン、ミノタウロスを食おうと考えたのは多分お前が初めてだと思うぜ……南米には牛の頭を丸ごと焼いた『ワイルドバーベキュー』ってのがあるのは知ってるけどよ。」

 

 

状況を理解し、そしてこの巨大なミノタウロスを倒せば何か起きると聞けばやる事は一つだ。

此処でミノタウロスに掛かっていた『フリーズ』の効果も消えて、ミノタウロスは圧倒的な巨躯から破壊力抜群の攻撃を繰り出して来たのだが、記憶を取り戻して本来の力を発揮出来るようになった楯無達には脅威となる相手ではなかった。

剛腕から繰り出される拳打も、巨木のような足での蹴りも、口から発射される光線も、各種属性の魔法攻撃、それら全てを回避してミノタウロスに攻撃を叩き込んで行く。

 

確かにこの『ライトニング・ゴッド・ミノタウロス』はHPをはじめとした全てのステータスがぶっ飛んだレベルで高いのだが、其れでも先の絶対天敵との戦いで相手にした怪獣型と比べれば少しだけ劣る上に、電脳世界ならば死ぬ事はないのでマッタク恐れる相手ではなかったのだ。

加えて記憶を取り戻した事で楯無達は専用機の武装やワンオフアビリティを使用可能になっており、ファニールが歌によるバフを掛けて攻守速を強化するだけでなく、ファニールの両脇で鈴と乱が圧縮空気の壁を作ってファニールの歌声に指向性を持たせて『歌の槍』としてミノタウロスに喰らわせていた。

 

 

『ウガァァァァァァァ!!』

 

 

圧巻の猛攻でミノタウロスは右腕を斬り落とされてしまったのだが、其処は流石のボスキャラと言うべきか、すぐに腕を再生しただけでなく、再生した腕には再生前にはなかった巨大な棍棒が握られていた。

此の巨躯で振るわれる棍棒の破壊力は凄まじく、喰らえば一撃でHPが尽きてしまうだろう。

 

 

「再生したところ申し訳ないが、もうおしまいだぜ……ぶちかませ、楯無!ダリル!!」

 

「はいはーい、準備はバッチリよ!」

 

「此れで終いだデカブツ……消え去りやがれ!!」

 

「「メドローア!!」」

 

 

しかし此処で夏月組の最強攻撃である楯無とダリルによる氷と炎の対消滅攻撃が放たれ、其れを喰らったミノタウロスは上半身が一瞬で消滅し、残った下半身も対消滅攻撃の余波で消滅した。

対消滅攻撃は直撃せずとも、余波でも十二分の破壊力があり東京スカイツリーを圧し折る事が可能なのである。

 

ともあれ此れでミノタウロスは撃破したのだが、ミノタウロスを撃破した次の瞬間に周囲の景色が粒子化して消え始めた――夏月の読み通り、ミノタウロスを撃破した事で電脳世界が、『ワールドパージの世界』が崩壊を始め、夏月達は現実世界へ帰還するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あ……戻って来たのか?」

 

「そうみたいね……」

 

「夏月!会長さん!良かった、戻って来たんだね……!」

 

「必ず戻って来るって約束したからな。」

 

 

電脳世界から現実世界に帰還した夏月と楯無達だが、だからと言って休んでいる暇はない――静寐達からIS学園が現在於かれている状況を聞くと、すぐさま専用機を展開して戦場に……は向かわなかった。

と言うのも束から通信が入り、『今回の一件を引き起こした一団の本隊の居場所が分かったからそっちを叩きのめして』と頼まれたので、夏月組は学園島から出撃して太平洋の沖に停泊している敵の空母に向かって行ったのだ。

 

IS学園の方では敵部隊を秋五達が完封状態だったので、本隊を撃沈すれば其れで今回の一件はお終いとなる。

 

 

「見つけた……アレか!!」

 

「IS学園の生徒会長としては殺しは御法度だけど、更識の長としては此れだけの事をしてくれた相手に情けも慈悲もないわ……せめて苦しまないように一瞬で終わらせてあげるわね。」

 

 

夏月達は其の空母を撃沈すべく夫々が攻撃態勢に入ったのだが――

 

 

 

――バッガァァァァァァァァァァァァァン!!

 

 

 

其の直後に空母が突如爆発炎上!

しかも其の炎上は空母全体を炎で包み込んでしまっていたので乗組員に逃げ場はない――全身火傷覚悟で燃え盛る炎に飛び込んで、その先にある海にダイブ出来れば生存出来るかもしれないが、全身を焼かれた状態で海水に浸かったら強烈な激痛で意識を失う可能性の方が高く、水上で意識を消失したら其れは『死』に直結するので、どの道助かる可能性は低いのだが。

 

 

「イキナリ爆発って……勝算は薄いと考えての自爆、じゃねぇよな?」

 

「そうではないと思うが……」

 

「だったら一体……ん?夏月君、アレ!」

 

「楯無?……ん~~……な~んか見えるぞ?アレは、ISか?」

 

 

突然の事に驚いた夏月達だったが、楯無が何かに気付き、上を見上げると其処には見た事も無いISが超長砲身の巨大なライフルを構えた状態で滞空していた――つまり、空母が爆破炎上したのは、此のISがライフルで空母のエンジンを撃ち抜いたからなのだ。

 

 

「……」

 

 

その謎のISは空母の撃破を確認すると、夏月達に一度顔を向けると其の場から去って行ったが、夏月達は其れを追う事はしなかった――謎の存在は気になるが、今は其れを追うよりもIS学園の方を優先すべきだと判断したからだ。

其れでも、此の謎の存在に関しては束に連絡を入れていた――束ならば相手の事を調べ上げてくれるだろうと思ったからだ。

 

ともあれ夏月達はIS学園に帰還し、そしてIS学園では秋五達が襲撃者達を全員倒していた――死者はゼロだが、関節が有り得ない方向に折れ曲がっている輩も居るので、場合によっては此れから先、日常生活を行うのが困難な人物が居るのは間違いないだろう。

 

 

「お~……派手にやったな秋五?」

 

「夏月、其れに会長さん達も戻って来てたんだ……だけど、今回は少なくとも現実世界では出番はなかったね夏月?……此れで、やっと君に一矢報いる事が出来たかな?」

 

「一矢報いるなんて言わずに、俺の首取りに来いよ秋五。其れ位の気概がなきゃ張り合いがないぜ。」

 

 

軽口を叩きながら夏月と秋五は軽く拳を合わせて互いの成果を称えた。

此れにより此度のIS学園への襲撃事件は終焉を迎え、学園島に上陸して来た敵部隊は全員が学園の地下にある地下牢送りとなって取り調べを受ける事となり、口を割らない相手に対しては夏月組が『更識流拷問術』で強引に口を割らせ、今回の一件の詳細を明らかにして行った――とは言え、本隊は壊滅し、リーダーも死亡しているので詳細を明らかにしたとて其処まで意味があるとは思えないが、少なくともIS学園を襲撃したらどうなるのかと言う見せしめにはなっただろう。

 

 

そしてその後、夏月達は夫々の専用機から羅雪のコア人格の世界にアクセスして羅雪がやった事に対してのクレームを入れた後に、戦勝会を行って大いに盛り上がったのだった。

 

 

 

「コイツ……いや、コイツ等って言った方が正しいかな?

 束さんの存在によって凍結されたと思ってたんだけど、束さんに気付かれる事なく水面下では計画は継続してたのか……『織斑計画』は――絶対天敵をぶち殺してお終いだと思ったけど、如何やらそうは問屋が卸さないみたいだね?」

 

 

そして同じ頃、空母が爆破炎上した画像を解析していた束は、空母を攻撃した相手が何者であるのかを看破していた――一発の狙撃で空母を爆破炎上させる事が出来るのは、相当な腕前がないと不可能だと考え、ダークウェブの更に奥とも言える『インフェルノウェブ』にアクセスして、其処で『織斑計画』の存続を知って、調べてみたら案の上だったのだ。

 

 

「何処までも業が深いね織斑は……だけど私は信じてるよかっ君しゅー君――君達と嫁ちゃんなら、どんな業であっても必ず乗り切れるってね。

 だから私は必要最低限の事だけさせて貰うよ……」

 

 

だが束は夏月達に必要最低限の情報をメールで送ると、新たな『織斑』に関するデータは全て削除した――だがしかし、其れでも新たな戦いの火種を消すには至らなかったのが現実だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode91『プロ世界でのタイマンバトルⅠ~The Fight~』

俺の相手……キレた赤毛じゃねぇよな?By夏月    名前の読みは同じだけど、違う筈よ?By楯無    限りなく近いが、別の存在さByロラン


「新たな『織斑』が誕生していたとはな……流石に予想外だったが、束さんも気付く事が出来なかったんだから俺達が気付ける筈ねぇよな?――束さんに出来ない事は地球人類には絶対に不可能だからな。」

 

「だけど、其れが納得出来るのが束博士なのよね……束博士は私達とは異なる『進化した人類』なのかもしれないわ。」

 

 

先のIS学園襲撃とワールドパージを行った一団の本隊にトドメを刺した謎のISを使っていたのは、水面下で再始動していた『織斑計画』によって新たに誕生した『織斑』である事が束から夏月組と秋五組に知らされていた。

 

再始動した織斑計画を束が知らなかった理由は単純明快で、束は自分の存在によって凍結された狂気の計画がその後どうなったかなどと言う事はマッタクもって興味がなかったからだ。

もっと言うのであれば、最初の織斑計画で誕生した一夏、秋五、千冬に興味を持ってしまったので『後は知らぬ存ぜぬ好きにしろ』と言った感じであったからだ。

 

 

「束が進化した人類だってのは兎も角として、アイツは如何して学園を襲撃して、オレ達の意識を電脳世界に閉じ込めた奴等をぶっ殺して、あの場から去りやがったんだ?

 オレ達に対して何かをする訳でもなかったし……束が言うには、織斑計画の研究者達は既に全員死んでんだろ?だったら、新たな織斑は何をしようとしてんだよ?」

 

「……織斑計画は最強の人間を、兵器として使える人間を作り出す計画だ。

 其の兵器が自我を持ち、更に倫理的なモノをマッタク教え込まれなかったとしたら、兵器としての本分を果たすべく目に映るもの、手に触れたモノ全てを破壊しようと考えても不思議はないかもな。

 更にそいつ等が俺達の事を知ってるなら、兵器として生み出されながらも人として生き、更には美人の嫁さん多数貰って人生謳歌してる俺や秋五に一方的な恨みを抱いて俺達の事を殺そうと考えても不思議はねぇ……だとしたら、あの時の艦船破壊は俺達への宣戦布告って事なのかもな。」

 

「新型の『織斑』からの宣戦布告とは予想外ね。

 其れにしても、更識でも再始動した織斑計画の詳細を掴む事は出来ていなかったのだけれど……其れに関しては、既に凍結された計画だと判断して其の後を調査しなかった事が原因ね……終わったと思っても其処で止めてはダメね。」

 

 

それはさて置き、新たな『織斑』が少なくとも友好的な存在であるとは言い難いだろう。

先の戦いで敵本隊の艦船にトドメを刺したのは結果的には援護になったモノの、夏月の予想通りに夏月達への宣戦布告であったのならば、何れ戦いは避けられないだろう――新織斑が何処に居るのかが分かれば其処に出向いて叩くだけなのだが、現状では所在が特定出来ていないので其れも難しいだろう。

更に新たに誕生した織斑は最初の織斑計画の時よりも技術が向上した中で誕生しているので夏月や秋五よりも基本能力では大きく上回っている可能性も十二分にあるのだ。

 

 

「まぁ、誰が相手だろうと俺達に牙を剥くってんなら相応の対応をするだけの事だ。

 新型って事は俺や秋五よりも性能は良いんだろうが、基本ステータスがドンだけ高くても実戦経験皆無じゃ意味はねぇ……基礎能力激強のレベル1じゃ基礎能力強のレベル1000には勝てねぇんだよ。

 ハッキリ言って、負ける気がしねぇ。」

 

「逆にアンタが勝てる気がしない相手って居るの?」

 

「リアルファイトでもISバトルでも勝てる気がしない相手はいないな。」

 

 

其れでも実戦経験が皆無であれば夏月達の敵ではないのだろう。

夏月組も秋五組も多くの実戦を経験して底力を引き上げており、夏月組は更識の裏の仕事にも携わっているので其の実力は秋五組よりも更に高く、秋五組の総合戦闘力が一億五千万だとしたら、夏月組の総合戦闘力は五十三億と言った感じなのだから。

 

何にしても夏月達は退く気は無く、新織斑が敵対行動を取るのであれば相応の対応をする、ただそれだけの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode91

『プロ世界でのタイマンバトルⅠ~The Fight~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の戦いが終結した後はIS学園は平和な日常を送っていた――其の日常の裏では地下にて、先の戦いでIS学園の捕虜となった兵士が地獄の拷問を喰らっていた訳なのだが、多くの生徒はそんな事は知らずに学園生活を謳歌していた。

一応、先の一件後に学園のセキュリティが再度見直され、束が『私が千人集まっても突破出来ないファイヤーウォール』を十連続徹夜と言う一般人には到底出来ない事をした末に構築し、更に同時進行でレーダーの感度引き上げ、感知範囲を学園島を中心に周囲半径10㎞まで拡大し、学園島防衛用に夏月組、秋五組、亡国組の戦闘データをインストールした最強クラスのアンドロイドIS『ガーディアン・ターミネーター』までをも開発して学園島の防衛に当たらせていた――濃密な十連続徹夜を終えた後、束は三十二時間目覚める事無く眠り続けた訳だが。

 

 

「一夜夏月入ります。」

 

 

そんなある日の事、夏月は放課後職員室に呼び出されていた。

夏月が何か問題を起こしたと言う訳ではなく、学園外から夏月に対しての動きがあったのだ。

 

 

「あぁ、来ましたね一夜君。」

 

「えっと、俺は何で呼び出されたんですか山田先生?」

 

「其れはですね……一夜君に試合の申し込みがあったんです。其れもプロの世界から。」

 

 

其れは夏月にプロのISバトルでの試合の申し込みだ。

夏月と秋五はタッグを組んでプロのISバトルの世界に鮮烈なデビューを果たしたが、デビュー戦後は絶対天敵との戦いが勃発した事でISバトルを行うどころではなくなり、夏月も秋五も前線に出ていたのでそもそも試合は不可能な状態だったのだ。

 

だが、絶対天敵との戦いが終結したのならば話は別だ。

実を言うと、デビュー戦後に夏月に試合を申し込もうとしてたプロ選手が一人居たのだが、絶対天敵との戦いが始まった事で試合の申請が出来ず、絶対天敵との戦いが終わった事で改めて試合を申し込んで来たのだ。

 

秋五の方には申し込みがなかったのかと思うだろうが、過去の彼是が明らかになり、絶対天敵との戦いに於けるラスボスと化しても『織斑千冬』の『ブリュンヒルデ』のネームバリューは健在だった――近接ブレード一本でモンドグロッソを二連覇した雄姿は未だにIS操縦者の中には強烈に刻まれており、そんな千冬の弟である秋五との試合に名乗りを上げるプロISバトラーは中々居なかったのだ。

 

 

「試合ですか……相手は?」

 

「現在の日本ランキング三位の『八神伊織』ですね。

 学園のOGで、卒業後は国内のISシェア第二位の『徳川開発』に就職して企業代表になって専用機を受領しています……私も現役時代に試合をした事がありますけれど、アスリートとしては相当に強いですね。

 ハッキリ言うと、八神さんが三位なのは専用機の性能が二位と一位に劣っているからだと思います――徳川開発の専用機は、汎用性には富んでいますが、八神さんの力を最大限に発揮出来るかと言われれば其れは否です――八神さんは特化型だったので、汎用型では其の力を十二分に発揮出来ませんから。」

 

「本来の実力を発揮出来なくても日本三位か……自分に合った専用機を持ってたら間違いなく日本のプロでトップになってただろうけど、其れだけに相手にとって不足はないですよ山田先生。

 寧ろ俺にとっては最高の相手です。」

 

「それじゃあこの試合は受けると言う事で良いですね?」

 

「勿論です。

 それと、秋五に挑まなかった連中に一括で連絡入れて貰っても良いですか?……『ブリュンヒルデの影に怯えてるようじゃ話にならない』ってね。」

 

「それは……とっても良いですね♪」

 

 

夏月の相手は現在の日本ランク三位の実力者で、IS学園のOGでもあった。

其の実力は真耶も認めるほどであり、入学した直後に当時の生徒会長に挑戦状を叩き付けて勝利し、卒業までの三年間生徒会長の座を守り続けた猛者であり、完全な自分用の専用機があれば国家代表とも遣り合う事が出来るレベルだったのである。

 

予期せぬプロの世界での試合となった夏月だが、その顔には笑みが浮かんでいた――デビュー戦はタッグだったので、プロの世界では初となる一対一の試合である上に相手は日本ランキング三位の猛者と来ているのだから滾らない方が嘘と言えるだろう。

 

試合を承諾した夏月は、職員室から出る前に、真耶から学園時代の伊織の試合映像を受け取っていた――伊織が卒業したのは五年前なので、現在の伊織とは異なる部分もあるが、其れでも戦い方の根本は早々変わるものではないので、夏月は楯無達と一緒にその映像を見て伊織の弱点を徹底的に明らかにしようとしたのだ。

 

 

「ちょっと待って、少し巻き戻して……其処でストップ。

 派手に吹っ飛んだように見えるけれど、此れは自分から後ろに飛んでダメージを逃がしているわね……機体は汎用型だけど彼女自身は完全なインファイターで、タイプとしては夏月君と同じだけれど、夏月君が攻撃型だとしたら彼女は防御型ね。

 近距離で戦いつつも鉄壁の防御で相手にクリーンヒットを許さず、カウンターを叩き込む――今止めたシーンでも自分で後ろに飛ぶ際に相手を蹴って飛ぶ勢いを増しているわ。」

 

「自分は後ろに飛んでダメージを逃がしながらも相手に蹴り入れてダメージを与えるとか中々の高等スキルを身に付けてやがるぜ……完全に自分専用の機体を使ってたら間違いなくぶっちぎりで日本のプロリーグでトップになってた筈だぜ?

 プロじゃなくて、国家代表の方に進んでたらモンドグロッソを制覇してたのは彼女だったかもしれねぇな……」

 

 

だが、映像を見る限りでは弱点らしい弱点は今のところ見つからず、戦闘スタイルが防御型のカウンタータイプであると言う事が分かっている程度だ。

防御型と聞くとシールドエネルギーを削り切って勝つのではなく、所謂『判定勝ち狙い』と思いがちだが、八神伊織の場合は防御を固めてジャブを確実に当てるのではなく、ガードだけでなく受け流しやダッキング、スウェーバック等々、あらゆる防御スキルを使って徹底的に被ダメージを小さくしつつも破壊力抜群のカウンターを叩き込んで相手のシールドエネルギーを削り切るスタイルなのだ。

カウンターは相手の攻撃が強力であればあるほど其の威力を増すので、攻撃型の夏月にとっては相性が悪いだけでなく、夏月の最大の必殺技は神速の居合であり、其れを躱されてカウンターを叩き込まれたら、其れこそ一撃でシールドエネルギーをゼロにされてしまうだろう。

 

 

「……ん?アレ、さっきの試合の映像でもカウンターが出始めたのって此れ位のタイミングだったような……気のせいかな?」

 

「如何した静寐、何か気付いたか?」

 

「あ、うん。

 大した事ではないかもしれないけど、八神さんってカウンターを繰り出すのが試合が中盤に差し掛かってからだなって思ったの――ある程度試合が進まないとカウンターを出してない気がしたんだ。」

 

「……確かに、言われてみれば彼女は試合の中盤以降にしかカウンターを使っていない……決定的な弱点を探す事に気が回ってしまっていたが、此れは大きな収穫だよシズネ!

 つまり、彼女は序盤は見に回って相手の動きを観察してカウンターのタイミングを計っていると言える訳だ……だが、逆に言えば其処に弱点がある。」

 

 

だが此処で静寐が八神伊織がカウンターを使い始めるタイミングに言及して来た――決定的な弱点を見付ける事に重きを置いていた楯無達は無意識の内にカウンターを使い始めるタイミングを無視していたのだ。

更に其れを皮切りにナギと神楽も八神の防御スキルとカウンターのクセに気付いた――短期間で夏月の嫁ズにまで上り詰めた彼女達の能力は凡百なモノではなかったのである。

 

其処からはとんとん拍子に話が進み、夏月は試合に向けてのトレーニングを重ね、其の実力を更に底上げするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其の一方で、夏月の対戦相手である八神伊織もまた試合に向けて入念な準備を進めていた。

夏月の学園外の公式試合の映像はデビュー戦のタッグマッチのみだが、学園内の試合の映像がないかと言われれば其れは否――学年別クラス対抗戦や学年別タッグトーナメントには学園外部からも観客がやって来ており、当然彼女が籍を置いている徳川開発も其れ等の試合を観戦に訪れており、その際に試合を録画しており、伊織はその映像を見て夏月対策を練っていたのだ。

 

 

「強いな彼は……防御スキルには自信があるけれど、此れは全てを見切ってカウンターを叩き込むには何時もよりも時間が掛かりそうだ……だが、其れだけに楽しめそうだな。

 絶対天敵を退けた其の力、試させて貰うよ。」

 

 

伊織は現在の自分のランクに不満はなかったが、四位以下の実力には正直なところ失望していた――ランキング四位以下の選手が決して弱い訳ではないのだが、伊織には楽に勝てる相手ばかりで、ランキング三位の地位を脅かす相手は居なかったのだ。

だが、此処に来て先の絶対天敵との戦いで大きな成果を挙げたIS操縦者が現れた――其れが、鮮烈なプロデビューを果たした夏月だったとなれば挑戦状を叩き付けずにはいられなかった。

日本のランキングの一位と二位には機体性能で劣るので現在でも勝利出来ていないが、其れでも年間試合数の限界まで挑戦していたので、強い相手との戦いを求めずには居られないのだろう。

 

 

「伊織ちゃん、お疲れ……今度の試合、勝てそう?」

 

「アタシは勝つ気で行くけど、正直今の機体じゃ勝つのは難しいだろうとも思う……今の機体は汎用性は充分なんだけど、アタシの力を十二分に発揮出来るかと言われたら其れは否だ。

 良い機体だとは思うけどアタシの力を120%引き出す事は出来てない……此れじゃあ一夜夏月には勝てない。」

 

「成程ね……だけど、そんな伊織ちゃんに朗報を持って来たよ。

 なんと、今度の試合に先駆けて徳川開発は完全な伊織ちゃん専用機の開発を行ってて、其れがもうすぐ完成するんだ――試合までは未だ時間があるから調整も十二分に行えるよ。」

 

「マジか!それは確かに朗報だわ!」

 

 

更に嬉しい事に、今度の夏月との試合を前に徳川開発が伊織用にフルチューニングした完全専用機を完成させようとしていたのだ。

此れは夏月との試合に合わせたと言う訳でなく、たまたまタイミング的にバッチリ合ったと言うだけで、徳川開発は伊織用の専用機の開発は以前から計画されていたのだが、完全に伊織専用にする為には膨大なデータが必要になるので、先ずは汎用型の専用機で徹底的に、其れこそ年単位でのデータ収集を行ってから完全専用機の開発に着手し、此度夏月との試合前に完成の目途が立ったのだ。

加えて試合までに調整をする時間も十二分に用意されているので、伊織は本当の意味で120%の力をもってして夏月との試合に臨む事が出来ると言う訳である。

更に、此の機体は徳川開発の中でも開発チーム以外には秘匿されており、伊織のマネージャーも今しがた聞かされたばかりであり、『伊織以外には口外しない事』と念を押されていた。

 

 

「其れと分かってると思うけど伊織ちゃん、此の機体の事は……」

 

「分かってる、『口外するな』でしょう?

 一夜夏月、彼はきっとプロとしての私の試合映像なんかを見て研究してくるだろうけど、自分の知ってる機体と違う機体で出て来たら驚くだろうし、事前の対策が通用しないかもと思わせる事が出来たら儲けもの……僅かでも動揺すれば、其処に必ず隙が生まれるモノだから。」

 

 

当然此の機体は試合当日まで明らかにされる事なない――尤も束ならば此の新型機の詳細を調べ上げる事は可能なのだが、束は此の新型機の存在を知りながらも其れを夏月達に伝える事はしなかった。

此れが戦争ならば伝えているのだが、あくまでも今度行われるのは試合であり、試合であるのならば試合当日のサプライズもエンターテイメントの観点からすれば全然アリなのだ。

なによりも束は新型機の情報を伝える事を夏月が望んでいないと分かっていた――夏月は一夏だった頃から試合前に事前の調査はするモノの、当日に突然相手が変わったら其れは其れで楽しんでいる節があったからだ。

加えて、束自身が初見の機体に対して夏月が如何戦うのかを楽しみにして居るのである――だから伊織の新型機は試合当日、更には試合が始まる其の時まで関係者以外は誰も其の詳細を知る事が無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日、東京をはじめとして日本全国に合計十二個存在している『ISバトルアリーナ』のうち、夏月と伊織の試合が行われるのは大阪の『K〇NA〇Iバトルアリーナ』(以下『大阪会場』と表記)だった。

嘗てはプロ野球の『大阪ドーム』として存在していた球場だったのだが、近年ではサッパリ使われなくなったところをK〇NA〇Iが買い取ってISバトル用のアリーナに改築した会場だ。

会場のキャパシティは東京アリーナの倍であり、現在の日本国内のISバトル会場としては最大規模であり、国内のISバトルの聖地とも言われており、現在の日本のプロISバトラーにとって、大阪会場で試合をすると言うのは最大の憧れでもあった。

そして此の日、IS学園は自由登校となっており、事前に申請してた希望者は大阪会場に試合の観戦に来ていた――希望者分のチケットは学園側で用意したので生徒の出費は東京から大阪への新幹線代だけである。

 

大阪会場は会場外に、大阪名物の『タコ焼き』、『お好み焼き』、『串カツ』の屋台が出店しており、夏月の応援にやって来た生徒達も試合前に屋台グルメを堪能していた。

 

 

「右手にネギま、ブタ玉ねぎ、ウズラの卵、ウィンナーの串カツを苦無のように持って、左手にはタコ焼きとお好み焼きと焼きそばのパックを装備……してる状態で更にジャンボ串焼きの屋台で全品注文してるグリフィン――何時も通りね。」

 

「グリフィンはアレがデフォルトだろうタテナシ。

 しかし、タコ焼きとお好み焼き、そして焼きそばにマヨネーズは素晴らしく美味だ……このソースとマヨネーズの何とも言えない絶妙な組み合わせが最高じゃないか!」

 

「ソースとマヨネーズの組み合わせも日本人が生み出した美味しい組み合わせよね……そもそもにして、マヨネーズを進化させたのも日本人なのよね?

 辛子マヨネーズや明太子マヨネーズは市販されてるレベルだし……私的には味噌マヨネーズはガチ最強だと思ってるわ。」

 

 

楯無達も屋台グルメを堪能した後に夏月の控室に向かって行った。

其の控室で夏月は試合前に精神を集中していた――

 

 

「……試合前なのに食べるわねぇ?」

 

「普通なら自殺行為だけど、強化人間の夏月は脅威的な消化能力とエネルギー変換能力を持ってるから寧ろこれは良い事……『グラップラー刃牙』の主人公の刃牙と同じ。」

 

 

と言う事はなく、大きめのタッパに詰められたおじや、大量の梅干し、そして炭酸を抜いたコーラを平らげたところだった。

試合前に食事と言うのは普通ならば有り得ない事なのだが、織斑計画で生み出された夏月は食べた食物を即時消化してエネルギーに変える事が可能となっており、そう言う意味ではエネルギー源となる炭水化物である米を消化し易く柔らかくした『おじや』、疲労回復と活力強化の効果があるクエン酸を多く含んだ『梅干し』、エネルギー源であり脳の働きを助ける糖分の塊である『コーラ』の組み合わせは最強の食事なのである。

 

その食事を終えた夏月は、控室のソファに寝転がるとあっと言う間に眠ってしまった――試合ギリギリまでエネルギーを溜め込む気なのだろう。

 

 

「試合前に飯喰らって更に寝るとかドンだけ肝が据わってんだテメェは……負けんじゃねぇぞ……っ!?」

 

「如何したのダリルちゃん?」

 

「いや、コイツの身体スチームみたいに熱くなってる……だけど汗は掻いてねぇ……まるで、エンジンが何時でも動けるように予め温められたってところなのか此れは……?」

 

 

何気なく夏月の額に触れたダリルは、其の熱に驚かされたが、眠っている夏月の表情は穏やかで、其の熱に苦しんでいる様子はなく、寧ろ其の熱ですらエンジンの暖機運転のようなモノであったのだ。

 

 

そして其れから十数分後――

 

 

『一夜夏月選手、第一ピットルームに移動して下さい。』

 

「……あふ、いよいよか。少し待ちくたびれたぜ。」

 

 

控室に夏月にピットルームへの移動を伝える放送が入り、其れを聞いた夏月は目を覚まして一つ伸びをすると、手で顔を叩いて目を覚ますと同時に気合を入れる。

 

 

「夏月君、多くは言わないけれど……勝って来て、其れだけ。其れが私達の総意だから。」

 

「楯無……勿論、俺は最初から勝つ気しかねぇよ――試合する前から負ける事を考える奴は居ねぇ、だろ?」

 

「確かにその通りね……なら、最高の勝利を私達にプレゼントしてくれるかしら?」

 

「OK。最高の勝利を皆にプレゼントするよ。」

 

 

そうして夏月はピットルームに向かうと羅雪を展開してカタパルトに入り――

 

 

「一夜夏月。騎龍・羅雪、行くぜ!」

 

 

アリーナへと飛び立ち、夏月がカタパルトから現れると、会場は割れんばかりの歓声に包まれたのだが、続いて伊織がカタパルトから現れると、一転して会場は静まり返った。

其れも其の筈――伊織が纏っていたのは、此れまで使っていた機体とは全く異なる機体だったのだから。

 

全身装甲の其の機体は細身でありながら、しかし力強さを備えた、西洋の騎士と日本の侍を融合した見た目をしていた――此れこそ、徳川開発が『完全伊織用』として完成させた新型機『スサノオ』だったのだ。

日本神話に於ける最強最大の怪物である『八岐大蛇』を倒した『須佐之男命』の名を冠したのは、其れだけ其の機体性能に自信があり、同時に伊織の実力を信じての事だろう。

 

一方の夏月は、試合映像とは異なる機体で来た事に驚きはしたモノの……

 

 

「(ここで新型とは大盤振る舞いしてくれるじゃないか……逆に燃えて来たぜ!)」

 

 

怯む事はなく、逆に胸の奥の闘魂が起爆して一気に闘気が高まっていた。

夏月も伊織も全身装甲の機体で唯一あらわになっている口元に笑みをたたえて試合の開始の合図を今か今かと待っていた――試合開始前から既に『気組み』の状態となっており、見る人が見れば、ぶつかり合った闘気が発する火花放電を見る事が出来ただろう。

 

 

『一夜夏月vs八神伊織!ISバトル、ドライブイグニッション!!』

 

 

そして試合開始が告げられ、夏月と伊織は同時に地を蹴って上空に舞い上がる。

 

 

「行くぜ……初っ端から全力でな!!」

 

「来い一夜夏月……持てる力の全てを出して来い!そうじゃなければ私を倒す事は出来ないぞ!!」

 

「言われるまでもねぇ……出し惜しみなしの全力全壊で行ってやるぜ!!」

 

 

こうして始まった夏月と伊織の試合は、先ずは激しい空中戦が展開されるのだった――但し、其の戦闘はハイレベル過ぎて一般の観客には何が起こってるのか分からないので、オーロラヴィジョンにスロー映像が流されると言う異例の事態になってしまったのだが。

 

 

「始まったか……」

 

「事前情報なしの新型を相手に、お前が如何戦うか見させて貰うぞ。」

 

 

初っ端からの熱い展開に盛り上がる会場の中、立見席にはフードを目深に被った者やサングラスやバイザーで目元を隠した男女の姿もあった――言うまでもなく再始動した『織斑計画』によって誕生した新たな『織斑』達であり、其の視線はアリーナで戦っている夏月に向けられてたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode92『プロ世界でのタイマンバトルⅡ~Limit Off~』

プロ二戦目、エンジン全開で行くぜ!By夏月    エンジン全開……更に『リミッター解除』を発動するわ!By楯無    夏月の攻撃力が10000を超えたねByロラン


大阪会場での夏月vs伊織のISバトルは会場が超満員札止めの満員御礼となっていた。

世界初の男性IS操縦者である夏月と、現在の日本ランキング三位の伊織の試合となれば注目されるのは当然と言えば当然なのだが、加えて伊織の実力の高さも其れに拍車を掛けていただろう。

伊織は現在日本ランキングの三位だが、其れは機体性能が自分のバトルスタイルに合っていなかったからであり、完全な専用機を持っていたのならば間違いなく日本ランキング一位になっていた猛者なので、其れが男性初のIS操縦者にて、先の絶対天敵との戦いで大きな戦果を挙げた夏月と戦うとなれば注目度は凄まじく、観客動員数は夏月と秋五のデビュー戦を上回っていた。

 

当然各種メディアも此の試合に注目しており、NHKと民放五局は当然としてBSの各種有料チャンネルや海外メディアも駆けつけて生中継を行い、スポーツ関係の雑誌記者もカメラマンと共に多数集まっていたのだ。

 

 

「すっごい熱気っすけど、ぶっちゃけ此れって試合になるんすかダリル?

 夏月の実力はアタシ等の中でも飛び抜けてるじゃないっすか?如何に相手が日本ランキング三位と言っても、マジの戦場を経験しまくってる夏月には敵わねぇと思うんすけどねぇ?」

 

「まぁ、何でもアリの戦場で戦えば夏月が間違いなく勝つだろうな。

 だが夏月は何でもありの戦場は数え切れない位経験してるが、逆にルールが有る試合の経験はクラス代表決定戦とクラス対抗戦、タッグトーナメントとデビュー戦位で極端に少ねぇんだ。

 戦場では使える手段は無限にあるが、ルールが定められた試合だとルールで認められてる事しか出来ないある意味での縛りプレイな上に、騎龍には競技用リミッターが掛かってるから機動力と防御力は其のままに、攻撃力はリミッターなしの時の一割にまで落ちてんだ……其れを考えると流石に瞬殺は無いだろうな。

 相手の方もまさかの試合当日に新型持ち出して来たしな。」

 

「あ……成程。」

 

「ルールと言う名の制限……此れは意外と大きいのよね実は。」

 

 

そんな中、フォルテは夏月の実力を知る者として『試合が成立するのか?』と疑問を持ったのだが、其れはダリルの説明で納得し、楯無も『ルールの在る試合』とルール無しの戦場の差は意外と大きいと言っていた。

事実、『何でもありのバーリトゥード』で名を挙げた選手がプロレスに転向すると、バーリトゥードではOKだった攻撃がプロレスでは反則カウントを取られてしまって本来の力を出す事が出来ず、鳴かず飛ばずになってしまったと言う例は少ないくないのだ。

 

 

「まぁ、夏月ならば其れでも勝ってくれる筈さ。

 試合に向けてやるべき事は全てやったんだ……なれば、私達がすべき事は彼の勝利を信じて全力で応援する、其れに尽きるだろう?……彼を全力で応援して勝利に導き、勝利の女神となろうじゃないか。」

 

「と言う訳で、応援グッズ作って来たから使って。」

 

「簪、アンタいつの間にこんなモノ作ってたのよ?

 てかメガホンや夏月の名前入りのタオルは兎も角として、団扇やペンライトは応援グッズじゃなくてアイドルのライブ用グッズじゃない?……まさかとは思うけどチアガール衣装とか作ってないわよね?」

 

「作ろうと思ったけど私と鈴が惨めになるからやめた。」

 

「アンタねぇ、アタシと比べりゃ十分あるでしょうが!

 そもそもにして楯姐さんをはじめとして比較対象が間違ってんのよ!アンタが貧乳ならアタシはなによ!無乳か?其れとも盆地胸か!まな板か!!」

 

「鈴、少し落ち着きなさいよ……胸の大きさなんてそれほど重要じゃないでしょ?」

 

「ファニール、アンタが其れを言うなぁ!短期間で急成長してからにぃ!ガチで呪殺するわよ、此の即席ホルスタインがぁ!!」

 

 

観客席では簪がオタクスキルを全開にした応援グッズを披露したり鈴が暴走し掛けたりしたのだが、試合が始まると其れも落ち着いて視線はバトルフィールドに注がれていた。

 

試合開始が告げられても夏月と伊織は動かず、先ずは気組みの状態になった後に激しい空中戦が展開される事となり、一般人には目で追えない戦いが行われ、各種メディアは急遽ハイスピード撮影も同時に行う事になり、雑誌カメラマンはデジタル一眼をオートシャッターにして撮影する事になったのであった――逆に言えば、其れだけ夏月と伊織の戦いがハイレベルである事の証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode92

『プロ世界でのタイマンバトルⅡ~Limit Off~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超ハイレベルな空中戦を行っている夏月と伊織の両者は、攻撃の夏月と防御の伊織と言う展開……にはならず、両者とも互いに近距離で打ち合うバッチバチのインファイトとなっていた。

夏月も伊織もメイン武装は日本刀型の近接ブレードでありインファイトでこそ其の力を十二分に発揮出来るのでクロスレンジでの戦いになるのは夏月も伊織も織り込み済みだったが、夏月は伊織が真っ向から打ち合って来た事に驚いていた。

此れまでの伊織の試合映像を見る限りでは、伊織は序盤はガードを固めて相手の攻撃を見極め、中盤以降にカウンターを叩き込むスロースターだったのだが、此の試合ではガードを固めずに真っ向から攻めて来たのだから驚くのも止む無しだろう。

 

 

「せりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「どっそぉぉぉい!!」

 

 

何度か切り結んだ後に、夏月の抜刀切り上げと伊織の斬り下ろしが交差して火花を散らし、エネルギーが飽和状態となって爆発した事で否応なしに互いに間合いを離す事となった。

 

 

「(彼女がカウンター型だってのはあの映像を見る限りじゃ間違ってなかったが、本当の意味での専用機を手にした彼女には間違いだったみたいだな?

  今ので確信したが、彼女は本来はクロスレンジでガンガン攻めるタイプだったんだろうが、プロになって与えられた専用機じゃ其れが出来なかった。

  機体が彼女の反応速度に付いて行けなかったから真っ向から攻める事が出来なくなって、最小限の動きで最大のダメージを叩き出せるカウンターを使うようになったって訳か……だが、コイツは思った以上に厄介な相手だぜ。

  真っ向勝負も出来るだけじゃなく、カウンターも使えるとなると俺も必殺技を切るタイミングを間違えたらジリ貧間違いなしだ……だが、プロの世界にこんなに強い人が居たってのは嬉しい事だぜ……!)」

 

「(強い……実力的には今の日本ランキング一位と二位を遥かに凌駕している……此れまでに私が出会ったどんな相手よりも強いのは間違いない。

  流石は絶対天敵との戦いに終止符を打っただけの事はある……だけど、負ける気はない……勝ちに行くよ!)」

 

 

伊織は此れまでの戦い方から『カウンター型』だと夏月達は考えていたのだが、完全専用機を手にした伊織はカウンター型ではなく、バリバリの近接戦闘ファイターだったのだ……更には其のカウンターも己の力を十二分に発揮出来ない機体に乗ってからこそ磨かれたモノなので、完全な専用機を使えばカウンターの威力と精度も大きく上がり、其れ故に今の伊織は『攻撃型のカウンター』と言う一見すると矛盾した戦闘スタイルを使っているのである。

 

 

「此の試合で全く新しい専用機を持ち出して来るとは、狙った訳でなく偶然なのだろうけれど夏月にとっては最悪のタイミングとなってしまったね?

 私達は彼女の過去の試合映像から対策を練った訳だが、その対策が今の彼女の戦い方には全くと言って良いほど役に立たなくなってしまった……だからと言って夏月が負けるとは思わないが、其れでも難しい戦いになるのは間違いないだろうね。」

 

「確かに事前の対策はほぼ無意味になってしまったけれど、だからと言って全く無意味と言う訳でないわよロランちゃん。

 夏月君は私が知る限りでは間違いなく更識のエージェント最強と言えるわ……そんな彼が此の程度の予想外で焦る事はないわ――寧ろ、真の力を出せるようになった彼女に闘気が燃え上がっているんじゃないかしら。」

 

「アイツ、昔から相手が強ければ強いほど燃えるタイプだったからねぇ……此処に来て新しい専用機ってのは予想外だったけど、夏月的には此の展開は寧ろ美味しいモノだったと言えるかもしれないわね。」

 

 

楯無達は夏月と伊織の戦いを最初から肉眼で追う事が出来ていたのだが、人間の身体とは中々に高い適応力があるらしく、試合開始から五分が経つ頃には一般の観客も夏月と伊織のハイスピードバトルに目が慣れて肉眼で其の戦いを追う事が出来るようになっていた。

互いにクリーンヒットを許さないシールドエネルギーの削り合いになっている試合は、其れこそ一瞬の判断ミスが敗北に直結すると言っても過言ではないだろう。

 

 

「(彼の攻撃は袈裟斬り、払い斬り、斬り下ろしを基本とした剣技のバリエーション……デビュー戦では居合を使っていたけれど、其れを使ってこないのは其の余裕がないのか――だけど居合以外の攻撃のタイミングは全て覚えた。

  次に振りの大きな攻撃が来たらカウンターを叩き込む……!)」

 

 

そん中で伊織は居合以外の夏月の攻撃を見切り、カウンターのタイミングを計っていた。

ガンガンとクロスレンジで打ち合う中で夏月に対しての完璧なカウンターを叩き込む事が出来るのは何処かを理解し、そして最大のカウンターを叩き込む機会を待っていた。

 

だが此処で夏月は納刀した……其れを見た伊織は『遂に居合が来るのか』と身構えたのだが、その伊織に炸裂したのは居合ではなく鞘打ちだった。

鞘打ちではシールドエネルギーは其処まで削る事は出来ないが、伊織の態勢を崩す事は出来ており、鞘打ちを喰らわせた夏月は其処から身体を一回転させてから遠心力が加わった居合を伊織に叩き込んだ。

此れが楯無達と考えた事前策――『敢えてカウンターし易い大振りな攻撃を何度か見せ、カウンターを誘ったところに更なるカウンターを叩き込む』と言うモノだった。

本来ならば伊織がカウンターを使い始める試合中盤後に使う筈だったが、機体が変わり攻めるカウンターファイターに変貌した事で早い段階で此の一手を切る事にしたのだ。

そうして決められた鞘打ちによってカウンターのタイミングを崩されて無防備になったところに叩き込まれた遠心力が加わった居合のダブルカウンターとも言うべき一撃は強烈無比であり伊織も派手に吹き飛んだので、此れで試合が決まったと思った観客も居た程だった。

 

 

「……咄嗟に後ろに飛んでダメージを逃がしたか……あの状況で其の判断をする事が出来るとは、アンタマジで強いな?

 ……デビュー戦は正直な事を言うと少し拍子抜けだったんだが、此れほど強い人がプロの世界に居たとはな……最高だぜマジで……!」

 

「私も君みたいな強い人がプロの世界に現れたと言うのは嬉しい事この上ない……絶対天敵を退けたと言う事で強いとは思っていたけれど、其れでも私の予想を遥かに上回る強さだ。

 君とはトコトン遣り合いたくなったよ!」

 

「其れは俺も同じだぜ!!」

 

 

其の一撃を伊織は自ら後ろに飛ぶ事でダメージを最小限に止めたのだが、夏月も伊織もその顔には強者と出会う事が出来た事に対しての笑みが浮かんでいた。

夏月はプロの世界で初めて会った本当の強者が伊織であり、伊織にとっては夏月は久しぶりに現れたランキング戦の強敵であり、世界初の男性IS操縦者と言う事を抜きにして久しぶりに心が昂っていた。

此処で伊織はスサノオに搭載されているもう一本の近接ブレードを抜刀した――今まで使っていた近接ブレードと比べると長さは三分の二程度だが、長さの異なる二刀を装備した事で、伊織は長短二つの間合いを使い分ける事が出来るようになったのだ。

 

 

「長さの異なるブレードでの二刀流、其れがアンタの真髄かい?」

 

「今までの機体では使う事が出来なかったけれどね。

 だけど此のスサノオなら私の本当の力を出す事が出来るから使わせて貰うわ……君も近接ブレードを二振り装備しているんだ、遠慮なく二本目を抜くと良いわ。」

 

「普通に考えりゃそうなんだろうが、俺の二本目は二刀流用ってよりは予備の意味合いの方が強い。

 二刀流も出来るっちゃ出来るんだが俺は一刀流の方が強い……一刀流なら鞘を使っての疑似二刀流との切り替えも出来て便利だし、二刀流じゃ居合は使えないからな――師匠から教わった事を馬鹿みたいに繰り返し、テメェの一番の得意技を徹底的に鍛えたのが俺の剣だ。

 刀一本でも、二刀流にも三刀流にも六爪流にも負ける気はないぜ!」

 

「一刀流、そして居合こそが君の真髄と言う訳ね……そして君は其れに絶対の自信を持っている、か。

 プロの世界では誰しもが自分に自信を持って居るモノだけれど、その自信が過信や慢心である事も少なくないわ……だけど君の自信は実力に裏打ちされている――此処最近では久しく目にしなかった相手だけに嬉しくなるわね。

 勝っても負けても恨みっこなし!出し惜しみなしで行くわよ一夜夏月君!」

 

「全力全開もとい、全力全壊上等だぜ!!」

 

 

互いにイグニッションブーストを使って間合いを詰めると、其処から激しいクロスレンジの斬り合いが展開される。

二刀の伊織に対し、一刀の夏月は分が悪いように見えるが、羅雪のメイン武装である近接ブレード『心月』は日本刀と小太刀の中間の長さであり、其れによって日本刀より近く脇差よりも遠い間合いで戦う事が可能となっているのだ。

そして其の絶妙な間合いは伊織にとってはやり辛いモノだった――日本刀型の近接ブレードでは近過ぎるが、脇差型の近接ブレードでは遠いと言う間合いだったからだ。

完全に間合いを潰されたとなったら普通は其処でゲームオーバーだが、伊織はデータ収集用の機体を使いながらも日本ランキング三位に上り詰めた猛者なので此の程度では諦めない。

 

 

「疾っ!!」

 

「っとぉ!!」

 

 

何度目かの斬り合いで放たれた夏月の逆袈裟斬り上げをダッキングで躱した伊織は、其処から下半身のバネを最大限に発揮して夏月に渾身のアッパーヘッドバットを叩き込んだ。

近接ブレードでの斬り合いの最中に放たれたカチ上げ式のヘッドバットには夏月も対応し切れず、其れを真面に喰らってしまった上に、完全に下顎にヒットしてしまったのだ。

完璧に顎に喰らってしまったら其の衝撃で脳が揺れて立っている事すら困難になり、そうなれば多くの格闘技ではゲームセットになるモノで、ISバトルに於いても絶対防御が発動し、其れでも脳への衝撃はゼロにはならないので絶対的な隙が生まれてしまうのだ。

其の隙は時間にすれば長くて三秒程度なのだが、戦いの中で相手の動きが確実に三秒止まれば致命傷を与える事が出来ると言われているので、伊織にとっては絶対的な好機だったのだが――

 

 

「!!」

 

 

伊織は追撃せずにバックステップで距離を取った。

其れに観客の多くは疑問を持つ事になったのだが、絶対的な好機を自ら手放したのだから其れも当然だろうが、伊織が夏月から距離を取った理由は楯無達には分かっていた。

 

 

「彼女、ギリギリで留まったわね……あのまま攻め込んでいたら、其処で試合は終わっていたわ。」

 

「夏月は更識の仕事を熟す中で、何時の頃からか意識が飛ばされても反撃出来るレベルの反射神経を身に付けたからね……更に意識が飛んだ夏月はリミッター解除状態だから、ある意味ではさっきよりも強いかも知れないよ。」

 

「バーサーカーを目覚めさせちまったか……つってもバーサーカーモードは夏月が意識を取り戻すまでの繋ぎに過ぎねぇんだけどな。」

 

 

夏月は更識の仕事を熟して行く中で、無意識下でも攻撃出来る状態になっていたので、少しばかり意識が飛んだくらいでは大して問題ではなかったのである――逆に、意識が飛んだ事で防衛本能が刺激され、攻撃して来た相手には問答無用でカウンターを叩きこむくらいの事は普通に出来るのである。

 

 

「久しぶりに良い一撃貰っちまった感じだが……今の一撃は申し分なかったぜ伊織さん……だけど、今ので俺を倒す事が出来なかったってのはアンタにとってはアンラッキーだったな?

 今の攻撃はもう見切ったから間違っても二度目は俺には入らない……仕切り直しと行こうぜ伊織さん!」

 

「……あそこから戻って来るとは……本当に君は強いね一夜君……!」

 

 

激しい打ち合いの中で夏月が意識を取り戻し、闘争本能全開の野獣の如き苛烈な攻撃は形を潜めたが、闘争本能全開の闘気は其のままに理性を保っている矛盾した状態となっており、此の試合に於いて更にもう一段階上の強さを手に入れたのだった。

 

 

「(試合の中でもドンドン成長して行くか……でも、其れはきっと相手が強い場合に限られる……なら、私との試合中に成長してくれたってのは喜ぶべき事なのかもしれないけれど、だけど負けたくなく……勝ちたい!

  勝ってプロの世界の奥深さを彼に知ってもらいたい……プロの世界で競い合いたい……!!)」

 

「(ガチでつえぇな此の人……ルールのある試合は学園でも何度か経験してるが、学園の生徒とプロだとやっぱり差があるな?

  国家代表や代表候補生とはまた違った強さがある……プロの世界では魅せる戦いも必要だって聞いてたけど、此の人はエンターテイメントを意識してないのに魅せる戦いが出来てる――本物のプロって奴か。

  ルールのある戦いなんてのは少しばかり温いと思ってたんだが、其れは間違いだった……ルールの中で出来る事を最大限に使える人との戦いは気が抜けねぇ……俺は此の人に勝ってプロの世界でも更に上に行く!)」

 

 

其処から再開された近距離での激しい攻防は其れだけで観客の目を引き付けていた。

一応羅刹にもスサノオにも射撃武器は搭載されているのだが、夏月も伊織も近距離でバリバリ戦っている中で射撃武器を使うのは野暮だと考えて使用すると言う選択肢を頭の中から排除していたのだ。

ガッチガチの近接戦闘でブレードが火花を散らし、時には蹴りや拳も混じり、しかしながら互いにクリーンヒットは許さずシールドエネルギーの削り合いとなっており、其れが観客の目を惹きつけていたのだった。

 

 

「ルールが有る試合とは言え、夏月と互角にやり合うとは、彼女の実力は相当なモノだね?……完全に拮抗している此の戦い、果たして勝つのは何方だろうね?」

 

「完全に拮抗しているからこそ、一瞬の拮抗は崩れる事になる――其の時、天秤が何方に傾くかが勝負の分かれ目となるわ。」

 

「夏月、負けんじゃねぇ……オレの旦那ならプロの世界の強者にも勝って見せやがれぇ!!」

 

 

其の打ち合いの中で先に仕掛けたのは伊織の方だった。

間合いを詰めてから脇差型の近接ブレードを逆手で斬り上げた――其れを夏月はギリギリで躱したのだが、近距離での斬り上げに一瞬虚を突かれて無防備になってしまったのだ。

其処に斬り上げた脇差型近接ブレードを振り下ろし、更に日本刀型の近接ブレードを斬り上げる変則的な十字斬りを炸裂させる――其れは決まれば大ダメージとなるだろう。

伊織も此れで決まると思ったのだが

 

 

 

――フッ……

 

 

 

「え……?」

 

 

決まると思った其の瞬間に夏月の姿が消え、次の瞬間に無数の斬撃が伊織を襲った。

此の土壇場で夏月は羅雪のワンオフアビリティをイグニッションブーストともに発動し、必殺の『見えない空間斬撃と居合』を放ったのだった――防御も回避も初見では不可能な攻撃だけに、伊織は得意のカウンターを使う事も出来ずに全ての攻撃を喰らってしまい、シールドエネルギーがエンプティになって試合終了!

 

 

『けっちゃーく!!Wiener、一夜夏月!!』

 

 

そして試合終了を告げる場内アナウンスに会場は一気に沸き大阪会場は最大級の熱気に包まれた。

 

 

「まさかあのタイミングで見えない攻撃を仕掛けて来るとはね……完敗だわ一夜君。」

 

「いや、あそこでアレを使わなかったら俺は負けてた……其れこそ、発動が刹那遅かったらな……本当にギリギリの勝利だったぜ――だけど、本当に強かったぜ伊織さん。

 俺のシングルデビュー戦の相手が貴女だった事に感謝だな……ありがとうございました!」

 

「私も、君と戦えて良かった……だけど、負けっぱなしって言うのは好きじゃないから、此れから私は年間試合可能回数の全てを君との試合に注ぎ込むから其の心算でいてね?」

 

「上等……貴女となら何度でも戦いたいぜ!」

 

 

何方が勝ってもおかしくなかった試合は、夏月がギリギリで勝利したが、此の試合で夏月と伊織は互いをプロの世界でのライバルと認め、そして此の試合を皮切りに『一夜夏月vs八神伊織』の試合は日本国内のISバトルのプロリーグに於けるドル箱カードとなるのだった。

 

そして夏月のシングル戦デビューから一週間遅れて秋五もプロの世界でシングル戦でデビューし、ランキング五位を圧倒して勝利を収めたのだった。

 

 

「……華々しい世界でお前達は生きるのか……其れは俺達には出来ない生き方だ……だが、其れももうすぐ終わる……お前達の持つ者を全て壊してやる……そして知れ、兵器には平穏な幸せなどありえないと言う事をな。」

 

 

そして、此の試合を観戦してた新たな『織斑』達は、夏月に対して呪詛と言っても過言ではない感情を込めた視線を向けた後に大阪会場から去って行ったのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode93『新たなる織斑~Project Mosaic Second~』

俺、今度二年生になります!By夏月    そして私は三年生……アタシに挑んでくる子は居ないのかしら?By楯無    在校生では居ないかもしれないなByロラン


夏月が鮮烈なプロデビューを果たしてから暫くして、日本本土では少しばかり奇妙な現象が起きていた。

 

 

「あれ?アイツって織斑秋五じゃねぇ?」

 

「何言ってんのよ?

 織斑君はIS学園に居るんだら、こんなところに居る筈がないでしょ――他人の空似じゃないの?」

 

「他人の空似にしては似すぎてる気がしたんだよ……其れと見間違いじゃなきゃ織斑千冬も一緒だったような……いや、織斑千冬よりも幼い感じだった様にも感じたけど。」

 

「其れこそ有り得ないっしょ?

 織斑千冬は絶対天敵との戦いで化け物になった挙句に一夜君達に倒されちゃったんだから……世の中には同じ顔の人間が三人居るって言うし、多分そんな感じのそっくりさんだったんじゃないの?」

 

「そっくりさん……うん、まぁそうだよなぁ普通に考えりゃ。」

 

 

其れは首都の東京を中心に夏月や秋五にそっくりな少年と、マドカにそっくりな少女が多数目撃されていたと言う事だ。(マドカの存在は世間的には知られて居ないので、多くの人は千冬のそっくりさんだと思っている。)

ある人物が『街中で織斑秋五君のそっくりさんを発見』とのタイトルで写真をSNSに投稿した事が切っ掛けとなり、其処から次々とSNS上に『一夜夏月、織斑秋五、織斑千冬のそっくりさん』の写真がアップされるようになったのだが、ほぼ同時刻に複数の写真の撮影場所が東京、大阪、北海道、九州等々バラバラであった事から、ネット上ではオカルトチックなモノを中心に様々な憶測が飛び交う事になった。

 

 

「な~んか、ネット上で凄い事になってんなぁ……二人一組で日本全国に散らばってるって、コイツ等日本一周旅行でもしてんのか?」

 

「撮影された場所が東京はスカイツリー前、大阪は道頓堀、北海道は札幌の時計台前、九州は熊本城……ついでにくまもん付き――見事なまでに観光名所で撮られているから若干否定出来ないわ。」

 

 

SNS上にアップされた写真は再始動した『織斑計画』によって誕生した『新たな織斑達』であり、此の事は学園側も情報を掴んでいたので、夏月と秋五は学年主任の真耶から呼び出しを受けて『無断で外出してないですよね?』と聞かれる事になっていた。

無論真耶とて夏月と秋五が無断外出をするとは微塵も思っていないが、学園の教師としては聞いておかねばならなかったのだ……当然、夏月と秋五の答えは『無断外出はしていない』であり、更には束が学園のセキュリティのログを提出して無断外出した生徒がゼロである事を証明してくれた。

 

 

「日本一周旅行を満喫してるってんなら別に良いけどな……俺達に対して敵対行動を取るなら相応の対応をするが、そうじゃないなら平穏に暮らしてくれって思うぜ。

 親と生まれ方を選ぶ事は出来ないが、生まれた後の人生は自分の手で選ぶ事が出来るんだからな……」

 

「親と出生と言う宿命を変える事は出来ないが、人生と言う運命は己の手で幾らでも変える事が出来ると言う事だね……うん、此れは芝居でも使う事が出来そうだ。

 機会があれば今のセリフを舞台で披露したいモノだね。」

 

 

SNSにアップされた写真を見て、夏月組は『新織斑達』が敵対行動を起こさない限りは静観するスタンスを決めていた――其れは秋五組も同様である。

夏月も秋五も織斑計画が再始動していた事に対して思うところがない訳ではないが、生み出された命に罪はないので、生きる事が出来るのであれば生きて欲しいと言うのが本心だった――尤も、敵対行動を取ってきた其の時は全力で叩き潰す心算なのだが。

 

 

「まぁ、其れは其れとして、俺は『ジャンク・ウォリアー』をシンクロ召喚して、其れにチェーンして『メタル・リフレクト・スライム』を二枚発動。

 此れで俺のフィールドにはジャンク・ウォリアー一体と、ザ・カリキュレーターとメタル・リフレクト・スライムが二体ずつ……そしてカリキュレーターの攻撃力は自分フィールド上のモンスターレベル×300ポイントになる。

 俺のフィールド上のモンスターレベルは合計29となり、カリキュレータの攻撃力は8700となり、カリキュレータ―二体の攻撃力の合計は17400で、其れがジャンク・ウォリアーの攻撃力に上乗せされる!

 パワー・オブ・フェローズ!」

ジャンク・ウォリアー:ATK2300→19700

 

 

「うおぉぉい、此処でまさかの攻撃力20000弱ってマジか……こんなの勝てる訳ねぇだろ!!!」

 

 

それはさて置き、夏月組は『e-スポーツ部』の活動の真っ最中でもあり、夏月が新たに組んだ『ジャンク・ウォリアー特化型のシンクロデッキ』で、ダリルの『エクストラデッキに可能な限りのナンバーズを詰め込んだエクシーズデッキ』を圧倒していた。

取り敢えず新織斑の動向には注意しつつも、夏月達は日常を過ごして行ったのだった……無論、其の日常の中でも己の鍛錬を怠る事だけはなかったのであるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode93

『新たなる織斑~Project Mosaic Second~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロデビュー戦でランキング三位の八神伊織を倒した夏月だが、即新たな日本ランキング三位になったかと言うとそうではなかった。

日本のプロISバトルの世界でランキング入りするには先ずは勝ち負け関係なく試合を五十戦を行うのが最低条件であり、ソロのビュー戦を白星で飾ったとは言え夏月と秋五は現在ランク外なのである。

 

夏月も秋五もランキングの順位には興味はなかったのだが、ランク外と言うのは流石に悔しいので、ランキングに名前が表示されるようにプロでの試合を繰り返していた――プロの試合出場は単位として認められるので、授業に出なくても問題はないのだ。

だからこそ夏月も秋五も全力で戦う事が出来た訳だが。

 

そうして順調に試合を熟して行った結果、夏月は五十戦全勝、秋五は四十八勝一敗一分けの成績で五十戦を消化し、その成績を加味して夏月はランキング二十位、秋五は二十三位からのスタートとなった。

因みに秋五の一敗はシールドエネルギーエンプティではなく時間切れの判定負けだった――夏月との試合前の伊織以上のディフェンスタクティクスを持っている相手だったのだが、伊織のようにカウンターの一撃必殺を狙うのではなく、徹底的に防御を固めながら確実にシールドエネルギーを最低でも1%削る事が出来る攻撃を当てて来ると言う完全に判定勝ちが目的の選手だったのだ。

初めて見る積極的に勝ちに来ない相手に秋五は戸惑い、其れでも持ち前の天才的な観察眼と学習能力によって試合終盤には相手の防御の隙と攻撃の癖を見極めて盛大に一発を叩き込んだのだが、其処までにチマチマと削られたダメージが塵も積もって山となっていた事で判定負けとなったのだった。

序に引き分けたのは伊織であり、互いに真っ向から打ち合う展開になったのは夏月と伊織の試合と同じだったが、最後の最後で伊織のカウンターが炸裂したところに秋五がダブルカウンターを放ち、其れに対して伊織がトリプルカウンターを放った事で伊織には四倍のダメージが、秋五には八倍のダメージが入って仲良くシールドエネルギーエンプティとなりダブルKOの壮絶な引き分けとなった訳である。

 

此処でプロISバトルの世界の試合について少し説明しておこう。

プロの世界には二種類の試合形態が存在している――一つは『通常戦』であり、此れは試合結果がランキングに影響しないモノであり、プロデビューからランキングされるまでの五十戦は此方に分類される。

もう一つは『ランキング戦』で、こちらは読んで字の如く試合結果がダイレクトにランキングに影響を及ぼすモノだ――多くの場合は下位ランクの選手が上位ランクの選手に対して挑戦状を叩き付けて下克上を狙うモノなのだが、極稀に同率ランキングの選手同士が直接戦って何方が上かを決める事もある。

 

夏月との試合後、伊織は直ぐにランキング戦を連続で二試合行い、ランキング二位と一位を撃破してランキング一位に上り詰め、そしてメディアの取材に対して『一位でランキング戦を百勝したら一夜夏月にランキング戦を申し込む』と言い放ち取材陣を大いに盛り上がらせる事になった。

完全専用機を手に入れた事で己の力を120%発揮出来るようになった伊織は其れまで勝つ事が出来なかった一位と二位に勝った事で自信が付いたのだろう――翌日発売の『インフィニットストライプ』の表紙には伊織が登場し、『眠れる獅子覚醒』の見出しも相まって売れ行きは好調だった。

 

 

そんな感じでプロの世界は盛り上がりを見せていた訳だが、其れは其れとしてIS学園は三学期が終了し、必要単位を修めた三年生は卒業して夫々の進路に進み、在校生は進級して新入生を迎える事となるのだ。

そんな新学期前の春休みなのだが、春休みは期間が短いので多くの生徒は学園島から離れずに学園で過ごしている中で、箒は所属する剣道部が春季大会の地区予選に参加する関係で本土に帰省していた。

其の地区予選に箒は個人戦と団体戦の両方で出場し、個人戦では全試合一本勝ちで優勝し、団体戦では一年生ながら大将を務め、二対二で迎えた大将戦では見事な勝利を収めて団体戦の優勝にも貢献していたのだった。

此れにより、IS学園の剣道部は春季大会にて全国への切符を手にし、大会後は自由時間となり、箒も久々となる本土にてウィンドウショッピングを楽しむ事にした――時間があれば実家に行きたかったのだが、会場から実家までは一時間強掛かるので、限られた自由時間で往復する事は不可能なので今回は諦めたのだった。

 

 

「箒ちゃん貴女はドレにする?アタシの奢りだから遠慮しなくていいよ。」

 

「部長に奢ってもらうと言うのは……此れ位は自分で払いますよ。」

 

「良いから奢らせて。

 新部長になって最初の大会で全国に行く事が出来たのは、貴女が居てくれたからこそなのよ箒ちゃん――だから、其の感謝を込めて……と言うか、せめてこれ位しないとアタシが納得出来ないのよ。」

 

「は、はぁ……でしたら遠慮せずに、此の『キャラメルチョコホイップストロベリー』にチョコクッキーアイスのトッピングで。」

 

 

其のウィンドウショッピングには剣道部の新部長の『佐々木瑚慈楼(ささきこじろう)』も一緒であり、瑚慈楼は大型ショッピングモールの駐車場で営業していたクレープ屋で大会の結果の礼として箒にクレープを奢ってくれていた。

大和撫子なサムライガールのイメージがある箒は一見すると普通の女の子が好きなモノには興味がないように思えるのだが、実は人一倍可愛いモノや甘いモノには目がなく、最近は『ネコ動画』が趣味の一つになっていたりするのだ。

そして今回のオーダーも女の子が好きなモノをフルコンプリートしたとも言えるクレープであり、其れを受け取った箒は新部長と共に近くの公園に行き、其処のベンチでおやつタイムとなったのだった。

 

 

「何と言うか、全部乗せな勢いのオーダーだったわね箒ちゃん?

 店員さんも気合入れて作ってくれたみたいでめっちゃバエる見た目になってるし……食べる前にSNSにアップしておかない?」

 

「折角ですから上げておきましょう。

 セシリア達の投稿を見る為だけにアカウントを取って碌に更新していないエックスですから見て貰えるかは分かりませんが……いえ、見て貰えますねほぼ確実に……私が投稿したら間違いなく姉さんが超速拡散するでしょうから。

 恐らくですが投稿した一秒後には『いいね』とリポストが一万件を超えて、更にはハッシュタグ付きで拡散されると思います。」

 

「流石は束博士ハンパないなぁ……でも流石にやり過ぎだと思うんだけど、箒ちゃん的には如何なの其れって?」

 

「思うところがない訳ではありませんが、言ったところで姉さんが止めるとは思えませんし、其れに此の手の事は一切の邪な気持ちはなく純粋に私の事を思ってやってくれている事なので最近では此れが姉さんなりの私に対する愛情表現の一つなのだと思っています。

 其れに考えようによっては、世界中のお偉いさん達が恐れをなす姉からの寵愛を一身に受ける事が出来ると言うのはこの上ない幸福な事であるかなぁと……私の感覚も大分マヒしてますかね?」

 

「マヒしてると言うか、ある意味で悟りの境地に達していると言うべきかもしれないわ……」

 

 

……箒のSNSがその後どうなったかはさて置き、箒と瑚慈楼は絶品のクレープでおやつタイムを楽しみ、其の後は剣道部の部員全員を集めてカラオケボックスにて地区大会優勝の祝賀会を行った。

場所がカラオケボックスなので当然箒も歌う事になったのだが、其処で箒がチョイスしたのは演歌やバラードではなくまさかのアニメソングだった。

この意外なチョイスに剣道部員達は盛り上がり、中には箒が歌っている最中にマイクを手に取って楽曲内で入るバックコーラスや合いの手を入れたりもしていたのである。

 

そうして大盛り上がりとなった祝勝会は夜まで続き、剣道部員達は明日学園島に戻る予定なので宿泊場所であるホテルに戻って行った。

 

 

「なんだか寝る気にならん……地区大会を制した事で少し気持ちが昂っているのかもしれんな。」

 

 

ホテルに戻った一行は大浴場でお風呂タイムを楽しみ、入浴後は娯楽施設でカードゲームやビリヤードを楽しんだ後に夫々割り当てられた部屋に戻って就寝時間を迎えていた――因みにビリヤードでは箒がまさかの『牙突・零式』をぶちかましてブレイクショットで全球ホールインすると言うトンデモナイ離れ業を披露していた。

束のぶっ飛び具合が常識を超えているので気付き難いが、箒は頭脳面は兎も角として身体能力面に限れば束に迫る勢いであるのかも知れない。

 

 

「春季地区大会優勝おめでとう箒。」

 

「え……秋五?」

 

 

そんな折、昂った気持ちを静める為に夜風に当たっていた箒の前に秋五が現れた。

朗らかな笑みを浮かべ、箒の優勝を賛辞する其の姿は秋五其の物であり、箒も態々秋五がIS学園島からやって来てくれたと――

 

 

「いや、似ているが違うな……誰だ貴様は?」

 

 

思う事はなく、目の前に現れた『秋五』が本人ではない事を見抜いていた。

束によって『織斑計画が再始動した』事を知った箒だったが、その情報がなくとも目の前に現れた者が秋五ではないと見抜いていただろう――外見が同じである程度では愛の力を超える事は出来ないのだ。

 

 

「へぇ……恋する乙女は盲目だって聞いてたんだけど意外に鋭いじゃないか篠ノ之箒……こうも簡単に見破られるとは思わなかった。」

 

「恋する乙女は盲目だが、恋を超えて愛を得た女性の目は誤魔化せんと知れ。

 己惚れる訳ではないが、私を含めて秋五の婚約者達は目の前に現れた秋五が本物か偽物かくらいは瞬時に判断する事が出来る……成程、お前が姉さんが言っていた新たな『織斑』の一人と言う訳か……何用だ?」

 

「おぉっと、怖い怖い。

 そんな怖い顔をするなよ……折角の美人が台無しだぜ?……用は、そうだなぁ……取り敢えず死なない程度にお前の事を壊させて貰おうかな?

 お前を殺さずに、でも顔や身体に一生消えない傷を刻んで普通の生活が送れないようにしてやったら兄貴様は如何思うだろうな?……織斑は兵器として生まれた……其の兵器が平穏な平和を享受するなんて許される筈がない。

 だから、先ずは手始めにお前を壊してやるよ篠ノ之箒。」

 

 

箒の前に現れた『織斑』はそんな事を言うと、其の手にメイスを握った――研究所を抜け出す際に持ち出した専用ISの武器を部分展開したのだ。

対する箒は大会に出場する際にはISの部分展開による不正を疑われないために専用機をIS学園に預けているので丸腰の状態であり、普通ならば絶対絶命なのだが……

 

 

「なんだその暴論は……と言うか舐められたモノだな私も?

 秋五や姉さんと一緒でない私ならば如何にか出来ると思ったか?……生憎と、私は其処まで弱くはないぞ……!」

 

 

此処で箒は背中に手を回すと、服の中から鉄製の模造刀を抜き出した。

どこぞの不良やヒーローのように背中が凶器入れになっていると言う訳ではなく、此れは束が箒が専用機を所持していない場合に自身を護る為に開発して箒に持たせた護身用のアイテムだった。

バンドタイプの護身アイテムは身体に巻いておいてスイッチを押せば鉄製の模造刀が構築されるようになっており、箒は相手に悟られないために服の下に仕込んでいたのだ。

 

 

「……兵器の俺と遣り合うって正気か?只の人間に過ぎないお前が兵器に勝てると思うのか?」

 

「私は篠ノ之束の妹だぞ?

 頭脳面では姉さんには遠く及ばないが、身体能力ならばギリギリ追い付けるレベルだ……姉さんの身体能力がレベル一万だとしたら、私は精々レベル五百と言ったところだろうが、其れでも貴様に遅れは取らん。

 其れでもやると言うのならば相手になってやる……来い。」

 

「強気な発言をした事を後悔しな……!」

 

 

次の瞬間、二人は同時に踏み込みメイスと模造刀が激しく火花を散らす。

パワーでは完全に互角だったようで何方も一歩も退かずに一点での押し合いとなったのだが、此処で箒は左手に持った鞘をカチ上げて来た――鞘打ちは決定的なダメージにはならないが、拮抗した力の押し合いで放たれた其れに織斑は超反応してギリギリで躱したのが、ギリギリで躱した事で一瞬動きが止まった。

其れは時間にすれば一秒にも満たないモノだが、『戦いの中で相手の動きが五秒止まれば絶命させられる』と言われるように、一秒未満であっても身体の動きが完全に停止すると言うのは好機でしかないのである。

 

 

「ストーンコールドスタナー!!」

 

 

動きが止まった織斑に前蹴りを喰らわせた箒は、前蹴りを喰らって前傾姿勢になった織斑の頭を右肩に抱えるようにホールドすると、思い切りジャンプしてから着地して首に大ダメージを与える。

兵器として開発されたとは言え、人間の弱点を克服した訳ではない織斑は此の一撃で大ダメージを負ってしまい戦闘不能になってしまったのだ――兵器として生み出された者であっても、経験豊富な者が相手では分が悪かったようだ。

 

箒はトドメを刺す心算だったのだが、トドメを刺す直前に増援が現れて織斑を回収した事でトドメを刺すには至らなかったのだが、其れでも今回の一件は再始動した『織斑計画』の危険性を物語るには充分な事だった。

 

 

「箒ちゃんを直接狙って来るとは有効な手段だとは思うけど、其れってつまりは束さんを敵に回すって事だよね……上等じゃないか……束さんを敵にして勝てると思ってるなら、其の妄想ごと徹底的に破壊してやる。

 覚悟しろよ新型『織斑』……お前達は箒ちゃんに手を出した……出しちまった――束さんは絶対に其れを許さないからね……お前達に待っているのは絶滅の、未来だけさ。」

 

 

同時に此の光景は束がバッチリとモニタリングしており、箒に手を出した『織斑』を完全に『敵』と認識し、其の上で対抗策を講じるのだった――其の対抗策を考える為に三連徹夜をした後に五日間爆睡した事に関しては最早突っ込み不要なのかもしれないが。

 

何れにしても、新たな『織斑』が此の世界の新たな火種になる事だけは間違いなさそうであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode94『新たな脅威の胎動~Revival Crisis~』

読者で此の展開予想できた人挙手!By夏月    多分いないと思うわBy楯無    此れは流石に予想出来ないだろうからねByロラン


箒を襲撃した織斑――一春は敢え無く返り討ちにされ、トドメを刺されるすんでのところで他の織斑に回収されて何とか死なずに済んでいた。

 

 

「おい、何時まで死んだふりしてる心算だ?もう充分距離は離れたぞ……と言うかもうすぐ拠点に着く。」

 

「もうそこまで来てたのか……ったく、あの程度じゃ死なないとは言え流石に痛かった……負けた罰ゲームだから仕方ないとは言っても、まさか篠ノ之箒がアレだけのパワーを持っているとは予想外だった。

 恐らくだが、夏月組と秋五組の連中は最低でも篠ノ之箒レベルの力を持っていると考えた方が良いだろうな……だからこそ壊し甲斐があるけどよ。」

 

 

其の一春は箒の攻撃を喰らってダウンしたのだが、其れは所謂『死んだふり』であり、一春がその気になれば箒との戦闘を継続する事は可能だったのだが、其れをしなかったのは今回はあくまでも箒の力を計り、其れを元に夏月組と秋五組の戦力が如何程であるのかを予測する事が一番の目的だったからである。

 

 

「そんで、そっちの方は如何よ?

 沖縄に旅行に行った一冬と千夏が何やらバカでかいモノを持ち帰って来てたみたいだけど、アレって結局なんだったんだ?」

 

「其れは……まぁ、拠点に戻ってからのお楽しみでな。」

 

 

新たな織斑達は嘗て絶対天敵の親玉であるキメラが住処としていた海底洞窟を研究所から持ち出したISを使って整備して自分達の拠点としていた。

束であっても中々見つける事が出来なかった此の海底洞窟を作り直して拠点として使用して居れば暫くは居場所が特定される事はないだけでなく、沖縄に旅行に行っていた一冬と千夏が何やら巨大なモノを持ち帰っていたらしい。

一春は其れの大きさを見ただけで中を見る前に箒の方に向かったので詳細は知らなかったのだが、一冬と千夏が持ち帰ったのは業務用冷蔵庫よりも巨大なモノであり、拠点まで運んで来れたのはISの拡張機能に収容する事が出来たからだった。

 

 

「其れで、結局これって何だったんだ?バカでかい冷蔵庫みたいだけど……」

 

「バカでかい冷蔵庫か……まぁ、間違いではない。

 此れはコールドスリープ装置だ……一冬と私のISが首里城近くで妙な反応を示したので人気が無くなった夜中に其の周辺を調査して、最も反応が強かった場所を掘ってみたら此れが出て来た。

 300mは掘り進んだから、恐らくは最低でも恐竜時代の地層からこれを発掘した訳だが……そんな古代にコールドスリープ装置が存在していたと言うのは最早オーパーツでは済まないだろうな。」

 

「更に驚くべきは、此の装置は未だ機能している事とコールドスリープになっている奴だ……何故こうなったのかは知らんが、コイツを引き当てる事が出来たと言うのはこの上ない幸運だとは思わないか?」

 

「……確かに、此の人を仲間に出来たら怖いモノなしだな。」

 

 

其れはコールドスリープの装置だったのだが、驚くべきは恐らくは恐竜時代の地層から此れを発掘したと言う事だ。

恐竜時代となれば最低でも六千五百万年前であり、現在の定説ではその時代に人間は存在していないとされているのだが、その地層から発掘されたコールドスリープ装置は其の定説を覆すモノだと言えるだろう。

そして其れだけではなく、コールドスリープ装置の中で眠りに就いていたのは其れこそ誰も予想していない人物だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode94

『新たな脅威の胎動~Revival Crisis~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園島に戻って来た箒から話を聞いた夏月組と秋五組は、箒が簡単に退けたと言う事を聞いても油断はしなかった。

箒の実力はISありだと夏月組と秋五組の両方では下から数えた方が早いのだが、生身での戦闘となれば中堅の上位レベルであり、其の箒ならば生身のバトルで織斑を退ける事が出来たのも納得と言えるだろう。

 

 

「篠ノ之は確かに強いが、だからと言って最強じゃねぇ。

 其れを踏まえると、相手はわざと負けた可能性が高いな……篠ノ之の強さをベースに、こっちの戦力がどれくらいか計ろうとした、大体そんなところだろうな。」

 

「恐らくはそうなんだろうね。

 だけど悪い判断じゃないと思うよ?先の絶対天敵との戦いで、僕達も人型の相手の命を奪う事に対しての忌避感は大分薄れたけど、だからと言って生身の人間を相手にした場合は無意識の内に躊躇って僅かばかり攻撃の手が鈍ると思うから。

 其れこそ会長さんを襲撃したら間違いなく其の織斑は殺されてたと思うからね……僕の婚約者だったから僅かな隙が生まれて回収する事が出来たんだろうから。」

 

「だな。

 もしも楯無を襲ったら其の時点で人生のエンディングだからな……其の場で殺されずとも意識刈り取られて更識家の拷問室で簡単に死ねない地獄の拷問を受けた末に閻魔宛のクロネコヤマトだからな。

 まぁ、そっちはまた何かして来たら対処すりゃ良いし、篠ノ之に手を出された事で束さんが盛大にブチキレちまったから連中に未来はねぇよ……狙うなら篠ノ之以外を狙うべきだったかもだ。

 さてと、この話は此処までにしてそろそろ始めようぜ秋五……模擬戦だが手加減はなしだぜ、何時も通りな。」

 

「君相手に手加減なんて出来る筈ないだろう……手加減どころか、出せる力を120%出して更に限界突破しないと君には勝てないと思うからね。

 僕が引き分けた伊織さんに君は勝ってる事を考えても未だ実力差はある訳だし……だけど、何時までも君に負けっぱなしってのも如何かと思うからね?

 今日こそ勝たせて貰うよ。」

 

「そう来なくちゃな。」

 

 

それはさて置き、アリーナでは夏月と秋五が此れから模擬戦を行おうとしていた。

男性IS操縦者の出現から一年が経とうとしているが、其の一年の間、秋五は模擬戦で只の一度も夏月に勝った事はなく現在の成績は0勝50敗となっているのだ。

勿論秋五も日々レベルアップしているのだが、夏月も同様にレベルアップしているので其の差は中々埋まらなかったのである。

しかし追い付こうとする秋五と追い付かせまいとする夏月が夫々レベルアップして行った事で彼等の婚約者達もレベルアップし、更に競技科に進んだ生徒達が『トレーニングのコーチをして欲しい』と言って来たので其の指導をし、結果としてIS学園の生徒のISパイロットとしての腕前は大きく底上げされたのだった。

 

それはさて置き、夏月と秋五の模擬戦は、先ずは気組みから始まった。

秋五が正眼に構えているのに対し、夏月はスタンスを少し広めに取った無形の位で対峙する……構える事は対峙した相手に情報アドバンテージを与える事になるので、更識の仕事を熟す中で、夏月は自然と無形の位を会得していたのだ。

 

構えない無形の位を相手にした場合、何が来るか分からないので攻撃の手が鈍る事が多いのだが、秋五は迷う事無く夏月に斬りかかった。

太刀筋すら見えない超速の踏み込みの払い切りだったが、夏月は其れを鞘を上げる事でガードし、更に鞘を跳ね上げて秋五の刀を大きく弾く。

其れにより、秋五は大きな隙を晒す事になり、其処に夏月が必殺の居合を放つ。

決まれば試合終了となる居合だが、此処で秋五は全身の力を抜いてアリーナに倒れ込む事で其の攻撃を回避し、更には倒れた状態から腕の力だけで倒立状態となると強烈な蹴り上げを放って来たのだ。

 

 

「うおっと……!」

 

「避けたか……でも貰ったよ!」

 

 

其れをギリギリで回避した夏月だったが、近距離での蹴り上げに虚を突かれて一瞬だが動きが止まってしまったのだ。

時間にしたら一秒程度だろうが、一流同士の戦いでは一秒相手の動きが止まれば充分とも言えるモノであり、秋五はガラ空きになった夏月に踵落としを振り下ろして来た。

人体で最も硬い部分である踵による攻撃は生身でも一撃必殺の破壊力があるのだが、其の一撃をISを纏った状態で放てば威力は更に底上げされ、当たれば一撃KOもあるだろう。

 

 

「狙いは悪くなかったが……俺もそう簡単には負けられないんでな。」

 

 

だが夏月は其の踵落としをギリギリでガードした事でダメージを最小限に止めたのだが、夏月は只ガードするだけでなく肘を立てた『エルボーガード』を行って秋五にカウンターのダメージを叩き込んでいたのだった。

踵落としへのエルボーガードは下手をすれば攻撃側のアキレス腱を切ってしまう危険性があるのだが、ISバトルでは機体のパイロット保護機能が働くのでそんな事が起きる事自体がそもそも滅多にある事ではないからこその攻撃的防御な訳であるが。

 

 

「エルボーガード……踵と肘、生身の試合だったらお互いに大怪我してるところだけど、ISバトルならその心配はないか……だけど、此れは如何かな!」

 

「むっ……?」

 

 

エルボーガードのカウンターでシールドエネルギーを削られた秋五だが、夏月の肘を踏み台にして大きくジャンプすると其処からイグニッションブーストを使っての兜割りを繰り出して来た。

兜割りは落下速度と使用者の体重が振り下ろし斬撃にプラスされる一撃必殺の大技なのだが、秋五は其処にISバトルならではの超跳躍による高高度からのイグニッションブーストの加速も追加したのだ。

更に秋五はリボルバーイグニッションブーストも使用して加速に加速を重ねて威力を底上げしているので当たれば正に一撃必殺だろう。

 

 

「上等だオラァ!!」

 

 

其れに対し夏月もリボルバーイグニッションブーストを使ってのジャンプ斬り上げを放ち、空中で二振りの刀がぶつかり激しくスパークする。

両手持ちで斬り下ろして来た秋五に対し、夏月は左手で刀身を押し上げる形で対応――点の秋五に対して夏月は面で受けて衝撃を分散させた感じなのだが、力量に大きな差がない場合は下から押し上げるよりも上から押し潰す方が状況は有利なので、秋五は更にイグニッションブーストを重ねる力技で強引に押し切り夏月をアリーナの床に叩き落す。

 

だが押し切られた夏月はアリーナの床に叩き付けられる直前で態勢を立て直して見せた――押し切られると思った刹那に自ら下に落ちる事で衝撃を軽減していたのだ。

 

 

「今のは良い一撃だったが惜しかったな?

 だが、今ので決められなかったのはヤバいんじゃないか?……同じ手は俺には二度は通じないぜ?」

 

「だろうね。

 だけど同じ手が二度通じないのなら新たな一手を常に繰り出せば良いだけの事……そして其れ等を組み合わせれば攻撃手段は無限に存在する事になるからね……同じ手が二度通じない事は諦める理由にならないよ。」

 

「流石は天才、そう来たか……だが、勝つのは俺だ!」

 

 

其処から互いにイグニッションブーストで肉薄すると近距離での斬り合いとなった。

剣道で鍛え上げた正統派の剣である秋五と、道を度外視して実戦の中で鍛え上げた夏月では其の剣技には大きな差があり、其れにより少しずつだが確実に夏月の方が秋五を圧し始めていた。

 

 

「俺が思ってた以上に強くなったな秋五……正直、俺と此処まで遣り合えるようになってるとは思わなかった。

 お前が裏の仕事の経験が有ったら俺は勝てなかったかもだ……だがな、裏の社会ってモノを知らないお前に負ける事は出来ねぇんだよ俺は――楯無の筆頭護衛が負けたとなったら、更識の面目は丸潰れだからな!!」

 

 

斬り合いは更に加速し遂に夏月は得意の居合いを連続で繰り出す『逆手居合い』を繰り出して来た。

手数が増える分だけ通常の居合いと比べると一発の威力が下がるとは言え、夏月は初撃のみをフルパワーで繰り出し、二撃目以降は心月を振り切った後の反動を使って左右の往復斬撃を放っており最小限の力で高速の斬撃を連続で繰り出しているのである。

しかも其の攻撃はドンドン攻撃速度が上がり、攻撃速度の上昇に比例して威力も高くなっていくと言うトンデモ仕様だ――恐らく現在のIS学園で此の攻撃に対処出来るのは生徒では楯無とダリル、生徒以外では教師の真耶とスコール、警備員のオータム位のモノだろう。

当然秋五も普通ならば対処は出来ないのだが……

 

 

「く……どんどん速く、重くなるとか流石に反則だよ其の逆手居合いは……居合い後の隙にカウンターを狙ったら逆に返す刀でカウンターを喰らってしまう訳だからね……!」

 

「だが対処してるじゃねぇか?……明鏡止水、大分使いこなせるようになったみたいだな?」

 

「使いこなす為には身体を鍛えないとだから、結構ギリギリのトレーニングをしたよ……ラウラの軍隊式トレーニングはとっても効果があったよ。」

 

 

秋五は雪桜のワン・オフ・アビリティである『明鏡止水』を発動して連続逆手居合いに対処していた。

明鏡止水は秋五が考えるよりも先に機体が自動で防御と回避を行い、攻撃する際も相手の急所を狙うようになるモノなのだが、其れは時に無茶な動きになる事もあるので、其の力を十全に発揮するにはどんな動きにも対応出来るようにパイロットの身体を鍛えておく必要があるのだ。

其処で秋五はラウラに頼んでラウラがドイツ軍の黒兎隊で行っているトレーニングを秋五に教えたのだが、此のトレーニングはアニオタの副隊長であるクラリッサと、そのクラリッサから間違いまくったアニメや漫画の知識を教えられたラウラが考えたモノなので普通の人間では確実に身体がぶっ壊れてしまうのだが、黒兎隊の隊員も秋五も人工的に生み出された強化人間なので其れを熟す事が可能であり、結果として秋五は明鏡止水の力をほぼ完全に引き出す事が出来るようになっていた。

更に秋五は追加装備として搭載されたナックルガード付きのコンバットナイフを抜くとコンバットナイフで居合を捌きながら晩秋で夏月に斬りかかる。

変則の二刀流で対処して来た秋五に対し、夏月はイグニッションブーストで一度距離を開けると心月を納刀し、今度は最速最強の居合いの構えを取る。

夏月の居合いは生身の状態で放っても剣閃を目で追う事は難しく、あまりの斬撃の速さに斬られた藁束が夏月が納刀してから真っ二つに割れる位なのである。

其の居合いがISを纏った状態で放たれればイグニッションブーストと合わせる事で最早防御も回避も不可能な攻撃になるのは既に分かっている事なのだが、其れを見た秋五は晩秋とコンバットナイフを逆手に持った変則の二刀流の構えを取ってみせた。

逆手の二刀流は順手の二刀流に比べて攻撃力は下がるモノの攻防の速度は上がるので、速い相手や攻撃に対しては此方の方が有効なのである。

 

 

「……行くぜ!」

 

「受けて立つ……来い!」

 

 

次の刹那、夏月の姿が消え、秋五を凄まじい空間斬撃と超速居合いの嵐が襲った。

夏月が羅雪のワン・オフ・アビリティの『空烈断』とイグニッションブーストを発動しての連続居合の複合技を放って来たのだ――プロ選手の伊織ですら対処出来なかった此の攻撃に、秋五は明鏡止水でなんとか対処するも、如何に自動的に防御と回避を行うと言っても上下左右周囲360度から、しかも何処から飛んでくるか分からない攻撃に完全に対処する事は出来ず、秋五は少しずつだが確実にシールドエネルギーが削られて行き……

 

 

「此れで終いだ!」

 

「しまっ……!」

 

 

僅かにガードが上がったところに夏月が心月での柄打ちを喰らわせて体勢を崩し其処から逆袈裟に斬り上げ、更に心月にビームエッジを纏わせて巨大化させると其れを両手持ちの唐竹割りで振り下ろした。

カウンター気味の柄打ちと追撃の逆袈裟で体勢を崩された秋五に其れを避ける術はない――明鏡止水をもってしても対応し切れずに其の攻撃を喰らってしまい、雪桜のシールドエネルギーがエンプティになって勝負ありだ。

 

 

「く……僕の負けか……此れでも勝てないとは僕と君の間にある壁を感じてしまうけど、超えるべき壁は大きければ大きいほど良い――此れまで僕は大きな壁にぶち当たった事が無かったからね。

 簡単に超えられない壁、挑み甲斐があるよ……君が居なかったら、僕はきっとここまで成長出来ていなかったと思う。」

 

「なら俺はお前が俺に勝つまで負ける事は出来ねぇな……お前が越えるべき壁は最強でなきゃ意味がねぇからな……だが、今回の模擬戦は過去一楽しめたぜ秋五。

 何時でも挑んで来い、お前との模擬戦は毎回お前の成長を感じる事が出来るから楽しくて仕方ないんでな……だが、簡単には追い付かせねぇぞ?

 お前が10レベルアップしたなら俺は30レベルアップしてやるからな……!」

 

「だったら僕は君の四倍の鍛錬を行って追い付いてやる、其れだけだ。」

 

 

此れで模擬戦の成績は夏月の51勝0敗となったのだが、羅雪のシールドエネルギー残量は50%を切っており、此れは此れまでで最も秋五が夏月に与えたダメージが大きかった事を示していた。

其の後は箒の紅雷のワン・オフ・アビリティでシールドエネルギーを回復してからのチーム戦となったのだが、夏月組と秋五組の両チーム全員が入り乱れる事になったチーム戦は、どこぞの大乱闘なゲームの如くの大乱闘となり、最終的には楯無がリミッター解除の『クリアパッション』を発動して両軍とも全員がシールドエネルギーがエンプティなっての引き分けと言う壮絶な幕引きとなったのだった。

 

 

尚、本年度からIS学園は男子に対しても門戸を開いており、新入生の中には十人ほどの男子が存在していた。

無論ISを扱える訳ではないのだが、整備や開発に於いては男性の存在も無視出来ないので、学園は整備や開発に限定して男子生徒の受け入れも開始したのであった。

 

 

「さてと……其れじゃあ漫研にカチコミ掛けんぞ秋五。」

 

「だね。。」

 

 

更に序に言うと、IS学園には『漫画研究会』なる部活も存在しているのだが、本年度の新入部員に所謂『腐女子』が多かった事で、夏月と秋五をモデルにした『BLの薄い本』も制作されており、其の存在を知った夏月と秋五は直々にカチコミを行い、漫研部員に分からせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

夏月と秋五が学園生活を送る中で、新織斑達はコールドスリープ装置を操作してコールドスリープになっていた人物を蘇生する事に成功していた。

コールドスリープから目覚めた人物は身体が冷え切っていたので拠点内にある温泉で身体を温めた後に、バスローブを纏って新織斑達の前に姿を現していた。

 

 

「目覚めた気分は如何だ?」

 

「いやぁ、流石に億単位の年月コールドスリープ状態だったから身体がバキバキ言ってるけど、取り敢えず通常の生活を送る事に支障はねぇかな?

 並行世界の太古の地球に転送された時には人生のエンディングかとも思ったけど、悪あがきの心算で作ったコールドスリープ装置がこんな役に立つとは思わなかった……なんにしても億年ぶりの娑婆の空気は旨いね。」

 

 

その人物は半目の垂れ目と紫の髪が特徴的なグラマラスな美女であり、バスローブ姿がセクシーさを演出していた。

だが、その目は濁っており奥が見えない……だけでなく、奥底には狂気が宿っており、少なくとも真面な思考回路を持っていない人間であるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

「其れで、なんでアンタはこんな事になってたんだ?

 と言うか、アンタは彼女なのか?」

 

「実に忌々しい事なんだけど、私の前に現れた並行世界の私が更に並行世界の太古の地球に私を送ってくれやがったのさ。

 恐竜すら居ない時代に送られた時には流石にヤバいと思ったんだけど、死んで堪るかと思ったからコールドスリープ装置を作って眠りに就いたんだけどまさかこうして目覚める日が来るとは思わなかったよ。

 しかも私を起こしたのが織斑とは、つくづく私は織斑と縁があるみたいだね。」

 

 

その人物はバスローブを纏った状態でソファーに腰掛けると足を組んでタバコを一服した――そして、其れを行った人物は、束と瓜二つの容姿であったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode95『運命の始まった日~The Open Destiny Dya~』

デートを邪魔する……極刑だなBy夏月    其れは死刑一択ね♪By楯無    拷問死刑不可避だねByロラン


恐竜時代以前のコールドスリープから目覚めたパラレルワールドからやって来た束(以降タバネと表記)は、驚異的な回復力を見せ、コールドスリープから目覚めて三日後には日常生活を完璧に行えるようになっていた。

そして完全回復したタバネは織斑達が自身が生まれ育った研究所から持ち出したISを織斑達用に改造を施していた。

パラレルワールドの存在であっても、タバネがISの生みの親である事は変わらず、ISの生みの親だからこそ出来るパイロットの特性に完璧に合わせた強化改造が織斑達の機体に施されていたのである。

 

 

「しかしまぁ、偶然とは言えコールドスリープ状態の私を見付けられたのは幸運だったよ君達。

 此の機体、君達用に作られてはいたみたいだし決して性能も悪くなかったけど、此れじゃ君達の力は十全に発揮出来ないし、第一世代の織斑に戦いを挑んでも勝負になりゃしなかったね。

 チョロンと調べてみたけど、あの龍騎って機体は性能がヤバすぎるってモンさ……競技用リミッター掛けても性能的には第五世代よりも上だからね。」

 

「高性能だとは思っていたが、其処までなのかあの機体は……」

 

「改造前の君達の機体が一番最初のガンダムに登場したガンダムだとしたら、龍騎はカナダの双子が使ってる尤も戦闘力が低い支援型でもフリーダムガンダムレベル。

 攻撃型に関してはデスティニー、∞ジャスティス、ストライクフリーダム……でもって一番性能が高い羅雪はマイティストライクフリーダムってところさ。」

 

「其の性能差はえぐすぎるな、勝てるはずがない。」

 

 

第二次織斑計画と並行して専用のISも開発されていたのだが、其れは高性能ではあるモノの基本性能で龍騎シリーズには全く届いていなかった。

しかしタバネが改造を施した事で性能が大きく底上げされ、本当の意味で夫々の完全専用機として生まれ変わったのだ。

改造前の機体は高性能なバランス機だったのだが、改造後は一春と千春は近接型、一秋と千夏は射撃型、一冬と千秋は近接寄りのバランス型となっており、夫々の力を十全に発揮出来るようになっていたのだ。

 

 

「其れと君達は圧倒的に経験が足りてない。

 強化人間だから基本的な身体能力は普通の人間と比べれば相当に高いけどそれだけじゃ経験豊富な相手に勝つ事なんでドダイ無理ってモンだ……だからと言ってコツコツレベルアップするってのも難しいから、作っちゃいました『超強制レベルアップマシン』!

 此れを使えばあら不思議、戦闘経験値も肉体能力もあっと言う間に歴戦の戦士と同じレベルになっちゃう優れもの!

 分かり易く言えば一分の使用で、百回分の実戦に相当する経験を得る事が出来るってモンだね……尤も、その辺の凡人が此れを使ったら過剰なレベルアップでぶっ壊れっけどね。」

 

「だが強化人間である俺達なら大丈夫と言う訳か……強化人間だからこそ許された極悪チートなレベルアップ、地道に鍛えて来た奴等が聞いたら盛大にブチキレるだろうが、俺達は兵器だから早急に強くなる事こそが最も大事であるが故に此の強化は理に適っていると言う事か。」

 

 

更にタバネは夏月達と織斑達の圧倒的な経験の差を埋める為の装置まで開発しており、此れによって織斑達は其の実力が底上げされ、国家代表やプロを凌駕する力を手にする事になり、更にタバネが作り上げた戦闘シミュレーションで戦闘の感覚も研ぎ澄まして行ったのだった。

 

 

 

 

「まさか、彼女が此の世界で復活するとはね……私達が出張った方が良いかしら?」

 

「いや、その必要はないだろう多分な。

 奴が復活した事には驚いたが、此の世界の連中ならアタシ達が介入せずとも何とかするだろうからな……アタシ達が介入するのは本当にもうどうしようもなくなった時だけだ。」

 

「なら、暫くは此の世界の行く末を静観するとしましょうか。」

 

 

そして其の遥か上空ではISを部分展開した眼鏡の女性と蒼髪の女性がこんな会話を交わしていた。

因みに眼鏡の女性は亡国機業所属のナツキに、蒼髪の女性は楯無と瓜二つの容姿であり、コールドスリープから目覚めたタバネの事も知っているようだった……其の直後、二人は専用のISを完全展開すると其の場から飛び去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode95

『運命の始まった日~The Open Destiny Dya~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年度となり、IS学園にも新入生が入学して新学期が始まり、新一年生は夫々のクラスの『クラス代表』が決まり、『クラス代表対抗戦』に向けて熱気が高まっていた。

二年生と三年生に関しては『競技科』のクラスのみが『クラス代表』を選出する事になっているのだが、競技科に進む生徒はその年によって人数が異なるので二年生と三年生に関してはクラス代表対抗戦が行われない年も存在していたりする。

因みに今年度は競技科に進んだ生徒が多かった事で、二年生で4クラス、三年生で2クラスとなった事で対抗戦が行われる事になっていた。

 

二年生の競技科は夏月組が一組、秋五組が三組となリ、更に夏月は一組の、秋五は三組のクラス代表に就任していたのでクラス代表対抗戦での直接対決が決定していたのだった。

 

 

『マリア・ユキシマ、シールドエネルギーエンプティ!ウィーナー、一夜夏月!!』

 

「威勢の良さは認めてやるが、如何せん実力が足りてねぇ。

 代表候補生としては上位レベルなのかもしれないが、国家代表にはまだ及ばねぇし、楯無達の足元にも及ばないどころか足元まではまだ100㎞は遠いってモンだぜ。

 修行して出直して来な……俺は何時でも相手になってやるからよ。」

 

「強いとは思っていたけど、まさかアルゼンチンの国家代表候補の私が一方的にやられるとは思わなかった……成程、貴方の強さは本物だな。」

 

「こう言っちゃなんだが踏んで来た場数が違うんでな、俺と遣り合える奴は此の学園内には俺の嫁ズを除いたら早々居ないと思うぜ?

 お前はレベルで言えば大体50~60ってところだが、俺のレベルは……現時点で150万ってところか……で、俺の嫁達は全員がレベル100万越えだ。」

 

「レベルは100が上限ではないのか?」

 

「そりゃあくまでもゲームの話だろ?

 現実世界に於いてレベルの上限なんぞ存在しねぇってモンだ……『完成』、『極める』って思った瞬間に成長は止まるぜ?未完成で不完全である事を忘れないからこそ人は無限に成長する事が出来る。

 お前も上を目指すなら現状に満足しない事だ……『此れで良い』と思ったら敗けるぜ。」

 

「其の言葉、心に刻み込んでおこう。」

 

 

そして本日は放課後の第三アリーナにて、夏月が新入生にしてアルゼンチンの国家代表候補生である『マリア・ユキシマ』とのISバトルを行っていた。

先の絶対天敵との戦いとプロデビューからの連勝で、夏月のネームバリューは『世界初のIS男性操縦者』の肩書も相まって爆上昇しており、其の結果として夏月にISバトルを申し込んでくる新入生が爆増し、マリアもその一人だった。

マリアの専用機『シルバーソル』はビームハルバートをメイン武装とした近接戦闘型で、マリアの操縦技術も非常に高かったのだが、ハルバートをメイン武装にした機体ならばロランの龍騎・銀雷と何度も模擬戦を行っているので如何戦えば良いかが分かっており、ロランと比べたらマリアはレベルがずっと下だったので夏月にとっては勝つのに難はなかった。

 

態と大振りな攻撃を行って隙を作り、其処に攻撃を誘導した上でカウンターの居合いを叩き込むと言う超上級な戦い方で夏月はマリアを下したのだった。

 

 

「お疲れ様、夏月君。

 今回のマリアちゃんで此れにて新年度開始から累計50勝を達成したわ♪」

 

「秋五も其れなりに挑戦されてるけど、俺への挑戦が多過ぎんだろ……俺は今回で累計50戦だが秋五は累計何戦してんだよ?」

 

「織斑君は累計20戦ね♪」

 

「半分以下かい!……生徒会副会長ってのが悪く作用してんな。」

 

 

夏月は此れにて新年度になってからのISバトルの試合数が累計50戦に達し、勝利数も50勝となり、試合数は秋五の倍以上となっていたのだが、其れには夏月が新年度から新たに生徒会の副会長に就任していた事も大きかった。

生徒会長は前年度と変わらず楯無なのだが、副会長である虚が学園を卒業した事で副会長の座が空位となっていた。

一般の高校ならば副会長選挙が行われるところなのだが、IS学園では生徒会長である楯無の『次の生徒会副会長は夏月君』との鶴の一声で副会長は夏月に決まったのだった……普通は有り得ない事なのだが、楯無はIS学園最強の存在であり、その楯無が直々に副会長に任命した夏月は先の絶対天敵との戦いで大きな功績を残した実力者なので誰も異を唱える事は無かったのだった。

故に夏月は『IS学園のナンバー2』と言うのが対外的な評価であり、『学園最強の生徒会長を倒して生徒会長の座に就く』、『学園最強に挑む』と考えている生徒は、先ずはナンバー2である夏月に挑むようになっていたのだ――ナンバー2を倒さねば学園最強には挑めないと考えるのはある意味道理だろう。

但し生徒会ではナンバー2の副会長だが、夏月の実力的には楯無と同等かそれ以上であるのだが。

 

 

「君が負けるとは思わないが、50戦して削られたシールドエネルギーが僅か5%と言うのは驚異的な事ではないかと思うね?

 単純に計算して、10戦で1%しか削られていない事になる訳だからね……しかもそれは累計ダメージであり、事実上は全ての試合が略パーフェクト勝利な訳だからね……その強さ、改めて惚れ惚れしてしまうよ。

 嗚呼、矢張り君は最高だな夏月……時に、君の試合を見ていたら闘争心が疼いて来たな……流石に今からISバトルとは行かないが、食後にでもデュエルしないかい?」

 

「闘争心を満たせる遊戯王は素晴らしい……良いぜ、丁度新しいデッキが完成したから、其のデッキの最初の相手になってもらおうか?」

 

「新しいデッキの初戦の相手を務められるとは光栄だね。」

 

 

試合を終えた夏月はシャワーを浴びて汗を流すと、其の後は嫁ズと共に食道で夕食タイムとなった。

 

 

「え~っと、俺は……『ピリ辛味噌カルビ丼』の特盛に温玉トッピング。

 其れが飯で、おかずに『カレーコロッケ』、『サバの味噌煮』、『タルタルチキン南蛮』、『野菜マシマシ回鍋肉』。あと味噌汁の代わりにラーメン。牛乳はパックで。」

 

「私は……『カツカレー』の特盛をカツ二倍。

 それと、『大判ハラミステーキ』、『厚切り豚肩ロースステーキ』、『鶏モモ肉のソテー』、『骨付きラム肉の香草焼き』、『チキンバスケット』!それから『チャーシュー麺』のチャーシューマシマシ特盛と牛乳は夏月と同じくパックで!」

 

 

其の夕食の場では夏月とグリフィンが相変わらずバグっていた。

特にグリフィンはカツカレーのカツ二枚と言うだけでも中々にボリュームがぶっ飛んでいるのだが、更に単品で注文したメニューが見事なまでに『肉々しさ300%』であり普通の女子ならばまず頼まないメニューであった。

 

 

「「いただきます!!」」

 

 

明らかに普通の人間は過剰な量なのだが、強化人間で燃費が悪い夏月と、成人男性をも遥かに凌ぐ健啖家のグリフィンにとっては運動後に摂取する食事量は此れ位が当然の量なのである。

流石に初めて此れを見た新入生は全員が目を丸くして驚き、更に此の量を完食した挙句に追加注文をした時には己の目を疑ってしまったのは致し方ないと言えるだろう。

 

 

「今更かもしれないけど、将来はエンゲル係数高くなりそうだねお姉ちゃん?」

 

「其れに関しては大丈夫よ簪ちゃん。

 確かにエンゲル係数は高くなるだろうけど其れを上回る収入があるから……更識は裏家業は勿論だけど、表の仕事でも手広く順調に事業を拡大しているからね。

 近く三企業ほど買収して更識の傘下にする予定だから……更識の力をフル活用した上で、更に束博士に協力して貰えば企業の買収も割と簡単に出来るしね♪」

 

「驚愕の事実、暗部の長は金融業界の長でもあった……更識は日本の金融業界をも牛耳ってたんだ。」

 

「裏家業には色々とお金が必要になるからねぇ……更識は時代時代で裏家業とは別に大きな商売を展開してたのよ……とは言っても、私自身は投資とか全然分からないからその辺は束博士に任せてるんだけど♪」

 

「いや、タバ姐さんに投資丸投げしたら絶対に儲けしか出ないっしょ楯姐さん……タバ姐さんなら幾らでも株価操作出来る訳だし……最少額で買い付けて最大額で売却とか楽勝でしょ?」

 

「分かった上で任せてるのよ鈴ちゃん♪」

 

「……うん、タバ姐さんと楯姐さんのコンビは絶対に敵に回しちゃいけないって実感したわアタシ。」

 

 

夏月の嫁ズは少しばかり危険な話をしていたのだが、其れは一般人が聞いても何の事かサッパリ分からないので問題は無いだろう。

尚、夏月とグリフィン以外のメンバーの本日の夕食は、楯無が『トンカツ定食+筑前煮』、簪が『ミックスフライ定食』、ロランが『野菜たっぷりタンメン』、ヴィシュヌが『冷やしタヌキうどん+稲荷寿司』、鈴が『酢豚定食』、乱が『炒飯+飲茶セット(海老蒸し餃子、小籠包、春巻き)』、ファニールが『究極のサーモン丼』、ダリルが『ガーリックステーキ丼肉増し』、静寐が『キムチカルビ丼』、神楽が『天ざる』、ナギが『オムハヤシ』だった。

 

そして食後、寮に戻った夏月とロランは早速デュエルを開始したのだが……

 

 

「俺はバスター・ドラゴンの効果で墓地の『バスター・ブレイダー』を特殊召喚し、更に魔法カード『破壊剣士融合』を発動!

 俺のフィールド上のバスター・ブレイダーと、バスター・ドラゴンの効果でドラゴン族となったロランの『アテナ』を融合し、現れよ『竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー』!

 更にリバースカードオープン!永続罠『輪廻独断』!このカードの効果で互いの墓地のモンスターは俺が選択した種族となる……俺が選択するのはドラゴン族!

 此れにより俺とお前の墓地のモンスターはドラゴン族となった訳だが、竜破壊の剣士の攻撃力と守備力は相手のフィールドと墓地のドラゴン族一体に付き1000ポイントアップする。

 バスター・ドラゴンと輪廻独断の効果で、お前のフィールドと墓地のモンスターは全てドラゴン族となり、其の数は合計で15枚!よって竜破壊の剣士の攻撃力は15000ポイントアップする!」

 

 

竜破壊の剣士-バスター・ブレイダー:ATK2800→17800

 

 

「攻撃力、17800……!」

 

「此の攻撃力、そうそう超えられないぜ!」

 

 

夏月が組み上げたデッキは『バスター・ブレイダー』だった。

竜破壊の剣士の融合召喚と、バスター・ドラゴンのシンクロ召喚をメインにしたデッキで、竜破壊の剣士とバスター・ドラゴンを並べる事が出来ればアドバンテージを稼げるデッキなのだが、夏月は其処に墓地のモンスターの種族変更が出来る『輪廻独断』を組み込んでより盤石にしていたのだ。

フィールドと墓地のモンスターをドラゴン族に限定してしまうとドラゴン族専用のカード以外は発動出来なくなってしまうので相手の動きを大きく制限する事が可能なのである。

其れに加えてフィールドと墓地のモンスターをドラゴン族にしてしまえば竜破壊の剣士の攻撃力も爆発的に上昇すると言う極悪な状態となり、竜破壊の剣士には貫通効果もあるので、守備表示のドラゴン族が相手であっても特大のダメージを与える事が出来るのである。

一方のロランは光属性の天使族と闇属性の堕天使にカオスギミックを組み込んだ『カオス天使』であり、『神の居住-ヴァルハラ』の効果で最上級の天使を特殊召喚し、更に『DNA移植手術』で属性を光に変えてオネストカウンターも狙うデッキだったのだが、種族を変えられた上に守備表示にされてしまってはオネストカウンターも狙えなくなってしまっていた。

 

 

「竜破壊の剣士-バスター・ブレイダーで、守護天使ジャンヌに攻撃!ドラゴンバスターブレード!!」

 

「其の高攻撃力が命取りさ……トラップ発動『魔法の筒』!此れで17800ポイントの攻撃力分のダメージが其のまま君に跳ね返る!」

 

「おぉっと、そう来たか……だが、其れは通さねぇ!

 カウンター罠『神の宣告』!このカードの効果で魔法の筒を無効にする!」

 

 

夏月:LP5000→2500

 

 

「そのカードを伏せていたのか……此れは打つ手無しだね。」

 

 

ロラン:LP4000→0

 

 

最後の攻防は夏月が制し勝負あり。

しかし、一度で終わらないのがデュエルであり、その後夏月とロランは互いにデッキを変えてデュエルを続け、其れは完全就寝時間を過ぎても部屋の明かりを最小限にした上で行われ、最終的には五十戦をする事になり、最終成績は夏月の27勝23敗と中々の接戦だった。

そしてデュエルが終わった後は、夏月とロランは同じベッドで眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

時は進んでゴールデンウィーク。

日本に於いては一年で最大級の連休は今年も各地の観光地や観光施設には多くの人が訪れて賑わっており、各地の高速道路では最早名物と言っても良い大渋滞が発生していた。

 

今年のゴールデンウィーク、IS学園は九連休となっていた。

其れだけの大型連休ともなれば当然夏月も秋五も嫁ズとデートとなるのだが、秋五は一人ずつのデートが可能となるのに対し、夏月の嫁ズは十二人も居るので全員と一人ずつのデートは不可能だったので、七人がシングルデートとなり、残る五人はタッグデートかトライデートとなるので、シングルデートの権利を獲得すべく、『e-スポーツ部』内で壮絶な『スマッシュブラザーズ大会』が行われ、其の結果、楯無、簪、ロラン、ヴィシュヌ、グリフィン、静寐、ダリルの七人がシングルデートの権利を勝ち取り、鈴と乱がタッグデート、ファニールとナギと神楽がトライデートとなった。

 

しかしその後に行われた『デート順』のクジ引きではトライデート組が一番を引き当て、ゴールデンウィークの初日に夏月とデートする権利を手に入れたのだった。

 

そして其のゴールデンウィークの初日、夏月とファニールとナギと神楽は本土に渡り、関東でも最大級の規模を誇る水族館である『大洗アクアワールド』を訪れてゴールデンウィーク限定のイベントやイルカショーを心行くまで楽しんだ。

特に今年のゴールデンウィーク限定のイルカショーでは、大洗の最大の売りである大人気アニメ『ガールズ&パンツァー』とコラボしており、イルカのドルフィンキックのたびに会場からは『パンツァー・フォー』の大声援が起こっていた。

 

 

「ねぇ夏月。」

 

「如何したファニール?」

 

「此のヨーロッパオオウナギ、幾らなんでもデカすぎない?」

 

「……気のせいじゃないか?」

 

「其れと、何かこっち見てる気がするんだけど……」

 

「無視しなさい。」

 

 

イルカショーを堪能した夏月達は、土産物コーナーに立ち寄り、其処で夏月は記念メダルと其れをはめ込むチェーンネックレスを購入し、メダルにはファニール達のイニシャルと生年月日を刻印していた。

其れを受け取ったファニール達は顔を綻ばせて、早速その世界に一つだけのメダルネックレスを首に掛けたのだった。

 

 

「さてと、そろそろランチタイムなんだが、何食べたい?」

 

「「「「お好み焼き『道』さんでお好み焼き!」」」」

 

「満場一致だな此れは。」

 

 

そうしてアクアワールドを出たころには丁度ランチタイムだったので夏月は『何が食べたい』かを聞いたのだが、返ってきた答えは満場一致で『お好み焼き』であった。

大洗のお好み焼き屋『道』は、地元では其れなりに愛されている店だったのだが、アニメ『ガールズ&パンツァー』が大ヒットすると、店名の『道』の前に『戦車』を追加して、『お好み焼き戦車道』として大繁盛を遂げていたのだった。

 

 

「俺は『最強大洗焼き(タコ、イカ、あん肝を混ぜたお好み焼き ※実在してません)』のタコマシで!」

 

「アタシは無難に豚玉かしらね。」

 

「私は垂らし焼きを。」

 

「アタシは『エビ玉』で!」

 

 

夫々が注文をして、そして運ばれて来た記事を熱せられた鉄板に落として、鉄板焼きが始まったのだが――

 

 

 

 

――ドガァァァァァァァァァン!!

 

 

 

 

其れに合わせるように凄まじい爆発音が鳴り響いた。

 

 

「街中で爆音だと?」

 

「普通じゃ有り得ない事だね……行こう夏月君!」

 

 

其れを聞いた夏月達は直ぐに爆発音の発生源へと向かったのだが、爆発音の発生源は大洗のシーサイドステーションであり、ガールズ&パンツァーのキャラクターのイラストを施した建物は大人気だったのだが、其れも無惨に崩れ去ってしまっていたのだった。

夏月達が辿り着いた時には、後の祭り状態だった。

 

 

「コイツは……新たな織斑がやったのか?」

 

「其の可能性は大きいと思うわ……被害は大きいけど、死者がゼロだったのが幸いだと思うけど、デートの邪魔をした事は絶対に許さない……!」

 

「気合入ってるじゃねぇか……なら、こんなクソッタレな事をしてくれた連中に、一発かましてやろうぜ!!」

 

 

そして其れは同時に『新たな織斑』からの『宣戦布告』とも言えるモノであり、同時に束から『新織斑達が動き始めた』とのメールを受け取ったので、此の惨劇を起こした犯人は確定したのだが、夏月は其れを受けながらも自分達の前に立ちはだかるのであれば容赦なく斬る事を決めていたのだった。

 

 

「さぁてと……折角の休日を潰してくれたんだ……其の代償を払う覚悟は出来てるんだよなぁ!!」

 

 

夏月は羅雪を展開し、ファニール達も専用機を展開して其の場から飛び立ち、束から送られて来た新織斑の機体データを追い、そして追い付いていた。

 

 

「逃がさねぇぞ、クソッタレが……!」

 

「まさか追い付いてくるとはな……だが追い付いてしまったのならば仕方ない……俺達の未来の為に死んでくれ兄さん。」

 

「誰がテメェ等の為に死ぬかボケナス……俺を殺したいなら、最低でも殺意の波動に目覚めたリュウレベルの奴を連れて来いよ。

 ハッキリ言って、テメェじゃ役不足だぜ……死にたいなら掛かってきな――但し、俺に挑むなら人生にピリオド打つ覚悟を決めてこいだけどな!!!

 教えてやるよ、格の違いってモノをな……俺と比べたらドレだけテメェが矮小な存在なのかって事を実感しな!」

 

「簡単に人の死を口にするなよ三下が……!!」

 

 

そして追い付いた敵と相対したのだが、夏月も、そしてファニール達も真剣そのものであり一部も隙も無かった――そして今此処に本格的に新織斑との戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode96『新たなる世界に現れし害悪~The 束とタバネ~』

市街地戦になったら、俺は軍神の奥義を使う!By夏月    軍神の奥義は一撃必殺よね♪楯無    一撃必殺はロマンだねByロラン


ゴールデンウィークのデート中だった夏月とファニール、ナギ、神楽は、デート地の茨城県大洗町で突如発生した爆発事件に遭遇し、其れを行った新織斑を追い、そして海上で追い付き戦闘待ったなしの状況となっていた。

新織斑は合計で四人で、機体はフルスキンである物の形状から男性二人と女性二人である事が分かる。

 

 

「デートの邪魔をしたのは勿論だが、一般人を巻き込んだってのは其れ以上に許せる事じゃねぇ……新たな織斑が何人居るかは知らねぇが、取り敢えずテメェ等は此処でゲームオーバーだ。

 テメェ等の狙いが俺や秋五だってんなら、俺と秋五、でもって夫々の嫁ズを狙えば事足りるのに、無関係な一般人を巻き込みやがって……楽に死ねると思うなよ?平穏に暮らしてる人達の休日を地獄に変えた罪は懲役百八十五年、終身刑三回でも足りないレベルだからな!」

 

「そもそもデートを邪魔した時点で、懲役四万年よ!!」

 

「一人に付き一万年で計四万年ですか、納得です。」

 

「懲役四万年って何処の国の判決なのよ……でも確かに数はあってるよね。」

 

 

ゴールデンウィークの最中に起きた突然の戦闘でも、夏月組は気負う事は無かった。

夏月は少し感情的に言葉を発したが、其れはファニール達を鼓舞する為のモノであり、夏月自身は感情の平静は保っていた――更識の仕事をはじめとした数々の修羅場を潜り抜けて来た夏月は、『激情と平静』を精神的に同居させられるようになっていたのである。

 

 

「そんで、何だって攻めて来ないんだお前達は?

 此れだけ分かり易く隙を作ってやったって言うのによ?……もしかして攻めて来ないんじゃなくて、攻める事が出来なかったのか?――確実に勝てるかどうか、其れが分からなかったから攻める事が出来なかったって訳か。

 だとしたら、弱虫も良いところだぜ……確実に勝てる戦いしか出来ねぇってのは、逆を言えばテメェの実力に不安があるからだしな……ふん、来るなら来てみろよ、三流以下の弱虫未満が。」

 

 

更に此処で夏月は新織斑達を盛大に煽ってみせた。

相手を煽って激高させ、冷静な判断力を奪うのも有効な手段ではあるのだが、人を煽る事、おちょくる事に関しては右に出る者は居ない楯無直伝の『煽りスキル』を会得している夏月の煽りは、毒舌満載でたたみ掛けて来るので短気な人間ならば全て聞き終える前に突撃してくるレベルだ。

 

 

「先に動くのは戦場では最悪の一手となるが故に見に回っただけの事……俺達を甘く見ると痛い目を見るぞ兄上殿……」

 

「俺達に痛い目を見せたいなら、生の唐辛子を熱した鉄板で炒めた際に発生する煙でも持って来いよ……並大抵の攻撃じゃ俺達には効かないぜ?

 ……取り敢えず、デートの邪魔をした代償は払ってもらう。序に、『道』での食事代も払ってもらうぜ?……テメェ等がやらかしてくれた事で、昼飯半分も食ってねぇのに、注文しちまったから代金だけは払わないとだからな!!」

 

 

織斑達は煽りに乗ってくる事は無かったモノの、発した言葉から精神の苛立ちを感じ取った夏月は更に煽り、言うが早いか続いて繰り出したのは得意の超速居合い、ではなくビームアサルトライフル『龍哭』による超絶連射だった。

『射撃の精密さは度外視して連射性能に全振り』して開発された龍哭の連射性能は極限まで高められており、マニュアル操作であってもオート連射を遥かに上回る連射が可能となっているのだ――尤も、其処に至るまでには束が『もう勘弁して』と泣きを入れるレベルで夏月が試験機を動作不良に陥らせる連射をした事が一因ではあるのだが。

そして夏月の超連射に続く形でナギも搭載された火器を全開にしてのフルバーストを敢行して先ずは弾幕攻撃で新織斑達にド派手な挨拶を一発ぶちかましたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode96

『新たなる世界に現れし害悪~The 束とタバネ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍哭を超連射した夏月は、続いてビームダガー『龍尖』を両手に持てるだけ持つと、其れを何度も新織斑達に向かって投擲し、新織斑達を囲むように空中に停滞させる。

やがて、弾幕攻撃で起こった煙幕も晴れると、其処にはエネルギーフィールドを展開して弾幕攻撃を防いだ新織斑達の姿があった。

 

 

「ビームシールド搭載とは豪華だな?

 だが、此のビームダガーの結界から逃れる事は出来ないぜ?……ビームシールドってのは実体シールドと違って使用しても蓄積ダメージで壊れる事が無い代わりに機体の消費エネルギーが大きいモンだからな?

 此れだけの物量で攻撃すりゃ、一機に機体エネルギーを削れるだろ?……俺が晒してやった隙に攻撃してこなかった時点で、お前達は既に詰んでたんだよ……見えてる事が逆に恐怖だろう、ってか!?」

 

 

しかし新織斑達は無数の龍尖に囲まれており逃げ場はない。

羅雪の拡張領域に詰め込めるだけ詰め込んだ龍尖の数は五百本は下らず、更に使った端から羅雪のコア人格(以降地の文では『ラセツ』と表記)が補充するので事実上の弾数無限状態なのである。

そうして放たれた龍尖の結界はエネルギーフィールドに阻まれたモノの、其の物量でエネルギーフィールドを発動する為のエネルギーを大きく削り、新織斑達の機体のシールドエネルギーの残量を20%まで減少させてしまったのだ。

シールドエネルギーの残量が20%の状態で夏月達との戦闘を継続するのは相当に厳しく、夏月の居合いは勿論、ファニールの歌でバフ効果を得た神楽やナギの一撃を喰らっても一発でシールドエネルギーエンプティは間違いないだろう。

 

であるのならば此処は一旦退くべきところなのだが、新織斑達は撤退の素振りは見せずに夫々が武器を構えて戦闘継続の意思を見せていた。

 

 

「引き際ってモノを見極める事が出来ねぇのかお前等は?

 俺や秋五、マドカの後発組って事はより高性能なのかと思ったが、如何やらそうでもなかったみたいだな……だがまぁ、お前達が静かに平穏に暮らすってんなら其れで良かったんだが、俺達に敵対するってんなら話は別だ。

 弟や妹が道を間違っちまったってんならぶん殴ってでも元の道に戻してやるのが兄貴の役目なのかもしれないが、元の道に戻す事が出来ねぇってんなら此処でお前達の道を断ち切るまでだ。」

 

「四十院流の薙刀の舞、堪能して下さいませ。」

 

 

あくまでも戦う意思を見せる新織斑達に対して、夏月は居合で斬り込み、神楽はイグニッションブーストで懐に飛び込みビーム薙刀による連続攻撃を放ったのだが……

 

 

「夏月……此方が攻撃した筈なのに何故かシールドエネルギーが減っています。」

 

 

攻撃した側の夏月と神楽の機体のシールドエネルギーが減少していたのだ。

 

 

「此れは……成程、零落白夜を攻撃じゃなく防御に応用したって事か――自分に攻撃を当てた相手のシールドエネルギーを消費させる訳ね。

 遠距離攻撃には意味がないが、近接戦闘になった場合はコイツは厄介だな……攻撃を当てたら逆にこっちのシールドエネルギーが減っちまうんだからな……零落白夜みたいな一撃必殺じゃないが、其れが逆に厭らしいぜ。

 此れを相手に攻めるのは難しい……と思うだろうが、俺達に限ってはそうじゃねぇんだよなぁ。」

 

 

攻撃した側が逆にダメージを受けると言うのは実に有り難くない事なのだが、夏月は新織斑達の機体の特性を此の一撃で見極めると、再度居合で斬りかかった。

一撃必殺の居合いの威力は非常に高いのだが、其れだけに零落白夜シールドで削り取られるシールドエネルギーも膨大なモノになるのだが……

 

 

「シールドエネルギーが減ってない?……そんな、如何して!」

 

「零落白夜は束さんが作ったモンだって言うのを忘れるなよ?

 束さんが味方である以上は零落白夜は脅威じゃねぇし、俺には零落白夜を無効に出来る能力がある――だけじゃなく、此の能力は俺の嫁ズ限定で共有する事が出来るんでな……零落白夜装甲は通じねぇんだよ!」

 

 

夏月の羅雪には零落白夜を無効にする『無上極夜』があるので、其れを使えば零落白夜の特性を備えた装甲を攻撃しても自機のシールドエネルギーが減少する事はないのだ。

更に羅雪のISコア人格であるラセツは無理矢理入れ替えられたとは言え元白騎士のコア人格なので全てのISコアに干渉する事が可能であり、ラセツの性格的に敵機へのデバフは得意ではないが味方機へのバフは得意であり、特に自機の能力を一時的に味方機に付与する事位は朝飯前なのである。

よってファニール、神楽、ナギも零落白夜無効能力を現行戦闘限定で得ており、零落白夜装甲は完全に無力と化したと言う訳だ。

 

 

「自機の能力を他の機体に与えるだなんて、そんな事が……」

 

「驚く事でもねぇだろ?

 乱の機体のワンオフは他機のワンオフをコピーするって言うISバトルなら反則ギリギリのモノなんだ――他機の能力をコピー出来るんなら、自機の能力を他機にコピーするのだってありだよなぁ!?」

 

「他機の能力をコピーするのが反則ギリギリなら、自機の能力を他機にコピーするのは反則じゃないのか!?」

 

「ガチの戦場に反則なんて言葉はねぇんだよボケェ!

 付け加えてもう一つだけ良い言葉を教えてやるよ……主人公ってのはなぁ、基本的に何をしても許されるモンなんだよ!ラストターンでエクゾディア完成させたり、ブチ切れ覚醒で戦闘力五十倍になったり、土壇場で時を止めたり、光の速度越えたり、生身で成層圏に達したりと色々なぁ!」

 

「む、無茶苦茶すぎるぞ其れは……」

 

「無茶苦茶上等!無理を通して道理を蹴り飛ばすのが俺の基本スタイルなんでな……世の中の常識なんぞ俺には通じねぇ!……此れで終わらせる!

 生物兵器をも超越した力、思い知れ……!」

 

 

新織斑達の機体には『攻撃を喰らって減少したシールドエネルギーを即時回復する機能』が備わっていたからこそ、零落白夜装甲が威力を発揮出来たのだが、零落白夜装甲が無力化されては其の限りではない。

シールドエネルギーの即時回復能力は極めて強力であるのは間違いないのだが、『攻撃を喰らって減少したシールドエネルギーを回復する』機能は、逆に言えば一撃でシールドエネルギーがエンプティになった場合には発動しない――『減少した分を即時回復』出来るのは、シールドエネルギーが0.01%でも残っていればだからであり、完全にゼロになってしまった場合は発動しないのだ。

 

機体の弱点があらわになったところで、夏月は居合の構えを取るとイグニッションブーストを発動すると同時にワンオフアビリティの『空烈断』を発動し、見えない居合いと空間斬撃の合わせ技である『次元裂断』(技名は其の都度夏月の気分で変わるので同じだったり違ったり)を放ち、更に同じ能力をコピーされた神楽もビーム薙刀で同様の攻撃を放って見せた。

夏月の攻撃だけでも相当な威力なのだが、其処に神楽が同様の攻撃を重ね、其れがファニールの歌で威力を底上げされ、更にナギが『弾幕シューティングゲームなら回避にミリ単位の正確な操作が必要になる画面の九割を覆う弾幕』を放った事で新織斑達は咄嗟にエネルギーフィールドを展開してダメージを最小限に止めるのが精一杯だった。

 

 

「エネルギーフィールドで防御しても此処まで削られるとは……化け物かお前……!」

 

「今更何言ってんだ?

 化け物はお互い様だろ、俺も、お前等も……所詮は兵器として生み出された人を超えた、超えちまった化け物である事を変える事は出来ねぇよ――だがな、如何生きるかを選ぶ事は出来るんだぜ?

 俺も秋五もマドカも自分で選んで今の生活を送ってるからな――お前達だって俺達と同じ平穏の道を選ぶ事も出来たのに、其れを自ら放棄しちまった。

 其れでも、俺達の平穏を邪魔しないなら無視を決め込む心算だったんだが、そうじゃないなら徹底的にやらせて貰うさ……最期に何か言う事はあるか?

 せめてもの情けとして、死にゆく者の言葉位は聞いてやるぜ?」

 

「遺言を聞いてくれるとは優しいな……だが、その優しさが命取りだ!」

 

 

ギリギリでシールドエネルギーが残った新織斑達は、此処で閃光弾とスモーク弾を炸裂させて夏月達の視界を奪い、そして其の隙に戦場からまんまと離脱したのだった――閃光弾かスモーク弾の何方か一方だけだならば即時対応も出来たのだが、同時に使われた事で夏月達は対応が少し遅れてしまったのだった。

 

 

「今回はあくまでも顔合わせだ……本命は此処からだからな……また会おうぜ、兄上殿――!」

 

「おぉっと、煙幕とはお約束の逃げの一手だが、お約束だけに有効なんだよなぁ……視界を潰されちまったら追うのは無理か……ハイパーセンサーのサポートがあっても視界をカバー出来る範囲は限られてるからな。」

 

 

閃光と煙幕が晴れた其の場所に新織斑達の姿はなく、まんまと戦闘から離脱してみせたのだった。

 

 

「逃がしてしまいましたね……逃げ足だけは一流であると認めざるを得ないようですが、彼等はまた現れる筈です……如何します?」

 

「如何もこうも、来るなら相手をするだけだが、次以降もまた今回みたいにマッタク無関係な人達を巻き込むってんなら次で確実に息の根を止めるしかねぇだろ?

 アイツ等の実力自体は大した事はねぇ……精々更識の仕事で極稀に遭遇するソコソコ強い奴に毛が生えた程度だから俺達が負ける事はねぇよ。

 其れよりも問題なのはアイツ等の機体だ……織斑計画が継続してたってんならアイツ等専用のISが存在しててもおかしくないが、零落白夜装甲はそんじょ其処らのIS開発者が作れるモノじゃねぇ。

 束さんから聞いた話だと、織斑の機体が白式だった頃のワンオフが零落白夜だったのは倉持が零落白夜を搭載したんじゃなく、『一次移行時点でワン・オフ・アビリティを発現出来る機体』を目指して開発した結果、一次移行後に発現したワンオフが偶々零落白夜だっただけらしいからな。」

 

「えっと、つまり如何言う事?」

 

「……零落白夜はタバネ博士にしか作り上げる事は出来ない。

 其の零落白夜とほぼ同等の性能の装甲を搭載している機体を使ってるって事は、アイツ等のバックにはタバネ博士並みの頭脳を持った存在が居る、そう言う事でしょ夏月?」

 

「ファニール……大正解。

 脅威はアイツ等よりもむしろアイツ等のバックに居る存在だ……そいつがアイツ等の生みの親なのか、其れとも全く関係ない奴なのか――何れにしてもトンデモねぇロクデナシであるのは間違いねぇけどな。」

 

 

新織斑達の戦闘力は現時点では大した事は無かったが、寧ろ問題は使っていた機体だった。

零落白夜は束が開発したワン・オフ・アビリティであり、『エネルギー系の攻撃と防御を無効にする』と言うのが一体どんなメカニズムによって行われているのかは一般の科学者やIS開発者には解析出来ず、束も零落白夜の製造方法は一切語った事が無いので束以外に機体に零落白夜を搭載する事は不可能であるのだ。

にも拘らず零落白夜を応用した装甲を搭載している機体を使っているとなると、新織斑達の機体開発には少なくとも束に匹敵するだけの力を持った者が存在している可能性が極めて高いのである――もしそうだとしたら、此の先どんな超兵器が出て来るか分かったモノではないだろう。

 

 

「だが、今回の一件に関して束さんから何の連絡も無かった事を考えると、あんまり深刻になる必要はないのかもな……マジでヤベェ時は絶対に束さんが緊急連絡寄越すだろうからさ。」

 

「あ~……其れはすっごく納得だわ。」

 

 

とは言え、束が事前に何も言って来なかった事で夏月達の中では新織斑達の脅威は絶対天敵よりも下と認識されていた。

マッタクもって其の力が未知数であり、更に凄まじいスピードで進化を行って驚異的な力を手にして行った絶対天敵と比べれば、新織斑達は生物兵器としてある意味完成された存在であるのだがあくまでも肉体は人間であるので、絶対天敵のように『生物の枠組みを超えた進化』をする事だけは、まず有り得ないのだからその認識になるのも致し方ないだろう。

 

其の後、夏月は束と楯無に今回の一件を伝えると、ファニール、神楽、ナギと共に破壊された大洗シーサイドステーションの瓦礫撤去作業にボランティアで参加し、ISの力をフル活用して作業に尽力していた。

大洗シーサイドステーションではゴールデンウィークのイベントが行われており、訪れた多くの人が駐車場や中央広場などに集まっており、建物内にテナントで入っている店の従業員も、イベントの出店にほぼ出払っていたので瓦礫に巻き込まれて生き埋めになった人は極少数であり、其の瓦礫も夏月達があっと言う間に撤去したので救助された人達は重傷であるモノの、命に別状はなかった。

 

 

「しかしまぁ、本当に良いのかね此れは?」

 

「店主が良いって言ってんだから良いんじゃないの?」

 

 

作業を終えた夏月達は、ランチタイムに入ったお好み焼き屋『道』の店主に呼ばれ、食べそびれてしまったお好み焼きを改めて食べる事になっていた。

流石に昼に注文したメニューは時間が経ってしまったので、大洗アクアワールドに魚達の餌として提供して、新たにお好み焼きの生地を作った訳だが、今回はなんとお代は無料との事だったのだ。

店主曰く『大洗を襲った敵と戦って撃退して、シーサイドステーションの瓦礫撤去と被害者を救出してくれた礼だ』との事で、断るのも失礼だと思って夏月達は其の言葉に甘える事にしたのだった。

 

 

「お好み焼きは、焼き上がったところにソースを掛けるんだが、ソースは鉄板に垂らすように掛けるのがポイントなんだ。

 鉄板の熱で焦げたソースが良い味を出してくれるんだ……其処にお好みでマヨネーズ、カツオ節、青のりをトッピングすればお好み焼きの完成だぜ!」

 

「お好み焼きはヘラで食べるって聞いた事があるんだけど、どうやってヘラで食べるのよ?」

 

「其れはですね、ヘラで縦と横に切って、切ったのをヘラに乗せて食べるんです。」

 

「おばちゃーん、追加注文でイカゲソの唐揚げお願いしまーす!」

 

 

こうして遅めのランチを済ませた夏月達は、『大洗科学館』を見て回った後に『かねふく明太パーク』を訪れ、其処で『明太を丸々一本使ったジャンボおにぎり』、『横浜中華街監修明太ブタまん』、『明太ソフトクリーム』を堪能してから工場見学をし、ロビーで『出来立て明太子』、『イカミミ明太』、『明太チョリソー』、『明太ギョーザ』等をお土産として購入し、ゴールデンウィークをはじめとした長期休暇中の拠点である更識の屋敷へと戻って行ったのだった。

 

因みに明太パークには多くの著名人のサイン色紙も展示されているのだが、其処に新たに今回明太パークを訪れた夏月一行のサイン色紙も追加されたのだが、夏月のサインは『夏月』の『月』の字の払いの部分が『三日月』になっていると言う中々にエンターテイメント性のあるモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「新織斑達が本格的に動き始めた……だけじゃなく、その背後には束博士レベルの人間が存在している、か……しかもそれだけじゃなく、マッタク無関係な民間施設に攻撃したと言うのは見過ごせないわ。

 だけど、そのおかげで更識を動かす大義名分が出来たわ……更識は日本の暗部であり、日本にとってマイナスになる存在を消し去る事も大切な仕事なのだからね……更識はターゲットを絶対に逃さないし、束さんもターゲットは逃がさない。

 そんな更識と束さんが協力関係にあるのだから、ターゲットに逃げ場はない……其の場凌ぎで逃げおおせても、本当の意味で逃げ切る事は出来ないわよ絶対にね!!」

 

「逃げられる訳ねーじゃんよ?

 逃げられる訳ねーんだけど、新型織斑達の方はたっちゃん達に一任させて貰おうかなぁ?今回は私が出張らずとも君達だけで全部解決出来ると思ってたからあんまり手を出す心算はなかったんだけど、そうも言ってられない状況になったみたいだからね。」

 

 

夏月達がデートをしていた日、束はムーンラビットインダストリー社長の『東雲珠音』として、倉持技研が開催した会合に出席し、楯無が護衛として同行していた。

束本人は出席する気はマッタクなかったのだが、『東雲珠音』としては招待状を受け取った以上は出席しない訳にも行かず完璧な変装を施して出席して他の参加者を驚かせていた――世界初の男性IS操縦者を企業代表として有している上に、社長の護衛として更識の長であり夏月の婚約者の一人である楯無が同行しているのだから驚くのも当然と言えるだろうが。

会合は立食パーティの形で行われ、束は業務提携を持ち掛けて来た他のIS関連産業を『其方と提携する事で此方にはどのようなメリットがあるのか?』と聞いてやんわりと提携を断っていた……束が直々に機体の開発を行っているムーンラビットインダストリーのIS及び関連部品は今や世界トップシェアとなっており、特にISの本来の目的である宇宙開発の部門に於いてはシェアを独占状態にあるのだから。

詰まる所、ムーンラビットインダストリーと比肩する企業はないため、提携するメリットは皆無であり、提携する事で技術流出するデメリットしかない訳なのである。

 

その会合が終わった後、予約していた旅館の露天風呂(最高ランクの宿泊部屋に付属のミニ露天風呂)にて、楯無と束は新織斑達の事について話していた――夏月から連絡を受け、此れからの事を話し合っていた訳だ。

 

 

「……其れは、零落白夜装甲が関係しているのかしら?」

 

「まぁ、そうだね。

 かっ君も言ってた事だけど、零落白夜は私にしか作る事が出来ない上に、零落白夜の作り方を記したメモも、アイツに手切れ金として暮桜をくれてやった後で破棄したから私以外に零落白夜のメカニズムを知ってる人間は居ない筈なんだ。

 だけど今回、其の零落白夜を応用した装甲を搭載した機体が現れた……此れは流石に無視出来ねーっしょ?……新型織斑の機体を作ったのが何処の誰かは知らないけど、そいつは少なくとも束さんに匹敵する脳味噌持ってるって言える訳だからね。

 私は、そいつが何者なのか、其れを明らかにする事に集中したいのさ――恐らくはむこうも私の事を調べて来るだろうからミラーマッチになるだろうし。」

 

「相手のバックに束さんレベルの存在が居るとなると確かに脅威ね……了解したわ。

 新織斑の動向は更識が全力をもって注視するから、束さんは連中のバックに居る相手の方をお願いするわ……思い知らせてあげましょう、更識と篠ノ之束のコンビに喧嘩を売ったのがドレだけ愚かな事であったのかを!」

 

「オウよ、やったろうぜたっちゃん!!」

 

 

束がぶっ飛びすぎているので忘れがちだが、楯無もまた若干十五歳と言う異例の若さで楯無を襲名した稀代の天才であり、二人の天才は今後の方針を決めると温泉でハイタッチ。

互いに天才タイプで可愛がっている妹が居て、ノリが良く、面白い事には目がないと言う共通点もあり、実は楯無と束は結構仲も良いのである。

 

 

「時に束さん、折角の温泉なのだから一献如何?此の温泉旅館で頼める最高級の純米吟醸なのだけれど。」

 

「おぉ、最高の温泉に浸かりながら最高のお酒とか最高過ぎるじゃんよ!もちろん有り難く頂くよ!」

 

「本来なら出たくもない会合に出て貰ったんだから此れ位はね……温泉が終わったらマッサージもあるから其方も楽しみにしておいてね♪」

 

「見晴らしの良い露天風呂と美味しいお酒を堪能して、更に其の後にはマッサージとか至れり尽くせりとはまさにこの事だねぇ~~?……折角だから君も飲みたまえよたっちゃん。

 身分を偽っての潜入捜査の時とか飲む事もあるんだから飲めるっしょ?」

 

「まぁ、飲める飲めないで言えば飲めるけれど……アルコールと睡眠薬に関しては特に高い耐性訓練やって来たから酔わないのよねぇ……でも逆に言えば酔わないって事はお酒の美味しさを純粋に楽しめると言う事なのかしら?」

 

「かもね♪」

 

 

二人の天才は温泉とお酒を堪能した後にマッサージで身体をほぐし、そして旅館自慢の料理(お造りの盛り合わせ、季節の天婦羅、ジビエ鍋、名産牛の石焼ステーキ等々)を堪能した後に、床に就いたのだった。

 

 

「そう言えば、箒ちゃんは束さんに対してコンプレックスとかは抱いていなかったのかしら?簪ちゃんは私に対して少しコンプレックスを抱いていたけど。」

 

「無くはなかったと思うんだけど、其処まで強くはなかったんじゃないかな?

 お父さんは『褒めて伸ばす』の達人みたいな人だったから、箒ちゃんの良いところを見付けて褒めて伸ばしてたからね……人って不思議なモノで、長所を誉められて育つと、自然と短所って形を潜めるモノなんだよ――私だってお父さんに褒めて貰う事が無かったら人間嫌いの人格破綻者になってたと思うからね。」

 

「褒めて伸ばす事が大事、か……お父様もお母様も簪ちゃんの長所を誉めていたけれど、周囲の有象無象が色々言っていたからねぇ――私が楯無を襲名した際に簪ちゃんを夏月君と共に最側近に置いて、簪ちゃんの事を低く見ていた連中を黙らせる事は出来たし、簪ちゃんはその後の更識の仕事で力を示してくれたから今では簪ちゃんを低く見る人は居なくなったのだけどね。」

 

「『優秀な姉』って評価も善し悪しだよね。

 お姉ちゃんってのは総じて妹にカッコいいところを見せたいから頑張ってるだけなんだよねぇ……束さんの場合、其れが突破して世紀の天才なんて言われちゃってるんだけどさ。」

 

「束さん……分かります!分かりますよその気持ち!!」

 

 

そして二人の『優秀な姉』は布団に入った状態で日にちが変わるまで語らい、何時しか夢の世界に旅だったのだが、束は相当に寝相が悪かったのか掛布団を蹴り飛ばしただけでなく幾度となく寝返りを打った事で浴衣の帯が解け、最終的には浴衣に袖を通しただけのほぼ全裸の状態で楯無を抱き枕にしており……

 

 

「ちょ、束さん!?」

 

「うわおぉぉ、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

 

 

翌朝、旅館には楯無と束の驚きの絶叫が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、夏月達が襲撃された日の夜。

此の日、東京ドームではISバトルのランキング戦が二試合行われていた――一試合は現ランキング二位の『草笛氷雨』と現ランキング三位の『美神黒羽』が夫々下位のランクの挑戦者を迎え撃つと言う構図で、氷雨と黒羽はランキングに恥じない戦いをして見事に現ランクを防衛して見せたのだった。

尤も氷雨も黒羽も、完全専用機を手にした伊織に完敗して一位と二位の座を追われた身であるのだが……其れでも、四位以下との実力差を示した試合だった。

 

 

「草笛氷雨……俺達と一緒に来てもらおうか?」

 

 

「美神黒羽、貴様の身柄貰い受けるぞ。」

 

 

氷雨と黒羽は試合後ホテルに戻る予定だったのだが、其処に新織斑達が襲撃を掛けて来た――護衛は既に倒されて地面に転がっているのを見て氷雨と黒羽は最大級に警戒心を持って襲撃者に向き合ったのだが……

 

 

「ソコソコ強かったのは認めてやるが、俺達の敵じゃねぇな……だが、お前達は此れから人知を超えた力を手にする事が出来るんだからな!!」

 

 

一対多では分が悪く、氷雨と黒羽は機体がシールドエネルギーエンプティになっただけでなく、意識も刈り取られていたので完全KOとなり、意識を失った氷雨と黒羽の身体は新織斑達が拠点へと持って帰っていた――

 

其れが何を意味するのかは分からないが、少なくとも碌でもない事であるのは間違いないだろう――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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Episode97『増幅する悪意と振り下ろされた刃』

イベントのたびに厄介事……学園のセキュリティ強化プリーズ!By夏月    束さんが強化してくれる筈なのだけど、其れでも抜け道はあるのね……楯無    セキュリティ対策はイタチごっことはよく言ったモノさByロラン


新織斑達の拠点である海底洞窟。

其処にはタバネの研究所も増設されており、其処には織斑達が確保した『草笛氷雨』と『美神黒羽』が酸素マスクをした状態で生体ポッドに入っていた。

此の生体ポッドはタバネが開発した人体強化装置であり、此処に入れられた人間はポッド内に満たされた特殊な強化液で肉体が大幅に強化されて超人的な身体能力を得る事が出来るのだ。

新織斑達も此れを使って強化されているのだ――だがしかし、新織斑達は兵器として生まれた存在なので此の強制的な強化にも耐える事が出来たのだが、氷雨と黒羽はプロISバトルの強者であっても普通の人間なので強制的な肉体強化に精神が耐える事が出来ていなかった。

 

 

「身体能力は向上したが精神が壊れてしまっては意味がないんじゃないのか?」

 

「いんやこれで良いのさ。

 精神をぶっ壊してやれば其れこそこっちの好きに出来るし、性的快楽も理性が邪魔する事なく受け入れるから精神的に完全に支配する事が出来るってモノなんだよ――苦痛と恐怖による精神的支配よりも性的快楽で落とした方が確実なんだよねぇ実は。

 従わなければ苦痛を与えられる恐怖より、従えば快楽を得られる方がだからね……だから、此処からは徹底的に、其れこそ脳味噌が戦闘とセックス以外の事を考えられないようにしてやるさ。

 其れが済んだら好きにすると良いよ……仮に妊娠しちゃったら、其れは其れで此の『1000倍育成機』に受精卵を移して強制的に成長させて兵隊にするだけの事だからね。」

 

だがしかし、精神が壊れたとて大した問題ではなかった。

タバネはもとより氷雨と黒羽を『そこそこ使える手駒兼兵士の量産装置』としか見ておらず、其の二人の精神が如何なろうと知った事ではなかったのだ。

 

 

「だけど、零落白夜を無効化するってのは厄介だね?

 零落白夜は私が作り出したISにとっては最悪とも言える代物なんだけど、其れが通用しないってのは……だけど、だったらそれに対抗出来るモノを考えれば良いだけの事か。

 しかしまぁ、面白いね此の世界は……私とは異なる私が居て、男性操縦者が二人いて、其の二人のパートナー達もまた最上級の強さを持ってると来てる訳だからね?

 其の世界をぶっ壊したら、さぞかし最高の気分になるだろうさ……そしてぶっ壊した上で私の理想の世界を作ったら、最高極まりないね!」

 

「全てが上手く行った暁には、俺達も其の世界の住人になれるって訳か……なら、尚の事旧式の兄上達には退場して貰わないとだな――この間は撤退したが、レベルを上げれば勝てない相手でもないからな。」

 

「其れに、負けても格上との戦闘経験はダイレクトに私達のレベルアップに繋がるからな……此の前の戦いで、私達のレベルは一気に大幅にアップしたと思うからな。

 戦いを経験すればするだけ強くなる、其れが新たな織斑のコンセプトの一つであるだけでなく、私達の身体は強化されているから簡単には死なないようになっている――だからこそ、危険な戦闘も簡単に経験する事が出来るのだ。」

 

 

新織斑達とタバネの考えている事は凡そ人としての心が残っていたら実行出来ない事であるのだが、其れを迷わずに選択する事が出来る時点で、タバネも新織斑達も人としては欠陥品であると言っても良いだろう。

 

だが、其れは其れとして調整が済んだ氷雨と黒羽は織斑達に其の身体を蹂躙された後に、新織斑とタバネの命令に絶対服従する従順な駒兼兵士量産機となってしまったのであった。

プロISバトルのトップクラスランカーが二人も行方をくらましたとなれば世間は大騒ぎになるだろうが、氷雨と黒羽がタバネによって調整されている間もプロISバトルの試合に調整中である筈の二人が出場していた事で世間は二人が攫われた事すら感知出来ていなかったのだ。

此の氷雨と黒羽の正体が明らかになるのは未だ先の事になるだろう。

 

 

「氷雨も黒羽も戦闘スタイル変えたのかな?」

 

 

ただ一人、氷雨と黒羽と何度も戦って来た伊織だけは此の二人に少しばかりの違和感を感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の月が進む世界  Episode97

『増幅する悪意と振り下ろされた刃』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウィークも終わり、IS学園には日常が戻って来ていた。

ゴールデンウィークが終わった後の一大イベントと言えば去年よりタッグマッチとなった『学年別タッグトーナメント』だろう――競技科に進んだ夏月組と秋五組の二年生は全員参加で、今年は夏月はヴィシュヌと、秋五は箒とタッグを組んでの出場となっていた。

また今年度より新たに『学年無制限ロイヤルランブル』も行われる事になっていた。

此方は『学年無制限』の名が示すように、学年の枠を超えてタッグを組む事が可能となっており、更に同時に4タッグが同じフィールドで戦うと言う『タッグマッチ版バトルロイヤル』のようなルールである。

此方にも夏月と秋五はエントリーしており、夏月はグリフィン、秋五はまさかのダリルとのタッグだった。

 

此のタッグ構成に関しては、夏月は楯無と組むと『生徒会長と副会長のタッグは強すぎる』とのクレームが出ると考えて生徒会役員ではないグリフィンを選び、秋五の場合はダリルから『フォルテと組もうと思ったんだがベルベットの奴に拉致られてちまったから俺と組め』と言われ、秋五も他に組める同学年ではない生徒が存在しなかったのでダリルとのタッグを組む事を決めたのである。

 

其の一大イベントを数日後に控えたある日の放課後、トレーニングルームのリングではヴィシュヌとグリフィンがスパーリングを行っていた。

ムエタイvsブラジリアン柔術の異種格闘技戦でもある此のスパーリングは立ちの打撃ならばヴィシュヌが絶対有利だが、投げと関節技に関してはグリフィンが有利な状況だった。

 

 

「ふっ!はぁ!てぇぇい!!」

 

「くっ……このぉ!!」

 

 

現在は立ちの打撃で攻めるヴィシュヌと、其れを防ぐグリフィンの構図だ。

ムエタイは『立ちの打撃オンリーならば間違いなく最強』と言われるように打撃に関しては拳や蹴りだけでなく肘や膝も飛んでくる上に、其の攻撃は拳脚一体で拳を防いでも直後に蹴りが飛んで来る凄まじいラッシュ力があるのだ。

打撃戦となると分が悪いグリフィンだが、ブラジリアン柔術の源流は楯無も修めている『天神真楊流柔術』であり、打撃、投げ、関節技全てに於いてカウンターの技術が存在しているのだ。

 

 

「はぁ!!」

 

「その大振りを待ってた……もらったぁ!!」

 

 

ヴィシュヌが放ったハイキックにカウンターする形でグリフィンは低姿勢のタックルを喰らわせてヴィシュヌとテイクダウンさせると、電光石火のアナコンダバイスを極める。

柔道の袈裟固めをより複雑にしたアナコンダバイスはガッチリと右腕を極めているだけでなく左腕もロックしているので完璧に極まったら抜け出す事は不可能であり、グリフィンも極まったと思ったのだが……

 

 

「あの、スパーリングだからと言って手加減は不要ですよグリフィン?もっと本気で極めてくれても構いませんよ?」

 

「……はい?」

 

 

ヴィシュヌには全く効いていなかった。

日々のヨガで人間の関節可動域の限界を既に突破しているヴィシュヌには普通ならタップアウト待ったなしの関節技であっても痛め技にもならないのである――勿論グリフィンも其れは知っているので、抜け出す事が困難なアナコンダバイスを使ったのだが、其れもヴィシュヌには無力だったのだ。

 

 

「此れも効かないって……もうダブルジョイントとかのレベル超えてるよ此の柔軟性は!」

 

「まぁ、否定はしません。」

 

 

持ち前の柔軟性でアナコンダバイスから脱したヴィシュヌは首相撲でグリフィンを立たせると数発膝蹴りを叩き込んだ後に、プロレスの関節技の中でも最も複雑で難易度が高いと言われる『卍固め』を極めた。

卍固めは『手足が長い人間が掛けた方が効く』とも言われており、ヴィシュヌの腕の長さは人並みだが足の長さは他の追随を許さない『身体の半分以上が足』なので、其の長い足がグリフィンの左足と首に複雑に纏わり付いているのだから溜まったモノではない。

右足はグリフィンの左足に二重に巻き付き、左足はグリフィンの首を極めた上で通常の卍固めでは自由になる左腕も絡め取っているのだから。

 

 

「ギ、ギブアップ……」

 

 

こうなっては最早打つ手はないのでグリフィンがギブアップしてスパーリングは終了。

生身のスパーリングに関しては夏月と楯無が同率首位(夏月vs楯無は毎回ドローで他には全勝)で、その次に来るのがヴィシュヌ(夏月と楯無以外には生身のスパーリングでは負けなし)なので、此の結果はある意味では当然と言えるのだが。

 

 

「アナコンダバイスを抜けられるとは思わなかった……ヴィシュヌってどんだけ身体柔らかいの?」

 

「そうですねぇ……やろうと思えば、多分旅行用のキャリーバッグに入る事が出来るのかも知れません――改めて考えると、私の柔軟性は人間の範囲を超えているような気がしてきました。」

 

「うん、確実に超えてると思うよ。」

 

 

此のスパーリングはヴィシュヌに軍配が上がったのだが、関節技がほぼ無効になってしまう時点でヴィシュヌが相当に有利であったので此の結果は致し方ないだろう――そしてスパーリング後はシャワーで汗を流してから食堂で夕食タイムなのだが……

 

 

「私は……味噌カルビ丼の特盛肉増し!

 其れがご飯で、おかずは『チキンソテー』、『ハンバーグ』、『鶏の唐揚げ』、『豚の生姜焼き』、『テリヤキトンテキ』、『ハラミステーキ』!そんで、味噌汁の代わりに味噌チャーシュー麺をチャーシュー倍増しで!牛乳はパックで宜しく!」

 

 

今日も今日とてグリフィンのオーダーはバグっていた。

スパーリングで消耗していた事も相まっていつも以上に『肉』なメニューであるのだが、グリフィンは其れをペロリと平らげ、更にはほぼ同じ量の『おかわり』をしていたのだから相当である……グリフィンならテレビの賞金企画の『回転寿司全部食べ切ったら100万円』も余裕でクリア出来るだろう。

 

 

「グリフィンちゃんの大食いは、最早IS学園の名物ね。」

 

「X(旧Twitter)で、『グリフィン大食い』がトレンド入りしてる……学園の生徒の誰かが動画を上げたみたい。」

 

「マジで?……グリフィン、お前此の動画の存在知ってる?てかネットにアップする許可取って来た奴いる?」

 

「え?知らないし、誰かが『ネットに上げても良い?』って聞いて来た事も無かったよ?」

 

「……簪、そいつ特定して。

 本人に無許可で俺の嫁使って『いいね』稼ぎをしてる奴を粛清してくるから。」

 

「夏月が殺意ってる、波動ってる。」

 

 

その豪快な食べっぷりはSNSでも注目されていたのだが、夏月組でグリフィンの食べっぷりを動画撮影してSNSにアップした者は居ないので、学園の生徒の誰かがSNSに上げてのは間違いなく、其れでもグリフィンに許可を取っていたなら未だしも無許可だった事にキレた夏月は簪に投稿主の特定を依頼。

簪は更識の裏方としてハッキングやデータの改竄はお手の物なのでSNSにIS学園の誰が何を投稿したかを特定するのは朝飯前なのだ――もっと言えば其の能力は束が『ハッキング能力に限定すればかんちゃんは私を遥かに凌駕してるわよ』と称したくらいなのだ。

 

なのでSNSに無許可でグリフィンの爆食動画を上げた生徒は瞬く間に特定され……

 

 

「ハイドーモ、真・豪鬼です。本物です――お前等、よくも無許可で俺の嫁をSNSにアップしやがったな?

 ……己が承認欲求を満たすために俺の嫁を利用するとは言語道断!其の罪、己が身を持って償え……一瞬千撃!瞬獄殺!!」

 

「「「「「あーーーーー!!」」」」」

 

 

殺意の波動に目覚めた夏月の瞬獄殺を喰らって全員KOされたのだった。

普通ならば此れは問題になるだろうが、今回に限ってはKOされた生徒に全面的に非があるので真耶が夏月には一切の非がない事を全面主張し、束も夏月に非がない事の証明となる映像を学園に送っていたので夏月はお咎めなしとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

其れから数日後、遂に始まった『学年別タッグトーナメント』。

一年生の部では『使用機体によるハンデ』があるとは言え専用機持ちが有利な状況に於いて、トーナメントを制したのは学園の訓練機で参加したタッグだった――バランス型のラファールと、近接型の打鉄の相性は良く、両機とも基本性能が高いので試合のハンデを利用すれば完全専用機とも互角以上の戦いが出来たと言う訳だ。

 

この意外な結果に新入生達は驚いたのだが、続く二年生の部では驚く暇すらない試合が展開されていた。

 

 

「俺とヴィシュヌを止めたいなら持てる力の全てを出さないと無理だぜ?

 尤も、止めようと思って止められるもんでもねぇけどな……今の俺達はSEEDが弾けて二十倍界王拳発動してリミッター解除した状態だからな!」

 

「実力的には申し分ありませんでしたが私達の相手としては些か役者不足でしたか……強くなり過ぎると言うのも試合に於いては少し問題があるのかもしれません。」

 

 

理由は夏月とヴィシュヌのタッグの圧倒的な強さにあった。

夏月組と秋五組には通常の専用機持ちよりも更に大きなハンデが課せられ、シールドエネルギー20%の状態で試合を始める事になり、近接型のタッグである夏月とヴィシュヌは攻撃の手が鈍るかと思われたのだが、蓋を開けてみればシールドエネルギーが20%の状態だろうと夏月とヴィシュヌは得意の近接戦闘でバリバリ攻め、其れこそ相手タッグが反撃する間もなく倒してしまったのだ。

そして其れだけでなくプロの世界で戦う事もある夏月は観客受けする『魅せる戦い』も身に付けており、ヴィシュヌとの合体攻撃も披露していた――夏月が相手にマッスルスパーク・地を極め、ヴィシュヌが相手にビックベンエッジを極めて其れをドッキングした究極のツープラトン『マッスル・キングダム』をブチかました時には会場は大盛り上がりだった。

 

一方で秋五と箒も順調に勝ち進んでいた。

ラウラとシャルロットのタッグと当たった時はラウラのAICに少しばかり苦戦したが、其処で箒が『ラウラ……お前『禁則事項』で『閲覧禁止』らしいな!』と自爆技にも等しい事を言ってラウラの集中力を乱してAICを強制解除し、一瞬動きが止まったラウラに秋五の袈裟斬りと箒の逆袈裟斬りが炸裂してシールドエネルギーをエンプティにすると、残ったシャルロットは真っ向からの近接戦闘のごり押しで押し切り、そして決勝戦へと駒を進めていたのだった。

 

 

「決勝の相手はお前達か……相手にとって不足はねぇ。思い切り遣り合おうぜ秋五、篠ノ之!」

 

「持てる力の全てを注ぎ込みます……覚悟は良いですね?」

 

「本気でやろう……僕の今の力の全てを此の試合に注ぎ込む!!」

 

「実力的には私が一番下だが……今の私の力の全てを注ぎ込む!……行くぞ一夜、ギャラクシー!」

 

 

そして始まった決勝戦は初っ端から四者入り乱れる近接戦となっていた。

構図としては近距離で打ち合う夏月と秋五、中距離でヒット&アウェイのヴィシュヌと箒という形だ。

何でもアリの戦場で戦ったら夏月とヴィシュヌのタッグが間違いなく勝つだろうが、ルールの在る試合ではほぼ互角の戦いとなっていた――尚、此の試合はシールドエネルギーのハンデはなく、両タッグともシールドエネルギー100%の状態での試合となっている。

 

 

「随分と腕を上げたな秋五?

 去年のクラス代表決定戦で戦った時とはまるで別人だ……絶対天敵との命懸けの戦いを経験した事も相当にプラスになってるみたいだな。」

 

「上には上が居るって事をIS学園に入学して、君と戦ってこの身で実感したからね……小学校でも中学校でも常に一番だったけど、IS学園に入学して初めてぶち当たった大きな壁が君と生徒会長さんだ夏月。

 初めて知った圧倒的な実力差……其れが僕を成長させてくれた――正直な話、会長さんの地獄の訓練を経験していなかったら僕は此処まで成長出来なかったと思うからね。」

 

「俺が一年掛かった行程を、お前は一週間でやっちまったんだから天才ってのはつくづくずるいよなぁ……今も今で俺の攻撃にリアルタイムで反応出来るようになっちまうんだからよ。

 本当に天才ってのは羨ましい事だが……天才故の弱点ってのもあるんだよな此れが!」

 

 

近距離での斬り合いを展開している夏月と秋五は互いに決定打を与えない激しい剣戟を行い、其の剣戟は常人の目では追う事すら出来ない神速の剣戟だったのだが、其の激しい剣戟の最中に夏月は秋五の膝に鞘当てを叩き込んだ。

此の全く予想していなかった攻撃に秋五は体勢を崩してしまい、体勢が崩れた所に夏月のウェスタンラリアットが炸裂!

鍛えても鍛えようがない喉笛に攻撃を喰らった事で雪桜の絶対防御が発動してシールドエネルギーが大きく減少してしまったのだが、起き上がろうとした秋五に今度は完璧なタイミングのシャイニングウィザードが放たれた。

 

 

「く……此処でこう来るとは、予想外だった……」

 

「だろうな。

 お前は間違いなく天才で、其れこそ戦いの中でも相手がやって来た事を覚えて即時それに対応する事が出来るし、相手の戦い方をコピーする事も簡単に出来ちまうが、一方で自分の予想を外れた事に関しては対応し切れねぇんだ。

 尤も凡人の考えなんぞ天才のお前には大抵お見通しな上に、その驚異的な学習能力があるから予想外をぶちかますってのは並大抵のモノじゃねぇ。

 だがな、相手の予想の更に先の先まで読む力ってのが裏の仕事では必要になるんでな?今の俺ならお前相手に予想外をかますのも難しくねぇって訳なんだわ……とは言っても同じ手は二度は通じねぇんだから天才ってのはマジでズルいぜ……!」

 

「天井知らずに強くなる君の方が、僕に言わせればズルいと思うけどね……自分の成長は実感出来るんだけど、君との実力差があまり埋まってるようには感じられないんだよね。」

 

 

此の攻撃で雪桜のシールドエネルギーは40%ほど削られてしまったのだが、箒の絢爛武闘・静がある事を考えれば其れほど驚異的な減少ではなく、体勢を立て直した秋五は再び夏月と近距離で切り結ぶ。

 

一方で箒は苦戦を強いられていた。

箒とヴィシュヌも近接戦闘型なのだが、箒が剣術であるのに対しヴィシュヌはムエタイを使った体術――其れだけを見れば剣術である箒の方が有利に思えるだろうが、懐に入り込まれると剣術は逆に不利なのだ。

体術の間合いでは、剣は其の長さが命取りとなって真価を発揮出来ないのである。

剣の間合いを潰された箒は防戦一方となり、直撃を喰らわないようにするのが精一杯だった。

 

 

「(此のままではジリ貧どころか何も出来ずに負けてしまう……だからと言って彼女との圧倒的な実力差を埋める事は出来ん……ならば、覚悟を決めるしかあるまいな……勝てないのならば、せめて……!)」

 

 

そんな中、箒は何とかヴィシュヌの攻撃を弾くとバックステップで間合いを離し、そして二振りの刀を投げ捨て合気道を思わせる構えを取ってみせた。

 

 

「刀を捨てた……諦めた訳ではありませんよね?」

 

「お前との戦いでは刀は逆に不利だと悟った。

 ならば私も体術で対応させて貰おう……篠ノ之流は剣術だけに非ず――体術に於いても古来の武者打ちを源流としたモノがあるのでな……お前のムエタイと比べたら些か粗削りで不細工な体術だろうが、勝つために使わせて貰う!」

 

「其の潔さ、好感が持てますね。」

 

 

古来の武者打ちを元に生まれた日本独特の体術である合気道や柔術は基本的に相手の力を利用したカウンターがメインとなる体術であり、相手の力が強ければ強いほど効果が高くなる武術だ。

故に格上の相手に対しても充分にジャイアントキリングが狙えるのである。

 

 

「一対一の試合ならば其れにお付き合いするところなのですが、今回はタッグマッチですので中々そうは行かないのですよね。」

 

 

 

――バシュン!!

 

 

 

「ハイドーモ!現在無敵街道驀進中の夏月君DEATH!」

 

 

だが此処で箒に、そして秋五にも予想外の事が起こった。

箒の前からはヴィシュヌが、秋五の前から夏月が消えたと思った次の瞬間には、箒の前に夏月が現れ、秋五の前にはヴィシュヌが現れていたのだから驚くなと言うのが無理だろう。

夏月が羅雪のワン・オフ・アビリティである『空烈断』を使って自分と箒との空間と、ヴィシュヌと秋五の空間を斬り飛ばして、瞬間移動めいたスイッチを行ったのである。

 

 

「「!!?」」

 

 

此の完全なまでの予想外の展開に秋五も箒も一瞬対応が遅れてしまい、箒には夏月の居合いが、秋五にはヴィシュヌのハイキックが炸裂してシールドエネルギーを一気に減少させてしまったのだ。

無論此の空間斬撃を使った瞬間移動は強過ぎるので一試合一回の制限が設けられているのだが、その切り札を先に切っただけの効果はあっただろう。

とは言え、秋五と箒のタッグにはこれまた一試合一回限定の絢爛武闘・静があるのでシールドエネルギーがエンプティにならない限りは一度だけシールドエネルギーの全回復が可能であり、其れを踏まえれば先に切り札を切るのは悪手なのだが……

 

 

「此れで決める!合わせろよヴィシュヌ!」

 

「言われるまでもありません!」

 

 

夏月の居合いで吹き飛ばされた箒と、ヴィシュヌのハイキックで吹き飛ばされた秋五はアリーナの中央で衝突して更にシールドエネルギーが減少。

此の時、箒に僅かでも冷静な思考があれば秋五と衝突した瞬間に絢爛武闘・静を発動出来たのだろうが、全く予想していなかった攻撃に判断力を失ってしまい、絢爛武闘・静を発動する事が出来なかったのだ。

 

衝突した秋五と箒に対し、夏月はウェスタンラリアットを、ヴィシュヌは稲妻レッグラリアットを喰らわせる変則式のサンドイッチラリアットを決めると、夏月は秋五をマッスルリベンジャーに、ヴィシュヌは箒をメイプルリーフクラッチにとって極め、其れをドッキング!

 

 

「「ゴッドブレス・リベンジャー!!」」

 

 

これまたキン肉マンの珠玉のツープラトンが炸裂!

マッスルリベンジャーもメイプルリーフクラッチも関節へのダメージが非常に大きく、生身で喰らえば脱臼と骨折間違いなしなので絶対防御が発動し、其れにより秋五と箒はシールドエネルギーがエンプティとなってしまったのだ。

絢爛武闘・静はシールドエネルギーがエンプティになっても使用可能なのだが、其れは試合に於いてはチート過ぎるので使用が禁止されているので、此れにて学年別タッグトーナメント二年生の部は夏月とヴィシュヌのタッグが優勝を決めたのだった。

 

因みに三年生の部では楯無とダリルのコンビが圧倒的な実力差を見せて無双した末に決勝戦以外の試合は全てパーフェクト勝利の偉業を成し遂げて優勝を掻っ攫って行った――楯無とダリル夫々の能力の高さ、機体の性能、そして氷と炎の対消滅攻撃の圧倒的な強さで他のタッグを寄せ付けなかったのである。

特に氷と炎の対消滅攻撃『メドローア』は、フルパワーで使ったら機体ごと相手を消滅させてしまうので出力を5%まで落として使用したにも関わらず一撃で相手のシールドエネルギーを50%消し飛ばすほどの威力だったのだ――なので、楯無とダリルはメドローアに関しては一試合一回の制限を課した訳だが其れでも此の二人のタッグは圧倒的に強かったのだが。

因みに決勝戦の相手はグリフィンとイギリス代表候補生のサラのタッグで、メドローアはアッサリと回避されてしまい、其処からは互いにシールドエネルギーの削り合いになったのだが、真っ先に機体性能で劣るサラが脱落し、其の後は二対一で楯無とダリルのタッグが数の差でごり押ししての勝利と言う内容であった。

 

 

 

そしてタッグトーナメント二日目。

『学年無制限ロイヤルランブル』が行われる本日は、昨日の学年別タッグトーナメント以上の盛り上がりを見せていた。

学年の枠を超えたタッグが見れるだけでなく、4タッグによるバトルロイヤル形式の試合は実力差をひっくり返す展開も期待出来るので通常のタッグマッチ以上のワクワク感とドキドキ感があるのだ。

 

更に試合の組み合わせも盛り上がるモノとなっていた。

夏月と秋五は決勝戦まで当たらない組み合わせだっただけでなく、一回戦の最終試合は夏月&グリフィン、フォルテ&ベルベット、セシリア&サラ、楯無&ロランの4タッグがぶつかる事となり、此れがまた会場を沸かせていた。

一回戦から決勝戦クラスの組み合わせなのだから会場が沸かない訳がないのである。

 

こうして大きく盛り上がりを見せる中で始まった学年無制限ロイヤルランブルは、先ずは第一試合に秋五&ダリルのタッグが登場し、天才タイプの秋五と現場の叩き上げタイプのダリルが予想外の相性の良さを発揮して快勝して見せた。

ダリルの好戦的でガンガン行く部分を秋五の頭脳が巧くコントロールした、そんな試合だった。

其の後の試合は専用機持ちが順当に勝ち進んだり、逆に専用機持ちが訓練機組から集中砲火を浴びて離脱したりと正に目が離せない試合が続き、遂に一回戦の最終試合だ。

 

 

「一番の脅威は楯無とロランのタッグだが、其れ以外も決して楽に勝てる相手じゃねぇな……楽に勝てない相手だからこそ楽しめるってモンだけどよ?

 だが、相手が誰だろうと勝ちは渡さねぇ……タッグマッチなら楯無を倒してもタイマン勝負じゃないから問題ないしな。

 ……初っ端から全力で行く。グリフィン、エネルギーの貯蔵は充分か?」

 

「其れは問題ないよカゲ君!

 朝ごはんで『特盛ステーキ丼』のステーキ二倍、『鉄板ハラミ焼肉』、『肉うどん』の肉二倍、『唐揚げ盛り合わせ』食べて来たから!」

 

「……如何考えても朝飯のメニューじゃねぇよ其れは。

 だがエネルギーが充分なら問題ねぇ……勝ちに行くぜグリフィン!」

 

「優勝したら、今夜はステーキ確定!」

 

 

各タッグ気合は充実しており、特に夏月&グリフィンと楯無&ロランのタッグは更識の裏家業にも携わっていたので気合と共に発せられた闘気のレベルが凄まじかった。

そうして決勝戦クラスの一回戦最終試合が始まったのだが――

 

 

 

――バッガアァァァァァァァァァァン!!

 

 

 

試合開始直後に、何者かがアリーナのエネルギーシールドを突き破ってアリーナに登場した。

新入生以外の生徒は、去年のクラス対抗戦でのハプニングを思い出していた――其れは其れとして、こうして学園のイベントに乱入して来た時点で相手が真面ではない事は明らかだろう。

不幸中の幸いで、此の襲撃による怪我人は居なかったのだが。

 

 

「ったく、乱入するにしてももう少し空気を読めよ……乱入のタイミングが悪過ぎだって。」

 

「カゲ君のツープラトンを披露する心算だったんだけど……試合でのお披露目は未だ先になりそうだね……コイツ等を倒すのが優先事項だと思うから。」

 

「其れが確かに最優先事項なのだけれど……まさか貴女達がこんな事をするとは思わなかったわ――プロリーグランキング現二位のヒサメさんと、現三位の黒羽さん!!」

 

 

更に乱入して来たのはまさかの氷雨と黒羽だったのだ。

此れだけでも驚く事なのだが、氷雨と黒羽の専用機は禍々しい外見となっており、何よりも搭乗者である氷雨と黒羽の目には一切の光が宿って居なかったのである。

 

 

「「…………」」

 

「だんまりか……だが、どんな理由があるにしても俺達の前に敵として現れるってんなら相応の対応をさせて貰うぜ?――俺達に喧嘩売った事を後悔しろってもんだぜ!」

 

 

まさかの乱入者にアリーナは騒然となり、ドキドキとワクワクが止まらないロイヤルランブルは、一転して戦場へと其の姿を変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued 

 

 

 

 

 

 

 



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