逆襲のクロト (皐月莢)
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SEED編
全ての始まり ヘリオポリスにて






 1.

 

 少年は永い夢を見ていた。

 少年は夢の中で過酷な人体改造を施され、その力と引き換えに自由を奪われていた。

 少年は終わりの見えない大戦を終わらせる切り札として──モビルスーツの生体CPUとして戦いに身を投じ、平和と自由を尊ぶ国を滅ぼした。

 少年はその後も自由を求めて同じ境遇の仲間達と共に各地を転戦したが、その最期は悲惨だった。帰る場所を喪い、禁断症状で発狂した末に少年は業火に呑まれて死亡した。

 少年にとって幸運だったのは、それが夢だったことだ。

 あまりにもリアルな夢に少年は絶叫しながら飛び起きた。そしてそれがどうやら単なる悪夢だったらしいことに感謝した。

 そして──少年は絶望した。

 自らがモビルスーツの生体CPUとしての適性を見出され、狂った研究者達にこのロドニアの研究所で改造された日に戻ってしまったことに気付いたからだ。

 まるでゲームの中で死亡し、リトライを選択した時のように。

 しかし少年の放り込まれた世界には、少年が求め続けていたものはどこにもなかった。

 

 僕はただ、自由が欲しいだけなのに……。

 

 

 

 

 

 その厳重な偽装工作が施された格納庫では、喧しい警報が鳴り響いていた。遠くでは何かが爆発し、激しい銃撃戦が繰り広げられている。

 ここは地球圏全土で未曾有の世界大戦が続く中、代表首長が“中立宣言”を掲げたオーブ連合首長国が保有する宇宙コロニーだ。

 

「世界を滅ぼしてみてぇよな……」

 

 少年は頬に付いた血を拭うと、口笛混じりに呟いた。

 そしていかにも有害そうな色をした液体の詰まったアンプルを開封すると、中身をごくりと飲み込んだ。

 爆風で僅かに揺れている短い赤髪と、蒼い大空のような瞳。

 地球連合軍の情報部から支給された黒を基調としたパイロットスーツに、通常のものと比較して一回り大型のヘルメットは、まさに外敵を排除する役割を与えられた兵隊アリといった出で立ちだ。

 そんな少年の消化器官から吸収された人工麻薬が血液を媒介に循環し、あちこちにマイクロ・インプラントが埋め込まれた肉体を活性化させる。

 

「そうだろ、相棒」

 

 クロト・ブエルは“オロール”と呼ばれていたザフト兵の亡骸を背景に、目の前で静かに沈黙している灰色のモビルスーツを見上げた。

 型式番号〈GAT-X370〉──分類上X300番台フレームに数えられる高機動強襲用モビルスーツ“レイダー”だ。

 以前の世界線では無気力で反発的な態度を取っていたクロトだが、同じ事をやってもこのままでは同じ人生だ。

 そう考えたクロトは自ら2度目の人体改造に志願し、前世と比較して大幅に上回る能力と理性を獲得した。そんな彼が対ザフト戦線に投入される時期は、本来“オーブ解放作戦”で初実戦を飾る従来の歴史と比較して大幅に前倒しされたのだ。

 デビュー戦となるグリマルディ戦線で、クロトはザフト製OSを魔改造した所謂“生体CPU専用OS”なるものを搭載した漆黒のジンに乗り込んだ。

 そして15機のモビルスーツを討ち取る暴れっぷり──メビウス・ゼロでジン5機を撃破した“エンデュミオンの鷹”も涙目な戦果を示したクロトはブルーコスモスの召喚した悪魔だとか噂され、一躍その地球連合軍の上層部では有名人に。

 その飼い主であるブルーコスモス盟主は「なんかイイ感じじゃん!」ってことで、地球連合軍第八艦隊司令官──デュエイン・ハルバートンに接触した。

 そしてオーブの国営軍需産業モルゲンレーテ社と共同で地球連合軍初のモビルスーツ“G兵器”の開発を行っていたハルバートンに圧力を掛け、本来は存在しない6番目のモビルスーツの製造を実現させたのだ。

 イージスの後継機とはいえ、後に量産機として少数生産されるレイダーの設計はイージスと平行する形で進められており、それがアズラエル財団の資金提供を得たことで前倒しに実行されたのである。

 突然攻め込んできたザフトの攻撃でコロニー各所から火の手が上がり、クロトも釣られてテンションが上がった。

 たった1人で厳重な包囲網を突破してユニウスセブンに核ミサイルを撃った奴は、こんな気持ちだったんだろうな。

 クロトは自分の変貌に驚愕している監視役の研究員に、哀れなザフト兵から奪った拳銃を突き付けた。

 

 ──他人の身体を散々弄り回しておいて、本気で見逃して貰えると思ったのか? 

 

 無惨な姿に変わった研究員の亡骸からアンプルと錠剤を取り出してポケットに詰め込むと、クロトは自分を待ち望んでいるかのように佇むレイダーに乗り込んだ。

 既にOSは未完成なナチュラル用OSではなく、身体能力の関係でコーディネイターであろうと容易に操作出来ない生体CPU用OSに切り替わっている。

 これで準備は万端だ。

 

「やらなきゃやられる──」

 

 慌てて駆け付けた地球連合軍はもちろん、本来ヘリオポリスを守らなければならないオーブ軍もザフトの攻撃で次々撃破されている。

 地球連合とプラントの間で行われている戦争に対して、オーブは中立の立場を掲げているが、それは決して一枚岩というわけではない。

 特にこのレイダーの開発に関わっている勢力は地球連合寄りらしいが、それにしてもザフトの連中は少しやり過ぎだ。

 中立国がどちらかの勢力と共同研究を行うことくらいは、前史時代にもよくあったことだろうに。たかだか数十万人殺されたからと無関係な国を含めて数億人単位を餓死させて恥じない連中に、良心とやらを期待するだけ無駄だということらしい。

 ただ1つ正しいのは、ナチュラルもコーディネイターもクソだということだ。

 

「それだけだろうが!!」

 

 遥か遠くで爆音が響き、コロニーに大穴が開いた。奪取に失敗したG兵器を破壊するため、外部に取り付いていたザフトが増援を送り込んだようだった。

 各種センサーが起動し、神経接続で脳内に無数の情報が叩き込まれる。

 そして突然動き始めたモビルスーツを認識し、自分の獲物だとばかりに群がろうとする無数のジンを視界に捉えたクロトは獰猛な唸り声を上げた。

 唯一かつての相棒と異なる鈍い灰色の装甲が鮮やかな漆黒に変わり、頭部のツイン・アイが真紅に煌めいた。

 コクピットのメインディスプレイにGeneral Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System(単方向分散型神経接続による汎用自動演習合成システム)の文字が表示され、機体のセキュリティが完全に解除される。

 

「やられないけどね」

 

 さぁゲームの始まりだとばかりに、クロトは凶悪な笑みを浮かべた。

 

 2.

 

《クルーゼ隊長! 敵はヴェサリウスを狙っているようです!》

《ほう……。これがG兵器の力かっ!》

 

 クルーゼはレイダーの放つ正確無比な銃撃を紙一重で躱すと、シグーのメインウェポンである重突撃機銃を立て続けに連射した。

 独断でヘリオポリス宙域で地球連合軍の新型機動兵器“G”の強奪任務を遂行中、その目標の1つだった正体不明のモビルスーツがクルーゼ隊を強襲したのだ。

 対モビルスーツの実戦経験はもちろん、あらゆる面でザフトを上回っている前代未聞の襲撃者にクルーゼ隊は苦戦を強いられていた。

 お伽噺に登場する人面鳥のような凶悪なモビルスーツの雰囲気は、コーディネイターに対するナチュラルの激しい憎悪と憤怒を示しているようだった。

 それは泣く子も黙る仮面のトップガン、ラウ・ル・クルーゼすらも思わず気圧される程だった。それはかつてグリマルディ戦線で目撃した“悪魔”の姿を思わせた。

 既に二桁に迫る数のジンが撃破されている。

 このままでは最悪の事態も有り得ると判断したクルーゼが迎撃していなければ、レイダーはクルーゼ隊の運用母艦であるヴェサリウスを捉える地点にまで迫っていた。

 同じ“G”の奪取に成功した優秀な少年兵達ですら、目の前で繰り広げられている惨劇を理解出来ずに罵声を上げた。

 

 

《さっきから何なんだよ、あのモビルスーツは!?》

《あのクルーゼ隊長が防戦一方? どうなってやがる!》

《イザーク! ディアッカ! クルーゼ隊長が引き付けている間にヴェサリウスに!》

 

 地球連合軍の新型機動兵器“デュエル”“バスター”“ブリッツ”の奪取に成功した若き3人の隊員達は眼前に現れた漆黒の襲撃者に驚愕した。

 それは未完成なナチュラル用OSに苦戦し、動かすのがやっとな彼等とは異次元の操縦精度を誇る漆黒の襲撃者だった。

 コーディネイター社会のプラントでは成人扱いだが、まだ十代半ばの彼等とそれほど年齢の変わらないクロトの叫びが戦場に木霊する。

 

《はははははは! 蒼き清浄なる世界の為にィ──!!》

 

 クロトは大量に摂取した人工麻薬と敵に完全包囲されている絶望的な状況に、いよいよテンションが最高潮に達した。

 両肩の機関砲から放つ正確無比な銃撃でジンのコクピットに大穴を空け、更にそれを躱した敵の腰部を破砕球で打ち砕く。

 やがてレイダーの頭部に取り付けられた砲口が煌めき、そこから放たれた真紅の高出力ビームが数機を纏めて貫いた。そして地獄と化したヘリオポリス宙域に、モビルスーツ達が無数の花火を咲かせた。

 所詮は下等種族のナチュラルを取り囲んでいるにも関わらず、仕留めるどころか次々仲間達を討ち取られている事実にクルーゼ隊は恐慌状態に陥っていた。

 

《やるじゃないか!》

 

 そんな中、唯一クルーゼは視界外から迫る破砕球の軌道を先読みして回避し、更に右腕の2連装機関砲から放たれる銃撃を防御する。

 無理に攻撃を行わず、しかし撤退せず絶妙な距離を保つことでクルーゼは拮抗状態を創り出していた。

 だが多くの部下を討ち取られ、クルーゼの駆る“シグー”も大抵の物理攻撃を無力化するPS装甲に対して有効な兵器を装備していない。

 数の暴力で苦戦することはあっても、その反対は初めての経験だった。

 今まで圧倒的数で勝る地球連合軍に対してザフトが互角に対抗出来たのは、質で大きく上回っていたからだ。

 クルーゼはそれを意趣返しする目の前のパイロットと、それを十全に引き出すモビルスーツの存在に賞賛すると共に、かつて戦場で目撃した“悪魔”の存在を思い出した。

 いよいよ連合も本気を出したということか。

 静かに嗤いながら急降下で破砕球を躱したクルーゼの後方から、ヴェサリウスを発進した真紅のモビルスーツが姿を現した。

 それは先程目標の機体を奪取して帰還すると、他には目もくれず猛烈な勢いでOSを書き換えていた少年兵だった。

 崩壊するヘリオポリスを見て、母親を喪ったユニウスセブンでも思い出したか。

 何にせよアレを除けば世界最高峰の才能を有するコーディネイターと、ブルーコスモスが造り出した生体CPUの一騎討ちだ。

 ここから先は見物だなと飛び退いたクルーゼの脇を、藍色の髪と翡翠の瞳を悲壮に輝かせる少年兵──アスラン・ザラが駆け抜けた。

 

《なんなんだよテメェはァ!!》

 

 玩具を取り上げられた気分になったクロトは咆哮すると、突如目の前に現れたイージスに向かって全力で破砕球を投擲した。

 アスランは斜めに掲げたシールドで攻撃を横滑りさせ、殆ど速度を落とさないまま一気に距離を詰めながら右腕にビームサーベルを展開する。

 クロトは右腕のシールドで斬撃を受けると、腰部の大型クローから小型のビームクローを展開して斬り付けた。

 今はレイダーに有効な光学兵器を搭載したG兵器だろうと関係ない。それどころかむしろ楽な筈だ。

 本来は初対面の機体で十分な慣熟訓練を行っている自分に対して、OSを書き換えただけの連中がまともに対抗出来る訳がないのだから。

 しかしアスランは絶妙なタイミングでスラスターを逆方向に噴かせると、クロトの放った斬撃を紙一重で回避する。渾身の一撃をイージスに避けられたレイダーは前方に頭を垂れるような形に体勢を乱した。

 

《貰った!!》

 

 好機と見たアスランは足先にビームサーベルを発生させると、まるでサッカーボールキックの要領で蹴り上げた。それに反応したクロトはイージスの膝を押さえ込むような形でレイダーを突進させ、不可避の状況で放たれた一撃を防御する。

 そして密着状態を維持しながら頭部の高出力ビームを放とうとして、アスランが急降下しながら放った膝蹴りを受けて攻撃を中断した。

 

《チッ!》

 

 不発に終わった高出力ビームの影響でバッテリー残量が30%を切り、コクピット内部に1度目の警告音が鳴る。

 戦闘の最中にバッテリーが切れると命取り──まして外見でそれが一目瞭然なPS装甲のモビルスーツなら尚更だ。少々遊び過ぎたらしいと悟ったクロトは2連装機関砲で牽制しながらザフトの去ったヘリオポリス内部に機首を向けた。

 

《アスラン!》

《はい! ──逃がすか!》

 

 2人の様子を窺っていたクルーゼは重突撃機銃を連射しながら距離を詰め、アスランも巡行形態に変型したイージスを加速させながら大口径エネルギー砲を連発する。

 

《舐めんなァ!!》

 

 しかしレイダーは追跡者を遥かに上回る程の加速力を示した。

 初期GAT-Xシリーズで唯一の大気圏内単独飛行を実現したレイダーは、兄弟機のイージスを上回る機動力を有していたのだ。そして一切機体の速度を落とさないまま、神懸かり的なスラスター制御で全ての攻撃を回避した。

 

《なんだと!?》

 

 アスランは目の前で見せられた光景に絶句した。

 レイダーの示した絶技は頑丈な肉体を持っているコーディネイターですら、負荷で命を落としかねない滅茶苦茶なものだった。

 これでは手強いパイロットどころか、命知らずの異常者だ。

 

《次はやらせて貰うよ!!》

《くっ……! クルーゼ隊長! 奴の追撃許可を!》

 

 クロトのあからさまな挑発にアスランは怒りを露わにした。

 あんな危険人物をこのまま見逃して、先程ラスティが奪取に失敗したストライクと合流させてはいけないと叫びそうになった。

 

《止めておけ、アスラン》

《ですがっ!》

《ヘリオポリスには例のミゲルを退けた奴もいる。深追いは危険だ》

 

 先程からクルーゼ隊と戦闘を続けていたレイダーのパワーは限界寸前だろうが、未知数の戦闘能力を秘めた強敵であることは間違いない。

 それに加えて追い掛けた先には“黄昏の魔弾”の異名を持つミゲル・アイマンを退けたもう1機の新型機動兵器“ストライク”の存在もある。

 イージス単独では危険だというクルーゼの言葉に、あくまでその部下の1人に過ぎないアスランに反論する余地はなかった。

 アスランが鋭い眼光で睨み付ける中、やがてヘリオポリス内部に悠々逃走を開始していたレイダーの姿が見えなくなった。

 

《くっ……》

 

 同じGTA-X300系フレームの機体の中でも、通信・分析能力に加えて高水準の機動力・火力を両立したイージス。

 イージスを上回る圧倒的な推進力・機動力を誇り、それを用いた一撃離脱戦法を得意とするレイダーと、それを平然と操縦する地球連合軍のパイロット。

 それもどうやら、ブルーコスモスを狂信者している同世代の少年だ。少し交戦しただけだというのに、ソイツは心底狂っているということが如実に伝わった。

 中立国のコロニーで新型機動兵器を製造する大胆不敵さに加えて、戦闘能力だけならザフトのエースに匹敵する少年兵の存在。

 どうやら自分達は恐ろしい連中を相手にしているらしい。

 

《今は連中から奪取したモビルスーツの解析が最優先だ。奴との再戦はそれからだ》

《……分かりました。隊長》

 

 どうやら自分はまだ先程の光景に動揺しているらしい。アスランは額に片手を当てながら通信回線を切ると、大きな溜息を漏らした。

 それはアスランがモルゲンレーテの襲撃した際に遭遇した、ダークブラウンの髪をした幼馴染みの姿だった。

 

 キラ・ヤマト。どうしてお前があんな所にいて──

 

 オーブ連合首長国はコーディネイターを積極的に受け入れている中立国だ。

 そのコロニーであるヘリオポリスに、同じコーディネイターである幼馴染みが在住していたことは理解出来る。ザフトの襲撃に巻き込まれ、避難しようとしてモルゲンレーテの中を彷徨っていたこともまだ理解出来る。

 

 しかも()()()()──? 

 

 再会する瞬間まで弟のような存在だった幼馴染みの少年が、何故か髪を伸ばした女性的な姿に変貌していたことを思い出しながら、アスランは先行するクルーゼを追ってヴェサリウスに向かい始めた。

 

 3.

 

 逃走に成功したクロトは地球連合軍の友軍信号を発信しながら、ヘリオポリス内部の物資を回収していたアークエンジェルに着艦した。そして周りにクルーが集まる中で、ヘルメット外してレイダーから飛び降りた。

 既に精神状態をトップギアに叩き込んでいた人工麻薬の効力は薄れており、いわゆるニュートラルな状態に戻っていた。クロトは外壁から現れた自分を恐る恐る取り囲んでいるクルー達の前で気怠げに嗤う。

 

(……まさかコイツに乗ることになるとはね)

 

 強襲機動特装艦アークエンジェル級1番艦“アークエンジェル”。

 ヘリオポリスで極秘裏に建造されていたG兵器の運用母艦であり、以前にクロトが乗っていた強襲機動特装艦“ドミニオン”の姉妹艦である。

 地球連合軍において対モビルスーツ戦を想定した初の艦であり、両艦首に陽電子破城砲を採用するなど強力な火力を有している他、ラミネート装甲の使用によってビーム兵器に対しても極めて高い防御力を誇る不沈の傑作艦だ。

 加えてG兵器の運用母艦であることから、最大で第2小隊規模のモビルスーツを艦載可能とし、艦内にはG兵器専用の整備設備を有している。また変換率80%を誇る高性能な太陽光発電装置を備えている他、大気圏内でも運用可能な万能艦だ。

 正史においては当初大西洋連合軍に所属しているが、アラスカ防衛戦で捨て駒にされたことが原因で軍を脱走し、その後は脱走先のオーブ軍に協力した。

 そして最終的にプラントのシーゲル派と手を結んで、三隻同盟を自称する武装集団の主力として地球連合軍の前に立ち塞がった忌まわしき船だ。

 とはいえ現時点のアークエンジェルはこの付近に存在する唯一の友軍であり、この船に乗艦出来なければクロトは地球に帰ることすら出来ないのだ。

 

「──私は第2宙域、第5特務師団所属のナタル・バジルール少尉。貴官の所属は?」

 

 聞き覚えのある声に、クロトは怪訝な視線を向ける。

 それはいきなりレイダーから降りて来た正体不明の少年兵を警戒する、堅物そうな雰囲気を纏った女性士官だった。

 クロトは真面目くさった口調で回答すると、懐のポケットに仕舞っていたドッグ・タグを差し出した。

 

「地球軍第1機動艦隊所属、クロト・ブエル少尉です。本日追加召集された〈GAT-X370〉のテストパイロットです」

「しょ、少尉ですって?」

 

 クロトの思いもよらない言葉に、ナタルと周囲の人間は顔を見合わせた。 

 地球連合軍に配属されるには士官学校を卒業する必要があるため、どんなに若い軍人でも20代前半だ。どう見ても10代の少年にしか見えないクロトが軍人に、それも少尉の階級を持っていることは通常有り得ないのだ。

 

「ええ。一応は」

 

 とはいえ全ての個人情報を抹消され、ロドニアのラボで人体実験の被検体として扱われる人生を送っていたクロトにとっては些細な問題だった。

 地球連合軍の上層部に存在するブルーコスモス賛同者達は飛び級だ、特例だと適当な理由を用意し、アズラエルが用意したモビルスーツの生体CPUであるクロトの運用を円滑にサポートするための環境を用意したのだ。

 もっとも単なる軍属ではなく、一般的な士官として扱うのであれば相応の能力と功績が求められる。しかし2度にわたる人体改造と洗脳教育を受けた事で突出した能力を獲得し、グリマルディ戦線で功績を挙げたクロトはその基準をクリアしていたのだ。

 

「しかし、まさかこんな子供が2人も……」

「2人? 僕以外にも似たような奴がいるんです?」

「はい。先程、この船の副長を務めておられるラミアス大尉がストライクを回収されたのですが、どうも大尉の代わりにストライクを操縦していた子が、コーディネイターだなんだと騒ぎになっていまして」

「そうですか。それは問題ですね」

 

 心配しなくとも僕の知る“少尉”は忠実にアークエンジェルを守りますし、反対に貴女は僕と一緒にこの船を沈めようとしていたぞ。

 クロトは大仰に肩を竦めると、深刻そうな表情を浮かべた。

 地球にも少なからずコーディネイターは存在するが、エイプリルフール・クライシス以降は迫害を恐れてプラントや中立国に移住した者が殆どで、日に日にブルーコスモスが影響力を増している地球連合軍に志願するコーディネイターは絶滅危惧種だからだ。

 

「ええ。ブエル少尉も、御同行をお願いします」

「畏まりました」

 

 クロトはナタルの後ろで含み笑いをしながら、ストライクを動かした“少尉”が副長や同級生らと共にいるという格納庫の奥に向かった。

 

 

 

 型式番号〈GAT‐X105〉──通称“ストライク”。

 それは汎用性の高いX100系を採用し、異なるフレームを採用したX200系、X300系からのフィードバックを行ったことで最も洗練された機体として完成した装備換装型のモビルスーツだ。

 唯一ザフトの奪取から免れたこのモビルスーツはヘリオポリスに住む学生であり、地球軍の志願兵としてパイロットに就任した“ヤマト少尉”の相棒としてアークエンジェルを守り抜き、ザフトのアフリカ戦線を大幅に後退させた傑作機だ。

 その活躍の裏には“少尉”の卓越した技量もあったが、コーディネイターに守られたという屈辱的な事実を隠蔽したい大西洋連邦の意向が働いたことで、最終的にオーブ領海付近で戦死した少尉に関する全ての情報は抹消されたのだ。

 クロトがその存在を知っていたのは、クロトが訓練で使用していたシミュレータに少尉の遺した戦闘データの一部が流用されていたことが理由だった。

 あくまで民間人であるにも関わらずザフト軍と渡り合った天才パイロットとはいえ、所詮は中立国に住むコーディネイターだ。

 平和だなんだとくだらない思想に浮かれる、鼻持ちならない優男に違いない。先程自分が葬り去ったコーディネイター達のように。

 後々面倒になるかもしれないから、さっさと殺してしまうか。

 

「……は?」

 

 そう思っていたクロトは、いきなり鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。そして馬鹿な事を考えていた自分を殴り飛ばしたい気分になった。

 

「──君、コーディネイターだろ?」

「は、はい……」

 

 クロトの目の前に現れたのは、アークエンジェルの乗組員達に突撃銃を突き付けられて半泣きになったダークブラウンの髪を伸ばした少女だった。

 本来は自分達が行っていた“G計画”の被害者である少女に対して、間接的な加害者である軍人達が色めき立っている姿は滑稽だった。

 

 まさか。まさか。まさか。

 まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──? 

 クロトは思わず目を白黒させた。

 

「──な、なんなんだよそれは! コーディネイターでもキラは敵じゃねぇよ! さっきの見てなかったのか! どういう頭をしてるんだよ、お前らは!」

 

 少女を庇おうとする気の強そうな少年や、困惑している眼鏡少年。その後方で身を隠している陰気な少年でも誰でもいい。

 頼むから冗談だと言ってくれと叫びそうになったクロトの前で、少女の近くに陣取っていた妙齢の女性士官が静かに口を開いた。

 

「全員、銃を下ろしなさい」

 

 クルー達は上官命令に納得いかない様な表情を浮かべながら、少女とその同級生達に向けていた突撃銃を下げた。

 

「ラミアス大尉、これは一体?」

 

 自分の背後で愕然としたまま沈黙しているクロトに気付かず、ナタルは不審な少女コーディネイターを庇う上官──マリュー・ラミアスに疑問を投げ掛ける。

 

「ヘリオポリスは中立国なのよ。戦禍に巻き込まれるのが嫌で、ここに移ったコーディネイターが居たとしても不思議じゃないわ。そうよね。キラ・ヤマトちゃん?」

「ええ。……私は第一世代のコーディネイターですから」

 

 マジっすか。

 どうやら本当にこのキラ・ヤマトと呼ばれた内気そうな少女が“少尉”らしい。

 自分の抱いていた勝手なイメージが一瞬で粉砕されたクロトは、頭に手を当てながら引き攣ったような笑いを浮かべた。

 

「両親はナチュラルってことか。……いや、悪かったなぁ。とんだ騒ぎにしちまって。俺はただ聞きたかっただけなんだよね」

「フラガ大尉……。貴方という人は」

 

 軽薄そうな表情の青年士官──ムウ・ラ・フラガに対して、マリューは僅かに怒りを露わにした。ムウはそんなマリューの声色に気付かず、ナタルの背後で硬直しているクロトに目を向けた。

 

「ところでいったい誰なんだ、その赤毛の坊主は?」

「……彼は第1機動艦隊所属のクロト・ブエル少尉。追加召集されたレイダーのテストパイロットだそうです。レイダーも少尉が先程回収されました」

「そうかぁ。俺は第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ」

「私は第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

 クロトは彼女の意外な姿に動揺していた精神を立て直すと、特例で士官に抜擢された優秀な少年士官の演技を始めた。

 

「早速で申し訳ないのですが、僕も上官と船を失いまして。地球に戻るまで間、アークエンジェルの乗艦許可を頂いても宜しいでしょうか?」

「ええ、勿論よ」

 

 思い通りの展開に、クロトはほくそ笑んだ。

 何せザフトの襲撃を受けて艦長を含むクルーの大半を喪ったアークエンジェルには人員が全く足りていない。特に戦闘面においてはメビウス・ゼロが修理中でストライクも彼女以外に操縦出来ない現状では、クロトを排除する理由などなかったのだ。

 一方でムウは何か不穏なものを感じたのか、格納庫に収容されるレイダーに視線を遣りながら言った。

 

「……ここに来るまでの道中、G兵器のパイロットになる筈だった連中のシミュレーションを結構見てきたが、のろくさ動かすにも四苦八苦してたぜ。もしかして坊主もそっちの嬢ちゃんみたいにコーディネイターってワケじゃないよな?」

 

 ムウの疑問も当然だった。

 モビルアーマー乗りのムウはもちろん、モビルスーツパイロットの適性を見込まれた正規兵ですら、現段階ではOSが未完成なG兵器の操縦は困難なのだ。

 反コーディネイターが盛んな大西洋連邦でも、コーディネイターは一定数存在する。

 プラントに恨みを持ち、地球軍に若くして志願したコーディネイターがいたとしても決して不思議ではないのだ。

 

「あー……」

 

 ムウの問い掛けと共に、クロトは周囲から突き刺さる様な視線を感じた。

 特にキラの方向からは縋り付く様なものを感じる。大方、自分と同じコーディネイターなのではないかと思っているのだろう。

 なんて馬鹿な奴なんだろう。自分は地球連合軍とブルーコスモスが共同開発したモビルスーツの生体CPUだというのに。

 クロトの唇から笑みが零れた。

 

「僕は“ブルーコスモス”です」

 

 ブルーコスモス。

 それはアズラエル財団が後援していた環境保護団体の名称であり、コーディネイター技術が公開されてからは反プラント、反コーディネイター思想主義団体の総称と、その支持者を指し示すようになった言葉だ。

 実際に“蒼き清浄なる世界の為に”をスローガンに、合法的なロビー活動から非合法のテロに至るまで様々な反コーディネイター運動を行う上に、今では地球連合軍にも絶大な影響力を持つようになった危険集団がブルーコスモスなのだ。

 クロトの明け透けな返答に周囲の者達は凍り付いた。特にキラは顔面蒼白になり、その場で俯きながら震えている。コーディネイターであるキラにとってクロトは、危険思想の支持者を自称する危険人物以外の何物でもないからだ。

 アークエンジェルの乗組員達も複雑な表情を浮かべた。自分達が所属する大西洋連邦軍を乗っ取りつつある危険思想集団の一員が、まさに目の前にいるのだから。

 

「……おいおい。コレって聞いたらマズいヤツか?」

「ええ、あまり話すことでもないので」

 

 キラ・ヤマトがコーディネイターだったことよりも、クロト・ブエルがブルーコスモスだったことの方が余程アークエンジェルにとって重大な問題だ。

 これは面倒な事になったと悪びれるムウに対して、クロトはまるでたわいない世間話をしている年相応の少年のように嗤った。




タイトル名の由来は

【“逆”行した“襲”撃者のクロト】⇒【逆襲のクロト】です。

レイダーを選択した理由はストライクと対称的なカラーリング、イージスの兄弟機と主役機っぽいからです。


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悲運の再会 崩壊する日常

 4.

 

 急ピッチで発進準備を進めているアークエンジェルの作戦室にて、連合服に着替えるため席を外したクロトを除いた3人の士官が今後の方針を話し合っていた。

 臨時の指揮官にマリュー・ラミアス大尉を置いたアークエンジェルは、ザフトからの奪取を免れたG兵器の開発データとレイダー、ストライクの2機を遠く離れた地球連合軍のアラスカ基地まで持ち帰らなければならない。

 とはいえザフトの襲撃を受け、一直線に地球を目指せる程の物資を積み込めないまま発進を余儀なくされたアークエンジェルは何処かで再度補給を行う必要があった。

 具体的な候補地としては、かなりの長旅になるだろうが地球連合宇宙軍の最大拠点である月面基地プトレマイオス。

 あるいは大西洋連邦と並んで地球連合軍の主力を構成するユーラシア連邦軍が保有し、このヘリオポリス宙域の付近に存在する軍事要塞アルテミスの2ヶ所が有力な候補地として想定された。

 どちらにせよ当面の課題は、ヘリオポリス宙域で潜伏していると思われるクルーゼ隊をどう対処するかだった。

 本人もザフト屈指のトップガンでありながら、指揮官としても名将と謳われるクルーゼがこのまま黙ってアークエンジェルを見逃すとは考えられない。

 世界初の汎用量産型モビルスーツ“ジン”に加え、その上位機種“シグー”。

 またイージスが戦場に現れたことから、奪取した残り3機のG兵器“デュエル”“バスター”“ブリッツ”の投入も考えられるだろう。

 一方のアークエンジェルで現在戦力として数えられるのはレイダー1機だけであり、ムウの搭乗機である宇宙戦用モビルアーマー“メビウス・ゼロ”の修理は完了していない。そんな中でマリューが戦力として期待を寄せていたのが学生ながら不完全なOSを書き換え、ザフトを退ける神業を披露した少女とストライクの存在だった。

 

「やはり、脱出にはストライクの力も必要になると思います」

「あれをまた実戦で使われると?」

「使わなきゃ、脱出は無理でしょう?」

 

 マリューの取り繕うような言葉に、ナタルは納得出来ないものを感じて沈黙した。

 ストライクに搭載されているOSは未完成であり、それをザフトに通用する水準で操縦出来る人物などレイダーのテストパイロットであるクロトしかいない。

 当然クロトはレイダーで戦うだろうし、ストライクにもう一度彼女を乗せようというのだろうか。

 

「あの嬢ちゃんは了承してるのかい?」

「……今度はフラガ大尉が乗られればよいのでは?」

 

 ナタルの言い淀んだ答えを平然と口に出すムウに、ナタルは反発した。大勢で銃を突き付けて同級生と共に軟禁しておいて、どういう理屈で彼女に協力しろというのか。クロトやキラのような子供が乗れるのであれば、ムウのような大人が乗ってみるべきではないのか。

 

「無茶言うなよ。あんなもんが俺に扱える訳ないだろ?」

「ええ?」

 

 ナタルは困惑した。グリマルディ戦線で活躍したことから“エンデュミオンの鷹”と謳われる連合屈指のエースパイロットであり、ナチュラルとしてはトップクラスの能力を持つ筈のムウがあっさり匙を投げたからだ。

 

「あの嬢ちゃんが書き換えたっていうストライクのOSのデータ、見てないのか? あんなもんが普通の人間に扱えると思ってるのかよ?」

「それは……」

 

 キラ・ヤマトが書き換えたストライクのOSは、それほどプログラムに精通している訳ではないナタルから見ても異常なものだった。

 まだ未完成だったAI補助系プログラムの大半が削除されており、動かすだけでも尋常ではない操縦技術を要求される、いわゆるコーディネイター用OSに近いプログラムに変貌していたのだ。

 その分、操縦者の技量次第で精密な動きを可能にする高度なプログラムではあったが、その操作を行う為にはどれほどの能力が必要なのかナタルには想像も付かなかった。

 

「でしたら、レイダーのOSをコピーすればよいのでは?」

 

 レイダーは他のG兵器と異なり、戦死したクロトの上官がヘリオポリスに持ち込んだ専用OSが搭載されていると報告を受けている。

 別の部隊が開発したものを無断盗用するのは後々問題になるだろうが、この状況ならクロトの許可さえ取れば事後承諾も許されるだろう。

 クロトはブルーコスモスに所属するナチュラルだ。

 そんなクロトがレイダーを高度な水準で操縦出来る以上、同世代のモビルスーツであるストライクにも流用出来るはず。しかしムウはクロトが作戦室の近くにいないのを確認すると、静かな口調で断言した。

 

「それこそ無茶だ」

「どういうことですか?」

 

 まさかクロトも己の存在に疑問を抱いてブルーコスモスに参加したコーディネイターなのか。ナタルは疑問を口にした。

 

「あんな……ある意味()()()()()()()()()()()()()()でモビルスーツを動かそうとしたら、命が何個あっても足りないぜ。詳しくは話せないって言ってたが、坊主も英才教育を受けたブルーコスモスの秘蔵っ子って所だろうな」

 

 ムウやナタルは知る術もなかったが、レイダーに搭載されているものは生体CPU専用のOSだった。

 それはパイロットの精神的・肉体的負担を考慮しない代わりに、コーディネイター用と同等以上の性能を引き出すものだった。コーディネイターを超越した生体CPUの身体能力を前提に開発されたものであり、同じナチュラルでもムウが扱える代物ではなかったのだ。

 

「なら、元に戻させて……。とにかくあんな民間人の、しかもコーディネーターの少女に大事な機体をこれ以上任せる訳には……」

「そんでノロくさ出て行って、的になれっての?」

「……そろそろ少尉が戻って来る筈よ。彼の意見を聞きましょう」

「あんな記録を見たら、聞かない訳にはいかねえよな」

 

 それはレイダーの補給を行っていた整備兵が、マリュー達に先程慌てて報告した信じ難い戦闘記録だった。

 ザフトはこれまで、数で勝る地球連合軍を質で圧倒してきた。そんなザフトの中でも屈指のエリート部隊と言われるクルーゼ隊を、クロトが次々と葬り去っている衝撃的な映像だった。

 これまでの常識を超えた戦闘記録に、マリュー達は報告を行った整備兵に緘口令を敷くと共に、得体の知れないクロトに対してキラと同等以上の恐怖を感じていた。

 

「坊主がとんでもない奴だったのは嬉しい誤算だが、この状況でストライクを温存する余裕があるのかねー。嬢ちゃんに声を掛けてみても、バチは当たらないと思うぜ? ……情けない話だが、この船で()()()()()()()()可能性があるのは嬢ちゃんだけだろうからな」

 

 蒼き清浄なる世界の為に──。

 画面の中のクロトと襲撃者(レイダー)は、狂った様に叫びながら無数のモビルスーツを撃破すると、嗤いながら次の獲物に襲い掛かっていた。

 それは喩えるなら、戦場に舞い降りた狂戦士の姿だった。

 しかしクロトはブルーコスモスであり、一方のキラはコーディネイターだ。

 まさに水と油としか表現出来ない2人を果たしてこれ以上接触させていいものなのか、3人には判断出来なかった。

 

 

 

「お断りします……! 私達をこれ以上、戦争なんかに巻き込まないで下さい!」

「キラちゃん……貴女の気持ちは分かるけど……」

 

 マリューとキラの会話を余所に、士官服に着替えたクロトは無言で壁にもたれ掛かっていた。

 キラはカトウゼミに所属する友人達と共に大部屋に押し込まれ、半ば軟禁状態だった。そんなキラの下を訪れたマリューだったが、ストライクに乗って迎撃して欲しいという申し出を拒絶されていたのだ。

 この目の前の少女がマリューから操縦桿を奪い取り、ストライクの未完成なOSを書き換えてジンを退けたらしい。モビルスーツの性能差と彼女がプログラミングに精通している幸運が重なったとはいえ、どうやらこのキラ・ヤマトという少女は同じコーディネイターであるザフトの連中よりも余程優秀に造られた存在のようだ。そんな血統書付きの彼女にとって、自分はせいぜい野良の雑種ってところか。

 クロトは自嘲する様に溜息を吐いた。

 それからもキラと押し問答をしていたマリューに、一足先にCICに入ったナタルから緊急通信が行われた。それはアークエンジェルのレーダーがG兵器4機を含む6機のモビルスーツの反応を捉えたものだった。

 

「……なんですって!? 奪ったG兵器をこんなに早く実戦投入するなんて!」

「僕の出番ですね」

「少尉!」

 

 クロトはまるで遊びに行くような口調で言った。こんな箱入り娘を仕留めるのに手間取ったクルーゼ隊など、どれだけ頭数を揃えようと問題ではない。

 せいぜい厄介なのはあの“赤い奴”と“白い奴”くらいか。クロトは冷たい氷のような蒼い双眸をキラとマリューに向けた。

 

「卑怯です……! この船にはモビルスーツは2機しかなくて、動かせるのは私と、その人だけだって言うんでしょ……!」

 

 一方のキラは大部屋の奥に引っ込むと、半泣きの面を浮かべる。

 

「たかが6機でしょ? 僕1人で十分です」

 

 まだ何もしてないのに、随分と嫌われたらしい。クロトは自嘲する様に嗤った。

 正史において、アークエンジェルはストライクを犠牲にアラスカ基地まで辿り着いた。

 彼女は優れたモビルスーツ乗りの才能を秘めているだろうが、少なくともモビルスーツの生体CPUである自分を上回るとは思えない。

 そもそも状況次第では、単独で地球を目指す事も覚悟していたのだ。

 

「少尉とレイダーがいくら優秀でも、複数のG兵器を相手に単独は無理だわ」

「無理を無理と言うことくらい、誰でも出来ますよ? それでもやり遂げるのが優秀な人物ってヤツです」

 

 クロトは自分に不安そうな視線を向けるキラの顔を見た。

 彼女は何も為せず、ただ誰かに利用されるだけの人生だった。救われた連中は彼女の死に感化されたのか、それとも命惜しさからか彼女の祖国へ脱走した。もう少し決断が早ければ彼女は死なずに済んだというのに。クロトは自分がどうやら苛立っているらしいことに気付いた。

 

「……少尉の意気込みは頼もしいけど、私は大勢の命を預かる身として、最善を尽くさなければいけないの。キラちゃんも分かってくれるでしょ?」

 

 マジでめんどくせー。クロトは思案した。

 彼女がアークエンジェルの為に戦って死ぬのが運命だというのなら、それはそれで好都合なのでは? 

 アークエンジェルが置かれている状況自体は、客観的に見て絶望的なのもまた事実だ。

 アズラエル流に言うなら、ストライクもレイダーも持ってて嬉しいコレクションではない。高い金を掛けて作った強力な兵器だ。そして兵器は使わなければ何の意味もない。

 ──この()()()()()()()()()()()()()

 我に返ったクロトはぶっきらぼうな表情で折衷案を示した。

 

「分かった。君はアークエンジェルに敵を近寄らせないでくれればいい。あとは僕がやる」

「え……?」

 

 キラはクロトの意外な提案に、呆けた様な表情を浮かべた。

 唯一生き残ったG兵器のテストパイロットであり、これから最も命懸けの状況に飛び込もうとするブルーコスモスの少年兵。

 そんなこの場で誰よりもキラを糾弾する権利を持つ筈の少年が、自分を気遣っているのである。

 

「……クロトさんは、それでいいんですか?」

「あぁ。罪もない人々を傷付ける連中が目の前にいるんだ。たとえ1人でも、僕は戦う」

 

 本来はキミ1人で撃退出来る程度の連中だから楽勝だろうと思いつつ、クロトは適当にそれっぽい言葉を並べた。

 

 5.

 

 遡ること少し前。

 アスランはクルーゼ隊の母艦であるナスカ級高速モビルスーツ駆逐艦“ヴェサリウス”の作戦室にて、同期の3名とミゲルを合わせた5名でブリーフィングを行っていた。

 

「レイダーのパイロットは危険だ。俺達4人で奴を撃破する。奴さえ撃破すれば、他の連中は逃がしても構わない。奴らの勢力圏に逃がすまでに、捉える機会は有る筈だ」

「おいおい、たかがナチュラル1人に? 正気かよ、アスラン?」

 

 呆れたような口調のディアッカに、イザークも大袈裟に首肯する。

 

「一目散にヴェサリウスに逃げ帰ったことといい、どうやら臆病になったらしいな? あんな奴、俺1人で十分だというのに」

「本当にどうしたんですか? さっきからおかしいですよ」

 

 ニコルは不審そうな表情を向けた。士官アカデミーに入学以来、ルームメイトとして接して来たニコルでさえ、今まで見たことのない様子だったからだ。

 

「フン。貴様、奴に逃げられたのがそれほど気に食わないのか?」

「そんな事はどうでもいい。今回の作戦はクルーゼ隊長から俺に一任されている。俺の命令に従うのか、従わないのか。どっちなんだ?」

 

 アスランは鋭い眼光でイザークを睨み付けた。

 奪取に失敗した地球連合軍の新型機動兵器に、つい先程まで男だと思っていた幼馴染みの少女が乗っているかもしれないのだ。

 油断していたとはいえ、未完成のOSでミゲルを圧倒した操縦技術。それと裏腹に自爆装置の存在すら知らない判断能力。

 危惧が的中している可能性は高いとアスランは感じた。

 アイツはお人好しな性格につけ込まれて、地球連合軍のナチュラル共に利用されているに違いない。あるいはブルーコスモスの過激派と思われる、頭の狂ったあのパイロットに脅されているに違いない。

 一刻も早くストライクのパイロットを確認し、もしも彼女がパイロットであるなら救出しなければと考えていると、不機嫌そうに腕を組んでいたミゲルが口を開いた。

 

「おいおい、イザークよ。クルーゼ隊長の命令に逆らうのなら、お前が強奪したデュエルを寄越せ。ナチュラルの機体に乗るのは気に食わないが、俺のジンが修理されるまでは我慢してやる」

「なんだと? 誰が貴様に!!」

 

 義勇軍であるザフトには隊長格とそれ以外を除いて上下関係はないとはいえ、緑服ながら“黄昏の魔弾”の異名を持つ大先輩に食って掛かるのは流石に問題だ。

 ディアッカはイザークの肩に手を置くと、やれやれと呟きながら肩を竦めた。

 

「確かにアイツは普通じゃねぇ。さっさと仕留めておかないと、面倒な事になりそうだ。それでいいな、アスラン?」

 

 アスランは頷いた。

 ミゲルは自分に恥をかかせたストライクの復讐に燃えている。

 PS装甲で大抵の実弾攻撃を無効化するストライクはそう簡単に撃破されないだろうが、キラの身に万が一のことが起こる前に、厄介なレイダーを撃破してキラに投降を呼び掛けなければならない。

 レイダーのパイロットさえ始末すれば、キラのことをイザーク達に話そう。幼馴染みの少女が連合軍に騙されて戦わされているかもしれないと。

 

「あぁ。ストライクの鹵獲はミゲルに任せる。俺達はアイツに集中するんだ」

 

 アスランは強く言い切った。万が一自分とキラの関係を連合軍に知られれば、キラにどんな悲劇が降り掛かるかわからない。説得する機会はこの1度きりだ。

 

 

 

 ストライクの背部に搭載されたラジエータープレートを兼任する大型可変翼と、4基の高出力スラスターが唸りを上げる。

 

《キラ・ヤマト。ストライク、出ます!》

 

 無重力下における機動性を増強させる事を主眼としたストライクの換装型パーツであり、宇宙用の装備だがその大推力によって重力下でも短時間の滑空を可能とし、ハイジャンプや空中での方向転換さえも実現させる高機動戦闘用パック“エールストライカー”だ。

 コロニーに与える被害を最小限に抑える為、アーマーシュナイダーでジンを退けたキラの能力からマリューは近接格闘格闘専用パック“ソードストライカー”を提案した。

 しかしクロトは高機動強襲機であるレイダーとの連携を考慮し、敢えて“エールストライカー”を希望した。大気圏内の単独飛行能力を有しているレイダーと比較すれば、それでもストライクの機動性は心許ない水準だったのだ。

 

 ──ガキのお守りなんてガラじゃねーっての。

 

 クロトはコクピットの中で舌打ちした。

 マリューの考案した作戦は単純明快なものだった。

 戦闘の混乱に紛れてアークエンジェルは外壁に開いた穴から脱出し、ストライクはアークエンジェルを援護しながらヘリオポリスを脱出、レイダーは迫り来る敵モビルスーツ部隊を撃破、あるいは振り切って合流する。

 敵のモビルスーツ部隊と単独で対峙出来るクロトの実力と、G兵器の中で最速を誇るレイダーの機動力を最大限に活かした作戦だった。

 

《……少尉には負担ばかり掛けて申し訳ありませんが、その子を頼みます》

《りょーかい》

 

 思わず反吐が出そうな気分になりながら、クロトはポケットから取り出したアンプルをぱきんと開封した。

 一口で中身を飲み干すと、甲板を蹴って宙を舞いながらモビルアーマー形態に変形したレイダーを一気に加速させる。

 

《──来たぞ! 奴だ! 作戦通りに展開しろ!》

 

 猛烈な速度で迫るレイダーの姿を捉えたイージスとブリッツはビームライフルで牽制しながら迎撃に移り、それを出し抜くような勢いでデュエルとバスターが先行する。

 ブリッツの反応が消失したのを確認すると、クロトは更に機体を加速させた。

 

《見つけたぞ!! ストライクゥ!!》

 

 4機のG兵器と共に現れたジンは別方向から展開し、自分達に照準を向けているアークエンジェルとストライクに向かう。

 PS装甲に有効なビーム兵器を有するG兵器を、4機同時に相手取る。

 常人であれば早くも絶対の死を覚悟する状況だったが、人工麻薬の効果が現れ始めたクロトは凶悪な笑みを浮かべた。

 アークエンジェルの支援砲撃があれば、残る敵はキラ1人で対処出来るだろう。

 どうも自分はさっきから調子を狂わされているらしい。それもこれも全て、あのキラ・ヤマトのせいだ。

 

《く、クロトさん? どうしたんですか!?》

 

 突然通信回線で大声で笑い出したクロトに、キラは思わず声を掛けた。

 マリュー達から少尉はモビルスーツに乗れば少々人格が変わるらしいから気にするなと忠告があったが、まさかここまで変わるものだとは想像していなかったのだ。

 

《やらなきゃやられる、それだけだろうが!! 蒼き清浄なる世界の為にィ!!》

 

 レイダーの顔面に搭載された“怒り”を示す高出力エネルギー砲と機首の大型機関砲をゴング代わりに、クロトは必殺の突撃を開始した。

 

 6.

 

 四方八方から放たれる無数のビームを、破砕球を支える対ビームコーティングの施された高分子ワイヤーが拡散させる。

 

 ──あー、ムカついて来た。

 

 クロトは楽観的だった予想とは裏腹に、目の前のG兵器4体を相手に想像以上の苦戦を強いられていた。

 実装が大幅に早まった関係でレイダーの基本性能は一回り低下しており、バッテリーを長持ちさせる為のTPS装甲も搭載されていない。

 低重力空間であるヘリオポリスでは最大のアドバンテージである大気圏の飛行能力など関係ない以上、性能の優位点など有ってないようなものだった。

 レイダーの操縦経験があり、核動力で無尽蔵に動き回るフリーダムやジャスティスを相手に対MS戦闘の実戦経験を積んでいたクロトでなければ、とっくに落とされていても不思議ではなかった。

 

《チッ……!》

 

 クロトはデュエルが振り被ったビームサーベルを急降下で回避すると、そのまま滑る様に後退しながら両肩の機関銃から銃撃をばら撒いた。

 最も厄介なイージスと格闘戦に持ち込もうとするとデュエルが手柄を奪い取らんと猛烈な勢いで襲い掛かって来るし、距離を取れば一方的に撃たれるだけだった。

 このままでは埒が明かない。

 クロトはレイダーを反転させると、追い縋るイージスとデュエルの間に突進した。

 

《邪魔をするな、アスラン!》

《邪魔はお前だろ!!》

 

 イージスを押し退けるように放たれたデュエルのビーム攻撃を、レイダーは右腕のシールドで振り払うように防御した。

 そんなデュエルを振り払って突撃してくるイージスに対し、クロトはそのまま右腕の機関砲を連射した。そして擦れ違う様にイージスの繰り出した斬撃を回避すると、そのまま変形して後方のバスターを強襲する。

 

《おいおい! こっちに来んなよ!》

 

 ディアッカは咄嗟にビームライフルを撃とうとしたが、バスターの射線上にイージスとデュエルが入っている。一瞬発砲を躊躇ったバスターに向かってレイダーは瞬く間に距離を詰めると、顔面の高出力エネルギー砲を放つ挙動を見せた。

 

《危ない! ディアッカ!》

 

 レイダーはスラスターを全力で噴かせると、速度を維持したまま軌道を強引に横滑りさせてブリッツの放ったビームライフルを避けた。そしてレイダーを再変形させると、右腕の攻盾システムを構えたブリッツを正面に捉える。

 

《滅殺ッ!!》

 

 レイダーの速度を乗せた超高速で射出された破砕球で、ブリッツは防御したシールドごと後方に吹き飛ばされた。

 高密度に圧縮した反発材で製造された質量兵器である破砕球は、PS装甲を採用する機体にも内部に損傷を与えることが出来るのだ。

 

《くっ……! 機体のダメージが……!》

 

 クロトが続けざまに放った高出力エネルギー砲は、直前に割り込んだイージスに間一髪で阻まれた。行き掛けの駄賃とばかりに銃撃を撃ち込んだが、盛大に火花を撒き散らしながら放たれたイージスのビームが僅かに装甲を掠めた。

 

 キラはジンの放った特火重粒子砲を左腕のシールドで防御した。

 おっかなびっくり放ったビームはあっさり回避され、持ち替えて放たれた銃突撃機銃でコクピットが大きく揺れる。

 アークエンジェルはストライクに纏わり付こうとするジンに援護射撃を放つが、こちらも簡単に避けられた。攻撃を回避される度に、流れ弾を受けているヘリオポリスの被害は悪化の一途を辿っている。

 

《生意気なんだよ! ナチュラルの分際で!!》

 

 既にPS装甲がなければ撃墜されても不思議ではないほど、キラの操縦するエールストライクはジンの攻撃を一方的に受けていた。

 PS装甲の特性を活かし、接近戦に持ち込めばキラにも十分勝機はあったが、飛び道具があれば頼ってしまうのが戦い慣れていない者の性だったのだ。

 

《凄い……!》

 

 一方で遥か遠くで戦っているレイダーはまるで完璧に見切っているかのように、無数に放たれるG兵器の攻撃を回避している。

 あの人がいなければ自分は1人で彼等と戦わなければならなかったのか、とキラは半分呆れた様な表情で嘆息した。

 

《お前ら4人がかりで何をやっている!》

 

 ブリッツの損傷で統率が乱れたアスラン達を見て、ミゲルは硬いだけで手応えの無いストライクを放置して機体を急上昇させた。

 包囲されるクロトを援護しなければ。キラはそんなミゲルの動きを見て、反射的に作戦を忘れてジンを追った。

 

《ナチュラルめ……! 思い上がるなよ!!》

《なんだよテメエは!!》

 

 ジンの接近に気付いたクロトは、機体を翻して一気に距離を詰めた。

 

《よせっ! そいつを一人で相手にするなっ!!》

《心配するな!! たかがナチュラルごときに!!》

 

 ミゲルの接近に気付いたアスランは叫んだ。

 目の前の恐るべき襲撃者は機体性能にかまけたナチュラルどころか、ブルーコスモスが生み出した怪物的な存在なのだ。

 ミゲルはクロトが()()()()()()()()()()破砕球を回避し、先程の戦闘で唯一ストライクに損傷を与えた特火重粒子砲を放った。

 

《抹殺ッ!!》 

 

 クロトはミゲルの攻撃を紙一重で避けると、強引に破砕球を引き戻した。

 そして背後からの強襲で片脚を吹き飛ばされて体勢を崩した哀れな獲物に、クロトはビームクローを一直線に振り下ろした。

 

《うわああああああっ!!》

《ミゲル!》

 

 ザフトの誇る“黄昏の魔弾”を文字通り一蹴したクロトは、猛烈な勢いでストライクに接近していくイージスを捉えた。そして防衛目標であるアークエンジェルから離れてしまったキラに、クロトは苛立ったような口調で叫んだ。

 

《さっさと戻れ! お前にソイツの相手は無理だ!》

《わ、分かりました! クロトさんも、あまり無理しないで下さい!!》

 

 クロトは回線を遮断すると、大きく溜息を吐いた。

 別に彼女の腕前に期待していた訳ではなかったが、まさかジン1機に苦戦する程度の腕前だとは完全に予想外だったからだ。

 同時に本来は威力偵察程度だったヘリオポリス宙域の戦闘が、自分の介入でG兵器の全機投入を迫られるほどの本格的な戦闘に変化したのかもしれないと思った。

 

《イージス……!》

 

 クロトは何故か自分を放置し、ストライクに向かうイージスを捉えた。

 イージスとは少し交戦しただけだが、奪取された4機のG兵器で最も強敵だった。幸い機動力に関しては上回っているので、早く追い掛けなければ。

 そんな風に考えたクロトを、正面から放たれたビームが襲った。

 

《貴様ああああああ!! 援護しろディアッカ!!》

《よくもミゲルを!!》

 

 優秀なコーディネイターである自分達が、たった一人のナチュラルに翻弄されている事実に怒り狂ったイザークとディアッカがクロトの前に現れたのだ。

 流石にG兵器2機を引き連れた状態で、アークエンジェルやストライクと合流する訳にはいかない。そう考えたクロトは再度破砕球を構えると、迫り来る因縁の敵を相手に激しい接近戦を開始した。

 

 

 

 指揮官機として開発されたイージスは、頭部に大型センサーユニットを搭載する等、他のG兵器と比較して通信・分析機能が強化されている。そんなイージスには敵の通信回線を傍受する機能も存在していた。

 アスランはイージス強奪の際に聞いたものと同じ音声を捉え、自分の推測は最悪の形で当たってしまったことを理解した。逃走するストライクを追い掛けながら、個人回線を通して呼び掛けを行った。

 

《やはり君はキラ! キラなのか!?》

 

 キラは聞き覚えのある声に反応し、思わずストライクの足を止めてしまった。そして個人回線を開き、数年ぶりに再会を果たした幼馴染に応答を行う。

 

《アスラン! アスラン・ザラなの!? な、何故貴方が!?》

《お前こそ……どうして!?》

 

 何故、ヘリオポリスにいるのか。

 何故、連合軍のモビルスーツに乗っているのか。

 何故、昔は自分に黙って男装していたのか。疑問は尽きなかった。

 目の前に無防備なストライクが存在することも、背後でイザーク、ディアッカの2人がクロトの猛攻で追い詰められている事も、アスランの頭から飛んでしまった。

 

《もう許さんぞ! このコロニーごと貴様を吹き飛ばしてやる!!》

 

 レイダーの振るったビームクローが、デュエルの右手に向かって一直線に伸びた。

 右肘から先を破壊され、激昂したイザークは偶然回収に成功したデュエルの専用装備──350mmレールバズーカを構えた。

 

《よせっ、イザーク! それは対要塞用のリニアキャノンだぞ!》

《それがどうしたああああ!!》

 

 イザークは間髪入れずに引き金を引いた。

 予備電力の搭載も兼ねて長大に設計された銃身を使い、砲弾を内部で電磁加速させて撃ち出すリニアキャノンの威力は、対モビルスーツを想定したものではなかった。

 バスターに搭載された超高インパルス長射程狙撃ライフルを遥かに上回る威力の攻撃を崩壊寸前のコロニーで撃てばどうなるのか、イザークには想像も付かなかった。

 見慣れない武器に異様な雰囲気を感じていたクロトは、神懸かり的な反応で回避に成功した。しかしコロニーを構成するメインシャフトを掠めて外壁を破壊し、ヘリオポリスを完全に崩壊させるほどの大規模な爆発が起こった。




アークエンジェルの援護無しで、G兵器4機を相手取る意味不明な存在。これが……スーパーパイロットってコト?

原作レイダーとの相違点
①PS装甲を採用しているため、電力消費が激しい。
②膂力・推力低下。大気圏内の単独飛行能力は保有するが、ストライクを積載したまま飛び回るのは不可能。


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 7.

 

 少年にとって現実と空想の違いとは、痛みを感じるか否かだった。

 クロトは全身に釘を撃ち込まれたような苦痛に襲われ、コクピットの中で目を覚ました。

 どうやらヘリオポリス崩壊の際に生じた衝撃で気を喪っている間に、効果時間を過ぎてしまった人工麻薬(γ-グリフェプタン)の禁断症状が始まったらしい。

 クロトは手を震わせながらパイロットスーツの懐から錠剤を取り出すと、慌てて噛み砕きながら飲み込んだ。

 

 ──クソが。

 

 この悪趣味な首輪が存在する限り、どれだけ自由を望もうとそれはただの夢に過ぎない。味方はどこにも存在しない。

 クロトが周囲を見渡すと、崩壊したヘリオポリスの残骸と思われる巨大デブリにレイダーは引っ掛かっているようだった。

 既にバッテリーパワーは底を突いており、本来漆黒に輝いている筈のPS装甲は鈍い灰色に戻っている。レーダーは完全に故障しており、アークエンジェルとの位置関係は全く分からない。

 こんな状況で敵に発見されたら一巻の終わりだ。

 まるで他人事のように考えながら周辺を目視で探っていると、見覚えのあるトリコロールカラーのモビルスーツが近付いて来た。

 

《──こちら〈X-105〉ストライク。〈X-370〉レイダーを発見しました》

 

 至近距離でヘリオポリスの崩落に巻き込まれたクロトとは異なり、キラは身を守る事に成功したようだった。

 

《……君か》

 

 記憶は曖昧だがデュエルやバスターはもちろん、近くにいたイージスも吹き飛ばされたというのに悪運の強い奴だ。

 クロトは心配そうな少女の声に、呟くような口調で応答した。

 

《……無事で良かった。アークエンジェルまで誘導しますね》

 

 ストライクはレイダーの腕を掴むと、器用にデブリを避けながらアークエンジェルとの合流地点に向かって進んでいく。

 まだまだ戦闘技術は稚拙だが、単純な操縦技術は既にクロトと大差ない事実に、クロトは彼女が悲運の天才だと改めて認識した。

 周囲を警戒するためモニター画面に視線を遣ると、ストライクの空いている手が見慣れない物体を抱えていることに気付いた。

 

《それは?》

《……ヘリオポリスの救命ポッドです。推進機が壊れているみたいで。誰かが乗っているかもしれないんです》

《変なものが入ってても……僕は知らないよ?》

 

 クロトは座席に背中を預けると、自嘲する様に笑った。救命ポッドにいい思い出はない。

 

《変なものって?》

《さぁね。……()()()()()()()()()()()()()()()()()とか》

《何ですかそれ? 許可は取りましたからね》

 

 その後、クロトはキラにうっかり許可を出したことを呪いながら、救命ポッドの回収に反対するナタルと押し問答になった。

 このまま故障した救命ポッドでオーブ軍の救援を待つか、それとも今後も危険に巻き込まれるだろうアークエンジェルに収容するかという意見の対立が起こった。

 しかし揉める時間が惜しいと判断したマリューの判断で、最終的に回収が決まった。ポッドの中にはヘリオポリスの避難民に加えて、見覚えのある赤髪の少女がいた。

 妙に()()()()()()()()()()ヤツだ。クロトは思わず少女の顔を二度見した。

 

「あの子がどうかしたんですか?」

「あー……? いや、可愛い娘だなって」

 

 キラは少し呆れた口調で、咄嗟に誤魔化したクロトの下心を窘めるように言った。

 

「あの子はフレイ・アルスター。お父さんが大西洋連邦の偉い人みたいで。私の友達の婚約者だそうです」

「へぇ。それは残念」

 

 クロトは興味が失せたとばかりに肩を竦めた。

 彼女の名前はフレイ・アルスター。

 大西洋連邦外務次官の地位を利用し、ブルーコスモスの一員としてコーディネイター排斥を唱えるジョージ・アルスターの娘だ。

 父親の死後、ブルーコスモスは“復讐に燃えるアルスター家の令嬢”というプロパガンダを行うため、彼女を利用しようとしていた。

 しかしそんな彼女はスピット・ブレイクの最中にザフトの捕虜になり、メンデル宙域で戦略兵器“Nジャマーキャンセラー”のデータと共に解放されたのだった。

 とはいえクロトは彼女に興味はなかったし、救命ポッドを回収したオルガは彼女を嫌っていたが。

 

「えー! じゃあ、これに乗ってる方が危ないってことじゃないの!?」

「あはは。そう、かもね……」

 

 クロトはキラ達の会話を余所に、1人休憩室の椅子に腰掛けた。

 ようやく人工麻薬(γ-グリフェプタン)が効き始めたとはいえ、体調は依然最悪だった。このままメンテナンスを受けずに任務を続けて本当に大丈夫なのだろうか。

 もっとも誰かに話せるような内容ではないし、話したとしてもそれを解決する手段などないのだが。

 

「……あの人って、ブルーコスモスなんでしょ? なんでそんな人がここにいるのよ」

 

 クロトはブルーコスモス支持を公言する少年兵だ。

 そんな一般軍人にとって異物な存在に過ぎない少年に近付く者はいなかったが、誰かと話す気力などなかったクロトにとってはむしろ好都合だった。

 しかし爽やかな笑みを浮かべながら現れたムウが、その短いながらも平穏な時間を終わらせた。

 

「少尉! それにキラ・ヤマト! 人手が足りないんだ。自分の機体くらい、自分で整備しろってマードック軍曹が怒ってたぞ!」

 

 あくまでモビルスーツの生体CPUであるクロトに、整備の経験はなかった。

 脱走のリスクを回避するのはもちろんだが、錯乱して機体を暴走させたら大惨事が起こるのは明白だったからだ。

 

「そういうのは僕の仕事じゃないんで」

「……わ、私の機体って」

 

 クロトとキラはムウの突拍子もない言葉に、困惑するような表情を浮かべた。 

 

「いまはそういうことになってるんだよ。あの2機は君達しか動かせないんだからしょうがないだろ。君達は地球連合軍初のモビルスーツ部隊だ! 格好いいねぇ!」

 

 口笛を吹いて囃し立てるムウに、キラは苛立ちを露わにした。

 

「それは……。しょうがないと思って2度目も乗りましたよ。でも私は軍人でも何でもないんですから!」

 

 ムウは一転して真剣な表情に変わると、無関係な態度を貫いていたクロトにも視線を向けながら言い聞かせるように言った。

 

「いずれまた戦闘が始まった時、今度は乗らずにそう言いながら死んでいくか? 今この船を守れるのは俺達3人だけだ。君は出来るだけの力を持っているだろう? なら出来ることをやれよ」

「私は……」

 

 まさに任務のためなら何でもする“模範的な”地球連合軍人という感じだ。クロトは僅かに肩を竦めた。

 

「だいたいクルーゼ隊はどうなったんです?」

「心配するな。ナスカ級の頭を押さえる形で脱出に成功した。アルテミスに到着するのはこっちが先になりそうだ」

 

 自分達が所属している大西洋連邦軍と、アルテミスに展開するユーラシア連邦軍は同じ地球連合軍内でも以前から対立関係にある。

 補給の代わりにG兵器を奪われるようなことになったら大西洋連邦とユーラシア連邦の間で戦争になりかねない。しかしこの要塞の司令官に着任している男は、その手の損得勘定が出来る人間ではないとの評判だ。

 クロトは面倒なことになりそうだと直感した。

 

「整備が終わったら君達もCICに来てくれ。こっちも人手不足なんだ。君達に休んでる暇はないぜ?」

 

 ムウは無言で抗議するキラを見ながらあっけらかんと笑った。

 どうやら自分達に課せられているのはモビルスーツの整備だけではないらしい。

 これでは日常的な訓練とメンテナンス時間を除けば、基本的に待機ばかりだったドミニオンの方がよほどマシだ。

 クロトは頭を抱えて絶望するキラを横目に、この厄介な青年士官もその内好機を見つけて始末しようと誓った。

 

 8.

 

 デュエルから飛び降りたイザークの叫びが、ヴェサリウスの格納庫内で木霊する。

 

「貴様! どういうつもりだ! なぜ持ち場を離れた!」

 

 帰投してからずっと憮然としているアスランの胸ぐらを掴むと、癇癪を起こした子供のように喚き散らす。

 

「とんだ失態だよ。お前のおかげで」

 

 普段はイザークの暴走を止める立場に回ることが多いディアッカも、冷たい口調でアスランを詰った。

 何の成果も挙げられないままミゲルを討ち取られた上に、現場指揮を執っていたアスランが持ち場を離れた挙げ句、まんまと逃げられてしまったのだ。

 生まれ持ってのエリートとして生を受けた自分達が、能力の劣る下等種族に翻弄されてしまった事実に2人は激怒していた。

 

「何をやってるんですか! 止めて下さい! こんなところで!」

 

 ニコルは剣呑な雰囲気の3人の間に割って入ろうとしたが、イザークはニコルを突き飛ばすと更にボルテージを上げた。

 

「たかがナチュラル相手に4人だぞ! こんな屈辱があるか!」

「だからと言ってアスランを責めても仕方ないでしょう! だいたい奴を逃がしたのはイザーク達にも責任があるんじゃないですか!?」

 

 ニコルは怒りを露わにした。

 ヘリオポリスに出現した漆黒のモビルスーツに、アスランを除いたメンバーは同じG兵器でありながら数的有利にもかかわらず苦戦を強いられた。

 その結果不用意な攻撃でコロニーを崩壊させ、アークエンジェルを含めて完全に取り逃がしてしまった以上、もはや誰が悪いという状況ではなかった。

 

「アスラン、僕も貴方らしくない行動だと思います。でも──」

「今は放っておいてくれないか!」

 

 アスランは仲裁しようとするニコルを怒鳴り付けた。

 そしてクルーゼの呼び出しに応じるため、アスランの傲慢な態度に憤慨している3人を残して格納庫を後にした。

 

 

 

 これは想像以上だ。やはり奴はエンデュミオン・クレーターに現れた“悪魔”だったのだ。

 その圧倒的な力とザフトの既存モビルスーツを圧倒するG兵器の力が組み合わされば、たとえクルーゼ隊全軍をぶつけても一筋縄ではいかないだろう。

 愚か者共に薬漬けにされ、寿命と引き換えに莫大な力を獲得した存在──ある意味でムウよりも自分に近い存在という訳か。

 それにしても先程感じた()()()()()()()()()はいったい何だったのだろうか。ヘリオポリス内部にフラガ家の遠縁でもいたのだろうか。

 

「アスラン・ザラ、出頭致しました!」

 

 ラウはレイダーの戦闘映像を流していたモニターを消すと、部屋の扉をノックしたアスランを出迎えた。

 

「ヘリオポリスの崩壊でバタバタしてしまってね。君と話すのも随分遅れてしまった」

 

 ラウは飄々とした態度で言った。

 この隊は個々の能力を発揮させるため放任主義を徹底しているが、持ち場を離れて部隊を敗北させた者を見逃すほど甘い訳ではない。

 レイダーの撃破とストライクの鹵獲失敗に加えて、クルーゼ隊でも最上位を争うエースパイロットの損失。

 この自分の顔に泥を塗った国防委員長の一人息子をどう料理したものかと思いながら、クルーゼは扉の前で立ち尽くしているアスランに向き直った。

 

「先の戦闘では、申し訳ありませんでした」

 

 アスランは頭を深々と下げて項垂れた。ラウはそんな殊勝な態度を見せる少年の肩に手を当てると、どこか愉しそうに嗤った。

 

「懲罰を科すつもりはないが、話は聞いておきたい。先の強奪任務の時といい、あまりにも君らしくない行動の連続だからな」

 

 崩壊するヘリオポリスに、母を喪った血のバレンタイン事件を思い出したか。

 2度と同じ悲劇を繰り返さないためにとザフトに入隊した自分が、無関係なコロニーの崩壊に関与して間接的に無関係な民間人を大勢殺した気分はどうだ。

 ラウは仮面の奥で冷ややかな視線を向けたが、目線を落としていてそれに気付かなかったアスランは唇を噛み締めた。

 

「申し訳ありません。思いも掛けぬ事に動揺し、報告出来ませんでした。ストライクに乗っているのは月の幼年学校で友人だったコーディネイター、キラ・ヤマトです」

「ほう?」

 

 ラウはその名前に引っ掛かるものを感じ、アスランに報告を促した。

 

「まさかあのような場で再会するとは思わず、しかもあのような姿を……。どうしても確かめたくて」

「戦争とは皮肉なものだ。君の動揺も仕方あるまい。仲の良い友人だったのだろう?」

 

 現在コーディネイターの総人口は非公表の者も含めて5億人前後と推定されており、そのうち6000万人はプラントに居住している。

 いわばプラントはコーディネイターの中で最大勢力を誇る一方で、総数としては少数派なのだ。

 とはいえブルーコスモスの影響力が強い地球連合軍に所属するコーディネイターは極めて少数だろうが、その中の一人に偶然アスランの友人がいたのだろう。

 月の支配権を巡る戦闘で生じた死傷者──エイプリルフール・クライシスで生じた数億人単位の餓死者──地球連合軍に志願する理由など無数にあるのだから。

 

「友人というか、何というか。アイツ、昔は男のフリをしていたみたいなんです。たしかに女っぽいヤツだとは思っていたんですが、まさか本当に女だったなんて」

「……!!」

 

 まさかあの娘か。

 クルーゼはアスランの言葉である可能性に思い至り、その数奇な運命を背負った少女の存命に絶句した。

 アスランは表情を覆い隠す仮面を付けていても明確に分かるほど、いつになく動揺の様子しているクルーゼの姿に戸惑いながら口を開いた。

 

「クルーゼ隊長?」

「そういうことなら、次の出撃から君は外そう。そんな相手に銃は向けられまいし、私も君にそんなことはさせたくない」

 

 思いもよらぬ事態に内心苦笑しながら目線を外したクルーゼに、アスランは今まで抑え続けていた感情を吐露した。

 

「……キラは! ……あいつは、ナチュラルにいいように使われているんです! 優秀だけど、ボーっとして、お人好しだから、そのことにも気づいてなくて……。だから私は説得したいんです! あいつだってコーディネイターなんだ! こちらの言うことが分からないはずはありません!」

「君の気持ちは分かる。だが、彼女が聞き入れないときは?」

 

 ラウはアスランの覚悟を確かめるように問い掛けた。事情はどうあれ、キラにとってザフトは敵だ。言葉を交わしたくらいで説得出来るような人間なら、最初からプラントに居住しているだろう。

 

「……その時は、私が討ちます……!」

 

 これで楔は打てた。

 ラウはアスランの絞り出す様な言葉に満足気な表情を浮かべると、用件は終わったとばかりに椅子に座り直した。

 

「そうか。……連中はアルテミス要塞に逃げ込んだらしい。君が正直に話してくれた礼に、私も名誉挽回の機会を与えようと思う」

「ありがとうございます!」

 

 アスランは寛大な姿勢を示したクルーゼの度量に感服し、その場で大きく敬礼した。クルーゼはそんなアスランを試す様に、自分達の前に立ち塞がっている最大の難敵に対する情報を与えた。

 

「……ところでレイダーのパイロットだが、面白い情報が入ってね。彼はブルーコスモス盟主(ムルタ・アズラエル)子飼いの番犬らしい。名誉挽回のためにもまずは彼を討つことだな」

 

 ブルーコスモスが地球連合軍と共同開発した、戦闘能力においてはコーディネイターを超越したモビルスーツの生体CPU“ブーステッドマン”。

 キラにとっては忌まわしき襲撃者(レイダー)なのか、あるいは頼もしき守護者(イージス)なのか。何にせよクルーゼ隊の中でもアレとまともに戦えるのは、自分とアスランくらいだろう。

 ラウは吹っ切れた表情で立ち去ったアスランを見送った後、少年が口にした少女の()()を呟いた。

 

 ──道理でどれだけ探しても見つからなかった訳だ。生きていたのか……()()()()()()

 

 かつて自分を造った愚か者(アル・ダ・フラガ)の野望である完璧な後継者を産み出すため。

 世界最高のスーパーコーディネイターとして、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として造られた少女のことを、ラウは静かに想った。




早くも生死の境を彷徨って、闘争心が行方不明になったようです。


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アルテミス司令官の陰謀

 9.

 

 まるで趣味の悪いお遊戯だ。

 クロトはアークエンジェルのCICで顔を顰めていた。

 原因はクルーではなく、キラのゼミ仲間達だった。彼等はキラやクロトの活躍に触発され、人員不足に悩んでいたアークエンジェルの手伝いを志願したのだ。

 それも簡単な雑用どころか、CICに設置されている通信機器といった最高機密に関するものだ。遊び半分でそんなものを嬉々として操作するゼミ生達も、それを受け入れるマリュー達もマトモではない。

 いっそモビルスーツの生体CPUとしての働きしか求めないアズラエルの方が、余程戦争という名の殺し合いに対しては真摯だ。

 もっともドミニオンでは一丁前にオペレーターをやっていたくせに、自分は関係ないからとCICの周りをウロウロしているフレイも目障りだったが。

 

「なーにを真剣にやってんだか」

 

 クロトは座席に背を預けて呟いた。

 あえて誰も口にしないが、オーブ連邦首長国の学生である彼等は本来地球連合軍と無関係な人間だ。ザフトに対する復讐ならまだしも、ボランティア感覚で軍服を着られてもむしろ小馬鹿にされているようだった。

 彼等にとっては大人達に交ざって軍服を纏い、ナチュラルの身でモビルスーツを乗りこなす少年兵が立派に見えるのだろう。

 クロト・ブエル少尉は少年兵どころか、単なる()()()()()()()()()()()()だというのに。

 そんな自分に対抗して大西洋連邦軍の手伝いをすることが本当に『出来ること』なのか。

 クロトは常々“ワン・アース”を主張しているアズラエルなら大喜びしそうだと思った。反対にウズミは愚かな学生達に絶望しそうだとも。

 

「──少尉! 真面目にやってくださいよ!」

 

 ゼミ生のリーダーである眼鏡の少年──サイ・アーガイルはクロトを叱責した。

 サイは婚約者に色目を使っていたらしいクロトを警戒すると共に、対抗心を燃やしていたのだ。

 うぜーな。そのお喋りな口に人工麻薬でもぶち込んでやろうか。

 クロトは物騒なことを考えていたが、優秀な理系の学生である彼らの呑み込みはクロトよりも早かった。

 とりわけキラはプログラミングに精通していることから、アークエンジェルの整備士であるマードック軍曹に気に入られてプログラミングを手伝わされている。反対にクロトは力仕事とモビルスーツの操縦以外はからっきしだと見抜かれたため、早々にそれ以外の業務を任されなくなった。

 やがてレイダーの修理が完了する頃、巨大な要塞が姿を現した。

 それは大西洋連邦と並んで、地球連合軍の主要加盟国であるユーラシア連邦が保有する宇宙要塞アルテミスの姿だった。

 それは要塞周辺に≪アルテミスの傘≫と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で、度々ザフトを退けるなど絶大な防御力を誇っていた。しかし戦略的価値の観点から戦争の激化に伴い放置されていたその基地は、クルーゼ隊に追われていたアークエンジェルを呑み込んだ。

 

 アークエンジェルはアルテミスの司令官であるガルシア少将の独断に基づき、国籍不明艦として拿捕された。

 

「ビダルフ少佐! これはどういうことか説明していただきたい! 我々は大西洋連邦の特務で……」

「保安措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけですよ。貴艦には船籍登録もなく、無論、我が軍の識別コードもない。状況などから判断して入港は許可しましたが、残念ながら、まだ友軍と認められたわけではありませんのでね」

 

 艦長であるマリューや、ナタルの懸命な交渉も虚しいだけだった。

 アークエンジェルは地球連合内部でも存在を秘匿されており、船自体も地球連合軍の工廠で造られたものではないため、正体不明艦として撃沈されても不思議ではなかったのだ。

 

「では、士官の方々は私と同行願いましょうか。事情をお伺いします」

「やれやれだな……」

 

 そして事情聴取を行うため、クロトを除く三人の士官はガルシアの側近であるビダルフ少佐に連行された。

 思わぬ事態でアークエンジェルに残った唯一の士官となったクロトは、休憩室のソファーに腰掛けながら携帯ゲームに励んでいた。そんなクロトの前に不安そうな表情のキラが姿を現した。

 

「……クロトさんは同行しなくて良かったんですか?」

「そういえば僕も少尉だったか。……ま、いいんじゃねーの。どうせ軟禁されるだけだろうし」

 

 それはいわゆるシューティングゲームだった。目標の敵を撃破し、クリア画面に切り替わったクロトは座ったまま目線を上げた。

 

「ガルシア少将に関する噂を聞いた事がある。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ブルーコスモスは何も反プラント・反コーディネイター思想を掲げただけで現在の力を手に入れた訳ではなかった。

 軍事、経済と様々な分野で徐々に影響力を拡大させながら、時にはテロなどの違法行為を行うことによって、世界最大の市民団体に成長したのだ。

 生体CPUであるクロトはそんなブルーコスモスの中でも特に暗部に位置する人間だ。大概の上級将校を脅迫出来る程度の情報を、まるで一般教養のように把握していたのだ。

 

「そ、そうなんですか」

 

 キラは明らかに一軍人とは思えない情報を掴んでおり、それを世間話のような雰囲気で暴露するクロトに恐怖心を抱いた。

 三人から事情聴衆を終えたガルシアは、クロトの予想通りマリューら三人の士官を残してアークエンジェルのクルーと避難民を格納庫に集合させた。

 

「この艦に積んであるモビルスーツのパイロットと技術者は、どこだね? パイロットと技術者だ! この中に居るんだろ!?」

「何故我々に聞くんです? 艦長達が言わなかったからですか? それとも聞けなかったからですか?」

 

 目の前に存在するのは、ヘリオポリスでクルーゼ隊を圧倒した地球連合軍初の新型機動兵器だ。それもナチュラルの少年兵がパイロットだったというのだから、まさにとんでもない傑作機なのだろう。

 ガルシアはノイマンの質問に答えず、眼前で鎮座する2機のモビルスーツを見て目を爛々と輝かせた。

 

「……ストライクとレイダーをどうしようってんです?」

「別にどうもしやしないさ。ただ、せっかく公式発表より先に見せていただける機会に恵まれたんでね。パイロットは?」

「少尉ですよ。お聞きになりたいことがあるなら、少尉にどうぞ」

 

 ノイマンが指差すと、クロトは不愉快さを露わにしながら無言で頷いた。

 

「俄かには信じ難いが、そうらしいな。なんでもモビルスーツの適性を見出されて特例でテストパイロットに任命された天才少年だとか。もう1人は?」

()()()()()()()

 

 クロトは動揺を隠せないクルーを横目に平然と言い切った。どうせ証明など出来ないのだ。しかしガルシアは嘲笑うような表情を浮かべた。 

 

「見え透いた嘘を吐くな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……そ、それは……」

 

 実際に動かしてみろと言われても不可能なムウをパイロットだと主張するのは厳しいと判断した3人は、パイロットはクロトだけだと証言していたのだ。

 くそっ。不可能を可能にする男じゃなかったのか。

 クロトが思わず舌打ちすると、ガルシアは近くに立っていたミリアリアの腕を捻り上げた。

 

「まさか女性がパイロットということもないと思うが……この艦は艦長も女性ということだしな……。君と同い年位の子が、一番怪しいんじゃないかね?」

 

 単純な挑発だ。

 クロトはやれるものならやってみろとばかりに挑発を受け流したが、ミリアリア・ハウはキラにとって数少ない友人だった。

 

「止めて下さい! あれに乗っているのは私です……!」

 

 キラはガルシアの前に立った。あまりにもモビルスーツのパイロットからは程遠い雰囲気に、激昂したガルシアは拳を振り上げた。

 

「お嬢ちゃん、友達を庇おうという心意気は買うがね……。あれは貴様の様な小娘が扱えるようなもんじゃないだろ? ふざけたことを言うな!」

 

 コーディネイターの身体能力は、一般的なナチュラルを遥かに凌駕している。特に後天的な努力が大きなウェイトを占めている筋力ではなく、天性の瞬間的な反応速度であれば尚更だ。

 キラはガルシアのフックを掻い潜る様に回避すると、涙目になりながら叫んだ。

 

「私は貴方に殴られる筋合いはないですよ! なんなんですかっ! あなた達はっ!」

「いい加減にしろ! それ以上手を出すな!」

「止めて下さい! ……うっ!」

 

 クロトはキラとガルシアの間に割り込み、サイもクロトに続こうとした。

 しかし激昂したガルシアの放ったパンチはサイの顔面を捉え、目の前で起こった暴挙に激怒したフレイは禁断の言葉を口にした。

 

「ちょっと止めてよ! キラが言ってることは本当よ! その子がパイロットよ! だってその子、()()()()()()()()だもの!」

「ほーう。……コーディネイターか」

 

 ガルシアは拳銃を抜いた。そして周囲の軍人達が動揺する中、嘗め回すような視線を向けながら部下に項垂れるキラを囲ませた。

 

「……OSのロックを外せばいいんですか?」

「まずはな。だが君にはもっといろいろなことができるのだろう? 例えばこいつの構造を解析し、同じものを造るとか……。逆にこういったモビルスーツに対して、有効な兵器を造るとかね」

 

 ガルシアが真っ先に興味を引いたのはレイダーだった。

 レイダーはナチュラルのクロトでもザフトを圧倒するモビルスーツであり、地球連合軍にとっても馴染み深いモビルアーマーへの変形機能を有しているからだ。

 拳銃を持った部下を引き連れて共に興味深そうに、徐々に全貌が明らかになっていくレイダーの姿を眺めた。

 

「私はただの民間人で学生です……! 軍人でもなければ、軍属でもない……そんなことをしなければならない理由はありません!」

「だが君は、裏切り者のコーディネイターだ。どんな理由でかは知らないが、どうせ同胞を裏切ったんだろう? ならばいろいろと……」

「……違います! ……私は……」

 

 目の前で何が起ころうと、彼らがレイダーの内部データを確認すれば罠が作動する。それまでは何があっても辛抱すればいいだけだ。

 それなのにクロトは、いつのまにか自分が拳を硬く握っていることに気付いた。

 

「地球軍側に付くコーディネイターというのは貴重だよ。なに、心配することはない。君はユーラシアでも優遇されるさ。……なんなら、私の愛人にしてやろうか?」

「や……やめてください……ッ!」

 

 しかしクロトの全細胞は目の前の敵を撃てと囁いていた。このロクでもない人生で最優先なのは“勝手にしろ(スーチユアセルフ)”の精神だ。

 ガルシアはにやにやと下品な笑みを浮かべて涙を流し始めたキラに手を伸ばそうとして、ラグビーボールのように吹き飛んだ。

 

「──滅殺ッ!!」

 

 ノイマンら周囲のクルーは慌てふためいた。ガルシアの部下は一斉に銃を抜いて暴走したクロトに突き付け、キラは茫然とした表情を浮かべる。

 

「こ、このクソガキめ……蜂の巣にしてやる!!」

 

 口から血を流し、真っ赤になって怒り狂ったガルシアは拳銃でクロトを射殺しようとした。

 しかし兵士の一人が悲鳴を上げた。キラが起動したレイダーに、本来存在しない筈の認識コードが設定されていたからだ。それも今や地球連合軍に大きな影響力を持つ、とある大物軍人が設定したものだった。

 

「お、お待ち下さい、閣下!」

「なんだ!? 爆弾でも仕掛けてあるのか!?」

「レ……レイダーに()()()()()が……!」

 

 レイダーはヘリオポリスで製造されたG兵器の中でも、最後に製造が開始されたモビルスーツだ。

 ストライクはもちろん、G兵器の運用母艦として造られたアークエンジェルすら正規軍を示す認識コードを保有していない。

 明らかに異常な事態を示す事実に、ガルシアは思わず黙り込んだ。

 クロトは言い淀んでいる兵士の言葉を遮ると、その先を告げた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、でしょう?」

「何っ!? 貴様……アズラエルの番犬か!!」

 

 大西洋連邦宇宙軍第1機動艦隊兼、地球連合軍最高司令部・統合作戦室所属、ウィリアム・サザーランド大佐。

 地球連合軍でも屈指のエリート軍人であり、ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルの腹心としても知られる人物だ。

 またクロトをヘリオポリスに送り込むため、様々な超法規的手続を行った人物でもあった。その超法規的手続の中には、レイダーの認識コードに関する内容も含まれていた。

 クロトも確信はなかったが、おそらくアズラエルは出資して造らせたレイダーが、万が一にも他陣営の手に渡る可能性を許さなかったのだろう。

 つまりレイダーは他のG兵器と比較しても、曰く付きのモビルスーツということだ。

 

「ええ。ザフトでは“エンデュミオンの悪魔”とも、呼ばれてるらしいっすよ?」

「じ、実在したのか……」

 

 それは初実戦を飾ったグリマルディ戦役で、15機のジンを撃破したクロトの異名だ。

 その異名が≪エンデュミオンの鷹≫と比較して、地球連合軍内部でも知られていない理由は明確だった。

 アズラエルは生体CPUの存在を秘匿する為、クロトに関する徹底した情報統制を行ったのだ。

 それはグリマルディ戦役に参加し、ザフトと幾度も交戦したムウやガルシアも例外ではなかった。

 クロトは言葉を喪った周囲の軍人達に目配せしながら、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「僕が手を出すな、と言ったのは少将殿に対してですよ。僕達の邪魔をするなら、これはもう()()()()()()()()()()()()()と言っても過言じゃねーよなぁ?」

「わ、私は……。だいたいブルーコスモスの分際で……! 早く誰かこいつを始末──」

 

 モビルスーツの生体CPUとして、クロトは潜在能力の極限まで身体能力を強化されている。

 それはヘリオポリス襲撃でクルーゼ隊の襲撃を受けた際、武装した赤服を素手で一方的に撲殺してしまう程だ。

 ましてたとえ殺せたとしても、自分達はもう終わりだ。クロトは初動が遅れたガルシアの部下を、ナイフすら使わない体術で瞬く間に制圧した。

 

「ば、化物め……」

 

 クロトは唯一無傷で残していたビダルフに、鮮血で真っ赤に染まった両手を振りながら言った。

 

「これは単なる事故です。少将殿は不幸にも足を滑らせて負傷された。……巻き込まれた数名も負傷した。それで手打ちにしましょうよ、少佐。少佐にも地球に大事な家族がいるんでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「あ、ああ……」

 

 ビダルフはあまりの恐怖に、一歩も動けず凍り付いた。

 それはアークエンジェルの一同も同じだった。

 クロトはブルーコスモスといっても、コーディネイターと個人を分けて考える穏健派か反プラント派なのだと考えていた。しかし先程からのクロトの言動は、過激派のそれどころではなかった。

 助けられた筈のキラも、返り血を浴びて真っ赤に汚れているクロトに掛ける言葉を失っていた。

 

「嫌な思いをさせて悪かった。本当はもう少し泳がせようと思ってたんだけど……。僕は気が短いからね」

「そ、そんなことはありません! ありがとう……ございます」

 

 クロトは自嘲するが、キラは否定するように言った。

 まもなくレイダーに仕掛けられた罠が作動するタイミングで、クロトが暴れ始めた理由は明白だったからだ。

 

「いや、もっと早くやるべきだった。次はもっと上手くやるよ」

 

 クロトが笑うと、突然要塞内部に出現して光波防御帯発生装置を破壊したザフトに対して警報装置が作動した。

 母の腕の中のように安全と言われているこの要塞も、決して無敵ではないらしかった。

 

「全く、次から次へと……!」

 

 クロトは即座にレイダーで迎撃しようとして、まだコクピットがロックされていることに気付いた。そしてバツの悪い表情を浮かべながら振り返ると、呆然と立ち尽くしているキラの顔を見た。

 

「……レイダーのロック、早く解除してくれない?」

「は、はい!」

 

 キラは隙だらけで不器用な少年兵に、満面の笑みを浮かべた。




やめてよね。
ブルーコスモス盟主が送り込んだ最強のブーステッドマンにナチュラルごときが勝てるわけないだろ!!でした。


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プラントの歌姫

 10.

 

 クルーゼ隊の旗艦、ヴェサウリスにて。

 アスランはヘリオポリスの一件に関する報告を行う為、隊長であるラウと共にプラントに向かう帰路に就いていた。

 

「難攻不落のアルテミスを陥としたというのに、随分浮かない顔じゃないか。アスラン」

「そういうつもりでは、ないのですが……」

 

 先日行ったアルテミス攻略作戦は、成功したとは言い難いものだった。

 電撃侵攻用モビルスーツである“ブリッツ”を用いた奇襲攻撃、そして複数のG兵器による共同攻撃によってアルテミスはあっけなく陥落した。偶然攻略作戦発動と同時刻に、アズラエルからの特務を受けたクロトが司令官を鉄拳制裁する事件が起こって指揮系統が混乱していた幸運も味方した。

 

 しかしクルーゼ隊の最優先目標であるレイダー、ストライクの2機を取り逃がしてしまったのだ。

 姿を眩ましたアークエンジェルを追撃する為、イージスを除く3機は僚艦ガモフで足取りを追っている。しかし3機はレイダーの襲撃を受けて大きく損傷しており、しばらくの間は戦力として数えられない状況だ。

 

「何にせよお手柄だ。君の父上にもいい報告が出来そうだ」

「ええ。ニコルのお陰です」

 

 アスランはラウの名誉を挽回出来たとばかりに大きく頷いた。

 

「全く査問会などと無駄な時間を取らせる。イザークの件がなければ報告は君に任せようと思ったのだがね」

 

 ラウは不敵に笑いながら言った。

 ヒステリックな国防委員長に媚を売って気に入られるよりも、偶然邂逅した生体CPUとスーパーコーディネイターを追い掛ける方が余程愉しみだからだ。

 

「そういえば彼女は君の婚約者だったな。今回の追悼慰霊団の代表も務めているとか……」

 

 ラウはモニターに流れ始めた映像に視線を向けた。

 それはプラント全土で放送されている衛星通信を捉えたものだった。モニターの中で美しい少女が演説している映像を見ながら、一切興味を示さず物思いに耽っているアスランを試す様に言った。

 

「はい。自分には勿体ない、素晴らしい方です」

「ザラ委員長とクライン議長の血を継ぐ君らの結び付きは、まさにプラントにとって次世代の希望となるだろう。期待しているよ」

「……ありがとうございます」

 

 クルーゼはアスランが運命的な繋がりを持っている筈の婚約者のことなど忘れ、()()()()()()()()()()()()()()()()のを悟り、嘲るような笑みを密かに浮かべた。

 

 

 

 クロトはアークエンジェルの食堂の片隅で、人知れず死の間際を彷徨っていた。

 

「水……! 水……!」

 

 喉に張り付いた固形物が呼吸を阻害し、酸素不足に陥った肉体が悲鳴を上げる。

 軍事要塞アルテミスで補給を受けられなかったアークエンジェルは、水の使用制限が発令されていた。それはシャワー設備の使用制限はもちろん、飲料水の類も制限が設けられていた。

 いくらなんでもこんな馬鹿な死があるか、と咳き込むクロトの前に水の入ったコップが置かれると、それを奪い取るように飲み干した。

 

「ありがたいことで……」

 

 クロトは安堵の溜息と共に、救いの女神であるキラに視線を向けた。

 アルテミスでの一件以来、ますますクロトを避けるようになったクルー達とは対称的にキラは気を許すようになっていた。

 ガルシアの暴いたクロトの正体は、ブルーコスモス盟主の忠実な番犬にして、グリマルディ戦線で伝説的な戦果を残したモビルスーツの生体CPUだ。

 常識的に考えて、中立国に住むコーディネイターが関わるような人間ではないのだ。

 

「ストライクの整備は終わったのかよ?」

「はい。クロトさん、パーツ洗浄機を使わなかったでしょう? またマードックさんに怒られますよ」

 

 間近に差し迫るマードック軍曹の恐怖にクロトは顔をしかめ、悪戯が見つかった子供の様に舌を出した。

 

「貴重な水を節約してるんだよ。僕って偉いよね」

 

 キラは苦笑した。

 このいい加減なことしか言わない少年兵が、ブルーコスモスの一員どころかその盟主の直属兵なのだ。

 そしてザフトはもちろん連合軍も恐れるエースパイロットだなんて信じられなかったし、それ以上に信じたくなかった。

 とはいえ圧倒的多数の連合軍を破っていたザフトを一蹴する実力と、ユーラシア連邦軍の司令官に暴行をも厭わない破天荒さは、その肩書きが紛れもない真実だと示していた。

 

「本当は面倒臭いだけなんでしょう? 後で手伝いますから……。ちゃんとしてくださいよ」

 

 そもそも助けてもらっておいて失礼な話だが、たかが民間人を……それもコーディネイターを庇ってユーラシア連邦軍を敵に回す口実を与えるなど正気の沙汰ではない。

 どさくさに紛れてアルテミスを脱出出来たからいいものの、銃殺刑でもおかしくなかった。

 事実アークエンジェルのクルー達の大半はクロトから距離を置いており、少し前まで張り合っていた筈のサイ達もクロトを見なかったことにして食堂の反対側で談笑している。

 わざわざ悪魔ならぬ虎の尾を踏もうとする奇特な者など、そうそういなかったのだ。

 

「……1つ、聞きたいことがありまして」

「んー?」

 

 食事を終えたキラは、テーブルで突っ伏したまま目を閉じていたクロトに問い掛けた。

 それは先程マリューから聞いた、今後のアークエンジェルの進路に関する内容に関する内容だった。

 

「……本当にユニウスセブンに行くんですか?」

 

 ユニウスセブン。

 それは遡ること約1年前のC.E.70年2月14日に核攻撃で破壊されたプラントの有力都市、ユニウス市に所属する農業用プラントだ。

 開戦より3日後、ザフトはモビルスーツの優位性を活かして月面基地プトレマイオス基地から出撃した月艦隊を殲滅した。しかしブルーコスモス派の将校が密かに用意したとされる核ミサイルを搭載した1機のメビウスがザフトの警戒網を突破してユニウスセブンに発射し、住人24万3721名全員が死亡する大惨事を引き起こした“血のバレンタイン事件”の舞台であり、その報復措置として地球人口の1割が被害を受けた“エイプリル・フール・クライシス”と並んで両軍の対立を決定付けた事件だ。

 

「あぁ。あそこには物資と大量の氷がある筈だからね」

 

 戦争の激化に伴って放棄されたユニウスセブンは今も当時の姿で残されており、そこにはコロニーの維持に欠かせない物資と氷が残されている筈だった。

 そんなユニウスセブンは弾薬や資材の類はもちろん、生活用水すら不足している今のアークエンジェルにとってはまさに宝の山だったのだ。

 

「でも! ユニウスセブンは何十万人もの人が亡くなった場所じゃないんですか?」

 

 しかしそれは紛れもない墓荒らしだ。

 本来戦禍に巻き込まれた犠牲者を悼むべき場所で恥知らずな行為に及ぶのは、キラにとっては無念の死を遂げた犠牲者を冒涜しているようで到底受け入れられないことだった。

 吐き気がするほど甘ったるい。

 クロトは憤慨しているキラを小馬鹿にするように嗤った。

 

「そんなこと僕は知らないね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことかな?」

 

 人類にとって水の原点は、地球上の7割を占める海だ。

 有史以来、海で亡くなった人類はどれだけ存在するだろうか。少なくともそれは24万3721名では済まない筈だ。

 キラは言葉に詰まった。ほとんど屁理屈に近い言葉に見えて、暗に“血のバレンタイン事件”だけが唯一の悲劇なのかと言われているような気がしたからだ。

 それこそザフトの攻撃に巻き込まれて死亡した無関係の一般人は、その報復措置である“エイプリル・フール・クライシス”の被害者だけで数百倍にも上るのだ。

 

「この水だってさ。元はヘリオポリスの水だろ? 気にし始めたら何も飲めねーよ」

 

 現在アークエンジェルに積載されている水は、ザフトの攻撃で崩壊寸前のヘリオポリスから火事場泥棒の様に奪った水だ。

 それがユニウスセブンの水と何が違うのかと問われると、キラに反論する余地はなかった。

 アークエンジェルの把握している情報によれば、ヘリオポリスの避難はオーブ軍の迅速な救助活動もあって奇跡的な成功を収めたとのことだが、それでも決して少なくない命が喪われたのだ。

 キラはクロトの冷淡な言葉に口を噤んだ。

 

「……そうですね」

 

 キラはクロトの言葉に複雑な思いを抱く一方で、清々しさすら感じた。生きるためには仕方ないと主張する他のクルー達の言葉よりも余程納得出来るものだった。

 クロトは可笑しそうに笑うと、立ち上がりながら薄汚れた袖口を顔に近付けた。

 

「だいたいさ。最近油臭くてしょうがないんだよね」

 

 キラは顔を赤めると、自らも軍服の袖に鼻を寄せた。モビルスーツの整備で使うグリスの焦げ臭い廃油のような匂いに顔を顰めた。

 

「ま、待って下さい!」

 

 キラは格納庫に向かい始めたクロトを慌てて追い掛けた。

 昔から道を覚えるのが苦手なキラにとって、以前似たような艦に乗ったことがあるらしく歩き慣れているクロトを見失えば、迷子になってしまうかもしれないのだ。

 

「何よ……! コーディネイターのくせに……」

 

 赤髪の少女だけが、そんなキラの背中を遠巻きに見ていた。

 

 

 その救命ポッドの中には生存者の存在を示す反応があった。

 それがプラント製の救命ポッドであることから、中に乗っているのはおそらくコーディネイターだ。ナタルは厄介なものを持ち帰って来たとばかりに溜息を吐いた。

 

 

 

「つくづく君達は落とし物を拾うのが好きなようだな?」

 

 クロトとキラは破棄されたユニウスセブンに降り立ち、アークエンジェルに必要な物資の回収を行っていた。その最中、キラが大破した民間船の付近を漂っていた救命ポッドを発見したのだ。

 

「強行偵察型のジンも発見しました。これはひょっとして思わぬ拾いものってヤツかもしれませんよ?」

 

 型式番号〈ZGMF-LRR704B〉。一般的に“長距離強行偵察型”と呼ばれている機体だ。ジンを素体に索敵能力を向上させると共に航続距離を延長し、その能力を発揮するため複座型コクピットを導入した宇宙用偵察モビルスーツだった。

 クロトは付近にザフトが、と色めき立つナタルに軽口混じりで言った。

 

「ああ、ご心配なく。救難信号を発信される前に撃墜しました。向こうが異変に気付くまでまだ時間はあると思います」

「全く……少尉は……」

 

 ナタルはとんでもない事後報告をしたクロトに呆れた。

 とはいえ、付近に展開しているザフト艦隊が民間人の捜索に貴重なモビルスーツを投入しているのだ。この救命ポッドにはプラントの民間人どころか、ザフトの要人が乗っているのかもしれない。周囲のクルー達にも一斉に緊張が走った。

 

「じゃ、開けますぜ?」

 

 マードックがハッチの側部に近付くと、クロトは拳銃に手を伸ばした。もしも中にザフト兵が乗っていれば即座に銃撃戦になるかもしれないからだ。

 すると内部の人間が操作したようで、不意にハッチが開いた。クロトは反射的に拳銃を取り出して構えようとして、桃色の小型自律ロボットとぶつかった。

 

 〈ハロ、ハロー。ハロ、ラクス、ハロ〉

「ありがとう。ご苦労様です」

 

 それは美しい桃色の髪と、透明感のある水色の瞳が印象的な少女だった。

 少女は唖然としているクロトに会釈しながらポッドを降りると、すぐ近くをふらふらと彷徨っていたロボットを掌に乗せた。

 

「お、お前は……!」 

 

 クロトは少女の顔を見た瞬間、その場で凍り付いた。まさか彼女とこんな所で出会うとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「ポッドを拾って頂いてありがとうございました。私はラクス・クライン。これは友達のハロです」

「クラインねぇ。……何か知ってるのか、少尉?」

 

 ムウは呟くように言いながら、固まったまま動かないクロトに声を掛けた。

 これでは誤魔化しようがない。

 周囲から視線を向けられたクロトは大きく溜息を吐くと、首を傾げたまま微笑している少女の正体を告げた。

 

「彼女はプラントの現議長シーゲル・クラインの1人娘で、ブルーコスモスが最も警戒しているコーディネイターの1人です」

 

 そして後に“カガリ・ユラ・アスハ”と並んで三隻同盟の代表的な存在となり、ザフトと共にクロトら地球連合軍を殲滅した少女だ。

 クロトは無言で鼻を鳴らすと、慇懃無礼に言い放った。

 

「これは失礼。僕はブルーコスモスに所属する大西洋連邦軍第一機動艦隊所属、クロト・ブエル少尉です」

 

 するとラクスは言葉の意味が分かっていないのか、クロトの顔を覗き込みながら楽しそうな表情を浮かべた。

 

「あらあら。ブルーコスモスの方とお会いするのは初めてですわ。わたくしはラクス・クラインと申します」

 

 ラクスはやはり何も分かっていないようだった。それなのに全てを分かっているような雰囲気を纏いながら、戸惑いを隠せないクロトに微笑んだ。




混ぜるな危険。

プラントの歌姫と生体CPUを接触させてどうするの……?


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囚われの歌姫

 ──地球軍はただちに攻撃を中止して下さい。あなた方は何を撃とうとしているのか本当にお解りですか? 

 

 もちろん分かってる。

 僕達の行為は戦争という大義名分を掲げて行う虐殺だと。きっと僕達は大罪人で、君達は聖者なのだと。

 だが、君の方こそ本当に解っているのか? 

 自由も何もかも奪われた、僕たち生体CPUという存在を。

 

「わたくし、ユニウスセブンの追悼慰霊の為の事前調査に来ておりましたの。そうしましたら、地球軍の船とわたくしどもの船が出会ってしまいまして」

 

 ラクス・クライン。

 プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの一人娘であり、プラントはもちろん地球でも熱狂的なファンの多い“プラントの歌姫”だ。

 いわばコーディネイターの民間人どころか、とんでもない類の要人だった。

 クロトは壁に背を預け、そんな少女の事情聴取の様子を窺っていた。地球連合軍の軍艦に1人囚われの身だというのに、ラクスは堂々としていた。

 ブルーコスモスの一員だと名乗ったクロトが睨みを利かせているというのに、まるで意に介していない様子だった。

 単に能天気なだけかもしれない。とはいえ後に父親を遺志を継ぎ、三隻同盟の旗頭になった少女だと素直に感心した。

 

「それで、貴女の船は?」

 

 マリューが問い掛けると、ラクスは目を伏せて首を振った。

 

「分かりません。あの後、地球軍の方々もお気を静めて下さっていれば良いのですが」

 

 どうやらこの宙域を偶然航行していた地球連合軍の軍艦が、ラクスを乗せた追悼慰霊団の船と遭遇したようだった。

 通常の民間船ならまだしも、敵対勢力の関係者が乗った船だ。ラクスの身柄を手中に収めようと企んだ地球連合軍は問答無用で船を攻撃したようだった。彼女の救命ポッドを回収した付近に漂っていた船の残骸は、その悲惨な顛末を示していた。

 大凡の事情を察したマリューが沈黙する中、クロトは口を開いた。

 

「僕と同じブルーコスモス系の大西洋連邦軍の仕業だろうね。思わぬ大物を見付けたんで、独断で暴走したってトコかな。道理で大破した民間船の残骸が転がってたり、ザフトが周囲を捜索してたワケだ」

 

 クロトは周囲が暴言を咎める中、1人きょとんとしながら自分に視線を向けたラクスを嬲るように言葉を続けた。

 

「君もなんとなく分かってるんじゃないの? 君を、シーゲル・クラインの愛娘を逃がすために全員死んだんだよ」

 

 ヒトは不平等だ。

 ただ使い潰されるだけの人間もいれば、命懸けで守られる人間もいる。

 まるで愉快なものでも見たかのように嗤うクロトを見て、ラクスは憂いを帯びた表情に変わった。

 

「やはり、そうなのでしょうか?」

 

 ラクスの問い掛けに、クロトは見逃す理由があるのかと切り返した。

 死人に口なし。その場を全員を殺してしまえば、地球連合軍が民間人の船を撃沈したことなど何の問題にもならないのだから。

 

「……そうそう、君を探してたモビルスーツも僕が撃墜したんだよ。可哀想だったけど今は戦争中だし、仕方ないよね」

 

 まさに言いたい放題だ。

 周囲が呆気に取られている中、ラクスはクロトの敵意や悪意など些細な問題だと言わんばかりに微笑み返した。

 

「クロト様は、とてもお優しい御方ですね。自分が悪者になってまで、わたくしに全てお話してくださるなんて」

 

 どうも話が噛み合わない。毒気を抜かれたクロトは溜息を吐いた。

 

「君の気持ちなんてどうでもいいんだよ。僕の機嫌を取るのは勝手だけど、話が終われば適当に放り出すつもりだよ?」

「あら。そうなんですか?」

 

 ラクスは首を傾げた。

 ブルーコスモスを名乗り、この場で良くも悪くもラクス・クラインの価値を一番理解しているだろうクロトがラクスの身柄に興味を示さなかったからだ。

 

「僕にも色々考えがあるんだよ」

 

 このままラクスを拘束して連合軍の基地まで連行した結果、プラントが大幅に戦略を変更するようなことになれば全てが台無しだ。

 ラクスの父、シーゲルは人類史上最もヒトを殺した指導者と言われる一方で、あくまでプラントの中では穏健派に属するとされる人間だ。

 そんなシーゲルが過激派に転向するようなことになれば、今までクロトが築き上げてきた多少の有利など一瞬で吹き飛んでしまう。

 シーゲルには正史通り、スピットブレイクを利用して地球連合軍が反転攻勢に移るまでの間はザラ派を抑え込んでもらう必要があるのだ。

 

「少尉! 何を勝手なことを!」

「そうですかねぇ。このまま連合軍に引き渡すより、何も見なかったことにする方が余程いいと思いますけど」

 

 ムウはクロトの言葉に同調すると、訳知り顔で頷いた。

 

「ま、連合軍に引き渡せば大歓迎だろうからなぁ。なんたってあのクラインの娘だ。いっそ見なかったことにした方がいいかもな」

 

 一方のナタルはそれでは甘過ぎると言いたげに、クロトとムウに視線を向けた。

 

「少尉や大尉の意見も一理ありますが、彼女はただの民間人ではありません。私は月本部に連れていくべきだと考えます」

 

 マリューはしばらく考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。それは人道的な観点でも合理的な観点でもなく、アークエンジェルの艦長としての結論だった。

 

「バジルール少尉の言う通りよ。アークエンジェルの機密保持のためにも、ここで彼女を放り出すわけにはいかないわ。貴女にもある程度の自由は約束するけど、出歩く時は監視を付けさせてもらうわよ」

 

 クロトの報告からもザフトが付近でラクスを捜索しているのは明白だ。ここでラクスを解放して、アークエンジェルの進路を悟られる訳にはいかないのだ。

 ラクスは肩を竦めたが、やがて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「では、わたくしを監視される方を選ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 クロトは不穏な気配を察知した。

 わざわざ最悪の状況で持ち掛ける交換条件など、おおよそ普通のものではないと容易に想像出来たからだ。

 

「ええ。ちょうどこの船には女の子のコーディネイターが乗っているから、たぶんその子が適任だと思うんだけど。ここに呼んでくるわ」

 

 マリューは話は纏まったとばかりに立ち上がった。

 学生達と共に回収した物資を格納庫で積み込み作業中のキラを、ラクスの監視役として呼び寄せるためだった。

 一方のラクスはそんなマリューを余所に、うんざりした表情で立っていたクロトに真っ直ぐな視線を向けた。

 

「ではクロト様、宜しくお願いします」

「はぁ?」

 

 クロトは素っ頓狂な声を上げた。

 多少興味を持たれたような気はしていたが、いくらなんでも監視役に指名されるとは思わなかったからだ。

 してやったりとばかりに、ラクスはくすくす笑いながら言った。

 

「いけませんか? わたくしはクロト様ともっとお話をしたいと思ったのですが」

「……僕は君と話すことなんてないけど」

「わたくしにはありますわ」

 

 あまりにも意外な人選に困惑するマリューとナタルを余所に、ムウは珍しく返答に詰まっているクロトに爆笑した。

 

「いいんじゃないか。少尉は1度暴れ出したら誰にも止められないヤツだが、女の子には甘いって評判だからな」

「そうなんですか?」

 

 ムウはしたり顔で言うと、心底嫌そうな表情のクロトにウィンクした。

 

「あぁ。少尉は女の子を守る為なら、上官だろうと平気でぶん殴るヤツだからな」

「まぁ、それは素敵ですわ」

 

 ラクスは本気で感心した様な雰囲気で頷いた。

 

「とはいえ、男の少尉にずっと監視させる訳にはいかないだろう。嬢ちゃんと2人でお姫様の見張りを宜しく頼むぜ?」

「……分かりましたよ。やればいいんでしょう、やれば」

 

 クロトは面倒なことになったと頭を掻いた。

 僕はこれでもブルーコスモスの盟主に仕える忠実な番犬なんだぜ、と反射的に呟きそうになった言葉を呑み込んだ。

 そして先程からこっそり外から様子を窺っている志願兵達とその背後に立っているキラに視線を向けた。

 

 

 

 ──入るタイミングが分からない。

 

 クロトは3人分の食事を器用に積載したトレーを抱え、マリューがラクスに割り当てた部屋の前でぽつんと立っていた。

 中で内緒話しているらしい2人の会話は全く聞き取れなかったが、たぶんロクでもないことだろう。とはいえ2人が打ち解けてくれるならむしろ好都合だ。

 これ以上妙な噂が広まるようなことになれば、無事に地球に戻れたとしてもアズラエルの不興を買って処分されかねない。

 しょせんクロトという存在は、彼にとって単なる消耗品なのだから。

 

「そうですか、そんなことが。キラ様も大変だったんですね」

 

 ラクスはキラの語った内容に溜息を吐いた。

 ヘリオポリスで行われたザフトの襲撃に巻き込まれたこと。

 この船に乗っている友達や避難民の命を守るため、これからもストライクで戦わなければならないこと。

 今までは気にならなかったが、ただ自分がコーディネイターというだけで地球連合軍から疎まれている存在だということ。

 

「私はコーディネイターですから仕方ないんです。地球連合軍にはコーディネイターを嫌ってる人も大勢いて……。今は敵同士なので」

 

 今の地球連合軍内部には、ブルーコスモス系の派閥に限らず反コーディネイターを掲げる者は無数に存在する。

 その数はエイプリルフール・クライシスで地球全土にエネルギー危機とそれに伴う数億人の犠牲者が出て以降、日々拡大の一途を辿っている。

 

「だからって、キラ様に何をしてもいい訳ではありませんわ。キラ様はもっと自分を大事にしてくださいな」

 

 先日軍事要塞アルテミスでキラに暴行しようとしたユーラシア連邦軍人達も、非ブルーコスモスだが反コーディネイターを掲げる者達の1人らしかった。

 そんな連中を相手に、知る人ぞ知るブルーコスモス盟主の番犬がコーディネイターを庇って大暴れしたという事実はラクスにとって興味を引かれるものだった。

 奇貨居くべし。

 ナチュラルでありながらコーディネイターを圧倒する力と、ブルーコスモスと相反する思想で動いているクロトの存在は、遺伝子至上主義と人種差別が蔓延しているこの世界で極めて特異な存在だとラクスは率直に思った。

 

「あの時のクロトさんは怖かったけど……格好良かったから……」

 

 キラは顔を赤らめた。

 

「ムウ様からも聞きましたが、クロト様は物凄くお強いそうですね。ザフトとも、ほとんど一人で戦っていらっしゃるとか」

「はい。私なんて、足を引っ張ってるだけなんじゃないかって……。私のせいで、皆から色々と言われてるみたいだし……」

 

 曰く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとか、ナチュラルだと思い込んでいる()()()()()()()()()()だとか。

 統計上は5億人と言われているにも関わらず、コーディネイターを積極的に受け入れているオーブ国内でも殆ど見掛けないのは、本人すら認識してない隠れコーディネイターが大量に存在しているという説があるのだ。

 実際にシミュレータを用いたモビルスーツの戦闘訓練でも、キラはクロトが叩き出したスコアに遠く及ばない。キラがOSを書き換えたことで常人には立ち上がることすら困難になったストライクも、クロトはじゃじゃ馬程度の感覚で操縦出来た。

 それを見た周囲は、影に隠れて好き勝手に噂話をしていたのだ。

 

「あの方は自分が悪く思われることなんて、何も気にしていらっしゃいませんわ」

 

 クロトは自分の悪評を利用しているような素振りすらあった。

 天上天下唯我独尊。

 一般的な地球連合軍人を気取るのはもちろん、ブルーコスモス盟主の番犬であることを装うのはとっくに飽きたと言いたげだった。

 むしろクロトの纏う奇妙な雰囲気に、ラクスは何か根本的なものを見落としているような気がしていた。

 

「クロトさんは、不器用なだけなんです。時々何を考えているのか分からない時があるけど……。それもしょうがないっていうか……」

 

 ラクスはクロトを弁護しようとするキラの顔を見た。もしかして彼女がその謎を解き明かす答えなのでは、と直感した。

 

「キラ様は、クロト様のことが気になって仕方ないのですね?」

 

 アズラエルに才能を見出されたノンポリの少年兵が、この可愛らしい少女との出会いで本来の姿に戻ったのかもしれない。

 ヒトはきっかけがあれば、簡単に変わってしまうのだから。

 

「わ、分かりますか!? 恥ずかしいです……」

 

 ラクスは微笑むと、顔が真っ赤になったキラの手を取って立ち上がった。

 ナチュラルとの融和を語りながら、ただ戦争を激化させることしか出来ないクライン派に2人の姿を見せてやりたいものだと思った。

 

「さあ、クロト様がお食事を持って来られるまで、わたくしと一緒に歌いましょう。デュエットなんてしたことがありませんから、わたくしも楽しみですわ」

 



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先遣艦隊防衛戦

 12.

 

 中立国のコロニー、ヘリオポリスの崩壊。

 その報告を受けたデュエイン・ハルバートンは、麾下の地球連合軍第8艦隊を率いて月面基地を出撃していた。

 彼はモルゲンレーテ社からの技術協力を受けて始めたG兵器開発計画の推進者であり、マリュー・ラミアスの上官に当たる人物だった。

 アークエンジェルとの遠距離通信に成功したハルバートンは補充要員を乗せた先遣艦隊を先行させたが、合流地点付近で潜伏していたクルーゼ隊の襲撃を受けていた。

 

「──モビルアーマー、発進急がせ! ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」

「熱源接近! モビルスーツ6!」

「くっ……」

 

 遂にアークエンジェルと合流を果たした地球連合軍第8艦隊の先遣隊旗艦──モントゴメリの艦長であるコープマンは唇を噛み締めた。

 モントゴメリの随伴艦であるバーナード、ローはそれぞれ敵のモビルスーツ部隊に包囲され、船体のあちこちから火の手が上がっている。

 

「一体どういうことだね! 何故今まで敵艦に気付かなかったのだ!!」

 

 ブルーコスモスと大西洋連邦事務次官の権威を濫用し、モントゴメリに同船していた中年の男──ジョージ・アルスターはコープマンに詰め寄った。

 しかしザフトの中でも特に精鋭部隊と呼ばれるクルーゼ隊がその気になれば、その接近を察知することは不可能なのだ。

 コープマンはジョージの非難を無視して各所に迎撃指示を出した。同時に合流を果たしたアークエンジェルに反転離脱の指示を打電した。 

 

「いったい何のつもりだ!」

「この状況で何が出来るって言うんです?」

 

 アークエンジェルはモビルスーツ戦を想定して造られた最新鋭艦だ。そのため、母艦としてはもちろん戦艦としても優れた能力を有している。

 しかし実態は正規クルーの大半を失い、ヘリオポリスで救助した学生にCICを手伝わせている状況であり、戦力として期待出来る状態ではなかった。

 そんな不完全な戦力でクルーゼ隊を撃退するのは不可能であり、むしろ反対に先遣艦隊を含めた4隻が全滅する公算の方が高かったのだ。

 

「合流しなくてはここまで来た意味がないではないか!」

「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!」

 

 第8艦隊の最優先目標は、奇跡的にザフトからの強奪を免れたレイダー、ストライクをアラスカ基地に持ち帰ることだ。

 開戦以来、連戦連勝を続けているザフトに勝利するためには、両機のデータと実物を基に連合製モビルスーツの量産化に着手する事が重要だったのだ。

 極端な話だがたとえ先遣隊が全滅したとしても、レイダー、ストライクさえ無事であれば作戦は成功だ。反対に先遣隊が全滅を免れたとしても、アークエンジェルが撃破されて両機が喪われるようなことになれば、今までの犠牲が全て無駄になってしまうのだ。

 

「護衛艦、バーナード沈黙!」

「奪われた味方機に落とされる……。そんなふざけた話があるか!」

 

 イージスは周囲を飛び回るメビウスを次々撃ち抜くと、変型しながら宙域から離脱しようとするバーナードに取り付いた。そしてクローで装甲を掴むと、動力部に向かって零距離で極大のビームを撃ち込んだ。

 一瞬の沈黙と共に大穴が開き、目も眩むような大爆発が起こった。

 

〈お前達さえいなければ!!〉

 

 本来はPS装甲にも通用するローの砲撃を、アスランはいとも簡単に回避した。

 そして敵討ちに突撃したメビウスを擦れ違いざまに斬り捨てながら、傷付いた哀れな子羊に突撃していく。

 

〈1隻残らず沈めるぞ、アスラン!!〉

 

 まさに変幻自在だった。

 ラウは迫り来るメビウスを一方的に撃墜すると、モントゴメリの周囲を飛び回りながら激しい銃撃を浴びせている。

 2人の天才が示した力は先遣艦隊の戦意を完全に喪失させた。

 誰もが全滅を覚悟する中、ジョージは悲壮な表情のまま沈黙する通信兵に叫んだ。

 アークエンジェルから送られた乗船者リストの中に、とんでもない怪物の名前が乗っていることを思い出したのだ。 

 

「直ちに()()()()()()()()()()()()()ように打電しろ!!」

「しかし……! この状況ではっ!?」

 

 コープマンは困惑した。

 クロトの正体を知らないコープマンにとっては、クロト・ブエル少尉は唯一生き残ったG兵器のテストパイロットでしかなかったからだ。

 こんな絶体絶命の状況で援護に来させたとしても、既に手遅れどころかクルーゼ隊に包囲されて撃墜される可能性が高い。万が一生き延びたとしても、アークエンジェルに帰投出来ず死亡する可能性が高いと思ったのだ。

 

「アレは()()()()()()()()()()だ! 時間が無い! 早く奴を呼ぶんだ!!」

「ど、どうしてそんな重要なことを……」 

 

 コープマンは実在すら疑われていたパイロットの存在に絶句した。

 これまでアークエンジェルが無事だった理由は明白だった。ナチュラルでありながらザフトを一方的に葬り去る怪物が、アークエンジェルに乗艦していたのだ。

 最初から出撃を命令しておけば、精強なクルーゼ隊だろうと返り討ちにすることも不可能ではなかっただろう。

 

 結果的にジョージにとってクロトの存在を黙っていたことが、先遣艦隊を全滅寸前まで追い込む事態を招いたのだった。

 

 13.

 

「……コープマン大佐より打電です! 少尉を出撃させた後、アークエンジェルは直ちにこの宙域から離脱するようにと!」

 

 ムウはミリアリアから意外な報告を受け、思わず怒りを露わにした。

 

「おいおい。今すぐ出撃しても間に合うかどうか怪しいってのに、そのまま少尉を置いて離脱しろだと? コープマン大佐ってのは随分ふざけた指揮官みたいだな?」

「い、いえ。そんな筈はないのですが……」 

 

 ナタルは宥めるように取りなしたが、モントゴメリから送られた通信は理解に苦しむものだった。包囲された先遣隊を見捨てさせる訳でもなく、全軍で救援に向かわせる訳でもなく、単にレイダーを救援に寄越せという内容だったからだ。

 連合屈指の名指揮官と謳われるハルバートン准将も認めるコープマン大佐が、こんな馬鹿げた通信を送る筈がないと思ったのだ。

 

「僕は構いません。それが命令ですからね」

 

 ピクニックに行くような雰囲気のクロトに、ムウは強い口調で言った。

 

「いくらなんでも無茶だぜ。バッテリーが切れたらそれで終わりなんだぞ?」

 

 ニュートロンジャマーの影響によって長距離通信が困難な状況下で、1度母艦を見失ったモビルスーツが帰投出来る可能性は極めて低い。

 それも酸素の関係で、活動時間に明確な限界が存在する宇宙空間なら尚更だった。

 

「駄目です! 死にに行くようなものです!」

「その時はその時だよ」

 

 マリューはクロトの暴走を止めようとするキラを見て、口を開いた。

 

「今から反転しても逃げ切れるという保証はないわ。総員第一戦闘配備! アークエンジェルは先遣隊援護に向かいます! 2人も直ちに出撃準備を!」

 

 ここで最大戦力のレイダーを見捨てるような形で喪うことになれば、たとえクルーゼ隊の追撃を振り切ったとしても艦内の士気は崩壊すると判断したのだ。

 

「大丈夫だよね、パパの船、やられたりしないよね? ね?」

 

 フレイはキラの胸倉を掴むと、悲壮な声で叫んだ。少女は先程から艦内に漂っている不穏な気配を感じてCICに来ていたのだ。

 

「邪魔」

 

 クロトは目の前のフレイを突き飛ばすように押し退けた。そしてすっかり臨戦状態に突入している様な殺気を放ちながら言った。

 

「そんなこと僕は知らないね。やらなきゃやられる、それだけだよ」

 

 フレイはクロトの凶悪な迫力に息を呑んだ。

 一方のムウはその戦い慣れした雰囲気に頼もしさすら感じながら、殺伐した状況に困惑しているキラに声を掛けた。

 

「少尉の言う通りだぜ、嬢ちゃん。まずは自分が死なないことを一番に考えるんだ。あとはなるようになるだけさ」

「初めて上官らしいことを言ってますねぇ」

 

 茶化したクロトに、ムウは吹き出しながら返答した。

 

「今までただのおっさんだったからな! 嬢ちゃんのお守りは俺に任せろ!」

「……あぁ、おっさんの自覚はあったんですね」

「おっさんじゃない!」

 

 ムウはそんなクロトとキラを引き連れると、格納庫に向かって走り始めた。

 

 

 

 合計3隻だった筈の第8艦隊の先遣隊は、既に傷付いた姿で宙を漂うモントゴメリ1隻を残すのみになっていた。まさに土壇場という状況だ。

 クロトは無数の光弾を横滑りして回避しながら、目に付いたイージスに向かって全速力でレイダーを急加速させた。

 

〈また会ったな、赤いの!!〉

〈さっさと来い! この狂犬が!!〉

 

 機首と肩部に搭載した機関砲を連射し、真っ向から反航戦を仕掛けた。

 クロトは擦れ違いざまに機体を変型させて急制動を駆けると同時に、イージスの横腹を狙って破砕球を投擲した。

 アスランは機体を捻って攻撃を紙一重で躱すと、左腕と両足の先端からビームサーベルを展開して懐に飛び込んだ。

 クロトは両脚の一撃を急上昇ながら回避した。そして右腕に取り付けたシールドを斬撃に合わせ、そのまま突き付けるように連装砲を連発する。

 アスランは反動で僅かに距離が開いた瞬間に大口径ビームを撃ったが、レイダーの頭口部から放たれた高出力エネルギーがそれを阻んだ。

 特性の違いはあれど、イージスとレイダーの最大火力は互角だった。

 

〈俺がお前を……! 討つ!!〉

 

 アスランは怒りと共にイージスを再加速させた。そして獲物を見付けた猛禽類の如く迫り来るレイダーと接近戦に突入した。

 

〈抹殺ッ!!〉

 

 クロトはシールドを狙って破砕球を全力で叩き付けると、フレーム内部に浸透するような鈍い衝撃がイージスを襲った。

 思わず意識が一瞬飛ばされそうになりながら、アスランは両脚のビームサーベルを最大範囲に伸ばしてレイダーの左足を斬り飛ばした。

 

〈お前の様な奴がいるからっ!!〉

〈蒼き清浄なる世界の為にィ!!〉

 

 クロトの放った機関砲がジンを蜂の巣に変え、アスランが反撃で放ったビームがメビウスを蒸発させた。更にクロトの放った攻撃を避けながら強引に距離を詰めた。

 単純な格闘戦では選択肢の多いアスランが有利だ。しかしクロトの卓越した技量はアスランの接近を許さなかった。

 クロトは反射的に蹴りを放った。間一髪でイージスを蹴り飛ばして射程範囲外に逃れると、無防備なコクピットを狙って機関砲を連発した。

 

〈おいお、あんなのに巻き込まれたら一瞬でお陀仏だな。お嬢ちゃんもボーッとしてる暇はないぞ! どんどん撃て!〉

〈……は、はい!〉

 

 覚悟していたとはいえ、まさに鬼気迫る戦いだ。

 目の前で繰り広げられている壮絶な光景の前に、キラは()()()()()()()()()()()()()()のことはすっかり頭から消え失せてしまった。

 

〈!!〉

 

 レイダーとイージス。

 メビウス・ゼロ&ストライクとシグー。

 どちらも危うい所で均衡を保っていたが、格納庫の弾薬に引火したのかアークエンジェルの防衛目標だったモントゴメリが爆沈したのだ。

 その直後だった。クロトは戦場に響き渡る声明を耳にした。

 

『──当艦は現在、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している。偶発的に救命ポッドを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴官のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりであることを、お伝えする!』

 

 どうやら敗戦を悟った自軍がラクスを人質にしたらしい。

 どうしてこのタイミングで? 誰の指示で? クロトは機体の動きを止めた。

 

『お前達地球連合軍は!! どこまで卑怯者なんだ!?』

 

 アスランはクロトに向かって激高した。

 

『うるせーんだよ。……やらなきゃやられる、それだけだろうが……』

 

 クロトは情けなさすら感じながら、呟くような声で返答した。

 地球連合軍が心底腐敗しているのは重々理解していたが、それはあのアークエンジェルのクルー達も例外ではなかったのだ。

 

 

 

〈残念だが退くぞ。作戦を練り直す必要がある〉

 

 ラウはレイダーが去ってからも、その場で沈黙しているアスランに呼び掛けた。

 

〈……まさかラクスが奴等の手に落ちていたとは〉

〈あぁ。厄介なことになったな〉

 

 その言葉とは裏腹に、ラウは先程まで対峙していた少女の正体に確信を深めた。

 少女の本名はキラ・ヒビキ。

 彼女は世界最高の才能を獲得した“スーパーコーディネイター”として、そしてある男の後継者を産み出す存在として造られ、その唯一の成功作として誕生した少女だ。

 我が子に全ての遺伝子を確実に成功させる機能を保有し、全ての分野で世界最高の才能を約束する、まさにヒビキ博士が理想とした生きた人工子宮だ。

 この世の誰もが求める一方で、誰もが自分が彼女でないことに安堵する存在。

 フラガ家は代々、一族同士の存在を感じ取る特殊能力を有している。それは一族の人間に持っている、特定の遺伝子配列で獲得する空間認識能力に起因していた。

 あの男は巨額を投じて造らせた少女を逃がさないため、遺伝子調整を通じて彼女にその能力を獲得させたのだ。

 一族の中でも歴代最高の能力を持つ、自分だけが唯一感じ取れる範囲で。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。全く忌々しい限りだが、むしろこれは好都合だ。

 

 せいぜい彼女を守れよ。

 

 あの生体CPUがいなければ、キラはとっくに死んでいただろう。

 いくら彼女がスーパーコーディネイターであろうとも、単なる素人のキラが英才教育を受けた赤服達に勝てる訳がない。

 生体CPUという存在はヒトを超える為に造られた存在という意味では、意外にもスーパーコーディネイターに近い立ち位置だ。

 そんな2人の出会いは、この世界にいったい何をもたらすのか。

 ラウはコクピットの中で静かに嗤った。





誰よりも早く種割れしそうなアスランですが、ここで種割れすると色々と大変なことになりそう。


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歌姫との別れ

 14.

 

「──なんであいつらをやっつけてくれなかったのよ!! あんた……自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょう!!」

 

 フレイは涙ながらに絶叫した。先遣艦隊の全滅に伴い、父親であるジョージ・アルスターの戦死が明らかになったからだ。

 一方のキラも、すっかり親友となったラクスがアークエンジェルに人質として利用された事実に呆然となっていた。

 苛々しているのはこっちの方だ。

 クロトは呆れた様に肩を竦めると、結果的に最悪の事態を招いてしまったことを理解したのか沈黙しているマリューとナタルを睨んだ。

 

「……本気で戦ってないのは、あんた達の方だろ。どうせラクスを人質に取るなら、さっさとやればよかった。そうすれば先遣艦隊が全滅することはなかった。あんた達は僕達の命を危険に晒しただけだ」

「私達も……迷って……」

 

 この後に及んで、まだ自分達は最善を尽くしたとでもと言いたいのか。クロトはぐだぐだ言い訳する2人をばっさりと切り捨てた。

 

「迷った、ねえ。……中途半端な対応で連合軍の威信を失った挙句に先遣艦隊を全滅させたあんた達より、その子の方が余程指揮官に向いてるよ」

 

 ラクスを人質にしたことでアークエンジェルの悪名はプラント中に広まり、第八艦隊の地球連合軍での立場も悪くなるだろう。

 クロトは周囲の雰囲気が変わったことで困惑しているフレイに、マリュー達に向けたものと同じ冷ややかな視線を向けた。

 死人に鞭を打つような手段はクロトの好みではないが、ジョージは自分の命惜しさに自分を囮にしようとしたのだ。死亡したからといって、それをあっさりと許せるほどクロトは大人ではなかった。

 

「あ、そうそう。僕も本気で戦ってないよ。僕に死ねって命令しておいて、本気で戦って貰えると思ったら大間違いだろ?」

「……あんた、ふざけないでよ!!」

 

 間近で目撃したクロトの戦いぶりは、まさに鬼気迫るものだった。アルテミスで見せたのは単なるニュートラルだったのだ。

 完全に馬鹿にされている。そう感じたフレイは抗議の声を上げたが、クロトはけらけらと嘲笑しながら平然と切り返した。

 

「やっぱり盟主様に怒られるかな? 同じブルーコスモスの仲間を見殺しにしたのはさ」

 

 ジョージ・アルスターはブルーコスモスだ。

 それも単なるテロリスト紛いの過激派とは異なり、大西洋連邦外務次官の地位を利用して世界各地で反コーディネイターのロビー活動を行っている人物だった。

 

「軍人でもない君のお父さんがあの船に乗ってたのは、アルスター家がブルーコスモスの一員だからでしょ? ブルーコスモスの力でパイロットに選ばれた僕が言えた口じゃないけど、特権濫用も程々にしないとねえ」

 

 地球連合において、反コーディネイター感情を持つ者は少なくない。

 しかし反コーディネイターの看板を掲げ、テロ活動すら辞さないカルト集団であるブルーコスモスに所属することを公言する者は意外にも少数派だ。

 それは国策としてコーディネイターを受け入れているオーブであれば尚更だった。今まで周囲に隠していた事実を、クロトに暴露されたフレイは沈黙した。

 

「……お父様はともかく、私は!」

 

 フレイはクロトの一方的な言葉に反論する材料がないことに気付いた。

 ジョージはフレイに自分の思想を強要しなかった。

 しかしジョージに溺愛されて育てられ、今もキラに食って掛かった自分がブルーコスモスではないなどと主張しても誰が納得するだろうか。

 

「ま、僕は別にどっちでもいいんだけど」

「……違う。違うんだから……」

 

 思う存分暴言を吐いたクロトはイージスに損傷を受けたレイダーの状態を確認するため、何かを言いたそうにしているキラを置き去りにして格納庫に向かった。

 

 

 

 本気で戦っていない。

 キラはフレイの言葉を反芻しながら、通路の片隅で座り込んで泣いていた。

 頑張っているつもりだけど、本気はもっと先にあるのだろう。だって自分は誰にも内緒にしていることがあるのだから。

 

「どうなさいましたの?」

 

 キラは不意に投げ掛けられた声に顔を上げた。

 すると個室で軟禁されている筈のラクスが、キラの顔を覗き込みながら心配そうな顔を浮かべていた。

 

「何をされてるんですか? こんなところで」

「ピンクちゃんのおかげです。……戦いは終わりましたのね?」

 

 ピンク色の自律機械“ハロ”。

 その機械には高度な解錠機能が搭載されており、ときどき勝手に鍵を開けてしまうことがあるらしい。ラクスはその機能を利用し、戦闘が終わって静けさを取り戻した船内を散歩していたらしかった。

 

「ええ。貴女のお陰で……」

「なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃるわ」

 

 ラクスは優しく問い掛けた。するとキラは遂に耐えられなくなり、今まで誰にも打ち明けられなかった重大な内容を口にした。

 

「……私、ずっと皆に隠してることがあって。……あのモビルスーツ……イージスのパイロット。……アスランはとても仲の良かった友達で、初恋の人なんです……」

 

 ラクスは驚いた様子で、両手を口に当てて息を呑んだ。

 

「そうでしたの。……()()クロト様もいい人ですもの、それは悲しいことですわね」

「彼? アスランを知ってるんですか?」

 

 キラはラクスの顔を不思議そうに見た。まるでラクスが、イージスのパイロットであるアスランを知っているような口振りだったからだ。

 

「アスラン・ザラは、私がいずれ結婚する方ですわ。……優しいんですけども、とても無口な人。でも、このハロをくださいましたの! 私がとても気に入りましたと申し上げましたら、その次もまたハロを」

 

 ラクスは無邪気そうに笑うと、キラもつられて笑った。アスランが会う度に渡すハロで、完全に部屋が埋め尽くされてしまう光景を想像したからだ。

 

「……そうですか。アスランは相変わらずなんですね。私のトリィも彼が作ってくれたものなんです」

「まぁ! そうですの? お二人が戦わないで済むようになればいいですわね……」

 

 ラクスは溜息を吐いた。

 旧い友人であり初恋の人であるアスランと、現在片思い中のクロト。そんな2人が戦場で戦う光景は、キラにとって耐え難いものなのだろう。

 とはいえザフトに所属するアスランと、地球連合軍に所属するクロトが戦場で出会えば戦闘は避けられないだろう。

 どうすれば戦争が終わるのか。その答えは見付かりそうにもなかった。

 

15.

 

「……相談したいことがありまして」

 

 この計画を成功させる為には、なんとしても説得に成功しなければならない。キラはベッドの上で寝転がるクロトに目線を向けた。 

 

「もしかして、ラクスをプラントに帰らせてあげたいとか?」

 

 クロトは手元の携帯ゲームに興じながら言った。

 いきなり核心を突かれたキラは思わず硬直したが、むしろそれを肯定するような口調に警戒を解いた。

 

「クロトさんは反対しないんですか?」

「このまま地球連合に引き渡せば、多分人質どころじゃ済まないからねえ。……でも僕は君から何も聞いていないし、何も知らない。それでいいだろ?」

 

 正規軍人という立場上、手伝うことは出来ない。反逆罪で処罰されかねないし、アズラエルに発覚すれば即座に処分も考えられる。

 もちろんその気になれば、キラを粛正するのは容易だろう。だがそんな気になれないのは自分の中に芽生えた甘さなのか、それとも別のものなのか。

 まったくヘリオポリスに訪れた時の自分とは大違いだ。クロトは静かに苦笑した。

 

「ありがとう、ございます」

 

 何にせよ、このままでは都合が悪い。いっそそれなら──

 クロトは感謝を口にするキラに、ふと脳裏に過った提案を口にした。

 

「この際、ラクスを連れてザフトに投降しろよ。ラクスと口裏を合わせれば、プラントに保護して貰うくらい出来るでしょ。僕に脅されてたとかさ」

「……そんなことをしたら、皆が……」

 

 アークエンジェルには現在、キラや正規クルー達以外にフレイらヘリオポリス宙域で回収した避難民達も乗っている。

 レイダーには劣るとはいえ、ストライクもアークエンジェルの貴重な戦力だ。それを失ったアークエンジェルは、今まで以上に危険な状態に陥るだろう。

 クロトは自分だけ逃げ出すことは出来ない、と言いたげなキラの言葉を遮った。

 

「皆って誰のこと? CICにたむろしてる馬鹿なクラスメート?」

「そういう言い方は……ちょっと……」

 

 キラは毒を混ぜたような口振りに気圧された。

 

「そうかな? 志願して連合軍に協力してるんだから、もう善良な中立国の民間人とは言えないでしょ。ま、自分は関係ないって顔してる避難民も大概だけどさ」

 

 人体実験の被検体と、中立国の民間人。

 本来決して交わらない立場の人間と関わったのは初めてだったが、想像以上に心をざわつかせるものだった。その感情はいったいどこから来ているのだろうか。

 クロトは携帯ゲームの画面をぱちんと閉じて嗤った。

 

「君もクルーゼ隊に入って僕を殺しに来てもいいんだよ。……やられないけどね」

 

 彼女と戦場で対峙することになれば、何かが分かるかもしれない。はたして自分は彼女を撃つことが出来るのか、そうでないのか。

 今の自分であれば、彼女を撃てるような気がした。

 

「そんなことしませんよ。戻って来ます、必ず」

 

 しかしキラはクロトの突き放すような言葉をきっぱりと否定した。

 このまま戻って来ない方が楽だけど。クロトは矛盾した思いを呑み込みながら、退出した少女を無言で見送った。

 

 

〈こちら地球連合軍、アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク!〉

 

 キラが放ったメッセージは、ヴェサリウス艦内に衝撃を与えていた。

 それはラクスを人質に取ったアークエンジェルを虎視眈々と追跡しながらも、手をこまねいていたクルーゼ隊にとって天恵と成り得るものだったからだ。

 

〈ラクス・クラインを同行、引き渡します! ただし! ナスカ級は艦を停止! イージスのパイロットが、単独で来ることが条件です。この条件が破られた場合、彼女の命は保証しません……〉

 

 それは罠としか思えない内容だった。

 その気になったところを、漆黒の襲撃者が現れるとしか思えなかった。

 しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。

 たとえ罠でもキラと接触する好機だと考えたクルーゼとアスランは、一先ずそのメッセージを信用することにした。

 

「隊長! 私に行かせて下さい……!」

「分かった。許可しよう。可能であれば、ストライクのパイロットを投降させろ。成功すればこのクルーゼが彼女の安全を保証しよう」

「は! ありがとうございます」

 

 一方のアークエンジェル艦内は騒然となっていた。

 突然キラが無断でラクスを連れ出し、クルーゼ隊と接触しようとしているのだ。

 

「艦長! あれが勝手に言ってることです! 攻撃を!」

 

 やはりコーディネイターはコーディネイターということか。ナタルはアークエンジェルの射程圏外に逃れようとしているストライクに向かって叫んだ。

 

「こんな時に少尉は何処に行ったの!?」

 

 この状況を打破出来るとすればクロトとレイダーだけだろう。

 しかしクロトは先程から姿を消しており、マリューの招集命令に一切答えない。

 その中で唯一ムウは笑った。歯噛みしているクルー達とは異なり、今回キラが起こした暴挙の経緯におおよその推測が付いたのだ。

 

「くくっ。嬢ちゃんが少尉に黙ってこんな事をする訳がないだろ? たぶん少尉も納得済みだろうさ。お姫様と親しかったのは、あの2人だからな」

 

 

 

 キラのメッセージから、経過すること十数分。

 ラクスは要求通りイージスの中から姿を現したアスランに抱えられていた。

 今後も困難が待ち受けているだろうが、キラはアークエンジェルに残るらしい。勇気ある決断を下したキラに、ラクスは感謝の言葉を告げた。

 

「いろいろとありがとう、キラ。クロト様にも、お世話になりましたとお伝えください。御二人のことは決して忘れません」

「私も、貴女と過ごした時間は幸せでした」

 

 どうやらラクスとキラの間には、同じコーディネイターとして友情があるらしい。

 今が好機だ。アスランは拳銃を構えたまま自分達を見送るキラを説得するため、ラウから託されたメッセージを叫んだ。

 

「さぁ、お前も一緒に来い! 今なら俺の隊長が、お前の身の安全を保証してくださるそうだ!」

 

 キラは沈黙を保ったまま動かなかった。

 魅力的な条件を用意したというのに、なぜ俺の言うことを聞かない? キラの反応が芳しくないと感じたアスランは更に叫んだ。

 

「お前はコーディネイターなんだ! お前が地球軍に居る理由がどこにある!? ……お前は地球軍の連中に騙されているんだ!! 俺は、お前と戦いたくない!!」

 

 キラは唇を噛んだ。

 結局のところ、アスランにとって地球連合はただの敵でしかないらしい。ザフトだってヘリオポリスと同じように無関係な人を大勢殺しているのに。

 

「私だって……貴方とは戦いたくない! でも、あの船には大事な友達が……力になりたい人が居るの!」

 

 アークエンジェルには同じゼミの友達も、ヘリオポリスの避難民もいる。最前線で戦っているというのに、自分を送り出そうとしてくれた少年兵もいる。

 だからここで自分だけ逃げ出す訳にはいかない。

 

「……ならば仕方ない。……次に戦うときは、あのブルーコスモスのパイロットもろとも俺がお前を討つ!」

 

 キラは息を呑んだ。

 やはりアスランはこちらの状況など、考えたこともないのだ。今こうして自分がストライクに乗っているのは、そもそもアスラン達のせいなのに。

 まして今もラクスを引き渡すことに影で協力しているクロトのことなど、ただの危険人物だとしか思っていないのだ。これでは話にならない。

 

「私も……!」

 

 キラは誰かに見られている様な気配を感じ、ストライクに乗り込んだ。そしてスラスターを逆噴射すると、沈黙しているイージスから距離を取り始めた。

 

〈残念ながら交渉は決裂したようだな、アスラン! ヤツが現れる前に、ストライクを確保するぞ!〉

 

 ラウはキラのメッセージを無視し、密かに出撃していたのだ。十分に加速したシグーはみるみる距離を詰め、早くもストライクを捉える位置まで接近していた。

 

「いったい何を!?」

 

 アスランは目を見開いたラクスを収納しながら、大きく頷いた。

 先に卑怯な手段を取ったのは地球軍の方だ。ここでストライクを確保すれば、キラを説得するのは簡単だろう。

 しかしラクスはコクピットの片隅で立ち上がった。そしてアスランがラウに応答しようとした通信機を強引に奪い取った。

 

〈ラウ・ル・クルーゼ隊長! 止めて下さい!〉

「な、何をするんだラクス!?」

 

 アスランは通信機を奪い返そうとしたが、ラクスは一瞬早く両手で抱え込んだ。こんな情けない真似をさせる訳にはいかなかったからだ。

 

〈追悼慰霊団代表の私の居る場所を、戦場にするおつもりですか? そんなことは私が許しません! すぐに戦闘行動を中止して下さい!〉

 

 呆気に取られている様子のラウに、ラクスは更に大声で叫んだ。

 

〈聞こえませんか? すぐに戦闘行動を中止して下さいと言っているのです!〉

 

 アスランは思わず言葉を失った。いつもニコニコしている印象だった少女が、激しい剣幕を露わにしたからだ。




キラちゃんの才能はポケモンに例えると、子供の特性を自由に選択可能+6Vが確定するメタモンみたいなものだと思ってください。

改造コードかな?


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歌姫の真実

 16.

 

「──被告は、自分の行動が艦の安全をどれほど脅かしたか全く理解していません」

 

 ナタルは検察官として、呆れたような口調で言った。

 現在キラは民間人であるが准尉相当の扱いを受けている。なぜならモビルスーツのパイロットに抜擢され、野戦任官されたことになっているからだ。

 

「同意です」

 

 クロトは面倒そうに欠伸を噛み殺しながら回答した。

 キラはラクス・クラインを無断でザフトに解放した罪を問われ、アークエンジェルの会議室で臨時の軍事裁判を受けていた。

 裁判官は艦長であるマリュー、検察官は副長のナタルが務め、弁護人はクロトが、監視役はムウが務めることになった。

 数ヶ月単位で単独行動を行うこともある宇宙軍では、規律を保つためこうした軍事裁判が行われることもしばしばあった。しかし今回のケースは極めて異例だった。

 

「ラクス・クラインは重要な人質でした。そもそも我々が彼女に貴重な水や食料を分け与えていたのは、この艦の安全を守る為だったんですからね」

「……弁護人は言葉を慎んで下さい」

 

 マリューは頭を抱えた。何せクロトがキラを弁護するどころか、これはただの茶番だとばかりにいい加減なことを主張したからだ。

 その真面目腐ったようなクロトの口調は、自分達にはキラの行為を裁く資格などないのだと言わんばかりだった。

 

「ふ、ふ……」

 

 キラは思わず笑い出しそうになったが、辛うじて下を向いた。

 

「……今回の我々の行動は、コルシカ条約4条特例項目C、戦時下における措置に相当します」

 

 ナタルはクロトの主張を無視すると、自分達がラクスを人質に取った今回の行動の正当性を主張した。するとクロトは補足するような雰囲気で言った。

 

「バジルール少尉のおっしゃる通りです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人質を解放したことでナスカ級が撤退し、我々が窮地を脱したのは結果論に過ぎません。キラ・ヤマトの行為は重大な戦争犯罪です」

 

 人を食ったような言葉に、マリューは眉を潜めた。

 

「キラ・ヤマトは、何か申し開きしたいことがありますか? ……何故あのような勝手なことを?」

「私は、人質にするために助けたわけじゃありませんから……」

「でもこの中でそう思ってるのは君だけみたいだよ?」

 

 どう理屈を並べたとしても、最初は民間人として保護しようとしていたラクスを人質に利用しようとしたのは事実だ。

 

「異議あり!」

「弁護人は言葉を慎んで下さい!」

 

 ナタルとマリューの叱責するような声に、クロトは大袈裟に肩を竦めた。

 このままではいつまで経っても話が纏まらない。

 そう考えたマリューは溜息を吐くと、用意していた判決内容を告げた。

 

「──被告人キラ・ヤマトの行動は、軍法第3条B項に違反、第10条F項に違反、第13条に抵触するものであり、当法廷は同人を銃殺刑とします」

「……ッ!!」

 

 キラはその言葉の重大さに硬直した。

 やはり自分の行為は死で償わなければならない犯罪行為だったのだ。事前に“そう”なるだろうと聞かされていなければ、耐えられずに泣き出すところだった。

 

「……しかし、これはあくまで軍事法廷でのことであり、同法廷は民間人を裁く権限を持ち得ません。キラ・ヤマトには今後、熟慮した行動を求めるものとし、これにて本法廷を閉廷します」

()()()()()()()()()()()()()()、ってことだよ」

 

 クロトは椅子にもたれるように伸びをした。

 この船の艦長であるマリューに、キラを裁く度量など無い。

 そもそも自分達が不甲斐ないせいで民間人の少女を命懸けで戦わせているのに、どの面を下げて裁くつもりなのか。

 今回の軍事法廷はあくまで体裁──民間人だからと何をしてもいい訳ではないという対外的なアピールに過ぎない。

 つまりこの軍事裁判は、最初から結果の決まった出来レースだったのだ。とはいえこの茶番劇に付き合わされた人間からすれば、堪ったものではなかったが。

 

「……続けて、先のクロト・ブエル少尉の職務放棄について、軍事法廷を始めます。キラ・ヤマトは直ちに会議室から退出して下さい」

「ですよねえ……」

 

 クロトはうんざりした口調で言った。

 キラの証言で、ラクスの無断解放に関するクロトの関与は否定された。しかしマリューの招集に応答しなかった行為は、言い逃れしようのない職務放棄だ。

 自室謹慎位で済めば幸運だ。クロトは退出するキラに手を振ると、それまでキラが座っていた被告席に座り直した。

 

「──キラ! 大丈夫か?」

 

 会議室を退出したキラは、サイ達に取り囲まれていた。

 ラクスの解放について、最大の難関であるクロトの黙認を得たキラは単独で実行しようとしていた。

 そんな中で、キラは偶然サイ達にラクスを連れ出す所を目撃されてしまったのだ。地球連合のやり方に反感を抱いていたサイ達は、キラの無断出撃を支持してサポートを行った。

 当然ながらサイ達もキラに先立って厳重注意と共に、軽い処罰を受けていた。実行犯であるキラには更に重い処罰が下るのではないか。そう考えたサイ達は、裁判の様子を見に来ていたのだ。

 

「何て言われたの?」

「お前も、トイレ掃除1週間とか?」

「……大丈夫。厳重注意だけで済みました」

 

 重大な戦争犯罪に対して軽い処罰で済ませる前例を作るよりは、適当な理由を付けて無罪にした方が都合良い。

 そんなマリューの判断もあって、キラは事実上の無罪放免となっていた。そうした背景を理解出来なかったサイ達は、めいめいに不満そうな表情を浮かべた。

 

「そっか。ってことは……俺達だけか」

「私達、マードック軍曹に凄く怒られたの。お前達は危険て言葉すら知っちゃいねぇのかぁ! って」

「あぁ、ごめんなさい。私も手伝いますから」

「いいよ。もうすぐ第8艦隊と合流だし、大したことない」

「……」

 

 フレイは唯一複雑な表情を浮かべた。

 その第8艦隊の先遣隊に父親が同乗したことで、結果的に唯一の家族を喪うことになったからだ。

 自分のせいだ。そんなフレイにキラは罪悪感と同情を抱いたまま沈黙していると、何かを言いたそうにしているカズイを後ろに従えたサイが口を開いた。

 

「カズイがさぁ。お前とあの女の子の話聞いたって。あのイージスに乗ってんの、友達なんだってな。しかも初恋の人なんだって?」

「……!」

 

 カズイが自分とラクスの会話を盗み聞きしていたことと、それを周囲に話したこと。そしてサイの放った無神経な言葉に絶句するキラに対して、サイは神妙な顔で更に言葉を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 何が心配なのか。()()()()()()()()()()()()()

 何がよかったなのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 キラにはサイの真意が全く理解出来なかった。

 勿論思うのは自由だ。誰でも自分の身の安全が心配だし、自分を守ってくれる存在が帰って来れば嬉しいだろう。

 しかしそれを張本人に言うのか。

 まして、キラが戦っている相手が友達であり初恋の人だと理解した上で平然と言える無神経さがキラには理解出来なかった。

 クロトはアスランとの仲を知らないにも関わらず、ザフトに投降することすら勧めていたというのに。

 

「あは、は……」

 

 それほど中立国の民間人でありながら、地球連合軍の一員としてザフトと戦っているキラの立場は微妙なのだ。

 クロトと共にアスランやアスランの同僚と命懸けで戦う覚悟、そして生き延びたとしても、二度とオーブに戻れないかもしれない覚悟で戻って来た自分に対してこの仕打ちはなんなのか。

 キラは涙が出そうになった。

 

「じゃ、俺達、交代だから」

「うん。君が戻って来てくれて、本当に良かったよ」

「またね、キラ」

 

 好き勝手に言うだけ言って立ち去って行くサイ達を睨む気力すら喪い、キラはその場で俯いた。

 もちろんアスランのことを話す訳にはいかないが、早くクロトと話がしたい。そう思ったキラは会議室で軍事裁判を受けているクロトを待つことにした。

 フレイはそんなキラの様子をじっと見た。

 もしも自分がサイと戦う事になったらいったいどんな気持ちになるだろうとぼんやり考えながら、慌ててサイの後を追った。

 

 17.

 

 ヴェサリウスに臨時で設けられた要人専用室にて。

 ラウは先程保護に成功したラクスから、レイダーのパイロットであるクロトに関する証言を聞き出そうとしていた。

 クロトは文字通り、実在すら疑われていた地球連合軍のエースパイロットだ。

 ナチュラルでありながらコーディネイターを凌駕する戦闘能力を誇り、これまで無敵を誇っていたクルーゼ隊を何度も退けた正真正銘の化け物なのだ。

 そしてラクスはそんな少年兵と出会い、アークエンジェルで友好関係を築いていたというのだから全く訳が分からない。

 なんにせよ地球連合軍が隠蔽しようとしている秘密兵器──生体CPUの情報を得られる機会などそうそうないだろう。

 ラウは仮面の奥底で嗤いながら、ラクスを促した。

 

「赤毛で、何処にでもいそうな普通の御方でしたわ。地球連合軍の士官服を着ていなければ私と同年代の少年にしか見えないような……」

「同年代?」

 

 地球連合軍で士官になるためには、原則的に士官学校を卒業しなければならない。だから常識的に考えれば、10代の人間が士官ということは有り得ない。

 しかしその少年兵はキラのように臨時登用された民間人ではなく、正規の手続きで任命された軍人らしい。アスランは怪訝な表情に変わった。

 

「ええ。書類上は17歳ですけれど、実際は知らないとか。物心付いた時からブルーコスモスの施設で育てられたそうですわ」

「ブルーコスモス……! あの反プラント……反コーディネイター主義者共か」

 

 やはりレイダーのパイロットはユニウスセブンに核攻撃を行い、アスランの母を含めて大勢を死亡させたカルト集団の一員だったのだ。

 ラウは納得したように頷くと、声を荒げたアスランを宥めながら言った。

 

「ブルーコスモスは特に大西洋連邦軍と癒着しているそうだ。おそらくヤツは盟主の秘蔵っ子といったところだろうな。……他に何か言っていませんでしたか?」

 

 ラクスはくすりと笑った。それはクロトがブルーコスモスであることよりも、もっと重要なことだろうと思っていたからだ。

 

「そうですね。……クロト様はとても口が悪い御方なのですが、キラ様にはお優しい方でしたわ。なんでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか」

「──は?」

「ほう」

 

 ラクスの言葉に絶句するアスランを余所に、ラウは嘆息するように呟いた。

 

「わたくしにも随分親切にして下さりました。わたくしを乗せたキラ様を追ってクロト様が来なかったのは偶然ではありませんよ? クロト様がわたくしを解放したいというキラ様の意思を尊重して下さったのです」

「……どう思います、隊長?」

 

 アスランは頭を抱えた。

 ラクスの言葉は悪趣味な冗談にしか聞こえなかった。キラに続いて、ラクスも地球連合軍の連中に洗脳されているのではないかとすら思った。

 とはいえクロトが件の引き渡しの際に現れなかったのは事実だ。こちらを混乱させる為だけに貴重な人質であるラクスを手離し、ストライクを危険に晒すという行為は常識的に考えて有り得ない。ラクスの語った言葉の信憑性は極めて高かった。

 

「信じ難い内容だが、ラクス嬢が嘘を吐く理由はあるまい?」

「ですが、そんな事が……。ある筈がない……」

 

 これは想像以上に愉快なヤツらしい。

 突然突き付けられた理解不能な情報に混乱するアスランに対し、クルーゼは得心が行ったように頷いた。

 

「ふむ。思想と言動には難があるが、それを補って余りある能力を持つということだろうな。現ブルーコスモスの盟主は自身に忠実であれば、コーディネイターを受け入れているという話もある」

「はぁ……」

 

 アスランは不承不承ながらも頷いた。

 しかに何かが違う気がする。ラクスはラウの評に納得しながらも、時折クロトに感じた得体の知れない雰囲気を口にした。

 

「ですが、クロト様の本心は分かりませんでした。強くて……怖くて。優しい方なはずなのに、まるで全てを憎んでいるような……」

 

 そんなラクスの言葉に、クルーゼは仮面の奥深くでラクスを嘲るように笑った。

 

「まさに誰も手が付けられない狂犬ということでしょう。お気になさらず」

 

 おそらく件のクロト・ブエル少尉は生体CPUだ。

 莫大な力と引き換えに特定の薬物を手放せない身体に改造され、たとえ摂取し続けても数年で耐久期間を迎えて廃棄される消耗品なのだ。

 なるほど本来は心優しい少年だったのだろう。

 認めよう。君には私と同様に、全ての人類を裁く権利がある。

 ラウはCICに足を運ぶと通信を行った。

 それはイザークとディアッカを中心に、第8艦隊と合流寸前のアークエンジェルに実行しようとしていた奇襲攻撃を中止させるためだった。

 クロトの正体は決して狂犬などではなく、狂うしかなかった哀しき悪魔だ。生まれ持った才能に驕る彼等だけでは、万が一にも勝ち目などないのだから。




前話から開催中のアンケートやキラちゃんガチ勢の考察によると、キラちゃんは着痩せしてるけどムチムチしたワガママボディの隠れ巨乳らしいです。


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低軌道会戦 前編

初の前後編です。


 18.

 

 遂に第8艦隊との合流を果たしたアークエンジェルの格納庫にて。クロトはストライクの中を覗き込むように身を乗り出していた。

 

「第8艦隊と合流したのに、どうしてこんなに急ぐ必要があるんですか?」

「レイダーに何かあった時に備えて、ストライクも使えるようにしておかないといけないからね」

 

 キラはストライクのOSを調整しながら、不満そうに唇を尖らせた。

 その原因は明白だった。

 第8艦隊の旗艦“メネラオス”に保護されることが決定したキラは、クロトがストライクを操縦する可能性に備えて急ピッチで調整を行っていた。

 基本的なプログラムはレイダーのものを流用したが、可変機として造られたレイダーのOSを通常機として造られたストライクで運用することは出来ない。

 またレイダーのOSは生体CPUの運用を前提に設計されている。そのためキラにも構造上理解出来ない部分が複数存在し、その修正には時間を要していた。

 

「これじゃあ性能が低下しちゃいますよ?」

「しょうがねーだろ。僕はコレでないと上手く動かせないんだし」

 

 こんな滅茶苦茶なOSで、誰よりも正確にモビルスーツを操縦出来るなんて。キラは呆れたように溜息を吐くと、要望に応えて更に細かい最終調整を進めた。

 自分はキラと異なり、咄嗟にOSの書き換えなど出来ない。どんな些細な問題点でも未然に潰しておかなければならないのだ。

 一段落終えたクロトが伸びをすると、背後から女性の声が聞こえた。

 

「出来れば……。あのまま誰かがって、思っちゃうわよね?」

「何かありましたか、大尉?」

 

 こんな時にいったい何の用だ。クロトはうんざりした表情で視線を向けた。するとマリュー・ラミアスが気まずそうに佇んでいた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと、キラちゃんと話したくて……」

「えっ?」

 

 キラが不快感を露にすると、マリューは苦笑した。

 

「そんな疑うような顔しないで。……ま、無理もないとは思うけど」

「はぁ……」

 

 疑うも何も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 少し前まで学生だった自分にストライクの操縦を命令していたのは、いったい誰だと思っているのだろうか。

 キラはマリューに不審な視線を向けた。

 

「私自身、余裕がなくて。貴女とゆっくり話す機会を作れなかったから。……その、一度、ちゃんとお礼を言いたかったの。貴女には本当に大変な思いをさせて。……本当に、ここまでありがとう」

「いえ。私なんて全然……」

 

 同世代のナチュラルなのにパイロットとして活躍しているクロトと比較したら、自分の働きなど気休めみたいなものだ。

 

「ううん。いろいろ無理言って、頑張って貰って。……感謝してるわ」

「やめて下さい。そんな……」

 

 マリューが頭を下げると、見かねたキラは慌てて駆け寄った。こんな人気の多い場所で謝罪されても気まずいだけなのだ。

 

「口には出さないかもしれないけど、みんな貴女には感謝してるのよ? こんな状況だから、地球に降りても大変かと思うけど。……頑張って!」

「はい。……短い間でしたけど、お世話になりました」

 

 キラは両手を差し出したマリューと握手を交わした。

 アークエンジェルはザフトの襲撃でクルーの大半を失い、護衛部隊もムウ、テストパイロットもクロトを除く全員が戦死した。

 巨額を投じて開発したG兵器も大半が奪取された最悪の状況下で、彼女も彼女なりに最善を尽くそうとしていたのだ。

 マリューは安堵の表情を見せると、クロトとキラに視線を向けた。

 

「……そうそう。ハルバートン准将が少尉と貴女に話があるみたいなの。悪いけど、このまま付いて来てくれる?」

 

 

 

 デュエイン・ハルバートン准将。

 地球連合軍第8艦隊の司令官であり、G兵器開発の責任者だ。そして数少ない非ブルーコスモス系の将校としても知られる人物だった。

 クロトは人払いされたアークエンジェルの会議室で、腕を組んだまま冷ややかな視線を向けるハルバートンと対面していた。

 

「──お初にお目に掛かります。地球軍第1機動艦隊所属のクロト・ブエル少尉です」

 

 クロトが恭しく敬礼すると、ハルバートンは静かに口を開いた。

 

「君があの《エンデュミオンの悪魔》。……そしてアズラエル財団の」

「はい。モビルスーツの生体CPU。──“ブーステッドマン”の完成品です」

 

 クロトはまるで自己紹介するような口調で言った。

 そして自分は消耗品だと公言する少年兵を目の当たりにして言葉を失うハルバートンを嘲笑するように笑うと、更に言葉を続けた。

 

「お構いなく。閣下がG兵器を開発されても、それを扱えるパイロットがいなければ何の意味もないでしょう? 盟主様からも、閣下に感謝をと言付かっています」

 

 クロトは仰々しく畏まりながら言った。

 元々ハルバートンが構想していたG兵器開発計画には、イージスの兄弟機であるレイダーの開発予定などどこにも存在しなかった。

 そしてそのテストパイロットとして、アズラエルの番犬と称されるクロトが捻じ込まれることなど微塵も想定していなかっただろう。

 そんな暴挙を実現する為に、アズラエルは関係者に対する献金・上層部に対する圧力などの超法規的措置を実行した。

 地球連合軍の司令官とはいえ、あくまで1軍人に逆らう余地などなかったが、それ故にハルバートンはクロトの殊勝な態度に不気味なものを感じた。

 

「君は……?」

 

 ハルバートンが怪訝な表情に変わると、クロトはにやりと嗤った。

 

「僕は1人でも多くのコーディネイターを抹殺し、地球連合軍を勝利に導くためだけに造り出された存在です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 僕はお前たち地球連合軍を許さない。

 クロトはハルバートンに無言で怨嗟の念を送ると、アズラエルが用意した新たな指令書と小包に入った荷物(人工麻薬と中尉の階級章)を受け取った。

 そして会議室を退出すると、部屋の外で待機していたキラと遭遇した。荷物の中身を確認していると、面談が終了したキラはクロトの顔をじっと見た。

 

「あの人と何を話してたんですか? ……何か、クロトさんに怒っていたような」

「別に大したことじゃねーよ。閣下は自分のG兵器開発計画に首を突っ込んで来た盟主様を嫌ってるんだ」

「はぁ……」

 

 もうすぐ彼女ともお別れだ。

 ハルバートンとの面談を終えたクロトは、まだハルバートンと話があるというマリューを残し、キラと共にメネラオス行きのシャトルに向かっていた。

 

「そもそもさぁ。君は本当に降ろして貰えるの?」

「……はい。私の降船には反対する人も多かったみたいですけど、あの人の一存で降ろして貰えることになったそうです」

「くくっ。それは良かったな」

 

 クロトは嘲るように嗤った。

 自分の様な例外的な存在を除けば、現段階でG兵器をあれほどの精度で操縦出来る者は連合の中でもいないだろう。

 他にもキラの優秀な能力やお人好しで御し易い性格を考慮すれば、なんだかんだと理由を付けて残らせようとしていた者が内外に存在しても不思議ではない。

 つくづく地球連合軍ってのは度し難い連中だ。

 クロトが含み笑いを浮かべていると、キラは怪訝そうに見詰めた。

 

「……本当に、良いんでしょうか?」

「良いんだよ。大西洋連邦が壊滅しようが、地球連合が解体されようが、中立国の君には何の関係もねーだろ?」

 

 相変わらずキラは何か勘違いをしているようだ。

 オーブが中立を保っている限り、地球に大量破壊兵器を撃ち込むような状況にならなければプラントと全面戦争には至らないのだ。それが政治というものだ。

 キラはクロトの身も蓋もない暴言に顔をしかめると、不意に口を開いた。

 

「戦争が終わったら、また会えますか?」

「僕は会いたくないね」

 

 いきなり妙な言葉を口にするな。クロトは咳払いすると、きっぱりと拒絶した。

 

「ええっ?」

 

 キラは声を裏返らせた。まさか即答で拒絶されるとは思ってもいなかったのだ。一方のクロトは、まるで駄々を捏ねる子供に言い聞かせるような口調で言った。

 

「あのさぁ。今回みたいな任務がない限り、僕がオーブに行くわけないだろ? 仮にまた任務があったとしても、それは地球軍がオーブを侵攻する時だけだよ」

「……オーブは中立国ですよ?」

「そんなの分からないよ。例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。だから君と再会するとしたら、それは戦場だ」

 

 このままクロトの予定通りに進めば、パナマ基地を喪失した地球連合軍はザフトに反転攻勢を仕掛けるためオーブに侵攻を開始する。

 その際に連合軍の主力部隊を率いるのは、他ならぬクロト自身だ。

 もしもキラと再会する機会があるとするなら、今回の経歴を買われてオーブ軍に入隊した彼女と相対する状況だ。

 クロトはそんなキラと平常心で戦える自信がなかった。だからもう会いたくないという言葉は決して嘘偽りなどではなかった。

 

「そうなんですかね……?」

 

 キラは不満そうな表情に変わった。

 単に戦争が終われば遊びに来て欲しいというだけの話が、どうしてそんな物騒な内容になってしまうのか。

 

「あ! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 そんな中、クロトとキラの姿を捉えた少女が駆け寄って来た。

 

「どうしたの?」

 

 キラが少女に話し掛けると、少女は折り紙で作った花を2人に差し出した。

 エルと名乗った少女はフレイと同様に、避難用のポッドで母親と共に漂っていた所を偶然アークエンジェルに救助されたヘリオポリスの住民だった。

 エルは今までアークエンジェルを守る為に奮闘していたキラ達に折り紙の花を渡して感謝を伝えるため、今までずっと探していたのだった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今まで守ってくれてありがとう!」

「ふふふ。ありがとう。……ほら、クロトさんも」

「そうだね。……ありがとう」

 

 この第8艦隊は本日クルーゼ隊の襲撃を受け、地球に降下したアークエンジェルを除く全艦を喪失する致命的な大敗を喫してしまうのだ。

 最悪な結果を思い出したクロトは思わず顔を引き攣らせた。そしてエルから手渡された折り紙の花を受け取ると、ポケットの中にそっと仕舞い込んだ。

 

 19.

 

「たとえ非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えばそれは犯罪となる。それを回避するための措置として日付を遡り、君達はあの日以前に志願兵として入隊したこととしたのだ。なくすなよ?」

 

 メネラオスに向かう通路の一角で、サイ達はナタルに声を掛けられた。

 地球連合軍第8艦隊、アークエンジェル所属の志願兵。それがキラ達に与えられた便宜上の身分だった。

 たとえ非常事態だとしても、民間人が戦闘行為を行うのは重大な犯罪だ。

 ハルバートンはそれを回避するための臨時措置として、書類上キラ達はヘリオポリス襲撃が行われた以前の日から志願兵だったことにしたのだ。

 それを示す証拠が、ハルバートンの手配した除隊許可証だった。

 

「私達、軍人だったんですか?」

「書類上はな。これがキラ・ヤマトの分だ。尚、軍務中に知り得た情報は除隊後とはいえ守秘義務がある。余計なことは誰にも話さないように」

 

 ミリアリアは不思議そうに首を傾げた。

 確かにアークエンジェルのCICで手伝いをしていたとはいえ、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 実際には単なる戦闘行為どころか、地球連合軍の中でも極一部しか知らない特殊任務に協力していたのが実情だったが、ナタルにそれを告げる義理はなかった。

 

「あの」

「君は戦っていないだろう? 彼等と同じ措置は執られてないぞ?」

 

 フレイは何かを言いたげな雰囲気で視線を向けたが、話を遮られたナタルは素っ気なく突き放した。

 確かに彼女はCICを訪れたこともあったが、生粋のお嬢様だったからか艦内の業務を手伝ったことはなかった。だから除隊許可証の用意はなかったのだ。

 一人前に除隊許可証だけは欲しいということか。

 ナタルが呆れたように肩を竦めると、フレイは首をぶんぶんと横に振った。

 

「いえ。……そうではなくて。……私、軍に志願したいんですけど!」

 

 サイは思いもよらないフレイの言葉に困惑した。

 ナタルも同感で、突如意外な言葉を口にしたフレイを怪訝な目で見詰めた。

 

「ふざけた気持ちで言ってるんじゃありません。父が討たれてから……。私、いろいろと考えました」

 

 彼女が戦死したジョージ・アルスター事務次官の娘だったのか。

 ホフマンはナタルを制すると、フレイの真意を確かめるために問い掛けた。

 

「はい。フレイ・アルスターです。……父が討たれた時はショックで……。もうこんなのは嫌だ、こんなところに居たくないと、そんな思いばかりでした。でも艦隊と合流して、やっと地球に降りられると思った時、何かとてもおかしい気がしたんです」

「おかしい?」

 

 ナタルは首を傾げた。彼女はそんな愛国心に溢れた少女だっただろうかと疑問に思ったからだ。

 

「これでもう安心でしょうか? これでもう平和でしょうか? ……そんなこと全然ない! 世界は依然として戦争のままなんです。自分は中立の国に居て、全然気付いていなかっただけなんです!」

 

 フレイは一気に言葉を捲し立てた。

 もちろん無策に残ろうとした訳ではなかった。父を喪い天涯孤独となった自分には雑用くらいしか出来ないことなど重々理解している。

 しかしこのアークエンジェルには彼が乗り合わせているのだ。ナチュラルの少年兵でありながら、コーディネイターを圧倒する正真正銘の化け物が。

 

「父は、戦争を終わらそうと必死で働いていたのに、本当の平和が本当の安心が……戦うことによってしか守れないのなら。……私も、父の遺志を継いで戦いたいと。私の力など少尉とは違って何の役にも立たないのかもしれませんが……」

 

 生温い艦長達と違って、()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()。そして1人でも多くのコーディネイターに、自分と同じ様な報いを受けさせてやる。

 あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 他の連中はこのまま退艦したとしてもむしろ好都合だ。自分が彼に差し出せる物は精々この身体位しかないのだから。

 そう思ったフレイに、意外な者達から賛同の声が届いた。

 

「……フレイの言ったことは、俺も感じてたことだ。少尉みたいに、同い年で活躍している人がいるのに。それに、彼女だけおいていくなんて出来ないしさ」

 

 サイを先頭に、彼等は受け取ったばかりの除隊許可証を一斉に破り捨てた。

 その行為は再びアークエンジェルのクルーに戻ることを意味していた。その異様な光景が目に留まったのか、クロトと別れを済ませたキラが息を切らせながら言った。

 

「ど、どうしたんですか? 皆で何を……」

「これ、持ってなさいって。除隊許可証」

 

 キラはミリアリアから手渡された唯一無事な除隊許可証を握り締めたまま、唖然とした表情を浮かべた。

 

「俺達さ、アークエンジェルに残ることにしたから」

「何かあっても、ザフトには入んないでくれよな」

「……そ、そんな……」

 

 フレイは信じられない光景に呆然なったキラを置き去りにすると、サイ達を連れてアークエンジェルの艦内に戻り始めた。

 

 ──可哀想な、キラ。

 

 フレイは囁くような声で呟いた。

 どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 相手はキラにとって初恋の幼馴染みで、キラ自身もラクスと友好関係にある少女だ。

 少なくともラクスを連れ出したタイミングなら、彼女に身の安全を保証させる形で確実に投降することが出来たはずだ。

 その答えは簡単だ。

 キラは彼等を守る為に戻って来たのだ。あの少年兵のように圧倒的な実力もないくせに、自尊心だけは立派な連中を守るために。

 どうやら彼等にはそれが分からないらしい。自分の暴挙にサイが同調しなければ、それに他の連中が賛同しなければ、たぶんキラはアークエンジェルを降りていただろう。

 無力な彼等を守るために、キラは再びイージスのパイロットと殺し合う状況になったのだ。そしてキラと惹かれ合っている少年兵も、このまま無事で済むとは思えない。

 だからせめて、私だけは同情してあげる。

 

 ──可哀想な、キラ。




本作ではフレイのターゲットはクロトですが、本人はキラちゃんしか見てないので実質ノーダメです。


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低軌道会戦 後編

後編です。


 20.

 

 地球に降下するアークエンジェルを援護する地球連合軍第8艦隊と、それを阻止しようと強襲したクルーゼ隊の戦闘は早くも佳境を迎えていた。

 そんな中、双方の最優先目標であるアークエンジェルは第8艦隊が構成している密集陣形の最奥で降下準備を行っていた。

 機体前面にPS装甲を採用した初期GAT-Xシリーズは、単独での大気圏突入能力を有している。後に量産機に相当する制式仕様においても大気圏突入能力を発揮するレイダーであれば、問題なく単独で降下出来るだろう。

 レイダーに乗り込んだクロトは、マリューに通信回線で呼び掛けた。

 

〈出撃許可を! 出し惜しみする必要はないでしょう? 〉

〈本艦への出撃指示はまだありません! 中尉は引き続き待機して下さい! 〉

 

 このままでは戦況は悪化する一方だというのに、ハルバートンはいったい何を考えているのだろうか。

 

〈僕が出ないでG兵器をどうやって抑えるつもりなんですかねえ? 〉

 

 クロトは手元のモニターを殴打すると、呆れたように呟いた。

 現在第8艦隊が有している主な機動兵器は、地球連合宇宙軍の主力量産機である“TS-MA2”メビウスだ。

 モビルアーマーでありながら高度な運動性を誇り、熟練したパイロットであればザフトのモビルスーツとも渡り合える機体だ。

 しかしそれはせいぜいジン、あるいはシグーを想定した状況だった。

 バッテリー機であるメビウスの装備はいずれも実弾兵器であり、レイダーと同様にPS装甲を採用したG兵器に通用する武装を保有していない。

 そしてG兵器は装甲以外の性能においても、一般的にメビウスの3~5倍の戦力に相当すると言われるジンを凌駕している。

 いわば裸の子供が、鎧を着た屈強な戦士と殴り合う様な行為だ。万が一にもメビウスに勝機などないのだ。

 本来はアークエンジェルの指揮官というよりも、PS装甲の開発に携わった技術士官だったマリューに分からない訳ではないだろう。

 そんな状況でクロトが出撃を禁じられているのは、このままアークエンジェルをアラスカ基地に降下させようとするハルバートンの意思か、それとも自尊心か。

 師弟揃って反吐が出そうなほど生温い。今の自分達はヘリオポリスの避難民を収容している状況だと理解しているのだろうか。

 

〈……ま、いいですよ。許可が下りないなら、勝手に僕は出ますから〉

 

 クロトは肩を竦めると、不意にレイダーを起動させた。そしてカタパルトに繋がっている隔壁に右腕の連装機関砲を向けた。

 

〈坊主!? いったい何をやってる!? 〉

 

 クロトの暴挙に格納庫で待機していた整備班は恐慌状態に陥った。

 ちまちま交渉するのも面倒だ。

 ブルーコスモス盟主の直属兵がモビルスーツで出撃しようとすれば、この船に止められる者など存在しないのだ。

 

〈見たら分かるでしょう? 目の前にザフトがいるなら、1人残らず葬り去るのが僕の使命ですから〉

 

 一瞬の沈黙が走った後、マリューは大きな溜息を吐いた。

 このまま本当にクロトが障壁を破壊したら、ただでさえ困難な大気圏突入が不可能になってしまうからだ。そしてクロトは、冗談抜きでやりかねない人物だ。

 

〈……分かりました。出撃を許可します! 閣下とは私が話を付けるわ! 〉

 

 やがて障壁が開くと、クロトはカタパルトに繋がる通路を進み始めた。

 思わぬ窮地を乗り切ったCICのクルーが安堵に包まれる中、ナタルはクロトの言動に釘を刺す様に言った。

 

〈フェイズスリーまでには帰還するように! スペック上は大丈夫でも、試した者はいませんので、中がどうなるかは分かりません! 高度とタイムは常に注意するようお願いします! 〉

 

 理論上、大気圏投入の負荷に外部装甲が耐えられる公算は高かった。しかし機体の内部がどんな状況に陥るかは別問題だった。

 コクピット内の温度が急激に上昇し、最高司令部の息が掛かったクロトが死亡するような事になれば元々肩身の狭い第8艦隊の立場は悪化する可能性が高いのだ。

 

〈分かってますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 〉

 

 しかし妙な気分だ。どうして世界を滅ぼすため全てを捨てた自分が、それを阻止するかもしれない第8艦隊を守るため自ら戦おうとしているのか? 

 クロトは自己矛盾する感情に気付き、自嘲するように嗤った。

 

〈中尉……? 〉

 

 まさかクロトは()()()()()()()()()()()()()()つもりなのでは? ナタルが言い淀んだ瞬間、クロトは猛烈な勢いでレイダーを加速させた。

 

 〈41〉

 

 第8艦隊の置かれている状況はまさに最悪だった。

 メビウスを約120機保有する第8艦隊に対し、クルーゼ隊の保有するモビルスーツ数は約25機。数の上では圧倒的だったが、その実体は真逆だった。

 一般的に3~5倍の数を揃えれば互角だという原則は、パイロットの技量が一定水準に到達している場合の話だ。

 練度の低い新人で大部分が構成されている第8艦隊に対して、クルーゼ隊はザフト軍屈指の精鋭部隊だ。まさに七面鳥撃ちだった。

 そしてイージス、バスター、ブリッツ、デュエル。

 ヘリオポリスで奪取された4機のモビルスーツは、それぞれ既存のモビルスーツを圧倒的に上回る性能を見せ付けていた。

 これまで劣勢なアークエンジェルが単独で幾度も退けていたことから、その戦力はどこか過小評価されていた。

 しかしその真相は、クロトとキラが彼等を封じ込めていたからだったのだ。

 遺伝子操作で超人的な力を獲得している彼等には、こちらも人智を超えた存在を投入しなければまともに対抗出来ないらしい。

 

「くっ……」

 

 ハルバートンは唇を強く噛み締めた。このままでは全滅するどころか、アークエンジェルを降下させる時間を稼ぐことすら不可能だ。

 そんな時、メネラウスの下にアークエンジェルから意外な通信が入った。

 それはクルーゼ隊の攻撃に晒されている第8艦隊を離脱し、降下シークエンスに移行するという内容だった。

 

〈自分達だけ逃げ出そうという気か! 〉

 

 一見すると臆病者とも取れるマリューの発言に激怒するホフマンに対し、マリューも理路整然と反論した。

 

『敵の狙いは本艦です! 本艦が離れなければ、このまま艦隊は全滅です! アラスカは無理ですが、この位置なら地球軍制空権内へ降りられます! 突入限界点まで持ち堪えればジンとザフト艦は振り切れます。閣下!』

 

 いったい誰に似たのか。

 ハルバートンは苦笑すると、マリューの提案を許可した。そしてクルーゼ隊の侵攻を阻止するため残存部隊を左右に展開した。

 アークエンジェル以外に降下は不可能だが、高度限界点までの支援は可能だ。後は送り狼を通さないようにギリギリまで身体を張るのが自分達の仕事だ。

 

〈……それから、中尉を出撃させました! 大気圏突入ギリギリまで、第8艦隊を援護するそうです! 〉

 

 その直後だった。後方から漆黒の人面鳥の様なモビルアーマーが現れた。

 するとメネラオスに迫りつつあったジンは、恐るべき精度で放たれた無数の銃撃を浴びて瞬く間に爆散した。

 悍ましき人面鳥は姿を変え、禍々しい凶戦士の姿に変貌する。そして左腕で投擲したスパイク付きの金属球が弧を描くと、更に1機のジンを粉砕した。

 

「なっ……!?」

 

 それは僅か数秒の早業だった。

 レイダーが第8艦隊を苦しめていたジンを短時間で2機も撃墜した事実にハルバートンは思わず絶句した。

 

〈──ははははは!!! ははははは!!! 〉

 

 公共回線で戦闘区域中に、全てを嘲笑う様な高笑いが木霊する。

 

〈出て来ましたよ、アスラン! 〉

〈ああ。お前達は下がってろ! 〉

 

 アスランに緊張が走り、クロトと対峙したザフト兵は瞬時に理解した。

 何故このレイダーのパイロットが友軍の地球連合軍にすら、“悪魔”などと呼称された上で存在を秘匿されているのか。

 それはクロトが愚かで野蛮なナチュラルなどではなく、お伽噺に登場する()()()()()()()()()()()のような存在だからなのだろう。

 

「……あれが……! あんなものがブルーコスモスの秘密兵器だというのか!」

 

 レイダーはスラスターを全開で噴かせると、ビームクローを展開した。そして重突撃機銃を連射しながら逃げ惑うジンの胴体を抉り取り、呆気なく爆散させる。

 先程まで圧倒的多数のメビウスを一方的に葬り去っていたジンが、レイダーの前ではまるで赤子の様だった。

 

『だから言いましたよねえ? ()()()()()()()()()って。……自己犠牲も結構ですけど、閣下の自尊心で死んでいく部下の身にもなって下さいねえ?』

 

 クロトは健在なメネラオスを見て、憎悪を漂わせながら言った。

 そして機体を変形させると、最も間近で第8艦隊と交戦していたG兵器の一つ──デュエルに突撃を開始した。

 

 

 

『この俺が、2度も3度もナチュラルごときにコケにされてたまるかっ!』

 

 イザークはシールドの上から強烈な打撃を叩き込まれた。咄嗟にビームライフルを発射するが、まるで影を撃ったように躱される。

 やはり先程まで蹴散らしていたナチュラルとは別次元の能力だ。どうやってアスランはこんな化け物のような奴と戦っていたのだろうか。

 更にビームライフルを連発した。しかしレイダーは変幻自在の軌道で避けると、その足を止めるどころか肩部の機関砲を連射した。

 余計なバッテリーの消耗を嫌ったイザークは上方に躱すが、レイダーはMS形態に変形すると再度左腕で破砕球を射出した。

 

『チィッ!』

 

 所詮は質量兵器だ。PS装甲を採用したデュエルなら数発耐えられるだろうが、機械系統に異常を引き起こす可能性がある。

 イザークは斜めに加速して破砕球を避けると、ビームサーベルを抜いた。クロトは不完全な体勢のまま、一直線に迫り来るイザークを迎撃した。

 右腕の2連装速射砲が火を噴いた。

 イザークは左腕で構えたシールドを前方に突き出すと、PS装甲を利用してクロトの放った速射砲の嵐を強引に突っ切った。

 更に背後から飛来する破砕球を避けながら斬り掛かった。

 クロトは左腕一本で破砕球を回収すると、同時に右裏拳を放ったような体勢でビームサーベルを受けた。そのまま更に踏み込んでビームクローを展開し、その場で半回転しながら横薙ぎに斬り付けた。

 イザークはシールドを合わせて防御すると、頭部の機関砲を展開した。何かが光ったような感覚に襲われた。

 

『イザーク!!』

 

 横から現れたイージスがレイダーを蹴り飛ばした。その瞬間、デュエルの装甲を超至近距離で放たれた高出力ビームが掠めた。

 

『余計な真似を……!』

 

 イザークの背筋に冷や汗が走った。

 流れの中で放たれたクロトの攻撃に全く反応出来なかったからだ。アスランが咄嗟にレイダーを蹴っていなければ、自分はあっさり戦死していたのだ。

 

『油断するな。俺達は“悪魔”と対峙しているんだぞ……!』

 

 アスランもイザークと同様だった。

 ナチュラルでありながら、ザフトの士官アカデミーで歴代1位の成績を残した自分と互角以上に渡り合う戦闘能力。

 正気とは思えない言動と、異常なまでの攻撃性。大胆不敵な操縦技術。

 そして何より理解出来ないのはその人間性だ。

 ラウの話では、奴はブルーコスモス盟主のお気に入りらしい。

 その一方でラクスと友好関係を築き、キラとも親密な関係だという。あまりにも理解不能な存在に対して、アスランは的確に表現することが出来なかった。

 奴の正体は()()()()()()なんじゃないか。

 そんな馬鹿げた発想すら頭に過りながら、アスランは再度迫り来るレイダーにビームライフルを向けた。

 

 

 

 キラは猛烈な速度でキーボードを叩いていた。

 もちろんそれはストライクのOSを書き換えるためだった。一部の有用なプログラムは残した上で、自分では使いこなせない危険なプログラムは消去し、以前よりも数段洗練されたOSに修正を開始していた。

 ムウは今も待機を強いられている。そんな中でクロトは格納庫の障壁を破壊する脅迫まで行って第8艦隊を援護するため出撃したらしい。

 クルーゼ隊の猛攻を受け、壊滅状態に陥る中で孤軍奮闘するクロトを見ていると、このまま手をこまねいている理由は何処にもなかった。

 

〈艦長! ……ギリギリまで俺達を出せ! 何分ある? 〉

〈何をバカな! ……俺達? 〉

 

 ムウの奇妙な言葉にマリューは反応した。確かに稼働出来る機体は2機だが、動かせるパイロットは1人だけだからだ。

 

〈カタログスペックでは、ストライクも単体で降下可能です! せめて私だけでも出撃させてください! 〉

〈キラちゃん!? どうして貴女が……? 〉

 

 メネラウスに移乗したはずの少女の姿がモニターに表示された。意外な人物がアークエンジェルに戻って来た事に、マリューは一瞬言葉を失った。

 

〈バスター、アークエンジェルに接近して来ます! ブリッツも反応を消失! 2機の動きは連動していると思われます! 〉

〈レイダー、尚もイージス、デュエルと交戦中! 呼び戻せません!! 〉

 

 ミリアリアの報告がCICに木霊した。

 遂にバスター、ブリッツの2機が最終防衛網を突破し、アークエンジェルを射程に捉える位置まで突出したのだ。

 アークエンジェルを守るラミネート装甲はビーム兵器には耐性があるが、バスターやブリッツの最大火力はいずれも実弾兵器だ。重要箇所に被弾すれば、そのまま撃沈される可能性は高かった。

 レイダーは遥か前方でイージス、デュエルと交戦中だった。喉元まで敵に迫られた状況で呼び戻しても事態が悪化するのは明白だった。

 

〈……分かりました。ストライク、メビウス・ゼロの出撃を許可します!! 〉

 

 マリューは初めて闘志を露わにしたキラに、不穏な気配を僅かに感じた。

 

 

 

〈時間がない! アスランとイザークがヤツを抑えている間に、さっさと足付きを落とすぞニコル!! 〉

〈分かっています、ディアッカ! 〉

 

 ディアッカは叫んだ。

 地球の引力に引っ張られ、遂にバスターの操作に支障をきたし始めていた。

 しかし大気圏内の飛行能力を持つレイダーにとって、この程度の低重力など些細な問題に過ぎない。いくらアスランとイザークの2人でも、このままクロトを抑え続ける余裕などないだろう。

 

 あと一歩だ。

 ディアッカが照準を合わせようとした瞬間、突如アークエンジェルからメビウス・ゼロが発艦した。

 

『させるかよっ!!』

『グゥレイトッ! この状況で出て来るとは、諦めの悪い奴だぜ! お前は足付きに取り付け、ニコル!』

 

 ムウは有線式のガンバレルを展開し、バスターの前方に弾幕を形成した。

 たった1機で相手取れるのは自分だけだ。ディアッカは急上昇してリニアガンの嵐を回避しながら、収納していたビームライフルを構え直した。

 

『分かりました! ……ストライクまで!?』

 

 ミラージュコロイドを解除したブリッツに、緑色の閃光が降り注いだ。

 メビウス・ゼロと同様にストライクも出撃したのだ。それも重力下において短時間の飛行を可能にする高機動戦闘用パックを操縦した状態で。

 

 

 

「ここまで追い詰め……退くこと……元はと言えば……悪魔め……」

 

 クロトの放った破砕球が艦橋に直撃し、ガモフは大爆発を起こした。艦長のゼルマン以下CICのクルーは全滅し、遂に戦闘能力を完全に喪失した。

 高度限界点を間近に控える中、決死の覚悟を決めたゼルマンの意思を尊重し、クルーゼがイージスとデュエルに撤退命令を下したからだ。

 デュエルは命令を無視して戦闘を続行しようとしたが、G兵器最速の機動力を持つレイダーに付いて行けずにあっさりと振り切られた。

 ガモフの直掩機だったジンも必死に応戦したが、イージス、デュエルという枷から解き放たれたレイダーを止める術などなかった。

 もはや死に体のガモフに出来る事は、慣性のまま眼前のメネラオスに決死の突撃を敢行することだけだった。

 

「刺し違えるつもりかっ!?」

「すぐに避難民のシャトルを脱出させろ! ここまで来てあれに落とされてたまるかっ!」

 

 もはやこれまでだ。慌てるホフマンに対し、死を悟ったハルバートンはヘリオポリスの避難民を乗せたシャトルを射出した。

 先程から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしこのままメネラオスと運命を共にするよりは、助かる可能性が高いだろう。ハルバートンが迫り来る死に覚悟を決めた瞬間だった。

 

〈──まだ諦めるには早いですよねぇ? 〉

 

 クロトの放った通信がCICに届いた。

 すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 全く理解不能な光景だった。

 

「無理だ!! 離れろ!!」

 

 こちらからの声は届かないとハルバートンも理解していたが、それでも大声で叫ばずにはいられなかった。

 

〈滅殺ッ!!! 〉

 

 クロトはレイダーのメインスラスターを全開で噴かせた。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 レイダーは交通事故に巻き込まれた犠牲者のように吹き飛ばされた。

 ジンが嫌な音を立てて粉々に爆散する中、唯一PS装甲のお陰で軽傷で済んだレイダーの前でガモフが停止した。

 

「と、止めた……?」

 

 ハルバートンは目の前の信じ難い光景に唖然とした。するとこちらの声が聞こえているかのように、クロトの嗤い声が通信回線で送られた。

 

〈──無理を無理と言うことくらい誰にでも出来ますよ。それでもやり遂げるのが優秀な人物ってヤツです〉

 

 クロトがガモフの特攻を阻止した、その直後だった。

 

〈よくも邪魔を……! 逃げ出した腰抜け兵がぁぁ!! 〉

 

 イザークは再三に渡る撤退命令を無視し、キラと交戦していた。目の前で見せ付けられたクロトの圧倒的な戦闘能力に加え、自分と互角に渡り合うストライク。

 何もかもが許せなかった。

 イザークは目の前を横切ったシャトルにビームライフルを発射した。哀れなシャトルは一瞬で船体を貫かれ、爆炎を上げながら吹き飛んだ。

 救援に向かっていたストライクは爆風に巻き込まれ、大きく体勢を崩した状態で落下を開始した。悲痛な叫び声を上げるキラと、それを見て鼻で嗤うイザークの声がクロトの耳に木霊した。



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砕かれた心

 21.

 

 頭の中で虫が這っている様な気分だ。 

 クロトはアークエンジェルの医務室で目を醒ました。大気圏突入に備えて長持ちする錠剤タイプを摂取していなければ、禁断症状で発狂していたかもしれない。

 軍服に忍ばせていた錠剤を呑み込むと、安堵の溜息を吐いた。

 カーテンの裏側には誰かがいるようだった。

 声に耳を傾けると、その正体は軍医の男とヘリオポリスのゼミ生だった。

 そしてキラはクロトと同様に高熱と衝撃で意識を喪い、すぐ隣のベッドで寝かされているようだった。どうやら肉体の頑丈さは自分の方が上らしい。

 

「──だからさ、感染症の熱じゃないし、内臓にも特に問題はないし。今はとにかく水分を摂らせて、出来るだけ身体を冷やしておく他ないでしょう?」

 

 重度の脱水症状と熱中症の影響で、キラは未だに高熱らしかった。

 まぁコーディネイターといっても所詮は女の子だからな。クロトが無言で勝ち誇っていると、医者の男は溜息を吐いた。

 

「──まぁ俺だって、コーディネイターを診るなんて初めてなんでね……。あまり、自信持って断言出来る訳じゃないけど、連中はとにかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 身体機能が高いから、心配することはないらしい。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぜ? 俺達より遙かに力を持てる肉体、遙かに知識を得られる頭脳ってね」

 

 見た目は同じだが、中身の性能は全然違うらしい。 

 

「──死ぬような病気にはならないし、抵抗力は高い。……ま、撃たれりゃ死ぬし、熱出して寝込むようなこともあるが、そういったリスクは俺達より遙かに低いんだ。彼女が乗ってたコクピットの温度、何度になってたか聞いたか? 俺達だったら、助かんないぜ? ()()()()()()()()()()()……」

「ゴチャゴチャ五月蠅いんだよ」

 

 クロトが怒気を滲ませながら立ち上がると、軍医の男は困惑した表情に変わった。

 この短時間で意識が戻っただけで紛れもない奇跡だ。身体が頑丈だとか、強靱な精神力だとかで言い表せるような状態ではなかった。

 

「苛々するから、今すぐ出て行けよ。看病くらい僕がするからさぁ」

 

 医務室に濃厚な殺気が走った。

 目の前にいるのは第8艦隊司令官の命令を無視して暴走した挙句、クルーゼ隊の猛攻の前に()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()だ。

 怒っている理由は分からないが、機嫌を損ねたら殺されても不思議ではない。軍医の男はクロトに心底恐怖しながら言った。

 

「しかし、中尉も安静にしないと……」

「ご安心下さい。()()()()()()()()()()()

 

 現実に歩き回っているクロトの身体は心配出来るのに、目の前で苦しんでいるキラの心配は出来ないらしい。

 クロトが吐き捨てる様に言うと、軍医の男はそそくさと医務室を後にした。

 

「……出て行ってって、言わなかったっけ?」

 

 クロトは一旦自室に戻り、予備の人工麻薬と携帯ゲーム機を懐に忍ばせた。

 そして医務室の扉を開けると、慣れない手付きでキラの点滴を替えようとしていたフレイの姿を目撃した。

 

「……私は衛生兵見習いよ。怪我人だけを残して、出て行く訳ないでしょう?」

「大丈夫だって。そう心配することないらしいからさ」

 

 クロトは投げ遣りに言うと、付近の椅子に腰掛けながらゲーム機を起動した。するとフレイは呟く様に言った。

 

「……前から思ってたけど、キラには随分優しいのね。ブルーコスモスのくせに」

「せめて僕だけでも守ってあげないとね。どれだけ降ろそうとしても降りない、困ったお姫様を。……ま、降りてたら降りてたで、死んでたんだけどさ」

 

 結果論だが、避難民用のシャトルに乗っていたらキラは死んでいた。

 しかし戻って来たからといってキラに選択肢などなく、今も意識不明の重体だ。

 そんな現実に直面して憔悴するクロトの言葉にフレイは戸惑った。いくらなんでもブルーコスモスに所属する人間の言葉とは思えなかった。

 

「馬鹿みたい。その内、偉い人のお怒りを買うんじゃないの?」

「そんなこと僕は知らないね。コーディネイターを一番殺しているのは僕なんだ。誰にも文句は言わせない。もちろん君にもね」

「えっ?」

 

 フレイはクロトの見透かすような言葉に動揺した。

 コーディネイターを皆殺しにする為ならなんだってやる。そんな覚悟で戻って来た自分の内心が、クロトに見抜かれていたいたからだ。

 きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 それはコーディネイターを恨んでいる一方で、コーディネイターを殺せない無力な自分とは真逆の存在なのだと理解した。

 

「気付かないと思う? 今まで何もやらなかった君が志願兵って、そんなの誰も真に受ける訳ないだろ? 君は偉い人に利用されたんだよ」

 

 アルスター家の遺児としてプロパガンダを行うため。

 人手不足のアークエンジェルにメンバーを残すため。フレイ・アルスターという存在は利用されたのだ。

 

「……!」

 

 フレイは絶句した。

 自分は賢いと思っていた。自分の演技に騙されたナタルやホフマン達は馬鹿な大人だと思っていた。

 しかし現実の自分は何の期待もされていない。自分に引っ張られて残ったサイ達はCICの一員としてアークエンジェルに貢献する中、自分は本当は必要かどうかも分からないキラの看病をしているのだ。

 残酷な真相に、思わず情けなくて涙が出そうになった。

 どうしてクロトはあの場に居てくれなかったのか。どうしてクロトは自分の志願に反対してくれなかったのか。

 しかし、フレイがクロトの居ない機会を選んで話を持ち掛けたのだ。こんなところでこんなことをしているのは、フレイ自身が原因だったのだ。

 

「もちろん君の気持ちは、分からなくもない。自分の父親を殺したコーディネイター達が死ぬのを間近で見たかった。……幸いこの船には僕がいるからね。下手に降りるより安全だと思ったんだろ?」

 

 クロトの言葉に、フレイはぐうの音も出なかった。彼の想定していた自分よりも、実際の考えは杜撰だったからだ。

 どうやら女好きの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 これほど他者の悪意に敏感な少年を、籠絡など出来る筈がないのに。

 

「……ま、どうでもいいや。看病するとは言ったけど、僕が汗を拭いたり着替えさせたりするのは気が引けるしねぇ」

 

 実際のところ彼女は嫌がるのだろうか。フレイはタオルと着替えを受け取ると、無言でカーテンを遮った。

 

 22.

 

「──ここに居たんですか、アスラン。イザーク達、無事に地球に降りたようです。さっき連絡が来ました」

「そうか……」

 

 アスランは第8艦隊残存部隊の追撃を後軍に任せると、地球に落下したイザーク、ディアッカとの合流を果たすためカーペンタリア基地に降下していた。

 一時は生存を危ぶまれていたイザークとディアッカの2人も、北アフリカのザフト勢力圏内に無事降下出来たらしい。そんな明るいニュースを聞いた一方で、ニコルとアスランの表情は冴えなかった。

 

「イザークの件は聞きましたか?」

「あぁ。ヘリオポリスの避難民を乗せたシャトルをイザークが撃ち落としたとな」

 

 地球連合軍第8艦隊司令官であるハルバートンは、デュエルのパイロットが民間人の虐殺を行ったと公表した。

 それはプラントの正義の為に、血のバレンタイン事件と呼ばれる大虐殺に反発してザフト入りを決断したアスランにとって、自らの価値観を揺るがす大事件だった。

 

「本当だと思いますか?」

「……状況から考えれば、事実だろう。イザークの言葉通りなら本来シャトルに乗っていたハルバートンが、直々に非難声明を行ったんだからな」

 

 ハルバートンを含め、メネラオスに乗艦していた将校の大半が生き残っているという事実の前では、プラント側の主張は言い訳に過ぎなかった。

 

「連合軍の言葉を信じるんですか?」

「連中の理屈は通っている。通信機に損傷を受けて勧告は出来なかったが、差し迫るガモフを前にして、やむを得ず避難民を乗せたシャトルを射出したとな」

 

 あのパイロットの正気とは思えない行動がなければ、間違いなくメネラオスはガモフと衝突して沈んでいただろう。

 クルーゼ隊の攻撃でメネラオスが損傷していたのは事実で、シャトル射出時に不幸にも通信機が故障していたと言われれば、否定出来る理由などない。避難民を乗せたシャトルを射出したのなら、敢えて勧告を行わない理由などないのだから。

 

「……イザークは、大丈夫なんでしょうか?」

「隊長は問題ないとおっしゃっていた。あれは()()()()()()だと。こんな程度の内容で、覚え愛でたきジュール家の跡取り息子をプラントが罪に問う訳がないとさ」

 

 アスランは苦々しい口調で言った。

 イザークが意図的にシャトルを撃ったという音声記録は残っていたらしいし、そもそも無抵抗のシャトルを撃つこと自体が重大な戦争犯罪だ。

 しかしニコルの考え方はアスランとは少々異なるようだった。

 

「……それもそうかもしれませんね。僕らがヘリオポリスを襲撃した時に、もっと多くの死傷者が出ましたし。()()()()()()()()()なんて、そんな馬鹿な話がある訳ないですよね?」

「……どういう意味だ?」

 

 アスランは眉を潜めた。まるでニコルの言葉は自分達もイザークと同じだと言っているように聞こえたからだ。

 

「何を言っているんですか。オーブの公式発表によると、およそ2000人の方が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうです。だから僕はクルーゼ隊長の命令とはいえ、あの作戦には気乗りしなかったんですが……」

 

 アスラン率いるクルーゼ隊とアークエンジェルが行った戦闘の余波で、ヘリオポリスは呆気なく崩壊した。

 最終的な引き金はイザークが破壊したメインシャフトと動力炉が原因だったが、他の隊員達も周囲の被害など関係ないとばかりに戦闘していたのだ。

 だからニコルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っていたが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()アスランにとって、ニコルの放った言葉は衝撃的な内容だった。

 

「結局僕らはストライクとレイダー、新造戦艦の奪取にも破壊にも失敗しました。シャトルの件も合わせて、隊長とイザークには帰投命令が下るでしょうね。……僕、ちょっとブリッツの調子を見てきます」

「……ああ、俺も付き合うよ。隊長が俺を北アフリカ戦線行きの援軍に推薦してくださるそうだからな」

 

 自分達は罪もないナチュラルどころか、キラのように中立国に避難していたコーディネイターをも殺したのではないか。あのパイロットはザフト相手には容赦ない一方で、ラクスの身すら案じていたというのに。

 アスランは一瞬頭に過った恐ろしい考えを振り払うと、ニコルと共にブリッツの整備に向かい始めた。

 

 

 

 自室に戻ったクロトは折り紙の花を見ながら、無言で物思いに耽っていた。

 何もかも上手く進めば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 自分には世界に対する復讐心しかない筈なのに、まだ良心が残っているらしい。

 自分はもう引き返せないのに。

 連合軍が勝とうが、ザフトが勝とうが、三隻同盟が全てを掻っ攫おうが。どうせ自分には未来も、希望も、自由もないのだ。

 だから決めたはずだった。

 このどうしようもない世界を滅ぼし、全てを無に還すのだと。それが叶わず倒れるならそれが世界の意思で、叶うのであればそれが世界の意思なのだと。

 それなのに、この有様はなんなのだろうか。

 自分の手駒として利用する筈だった。

 哀れな境遇だと同情していただけの彼女を守りたいなどと何故口にした? 自分には彼女と未来を歩む可能性などないのに

 しかしクロトは縋り付く彼女を振り払うことが出来ず、ただ彼女に身を任せた。




肉体は強靭でもメンタルは意外と脆いクロトくん……まともな人間と出会った経験がないからしょうがないね……

悪堕ちフレイちゃんすら浄化させる生体CPUとかいう人間の鑑。

一方アスランくんはイザークくんの代わりに砂漠編に参戦か……キラちゃんに溺れるクロトくんの現状を知ったら勝手に怒って種割れしそう(偏見

異論はあると思うけど、フレイちゃんは賭けが成功した時点でサイくんに見切りを付けてたと思うんですよね。元婚約者として、それなりに情が残ってただけで……

天涯孤独になった婚約者が軍に志願したのを見て、特に反対もせず元々降りるつもりだったのに格好付けて自分も残るとか言い出したサイくんを見て、フレイちゃんも目論んだ展開になったとはいえ内心失望したと思うんだよね……(本来フレイちゃんは何が何でも自分を守ってくれる父親みたいな相手が理想の筈なので
だからサイくんとの婚約はさっさと解消したし、自暴自棄になってキラくんを籠絡しようとしたら、そのまま情が移ってしまったんじゃないのかね……(この解釈の方が色々と辻褄が合う

とはいえこの辺りの問題はキラくんが抹消された逆クロでは全く関係ないし、クロトくんみたいにキラちゃんの変なフェロモン出てそうなムチムチわがままボディに溺れたいなあ……(唐突な変態発言

まあ溺れれば溺れる程、どうせ僕はもうすぐ死ぬのに……とクロトくんは勝手にダメージを受けるんですけどね!(人間の屑


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砂漠の虎

 23.

 

 ザフトは北アフリカに降下したアークエンジェルを見失っていた。

 世界各地に投下されたニュートロンジャマーの副作用である電波阻害と、アークエンジェルに搭載されたステルス機能によって、所在地を特定出来なかったからだ。

 そんな中で北アフリカ駐留軍司令官、アンドリュー・バルトフェルドは砂漠地帯に潜伏するアークエンジェルを発見したのだった。

 

〈…………〉

 

 クロトは散発的に飛来する対地ミサイルを迎撃した。

 バルトフェルドはアークエンジェルの戦力分析を行うため、大型陸上戦艦“レセップス”と少数部隊を率いて威力偵察を開始した。

 第二戦闘配備発令の警報で目を醒ましたクロトとキラは、先程から砂塵に紛れて接近するバルトフェルド隊を排除するため出撃した。

 

〈全然当たらない……〉

 

 キラは320mm超高インパルス砲にパワーケーブルを接続し、アークエンジェルからエネルギー供給を受けた状態で発射した。

 しかし一定の距離を保ったまま、対地ミサイルを用いた遠距離攻撃を実行している戦闘ヘリの姿を捉えられずにいた。

 

〈さっきからずっと、面倒な相手だね〉

〈追い掛けないの? 〉

 

 クロトはすっかり口調の変わった少女の顔をモニター越しにちらりと見た。そして脳裏にありありと刻まれた彼女の感触を思い出した。

 

〈どうも誘われてる気がする〉

 

 クロトはキラの問い掛けに、面倒臭そうな口調で返答した。

 レイダーは大気圏内における単独飛行能力を有している。その気になれば数機の戦闘ヘリなど簡単に蹴散らせるだろう。

 

〈罠でもあるのかねぇ〉

 

 バルトフェルドはこちらの隙を虎視眈々と狙っているのだろう。

 あえて罠に飛び込む手もあるが、あくまでそれは最終手段だ。このザフトの勢力圏内で孤立した絶体絶命の危機を乗り切る為には、敵の目を欺くことが重要だからだ。

 

〈せっかく慌てて飛び出して来たのにね〉

 

 キラは溜息を吐いた。

 そして地平線の彼方に発見したアジャイルの影を狙い、2度、3度と320mm超高インパルス砲を連射した。それは今までにないくらいに好戦的な姿だった。

 危うい予感がした。

 

〈…………〉

 

 クロトは少女の甘ったるい声に、思わず昨晩の出来事が脳裏を過った。

 こんな自分を彼女は受け入れてくれた。

 それは僅かな安堵感と肯定感をもたらした。しかしそれを塗り潰す勢いで沸き上がる焦燥感と罪悪感に、クロトの思考はまるで纏まらなかった。

 

〈大丈夫? 〉

 

 一方のキラは何処と無く浮かれた様子だった。いつの間にか丁寧だった言葉遣いも砕けた口調に変化していた。

 それからもアジャイルを牽制しながらミサイルの迎撃を続けていると、アークエンジェルのレーダーは高速で迫り来る複数の熱源反応を捉えた。

 ミリアリア・ハウの緊張した声がスピーカーで鳴り響いた。敵のモビルスーツは地上戦において当初善戦していた地球連合軍を圧倒し、このアフリカ戦線でもバルトフェルド隊の主力として活躍する砂漠の王者だ。

 

〈ザフト軍モビルスーツ“バクゥ”を確認! 〉

 

 クロトは紫色の装甲で覆われた猟犬のようなモビルスーツをレーダーで捉えた。

 型式番号〈TMF/A-802〉──“バクゥ”。

 戦車や戦闘ヘリを参考に設計されたこの4足歩行モビルスーツは、砂漠地帯から極寒地といった地上の様々な環境で運用可能な適応力を有する傑作機だ。

 

〈来た! 〉

 

 クロトはレイダーの大型ウィングを展開すると、アークエンジェルの甲板を蹴ってメインスラスターを点火しながら機体を変形させた。

 そしてアジャイルの放った援護射撃を紙一重で回避し、両肩部と機首に搭載した機関砲を連射した。

 精密射撃を受けて爆散するアジャイルを背景に、3機のバクゥ隊は力強い走りを見せながら猛烈な勢いでアークエンジェルとの距離を詰める。

 

〈撃滅ッ! 〉

 

 クロトは機体をモビルスーツ形態に戻すと、レイダーの足下を駆け抜けようとする1機のバクゥに破砕球を投擲した。

 しかしバクゥは真横に跳躍して凶悪な質量兵器の一撃を避けると、反撃で両肩部のレールガンを放った。

 クロトは咄嗟にレイダーを翻してその攻撃を回避したが、その隙を突いてバクゥ達はアークエンジェルとの距離を詰める動きを見せた。クロトとレイダーの得意分野である空中戦を受けるつもりはないようだった。

 ここで母艦であるアークエンジェルを喪失すれば、孤立したレイダーの敗北は確定することを理解しているようだった。

 

〈ほう。宇宙じゃどうだったか知らないがな。ここじゃこのバクゥが王者だ! 〉

〈犬コロの分際で上等だよ〉

 

 地上戦は不慣れだと思っているのなら、大きな勘違いだ。クロトは敵の頭上を取った優位点を捨てて砂漠に降り立った。

 大気圏内での飛行能力を持つレイダーの推力であれば、砂に足を取られても強引に機体を操作出来るのは既に確認済だ。

 問題は砂漠地帯に対応出来ないストライクだ。

 多少危険でも眼前のバクゥ達を早々に片付けて、反対方向から現れた別働隊とストライクの救援に向かう必要があったのだ。

 

〈くっ……! 〉

 

 キラは砂地を縦横無尽に駆けるバクゥに翻弄されていた。

 不安定な体勢で放った超高インパルス砲は簡単に躱され、反撃でミサイルを頭部機関砲で迎撃するが、全てを撃ち落とす事は叶わずに被弾する。

 

〈オラァ!! 〉

 

 レイダーの大型クローから展開したビーム刃が1機のバクゥを両断した。しかし背後から放たれた電磁砲がウィングスラスターに直撃する。

 これまでクルーゼ隊を退け続けたクロトといえども、不慣れな地上戦で複数のバクゥを圧倒出来る状況ではないらしい。

 

〈キラ! 避けて! 〉

 

 するとミリアリアの慌てたような声が届き、直後に頭上から降り注いだ対艦ミサイルがストライクの装甲に直撃した。

 もちろん敵の攻撃ならキラも反応出来ただろう。しかしキラを援護するために発射されたアークエンジェルの支援射撃が、友軍である筈のストライクに命中したのだ。

 

〈何やってんだテメーら!! 〉

 

 クロトは思わず叫んだ。

 ストライクは大抵の物理攻撃を無効化するPS装甲を採用しているとはいえ、受けたダメージに応じてバッテリーは消耗する。

 またパイロットに対するダメージまで無効化出来る代物ではないのだ。

 クロトも仲間にフレンドリーファイアを受けた経験はあったが、どれも集中状態ならば十分に避けられる範疇での攻撃だった。

 まさか大西洋連邦軍は味方諸共敵を撃つように指導しているのだろうか。一瞬気が取られたクロトはバクゥの放ったレールガンの直撃を受けた。

 

〈助けに行くから動くな! 〉

 

 クロトはレイダーを反転させて高出力ビームを放った。

 しかし中途半端な距離で放たれた単発の攻撃など、素早い身のこなしで動くバクゥに当たる訳もなかった。

 それでも動けないストライクを襲う対艦ミサイルを機関砲で迎撃すると、レールガンを構えたバクゥに体当たりした。

 たとえ精強を誇るバルトフェルド隊だろうと、アークエンジェルだろうと自分達に危害を加えるなら全員返り討ちにしてやると言わんばかりに。

 

 ──この人の力になると誓ったのに。

 

 キラは無言でストライクのOSを司るコンソールを起動した。

 いつも私を。皆を守ってくれて、それでも守れなくて。1人で泣いていたこの人の力になると誓ったのに。

 私は弱くて──役立たずで。

 その瞬間、キラの脳内で何かが爆発したような気がした。まるで視界がクリアになったような奇妙な感覚と、周囲の動きが指先で知覚出来るような感覚が芽生えた。

 

〈──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 キラはストライクを素早く操作し、踏み固めた砂を蹴って跳躍した。

 数秒単位の滞空時間でキーボードを流れるように叩き、ストライクのOSを構成している運動プログラムを砂地の特性に合わせて即座に書き換えた。

 同時に突如奇行に走ったストライクの着地を狙おうとするバクゥを、キラは対艦バルカン砲を放って牽制する。

 最後の抵抗を掻い潜り、砂地に対応出来ない哀れな獲物に止めを刺そうとするバクゥが迫る中、キラは着地に合わせてストライクのシステムを再起動した。

 

〈何っ!? 〉

 

 運動プログラムの支援を受け、ストライクは滑らかに立ち上がった。

 バクゥの突進攻撃を間一髪で回避すると、同時に超高インパルス砲を真一文字に振るって無防備な胴体部分を横殴りした。

 

〈うああああ!!! 〉

 

 キラは横転したバクゥの肩部を踏み付けて強引に動きを止めると、即座にコクピットを狙って超高インパルス砲を発射した。

 赤黒い極大の閃光がバクゥの装甲を一瞬で貫き、推進剤に引火して爆散する。

 同僚を討ち取られたバクゥはレールガンを連発するが、ストライクは砂地を滑るように走って攻撃を回避すると、大地を踏み締めながら対艦バルカン砲を連射する。

 

〈そんな……馬鹿な……! 〉

 

 バルカン砲の直撃を受け、バクゥの装甲が次々削り取られた。

 どうやらストライクのパイロットは、跳躍した一瞬で運動プログラムを砂地に合わせて最適化したらしい。

 砂地であろうとこちらを圧倒するレイダーも恐ろしいが、ストライクのパイロットはそれ以上の化け物だ。キラの披露した絶技にバクゥのパイロットは戦慄した。

 

〈テメェ!! 〉

 

 一方のクロトは、一向にバクゥ達を仕留め切れない自身に激昂するように叫びながらレイダーを全力疾走させた。そして機体が砂地で足を滑らせた瞬間、全身のスラスターを総動員して速度を保ったまま旋回した。

 高い走破性を誇るバクゥは常識的な動きしか出来ない。そんな忠実な猟犬の前に、狂乱する漆黒の襲撃者が立ち塞がった。

 

〈滅殺ッ! 〉

 

 クロトは必死に距離を取ろうとするバクゥに襲い掛かると、背中部分にビームクローを叩き込んだ。レイダーが砂地に対応出来ないことを利用した高度な戦闘技術だ。

 

〈!!? 〉

 

 不慣れな砂地に適応したストライク。適応出来ないまま圧倒するレイダー。

 残存するバクゥのパイロット達はキラとクロトの戦闘センスに恐怖し、深刻な恐慌状態に陥った。

 

〈──レセップスに打電だ。敵艦を主砲で攻撃させろ! 〉

 

 これは想像以上の猛者らしい。それも1機ではなく、2機も。

 バルトフェルドはストライク、レイダーの驚異的な戦闘能力に驚愕すると、戦意喪失した2機のバクゥに撤退指示を出した。そして両機の母艦であるアークエンジェルを狙って砲撃を実行した。このまま母艦を落とせば勝ちだ。

 アークエンジェルは必死に回避するが、避けきれずに1発が側面に直撃した。

 

〈チッ……! 〉

 

 どうやら索敵圏外から敵の遠距離砲撃を受けているらしい。

 最悪の状況だと理解したクロトはレイダーを変形させると、砲撃の放たれた方角から敵の位置を割り出して突撃を開始した。

 第1射の観測結果を元に、より正確に発射された第2射はアークエンジェルのCICを狙うような軌道で飛来した。

 

〈──私が皆を守る!! 〉

 

 その瞬間、キラの中で再び何かが弾けた。

 それは不思議な感覚だった。まるで時間が1人だけゆっくり流れている様な、得体の知れない全能感のような感覚だった。

 キラは奇妙な確信と共にストライクを跳躍させると、残存する最後のバッテリーパワーを使って超高インパルス砲を発射した。

 ストライクのPS装甲が灰色に変わると共に、レセップスの放った第2射が赤黒い閃光に呑み込まれて消滅した。

 ほんの一瞬でもタイミングが合わなければ、アークエンジェルに最悪の結果をもたらしただろう。キラの神業にバルトフェルドは一種の感動すら覚えた。

 

〈……撤収する。この戦闘の目的は達成した。残存部隊をまとめろ! レセップスは捕捉される前に姿を隠せ! 〉

 

 レセップスは周囲に砂漠魚雷を発射して砂を巻き上げると、その巨大な船体を砂中に隠した。クロトは砂煙の中に姿を隠したレセップスの追撃を断念し、第2射の直撃を免れて健在なアークエンジェルの方向に引き返した。

 こうしてアークエンジェルを狙った威力偵察は終了を迎えた。

 

「……奴らが本当にナチュラルだと?」

 

 双眼鏡で戦況を窺っていたバルトフェルドは、ぼそりと呟いた。

 短時間で機体を砂地に適応させると共に、レセップスの砲撃を迎撃する天才的な才能を有しているストライクのパイロット。

 そんな彼──あるいは彼女を遥かに上回る戦闘技術を持つ上に、驚異的な戦術眼を有しているレイダーのパイロット。

 流石はクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンが第8艦隊を全滅寸前まで追い込まれても地上に降ろそうとした連中ということか。

 これは北アフリカ駐留軍司令官に就任して以来、最大の難敵かもしれない。

 そう考えたバルトフェルドは“悪魔”と呼ばれるレイダーのパイロットと異なり、異名を持たない正体不明のパイロットに名前を付けることにした。

 悪魔を超える戦意の持ち主──()()()と。

 

「……せっかく罠を仕掛けたのに、全部無駄になったじゃないか!!」

 

 金髪の少女はバギーの助手席で不満そうに叫ぶと、ストライクとレイダーを回収しようと速度を緩めたアークエンジェルに向かい始めた。

 




レジスタンスの援護なしで偵察部隊を返り討ちにするクロトくん&キラちゃんでした。


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砂塵の影

 〈49〉

 

 マリューら士官勢はバルトフェルド隊との戦闘直後、アークエンジェルに接触を図ってきた〈明けの砂漠〉と名乗る武装集団との交渉に臨んでいた。

 北アフリカという連合軍の勢力圏外に降下してしまったアークエンジェルに補給の目途は立っておらず、また相手がレジスタンスを自称する以上、無碍な対応をすることは周辺住民の反発を買うのではないかという懸念があったからである。たとえリスクはあっても、交渉する価値はあると考えたのだった。

 

「砂漠の虎相手に、ずっと抵抗運動を?」

「まぁな。……あんたの顔はどっかで見たことがあるような……」

「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に知り合いはいないがね」

「あの〈エンデュミオンの鷹〉とこんな所で会えるとはな?」

「止めてくれ。元々その異名は好きじゃなかったが、最近はあまりの道化っぷりに自分でも嫌になってるんだ」

「あぁ……?」

 

 先程のバルトフェルド隊との戦闘において、ムウは新たな乗機であるストライクの大気圏内支援戦闘機──〈スカイグラスパー〉の調整が終了していなかったため、とうとうムウは出撃することすら叶わなかった。

 バルトフェルド隊が撤退したのは単独でバクゥを2機撃破し、更にレセップスに反撃しようとしたクロトと、同じく味方の誤射を受けながらもバクゥを単独で1機撃破し、レセップスの遠距離砲撃を迎撃したキラのお陰である。

 そんな彼等と比較して、自分の何処が英雄だと言うのか。

 おそらく自分は本物の大英雄である〈エンデュミオンの悪魔(クロト・ブエル)〉の存在をザフトに伏せておくための人柱に過ぎなかったのだ。

 今回の任務が始まって以来、アークエンジェルの大黒柱として奮闘するクロトを目の当たりにして、ムウは自分の無力さに嫌気が差していたのである。

 

「情報も色々とお持ちのようね。私達のことも?」

「地球連合軍第8艦隊の新型特装艦、アークエンジェルだろ。クルーゼ隊に追われて、地球へ逃げて来た。そんであの2機が──」

「〈Xー370〉レイダー。それに〈Xー105〉ストライク。地球軍の新型機動兵器のプロトタイプだ」

 

 サイーブとカガリは自分の背後に立つレイダーとストライクに視線を向けた。

 電力切れに陥ったストライクはほぼ戦闘能力を喪失しているようだが、レイダーは未だ健在である。何か揉め事になれば、レイダーの2連装52mm超高初速防盾砲が自分達を一瞬で肉塊に変えるつもりなのだろうとサイーブは推測した。

 

「……さてと、お互い何者だか分かってめでたしってとこだがな。あんた達がこれからどうするつもりなのか、そいつを聞きたいと思ってね」

 

 サイーブは独自の情報網でアークエンジェルの目的を掴んでいた。だからこの北アフリカの地にアークエンジェルが降下したのは事故だと推測していたのだが、今後のアークエンジェルの動向を把握したかったのである。

 それが自分達の利益に繋がるのであれば、サイーブはアークエンジェルの補給に協力する代わりに、アークエンジェルと対バルトフェルド隊の共同戦線を張ろうとしていたのだ。

 

「力になっていただけるのかしら?」

「話そうってんなら、まずは銃を下ろしてくれ。パイロットもな」

 

 ここで撃ち合いになれば、軽装備で来ている自分達はひとたまりもない。

 ましてやたった1発で自分達を確実に殺傷する様な武器を向けられている現状は、サイーブにとってあまり気分がいいものではなかった。

 それにレイダーのパイロットは壊滅寸前の第8艦隊を救った天才パイロットであり、ブルーコスモスの盟主アズラエルの直属兵らしい。

 慣れない砂漠の戦闘でバクゥを2機撃破し、レセップスに反撃すら行おうとした手腕に疑う余地などなかったが、どんな人間なのかサイーブは興味があったのである。

 

「……分かりました。ブエル中尉、それからヤマト少尉も降りてきて」

「!?」

 

 レイダーとストライクから降りた、自分が傍らに連れている少女──カガリと歳の変わらなそうなクロトとキラを見て、サイーブは困惑した。

 既に数多の修羅場を潜った歴戦の勇士の風格を漂わせる少年クロトと、そんなクロトの背中に隠れて此方を伺う可憐な少女キラの姿は、明らかに異様な光景だったからである。

 

「あいつらがパイロット? まだガキじゃねぇか。本当かよ……」

 

 サイーブの部下達も、クロトとキラを見て何かの間違いではないかと囁き合った。

 2人の戦闘を間近で見ていたサイーブすら同感なのだから部下達の言葉も当然だったが、2人を見たカガリの反応はそんな周囲とは異なるものだった。

 

「後ろのお前! ……お前が、何故あんなものに乗って──」

 

 クロトとキラにつかつかと歩み寄って行き──クロトの背中に隠れるキラにいきなり殴り掛かろうとして──横から()()()()()()()()()()()()

 

「痛っ!?」

 

 幸い足元は柔らかい砂地であり、クロトも本気で蹴った訳ではなかったが、それでも脇腹に鋭い前蹴りを受けたカガリはその場で尻餅を突いて転んだ。

 

「いきなり何をする!?」

「……それはこっちの台詞ですよ。地球連合軍にいきなり暴力行為を働くレジスタンス……()()()()()()()()()()()()()()……許されない行為ですよねえ?」

 

 突然のトラブルに緊張感が走る周囲に対して、クロトは平然と切り返した。

 一分の隙も無い正当防衛という主張──それどころか自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()という意図を含ませたクロトの挑発的な言動。

 この場で唯一クロトの真意を正確に理解出来たサイーブとカガリは、そんな鋭い観察眼を持つ目の前のクロトに戦慄せざるを得なかった。

 

「くっ……まさかお前……」

「僕は()()()()()()()()()()()から……部下を守っただけです。お転婆なのは結構ですけど、部下の教育はちゃんとしてくださいねえ?」

「……」

 

 あまりにも白々しいクロトの言葉にサイーブは沈黙するしかなかった。どうやらレイダーのパイロットは何もかも御見通しらしい。

 自分が蹴った少女はオーブ連合首長国の代表首長──ウズミ・ナラ・アスハの義娘()()()()()()()()()()であり、その経歴を周囲に隠して〈明けの砂漠〉の一員として対ザフトの抵抗運動を行っていることを。

 そしてその事実が表沙汰になれば〈明けの砂漠〉はもちろん、中立を掲げている()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

「貴女は……あの時……モルゲンレーテに居た……」

 

 そんな周囲の状況が把握出来ないキラは、いきなり自分に殴り掛かろうとしたところをクロトに蹴られて転んだ顔見知りの少女──カガリに手を差し伸べたのだった。

 

 〈50〉

 

 意図せぬ展開でクロトに致命的な弱味を握られてしまったサイーブは、アークエンジェルと共同戦線を張ることに同意せざるを得なかった。

 バルトフェルド隊が把握していない前線基地の無償貸与。

 情報提供と補給の全面協力。

 本来あまりにも有り得ないサイーブの優遇措置に、事の真相を知らないマリュー達とサイーブの部下達は困惑したが、それには勿論重大な理由があった。

 アスハ家の次期後継者であるカガリとその護衛であるオーブ陸軍第21特殊空挺部隊のキサカを受け入れる代わりに、サイーブは密かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことをクロトに見抜かれてしまったからだ。

 このことが知れ渡れば〈明けの砂漠〉は終わりだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐るべきはブルーコスモスの盟主アズラエルの直属兵──クロト・ブエル。

 類稀なる戦闘能力に加えて、まさに悪魔的な知識と洞察力を持っている少年兵だとしかサイーブには思えなかったのである。

 

「……」

 

 そんなサイーブが1人絶望する一方。

 借宿を手に入れたアークエンジェル──そのCIC担当であるサイ・アーガイルは、昨日突如自分に婚約破棄を申し出た少女フレイ・アルスターを追い掛けていた。

 

「ちょっと待てよフレイ! そんなんじゃ分かんないよ!」

「五月蠅いわね! もういい加減にしてちょうだい!」

「おい、なんだよそれは! ……ちょっと待てよ!」

「……何だよ。この騒ぎは?」

 

 昨夜の戦闘データを解析してストライク、レイダーの調整を行い、ようやくある程度の目途が立って休憩しようとしたクロトとキラが姿を現した。

 フレイは状況が把握出来ないクロトの背後に回り込み、自分を追い回すサイから自分の身を隠す。

 

「……フレイに話があるんだ。ブエル中尉には関係ありません」

 

 思わぬ闖入者の登場に、サイは苛立った口調でクロトに言い放った。

 

「そんなこと、僕は知らないね。どう見ても、君が嫌がるアルスター二等兵を追い回しているようにしか見えないけど?」

「婚約者同士の話です。部外者が口を挟まないでください」

「婚約者ねえ。なんか前に聞いたな……」

 

 痴話喧嘩に巻き込まれるのは面倒だと思ったクロトは背後のフレイに視線を向けるが、そんなクロトを見たフレイは慌てて首を横に振る。

 

「まだ親同士の話だけよ。パパも居なくなったし、私達の状況も変わったんだから、何もそれに縛られることはないと思ったのよ」

「なるほどねえ……」

 

 フレイにとって唯一の肉親であり、ブルーコスモスの権限を利用して先遣隊に乗船して娘に会おうとする程の子煩悩だったジョージ・アルスターの死。

 そして戦争に巻き込まれ、崩壊してしまった日常。

 そんな状況下で自分なりに考えて生きて行こうとするフレイの言葉は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()クロトを感心させるものだったのだ。

 

「とにかく、一度話がしたいんだ!」

「私は貴方と話すことなんてないわ!」

 

 サイとフレイは間にクロトを挟み、不毛な言い争いを続ける。

 クロトは別にどちらの味方をするつもりもなかったのだが、フレイの釈明した言葉の中で一点だけ気になったことをサイに指摘した。

 

「……どうでもいいけどさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが……そんなに気に食わないの? アルスター二等兵にも、()()()()()()()()()()よねえ?」

「なんだとッ!!!」

 

 実際に婚約しているならともかく、親同士で婚約の話が出ているだけという状況なのにサイはフレイに執着し過ぎなのではないか。フレイの心が離れているのなら、話をなかったことにするのが当然なのではないか。

 そんなクロトの正論に対し、図星を突かれたサイはクロトに殴り掛かった。クロトはあえて一発先に殴らせ、正当防衛の権利を得た上で反撃しようとして。

 

「──やめてよ」

 

 キラは2人の間に割り込むと、サイの単純な軌道の拳を受け止めて腕を捻り上げた。

 もちろん武装した複数の軍人を素手で制圧出来るクロトからすれば低次元な技術だったが、優秀な運動神経と反射神経を持つキラにサイが敵う道理などないのである。

 

「……!?」

 

 自分がキラに攻撃されたという事実に衝撃を受け、サイは絶句した。

 自分は被害者なのだ。自分は何も悪くない。何故自分がこんな目に遭わなければならないのだ。悪いのは自分を挑発したクロトと、そんなクロトを庇うキラだ。

 怒りに震えるサイに、キラは冷たい視線を向けて言う。

 

「やめてよ。本気で喧嘩したら、サイが私に……敵うはずないでしょう?」

「まあまあ。後輩の女の子が無理矢理戦わされてるのにヘラヘラ軍に志願するような奴に、そんな難しい事が分かる訳ないだろ?」

「……そうよね。本当にそう……」

 

 そもそもナチュラルの中では優秀な部類のムウやサイが頑張った位ではコーディネイターに敵わないから、キラはストライクのパイロットを強制されているのだ。

 そんなちょっと考えればすぐ分かる事をこの場で認識しているのは、当事者であるキラを除けば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()C()P()U()()()()()()()クロトだけだったのである。

 しかしカトーゼミの代表的存在としてカレッジでも上位カーストに存在し、今もカトーゼミ組の纏め役を自認しているサイにとって、その事実は受け入れられないことだったのだ。

 

「……なんで……なんでこんな奴の味方をするんだよ……!」

「こんな奴?」

「そうだろ? だってブエル中尉は──」

 

 ブルーコスモスで──差別主義者で。残虐非道で、異常者で。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言い掛けたサイは、激昂したキラに平手打ちを喰らった。

 

「……クロトは……本当は優しい人なの! ……ずっと私を守ってくれて……抱きしめてくれて……自分だけは味方だって……。私達がどんな思いで戦ってきたか、誰も気にもしないくせに!! 貴方にそんなことを言われる筋合いはないのよ!!」

 

 キラが涙目でサイに絶叫した直後。

 轟音と共に〈明けの砂漠〉の最大拠点──タッシルの方角の空が、真っ赤に染まった。




皆様がお待ちかねの某イベントでした。

あらすじにも掲載させて頂きましたが、阿井 上夫様に支援絵を頂きました。
こんなキラちゃんが改造指揮官服を着たクロトくんと暴れ回っていると思うと、感慨深いものを感じますね!

【挿絵表示】


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燃える蜃気楼

※ここ数日、コメ欄が荒れ気味なので配慮をお願いします。
作者も気を付けますので……。
多分最終盤まで基本的に曇る展開しかないので、荒れる位なら存在しない記憶でも書き込んで下さい。


 〈51〉

 

 バルトフェルド隊の襲撃を受けた〈明けの砂漠〉の最大拠点──タッシルの街は真っ赤に燃え上がっていた。

 別働隊を警戒したサイーブは戦力の半数を残して迅速にタッシルの救援に向かい、アークエンジェルもスカイグラスパーとレイダーを救援に向かわせた。

 各所で起こる大火災──そのあまりの凄惨な光景に生存者は絶望的に思えたが、意外にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どのくらいやられた?」

「……死んだ者は居らん。最初に警告があった。……今から街を焼く、逃げろとな」

「なんだと?」

「そして焼かれた。食料、弾薬、燃料……全てな。確かに死んだ者は居らん。じゃが、これではもう……生きてはいけん……」

「ふざけた真似を! どういうつもりだ! 虎め!」

 

 転んで怪我をした者──火傷を負った者──負傷者は相当な数に上っていたが、幸いにも死者は出なかった。

 それはもちろん住民達の幸運もあったが、一番の理由はバルトフェルド隊が襲撃前に警告を行ったからである。

 バルトフェルド隊と戦う力を持たないタッシルの住民は貴重な物資を泣く泣く放棄し、攻撃が開始される前に街の郊外に避難していたのだ。バルトフェルド隊はそんなゴーストタウンと化したタッシルの街に乗り込み、タッシルが保有していた物資を徹底的に焼き払ったのである。

 そして目的を達成したバルトフェルド隊は住居と物資を失った哀れなタッシルの住民を残すと、サイーブ達が現れる前に悠々と撤退したのだった。

 その事実を知ったサイーブとカガリ達──〈明けの砂漠〉のメンバーはタッシルを焼いた虎に対する激しい怒りで身体を震わせていた。

 そんなサイーブ達とは裏腹に、スカイグラスパーとレイダーから降り立って周囲の状況を伺っていたムウとクロトは淡々とした口調で言う。

 

「……だが、生きていれば手立てはあるだろう。どうやら虎はあんたらと本気で戦おうって気はないらしいな」

「どういうことだ?」

「こいつは地球連合軍に接近しようとしたレジスタンスへの、単なるお仕置きだろ。こんなことくらいで済ませてくれるなんて、随分と優しいじゃないの、虎は……」

「全くですねえ。わざわざこんな面倒なことを……」

「なんだと! こんなこと!? 街を焼かれたのがこんなことか!? こんなことをする奴のどこが優しい!」

 

 わざわざ別拠点から救援が来るかもしれないというリスクを背負ってまで、バルトフェルド隊は警告を出してタッシルの住民が避難するのを待っていたのだ。

 生粋の軍人であるムウからすればそんなバルトフェルドの行動は優しいとしか表現出来なかったし、そのムウの考えにはクロトも同感だった。

 しかしそんなムウ達の言葉はカガリにとって受け入れられないものだったため、今も燃え燻るタッシルの街を前に飄々としているムウ達に激昂した。

 

「失礼。気に障ったんなら、謝るけどね。……けど、あっちは正規軍だぜ? 本気だったら、こんなもんじゃ済まないってことくらいは、分かるだろ?」

「相手は地球連合軍を北アフリカの地から追い出したザフトの英雄ですからねえ。その気になれば、皆殺しにするくらいは簡単だったでしょうね」

「あいつは卑怯な臆病者だ! 我々が留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか! 我々はいつだって勇敢に戦ってきた! だから臆病で卑怯なあいつは、こんなことしか出来ないんだ! 何が砂漠の虎だ!」

「卑怯な臆病者、ねえ……」

 

 クロトがカガリの見当外れの言葉に肩を竦めていると、ムウ達から少し離れた所でサイーブが連れて来た〈明けの砂漠〉のメンバー達が気炎を吐いていた。

 

「奴等、街を出てそう経ってない。今なら追い付ける!」

「街を襲った後の今なら、連中の弾薬も底を突いてるはずだ!」

「俺達は追うぞ! こんな目に遭わされて黙っていられるか!」

「バカなことを言うな! そんな暇があったら、怪我人の手当をしろ! 女房や子供に付いててやれ! そっちが先だ!」

「それでどうなるっていうんだ! 見ろ! タッシルはもう終わりさ! 家も食料も全て焼かれて、女房や子供と一緒に泣いてろとでもいうのか!」

「まさか、俺達に虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな。サイーブ!」

 

 唯一彼我の戦力差を正確に認識していたサイーブはメンバーの暴走を止めようとするが、聞く耳を持たないメンバーは次々バギーに乗り込み、ランチャーを片手にバルトフェルド隊が撤収した方角に走って行く。

 そんなメンバー達を見捨てられず、サイーブは近くでクロトを睨んでいたカガリを残して自分も追い掛けようとした。しかしカガリは少年兵に連れられ、サイーブより一足先に先行していたメンバーを追い掛け始める。

 その一部始終を見ていたナタルは呆れた様な表情を浮かべると、特にやることもないので瓦礫の撤収作業を行っていたムウとクロトに声を掛けた。

 

「全滅しますよ? あんな装備で、バクゥに立ち向かったら!」

「だよねぇ。ブエル中尉はどうする?」

「……ラミアス艦長がストライクを救援に向かわせるようなら、僕も援護に向かいます。連中が全滅しようが僕の知ったことじゃありませんが、ストライクの損失は看過出来ませんからね」

 

 ナタルは意外にもあっさりと無情な判断を下したクロトを不思議そうに見ながら、タッシルの現状を報告する為にマリューに連絡を取り始めた。

 

 〈52〉

 

 壊滅寸前だった〈明けの砂漠〉を救ったのはエールストライクとレイダーだった。

 前回の戦闘データをフィードバックさせ、バクゥと同等以上の機動力を獲得しながら砂漠の熱対流で狙いの定まらないビームライフルの照準プログラムを戦闘中に修正したエールストライク。

 同じく前回の戦闘データをフィードバックさせ、重力と浮力を拮抗させて砂地に対する操作の平易性と速度を両立するホバー走行を獲得したレイダー。

 そんな2機の前ではPS装甲に通用する武器を持たない4機のバクゥ程度では相手にならず、状況不利を察したバルトフェルド隊は早々に撤退したのだった。

 しかし一足先にバクゥを相手にバギーとランチャーで挑んだ〈明けの砂漠〉は何の成果も挙げられないまま、多くの犠牲者を出すという惨憺たる結果に終わっていたのだった。

 徐々に冷たくなっていく二度と目を覚まさない仲間達を前に、しばし茫然としていたカガリの下に戦闘区域から戻って来たストライクから降りたキラが現れた。

 

「──死にたいんですか?」

 

 何の準備も策もなく、バギーとランチャーで正面からバクゥに挑むという暴挙。そんな彼等の自殺行為としか思えないあまりにも無謀な行動に対してキラは怒っていたのである。

 

「……こんなところで……何の意味もないじゃないですか?」

「なんだと……!?」

 

 そんなキラの冷酷な言葉に、カガリは即座に噛み付いた。カガリは自分より少し背の低いキラの胸元を片方の手で掴むと、もう片方の手で背後を──無惨に転がる仲間の死体を指差す。

 

「見ろ! みんな必死で戦った……戦ってるんだ! 大事な人や大事なものを守るために必死でな!」

 

 守るために必死で戦う。

 それは確かに立派な行為なのだろう。しかしこんな有様で一体誰を──何を守ると言うのか。目の前の哀れな少女カガリの姿はかつてのキラと同じだった。

 キラは自分の弱さで多くの罪無き命を喪い、カガリは仲間達の命を喪った。それなのにカガリはそんな自分の過ちに全く気付いておらず、何度も同じ愚行を繰り返しかねない様子だった。

 気持ちだけで、一体何が守れると言うのか。

 キラは怒りが抑えられなくなり、眼前で喚き散らすカガリの頬を張り倒そうとしたところで、少し遅れて戻って来たレイダーの中からクロトが現れた。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それなのに君達は敵の戦力を過小評価して、返り討ちにされた。……それだけだろ?」

 

 クロトの表情には一切の感傷的なものがなく、それどころか不気味な笑みを浮かべていた。

 あまりにも状況に似合わないその表情は、無秩序な破壊と殺戮を楽しむ悪魔のそれとしか表現出来ない代物だった。カガリはそんなクロトに猛烈な怒りを露わにする。

 

「ふざけるな! 皆必死でやったんだ! それをお前は……侮辱するのか!?」

 

 カガリはキラの胸元を掴んでいた手を放すと、相変わらず笑みを崩さないクロトを睨み付けた。クロトは一切表情を崩さないまま、状況から推測した虎の目的を告げる。

 

「……今回の虎の行動はアークエンジェルと協力関係を結ぼうとした〈明けの砂漠〉の戦力を削るためだろ? 挑発に乗る様な馬鹿なら返り討ちに。乗らなかったとしても継戦能力を奪う……そんなところじゃないかな。……それを連中の弾薬は底を着いているだの、虎は臆病だの、希望的観測を積み上げちゃってさ。これが笑い話じゃなければ何なんだよ?」

「……何が! 何が笑い話……だ……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう公言して憚らないクロトにカガリは殴り掛かろうとしたが、最後の一歩を踏み出す前にクロトが指し示したものを見て絶句した。

 

「バクゥ……」

 

 レイダーの右腕が、ほぼ原形を失ったバクゥの頭部を掴んでいた。

 先程の戦闘でカガリ達の追撃部隊をあっさりと壊滅させたバクゥだったが、砂地に適応したレイダーにとっては既に多少手間取る程度の獲物に過ぎなかったのだ。

 

「君達のすべきことは……自分達の目の前にいたレイダーの支援を要請することだった。その要請が通らなければ、それを理由に追撃を中止することだった。……違うかな?」

 

 無論、カガリ達もクロトの操縦するレイダーが単独でバクゥを撃破したのは知っていた。

 しかし自分と歳の変わらないクロトを──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 こんなクロトの様なふざけた少年がバクゥを倒せるのならば、勇敢な戦士である自分達にも勝てる見込みがあると思い込んだのだった。現実から目を逸らして。

 

「下らない自尊心さえ捨てれば……犠牲は最小限で済んだ。これが無意味な死じゃなければいったい何なのかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうけどさ……」

「貴様っ!!」

 

 カガリの秘密を守る代わりにアークエンジェルを厚遇する。

 クロトが密かにサイーブ、キサカの両名と交わしていた密約を破りそうな光景を前にしてカガリ──そして何よりも最優先でカガリの秘密を守らなければならないサイーブ、キサカの3人はクロトに銃を向けた。

 

「ど、どうして……」

 

 事情を知らないキラと〈明けの砂漠〉のメンバーはその異様な状況に戦慄するが、クロトは3人を挑発するように言葉を続ける。

 

「撃ちたければ撃てばいい。身の程を弁えずにザフトと戦い、自分達を救った地球連合軍中尉に銃を向けるお姫様……()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 オーブ連合首長国の五大氏族アスハ首長家の娘という恵まれた育ち──物心が付いた時から実験動物として扱われていた自分とは真逆の人生。

 中立国という戦わない選択肢を持ちながら無分別に戦う浅慮さ──別に戦いなど好きではないというのに、戦わなければ明日の命も保障されない自分とは真逆の思想。

 クロトは目の前のこの何一つ不自由のない愚かな少女──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が心底許せなかったのだ。

 

「……止めてくれ……」

 

 クロトに突き付けていた銃を下げ、絞り出す様に放ったカガリの声を受けて、サイーブとキサカもクロトに向けていた銃を下ろした。

 この場でクロトを射殺すれば、もちろん目撃者のキラも射殺する必要がある。

 しかしたった今自分達の命を救った相手を一方的に射殺すれば、自分達は誇り高いレジスタンスどころか無秩序な暴徒──それ以上の大悪党だ。

 またこの2人が死んだとなればアークエンジェルとの共同戦線は決裂するだろうし、バルトフェルド隊の攻撃も更に苛烈なものになるだろう。

 結局のところ我が身可愛さで──そもそもクロトに銃を突き付けたのも我が身可愛さなのだが──銃を下ろしたカガリに、クロトは吐き捨てる様に言った。

 

「気持ちだけで守れるなら、僕みたいな奴(生体CPU)は存在しないんだよ……!」

 

 ブルーコスモスがコーディネイターとの戦争に勝利する為、全ての経歴を抹消した孤児に外科的措置・投薬・マインドコントロールを施し、兵士としてコーディネイター以上の身体能力を持たせたナチュラル──生体CPU。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えたブルーコスモスが造り出し、内実を知る地球連合軍の上層部すら黙認するナチュラルの狂気が産み出した悪意の結晶。

 そんなクロトの言葉に込められた、あまりにも深い憎悪。

 その言葉の真意に辿り着ける者はこの場にいなかったが、それ故に得体の知れない恐怖を感じたカガリは思わず拳銃を足元に落としてしまう。

 クロトはそんなカガリの姿に軽蔑するような視線を向けると、何も言わずに踵を返してレイダーの方にさっさと歩いて行く。

 やり切れない怒り、悲しみ、無念、後悔が入り混じった表情で震えるカガリを見て、キラはクロトが現れる前にカガリに言い掛けた言葉を呟いた。

 

「……気持ちだけで、一体何が守れるって言うの……」




クロトくんが闇を抑えられなくなってますね……夢も未来も自由もないクロトくんには、カガリちゃんの全てが許せないんでしょうね……

この流れで結局オーブに戻って政治家になり、最終的に自分達の猛攻を前に親や国民を見捨てて宇宙に逃げ出したのかよって内心ぶちギレてそう……

ところでカガリちゃんのメンタル攻撃でボロボロになったクロトくん(165㎝/52kg)を恵体に任せて押し倒すキラちゃん(158㎝/53kg)ってホントですか?

ストライク引き籠もりイベントは自動消滅しそう。


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紅の邂逅

色々なパターンを考えていたのでやや時間を要しました。

前回の後書きでも触れましたが、この世界線ではストライク引き籠り事件は消滅していますし、レイダー引き籠り事件も起こっておりません。この世界線は平和だなあ……


 〈53〉

 

「──これで大体揃ったが、このフレイって奴の注文は無茶だぞ! エザリオの乳液だの、化粧水だの、こんな所にあるものか!」

「そうなの?」

「うん。ハイブランドの化粧品だから」

 

 アークエンジェルクルーの日用品を入手するため、クロトはキラと案内人のカガリを連れてバルトフェルド隊の支配する街──バナディーヤに潜入していた。

 本来アークエンジェル防衛の要であるクロト、キラの両名が揃って船を離れることは常識的に考えてあり得ない。

 しかし案内人のカガリと歳が近く白兵戦の能力も高いクロトが護衛として選ばれ、それに対して先日の一件以来、クロトに苦手意識を持っていたカガリが暗に追加要員を要望したのだった。

 とはいえ表向きはあくまでレジスタンスの一員であるカガリと、味方すら恐れる“悪魔”クロトとの潜入任務を志願する者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()キラを除けば誰もいなかったのである。

 勿論、ナタルら一部の者は不測の事態に備えてキラをアークエンジェルに待機させるのが妥当だと主張した。

 マリューもナタルらの主張が正しい事は重々承知だったが、先日報告が寄せられた暴力沙汰の一件を鑑みて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えていた。

 元々同じカトーゼミの仲間という割には孤立していた感のあるキラだったが、コーディネイターとしての優秀な能力を発揮する中でキラは日に日に孤立を深めていた。

 そんなキラが、欠点は多々有るものの戦闘能力という一点において自分を凌駕するクロトを慕っており、クロトもそんなキラを憎からず思っているのはマリューも薄々察していた。

 ムウのアドバイスを真に受けた訳ではないが、キラは正規の訓練を何も受けていない女の子なのだ。せめてこの外出が気分転換になってくれれば……。そう考えたマリューは周囲の反対をはね除けて、キラの外出を許可したのだった。

 

「疲れたし腹も減った! さぁお待ちかねのドネル・ケバブだぞ……って、これ注文を間違えてないか? ()()()()()()?」

 

 テーブルの上に所狭しと並べられた6つのケバブを見て、キラとカガリは怪訝そうに首を傾げる。

 しかしその妙な注文の犯人であるクロトはその内4つのケバブを手元に引き寄せて自嘲するように笑うと、何もソースを付けずにケバブを口にした。

 

「僕の身体は燃費が悪くてねえ。こういう時だけでもしっかり食べておこうと思って」

 

 生体CPUであり、並のコーディネイターを遥かに超越した身体能力を持つクロトの代謝は極めて高い。しかし素体はあくまでナチュラルであり、その代謝を補うだけの消化能力を持たないクロトは常に体重を維持するのが困難という問題に悩まされていた。

 特に今回の任務が始まって以来、常に物資が不足していたため一人だけ大量に食事を取る訳にはいかなかったアークエンジェルにおいて、その問題は顕著だったのである。

 

「そうか! ならこのチリソースで食べてみろ! 何もつけないより美味いぞ!」

 

 そんな事情を知らないカガリは手元のチリソースを手に取ると、クロトのケバブの一つに勢いよくぶっかけた。

 

「待った! ちょっと待った! ケバブにチリソースなんて何を言っているんだ? このヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」

 

 その光景を見て、カンカン帽子を被り南国風の格好をした陽気なサングラスの男がクロト達の前に姿を現した。サングラスの男はカガリがチリソースをぶっかけたクロトのケバブを見て顔をしかめると、その隣のクロトのケバブに勢い良くヨーグルトソースをぶっかける。

 

「常識というよりも……ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜だよ! さあ、食べてみたまえ!」

「何なんだお前は? 見ず知らずの男に私の食べ方をとやかく言われる筋合いは無い!」

「あー! なんという……」

 

 自分のケバブにチリソースをかけ、見せ付けるように頬張るカガリを見てサングラスの男は頭を抱える。

 

「ええと……私は……」

 

 突然の事態に付いて行けないキラは、無言のまま猛烈な勢いでケバブを口に運ぶクロトへと視線を遣った。そんなキラを見て、自分の仲間を増やそうと考えたカガリとサングラスの男はキラのケバブに自分達のソースをかけようと近寄って来る。

 

「ケバブにはチリソースが当たり前だ!」

「ああー待ちたまえ! 彼女まで邪道に落とす気か!」

「何するんだ! 引っ込んでろよ!」

「君こそ何をするんだ! ええい! この!」

「あぁ……」

 

 気が付けば──キラのケバブはミックスソースをかけたケバブというよりも、()()()()()()()()()()()()()()という表現が正しい悲惨な状態になっていた。その光景に思わず言葉を失うキラに対して、クロトが声を掛ける。

 

「交換しよっか。折角だし、ミックスソースも試してみたいから」

「あ、ありがとう……」

 

 キラの許可を得たクロトはミックスソース塗れになったケバブを口に放り込むと、最後に残った何も掛かっていないケバブをキラに差し出した。なんと周囲が騒いでいる内に、クロトは3つのケバブを完食していたのである。

 そんなクロトの驚異的な食べっぷりを見たサングラスの男とカガリは驚嘆すると、ミックスソースを含む4種類の味を堪能し終えたクロトに問い掛けた。

 

「……で、どうだね? やはりヨーグルトソースが一番だろう?」

「もちろんチリソースだよな?」

 

 クロトは神妙な表情を浮かべ、悩んだ末に結局ミックスソースを付けて食べているキラを見ながら口を開く。

 

「美味しいものは、どうやって食べても美味しいねえ。()()()()()()()()()()()()()()?」

「なんだって……!」

「き、気分だと……!」

「ふふっ……」

 

 サングラスの男とカガリはあまりにも意外なクロトの返答に絶句したが、反対にクロトらしい答えだと感じたキラは可笑しそうに笑った。

 

 〈54〉

 

「──ちっ、いい気なもんだぜ」

「あのテーブルに居る子供は?」

「そのへんのガキだろ? どうせ虎とヘラヘラと話すような奴だ」

「……」

 

 ロケットランチャーを構えた帽子の男はスコープに映る今回の襲撃目標であるサングラスの男と談笑する子供の1人──赤毛の少年に何処か既視感を抱いていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という奇妙な予感。帽子の男は昔からこの手の予感を外したことがなかった。

 こんな状況──大勢の同志と共に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()直前という状況でなければ、今すぐ帰って酒でも飲んで眠りたいところだ。それほどまでに帽子の男は妙な胸騒ぎがしていたのである。

 そんな帽子の男の様子を不審に思った隣の男は、帽子の男の肩を叩いて聖戦の始まりを告げる一撃を促したのだった。

 

「では行くぞ、開始の花火を頼む」

「……あ、あぁ。魂となって宇宙へ帰れ! コーディネイターめ!」

 

 帽子の男が少年の正体を思い出さなかったのは幸いだった。

 その少年──クロト・ブエルはブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルの直属兵であり、その事を思い出しても無意味な混乱をもたらすだけだったのだから。

 

「──伏せろ!」

 

 外で響いた轟音に反応し、サングラスの男は机を蹴り上げて即席の盾にした。一瞬遅れて店内に飛び込んで来たロケット弾が店内で爆発する。

 同じく轟音に反応したクロトはキラとカガリを両脇に抱えて伏せさせると、ポーチから拳銃を抜いて机の横から飛び出した。

 

「死ね! コーディネ──」

「蒼き清浄な──」

 

 機関銃を乱射しつつ、四方八方の出入口から店内に入って来たブルーコスモスの男達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、物言わぬ死体に変わっていく。

 

「構わん、全て排除しろ!」

 

 サングラスの男が周囲の銃を構えた男達に指示を飛ばすと、男達はクロトが撃ち漏らしたブルーコスモスの男達を手慣れた動きで一方的に射殺していく。

 しかしクロトの戦いぶりは男達の中でも突出しており、早くも最寄りの出入口から突入して来たブルーコスモスの男達を弾切れと引き換えに全滅させていた。そんな無防備になったクロトを仕留めるべく、周囲の出入口から帽子の男を含む3人のブルーコスモスの男達が身を乗り出す。

 

「キラ!」

「うん!」

 

 弾切れになった拳銃を投げ付けて牽制し、肉食獣の様な跳躍で銃弾を回避──そしてキラの蹴り飛ばした拳銃を拾い上げ、クロトは即座に2人を射殺した。

 最後に残った帽子の男に対して、クロトは最後の1発を発射──帽子の男は神懸かり的な直感で回避に成功──クロトは帽子の男に拳銃を即座に投擲──帽子の男が機関銃で弾いた僅かな時間で距離を詰める。

 

「滅殺ッ!」

 

 顔面に鉄拳を受け、倒れ込んだ帽子の男の胸にクロトは奪った機関銃を撃ち込んだ。帽子の男はクロトを見て言葉にならない呻き声を上げると、すぐに動かなくなる。

 

「クロト……」

「お、お前……」

 

 目の前で行われた戦闘と言うにはあまりにも一方的な虐殺──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という離れ業を見せたクロトに対して、キラとカガリは言葉を失った。

 

「ふっ。こちらは大体終わった様だな」

 

 別の出入口から侵入した男達を壊滅させたサングラスの男はそんなクロトを見ると、先程の陽気な笑みとは異なり、軍人らしい獰猛な笑みを浮かべた。

 

「隊長! ご無事ですか!」

「私は平気だ、彼のお陰でな」

「!」

 

 サングラスの男に掛けられた物々しい声から、目の前の男が只者ではないと認識したキラとカガリに緊張の色が走る。しかし既にサングラスの男の正体に気付いていたクロトは恭しく頭を下げると、先程と全く同じ調子の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「我々の末端構成員がご迷惑をお掛けしました。ザフト北アフリカ駐留軍司令官──アンドリュー・バルトフェルドさん?」

「やれやれ。変装には自信があったんだけどね? 道理で目が笑ってないと思ったよ」

「ザフトの著名なコーディネイターの情報は一通り頭に入れていますから。……この店はザフトの御用達なんですか?」

「今日は()()()()()()()()()()()()()でね。この街一のドネル・ケバブを出すこの店に来ていたという訳さ」

「そうですか。とんだ歓迎会になりましたね」

 

 まるで世間話をするような口調で言葉を交わすクロトとバルトフェルドに、ようやく理解の追い付いたカガリとキラは言葉を漏らした。

 

「砂漠の虎……」

 

 そんな二人に視線を遣りつつ、バルトフェルドはカンカン帽子とサングラスを外すと精悍な素顔を露わにして再び陽気な笑みを浮かべた。

 

「いやー、助かったよ。君がクロト・ブエルくんだろ? 噂通り……いやそれ以上に、気合いの入った奴みたいだね?」

「貴方もですよ。まさかあの砂漠の虎が、こんな愉快な人だとは思いませんでした」

「しかしいいのかい? 同じブルーコスモスの仲間を撃って、コーディネイターを助けるなんて……。てっきり罠に掛けられたのかと思ったよ」

 

 戦闘の混乱に紛れて、ザフト北アフリカ駐留軍司令官を討つ。

 クロトにその意図があれば高確率で成功していたという事実──しかし実際にはクロトは率先してブルーコスモスの男達を殺していたという現実に、流石のバルトフェルドも戦慄せざるを得なかった。

 その行動原理は解読不能且つ理解不能──故に悪魔。そう安易に決め付けたくなる衝動を抑え、バルトフェルドはクロトに真意を問い質した。

 

「そんなこと、僕は知りません。僕の任務はアークエンジェルを護衛することですし……せっかくのデートの邪魔をするような連中は、許せませんよねえ?」

「……デートねえ。お礼も兼ねて君達と話がしたい。僕の屋敷に付いて来て貰えるかな?」

 

 相変わらず本気か冗談か分からない表情のクロトと、そんなクロトの言葉に何故か顔を赤らめる背後のキラを見ながら、バルトフェルドは愉快そうに笑った。

 

「僕は1人でも構いませんが……片方だけでも帰らせて下さい。全員でノコノコ付いて行くほど、僕はお人好しじゃありませんから」

「ふふふ。君の立場上、警戒するのも当然か。では着替えを用意するから、そっちのソースまみれの黒髪の娘だけ付いて来たまえ」

「ま、待て! 私はどうすればいいんだ!?」

「尾行には十分注意して、合流地点に向かうように。2日経っても戻らなかったら、殺されたと判断して構わないから」

「……」

 

 ザフト北アフリカ駐留軍司令官という立場でありながら、地球連合軍中尉を自らの屋敷に招待しようとするバルトフェルドと、その招待を快諾するクロトを交互に見ながら、キラはすっかりソースで汚れてしまった顔を拭ったのだった。




というわけで虎との遭遇イベントでした。
アスランくんとバッティングすると都合の悪いカガリちゃんは離脱して貰い、赤いのと白いのでベタベタになったキラちゃんと何故か目の遣り場に困ってるクロトくんでアジトに突入します。
(画面外で無双しているアスランくん)

この世界線ではクロトくんの活躍によってブーステッドマン計画が評価されたため、本作で登場するか未定ですがクロトくんの後輩ステラちゃんもブーステッドマンに改造される予定です。
クロトくんの尊い犠牲で、stage5まで改造すれば寿命と引き換えに高い戦闘能力と知性の両立が可能だと判明しましたからね。
とはいえステラちゃんを出すならオーブ解放作戦に参戦し、アスカ家を流れ弾で吹き飛ばす位の因縁は持たせたいですね!

ところで前回クロトくんは精神崩壊寸前だったのに、大分回復してますね……何があったんでしょうね……?


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鯨は羽鯨の夢を見る

原作初視聴時、砂漠編でアスランくんが出てこないのは不思議でしたが、出てくると色々と問題が起こると気付きました。

無人島編でカガリちゃんは言い訳不可能だし、バルトフェルドさんが止めようがキラくんは問答無用でアスランくんにボコられて捕まりそうだし……


 〈55〉

 

「僕はコーヒーには、いささか自信があってねぇ。まぁそこに掛けて、寛いでくれ」

 

 バルトフェルドは自らブレンドした強い香りの珈琲をクロトに振る舞うと共に、その一室にオブジェの様に飾られた奇妙な化石の模型を示した。

 その模型は一見魚の様な姿をしているものの、水生大型哺乳類風の骨格をしたその模型の背中には、羽の存在を示唆する形状の骨が生えている。

 

「何でこれを羽クジラと言うのかね? 普通クジラに羽はないだろ?」

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということですね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように」

 

 木星探索中に発見された、世界初となる地球外生命体はその形状から羽クジラと名付けられ、今も全世界で生態系の研究が行われている。

 しかし本来クジラの定義は、あくまで水生の大型哺乳類である。

 羽の生えた──つまり何らかの飛行能力を持つと推測される生命体が、果たしてクジラと言えるのだろうか。もっと他に相応しい名称があるのではないか。バルトフェルドの相手の知的水準を試す様な問い掛けに対して、クロトは慎重に答えた。

 

「理解が早いね。学問にも興味が?」

「いえ。……盟主様に、一通りの基礎教養は身に付けておくようにと言われたもので」

 

 戦闘能力において、アズラエルの要求する水準をクリアしたクロトが次に求められたのは頭脳だった。

 勿論、脳に多数のインプラントを埋め込んで身体能力を高めたクロトの学習能力には脳構造上の限界があった。それでも当時、知性を取り戻した唯一の生体CPUだったクロトは脳の耐久実験を兼ねて、様々な分野における英才教育が行われたのだ。

 その知的水準はもちろん専門家には到底及ばないものの、所詮はナチュラルの少年兵だと何処か軽く見ていたバルトフェルドにとって、興味深いものだったのである。

 

「……そうか。ところで私のブレンドの味はどうかね?」

「面白い味ですねえ。持って帰りたい位です」

 

 クロトの返答に満足したバルトフェルドは自らも珈琲を啜ると、羽クジラの化石の模型を見て可笑しそうに笑う。

 

「楽しくも厄介な存在だよね、これも。……こんな物見つけちゃったから、希望というか……可能性が出てきちゃった訳だし」

()()()()()()()()()()()()()、ですね?」

「あぁ。……人はもっと先へ行けるってさ。この戦争の根っこだ」

 

 様々な分野で業績を残し『万能の天才』と称されたジョージ・グレンは木星探索に向かう際、自らが遺伝子操作によって産み出された人間だと告白し、自らを今後現れる新人類と旧人類の架け橋である調整者だと自称すると共に、その製造方法を公開した。

 そんなジョージ・グレンが木星で発見した羽クジラの発見は、ジョージ・グレンの極めて高い能力を改めて示すと共に、人類に一つの可能性を示した。

 木星……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 そしてジョージ・グレンの願いとは裏腹に、彼に続くべく産み出されたコーディネイターは自分達より能力の劣るナチュラルを蔑み、ナチュラルはそんなコーディネイターを憎んだことが原因でこの戦争が始まったのである。

 バルトフェルドが目の前の不思議な少年兵と何を話すか考えていると、扉の外から放たれた勇ましいアスランの声が響き渡る。

 

「──アスラン・ザラ! テロリストの掃討を終え、只今帰還いたしました!」

「入ってくれ。君に会わせたい客人が居るんだ」

「は! それでは失礼致します!」

 

 部屋に入り、クロトの顔を見たアスランはその場で首を傾げる。

 

「……バルトフェルド隊長、失礼ですが彼は? あいにく自分には、彼とお会いした記憶がないのですが……」

「僕は地球連合軍所属──クロト・ブエル中尉です。お会い出来て光栄ですよ」

 

 一瞬の沈黙の後、クロトの正体を理解したアスランは猛烈な勢いで激昂した。

 

「お前が……レイダーのパイロットか!」 

「銃を抜くのは止めたまえ。今日の彼は私の恩人で、ここは戦場ではない」

「ですが!」

 

 ポーチの拳銃に手を掛けたアスランを、バルトフェルドは静かな口調で制した。しかし突如目の前に現れた因縁の相手であるクロトに、興奮冷めやらないアスランはそんなバルトフェルドの言葉に食って掛かる。

 そんなアスランの様子に、バルトフェルドは呆れた様に肩を竦めた。

 

「おやおや。クルーゼ隊では、上官の命令に兵が異議を唱えてもいいのかね?」

「……失礼、致しました」

 

 ザフト北アフリカ駐留軍司令官であるバルトフェルドの命令に対して、あくまで兵隊に過ぎないアスランが異議を唱える。バルトフェルドから突き付けられた正論に、アスランは引き下がるしかなかった。

 

「僕はここで撃ち合いになっても構いませんよ?」

「君が言うと冗談に聞こえんね。……君にとっては、邪魔をするならブルーコスモスであっても敵らしいし」

「……どういう意味ですか?」

 

 自分を睨むアスランを嘲るように笑い、見せ付ける様にポーチの上から銃を弄び始めたクロトを警戒しつつ、バルトフェルドは憤懣遣る方無いアスランに自らの真意を説明し始めた。

 

「彼は面白い奴でね。私の目の前で、真っ先にテロリストの連中を撃ち始めたんだよ。だから彼と話がしてみたくなって、こうやって招待したというわけだ」

「……」

 

 ブルーコスモスの一員である筈のクロトが、ザフト北アフリカ駐留軍司令官であるバルトフェルドを狙ったブルーコスモスのテロリストを率先して撃つ。

 そのあまりにも理解不能な情報に混乱したアスランは、目の前のクロトについて考える事を放棄し、今も地球連合軍に利用されている幼馴染の少女キラの情報をクロトから聞き出そうと考えた。

 

「……ところで、ストライクのパイロットはどうした?」

「隣室でお粧し中ですが、それが何か?」

 

 アスランの奇妙な問い掛けに首を傾げるクロトの耳に、キラと共に隣室に消えて行ったバルトフェルドの側近の女性──アイシャの艶やかな声が届いた。

 

「アンディ。お姫様の登場よ」

「おやおや!」

 

 アイシャに手を引かれ、若草色のドレスを着たキラがおずおずと姿を現した。普段は無造作に伸ばしている髪も後ろで纏められ、まさに深窓の令嬢といった雰囲気である。

 

「ええと……変じゃないですか?」

「ドレスもよく似合うね。板についていない感じも、初々しくて可愛らしい」

「ありがとうございます。──ッ!?」

「お、お前……!」

 

 バルトフェルドの率直な称賛に顔を綻ばせたキラだったが、その直後に背後のアスランを見て動揺し、顔を引き攣らせた。

 初めて落ち着いた状況で異性として振る舞うキラを見たアスランも同感で、その可憐な姿に赤面すると共に絶句する。

 そんな二人の様子に違和感を抱いたバルトフェルドはアイシャとキラを部屋に招き入れると、アスランに問い掛けた。

 

「彼女と面識が?」

「……え、ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でして。その時に、一度だけお会いを」

「なるほど。……例の噂は本当だったのか」

 

 バルトフェルドはアスランの言葉に得心が行ったように頷くが、キラはそんなバルトフェルドの脇を通り過ぎると、自分を見たまま呆然としているクロトに話し掛けた。

 

「……クロト? 大丈夫?」

「えっ? いや、その……」

 

 もごもごと言葉を濁し、それどころか目線を逸らそうとするクロトにキラは歩み寄ると、目の前に立ち塞がった。

 

「……似合う?」

「に、似合うねえ……」

「ははっ! 気に入って貰えたようだな!」

 

 互いに赤面して黙り込んだクロトとキラを見て、バルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑い始めた。

 そして暫く笑い転げた後──一転して神妙な口調に戻ると、アスランとクロトの二人に問い掛けた。

 

「さて、空気が和んだ所で本題だが……。君達はどうなったら、この戦争は終わると思う?」

 

 真面目な顔に戻った二人に、バルトフェルドは言葉を続ける。

 

「戦争にはスポーツの試合の様に制限時間も得点もない。……ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい? 敵である者を全て滅ぼして、かね?」

 

 そんなバルトフェルドの煽る様な問い掛けに対して、クロトはあっけらかんとした口調で答えた。

 

「地球連合軍とザフトのどちらかが、戦えなくなるまでですよ」

「ほう?」

 

 鋭い目線を向けたバルトフェルドとアスランに対して、クロトはつらつらと言葉を並べる。

 

「そもそも今回の戦争は自治権と貿易自主権を要求するプラント、それを認めない地球連合という構図でしょう? 地球連合からすれば高い工業生産力を持つプラントを滅ぼすのは惜しいですし、プラントとしても独立後に最大の貿易先と成り得る地球連合を滅ぼすのは惜しいでしょう。ですから、地球連合軍とザフトのどちらかが戦えなくなれば、戦争は終わりですよ」

「なかなか興味深い意見だな。末端構成員はともかく、上層部は意外とビジネス感覚ということかね?」

 

 戦争による利益の獲得。

 そんなクロトの戦争論について見当違いの解釈をしようとするバルトフェルドに対して、クロトはきっぱりと釘を刺した。

 

「ああ、勘違いしないで下さい。これはあくまで僕個人の戦争論であって……我々ブルーコスモスはコーディネイターを一人残らず抹殺するまで、止まらないと思いますよ? とはいえコーディネイターの製造方法が全世界に公開された以上、鼬ごっこだと思うんですけどねえ」

「ふっ。つくづく現実主義者という事か。……君はどう思う?」

 

 バルトフェルドはクロトの無情なまでに現実性を追及した戦争論に一定の満足と理解を示しつつ、もう一人の回答者であるアスランに問い掛けた。

 

「……私は我々ザフトが地球連合軍を撃破し、地球連合がプラントの独立を認める以外の手がなくなれば戦争は終わると思います」

「ならば彼の意見に賛成ということかね?」

「半分は、ですが」

「半分?」

 

 バルトフェルドの疑問に、アスランは明瞭な口調で答える。

 

「ええ。たとえ我々が劣勢に陥ったとしても、あの血のバレンタインの悲劇を引き起こした地球連合に屈する事は出来ません。それが私の考えであり、父上も同じ考えだと思います」

「つまり地球連合がプラントの独立を認めるか、あるいはプラントが滅びなければ戦争は終わらないと?」

「はい。それが私の考えです」

 

 地球連合の降参は認める一方で、たとえプラントは劣勢になったとしても最後の一兵まで戦う覚悟である。

 それが自分達は選ばれたエリートであるという自負と、愛する母を血のバレンタイン事件で喪ったという怒りから、アスランの導き出した答えだった。

 そんなアスランを嘲笑するかのように、クロトは自分の戦争論をあっさり放棄してアスランの論理補強を始めた。

 

「まぁ、そうですよねえ。……中立国の民間人を虐殺してまで勝とうとしているのだから……プラントは何があっても降参するつもりはないのかもしれませんねえ?」

 

 戦争の終結──つまり停戦条約を結ぶ際に重要となるのは、両者の仲介役となる勢力の存在である。

 中立国であり、国策としてコーディネイターを受け入れているオーブがそうした停戦条約を結ぶ際の仲介役となる可能性は極めて高かったのだが、アスランも関与したヘリオポリス崩壊によってプラントとオーブは過去最悪の関係になっていた。

 いわば地球連合の最新鋭技術を奪う為に──プラントは自ら停戦に繋がる道の一つを閉ざしたのである。つまりプラントは停戦など考えておらず、勝つ確率を高める為なら手段を選ばない国だとクロトは言い放ったのだった。

 

「そもそもお前たち地球連合軍が……ヘリオポリスであんなものを造っていたから悪いんだろう!」

「だから罪もない民間人が死んでも仕方ないと、貴方はそう言いたいんですよねえ?」

「……お前という奴は!」

 

 徐々に険悪な空気が流れ始めたアスランとクロトを見て、バルトフェルドは溜息を吐くとキラに話し掛けた。

 

「ところで、君はどう思う?」

「……私ですか? 私は……何も……」

 

 唐突に話題を振られて困惑するキラに、バルトフェルドはストライクの戦闘データから受けた印象──キラはコーディネイターではないかという推論を披露した。

 

「君の戦闘を2回見た。砂漠の接地圧、熱対流に対する適応……身体能力や操縦技術は彼の方が上だが、()()()()()()()()()()()()()()()()ではないかね? そんなパイロットをナチュラルだと言われたとて、素直に信じるほど私は呑気ではない」

「……!」

 

 自分の正体を見抜いたバルトフェルドの慧眼にキラは思わず言葉を失うが、不穏な気配を感じたクロトはアスランとの口論を切り上げてキラを庇う位置に立ち塞がった。

 そんなクロトを見てバルトフェルドは苦笑すると、インターホンを押して別室のアイシャを呼び出した。

 

「……まっ、先程も言ったが今日の君達は命の恩人だし、ここは戦場では無い」

 

 張り詰めていた空気が弛緩すると共に、バルトフェルドはクロトに先程の珈琲粉を詰めた小袋を手渡した。

 

「持って帰りたまえ。君達と話せて楽しかった。また戦場でな」

「ええ。次は戦場で」

 

 アイシャに連れられ、部屋を後にしたクロトとキラを楽しそうに見送ったバルトフェルドに対して、アスランは疑問をぶつけた。

 

「バルトフェルド隊長! 何故彼女を行かせるんですか!? 彼女は……コーディネイターなんでしょう!?」

「不思議なことを言うね。彼女が同胞と敵対する道を選んだ理由の1つは、彼の存在だろうに」

「くっ……」

 

 かつて自分とキラの間にあり、今もあると心の何処かで信じていた親愛の情だったが、再会した瞬間の引き攣ったキラの顔はアスランの認識を改めさせるには十分だった。

 しかしアスランには、キラが騙されているのだという思考は捨てられなかった。何故ならクロトはブルーコスモスの一員であり、キラはコーディネイターである。そんな二人が惹かれ合っていることなど、アスランには絶対に認められなかったのだ。




という訳で、虎問答 in アスランくんでした。

クロトくんはジェネシスガチ勢なので戦争関連以外のことはあまり興味がないのですが、アズにゃんに気に入られるためにいろいろ勉強したようです。インテリな生体CPUって……

原作ではどちらかが絶滅するまで戦うしかないという謎の戦争観を語ったバルトフェルドさんですが、バルトフェルドさん自体はそんなことは思ってなさそうなんですよね。

個人的にはプラントの有力政治家の子息であるイザークくんやディアッカくんの根深い差別思想からこの戦争がやがて絶滅戦争になると予感し、本来の意味での調整者と成り得るキラくんに討たれるならそれもまた良しと考えて最後の戦いに臨んだのかなって思ってますが、どうなんでしょうね……


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舞い散る砂塵 前編

今週はバタバタしていました。二度目の前後編です。

アスランくんがこの戦いに参戦すればカガリちゃんと対峙することに今更気付きました。
これは無人島イベント消滅の危機……?


 〈56〉

 

 クロトとキラがブルーコスモスのテロに巻き込まれ、最終的にザフト北アフリカ駐留軍司令官──アンドリュー・バルトフェルドに連行されたというカガリの衝撃的な報告は瞬く間にアークエンジェル艦内に広まっていた。

 もちろん表向きは命の恩人であるクロトとキラを屋敷に招待するというものだったものの、片やブルーコスモスの一員であり、ザフトも恐れる“エンデュミオンの悪魔”であるクロトと、片や地球連合軍に所属する裏切り者のコーディネイターのキラである。

 バルトフェルドがそんな2人を見逃す理由などなく、拘束してアークエンジェルの情報を吐かせた後に殺されるだろうというのがマリューとムウの見立てだった。

 ニュートロン・ジャマーの影響で電波状況が悪く、クロト達と別行動を取っていたサイーブ達とも連絡が取れない状況であり、マリューとムウの焦燥は深まるばかりだった。

 

「くそっ! 私にジッとしてろと言うのか、キサカ!」

 

 カガリは少数部隊で再度バナディーヤに潜入し、バルトフェルドの屋敷で拘束されていると思われるクロトとキラの救助に向かおうとしていた。

 しかし既にカガリの顔が割れている以上、不用意な行動はあまりにも危険だとキサカが忠言したため、カガリもサイーブと連絡が付くまで待機を強いられていたのである。

 

「……」

 

 このアークエンジェルの格納庫でも、その話題で持ちきりになっていた。

 このままクロトとキラが戻って来なかったら、誰がレイダーとストライクを操縦するのか。

 そもそもクロトとキラ以外にレイダーとストライクを操縦出来る者がいるのか。

 最悪の場合、ムウがレイダーを操縦するらしいが本当なのか。

 そして最後の内容については、根も葉もない噂ではなく事実だった。

 生体CPU用OSが搭載されたレイダーの操縦はストライクに比べて容易であることと、レイダーはMSだけではなくMAとしても使用可能であり、元々MA乗りとして高い適性を持っていたムウはMA形態に限定すればレイダーを操縦することが出来たのだ。

 もちろん戦力としてはMS形態、MA形態を自由自在に使い分けるクロトには遠く及ばないのだが、それでも今の絶望的な状況では貴重な戦力である。

 しかしストライクの処遇に関しては未定だった。

 キラが今までの戦闘データをフィードバックし、常に改良を続けていたストライクのOSは完全にブラックボックス化していてキラ本人しか弄る事が出来ず、そんなストライクを動かせる人間もキラを除けばクロトだけだったのである。 

 つまりストライクは事実上使用不可能であり、あとはその絶望的な状況をマリュー達が受け入れるまでに時間を要していただけだったのである。

 そんな会議は踊る、されど進まずな状況の最中、サイは格納庫の片隅にひっそりと置かれたストライクの前に立っていた。

 マードックら整備班は最悪の場合ムウが乗ると決まったレイダーの整備に掛かりっきりになっており、ストライクの整備は完全に後回しになっていたからである。

 今ならストライクに乗り込むことも容易だった。もしも自分がストライクを動かすことが出来れば──自分はクロトとキラに代わってアークエンジェルの救世主になれるかもしれない。

 先日の一件以来、サイはクロトとキラの2人が許せなかった。

 一方的に婚約解消を告げたフレイを庇った挙げ句に自分を嘲笑ったクロトと、そんなクロトを庇ったキラが。 

 

「……」 

 

 お前は“後輩の女の子が無理矢理戦わされてるのにヘラヘラ軍に志願する”奴だ。そのクロトの言葉はあまりにも辛辣だったが、やはり紛れもない真実だと認めざるを得なかった。

 自分達カトーゼミのメンバーは、フレイを除けば全員中立であるオーブの人間だ。

 大西洋連邦の人間であり、愛する父親を殺されたという事情があるフレイを除けば、論理的に考えて地球連合軍に志願する方がおかしいのである。

 そもそも何故キラがストライクに乗って戦うことになったかというと、マリュー達が自分達とヘリオポリスの避難民を事実上人質に取っていたからである。

 お前が戦わなければ友人が死ぬ、ヘリオポリスの避難民が死ぬと暗に匂わされて戦わないという選択肢を取れるほど、キラという後輩が冷酷な少女ではないことはサイも認識していた。

 事実キラは第8艦隊と合流した際に自分達が残ると言い出さなければ除隊するつもりの様子だったし、おそらくクロトもそれを後押ししていたと思われる。

 そんなキラに対して、自分達は何をしたのだろうか。

 キラは当初、ブルーコスモスに所属するクロトを怖がっていた。反コーディネイター、反プラントを掲げ、主義主張の為ならテロすら辞さない危険思想集団ブルーコスモスに所属するクロトを、コーディネイターであるキラが怖がるのは自然だった。

 しかしクロト本人の言動はキラにとって意外にも“優しい”ものだったらしく、日に日に打ち解けていった。

 それこそ同じカトーゼミに所属する友人だと自認している一方で、キラがコーディネイターとしての能力を発揮する中で、やはり異質な存在だと何処か距離を置くようになった自分達とは真逆だった。

 

「……動かせる訳、ないか」

 

 キラはコーディネイターだからストライクを動かせるのであり、規格外の天才であるクロトのような例外を除けば、ナチュラルではストライクは動かせないのである。

 しかしナチュラルである自分はキラとは異なり、たとえストライクを動かせなくても大勢に受け入れて貰えるのだ。それは多分、キラがどれだけ望んでも手に入れられないものだろう。

 だから力を持っている事がいいことだとは限らないし、自分には自分の出来る事がある筈だ。そう考えたサイはCICに戻る為、格納庫を後にした。

 

 〈57〉

 

 アイシャから貰ったドレスを脱いで元の潜入用の私服に戻ったキラは、クロトと共に小洒落た喫茶店に入っていた。

 冷えた珈琲と共に粗く挽いた小麦粉のケーキにシロップを染み込ませた北アフリカの名物スイーツ“バスブーサ”を口に運ぶクロトに対して、キラはやや呆れた様な口調で言った。

 

「早く連絡を取らなくていいの? 皆、心配してるんじゃ……」

「今更ちょっと連絡が遅れるくらい、大丈夫でしょ」

「それは……そうだけど。でも……」

 

 確かに2日経っても戻らなければ云々の伝言をカガリに頼んでいたが、アークエンジェルやカガリからすれば自分達はザフト北アフリカ駐留軍司令官に連行されたのだ。

 自分達が無事に解放されたという連絡を後回しにしてまで、こんな所でのんびりしていていいのかとキラは思ったのである。そんなキラに対して、クロトは溜息を吐いて真面目な顔を向けた。

 

「……さっきの話じゃないけど、そろそろ今後のことについて、話しておこうと思って。戦争には終わりがないかもしれないけど……()()()()()()()()()()からね」

「今後の……こと?」

 

 今もキラがなし崩し的に参加している、地球連合軍最高司令部が存在するアラスカ基地に地球連合軍初のMSであるG兵器“ストライク”“レイダー”の実物を届けるという特務。

 その特務を遂行するため、北アフリカに降下してしまったアークエンジェルはこの砂漠を抜けて紅海に進出し、インド洋、太平洋を抜けてアラスカ基地に向かう計画を立てている。

 勿論キラもそのことは重々承知していたが、今まで任務が終わった後のことについて考えたことはなかった。

 何故なら今回の任務がナチュラルにも使用可能なMSを開発する為という目的を掲げている以上、コーディネイターである自分の役目はアラスカ基地に到着すれば終わりなのではないかと、キラはなんとなく感じていたからである。

 また一時的にアークエンジェルの護衛任務を遂行していただけのクロトはアークエンジェルには残らず、本来の姿であるブルーコスモス盟主の直属兵に戻るだろう。

 だからキラにとって、この任務が終わった後のことは考えたくなかったのである。

 無論クロトもそんなキラの事情は察していたのだが、万が一にも話を聞かれる訳にはいかないマリュー達の下から離れ、自分達に同行していたカガリとも離れている今がクロトにとっては千載一遇のチャンスだったのだ。

 

「うん。……アークエンジェルが無事にアラスカ基地に到着すれば、僕の任務は終了だ。だから()()()()()はそこで終わり」

「そ、そんな……」

 

 薄々感じていたことではあったが、クロトにあまりにも無情な現実を突き付けられたキラは絶句した。

 勿論、キラも()()()()()()()()()()()()()こと位は分かっていた。

 恋人ごっこというにはあまりにもクロトの言動は献身的だったし、そこにキラを戦力として繋ぎ止めようとする打算は感じられなかったからだ。

 むしろ極力クロトはキラの負担を軽減するように動いていたし、そんなクロトの好意と心的外傷に付け込んで関係を迫ったのはキラの方だったのである。

 しかしクロトには何よりも優先しなければならない使命があり、折り合いの付かない自分の感情に言い聞かせるために自分達は恋人ごっこをしているのだと主張したことが、クロトの不器用な性格をよく知るキラには容易に理解出来たのだ。

 

「いっそ……脱走すれば……」

 

 とはいえキラには納得出来ないものだったし、クロトもキラがそう感じるだろうと思っていた。

 クロトの正体を生体CPUだと知らないキラからすれば、ブルーコスモス思想を持たないクロトがアズラエルの直属兵という立場に拘る必要性などない筈だからだ。実際には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。

 

「僕が君に出来る最後のことは、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……今や地球連合軍最高司令部も、ブルーコスモスの影響が強くてね。いつまでも地球連合軍に残ってたら、今以上にロクな目に合わないよ?」 

「……」

 

 キラのような地球連合軍に所属するコーディネイター達の実情を詳しく知っていたクロトの言葉はキラに更なる衝撃を与えた。

 敵味方から目立つように白く塗装したジンを与えられ、常に味方に監視されながら戦うコーディネイター“ジャン・キャリー”。

 人為的に服従遺伝子を組み込まれ、ナチュラルの為に行動することを至上命題として造られた戦闘用コーディネイター“ソキウスシリーズ”。

 クロトの語る地球連合軍に所属するコーディネイター達は、今のキラが受けているより遥かに非人道的な扱いを受けていたのである。

 学生だった自分に対してヘリオポリス避難民の命を盾に同胞殺しを強要したマリューに、そんなマリューを甘いと公言するナタル。こんな二人がむしろ極めて穏健派だという事実に、地球連合軍は本当に恐ろしい組織なのだとキラは怯えるしかなかった。

 そんな組織にいつまでもキラを残しておくわけにはいかないし、その為に自分はアズラエルの直属兵としての権限を最大限に利用する。だから自分は脱走出来ない。

 それがクロトがキラの除隊を納得させる為に用意した答えだった。

 この世界線ではハルバートン少将が生き残っていて自分に貸しがある以上、その伝手を利用すればどうにかなるかもしれない。ほとんど願望に近い考えだったが、今のクロトに思い付く手段はそれ位しかなかったのである。

 

「僕が君と二人きりでこんな風に過ごせるのは、今日が最初で最後だ。……だから少しくらい連絡が遅れたって構わないと思ったんだけど……やっぱり駄目かな?」

「……ううん。駄目じゃない、駄目じゃないから……」

 

 キラは先程までは砂糖菓子のように甘かった“バスブーサ”が何故か妙に塩辛くなったと感じながら、高い気温の所為か目尻から溢れ出して止まらない涙を拭うのだった。

 

 〈58〉

 

「何でザウートなんか寄越すかな、ジブラルタルの連中は。バクゥは品切れか?」

 

 今やザフトの最優先目標の一つであるアークエンジェルを撃破する為、バルトフェルドはこの北アフリカ戦線に最も近いザフトの軍事基地──ジブラルタル基地にバクゥの補給を要請していた。

 しかし到着した補給部隊から送り込まれたのはバルトフェルドが要請したザフトの陸戦用高機動型MSバクゥではなく、陸戦用砲戦型MSザウートだった。

 装甲と火力は優秀だが機動性においてバクゥに劣るザウートについて、高速戦闘を好むバルトフェルドは信用していなかった。しかしジブラルタル基地はザウートと共に、基地に滞在していたディアッカとバスターを送り込んで来たのである。

 

「はぁ。……これ以上は回せないという事で。カーペンタリアからはディンとグゥルが。なんでもクルーゼ隊長の口利きだとか……」

「ふん。ザラ国防委員長の愛息子である自分の部下に華を持たせてやりたいってとこだろ。他人に顔を見せないところといい、僕はアイツのこういう所が嫌いなんだよ」

 

 また先日送り込まれて来たアスランに引き続き、カーペンタリア基地からは援軍としてアスランの愛機であるイージスに加え、空中戦用量産型MSディンと、MS支援空中機動飛翔体グゥルが補給部隊から送り込まれて来た。

 こちらは砂漠戦においてもバルトフェルドが保有する既存の航空戦力と比較しても遜色ない優秀な兵器であり、クルーゼの砂漠戦に対する深い理解を思わせるものだった。

 バルトフェルドは弱冠24歳にしてエリート指揮官の証である白服を纏うクルーゼを軍人として尊敬する一方で、政治的野心が強く、遺伝子操作の失敗が顔に現れているという理由で素顔を隠すクルーゼを人間として嫌っていたのだった。

 それはクルーゼの部下であるアスランに対しても同じで、言葉の端々にエリート意識が見え隠れするアスランをあまり好きになれなかったのである。

 

「砂漠はその身で知ってこそってね。ようこそレセップスへ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」

「改めましてご挨拶を。クルーゼ隊、アスラン・ザラです」

「同じく、ディアッカ・エルスマンです」

「宇宙から大変だったな、歓迎するよ」

 

 赤服を多数擁するザフト軍屈指のエリート部隊──クルーゼ隊の一員として、改めて自己紹介したアスランとディアッカと握手を交わしながら、バルトフェルドは2人が先程まで操縦していたイージス、バスターを見上げた。

 

「なるほど、同系統の機体だな。アイツ等とよく似ている」

「バルトフェルド隊長は、既に連合のMSと交戦されたと聞きましたが」

 

 二度に渡って交戦したストライクとレイダーのまさに“狂戦士”“悪魔”の呼び名が相応しい光景を思い出すバルトフェルドに、ディアッカが冗談交じりの口調で質問した。

 

「……ああ、そうだな。僕もクルーゼ隊を笑えんよ」

 

 戦いながら砂漠の設置圧、熱対流に対してOSを修正する程の高い能力を持ち、同胞と敵対する道を選んだ少女兵“キラ・ヤマト”。

 ナチュラルでありながら驚異的な身体能力と卓越した操縦技術を持ち、その所属とは真逆の穏健且つ現実的な思想と狂気を併せ持つ少年兵“クロト・ブエル”。

 そんな彼らとの再戦は1人の軍人として楽しみな一方で、何処か戦いたくない自分が確かに存在することをバルトフェルドは感じていたのだった。

 




という訳でキラちゃんに対して、自分は恋人ごっこをしてるだけだと打ち明けた悪いクロトくんでした。

(ますます色々と拗らせるキラちゃん)

ところでクロトくん、多分エイト・ソキウスを殺してますよね……?

またグゥル付きイージスで参戦が決まったアスランくんですが、月の幼年学校時代にキラちゃんから友情以上の感情を向けられていることは気付いていました。
アスランくんは男同士だからと深く踏み込むことはありませんでしたが、もしもキラが女ならな~とは度々考えていました。

そんなアスランくんがヘリオポリスで男装から解放され、隠れ巨乳美少女と化したキラちゃんと遭遇した時の衝撃は原作を遥かに超えるものでした。

だからアスランくんは相思相愛のキラちゃんが悪いクロトくんに騙されていると考えているし、婚約者のラクス様に対して妙に他人行儀なんですね。

幼少期は男装していたキラちゃん、何故か作中の人間関係がやたらスムーズに説明出来るので不思議ですね……


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舞い散る砂塵 後編

後編です。
マルチプルアサルトストライカーがあるなら、スカイグラスパーにソードストライカーなんて付けなくてもいいのではと思いましたが、実際どうなんでしょうね?


 〈59〉

 

 アークエンジェルは“明けの砂漠”から提供された基地を脱出し、タルパディア工場区跡地に向かって全速力で移動していた。

 アラスカに向かうアークエンジェルにとって、その地は第一の目的地である紅海に抜けるための要所であると共に、以前にレジスタンスが地雷原を仕掛けた地形的に複雑な場所だった。

 いわば“明けの砂漠”の情報提供を受けているアークエンジェルにとって、そこは戦力的不利を埋められる天然の軍事的要衝だったのである。

 もちろんバルトフェルド隊もそれを見逃すはずもなく、無人偵察機によってアークエンジェルの位置を捕捉すると共に、旗艦レセップスを中心とした機動部隊による追撃が開始されたのである。

 アークエンジェルと“明けの砂漠”はバナディーヤに潜伏していた工作員から、その機動部隊のほぼ正確な情報を掴んでいたのだが、その彼我の戦力差はやはり絶望的なものであった。

 新型装備が搭載されたバクゥ5機に、バクゥの次世代機であるラゴゥ1機。

 イージスとバスターに加え、イージスとバスターに飛行能力を付与するグゥル2機。

 ザフト初の大気圏飛行能力を持つMSのディン6機。

 その他支援砲撃用のMSザウート4機に加え、戦闘ヘリのアジャイル6機、垂直離着陸戦闘機インフェストゥス4機で構成された、まさにザフトの北アフリカ戦線の中枢を担う精鋭部隊である。

 

「さてと。鬼ごっこの始まりだな」

 

 バルトフェルドはアークエンジェルの戦力を計りかねていたものの、万全を期すために自軍の戦力を自分率いる陸上部隊、アスラン率いる航空部隊の二手に分けた挟撃作戦を展開したのである。

 その狙いは二つあった。

 一つは宇宙戦の経験しかないため自分達との連携は難しいものの、グゥルに搭載されたイージス、バスターを主力に、カーペンタリアから送り込まれたディン6機を僚機に従えた2個MS小隊に相当する航空戦力は、やはりアークエンジェルを攻略する上で大きな役割を果たすと考えたからである。

 そしてもう一つの理由はアークエンジェルの最大戦力であるクロトとキラの2人を分断することだった。

 まだ砂漠に慣れない環境下だった初戦はともかく、無謀にも決戦を挑もうとした“明けの砂漠”を救援するために現れた二戦目において、2人は見事な連携を見せて僅かな時間でバルトフェルド率いるバクゥ小隊を撤退に追い込んでいた。 

 そんな2人と正面から戦えば、たとえ追撃部隊全軍をぶつけたとしても遅れを取る可能性があったのだが、裏を返せば2人を分断することに成功すればそれだけでアークエンジェルの戦力は低下するのである。

 陸上部隊、航空部隊に部隊を分ければ機体の特性上、前者はストライクで、後者はレイダーでそれぞれ対応を迫られるため、2人の分断はあっさり成功したのだった。

 そんなバルトフェルドにも一つ読み違いがあった。それはストライクとレイダーをそれぞれ支援する地球連合軍の最新鋭戦闘機──スカイグラスパーの存在である。

 

『まったく、次から次へと!』

 

 ムウの操縦するスカイグラスパーはアジャイル、インフェストゥスを撃破しながら、四方八方からストライクに襲い掛かるバクゥを牽制する。

 そんなムウの援護射撃はバクゥの絶え間ない包囲攻撃に晒されているキラを危うい所で救っていたのだった。勿論、バルトフェルドも完全に予想外という訳ではなく、地球連合軍の誇るエースパイロット“エンデュミオンの鷹”がアークエンジェルに乗り合わせている事はバルトフェルドも掴んでいた。

 そんなムウが使用可能な大気圏で運用可能な戦闘機を、アークエンジェルが搭載している可能性は十分考えられたのだ。

 つまりバルトフェルドが完全に誤算だったのは、もう一機のスカイグラスパーを巧みに操る少女──()()()()()()()()()のである。

 

『どうだ!』

 

 カガリの操縦するスカイグラスパーが放った“アグニ”が僅かに反応が遅れたディンの上半身を吹き飛ばした。更にバスターの放った220mm径6連装ミサイルポッドを危なげなく回避し、反撃で砲塔式大型キャノン砲を放つ。

 

『くそっ……! ナチュラル如きに!』

 

 バスターはグゥルを急上昇させてスカイグラスパーの攻撃を避けるものの、立て続けに20mm機関砲の銃撃を浴びる。PS装甲に守られたバスターには掠り傷程度のダメージしか与えられないものの、グゥルには確実に損傷を蓄積させていた。

 カガリがアークエンジェルの搭載機であるスカイグラスパー二号機を操縦しているのは理由があった。

 アークエンジェルにはクロトとキラ、ムウの三人を除けばスカイグラスパーを操縦出来る者がいなかったため、スカイグラスパー二号機を遊ばせている状況だった。

 そんな現状を把握したカガリが、自分にスカイグラスパー二号機を貸すように主張したのである。

 実際にカガリはシミュレータにおいてもムウに次ぐ好成績を残したため、臨時でスカイグラスパー二号機のパイロットとして決戦に臨んだのである。

 そしてカガリは残ったストライカーパックの中から、統合兵装型ストライカーパック、マルチプルアサルトストライカーを選択していた。

 勿論、そのままではあまりにも重量が増加してしまいバランスを欠くため、対艦刀等の不要な武装を取り外して軽量化し、スラスターとバッテリーを増設したランチャーストライカーの亜種的なものに改造していたのである。

 

『ビームの減衰率が高すぎる! それに照準も……! 大気圏内じゃこんなんかよ!』

 

 バスターは自らを追うスカイグラスパー目掛けてビームを立て続けに放つが、カガリはスラスターを吹かせて機体を加速させ、その攻撃を紙一重で回避する。

 カガリがディアッカに意外な善戦を見せているのは理由があった。

 バスターは砂漠戦用の調整をしておらず、特にバスターの要であるビームライフルの威力・照準が大幅に低下していたのである。遠距離砲撃による火力支援機体であるバスターにとって、その影響はまさに致命的なものだったのだ。

 またカーペンタリア基地から北アフリカに移動するまで十分にグゥルの操縦訓練を行っていたアスランと違い、ディアッカはぶっつけ本番でグゥルを使用することになった為、その動きも極めて単純なものになっていたのである。

 ここまで有利な条件が整っていれば、もともとナチュラルとしてはトップクラスの才能を持つカガリがディアッカと互角以上に渡り合うのは当然だった。

 ここで問題なのは火力を完全にビームライフルに依存している訳ではなく、グゥルも巧みに操縦するイージスの存在である。

 

『鬱陶しいんだよ!』

『お前が……! お前の様な奴がいるからッ!!』

 

 右腕の“2連装52mm超高初速防盾砲”を放ち、レイダーは迫り来るイージスを迎撃した。

 イージスは左腕で対ビームシールドを構えて被弾しながらも前進し、右腕に発生させたビームサーベルを振り下ろす。

 レイダーは咄嗟に右にスライドして回避すると同時に“ミョルニル”を対ビームシールドに全力で叩き付け、イージスを大きく吹き飛ばした。

 

『がっ……!?』

 

 僅かに生まれた猶予でレイダーはMA形態に変形すると“76mm機関砲 M2M3”“80mm機関砲 M417”を放ち、スカイグラスパーに襲い掛かるディンを牽制する。

 歴戦のパイロットであるムウはともかく、今のカガリに複数のディンを同時に対処出来るだけの操縦技術はないため、時折こうしたクロトの援護射撃が必要なのである。

 

『助かった!!』

 

 スカイグラスパーの放った“アグニ”がレイダーの銃撃を受けて足が止まっていたディンを貫き、瞬く間に爆散させた。

 グゥルによって推力補助を受けているイージスやバスターと違い、飛行しているだけで消耗の激しいバッテリーを温存する為の苦肉の策なのだが、襲い来るイージスの猛攻を片手間で凌ぐクロトの卓越した技量がそれを可能にしていたのだった。

 

 〈60〉

 

『──君の相手は私だよ、奇妙なパイロット君』

『貴方は……!』

 

 ムウや明けの砂漠と共に、バクゥを中心に構成された陸上部隊を退けたキラの前にバクゥの上位機種であるラゴゥを操縦するバルトフェルドが現れた。

 先程からアークエンジェルの後方から砲撃を行うヘンリーカーターを迎撃する為、ムウは既にこの場を離れている。

 また明けの砂漠は先程からの戦いで戦力の大部分を喪失しており、既に戦力としては数えられない状況だった。

 クロトとカガリはアークエンジェルを間に挟んだ立ち位置で、アスラン率いる航空部隊の対処に迫られている。

 この戦いでキラが敗北すれば、バルトフェルドは無防備になったアークエンジェルを撃沈するだろうし、反対にキラが勝利すれば指揮系統の崩壊と共に、主力である陸上部隊を喪ったバルトフェルド隊の敗北は確定するだろう。

 いわばこの戦いがバルトフェルド隊とアークエンジェルの勝敗を分ける分水嶺なのである。

 睨み合う最中、ストライクのバッテリーのパワー残量が3割を下回った事を示す警告音がストライクのコクピット内部で響き渡った。

 様々な実弾兵器を装備しているレイダーとは異なり、対空防御機関砲“イーゲルシュテルン”を除けば対装甲コンバットナイフ“アーマーシュナイダー”しか非電力依存武器を持たないストライクにとって、まさに危機的状況である。

 

『さぁ行くぞ、お嬢ちゃん!!』

『!!』

 

 2連装ビームキャノンを次々に放ちながら猛烈な勢いで向かって来るラゴゥに対して、ストライクはビームライフルを構えた。

 

『おい!! アイツ、マズいぞ!!』

『分かってる!!』

 

 一方、レイダーは未だ5割弱の電力を保持していた。

 クロトはバッテリー消費の激しい100mmエネルギー砲“ツォーン”と、銃火器からビームサーベルまで様々な使用用途を持つ短距離プラズマ砲“アフラマズダ”を封印し、実弾兵器のみでアスラン率いる航空部隊と応戦していたからである。

 カガリの意外な奮闘により、イージスとバスターを除く航空部隊は壊滅状態に追い込まれていたのだが、それでもアスランとディアッカはクロトとカガリをこの場に足止めする為、なおも戦闘を続けていたのである。

 しかしストライクのバッテリー残量は限界寸前で、バルトフェルドの操るラゴゥとの戦いで更に電力を消費している様子だった。

 こんな状況で、クロトにいつまでもダラダラと持久戦をしている余裕はなかった。

 

『撃滅ッ!』

 

 クロトは全速力でレイダーを加速させ、イージスに接近戦を仕掛けた。

 イージスは立て続けにビームライフルを放つが、レイダーはスラスターを吹かせて踊るような挙動で回避すると同時に“アフラマズダ”を抜刀する。

 イージスは対ビームシールドを構えて防御しようとするが、一瞬早くクロトの狙いに気付いてグゥルを横滑りさせた。直後にその空間をスカイグラスパーの放った“アグニ”が通過し、僅かに掠めたイージスの対ビームシールドの一部が融解する。

 対ビームシールドはビームを拡散吸収する特殊塗料でコーティングされているのだが、先程から“ミョルニル”による打撃で傷付いている状況で“アグニ”を防ぐのは不可能だったのである。

 

『このっ……!』

『いい加減にッ!』

 

 レイダーはその融解箇所を狙って“アフラマズダ”を横薙ぎに振るう。

 イージスが対ビームシールドを捨てて後方に回避すると同時に“アフラマズダ”は持ち主の手から離れた対ビームシールドを斬り捨てた。

 

『当たれ!!』

 

 イージスは不意にグゥルを蹴って空中に身を躍らせると、MA形態に変形して“スキュラ”を放った。イージスの持つ最大火力であり、突如として短期決戦を仕掛けて来たレイダーに対してその一撃は、強烈なカウンターとなる筈だったのである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 レイダーは突如飛び上がったイージスを無視し、イージスの真下に浮かぶグゥルに突撃した。それでも大口径エネルギービーム砲である“スキュラ”はレイダーを掠め、咄嗟に機体を守る為に突き出した右腕が吹き飛ばされる。

 

『墜ちろぉ!!』

『しまった!』

 

 レイダーは残った左腕の“アフラマズダ”をグゥルの中心部に突き刺した。大穴が空いたグゥルは爆発し、搭乗機だったイージス諸共に砂漠に落下する。

 

『アスラン!! ……ちっ、こっちもかよ!!』

『くそっ……!』

 

 イージスは柔らかい砂地に足を取られ、その場で立ち往生した。

 咄嗟にスラスターを吹かせて攻撃を回避して反撃するくらいなら可能だが、飛行能力を持つレイダーやスカイグラスパーとの戦闘続行は不可能である。

 同じく遂にグゥルが動作不良を起こして後を追うように落下したバスター共々、アスランは撤退していくクロトとカガリを見送るしかないのだった。

 

 〈61〉

 

『もう止めてください! 勝負はつきました! 降伏してください!』

『言った筈だぞ! 戦争には明確なルールなど無いとな!』

 

 迫り来るレイダーの姿を視界の端に捉えたキラは、互いに深手を負いつつもなお戦意の衰えない様子のバルトフェルドに通信回線で叫んだ。

 バルトフェルドは“砂漠の虎”と呼ばれるザフトのエースパイロットとはいえ、そんなバルトフェルドと互角に渡り合うキラに加えて、純粋な戦闘技術ではキラを凌駕するクロトが戦列に加わった。

 こんな状況では万が一にも勝ち目はないだろう。もはやバルトフェルドが単に意地を張っているようにしか、キラには思えなかったのである。

 事実、大破したレセップスを除いた残存兵力は既にこの戦闘区域からの撤退を始めており、バルトフェルド自身も戦略的敗北は受け入れていたのだ。

 そんな状況でバルトフェルドがなおも戦闘を続けていたのは、MSのパイロットとしてキラとの勝負を選んだというだけではなく、ザフト北アフリカ駐留軍司令官としての意地という側面も否定出来なかったのである。

 

『……間に合ったようだねえ?』

『クロト!』

 

 右腕を喪ったレイダーがストライクの前方に降り立った。同時に両足のスラスターが角度を変え、僅かに機体を浮かせた状態を保ちながら静止する。

 

『時間稼ぎのつもりですか? 馬鹿なことを……』

『どうやら僕も、死んだ方がマシな口だったみたいでね。……君は脱出しろ、アイシャ』

『そんなことをするなら、死んだ方がマシね』

『君も馬鹿だな。では付き合ってくれ!』

 

 複座機であるラゴゥのコクピット内部で語り合うバルトフェルドとアイシャの言葉を耳にし、クロトは心底呆れたような口調で呟いた。

 

『……馬鹿は死ななきゃ治らない、か』

『どうして!? 二人を説得……』 

『何を言ってるの? 相手が降伏しないなら、選択肢は一つだよ?』

 

 クロトの言葉にバルトフェルドは満足気な笑みを浮かべ、ラゴゥの頭部両側からビームサーベルを展開させて声を張り上げた。

 

『あぁ、その通りだ。……戦うしかなかろう! 互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!』

『そんな……!』

 

 一歩も引く姿勢を示さないバルトフェルドに対し、キラは悲痛な声を上げる。そんなキラにクロトは、まるで良い事を思い付いた様な口調で話し掛けた。

 

『手を出すなよ、キラ』

『ふっ。こちらは複座機だ。二人掛かりでも構わないよ?』

『貴方達みたいな馬鹿くらい、一人で十分だと言ってるんですよ』

『言ってくれる。……ではいくぞ! 少年!』

 

 レイダーとラゴゥの戦いはまさに刹那の攻防だった。

 互いに全速力で突撃すると、擦れ違い様に放たれたラゴゥのビームサーベルをレイダーはスライディングで潜り抜けた。そして潜り抜けた瞬間に一転して跳ね起きる様に飛び上がり、ラゴゥの頭部の関節部位を“アフラマズダ”で両断する。

 

『くそっ……!』

『アンディ!!』

 

 頭部を失ったラゴゥはPS装甲に有効な最後の武器を失い、それでも残ったクローでレイダーに襲い掛かろうとする。しかしPS装甲で守られたレイダーはラゴゥの抵抗を意にも介さず、返し刀でラゴゥの胴体を両断した。

 

『滅殺ッ!』

 

 そしてレイダーは両断したラゴゥの胴体の片方に“ツォーン”を叩き込み、致命的な損傷を与えて爆散させる。

 

『あ……あ……!』

 

 あまりにも呆気ないバルトフェルドの死を目の当たりにしたキラは、緊張を解いた様子のクロトに通信回線を繋ぐと声を震わせながら叫んだ。

 

『慣れない事はするもんじゃないねえ。……ま、死んだ方がマシらしいから、仕方ないか』

『どうして……こんな……!』

『……殺らなきゃ殺られる。それだけだよねえ?』

 

 バルトフェルドはザフト北アフリカ駐留軍司令官として最期まで戦おうとし、クロトは地球連合軍の一員としてそんなバルトフェルドを返り討ちにした。

 これは誰が悪い訳でもない。

 敢えて言うならば戦争という魔物が産み出す悲劇の一つだったのだが、キラは知人の死をそんな風に受け入れられる程には擦れていなかったのである。

 

 〈62〉

 

「……死んだ方がマシ、か」

 

 レイダーが両断し、何故か取り残されていたもう片方の胴体部分。

 その一角に取り付けられたコクピットのハッチを内側から強引に抉じ開け、バルトフェルドはゆっくりと姿を現した。既にレイダーとストライクはアークエンジェルに撤収しており、その姿は何処にも見当たらない。

 機体が砂地に叩き付けられた際の衝撃による打撲はあるものの、まさに健康体そのものである。少し遅れて出て来たアイシャも同様で、あちこちに打ち身による痛みは生じている様子だが、特に身体の不調は見当たらなかった。

 

「私達の完敗ね。いったいどうして……」

「……一つだけ言えるのは、彼は僕達を殺したくなかったってことだ」

 

 クロトはラゴゥのコクピットを避けて胴体を両断すると共に、傍目には殺した様にしか見えないようにコクピットが内蔵されていない方の胴体を破壊したのである。

 やられたバルトフェルドの立場からすれば、偶然コクピットが無事で生き残ったのではなく、意図的に自分達は生かされたのだと突き付けられたのだった。

 

「……」

 

 コーディネイターとナチュラル。

 どちらかが滅びるまで戦い続けるしかないのは間違っていると感じつつも、それ以外の選択肢を思い付かなかったバルトフェルドにとって、クロトの示した答えは痛快さすら感じさせる代物だったのである。

 しかしそんなクロトがブルーコスモスに所属しているという事実は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとバルトフェルドは考えざるを得なかった。

 

「これからどうするの、アンディ?」

「そうだな。ダコスタと合流出来ればいいが……。アイツ、僕に隠れてクライン派の連中と接触しているらしいし。面白そうなら僕も加えて貰うか……」

「あら。政治は興味ないんじゃなかったの?」

「さっきまではな」

 

 バルトフェルドとアイシャが話し込む中、ストライクとレイダーを回収したアークエンジェルは砂漠を脱出して紅海に向かい、アラスカを目指す航路を取り始めたのだった。

 




という訳で、死んだ方がマシな大馬鹿野郎のバルトフェルドさんとアイシャさんに生き地獄を与える悪いクロトくんでした。

微妙にキラくんリスペクトのクロトくん、自由に憧れていた設定も加味すると感慨深いものがありますね……。

後にエターナルと合流して二人の無事とその理由を知った時、果たしてキラちゃんは何を思うのか。

そろそろ残る二人も出て来る予定です。


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災厄と禁忌

ようやくアズにゃん、オルガくん、シャニくんが出てくる場面までたどり着きました……

思わぬキャラの追加参戦もありますが、まあだいたい当初の予定通りですね。しかし何に乗せたらいいんだ……?


 〈62〉

 

 地球連合軍宇宙軍の総司令部が存在する月面基地プトレマイオスにて。

 クルーゼ隊との戦闘で壊滅状態に陥っていた第八艦隊の再編成に追われていたデュエイン・ハルバートンは思わぬ来客の対応を迫られていた。

 その来客主の名は“()()()()()()()()()”。

 言わずと知れたブルーコスモスの現盟主であり、アズラエル財閥の御曹司である傍ら、デトロイトに本拠地を構える大手軍需産業の経営者である。その立場上、地球連合軍に対して強い発言権を持っており、特にハルバートンが所属する大西洋連邦軍の大多数は彼の信奉者である。

 ハルバートンが司令官を務める第八艦隊はハルバートンの軍人教育もあって例外的にブルーコスモス色の薄い部隊だったが、それでも先日のクルーゼ隊との一戦以来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな中、パナマ基地からの補給便に乗り込み、プトレマイオス基地の視察を行うという名目で現れたアズラエルが自分を呼び出したという事実に、ハルバートンはただならぬものを感じていたのである。

 

「……」

 

 余程能力に自信があるのか、それとも大胆なのかアズラエルは普段部下を引き連れていないのだが、今回は()()()()()()()()()()()()()()()()()()を従えている。

 一瞬アズラエルの娘かとハルバートンは思ったのだが、弱冠30歳のアズラエルにそんな年齢の娘がいるとは考えられず、すぐにハルバートンはその考えを打ち消した。

 愛人──あるいは()()()()()()C()P()U()か。しかし情報では()()C()P()U()()()()()()()()だが。

 そんなハルバートンの不穏な思考を敏感に感じ取ったのか、アズラエルは不気味に嗤いながら世間話を始めたのだった。

 

「どうでした、彼は? なかなか使えるでしょう? 最初はほんの気紛れだったのですが、まさか僕もここまで彼が働いてくれるとは思いませんでした」

「……確かに。彼がいなければ、私は今ここで貴方と会話することはなかったでしょう」

「アークエンジェルが当初の予定通りアラスカ基地に降下出来ず、量産型MSの開発計画が遅れたのは残念ですが……。快進撃を続けていたザフトの北アフリカ戦線を後退させたのであれば、結果オーライといったところですかね?」

 

 第八艦隊を壊滅の危機から救い、先日ザフトの北アフリカ戦線の中核を成していたバルトフェルド隊を撃破するに至ったクロトの優秀性については、戦争は1人優秀な者がいれば勝てるものではないと常々考えているハルバートンも疑う余地はなかった。

 G兵器の大半を奪取され、PS装甲やミラージュコロイド、携行用ビーム兵器等の地球連合軍の最新技術を奪われたG兵器製造計画の責任者であるハルバートンが今も第八艦隊の司令官という立場にあるのは、他ならぬ()()()()()()()()()()()()()()である。

 裏を返せばアズラエルの望みは自分の傀儡になれということであり、今のハルバートンにそれを跳ね除ける力などないことを示していた。

 

「……それで、今回のご用件は? まさか部下の活躍ぶりを自慢する為に来られた訳ではないのでしょう?」

 

 そんなハルバートンの言葉で要件を思い出したとばかりに、アズラエルは頷く。

 

「あぁ、そうでした。第八艦隊の再編成に、我々も力を貸したいと思いまして。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この船を閣下の第八艦隊に提供する予定です」

「なんですって!?」

 

 地球連合軍の最新鋭宇宙戦艦──強襲機動特装艦アークエンジェル。

 その二番艦がアークエンジェルの設計データを基に地球で製造が始まっているという話はハルバートンも耳にしていた。

 だからハルバートンが驚いたのはドミニオンが製造されているということではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだったのだが、アズラエルはそんなハルバートンを見て肩を竦め、可笑しそうに笑う。

 

「少し気が早いですが、極秘裏に人選も進めていましてね。アークエンジェルに乗っている()()()()()()()()()()()や、()()()()()()()()()を引き抜こうと思っています。少将もそのつもりで第八艦隊の再編成をお願いしますよ」

「……畏まりました。……ところで、後ろの少女は?」

 

 既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を暗に示されたハルバートンだったが、せめてアズラエルの背後でそんな軍の機密情報を平然と聞いている謎の少女の素性だけでも掴んでおこうと、ハルバートンは何気ない口調で質問した。

 

「彼女ですか? ……そうですね、()()()()とでも言っておきましょうか。純粋な能力は彼を上回る逸材なのですが、生憎彼女を乗せる予定のMSが製造中でして。……最低限の社交性を身に付けるために、こうやって僕の秘書をして貰っているんですよ。……少尉、閣下にご挨拶を」

 

 金髪の少女は生体CPUという哀しき宿命を感じさせない純粋な笑みを浮かべ、恭しくハルバートンに一礼した。

 

「お初にお目に掛かります。地球連合軍第一機動部隊所属、ステラ・ルーシェ少尉です」

「地球連合軍第八艦隊司令のデュエイン・ハルバートン少将だ」

「先輩がお世話になったそうで。私も宜しくお願いしますね」

「こちらこそ。宜しく頼むよ」

 

 一見冷静沈着に見えるものの、それでも何処か得体の知れない狂気を漂わせていたクロトとは異なり、狂気の欠片すら窺えない純真な少女としか表現出来ない様子のステラに、ハルバートンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 全身に改造手術を施され、コーディネイターを超越する能力と引き換えに常人には劇薬でしかない薬物を手離せない肉体に改造された余命数年の生体CPUの在り方としては、ステラよりもむしろ()()()()()()()()()()()とハルバートンは思ったからである。

 

「元々彼女はロドニアの研究所で次世代生体CPU“エクステンデッド”計画の被検体となる予定だったんですが、その才能を見込んで“ブーステッドマン”計画の被検体として引き抜いたんですよ。成功するか不明瞭な事業よりも、現実に成果を挙げつつある事業に投資するのがビジネスでもコツですからね」

「……“エクステンデッド”計画……」

 

 この計画の概要はハルバートンも掴んでいた。

 生体CPU“ブーステッドマン”の最大の問題点だった協調性の欠如や、異常なまでの凶暴性を改善した次世代生体CPU“エクステンデッド”。

 定期的な薬物投与の間隔も長く、暴走を制御するため特定の言葉で行動を抑制させる“ブロックワード”措置など“ブーステッドマン”を超える生体CPUとして研究が進められていた計画である。

 しかし度重なる志願による重度の改造手術を受け、強化段階Stage5に突入したクロトがそうした“ブーステッドマン”の欠点をある程度克服したために“エクステンデッド”計画は大幅な計画の見直しを余儀なくされていたのだ。

 

「ザフトに対する反攻作戦は順次進めております。……地球連合軍の当面の目標はザフト地上部隊の漸減及び、先月奪われたビクトリア基地の奪還ですが、その布石として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。せっかく高い金を掛けて作ったんだから、有効活用しないとね」

 

 ステラを神妙な表情で見詰めるハルバートンを見て、アズラエルは心底愉しそうに嗤った。

 

 〈63〉

 

 ザフトの地球上最大拠点であるカーペンタリア基地に所属し、ディン隊・グーン隊といった空戦・水中用MSで構成された部隊を率いてインド洋を支配下に置くザフト軍人──マルコ・モラシム。

 地球連合海軍との“珊瑚海海戦”で大きな戦果を残し、モラシム自身も“紅海の鯱”の異名を持つザフトのエースパイロットである。

 先日バルトフェルド隊を打ち破ったアークエンジェルを攻撃する為に進路をインド洋から紅海に向けた所で、()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

『ハンス!! ……くそっ、何故ヤツにはこんな動きが!?』

 

 ザフトの誇る水中戦用MS“グーン”隊が、()()()()()()()()()()()()()()──“フォビドゥン”に手も足も出ない現実を目の当たりにして、モラシムはコクピットの中で叫んだ。

 高い水中戦能力を持つグーン自身でも回避が難しい“533mm7連装魚雷”“47mm水中用ライフルダーツ”を簡単に避け、大鎌で“グーン”を次々に沈めていく光景は、まるで御伽噺の死神と遭遇したとしかモラシムには思えなかったのである。

 

『あはははは!! あははははは!!!』

 

 フォビドゥンに搭載されたエネルギー偏向装甲“ゲシュマイディッヒ・パンツァー”は()()()()()()()()()()()()()()()を持っている。

 その特性によって、フォビドゥンは水中でもほぼ地上と変わらない程の極めて高い機動力を保有していた。その為フォビドゥンは水中で有用な武器は重刎首鎌“ニーズヘグ”しか持たないものの、モラシム隊の保有する“グーン”やモラシム本人が搭乗する“グーン”の次世代機“ゾノ”とは比較にならない水中戦能力を保有していたのである。

 

『ぐっ!!』

 

 不利を悟ったモラシムはフォビドゥンの母艦──地球連合軍に鹵獲されたと思われるボズゴロフ潜水母艦をディン隊と共同で叩くために水面に躍り出たのだが、そこでも()()()()()()()()()()()()のだった。

 

『オラオラオラ!!』

 

 圧倒的多数で襲い掛かっていた筈のディン隊は、()()()()()()()()()()()()()──“カラミティ”の前に壊滅状態に陥っていた。

 カラミティは水上をホバー移動し、ディンの放つ“6連装多目的ランチャー”を回避しながら125mm 2連装高エネルギー長射程ビーム砲“シュラーク”を放ち、耐弾性は低いが機動力は高い筈のディンをまるで七面鳥撃ちの様に次々撃墜している。

 地球連合軍にはバルトフェルド隊を撃破した“エンデュミオンの悪魔”だけではなく、個の力でザフトを圧倒するパイロットが複数存在することにモラシムは絶望した。

 

『まだ……終わらんよ!!』

 

 それでも自分は誇り高きザフトの“紅海の鯱”。

 せめて一機だけでも道連れだとばかりに、ゾノはカラミティに突撃した。機体の大部分が水中に隠れているため、カラミティの攻撃は有効打にならない。幸い厄介なフォビドゥンは浮上位置を間違えたのか、まだ十分な距離がある。

 まずは縦横無尽に海を走るカラミティの動きを牽制するために、ゾノは“533mm6連装魚雷”を発射しようとしたところで。

 

『まとめてやっちゃうよ!!』

『なっ!?』

 

 フォビドゥンが斜め上に放ったビームは曲線を描いてディンを貫き、唯一水上に突き出していたゾノの頭部に直撃して機体を爆発炎上させた。

 誘導プラズマ砲“フレスベルグ”は誘導装置によって一方向であれば自由自在に曲げる事が出来る。しかし通常の直線的な攻撃しか念頭になかったモラシムは反応が一瞬遅れ、あっさりとビームの直撃を受けてしまったのである。

 そして最後に残った逃げ惑うディンを羽虫でも叩き潰すように撃墜すると、オルガは緊張感のない声でシャニに話し掛けた。

 

『ザフトの連中も大したことねえな。コーディネイターってこんなモンなのか?』

『所詮はクロトにやられる程度の連中だろ? 俺達に勝てる訳ないっての』

『お前、訓練ではクロトに負け越しじゃなかったか?』

『はっ。今は俺の方が上だっての』

 

 こうしてアークエンジェルを迎撃に向かっていたザフト屈指の海軍を誇るモラシム隊はアークエンジェルと交戦する前に、インド洋で海の藻屑となったのだった。

 




二歳若返ってるけど記憶処理が行われていないので、原作より若干大人びているステラちゃんでした。

……今のクロト先輩は先輩じゃないとかいいそう(偏見)

カラミティもフォビドゥンもほぼ原作通りのスペックですが、この時点ではPS装甲だったり一昔前のバッテリーだったりでかなり弱体化しています。

操縦者のスペックが爆上げされてるので攻撃は当たらないし、無駄撃ちしないのでバッテリー切れで困る事はありませんが……

既に核兵器なんて使うまでもなく、ザフトが負けそうなのは気にしてはいけません。
生体CPU特効を持つ、逃げ出した腰抜け兵を撃ちたがる男が頑張ってくれるでしょう。(適当)


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平和の国 前編

モラシム隊長がシャニくんに滅殺されたことにより、無人島イベントは消滅しました。(残当)

ところで何故stage5になれば理性を取り戻すのかというと……
本来は強化段階が進行するに従い、脳の大部分が身体能力向上にリソースを割かれてしまう関係で戦闘を除けば頭が働かなくなっていくのですが、ある強化段階を超えると命の危機を感じた脳が常に火事場の馬鹿力を発揮し始め、戦闘以外に脳のリソースが回る余裕が生まれるからです。(妄想設定)
まさに“灯滅せんとして光を増す”ってヤツですね。

しかしアンケートを見てると、ステラちゃんをストライク系に乗せてクロトくんを曇らせたい派も結構いますね……


 〈64〉

 

 アークエンジェルは意外にも最初の難所と思われるインド洋をあっさり抜けられたのだが、マラッカ海峡でのザフトの大部隊との交戦以降、毎日のようにザフトの襲撃を受けていた。

 もちろんG兵器の現物がアラスカ基地に届けば地球連合軍のMS開発が大幅に進むため、なんとしてもそれを阻止したいという理由はマリュー達も理解出来たのだが、ザフトの攻撃頻度は異常だった。

 たかが新型戦艦一隻を沈めるには、あまりにも過剰過ぎる戦力投入だったのである。

 そんなザフトの猛攻には理由が有った。

 ここ数週間、モラシム隊を含む多くのザフト部隊が正体不明の敵(オルガとシャニ)に多数撃破されており、カーペンタリア基地はその敵を特定する為に多数の部隊を広範囲に展開していた。

 その正体──鹵獲したボスゴロフ級潜水母艦を用いて通商破壊作戦を行っていたオルガ達とは異なり、水上を移動するアークエンジェルがその厳重な警戒網に引っ掛かってしまうのは当然だったのである。

 連日の戦闘でアークエンジェルは傷付き、オーブ領海域付近で4機のグゥルとG兵器で構成されたアスラン隊の襲撃によって遂に重大な損傷を受けた。その事態を重く受け止めたカガリは、領海線上に部隊を展開していたオーブ軍に自らの素性をカガリ・ユラ・アスハだと明かしたのである。

 その直後に被弾し、オーブ領海に落水したアークエンジェルを追っていたアスラン隊はオーブ軍の自衛権発動を受けて撤退を余儀なくされ、アークエンジェルもオーブ軍に連行される形になったのだった。

 

「そろそろ貴方も正体を明かして頂けるのかしら?」

 

 マリューは思わぬ正体を明かしたカガリに向けた視線を外し、おそらくカガリや()()()()()()()()()()()()()()()()()と思われる男──キサカに質問する。

 

「オーブ陸軍第21特殊空挺部隊レドニル・キサカ一佐。これでも護衛でね。……どうやら貴女は彼から何も聞いていないようだな? ……ブエル中尉は最初に接触した時から、我々の正体に勘付いていたようだが」

 

 キラと共にCICに戻って来たクロトを見て、キサカは意外そうな口調で言った。マリューとナタルは血相を変えると、自分達に重大な秘密を隠蔽していたクロトを問い質す。

 

「なぜ私に報告してくれなかったの?」

「“明けの砂漠”がアークエンジェルに便宜を図る見返りに、二人の素性を誰にも話さないと約束しましたからねえ」

「ブエル中尉の行為は重大な報告義務違反です!」

「バジルール副長に話せば、また人質に取ろうとしたでしょう? ラミアス艦長はともかく、バジルール副長に話すことは有り得ませんよ」

 

 ナタルの批判を飄々と受け流すクロトに溜息を吐きながら、マリューは二人の口論を見ていたキサカに話し掛けた。

 

「我々はこの措置を、どう受け取ったらよろしいのでしょうか?」

「それはこれから会われる人物に直接聞かれる方がよろしかろう。……オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハ様にな」

「!」

 

 オーブ連合首長国前代表首長であり、五大氏族アスハ家当主であるウズミ・ナラ・アスハ。

 ヘリオポリス崩壊の責任を取って一線を引いたものの、今もオーブの実質的なトップと目される人物の名前を出され、マリューは気を引き締めたのだった。

 

 〈65〉

 

「……」

 

 キラはクロトの部屋で退屈そうに外の様子を見ていた。既に私物や着替えの大半はこの部屋に持ち込んでおり、もしもの時に備えて合鍵も持っている。

 そもそも最後に自室に戻ったのは何日前だろうか。

 マリュー、ナタル、ムウ、クロトの四人はウズミ・ナラ・アスハに呼び出され、先程現れたオーブ軍人らに連れられてアークエンジェルを後にしていた。

 キラも同行を希望したが、指名された四人以外の入国許可は下りなかった。

 クロトはどうせ退屈な政治の話だと言っていたが、キラと年齢が大差ないクロトが呼び出されたことから、ウズミはクロトを単なる少年兵だと見做していないことは明らかだった。実際、クロト以上に各勢力の政治状況について詳しい者はいなかったのだが。

 そんな中、ドアをノックする音が聞こえた。

 本来不在の筈のクロトの部屋を訪れる者など、居候であるキラを除けば一人しかいない。

 

「フレイ?」

「やっぱりここだったのね。入るわよ?」

 

 フレイは二つの飲み物を片手で持ち、部屋に入って来た。

 サイとのトラブル以降、事実上カトーゼミ組との交流を絶たざるを得なかったキラとフレイは親交を深めていたのである。

 

「クロトの話では、上陸出来るかもしれないって。……フレイもオーブに家があるんでしょ?」

「オーブにもあるけど……でも誰も居ないもん。ママも小さい時死んだし。パパも……」

「……ごめん」

「なんで貴女に謝られなきゃいけないのよ。……あの人は()()()()()()()()()()()()んでしょう? それに比べたら私なんて、幸せな方よ」

 

 自分の軽率な言葉を謝罪するキラに対して、フレイは自嘲するように笑ったのだった。

 

 一方その頃。

 

「──御承知の通り、我がオーブは中立だ。公式には貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したということになっておる」

「助けて下さったのは、まさかお嬢様が乗っていたから、ではないですよね?」

「国の命運と甘ったれた馬鹿娘1人の命、秤にかけるとお思いか?」

 

 ウズミの言葉を聞き、クロトは笑いを噛み殺していた。

 クロトの経験した前世において約3ヶ月後、大西洋連邦がオーブに対してザフト支援国と見なして侵攻を行う“オーブ解放作戦”を発動させるのだが、ウズミはその“甘ったれた馬鹿娘”やアークエンジェルを宇宙に逃がすために降伏を遅らせて、オーブ軍を大勢犠牲にしたではないか。冗談は程々にして欲しいものだとクロトは思ったのである。 

 

「……あの船とMSはこのまま沈めてしまった方が良いのではないかと、だいぶ迷った。今でもこれで良かったものなのか、分からん」

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供達の事、私などが申し上げる言葉ではありませんが、個人としては本当に申し訳なく思っております」

 

 マリューはウズミの批判に対して率直に謝罪した。

 ヘリオポリス崩壊を招いた原因であるG兵器製造計画。

 そして本来止めるべき立場にある筈の自分が他国の学生を志願兵として利用するという、客観的に見て恥ずべき行為。

 彼等に何が起ころうと志願したのだから自己責任だと言えるほどマリューは自らの行いを正当化するつもりはなかったし、この任務が終われば責任を取る覚悟だった。

 たとえ名誉や職どころか命を失うことになろうと、それだけの事を自分はキラに強いたのだとマリューは自覚していたのである。

 

「よい。あれはこちらにも非のある事、国の内部の問題でもあるのでな。我らが中立を保つのはナチュラル、コーディネイター、どちらも敵としたくないからだ。……が、力なくばその意思を押し通す事も出来ず、だからといって力を持てばそれもまた狙われる。軍人である君らにはいらぬ話しだろうがな」

「ウズミ様の話も分かります。ですが我々は……」

「ともあれこちらも貴艦を沈めなかった最大の理由をお話せねばならん。……レイダーとストライクのこれまでの戦闘データ、及びストライクのパイロットであるコーディネイター、キラ・ヤマトのモルゲンレーテへの技術協力を我が国は希望している。叶えばこちらもかなりの便宜を貴艦に計れる事になろう」

 

 地球連合軍初となるMSであり、たった二機で北アフリカで快進撃を続けていたバルトフェルド隊を撃破するに至ったストライク、レイダーの戦闘データ。

 そしてそれらのOSを日々改良している“キラ・ヤマト”。

 既に真実を知る者は自分を含めて数人だが、養子として引き取った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の技術協力。

 ウズミはアークエンジェルを見逃し、ザフトの抗議から庇う事と引き換えにこの二つを獲得することでオーブ軍の戦力を増強しようとしていたのである。

 そんなウズミにとって唯一の誤算は──この場にクロトがいたことだった。

 

「全く。娘が娘なら、親も親ですねえ」

 

 クロトは凍り付いた空気の中で、失笑しながら言葉を続けた。

 

「オーブが中立を主張する理由は分かります。ザフトの地球方面軍総司令部であるカーペンタリア基地が、すぐ近くに存在しますからね。たとえザフトにヘリオポリスを崩壊させられようと、その結果自国民が千人……あるいは二千人犠牲になろうと、中立を主張するのは国を守る政治家として妥当な判断でしょう。……だから極秘裏に反ザフトのレジスタンス活動を支援したんですね?」

「……どういう意味かね?」

「言葉通りの意味ですよ。……アスハ家の次期後継者が反ザフトのレジスタンス活動に身を投じていた。しかもオーブ軍人の護衛を伴って。……ついでにレジスタンスに対する資金援助もあったみたいですね。……近い将来、ザフトはその事を理由にオーブを侵攻するでしょう。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そんなところですよねえ?」

 

 クロトの言葉には得体の知れない雰囲気があった。まさに悪魔の囁きという表現が相応しい、全てを破滅に誘うような。

 事実、カガリの行為はザフトに対する明確な敵対行為である。

 五大氏族の中で最も影響力を持つアスハ家の正当後継者であるカガリの意思はザフトにオーブの意思だと捉えられても不思議ではなく、それは中立を掲げるオーブの国家体制そのものを崩壊させかねない出来事だったのだ。

 言葉を失うウズミを嘲笑しながら、クロトは更に言葉を続けた。その内容はストライクやレイダーの戦闘データよりも余程価値のある、地球連合軍の軍事戦略だった。

 

「そんなウズミ様に一つだけ、僕から有益な情報を差し上げましょうか。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは我々地球連合軍の中でも数人しか知らない正真正銘の最高機密なので、よく覚えておいてくださいねえ?」

「……」

 

 ウズミからの提案を一度持ち帰り、検討すると告げたマリュー達が退出してからもしばらく、ウズミはクロトの生意気な態度に憤慨する側近達を意識から外して沈黙を続けた。

 

 〈66〉

 

「……相変わらず無茶しやがるぜ。どこまで本当なんだ?」

「今のザフトにオーブを攻撃する余裕はありませんよ。ザフトの当面の目標はパナマ基地の占領による地球連合軍の分断です。もしも地球連合軍が防衛に失敗すれば、マスドライバーを保有するオーブに圧力を掛ける可能性は高いでしょうけどね」

 

 マリュー達四人はアークエンジェルに戻ると、ウズミの提案を受け入れるのか、それとも拒絶するのか討論していた。

 

「くくっ。……それじゃあ中尉が強烈なカウンターを決めた所で、いったいどうしたもんかね?」

「私は反対です。この国は危険だ!」

「そう言われたってな。じゃあここで船を降りてアラスカまで泳ぐのか?」

「そういう事を言っているのではありません。修理に関しては代価をと……」

「何も言わなかったけど、ザフトからの圧力も、もう当然ある筈よ。それでも庇ってくれている理由は……分かるでしょ?」

 

 両機の戦闘データ提供とキラの技術協力に相当する代価がある筈だと主張しつつも、そんなものはないと自覚しているのか言葉を濁すナタルに対し、マリューとムウは内心呆れていた。

 

「……艦長がそう仰るなら、私には反対する権限はありませんが、この件に関しましてはアラスカに着きました折に、問題にさせていただきます」

 

 マリューの出した現実的な結論に噛み付きつつ、自分の正統性を主張し始めたナタルを見て、クロトは鼻で笑った。

 

「ふっ。自分は何の対案も出さず、無責任な人だ」

「ならばブエル中尉はどうすると? まさか1人で暴れてなんとかすると?」

 

 ナタルの安い挑発を無視しつつ、クロトは見込みの甘いマリューとムウに釘を刺すように口を開いた。

 

「まず大前提として、地球連合軍の軍事機密を無断で中立国に提供する。……この事実が表沙汰になれば、実行者のキラは死刑になるでしょうね」

「……私が責任を取るわ。たとえ命に代えても、あの子にそんなことはさせません」

 

 人一人の命で取れる責任ではないと思いつつも、クロトはマリューの迷いない言葉に満足げに笑う。

 

「僕が上層部の人間なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。少なくとも僕のバックにいるサザーランド大佐はそういう男ですよ。……中尉もそれを分かっているから、こうやって僕達を売る準備をしてるんでしょう? 心配しなくても、中尉の事は大佐に報告しておきますよ。自己保身に長けた素敵な方だとね」

「……」

「結論から言えば、ここにいる全員で事実を隠蔽するか、それともアラスカまで泳いで帰るかの二択でしょう。……泳ぎはあまり得意じゃないんですけどねえ」

 

 言葉に詰まるナタルを他所に、クロトは相変わらず本気か冗談か分からない口調で呟くのだった。




久々に狂犬モードのクロトくんが登場しました。狂犬国家オーブや無責任副長ナタルさんには狂犬をぶつけんだよ!

オーブ連合首長国、真面目に考えるとカガリちゃんに設定を盛るためだけに用意されただけの継ぎ接ぎ国家って感じがして、とても辛いですね……。

特権階級が存在するけどナチュラルもコーディネイターも平等な国だよ!でも国民はコーディネイターだと名乗り難い程度に差別意識のある国だよ!そんな国だけど国民からの支持は厚いよ!って説明の中で矛盾し過ぎだろ……

ナタルさん、ぶっちゃけ無責任の塊みたいな人なんだけど、本人は自分を責任感のある軍人だと思ってそうで可愛いですよね……。


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平和の国 後編

後編です。

感想でも書きましたが、クロトくんはスピットブレイクまでは基本的に大きく歴史を変えるつもりはありません。
正史通りスピットブレイクを発動させてザフトに壊滅的被害を与えた方が、余程連合軍が有利になりそうだからです。

またクロトくんの人類滅亡計画を知っている者は誰もいない筈なのですが、クロトくんと同じロドニアのラボにいたステラちゃんは、逆行した直後のクロトくん(以下略)


 〈67〉

 

 マリューはストライク、レイダーの戦闘データの提供及び、ストライクのパイロットであるキラにモルゲンレーテの技術協力をさせるというウズミの要求を呑むことにしたのだった。結局のところ、今のマリュー達にオーブ軍と一戦交える余裕はなく、今後もザフトとの戦いが待っている事を思えば、アークエンジェルとスカイグラスパーを修理する必要があったからである。

 またレイダーとストライクも戦闘に次ぐ戦闘によって、アークエンジェル内の設備では修理不可能な電磁流体ソケットの摩耗など駆動系等の問題を抱えており、このままではアラスカ到着までに完全に故障してしまう可能性があったのだ。

 とはいえマリューも全面的にウズミの要求を受け入れたわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 つまりキラに行わせる技術協力をモルゲンレーテに独占させるのではなく、大義名分上はヘリオポリスで行っていたものと同じ大西洋連合軍とモルゲンレーテの技術協力の延長だという体裁を取ろうとしたのである。

 その分、監視役であるクロトにも技術協力を要請するというウズミの追加要求はあったものの、一方的に軍事機密をオーブに提供させられることを思えばマリューの交渉は成功だった。

 

「シモンズ主任。例の2人をご案内致しました」

「ここは……」

 

 クロトとキラが通されたのは、オーブ連合首長国オノゴロ島に本拠を構える国営兵器産業工廠──モルゲンレーテの本社工場だった。

 いわば大西洋連邦とモルゲンレーテの技術協力によって設計・開発が進められたストライク・レイダーにとって、ヘリオポリスの工場と並ぶもう一つの実家とでも表現すべき場所である。

 アズラエルの護衛として、アズラエル財団の保有する世界最大手の軍需産業を視察したことがあるクロトからしても、この設備の水準は並ではないと一目で理解出来た。

 

「……これが中立国オーブという国の本当の姿だ」

 

 苛立った様子のカガリが工場内部の一点を指し示した。

 ウズミとしても地球連合軍を事実上脅迫し、モルゲンレーテに技術協力させるという案件の内実を知る者は極力少数にしておきたいようで、案内役にクロトとキラをよく知るカガリを抜擢したのである。

 そんなカガリの指した先には2種類のモビルスーツの試作機らしきものが製造されていた。片方はクロトも見たことのある機体だが、もう片方は見たことのない機体だった。

 

「これは“M1アストレイ”。向こうは“ムラサメ”。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」

「……それぞれストライク、レイダーと似ているような……?」

 

 オーブ国防軍初の制式主力MS“M1アストレイ”。及びその上位機体である“ムラサメ”。

 モルゲンレーテ社がヘリオポリスで極秘裏に開発を進めていたG兵器の技術を盗用し、製造した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その制式化、戦力化を行うために量産性を考慮した再設計が行われたものがこの二種類のモビルスーツだったのである。

 

「鋭いわね。大小様々な島で構成された国土を防衛するという観点から、オーブ軍のモビルスーツには一定水準の飛行能力が要求されたから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といった方が正しいかしら。まだ量産化出来ていない最新技術を導入したムラサメは指揮官機という位置付けだけどね」

 

 M1アストレイ、ムラサメの主任設計技師であるエリカ・シモンズはモルゲンレーテの技術盗用を暗に示したクロトに対して悪びれずに答えた。技術協力を要求する相手であるならば、どの道すぐに分かる事だからである。

 一方のクロトは、本来の世界線ではまだ完成していないレイダーを参考にした機体であれば、自分が知らなくても無理はないと納得したのだった。

 

「これを、オーブはどうするつもりなんですか?」

「これはオーブの守りだ。オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして他国の争いに介入しない。その意志を貫く為の力さ。……オーブはそういう国だ。いや、そういう国の筈だった。父上が裏切るまではな」

 

 キラの問い掛けに、カガリは不満そうに答えた。

 そんなカガリに対して、クロトはカガリの突拍子もない行動──北アフリカで反ザフトのレジスタンス活動を行っていた理由に思い至り、その真偽を問い質す。

 

「なるほど。……つまり君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と?」

「そうだ。あの地は昔からキサカに連れられて、身分を隠して何度も遊びに行っていた。私にとっては第二の故郷みたいなものだったんだ。それをザフトの連中が侵略したと聞かされて、父上の様に黙っていられるか! ……父上はザフトにヘリオポリスを攻撃されたのに、ヘリオポリスが地球連合軍のMS開発に協力したからだと抗議だけで済ませた。そして自分は責任を取ると叔父上に職を譲った一方で、結局ああだこうだと口を出して……何処までオーブを裏切れば気が済むんだ!」

「仕方ありません。ウズミ様は、今のオーブには必要な方ですから」

「あんな卑怯者のどこが!」

 

 怒りを露わにするカガリに、エリカは肩を竦めた。

 ウズミはヘリオポリスを崩壊させた首謀者であるザフトに抗議すると共に、ヘリオポリスで行われていた地球連合軍のMS開発の責任を取って辞任した。

 そして代表首長の座を弟のホムラに譲っていたが、依然として実権はウズミが握っていたのだった。そんな茶番劇はカガリにとって許せない行為だったのである。

 

「あれほど可愛がってらしたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわね。……さ、こんなおバカさんは放っておいて、来て!」

 

 更に奥に通されると、実際の詳細なデータを取る為に試験的に製造された“M1アストレイ”と“ムラサメ”の実機が並んでおり、そのテストパイロットと思われる三人の少女がそれぞれ乗り込んで機体を操縦していた。

 その動作は明らかに緩慢であり、実戦に投入出来る水準にはほど遠い代物だった。

 現在MSを高度な水準で操縦出来るOSは、ザフトが開発したコーディネイター用のOSと、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()C()P()U()()()()()、そしてキラ本人が未完成だったナチュラル用OSを基に作り上げたキラ専用のOSしか存在しない。

 エリカの目的はそんな独自のOSを作り上げる程の高いプログラミング能力を持つキラの協力を得る事で、未だオーブにおいても、地球連合軍においても開発が難航しているナチュラル用OSを完成させることだったのである。

 

「協力をお願いしたいのは、あれのサポートシステムのOS開発よ。それから、中尉にはテストパイロットであるこの娘達の教育もね。……カガリ様から聞いたわよ。自分の知ってる中じゃ、ザフトやその子を含めて誰よりも強いって」

「はぁ……」

 

 エリカに呼ばれ、機体から降りて来た3人の少女達──アサギ、ジュリ、マユラからの興味深そうな視線を受けて、クロトは思わず溜息を吐いたのだった。

 

 〈68〉

 

「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」

「よくそんなこと、こんな短時間で。すごいわね、ほんと」

「元々、レイダーにはナチュラルの神経接合に適合するOSが搭載してありますから。それを参考にすれば、このくらいは」

 

 キラは隠れコーディネイターであるエリカも舌を巻く速度で、まずは目に付いた神経接合に関わるOSの欠陥を修正した。これで今までエリカが悩まされていた動作制御を行う際の不安定性が解消され、一定水準で素早い動きを行う事が可能になったのである。

 

「次は実際に動かして、何か動作に問題がないかですね」

「えぇ、そうですわ中尉。早速お試しになります?」

「……まずは、あの子達に。僕はその後で」

「そう? アサギ! 試してみて!」

「はーい!」

 

 アサギと呼ばれた少女はキラが修正を加えたOSの動作確認を行うため、そのOSが搭載されたアストレイに乗り込んだ。臨時教官であるクロトが見守る中、アサギは先程とは比較にならない精度と速度でアストレイを操縦し、エリカ達モルゲンレーテの技術者を驚嘆させた。

 ジャンケンで敗北し、アサギに一番乗りを奪われたジュリとマユラも、次は自分の番だとばかりに顔を輝かせている。

 一方キラは何故か不機嫌そうな表情をしており、そんなキラに対してクロトは軽い調子で声を掛けた。

 

「どうしたの、不機嫌そうな顔して」

「……そんな顔してない」

「あっそ。ところで家族との面会を断ったんだって? もしかして、僕に遠慮してる?」

 

 地球連合軍の志願兵として、作戦行動中であるキラ達は原則として除隊出来ない。

 一刻も早くアークエンジェルを修理して、アラスカを目指す作戦に復帰しなければならないこの状況下では休暇も許されていない。そもそも中立国への入国でさえ、本来は許されない行為なのである。

 しかしマリューとウズミの計らいによって、短い時間だが軍本部での面会が許可されたのだった。とはいえキラは面会を断ったらしく、実際に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 とはいえ以前に母親を亡くし、第8艦隊の先遣隊として乗り込んでいた父親を喪ったフレイを除いてカトーゼミ組の家族は全員無事だったらしく、サイやトール達は家族との面会を楽しみにしているようだった。

 もちろん物心の付いた時からロドニアのラボで実験体として扱われていたクロトには家族など1人もいないため、クロトとの面会を希望する者はいなかったのだが、そんな事をいちいちキラが気にする必要はないとクロトは思ったのである。

 

「……今会ったって……私、軍人だから」

「軍人でも、キラはキラだろ? ……きっと家族も、会いたがってるんじゃないの?」

「こんなことばっかりやってるでしょ……私。MSで戦って、その開発やメンテナンスを手伝って……」

「……」

 

 クロトとは異なり、蝶よ花よと育てられた少女──キラ・ヤマト。

 しかし今はクロトと同じく死と狂気に満ちた最前線で戦い続けている上に、落ち着いている時も兵器の開発や調整に追われる日々である。

 キラはそんなすっかり汚れてしまった自分の姿を両親に見せたくなかったのである。

 

「オーブを出れば、すぐまたザフトと戦いになるだろうし。……それに、今会うと言っちゃいそうで嫌だから……」

「何を?」

「なんで私を……()()()()()()()()()()()()って……」

 

 自分がナチュラルであれば、ストライクを操縦することはなかった。

 自分がナチュラルであれば、ヘリオポリスの崩壊に巻き込まれたり、避難シャトルに乗って撃ち落とされたりとどこかで死んでしまっていたのかもしれないが、こんな辛い思いをすることはなかった。

 勿論、これは八つ当たりだとキラも理解していたのだが、それでも自分をコーディネイターにした両親に対して、何処か恨がましい感情を抱いていたのである。

 

「僕はどっちでもいいけどさ。……もしかして、次があると思ってる?」

「え?」

「ザフトとの戦いで……もしくは地球連合軍に拘束されて、二度と会えなくなるかもしれないよ? それでもいいなら、僕は何も言わないけど」

 

 正史では、()()()()()()()()()()()()

 自分が一緒に戦っているから大丈夫だと最初は思っていたが、特に地球圏降下以降のザフトは、明らかに正史より強大な部隊を差し向けている。そんなザフトの猛攻から、クロトはキラを守り切れる自信はなかったのである。

 またキラを利用しようとする地球連合軍の魔の手から、キラを庇い切れるかと言われると自信がなかった。何せ自分はブルーコスモスの抱える人間兵器であり、コーディネイターを1人でも多くこの世から葬り去るのが唯一の存在意義なのだから。

 そんなクロトの複雑な心境を知ってか知らずか、遂にキラは決心した様に口を開いた。

 

「もう一つ、理由があって。……クロトは知らないかもしれないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……もしかして、アスラン・ザラか?」

「やっぱり、知ってたんだ?」

「確証はなかったけど、ね」

 

 元々、その可能性は早い段階でクロトも認識していた。

 アスランが操縦するイージスはクロトであっても決して侮れない強敵であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 イージス以外の敵はしばしばストライクを狙うことがあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 そして決定的だったのは、バルトフェルド邸で遭遇した時の反応だった。

 ラクス返還の際に一度だけ遭遇したらしいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまりキラとアスランは昔からの幼馴染であり、少なくとも正史におけるアスランは密かに手加減することで、キラを守っていたとクロトは気付いたのだ。

 ……()()()()()()()()()()()()()()

 

「初恋の人だったんだけどね。……今は顔も見たくないけど、それでもやっぱり、ね」

「そっか……」

 

 言葉を失うクロトの前で、突如キラの肩に留まっていたトリィが羽ばたき、建物の外に飛び出そうとした。しかし入口の手前でクロトにあっさりと捕まえられ、追い掛けて来たキラの手に再度戻される。

 

「トリィも、両親に会いたいってさ。……行っておいで。ここで待ってるから」

「……うん」

 

 クロトに見送られ、キラは両親の待っている軍本部に向かうのだった。

 

 




フレイちゃん役とムウさん役を同時にこなしてキラちゃんを両親との面会まで漕ぎ着けさせる一方で、遂にキラちゃんとアスランくんの関係を知ったクロトくんでした。

キラちゃんの両親は反ブルーコスモスかつ、息子の様に可愛がっていたアスランくん推しなので、キラちゃんはクロトくんの事もアスランくんの事も結局話せませんし、反対に色々と黒い噂を吹き込まれます。

そんなキラちゃんが後にムラサメ乗りと化す常夏三人娘にチヤホヤされながら教官をしていたクロトくんを襲撃したのは言うまでもないでしょう。

(トリィイベントが消滅したため、軍本部に向かうキラちゃんを遠くから見詰めるアスランくん)


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閃光の空 前編

前後編です。


 〈69〉

 

 月面基地プトレマイオスより、アラスカ基地に向かうシャトル内にて。

 

 アズラエルは内通者(クルーゼ)より得たプラントの地球軍封殺作戦“スピット・ブレイク”の具体的な日時と方法を地球連合軍に伝達するためと、アークエンジェルに乗り込みアラスカ基地を目指しているクロトと、それを密かに援護しつつ同じくアラスカ基地に向かっているオルガ、シャニを回収するため、アラスカ基地に向かっていた。

 北アフリカに降下してしまい、更に()()()()()()()()()()()()()()()()()()アークエンジェルの到着は当初の計画よりも大幅に遅れる見込みだったため、本来クロトは別の場所で合流する予定だったのだが、ついでに回収してしまおうというわけである。

 

「……」

 

 ステラ・ルーシェはシャトル内で本来の業務──自身が経営している軍需産業会社の通常業務を行っているアズラエルに代わり、ハルバートンに提出された新型艦アークエンジェル型2番艦“ドミニオン”に配属される予定の人員リストを精査していた。

 既に人事権を掌握しているとはいえ、あくまで個人の細かい資質まで把握していないアズラエルが一から人員リストを作成するよりも、実際に第8艦隊の司令官として部下の教育にも携わっているハルバートンにある程度は任せて、その内容を精査する方が合理的だからである。

 そもそも“アークエンジェル”はヘリオポリスの一件で艦長以下、正規クルーの大部分を喪った状況でザフト屈指のエリート部隊“クルーゼ隊”の追撃を振り切り、北アフリカで快進撃を続けていた“バルトフェルド隊”を撃破していた。

 つまり“ドミニオン”に乗り込む()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのがアズラエルの結論だったため、ステラの仕事はその中に問題行動を起こしそうな人物がいないかどうかを調べるといった、単なる確認作業に過ぎないものだった。

 加えてアークエンジェルで副長として経験を積み、代々軍人を排出している名門バジルール家の一員であるナタル・バジルール中尉に加えて、プロパガンダにも有用そうなアルスター家の令嬢フレイ・アルスター二等兵をアークエンジェルから引き抜き、最後に地球連合軍初のMS部隊である地球連合軍第一機動部隊に書類上所属していることになっているステラ、オルガ、シャニ、クロトの四人を加えればドミニオンの大まかな人員は完成である。

 

(先輩……)

 

 ステラは監視役がいなくとも、アズラエルから与えられた任務を忠実に、そして想定していた以上の戦果を上げることで自分達“生体CPU”の待遇改善を行ったクロトに感謝していた。

 ブルーコスモスの抱える研究者達は“生体CPU”にとって命綱である“γーグリフェプタン”を持たせないことでクロト達の反逆を防止していた。

 研究者達は自分達の崇高な使命の為にステラ達を“生体CPU”に改造したにも関わらず、そんなステラ達の反逆を恐れているというのだから、ステラにとって彼らの態度は不愉快どころか滑稽だったが、ともかく“エンデュミオンの悪魔”と称される程の活躍を見せたクロトすら例外ではなく、常に監視役である研究員に自分の命を握られた状態での作戦行動を強いられていた。

 しかし監視役の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状況で、後に大西洋連邦にとって邪魔者となり得るユーラシア連邦と対立する口実を産み出し、大西洋連合軍を手中に置こうとしていたアズラエルにとって最後の邪魔者だったハルバートンを事実上傀儡化させ、自らバルトフェルドを討ち取る程の大戦果を上げたクロトを見たアズラエルは、クロトら完成した4体の“生体CPU”に監視役は不要だと判断したのである。実際にオルガとシャニの両名も特に問題行動を起こさず、モラシム隊の撃破などザフトに大打撃を与えていた。

 今まで“γーグリフェプタン”を渡す対価だと、自分に肉体的な奉仕を要求してくる下卑た研究員達に日々苦しめられていたステラにとって、そんなクロトに対する感謝は言葉では言い表せないものだったのである。

 

「そうそう。……1人だけ、気になる人物がいてね」

「気になる人物、ですか?」

 

 アズラエルは書類から目を放し、思い出した様にステラに視線を向けた。

 

()()()()()()()()()()()。……ヤマト少尉だったかな? ハルバートン少将の話では、ヘリオポリスに住んでいた民間人の少女コーディネイターらしいが……どう思う?」

「……そうですね。先輩の事ですから、ストライクを格納庫で遊ばせておくのは勿体無いと判断されただけだと思いますが。……それ以上はなんとも」

 

 ハルバートンの話では友人を守りたい、出来るだけの力があるなら、出来ることをしたいという馬鹿げた理由で志願兵になった少女コーディネイター、キラ・ヤマト。

 命じられるままに戦う以外の選択肢が存在しないステラにとって、そんなキラの甘い考えは憎悪を掻き立てるものでしかなかった。

 おそらくクロトも自分と同感だろうが、同じG兵器に乗り、その上多数の部下を従えているザフトのエリート部隊をたった一人で相手にするのは困難なため、やむなく彼女を利用していたのだろうとステラは推測していた。

 

「ふむ。このままアークエンジェル共々アラスカで生贄として死んでもらうか、引き抜いて僕の下で働いて貰うか、彼女の処分だけは少々悩んでいてね。……君も、一人位は同性の子が居た方がいいんじゃないのかい?」

「……意外ですね。てっきり処刑にされるか、生贄として使われるのかと」

「ふふっ。僕はサザーランド君と違って、そこまで残虐じゃないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も世の中には大勢いるだろう? 僕に忠誠を誓うのであれば、多少見逃すことくらいは吝かじゃないよ?」

 

 実際、アズラエルはブルーコスモスに自らの忌まわしい出自に悩んだコーディネイターが所属するのを認めていたり、自分が経営している会社にコーディネイターを採用するといった柔軟性も持っていた。

 コーディネイターは一人残らずこの世から全て消し去るべきだと主張するブルーコスモス支持者も決して少なくない中で、アズラエルの思想はむしろ穏健派に分類されるものだったのである。

 そんな硬軟併せ持つ傑物であるが故に、ムルタ・アズラエルは経済界の大物や地球連合軍の上層部、政治家といった多くの有力者からの大きな支持を受け、弱冠30歳にしてブルーコスモスの盟主と呼ばれるまでの有力者に上り詰めたのである。

 

「……そうですか。失礼致しました」

 

 とはいえ、ステラは内心キラと共にアズラエルの部下として働くことを良しと思わなかった。

 ステラはクロトが“ブーステッドマン計画”の被検体としてロドニアの研究所を連れ出された日に、クロトが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もちろんステラも最初はただの戯言だと思っていたが、連れ出されたクロトは生体CPU“ブーステッドマン計画”の完成品として戦闘用コーディネイターと同等以上の性能を発揮すると共に“グリマルディ戦線”で目覚ましい活躍を示したことで、アズラエル直属の部下に任命されるまでに至ったのである。

 ステラはクロトがアズラエルに何の忠誠心も抱いていない事はよく知っていた。クロトは自分から全てを奪ったブルーコスモスを憎んでいて、ロドニアの研究所でも極めて高い能力を示す傍ら、研究員に反抗的な態度を取って制裁を受ける事も少なくなかったからである。

 だからクロトがその気になれば、そんなブルーコスモスの盟主であるアズラエルを殺す機会はあっただろうし、それ故にアズラエルはそんな愚行を実行に移すどころか、誰よりも任務を忠実に遂行するクロトを信頼するに至った訳だが、クロトを昔から知るステラの見解は違った。

 クロトは本気なのだ。

 一日でも長く生きる為、何も考えずに任務を遂行しているオルガ、シャニとは異なり、自分の自尊心や命すら擲ってまでアズラエルの信用を勝ち取り、クロトはこの世界を滅ぼす為の力を得ようとしているのだ。

 そんなクロトの力になる為、ステラは今までは苦痛を伴う日課でしかなかったナイフや重火器を扱った実戦訓練、シミュレーションでの戦闘訓練において、集められた被検体の中でも突出した成績を残したことで、未だ完成の目途が立っていない“エクステンデッド計画”から“ブーステッドマン計画”の新たな被検体として引き抜かれたのだった。

 だからステラにとって、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 今までクロトの背中を支えたことに免じて命までは奪うつもりはないが、キラの言動次第ではクロトの唯一の同志として、粛清する必要があるとステラは考えていた。

 

「……」

 

 遂にロールアウト日が決まった、ステラに与えられる新型MS──現行のG兵器に搭載されたものを凌駕する大容量の強化バッテリーを搭載し、ナチュラル用の試作機ではなく生体CPU用のエース機体として製造されたもう一つの“ストライク”。

 ストライカーパックによる補助なしに、スラスター増設による大気圏内での単独飛行能力と、消費電力と強度の関係でレイダーと同じ()()()P()S()()()()()()()()()()()()()()()のデータを思い返しながら、ステラはほとんど意味のない人員リストの精査を再開したのだった。

 

 〈70〉

 

『――総員、第一戦闘配備!総員、第一戦闘配備!』

 

 地球連合軍の勢力圏である北回帰線到達まで残り半日と迫ったマーシャル諸島付近で、アークエンジェルはアスラン率いるMS部隊の待ち伏せに遭っていた。

 アークエンジェルに対して度重なる追撃を行った事で、アスラン隊は大気圏内用のサブフライトシステムであるグゥルを残り1機まで減らしていた。

 そのため、大気圏内の飛行能力を持ったMSを保有していないアスラン隊は、オーブ領海を超えたばかりの海域で仕掛けることが出来なかったのである。

 ここでアスラン隊が撃退されれば、地球連合軍からの増援が望めるアークエンジェルを仕留める事は現実的に困難であり、アスラン隊にとって最後のチャンスだった。

 アークエンジェルからはストライク、レイダー、ランチャーストライカーを搭載したスカイグラスパー一号機が迫り来るアスラン隊を迎撃するために出撃する。

 

『……ちっ』

 

 自分にまるで弾丸の様に向かって来るグゥル付きのイージスと、少し離れた位置に布陣しているストライクに向かって行くバスター、ブリッツ、デュエルを見て、クロトは()()()()()()()()()()()()()()ことを認識した。

 それは()()()()()()()()()()()()()である。そんな今まで採用されなかった作戦がこの土壇場になって採用されたのは、あまりにも意外な理由が有った。

 ザフトの中でも特にエリートである赤服の自分達が、MSの数で劣っているアークエンジェルに対して何度も撃退されているという事実。そんな事実に業を煮やしたイザーク、ディアッカ、ニコルがアスランの立てていた作戦に反発し、まずはレイダーと比較して明確に技量の劣るストライクを集中攻撃で撃破し、その後にレイダー、あるいは母艦であるアークエンジェルを全員で攻撃するべきだと主張したからである。

 クロト本人の高い技量とアスラン達の拙い連携の関係で、2対1どころか3対1でも凌いでしまうレイダーを複数のMSで対処しようとするアスランの作戦は、既に他の三人にとって受け入れられないものだったのだ。

 特にクルーゼから“避難民シャトル誤射”の件で、アークエンジェル追討任務に関して失敗は許されないと忠告を受けているイザークは、おそらく無名のナチュラルであるにも関わらず自分を手古摺らせるストライクとの一騎討ちに固執していた自尊心を捨てて、今回の作戦をディアッカやニコルと共に提案したのだった。

 仮にこの任務が失敗してしまったとしても、G兵器の基礎であるX100系統のフレームを利用しているため汎用性が高く、今後地球連合軍の量産機に有用な運用データをフィードバックする可能性が高いストライクの実機を撃破する事には一定の戦略的価値がある。

 そう論理立てて主張するニコルと、ザフトのエースパイロットだった“砂漠の虎”バルトフェルドが一方的に敗れたクロトを相手に、長時間互角に渡り合っていたアスランなら大丈夫だと軽口を叩くディアッカに対して、アスランは何も言えなかった。

 

『キラ……』

 

 アークエンジェルとの複数回に渡る実戦経験を基に立てた作戦に対して、あくまで私情交じりの作戦を立てていたアスランは否定することが出来ず、要は自分がクロトを抑え込んでいる間にイザーク達がキラを始末するという作戦を受け入れたのだった。

 この作戦をザフトのアスラン・ザラとして遂行しつつ、キラの命を助ける為には周囲の援護を期待出来ない状況で一秒でも早くレイダーを撃破し、自らストライクを戦闘不能に追い込んでキラに投降を呼びかける事しかアスランには考えられなかった。

 同様に自分の邪魔をするイージスを撃破し、包囲されつつあるストライクを救援に向かう為に猛烈な勢いで襲い掛かって来るレイダーを前に、イージスは両腕のビームサーベルを展開した。

 

『俺がお前を――討つ!』

 

 この地特有の激しいスコールが発生し、頭上を旋回するムウのスカイグラスパーからの援護射撃もままならない状況で、アスラン隊にとって最後の戦いが始まったのだった。



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閃光の空 後編

後編です。


 〈71〉

 

「……フッ」

 

 複数のエージェントを介し、アズラエルから入手した地球連合軍最高司令部であるアラスカ基地の詳細な見取り図を見て、クルーゼは一人静かに笑っていた。

 もちろん、ザフトの白服であるクルーゼがブルーコスモスの盟主アズラエルと密かに情報交換を行っているのは、本来であればプラントに対する明確な背信行為である。

 とはいえクルーゼはプラントに忠誠など誓っておらず、クルーゼがザフトの白服として今日まで戦果を上げ続けていたのは現プラントの最高指導者であるパトリック・ザラの信用を得てプラントの上層部しか知り得ない軍事機密を入手し、その軍事機密をアズラエルに流すためである。

 だがクルーゼはあくまでクルーゼ自身の目的のために、地球連合軍に大きな影響力を持つアズラエルを利用しているだけに過ぎない。

 クルーゼの目的は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、16年前にブルーコスモスの襲撃を受けてコロニー・メンデルで行方不明となり、つい先日意外な形で遭遇することに成功した、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

(……私が動けないのをいいことに、手間取らせてくれる……)

 

 宇宙から大規模な降下部隊を降下させ、地球連合軍が唯一保有するパナマ基地のマスドライバー“ポルタ・パナマ”を制圧し、地球連合軍を地上に封じ込めると共に月面基地との分断を図ると見せ掛けておいて、実際にはアラスカ基地を強襲して地球連合軍の指揮系統を麻痺させる軍事作戦“オペレーション・スピットブレイク”。

 ヘリオポリスで行われていた“G兵器製造計画”と並行して進められ、既にロールアウト間近とされる地球連合軍のMS“ダガーシリーズ”のロールアウトなど、正攻法では地球連合軍の巻き返しが起こると予想したパトリック・ザラら評議会議員の一握りの者が戦局を一気に打開するために考案し、水面下で準備を進めている極秘の作戦である。

 プラント議長に就任したパトリックの指令を受けて“オペレーション・スピットブレイク”に関わる綿密な準備を行う必要があったため、クルーゼは地球に降下したキラを追うことは叶わなかった。

 そしてクルーゼは自分の部下であるアスランを支援することで目的を果たそうとしたのだが、その企みは全て失敗に終わっていたのである。

 本来は極めて高い的中率を誇る“フラガ家の先読み”。

 そんなフラガ家の歴史の中でも最高峰の精度を誇っていたアル・ダ・フラガのクローンであるクルーゼの先読みがこれほど当たらなかったのは、クルーゼにとっても初めての経験だった。

 

(……流石はキラ・ヒビキということか)

 

 クルーゼは自分の先読みが当たらなかった理由は、人類最高の才能を付与されたキラの能力はクルーゼが先読み出来る範疇を超えているからだと考えていた。

 実際、クルーゼは友人であるデュランダルに趣味のチェスの腕では後塵を拝していたし、何もかもが読める訳ではなかった。あくまで先読みはミクロな点では空間認識能力、マクロな点では部分的に精度の高い未来予測が行える程度の能力であり、万能の力とは程遠いのである。

 とはいえあくまで人間の延長線上に過ぎないキラは、巨額の資金を投じて行われた遺伝子操作によって極めて優秀な才能が付与された第二世代コーディネイターであるアスラン・ザラと比較して、それほど突出した才能を持っている訳ではない。

 そんなキラに匹敵する才能を持ち、ザフトのアカデミーで英才教育を受けたアスラン達であれば自分に代わってキラを確保するだろうとクルーゼは期待していたのだが、報告によればアスラン達はキラと例の生体CPUに封殺されているらしい。

 そしてアークエンジェルは地球連合軍の勢力圏内まで残り僅かの地点まで進んでおり、アスラン達は残存勢力で最後の攻撃を仕掛けるとのことである。

 

(……とはいえ、どちらにせよ私の勝ちだ)

 

 もしもアスランが敗退し、アラスカ基地にアークエンジェルが到着することになれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とクルーゼは予想していた。

 そして地球連合軍が“オペレーション・スピットブレイク”の対抗策としてアラスカ基地の地下に設置した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と踏んでいたのである。

 ならば地球連合軍の上層部が脱出し、何も知らないアラスカ基地防衛部隊がザフトを十分に引き付けて“サイクロプス”を発動するまでのタイムラグで、アラスカ基地で拘束されているキラを確保出来る可能性は高い。そのためにクルーゼはアラスカ基地の詳細な見取り図を、“オペレーション・スピットブレイク”を実行させるために必須の情報だと偽ってアズラエルに要求したのである。

 だからアスラン最後の攻撃の成否はともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 ブルーコスモスに所属するナチュラルを騙る生体CPUがコーディネイター達の追撃からコーディネイターを守り抜くという、クルーゼの見聞きした物事の中でも一二を争う興味深い出来事が遂に終わってしまう事に寂寥感を抱きつつ、クルーゼは“オペレーション・スピットブレイク”の指揮官としての活動に戻るのだった。

 

 〈72〉

 

 クロトとアスランの予想を覆し、キラはムウの援護を受けられない中でイザーク、ディアッカ、ニコルを同時に相手に回すという最悪の事態を単独で切り抜けつつあった。

 常にストライクに照準を向けているバスターの射線にデュエルを巻き込む形で立ち回ってバスターの砲撃を牽制し、同士討ちを避けるために距離を取ろうとするデュエルに張り付くような形で絶えず接近戦を仕掛ける。

 それを引き剥がそうと背後から放たれたブリッツのピアサーロック“グレイプニール”を最低限の挙動で避け、反撃のビームライフルを放つ。

 

『ナチュラル如きに!』

 

 ブリッツに反撃するため、一瞬背後を向いたストライクにデュエルはビームサーベルを抜いて振り下ろすが、ストライクは左腕の対ビームシールドで受けると同時に無防備なデュエルの胴体に蹴りを叩き込む。

 そして回り込んだバスターの放った“94mm高エネルギー収束火線ライフル”を踊る様に避けてビームライフルを構え、倒れたデュエルに向かって放つ。デュエルはストライクの放ったビームをかろうじて回避するが、掠めた装甲の一部が融解する。

 

『くそっ……!!』

 

 キラがイザーク達との戦いを優位に進めていたのは理由が有った。

 これまでイージス、バスター、ブリッツを同時に相手取っていたレイダーのこれまでの戦闘データを、キラはモルゲンレーテでナチュラル用のOSを作る為の技術協力を行う際に分析すると共に、自分の中に落とし込んでいたからである。

 どのように数的不利の状況下で立ち回るかの解答が明確な形で示されている上に、キラはクロトを遥かに超越する空間認識能力と情報処理能力を持っている。

 その高い能力によってクロトであれば後退して対処するしかなかった攻撃も、キラは踏み込みながら対処する事が可能だった。既にキラの技量は対多数のMSを想定した場合に限れば、クロトに匹敵する水準まで到達していたのだった。

 

『下がりましょう、ディアッカ!』

『チッ、仕方ねえな……!』

 

 遂に間合いに踏み込まれたバスターはストライクに両手を切り飛ばされて戦闘不能になり、ブリッツも右腕を根元から両断されて虎の子の攻盾システム“トリケロス”を喪失し、その戦闘能力の大部分を喪失した。

 

『痛い、痛い……!』

 

 最後まで抵抗していたデュエルも鍔迫り合いの最中、ビームが掠めた事でPS装甲の機能が失われた箇所にアーマーシュナイダーを叩き込まれたことで一部の電気系統に異常が発生し、海中に撤退を余儀なくされていた。

 

『そんな、馬鹿な!』

 

 グゥルは破壊されたものの、その代わりにスラスターの一部を破壊した事で飛行能力が低下したレイダーと浜辺で対峙していたアスランは、ストライクを撃破するどころか次々に損傷を受けて撤退していくイザーク達を見てコクピットの中で叫んだ。

 

『もう下がって! 貴方達の負けよ! アスラン!』

『……何を今更! 討てばいいだろう! お前もそう言ったはずだ! お前も俺を討つと! 言ったはずだ!』

 

 イージスの背後に降り立ち、ビームライフルを構えながらキラはアスランに撤退を呼び掛けた。目の前の荒れた海に飛び込めば、海中でPS装甲に通用する強力な実弾兵器を保有していないストライク、レイダーで追撃することは不可能である。

 しかしここで撤退するということは、アスランにとってクルーゼから大きな期待を背負って任されたアークエンジェル追討任務が失敗するということだった。

 北アフリカでの敗戦に引き続き、まるで手の掛かる愛おしい妹の様だったキラや、そんなキラに付き纏うブルーコスモスのクロトに完敗を認める事は、今まで努力すればするだけ成果を認められるエリート街道を歩んでいたアスランにとって、絶対に受け入れられないことであったのである。

 

『……お前も、死んだ方がマシなクチか』

 

 クロトはバルトフェルドと異なり、わざわざイージスのコクピットを避けてまでアスランを生かすつもりはなかった。

 後々の展開を考えた場合、所詮はエターナルの艦長に過ぎないバルトフェルドよりも、ジャスティスのパイロットとしてクロトの前に立ち塞がるだろうアスランの方が、より厄介な障害となり得る可能性は高いからである。

 未だ()()()()()()()()()()()()()()()()、自分が戦死した第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にてヤキン・ドゥーエ要塞の守備隊を指揮していたラウ・ル・クルーゼと並び、最大の難敵となり得るアスラン・ザラに掛ける情けなど、クロトには存在しなかったのだ。

 キラに手を汚させるまでもなく、自分でアスランを討つ。

 そう考えてイージスに突撃したレイダーの真横に、突如“ミラージュコロイド”を解除したブリッツが現れた。

 

『援護します、アスラン!』

 

 ニコルは一人だけ残ってレイダー、ストライクと戦おうとしていたアスランを助ける為、密かに海中から戻っていたのである。ブリッツは反射的にレイダーが突き出した右腕の対ビームシールドに、手槍としても使用可能な3連装超高速運動体貫徹弾“ランサーダート”を振り下ろした。対ビームシールド自体はPS装甲ではないため、実弾兵器である“ランサーダート”に貫かれて至近距離で激しい衝撃を受け、レイダーの右腕は関節部から吹き飛ばされた。

 

『貰った!!』

『ちっ……!』

 

 イージスは突如右腕を喪失し、ブリッツに気を取られたレイダーを右足のビームサーベルで蹴り上げた。その一撃でレイダーのPS装甲が大きく抉れ、パイロットであるクロトの姿が外部から確認出来る状態まで露出する。ほんのコンマ数秒でもクロトの反応が遅れていれば、ビームサーベルの直撃を受けてクロトは生きたまま蒸発していたところだったのである。

 

『クロト!!』

『させませんよ!』

 

 キラは突如起こった思わぬ事態に動揺すると共に、ストライクのスラスターを全力で吹かせてクロトの救援に向かった。再度“ランサーダート”を構えて自分を足止めしようとするブリッツを見て、自分がアスラン、あるいは目の前のアスランの同僚に確実に止めを刺しておけば、こんなことは起こらなかったと後悔しながら。

 

『……来るな、キラ!』

 

 神懸かり的な反射で“スキュラ”を避けて“ツォーン”を撃ち返し、それを避けたイージスが繰り出すビームサーベルの猛攻を耐え凌ぎながらクロトは叫んだ。

 油断して窮地に陥った自分など放っておいて遠方で援護射撃を放っているアークエンジェルと合流し、ムウが操縦するスカイグラスパーの支援を受ければ、既にバッテリーが限界寸前のイージスは撤退を余儀なくされるからである。

 

『くそっ……!』

『止めだ!!』

 

 しかしバッテリー残量など微塵も考えていないイージスの猛攻の前に、大破して大幅に機能低下していたレイダーの右脚が、左脚が、最後に左腕が斬り飛ばされ、最後に剥き出しになったコクピット目掛けて、イージスのビームサーベルが振り下ろされたのだった。

 

 〈73〉

 

 レイダーとブリッツが撃墜されたのは、ほぼ同時だった。

 イージスのビームサーベルをコクピット付近に受け、海中に沈んだ直後に爆発したレイダーに対して、動力部にストライクのビームサーベルを受け、密林に叩き付けられると同時に大爆発したブリッツ。

 どちらも操縦者の生存は絶望的な状況であり、またそれぞれの機体に止めを刺したアスランとキラの反応は対称的だった。

 

『お前がニコルを……ニコルを殺した!!』

『……』

 

 声を震わせ、通信回線で自分の親友を殺したキラに向かって怒りを露わにするアスランに対して、キラはアスランに何の言葉も出なかった。

 ヘリオポリスの襲撃に始まり、自分達から一方的に攻撃を仕掛けておいて、自分の判断で撤退することを拒否しておいて、何故アスランは一方的に被害者ぶるのか、キラには全く理解出来なかったからである。

 ザフトは義勇軍であり、世に例を見ない志願制の軍隊だという。

 つまりアスランは自分の意思で戦う事を選んだ筈なのである。撃つ覚悟と、撃たれる覚悟。その覚悟でアスランは銃を取ったのではないのか。

 キラは悟った。アスランは何の覚悟も持たないまま、能力に任せて他者を撃っていただけの存在なのだと。そんなアスランから自分を守る為に、クロトはとうとう死んでしまったのだと。

 ──許せない。

 

『アスラン!!!』

 

 ストライクはスラスターを全開で吹かせてイージスに突撃した。そしてイージスが両腕で繰り出した斬撃を紙一重で避けると同時に、根元から左腕を斬り飛ばす。

 更にイージスが放った左脚の斬撃を避けながら、一瞬無防備になった胴体を蹴り飛ばして距離を取る。

 初めてバルトフェルド隊と戦った時以来の、まるで時間の流れが止まっている様な不思議な感覚が可能にする絶技である。

 

『くっ……!』

 

 キラが本気の殺意を向けて襲い掛かって来るという事実は、キラに対して未だ甘い幻想を抱いていたアスランの怒りを引き出すには十分だった。

 

『俺がお前を……討つ!!』

『貴方だけは!!! 貴方だけは!!!』

 

 イージスはストライクの猛攻を掻い潜り、対ビームシールドを構えていたストライクの左腕を斬り付けた。防ぎきれないと判断したストライクは左腕を捨ててイージスの頭部を斬り飛ばし、更にイージスが放った右脚の斬撃をスラスターを吹かせて回避した。

 ストライクの回避する方向を読んでいたイージスはMA形態に変形し、全スラスターを活用して腕ごとストライクの胴体を挟み込む様な形で喰らい付いた。

 

『終わりだ!!』

 

 頭部に“ツォーン”を保有しているレイダーには通用しないが、両腕に武器の使用を依存しているストライクに逃れる方法は存在しない必殺の手段である。

 イージスがそのまま“スキュラ”を放ち、ストライクを撃破しようとした瞬間。

 

『死ね!!!!』

 

 ()()()()2()8()8()7()

 軍事機密の塊である機体を自爆させ、その情報を引き出させない様にするために搭載されている自爆装置を作動させるキーコードだ。

 機体の特性上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、アスランに敗北すると悟ったキラは咄嗟に作動させていたのである。

 そしてコクピットを抜け出した直後、自爆装置と“スキュラ”を受けたストライクが大爆発し、強烈な爆風を受けたキラは意識を喪った。

 

 

 

 つい先日、スカイグラスパー二号機のパイロットとして任命されたトール・ケーニヒは悪天候の中、ムウと共にMIAになったクロトとキラの捜索を行うという初任務に赴き、樹木に引っ掛かって気を失っていた緑髪のザフト兵()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 しかしキラとクロトの姿はどれだけ探しても見つからず、ザフトの追撃を恐れたマリューは大破したブリッツを回収すると、ムウの反対を押し切ってアラスカ基地に向かい始めたのだった。




という訳で、ニコルくんは捕虜になって貰いました。

ニコルくん捕虜ルート、自分の死を大義名分に核を解禁した父の姿に何を思うのかという裏テーマがあるので楽しいですよね。

またトール君生存ルートのミリアリアちゃんの言葉にフレイちゃんを止められるだけの説得力はありませんので、狡猾で残忍な男は大人しく撤退して貰いました。

とはいえトール君生存ルート、色々なキャラの成長フラグをへし折ってる感あるので、オーブ解放作戦前日に全員降りてしまいそうですね……


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幻の慟哭

 〈74〉

 

 イージスの猛攻の前に四肢を切断され、最後に残った胴体部分にビームサーベルを突き立てられ、遂にストライクは致命的な損傷を受けた。

 

『──終わりだ!!』

 

 コクピットの中のキラは苦悶の叫びを上げ、止めの“スキュラ”を受けて爆散する。

 

『──彼女のデータは、残念だけど全て処分しなければいけませんね』

『──やれやれ。明日からは俺がストライクのパイロットか?』

『──全く艦長も少佐も、お人が悪い。もっとも嫌われ役を買って出たのは私ですが』

 

 孤軍奮闘するキラを見殺しにしたにも関わらず、アラスカ基地で“サイクロプス”で自分達が見殺しにされそうになったら厚顔無恥にも反旗を翻したアークエンジェル。

 そんなアークエンジェルに鉄槌を下す為にクロトはレイダーを駆って襲い掛かろうとするが、アスランの乗ったザフトの核動力MSである“ジャスティス”と共に“フリーダム”が立ち塞がった。

 

『──お前は何の為に戦っている!!』

『──もう止めるんだ!!』

 

 “ジャスティス”と“フリーダム”が核動力搭載型MS専用アームドモジュール“ミーティア”で一斉に放った圧倒的な弾幕の前に、流石のレイダーも避けきれずに次々と被弾する。

 

『僕は、僕はね……!』

『──撃て!! マリュー・ラミアス!!』

 

 それでもせめて一太刀でも浴びせようと、最後の気力を振り絞ってレイダーを前進させたクロトにアークエンジェルの放った“ローエングリン”が直撃した。

 

「キラ!」

 

 強い絶望感が胸を焦がすと共に、覚醒が訪れた。クロトは目を見開いて上半身を持ち上げる。 

 先程見た光景はただの悪夢だった。冷静に考えればドミニオンとアークエンジェルの共闘など所々矛盾していた内容だったが、夢を見ている最中はそう思わせないだけの妙な説得力と迫真性があったのである。

 

「……」

 

 クロトは生きていた。

 コクピットを貫かれる瞬間に“ミョルニル”を射出して僅かにビームサーベルの軌道を逸らし、更に変形機構を利用して直撃を避けるように位置を調整し、落水と同時にイージスの攻撃で開いていた大穴から脱出したのである。それでも爆発の衝撃に巻き込まれ、荒波に流されたことでクロトは意識を喪失していたのだった。

 照明の淡い白光が目を打つ。クロトの視界が天井から周囲へ移り、白を基調とした薬剤や検査機器が所狭しと並ぶその部屋は、何処かの医務室で自分は眠っていたのだとクロトに理解させたのだった。

 周囲の機器に表示された日付は、クロトがおよそ三日間に渡って意識を失っていたことを認識させた。更に最長でも半日以上薬を服用しなければ耐え難い激痛と倦怠感に襲われる筈のクロトが現状そうした禁断症状に悩まされていないという事実は、自分がどんな組織に回収されたのかクロトに理解させたのだった。

 それでもクロトは腕に刺さっていた点滴の針を抜くと立ち上がり、クロトを除くと誰1人いない医務室を抜け出した。

 視界が狭い。

 クロトの左目には止血用のジェルと共に包帯を巻かれていたが、目を閉じていてもうっすらと感じられる筈の光さえ感じなくなっていた。ヘルメット内部で激しく左眼球を打ち付け、そのまま適切な治療が遅れたクロトは()()()()()()()()()()()()()()のである。

 それでも医務室で黙って寝ていることなど出来ず、クロトを回収した大型の潜水艦らしき船のCICを探すため、視界の欠落と全身打撲、麻酔の影響で思うように動かない身体を引き摺るように足を進める。

 

「……おっと」

 

 ヘッドホンを付けた()()()()()()()()()()──シャニが曲がり角から姿を現した。激しく音漏れしているヘッドホンを外し、鬼気迫るクロトの顔を見て呆れたように顔を顰める。状況から大体の事情は把握しているだろうに、重傷の身体でクロトが船内を歩き回っていることが、シャニにとっては理解出来なかったのである。

 

『──()()()()()()()──』

 

 シャニの外したヘッドホンからは、本来シャニが好んで聞いている筈のデスメタル系の曲ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。思わず怪訝そうな表情を浮かべたクロトを鼻で笑うと、シャニはヘッドホンを右手で弄び始めた。

 

「ここ最近は、コイツの歌にハマっててな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 本気か冗談か分からないシャニの戯言を無視すると、クロトは現状を正確に把握するため、長い間意識を失っていた影響か上手く言葉の出ない喉から声を絞り出した。

 

「この船は何だ?」

「この船はカーペンタリア基地の通商破壊と、北アフリカに降下したアークエンジェルを援護するために盟主様が手配した特務艦だ。細かい事は知らねーが、オルガによると鹵獲したザフトの潜水母艦だとか。地球連合軍にはMSを運用出来る潜水母艦がねーから、間に合わせで用意したんじゃねーかって」

「……アークエンジェルはどうなった?」

「ザフトの追撃を振り切って、地球連合軍の勢力圏に入ったのを確認した。しかしアークエンジェルってのは馬鹿な船だな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。くくっ」

 

 実際問題、アークエンジェル自体の価値はあくまで最新鋭の戦艦と大差ないものだった。 

 オーブで両機体の詳細なデータ解析を行ったモルゲンレーテとは異なり、両機体のデータを吸い出す為の十分な設備を備えていなかったアークエンジェルが保有しているのは、あくまで不完全で断片的なレイダーとストライクの運用データと、オーブでキラが作成したナチュラル用OSのサンプルだけだったのである。

 更にアズラエルの直属兵であり、バルトフェルド隊の撃破で名実共に地球連合軍最強のパイロットの1人と称される様になったクロトを見捨てて逃げ出した上に、忌まわしきコーディネイターの力を借りて生き延びたアークエンジェルの存在は、最後まで抵抗していたハルバートン派の懐柔によってブルーコスモス思想が完全に蔓延した大西洋連合軍にとって、恥以外の何物でもなかったのである。

 MSの有用性が地球連合軍でも認知された今、当初はヘリオポリスのモルゲンレーテでしか行われていなかったMSの製造は、今や地球各地で同時展開される形で大々的に行われている。

 まだまだ質、量共に不十分とはいえ、近々“フォビドゥン”“カラミティ”の実機と実戦データが手に入る地球連合軍にとって、大幅に到着期間が遅れた上に宇宙、砂漠、海中と様々な環境下で奪取されたG兵器を含むザフトの最新鋭MSと行った豊富な実戦データを保有するレイダー、ストライクを喪ったアークエンジェルなど、武勲艦としてザフトの大軍を引き付けて“サイクロプス”をより有効に発動させる為の囮以上の戦略的価値などなかったのだ。

 クロトと同じく結果が全てであり、その為に多大な犠牲を払って産み出された存在であるシャニにとって、自分達の命を惜しんでレイダーとストライクを見捨てて逃げ出したアークエンジェルの行動は、本末転倒にしか思えなかった。

 例えるならアラスカ基地にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()のだから。

 そんなシャニの言葉はシャニの認識していたクロトであれば何気ない会話のつもりだったのだが、今現在のクロトにとっては“ストライクの喪失”という何よりも聞き捨てならない単語が混じっていた。

 

「……ストライクも、やられたのか?」

「おいおい、仕事中毒かよ。……詳細は知らねーが、通信記録じゃイージスと相討ちになったらしいぜ。……ま、テメーをやるような奴と相討ちなら、上等なんじゃねーの?」

 

 シャニからすれば、合計4体存在する生体CPUの中でもMSの腕前においては1、2を争うクロトを撃破したイージスのパイロットの技量は、率直に驚嘆に値する代物だった。

 ストライクのパイロットが偶然ヘリオポリスで巻き込まれて志願した民間人の少女コーディネイターであるという程度しか認識していなかったシャニにとって、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えていたのである。

 ましてや生体CPUでも随一の戦闘狂であり、コーディネイターを滅ぼす為にただでさえ短い寿命を捨ててまで力を欲し、狂気に近い合理的思考で動いている筈のクロトが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……まさか、テメー……」

 

 より高い効果を発揮するためだと、ほぼ麻酔無しで改造手術を受けても平然としていたクロトが。

 よりリアリティを追及するためだと、実際の映像で作られたという趣味の悪い殺人教育ビデオを見せられてもヘラヘラしていたクロトが。

 その場で顔を伏せて泣いていた。

 永遠に光を失った左目からは血の混じったものを流し、固く握り締めた掌からは血が滴り落ちている。

 せめて言葉にしないのは、たかが少女コーディネイターの死で心を揺るがしたと周囲のブルーコスモス関係者に知られる訳にはいかないという、クロトの哀しい立場故の代物である。

 そんなクロトの姿に流石に茶化せる雰囲気ではないと悟ったシャニが無言で壁に肩を預けていると、クロトが医務室を抜け出して船内をウロウロしていると耳にしたオルガが姿を現した。

 

「……何をやってんだよクロト。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「全くだぜ。こっちまで気が滅入って来るんだよ」

 

 大人しく命令に従っているものの忠誠心の欠片もないオルガやシャニにとって、()()()()()()()()()C()P()U()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなクロトが少女コーディネイターの死に悲嘆していることを理解したオルガとシャニは、医務室から抜け出したクロトに駆け寄ろうとするブルーコスモスに所属する軍医の男に聞こえる様に、敢えて冷淡な声を放ったのだった。

 

 〈75〉

 

「う……ぅ……くっ!」

「気が付いたか」

 

 アスランは見覚えのないベッドの中で目を覚ました。眩しい陽光が差し込む窓と小気味よいエンジン音が、ここは飛行中の航空機の中だという情報をアスランにもたらした。

 

「ここはオーブの飛行艇の中だ。我々は浜に倒れていたお前を発見し、収容した」

 

 アスランは目を真っ赤にしている金髪の少女カガリに声を掛けた。

 

「……オーブ? 中立のオーブが俺に何の用だ?」

 

 マリューはキラ達の捜索を断念して離脱する際、オーブに向かって戦闘区域だった島の位置と救援要請信号を発信していた。元々アスラン隊とアークエンジェルの交戦を予想し、領海付近に部隊を展開させていたオーブ軍はマリューの要請を受け、直ちに部隊を向かわせていたのである。

 現場には海岸付近に落ちていたレイダーの四肢と、そこから少し離れた地点で自爆装置と至近距離から放たれた“スキュラ”で跡形もなく砕け散ったストライクと、ストライクの自爆を受けて大破したイージスが転がっていた。

 そしてイージスから僅かに離れた地点の茂みに、ストライクの自爆装置が作動した瞬間に“スキュラ”を放ったことで衝撃を緩和し、奇跡的に難を逃れていたアスランが倒れていたのである。

 

「聞きたいことがある。ストライクをやったのは、お前だな。……パイロットはどうした! お前の様に脱出したのか? ……それとも……」

「……」

「見つからないんだ! キラが……なんとか言えよ!」

 

 レイダーの一部が海底で発見され、遺体は見つからなかったが荒れた海という状況を考えても生存が絶望的と思われるクロトとは異なり、キラには脱出して生存している望みがあったのである。カガリは祈る様な思いでオーブ軍と共にキラを捜索したのだが、しかしキラの姿は何処にも見当たらなかったのだった。

 

「あいつは……俺が殺した……」

「何っ!?」

「……俺が……イージスで組み付いて……殺そうとしたら……あいつはストライクを自爆させた……俺も同時に攻撃したから……脱出出来たとは思えない……」

「う……ぅ……貴様ぁぁ!!」

「ぐぅ……」

 

 イージスでストライクに組み付いた瞬間、アスランは勝ったと思った。有効な反撃手段を持たないストライクは“スキュラ”を受けて撃破される筈だった。

 しかし実際には“スキュラ”を放つ間際にストライクは自爆した。

 自爆装置には使用者が脱出するまでの猶予時間が存在する関係上、キラが自爆装置を作動させたのはイージスに組み付かれると悟った瞬間である。

 しかし狙いを悟らせない為か、アスランの目に脱出しようとするキラの姿が映ったのは、自爆装置が作動する僅か数秒前だった。アスランを確実に殺す為、キラは危険を冒してギリギリまでストライクに残っていたとしかアスランには思えなかったのである。

 PS装甲を保有するストライクを確実に自壊させる威力を持つ自爆装置と、一撃で戦艦すら沈める威力を保有する“スキュラ”が引き起こした大規模な爆発。

 未だに遺体の一部すら見付からないのは、その爆発に巻き込まれてキラが粉々に砕け散ってしまったからではないかとアスランは考えていたのである。

 

「でも……何で俺……生きてるんだ……? お前が……俺を討つからか……」

 

 カガリに銃口を突き付けられたアスランは自嘲するように笑った。

 

「キラは……! 危なっかしくて……訳分かんなくて……すぐ泣いて……でも優しい……いい女の子だったんだぞ!!」

「やっぱり変わってないんだな……昔からそうだ……あいつは……泣き虫で甘ったれで……優秀なのにいい加減な奴だ……」

「キラを知ってるのか!?」

「……知ってるよ……よく……。小さい頃から……ずっと友達だったんだ……仲良かったよ……」

 

 母であるレノア・ザラと共に月面基地コペルニクスの幼年学校に留学していた当時6歳のアスランは、同じく6歳だったキラとその家族であるヤマト夫妻と家族ぐるみの付き合いをしていた。仕事で留守がちなレノアに代わり、特にキラの養母であるカリダ・ヤマトはアスランをもう一人の子供のように面倒を見ていたのである。

 

「それで……なんで! ……それでなんでお前があいつを殺すんだよ!?」

「そんなの解らない……解らないさ! 俺にも! ……別れて、次に会った時には、あいつは女の子で……敵だったんだ!」

「女の子?」

「あぁ。あいつ、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。……知らなかったんだ! 親友だと思っていた相手が女の子で、地球連合軍の一員としてブルーコスモスの奴と一緒になってMSに乗って戦っていると知った俺の気持ちが分かるか!? ……一緒に来いと何度も言った! あいつはコーディネイターだ! 俺達の仲間なんだ! 地球軍に居ることの方がおかしいんだ! なのにあいつは聞かなくて……俺達と戦って……仲間を傷つけて……ニコルを殺した!」

 

 アスランに知る術はなかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 後に戦闘用コーディネイターと同等以上の性能を発揮するナチュラルを作るブーステッドマン計画の台頭と、同じくキラを探していたクルーゼの暗躍によってその集団は壊滅したのだが、キラの身を案じたヤマト夫妻はヘリオポリスに移り住むまでキラに男装させていたのである。

 

「だから……キラを殺したのか……お前が……」

「敵なんだ! 今のあいつはもう……なら、倒すしかないじゃないか!」

「くっ……バカやろう! なんでそんなことになる! なんでそんなことしなきゃならないんだよ!」

「あいつはニコルを殺した! ピアノが好きで、まだ15で……それでもプラントを守るために戦ってたあいつを!」

「キラだって、守りたいものの為に戦っただけだ! なのになんで殺されなきゃならない! それも友達のお前に!」

 

 カガリの言葉で、アスランは自らの過ちに気付いたのだった。

 アスランはクロトが自分からキラを奪ったという思い込みに囚われ、思わぬニコルの活躍で重傷を負ったクロトを殺そうとして、それを防ごうとしたキラを足止めするために勝ち目のない戦いを挑もうとしたニコルを制止せずに、クロトに止めを刺すことを選んだのだ。自分の目の前にはニコルが死なずに済む選択が存在していたにも関わらず、アスランは自分の自尊心を守る事を優先してしまった。

 ニコルを殺したのは、他ならぬ自分の決断だったのである。

 

「……くっ……うぅ……」

 

 自分はクロトを殺そうとしていたにも関わらず、キラにはニコルに対する手加減を期待していたのだから、キラに対して自分は身勝手で都合のいい考えを抱いていたのだとアスランは理解した。

 しかしあの時の自分はニコルを殺して自分に本気の殺意を向けるキラにアスランは裏切られたような気持ちと憎悪を抱いてしまい、怒りのままにキラを殺してしまったのである。

 

「殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのかよ!」

 

 カガリの悲痛な叫びが、飛行艇に木霊したのだった。




次に会ったキラちゃんは女の子で敵だったとか言い出したアスランくんに、意味不明過ぎて困惑したままブチ切れるカガリちゃんでした。

ピアノ好きのニコルくんは志願兵で、設定上は既に大卒並みの学力と被選挙権のある立派な“大人”なんだよな…… 無理矢理戦わされているピアノ好きの子供みたいな表現は止めません?

反対にクロトくんは何も語らない訳ですが、シャニくんやオルガくんはキラちゃんと再会したクロトくんが裏切ったとしても、あいつは俺達の仲間なんだとか、三隻同盟に居ることの方がおかしいとか言わないでしょう。(暴れるステラちゃん)

……ところで欠損タグはいるんですかね? バルトフェルドさんやらの事を思えば原作準拠の世界観とは思うのですが……


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“新たなる剣”を託す者

 〈76〉

 

 緑髪に甘い顔立ちのザフト兵──ニコル・アマルフィは手足を拘束され、医務室のベッドで寝かされていた。

 ニコルは大破したレイダーにイージスが止めを刺すための時間を稼ぐ為に“ランサーダート”以外の武器を喪った隻腕のブリッツでストライクの足止めを図った。

 もちろん“ミラージュコロイド”を解除し、PS装甲に通用する武器を持たない状況下で、万全のデュエル、バスター、ブリッツを撃破したストライクに勝ち目はないと分かっていたため、事前に脱出準備を整えた上で決戦に臨み、密林に墜落する直前に機体を捨てて脱出していたのである。

 アークエンジェルの撃破という任務は残念ながら失敗したが、それとも最低限の成功ラインであるレイダーと、ストライクの撃破は果たせたのであろうか。

 

「……」

 

 恐ろしい2人だった。

 ザフトの士官アカデミーの中でも、特に優秀な成績の“赤服”で構成されたアスラン隊に対し、常に数の上で劣勢な状況下でも互角以上に立ち回って来たのだから。

 とりわけレイダーのパイロットの技量は、ザフトの士官アカデミーで歴代最高の成績を上げたアスランと同等以上だった。

 もしも悪天候で視界不良でなければ、最初はストライクに向かって行き、撃退されてしまったことで警戒心を解かれていなければ、万が一にも自分の奇襲は成功しなかっただろうとニコルは確信していた。

 初めて内部から見たアークエンジェルは異様な船だった。

 巨大な船体の割に乗組員は少なく、先程まで自分の手当てをしていた赤髪の少女のように地球連合では子供扱いされる筈の同世代の志願兵が複数乗り込んでいたのである。

 もっとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために正規乗組員が不足しており、おそらくその穴埋めの為に同世代の志願兵が宛がわれているのだろうとニコルは推測していた。

 

「目が覚めたらしいな。……気分はどうだ?」

「……貴方は?」

「俺はムウ・ラ・フラガだ。今はこの船でパイロットをやっている。君の素性は少し調べさせてもらったよ。ニコル・アマルフィくん」

 

 現れた金髪士官が名乗ったその聞き覚えのある名前に、ニコルは納得するように頷きながら言った。

 

「……あの“エンデュミオンの鷹”ですか。……クルーゼ隊長からはメビウス・ゼロのパイロットだと聞いていましたが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どういう意味だ?」

「ストライクのパイロットは貴方なんでしょう? “エンデュミオンの悪魔”と“エンデュミオンの鷹”……地球連合軍でも有名なエースパイロットじゃないですか」

「……あー、なんだ。勘違いさせて申し訳ないけど、俺はストライクのパイロットじゃない。……俺が聞きたいのは、一つだけだ。レイダーとストライクのパイロットも、君みたいに脱出してるかもしれない。何か知らないか?」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で問い掛けるムウに、ニコルは興味をなくしたとばかりに天井に視線を遣りながら答えた。

 

「知ってたとして、僕が貴方に話す義理があると思っているんですか? それに、最後に見たレイダーの姿はイージスにコクピットを貫かれて海に墜落する所でした。万が一脱出したとして、あの荒波の海に落ちたパイロットが生きているとは思えません」

 

 いつもは上空からレイダーとストライクの援護射撃を行っていたムウも、突然の激しいスコールで機体の制御がままならず、殆ど戦闘に参加出来なかった。それでもあの二人なら切り抜けられるだろうと楽観的に考えていたらレイダーが、その後しばらくしてストライクが反応を絶ったのである。

 ムウは天候が悪かったから仕方ないと自分に言い訳をすることなど出来ず、自分が結果的にあの二人を死に追い込んだのだと考えていた。グリマルディ戦線でもそうだったように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思い詰めていたのである。

 

「だったら、ストライクのパイロットは?」

「だから、貴方に話す義理はないと言ってるんですよ」

「……君と同じ()()()()()()()()でも、かな?」

「何ですって?」

 

 あまりにも想定外の内容に、ニコルは全身に走る激痛など忘れて飛び起きた。

 てっきりストライクのパイロットがムウでないなら、レイダーのパイロットと同じ様に才能豊かなナチュラルのパイロットだと思っていたからである。そのニコルの挙動に驚いたフレイは一歩後退するが、ムウは苦笑しながら更に言葉を続けた。

 

「ストライクに乗っていたパイロットはヘリオポリスの学生で、君達と同じコーディネイターの女の子だ」

「……それだけじゃないわ。キラは貴方達の仲間で、イージスのパイロットだったアスランって子と幼馴染だったのよ」

「あ、アスランの幼馴染!?」

 

 フレイの言葉に、ニコルは思わず大声を上げた。

 キラ・ヤマト。

 親友のアスランから何度も聞いていた、月面都市コペルニクスで別れたが今も自分にとってはニコルと並ぶ一番の親友だと語っていた人物の名前を耳にしてニコルは頭が真っ白になった。

 確かにヘリオポリス襲撃以降のアスランの様子は妙だったが、てっきり婚約者であるラクス・クラインが行方不明になったことと、アークエンジェル追討任務が失敗続きだったことで精神的に不安定になっていたのだとニコルは思っていたのである。まさかそんな重大な秘密を隠していたとは思わなかったのだ。

 

「ちょっと待て。……それは俺も初めて知ったぞ」

「私達は卑怯者だもの。……私達はあの子がどんな相手と戦っているのか知ってたのに、自分の命が可愛いからってあの子にずっと戦わせてたから」

「……艦長や副長は知ってたのか? ブエル中尉は?」

「あの子が言ってなかったら、多分知らないと思う。私達は……この事が皆にバレたらあの子が大変なことになるだろうって、口裏を合わせることにしてたから」

 

 キラがイージスのパイロットと幼馴染だと知られれば、軍人としては極めて人情家であるマリューだけでなく、ナタルもキラを諜報員の可能性があるかもしれないと主張してストライクに乗せることを反対しただろう。

 もちろんヘリオポリスの学生であるキラが諜報員という可能性は限りなくゼロだろうが、ラクスの様に監視を付けて軟禁していた可能性が高い。当然ストライクに乗せることなど有り得なかった筈である。

 もっとも、キラにとってストライクに乗って幼馴染と戦わされる事と、軟禁されている状況のどちらが幸せだっただろうかは考える余地もなかった。キラの高い能力はともかく、その才能は戦いに向いているとは思えなかったからである。

 軍人にとって最も重要なのは、命令とあらば平気な顔で誰でも殺せる才能であって、偶然バナディーヤで出会ったという敵将バルトフェルドの死に悲嘆していたキラは、この船で最もそうした才能に欠けているとムウは感じていたのだ。

 

「その事をいつ知った?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。だから結構前からよ」

「……」

 

 目の前で繰り広げられている会話に、ニコルは言葉を失った。ヘリオポリスの襲撃で肉親や友人を亡くし、その実行犯である自分達と戦おうとしたのなら理解出来る。

 その動機は“血のバレンタイン事件”に反発して銃を取る道を選んだニコルやアスランと、規模は違っても同じものだからだ。

 しかし相手は友人を守る為に、相手は幼馴染と分かっていながら戦わざるを得ない哀れな少女だった。アスランが自分達に相談しなかったとはいえ、自分達はそんな少女を自分達に歯向かう生意気なナチュラルとして大勢で追い掛け回していたのである。

 

「……どうして彼女は僕達に投降しなかったんですか。友人を連れて投降すれば、こんなことにはならなかった筈です」

「私達はナチュラルだもの。中立国のコロニーにいきなり攻め込んできて、民間人を乗せたシャトルを撃つ様な相手に投降したらどうなるか……貴方も分かるでしょう?」

「……」

 

 アスランの口利きでキラ本人は助かったとしても、ナチュラルであるキラの友人達がどのような非人道的な扱いを受けるのかということを、ニコルはすぐに理解した。

 プラントのコーディネイターはナチュラルを劣等種と考えている者が大多数であり、何をしても問題ないと思うのが当然だった。ニコルがそうした意識を持たないのは、ニコルの尊敬している人物が遥か昔に“ピアノの詩人”として呼ばれ美しい名曲の数々を創り出したピアニスト──つまりナチュラルだったからである。

 そんなニコルのナチュラル寄りとも取れる感性はクライン派であるニコルの父、ユーリ・アマルフィすら理解出来ないものであり、同期であるイザークやディアッカにニコルはしばしば蔑まれていたのだった。

 

「何か知らないか。君が唯一の手掛かりなんだ」

「……本当に僕は何も知らないんです。意識を失う寸前、ストライクとイージスが交戦している方向に向かう人影を見たくらいで」

 

 その人影の姿はロウ・ギュール。

 脱出が遅れて至近距離でストライクの爆発に巻き込まれ、重傷を負いながらも浜辺に向かおうとして気絶していたキラを救助し、近くで孤児院を経営する世界的な知識人マルキオ導師の元へ連れて行ったジャンク屋の青年だったが、ニコルにその事実を知る術はなかったのである。

 

 〈77〉

 

 プラント・アプリリウス市に存在する、クライン邸にて。

 

「──良いニュースと悪いニュースが入った。クライン派の情報網は流石だな」

「それも貴方の指示が的確だったからですわ。アンドリュー様」

 

 表向きは卑怯な地球連合軍に敗北したものの、奇跡的に無傷で生還したとされる“砂漠の虎”アンドリュー・バルトフェルドはプラント本国に呼び戻されていた。

 バルトフェルドの高い戦歴を買ったパトリック・ザラは、バルトフェルドをザフトの新型高速戦艦であるエターナルの艦長に抜擢すると共に、同じくエターナルに搭載される最新鋭MS“フリーダム”のパイロットに抜擢したのである。

 もっとも副官であるマーチン・ダコスタを通じて、今まで貫いていた無頼の立場を捨てて密かにクライン派に加わっていたバルトフェルドはパトリック・ザラに表向きは忠誠を誓いつつも、やがてクライン派が決起を起こす為の準備を行っていた。

 その中の一つとして、バルトフェルドは元々自分が保有していた独自の情報網とクライン派の情報網を融合させ、先日消息を絶ったクロトの安否と詳細を探っていたのだが、友軍に拾われたという安否はともかく、その詳細はあまりにも凄絶極まる内容だった。

 

「……これは……」

「妙だと思ったんだ。彼の情報は意図的に伏せられていた。同じグリマルディ戦線で英雄扱いされるようになった“エンデュミオンの鷹”と比較すれば一目瞭然だ。だから最初は彼も、僕はハーフコーディネイターか何かだと思っていた」

 

 ムウの異名である“エンデュミオンの鷹”はグリマルディ戦線でメビウス・ゼロを駆り、ジン5機を撃破したことに由来している。同じく鹵獲したジンを駆り、グリマルディ戦線でジン15機を撃破したクロトがムウと同じ様に宣伝されない理由などない筈だった。

 クロトがザフト製のMSであるジンで戦ったことや、当時MSがMAの5倍の戦力とされていたことからムウの方が実質的により目覚ましい成果を上げたという見方も出来たが、広告心理学者であるバルトフェルドは、地球連合軍の歪とも取れる偏った宣伝に違和感を抱いたのである。

 その両者の差について合理的に推理すると、クロトはナチュラル、コーディネイターの対立が深まった今の社会でどちらからも差別され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのがバルトフェルドの予想だった。

 

「……そうであれば、どれほど良かった事でしょうね。こんなことが、本当に許されていいのでしょうか?」

「先天的な遺伝子操作は悪で、後天的な人体改造は善だと。……地球連合軍の将官クラスなら殆ど存在を知っている筈だが、軍内部からは殆ど批判が出ていないのが実情だ。特定の薬物を手離せず、耐用寿命は約2年……。彼が表舞台に現れた時期から逆算すると、あと約1年。コーディネイターに対抗するためとはいえ、死んだ方がマシなのはどっちなのかね?」

 

 バルトフェルドは吐き捨てる様に言った。

 現実はそんな生温いものではなかった。クロトは脳にマイクロインプラントを埋め込み、投薬によって体質を変化させ、実戦を伴う訓練や洗脳教育等を施してコーディネイター以上の身体能力を獲得した“生体CPU”だったのである。

 地球連合軍が宣伝などする訳がなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 バルトフェルドが手渡したクロトの()()()を読んだラクスは、思わず声を震わせた。

 

「……こんな……ことが……」

 

 クロトは純然たるブルーコスモスの被害者であり、口では何を言おうとブルーコスモス思想など持っている訳がなかったのである。単にブルーコスモスを裏切れば生きられない身体のため、忠実に命令に従っているだけだったのだ。

 だからアークエンジェルの様に自分の正体を知る者がいないイレギュラーな状況下では、クロトは周囲に怪しまれない範囲で自由に振る舞っていたのである。たとえ相手がブルーコスモスに忠誠を誓う少年兵でも、面と向かって話せば分かり合えるのだと能天気に思っていたラクスの希望は最悪の形で裏切られたのだった。

 

「此方で眠っているお姫様にも、このことを教えるつもりか?」

「……分かりません。ですがキラもクロト様と同じく“新たなる剣”を託すに相応しい方です。キラが望むなら、私も答えなければならないでしょう」

 

 ラクスは先日、マルキオ導師によって極秘裏に運び込まれたものの、未だ意識の戻らない少女キラの寝顔を横目で見ながら、悲痛な表情でバルトフェルドに言った。




まぁこの世界線ならラクス様が“新たなる剣”を託そうとする第一候補はクロトくんですよね……
案の定、クロトくんに自由は手に入りませんが……

ところで32回曇るニコルくんって何ですか?


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集う悪魔、目覚める少女

 〈75〉

 

 アークエンジェルから遅れること、3日後。

 クロトは永い旅の目的地だったアラスカ基地に到着していた。地球連合軍の勢力圏内に逃げ込んでいたことも幸いし、毎日のように悩まされていたザフトの襲撃は嘘のように一度もなかった。

 もっともレイダーを喪った上に、レイダーと同じくアズラエルの尽力によって前倒しで製造された第二世代GATシリーズ〈カラミティ〉〈フォビドゥン〉を乗りこなす二人の生体CPU──オルガ、シャニが同乗している現状では、クロトの出番など有り得ない状況だったのだが。

 クロトの完全に失明した左目は既に摘出され、眼窩・眼瞼の形態を保つ為に義眼が埋め込まれると共に、上から黒い眼帯を装着している。

 本来であれば左側の視界が大幅に低下し、さらに遠近感を喪失させる重傷だったが、並のコーディネイターを遥かに凌ぐ空間認識能力を保有するクロトにとっては、やや日常生活が不便になる程度の代物だった。

 もちろんナイフ戦、銃撃戦といった生身の戦闘能力の低下は避けられなかったが、神経接続によってセンサーが捉えた情報が脳に直接送り込まれるMSにおいて、戦闘能力の低下が殆ど生じなかったのは幸いだった。

 

「──お久しぶりです。先輩」

「あぁ。久しぶり」

 

 一旦オルガやシャニと別れ、ヘリオポリス崩壊に始まる今回の任務の報告書を提出した後に質疑応答を受け、休憩室に向かっていたクロトに金髪の少女が話し掛けて来た。

 彼女の名はステラ・ルーシェ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、前世においてはクロトらが被検体に選ばれた“ブーステッドマン”計画には関わっておらず、次世代の生体CPUを創り出す“エクステンデッド”計画の被検体に選ばれていた。

 しかし今世のステラは未だ実用化の目途が立たない“エクステンデッド”計画の縮小化と、クロトが成果を上げたことで評価されるようになった“ブーステッドマン”計画の拡大によって、追加の被験体に選ばれたのである。

 ステラは後発の追加要員であるにもかかわらず、生体CPUが求められる5つの技能であるMS戦、ナイフ戦、射撃戦、情報処理、爆弾処理でクロトが前世の戦闘経験という優位点を得ているMS戦を除き、常に1位の成績を残す天才少女だった。

 

「申し訳ございません……! 私が無理矢理にでも同行していれば、先輩にそのようなお怪我を負わせることはなかったでしょうに」

「いや。最後の最後で油断した僕が悪い。……盟主様はお怒りかな?」

 

 眼帯を付けたクロトの姿を見て、ステラは悲痛な表情を浮かべた。

 表向きは追加招集されたレイダーのテストパイロットという体裁を取り、ヘリオポリスに訪れたクロトに当時のステラが同行するのは不可能だった。

 しかしストライクのパイロットについて、特に触れられていないクロトの報告書を読んだステラは、自分さえ同行していればクロトが負傷することはなかったのではないかという気持ちを捨てられなかったのである。

 そんなステラに対して、クロトは素っ気なく話題を変えた。

 

「いえ。第8艦隊の懐柔、ザフト北アフリカ戦線の後退。それから先程提出された今回の任務と、オーブ連邦首長国に関する報告書。レイダーとストライクの損失は痛いが、今後の軍事戦略を立てる上で非常に有意義な内容だったとお褒めでした」

「それは良かった。さぞお怒りだろうと思ってたよ」

 

 ヘリオポリスで行われた、ザフトによるG兵器強奪事件。

 アルテミス基地で未遂に終わった、ユーラシア連邦軍によるG兵器解析事件。

 北アフリカでオーブの息が掛かったレジスタンスが、反ザフトのレジスタンス活動を行っていたこと。

 そしてオーブで行われた、アークエンジェルの保護、修理と引き換えにストライク、レイダーの戦闘データが流出すると共に、オーブの国営軍需企業であるモルゲンレーテにナチュラル用OSの技術協力を迫られるという事件。

 最後の内容についてはキラが存命であれば事実を歪曲することも吝かではなかったのだが、手心を加える理由がなくなったクロトは不祥事で退陣した筈のウズミが未だ全権を握っているというオーブの実態を含め、全てを正確に報告したのである。

 特に本来では知り得ない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という報告はアズラエルの興味を引く内容だった。

 

「先輩の報告書がなければ、()()()()()()()()()()()かと思うとゾッとしますね。サハク家を筆頭に、一部のオーブ氏族が地球連合に接近しているという情報はこちらも掴んでいましたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。査問会を受けているアークエンジェルの士官の方々も、目を白黒させていたことでしょうね」

「……ふふふ。やっぱり隠蔽しようとしてた? ……どいつもこいつも、そんなに自分が可愛いのかねえ」

 

 入港したアークエンジェルからマリュー、ムウ、ナタルの三名を呼び出し、今回の任務の審議を行ったのはアズラエルの腹心であるウィリアム・サザーランド大佐だった。

 サザーランドはヘリオポリスの崩壊、アルテミス基地の壊滅、先遣隊全滅を含む第8艦隊の壊滅と引き換えに入港したものの、最終的に全てのG兵器を喪失したアークエンジェルの責任は極めて重大であるという裁定を下したのだった。

 またクルー不足で船内のスペースには十分な余裕があったにもかかわらず、MIAになったクロトとキラの私物を直ちに処分したことと、マリューの報告書と()()()()()()()()()()()()()()()()()に一部食い違いがあったことから、サザーランドはマリューは他の士官と共謀して事実の隠蔽工作を図ろうとしたのではないかと認定したのである。

 結果としてアークエンジェルは事実確認が終わるまで一時的に第8艦隊を除籍され、ユーラシア連邦軍で構成されたアラスカ守備軍第5護衛隊付きに所属を移行することになった。

 表向きの理由は間近に迫るパナマ基地攻防戦に対応するため、アークエンジェルの軍法会議に費やしている時間はないという理由だったが、実際の理由は最新鋭戦艦とはいえ、全てのG兵器を喪失して価値が下落したアークエンジェルを、ザフトにスピットブレイクの真の目的地が情報漏洩している事を察知される危険を冒してまで、アラスカ基地から動かす理由はないという判断だった。

 

「とはいえ、安心しました」

「何が?」

 

 会議室で行われているアークエンジェルの査問会に興味があるのか、クロトとステラ以外に誰もいない静かな休憩室の中とはいえ、年齢の割にはあまりにも物騒過ぎる会話を終えたステラは、怪訝そうな表情を浮かべたクロトに笑い掛けた。

 

「てっきりサブナック先輩やアンドラス先輩の様に、忘れてしまったのかと。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ステラは物心付いた時から人体実験の被検体として扱われ、美しい容姿の少女であるが故にクロト以上に非人道的な扱いを受けていた。そんなステラが正気を保つ為には、自分という存在を許容する世界への憎悪に身を任せるしかなかった。

 しかし前世の記憶など持たないステラには、ザフトが密かに製造している大量破壊兵器(ジェネシス)を奪取して濫用するという、クロトの様な具体的なビジョンを描けなかった。

 そんなステラが縋れるのは自分と同じ憎悪の炎に身を焦がしながら、何らかの具体的なビジョンを持って行動している様に映ったクロトしかいなかったのである。

 

「今日から私と、来週デトロイトで受領する新型のストライクが先輩の左目になります。……どうかご安心を」

「……()()()()()、ねえ」

 

 ストライクという単語で一瞬曇ったクロトの表情を、久々に敬愛しているクロトと話せた事に浮かれていたステラは幸か不幸か、見逃してしまったのだった。

 

 〈76〉

 

「マルキオ導師様が提出された“オルバーニの譲歩案”も、却下されたようですわね」

「プラントに部分的な自治権を認める代わりに、再度管理下に収まる……今のプラントが呑む訳がない内容だからな」

 

 バルトフェルドの素っ気ない言葉に、ラクスは溜息を吐いた。

 日に日にプラント議会において強硬派であるザラ派の勢いは増しており、穏健派であるクライン派の勢力は衰退の一途を辿っていた。

 先日の戦闘でニコル・アマルフィがMIAになったことを契機に、クライン派の有力政治家であったユーリ・アマルフィがザラ派に転向したのも痛手だった。

 既にロールアウトしていたものの、NJCの開発者であるユーリ・アマルフィの反対によって中断していた最新鋭の核動力MS“フリーダム”“ジャスティス”の最終調整が再開されてしまったからである。

 バルトフェルドの情報によれば、今までザフトを苦しめていたストライク、レイダーの撃破という大戦果を上げたアスランはネビュラ勲章を受勲すると共に特務隊に栄転となり、近々プラントに一時帰国して“ジャスティス”を受領するという。

 自分が密かに計画している、父親である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ラクスは、その計画の鍵である“新たなる剣を託す者”キラが未だ目を覚まさないことに頭を悩ませていた。

 医者の診断によれば肉体や脳波に異常はなく、未だ昏睡しているのも大きな精神的衝撃を受けたことが原因だろうとのことであり、キラがストライクの爆発に巻き込まれた際に受けた全身の傷は既に完治していたのである。

 

「……眠り姫が起きなかった時に備えて、そろそろ僕に()()()()()()()()()()()()を教えて貰っていいかな?」

 

 クライン派の工作員に手引きさせ、フリーダムを強奪する。

 ラクスがバルトフェルドを含む、クライン派の中でも限られた極一部にしか打ち明けていない重大な計画である。

 人口で圧倒的に劣るザフトが優位性を保っている最大の要因である“ニュートロンジャマー”を無効化し、核の力を再び齎す禁断の兵器“ニュートロンジャマーキャンセラー”の流出は重大な国家反逆罪であり、ラクスがそれに関与したと判明すればクライン派の関係者は議会から追放されて拘束され、首謀者であるラクスとその父親であるシーゲル・クラインは処刑されるだろうというのがバルトフェルドの予想だった。

 いずれザラ派に対してクーデターを起こすにせよ、ラクスの提案したフリーダム強奪計画は自分達の首を絞めかねない危険な行為だとしかバルトフェルドには思えなかったのだ。

 また“ニュートロンジャマーキャンセラー”の技術を地球連合軍が手にするようなことになれば、今まで封印されていた核兵器が解禁されることになる。

 やがて行き付く先は再構築戦争で行われた核兵器の撃ち合い──そんな事が分からない馬鹿な少女ではないだろうとバルトフェルドはラクスを評価していたのである。

 

「……申し訳ありません。もう少しだけ待って下さい」

 

 自分の父親であるという感情論を無視すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしも戦後の世界でシーゲルが存命であれば、再度プラント議会の主導権を握るのは間違いなくシーゲルだろうし、地球連合の反発は避けられないだろう。

 また議会からクライン派が追放され、ザラ派一色に染まった状態でクライン派がクーデターを起こし、地球連合との和平に漕ぎ着けることが出来れば、クライン派もザラ派の被害者だったと主張することで戦後交渉がスムーズに進むのは目に見えている。

 またシーゲルをザラ派に討たせる事によって、揺らぎつつあるクライン派の結束を固めると共に、表に姿を現していない潜在的な反体制派を引き込めるという利点も存在する。

 このように“フリーダム強奪計画”には、プラントと地球連合の講和を見据えた上で大きな効果が期待出来るのである。

 

(……あぁ。どうして私にこんな才能を持たせたのですか、御父様……)

 

 またラクスは父親であるシーゲルに対し、ある種の嫌悪感を抱いていた。

 歌を歌っていればそれだけで幸せを得られた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()のは、他ならぬシーゲル・クラインだった。

 故にラクスはプラント最高評議会初代議長シーゲル・クラインの娘であり、ザフトの広告塔という業を背負いながらも、巧みな弁説と振る舞いで地球圏にすらファンを獲得する世界的な歌姫になれたわけだが、ラクスにとってその才能は呪いだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 そしてシーゲルの掲げている思想の中には、ラクスの思想と根本的に相容れない代物が混じっていた。そもそもシーゲルがナチュラルとの講和を考えるようになったのは、コーディネイター同士の婚姻では出生率が低下するため、国の存続が困難だと考えるようになったからである。

 しかしラクスにとってナチュラルとコーディネイターの交配を推進するシーゲルの思想は人権を軽視する発想であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とラクスは考えていた。

 非業の宿命を背負いながら、惹かれ合う様になったクロトとキラのように。

 そんな事を考えながら、ラクスが突如魘され始めたキラに視線を向けると、恐ろしい悪夢を見たのか悲痛な叫び声と共にキラは目を覚ましたのだった。




こんな感じで、今回は完全に状況を整理させる回ですね。

ラクスのシーゲル見殺しは多分意図的だと思います。
普通に考えてシーゲルが存命なら講和は無理でしょうし、そもそもラクスとシーゲルは客観的に見て思想が一致しているとは思えないし……。

NJを無数にばら撒いて餓死者を大量発生させ、政治基盤を固める為に自分をアスランくんと婚約させておきながら、突如ナチュラル回帰だとか言い出してこっそりNJCをジャンク屋に流すフリーダムな親父を野放しにしてたら、世界には永遠に自由も平穏も訪れませんからね。

ステラちゃんは楽しそう。


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スピット・ブレイク 前編

前後編です。


 〈77〉

 

 アークエンジェルがアラスカ基地に到着してからも、ニコルは手枷を填められてアークエンジェルの独房に軟禁されていた。

 ニコルの父親であるユーリ・アマルフィはプラント最高評議会議員の一員であるため、その処分について地球連合軍内部でも意見が分かれているのかもしれない。そんな風に考えながらも、この娯楽一つ存在しない環境は退屈な時間だった。

 とはいえこのあまりに退屈な時間は、ニコルがこの戦争について改めて真剣に向き合う時間を設けるには十分だった。

 とりわけクルーゼ隊の一員として、オーブの保有するスペースコロニー〈ヘリオポリス〉に潜入し、地球連合軍がオーブの国営軍事企業モルゲンレーテと提携して行っていた地球連合軍初のMSである“G兵器”の4機を奪取したこと。

 そして奪取に失敗した〈レイダー〉と〈ストライク〉、その運用母艦である〈アークエンジェル〉を奪取、あるいは撃破する為にヘリオポリス宙域から始まり、マーシャル諸島で行われた最終決戦による〈レイダー〉〈ストライク〉の撃破と、その引き換えに喪失した〈イージス〉と〈ブリッツ〉の拿捕。

 既に〈イージス〉〈ブリッツ〉の詳細なデータはプラント本国に送られており、ザフト製OSを搭載した状態で地球連合軍との交戦データしか存在しない〈ブリッツ〉の存在価値など、地球連合軍にとっては皆無である。

 紆余曲折はあったとはいえ、ザラ隊の作戦は成功と考えて差し支えなかった。イザーク、ディアッカの両名は撤退に成功しており、唯一アスランの安否だけは分からなかったものの、あのアスランがそう簡単に死ぬとは思えなかったからである。

 とはいえニコルは未だに動揺していた。

 あの〈ストライク〉のパイロットが、アスランが月面都市コペルニクスで別れた親友のコーディネイターであり、アスランとは互いの存在を知った上で、友人を守る為に地球連合軍の一員として戦っていた民間人の少女であるという事実に。

 そしてその内実を誰よりも知る少女フレイが自分に食事を持って来たのを確認すると、ニコルはゆっくりと起き上がった。元々初めて会った時から塞ぎ込んでいたフレイだったが、ニコルはフレイに普段と異なる気配を感じた。

 

「……何かありましたか?」

「私に転属命令が下ったわ。明日の朝一番に人事局に出頭するようにって」

 

 地球連合軍内部では既にザフトを引き付けるための囮だと決定していたアークエンジェルだったが、ムウ、ナタル、フレイの三人には転属命令が下っていた。

 地球連合軍でも有数のMA乗りであるムウには、カリフォルニア基地で新人MA乗りの教官として。

 アークエンジェルのクルーとして活躍し、名家の生まれであるナタル、フレイは6月に月面基地に配属されるアークエンジェル級の2番艦〈ドミニオン〉のクルーとして。

 既にサイを含め、アークエンジェルのクルーに対する情はフレイにはなかった。

 彼等はこれから自分達はどうなるのか、自分達は除隊出来るのかという事に興味が移っており、今まで自分達を守っていた少女が戦死したことなど二の次だったのである。

 ナタルは割り切れなければ死ぬのは自分であり、寄す処を見詰めて悲しんでいては次は自分がやられるのが戦場だとフレイに言ったが、そもそもキラやクロトがいなければ幾度となく自分達はやられていたのが現実ではないか、それを冷静に受け止めるのが本当に正しい事なのかとフレイは思っていた。

 マリューがMIAに認定した日、クロトとキラの遺品は整理された。

 クルーの絶対数が不足し、あちこちにスペースがある状況で本当に遺品を整理する必要があるのか、オーブに住むキラの両親に遺品を届ける為にも何か残すべきなのではないかとフレイは主張したが、ナタルはこれが決まりだとサイとミリアリアに遺品を整理させた。

 遺品の中にはキラがバナディーヤでアイシャにプレゼントされた高価な薄緑のドレスも混じっていたが、最終的に不要だと判断されて全て処分されたのだった。唯一彷徨っていたトリィだけは回収に成功したが、他はどうにもならなかったのだった。

 

「そうですか。今までお世話になりました、フレイさん」

 

 かつてクロトに自分が志願兵として受け入れられた理由はアルスター家の娘だからだと突き付けられていたフレイは、異例とも思われる突然の転属の理由について察しが付いていた。

 ザフトのコーディネイターとはいえ、真面目で心優しい少年ニコルと話す機会が最後だと思うと、フレイは何処か寂寥感を抱いていた。

 

「貴方の本業はピアニストなんですっけ。私もお父様には、よく音楽鑑賞に連れて行って貰ったわ」

 

 その思いはニコルも同じで、捕虜とその世話係という歪な間柄ではあるものの、初めてナチュラルと接し、ナチュラルも自分達と同じ感性を持っている一人の人間なのだと改めて認識したのだった。

 

 〈78〉

 

 海に叩き付けられ、直後に爆散するレイダー。自分はそれを見ていることしか出来ず、スピーカーからは嘲笑うアスランの声が響き渡る。

 絶叫と共にそんな悪夢から目を覚ましたキラは、まるで旧約聖書に記されたエデンの園のような美しい緑の光景に困惑した。

 

「こ、ここは……?」

「お解りになりますか?」

「ラクス……さん……」

 

 偶然ユニウスセブン周辺のデブリ帯で回収し、最終的にアスランに引き渡した筈の少女ラクス・クラインを見たキラは絶句した。

 

「ラクスとお呼び下さいな、キラ。でも、覚えていて下さって嬉しいですわ」

「わ、私は……アスランと戦って……死んだはず……なのに……」

 

 クロトの死に激昂したキラは戦いを優位に進めていたものの、本気になったアスランに少しずつ動きを見切られ始めていた。

 このままでは勝てないと悟ったキラは意図的に隙を作り、イージスにストライクを組み付かせて自爆したのである。アスランに自爆を察知されないように、自爆装置を作動させた後もギリギリまで戦うという荒業を敢行することによって。

 いっそ自爆に巻き込まれて死んでも良いとさえ思っていたが、今までクロトに守って貰った命を捨ててしまっていいのかという罪悪感がキラを脱出に導き、奇跡的に破片が肉体に直撃しなかったことと、偶然近くにロウ・ギュールがいたという幸運がキラを生還へと導いたのだった。

 

「貴方はアスランを殺そうとしたのですね。そしてアスランも貴方を……。でも、それは仕方のないことではありませんか? 戦争であれば。……お二人とも敵と戦われたのでしょう? 違いますか?」

「……私がアスランの仲間に止めを刺すのを躊躇ったから、クロトが殺された。殺らきゃ殺られるって、クロトはずっと……言ってたのに……」

 

 バルトフェルドとの戦い以降、相手を殺したくないと思ったキラは無意識に手加減してしまう悪癖を身に付けてしまっていた。グゥルの破壊であったり、手持ち武器の破壊であったりと、その気になればコクピットを狙えたかもしれない隙であっても、キラは相手の無力化を第一に優先して戦っていたのである。

 まさかキラにそんな芸当が出来るとは思っていないクロトは気付かなかったし、キラ本人もクロトが〈ブリッツ〉に不意打ちされるまでは気付いていなかった。

 勿論、無力化された相手の殆どは撤退していたのだが、アスランが撤退を拒んだことでニコルが危険を顧みず戻って来たことと、偶然腕ごと斬り飛ばされた〈ランサーダート〉が無傷で残っていて再利用可能だった事が原因で起こった不幸だったが、キラは自分の甘さがクロトを死なせたのだと感じたのである。

 

「どう思いますか、アンドリュー様?」

「さあね。少なくとも彼の本音は、違うようだが」

 

 そんなキラの考えは自分の甘さが原因で愛する者を失った人間として至極当然だと思う一方で、今のキラのような復讐心に囚われた者に〈フリーダム〉を託す訳にはいかないと感じていたラクスは、少し離れて様子を窺っていたバルトフェルドに声を掛けた。

 

「バルトフェルドさん……どうして?」

「僕とアイシャは彼に見逃されたんだよ。これ見よがしにコクピットを避けて、ね」

 

 ザフト北アフリカ方面軍司令官として、またザフトのエースパイロット“砂漠の虎”としてクロトに一騎討ちを挑み、返り討ちに合ってアイシャ共々死んだ筈のバルトフェルドの姿にキラは茫然とした。

 無事だった〈ラゴゥ〉のコクピットから脱出したバルトフェルドとアイシャは、大破したレセップスに1人残っていた副官のダコスタに救助され、アイシャ共々プラントに帰国したのだった。

 

「そんな……でも……クロトは……」

 

 何度も戦ったザフト軍人とはいえ、多少なりとも交流のあった知人の生還を喜ばしいと思う一方で、人知れずその生還に関与していたクロトの死を再度突き付けられ、この世の理不尽さに再度キラは頬を濡らし始めると、ラクスはキラの手を取った。

 

「あの方は御無事です。どうやら重傷を負っているとの情報ですが」

 

 クロトを救助したオルガ達を乗せた特務艦は、すぐに地球連合軍本部に向けて情報を発信していた。戦闘能力においてコーディネイターを遥かに凌駕する性能を持つクロトら生体CPUは戦術兵器と同等以上の価値であり、その生死は極めて重要な情報だからである。

 勿論、その通信は多重暗号化されており、地球連合軍以外には解読不能な通信だったが、“新たなる剣を託す者”としてクライン派の情報網を通じて綿密な調査を行っていたクロトの現状だけは、その情報網を通じてラクスの下にも届いていた。

 

「本当ですか!? だったら──」

「いけません。貴女はまだ、お休みになっていなくては」

 

 身体の彼方此方に刺さっていた点滴を引き抜き、起き上がろうとしたキラは顔を顰めて咳き込んだ。

 約半月の間、意識を喪っていた身体を無理に動かそうとした反動である。ストライクの自爆に巻き込まれて受けた外傷は完治したとはいえ、精神的、肉体的に深く傷付いていたキラはすぐに動ける様な状態ではなかったのだ。

 咳き込むキラの背中を擦りながら、ラクスはキラに現状を話し始めた。

 

「どちらにしても、今はどうすることも出来ませんわ。貴女をお連れになったマルキオ導師様のシャトルを含め、地球に向かうものは全て発進許可が下りないそうです」

 

 ロウ・ギュールから重傷のキラを託されたマルキオは、キラの所持していた認識票から以前にラクスから話を聞いていた少女だと知り、キラに手厚い治療を受けさせるべくプラントに向かう為に準備していた自分のシャトルにキラを乗せ、クライン邸に連れて行ったのだった。

 マルキオがプラントに渡航した目的である“オルバーニの譲歩案”は却下され、またオペレーション・スピットブレイクを間近に控え、プラントの宇宙港は封鎖されていたためにマルキオはプラント滞在を余儀なくされていた。

 一個人ながら戦時下でも完全中立の立場で自由に活動出来る存在のマルキオが地球に戻れない以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

「お食事にしましょう。キラの分も用意しますわ」

 

 いっそアスランが〈ジャスティス〉を受領し、自分達の身動きが取れなくなるまでキラが目覚めなければ、どれだけキラ個人にとって良かったことだろうか。

 この心身共に深く傷付いた心優しい少女に〈フリーダム〉を託し、その想いを、力を利用して地球連合とプラントの講和の道を模索しようとする自分は最低の人間だ。

 ラクスは自嘲しながら、台所に用意していた料理を温め直し始めたのだった。

 

 〈79〉

 

 C.E.71年5月5日。

 大規模な降下部隊と地上部隊の大半を注ぎ込み、地球連合軍が保有する唯一のマスドライバー〈ポルタ・パナマ〉を保有しているパナマ基地を攻撃すると見せ掛け、手薄になった地球連合軍最高司令部が存在するアラスカ基地を強襲し、一挙に戦局を打開するオペレーション・スピットブレイクが発動した。

 パトリック・ザラら評議会議員の一部と、その腹心であるラウ・ル・クルーゼら一握りの人間しか知らず、パナマ基地攻撃の為に多数集結していた部隊も発動と同時に攻撃目標の変更が通達されるという前代未聞の作戦であり、一部の部隊には混乱が生じていたが、主力部隊を展開したまま動きを見せないパナマ基地の地球連合軍とは裏腹に、ザフト軍はその進路を一挙にアラスカへと変更した。

 しかしプラント内部の諜報員を騙っていたクルーゼを通じ、スピット・ブレイクの情報を事前に入手していたアズラエルはウィリアム・サザーランドら大西洋連邦の派閥に属する地球連合軍上層部にその情報をリークし、その対抗策としてアラスカ基地に大量破壊兵器“サイクロプス”を設置したのだった。

 これはアラスカ基地の防衛部隊を構成するユーラシア連邦軍と、アークエンジェルの様な大西洋連邦内部の不穏分子を囮に、“サイクロプス”でザフトに大打撃を与えると共に大西洋連邦にとって政敵であるユーラシア連邦の発言力を喪失させ、大西洋連邦の発言力を拡大しようとする狂気の作戦だった。

 

「……〈ゲルプレイダー〉ねえ。火力と推力が2倍って、そんなワケなくない?」

「詳細は不明ですが〈GAT-333〉の試作機に〈GAT-X370〉のデータを反映させ、〈I.W.S.P.〉をベースに造った追加ユニットを搭載した機体らしいです。私のストライクに搭載する専用ストライカーパックも〈I.W.S.P.〉をベースにしたものらしいですし、先輩との繋がりを感じますね」

『──星の降る場所で──』

「うっせーぞ、お前ら。ただでさえ俺とシャニの機体は単なる改修だけだって聞いて、苛々してるのによ」

 

 アズラエルと共に潜水母艦に乗り込み、完成した新型機を受領するためにデトロイトに向かうクロト達。

 

「まさか君と同じ配属先になるとはな。不安だとは思うが、これからも宜しく頼む」

「……はい」

 

 転属の為、ナタルに連れられて潜水艦でパナマ基地に向かうフレイ。

 

「これは!?」

 

 カリフォルニアへの転属命令を拒否し、アークエンジェルに戻ろうと引き返したところでアラスカ基地の異変に気付いたムウ。

 

「つくづく、最期まで人の業に翻弄され続けた娘だ。……とはいえ、いっそ()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれんな! キラ・ヒビキ!」

 

 キラの死を知り、極秘裏に準備していたアラスカ基地の潜入計画を放棄して専用ディンを駆り、アラスカ攻略部隊の陣頭指揮を始めたクルーゼ。

 

「──総員第一戦闘配備! アークエンジェルは防衛任務の為、発進します!」

「そんな! キラも中尉も少佐も居ないのに、どうやって……」

 

 全てのMSを喪い、スカイグラスパー2機と実戦経験のない新米パイロット1名という絶望的な状況だったが、ザフトの猛攻からアラスカ基地を防衛する為にマリューはアークエンジェルを発進させるのだった。

 




とりあえずクロトくんが生体CPUという情報は隠蔽しておいて、存命だけ教える計算高いラクス様です。

不殺なんかしそうにないし、エルちゃんを撃ったデュエルを許せるような心理状態じゃないだろうけど、次回はキラちゃんが華麗に舞い降りてくれるでしょう。

何故かラクスの曲を爆音で聴くシャニくん、心身共にズタボロのクロトくん、そんなクロトくんにウザ絡みするステラちゃんをフォローしなければならないオルガくんは大変だなあ……


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スピット・ブレイク 後編

後編です。


 〈80〉

 

『シーゲル・クライン! 我々はザラに欺かれた! 発動されたスピット・ブレイクの目標はパナマではない。アラスカだ!』

『なんだと!?』

『彼は一息に地球軍本部を壊滅させるつもりなのだ。評議会はそんなことを承認していない!』

 

 一部の評議会議員やクルーゼら現場指揮官と結託し、パトリック・ザラが独断でスピット・ブレイクの攻撃目標をパナマ基地からアラスカ基地に変更した事を知ったクライン派に所属するプラント最高評議会議員アイリーン・カナーバからの緊急通信は、クライン邸に衝撃を与えていた。

 本来は地球連合軍に唯一残されたマスドライバーを保有するパナマ基地を攻略し、地球連合軍を地球に封じ込め、月面に展開する地球連合宇宙軍を孤立させるという目的で承認されたのが、本来のスピット・ブレイクの内容だったからである。

 最高評議会議長という立場にありながら、評議会を無視して独断で作戦内容を変更したパトリック・ザラの行動はまさに暴走と表現するのが相応しい行動だった。

 この作戦の可否はともかく、今までザフトが優位に進めつつも一進一退の攻防を続けていた戦局は大きく動き、地球連合軍とザフトの戦いは更に激しさを増すだろう。

 

「……」

 

 ここ数日間のリハビリですっかり回復していたキラは一刻も早く地球に戻る為、今もクライン邸に滞在を続けているマルキオ導師の下に向かおうとした。

 そんなキラの様子に気付いたラクスは穏やかに声を掛ける。

 

「どちらへ行かれますの?」

「地球へ。戻らないと」

「何故? 貴方お一人戻ったところで、戦いは終わりませんわ」

「でも、ここでただ見ていることも、もう出来ない。何も出来ないって言って、何もしなかったら、もっと何も出来ない。何も変わらない。何も終わらないから」

 

 このままクライン邸で世話になっていれば、自分は二度と戦わなくて済むだろう。

 しかし数ヶ月前までヘリオポリスで自分達には関係ない事だと仮初の安寧を貪っていた時の様に、地球連合軍とザフトの戦いを傍観したままではいられないとキラは考えていたのである。

 

「また、ザフトと戦われるのですか?」

 

 ラクスの問い掛けに、キラはゆっくりと首を横に振った。

 

「では、地球軍と?」

 

 再びキラは首を横に振り、何かを試す様な表情のラクスを見据えた。

 

「何と戦わなきゃならないのか、少し、解った気がするから」

 

 全ての人間が争いを望んでいる訳ではない。おそらくこの世界には人種差別、復讐の連鎖を煽り、戦争を引き起こす者達が何処かに存在する。

 地球連合軍、ザフトという垣根に囚われずにその原因と向き合わなければ、この戦争はどちらかの陣営が消滅するまで終わらないのではないかとキラは思ったのである。

 

「解りました。……ではキラは、こちらに着替えてください」

 

 キラの解答に満足したラクスは微笑むと、クライン派の伝手で調達していた赤い女性用のザフト制服を手渡した。

 そしてキラはラクスに連れられ、プラントの軍事工場の一角に足を運んだ。

 そこには既に最終調整を済ませて出撃準備が万全に整えられた、何処かストライクに似た造形のモビルスーツの姿があったのだった。

 

「これは……ガンダム?」

「ちょっと違いますわね。これは〈ZGMF-X10Aフリーダム〉です。でも、ガンダムの方が強そうでいいですわね。奪取した地球軍のモビルスーツの性能をも取り込み、ザラ新議長の下に開発された、ザフト軍の最新鋭の機体だそうですわ」

「これを、何故私に?」

 

 ヘリオポリスで鹵獲された4機の初期GAT-Xシリーズのデータを基に開発された、ザフトの核動力MS〈フリーダム〉。

 C.E.71年4月1日にロールアウトし、同日プラント最高評議会議長に就任したパトリック・ザラに『ナチュラルに“正義”の鉄槌を下し、コーディネイターの真の“自由”を勝ち取る最終決戦の旗印』と位置付けられ“自由”の名を与えられた機体である。

 皮肉にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まさに当代最強のMSだった。

 

「今の貴女には必要な力と思いましたの。想いだけでも……力だけでも駄目なのです。だから……キラの願いに、行きたいと望む場所に、これは不要ですか?」

「貴女は誰?」

 

 そんな〈フリーダム〉を肩書上は地球連合軍に所属している筈のキラに手渡す。

 キラから見たラクスの行動は、後にザラ派に対するクーデターを計画しているとはいえ、クライン派に所属している人間の行動としてあまりに突拍子のないものだった。

 いったい目の前のラクス・クラインは何者なのか。

 

「私はラクス・クラインですわ。キラ・ヤマト」

 

 自分は()()()()()()()()()()()()()

 自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは地球連合軍所属のキラ・ヤマト少尉ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ありがとう。……でも、大丈夫?」

 

 ラクスの真意を悟り、しかしザフトの最新鋭MS〈フリーダム〉の強奪という紛れもないプラントに対する反逆行為に手を染めようとするラクスと、そんなラクスの行動とは無関係ではいられないクライン派の今後についてキラは質問した。

 

「私も歌いますから。平和の歌を。……クロト様の事は、聞かなくていいのですか?」

 

 心配無用。あるいは計算済み。

 そんな顔から一転、ラクスは表情を曇らせた。キラは目覚めた直後に知った、クロトに関する安否以外の情報をラクスから一切引き出そうとしなかった。

 それはクロトの置かれた悲惨な状況を知っているラクスにとって、最大の不安要素だった。

 例えば全てを知ったキラが憎悪に染まり、今やブルーコスモス一色に染まりつつあるとはいえ地球連合軍を虐殺する様なことがあれば、地球連合とプラントを講和に導くための計画が台無しになってしまいかねないのだから。

 

「クロトが私に言いたくなかった事なら、私は知らなくていいと思うから。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、さ」

「ふふふ、分かりました。では、行ってらっしゃいませ!」

 

 でもこの二人なら、きっと何があっても大丈夫。

 そう考えたラクスは静かに微笑むと、発進する〈フリーダム〉を見送るのだった。

 

 〈81〉

 

 結果の分かっている戦いというものは、やはり退屈なものだ。

 クルーゼは自嘲しながら、銀色の指揮官用〈ディン〉を巧みに操縦してアークエンジェルを追い詰めていた。既にメインゲートを除く複数の防衛網を突破し、ザフトが展開した部隊の大多数がアラスカ基地に突入を始めている。

 今もなお基地外部に残っているのはメインゲートを狙う〈デュエル〉〈バスター〉らクルーゼ隊の面々を含む一部の部隊だけである。

 アズラエルを含む独自の情報網からアラスカ基地に設置された“サイクロプス”の発動範囲を把握していたクルーゼの取るべき行動は“サイクロプス”の発動を確認してからでも撤退可能な距離で戦闘を続ける事だけだった。

 どういう訳か“サイクロプス”発動の情報を掴んだらしく、アークエンジェルに戻って〈スカイグラスパー〉で再度現れたムウの放った〈アグニ〉を回避して〈76mm重突撃機銃〉を放ちながらクルーゼは嗤った。

 

『ここが貴様の墓場ということだ、ムウ!』

『メインゲートはくれてやったんだ! こっちは見逃してくれてもいいだろうが!!』

『そうはいかん。今の私は少々気が立っているのだよ!!』

 

 更にクルーゼの〈ディン〉は〈120mm対艦バルカン砲〉を先読みしたかのような挙動で避け、反撃の〈90mm対空散弾銃〉で〈アグニ〉を大破させた。

 

『チッ!!』

『ふはは! いつまでも私の相手をしている時間があるかな!?』

『くそおおおおおお!!』

 

 メインゲートを完全に突破し、隊長であるクルーゼの援護と因縁の敵であるアークエンジェルを撃破する為に再び戻って来た〈デュエル〉〈バスター〉の参戦で、ただでさえ壊滅寸前まで追い詰められていたアークエンジェルを含むメインゲート防衛部隊は最悪の状況に陥った。

 唯一気を吐いていたアークエンジェルも被弾の影響で艦稼働率は40%を下回り、損傷したエンジンの推力が低下して落水、そして遂にブリッジの前に辿り着いた〈ジン〉が右腕で構えた〈76mm重突撃機銃〉を放とうとして──。

 

『!?』

 

 真上から放たれたビームで〈76mm重突撃機銃〉が右腕ごと撃ち抜かれた。

 思わぬ衝撃でよろめいた〈ジン〉が咄嗟に抜いた〈500mm無反動砲〉が更にビームサーベルで斬り飛ばされ、生じた爆風で大きく吹き飛ばされる。

 

『まさか!!』

 

 パトリック・ザラの側近として、そしてアル・ダ・フラガのクローンとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()クルーゼは絶叫した。

 白を基調とし、青い羽根を広げた様な美しい姿のMSはザフトの最新鋭MS〈フリーダム〉であり、それを操縦するパイロットはあのキラ・ヒビキである。

 背部の複合可変翼を展開し、排熱の為に光り輝く熱気を吐き出しながら〈フリーダム〉は背後のアークエンジェルを守る様に仁王立ちする。

 そして襲い掛かる〈ジン〉の銃撃をスラスターを吹かせて回避し、背部に装備した二門の〈バラエーナプラズマ収束ビーム砲〉、腰部に装着した二門の〈クスィフィアスレール砲〉、そして右腕に構えた〈ルプスビームライフル〉を加えた計五門による一斉射撃を開始した。

 

『これが……彼女の力か……!』

 

 五発全ての命中──あるいはそれ以上。

 一部の高威力の砲撃は複数の機体に同時に命中し、更にその全てが武器を持った腕部、あるいは頭部のメインカメラに限定されていた。

 対多数を想定した〈フリーダム〉には十機の標的を同時に捕捉可能な〈マルチロックオンシステム〉が搭載されているとはいえ、それをこれ程の精度で使いこなせるのは、キラの卓越した空間認識能力と反射神経が可能にする神業だった。

 更に〈ジン〉がアークエンジェル目掛けて放った〈500mm無反動砲〉を〈ラミネートアンチビームシールド〉で悠々と受け止めると、そのメインカメラをビームで撃ち抜く。

 

『くそっ、なんだよアレは!!』

 

 機動力を生かして必死に逃げ回っていたトールの〈スカイグラスパー〉を追い回し、あと一歩まで追い詰めていたイザークは突如現れた〈フリーダム〉を見て叫んだ。

 イザークにとって〈フリーダム〉は先日まで死闘を繰り広げていた〈レイダー〉〈ストライク〉を遥かに上回る、地球連合軍の最新鋭MSとしか思えなかったからである。

 そんなイザークの乗った〈デュエル〉のスピーカーから、マリューから得た恐るべき情報を共有するため、公共のフリー回線を通じて放たれたキラの声が響き渡る。

 

『──ザフト、連合、両軍に伝えます! アラスカ基地は、間もなくサイクロプスを作動させ、自爆します! 両軍とも、直ちに戦闘を停止し、撤退して下さい! 繰り返します! アラスカ基地は間もなくサイクロプスを作動させ自爆します! 両軍とも直ちに戦闘を停止し、撤退して下さい!』

 

 頭部の〈ピクウス76mm近接防御機関砲〉すら用いて、アークエンジェルに目掛けて撃たれたミサイルを全て撃墜しながらキラは更に呼び掛けを続ける。

 しかし突如現れた、地球連合軍の最新鋭MSと思われる〈フリーダム〉の呼び掛けに対して大多数のザフト兵は敵の攪乱行為だと判断し、距離を詰めながら襲い掛かった。

 

『……一度だけ、見逃します。それでも戦うと言うのなら!!』

 

 高速で向かって来る〈ジン〉や〈ディン〉の武器、あるいはメインカメラを正確無比に撃ち抜いていたキラの神業は更なる上の段階を見せ始めた。

 

『容赦しません!!』

 

 メインカメラ、あるいは片腕を失った上でなお、戦闘を続行しようとしていた機体に対して容赦なく〈フリーダム〉はコクピットを撃ち抜き始めたのだった。

 しかも恐るべき事に、警告前にキラが武器やメインカメラを撃ち抜いていた機体は、無傷の機体と同様に扱って一度はコクピットを避けるという異常なものだった。この場に存在する全ての機体の状態を正確に把握していなければ、絶対に不可能な行為だったのでである。

 そんなキラの行為は誰にも理解出来ない異常なものだったが、元よりメインカメラや片腕を破壊され、戦力が大幅に低下した状態で戦闘を続けようとする者は極少数だった。

 しかしキラの言葉を信じて撤退するか、それともこのまま戦闘続行するかで戦場が大混乱に陥る中、咄嗟に〈フリーダム〉の砲撃を防いでいた〈デュエル〉はビームライフルを放った。

 

『下手な脅しを!!』

『〈デュエル〉!!』

 

 その一撃をシールドで防いだ〈フリーダム〉は〈デュエル〉の方に振り向いた。

 第8艦隊旗艦〈メネラオス〉から脱出した避難シャトルを気紛れに撃ち抜き、エルを含む大勢の避難民を虐殺した因縁の相手である。そんな〈デュエル〉が自分の警告を無視して襲い来ってくる姿を目の当たりにして、キラは思わず舌打ちした。

 

『ええええええぃ!!』

 

 右腕に構えて斜めに斬り掛かって来たビームサーベルをシールドで防ぎ、更に態勢を崩そうと放たれた左拳を右拳で〈フリーダム〉は防御する。

 咄嗟に〈グゥル〉と〈デュエル〉両方のスラスターを全力で吹かせ、強引に押し切ろうとするイザークをキラと〈フリーダム〉は真っ向から受け止めた。

 

『止めてと言ったでしょう! 死にたいの!?』

『なにぃ!?』

 

 神懸かり的な反射で〈イーゲルシュテルン〉を避けると共に、タックルで〈フリーダム〉を突き飛ばして斬り掛かった一撃を宙返りで避け、バランスを崩した〈デュエル〉の無防備なコクピット目掛けて〈フリーダム〉は斬り掛かった。

 

『うわああああああ!!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。ここでルールを無視して〈デュエル〉を撃墜すればキラの言葉を信じ、撤退を始めようとしている者達を裏切るだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……』

 

 とはいえ、やはりこの怒りを抑えることは出来ない。

 そう考えたキラはビームサーベルで〈デュエル〉の両脚を斬り飛ばし〈バラエーナ〉で両腕を吹き飛ばすと、押っ取り刀で駆け付けた〈バスター〉目掛けて全力で蹴り飛ばした。

 

『早く脱出を!! もう止めてください!!』

 

 四肢を失った〈デュエル〉を抱えた〈バスター〉は一足先に部隊を率い、アラスカ基地から撤退を始めていたクルーゼを追い掛け始めた。

 

『俺達も脱出するぞ、イザーク!!』

『アイツ……なぜ……』

 

 エンジンの不調なのか、墜落して動けなくなっている〈ジン〉に向かって行く〈フリーダム〉の姿をモニターで見詰めながら、イザークは呟いたのだった。




作者が何かの間違いでこの世界に転生するなら、キラちゃんが助けられなかったジンのパイロットになりたいで――(降り注ぐスーパーミョルニル

ディアッカくんを出しても特に因縁がないので、バラバラにされて蹴り飛ばされたイザークくんを回収するディン役を務めてもらいました。

初実戦があまりに地獄過ぎるので、逆に回避に専念することが出来て生き延びたトールくんです。

ザフト赤服とパイスーを着たキラちゃんが見たいわ!!


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惑い始めた“正義”

阿井 上夫先生から素晴らしい支援絵を頂きました。

ザフト制服のキラちゃんです。


【挿絵表示】



 〈82〉

 

 先日〈レイダー〉〈ストライク〉を撃破した功績を称えられ、ネビュラ勲章の授与と特務隊の転属手続きのため、プラントに帰国したアスランに待ち受けていたのは衝撃的なニュースだった。

 パナマ基地を攻撃すると見せ掛け、地球連合軍最高司令部が存在するアラスカ基地を強襲した作戦“スピット・ブレイク”の失敗である。

 大量破壊兵器“サイクロプス”の発動により、ザフトの地上部隊の大半を注ぎ込んだ攻撃部隊の8割が消滅するという前代未聞の大敗によって、ザフトは地上における戦力の大半を失ったのだった。

 作戦の立案者であるパトリック・ザラを含め、ごく僅かしか知らない筈の攻撃目標が何者かによって情報漏洩していたこと、同時に最新鋭MS〈フリーダム〉を奪取したスパイをラクス・クラインが手引きしていたことから、パトリックはラクス・クラインとその父親であるシーゲル・クラインを国家反逆罪で指名手配した。

 更にパトリックはクライン派を議会から追放すると共に、アスランに最新鋭MS〈ジャスティス〉を用いて〈フリーダム〉の奪還あるいは破壊と、パイロット及び接触したと思われる人物、施設全ての排除を命じたのである。

 そもそもプラントに忠誠を誓う義勇軍であるザフトが壊滅するというデメリットを考慮すると、ザラ派の有力者すら知らない者がいた“スピット・ブレイク”を、ザラ派と対立していたクライン派が早い段階で認識しており、その内容を地球連合軍に漏洩するというのは論理的に考えて有り得ない筈だとアスランは考えていた。

 しかしパトリックはラクスが〈フリーダム〉の奪取に関与していたのは事実であるということと、自身が評議会の承認を得ずに作戦を変更した“スピット・ブレイク”の失敗という失策の責任を回避するため、全てをラクス・クラインとシーゲル・クラインが原因だと断定したのである。

 

(“ニュートロンジャマー・キャンセラー”だと……)

 

 パトリックの命令はあまりにも過激なものだったが、それには理由があった。

 一定範囲内の自由中性子の運動を阻害して核分裂を抑制し、核の力を使用不可能にする“ニュートロンジャマー”。

 アスランが受領した〈ジャスティス〉と奪われた〈フリーダム〉には“ニュートロン・ジャマー”の効果を打ち消す“ニュートロンジャマー・キャンセラー”が搭載されており、もしもその技術が地球連合軍に流出すれば、地球連合軍が再び核の力を手にしてしまう事をパトリックは恐れたのである。

 その“ニュートロンジャマー・キャンセラー”を開発した技術者であり、またニコルの父であるユーリ・アマルフィからも、ニコルの仇を討った礼と共に今回の命令の意義を語られたアスランだったが、その心中は複雑なものだった。

 農業用コロニー〈ユニウスセブン〉を核ミサイルで攻撃された“血のバレンタイン”の悲劇から、()()()()()()()()()()()()()というのがアスランの認識だったからである。

 だからこそプラントはその報復として核攻撃ではなく“ニュートロンジャマー”を地球全土に投下したのであり、元々“ニュートロンジャマー”とほぼ同時に開発されていた“ニュートロンジャマー・キャンセラー”の軍事利用は固く禁止していたのではないのか。そんな風に考えながらアスランはラクスが初めて歌った劇場である〈ホワイトシンフォニー〉に向かっていた。

 

「マイド! マイド!」

 

 工廠の監視カメラの記録に映っていたラクスの姿は、アスランが知らない姿だった。スパイと思われる少女を〈フリーダム〉に案内しながら、挑発するようにカメラに微笑み掛ける姿はアスランのよく知るラクスとは別物だったのだ。

 周到な逃亡ルートを用意し、未だ誰にも足取りすら掴ませていない事実は、ラクスがプラントに自分が追われることは全て覚悟した上で起こした行動であり、単なる思い付きの行動ではないことが明確だったからである。

 何もかも破壊され、荒らされたクライン邸の中にある、かつてラクスが自分にとって記念の花だと語っていた白薔薇の花壇で自分を待っていたピンクのハロは、ラクスが残した自分へのメッセージに違いない。

 そんな風に考えながら、農業用地に改装するため今は取り壊された〈ホワイトシンフォニー〉の中心部に足を運んだアスランを、歌姫の衣装を纏ったラクスが待っていた。

 

「やはり貴方が連れてきて下さいましたわねぇ。ありがとうございます」

「ラクス! ……どういうことですか? これは?」

 

 今回のラクスが起こした一連の凶行は、アスランにとって未だに信じられないことだった。

 ラクスはキラのように何も分からないまま敵に利用されているのではないか、このメッセージは自分に助けて欲しいというラクスからの救難信号ではないか。

 そんな表情を浮かべたアスランに、ラクスは悪戯っぽく微笑んだ。

 

「お聞きになったから、ここにいらしたのではないのですか?」

「では本当なのですか!? スパイを手引きしたというのは! 何故そんなことを!?」

 

 自分の関与を否定しないラクスに、アスランは鋭く問い詰めた。

 

「スパイの手引きなどしてはおりません。キラにお渡ししただけですわ。新しい剣を。今のキラに必要で、キラが持つのが相応しいものだから」

 

 地球連合軍の意思に従うのではなく、プラントの意思に従うのでもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 刻一刻と対立が深刻なものになりつつあるプラントと地球連合の講和と、ナチュラルとコーディネイターの融和という、あまりにも困難な自分の想いを託せる者。

 少なくとも目の前の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「キラ……? 何を言ってるんです! キラは……あいつは……」

「貴方が殺しましたか? 大丈夫です。キラは生きています」

 

 一瞬の隙を捉えて〈スキュラ〉を放とうとしたアスランに対して、自らの命も顧みずに〈ストライク〉を自爆させたキラが生きている筈がない。

 ラクスは自分を惑わそうとしているのではないかとパニックになったアスランはラクスに銃を突き付けた。

 

「嘘だ! 一体どういう企みなんです! ラクス・クライン! ……そんなバカな話を……あいつは……あいつが生きてるはずがない!!」

「マルキオ様が私の元へお連れになりました。キラも貴方と戦ったと言っていましたわ」

 

 マルキオ導師が先日プラントを訪れたのはアスランも耳にしていた。

 オーブ連合首長国付近に存在する、アスランとキラが戦った場所からほど近い群島に教会と孤児院を構え、多くの孤児と共に暮らしているマルキオ導師がキラを救助し、治療を受けされるために親交のあるクライン邸に連れて来たというラクスの言葉は、アスランにとって真実味のある内容だった。

 とはいえあまりにも突拍子のない言葉に戸惑いを隠せないアスランに、ラクスは滔々と語り始めた。

 

「私の言葉は信じませんか? ではご自分で御覧になったものは? 戦場で、久しぶりにお戻りになったプラントで、何も御覧になりませんでしたか?」

 

 戦いの中で散ってしまう無数の命。

 ザラ派として対立していたとはいえ、共にコーディネイターの国を作る為に戦っていた筈のクライン派に全ての責任を負わせて反論の機会を封じる父たち。

 二度と手にしてはならないと誓った核の力を兵器に使い、一方で敵陣営に核の力を使わせない為とはいえ〈フリーダム〉と接触した可能性のある全ての施設を排除せよという、理解は出来ても納得出来ない命令を下す父たち。

 そんな父たちの姿は、厳格とはいえコーディネイターの国を創る為に尽力していたかつての姿から、あまりにも掛け離れたものに映ったのである。

 

「アスランが信じて戦うものは何ですか? 戴いた勲章ですか? お父様の命令ですか? ……そうであるならば、キラは再び貴方の敵となるかもしれません。そして私も」

 

 もちろん、最近のアスランは軍の命令に疑問を持ちつつあることを、これまでアスランと長い付き合いのあったラクスは正しく認識していた。

 だからこそアスランは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「敵だというのなら、私を討ちますか? ザフトのアスラン・ザラ!」

「俺は……俺は……」

 

 この言葉はアスランに対するラクスの最後通告だった。

 ザフトのアスラン・ザラではなく、一個人のアスラン・ザラはどうしたいのか。軍人として命令のままに敵を殺す軍人であり続けたいのか、そうでないのか。

 もしも自分がそんな軍人であるというのなら、まずは敵である自分を撃て。

 そんなラクスからアスランが眼を逸らすと、どこからともなく現れた黒服の公安員達が劇場になだれ込んできた。

 

「御苦労様でした、アスラン・ザラ。流石婚約者ですな。助かりました」

 

 自分が尾行されていたことに気付いたアスランは咄嗟に黒服の公安員達に銃を向けた。公安員の1人は銃を構えながら、何処か小馬鹿にしたような口調でアスランに話し掛ける。

 

「さ、お退き下さい。彼女は国家反逆罪の逃亡犯です。やむを得ない場合は射殺との命令も出ているのです。それを庇うおつもりですか?」

「そんなバカな!」

 

 国家反逆罪に問われているとはいえ、武器すら持たないラクスを拘束しようとすらせずに銃を向けている光景は、彼等が全ての罪と責任をラクスに被せて葬り去ろうとしている意図が明白だったからである。

 一歩一歩、銃を向けてアスランとラクスに迫って来た男は、突如放たれた別方向からの銃撃を受けて倒れ伏した。

 

「!!」

 

 アスランは咄嗟にラクスを抱えて横っ飛びし、壁の後ろに隠れた。そのままアスランはラクスと共に身を伏せていると、やがて全ての公安員が撃たれて銃撃戦が終了する。

 

「ありがとう、アスラン」

「……あぁ」

 

 目の前で激しい銃撃戦が繰り広げられたというのに、動揺する様子もなく柔和な笑みを向けて立ち上がったラクスにアスランは困惑した。

 

「もうよろしいでしょうか、ラクス様。我等も行かねば」

「ええ。ではアスラン、ピンクちゃんをありがとうございました」

「貴方は……」

 

 かつてのバルトフェルド隊の副官を務めていた男であり、今はクライン派の一員であるダコスタとの会話で、アスランは遂に現状を理解したのだった。

 この劇場でアスランと話そうとしたのは、クライン派ではなくラクス個人の望みだったこと。自分はプラントにとって逃亡犯であるため、銃撃戦になることを見越してダコスタらを潜伏させていたこと。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。用意周到な準備と計画性。そして揺るがぬ信念。

 それはアスランの知っているラクス・クラインという少女ではなかったが、目の前の少女は間違いなくラクス・クラインだった。

 アスランは自分がラクス・クラインという少女を全く理解しておらず、ラクスはこういう少女なのだと一方的に決め付けていたのだと認識したのである。

 

「キラは地球です。お話されたら如何ですか? ()()()()()

 

 貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のでしょう。

 そんな皮肉と共に去って行くラクスの背中を、アスランは黙って見送るしかないのだった。

 

 〈83〉

 

 地球連合軍は“スピット・ブレイク”における大勝利を、防衛部隊の主力を構成していたユーラシア連邦軍の尊い犠牲による奇跡の勝利だと発表した。

 いち早くザフトの狙いを察知したユーラシア連邦軍は地球連合軍上層部と基地内兵員を脱出させてザフトの大軍を引き付けると、万が一の事態に備えてアラスカ基地に自爆装置として設置されていた〈サイクロプス〉を起動して自分達の命と引き換えにザフトを撃破したと公表したのである。

 これは既に存在感を失いつつあるものの、未だ存在しているハルバートンら地球連合軍に存在する良識派を牽制するためというのが一番の理由だった。

 つまりプラントに対する敵愾心を煽る事よりも、ユーラシア連邦と地球連合軍内の良識派が手を結ぶことをアズラエルは恐れたのである。

 ザフトの戦力の大半を喪失させた上に、今までザフトが戦いを優位に進めていた最大の要因であるMSの量産化が成功し、コーディネイターを超越する戦闘能力と知性を持った生体CPU〈ブーステッドマン〉製造技術が確立するなど、既に地球連合内部では対プラントとの戦争はほぼ勝利が確定したと判断されており、密かに戦後を踏まえた上での政治的駆け引きが始まっていたからである。

 その駆け引きの結果、表向きは地球連合軍を優位に導いた立役者だと称賛されつつも、現実に自軍の戦力を大きく消耗し、大西洋連邦から技術供与と引き換えに地球連合軍初の量産型MSである〈ストライクダガー〉を供与される形でその戦力低下を補う状況に陥ったユーラシア連邦の地球連合内部での発言力は、大幅な低下を余儀なくされたのだった。

 

「くくく。今度の相棒も〈ストライク〉か。ツイてねーな?」

 

 そんな〈ストライクダガー〉及び、オルガの専用MS〈カラミティ〉らを製造した大西洋連邦の主要都市デトロイトの軍事工廠の一角で、休憩中のオルガは同じく休憩中のクロトに声を掛けていた。

 クロトが〈ストライク〉のパイロットだった少女の喪失に傷心中だという事を知ったオルガとシャニは、その事をからかいのタネにしていたのである。

 もっともクロト達が所属している組織のことを考慮すれば、オルガ達の言動は十分過ぎるほど有情な対応であり、そんな気の利いた対応など期待出来ないステラの前では口にしないのが暗黙の了解だったが。

 

「五月蝿いんだよ。イチイチ僕に話し掛けるな」

 

 クロトはつっけんどんに言葉を返した。

 試験的に製造が進められていたレイダーの制式仕様機〈GTA-333〉をベースに、クロトが搭乗していたレイダーのデータを反映して急遽用意された新型機〈GAT-X370G〉の慣熟訓練と、先日の“スピット・ブレイク”の勝利に伴い、いよいよ激化し始めた戦争の中で自分はどういう立ち回りをすることが最終的な目的(ジェネシスの濫用)の達成に繋がるのか。

 限られた時間でやるべき事と考える事はいくらでもあり、オルガの悪趣味な冗談に付き合っている時間などクロトにはなかったのである。

 

「だいたい、いつまでお前達はここにいるんだよ? 次の任務はパナマ基地の防衛って話じゃなかったのか?」

 

 先日の“スピットブレイク”で大敗を喫したザフトの次の攻撃目標がパナマ基地の可能性が極めて高いことは一部の軍関係者内部では周知の事実だった。

 パナマ基地のマスドライバー施設〈ボルタ・パナマ〉を破壊して地球連合軍を地球に封じ込め、比較的被害の少なかった宇宙戦力で孤立した地球連合宇宙軍を撃破する。

 実際にザフトはバルトフェルド隊の敗退以降、一進一退を繰り返していたアフリカ戦線を縮小してジブラルタル基地に兵力を集結させるという動きを見せている。

 アラスカ攻略部隊の残存兵力と、そうして掻き集めたジブラルタル基地の兵力を用いてパナマ基地を攻撃しようとするザフトに対抗するために、地球連合軍は〈ストライクダガー〉や、そのコーディネイター用機体である〈ロングダガー〉といった精鋭部隊を集結させていた。

 オルガとシャニもその一員として、パナマ基地の防衛に向かうのが妥当ではないのかというクロトの問い掛けに、オルガは飄々と答えた。

 

「〈カラミティ〉と〈フォビドゥン〉も改修だと。なんでも新型バッテリーと、新開発の装甲を導入するって話だぜ? あの馬鹿モビルスーツは、すぐにパワーがヤバくなるからな」

「あぁ……?」

 

 現在の〈カラミティ〉〈フォビドゥン〉は正史と変わらない重武装の一方で、前期GATシリーズと同等の性能のバッテリーとPS装甲が導入されている。

 つまり本来の世界線と比較して、極めて継戦能力に欠ける機体をオルガとシャニの並外れた能力で誤魔化しているに過ぎない。

 単なる遊撃任務ならともかく、今後のザフト大部隊との全面戦争を見据えた上で、そんな重大な欠陥は改善しなければならないと考えたアズラエルは〈カラミティ〉〈フォビドゥン〉の改修という決断に踏み切ったのである。

 正史におけるパナマ攻略戦の末路──ザフトの戦略兵器〈グングニール〉の起動による地球連合軍の大敗と〈ボルタ・パナマ〉の喪失、そして投降した連合軍兵士の捕虜に対するザフトの組織的な虐殺を知っているクロトは内心複雑な感情だった。

 

「その代わり、万が一の事態に備えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだと。二度ある事は三度あるってヤツかよ」

「何だと!?」

 

 クロトはオルガの思わぬ情報に声を荒げた。徐々に自分が関与していない戦略的な内容においても、歴史が大きく変わりつつあることに気付いたからである。

 

「別にそんな驚くことでもねーだろ。“──勇敢なるユーラシア連邦軍は自らの犠牲と引き換えに〈サイクロプス〉を発動させ、ザフトを撃破した。大西洋連邦軍もそれに見倣わなければならない──”。あのオッサン(アズラエル)らしいやり方だろ?」

 

 勝利すればそれでよし、敗北しても〈サイクロプス〉でザフトの残存戦力に大打撃を与える。

 そんなアズラエルの目論見は非対策の電子機器を機能停止させる戦略兵器〈グングニール〉の前に失敗するだろうが、今後の展開を読み切れなくなっていく中で自分は果たしてあの“大量破壊兵器(ジェネシス)”に辿り着けるだろうか。

 クロトは眼帯の上から義眼を掻きながら、唇を噛み締めたのだった。




ラクス様とアスランくんの問答はほぼ原作通り、でも私情がバレバレなのでラクス様はアスランくんに対する印象が悪化しているという感じですね。

地球連合軍の圧勝が目に見えているのでアズにゃんが理性的、でも展開次第では早期の〈ジェネシス〉発動で大敗すると知ってるクロトくんは、むしろその言動に警戒を強めているという構図です。


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パナマ攻略戦

 〈84〉

 

 キラの介入もあり、全滅は免れたものの攻撃部隊の8割を喪失したザフトは生き残った2割のアラスカ攻撃部隊、及びアフリカ戦線を縮小し、ジブラルタル基地に集結させていた部隊を掻き集め、地球連合軍が保有する唯一のマスドライバー施設〈ボルタ・パナマ〉の破壊を目標とする作戦を発動させていた。

 対する地球連合軍も地球連合軍初の主力量産型MS〈ストライクダガー〉を擁する第13独立部隊及び〈ロングダガー〉を含む大部隊を集結させていた。

 その数は圧倒的であり、正攻法では〈ボルタ・パナマ〉の破壊は不可能だと判断したザフトは強力な電磁衝撃波(EMP)を発生させ、電子機器を破壊する兵器〈グングニール〉の投入を決断したのだった。

 事前に十分なEMP対策が必要であり、目標である〈ボルタ・パナマ〉を破壊する為、その効果圏内である目標地点を一定時間制圧し、外部から点火装置の組み立て・設置と暗証番号の入力を行う必要があるなど、地球連合軍に手の内が判明すれば二度と使用不可能になるだろう一発限りの切り札であったが、差し迫る地球連合軍の反攻を防ぐ為に必要な決断だった。

 

『ふん……』

 

 イザーク・ジュールは修理を終え、EMP対策を施した〈デュエル〉で〈バスター〉と共にパナマ基地への侵攻を始めていた。

 今のところは圧倒的な戦力差を覆し、戦況はザフト優位に進んでいる。

 モビルスーツの精鋭部隊で構成されたザフトに対し、戦車、自走砲といった旧来の兵器を中心に構成された地球連合軍が対抗するのは困難だったからである。

 

『アイツはいないのか……』

 

 謎の強力なモビルスーツに乗ってアラスカ基地に現れ、窮地に陥っていたアークエンジェルを援護すると共に、地球連合軍や自分達ザフトを含む全軍に〈サイクロプス〉の存在を呼び掛け、撤退を促した謎の少女。

 敵対する者に警告し、無力化し、それでも従わない者を排除するという理解不能な行動指針で動いている彼女ではあったが、彼女の言葉に嘘はなかった。

 彼女の呼び掛けがなければ、おそらく攻撃部隊の被害は8割では済まなかっただろうし、自分も生きてはいなかっただろう。

 

『アイツが気になるのか、イザーク?』

『……まさか。出て来たら厄介だと思っただけだ』

 

 これまで戦って来た〈レイダー〉〈ストライク〉を遥かに上回るパワーを持った機体に、高速で動く目標を同時に無力化する空間認識能力と、至近距離で〈イーゲルシュテルン〉を回避する反射神経。

 もしも再び対峙すれば、万が一にも自分には勝ち目がないだろうということはイザークも認識していたのである。とはいえ、同世代と思われる少女に自分は命を見逃されたのだという衝撃は、イザークの心境に深く影響を与えていたのだった。

 

『ま、誰だか知らないが地球連合軍の一員じゃねーだろ。わざわざ俺達にまで撤退を呼び掛ける奴がいると思うか?』

 

 そんなディアッカの軽い口調の言葉は紛れもない正論だった。

 アークエンジェルを含むアラスカ防衛部隊の撤退を援護するためとはいえ、敵であるザフトにわざわざ〈サイクロプス〉の存在を暴露して撤退を促すのは、地球連合軍の一員として考えられない行動である。

 事実、発動が差し迫る〈サイクロプス〉の効果圏内から脱出するため、アラスカ基地のメインゲートの防衛を放棄して撤退しようとしていたと思われるアークエンジェル達からは、同様の呼び掛けはなかったのだから。

 

『ふん! 叩き甲斐のない──うわぁ!?』

 

 必死に抵抗していた戦車部隊を撃破し、森林区域を突き抜けてパナマ基地の中枢部目掛けて先行していた一機の〈ジン〉が緑の閃光にコクピットを貫かれて爆散した。

 

『あれはっ!』

『ストライクとかいう地球軍のモビルスーツか?』

『いや、違う!』

 

 行動を共にしていた僚機の〈ジン〉のパイロットと同時に、前面に展開された正体不明のモビルスーツ部隊を視界に捉えたイザークは叫んだ。

 型式番号〈GAT-01 ストライクダガー〉。

 地球連合軍初の量産型MS〈ダガー〉を更に簡易化させ、小型携帯ビーム兵器の装備とザフトの量産型MS〈ジン〉を凌駕する運動性を持った最新鋭の量産機である。

 キラがオーブで開発したナチュラル用OSを洗練させ、搭乗者の反射神経に操縦を依存せずMS自身に対応させるシステムを導入した最新OSは、初実戦となる第13独立部隊のパイロットでも十分な性能を発揮し、対モビルスーツ戦を想定した訓練が不十分だったザフトと互角以上の戦いを繰り広げ始めた。

 

『……こいつは〈デュエル〉!? 』

 

 思わぬ強敵に苦戦するパナマ攻略部隊だったが、今まで何度も対モビルスーツの実戦を重ねていたイザークとディアッカは巧みに攻撃を避け、次々に第13独立部隊を撃破していく。

 そんなイザーク達の侵攻を食い止める為、白い塗装を施したモビルスーツがビームライフルを乱射しながら猛烈な勢いで側面から突入してきた。

 地球連合軍に所属するコーディネイター専用機体として開発され、PS装甲こそ保有していないものの、原型機である〈デュエル〉と同等の性能を有する〈ロングダガー〉である。

 虎の子のモビルスーツ部隊を出撃させた地球連合軍と、そんな地球連合軍に苦戦を強いられるザフトとの激闘が続く中、多くの犠牲を払って制圧した目標地点に〈グングニール〉が投下されたのだった。

 

 〈85〉

 

 キラはアラスカ基地防衛任務を放棄し、地球連合軍及び、大西洋連邦軍からの脱走艦となった〈アークエンジェル〉を護衛しながら、オーブ連合首長国に入国していた。

 このアラスカ基地防衛任務は防衛部隊の主力を構成していたユーラシア連邦軍がザフトの作戦を察知し、地球連合軍上層部を逃がしてザフトの大軍を引き付け、自らの犠牲も顧みずに自爆装置として設置していた〈サイクロプス〉を起動させてザフトに大打撃を与えた“アラスカの奇跡”だと宣伝されていた。

 その生き残りであるアークエンジェルはパナマ基地に向かう事も決して不可能ではなかったのだが、命令なく戦列を離れた敵前逃亡艦として死刑が濃厚な軍法会議を恐れたことと、更に自分達を囮にしようとした地球連合軍に反発して、もっとも付近に存在していた中立国のオーブ連合首長国に逃亡を決めたのである。

 とはいえ一度アークエンジェルを離れたキラからすれば、地球連合軍の遣り方にマリューらが反発するのは理解出来る一方で、状況が異なるとはいえユーラシア連邦軍の軍事要塞アルテミス、一部撤退に成功したとはいえ第八艦隊を囮にして生き延びた彼等が、そんな言葉を平然と口にするのは内心複雑だったが。

 ラクスの情報では、付近の友軍に救助されたとされるクロトは今も地球連合軍の一員としてザフトと戦っているのだろう。

 せめてクロトに自分の無事だけでも伝えたいと考えたキラは、カガリからパナマで地球連合軍とザフトが大規模な戦闘を始めたという情報を受け、アークエンジェルから推進剤の補給を受けた〈フリーダム〉でオーブを後にしていた。

 核エンジンの搭載による無制限の電力供給によって、プラントからアラスカ基地、オーブまでの移動を無補給で達成した〈フリーダム〉が太平洋を縦断した先のパナマに辿り着くのは容易だったのだが、パナマ基地では凄惨な光景が広がっていた。

 

『……そんな……』

 

 起動した〈グングニール〉から発生した電磁衝撃波によって〈ボルタ・パナマ〉は内部の電子機器が完全に破損し、徐々に倒壊を始めていた。

 地球連合軍は中枢部に存在する司令部を含めて完全に沈黙しており、そんな突然のゴーストタウンと化したパナマ基地を、海岸付近に展開していたザフト艦が次々に放つミサイル攻撃が徹底的に破壊し尽くしている。

 そしてそれは、ただの序章に過ぎなかった。

 

『はっはっはっは。いい様だな、ナチュラルの玩具共!!』

 

 糸が切れた操り人形の様に立ち尽くす〈ストライクダガー〉のコクピット目掛けて、一機の〈ジン〉が念入りに〈76mm重突撃機銃〉を撃ち込んでいる。

 

『アラスカでやられた、ハンナの仇だ!』

 

 その近くでは、突き飛ばして倒れ込んだ〈ストライクダガー〉のコクピットに〈重斬刀〉が振り下ろされる。

 

『ナチュラルの捕虜なんか要るかよ!』

 

 投降した地球連合兵に〈76mm重突撃機銃〉を突き付け、嘲笑と共に発砲して赤い肉片に変えていく。

 

『貴様ら……! いったい何をやっている!!』

 

 同様に突如沈黙した白い〈ロングダガー〉とそのパイロットを置き去りにし、殺戮を楽しむ〈ジン〉をイザークは〈デュエル〉で取り押さえようとするが、そのすぐ傍で逃げ惑う地球連合兵が次々に撃ち殺されていく。

 

『ふざけるな……! もう戦闘は終わっただろう!!』

『中立国の民間人を虐殺したアンタに言われる筋合いはねぇよ! ……あぁ、アレは不幸な事故でしたっけ?』

『今やプラントのナンバーツーがママだもんなぁ? 親の威光で威張り散らしてるだけの奴が、格好付けてるんじゃねえよ!』

『俺は……俺はそんなつもりじゃ……!!』

 

 流石のイザークも多勢に無勢で、自分達の愉しみの邪魔をするなと複数の〈ジン〉で取り押さえられ、目の前で繰り広げられている虐殺を見ていることしか出来ない。

 

『おいおい、この基地にも〈サイクロプス〉が仕掛けられてるってよ!! 全く野蛮なナチュラル共だぜ!』

『1人も生かして帰すんじゃないぞ!!』

 

 アズラエルがパナマ防衛戦にクロト達を参戦させない代替案として、万が一の敗北に備えて設置していた〈サイクロプス〉は不発に終わっていた。

 厳密にはマイクロ波発生装置であり、その都合上極めて高い電磁波耐性を有する〈サイクロプス〉そのものは〈グングニール〉の電磁衝撃波に唯一耐えていたのだが、その遠隔起動装置が破損してしまったのである。

 そのため、ザフトの凶行を目の当たりにしたパナマ基地指令室は決死隊を結成し、自爆装置として設置していた〈サイクロプス〉を手動で起動しようとしたのだったが、間一髪のところで阻止されたのだった。

 これで大義名分を得たとばかりに、多くのザフト軍が連合軍兵士に対する組織的な虐殺を実行し始めたのだった。

 定義上ザフトは義勇軍であり、それ故に軍規に対する認識が極めて甘かったことと、パナマ攻略部隊の半数はアラスカ攻略部隊の生き残りで構成されていたため、地球連合軍に対する敵愾心が強かったのが原因だが、その場はまさに地獄だった。

 

『くそっ……! くそっ……!』

 

 イザークは中立国のコロニーを破壊し、地球連合軍が乗っていると誤認したとはいえ、故意に避難民を乗せた無抵抗のシャトルを虐殺した。

 中立国の民間人と、敵国の投降兵。

 どちらも戦闘意思のない者という意味では同じだったが、どちらがより悪質かといえばイザークに軍配が上がってしまうのは当然であり、目の前で虐殺を繰り広げているザフト兵達が嘲る様に、イザークの言葉に説得力など欠片も存在しなかったのである。

 今も自分がザフトの赤服としていられるのは、イザークの隊長であるクルーゼと母親であるエザリア・ジュールの権力のお陰であり、許された訳でもなんでもない。

 仮にプラントが地球連合に敗戦すれば軍事裁判に掛けられ、銃殺刑に処される可能性が高い極めて不安定な立場である。

 だから二度と同じ様な悲劇を繰り返さない様にしようと、ある意味でザフトに対する造反とも取られかねない行為を行ったというのに、この情けない有様である。

 イザークはコクピットの中で無力な自分に絶望していると、突如自分を取り押さえていた〈ジン〉の片腕が一斉に吹き飛び、拘束から解放された。

 

『目標は達成したでしょう。……今すぐ撤退するか、それとも死ぬか、選んで下さい』

『この声は!?』

 

 その声にイザークが頭上を見上げると、背部に装備された左右5対の能動性空力弾性翼を広域展開した〈高機動空戦モード〉の〈フリーダム〉が宙に浮かんでいた。

 

『ちっ、ナチュラルの分際で──ぐわぁ!?』

 

 片腕を吹き飛ばされた〈ジン〉の一機が〈76mm重突撃機銃〉を放つが、空中を舞う様な軌道で〈フリーダム〉はあっさりと避け、反撃のビームライフルで頭部を吹き飛ばすと、続けて発砲しようとした〈ジン〉のコクピットを撃ち抜いた。

 

『邪魔なんだよ!!』

 

 同じく取り押さえられていた〈バスター〉もビームライフルの銃身を振り回して〈ジン〉を跳ね除け、上空で圧倒的な存在感を放っている〈フリーダム〉を見上げた。

 

『……こんな事に』

 

 自分が助けた人間が、再び銃を取って別の人間を傷付ける可能性があることは、キラも重々覚悟していた。

 今の世界情勢では地球連合軍はザフトと戦うのが使命であり、ザフトは地球連合軍と戦うのが使命なのだから。誰にでも、それぞれに守りたいものがあるのだから。

 ──それでも。

 キラは〈フリーダム〉を上昇させ、既に廃墟と化したパナマ基地指令部に向かって放たれたミサイルを〈マルチロックオンシステム〉で捉え、その全てを迎撃する。

 

『こんな事の為に!! 私は助けた訳じゃない!!』

 

 襲い来る〈ディン〉のスラスターを次々に破壊して地上に叩き落とし、四方八方から放たれる攻撃を避け、反撃で機体の頭部や腕部を吹き飛ばし、それでも反撃する機体に対して〈フリーダム〉は一切の容赦なくコクピットを撃ち抜いていく。

 

『ば、化物め!! 早く撃ち落とせ!!』

『それより撤退だ!! このままじゃ全滅する!!』

 

 元々パナマ攻略部隊は〈グングニール〉の使用が大前提であり、特にモビルスーツ部隊は突貫で専用のEMP対策を施した、少数で構成された精鋭部隊である。

 核エンジンの搭載によって無制限の稼働時間を有しているとはいえ、弾薬や推進剤には構造上の限界がある〈フリーダム〉だったが、初実戦である〈ストライクダガー〉の善戦によって消耗したパナマ攻略部隊は更なる戦力の消耗を避ける為に撤退を始めた。

 しかしザフトの行った連合軍兵士の投降兵に対する組織的な虐殺により、パナマ攻防戦における連合軍兵の生存者は “煌めく凶星「J」” ジャン・キャリーを含む、極少数のみという壊滅的な大打撃を受けた。

 更に地球連合軍は保有する全てのマスドライバーを喪失し、地球連合宇宙軍の本部である月面プトレマイオス基地に補給を行う事が不可能になったのである。

 

 〈86〉

 

「──おや? 中立だから、ですか? いけませんねぇそれは。皆命を懸けて戦っているというのに。人類の敵と」

「そういう言い方はやめてもらえんかね。我々はブルーコスモスではない」

「これは失礼致しました。しかしまた、何だって皆様この期におよんでそんな理屈を振り回しているような国を、優しく認めてやっているんです? もう中立だのなんだのと、言ってる場合じゃないでしょう。奴らは我々を皆殺しにするつもりですよ?」

 

 全てのマスドライバーを喪失したという状況を打開するため、地球連合軍はマスドライバーを保有するオーブ連合首長国に対して戦争協力の圧力を強めると同時に、ザフトの支配下にあるマスドライバー施設〈ハビリス〉を保有するビクトリア基地を奪還するため、地球連合首脳会議を行っていた。

 

「地球の一国家であるのなら、オーブだって連合に協力すべきですよ。違いますか? もっともオーブは我々大西洋連邦軍の技術を盗用し、地球連合軍にマスドライバーを使わせるくらいなら自爆させようと企んでいるとんでもない国ですが。なんでしたら僕の方でオーブとの交渉を引き受けましょうか?」 

 

 その会議に軍事産業理事というオブザーバーで参加していたムルタ・アズラエルは大西洋連邦軍を二手に分ける二正面作戦を提案した。

 

「皆様にはビクトリアの作戦があるんだし、分担した方が効率いいでしょう。我々も本命はビクトリアですし、あれのテストも出来るかもしれませんから」

 

 そしてオルガとシャニを含む半数の部隊をビクトリア基地に向かわせると共に、アズラエルはもう片方の部隊を率いてオーブ連邦首長国に向かったのだった。

 アズラエルがオーブに行った通告は“オーブ連邦首長国はアークエンジェルと結託してG兵器のデータを盗用し、オーブ軍独自のモビルスーツを製造した疑惑があり、その疑惑を検証するためにオーブは48時間以内に大西洋連邦軍の査察を受け入れることと、先のパナマ防衛線で行われた様なザフトの凶行を食い止める為、オーブはマスドライバーを有償で地球連合軍に貸与することを要請し、これを拒否した場合はザフト支援国と断定して大西洋連邦からの武力攻撃を行う”という内容だった。

 それは本来の歴史で行われた“現政権の解散、国軍の解体を要求し、これを拒否した場合はザフト支援国と断定して大西洋連邦からの武力攻撃を行う”という通告とは異なり、あまりにも理性的な内容の要請だった。

 クロトの報告書によって、オーブは内容に関わらず要請を拒否すると判断したアズラエルは今後の批判を回避するため、あえて弱腰とも取れる要請を行ったのである。

 ここまで譲歩した内容でもオーブが協力しないのであれば、オーブがザフト支援国であるのは明白ではないかと主張するために。

 オーブのマスドライバーを入手できる見込みが極めて低い以上、このアズラエルの目的は赤道連合等の中立国に対する牽制と、自身が経営するデトロイトの軍事工廠で製造した最新鋭モビルスーツである〈ゲルプレイダー〉〈ストライクネロ〉の実戦テスト、そしてマスドライバーとモルゲンレーテの技術がザフトの手に渡ることがない様に破壊する事だったからである。

 

「──要求は不当なものであり従うことは出来ない。オーブ連合首長国は今後も中立を貫く意志に変わりはない。……いやぁ流石、アスハ代表。期待を裏切らない人ですねぇ。ほんとのところ、ここまで譲歩したらいくらなんでも要求を飲まれちゃうんじゃないのって思っていたんですよ」

「……それならそれで別にいいんですよ。マスドライバーを完全に押さえてから、改めてオーブを攻撃すればいいんですから」

「全くクロト君は怖いですねぇ。あれのテストとマスドライバー、モルゲンレーテの破壊……是非とも最後まで頑張り通していただきたいものですがね」

 

 そして最終回答期限となるC.E.71年6月15日、パナマ防衛戦後にオーブ首長代表に再就任していたウズミが地球連合軍の要求を拒絶すると共に、アズラエルが“オーブ解放作戦”と銘打った侵攻作戦が幕を開けたのだった。




二次創作では見ない、パナマ攻略戦に介入するキラちゃんでした。

そもそも原作のキラくんは何故パナマ攻略戦をスルーしたのか。オーブで1ヶ月間何をしてたんだ……(年表参照

メタ的にはパナマ攻略戦に介入すると、自分が助けたザフト兵達が地球連合兵を虐殺するという構図なので駄目なんだろうけど。

とはいえ戦争を止めるとか決意した割に、アズにゃんがオーブをスルーしてたら、キラくんはどうするつもりだったの? ラクス様がエターナルを奪取して合流するまで、ずっとムウさんを鍛えながらカガリちゃんとイチャイチャしてるつもりだったの?

……深く考えるのは止めよう。


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オーブ解放作戦 前編

 〈87〉

 

 アズラエルの要求したモルゲンレーテの査察とマスドライバーの有償貸与という、一見すると破格とも取れる提案をオーブが蹴ったのは理由があった。

 もちろん中立を国是に掲げるオーブにとって、たとえ有償とはいえ今や全てのマスドライバーを喪失した地球連合軍にマスドライバーを貸与するのは国の理念に反するものであり、そう簡単に受け入れられるものではないのだが、むしろ()()()()()()()()だった。

 モルゲンレーテではオーブ軍の量産型モビルスーツである〈M1アストレイ〉〈ムラサメ〉が製造されていた。

 両機体はG兵器のデータを盗用して製造したモルゲンレーテ初のモビルスーツである、プロトアストレイシリーズを量産性を考慮して再設計したものであった。

 勿論これだけでも十分に大問題な内容であり、国内外の世論から大きく反発を受けるのは避けられなかったのだが、二段階の再設計を経て両機体は技術盗用という非難に対して十分弁明可能なものになっていた。

 しかし問題はここから先だった。

 アークエンジェルがオーブに一度目の入港を行った際、アークエンジェルとレイダー、ストライクを修理する傍ら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 未だ未完成ながら、ウズミを含むオーブの軍事に携わる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 モルゲンレーテ本社の内部には友軍のアークエンジェル、キラどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 まさかオーブという国がそこまで国を根底から揺るがしかねない軍事計画を立てているなど知る術もないアズラエルにとって、ウズミの思いがけない強硬な態度は予想外だったのだ。

 

『そろそろ出番ですよ、君たち』

 

 大西洋連邦軍の立てた作戦は単純明快だった。

 オーブ本島南方に存在し、軍司令部とモルゲンレーテの本社工廠が存在するオノゴロ島に戦力を集中させ、一気に制圧しようというものである。

 作戦目標はモルゲンレーテ本社工廠及び、マスドライバーの破壊だったのだが、軍司令部を制圧してしまえばオーブ軍の中枢機能が麻痺し、マスドライバーが無傷で確保出来る可能性も十分に考えられたからである。

 モルゲンレーテの技術は捨てがたいが、サハク家から提供された最新のバッテリー技術を除けば十分に替えの利く範疇の技術である一方で、マスドライバーの確保は対ザフト戦略を見据えた上で、やはり莫大なリターンが存在するとアズラエルは考えていたからである。

 支援砲撃である激しい艦砲射撃と共に、輸送機からストライクダガーの空挺部隊が次々降下し、軍港付近を中心に展開して〈M1アストレイ〉と戦闘を始めている。

 

『……はい』

 

 数の上では優位な大西洋連邦軍だったが、レイダーの開発データを基に開発が大幅に進んだM1アストレイの指揮官機であるムラサメ、モルゲンレーテによって修理されたイージス、そしてフリーダムの援護によって、大西洋連邦軍とオーブ軍の戦闘は意外にも一進一退の戦況を保っていた。

 

『うふふ……行きますよ!!』

 

 そんな拮抗した戦況を傾け、大西洋連邦軍を勝利に導くのがクロト達の役目である。既に十分な量の〈γ―グリフェプタン〉を服用し、高揚状態のステラは叫んだ。

 目的は第二陣である揚陸艦に搭載された上陸部隊であるストライクダガーの援護──そして目標は一進一退の戦いを繰り広げているオノゴロ軍港最東部である。

 

『撃滅!!』

 

 空挺部隊を迎撃していたイージス艦の弾幕を潜り抜け、クロトは急速接近させた新型機〈ゲルプレイダー〉をMS形態に変形させると、艦橋目掛けてスパイクが強化された破砕球〈スーパーミョルニル〉を振り被った。

 

『!?』

 

 間一髪で真横から現れたフリーダムに蹴飛ばされ、ゲルプレイダーは頭部から海に落水する。

 僅かに出遅れていた新型機〈ストライクネロ〉は左腕で抜いた小型のビームライフルを放ってフリーダムを牽制すると、右腕で抜いた対艦刀でイージス艦の艦橋を両断した。

 そんなストライクネロを無力化するためキラはビームライフルを連発するが、ステラは両腕の小型シールドで薙ぎ払う様に攻撃を受け流すと、キラは背後から放たれたレールガンを回避するため攻撃の中断を余儀なくされる。

 

『コイツは僕が!!』

『分かりましたァ!!』

 

 たとえ二機で掛かっても核エンジンによる無尽蔵のエネルギーと圧倒的なパワーを誇るフリーダムの撃破は容易ではない。手間取っている間に上陸部隊が各個撃破されるのを防ぐ為、クロトはステラに指示を飛ばした。

 更に破砕球を投げ付けるが、フリーダムは急降下して避けると同時にバラエーナを発射──しかしクロトは推進機の巧みな制御によって紙一重で回避する。

 重武装と高機動の両立という相反する命題を解決するために増設された推進機から生じる、普通の人間なら関節が圧壊しかねない程の激しい負荷がクロトの肉体を襲う。

 

『はははっ……!』

 

 核エンジンによる無尽蔵の電力と高い運動性能を生かしたヒット&アウェイ戦術。圧倒的な性能を誇るゲルプレイダーとはいえ、総合的な性能はフリーダムの方が上だろう。

 更に問題なのはこのタイミングでフリーダムを撃墜すれば、後にプラントに対するピースメーカー隊の核攻撃が成功し、ヤキン・ドゥーエ要塞から放たれるジェネシスのタイミングが大幅に早まる恐れがあることだった。

 だからクロトの取るべき選択肢は極めて高い潜在能力を持つフリーダムを足止めし、前線を荒らし回っているストライクネロの援護を行うことである。

 クロトはフリーダムの放つビームを躱しながら、ゲルプレイダーの両肩に搭載されたレールガンを放った。

 

 〈88〉

 

 拮抗を保っていた戦況は徐々に大西洋連合軍優位に傾きつつあった。

 制空権と制海権を完全に失ったオーブ軍は、次々に上陸するストライクダガーの大軍の前に蹂躙されつつあった。

 既にムウが乗ったイージス、ニコルの乗ったブリッツが戦闘しているエリアを除いてオーブ軍の防衛線は大きく後退しており、各所から劣勢の報告が上がっている。

 

『あはははははっ!!』

 

 両手に対艦刀を構え、ストライクネロは防衛線を捨てて撤退しようとするM1アストレイの真横に並ぶと、バターの様に斬り捨てていく。

 フリーダムは妨害しようにも執拗に纏わり付くゲルプレイダーを振り切れず、ストライクネロの侵攻を食い止められない。

 

『私達は……』

 

 キラにはもう何が正しいのかよく分からなかった。

 先日モルゲンレーテ本社工廠でM1アストレイらに搭載されたナチュラル用OSを最終調整している際に、キラは偶然〈エクリプス計画〉の断片的なデータを発見していた。

 その内容は、オーブはM1アストレイの指揮官機であるムラサメを上回る高性能な可変機体を製造する計画を立てており、その一部にフリーダムのデータを解析し、再現したものを採用する形で設計を進めているらしい。

 これはキラの目の届かないところで密かにフリーダムのデータ解析が行われていたという明確な証拠である。ラクスが命懸けでフリーダムを託し、キラが背負おうとした責任は、キラが守りたかったオーブという国の手であっさりと踏み躙られてしまったのだ。

 

『苦戦してるんですかァ!?』

 

 ストライクネロが放ったビームをキラはフリーダムを急上昇させて回避するが、その攻撃に連動してゲルプレイダーの放った破砕球が胴体を直撃し、真横に大きく吹き飛ばす。

 衝撃でキラの全身に激痛が走り、非PS装甲で製造された機体の関節部から軋むような音が発生した。

 背中の推進機を吹かせてフリーダムの姿勢を立て直しながら、ゲルプレイダーのパイロットの正体に確信を得たキラは通信回線を開いた。

 

『私達は……戦うしかないのかな……?』

『なっ!?』

 

 突如動きの鈍ったフリーダムに損傷を与えるため、実弾兵器を中心に構成されたゲルプレイダーの武装の中で唯一PS装甲に有効な高出力エネルギー砲〈ツォーン〉を放とうとしたクロトはその声を聞いて思わず攻撃を中止した。

 

『まさか……!!』

 

 そんな筈がない。

 正体こそ分からなかったが、フリーダムのパイロットは十中八九クライン派に所属しているザフトの少年兵であり、断じてマーシャル諸島で戦死したキラである訳がない。しかしこの声は間違いなくキラの声であり、クロトには何がどこでどう狂ってこうなったのか──まるで見当もつかない。

 

『戦うしかないのかなって聞いてるのよ!!』

 

 目の前で見せ付けられるゲルプレイダーとストライクの巧みな連携──自分の国すら信用出来ない世界──自暴自棄になったキラはビームサーベルを抜き、戸惑いを隠し切れずに宙を漂うゲルプレイダーに斬り掛かった。

 

 〈89〉

 

『フリーダム……キラ!』

 

 突如起こったゲルプレイダーの変調と、その変調に便乗する形でゲルプレイダーを追い込んでいくフリーダムをモニターの中心に表示させながら、アスランは戦況を窺っていた。

 フリーダムは咄嗟にゲルプレイダーが放った破砕球を真正面に捉えると、右腕のビームサーベルを最大出力で振り抜いた。

 高密度に圧縮された特殊な反発材を採用している関係で、持ち手と金属球を繋ぐ高分子ワイヤーの様に対ビームコーティングが施されていない破砕球は呆気なく両断され、内部に搭載されている推進剤に引火して爆発する。

 

『な、何が……僕は……!』

 

 クロトは思いもよらないキラとの邂逅に愕然とし、破砕球を失ったグリップを捨てて目の前の現実から逃げ出す為に機体を反転させようとした。

 

『あぁ……。そういうことだったんですね……』

 

 先日──デトロイトの軍事工廠でストライクネロを初めて見た時、クロトが僅かに表情を歪めた姿をステラは見逃してはいなかった。

 そして時折、クロトが自分を通して誰か別の人間を見ている様な違和感──その瞬間、ステラの中でクロトに対する疑惑は確信に変わったのだった。

 

『よくも……よくも……許せませんッ!!』

 

 ゲルプレイダーを無力化するため、脇目も降らずに急加速したフリーダムに対してストライクネロは対艦刀を勢いよく振り被った。

 実体剣として十分な切断力を持ちつつ、入念な対ビームコーティングが施された対艦刀は咄嗟にキラが突き出したビームサーベルごとフリーダムを吹き飛ばす。

 

『私の……邪魔をしないで!』

『こっちの台詞ですよッ! お優しい先輩の良心を弄ぶなんて……地獄に堕ちて下さいッ!』

『そんなこと……!』

 

 そしてストライクネロは冷静さを欠いたフリーダムの放ったビームを──続けてバラエーナを急降下して回避すると、接近して至近距離でビームを放とうとした。

 その瞬間。

 

『!』

 

 ストライクネロは突如上空から現れた赤いモビルスーツ──ジャスティスが放ったビームブーメランを咄嗟に抜いた対艦刀で打ち払った。

 ジャスティスは更にMS支援空中機動飛翔体である〈ファトウム‐00〉からビームを連発し、半狂乱になりながらもフリーダムとストライクネロの戦いに割り込もうとしていたゲルプレイダーを牽制する。

 

『……?』

 

 突如現れた正体不明の赤いモビルスーツに、キラとステラは警戒しながら距離を取った。

 

『……僕は……僕は何の為にッ!!』

 

 しかし唯一そのパイロットの正体をアスラン・ザラだと知っているクロトは、()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()と思い込み──激昂して突撃する。

 

『へぇ。まだ居たんですね……変なモビルスーツ!』

 

 ゲルプレイダーを追い掛ける形で突撃したストライクネロが放ったビームをジャスティスは回避すると、アスランはキラに向かって通信を飛ばした。

 

『ザフト軍特務隊……アスラン・ザラだ! 聞こえるかフリーダム……キラ・ヤマトだな?』

『どういうつもり……? ザフトはこの戦闘に介入するつもりなの!?』

『軍からはこの戦闘に関して、何の命令も受けていない! この介入は……俺個人の意思だ!』

 

 アスランはジャスティスのビームサーベルの柄を連結させ、両端からビーム刃を展開すると迫り来るゲルプレイダーに斬り掛かった。ゲルプレイダーは右腕のシールドでジャスティスの斬撃を防御すると、レールガンを放ってジャスティスを後方に吹き飛ばす。

 

『なるほど……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()つもりなんですねッ!』

『違う! ザフトは関係ない!』

 

 その攻防でクロトの復調を敏感に感じ取ったステラはフリーダムが連発するビームを回避しながら、公共通信で嘲笑と共に絶叫する。

 

『ふふっ、面白い方ですね。ザフトの特務隊が──それも現代表の一人息子だと名乗る御方が最新鋭機で武力介入する行為に、オーブとプラントが裏で繋がっていた証拠以外の意味なんてないんですよ!!』

『俺はそんなつもりじゃない!!』

『プラントは! 私達地球連合軍がマスドライバーを手に入れるのを防ぐため! オーブ軍を支援する為に貴方を派遣した! それが事実なんですよ!!』

 

 アスランは必死に反論するが、ステラはそんなアスランの言葉をあっさりと一蹴する。

 そもそもアスランがこのオーブ解放作戦に武力介入したのは個人的な理由──キラと話したいというものであり、それ以上の意味などなかったからである。

 しかし第三者から見ればザフト軍の特務隊を名乗る人間が、オーブ軍の友軍であるフリーダムを援護しているという状況だったのである。

 

『だからオーブは──?』

 

 中立国でもなんでもない、と叫ぼうとしたステラは突如目の前でキラが行った暴挙に言葉を失った。

 

『……私は認めない』

 

 フリーダムはゲルプレイダーとストライクネロを退ける為に共闘しようとしていたジャスティスの頭部を狙い、ビームライフルを放ったのである。ジャスティスは神懸かり的な反応でその攻撃を防いだが、フリーダムはなおもビームライフルの照準をジャスティスに向けている。誤射ではなく、明確な交戦の意思──アスランは絶叫した。

 

『キラ……いったい何を!?』

『警告します。ザフトも地球連合軍も──引かないというなら、私は討ちます!』

 

 アスランの助けを借りれば、この場は切り抜けられるかもしれない。

 しかしそれは、きっと何の解決にもならない。

 ザフトの特務隊を名乗って現れたアスランを友軍として受け入れる事は、オーブがプラントに付いた事を意味するからだ。そうなればプラントはオーブを橋頭堡として、地球連合軍と戦おうとするだろう。

 反対に地球連合軍に付けば、地球連合軍はオーブの力を利用してプラントを攻めようとするだろう。ただ敵と味方が変わるだけで、結果は何も変わらない。

 

『……』

 

 ラクス・クラインを中心に結成されることになる武力集団〈三隻同盟〉の主力を構成し、地球連合軍を苦戦させた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、正史との決定的な相違点を目の当たりにしたクロトは言葉を失ったのだった。




ここ数日、体調を崩しています。

それもこれも、血迷って初のR18短編を書いたからですね(絶対違う)

エクリプスガンダムの設定、機体の製造時期的にこのタイミングでフリーダムを無断でデータ解析しているのが濃厚という、純真なキラくんが国に絶望するレベルの設定なんだけど……?


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オーブ解放作戦 後編

 〈90〉

 

『警告します。ザフトも地球連合軍も──引かないというのなら、私は討ちます!』

 

 その凜とした声と共に、フリーダムは対峙している三機を狙って全砲門を同時に展開し、一斉射撃を行った。

 ストライクネロとゲルプレイダーは後方に飛んで攻撃を避け、ジャスティスは反対にその場に踏み止まり、正面にシールドを構えて攻撃を防ぐ。

 

『へぇ、本気みたいですね。……どうします?』

 

 ステラは機体の体勢を立て直しながら、怪訝そうな口調でクロトに問い掛けた。

 まさかキラが自分の挑発に乗って、オーブ軍の援軍として現れたザフトのモビルスーツを撃つとは思っていなかったからである。

 オーブ連邦首長国は中立国であるという立場上、大々的にザフトの援軍など受け入れられないというのは、あくまでも政治的な理屈である。

 実際に大西洋連邦軍からの侵攻を受けている今、たとえ相手が不用意に自分の所属を名乗る馬鹿なザフト軍特務隊であろうと、一旦は援軍として受け入れるのが現場の軍人として当然の対応ではないかとステラは思ったのである。

 どうやらオーブ軍の新型機に乗っているらしい、元ストライクのパイロットは平和主義者のコーディネイターだと思い込んでいたが、その実態は随分面白い女らしい。

 

『……バッテリー残量は?』

『あと半分ってトコですね』

 

 ゲルプレイダーやストライクネロと異なり、フリーダム、ジャスティスは機体に無尽蔵の電力を供給する核エンジンで稼働している以上、次の段階にシフトするためにはバッテリー残量に余裕のある状態を保っている必要があったのである。

 

『だったら、そろそろ目標αを狙う。……ザフトが本格的に援軍を送って来る前に、任務を遂行しないと』

『……分かりました』

 

 今回のオーブ解放作戦において、眼前に立ち塞がっているフリーダムとジャスティスの撃破はあくまで目的を達成する手段の一つであり、目的そのものではない。

 作戦の目的はオーブとプラントが本格的に同盟を結ぶ前に、オーブの保有しているマスドライバーとモルゲンレーテ本社を破壊、あるいは確保することである。

 大西洋連邦軍の展開したストライクダガーは各戦線でオーブ軍を圧倒しており、徐々に島の中央に存在するオーブ軍司令部に向けて侵攻を始めている。

 特にクロトは大西洋連邦軍内でモルゲンレーテ本社の場所を正確に把握している唯一の人間であり、いつまでもフリーダムやジャスティスと戦っている暇などないのである。

 クロトはゲルプレイダーの両肩に搭載した単装砲を連射し、荒れ狂うように攻撃を放っているフリーダムを牽制しながら島の中央に向けて機体を飛ばした。

 

 〈91〉

 

『この声は……アスラン!?』

 

 ニコル・アマルフィは突如現れた赤いモビルスーツ──ジャスティスを見上げ、ブリッツのコクピット内部で大声を上げた。

 アークエンジェルが正式に脱走艦となり、艦長であるマリューがオーブ軍の一員として大西洋連邦軍と戦うことを宣言した日、ニコルは捕虜の身から解放されていた。

 本来であればニコルはオーブから最も近い位置に存在する、ザフトの地球上最大規模を誇る軍事基地カーペンタリアに向かう筈だったのだが、そんなニコルの足を踏み止まらせたのはフリーダムとキラの存在だった。

 ニコルの父であるユーリ・アマルフィが開発した、一定範囲内の自由中性子の運動を阻害して核分裂を抑制する“ニュートロンジャマー”の影響を無効化し、核の力を復活させる“ニュートロンジャマー・キャンセラー”。

 その“ニュートロンジャマー・キャンセラー”と共に核エンジンを搭載したモビルスーツ〈フリーダム〉に乗ったキラがニコルの目の前に現れたからである。

 ニコルは血のバレンタイン以来、プラントにとって禁忌である核の力を解禁したユーリに反発すると共に、ラクス・クラインからフリーダムを託されたという少女キラ・ヤマトの戦いの行方を見定めるため、あえてオーブに残る道を決断したのだった。

 もしもキラが敗北し、大西洋連邦軍が核の力を手に入れることになれば、その前にフリーダムを破壊するという決意と共に。

 そしてニコルはアークエンジェルが修理し、パイロットが不在のためモルゲンレーテに預けていたブリッツを強奪し、匿名で大西洋連邦軍と戦っていたのである。

 

『──軍からはこの戦闘に関して、何の命令も受けていない! この介入は……俺個人の意思だ!』

『なるほど……。義勇兵という体裁で、ザフトはオーブ軍を支援するつもりなんですねッ!!』

 

 公共回線から流れてくるアスランと地球連合軍のパイロットと思われる少女の会話を聞いて、ニコルはその会話の内容に思わず頭を抱えた。

 圧倒的に戦力で劣るオーブが唯一大西洋連合軍を退かせる可能性があるとすれば、それは大西洋連邦軍が所属している地球連合軍内部からの反発である。

 

 地球連合軍に対するマスドライバー貸与の頑なな拒絶に、アークエンジェルと結託して行われた大西洋連邦の軍事技術の無断盗用疑惑。

 オーブが如何に親プラント、あるいは反地球連合だと疑われるような行動をしていようが、あくまでも疑惑は疑惑だった。故にオーブ解放作戦は反対するユーラシア連邦軍らの部隊は参加せず、大西洋連邦軍単独で行われたのである。

 そんな中でザフトを名乗る人間がオーブ軍の救援に現れたらどうなるか──実質的に大西洋連邦軍の侵攻に正当性を与える行為だと言わざるを得ないのだが──アスランには分からないらしい。

 オーブ軍もオーブ軍で、ザフトを名乗る謎のモビルスーツを友軍として受け入れようとしていたが、ニコルにはその判断が全く理解出来なかった。

 そもそもオーブは昨日急遽行われたプラントとの会談で、再三の申し入れがあった援軍を国の理念に反するからと断ったのではないのか。

 実際に大西洋連邦軍との戦いが始まったら、たとえ相手がザフトの特務隊だろうがお構いなしなのかとニコルが憤っていると、フリーダムが共闘しようと接近してきたジャスティスにビームライフルを放つ姿がモニターに表示された。

 ジャスティスは辛うじてフリーダムの攻撃を防御し、その隙を見計らってゲルプレイダーとストライクネロはフリーダムを振り切ると、最終防衛線に迫りつつあるストライクダガー隊を援護しながら侵攻を開始した。

 

『おい! いったい何が起こってる!? あの赤いモビルスーツはザフトの新型機だろう!?』

『……僕にも分かりません』

 

 付近の防衛線でストライクダガー隊と交戦していたイージス──そのパイロットであるムウから通信が届いた。

 既にムウとニコルが交戦している区域以外は大きく押し込まれており、戦況を確認するために通信を行っていたのである。

 

『オーブはザフトの支援を拒否したと聞いたがな!?』

『独断ですよ! アスランって人は、そういう人なんです!』

 

 ニコルはアスランに対する不信感を露わにした。

 アスランはストライクのパイロットの素性を早い段階で把握していたにも関わらず、とうとう最後まで自分達に共有しなかった人間だ。

 もちろん、アスラン本人にそんなつもりはないのだろう。

 自分の幼馴染みが連合軍の一員としてアークエンジェルに乗っていると分かれば、ニコル達の銃を握る手が緩んでしまうかもしれない──そんなところなのだろう。

 裏を返せば、アスランは自分達を全く信用していなかったのだ。

 そのくせ、アスラン本人はオーブの潜入等、思い返せば独断専行と思われる行動を取っていたのだから信じられない。自分の言動がどんな結果をもたらすのか、どんな風に思われるのか、アスランには分からないのだ。

 ニコルは悪態を吐きながら、眼前のストライクダガーをビームで撃ち抜いた。

 

『アークエンジェルから戦線離脱命令が下りた! お前さんも付いて来るか!?』

『こんな状況で戦線離脱してどうするって言うんです!?』

『分からんが、アスハ代表からの指示らしい! アークエンジェルは戦線離脱し、カグヤに向かえとさ!』

『カグヤ!?』

『ああ! オーブのマスドライバー施設だ!!』

 

 まさかオーブは大西洋連邦軍に軍司令部を陥落される前に、アークエンジェルをマスドライバーで宇宙に脱出させるつもりなのではないか。

 ニコルは迫り来るストライクダガーの大軍に残っていたランサーダートを全弾叩き込み、数機を纏めて爆散させると、先行するイージスを追って撤退を始めた。

 

 〈92〉

 

 アズラエルはオーブ解放作戦の旗艦であるモビルスーツ搭載型強襲揚陸艦パウエルのCICで戦況を眺めながら、苛立ちを隠し切れずに壁を叩いていた。

 その苛立ちの原因ははっきりしており、当初は数時間で終わると思われたオーブ軍との戦闘が意外な膠着を見せていたことである。

 既に沿岸付近の制空権、制海権は完全に手中に収めていたが、島の中心に存在するオーブ軍司令部はムラサメ隊らの奮闘により、未だ攻め倦ねていたのだった。

 

「──全く、まだ軍本部の制圧が出来ませんか? おかしいですねえ。今日の夜までには全て終わらせたいところですが」

「ですがご自慢の新型、思うほど働いてくれてはおらぬようですが?」

 

 いくらブルーコスモスの盟主であり、オブザーバーという肩書きでありながら実質的にこの大西洋連邦軍の指揮権を握っているとはいえ、素人は口を出すなと言わんばかりの艦長の男にアズラエルは肩を竦める。

 

「ご心配なさらず。まさか〈パナマの天使〉がオーブ軍の一員だとは誤算でした」

「〈パナマの天使〉?」

「知りませんか? 何でもたった一機でパナマ基地で地球連合軍の虐殺を行っていたザフト軍を撤退に追い込んだ、正体不明のモビルスーツです。……あの二人がいなければ、上陸部隊は全滅していたかもしれませんよ?」

 

 もっとも、問題はアズラエルが誇るクロト・ブエル及びステラ・ルーシェの二人ですら倒せないパイロットの技量というよりも、その機体が最新式の大容量バッテリーを搭載している筈のゲルプレイダー、ストライクネロと比較して、明らかにバッテリーパワーで上回っている事だとアズラエルは考えていた。

 モルゲンレーテ本社で開発中だという高効率の新型大容量バッテリーパックシステムである〈パワーエクステンダー〉の試作型でも搭載しているのか、ともかく電力切れなど有り得ないと言わんばかりの挙動を見せるフリーダムの様子をモニターで眺めながら、アズラエルは用意された席に深々と腰掛けた。

 

『アークエンジェルは戦線離脱し、カグヤに撤退命令!?』

『ええ! 準備が完了するまで、そのまま時間を稼いでくれる!?』

 

 地を這う様に低空飛行しているストライクネロと激しい砲撃戦を行いながら、キラはマリューからの新しい指示を受け取った。

 オーブ軍司令部が地球連合軍に制圧されるのは時間の問題であり、敗戦を悟ったウズミはアークエンジェル、オーブ軍のイズモ級2番艦である宇宙戦艦クサナギにオーブ軍の残存勢力を乗せ、脱出させる計画を実行に移そうとしていたのである。

 

『鬱陶しいですねッ!!』

 

 ストライクネロの放ったビームライフルがフリーダムを掠め、真後ろの崖に命中して大きく地面を削り取った。

 フリーダムは反撃でバラエーナを放つが、何度か撃っている間にタイミングを見切られたのかストライクネロは対艦刀で斬り払う様にその一撃を防いだ。

 

『どうして……こんなっ!』

『何を甘いことを。……その甘さが、先輩から左目を奪ったんですよッ!』

『──ッ!!』

 

 ステラはキラに吠えた。

 確かに、目の前の少女は口だけではない。

 圧倒的な数的劣勢の中、クロトと二人でヘリオポリスからアラスカ基地までザフトの追撃からアークエンジェルを守り抜いただけの力を持っている。

 故に許せない。

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 ストライクネロは対艦刀を腰に収納し、そのまま腰に伸ばして両腕に小型のビームライフルを構えると、ビームライフルを構えるフリーダムに襲い掛かった。

 

『またお前の──お前の仕業かっ!!』

『知るか!! 都合の悪い事はなんでもかんでも僕の所為にするなっ!!』

 

 クロトはビームブーメランを急降下して避け、更に機体を左右に振ってビームライフルを回避しながら叫んだ。

 飛来する〈ファトゥム-00〉に単装砲を撃ち込んで牽制し、得意の接近戦に持ち込もうとするアスランにクロトはレールガンを連発する。

 

『くそっ……!! お前という奴は!!』

 

 戦況は正史と比較し、大西洋連邦軍が優位に進めている。

 その理由は極めて単純で、オーブ軍にとって最大戦力だった筈のフリーダムとジャスティスの連携が完全に崩壊していることと、目標αであるモルゲンレーテ本社及び目標βであるマスドライバーを破壊するのが作戦の目的であるため、大西洋連邦軍が攻撃の手を緩める必要がないというのがその理由である。

 また事前にクロトがウズミにオーブ解放作戦の内容を一部漏洩したことで、本来であれば二日目に行われる筈だったオーブ軍の撤退準備が大幅に早まっていた。

 オーブ軍の残存戦力の大半がカグヤを防衛するために集結した余波で、すっかり無人と化したモルゲンレーテ本社の敷地内を低空飛行し、クロトはジャスティスと格闘戦を繰り広げながら目に付く物を機関砲で破壊していると、ステラからの通信が届く。

 

『申し訳ありません!! もうバッテリーが……!』

 

 フリーダムの挑発に乗る形で先程から砲撃戦を挑んでいたストライクネロのバッテリーは最終警告ラインである10%を切っていた。

 フリーダムが核エンジンを搭載していると知らないステラは、まさかフリーダムの半分以下しかビームを撃っていないストライクネロが先にパワーダウンに陥るとは思っておらず、気付くのが遅れたのである。

 このままでは戦闘続行は困難と悟ったステラは対艦刀でフリーダムのビームサーベルを受け止め、そのまま反撃すると見せかけて撤退を始めた。

 ストライクネロを退けたフリーダムはゲルプレイダーとジャスティスの前方にそれぞれビームを発射し、両機体をその場に足止めする。

 それに気付いたアスランは通信回線を開き、キラに呼び掛けを始めた。

 

『キラ!! この状況ではオーブに勝ち目はない! お前も解っているだろう!?』

『勝ち目がないからって、戦うのを止めて言いなりになれって!? だいたい貴方は何をしに来たの!?』

『それは──』

 

 アスランはジャスティスを受領した後、オーブを訪れる前に世界各地を回っていた。

 しかしアラスカの惨状、パナマの悲劇。

 そしてマルキオ導師の孤児院で出会った、ザフトに両親を殺されたという孤児。

 アスランが軍の命令に従い、今まで正義の為だと信じていた行動は、戦争を一日でも早く終わらせようとしていた行動は、新たな悲劇を産んでいたのである。

 だからアスランはキラと面と向かって話し合い、この戦争について正面から向き合うために現れたのである。

 

『俺はラクスに──お前と話がしたくて!!』

ザフト軍特務隊(あなた)と話すことなんて何もない!!』

 

 もっともそれはアスランの理屈であり、キラがそれを受け入れる理由はなかった。

 キラにとってアスランは一方的に自分の主張を行い、その主張を相手に押し付ける人間だとしか思えなかった。

 それは大西洋連邦軍のやり方と、何も変わらなかった。

 そもそもオーブの立場も考えずにザフトの特務隊を名乗り、自分と話すためという個人的な意思でその戦争に介入する──ラクスがどういうつもりなのかは知らないが、そんな相手と態々話す必要はないとキラは思ったのである。

 

『待ってくれ! 俺はお前を──』

『五月蠅い!』

 

 フリーダムはジャスティスの高い機動力を支える〈ファトゥム00〉を狙い、ビームライフルを立て続けに連射する。アスランはジャスティスを急上昇させて回避するが、そんなフリーダムと連携する形でゲルプレイダーが待ち構えていた。

 

『邪魔なんだよ!』

 

 真上から放たれた〈ツォーン〉がジャスティスの頭部を掠め、更にPS装甲が一部欠損した頭部にレールガンが直撃し、抉り取るように吹き飛ばす。そのダメージでジャスティスのメインセンサーは完全に破壊され、戦闘能力の大部分を損失した。

 

『くそっ、こんな筈じゃ……!』

 

 アスランは悪態を吐きながら、ジャスティスをカーペンタリア基地に向けた。

 重大なダメージを受けたままオーブ軍、大西洋連邦軍の両軍を相手に戦いを続けても無意味だと悟ったからである。

 

『──無事で良かった。一緒に行こう、クロト』

『……』

 

 ゲルプレイダーのバッテリーも、既に最終警告音が鳴っている。

 TPS装甲を採用しているため外見では分からないだろうが、キラならおおよその推測が付いているだろう。ここでまともに戦っても勝ち目はない。

 クロトはフリーダムにピタリと超高初速防盾砲の銃口を向けると、自分を説得しようとするキラとの通信を始めた。

 

『断る。僕が君に付いて行く理由はないし、僕にはやるべきことがある』

『そっか……』

 

 失望を隠し切れないキラの声に、クロトは心を掻き乱された。

 しかし手持ちの薬はたった数日分──更に今後の地球連合軍とザフトの最終決戦を考慮すると、今離脱して地球連合軍の侵攻速度を遅らせる訳にはいかないのである。

 なぜならザフトは地球連合軍の大部隊をたった二射で壊滅させる、恐ろしい大量破壊兵器を極秘裏に製造しているのだから。

 キラの誘いに乗って、γ―グリフェプタンの禁断症状で寝込んでいる場合ではないのである。

 

『君は、何の為に戦う? 戦うのは嫌なんじゃなかったの?』

『私だって、本当は戦いたくなんてない。でも、戦わなきゃ守れないものもあるから』

『……全く。厄介な奴だねえ、君は』

『クロト?』

 

 クロトは超高初速防盾砲の銃口を下げ、ゆっくりとゲルプレイダーを上昇させた。フリーダムはその意図が分からず、機体の羽を広げて追い掛けようとする。

 

『……だったら、戦うしかないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『!!』

 

 明確な敵対宣言──しかしその言葉の引用先であるバルトフェルドと戦い、その結末を知っているキラには、この場で唯一その真意が理解出来る暗号である。

 そしてクロトが戦線離脱し、ステラと共にカグヤを陥落させるための第二波の出撃準備を行っている最中、フリーダムと共にアークエンジェルとクサナギを射出したカグヤとモルゲンレーテから激しい火の手が上がり、直後に大爆発が起こった。

 

「……あらら、本当に自爆しましたか。〈パナマの天使〉といい、オーブは余程我々に見つかったら困るものを隠していたようですね。……ま、ザフトの手に落ちなかっただけ、良しとしましょうか」

 

 その大爆発に巻き込まれてウズミ・ナラ・アスハ等、現在の五大首長、主な閣僚全員が消息を絶ったという報告を、アズラエルは苛立った表情で聞いていた。

 公の場で語ることすら拒絶し、理念に殉じた彼等の暴挙に呆れながらも、既にアズラエルの思考は本命であるビクトリア基地の攻略作戦に向いていた。

 ストライクダガーのバリエーション機に加えて、改修されたフォビドゥン、カラミティが参戦し、マスドライバー施設〈ハビリス〉の確保を狙う大規模作戦──全てのマスドライバーを喪失した地球連合軍にとって反攻の一手となる第三次ビクトリア攻防戦が開始するまで、既に72時間を切っていたのだった。




第七波は軽症って嘘でしょって一週間でした。

残念ながらオーブは初日で陥落しました。
オーブの底力は侮れないとは言うけど、ほぼ脱走兵とザフトから送り込まれた援軍の力ですからね、買い被り過ぎですね……

こそこそR18も更新しましたが、あっちはあと3~4話で最終話のメンデル編になる予定だから本編を進めないと……!


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第三次ビクトリア攻防戦

 〈93〉

 

 夢だと自覚できるものを、明晰夢と呼ぶらしい。

 私が今、見ているのはまさにそれだ。もっとも、これは夢というよりも過去の記憶を見ていると言うべきか。

 私は夢の中で、物心付いた時から囚われていたロドニアの研究所にいた。

 そこは死と生の境が曖昧な毎日だった。

 昨日まで元気だった子が夜が明ければ人体改造の後遺症で冷たくなっていたり、先程まで話していた子が適性不足だからと呆気なく処分されたりする場所。

 私は幸いにも高い適性があったようで、人体改造に耐えられず死ぬことも、適性不足で殺されることはなかった。

 そして私は不幸にも単なる部品以上の価値があったようで、私はよく人影のない場所に研究員から呼び出しを受けていた。彼等は私に従順さと奉仕を求めた。

 私はこの世界が憎かった。許せなかった。

 そしてそれ以上に、()()()()()()()()()()()()()()

 彼と出会ったのは──そんな時だ。

 

「自由って、なんだろうねえ?」

 

 首があらぬ方向に曲がって動かなくなった研究員の亡骸を踏み付け、赤髪の少年は嗤いながら言った。

 彼の暴挙はどうやら私を助けたものではないらしく、すぐに研究員を防犯カメラの死角である物陰まで引き摺って行くと、その懐からハイクラスのセキュリティロックを解除するためのカードキーを抜き取っている。

 

「……私達には、関係ないものですよ」

 

 私達は部品だ。私達は何処にも行けない。私達は未来がない。

 私達は自由じゃない。

 そんな私の素っ気ない声に、カードキーを手にした彼はますます可笑しそうに嗤う。

 

「誰が言ったか忘れたけど、自由ってのは誰もが持っている権利らしい。……だから僕達にはあるんだよ。()()()()()()()()()()が」

「全ての人類、ですか?」

「ああ。他に人類が存在しなければ、僕達は世界一自由だ」

 

 空論と言うにも烏滸がましい、幼稚な暴論。私は脱いだ服を再度身に付けながら、皮肉交じりに言う。

 

「……夢を見るのは、自由かもしれませんね」

「夢じゃないさ。多分僕は、()()()()()()()()()()()()()

「……?」

 

 意味不明な言葉と共に、彼は私の前から姿を消した。

 その後の話では、彼はこの研究所のメインサーバーを破壊しようとしたものの、結局失敗して取り押さえられ、生体CPU“ブーステッドマン”の被検体として脳を弄られたらしい。

 そして彼は人が変わったように従順になり、自ら更なる人体改造とモビルスーツのパイロットを志願し、半ば試験的に投入されたグリマルディ戦線で突出した戦果を挙げると共に多数の分野で優秀な成績を残し、スポンサーであるムルタ・アズラエルの直属兵に指名されたのだった。

 しかし私は知っている。

 彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 だから私は彼の共犯者になりたかった。彼は私にとって唯一の理解者で──私は彼にとって唯一の理解者なのだから。

 

「そろそろ起きなよ」

「……失礼致しました」

 

 出撃前の待機時間に、クロトは椅子に腰掛けたまま無防備に仮眠を取っていた少女ステラに声を掛けた。

 先日“オーブ解放作戦”を終えた大西洋連邦軍は、大西洋連邦軍の技術を無断盗用し、その共犯である地球連合軍の脱走兵を匿うなど腐敗したウズミ政権を打倒して暫定政府を設置したのだった。そして地球連合の監視の元で大西洋連邦の保護下へと置かれる事になったオーブを離れ、クロト達一部の部隊はザフトが支配下に置くビクトリア基地へと向かっていた。

 アフリカのビクトリア湖付近に位置し、マスドライバー施設“ハビリス”が設置されたビクトリア基地は、地球連合軍とザフトの双方にとって重要な戦略的価値を持つ要所であった。

 C.E.70年3月に行われ、地球連合軍の勝利に終わった第一次ビクトリア攻防戦。

 C.E.71年2月に行われ、ザフトの勝利に終わった第二次ビクトリア攻防戦など、大規模な戦いがこの地で繰り広げられていた。

 そして“アラスカの奇跡”で大きく戦力が弱体化していたザフトに対し、地球連合軍は量産型MSストライクダガーを大量投入すると共に様々な試験機を投入し、戦いを優位に推移させていた。

 とりわけロンド・ギナ・サハクの指揮する2機のソードカラミティと、オルガ・サブナック中尉、シャニ・アンドラス少尉の2名で構成された独立遊撃部隊の戦果は突出していた。

 攻撃開始から六日目の朝においてビクトリア基地の陥落はもう時間の問題であり、争点はビクトリア基地を奪還することが出来るかどうかではなく、如何にマスドライバーを無傷で入手するかに変わっていたのだった。

 事実、敗色濃厚だと悟ったザフトはマスドライバーを自爆させる動きを見せており、それを察知した地球連合軍はその自爆を阻止するための特殊部隊を結成し、突入作戦を決行しようとしていたのである。

 そして昨夜到着したクロトとステラの任務は、その特殊部隊の突入を空中から援護することであった。

 地上戦はストライクダガーの大量投入によって地球連合軍が圧倒していたものの、空中戦においてはディン、グゥルらを保有しているザフトに一日の長があり、最終防衛線に迫ろうとする地球連合軍の猛攻をあと一歩のところで防いでいたからである。

 

「睡眠不足? シミュレーターのやり過ぎだよ」

「……先日の不覚は、あってはならないことでしたから」

 

 ザフトの介入は本当に特務隊の独断だったらしく幸いしたが、そうでなければクロトは挟撃の憂き目に遭うところだった。そんな状況で相手を撃墜するどころか、バッテリー切れで撤退する羽目になったことをステラは屈辱に思っていたのである。

 更にそのパイロットが奇跡的に生き延びていたストライクのパイロットらしいと聞けば、ステラが怒り狂うのは必然だった。

 死んだ筈の相手が生きていたことに驚いただけだとクロトは報告し、戦闘記録にも特に問題は見当たらなかったため、アズラエルもその件について特に言及しなかった。

 アズラエルが興味を引かれたのは地球連合軍を裏切り、オーブ軍の味方をするパイロットではなく、ゲルプレイダーやストライクネロの数倍、あるいはそれ以上のバッテリーパワーを保有していた機体の方だったからである。それは多少の技術革新があったとして、明らかに有り得ない水準のパワーだった。

 それこそ核エネルギーを使っているとしか考えられない代物だったのである。

 ニュートロンジャマーを無効化する技術──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アズラエルはオーブの不可解な行動に、そんな理屈を付けていたのである。

 しかし単なる直感としか言いようがなかったが、ステラは二人の会話に嫌なものを感じていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もちろんクロトは認めないだろうし、実際のところ気のせいかもしれない。

 とはいえ二度と彼女に遅れを取る訳にはいかないと、ステラは連日連夜シミュレーター訓練に励んでいたのである。

 オーブ軍と共に宇宙に脱出した彼女がビクトリア攻防戦に現れることは常識的に考えて有り得ないのだが、何せ彼女はオーブに身を置きながら地球連合軍とザフトの戦いに介入した〈パナマの天使〉である。もしかしたらこの戦いの情報を何処かで嗅ぎ付けて、同じ様に介入しようとするかもしれないのだ。

 まもなく始まる、地球連合軍の存亡を賭けた突入作戦の援護とは全く関係のない事を考えながら、ステラは深々と溜息を吐いた。

 

 〈94〉

 

「呆気ないものでしたね、先輩」

 

 突入部隊が無傷で制圧したマスドライバー施設“ハビリス”の姿をステラはモニターで捉えていた。

 既にビクトリア基地も大半が制圧されており、後は敗戦を受け入れられない一部のザフト兵が散発的な抵抗を続けているだけである。

 歩兵の掃討部隊が展開し、そうしたザフト兵を容赦なく掃討する最中、大破したMSの残骸から生き残ったザフトの少女兵が現れ、武器を捨てて降伏の意思をクロト達に示した。

 クロトが思わず真顔になる中、機体から飛び降りたステラは少女兵に歩み寄りながら、吹き出した様にケラケラと笑う。

 

「……あれれ? 自分達は降参を認めないのに、自分達は降参するんですかぁ?」

 

 震える声で自分はパナマ戦に参加していない、地球連合軍は捕虜の人道的扱いなどを定めた戦時国際法条約であるコルシカ条約を批准している筈だと主張する少女兵に、ステラはまるで少女を嬲る様に言い放つ。

 

「復讐の是非はともかく、パナマ戦に参加した地球連合軍も、アラスカ防衛戦には参加していませんよ? ……私から言わせれば、恨むべきは前例があるにも関わらず戦力を一極集中させた作戦の発案者だと思いますけど? あと、地球連合軍がコルシカ条約を批准しているからなんなんですか? 貴女方は定義上テロリストであって、コルシカ条約の対象ではありませんよ。──ですよね、先輩?」

「……補足するなら、プラントは独立宣言を行い、この戦いをプラントと地球連合の国際戦争だと定義している。事実、大洋州連合ら一部の国家がその独立を承認しているから、厳密にはテロリストではないという見方も出来る」

 

 一見助け舟のようなクロトの言葉に少女兵は頷くが、その言葉の真意を悟ったステラの追及は止まらない。

 

「なるほど。要するに、自分達は好き勝手したいけど、自分達が好き勝手されるのは許せないってことですね?」

 

 実際、パナマ攻防戦で地球連合軍の組織的虐殺を行ったザフト兵は非難の対象になっておらず、反対にそれを妨害しようとしたイザークやディアッカが厳重注意を受けたというのがザフトの実態だった。もちろんコルシカ条約を批准していないため、ザフトはコルシカ条約の内容を遵守する必要はそもそもないのだが、それを自分達の都合の良い様に解釈しているというのがステラの主張だったのである。

 論理立てて突き付けられる確実な死に恐怖する少女兵を目の当たりにして、ステラはまるで十年来の親友の様に彼女の肩を叩く。

 

「冗談ですよ、冗談。無抵抗な方に、私達がそんな酷い事をする訳ないじゃないですか! ──ですよね、先輩!」

 

 単なる当て付けの為だけに生かす。言葉の内容とは裏腹に、濃縮された憎悪と狂気。

 その一言は限界寸前だった少女兵の精神を完膚なきまでに粉砕すると共に、二度と消える事のない深い楔を打ち込んだのだった。それは腹を抱えて爆笑するステラの傍らで、少女兵の悲痛な慟哭が響き渡る光景を目の当たりにすれば一目瞭然だった。

 

 後に“第三次ビクトリア攻防戦”と呼ばれることになるこの地球連合軍の勝利によって、地球連合軍はパナマ基地の喪失によって孤立していた地球連合宇宙軍への補給路を確保することに成功したのだった。ザフトの投降兵は多数続出したが、その多くは意外にも捕虜として扱われた。

 その理由は3つあり、コルシカ条約を批准している地球連合軍は捕虜を取らない軍事行動というものに不慣れだったことと、“切り裂きエド”ことエドワード・ハレルソン中尉、“不死身の悪魔”ことクロト・ブエル中尉といった地球連合軍でも有数のエースパイロットが独断で投降を許可したことと、再びあの“パナマの天使”が介入に現れる事を恐れたことが原因だった。

 そもそもパナマ攻防戦の主力は大西洋連邦軍であり、今回の第三次ビクトリア攻防戦はユーラシア連邦軍が主力である。両軍の対立は戦後を踏まえて水面下で徐々に深まっていたことと、また上述の二名がザフトに対し敵愾心の強い大西洋連邦軍に在籍する都合上、パナマ基地での地球連合軍に対するザフトの様に組織的な虐殺が行われるための下地が存在しなかったのである。

 同時に大敗を喫したザフトは、ビクトリア基地を再奪還する地上戦力が残っていなかったため、地球連合軍を地上に封じ込めることを作戦目的としたオペレーション・ウロボロスは完全に失敗・頓挫した。プラント最高評議会は翌日、残存兵力をジブラルタル基地、カーペンタリア基地ら既存の地上基地に集結させる傍ら、唯一損害が軽微であった宇宙戦力の増強を決議したのだった。

 

 〈95〉

 

「……先程はああ言ってましたが、やっぱりショックですよね? ……キラさんの両親が、本当の両親ではないなんて」

「分かりましたか? 顔には出さない様にしていたんですが……」

 

 先程衝撃的な内容を告げたカガリと別れたキラは、フリーダムのコクピット内部でニコルからの個人回線を受けていた。

 その内容とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 証拠だという写真には金髪と黒髪の双子を抱く妙齢の女性の姿が映っており、その赤子がそれぞれカガリ、キラらしい。言われてみれば確かに自分と似たような面影のある女性だったが、キラはその女性の存在を両親から全く聞かされたことがなかった。もしもこれが事実であれば、自分は養子ということである。

 アスハ家の養子であり、何処かに別の親が存在することを認識していたカガリと異なり、今まで自分の両親が本当の両親ではないことなど考えもしなかったキラにとって、突然カガリに突き付けられた事実は大きな衝撃だったのである。

 なぜそんなことをこのタイミングで言うのか、言われる自分の気持ちを考えたのかと言ってしまいそうになったキラは、脱出の際にクサナギへと収容されることになり、何度も戦ったブリッツのパイロットだと名乗る少年と共にアークエンジェルに向かっていたのだった。

 キラがMIAになったマーシャル諸島の戦いでアークエンジェルの捕虜となり、その後フレイから大体の事情を聞いていたニコルはキラにとって、その温和な性格も相俟って何度も戦った相手だとは思えない程に話しやすい相手だったのである。

 

「アークエンジェルに戻ったら、シャトルを一機借りたいんです。……貴女が乗っているフリーダムに搭載されているニュートロンジャマー・キャンセラー。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ニュートロンジャマー・キャンセラーを!?」

「はい。……どうしてこんなものを作ったのか、父と話がしたいんです。そして貴女にフリーダムを託し、今もプラントに身を隠しているというラクス・クラインとも」

「……分かりました。マリューさんに、相談してみます」

 

 一定範囲内のニュートロンジャマーの影響を打ち消すことで、核の力を再び解禁させるニュートロンジャマー・キャンセラー。

 その開発者の息子という立場は、内心複雑なものだろう。それこそザフトの一員として、今までプラントを守る為に戦っていた立場に疑念を抱いて脱走兵になる位には。

 そう思ったキラは苦虫を噛み潰したようなニコルの言葉を了承すると、ブリッツと共にアークエンジェルへの足を速めたのだった。

 




そんな感じで、クロトくんとステラちゃんの出会いでした。

何もかも〈ゆりかご〉で忘れちゃったある意味幸せな世界線が原作で、忘れなかった不幸な世界線が本作というイメージです。

性格が大幅改変されてますが、設定的に原作のキャラを維持する方がむしろ不自然なのではって感じですね。

ニコルくんがアスランくんのポジションを奪った……?

※激重感情を向けているステラちゃんですが、肝心の相手は外伝で悩殺されてます。


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ラクスの戦い

 〈96〉

 

 プラントの首都であるアプリリウス市のプラント最高評議会議長室で、パトリック・ザラは先日フリーダム、ジャスティスの専用母艦である高速戦闘母艦エターナルの艦長に抜擢したアンドリュー・バルトフェルドと共に、プラントに戻らせたクルーゼの提出したフリーダムに関する報告書に目を通していた。

 その内容はフリーダムはアラスカ基地、パナマ基地で地球連合軍、ザフトの両軍に対する武力介入を行い、最終的にオーブで地球連合軍と交戦した後、オーブ軍の残党と共にオーブのマスドライバーで宇宙に脱出して消息を絶ったというものだった。

 つまり現在()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という推論が最後に記されていた。

 ザフトの攻撃によるヘリオポリス崩壊、その避難民を乗せたシャトル撃墜による民間人の虐殺が起こっても、中立を貫くために事実上泣き寝入りしたオーブがアラスカ基地、パナマ基地で行ったような外部への武力介入を行うとは考えられなかったからである。

 

「何故フリーダムがオーブに渡ったのかなど分からんよ。アスランが何か掴んだかもしれんらしいが、あのバカめ、報告1つ寄こさんそうだ」

「極秘で命じられた任務でありましょう? 迂闊な連絡も、情報漏洩の元ですからな」

 

 更に追記として、アスランが地球連合軍とオーブ軍の戦いに武力介入したが、両軍からの攻撃を受けて損傷を受け、やむなく撤退に追い込まれたとの報告を受けていた。

 奪取されたフリーダムの奪還もしくは破壊と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除という特務を遂行する為に、アスランの行った武力介入はパトリックにとって当然の行動だった。

 しかしプラントの威信を賭けて製造されたフリーダムが強奪され、ジャスティスが敗退したという結果はパトリックにとって屈辱的な結果だったのである。パトリックは苛立った口調で肩を竦めたバルトフェルドに話し掛けた。

 

「調子に乗ったナチュラル共が、次々と月に上がってきておる。こんどこそ叩き潰さねばならんのだ。徹底的にな」

「解っております。存分に働かせてもらいますよ。俺の様な者に、再び生きる場を与えて下さった議長閣下の為にも」

 

 パトリックは北アフリカでアークエンジェルに敗北したものの奇跡の生還を遂げたバルトフェルドを、エターナルの艦長兼フリーダムのパイロットに任命するためプラントへと呼び戻していた。クライン派によるフリーダムの強奪に伴い、バルトフェルドには要望通り先行開発されたゲイツを送ったものの、やはり戦力の低下は避けられない。

 ビクトリア基地のマスドライバーが地球連合軍に奪還されたため、月の地球連合宇宙軍は地球からの補給を受けて日に日に増強されているという。プラント最高評議会も宇宙戦力の増強を決定しており、戦いの舞台は地上から宇宙に移るだろう。

 バルトフェルドを退出させた後、パトリックが一人思案している中、ノックと共に議長室に入って来た憲兵から意外な報告が行われた。

 

「MIAだったニコル・アマルフィが、単身地球軍のものと思しきシャトルにて、ヤキン・ドゥーエへ帰投致しました」

「なに!? 地球軍のシャトルだと!?」

「事態が事態ですので、プラントに移送して身柄を拘束しておりますが……。現在、ユーリ・アマルフィが尋問中です。フリーダムについても、何らかの情報を握っているそうです」

「すぐここへ寄こせ!」

 

 ほどなくして、パトリックの前に父親であるユーリに連れられたニコルが現れた。ユーリの報告では、今までニコルはアークエンジェルに捕虜として囚われていたものの、アークエンジェルが脱走艦になったためオーブで解放されたという。その際にフリーダムと接触し、つい先日まで行動を共にしていたとのことだった。パトリックがその報告の真偽を吟味する中、ニコルは思い詰めた表情で口を開いた。

 

「……ザラ議長は、この戦争のことを本当はどうお考えなのですか? 僕達は一体いつまで戦い続けなければならないんですか? 血のバレンタイン事件以来、二度と使わないと決めた筈の核の力まで使って、プラントの正義は何処にあるんですか?」

 

 血のバレンタイン事件の報復として行われた、ニュートロンジャマーの大量散布によって発生したエネルギー危機──エイプリル・フール・クライシス。

 化石燃料の枯渇により、核分裂炉の原子力発電に大きくエネルギー供給を依存していた地上では、地球全土での深刻なエネルギー不足とニュートロンジャマーの持つ電波妨害作用によって情報網の寸断、核分裂発電停止により深刻なエネルギー問題が発生した。

 そして地球上のあらゆる産業は麻痺し、既存の社会システムは崩壊寸前にまで追い込まれ、中立国や地球で生活していたコーディネイターを含む約10億人の犠牲者が発生した。この過剰なまでの報復行為がプラントで正当化されたのは、単に血のバレンタイン事件の報復というだけでなく、再構築戦争による核戦争を経てすらその魅力に抗えなかった、核の力を封印するために行われた行為だったからである。

 少なくともニコルはそうでなければ、プラントの正当性は成り立たないと考えていた。

 常識的に考えて、報復先である地球連合どころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「何も分からぬ子供が、何を知った風な口を訊くか!」

 

 プラントでは13歳が成人年齢であり、15歳から被選挙権を得ることが出来る。

 これはコーディネイターの優秀性から打ち出された画期的な政策だったのだが、実際のところこれは建前だった。コーディネイターで構成されたプラントには、第二世代以降の大幅な出生率の低下という大きな問題があり、労働人口の不足に悩んでいたのである。その問題を解消するために提唱されたのが成人年齢の引き下げであり、コーディネイターが優秀だから成人年齢を引き下げるというのはその正当化に過ぎなかったのだ。

 そもそも能力で成人年齢を決定するのならば、コーディネイター同士でも個々人で大きな能力差が存在している以上、その年齢の一律化は論理破綻しているのだから。

 だからプラントにおいて教育を管轄するディセンベル市の代表者でもあるパトリックには、未だ15歳になったばかりのニコルの言葉など頭でっかちで実態を何も知らない子供の妄言だとしか思えなかったのである。

 とはいえそんな事情を知らないニコルからすれば、自分達が中心となってプラントでは15歳以上は成人だと定義しておきながら、自分を一人の大人ではなく子供扱いするパトリックの言葉は、為政者としてあるまじき暴言だとしか思えなかったのだった。

 

「僕はもう子供じゃありません! 力と力でただぶつかり合うだけで、それで本当にこの戦争が終わると、議長は本気で考えていらっしゃるのですか!?」

「終わるさ! ナチュラル共が全て滅びれば戦争は終わる! 言え! フリーダムはどうなったのだ!」

「……本気で仰ってるんですか? ナチュラルを全て滅ぼすと!」

「これはその為の戦争だ! 我等はその為に戦っているんだぞ! それすら忘れたか! お前は!」

「違います! 僕はプラントを独立させる為に……二度と血のバレンタインの様な悲劇を繰り返さない為に志願したんです!」

 この戦争の終結点だった筈のプラントの独立は既にパトリックにとって建前であり、本音は全てのナチュラルを滅ぼしたいというものだった。だからこそ万が一の事態に備え、現在製造中の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 パトリックがその意思を表立って表明していないのは、未だ穏健派も大きな勢力を保っているプラント国民からの支持を得られなくなるからである。しかしフリーダムの情報を自分に話そうとしないニコルの態度に苛立ち、パトリックはその本音を零してしまったのである。

 先日ニコルのMIAを契機にクライン派からザラ派に鞍替えしたとはいえ、ニコルの無事を知ったことで内心揺らいでいたユーリがその過激な言葉に絶句する中、パトリックは武装した憲兵にニコルを取り囲ませると、その額に自ら銃口を突き付ける。

 

「だったらくだらぬことを言ってないで答えろ。答えぬと言うなら、お前も反逆者として捕らえるぞ!?」

「答えるつもりはありません! ……くぅ!」

「殺すな! これにはまだ訊かねばならんことがある。連れて行け! フリーダムの所在を吐かせるのだ。多少手荒でも構わん!」

 

 ニコルは抵抗しようとしたがあえなくその場に引き倒され、頑丈な手錠が填められた。そして凶悪な犯罪者の様に連行されていくニコルの姿を目の当たりにして、ユーリは茫然とするしかなかったのだった。

 

 〈97〉

 

 キラを見送った後も、プラントに潜伏しながら反戦運動を行っていたラクスだったが、別行動をしていたシーゲル・クラインがザラ派の軍人に射殺されたことと、エザリア・ジュールによってラクスの反戦運動はナチュラルに利用されているものだというプロパガンダを大々的に打たれたことで完全に手詰まりになっていた。

 シーゲルの死は隠蔽されており、ザラ派はタイミングを見計らってシーゲルの死すら戦意高揚に利用しようとするだろう。プラントの前最高評議会議長であり、今もパトリックに次ぐ求心力を持つシーゲルを一方的に射殺したと公表するよりも、ラクスと同じくナチュラルに利用された末に殺されたと公表する方が市民の戦意を煽ることが出来るからだ。

 これ以上危険を冒して潜伏するよりも、一度外部に脱出して機会を待った方がいいと判断したバルトフェルドはターミナルを奪取する計画を早め、実行に移したのだった。

 

「──さてと。あー、本艦はこれより、最終準備に入る。いいかぁ、本艦はこれより最終準備に入る。作業にかかれ!」

「貴様等、どういうことだ!?」

「ただ降りてくれればいいんだよ!」

 

 バルトフェルドの合図と共に、事情を知らないザフト兵が次々に計画の実行犯であるクライン派の兵に拘束され、エターナルが収容されているドックの一角に押し込められていく。そんな中、ユーリの密告によって救助されたニコルとダコスタ達を伴い、ラクスがドックに姿を現した。

 

『おい! 何をしている! 貴艦に発進命令など出てはいないぞ! どうしたのだ! バルトフェルド隊長! 応答せよ!』

 

 停止中だったエターナルの各種システムが、何故か起動を始めている。

 ドックの異変に気付いた管制官は現場にいる筈のバルトフェルドに呼び掛けたが、全く応答が返ってない状況に事態を重く見た管制官は、その権限でメインゲートの管制システムを操作してシステムコードを変更した。

 管制官はシステムコードを変更することでメインゲートを完全封鎖し、周囲から応援の部隊が駆け付けるまでの時間を稼ごうとしたのである。フリーダムのようなMSならともかく、ザフトの最新鋭艦であるエターナルを奪取したとしても、ザフト艦の運用に習熟した相当数の協力者がいなければ、動かす以外の運用を行う事は容易でないからだ。

 

「チッ! 優秀だねぇ。そのままにしてくれりゃぁいいものを。ちょっと荒っぽい出発になりますなぁ。覚悟して下さい」

「仕方がありませんわね。私達は行かねばならないのですから」

「アイシャ! 主砲発射準備! 照準、メインゲート! 発進と同時に斉射!」

「分かったわアンディ。ふふっ、腕が鳴るわね!」

「エターナル、発進して下さい!」

 

 もちろん、バルトフェルドが念入りに準備して決行した計画にそんな不備はない。

 バルトフェルドはダコスタと共にクライン派を支持する軍人の中でも選りすぐりの精鋭を集め、このエターナル強奪計画を実行に移したのである。

 エターナルの砲撃手であるアイシャがメインゲートを正確に撃ち抜くと共に、発進したエターナルはドックを脱出した。

 

「ニコル様。大丈夫ですか?」

「え、えぇ。僕は大丈夫です」

「よぉ! 初めまして。ようこそ歌姫の船へ。アンドリュー・バルトフェルドだ」

「……貴方の様な人まで」

 

 エターナル強奪計画の第一関門をクリアし、CICに一息付いた様な空気が流れる中、ラクスに連れられたニコルは同じくエターナルのCICにいた。

 プラントに対する反逆者として囚われ、議長室から移送中だったニコルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()され、そのままラクスと共にエターナル強奪計画に便乗する形でプラントを脱出したのである。

 このような計画を行うためには必要不可欠である、各方面に潜伏していると思われる協力者の存在と、バルトフェルドの様にノンポリで有名だった軍人までもが計画に参加しているという事実は、ニコルの様に今のプラントの目指している方向性は間違っていると考える者は決して少なくないのだとニコルに改めて認識させたのだった。

 そんな中、エターナルのレーダーに正面から高速で迫り来る無数の光点が表示される。

 

「前方にモビルスーツ部隊! 数5!」

「ヤキンの部隊か。ま、出てくるだろうな。主砲発射準備! CIWS作動!」

「この艦にモビルスーツは?」

「あいにく、フリーダムの代わりとして用意させた僕のゲイツだけだ。こいつは、本来ジャスティスとフリーダムの専用運用艦なんだ」

 

 エターナルはフリーダムやジャスティスに搭載された核エンジンの整備に必要な専用設備や機材を搭載すると共に、既存のザフト製MSの性能を大きく上回った両機体をサポートするため、これまでザフト艦としては最速だったナスカ級すら上回る速力を誇る高速艦だった。

 そのため他の機体を収容することは本来不可能であり、唯一フリーダムやジャスティスに一部の設計が受け継がれているゲイツを、強奪されたフリーダムの代用として一機収容するのが限界だったのである。

 とはいえ、現状ではこのバルトフェルド専用ゲイツが唯一のモビルスーツである。迎撃の為に出撃しようとするニコルを制すると、ラクスはエターナルの全チャンネルで通信回線を開き、迫り来るパイロット達に呼び掛けを行った。

 

『私はラクス・クラインです。願う未来の違いから、私達はザラ議長と敵対する者となってしまいましたが、私はあなた方との戦闘を望みません。どうか船を行かせて下さい。そして皆さんももう一度、私達が本当に戦わなければならぬのは何なのか、考えてみて下さい』

『隊長!? これはいったい!?』

『ええい! 惑わされるな。我々は攻撃命令を受けているのだぞ!』

 

 表向きプラントでは、ラクスはナチュラルに平和を願う心を利用されていることになっている。そんなラクスの生の言葉は、シーゲルを撃った様なザラ派の息が掛かった軍人ではなく、緊急でヤキン・ドゥーエ要塞から駆け付けただけのパイロット達に大きな混乱をもたらした。

 そもそもラクスがナチュラルに言わされているのだとしても、ここでエターナルを撃てば“プラントの歌姫”が死ぬかもしれないのだ。だから引き金を引くのは容易ではなかった。

 とはいえ、命令は命令である。

 隊長機であるジンの攻撃をきっかけに、包囲網を突っ切ろうと全速力で直進するエターナルに向かって次々にミサイルが飛来する。

 

「難しいよなぁ、いきなりそう言われたって。……アイシャ! 迎撃開始だ!」

「コックピットは避けて下さいね」

「うふふ、難しいことを言うわね。主砲、撃つわよ!」

 

 アイシャはエターナルに迫り来るミサイル群をCIWSとレールガンで迎撃しながら、時折ジンの頭部目掛けてビーム砲を放つ。フリーダムとジャスティスの運用母艦であるというコンセプト上、第一に速力と生存能力を優先して建造されたエターナルはジンの放ったミサイルを次々に撃ち落としていく。

 

「ブルーアルファ5、及びチャーリー7より、ジン6!」

「来るぞ! 対空!」

「ブルーデルタ12に、尚もジン4! ミサイル、来ます! 迎撃、追いつきません! ミサイル、当たります!」

 

 とはいえ、複数のモビルスーツを相手に護衛の随伴機無しのエターナルで勝ち目はない。

 エターナルの展開していた弾幕を飽和攻撃によって潜り抜け、遂にミサイルが命中しそうになったところで。

 

『こちらフリーダム。キラ・ヤマト』

 

 少女の声と共に、そのミサイルはフリーダムの放ったビームで撃ち抜かれて爆発した。

 

『キラ!』

『やぁ、お嬢ちゃん。助かったぞ』

 

 ニコルのシャトルを護衛した後、ヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網付近で潜伏していたキラは異変を察知し、エターナルの救援に駆け付けていたのである。

 迫り来るジンの頭部を正確に撃ち抜いてゆき、その全てを無力化し終えたキラはエターナルとの合流に成功した。そしてフリーダムの援護を受けたエターナルは、プラントから緊急出撃したジャスティスと遭遇する前にその行方を眩ましたのである。




アークエンジェルの捕虜になり、オーブ解放作戦に参戦してクサナギで宇宙に上がり、エターナル強奪事件に参加するという巻き込まれ系男子のニコルくんでした。


バルトフェルド専用ゲイツ:ゲイツの制式配備に先駆けて、クルーゼ専用ゲイツと同時に先行導入されたゲイツ。橙色に塗装済み。
バルトフェルドがフリーダムの代用機としてパトリックに要求したものだったが、実際にはジャスティスの代用機である。


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コロニー・メンデル 前編

遂にメンデル編に突入です。


 〈98〉

 

 クロトは月面基地プトレマイオスに降り立っていた。

 先日行われた“第三次ビクトリア攻防戦”によってマスドライバーの確保に成功した地球連合軍は、月本部に大量の兵力を集める傍らで、ジブラルタル基地、カーペンタリア基地等、地球上に点在するザフト地上基地に対する大規模な攻勢作戦を推し進めようとしていた。

 その目的はプラント本国を攻撃する最終作戦を発動する際、最大の邪魔者であるザフト地上部隊の勢力を更に縮小させることにあった。

 本来であればクロトもそれらの作戦に参加する筈だったのだが、そんなクロトが地球を離れたのはアズラエルの意向が働いていた。

 それは地球連合軍の脱走艦であり、オーブ軍と共闘して大西洋連邦軍と交戦した元地球連合宇宙軍第八艦隊に所属するアークエンジェルの艦載機であり、モルゲンレーテの最新鋭機と思われる〈フリーダム〉の確保が目的だった。

 恐らく何らかの方法でニュートロンジャマーを無効化し、プラントによって封印された筈の核の力を使っているモビルスーツ──それを確保し、解析することは対プラントの勝利を確実にする上で、また戦後の自分の立場をより強固なものにする上でも、ザフトの地上基地に対する攻勢作戦を支援するより遥かに優先順位は高いとアズラエルは判断したのである。

 

「……」

 

 地球連合軍の快進撃の一端を担っている4機の最新鋭モビルスーツ──特に先代を含め、伝説的な成果を挙げ続けるレイダーを一目見ようと集まる軍人達を避け、クロトはドックの壁に背中を預けて目を閉じていると、不意に正面から女性の声が響いた。

 

「……ブエル中尉。久しぶりだな」

「これはこれは。ドミニオン艦長就任、おめでとうございます。バジルール少佐」

 

 型式番号LCAM-01XB“ドミニオン”とは、大西洋連邦軍が開発したアークエンジェル級の二番艦である。

 大天使の名を冠するアークエンジェルに対し、その上位天使である主天使の名を与えられたドミニオンは黒を基調とした塗装や一部の仕様変更を除き、アークエンジェルと同じ能力を有する最新鋭艦である。

 地球連合軍司令部はハルバートンの推薦により、この艦の艦長にかつてアークエンジェルで副長を務めていたナタル・バジルールを抜擢した。

 それは彼女とフレイ・アルスター二等兵を除く全てのクルーがMIAあるいは脱走兵となった結果として非常に皮肉な人事になっていた。

 しかし今まで有力な軍人を多数輩出してきた名門バジルール家の一員であるという出自と、実際にアークエンジェルの運用に携わっていた経験を持つナタルが艦長として適任であることは地球連合軍司令部も疑う余地はなかった。

 こうして異例の抜擢を受けたナタルは二階級特進と共に“ドミニオン”艦長に就任することになったのである。

 そんなナタルがクロトに会いに来たのは、先日渡されたドミニオンの艦載機となる4機の最新鋭モビルスーツの詳細データ──その中に()()()()()()()()()C()P()U()()()()()()()()()()()()()()()からである。

 理解に苦しむ内容とはいえ、それら最新鋭機のオブザーバーとしてドミニオンに同乗すると先程挨拶に来たアズラエル、そして愛弟子のマリュー達の脱走によって完全にアズラエルの傀儡と化したハルバートンに詳細を尋ねることなどナタルには不可能だったため、クロトの元へ事実確認に現れたのである。

 クロトがモビルスーツのパイロットではなく生体CPUとは、いったいどういう意味なのかと。

 

「言葉通りの意味です。地球連合軍はコーディネイターに対抗するため、ブルーコスモスに所属する研究者と共同で、身寄りのない孤児や犯罪者に人体改造を施し、モビルアーマーやモビルスーツに搭載するための生体CPUを開発しようとした。──その完成品が僕です」

「そ、そんな話を、本気で信じろと?」

 

 思いがけない回答に対して、ナタルは周囲を行き交う軍人達に気取られない様に動揺を隠す。

 前述したようにナタルは名門バジルール家の一員であり、軍の内情については人一倍詳しいという自負があったし、軍に対する忠義や信頼も人一倍厚かった。

 そんな自分が全く知らない地球連合軍の内情が存在し、その内容が著しく倫理に悖るものだとは思わなかったのである。

 ナタルにとってクロトはムウと同じく、ナチュラルの中にも極稀に存在するコーディネイターに比肩する天才的な才能を持つナチュラルであり、その才能故に異例の若さでモビルスーツのパイロットに抜擢されたのだろうくらいに思っていたのだった。

 

「内容上、大っぴらには出来ませんからねえ。地球連合軍でも把握しているのは軍の司令官級と、ブルーコスモスに所属する上級将校。それから実際の運用に携わる艦の艦長位の筈です」

 

 実際、アークエンジェルの艦長はマリュー・ラミアスが務めていたものの、あくまでマリューは代理艦長である。更に本来は艦長職とは無縁の技術士官だったため、クロトの存在を知らないのは当然だった。

 またグリマルディ戦線に始まり、アークエンジェルでのクルーゼ隊、バルトフェルド隊との死闘、そして復帰戦であるオーブ解放作戦に於ける活躍でクロトは“不死身の悪魔”の二つ名を冠するようになった。

 しかしその実態については地球連合軍の広報戦略に疎いナタルから見ても、不自然なほど隠匿されていたのである。

 それこそこの場でナタル以外に、クロトが地球連合軍の誇る“不死身の悪魔”の正体だと気付いておらず、この場違いな雰囲気の少年兵は何者なのかと時折視線を投げ掛けられている位には。

 

「……事情は理解したが、何か副作用があるのか?」

「大したことじゃありません。重度の薬物中毒と、脳の萎縮。臓器の機能低下。……アークエンジェルでは結構無茶をしましたから、僕がまともに動けるのはあと半年が限界らしいですねえ」

 

 人体改造の結果、常時脳細胞の人為的な活性化が行われているクロトの脳は、その二十歳にも満たない年齢に反して徐々に脳髄を中心に萎縮が始まっている。

 また薬物の影響を強く受ける臓器も機能低下が始まっており、健常者とは比較にならない悪い数値だと診断されている。

 強力な覚醒効果のある依存性の高い薬物には付きものの症状だが、問題はそれだけではなかった。

 まともな医療行為が受けられない状態で、禁断症状による意識の混濁や活動時間の制限を嫌い、大量の〈γ-グリフェプタン〉を服用して日々戦闘に明け暮れていたアークエンジェルでの日々は、クロトの寿命を更に磨り減らしていた。

 本来であればクロトの用兵は“オーブ解放作戦”や“第三次ビクトリア攻防戦”の様に極めて戦略的価値の高い戦いに絞って集中的に運用するのが鉄則であり、常にスクランブル待機や数的不利の中での戦いを強いられていたアークエンジェルでの運用は、限りなく最悪に近いものだったのである。

 

「半年……?」

 

 まるで他人事の様にあっけらかんと言うクロトの言葉に、ナタルは唖然となった。

 ナタルはアークエンジェルに所属していた時、クロトとは交流があるどころか犬猿の仲だったが、それでもナタルなりに同じクルーとして情があったからである。

 

「あぁ、ご心配なく。半年もあれば、プラントを火の海に変えるには十分でしょう」

「そこまでして、何故君は戦う?」

「ははっ。少佐は()()()()()()()()()()()()()()()()()()か、どっちがいいと思います? ……それに、僕の存在意義は戦うことであり、拒否する権利はないんですよ」

 

 消耗品というものは使えなくなったら新品に交換するから、消耗品と呼ばれているのである。それはクロトも例外ではない。

 それに加えて生体CPUの完成品にして、その正体を秘匿した状態で単独での長期任務すら成し遂げたクロトの総合的な優秀性は、他の生体CPUの追随を許さない。

 死ねば終わりどころか、死んだ後も貴重なサンプルとして全身を切り刻まれた末にホルマリン漬けというのがクロトの未来である。クロトにはそもそも戦う以外の選択肢が存在しないのだ。

 

「……そうか。つまらない事を聞いて悪かった」

 

 クロトの何一つ救いのない境遇を悟り、ナタルは溜息を吐く。地球連合軍の上層部とブルーコスモスが結託して行っている悪行に、所詮ナタルの様な一士官が口を挟むことなど出来ないのである。平和な時代ならともかく、ナチュラルの存亡を賭けて全員戦っているのだから。

 

「そうそう、ドミニオンにはアルスター二等兵も配属されている。最近は私も忙しくてな、あまり声を掛けてやれないんだ。時間があれば、後で会いに行ってやってくれ」

「……あの子が、ドミニオンでいったい何を?」

「CICだ。彼女は思った以上に要領の良い子でな、新兵揃いのドミニオンでは、今や貴重な戦力だ」

 

 メンデル宙域で起こった、プラントから大西洋連邦に対する“ニュートロンジャマーキャンセラー”のデータ流出──そしてその実行犯だった筈のフレイ・アルスターがザフトに囚われておらず、既にドミニオンのクルーとして配属されている。

 地球連合軍に“血のバレンタイン”以来、固く封印されていた核兵器を解禁させ、前代未聞の威力を誇る大量破壊兵器〈ジェネシス〉の引き金を引かせることに繋がった禁断の果実を巡る戦いにおいて、クロトはその情報面での優位性が大幅に消失したことを感じた。

 しかし彼女が生き残った未来において、大量破壊兵器の撃ち合いという最後の扉を開けた罪の意識に苛まれることが無くなったことだけは幸いだと思いながら、何処か肩を落として去って行くナタルの背をクロトは見送るのだった。

 

 〈99〉

 

 エターナルと合流したアークエンジェルはクサナギを引き連れ、L4宙域に浮かぶ無人コロニー“メンデル”に到着していた。

 アークエンジェルとクサナギはオーブを脱出する際、エターナルはプラントを脱出する際に大量の物資を持ち出しており、当面の物資における不安はなかったが、その量は決して無限ではない。特に水は問題であり、早急な水場の確保が必要だった。

 L4に位置するコロニー群は地球連合軍とザフトの開戦に際して激戦区の1つとなったことで破損し、放棄されたものが多かった。その中には稼働しているコロニーもいくつか存在しており、中には無人ではあるが設備が生きている施設どころか、今も稼働しているコロニーすら存在する。

 このコロニー“メンデル”もかつてコーディネイター作成を産業とし、遺伝子企業“G.A.R.M. R&D”が所有する研究所施設も所在した。その研究所ではより先進的なコーディネイターを生み出す研究も多数行われており、「禁断の聖域」「遺伝子研究のメッカ」と呼ばれていた。

 最終的にC.E.68年に発生した大規模なバイオハザードにより、多数の死者を出したメンデルはX線照射によってコロニー内環境は消毒され無害となったが、所有者である“G.A.R.M. R&D”が倒産したことで放棄されたのだった。

 そんなメンデルの宇宙港内で行われていたのは、水を含む各種物資の確保及び、最終調整の終わっていなかったエターナルの調整だった。

 またパイロット達は慣れない宇宙空間での慣熟訓練を行う必要があったのだが、その講師を務められる者はエターナルの調整に掛かり切りのバルトフェルドを除けばキラとニコル以外にいなかったため、二人で講師役を交代しながら訓練を行っていた。

 その訓練の一環としてエターナルの格納庫内でコンテナの積み下ろし作業を行っているニコルのブリッツと、ムウのイージス、トールやアサギらの乗るM1アストレイの姿をキラとラクスは眼下に望んでいた。

 

「父が、死にました……」

 

 眼を伏せて静かに涙するラクスに、キラは同じく目線を落とした。“スピットブレイク”が失敗した原因である地球連合軍への情報漏洩容疑に加え、ザフトの最新鋭モビルスーツ〈フリーダム〉の強奪容疑。前者は濡れ衣だったが、後者は間違いなくラクスとキラが主体となって起こした行動の結果である。

 地球連合軍とザフトの戦いを止める為に必要な最低限の武力を手に入れる為、あえてクライン派が議会から追放されることで反ザラ派で一致団結させると共に、後に計画しているクライン派によるクーデター後の政治的立場の問題点を解消する為。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、自分の父を自らの手で実質的に謀殺したことに対する喪失感と罪悪感は、ラクスなりにあったのである。

 ラクスは身内すら生贄にすることを躊躇わない政治的才能はあったのだが、身内の死すら利用して己を奮い立たせる様ないわゆる政治屋ではなかったのだ。

 

「ラクス……」

「すみません、私も覚悟していたのですが……」

 

 国と身分という壁を超えて出来た親友とはいえ、たかが数週間同じ時間を過ごしただけの友人の前でしか弱音を吐けないラクス・クラインという少女の不幸を知り、キラは無力感で唇を噛み締める。

 本来はラクスの婚約者であるアスランが、ラクスを支えなければならない筈なのだ。それなのにあの少年はザフトのアスラン・ザラを名乗り、再び自分の目の前に現れた。

 エターナル強奪計画を実行する寸前までプラントの内情を探っていたバルトフェルドの情報では、アスランはプラント国防委員会直属の指揮下に置かれる“FAITH”と呼ばれる特務隊の人間として、フリーダムを奪還もしくは破壊と、フリーダムに関わったと思われる全てを破壊するという任務を与えられているらしい。

 訳の分からない事を言いながら大西洋連邦軍とオーブ軍の戦闘に介入したのも、混乱に乗じてその特務を遂行する為だったのだろう。

 そしてアスランにその特務を与えた現プラント最高評議会議長パトリック・ザラは、プラントに戻ったニコルの前で全てのナチュラルを滅ぼすと宣言したという。

 いくら自分の実の父親とはいえ、そんな男の兵士としてラクスと戦う道を選んだアスランを許すわけにはいかない。

 それにクロトも、オーブの敗戦を悟り宇宙に脱出しようとする自分達を逃がす為に一芝居を打ってくれたのは分かるが、そろそろ自分の下に戻って来て欲しい。

 

『接近する大型の熱量感知! 戦艦クラスのものと思われます! 距離700。オレンジ11、マーク18アルファ、ライブラリ照合……有りません!』

『総員、第一戦闘配備!』

 

 キラがそんな風に思っていた矢先、エターナル艦内にマリューがアークエンジェルで発信した第一戦闘配備の警報音が鳴り響いた。エターナルの最終調整は完了しておらず、今戦えるのはアークエンジェルとクサナギだけである。アークエンジェルとクサナギは正体不明の敵艦を迎撃するため、エターナルをこの場に残して出撃するらしい。

 

「──ッ!? この感じ……!」

 

 警報が鳴り響いた直後、誰かに一方的に見られている様な悪寒がキラを襲った。宇宙圏では頻繁に起こり、何故か地球降下以降は収まっていたものの、アラスカでも抱いた奇妙な感覚である。

 そしてその感覚は今までで最も強い視線を感じるものだった。

 その理由は明快で、行方を眩ましたアークエンジェルの居場所をL4宙域だとアズラエルに流したクルーゼはアスランと共にヴェサリウス以下ナスカ級高速戦艦3隻を率い、ドミニオンを追跡していたからである。

 

(メンデルか。やはり私と君は、惹かれ合う運命から逃れられないということらしいな……!)

 

 仮面の奥で高揚しながら嗤うクルーゼのすぐ隣で、アスランは戦死した筈のニコルが生存していたことと、そのニコルがパトリックに反旗を翻してラクスやバルトフェルドと共に逃亡したという衝撃的な事実をイザークらと共に噛み締めるのだった。




メンデル編、CVが大変なことになってそう。

桑島さんが最低4枠必要という衝撃の事実。

これまで不遇だったナタルさんですが、地味に重要なポジションです。不可能を可能にする展開にはならない……?

ところでブルコスプレイって何ですか?


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コロニー・メンデル 中編

 〈100〉

 

 ドミニオンから出撃したゲルプレイダーのコクピットで、クロトは先日フレイから電源を落とした状態で預かったトリィを弄びながら溜息を吐いた。

 アズラエルは正面に対峙しているアークエンジェル及びオーブ艦1隻と、後方から現れたクルーゼ隊のナスカ級3隻を同時に相手するつもりらしい。無理を無理と言うことくらい誰にでも出来る、それでもやり遂げるのが優秀な人物だというのがアズラエルの持論だが、付き合わされる方は堪ったものではない。

 ジャスティス、デュエル、バスター、ゲイツの4機で攻撃を仕掛けて来るクルーゼ隊に対し、ナタルはカラミティ、フォビドゥン、ストライクネロで迎撃し、クロトを温存していた。

 戦力の逐次投入は典型的な愚策だというのはナタルも承知していたし、事実オルガ、シャニ、ステラの3人は宇宙空間における初実戦ということもあって、意外な苦戦を強いられていた。

 しかし今回の目的であるフリーダムを鹵獲するためには、PS装甲こそ貫通しないもののパイロットを失神させる効果が期待出来る破砕球(スーパーミョルニル)を保有しているゲルプレイダーを、万全の状態でフリーダムにぶつけるのが最適だと主張するアズラエルの言葉に、ナタルは逆らえなかったのである。

 

『中尉! フリーダムを発見した。……速やかに鹵獲しろ』

『了解』

 

 ナタルの指示を受けたクロトは迫り来るフリーダムに対し、ゲルプレイダーをMA形態に変形して突撃する。

 そしてフリーダムの放つビームをスラスターの細かい制御で避け、猛烈な勢いで両肩の機関砲の猛撃を浴びせた。そしてMS形態に変形すると破砕球(スーパーミョルニル)を射出する。

 キラは急降下して超破砕球(スーパーミョルニル)を避けるが、同じく急降下して距離を詰めたクロトは2連装超高初速防盾砲を構えた。幸運にも単独行動していた所を迎えに来た筈だったのに、自身との対立を示すクロトの態度に、スピーカーからキラの悲痛な声が響き渡る。

 

『どうして……!? 私は貴方と戦いたくなんてないのに!!』

『……君がその機体に乗っている限り、僕は君と戦わなければならない』

 

 ナチュラルでも、コーディネイターでもない只の生体CPUが一時の感情に流されて地球連合軍を敵に回したとしても、禁断症状で発狂した末に呆気なく死ぬのだ。その選択は誰も幸せにならない。

 冷たい声で語り掛けるクロトに、キラは思わず息を呑む。

 

『何度も言った筈だ。──殺らなきゃ殺られる、それだけだろうが!!』

『──ッ!!』

 

 クロトは咆哮と共にレールガンを放ち、キラはフリーダムを横に振って回避した。そのままビームを放って牽制し、距離を取ろうとするキラにクロトは猛烈な勢いで追い縋りながら砲撃を開始する。そして背後に回り込もうと弧を描く様な軌道で加速しながら、激しい砲撃戦に突入した。

 

『くっ……!』

 

 ドミニオンが援護射撃で放ったミサイル攻撃や、その攻撃で飛来するデブリすら盾に、あるいは質量兵器にと利用しながら、フリーダムは絶え間なくビームを放つ。掠めたゲルプレイダーの装甲が融解し、機体の各所が徐々に損傷していく。暫くの間は均衡を保っていた砲撃戦だが、戦況はキラに傾きつつあった。

 その最大の理由は機体性能の違いである。

 機体の稼働時間を確保するために実弾兵器主体のゲルプレイダーに対し、核エンジンの採用により無尽蔵のエネルギーを誇るフリーダムは高威力のビーム兵器を多数採用している。

 それ故に攻撃に対して常に回避か防御の選択を迫られるゲルプレイダーに対し、フリーダムはPS装甲の性能を生かして攻撃を無視するという第三の選択肢が存在する。衝撃こそ無効化し切れない上に、関節部など実弾兵器でも有効な箇所も存在するものの、フリーダム相手に半端な攻撃は無意味なのだ。

 上記の理由で火力、耐久力で大幅にゲルプレイダーを上回るフリーダムに対し、ゲルプレイダーの優位点は重力下でモビルスーツを牽引したまま戦闘機動が可能な程の推力と、それに伴う機動力に限定されている。そしてその機動力に至っても、キラは卓越した技量でその差をカバーしていた。

 

『これは……!』

 

 無力化の為にコクピットを避けて頭部や四肢を狙うクロトの射撃をキラは完全に見切り、最高速度を保ったまま僅かな動作で防ぎ続ける。

 反対にキラの射撃を見切りきれないクロトは時折機体を減速しながら攻撃を防ぐ必要があり、フリーダムを機動力で翻弄出来ずにいた。

 新型とはいえ、従来のレイダーの延長線上に過ぎないゲルプレイダーの手の内をほぼ完璧に把握しているキラに対し、クロトはフリーダムに対して僅かな交戦経験しか持たない。

 機体性能と敵に対する正確な理解度。その両方で劣るクロトが、キラに砲撃戦で勝る理由は存在しなかったのである。

 

『おらぁーっ!』

 

 徐々に優位を拡大していくキラに対し、クロトは左腕で荷電爪(アフラマズダ)を抜いて全速力で突撃した。二度、三度と激しく衝突し、互いにシールドで相手の攻撃を受け止めて押し合いになる。

 フリーダムを蹴り飛ばしながら放ったクロトの砲撃をキラは紙一重で避け、再度突撃して荷電爪(アフラマズダ)を真一文字に振るったクロトの斬撃を宙返りで躱すと両脚を斬り付けた。

 

『そんな!?』

 

 キラの放った不可避の斬撃をクロトは機体をMA形態に変形させることで強引に避け、機体を翻して至近距離から複列位相エネルギー砲(ツォーン)を放つ。

 攻撃を避けられた事で一瞬バランスを崩していたフリーダムの右脚が消失し、更に大きくバランスを崩して吹き飛ばされる。

 その状況を好機と見たクロトは機体をMS形態に再変形し、錐揉み上に宙を彷徨うフリーダムに接近しながら破砕球(スーパーミョルニル)を射出した。

 

『──どうして分かってくれないの!!』

 

 キラは激昂と共に左脚一本でデブリを捉えて一瞬で体勢を立て直すと、猛烈な勢いで迫り来る破砕球(スーパーミョルニル)にシールドを投擲しながら突進した。

 シールドで僅かに軌道を逸らした破砕球(スーパーミョルニル)の真横を潜り抜け、キラはクロトとの距離を一気に詰める。

 攻守兼用の破砕球(スーパーミョルニル)に存在する唯一の弱点は、射出直後の持ち手の挙動が大きく制限される事である。

 キラは左腕でビームサーベルを全力で振り下ろし、ゲルプレイダーの右腕を防御に使わせると、もう片方のビームサーベルを背後から迫り来る破砕球(スーパーミョルニル)に構わず右腕で逆手抜刀した。

 

『やめろ! ――ぐっ!?』

 

 キラはゲルプレイダーの左腕を両断すると、後背部に直撃した破砕球(スーパーミョルニル)の衝撃に逆らわずに機体を流し、ゲルプレイダーの背後へ素早く回り込む。そして二本のビームサーベルを振るい、ゲルプレイダーの右腕と両脚を同時に両断する。

 クロトはゲルプレイダーが大破する中、機体を反転させて複列位相エネルギー砲(ツォーン)を放とうとするが、頭部に一瞬早くビームサーベルを叩き込まれた衝撃で意識を喪失した。

 

 〈101〉

 

「……キラ、か」

 

 仰向けのまま意識を取り戻したクロトは、無邪気に無事を喜ぶ少女の体温を感じた。

 さっきまで命の遣り取りをしていたにも関わらず、この少女には自分に対する警戒心という概念が存在しないらしい。もっとも彼女がそういう人間でなければ、情に絆されず撃破することも不可能ではなかっただろうから、無意味な仮定だとクロトは悟った。

 クロトが周囲を見渡すと、荒廃した奇妙な空間が広がっていた。

 最後の攻防で後背部に破砕球の直撃を受ける代償にゲルプレイダーを大破させたキラは、唯一無事だったゲルプレイダーの胴体部をフリーダムで抱えると、朦朧とする意識の中でメンデルのコロニー内部に意識を喪ったクロトを連れて来たのである。

 つい最近まで施設が稼働していたため、内部の設備が生きていたメンデル内部には空気が通っており、ヘルメットを外して行動することも可能だった。

 キラは強打して出血しているクロトの額に凝固剤を塗って手当てすると、未だアズラエルに忠誠を誓っている事情を説明するように求めた。しかし自分は薬漬けにされ、今も命を握られているなどと到底説明できなかったため、クロトは曖昧に言葉を濁す。

 不毛な遣り取りを続ける中、遠くで立て続けに銃声が鳴り響いた。そして銃声が途切れてしばらく時間が経つと、静かな足音と共に仮面を付けた金髪の男が現れた。

 クロトの敗北に伴い、一時撤退したドミニオンとの戦いを終えたクルーゼはアスランにクルーゼ隊の指揮を任せると、単身ムウのイージスと交戦した末に敗退させ、キラの気配を追ってメンデル内部に突入したのである。先程鳴り響いた銃声は、なおも追って来たムウとの銃撃戦によるものだったのだ。

 

「そう彼を困らせるな。──ジョージ・グレンの告白によるコーディネイター技術の流出に、羽鯨の発見による宗教権威の失墜。知らねばよかったことなど、この世界には無数に存在するのだから」

 

 拳銃を抜き、妙に穏やかな声で語り掛けるクルーゼにクロトは同じく拳銃を向ける。クロトの間合いから一歩離れたこの距離では、命中するかどうかは五分五分である。

 そしてクロトにとってそれ以上に問題なのは、目の前に立つラウ・ル・クルーゼが自分の事情を把握していると暗に匂わせていることだった。まさかこの自分達を散々苦しめた男が、アズラエルと繋がりのあるプラント内部のスパイだというのだろうか。

 

「さぁ遠慮せず来たまえ。始まりの場所へ! キラ君、君にとってもここは生まれ故郷だろう?」

「私の生まれ、故郷……」

 

 警戒を強めるクロトとキラの様子にクルーゼは満足すると、クロトとキラを誘うように手招きすると脇の通路へと足早に消えていく。

 クルーゼを追跡するのが罠か──それとも警戒してここに留まるのが罠なのか。結論の出ない事を考えても無駄だと悟ったクロトは自らの直感に従い、キラと共にクルーゼの後を追った。

 外側はまるで廃墟の様に荒らされている施設だったが、クルーゼを追って中枢部に侵入していくと、手付かずのまま放棄された不気味な設備群が姿を現し始めた。

 そして設備群の様子を監視するモニター室と思われる一室の最奥でノーマルスーツを脱いだクルーゼは、悠然とした雰囲気でクロトとキラを待ち構えていた。

 

「君も知りたいだろう? 人の飽くなき欲望の果て、進歩の名の下に狂気の夢を追った愚か者達の話を。君もまた、その娘であり、母なのだからな」

「……母?」

 

 この施設がコーディネイターを製造していた以上、自分がその娘だという表現は分かる。しかし母とは、どういう意味だろうか。クルーゼの不思議な表現にキラは思わず首を傾げた。

 そんな

 

「ここは禁断の聖域。神を気取った愚か者の夢の跡。……君は知っているのかな? 今の御両親が、君の本当の親ではないということを」

「……!」

 

 オーブ解放作戦の発動とその敗退に伴い、オーブを脱出したカガリが突如キラに突き付けた衝撃の事実である。黒髪と金髪の赤子を抱いた、何処か自分に似た妙齢の女性が本当の母親らしい。

 亡くなったウズミを含む極少数だけが知っていた機密情報らしいが、オーブに残った両親に事実確認出来ない以上、あまり深く考えない様にしていたのだが。

 複雑な表情で沈黙するキラを見たクルーゼは得心が行った様に頷いた。

 

「最近知った、という感じだな。知っていればそんな風に育つ筈もない。何の影も持たぬ、そんな普通の娘に。……アスランから君の名を聞いた時は、心底驚いたものだ。てっきり死んだか、それ以上の生き地獄に遭っているだろうと思っていた。あの双子、特に君はね」

 

 キラの存在を嗅ぎ付けたブルーコスモスは、キラを最重要標的として追っていた。キラの育ての母であるヤマト夫妻がキラを3年前まで男装させていたのは、その魔の手からキラを守る為だったのである。

 

「そして君は生き延び、成長し、戦火に身を投じてからもなお存在し続けている。……もちろん最大の理由は彼の存在があったからだろうが、それだけではないのは君達も理解している筈だ」

 

 ザフトはコーディネイターで構成されており、特にクルーゼ隊はアスランを筆頭に多額の資金を投じて高度なコーディネイトを施されたエリート部隊である。多少能力が優れているだけの素人コーディネイターがザフトの追撃を防ぎ切れる筈がないのである。

 以前バルトフェルドが言っていたように、キラは世界に約5億人存在するコーディネイターの中でも突出して優秀な存在なのだ。全てを捨てて力を手に入れたクロトすら、一対一では敵わない位に。

 

「私が、私が何だって言うんですか!?」

「やめろ! これ以上いい加減な話をするな!」

「君は黙っていろ! 君も彼女に秘密を知られたくはないだろう?」

 

 その言葉に不吉なものを感じて口を挟んだクロトをクルーゼは一喝すると、更に言葉を続ける。

 

「君が何者であるかを話す前に、私の秘密を話そう。私は人の自然そのままに、ナチュラルに生まれたものではない。……私はムウの父であり、己の死すら金で買えると思い上がった愚か者。アル・ダ・フラガの出来損ないのクローンなのだよ!」

「クローンだと!?」

 

 クロトはクルーゼの意外な言葉に絶句した。

 命の複製──クローン技術。それは命の改良であるコーディネイター技術すら事実上許されているこの世界において、未だ天然の一卵性双生児を除けば禁忌とされている違法技術である。

 クルーゼは自らの境遇を呪うかのように嗤うと、天井を見上げた。

 

「奴は天才だった。まるで預言者のような未来予知能力に加えて、あの“万能の天才”ジョージ・グレンに匹敵する多才な男……。そのクローンである私が、ナチュラルでありながらザフトの白服に上り詰めたことからも、その異常さが分かるだろう?」

 

 ナチュラルの身体でありながら、これまで一度もナチュラルであると疑われたことはなかったクルーゼだったが、それはクルーゼ本人の弛まぬ努力に因るものだけでなく、ナチュラルとして極めて優れた才能を持っていたからだということは否定出来なかった。コーディネイターに合わせて最適化されたザフト製のOSを扱うというハンデを抱えながら、ザフトのエースパイロットとして活躍出来たのはその極致である。

 いわば一般的なナチュラルを石塊、コーディネイターを合成宝石とするならば、アル・ダ・フラガは天然の宝石とでも表現すべき超越者だったのだ。

 

「奴は己の後継者であるムウが不仲な妻の影響を色濃く受けていたことと、その遺伝子が自分に遥かに劣るものだということが許せなかった。コーディネイト技術すら、自分の完璧な遺伝子を劣化させるものだと拒絶した。……そこで奴は君の両親であるヒビキ博士に自分そのものを作らせ、後継者にしようとした。それが私だ。──だがその計画は思わぬ形で失敗した! これが私の素顔だ!」

 

 仮面を外したクルーゼの顔には、ムウより年下とは思えない程の深い皺が刻まれていた。まるでそれは年老いた老人の素顔だった。

 

「既に壮年だった奴のクローンである私は、奴と寿命が変わらないという致命的な欠陥を抱えていた。奴は私に失敗作の烙印を押すと共に、更なる狂った計画を実行に移した」

 

 クルーゼは仮面を装着し、すっかり気圧された様子のキラを覗き込みながら可笑しそうに嗤う。

 

「話を変えようか。……コーディネイターを造るためには、高い金が掛かる。高い金を出して買った夢だ、誰だって叶えたい。誰だって壊したくはないだろう」

 

 コーディネイターの製造はそのコーディネイト内容によって金額が異なるが、その最低価格すら先進国の富裕層しか行えない程、極めて高額なものだった。

 しかも流産、コーディネイトの失敗といったリスクは常に存在した。遺伝子調整に失敗して親に捨てられたコーディネイターの子供も無数に存在した。そうした犠牲を少しでも無くす為に考えられたのが、不確定要素の排除だった。

 

「コーディネイターを造る際、最大の不確定要素は妊娠中の母胎だった。その影響を排除するために、コーディネイトの完全再現が可能な人工子宮が求められた。しかしその開発は難航した。私の製造報酬も、その開発資金に充てられた。だが開発資金は、あと一歩のところで尽きてしまった。奴が再びこの研究に興味を抱いたのは、そんな時だった……」

 

 クルーゼは机に置いていた古い写真立てに手を伸ばすと、拳で粉々に打ち砕いた。

 

「奴はその完成品に自分の後継者を産ませる事を思い付いた! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ……完成する筈がなかった、完成してはいけなかった。しかし不幸にもそれは完成してしまった。それが君──キラ・ヒビキだ!! 見ろ! これが君の姉妹だ!」

 

 クルーゼの指差した先には、液体で満たされた無数の培養漕が存在していた。その全てに人の様な何かが浮かんでおり、その情報と拡大図がモニターに表示されている。

 

「落ち着け、キラ!」

「ち、近寄らないで!!」

 

 キラは激しい嘔吐感に襲われ、口元を覆った指の隙間から胃液を床に撒き散らした。思わずクロトは駆け寄ろうとするが、キラに突き飛ばされてその場で転倒する。

 クルーゼはその様子を可笑しそうに見ると、床にへたり込んで嘔吐するキラに視線を投げ掛けた。

 

「君は不思議に思っているだろう? 何故私の存在を感じられるのかと。……フラガ家には()()()()()()()()()()()()()という、奇妙な能力がある。これは一部のフラガ家が保有する特徴的な遺伝子配列によって発生する、高度な空間認識能力の一種らしい。奴はこれを一種の探知機として、君の遺伝子に組み込ませた。不出来なムウとは違い、曲がりなりにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という訳だ」

 

 キラが時折戦場で抱いていた奇妙な感覚にも理由があった。

 アル・ダ・フラガがキラに施したフラガ家の因子──それは自らの後継者を産ませる母体であるキラを監視し、逃げられない様にするためのものだったのである。

 

「君が産まれた直後、ブルーコスモスの襲撃によってヒビキ博士は君と共に消息を絶った。そして君を産み出した人工子宮の技術も、君の持つ生きた人工子宮とでも言うべき技術も完全に喪われた。……それを知った奴は血眼になって君を探し出そうとした。……奴には、君の生存が分かっていたんだ。私が君の存在を知ったのはその時だ! ……私は奴を葬り去ると共に、君を探し出さなければならないと決意した」

 

 クルーゼが自分を捨てたアル・ダ・フラガを抹殺する最後の引き金を引く決意に至らせたのは、キラの存在を耳にしたことだった。不出来な息子、不完全な出来損ないだけに留まらず、年端も行かない少女に後継者を産ませるというアル・ダ・フラガの非道な本性をクルーゼは憎悪したのである。

 

「コーディネイトの忠実な再現に加え、優秀な能力を確実に付与出来ることがどういう意味を持つか分かるかね? ……そう。君の意思とは無関係に、()()()()()()()のだよ」

 

 ブルーコスモスやザラ派どころか、クライン派やコーディネイターを忌避するナチュラルすら、キラの力を求めるだろう。この果てしなき欲望の世界であがく思い上がった者達に、例外は存在しない。

 この宇宙でただ一人、ラウ・ル・クルーゼを除いて。

 

「さぁ、私に付いて来たまえ。そうすれば君を、もう誰にも利用させないと約束する」

「……いやっ、いやぁあああああーッ!!」

 

 クルーゼが穏やかな声で差し出した手を跳ね除けると、キラは茫然としているクロトを残して絶叫しながら逃げ出したのだった。




誰もが望むスーパーコーディネイターの意味合いを、追加設定で反転させるという本作の肝となるお話でした。ぶっちゃけエタるのではないかと思って小出しにしてたけど、本来この設定は今回お出しするべきでした。

これも皆様の温かい声援のおかげです。

そして今更ですが、本作のキラちゃんは設定上レイくんとも互いの存在を感じ合うようです。フラガ因子の組み込み、因縁付けに便利だなぁ……。


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コロニー・メンデル 後編

 〈102〉

 

 身体能力、頭脳共にヒトの理論値まで高めた生命体にして、それを完璧な形で次世代に引き継がせることが可能な母体。

 そんな自らの呪われた宿業を最悪の形で知らされ、その場から逃げだしたキラを追いたい衝動に襲われながら、クロトは仮面の下で嗤うクルーゼと対峙していた。

 一方のクルーゼは念願の目的が遂に達成されることを確信し、大袈裟に肩を竦める。

 

「ふふ、女心というヤツは難しいな。そうは思わないか、生体CPUくん」

「……どうしてお前の様な奴がザフトの一員に? アズラエルの情報源はお前か?」

 

 それは憐憫か、それとも嘲笑か。

 クロトの現状を表す具体的な単語を口にしたクルーゼに対し、クロトは1つでも多くの情報を引き出す為に一歩踏み込んだ。クルーゼはアズラエルのリークによって地球連合軍に大勝利をもたらした“スピットブレイク”の真の目的や、行方を眩ましたアークエンジェル達の居場所を事前に知り得た数少ない立場だからである。

 

「木を隠すなら森の中……あの子がプラントの何処かに居る可能性は高いと思ってね。それが空振りに終わったらしいと気付き、アズラエルに接近したという訳だ。グリマルディ戦線で邂逅した君の情報を得る為に」

「何の為に?」

「あの戦場で直接交戦した訳ではなかったが、個でザフトを圧倒した君の力──。私は君があの子の産み出した戦闘用コーディネイターではないかと疑っていた。時系列的に、流石に有り得ないだろうとは思っていたがね」

「……戦闘用コーディネイター? 僕はそんな上等なものじゃない」

「そうでもないさ。君の台頭をきっかけに、戦闘用コーディネイター計画は完全に凍結された。同時にあの子がブルーコスモスの手に落ちていないと確信を得られたのだから」

 

 後の地球連合軍であるプラント理事国の軍部が兵器として開発した、戦闘に特化した遺伝子調整がなされたコーディネイターである“戦闘用コーディネイター”。

 ザフト設立以前から“叢雲劾”、“グゥド・ヴェイア”、“ソキウスシリーズ”のように極少数存在していたが、地球連合設立と共に台頭したブルーコスモスにより、戦闘用コーディネーターの開発・運用は中止されていた。しかし戦闘用コーディネーターの可能性を諦めきれなかった一部の研究者達はその母体として“キラ・ヒビキ”を探していた。

 最終的に“ブーステッドマン計画”の完成品として、戦闘用コーディネーターと同等以上の数値を示したクロトが誕生するまでは。

 

「人は知りたがり、欲しがり! やがてそれが何の為だったかも忘れ、命を大事と言いながら弄び、殺し合う! 何を知ったとて! 何を手にしたとて変わらない! ならば存分に殺し合うがいい! それが望みなら!」

 

 始まりのコーディネイター、ジョージ・グレンは世界にコーディネイターの製造技術を流出させたが、ジョージが無邪気に信じていた程、人類という種族は強くも賢くもなかった。

 自分達の親が例外なくナチュラルであることすら忘れ、肥大した選民思想と被害意識の末に全てのナチュラルを滅ぼそうとするパトリック・ザラ。

 所詮ナチュラルの延長線上に過ぎないコーディネイターの存在を非難しながら、同胞であるナチュラルを人体改造することすら厭わないブルーコスモス。

 キラを探すためとはいえ、両陣営の闇に触れ続けたクルーゼは、いつしかこの愚かな人類は自らの手によって滅びるべきだと考えるようになったのである。

 そしてヘリオポリスで極秘裏に製造されているG兵器の存在、スピットブレイクの真の目的等を情報漏洩し、両陣営の均衡を保ち続けながら戦争を激化させることで、この世界を終末に導こうとしていたのだった。何処かで自分の関与が露見、あるいは戦死して企みが失敗すれば、それが世界の意思だと考えながら。

 

「まもなく最後の扉が開く! 私が開く! そしてこの世界は終わる……」

 

 クルーゼはキラの回収が終われば、ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータを地球連合軍に流出させる計画を立てていた。

 その計画が上手くいけば、地球連合軍は今までニュートロンジャマーによって封じられていた核兵器を復活させると共に、それに対抗するためにザフトは現在製造中の大量破壊兵器(ジェネシス)の使用を解禁するだろう。

 たとえ計画が上手くいかなかったとしても、あのパトリック・ザラという男は地球連合軍に敗北するくらいなら、何処かで大量破壊兵器(ジェネシス)を解禁するだろう。

 その気になれば一発で地球を死の星に変える威力を秘めた大量破壊兵器(ジェネシス)が解禁されれば、地球連合軍が優位に進めている戦況は一瞬で覆る。

 追い詰められた地球連合軍は全滅覚悟でヤキン・ドゥーエ要塞やプラントを攻撃しようとするだろうし、パトリックはそれを理由に地球そのものに大量破壊兵器(ジェネシス)を撃とうとするだろう。

 そしてパトリックが最悪の事態に備えて準備した、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆に連動して地球への大量破壊兵器(ジェネシス)発射を行うプログラムにクルーゼは手を加え、地球への大量破壊兵器(ジェネシス)発射に連動してヤキン・ドゥーエ要塞が自爆するプログラムを追加している。

 要は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()プログラムをクルーゼは組み込んだのだ。

 プラントの防衛の要であるヤキン・ドゥーエ要塞が突如喪われれば、その混乱に乗じて地球連合軍の残存部隊は報復としてプラントに核攻撃を行うだろう。

 クルーゼのやっていることはこの愚かな人類の背中を押し、世界の滅びを加速させているだけに過ぎない。何故ならクルーゼ本人が大量破壊兵器(ジェネシス)を造った訳でも、撃つ訳でもないのだから。

 

「……なるほどねえ。お前と僕は似た者同士って訳か」

 

 再度拳銃を構え、クロトはクルーゼにその銃口を向ける。

 厳密には能動的に世界を滅ぼそうとするクロトと、あくまで人類に滅びを委ねるクルーゼの本質は異なっている。

 クロトにはクルーゼ以上に時間と肉体的な制約があること、正史と比較して多少行動の自由が許されているものの、あくまで一個の生体CPUに過ぎないクロトはクルーゼと異なり自らの力以外に頼れるものが存在しないからだ。

 だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人質として有用だったと思われるラクス・クラインの返還や、地球連合軍の技術を奪おうとするオーブの暴挙を黙認したのはその為である。大きく正史から離れてしまえば、自分の持っている知識は単なるノイズになりかねないのだ。

 

「ふふ。君がどうやってこの世界を終わらせる? たしかにプラントを滅ぼし、返す刀でアズラエルを撃てば、地球は大混乱に陥るかもしれないがね」

「……お前に教えるつもりはない」

 

 正史よりも地球連合軍が優位になるよう戦いを進め、最終的に大量破壊兵器(ジェネシス)の発射に起因する大混乱に乗じて地球連合軍を離れてヤキン・ドゥーエ要塞を制圧し、全世界に大量破壊兵器(ジェネシス)を発射するのがクロトの計画である。

 ある程度の成功する算段があるクルーゼとは異なり、幾重もの奇跡を要する無謀な計画ではあったが、そもそも二週目の人生を与えられるというのが既に奇跡なのだ。クロトがその計画に全てを賭けようと腹を括るまで、そう時間は要さなかった。

 とはいえキラに敗北してドミニオンに帰る方法を失った今、その計画が達成される可能性は完全に消失した。薬の予備はレイダーのコクピットに残された僅かな量であり、そのレイダーの場所も分からない今、まもなく禁断症状による発狂と共に死が訪れるのだ。

 

「私と同じ世界の滅びを望む一方で、彼女の平穏を望む君が何故私を撃とうとする? 君ではあの娘を守れないということが分からぬ君ではあるまい!」

「……」

 

 クルーゼの言葉は紛れもなく正論だった。

 クロトがまともに動けるのはあと半年──たとえ廃棄処分を逃れたとしても、一年も経てば確実な死が待っているのである。

 この戦争が終わり、薬の複製が可能な環境に身を置けば最低限の自由を手に入れることが出来るかもしれないが、その厳然たる事実は変わらない。

 クロトの寿命は脳内に埋め込まれたマイクロインプラント自体の寿命、そしてそのマイクロインプラントの拒絶反応を抑えて脳を活性化させる〈γ-グリフェプタン〉の服用によって侵された脳と臓器の機能不全に由来するものだからだ。

 遺伝子工学が活発な一方で、再生医療は未だ発展途上であるこの世界には、既に一部の機能低下が起こり始めたクロトを救う技術は何処にも存在しない。

 壮年のクローンということで、既に肉体年齢は還暦に迫りつつあるクルーゼだが、寿命という点ではまだ十分な猶予が存在する。もちろんクルーゼの本来の年齢からすれば極めて短い寿命なのだが、クロトとは比較にならない。

 その存在を知れば、文字通り全人類が求める存在“キラ・ヒビキ”──その守護者を果たす資格がクルーゼとクロトのどちらにあるかと問われれば、答えは明確だろう。

 それでも。

 

「……キラがその“キラ・ヒビキ”だと知っている奴は、他に居るのか?」

「いや。私の半身(レイ)にすら、まだ教えていない。君に教えたのは、ここまであの娘を守り抜いてくれた君に対する私なりの敬意だと思ってくれたまえ」

「そうか……安心した」

「!?」

 

 これでお前を、遠慮なく殺せる。

 間一髪身を屈めたクルーゼの背後に聳え立つ培養槽の一つに、クロトの放った銃弾が突き刺さった。そして銃弾は培養槽のガラスを粉々に破壊すると、中に満たされていた液体と共にキラかもしれなかった赤い肉塊を撒き散らす。

 

「お前を始末すれば、死人に口無しって訳だ!」

「私と意思を同じくする君に討たれるなら、それもまた……か! ならば来い、引導を渡してやる! この私がな!」

 

 互いに拳銃を撃ち合い、それぞれ跳弾の角度すら正確に把握出来る高い空間認識能力と、その空間認識能力ですら捉え切れない身体能力で致命傷を避け続ける。

 そして先に全弾撃ち切ったクロトは拳銃を投擲すると、クルーゼの放った銃撃を被弾しながらも前進し、大きく拳を振り被って仮面の上から打ち抜いた。

 

 〈103〉

 

 どれだけ走ったか、もう覚えていない。

 否──思い出そうとすれば、何処をどれだけ走って来たのか全て思い出せる。

 これが誰もが望む、私の力の一端なのだろう。

 いっそ今すぐ死んでしまいたい。拳銃で頭を撃ち抜けば一瞬で楽になるはずなのに、怖くて引き金に指を掛けることすら出来ない。

 走り疲れたキラは薄暗い廊下の隅に蹲ると、腰のホルスターに取り付けていた拳銃の安全機構を外そうとしたが、恐怖で指が動かなくなって解除を諦めた。

 遠くの方で鳴り響いていた銃声は途絶え、クルーゼが発している嫌な気配が徐々に遠ざかっていくのをキラは感じた。

 クルーゼがキラを確実に捕らえる為に一旦引き返したのか、それともクロトがクルーゼを退けたのか、キラには分からなかった。

 恐怖と嫌悪感がキラを包み込み、再び胃液が込み上げてくる。しかしキラはその場から動くことが出来なかった。

 暫く動かないでいると、突如遠くからバサバサと羽ばたくような音が木霊する。

 

「……トリィ?」

 

 アスランからコペルニクスで別れた時に貰った、緑を基調とした鳥型のロボットがキラの手元に舞い降りた。マーシャル諸島の戦いで戦死判定を受け、私物整理が行われた際にフレイがトリィを持ち出したとキラは耳にしていた。

 マリュー曰く、アークエンジェルの追っ手として現れた船にはナタルが乗っているという。ナタルとフレイは同じ部隊に転属されたという話だから、キラの無事を知ったフレイがトリィを返すため、唯一戦場でキラと再会する可能性のあるクロトに渡したのかもしれない。製作者であるアスランと飼い主であるキラの顔を認識し、正確に戻ってくる機能が搭載されたトリィは、クロトを置いてキラの下に飛んで来たのである。

 

「……?」

 

 当然トリィを追ってすぐに現れると思っていたクロトの姿は何処にも見当たらない。モルゲンレーテ本社工廠でキラの下から逃げ出したトリィをあっさり捕まえたように、クロトの身体能力ならトリィを見失うことなどない筈なのだが。

 遥か遠く離れた場所で、激しい苦痛に悶え苦しむようなクロトの声が聞こえて来る。まさかクルーゼとの戦いで足でも撃たれたのだろうか。

 キラは思わず声の方向に駆け出し、そしてその光景を目の当たりにした。

 

「■■■■■──!!」

 

 禁断症状に伴う激しい頭痛と全身の倦怠感に襲われたクロトは壁に手を付け、発狂したような叫び声と共に頭を打ち付けていた。周囲の設備は手当たり次第に破壊され、無惨な姿であちこちに転がっている。それはキラの知るクロトの姿とは思えない、あまりにも異常な光景だった。あえて例えるならば、何らかの重大なエラーが発生して暴走するロボットのようだった。

 

「や、やめて! いったい何を……きゃっ!?」

 

 キラの声は届かず、それどころか背後からの声に反応したクロトは無意識に殴り掛かろうとした。思わず腰が抜けたキラの背後にあった壁に拳が弾丸の様に突き刺さり、反動で皮膚が破けたクロトの拳から血が噴き出す。

 

「……あ?」

 

 血と涙の混じった液体を垂れ流していたクロトの目に、僅かに光が戻る。クロトは一歩、二歩と後退すると、そのまま床にどさりと倒れるように蹲った。

 事態が全く分からないキラは声にならない息を吐きながら、頭を抱えて動かなくなったクロトに近付こうとする。クロトは無防備に近寄って来るキラを手で制すると、震える声で自らの肉体に関する全てを打ち明けた。

 

「……」

 

 不測の事態に備えて、レイダーのコクピット内部に忍ばせていた予備の薬を服用したクロトは大きく息を吐いた。皮肉にもヒトの理論値まで頭脳が強化されたキラは今まで自分が通って来たルートを完全に記憶しており、迷宮のような構造のメンデルからあっさり脱出するとコクピットだけが無事に残されたレイダーの残骸から薬を発見し、禁断症状に苦しんでいたクロトに飲ませたのである。

 アークエンジェルでも時折服用していた薬はサプリメントでもなんでもなく、消耗すれば思考力が低下して発狂し、最終的に廃人化して絶命するのを防ぐ命綱だったのだ。

 ある意味で、自分を遥かに凌ぐ宿業を背負わされた事に同情するような視線を向けるキラに苦笑すると、クロトは懐からデータディスクを取り出した。

 

「……それは?」

「アイツが落として行った物だ。多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 純粋な身体能力という一点に限ればヒトの理論値を超えるクロトは銃弾を受けながら、クルーゼを撲殺寸前まで追い込んでいた。素顔を隠している仮面が粉々に砕けるほど殴られたクルーゼはデータディスクを落としたことすら気付かず、禁断症状で苦しみ始めたクロトから這う這うの体で逃げ出したのである。

 そのデータディスクを回収したクロトはトリィを放ってキラと合流しようとしたが、その最中に禁断症状が更に進行し、前後不覚に陥っていたのである。

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー!? ……でも、どうしてそんな事が?」

「──あ」

 

 クルーゼの落としたデータディスクを見て、中身を確認していないのにニュートロンジャマー・キャンセラーという具体的な単語の名前が出て来るのは、明らかにおかしい。

 無意識に油断してしまったのか、それともキラを前にこれ以上の隠し事をすることが出来なかったのか。とはいえ既に正史から大きく捻じ曲がってしまったこの世界で、キラに真実を隠すことに何の意味があるだろうか。

 何故ならクロトの知っている正史のヤマト少尉は、マーシャル諸島でイージスに殺されたのだから。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、僕は君とラクスが戦争を止めようとしていることを知っている。前の世界とは随分変わってしまったけど、多分間違っていない筈だ」

「……!」

 

 最終調整が終了しておらず、出撃出来なかったエターナルにラクスが乗っていて、クライン派を牽引する一人として行動を始めていることをクロトが知っていることは、それこそクロトの語る言葉が真実でなければ有り得ない。

 絶句するキラに、クロトは天井を見上げて微笑んだ。

 

「前の世界は、もっと酷かった。君はとっくの昔に死んでて、僕は戦うことしか出来なかった。……だから、この世界はどうしようもないかもしれないけど、僕は君と出会えて良かった」

「……どうして……貴方みたいな人が……どうして……!」

 

 キラの双眸から涙が溢れ出る。

 この世界にキラの力を求める者は無数にいて、それは親友のラクスすら例外ではない。そんな中で、目の前の傷付いた少年は自分という存在と出会ったという事を肯定してくれたのだから。

 しかし泣きたいのは自分ではなく彼だと思い、キラは溢れ落ちる涙を必死に堪えようとする。

 

「君は泣いても、泣かなくてもいいんだ。だって人は泣くことも、それを我慢することも、出来るんだから」

 

 その一言で崩れ落ちたキラは、全てを諦めたように穏やかに笑うクロトの胸で慟哭し始めたのだった。




貴方は泣いていいと言ったラクス様、貴方は泣かないでと言ったフレイちゃんの対比として、君は泣いても泣かなくてもいいという第三の言葉をチョイスしました。
自由が欲しかった生体CPUらしい言葉と言えるでしょう。

(戦争を終わらせる鍵を物理で奪われるクルーゼ隊長)


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迫り来る決戦

 〈104〉

 

 その後、フリーダムに胴体部分ごと持ち運んで貰い、ドミニオンの索敵範囲に置き去りにされて迎撃に現れたカラミティに回収される形で帰還したクロトは、生体CPU専用の医務室に放り込まれていた。クルーゼとの戦いで受けた傷や、その後の禁断症状で自傷した際に生じた傷を手当てする必要があったからである。

 今回の遠征目的だったフリーダムの確保に失敗し、ゲルプレイダーを大破させたことはクロトにとって廃棄処分すら覚悟しなければならない失態だった。

 しかし予想通り“ニュートロンジャマー・キャンセラー”だったらしい、クロトの持ち帰ったデータディスクの解析にアズラエルは先程から夢中であり、それ以外の事には一切の興味を無くしたようだった。

 

 〈──いつか緑の朝に──〉

 

 相変わらず爆音でラクス・クラインの曲を聴いているシャニを無視し、オルガは先程から全く進まない小説を閉じると、仰向けで天井を見上げているクロトに視線を向けた。

 

「ところでどうして戻って来たんだよ、クロト」

「……五月蠅いんだよ。僕の勝手だろ?」

 

 アークエンジェルには命綱である〈γ-グリフェプタン〉の予備がない以上、クロトにはドミニオンに戻る以外の選択肢が無かったとはいえ、オルガからすれば非合理的で詰まらない考えである。強力な鎮静剤を投与するなりなんなり、手段を選ばなければ多少なりとも延命する余地はないわけではない。

 ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータを入手した以上、わざわざフリーダムを捕獲する必要が無くなったため、アズラエルの主導で行われたこの追撃任務も終了したとはいえ、相変わらずこのクロトといい、かつてストライクのパイロットだったというフリーダムのパイロットといい、何を考えているかオルガには全く分からなかった。

 

「イチイチ考えても無駄だぜ。コイツは何を考えてるか、マジでわかんねーからな」

 

 シャニはそんなオルガの表情を読み取ったのか、皮肉っぽく嗤う。シャニにとってクロトが何処にいって何をしようが、あまり興味が無いのである。そしてシャニは音漏れの激しいヘッドホンを外すと、小声でクロトに囁いた。

 

「お前が何を考えてるかはどーでもいいから、一つだけ聞きてーんだけどよ。……連中の中にラクスはいたのか?」

「……いたんじゃねーの? それがどうかしたのか?」

「気が利かねーヤツだな。だったらサインくらい貰っとけよ」

「……」

 

 プラントを立ち上げるために大きく貢献し、少し前までプラント最高評議会議長を務めていたシーゲル・クラインの一人娘──ラクス・クライン。

 ラクス本人の信条はどうあれ、この戦争を引き起こし、結果として数え切れない程多くの死を招いた男の血を引く娘が歌う平和の歌は、滑稽極まりない。

 しかしシャニ・アンドラスという少年はそんなラクス・クラインという少女の滑稽さにロックさを感じている訳ではなく、純粋に彼女の歌のファンらしい。

 

「別にサインなんてどうでもいいだろうが。それよりフリーダムのパイロットの写真は持ってないのかよ。役に立たねぇ奴だな」

「どうでも良くねーだろ。生ラクスだぜ、生ラクス」

「馬鹿か? お前が会って書いて貰う訳じゃねぇんだから、別に生じゃねぇだろ?」

「はぁ? そういう問題じゃねーんだよ!」

 

 訳の分からない二人の争いを尻目に、クロトは目を閉じた。約二ヶ月後に訪れるだろう最後の戦いと、もはや取り返しが付かない程の重荷を背負わせてしまった少女に思いを馳せながら。

 

 〈105〉

 

 当初、現行MSの稼働時間・飛行性能・機動力・火力を向上させるというコンセプトで設計・開発が行われていた“モビルスーツ埋め込み式戦術強襲機”通称M.E.T.E.O.R.はニュートロンジャマーキャンセラ-搭載型MSに搭載されることが決定したことで、その無制限の大電力を活用した破壊力と機動力に主眼を置く武装プラットフォームへと再設計が行われていた。

 そして機体の各部に搭載された戦艦数隻分に匹敵する武装と、ジンハイマニューバのエンジンを元に製造された推進器による高い機動力で戦場を駆け巡り、単機で戦況を一変させるという戦術兵器としてM.E.T.E.O.R.は再設計された。

 特にマルチロックオンシステムが搭載されたフリーダムにおいては、多数のターゲットを同時に捕捉、撃破することが出来ると大いに期待されていた。

 しかし本来モビルスーツでは現実的でない圧倒的な推力、火力を実現させたM.E.T.E.O.R.の操縦は非常に難しく、本来のフリーダムのパイロットとして任命されたこともあり、フリーダム自体の操縦難易度の高さも把握していたバルトフェルドの見立てでは、キラのように極めて優れた能力を持つコーディネイターとはいえ、その習熟には相当な時間を有する筈だった。

 それがたった一日、それどころか対艦ビームソードの調整ミスに伴う再調整を含めれば、たった半日の完熟訓練でキラはあっさり順応してしまったのだった。どれだけの空間認識能力と情報処理能力がそれを可能にしているのか、想像すら出来なかった。

 

「……恐ろしい子だね。あの日以来、まるで人が変わったみたいだ」

「キラは自分がクロト様を何とかしなければ、と思っているのでしょう」

 

 戻って来たキラから様々な事を打ち明けられたラクスは、マルキオ導師やユーリ・アマルフィらプラントの旧クライン派、連合の和平派と連絡を取り、戦争を早期終結させるために働きかけつつ、ジャンク屋組織等の協力を得ながら各所を転々としていた。

 そしてそれだけではなく、キラが持ち帰った正体不明の薬の解析や、ロドニアの何処かに存在するという生体CPUの研究所を見つけ出し、その解放と共に全ての情報を持ち帰るという任務を傭兵部隊(サーペントテール)に依頼していた。

 またキラは医学、特に脳神経学や薬学、果ては未だに地球圏でも殆ど研究が進んでいない再生医療に関する論文を掻き集め、合間を縫って読み漁り始めた。

 それは既に片手間という段階ではなく、片手間でそれ以外の作業をこなすという表現が最適だった。

 

「気の毒だが、難しい話だとは思うがね。治療法が有るなら、連中が試さない筈がないだろう?」

 

 表向きは地球連合軍のトップガンとして異名が轟きつつあるクロトが、地球連合軍の造った生体CPUであり、近い将来確実に死亡するという事実が表沙汰になれば、ブルーコスモスへのバッシングどころか地球連合軍の戦意低下すら考えられる。

 そんな状況で今もクロトが戦場に出続けているのは、地球連合軍に生体CPUを治療できる医療技術が存在しないという明確な証拠である。どうせ治らないのであれば、使えなくなるまで使い潰す方が合理的なのだから。

 

「地球連合軍がボアズ要塞に核攻撃を行い、ザフトもヤキン・ドゥーエ要塞に設置した大量破壊兵器で応戦する、か。……彼の言葉でなければ、性質の悪い冗談だと笑うところだよ」

「ですが、実際に地球連合軍でもザフトでも、そうした動きがあったそうですね」

 

 結論が分かっていれば、その過程を発見することはそれほど難しくない。

 中性子運動を阻害し、核分裂反応を抑制するニュートロンジャマーの登場以来、地球連合軍内では維持費用が掛かるだけの存在だと廃棄されていた核弾頭ミサイルを再生産する動きが始まっているという。

 またザフトでもヤキン・ドゥーエ要塞の改修費用に関して、大規模な資金の動きがあるという。勢いに乗る地球連合軍を迎え撃つため、宇宙戦力の増強に力を入れなければならない状況でプラントの防衛の要とはいえ、その改修に多額の資金を投入することは常識的に考えて有り得ないため、おそらくその言葉は当たっている。

 何故そんなことが分かったのかは、既に重要ではない。互いに互いを滅ぼす準備が行われているという事実が重要であり、今はそれを止めなければならないのだから。

 

「とはいえあの子が、地球連合軍にニュートロンジャマー・キャンセラーを流出させることに協力するとはね」

「……元々、御父様も考えていたことです。血のバレンタインの報復として行われたニュートロンジャマーの大量投下が引き起こしたエイプリルフール・クライシスは、あまりに多くの犠牲をもたらしましたから」

 

 プラントが血のバレンタイン事件の報復として行った、中立国を含む全世界に未曾有の被害をもたらしたエイプリルフール・クライシスは報復行為として過剰だった事は疑う余地はない。

 どのみちどこかのタイミングでニュートロンジャマー・キャンセラーの技術を提供することで、安定的な電力供給を可能にする原子力発電を復活させなければ、プラントと地球連合の争いが終わることは永遠に有り得ないのだ。

 

「何にせよ、賽は投げられた。君は本当にこの争いを止められると思うかい?」

「……分かりません。ですが地球連合軍の核攻撃を阻止し、その後大量破壊兵器を極秘裏に製造していた件でザラ政権を糾弾すれば、可能性はあると信じています」

 

 数日前までは単語の内容を理解するところから始める必要があった難解な論文を読み終え、次の論文に取り掛かろうとしているキラを遠目に眺めながら、ラクスは呟く様に言った。

 

 〈106〉

 

 治療を終えたクロトはアズラエルがドミニオンで宛がわれている艦長室に、一人呼び出しを受けていた。アズラエルは中でノートパソコンを広げており、それを用いてクロトの持ち帰ったデータディスクの詳細な解析を終えた様だった。

 

「さっきのアレさぁ、どうやら本物みたいじゃない。フリーダムってヤツのパイロットに渡されたのかな?」

「そんな訳ないでしょう。ラウ・ル・クルーゼ……盟主様が仰っていたプラントのスパイからですよ」

「ふーん、そんな大物がスパイだったのか」

 

 クロトの言葉を聞いたアズラエルは可笑しそうに嗤った。

 核の力を解禁するニュートロンジャマー・キャンセラーの入手に加えて、ハルバートン率いる地球連合宇宙軍第八艦隊を圧倒的寡兵で壊滅させる手腕を持ち、今やパトリック・ザラの右腕とも言われるクルーゼが密かに地球連合軍に組しているスパイだという事実が明らかになったのだ。

 つまり地球連合軍が準備を進めているプラント本国攻撃を最終目的としたエルビス作戦が発動すれば、クルーゼはザフトの白服という仮面を脱ぎ捨ててザフトに牙を剥くだろうし、封印が解かれた核兵器の投入も踏まえて考えれば、地球連合軍の勝利が確定した状況だったのである。

 

「正直、あれだけ金を掛けてやったのに負けておめおめと戻って来た君を処分しようって思ってたんだけどさぁ。もう1回くらいチャンスをやろうかなって。まぁその1回で、僕はプラントを滅ぼすつもりなんだけどさ」

「……ありがとうございます」

 

 ここまではクロトの予想通りである。

 手ぶらで帰ったならともかく、ビジネスマンの要素も強いアズラエルは基本的に無駄なことを好まない。完成した生体CPUが未だ4体しかいない現状で、終わりが見えて来た状況だというのにわざわざその頭数を減らす真似はしないのだ。フリーダムに敗北したとはいえ、ザフトの中でクロトを正面から止められる相手はほとんどいないのだから。

 

「でもさ、一つだけ分からないことがあるんだよね」

「と、いうと?」

 

 アズラエルの向けた妙な視線に、クロトは不吉なものを感じた。

 

「いや、そもそもなんで君は帰って来られたのかなって。負けちゃって、コクピットごと連れて行かれたのは分かるんだよ。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 クロトはアズラエルの言葉がどれだけ本気なのかを推し量った。全く意味のない単なる雑談の類ということも十分に考えられた。

 しかしクロトの直感が、これは単なる雑談ではないと警告を発していた。論理的に考えればおかしいからだ。

 フリーダムのパイロットの目的がクロトの確保だったのであれば、クロトを返すという行為はその目的と矛盾している。

 ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータが偽であれば、共謀して意図的に偽のデータを渡すことが目的だったと言えるかもしれないが、データの内容が真だったことからこれも矛盾している。

 もちろんフリーダムのパイロットの行動原理が支離滅裂だとすれば辻褄は合うが、そうした考えをアズラエルは最初から斬り捨てて考えていた。大枚叩いて造った玩具(クロト)がそんなコーディネイターに劣るとは思わなかったからだ。

 今までにない位に警戒されている。言葉の選択を間違えば、直ちに処分されると思いながらクロトは言った。

 

「単純な話です。僕がこの船に戻らなければ、死を待つ身だと伝えました。だったら、ドミニオンまで送り届けると言ってくれたんですよ。今の自分には、それしか出来ないからと」

「へぇ。君に同情したって訳だ?」

「全く馬鹿な奴ですよねえ。送り届けたとして、良くて戦場で出会うだけなのに」

 

 相手を死なせたくないという理由で、万が一の可能性に賭けてドミニオンに送り届けるという愚行。アズラエルはクロトの思わぬ回答に一瞬沈黙したが、再び口を開いた。

 

「……次は負けない自信があるのかい?」

「ええ。()()()()()()()()()()()()ってことでしょう? そんな奴に、二度も負ける理由はありません」

 

 クロトの非情な言葉に、アズラエルは眉を潜めた。

 穏健派とはいえ紛れもなくブルーコスモスの一員であり、戦闘用コーディネイターやブーステッドマン計画に出資を行うなど、アズラエルは倫理観を欠いていた。

 しかしかつてはコーディネイターに憧れを抱き、私生活では妻子を持つ程度には正常な感性も持ち合わせるアズラエルにとって、自分に好意を抱くコーディネイターの情すら利用するクロトは異常に思えたのだ。

 

「まあ、いいでしょう。そういうことなら、プトレマイオス基地に戻ったらレイダーの再生産機を用意しましょうか」

 

 ストライクがストライクネロとして再生産されたように、レイダーも純粋なブーステッドマン用の機体として再生産する動きが起こっていた。

 当初からレイダーにはクロトを起用することが決まっており、ストライクで採用されたセーフティーシャッターの省略など一部の安全機構がオミットされていたとはいえ、初期のレイダーは量産化する際のデータ収集を行う為にナチュラル向けの機構も多く組み込まれていたからである。

 生体CPUどころか人工知能による操縦を想定して開発されたゲルプレイダーとは異なり、レイダーの性能を純粋に底上げした機体というわけだ。クロトも特に異存はなかったのだが、一点だけ絶対に譲れないものがあった。

 

()()()()()()()()()()()()()()を用意してください。プラントに核を撃ち込むのが、僕の最後の任務です」

 

 巨大なPS装甲に覆われた大量破壊兵器(ジェネシス)

 正史では二度の砲撃で地球連合軍を壊滅させると共に、ザフトの大部隊が展開しているヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網を突破するのは不可能だと悟り、アズラエルが発狂した代物である。

 その確実な破壊には、ヤキン・ドゥーエ要塞内部に突入して核攻撃を行う必要があるだろう。クロトの迷いない言葉に、流石のアズラエルも言葉を失うのだった。




久々の三馬鹿勢揃いです。

初期レイダーのステアップ+Mk5核弾頭ミサイルで最終決戦に挑むようです。カラミティを乗っけて戦闘機動が可能なんだし核ミサイルを積んだまま戦うくらいは余裕でしょう。

(微妙に引いてるアズにゃん)


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ボアズ攻防戦 前編

 〈107〉

 

 月面基地プトレマイオス基地の会議室に集められた地球連合軍の高官達は、地球連合宇宙軍第八艦隊司令官であるデュエイン・ハルバートン──その操り主であるムルタ・アズラエルの提案したプラントの保有する全コロニーに対する核攻撃を敢行するという作戦書を眺め、困惑の色を隠し切れなかった。

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータを手に入れたというのは確かにお手柄だよ、アズラエル。しかし核で総攻撃というのは……」

「それよりも深刻となっている地上のエネルギー問題の解決を優先させた方が……」

 

 中性子反応の阻害と電波妨害作用を持つニュートロン・ジャマーの無差別投下に伴う、地球においてエネルギーの大半を産み出していた原子力発電の停止と情報網の分断によって発生したエネルギー危機──エイプリルフール・クライシスによって、地球ではオーブのように地熱発電に力を入れていた一部の国家、及びプラントのエネルギー供給と引き替えに親プラントの姿勢を見せた全ての国で未曾有のエネルギー危機が発生した。

 その犠牲者はおよそ10億人に上り、今も世界各国で刻一刻と犠牲者は増え続けている。

 既にプラントは戦力の大部分を喪失した手負いの獅子であり、正攻法でも十分勝算の見えている今、ニュートロンジャマー・キャンセラーを核兵器を解禁する為に使用しようとするアズラエルの言動は理解出来ないものだったのである。

 

「何を仰っているのですか? たとえばの話ですが、エネルギー問題の解決を優先したことで戦争が長引き、ニュートロンジャマー・キャンセラーを無力化する新たなニュートロンジャマーをプラントが開発し、再び地球全土に投下された時の責任を貴方は取れるのですか?」

「そ、それは……」

 

 戦略兵器の技術はプラントが一歩も二歩も先行している。ニュートロンジャマー・キャンセラーの技術が流出したことをプラントが知れば、その対抗策を持ち出してくる可能性は十分に有り得るのだ。

 ニュートロンジャマー・キャンセラーがいつまで有効か分からない以上、ザフトが弱体化している内にその根源であるプラントを滅ぼさなければ、この脅威は永遠に解決することはない。

 そう論理立てて主張するアズラエルに反論出来る者はいなかった。

 第二次エイプリルフール・クライシスが起こった時の責任を取れるか、と言われて首を縦に振れるような者が地球連合軍の上層部にいるなら、プラントを滅ぼす為だけに造られた人間兵器の存在など認める訳がないのだから。

 

「それに、核は我々がもう前にも撃ったんでしょう? それを何で今更躊躇うんです?」

「あれは君達が……」

 

 プラントの農業用コロニー、ユニウスセブンが核ミサイルの命中で壊滅するという血のバレンタイン事件を引き起こしたのは、ブルーコスモスに所属する将校の独断だという。

 同一日に行われていたザフトと地球軍の戦闘では、モビルスーツの投入によりザフトが地球連合軍を殲滅していたにもかかわらず、なぜそのメビウスは手厚い防衛網で守られている筈のユニウスセブンの攻撃に成功したのか、未だに多くの疑問が残っている事件である。

 表向き地球連合軍はニュートロンジャマーを投下する口実を得るための自作自演だと主張しているが、地球連合軍内ですらブルーコスモスが、ないしアズラエルが独断で起こしたものだと考えている者は少なくなかったのだ。

 

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 アズラエルは意外にも、血のバレンタイン事件に関与していなかった。

 本気で核攻撃を実行するなら、所詮は農業用コロニーに過ぎないユニウスセブンではなく、プラントそのものを狙う方が効果的だからだ。

 もしもプラントの核攻撃が成功すれば戦争が終結し、元々プラント理事国の所有物だったユニウスセブンや、当時は資源衛星に過ぎなかったヤキン・ドゥーエらを無傷で回収することが出来る。

 だからプラントの食糧生産拠点とはいえ、わざわざユニウスセブンを選んで核攻撃を行うことなど不合理なのだ。事実プラントの報復でエイプリルフール・クライシスによる未曽有の被害が発生したのだから、実行者はニュートロンジャマーを無差別投下するための口実を得たかったプラントの自作自演か、戦略的観点を持たない末端の暴走だとしかアズラエルは言い様がなかった。

 

「核は持ってて嬉しいただのコレクションじゃない。強力な兵器なんですよ。兵器は使わなきゃ。高い金を掛けて作ったのは、使うためでしょ?」

 

 オーブ残党軍と共同戦線を張っているクライン派がプラントから奪取し、ストライクのパイロットに授けた“フリーダム”とその兄弟機である“ジャスティス”。

 核ミサイルはともかく、ザフトは実際に核エンジンを搭載したモビルスーツ──つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。パイロットの技量次第では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()暴力の化身の製造が始まっているのだ。

 唯一対抗し得る生体CPUも、その内3名の耐用期限が間近に差し迫っており、3名に匹敵する補充要員も今のところ2名しか目途が立っていない。

 またプラントに属するスパイ、ラウ・ル・クルーゼから定期的に送られてくる情報提供も途絶えてしまった。おそらくニュートロンジャマー・キャンセラーのデータ流出が露見してしまったのだろう。

 物量では地球連合軍が圧倒的に勝っており、地上におけるザフト基地はカーペンタリア基地を除いて全て陥落させたが、確実な勝利が期待出来るのは今しかないのである。99%と100%の間には大きな壁があるし、追い詰められた宇宙の化け物たちは後先考えずに核攻撃をしてくるかもしれないのだから。

 

「さあ、さっさと撃って、さっさと終わらせて下さい。こんな戦争は」

「第六ならびに第七、第八機動艦隊は、月周回軌道を離脱。プラント防衛要塞ボアズ、及びプラント本国への直接攻撃を開始する!」

 

 地球連合宇宙軍総司令官の高らかな宣言と共に、ボアズ要塞、ヤキン・ドゥーエ要塞、そしてその奥に位置するプラント本国攻撃を最終目標とした、エルビス作戦が発動した。

 

 〈108〉

 

 地球連合宇宙軍と、ザフト宇宙防衛軍によるボアズ要塞攻略戦が始まっていた。

 月面基地プトレマイオス基地から出撃した地球連合宇宙軍の艦隊からは、数百、数千に及ぶ無数のストライクダガーやメビウスが発艦し、それをザフトのゲイツ、ジンを主力とするザフトのモビルスーツ部隊が迎撃する。

 圧倒的な数の力で戦線を押し込もうとする地球軍に対し、ザフトは質の力によって対抗すると共に、技量に劣る地球軍を撃破していく。

 一部の部隊は包囲網を突破し、奥の地球軍艦隊まで攻め込もうとするが、雲霞の如く押し寄せて来るダガー隊に撃破され、戦況は完全に膠着状態に陥りつつあった。

 地球軍の予定通りに。

 

『GAT-X370Bスタンバイ──発進どうぞ!』

GAT-X370B(レイダー)──出撃する!』

 

 第六、第七、第八艦隊の三軍で横並びに構成され、その中で右翼を担当している第八艦隊旗艦である漆黒の主天使(ドミニオン)の発進口から、同じく漆黒の機体が射出された。

 可変機構を備え、地球連合軍において最速の機動力と共に、実弾兵器、光学兵器の両面で必要十分な武装を有する高機動強襲用モビルスーツである。

 その背部ユニットからは以前装備していたレールガン、単装砲が撤去されており、その代わりに特務隊“ピースメーカー”と同じニュートロンジャマー・キャンセラーが搭載されたMk5核弾頭ミサイルを背負っている。

 

GAT-X131(カラミティ)──出撃するぜ!』

 

 続けて、濃紺色の機体が射出される。

 多数の光学兵器を備え、地球連合軍において最上位の火力と共に、軽量化と各所のスラスター設置に伴い、重武装らしからぬ機動力を有する火力支援用モビルスーツである。

 

GAT-X252(フォビドゥン)──出撃するよ!』

 

 更に、灰緑色の機体が射出される。

 エネルギー偏向装甲、及び多数の兵装、スラスターを搭載した背部のバックパックを上半身に被るという擬似的な変形機構を有し、その機動力と防御力を生かして電撃的な侵攻を可能にするという突撃・強襲用モビルスーツである。

 

GAT-X105B(ストライクネロ)、及びAQM/E-XD01(デストロイストライカー)──発進どうぞ!』

GAT-X105B(ストライクネロ)──出撃します!』

 

 最後に漆黒の機体が立て続けに射出され、空中でその二つは合体する。

 フォビドゥンが保有するバックパックを数倍に大きくした様な形状で、その巨大さ故に射出後の合体を必要とするそのストライカーパックは、先日遂に完成したもう一つのストライクネロ専用のストライカーパックである。

 この恐るべきストライカーパックはバックパックに搭載された多数のスラスター、各種兵器、エネルギー偏向装備によってレイダーの機動力、カラミティの火力、フォビドゥンの防御力を同時に実現させるものだった。

 その操縦に要求される極めて高い空間認識能力、情報処理能力から生体CPUの中でもステラ・ルーシェにしか十全に扱えないものだったが、単騎で要塞攻略すら可能なまでの戦闘能力を誇る拠点制圧用モビルスーツである。

 合体が完了したのを見届け、前線に向かい始めたレイダーを追う様にカラミティ、フォビドゥンが後続し、その後方からストライクネロは一気にスラスターを吹かせて追い掛け始めた。重量が倍になったストライクネロの加速は重いが、文字通り桁違いのパワーで先行する3機に追い付くと、直後に新手の4機を捉えて群がって来たザフト軍と接敵した。

 多数のゲイツ、ジンで構成された──その数10倍以上の迎撃部隊である。

 

『数だけは立派だねえ!』

 

 レイダーが投擲した破砕球(ミョルニル)が次々にジンを爆散させ、その攻撃を掻い潜って迫り来るゲイツを鋼爪(アフラマズダ)で斬り捨てる。

 

『目移りするぜ、そらぁ!!』

 

 フォビドゥンの放った誘導プラズマ砲(フレスベルグ)が曲線を描いて3体、4体と同時に撃破し、かろうじて反応した機体に急速接近すると、重刎首鎌(ニーズヘグ)でばっさりと両断する。

 

『おらおらおらぁ!!!』

 

 レイダーとフォビドゥンに攪乱され、統制が取れなくなった敵のモビルスーツをカラミティは長射程ビーム砲(シュラーク)で無慈悲に、そして正確に撃ち抜いていく。

 

『……なんだアレは!?』

 

 瞬く間に部隊の半数を喪い、敗走しようとするザフトとストライクネロとの間を開けるようにレイダーとフォビドゥンが横っ飛びすると、まるで巨大な甲羅の様だったストライクネロのストライカーパックが上下左右に開き、その全貌が明らかになった。

 

『あっははは! 弱いから……弱いからァ!!』

 

 有線式の4機の飛行砲台(ガンバレル)が飛び出し、それぞれがビーム砲を露わにする。更に両肩に銃身を切り詰めて小型化に成功した高エネルギー長射程インパルス砲(アグニ)が設置され、腰の両脇には88mmレールガン(エクツァーン)が展開する。その姿はまるで世界に破壊をもたらす殺戮の天使だった。

 そして両手に持った小型のビームライフルを含む全10門が同時に火を噴き、逃げ惑うゲイツやジンを光の奔流で呑み込むと、無数の火花が奔流を彩るかのように咲き乱れた。

 

『なっ……?』

『おいおい……!』

『眩しー』

 

 ストライクネロの引き起こした圧倒的な破壊力を前に、クロトとオルガは驚愕し、シャニは呑気そうに嗤った。

 バッテリー機体でありながら、瞬間的な火力は戦艦数隻分──それがレイダーに匹敵する速度とフォビドゥンに匹敵する防御力を有しているというのだから、まさに破壊の権化とでも表現すべきストライカーパックである。

 唯一の課題は継戦能力だが、アズラエルは独立式の超大型ストライカーパックを採用することによってその課題を克服していた。要はストライカーパック内のバッテリーを使い切れば、切り離して従来のストライクネロとして戦闘を続行することが可能なのだ。

 4機の連動で戦線に大穴を開けることに成功した地球連合軍は、レイダーの背部に搭載されたものと同じMk5核弾頭ミサイルを積んだメビウス隊(ピースメーカー)を次々に発進させる。

 その大型の弾頭から、最悪の事態に思い至った一部のザフト兵が迎撃しようとするが、最前線でメビウス隊(ピースメーカー)を護衛しながら大暴れする4機の前に次々撃墜され、徐々に戦線全体そのものが押し込まれていく。

 原則的に階級が存在しないザフトに、戦術で打開するという概念は存在しない。そして頼みの綱である個の力ですら、4機の前では無力に等しい。

 一部例外が存在するとはいえ、何もかも捨てて力だけを得た生体CPUという存在に、これまで相手を下等種だと見下しながら戦っていたザフト兵が敵う訳がないのだ。

 

『安全装置解除! 信管、起動確認!』

『おおし! くたばれ! 宇宙の化け物!』

『レイダーに続け! 青き清浄なる世界の為に!』

 

 MA形態に変形したレイダーはメビウス隊を先導する様にボアズ要塞へ突撃すると、要塞を射程圏内に捉えると同時にMk5核弾頭ミサイルを発射した。

 立て続けに放たれるMk5核弾頭ミサイル──身を呈して阻止しようとしたゲイツがカラミティの砲撃で爆散し、ジンの部隊が誘導プラズマ砲(フレスベルグ)を受けて蒸発する。

 もはやザフトに防ぐ手段はない。

 核ミサイルを撃ち終え、一斉に離脱するメビウス隊を見送ったクロトが確信した瞬間、別方向から白いM.E.T.E.O.R.(ミーティア)を装備したフリーダムが猛烈な速度で現れた。

 

『!!』

 

 ようやく僅かながら救える可能性が見つかったクロトに、核攻撃を成功させたという業を背負わせる訳にはいかない。

 キラはマルチロックオンシステムで無数の核ミサイルを捉え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、その全てを撃墜したのだった。




ソロで核攻撃を防ぐキラちゃん、バッテリー機でフルバーストするステラちゃんという迫真のヒロイン争いと共に最終決戦がスタートしました。

フォビドゥンというモチーフがあるとはいえ、ストライク本体並みのデカいストライカーパックと別々に射出して空中で合体するという訳の分からないコンセプトですが、フリーダムもミーティア使ってるしまぁいいかと採用しました。


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ボアズ攻防戦 後編

 〈109〉

 

 プラント最高評議会の会議室にて、ボアズ要塞に行われた核攻撃とそれをフリーダムが阻止したという事実に直面し、怒りに満ちた目で絶叫するパトリックの姿を、クルーゼは仮面の奥で嘲笑っていた。

 

「直ちに防衛線を張れ、クルーゼ! 私もヤキン・ドゥーエに上がる!」

 

 既にアスラン・ザラやイザーク・ジュールを中心とした大規模な部隊が大挙してプラントから出撃し、ボアズ要塞の救援に向かっている。パトリックも自らヤキン・ドゥーエ要塞に入り、前線で指揮を執るつもりなのだろう。

 

「ラクス・クライン共め……小賢しいことを! ジェネシスを使うぞ!」 

 

 パトリックの脳内では、ラクス・クラインを神輿としたクライン派がわざと地球連合軍にニュートロンジャマー・キャンセラーの技術を流出させ、自ら核攻撃を阻止するという自作自演でプラント国内の求心力を取り戻し、自分の政権を簒奪しようとしているらしい。

 自分達コーディネイターを新人類だと自称している割に、何から何まで的外れなパトリックの推測にクルーゼは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

 もっとも、奪取に失敗した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()り、厳重な情報封鎖をしていた筈の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()り、パトリック・ザラという男は自分の言動を正当化する為に事実を捻じ曲げる男なので、今更驚くことでもないのだが。

 プラントを立ち上げた立役者の一人とはいえ、このような男をいつまでも持て囃すプラント最高評議会も新人類だと自称する割に、あまりにも愚かな連中だとクルーゼは内心苦笑する。

 

(──とはいえ、これは悪手だろう?)

 

 一方で、ボアズ要塞に対する地球連合軍の核攻撃を阻止するという、キラの行動がもたらすだろう結果にクルーゼは思考を向けた。

 地球連合軍がザフトが保持している唯一の地上基地、カーペンタリア基地を陥落させる前に最終作戦へと踏み切ったのは、間違いなくニュートロンジャマ-・キャンセラーのデータ入手に伴い復活した核兵器の威力をアテにしたものだろう。

 その核兵器による攻撃が失敗した以上、ヤキン・ドゥーエ要塞やプラントからの援軍、そしてジェネシスが解禁されることを考慮すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 ジェネシスの存在を知らず、所詮プラントの上流階級に過ぎないラクス・クラインの影響を受けているとはいえ、意図的にザフトを勝たせようとするのがキラの目的であれば、(クロト)の奮闘も報われないだろうと僅かに落胆しながら、クルーゼはパトリックと共にヤキン・ドゥーエ要塞に向かうシャトルに乗り込んだ。

 

 

 

『キラ……!?』

『あぁっ!?』

『はぁ?』

 

 ボアズ要塞まであと僅かというところで、無数に発射されたMk5核弾道ミサイルがたった一機のモビルスーツに全弾迎撃されるという信じ難い光景に、クロトは呆然となった。

 当然、クロト以上に事情の分からないオルガ、シャニらの衝撃はそれ以上で、戸惑いを隠し切れずに目の前に現れたキラに視線を向ける。

 間一髪で核攻撃を免れた要塞内部からは、ボアズ要塞守備隊の予備兵力と思われるモビルスーツが慌てた様に次々と出撃を始めた。

 しかしステラは自身に向かって来るモビルスーツ群を両肩の高エネルギー長射程インパルス砲(アグニ)で薙ぎ払うと、狂った様な声でキラに絶叫する。

 

『あははははは!! 遂に本性を現しましたね!!』

 

 キラが核攻撃を阻止したことに対する憤怒と、クロトへの決定的な裏切りを見せたことに対する歓喜──ステラはスラスターを全開で吹かせた。

 上下左右に展開した4基の飛行砲台(ガンバレル)によるオールレンジ攻撃──キラはM.E.T.E.O.R(ミーティア)の推力を生かして後方に加速しながら避けると、直後に対艦ミサイルで応戦──ステラは前方に突撃しながら両手のビームライフルで迎撃する。

 その爆炎を切り裂き、迫り来るキラのビームソード──ステラは急上昇して斬撃を避けると、その根元をビームで撃ち抜いた。

 

『くっ……!』

 

 損傷したビームソードをパージし、胴体に接続したM.E.T.E.O.R(ミーティア)の各所からビームを放つキラ──ビーム偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)を前方に展開して突撃するステラ──友軍から離れ、敵の大部隊に包囲されるという絶望的な状況だったが、ステラには不安も焦燥もなかった。

 側面後方から現れたゲイツの小隊が放つ一斉射撃──しかしそれらは破砕球(ミョルニル)と高分子ワイヤーの盾に阻まれる──唯一ストライクに追随していたレイダーの的確な援護。

 そして襲い来るゲイツを引き付けながら次々に撃破し、撤退ルートを確保しようとしているレイダーの動きを確認すると、ステラは更に機体を加速させた。

 4基の飛行砲台(ガンバレル)、両肩の高エネルギー長射程インパルス砲(アグニ)、腰の88mmレールガン(エクツァーン)を駆使し、後退しながらビームを放つフリーダムの動きを牽制し、攻撃する。

 数コンマ1秒単位で繰り広げられる壮絶な読み合いと攻防──飛行砲台(ガンバレル)の一つがビームを受けて吹き飛び、その代償にステラはもう片方のビームソードを破壊した。

 誰も割り込めない、誰も止められない──周囲に破壊と混沌をもたらす二人の戦いの余波を受け、陣形が乱れたボアズ要塞防衛隊の左翼は地球連合軍の猛攻で大きく崩され、戦局は混迷を極めていく。

 

 〈110〉

 

『──ナチュラル共の野蛮な核など、ただの一発として我らの頭上に落とさせてはならない! 血のバレンタインの折、核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラル共は再び裏切ったのだ! もはや奴等を許すことは出来ない! 今こそその力を示せ! 奴等に思い知らせてやるのだ! この世界の新たな担い手が誰かということを!』

 

 広域通信で放たれた、今やプラントの実質的なNo.2であるエザリア・ジュールの檄が戦場に響き渡る。

 戦いの火蓋が切られてから数時間──ボアズ要塞を巡る攻防戦は更に激しさを増していた。

 第一次核攻撃を阻止したフリーダムをストライクネロが抑えている内に、地球連合軍は第二次核攻撃を行おうとしたのだが、ヤキン・ドゥーエ要塞から出撃したアスランを中心とする新手のモビルスーツ部隊が立ち塞がったのである。

 下手に核攻撃を強行すれば、ボアズ要塞防衛部隊の左翼を大きく押し込んだ状態で敵味方の入り混ざった乱戦に突入した第八艦隊をも巻き込む形となる。

 司令官であるデュエイン・ハルバートン准将だけならともかく、今回発動したエルビス作戦において事実上の最高責任者であるムルタ・アズラエルをも危険に晒す核攻撃を強行しようとする者はおらず、地球連合軍とザフトの戦いは互いの機動兵器と機動兵器をぶつけ合うという従来のものに回帰していた。

 

『お前達は何だ! お前達は何の為に戦っている!?』

『殺されるよりは殺す方がマシってな。……つまらねーことを聞くんじゃねーよ!!』

 

 アスランは周囲のストライクダガーから放たれるビーム砲を対ビームシールドで防ぎ、時折撃ち返しながらスラスターを全開で吹かせ、猛烈な速度でカラミティに突撃する。

 紆余曲折あったが、ようやくキラも分かってくれた──地球連合軍は悪であり、それと戦う自分は正義なのだと確信しながら。

 その尖兵であるカラミティも悪だとアスランは断罪して光刃(ラケルタ)で斬り掛かるが、オルガはその攻撃を衝角砲(ケーファー・ツヴァイ)の先端で捌くと、胸部に搭載された複列位相エネルギー砲(スキュラ)を発射する。

 咄嗟に対ビームシールドを突き出す──その一部を融解させながらも防ぎ切ったアスランから距離を取りつつ、オルガは面白い獲物を見付けたとばかりに通信を飛ばした。

 

『お前がたった今殺したパイロット。──ザフトに家族を殺されて、故郷で一人帰りを待つ病気の妹がいたら、どうするよ?』

『いい加減なことを言うな!!』

『そういうこともあるだろーがって言ってるんだよ! 世界の新たな担い手様には難しい話だったかぁ!?』

 

 もちろん、オルガはアスランの攻撃で爆散したパイロットがどういう人間なのか知らないし、そもそもその言葉に煽り以上の意味は無い。

 単にオルガはアスランの言動に自らを人体改造した科学者達と同じく、自分達は絶対的な正義なのだと信じて疑わない匂いを敏感に嗅ぎ取り、それを痛烈に皮肉ったのである。

 激高するアスラン──核の力で立て続けに放たれる攻撃をオルガは防ぎ、時折反撃しながら戦闘を続行する。

 

 

 

『うらぁあああ!!』

『なんなんだこの力は!? この俺が直撃を受けている……!?』

 

 思わぬ方向から飛来した誘導プラズマ砲(フレスベルグ)を避け切れず、機体を覆っていた追加武装装甲(アサルトシュラウド)を咄嗟にパージしたことで回避に成功したイザークは叫んだ。

 ビームならビーム偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)による防御、実弾なら回避か迎撃。

 一度でも判断を誤れば機体の制御を大きく乱し、集中攻撃されかねない絶望的な状況をむしろ楽しむかのように、シャニはジュール隊に包囲されるという状況で一歩も引かず暴れていた。

 

『下がれイザーク!』

 

 大型ビームライフルと350mmガンランチャーを連結させ、ディアッカはジンを重刎首鎌(ニーズヘグ)で両断したフォビドゥンに向けて砲撃を放つ。

 サブジェネレーターを連結させ、威力を底上げすると共に対装甲散弾砲による広域制圧モード、長射程狙撃ライフルによる高威力精密狙撃モード。

 その2つを切り替えて放つバスターの攻撃をシャニは正確に見切っており、今回はビーム偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)で防御すると、捻じ曲げられた長射程狙撃ライフルの一撃はシグーディープアームズを掠めた。

 

『ははっ!』

『くっそー! どうして攻撃が見切られる!?』

 

 もちろんシャニもバスターの砲撃モードを完全に見切っている訳ではなかったが、その完璧な見切りを可能にしているのは周囲の状況把握に起因するものだった。

 その性質上、フォビドゥンの周囲に友軍が存在する状況では対装甲散弾砲は使えず、射線上に友軍が存在する状況では長射程狙撃ライフルは使えない。

 大気圏内での飛行能力を有し、その気になればこの場で二番手の機動力を誇るデュエルであろうと容易に振り切れるフォビドゥンが敢えて単独でジュール隊と戦闘を続けているのは、バスターの選択肢を制限するためだったのである。

 

『分かったぞ!! 俺ごと撃て、ディアッカ!!』

『上等だ。──返り討ちにしてやるよ!!』

 

 その状況を打開出来るのは、対装甲散弾砲ならばPS装甲で受けられる上に、フォビドゥンの保有するビーム偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)に有効なビームサーベルを保有するデュエルしかいない。イザークはビームサーベルを抜くと、不敵に重刎首鎌(ニーズヘグ)を構えたシャニに突撃した。

 

 

 

 M.E.T.E.O.R(ミーティア)の推進機を高エネルギー長射程インパルス砲(アグニ)で貫くと同時に、全てのバッテリーを消費したAQM/E-XD01(デストロイストライカー)はその大部分がパージされる。

 そして一部のスラスターと二振りの9.1m対艦刀、88mmレールガン(エクツァーン)だけを残したストライクネロの基本装備であるAQM/E-M1B(ネロストライカー)が露わになり、ストライクネロ本体に搭載されたバッテリーからの電力供給を受けて再起動──同様に推進機を喪い、機能停止したM.E.T.E.O.R(ミーティア)をパージしたフリーダムと対峙する。

 

『くそッ……!』

 

 絶え間なくビームを放ち、強力な推進力を誇るM.E.T.E.O.R(ミーティア)こそ破壊したものの、本体には傷一つ無いフリーダムを見たステラは対峙する少女の技量が自分の一歩も二歩も上を行っているという事実に歯噛みした。

 一見すると互角の様に映るが、友軍である地球連合軍からの攻撃には晒されず、ザフトからの攻撃はレイダーが防いでいたステラとは異なり、キラは両軍からの攻撃に晒されながら戦っていたのである。

 努力で負けているとは思えない。執念で負けているとは思えない。

 負けているのは戦いの才能──全てを奪われた対価として唯一得た力さえ、圧倒的な才能の前には敵わないということらしい。

 

『忌々しい。その力で先輩を誑かしたって訳ですね?』

『……!』

 

 思わず絶句したキラの反応を感じ取り、ステラは少しだけ愉快になった。

 ヘリオポリスの襲撃──奪われたG兵器──執拗に追撃するザフトの精鋭部隊──深刻な戦力不足に直面したクロトはストライクを操縦出来る彼女を利用しようと接近し、その中で少女の毒牙に掛かってしまったのだろう。

 薄汚い連中に命を握られ、自由も未来もない消耗品として扱われる日々──全てを諦めたオルガ・サブナックやシャニ・アンドラスとは異なり、クロト・ブエルは世界に対する深い憎悪に満ちていたが故に、少女の甘い毒に侵されてしまったのだ。

 誰よりも自由で、誰よりも輝かしい未来があって、誰よりも強大な少女の力──クロトにとって彼女という存在はあまりにも眩しかったのだろう。

 ()()()()()()()

 

『私は貴女を──貴女という存在を許せないッ!』

 

 ステラが二丁拳銃で放つビームの雨嵐──それをキラは躱し、対ビームシールドで防ぎ、シールドの隙間を狙って放たれたビームを光刃(ラケルタ)で斬り払う。

 

『私は……それでも私は! 力だけが……私の全てじゃない!』

『それが誰に解るっていうんですか!?』

 

 まさに力の権化だと体現するような絶技をステラに見せ付けながら、自らに投げ掛けられた言葉を真っ向から否定する少女に、ステラはますます激高する。

 不規則に付けた緩急──時折ビームに混ぜて放つ88mmレールガン(エクツァーン)──その全てを見切って放たれた電磁レールガン(クスィフィア)をシールドで打ち払い、両手で背中の対艦刀を抜いて急速接近──光刃(ラケルタ)を抜き、正面から迎え撃とうとするフリーダムに斬り掛かろうとして──。

 

『止めろ!』

 

 ストライクネロがAQM/E-XD01(デストロイストライカー)、フリーダムがM.E.T.E.O.R(ミーティア)をパージしたことでようやく追い付くことに成功したクロトは強引に二人の間へ割り込んだ。

 クロトの乱入にあっさりと攻撃を中止するキラ──完全な実体剣ということもあり、攻撃を中断出来なかったステラの一撃をクロトは右腕のシールドで受け止める。

 

『何をするんですか!?』

 

 フリーダムを操る少女がその気なら、光刃(ラケルタ)で両断されていただろう致命的な隙を少女に晒したクロトと、その信頼に応えて剣を納めた少女の姿を目の当たりにし、ステラは思わず叫んだ。

 

『例の大量破壊兵器が発動する!』

『そんな! 早すぎる!!』

 

 いつの間にか、潮が引く様に撤退を始めたザフト──戸惑う地球連合軍。

 目の前に地球連合軍の攻撃で陥落するかもしれない友軍の基地があり、それを指先一つで阻止出来る兵器が手元にある。

 そして地球連合軍が行った核攻撃への報復──更に第二次核攻撃を阻止するという絶好の大義名分を手に入れた状況で、全てのナチュラルを滅ぼす野望を秘めていたパトリックがその魅力に抗える筈もなかった。

 本体内部で大規模な核分裂反応を発生させ、その際に生じるγ線をコヒーレント波に変換。そのレーザー光を一次反射ミラーに照射して焦点を調整し、二次反射ミラーでエネルギーを集中させ、目標に向けて発射するガンマ線レーザー砲が起動する。

 

『今すぐ射線から離れろ!』

 

 不可視の光線──しかしその光線に内包された莫大なエネルギーによって射線上に存在するデブリが蒸発した光で構成された、淡く輝く光の矢が地球連合軍の艦隊を貫いた。

 




というわけで、残念ながらジェネシスは発射されました。

???「何がナチュラルの野蛮な核だ! あそこからでも地球を撃てる奴等のこのとんでもない兵器の方が遙かに野蛮じゃないか!」

これ以上レスバを続けさせたら収拾が付かなくなるので、物理で繰り広げられるヒロイン争いを物理で阻止するクロトくんでした。



PS やっとフルメカニクスレイダーを買えましたが、案の定積んでいます。そしてキラちゃんものの長編ってホントないですね……皆も書こう。


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反攻

 〈111〉

 

 軍事用語において、全滅とは戦闘能力の喪失を指している。なぜなら戦闘能力を喪失し、組織的戦闘が不可能になった部隊は戦闘単位として計算されないからである。

 つまり部隊を再編成し、戦闘能力が復活するまでそれらは戦略上存在しないのだ。そして地球連合宇宙軍において、戦闘能力を保持出来る限界損耗率は3割とされており、それ以上の損耗を受けた部隊は()()と表現される。

 更に5割以上の損耗を受けた場合、それは部隊の再編成すら不可能な打撃を受けたとされ、それらの部隊は()()と表現される。一般的に壊滅した部隊は速やかに戦域から撤退し、後方で兵の補充などを受けて部隊の再生を計らなければならない。

 突如ヤキン・ドゥーエ要塞の方向から放たれた正体不明の閃光──その一撃で戦力の半数以上を喪失した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

「ワシントンの識別コード、消滅しています!」

「クルック、及びグラントも応答ありません!」

「ドゥーリットル、反応消失しました!」

 

 第六、第七、第八艦隊から成る三軍で構成された地球連合軍の総旗艦であるアガメムノン級宇宙母艦“ワシントン”、その直衛艦である“クルック”、“グラント”、そしてアズラエルの腹心であるウィリアム・サザーランドの乗艦している“ドゥーリットル”を含む多くの艦が消滅し、帰還先を見失った兵達の間で大混乱が起こっていた。

 司令部を有する艦の中では唯一難を逃れていた第八艦隊旗艦であるドミニオンには電波障害で激しいノイズの混じった通信が無数に送られており、ナタルは第八艦隊司令官であるハルバートンや通信管制官の1人であるフレイらと共にその対処に追われていた。

 

「信号弾撃て! 残存の艦隊は現宙域を離脱する。本艦を目標に集結せよ!」

 

 前方に展開しているボアズ要塞守備軍、ヤキン・ドゥーエ要塞から駆け付けた救援部隊、そしてヤキン・ドゥーエ要塞が有している前代未聞の長射程と破壊力を誇る大量破壊兵器(ジェネシス)

 未だ純粋な兵力数こそ地球連合軍が上回っているとはいえ、あの大量破壊兵器(ジェネシス)が存在する以上、既に戦いの勝敗は地球連合軍の大敗という形で決してしまったのではないか──。

 ナタルは最悪の事態に陥ったことを認識しながら、悲愴な顔を浮かべているクルーを少しでも安心させるため、毅然とした態度と口調で次々に指示を飛ばした。

 

 

 

『傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。ボアズに向かって放たれた核、これはもはや戦争ではない! 虐殺だ! このような行為を平然と行うナチュラル共を、もはや我等は決して許すことは出来ない! 新たなる未来、創世の光は我等と共にある。この光と共に今日という日を、我等新たなる人類のコーディネーターが、輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!』

 

 戦場に破壊をもたらした創世の光とパトリック・ザラが広域通信で放った言葉の与えた衝撃──それは、先程まで死に物狂いで戦っていたキラやステラも例外ではなかった。

 その大量破壊兵器(ジェネシス)がもたらした凄惨な光景と、それを正当化するためにパトリックの行った声明は二人を茫然とさせ、互いに無防備な姿を向けていることすら忘れさせた。

 

『あぁ……』

 

 この兵器の威力に比べれば、所詮()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わせる程の、あまりにも圧倒的な破壊力にキラは息を呑む。

 地球連合にその脅威を公表すれば容易に独立も叶えられただろう強大な力を隠し持ち、発射する口実を得れば喜々として発射する──核兵器に対する抑止力ですらなく、まさにナチュラルを虐殺するために造られた前代未聞の大量破壊兵器である。これだけの威力であれば、どれだけ無謀だとしても先にヤキン・ドゥーエ要塞を叩くべきだったのではないかとキラは自分の選択を悔やんでいた。

 

『よくも再び核など!』

 

 戦意を失った地球連合軍に対し、パトリック・ザラの声明で戦意高揚したザフト軍のモビルスーツ部隊が猛反撃を開始した。ジェネシスはクルーゼらの一部例外を除いて完全に隠匿されていたため、大量破壊兵器(ジェネシス)の実態を知る者は戦場に一人も居なかった。だから一発限りの隠し玉かもしれないし、第二射には相当の時間を要するかもしれない。

 地球連合宇宙軍の本部である月面基地プトレマイオスには未だ相当数の予備兵力が存在する以上、ここで地球連合軍が撤退するのを見過ごすという選択肢はザフト軍になかったのである。自分達を優位にした要因が、地球連合軍の持ち出した核兵器を遥かに凌ぐ大量破壊兵器(ジェネシス)に因るものだという現実から目を背けてでも。

 

『いい加減にしろ!』

 

 逃げ惑うストライクダガーを重斬刀で切り刻み、背後から重突撃機銃を連射するジン──その光景を目の当たりにしたクロトはレイダーを飛ばし、ストライクダガーの後ろに割り込みながら破砕球(ミョルニル)を振るった。

 追撃を妨害されたザフト軍は未だ戦意の衰えないレイダーを撃破するため、その背後に迫るフリーダムと共に挟撃しようとレイダーを押し包む様に散開した。

 そしてフリーダムは周囲の期待に応える様に背部の動性空力弾性翼を広域展開したまま、プラズマ収束ビーム砲(バラエーナ)と腰の電磁レールガン(クスィフィアス)を同時に展開する。

 そして。

 

『なっ──!?』

 

 フリーダムの高機動空戦一斉射撃(ハイマットフルバースト)モード──レイダーに迫った全ての機体の武装やメインカメラが、正確無比な射撃で撃ち抜かれた。

 地球連合軍の核攻撃を阻止したフリーダムが、地球連合軍のエースパイロットが搭乗しており、自ら先陣切って核攻撃を行ったレイダーと共闘することなど常識的に考えて有り得ない。ましてや()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか。

 いったい何が起こったのか。いったい何を考えているのか。

 

『もう止めて下さい!』

 

 フリーダムの絶え間ない砲撃を掻い潜って無理に攻撃しようとすれば、返し刀で今度こそコクピットを貫かれるか、フリーダムの前に立ち塞がるレイダーに各個撃破される。

 その場で追撃を行っていたザフト軍全体に動揺が走る中、次々に反応を消失する友軍の状況とパナマでのフリーダムの戦闘記録から、とにかく撤退すればそれ以上の攻撃は行われないと理解したザフト軍は地球連合軍の追撃を放棄して、ボアズ要塞へ撤退を始めた。

 

『……!』

 

 戸惑いながらも再び撤退を始めたストライクダガーを見送ると、再度別部隊の救援に向かうレイダーとフリーダムをモニターで捉えながら、ステラは一人コクピットの中で絶句するのだった。

 

 〈112〉

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞の管制室では既に勝利の祝杯ムードが漂っていた。

 頭脳の大部分を失い、手足の半分を喪失する形となった地球連合軍は完全に崩壊しており、残る手足が散発的な抵抗を続けているだけである。所詮は数と核兵器だけが頼みの烏合の集──その数の優位性を失い、核攻撃も不発に終わった今、ボアズ要塞守備隊とヤキン・ドゥーエ要塞から送り込んだ救援部隊の二軍で殲滅を行うだけである。

 そして地球連合軍が月から送り込もうとしている増援部隊も既にジェネシスの照準に捉えており、ジェネシスの唯一の欠点である次弾を発射するために必要なミラーブロックの換装さえ終われば、後方のプトレマイオス基地を含めて一撃で壊滅することが出来るだろう。

 

「流石ですなザラ議長閣下。ジェネシスの威力、これ程のものとは」

「戦争は勝って終わらねば意味は無かろう?」

 

 パトリックに称賛の言葉を発しつつも、クルーゼの心にさして来るものはなかった。とはいえ実際にクルーゼもパトリックからその詳細を明かされた時には、この世界を滅ぼす最後の扉が確かに存在するのだと歓喜したし、たった今間近で見たその絶大な威力には感動すら覚えたばかりである。

 とはいえ、ジェネシスはシーゲル政権において宇宙開拓事業を行うためのレーザー推進加速装置として開発された施設を、パトリックが自分の息の掛かった技術者に命じて原子爆弾の起爆設備とγ線の収束機器を追加し、核エネルギーを使用したγ線レーザー砲という軍事兵器に転用したものである。

 それらの背景を知るクルーゼからすれば、人類に希望をもたらしたかもしれない施設を死の兵器に造り替えて狂喜乱舞している目の前の連中はクルーゼが憎悪している“アル・ダ・フラガ”と同等の愚か者の集団に映ったのである。

 

(……しかし、これではつまらんな)

 

 クルーゼは人類を滅ぼしたい一方で、誰かが自分を止めてくれることを期待していた。

 だからこそクルーゼはキラを探す傍らでナチュラルの身を隠してザフトに所属したり、ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルと身元を隠して情報交換を行ったり、ニュートロンジャマー・キャンセラーのデータを流出させようとするなどの無茶な行為を続けて来た。

 勘のいい誰かが自分を疑えば、何処かで歯車が一つでも噛み合わなければ、クルーゼの薄氷を踏む様な計画はあっさり破綻していたのだ。

 そしてフラガ家の後継者(ムウ・ラ・フラガ)、完璧なコーディネイター(キラ・ヒビキ)、その失敗作(カナード・パルス)、奇妙な生体CPU(クロト・ブエル)

 全力で戦った末に彼らの誰かに討たれるならそれが世界の意思だと受け入れるつもりだったし、事実ヘリオポリスやメンデルでは危うく(クロト)に討たれるところだった。

 特にメンデルでは運良く禁断症状が起こらなければそのまま討たれていただろうが、それでも徐々に衰えつつある老体に鞭打って(クロト)と殴り合っていた時の方が余程高揚していたとクルーゼは率直に思った。

 

「二射目で全て終わる。我等の勝ちだ」

「では地球を?」

「月基地を討たれても、なお奴等が抗うとなれば、な」

 

 地球連合軍にとって後方拠点である月面基地を討てば、撤退する場所を喪った地球連合軍が抵抗する事は容易に想像が付くだろう。ザフトは第二次ビクトリア攻防戦、パナマ攻略戦において投降した地球連合軍を大々的に虐殺した前例があるのだから、地球連合軍が投降することなど有り得ないと分かっている筈だ。

 自分が暗躍出来た要因とはいえ、プラントを守る義勇兵だからと軍規の欠片すら存在せず、独断専行や投降兵の虐殺、中立国への侵攻すら容認するザフトの体制をクルーゼは常々不思議に思っていたが、ことここに至ってパトリックが地球連合軍に投降させないという下地を作る為だったのだと気付いた。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 そしてジェネシスを地球目掛けて撃とうとすれば、パトリックが万が一の事態に備えて仕込み、それを自分が反転させたプログラムによってヤキン・ドゥーエ要塞は自爆し、ジェネシスの喪失という大混乱の中で地球連合軍の反撃を受けてプラントも滅びるという計画は完遂されるだろう。

 万が一地球連合軍の反撃が失敗したとして、徹底的な遺伝子調査による婚姻統制を敷いてすら人口を維持するのは困難だと示されたコーディネイターという種族に未来はない。

 この世界はどうやら、真に滅びを望んでいるらしい。

 その最後の引き金を引くのがナチュラルと親交があった妻の死で狂った男の暴走なのだから、まさに悲劇を通り越して喜劇だ。

 

「──むっ?」

 

 クルーゼはいよいよ終末へのカウントダウンが始まった世界を嗤っていると、ヤキン・ドゥーエ要塞の広域レーダーを監視していた管制官の指差した光点を視界に捉えた。

 

 〈113〉

 

 それぞれ機体の一部を破損、あるいはフェイズシフトダウンというギリギリの状況下でステラら4人がドミニオンの着艦に成功すると、補給と修理、整備を他のクルーに任せて全員CICに上がれという奇妙な指示がアズラエルから降りていた。どうせロクでもないことだろう、という確信めいた予想と共にクロトは先程から沈黙したままのステラと並んでCICに向かう。

 

「どうせオルガとクロトのせいであのオッサンが怒り心頭なんじゃねーの? ……チッ、また薬と音楽プレイヤーを取り上げられそうだな」

「うっせーよ。俺もバカモビルスーツに核のパワーがあれば、あんな奴くらいよぉ!」

 

 まさに危機的状況だというのに、いつも通り能天気なシャニとオルガ──元々地球連合軍やブルーコスモスに忠誠心などなく、命令で戦うだけの人間兵器であるが故のお気楽さと、目の前の苦痛を取り去る薬と退屈を取り払う娯楽さえあればノー・プロブレムという持たざる者故の強み。

 それは世界への憎悪に身を任せたステラにとって容認出来ないものだろうし、クロトの癪に障る事もあった言動だったが、今はそのお気楽さがいっそ羨ましいとすら思えた。

 この世界に逆行して以降、クロトが絶えずシミュレートしていたヤキン・ドゥーエ要塞の制圧及び、大量破壊兵器の奪取という途方もない遠大な計画の最終局面に辿り着いたという現状は、クロトにかつてない程の冷静さを取り戻させていた。

 ボアズ要塞が健在という状況下で、大量破壊兵器の第一射が発動して地球連合軍が壊滅するという一見最悪のパターンは、意外にもクロトにとって想定の範囲内だったのである。

 想定外の事情(キラ)で目標が大量破壊兵器の破壊にシフトしたことを踏まえれば、むしろ事前に想定していたパターンの中で最も容易になったとすら言えたのだった。ゲームで例えるなら、リアルタイムアタック中に画期的な新チャートを発見した様な。

 

「現在我が軍がどれだけのダメージを受けているのか、理事にだってお解りでしょう!」

「月本部から直ぐに増援も補給も来る! 君達こそ何を言っているんだ! 状況が解ってないのは君達の方だろうが! あそこに! あんなもの残しておくわけにはいかないんだよ! 何がナチュラルの野蛮な核だ! ……あそこからでも地球を撃てる奴等のこのとんでもない兵器の方が遙かに野蛮じゃないか!」

 

 ようやくクロトが到着したCICでは、アズラエルが毅然とした表情を保とうとするナタルに怒鳴り散らしていた。

 その理由は傷付いた友軍を救援しようとするナタルと、迅速な再攻撃を主張するアズラエルの意見が対立していたからである。地球連合軍で習う軍事戦術学において、壊滅的被害を受けた状況で一刻も早く再攻撃を行おうとするアズラエルの主張は有り得ないのだが、たった一発で地球連合軍を壊滅させ、その気になれば地球すら砲撃出来そうな長射程の大量破壊兵器を野放しに出来ないという言葉は無視出来ないものだった。

 何せプラントは中立国であるオーブ首長連邦国の保有するコロニーを攻撃し、その避難民を虐殺するテロリスト集団なのだ。アークエンジェルの副艦長代理として、実際にその光景を目の当たりにしたナタルにアズラエルの言葉を否定出来るだけの根拠はなかった。

 

「いつその照準が地球に向けられるか解らないんだぞ! 討たれてからじゃ遅い! 奴等にあんなものを作る時間与えたのはお前達軍なんだからな!」

 

 アズラエルは血走った眼でハルバートンを睨み付ける。

 そもそもハルバートンがヘリオポリスでG兵器を造っていなければ──造るとしても完璧な情報統制を行っていれば、その技術がザフトに流出することはなかった。

 特にジェネシスを今まで隠蔽していたミラージュコロイドの技術さえ渡っていなければ、ヤキン・ドゥーエ要塞で奇妙な動きがあることは事前に掴めたかもしれないのだ。そうなれば計画を大幅に前倒ししてエルビス作戦を発動することも出来たし、大量破壊兵器の製造に注力していたザフトはあっさり敗北したかもしれないのだ。

 

「この船でプラントに特攻して、あの忌々しい砂時計を叩き落とすんだよ!」

「しかし! それでは地球に対する脅威の排除にはなりません! 我々はあの兵器を……」

「あぁもう……どうしてそういちいち五月蠅いんだ! あんたは!」

 

 ボアズ要塞の守備隊を相手にしながら、ヤキン・ドゥーエ要塞の守りを短時間で突破し、大量破壊兵器を破壊するのは現実的に難しい。しかも先程と異なりチャージサイクルまでの間、大量破壊兵器さえ守り抜けば勝利だと明らかになったザフト軍と、大量破壊兵器の発動で指揮系統が壊滅した地球連合軍がぶつかればどうなるか、結果は火を見るよりも明らかである。

 それでも地球にとって最大の脅威であるヤキン・ドゥーエ要塞に総攻撃を掛けるべきだとするナタルの主張と、地球連合軍内で最速を誇るドミニオンの速力を生かして単艦プラントに突撃し、首都を陥落させて戦意喪失させることで大逆転を狙おうとするアズラエルの主張は平行線を辿っていた。

 いくらアズラエルが地球連合軍内で大きな力を有しているとはいえ、アズラエルの有している力は軍需産業会社の経営者という経済面の力だったり、ブルーコスモスの盟主という立場上の力なのだ。アズラエルから直接的な恩恵を受けて来た地球連合軍上層部の人間ならばともかく、末端であるドミニオンのCICクルーまでがアズラエルを信望している訳ではなかった。

 アズラエル本人の保有する直接的な武力は秘密結社“ロゴス”に所属する非正規特殊部隊ファントムペイン──ロドニアの研究所などアズラエル本人が出資者であるブルーコスモス系の施設で製造され、アズラエルの下に派遣されたクロト達4名だけだった。もちろんそれだけで地球連合軍全体の指揮権を強奪出来るとまでは言えなかったが、ドミニオン一隻の指揮権を得るには必要十分な武力と言えた。

 

「そんな物を持ち出して、どうされるおつもりです。艦を乗っ取ろうとでも言うんですか!」

「乗っ取るも何も! 命令してるのは最初から僕だ! 君達はそれに従うのが仕事だろ! なのに何でいちいちあんたは逆らうんだよ! おい、お前! さっさとこの喧しい艦長さんを黙らせろ!」

 

 クロトがCIC内に入ると、ナタルと睨み合ったまま拳銃を抜いたアズラエルから非情な命令が下る。既に発狂寸前のアズラエルだったが、CIC内で無闇に発砲するほど正気を失った訳ではなかった。

 自分に忠実であればナタルも決して使えない人間ではないし、これ以上クルーの求心力を失えば一か八かのプラント特攻すら叶わなくなるかもしれないからだ。

 

「くっ……」

 

 一歩一歩、獰猛な猛禽類の様に迫り来るクロトの姿にナタルは恐怖する。アルテミス要塞では武装した複数のユーラシア軍人を素手で制圧した怪物──たとえ懐の拳銃を抜いたとしても、勝ち目はない。

 視線を全く逸らさなかったにも関わらず、視界から突如クロトの姿が霞の様に消え、ナタルは反射的に目を瞑ってしまった。

 肉が打ち付けられた様な嫌な音と、何かが崩れ落ちた様な振動がナタルの耳に伝わった。

 

「……僕にこんなことをして! どうなるか解ってるんだろうな!!」

「そっくりそのままお返ししますよ。僕にそんな脅しをしたら、どうなるか解ってるんでしょうねえ?」

 

 殴打を受け、床に倒れ伏して吐血しながら激昂するアズラエルの眉間にクロトは奪った拳銃を突き付けていた。

 その光景にゲラゲラ嗤うオルガとシャニ、同じく含み笑いを隠し切れないステラを見たアズラエルは絶句する。

 生体CPU達が自分達を造った研究所のスポンサーである自分に忠誠を誓っている訳がないことに、今更ながら気付いたのである。

 異変を外部に悟られないため、CIC内で厳重に拘束されたアズラエルを横目にクロトは作戦を打ち明ける。

 

「ドミニオン単独でボアズとヤキン・ドゥーエを一直線に結ぶルートを通り、ヤキン・ドゥーエ要塞を核攻撃します。宙域全体に電波障害が発生している今しか、追撃を振り切れる機会はありません」

 

 これはボアズ要塞が健在なパターンにのみ発生する、大量破壊兵器を回避出来るルートである。

 長時間のチャージサイクルに次ぐ大量破壊兵器の意外な欠点はその圧倒的なまでの破壊力である。地球連合軍の殲滅と引き換えならばともかく、ドミニオン単艦に発射して背後のボアズ要塞を喪失する訳にはいかないのだ。

 

「……地球の危機だ、やってみる価値はあるかもしれんな」

「馬鹿な! いくら敵の隙を突いたとしても、ドミニオン1隻でヤキン・ドゥーエを陥とせる訳がない!」

「ドミニオン1隻で陥とすとは言ってませんよ。……そろそろ来るでしょう。あの娘達が」

 

 クロトが言い終えた直後──広域通信に乗せて発信された少女の清らかな声が戦場に響き渡る。

 

『──ザフトは直ちに戦闘を停止し、ジェネシスを放棄して下さい。……もう一度言います。ザフトは直ちに戦闘を停止し、ジェネシスを放棄して下さい』

 

 クライン派がザフトから強奪したエターナル、地球連合軍から脱走したアークエンジェル、オーブ残党軍であるクサナギの三隻で構成された、戦争の終結を望む中立派で構成された少数精鋭の武装勢力──通称三隻同盟が遂に姿を現したのだった。




急に忠実な部下(大嘘)に殴られて拘束されるアズにゃん……

生体CPUが忠誠を誓っているなどとその気になっていたアズにゃんの姿はお笑いだった?


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ヤキン・ドゥーエ攻防戦 前編

 〈113〉

 

 ドミニオンはハルバートン准将の移乗と共に前第八艦隊旗艦であるメネラオスに指揮権を移譲すると地球連合軍艦隊を離脱し、単身ヤキン・ドゥーエ要塞に向かっていた。

 巧遅は拙速に如かず──ザフトの持ち出した大量破壊兵器の発動と共に、既に正攻法では地球連合軍の大敗が目の前に迫っている以上、とにかく迅速な対処が求められたのである。

 未だ健在なボアズ要塞を人質に、そして地球連合軍全軍を捨て駒にヤキン・ドゥーエ要塞を少数精鋭で攻略するというクロトの提唱した大胆不敵な作戦は、エターナル、アークエンジェル、クサナギで構成された三隻同盟の参戦に伴い、アズラエルの主張であるプラントの核攻撃や、ナタルの主張した地球連合軍を再編成した後の総攻撃と比較して、極めて現実感のあるものとなっていた。

 実際、ドミニオンがボアズ要塞宙域を離れた直後に放たれた大量破壊兵器の第二射によって、地球連合軍の救援に向かっていた増援部隊は月面基地プトレマイオスそのものを含めて壊滅し、今や地球連合軍──引いては地球の存亡はドミニオンと三隻同盟の双肩に掛かっていたのである。

 最終ミーティングを終え、出撃まで僅かな時間を得たクロトは待機室の椅子に腰掛けて目を閉じ、出撃まで身体を休めることにした。

 

「この前も思ったが、まさかラクスがああいう奴だとはな……。歌はともかく、中身はお花畑のお姫様だと思ってたぜ」

 

 ザフトの広告塔として歌やメッセージを送り、ユニウスセブン追悼慰霊団の代表を務めるなど、公的活動にも参加していた平和の歌姫──。

 ラクス・クラインはその容姿と知性、歌声からプラントの中では絶大な人気を誇り、地球連合内でも熱狂的なファンが多数存在する歌姫である。

 

 しかしC.E.70年2月5日に起こった、国連事務総長の呼びかけによって成立したプラントとプラント理事国との会談に参加する予定だったプラント理事国の代表者と、国際連合事務総長を含む国際連合首脳陣が死亡し、プラントの代表であるシーゲル・クラインが唯一難を逃れた事件”コペルニクスの悲劇”。

 それをプラント側のテロだとみなし、崩壊した国際連合に代わる新たな国際調停機関として設立された地球連合がプラントに宣戦布告する形で始まった地球連合・プラント大戦──そして開戦直後に起こった血のバレンタイン事件と、その報復であるエイプリルフール・クライシスによって、この終わりの見えない全面戦争の引き金を引いた首謀者であるシーゲル・クラインの一人娘が平和を歌うという矛盾。

 地球圏ではその滑稽さを嘲笑う者も多く、シャニのように「()()()()()()()()()()()()()()()」と好む者すら存在するのだが、自らエターナルに乗り込んで戦場に赴き、戦争終結に向けて動き始めたラクスを実際に目の当たりにしたシャニは意外そうな表情を浮かべた。

 

「……あの娘は、そういう娘だ。アークエンジェルでもそうだった」

「ハァ!? なんでラクスがアークエンジェルに!?」

 

 アークエンジェルにラクス・クラインが捕虜として一時囚われていたことは書類上なかったことにされているのだと、クロトは今更ながら気付いた。事情はどうあれ、当時プラントのトップの一人娘であるラクス・クラインを確保し、現ドミニオン艦長であるナタルの主導で彼女を人質に取った挙句、最終的にキラ・ヤマトがザフトに返還したという行為を表沙汰に出来る訳ないからだ。

 これから死地に向かうドミニオンにとって、唯一の援軍である三隻同盟の実質的な司令官と主力である二人の少女の不興を買った過去が明らかになれば、戦意の低下は避けられないのだから。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように、ラクスも実はそういう奴だったってことか」

 

 シャニはヘッドホンを装着すると反対側のソファーに寝転がり、大音量でラクスの曲を聞き始めた。誰よりも平和を望みながらも、柵に囚われ道化の様に振る舞う以外の選択肢を持ち得なかった少女が、唯一自らの想いを表現出来る場として込めた真のメッセージを読み取る為に。

 

「相変わらずだな、お前らは」

 

 その騒音に眉を顰めながら、オルガは待機室に入って来た。オルガは個室から持ち出した本を読もうとしたが、未だ序盤の本を最後まで読み終えるのは不可能だと悟ったのか、すぐに読むのを放棄してソファに身を投げ出した。そんな根っからの読書家であるオルガに、クロトは以前から気になっていたことを口に出した。

 

逆行(タイムループ)について、どう思う?」

「なんだそりゃ。ゲームの話か? ……そういや、宇宙人が人類に勝つため引き起こす時間のループに巻き込まれた主人公が、出撃しては戦死、出撃しては戦死を何度も繰り返すうちに経験を積んで強くなり、ループの原因である存在を倒す方法を見つけ出して勝利を掴む──そんな本を前に読んだことがあるぜ」

 

 以前読んだとあるジュブナイル小説の名作を引き合いに出し、オルガは退屈そうに答えた。

 

「……そんな力があったとして、お前ならどうする?」

「さぁな。戻るタイミング次第じゃ、このクソッタレな状況のままだろ。とりあえず研究所で暴れてみるとか、ループ前の知識を生かして滅茶苦茶するってところだろーな」

 

 クロトやステラとは異なり、物心付いた頃からロドニアのラボで実験動物として扱われていた被検体ではないものの、やはり人体改造された少年の一人であるオルガは自らの運命を呪うかのように嗤うと、思わぬ時間潰しが出来たとばかりに言葉を続ける。

 

「とはいえ、俺は純粋な逆行(タイムループ)ってヤツは存在しないと思っている」

「どういう意味だよ?」

「単純な話だ。お前にそんな能力があって、俺に射殺されたお前が過去に戻ったとする。だったら今の俺は消滅するのか? ……そんな訳ねーだろ」

 

 一個人において、世界とは自らが認識する物のことである。

 オルガに射殺されたクロトが過去に戻った場合、クロトの認識上は世界がループする一方で、残されたオルガはクロトの認識とは無関係に存在するのではないかというのがオルガの考察だった。 

 

「僕が死んでも、僕が死んだ世界はそのまま続くってことか?」

「俺の考えだがな。……だいたいお前がそんな大層なヤツなら、最初からこんな事になってねーだろ」

 

 この世界に神とでも表現すべき存在がいて、どういう理由かその存在がクロトを特別視しているのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈だ。そう結論付けたオルガの言葉にクロトは頷いた。

 

「悪い。変な事を聞いたな」

「……ま、俺が言いたいのは()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。どうせ来年の春には頭がグズグズになって死ぬとしても、な」

 

 オルガは悟ったような表情を浮かべると、読むのを放棄した本を片手に持って待機室を後にした。そんなオルガと擦れ違う様に現れた、何処か憮然とした表情のステラがクロトの脇に座った。

 

「見事なクーデターでした。ここまでが、先輩のシナリオって訳ですか?」

「そんな訳ないだろと言いたいけど、想定の範囲内だよ」

 

 逆行前の世界において、ザフトと三隻同盟の連携による猛攻を受けて殲滅され、最終的にクロト本人も禁断症状で発狂した末に非業の死を迎えた最終局面──。

 戦力比こそ当時以上の開きがあるとはいえ、喉元に大量破壊兵器を突き付けられた状況で十分勝算のある展開に持ち込めたのは、紛れもなくヘリオポリス崩壊から始まったクロトの成果である。

 純粋なモビルスーツの操縦技術こそステラに一歩劣るものの、まるで未来を見通すかのように大局を見る力を持ったクロトでなければ、絶対にこうはならなかっただろうとステラは率直に思った。

 実際問題、何処かのタイミングでプラントの核攻撃を主張するアズラエルに反旗を翻し、ヤキン・ドゥーエ要塞攻略に移るのはクロトにとって既定路線だった。ワシントン、ドゥーリットルの撃沈によってピースメーカー隊が早期壊滅したことで若干決行する時期が早まったのだが、誤差の範疇だったのである。

 

「後は上手く僕を出し抜けば、君の夢(人類滅亡)も叶うかもねえ」

「……やっぱり、私の邪魔をするんですか?」

 

 クロトの素っ気ない言葉を聞き、ステラは怒りで奥歯を噛み締めた。

 あの日、全てに絶望していた自分を焦がした底知れない狂気と憎悪の炎は──たかが一人の少女と出会っただけで呆気なく鎮火されるものだったのかと侮蔑の意思を込めて。

 

「……僕に君を止める権利はない。だから結果的に止める事はあったとしても、邪魔をするつもりはない」

「──ッ! 勝手に悟って、格好付けて!! 私は先輩のそういうところが大嫌いなんですよ!」

 

 こんな思いをするなら、何もかも忘れられる新型(エクステンデッド)に改造して貰えば良かったとステラは叫んだ。

 精神的な安定性を保つため、“ゆりかご”と呼ばれる特殊な睡眠カプセルによって定期的な記憶の操作が行われる新型(エクステンデッド)──純粋な性能こそ旧型(ブーステッドマン)に劣り、“ゆりかご”がなければ旧型(ブーステッドマン)以上に暴走のリスクがあるものの、記憶の操作で人格を矯正することでコミュニケーション能力に優れており、様々な作戦行動や複雑な連携も可能とされる生体CPUの新型である。

 クロトの活躍で旧型(ブーステッドマン)が大きく評価を上げ、被検体だったステラが旧型(ブーステッドマン)を希望したことで実戦投入が見送られたものの、より従順な兵を求める地球連合軍の資金提供を受け、今もロドニアのラボで研究が進められている。

 従順ということは、裏を返せば真に憎むべき存在に対して反抗する意思すら奪われる──つまり旧型(ブーステッドマン)以上に人間性を喪失するのだが、今のステラにそれを理解することは出来なかった。

 

「うるせーな。何も聞こえねーだろーが!」

「許せない……っ! 私の気持ちを弄んで!」

「だいたいお前が悪いんだよ、この色ボケ野郎が!」

「貴方って人は!」

「ハハッ! もう一発やっちまえ!」

 

 ヘッドホンを外したシャニと戻ってきたオルガに煽られ、激昂したステラに二発、三発とクロトが張り手を受けていると、ヤキンドゥーエ要塞から出撃したモビルスーツの反応を捉えたナタルから出撃命令が下ったのだった。

 

 〈114〉

 

 先程出撃したフリーダムがエターナルの保有しているもう1つのM.E.T.E.O.R(ミーティア)を厳かに装着している光景を見ながら、ラクスは自らを戒める様に言った。

 

「私たちは、間に合わなかったのかもしれません。──平和を叫びながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのかもしれません」

 

 もっと早く、もっと上手く行動出来ていれば、この戦争はお互いに大量破壊兵器を撃ち合う様な殲滅戦にならなかったのかもしれない。

 今自分達がやろうとしているように、武力で両軍の頭を殴り付ける様な行動は、最善ではなかったかもしれない。しかし今の自分に出来る事は、あらゆる手段を用いてヤキン・ドゥーエ要塞が保有する大量破壊兵器を破壊し、これ以上の悲劇を防ぐことである。

 

「でもどうか今、この果てない争いの連鎖を、断ち切る力を!」

 

 無事にM.E.T.E.O.R(ミーティア)装着を完了し、絶大な推進力で先行しているレイダーの下に向かって行くフリーダムを、ラクスは高らかな激励と共に見送った。

 第八艦隊司令官ハルバートン准将が指揮する地球連合軍全軍を囮に、ボアズ要塞からヤキン・ドゥーエ要塞を直線で結ぶルートを全速力で駆け抜けるドミニオンの動きに連動し、三隻同盟の実質的な指揮官を担当しているバルトフェルドが考案した作戦は単純明快だった。

 クライン派のザフト軍、オーブ残党軍、脱走した地球連合軍で構成された三隻同盟と、今も地球連合軍であるドミニオンが細かい連携など取れる訳がない。

 そこでバルトフェルドは三隻同盟を左翼に、ドミニオンを右翼に置き、その中間にフリーダムとレイダーを展開させて主攻に見立てたのである。

 三隻同盟に所属するモビルスーツの中で唯一無尽蔵のエネルギーを供給する核エンジンを持ち、M.E.T.E.O.R(ミーティア)を装備した事で圧倒的な機動力と対多数戦闘能力を誇るフリーダムと、ヤキン・ドゥーエ要塞が保有している大量破壊兵器(ジェネシス)を一撃で破壊し得るMk5核弾頭ミサイルを保有するレイダーの両機ならば、例外的に主攻が成立するというバルトフェルドの作戦にナタルも異存はなかった。

 両翼に展開した三隻同盟、ドミニオンはそれぞれ自前のモビルスーツ部隊で眼前の敵を撃破、あるいは足止めして間接的に主攻を援護し、細かい判断は現場のパイロットに委ねる──バルトフェルドも自らオレンジ色に塗装したゲイツに乗り込み、エターナルを狙うヤキン・ドゥーエ要塞守備隊のモビルスーツ部隊に向かって行く。

 

「第七宙域、突破されますッ!」

「あと僅かだ。持ち堪えさせろ! ラクス・クラインめ……!」

 

 大量破壊兵器ジェネシスの第二射発動によって、地球連合軍の増援部隊の大半とその後方に位置する月面基地プトレマイオスを撃破することに成功し、終戦ムードが漂っていたヤキン・ドゥーエ要塞守備隊は電波障害の回復と共に突如現れたドミニオン、及び三隻同盟の対処に追われていた。

 クルーゼなど極一部の人間を除き、アスランやジュール隊といった精鋭部隊はボアズ要塞の救援に向けており、残った守備隊は数こそ圧倒的であるものの、戦意や技量に欠けた者が殆どだったからである。

 ましてや自分達に突撃を敢行するのが、ナチュラルに利用されている筈のラクス・クラインを司令官に掲げ、ザフトにその名を轟かせているレイダー、フリーダムを従えた精鋭部隊であれば当然だった。

 分厚い守備陣を3本の矢で貫き、包囲される前に突破し、更に侵攻を続けていく──援軍が全く期待出来ない以上、とにかく侵攻速度が重要である。

 特に中央で主攻を担うフリーダムとレイダーの侵攻、次いで右翼で助攻を担うストライクネロ、カラミティ、フォビドゥンの侵攻速度は突出しており、ヤキン・ドゥーエ要塞まであと僅かの地点まで到達していた。

 

『……ッ! この感覚は!』

『アイツか!』

 

 不気味な感覚に包まれたキラの声を聞いた瞬間、クロトは機体を横滑りさせて前方から放たれた絶大な威力のビームを回避する。

 灰色を基調とし、後付けされた追加スラスターとドラグーンシステムにエネルギー供給と量子通信を行う為のケーブルが露出しているなど、異色な出で立ちのモビルスーツ“ZGMF-X13A(プロヴィデンス)”がその姿を露わにした。そして射出された合計11基の無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)が上下左右に展開し、その全砲門をレイダーに向ける。

 

『まさかここまで辿り着くとはな。──さぁ、今度こそ決着を付けようか!』

『二度と無駄口を叩けないようにしてやるよ!』

 

 クロトの挑発に呼応し、キラもクルーゼに叫んだ。

 

『これが貴方の望みですか!』

『私のではない! これが人の夢! 人の望み! 人の業!』

 

 クルーゼが二人に言い放った瞬間、頭上から深紅の機体が舞い降りて来た。

 突如後方に下がったドミニオンの意図を読み取り、プラントから地球圏までの無補給移動すら可能にする圧倒的な航続力を誇る核エンジンを用いて単身後を追った──アスラン・ザラが駆る“ZGFT-X09A(ジャスティス)”の登場である。

 

 同時刻。

 クロトやキラと同じく突出していたシャニ、オルガ、ステラの前に奇妙な二機のモビルスーツが姿を現した。

 

『へぇ、まだ居たんだ。変なモビルスーツ……』

『もう片方の白いヤツは、ザフト製のストライクってトコか?』

『いえ、あのフォルムでストライクを遥かに上回るパワー……核を使ってます!』

 

 同じストライクのパイロットとして、ステラはその機体の違和感を瞬時に察知した。

 紫を基調とした大型可変MS“ZGMF-X11A(リジェネイト)”。そして白を基調とした核エンジン搭載型のストライクとでも表現すべきMS“ZGMF-X12A(テスタメント)”。

 

『なんでもいいからさぁ、さっさとやろうぜ?』

『つーかよ、アイツら核が野蛮だとか言いながら何機造ってるんだよ。俺のバカモビルスーツにも寄越せよ!』

『……』

 

 ステラの警告にも構わず、シャニとオルガは機体のスラスターを全開で吹かせ、目の前に現れた正体不明のモビルスーツに突撃を開始した。




なぜ出撃前に大喧嘩になるのか、コレガワカラナイ。

でも殴られる理由はあるので、諦めて下さい。

オルガくんの引用した小説の元ネタは、ハリウッド映画にもなった某ラノベです。バレバレですかね……?


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ヤキン・ドゥーエ攻防戦 中編

 〈115〉

 

 地球連合軍の増援部隊と共に月面基地プトレマイオスを壊滅させ、尚も第三射の準備を行っている大量破壊兵器の破壊を目的とする三隻同盟は、ヤキンドゥーエ要塞の最終防衛ラインを固めている精鋭部隊に侵攻を食い止められていた。

 更にボアズ要塞付近で囮を引き受けていた地球連合軍を突破したジュール隊の挟撃を受け、徐々に包囲され始めていた。

 機体の特性上、やや突破力に欠けるためアストレイ隊を率いて殿を務めていたニコルはイザークの放ったビームをトリケロスで防ぐと、一発、二発とデュエルの足を止めるようにビームを放ち、おもむろに通信回線を開いた。

 

『イザーク! やはり貴方ですか!』

『生きていてくれたのは嬉しい。……だが、クライン派の連中と手を結んでプラントを裏切ったようだな。事と次第によっては、貴様でも許さんぞ!』

『僕はプラントを裏切ったつもりはありません! 銃を向けずに話をしましょう、イザーク!』

『……敵のそんな言葉を信じるほど、俺は甘くない!』

 

 ザフトに弓を引きながら対話を求めるニコルの言葉にイザークは怒りを露わにするが、ニコルはイザークに構わず言葉を続けた。

 

『僕は、貴方の敵ですか?』

『ふざけるな! 貴様が敵でないなら何だと言うんだ!』

『僕はナチュラルを──黙って軍の命令に従って、ザラ議長の思惑通りにナチュラルを全滅させる為に戦うつもりはないってだけです!』

『ザラ議長が……?』

 

 ザフトのトップであり、今や最高評議会議長でもあるパトリック・ザラ──思わぬ大物の名前を出されたイザークは思わず口籠もった。

 今やプラントにおいて実質的にナンバーツーであるイザークの母、エザリア・ジュールすら比較にならない強硬派で知られるパトリックの真意がナチュラルの全滅にあると言われれば、流石のイザークも頭ごなしに否定することは出来なかった。

 何故ならニコルはプラントに戻って来たところをパトリックに拘束されそうになり、そのままラクス・クラインらと共に逃走したと耳にしたからだ。奇跡の生還を遂げたニコルが何故拘束されそうになったのか──それこそパトリックの表沙汰にしてはならない言葉を聞いてしまったことも考えられるのだ。

 

『フリーダムのパイロットを知っていますか? あの娘はストライクのパイロットです。ヘリオポリスで暮らしていたコーディネイターで、アスランとは幼馴染みだそうです』

『何っ!?』

 

 その突拍子もない言葉にイザークは絶句した。

 とはいえ、ヘリオポリスの襲撃以来ずっと感じていたアスランの異変も納得出来る内容──最初は拙い動きをしていたが、みるみる強敵と化したストライクのパイロットがコーディネイターであることは十分有り得る話だった。

 そして何より、アラスカ攻略戦で初めて現れた際に見せた自分に対する激しい殺意は、フリーダムのパイロットが自分を知っている明確な証拠だと気付いたのである。

 

『レイダーのパイロットも、ブルーコスモスに自分の命を握られているのに、あの娘を守る為に戦っているんです! そんな二人を知って、それでもザフトに戻って軍の命令通りに戦うなんてことは出来ません! あんなものが、本当にプラントの為なら許されると言うんですか! イザーク!!』

『くっ……!』

 

 パナマ基地攻防戦で起こった悍ましい光景──それを遥かに超越した惨劇を引き起こし、今も第三射の準備を行っている大量破壊兵器の存在が果たして許されるだろうか。

 答えは出ても手段が浮かばず沈黙するイザークの前に、後方から追い付いて来たディアッカが現れた。

 

『だがなぁ、ニコル。今のお前は立派な反逆者だぜ? ジュール隊はともかく、他の連中が素直に停戦するとは思えねーよ?』

 

 ニコルを知るイザークやディアッカが所属するジュール隊は例外としても、他の部隊がニコル達に銃口を下げる理由は存在しない。

 どんな事情があれども、ニコルはプラントを裏切ったクライン派のテロリスト──それがザフトの共通認識だからだ。しかしディアッカの言葉で意外な着想を得たイザークは広域通信で周辺の部隊に呼び掛けた。

 

『周辺の部隊に告ぐ! 今から我々ジュール隊は行方不明になったラクス・クラインを確保している疑いのあるエターナル以下三隻の臨検を行う! 臨検が終了するまで、周辺の部隊は一切の攻撃を禁じる! 貴艦らもこれ以上の抵抗を続けるなら、このジュール隊自ら鉄槌を下すことになると宣言する!』

『イザーク! 貴方って人は!』

『フン、あんな馬鹿げた兵器がザフトの総意だと思われるのは不愉快というだけだ!』

 

 プラント市民にとって熱狂的な人気を誇るラクス・クラインの造反は、今も混乱を避けるためにザフト内部ですら隊長級を除いて完全に秘匿されている。

 そしてナチュラルやクーデターを企むクライン派にラクス・クラインが利用されていると訴え掛けているのは、他ならぬエザリア・ジュールである。

 その詭弁を利用し、強引に戦闘行為を終了させる──ドミニオンと比較して侵攻が遅れていたこともあり、多くの敵部隊を引き付けていた三隻同盟に周辺の部隊を釘付けにするのが、イザークの権限上許容されるギリギリのラインだった。

 

『やれやれ、俺は足付きでも見物するかねぇ?』

『ディアッカ! 真面目にやれ!!』

 

 イザークはディアッカに苦言を吐きながら、ヤキン・ドゥーエ要塞付近で今も激しい戦闘を繰り広げているフリーダムと思われる光点に視線を遣った。

 

 〈116〉

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞の最終防衛線──遂に大量破壊兵器の全貌が窺える地点にて、クロトは正体不明のモビルスーツを駆ったクルーゼと対峙していた。

 第三射の準備が完了するまで残り僅か──無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)が立て続けに放つオールレンジ攻撃を、クロトはMA形態の推力を生かして無理矢理回避するだけで精一杯だった。

 回避しながら無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)に機関砲を放つが、PS装甲で構成された無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)を単発の銃撃で破壊することは不可能で、反対に避け切れなかったビームが次々に装甲を掠めて機体が傷付いていく。

 

『競い、妬み、憎んでその身を喰い合う!』

『お前の思い通りにさせるか!!』

 

 クロトはMS形態に変形し、破砕球(ミョルニル)を射出して弧を描くような軌道で攻撃を仕掛けるが、元よりクルーゼは初見で合計11機の無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)を自由自在に操縦する程の空間認識能力を持った天才──僅かなスラスターの制御で回避すると急速接近し、左腕の複合兵装防盾システム(MA-V05A)で斬り付けた。

 クロトは間一髪右腕のシールドで防御し、手元に破砕球(ミョルニル)を引き戻しながら急上昇──追撃で放たれたビーム射撃を耐ビームコーティングが施されたワイヤーを振るって防いだ。

 

『既に遅いさ、私達は結果だろう? ──だから知る!! 自ら育てた闇に喰われて人は滅ぶとな!!』

 

 クローン、生体CPU。

 このような存在が考え出され、実際に造られたという結果──それは間違いなくこの世界の人類が有している薄暗い欲望の結果であり、その欲望の果てに人類は滅ぶのだとクルーゼは叫ぶ。

 実際に言葉通りの状況が眼前に広がり、クルーゼと同じく人類の欲望の結果であるクロトに反論の余地は無かった。

 同時に全てが読み通りとばかりにクロトの進行方向に展開されていた無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)の放ったビームが機体の右脚を貫き、膝部から下が吹き飛ばされた。

 

『なっ……!?』

『クロト!! ……どうして貴方は!』

 

 圧倒的な推力と引き換えに小回りの利かないM.E.T.E.O.R(ミーティア)という欠点を抱えながら、時折自らにも放たれる無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)のオールレンジ攻撃に適応し始め、2人の戦いに割り込もうとしたキラの前にアスランが立ち塞がった。

 キラが放つ無数のビーム攻撃を躱し、シールドで防ぎながらビームブーメランで牽制すると強引に距離を詰め、ビームソードの根元を光刃(ラケルタ)で両断する。

 

『お前は俺の父上まで核で殺されろと言うのか!』

『だったら貴方は、このまま地球が撃たれろって言うの!?』

『それは違う! 父上がこれ以上、あんなものを撃つ筈がない!!』

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞を巡る局地的な戦いはともかく、今回起こった地球連合軍とザフトの戦いは大量破壊兵器の発動で壊滅した地球連合軍の敗北が濃厚である。

 そして大量破壊兵器の威力が明らかになった以上、ザフトの勝利──ひいてはプラントの独立は確実なものだとアスランは思ったのだった。ならばキラ達さえ引けば、父が大量破壊兵器の引き金を引く理由はない。

 そう信じていたアスランの下に、ヤキン・ドゥーエ要塞から摩訶不思議な緊急通信が届く。

 

≪──まもなくヤキン・ドゥーエ要塞は放棄されます。総員速やかに施設内より退去して下さい。繰り返します。まもなくヤキン・ドゥーエ要塞は放棄されます。総員速やかに施設内より退去して下さい≫

 

 そのあまりにも突拍子な内容にアスランは耳を疑った。

 要塞内部に敵の侵入を受けて制圧されそうな状況ならともかく、今も外で自分を含む多くの守備隊が敵の侵攻を食い止めている状況で、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆シークエンスが起動することは常識的に考えて有り得ないからである。

 

『いったい何が起こったのですか!?』

 

 慌ててアスランがヤキン・ドゥーエ要塞の指令室にジャスティスの通信を繋ぐと、スピーカーから悲痛な通信が送られてくる。

 

『地球にジェネシスを撃とうとしたザラ議長と、止めようとしたユウキ隊長が撃ち合って……このままでは地球が……!』

『そんな……ジェネシスの制御が利かない!!』

 

 突然ヤキン・ドゥーエ要塞内部で起こった異変に、アスランどころかそれを歓迎すべき立場のクロトやキラも困惑する中、ただ一人全ての事情を知るクルーゼは狂喜した。

 パトリックがヤキン・ドゥーエ要塞が制圧されるという最悪の事態に備えて仕込み、それを知ったクルーゼがコードを書き加えた隠しプログラムが起動したのである。

 誰かが地球に照準を合わせれば、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆と共に大量破壊兵器が発射される禁断のプログラム──パトリックがプラントの独立という当初の目的に満足出来ず、地球目掛けて第三射を放とうとしたという明確な証拠である。

 パトリック本人はその直後に部下に射殺されたようだが、元々この隠しプログラムは地球連合軍に攻撃を受けて要塞を放棄しなければならない様な状況で、ジェネシスを強引に発射するために仕込まれたものである。

 だからこの隠しプログラムは厳重なセキュリティで守られており、要塞が自爆するまでの僅かな時間でプログラムを解除し、ジェネシスの発射そのものを中止する方法は存在しない。

 

『クルーゼ隊長! まさか貴方が!?』

『正義と信じ、解らぬと逃げ、知らず! 聞かず! 君とあの男はよく似ているよ!』

 

 クルーゼにとってアスラン・ザラという少年は、この世界のヒトの愚かさを象徴する様な存在だった。

 中立国の侵攻行為を正義と信じ、友人を守る為に戦うキラの存在を解らぬと逃げ、実の父親である筈のパトリックの本性を知らず、聞かず。

 そして今もジェネシスの発射を阻止出来るのは目の前のクロトが持っているMk5核弾頭ミサイルだけだと薄々察していながらも、今更引くことが出来ずに今も戦い続けている。これが人の愚かさでなくて何と言うのだろうか。

 

『違う……! 俺は……俺は……!』

 

 ──敵だというのなら、私を討ちますか? ザフトのアスラン・ザラ! 

 

 あの時、ラクスの背を追わなかったのは何故だ? 

 

 ──ザフト軍特務隊(あなた)と話すことなんか何もない!! 

 

 あの時、キラに拒絶されたのは何故だ? 

 否──分かっている。自分はザフトのアスラン・ザラという立場を捨てることを恐れたのではないか? 

 名誉──自尊心──自分に何もかも捨てられる勇気さえあれば、彼女達と肩を並べて正義の為に戦っていた未来が自分にもあったのではないか? 

 だが、アイツと俺の何が違うというのだ? アイツもブルーコスモスの立場を捨てられない、ただのナチュラルではないのか? 

 

『俺は……お前を!!』

 

 激しい怒りと共にアスランの秘めていたSEED因子が覚醒し、クルーゼの猛攻に晒され、防戦一方を強いられているクロトに連結した矛槍形態の光刃(ラケルタ)で斬り掛かろうとした。

 

『この分からず屋!』

 

 キラは咄嗟に背中のM.E.T.E.O.R(ミーティア)を切り離し、内蔵されている全ての対艦ミサイルを発射しながらジャスティスに特攻させた。

 アスランは対艦ミサイルの嵐を機関砲で迎撃しながらシールドで防ぎ、射出したファトゥム―00をM.E.T.E.O.R(ミーティア)に衝突させた。そしてM.E.T.E.O.R(ミーティア)の動きを強引に押し留めると、ビームを連射して爆散させる。

 そして砕け散ったM.E.T.E.O.R(ミーティア)を煙幕に、ファトゥム―00を両断しながら現れたフリーダムのプラズマ収束ビーム砲(バラエーナ)でジャスティスは両腕を吹き飛ばされた。そしてコクピットに電磁レールガン(クスィフィア)の直撃を受け、機体が大きく吹き飛ばされる。

 

『がッ──!?』

 

 実弾である電磁レールガン(クスィフィア)にはジャスティスのPS装甲を貫く程の威力は無いものの、内部への衝撃まで完全に無効化出来る訳ではない。

 超至近距離から放たれた電磁レールガン(クスィフィア)の衝撃で内部の電気系統に異常が発生し、パイロットを守る為にジャスティスの核エンジンが停止した。そしてPS装甲を維持する為の電力供給が絶たれ、機体の色が急速に色褪せていくと共に自らも衝撃を受けたアスランの意識が薄れていく。

 

『しまった!』

 

 隠しプログラムの起動に伴い、間もなく第三射が発射されることもあっていよいよ苛烈さを増した無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)の雨嵐──その一射がクロトがアスランの突撃に気を取られた僅かな隙を突き、レイダーの背部に搭載されていたMk5核弾頭ミサイルを掠めた。

 安全装置によって核分裂反応こそ防がれたものの、ミサイル内部に満載されていた推進剤がビームで引火し、呆気なく爆散する。

 

『くそっ……!』

『そんな……』

『フフフ、ハハハハハハハ!! ヤキンが自爆すればジェネシスは発射される! 地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる! 私の勝ちだ!』

 

 クルーゼはその衝撃で悪態を吐いたクロトと、茫然となったキラを前に勝ち誇った。

 少し離れた地点で戦っているドミニオンに戻ってレイダーにMk5核弾頭ミサイルを再装填し、ジェネシス本体に打ち込むだけの時間的余裕は既にない。

 この場でクルーゼが勝とうが、クロトとキラが勝とうが、ヤキン・ドゥーエ要塞の自爆と共にジェネシスが地球に発射され、全人類の滅亡という終末に向かう扉が開くのである。

 

『……』

 

 それを悟ったクロトは深い絶望の感情に包まれながらも、かつて自分も望んだ終末を受け入れそうになっていた。クルーゼの言葉通り、この世界はどうしようもない世界であり、心の片隅では滅びた方がいいのではないかと感じていたからである。

 遠く離れた火星では、火星の開発を行っているコーディネイターのコロニーが広がっているという。過酷な環境故にナチュラルは一切存在せず、コーディネイターだけで構成されている世界ならば、キラも安心して暮らせるのではないか。

 

『……クロト。あの人を、足止めしてくれる?』

 

 そんな風に現実逃避していたクロトの耳に、何かを決意した様なキラの声が届いた。そしてその言葉の響きだけで、次にキラが発する言葉をクロトは理解してしまった。

 

『止めろ! 止めてくれ!!』

『ジェネシス内部で、フリーダムを核爆発させる……!』

 

 核分裂炉を搭載したフリーダムが原子炉を暴走させれば、Mk5核弾頭ミサイルに匹敵する絶大な熱量を発生させることも可能である。それをジェネシス内部で炸裂させれば、ドミニオンの放ったローエングリン砲すら阻む程の堅牢なPS装甲で硬く守られたジェネシスを破壊することも、決して不可能ではないだろう。

 

『駄目だ! それだけは……!』

『後のことは、全部ラクスに頼んであるから。……ごめんね、クロト』

『キラーッ!!』

 

 クロトの制止を振り切り、キラはフリーダムを全力で加速させてジェネシスに向かって行く。自らの命を捨ててまで、地球を──人類を救おうとするキラの決意を止められる言葉を、今のクロトは有していない。

 

『馬鹿な!! そんなことがあってはならない!!』

 

 一方クルーゼもキラの思わぬ行動を見て狂乱し、慌ててフリーダムの背を追おうとする──クロトはレイダーを全速力で飛ばし、クルーゼの前に立ち塞がった。

 

『──私の邪魔をするな!!』

『あああああ!!』

 

 正真正銘、クルーゼが本気で放った全方位から放たれる無数のオールレンジ攻撃──その全てをクロトは僅かなスラスターの制御で避けると、2連装52mm超高初速防盾砲を連射して無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)機能停止(フェイズシフトダウン)させ、更に追撃を浴びせて爆散させた。

 

『チッ!!』

 

 クルーゼはクロトの動きを制限する為、左腕の複合兵装防盾システム(MA-V05A)で斬り付けると同時にスラスターを吹かせて後退──至近距離から弾幕を展開するように一斉射撃を行った。

 クロトは絶対の死を告げる光の網を左腕の鋼爪(アフラマズダ)で引き裂き、右腕のシールドで防ぎながら加速──更に一基を切り裂くと、尚も距離を保とうとするクルーゼに破砕球(ミョルニル)を投擲──背後の無線誘導式ビーム砲台に直撃させた。

 側部に直撃を受け、発射前の銃口を強引に捻じ曲げられた無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)は付近に展開していた別の一基を撃ち抜き、自らもクロトの放った複列位相エネルギー砲(ツォーン)で撃ち抜かれる。

 

『……これは!!』

 

 C.E.71年3月28日、かつて一度だけ学会誌に発表されて多くの議論を生んだ概念──通称“SEED因子”。

 論文によると、その因子は優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子であり、遺伝子とは無関係に一部の人間が保有するとされる特殊な能力である。

 発現状態の人間は全方向に視界が広がると共に、周囲の全ての動きが指先で感じられるほど精密に把握出来る様になり、結果としてまるで時間の流れが停滞する様な体感時間の変化及び、運動神経と反射神経の向上、並びに高い空間認識能力を発揮するとされている能力である。

 今のクロトの異様な動きは間違いなく“SEED因子”を発現させたからだとクルーゼは理解した。

 

『どれほど抗おうと今更!』

 

 クルーゼは卓越した空間認識能力で耐ビームコーティングが施されていない破砕球(ミョルニル)の金属球部分を的確に撃ち抜き、内蔵スラスターの推進剤に引火させて爆散させる。

 クロトは即座に破砕球(ミョルニル)の持ち手を破棄し、再度鋼爪(アフラマズダ)を展開──それとは無関係に上空から自らを狙う無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)を、本来MS形態では真上に固定されていて使い物にならない筈の80mm機関砲の連射で撃ち抜いた。

 

『何だと……!?』

 

 クルーゼはクロトの見せた、コンマミリ単位の狂いすら許されない絶技に驚愕しながら応戦を続ける。

 そもそも何故、クロトに“SEED因子”が発現したのか。

 現在“SEED因子”の発現の具体例として挙げられているのは、極限状況に追い込まれた時に発揮される火事場の馬鹿力である。ならば何度も死線を彷徨いながら、一向に“SEED因子”を発現させられなかったクロトが今回発現させた理由は何故なのか。

 

 ──死ねば何でも解決すると思うな。

 

 ただでさえ生体CPUという救いのない人生──更に時間の逆行という前代未聞の事象に巻き込まれ、クロトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。己の死を恐れない者──極限状態を極限状態に思えない者が、“SEED因子”を発現出来る訳がなかった。

 しかしオルガの言葉によって、キラの死は決してなかったことにならないと認識したことで、遂に封印されていたクロトの“SEED因子”が目覚めたのだった。

 キラという少女の死を防ぐ為には、一秒でも早く目の前の敵を撃破して後を追い、キラがフリーダムの核分裂炉を暴走させてしまう前に救い出すしかないのだから。

 

『クルーゼ!!』

 

 激しいビーム攻撃を受け続けたことで破損した2連装52mm超高初速防盾砲をパージすると、クロトはレイダーの両腕に鋼爪(アフラマズダ)を展開してクルーゼに突撃した。




遂に種割れが解禁された主人公でした。

やっぱスゲェよオルガのアドバイスは!


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ヤキン・ドゥーエ攻防戦 後編

 〈117〉

 

 両手足にビームソードを展開し、加速装置ジェネシスαが行うレーザー照射で超加速して迫り来るリジェネレイトを、オルガはカラミティを急上昇させて回避する。

 同時にオルガは背後から長射程ビーム砲(シュラーク)を発射するが、リジェネレイトの触手の様な四肢が不気味に蠢くと軌道が弧を描く様に変化し、ビームは空を切った。

 

『ちっ!』

『見本を見せてやるぜ!』

 

 シャニはフォビドゥンの大口径機関砲(アルムフォイヤー)を連射するが、並みのモビルスーツなら一瞬で葬り去る猛攻も核エンジンに支えられたPS装甲の壁に阻まれ、反対に四肢の先端から矢継ぎ早にビームを放たれる。

 

『ははっ!』 

 

 咄嗟にエネルギー偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)を展開してビームを受け流すと、シャニは反転して突っ込んで来たリジェネレイトのビームソードを宙返りで回避した。擦れ違いざまに重刎首鎌(ニーズヘグ)を振るい、腕関節から先を斬り飛ばす。

 本来であれば致命的な一撃を浴びせたシャニは勝ち誇るが、小馬鹿にしたような声がコクピットに響き渡った。

 

『無駄なことを……! 死んだ奴は俺のコレクションになる! お前達もその一つになるのだっ!!』

『何を言ってんのかわかんねーよ!』

 

 量子通信を用いて飛来する腕部ユニット──装着し、再度新品の腕部から放たれたビーム砲をシャニは急降下して避ける。

 武器と電力の供給のみを行うストライカーパックとは異なり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()奇妙なモビルスーツを前に、オルガは獰猛に嗤う。

 

『コクピットを狙え、シャニ!』

『命令すんな!』

 

 シャニはオルガと連携して誘導プラズマ砲(フレスベルグ)を放とうとするが、その前に光刃(ラケルタ)を抜いたテスタメントが真正面から突撃して来た。

 テスタメントは真一文字に振るった重刎首鎌(ニーズヘグ)を掻い潜り、機体を捻りながら鋭い刺突を繰り出すが、シャニは咄嗟に大口径機関砲(アルムフォイヤー)を連射した。そして唯一自由な足でテスタメントを蹴り飛ばし、後方で加速中のリジェネレイトに衝突させた。

 

『うぜぇんだよストライク!!』

『ストライクとは違うんだよ、ストライクとは!』

 

 まともな近距離武装を持たないカラミティは勿論、フォビドゥンの格闘性能は決して高くない。

 強襲攻撃を得意とするリジェネレイト、核動力のストライクというコンセプト故に高性能なテスタメントに対して、あまり相性が良いとは言えなかった。そんな二機を相手に前衛として立ち回らなければならないシャニは恨めしそうに愚痴る。

 

『やっぱアイツ(ステラ)を行かせたのは失敗だろ?』

『アイツは面倒くせーからいいんだよ』

 

 オルガとシャニは数の優位を捨て、先程から何処か精細を欠いていたステラをジェネシス攻略に向かわせていた。

 ステラが素直にクロト達と共闘するとは思えなかったが、ドミニオンの陽電子破城砲(ローエングリン)が全く通用しない以上、少しでもジェネシス破壊の成功率を高める為にはステラの力が必要だと感じたからである。

 

『ぐっ……! ザフトを舐めるな!!』

 

 そんなオルガ達の能天気な言動に、テスタメントのパイロットであるハイネ・ヴェステンフルスは激昂した。

 ホーキンス隊に所属する赤服として最新鋭の核機動モビルスーツを受領し、同じくリジェネレイトを受領したアッシュ・グレイと共にジェネシスαの防衛を任された自分達に対して、ナチュラル二人で十分とは馬鹿にしているにも程がある。

 ハイネはテスタメントのスラスターを吹かせてカラミティに突撃しようとしたが、何故か機体が()()()()()()()()()()()()ことに気付いて操縦桿を握った手を止めた。

 

『何だ……?』

 

 ハイネの脳裏には機体トラブルの可能性が浮かんだが、計器を見ても特に異常は見当たらなかった。そもそも制御不能に陥る程の機体トラブルが発生したなら核エンジンが停止する筈なのだが、エンジンは今も正常に稼働している。

 

『……ZGMF-X11(リジェネレイト)?』

 

 コネクターの状態を示すモニターに、何故かZGMF-X11(リジェネレイト)の名前が表示されている。不思議に思いハイネが後方を映すモニターに視線を遣ると、テスタメントの背部にリジェネレイトが巨大なストライカーパックの様に張り付いていた。

 

『お前達の悪運は尽きたぞ!! この虫ケラどもが!』

 

 ハイネの意思に反し、テスタメントは警戒を強めながら距離を詰めようとしたフォビドゥンにビームを連射する。これはリジェネレイトのもう一つの特性である、プラグを通じて接続先のモビルスーツの制御権を奪取する能力によるものだ。

 もちろんリジェネレイトがそうした能力を保有していることはハイネも把握していたが、まさか味方であるテスタメントにその力を行使するとは思っていなかったのだった。

 アッシュが特務隊の最有力候補と噂されるだけの優れた能力を持ちながらこれまで特務隊に任命されなかったのは、こうした危険思想を問題視されていたからだったのである。

 

『グレイ隊長! これはいったい!?』

『イチイチ騒ぐなよ。俺以外の人間は、俺に殺される為だけに存在しているんだからな!!』

『ふざけ──』

 

 直後にテスタメントの制御権を完全に奪われたのか、ハイネの叫び声が突然途絶えた。そして声の断絶と同時に、リジェネレイトはテスタメントの背中で蠢いていた四肢を翼の様に展開する。

 

『なんだありゃあ……!?』

『うげぇ……』

 

 例えるなら、人に寄生した巨大な蛾。

 その実態は核エンジンを二基備え、他の核機体モビルスーツを遥かに凌ぐ機動力と火力を有すると共に、予備パーツが存在する限り再生し続ける大型モビルスーツが二人の前に姿を現した。

 

 

 

 

 遂に最終防衛線を突破したナタル率いるドミニオンは、ジェネシスの本体を視界に捉える地点まで迫っていた。

 ドミニオンの直衛を担当しているストライクダガー隊、そして正体不明の大型モビルスーツと対峙しているオルガ達も健在──今が最大の好機である。

 

陽電子破城砲(ローエングリン)一番、二番、撃てぇ!」

 

 ドミニオンに搭載された二門の陽電子砲が火を噴いた。

 発射ごとに陽電子チェンバーを補充する必要があるため、連射が利かないのが唯一の欠点である筈の強大な一撃を、ジェネシスの分厚い外部装甲は容易く弾いた。

 

「何っ……!?」

 

 ドミニオンの最大火力が全く通用しないという異常事態に絶句するナタルとCICのクルーに対して、後ろ手に縛られた形で艦長席に拘束されたアズラエルは狂ったように叫んだ。

 

「アレ自体が巨大なPS装甲に守られているんだ……!」

 

 軍事技術に造詣深いアズラエルの推察は当たっていた。

 PS装甲は通常、ビーム兵器の様に瞬間的な高エネルギーを与える兵器は無効化出来ず、そのまま破壊されてしまう。しかしPS装甲は装甲面積に応じて許容可能なエネルギー量が増すため、ジェネシスの全面を覆う程の広大なPS装甲は、絶大な威力を誇る陽電子砲の耐性を獲得するまでに至っていたのである。

 

「推力最大! 回頭60! ドミニオンは中央のミラーブロック攻撃に向かう!」

 

 ドミニオンの直衛を行うだけで精一杯のストライクダガー隊に、ザフトの厳重な防衛網を掻い潜ってMk5核弾頭ミサイルをジェネシスに命中させられる技量などない。ならば、ジェネシスの照準用ミラーブロックを攻撃して照準を狂わせるのが最善策である。

 

「すまない、皆の命をくれ!」

 

 未来無き者達が命懸けで戦っているというのに、この期に及んで泣き言を言う権利など自分にはない。左舷に被弾したドミニオン全体が大きく揺れる中、ナタルはただ一人真正面を見据えた。

 

 〈118〉

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞が自爆すると共に、大西洋連邦の首都を照準に設定されたジェネシス第3射が行われるまでの猶予まで、残り1200秒を切っていた。

 けたたましい警告音が響き渡り、あちこちで自爆シークエンスの進行を示す様に激しい震動が起こっており、一部では崩落も発生し始めている。

 

『……よし』

 

 ジェネシスを建造する資材を持ち込む際に用いていたのだろう、外部に繋がる搬入用ハッチを集中射撃で破壊し、キラはジェネシス内部に侵入していた。

 キラはモビルスーツが一機通れる程度の狭いシャフトにフリーダムを進め、より奥へと侵入していく。既にフリーダムの自爆装置はセットしており、ジェネシス第3射が放たれる10秒前に核分裂炉が暴走して核爆発する手筈になっている。

 後悔は尽きなかったが、引き返すつもりはなかった。

 メンデルの最深部で見た自分の兄姉だったかもしれないものの姿を思い出せば、少なくとも10数年間は人間として生きられたのだから、幸せだったと思うべきなのだ。

 自己犠牲に酔う訳ではなかったが、多くの犠牲を払って造られた自分が多くの命を救うために命を擲つことは、きっと正しいことなのだろうとキラは考える。

 外では激しい戦闘が繰り広げられている方向から脱出しようと考える者はいなかったのか、それともジェネシスの巻き添えになることを恐れたからか、キラはザフト兵と鉢合わせることなくジェネシスの中枢部に到着した。

 

 ──まるでプラネタリウムだ。

 

 だだっ広い灰色の円錐──たった一発で地球を死の星に変える大量破壊兵器の内部構造に意外なものを感じつつ、フリーダムの自爆装置に表示されている900秒を切ったばかりのタイマーを見て、キラは最悪の事態は避けられたと胸を撫で下ろした。

 後は可能な限りみんなが離れてくれれば、とキラは切に願いながらフリーダムをその広大な空間に降下させた。

 クルーゼと戦っていたクロトは無事だろうか。

 底知れない憎悪に身を焦がしながらも、一心に自分を救おうとした少年のことを考えれば考えるほどキラの絶望は色濃くなり、思わず泣き出しそうになってしまう。

 自分が、自分さえ、自分は──。

 キラが次から次へと溢れ出す後悔に身を任せていると、スピーカーから少女の声が響き渡る。

 

『へぇ、こんな所にいたんですか』

 

 キラを追って侵入したのだろう、ストライクネロが姿を現した。パイロットの少女は呆れたような口調で言い放つと、同じくジェネシスの中枢部に飛び降りてフリーダムと対峙する。

 地球連合軍において、レイダーに搭載されていたMk5核弾頭ミサイルに次ぐ火力を有する機体のパイロットである彼女も、この大量破壊兵器(ジェネシス)を破壊するために来たのかもしれない。

 

大量破壊兵器(ジェネシス)は私が破壊するから、今すぐここから逃げて!』

 

 キラの悲痛な叫びに、ステラは怒りを露にする。

 

『逃げる? 私に何処に逃げろと言うんですか!?』

 

 この戦いの結果がどうなろうと、事実上のクーデターを起こした反逆者であるステラ達は地球連合軍に戻れない。

 たとえ戻れたとしても、決して表沙汰にしてはならない地球連合軍の闇を知る者として、確実な死が待っている。後はどれだけ多くの命を道連れに出来るかどうかだけだというのに、目の前の少女は今更何を言っているのか。

 

『さぁ、決着を付けましょう』

 

 ステラは半重力下では大幅に機動力が低下するデストロイストライカーをパージすると、腰にマウントされた小型ビームライフルと背部の対艦刀を抜いた。

 

『……』

 

 ここでフリーダムを喪うことがあれば、ジェネシスの破壊に失敗して無数の命が喪われることになる。しかし自爆装置を再操作して即座に核分裂炉を暴走させれば、ヤキン・ドゥーエ要塞から脱出しようとしている多くの命が喪われてしまう。

 しかしそれが狙いではなく、そうした状況を突き付けて自分に全力を出させることがステラの狙いだろうとキラは推測する。黙って攻撃を仕掛けず敢えて一騎討ちを挑もうとする理由は、一騎討ち自体が目的だとしか考えられないからだ。

 力だけが全てではないと考える自分に、力だけが全てだと考える者として挑むつもりなのだろう。

 

『分かった。決着を付けよう』

 

 残り時間は700秒。

 その名に自由を冠するモビルスーツに乗りながら、呪われた運命に縛られた少女の戦いが始まった。

 

 〈119〉

 

 クロトは複合兵装防盾システムに左腕の鋼爪(アフラマズダ)を叩き付け、更に上下から放たれたビームを回り込むように回避──右腕の鋼爪(アフラマズダ)からプラズマ弾を射出して無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)の一基を爆散させた。

 しかしその際に生じる一瞬の硬直を読み、クルーゼが放ったビームがレイダーの右腕を根元から蒸発させる。

 

『ちっ……!』

 

 レイダーのバッテリーは既に限界が迫っていた。それを悟ったクルーゼは両腕のビーム砲と無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)でカーテン状の弾幕を展開し、クロトに接近を許さない。

 その弾幕を強引に突破しようとして、みるみる損傷するレイダー──クルーゼは自らの勝利を確信したかのように絶叫する。

 

『この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で、何を──何故信じる!?』

 

 この世界が憎悪と狂気に満たされているのは、クロトも重々分かっている。

 その結果であり、怒りと絶望の末に世界を滅ぼそうとするクルーゼ、そして過去の自分を否定するなら、本来はその否定に足るだけの何かを示す必要があるのだろう。

 しかし今はクルーゼとの問答に付き合う時間はない。

 

『お前を殺ってから考える!!』

 

 クロトはクルーゼの絶え間ない砲撃に最大出力の複列位相エネルギー砲(ツォーン)を合わせ、メインセンサーを含む頭部の爆散と引き換えに左腕を撃ち抜いた。

 

『君とて咎人の一人だろうが!!』

 

 決してクロトは善人ではない。

 生体CPUとして授けられた強大な力を無秩序に振るい、多くの未来を奪ってきた悪人でもあるのだ。そんなクロトにクルーゼを裁く権利などない。

 ──それでも。それでも。

 

『守りたい人がいるんだ!!』

 

 左腕を喪い、一瞬体勢を崩したプロヴィデンスにクロトは全速力で突撃した。深手を受けたことで、大幅に重量が減少したレイダーの加速はクルーゼの予測を超え、紙一重で致命傷を避けながらプロヴィデンスへの接近に成功する。

 

『くっ──』

 

 レイダーの鋼爪(アフラマズダ)がプロヴィデンスの大型ビームライフル(ユーディキウム)を切り裂き、急上昇して距離を取ろうとするクルーゼを追ってクロトも機体を上昇させる。

 千載一遇の好機──電力切れ(フェイズシフトダウン)を予告する警告音──クロトは機体をMA形態に変形させ、機関砲を乱射する。

 急速に距離が詰まる両機体──残存する全ての無線誘導式ビーム砲台(ドラグーン)が一斉射撃を行い、レイダーの両翼に命中して損傷を負わせるが、クロトは構わずスラスターを全開で吹かせた。

 

『滅殺!!』

 

 そして無数のビームを潜り抜けたレイダーがプロヴィデンスの胴体を捉え──クロー内部から展開した鋼爪(アフラマズダ)が装甲を貫く。

 

『ふ、はは……!』

 

 クロトに届いた声は嘲笑か、それとも別の意味合いか。

 その直後、鋼爪(アフラマズダ)の消失と共にレイダーの装甲が灰色に変化した。そして胴体に大穴が開き、動かなくなったプロヴィデンスを放り捨てると、クロトはその場を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核エンジンが停止し、慣性で漂っていたプロヴィデンスは推進剤に引火して爆散──その破片の一つが沈黙していた灰色のモビルスーツに命中する。

 破片を受けたモビルスーツは再起動し、頭部に備えたメインカメラとセンサーを煌々と輝かせると、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 




なかなか今回は難産でした。

水星の魔女は流行りそうですね……!

赤い水星の正義(仮)とかどうです?


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フリーダム自爆

 〈119〉

 

『──宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます。現在プラントは地球軍、およびプラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。それに伴い、プラント臨時最高評議会は現宙域に於ける全ての戦闘行為の停止を地球軍に申し入れます──』

 

 イザークは先日ザラ派に粛正されたシーゲル・クラインの一人娘にして、エターナル以下の三隻で構成された武装勢力を束ねるラクスの真意を問い質すため、単身エターナルに乗り込んでいた。

 しかし先程プラントで発生した思わぬ事態を前に、目の前の少女を撃てば全てが解決するという状況は一変していた。

 

「どういうことだ、これは! 母上に何があった!?」

「お聞きの通り、クーデターですよ。クライン派を中心に、これ以上ザラ派の暴挙を許すわけにはいかないと考える者達が立ち上がったのです」

 

 シーゲル亡き後、クライン派を纏めていた元プラント最高評議会議員アイリーン・カナーバがユーリ・アマルフィらと共謀して起こしたクーデターによって、プラント最高評議会がクライン派に制圧されてしまったのである。

 ヤキン・ドゥーエ要塞に移動したパトリック・ザラに代わり、プラント最高評議会でザフト軍全体の指揮を執っていたエザリア・ジュールもクーデターの際に身柄を拘束され、今は軟禁状態に置かれているとのことだった。

 

「くっ……」

 

 突如起こったプラント国内の緊急事態に対して、イザークはジュール隊に命じてクーデターを鎮圧するかどうかの決断を迫られていた。

 これまでザフトの頂点をパトリック・ザラが兼任していた関係で見過ごされていたが、ザフトはあくまでプラントの為に戦う義勇軍である。プラント国内のザラ派がクーデターで一掃され、クライン派と地球連合との間で停戦交渉の準備が始まった今となっては、ザフトの立ち位置は非常に曖昧だった。

 もちろんザフトにはザラ派の支持を表明する者も多数存在しており、ボアズ宙域では停戦勧告の後も激しい戦闘が続いていた。そんな中でイザークはカナーバの停戦勧告に従い、ジュール隊の矛を収めることを決断した。

 一方でパトリックの信奉者で大半が構成されていたヤキン・ドゥーエの守備隊は三隻同盟との戦闘を再開すると共に、ジュール隊に対する攻撃を開始したのである。

 まもなく準備が完了する第三射さえ放たれてしまえば、地球連合そのものが滅びてしまうのだから、パトリックの信奉者達にはカナーバの行った停戦の呼び掛けなど何の意味もなかったのだ。

 次々に被弾するヴェサリウス──その光景を目の当たりにしたイザークは再びデュエルに乗り込み、自分達を撃とうとするザフト軍を鎮圧するため攻撃を開始した。戦いはいつの間にか地球連合とプラントという単純な構図ではなく、停戦を訴えるクライン派とそれを認めないザラ派の内部抗争という構図をも含み始めていたのだ。

 

『すまない! 助かった!』

『貴様等は下がってろ! これは俺達ザフトの問題だ!』

 

 クサナギを直衛するカガリ達を攻撃していたゲイツ隊を、イザークはビームライフルで次々に撃ち抜いた。その背後から迫るジンの大軍をディアッカは対装甲散弾砲で撃破する。

 

『俺達はフリーダムみたいに器用な真似はできねーからよ。さっさと降参しろっての!』

『おうおう味方になったら頼もしいねえ! ──おっと!?』

 

 遠方から放たれた無数のビームを、ムウは持ち前の高い空間認識能力を生かして巧みに回避した。

 そして迫り来る紫の巨大モビルスーツにビームライフルを連射すると、その内の一発が背部ユニットから伸びた腕部に迫ると同時に根元から切り離され、まるでドラグーンの様に独立した動きを見せながらビームを放つ。

 

『くっ!』

 

 切り離された腕部の放つビームをムウはイージスを横滑りさせて避けると、なおもビームを放ちながら迫り来る腕部をビームライフルで破壊する。

 

『まずはお前からだっ!』

 

 アッシュの咆哮と共にリジェネレイトは超加速──両腕から戦艦の全長に迫る特大のビームソードを展開し、目の前のイージスに斬り掛かった。

 フリーダムがミーティアの慣熟訓練を行う際、出力の調整ミスで廃棄コロニーを破壊した際のビームソードに迫る絶大な一撃──付近で戦っていた友軍すら巻き込む強烈な一撃を、ムウはイージスを変形させて急降下して回避した。

 

『なんだよコイツは!? 味方ごとやりやがった!』

『虫螻共め……! 全員切り刻んでやるぞ!』

 

 核エンジンは事実上無尽蔵の電力供給を可能にするが、瞬間的に供給される電力量自体には構造上の限界が存在する。

 特に最大出力のビームソードを展開して敵を殲滅する戦術は非常に強力な一方で、最悪の場合フェイズシフトダウンすら発生する危険性があったため、アッシュは戦いに乗じて他の核機動モビルスーツと合体しようと考えていたのである。

 もちろん、テスタメントとの合体はザフト全体の戦力を維持するという意味では無意味な行動だったのだが、そもそも自分以外の人間に一切の価値を認めないアッシュにとって、合体相手が友軍であることは些細な問題だったのだ。

 

『ははははは!!!』

 

 アッシュは付近に存在する全モビルスーツを目標にマルチロックオン機能を起動すると、全砲門を展開して一斉射撃を開始した。

 無差別に放たれた雨嵐の様な一撃で最も近くにいたイージスは瞬く間に大破し、バスターは左肩から先を吹き飛ばされる。デュエルは間一髪シールドを構えて攻撃を凌いだが、ブリッツは右腕が根元から吹き飛ばされた。

 

『うわあああああ!!』

『カガリ様!!』

 

 別の部隊と交戦していたストライクルージュに無数の光弾が襲い掛かり──割り込んだフォビドゥンのエネルギー偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)が光弾を斜めに受け流した。

 

『滅茶苦茶しやがるぜ!』

『お前の相手は俺達だろうが!!』

 

 シャニの放った誘導プラズマ砲(フレスベルグ)に合わせてオルガは大型バズーカ砲(トーデスブロック)を放ち、プラズマに包まれた弾頭がリジェネレイトの右腕を根元から破壊する。しかし再び後方から予備パーツが飛来し、即座に元の姿を取り戻したリジェネレイトは再び特大のビームソードを両腕から展開した。

 

『無駄なことを……!』

 

 三隻同盟ならぬ四隻同盟、更にジュール隊を加えた残存部隊と、ザラ派に加えて味方殺しすら厭わない快楽殺人者──アッシュ・グレイとの戦いが始まったのだった。

 

 〈120〉

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞に鳴り響く警報──ステラが放つ無数の光弾がキラを襲った。半重力の空間でシールドを構えつつ、舞いの様に回避するキラに対して、ステラは強引に接近戦に持ち込もうとする。

 

『!』

 

 まるで見透かされている様に頭部──腕を僅かに動かし、ステラはキラの放ったビームを紙一重で回避した。逃がそうとした相手のコクピットを即座に狙う筈がないという、ステラの読みが的中した。

 

『はああああっ!!』

 

 加速したステラは光刃(ラケルタ)を抜いたキラに対艦刀で正面から斬り掛かる。互いに斬撃をシールドで受け止めるが、純粋な実体剣であるが故に強烈な打撃力を有する対艦刀の一撃はフリーダムを後方に吹き飛ばした。

 

『くっ……!』

 

 吹き飛ばされながら体勢を立て直し、反撃の糸口を探ろうとするキラに対してステラは対艦刀を投擲した。咄嗟に壁を蹴って避けるが、両手で構えた二丁拳銃の砲火がフリーダムに襲い掛かる。元より戦闘時間は長くて数分──バッテリー残量の考慮を完全に捨てた猛攻はフリーダムの装甲を次々に削り取っていく。

 それでも広大なジェネシス中枢部で逃げの一手を選べば、核分裂炉が暴走するまでの猶予時間は優に稼げるという確信はあったが、キラはその選択肢を即座に排除した。

 この世界の悪意に晒され、力以外の全てを奪われた少女。

 しかしただ悲嘆するだけではなく、強大な力に翻弄されかねない機体を十全に制御し、生体CPUとして戦い続けることを定められながらも自らの意思でこの場に現れた少女から逃げることは、キラの中の何かが許さなかったのだ。

 

『!!』

 

 シールドを構えて二丁拳銃の集中砲火を突っ切り、キラはステラとの距離を急速に詰める。

 咄嗟に対艦刀を抜く余裕すらなく、不完全な体勢で光刃(ラケルタ)を受けたステラは本人の目論見通り、床に落ちていた目的の兵器の真横に叩き付けられた。

 パージしたことでキラの脳裏から抜け落ちていた兵器──320mm超高インパルス砲(アグニ)がフリーダムを襲った。ステラの振るう対艦刀を何度か受けたことで、ビームコーティングが剥がれ始めていたシールドは深紅のビームを受けて融解を始める。

 

『まずい──!』

 

 キラは対ビーム機能が喪われたシールドを捨てて真横にスライドし、更に光刃(ラケルタ)を抜いた。そして第二撃を放とうとする320mmインパルス砲(アグニ)を狙ってビームを放ち、粉々に破壊する。

 シールドを喪った状態で二丁拳銃を回避し続けるのは不可能──後方に飛びながらホルスターに納めた銃を抜こうとするストライクネロの左腕を狙い、間一髪で銃身を斬り裂いた。

 それでもストライクネロは右腕で構えたビームライフルショーティでフリーダムの左足を撃ち抜き、左腕は背部から抜いた対艦刀でプラズマ収束ビーム(バラエーナ)を斬り払う。

 

 ──そして勝負は、意外な形で決着した。

 

 大破して機能停止寸前のレイダーを視界に捉えたステラは一瞬機体の動きを止めてしまい、その隙を見逃さなかったキラはストライクネロの武装解除に成功したのだった。

 

 

 ──それと同時刻。

 

 核エンジン2基が産み出す無尽蔵の電力に、前方のテスタメントも加えて通常のモビルスーツの10倍以上の火力。そしてジェネシスαの放つX線レーザー照射による超加速と、損傷を受けても即座に予備パーツに換装して元の戦闘能力を取り戻す再生力。

 シャニ、オルガの二人も決め手がないままパワーダウン寸前まで押され、既に二人を除けば戦力として数えられるのはイザークのみとなっていた。

 

『マジでやべーな。どうしたモンか』

 

 もちろんリジェネレイトのバックパックがコクピットを有するコアユニットだと見当が付いていたが、そのバックパックを直接狙うのが困難なのだ。

 コアユニットを叩くためには、リジェネレイトの末端ユニットに加えてテスタメントという強力な盾を突破する必要がある。しかし遠距離からコアユニットを狙ったビーム攻撃は全てテスタメントのシールドに阻まれる上に、接近しようにもリジェネレイトの激しい弾幕を突破しなければならない。そして接近したとしても、ビームサーベルを持たないカラミティやフォビドゥンでコアユニットを確実に叩けるとは限らないのだ。

 

『俺が奴の懐に切り込む! 貴様等は援護しろ!』

『アレをやるぞ、シャニ!』

『分かったよ!!』

 

 イザークが両手でビームサーベルを抜いて突撃を開始した瞬間、デュエルの姿を隠すようにフォビドゥンとカラミティが縦列に並んだ。

 

『無駄な足掻きを!!』

『でえええええい!!』

 

 リジェネレイトは先頭のフォビドゥンに向かって全砲門を発射するが、フルパワーで展開したエネルギー偏向装甲(ゲシュマイディッヒ・パンツァー)がその全てを歪曲させる。

 頭部の近接防御機関砲を除けば実弾兵器を一切持たないという弱点を突き、一気にリジェネレイトとの距離を詰めた。

 

『おらああああ!!』

 

 リジェネレイトの猛攻を凌ぐと同時にフォビドゥンが離脱した瞬間、オルガは最大出力で複列位相エネルギー砲(スキュラ)を放った。接近しながら放つ広範囲高火力の一撃で強制的にテスタメントのシールドを構えさせると、そのまま更にリジェネレイトとの距離を詰める。

 

『なんだと!?』

 

 オルガはシールドで複列位相エネルギー砲(スキュラ)の砲門を塞がせることで誘爆を誘い、強引にリジェネレイトの体勢を崩した。

 

『やれ!!』

『こんな奴にぃ!!』

 

 体勢を崩したリジェネレイトの真横に潜り込み、イザークはテスタメントとリジェネレイトを合体させていたコネクターを左腕のビームサーベルで両断した。そして逃げ出そうとするコアユニットを追い掛け、右腕のビームサーベルを突き刺す。

 

『ぐああああぁぁぁ!!』

 

 イザークが離脱した瞬間、アッシュの断末魔と共にリジェネレイトのコアユニットが核爆発を起こした。

 

 

 〈121〉

 

 タイムリミットまで残り300秒──我を忘れてコクピットから飛び出してレイダーに駆け寄るキラと、若干照れた表情で出迎えるクロトを見て、ステラは吹っ切れた様な表情を浮かべた。

 

『……はぁ』

 

 敗因は明確だった。 

 ステラが真に冷酷無比な人間兵器であれば、クロトの介入という事態を利用して勝利を収めるのは容易い筈だったのだ。その選択肢を選ばなかったのは間違いなくステラに残されていた良心の現れであり、自分もまた力だけが自分の全てではないという確信を持てたのである。

 

「付いて来いよ。脱出するぞ」

「……もう何処にも帰る場所なんてないのに、脱出しても仕方ないんじゃないですか?」

 

 ストライクネロのコクピットをこじ開け、自分に手を差し伸べる少年を見てステラは皮肉気に嗤う。どうせ死ぬなら、苦しみ抜いた末の死ではなく一瞬の死を。

 目の前の少年なら、ステラの意思を尊重してくれる筈だった。誰よりもステラの置かれた状況を分かっていて、誰よりもステラの気持ちを分かっているのだから。

 

「もしもの時は、僕が一緒に死んでやるから」

「あー……、それはいいかもしれませんね」

 

 想定外の回答に、ステラの双眸から生温かいものが溢れた。

 この世界を滅ぼすことを誰よりも本気で考えていたのに、一人の少女の為に世界を救ってしまう彼なら、本当に命を投げ出してくれるだろう。

 ならば、もう少しだけ生きてみようとステラは思った。

 

「貴女も、きっと治るから」

「そうですよね。私が治らないと、困るのは貴女ですから」

 

 ステラが治らないのであれば、更に重度の人体改造を受けているクロトは絶対に治らない。それが厳然たる事実である以上、無理に死に急ぐ必要はない。

 自分を平和な世界に連れ戻し、なおかつ健康体に戻さなければクロトを救うという少女の願いは決して叶わないのだから。

 

「……こういう人がタイプなんですね」

「いきなりなんなの!?」

 

 PS装甲の展開すら出来ない満身創痍のレイダーのコクピットに乗り込みながら、ステラは初めて間近で捉えたキラの姿を見て興味深そうに呟き、困惑したキラは思わず叫ぶ。

 そんな姦しい二人に対し、レイダーのモニターに表示されたメッセージを見たクロトは大きな溜息を吐いた。

 

「……最悪だ」

 

 持てる全ての力を振り絞ってクルーゼの駆るプロヴィデンスを撃破したレイダーだが、その代償は決して小さいものではなかった。

 警告音と共に、激しい損傷を受けていたメインスラスターが完全に停止する。残った片手片足で跳躍するのは可能だろうが、それでは広大なジェネシス内部から制限時間までに脱出するのは不可能だ。

 絶望と焦燥──この事態を解決するためには、クロトがフリーダムを操縦して二人を乗せたレイダーを外部に脱出させ、再度ジェネシス内部に引き返して自爆するしか考えられなかった。

 

「ごめん、二人とも」

 

 その言葉に悲壮な決意を察した二人はクロトを止めようと必死に縋り付くが、クロトは力尽くで二人を振り払うと、再度開いたコクピットに足を掛けた。

 

「!!」

 

 そんなクロトの目の前に、両腕を喪った真紅の機体が舞い降りた。

 そのパイロット──プロヴィデンスの破片が装甲を叩いたことで意識を取り戻したアスランは、ジェネシス中枢部に放置されたフリーダムとその近くで立ち往生するレイダーを見て、自らが操縦するジャスティスの動きを止めた。

 

「こんな時に……!!」

 

 アスランの目的は父親の遺志に従い、地球に向けて放たれるジェネシス第三射を阻止しようとする自分達の排除だろう。両腕とファトゥム-00を喪ったジャスティスとはいえ、今やまともに動けないレイダーに乗り込んでいる今のキラ達に抗う術はない。

 

「あ」

 

 怒りに震えるキラの言葉を聞き、すっかり忘れていた重大な事を思い出したクロトはジャスティスに向けて通信回線を開いた。

 

『……とうとうスラスターが完全に壊れちゃってさ。悪いけど外まで連れてってくれよ』

 

 そもそもアスラン・ザラはラクス・クラインの婚約者として三隻同盟に加入し、平和な世界をもたらす為に戦っていた少年である。

 自分が介入したことで奇跡的に生き延び、ラクスにフリーダムを託されたキラに攻撃されたことで最後までザフトに所属する形になってしまったが、本当はラクスと同じく平和を愛する少年なのではないだろうか。

 前世では生体CPUとして戦うことしか出来なかった自分がこうして世界を救えたように、きっかけ一つで人間はいくらでも変わるのだから。

 

『……なんだと?』

 

 憎悪、あるいは嫌悪。

 自分に抱いている筈の感情から遠く掛け離れたクロトの言葉を受け、スピーカーから怪訝そうな声が返ってきた。

 

『早く外に連れてけって言ってるんだよ』

『……俺は』

 

 先程クルーゼに言われた通り、母の死以来、憎しみで狂気に染まっていく父の姿から目を逸らし続け、闇雲に戦い続けていたのが自分だ。もっと早くに自分が父を止めていれば、こんなことにはならなかったのだ。

 正義と叫んでこんな恐ろしい兵器を造り、指先一つでどれだけ多くの命を瞬く間に奪ったのか。愛する妻を奪われたから、というだけで許される行動ではない筈だ。

 これほどの憎悪を世界中に撒き散らし、戦火を拡大した者の息子として。そんな父の言葉に盲目的に従い、多くの人々を殺してきた者として。その罪を贖うために自らの命と共にジェネシスを破壊しなければならないのに、それでも自分に生きろというのか──。

 沈黙するアスランに、クロトは平然と言い放った。

 

『ここで死ねば君は楽かもしれないけどさぁ。関係ない僕達を巻き込むなよ』

『……!』

 

 ここで意地を張って死を選び、自分の代わりに地球を救った彼等を自分の贖罪に巻き込むことは出来ない。それは単なるエゴだ。

 それに罪を贖うのは、後からでも遅くない。自分は彼らと何一つまともに話をしていないのだから。

 そう考えたアスランはレイダーの左腕にジャスティスの足を掴ませると、背部のスラスターを点火した。

 

 そして四人が脱出した直後──フリーダムの核分裂炉が暴走し、最終準備を行っていたジェネシスは内部からの強烈な熱攻撃を受けて完全に破壊され、第三射は阻止されたのだった。




これにて『逆襲のクロト』種編の大枠は終了です。

せっかくなので続編が決まったことでお蔵入りしたらしい、幻のサブタイトルを採用しました。

オルガくんとシャニくんのラストバトルは、イザークくんと共同でジェットストリームアタックでした。普段は推力の都合で先頭がレイダーになるため使えない禁断の必殺技です。

フォビドゥンとレイダーを落としてない代わりに、核機体を落とす神業を見せ付けたイザークくんすげぇ!


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エピローグ

 〈122〉

 

 こうしてコズミック・イラ71年9月24日、地球圏全土を巻き込んだ世界大戦は旧クライン派のクーデターによって成立したプラント暫定政権から申し入れられた停戦勧告と、それを受け入れた地球連合によって停戦を迎えることになった。

 地球連合は宇宙軍の最大拠点であるプトレマイオス基地、及び戦力の大半をジェネシスで喪失すると共に、今回発動した“エルビス作戦”の実質的な指導者である一方、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の呼び掛けによって世論は停戦へと傾くこととなった。

 一方のプラントも徹底抗戦を主張していたパトリック・ザラとその切り札である大量破壊兵器ジェネシスを喪失し、クーデターで穏健派が実権を握ったことで終戦に向けて講和会議が開催されることになった。

 会議は南アフリカ統一機構の首都ナイロビで行われ、後に“ナイロビ講和会議”と呼ばれるようになった。地球連合はプラントの独立と引き替えに軍事力の放棄を迫るがプラントは断固として拒否し、会議は数ヶ月に及ぶことになる。

 会議が進展するきっかけとなったのは、スカンジナビア王国外相リンデマンが提案した「国力に応じた軍事制限」を両陣営に課すリンデマン・プランだった。

 人口、国民総生産、失業率といった両陣営の国力を基準に軍事制限を課すことで、地球連合側が有利な軍事制限である一方、プラント側も技術力で十分対抗可能な範疇の軍事制限に収まると共に、それ以外の部分で地球連合側の譲歩を引き出したことで条約の受け入れに傾くことになった。

 最終的に軍事制限だけでなく、大戦で猛威を振るったニュートロンジャマーキャンセラー、ミラージュコロイドの軍事的利用を禁止、カーペンタリア基地を除く全ての地上拠点を放棄するなど多岐に渡る内容が組み込まれた。

 そしてコズミック・イラ72年3月10日、停戦条約の締結は両陣営の争いを前代未聞の世界大戦に導いた悲劇の地──ユニウスセブンで正式に行われることになり、その名にちなんでユニウス条約と名付けられた。

 

「これでは道化ですねぇ……」

 

 戦争を終わらせた立役者であり、ユニウス条約の締結にもオブザーバーの一人として招待されたムルタ・アズラエルは大西洋連邦に向かうシャトルの個室にて、複雑な表情を浮かべていた。

 突如喉元に突き付けられた大量破壊兵器と地球連合軍の敗退を前に、癇癪を起こした子供の様に喚き散らしてドミニオンを乗っ取ろうとしたら部下の造反を受け、気付けばクライン派と共に地球の危機を救い、地球連合とプラントの停戦に尽力した救世主だと祭り上げられてしまったのだから、アズラエルにとって悪夢どころの話ではなかった。

 いっそ世間に真実を暴露しようとも考えたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「民があって国が成り立つように、大勢の意思が立場を作るということだ」

 

 その黒髪の女──ロンド・ミナ・サハクは自らにも言い聞かせる様に呟いた。

 オーブ五大氏族の一つ、サハク家の後継者としてオーブの軍事部門を影で担ってきたミナは、半年前に命を落とした弟のロンド・ギナ・サハクと共に地球連合軍を事実上支配下に置いていたムルタ・アズラエルと協力関係を築いていた。

 アズラエルがハルバートンが極秘裏に行っていたG兵器製造計画の詳細を早々に掴んでいたのも、モルゲンレーテに大きな影響力を持つミナから情報を得たからだった。

 G兵器製造計画の後もアズラエルとミナの協力関係は続いており、ミナは協力の見返りとしてオーブへの不介入の約束、及び新型モビルスーツや戦闘用コーディネイター“ソキウスシリーズ”の数名を受領していた。

 しかしミナがオーブの高い技術力を示したことと、マスドライバーを保有するという立地的条件が重なったことで、オーブは地球連合軍の攻撃で崩壊することになった。

 いわばウズミ・ナラ・アスハと並んで国を崩壊させた責任者の一人である一方、その責任をウズミに押し付けることで批判から逃れた彼女なのだが、戦争を終わらせた英雄アズラエルが引き起こした“オーブ解放作戦”の真相を知る者として、表舞台に引き摺り出されたという訳である。

 そしてミナはブルーコスモス盟主を辞任したアズラエルを監視すると共に、自らが保有している宇宙ステーション“アメノミハシラ”を統治する傍ら、カガリの側近としてオーブの復興に尽力しているのだった。

 

「ちっ……」

 

 アズラエルにとって最大の誤算だった少年はあの日以来、一度もアズラエルの下に姿を現していない。いっそ少年を造ったスポンサーである自分を殺しに来るなら理解も出来るが、まるで相手にされないとは屈辱極まれりである。

 やがてアズラエルを乗せたシャトルが大西洋連邦の空港に降下し、平和な時代の到来をもたらした若き英雄を祝福する民衆を前に、偽りの笑顔を浮かべた。

 

 〈123〉

 

 停戦を迎えた日、人知れず地球を救った少年は仲間達と共に、ラクス・クラインの伝手を頼ってフェブラリウス市の医療機関に運び込まれていた。

 ラクスの依頼を受けた傭兵部隊“サーペントテール”が壊滅させたロドニアの研究所から得た生体CPUの詳細な製造方法、ドミニオンに乗艦していた同研究所の職員達から司法取引と引き替えに提出させた詳細データを基に、彼等の治療が行われたのである。

 皮肉にも──あるいは幸運にも、ナチュラルでありながら医学者として同分野のコーディネイターをも凌駕する才能を有していたヒビキ夫妻の遺伝子を基に、全ての才能を人類最高峰の水準に引き上げられた“キラ・ヒビキ”の医学者としての適性は、キラが昔から得意としていたプログラマーや、戦争で開花したモビルスーツのパイロットの適性以上に他の追随を許さないものだった。

 しかしキラがそんな“キラ・ヒビキ”としての自分と向き合う決意をしたのは、キラが術式を考案し、脳内や分泌腺に埋め込まれた無数の人工回路を外科的手法で取り出すという前代未聞の大手術を受けている少年を救うためだった。

 度重なる人体改造と重度の薬物依存で脳が萎縮し、まもなく取り返しの付かない深刻な脳障害が起こる段階まで病状が進行していた少年の命が奇跡的に救われたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。

 それでも少年はまるで燃え尽きたかのように、一日の大半を眠り続けている。起きた時も何処か夢を見ているように虚ろで、言葉も話せずすぐ眠りに落ちてしまう。

 常時強制的に覚醒させられていた少年の脳神経は休息を求め、萎縮した脳細胞はその誘惑に抗うことが出来なかったからである。未だ地球でも全く研究が進んでいない再生医療による脳細胞の回復を行わなければ、この病状の根本的解決は望めない。

 だが少女は諦めていなかった。

 オーブ本島に存在するアスハ邸の程近くに、再生医療を研究する小さな研究機関が、少女がかつて手掛けたモビルスーツ用OSの特許料の一部を投じる形で設立された。

 多岐に渡る試行錯誤の末に少しずつ少年の病状は回復し始め、意識を取り戻す時間も徐々に長くなっている。

 

「……」

 

 アークエンジェルのクルーの多くは地球連合宇宙軍総司令官に就任したハルバートンの呼び掛けで地球連合軍に復隊し、故郷の大西洋連邦に戻ることになった。

 トールはオーブ軍に入隊することを決意し、ミリアリアは戦場カメラマンとして世界各地を回るようになった。フレイはカガリの側近であるミナの秘書として、オーブの未来を担う次世代の人間としての経験を積んでいる。

 オルガ・サブナック、シャニ・アンドラスと名乗る二人の少年はオーブの五大氏族“キオウ家”からオーブ国際災害救助隊の勧誘を受け、先日から訓練を受けているらしい。

 最後までザラ派に所属したザフト兵としてプラントを追放されたアスランは、オーブ軍人アレックス・ディノとしてカガリの護衛を任されており、その婚約者であるラクスはマルキオ導師の経営する孤児院の手伝いをしている。

 そして因縁の少女ステラ・ルーシェはオーブ本島の教育機関に通う傍ら、時々雑用を手伝っている。

 全てが始まったヘリオポリスの崩壊以来、あまりにも多くのことがあったが、ひとまず平和な時代が来たのだと素直に信じたい。

 

「……ラ」

 

 掠れる様な声が耳に届いた。

 フェブラリウス市から定期的に送られてくる研究データを確認するため、席を離れていたキラは慌てて駆け出す。

 

「……キラ」

 

 赤髪の少年は大粒の涙を流して駆け寄る少女を見詰めると、静かに微笑むのだった。

 




というわけで、これにて種編は完結です。

折角なので次話はあとがきとして制作秘話、書き切れなかったあのキャラのその後などを書こうと思います。

それから種運命編の予告も書く予定です。また戦争がしたいのか!! あんたたちは!!


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その他 -SEED編-
主要キャラ設定


 ①クロト・ブエル(165㎝/52kg)

 ヤキンドゥーエで非業の最期を迎えるが、ロドニアのラボを連れ出された日に逆行する。

 自らに二度目の地獄を与える世界に絶望し、死の間際に見た大量破壊兵器ジェネシスを全世界に撃ち込む為、あえてより過酷な戦いに身を投じる事を決意する。

 当面の目標は、前世においてジェネシスに攻め込むまでに至らなかった連合軍を優位に立たせるため、アークエンジェルをアラスカに本来のタイミングよりも早い段階で到着させることである。

 今世の強化段階は人体実験を志願するという狂気の行動を繰り返したことでシャニすら超えるstage5に到達しており、並のコーディネイターを遥かに圧倒する身体能力と、一定水準の学習能力を有している。

 また、自身の最大の障害と成り得るフリーダムのパイロットを早期に抹殺しようと企んでおり、前世で耳にした声を頼りに探している。

 キラ・ヤマトに関してはオーブ領海周辺で戦死し、大西洋連邦軍に情報を抹消された謎のコーディネイター、ヤマト少尉だと認識しており、キラ本人が今世では内気な少女であるため、むしろその不幸な境遇に同情的である。

 今世では大幅に実装を早められたレイダーのパイロットに任命されるが、機体の装甲がPS装甲であったり、エンジンやバッテリーが旧式など性能は全体的に低下している。

 ゲーム代わりに受けたアズラエル式洗脳教育の甲斐もあり、アズラエルイズムを継承している。

 

 ②キラ・ヤマト(158㎝/53kg)

 今世では少女の生を受けたスーパーコーディネイター。

 クローンによる寿命の問題を解決出来ない事に業を煮やしたアル・ダ・フラガの命令で作成された。

 アルが要望した万能の才能に加えて、生きた人工子宮機能を搭載されており、やがて成長すればアルの後継者を産む役割を与えられていた。その凶行はキラママがぶちギレた理由であり、クルーゼが親殺しを決意した理由の一つ。

 誰もが望むだろう! 君のようにはなりたくないと!

 その存在を知ったブルーコスモスが完璧な戦闘用コーディネイターを作成する為に血眼になって探した為、両親はキラを守るために男子として育て、ブルーコスモスを怖い存在だと教え込んだ。

 初恋はアスランだったが、正義感の強いアスランに事情を話せば騒ぎになりかねないと両親から止められた為、とうとう自分は女子だと明かすことはなかった。

 ミリアリアとは友人である一方で、内気なため他のメンツとは少し話す顔馴染み程度。

 男の名前なのに、なんだ女か。

 

 ③ラウ・ル・クルーゼ

 基本的には原作通り。

 アル・ダ・フラガの狂気によって生を受けたキラちゃんをレイと同じく養子にしようと世界中を奔走していたが、とうとう見付けられなかった。

 キラちゃん捜索の為に作った情報網により、特にブルーコスモスの暗部に詳しく、ブーステッドマン計画も把握している。

 

 




これは性癖が滲み出てますね……!


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オリジナル機体設定

【注意】

種運命編のオリジナル機体も追加しています。ご注意ください。


【種編】

 

 諸元 ストライクガンダム(強化機)

 型式番号〈GAT-X105B〉

 装甲材質 フェイズシフト装甲

 動力源 バッテリー

 武装 75mm対空自動バルカン砲塔システム イーゲルシュテルン×2

 M8F-SB 試作ビームライフルショーティー×2

 57mm高エネルギービームライフル

 小型対ビームシールド×2

 

 ネロストライカー

 型式番号 AQM/E-M1B

 

 武装 88mmレールガン×2

 9.1m対艦刀×2

 

 生体CPU“ステラ・ルーシェ”の専用MS。

 卓越した適性によって大幅に前倒しでロールアウトされた“ステラ・ルーシェ”の能力を最大限に引き出す為、十分な拡張性と豊富な運用データという矛盾した性能が要求され、その要求に唯一合致すると考えられたのが〈ストライク〉の強化版だった。

 元々はナチュラルの搭乗を前提に設計された機体であり、セーフティシャッターなど多数の安全機構が搭載されていた〈ストライク〉だが、生体CPUの搭乗を前提にした本機体は〈レイダー〉らと同じくセーフティシャッターらの安全機構を大胆にオミットすることで、元々優秀だった基本性能の更なる向上に貢献しているものの、その安全性は劣悪なものに変貌している。

 

 また〈レイダー〉とのツーマンセルが想定された本機体は、大気圏の単独飛行能力を獲得するために素体にサブスラスターと大型可変翼を増設しており、既存のストライカーパックでは装備が干渉するという問題が生じたため、P.M.P社が設計したものの〈ストライク〉への採用が見送られた統合兵装ストライカーパック〈I.W.S.P〉をベースに専用ストライカー〈ネロ〉が開発された。

 

 本機体のPS装甲は〈ブリッツ〉〈レイダー〉と同じく消費電力の最も少ない黒を中心に設定されており、従来の〈ストライク〉と比較すると耐久性では劣るものの、既存の実弾兵器に対しては十分な耐久性を誇っている。

 

 本機体は“一撃離脱戦”を得意とする〈レイダー〉がやや苦手な“近接格闘戦”を補完しつつ、万能性にも主眼を置いた開発が行われており、特に〈アーマーシュナイダー〉に変わって両腰に搭載された試作の〈ビームライフルショーティー〉は従来のビームライフルに求められた能力とは真逆に、有効射程の低下と引き替えに接近戦での取り回しと連射性能を高めた画期的な武装である。

 

 また〈レイダー〉の〈2連装52mm超高初速防盾砲〉の一部である〈小型対ビームシールド〉を両腕に装備して対ビーム兵器の防御手段を確保し、重装備の〈30mm6銃身ガトリング砲〉をオミットするなど、競合相手であるモルゲンレーテ社製ストライカーパックに敗れた〈I.W.S.P〉の欠点を補う工夫が行われている。

 

 

 諸元 ゲルプレイダー

 型式番号〈GAT-X370G〉

 装甲材質 トランスフェイズシフト装甲

 動力源 バッテリー

 武装 100mmエネルギー砲 ツォーン

 超破砕球 スーパーミョルニル

 2連装52mm超高初速防盾砲

 短距離プラズマ砲 アフラマズダ×2

 105mm単装砲×2

 115mmレールガン×2

 M417 80mm機関砲

 M2M3 76mm機関砲×2

 

 生体CPU“クロト・ブエル”の専用MS。

 マーシャル諸島沖で撃墜されたものの、奇跡的に生還したクロトに機体を融通するため、試験的に製造が進められていたレイダーの制式仕様機〈GAT-333〉をベースに、クロトが搭乗していたX370のデータを反映して急遽用意された機体である。

 X370との最大の相違点は〈I.W.S.P〉を分解、再設計した追加ユニットを背部と脚部に装着し、火力と推力を約2倍に増強した点である。

 なお重量増加の関係で、実際の機動力は約1.6倍の上昇に留まっている。

 アクタイオン・インダストリー社の開発主任ヴァレリオ・ヴァレリが設計した次世代の〈レイダー〉であり、人工知能を搭載した無人機としての運用が想定されていたため、安全性と操縦難易度の観点から人間では操縦不可能という問題点を抱えていたが、生体CPU“クロト・ブエル”の極めて高い能力がその問題をクリアしている。

 なお正史では更にラゴゥのビーム砲を搭載しているが、この世界線では電力消費を抑える為にオミットされている。

 

 

 

 

 

【種運命編】

 

 

【タソガレ】

・型式番号 ORB-02

・装甲材質 VPS装甲

・動力源 バッテリー

・搭乗者 アレックス・ディノ(アスラン・ザラ)

 

【基本設定】

 

 ユニウス条約に伴い需要が高まったワンオフの高性能機として、戦後本格的な開発が行われたモビルスーツ。

 その先駆けである本機体には、オーブ軍のフラッグシップとして密かに製造された“暁”と対を為す“黄昏”の名が授けられた。

 総合的な性能はフリーダムに匹敵しており、得意分野の空中戦では運動性能で凌駕する他、シラヌイを搭載することで宇宙空間でも極めて高い戦闘能力を誇る。

 

・武  装

 

①M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2

 

②73J2式試製双刀型ビームサーベル

 

③72D5式ビームライフル“ヒャクライ”

 

④試製72式防盾

 ラミネート装甲で製造された大型シールド。先端が鋭利に尖っており、打突武器としても使用可能。本機体は“アカツキ”と異なり、装甲自体に高いビーム耐性が存在しないため、ラミネート装甲を用いた専用シールドが用意された。

 

⑤大気圏内航空戦闘装備“オオトリ改”

 本体から分離、変形させることで、自律行動可能な支援戦闘機としても運用できるフライトユニット。

 オオトリを発展させたものであり、搭乗者には高度な情報処理能力が求められるため、これをカガリが扱える水準まで簡易化させたものがオオワシである。

 

・作者解説

 要は装甲をVPS装甲に変更して、オオトリとオオワシの中間的存在を搭載したアカツキです。

 そこまでアカツキから改変した訳でもないのに、妙にジャスティスっぽさがあるのは不思議ですね。まさかアカツキも本来アレックスさんが乗る予定だった……?

 

 

 

 

【ストライクレイダー】

・型式番号:ZGMF-X21A

・装甲材質:VPS装甲

・動力源 :バッテリー(デュートリオンビーム対応)

・搭乗者 :クロト・ブエル

 

・武  装

 

①MGX-2235 複相ビーム砲“カリドゥス”

 頭部に搭載された大出力ビーム砲。ストライクレイダーの最大火力であり、連射能力は低いものの威力は戦艦の主砲に匹敵する。頭部に搭載されている関係で固定装備にも関わらず射角を調整出来るため、汎用性は高い。

 

②MMI-M16XE2 超高初速レール砲“デリュージー”×2

 両肩部に搭載したレールガン。広角に撃ち分けることが可能な実弾兵器で、どちらの形態でも使用出来る。

 

③MX2002 ビームキャリーシールド

 右腕に搭載された複合防盾兵器。ビームシールドジェネレーター、機関砲、対艦刀が搭載されている。

 

④MMI-GAU2 ピクウス76mm超高初速機関砲×2

 長めの砲身を確保したため同種の機関砲と比較して大幅に性能が向上しており、並のモビルスーツ相手なら十分な威力を誇る。ビームキャリーシールドに搭載されている。

 

⑤MMI-709 ビームソード“ ガラティーン”

 対MS戦に有用な片手仕様の対艦刀で、テンペストの改良型。

 実体剣とビームサーベルの性質を併せ持ち、実体部分が折れても高出力モードなら擬似的なビームサーベルとして使用可能。ビームキャリーシールドに搭載されている。

 

⑥MA-79V ビーム突撃砲“フェンリル”×2

 腰の大型クローの付け根に搭載されたエネルギー兵器。

 カオスに搭載されたものの旧型で、旧レイダーが装備していたアフラマズダと同じく出力を切り替えてビームクロー、ビームガンとして使用することが可能。

 

⑦極破砕球“ハイパーミョルニル”

 モーニングスターに類似したスパイク付金属球。

 金属球本体にビームコーティングを施したことで、金属球本体も極めて高い耐ビーム性能を獲得した。

 これはクロト専用のオプション装備であり、本来はビームライフル、ビームサーベルを携行する。

 

・総括

 

 ファーストステージの集大成と言われる機体であり、可変機能によって対応力の向上を図るという設計思想は後のセカンドステージの開発にも大きな影響を与えた。

 

・作者解説

 

 系譜としてはリジェネレイトの兄弟機にして、レイダー版のテスタメントです。

 “当初核動力機として設計されたにも関わらずバッテリーを動力源として採用した”というデスティニーやレジェンドとは対称的な設定を組み込む為に、あえてバッテリー機にしました。

 全体的なモチーフはアーサー王伝説に登場する忠義の騎士ガウェインです。

 

 破砕球の代わりにビームライフルとビームサーベルを持てば、割とオーソドックスな装備にしました。

 

【エンデュリングフリーダム】

 

・型式番号:ZGMF-X999S

・装甲材質:VPS装甲

・動力源 :ハイパーデュートリオンエンジン

・搭乗者 :?????

・武  装

 

①MA-M21KF 高エネルギービームライフル×2

②MMI-M15E クスィフィアス3レール砲×2

③MX-2351 ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2

④MMI-GAU26 17.5mmCIWS×2

⑤EQFU-3Z スーパードラグーン 機動兵装ウイング

第二世代がベースだが、本領を発揮するためには高度な空間認識能力が必要なドラグーン。ドラグーンはマウント状態でも高威力の移動砲台として使用出来る上、ウィング部には光パルス高推力スラスターが搭載されている。

GDU-X5 突撃ビーム機動砲×6

GDU-X7 突撃ビーム機動砲×2

⑥MA-M81S ロンギヌス ビームジャベリン×2

※レジェンドに採用されたビームジャベリンの発展形。

⑦MMI-720 エスペ・アヴァンチュルーズ ビームソード×2

※対艦刀としては小型ながらも、それぞれがアロンダイトと同等以上の威力を有している一対の対艦刀。

 

・総括

 

ユニウス条約で開発計画が凍結されたフリーダムの兄弟機を土台に設計された、フリーダムの正統後継機。

 

・作者解説

 

要はレジェンドとデスティニーの最新技術を取り入れた純ザフト製のストフリです。

全体的なモチーフはアーサー王伝説に登場する双剣の騎士ベイリンです。

初期に追放されたため円卓の騎士には数えられないどころか本によっては登場しないキャラですが、身内に討たれたエピソード、ランスロットやガウェインを差し置いて最強と評されたエピソードなど、例の御方と共通点があるので採用しました。

 

 

 

 

【アマテラスアカツキ】 

 

・型式番号:ORB-01<AMATERASU>

・装甲材質:鏡面装甲“ヤタノカガミ”

・動力源 :バッテリー

・搭乗者 :キラ・ヤマト

・武  装

 

①高機動ウィング“天羽雷 (アメノハヅチ)”

②73J2式試製双刀型ビームサーベル

③72D5式ビームライフル “ヒャクライ”

④M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2

⑤試製71式防盾

 

・総括

 

 アカツキのパイロットにキラ・ヤマトが選定されたことで、ロンド・ミナ・サハクが自身の後継者に託すために開発していた専用機のデータ取りに試験的に作成した高性能ストライカーを搭載したモビルスーツ。

 敵から受けたビームを反射するだけではなく、自身のパワーとして再利用する機能が搭載されている他、ストライクレイダーとの連携を考慮してデュートリオンビーム発信機能を有している。

 

・作者解説

 

 アカツキではヒロイックさが足りないので、ゴールドフレームアマテラスと融合させた機体です。

 

 

 

【フォビドゥンエクリプス】

 

・型式番号:MVF-X08-F

・装甲材質:PS装甲

・動力源 :バッテリー

・搭乗者 :シャニ・アンドラス

・武  装

①PS-02 ビームシールド×2 

②EW252HW フォビドゥンストライカー

・重刎首鎌“ライキリ”

・レールガン×2

・ビームランチャー×2

・可動式鏡面装甲“ヤタノカガミ”

③ミラージュコロイド・ステルス

④M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2

 

・総括

 

 エクリプスのパイロットに偶然シャニ・アンドラスが選定されたことで、その搭乗機だったフォビドゥンに着想を得た専用ストライカーを搭載したモビルスーツ。

 エネルギー管理が非常に難しいため、電力消費の激しいビームライフル、ビームサーベルはオミットされている。

 

・作者解説

 

 お蔵入りになったストライクフォビドゥンの設定を再利用したモビルスーツです。オオトリの装備にゲシュマイディッヒ・パンツァーを再現するヤタノカガミ、和風の名前を付けた鎌ですね。




順次追加予定です。

フォーマットは作者の中で固まれば統一する予定です。


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ゾルタン様の3分で分かる逆襲のクロト!

早いもので拙作“逆襲のクロト”も三十話を迎えました。
初投稿の作者がここまで続けられたのも、皆様の暖かい応援の賜物だと思っております。

逆行クロトがTSキラと共にヘリオポリス襲撃~第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を戦い抜くという、作者に舞い降りた天啓を元に書き始めた本作のここまでをゾルタン様に纏めて頂きました。


 第一次連合・プラント大戦の最終決戦となった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて、クロト・ブエルがイザーク・ジュールに敗北して……ドッカーン! ってなわけで始まっちまった逆襲のクロト、コズミック・イラの話をしだすと早口になっちゃうお姉さまたちが大好きなガンダムSEED二次創作って奴だ。

 

 ちなみに身寄りのない孤児を人体改造したり薬物漬けにしたりしてるのがロドニア研究所、そんなロドニア研究所にふざけんなよ、って噛みついたのが自由が欲しかった生体CPUことクロト・ブエル。

 

 逆行した当初は後輩女子に悪戯していた研究員を事故に見せ掛けて滅殺したり、研究所の機器を撃滅したりして研究所職員をキャン言わせてたクロトだが、基本的には科学者とモルモットの取っ組み合い。

 

 強い牙を持つヤツは、ちゃんと閉じ込めておくか、繋いでおくかしないと危ないからさぁって、ブルーコスモスのお偉いさんも言っていた通り、クロトは敗北。再び洗脳&薬漬け。研究員の言うことをハイハイ聞くしか能のない生体CPUクロトが出来上がる。どっかで聞いた話だろ? これ。

 

 けど、それじゃあ収まらないってんで、クロトの逆襲は続くよどこまでも。でも地球連合はブルーコスモスの言いなりだからダメ! プラントはナチュラルの捕虜なんかいるかよだからダメ! オーブ首長国連邦は国民の命より理念が大事だからダメ! 

 

 じゃあってんで、あえてブルーコスモス盟主のムルタ・アズラエルに接近、更なる強化を受けてヘリオポリス崩壊に巻き込まれ、アークエンジェルに乗り込むことに。目指すはジェネシスぶっぱで人類滅亡! おいおいこれってバッドエンドなんじゃないの!? 

 

 ところがどっこい! 実はこの世界のキラ・ヤマトはクロトも思わず一目惚れする超絶美少女で、幼馴染のアスラン・ザラは最初から本気モード、仮面の隊長ラウ・ル・クルーゼもやる気満々と難易度ベリーハード。

 おっとそれじゃあアークエンジェルに乗り込んだ意味がないよってんで、クロトもかつての相棒レイダーで戦うことに。強化された二週目生体CPUを舐めるなよ! 

 しかし皮肉にもクロトを恐れたアークエンジェルは友人を人質に取り、キラをストライクで戦わせることに。

 

 ってことで、モビルスーツが戦争の勝ち負けを左右するってことが分かると、パイロットが他にいない? じゃあキラを戦わせりゃいいじゃんってノリで、志願兵キラ・ヤマトが爆誕。

 コーディネイターとはなんなのか、よく分かんないままザフトと戦わせるから事故だって起こる。

 ホーラ、ヤっちゃったぁ! (保護者激怒)

 

 しかもこの暴走事故を起こして牙を抜かれたクロト、例のスゲー事やらかしたキラと共依存になったもんだから、プラントの歌姫ラクス・クラインも俄然注目! 

 

 アラスカ基地到着直前にアスラン・ザラに敗北し、哀れ二人は離れ離れになってしまったが、激化していく地球連合軍とザフトの戦いを止めるため、ラクスからフリーダムを託されたキラ。その前に立ち塞がるのは新たなレイダーと、漆黒のストライク……。

 

 ってオイ! やっぱこれバッドエンドなんじゃないの!? 各方面大丈夫!? と実は俺様が気になっているのは逆行した世界のキラ・ヤマトは何故女の子だったのか……!? 

 って終わりかい! 

 逆襲のクロト絶賛連載中! 見逃すなよ、諸君! 物語も遂に佳境に来ちゃったんだなあ! これが!




ゾルタン構文を使いたかった。


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あとがき【種編】

本話は完結した種編、および続編予定となる種運命編のネタバレを大いに含みます。

あらかじめご注意ください。


【この小説が誕生した経緯】

 

 ズバリ『TSキラを主軸としたハードな長編二次創作が読みたかった』からです。

 キラ・ヤマトをTSさせれば濃厚な曇らせモノが完成しちまったなアア~!! これでノーベル賞は俺んモンだぜ~!! と思ったのですが、なかなか好みのものが見付かりませんでした。

 

 道中をすっ飛ばしていきなりアスランやシンとイチャイチャしてるラブコメじゃなくて、エルちゃんを乗せたシャトルが目の前で撃墜されて泣きじゃくるキラちゃんや、ラゴゥを撃破して「私は誰も殺したくなんてないのにー!」と泣き叫ぶキラちゃん、アスランに友人を両断されて泣きながら殺し合うキラちゃん、クルーゼに出生の秘密を暴露されて絶望するキラちゃん、目の前で最大の理解者が『僕の本当の想いが……君を守るから……!』と言い残して爆散するのを目の当たりにして茫然となったキラちゃんが見たかったんですよ!!! 

 

 ……羅列すると酷いな……。

 

 探しても見付からない? じゃあ書けばいいじゃんってノリでプロットを組み始めることに。正直長編なんて書いたことがなく完結出来るとは思ってなかったので、誰もが気になるだろう砂漠編序盤まで書いて潔くエタろうくらいのつもりでした(おい

 

【制作秘話】

 

 砂漠編序盤までの流れを考える上で、当初はほぼ原作通りに推移し、傷付いたキラちゃんがアークエンジェル組の誰かと関係を持つ展開を考えていました。しかしそれが果たして面白いのかと思い直し、キラちゃんと関係を持っても許されそうなキャラを追加投入し、主人公として採用することを決めました。

 なんと主人公は初期プロットには存在していません。

 

 許されそうな条件を突き詰めて考えていくと、アスランと互角に戦えるエースパイロットが必須条件だと思いました。

 更に主人公がコーディネイターだとキラちゃんが孤立しないのでナチュラルが第二の必須条件なのですが、この時点でモビルスーツに乗れそうなナチュラルってそもそも存在しないよなぁと思いながら考えてたら、意外な人物が候補に上がりました。

 そう、生体CPUです。

 

 という訳で条件を満たすのは三馬鹿一択となり、その中で早期開発が一番有り得そうなレイダーのパイロット、クロト・ブエルが主人公に抜擢されました。

 バスターと同時に上位互換のカラミティが開発されたらおかしいし、ザフトに携行出来る高性能なビーム兵器がないのにフォビドゥンが開発されたら意味不明ですからね。

 その点、レイダーは地球連合軍初の大気圏単独飛行能力を保有するモビルスーツという形で自然に追加出来るから偉い。

 

 さらにアークエンジェルに乗り込む理由として、逆行したことで密かに人類滅亡という野望を抱き、早い段階でアズラエルの直属兵として活躍し始めたことにしました。

 生体CPUに過ぎないクロトが逆行しても持ち越せる知識は極僅かのため、女体化してるキラちゃんが実はフリーダムのパイロットだと気付けないという狙いもあります。

 

 ちなみにエンディング案の一つに、キラちゃんが看病疲れで寝ている状況でクロトが目を覚まし、「キラを頼む」と立ち去るカナードくんをフリーダムのパイロットだと誤解しつつ、キラちゃんを起こすというものがありました。

 ギャグで締めるのもどうかなと思い、お蔵入りしましたが。

 

 そしてここまで決まると必然的に『少女との出会いで人間性を取り戻した強化人間が、己の全てを賭けて少女を守る』という王道っぽいテーマとなりました。

 

 奮闘するも最後はアスランに殺されるというクロト視点のキラちゃん1週目が悲惨過ぎるので、ついつい同情している内にいつの間にか正気を取り戻してしまい、残ったのはヤキン・ドゥーエ攻防戦にピークを迎えるボロボロの身体だけ。よくハッピーエンドを迎えられたものです。

 

 逆行した襲撃(レイダー)のクロトが略して逆襲のクロトになったのは完全に偶然です。最終的な立ち位置はシャアと見せ掛けてアムロなので結果的にピッタリでした。

 

【主人公】クロト・ブエル

 

 そういう訳で主人公に抜擢されたのが、決して手に入れられない自由を求める哀しき生体CPU、クロトです。

 序盤は作者の中でいまいちイメージが固まりきっていなかったこともあって、言動が荒み過ぎてて笑えますね。

 歪な形とはいえ、アークエンジェルで一時の自由を得られてテンションが上がってたんでしょう。

 一般的な軍人とは異なり、アズラエルの側近にして知る人ぞ知るエースパイロットだから無茶苦茶やっても許されるというポジションは強い。

 序盤は無双するけど終盤は種割れ出来ないので二番手、しかし最後の最後で種割れしてラスボスに辛勝する、というのは主人公として理想的なムーヴじゃないでしょうか。

 コズミック・イラには心底絶望しているし滅びろとすら思っているが、それでもキラちゃんを守りたいという単純な動機故にクルーゼも否定出来ない、という最終決戦の構図は綺麗だと思います。

 

【ヒロイン】キラ・ヤマト

 

 初期プロットでは主人公だったものの、急遽メインヒロインに変更された薄幸系美少女キラ・ヤマトちゃんです。

 単に性別を変えただけでも良かったのですが、せっかくなので劇場版のボスとして作者が妄想していた、もう一人のスーパーコーディネイターの設定を取り入れました。

 

 こんな悪趣味な案が採用されるか! この馬鹿野郎!! 

 

 ぶっちゃけるとクロトはクルーゼと最終決戦で刺し違える予定だったのですが、どう考えても絶望したキラちゃんがフリーダムで自爆してしまうので、構成面でもクロトを生存エンドに導いた立役者です。

 医学者としてはコーディネイターをも凌駕する両親を持ったことから、医学の才能は特に突出しているという設定は良い感じにハッタリが利いていると思います。

 

 中盤以降、プロットから離れて暴走し始めるキラちゃんは書いてて楽しかったです。

 なんとキラちゃんは当初逆襲する予定じゃなかったし、ストライクやフリーダムを自爆させる予定じゃなかったんです……。

 キラ・ヤマトちゃん概念には無限の可能性があるので、誰か書いて♡

 

【ラスボス①】ラウ・ル・クルーゼ

 

 フラガ家の因縁を追加されたキラちゃんに原作と同じ絡み方をしたらあまりにも情けないので、破滅願望を持った後方腕組みストーカーおじさんになりました。

 土壇場でキラちゃんの自爆を阻止する為に種割れした生体CPUに討たれるのは、本人も納得の最期かもしれません。

 キラちゃんにレイくん的な親愛の情があるものの、それはそれとしてスピットブレイクは原作通り暴露しちゃうし、NJキャンセラーもばら蒔こうとしちゃう傍迷惑な人です。

 メンデルでは仮面が無ければ即死だったし、万が一3週目に突入したらヘリオポリスで抹殺不可避な模様。

 

【ラスボス②】ステラ・ルーシェ

 

 当初は登場させる予定はなかったのですが、ラウの人物像が固まると同時に物語上のコンフリクトが不足した都合上、クロトのフォロワーという形で参戦しました。

 原作の言動からは最も剥離したキャラですが、重度の洗脳・記憶処理を受けたキャラの言動を鵜呑みにするのもどーなのと思い、ブーステッドマンに改造されたステラ・ルーシェとして言動を再構築しました。

 もちろん本質は無邪気な天然キャラなので、悩みの消えた続編では本来の言動に戻っているでしょう。とりあえず義理の妹的な立ち位置でいいんじゃない?

 

【アスラン】アスラン・ザラ

 

 構成上、原作と比較して一番割を食ったキャラでした。アスランファンの皆様には申し訳ありません。

 基本構造はシンと同じで、周囲に流された末にザフトのアスラン・ザラとして最後まで立ち塞がり続けるというイメージです。

 男の娘だったキラくんがキラちゃんになってて、昔は名前を聞くだけで怖がってたブルーコスモスの少年兵と一緒にいることを知って脳が破壊されてしまったんでしょう。

 主人公が経験豊富な実力者なので、原作の流れをある程度踏襲する為のバランサーでもある。

 序盤から「俺がお前を討つ!」しただけで、クルーゼ隊を纏めて返り討ちに出来るクロトを抑えられるのは凄い。

 初恋の幼馴染みという設定を考えればもっと上手く動かせたでしょうが、そもそも婚約者がいる状況で知り合いの女の子を追い回した末に逆キレするムーヴが格好悪い気がする。

 アスラン・ザラちゃん概念は流行らない。

 

【ヒロイン(?)】ラクス・クライン

 

 構成上、アスランの次に割を食うかなと思ったら意外とそうでもなかった人。キラちゃんと親友という形でも、シナリオに問題はなかったです。

 まあアークエンジェルで見たクロトとキラちゃんの在り方にナチュラルとコーディネイターの未来を見出す、という流れはある意味で原作以上に自然なので……。

 色々言われていますが、一般人に憧れる政治の天才というのが作者の解釈です。要はスローライフ系の人ですね。当時はスローライフの概念が存在しなかったので腹黒キャラに誤解された模様。

 ただし大量破壊兵器を撃とうとするロックな人だらけのコズミック・イラで、クライン派の英雄みたいな立ち位置でスローライフを送るのは無理だったようです。

 ラクス・クラインくん概念はもっと流行らない。

 

【続編について】

 

 種運命編ですが、基本的にクロト中心の視点で進めるため種編ほど長編にならない予定です。

 自由を得た代わりに、全ての力を喪ったクロトは果たしてキラちゃんとの未来を手に入れることが出来るのか。

 最後に映画風の種運命編予告を記載しました。

 まだまだ細かいところを詰められていないし、大幅な変更もあるかもしれませんが、だいたいこんな感じのプロットで書く予定です。

 

【あのキャラのその後】

 

 ~オーブ首長国連邦~

 

【カガリ・ユラ・アスハ】

 

 不祥事を起こしたサハク家と入れ替わりで五大氏族に昇格したセイラン家との婚約をどうするかで揺れている。

 今まで不仲だったサハク家とアスハ家が接近したことで、セイラン家を中心とした連合派と中立派のパワーバランスが崩れ始めており、水面下で対立が深まりつつある。

 相変わらず腹芸が出来ないため、アカツキもエクリプスも何一つ知らされていない。ちなみにキラは知ってる。

 

 ~プラント~

 

【イザーク・ジュール】

 

 アイリーン・カナーバの停戦勧告に従い、いち早く徹底抗戦を主張するザラ派を鎮圧するため行動した功績が認められ、戦時中の罪が恩赦されると共に特務隊の誘いが掛かる。

 しかし自分には時期尚早だと辞退し、正式にジュール隊隊長として白服に昇格した。クロト達が入院していたフェブラリウス市の医療機関でキラに遭遇して情緒が破壊される。

 なおエザリア・ジュールは政界からの追放で済んだ。

 

【ディアッカ・エルスマン】

 

 イザークの白服昇格に伴い、ジュール隊副隊長に正式に就任したが、事務仕事が苦手なのでシホに譲りたいと思っている。

 戦後処理の最中、偶然遭遇したミリアリアをナンパしようとしたことでトールと大乱闘になった。

 ちなみにキラにも粉を掛けようとしたが、間一髪ニコルが阻止したため第2次連合・プラント大戦は回避された。

 それをやったら戦争だろうが……!

 

【ニコル・アマルフィ】

 

 イザークらに惜しまれつつも、自分なりのケジメを付けるためにザフトを退職した。

 ピアニストとして活躍する傍ら、父親が公開したニュートロンジャマーキャンセラーが悪用されないか監視するため、世界各国の非戦派で結成された非政府組織“ターミナル”に所属している。

 私生活ではフレイと良い感じだとか……? 

 

【ハイネ・ヴェステンフルス】

 

 イザークの奮闘によって奇跡の生還を遂げる。専用機のテスタメントはユニウス条約に伴い、あっさり解体された。

 特務隊には選ばれていないが、ザラ派の鎮圧に貢献したことで専用ブレイズザクウォーリアを受領し、グラディス隊のパイロットとして配属される予定。

 

 【アンドリュー・バルトフェルド】

 

 クライン派で構成された武装集団とはいえ、あくまでテロリストに過ぎない三隻同盟の首謀者としてプラントから追放され、オーブに亡命している。

 コーヒー豆を自家栽培したり、本業の広告心理学者として活動したりとアイシャともどもスローライフを送る傍らで、非政府組織“ターミナル”に所属している。

 

 ~地球連合軍~

 

【マリュー・ラミアス】

 

 アークエンジェル脱走の責任を問われ、最終的にムウ・ラ・フラガと共に地球連合軍を抜けてオーブに亡命する。モルゲンレーテで技術者として働く傍らで“ターミナル”に所属している。

 

【ムウ・ラ・フラガ】

 

 マリューと同じく、アークエンジェル脱走の責任を取って地球連合軍を抜け、オーブに亡命する。オーブ軍に所属する傍らで“ターミナル”に所属している。

 

【ナタル・バジルール】

 

 ヤキン・ドゥーエ攻防戦での奮闘を評価され、史上最年少で地球連合軍大佐に就任した。ドミニオン、アークエンジェルで構成された地球連合軍第八機動部隊を率いており、次期第八艦隊司令官の座も夢ではないと言われている。

 

【その他】

 

 アークエンジェル本体を含め、マリューとムウ以外の正規クルーは全員地球連合軍に復帰している。なお作者が記載を忘れていたカズイとサイは学生に戻っている。

 

【オルガ・サブナック】

 

 キラの尽力で完治した後、自分探しの旅に出ようとしていたが、ひょんなことでオーブ国際救助隊の勧誘を受けてノリで受諾。

 救助用モビルスーツってなんなのと言わんばかりの装備が搭載されたエクリプスを渡され、胃を痛めている。

 

【シャニ・アンドラス】

 

 オルガと同じく、オーブ国際救助隊の勧誘を受けてノリで受諾。給料の大半をラクスグッズに注ぎ込んでいる。

 ちなみにこの設定は、主人公第二候補だった余波です。

 

 

 

         ~種運命編 予告~

 

 第一次連合・プラント大戦の終結から、二年。

 少女の傍らで、傷付いた少年は一時の安息を得ていた。しかしその平穏も、永くは続かない。

 

『また戦争がしたいのか! あんたたちは!!』

 

 アーモリーワン事変、勃発。

 

『忘れてた? 私も赤なのよ!』

『割り切れよ。でないと死ぬぞ?』

 

 平和だった世界は、再び戦火に包まれる。混沌が渦巻く戦場を支配するのは、もう一人の“キラ”? 

 

『我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!』

 

 ユニウスセブン落下テロ事件。そして始まった第2次連合・プラント大戦は、獅子の娘に1つの決断を迫る。

 

『綺麗事はアスハの御家芸だな!』

 

 再び脅威に晒されたオーブの影で蠢く、大いなる陰謀。

 かつて滅ぼした国を守るために立ち上がった漆黒の翼に、白銀の刃が襲い掛かる。

 

『掛かって来い、潰してやる!』

 

 紅の眼光に宿るは、復讐に燃える憎悪の炎。そして物語は、意外な人物の登場で転機を迎える。

 

『今更ブルーコスモスを追放された僕に接近するなんて、どういう風の吹き回しですかねぇ。ラウ・ル・クルーゼ』

『今の私はネオ・ロアノーク大佐だ。それ以上でもそれ以下でもない』

 

 地球連合、プラント、オーブ。

 全てを巻き込みながら、物語は収束に向かう。

 

『デスティニー・プラン。この世から戦争を根絶する、人類最後の防衛策だよ』

 

 終わりなき争いの歴史に終止符を打つ。それは人々の持つ遺伝子によって、全てが決定付けられた平和な世界。

 

『科学者として断言する。当代君に敵う戦士など存在しない』

『貴方は俺を戦士でしかないと言うのですか?』

『だが“イヴ”に相応しいのは、“アダム”たる君だけだ』

 

 正義を求めて彷徨う少年は、絶対的な“正義”の存在を知る。それは己が“運命”に則った、争いのない世界。

 その世界は、人類にとって希望の福音となるか。

 

『私は勝ちたいだけだ。戦いたいわけではない』

 

 偽りの歌姫を掲げ、運命に選ばれし最強のコーディネイターの軍勢が遂に動き出す。少女の危機に、かつて運命に抗い続けた少年は再び逆襲を開始する。

 

『──未来を決めるのは、運命じゃないよ』

 

 逆襲のクロト──運命編

 年内連載開始予定。




 冒頭にも書きましたが『TSキラ・ヤマトを主軸としたハードな長編二次創作が読みたかった』という不純な理由で始めた本作が種編完結まで漕ぎ着けられたのは、ひとえに皆様の暖かい応援のお陰です。本当にありがとうございました。

 最終話、及び【あのキャラのその後】のどちらでも記載されていないメインキャラがいたら順次追加するので教えてください。


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SEED DESTINY編
仮初めの未来


 〈0〉

 

 カガリ・ユラ・アスハ。

 戦局を見誤り大西洋連邦軍と戦って多くの犠牲を出した挙句、最終的に国を滅ぼした大罪人の娘にして、地球圏全域で起こった未曾有の世界大戦を終わらせた英雄の一人。

 そして主権を回復した今は、オーブ連合首長国代表首長である少女の邸宅隣に、小さな研究機関が存在する。

 まるで診療所の様なこの研究機関──“ヤマト生研”では、なんとフェブラリウス市の研究機関すら上回る、世界最先端の再生医療が研究されているらしい。

 想定外の光景を目の当たりにして戸惑う少年に、少年と手を繋いだ盲目の少女は不安を隠しきれず小声で話し掛けた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あぁ、心配するな」

 

 しかもその研究を行っているのは、先日ザフトの士官アカデミーを卒業した少年とほとんど年齢が変わらない、10代の少女コーディネイターだという。

 ザフトはあくまで名目上は義勇軍であり、平時は別の本職を有している者も多い都合上、戦時中でもなければ休暇を取るのはそう難しくない。そのため、この研究機関なら戦争で永遠に喪われた妹の視力を回復させる手立てがあるかもしれないと耳にした少年は長期休暇を申請し、妹を伴ってその地を訪れたのだった。

 

「……すみません。ここが“ヤマト生研”ですか?」

「ええ。お客様ですか?」

「はい。フェブラリウス市の医療機関で、こちらの紹介状を頂きまして」

 

 研究施設の入口に置かれた大きな水槽で泳ぐ鑑賞魚に給餌している金髪の少女に、少年は背後から恐る恐る声を掛けた。少女は突如声を掛けて来た少年と少年の妹を見て純真な笑みを浮かべると、手招きして案内を始めた。

 施設の中には医療機関で見掛けるような器械が所狭しと並んでおり、中には使用用途すら分からない奇妙な精密機器の類も多数設置されている。

 その様子から素人目にもこの施設は並の研究機関でないことを少年は理解した。いかにも高額そうな機器を壊さないように妹の手を引きつつ、少年はまるで自宅のように悠々と進む少女に問い掛ける。

 

「君が、ここの研究者なんですか?」

「ううん。私はただの留守番よ」

 

 空いたスペースに辿り着いた少女は奥に設置された冷蔵庫から菓子を取り出すと、少年の妹が口に出来るように手掴みで持たせた。

 その菓子は北アフリカの伝統的な菓子“バスブーサ”といい、この施設の研究者である少女がかつてバナディーヤで口にしたものを再現して作ったものらしい。

 仄かにオレンジの香りを漂わせたシロップがたっぷり掛かっており、生地に混ぜられたココナッツの食感がアクセントの焼き菓子に顔を綻ばせる妹を横に、少年は少女が差し出した書類に自分達の名前や、現在の居住地などを順番に記載していく。

 

「──えーと、シン・アスカさん。戦争で喪った妹の視力を回復させる為に、ね。その為にプラントからわざわざ?」

 

 プラントでは殆どのコーディネイターが遺伝子調整で基礎的な体力の向上、及び病気の予防を行っていることから、必要性の低い医療関係の研究は停滞している。

 しかしコーディネイターといえどもあくまで人間の延長線である以上、喪われた手足が傷口から再生するようなことはない。

 連合・プラント大戦後、元々厳格な婚約統制を行ってさえ人口維持が困難という深刻な社会問題を抱えていたプラントは限りある人的資源を有効活用するため、戦傷者の社会復帰を行う為に必要な高性能の義肢などを造る生体工学や、喪われた肉体を回復させる再生医療の分野に力を入れ始めていた。

 もちろんこの“ヤマト生研”には一歩劣るものの、少年が普段妹と暮らしているらしいフェブラリウス市でも再生医療の研究は進められており、わざわざ母国のプラントを離れてオーブまで来る理由が少女には分からなかった。

 そもそもこの施設は重度の脳障害と薬物依存症に冒された一人の少年の身体を完治させるためだけに、その恋人である少女が以前作成したモビルスーツ用OSの特許権をモルゲンレーテに譲渡した際に得た報酬の大半を投じて創設した研究機関である。

 だからこの施設は厳密には医療機関ではないのだが、あくまで留守番を任されているだけの少女に正式な紹介状を手にやって来た彼らの受け入れを判断することなど出来ない。

 とはいえ定期的にプラントから通院するなど現実的ではないし、入院などもっての他だろう。それとなく少女が少年達の事情を伺おうとすると、少年は意外な言葉を口にした。

 

「俺とマユは、二年前までオーブに住んでいたんだ」

 

 コズミックイラ71年6月15日。

 パナマ攻防戦における大敗によって全てのマスドライバーを喪失し、孤立した地球連合宇宙軍に補給を行うマスドライバーの確保、およびG兵器製造計画等で浮き彫りになったモルゲンレーテの優れた技術を接収、更に新型機“ゲルプレイダー”“ストライクネロ”の初披露を兼ねて、当時ブルーコスモスの盟主だったムルタ・アズラエルは大西洋連邦軍を率いて“オーブ解放作戦”を発動した。

 初日の攻撃こそ奇跡的に防いだものの、同日夜間に代表首長ウズミ・ナラ・アスハら主な首長閣僚がマスドライバーとモルゲンレーテ本社工廠を巻き込んで行った自爆でオーブ連邦首長国は崩壊し、大西洋連邦の保護下に置かれることになった。

 一時ザフトの特務隊による武力介入が行われたこともあり、当時大西洋連邦軍を事実上支配していたブルーコスモスによって、オーブ在住のコーディネイターには激しい迫害が行われることが予想された。その為にオーブからは多くのコーディネイターが国外流出し、中にはプラントに移住する者もいたという。

 その中にはモルゲンレーテの技術者もいたらしく、主権を取り戻したも今もオーブに大きな影響力を持つ大西洋連邦から、プラントがオーブの技術を利用して軍事力を増強していることについて、オーブからも直接抗議するようにと圧力を掛けられている。

 誰が言ったか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 特に先の大戦は独立戦争を望むプラントと、それを認めない地球連合との独立戦争という構図だけではなく、互いに相手の存在そのものを認めず、大量破壊兵器で相手の陣営を滅ぼそうとする絶滅戦争の段階まで進行していた。そんな両陣営の頭を力尽くで押さえ付けるような手口でもたらされた平和が、そう長く続く訳がないのは明白である。

 先述した様に、人口維持が大きな社会問題となっているプラントは難民コーディネイターを積極的に受け入れているし、コーディネイターを受け入れることで国外に対する技術的優位性を確保していたオーブは、国外に流出したコーディネイターの出戻りを歓迎している。

 こうした人的資源の奪い合いも、いずれ訪れる次の戦争に備えた準備の一つなのだ。とはいえ偶然腰を降ろすことになっただけに過ぎないオーブに恩も義理も感じていない少女は、戦争でこの国を離れたという少年に率直な疑問をぶつけた。

 

「だったら、戻って来ればいいんじゃないの?」

「戻る? こんな国に?」

「こんな国って?」

 

 なんとなしに発した言葉に突如語気を荒げた少年に対して、隣で甘味を味わっていた少年の妹は表情を硬直させ、事情の分からない少女は首を傾げる。

 

「俺達の家族は、アスハに殺されたんだ! この国を、この国の理想とかって奴を信じて、ボロボロに殺された!」

 

 オーブ連合首長国が自国の理念を貫いた影で、その理念を貫いた結果として両親を喪った少年は真紅の目を血走らせ、窓の外に映るアスハ邸を睨み付けた。

 

 〈1〉

 

「僕は、どうして生きているのかな……?」

 

 言葉にならない吐息の様な囁きが、赤髪の少年から溢れた。

 少年はその言葉の意味を考えようとしたが、少年の思考は纏まらなかった。しかしこの言葉が何故溢れ出したかについては、容易に想像することが出来た。

 決して手に入れられない自由を求めた少年はかつて、地球連合軍とザフトの最終決戦で全てを喪い、禁断症状で苦しみ抜いた末に世界を呪いながら非業の死を遂げた。

 その直後、少年は彼が自由を喪った日に逆行するという前代未聞の事態に巻き込まれ、少年は自らに二度目の地獄をもたらしたこの世界に復讐することを誓った。

 少年はこの世界を滅ぼすため自ら地獄を受け入れ、より強大な力を手に入れた。

 その力は少年から未来を奪ったが、少年に後悔はなかった。両陣営が大量破壊兵器を撃ち合う終末の日が分かっている以上、その日が訪れるまで身体が保てば十分だと考えていたからだ。

 憎悪と狂気だけが、少年の原動力だった。

 前世の経験と知識を生かし、モビルスーツの生体CPUとしての適性を示した少年が表舞台に登場する機会は大幅に早まり、試験的に投入されたグリマルディ戦線で少年は単独でジン15機を撃破するという多大な成果を挙げた。

 その後、飼い主であるブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルの働き掛けによって少年は地球連合軍初のモビルスーツ“G兵器”のパイロットに任命され、その製造先であるオーブ連合首長国のコロニー“ヘリオポリス”から地球連合軍の本拠地であるアラスカ基地まで、他のG兵器及びその母艦“アークエンジェル”を護衛するという特務を与えられた。

 少年はザフトの襲撃に乗じて自らの行動を縛っていた研究員を粛正すると共に、本来は存在しない6番目のG兵器“レイダー”に乗り込んで復讐を開始することにした。

 この時点では少年とレイダーが苦戦する相手など存在しない筈だし、事実ヘリオポリスを強襲した圧倒的多数のザフト軍に少年は多大な損害を与えることに成功した。

 そもそも、詳細は不明だがヘリオポリスで民間人として暮らしていたコーディネイター“ヤマト少尉”にすら苦戦した相手など、少年の相手になる訳がない筈だった。

 そんな“ヤマト少尉”も後に脱走兵として立ち塞がる位なら、事故に見せ掛けて殺してしまおう位に思いながらアークエンジェルに乗り込んだ少年の前に現われたのが、軍人に取り囲まれ銃を突き付けられた可憐な少女だった。

 

「どうしたの?」

 

 少年の囁いた不穏な言葉を敏感に聞き取ったのか、艶やかな黒髪を伸ばした少女が精神安定剤と水を片手に、少年の座るソファーに腰を下ろした。少年は精神安定剤と水を受け取ると、一息に呑み込んで溜息を吐いた。

 

「なんでもない。……ありがとう」

「本当に?」

 

 少女の怪訝そうな表情に、少年は思わず苦笑した。

 この虫一匹殺せなさそうな少女が少年を狂わせた──あるいは狂っていた少年に正気を取り戻させた──“ヤマト少尉”である。

 彼女の名は“キラ・ヤマト”。

 かつてコーディネイター製造を一大産業としていた“G.A.R.M. R&D”がL4宙域に浮かぶコロニー“メンデル”の研究所で、その主任研究員として勤務していたユーレン・ヒビキが自らの遺伝子を用いて人類最高峰の才能を獲得した“スーパーコーディネイター”として製造した実験体の唯一の完成品であり、出資者の一人である“アル・ダ・フラガ”の後継者を産む母体として造られた少女である。

 少女は誕生直後、その噂を聞き付けたブルーコスモスに所属するテロリストの襲撃を受けて行方不明になったとされていたが、実際には彼女の遺伝子上の母親であるヴィア・ヒビキによって事前に逃がされており、ヴィアの妹カリダ・ヤマトとその夫ハルマ・ヤマトの二人に引き取られた。

 その後、ヤマト夫妻は彼女をブルーコスモスの魔の手から守るため月面都市コペルニクスに移住すると共にキラを男の子として育て、それは世界情勢の悪化からオーブ連合首長国のコロニー・ヘリオポリスに移住するまで続いた。

 こうして人類最高峰の才能を授けられた彼女だったが、その精神性は才能とは裏腹に平凡そのものであり、争い事はむしろ苦手なように思えた。

 元々後に敵対する可能性の高い“ヤマト少尉”やアークエンジェルのクルーに極力頼らずザフト軍と戦う予定だった少年は、事実上人質になった友人達を守る為に戦わなければならないが、その戦いの中で明らかになった異常な才能故に孤立していた少女に慕われ、やがて惹かれ合うようになっていた。

 ブルーコスモス盟主の直属兵であり、G兵器に乗った複数のザフト兵を相手に互角に戦える程の強大な力を少年は持っていたが、あくまで一人の兵に過ぎない少年が全てを守り切れる筈もなかった。

 無力感に苛まれた少年は同じく心に深い傷を負った少女と傷を舐め合うようになったが、その結果として少年はジレンマに悩まされるようになった。

 少年はまもなく訪れる死の運命から少女を守りたいが、少年の悲願が達成されれば少女は命を落としてしまう。

 このジレンマを解消するために、少年は一つの解決策に辿り着いた。少女が生きている限り、自らの悲願は永遠に封印しようと。

 そして守れなかった筈の少女も思わぬ形で生きていて、最終的に彼女と彼女の世界を守ることが出来た。

 後はただ死を待つだけだった。もう何一つ思い残すことはなかったし、きっと三度目の人生はないだろうと確信していた。

 しかし少女は少年に死を許さなかった。少女は持てる全ての人脈と才能を生かして、死の淵を歩いていた少年を救い出したのだ。

 だからどうして生きているのかという疑問に対する答えは、目の前の少女に救われたからなのだが、少年はそれを素直に受け止めることが出来なかった。

 この輝かしい才能を持つ少女と共に生きる者として、少年は自分が相応しいとは到底思えなかったし、むしろ自分は彼女の自由を奪っているのではないかと考えていた。

 いっそ自分は死んでしまった方が良いのではないかという希死念慮に少年は襲われながら、少年はゆっくりと口を開いた。

 

「大丈夫。……で、その娘をマルキオ導師様の所で預かることにしたの?」

「うん。これからしばらく軍の長期任務に就くからって。プラントに一人で置き去りにするよりは、ずっといいだろうって」

 

 キラは政府の避難勧告が遅れてオーブ解放作戦に巻き込まれ、流れ弾を受けて両親と視力を喪った少女マユ・アスカを“ヤマト生研”の患者第一号として預かることにした。クロトの喪われた片目を再生するためのヒントになるかもしれないと思ったからだ。

 そんなキラの崇高な想いを目の当たりにしたクロトは深い無力感に包まれると共に、服用した精神安定剤の効果が現れ始めて意識に靄が掛かり始めた。

 

「ごめんね……迷惑ばかり掛けて……」

 

 クロトはまるで譫言の様に謝罪しながら、睡魔に抗えずキラの手を握ったまま瞳を閉じた。

 しばらく様子を窺っていたキラは寝息を立て始めたクロトの目尻から溢れた涙を指先で拭き取ると、起こさないように握っていた手をゆっくりと離した。

 モビルスーツの生体CPUとしての人生を二度も経験することがどれだけの苦痛を伴うものだったのかキラには想像も付かないが、クロトは意識が回復し肉体的には回復傾向の一方で、生きる気力を完全に喪っている。

 自分を守るため、生きる意味すら捨ててしまったクロトを救ったのは自分だ。だから自分はクロトの生きる意味を、一緒に探さなければならない。それがキラの率直な想いだった。 

 しかし生きる意味なんてなかったとしても、貴方がこうして生きているだけで自分は嬉しいのだと思いながら、キラは深い眠りに付いたクロトの身体に毛布を掛けた。




種運命編スタートです。

総集編+αみたいなイメージ。


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呪われた力

 〈2〉

 

 ナチュラルである彼は先天性の難病を抱えていることが判明し、物心付いた頃には一人だった。彼は食事に不自由しないという理由で大西洋連邦軍に入隊し、難病と闘いながら特殊な空間認識能力を駆使して大西洋連邦軍のエースパイロットとして活躍した。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では重傷を負い、軽度の記憶障害を患いながらも生き抜き、その功績を称えられて第八一独立機動群──通称“ファントムペイン”の部隊長に任命された。

 第八一独立機動群とは、ブルーコスモス盟主を含む10人の幹部で構成された秘密結社“ロゴス”に所属し、その意思をより忠実に遂行するために地球連合軍内部に創設した非正規の特殊部隊である。

 その出自上、第八一独立機動群は非公式な部隊だがその一員に所属することは地球連合軍人にとって栄えある名誉であり、ネオ・ロアノーク大佐もまたその部隊長として日々精進している。

 

 ──()()退()()()()()()

 

 顔の上半分を不気味なマスクで覆った男は不愉快そうに顔を歪めた。

 一般的な士官とは異なり、漆黒の軍服に身を包んだ男のマスクの下から見えている僅かな生身の部分には、未だ20代とは思えない老人の様な深い皺が刻み込まれている。

 それこそが彼を蝕む先天性の難病であり、原因不明だが常人の数倍の速度で老化が進行するという。だから彼は処方された細胞分裂を抑制する薬を常時服用していたのだが、その副作用として薬効が切れれば激しい苦痛が男を襲った。

 その痛みが、男にとって幻の記憶を取り戻したきっかけだった。

 全身が激痛に蝕まれた瞬間、男は自分を自分たらしめていた全ての記憶が紛い物であることに気付いた。

 そして自分がアル・ダ・フラガの後継者“ラウ・ラ・フラガ”として造られた失敗作であり、人類に終末が訪れる筈だった第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で“クロト・ブエル”に敗れた敗北者であることにも。

 

 ──これが私の“運命”なのか? 

 

 激しい死闘の末に機体を鋼爪(アフラマズダ)で貫かれ、核爆発に巻き込まれて塵一つ残さず燃え尽きた筈だった。

 だが鋼爪(アフラマズダ)を維持するバッテリーが限界だったのか、あるいは僅かに狙いが逸れたのか、その両方か。

 しかしこの世界に神が存在するのであれば、ただ生き延びただけで未来のない自分に、いったい何をしろと言うのだろうか。

 ネオを苦しめているのは先天性の難病ではない。それは実年齢と比較して遥かに老いた肉体である。

 そして一人の男の顔がネオの脳裏に浮かび上がった。それは自らの死を金で買えると思い上がった愚か者の顔であり、そのクローンであるネオ自身の顔だった。

 その瞬間、ネオ・ロアノークはラウ・ル・クルーゼの記憶を完全に取り戻したのだった。

 ネオに偽りの記憶を植え付けたロード・ジブリールは、彼が真の記憶を取り戻したことに気付いていない。

 何故ならネオはジブリールが植え付けたファントムペインの部隊長としての役割を忠実に演じているからだ。かつてナチュラルの身でありながら、ザフトのエースパイロットとして活躍する傍らでプラント国防委員長だったパトリック・ザラの腹心にまで上り詰めたネオからすれば、ジブリールの目を欺くことなど造作も無いことだった。

 ムルタ・アズラエルの後継者として、ブルーコスモスを束ねる盟主として持て囃されると共にロゴスの幹部の一人に加えられるようになったジブリールの中では、自身の編み出した精神操作は完璧であり、それから解放される手立てなど存在しないものだと思っているようだ。

 

 ──やはり神ならぬ人に、完璧など不可能なのだろう。彼女でさえそうだった。

 

 ネオのディスプレイに、かつて完璧と称された少女が設立した研究機関のホームページが表示されている。

 キラ・ヤマト。

 一個人としてどころか、母としても完璧なコーディネイター。

 あのフリーダムのパイロットとして、戦場において最強の名を轟かせていた少女は人の悪意の前に敗北し、命を捨てて世界を救うという決断を迫られた。

 自らの命すら守ることが出来ない者が、果たして完璧と言えるだろうか。否、完璧からは程遠い筈だ。

 

『それでも──守りたい人がいるんだ!』

 

 そんな少女を救ったのは、一人の少年兵だった。

 かつてネオを凌駕する程の狂気と憎悪に満ちていた少年兵は、死の淵を彷徨うまで追い詰められても発現しなかったSEED因子を発現させ、見事に少女の命を救ったのだ。

 迫り来る少年の刃に死を覚悟した瞬間、この世界もまだまだ捨てたものではないと率直に感じた記憶が蘇る。

 プログラミングを除けば怠惰だったとされる少女が今まで無関係だった医療分野に携わっているのは、おそらく力の代償として深刻な病に冒された少年を救うためだろう。

 スーパーコーディネイターと生体CPU。

 戦争さえなければ──あの時ネオがヘリオポリスに侵攻しなければ──決して交わることがなかった筈の二人が惹かれ合ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 背後の扉に少女の気配を感じ、ネオはディスプレイの電源を落とした。その直後に扉が開き、艶やかな黒髪を長く伸ばした少女が部屋に入って来る。少女は慌てて端末を片付けたネオを不審そうに見詰めると、ぶっきらぼうに言い放った。

 

「また何か隠し事?」

「ふっ、君には敵わんな」

 

 現在アーモリーワン宙域に侵入している特殊戦闘艦“ガーディ・ルー”の士官室で座していたネオは、まるで母親に怒られた子供の様に姿勢を正した。そんなネオをアメジスト色の瞳で見据えながら、少女は咎めるように言った。

 

「アウルとスティングが探してましたよ。隊長はどこだーって」

「ああ、すぐに行く」

 

 その若干棘のある態度とは裏腹に、ユニウス条約に違反した存在自体が許されていない特殊艦という異質な空間には似合わない、可憐な空気を少女は纏っている。

 改造された薄紅色の軍服からは、一歩加減を間違えれば下品と受け取られそうな程に肩が露出しており、すらっとした華奢な足とやや高めの位置でタイトに留められたベルトは、少女の女性的な曲線のラインを際立たせている。

 異性は勿論、同性すら目を奪われるような色香を放つ少女は外見とは裏腹に優秀な軍人であり、ネオ・ロアノークにとって忠実な右腕とも言える存在だった。

 

「私も緊張しているのかもな、カナード」

 

 ネオは不意に少女の名を呼んだ。

 少女は地球連合軍第八一独立機動群所属、ロアノーク隊副隊長のカナード・パルス中尉である。コーディネイターである彼女がロアノーク隊に所属しているのは複雑な理由があった。

 傭兵集団サーペントテールの襲撃によるロドニア研究所の崩壊に伴い、大西洋連邦軍は先の大戦で一騎当千の活躍を見せていた生体CPUの製造機関を喪失した。

 また先の大戦で“クロト・ブエル”を中心とする生体CPU達が第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の混乱に乗じて造反したことが明らかになり、大西洋連邦軍は生体CPUの開発事業から撤退を余儀なくされた。

 そして大西洋連邦軍は優秀な人材に厳重なマインド・コントロールを施した上で運用する方が、生体CPUを製造するよりも効率的だという結論に至った。

 結果としてロアノーク隊には、壊滅したロドニア研究所の生き残りであり、次世代生体CPUの被検体だった“スティング・オークレー”や“アウル・ニーダ”、偶然鹵獲したユーラシア連邦軍特務部隊員“カナード・パルス”といった、人種や陣営を超えて優秀な人材が集められたのだった。

 

「緊張? そんなタマじゃないでしょ」

 

 呆れたように肩を竦めた少女に連れられ、ネオは士官室を後にする。

 ラウ・ル・クルーゼとしての記憶を取り戻した男がネオ・ロアノークとして甘んじている理由は彼女の存在だった。

 遂に手に入らなかった“キラ・ヤマト”──その失敗作である少女“カナード・パルス”が思わぬ形で生きていて、これほど呆気なく自分のものになるとはネオも思っていなかった。

 自分と同じ男の犠牲者にして、自分と同じ失敗作。

 この世界にもう一人存在する自身の半身を除けば、誰よりも自らの境遇に近い少女に上官として慕われているという事実は、ネオにとって妙に心地良いものだった。

 これこそが、あの少年兵の心を救った暖かさなのだろう。

 この少女を我が物にしたいという下卑た欲望はあったが、それ以上にこの悪意に満ちた暗闇の世界から、彼女を解放してやりたいという崇高な想いがネオを満たしていた。

 

 ──やってみせるさ。彼に出来て、私に出来ない筈がない。

 

 かつて生体CPUという業を背負いながら、一人の少女を救う為に戦い抜いた少年兵に想いを馳せつつ、ネオはカナードと共にスティングとアウルが待つ作戦室へと向かうのだった。

 

 〈3〉

 

 コズミック・イラ73年10月2日。

 新造艦ミネルバの進水式を翌日に控えたプラントの軍事工廠“アーモリーワン”では、進水式で行う式典の最終準備が行われていた。

 軍楽隊や、式典用装飾を施したジンによる軍事演習の最終リハーサル。

 進水式が終われば、ミネルバとその所属であるグラディス隊はそのままカーペンタリア基地に配属され、プラントには暫く戻って来られない。だから何処か緊張感が緩んでいたのだろう。

 それに加えて先程から不穏な気配を感じ、その正体について考え事をしていた少年は上の空で、アーモリーワンの一角を歩いていたのだった。

 

「──胸掴んだな、レイ! このラッキースケベ!」

「え……?」

 

 隣の少年が放った、囃し立てる様な声。

 赤服を纏った金髪の少年──レイ・ザ・バレルは掌に突如伝わってきた柔らかい感触を前に、周囲から抱かれていた冷静沈着という印象とは掛け離れた間抜けな声を上げた。

 

「お前……! いきなり何すんだ!」

 

 いきなりレイに胸を掴まれた長い黒髪の少女──カナードは怒りに震えながら右手を振り被ると、呆然としたまま動かないレイの頬を平手打ちした。

 細身の身体には似合わない鋭い一撃を受け、レイはその場で尻餅を付く。カナードは更に追撃を喰らわせようとするが、黄緑色の髪の大人びた少年に羽交い締めされ、間一髪で追撃の蹴りが阻止される。

 

「離せ、スティング! もう一発食らわせてやる!!」

「その辺にしとけ、カナード! 騒ぎを起こすなって言われただろ!」

 

 自分より一回り大きな身体の少年に羽交い締めされながらも、激高して拳を振り翳すカナードを前に、慌てて立ち上がったレイは謝罪の意思を示す為に頭を下げた。

 

「……本当にすまない。少し考え事をしていた」

「ふふっ。故郷の母さんが恋しいのかい?」

「それはお前だろ、アウル」

「カナードを母さんとか言ってたもんな?」

 

 水色の髪をした無邪気な少年──アウル・ニーダの下品な冗談に、カナードとスティングは出来の悪い弟を見るような生温かい視線を向けた。そして頬を腫らして憮然とした表情のレイを見て鼻を鳴らすと、カナードは少年達を引き連れて喧騒の中に消えていった。

 少女達の消えて行った方向を見たまま立ち尽くすレイに、先程囃し立てた少年──シンはにやりと笑いながら声を掛けた。

 

「カナードだっけ。ちょっと怖いけど、綺麗な人だったな」

「あ、あぁ……」

 

 その少女の名前に、レイは言葉を詰まらせた。

 レイにとって育ての親であり、兄の様な存在だったラウ・ル・クルーゼ。そんな彼が探し続けていた二人の少女の片割れと、あまりにも意外な形で出会ってしまったからだ。

 今も少女の居場所が、感覚的に掴めてしまう。今までは曖昧だった感覚が、少女と接触したことで明確な形を成してしまったからだ。

 フラガ家の人間が保有している、ある特定の遺伝子配列を持つ者の居場所を感じる特殊な空間認識能力。

 その遺伝子配列の一部を刻み込まれたことで、完璧なコーディネイターであると共にフラガ家の後継者を産み出す母体としての宿命を定められた二人の少女達。

 その成功作である“キラ・ヤマト”はオーブに在住しており、レイにとってもう一人の親である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして失敗作である“カナード・パルス”は何故、こんな所にいるのだろうか。

 常識的に考えれば、プラントに住んでいたのだろう。しかし以前からプラントにいたのであれば、あのラウが見逃す筈がない。ならばシンやマユのように、オーブからプラントに渡って来たのだろうか。

 堂々巡りに陥りながら、やがて休憩を終えたレイはシンと共に式典の最終準備に戻っていた。

 グラディス隊に所属する赤服のパイロットとして、レイとシンは式典で行われる軍事演習で重大な役割を与えられていたからだ。

 ──しかし。

 

『6番ハンガーの新型だ! 何者かに強奪された!!』

『モビルスーツを出せ! 取り押さえるんだ!』

 

 先程まで賑やかだったアーモリーワンは、地獄と化していた。周囲からは轟音と悲鳴が響き渡り、あちこちから火の手が上がっている。

 その中心で暴れ回っていたのは、ミネルバと並んで式典の目玉とされていた〈カオス〉〈アビス〉〈ガイア〉と名付けられた三機の新型モビルスーツだった。

 

『さぁ、パーティの始まりだ!!』

 

 深緑色のモビルスーツ──カオスは空中を舞う様に飛びながらディンをビームライフルで蹴散らし、止めとばかりに背部の複相ビーム砲で複数を撃ち抜いた。

 

『ごめんねぇ、強くってさぁ!!』

 

 青色のモビルスーツ──アビスは両肩のシールドから無数の武装を展開すると、地面を這うように向かって来るジンを次々に撃破する。

 

『無駄口を叩いてる暇があるなら敵を倒せ!!』

 

 漆黒のモビルスーツ──ガイアはそこら中に転がっている瓦礫やモビルスーツの残骸で足場の悪い地上を4足歩行で縦横無尽に駆け回り、最新鋭量産機であるザクウォーリアすら瞬く間に葬り去っていく。

 これら三機は先の大戦で活躍したフリーダムらに匹敵する性能をバッテリー機で再現するというコンセプトで開発された“セカンドステージ”と称されるモビルスーツであり、ザフトの旧型量産機で対抗するのは非常に困難だった。

 スペック上はザクウォーリアなら技量次第で対抗可能な筈だったが、先の大戦に参加した者が数えられる程しかいないこのアーモリーワンでは、そんな技量を持つ者は殆どいなかったのだ。

 そして唯一三機と互角に渡り合っていたのは、カガリの護衛としてアーモリーワンを訪れていたアスランが急遽乗り込んだザクウォーリアだけだった。

 

『くそっ……! なんなんだお前達は!』

 

 アスランはガイアの姿勢制御ウイングから伸びたビームブレイドを受け流し、ビーム突撃銃を連射する。ガイアは瓦礫を足場に跳躍して無数の光弾を回避すると、背部に装備したビーム突撃砲を放った。その攻撃をアスランはシールドで受け止めると、再びビーム突撃銃を連射する。

 しかし負傷したカガリが同乗しているというハンデに加え、カナード・パルスという鬼才が操縦するガイアは徐々にアスランのザクウォーリアを追い込んでいた。

 このままでは、アーモリーワンそのものが完全に崩壊してしまう。

 レイとシンは偶然ミネルバに収納されていたため、奪取されずに残っていた“セカンドステージ”の二機に乗り込んだ。一足先に出撃したシンを追うように、レイは真紅のモビルスーツ──セイバーを起動させる。

 そしてレイがミネルバから出撃した直後、空中でパーツを合体させて白と赤のモビルスーツに形態変化したインパルスの中で、シンは前方で暴れ回る三機に向かって叫んだ。

 

『また戦争がしたいのか! あんた達は!!』




という訳で、原作とはやや異なるメンバーで結成されたロアノーク隊です。
アウルとスティングは改造の最終段階直前にロドニア研究所が崩壊したため、スウェンと同等程度の身体調整。
元々能力の高いラウとカナードはムウと同じで、ほぼマインド・コントロールのみという状況です。

マインド・コントロールから逃れたのに、カナードちゃんがいるからってネオのフリをしてるラウ……


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崩壊する世界

 〈4〉

 

 アーモリーワンを離れ、強奪したセカンドシリーズ三機を収容した正体不明の敵艦──仮称“ボギーワン”の追討任務を、成り行きでミネルバに乗艦したプラント現議長ギルバート・デュランダルから命じられた惑星強襲揚陸艦“ミネルバ”は揺れていた。

 その理由は先程の戦闘の最中に収容したザクウォーリアに乗っていた二人組が、オーブ連合首長国代表“カガリ・ユラ・アスハ”と、ザラ派の遺志を継ぐ者としてプラントから追放された“アスラン・ザラ”──現在はオーブ軍3佐“アレックス・ディノ”の二名だと判明したからである。

 頭部を強く打って負傷していたカガリは医務室に運ばれたが、アレックスはミネルバ艦長“タリア・グラディス”とデュランダルの両名から尋問を受けていた。

 とはいえ、デュランダルとカガリがミネルバの進水式の裏で極秘会談を行うことは関係者の中で周知されている事実だったし、尋問も二人がザクウォーリアに乗り込んでいた事の経緯を確認するというものだった。

 シンもオーブの理念を貫くために多くの国民を犠牲にしながら自分だけ逃げ出した卑怯者に文句の一つでも言いに行こうと考えていたが、それ以上に先程から様子がおかしいレイが気になっていた。

 強奪されたセカンドシリーズの奪還を命じられたものの失敗に終わり、育ての親であるデュランダルの面子を潰したことを気にしているのかとだろうかと思いながら、シンは無言で格納庫の一角に佇むレイに声を掛けた。

 

「気にすんなって。追い返せただけでもラッキーだろ?」

 

 ザフトの最新鋭機体とはいえ、強奪直後で慣熟訓練どころかOSの最適化すら行われていない機体でアーモリーワンの守備隊を瞬く間に壊滅させた3機と、どうやら敵の指揮官機らしい灰色のモビルスーツ。

 画像データを解析したところ、それは地球連合軍の主力量産機ウィンダムに酷似した機体とのことだったが、その実力はまさに圧巻だった。

 セカンドシリーズの中では最も基本性能が高く、稼働時間とバッテリーパワーを除けば先の大戦で伝説的な戦果を残したフリーダムと同等以上の性能と称されるセイバーに乗ったレイを、灰色のウィンダムは正面から圧倒したのである。

 レイが狙いを定める瞬間には既に射線から逃れており、レイが敵の攻撃を回避すればそれを先読みしていたかのように追撃が行われる。

 その戦い振りは、まさに変幻自在だった。

 そして灰色のウィンダムはセイバーをあっさり退けると、シンのインパルスとアスランのザクウォーリアを同時に相手取りながら殿を務めていたガイアのパイロットと共に、アーモリーワンから逃げ去ったのである。

 

「……そうだな」

 

 レイは苦虫を噛み潰した様な顔で頷いた。

 どうやら“ボギーワン”にはユニウス条約で禁止されたミラージュコロイド・ステルスが搭載されているらしく、即座に追撃するためにハイネら一部の隊員を置き去りにしてまでアーモリーワンを離れたミネルバだったが、完全にその姿を見失っていた。

 そんなミネルバが地球に全速力で向かっている理由は二つあった。

 一つはアーモリーワン宙域に遺されていた痕跡から、どうやら地球に向かった“ボギーワン”を追撃するためだったのだが、むしろもう片方の理由の方が重大だった。

 先程最高評議会からミネルバに向けて、恐るべき内容の緊急通信が行われたのである。

 それは先の大戦が絶滅戦争に突入するきっかけとなった悲劇の地──ユニウスセブンが安定軌道を離れ、地球に向かって移動を始めたというものだった。

 隕石でも衝突したのか、あるいはユニウスセブン自体に何らかのトラブルが起こったのかは不明だったが、計算上は地球に落下してしまうとのことである。

 かつて巨大隕石の衝突で氷河期が訪れたように、ユニウスセブンの様な巨大コロニーが地球に衝突すれば全世界で重大な被害が発生し、地球は壊滅してしまう。とりわけオーブ連合首長国のような小さい島国は、大津波に呑み込まれて一人残らず全滅する可能性も十分あるだろう。

 

「そういえばさっき、ヨウランが探してたぞ。さっきは悪かったってな」

「俺も本気で言ったわけじゃないって分かってるさ。でも……」

「気にするな。お前の言ったことは正しい」

 

 シンは反対側で赤メッシュの髪の少年と屯している浅黒い肌の少年──ヨウラン・ケントに鋭い視線を向けた。

 先程、ユニウスセブンが地球に落下してしまうかもしれないとデュランダルから聞かされた際に取ったヨウランの態度に、シンが激怒したからである。

 眼前に迫る地球の危機に際して「しょうがない」「案外楽」などと軽口を叩いたヨウランの言動は、プラントで生まれ育ったコーディネイター同士なら下品な冗談で済む内容だったが、地球育ちで今もオーブに妹がいるシンにとっては、たとえ冗談であったとしても容認出来ないものだったのだ。

 

「だいたい粉砕作業の支援って言ったって、何をすればいいんだよ?」

「さぁな。細かい指示は、現地でジュール隊が出すって話だ」

 

 異常を察知したプラント最高評議会は地球各国に警告を発すると共に、既に落下軌道に入りつつあるユニウスセブンを破砕しようとしていた。

 そしてその実行部隊としてジュール隊を派遣すると共に、付近で“ボギーワン”を追い掛けていたミネルバにジュール隊の援護を要請したのである。

 そんな前代未聞の事態だというのに──あるいはそんな事態だからか、いつになく上の空なレイにシンは不審な視線を向けながら、出撃に備えてインパルスに乗り込んだ。

 レイも先程修理が終了したばかりのセイバーに乗り込み、続けてルナマリアとアレックスも出撃準備が完了したザクウォーリアに搭乗した。

 赤服のルナマリアはともかく、本来であれば他国の軍人であるアレックスにモビルスーツを貸与するなど常識的に考えて有り得ないことである。

 しかしモビルスーツの数に対してパイロットの数が不足しているという状況下で、この緊急事態を乗り切るためには一人でも多くの優秀なパイロットが必要だと主張したデュランダルが議長権限を行使して許可したのだった。

 そして発進時刻が迫る中、ミネルバのオペレーターを務めているメイリンとバートからユニウスセブンで検知された情報がシン達に共有される。

 

『ユニウスセブンにて、ジュール隊がアンノウンと交戦中! 各機、対モビルスーツ戦闘用に装備を変更して下さい!!』

『更にボギーワン確認! グリーン25デルタ!!』

『どういうことだよ、メイリン!?』

『分かりません。しかし本艦の任務はジュール隊の支援です。換装終了次第、各機発進願います!』

 

 先行していたジュール隊がユニウスセブンに潜伏していた所属不明のモビルスーツと戦闘になり、また別方向から行方を眩ましていたボギーワンが現れたのである。

 潜伏していたモビルスーツ群の正体はユニウスセブンを地球に墜とそうとしているテロリスト達なのだろうが、ボギーワンの狙いが全く分からない。

 ボギーワンの狙いがテロリストを支援するつもりなら撃破しても全く問題ないが、反対にユニウスセブンの落下を阻止しようとしているかもしれなかった。

 もしもボギーワンがテロリストと無関係だとすれば、下手な攻撃は地球連合とプラントの間で再び世界大戦を引き起こす危険性もある。

 なぜならテロリスト達の用いているモビルスーツはザフトの旧式量産機“ジンハイマニューバ2型”であり、彼等からすればザフトがユニウスセブンを墜とそうとしているようにしか見えないからだ。

 ユニウスセブンで破砕作業を行っていたジュール隊はテロリスト達からの攻撃を受け、大いに苦戦している。ボギーワンの狙いが何であるにせよ、ここでイザーク隊が敗退してユニウスセブンを破砕することが出来なければ、地球は壊滅してしまう。

 

『──シン・アスカ! コアスプレンダー、行きます!』

 

 シンはコアスプレンダーを起動させ、ミネルバのカタパルトから発進した。そして続けて射出されるチェストフライヤー、レッグフライヤー、最後にフォースシルエットを合体させると、眼前で繰り広げられているジュール隊とテロリストの乱戦に割り込んだ。

 

 〈5〉

 

『これ以上はやらせ──』

 

 灰色に塗装されたウィンダムは眼前に迫るジンハイマニューバ2型をガンバレルから放った無数のビームで貫き、呆気なく爆散させた。その近くでは別の機体がガイアのビームライフルを受け、後を追うように爆散する。

 この前代未聞の事態を調査するため、ロード・ジブリールの命令で航路を引き返していたネオは正確な情報収集を行うために副官のカナードを連れてガーティ・ルーを離れ、ユニウスセブンに降り立ったのである。

 先程から国際救難チャンネルで自分達に呼び掛けを行っている女性の声が、()()()()()()()()()()()()()()のタリア・グラディスだと理解したネオは、自身の正体を隠すため無言を貫きながら不介入を決め込んでいた。

 しかし反地球連合の色濃い旧ザラ派残党軍で構成されたテロリスト達は、現地球連合軍の主力量産機であるウィンダムの姿を認めると、一斉に襲い掛かったのである。

 先の大戦を最前線で戦い抜いた彼等の技量は、旧式でありながら最新鋭機に乗ったジュール隊の一般兵を凌駕するものだったが、そんな彼等を抑えて最年少で白服に上り詰めた“ラウ・ル・クルーゼ”の仮面を併せ持ったネオと、純粋な能力だけならネオを凌駕しているカナードは押し寄せる残党軍を瞬く間に壊滅させたのだった。

 

『あれは何?』

『“メテオブレイカー”だ。今更ユニウスセブンの落下は避けられまい。だからせめて被害を減らそうというわけだな』

 

 小さい破片であれば大気圏に突入する際に燃え尽きてしまうし、燃え尽きなかったとしても落下時のダメージは大きく軽減される。だからプラントは無理に落下そのものを阻止するのではなく、ユニウスセブンを破砕しようとしていたのだ。

 元は資源衛星や隕石を破壊する為の起爆装置を設置しているジュール隊をモニター越しに捉えながら、かつて似たような場所で民間人を乗せたシャトルを気紛れに撃ち落とした短気な小僧が随分成長したではないかとネオは嗤った。

 

『嫌な気配がする。初めて会ったときの隊長みたいな、誰かに見られている様な気配が……』

『君の持つ特殊な空間認識能力が、強敵を感知しているのだろう』

 

 カナードの不審そうな声に、ネオは苦笑した。

 フラガ家の呪いとも言われる奇妙な感知能力の唯一の例外は、自分自身の存在を感知出来ないことである。

 故にこそネオは、まるで預言者の様な未来予測能力を持っていたアルを粛正することに成功したのだが、対峙している敵の中にレイがいるかもしれないという状況下では無意味だった。

 しかしカナードの言葉で、ネオはミネルバから向かってくるモビルスーツにレイが搭乗しているという確信を得た。

 既にユニウスセブンの落下を阻止するために現れたウィンダムにザフト製モビルスーツが襲い掛かるという、ジブリールが喜びそうな映像は記録している。これ以上はむしろ逆効果だろうと考えたネオはガーティ・ルーとカナードに撤退を促した。

 

『もう撤退? まだ全然暴れ足りないんだけど』

『お楽しみはこれからだ。再び始まるぞ、愚か者共の争いが』

 

 憎み合う両者の頭を押さえ付ける形で訪れた平和など、簡単に崩壊するものである。たとえユニウスセブンの破砕が成功しようと、その破片は地球全土に大きな被害をもたらすだろう。

 地球連合では反コーディネイター感情が再燃するだろうし、ユニウス条約に不満を抱いている者も多いプラントは、この混乱を好機と見て更なる勢力拡大に乗り出す筈だ。

 先の大戦でその扇動者の一人だったネオには、両勢力の動きが容易に予想出来た。

 かつてネオが思い込んでいたように、この世界は憎悪と憤怒に満ちた者達だけではないのだろうが、やはりそうした者がこの世界の大半を占めているのもまた事実だ。

 旧式とはいえ数十機のモビルスーツに加えて、コロニーを移動させるために用いる大型のフレアモーター。所詮は一介の元ザフト軍人がこれほどの準備を整えられるとは思えない以上、背後に彼等を唆した何者かが存在するようだ。

 おそらくは、プラントの何処かに。

 

『全く最高だな、人は──』

 

 まるで自分を正義の執行者のように叫ぶ機体を撃ち抜き、ネオは両腰のアーマーから抜いた投擲噴進対装甲貫入弾をフレアモーターに突き刺した。

 そして吹き飛ばされたフレアモーターとその護衛部隊を嗤いながら、ネオはいよいよ地球の重力に引かれて落下し始めたユニウスセブンから離脱した。

 

〈6〉

 

 突如現れた正体不明艦の牽制を指示されたシンとレイだったが、ウィンダムとガイアを収容したガーティ・ルーは二人に捕捉される前に、搭載していたミラージュコロイド・ステルスを用いてその行方を眩ました。

 ミラージュコロイドを展開している最中はスラスター噴射を行えない都合上、ガーティ・ルーはこの付近の宙域に潜伏している公算が極めて高かった。しかしそれ以上のトラブルが発生したため、イザークは二人に新たな指示を下した。

 ザラ派残党軍のジンハイマニューバ2型隊はメテオブレイカーの設置を行っていたジュール隊に大きな被害を与えており、破砕作業の遅延が起こっていたのである。

 もちろんガーティ・ルーがザフトの最新鋭機を強奪した敵であることに変わりはなかったが、まずは眼前の脅威を排除することが優先だとイザークは判断したのだ。

 

『このひよっこどもが!』

『くそっ……! このままじゃ!』

 

 先の大戦を生き延びた彼等の技量は極めて高く、たとえインパルスに乗ったシンでさえ簡単に撃破できるような相手ではなかった。シンの放ったビームライフルは簡単に見切られ、反対に斬機刀の直撃を受けてシールドごと吹き飛ばされる。

 しかしセカンドシリーズという否が応でも目を引く存在を囮に、ジュール隊は設置が完了したメテオブレイカーを作動させた。

 

『グゥレイト! やったぜ!』

 

 地響きのような轟音と共にユニウスセブンが中心部分から真っ二つに割れ、徐々にコロニー全体の崩壊が起こり始めた。これで地球の壊滅という最悪の事態は免れたが、一安心するにはほど遠い状況だった。

 

『だがまだまだだ! もっと細かく砕かないと!』

 

 ミネルバから駆け付けたザクウォーリアから放たれた聞き覚えのある声に、ジュール隊を指揮していたイザークは思わず叫び声を上げた。

 

『アスラン!? 貴様ぁ、こんな所で何をやっている!』

『やれやれ、これでニコルのヤツもいりゃあな!』

 

 まるで三人は事前に打ち合わせていたかのように散開すると、軽い口喧嘩を交えながらシンが苦戦していた歴戦のジンハイマニューバ2型隊を次々に葬り去っていく。

 一人の攻撃が回避されると、その回避先を狙って追撃が放たれる。それを嫌ってシールドで防ごうとした機体を、もう一人が別の角度からの攻撃で撃破する。

 まるで別次元の技量──これがあのヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの実力かとシンが感心していると、いつのまにか周囲の旧ザラ派残党軍は一掃されていた。

 やがてユニウスセブンは複数のメテオブレイカーで内部から破壊され、十数の破片として分断された。それと時を同じくして、まもなく限界高度に迫っていたミネルバから通信が送られる。

 

『総員に告ぐ。本艦はモビルスーツ収容後、大気圏に突入しつつ艦主砲による破片破砕作業を行う。各員マニュアルを参照。迅速なる行動を期待する』

 

 惑星強襲揚陸艦として造られたミネルバは、大気圏単独突入能力を有している。

 そのためタリアはジュール隊の母艦であるボルテールにデュランダルを移乗させると、戦闘行動限界までユニウスセブンの破砕を行おうとしたのである。

 行方を眩ましたガーティ・ルーとの戦闘に備えてジュール隊は撤退を始めたが、シンはミネルバからの通信を無視してユニウスセブンに残っていた。ジュール隊が置き去りにした資材の中には未使用のメテオブレイカーが一基残っており、それを用いて残っていた中では最も大きい破片を砕こうとしたのである。

 一人メテオブレイカーを両手に抱え、奥に向かっていくシンを見付けたアレックスは自らも機体を反転させると、通信回線を開いて強い口調で呼び掛けた。

 

『何をやっている! 帰還命令が出たぞ! 早く戻れ!』

『ミネルバの砲撃でも、確実とは言えないでしょう! せめてこれだけでも!』

 

 たしかにミネルバの陽電子破砕砲(タンホイザー)は強力だが、巨大建造物の破壊を行うために搭載された代物ではない。

 内部でメテオブレイカーを炸裂させなければ、この破片を確実に破壊出来るとは言い切れなかった。地球にはマユがいる以上、自分なりに最善を尽くさなければならないとシンは考えたのである。

 その気迫を察したアレックスは苦笑すると、インパルスに追い付いてメテオブレイカーに取り付き、設置作業に協力し始めた。

 

『解った! 俺も援護する!』

『吹き飛ばされますよ! 貴方みたいな人が、なんでオーブになんか……』

 

 セカンドシリーズであるインパルスは十分な大気圏突入能力を有しているが、最新型とはいえあくまで量産機のザクウォーリアは大気圏突入能力を有していない。

 厳密には突入可能なのだが、高い耐熱性と耐久性を持つPS装甲を採用していないため、あくまで理論上では突入可能というものだった。

 入念な準備の上で降下するならともかく、こんな状況で大気圏突入を敢行しても成功する可能性は極めて低いだろう。今はオーブに亡命した有名な元ザフト軍人らしいが、なんて勇敢な人だとシンは率直に感嘆した。

 

『まだいたのか!』

『これ以上はやらせん!』

 

 まだ生き残っていた3機のザラ派残党軍が、メテオブレイカーの最終設置作業を行っていたシンとアレックスの前に現れた。

 目的はメテオブレイカーの破壊──シンは咄嗟に残党軍とメテオブレイカーの射線上にインパルスを動かし、立て続けに放たれるビームを防ぎながら光刃(ヴァジュラ)を抜くが、スピーカーから悲壮な叫びが届いた。

 

『我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!!』

『娘……!?』

 

 残党軍の言葉に動揺したシンはビームの一部を通してしまい、直撃は避けたが手前の地面が大きく抉れ、突如大きな衝撃を受けたメテオブレイカーは動きを止めた。

 

『何をする!』

 

 アレックスはシールドに収容されていたビームトマホークを抜き、攻撃を防ぎながら鍔競り合いを開始した。二度、三度と攻撃をぶつけ合いながら、ストライクと同等以上の性能を誇るザクウォーリアのパワーを生かして徐々に押し込んでいく。

 既にジュール隊との死闘で消耗していた残党軍の唯一の頼みは数だったが、シンは片腕を喪失していた機体を両断し、数の上でも互角に立った。

 焦燥感に包まれた残党軍の代表──サトーは完全に狂ったような形相で叫ぶ。

 

『此処で無惨に散った命の嘆き忘れ、討った者等と何故偽りの世界で笑うか! 貴様等は!』

 

 アレックスはハンドグレネードを投擲し、サトーの機体の制御を大きく乱した。そして振り下ろす様な一撃を繰り出し、シールドを構えていた左腕を切り飛ばす。

 更に追撃しようとしたアレックスのスピーカーに、怒号の様な叫びが鳴り響いた。

 

『軟弱なクラインの後継者どもに騙されて、ザフトは変わってしまった!! 何故気付かぬかッ! 我らコーディネイターにとってパトリック・ザラの執った道こそが、唯一正しきものと!!』

 

 鬼気迫るサトーの言葉でアレックスは一瞬気圧され、上方から放たれた斬機刀の一撃でビームトマホークごと右腕を喪失する。

 

『くっ……!』

 

 アレックスは一度体勢を立て直そうとするが、これが唯一の勝機と理解したサトーはスラスターを全開で吹かせて追尾しながら、ビーム砲を立て続けに連射する。

 パトリック・ザラ。

 アレックス・ディノ──アスラン・ザラの父親にして、元初代国防委員長。

 ジョージ・グレンの告白以来、そのナチュラルを凌駕する能力故に迫害され続けていたコーディネイターの国を造ろうとしたパトリックは間違いなく希望の星であり、先の大戦でもあと一歩でナチュラルを殲滅しかけたことから、未だにナチュラル蔑視の色濃く残るプラントでは多数の支持者が存在する男である。

 ユニウスセブンで母を喪い、先の大戦でも最後までパトリックの尖兵として戦い続けたアレックスには、サトーの叫びを否定出来るだけの言葉はなかった。

 しかしその叫びは、この場に残っていたもう一人の少年に火を付けた。

 

『──こんなことが正しいって言うのか! あんた達は!!』

『何だ!? 急に動きが!』

 

 突如()()()()()()()()()()()シンは自らを道連れに自爆しようとした機体の組み付きを回避して斬り捨てると、アレックスに猛攻を仕掛けていたサトーに全速力で突撃した。

 

『我らのこの想い、今度こそナチュラル共に!!』

 

 サトーはアレックスへの追撃を断念して反転しながらビーム砲を連発するが、シンは速度を落とさずスラスターの僅かな制御だけで回避しながら急速に距離を詰める。

 

『あんたに何が分かるんだぁーっ!!』

 

 コーディネイターの受け入れを国策として行っているオーブ連合首長国は勿論、反コーディネイター思想の色濃い地球連合にすらコーディネイターは多数存在する。

 そんなことも分からず地球にユニウスセブンを落とそうとする彼等のやり方は、どれだけ正当化しようとしても正しい筈がない。

 

 ──理念を盾に大勢の命を奪う愚か者は、オーブの獅子だけで十分だ。

 

 シンはビーム砲を捨てて斬機刀を抜いたサトーの攻撃を紙一重で躱しながら、ジンハイマニューバ2型の胴体部分を一撃で両断した。




ほぼ本編通りの箇所はカットということで……。

アレックスさんがカガリの護衛をしてるのはラクスの推薦です。プラントに詳しい上に能力的には十分なので、恋人であろうとなかろうと最適って訳ですね。
この時点のクロトは衰弱してますし、キサカでは不安だし……。

またアレックスさんが乗ってるのはハイネ機です。本人はアーモリーワンのゴタゴタで乗り遅れました。

クルーゼさんがネオだとイザーク、デュランダル、タリア、アスラン、旧ザラ派と殆どの人を把握してるので話が早いですね。


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争いの真実

 〈7〉

 

 コズミック・イラ73年10月3日。

 現在のクライン派中心に構成されたプラント評議会に不満を抱き、戦争の再開とナチュラルの殲滅を主張するザフトの旧ザラ派で構成されたテロリストによって、ユニウスセブンを地球に墜落させる前代未聞のテロが行われた。

 プラントは地球各国に警告を発すると共にユニウスセブンを破砕するため、ジュール隊及び周辺の部隊を派遣した。

 しかしユニウスセブンに潜伏していたテロリストの妨害を受け、ユニウスセブンの破砕に成功したものの世界各地に破片が落下することになった。

 地球全土で甚大な被害が発生し、特に赤道付近では先の大戦で行われたエイプリルフール・クライシスを上回る被害者が発生した。

 各地で破片落下によって都市部が壊滅、あるいは大津波によって国や大都市が水没する大被害が発生し、国際緊急事態管理機構は地球全体に非常事態を宣言。同時に地球連合軍及び各国の軍隊に災害出動命令が発令された。

 後日、大西洋連邦によってユニウスセブンでの映像が公開され、ザフト製モビルスーツによる破砕作業の妨害が明らかになり、プラントも大筋で事実を認める形となった。

 この結果、地球では反コーディネイター感情が再燃することになり、フォルタレザ、キルギス、オーストラリア南部ではザフト製モビルスーツを用いたコーディネイターによる無差別テロが多発し、前盟主ムルタ・アズラエルの引退以降、大幅な勢力衰退を余儀なくされていたブルーコスモスの復権でプラント攻撃の機運は高まった。

 唯一この事件の被害から逃れたプラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルはザフト軍による大規模な復興支援を各国に行ったが、現ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールはテロリスト達が大掛かりな装備を保有していたことから、プラント内部に有力な協力者がいると指摘し、実行犯の引き渡しと査察団の派遣を要求した。

 しかしデュランダルは実行犯はユニウスセブンで全員死亡したと報告すると共に、内政干渉だとして査察団の派遣を拒否。プラント内部による厳格な調査を行うとした。

 翌月──地球連合はプラントの報告を一旦受け入れていたものの、事実上撤回。

 テロリストの引き渡しやザフトの武装解除、賠償金の支払い、プラント最高評議会への監査員の派遣要求など、事実上の自治権剥奪を要求する共同声明を発表したが、プラントは全面的に拒否した。

 後に“ブレイク・ザ・ワールド”と呼ばれるユニウスセブン落下事件以降、反プラント世論とコーディネイターによる無差別テロの多発、ブルーコスモスの復権に伴う各勢力の地下工作によって、地球世論は開戦に傾いていた。そしてこの声明の拒否をテロ支援宣言と見なした地球連合はプラントに宣戦布告し、同時にプラント制圧作戦を発動した。

 L5宙域で行われた地球連合宇宙軍とザフト宇宙軍は一進一退の戦いを続けていたが、地球連合宇宙軍は第八艦隊らの主力部隊を囮に後期アガメムノン級宇宙母艦“ネタニヤフ”を旗艦とした奇襲攻撃艦隊“クルセイダーズ”が防衛網を突破した。

 地球連合宇宙軍の作戦は同艦隊が保有している多数の核ミサイルを用い、プラントを一気に壊滅させるというものだったが、ザフトは中性子の運動を暴走させて強制的に核分裂を起こす新型戦略兵器“ニュートロンスタンビーター”を発動させ、プラントへの核攻撃は失敗すると共にクルセイダーズは壊滅した。

 これ以降、核攻撃に対する抑止力の登場によって宇宙空間では地球連合艦隊とザフト艦隊の間で睨み合いが発生し、戦いの舞台はザフトが保有している唯一の大規模な地上拠点であったカーペンタリア基地を巡る攻防に移るかと思われた。

 しかしプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルはプラントの安全保障のため、積極的自衛権の行使を名分に世界各地にザフト軍を降下させる“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を発動し、再び地球圏全土を巻き込んだ大戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 地球降下後、シンとアレックスの回収を終えたミネルバは偶然乗り合わせたカガリを送り届けるためと、傷付いた船体の修理を兼ねてオーブ連合首長国に入国していた。

 大気圏突入能力を有しているとはいえ、大気圏突入寸前までユニウスセブンの破砕を行っていたミネルバは激しく損傷していたのである。先の大戦で活躍したクサナギを製造していたモルゲンレーテには大型宇宙母艦を修理する為のノウハウはあったが、それでも本来の性能を取り戻すには長い修理期間を要する状況だった。

 ようやく修理の目処が付いたミネルバのクルーには、カガリの口利きで短期間の上陸許可が降りることになり、シンは妹であるマユの安否を確認するため申請を行った。

 シンがマユを預けていたマルキオ導師の経営する孤児院は津波の被害で崩壊してしまったが、幸いにも迅速な避難で命は無事だった。

 しかし住処を喪ったマユ達は避難場所として解放されたアスハ邸の別荘に住み込むことになったらしく、物資や家財道具等の買い出しなどで慌ただしい状況だった。

 亡くなった両親に自分とマユの無事を報告するため、シンはオーブがユニウス条約で主権を回復した後に建立されたという、先の大戦やオーブ解放作戦で亡くなった者達の魂を弔う慰霊碑に足を進めていた。

 遠くの水平線に太陽が沈み始め、周囲が紅に染まり始める中、シンは切り立った崖の際に造られた巨大な石細工に足を進めたが、その前で静かに祈りを捧げている二人の人間を発見した。

 

「──キラ、さん?」

「シンくん」

 

 片方はマユの主治医であるキラ・ヤマトという二つ年上の少女だったが、少女の隣に立っていた赤髪の少年は初めて見た顔だった。

 赤髪の少年は少女と変わらない年齢に見合わず、まるで大病を患っている病人のように憔悴している様子だったが、少女は全く気にしていない様だった。

 シンの姿に気付いた少年と少女は二人で何かを話すと、その場で頭を下げた。それに合わせてシンも頭を下げ、そのまま二人の元に向かっていく。

 

「これが、慰霊碑ですか」

 

 この慰霊碑も先月起こったユニウスセブン落下事件の被害を受けたらしく、遠くから見れば綺麗だったが、間近で見れば彼方此方が汚れて傷付いていた。

 その姿はまるで母国(オーブ)の様だった。美しい理念を掲げてはいるが、その理念を貫く過程で傷付く者が無数に存在するかのような。

 

「私もよく知らないんだ。私も此処に来るのは初めてだから」

 

 少女は慰霊碑の傍らで萎れている花の一つに目線を遣り、僅かに顔を顰めた。

 周囲に植えられていた花々の殆どは流されており、残っていたものも土に混じった塩の影響ですっかり萎れている。数日経てば、完全に枯れ果ててしまうだろう。

 

「せっかく花が咲いたのに、また枯れちゃうね」

「……誤魔化せないって、事でしょうね」

 

 シンの呟くような声に、少女は不思議そうな表情で首を傾げた。

 

「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす……」

 

 コペルニクスの悲劇、血のバレンタイン、エイプリルフール・クライシス。

 最後は互いに大量破壊兵器を撃ち合い、あわや地球そのものが死の星に変わっていたかもしれないという先の大戦。

 そして先日起こったアーモリーワン事変と、ユニウスセブン落下テロ事件。

 

 ──我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ! 

 ──何故気付かぬかッ! 我らコーディネイターにとってパトリック・ザラの執った道こそが唯一正しき者と! 

 

 数え切れない犠牲の果てに訪れた平和を、こうして望まない者達も存在する。そして彼等の思惑通り、再び地球全土を巻き込んだ戦争が始まってしまった。

 ミネルバの修理が終われば、自分達グラディス隊も“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を実行するため、地球連合軍との戦いに赴くだろう。

 そして再び平和が──命が喪われるのだ。まるでこの萎れてしまった花の様に。

 結局のところ誰かを傷付けることが、人の本質なのだろうか。

 あの日フリーダムと戦っていた地球連合軍の黒いモビルスーツの流れ弾を受け、吹き飛ばされた両親の姿と顔面に酷い火傷を負い、光を喪ったマユの姿をシンは思い出した。

 

「君は……」

 

 そんな悲痛な表情のシンを、赤髪の少年の隻眼が捉えた。

 




過去に支援絵を頂いた阿井上夫様に、某サイトを通して素敵なイラストを描いて貰いました。
非公開で依頼した手前、早く載せようと思ったのでやや短めですが投稿しました。

表紙イメージ

【挿絵表示】

パイスー姿のキラちゃん①

【挿絵表示】

パイスー姿のキラちゃん②

【挿絵表示】


誰もが望むだろう! 君と付き合いたいと!

パイスー姿のクロトくん

【挿絵表示】



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不穏の序曲

 〈8〉

 

 日が昇る直前だった。

 喉の渇きで目覚めたクロトは部屋を出たところで、何かが遠くで破裂するような音を耳にした。不思議に思ったクロトはコップの水を飲み干すと、壁のフォンを取って警備所にコールを鳴らした。しかし電話線が切られているのか、何の反応もなかった。

 クロトが監視カメラを覗くと、研究所の入口に武装した男達の姿が映っていた。しかし直後にカメラが破壊されたのか、あるいはハッキングされたのか、一瞬のノイズの後にモニターに表示されていた外部の映像は途絶えてしまった。

 

「どうしたの?」

 

 突然の焦燥感が押し寄せる中、異変を察したキラがジャージ姿で姿を現した。

 

「何かが来る。テロリストか、何かが……」

「テロリスト?」

 

 クロトはキラの手を引き早足で部屋に引き返すと、棚の上に畳まれていたベストとズボンを着込むと、その下に収納していた自動式拳銃と高周波ナイフを手に取った。

 冷たい鋼鉄と硬化プラスチックで造られた自動式拳銃のグリップを握り込み、指先の感触を確かめると安全装置を解除する。

 

「地下通路からシェルターに。僕は連中を迎え撃つ」

 

 まだ寝惚けているらしく、間の抜けた表情のキラをアスハ邸のシェルターに繋がる隠し階段に手早く押し込むと、クロトは不安そうなキラの手を握り締めた。

 

「ク、クロトも逃げないと!」

「僕は、大丈夫だから」

 

 これから自分は何をすればいいのか──自分は何が出来るのか──自由の対価として、捨てた筈の未来をどう生きるのかという今後の課題に対して、一つの明確な答えが導き出されるのを感じた。

 ジョージ・グレンの告白以来、救い難い狂気と欲望が渦巻くこのコズミック・イラで、自分は目の前の呪われた宿業を背負う少女を守り抜かなければならないのだ。

 ──どんな手を使ってでも。

 クロトは二重底に改造した棚の奥に隠していた一対の鍵を取り出すと、自らの懐に忍ばせた。

 

 

 

 水平線から太陽が姿を現す中、武装した6人の侵入者達が一斉に行動を開始した。

 侵入者達は三方に別れ、目標の研究所兼自宅である建物へと迅速に迫った。中央の2人が先行して片方が裏口の周辺を警戒すると、もう片方が裏口のドアに電子錠を解除するカードキーを差し込んだ。

 

 〈最新式の三重ロックだ。コソ泥相手には厳重過ぎる位だな〉

 

 男はドアを開けると、屋内に潜入した。遅れてもう一人の男が潜入し、音を立てないよう慎重にドアを閉めた。先に入った男が奥に進み、後の男は建物のセキュリティシステムをハッキングするためその場に留まった。

 

 〈セキュリティの支配が完了次第、B班は南の窓から侵入、C班は玄関で待機だ〉

 〈了解。建物内部に無数の熱源探知〉

 〈稼働中の研究機材だな。誤射に注意しろ。我々の目的は目標βの確保だ〉

 

 男は笑いながら銃を抜き、狭い通路を抜けて使用中らしきバスルームに向かった。頭部に付けたスコープが赤く光り、暗闇でも正確に建物内部の構造を把握した。

 

 〈セキュリティ確保。B班は侵入開始。C班はそのまま待機だ〉

 

 裏口に残った男が通信で告げると、男は脳裏に記憶していた建物の構造図と獲物である少女の姿を思い浮かべながらゆっくりと進んだ。いくつかの部屋を通り過ぎたが、男は一瞥もしなかった。

 そこに標的が存在しないことは赤外線スコープで明らかだったし、頭上から赤髪の人影が現れたことも、人影が一閃した高周波ナイフが自分の首をバターの様に切り落としたことにも、男は全く気付かなかった。

 

 セキュリティを解除した男は別の通路を抜け、熱源反応を示した研究室に向かっていた。半開きのドア脇の壁に身を隠した後、銃を構えて勢いよく踏み入ると、男は入口で呆然と立ち尽くす。

 

 〈オルア!? いったい何が!! 〉

 

 先程まで行動を共にしていた筈の男が、見るも無惨な姿に変わっていた。首から上だけの姿になった男は薄笑いのまま硬直し、サッカーボールのように床を転がっていたのである。

 

「よくもオルアを!!」

 

 男は地声で叫びながら、スコープに映る複数の熱源に向かって銃を連射しながら研究室の奥まで突撃した。そしてその全てが熱源に命中したのを確認した直後、男の頭上に冷たい水が降り注いだ。

 男は自身の銃撃で作動したスプリンクラーの水を浴びながら、別方向から侵入したB班と玄関で待機しているC班に増援を要求しようとしたが、その間際に反対側のドアから人影が不意に現れた。

 不気味な赤黒い服を着た隻眼の少年が立っていた。少年の服は黒地だったが、オルアの返り血を浴びて赤く染まっていたのである。

 そのイカれた姿の少年が、目標βを確保する際に唯一障害と成り得る少年兵であることに疑いはなかった。男は全身に走る灼けるような熱さに混乱しながらも、少年を狙って銃の引き金を引いた。

 しかし、男は何かがおかしいことに気付いた。男の銃弾など全く脅威ではないと見切っているかのように、少年は男に銃口を向けながら頬に付いた血を拭っていたのだ。

 男は戸惑いながら少年に向けて立て続けに引き金を引こうとしたが、足下に何かがごとりと落ちる音を聞き、ようやく自らの置かれた状況を理解した。

 少年の放った銃弾は既に男の右手首を撃ち抜いており、仲間の死に怒っていた男はそれに気付かず反撃しようとしていたのだ。

 

「あ」

 

 パニックになりながら左手で拳銃を拾おうとした男の額を弾丸が撃ち抜き、周囲に脳髄を撒き散らしながら男は崩れ落ちた。

 

 〈9〉

 

 突如現れた正体不明の武装集団を撃退し、自らもアスハ邸の避難用シェルターに逃げ込んだクロトは先に逃がしていたキラ、そして同様に武装集団の襲撃を受けたラクス達と合流していた。

 その中には先日のユニウスセブン落下テロ事件で孤児院から避難していたマルキオ導師やステラ、マユ達もいた。

 しかし数日前からオーブ本庁に泊まり込み、条約を結んだ国家同士が相互に集団的自衛の義務を担う“世界安全保障条約”の締結を迫る大西洋連邦との折衝を行っていたカガリとアレックスは不在だった。

 クロトは返り血で真っ赤に染まった服に慌てふためくキラを落ち着かせると、同じく駆け寄って来たステラに声を掛けた。

 

「連中をどう見る?」

「ザフトの特殊部隊ってトコでしょうね。反アスハ派やブルーコスモスのテロリストにしては、装備が充実し過ぎています」

「僕も同意見だ」

 

 シェルターに逃げ込む前に銃撃戦になったらしく、ホルスターに収納していた自動式拳銃の予備弾倉に銃弾を装填しながら、ステラは溜息混じりに言った。

 ザフト軍の歩兵に酷似した装備に、先程からこのシェルターに攻撃を続けているザフトの最新鋭水陸両用モビルスーツ“アッシュ”。

 停戦状態ならともかく、今や地球圏全域を巻き込んだ第二次連合・プラント大戦が起こっている状況で、一介のテロリストがそう簡単に用意出来る代物ではないのは明白である。

 

「狙われたのは、キラとラクスだ」

「狙われたというか、今も狙われてますけどね」

 

 暗殺を行う際に最も重要なのは、現場に目標が存在していることである。現場に目標が不在であれば徒に自らの戦力を消耗するだけであり、目標の人物をより警戒させるからだ。

 本来は最重要人物である筈のカガリがいないと分かり切っているタイミングで襲撃者達が暗殺を仕掛けて来た以上、襲撃者達の狙いはオーブ連合首長国代表のカガリではないのは明白である。

 そして貴重な戦力を割いてまで研究所を襲ったことから、襲撃者の狙いはキラとラクスの両方だとクロトは推測したのである。

 

「どうして私とキラを?」

「さぁねえ。ザラ派の残党か、それとも……」

 

 そもそも、このオーブ連合首長国にラクスが亡命していると把握している者など、前プラント議長であるアイリーン・カナーバを含めてクライン派の中でも限られた者しか居ない。だからザラ派の残党が、ラクスの居場所を突き止めて実行したとは考え難い。

 ましてやユニウスセブン落下テロ事件以降、ラクスがアスハ家の別荘に身を寄せていると把握している者など数人しかいないのだから、犯人はその中の誰かとしか考えられない。

 常識的に考えて、クライン派にラクスの命を狙う理由など無い筈なのだが、現実にラクスはその中の誰かにとって邪魔らしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もう保ちませんよ!!」

 

 ステラが大声で叫びながら、外部から吹き込んで来た爆風を防ぐために防火シャッターを下ろした。

 そしてシェルターに伝わる震動が徐々に大きく変わり始めた。このままではまもなく壁面が破壊され、シェルター内部にアッシュが流れ込んでくるだろう。たかが手持ちの拳銃一つで、最新鋭のモビルスーツに抵抗する手段などない。

 クロトは懐から一対の鍵を取り出すと、虚ろな表情のまま沈黙していたラクスに視線を向けた。

 

「……鍵を使う。ここで大人しく殺される訳にはいかない」

「分かりました」

 

 キラはクロトとラクスの顔を交互に見ると、怪訝そうに首を傾げた。

 

「鍵?」

「もしもの時に、君を守るための剣だ」

 

 クロトは何一つ知らない──出来れば知らないままでいて欲しかった少女に微笑み掛けると、シェルターの最奥に存在する巨大な扉の前に立った。そしてキラに片方の鍵を託すと、もう一つを手に取った。

 

「3、2、1!」

 

 左右に立ったクロトとキラが鍵穴に差し込んだ鍵を同時に回転させると、電子音と直後の重々しい音と共に扉が左右に動き始め、開けた空間に鎮座する灰色のモビルスーツが姿を顕現した。

 

 〈10〉

 

『よーし、行くぞ! 目標を探せ!』

 

 とある人物からラクス・クラインの暗殺及び、キラ・ヤマトの確保を命じられたザフト軍特殊部隊ヨップ・フォン・アラファスは遂に厚い装甲で守られていたシェルターの外壁を破壊することに成功した。

 目標αと目標βはシェルターの奥深くに逃げ込み、次々にシャッターを下ろしてヨップ達の侵入を防ごうとしているが、最大の障壁だった外壁が破られた以上、アッシュの進軍を止める術などない。

 ヨップはシェルターに開いた大穴の前にアッシュを集合させ、順に突撃させてシェルター内部を制圧しようとした。

 ──その時。

 

『なんだアレは?』

 

 突然、正体不明のモビルアーマーが轟音と共に崖の一角を切り崩しながら現れた。そのモビルアーマーは空中で華麗に宙返りすると、モビルスーツに変形してヨップ達の前に降臨する。

 

『あれはまさか……!?』

 

 重厚な漆黒の装甲に、見た者に恐怖を抱かせる凶悪なフォルム。

 地球連合軍初のモビルスーツ“G兵器”にその名を連ね、初実戦となるヘリオポリス崩壊事件以降、圧倒的多数のザフト軍を幾度となく打ち破ったモビルスーツ。

 たとえ敗北しても不死鳥の如く蘇り、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦ではザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼが駆る最新鋭の核機動モビルスーツ“プロヴィデンス”を一騎討ちで撃ち破ったモビルスーツ。

 地球連合軍の核攻撃を単独で阻止し、ザフトの大量破壊兵器ジェネシスを核爆発で破壊した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“レイダー”である。

 先の大戦でレイダーを密かに回収していたラクスは、クライン派が密かに保有する軍事工場“ファクトリー”で大破したレイダーを修理すると共に、万が一自分やキラが何者かに命を狙われた事態に備え、アスハ邸のシェルター最奥にレイダーを封印していたのである。

 この事を知っている者は、実際に主導したバルトフェルドやパイロット候補であるクロトを含めた数名だけだった。

 

『──!』

 

 頭の中がクリアになり、五感が極限まで研ぎ澄まされる。

 クロトはスラスターを全開で吹かせて両腕の鋼爪(アフラマズダ)を展開すると、シェルター内部に突入しようとしていた2機のアッシュを錐揉回転しながら同時に切り裂いた。

 続けて後方から放たれた無数のビーム攻撃を急上昇して回避すると、頭部から放った正確無比な高出力エネルギー砲(ツォーン)で更に1機を爆散させる。

 

『撃て! 撃ちまくれ!!』

 

 ヨップは残存していたアッシュに一斉射撃を命じ、自らもレイダーに向かって両肩の砲門からビームを連射するが、その全てがクロトの緩急を付けたスラスターの制御で回避され、反撃で放たれた破砕球(ミョルニル)を受けた1機が大炎上した。

 

『そんな馬鹿な!!』

 

 まさに悪夢のような事態にヨップは絶叫しながら、背部のランチャーに搭載していた対艦ミサイルを全弾発射するが、クロトはレイダーを後方に滑らせるように操作しながら体勢を立て直すと、引き寄せた破砕球(ミョルニル)を手元で振り回して薙ぎ払った。

 

『おおおっ!!』

 

 ヨップはビームクローを展開し、クロトが突撃しながら放った高出力エネルギー砲(ツォーン)を回避しながら振り下ろすように斬り付ける。

 しかしクロトはビームクローを右腕のシールドで捌くと、体勢を崩したアッシュの両腕を鋼爪(アフラマズダ)で両断した。そして両脚の関節部位を機関砲で破壊すると、止めとばかりに頭部を破砕球(ミョルニル)で吹き飛ばす。

 

『こ、これが……』

 

 得意分野の水中戦は勿論、陸上戦でもザクウォーリアに匹敵する運動性能を誇る最新鋭機のアッシュを、基本性能はセカンドステージに匹敵するとはいえ、旧式の機体でここまで圧倒するのは操縦者の圧倒的な技量に他ならない。

 これがグリマルディ戦線以来ザフトを震撼させ、ブルーコスモスに所属するナチュラルでありながら地球連合軍最強のパイロットと謳われた“悪魔”の力かとヨップは戦慄した。

 そして自分達はプラントに──あの御方に災厄をもたらす悪魔の封印を解いてしまったのだとヨップは理解した。

 

『誰の指図だ?』

 

 既に部下は撤退した者を除けば全滅し、自らも四肢を喪い機能停止したアッシュのコクピットに取り残されていたヨップの下に、スピーカーから底知れない憤怒を秘めた声が届いた。

 もしも目の前の少年に捕まってしまえば、自分は全ての情報を吐かされるだろうという確信に近い恐怖がヨップを襲った。

 厳格な婚姻統制を敷いてなお、そう遠くない未来に消滅の危機に立たされているコーディネイターの未来の為──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──自分達の正体を知られる訳にはいかない。

 プラントとオーブの間に決定的な対立を引き起こすと共に、その気になれば再びプラントの政治に介入し、プラントと地球連合の戦争を終わらせてしまうかもしれない女傑ラクス・クラインに、プラント本国に対する不信感を抱かせるという最低限の役目は果たした。

 ──ならば。

 

『……!』

 

 クロトは目の前で機能停止していたアッシュがラクスとキラを襲った自分達の素性を隠す為だけに、最後まで戦うことを放棄してその場で自爆するという狂気の光景を目の当たりにした。




没になりましたが、キラちゃんが拉致されてクロトが行方不明になるプロットもありました。

闇堕ちしてサングラスを掛けたクロトがネオに託されたデストロイで登場してザフト軍相手に大暴れ。
一度はインパルスに敗北するが、再び新型デストロイに乗ってデスティニー×2、レジェンドを相手に激闘を繰り広げ、最後に傷付いた装甲をパージすると中にはレイダーが……って展開です。(大嘘)


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届かぬ声

 〈11〉

 

 無惨な姿で転がっていたアッシュが自爆装置の起動で爆散し、一部の破片を残して消滅する光景を目の当たりにしながら、クロトは全身の緊張を解いた。

 かつて外科手術で脳内や分泌腺内に埋め込まれた身体能力、反射神経を向上させるマイクロ・インプラントを取り除かれ、その苦痛を取り去り肉体を維持すると共に、神経を活性化させる合成薬物“γーグリフェプタン”の服用を中止している現在のクロトは純然たるナチュラルである。

 しかし世界各地から無数の孤児を集めて蠱毒の様な選別が行われた末に、生体CPUの被検体として選ばれたクロトは身体能力、反射神経においてナチュラルの中でも最高峰の逸材だった。

 ヤキン・ドゥーエ攻防戦におけるラウ・ル・クルーゼとの死闘でクロトが覚醒したSEED因子の特性として挙げられるのは、発現時は自身の潜在能力を十全に発揮することである。

 つまりSEED因子を発現させた状態のクロトは、一時的に2年前の全盛期と大差ない戦闘能力を発揮出来たのだった。

 

「……」

 

 今まで手に取るように把握出来ていた視界が急速に狭まり、神経接続によってセンサーからダイレクトに伝えられる情報の洪水で、クロトの脳が悲鳴を上げ始めた。

 更に肉体の負担を軽減するパイロットスーツすら装着せず、縦横無尽に亜音速のモビルスーツを操縦した反動を受け、激しい嘔吐感が内臓から込み上げる。

 

「ちっ……」

 

 そんな心身ともに最悪の状況だというのに、レーダーに新たな反応を確認したクロトは舌打ちする。

 まるで今までミラージュコロイドで姿を眩ましていたかのように、索敵圏内部に突如出現した2つの反応は音速を超える速度で迫りながら、通信回線を開いてクロトに呼び掛けを行った。

 

『こちらオーブ国際救助隊。繰り返す、こちらオーブ国際救助隊。そこの不審者はウゼーから投降しろ』

『まーたミヤビのヤツが騒ぐだろうな。無断出撃は止めろってな』

『関係ねーんだよ、そんなこと!』

 

 深緑色と濃紺色。鮮やかな装甲を纏った2機のモビルアーマーが大空を切り裂いて上空に現れた。

 両機はそれぞれ空中で反転して“フリーダム”に酷似した形状のモビルスーツに変形すると、停止したレイダーを挟む様な形でゆっくりと着地する。

 

『久しぶりだな、クロト』

 

 紺色の機体から、聞き慣れた声が放たれる。

 型式番号“MVF-X08”──通称“日蝕(エクリプス)”。

 オーブ解放作戦直前にキラ・ヤマトがもたらした“フリーダム”をモルゲンレーテが無断で解析したデータを元に設計され、大西洋連邦の占領下に置かれるという国辱を味わったことで本格的な開発が行われた高速度・高高度飛行を可能とする可変モビルスーツ。

 名目上は救助隊の特殊機体として予算が設けられ、軍部ではなく外務省の管轄という秘匿された出自であり、その実態は主権を回復したオーブが中立国家としての立場を維持しながら、極秘裏に国外のオーブ国民の生命財産を守るために運用される機体である。

 ユニウス条約に違反する“ミラージュコロイド技術の軍事利用”や“敵国への先制攻撃”を是とする運用方針など、オーブの中立国としての理念を根底から揺るがす設計思想であるものの、二度と主権を喪失しない為に製造された機体である。

 そしてその運用機関であるオーブ国際救助隊──通称“ODR”を指揮するキオウ家は、元大西洋連邦軍人“オルガ・サブナック少尉”と“シャニ・アンドラス少尉”をエクリプスのパイロットとして勧誘し、シンガポールでテロ活動を起こっていた旧ザラ派テロリストの殲滅任務や南アメリカの武装蜂起に巻き込まれた要人の救助任務など、様々な特殊任務を極秘裏に遂行していたのだった。

 

『……遅いんだよ、お前等は』

 

 最新鋭の水陸両用モビルスーツ“アッシュ”で構成された特殊部隊の攻撃を受け、見るも無惨な廃墟と化した研究所を見て呆然と立ち尽くすキラの姿をモニター越しに見ながら、クロトは吐き出すような声で呟いた。

 

 〈12〉

 

 オーブ本島の南島に位置し、オーブ軍司令部とオーブ軍の兵器開発・製造等を行っている国営企業“モルゲンレーテ”の本社及び工廠が存在するオノゴロ島。

 こうした地勢上の観点から、先のオーブ解放作戦ではオーブ軍と地球連合軍との主戦場となり、多くの被害を受けた島である。そのオーブ軍司令部の中心部に存在する最高司令室にて、昨晩起こったカガリ・ユラ・アスハ暗殺未遂事件の重要参考人として、クロトはオーブ国防軍最高司令官であるロンド・ミナ・サハクの尋問を受けていた。

 

「貴様とは初対面だったか。二年前は随分世話になった」

「それはどうも」

 

 艶やかな黒髪を伸ばした大柄な女性が放つ威圧感を受け流しながら、クロトは指し示されたソファに腰を下ろした。

 かつてオーブ首長国を治める五大氏族の一つ“サハク家”の後継者として見込まれ、オーブ解放作戦における氏族当主の自爆、そして弟の死でサハク家を継いだミナは一時協力関係にあったムルタ・アズラエルにヘリオポリス崩壊事件、オーブ解放作戦を誘発した人物として名指しで弾劾され、表舞台に担ぎ出されることになった。

 結果的にユニウス条約で全て有耶無耶になったが、それでも以前のようにサハク家の管轄に置かれていた宇宙ステーション“アメノミハシラ”の統治に専念することなど出来ず、条約締結後に主権を取り戻したオーブ連合首長国の復興に尽力していた。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて、クロトがドミニオンで起こしたクーデターはミナも把握していたとはいえ、クライン派と共謀してアズラエルを平和の使者として持て囃す形で戦後秩序を構築させたクロトとミナの関係性は微妙なものだったのである。

 

「随分と派手にやってくれたな。まさかコソコソ隠れてあの機体を修復していたとは」

「アレはジャンク屋から購入した私物ですよ。書類上はね」

 

 今や火星圏にまで人類の進出が始まったコズミック・イラにおいて、モビルスーツを民間人が所有することは合法である。そして武器の使用も専守防衛の範囲であれば認められている。

 もちろん一般人が軍事利用可能なモビルスーツを入手することは通常であれば困難なのだが、宇宙空間の廃品回収、及びそのリサイクル業者団体“ジャンク屋組合”の存在がそれを可能にしていた。

 ユニウス条約締結以降、保有台数制限で過剰となった兵器が多数発生するようになり、そのニーズに応える形で兵器解体事業にも参入するようになったジャンク屋組合はその技術を生かし、モビルスーツなど各種重機の販売業務も行っている。

 要はジャンク屋を間に挟んでしまえば、合法的に軍事兵器を入手することが事実上可能なのだ。

 だからこそプラントはユニウスセブン落下テロ事件において、テロリスト達がザフト軍のモビルスーツを多数用いていたにもかかわらず、自分達はテロリストとは全く無関係だと主張出来たのである。

 

「おかげで朝からミネルバの連中が大騒ぎだ。これがオーブのお家芸かとな。私から言わせれば、連中の手口の方が余程問題だと思うが」

「でしょうねえ。ザフトの新型機だとか?」

「私もデータでしか知らんがな。だが最近ロールアウトしたばかりで実戦にも未投入の機種を、そこらのテロリストがあれだけの数を所有している訳がない。……とはいえ、やはり解せんな」

 

 オーブ連合首長国の政治は現在、地球連合軍とザフトの戦争に対する不介入を主張する中立派と、地球連合軍に付くべきだと主張する親連合派の二つに別れて揺れている。

 その中でも中立派にとって最後の砦であるカガリの命をザフトが狙うことは、軍事戦略的に考えて有り得ない。実際に昨日まで中立派だった政治家達の何人かが事件を受けて親連合派に転向しており、情報統制が無ければ国内を揺るがす大事件になっただろう。

 つまりプラントの有力者だろうテロリスト達の雇い主は、ザフトの地上最大拠点であるカーペンタリア基地を睨む位置に存在するオーブ連合首長国を敵に回す危険性よりも、何故かアスハ邸の攻撃を優先したということである。

 開戦直後のプラント本国に対する核攻撃といい、地球連合軍上層部は今度こそプラントを完全に滅ぼそうとしている。加えてミネルバが駐留している状況下でプラントが敗戦する可能性を高めてまで、オーブを刺激する必要などないとミナは考えていた。

 

「一つ言えるのは、テロリストの親玉はオーブを敵に回しても十分な勝算があると判断したってことです」

「確かにな。地球連合宇宙軍による本土強襲作戦の失敗以来、地球連合軍は世界各地で劣勢だそうだ。プラントはユニウスセブン落下テロ事件で唯一被害を受けなかった国なのだから、当然と言えば当然だが」

「やはり地球連合の主張通り、ザフトの自作自演だと?」

「自作自演と言うよりは、極秘裏に支援したという方が正しいだろうな。成否に関わらず地球連合に壊滅的な損害を与えられ、地球連合軍が仕掛けて来れば勢力拡大の大義名分を得られる。巧妙な手口だ」

 

 積極的自衛権を名目に、世界各地に存在する連合基地を狙った大規模な降下作戦“オペレーション・スピア・オブ・トワイライト”を実行したザフト軍は反連合感情の根強いユーラシア西部地域を占領し、現地の反連合レジスタンスと協力して中東地域に存在するガルナハン基地を包囲するなど、各地で快進撃を続けている。

 ユニウス条約でザフト軍はカーペンタリア基地を除く全ての地上拠点を無条件で放棄したが、今やかつて支配下に置いていたジブラルタル、サンディエゴ、ディオキア、マハムールなど各地に巨大な軍事基地を建設し、周辺地域を支配下に置いている。

 どうやらプラントの主張する積極的自衛権とは、ザフト軍が全世界を支配下に置くまで行使可能な権利らしいとミナは嘲る様に嗤った。

 

「民衆の支持も、ですね」

「貴様はなかなか鋭いな。元を正せば自分達の危機管理不足で地球にユニウスセブンを降らせたくせに、今やデュランダル議長は野蛮な地球連合軍と戦う英雄扱いだ」

 

 地球連合軍の苦戦は、地球連合軍の切り札である核兵器に対するカウンターである“ニュートロンスタンピーダー”の存在、ユニウスセブン落下テロ事件による地球連合の国力低下など様々な要因があったが、最大の要因はこうした反地球連合勢力の存在だった。

 先の大戦とは異なり、根深い反プラント感情はあれどもそれ以上に厭戦気分や地球連合に対する不信が世界中に蔓延していた。

 かつてプラント最高評議会が血のバレンタイン事件の報復として実行し、全世界に未曾有のエネルギー危機をもたらしたエイプリルフール・クライシスと、あくまでザラ派の残党軍が起こしたユニウスセブン落下テロ事件とでは、同じ世界中に多大な被害をもたらした無差別殺戮であっても、大衆の反応は異なったのである。

 

「なんにせよ、カガリ嬢とセイラン家のお坊ちゃんが結婚すれば、私も晴れて国防軍最高司令官の地位を剥奪だ。めでたいことだな」

「結婚?」

「何だ、聞いていないのか。貴様とカガリ嬢はそれなりに親しいと聞いていたが」

 

 ここ数日、カガリはアスハ邸に姿を見せなかった。それは世界安全保障条約機構の加盟を迫る大西洋連邦との連日の折衝で忙しかったのも理由の一つだが、最大の理由は花婿であるセイラン家の屋敷で結婚式の準備を行っていたからだとミナは告げた。

 

「それは拙い事態ですねえ」

「全くだ。セイラン家の狙いは、アスハ家の威光を借りてこの国を手中に納めることだろう。オーブも終わりだな」

 

 今の状況は先の大戦と酷似しているが、その背景である世界情勢はむしろ真逆の様相を呈している。

 かつてサイクロプスを用いた自爆攻撃やオーブ解放作戦、生体CPUの製造が非道と言われながらも地球連合軍で許容されたのは、地球に死と混沌をもたらす宇宙の化物を全滅させなければならないという大衆の意志があったからだ。

 しかし曲がりなりにも一時の和平が成されて国として正式に成立したプラントに対して、大西洋連邦でさえ内部対立が起こっている地球連合軍が一枚岩で戦うことなど不可能であり、おそらくザフトの勝利に終わるだろうとクロトは推測していた。

 事実、大西洋連邦がオーブに世界安全保障条約機構の加盟を迫っているのも、地球連合軍が深刻な戦力不足に悩まされているからである。

 先の大戦でオーブが侵攻された理由は、反攻作戦に必要なマスドライバー施設とモルゲンレーテの技術力の接収と新型モビルスーツの実戦テストであり、オーブ軍を戦力として自陣営に引き込むことではなかったことからも、今の地球連合軍の戦力が相対的に弱体化しているのは明白だった。

 

「貴女はオーブが滅んでも良いと?」

「カガリ嬢がセイラン家との結婚を本気で望み、国民がそれを支持するなら止める理由はない。結果的にこの国が滅びたとしても、私はアメノミハシラに戻ってオーブ再建の機会を伺うだけだ」

 

 ミナはオーブ国防軍最高司令官である一方で、アメノミハシラの為政者としての側面を持っている。今やアメノミハシラが保有している戦力はオーブ軍を凌ぐとすら言われており、事実ザフトや地球連合軍の武力介入を何度も退けている。

 そんなミナにとってカガリは同じ国を守る同胞ではあったが、今や国内最大勢力であるセイラン派に弓を引いてまで、自ら政治的介入を行うつもりはなかったのである。

 

「そうそう。正式な締結日はまだだが、午前の会議で世界安全保障条約機構の加盟も決まった。決定打は昨晩の事件だ。プラントの脅威から国民を守る為には、連合との同盟は仕方ないとな」

 

 沈黙するクロトを見て、ミナは意地が悪そうに嗤った。

 

「これもウズミの撒いた種だ。当時下級氏族だったセイラン家との婚約も、カガリ嬢の後ろ楯になりそうな連中を巻き込んで自爆したのも奴の意思だ。戦後主権を回復したオーブがカガリ嬢の人気を利用した傀儡政治になると思わなかったとは言わせんぞ?」

 

 対ザフトの前線基地として利用するため、モルゲンレーテとマスドライバーを喪い、コーディネイターの流出で国内産業が壊滅していたオーブには地球連合から多額の投資が行われた。

 そんな情勢を巧妙に立ち回り、五大首長に昇格したセイラン家が連合寄りの姿勢を見せているのは当然だった。

 そもそも今は中立派であるミナが現当主のサハク家も、元を辿ればヘリオポリスのモルゲンレーテ支社にて、当時の地球連合軍准将ハルバートンと協力してG兵器を製造していた連合派である。

 アスハ家の後継者であり、前大戦の英雄というブランドによる圧倒的な国民的人気はさておき、為政者としてのカガリは完全に孤立していたのだった。

 

「正式に婚姻関係が成立すれば、カガリ嬢は体調不良という名目でセイラン家の屋敷に幽閉されるだろう。後はカガリ嬢の代理人として、セイラン家の専横政治が始まるだけだ」

 

 表向きは国民に支持されている者をトップに据え、実際にはその親戚が政治を執り行うことは古来から度々行われている。勿論それが一概に悪いという訳ではないが、少なくともセイラン家は能力的に不適格だとミナは判断していた。

 ザフトの最大拠点カーペンタリア基地の近くに存在するオーブが地球連合とプラントのどちらかに肩入れするのは、世界情勢の正確な見極めが重要である。セイラン家は自らの支持基盤に拘って亡国を招くという点で、建国の理念に拘ったウズミよりも罪が重いとミナは言い捨てた。

 

「……何故、それを僕に?」

「貴様が良からぬ事を企んでいるなら、私も一枚噛ませろと言っているんだよ」

 

 復讐対象だった筈のアズラエルすら利用し、クライン派と共に未曾有の絶滅戦争を停戦に導いた立役者の1人にして、自らも地球連合軍最強のパイロットと謳われる傑物。

 昨夜の襲撃で二年に渡る長き眠りから遂に目覚めた“悪魔”が、再び混迷を極めるこの世界に何をもたらすのか、ミナは純粋に興味を引かれたのである。

 ミナは手元に置いていたコンピュータを起動させると、とある映像をクロトに示した。

 

「この船は……?」

「イズモ級宇宙戦艦一番艦“イズモ”。表向きはユニウスセブン落下テロ事件で消失した船だ」

 

 黒を基調とし、黄色い意匠を施された巨大な宇宙戦艦の姿が、そこに表示されていたのだった。




 キラちゃん主役の乙女ゲーを考えてました。

 選択肢次第でアスランルートからクルーゼルートまで自由に選べる一方で、クロトにはルートが存在しない。
 クロトは終盤敵として登場するので経験値を与えると損する地雷キャラで、最終的にどのルートでもイベントバトルでイザークに敗れて死亡するけど、クルーゼルートをクリアすれば解禁。

 アスランルートとかニコルルートの方が最終決戦は楽だし、どうせオーブ解放作戦のタイミングで地球連合軍を裏切るシナリオでしょと思わせておいて、真相が明らかになる隠しルート。

 大破したドミニオンからナタルを救助出来るナタルルートでさえイベントバトルが発生して死亡したり、ナチュラルなのに序盤からモビルスーツを操縦出来たりするのが単なるバグや設定ミスじゃなかったなんて……。


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二人の歌姫

 〈13〉

 

 その青年がデュランダルの前に現れたのは、臨時最高評議会議長アイリーン・カナーバがユニウス条約締結による国内の反発を受けて辞職に追い込まれた日の事だった。

 鮮やかな金髪に精悍な顔立ち──第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で戦死した旧友の養子を思わせる美しい風貌に加えて、傲岸不遜を体現した異様な雰囲気。

 青年は当時クライン派に所属する一政治家に過ぎず、議長選で対抗馬のユーリ・アマルフィに大敗するだろうと予想されていたデュランダルに多額の資金提供を行うと共に、大々的な広告戦略を行った。

 最終的に選挙前の予想を大きく覆し、最高評議会議長に上り詰めたデュランダルの影の参謀として、その青年は今も裏でプラント国民の感情を巧みに操り、特定の政治基盤を持たないデュランダルを支援し続けている。

 今や主従関係は完全に逆転しており、青年にとってギルバート・デュランダルという存在は自らの意のままに動く傀儡だった。

 

「──やはり失敗したようだな、デュランダル」

 

 議長室の一角に用意された最新式の軍事訓練用シミュレーターに陣取り、次々に表示される的を神懸かり的な速度と精度で撃ち抜きながら、青年は先程部下から思わぬ報告を受けたデュランダルを嘲笑った。

 

「まさかあの機体が、密かに修復されていたとは……」

 

 オーブ代表首長アスハ邸の地下シェルターに隠されていた、とあるモビルスーツ。

 地球連合軍初のモビルスーツである初期GATシリーズに名を連ねながら、二度に渡る近代化改修を経てヘリオポリス襲撃事件から第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで最前線で戦い抜き、ザフトに地球連合軍の恐怖を示した傑作機である。

 

「言い訳を聞くつもりはない。……まぁ、元は一介の遺伝子学者に過ぎない貴様に、そこまで期待していないがな」

「……申し訳ありません」

 

 量産性を度外視して地球連合とモルゲンレーテの最新技術が導入された機体とはいえ、あくまで二年前に製造された旧式の機体であり、純粋な機体性能はザフトの最新鋭機体であるセカンドステージと比較して一回り劣っている。

 つまりデュランダルは、そのパイロットである少年の容体を見誤って決行してしまったのだ。

 圧倒的優位な地球連合軍を打ち破るため、オペレーション・スピア・オブ・トワイライトの最終調整を行っていた青年が、意外にも難色を示したにも関わらず。

 

「貴様等の御大層な遺伝子操作など、真の天才の前では何の意味も無いということだ。失敗作とはいえ、曲がりなりにも“私”を倒した者をそう簡単に排除出来ると思ったか?」

「貴方が評価する者など、あの“ジョージ・グレン”くらいだと思っていましたが」

 

 弱冠17歳にして大西洋連邦MIT博士課程を修了し、オリンピック十種競技で銀メダルを獲得。

 アメリカンフットボールのスター選手として活躍する一方で、大西洋連邦軍のエースパイロットとして活躍。更に理工学の分野でも若くして多数の業績を上げた末に、自ら設計した木星探査船で木星探査に出発し、外宇宙の“宇宙鯨”の化石を持ち帰るという成果を残した“万能の天才”として称される人間と同等だというデュランダルの賛辞に対して、青年はさして興味はないとばかりに言った。

 

「あんな男と比較されるのは、正直心外だ。自らの才能に溺れた挙げ句、出来損ないの製造法をばら蒔いた愚か者とな」

「出来損ないですか。それは随分と、お厳しい」

 

 ジョージ・グレンは木星探査に出発する際、自らを遺伝子操作で造られた人間だと告白すると共に、その製造方法を世界中に公開して自身を“コーディネイター”と称した。

 木星探査に旅立った地球では、多大な混乱と論争が巻き起こる一方で自らの子に遺伝子操作で優秀な能力を獲得させるコーディネイターブームが沸き起こった。

 そんな人類の叡智を“出来損ないの製造法”だと一蹴する青年に、かつて遺伝子学者としてコロニー・メンデルで高性能なコーディネイターの製造に関わっていたデュランダルは苦笑した。

 

「ふん。世代が進めば数を維持出来なくなる存在など、出来損ない以外にどう表現する? 自らを女王蟻だと思い込む兵隊蟻など、無闇に社会の秩序を乱すだけだ」

 

 一般的にナチュラルを遥かに凌駕する才能を有するコーディネイターの唯一の欠点は、世代を重ねる毎に生殖能力が減少してしまうことである。

 第一世代ではそれほど影響はなかったが、第二世代、第三世代と代を重ねるごとに生殖能力は減少してしまい、個体数の維持は事実上不可能だとされている。

 特に国民の大半がコーディネイターで構成されたプラントでは既に深刻な社会問題となっていて、遺伝子適合者以外の人間とは結婚出来ないという法律が作られて厳格な婚姻統制が行われた程である。

 そんなコーディネイターを女王蟻だと思い込む兵隊蟻だと断言する青年に、自らも婚姻統制で一人の女性を諦めたデュランダルは僅かに不快感を露わにした。

 

「ならば、何故出来損ないの私に肩入れを?」

「貴様が昔発表した論文に、興味を惹かれてな。“人の遺伝子に沿った正しい道を歩む社会システムを構築することで、最大多数の最大幸福を実現する”。それは私の思う理想の社会に近いものだった。……もっとも私の理想は、未来永劫に存在する王たる私が、無知蒙昧な民を導くというものだがな」

「未来永劫に存在する、王……」

 

 画面に表示されているシミュレーターの数値を見て、デュランダルは絶句した。

 かつてザフトの前身“黄道同盟”の立役者だったパトリック・ザラが多額の資金を投入して造り上げた、遺伝子学的に見て最強の戦士“アスラン・ザラ”。

 一部の試験では体調不良というハンデを抱えながら、それに次ぐ二番手のイザーク・ジュールを遥かに凌駕する数値を残し、ザフト士官アカデミーの中でも歴代最高の成績を挙げた少年を、目の前の青年の残した数字は全てにおいて上回っていた。

 これがかつて旧友が“己の命すら金で買えると思い上がった愚か者”だと評し、自ら手に掛けて尚憎み続けた真の天才たる男の力なのだと理解した。

 

「私はこの世界でただ一人、全ての人類を支配する権利があるのだよ。放っておけば世界が滅ぶまで争い続ける、愚かな人類をな」

 

 青年は心底可笑しそうに嗤いながら、呆然と立ち尽くしているデュランダルを差し置いて悠々と議長席に腰掛けた。

 

「同じ遺伝子とはいえ、紛い物の肉体ではこの程度が限界か。やはり完璧な私の肉体を産み出すためには、アレが必要という訳だな」

 

 デュランダルにとって悲願の“運命計画”において、その唯一のイレギュラーにして要に位置する存在──“キラ・ヒビキ”。

 かつて目の前の青年が壮年の姿をしていた頃、デュランダルの同僚だった天才遺伝子学者“ユーレン・ヒビキ”に巨額を投じて造らせようとした、全ての分野で世界最高の才能を持つと共に、自らの子にその才能を約束する夢の母胎である少女の写真を、青年は手に取った。

 

 〈14〉

 

 オーブ連合首長国に所在する国営軍需企業、モルゲンレーテ社。

 複数の軍需企業が存在し、企業間競争によって正式採用の可否が決定する地球連合軍やザフトとは異なり、オーブ国防軍の軍艦やモビルスーツ、その他軍事兵器の開発・製造を独占的に担っている国営企業である。

 その為にオーブ政府との関係性も強く、とりわけオーブ五大氏族の中でも軍事部門を担当しているサハク家との繋がりは際立っている。

 先の大戦でモルゲンレーテ社はサハク家の独断で大西洋連邦軍に技術協力と開発場所の提供を行い、ヘリオポリスで初期GATーXシリーズの開発を行った他、その際に得た技術を盗用してアストレイシリーズを開発すると共に、その量産型である“M1アストレイ”、その上位機種に相当する“ムラサメ”を開発し、またGATシリーズの運用母艦であるアークエンジェルを開発・製造した。

 そしてアークエンジェルを開発する際に、その設計母体となったのがイズモ級宇宙戦艦であり、艦橋の形状や武装などアークエンジェルとは多数の共通点を持っている。

 その一番艦が“イズモ”であり、普段はオーブ宇宙軍の一員としてサハク家が管理する宇宙軌道ステーション“アメノミハシラ”を拠点に置き、その警備を行っている。

 ユニウスセブン落下事件において、オーブ本国に落下しつつあったユニウスセブンの破片に衝突して軌道を逸らすことに成功する一方で、その際に受けた損傷で大破し、最終的に喪失したとされる船である。

 しかしオーブ国防軍最高司令官であるロンド・ミナ・サハクは直属の部下に命じて奇跡的に沈没を逃れていたイズモを回収し、密かにモルゲンレーテ本社工廠でその修理を行っていたのである。

 最終的にデュエイン・ハルバートンの要望に応える形で返還することになったものの、先の大戦で大西洋連邦軍を脱走した“アークエンジェル”を回収し、密かにオーブ軍所属の特務艦として運用する計画が存在していたことを利用したミナの陰謀は、意外にも容易に成功したのだった。

 またユニウス条約締結時に大西洋連邦の支配下にあった関係で保有戦力の制限が設けられたオーブ軍は旧主力量産機だった“M1アストレイ”の大半を破棄し、当時は技術力の関係で量産化出来なかった“ムラサメ”を主力量産機として採用していた。

 大気圏内の単独飛行能力を保有するムラサメの普及とオーブ解放作戦における敗北から、オーブ軍は従来の本土籠城戦に徹する消極的防衛を捨て、敵軍を本土上陸前に攻撃する積極的防衛という防衛戦略の転換が起こった。

 そして防衛戦略の転換によって重要性が増した水陸両用モビルスーツの開発に先駆けて、その運用母艦に選ばれた“イズモ”はモビルスーツの運用に最適化すると共に、高い自動操縦能力や潜水能力の獲得、水中戦を可能にする110cm単装リニアカノン・魚雷発射管の搭載など、大規模な近代化改修が行われたのである。

 

「つまり、クロト様はサハク家のクーデターに協力すると?」

 

 情報漏洩の可能性を極力抑えるため、最低限の人員を除いてクルーは用意しないというミナの言葉通り、かつてのアークエンジェルと同様に空き部屋だらけの幽霊船を足早に歩きながら、ラクスは不安そうに言った。

 

「逆だよ。カガリが同盟を承認したことで大義名分を喪ったから、クーデターの為に準備していたこの船を“ターミナル”に提供したいそうだ」

 

 

 オーブ連合代表首長にして、今も国民の熱狂的な支持を獲得しているカガリ・ユラ・アスハを敵に回してクーデターを実行するのは不可能である。

 密かにクーデターの準備を整え、カガリを利用した傀儡政治を行っていたセイラン家を中心とする親連合派の排除を考えていたミナの企みは、中立派にとって最後の砦だったカガリが地球連合との同盟を承認したことで、完全に頓挫してしまっていたのだった。

 

「だったら、クロトはどうするつもりなの?」

「最初は“歌姫の騎士団”として停戦の呼び掛けを行いながら、第二の襲撃に備えようと思ってたけど、あんなのが出て来たらね」

「……そうだよね」

 

 沈黙するキラの目に映っていたのは、CIC内部に取り付けられた巨大モニターに表示されている賑やかな映像だった。

 それは電波の伝達を阻害するニュートロンジャマーの影響で若干のタイムラグは生じているものの、エイプリルフール・クライシス以来初となる全世界同時中継として行われた、悪逆非道の地球連合軍と戦うザフトの広報映像である。

 

『勇敢なるザフト軍の皆さーん! 平和の為、私達も頑張りまーす! 皆さんもお気を付けてー!』

 

 最高評議会議長ギルバート・デュランダルと肩を並べ、眼前のザフト兵に向かって明朗快活に手を振る少女の姿を見て、ラクスは僅かに引き攣った様な表情を浮かべた。

 

「……皆さん、元気で楽しそうですわ」

 

 ご丁寧に顔まで巧妙に似せた正体不明の少女が、妙に露出度の高い服を纏って自分の名前を騙っているのだから、言葉とは裏腹に激怒するのも無理はなかった。

 初めて見せるラクスの激情にキラは気圧される一方で、クロトは平然と受け流した。

 

「成る程ね。本物のラクスが暗殺されれば、一番都合が良いのはあの人って訳だ」

「でも、どうしてあの人は偽者を……?」

 

 キラの問い掛けに、普段の派手なアロハシャツからオーブ軍服に着替えたバルトフェルドが現れ、同じく平然と答えた。

 

「おそらく人気取りの為だろう。奴の政治基盤は国民の支持に依存した、極めて脆弱なものだからな」

 

 クロトはバルトフェルドの言葉に頷き、続けて補足する。

 

「これで僕達はラクスの名前を出せなくなった。プラント議長の支持を受けたラクスと、正体不明の船に乗ったラクス。世間がどちらを本物だと思うかなんて、簡単な話だ」

 

 先の大戦を終わらせた英雄である一方で、紛れもなく重大な犯罪者であるラクス・クラインの扱いに困ったアイリーン・カナーバは、プラントの政治的混乱を回避するために、彼女を婚約者と共にオーブ連合首長国に追放していた。

 しかしそれはクライン派の中でも、極一部しか知られていない極秘情報だった。

 表向きラクスはプラントで隠遁生活を行っていることになっており、再び起こった大戦を終わらせるために議長の要請に応える形で立ち上がったとプラント国民が考えるのも、ある意味で当然だったのだ。

 

「まずはクライン派と繋がりの深いスカンジナビア王国に避難して、議長の狙いを探ってみるか? このままオーブにいても、身動きが取れなくなるぞ?」

「賛成です。地球連合軍にとって、オーブはカーペンタリア基地を牽制する要所です。同盟が成立すれば、この国は地球連合軍とザフトの戦場になるでしょう。だから動くなら、今しかありません」

「決まりだな。積み込みが完了次第、すぐに出航しよう」

 

 物心付いた頃からロドニアの研究所で人体実験の被検体だったクロトと、プラント生まれのバルトフェルドにとって、オーブはそれほど愛着のある国ではなかった。だから国が自分達を許容しないのであれば、離れることに何の未練もなかったのだ。

 もちろん程度の差こそあれども、その場に例外はいなかった。

 ──ただ一人を除いて。

 

「……待ってください。だったら、オーブとカガリはどうなるんですか?」

 

 バルトフェルドは沈黙すると、クロトに視線を向けた。泣き出しそうなキラを見ながら、クロトはミナから聞き出した今後の展開を告げた。

 

「結婚式が終わればカガリは幽閉され、アスハ家という神輿を手に入れたセイラン家の専横政治が始まる。そしてユウナ・ロマ・セイランが国防軍最高司令官に就任し、プラントに戦争を仕掛けるというのがミナの読みだ」

「軍神を欠いた状態でプラントと戦争になれば、オーブは滅びるだろう。そうなれば名目上国のトップである彼女も、無関係という訳にはいくまい?」

 

 最悪の場合、セイラン家がカガリに全ての責任を負わせて、プラントからの追及を逃れることも考えられた。実際に先の大戦ではオーブはこの手口で、大西洋連邦からの追及を免れることに成功していた。

 それは対地球連合と対プラントという相違点はあれど、絶滅戦争と化していた先の大戦において、中立の理念を掲げて大国に楯突きながらも国民の被害を最小限に抑え、最終的に主権を回復することが出来た成功体験だったのである。

 その恩恵を最も受けたセイラン家が同じ手口を使う可能性は、極めて高かった。

 

「カガリは誰も味方が居ない状況で、今まで頑張ってきたのに……」

「気持ちは分かるけど、地球連合との同盟を承認したのはカガリ本人だ。オーブ国防軍最高司令官が見放した状況で、僕達に打てる手はない」

「クロト様。それはあまりにも酷い言い方ですわ」

「だったらどうすればいいんだよ。もうカガリを説得出来たとしても手遅れだってことくらい、君なら分かるだろ?」

 

 セイラン家がアスハ家の一員になる以上、今後セイラン家にとって都合の良い言葉は利用され、都合の悪い言葉は黙殺されるだろう。

 今更カガリが親連合を撤回したとしても、アスハ家の一員であるセイラン家がカガリの本当の意思は親連合だと主張すれば、そちらがアスハ家の言葉として扱われるのだ。

 国民人気はあれども政治を知らない“ウズミの遺児”より、国民人気はないが政治をよく知る“ウズミ公認の花婿”の方が、おそらく正しい筈なのだから。

 

「それは、そうですが……」

 

 少なくともオーブでも屈指の有力者であるロンド・ミナ・サハクが軍事クーデターを断念する程度には、現状のオーブ連合首長国は政治的に詰んでいる状況だと暗に告げられ、ラクスは言葉を喪った。

 二人の会話を聞きながら、一人参加出来ていなかったキラは手の施しようがない現状に溜息を吐いたクロトに、突如脳裏に浮かんだ正気とは思えない考えを口にした。

 

「……カガリを拐おう」

「あぁ?」「は?」

 

 思いもよらない言葉に、クロトとラクスは思わず二人で顔を見合わせた。

 

「カガリを拐って、こっちのラクスが本物だと証言して貰う。……駄目かな?」

「……カガリに証言して貰うってのは面白い発想だと思うけど、セイラン家が認める訳ないだろ?」

 

 クロトは反論するが、ラクスは感心したように頷いた。

 

「いえ。クロト様の予想が正しいなら、近い内にオーブはプラントの侵攻を受ける筈。そこでカガリ様が現れれば、セイラン家も本物だと認めるかもしれません」

「……」

 

 沈黙するクロトを見て、キラは憂いを帯びた表情を浮かべた。

 

「カガリを置いて、私だけ逃げ出す訳にはいかないから。……あんな感じだけど、たった1人の血の繋がった姉妹だしね」

 

 コロニー・メンデルで世界最高の母胎であるスーパーコーディネイターを造るため、受精卵の段階で取り分けられて人工子宮で遺伝子調整を受けたキラと、あくまで通常妊娠で生まれたカガリは、双子の姉妹といっても遺伝子構造が根本的に異なる筈だ。

 もちろんそれを理解していない訳ではないだろうが、それでもキラにとってカガリは唯一の肉親と呼べる存在だったのだ。

 ならば、クロトに選択肢は存在しない。

 

「……分かったよ。僕が拐ってくればいいんだろ?」

 

 溜め息を吐いたクロトと顔を綻ばせたキラを見て、バルトフェルドは肩を竦めた。

 元々キラを悲しませたくないというだけの理由で、一騎討ちの末に神業の如き技量と下手な三文芝居を打ってまで、バルトフェルドとアイシャを生かした人物である。

 そんなクロトが、キラの我が儘に勝てる訳がなかったのだ。

 

「それなら、明日が狙い目だな。領海付近に展開している地球連合軍が明朝出航するミネルバを包囲するため、セイラン家に圧力を掛けてオーブ軍艦隊の一部を出動させるという情報がある。必然的に、あの子の警備も甘くなるだろう。……全く、いきなりオーブ軍を敵に回すとは先が思いやられるな。では艦長席は君に任せたぞ。えーと……」

「レドニル・キサカ一佐だ。……どうかカガリ様を宜しく頼む」

 

 その褐色肌の精悍なオーブ軍人が、かつてカガリと共にアークエンジェルに乗り込んでいた奇妙な風体の男だとクロトが気付いたのは、それから数時間後の話だった。

 




デュランダル議長が真の黒幕じゃなかった……!?
誰? ねぇ……誰なの!? 怖いよぉ!

勘の良い兄貴姉貴なら分かるでしょうが、ある意味主人公以上に本作の流れを成立させたキーパーソンです。

そして阿井上夫先生から素敵なイラストを頂きました。
皆大好きミーア衣装のキラちゃんです。

【挿絵表示】

こんな破廉恥な格好をしてたら、逆襲のキラちゃん種運命編が始まってしまうんだよなぁ……。


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襲撃と自由と

 〈15〉

 

 昨晩からの激動で、心身共に疲労困憊していたクロトは積み込みを終えた後に食堂で簡単な食事を取ると、艦長を任されたキサカに与えられた士官室で眠っているらしい。

 ザフト軍特殊部隊との戦闘、オーブ軍からの事情聴取に加えて出港準備──数日前まで一人で外を出歩くことすら出来なかった事を思えば、キラは奇跡的な回復だと思っていた。

 とはいえ、心身共に傷付いているクロトの身体が急に回復する訳などない。単にそんな身体で無理をしたというだけである。今の自分に出来るのは、そんなクロトのケアを行うことだ。今の自分はパイロットではなく、艦医なのだから。

 

「入るよ?」

「あー……」

 

 ドアをノックして部屋に入ったキラは、寝具から上半身を起こして自分を迎える少年と視線を交わした。

 クロトの身体を維持する為に必要な薬品は数ヶ月分の数量を積み込んでいるし、今の自分なら定期的な検査を行えば柔軟に対応することが出来る。研究所が喪われたのは痛い損失だったが、今はそれどころではない状況なのだから。

 キラは何故か妙に気まずそうなクロトの様子を不審に思いながら部屋を見渡すと、すぐその原因に気が付いた。

 

「……この部屋って」

「気付いた? ……似てるよねえ」

 

 この部屋はかつてアークエンジェルで、当時地球連合軍に所属していたクロトの部屋だった。

 もちろんこの船はアークエンジェルではないし、内装の類もいくつか相違点が存在する。要はアークエンジェルの設計母体となったこの船の士官室が、かつてクロトに与えられたアークエンジェルの士官室と酷似していたという話だ。

 衛生管理用のシャワールームなどを完備し、下級士官と比較して遥かに厚待遇な個室。本来であれば佐官以上の階級を持つ人間に与えられる快適な部屋であり、少尉とはいえその気になれば佐官以上の権限を有しているだろうクロトに、艦長のマリュー・ラミアスが与えた部屋だった。

 キラはこの部屋の事をよく知っていた。何故ならかつてアークエンジェルに居た時、キラは大半の時間を過ごしたからである。目の前のクロトと──半ば同棲する様な形で。

 

「ふふっ……」

「はは……」

 

 脳裏に刻まれた記憶は痛みとも喜びとも異なる、不思議なむず痒さを二人にもたらした。

 初めて“女”を捧げた場所。

 当時のキラは無謀にもアークエンジェルに残ろうとした友人達を守るために地球連合軍に志願したコーディネイターであり、クロトはブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエル直属のエースパイロットだった。

 無論、既にクロトがブルーコスモス思想に傾倒している訳ではないことはキラも理解していたが、それでも公然とブルーコスモスを名乗る危険人物だという認識はあった。

 しかし低軌道会戦における民間人の虐殺を目の当たりにし、酷く傷付いていたクロトを慰める為──或いは慰めて貰う為──キラは一時の感情に流されて関係を結んだ。

 

「私は何をやってるんだろう、って思ったけどね。……ま、あの時はあれで良かったって思ってる」

「そうだね。あの時は、あれで良かった」

 

 それが果たして良かったことなのか、悪かったことなのか当時は分からなかった。友人達との関係は悪化したし、周囲からは冷ややかな視線を受けた。

 それも当然と言えば当然だった。

 同級生や普通の連合軍人相手ならともかく、ブルーコスモスの中でもトップクラスの危険人物だろう少年に入れ込むなど、馬鹿げているとしか思えないからだ。

 もっともそれは、当時の自分が置かれていた状況を周囲が理解していないからだとキラは考えていた。

 モビルアーマーで後方支援が精一杯な上官──大勢を引き連れて襲って来る幼馴染み──自分を腫れ物扱いするクルーや友人達。

 そんな中、唯一安心して背中を預けられる少年と関係を結ぶことが、それほど責められることだとは思えなかった。

 もちろん軍規を乱すという意味で褒められたものではないという自覚はあったが、そもそも自分は正規の訓練を受けた軍人ではないのだし、自分が自由時間に何をしようと勝手だろうという開き直り的な考えもキラにはあった。

 第一、当時艦長だったマリュー・ラミアスをパイロットだったムウ・ラ・フラガは口説いていたではないか。

 

「でも、変わったよね。最初はもっと怖かった」

「だろうね。君が変えたんだ」

 

 人の命を奪うことを何とも思っていなかった──殺さなければ殺されるだけだと思っていたクロトが徐々に変わり始めたのは、それがきっかけだった。

 そして人間性を取り戻してしまったクロトに残った物は、何もなかった。

 ザフトが極秘裏に製造している大量破壊兵器“ジェネシス”を利用して世界を滅ぼすという唯一の目的を喪い、迷走していたクロトが背水の陣で戦いに臨んだザラ隊に敗北したのは、偶然ではなく必然だった。

 

「アークエンジェルの船員リストに名前がなかったから、死んだと思ってた。……まさかプラントに居たなんて」

「私も、何が何だか分からなかった」

 

 イージスが組み付いた瞬間にストライクを自爆させて撃破するという荒業を敢行したものの、脱出が遅れて意識不明の重体だったキラはマルキオ導師の計らいでプラントに運び込まれ、ラクスの下で治療を受けた。

 一方のクロトはアラスカ基地に向かうアークエンジェルを追い掛けていたオルガとシャニに偶然救助され、奇跡的に生き延びたのだった。

 

「フリーダムのパイロットが君じゃなかったら、僕はマスドライバーを破壊するつもりだった。……そうすれば、三隻同盟が結成されることはなかったから」

 

 もちろんクロトも全てを把握している訳ではなかったし、生体CPU“ステラ・ルーシェ”の誕生など、逆行前の世界から大きく変わったことも存在する。しかしそれが大規模なものであればあるほど、従来の歴史通りに起こるだろうとクロトは理解していた。

 オペレーション・スピットブレイク──パナマ攻防戦──オーブ解放作戦──そして三隻同盟の結成。

 断片的であっても、未来に起こる事を知っているということは、何も知らない他者に対して大きな優位点となる。

 マスドライバーの入手が事実上不可能だと知っているオーブ解放作戦において、クロトが律儀にマスドライバーを攻撃対象から外す理由などなかったのだ。

 マスドライバーを破壊してしまえばアークエンジェルとクサナギは脱出出来ず、圧倒的に数で勝る大西洋連邦軍で押し潰すことも出来た。そうなればザフト軍所属ではないフリーダムは完全に帰る場所を喪い、撃破出来る筈だった。

 そしてフリーダムさえいなければ、核攻撃の阻止は不可能になる。ジャスティスだけで核ミサイルの飽和攻撃を防ぐことは出来ないだろうし、プロヴィデンスはヤキン・ドゥーエ要塞の防衛に専念していたからだ。

 プラントさえ落とせば、地球目掛けてジェネシスは発射されるだろうし、地球連合軍が阻止しようとするなら、土壇場で寝返ってもいい。そうすればこの世界を滅ぼすというクロトの目的は、完全に達成される筈だったのだ。

 

「……急にどうしたの?」

 

 状況が状況とはいえ、滅多に過去を語らなかったクロトの言葉と表情に、思わずキラは疑問を投げ掛けた。クロトは暫し沈黙していたが、やがて意を決したのか重い口を開く。

 

「ギルバート・デュランダルは、元々DNA解析の専門家として知られる有名な遺伝子学者だ」

「遺伝子学者……」

 

 クロトが言い淀んでいた意外な言葉に、キラは不穏な空気を感じ取った。キラにとってその言葉は、あの日以来決して逃れることが出来ない呪いを示すものだったからだ。

 

「あぁ。もしもデュランダルがコロニー・メンデルの関係者なら、多分本当の狙いは君だ」

「……で、でも、さっきは」

 

 ラクスやバルトフェルドとの会話で、クロトは犯人をデュランダルだと暫定的に仮定し、その狙いを真のラクス・クラインをこの世から消し去ることだと断言した。

 その推測はあまりにも独善的だったが理路整然としており、今この瞬間までキラも事実だと認識していたのだが、それは事実ではないというのがクロトの真の推測だった。

 

「君の存在は、絶対に表沙汰になっちゃ駄目だ。だからこの事は、僕と君だけの秘密だ」

「……分かった」

 

 強大な力は、時として人を神にも悪魔にも変える。

 密かにコロニー・メンデルで研究されていた史上最高の“スーパーコーディネイター”──その唯一の完成体“キラ・ヒビキ”。その力と存在が明らかになれば、誰もが彼女を求めるだろう。

 例えばラクス・クライン個人はともかく、その支持者であるクライン派が求めることは十分に考えられる。だからその秘密を知っている者は、一人残らず闇に葬り去る必要がある。

 それが今や地球の救世主として持て囃されている現プラント議長ギルバート・デュランダルであろうと、例外ではないのだ。

 

「脅かしてごめん。考え過ぎかもしれないけど、君には話しておかないと駄目だと思ったから」

「……」

 

 やがて部屋に灯っていた照明の一部が落とされ、甘い扇情的な香りがクロトを包み込んだ。

 

 〈16〉

 

 ただ一隻危険を伴う大気圏突入を敢行し、純粋な死傷者においては“エイプリルフール・クライシス”を上回る前代未聞の被害をもたらした“ユニウスセブン落下テロ事件”の対処に尽力したミネルバ出航の見送りを終えたカガリは、オーブ軍司令部で先日正式に婚約を発表したセイラン家の次期後継者であり、現オーブ国防軍副司令官のユウナ・ロマ・セイランに詰め寄っていた。

 

「これはどういうことだ! ミネルバが戦っているのか? 地球軍と!」

「そうだよ。オーブの領海の外でね」

 

 偉丈夫な紫色の髪をした甘い顔立ちの男──ユウナは自らに食って掛かるカガリを宥め、肩を竦めた。

 

「心配は要らないよ、カガリ。既に僕の指示で、領海線に護衛艦を出している。領海の外と言ってもだいぶ近いからねぇ。困ったもんだよ」

「ミネルバを領海に入れさせない気か? あれでは逃げ場も何も……。ミナ! 今すぐオーブ軍を引かせろ!」

 

 カガリは最高司令室の椅子に腰を下ろし、神妙な顔で二人の様子を伺っていたミナに叫んだ。

 本来であればオーブ国防軍総司令官であるミナは、副司令官であるユウナにとって立場上は上である。

 しかし五大首長の中でも実質的に最大勢力を誇っているセイラン家に、先の大戦で“ムルタ・アズラエルと一時手を結んでいた”というスキャンダルを抱えるミナが反発することなど出来ず、むしろロマの言葉に同調するかのように言い放った。

 

「可笑しな事をおっしゃりますね。“オーブは他国の争いに介入しない”──貴女の御父様が掲げたオーブの理念です」

「だが、前の大戦でオーブ軍はアークエンジェルを!」

 

 先の大戦で、アスラン・ザラ率いるザラ隊に撃沈寸前まで追い詰められていたアークエンジェルをオーブ軍が救ったという事実を持ち出し、カガリはミナに反論した。

 

「ええ。ウズミ様は二年前、ヘリオポリスでザフトの強奪から逃れたストライクとレイダーのデータを解析し、当時地球連合軍の志願兵だったカガリ様の妹君にモビルスーツのナチュラル用OSを作成させる為、アークエンジェルを救助されました。それが今回の件と何か関係が?」

「くっ……」

 

 ミナの事実を列挙した指摘に、カガリは口を噤んだ。

 当時カガリがキサカを連れて北アフリカで反ザフト系のレジスタンスに所属しており、低軌道会戦でクルーゼ隊の妨害を受けた結果、目的のアラスカから遠く離れた北アフリカに降下したアークエンジェルに乗艦していたことを、ミナは把握していた。

 そして公共回線で“カガリ・ユラ・アスハ”を名乗ったことで、ウズミが領海付近に展開していたオーブ軍を動かして、アークエンジェルを救援させたことも。

 そんなオーブにとって致命的と成り得る火種を抹消するため、数ヶ月前にキオウ家が“ODR”を動かして情報操作を行ったことは、ミナの記憶にも新しかった。

 勿論、表向きは地球の被害を抑えた武勲艦であるミネルバが領海から出た直後、地球連合軍とオーブ軍で挟撃するというユウナの手口は悪辣極まるものだが、少なくとも領海を侵入しようとする敵性勢力を排除するという思考は至極当然のものである。

 少なくともアスハ家の象徴である中立思想を捨てて親連合派に転向した人間が、それを安易な感情論で否定するものではないと考えたのだった。

 

「それに、正式に調印はまだとはいえ、我々は既に大西洋連邦との同盟条約締結を決めたんだ。なら今ここで我々がどんな姿勢を取るべきか、そのくらいのことは君にだって分かるだろ?」

「しかしあの艦は!」

「ザフトの艦です。カガリ様が昨日同盟を承認した大西洋連邦と敵対している、ね」

 

 どういう訳か2年前まで放任して育てられ、今も傀儡政治が肯定される程に実務力を疑問視されているカガリ・ユラ・アスハが国民の支持を得ているのは、ひとえにカガリが“ウズミの遺志を継ぐ者”にして“大戦を終わらせた英雄”だからである。

 裏を返せば、今のオーブ連合首長国はたとえ大国に逆らってでも中立の道を貫きたい者達によって構成されているのだ。

 国とは民であり、場所ではない。

 親連合を掲げて国民の支持を切り捨てたカガリも、そんなカガリを神輿に掲げたセイラン家も、そんなセイラン家に支配されたオーブ連合首長国も、今度こそ完全に滅びるだろう。

 何故なら今の世界情勢を操っているプラントの人間は、前代未聞の天才だからだ。

 もしも地球連合軍がアーモリーワン事変を起こさなければ、ザフトの早期介入でユニウスセブンの落下は阻止された可能性は高い。

 そうなれば万が一開戦に踏み切ったとしても、唯一ユニウスセブン落下の被害から免れたザフトが大きく国力を低下させた地球連合軍を撃破し、反地球連合の名を掲げて実質的に世界各地を支配下に置くという展開にならなかった。

 おそらくアーモリーワン事変──ユニウスセブン落下の部分的阻止──それに伴う開戦──地球連合の苦戦は全て連動している。

 純粋な国力では地球連合の圧勝であり、先の大戦でも全世界に戦略兵器“ニュートロンジャマー”を投下して優位に立ったものの、情報戦の敗北によるアラスカでの大敗とストライクダガーの完成以降は次第に追い込まれ、核兵器を超越した大量破壊兵器“ジェネシス”を持ち出すしかなかったのがザフトの実情である。

 今回ザフトが行ったのは、そんな戦略兵器や大量破壊兵器を一切使わずに地球連合軍を打ち破る為に考案されたのだろう、まさに常識外の戦略だ。

 正確な情報収集能力に加えて、まさに神懸かり的な洞察力と、それに身を委ねる程の自らに対する絶対的な自信がなければ、この戦略を実行するのは不可能だっただろう。

 ミナがこのプラントの大胆不敵な戦略に思い至ったのは、ここ数日の話である。アーモリーワン事変以来、各地で起こる全ての重大事件がその成否にかかわらず“ザフトの勝利”という一点で、都合が良いことにミナは気付いたのだ。

 そんな稀代の戦略家に、下手な策は通用しない。

 だからミナは唯一の失着だろう“ラクス・クライン暗殺事件”を未遂で終わらせた“クロト・ブエル”という未知数の存在に、ミナはオール・インすることに決めたのだった。

 完全に詰んでいる盤面──その状況を好転させるためには、盤上に混沌をもたらして失策を誘うしかないのだから。

 

 

「なんだ!? どうした!?」

 

 突如鳴り響いた警報に狼狽しているユウナと、同じく動揺しているカガリを横目にしながら、ただ一人事情を知っているミナは平然と通信回線を開いた。

 

『アンノウン接近中! アンノウン接近中! 目標は軍司令部と思われます!!』

『第一護衛艦群を出動、領海付近に展開している第二護衛艦群を呼び戻せ!』

『駄目です! 防衛網、突破されました!!』

『ディノ三佐に迎撃命令を出せ! 他の部隊も順次迎撃を!』

『了解! ……しかし、この反応は……』

 

 オーブ軍の厳重な防衛網に開いていた穴から接近する正体不明機の迎撃命令を終えたミナは、手元の受話器をゆっくりと降ろした。

 

「全く度胸のない男だ。これでは国など任せられんな」

「ミナ! お前の仕業か!」

 

 いつの間にか一人で逃げ出していたユウナを嘲笑いながら、かろうじて為政者としての及第点を示したカガリにミナは視線を向ける。

 亜音速で接近していた正体不明機はミナの背後で停止すると、強烈な風圧で強化ガラスが粉々に砕いた。正体不明機──レイダーをホバリング状態で維持させながら、コクピットからオーブ軍服を身に纏った赤髪の少年が姿を現した。

 

「そんなところだ。……もっとも、こんな強引な手口だとは思わなかったがな」

「こっちにも事情がありまして」

「何をする!? 放せ! この馬鹿!」

 

 万力の様な力で腕を掴まれたカガリは、まるで御伽話のお姫様の様に抱き抱えられ、レイダーのコクピットに放り込まれた。突如暴挙を行った少年に抗議するが、少年は有無を言わせない迫力で自らも乗り込んだ。

 そんな様子を呆れたように見ていたミナは喚き散らしているカガリを見据えると、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

 

「──カガリ・ユラ・アスハ。貴様が戻ってくるまで、私が保たせてやる。それでも貴様が不甲斐ないようなら、私がこの国を頂く」

「何だと!?」

「少し外の世界を学んでこい。たかが北アフリカのレジスタンスに参加した位で、何かを知った気になるな」

「……くっ」

 

 ミナの言葉で大人しくなったカガリを横目に、クロトは空中でホバリング状態を維持していたレイダーを再び操縦し始めた。そして猛烈な速度で迫り来る真紅の機体を視界に捉えながら、スラスターを全開で吹かせた。




ヘリオポリス襲撃からメンデル編までダイジェストで振り返る、種運命特有の総集編的なアレです。

回想も含めて完全に保護者激怒な流れなのは気のせいです。

連合入りを表明した代表首長を拉致するレイダーという構図、原作以上に滅茶苦茶過ぎて世界に衝撃を与えそう。

次回はアレックスさんがオーブ軍の指揮官機として試作されたVPS装甲のオリジナル機体で襲って来ます。


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叛逆の意志

今年最初の更新です。

阿井上夫先生からお年玉として頂きました、卯年にちなんでバニー姿のキラちゃんです。

【挿絵表示】



 〈17〉

 

 猛烈な速度で迫り来る真紅の機体が放った光弾を回避するため、クロトはホバリングしていた機体を急上昇させた。その衝撃で予備のヘルメットを被ろうとしていたカガリは足下に叩き付けられ、狭いコクピット内部で悲鳴を上げる。

 

「うわぁ! ……おい! アイツは何も知らないのか!?」

 

 今回起こした拉致事件の事情を知っているのはミナを含めて数人だけであり、その中にアレックス・ディノは含まれていなかった。

 もちろんラクス・クラインの婚約者であり、カガリの護衛であるアレックスに事情を伝えない理由などなかったのだが、決行の刻までアレックスと単独で接触する機会がなかったため、ラクスにはどうすることも出来なかった。

 自分の婚約者が命の危機に晒された上、その名を騙りプラント議長と肩を並べている謎の少女の映像が世界中で公開されているというのに、まさかアレックスが目の前の仕事を優先して、一度も会いに来ないとは思っていなかったのだ。

 

「見りゃ分かるだろ! ちょっと黙ってろ!」

 

 クロトは立て続けに飛来するミサイルに向かって右腕に取り付けた超高初速防盾砲を連射し、その全ての迎撃に成功する。そしてMA形態に変形すると、再びオーブ軍の防衛網を強引に突破し始めた。

 その気になれば、モビルスーツを積載したまま戦闘機動が可能なGATシリーズ最高の推力──周囲から駆け付けてきたムラサメは瞬く間に振り切られ、その場に置き去りにされてしまう。

 しかし真紅の機体は唯一距離を保ちながら、レイダーの進行方向に向かって光弾を連発した。行く手を遮られたクロトはレイダーをMS形態に戻して振り向くと、スピーカーから怒り狂った声が鳴り響いた。

 

『いったい何をやっている!? 今すぐ司令部に戻ってアスハ代表を解放しろ!』

 

 スラスターを狙って放たれた光弾を右腕のシールドで受け流すと、クロトは真紅の機体と対峙した。

 ストライクを思わせる洗練されたフォルムに、ファトゥムの様な大型フライトユニットを背負う真紅のモビルスーツ。

 型式番号“ORB-02”──通称“黄昏(タソガレ)”。

 オーブ軍の主力量産機として採用されているムラサメを束ねる指揮官機として、試験的に製造された最新鋭のモビルスーツである。

 モルゲンレーテ製のモビルスーツとしては初のVPS装甲を採用しており、装甲に流す電力が調整可能になったことで、PS装甲の課題だった消費電力という問題点を大幅に改善しており、総合的な性能は先の大戦で活躍したフリーダムに匹敵する上に、得意分野である大気圏内の空戦能力においては凌駕する機体だった。

 唯一の問題点は並みのナチュラルでは動かすことすら困難な操作性だったが、先の大戦でジャスティスのパイロットだったアレックスにとってそれは問題点ではなかった。

 

『そういう訳にはいかねーんだよ!!』

『馬鹿なことを!』

 

 クロトは機体を横滑りさせて光弾を回避すると、アレックスを牽制するため破砕球を投擲しようとした。しかしその動きを先読みしていたアレックスは最短距離で接近し、腰部から双刀型の柄を抜刀する。

 斜めに振り下ろされた光刃をシールドで受け止めるが、直後に手首を捻って振り上げた刃が装甲の一部を抉り取った。ワンテンポ遅れて放った破砕球は余裕を持って回避され、フライトユニットに搭載されたビーム砲から放たれた光弾が更にレイダーの装甲を掠める。

 

『ちっ……!』

 

 僅かな攻防で、如実に示された双方の優劣。

 それは旧型と最新型の機体性能に因るものでも、カガリの同乗という特異な状況に因るものでもなかった。それはクロトがSEED因子を発現出来ないことに因る集中力、反応速度の問題だった。

 キラとは異なり、()()()()S()E()E()D()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()S()E()E()D()()()()()()()()()()()()のだ。

 上澄み中の上澄みであるが今はあくまでナチュラルであり、ラウ・ル・クルーゼの様に特異な空間認識能力を持たないクロトがコーディネイターの中でも最上位の能力を誇るアレックスと正面から戦えば、苦戦は必然だったのである。

 

『一昨日の件は俺が調査する! 今のお前がやっているのはただのテロだ!』

『はっ! テメーの婚約者が襲われたってのに帰って来ねー奴が、何の調査をするって言うんだよ!』

『ラクスは関係ないだろう!!』

 

 クロトはアレックスと罵り合いながら戦いを続けるが、不利な形勢は一向に変わらない。アレックスは機関砲の弾幕を掻い潜ると、双刀のビームサーベルを振り被って一撃、また一撃とシールドの上から叩き付ける様に斬り付けた。

 更に背中のフライトユニットを切り離すと、正面と頭上から挟み込むように展開して猛攻を開始する。

 致命傷に繋がるビームこそ紙一重で避けていたものの、一斉に放たれたミサイルに続けてレールガンが装甲に直撃し、レイダーは大きく体勢を崩した。衝撃で身体を強打したカガリは訳も分からず叫ぶ。

 

「おい!? このままじゃ墜とされるぞ!」

「黙ってろって言っただろ!」

 

 クロトは突如機体を反転させて迫り来るフライトユニットを強引に捕らえると、レールガンとビーム砲を支えていた両舷の可動式アームを掴んだ。そして中心部に100mmエネルギー砲(ツォーン)を叩き込み、フライトユニットに大穴を空けて爆散させる。

 一瞬早くフライトユニットが射出した大型対艦刀を空中で掴み、アレックスは宙を漂うレイダーに向かって全速力で突撃するが、目的地に辿り着いたクロトは海中に逃げ込み──アレックスも飛び込んだ。

 

 〈18〉

 

 眼前の空母4隻を擁する地球連合軍の大艦隊に向けて、ミネルバの放った陽電子破砕砲が濃緑色の大型モビルアーマーが展開したビームシールドに跳ね返された。

 直撃すれば一撃で大型隕石を粉砕し、掠めただけでも同サイズの戦艦を大きく損傷させるミネルバの最大火力を無効化した圧倒的な防御力に、レイは思わず絶句する。

 

『……タンホイザーを跳ね返した!?』

『くっそー! 何なんだよこいつらは!!』

 

 型式番号“YMAF-X6BD”──通称“ザムザザー”。

 地球連合軍と提携している軍需企業の一つであり、大型モビルアーマーを専門開発している“アドゥカーフ・メカノインダストリー”が開発した試作モビルアーマーである。

 現在の地球連合軍の主力量産機は先の大戦で活躍した“ダガーシリーズ”を再設計し、ハイコストなPS装甲こそ採用していないものの“ストライク”と同等の運動性能に加えて大気圏飛行能力を獲得し、状況に応じてストライカーパックを換装することで状況に応じた柔軟な対応力を持ち、パイロットの腕次第でザフトの主力量産機である“ザク”と互角に渡り合えるモビルスーツ“ウィンダム”だった。

 しかし地球連合軍の上層部の中にはザフトが産みの親であるモビルスーツを主力機として扱うことに忌避感があったことと、国力に応じて機体の保有数を制限するユニウス条約によって単独での高性能化が求められたこと、かつて地球連合軍と提携している軍需産業を一手に纏め上げていたムルタ・アズラエルが一線を退き、再び企業間競争が過熱化したこともあって、こうした新型モビルアーマーの配備も行われていたのである。

 

『なんて火力とパワーだ……!』

 

 高機動戦闘用シルエットを装備し、セカンドシリーズの中では最も高い大気圏空戦能力を誇る“セイバー”に迫る性能を有する“フォースインパルス”だったが、ザムザザーの脚に装備されている機関砲とビーム砲を併せた猛烈な弾幕で、シンは先程から近付くどころか防戦一方を強いられていた。

 レイももう一機のザムザザーを相手取っていたが、同じく激しい弾幕と意外にも機敏な動きで捉え切れない。

 コクピット付近に単装砲の直撃を受け、バッテリーパワーが危険域に迫り始めたシンは叫んだ。

 

『レイ! 7時の方向に新手のモビルスーツが!!』

『分かっている!!』

 

 パーソナルカラーの真紅に塗装されたザクウォーリアでミネルバの甲板に陣取り、第3のパイロットであるルナマリア・ホークはバックパックにマウントされたビーム砲を構え、迫り来る砲弾やミサイルを迎撃していたが、四方八方から包み込むように行われる攻撃を防ぎ切ることは叶わず、次々にミネルバは被弾した。

 船体は大きく揺れ、艦内に悲痛な叫び声が木霊する。

 

『グラディス艦長! このままじゃ全滅します! 一度領海内に撤退を!』

『さっきオーブ軍から通信があったでしょ? 針路そのまま、領海線を沿うルートで逃げるわよ!』

 

 レイは船体の一部から火の手が上がり始めたミネルバを見て意見具申するが、先程から領海付近に展開しているオーブ軍艦隊の様子を慎重に伺っていたタリアは、あっさりとその意見を却下した。

 ミネルバ及びグラディス隊は、オーブ連合首長国から一昨日の夜に起こったカガリ・ユラ・アスハ代表首長暗殺事件の首謀者ではないかという疑いを立てられている。

 もちろん、そんな陰謀に携わっていないタリアにとっては事実無根であったのだが、地球圏に降下する間際まで現プラント議長であるギルバート・デュランダルが同乗していた上に、ザフト軍の最新鋭モビルスーツである水陸両用機“アッシュ”の残骸を見せられては、その裏にプラントに属する何者かの陰謀が働いているのを否定する事は困難だった。

 それでなくとも度々ミネルバのクルーによって、偶然乗り合わせたオーブ代表首長に対する暴言が行われていたことから、その責任者であるタリアの立場は極めて苦しいものになっていたのである。

 船尾に被弾したことで、スラスターの一部が破損した。一時的に船の制御を喪い、遂に領海線に侵入したミネルバに向かってオーブ軍から威嚇射撃が撃ち込まれ、周囲で炸裂して爆風を巻き起こす。

 

『墜ちろカトンボ! その貧弱なボディ、引き裂いてくれるわ!!』

『本気で俺達を……ぐわっ!?』

 

 オーブ軍の威嚇射撃に一瞬気を取られたシンは、高周波震動で赤熱したザムザザーのクローに脚部を掴まれた。

 その直後にバッテリーパワーが危険域に到達してVPS装甲が維持出来なくなり、根元からばっさりと破断される。

 シンは海に落下する間際にスラスターを吹かせ、海面を這うように飛びながら更に機体を捻って追撃のビーム砲を回避するが、エネルギーが底を付いたインパルスは胸部に搭載された近接防御用機関砲を除けば、撃ち返すことすらままならない。

 

『くそっ……こんなところで!!』

 

 必死で攻撃を凌ぎながら叫ぶシンの元に、ミネルバのオペレーターであるメイリン・ホークから困惑した声の通信が届いた。

 

『オ、オーブ軍が……!』

『オーブ軍がどうしたって言うんだよ!! いよいよ本気で俺達を沈めようって訳か!?』

 

 要領を得ないメイリンの言葉とあまりにも絶望的な状況に、シンは苛立った声で叫んだ。

 

『じょ、状況は不明ですが、オーブ軍が突如現れたレイダーと交戦しているようです!! 領海付近に展開していたオーブ軍、撤退していきます!!』

『なんだと!?』

 

 オーブ解放作戦において、シンは両親の命と妹であるマユの視力を奪われた。偶然マユが落とした携帯を拾おうとしたため、一人その惨劇から逃れていたシンは犯人の姿を見た訳ではなかったが、意識を取り戻したマユの話では、両親とマユは白いモビルスーツと戦っていた黒いモビルスーツに撃たれたらしい。

 その話を聞いたシンが真っ先に犯人として連想したのは、とあるモビルスーツだった。

 それは地球連合軍とオーブが技術協力を行い、ヘリオポリスで開発されていた地球連合軍初のモビルスーツである前期GATシリーズ。

 合計6機開発された前期GATシリーズの中でも、大気圏単独飛行が可能な高機動強襲機として製造されたその機体は、当時のザフトを震撼させると共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だという。

 その名は──レイダー。

 

『どうしてヤツが……!?』

 

 普段は冷静なレイも我を忘れ、自らの育ての親である“ラウ・ル・クルーゼ”を討った忌まわしき機体に対して激情を露わにする。

 オーブ国防軍最高司令官であるミナに事情聴取として呼び出されたタリア以外に、ミネルバでその健在を知る者はいなかったため、その衝撃はあまりにも大きかった。

 

「何故……!?」

 

 そして健在を知っていたが故に、タリアの衝撃は誰よりも大きかった。第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でオーブ軍が回収し、表向きは存在しない戦力として秘匿していたのだろうとタリアは認識していたからだ。

 そんなレイダーがオーブ軍と交戦しているという事実は、オーブの内情を知らないタリアにとって理解の範疇外だったのである。思わぬ宿敵の襲来に、突如頭の中がクリアになったシンは大声で叫んだ。

 

『メイリン!! デュートリオンビームを!! それからレッグフライヤー、ソードシルエットを射出準備!!』

 

 インパルスの最大の特性は、前大戦で開発されたZGMF-X11Aのコンセプトを踏襲する合体機構である。

 中核である独立型コクピット“コアスプレンダー”を除けば戦闘中に換装可能であり、破損したパーツを交換することで戦闘能力を維持する他、それぞれのパーツに個別でバッテリーが内蔵されているため、継続戦闘能力を高める画期的なシステムだった。

 加えて特定箇所に指向性の特殊粒子線を照射されることで、機体側でそれをエネルギー変換し、バッテリーの電力を再充電するデュートリオンビーム送電機能を有しており、その稼働時間は母艦が健在である限り核エンジン機にも匹敵する。

 もちろん、一瞬でバッテリーを回復させる訳にはいかないため、まずは眼前に迫り来るザムザザーを退ける必要がある。バッテリーを一切使わずに。

 

『ヤツがすぐ近くにいるのに……俺はっ!!』

 

 シンは機動防盾を目眩ましに投げ付けると、胸部の近接防御用機関砲を除いて唯一使用可能な対装甲ナイフを腰部ホルスターから抜いた。

 ストライクに搭載されている近接対装甲コンバットナイフに影響を受けた、バッテリー内部の電池で高周波震動し、通常装甲であれば貫通可能な切れ味を持つナイフを両手に構えて機体を切り返す。

 

『おおおおおっ!!!』

 

 フェイントを掛けながらザムザザーに向けて片方を全力投擲し、前傾させて陽電子リフレクターで防がせると同時に無防備な下部に潜り込むと、中心部分にもう片方を突き刺した。




更新が途絶えていたR18版も、不定期ですがこっそり種運命編を開始しました。一部本編を補完している箇所もありますが、内容は普通にR18なのでご注意下さい。

また機体設定を下部に記載します。

【機体設定】

 諸元 タソガレ
 型式番号 ORB-02
 装甲材質 VPS装甲
 動力源 バッテリー
 搭乗者 アレックス・ディノ(アスラン・ザラ)

【基本設定】

 ユニウス条約に伴い需要が高まったワンオフの高性能機として、戦後本格的な開発が行われたモビルスーツ。
 その先駆けである本機体には、オーブ軍のフラッグシップとして密かに製造された“暁”と対を為す“黄昏”の名が授けられた。
 総合的な性能はフリーダムに匹敵しており、得意分野の空中戦では運動性能で凌駕する他、シラヌイを搭載することで宇宙空間でも極めて高い戦闘能力を誇る。

【武装】

 M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2
 73J2式試製双刀型ビームサーベル
 72D5式ビームライフル“ヒャクライ”
 試製72式防盾
 ※ラミネート装甲で製造された大型シールド。先端が鋭利に尖っており、打突武器としても使用可能。本機体は“アカツキ”と異なり、装甲自体に高いビーム耐性が存在しないため、ラミネート装甲を用いた専用シールドが用意された。
 大気圏内航空戦闘装備“オオトリ改”
 ※本体から分離、変形させることで、自律行動可能な支援戦闘機としても運用できるフライトユニット。
 オオトリを発展させたものであり、搭乗者には高度な情報処理能力が求められるため、これをカガリが扱える水準まで簡易化させたものがオオワシである。

【作者解説】
 要は装甲をVPS装甲に変更して、オオトリとオオワシの中間的存在を搭載したアカツキです。
 そこまでアカツキから改変した訳でもないのに、妙にジャスティスっぽさがあるのは不思議ですね。まさかアカツキも本来アレックスさんが乗る予定だった……?


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新たな同盟

 〈19〉

 

 ザムザザーの下部に高周波震動ナイフを突き刺し、スラスターの一部を破壊して大きく怯ませたシンは機体を翻すと、受信機能が設置されているインパルスの額でデュートリオンビームを受けた。

 瞬く間に機体のバッテリーが充電されると共に、同時に換装したソードシルエットとレッグフライヤーに搭載されたバッテリーの補助を受け、再びPS装甲が白と赤を基調とした鮮やかな色に変わる。

 そして弧を描くように放ったフラッシュエッジが陽電子リフレクターの効果範囲外から襲い掛かり、装甲の一部と共にリフレクター発生器の一つを両断する。

 

『でやあああああ!!』

 

 虎の子の陽電子リフレクターを喪い、混乱するザムザザーのコクピットにシンはソードシルエットから抜いた対艦刀(エクスカリバー)を全力で突き刺した。

 

『馬鹿な……!』

『今だ!!』

 

 相棒をインパルスの対艦刀(エクスカリバー)で一刀両断され、一瞬の動揺で生じた僅かな隙をレイは見逃さなかった。

 ザムザザーが放つ猛烈な弾幕のパターンを見切り、左腕で構えた空力防盾と僅かなスラスターの制御で4基の複列位相エネルギー砲を交い潜って一気に距離を詰める。

 

『甘い!!』

 

 更に機体の両面から放たれた砲撃を躱し、背部に接続されたビーム砲を両脇に展開してスーパーフォルティスを放った。技術の進歩によって核動力機であるジャスティスに搭載されたフォルティスと同等の威力を有する一撃は、咄嗟にザムザザーが前傾して形成した陽電子リフレクターの前にあっさりと防がれる。

 

『!!』

 

 前傾したことで、攻撃の手が止んだザムザザーに向かって擦れ違うように接近し、死角から振るわれた大型クローを空間認識能力で察知して回避すると、無防備な下腹部にプラズマ収束ビーム砲を放ち──同じくフリーダムに搭載されたバラエーナをバッテリー機で再現した強烈な一撃がザムザザーを貫いた。

 

 〈20〉

 

 目的地であるオーブ領海付近に潜伏していたイズモの格納庫にて、クロトとカガリは黄昏との戦闘で深く傷付いたレイダーのコクピットから降りた。

 衝撃を吸収するパイロットスーツを着ておらず、予備のヘルメットを被っていただけのカガリは全身に痣が出来ていたが、特に支障はないようだった。クロトは自らのヘルメットを脱ぐと、気怠そうに額の汗を拭った。

 

「……あー、疲れた」

 

 建前上はアスハ家の有志がセイラン家に取り込まれたオーブ代表首長を救出するという体裁を繕う必要があったため、オーブ軍に人的被害を出す訳にはいかない。

 そんな状況で旧式に乗り、基本性能では全てが一回り上の“黄昏”を相手に立ち回るのは困難極まるものだった。事実、カガリが囚われているコクピットを狙えないという縛りがなければ何度か危うい場面が存在したが、ともあれ目的は達成である。

 それも意外なオマケ付きで。

 

「こんな船まで用意して……。ヒーローごっこじゃないんだぞ! この馬鹿野郎!!」

 

 クロトは水中に逃げ込んだレイダーを追い、イズモに着艦した“黄昏”から飛び降りたアレックスにいきなり胸倉を掴まれた。反射的に押し退けようとするが、強烈な殴打を頬に受けてその場に崩れ落ちる。それを後ろから見ていたカガリが悲鳴を上げ、別方向からは血相を変えたラクスとキラが現れた。

 

「止めてください、アスラン。クロト様の所為ではありませんわ」

「ラクス!? しかしコイツは……」

「アスラン!!」

 

 ラクスの激しい剣幕に、アレックスは思わず怯んだ。そして隣のキラに助けを求めるような視線を向けるが、キラはその視線に構わず倒れ伏したクロトの下に駆け寄る。

 キラの存在を認識したクロトは上体を持ち上げると、即座に立ち上がってパイロットスーツに付いた埃を払う。

 

「大丈夫?」

「こーいうのは慣れてるから。僕は問題児だったからねえ」

「それは、そうだけど……」

 

 かつてロドニア研究所で受けていた“教育的指導”や、強烈な禁断症状を引き起こす“γグリフェプタン”が切れた時の苦痛と比較すれば、たかが虫に刺されたようなものだ。

 まるで何事もなかったかのような口振りのクロトに、キラは僅かに表情を曇らせながらも笑うと、そんな二人を見てカガリは肩を竦めて呆れた様に呟いた。

 

「……お前らって、ホント仲良いよな」

「そう? でもカガリとユウナ程じゃないよねえ?」

 

 茶化すクロトに、カガリは顔を紅潮させた。

 

「──ッ! 私だって色々悩んで、考えて、オーブの為になると思ったんだ! でなきゃあんな奴と誰が結婚なんてするか!」

「あはははは……」

 

 翌月には国を挙げて行われる予定だった盛大な結婚式が、セイラン家がアスハ家の権威を取り込む為の政略結婚であることは関係者の間では有名な話であり、私人としてのカガリとユウナが不仲というのもまた有名な話である。

 もっとも、ユウナは自分の男としての権威を高めるトロフィー程度には、容姿端麗で鮮やかな金髪を持ったカガリという少女を気に入っているようだったが。

 

「キラ……」

 

 まるで仲の良い兄妹が戯れている様な光景に微笑むキラを見て、アレックスは複雑な表情を浮かべた。

 

「アスラン?」

「……いや、何でもない。こんな馬鹿な真似をした理由は何だ? 国家元首を攫うなんて、国際手配級の犯罪行為だぞ?」

 

 それぞれ初代最高評議会議長、初代国防委員長という形でプラントの立ち上げに携わった“シーゲル・クライン”と“パトリック・ザラ”の子であるラクスとアレックス──アスランは当時対立を深めていたクライン派とザラ派を結束させるため婚約を結び、以来公私に渡って親交を深めていた。

 その婚約関係はアレックスがヘリオポリスを襲撃した際、今まで両親が強制していた男装から解かれた親友──キラとの邂逅で亀裂が生じ、最終的にフリーダム強奪事件とオペレーション・スピットブレイクの情報漏洩容疑を掛けられたシーゲルがパトリックの部下に射殺されたことで、事実上婚約関係は解消されていた。

 しかしパトリックが行った情報統制によって、シーゲルは非業の死を遂げたと発表され、戦後の混乱を避けるためクライン派もそれを是認したため、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになっている。

 ラクスにとってアスランは自らの知る中で最も優秀な少年であり、高度な遺伝子調整が行われたコーディネイター同士とは思えないほど、遺伝子上の相性も極めて良好だという。

 だから余程この人だという運命の相手が現れなければ、ラクスもわざわざ婚約関係を白紙に戻す理由はなかった。

 

「……」

 

 しかしアスランが今もキラに懸想していることを、ラクスは理解していた。

 唯一対人関係の構築が苦手なアスランにとって、月の幼年学校から家族ぐるみで付き合いのあったキラの存在に並ぶ者は存在しない。ましてそれが男装していた可愛らしい少女であれば、むしろ惹かれない方が不思議である。

 

「……そうかもしれません。ですから私達が間違った道を歩んでいると思えば、貴方が私達を正せばいいのではないでしょうか?」

「俺が……君達を……?」

 

 しかしラクスが返還された後も容赦なく自分達を殺しに来るアスランに抱いていた恋心は消え失せ、反対に生体CPUという壮絶な生い立ちが明らかになったクロトをキラは選んだ。

 とはいえ今もアスランの中では未練が残っているらしい。そしてその未練を抑制することが出来るのは、曲がりなりにもアスランの婚約者であるラクスだけなのだった。

 

「もしかして、僕が整備をしないといけないのかなぁ? もうやり方を忘れちゃったけど」

「ここにいても整備の邪魔だって、よくマードックさんに怒られてたもんね」

「しょーがないだろ。やったことなかったんだからさぁ。……でもあの時と違って水ならいくらでもあるから、別に無駄遣いしても大丈夫だよねえ?」

「そういう問題じゃないような……」

 

 かつてクロトが逆行した世界では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 だったら仲睦まじい二人とは異なり、破綻寸前の婚約関係になった自分達はいったい何を間違えてしまったのだろう。

 ラクスは大きく溜息を吐くと、アレックスに今の自分達が置かれた状況の説明を始めた。

 

 〈21〉

 

 オーブを発ったミネルバが地球連合軍の厳重な包囲を打ち破り、カーペンタリア基地に無事到着したという報告を受けたギルバート・デュランダルは平静を装いながらも、内心胸を撫で下ろしていた。

 プラント最高評議会議長でありながら、実質的な権力は秘書である“例の男”に握られているデュランダルにとって、自らの手駒として数えられるのはミネルバの艦長であるタリア・グラディスや、養子であるレイ・ザ・バレルら極少数だけである。

 もちろん、デュランダルも“人の遺伝子に沿った正しい道を歩む社会システムを構築することで、最大多数の最大幸福を実現する”運命計画を実行するためには、この世界を支配しようとする“例の男”は邪魔だった。

 そもそも“ブレイク・ザ・ワールド”や“ラクス・クライン暗殺未遂事件”の真相、そして“偽ラクス擁立”というデュランダルにとって致命的な事実を掴んでいる“例の男”を排除しなければ、デュランダルに未来は存在しない。

 とはいえあくまで遺伝子学者であり、特定の政治基盤を持たず軍事戦略にも造詣が深いという訳ではないデュランダルが運命計画を実行するためには、まだ“例の男”の存在は必要不可欠だった。

 本来圧倒的な戦力を有している筈の地球連合軍や“ロゴス”の内部情報を正確に把握している“例の男”がいなければ、劣勢に陥っている地球連合軍が一挙に盛り返すことも考えられるのだ。

 そんな中で適切なタイミングで“例の男”を排除するのは、あのラウですら為せなかった偉業である。

 老いたナチュラルの肉体というハンデを抱えながら、並み居るコーディネイターを押し退けて白服にまで上り詰めた男のオリジナル──遺伝子的な才能は“キラ・ヒビキ”すら超越しているだろう。

 特に二桁を超える遠隔操作兵器を自由自在に制御するどころか、長期の未来予測すら可能な空間認識能力は他者の追随を許さない。どの遺伝子をどう調整すればこの様な人間が生まれるのか、遺伝子学者であるデュランダルにさえ想像すら出来なかった。

 そもそもラウやレイと同じ遺伝子を有しながら、彼等とは異次元の能力を持っている“例の男”はデュランダルの運命計画にとって、絶対に許容出来ない存在である。

 そんな“例の男”の唯一の欠点と言えるのが、遺伝子学者であるデュランダルが偶然発見した、とある現象を引き起こす者が例外なく保有している特異な遺伝子配列“SEED因子”を持たないことである。

 それはナチュラル、コーディネイター問わず一定の確率で有している、優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子であり、それを有する者は「人と世界を融和する存在」だとマルキオ導師が提唱した因子だ。

 あくまで思想家ではなく学者であるデュランダルは「人と世界を融和する存在」などといったオカルトめいたことを信じている訳ではなかったが、事実としてSEED因子を発現させた者が一時的に圧倒的な能力を獲得することは理解していた。

 ストライク──そしてフリーダムのパイロットとして活躍した“キラ・ヒビキ”、そんな“キラ・ヒビキ”と唯一互角に渡り合った“アスラン・ザラ”。

 最後にモビルスーツの絶対的な性能差を覆してラウを討ち取り、デュランダルにSEED因子の凄まじさを示した“クロト・ブエル”。

 傲岸不遜にして、それに見合うだけの能力を有している“例の男”を排除するためには“例の男”と同じ遺伝子を持ったレイに加えて、SEED因子を持つ者としてデュランダルが見出した“シン・アスカ”の覚醒が欠かせない。

 故にあえて“例の男”の不興を買い、本物のラクス・クラインが敵に回るリスクを冒してまで密かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()訳だが、デュランダルの計画は失敗してしまった。

 とはいえデュランダルがラクスに似た声を見出し、整形手術で偽者のラクスに仕立て上げた“ミーア・キャンベル”の働きによって、プラント国内に一定数存在する厭戦派を牽制すると共に、地球全土で反連合の機運を高めており、計画に支障はきたしていない。

 かつて平和の為に第三勢力を結成し、互いに大量破壊兵器を撃ち合う未曾有の絶滅戦争を終わらせる為に尽力したラクス・クラインが一勢力に肩入れすることなど、真にラクスを理解している者であれば有り得ないことだ。

 しかしかつてとある偉人が言ったように、人は自分の見たいものしか見ないのだろう。

 自分達ザフトは正義で、地球連合軍は悪。そんな風に二極化するなと訴えていたのが、ラクス・クラインだということから目を背けて。

 事実、ロード・ジブリールを操ってアーモリーワン事変を引き起こし、旧ザラ派のテロリストを支援してブレイク・ザ・ワールドを引き起こし、部下にラクス・クラインの暗殺を命じながら偽者を擁立している自分が──その手足であるザフトが、横暴な地球連合軍と戦う救世主として持て囃されているのが現実だ。

 もしも全ての事実が明らかになれば、今度こそプラントは諸悪の根源として内部崩壊するだろう。そしてそれが恐らく“例の男”がプラントに現れた理由だ。

 かつて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ラウとは真逆で、本質的には()()()()()()()()()()()()()()()()“例の男”は、先の大戦で“ニュートロン・ジャマー”や“ジェネシス”を造り世界を滅ぼそうとしたプラントを──そして種の断絶に繋がるコーディネイターという存在を許容していない。

 実際、国民の大半がコーディネイターで構成されているプラントは、人口減少を食い止める何らかの技術革新か、ナチュラルが多数存在する地球を支配下に置かなければ国家として存続不可能になるだろうということは、有識者の中では常識である。

 だからこそプラントは自衛戦争だと主張する一方で、積極的自衛権の行使を名目に世界各地へ降下部隊を送り込むオペレーション・スピア・オブ・トワイライトの様に、客観的に見て過剰防衛とも言える作戦を許容したのである。

 かつてアーモリーワン事変が起こった際、強奪したセカンドシリーズで暴れているファントムペインに対して、インパルスのパイロットであるシン・アスカは「また戦争がしたいのか、あんた達は!」と叫んだ。

 しかし真に戦争がしたいのは就任期間中に大衆の支持を得て全世界に運命計画を執行したいデュランダル自身と、やがて人口減少で国力が維持出来なくなる為、内心第二次連合・プラント大戦を行う大義名分が欲しかったプラントだ。

 でなければ、モビルスーツやフレアモーターを用意し、綿密な計画を立てて実行に移された筈のユニウスセブン落下テロ事件に関与したテロリスト達は全員死亡した、などというデュランダルの詭弁がプラントで許容される訳などないのだから。

 自らが搭乗するつもりらしい、核エンジンとデュートリオンビーム送電システムをハイブリットさせた『ハイパーデュートリオンエンジン』を搭載した第三のモビルスーツの設計に励む“例の男”に一瞬視線を遣ると、デュランダルは偽者のラクス・クラインが読み上げる原稿の作成に戻った。




オーブ解放作戦でジャスティスにバラエーナをぶち込んでしまうキラちゃんがいなければ、アレックスさんはラクスの婚約者として三隻同盟の二大エースだったという風潮。
原作の種運命でもプラント市民はその認識なので、クロトが勘違いするのは必然かもしれません。

【小ネタ】
ブーステッドマン=クロト・ブエルは生体CPUである!
彼を改造したブルーコスモスは反コーディネイターを掲げる悪の自然保護団体である! ブーステッドマンは青き清浄なる世界の為にザフトと戦うのだ!!

【没プロット公開】※種編の終盤も一部変更有
クルーゼとの死闘の末、ジェネシス内部でプロヴィデンスの核爆発に巻き込まれて戦死したクロト。
絶望しつつもシングルマザーとして生きていたキラちゃんだが、ザフトの襲撃をきっかけにフリーダムに乗り、各地で停戦を訴えながら武力介入を開始。
しかし漆黒の制式レイダーは唯一互角に渡り合う。
そんな中、フリーダムはベルリンでデストロイと激闘を繰り広げるが、その最中に突如デストロイは停止する。
その隙を突いてフリーダムの制止を振り切り、ビームサーベルを叩き込むシンだったが、コクピットの中には(以下略)

どう考えても収拾が付かないので、以前公開したプロットと同じく没になりました。


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仮面は嗤う、インド洋の闇

 〈22〉

 

 赤道連合領──スマトラ島。

 ブレイク・ザ・ワールドの後に大西洋連邦からの呼び掛けを受け、世界安全保障条約機構に加盟したこの国では、カーペンタリア基地を睨む要所として地球連合軍の軍事基地を建設する動きが秘密裏に進められていた。

 基地建設を行うにあたり、大規模な工兵部隊の投入はザフトに察知される危険性が高かったことから、地球連合は現地住民を強制的に徴用することで労働力を賄っていた。

 基地内部には最新鋭の量産型モビルスーツ“ウィンダム”が30機配備されており、他にもリニアガン、戦車といった陸戦兵器、外周には対空砲が配置されており、各地で敗退を続けている地球連合軍の反攻に繋がる礎だと期待されていた。

 そんな建設中の基地外周部にて、昼食を取るために出歩いていた二人の男は一人で海を眺めている奇妙な格好をした少女の後ろ姿を発見し、気紛れに声を掛けた。

 

「こんなところで何してんの? ねぇ」

「……。気安く話し掛けるな」

 

 つっけんどんに返答した少女の無愛想さと、それとは裏腹に高級店でも見掛けたことのない美貌に口笛を吹き、その姿を見て硬直した相棒の男を背に男は口説き始めた。

 

「可愛い子だなぁ。お兄さんと一緒に来いよ」

 

 男の所属する部隊は強襲揚陸艦スペングラー級“J.P.ジョーンズ”。

 先日上層部から直々に、地球連合軍の非正規特殊部隊である第81独立機動群に所属する“ロアノーク隊”の専用母艦に任命された精鋭部隊であり、男はその一員である。

 たとえ何かがあったとしても、泣き寝入りをするのは無力な一般人に過ぎない目の前の少女の方だ。

 男は肩を竦めた少女に手を伸ばそうとするが、あと一歩で触れられそうな距離まで近付いた所で、別方向から二人の少年が声を掛けた。

 

「止めといた方がいいよ。俺等は第81独立機動群で、その人は副隊長」

「ナンパしようとして大怪我した奴、結構いるんだぜ? 隊長も意外と気さくな人だけど、副隊長が絡むと怖えーからな」

 

 少年達の言葉に、男は思わずその場で凍り付いた。

 顔合わせこそまだだが、指揮官であるネオ・ロアノーク大佐と一部の人員を除けば、派遣されたロアノーク隊の構成員は全員10代の少年少女だという噂を男は聞いていた。

 非正規特殊部隊の主力構成員と、所詮はいくらでも替えの利く一般軍人。もしも何かがあったとすれば、消されるのは自分達の方だ。

 恐怖に包まれた男は相棒の男と顔を見合わせると、平身低頭して足早に立ち去った。

 

「お呼びが掛かったぜ、隊長から」

「また、戦争か」

 

 うんざりした口調で溜息を吐くと、カナードは天を見上げた。

 世界各地で苦境に陥っている地球連合軍の中で、唯一気を吐くロアノーク隊の副隊長として活躍しているカナードだったが、先程報道されたとんでもないニュースを見て憂鬱な気分になっていたのだった。

 

「……ま、俺等はそれが仕事だし。オーブで遊んでる裏切り者とは違うんだよ」

 

 カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件。

 オーブ連合代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが突如出現した“レイダー”に乗った正体不明のパイロットに拉致され、そのままオーブ軍の追跡を振り切って逃亡したという前代未聞の事件である。

 この事件を引き起こした人物として、オーブ国内に存在する反セイラン派の有力者や前ブルーコスモス盟主などが容疑者に挙げられたが、いずれも関与を否定。

 オーブ国防軍司令官だったロンド・ミナ・サハクは事件の責任を取って職を辞し、代わってカガリの婚約者であり現オーブ宰相を父に持つユウナ・ロマ・セイランがオーブ国防軍司令官に就任したという。

 

「裏切り者か。……どうして私は何も思い出せないんだろうな」

 

 所詮は一介の地球連合軍人どころか、手続き上の関係で尉官を与えられているだけのカナード達にとって、オーブ国内の政治事情などどうでも良かった。

 むしろ親連合派であるセイラン家が政治・軍事の両面で頂点に立ったため、対プラント戦を見据える上では都合が良かった。問題は実行犯である正体不明のパイロットが、二年前に組織を裏切った“クロト・ブエル”だということだった。

 クロトはかつてブルーコスモスと地球連合軍が全ての個人情報を消去した人間兵器であり、その正体を把握出来た者は非常に少なく、その過去を含めて正確に把握しているのは同じ地球連合軍の暗部に所属しているカナード達だけだったのだ。

 とはいえ同じロドニア研究所で物心付いた頃から鎬を削った間柄の筈なのに、カナードは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「僕も全然覚えてないけどね-。覚えてるのはすげー先輩が3人いて、その中でも1人、飛び抜けてすげー奴がいたってことと、あんまりそいつがすげーモンだから、僕達の妹分だった奴が相棒として引き抜かれたってことくらいかな?」

 

 前ブルーコスモス盟主がその才能に目を付け、自らの直属兵として徹底的な人体改造と洗脳教育を施して造り上げた三体の生体CPU──“ブーステッドマン”。

 元はナチュラルだがコーディネイターと同等以上の身体能力を持ち、当時は未完成だったナチュラル用OSの代わりにコーディネイター用OSに似た専用OSを十全に扱い、個の力でザフト軍を圧倒した最強の人間兵器である。

 その初号機である“クロト”がほぼ単独でザフトを退け続けたその圧倒的な性能から、当初予定されていたスリーマンセル運用からツーマンセル運用に変更されたことで、カナード達の同期である“ステラ・ルーシェ”は四体目の被検体に選ばれたのだった。

 しかし不思議なことに、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それも単に忘れてしまったというより、まるで最初から記憶が存在しないような違和感があった。

 

「……妹分?」

「ひどいなぁ、ステラのことも忘れたの? ……あれ、でもカナードとステラが話したことってあったっけ?」

 

 アウルもカナードと同じく、奇妙に抜け落ちている過去の記憶に首を捻った。

 自分とステラ、スティングとステラが話していた記憶はぼんやりと思い出せるというのに、カナードとステラが話していた記憶だけは何一つ思い出せなかったのだ。同じ女性同士であるカナードとステラの会話が、一番記憶に残っていても不思議ではない筈なのに。

 アウルは何かを振り払うかのように首を振ると、一転して無邪気な顔で笑った。

 

「ま、もしもアイツが僕達の前に現れたら、殺さないとね。どうやって生き延びたか知らないけど、僕から母さんを奪った罪を償わせないと」

 

 2年と少し前──地球連合軍がプラント本国攻撃を最終目標としたエルビス作戦を発動し、各方面から集めた大戦力を月面基地プトレマイオスから出撃させた頃、アウル達が居たロドニア研究所は傭兵部隊“サーペントテール”の襲撃を受けた。

 突如襲撃を受けたロドニア研究所は壊滅し、アウルら極少数の人間だけが何とか研究所からの脱出に成功した。そして生体CPUとしては未完成ながら第81独立機動群に加入──既に被検体“スウェン・カル・バヤン”らによって、ノウハウが確立していた手術を伴わない洗脳教育と薬物投薬、軍事訓練を受け、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で奇跡の生還を遂げたネオ・ロアノーク大佐を指揮官としたロアノーク隊に加えられたのである。

 しかしブルーコスモス系の研究者達が孤児に非道な人体改造を施し、地球連合軍にモビルスーツの生体CPUとして出荷していたロドニア研究所の正確な位置は地球連合軍の中でも禁忌中の禁忌であり、地球連合軍上層部でも知っている者は数名である。

 そんなロドニア研究所の情報漏洩を行ったのは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中にクーデターを起こした“ブーステッドマン”の中でも、とりわけ単独行動が目立っていた“クロト・ブエル”であることに疑いの余地はなかった。しかし所詮クロトは耐用期間が差し迫っていた消耗品であり、とっくの昔に死んだ筈だった。

 だが“クロト・ブエル”は生きていた。

 所詮は籠の中の鳥であるアウル達とは異なり、人並みの自由を得て。

 

「夢みたいな話はその辺にしとけよ。あいつは俺が殺る」

 

 スティングはアウルに同調すると、獰猛に嗤った。

 唯一“クロト”の事を思い出せないカナードはアウルとスティングに笑い掛けると、それぞれの背中を軽く叩いた。

 

「第81独立機動群の敵はあくまでザフトだ。それを履き違えるなよ?」

 

 目的が分からない以上、余計な深入りは無用である。カナードはロアノーク隊の副隊長として、暴走するアウルとスティングに釘を刺した。

 露骨にふて腐れるアウルとスティングだったが、そんな二人を尻目にカナードは小首を傾げて呟いた。

 

「……クロト、か」

 

 カナードは“クロト”の事を何一つとして思い出せなかったが、かつて自分が誰かを倒そうとしていたことだけは覚えていた。

 裏切り者の生体CPUと蔑まれ、純粋な能力はカナードも上回っている自信はあったが、グリマルディ戦線で鮮烈な初実戦を飾り、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで最前線で戦い抜く傍らで復讐を果たした“クロト”は紛れもなく“本物”である。

 上からの命令を聞くだけの“偽物”に過ぎない自分は、おそらくこの“本物”を倒そうとしていたのだろう。そしてその機会が、幸運にも再び舞い込んで来たのだ。

 生きている内は、まだ負けじゃない。

 カナードは不敵に嗤うと、ネオが待っているインド洋前線基地に向かって歩き始めた。

 

 〈23〉

 

 地球連合軍の物資流通ルートとして、ザフトが最優先攻撃目標と定めたスエズ基地を攻撃しているジブラルタル基地の駐留軍との合流を果たすため、補給と修理を終えたミネルバはカーペンタリア基地を出発していた。

 一方、上層部から地球連合軍を撃破したミネルバの攻撃命令を受けたネオ・ロアノークは地球上のJ.P.ポナパルトを受領すると共に、合流地点であるミネルバの航路付近で極秘裏に建設中だったインド洋前線基地に降り立つと、現地の司令官と接触を行っていた。

 そして先刻、インド洋前線基地の偵察部隊は領海近くで西に進むミネルバを発見したのだった。

 

「相手はボズゴロフ級とミネルバですよ? 当部隊の援護は不要だと? この前のオーブ沖海戦のデータを見ていないのですか?」

「君達は対カーペンタリア前線基地を造るために派遣された部隊だ。その任務も完了しないまま、無闇に戦力を減らす訳にはいかんだろう。それに、この基地の存在をザフトに悟られる訳にもいかんしな」

「は、はぁ……」

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で顔面に受けた怪我を隠すためだという、奇妙な仮面を付けたネオの淡々とした言葉に、司令官の男は困惑した。

 てっきりロアノーク隊を援護するため、この前線基地の防衛戦力として配備されているウィンダムの貸与を命令されるのだと思っていたからである。

 地球連合軍上層部直属の特殊部隊の隊長と、前線基地の司令官。

 同じ大佐といってもどちらが権限を有していると問われれば答えは明白であり、ネオがその気になれば司令官の男が逆らうことは不可能だった。

 しかし目の前のネオ・ロアノーク大佐という男は自らの手柄を挙げることよりも、このインド洋前線基地の完成が優先だと判断したらしい。先の大戦で多大な功績を残し、第81独立機動群に抜擢されたという話は伊達ではないようだ。

 司令官の男が感心していると、ネオはこちらが本題だと言わんばかりに口を開いた。

 

「そんなことよりも、貴官に依頼した“ガイア”の改修はどうなっている? 改修が完了次第、こちらからミネルバに仕掛けるつもりだが」

「急ピッチで進めていますが、元々陸戦型の機体を空に飛ばすなんてバランスが無茶苦茶になりますよ?」

「このままでは連携が取れんからな。2年前なら有用だろうが、今は量産機まで空を飛ぶ時代だ。……ああ見えてパルス中尉は優秀だ。飛ぶ為に必要な推力さえ確保出来れば、後は自力で解決するだろう」

 

 ネオがロアノーク隊を率い、アーモリーワンでザフトから強奪した3機の最新鋭モビルスーツである“ガイア”“アビス”“カオス”。

 それぞれザフトの最新技術に加えて、オーブ系の技術者から持ち込まれた技術をふんだんに盛り込まれた高性能な機体である。しかしそれぞれ陸戦、海戦、宇宙戦において前大戦で活躍した“フリーダム”を凌駕する性能を誇っている一方で、汎用性という意味では重大な欠点を抱えていた。

 とりわけ3機の中で最軽量でありながら、大気圏内の飛行能力どころかホバー能力すら持たない“ガイア”を同部隊で運用し続けることは現実的に困難であり、ネオはこのインド洋前線基地の設備を用いて追加スラスターの増設を行わせていたのである。

 かつてネオがクルーゼ隊を率いていた時、GATシリーズの中では最も軽装のデュエルに追加装甲としてアサルトシュラウドを装備させ、火力と推進力を向上させたように。

 空戦能力を量産機にまで獲得させた地球連合軍の最新技術と、ガイアに内蔵されているパワーエクステンダーを搭載した大容量のバッテリー。

 本来陸戦を主眼に置いた機体であり、機体の重心バランスが完全に崩れてしまうことを除けば、スラスターを増設して飛行能力を獲得させることは十分可能だったのである。

 

「で、また私に無茶をしろって?」

「そんなところだ。君が留守番をしたいと言うなら、別に構わんがね?」

 

 無断で進められているネオの無茶振りに呆れながら、カナードは肩を竦めた。陸戦に最適化されているOSの改良に加えて、製造者であるザフトすら想定していないだろう空戦能力を後天的に付与されたガイア。

 ただでさえ二足歩行と四足歩行を使い分けるモビルスーツだというのに、更に操縦難易度が上がるという不測の事態をむしろ楽しむかのように、カナードは微笑んだ。

 

「ううん。レイダーって奴が飛ぶなら、私も飛ばないとね」

「ほう? 偉大な先輩を見習うという訳かね?」

 

 同じ漆黒の機体にして、汎用性の高いモビルスーツ形態と機動性の高いモビルアーマー形態を変幻自在に操り、空中戦を得意とする可変型モビルスーツ“レイダー”。

 その機体の名前を出したカナードに対してネオが冗談めかして笑うと、カナードは一転して冷ややかな口調に変わった。

 

「偉大な先輩? ただの裏切り者ですよ。……あいつを倒して、私は本物にならないと」

「……ふっ。君に狙われるとは、彼もよくよく運のない男だな」

 

 人工子宮研究の一環として──そしてアル・ダ・フラガの後継者を産み出す母体として造られたキラ・ヒビキの失敗作であり、遺伝子上は姉のカナード・パルス。

 ネオと同じくロード・ジブリールに回収され、アウルやスティングと同じくロドニア研究所で生まれ育った生体CPUとしての記憶を植え付けられた哀れな少女である。

 喪った記憶を取り戻すためには、相応のきっかけが必要だ。

 ネオにとってそれは細胞分裂を抑制する薬の副作用である激しい痛みに加え、自らを造り出した男と瓜二つな自分の素顔だった。

 カナードにとってそのきっかけが何であるのかネオには分からなかったが、キラ・ヒビキに対する執着心がきっかけの一つだろうということはカナードの反応から推測することが出来た。そしてその執着心が、記憶の改竄で別人に向けられていることも。

 相変わらず、私を楽しませる男だ。

 ネオは濡れ衣を着せられた少年の不幸に、思わず苦笑した。




というわけで種運命編から新たに登場する、ほぼ全てのエースから命を狙われているクロトでした。
名前だけの登場ですが、勿論スウェン組からも命を狙われている極悪非道の裏切り者です。

俺が知り合う女がさあ!!全員オレん事殺そうとしてんだけど!!ってヤツですね。

ネオもウィンダムを借りずにガイアを改修させる辺り、微妙にやる気の無さを感じますね。

【オマケ】
「君はラウだ」
「(俺はアル……!?)」


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混沌のインド洋 ファントムペイン強襲

 〈24〉

 

 斜め上から振り下ろす様に放たれた斬撃を交い潜る様に回避し、アレックスは逆手に構えた黒い硬質ゴム製のトレーニングナイフを無防備な腹部に突き込んだ。

 鳩尾に強烈な一撃を受けて蹲るクロトを前に、アレックスは溜息を吐いた。

 アレックスは昨日行ったシミュレータ訓練に続けて、実戦感覚を取り戻すための射撃術、更にナイフ格闘術の実戦訓練をクロトと共同で行っていた。

 ナチュラルとは思えない身体能力など目を見張る点はあったものの、客観的に見てザフト士官アカデミーで総合成績10位以内の証である“赤服”を着られるかどうかというボーダーラインである。この程度の実力ならイザークやニコル、ディアッカなどアカデミーの同期達の方が余程優秀だったと率直に感じた。

 病み上がりとはいえ、これがかつてキラと共に自分達の前に立ち塞がった地球連合軍のエースパイロットの姿かと思うと、アレックスは少なからず失望した。

 とはいえ基本的に何も考えておらず、モビルスーツ戦しか役に立たないのにその優れた才能を腐らせているキラよりは多少マシか、と思いながらアレックスは腰元のホルスターにトレーニングナイフを収納した。

 多少手加減しても勝敗は目に見えているというのに、アレックスが敢えて本気を出したのは、賭けの代償としてクロトから聞き出したいことがあるからだった。額の汗を拭うクロトに、アレックスはまるで捕虜に行う尋問の様に問い質した。

 

「一つ聞きたい。“ファントムペイン”とは何だ?」

「あぁ? ……喪われた筈の身体が痛むってヤツか? 僕の無くなった眼球みたいに」

 

 クロトの巫山戯たような口振りと態度に、アレックスは不快感を露わにした。

 

「ふざけるな。ミネルバで議長が口にしていた、アーモリーワンを襲撃した地球連合軍の特殊部隊らしい。……知らなければ、答えなくていい」

 

 ギルバート・デュランダルの主導で開発されたザフトの最新鋭機“セカンドシリーズ”の内の3機が、プラントの軍事工廠“アーモリーワン”で強奪された事件。

 それはかつてアレックスの行ったヘリオポリス崩壊事件を擬えるかのように、地球連合軍の特殊部隊が引き起こした重大事件だった。この船において、地球連合軍の内情に詳しい者はクロトを除いて他にいない。それが暗部であれば尚更である。

 何かヒントにでもなれば。そう思ったアレックスの予想は、意外な方向で外れた。

 

「……隠すものでもねーか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。表向きの名前は、第81独立機動群だっけな」

 

 まさに確信に迫るクロトの解答に対して、アレックスは却って困惑した。多少噂を知っているどころか、あまりにも知り過ぎていたからだ。

 

「……なぜそこまで知っている?」

「知ってるも何も、()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで釈迦に説法をしてしまった修験者の様な気分になりながら、アレックスは脳裏に浮かんだ疑問を口にする。

 

「お前はアズラエルの部下ではなかったのか?」

「厳密には()()()()()って表現が正しいかな。……知ってると思うけど、あのオッサンは現場主義者でね。ザフトの襲撃から自分を守るために、圧倒的な戦闘能力を持つ存在を求めていた。その要望に応える形で派遣されたのが僕達だ」

 

 人類の有史以来から存在する、利潤確保を目的とした秘密結社“ロゴス”。

 地球の政治経済を支配してきるロゴスは地球連合軍の中枢を完全にコントロールしていたが、ロゴスの支配が行き届かないプラントで独立運動が始まったことがきっかけで、より意のままに任務を遂行する精鋭部隊として“ファントムペイン”を創設した。

 精強なザフトに対抗するため“ファントムペイン”では兵士を人為的に強化する試みが複数行われており、クロトもその中の一つ“ブーステッドマン”計画の被検体だった。

 当時は地球連合軍内部でも“生体CPU”の存在が許容されるほど、ブルーコスモスの影響力が頂点に達していたことと、ブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエルが自ら現場に出るタイプの人間だったことから、その中でも特にモビルスーツの操縦と戦闘能力に特化した“ブーステッドマン”が抜擢されたのである。

 とはいえ本来の“ファントムペイン”は、アーモリーワン事変の様な特殊任務を遂行する為に造られた部隊だと、クロトは認識していたのだった。

 

「だったら連中も、お前と同じ存在だと?」

 

 自分は触れてはいけない禁忌に触れてしまったと感じつつ、アレックスは非道な行いを続ける地球連合軍とブルーコスモスを断罪するかの様に言い放った。

 

「どうだろうね。だって多くの犠牲を払って造った完成品が、この程度(お前以下)の性能なんだぜ? はっきり言って無駄だろ」

「……」

 

 自嘲するクロトに対して、アレックスはそれ以上言葉を続けられなかった。何かを話せば話すほど、密かに対抗心を燃やしていた自分が惨めになりそうだったからだ。

 

「あー、疲れた。そろそろ飯にしよーぜ。今日のメニューはきつね丼だってよ。……きつね丼って何なんだ?」

「……きつねうどんだ」

 

 どこかキラを思わせるクロトの天然な発言に、思わずアレックスは脱力した。

 

 〈25〉

 

 強襲揚陸艦J.P.ジョーンズを出撃し、有視界範囲にミネルバと随伴艦のボズゴロフ級潜水空母ニーラゴンゴを捉えたネオは、迎撃の為にミネルバから発艦した3機のモビルスーツを確認した。

 真紅の“セイバー”、白と青の“インパルス”に加えて、橙色に彩られた重厚感のある形状のモビルスーツに、ネオを追うスティングは首を傾げた。

 

『なんだあの機体は?』

『アレはグフだな。量産機だが、基本性能はザクウォーリアを上回る機体だぞ!』

 

 型式番号“ZGMF-X2000”──グフイグナイテッド。

 ユニウス条約締結後に制式量産機候補として造られた試作機であり、最終的に量産性と整備性の悪さからザクウォーリアに制式量産機の座を譲った機体である。

 しかし大気圏内の空戦能力を有するなど、ザクウォーリアを凌駕する性能を秘めた機体の凍結を惜しんだザフト上層部はこの機体を少数生産し、一部のエースパイロットに配備し始めていた。

 そしてアーモリワン事変で負傷して戦線離脱したものの、先日行われたプラント本国の防衛戦で多大な功績を挙げたことで特務隊に昇進し、カーペンタリア基地で再合流を果たしたグラディス隊所属のハイネ・ヴェステンフルスもその一人だった。

 

『ふん、あんなヤツ!』

『カナード、スティングを援護しろ。私は馴染みの連中をやる!』

『了解!』

 

 グフに向かうカオス、それにグゥルに搭乗する形で追従するガイアと別れ、ネオはジェットストライカーを装備したウィンダムを加速させる。

 

『レイ、お前は俺に付いて来い! シンは正面から突っ込んで来たヤツを排除しろ!』

『油断するなよシン! そいつは普通じゃない!』

『分かってる! こんな奴等に負けるかよ!』

 

 インパルスから少し離れた距離で、カオス、ガイアの両機と中距離戦に移行したハイネとレイを横目に、シンは前方から迫り来る灰色のウィンダムにビームを連射した。

 

『では君の力を見せて貰おうか! ザフトのエース君!』

『なんだコイツ!? 速い!』

 

 まるで放たれる前から回避を始めているかのような挙動のウィンダムに、シンは全てのビームを躱された。反撃で放たれたビームを咄嗟に機動防盾で防ぐが、対空ミサイルが着弾して体勢を崩される。

 しかしシンは瞬時に体勢を立て直すと、対空ミサイルを放った隙を突いて再びビームを発射しようとし──舌打ちと共に急上昇してビームを回避した。

 

『くっ……!』

 

 所詮は量産機と採算度外視で製造された試作機──最高速度、加速力、旋回能力のいずれにおいてもフォースインパルスが上回っている。だがネオはシンの攻撃を誘導・予測して事前に対応することで、その機体性能の差を埋めていた。

 ナチュラルであることを隠すため、コーディネイター用に神経接続が最適化されたザフト製OSを用いるハンデを抱えながらザフトのエースパイロットに上り詰めたネオにとって、ナチュラル用に最適化されたウィンダムの操縦は手足の如く容易だったのである。

 

『ふっ、こんなものか!?』

 

 互いに攻撃を防ぎながら、ネオはシンと接近戦に移行した。出力の差を生かし、強引に押し切ろうとするシンを嘲笑うかのようにネオは急降下すると、追撃しようとするシンの進行方向に無誘導ロケットを連発する。

 誘導機能を持たない代わりに、対空ミサイルとは比較にならない威力を秘めたロケット弾はインパルスに強烈な衝撃を与え、バッテリーを大きく消耗させた。

 

『シン!』

『お前は目の前の敵に集中しろよ! ──そらぁ!』

 

 カオスとガイアが放つビームの嵐を潜り抜け、ハイネはガイアの搭乗しているグゥルにスレイヤーウィップを振るった。先の大戦では大気圏内の飛行能力を持つ機体は極少数だったことから活躍したグゥルだが、現代においては既に型落ちである。

 4機の中では明らかに鈍重なグゥルをスレイヤーウィップの先端で捕らえ、高周波パルスを発生させて真っ二つに両断する。

 後はホバリングすら出来ない無力なガイアを海中に叩き落とし、カオスと空中戦を行っているレイを援護しようとしたところで、ハイネは驚愕の光景を目の当たりにした。

 

『くそっ、冗談じゃないぜ!』

 

 スラスターを増設され、一回り大型化した姿勢制御ウィングが生み出す絶大な推力が本来大気圏内では飛行出来ないガイアの体勢を立て直し──大空を舞わせた。

 それはギリシア神話における地母神であり、大地の象徴と呼ばれるガイアが、本来は文字通りの大地ではなく〈天を含めた世界そのもの〉を象徴していることと、天空神ウラノスの母であることを具象化したような光景だった。

 グゥルで飛行する傍ら、ガイアのOSを書き換えて空中戦にも対応させていたカナードは、反応が一瞬遅れたグフの右腕をビームライフルで撃ち抜いた。

 続けて光刃(ヴァジュラ)を抜き、残る左腕でビームガンを放ちながら後退するグフに襲い掛かるが、あと一歩の処で上空から放たれたスーパーフォルティスの前に攻撃を阻まれる。

 千載一遇のチャンスを逃し、カナードは通信回線を開いてセイバーと対峙している筈のスティングに叫んだ。

 

『何をやっている、スティング!』

『悪いっ、こんなはずは……!』

 

 カナードが上空に視線を向けると、機体の一部を喪ったカオスがセイバーの攻撃から逃げ惑っていた。

 ドラグーンの発展兵器である機動兵装ポッドを搭載し、そのオールレンジ攻撃能力で宇宙戦において真価を発揮するカオスと、大気圏内外問わず空中戦を得意とするセイバーでは高い空戦能力を持つ機体同士といっても、明確な差があったのである。

 

『だったら私が代わってやる!』

 

 圧迫される様な気配を感じながら、カナードはガイアを急上昇させてセイバーに斬り掛かるが、レイは空力防盾で攻撃を防ぎつつ近接防御機関砲を連射する。カナードはガイアを反転させて攻撃を回避してビーム突撃砲を放つがスライドで回避され、再び距離を開けられてしまう。

 

『ネオ! スティングの機体が負傷した!』

『──ふむ、そろそろ潮時か』

 

 純粋な技量では、インパルスのパイロットはレイを下回っている。

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。下手に追い詰めるとむしろ危険だ。

 ネオは再び行われたシンの突撃を受け流すと、ハードポイントに搭載した各種ミサイルを全弾発射した。爆風と共に激しい水飛沫が上がり、シンの視界が遮られる。

 

『くそっ、逃げる気か!』

『ふふ、これは戦略的撤退だ!』

 

 ネオが本来陸戦機であるガイアを改修してまで空戦機を3機揃えたのは、ミネルバの主戦力を自分達に引き付けるためだった。

 地球侵攻の意図はないと証明するため、ザフトの水中戦量産機は開発が進んでおらず、未だ先の大戦で地球連合軍の水中戦量産機ディープフォビドゥンに惨敗したグーン、ゾノが現役であり、その系譜の最新型であるアッシュもあくまで水陸両用機である。

 つまり水中戦においてアビスに匹敵するザフトの機体は、換装によって全環境に対応可能なインパルスを除いて存在しなかったのだ。

 

『調子に乗ってくれちゃって! ……そんな、ニーラゴンゴが!?』

『あっはっはー!! 僕を舐めんなよ!』

 

 ビームランス片手にグーンやゾノを蹴散らし、唯一水中戦でも使用可能な無反動砲を抱えて水中に飛び込んできた赤いザクウォーリアを一蹴したアウルは、無防備なニーラゴンゴの船底に高速誘導魚雷を叩き込んだのだった。

 




実際クロト達はファントムペインなんだろうか……?

クロトとネオが内情に詳しいので、ファントムペインもシンがインパルスに乗ってる理由も解説してくれます。


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少女が誘う、ガルナハンの悪夢

 〈26〉

 

 スカンジナビア半島には、その名を国名に掲げたスカンジナビア王国が存在する。

 先の大戦ではオーブ連合首長国、赤道連合と並んで中立を掲げていたが、大戦の最中に地球連合に加盟した国である。停戦後、地球連合から独立すると共に再び中立宣言を行い、ユニウス条約の締結に尽力したこの国は、ユニウスセブン落下テロ事件を受け、地球連合が提唱した“世界安全保障条約機構”に加盟し、再び地球連合の同盟国となった。

 しかしクライン派の祖であるシーゲル・クラインを排出したスカンジナビア王国はクライン派の政治家と古くから交流があったため、クライン派の英雄であるラクス・クライン擁する“イズモ”を匿っていた。

 本来であれば偽者のラクスを用意し、その影響力を利用するプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの背景を探る予定だったのだが、バルトフェルドは足踏みを余儀なくされていた。

 状況が分からない中、下手に動けばスカンジナビア王国がユーラシア西部で大攻勢を続けているザフトの標的として狙われる可能性が高かったからだ。

 そんな中、バルトフェルドから情報を得たクロトは周囲の反対を押し切り、とある地点に潜入する最終準備を行っていた。

 

「じゃ、偽者の面を拝みに行って来る」

 

 ユーラシア西部の黒海沿岸に存在する町──ディオキア。

 ジブラルタル基地から進軍した部隊が地球連合軍を撃破し、スエズ基地包囲網を敷くために軍事基地を建設したこの地では、近々ラクス・クラインの慰問ライブが行われると掴んだのである。加えてデュランダル自ら慰問会を行うという情報も流れており、手掛かりを掴む為にクロトとキラは現地に飛んだのである。

 本来は制式仕様機のオプションである副翼を装備することで、バッテリー機でありながら単純な航続距離は核動力機に迫るレイダーであれば、無補給でスカンジナビア王国とディオキアを往復することが可能だったのだ。

 

「無茶はしないで」

「分かってる。君も気を付けて」

 

 クロトは不安そうなキラの額に唇を落とすと、バックパックを背負ってレイダーのコクピットから身を翻し、ディオキアの町の程近くに存在するなだらかな山脈を降り始めた。

 目的は数日後に慰問会及び慰問ライブが行われるディオキアの町に潜入し、デュランダル議長及び偽者のラクス・クラインについて調査することである。

 

 〈27〉

 

 中東地域──カスピ海に面した都市、ガルナハン。

 この地には雄大な山岳内部を掘削して建設された地球連合軍の要塞が存在しており、中東地域における地球連合軍が保有する最大拠点のスエズ基地と共に、ザフトの対ヨーロッパ最大拠点であるジブラルタル基地を睨みつつ、ザフトが戦局を優位に進めている西ヨーロッパ戦線の補給路を兼ねた要所である。

 ザフトは先の大戦でも最優先制圧目標だったスエズ基地を攻略する布石として、このガルナハン要塞の制圧作戦を発動していた。

 しかし地熱を用いたエネルギー施設を有したこの要塞では、潤沢なエネルギーを生かして大型陽電子破城砲“ローエングリン砲台”が配備されており、同じく配備された拠点防衛用試作型モビルアーマー“ゲルズゲー”やウィンダムが登場するまで地球連合軍の主力量産機だった“ダガーL”や対空砲など、強固な防衛力を誇っている。

 ガルナハン基地攻略を任された、ザフト軍マハムール基地の司令官ヨアヒム・ラドルはラドル隊旗艦のレセップス級戦艦“デズモンド”を駆り、地元レジスタンスと共同戦線を張ってこの要塞の攻略を行ったが、強力な防衛部隊の前に大敗を喫していた。

 本来ザフトの戦闘教義であれば、軌道上から大規模な降下部隊を投入して電撃戦を展開するのが常套手段だったのだが、名目上あくまでザフトは地球連合軍の横暴に抵抗する現地レジスタンスの支援を行うというものだったため、ラドルの上申した降下作戦の実施は見送られていた。

 とはいえ、今後更に激化するだろう地球連合軍の戦いを見据えた上で、ガルナハン要塞の攻略は必要不可欠だと判断したプラント最高評議会はデュランダルの提案で、先日行われたインド洋の戦闘でボズゴロフ級潜水空母を喪い、補給のためマハムール基地に立ち寄っていたグラディス隊に支援させることを決定したのだった。

 

「私達にそんな道作りをさせようだなんて、いったいどこの狸が考えた作戦かしらね。……ま、こっちもそれが仕事と言えば仕事なんだけど」

「ではこちらも準備がありますので、作戦日時はまた後ほどご相談しましょう。我々もミネルバと共に今度こそ道を開きたいですよ」

 

 作戦室から一旦退出したタリアは、作戦会議に同行していたハイネを従えながら軍港で補給を受けているミネルバに足を進めていた。かつてタリアとハイネはグラディス隊の上司と部下という上下関係だったが、今は同じ特務隊員に任命された相手である。

 特務隊員は個人で行動の自由を持ち、その権限は通常の部隊指揮官より上位に位置付けられており、作戦の立案及び実行の命令権限まで有している。

 要は1つの戦術部隊に複数名の特務隊員が存在すれば二重指揮問題が存在することになり、元々組織として運用するために必要最低限の軍規しか存在しないザフトにおいても、あまり好ましい状況ではない。とはいえ、ハイネ本人はモビルスーツ隊の現場指揮以上のことをするつもりはなかったため、実質的にタリアがグラディス隊全体の指揮を行っていたのだが。

 

「立場の違う人間には見えてるものも違うってね。現場はとにかく走るだけですよ」

「分かっているわ。……要するに議長はミネルバに、アークエンジェルの真似事をさせたいんでしょうね」

 

 先の大戦で地球連合軍、オーブ軍、三隻同盟と様々な勢力を渡り歩いた末に復隊した奇跡の不沈艦──アークエンジェル。

 特に対ザフトの観点で見たアークエンジェル最大の功績は、当時北アフリカで快進撃を続けていた“砂漠の虎”率いるバルトフェルド隊を現地レジスタンスと共同戦線を展開し、ザフトが優位に進めていた北アフリカ戦線を停滞させたことだった。

 元々は低軌道会戦の大敗に伴い、アラスカ基地降下を失敗したため偶発的に起こった戦闘だったが、最終的にアラスカ基地攻略戦の最中に地球連合軍を脱走するまで、大いに地球連合軍の戦意を高揚させたのである。

 強奪を逃れた最新兵器を運用──偶発的に起こった戦闘──現地レジスタンスとの共同戦線──偶然にしてはあまりにも多いミネルバとアークエンジェルとの共通点。

 それは広報活動で国民の関心を引き、独自の政治基盤を持たないにも関わらず議長の座を射止めたデュランダルらしいやり方だとタリアは自嘲した。

 実際、地球連合軍の核攻撃を抑止している戦略兵器ニュートロン・スタンピーターが一発限りの隠し球であり、実際には既に張り子の虎に過ぎないザフト軍はプラント防衛に多大な戦力を割く必要がある上に、本来圧倒的な戦力を誇る地球連合軍に対して持久戦を挑む余裕は全くなかったのである。

 現在ザフトが地球連合軍との戦いを優位に進めているのは、ユニウスセブン落下テロ事件で一時的に地球連合の国力が大幅に低下しており、世界各地で厭戦気分と反地球連合の機運が高まっている偶然の結果に過ぎないのだから。

 

 〈28〉

 

 ガルナハン要塞攻略作戦の詳細説明を前に、レイと共に作戦室に向かっていたシンは廊下に佇んでいる奇妙な少女を発見した。

 その茶色い髪の少女を、ガルナハンに住んでいる子供が何かの手違いで迷い込んだのだろうと考えたシンは砕けた口調で声を掛けた。

 

「こんなところで何をしてんの? 迷子?」

「迷子じゃない。私はコニール=アルメタ。あんた達ザフトの現地協力員だ」

「現地協力員って、つまりレジスタンスだろ? 君みたいな子供が?」

「私はもう子供じゃない」

 

 ガルナハンは元々、数少ない親プラント国家で知られていた汎ムスリム会議が保有している領地である。

 汎ムスリム会議は先の大戦時に地球連合の圧力に屈して連合に加入しており、現在も地球連合と同盟関係の国家であることを名目に、同盟締結直後からユーラシア連邦軍が駐屯していた。その為、反発した現地民の多くはレジスタンス活動を行っており、ユーラシア連邦軍もレジスタンスやレジスタンスに協力する民間人に対して、暴行事件を起こしていたのである。

 まだ弱冠14才であるコニールも、そんなユーラシア連邦軍を排除するために反連合のレジスタンス活動を行っており、今回ラドル隊とグラディス隊がガルナハン要塞陥落作戦を実行するための現地アドバイザーとして招聘された少女だったのだ。

 

「これがガルナハン・ローエングリンゲートと呼ばれる渓谷の状況だ。この断崖の向こうに町があり、その更に奥に火力プラントが存在する。こちら側からこの街にアプローチが可能なラインはここだけだ」

 

 ガルナハン要塞陥落作戦において、攻略部隊の現場指揮を担当するハイネが作戦室で状況説明を行い始めた。

 

「が、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、隠れられる場所はない。長距離射撃で敵の砲台、もしくはその壁面を狙おうとしても、この要塞にはモビルスーツの他にも陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーが配備されており、有効打は望めない。そこで今回の作戦は──」

「要はそのモビルアーマーをぶっ飛ばして、砲台をぶっ壊し、ガルナハンに入ればいいんでしょ?」

 

 前置きを終えて本題に入ろうとしたハイネの言葉を、シンは面倒臭そうに頭を掻きながら遮った。それを見たレイは呆れた様に肩を竦め、ハイネは可笑しそうに笑う。

 

「そう上手くいかないから、こうやって作戦会議をしているんだ」

「俺達ならやれますよ。やる気になれば」

「いいねぇ。そーいう奴は俺も好きだぜ。……とまぁ、冗談は程々にしておいて。じゃあコニールちゃん、続きを頼むぜ?」

 

 ハイネに促されたコニールは一歩前に進み出て、モニターに表示されているローエングリンゲートが設置されている渓谷の一点を示した。

 

「え、ええ。……ここには地元の人もあまり知らない坑道があるんだ。中はそんなに広くないから、もちろんモビルスーツなんか通れない。でも、これはちょうど砲台の下、すぐ傍に抜けてて。今、出口は塞がっちゃってるけどちょっと爆破すれば抜けられる」

「モビルスーツが通れないってのに、いったいどうやって? モビルスーツ隊で敵を引き付けたとしても歩兵じゃ蜂の巣ですよ? ……まさか」

 

 モビルスーツのサイズは用兵の都合上、基本的に大きさは変わらない。特にモビルスーツに偏重しているザフトでは尚更だ。

 あえて例外を挙げるとするなら、コアスプレンダー、チェストフライヤー、レッグフライヤー、シルエットフライヤーの4機が個々に飛行能力を有するインパルスくらいか。正解に辿り着いたレイに対して、ハイネは口笛を吹いた。

 

「そのまさかだ、レイ。モビルスーツなら無理でも、インパルスなら抜けられる。俺達は正面で敵砲台を引き付け、敵を引き離す。突破が遅ければ俺達は追い込まれるし、速過ぎれば引き離し切れない。タイミングが重要だぜ?」

 

 あえて同じ陽電子砲を持つミネルバを中心としたグラディス隊、ラドル隊の合同部隊で正面攻撃を仕掛け、ゲルズゲーを含む敵の防衛部隊を出撃させる。

 一方インパルスは分離した状態で坑道内を抜け、防衛部隊が引き返してくる前にガルナハン要塞防衛の要である陽電子砲台を迅速に破壊する。後は適宜防衛網を突破して包囲殲滅するという作戦だった。

 

「この作戦が成功するかどうかはそのパイロットに懸かっているんだろう? 大丈夫なのか? こんな奴で」

 

 圧倒的な破壊力を誇る陽電子砲の脅威に晒されながら、敵の防衛部隊を引き付けなければならないグラディス隊やラドル隊の働きも重要だが、それ以上にインパルスの働きは重大なものである。失敗すれば二度と同じ手段は使えない上に、グラディス隊やラドル隊はもちろん、作戦に協力したレジスタンスに対する弾圧は更に激しさを増すだろう。

 

「隊長はあんたなんだろ? じゃああんたがやった方がいいんじゃないのか? 失敗したら街のみんなだって今度こそマジで終わりなんだから!」

 

 緋蝶のハイネと謳われる異名を持ち、先の大戦でも第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加した歴戦のパイロットであり、プラント本土防衛戦で多大な戦果を挙げて特務隊に選出されたザフトでも屈指のエースパイロットである。

 偶々セカンドシリーズのパイロットには選ばれなかったが、純粋なパイロットとしての技量はまだまだ新米に過ぎないシンやレイを凌ぐ実力者なのだ。

 

「俺にインパルスの適性があればそうするんだけどねぇ。……せっかくデータを用意してくれたコニールちゃんには悪いけど、俺達3人で上空から攻略するって手もある。どうするかはお前が決めろよ、シン」

 

 AIの補助があるとはいえ、最大4機を同時に操作しなければならないインパルスを操縦するためには一定以上の空間認識能力が必要であり、特に今回の様な軽度の操作ミスすら許されない状況下では、極めて高い適性が必要である。

 もちろんハイネも高い空間認識能力を有していたのだが、純粋な技量だけではなく適性を見込まれてインパルスのパイロットに抜擢されたシンには及ばなかったのだ。

 とはいえ代替案である、少数精鋭のモビルスーツ部隊で強襲する作戦もシンには上手くいくとは思えなかった。そんな単純な力押しの作戦が成功するなら、先程レイも言っていたように作戦会議など行う必要などないのだから。

 

「わかりましたよ! やればいいんでしょう!」

「よーし、その意気だ。コニールちゃん、データをシンに渡してやってくれ。あのキモいモビルアーマーは俺が抑えるから、他は頼むぜ?」

 

 インド洋の戦いで真っ先に危なくなったのは誰なんだと思いながらも、自分も隊長機とはいえウィンダム1機に抑えられていたことを思い出したシンは言葉を呑み込んだ。

 

『ゲルズゲーを戻せ。ダガー隊は何をしているか!?』

 

 昆虫の様な外観の下半身に、人型の上半身。

 この機体はオーブ沖海戦でシンを苦しめた“ザムザザー”と同じ、アドゥカーフ・メカノインダストリー社が開発した拠点防衛用モビルアーマー“ゲルズゲー”である。

 この機体はユニウス条約で解体が決まったストライクダガーの上半身を自衛兵装ユニットとして流用している他、六脚の安定性を生かした高い踏破性や底部スラスターによる空戦能力を有しており、両肩部及び下半身中央の発振機からミネルバのタンホイザーすら防ぎ切る陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーから放たれた光弾が、ラドル隊の繰り出したモビルスーツ部隊を次々に破壊する。

 本来であれば従来のモビルアーマー同様に接近戦には不向きな機体なのだが、両脇を固めるダガーLで構成された直衛部隊がグラディス隊の接近を許さない。単純な戦力的にはむしろザフトが勝っている位だったのだが、強烈な威力を誇るローエングリン砲の援護射撃がその戦力差を埋めていた。

 しかしそのローエングリン砲は突如足下から現れたインパルスの光弾を受け、大混乱に陥った要塞司令部とは裏腹に沈黙する。

 

『アイツが下がる! 隊長っ!』

『ザクとは違うんだよ! ザクとは!!』

 

 ハイネは司令部の援護に戻ろうとしたゲルズゲーの僅かな隙を突き、左肩部を陽電子リフレクターの効果範囲外から滑り込ませたビームソードで斬り飛ばすと、その直後にセイバーの放ったプラズマ収束ビーム砲がコクピットを貫いた。

 防衛の要であるローエングリン砲とゲルズゲーを喪失した地球連合軍は統制を喪い、後方で待機していたラドル隊が司令部を制圧すると共に、ガルナハンの町を解放した。

 

『二人ともよくやってくれた! 後はラドル隊に任せて帰投するぞ!』

『ええ、隊長もお見事でした。……シン?』

 

 レイは何故かコクピットの中で沈黙しているシンに視線を向けると、インパルスが向いた方向の先で行われている惨劇を見た。

 

「連合は皆殺しだ! 一人も逃がすな!!」

 

 撤退が遅れて取り残された地球連合軍人を拘束し、まるで新しい玩具を見付けた子供の様に嬉々として処刑するレジスタンス達の姿がそこにあった。その者達の中には、先程自分達に連合軍の悪逆非道を訴えていたコニールと名乗る少女の姿もあった。

 こんな連中の為に、自分達は命を賭けたのか。

 目の前で行われる惨劇に、レイとシンはただ沈黙するしかなかった。




原作ではいい感じだけど、実は派手にヤバいガルナハン編です。

種編で例えるなら、明けの砂漠がアークエンジェルに敗北したバルトフェルド隊を処刑してる中、キラくんがドヤ顔してるみたいな展開ですので。これが主人公の姿か……?


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偽りの世界 誰が為に君は歌う

 〈29〉

 

『皆さ~ん! ラクス・クラインで~す! こうして皆様とお会い出来て本当に嬉しいですわぁ~!』

 

 少女の甘ったるい声が拡声器を通して野外コンサート会場に鳴り響き、それを聞いたザフト兵やディオキア市民が大きな歓声を上げる。

 

『勇敢なるザフト軍兵士の皆さ~ん! 平和のために本当にありがとう! そして、ディオキアの街の皆さ~ん! 一日も早く戦争が終わるよう、私も切に願って止みません! その日の為に、皆でこれからも頑張っていきましょう!』

 

 軽快な音楽が流れ出し、少女は情熱的な歌を熱唱し始める。

 およそ2年前、互いに戦略兵器を撃ち合う前代未聞の世界大戦を終わらせた“プラントの歌姫”の慰問ライブ──この場で自分ほど内心冷めた者はいないだろうと思いながら、クロトは目の前で繰り広げられている光景を見ていた。

 平和を訴えながら、現実に世界各地を侵攻しているザフトに肩入れする矛盾。そしてその矛盾を誤魔化すために、他者の威光を借りるという欺瞞。

 クロトには少女の歌の巧拙は分からなかったが、まるで本物に似せるつもりのないアップテンポの曲調と、性的な魅力を押し出した下品な格好、本物が有している知性の欠片すら感じさせない言動は不愉快だった。

 プラントでは基本的に医療技術は発達していないが、他国と比較して容姿の美醜に拘る者が多いため、整形関係の技術は高度な発展を遂げているらしい。

 せいぜい声が似ている程度で、実際には何処の誰とも分からない馬の骨だろう少女の正体にクロトはあまり興味はなかった。

 クロトにとって本命は、偽者を裏で操るデュランダルの真意と、ザフトがラクスの真偽に気付いているかどうかだった。後々ラクスが正体を現した時にザフト兵がどちらのラクスを支持する可能性が高いのか、自分の目で確認する必要があったのだ。

 

「なんか変わったよね-。ラクスさん」

「路線変更ってことでしょ。ちょっとショックかも」

「男の子はああいうのが好きなんだろうけどね。レイも、アーモリーワンで女の子にちょっかいを掛けて殴られたって聞いたし」

「レイが? アカデミーでは女の子にキャーキャー言われても素っ気なかったくせに」

「シンも綺麗な人だったって言ってたしねー。お姉ちゃんも油断していると、危ないんじゃないの?」

「何を言ってんの! ……あんなシスコン、関係ないでしょ」

 

 どうやら姉妹らしい、赤い髪のザフト兵がクロトの隣でひそひそと話をしていた。容姿や声は瓜二つとはいえ、違和感を抱いている者は少なからずいるらしい。

 とはいえ、実に約2年間に及んだラクスの隠遁生活は彼等にその違和感を納得させる理由としては十分だったのである。

 戦後の無用な混乱を避けるため、ラクスは婚約者であるアスランと共に事実上追放されており、自分達の目の前で堂々と熱唱している人物はデュランダル議長が自分の正当性を高める為に用意した偽者に過ぎないなど、何も知らない第三者からすれば性質の悪い陰謀論に過ぎないのだから。

 

「お兄さんも、そう思いません?」

「……僕が?」

「お兄さんも同じことを考えてるような気がしたんですけど、気のせいですか?」

 

 赤い髪を長く伸ばした少女がクロトに声を掛けて来た。クロトは内心動揺しながらも、ラクスの慰問ライブを見物に来たディオキア市民という仮面を被る。

 

「まーねぇ。僕の推しは“静かな夜に”だから」

「そうなんですか? 私は“fields of hope”です!」

 

 シャニが度々言っていた蘊蓄を頼りに、クロトは赤い髪を伸ばしたメイリンと名乗る少女と他愛のない会話を続けていると、やがてライブが佳境に進むと上空から桃色に塗装された奇妙なモビルスーツが舞い降りてきた。

 

「あの派手な色のモビルスーツは何なの?」

「あぁ、アレはライブ仕様のザクですよ。ラクスさんのマネージャー、キングA@RUD@って人が操縦してるそうです」

「ふーん……」

 

 まるで偽ラクスの踊りと連動しているかのような動きで、舞台を駆ける桃色のモビルスーツをクロトは見詰めた。一見すると滑稽な光景だが、右に左に踊る人間の動きをその数十倍の大きさのモビルスーツで正確に真似るのは生半可な技量ではない。

 そもそもザクウォーリアが2年前にクロトと死闘を繰り広げたプロヴィデンスの様にドラグーン・プラットフォームを搭載しているものも存在するという話は聞いたことがなかった。

 大気圏内では重力と拮抗するのが限界なため、ふわふわと漂う様な動きで周囲に鮮やかな低出力の光線を放つ無数のドラグーンをクロトは視界で捉えた。

 

『皆様、本当にありがとう! ラクス・クラインでした!!』

 

 熱狂の冷め切らないまま、アンコールの声がそこら中で鳴り響くが、何処か冷めた雰囲気でライブを眺めていたメイリンはその場で伸びをした。

 

「あ、終わったみたいですね。……なーんか、やっぱり変わったなぁラクスさん。クロトさんはどう思います?」

「そうだねぇ。……もしかして、君みたいに妹だったりして」

「ふふっ、そうかもしれませんね-。お姉ちゃんは?」

 

 ルナマリアはクロトの冗談めいた言葉に笑うメイリンに肩を竦めると、呆れたような視線を向けた。

 

「何を言ってるの。メイリンが私の名前であんな格好をしてたら、いくら温厚な私でも怒るわよ? クロトさんも、あまり変なことをメイリンに吹き込まないで」

「ははは、ごめんごめん。それじゃあ、平和の為に頑張ってね」

「はい! クロトさんもお元気で!」

 

 楽しそうに笑う二人の少女を見送り、その姿が視界から消えるとクロトは溜息を吐いた。

 デュランダルと関係深いグラディス隊と接点を持つという奇跡が起こったというのに、その機会を手放してしまったからだ。やはり自分には繊細かつ、時には大胆な行動が求められる諜報活動は向いていないとクロトは感じた。

 しかしグラディス隊のクルーさえ、偽者のラクスに違和感を抱いていると判明したことは大きな成果である。ザフトがこの事実を隠蔽したまま快進撃を続けるほど、後にこの真贋問題はザフトに対するカウンターに成り得るだろう。

 彼等が掲げる正義を揺るがせば、それだけでザフトは内部崩壊する可能性が高いからだ。

 先の大戦でザフトがパトリック・ザラに扇動され、この世界を滅ぼす寸前だった事実は深く刻み込まれている筈なのだから。

 ドラグーン・プラットフォームを背負う桃色のザクウォーリアから降りた金髪の青年の背中をクロトが遠巻きに睨むと、青年は第六感的な感覚で敵意を感じ取ったのか、クロトの方向を振り返った。しかし偽者の歌姫に熱狂している無数の群衆を冷ややかな視線で見遣ると、再び前方に向き直って奥に姿を消した。

 

 〈30〉

 

 モビルスーツに搭載されているバッテリーは、一般的なものでも大都市の電力を数日分賄えるほど強大なものである。そして修復の際にモルゲンレーテ製の最新型バッテリーと交換していたレイダーはそれを一回り上回っていた。

 つまり個人単位でその電力を利用しても、割合としては時間経過と共に行われる放電と大差ないのである。コンセントにプラグを差し込み、ポットで湯を沸かしながらノートパソコンを立ち上げたキラは、現在自分が抱えている2つの課題に取り組んでいた。

 1つは未だ解決した訳ではないクロトの健康問題である。

 薬物の過剰摂取と脳内に埋め込まれたマイクロインプラントの影響で喪失した脳細胞を再生するため、キラは人為的に神経細胞の分裂を活性化させることで昏睡していたクロトの意識を回復させることに成功した。しかしその副作用でクロトを構成する細胞は、その実年齢と比較すると格段にテロメアの減少が起こっていた。

 このまま放置すれば近い将来に肉体の高齢化が進行して再び衰弱すると共に、全身に悪性腫瘍が発生する可能性が高かった。そもそも今人並みに動けているのが医学的に見て説明出来ない事象であり、何かの拍子に再び昏睡状態に陥ってもおかしくないのだ。

 残念ながら研究所はザフトの攻撃で崩壊してしまったが、既に現地に残ったメンバーを通じて再建の目処を立てている。今の自分に出来ることは予備のサーバーに保存していたデータを基に治療計画を立てることである。身も蓋もないことを言えば、自分は何処かの誰かと違ってパイロットだけをやっている訳にはいかないのだ。

 ふと思い付いたアイデアを量子コンピュータに入力してシュミレーションさせると、キラは更にもう1つのノートパソコンを立ち上げた。そしてラクスから託されたデータディスクを読み込ませ、プログラムの作成を行うために目的のファイルを開く。

 

「……」

 

 General Uniiatetal Neuro-link Dispersive Autonomic Maneuver。

 それは“単方向の分散型神経接続によって自立機動を行う汎用統合性システム”であり、このモビルスーツを動かすOSに用いられているプログラムである。

 ユニウス条約締結後に地球連合・プラント等の非戦派の有力者達が合同で結成し、ラクスも所属している非政府組織“ターミナル”。

 そのターミナルが開発を終え、現在その軍事工廠“ファクトリー”で製造中のクロト専用モビルスーツを完成に漕ぎ着けるために、キラの協力が求められていたのである。

 主にクライン派が開発を主導しているターミナルではナチュラル用OSのノウハウがない上に、SEED因子の発現によって一時的にキラ・ヤマトに匹敵する能力が確認された一方で平時はナチュラルに過ぎないクロト専用OSの作成は難航していた。そして最終的にラクスの発案によって、ナチュラル用OS作成の第一人者であるキラにOS作成を一任することが決まったのだった。

 まるで身売りされた様な気分だったが、自分が協力を拒否すればパイロットが誰に変更されるのかは明白だったため、キラもラクスに文句を言うつもりはなかった。

 何故なら地球連合とプラントの間で再び絶滅戦争が起こった際、独自の第三勢力を結成して両陣営に対抗するという目的で結成されたターミナルにおいては、個々のパイロットには一騎当千の活躍が求められる。

 現在ターミナルに所属しているニコルやムウ、トールも一般的には優秀なパイロットなのだが、地球連合軍が徐々に投入を始めている大型モビルアーマーの大部隊、あるいは現在ザフトが開発中らしいセカンドステージを超越したモビルスーツ群に対抗するためには、優秀程度の腕前では話にならないのは明白だったからだ。

 

「……〈ZGMF-X21A〉?」

 

 キラはそのモビルスーツを示す型式番号に首を傾げた。

 何故なら〈ZGMF-Xシリーズ〉は二年前にパトリック・ザラの主導で開発されたモビルスーツ群であり、その型番が用いられているのはおかしいからだ。

 しかしキラのOS作成のヒントにさせるためか、ラクスはデータディスクの先頭に存在するテキストファイルにその機体の開発経緯を記載していた。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で友軍機をも取り込み、その無尽蔵のエネルギーで敵味方問わず甚大な被害をもたらした大型可変モビルスーツ〈ZGMF-X11A(リジェネレイト)〉。

 その兄弟機として、通常サイズのモビルスーツに核動力と可変機構の両立を目指したこの機体の開発は〈ZGMF-X11A(リジェネレイト)〉と同時期に行われていた。

 しかし搭載予定だった可変機構の開発が大幅に遅れたことで、機体の完成は第一次地球連合・プラント大戦の終結に間に合わず、その後ユニウス条約に違反していたこの機体は未完成のまま開発・設計データと共に封印され、後にターミナルはこの未完成の機体を鹵獲してザフト統合開発局のサーバーからデータを抜き取って削除した。

 またターミナルは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で大破した〈GAT-X370B(レイダー)〉を入手しており、その現物・運用データをフィードバックすることで両陣営の叡智を融合させたモビルスーツとして再開発を行った。

 約二年の歳月を掛け、その最中にザフトで開発が始まったセカンドステージシリーズの技術をも取り入れたことで、この機体は旧レイダーの数倍に匹敵する高性能化を実現し、単独で敵部隊の遊撃を遂行する高機動強襲用モビルスーツとして完成した。

 またこの機体は当初驚異的な空間認識能力と情報処理能力を誇るキラの搭乗を前提にした設計が行われていたが、パイロットに意識が回復したクロトが選定されたことで再設計が行われ、キラの様に人類最高峰の能力を持たないパイロットでも十分な性能を引き出せる機体として誕生した。

 再設計の結果として、惑星間航行用推進システムを発展させた光パルス高推力スラスター“ヴォワチュール・リュミエールシステム”や、第二世代だが第一世代相当の空間認識能力が要求される“スーパードラグーン”といった特殊武装の搭載が見送られた。

 そして最終的な装備がセカンドシリーズ相当に留まったことから、本機体は当初核動力機として設計されたにも関わらず、バッテリーを動力源として採用したのである。

 

「ストライク……レイダー……」

 

 この機体は元々開発を主導していたパトリック・ザラに“愚かなナチュラルを奈落に幽閉する”という意味でギリシア神話における奈落の神であり、奈落そのものを示す“タルタロス”の名を授けられていた。

 しかしラクスはかつてキラとクロトが戦場を駆け抜けた機体の名を統合し、“ストライクレイダー”と命名したのだった。

 基本的な外観はフリーダムに酷似したシンプルかつ機能美を漂わせる形状だが、一部はレイダーのデータを反映した重厚なデザインに改良されていた。

 そしてレイダーの絶大な推力を支えていた大型ウイングスラスターに着眼を得た、フリーダムと比較して一回り大きな能動性空力弾性翼を採用し、航空機並みの旋回能力を確保している。

 また“黄昏”と同じく採用されたVPS装甲はエネルギー配分を調整・最適化することで従来のPS装甲と比較して大幅に電力消費を抑えることが可能な代物であり、こちらの電圧設定も重要である。

 アスランやバルトフェルドとは異なり、クロトはパーソナルカラーに拘りなどないだろうが、耐久性を犠牲に消費電力を抑える黒装甲を希望することは容易に想像できる。

 だからせめてコクピットを中心にバイタルエリアだけでも、比較的強度の高いトリコロールカラーを。そんな風に考えながら、キラは手元のキーボードを叩き始めた。

 

 〈31〉

 

「……」

 

 タリアから外出許可を得たレイはシンの誘いを断り、ラクスが慰安ライブを行う会場から少し離れた防波堤でひっそりと海岸線を眺めていた。

 偽りの歌姫。

 偽りの言葉。

 デュランダルから彼女の事を聞かされているレイにとって、全てが茶番にしか思えなかった。ふとした瞬間に自分が何を口走ってしまうか分からなかったため、とにかく1人になりたかったのだ。

 今頃慰安ライブを終えた会場の裏で、デュランダルはあの得体の知れない金髪の男と少女を連れて、ガルナハン解放の立役者であるシンと面会しているだろう。

 あの得体の知れない金髪の男が現れてから、デュランダルは変わってしまった。ラウに否定された筈の“運命計画”を実行するため、あの少女の様な怪しげな連中と関わりを持つようになり、反対に自分は距離を置かれるようになったのだ。

 遺伝子によって全てを決定付ける“運命計画”。

 自分がラウだと同じ存在だと言うのなら、受け入れることも出来た。

 肉体的には高齢のナチュラルというハンデを背負いながらも、ザフトで当時史上最年少の“白服”など燦然たる成果を残し、世界を呪いながらも運命に抗い続けた男。

 自分にとって育ての父である、不器用だったが心優しい男。

 

 ──だが、自分は断じてあの男と同じではない。

 

 レイは少し離れた距離に彼女の存在を感じながら、拳銃の動作確認を行った。

 おそらくディオキアに駐留するザフト軍の偵察に現れたのだろうが、これ以上接近するなら自分はグラディス隊の一員として迎撃しなければならない。

 その直後、背後から自分に迫り来る人間の足音を捉えたレイは拳銃を抜きながら勢いよく振り返り──地面に拳銃を落とした。

 

「……貴方は……!」

 

 長く伸ばした金髪に、黒い不気味な仮面を被った壮年の男。その顔には痛々しい傷跡が残っていたが、レイがその男の正体を理解するのに時間は要さなかった。

 何故ならその男は、加齢の影響を除けばレイと全く同じ顔をしていたからだ。

 

「久しぶりだな、レイ」

 

 ラウ・ル・クルーゼ。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でクロト・ブエルに敗北し、プロヴィデンスの起こした核爆発に巻き込まれて細胞1つ残さず消滅した後、パトリック・ザラと同じく重大な戦争犯罪者として死後も裁かれた男が悠然と立っていた。




ピンク色のプロヴィデンスザクを自由自在に操るキングA@RUD@……一体何者なんだ……?

メイリンちゃんは肉食系という風評被害。まぁ接点無しだと後々滅殺される可能性が高いしセーフです。

ちなみにレイくんがネオは気付いても、例の人の正体に気付かない理由は一応用意してます。

【機体設定】

・機体名:ストライクレイダー(タルタロス)
・型式番号:ZGMF-X21A
・装甲材質:VPS装甲
・動力源 :バッテリー(デュートリオンビーム対応)
・搭乗者 :クロト・ブエル

・武  装

①MGX-2235 複相ビーム砲“カリドゥス”
 頭部に搭載された大出力ビーム砲。ストライクレイダーの最大火力であり、連射能力は低いものの威力は戦艦の主砲に匹敵する。頭部に搭載されている関係で固定装備にも関わらず射角を調整出来るため、汎用性は高い。

②MMI-M16XE2 超高初速レール砲“デリュージー”×2
 両肩部に搭載したレールガン。広角に撃ち分けることが可能な実弾兵器で、どちらの形態でも使用出来る。

③MX2002 ビームキャリーシールド
 右腕に搭載された複合防盾兵器。ビームシールドジェネレーター、機関砲、対艦刀が搭載されている。

④MMI-GAU2 ピクウス76mm超高初速機関砲×2
 長めの砲身を確保したため同種の機関砲と比較して大幅に性能が向上しており、並のモビルスーツ相手なら十分な威力を誇る。ビームキャリーシールドに搭載されている。

⑤MMI-709 ビームソード“ ガラティーン”
 対MS戦に有用な片手仕様の対艦刀で、テンペストの改良型。
 実体剣とビームサーベルの性質を併せ持ち、実体部分が折れても高出力モードなら擬似的なビームサーベルとして使用可能。ビームキャリーシールドに搭載されている。

⑥MA-79V ビーム突撃砲“フェンリル”×2
 腰の大型クローの付け根に搭載されたエネルギー兵器。
 カオスに搭載されたものの旧型で、旧レイダーが装備していたアフラマズダと同じく出力を切り替えてビームクロー、ビームガンとして使用することが可能。

⑦極超破砕球“ハイパーミョルニル”
 モーニングスターに類似したスパイク付金属球。
 金属球本体にビームコーティングを施したことで、金属球本体も極めて高い耐ビーム性能を獲得した。
 これはクロト専用のオプション装備であり、本来はビームライフル、ビームサーベルを携行する。

・総括

 ファーストステージの集大成と言われる機体であり、可変機能によって対応力の向上を図るという設計思想は後のセカンドステージの開発にも大きな影響を与えた。

・裏話

 “当初核動力機として設計されたにも関わらずバッテリーを動力源として採用した”というデスティニーやレジェンドとは対称的な設定を組み込む為に、あえてバッテリー機にしました。

 破砕球の代わりにビームライフルとビームサーベルを持てば、割とオーソドックスな装備にしました。

 変形機構の搭載とサードステージに匹敵するパワーを両立させるためフレームの一部にVPS装甲を用いており、高負荷時は間接部から紫電の様な発光現象が起こる予定です。


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ネオ・ロアノーク

 〈32〉

 

 ディオキアの街が闇に包まれていく中、仮面の代わりにサングラスを掛けたネオと共に、レイは繁華街の片隅にある寂れたバーの最奥のテーブル席に腰掛けていた。

 店内には二年ぶりに発売された“平和の歌姫”の新曲が全てを覆い隠すかのように鳴り響き、設置された古い型のテレビからは、慰安ライブの後にデュランダルが行った演説の映像が流れている。

 

「……生きていたんですね、ラウ」

「今の私はネオ・ロアノークだ」

 

 レイはロックで提供された安酒を嗜みながら、その報道を見て微笑むネオを見た。その何処か皮肉交じりな言葉と、優雅な佇まいはレイの記憶の中に存在するラウと寸分違わぬものだった。

 

『──何故我々は戦い続けるのか。何故戦争はなくならないのか。私はラクス・クラインと共に、戦争は嫌だと、もう御免だと叫び続けるだろう!』

「馬鹿だからさ」

 

 画面の中でラクスと共に訴え掛けるデュランダルを見ながらグラスを片手に呟くネオに、レイはその真意を問い質した。

 

「どういう意味ですか?」

「言葉通りだ。ジブリールが馬鹿だから戦争はなくならない」

 

 決して一枚岩ではない地球連合軍にとって、唯一無二の切り札である“核兵器”。

 ザフトがその対策を取らないまま、“地球にユニウスセブンを落としたテロリストは全員死亡した”などという挑発的な言動を行う訳がないのは、ネオの中では自明だった。

 切り札には切るべき時期がある。

 地球連合が“ブレイク・ザ・ワールド”の被害から完全に復興した上で、プラントの要人だろうテロリストの支援者を特定してから戦いを始めれば、今度こそ世界の敵としてプラントを完全に滅ぼすことも出来ただろうに。

 激情家で劣等感の塊の様な男だが、曲がりなりにも地球連合を纏め上げてプラントに対抗した“前任者”とは指導者としての器が違うとネオは自らの上司を嗤った。

 

「……だったら、どうして連合に?」

「さぁな。気付けばロード・ジブリールの手駒だった。デュランダルなら“それが君の運命だ”と笑うだろう」

 

 記憶を取り戻したネオはジブリールの目を盗んで自身に関する調査を行ったが、実際に“ネオ・ロアノーク”という男が何処かに存在する訳ではなかった。

 おそらくジブリールは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で回収した優秀な人間に“ネオ・ロアノーク”という人間の記憶を植え付け、自らの手駒にしようとしたのだろうとネオは推測した。

 アズラエルが自分の飼い犬に噛まれたのは、彼らの反逆の牙を見落としたからであり、予め自分に忠実な人間だという記憶を植え付けておけば何の問題もないということだろう。

 それがたとえ“ラウ・ル・クルーゼ”だろうが。

 

「プラントに戻りましょう。俺からギルに話します」

「ふふ。デュランダルは私を歓迎しないだろうな」

「……それは……」

 

 プラントと地球連合で締結されたユニウス条約に伴い、国際法廷は開かれず戦争犯罪人は国家毎に裁判に掛けられることになった。

 しかし地球連合軍と異なり、義勇軍であるザフトは戦争犯罪という概念がそもそも存在しなかったため、その裁判は所在国の裁量で行われるという茶番に近い代物だった。

 民間人虐殺に問われたイザーク・ジュール、脱走罪に問われたニコル・アマルフィを中心に、ザフト側の戦争犯罪人は極刑すら言い渡されながらも、議長の特権で恩赦を与えられるという法治国家としては有り得ない措置が取られた。

 そしてその理由が“まだ子供だから”という、15才以上を成人と定めるプラントの理念と矛盾するものだったことは、ザフトに大きな影響力を持つ旧ザラ派からも支持を集める一方で、クライン派からは大きな批判を受けた。

 一方で被疑者死亡の戦争犯罪人──特にパトリック・ザラとラウ・ル・クルーゼはザフトの犯した戦争犯罪の大半を命令、あるいは実行した重大な戦争犯罪人として扱われ、その名誉を徹底的に貶められた。

 そのパトリック・ザラに対する不当な扱いが旧ザラ派の反発を招き、後の“ブレイク・ザ・ワールド”に繋がったのだろうとプラントの一部では囁かれていたが、もう1人の戦犯であるラウ・ル・クルーゼに対する擁護は一切行われなかった。

 パナマ基地攻略と見せ掛け、アラスカに存在していた地球連合軍最高司令部を強襲する“スピット・ブレイク”の情報漏洩や、“ニュートロンジャマー・キャンセラー”の技術流出はいずれもラウが主導したものだと公表されたからである。

 もっとも前者はまだしも、後者は“ニュートロンジャマー・キャンセラー”を核兵器に転用した地球連合や、先に核の力を軍事利用した上で、核兵器を遥かに超える大量破壊兵器を密かに製造していたプラントに批判される筋合いなどないとネオは考えていた。

 この世界が優しければ、自分は“ニュートロンジャマー”の大量投下が引き起こした“四月一日危機”を終わらせた平和の使者と呼ばれる可能性もあったのだ。

 

「残念ながら私には退けない理由がある。たとえ君と戦うことになろうともね」

 

 第81独立機動群──通称“ファントムペイン”。

 アーモリーワンを強襲した特殊部隊であり、世界各地で苦戦している地球連合軍において唯一気を吐いているこの部隊は、今後もグラディス隊の前に立ち塞がるだろう。

 そうなれば自分はグラディス隊の一員として、再びネオと戦わなければならない。余裕の態度を崩さないネオに対して、レイは何かを確認する様に言った。

 

「……やっぱり、あの娘は」

「あぁ。……カナード・パルスだ」

 

 当時ザフトの前身である“自由条約黄道同盟”に所属し、プラント理事国の内情を探っていたネオはユーラシア連邦の某研究所に行方不明になった“キラ・ヒビキ”が囚われているという情報を入手し、密かにその調査を行っていた。

 しかし研究所で非人道的な実験を受け、脱走しては捕らえられていた黒髪の少女が“スーパーコーディネイター”の失敗作である“カナード・パルス”だと気付いたネオは少女に“キラ・ヒビキ”の存在を語り、キラを見付けるための手掛かりにしようとした。

 だが、少女はその言葉を聞いた直後にユーラシア連邦軍の追手と応戦していたネオの前から姿を消した。

 そしてユーラシア連邦軍の特殊部隊に所属していた少女が、ジブリールによってロドニア研究所で造られた生体CPUであり、ロアノーク隊の副官であるという偽りの記憶を植え付けられ、再びネオの前に姿を現したのである。

 

「彼女を連れて脱走は?」

「無理だな。少なくとも、今は」

 

 ネオが記憶を取り戻した様に、ジブリールがネオやカナード達に施した洗脳は完璧ではなかった。

 それでも記憶を取り戻すまではジブリールに対して絶対的な忠誠心を抱いていたのは事実だったし、たとえ上官のネオであってもジブリールに対する反抗の意思を示せば、カナード達が自分を始末するのは確実だとネオは感じていた。

 だから今のネオに出来ることはロアノーク隊の指揮を取る傍ら、洗脳から解放する術を探すしかなかったのである。ネオが記憶を取り戻したのはあくまで偶然に偶然が重なったものであって、決して再現性があるものではなかったのだ。

 

「……俺は……」

 

 あえてネオが厳戒態勢が敷かれたディオキアの街に潜入してまで、わざわざレイに接触を図った理由は事情を説明する為だった。

 先日行われたインド洋の戦いでも、3機のセカンドシリーズを有しているとはいえ“ニーラゴンゴ”をあっさり沈めた手腕は凄まじいの一言である。細胞的には老年のナチュラルでありながらザフトでも屈指のエースパイロットであり、ザフトの内情にも詳しいラウの手に掛かれば、今度こそグラディス隊は全滅してしまう可能性があったのだ。

 

「……俺にも、退けない理由があります。たとえ貴方を討つことになったとしても」

「そうか。……残念だ」

 

 しかしセイバーのパイロットである自分がザフトを抜ければ、貴重な戦力を失ったグラディス隊は高確率で全滅するだろう。

 躊躇いながらも提案を拒絶したレイに対して、ネオは溜息を吐きながら酒を口に含むと、何処か嬉しそうに笑った。

 

 〈33〉

 

 デトロイトの中心部に存在する高層ビルの最上階で、金髪の男がヒステリックな形相で受話器に叫んでいた。

 

『僕はもうブルーコスモスとは関係ないと言っただろう! 忌々しい宇宙の化け物に好き放題されてるのは、あんた達ロゴスの怠慢だよ!』

『しかしねぇ、ムルタ君。私達としては戦争は望まない立場にいるのだから、暴走する彼を君に抑えて貰いたいんだよ』

『よくしゃべるっ!』

 

 受話器を叩き付け、強引に通信を切電した金髪の男は大きく溜息を吐いた。

 男の名前はムルタ・アズラエル。アズラエル財団の御曹司であり、このデトロイトの地に本拠を置く大手軍需産業の経営者である。

 また反コーディネイター・反プラントを掲げる政治団体“ブルーコスモス”の前盟主であり、盟主時代は“ロゴス”の一員として活動していた男である。

 特に大西洋連邦に大きな影響力を持っていたアズラエルは自身の諜報網を通じて“スピット・ブレイク”の実態を掴むことで、一部のユーラシア連邦軍を生贄にザフトの地上部隊を壊滅に追い込み、その後無断で大西洋連邦の技術盗用を行っていたウズミ政権を打倒すると、ビクトリア基地を奪還して地球連合軍の宇宙進出を成功させた。

 その後、ニュートロンジャマー・キャンセラーを入手し、同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、三隻同盟に阻まれる結果に終わった。

 しかし最終的に三隻同盟と協力して“ジェネシス”を破壊し、更にユニウス条約の締結にも貢献した“平和の使者”として知られる男である。

 

「くそっ……! 馬鹿共が……!」

 

 もっとも、これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 当然ながらアズラエルは“ジェネシス”の存在など一切掴んでおらず、ボアズ要塞やヤキン・ドゥーエ要塞の攻略を断念して防衛網が手薄なプラント攻撃を主張し、部下に命じて“ドミニオン”を制圧しようとしたところでクーデターを決行され、その後はCIC内部に拘束されたまま停戦を迎えたというのが実情である。

 しかし未だ健在なザフト宇宙軍に対して、二度に渡る“ジェネシス”の砲火で壊滅した地球連合軍。それに加えて三隻同盟と合流した部下の活躍で“ジェネシス”の破壊が成功したことで、その馬鹿げたシナリオを呑まざるを得なかったのだ。

 もしも更なる戦火を起こそうとすれば、コペルニクスの悲劇から始まる未曾有の絶滅戦争を終結させた“平和の使者”の実態を公表するという脅迫を受けたアズラエルには、他に選択肢などなかった。

 もちろん反コーディネイター・反プラントを掲げるブルーコスモスにおいて、プラントとの停戦交渉に携わったアズラエルは大きく批判を受けることになり、ロード・ジブリールとの勢力争いに敗れて盟主の座を譲り渡すことになった。

 最終的にブルーコスモスから完全に追放され、ロゴスとの繋がりこそ続いているものの一経営者に戻ることを余儀なくされたアズラエルだったが、本業である軍需産業の業績はつい最近まで好調が続いていた。

 

「──アズラエル様。まもなくコープマン大統領との面会時間が迫っております」

「分かっている!!」

 

 少なくとも近代の軍需産業にとって、戦争は儲かるというのは単なる幻想である。

 戦争が引き起こす景気の悪化、国力の低下はもちろんだが、そもそも戦争中という非常事態に民間企業が国家に対して暴利を貪ることなど許されないため、その利益率は意外にも極僅かである。

 一方で、ユニウス条約によってモビルスーツの保有数を制限された地球連合軍は、同じ保有数で少しでも戦力を向上させる為に装備更新を余儀なくされたため、アズラエルは主力量産機“ウィンダム”の製造・販売に携わることで大きな利益を得ることに成功したのである。

 しかし開戦以降は値下げを余儀なくされた上に、先の大戦で大きく評価を下げていたモビルアーマーの意外な健闘もあって、主に量産型モビルスーツの開発に注力していたアズラエルの経営企業は急速な業績悪化が起こったのだった。

 このまま世界が冷戦状態であれば、来月配備予定のGAT-370の完全量産型であり、少数生産された制式仕様のGAT-333と同等の空戦能力と、ザフトの新型量産機〈バビ〉を凌駕する爆撃能力を併せ持つGAT-376〈ハーピー〉の導入によって莫大な利益を得る筈だったのにとアズラエルは内心苛立っていた。

 

 ──オマケに、まだアイツが生きているなんて。

 

 アズラエルがスポンサーを務めていたロドニア研究所が戦闘特化型の生体CPU“ブーステッドマン”として造り上げ、その才能を見出した“クロト・ブエル”。

 三隻同盟がアズラエルの犯した所業の証拠として、ドミニオンに乗り込んでいた研究員に提出させたデータと共にクロトを連れ去ったのだった。

 

 ──他の三人はまだしも、アイツはもう手遅れだった筈だ。今はコーディネイターよりも誰よりも、アイツが恐ろしい。

 

 あの“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”が起こった日以来、アズラエルは赤い髪の人間を見ると名状し難い恐怖が沸き上がるようになった。

 一方で世間は“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”の黒幕を、他ならぬアズラエルの深謀遠慮が引き起こしたものだと見ており、今やアズラエルの何気ない一挙一動までもが世間の注目だった。

 今すぐに家族を連れて核シェルターにでも引き籠もりたい気分だというのに、今まで築き上げて来たアズラエルの立場と名声がそれを許さない。

 おそらくこの世界の誰にも理解出来ないだろう絶対的な恐怖だけが、アズラエルを支配していた。

 

 〈34〉

 

 表向きは“オーブ国民が海外にて生命・財産の危機に瀕した時、その保護を行う”という目的だが、実態としてはミラージュコロイドを有するバッテリー版の“可変型フリーダム”である最新鋭モビルスーツ“エクリプス”等を用いて紛争の火種を鎮圧する特殊部隊である“オーブ国際救助隊”だったが、実際に第二次プラント・連合大戦が始まった現在においてはその存在意義を失い、事実上の活動停止を余儀なくされていた。

 それに加えて先日無断出撃を行ったオルガとシャニは指揮官である“ミヤビ・オト・キオウ”から本日に至るまで一ヶ月間の謹慎処分が言い渡されていたのだった。

 

「……あ-。マジでだりぃ」

 

 謹慎期間中に膨れ上がった通常業務の処理に加えて、緊急時に備えてスクランブル待機を課せられているオルガは待機室のソファに腰を下ろしたが、同じくスクランブル待機中のシャニがタブレット型パソコンで騒々しい動画を鑑賞しているのを発見した。

 

「なんだその動画は?」

「本物はもう引退したみてーだから、その代わりだ」

「引退っつーか……。本物?」

 

 先日まで本物のラクスがオーブで隠遁していたことは、オルガも重々認識していた。プラントの政治的事情、国を追われた婚約者等、複数の理由が重なったことで最終的にオーブに身を隠すことになり、歌姫としてのラクスは事実上引退したのである。

 ところがシャニのタブレットに表示されている動画の中では、首から上を隠したラクスが振り付けと共に自らの歌を披露していた。

 

「んな訳ねーだろ。これは“歌ってみた”ってヤツだ」

 

 アマチュア歌手が自分の歌声を録音し、動画サイト等を通じてインターネット上に配信する行為は無数に存在する動画ジャンルの中でも一定の人気を誇っており、中にはプロと同等以上の技量を持ったシンガーもいるらしい。

 シャニと異なり、音楽の造詣に深くないオルガには本物と区別など付かなかったが、画面の端にチラチラと映る黒い髪は少女が偽物であることを明確に示していた。更に少女の肉体を見て、囃し立てる様に口笛を吹く。

 

「へぇ。確かに乳と尻は本物よりデケェな」

「だろ? でも最近、投稿が途絶えちまったんだよな……」

 

 お前みたいな奴が馬鹿みたいなコメントを送るからだと思ったオルガは、画面の中で胸を揺らしながらラクスの歌真似を披露する少女“M・K”に内心同情した。




プラントに戻ったら全ての罪を着せられた大戦犯、部下はジブリールの洗脳下なラウでした。(自棄酒

この世界線で原作を踏襲したネオ=ムウ、最終的にレイに看取られるカナードちゃん、なんだかんだで記憶を取り戻してマリューと結ばれるムウなんてプロットは採用出来ないので、ラウはムウの代わりに頑張りましょう。

この状況下でこそ、ラウが本当に望んでいた世界を手に入れられるかもしれないので……。

ところでシャニが推してる、最近投稿してないけどエッッッな覆面系歌真似動画投稿者“M・K”って誰なんですか?


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黒海の死闘 示された謎

 〈35〉

 

 先日“ディオキア”の街で潜入調査を終えたクロトがキラと共に、ターミナルの伝手で身を隠していたスカンジナビア王国の軍事港に戻ると、衝撃的な情報を入手した“歌姫の騎士団”は騒然となっていた。

 

「オーブが……スエズに軍を派遣? ウナトは……ミナは……一体何を……」

 

 それは“国家同士が相互に集団的自衛の義務を担う”為にオーブが締結した世界安全保障条約に基づき、黒海に展開しているザフト軍を討つため、オーブ軍最高司令官の“ユウナ・ロマ・セイラン”が最新鋭の大型航空母艦“タケミカズチ”を中心とした機動部隊を率いてオーブを発ったというものだった。

 この派遣軍は大西洋連邦軍から軍の派遣を拒否された穴埋めに“ファントムペイン”の援軍として要請したものだったが、セイラン家は先日雲隠れをした国家元首“カガリ・ユラ・アスハ”も調印した同盟条約を理由に、国内の反発を押し切って軍の派遣を強行したのだった。

 

「同盟を結ぶってことは、そういうことだよ」

 

 クロトは絶句しているカガリに呆れながら言った。

 地球連合軍が各地で苦戦を続ける中、大西洋連邦のように地球連合の要請を無視出来る立場ではない小国の一方で、小国としては規格外の軍事力を有しているオーブ軍に派遣要請が行われることは自然な成り行きである。

 先の大戦では“スピット・ブレイク”に乗じてザフト地上軍を壊滅させ、パナマ基地こそ喪失したものの“ストライクダガー”らナチュラル用の量産型モビルスーツの完成によって、世界各地で地球連合軍が反攻を始めていた当時とは状況が異なるのだ。

 そして他ならぬカガリがその条約の締結に関与しており、現在のセイラン家が地球連合寄りである以上、オーブがその要請に応えるのは必然だったのである。

 

「お前達がカガリを連れて来るからだろう! カガリがオーブにいたら、こんなことにはならなかった筈だ!」

「ううん。同じ事だったと思う。あの時のカガリにこれが止められたとは思えない」

「ええ。今はきっと違いますでしょうが……」

 

 周囲を責め立てるアスランの声を、キラとラクスは否定した。

 カガリに地球連合寄りに傾いていた周囲を説得して中立を貫く程の力があれば、そもそもこのような状況になっていないからだ。むしろカガリの正式な承認を得たと称して、もっと大部隊の派遣が決行されたかもしれない。

 一時の安寧を得るために理念を捨て、同盟を結んで他国に従う。結果として他国の争いに介入し、他国を侵略する国となった。

 これが厳然たる結果であり、明確な事実である。

 

「だがどうする? オーブがその力をもって連合の陣営に付いたとなれば、またバランスが変わるだろう」

「面倒なことになりそうね、アンディ」

 

 カーペンタリア基地から程近い位置に存在し、マスドライバーを再建したオーブが地球連合軍に全面協力するのであれば、この戦いの勢力図は大きく変わるかもしれない。最終的にオーブ本土を巡って、地球連合軍とザフトの戦いが発生する可能性も極めて高いだろう。

 そうなれば地球連合軍とザフトの戦闘に巻き込まれて、今度こそ国が焼かれてしまう。オーブにとって何の益もない戦争のせいで。

 カガリは周囲の話を聞きながらしばし唇を噛み締めていたが、様子を伺っていたキサカを見据えて叫んだ。

 

「今更手遅れかもしれないが、この戦闘、出来ることなら私は止めたい! オーブは、こんな戦いに参加してはいけない! 頼む! 発進してくれ!」

 

 カガリの言葉にキサカが同調すると、ラクスとバルトフェルドも首肯した。個人的な感傷はもちろん政治結社“ターミナル”の一員としても、オーブ軍の派兵を見過ごすことは出来ないらしい。

 

 ──本当のところ、要求を飲まれちゃったらどうしようかなぁと思っていたのですよ。

 

 一方クロトはかつてアズラエルがオーブに大西洋連邦軍を派遣し、当時のオーブ代表首長だったウズミが要求を拒否して徹底抗戦の意思を表明した直後、意外にも安堵していたことを思い出した。

 遠く離れた地に派兵する為には莫大な対価が必要であり、何の成果も挙げずに撤退させるには相応の理由が必要なのである。

 第一ここで撤退すれば、大西洋連邦が派兵要請を断ったこと以上に、地球連合に対する背信行為だと見なされるのは明白である。だから両軍の戦闘を止められるなど、たとえカガリがどれだけオーブ軍に支持されていようと有り得ない。

 とはいえ、全く意味がない訳ではなかった。

 現在オーブの政治を牛耳っているセイラン家と、オーブ代表首長であるカガリの意見が対立していることと、少なくとも今の自分達はカガリを拉致した正体不明のテロリストではなく、カガリの意に沿う形で動いていることを明確にする好機だからだ。

 政治結社“ターミナル”の支援を受けているとはいえ、公式には“ラクス・クライン”の名を出せない以上、自分達の正当性を主張するために大戦の英雄“カガリ・ユラ・アスハ”という神輿は必要だったのだ。

 テロリストを支援して“ブレイク・ザ・ワールド”を引き起こしたプラントを討つと主張する地球連合と、それを冤罪だと主張し、再び核を用いた地球連合を“平和の歌姫”と共に討つと主張するプラントに、第三勢力として対抗しなければならないのだから。

 

「馬鹿なことは止めろ! ミネルバは敵じゃない!!」

「……」

 

 あくまでアスハを支持するターミナルの一員として動く都合上、オーブ軍は当然ながら、曲がりなりにもその同盟軍である地球連合軍を討つことは極力避けなければならない。

 必然的にザフトの動きを牽制することになるし、場合によってはミネルバに攻撃を仕掛けることも有り得るだろうが、一時的に“アスラン・ザラ”として同じ釜の飯を食い、共にユニウスセブンの破砕に尽力したミネルバを撃つことなど出来ないらしい。

 クロトは騒々しい婚約者をどうにかしろと視線を投げ掛けたが、ラクスは気まずそうに目を逸らした。

 

 〈36〉

 

 黒海の程近くに存在する、ダーダネルス海峡の一角にて。

 この海峡名にあやかり、ユウナがダルダノスの暁と名付けた作戦──要するにミネルバの誇る二枚看板“インパルス”“セイバー”の両機を“ムラサメ”で落とし、その後ロアノーク隊が強襲するという単純至極な作戦が決行されようとしていた。

 しかしザフトの叡智を結集させ、バッテリー機でありながら純粋な大気圏内の空戦能力は“フリーダム”に匹敵するとされる両機体に、単純な数の暴力は通用しない。

 

 ──ましてこう纏まっていては、一網打尽だろう。

 

 まるで他人事のようにモニターで戦況を見ていたネオは、煌々たる輝きを放ちながら陽電子破砕砲の砲身を迫り出すミネルバの姿を捉えた。

 ネオの指示で射線を外しながら絶えずミネルバの出方を窺っている“J.Pジョーンズ”とは異なり、無防備に距離を詰める“タケミカヅチ”目掛けて、陽電子リフレクター、あるいはそれに匹敵する類の手段がなければ、そもそも防御という概念が存在しない強烈無比な一撃が放たれる──はずだった。

 

『タンホイザー被弾! FCSダウンしましたッ!』

『一体何が起こったの!?』

 

 その先端部分を、突如水中から飛び出した漆黒のモビルスーツが放った赤黒い閃光が貫いたのだった。浮遊していたミネルバは思わぬ損傷に船体のバランスを崩し、斜めに傾きながら重力に引かれ始める。

 

『FCS再起動! ダメージコントロール班待機! 着水する! 総員衝撃に備えて!』

 

 衝撃とともにミネルバは大瀑布のような水飛沫を上げ、勢いよく海面に落水する。

 その飛沫を切り裂くように漆黒の装甲を纏ったモビルスーツが姿を現すと、背部の大型ウイングスラスターが熱を排出する。そして頭部のツイン・アイが一際強い輝きを放った。

 

「……アレは!」

「カガリ様を拐った……」

「レイダー!!」

 

 ザフトにとって、圧倒的に優位な状況を覆した“襲撃者”。

 オーブにとって、祖国を滅ぼした地球連合軍の“襲撃者”。

 そして地球連合軍にとって、自分達を裏切った“襲撃者”。

 全ての陣営に死をもたらした最恐の人面鳥(レイダー)が再び戦場に召還されたのだ。

 前方で小競り合いを始めていた両軍のパイロットはその意外な闖入者の正体に絶句し、後方の指揮官は得体の知れない恐怖に包まれた。

 ただ一人、ユウナ率いるオーブ派遣軍との連携を行うために().()().()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──相変わらず面白い奴だ。

 

 ネオはかつて自分を仕留め、フリーダムと並んで第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で伝説と謳われた機体の登場に仮面の奥底で苦笑すると、後を追って現れた真紅の機体を見据えた。

 

『現在、訳あって国元を離れているが、このウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハがオーブ連合首長国の代表首長であることに変わりない! そしてその名において、オーブ軍はその理念にそぐわぬこの戦闘を直ちに停止し、軍を退くことを命令する!』

 

 鮮やかな紅の装甲に、X-100系統の機能美を漂わせた形状。

 イージスとの死闘で自爆して大破したストライクを基に、モルゲンレーテで修復された機体であり、ナチュラルのカガリでも搭乗出来るようにOSの改良を行うなどオーブのフラグシップ機として最適化された“ストライクルージュ”である。

 初実戦は第一次連合・プラント大戦の最終決戦である第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦のみに留まるが、三隻同盟の一員であった“クサナギ”の直衛を無難に果たし、その後も式典に参加するなど名実ともにカガリの乗機として知られる機体だった。

 そしてその後方には、オーブ軍の次世代量産機のデータ取りを兼ねたワンオフの高性能機として製造され、純粋な性能はザフトの誇る“フリーダム”や“セカンドシリーズ”に匹敵するとされる“黄昏”であり、そのパイロットは今やオーブ軍でも一、二を争うエースパイロットと噂されるアレックス・ディノだ。

 この調子では、すぐ近くにキラ・ヤマトもいるだろう。

 まさに役者は揃ったと感じたネオはクルーを促し、前方に展開している“タケミカヅチ”に向かって通信を飛ばした。

 

『ユウナ・ロマ・セイラン。あれは貴国の代表ですかね?』

『……』

 

 カガリとの面識はなかったが、ネオはユウナの沈黙を肯定と受け取った。部下を連れて反ザフトのレジスタンスに参加していたお転婆娘という噂は、どうやら冗談ではなかったらしい。同じ親を持つ姉とは、幸か不幸か真逆の性格なのだろう。

 

『軍を引け、ですか。これは今すぐお答え頂かないと、貴国にとっても少々面倒なことになりそうですが?』

 

 あの“オーブの軍神”が率いているならまだしも、時勢に恵まれて出世しただけの愚か者が率いているオーブ派遣軍にネオは何の期待もしていなかった。

 だがこれほど愉快な催し物を見せてくれたのは、大いに評価出来る要素である。ネオが内心腹を抱えて嗤っていると、ユウナは大いに狼狽しながら叫んだ。

 

『あ、あんなもの、私は知らない!』

『しかしあの紋章、あの御声……! 間違いなくカガリ様のものでは!?』

『偽物だあんなのは! 僕には判る! 夫なんだぞ、僕は!』

 

 悲鳴のような声が上がる“タケミカヅチ”のCICで、ユウナはJ.P.ジョーンズと通信回線を繋げたまま、更に大声で叫ぶ。

 

『本当の、ちゃんとした僕のカガリなら、こんな馬鹿げた、僕に恥をかかせるようなことをするわけがないだろ! 何をしている! 早く撃て、馬鹿者! あのオーブを滅ぼした疫病神を撃つんだよ! 合戦用意!』

『……は! ミサイル照準、アンノウンモビルスーツ! 我らを惑わす賊軍を討つ!』

『ふふ。婚約者がそう仰るのなら、その通りなのでしょう。では本艦も戦闘準備に移りますので、これにて失礼』

 

 ネオは通信回線を切らせると、騒然としているCICの中で静かに嗤った。

 ユウナの立場上、そう簡単にカガリの存在を認める訳にはいかないのだろうが、それにしても芸がなさ過ぎる。仮にユウナがカガリの存在を認めたとして、今の行動の責任を問われるのは代表首長として同盟を結んだにもかかわらず、その決定事項を身勝手に覆そうとしているカガリであり、ユウナという訳ではない。

 そもそも各地で苦戦している地球連合軍にミネルバを攻撃する余裕などないから、ジブリールは専守防衛を掲げ、一定の戦力を保持していたオーブに派兵要請を行ったのだ。

 だから先の大戦と異なり、地球連合軍が戦力を割いてまでオーブを攻撃することなど非現実的だということが分からないらしい。もっとも分からないが故に、ユウナはインド洋を越え、遠い黒海の地まで派兵を行ったのだろうが。

 ネオは対空ミサイルを破砕球(ミョルニル)で迎撃し、両軍のモビルスーツ隊を牽制するように急上昇する漆黒のモビルスーツを愉快そうに見詰めた。

 

『……オーブ軍! 私の声が聞こえないのか! 私の言葉が分からないのか! オーブ軍! 戦闘を止めろぉ! ──うわぁ!?』

 

 迎撃された対空ミサイルが目の前で爆散し、至近距離で爆風を受けたカガリは空中で体勢を崩した。

 

『だからこんなことをしても無駄だと言っただろう!』

 

 アスランはシールドを構え、カガリに向けて放たれたビームを防いだ。ミネルバと地球連合・オーブ同盟軍は激しい乱戦に突入しており、カガリの呼び掛けに応えて戦闘を中止する者は誰一人としていなかった。

 

『グダグダ言ってもしょうがねーだろ! 来るぞ!』

 

 迫り来るウィンダムの両腕を横殴りに振るった破砕球(ミョルニル)で破壊したクロトは、そのまま踵落としで落水させる。更にカガリを狙っていたバビの頭部を機関砲で撃ち抜いた。

 カガリの呼び掛けが失敗に終わった以上、後は極力両軍に対して人的被害を出さないよう武力介入し、撤退に追い込むというラクスの命令を遂行するだけである。

 しかし憔悴していて自分の身を守ることすらままならないカガリを連れていては、あまりにも危険だった。ここで万が一カガリが落ちることがあれば、全てが台無しになってしまうのだ。

 

『お前はミネルバの連中を抑えろ! 僕は連合軍を!』

『しかし俺はあいつらを……!』

『そんなこと言ってる場合かよ!?』

『くっ……!』

 

 アレックスをインパルスの対処に向かわせ、カガリを下がらせたクロトの脇を極大の閃光が掠めた。

 上空からはカオスのオールレンジ攻撃が降り注ぎ、海面からはアビスのフリーダムに匹敵する大火力が襲い掛かる。

 クロトは海面を這うように加速──手元で破砕球(ミョルニル)を振るって攻撃を防ぐが、その一瞬で距離を詰められる。

 

『遂に見付けたぞ! この裏切り者め!!』

 

 背部の姿勢制御ウィングに増設されたスラスターによって、飛行能力を付与された魔犬(ガイア)の翼が人面鳥(レイダー)を斬り付けた。咄嗟に右腕のシールドを掲げるが、強烈な一撃をまともに受けたクロトは大きく体勢を崩される。

 

『お前よりも私が優れていることを証明してやる!!』

 

 カナードは咆哮と同時にスラスターを全開で吹かすと、空中で体勢を立て直したクロトに突撃した。恐るべき光刃の刺突を急上昇で回避したクロトに対し、更に背部のビーム突撃砲を連発する。

 

『勝手にしとけよ!!』

 

 後方に滑るように光弾の嵐を避けながら、クロトは強引に機体を切り返した。そして確かに聞き覚えのある声の敵に接近すると、全力で破砕球(ミョルニル)を放った。

 カナードは機体をMS形態に変形すると、迫り来る破砕球(ミョルニル)を擦れ違うように回避する。手元に破砕球(ミョルニル)を回収したクロトは鋼爪(アフラマズダ)を抜き、同じく光刃(ヴァジュラ)を抜いたカナードと二度、三度と激しく交錯した後、互いに攻撃を防ぎながら超至近距離で対峙した。

 

『お前のせいで私は……私はぁああっ!!』

 

 思わぬ強敵の到来に警戒を強めるクロトに、カナードは狂乱の叫びを上げる。頭部に搭載された20mmCIWSが火を吹き、損傷こそ軽微だが猛烈な衝撃がクロトを襲った。

 クロトが反撃で放った高出力エネルギー砲(ツォーン)を神憑り的な反応で回避したカナードは、追撃の機関砲から逃れる為に大きく距離を空けた。

 

『やるじゃないか!! だがそうでなくては困るなっ!』

『くっ……! お前は誰なんだ……!?』

 

 クロトはロドニア研究所の記憶を思い返したが、聞き覚えのある声だが思い当たる者は浮かばなかった。

 まずは真っ先に“ブーステッドマン”のような外科的な処置を行わず、洗脳教育と特殊訓練で“兵士”としての完成度を高めた旧型の生体CPU“ミューディー・ホルクロフト”を連想したが、彼女がこれほど腕が立つとは思えなかった。

 目の前の少女は旧型の中でも最高傑作と謳われた“スウェン・カルバヤン”と同等以上の実力を持っていたからである。

 

『思い出せないか! ……いや、お前は……?』

 

 一方のカナードも、眼前でクロトに対して違和感を抱き始めていた。

 確かに今までカナードが戦って来たパイロットの中でも三指に入る腕前で、旧型機でありながらザフトの最新鋭機に乗った自分と互角に渡り合う実力者だ。自分と比較して技量の劣るスティングやアウルなら、返り討ちにされる可能性も高いだろう。

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何かがおかしいと感じたカナードの元に、ネオから意外な通信が届いた。

 

『──パルス中尉。残念だがひとまず撤退だ』

『ネオ! 私はまだまだやれる!』

『だが二対一では、流石の君も厳しいだろう』

『二対一?』

 

 ネオの言葉に不審を抱いたカナードが周囲を見渡すと、いつの間にか武装を破壊され、無力化されたカオスとアビスが撤退を始めていた。

 その恐るべき結果をもたらした真紅の機体は、迫り来るインパルスの両腕を双刀型のビームサーベルで斬り飛ばすと、咄嗟にインパルスが放った蹴りに同じく蹴りを合わせ、唯一PS装甲で守られていない間接部位を蹴り砕いた。

 バランスを崩して海面に叩き付けられたインパルスの前で悠々納刀すると、猛烈な速度で僚機であるレイダーの元に引き返し始めた。

 

『……分かった、撤退する』

 

 裏切り者を遙かに凌ぐ脅威を感じたカナードは機体を翻し、一瞬反応の遅れたレイダーを置き去りにして撤退したのだった。




初対面なのに、因縁のライバル対決みたいな雰囲気で戦う二人でした。ステラちゃんという前例があるので、昔捨てた女の子にしか見えないな!(画面外で無双するアレックスさん

因みにあくまで予定ですが、新型ジャスティスは登場予定の一方で怪しいのがストフリです。
何故なら例の御方の搭乗機がデスティニーやレジェンドを踏まえて設計した、スーパードラグーン搭載型の高機動万能機、いわゆるストフリになりそうだからです。
まぁキラちゃんはアカツキでもいいので……。

【追伸】某動画で本作に言及されているコメントを見掛けて非常に恐縮しております。皆様の暖かい声援が励みです。


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始まりの地 常闇の研究所

 〈37〉

 

 カナードは静かな夢現の中に取り残されていた。

 近くでは金髪の長い髪をした男と、褐色の髪を短く刈り上げた男が夢心地のカナードには理解出来ない奇妙な会話をしていた。

 

「記憶の欠落が原因なのですか?」

 

 短髪の男が怪訝そうに訊ね、長髪の男がそれに答えた。

 

「その通りだ、リー少佐。君も知っているように、彼女らは反抗心を制御するため、毎晩記憶の操作を行っている。(クロト)の造反が余程堪えたのだろうな」

 

 莫大な心身の負担と引き換えに欠点を克服した“ブーステッドマン”だったが、その優秀性故に彼らは“第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦”の最中、飼い主であるブルーコスモス前盟主ムルタ・アズラエルに反旗を翻したと噂されている。

 特に“クロト・ブエル”はアズラエルの目を盗んで、自らの助命と引き換えに最重要機密であるロドニア研究所の位置情報を三隻同盟に流した嫌疑が掛けられていた。

 その為、現在ロアノーク隊で運用している三基の生体CPUには、ホアキン隊に配備されている旧世代の生体CPUと同等の強化処置を行った上で、ロドニア研究所から持ち出した特殊な洗脳装置を用いて、日々記憶の操作が行われていたのである。

 一見無数のコードに繋がれた睡眠カプセルのようだが、一度使用しただけでラウを数ヶ月間に渡って自らをネオ・ロアノークだと思い込ませていた強力な洗脳装置──まずはこの装置の魔の手から、彼女達を解放する必要があるとネオは考えていた。

 

「我々を欺き、自由を手に入れた裏切り者と、そのパイロットと幾度となく死闘を繰り広げた元特務隊。──この私とて、正面から戦えば不覚を取ることもあるだろう相手に、記憶が欠落した不完全なパイロットなど通用するとは思えない」

 

 その“揺り籠”と呼ばれた特殊な睡眠カプセルの中で、ゆらゆらと夢の中を漂っていたカナードの意識の欠片は、その残酷な言葉を素直に受け入れていた。

 旧式の機体で私と互角に渡り合った裏切り者と、その裏切り者と互角に渡り合い、昨日もアウルとスティングを一蹴した元ザフト兵。

 奴らは間違いなく成功作で、私はただの失敗作。

 自分の内に存在している陰鬱な感情が、朧気に浮かび上がって来るのをカナードは感じていた。しかしそんなカナードの感傷的な思考を、長髪の男は否定した。

 

「この3人は優秀だ。特にパルス中尉は、あの2人に匹敵する潜在能力を秘めている。ただ、その才能を眠らせているだけで」

「それは……分かっていますが……」

 

 カナードは頭に取り付けられた装置を外し、長髪の男に手を伸ばして何かを言おうとした。しかし装置によって意識と肉体が完全に切り離されていたカナードは指先一つ動かせず、カプセルの中で僅かに身体を揺れ動かしただけだった。

 

「上からの言い付けを守って敗北を繰り返すか、それとも危険を承知で“揺り籠”の使用を中止するか……。どうやら重大な選択を迫られる時が来たようだな」

「……何にせよ、機体の修復が完了するまで戦闘は無理です。何か問題が発生するまで、3人のメンテナンスは中止しましょう」

「無理を言ってすまんな。……私も随分と悪い男になったものだ」

 

 長髪の男の声を聞き、カナードの意識は再び暗黒に呑み込まれた。

 今までは一度眠ってしまえば、すぐに薄れてしまう筈の激しい感情が何度も浮上しては、やがて奥深くに沈んでいった。そしてカナードは記憶の奥底に固く封印されていた、遠い過去の光景を見始めた。

 

「──君が、カナードか?」

 

 まるで獲物を発見した捕食者のような不気味な気配を漂わせた仮面の男から知らされた、自分は×××××の失敗作であり、この世界の何処かにその成功作が存在するという事実。

 そして成功作の予備として──成功作に準ずる性能を検証するため、自分は数多の命を犠牲に生を授けられたらしい。

 深い絶望で全てが灰色に見えていた世界で、突然男から深い憎悪の感情を与えられたカナードは、誰かと戦っていた男の気配を感じなくなるまで必死に逃げ出した。

 逃げて、逃げて、遠くまで逃げ続けて、その逃避行の果てがこの最悪な結果だ。あの裏切り者は自由を手に入れた鳥で、自分は首輪を付けられた犬だとカナードは強く感じた。

 叫びたくなる様な絶望感と共に現実感が突如湧き上がり、カナードは意識の完全な覚醒を感じた。起き上がると両脇の睡眠カプセルには見慣れた顔の少年達が微睡んでおり、カナードは微かに安堵感を抱いた。

 

「か、かあさん……」

「アウルの奴、まーた寝惚けてやがる。……どうした、カナード?」

「……なんでもない」

 

 立ち上がったカナードはスティングに返事を返すと、この“メンテナンス室”の片隅に設けられた洗面台に向かった。カナードの存在を感知したセンサーは勢い良くぬるま湯を流し、バシャバシャと音を立てながら顔を洗ったカナードは、スペースに手元のバッグから取り出した無数の私物を並べ始めた。

 その異様な光景を見たスティングとアウルは僅かに顔を歪め、カナードは得意気に微笑んだ。

 

「しまった。占拠されちまった」

「油断するな。朝の洗面所は戦場だぞ、二人とも」

「それはカナードだけじゃない?」

 

 用意されているタオルで水分を丁寧に拭き取ったカナードは化粧水を手に取り、自らの白い柔肌に塗布した。

 そして睡眠カプセルの中でうんざりしている2人を横目に、さらにバッグから美容液、次いで乳液を取り出すと、カナードは入念にスキンケアを始めた。

 薄化粧を施し、長く伸ばした黒髪を櫛で整える中、カナードは自分の記憶は何かが狂っているのだと理解し始めていた。

 この“カナード・パルス”はロドニア研究所で生体CPUとして製造された失敗作で、組織を裏切った生体CPUの成功作“クロト・ブエル”に憎悪を抱く者の筈だ。

 だが互いに相手の事を思い出せないという事実は、カナードが自らの記憶に違和感を抱かせるには十分な理由だった。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているという。

 自らの不可解な記憶について、これ以上考えてはいけないという根源的な忌避感がカナードの内に湧き上がっていた。

 しかし私は全てを知らなければならない。たとえ、私が何者だったとしても。

 

「……今更だけどさぁ」

「あぁ。ちょっとは恥じらいが欲しいよな」

 

 まるで患者衣の様なガウンを脱いで下着姿になると、カナードは自らの豊かな肢体から視線を逸らす2人を尻目に、ハンガーに掛かっていた桃色の軍服に袖を通した。

 

 〈38〉

 

 椅子に腰掛けたまま目を見開き、キラはモニター画面に表示されている“ソレ”を見つめていた。

 どこか埃っぽい匂いと、消毒液の様な匂い。そしてそれを塗り潰す程の圧倒的な死の匂いが、キラの鼻腔を刺激していた。

 キラは頭を振り、身体の内側から込み上げる吐き気を懸命に抑えた。隣で面白そうにモニターを見つめている少年の存在がなければ、今すぐ叫び出してしまいそうだった。

 

「……」

 

 先日ボスボラス海峡で行われた連合軍とザフトの戦闘に介入し、両軍を撤退させた“歌姫の騎士団”はボスボラス海峡を越えた先──マルマラ海に面している港町の程近くに存在するロドニア山脈の麓に存在する、地球連合軍とブルーコスモスが共同で生体CPUの実験・製造を行っていた研究所を調査していた。

 何故なら先日の戦闘で、2年前に壊滅した筈の“ロドニア研究所”の出身者と思われる者達がファントムペインの一員として、戦場に現れたことが判明したからだ。

 ヨーロッパ戦線の劣勢を受け、この地からは地球連合軍の大規模な撤退が行われたため、研究所に防衛部隊は存在しなかった。

 研究所は一見壊滅状態だったが、クロトの予想通り地下設備は密かに生きており、小規模ながら“生体CPU”の製造は地球連合軍撤退の直前まで続いていたようだった。そして放棄する際に内部で被験体の反乱があったらしく、あちこちに大小様々な亡骸が転がっていた。染み付いた濃厚な血の匂いは、その反乱の壮絶さを物語っていた。

 

「はは、僕じゃん」

 

 被検体“B-10”──通称“クロト・ブエル”。

 少年は自身が“GAT-370”の生体CPUとして、復元したデータベースにアクセスさせたモニター画面に簡単な生体情報と共に表示されているのを見て、心底楽しそうに嗤っていた。

 部屋の片隅に並んでいる、容槽の中で薬液に浸けられていたり、電極に繋がれたまま朽ち果てている無惨な子供達の亡骸は、コロニー・メンデルの最奥で見た凄惨な光景を思い起こさせた。

 しかし優れた存在を造りたいという人類の夢──その暴走の果てがコロニー・メンデルであるとすれば、この研究所は真逆だった。

 何故ならその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「僕のアクセス権がまだ生きてるとは思わなかった。……といっても君がいなかったら、何の意味もなかっただろうけど」

 

 キラはこの研究所のメインサーバーにアクセスし、撤退の際に破壊されたと思われる詳細なデータの復元を行っていた。

 本来であればハッキングには相当の時間を要する筈だったのだが、幸いにも生体CPU“Bー10”のアクセス権が生きていたため、そのアカウントを管理者と定義付けることで大幅な時間短縮に成功していた。

 持ち込んだ大型のデータディスクに復元したサーバーの情報を取り込みながら、キラは室内を散策していたクロトに話し掛けた。

 

「どうしてここに?」

「さぁね。物心付いた時から、僕はここにいた。多分両親に捨てられたんだと思うけど」

「両親?」

「顔も名前も知らないけどね」

 

 まるで自然なことの様にクロトは答えた。そんなことをいちいち考えても、何の意味もないだろうと示すように。

 

「開戦直後、遂に研究所は生体CPU製造に踏み切った。世界各地で快進撃を続けていたザフトに対抗するためには、生体CPUの存在は必要不可欠だと考えていたからね。幸か不幸か、エイプリルフール・クライシスの影響で被検体の確保には困らなくなったし」

 

 ザフト軍の導入した人型戦術兵器“モビルスーツ”は、一般的なナチュラルを遥かに凌駕するコーディネイターの能力と相俟って圧倒的なキルレシオを誇っていた。

 そんなザフトに対抗するため、研究所は脳内や分泌腺内にマイクロ・インプラントを埋め込み、人工麻薬“γ-グリフェプタン”を投与することで絶大な身体能力を獲得した戦闘特化型の生体CPU“ブーステッドマン”の製造を開始したのだった。

 従来の歴史においても驚異的な成果を挙げたクロトだったが、逆行したことで対モビルスーツ戦の経験値を獲得していたクロトの能力は、あまりにも目覚ましかった。

 その結果、試験的に投入されたグリマルディ戦線で圧倒的な戦果を残し、従来よりも早い段階でアズラエルに目を掛けられたクロトは再改造を受け、寿命と引き換えに更なる能力を獲得すると共に、本来存在しない6番目のG兵器“GATー370(レイダー)”の生体CPUに選ばれたのだった。

 

「後は君も知っている通りだ。……地球連合軍とザフトが大量破壊兵器(ジェネシス)を撃ち合うことは、最初から分かっていた。地球連合軍が核兵器を撃たなかったらザフトも撃たなかったと言われてるけど、僕は連中の善性を信じていないからね。アラスカの大敗で前線が苦戦する中、連中はコソコソと大量破壊兵器(ジェネシス)を造っていた。それが事実だ」

「そこまでして、いったい何をするつもりだったの?」

 

 ケラケラと嗤うクロトに対して、どうも変な話になったと思ったキラは以前から抱いていた疑問を口にした。クロトの語るあまりにも虚無的な言葉と、実際に起こした行動は矛盾している様に思えたからだ。

 

「一週目の僕は気付いたら仲間は全滅してて、ドミニオンはアークエンジェルに討たれた。三隻同盟は僕達の殲滅に夢中だったから、たぶん地球も滅んだんじゃないかな? ……それでもやっと楽になれたと思ったら、またここに戻って来たって訳だ」

 

 クロトはこれがゲームだったら最悪のリスポーン地点だろ、と笑いながら独り言ちた。

 

「僕は全てが憎かった。こんな世界は滅んだ方がマシだと、その為に僕は戻って来たんだと思っていた。……放っておいてもザフトが地球を滅ぼしてくれるだろうから、僕はプラントを滅ぼすつもりだった。君と出会うまでは」

「……」

 

 キラは沈黙した。自分がクロトに救われた理由が、思わぬ偶然の積み重なりであることを告げられたからだ。

 あまりにも非現実的な仮定ではあるが、何かの偶然でキラが男性として造られたなら、この世界を滅ぼそうとしたクロトの暴走は止まらなかっただろう。万が一暴走を止めたとしても、クロトを救うために努力することはなかっただろう。

 本来の自分はとても怠惰で、自らの能力を積極的に伸ばす事を嫌っていたのだから。

 

「これからどうするつもりなの?」

 

 再び操作を行い、別の情報を取り込ませ始めたキラは訊ねた。クロトは僅かに目を伏せると、周囲の亡骸達を見ながら答えた。

 

「あの子達を解放する。……それは、僕にしか出来ないことだ」

 

 両軍の戦闘に併せて武力介入を行うことで、共倒れを狙う。無論、武力介入という行為自体は非政府組織“ターミナル”の意思であり、カガリの意思であると言えども、本来正当化すべきではないのだろう。

 しかし、このまま再び始まった地球連合、プラント、そして遂にオーブも巻き込まれてしまった戦いを指を咥えて見ている訳にはいかないというのは、決して独善的ではない筈だ。

 また、世界各地で地球連合軍の大部隊を打ち破り、快進撃を続けているザフトに対抗する為、地球連合軍は再び第二のクロト、あるいはそれ以上の存在を造り出すかもしれない。一騎当千のザフトに対抗する為には、生体CPUしかないと考えてもおかしくないのだから。

 そして戦場で対峙した“ファントムペイン”──戦うことが唯一の存在意義で、戦いから逃げ出すことすら許されない子供達を救うために、クロトは戦うことを決意したのだ。

 まず決める。そしてやり通す。ラクスのよく言っている、何かを成す為の唯一だろう方法をクロトは実践しようとしていた。

 かつて生体CPUとして造られ、世界を憎悪した末に自由を手に入れた自らの存在証明を賭けて。

 

「分かった」

 

 いつの間にかキラは、自身を蝕んでいた吐き気が治まっているのを感じた。そして震えている少年の掌に、自らの掌を重ねた。

 

 〈39〉

 

 それは先日ザフトの勢力圏に落ちた都市の中心部分に存在する、とある高級ホテルのバーだった。

 カウンターの端では黒い髪を伸ばした陰気な男が一人、目の前のマティーニをそのままに、店内のBGMを聞き流していた。男の名はギルバート・デュランダル──悪逆非道の地球連合と戦うプラントの若き指導者である。

 しかしそんな大物政治家がまさか護衛も連れず一人でバーにいるなど想定外なのか、バーテンでさえ男が注文を終えてからは話し掛けるのを避けていた。

 そんな男の傍らに、金髪の青年が近付いてきた。

 

「待たせたな」

 

 金髪の青年は軽薄な素振りで男の隣に座ると、緋色に輝くサングラスを外してバーテンにスコッチをロックで頼んだ。バーテンは氷を落とした酒を青年の前に置き、青年は一息に飲み干すと二杯目を頼んだ。

 

「ようやく連中の足取りを掴めたようだな」

「ええ。わざわざミネルバを遠征させた甲斐がありました」

 

 急速に求心力を失いつつあるジブリールが自身の手駒として動かせるのは、ロゴスに所属している非正規特殊部隊“ファントムペイン”を除けば、ジブリールがその権勢拡大を支援したセイラン家が軍事を司っているオーブ軍のみである。

 インド洋を越え、ガルナハン要塞を攻略したミネルバの活躍で、地球連合軍は黒海付近の制海権を喪失した。既に後戻り出来ないジブリールは同盟を盾にオーブ軍を派遣させるだろう。

 そしてジブリールがオーブ軍を対ザフト戦線に引き摺り出せば、何処かに潜伏している“歌姫の騎士団”も戦場に姿を現す。青年は全てが自分の読み通りだと嗤った。

 

「だが、あの歌真似しか芸のない馬鹿女のお守りで私は動けん。さっさと“コンクルーダーズ”の準備を急がせろ」

 

 未だ世間にその名を知られていないが、遺伝子上は“アスラン・ザラ”に匹敵する戦士の才覚を持つ者達を選抜し、結成準備を進めている特殊部隊“コンクルーダーズ”。

 インパルスの運用実績を踏まえ、本来ザフトが目指していた万能機を目指して開発が行われた統合兵装システム試験運用機“ZGMF-X56S/θ(デスティニーインパルス)”を採用した、まさに争いを終わらせることを運命付けられた部隊の投入を青年は示唆した。

 

「分かっております。……しかし、何故それほど急がれているのですか?」

 

 上手く運用すれば、国を墜とすことも可能な部隊をたった一人を確保する為に差し向けるという青年の不可思議な言葉に、デュランダルは素朴な疑問を口にした。

 

「ふん。見た目はともかく、この肉体の寿命もそう永くないというだけの話だ」

「……貴方は一体?」

 

 青年は冷たく微笑んだ。それは眼前に差し出された二杯目の酒に浮かぶ氷の様に冷たく、そのグラスを割った時の鋭さを感じさせる笑い方だった。

 

「何処ぞの似非坊主が“運命の子”などと名付けた小僧の肉体を媒体に、貴様もよく知る“アル”を再現した存在だと言っておこうか」

 

 理解が及ばないデュランダルを余所に、アルを再現した存在だと名乗った青年は二杯目を飲み干した。




という訳で例の御方の正体は“プレア・レヴェリー”を素体にした“アル・ダ・フラガ”のカーボンヒューマンでした。
レイが正体に気付かないのは、ビジュアルにプレア要素が混合されているからですね。

ところで本作のイアン・リー少佐はもう一人の副官として、ロアノーク隊に同行しています。こっそり揺り籠の封印に加担させられてるのは内緒です。

カナードちゃんが女子力を見せ付ける一方、キラちゃんはかれぴっぴの実家訪問だぁ~!

原作のロドニア編とは異なり、本作は生体CPUが主人公なのでメンデル編に相当する重要性がありますね。


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クレタに散る 刹那の死闘

 〈40〉

 

 地球連合軍所属、第81独立機動群“ファントムペイン”。

 その中でも特に“アーモリーワン強襲作戦”など、ロード・ジブリールの忠実な手駒として表沙汰に出来ない特殊任務を与えられている“ロアノーク隊”にイアン・リーは副官として所属している。

 何故なら隊長であるネオは時折自ら出撃して、現場でモビルスーツ隊の指揮を執ることがあるからだ。先の大戦で地球連合軍のトップガンだったネオは現場主義であり、もう一人の副官も“とある事情”でモビルスーツ隊の現場指揮ならまだしも、それ以外の補佐など出来る人間ではなかった。そのため本来イアンは特殊戦闘艦“ガーティ・ルー”の艦長として月基地に残るはずだったのだが、ネオからの強い推薦を受けて地球に降下したのである。

 しかし先の大戦で裏切った生体CPUのリスクを最小限に抑えるために毎日“揺り籠”で記憶の調整を行われ、意思持たぬ部品として扱われている少年少女達を指揮する立場であるということは、あくまで自分は一介の職業軍人であると考えているリーにとって、自らの上司であるジブリールに対する不愉快さを抱かせるには十分だった。

 

「……なーんか、大事なことを忘れてる気がするんだよな」

 

 イアンの視線を感じながら、アウルは眼前のスティングを躱して跳躍し、バスケットボールをリングに叩き込んだカナードを見ながら呟いた。

 

「何だよ、大事なことって?」

「それがわかんねーっつてんの!」

 

 醜いアヒルの子の定理という言葉が存在する。何らかの前提がなければ、事象の判断は事実上不可能だという意味である。

 自分は記憶を操作されているという前提をアウルが知らない以上、その違和感の正体に気付くことは出来ない。それが記憶の欠落という形ではなく、記憶の付与という形なのだから尚更だ。

 スティングと他愛ない会話を交わしたアウルはカナードが投げたボールを受け取った。先程午前の戦闘訓練を終えた三人は、艦内に設けられた娯楽室で休憩していたのだ。

 アウルは鋭いドリブルを左右に切り返して強引に抜こうとするが、カナードは鋭い揺さぶりにも動じずボールを奪おうとする。

 

「甘い!」

「やべっ!」

 

 カナードのスティールに一瞬反応が遅れたアウルはドリブルを中断してしまい、慌てて後方に跳びながらシュートを放った。不完全な体勢で放たれたボールはリングの縁に当たり、明後日の方向に転がっていく。

 

「そろそろミーティングの時間だ、パルス中尉」

 

 ロドニア研究所出身の二人とは異なり、元ユーラシア連邦軍の特殊部隊に所属していた“カナード・パルス”に行われた洗脳は非常に強力なものであり、先日から記憶の操作で精神の安定性を保つ“揺り籠”の使用を一時中止している以上、監督役が必要だった。

 同じ副官であり、ネオに次いでカナードからの信頼を得ているリーはそんな部隊の未来を左右する大役を授かった訳だが、どうにも遣り辛くて仕方なかった。

 

「はい、分かりました」

 

 頬を朱に染めている少女を一瞥したイアンは、内心頭を抱えた。

 日々行われていた記憶の操作が影響しているのか、それとも少女の性格に由来しているものかは分からなかったが、年頃の少女としてはあまりにも無防備なのだ。

 もちろんイアンを圧倒する身体能力を持つ少女とはいえ、あくまでロアノーク隊が間借りしている立場のJ.P.ジョーンズ艦内で無用な厄介事は避けたいものである。

 アーモリーワンでもインド洋前線基地でも、そんな少女の無防備さが危うく重大なトラブルを引き起こすところだったとの報告をイアンは受けていた。

 同じロアノーク隊の副官として、この際少女に軍人として軍事教育、ないし人間として情操教育を行おうと考えたところで、イアンは自らの愚考を一笑に付した。

 所詮、この大戦が終結するまで保てば上等であり、戦争が終われば周囲からの追求を避けるために処分されるだろう生体CPU達である。

 本来ネオのように余計な情を持つ方が異常で、彼らはザフトに対抗するために造り出された只の人間兵器なのだ、と考えた瞬間だった。

 

「更衣室で着替えろ! パルス中尉!!」

「しょ、少佐?」

 

 激しい自己嫌悪に陥りながら、イアンは運動着を脱ぎ始めたカナードに叫んだ。それは任務以外に一切会話のなかった副官同士が、初めて言葉を交わした瞬間だった。

 

 〈41〉

 

 世界全土で繰り広げられる戦火を感じさせない穏やかな海底を、キラはクレタ沖に向かって進んでいた。

 再び戦場に現れた生体CPU達を救う為に。

 先日ボズボラス海峡で行われた戦いにおいて、ミネルバ擁するグラディス隊と“ファントムペイン”、オーブ軍で構成された地球連合軍はカガリ率いる“歌姫の騎士団”からの武力介入を受け、撤退を余儀なくされていた。

 小破したミネルバの修理を終えたグラディス隊は当初の予定通り、目的地であるジブラルタル基地に向けて出航を開始し、それを阻止する為に地球連合軍はスエズ基地から部隊を出撃させていた。両軍の戦闘がクレタ沖で行われると予想したカガリは再び両軍に対する武力介入を行うため、愛機“ストライクルージュ”の出撃準備を行っていたが、一つの問題が発生していた。

 

「ま、分かってたことだけどねぇ」

 

 クロトは嘯く様に呟いた。

 先日クロトがディオキアの潜入捜査で得た情報を元に、偽ラクスと話題のマネージャー、専属スタイリストに変装し、その帰国用のシャトルを乗っ取るという大胆な手法でラクスとバルトフェルド、アイシャは宇宙に上がることに成功した。

 またアレックスも自らのモビルスーツに搭乗し、ラクスの乗ったシャトルを護衛しながら大気圏を突破し、宇宙に上がった。

 ラクスの護衛という重大な任務を果たす為とはいえ、先の戦いでセカンドシリーズ3機を無力化した最大戦力を喪失した“歌姫の騎士団”は絶対的な戦力不足という深刻な問題に直面したのだ。

 単なる武力介入であれば可能かもしれないが、PS装甲の優位性を除けば量産機と大差ない性能のレイダーでストライクルージュを護衛しながら生体CPUを救出することなど現実的に不可能だった。

 キラは血相を変えて掴み掛かるカガリを横目に、冷たいコクピットに乗り込んだ。そしてシステムを起動し、表示されているモニター画面を切り替える。

 

「どけ、キラ!」

「ここには私が座る」

 

 カガリの愛機“ストライクルージュ”はナチュラルでも搭乗出来るように操縦支援AIの搭載などOS面で改良が行われており、また新型大容量バッテリー“パワーエクステンダー”を搭載し、VPS装甲の雛形が用いられている。この機体が真紅の装甲を主体としているのは、操縦支援AIがパイロットの生存性を高めるためにより強度の高い真紅の装甲を選択したからだ。

 しかしキラの卓越した技量は、操縦支援AIを必要としなかった。そして機体強度の差異で生じる僅かな操作感の誤差を無くす為に、キラは再調整を行ったのだった。そして再起動と共にかつての姿を取り戻した“ストライク”は、唯一以前とカラーリングが異なる緑色のツイン・アイを輝かせ、各部のスラスターが唸りを上げた。

 

「貴女には、他にやることがあるよね?」

 

 オーブ連合代表首長カガリ・ユラ・アスハが戦場に現れようと、オーブ軍は攻撃を止めなかった。カガリが望めば全てが叶うほど、この世界は都合の良い様には回っていないのだ。

 他国を侵略しない。他国に侵略されない。他国の争いに介入しない。

 カガリの掲げるオーブの理念は立派だが、地球連合とプラントの根深い対立構造が存在する国際情勢の中で、その理念をどう位置付けするのか。モビルスーツに乗って闇雲に理想を叫ぶだけでは、目の前の戦いすら止められない。それが現実だ。

 一方で生体CPUを救いたいというクロトの想いは明快だった。他とは異なり、自らの意思で戦いに身を投じることを選んだ訳ではない子供達を、大人達に使い潰される運命から救い出す。

 それは徒に武力介入を行い、理想を叫ぶことよりもずっと有意義なことだとキラには思えた。

 だからキラは再び剣を取ると決めたのだった。

 

「……悪い」

 

 もしも自分がもっと強ければ、キラが戦う必要などなかったというクロトの言葉をキラは否定した。

 他の誰でもなく、かつて生体CPUの少年にその魂を救われ、今も救われ続けているキラ・ヤマトという少女が、少年の抱いた想いと共に戦うことに意味があると思ったのだ。

 

「ううん、私なら大丈夫! ──ストライク、行きます!!」

 

 電磁カタパルトが作動し、レールの上で機体が急激に加速する。大空に撃ち出されたストライクは背部のストライカーパックに搭載された空力推進翼を展開した。遠い視線の先では既に両軍の激しい戦闘が始まっており、生体CPU達の姿も其処に在った。

 キラはまるで“あの男”が存在するような奇妙な感覚に包まれたが、久々の実戦で神経質になっているのだろう。そもそも“あの男”が生きている筈がない。キラは全身に走る不安を打ち消し、自分を追い掛けて飛ぶレイダーに目線を向けた。

 

 〈43〉

 

 意外な人物とその部下と思われるモビルスーツの介入によって、撤退を余儀なくされたミネルバはレイダーに損傷を受けた陽電子破砕砲の修復を終えると、再びジブラルタル基地に航路を進めていた。

 一方ファントムペインを主体とする地球連合軍、オーブ軍の共同部隊も先の戦いで無力化されたカオス、アビスを修復する傍ら、ミネルバを迎撃する為に動き出していた。クレタ沖で始まった地球連合軍とミネルバの戦いは、別方向から現れたオーブ艦隊の放った参戦によって敵味方の入り混ざる大乱戦となっていた。

 

『今日は緑か!!』

『ちっ……!』

 

 アビスは“海神”の名を授けられたように、セカンドシリーズの中では最も水中戦・海上戦に主眼を置いたモビルスーツである。シンは時折水中から飛び出して放たれるアビスのビーム攻撃を機動防盾で防ぎ、自らも手持ちのビームライフルや唯一水中戦に対応しているレールガンを使って、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 セイバーは完全に地球圏の空中戦を習熟したガイアに防戦一方で、グフも高い空戦能力を誇るカオスに抑え込まれている。

 先日の戦闘でミネルバは3機以外の飛行能力を有するモビルスーツを完全喪失したため、ルナマリアはザクウォーリアに砲戦型兵装“ガナーウィザード”を装備し、四方八方から襲い来るムラサメを甲板上で迎撃していた。

 

『シン! 10時の方向より、例のモビルスーツ群が接近中です!』

 

 メイリンから再び戦場に“レイダー”と“ストライクルージュ”が戦場に現れたことを聞かされたシンはコクピットの中で激高した。具体的な理由は不明だが、先の戦いでシンを一蹴したアレックス・ディノは不在らしい。

 推力の関係でストライクを先行し、単騎で戦場に現れた漆黒の人面鳥をシンは紅の双眸で睨み付けた。

 

『なんでアンタ達は……! アンタ達は……そいつが何をしたのか本当に分かってるのか!?』

 

 地球連合軍の尖兵として、両親を殺し妹に永遠の傷を付けた巨悪の象徴。

 親友レイの家族や、先輩ハイネの元後輩。多くの命を奪い続けたレイダーを部下に登用してまで、振り翳す言葉に何の価値があるのか。

 絶叫しながら空中に連射した誘導ミサイルは右腕の機関砲で迎撃され、反撃で放たれた破砕球は水上を高速移動していたインパルスの胴体に命中し、鈍器で殴られた様な激しい衝撃がシンを襲った。

 そして頭をモニターに強打した瞬間、激高と共にシンの脳内がクリアになった。

 

『ふざけるなぁ!!』

 

 背部の長射程ビーム砲(ケルベロス)とレールガンを同時に展開し、シンは続けて繰り出された破砕球を躱すと一斉射撃を開始した。まるで式典で行われる花火を思わせる鮮やかな弾幕を嘲笑うかのように回避するレイダーに、シンは目を見開いて獣の様に叫びながら撃ち続けた。

 インパルスの猛攻で海が割れ、水飛沫があちこちで湧き上がった。時には破砕球の鋼線や右腕の盾に防がれ、空中で大きな火花が炸裂する。しかし攻撃は当たらない。

 

『何処見てんだよ、こらぁ!!』

 

 自分の存在など完全に忘れ、突如現れたレイダーに猛烈な攻撃を開始したシンにアウルは激高した。

 VPS装甲を採用しているアビスは、基本的にバッテリーが切れるまでは多少の実弾など意味を持たない。だからレイダーに食い付いたシンなど無視すれば、水中の敵に対して対潜魚雷しか持たないミネルバを葬ることは容易だったのだ。

 しかし先の戦闘でも正体不明の赤いモビルスーツに一蹴され、今回も一人だけ割を食ったような配置をされていると感じていたアウルは、自分のことなど忘れた様に振る舞うシンの存在が許せなかったのだ。

 

『死ねよ!!』

 

 水上に飛び出して胸部の装甲を開き、両肩部のシールドを翻して行われたアビスの一斉射撃は、無防備に背を向けて走っていたインパルスを爆炎で包み込んだ筈だった。

 

『はああああぁ!!!』

 

 極限まで研ぎ澄まされていたシンの感覚は、レイダーと交戦中も水中を自由自在に駆けるアビスの動きを正確に捉えていたのだ。

 着弾と同時にブラストシルエットを切り離し、間一髪直撃を免れることに成功したシンは空中で反転し、手に持っていた対艦槍(デファイアント)を全力投擲した。

 

『なッ!?』

 

 コクピット目掛けて正確に放たれた対艦槍(デファイアント)に、アウルは確実な死を理解した。

 死の刹那、人は走馬灯を見るという。

 しかしアウルが思い出すのは、地獄のような研究所の日々だけだった。昔自分が懐いていた女性研究員の優しさも、自分を操るための演技だったことは知っている。

 あの裏切り者に感化されて狂気に染まり、身も心も弄ばれて惨めに死んだだろう金髪の少女(ステラ)に会えると思ったアウルを、上空から放たれた赤い閃光が呑み込んだ。

 

『……あ?』

 

 まだ自分がどうやら生きているらしいと気付いたアウルは、間抜けな声を上げた。

 それはウィンダムに似たモビルスーツだった。アウルを狙って正確に投擲された対艦槍(デファイアント)を背部ユニットに搭載された高出力ビームで撃ち抜く神業を見せたそのモビルスーツは、鮮やかなトリコロールカラーの輝きを見せた。

 

『良かった、間に合って』

『……』

 

 何処か聞き覚えのある声に、アウルは不思議な安堵感に包まれた。

 しかし致命傷こそ辛うじて免れたが、至近距離で撃ち抜かれた対艦槍(デファイアント)の爆発に巻き込まれたアビスは海中に沈み始め、直後にアウルは意識を喪失した。

 

『くそっ……! ミネルバ! レッグフライヤー! それにフォースシルエットを!』

 

 どうやらストライクルージュには、カガリとは異なる別のパイロットが乗っているらしい。それもアレックス、あるいはアレックスと同等以上の凄腕が。

 間一髪でアビスを討ち損ねたことに気付いたシンは舌打ちすると、猛然と迫り来るレイダーにレッグフライヤーを射出した。そして質量攻撃を回避し、無防備な本体に追撃しようとしたレイダーの付近でレッグフライヤーを自爆させる。大きく体勢を崩し、時間を稼ぐことに成功したシンは空中で換装し、更にデュートリオンビームを受信──先程からの猛攻で底を付いていたバッテリーを充電する。

 自分は優秀な部下に任せて呑気に観戦かよとストライクルージュの持ち主に吐き捨てたシンは、ムラサメ隊と交戦を始めていたレイダーに猛然と突撃を開始する。

 

『我らの涙と意地が、こんなところで──』

 

 オーブ派遣艦隊旗艦“タケミカヅチ”の直衛を放棄し、自らに向かって来るムラサメ隊のスラスターを撃ち抜き、瞬く間に無力化したレイダーの背中を狙ってシンはビームを連射したが、クロトは振り向きもせずにシンの攻撃を急上昇で回避した。

 

『いったい何なんだよ、アンタはーっ!!』

 

 コイツの行動が何一つ理解出来ない。

 鋼爪(アフラマズダ)を抜きながら反転したレイダーにますます激高したシンは光刃(ヴァジュラ)を抜き、猛烈な勢いで斬り掛かった。

 

お前達(ザフト)には分かんねーよ!!』

 

 海中に沈み始めたアビスを追い、自らも海中に沈むストライクの姿を確認したクロトの脳内が咆哮と共にクリアになった。

 斜め上から右腕の鋼爪(アフラマズダ)を振るったクロトに対し、シンは左腕に構えた機動防盾で強烈な斬撃を受け止めた。そして盾で動きを封じながら左腕の光刃(ヴァジュラ)で斬り上げようとして、装甲の一部が掠めそうな程の超至近距離で回避される。

 

『なにっ……! ぐわっ!?』

 

 右腕の鋼爪(アフラマズダ)が無防備な姿を晒したインパルスを襲った。

 かろうじてコクピットこそ難を逃れたものの、左肩部から先を斬り飛ばされたインパルスは機体の制御を喪い、大きく吹き飛ばされた。

 

『消えろ』

 

 オーブ代表首長カガリの顔を立てるため、今回もオーブ軍相手には不殺を貫いているクロトだったが、それ以外の敵に手加減する必要など全くないと考えていた。

 殺さなきゃ、殺される。誰かを殺したくないなら、誰かに殺されたくないなら。最初から軍になど入らなければいい。

 自ら志願して軍に入り、兵器を満載したモビルスーツに乗り込み、全力で自分を殺しに来る見知らぬ相手に手加減する必要などない。それがクロトの結論だった。

 頭部に搭載された砲口から、赤黒い強烈な高出力エネルギー砲が空中に漂うインパルス目掛けて放たれ──一瞬早く割り込んだセイバーの機動防盾に弾かれた。

 

『大丈夫か、シン!』

 

 新たな敵の到来に状況の変化を察知したクロトは、インパルスの前に立ち塞がるセイバーと別方向から現れたガイアに右腕の機関砲を連発しながら、反動を生かして後方に加速した。

 大破炎上したグフイグナイテッドはミネルバに着艦しており、両翼の機動兵装ポッドを喪失したカオスは、よろめきながら撤退を始めている。セイバーとガイアは健在で、互いに激しい銃撃戦を繰り広げながら窮地に陥った味方を救出するために現れたらしい。

 このまま戦闘続行か、あるいは戦略的撤退か。クロトの脳裏で両方の選択肢を秤に掛けている最中、カガリからの悲痛な通信が届いた。

 

『──タケミカヅチ!! やめろーっ!!』

 

 オーブ軍派遣艦隊旗艦“タケミカヅチ”は突如退艦命令を発すると、陣形を解いてミネルバに単艦特攻したのだ。いくら相手が損傷したミネルバとはいえ、あくまで大型航空母艦に過ぎないタケミカヅチが強力な火器を有するミネルバに砲撃戦で敵う道理はなかった。

 

『陽電子破砕砲、撃てーっ!!』

 

 ミネルバから撃たれた絶大な光に呑み込まれ、陽電子リフレクターを持たないタケミカヅチは轟音と共に大穴が開き、瞬く間に爆沈した。

 

 大型航空母艦1隻、護衛艦6隻で構成されたオーブ軍派遣艦隊は、旗艦及び艦長のトダカ一佐、そしてオーブ軍総司令官“ユウナ・ロマ・セイラン”を喪失するという大敗を喫したことで、ジブリールの再三に渡る要請も空しく派兵中止が可決された。

 世界にオーブ軍の勇猛さを示す為か、あるいは目の前の戦果に目が眩んだか。

 後にクレタ島沖海戦と呼ばれるこの戦いでタケミカヅチがミネルバに対して取った不可解な行動の真意は、今も分かっていない。




アレックスさんが宇宙に上がったので、遂にキラちゃんが戦線復帰しました。まぁセカンドステージ勢揃いの戦場で、レイダー単騎で生体CPU回収は無理ゲーなので。(インパルスを大破させながら

ところでアメノミハシラがあるのにシンをプラント送りにしたことと最新鋭空母を預かる立場とは思えない言動から、トダカさんはザフトのスパイという説が有力です。(適当

映画の続報がありましたが、オーブ軍+ザフト+最強の核機体持ちコーディ×3が自軍の世界で誰を倒すんでしょうね?
作者は自分の言葉を都合良く解釈したプラントを粛正するために復活した逆襲のジョージ・グレンと予想します。勿論本人は死亡しているので、あくまでジョージの遺志を継いだクローンです。

プラントに住む者は自分達の事しか考えていない。だから抹殺すると宣言した。私、ジョージ・グレンが粛正しようというのだ!

劇場版ヒロインは失敗作のスパコ♀(CV桑島さん)です。中盤まではジョージの側近として無双、最後はジョージの攻撃からキラを庇って死亡するイメージですね。


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少女の想い 揺れるデトロイト

 〈43〉

 

 地球圏には有史以来存在する秘密結社“ロゴス”すらも上回り、太古の時代から連綿と続く“一族”と呼ばれる地下組織が存在する。

 それは人類を存続させるという存在理念の為、時には紛争どころか戦争すらも画策する組織だった。その組織は人類の存続を妨げる絶滅戦争や際限のない幸福追求を抑制し、人類そのものを管理するために様々な介入を世界各地で秘密裏に行っていた。

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一族の現当主“マティス”は表向き地球連合の情報機関に所属し、特殊部隊を率いる女性軍人だったが、マティスは一族がより徹底した人類の管理を行うため、自らに匹敵する優秀な部下を必要としていた。

 そんなある日、マティスは自らの所属する情報機関を通じて、ブルーコスモス新盟主であるロード・ジブリールが自らが“イレギュラーK(ラウ)”と評した男を回収し、洗脳を施して忠実な部下に仕立て上げたことを耳にしたマティスは、その男の“オリジナル”を一族の技術(カーボンヒューマン)で再現することを思い付いた。

 不慮の事故で死亡するまで、一族の活動資金を提供する出資者の1人であったその男の記憶情報は万が一の事態に備えてサーバーに保存されていたのだが、生前は名門フラガ家を世界的な資産家にまで成長させた投資家だが、その実態はナチュラルでありながら人類史上で一、二を争う才能を有していた男の再現は難航した。

 だが偶然手に入れた“運命の子”と呼ばれる少年を素体とすることで、マティスは男の再現に成功した。再現された男はマティスの想像通りに、極めて優秀な男だった。これで再びこの世界は一族が管理することになるだろうと、マティスは信じて疑わなかった。

 

「……が……ッ!」

 

 マティスは口内に込み上げてきた血を吐き、炎に包まれた屋敷の床を鮮血で染めた。

 その男はマティスが制御出来る人間ではなかった。

 肉体的には還暦近いナチュラルであるにも関わらず、誰1人として優秀なコーディネイターだと信じて疑わなかった“イレギュラーK(ラウ)”のオリジナルを、ある意味クローン以上の精度で正確に再現した存在は創造主であるマティスに容赦なく牙を剥いた。

 

「こんな小娘が本気で人類を管理するつもりだったとはな」

 

 男は溜め息を吐いた。

 男の目的はマティスが“イレギュラーA(キラ)”と評した少女を用いて自身の完全復活を遂げることであり、その為にはマティスの存在は邪魔だったのだ。

 男の素体に用いられた少年はクローンであり、素養こそ男を再現する基準を満たしていたものの、その寿命はすぐ間近に迫っていたのである。

 これほどの怪物が世に放たれれば、一族の手を離れて暴走し始めた人類の管理も夢ではないのかもしれないと、マティスは徐々に薄れる意識の中で他人事の様に思った。

 この怪物に対抗出来る者がいるとすれば、やはり彼か。

 マティスは旧約聖書に登場したソロモン王の使役する72柱の悪魔において10番目の序列に位置する悪魔(ブエル)の名を冠し、その数字と危険性から“イレギュラー10(クロト)”と評した少年を思い出し、やがて屋敷を焼き尽くした業火に包まれた。

 

 〈44〉

 

 消毒液の香りが漂う白い部屋で、意識が覚醒したアウルは虚ろな目を虚空に彷徨わせていた。手足は厳重に拘束され、身に纏っていたパイロットスーツはいつの間にか脱がされたようだった。

 腕には太い注射針が刺さっており、自らの身体に点滴が行われているようだった。かろうじて自由の利く首を捻り、棚の上に置かれた時計を確認すると、既にアウルが意識を喪ってから24時間以上経過していた。

 どうやら自分は敵に捕まったらしいとアウルは直感した。自分を無視し、夢中になって裏切り者を追い立てていたインパルスに攻撃し、手痛い反撃を喰らったのだ。コクピットに対艦槍が直撃する間際、別方向から放たれたモビルスーツが迎撃に成功したが、それでも強烈な衝撃がアウルを襲い──失神したところを捕まったらしい。

 

「……ちっ」

 

 歯軋りと共に舌打ちしたアウルは、声に反応して足音が近付いてくるのを感じた。

 足音の主は二人で、片方は赤髪の少年だった。目には黒い眼帯を掛けており、先程までの戦闘の影響か酷く疲労しているようだった。

 

「このクソ野郎が──」

 

 アウルはせめてもの憂さ晴らしに自分達を裏切った少年──クロトを罵ろうとした。

 しかしその背後に隠れながら自分の様子を窺っている、自分達ロアノーク隊の副官の少女と瓜二つの姿形をした少女を見て、アウルは思わず唖然となった。

 

「……カナード?」

 

 目の前の少女はアウルの知る荒野の花の様な少女とは異なり、温室育ちの花の様な少女だったが、それにしても偶然とは思えない位に似ていた。

 まるで年の近い姉妹どころか、一卵性双生児の様に。

 キラはアウルの脳波を示すモニターを一瞥すると、振り返ったクロトを見て安心した様に頷いた。キラはアウルが攻撃的な精神状態かどうか確認したのだ。その気になればクロトと同様、人為的に脳のリミッターを外されたことでコーディネイターに匹敵する身体能力を獲得しているアウルは、拘束具を破壊して暴れ出す可能性があったからだ。

 

「あー……この娘はキラだ」

 

 クロトの声に反応し、深い憎悪がアウルに沸き起こった。

 一歩引いて状況を考えれば、どうして自分達が地球連合軍やブルーコスモスに忠誠を誓わなければならないのか、どうして脱走に成功したクロトを親の仇のように憎まなければならないのか分からなかったが、ある種の鳥類が初めて見た動くモノを親だと認識するように、脳裏に擦り込まれた負の感情が瞬く間にアウルを支配した。

 

「裏切り者に話す事は何もねー。殺すなら殺せよ」

 

 組織に忠誠を誓っても末路は死だという実感から、どれだけ入念な洗脳を施されようと一切影響を受けなかった自分とは異なり、アウルの心は今もファントムペインの支配下にあると理解したクロトはキラに視線を投げ、椅子に座った。

 

「……」

 

 まるで氷の刃を心臓に突き刺される様な冷たい殺気に、アウルはごくりと息を呑んだ。

 自分が反応出来なかったインパルスの猛攻を旧型機で凌ぎ切る技量──ロドニア研究所が造り出した最高傑作と謳われた実力は、今も錆び付いていないことを認識した。

 

「えーっと。頭痛はありますか? 倦怠感は?」

 

 アウルは問診を始めたキラに目線を向けず、頭を左右に振った。

 旧型の生体CPUと比較して活動限界時間こそ長めに設定されているが、アウルもロアノーク隊からの脱走を防止するため、依存性の高い特殊な薬物を定期的に摂取しなければ最終的に精神崩壊して死亡する、重度の薬物中毒患者として調整されていた。

 だからアウルが専用の設備を有している組織の下を離れることなど、出来る筈がなかったのだ。

 

「そう心配しなくても、あの時の僕より酷いってことはないだろ?」

「……まぁね」

 

 それは土壇場で覚醒した、SEED因子の代償か。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でキラの危機に反応して発現し、今まで対応出来なかった全方向から放たれる光の雨を掻い潜り、その牙を“神の意志(プロヴィデンス)”に届かせた奇跡の力はクロトの病状を加速度的に悪化させた。

 地球連合、ザフトの両軍がボアズ宙域、及びヤキン・ドゥーエ宙域から撤退を終え、停戦交渉が始まった日からクロトは深い昏睡状態に陥った。

 その後、すぐにラクスの伝手でクロトの脳細胞を破壊し尽くしていたマイクロ・インプラントの除去手術が行われたものの、意識を取り戻すまで実に一年以上の時間を要した。

 数値上は今のクロトよりも健康体なアウルの治療など、生体CPUの治療に関して世界一の知識と経験を有しているキラにとって造作もないことだったのだ。

 アウルはちらりとキラを見た。二人が何を言っているのか理解出来なかった。情報収集を行うために延命するだけならまだしも、わざわざ治療する理由などないように思えたからだ。アウルを救うことが、二人にとって何の得があるのか分からなかった。

 

 〈45〉

 

 ブルーコスモス前盟主にして、今もロゴスのオブザーバーに名を連ねるムルタ・アズラエルが遂に動き始めたらしいという噂は、関係各所でまことしやかに囁かれていた。

 オーブ連合首長国に滞在していたクライン派の要人を窮地から救った。

 地球連合に取り込まれたオーブ代表首長“カガリ・ユラ・アスハ”を拉致した。

 地球連合軍とザフトの間で行われた戦闘に武力介入を行った。

 現盟主ロード・ジブリールや“ファントムペイン”など、一部のブルーコスモス関係者を除けばクロトの離反は完全に秘匿されていた為、クロトが世界各地で行っていた戦闘行動にはアズラエルの意思が働いていると思われていたのだ。

 もちろんクロトの行動は事実である一方で、その行動にアズラエルの関与を示す具体的な証拠など何処にも存在しなかったのだが、先日クレタ島沖で起こった大敗で苛立っていたジブリールは大声で叫んだ。

 

「この男は我々を裏切り、コーディネイターの連中と馴れ合っているのですよ!」

 

 そんな自分に濡れ衣を着せようとするジブリールの声をモニター越しに受けたアズラエルは、苛立ちを押し隠しながら挑発的な薄ら笑いを浮かべた。

 

「だいたいそんなことをして、いったい僕に何のメリットがあると言うんです? 一向に成果の上がらない貴方こそ、そろそろ進退を考えるべきなのでは?」

 

 終わりの見えない戦争が世界全土で繰り広げられる中、ブルーコスモスと連合の関係者、ロゴスの構成員がオンラインで参加する形で行われた会合はジブリールがアズラエルを断罪して求心力を取り戻すため、強引に開催したものだった。

 しかし事前に入念な根回しを行い、半ば出来レースだった筈のこの会合はアズラエルの投げ遣りな言動によって混迷の様相を示し始めていた。

 

「この資料はなんだか分かります? これ以上、僕のビジネスの邪魔をしないでもらいたいものですがねぇ」

 

 添付された資料には、ここ数年間にアズラエルが経営している巨大軍需産業会社の挙げた業績とその内訳の詳細が記されていた。

 それはこの地球連合とプラントの冷戦構造が続いた2年間、莫大な利益を上げていたアズラエルの会社が11月の開戦と同時に、大幅な赤字に転向したことを示していた。

 

「だから我々を裏切ったということか! 金に目が眩んで誇りを喪ったのだな!」

「馬鹿なことをおっしゃいます。僕は奴らの存在など、認めたつもりはないですよ。ナチュラルの野蛮な核などと言いながら、地球そのものを滅ぼそうとしていた連中などね」

 

 表に出ている情報だけでも、パトリック・ザラを信奉する過激派がユニウスセブン落下テロ事件に関与したのは明白であり、その事実に関しては自国民の罪を問うという概念が存在しないプラント最高評議会でさえ大筋で認めている。

 したがってユニウスセブンの管理責任を盾に莫大な復興支援をプラントに要求して復興を終えた後、おそらく何処かに潜伏しているテロ支援者を確保して全ての事実を明らかにすれば、地球連合は大衆を味方に付けることが出来ただろう。

 そうなればプラントは主権を喪失し、コーディネイターに私物化されている現状から旧プラント理事国の所有物に戻る可能性すらあったとアズラエルは主張する。

 

「ぬぅ……」

 

 未曾有の絶滅戦争を終わらせた“平和の使者”。

 先の大戦で地球連合軍を穏便に撤退させる為、その名誉と引き換えに屈辱を味わったアズラエルは世界各国の非戦派が結成した非政府組織“ターミナル”の出資者に名を連ねる一方で、密かにプラントを支配下に置く計画を練っていた。

 そんな中、純粋な死傷者数だけならエイプリル・フール・クライシスをも上回る未曾有の事件“ブレイク・ザ・ワールド”の責任問題を有耶無耶にしてしまったジブリールの暴挙に対して、アズラエルは内心怒り狂っていたのだった。

 

「ご判断は賢明な皆様にお任せしますよ。言って分かるなら、この世から争いなんてなくなりますからねぇ?」

 

 

 

 

「──あの道化めが!」

 

 オンライン会合を終えたジブリールは大声で叫びながら自室を荒らし、憎悪に満ちた声で喚き散らした。

 地球連合を構成している国家群の中で、特に主導的な役割を担っている大西洋連邦とユーラシア連邦の深刻な対立が浮き彫りになったからだ。

 アズラエル派の大西洋連邦。

 ジブリール派のユーラシア連邦。

 先の大戦で自ら部下を率いて和平に漕ぎ着けた男と、アーモリーワン事変こそ成功させたものの、その後は敗退を繰り返している男。

 どちらの言葉により説得力があるのかは、ジブリールの支持者であるユーラシア連邦の関係者の間ですら明白だった。

 アズラエルにとって最大の弱点だろう地球連合軍に対するレイダーの妨害行為を撮影した映像も、むしろザフトの最新鋭モビルスーツが一蹴されたことが注目を集め、レイダーを完全量産化したアズラエルの“新商品”の宣伝材料として利用される始末だった。

 自分の手元を離れた裏切り者すら儲けに利用するアズラエルの遣り口に、先の大戦の内情を一部把握しているジブリールは激高した。

 

「アズラエルめ……地獄に墜としてやる……」

 

 ジブリールは次の一手として考案していた作戦を、大幅に変更することを決意した。

 それは根強い反連合感情を持ち、ザフトの勢力圏であるユーラシア西部地域を大型可変モビルアーマー“デストロイ”を中核とした大部隊で攻撃し、世界各地で沸き起こっている反連合の機運を文字通り焼き払う殲滅作戦を、アズラエルが経営する軍需産業の本拠地であるデトロイトで決行することに決めたのだ。

 実際にはジブリールに対抗出来る戦力など持たない張子の虎のアズラエルを始末し、地球連合軍が一丸となってザフトと戦えば、プラントなど簡単に滅ぼせる筈なのだから。

 

 

 

『──という訳だ』

 

 先の大戦において、アズラエルはザフトの上層部に存在すると思われる匿名の人物と様々な情報交換を行っており、その情報を自身の影響力が特に強い大西洋連邦軍に提供することで、単なるオブザーバーに留まらない絶大な権力を得ていた。

 後にその人物の正体は、ザフトの白服でありながらニュートロンジャマー・キャンセラーの情報流出に関与した件の男だとアズラエルは認識していたのだが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でクロトに敗北し、戦死したとされたのだった。

 

『なるほど。……しかし今更ブルーコスモスを追われた僕に接近するなんて、どういう風の吹き回しですかねぇ。ラウ・ル・クルーゼ』

 

 当時アズラエルがその男と情報交換を行っていた専用の秘匿回線が数年ぶりに反応を示したのは、ジブリールが主催したオンライン会合を終えた次の日だった。

 秘匿回線の向こう側で、アズラエルにジブリールの計画を暴露している男は、今はなんとジブリールの部下として地球連合軍の特殊部隊を率いているらしい。

 

『今の私はネオ・ロアノーク大佐だ。それ以上でもそれ以下でもない』

 

 バッテリー機でありながら戦略兵器に匹敵する圧倒的な戦闘力を誇り、単独での要塞攻略すら実行可能な“デストロイ”を中核とした大部隊を投入し、デトロイトの地で大虐殺を実行しようとするジブリールの作戦を聞いたアズラエルは不敵に笑った。

 

『ふふふ。それは楽しみですねぇ』

『何だと?』

 

 アズラエルの意外な反応に、ネオは困惑の色を示した。

 この圧倒的にザフト優位な状況下で、まがりなりにも友軍を殲滅しようとするジブリールの馬鹿げた計画を阻止出来る可能性があるとすればこの男だと思ったにもかかわらず、アズラエルの言葉はジブリールとの全面戦争を望むものだったからだ。

 かつてアズラエルの親衛隊を務めた生体CPU達は全員離反しており、デトロイトに駐留している大西洋連邦軍ではジブリールに対抗出来るとネオには思えなかったのだ。

 

『君って、確実に勝てる戦しかしないタイプ?』

 

 この状況を利用すれば、今度こそあの少年兵を始末することも夢ではないだろう。

 あくまで出資者の1人でしかないアズラエルにはターミナルの詳細な活動内容など流れて来なかったが、どうやらクロトがターミナルの指示を受けて戦争終結の為に動いているらしいということは容易に想像出来たからである。

 両者を潰し合わせ、漁夫の利を手にするのは自分だ。所詮は大局の見えないジブリールなど、最初から問題ではない。

 あの日飼い主である自分を裏切り、屈辱と恐怖を味わわせた少年兵の確実な死を見届けなければ、二度と自分に安眠は訪れないのだ。

 思わぬ好機が訪れたアズラエルはほくそ笑んだ。




というわけでベルリン大虐殺は思わぬ形で消滅しました。

また悪魔の序列からイレギュラー10になったクロトですが、裏返すとキラちゃんを表す1になるのは偶然です。

【地球連合の内情】

ジブリール:許さん、許さんぞアズラエル! デトロイトを火の海にしてやる!!

ネオ:だってさ

アズラエル:ターミナルを利用すれば共倒れを狙えるな!

ロゴス:!!!!!?????

一族:(ひっそりと壊滅)



阿井 上夫様から支援絵を頂きました。
お臍が眩しい改造連合服のカナードちゃんです。

【挿絵表示】


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忌まわしき再会 迫る破壊の権化

 〈46〉

 

 大西洋連邦とユーラシア連邦の全面戦争に繋がる重大な情報を掴んだ。ひいては機密保持の為、直接情報の遣り取りを行いたい。

 ターミナルから緊急命令を受け、潜伏先であるスカンジナビア王国の軍港を離れたクロトは情報提供者のムルタ・アズラエルが住居を構えるデトロイトに降り立っていた。

 

「うわぁ……」

 

 北米大陸中西部に位置し、大西洋連邦の中でも有数の世界都市であるこの地はアズラエル財団が経営する軍需産業が盛んな都市であり、またその技術力を生かした自動車産業は大西洋連邦内どころか全世界でも有数の業績を上げている。

 また内陸部に存在するこの都市はブレイク・ザ・ワールドの被害が比較的軽微だったこともあり、被害の大きかった沿岸部の都市から逃れたヒトとモノを取り込み、周辺地域の復興事業に取り組むことで早くも被災前と変わらない賑やかな姿を取り戻していた。

 それはカガリの想像していた町ではなかった。

 メイン・ストリートは清潔で活気に満ちており、裏通りも女が1人で歩くと絡むような下品な男達がいるようなこともなかった。カガリのよく知るオーブの首都オロファトも世界有数の大都市だったが、この輝かしいデトロイトの町並みとは比較にならなかった。

 

「少し歩けばレンタカー店がある」

 

 観光客を装う為に帽子を被り、サングラスを掛けたクロトは言った。

 敬愛する父親を自害に追い込んだ男の住む町──カガリは俯きながら歩き始めたが、しばらくすると顔を上げて町並みを観察し始めた。周囲の建物は全て高層ビルで、どれも有名なメーカーが巨大な店舗を構えていた。若者達で賑やかだった。

 これが地球連合で最大勢力を誇る大西洋連邦の豊かさかとカガリは目眩いがした。

 

「アレだ」

 

 交差点の角に電動カーのレンタル・サービス店の看板が煌々と掲げられており、クロトは落ち着きなく周囲を見渡しているカガリを伴って店の中に入った。

 

「赤の車、二人乗りを」

 

 クロトは店の奥から現れた店主にキャッシュカードと身分証明書を提示した。

 およそ2年前まで、書類上はモビルスーツの生体CPUとして軍用犬以下の扱いだったクロトはカガリの計らいでオーブ国民としての身分が与えられていたのだ。

 キャッシュカードを機械に読み取らせ、クロトの身分証明書を確認した店主はこんな時勢にデートか、と呆れたように呟きながら車のキーを差し出した。

 店主が用意した小型の電動カーにクロトがキーを差し込むと、ナビが起動してモニターに周辺地図が表示された。目的地であるアズラエル邸の住所を入力すると、モニターは最短経路を表示してナビゲーションを開始した。

 カーステレオからはラジオ放送が流れ始めた。全世界で大ヒットしているラクスの賑やかな新曲が流れ始め、カガリは無言でチャンネルを切り替えた。

 レトロなポップ・ミュージックと共にカーは交差点に躍り出た。普段は亜音速のモビルスーツを自由自在に操縦するクロトの運転はやや上品さに欠けており、大きく身体を揺すられたカガリは顔を顰めながらシートに深く腰掛けた。

 爽やかな青空の下で風を切り裂きながら、クロトはモニターに表示された約束の時間よりかなり早めの到着予定時間を見て思い出した様に言った。

 

「ちょっと時間を潰そう。アイツは時間に五月蠅いんだ」

「お前が馬鹿みたいに飛ばすからだろ?」

「そうかもね」

 

 カーは方向を変え、観光客向けの店舗が密集している地区に入った。そびえ立つビル群は更に高さを増しており、助手席に座るカガリが見上げても頂上は見えなかった。

 中心部分に進むにつれて徐々に混雑し始めた車道をカーは軽快に走り、やがてショッピング・モールの一角に存在するレンタル・サービス専用の有料駐車場で停車した。

 キラのプレゼントである高級菓子の詰め合わせを買うと、後は単なる付き添いだという態度を崩さないクロトに、カガリは自分も先日クレタ沖で戦死した婚約者とショッピングを楽しむ未来もあったのだろうかと溜息を吐いた。

 大戦前にウズミが婚約者の有力候補として話を進めていたのを良いことに、ホムラ政権が退陣した後にカガリの後見者として勢力を伸ばしたセイラン家の次期後継者ユウナ・ロマ・セイラン。

 父親も含めてあまり好ましい人間とは言えなかったが、彼も彼なりにオーブの未来を想っていただろうに、と考えながらカガリは再びカーに乗り込んだ。

 再びカーは東に向かい始め、賑やかな都市部を離れた。美しい五大湖を一望出来るデトロイト東部は、資産家達が邸宅を構える自然豊かなベッド・タウンとして有名だったのだ。

 カガリは勢いよくカーを走らせるクロトを横目に、不意に口を開いた。

 

「本当に、私達の行動は正しかったのか?」

 

 曲がりなりにも国が決定したオーブ軍の派兵に異議を唱えて武力介入を行い、両軍に少なからず犠牲と混乱をもたらした。

 最終的にオーブ軍が大敗北を喫したことで派兵は中止されたが、そんな中で行われようとしている大西洋連邦とユーラシア連邦の全面戦争の引き金が、自分達の武力介入だった可能性をカガリは否定出来なかったのだ。

 

「それは難しい質問だね」

 

 先の大戦のきっかけは“コペルニクスの悲劇”と言われている。C.E.70年2月5日、プラントとプラント理事国の間で行われる予定だった会議の場で爆弾テロが起こり、会議に参加予定だった地球側理事国の代表者及び国際連合事務総長を含む国際連合首脳陣が多数死亡した事件だ。

 幸か不幸か、当時のプラント代表シーゲル・クラインが難を逃れたことで未曾有の反プラント・反コーディネイター思想がプラント理事国で沸き起こり、同月11日に世論に押される形で開戦の火蓋が切られたのが歴史的事実である。

 だがこの爆弾テロはあくまできっかけに過ぎない。

 先の大戦はヒトとしての能力差が浮き彫りになったことでコーディネイターはナチュラルを蔑み、ナチュラルもまたコーディネイターを憎んだのが原因であり、爆弾テロが起ころうと起こるまいと、何らかの形でいずれ戦争は起こっただろう。

 今回の一件も大西洋連邦とユーラシア連邦の対立構造が原因であり、たとえ自分達が武力介入を行わなかったとしても、やがて両国の争いは起こっただろうとクロトは言った。

 

「だいたい誰にとっても正しい行動なんてない。あの大量破壊兵器(ジェネシス)の破壊だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだからね」

 

 一週目の自分が──生きる為に戦う以外の選択肢がなかった自分が、三隻同盟から悪と断じられたように。クロトにとって正義とは相対的なものだというのが持論だったのだ。

 

 〈47〉

 

 やがてカーはナビが示す屋敷の手前で車を停めた。ガードマンの誘導に従い、来客用の駐車場にカーを停めたクロトとカガリは身体検査を受けた後、建物の中に入った。

 上品な物腰の執事が二人をゆっくりと先導し、屋敷の中心部に位置する部屋の手前に設置されたインターフォンに触れた。

 

《入らせろ》

 

 嘲笑う様な青年の声が流れて来た。返答を受けた執事がインターフォンの真下に填め込まれたタッチパネルを手早く操作すると、部屋の扉が横滑りでゆっくりと動き始めた。

 それは豪勢な調度品と、色鮮やかな電子機器で囲まれた部屋だった。重厚な木製デスクの反対側で革製の椅子に腰掛けた男は座ったままでクロトとカガリを迎えた。

 

「遠路はるばるよく来てくれましたねぇ」

 

 金髪の男は白い犬歯を見せ付けながら尊大な態度で言った。

 甘いマスクに芝居がかった所作、そしてそれを掻き消す程の薄暗い感情を放ちながら、男は冷たい笑みを浮かべた。

 

「優れた番犬の特徴は、飼い主を噛まないことです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思いませんか?」

 

 ブルーコスモスの前盟主にして国防産業理事の座に就任し、地球連合軍のオブザーバーとして大きな影響力を発揮した男。

 地球連合軍がロドニア研究所と共同研究を行っていた生体CPUの製造計画、現地球連合宇宙軍総司令官デュエイン・ハルバートン中将がモルゲンレーテと共同開発を行っていたG兵器製造計画など複数の軍事計画に出資者として名を連ね、当時のウズミ・ナラ・アスハ政権に対して“オーブ解放作戦”を実行し、ユニウス条約が締結されるまでオーブ連合首長国を大西洋連邦の保護下に置いた男。

 そして“平和の使者”に仕立て上げられたことでブルーコスモス盟主の座をロード・ジブリールに譲ることになり、地球連合軍に対する発言力を大きく喪ったものの、今もターミナルの出資者とロゴスのオブザーバーを兼任する傍ら、裏ではプラント解体を虎視眈々と狙っていると噂される男だ。

 アズラエルは右手を掲げ、カガリをソファに座るよう促すと指を鳴らした。

 ポッドを持った給仕が現れ、カップに熱いストレートティーが並々と注がれる。アズラエルは喉が渇いていたのかすぐに口を付けると、向かい合って座ったカガリをじっくりと舐め回す様に見た。

 

「なるほど。()()()便()()()()()()()()()()()()()ってことですか。オーブの底力、侮れませんねえ」

「何だと!!」

 

 アズラエルはギャング流の挑発に目を血走らせたカガリをせせら嗤い、更に言葉を続けようとした。隻眼に氷の冷酷さを宿し、クロトは2人が無駄な雑談でもしているかのように平然と遮った。

 

「そんなところです。件の情報は?」

 

 これ以上戯言を続けるなら上層部(ターミナル)の事情など考慮しないと暗に匂わせたクロトに、アズラエルは退屈な反応だと言いたげに鼻を鳴らし、テーブルに置かれたデータチップを顎で示した。

 クロトは怒りで身体を震わせているカガリを余所に携帯端末を取り出すと、そのデータチップを読み込ませて中身を確認し始めた。

 

「全く正気とは思えないでしょう? アイツらしいと言えばそうですがねぇ」

 

 その中にはヘブンスベースを出撃した地球連合軍が北回りの航路でサンディエゴに建設されたザフト基地を攻略し、それ自体を布石として大西洋連邦の心臓部であるデトロイトを攻撃する計画書のデータが残されていた。

 

「貴重な情報提供、感謝します」

 

 あまりにも荒唐無稽な作戦内容と、紛れもなく地球連合軍が作成した本物の計画書であることを確認したクロトは頷いた。

 獅子身中の虫とはよく言われるが、本命のザフトを打倒する前に大西洋連邦を攻撃する本末転倒な遣り口はまさにジブリールらしいと言えた。同じ友軍殺しでもザフトの大部隊を撃破するなど犠牲に見合う戦果を残した“グリマルディ戦線”や“アラスカ防衛戦”とは異なり、地球連合軍にとって完全に無意味な戦いだからだ。

 

「せいぜい頑張ってくださいよ。せっかく復興も進んできたというのに、ジブリールの癇癪に付き合ってられませんからねえ」

 

 アズラエルは巨額を投じて復興させたデトロイトを放棄するつもりはなく、自らの息が掛かった大西洋連邦軍の駐留部隊長に迎撃準備を行わせていた。

 ジブリールが投入する新型機動兵器さえ抑えられれば十分勝機はある一方で、クロトらが敗北すれば数百万、あるいはそれ以上の命が犠牲になる。そして戦火は地球連合を二分する形で世界全土に拡大し、ザフトも好機と見て各地の攻勢を強めるだろう。

 もしも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 複雑な表情を浮かべたカガリに対して、同じくデータチップの中に記載された新型機動兵器の詳細データにクロトが目を通していると、背後の扉が勢いよく開いた。

 

()()!」

 

 その瞬間、今まで余裕の表情を崩さなかったアズラエルの顔が歪んだ。慌てて椅子から立ち上がり、出迎えようとするアズラエルを押し退けた来訪者はデータを確認しているクロトの姿を認めると、困惑するカガリを余所に満面の笑みを浮かべた。

 

「初めまして、リリスです。リリーと呼んでくださいね」

「リリー! 大事な仕事の話があるから入ってくるなと言っただろ!?」

 

 意外な話だが、ムルタ・アズラエルには妻と娘がいる。

 どちらもアズラエルとは雇用者と被用者の関係ですらなかったクロトは面識など一切なかったのだが、どうやら目の前の美しい金髪を伸ばした可憐な幼女がその娘らしい。

 

「こちらこそ初めまして。これはお近づきの印に」

 

 この幼女は自分の正体など、何も知らないだろう。

 そう考えたクロトは血相を変えて引き離そうとするアズラエルを横目に、バッグから先程購入した菓子の詰め合わせをリリスに差し出した。思わぬプレゼントを見たリリスは無邪気に受け取ると、何かを納得したかのように大きく頷いた。

 

「流石はパパの部下、気が利くわね。私が成人したら雇ってあげるわ」

 

 その予想外な言葉にアズラエルは顔を引き攣らせ、カガリとクロトも思わず表情を凍らせた。アズラエルは動揺を隠しながら、言い聞かせるように言った。

 

「リリー……それは駄目だ」

「どうして? ()()()()()()()()()()()()()()()()()なんでしょう?」

 

 頭を抱えるアズラエルに、リリスはきょとんとした顔を向けた。

 今までアズラエルが都合の良いように話を伝えていた結果、リリスの中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになっていたのだ。




クロトくんがアズにゃんにボロクソ言われるシーンを書いてる最中、何も知らないアズにゃんの子供はむしろクロトくんのファンだろうなと思って登場させました。

映画で登場するかもしれないので、性別・名前まで記述するのは躊躇いましたがご容赦下さい。
元ネタはユダヤの伝承に登場する女性の悪霊“リリス”です。

後にクロトくんの正体が父親の出資していたロドニア研究所で製造された生体CPUだと知ったらリリスちゃんは何を思うのか、目が離せませんね!

原作では一切描写されなかった悪の帝国、大西洋連邦の大都市を社会見学するカガリです。
基本的に軍需産業単体では儲からないので、その技術を転用した自動車産業が主要産業という設定にしました。デトロイトですし。
超伝導電磁推進で動き、VPS装甲で自由にカラーリングを設定出来る高級エアカーは大ヒットですね。(適当


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サンディエゴ防衛戦

 〈48〉

 

 壮年の執事長は、長年に渡る経験から自身の主人であるムルタ・アズラエルが酷く機嫌を損ねていることをすぐに悟った。その男は昔から癇癪持ちだったが、普段は理性で激しい感情を制御していた。

 そうでなければ30代前半という若さで、父親から権利を譲り受けたアズラエル財団が経営している軍需産業会社で多大な業績を残し、地球連合軍で一大シェアを獲得するなど不可能だからだ。

 男はかつてナチュラルとして産まれた自身の出生を憎んでいたが、肉体面の才能は並だが頭脳面の才能はコーディネイターにも決して劣らなかった男は、感情と理性を巧みに使い分けた言動でブルーコスモス内でも頭角を現していた。

 そして先の戦争終結に際してアイリーン・カナーバなどプラントの政治家に一部妥協したことでロード・ジブリールを中心とした過激派に弾劾を受けるまで、その盟主と称されていた。

 執事長はどうも主人は盟主の座を奪われた以来の不機嫌らしい、と思いながら反対にご機嫌な幼女に敬意を込めた笑みを浮かべた。しかしムルタはそれが気に障ったのか眉間に青筋を立て、執事長を促してリリスを仕事部屋から追い出した。

 

「アイツを始末するか……いや……」

 

 扉の向こう側で呟くムルタの言葉を耳にした執事長が抱いたのは、この件に関して迂闊に首を突っ込めば、たとえ長年アズラエル家に仕えていた自分であろうと即刻退職届けを書く羽目になるだろうという確信だけだった。

 後でメイドや料理人、庭師を含めた屋敷の全従業員を集めて、先程の奇妙な来訪者に対して一切言及しないことを徹底的に理解させなければならないと執事長は考えた。

 

「また来てくれるかな?」

「それはどうでしょうね。あの御方も忙しいでしょうから」

 

 無邪気なリリスの問い掛けに、執事長は笑顔で応えた。

 ムルタがコーディネイターに対抗するために、才能ある孤児に人体改造を施した少年兵達を自らの手駒として運用しており、先程の少年はその内の一人なのだろうと執事長は朧気に理解した。

 大戦を終わらせた平和の使者にとって致命的なスキャンダルとなり得る事実──全ての詳細が明らかになれば、出資者の一人だろうムルタは当然ながらアズラエル家、それどころか大西洋連邦すら破滅させかねない災厄の火種であることを疑う余地はなかった。

 でなければプラント殲滅を公言して憚らず、大西洋連邦の国防産業理事としてのみならず、独自の情報網すら構築して大西洋連邦軍を支援していたムルタが、地球連合とプラントの和平条約に携わるなどあり得ないと執事長は以前から考えていたのだ。

 

「ふーん、つまんないの」

 

 その場で屈み込むと、膨れ面になったリリスを見た執事長は一瞬眉を顰めた。

 優秀なコーディネイターで構成されたザフト軍に、先の大戦でナチュラルでありながら互角に渡り合った少年兵の正体が、所詮は受精卵に遺伝子操作を施した存在に過ぎないコーディネイターどころか、最古のSF小説に登場するフランケンシュタインの怪物と同じ様な存在であると知った時、この幼女は何を思うだろうか。

 戦場における士官の死因の相当数が、上司に反感を抱いた部下に撃たれたことだという。

 自分が撃たれるかもしれないとは微塵も思っていなかったのか、正規の護衛も付けずにオブザーバーとして度々最前線に立っていたにも関わらず、戦場の混乱に紛れて撃たれなかっただけでも幸運だろうにと思いながら、執事長はリリスを宥め始めた。

 

 

 

 太陽が西に傾き始める中、再び赤いカーに乗り込んだカガリは両脇に屈強な護衛を連れた金髪の可愛らしい幼女の期待に応え、右手をぶんぶんと振った。

 滑るように発進したカーはゲートを通り抜けて車道に踊り出ると、規定速度を遥かに上回る速度まで一気に加速した。

 

「──っと!?」

 

 強烈な加速度でシートに押し付けられ、カガリは唇を尖らせながら慌ててシートベルトを締めた。先程まで行っていたアズラエルとの会談で神経を逆撫でさせられたとはいえ、いくらなんでもこの荒っぽい運転はないだろうと悪態を吐いた。

 

「……あー」

 

 窓の隙間から吹き込む風で頭が冷えたのか、クロトは規定速度をやや上回る速さまでカーの足取りを緩めた。背後に視線を遣り、アズラエルが自分達に対して追跡を行っていないことを確認したクロトはシートに深く座り直して溜息を吐いた。

 

「ふふ」

 

 自分と年齢はあまり変わらないが、ずっと大人な性格だと思っていたクロトの子供っぽい姿を見たカガリは、先程までの奇妙な光景を思い出しながら笑った。

 

「なんだよ?」

「いや。……アイツにも娘がいるんだなって」

「まーねぇ。僕のファンかぁ」

 

 ムルタ・アズラエルの一人娘であり、父親から受け継いだ金髪碧眼に母親似なのだろう可愛らしい幼女──リリス・アズラエルは、ナチュラルでありながらコーディネイターと互角以上に渡り合うクロトの大ファンだそうである。

 クロトとアズラエルが元部下と上司という間柄ではなく、非人道的な研究所で製造された生体CPUとその出資者であるという前提を無視すれば、敬愛する父親の下で働いていた優秀なエースパイロットに見えたのだろうとクロトは自分を納得させた。

 

「呑気な奴だよなー。自分の父親が何をしてたと思ってるんだか」

「あんな奴でも、ブルーコスモスの中じゃマシな方だ」

 

 クロトはハンドルを握り直し、すっかりアズラエルから興味が失せた様に言った。

 それは単なる比喩ではなかった。国策としてコーディネイターの受け入れが行われているオーブですら、自身がコーディネイターであることを隠している者が多数存在するこの世界で、有用性を示せばコーディネイターであろうと許容するアズラエルの思想は、反コーディネイターを掲げて無差別テロを行う者も少なくないブルーコスモスの中では、比較的穏健派である。

 かつて血のバレンタイン事件の報復措置としてニュートロンジャマーを大量投下し、中立・非中立を問わず全世界にエネルギー危機を起こしたクライン派が、地球連合の主要都市に対する核攻撃を主張したザラ派と比較して穏健派と呼ばれているように。

 結局のところ、この世界は何かが壊れているのだ。

 キラが核ミサイルをたった一人で迎撃し、命を賭けて大量破壊兵器を壊したにもかかわらず、僅か2年で戦争が起こったように。どちらかが滅びるまで、この果てなき争いの連鎖は永遠に続くのかもしれないとクロトは思った。

 

「……それよりも気になるのはあっちか、やっぱり?」

「あぁ」

 

 カガリの問い掛けにクロトは頷いた。クロトがいつになく動揺していたのは、アズラエルに地球連合軍の軍事機密を漏洩したとされる男が意外な人物だったからだ。

 

「まさかアイツが生きていたなんて。……急がないと」

 

 当時最年少で白服に上り詰めたザフトのエースパイロットでありながら、スピット・ブレイクやニュートロンジャマー・キャンセラーの情報漏洩に関与し、死後もパトリック・ザラと並んで凶悪な戦争犯罪者として裁かれた大罪人。

 かつてクロトが激しい死闘を繰り広げた末に、決着直後に電力切れが起こる程の薄氷の勝利を収め、後に核分裂炉に誘爆して跡形も無く砕け散った“神意(プロヴィデンス)”のパイロット。

 そして自らの後継者の母胎としてキラを製造させた男のクローンであり、本人も同様にキラを付け狙っていた男がネオ・ロアノークと名を変え、ファントムペインを率いている隊長だということが判明したのだ。

 もっともこの場で事情を知っているのはクロトだけであり、カガリの認識はあくまでザフトのエースパイロットでありながら、地球連合軍に情報漏洩を行い戦争を煽り続けた危険な男が今も生きており、何かを企んでいるというものだった。

 クロトは舌打ちをすると、アクセルを強く踏んだ。

 この狂気に満ちた世界で穏やかに生きるのはこうも難しいのかと嘆息しながら、再び人の往来や建設ラッシュで賑やかな市街区にカーを飛ばし進めた。

 

 〈49〉

 

 北米大陸西部に位置する大都市サンディエゴの郊外には、ユニウスセブン落下テロ事件の復興支援拠点という名目でザフト軍施設が設置されていた。

 大戦が始まると同時に、地球連合軍の主力部隊である大西洋連邦軍に対する前線基地として対ユーラシア連邦軍の前線基地として建設されたジブラルタル基地と同様、カーペンタリアに次ぐザフトの重要拠点として挙げられたサンディエゴには大規模な軍事基地が建設された。

 北米大陸西部の復興支援を行う傍ら、北米大陸南部で独立運動を行っている南アメリカ合衆国の支援を行い、大西洋連邦の国力を削ぐという重要な使命を課せられたサンディエゴ基地の駐留軍はジブラルタル基地を凌ぐ戦力を有しており、大陸東部から送り込まれる大西洋連邦軍の大部隊と一進一退の攻防を繰り返していた。

 

『撃て! 撃てッ! 怯むな! ここで食い止めるんだ!!』

『うわっ! うわああああぁ!!』

『ば、化け物め……!』

 

 そんなサンディエゴ基地は突如沿岸部から現れた地球連合軍の強襲を受け、主力防衛部隊の壊滅を含む致命的な被害を受けていた。

 かろうじて迎撃用の陣形を組み、標的を取り囲むように放たれたモビルスーツ隊からの攻撃を陽電子リフレクターで防ぎ切った漆黒の大型機動兵器は背部フライトユニットに装備した長射程の大出力ビーム砲(アウフプラール・ドライツェーン)を展開し、目に映る全ての敵を凪ぎ払う。

 型式番号“GFAS-X1(デストロイ)”。

 まさに破壊の化身という言葉が相応しい戦闘能力を誇る大型可変モビルアーマーは周囲に大型ミサイルを連射した。完全に破壊されたサンディエゴ基地本部を目撃した駐留軍の大半は統制を喪い、散り散りになって敗走を始めた。

 しかし一部の部隊はザフト軍としての誇りからか、その巨体故に鈍重なデストロイに接近を挑もうとする。しかし脇を固めているカオスにその侵攻を阻まれると、距離を詰める前にコクピットを次々に撃ち抜かれて爆散していく。

 

『これがデストロイの力か……』

 

 基地内部に備蓄されていた弾薬に引火したのか、轟音と共に激しい火柱が立ち上った。ネオはすっかり瓦礫の山と化したサンディエゴ基地を見下ろしながら大きく息を吐いた。

 ただでさえ形態ごとに操作感が全く異なる機体制御や、火器管制システムが極端に複雑化している関係で、デストロイはスティングどころかカナードすら“揺り籠”で専用の調整を施さなければまともに動かすことすら困難な代物だった。

 しかしネオの極めて高度な空間認識能力と、ナチュラルでありながらコーディネイターに最適化されたOSに適応することで磨き抜かれた操縦技術は、生身でデストロイの性能を十全に引き出すという不可能を可能にしたのだ。

 

『ふふ、逃げられると思ったかね?』

『か、囲まれた!?』

『うわあああああああ!!』

 

 無数の市民が取り残された市街区に逃げ込もうとするモビルスーツ隊を、ネオは量子通信で操作したアームユニット(シュトゥルムファウスト)で執拗に追い回す。4本足の立体的な機動性を生かして倒壊した建造物の隙間を縫う様に駆け抜けたガイアが撤退するモビルスーツ隊の側部から強襲を仕掛け、背部ウイングから展開したビームブレイドが胴体を斬り裂いた。

 深刻な混乱状態に陥ったモビルスーツ隊は完全に統制を喪い、分断されて各個撃破されていく。

 義勇軍であるザフトは個人技による打開に傾倒しており、突破・包囲といった基本戦術すら理解していない軍隊だということをネオは把握していたのだ。

 もちろん数の力や機体性能に頼った地球連合軍を相手取るならそれで十分だったのだが、ロアノーク隊は全員が一般的なザフト兵を凌駕する能力に加えて、最新鋭の機動兵器を擁する精鋭部隊である。

 戦略目標であるサンディエゴ基地駐留軍の壊滅を達成したネオに、北米大陸西部までデストロイを運搬した大型専用母艦に乗り込んでいたジブリ-ルから通信が届いた。

 

『どうだ? 圧倒的だろうデストロイは?』

『全くですな。いったいどこまで焼き払うおつもりですか?』

『そこにザフトがいる限りどこまでも、だよ。コーディネイター共と馴れ合う連中にもう一度はっきり教えてやれ! それを裏切るような真似をすれば地獄に墜ちるのだということをな!』

 

『ふっ、了解しました』

 

 大西洋連邦軍にデトロイトを攻略目標とした侵攻作戦を悟られず、その後の展開を優位に進める為には、この戦いがあくまで地球連合軍によるサンディエゴ奪還作戦だと思わせることが肝要だ。

 しかし現時点ではザフト軍の支配地域であり、自分の政敵であるムルタ・アズラエルに致命的なダメージを与える為とはいえ、元々は同じ地球連合に属する同胞の虐殺命令を平然と下す男がロード・ジブリールという男なのだ。この男は完全にイカれている──ネオは圧倒的な破壊力を発揮するデストロイのコクピットで嗤った。

 先程のモビルスーツ隊と同様、駐留軍の一部が逃げ込んだ市街部に対してネオは背部フライトユニットから再び長射程の大出力ビーム砲を展開した。

 パトリック・ザラと並んで人類史にその悪名を轟かせた自分が、今度は地球連合軍の特殊部隊を率いて大虐殺を起こした男として再び悪名を刻むのも一興だろう。

 

『む!?』

 

 ネオはザフト駐留軍を一撃で半壊させた強大な一斉射撃を放とうとした瞬間、カナードに酷似した気配が迫り来る感覚に襲われた。そして直後に背筋が凍る程の鋭い殺気を感じ、ネオは攻撃を中止した。

 

『ネオ!!』

『あぁ、アズラエルの仕業だな』

 

 まんまと一杯食わされた気分──ネオは機体を上昇させながら反転すると、迫り来る機動兵器に向かって全身の砲門から極大のビームを放った。

 突如現れた漆黒の人面鳥は眩い暴風雨を潜り抜けて人型に変形すると、猛烈な速度で破砕球(ミョルニル)を投擲した。ネオは稲妻の如き質量兵器に陽電子リフレクターを展開した右腕のアームユニット(シュトゥルムファウスト)を咄嗟に射出して迎撃した。激しい火花が空中で舞い散り、鈍い衝突音で大気が鳴動する。衝撃で周囲の建物は窓を割り、一部は轟音と共に倒壊を始めた。

 どうやら彼は自分の前に立ち塞がる運命にあるらしい、と苦笑したネオはカナードとスティングに左右からの挟撃を命じると同時にデストロイの形態を切り替えた。

 

『!!』

 

 正面に対峙しているレイダーを遥かに上回る圧倒的な巨体を誇っていたデストロイの中心部分が内側から割れ、モビルスーツに似た形状のコアユニットが露出する。

 先の大戦で活躍した大型ストライカーパックの名を冠する大型可変機デストロイには陽電子砲すら凌ぎ切る鉄壁の防御力と、最新鋭の戦艦に匹敵する大火力を活かした空中要塞であるモビルアーマー形態と、大気圏内の飛行能力は喪失する代わりに運動性能と拠点制圧能力を高めたモビルスーツ形態の2形態が存在した。

 しかし先の大戦で同じコンセプトの機体(ストライクB)がフリーダムに敗北したことで、対モビルスーツ戦の能力が疑問視されたデストロイには第3の形態が追加されていた。

 

『勇敢なのは結構だが、そんな情けないモビルスーツで私に勝てるつもりかね?』

 

 正面から放たれた強烈な高出力エネルギー砲(ツォーン)を手甲部から発生した陽電子リフレクターで真正面から受け止めると、分離した背部ユニットからネオが放った絶大な光弾がレイダーの装甲を掠めた。

 

『これが……!』

 

 ストライクの強化発展機である“ストライクE”の高い機動力に加えて、コアを喪ったデストロイを量子通信で操作することで、極めて高い空間認識能力と劣悪な操作性の代わりに対モビルスーツ性能と殲滅能力を両立させた分離形態がネオの切り札だった。

 ウィング外側にマウントされたビームサーベルを抜き、斜めにスライドしながら接近する灰色のストライクと、それに追従しながら光弾を放つデストロイを捉えたクロトの頭はクリアになり、全開でスラスターを吹かせながら加速した。

 

 天使の様な光の翼を纏い、大気圏外から迫り来る紫炎のモビルスーツ群には誰も気付いていなかった。




 妙に難産でした。原作でもサンディエゴ基地はザフト領らしいですが、北米大陸まで侵攻する積極的防衛とは……?

【機体設定】

・基本的には原作のデストロイと同じですが、本作は種編でフリーダムに敗北したことで、対モビルスーツ戦に特化した分離形態が存在します。
 ストライクEに加えて、ファトゥムみたいな感じでデストロイを量子通信で操作するイメージです。
 初期プロットではブラックサレナみたいにデストロイの中からレイダーが登場する予定だったので、そのアイデアを流用しています。

【装備】

・M2M5 12.5mm自動近接防御火器×2
・M8F-SB1 ビームライフルショーティー×2
・ES04B ビームサーベル×2
・SX1021 陽電子リフレクター発生器 ×2(手甲部)

【解説】

・通常時はデストロイのコアを兼任する都合上、原作のストライクEよりも更に取り回しの良い武装を採用しています。
・登場予定はありませんが、スウェンくんもこれにアンカー等のオプション装備を追加した機体を使用しています。デストロイ輸送任務の後、組織を裏切ったブーステッドマン抹殺任務に臨むかもしれません。


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終末を告げる者

 〈50〉

 

 目の前で繰り広げられている壮絶な戦いに、キラはコクピットの中で全身の毛が逆立つような強い恐怖感を抱いた。それは周囲に破壊を撒き散らす恐るべきモビルスーツと、それを手足の様に扱っているラウだけではなく、その男を始末する為に自身の身すら焦がす様な強い激情に身を任せているクロトからも感じていた。

 表向きは地球連合軍の精鋭部隊によるサンディエゴ奪還作戦だったが、実際には一部の部隊に北米大陸縦断を敢行させてデトロイトを攻略し、大西洋連邦を壊滅させるというジブリールの前代未聞の作戦を掴んだアズラエルはターミナルにその情報を流し、ターミナルは未曾有の大虐殺を防ぐためにクロトとキラに迎撃を命じたのだ。

 左右に展開したカナードとスティングはザフト残存部隊やキラからの攻撃を警戒し、十分に距離を取りながら徐々に激しさを増す二人の戦いを見守っていた。

 数的不利と機体性能差という悪条件を抱えるキラ達にとって、わざわざ手を止めているカナード、スティングを刺激する理由などなかった。

 

『アウルは元気か?』

 

 空中で舞い散る猛烈な火花と轟音に目線を奪われていたキラの下に、カナードから無線通信が届いた。それは何処となく聞き覚えのある少女の声だった。意外な言葉の内容にキラは戸惑ったが、間を空けながらも肯定した。

 カナードは可笑しそうに嗤うと、世間話をするような口調で話し掛けてきた。その憎悪も憤怒も存在しない様な口振りは、彼女達が純粋な正規軍人ではないことの証明であるようにキラには思えた。

 もちろんネオに対する絶対的な信頼が大前提ではあったが、戦う理由など存在しないにも関わらず、ただ命賭けで戦うことを強要されているカナード達にとってはキラと戦うことよりも、先日囚われた仲間の安否を確認する方が重要だったのだ。

 

『しかしアイツ……。私と戦った時は手を抜いていたのか?』

 

 一際大きい爆撃の様な振動がコクピットを揺らし、カナードは嘆く様に呟いた。

 圧倒的な火力と鉄壁の防御力を誇るデストロイを移動砲台として活用しながら、総合性能はセカンドステージに匹敵するストライクの強化発展機“ストライクE”を自由自在に操るネオに対して、クロトは互角の戦いを繰り広げていたからだ。

 

『どうしてお前が生きている!!』

『知らぬさ! 気付けば私はファントムペインの一員だったのだよ!』

『懲りずに世界を滅ぼそうって訳だ!』

 

 周囲から放たれる光弾の網を掻い潜り、クロトは接近戦に持ち込んだ。コクピット目掛けて放たれた鋼爪(アフラマズダ)をネオは左手首の発生器から展開した陽電子リフレクターで防ぎ、反対の腕で構えていた拳銃型のビームライフルを連発する。

 

『私の意思ではない!! しかしこれが人の望み! 人の業!!』

『まだそんなことを!!』

 

 斜めに後退しながら攻撃を避け、廃墟を蹴って急上昇するクロトを上下から挟撃するようにアームユニット(シュトゥルムファウスト)が出現した。ユニットの指先が開き、薙ぎ払う様に光の雨を降らすアームユニット(シュトゥルムファウスト)にクロトは接近すると、両肩部の機関砲を連射して沈黙させる。

 一瞬遅れてアームユニット(シュトゥルムファウスト)の正面に陽電子リフレクターを展開し、ネオはクロトをその場に押し止めようとしたが、弧を描くように叩き付けた破砕球(ミョルニル)アームユニット(シュトゥルムファウスト)を真横に吹き飛ばし、クロトは上空に脱出することに成功した。

 

『今も愚か者共に利用されている君に言えたことかな!?』

『お前こそ!』

 

 別方向から一直線に距離を詰めたネオは高笑いと共に二丁拳銃で光弾を連発し、クロトはレイダーを変形して加速するとデストロイを射線上に挟む形で旋回した。

 デストロイはその鈍重さ故に対モビルスーツ戦闘能力は低く、それを補う分離形態でも不安が残る機体である。特にデコイとして利用されれば、陽電子リフレクターやストライカーパックの補助無しで空中機動を可能にする新型スラスターを搭載した関係で、継戦能力に欠けるストライクEの行動は制限されてしまうのだ。

 初見とは思えない的確な対応に、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と悟ったネオは嘲笑うように言った。

 

『私が本気ならデストロイの情報など流すものか!』

『何だと!?』

 

 かつて自分が殺した筈のラウ・ル・クルーゼが生きており、ファントムペインを率いているという情報はアズラエルから入手していたが、その情報源そのものがラウだとは聞かされていなかったクロトは言葉を喪った。僅かに集中力を欠いたクロトに対し、一直線に突撃しながら放ったデストロイの大火力が襲い掛かった。

 

『どうやらアズラエルは我々の共倒れが望みらしいな!!』

『くっ……!』

 

 クロトは左右にスライドして光弾の嵐を躱しながら、無数の大型ミサイルを右腕の機関砲で迎撃し、機首に取り付けた速射砲で背後を窺うアームユニット(シュトゥルムファウスト)を牽制する。

 しかし大型ミサイルとアームユニット(シュトゥルムファウスト)を囮にクロトとの距離を一気に詰めたネオは左腕で抜いたビームサーベルを振り抜き、反射的に右腕のシールドで防ぎながら左腕の鋼爪(アフラマズダ)を振るったクロトの攻撃を陽電子リフレクターで受け止め、強引に後退させた。

 

『それでもお前だけは!!』

 

 かつてのプロヴィデンスと比較して、デストロイは攻撃のバリエーションこそ劣るものの圧倒的な火力と鉄壁の防御力を誇っており、本体のストライクEも高水準の近接格闘能力を誇る最新鋭の機体である。

 たとえデストロイの弾幕を掻い潜って接近戦を挑んでも、レイダーの最大火力すら容易に受け止める陽電子リフレクターがある限り、攻撃を当てることすら困難なのだ。しかし砲撃戦では全く勝ち目がないためクロトは機体を立て直すと、陽電子リフレクターに何度も受け止められたことで損傷が目立ち始めた破砕球(ミョルニル)を構えて突撃した。

 

『君に受けた傷跡が疼くぞ!』

 

 地を這う様な低空飛行でデストロイの弾幕を躱し、真横から襲い来るアームユニット(シュトゥルムファウスト)破砕球(ミョルニル)で迎撃する。金属球の表面に亀裂が入った瞬間、即座に持ち手を破棄したクロトは両腕に鋼爪(アフラマズダ)を展開して更に距離を詰める。

 

『だったらもう一回喰らわせてやる!!』

 

 レイダーの猛烈な加速を乗せた一撃は鉄壁の陽電子リフレクターを押し返し、後方に吹き飛ばした。しかしネオは一瞬で機体を立て直すと、両腕でビームサーベルを抜いて追撃しようとするレイダーを狙って振り回した。

 クロトは光の刃で装甲の一部を切り裂かれながらも機体を僅かに後退させ、頭部から高出力エネルギー砲(ツォーン)を放ったが、割り込んだアームユニット(シュトゥルムファウスト)を盾に攻撃が防がれる。そして一瞬の硬直を突かれ、胴体の一部を掠める形で機体を撃ち抜かれた。

 

『それでこそ私の好敵手だ!』

 

 僅かな動揺すら見せず、別方向から放たれたビームを紙一重で回避しながら斬り掛かってくるクロトの攻撃を、陽電子リフレクターで防ぎながらネオは賞賛した。

 目の前の青年は()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()だというのに、こうして自分と互角に渡り合うのだ。これが好敵手でなければなんだろうか。

 アームユニット(シュトゥルムファウスト)が遂にレイダーを捉え、シールドごと廃墟に叩き付けた。僅かに残っていた鉄筋コンクリート製の壁が粉々に砕け、轟音と共に崩壊する。

 

『ちいッ!』

 

 クロトは機体を急上昇させ、ネオの放った光弾を間一髪で回避した。

 未だアームユニット(シュトゥルムファウスト)の片割れを喪っただけのストライクE&デストロイに対して満身創痍のレイダー……決着の刻は近いとネオは感じた。このままキラの眼前で討ち取るのもまた一興か、と考えながら対峙していたネオのレーダーに4つの機影が表示された。

 興醒めな乱入者達に溜息を吐き、ネオは視界を頭上に向けた。

 

『ふっ。やはり作戦はザフトに漏れているようだな』

 

 セカンドステージは3機だと聞かされていたことで意外な苦戦を強いられたアーモリーワン事変に始まり、ジブリールの掴んだザフトの内部情報は正確な一方で、常に欠落が生じていることをネオは度々感じていた。ジブリールの情報源はザフトに忠誠を誓う二重スパイであり、その情報を通じてジブリールは間接的に操られていると仮定すれば、以前から抱いていた違和感に説明が付く。

 軌道上から迫り来る正体不明の反応をザフトの援軍と判断し、頭部センサーを真上に向けたネオはモビルスーツ群を捉えた。たとえ相手がセカンドステージ相当のモビルスーツ隊であろうと、今の自分に敗北はないと確信しながら。

 しかしその確信はカナードの絶叫と、スピーカーから聞こえてきた何処か聞き覚えのある口調──自分を除いた全ての人類を見下す様な冷たい声を聞いた瞬間に霧散した。

 

『生きていたのか、出来損ない』

 

 背部から伸びた真紅の能動性空力弾性翼から光の翼が発生し、白と紫炎のVPS装甲を輝かせる“運命”のシルエットを装備したインパルスがネオの前に舞い降りた。

 

 〈51〉

 

 蛇に睨まれた蛙とはこの事だろう。

 そのモビルスーツ群が現れた瞬間、キラは心臓を握られた様な感覚に包まれた。合計3機のインパルスと思しき機体がキラの周囲に降り立った。

 背部に搭載したシルエットの特性によって白と紫炎の鮮やかなVPS装甲に包まれ、光の翼を展開したインパルスはそれぞれが圧倒的な存在感を放っていた。キラはコクピットの中で無意識に膝が震えるのを感じた。

 それは目の前のモビルスーツに殺されるかもしれないという恐怖ではなかった。それは殺されるくらいならマシな位の目に遭うだろうという恐怖だった。どれだけ抵抗しても無意味に思えるような深い絶望感があった。

 それはキラの周囲に降り立ったモビルスーツ群から来るものではなかった。それはキラを取り囲む3機から少し離れ、腕を組んだ状態でネオと対峙している隊長機と思しきモビルスーツから放たれている威圧感から来るものだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、と遺伝子に刻まれているような気がした。

 

『……なぜ貴様が生きている?』

 

 ネオは動揺を隠すように大声を上げ、目の前の相手だけではなくクロトやキラに聞こえるように、敢えて公共回線を使って呼び掛けた。

 

『簡単な事だ。……お前は疑問に思わなかったのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とな』

 

 仮に男が一国を支配する王族であれば、優秀な後継者を用意する為に血肉を注ぐことはネオも理解出来ただろう。実際に優秀な者を後継者として迎え入れることは、太古の時代から幾度も行われてきた。自身の権勢を永遠に保つ為に。

 しかしフラガ家はせいぜい代々続く資産家──自身と比較して能力の劣る後継者を嫌う程度ならともかく、後継者を用意するために巨額を投じるのは本末転倒だ。ましてそれがコーディネイターすら嫌悪する違法技術のクローンであれば尚更だろう。

 もちろんネオも男の思想をそう認識した上で“己の死すら金で買えると思い上がった愚か者”と評していたのだが、実際に目の前の男は死を乗り越えて存在している。

 かつては父と呼んだ男を撃ち殺し、屋敷ごと焼いた嫌な感触をネオは今も覚えていた。

 

『まさか』

 

 男の言葉から真実に辿り着いたネオは絶句した。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『そうだ。もっともお前のせいで私の計画は完全に狂ってしまったがな。……さぁ、そろそろ収穫の刻だ』

 

 本来は両腕でなければ保持すら難しい筈の長大な対艦刀を紫炎のインパルスは二刀流で構えると、真紅の能動性空力弾性翼から伸びる光の翼が絶大な輝きを放ち──ツイン・アイが黄金に輝いた。

 

『インパルスを倒した位で調子に乗るな、ナチュラル風情が!』

 

 考えられる限り最悪の事態だと理解したクロトは光の翼を展開し、間合いを詰めようとするインパルスから距離を取りながら右腕の機関砲を連射した。

 しかし惑星間航行用推進システムを元に開発された光パルス高推力スラスターが産み出す絶大な推進力は、未だ純粋な機動力では最上位である筈のレイダーを容易に捉えた。

 

『死ね!』

 

 右腕から射出されたビームブーメランが上空から襲い掛かった。クロトは咄嗟にシールドで弾き返そうとしたが、そのまま右腕を切り飛ばされる。地球連合軍のモビルアーマーの重装甲を想定して造られた新型のビームブーメランは、レイダーが装備しているアンチビームシールドを容易に切断する威力を誇っていたのだ。

 

『このくらい!!』

 

 クロトは尚も迫り来るビームブーメランを反射的に回避すると頭部から高出力エネルギー砲(ツォーン)を放ち、インパルスの背部ユニットから放たれた大火力のビームを相殺する。僅かに生じたインパルスの隙を突いて突撃し、鋼爪(アフラマズダ)を振るったが腕部から自動で展開したビームシールドがあっさりと攻撃を受け止めた。

 

『やはりナチュラルではその程度か!』

『くそっ……!』

 

 見下したように嘲笑するインパルスのパイロットに、クロトは唇を噛むとレイダーを変形させて後方に加速しながら両肩の機関砲を連射する。

 キラは突如現れた男に気圧されて戦意喪失しており、茫然としたまま動かない。ガイアとカオスはインパルスの機体性能に圧倒され、徐々に機体を切り刻まれていた。

 

『ふはは! やはり出来損ないは出来損ないか!!』

 

 インパルスはデストロイの攻撃と陽電子リフレクターの盾を掻い潜り、対艦刀を胴体に深々と突き刺した。デストロイ内部に満載されていた推進剤と弾薬に引火し、大爆発に巻き込まれたストライクEはインパルスと死闘を繰り広げているレイダーの眼前に猛烈な勢いで叩き付けられた。

 

『……』

 

 敵がインパルスの同型機である以上、核動力を用いているとは思えない。つまり継戦能力と引き換えに絶大な戦闘能力を獲得したのだろうとクロトは推測した。

 またアズラエルは計算高い男である。

 たとえ真の目的がネオとクロトの共倒れにあるとしても、ネオが勝てばジブリールの目論み通りにデトロイトは壊滅する。ならば戦いの結果を確認するためにもリスク管理のためにも、自ら大軍を率いて現れる筈だ。

 そんなクロトの予想は見事に的中したのだった。

 

『──勝ち目のない戦いに死んでこいって部下を送る人達より、僕の方がよっぽど優しいでしょう?』

 

 激しい砲火で赤く染まったサンディエゴの空を、アズラエル率いるハンニバル級陸上戦艦群から放たれた無数の白い人面鳥が埋め尽くした。

 

『見付けたぞ!』

 

 深手を負いながらもインパルスと交戦を続けている漆黒のモビルスーツを視認したデトロイト防衛部隊のモビルスーツ隊員は、口々に歓喜の大声を上げた。

 

『レイダーだ!! 大西洋連邦軍の魂!』

『そうだ! コズミック・イラの正義は我々にあるぅ!!』

 

 継戦能力に欠けるということは、つまり大軍を相手取るには不向きである。

 ましてアズラエルがネオを討ち取るために用意したナチュラルでありながら先の大戦で活躍したエースパイロット達に、ストライクに対するウィンダムに相当するレイダーの性能を再現した新型量産機“ハーピー”を配備した精鋭部隊であれば尚更だった。




コンクルーダーズの残りの3人はガイア、アビス、カオスの本来のパイロットをイメージしています。



アズにゃん「アイツを殺すチャンスだ!!」

部下A「レイダーだ! 大西洋連邦軍の魂!」

アズにゃん「!?」

部下B「そうだ! コズミック・イラの正義は我々にあるぅ!」

部下C「うおおおお!!!」

アズにゃん「」


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キラ

 〈52〉

 

 これほど長時間に渡って、極限の集中状態を保ち続けたのはクロトにとって初めてだった。

 徐々に視界は明滅し始め、倦怠感と共に血の塊が口内にせり上がっていた。脳内麻薬でも打ち消せない激しい頭痛を感じながら、クロトは東の空から現れた援軍に一瞬気を取られた光の翼を輝かせるインパルスに突撃を仕掛けた。

 

『おらぁ!!』

 

 迫り来るレイダーのコクピットを狙い、斜め上方から弧を描くように射出された一対のビームブーメランの片方をクロトは左腕の鋼爪(アフラマズダ)で真っ二つに両断し、もう片方は回転するブーメランの柄を右足で蹴り飛ばして明後日の方向に弾き返す。

 

『!?』

 

 コンマ数ミリ秒単位の狂いすら許されない神業に、インパルスのパイロットである旧アビスのパイロット──マーレ・ストロードは動揺を見せた。

 右腕のシールドを喪った状態で距離を詰めながらビームブーメランを回避するにはそれ以外の方法はなかったのだが、とても正気な行動とは思えなかった。それでもビーム刃が右膝から下を切り裂いたが、クロトは構わず機体を加速させる。

 

『危ねぇーだろうが!!!』

 

 殴り付ける様な斬撃を繰り出し、右腕の発生装置から展開されたビームシールドが紙一重で防ぐ。それを読んでいたクロトは視界が狭まった瞬間に右側の大型クローを真横に伸ばし、普段はビームクローとして用いている鋼爪(アフラマズダ)の切り札であるプラズマ弾を回り込む様な形で撃ち出した。

 完全に不意を突いて放たれた光弾はビームシールドの傍を擦り抜けてインパルスの左腕を掠め、レイダーを狙っていた背部ユニットに搭載された左ビーム砲塔を吹き飛ばした。

 更に右ビーム砲塔から放たれた光弾を華麗な宙返りで避けて変形すると、両肩と機首に搭載された機関砲が一斉に火を噴いた。

 絶大な推力と引き換えに激しい電力消費を伴う光の翼の展開に加えて、畳み掛けるように放たれた銃撃の嵐がインパルスのVPS装甲に次々着弾し、遂にバッテリー残量を警告するアラームが鳴った。

 圧倒的な性能差を埋める卓越した技量と、決して折れない闘争心。

 あの日“アビス”のパイロットだったがアーモリーワンで重傷を負って戦線離脱し、デュランダルに声を掛けられるまで不遇を味わった日々をマーレは思い出した。

 この部隊──“コンクルーダーズ”は隊長の男を含め、世界的な遺伝子学者であるデュランダルが出自や境遇に拘らず戦士の遺伝子を見出して結成した、その名の通り戦いを終わらせる力を持った最強の部隊なのだ。

 それなのに。

 気圧されたマーレはビームシールドを解除し、右腕で対艦刀(エクスカリバー)を振り抜こうとした。しかし解除に合わせてレイダーの頭部から高出力エネルギー砲(ツォーン)が放たれ、赤黒い閃光に貫かれた右腕が根元から千切れ飛ぶ。

 それまで防戦に徹しながら反撃の隙を窺っていたが、遂にバッテリーの節約を考えない攻勢をクロトは開始したのだ。

 叩き付けるように振るった鋼爪(アフラマズダ)が再展開した左腕のビームシールドに激突し、両機の間で大きく火花を散らした。そして遂に射程範囲に入った援護部隊の放った対空ミサイルが、インパルスを背後から襲い始める。

 

『ちぃ──』

 

 サンディエゴ防衛軍を囮に大気圏外から強襲を仕掛け、迅速に敵対勢力を殲滅すると共にオーブ連邦首長国の象徴であるカガリ・ユラ・アスハ及びストライクルージュ──今はカラーリングを変更しているようだが──を確保するという作戦は失敗に終わったらしいとマーレは悟った。

 一方でクロトは対空ミサイルを対処するために足を緩めたインパルスを追って機体を加速させた。胸部に装備したバルカンの弾幕を潜り抜け、インパルスのコアスプレンダー目掛けて鋼爪(アフラマズダ)の斬撃が一直線に伸びた。

 しかし命中する瞬間、突如クロトは機体を真横に振った。

 

『くっ!?』

 

 マーレを囮に上空から亜音速で投擲された対艦刀(エクスカリバー)がレイダーのウィングを僅かに掠め、地上の建造物を粉々に打ち砕いた。圧倒的な機動力でデストロイを両断し、ストライクEを大破に追い込んだアルは次の標的としてレイダーを狙っていたのだ。

 機体の制御を大きく崩し、重力に引かれた様に落下しながらも致命傷を避けたレイダーを視界で捉えたアルは溜息を吐いた。

 いくら数を揃えようが、所詮は脆弱な連中に敗れることなどありえない。才能だけなら自分に匹敵しているあの出来損ないも、やはり相手にならなかった。

 しかしバッテリーが尽きれば、周囲に友軍のいない自分達に勝ち目はないと考えたアルは包囲される前に撤退命令を下した。光の翼を展開したインパルス隊は大空を舞う大西洋連邦軍の一角を切り裂くと、追撃を振り切って大気圏外に離脱した。

 

 〈53〉

 

 PS装甲の維持を解き、漆黒から灰色に変わったレイダーを取り囲むように白いモビルスーツ部隊が地上に降り立ち、遅れて地上戦艦から飛ばしたVTOL輸送機からアズラエルも降り立った。

 型式番号GATー377──通称“ハーピー”。 

 ギリシャ神話に登場する女性の顔をした人面鳥の名を冠するこの機体は、ウィンダムと並んでユニウス条約の締結前後に開発がスタートした可変型モビルスーツである。

 機体数の制限が設けられたことで基本性能と汎用性の向上に主眼の置かれた設計が行われ、それまで地球連合軍の空戦用モビルスーツだった制式仕様のレイダーを凌駕する機動性を獲得し、カタログスペック上は先の大戦で圧倒的な活躍を示した先行仕様のレイダーと同等の性能を持つに至った。

 しかし元々一般的なナチュラル向けに開発が行われていたストライクと異なり、先行仕様のレイダーは生体CPUの搭乗を前提とした設計が行われていたため、その開発は難航した。またスラスターの技術革新に伴ってウィンダムが大気圏内の飛行能力を獲得するに至り、差別化を図る為に再開発が行われた。

 最終的に空戦型ストライカーパックを採用したウィンダムと同等以上の機動性と、一回り高い火力支援能力を持った戦闘爆撃用モビルスーツとして完成したのである。アズラエルの計画ではパイロットの技量次第でザクウォーリアどころか、グフイグナイテッドと互角に渡り合うことすら可能な量産機という触れ込みで売り込む予定だったのだ。

 

「……全く、とんでもないことになってますねぇ」

 

 すっかり焼け野原と化したサンディエゴの町をアズラエルはぐるりと見渡した。

 郊外に建造されたザフト軍基地はデストロイの攻撃で徹底的に破壊されており、市街区に逃げ込んでいた残存部隊はあっさり抵抗を止めて投降した。忌々しいがこんなところでも“ムルタ”の名は有効らしいと感じたアズラエルは、先程まで町を蹂躙していたザフトの新型モビルスーツに思慮を巡らせた。

 オプション装備無しで大気圏内外を自由に行き来する機動性に、同じセカンドシリーズや地球連合軍の最新鋭機であるデストロイを圧倒する戦闘能力──バッテリーを動力源として採用したモビルスーツでありながら、どうやら現代において今も一つの基準であるフリーダムを超越した性能を秘めているらしい。

 それを友軍の援護射撃があったとはいえ、ネオとの連戦で消耗した状態で一機を撃墜寸前まで追い込むアイツはやはり化け物だ、と思いながらアズラエルはコクピットから出て来た所を拘束されたネオと対峙した。

 

「なかなか思い通りにはいかんな、アズラエル殿?」

 

 目の前の男はザフトの白服でありながら情報漏洩を行うなど意図的に戦争を激化させた大罪人であり、今はジブリールの部下として第81独立機動群を統率する傍ら、アズラエルにデトロイト強襲作戦を暴露した謎の男だ。才能こそ疑う余地はないが、それこそクロト以上に忠誠心の欠片もない人間だった。

 しかしこの男は今回暴挙に出たジブリールの弱みを握る上で重要というだけではなく、今後の対ザフト戦を見据えて大きな利用価値があるとアズラエルは考えた。

 

「貴方こそ意外と使えませんねぇ、ロアノーク大佐」

 

 本来の計画ではクロトとネオを潰し合わせ、消耗した所を討ち取るのがアズラエルにとっては理想的な展開だった。

 もちろんクロトが敗北すれば自分達が壊滅する可能性も十分考えられたため、デストロイの情報を握らせる形で両者の戦力を拮抗させたのだ。しかしそれは思わぬザフト軍の襲来で計画が狂ってしまっていた。それでもこのネオとその部下の確保という成果は、決して悪いものではなかった。

 アズラエルは他にもネオの部下が搭乗していたザフトの最新鋭機──ガイア、カオスの回収に成功していた。これで他社に先んじられていた陸戦型モビルスーツや宇宙戦型モビルスーツの開発が一気に進むとアズラエルは確信した。多少の誤算はあったとしても、やはり自分に敵う者などいないのだ。

 

「──────!!」

 

 前方で沸き起こった囃し立てるような歓声は、そんなことを考えていたアズラエルの耳には届いていなかった。

 

「…………」

 

 まるで鉛が入った様に重く感じるヘルメットを脱ぎ捨て、クロトはコクピットの中からゆっくりと姿を現した。意識は霞が掛かったように薄れ、心臓は極限の集中状態を解いてもなお、早鐘を打つかのように鼓動を響かせていた。気を抜けばその場で気絶してしまいそうだった。

 クロトはその身体能力を先天的な遺伝子操作ではなく、後天的な人体改造の成果として唯一残っていた肉体のリミッター解除に依存していた。そんなクロトがSEED因子を長時間覚醒させることは、心身の負担が激しかったのである。

 それも正攻法では太刀打ちできない強大な敵が相手であり、僅かな判断ミスが死に直結する状況が続いたのであれば尚更だった。

 

「こんな若い奴が……?」

 

 足下に血の混じった唾を吐き捨て、幽鬼の様な雰囲気を纏いながら危うい足取りで歩き始めたクロトを見た大西洋連邦のパイロット達は言葉を喪う。

 かつてその名を戦場に轟かせながらも、生体CPUであるクロトの素顔を知る者は殆どいなかった。クロトを見た数少ない者の大半は連合宇宙軍の所属であり、その大部分は最終決戦の最中にジェネシスに、あるいはその後の追撃で戦死していたからだ。

 しかし先程まで装甲面を除けば量産機と大差ない性能のレイダーで、一騎当千のモビルスーツ達と激闘を繰り広げていたパイロットである事は紛れもない事実だった。

 精強な大西洋連邦軍でさえ誰一人として話し掛けられないまま、クロトは目的地である少し離れた位置に着陸したモビルスーツの元に辿り着いた。

 

「……キラ」

 

 機体の動作を完全停止させてから数分経ってもなお、ストライクは鮮やかなトリコロールカラーを輝かせていた。その姿はコクピットから降りることが怖い、というキラの本心を示しているようだった。

 元地球連合軍のムウ・ラ・フラガを始め、フラガ家は固有の遺伝子配列を持っており、それは一族同士の存在を感知する特異な空間認識能力を発揮する他、才能に富んだ者であれば短期的な未来予測すら可能だという。

 キラ・ヤマトはもちろんフラガ家の人間ではなく、一族の中では才能に乏しいとされるムウ相手にはその感知機能が発揮されないものの、出資者である男の意向で先天的にその遺伝子配列が付与されているらしい。

 もちろんクロトにはその手の感覚など一切存在しないが、それでもネオと交わしていた男の言葉遣いからは如実に底知れない悪意が伝わってきた。そんな己の死すら金で買えると思い上がり、実際に乗り越えた狂気の男がキラの前に姿を現したのだ。

 

「……ふぅ」

 

 沈黙するストライクに背中を預け、クロトは溜息を吐いた。命を削るような覚悟で戦ってすら、自分達を取り巻く状況は何一つとして好転していない。

 宇宙に上がったラクス達はデュランダルの狙いを掴めておらず、一方で巧妙に大衆を味方に付けたザフトは各地で快進撃を続けており、その勢力圏は日々拡大している。

 敵はあまりにも強大かつ老獪であり、たった数機の旧式モビルスーツしか保有していない自分達にいったい何が出来るのだろうか。

 クロトには全てが徒労に思えた。いっそアズラエルに頭を下げてでも地球連合軍に電撃復帰し、その力でザフトと戦った方が状況が好転するのではないかとすら思った。

 

「どうして地球連合軍を? それもオーブ軍なんかに」

 

 遠巻きに見ていた軍人達がクロトに近付き、不思議そうな口調で言った。

 

「あぁ──」

 

 意表を突かれたクロトは軽く咳き込み、僅かに皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 普通に産まれ、普通に育ち、士官学校という通常の過程を経て一定の成果を残して最新鋭機を受領した彼らには、一見地位も名誉も放棄して自らの手で滅ぼした国の軍服を着ているクロトの行動が理解出来ないのだ。

 もっともクロトが身に纏っているオーブ軍服は、自分達は単なるテロリストではなくオーブ連合首長国の非戦派──カガリ・ユラ・アスハの意思で動いていることを内外に示す以上の意味合いはないのだけれど、とクロトは他人事の様に思った。

 だから今後どれだけザフトが自分達に刺客を差し向けて来ようと正当防衛の範疇が関の山で、武力介入も何らかの形でオーブ軍が絡んでいる状況か、今回の様に重大な戦争犯罪を防ぐという形でしか戦闘行為を許されていないのだ。

 それをどう説明しようかクロトが考えていると、いつまで経ってもストライクからパイロットが降りて来ない事に気付いた男が不意に尋ねた。

 

「後ろの機体は? 何かメカトラブルが?」

「そういう訳じゃないんだけど……」

 

 不審そうな男達の視線がクロトに突き刺さった。

 しかしこの状況を説明出来る方法があるとは思えなかった。今もコクピットの中で啜り泣いている少女は、先程まで戦っていたザフト軍の連中に怯えているのだと正直に話す訳にはいかないのだ。

 

「じゃあ何なんだよ? 随分シャイな奴だな」

「…………」

 

 クロトは自分の感情が急速に昂り始めるのを感じた。今すぐこの取り留めのない話を打ち切り、コクピットから出て来ないキラを連れてこの場を立ち去りたいと考え始めていた。

 

「あ──!!!」

 

 極度の疲労と焦燥が心身を苛み、遂にクロトの感情が臨界点に達した。いよいよ野次馬めいた雰囲気を漂わせた男達に向かって、クロトは滅茶苦茶に怒鳴り散らした。

 コクピットの中にはコーディネイターの少女がいること。自分は彼女と一緒になる為にオーブに亡命したこと。とにかく彼女はこの状況に酷く怯えていること。

 これ以上余計な口を叩く奴には地獄を見せてやること。ただ感情のままに叫んだ。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 無理に大声を張り上げたことでクロトは喉を枯らし、肩で息をし始めた。男達は唖然とした表情をクロトに向け、まるで潮が引いたような静寂が周囲を包み込んだ。

 痛いほどの視線がクロトに突き刺さる中、不意に何かを開閉する様な機械音が背後から聞こえてきた。振り向くと眩く輝いていたストライクのPS装甲はいつの間にか色褪せ、鈍い灰色に変貌していた。

 そんなストライクとは対照的に顔を紅潮させたキラが、歓声を上げる男達の前に姿を現した。




アズにゃん「やりやがった!! マジかよあの野郎ッ! やりやがったッ!!」

まさかあのレイダーのパイロットがコーディネイターと結婚する為にオーブに移住していたなんて……。
この流れは脱走兵と見なされている原作組では不可能なので、クロトくん特有の展開ですね。
また最近見掛けた某動画のサムネがキラちゃんで笑いました。本作の言及もあって面映ゆい気持ちです。

武装諸元 ハーピー
型式番号 GAT-377
装甲材質 バイタルエリアのみVPS装甲
動力源 バッテリー
武装
M703k ビームカービン×2
M417 80mm機関砲
Mk438 3連装ヴュルガー空対空ミサイルポッド×2
空対地ミサイル ドラッヘASM
短距離プラズマ砲×2 アフラマズダ
100mmエネルギー砲 ツォーン改


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世界の真実

 〈54〉

 

 アークエンジェル型の設計母体となった艦ではあるものの、本来の分類はあくまで宇宙戦艦であり、改造後は潜水能力を獲得した“イズモ”にはアークエンジェルと異なり、大気圏内での安定した飛行能力はない。レーザー核融合パルス推進システムを用いた絶大な推力で一時的に飛行することは可能だが、地上では基本的に水上航行である。

 ターミナルの伝手で、デトロイトから東に位置するオンタリオ湖の軍港にその船体を隠していたイズモに昨夜戻ったクロトは騒々しい艦内放送で目を覚ました。

 妙に仄温かい熱が漂う暗闇の中、クロトは目を凝らしてソファに脱ぎ散らかしていた下着を拾った。欠伸をしながら袖に腕を通すと、ボタンを閉めて洗浄液に浸していた義眼を手慣れた要領で装着し、上から眼帯を付けて覆い隠した。

 何かが動く気配を感じて振り向くと、茶色の髪を伸ばした少女がベッドの上で寝惚け眼を擦りながら、下着姿の上体をゆっくりと起こしていた。

 

「どわぁ!?」

 

 その女性らしい丸みを帯びた可憐な姿に見惚れた瞬間、クロトはバランスを崩して盛大にすっ転び、したたかに腰を打ち付けた。照れ笑いを浮かべながら立ち上がろうとしたクロトに、キラは呆れた様な視線を投げ掛けながら両手を伸ばした。

 

「…………ん」

 

 陶器の様な白い指先がクロトの頬を挟んだ。キラは覆い被さるような体勢で顔を引き寄せると、クロトの唇に自分のそれを重ねた。

 

「…………」

 

 濃縮された甘い時間が流れ、やがて撫でるような口付けを終えたキラは気恥ずかしそうに上気した顔で微笑みを見せた。

 口吻は何も今回に始まったことではないし、数時間前も何度となく行ったことではあるのだが、キラの方から唇を重ねられるのは珍しいことだとクロトは思った。

 早期から好意こそあったものの、戦場という特異な環境下での喪失の果てに傷を舐め合う形で始まった関係が情愛に変わったのはいつの事だろうか。元より狂気が渦巻くこの世界に逆襲し、その果てに捨てるつもりだった命を一人の少女の為に擲つことに躊躇いなど抱いたことはなかったが、自分が少女に相応しいと考えたことなどなかった。

 ナチュラルとコーディネイター。

 地球連合軍の生体CPUとオーブの一般国民。

 種族も境遇も何もかも違う──何か一つでも歯車が噛み合わなければ、出会うことすら有り得なかった自分とキラが結ばれていいとは思えなかったのだ。それを察知してか、互いに最後の一歩を踏み出す事に躊躇していた二人の距離が縮まったのは、皮肉にも復活したアル・ダ・フラガを自称する男が姿を現した事だった。

 本来は命あるものであれば避けられない筈の死を克服し、今もキラを妄執的に狙っている危険人物──現に死人が復活した以上、第二、第三のアルが現れる可能性を否定することは出来ない。ならば生涯キラを守ることが自分の生きる理由だ。

 クロトはそう考えながら、惚けた顔をしているキラと共にカガリの鎮座しているCICに足を運んだ。

 

『──私が心から願うのはもう二度と戦争など起きない平和な世界です。よってそれを阻害せんとする者、世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを私はここに宣言します!!』

 

 ラクスに酷似した少女を脇に従え、高らかに宣言するデュランダルとそれに熱狂する大衆の様子を見たカガリは机を拳で叩いた。

 

「提示された者の中にはセイラン、いやオーブと深い関わりのある者もいる。オーブだけじゃない。彼らのグローバルカンパニーと関わりのない者などあるものか! それをどうしようというんだデュランダル議長は!!」

 

 デュランダルが戦争を裏で操る秘密結社“ロゴス”の存在を告発し、そのメンバーとして大々的に公表した者はいずれも軍事・金融といった主要産業の大物経営者だった。

 その経済基盤を宇宙に浮かぶコロニー群に依存しているプラントを除いて、地球上でロゴスの影響を受けていない国家など存在しないようにカガリには思えた。

 

「ロゴス?」

「ブルーコスモスの支持母体だよ。……あ、オッサンの名前も出て来た」

 

 キラの問い掛けにクロトは頭を掻きながら答えた。

 実際に活動を行っている幹部メンバーでこそなかったものの、前ブルーコスモス盟主であるムルタ・アズラエルもそのオブザーバーとして告発を受けていた。そもそもロード・ジブリールに盟主の座を奪われるまで、アズラエルもロゴスの幹部だったのだ。

 

「世界の真の敵、ねぇ。まさかユニウスセブン落下テロ事件にロゴスが関与してたとは知らなかった」

 

 クロトは画面の中で熱心にロゴスの非道を訴えるデュランダルを皮肉った。

 未だ謎が多い先の大戦はともかく、今回起こった大戦はザフト脱走兵が引き起こしたテロ事件が発端というのが定説である。少しでもジュール隊の対応が遅れていれば地球そのものが壊滅していたテロ事件を、地球連合を影から支配することで莫大な利益を得ているロゴスが支援することは論理的に考えて有り得ないのだが、デュランダルの口振りではこれも全てロゴスが引き起こしたことらしい。

 ユニウス条約において、カーペンタリア基地を除く全ての地上拠点を放棄すると定められたプラントが積極的自衛権を名目に、世界各地をその支配下に置いている歪な状況を正当化する為とはいえ、あまりにも強引過ぎる手法だとクロトは思った。

 しかし平和の歌姫“ラクス・クライン”と共に表向きは融和路線を訴えていたデュランダルの告発は、ユニウスセブン落下テロ事件の影響で弱体化した地球連合に対する反発と相俟って、今までにない大きな流れを引き起こすだろうと感じた。

 

『あのムルタ・アズラエル氏もその例外ではなかったのです!! 我々の本当の敵は連合でもナチュラルでもない。ロゴスこそを討たねばまた繰り返しです! 未だに和平への道すら見えぬ今、我々の執る道は最早これしかないではありませんか!!』

『皆様も戦いましょう! この果てしなく続く憎しみの連鎖を断ち切る為に!』

 

 デュランダルとラクスの演説を聞き、熱狂する大衆を捉えた映像が流れ始めた。まるで再び起こった大戦を終わらせる為に立ち上がった二人の英雄を称える様に。

 

 〈55〉

 

 先日行われたクレタ島沖の戦闘で返り討ちにあってから、ミネルバに設置された最新式のシミュレータに熱心に取り組む親友の背を見て、レイは呆れた口調で言った。

 

「熱心だな」

 

 逃げ惑う漆黒の機体を追い、光の翼を展開したインパルスが空を駆ける。振るわれた破砕球は横薙ぎに振るった対艦刀で一刀両断され、反撃のビームブーメランを受けた四肢は根元から切り裂かれる。

 背部から伸びているウィングスラスターを撃ち抜いて機動力を落とすと、頭部から放たれた高エネルギー砲を躱しながらコクピットに対艦刀を突き入れた。機体に致命的な損傷を受けたレイダーは爆散し、明滅していたモニター画面が暗転する。

 

「分かってるさ。アイツはこんなもんじゃない」

 

 先日遂に到着した目的地のジブラルタル基地にて、既存のシルエットを超越した万能型モジュール“デスティニーシルエット”の補給を受けたグラディス隊は、その搭載機であるインパルスのパイロット──シン・アスカにその完熟訓練を行わせていた。

 その仮想敵として、地球連合軍が各地で投入を開始している新型機動兵器や、アーモリーワンで奪取されたセカンドシリーズ等の最新鋭機に加えて、度々戦場に現れて武力介入を行う漆黒の機動兵器に焦点が当てられていた。

 レイダーはシンにとって家族を殺した怨敵であり、先日も一蹴された上にレイの加勢がなければ呆気なく殺されていた難敵である。

 しかし純粋な機体性能はフォースインパルスと比較して一回り劣るレイダーに対して、バッテリー動力の可変機であるインパルスの強度限界・エネルギー効率の限界点に到達しているデスティニーインパルスでは、いくらシミュレーターの難易度を上げようが殆ど有意義な訓練にならないというのがレイの率直な感想だった。

 レイダーの脅威はカメラが向く前には既に反応しているとしか思えない優れた反射神経とそれを実現する身体能力に加えて、二年間の空白を感じさせないスラスターの大胆かつ繊細な操作と、機体性能を極限まで引き出す卓越した技量だ。

 

「アイツを討てるのは……俺だけだ」

 

 インパルスが放ったビームブーメランに挟撃され、呆気なく胴体を両断されて爆散するレイダーの姿が表示された。もはやシンにとってこれは訓練ではなく、ただの憂さ晴らしに過ぎなかった。しかし先日の敗戦以降、より深い憎悪と復讐心に囚われたシンの顔は一切浮かれていないようにレイには見えた。

 デュランダルの話ではシンはレイダーのパイロットと同じく、優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子を保有しているらしい。

 それは既存の遺伝子操作技術では実現不可能で、ナチュラル、コーディネイターとは無関係に一定確率で保有している因子であり、極めて強大な力を秘めているという。その力を開花させるためには、強い感情に身を任せることが重要なのだとデュランダルが語っていたことをレイは思い出した。

 

「議長の演説は聞いたか?」

「あぁ。要は全部ロゴスってヤツが悪いんだろ?」

 

 太古の時代から地球各国と深い繋がりを持っており、あの“ファントムペイン”を創設するなど地球連合軍に強大な影響を保有する他、ブルーコスモスすらその支配下に置いているとされる秘密結社“ロゴス”。ようやく突き止めたというその存在に関して、デュランダルはラクス・クラインと連名で大々的な告発を行った。

 とはいえ、デュランダルはレイがファントムペインの隊長であるラウから話を聞くまで一切聞いたこともなかった秘密結社の内情について、なぜあれほど事細かに知っていたのだろうか。プラント・地球連合を含めた一般大衆からの支持を獲得するため、ラクスの影武者を用いることまでレイに打ち明けていたデュランダルが、今までロゴスのことを黙っていた合理的な理由があるとは思えなかった。

 

「そろそろ行くぞ、シン」

 

 プラント最高評議会は先程、デュランダル議長の要請で北米大陸を北回りに進み、北極圏を抜けてオーブに向かうと予想されるレイダー及びその搭載母艦をグラディス隊とウィラード隊の共同で撃破する“デビルダウン作戦”の決行を可決した。

 もちろんレイダーのパイロットはダーダネルスの戦いでミネルバを攻撃して複数の死傷者を発生させたことからも分かるように、何かがあった時に討たなければならない危険人物なのは間違いない。だが対ロゴスを宣言した直後に最優先で討つべき相手なのかと言われると、やはり疑問が残るのも事実だった。

 デュランダルの演説ではロゴスは洗脳教育・人体改造を施した兵をファントムペインの構成員として戦場に投入しており、なんと先の大戦で活躍したレイダー、カラミティ、フォビドゥン等のパイロット達もその先駆けだったという。

 敵の敵は味方という言葉もある。

 度々苦杯を舐めさせられたという心情はさておき、オーブに亡命したらしいレイダーのパイロットを標的に定めるのは道理に合わないとレイは思った。

 自分にはヤツと同じヒトの業で造られた存在だという贔屓目があるとはいえ、自分を改造人間に仕立て上げたロゴスの味方などする訳がない──それどころか反ロゴスの急先鋒と成り得る存在だろうと想像出来たからだ。

 何かがおかしい。そう感じながらレイはミーティングに参加するため、シミュレータ訓練を終了したシンを伴って作戦室に向かった。

 

 〈56〉

 

 昨日デュランダルが行った戦争を地球連合を裏から操る秘密結社ロゴスの存在と、その幹部メンバーの告発。それは同時に行われた先の大戦以前から地球連合軍がブルーコスモス系の研究者達と共同で行っていた“生体CPU”や“戦闘用コーディネイター”ら非道な人体実験の暴露と相俟って、地球連合を中心に世界各地で大混乱をもたらしていた。

 それを受けた一部の国家は演説を受け、連合離脱を宣言すると同時に各地に展開していた軍を反ロゴス同盟軍の活動拠点としてデュランダルが宣言したジブラルタル基地に終結させる動きを見せた。

 またデュランダルの告発直後、ロゴス関係者が保有していた屋敷はいずれも反ロゴスを掲げる一般大衆からの襲撃を受ける事態に至っていた。

 もちろんこうした反ロゴス暴動を扇動するため、事前に工作員を送り込むなどデュランダルは入念な仕込みを行っていた。しかし単なる仕込みだけの成果ではなく、平和の歌姫と共に地球連合軍の横暴と戦う若きプラントの指導者が行った告発という印籠が、ユニウスセブン落下テロ事件をきっかけに再び始まった大戦への不満を、正義の名の下に誰かを断罪したいと考えていた大衆を突き動かしたと言っても過言ではなかった。

 

「…………」

 

 船内に存在する高級士官室の中で、美しい金色の髪を伸ばした妙齢の女性が酷く疲れた様子でようやく寝付いた自らの娘にそっとガウンを掛けた。

 その女性はムルタ・アズラエルの妻だった。

 今はロゴスの幹部でこそなかったが、ロゴスのオブザーバーとして度々その会議に参加しており、先の大戦での不都合な真実の一部を公表されたアズラエル邸もデュランダルに先導された大衆からの襲撃を受けた。

 もちろん、以前からクロトの襲撃に怯えていたムルタはこうした事態に備えて地下シェルターに保有していた“スローターダガー”を用いて暴動を鎮圧することに成功した。だが更なる追撃を恐れたムルタはクロトの持ち掛けた提案を呑み、妻と娘を反ロゴス暴動が起こっていないオーブ連邦首長国に避難させることにしたのである。

 先日屋敷にも訪れた“生体CPU”と目される少年兵──その時に会った娘が懐いているとはいえ、女性にはクロトが信用出来る相手とは到底思えなかった。しかし他のロゴスメンバーの様に大衆から嬲り殺しにされるよりは上等だろうと、女性は各地で大規模な暴動が起こっている大西洋連邦にムルタを残し、娘と船に乗り込むことにしたのだ。

 

「私はオーブ代表首長の姉かもしれないんだぞ? もっと丁寧にもてなせよな」

「……僕もあんまり知らないけどさぁ、オーブに血縁って関係あるの?」

「考えるな、感じろ」

 

 まるで執事と令嬢のように、両脇に呆れた様子のアウルとスティングを侍らせたカナードはふんぞり返った様子で椅子に腰掛けていた。

 クロトが戦場に介入する目的は再び戦場に現れた生体CPUの保護だったが、偶然キラの機転で回収に成功したアウルを除けば、あくまで地球連合軍の備品に過ぎない彼らはそう簡単に保護出来る存在ではない。ましてやクロトに対する強い敵愾心を擦り込まれているのだから、それは尚のこと困難だったのである。

 想いだけでも力だけでも、奇跡は起こらない。正義を叫んでアズラエルが確保した生体CPUの無条件引渡しを要求するよりは、取引を持ち掛ける方が建設的である。

 そこでカガリ・ユラ・アスハの名の下に、ロゴスのオブザーバーであることは事実であるムルタ本人を除いたアズラエル家の保護を行う代わりとして、カナード・パルスら生体CPUの引渡しが実施されたのである。

 ムルタ本人にとっても、ジブリールの部下として内情を把握しているネオ・ロアノークさえ確保していれば、むしろ自身も関与していたことを世界中に暴露された生体CPUを手元に置き続けないことにメリットすら存在するのだ。

 

「ふん。奴がそうなのか……」

 

 自分の顔を見た瞬間、引き攣った表情に変わった赤髪の少年をカナードは思い出した。

 その能力は生体CPUの中でも最高傑作と称され、ナチュラルの肉体に戻った今も圧倒的な実力を誇る最強の少年兵──クロト・ブエル。

 深い因縁が存在する筈の人物と実際に対面したにも関わらず、カナードは何も思い出せなかった。むしろその脇にいた自分と瓜二つの顔をしている少女を見た時の方が、心臓が早鐘を打った様な気がした。

 何にせよその極めて優れた戦闘能力よりも、その力を支えている精神性が面白いとカナードは感じた。陣営も種族も関係なく、本来は決して並び立つことなど有り得ない者達の間を取り持とうとする者──以前ネオが語っていた真の意味のコーディネイターとは、クロトの様な人間を指すのではないかとカナードは思った。

 

「!!」

 

 優雅な時間を過ごしていたカナードを嫌な気配が再び包み、その直後に第一種戦闘配置を告げる警報が鳴った。大型の流氷を乗り越えるために海上に姿を現そうとしていたイズモを、大部隊を展開して待ち構えていたザフト軍が捕捉したのである。

 先日の激闘で大破したものの、辛うじて応急修理を完了したレイダーが唸りを上げてカタパルトから発進し、その直後にオオトリストライカーを装備したストライクが追い掛けるような形で発進する。

 

「兵器の優劣が勝敗を決める訳じゃないが、またアレが来たら終わりかもな?」

 

 先日の戦闘で現れた新型インパルスは、シルエットに搭載された光子推進システムを採用した新型スラスターや両腕に増設されたビームシールドに、半端なビームコーティングを施されたシールド程度なら容易に切り裂いてしまうビームブーメランなど、従来のインパルスとは桁違いの戦闘能力を誇っている。

 この前の戦いと異なり大西洋連邦軍の増援などあり得ない状況で、近くにミネルバが存在するなら事実上バッテリーも無制限に使用出来る新型インパルス相手に、全ての性能が大きく劣るレイダーとストライクでは万が一にも勝ち目はないのだ。

 

「俺らじゃどうにもならないだろ?」

 

 スティングは嗤いながら言った。

 先日までカナード達の愛機だったガイアとカオスはアズラエルに回収されてしまったため、この船には影も形も存在しないのだ。もちろん総合性能は新型インパルスに劣るモビルスーツだが、それこそレイダーやストライクと比較すれば余程高性能な機体──それ故に自分達の手元から喪われたのだと気付き、カナードは苦々しい表情で舌打ちした。

 

「あ、あのさぁ……」

「なんだよ?」

 

 カナードに鋭い視線を向けられたアウルは小さく悲鳴を上げ、しばらく考え込んだ後にゆっくりと口を開いた。

 

「……たぶん、アビスは使えるんじゃないかなぁって」

「それを早く言え」

 

 アウルが無事な以上、この船の格納庫にアビスは存在する。多少機体が破損していようが、ザフト軍と正面から戦わずにミネルバを襲撃することくらいは可能な状態だろうとカナードは推測した。スティングが頭に手を当てた瞬間、カナードはアウルの腹部に固く握り込んだ拳を突き入れた。そしてその場で蹲るアウルを置き去りにして、格納庫目掛けて走り出したのだった。




なんと第一話から一年が過ぎました。エタらなかったのは皆様の暖かい応援のお陰です。ありがとうございます。

一話では世界に逆襲しようとしていたクロトくんが、真の調整者になりつつあるのは成長を感じますね。

とりあえず原作のキラくん以上に命を狙われてるクロトくんですが、うっかり戦死するとクロトくんの存在があるから大人しくしてる獣達が一斉に野に放たれそう。

次回はレイダー最期の戦いです。
ミネルバの支援付きデスパルス相手に死亡フラグを立てたクロトくんはどう戦うのでしょうか。

ところで他の兄貴姉貴達の綴るキラちゃんSSはどこ……?
とりあえず作者が没にした
・反逆のシャニ
・閃光のトール
とか誰か書きません?


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北極海の悪夢

 〈57〉

 

 デュランダルが提案し、プラント最高評議会が承認する形で発動した極秘任務デビルズダウン作戦の目的は、ウィラード隊、グラディス隊の合同部隊で度々戦場に現れて武力介入を行うレイダー及びその搭載母艦の撃破を行うことだった。

 北極圏手前の流氷地帯にて、その任務を受領したウィラード隊は別地点で索敵を行っていたグラディス隊に先駆けて正体不明の大型潜水母艦を捕捉し、バビ、バクゥらで構成された大規模なモビルスーツ部隊で包囲網を形成した。

 所詮はモビルスーツ数機と水上では真価を発揮出来ない潜水母艦──ウィラードは友軍であるグラディス隊を出し抜き、この作戦を単独で成功させようとした。そんなウィラードが鎮座しているコンプトン級大型陸上戦艦ユーレンベックに、四方を取り囲む形で部隊を展開していたパイロット達から信じ難い通信が送られて来た。

 

「ニーロー隊より打電! バビ全機被弾! 帰投します!」

「バクゥ、既に半数が撃破されました!」

 

 それは迎撃の為に潜水母艦から発艦した2機のモビルスーツに、ウィラード隊の誇るモビルスーツ部隊が次々返り討ちにされているというものであった。

 これがナチュラルでありながら──あるいはナチュラルであるが故に、遺伝子至上主義のデュランダル直々に今回のような抹殺作戦を下されたレイダーと、その忠実な使い魔であるストライクの力かとウィラードは自身の性急な考えを改めた。

 

「流石はザフトを震撼させた“悪魔”という訳か。……モビルスーツ隊に熱くなるなと伝えろ。ミネルバが来るまで包囲網を保て。海には近付けさせるな」

 

 流石は先の大戦でもレイダーとストライクはクルーゼ隊を退け、バルトフェルド隊を壊滅させるなど、フリーダムが登場するまで最強と謳われた二人組である。

 たとえ全軍で掛かっても包囲網に綻びが生じるだけだと感じたウィラードは副官の主張を取り下げ、徹底した消耗戦に切り替えていた。二人のパイロットがどれだけ優秀であろうとその体力と精神力には限界があり、バッテリーや弾薬にも限界がある。無防備な潜水母艦を守りながらウィラード隊を追撃する余裕など、あるはずもなかった。

 

「今後のこともある。ケツはきっちりミネルバに持って貰え」

 

 これほどの大部隊を投入しておいて、万が一にも失敗すればウィラード隊の威信が失墜しかねない大失態である。これ以上部隊に損害が出れば、この作戦の後に実行されるだろうロード・ジブリールら一部のロゴスメンバーが逃げ込んだヘブンズベース攻略作戦にも支障をきたしかねないのだ。

 所詮はテロリスト紛いの連中と、地球連合を影から支配してきた秘密結社──どちらがよりザフトにとって脅威であるかなど、一々論ずるまでもない。これは今後の対ロゴス戦を踏まえて、直近の戦いでレイダーに敗れて戦果を挙げられなかったグラディス隊を箔付けするための作戦だろうとウィラードは考えた。

 地球連合軍の武力を象徴し、今でも量産機相当の性能でありながらそれを感じさせない実力を見せ付けているレイダーがザフトの手で討たれたとなれば、それは反ロゴス同盟軍の盟主を謳っているザフトにとって大きな戦略的意味があるのだ。

 

「しかし……」

「討ってもらわねば困る。我が軍のエース達にな」

 

 もちろんグラディス隊のパイロット達も実力は高いのだろうが、これだけお膳立てされなければ確実な勝利は望めないとデュランダルに判断されたのもまた事実である。

 アラスカのフリーダム。

 ヤキン・ドゥーエのレイダー。

 それぞれたった1機で戦況を覆す、あるいは格上の相手を撃破するのが真のエースパイロットだというのが先の大戦にも参加し、今では白服を預かる身にまで出世したウィラードの所見である。

 事前に相手を消耗させた上で、遥か高性能の機体を用いなければ返り討ちにされかねない程度の者を、エースパイロットとして持ち上げなければならないとはザフトも随分質が落ちたものだ。視線の遥か先でミネルバを発艦し、セイバーを置き去りにするような勢いで空を駆けるインパルスを見ながらウィラードは皮肉っぽく笑った。

 

 〈58〉

 

 射程圏内ギリギリからの砲撃に徹しているモビルスーツ相手に、そう簡単に攻撃が当たる筈もない。ましてほぼ無制限にビーム攻撃が可能な核動力機ではなく、乱発すればすぐにエネルギーが尽きてしまうバッテリー機なら尚更である。

 ホバリングしながら機関砲を連射し、四方から放たれるミサイルを迎撃していたクロトは不意に機体を前方へ急加速させた。一定の距離を保ちながらビームを放とうとしていたバビの不意を突いて接近を成功させ、装甲の薄い胴体目掛けて破砕球(ミョルニル)を投擲する。かろうじて反応したバビは紙一重で回避しようとするが、内蔵スラスターの制御で僅かに方向を変えた破砕球(ミョルニル)は弧を描くように胴体を貫き、粉々に爆散させる。

 

『そろそろ突破出来そうか!?』

『うん! この調子なら!』

 

 周囲の部隊を一旦退けたクロトは氷山に降り立ち、船の周囲で警戒を続けているキラと通信を行いながら息を吐いた。

 まるで難攻不落の絶壁のようだったウィラード隊の厳重な包囲網も、徐々に綻びが生じ始めているのを感じ取っていた。その理由はウィラード隊の目的が殲滅から時間稼ぎに変わったことが原因だったが、クロトにそれを知る手段はなかった。

 エネルギーと弾薬を節約しながら長時間に渡って防衛戦を続けていたことで心身共に疲労が蓄積し、戦況の微細な変化を察知する嗅覚が鈍くなっていたクロトのレーダーに、奇妙な反応が表示される。

 

『……あぁ?』

 

 それはまるで迫り来るモビルスーツが分身しているような反応だった。ザフトが世界各地に散布したニュートロンジャマーによって、既存のレーダーは付近に存在する敵の数を知らせる程度の代物だったが、それにしても異様な反応だった。

 

『これは……』

『セイバーのパイロットか。……面倒だねぇ』

 

 正面から何かが迫り来る気配を察知したキラは息を呑み、クロトは警戒を深めた。

 クロトはアズラエルに拘束されたネオ・ロアノーク──もといラウ・ル・クルーゼからいくつか有用な情報を得ていた。その中の一つに、現セイバーのパイロットであるレイ・ザ・バレルはラウと同じクローンだという情報も存在していた。

 造られたタイミングから想像するに、かつてコロニー・メンデルでブルーコスモスが起こしたテロによってキラを喪失したことで、再びクローンの寿命問題を克服する必要性が発生したため、その被検体として造られただろうとのことである。

 大方、デュランダルに騙されて利用されているらしいが──それでもキラの存在を察知する特異な空間認識能力と、ラウと同様にナチュラルでありながらそれを悟らせず、赤服にまで上り詰める才能は脅威である。

 もっとも、ここで問題なのはそれを置き去りにする程の速度で接近する、鮮やかな白と紫の装甲を輝かせているモビルスーツである。

 モビルスーツは間合いの一歩外で立ち止まった。背部ユニットから伸びる光の翼から同時に放出されているミラージュコロイドが機体を包み、レーダーを狂わせると同時に陽炎の様な光学残像を形成している。その莫大な消費電力の都合上、先日の戦いで出現したインパルス群から除外されていた装備の一つであり、このデスティニーシルエットの本領を発揮するための切り札である。

 まだ十分な距離があるというのに、地獄の業火の様な殺気がクロトを包んだ。

 レイを差し置いてまでデュランダルに目を掛けられたらしい、クロトと同じくSEED因子を保有していると予想されるインパルスのパイロットがクロトを仕留めるため、遂にこの戦場に姿を現したのだ。

 

『──お前──俺の────殺し──』

 

 パイロットが広域通信を通じて喧しく何かを叫んでいる声を余所に、クロトは今までにない深い極限の集中状態に入った。

 戦いの才能。

 モビルスーツの性能。

 体力、気力。

 全てにおいて劣っている自分が勝機を見出す為には、全てを擲つしかないのだ。数奇な運命を経てもなお、忠実な相棒として戦い続けたレイダーを含めた、全てを。

 この包囲網を突破してオーブに到着することが出来れば、ターミナルが用意した新型機に乗り換えることが決まっている。最新鋭機と比較して性能不足を感じているし、そもそも今世でも二度乗り換えたレイダーではあるが、新型機に乗り換える事に一切の感傷が存在しないほど、クロトもまだ割り切れている訳ではなかった。

 

『掛かって来い、潰してやる!!』

 

 パイロットの咆哮と共に輝きを増した光の翼を見たクロトは操縦桿を握り直し、自らの駆る漆黒のモビルスーツに語り掛けた。

 

 ──見せてみろよ、お前の力を。

 

 敵はデュランダルに見出された最強の戦士が駆る、当代最強のモビルスーツ。まさにレイダーの最後を飾る戦いの相手として、相応しい強敵である。

 自らの呪われた運命を切り裂き、自由を手に入れた襲撃者のツイン・アイが真紅の輝きを放ち、その名に運命を冠するモビルスーツに襲い掛かった。

 

 〈59〉

 

 突如唸り声の様な音を発し、猛烈な速度で接近を図るクロトに対してシンは右手で構えたビームライフルを連発しながら、背部の延伸式ビーム砲塔を上部に展開した。

 左手で構えていた破砕球(ミョルニル)を前方で回転させ、そのワイヤーを擬似的な盾として用いながらクロトは更に距離を詰める。そしてシンが砲塔から放った一撃を跳躍しながら避け、高出力のビームが直撃した背後の氷山は轟音と共に貫かれた。

 

『援護する! お前は──』

『要らない。……レイは向こうの奴を!』

 

 一瞬の攻防でシミュレータ上のレイダーとは遥かに格が違うと判断したレイは即座に援護に入ろうとしたが、素気なくシンに拒絶された。その直後にストライクが放った光弾がセイバーのすぐ近くを通り過ぎ、思わずレイは困惑の声を溢した。

 

『くっ……』

 

 バッテリー版のフリーダムと評されるセイバーに対して、新型ストライカーで性能が向上しているとはいえストライクで勝算などある訳がない。どうして彼らは万が一にも勝ち目のない戦いに、こうも躊躇無く飛び込めるのかレイには理解出来なかった。

 しかし手加減する余裕などなかった。最高の才能を付与された少女であるキラならば、機体性能の差を覆してセイバーを撃破することも十分有り得るのだから。

 

『おらぁ!!』

 

 クロトは光弾を立て続けに連発するインパルスと擦れ違うように駆け抜け、破砕球(ミョルニル)を投擲してビームシールドの上から叩き付ける。

 ミラージュコロイドが発生させる光学残像が引き起こすセンサー異常も、クロトが得意とする接近戦ではそれほど有効ではなかったのだ。

 鮮やかな一撃離脱を成功させたレイダーにビームブーメランが左右から襲い掛かるが、クロトは機体を反転させながら後方へ滑るように回避した。量子通信を受け、更なる追撃を行おうとするビームブーメランの片方をフレイルの様に振るった破砕球(ミョルニル)で打ち返し、もう片方を右腕に装備した機関砲を連発して迎撃する。

 正確な居場所は掴めていないが周辺海域にミネルバが存在する以上、飛行機に変形可能なコクピットが無事な限り復活するインパルスを仕留める為には、半端な攻撃を成功させて損傷を与えても却って危険である。機動力で大差を付けられている都合上、クロトにインパルスの撤退を阻止する方法は存在しないのだ。

 光の翼を左右に展開し、新たな光学残像を発生させながら対艦刀(エクスカリバー)を両手で振り被りながら突撃するインパルスの攻撃を受けずに急上昇で避け、勢いを殺したところで対艦刀(エクスカリバー)鋼爪(アフラマズダ)を合わせて斬り結ぶ。実体剣からビーム刃を発生させている対艦刀(エクスカリバー)はビーム同士が干渉しない都合上、自らに対するビーム攻撃に対しては無力なのだ。

 

『……アンタなんかに!!!』

 

 レイダーの大型クローから伸びたビーム刃が対艦刀(エクスカリバー)の実体部分に食い込み、完全に両断する刹那の瞬間だった。突如パイロットの叫びと共にインパルスが力強さを増し、対艦刀(エクスカリバー)を両断されながらも圧倒的な膂力を発揮してレイダーを氷壁に叩き付けた。

 その場で動きを停止し、崩れ落ちたレイダー目掛けて頭がクリアになったシンは即座に背部から展開した砲塔から追撃の高出力ビームを放つ。

 赤黒い閃光が無防備な姿をインパルスに晒していたレイダーを呑み込み、その直後に頭上から降り注いだ無数の氷塊がレイダーを押し潰す。

 

『…………』

 

 想像以上の力だったが、想定以上ではなかった。

 一瞬訪れた静寂に気を緩めたシンのスピーカーに、レイダーのパイロットと思われる少年兵の声が木霊する。

 

『……殺らなきゃ、殺られる』

 

 その戦場に似合わない静かな声に、シンが戦慄した瞬間だった。レイダーを閉じ込めていた氷塊が轟音と共に崩れ落ち、ツイン・アイの片側を喪って主人と同じ隻眼に変貌した漆黒の人面鳥がより強い真紅の輝きを放つ。

 

『何ッ!?』

 

 シールドを装着した右腕そのものを捨てて盾にすることで、本来防げない攻撃から身を守っていたレイダーは頭部から強烈な高出力ビームを放つと同時に、一時的に機能停止していた全身のスラスターを再起動させる。

 

『!!』

 

 氷塊を蹴って空中を滑るように飛翔し、反射的にインパルスが向けたビーム砲塔の先端に先読みして投擲していた破砕球(ミョルニル)を衝突させ、その砲口を完全に破壊する。

 残っていた砲塔が放つ光弾を紙一重の見切りで躱し、更に迫り来るビームブーメランを変形しながら避け、左手で翳したビームシールドを掻い潜りながらもう片方の砲塔に機首に装備した速射砲を命中させて破損させる。一瞬にして持ち手に依存しない高威力の攻撃手段を喪ったシンは、警告音の鳴り止まないコクピットの中で顔を歪ませる。

 

『動きが……見えない……!』

 

 それはレイダーが機体を隠すミラージュコロイドを散布している訳でも、インパルスを超える圧倒的な速度を発揮しているからでもなかった。クロトの精密なスラスター制御が生み出す有機的な挙動と、一部のパーツを喪失したことに伴う質量の変化が相俟ってシンが事前に想定していたレイダーの動作を完全に超えていたのだ。

 まるで踊りの様な緩急を付けて宙を舞うレイダーの動作に反応出来ないまま、シンは更にもう片方のビームブーメランを射出しながら鋼爪(アフラマズダ)をビームシールドで受け止めた。レイダーの周囲を飛び交っていたビームブーメランが振り向き様に放たれた高出力エネルギー砲(ツォーン)に呑み込まれ、呆気なく爆散する。

 

『シン! 聞こえる!? ミネルバが──』

『それどころじゃないんだよ!!』

 

 メイリンから突如発信された緊急通信に対し、シンは叫びながら対艦刀(エクスカリバー)を抜いた。

 バッテリー消費が激しい新型シルエットとはいえ、まだレイダーとしか戦っていないインパルスのエネルギー量には十分猶予があったが、既に複数の武器を喪失している。本来はミネルバにパーツとシルエットを射出させて換装するべきだが、これほど追い込まれた状態でパーツ交換を実行する余裕などある筈もなかった。

 あくまでコクピットに飛行機の役割を付与されたに過ぎないコアスプレンダーは、実弾でも容易に墜とされてしまう。容赦なくコクピットを狙って来る上に、複数の機関砲を装備しているレイダー相手にコアスプレンダーを晒す訳にはいかない。

 下手な小細工はむしろ危険だと判断したシンは光の翼を展開し、もう片方のビームブーメランを鋼爪(アフラマズダ)で破壊したレイダーに斬り掛かった。一撃目は神懸かり的な反射で回避されるが、即座に追い掛けながら斬り付けた斬撃は再びレイダーを吹き飛ばし、レイダーは体勢を崩したまま海面に叩き付けられた。

 遂に訪れた絶好の機会──シンは両手で握り込んだ対艦刀(エクスカリバー)を構え、光の翼とミラージュコロイドを最大出力で展開しながら乾坤一擲の突撃を開始した。

 

『…………!』

 

 勝てる。殺せる。

 そう思った瞬間、ぞわりとするような感覚にシンは襲われた。

 インパルスの攻撃を避けられない──つまり確実な接触の機会を得たレイダーは瞬時に体勢を立て直して鋼爪(アフラマズダ)を展開すると、猛烈な速度でシンに向かって加速したのだ。

 リーチの違いはあれど、両手で対艦刀(エクスカリバー)を握り込んだ状態で手首に搭載されたビームシールド発生器を使用することは出来ないため、たとえ先に攻撃を命中させたとしてもレイダーの反撃は避けられない。

 一方的な蹂躙だった筈の戦いで、殺されるという恐怖がシンを包んだ。このまま相討ちなら上等だと、眼前の悪魔が脳裏で囁いたような気がした。

 家族の仇が討てるなら、たとえ相討ちでも上等なのかもしれない。度々ザフトの前に立ち塞がり、これだけ圧倒的不利な状況に追い込まれても闘争心を喪わない不屈のエースパイロットと、所詮は新人の自分が相討ちなら大戦果だろうと思った。

 しかし。

 しかしまだ自分には、オーブで自分の帰りを待つ妹がいる。

 漆黒のPS装甲を対艦刀(エクスカリバー)が貫く、鈍い音が伝わった。強烈な一撃で装甲ごと腹部を破壊されてなお、断末魔の咆哮を上げながらインパルスに鋼爪(アフラマズダ)を叩き込もうとするレイダーを前にして、重圧を感じたシンはコアスプレンダーを切り離す。

 間一髪で標的を取り逃がしたレイダーはコアスプレンダーを喪ったインパルスの残骸と共にゆっくりと海底に沈み、やがて弾薬や推進剤に引火したのか大爆発を起こした。

 

『勝った! 勝ったんだ俺は!!』

 

 シンが広域通信で放った勝利の雄叫びを聞き、激高したキラは目の前に立ち塞がるセイバーに向かってシールドを投げ捨てると同時に全速力で突進した。

 右手のビームサーベルで空力防盾を殴り付ける様に斬り付け、あえてストライクを大きく上回る膂力で押し返させると、左手でビームサーベルを逆手抜刀して刹那の瞬間隙が生じたセイバーの脇腹に叩き込む。

 突如動きが変わり、危険を承知で猛攻を仕掛けたストライクに強烈な一撃を受けたレイは瞬く間に機体を解体されると、そのまま海に落水した。

 一方イズモを追い詰めていたミネルバは突如戦場に姿を現したアビスが放った誘導魚雷が直撃し、大きな水柱を上げながら炎上する。

 元々水中戦はザフトにとって最大の課題である上に、合同部隊を構成しているグラディス隊、ウィラード隊のいずれもが、水中戦を得意としながらフリーダムに匹敵する火力を有するアビスの参戦は想定していなかったのだ。アビスの一斉射撃に晒された真紅のザクウォーリアは咄嗟に掲げたシールドで庇い切れなかった手足を吹き飛ばされ、その場で完全に動きを停止した。

 厳重な包囲網を遂に突破したイズモは再び海中深くに姿を消し、それを追うかのようにストライクとアビスも海に沈み、その機体反応を消失させたのだった。

 

 こうしてデュランダルが発案したデビルダウン作戦は、セイバーの喪失やミネルバの大破など、同作戦に参加した部隊に甚大な被害をもたらしたものの、最優先目標であるレイダーの撃破という大きな戦果を上げた。

 デュランダルはレイダーを討ち取ったシン・アスカにその武勲を称えるネビュラ勲章を授与すると共に、その戦績・人格面を考慮して至上最年少の特務隊に抜擢されるなど、ザフト史に残る輝かしい成果を残したのだった。




遂にレイダーが敗北してしまいました。(二年ぶり三度目
対艦刀で刺されて爆発に巻き込まれながら氷点下の北極海に沈んだので、残念ながら即死でしょう。

ところで本作では二番目の機体だったゲルプレイダーはレイダーBより総合性能は上なのですが、クロトくんが迷走している時期なのであっさりフリーダムに敗北しました。
ラスボスを務める予定だった名残ですね。

個人的にレイダーはストライクと対照的なカラーリングといい、遠近どちらも最低限こなせる装備といい、主人公機としての適性は割と高いと思ってます。
デザインが悪役なだけで……


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不朽の自由

 〈60〉

 

「意識は戻るのか?」

「……脳組織に異常は見られない。意識が戻らないのは、多分疲労が蓄積していたからだと思う」

 

 ザフトの厳重な包囲網を突破し、地球連合の勢力圏である太平洋の海底を南下する形でオーブに向かっているイズモの医務室で、キラは物言わぬクロトの赤い髪と蒼白の頬を撫でながら自分に言い聞かせるような口振りでカガリに言った。

 インパルスに胴体部分を対艦刀で貫かれ、最後は至近距離で誘爆を受ける形で敗北したクロトは奇跡的に救助されたのだが、数日経っても一向に意識を取り戻さなかった。複数の点滴に繋がれたまま昏々と眠り続けるクロトから離れようとしないキラの傍に、カガリは食堂から持ち出した昼食のトレーを置いた。

 

「そうか。……ほら、お前も食べろ」

「ありがとう」

 

 胸部に位置するコクピットブロックから攻撃が僅かに逸れていたことや、長時間の戦闘でレイダーの弾薬・推進剤が消耗していたこと、パイロットスーツ越しに氷点下の海に晒されたことで一時的に代謝が低下していたため幸運にも軽傷であり、しばらく安静にしていればやがて意識を取り戻すらしい。

 ただしそれは数日後のことか、数ヶ月後のことなのかは分からなかった。意識に関する研究はまだまだ未知数のことが多く、まして半病人でありながら限界を超えて肉体を酷使していたクロトに、前例など全く参考にならないのだ。

 

「これからどうなるんだろうな、世界は」

 

 カガリは己の無力さに下を向きながら、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

 地球連合軍の最高司令部が存在するヘブンスベース基地に立て籠もり、反ロゴス同盟軍との徹底抗戦を宣言したジブリールとの対決姿勢を明言しながらも、一方で自ら反ロゴス運動の弾圧を行うアズラエルの部下と目されているレイダーの撃破を、デュランダルは自身と繋がりのあるマスメディアを通じて大々的に報じていた。

 つい先日自身が告発した、レイダーのパイロットは地球連合軍の造り出した生体CPUだという報道は完全に無かったことになっていた。ラクス・クラインの権威を利用し、その正当性を盤石なものとしたデュランダルの言葉は、自分自身の言葉すら自由自在に捻じ曲げられる程の絶対的な力を持つ段階に至っていたのだ。

 

「反ロゴス同盟軍が勝つ。多分な」

 

 いつの間にかカガリの背後に立っていた黒い髪を伸ばした少女が言った。キラと瓜二つの外見だが、一回り立派な体格をした少女という印象だった。以前にキサカから渡されたヒビキ夫妻の写真にも写っていないことから、カガリはもちろんキサカもその正体に見当も付かない謎の少女──カナード・パルスである。

 反ロゴス支持派の襲撃からムルタ・アズラエルの妻子の保護を行う交換条件として、クロトが一時的に身柄を預かることになったロアノーク隊の副隊長である。

 ロドニア研究所出身の生体CPUだという記憶をロード・ジブリールに植え付けられていたカナードは、身体検査で99.9%の生体データがキラと一致した。その事実からキラの姉、つまりキラの双子であるカガリの姉の可能性が高いということで拘束を解かれていたのだった。

 とはいえ先日まで戦っていた相手であるという事情もあり、カガリはカナードの部下であるアウル、スティングの2人と共に船内の大部屋に軟禁していた。しかしカナードは無断で部屋を抜け出し、鹵獲したアビスで出撃する暴挙を行ったのだ。

 本来であれば客人の立場であろうと問答無用で拘束するべき行為なのだが、カナードの奮闘がいなければ包囲網は突破出来なかったことから、なし崩しにその成果が認められたことで我が物顔で船内を歩き回り始めるようになったのだ。

 

「お前! 向こうでトイレ掃除でもしてろって言っただろ!」

「いちいち五月蠅いな、やってるって」

 

 カガリの説教にカナードが肩を竦めながら大きく溜息を吐くと、己の不幸を嘆いている少年達の声が背後から聞こえてきた。

 

「俺達がな」「ごめんねぇ、ワガママでさぁ」

 

 その少年達はもちろん、スティングとアウルである。

 先日の戦闘で負傷者が多数発生し、元々人員不足だったイズモは深刻な機能不全に陥っていた。だからこそカガリも手の回らない雑務を行うなら自由行動は黙認するつもりだったのだが、それにしてもこの少女はあまりに自由奔放過ぎると頭を抱えた。

 

「どうして?」 

 

 そんな破天荒なカナードの言動に、先程から苛立ちを隠し切れずにいたキラも思わず口元を緩めて尋ねた。これまで戦略的な視点をクロトに依存していたキラは、軍事に関して造詣が深い訳ではなかったからだ。

 ブレイク・ザ・ワールドによって甚大な被害を受けたまま強硬派に押し切られて開戦してしまい、唯一その被害から免れたザフトの圧倒的な攻勢作戦の前に敗退を続けている地球連合軍だったが、やがて復興が進んで国力が回復すれば先の大戦と同様に反撃が始まるのではないかと考えていたのだ。

 

「決まってるだろ。量も質も、今や反ロゴス同盟軍が上だ。で、大西洋連邦もこのまま地球連合を離脱しそうな流れだ」

 

 デュランダルのロゴス告発以降、世界は3つの勢力に分かれていた。

 1つ目はブルーコスモス盟主ロード・ジブリールを中心としたロゴス幹部と、ユーラシア連邦軍を中心とした地球連合軍のロゴス・ブルーコスモス急進派の部隊がヘブンスベース基地に集結したロゴス軍。

 2つ目はプラント及び東アジア共和国を中心とした、ザフトと一部の地球連合軍が同盟を結び、デュランダルの呼び掛けでジブラルタル基地に集合した反ロゴス同盟軍。

 3つ目は大西洋連邦を中心とした、ロゴス軍・反ロゴス同盟軍のどちらにも協力せず、今も沈黙を保ち続けている第三勢力。

 地球連合内で最大勢力を誇っていた大西洋連邦が離反した今、各地の戦線から戦力を呼び戻して掻き集めているロゴス軍が、反ロゴス同盟軍に対して勝ち目があると考えているのはジブリール達だけだとカナードは嘲る様に言った。

 

「デュランダルがアズラエルに主導権を握られたくなかったからだと考えると、この前の事も説明が付くな」

 

 サンディエゴ基地を巡る攻防とその顛末から、ネオと同様にカナードはジブリールの行動はデュランダルに筒抜けなのだろうと推測していた。

 ならば舞台裏でジブリールとアズラエルの全面戦争が始まった以上、早期にロゴス告発を行わなければ、反ロゴス同盟軍の盟主にムルタ・アズラエルが収まってしまう可能性は十分に考えられたのだ。

 つまりデュランダルの狙いは反ロゴス同盟軍の主導権を自分が握ること自体にあるのだろうとカナードは予想した。反ロゴス同盟軍から大西洋連邦を切り離すことで生じる自軍の犠牲と引き換えに、デュランダルはプラント、反地球連合に留まらず人種の境を越えた絶大な名声を手に入れるのは間違いない。

 その栄誉を得たデュランダルの狙いはユニウス条約の改正か、地球上では原則禁止されているコーディネイター製造の合法化か、あるいはそれ以上の何かか。

 何にせよ今も昏々と眠り続けている少年のように、自分も妹達の為に一肌脱ぐ必要があるらしい。カナードは腕を組みながら大きく頷いた。

 

 〈61〉

 

 プラントからほど近くに存在する小惑星帯の岩塊を刳り抜いた中に、極秘で建設された兵器製造拠点が存在する。

 その拠点は地球連合・プラント等の各勢力に存在する非戦派が結成した非政府組織“ターミナル”が造った秘密の工場であり、文字通り“ファクトリー”と呼ばれている。

 ターミナルは地球連合・プラントの対立が再び絶滅戦争に陥った際に、再び“歌姫の騎士団”を結成してその状況を打開するための力として、様々な勢力の叡智を結集して開発した数機の高性能モビルスーツを製造していた。

 

「……本当ですか。クロト様が、討たれてしまったと」

「あぁ。僕達は間に合わなかったみたいだ」

 

 その先鋒として、遂に最終調整を終えた“ZGMF-X21A(ストライクレイダー)”と“ZGMF-X19A(インフィニットジャスティス)”を収容し、情報収集のためにコロニー・メンデルに送り込んだダコスタとの合流地点に向けて発進しようとしていたエターナルのCICで、ラクスはバルトフェルドが先程傍受した【インパルスがレイダーを撃破した】という衝撃の情報を耳にした。

 

「そうですか……」

 

 元々、不安があった訳ではなかった。

 長い昏睡状態から目を覚ましてリハビリを始めたクロトに、ファクトリーが解析を兼ねて修復したレイダーを、万が一の事態が起こった際に使う剣としてラクスはキラの目を盗んで託したのだから。

 G兵器製造計画で製造された6番目のG兵器“GAT-X370(レイダー)”。後にアズラエルによって近代化改修が行われたものの、その総合性能はザフトの最新鋭機であるセカンドステージと比較して、得意分野の機動力を除けば数段劣った機体である。むしろ今まで討たれていなかったのが奇跡だったのだとラクスは唇を噛んだ。

 

「やはりフリーダムでなければ駄目だった、ということかね」

「そうかも、しれません」

 

 当初の計画であれば大破した“ZGMF-X09A(ジャスティス)”を改造し、核爆発で喪われた“ZGMF-X10A(フリーダム)”を再生産する予定だった。しかしラクスがキラの平穏を奪う訳にはいかないとクロトと共謀した結果、最悪の事態を招いてしまったのだ。

 生体CPUの力を喪ったクロトに、極めて優れた情報処理能力、高度な空間認識能力を要求されるフリーダムを操縦するのは困難なため、他に選択肢はなかった。しかしそんな状態のクロトに武力介入を行わせた結果としてデュランダルの不興を買い、ロゴス討伐の前哨戦として狙われたのかもしれないというのも事実なのだ。

 

「……やむを得んな。ストライクの報告はなかったから、お嬢ちゃんは無事だろう。再調整するか?」

 

 完成した“ZGMF-X21A(ストライクレイダー)”は当初キラをパイロットとして想定していたこともあり、未完成に終わった新型フリーダムの姿を色濃く残していた。

 機体のOSとVPS装甲の設定を変更し、一部の武装を省電力化を考慮しない兵器に換装して“ZGMF-X19A(インフィニットジャスティス)”にも搭載しているハイパーデュートリオンエンジンに載せ替えれば、新型フリーダムに様変わりするのだ。

 ただし、先の大戦でジェネシスを破壊するため自爆したフリーダムが登場しても、それはあくまで伝説の機体に肖った新型フリーダム以上の意味合いは存在しない。

 かつて地球連合軍の武力を象徴し、生体CPUであるが故にその詳細を伏せられながらも戦場に名を轟かせたクロトが再び新型のレイダーに乗り込むからこそ、巧妙に戦争を煽り続けるデュランダルに対抗出来る可能性があったのだ。

 

「そうですね。……今は、そうするしか」

 

 クロトが適性を持たないスーパードラグーン搭載型の可変式機動兵装ウィングを除外したことで省電力化を実現し、本来核動力機として設計された“ZGMF-X21A(ストライクレイダー)”は最終的にバッテリー機として完成したのである。

 そのクロトが戦死し、代わりにキラがパイロットになるのであれば、バルトフェルドの言葉通り“ZGMF-X21A(ストライクレイダー)”を再調整しない理由はない。核動力でなければ、エターナルに搭載されている“モビルスーツ埋め込み式戦術強襲機”も使用出来ないのだ。今度圧倒的多数の敵を相手取らなければならないことを考慮すれば、バルトフェルドとラクスに再調整以外の選択肢はなかった。

 

「その必要はない」

 

 物資の積込み作業を中断し、パイロットスーツを着たままラクスとバルトフェルドの交わしていた会話を聞いていたアスランがおもむろに口を開いた。

 

「どうしてそう思うのですか? アスラン」

 

 ラクスは不審そうな表情で、意外な言葉を口にしたアスランを見た。

 決して悪い人間ではないのだが口下手で、今もクロトに対抗心を燃やしている婚約者である。自分がいればそれで十分だ、そんなことよりも早くキラを助けにいこう、などと言い出すのではないかとラクスは思った。

 

「ストライクの報告がないからだ」

「……おっしゃっている意味が、よく分かりませんが」

 

 言葉足らずにも程がある。ラクスがアスランの真意を計りかねていると、流石にその様子を見かねたバルトフェルドが助け船を出した。

 

「彼を倒した君には、分かるってことかな?」

 

 バルトフェルドの問い掛けに、アスランは自分の言葉はどうやら二人に全く通じていないらしいと悟り、以前自分がクロトを仕留めた時の事を思い出しながら言った。

 

「……ええ。俺が、アイツを倒した時……」

 

 ニコルを殺されたと思った激情にアスランは身を任せ、後にも先にも経験のない集中力でキラと死闘を繰り広げた。そして一瞬の隙を突き、ストライクに組み付いて大口径ビーム砲を放とうとした瞬間、キラは脱出しながらストライクを自爆させたのだ。

 ストライクに搭載された自爆装置がイージスと同じであれば、自爆するまでに脱出猶予時間として10秒間のタイムラグが存在する。

 つまりキラは自爆コードを入力してからもそれを気取らせないため、ギリギリまでストライクの操縦を続けていたのだ。クロトの死を間近で見て発現した己の命すら省みない殺意は、今もキラの中に存在するだろう。

 

「本当にアイツが死んだなら、キラは絶対に討ちに行こうとする。だからストライクの報告がないなら、生きている筈だ」

「……分かりました。アスランの言葉を信じましょう」

 

 アスランの言葉にラクスは頷くと、一旦中断させていたエターナルの積込み作業を再開させた。結局のところ、分からないことを考えていても仕方ないのだ。

 まず決める。そしてやり通す。

 デュランダルの告発によって更なる混迷を迎えている大戦を終わらせ、地球に再び平和を取り戻す為にはそれしかないのだから。

 

 〈62〉

 

 反ロゴス同盟軍の陣頭指揮を執るため、その集結地であるジブラルタル基地に降り立ったデュランダルから、レイはシンと共にザフトが開発した新たなモビルスーツを受領するための招集を受けていた。

 それは“ZGMF-X42S(デスティニー)”“ZGMF-X666S(レジェンド)”の型式番号で呼称される新型モビルスーツであり、それぞれデスティニー、レジェンドと名付けられた機体だった。

 

「デスティニーは火力、防御力、機動力、信頼性、その全てにおいてインパルスを凌ぐ最強のモビルスーツであり、先日君が使用したデスティニーシルエットの戦闘データを参考に、君を想定した調整を加えた機体だ。今までは機体の限界に苛つくことも多かったと思うが、これならそんなことはない。私が保証するよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 核動力、ミラージュコロイド。

 ユニウス条約で禁止された各種技術を使用し、最新型の動力機関であるハイパーデュートリオンエンジンの搭載によって獲得した莫大な電力を、デスティニーシルエットの実戦データを踏まえて採用を決定した強力な武装に用いることで、あらゆる局面において半永久的に敵機を圧倒する攻撃力と機動力を発揮する機体だった。

 

「一方のレジェンドは量子インターフェイスの改良により、誰でも操作出来るようになった新世代のドラグーンシステムを搭載した実に野心的な機体でね。君の機体はこのレジェンドということになるが、どうかなレイ。君なら十分に使いこなせると思うが」

 

 レジェンドはデスティニーと同時開発されたザフトの最新鋭モビルスーツであり、先の大戦では最終局面で登場した“プロヴィデンス”の発展機とされる機体である。

 パイロットであるラウ・ル・クルーゼの適性に着目してドラグーン・システムを後付けした関係でやや完成度に欠けていたプロヴィデンスと異なり、構想段階からドラグーン・システムの搭載を想定して設計されたこの機体は宇宙空間のみならず、戦闘機動でのドラグーンの無線遠隔操作が不可能な大気圏内においても移動砲台としてセカンドステージを凌駕する絶大な火力を誇る高性能機である。

 

「え、えぇ……」

 

 父や兄の様な存在だと慕っていた男の後継機を受領したというのに、今一つ煮え切らない態度のレイに、違和感を抱いたデュランダルは別室で個々に詳細説明を行うという名目でシンを退出させると、何かに気付いたように口を開いた。

 

「あぁ、ラウのことを聞いたんだね。彼は実に不幸だったと思う。気の毒に思っているよ」

「不幸?」

 

 どうやら戦死した筈のラウがファントムペインの隊長として生きていたことをレイが小耳に挟んだらしい、と考えたデュランダルは嘲るように言った。

 

「あれだけの資質、力だ。彼は君と同じ戦士なのだ。モビルスーツで戦わせたら、当代彼に敵う者はないと言う程の腕の」

「しかし、ラウはシンと違って……」

「SEED因子を持っていない、だろう? だが彼のデータで分かったんだよ。確かに君やラウはSEED因子を持っていないが、その必要もなかったということが」

 

 未だその詳しいメカニズムは不明だが、確かなことはSEED因子は発現時に極めて高い集中力を獲得し、運動神経と反射神経を向上させることで戦闘能力を向上させる“火事場の馬鹿力”のようなものである。だが、どれだけ才能があろうと人が車に足の速さで勝てないように、発揮出来る力には限界がある。

 かつてラウがレイダーに敗れ、今もレイがシンに一段劣る結果しか残せないのはひとえに二人が細胞年齢的には全盛期を過ぎているからなのだ。

 

「あれほどの力、正しく使えばどれだけのことが出来たか分からないというのにね。突然何を思ったのか知らないが、ファントムペインの隊長として我々を討とうとする。そんなことのどこに意味があるというのかね? 本当に不幸だった、彼は。彼がもっと早く君の様にその力と役割を知り、それを活かせる場所で生きられたら、彼自身も悩み苦しむこともなく、その力は称えられて幸福に生きられただろうに」

「……幸福……」

 

 少なくとも、ディオキアで再会したラウは不幸に見えなかった。むしろプラントに居た時の方が、自分の遣り場のない感情にラウは翻弄されていたような気がした。

 片やザフトの白服、ラウ・ル・クルーゼ。

 片やファントムペインの隊長、ネオ・ロアノーク。

 その栄誉と名声は比較するまでもなかったが、それでもラウは今の方がずっと充実しているようにレイの瞳には映ったのだ。

 

「ところで、あの機体は……?」

 

 デュランダルの言葉に、目を逸らしたレイは視線の先に奇妙なモビルスーツを捉えた。

 その機体はザフトの最新鋭機である筈のデスティニーやレジェンドと同等、あるいはそれ以上に厳重な警備体制が取られていたからだ。

 レイは今もプラントで療養中のハイネが受領する予定だったとされる、シンと同様ハイネ専用の調整が施されたデスティニーを咄嗟に連想したが、そのモビルスーツの姿はデスティニーとは異なるものだった。

 その機体は非常にシンプルかつ洗練された形状に、デスティニーに似た可変型ウィングユニットを背部に備え、胴体部分にはレジェンドにも採用されている可変型のドラグーン・プラットフォームを搭載していた。

 ラウとレイが有する高度な空間認識能力を前提に製造されたその装備を除けば、まるでその機体は士官アカデミーで習った最強のモビルスーツだった。

 

「“ZGMF-X999S”──エンデュリングフリーダム。決して朽ちることのない自由を意味する機体だよ」

 

 アラスカ及びパナマ基地における武力介入。

 ボアズ要塞に対する地球連合軍の核攻撃を単独阻止。

 ゲルプレイダー及び、ジャスティスの単独撃破。

 大量破壊兵器“ジェネシス”の破壊。

 レイダーと比較するとその活動期間こそ短いものの、それ以上の圧倒的な成果を残してこの世界から消滅した“フリーダム”を、デュランダルは復活させたのだ。

 思わず言葉を喪ったレイを見て、デュランダルは静かに笑った。




という訳で意識不明の重体です。どうやらレイダーが守ってくれたみたいですね。

当然ですがクロトくんはザフトにとって不倶戴天の敵なので、各方面から喜びの声が上がってそう。

ここでエターナルにキラちゃんの自爆を食らったアスランくんがいないと、ストライクレイダーはストフリになってました。まぁストフリの方が基本性能は上だし……
(※ハイパーデュートリオンエンジンは一基です)

それはさておき、第三のサードステージは“不朽の自由”ことエンデュリングフリーダムです。インジャの元ネタでもあるアメリカの軍事作戦名から取りました。
己の死すら克服し、永遠を生きようとする傲慢な男に相応しい機体名でしょう。劇場版の新型フリーダムと名前が被ったら笑います。

オフィシャルブック買わなきゃ……


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堕ちた戦士

 〈63〉

 

 太平洋北部に位置するアイスランド島には、地球連合軍の最高司令部であるヘヴンズベース基地が存在する。

 その地にジブリール以下ロゴスメンバーの大半が籠城していることを突き止めたデュランダル率いる対ロゴス同盟軍は同島を包囲すると共に、ロゴスメンバーの引き渡しとヘヴンズベースの武装解除を要求し、応じない場合は攻撃を行う旨を地球連合・プラント両陣営の公式宣言として通告した。

 本来であればプラント最高評議会議長であるデュランダルが、今も世界各地でプラントと戦闘を続けている地球連合を代表して宣言を行うことは有り得ない。しかし周辺地域から集結した地球連合軍はいずれも非主流派の部隊であり、デュランダルと対等な立場で地球連合軍を率いることが出来る傑物が存在しなかったのだ。

 これに対してロゴス陣営は沈黙を保っていたが、通告の回答期限直前にジブリールの指示で突如戦端を開き、対ロゴス同盟軍に猛攻撃を開始した。

 奇襲攻撃を受けた同盟軍はロゴス軍の攻撃で甚大な被害を受け、更に軌道上から送り込んだ降下部隊の多数を対空掃討砲“ニーベルング”によって撃破されるなど、当初戦局はロゴス軍が優位に進めていた。

 しかしグラディス隊が投入した新型モビルスーツ“デスティニー”“レジェンド”や、デュランダル議長が公式上初の実戦投入を行った議長直属の精鋭部隊“コンクルーダーズ”の活躍によって量産型デストロイ部隊を壊滅させると、その状況は一変した。

 太平洋連邦の地球連合離脱によって、数の優位性を失っていたロゴス軍は同盟軍の物量作戦の前に圧倒されると、やがて戦意喪失して無条件降伏を行った。

 だが形勢の不利を悟ったジブリールは他のロゴスメンバーを見捨てて潜水艦で秘密裏に脱出を行っており、同盟軍は多大な犠牲を払って戦闘に勝利したものの、その最大の目的であるジブリールの確保には至らなかった。

 

「ようやく完成だよ、レイ」

 

 かつてその開発計画を実行させた人物であり、最高評議会議長に就任したパトリック・ザラによって「ナチュラルに“正義”の鉄槌を下し、コーディネイターの真の“自由”を勝ち取る最終決戦の旗印」と位置付けられ、同日ロールアウトした“ジャスティス”と並んで“フリーダム”と名付けられた機体。

 そんな数奇な運命を経てキラ・ヤマトの手に託され、パトリック・ザラの狂気を象徴する大量破壊兵器(ジェネシス)を破壊することで先の大戦を終結させた偉大なモビルスーツの後継機は、その開発母体である“デスティニー”と“レジェンド”の戦闘データをフィードバックすることで遂に完成したのだった。

 

「フリーダムが、どうして?」

 

 その名は“不朽の自由”。

 先の大戦時から開発はスタートしていたが、伝説的な成果を残した機体の一方でプラントを裏切り、勝利に終わっていた筈の戦争を痛み分けに終わらせた忌まわしき機体の後継機であることも事実である。

 事実ラクス・クラインがデュランダルの要請を受けて再び表舞台に立つまで、ユニウス条約でニュートロンジャマー・キャンセラーの軍事利用が禁止されたこともあって、デュランダルが再開を命じるまでその開発計画は凍結されていたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。原罪を犯す以前のアダムとイブが自由だったようにね。……運命計画(デスティニープラン)の中核を成すモビルスーツだよ」

 

 デスティニーと同等以上の機動力を発揮する光パルス高推力スラスター。

 レジェンドに搭載された第二世代ドラグーンを母体に、使用者の空間認識能力に応じて第一世代以上の誘導能力を発揮出来る“スーパードラグーン”。

 その他両腕部のビームシールド発生装置など、強力無比な兵器の数々を搭載した新型フリーダムは、デュランダルの言葉通りにデスティニーやレジェンドを抑えて最強のモビルスーツだと言えた。

 

「そんなモビルスーツを、いったい誰が?」

 

 レイはデュランダルに尋ねた。

 第一世代ドラグーンと同等の操作難易度を誇るスーパードラグーンを誘導しながら高機動戦闘を行うことは、それこそ旧フリーダムのパイロットであるキラでなければ不可能だと思ったからだ。

 第一フリーダムのパイロットの正体であるキラについては、クライン派に所属する極一部の関係者等を除いて公表されていない。

 何故ならキラはヘリオポリス在住の民間人であり、偶然クルーゼ隊の襲撃に巻き込まれてストライクに乗り込んだことがきっかけで、アークエンジェルの代理艦長を務めていた当時のラミアス大尉らが志願兵に仕立て上げられた少女であり、後に偶然運び込まれたクライン邸で治療を受けていたところを、クライン派がラクスの推薦でフリーダムのパイロットに抜擢した少女だからだ。

 彼女がプラントの有力子息達が中立国で起こした襲撃事件の犠牲者であること。

 彼女を本来保護すべき立場の地球連合軍人が、最前線の戦闘行為を強いたこと。

 彼女を治療したクライン派が、彼女に最高機密であるフリーダムを託したこと。

 こうした各勢力の様々な思惑が重なったことで、ストライクとフリーダムのパイロットに関しては、生体CPUであることを隠すため情報統制が行われたレイダーのパイロット以上の徹底した情報操作が戦後行われたのだ。

 結果として両軍の間で実しやかに語られるようになった“自由”の不敗神話──それをザフトが利用するのは、彼女に対する冒涜であるようにレイは思えた。もっともデュランダルは偽者ラクスを用意して権威付けに利用しているのだから、何を今更といえば今更だったのだが。

 

「君は余計なことを考え過ぎだな。そのせいでせっかくの力を殺してしまっている。君がキラ・ヤマトに敗れたのもそのせいかな?」

「…………」

 

 推力・膂力で劣っていることを生かし、シールドに上方からの斬撃を繰り出して脇腹を一瞬開けさせ、逆手抜刀した一撃を叩き込む。

 文字通りの奇策であり、突如戦場に現れたカナードがミネルバを襲撃したことに気を取られなければ反応出来たかもしれないが、それでも完敗である。

 沈黙するレイに対して、デュランダルは試すように笑った。

 

「本来は君が彼女に敗れるなど、有り得ないのだよ。()()()()()()()()()()()()()()()のだから」

「……どういう意味です?」

 

 レイはこれ以上話を聞けば、もう後戻り出来ない予感がした。

 育ての親であるラウの親友であり、もう一人の父や兄のように慕っていた男が内に秘めていた本性が露わになったような気がしたからだ。

 しかしそれはレイが今まで目を逸らしていたものだった。ミーア・キャンベルの名を捨ててラクス・クラインとしてデュランダルを支えている少女が、誰かの偽者を演じる運命である訳がないからだ。

 すなわちデュランダルという男の本性は、あの男と同様に他人を自身の野望を叶える為の道具と見なす冷酷な人間なのかもしれないとレイは気付いた。

 

「イブはアダムの肋骨から造られたそうだ。もちろん彼女はヒビキ夫妻の受精卵を取り出して造られた存在だが、そもそも()()()()()()()()()()()()?」

「……ギル……!」

 

 その瞬間、レイの中で全てが繋がった気がした。

 あの金髪の男と接触するまで一介の遺伝子学者に過ぎなかったデュランダルが、いつの間にかロゴスの内部事情を掴むなど高度な情報網を形成していたこと。

 代々続く資産家の名門フラガ家の当主であれば、ロゴスに関する情報を握っていても不思議ではない。そもそもロゴスメンバーの一員だった可能性も考えられるのだ。

 多くの疑問点が残るデビルズダウン作戦を決行したこと。

 デュランダルが擬えたようにアダムをあの男、イブをキラだと仮定するならば、レイダーのパイロットは()()()()()()()()だ。ならば多少強引な手段であろうと始末するのは当然ではないか。

 レイが今まで抱いていた疑念の核心に至った瞬間、デュランダルはゆっくりと拳銃を抜いた。

 

「君の生まれの不幸を呪うがいい、レイ」

 

 運命で全てを決定付けるにせよ、その頂点に立つ者は必要だ。

 それは愛する女性と子を成すことすら出来ないギルバート・デュランダルではない。せいぜい王に仕える神官程度が分相応だろう。

 高い精度で未来の事象を予見する特異な空間認識能力に加えて、その能力を十二分に引き出す優れた情報処理能力と身体能力を持ち、その不完全なクローンですら巨額を投じて造られたコーディネイターを超越した能力を有しているにも関わらず、ナチュラルとして生を受けたあの男以外に存在しないのだ。

 そしてこの世界に、王の運命を持つ者は二人もいらない。

 

「ぐっ……」

 

 反射的に身を捩ったが、それでも回避には至らない。

 レイはみるみる鮮血に染まっていく腹部を右手で抑え、無表情で拳銃を構えているデュランダルを突き飛ばした。そして近くの階段を転がり落ちるように降りて行く。

 

「君は良い友人だったが、君の父上がいけないのだよ」

 

 ラウが今も何処かで生きている以上、レイはいずれ反旗を翻すだろう。ならばロゴス軍の討伐に成功した今、先に撃っておかなければならない。自分は戦いたいのではなく、勝ちたいだけなのだから。

 けたたましい警報が鳴り響く中、格納庫の中で唯一発進準備が完了していたグフイグナイテッドに乗り込み、強引に障壁を突破してジブラルタル基地から逃走しようとするレイを見ながら、デュランダルは誰にともなく小声で呟いた。

 

 〈64〉

 

『何でこんなことになるんだよ! 何でお前はっ! いったい議長と何があったって言うんだよ!! なんで議長を撃ったんだよ!』

 

 ザフト史上初となる二度目のネビュラ勲章授与を受けるため、ルナマリアと共にジブラルタル基地に訪れていたシンは衝撃的なニュースを耳にした。

 それは親友のレイが突如デュランダル議長に銃を向け、最終的に拘束しようとした保安部を打ち倒して逃走したというものだった。

 地球連合を裏から支配しているロゴスを壊滅することに成功し、後は逃走したジブリールを倒せばデュランダルの望んでいた平和な世界が訪れるかもしれないという状況で、いったいレイは何を考えているのだろうか。

 デュランダルからの状況説明もそこそこに、二人は北米大陸に向かって西に逃走しようとするレイの追撃を開始した。光パルス推力スラスターによって絶大な推進力を獲得しているデスティニーとインパルスは、レジェンドどころかディン相当の飛行能力しか持たないグフイグナイテッドを容易に捕捉したのだった。

 

『止めろ! お前達と戦うつもりはない!!』

『もう止めてレイ!!』

 

 正面から追い掛けるルナマリアが牽制に放った光弾を避け、レイは前方に回り込もうとするシンにビームガンを連発した。しかし分身しているかのような軌道で攻撃を回避するデスティニーに、レイはコクピットの中で歯噛みする。

 腹部に受けた銃撃は護身用の小口径だったからか既に出血は収まっていたが、こんな状況でまともに二人の相手をすることは出来ない。

 

『ルナの言う通りだ! 今すぐ基地に戻れ!!』

『聞けシン! 俺は議長に──』

 

 一方的に撃たれたにもかかわらず自分が議長を撃ったことになっている以上、戻っても自分に釈明の機会など存在しないことにレイは気付いた。

 言い淀みながら右腕から伸ばしたスレイヤーウィップを振るい、対艦刀(エクスカリバー)を抜いたインパルスに攻撃を仕掛けた。二人は自分を殺すつもりはないだろう──インパルスを損傷させることに成功すれば、それを理由に撤退するかもしれないと考えたのだ。

 

『忘れてた? 私も赤なのよ!』

 

 インパルスの振るった対艦刀(エクスカリバー)が三次元的な軌道で迫っていたスレイヤーウィップを斬り裂き、突如武器を喪ったグフイグナイテッドは体勢を崩した。

 これまでザクウォーリアでは目立った成果を出せなかったルナマリアだが、先日の戦いでデストロイを1機破壊したように、高機動の接近戦で真価を発揮する新型シルエットを採用したインパルスとは相性がいいらしい。

 いくらグフがザフトの最新鋭量産機とはいえ、セカンドシリーズを遥かに超越した性能を誇るデスティニーと短時間ながらそれに匹敵する性能を持ったインパルスを同時に相手取って勝ち目などある訳がなかったのだ。

 

 ──私を裏切り、君達を裏切り、その思いを踏み躙ろうとする。それを許すのか? 

 

 出撃前にデュランダルから掛けられた言葉を思い出したシンは激高すると、光の翼とミラージュコロイドを最大出力で展開した。そしてインパルスの突進を受けて態勢を崩したグフイグナイテッドに向かって、全速力で突撃する。

 

『お前が悪いんだ! ──お前が、俺達を裏切るからっ!!』

 

 全てを斬り裂く血塗られた輝きを放つ大型対艦刀(アロンダイト)が、正面に構えていたシールドごとグフの胴体部分を両断した。

 落水したグフはやがて爆発を起こし、大きな水飛沫を発生させた。唐突に訪れた沈黙の中でシンはしばらく佇んでいたが、金髪の少年は浮上してくることはなかった。

 コクピット越しに伝わって来た嫌な感触だけが、いつまでもシンの中に残っていた。

 

 〈65〉

 

「ロゴスも呆気ないものですねぇ」

 

 アズラエルは自分の髪を指先で弄りながら言った。

 ブレイク・ザ・ワールドの被害から立ち直りつつあった地球経済は、デュランダルの行ったロゴス告発によって再び壊滅的な打撃を受けていた。ロゴスは地球上のほぼ全ての政界・企業に何らかの形で関与している存在であり、その崩壊は地球圏の経済界を大いに混乱させたからだ。唯一ロゴスの影響が薄かったプラントは更に影響力を強め、今後の経済界を支配することが予想された。

 結局のところ、大衆を支配する存在がロゴスメンバーからデュランダルに挿げ代わったというだけのことなのだ。所詮は人口六千万人程度のプラントが地球圏を支配することなど現実的に不可能だろうし、アズラエルもデュランダルの暴挙に対して指を咥えて見ているつもりなどなかったが。

 

「ジブリールはどこに逃げたと思います?」

 

 大西洋を低速で南下している輸送型潜水艦の中で、厳重な拘束を受けながら独房で静かに天井を見ていたネオに尋ねた。

 

「パナマ基地か、あるいはオーブだろうな」

「同感ですねぇ」

 

 ロゴス軍を壊滅させた対ロゴス同盟軍の次なる攻撃目標は、ジブリールの逃亡先だろうとアズラエルは予想していた。

 ジブリールが反撃を考えているのならば、戦力の大半を喪失した地上軍とは異なり、未だ十分な戦力を有している宇宙軍と合流する必要がある。

 ならば逃亡先はマスドライバー施設を有している地球連合軍のパナマ基地か、同じくマスドライバー施設を有しており、自身と繋がりのあるセイラン家が今も政権を握っているオーブだろうと考えていたアズラエルは満足そうに嗤った。上手く先回りしてジブリールを捕らえることに成功すれば、今後始まるプラントとの交渉で優位に立てるのだ。

 

「だが、次にデュランダルが狙うのはオーブだろう」

 

 まるで確信したように断言するネオに、アズラエルは怪訝な視線を向けた。

 たとえジブリールが実際にはオーブに逃げ込んでいるとしても、ジブラルタル基地とオーブの中間地点に存在するパナマ基地を先に攻略せず、一足飛びにオーブ攻撃に向かわせるのは非合理的なように思えたからだ。

 それに地球連合の同盟国として幾度かザフトと戦火を交えたとはいえ、ロゴス軍と対ロゴス同盟軍の戦いに沈黙を保っていたオーブを大々的に攻撃するとなれば、明日は我が身だとばかりに一部の部隊が同盟軍から離脱する可能性も高いのだ。元々彼らはデュランダルの告発に応じてロゴス同盟軍に参加した、日和見主義の連中なのだから。

 それだけの危険性を犯してまで、本当にデュランダルはオーブを攻撃するのだろうかと考えていると、

 

「それはそうと、随分機嫌が良さそうだな?」

「当たり前じゃないですか。ようやく厄介な頭痛の種が消えたんですよ?」

 

 哄笑しているアズラエルを横目に、ネオは呆れたように苦笑した。

 

「気楽なことだ。彼が討たれた状況で、かつてオーブを滅ぼした男の妻子がどんな扱いを受けるか分からないのかね?」

 

 この男は頭が回らない訳ではない。ただ、想像力に欠けているのだ。

 かつてニュートロンジャマー・キャンセラーを入手した時、ザフトもまたその力を保有していることを忘れて核兵器を解禁し、手痛い反撃を受けたように。

 

「…………!!」

 

 そんなネオの指摘は、ロゴス軍の壊滅を受けても全く余裕を崩さなかったアズラエルの表情を変えるには十分だった。

 かつてオーブを滅ぼしたクロトがオーブから一定の支持を受けているのは北アフリカでカガリの命を救った恩人であり、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でアズラエルのクーデターを未遂に終わらせて三隻同盟の援護に回ったからだ。

 そうでなければ三隻同盟が“プロヴィデンス”“ジャスティス”“テスタメント”“リジェネレイト”ら精鋭部隊で構成されたヤキン・ドゥーエ防衛軍を突破することは不可能であり、オーブはもちろん地球自体が滅んでいた。一見クロトはアズラエルと似ているようで、その内情はむしろ正反対だったのだ。

 

「失礼します!!」

 

 苛立ちを露わにしたアズラエルの元に、潜水艦の副艦長を務めている男がノックもそこそこに姿を現した。突如潜水艦のソナーが、3機のザフト製モビルスーツが接近する反応を捉えたという状況報告を受けたアズラエルは、慌てた足取りでCICに戻った。

 海底を進んでいる潜水艦の位置を海上艦ならまだしもモビルスーツが正確に捉えることは不可能のため、船の存在が気付かれたという訳ではなかった。そのモビルスーツ群は同士討ちを始めた末に1機が墜とされ、残る2機はジブラルタル基地が存在する方向に引き返したようだった。

 奇跡的に直撃を免れた状態で海底に沈んだコクピットブロックの中には、微かに生命反応があるようだった。




ヘヴンズベース攻略戦をわざわざ書いても、番狂わせは起こらないのでばっさりカットしました。

謀ったな、デュランダル!

地球連合は内部崩壊、地球経済は壊滅、大西洋連邦は離脱、厄介なクロトくんは死亡、ファントムペインは消滅したのでプラントの大勝利ですね。

後はジブリールとオーブ、最後にアズラエルと大西洋連邦を始末すれば平和な世界が訪れるな!!


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金色の意思

 〈66〉

 

 頭の中で、突如何かが弾けるような感覚と共に覚醒が訪れた。夢遊状態だった肉体に突然激痛と現実感が湧き上がり、クロトはぱちりと瞼を開いた。ぼんやりと滲んでいた視界は徐々にクリアになり、見慣れた金髪の少女が顔を覗き込んでいた。

 

「……ステラ?」

 

 淡く灯っていた医務室の照明が煌々と灯った。完全に静止した船体と、オーブに残っていた少女が自分の目の前に存在しているという事実は、アカツキ島に存在する地下海底ドッグに無事帰港することが出来たのだとクロトに理解させた。

 北極圏に抜ける直前、ザフトの大部隊に包囲されて起こった戦い。その戦いでインパルスに敗北したクロトはその直後からオーブに到着するまで意識を喪っていたのだ。

 全身の軋むような痛みに悩まされながら、クロトはのろのろと上半身を起こしてコップを受け取り、生温い水を一口飲んだ。

 

「何が、どうなった?」

 

 遥か遠くから断続的に鳴り響いている轟音とステラの何処か悲壮な表情は、クロトに言い様のない不吉を予感させたのだ。

 

「反ロゴス同盟軍がオーブを包囲しました。同盟軍の要求はオーブに逃げ込んだロード・ジブリールの身柄引き渡しです」

「……さっさと引き渡せばいいだろ?」

 

 オーブ連合首長国の現宰相であるウナト・ロマ・セイランは世界安全保障条約を推進するなど地球連合寄りの人間だが、現ブルーコスモス盟主のロード・ジブリールとは接点がある訳ではなかった。

 何故ならオーブはコーディネイターの受け入れを積極的に行っている数少ない国だからだ。事実、オーブ国民の大半はナチュラルであるがサハク家やキオウ家など、五大氏族の中にもコーディネイターが複数存在している国であり、もしもウナトが大々的にジブリールと手を組もうとすれば、彼らがクーデターが起こす可能性も有り得たからだ。

 クロトが唸る様な声で言うと、ステラは肩を竦めた。どうやら現在オーブが置かれている状況は、そんな単純なものではないようだった。

 

「そうしたいのは山々なんですが、どうやら()()()()()()()()()()()()らしいです」

 

 ヘブンズベースの戦いで反ロゴス同盟軍に敗北し、他のロゴスメンバーを見捨てて逃亡したジブリールはデュランダルの声明ではオーブ国内にいることになっているが、オーブの情報機関の調査では地球連合軍が保有しているパナマ基地に逃げ込んだ可能性が高いとのことだった。

 

「そういうことか」

 

 いわば悪魔の証明だ。

 誰かが特定の場所にいることは容易に証明出来るが、反対にいないことを証明するのは極めて困難だ。

 まして相手はデュランダル──ラクスの権威を利用するために偽者を擁立して本物を暗殺しようとし、今も言葉巧みに平和を謳いながらジブリールと同じくこの戦争を煽り続けている張本人だ。実際にジブリールの身柄を拘束するまで、その事実は認めないだろう。

 

ODR(オルガとシャニ)は急遽パナマに飛んだそうですが、もう手遅れかもしれません」

 

 一層大きくなった轟音と絶望的な状況に、クロトは顔を歪めた。

 ジブリールを宇宙に逃がせば、その身柄を押さえることは極めて困難になる。今のジブリールは四面楚歌に陥った重罪人の様な存在だが、それでも地球連合軍に大きな影響力を持つ要人である。月に存在する地球連合宇宙軍に保護を求めれば応える勢力は一定数存在するだろうし、そこから奪い返す時間的余裕はない。

 

「当然、存在しない者は引き渡せないとオーブ政府は抗議しましたが、同盟軍はこれを挑発行為と断定し、先程戦闘が始まりました。……まさか本気で攻撃されるとは思ってなかったのでしょうね。各地で防衛線を突破されているようです」

「……だろうねぇ」

 

 少なくともデュランダルに、最初から交渉するつもりなどなかったのは明白だ。所詮は小国家に過ぎないオーブの情報機関がジブリールの居場所をある程度把握しているなら、ロゴスの内情を掴んでいたデュランダルが把握していない訳がない。ジブリールを匿っているという大義名分を理由に、オーブを攻撃する好機だと考えたのだろう。

 事実、派遣艦隊の中核だった大型航空母艦タケミカヅチを喪失したことで早々に戦線離脱した形となったオーブ軍は未だ相当の戦力を保持しており、世界各地に軍を広く展開しているザフト単独での攻略は困難だと見られていたのだ。

 

「カガリ達は?」

「このままオーブが焼かれるのを黙って見ている事は出来ないと、先程カガリさんは国防本部に向かわれました。……キラさんは先程、キサカさんと前代表が遺したモビルスーツを取りに行くと言って出て行かれました」

 

 ステラは机の上に置いたリモコンを示した。

 褥瘡や筋力の低下を予防するためにキラが取り付けていた電気刺激装置を利用し、ステラは人為的な手法でクロトを覚醒させたのだ。一歩間違えれば容体を悪化させる危険極まりない行為だったが、今のクロトには必要な行為だとステラは考えたのである。

 

「助かった」

 

 クロトは点滴を取り外して立ち上がると、拳を握り込んで指先の感触を確かめた。モビルスーツの操縦に支障はないと感じたクロトは格納庫に向かうため、ステラを置いて医務室を離れようとした。そんなクロトの背中を、ステラは撫でる様に触れた。

 

「私、マユちゃんの家族を撃ったみたいです」

 

 キラの設立した研究所に患者として訪れ、ステラとは友人のような関係である盲目の少女──マユ・アスカはかつてオーブ解放作戦に巻き込まれ、白いモビルスーツと戦闘していた黒いモビルスーツに撃たれて両親を喪ったという。

 突然の告白に、クロトは何を言っていいのか分からなかった。何か少しでも歯車が狂っていれば、クロトもステラと同じ立場だったことが理解出来たからだ。

 それどころかパイロットがキラでなければ、自分はどんな手段を用いてでもフリーダムを討とうとしたかもしれない。それこそ、逃げ遅れた民間人を人質として利用してでも。

 

「それは違う」

 

 しかしクロトは、ステラの懺悔を否定した。

 精強なザフトに対抗するため、地球連合軍とブルーコスモスがロドニア研究所で共同開発した生体CPUの一人──ステラ・ルーシェ。

 いくら暴走していようが、彼女は無関係な人間に対して暴力を振るうような人間ではないことをクロトは知っていた。

 

「君に撃たせたのは僕だ」

 

 曲がりなりにも当時ステラを指導する立場であり、危うい精神状態にあった彼女を放置していたのは他ならぬクロトである。ならばその罪悪感を少しでも肩代わりするのは当然であって、責任逃れする行為は卑怯だと思ったのだ。

 

「それでも何かしたいと思うなら、君が守るんだ」

 

 クロトが立ち去ると、弱々しく見送ったステラはその場で泣き崩れた。

 

 

 

 オーブの危機に対応するため、ラクスはエターナルを狙っていた襲撃部隊の対処をアスランとバルトフェルドに任せ、単独でモビルスーツに乗って降下していた。ヘブンズベースの勝利で勢いに乗っている同盟軍を撃退するためには、そのモビルスーツとラクス・クラインがオーブ国内に存在することが肝要だったからである。

 格納庫の一角で一人佇む少女の姿を確認したクロトは、そんな彼女の先に鎮座している灰色のモビルスーツに視線を向けた。それはファクトリーが開発し、遂に完成にまで漕ぎ着けた最新鋭のモビルスーツだった。

 

「君が乗って来たの?」

「クロト様!?」

 

 キラから意識不明の重傷だと聞いていた少年が目の前に現れたことで、この絶望的な戦況をどう乗り切るか考えていたラクスは驚きの声を上げた。

 そして慌てて駆け寄ろうとするが、クロトは右手を挙げて制止した。

 

「お身体の方は、大丈夫なのですか?」

「あぁ。……そんなことより、すぐ動かせる?」

 

 素人目にも危うい状態でありながら、迷いなくそのモビルスーツに向かって進み始めたクロトの背を見ながらラクスはしばし茫然としていたが、やがて微笑みに変わった。

 数奇な宿業を背負った末に一人の少女と出会い、どんな状況でも決して折れない信念を手に入れた少年が立ち上がったのだ。

 ならば自分に出来るのは、この勇敢な少年を見送ることだけだ。ラクスは格納庫を去ると、慌ただしく出撃準備を行っていたCICの一席に腰掛けて口を開いた。

 

『X21A──ストライクレイダー、発進どうぞ』

 

 透き通る様なラクスの声が響き渡った直後、カタパルトから射出された灰色のモビルスーツは背部の蒼い大型機動ウィングを展開しながらモビルアーマー形態に変形した。

 単純なパワーはレイダーの倍以上なのに、まるで長い間乗り続けている相棒の様に感じるのはキラが作成した専用OS故か、あるいはファクトリーの保有している技術力の賜物か。

 機体を覆うVPS装甲は黒を基調としながらも、バイタルエリアはトリコロールカラーの鮮やかな輝きを放つ鮮やかなモビルスーツが大空を駆け始めた。

 

 〈67〉

 

 カーペンタリア基地から出撃した精鋭部隊を中心に、周辺海域に展開していた同盟軍で開始されたオーブ侵攻作戦“オペレーション・フューリー”は同盟軍優勢のまま進んでいたが、初日の昼にして早くも正念場を迎えていた。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という情報が流れたことに起因するものだった。

 もしもそれが事実であれば、アスハ家に忠誠を誓う者が多いオーブ軍は今まで以上に頑強な抵抗を行うだろう。そして早々にカガリを討ち取ることが出来れば、オーブ軍は戦意喪失して降伏するだろう。

 現在オーブ軍の指揮を取っているのは“オーブの軍神”と謳われる女傑だが、劣勢に陥れば自身の本拠地であるオーブの宇宙ステーション“アメノミハシラ”に逃げ出すのが関の山だろう。そんな風に考えていたマーレ・ストロードはインパルスを操り、秘密の海底軍港が存在するらしいアカツキ島に向かっていた。

 ヘブンズベースの戦いではシン・アスカに手柄を取られてしまったが、あんな余所者にエリートの自分が二度も三度も後塵を拝する訳にはいかない。

 幸い目標の海底軍港発見には成功したが、レーダーで確認出来るだけでもたった2機の迎撃機に対して25機のグフとバビが群がっている状況だ。所詮は脆弱なナチュラルだろうが、願わくば自分に討たれるまで生き残って欲しいものだ。

 そう鼻歌交じりに考えていたマーレは、驚愕の光景を目にすることになった。

 

『!』

 

 クロトは前方から迫る無数の光弾を紙一重で避けながら反転すると、背後の海底軍港に向かうミサイルを右腕の複合防盾兵器に搭載された機関砲で撃ち落とした。

 再度弧を描くように反転し、加速したクロトはビームガンを連射するグフイグナイテッドの間を錐揉み回転しながら潜り抜け、擦れ違いざまに腰部に搭載した大型クローから伸ばした狼爪(フェンリル)でコクピットを切り裂いた。

 

『何だあの機体は!?』

 

 突如現れたモビルスーツが、ザフトの最新鋭量産機であるグフイグナイテッドを圧倒する機動力に、通常装甲ながら理論上は大気圏内への単独突入すら可能な装甲を貫く火力を示したからだ。

 

『新型か!? 早いぞ!』

 

 まさかオーブ軍の新型機か。そう考えて警戒を深めたザフトのパイロット達だったが、その中の数人がその機体の奇妙な造形に気付いた。

 

『フリーダム!』

『いや、レイダー!?』

 

 そのモビルスーツはシンプルでありながら洗練された構造で、フリーダムの様な神々しい雰囲気を漂わせながら、レイダーの様に禍々しい気配を湛えていた。

 それはまるで神に叛逆し、天界を追放された堕天使のようだった。

 左右から襲い掛かろうとしたバビ隊は、機体の両肩に搭載された電磁砲(デリュージー)で次々にコクピットを撃ち抜かれて爆散する。

 

『…………!』

 

 意識不明の重体だったクロトが、再び戦場に現れた。

 上空で複数のグフイグナイテッドを相手に戦っていたキラがその事に意識を取られた瞬間、黄金に輝くモビルスーツの手足を狙ってスレイヤーウィップが鋭く伸びた。

 しかしキラはウィングユニットから射出した光輪で上下左右から迫る超弾性鋼製の鞭を斬り払うと、突如敵の密集地帯に向かって全速力で急降下した。

 

 わざわざ自分から危険地帯に潜り込んでくるとは──。

 

 パイロット達が勝利を確信しながら一斉射撃した直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『なっ!?』

 

 元代表首長ウズミがカガリの危機に備えて遺したフラグシップ機“アカツキ”に、その姉妹であるキラの適性を元に造られた高機動ストライカー“アマテラス”。

 その2つを統合し“アマテラスアカツキ”と名付けられたモビルスーツに搭載されたナノスケールのビーム回折格子層と超微細プラズマ臨界制御層で構成された鏡面装甲が、周囲から放たれた無数のビームをそっくりそのまま反射したのだ。

 最大10機の標的を同時捕捉可能なマルチロックオンシステムと、キラの正確無比な操作によってコクピットを避ける形で。

 

『馬鹿な……!』

 

 たった2分で25機のグフ、バビで構成されたザフトの精鋭部隊が全滅した現実を受け止められず、唯一取り残されたマーレはコクピットの中で絶句した。

 咄嗟に最大出力で光の翼を展開し、恐るべき敵から逃走しようとしたマーレの前に蒼い大型機動ウィングを展開した堕天使が立ち塞がった。

 

『──!!』

 

 マーレは背部から伸ばした2門のビーム砲塔から無数の光弾を放ちながら距離を取ろうとしたが、クロトは変幻自在のスラスター制御で接近に成功すると、インパルスの進行方向を狙って左腕に構えていた極破砕球を全力投擲した。

 陽電子リフレクターやビームシールドに対抗するため、加工の難しい金属球部分までビームコーティングを施された極破砕球(ハイパーミョルニル)が、先日の戦いではデストロイの集中砲火すら防ぎ切った鉄壁の盾を貫いた。

 

『滅殺ッ!!』

 

 ファーストシリーズ特有のXー100系の影響が色濃く残るストライクレイダーの顔面を覆っていた防弾性シャッターが開いた。その直後、内部から姿を覗かせた砲口から放たれた極大の閃光がインパルスを呑み込み、粉微塵に爆散させた。

 

『オーブは、もう二度と焼かせちゃいけない』

 

 周囲の全敵性反応の無力化に成功したことを確認したクロトは、静かな声で言った。

 敵はあまりにも強大で、自分には何も出来ないかもしれない。多くの命を奪った自分には、幸せになる権利なんてないのかもしれない。

 だけど第二のマユやステラを生み出さない為には。自分なりの罪滅ぼしをするためには。

 この国を守り抜き、戦争を終わらせなければならない。

 それがきっと、僕に出来る唯一のことだ。

 

『行こう。カガリが待っている』

『うん』

 

 クロトの決意を感じたキラは大きく頷き、モビルアーマー形態に変形したストライクレイダーと隊列を組み、オノゴロ島に向けてアマテラスアカツキを飛翔させた。

 ようやく手に入れた自由を守る為に。戦う為に。




最初は開戦時のゴタゴタを書いていましたが、最終的にカットしました。

強制覚醒→お悩み相談→即出撃とハードですが、一週目と比較すると余裕なのでノーダメです。
  
堕天使は自由意思によって堕落した天使説があるので、ストライクレイダーの比喩に採用しました。

一方のキラちゃんですが、オリジナルのストライカーを装備してマルチロックオンシステムを追加したアカツキです。
名称からも分かるように、ゴールドフレームアマテラスの本体がアカツキに変わったイメージです。


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反攻の狼煙

 〈68〉

 

 オーブ本島の南に位置し、国防本部とモルゲンレーテが存在することから反同盟軍の攻略目標とされたオノゴロ島。

 その厳重な防衛線は同盟軍の侵攻を受けて次々突破され、各地で激しい戦火が広がっていたが、未だオーブ国防本部は陥落を免れていた。

 それはクレタ島での戦死を受け、再度就任した“オーブの軍神”の機動防御が、その性質上足並みの揃わない同盟軍に対して有効だったからである。

 オーブ軍の主力量産機である“ムラサメ”は大気圏内の空戦能力において、同盟軍の主力を構成するザフト製モビルスーツに対して互角以上の能力を誇っている。

 当時の“アストレイ”を主力とするオーブ軍では限界があったとはいえ、水際作戦を選択したことで大敗を喫した先の対戦時の反省点から、機動力を利用して部分的な数的優位を造り出すことで圧倒的多数の同盟軍を撃破していたのである。

 

『ジブリールは?』

『まだ見つからないそうよ。なかなか頑強に抵抗されているみたいね』

 

 同盟軍の旗艦“セントへレズ”から再三に渡る援軍要請を受け、タリア・グラディスはCICの中で一人唇を噛み締めていた。

 ヘブンズベースを巡る激戦に加えて、ジブラルタル基地で起こったグラディス隊のエース、レイ・ザ・バレルの起こしたギルバート・デュランダル暗殺未遂事件。

 その顛末も含めて消耗の激しいミネルバクルーにはひとまず休息が必要だというのに、デュランダルの新たな命令を受け、落ち着く暇もなくオーブに飛んでいたのだった。

 予備戦力が存在するならば、使いたくなるのは部隊を率いる者として当然であり、それが先の戦いで同盟軍の勝利に大きく貢献したグラディス隊なら尚更だった。

 

「私が出ます」

 

 ルナマリア・ホークは強い口調で言った。

 相次ぐ激戦で蓄積した肉体的疲労に加えて、デュランダルの命令とはいえ親友のレイを自らの手で討ったシンの精神的疲労は極めて深刻だと感じていたからだ。

 そんな状況で、今も憎んでいるとはいえ療養中の妹──マユ・アスカを含めた知人が在住しているオーブを討たせることは酷だと考えたのだ。

 もちろん攻撃目標はオノゴロ島などの軍事施設であり、無関係な民間人に対する攻撃は大々的に行われていない。しかし最優先目標であるロード・ジブリールを討つため、それ以外の施設に対する攻撃も事実上黙認されているのが現状だ。

 口には出来ないが、シンの両親と同じく不幸な流れ弾で亡くなった民間人も多数存在するだろう。ハイネとレイがいない今、シンを止められるのは恋人の自分だけなのだ。

 

「あの機体は!?」

「……獅子の娘が戻ったか!」

 

 そんなルナマリアの抵抗も、僅かな間だけだった。

 順調に侵攻を続けていた同盟軍のモビルスーツ隊が、周囲のムラサメ小隊を率いて現れたストライクルージュの反撃に遭い、海岸線付近まで押し戻された報告が上ったのだ。

 プラント国防委員会直属の部隊員であることを意味する特務隊は個々に自由行動の権限を持っており、その権限は通常の部隊指揮官より上位である。

 そんな特務隊に抜擢されたシンの行動を制限することが出来るのは、任命者である国防委員会、あるいは議長だけだからだ。それはシンの所属しているグラディス隊の部隊指揮官であり、同じ特務隊員のタリアも例外ではなかった。

 ここで自分が彼女を討てば、この戦争は終わる。

 これ以上、オーブが焼かれる前に。

 これ以上、悲劇を繰り返さない為に。

 自分は一刻も早くカガリ・ユラ・アスハを殺さなければならない。

 もう止まれない。

 平和な世界を創る為とはいえ親友を手に掛けてしまった自分は、たとえどんな敵とでも戦わなければならないのだ。

 

 

 

 大型ビームランチャーから放たれたたった一発の光弾によって、ビームを吸収拡散する特殊な加工が施された筈の装甲が融解した。カガリはその機体の凄まじいパワーに驚愕しながら、左手に構えていたシールドの残骸を放り投げた。

 オノゴロ島の港湾内に突入したミネルバから出撃したデスティニーが、カガリの率いていたムラサメ小隊に猛攻を開始したのだ。

 

『大した腕もないくせに!!』

 

 セイバーを墜とした正体不明のパイロットならまだしも、所詮は多少の軍事訓練を積んだ程度のカガリに負けることなど、たとえ天地がひっくり返っても有り得ない。

 シンはミラージュコロイドと光の翼を同時に展開し、隊列を組んで一斉射撃を行うムラサメ隊の攻撃を蜃気楼のように躱しながら突撃した。

 1機を擦れ違いざまに大型対艦刀(アロンダイト)で両断し、反転しながら左手の掌部ビーム砲で更に1機を爆散させる。今まで圧倒的多数の同盟軍を退け続けていた馬場らオーブ軍の精鋭部隊でさえ、遺伝子上アスラン・ザラに匹敵するシンの潜在能力を極限まで引き出す為に調整が施されたデスティニーの動きを捉えることは出来なかったのだ。

 

『くっ……!』

 

 ここで自分が討たれることは、オーブ軍の敗北を意味する。

 カガリは急降下してデスティニーから距離を取ろうとするが、追い掛けるように放たれたビームブーメランが弧を描きながら飛び、ストライクルージュの足を切り飛ばす。

 シンは体勢を崩したカガリを挟み撃ちするように再度ビームブーメランを投擲し、逃げ惑うストライクルージュを挟み撃ちにするような形に追い込んだ。たとえどちらかを防いだとしても、もう片方が確実にコクピットを貫く軌道だ。

 これで何もかも終わりだ。

 そう確信した瞬間、突如レーダーの範囲外から現れたアカツキの放った光弾がストライクルージュを斬り裂こうとしていたビームブーメランを迎撃した。

 

『!』

 

 突如付近で起こった爆風を受けて吹き飛ばされたが、鮮やかな真紅の輝きを放つオーブのフラグシップは未だ健在だった。それはコンマ1ミリの狂いも許されない神業だったが、シンの攻撃は失敗したのだ。

 しかしシンはその失敗以上に有り得ない事が起こっている現実が受け止められず、コクピットの中で絶句した。

 

『なんで、そんな……!』

 

 ビームブーメランを迎撃した純白の翼を展開しているアカツキと共に、蒼い大型翼を伸ばしたストライクレイダーが天空から舞い降りた。

 クロトは一瞬茫然としたデスティニー目掛けて極破砕球(ハイパーミョルニル)を投擲すると、咄嗟にシンが左手甲から展開したビームシールドを呆気なく貫通した。

 その後ろに構えていた対ビームコーディング防盾が直撃を防ぐものの、ストライクレイダーの膂力によって莫大な運動エネルギーを得た質量兵器は、デストロイの最大火力すら受け切る程の堅牢さを誇っていたデスティニーを後退させた。

 

『レイダー……!』

 

 シンは憎々しげに自らの手で葬り去った機体の名前を口にしたが、もちろん眼前の敵はレイダーの後継機であることは瞬時に理解していた。

 レイダーに加えてフリーダムを連想させる機能美を漂わせた基本構造や、以前は露出していた頭部の高出力エネルギー砲(カリドゥス)を覆い隠すフェイスシャッター。

 それ以外にも鉄壁を誇るビームシールドを無効化する極破砕球(ハイパーミョルニル)、右腕に装備したビームキャリーシールドなど、前期GATシリーズの改修機に過ぎない旧レイダーとは比較にならない戦闘能力を秘めた存在であることは傍目にも明らかだったからだ。

 そんな新型レイダーの性能を十全に引き出すことが出来るパイロットは、シンの知る限り一人しか存在しない。かつて北極圏で行われた“デビルズダウン作戦”で死闘の末に討ち取った筈のレイダーのパイロットが、不死鳥の如く蘇ったのだ。

 それは悪夢だった。それどころか悪夢の方がマシだと思った。

 どうして自分がオーブを討っていて、反対にレイダーのパイロットがオーブを守っているのか理解出来なかった。全てが間違っている様な気がした。俺とお前は逆の立場だった筈だとシンは心の中で絶叫した。

 

『キラはカガリを連れて国防本部に。アイツは僕が引き受ける』

 

 周囲の状況を確認したクロトは指示を飛ばした。

 指揮系統の混乱は、そのまま部隊の混乱に直結する。それは通常の軍と異なり、カガリ個人に忠誠を誓う者も多数存在するオーブ軍であれば尚更だった。

 公式上はその真偽が曖昧なカガリをカガリ・ユラ・アスハ本人だと認定させた上で、ミナと代わって国防本部で全体の指揮を執るか、あるいはミナに全軍の指揮を任せてカガリ本人は援護に回るのか判断する必要があったのだ。

 それに加えて、大気圏外からまもなく降下する友軍の情報共有が必要だった。この状況下で貴重な戦力である彼らを、オーブ軍と同士討ちさせる訳にはいかないのだから。

 

『くっそー!!』

 

 無線が拾った声に激高したシンは光の翼を最大出力で展開すると、背部ユニットから抜いた大型対艦刀(アロンダイト)を大きく振り被った。対してクロトはビームキャリーシールドに内蔵された対艦刀を抜き、デスティニーに向かって加速する。

 グフイグナイテッドに採用されたビームソードを参考に、刃身の一部に対ビーム耐性を持った特殊な装甲材“レアメタルΩ”を採用することで、本来対艦刀にとって鬼門のビームサーベル相手にも決して当たり負けしない様に製造された刃が、デスティニーの最大火力である大型対艦刀(アロンダイト)と激しく交錯した。

 

 〈69〉

 

 オーブの救援に現れたレイダーが、オノゴロ島港湾部の上空で反ロゴス同盟軍の切り込み隊長であるデスティニーと互角の戦いを繰り広げている。

 その情報がオーブ軍に与えた心理的な影響は甚大だった。オーブはナチュラルとコーディネイターの共存を政策に掲げる国家だが、それでもコーディネイターに対する脅威は脳裏に刻み込まれていた。それが単独でロゴス軍の主力部隊を叩き潰し、今も短時間で無数のオーブ軍を撃破したデスティニーであれば尚更だった。

 そんな最強のデスティニーを相手に、かつてオーブを滅ぼした忌まわしきモビルスーツが奮闘しているのだから自分達も諦める訳にはいかないのだ。

 同じく反ロゴス同盟軍に与えた影響も大きかった。地球連合軍の象徴的存在だったレイダーを討ち取ったことで、同盟軍の主導的な立場を確立することに成功したデュランダルとその先鋒であるグラディス隊の権威が失墜したからだ。

 

「今日は出ないの?」

 

 両者の混乱に乗じて海底基地から出撃し、前線に現れたミネルバと砲撃戦を開始したイズモのCICで、アウルは意外にも静かに戦況を眺めていたカナードに言った。

 

「出るワケないだろ。今ノコノコ出て行けば、奴等の思う壺だ」

「へぇ、そのくらいの頭はあるのか……いてっ!!」

 

 カナードはスティングの頭に拳骨を落とした。

 現在オーブ軍の置かれている状況は、眼前に展開している敵を撃破すれば解決するというものではない。現在オーブを包囲している同盟軍はカーペンタリア基地に駐留していたザフト軍を中心とする部隊であり、ジブラルタル基地に集結している同盟軍の主力部隊はミネルバを除いて未だ動いていなかった。

 ロゴス軍が籠城していたヘブンズベース基地ならともかく、あくまでジブリールの逃走予想先に過ぎないオーブに対する攻撃は賛否両論の意見も多かったのだ。そんな中でジブリールの直属部隊“ファントムペイン”の健在を示すアビスの投入は、ザフト単体が相手の状況下ならまだしも、同盟軍相手にはジブリールが国内に存在することを示す証拠として認識される危険性が高かったのだ。

 

「でもさぁ。またアイツ負けるんじゃないの? 性能は相手の方が上っぽいよ?」

 

 最大出力で光の翼を展開したデスティニーの突撃に押し込まれ、猛烈な勢いで地面に叩き付けられたストライクレイダーを見てアウルは呆れたように言った。

 高機動強襲機として圧倒的な機動力を誇るストライクレイダーだが、それでも核動力の産み出す無尽蔵の電力で巨大な光の翼を形成することで、絶大な推進力を獲得しているデスティニーには一歩及ばない。

 クロトは追撃の振り下ろしを後方に滑るような軌道で避け、機先を制するようにビームキャリーシールドを追撃に合わせて斬撃を受け止める。即座に大型クローを左右に展開するが、それを読んでいたデスティニーは機体を翻し、至近距離で放たれた光弾を急上昇で回避する。

 

「そうでもねーさ。要は戦い方だ」

 

 クロトの放った極破砕球(ハイパーミョルニル)がストライクレイダーの後方に回り込もうとしていたデスティニーを捉え、シールドごと後方に大きく吹き飛ばした。

 即座に体勢を立て直し、金属球を手元に引き戻した一瞬の隙を突いてシンは左腕一本で大型ビームランチャーを展開するが、その動きに鋭く反応したクロトはストライクレイダーのフェイスシャッターを開放する。

 

『!!』

 

 デスティニーの放った高エネルギー光線がストライクレイダーの高出力ビーム(カリドゥス)と空中で衝突し、二人の間に眩い閃光と衝撃を発生させた。

 

 

 

 

 別の戦線では、更なる戦況の変化が起こっていた。

 大気圏外から現れた降下ポッドの中から出現した3機の奇妙なモビルスーツが、大きく戦線を押し込み最終防衛線に迫っていた同盟軍を瞬く間に撃破したのだ。

 その3機のモビルスーツ乗り達は、いずれも先の大戦でオーブ軍を援護するために自らの組織を離反した者だった。

 

『やっぱり懐かしいですね、地球の重力は』

『何を言ってんだ。さっさと行くぞ!』

『あぁ、俺達がオーブを守るんだ!!』

 

 ザフトの次期量産機として開発されたものの、ミラージュコロイドの軍事利用を禁じるユニウス条約で一部の兵器が使用不能になったことや、新機軸のホバリング推進システムが不評だったことでコンペティションで落選し、その設計データを基に“ターミナル”が製造したモビルスーツ“ドムトルーパー”。

 ミラージュコロイド搭載機での実戦経験を持つニコル・アマルフィ。

 ホバリング推進システムと操縦感覚が近いVTOL機の実戦経験を持つムウ・ラ・フラガ、及びトール・ケーニヒ。

 平時はピアニスト、軍教官、テストパイロットとそれぞれ別の道を歩んでいるが有事の際は“ターミナル”の一員として戦うことを誓った3人は、その性能を引き出すパイロットとして見出されたのである。

 

『サハク司令はいったい何をやっている! このままでは司令部が墜とされるぞ!?』

 

 アスランは地中から飛び出した地中機動量産機“ジオグーン”を足先で蹴り飛ばし、膝部から爪先部に掛けて伸びたビームブレイドで頭部を斬り裂いた。

 デュランダルがラクスに差し向ける無数の追手に対抗する為、アスランは継戦能力に不安の残る“黄昏”から、ターミナルの用意した新型機動兵器に乗り換えていた。

 総合的な能力はストライクレイダーを上回るモビルスーツ──そんな正義を求めて彷徨う怪物(インフィニットジャスティス)に対抗出来るモビルスーツなど、デスティニーを完全に封じ込められている同盟軍には存在しなかったのだ。

 

 

 

『くそっ!! なんでこんな!!』

 

 各地の戦線から送られてくる苦戦の報告に、シンはコクピットの中で叫んだ。

 一刻も早くカガリを討たなければ徒に両軍の被害が拡大するだけだというのに、目の前のストライクレイダーを倒せないからだ。そんな焦燥感に囚われて単調な攻撃を繰り返していたシンに生じた僅かな隙を、クロトは見逃さなかった。

 

『!』

 

 集中状態に突入したクロトは大型対艦刀(アロンダイト)の間接部分に刻まれていた刃毀れの様な損傷を狙い、両手で握り込んだ対艦刀(ガラディーン)を真一文字に振るった。

 

『なっ……!?』

 

 デストロイの重装甲すら一刀両断で斬り捨てて来た大型対艦刀(アロンダイト)に、ストライクレイダーの対艦刀が喰い込んだ。地球連合軍の大型モビルアーマーが纏う重装甲を想定して設計された大型対艦刀(アロンダイト)は、対モビルスーツ戦を想定して設計された対艦刀(ガラディーン)と比較して耐久性が劣っていたのだ。

 強烈な負荷が掛かったストライクレイダーの関節部位から紫電が零れ、無防備な姿を晒したデスティニーのコクピットに電磁砲(デリュージー)が直撃した。

 

『……!』

 

 VPS装甲は大抵の実体攻撃を無効化するが、それでも衝撃自体は消失しない。

 最大の武器である大型対艦刀(アロンダイト)を喪失し、爆撃の様な衝撃を受けたシンは意識を手放しそうになったが、悠然と極破砕球(ハイパーミョルニル)を構えたストライクレイダーを見た瞬間、燃え盛る様な怒りで覚醒した。

 

『これがビームだったら、もう終わってるって──』

 

 ストライクレイダーの頭部に搭載された高出力エネルギー砲(カリドゥス)を撃てば、完全に両腕が封じられてたデスティニーでは防ぎようがなかった。そんな状況でわざわざクロトがデスティニーにとって有効打にならない電磁砲(デリュージー)を選択したのは、自分を嘲笑う為に挑発したと考えたのだ。

 

『そう言いたいのかよ、アンタは!!』

 

 言葉に込めた憤怒の感情とは正反対に、思考がクリアになったシンは光の翼を展開するとビームライフルを構え、縦横無尽に飛び回りながら撃ち始めた。

 シンが誘いを掛けた高速戦闘には付き合わず、ビームキャリーシールドで攻撃を防ぎながら極破砕球(ハイパーミョルニル)で牽制を行いながら、クロトは無線回線で妙な因縁を付けようとするパイロットに切り返した。

 

『はぁ? ここで核爆発されたら困るだろうが!』

 

 再びオーブを滅ぼそうとする反ロゴス同盟のエースパイロットであるシンを相手に、クロトが挑発行為を行う理由などなかった。バッテリー残量を一切考慮せずに猛攻を仕掛けるシンの様子から、デスティニーは核原子炉を搭載していると仮定したクロトはコクピットに対する物理攻撃を繰り返すことで、パイロットの無力化を企んでいたのだ。

 一か八かの相討ちを狙い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは十分に考えられるのだから。

 

『なっ、何をっ……!』

 

 シンは言葉に詰まった。

 眼前の敵を討ち取ることよりも、核爆発の阻止が大事だ。そんなクロトの返答は一切反論の余地がないように思えた。もしもこのオノゴロ島上空で核爆発が発生すれば、オーブに甚大な被害をもたらすことは明白だったからだ。

 しかしそんな仇敵の口にした言葉を、シンは受け入れることが出来なかった。

 

『何を綺麗事を!! この死に損ないが!!』

 

 その後も喚きながら猛攻を続けていたシンに、撤退命令が下された。

 最大火力である大型対艦刀(アロンダイト)とビームブーメランを喪った状態でストライクレイダーを討ち取るのは難しいと判断されたことと、カガリ・ユラ・アスハを指揮官に据えたオーブ軍が体勢の立て直しに成功し、更に援軍がオーブ軍に加勢したことで戦線が膠着状態に陥ったからだ。

 やがて同盟軍は攻略部隊を領海付近まで一時撤退させ、オーブ軍がその追撃を避けたことで初日の攻防は集結した。




当然ながら原作では一切接点はありませんが、もしも生きていればオーブ解放作戦に連合側で参加した+ステラちゃんと同じ過去持ちのキャラなので、かなり重要な立ち位置だった……?

また今まで作劇上影も形もなかった三人組、及びアスランくんも救援に来てくれました。そもそもオーブ軍人だろというツッコミは無しです。

阿井上夫先生から素敵な支援絵を頂きました。胸部装甲を抑えられないキラちゃん&カナードちゃんです。

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キラちゃん

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カナードちゃん

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オペレーション・フューリー

 〈70〉

 

 太陽が水平線に沈み始める中、クロトは空中でホバリングさせていたストライクレイダーを降下させ、モルゲンレーテ本社工廠の敷地内に設置された拠点に着陸した。

 ニュートロンジャマーがもたらす電波障害によって、レーダーの性能が旧時代相当に劣化している現代戦において夜間戦闘は好条件が揃わない限り行われていない。まして地の利は防衛側のオーブ軍にある状況で、その構成上の関係で連携に欠ける同盟側から攻撃を仕掛けることはまず有り得ない。

 カーペンタリア基地の駐屯部隊、及び周辺に展開していた反連合軍とジブラルタル基地から駆け付けたグラディス隊等で構成された同盟軍が“オペレーション・フューリー”と宣言して始まった一日目の戦いが終了したのだ。

 

「…………」

 

 複数のジャイロ・ヘリが赤い空を忙しなく舞っている。傷の浅い者は付近の医療テントで治療を受け、対応出来ない者は本島の医療機関に次々と移送されていた。

 カーペンタリア駐屯軍と周辺に展開していた反連合軍に加えて、ジブラルタル基地から駆け付けたグラディス隊、コンクルーダーズで構成された同盟軍。それにに対して、亡命先から帰国したカガリ・ユラ・アスハを司令官としたオーブ軍に、非政府組織ターミナルから送り込まれた援軍を加えた国防軍。

 決して少なくない者が命を落とし、それを遥かに上回る数の負傷者を出した。戦場になったオノゴロ島はあちこちが同盟軍の侵攻を受けて破壊され、逃げ遅れた民間人を含む多数の被害を出していた。一部それ以外の島にも少なからず被害が生じていた。

 しかしかつて行われた“オーブ解放作戦”を上回る両軍の戦力差を考慮すれば、一日で陥落しなかったのは奇跡である。

 もっともそれはヘブンズベース攻防戦でザフトの圧倒的な力を示したコンクルーダーズの一人を討ち取り、現状同盟軍の最大戦力と目されるデスティニーを単独で抑え込んでいたストライクレイダーの成果が大きかった。ハイパーデュートリオンエンジンを搭載し、世界最高の機動力を有しながら戦艦級の火力を誇るデスティニーを自由にさせれば、オーブ軍に対処する手段は存在しないからだ。

 クロトは疲弊し切った身体を引き摺る様にコクピットから降りると、その場で蹲ったまま動けなくなった。オーブ領内での核爆発を避けるため、デスティニーを撃破する方法は物理的な衝撃で機械系統の異常を引き起こすか、そのパイロット自体を昏倒させる以外に有り得ない。極破砕球(ハイパーミョルニル)電磁砲(デリュージー)で相当の打撃を与えたクロトだったが、シンの戦闘データを基に最適化されたVPS装甲と、特殊な複合素材で構成された内部骨格で堅牢に守られたデスティニーを機能停止させるには至らなかったのだ。

 

「大丈夫?」

 

 疲労の濃い顔を心配そうに覗き込み、キラは右手を差し出して立ち上がらせた。純粋な身体能力はともかく、総合的な体力はキラの方がずっと上だったのだ。クロトは付近の衛生兵から水を受け取ると、一口で呑み込んで息を吐いた。

 

「この機体は……?」

 

 クロトはキラが降りて来た奇妙なモビルスーツに目を移した。

 眩い金色の装甲を纏い、純白の翼を背負う美しい天使が灰色に変わったストライクレイダーの隣で悠然と起立していた。

 型式番号ORB-01-Re〈AMATERASU〉。

 通称“アマテラスアカツキ”。

 元オーブ代表首長ウズミ・ナラ・アスハが遺した機体に、ロンド・ミナ・サハクが自らの後継者に託す機体の開発データを基に製造させた新型ストライカーパックを搭載することで完成したモビルスーツである。

 D.S.S.Dが開発した惑星間推進システム“ヴォワチュール・リュミエール”に近似した機構を採用しているこの機体は、そのウィングユニットで受けた太陽風やビームをエネルギー変換することで理論上無限の推進力とパワーを獲得する。そして自らもデュートリオンビーム送受信機能を持っており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「セイラン家の屋敷は蛻の殻だ。やられたな」

 

 気付けば2人の背後にアスランが立っていた。

 ターミナルが旧ジャスティスに搭載していた核エンジンを基に、唯一開発に成功したハイパーデュートリオンエンジン搭載機を託され、キラと共にオーブ軍司令部に迫っていた多数の同盟軍を撃破したパイロットだ。

 

「このままでは勝ち目はない。お前も分かってるだろう?」

 

 その戦果は国防軍随一だった少年は、重い口調で言った。

 カガリ・ユラ・アスハ暗殺事件の真相に、プラントとセイラン家の癒着が絡んでいたことがターミナルの調査で判明したからだ。

 ザフト軍のものと思われる特殊部隊が厳重なセキュリティで守られたアスハ邸の襲撃に成功したことから、オーブ国内の有力者がプラントに内通していることは予想されていた。しかしその正体がセイラン家だったとは予想していなかったのだ。その内通先からカーペンタリア基地を発った同盟軍の情報を掴んでいたのか、その当主であるウナトは混乱に紛れて国外逃亡に成功していた。

 もちろんセイラン家はアスハ派の有力者を始末し、カガリの懐柔を行おうとしただけでプラントと手を組むつもりはなかったのだろう。

 しかしそれは“ワン・アース”を掲げてオーブを孤立化させる一方で、サハク家を誘導して戦力を削いだアズラエルの手法と酷似していた。アスランはそれを間近で見ていたクロトは、今後オーブに訪れる悲劇を誰よりも理解しているだろうと示したのだ。

 

「そんなこと、僕は知らないよ」

 

 しかし状況は当時と全く違う。

 ブレイク・ザ・ワールドに始まり、ロゴス崩壊で世界経済を崩壊させることに成功した同盟軍は国内で高まりつつある民衆の不満を抑えるため、次の生贄を求めている。

 そして軍事基地を除けば地球上の領土を持たないプラントが要求する対価は、2年前に大西洋連邦が提示したものとは比較にならないことが予想される。

 植民地化か、あるいは併合か。

 プラントは始祖である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなプラントにとって、ナチュラルとコーディネイターが共存するオーブを抑える意味は大きいのだ。

 

「勝ち目がなくても、僕は逃げないから」

 

 そうした理屈はさておき、最期の瞬間まで戦うことが自分の贖罪だ。そんな決意を内に秘めた声にカガリは大きく頷いた。

 

「その通りだ。二度も逃げ出すくらいなら、国と一緒に焼かれた方がマシだ!」

 

 ターミナルが開発したストライクレイダー、インフィニットジャスティス、それに3機のドムトルーパーはいずれもデータ照合出来ないモビルスーツだ。

 そのパイロット達に対する軍関係者の警戒心を解くため、カガリは司令部を離れて現場に足を運んでいたのだ。

 

「なかなか言うじゃないか。私も嬉しいぞ」

 

 カガリの肩に腕を回し、黒髪の少女が芝居がかった口調で言った。カガリはその馴れ馴れしい態度に、明後日の方に向いたクロトに叫んだ。

 

「そんなことよりコイツは誰なのか説明しろ!! お前、何か知ってるだろ!!」

 

 遺伝子上は99%以上の高い一致率を示し、双卵性双生児の片割れである筈のカガリよりもキラ・ヤマトに近い存在であるということ以外、その全てが謎に包まれた記憶喪失の少女──カナード・パルスである。

 

「実は三つ子だったんだろ?」

「あはは……」

 

 クロトの濁す様な言葉に、キラは曖昧に相槌を打った。2人はおおよそ少女の存在理由に見当は付いていたが、知らない方が幸せなこともあるのだ。自分達よりも真相に迫っているネオ(ラウ)がそう判断しているのだから、間違いないだろう。

 一方でカガリの背後から現れたカナードの姿に、アスランは唖然となった。見慣れない少女の容貌があまりにもキラに酷似していたからだ。

 

「キラが、2人……?」

「アスラン? どうしたんですかアスラン!?」

 

 ドムトルーパーを降りたニコルが肩を揺さぶるが、全く反応を示さない。そんなアスランの姿を認めたカナードは眉を潜めると、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「ん? お前が横恋慕くんか」

「横恋慕だと!? 誰がそんなことを!」

「ネオが言ってた。婚約者がいるクセに、ふざけた奴だってな」

「そうそう、クルーゼの奴が生きてたんだって? アイツもしつこいねぇ」

 

 ムウも加わり、何処か間の抜けた空気が周囲に漂い始める中、クロトはキラとカガリに連れられてその場を立ち去った。ステラから聞いた簡単な内容以外、オーブの置かれた状況を掴んでいないクロトは全てを把握する必要があったのだ。

 

 〈71〉

 

 ジブラルタル基地を発ち、カーペンタリア基地に到着したデュランダルは同盟軍に合流したタリアから“オペレーション・フューリー”に関する報告を受けていた。

 それは突如現れた新型レイダー、ジャスティス擁するオーブ軍からの反撃を受け、同盟軍が一旦領海付近にまで撤退したというものであった。

 引き続き二日目も攻撃を行う予定だが、事実上レジェンドを喪った状況での早期攻略は難しいかもしれない。タリアの報告にはそんな嫌味が添えられていた。

 第二世代ドラグーンを採用したレジェンドは、第一世代のものと比較して要求される空間認識能力の水準は低いとされているが、それでも相当の能力が必要だった。

 かつてのアークエンジェル伝説を再現するため、デュランダルはグラディス隊の人員補充を最小限に留めていた。結果として常に最前線に立ち続けたグラディス隊にはデスティニーを受領したシンを除けば、パイロットはルナマリアしか残っていなかった。赤服の中では射撃が不得手だったことなど、空間認識能力があまり高い訳ではなかったルナマリアではレジェンドを乗りこなす基準に達していなかったのだ。

 これでは文字通り、宝の持ち腐れである。

 

「失態だな、デュランダル」

「…………」

 

 最大の難敵と予想したラウに対処するため、アルは未完成のフリーダムを持ち込むことを優先して一時的にプラントに戻っていた。

 その最中にデュランダルが推し進めた“デビルズダウン作戦”は、完全な失敗に終わったことが明らかになったのだ。所詮レイダーはパイロットの技量で性能差をカバーしているモビルスーツであり、その始末に失敗したのであれば何の意味もない。

 むしろイージスに敗れ、フリーダムに敗れて尚も復活した“不死身の悪魔”の新たな伝説に加担した形である。

 未確認ながら他にも強力な新型機が登場し、新型レイダーの登場で混乱した同盟軍に多くの被害をもたらしたという。もちろん圧倒的に数で勝る同盟軍の勝利は微塵の疑いもない状況だが、このままではタリアの報告通り消耗戦は避けられない。

 しかし任期満了が迫るデュランダルの悲願である“運命計画”を世界全土で実行するためには、ザフトは戦力を保持したままオーブを制圧する必要があるのだ。実行に反対する国を平和に対する敵と認定し、武力介入する必要があるのだから。

 

「これ以上余計なことをするな。私が出る」

 

 デュランダルは驚いた顔で不敵に嗤うアルの顔を見た。

 オペレーション・スピットブレイクの介入を皮切りに圧倒的な戦果を残し、その不敗神話を世界中に刻み付けた伝説のモビルスーツ。

 そして当初半日も保たないと予想されていたオーブ解放作戦でも大西洋連邦軍の猛攻を食い止めることに成功し、現代表首長であるカガリの国外逃亡にも大きく貢献したモビルスーツである。そんなオーブにとっても希望の象徴的な存在であるフリーダムの後継機が、オーブの敵として現れることの意味合いは大きいだろう。

 純粋な戦力としても、デスティニーの機動性にレジェンドの殲滅力を併せ持つフリーダムの力はあまりにも大きい。信じ難い報告だが、新型レイダーはザフトの誇る最新技術の結晶であるデスティニーを圧倒しており、撃破時の核爆発を警戒する余裕すらあるらしい。

 遺伝子的な才能を見込んで取り立てたシンが今はナチュラルに過ぎないパイロットに討ち取られることになれば、この“運命計画”は根本から瓦解してしまうのだ。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()、何よりの証明になってしまうのだから。

 

「……は」

 

 思わぬ状況を愉しむような表情で退出したアルとは正反対に、デュランダルはいつにない苦悶の表情を浮かべた。最初は一方的に利用するつもりだった男に頼ることしか出来なくなった自分と、それを何処かで嘲笑うラウの姿が脳裏に浮かんだ。

 もしも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と苦笑すると、デュランダルは自らの息が掛かっている報道機関に連絡を取り始めた。

 

 〈71〉

 

 シャニはパナマ基地のマスドライバーを守っている2機のモビルスーツを捉え、軽妙な口笛を吹いた。熱源反応を確認し、警戒を強めたそれらの機体は見覚えのあるモビルスーツだった。

 そんなモビルスーツの存在は、パイロット達の上司であるジブリールがこの基地に存在している何よりの証拠だった。

 かつて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()と思った。シャニは無線回線を飛ばすと、ジブリールの忠実な番犬である彼らを嗤った。 

 

『テメーらがいるってことは、当たりだってことだな?』

 

 ブレイク・ザ・ワールドの混乱で世界中で揺れる中、ザフト正規軍の協力を得たゲリラ部隊が、ユーラシア連邦東部のキルギス市に存在する地球軍の研究施設が開発中だった新型駆動コンピュータを奪取するため研究施設を襲撃しようとしていた。

 その情報を掴んだODRは現地オーブ国民の救助という名目で武力介入を行い、サンプルを回収する予定だった。現地に潜入したシャニはゲリラ部隊を殲滅したファントムペインに所属する“ホアキン隊”と戦闘になったのだ。

 そんな彼らの愛機である3機の前期GATシリーズ改修機の内、“ブルデュエル”と称される近接白兵戦用モビルスーツの姿はなかった。オルガは好都合だと思いながらも死角からの奇襲を警戒し、かつての同僚に軽口混じりの探りを入れた。

 

『ミューディの奴はどこに行った? 犬にでも食われて死んだか?』

『お前!! ……許さねぇッ! 許さねぇからなッ!!』

 

 再生産されたバスターの改修機“ヴェルデバスター”。

 その機体で火力支援型ストライカー“カラミティストライカー”を展開したエクリプス2号機と対峙していた青年──シャムス・コーザは、無造作に傷口を抉ったオルガに激高した。

 オルガには知る由もなかったが、ブルデュエルのパイロットであるミューディ・ホルクロフトは先日の戦いでバクゥハウンドに敗北し、壮烈な戦死を遂げていたのだ。

 

『コーザ。戦闘には感情は不要だ』

『相変わらずつまんねー奴だな。クロトの奴とは正反対だ』

 

 かつてファントムペインに叛逆した大罪人の名に反応し、スウェン・カル・バヤンに施された洗脳教育が憎悪を引き起こした。 

 ストライクの強化改修機に専用ストライカーを搭載し、その名からストライクノワールと名付けられたモビルスーツは腰部からビームガンを抜いた。

 

『消えろ。裏切り者ども』

 

 その無機質な声に、シャニは溜め息を吐いた。宇宙に脱出しようとしているジブリールの身柄を確保し、同盟軍の侵攻を受けているオーブの無実を証明することが今回の作戦だ。そんな自分達の邪魔をするなら、たとえ昔の仲間だろうと手加減無用だ。

 エクリプス1号機に搭載された強襲突撃型ストライカー“フォビドゥンストライカー”を展開し、その中心部分に収納されていた獲物を抜いた。

 ギリシャ神話において、天地を割ったとされる伝説の武器の名を授けられ、使い手の技量次第でPS装甲すら斬り裂くレアメタルΩを刃に用いた大鎌(アダマス)が銀の輝きを放った。




オーブ解放作戦は初日で終了しましたが、オペレーション・フューリーは初日以降も続きます。

ひたすらシリアスな展開ですが、就寝時は×××××で×××××なのでリフレッシュ出来ている……?

ラクス様が考案した起死回生の作戦を成功させる為にはクロトくんの生存が必須条件なので、頑張りましょう。


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歌姫の鎮魂歌

 〈72〉

 

 クロトはキラとともに、ミナの秘書であるフレイ・アルスターが退出した作戦室に足を運んでいた。人払いが行われてがらんとしたその部屋では、防衛部隊の配置や再編成などの戦術的な作戦だけにとどまらず、オーブの置かれた状況を覆す為の戦略的な作戦会議が行われているようだった。

 先程カガリが報道機関を通じて行った、停戦を訴える呼び掛けは黙殺された。

 同盟軍は作戦目標であるロード・ジブリールの身柄を押さえることが出来ず、反対に国防軍はその身柄を引き渡すことが出来なかったからだ。日が明ければ同盟軍と国防軍の戦闘が始まることは誰の目にも明白な状況だった。

 互いに大きな犠牲を出してしまった以上、もう後戻りは出来ない。どちらかの軍が完全に敗北するまで“オペレーション・フューリー”は続くのだ。

 

「なるほどねぇ。……上手くいけば、ジブリールを捕まえるまでもなく同盟軍を壊滅させることが出来るかもしれないね」

 

 ラクスの言葉を聞き、クロトは半分呆れたような口振りで頷いた。

 わざわざ仮面で素顔を隠して司令部に足を運び、いったい何を話すというのか。そう思っていたクロトにとって、ラクスの考案した“歌姫の鎮魂歌(ラクスレクイエム)”は天啓だった。

 かつてプラントで治療を受けていたキラに、当時クライン派が強奪する準備を整えていたフリーダムを託したのはラクスの発案だという。

 キラがパイロットとして、また医学者として優れた才能を有しているように、ラクスも歌姫というだけでなく、戦略家としての才能を有していたのだ。

 大局的には、国防軍の敗北はほぼ確定している状況だ。このまま戦いを続けても敗北を先延ばしにしているに過ぎない。そんな状況を覆す可能性があるならば、相応のリスクは覚悟するのが当然だろう。

 何より自身がその秘策のキーマンであることがクロトは愉快だった。理論上キラでも代役は務まるだろうが、作戦の成功率が激減することは明白だった。

 ヘリオポリスでザフトの襲撃に巻き込まれ、クロトはレイダーと共に逃れられない運命に抗い続けた末に自由を手に入れた。それは本来の世界線では生じなかった筈の悲劇を引き起こし、更なる争いの火種を産み出すだけではなかったのだ。

 極秘で行われたブリーフィングを終え、カガリが皆に言った。

 

「では、以上で解散とする」

 

 建前上、現在クロトはオーブ軍の志願兵である。地球連合軍での最終階級が中尉だったことと、今までの功績を踏まえて三佐の階級を与えられている。しかし連合軍に所属していた時代を含め、正規の軍事訓練を受けている訳ではなかった。

 もちろんクロトもモビルスーツの操縦、白兵戦、情報処理など必要最低限の訓練は受けている。しかし偽名とはいえ正規の手順で一尉の階級を与えられ、今回も司令部の防衛隊長に任命されたアスランとは異なり、オーブ軍の指揮を取ることは出来ないのだ。

 必然的に単独、あるいはキラと共同での遊撃が唯一無二の役割である。戦略面での情報共有さえ終了すれば、戦術的な内容を頭に叩き込むことよりも明日に備えて休息を取ることが重要だった。

 

「最後に、明日は今日を上回る激戦になるだろうが、宜しく頼む」

 

 オーブ軍にとっては指揮系統の混乱を突かれ、一時は司令部付近にまで迫られる事態に陥っていたが、あくまで威力偵察の範疇だというのがミナの見立てだった。

 ジブラルタル基地から唯一参戦したミネルバの誇るデスティニー、インパルス数機こそ戦場に姿を現したものの、その僚機であるレジェンドは未だ姿を見せていない。

 鹵獲したファーストステージの未完成機にセカンドステージの技術を取り込み、その他様々な勢力が開発した最新技術を盛り込むことで、バッテリー機としては最高峰の戦闘能力を有しているストライクレイダーだが、それでもハイパーデュートリオンエンジンを搭載しているサードステージを相手取るのは容易ではない。

 それに同盟軍を退けたとしても、オーブ軍が壊滅しては何の意味も無い。現実的には明後日の朝を迎える前に““歌姫の鎮魂歌(ラクスレクイエム)””の条件を満たさなければならない。

 唯一オーブにとって幸運なのは、同盟軍を離脱した大西洋連邦軍が未だ十分な戦力を維持していることである。

 ジブリールに政争で敗れてブルーコスモス盟主の座を譲ったとはいえ、アズラエルはプラントの一人勝ちを許容する様な人間ではない。デュランダルもオペレーション・フューリーの成功と引き換えに、ザフトが大損害を受けるような事態は避けたい筈だ。

 

「本当にそれでいいの?」

 

 キラは作戦室を退出し、停泊中のイズモに戻ろうとしていたクロトを捕まえた。

 かつて二人が同棲していた研究所は代表首長を攫ったテロリストの住居と認定され、未だ正体不明の特殊部隊に破壊されたまま放置されていた。今もオーブ本島には育ての親が住んでいるキラと異なり、クロトの帰る場所は再び喪われていたのだ。

 

「ちょっと歩こうか」

 

 クロトは曖昧に言葉を濁すと、キラを伴って歩き始めた。

 停泊地から少し離れた位置に広がった砂浜には、大小様々なモビルスーツの残骸が転がっていた。そして周辺を見渡せば点在している建物の残骸は、水平線に沈みゆく太陽で紅に染まり、どこか寂寥感の漂うコントラストを形成していた。

 それは世界の縮図の様にキラは思えた。

 平和。正義。自由。煌びやかな言葉をお題目に掲げる一方で、思い通りにならない者を排除しようとする者達で世界は溢れているのだから。

 

「なかなか上手くいかないもんだねぇ」

 

 クロトは言葉の内容とは裏腹に、まるでなんてことのないように呟いた。

 屈み込んで足下の石礫を拾うと、回転を掛けて投擲された石礫は二度、三度と海面を切り裂き、やがて大きな水飛沫と共に海底に沈んだ。

 ラクスの考案した反攻作戦““歌姫の鎮魂歌(ラクスレクイエム)””はラクスとクロトの“死”と引き換えにオーブを完全包囲した同盟軍を内部崩壊させる、正真正銘の大博打である。

 キラにはそれが決して最良の手段だとは思えなかったが、他に有効な手段は思い付かなかった。かつてのオーブ解放作戦と同様に、どれだけオーブ軍が奮戦しようと同盟軍との絶対的な戦力差を覆す手段は存在しないのだ。

 しかし二人にそんな決断を強いた自分、そしてこの世界を許せなかった。

 やはりこの宇宙を覆う憎しみの渦は、誰にも止められないのかもしれない。今までの全ては、何の意味もなかったのかもしれない。

 ならば、その集大成である自分に出来ることは何だろうか。

 クロトは呪詛を吐き掛けたキラの機先を制するように、ぽつりと口を開いた。

 

「もしも次があったら、僕はヘリオポリスでクルーゼ隊を討つ」

 

 キラは不意に放たれた言葉に、唖然となってクロトの顔を見た。

 

「プラントも滅ぼすし、もちろんブルーコスモスも壊滅させる。今の僕にはそれが出来る」

「でも」

 

 未来で起こること。変えられること。変えられないこと。

 逆行を経て、より精度を増した知識と強大な力を過去に持ち込むことがどれだけのバタフライエフェクトを引き起こすのか、キラには全く想像出来なかった。

 しかしクロトが冗談の類を言っている様には思えなかったし、それを実現するだけの想いを持っていることは理解出来た。

 SEED因子に覚醒したクロトであれば、生体CPUの力と相俟ってG兵器を奪ったばかりのクルーゼ隊を討つことは出来るだろう。

 G兵器奪取に失敗し、PS装甲とミラージュコロイド・ステルス技術を入手出来なかったプラントは大量破壊兵器の完成が大幅に遅れ、最終的に国力差で敗北を喫するだろう。

 そしてプラントが敗北した世界で、その立役者であるクロトが公の場で地球連合軍の内情を告発すれば、ブルーコスモスは民衆の支持を喪って崩壊するだろう。

 それは間違いなく今以上に平和な世界の実現を意味する。しかしそれでは、肝心のクロトはどうなってしまうのだろうか。

 

「君と出会うことはないし、出会うつもりもない。……だけど、そんな世界は嫌だ」

 

 限られた知識。限られた力。

 偶然の出会い。偶然の別れ。偶然の再会。

 その果てに掴んだ一握りの奇跡を手放すことは、クロトには出来なかった。それは単なるエゴだったが、この救いようのない世界を生きようとする確固たる意思だった。

 それは今まで、決定的に欠けていたものだった。

 

「僕は僕の罪を肯定する。この国を、君を守ることで」

「…………」

 

 やがて二つの影が重なった。それは周囲が闇に包まれるまで、離れることはなかった。

 

 〈73〉

 

 ルナマリアはかつてディアッカ・エルスマンに憧れ、彼が所属しているジュール隊への配属を志望していた。

 それは残念ながら叶わなかったが、赤服として士官アカデミーを卒業したルナマリアは卒業を祝う集いの中でジュール隊と話す機会があった。

 その中で一つ、ルナマリアの質問に対してディアッカとイザークが口にした意外な返答を思い出した。

 今まで戦ったことのある中で、一番相手に回したくないパイロットは誰か。

 不作と言われたルナマリア世代とは対照的に、特に傑物揃いと称されたジュール世代の中でも歴代最強と謳われた“アスラン・ザラ”。

 あるいは世界を救った大英雄、フリーダムのパイロット。

 あるいは元民間人の志願兵と噂されながら、ディアッカ達と互角に戦ったストライクのパイロット。

 そんな三人を抑えて彼らが口にしたのは、レイダーのパイロットだった。機体性能が互角であれば、2対1でも3対1でも相手にならない化け物だと。

 2年越しに登場したレイダーは確かに手強かったが、敵としては3機のセカンドシリーズを一蹴したアスランや、アーモリーワンを壊滅寸前まで追い込んだロアノーク隊の方が遥かに脅威だと思っていた。

 しかしルナマリアは重大な事実を忘れていることに気付いた。

 インパルスはシルエット次第で特性を変化させる他、最新式の“デスティニーシルエット”であれば瞬間的な出力はフリーダムを圧倒する性能を獲得するように、ストライクもストライカーパック次第で性能を向上させる。

 かつて空戦能力を保有していなかったストライクの性能を装甲面を除いて完全再現したウィンダムが飛行能力を獲得しているのは、その分かりやすい一例である。

 一方でレイダーの性能は、前期GATシリーズとして製造された当時と比較しても殆ど変わっていない。

 戦争中という特異な状況こそあれど、ザフトは2年に及ぶ第1次大戦の最中でジンからシグー、ゲイツを経て、最終的にプロヴィデンスを製造する程の技術革新が進んだ。

 そんな日進月歩が著しいこの世界で、空白の2年間を経て登場したレイダーのパイロットはセカンドシリーズ最強と目されるインパルスと死闘を演じた。

 まさしく“悪魔”と呼ばれるに相応しい天才パイロットが、何かの間違いで生きていてインパルスと同等以上の機体に乗り込めばどうなるか。

 彼は北極海でシンに敗北し、コクピットを貫かれて死亡した筈だ。そう自分に言い聞かせても反対に虚しく思える程の力が徐々に、確実にルナマリアに迫っていた。

 

『な、なんなのよアレは……!』

 

 まるで猛禽類が一方的な狩りを行っている様な光景が広がっていた。

 クロトはビームガンを連射して逃げ惑うグフを極破砕球(ハイパーミョルニル)で打ち砕き、即座に変形すると上方から迫り来るスレイヤーウィップを急上昇で回避した。

 攻撃を躱されたグフはクロトが展開した大型クローで捕獲され、その中央部から鋭く伸びた狼爪(フェンリル)で胴体部分を貫かれる。コクピットに大穴が開いたグフは無造作に投げ捨てられた直後、推進剤に引火して爆散した。爆風で体勢を崩したディンに急速接近すると、クロトは横薙ぎに対艦刀を振るい、ディンの軽装甲を紙切れの様に両断する。

 

『どうやら外れ籤を引いたみたいね、アーサー!』

 

 同盟軍の主攻を任されたタリア・グラディス率いるオノゴロ島港湾部の攻略部隊は、たった1機のモビルスーツに侵攻を食い止められていた。

 それはストライクレイダーの力が圧倒的だったことが要因だった。

 モビルスーツの量産化と、その自由自在な操縦を可能にするナチュラル用のOSが普及したことによって自軍と敵軍との撃墜比は日々改善されている。それでもナチュラルとコーディネイターの能力差によって、約1:3程度の数字で停滞していた。

 地球連合軍の一部が“ゲルズゲー”“ザムザザー”等の大型モビルアーマーに回帰していたのは、この絶対的な撃墜比を改善する為の試みでもあったのだ。

 そんなザフトの中でもエースパイロットに優先して配備されるグフ隊を相手取り、瞬く間に葬り去っていく目の前の現実は、所詮はデュランダルの呼び掛けに応じて勝ち馬に乗ろうとした非ザフト系同盟軍の戦意を低下させるには十分だったのだ。

 もちろんそれは1日目の戦闘でも同様だった。

 タリアはデュランダルに1日目の状況報告を終えると、指揮下に入った同盟軍の将官達と一晩中作戦会議を行っていた。その中には突如戦場に現れたストライクレイダーの対応策も含まれていた。

 そんな十分な対応を練った状況下で昨日以上に同盟軍の足並みが揃わない要因は、ストライクレイダーが先程から仕掛けている心理的な揺さぶりだった。

 

『お姉ちゃん! アイツ、やっぱりさっきからずっと!』

『分かってるわよ! でもなんで!?』

『そんなのわかんないよ!!』

 

 メイリンの叫ぶような状況報告に、ルナマリアは唇を噛んだ。

 ストライクレイダーはウィンダムに接近すると、海に蹴り落として無力化した。一方で見せ付けるようにバビを捕らえ、電磁砲(デリュージー)で滅多撃ちにする。

 クロトは本日夕方に発動する““歌姫の鎮魂歌(ラクスレクイエム)””の効果を最大化するため、相手の所属先に合わせて意図的に戦い方を変えていた。

 ザフト軍は容赦なく撃墜し、反対に非ザフト軍には手心を加える。

 こんな露骨なやり方をされるとザフト軍の足は鈍ってしまうし、それを見た非ザフト軍の足も鈍ってしまう。

 ビームを反射する特殊装甲を採用し、反射角度を制御することで多数の機体を無力化している黄金のモビルスーツと、その姉妹機と思われる真紅のモビルスーツ。

 あるいは奇妙なモビルスーツ隊を率いている新型ジャスティスの方が、実力とは無関係によほどやりやすい相手だとルナマリアは思った。

 

『私もっ……! 私も赤なのよっ!』

 

 ルナマリアは光の翼を展開し、ミネルバの僚艦であるボズゴロフ級潜水空母の艦橋に対艦刀(ガラディーン)を突き刺して沈黙させたストライクレイダーに突撃した。

 帰投したシンはミネルバに着艦した直後、コクピットの中で気絶していた。

 ここ数日睡眠剤を導入しなければ眠れない重度の不眠状態が続いていた中で、ストライクレイダーから複数回に及ぶ強烈な物理攻撃を受けたからだ。

 命令とはいえ親友を討ったことと、妹のいる祖国を討たなければならないこと。

 そして自らの手で討った筈の人間に、デスティニーに搭載された核原子炉でオーブを汚染したくないからと手加減されたこと。

 2年前に妹を連れてオーブから移住し、曲がりなりにもミネルバのエースパイロットとして戦果を上げ続けるなど、無力な1人の少年でしかなかったシンは順風満帆な第2の人生を歩んでいた。そんなシンにとって、現状の全てが逆風だったのだ。

 

『このぉ!!』

 

 絶叫と共にルナマリアは大型対艦刀(エクスカリバー)を抜き、急上昇するストライクレイダーの頭を抑えるような形で斬り掛かった。しかしクロトは急制動を掛けて横滑りするような軌道でインパルスの攻撃を回避すると、再び互いの距離が離れる前に狼爪(フェンリル)を瞬間的に展開し、振り下ろした直後で無防備な右腕を斬り落とした。

 

『くっ……!』

 

 ルナマリアは背部から延伸式ビーム砲塔を展開し、空中で再加速したストライクレイダーに向かって連発した。だがロゴス軍相手には十分通用したルナマリアの砲撃は、目の前のクロトにとっては牽制にすらならなかった。

 クロトはインパルスの進行方向に電磁砲(デリュージー)を向けた。ルナマリアは健在な左腕を掲げ、ストライクレイダーの肩部から放たれた弾丸を光の盾で防いだ。そんなルナマリアに刹那の瞬間生じた心理的弛緩を突き、クロトは死角から極破砕球(ハイパーミョルニル)を投擲した。

 たとえ頭では無意味だと分かっていても、回避困難な攻撃が迫り来れば反射的に盾を構えてしまうのが人の性質だ。極破砕球(ハイパーミョルニル)はインパルスが掲げた光の盾をあっさりと貫通し、身体が砕けてしまいそうな衝撃がルナマリアを襲った。

 まるで戦闘にならなかった。主にアーモリーワンで奪われたセカンドステージの正規パイロットを集めて結成された“コンクルーダーズ”すら敗北している相手だ。

 そんな強敵を、専用カラーのザクウォーリアを与えられた程度のパイロットに過ぎない自分が多少気合いを入れた位で倒せる訳がなかったのだ。そして自分は倒されるどころか、再びシンを戦場に戻してしまったのだ。

 

『ルナ!!』

 

 インパルスを呑み込もうとしていた高出力エネルギー砲を、デスティニーの放った高エネルギー光線が相殺した。空中で衝突した強力なエネルギーは眩い光を放ち、同時に発生した衝撃波は傷付いたインパルスを吹き飛ばした。

 タリアの反対を特務隊権限で押し切り、ミネルバを緊急発進したデスティニーは海面に叩き付けられそうになっていたインパルスを抱き留めると、背部から大型対艦刀(アロンダイト)を抜いた。

 

『よくもルナを!! ルナまで!!』

『ハッ! それが戦場だろうが!!』

 

 無線通信で放たれたシンの叫びは、嘲笑うようなクロトの声で呑み込まれた。激高と共にシンは集中状態に突入し、ミラージュコロイドと光の翼を最大出力で展開した。

 

『五月蠅い!! ヒーロー気取りの死に損ないが!! 今度こそ殺してやる!!』

 

 クロトは弧を描くように加速し、勢いを乗せて抜刀術の要領で振り抜いたシンの攻撃を斜め上方に飛翔して回避した。シンは全身のスラスターを全開で稼働させ、距離を取ろうとするクロトとの距離を瞬く間に縮めた。

 その接近までの短さにシンが違和感を抱いた瞬間、クロトはストライクレイダーを強引に旋回させると対艦刀を抜いた。一度、二度と空中で激しい剣戟を交わし、互いに攻撃を受け止めた体勢で拮抗した。

 

『お前は俺の……ぐわっ!?』

 

 シンは絶叫すると、両側頭部に内蔵された近接防御機関砲を連射した。

 ストライクレイダーの頭部に搭載されている高出力エネルギー砲の発射口を狙い、誘爆を引き起こす為に放った攻撃は肩部からの電磁砲(デリュージー)で中断される。

 強烈な衝撃を受けて一瞬シンの意識が薄れた瞬間、クロトは左腕の対艦刀と右腕の複合防盾で二重に受け止めていた状態から左半身を引いた。

 無防備な頭部に斬撃を叩き込まもうとしたクロトの動きに反応してシンは大型対艦刀から右腕を離すと、ビームシールドを展開して攻撃を防いだ。

 

『インパルスだったら終わってたな!』

『黙れ!! 人殺しのくせに!!』

『侵略者に言われる筋合いはねーんだよ!!』

 

 再度放たれた電磁砲(デリュージー)を急上昇で回避すると、シンは大型対艦刀を納刀してビームライフルを連射した。まるで雨嵐のような光弾を掻い潜り、ストライクレイダーが接近しながら放った極破砕球(ハイパーミョルニル)を極限まで引き付けて避け、光の翼を最大出力で展開する。

 

『……この反応は?』

 

 再びストライクレイダーとデスティニーが剣戟を交わした瞬間。ミネルバに搭載された最新式の広域レーダーが、南から迫り来る純白のフリーダムを捉えた。




アスランくんが最前線に出ない理由は単純で、歌姫の鎮魂歌はザフトを狙い撃ちして同盟軍のパワーバランスを崩さないとあまり意味がないので、対ザフトに消極的なアスランくんに遊撃役は任せられないってことですね。

でもクロトくんに負担を掛け過ぎると、キラちゃんの不信感が溜まって全てが終わったら駆け落ちしそう。


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自由を手にした男

 〈74〉

 

 クロトは再び空中で剣戟を交わした刹那、絶大な推力で強引にストライクレイダーを押し込もうとするデスティニーに大型クローを伸ばした。

 状況に応じて適切な武器を選択することで、あらゆる局面に適宜対応することを前提に設計されたデスティニーに対して、ストライクレイダーは機動力を生かした一撃離脱戦法を基本戦術としている。その瞬間的な成果を最大化するために、ストライクレイダーはデスティニーと異なり多数の内蔵武器を採用しているのだ。

 

『おおおっ!!!』

 

 シンは一見無防備なデスティニーの胴体に迫り来る大型クローに柄から手放した右手を掲げ、掌底部から放ったビーム砲で中心部を撃ち抜いた。

 この掌部ビーム砲(パルマフィオキーナ)は格闘戦を想定して両掌部に搭載された武器だった。密着状態の相手を攻撃する、あるいは離脱しようとする相手にノータイムで追撃を行うなど、これまで突撃を基本戦術としていたシンにそれ以外の選択肢を持たせる為に用意された新基軸の兵装だったのだ。

 

『うらぁ!!』

 

 しかし対艦刀が鍔競り合いしている最中に柄から片方の手を放せば、瞬間的に機体のバランスが崩れるのは必然である。

 大型クローの一基喪失と引き換えに刹那の主導権を握ったクロトはシールドバッシュでコクピットに迫っていた大型対艦刀を押し返した。そして反応したデスティニーが再加速した瞬間を狙い、上空に回り込むと同時に極破砕球(ハイパーミョルニル)を投擲した。

 

『がっ……!』

 

 シンは咄嗟に大型対艦刀を持ち直して防ごうとしたが、交差方気味に放たれた質量兵器の威力を殺し切るには至らない。

 狙い通りデスティニーを海中に叩き落として時間稼ぎに成功したのを確認すると、クロトはバッテリーが危険区域に入ったストライクレイダーを急上昇させた。

 

『クロト! 大丈夫?』

 

 キラは射程距離に入ったストライクレイダーのウィング中央部分を狙って、ヴォアチュール・リュミエール機構で指向性を高めたデュートリオンビームを照射した。

 ウィングユニットに内蔵されたエネルギー変換器“M2コンバータ”が作動し、内部で局所的なペタトロン崩壊が発生する。その際に生じる莫大な電磁力を利用して、先程からの戦闘で大きく消耗していたバッテリーが8割近くまで回復する。

 

『助かった! 戦況はどうなってる?』

 

 僅かな気の緩みが死に繋がる実感と、本来勝利を得られる筈の機会を国土が核で汚染されるからと見送らなければならない焦燥感。

 クロトは大きく溜息を吐き、モニター画面に表示されたキラの顔を見た。

 

『今のところは。でも、このままじゃ……』

 

 キラは首を傾げ、苦々しい口調で言った。

 数で圧倒的に勝っている状況で逃げ場のない敵を撃破するのに、奇策は必要ない。

 そう考えた同盟軍は部隊を広く展開し、オーブ軍の防衛網が手薄な箇所を侵攻するような形で攻撃を開始していたのだ。オーブ軍も後方から次々に予備隊を送り込んで対処しているが、このまま消耗戦が続けば前線が崩壊するのは明白だった。

 クロトが単独で攻略部隊の中核であるグラディス隊を対処していたのは、寡兵で大軍を引き付けることで各戦線を間接的に援護する目的もあったのだ。

 

『レジェンドは出てこねー。こっちは助かるけどさぁ』

 

 デスティニーと並んで、同盟軍の最大戦力と目されている最新鋭モビルスーツ“レジェンド”は未だ戦場に現れていなかった。グラディス隊の中で唯一レジェンドの操縦適性を持つレイがミネルバを追われたからだったが、それをクロトが知る術はなかった。

 キラが現れたのはストライクレイダーのパワー供給だけではなく、デスティニーを無力化する作戦を持ち掛ける為だった。いくらデスティニーが強大であろうと、両腕を喪えば戦闘能力の大半を喪失する。

 インパルスの後継機である以上、デスティニーには分離合体機構が採用されていることも考えられる。しかし純粋な膂力はストライクレイダーを上回るデスティニーに、フレーム強度を低下させる分離機構が採用されている可能性は低い。

 そんな風に考えながら、キラが再び海面から飛び出して向かって来るデスティニーを視界に捉えた瞬間のことだった。

 

『!!!』

 

 全身を突き刺すような悍ましい悪寒がキラを襲った。その直後、純白のモビルスーツがオノゴロ島上空に姿を現した。

 腕を悠然と左右に広げ、黄金のツインアイを輝かせる荘厳なモビルスーツのウィングユニットからメインブースターの産み出す莫大な熱気が排出される。

 その熱気は光パルス高推力スラスターが展開している青白い光の翼と重なり合い、まるで粉雪の様な美しい輝きを翼に纏わせた。

 

『あのモビルスーツは!?』

『フリーダム!?』

『構うな! 撃てっ!! 撃ち落とせ!!』

 

 突如防空網を切り裂いて出現した正体不明機を対処するため、周辺空域に展開していたムラサメ隊が空対空ミサイルを放ちながら距離を詰めようとした。しかしその全てが、ウィングユニットを展開したモビルスーツの一斉射撃で貫かれて爆散する。

 最大40機を同時捕捉するマルチロックオンシステムのサポートを受けているとはいえ、高速で移動する目標を正確に撃ち抜く為には人並み外れた空間認識能力だけでなく、それを十全に生かす為の超人的な操縦技術が必要である。

 しかし男はまるでその神業が至極当然であるかのような雰囲気を漂わせながらオープン回線を開くと、厳かな声で周囲に向かって宣言した。

 

『聞け、栄えある同盟軍の諸君!』

 

 聞き覚えのある男の声を聞き、シンはコクピットの中で絶句した。

 

『こ、この声は……!』

 

 それはシンがガルナハンを解放した立役者として、ディオキアでデュランダルに呼び出しを受けた際に挨拶を交わした男の声だった。

 なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『そして迂愚なるオーブ軍の諸君!』

 

 スピット・ブレイクの武力介入に始まり、地球連合軍がボアズ要塞に行った核攻撃を単独阻止した末に、自らの命と引き換えにパトリック・ザラが極秘裏に製造した大量破壊兵器を破壊したモビルスーツ。

 そのあまりにも圧倒的な活躍から、一部の界隈ではその存在すら疑われていたフリーダムのパイロットが、新たなフリーダムと共に同盟軍が意外な苦戦を強いられているオペレーション・フューリーを成功させる為に戦場へ舞い降りたのだ。

 

「これが……前戦争を終わらせたパイロットの力かよ……」

 

 シンがモニターに映る純白のフリーダムにカーソルを合わせると、そのモビルスーツに関する詳細データが表示されていた。友軍のシンには情報共有を行うため、そのモビルスーツの詳細データにアクセスする権限が与えられていたのだ。

 型式番号“ZGMF-X999S”──“不朽の自由(エンデュリングフリーダム)”。

 前大戦時から開発されていたフリーダムの兄弟機である“ZGMF-X20A”を設計母体としながらも、人類史上最高峰の才能を持つパイロット本人が設計を行い“ZGMF-X42S(デスティニー)”“ZGMF-X666S(レジェンド)”に用いられた最新技術を取り込むことで完成した新型のフリーダムだ。

 

『今、この世界を平和に導いたフリーダムは諸君らの祈りで蘇ったのだ!!』

 

 〈76〉

 

『キラ!! 回線を切れ!!』

 

 この世界で臆面も無くフリーダムの威光を振り翳す人間など、あの男以外に思い浮かばない。クロトが慌ててアカツキに個人回線を飛ばすと、動揺と恐怖で過呼吸寸前だったキラはオープン回線を遮断し、安堵の溜息を漏らした。

 

『あの野郎……! ふざけた奴だ!!』

 

 フリーダムが同盟軍の援軍として参戦したことは、レイダーがオーブ軍の援軍として参戦したこと以上に大きな意味合いを持つ。

 レイダーはザフトにとって悪の象徴であり、一部のオーブ軍や連合軍にとっても悪を象徴するモビルスーツである。しかしフリーダムはザラ派を除いた全ての勢力にとって自由と正義を象徴するモビルスーツなのだ。

 そのモビルスーツが有する圧倒的な戦闘能力以上に、同盟軍の士気が急上昇する一方でオーブ軍の士気が著しく低下した。瞬く間に戦況が同盟軍優位に傾く中、クロトはフリーダムに向かってストライクレイダーを加速させた。

 

『失敗作の方か。貴様に用はない!』

『私はお前に用があるぜ!! ネオに討たれた負け犬にな!!』

 

 カナードは真紅に輝くタソガレを加速させ、両腕に携行した二丁のビームライフルを連射するフリーダムとの距離を徐々に詰めた。

 元々この機体はアスランの能力をフルに発揮出来る調整が施された最新鋭機であり、総合性能はセカンドシリーズ最上位に迫るモビルスーツだ。

 カナードは両脚側部から抜いたビームジャベリンをシールドで防ぐと、返し刀でビームサーベルを横薙ぎに振るった。極小範囲にビームシールドを展開し、フリーダムが攻撃を凌いだ瞬間を狙って不意にシールドを突き込んだ。

 ラミネート装甲に対ビームコーティングを施した上で先端部を鋭利にすることで打突武器としても有効なシールドバッシュに対して、フリーダムはウィング部にマウントしていた8基のドラグーン端末を一斉に操作した。

 

『くッ……!?』

 

 カナードはその滑らかなドラグーン端末の挙動に、思わず戦慄した。

 そのドラグーン端末は第2世代ドラグーンを母体に、アルの高度な空間認識能力に合わせて改良を加えることでマウント状態でも移動砲台としての能力を獲得していた。

 合計22門のビーム砲から一斉に放たれた集中砲火はコクピットに迫っていたシールドを押し返し、一旦距離を取ろうとしたカナードを両腰部の電磁砲が襲った。

 片方は反射的に掲げたシールドで防いだが、もう片方が直撃する。しかし続けざまに放ったビームの嵐は、制御を乱したタソガレを捉えられず空を切った。

 

『まさか“素体(プレア・レヴェリー)”に邪魔をされるとはな』

 

 強烈な一撃をコクピットで受けたカナードは意識を途切れさせていた。

 そんな無防備な相手に何度も攻撃を外したのは、まるでアルの肉体を構成している細胞が彼女の死を拒絶したからだとしか表現出来なかった。

 突如異様なまでに指先の精度が落ちたビームライフルを収納し、アルはフリーダムの両腰から双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)を抜きながらタソガレに向かって急降下した。

 そして僅かに軌道を変えると、弧を描いて迫る極破砕球(ハイパーミョルニル)双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)で受け止めた。更にクロトが放った電磁砲を紙一重で躱し、ウィングユニットから蒼白い光の翼を展開する。

 

『あの娘を連れて投降すれば、今すぐ軍を引いてやる。これ以上、無駄な血を流す意味などないだろう?』

 

 やはりあの男だ。

 10年以上前にラウが粛正したにも関わらず、全盛期と変わらない若さと圧倒的な力を取り戻して復活を遂げた男。

 アル・ダ・フラガ──代々続く資産家の当主で、まるで予言者の様な高精度の未来予測能力を用いて莫大な富を稼ぎ、自らのクローンやスーパーコーディネイターなど禁忌を犯してまで自らの後継者を造ろうとした男だった。

 

『ふざけるな!!』

 

 クロトは思わず呑まれそうな男の狂気を振り払い、集中状態に入った。アルの放った無数の光弾を紙一重で見切ると、接近しながら対艦刀を振り抜いた。

 アルは剣舞のような挙動で両手の双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)を振るうと、ストライクレイダーとフリーダムの間で壮烈な火花が散った。マウントされたドラグーン端末の挙動に反応し、クロトは右腕のビームシールドで辛うじて防御に成功する。

 アルが放った刺突を横っ飛びで避けた。その直後に違和感を抱いたクロトは急上昇で進行方向に放たれた電磁砲を回避した。

 腰部の大型クローを展開してビームガンを連射したが、いつの間にか双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)を納めていたアルはピンポイントでその根元を撃ち抜いた。完全に無力化された大型クローをパージしたクロトは今までにない重圧を感じた。

 何かが変だった。完全に動きが予測されているとしか思えなかった。ラウもこちらの動きを先読みしていたが、それでも全てを読み切られているわけではなかった。

 これがアルの本気だということか。

 

『私はプラントの未来などどうでもいいのだよ。どう足掻こうと100年も経てば消滅する砂上の楼閣などな!!』

『お前のような奴がいるから!!』

 

 動きを読まれるなら、半端な距離で撃ち合っても勝機はない。

 クロトはビームシールドを展開してアルの放った光の雨を突っ切り、双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)の間合いから一歩離れた位置で極破砕球(ハイパーミョルニル)を投擲する。先程の戦闘でも幾度かデスティニーを捉えていた不可避の質量攻撃は、正確無比なスラスター制御で躱される。

 

『世界は再び戦乱を望んでいた!! 私はそれを利用しただけだ!!』

 

 戦争が終わっても変わらない人種間対立。

 コペルニクスの悲劇。

 血のバレンタイン事件。

 エイプリル・フール・クライシス。

 そして互いに大量破壊兵器を撃ち合った第二次ヤキンドゥーエ攻防戦と、本来許されない罪から目を背け合う様な形で締結されたユニウス条約。

 たとえアルやデュランダルが大衆を煽らなかったとしても、いずれ近い将来に別の形で戦争は起こっていたと主張したのだ。

 

『それでも!!』

 

 クロトは回避された瞬間に極破砕球(ハイパーミョルニル)を引き戻し、同時に電磁砲を放った。

 アルは右腕のビームシールドで電磁砲をあっさりと防いだ。

 そして反射的に左腕から展開したビームシールドで防ごうとして──光の壁を貫通した極破砕球(ハイパーミョルニル)はフリーダムの胴体を捉えた。

 アルが完全に未来が読めるというなら、そもそもラウに殺されていない筈だ。アルの思考を読み切り、致命的なミスを誘発すれば勝ち目はある。

 クロトはフェイスシャッターを展開すると、体勢を崩したフリーダムを狙って極大の高出力エネルギー砲(カリドゥス)を放った。

 

 〈75〉

 

 自分と同じ声で告げられた宣言に、パナマ基地に設置されている中継画面でオペレーション・フューリーの戦況を眺めていたネオは憎悪を露わにした。

 

「奴の狙いは、あの娘の全てを我が物にすることだったという訳か……。全く、どこまでも愚かな男だ」

 

 ネオは定期的に服用している細胞分裂抑制剤を取り出し、水で呑み込んだ。そんなネオの背中に、仮面を付けたレイが口を噤みながら立っていた。

 

「君も見極められたか? 自分の運命とやらを」

「ええ。……終わらせましょう、全てを。そして在るべき世界に」

 

 レイが静かに憤怒を示すと、ネオは苦笑した。運命に定められた道に囚われる必要などないと言おうとしたからだ。

 デュランダルが自分達は絶対に正しいと考えているのなら、レイを確実に殺すことも出来ただろう。それを良しとしなかったのは、結局のところデュランダル自身もあの男に従うことが必ずしも正しいとは考えていなかったからだ。

 

「運命など馬鹿馬鹿しい。彼ならそう言うだろう」

 

 ネオは画面の中で猛然とフリーダムに突撃するストライクレイダーに視線を遣ると、仮面の奥で愉快そうに嗤った。

 

 

 

 

 傷付いたストライクノワールとヴェルデバスターはマスドライバーで徐々に加速し始めたシャトルの外装に取り付き、宇宙空間に脱出しようとしていた。

 パナマ基地に配備されている連合軍に気取られるのを防ぐため、ジブリールの存在が確認されるまで潜伏していたことが仇となったのだ。

 

『逃げんじゃねーよ!!』

 

 シャニは機体を前方に加速させながら誘導プラズマ砲を撃つが、ストライクノワールの掌から展開したビームシールドが弧を描くように迫る光弾を防いだ。

 

『おいやべーぞ! メンドーだからぶっ壊していいかァ!?』

 

 このままジブリールに逃走されるくらいなら、眼前に聳え立つマスドライバーを破壊してシャトル射出を失敗させる方が賢明である。騒動を起こしてジブリールの居場所が知れ渡れば、同盟軍を瓦解させるきっかけにはなるだろう。

 

『俺もそう思ってた所だ!!』

 

 しかしオーブの特殊部隊に所属するシャニとオルガが地球連合軍の保有しているマスドライバーを破壊するようなことになれば、重大な国際問題になることは避けられない。

 シャニが搭乗しているエクリプスはユニウス条約で禁止されたミラージュコロイドステルスを採用した機体であり、オルガが搭乗している2号機に至ってはニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載したモビルスーツである。

 厳密にはオーブは締結国ではないが、ユニウス条約で独立を承認されたオーブが条約違反機を製造していた事実が露見することは、道義的に決して好ましいものではない。

 オーブのシンボルが太陽であるにも関わらず“日蝕”と名付けられたのは“表沙汰になればオーブに影を落とす”という意味を込めているのだ。

 また戻ったら始末書だ、と考えながらマルチロックオン・システムを起動してマスドライバーの複数箇所に狙いを定めたオルガは奇妙なことに気が付いた。

 

『そういや──』

 

 ホアキン隊との戦闘が始まってから、既に相当の時間が経過している。

 今や地球連合軍内部にも多数存在する反ロゴス派に気取られるのを避けるため、ジブリールは自らの護衛を少数精鋭に絞ったことは理解出来る。しかしそのジブリールの危機だというのに、パナマ基地から一向に迎撃部隊が現れないのは異常事態だ。

 分からないことを考えても仕方ない。そう考えながら全砲門を展開したオルガの無線通信に、聞き覚えのある馴れ馴れしい男の声が届いた。

 

『あー、君達。パナマ基地のマスドライバーは壊してはいけませんよ』

 

 それはムルタ・アズラエルの慌てたような声だった。しかしオルガは面倒な駆け引きをしている時間はないとばかりに、構わず引き金に指を掛けた。

 

『うっせーよ!!』

 

 徐々に加速するシャトル本体を狙ってスウェン達を牽制しながら、上空に向かって伸びるマスドライバーを一撃で破壊しなければシャトル射出は阻止出来ないのだ。

 しかし引き金に掛かったオルガの指は、アズラエルの言葉であっさり解かれた。それはシャニとオルガに託された特殊任務の失敗を示す、無情の宣告だった。

 

『先程、ロード・ジブリールを確保しました。相手を出し抜くのが戦争だと、君達には教えた筈ですがねぇ』

 

 パナマ基地に駐屯している地球連合軍は、その位置上の関係で先日地球連合離脱を表明した大西洋連邦から今も継続的な物資の供給を受けている。

 アズラエルはジブリールの移動先をパナマ基地と予想し、自らのコネクションを通じて事前に罠を仕掛けると共に、ジブリールの護衛を担当しているホアキン隊がシャニ達と交戦を始めた状況を利用してジブリールの確保に成功していたのだ。

 

『ハッ。俺らが真面目に聞いてると思ってたのかァ?』

 

 シャニはコクピットの中で悪態を吐くと、パナマ基地から姿を現した大規模なウィンダム隊とハーピー隊を睨み付けた。

 このまま戦っても負ける気はしないが、余計に状況が悪化するだけだ。

 そう判断したシャニは地面を蹴ってエクリプスをモビルアーマー形態に変形させると、領海付近で潜伏するODRの支援艦と合流する為に撤退を始めた。

 

「…………」

 

 通信室にいたアズラエルはシャニとオルガが操縦していた正体不明機がレーダーから突如姿を消したのを確認すると、余裕を漂わせていた表情を崩した。

 今まで無意識に考えないようにしていたが、重傷だったクロトが生きているのなら軽傷だったオルガ達も生きていて当然である。

 禁断症状に冒されている時ですら一定の理性を残していたクロトやステラと異なり、シャニとオルガの2人は薬物で縛らなければ制御不能だったイカれた連中だ。

 そんな2人が、基地内部に潜入されるまで一切足取りが掴めない程の隠密性を持った謎のモビルスーツに搭乗しているのだ。

 いつ奴等が目の前に現れ、自分を殺そうとするか分からない。つくづくあの3人はコーディネイター以上の化け物だ。

 先日ザフトに敗れて死亡したと報道されたにもかかわらず、フリーダムと交戦しているストライクレイダーの映像を見て、アズラエルは溜息を吐いた。




元々デュランダルの参謀として頭角を現した例の御方がマネージャー兼ミーアザクのパイロットをやってたのは、フリーダムのパイロットを自称する為だったんですね。

でもオーブ軍の上層部や実際にフリーダムと遭遇した人はどうも女の子が乗っていたと知ってるので困惑しそう。
だからグラディス隊はほぼ新人で構成されてるし、レイくんは排除されたんですね。

でもクロトくんの反応的に、この御方が大英雄フリーダムのパイロットなのは間違いありません。(大真面目

次回はデスティニーにやめてよねするキラちゃんや、ハイネデスティニーにこの馬鹿野郎!!!するアスランくんの勇姿が見られるでしょう。

【エンデュリングフリーダム】

・型式番号:ZGMF-X999S

・装甲材質:VPS装甲

・動力源 :ハイパーデュートリオンエンジン

・搭乗者 :?????

・武  装

①MA-M21KF 高エネルギービームライフル×2
②MMI-M15E クスィフィアス3レール砲×2
③MX-2351 ソリドゥス・フルゴールビームシールド発生装置×2
④MMI-GAU26 17.5mmCIWS×2
⑤EQFU-3Z スーパードラグーン 機動兵装ウイング
第二世代がベースだが、本領を発揮するためには高度な空間認識能力が必要なドラグーン。ドラグーンはマウント状態でも高威力の移動砲台として使用出来る上、ウィング部には光パルス高推力スラスターが搭載されている。
GDU-X5 突撃ビーム機動砲×6
GDU-X7 突撃ビーム機動砲×2
⑥MA-M81S ロンギヌス ビームジャベリン×2
※レジェンドに採用されたビームジャベリンの発展形。
⑦MMI-720 エスペ・アヴァンチュルーズ ビームソード×2
※対艦刀としては小型ながらも、それぞれがアロンダイトと同等以上の威力を有している一対の対艦刀。

・総括

ユニウス条約で開発計画が凍結されたフリーダムの兄弟機を土台に設計された、フリーダムの正統後継機。

・作者解説

要はレジェンドとデスティニーの最新技術を取り入れた純ザフト製のストフリです。全体的なモチーフはアーサー王伝説に登場する双剣の騎士ベイリンです。
初期に追放されたため円卓の騎士には数えられないどころか本によっては登場しないキャラですが、身内に討たれたエピソード、ランスロットやガウェインを差し置いて最強と評されたエピソードなど、例の御方と共通点があるので採用しました。

こんな化け物の相手は無理ゲーですが、宇宙空間だとスーパードラグーンが解禁されるのでもっと無理ゲーです。


なおストライクレイダーのモチーフはガウェインです。
だからアマテラスアカツキとコンビで本領発揮する、デュートリオンビーム受信機能付きのバッテリー機なんですね。


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クロト

 〈77〉

 

 オーブ軍司令部の最終防衛ラインにて、真紅の装甲を輝かせたモビルスーツは大気圏外から舞い降りた橙色のモビルスーツと激闘を繰り広げていた。

 2年前にヤキン・ドゥーエ宙域でエターナルが回収し、ターミナルの下で近代化改修が行われて“無限の正義”と名付けられたそのモビルスーツは投擲されたビームブーメランの片方をシールドで弾き返し、もう片方を膝下のビームブレイドで蹴り裂いた。

 

『やるなぁ、アスラン!』

 

 アスランに生じた僅かな隙を突き、橙色のモビルスーツは光の翼を展開して急加速すると、大型対艦刀を構えて突撃する。

 型式番号“ZGMF-X42-R”。

 ヘブンズベース攻防戦で初実戦を飾ったデスティニーの同型機であり、新たにコンクルーダーズに抜擢されたハイネ専用に調整が施されたデスティニーRである。

 凄まじき速度で繰り出された突進攻撃を擦れ違うように躱し、デスティニーRが反転した瞬間を捉えてアスランは連結した光刃を振り下ろした。

 

『ヴェステンフルス隊長! どうして貴方が!?』

 

 デスティニーRの持つ大型対艦刀には最低限のビームコーティングが施されているが、それは地球連合軍の大型モビルアーマーなどが搭載しているビームシールドで攻撃を防がれた際に、刀身を守る目的で施されたものである。

 ハイパーデュートリオンエンジンから莫大なエネルギー供給を受け、並大抵のシールドであれば容易に斬り裂くビームサーベルの一撃を受けることは想定していない。

 

『ちっ……!』

 

 デスティニーRが構えていた橙色の光を発振する大型対艦刀が、アスランの攻撃で根元付近から呆気なく折れた。

 ハイネは即座に大型対艦刀の残骸を捨てると、背部ユニットから展開した大型ビームランチャーを放った。しかしストライクレイダーと同じビームシールドと実体盾を組み合わせた二重防壁は、その戦艦の主砲に匹敵する特大のビームを無効化する。

 

『貴方達は何をやっているのか……! 本当に分かっているんですか!?』

 

 突如戦場に現れた、謎の青年が先の大戦で伝説的な活躍を示した末に表舞台から姿を消したフリーダムのパイロットを自称した。

 そのパイロットがキラ・ヤマトであることを知る者は、キラが所属していた三隻同盟を除けば極一部の人間に限られていた。

 しかしオーブ解放作戦においてオーブ側だったフリーダムが、同盟軍の一員としてオーブを討つ側に回っていることは、その戦いで大西洋連邦軍の一員だったレイダーがオーブの援護に回っていることよりも異様なことは明白だった。

 

『割り切れよ、アスラン!!』

 

 ハイネは吠えると、ジャスティスに向かってビームを連射する。アスランは冷静にシールドで受け、時折撃ち返しながら反撃の機会を待つ。

 コンクルーダーズの隊長がフリーダムのパイロットを自称するのは紛れもなく偽証行為だが、同盟軍の一員としてオペレーション・フューリーに参加している状況下で、その是非を問うことは何の意味も持たない。

 勝てば官軍──確実に言えるのはフリーダムのパイロットと思しき存在が現れたことで同盟軍の士気が上がったことと、オーブ軍の士気が低下したことだ。

 その隙を突いて一気にオーブ軍司令部を陥落させ、この戦争に終止符を打つ。

 それがデュランダルに遺伝子的な戦士の才能を認められ、グラディス隊からコンクルーダーズに所属を移したハイネの選んだ運命だった。

 

『くっ……!』

 

 ジャスティスのメインスラスターを兼任するリフターは、分離時の活動時間を確保する為に消費電力が大きい光パルス高推力スラスターを採用していない。そのためデスティニーRと比較すると、推力は一回り劣っている。

 純粋な近距離戦では様々な選択肢を保有するジャスティスに分があるものの、機動力で翻弄すればデスティニーRにも十分勝機はあるのだ。

 

『そらっ!!』

 

 ハイネはアスランとビームを撃ち合う最中、不意に光の翼とミラージュコロイドを最大出力で展開した。一気に加速して背後に回り込むと、反転しようとするジャスティスをビームライフルで牽制しながら左掌部のビーム砲を展開する。

 本来であれば対処不能の攻撃だったが、アスランの反射神経はそれを凌駕した。

 

『俺にだって割り切れないものはある!!』

 

 アスランは反転しながらシールドを構えて突貫すると、零距離でビームを放ったデスティニーRの左掌を殴り付けるように押し返した。

 

『!!』

 

 体勢を崩したハイネはビームライフルを収納し、隙間に右掌部を捻じ込むように追撃を仕掛けた。

 対するアスランは左腕でビームブーメランを抜くと、同時に右手のシールドを格納しながら光刃を抜いた。眩い光が空中で交差するが、その均衡は一瞬で崩れる。

 

『なにっ……!?』

 

 現行のビームサーベルは磁場形成の応用技術を用いて、ビームを刀身状に形成・維持している。そのためサーベル同士は干渉しない一方で、飛来する水飛沫を手で払うことが可能なように、ビームそのものは斬り払うことが出来る。

 アスランはハイネが放ったビームを正確に捉え、真正面から斬り裂いた。勢いを付けて両掌に深々とビーム刃を突き立てると、デスティニーRの肘から先が爆散する。

 

『…………』

 

 デスティニーRはデスティニーと同様、両腕を喪えば戦闘能力の大半を喪う。

 まして今対峙しているジャスティスの改修機はストライクレイダーと同様にファーストステージに分類される機体でありながら、デスティニーRらが分類されているサードステージシリーズに匹敵する強力なモビルスーツだ。

 

『ちっ!』

 

 ハイネは更に距離を詰めようとするジャスティスから距離を取るため、反射的に胴体を蹴ろうとした。しかしアスランはジャスティスの膝下からビームブレイドを展開させると、コクピットに迫っていたデスティニーRの右膝下を蹴り裂いた。

 斬り飛ばされた脚部は力無く空中を漂い、推進剤に引火して爆発する。至近距離で受けた激しい衝撃に晒されたハイネは、不愉快な感覚に顔を顰めた。

 アスランはデスティニーRの両腕を破壊したビームブーメランと光刃を仕舞うと、再びビームライフルとシールドを抜いた。しかし完全に戦闘能力を喪ったハイネは、アスランが構えた銃口から機体を逸らそうとしなかった。

 

『そういうのは良くねぇと思うぜ?』

 

 ハイネはアスランが撃つつもりがないことを悟り、苛立ったように舌打ちした。オーブを守ることを第一に考えるなら、メインスラスターを破壊して鹵獲すればいい。

 デスティニーRの手足なら多少の予備はあるが、ハイパーデュートリオンエンジンが搭載されているコアブロックの予備は存在しない。ハイネが再び戦場でオーブ軍を撃つようなことがあれば、その結果を招いたのはアスランだ。

 

『俺は……』

 

 祖国の為に戦い、祖国を追われ、かつての同僚達と戦う自分。

 己の正義を信じた末に全てを喪い、こんなところまで流れ続けた今も何が正義か分からない自分は、いったいこの“無限の正義”で何とどう戦えばいいのか。

 ラクスは俺に正義を見定めろと言ったきり、何も言ってはくれない。

 アスランはゆっくりと撤退し始めたデスティニーRを余所に、雲霞の如く押し寄せる同盟軍に向かってファトゥム01を射出した。

 

 〈78〉

 

 ジブリールの確保に成功したアズラエルはパナマ基地の一室に陣取り、モニターでじっとオペレーション・フューリーの戦況を見ていた。

 元々ジブリールの部下だったネオが尋問に参加している以上、わざわざあの程度の小物に時間を裂くつもりはなかったからだ。

 

「アズラエル殿は、どうやってジブリール氏の情報を?」

「質問の必要はない!」

 

 アズラエルは所属先であるロアノーク隊が壊滅したことで、パナマ基地預かりとなっていたイアン・リー少佐を怒鳴り付けた。イアンはアズラエルの意外な剣幕に表情を殺したまま驚くと、画面上に映るフリーダムを見て肩を竦めた。

 

「しかし、まさかあのフリーダムのパイロットが同盟軍とは」

 

 そんなイアンに、アズラエルは小馬鹿にするような仕草で鼻を鳴らした。

 

「アレは偽物です。全く誰があんな馬鹿な真似をしてるんですかねぇ」

「アズラエル殿はフリーダムのパイロットに心当たりが?」

 

 アズラエルは何も答えず、不敵な笑みを浮かべた。

 アズラエルの知っている旧フリーダムのパイロットは、ストライクのパイロットとしてクロトを裏切らせたオーブ在住の少女コーディネイターだ。

 どれだけ優秀だろうと偽物は偽物であり、恐れる必要などない。

 その冷静沈着な態度に、イアンは戦死した筈のクロトが復活した時の方が余程驚いていたことを思い出して頷いた。

 

「!!」

 

 アズラエルは勢いよく立ち上がった。

 その瞬間、画面の中のフリーダムが連発していたビームライフルの片方が極破砕球で破壊された。同時にストライクレイダーもビームが胴体を掠め、大きく体勢を崩す。

 

「落ちろぉァ!!」

 

 フリーダムに損傷を与えながらも、徐々に苦境に陥るストライクレイダーの姿に興奮を隠し切れないアズラエルの姿を、イアンは呆れたように見た。

 

 

 

 圧倒的な実力を示していたフリーダムのパイロットだったが、大気圏内の格闘戦を得意とするストライクレイダーの前に意外な苦戦を強いられている。

 今すぐフリーダムの援護に回らなければと焦燥感に襲われるシンに、金色の装甲に白い翼を生やした奇妙なモビルスーツが立ち塞がった。

 

『くそっ!! なんでこんな奴に!!!』

 

 頭部センサー目掛けて反射された自らの光弾を、シンはシールドを掲げて防いだ。

 相手のモビルスーツにはビームを反射する特殊機能があることを再確認し、シンは続けて背部ユニットから大型ビームランチャーを抜いた。

 かつてインパルスが装備していた機動防盾程度であれば、反射し切れなかった余剰分のエネルギーで盾を破壊する強烈な一撃は、再び金色の装甲に反射される。

 シンは急上昇で避けるが、反射されたビームはデスティニーの放ったものと比較すると一回り減衰したビームだった。

 

『ビームを……吸収してるのか?』

 

 アマテラスアカツキに採用されている鏡面装甲“ヤタノカガミ”は受けたビームの反射先、反射量を任意で調整することが可能だった。

 キラはアマテラスアカツキのウィングユニット“天羽雷”に鏡面装甲で受けたビームの一部を反射することで、密かにバッテリーのパワー回復を行っていたのだ。

 少しでも反射先や反射量の調整を誤れば、ウィングユニットはもちろん鏡面装甲にもダメージを与えかねない危険な行為だったが、キラの超人的な操縦技術と情報処理能力がその神業を可能にしていた。

 

『なんなんだよアンタは!!』

 

 レイダーのパイロットもシンと同等以上の操縦技術を持っているが、やや射撃の精度が低いことや一撃離脱戦法に拘る癖など、シンにも付け入る隙はあった。

 しかし目の前の敵はどの戦闘距離においても全く弱点がない上に、徐々にシンの行動パターンを先読みし始めていた。おまけに無線回線を完全封鎖しているのか、先程から投げ掛けている罵声にも一切反応を示さない。

 まるでシミュレーターに搭載されている高性能AIと戦っているようだ。

 どこか冷めた様な気分になりながら、シンは両肩部から抜いたビームブーメランを投擲した。いくら鏡面装甲が強力であろうが、実体兵器と光学兵器の性質を併せ持つビームブーメランには通用しない。

 

『!!』

 

 片方が斜めに振るったビームサーベルで切り裂かれるが、もう片方は斬撃を潜り抜けて死角から襲い掛かった。

 

『なっ……!?』

 

 目の前の光景に、シンは絶句した。

 ビームライフルごと左腕を切り裂かれる筈だったモビルスーツが、シンの投げ付けたビームブーメランを掴んでいたからだ。

 デスティニーに搭載されているビームブーメランは、ビーム刃を延長することでビームサーベルとして使用する機能を有している。

 その構造上、常に持ち手部分が露出していた。だからといって高速で迫り来るブーメランの動きを殺しながら掴み取る芸当は、人間業とは思えなかった。

 キラは掌部に取り付けたビームシールド発生器から光の剣を発生させた。

 そして基盤部分を貫いたビームブーメランを投げ捨てると、掴む一瞬前に真上へ放り投げていたビームライフルをキャッチする。それはまるで優雅な舞いだった。

 

『くっそー!!』

 

 デスティニーのビーム攻撃は通用せず、ビームブーメランは喪失した。

 実体剣の性質を持っている大型対艦刀は有効だろうが、他に選択肢がない状況で無闇に振り回せばビームサーベルで一方的に両断される可能性が高い。

 もちろん目の前の敵が並でないことは重々分かっていたが、まさかアスラン以外にもフリーダムのパイロットやレイダーのパイロットと同等以上の実力者がいたとは──。

 

『撤退だ』

 

 唇を噛み締めるシンに、アルからの通信が届いた。

 直後に深手を負ったストライクレイダーと、一部の武器は喪ったものの本体は無傷のフリーダムが視界に入った。わざわざ援護に回るまでもなく、フリーダムはレイダーを圧倒していたのだ。

 

『なんでですか! まだ……!!』

『これは命令だ。殿は私が務めよう』

 

 アルの命令にシンは反発するが、反論には至らない。

 このまま無闇に戦闘を続けていても、金色のモビルスーツには勝ち目がないことは明らかだったからだ。

 それに国防委員会の直属部隊員であるシンよりも、議長直属の特務部隊長として、軍事的な内容に関しては議長に次いで高度な命令権限を持つフリーダムのパイロットの方が立場は上だ。

 たとえ特務隊だろうとザフト軍人である限り、彼に逆らうことは許されないのだ。

 

『……分かりました』

 

 フリーダムのパイロットは前大戦においてレイダー、ジャスティスを筆頭に地球連合軍、ザフトの名だたるエースを撃破した最強のパイロットだ。

 たとえ1対2だろうと敗れる筈がない。事実、あの恐るべき新型レイダーを相手取ってさえ、戦いを優位に進めているではないか。

 シンは圧倒的な力を見せるフリーダムに感嘆すると、後方で周辺部隊の指揮を執っているミネルバに機首を向けた。

 一方のアルはそんなデスティニーに視線を遣ると、機体を左右に振ってフリーダムの電磁砲を躱しながら距離を詰めようとするキラに向けて通信を飛ばした。

 

『創造主の私に逆らうか。──キラ・ヒビキ!!』

 

 同盟軍の中核を成すザフトを狙い撃ちする奇策や、コンクルーダーズの敗退など多少の誤算はあったものの、全体としては数で勝る同盟軍が優位を拡大した状況だ。

 あと一日、二日もすれば、オーブ軍の予備隊は底を尽きる。そうなれば同盟軍は各地の防衛線を突破し、司令部はすぐに陥落するだろう。

 

『余所見してんじゃねーよ!!』

 

 稲妻のような剣閃が走り、対艦刀を受け止めた筈の双剣が砕かれて宙を舞う。

 それぞれが大型対艦刀と同等の威力を誇る双剣だったが、ストライクレイダーの対艦刀や極破砕球を受け続けたことでダメージが蓄積し、遂に耐久限界を迎えたのだ。

 

『くっ……!』

 

 もっとも、それはアルにとって形勢不利を意味しない。

 更に斬り込もうとしたストライクレイダーはドラグーンの集中射撃を受けてシールドごと弾き飛ばされた。フリーダムにはウィングユニットに搭載された移動砲台やビームジャベリンなど、十分な数の武装が存在するのだ。

 

『どこまでも愚かな奴だ』

 

 しかし倒すことは可能だとしても、生け捕りに出来なければ意味が無い。デュランダルの思惑はさておき、あくまで狙いはキラなのだ。

 アルは見せ付けるようにフリーダムの翼を広角展開すると、空中を飛翔しながら全砲門一斉射撃で周囲を薙ぎ払った。遥か遠くの建造物やモビルスーツを含む無数のターゲットに甚大な被害を与えると、嘲笑と共にクロトの追撃を振り切って姿を消した。

 こうしてレイダーを中心に健闘を見せるオーブ軍に対し、同盟軍は新型フリーダムやデスティニーRなどの主力部隊を投入し、オノゴロ島全域で激戦が繰り広げられた二日目の戦いは終了したのだった。

 

 〈79〉

 

『その方の姿に惑わされないでください』

 

 オーブ連合代表首長であるカガリ・ユラ・アスハが世界に向けて発信した公式声明をジャックし、ミーア・キャンベルは冷ややかな声で言った。

 画面の中に映るラクスは苦悶の表情を浮かべ、アスランと共に顔を伏せた。

 拍子抜けだった。

 本物のラクス・クラインがここ数ヶ月に渡って根城にしていたエターナルを離れ、手勢を連れてオーブに降下しているのは掴んでいた。

 どこかのタイミングで姿を晒し、自分が本物で皆の知るラクスは偽物だと主張しようとしていたのだろう。

 

『私と同じ顔、同じ声、同じ名の方がアスハ首長と共にいらっしゃることは知っています。ですが私、シーゲル・クラインの娘である私は、その遺志を継ぐデュランダル議長の下におります。彼女と私は違う者であり、その想いも違うということをまずは申し上げたいと思います』

 

 しかしプラント議長のデュランダルや、フリーダムのパイロットの支持を受けている自分に対して、セイラン派との政争に敗れて国外逃亡していたカガリや、旧ザラ派の婚約者であるアスランの支持を取り付けた位で対抗出来ると本気で思っていたのか。

 ミーアは淡々とロゴス、その一員であるロード・ジブリール、そしてジブリールを庇うオーブの所業を断罪する言葉を口にした。

 オーブが声明を行う為に呼び掛けたマスメディアには裏で接触しており、いかなるトラブルが起こったとしても放送を止めないことを約束させている。

 こうして私が本物のラクス・クライン。

 そして貴女が偽物のラクス・クライン。

 絶望の声が画面越しに響き渡る中、ミーアは小汚い格好をした隻眼の少年がカメラの前に割り込むのを見た。

 

『テメーは誰だよ』

 

 その少年の姿に、ミーアは品性の欠片も感じられなかった。きっとオペレーション・フューリーで大事な家族を喪い、遣り場のない怒りを同盟軍にぶつけようとしている少年なのだろう。

 ミーアは画面の中に映っている哀れな少年を見据えると、優しく微笑んだ。

 

『私はラクス・クラインですわ。貴方は?』

 

 ミーアの声を聞いた瞬間、少年の瞳に光が戻った。

 そして周囲の空気を凍り付かせるような笑みを湛えると、クロトは世間話をするような口調でミーアに語り掛けた。

 

『──レイダーのパイロットだよ』

 

 ミーアの背後から悲鳴が上がった。今まで築き上げてきた全てが音を立て、崩壊したような気がした。

 




本物のラクスがアークエンジェルで出会い、ヤキン・ドゥーエでも共闘したレイダーのパイロットを知らない訳ないだろ!いい加減にしろ!!ってことですね。

さらっと出落ちしたハイネデスティニーは正式名称が分からなかったのでデスティニーRと表記しました。

実際は対面したことないですが、フリーダムのパイロット=ストライクのパイロット=オーブ在住の少女コーディネイターという情報はアズにゃんも掴んでます。

……完璧で究極なコーディネイター?


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ひとときの休戦

 〈80〉

 

 ミーアはどうやら自分はまんまと罠に掛けられたらしいと理解した。本物のラクスを囮に、ザフトが行った電波ジャックそのものを利用されてしまったのだ。

 結局のところ外見ではどちらが本物なのか分からない以上、少なくともザフトの掲げているラクスは偽物だと示すことは、単に告発を行うよりも余程有効な手法だった。

 

『酷いなぁ。ヤキンで一緒に戦った僕を忘れたの?』

 

 クロトは不愉快さを露わにすると、こめかみに手を当てた。

 ミーアは騒然となった空気と、静けさすら感じる視線に包まれた。

 レイダーのパイロットはブルーコスモスと地球連合軍が共同研究し、モビルスーツの生体CPUとして製造した少年兵だということが、ミーアの聞かされた全てだった。

 少年の言葉はハッタリとは思えなかった。

 ラクスの隣で控えている婚約者──アスラン・ザラを差し置いてまで、誰かがレイダーのパイロットを騙る理由などないからだ。

 

『……お顔までは拝見しておりませんが』

 

 ミーアは辛うじて平静を保ちながら、引き攣った笑顔で切り返した。

 とはいえ、この少年がレイダーのパイロットだと分かる者など存在する訳がない。生体CPUの製造には地球連合軍を裏から牛耳っているロゴスも関与しており、その個人情報は完全に秘匿されている筈なのだ。

 

『だったら僕の名前は? 自分は顔も名前も知らない奴と共闘しましたって言うなら、別にいいけどさぁ』

『…………』

 

 ミーアは答えられなかった。もちろんクロトの名前など知らないからだ。しかし本物であれば当然知っていなければおかしい内容であることは、疑う余地がなかった。

 ヤキン・ドゥーエ要塞から大量破壊兵器の第一射が放たれるまで、三隻同盟と敵対関係だったドミニオンが迅速に共闘関係へスムーズに移行したのは、ラクスとクロトが以前から知り合いだったくらいの理由がなければ不自然だからだ。

 完全に詰まされている。

 仮に上手く誤魔化せたとしても、目の前のクロトが次々に繰り出すだろう問い掛けに、付け焼き刃の知識しか持たない自分が回答出来るとミーアは思えなかった。

 こんな、こんな筈じゃなかったのに。

 瞬く間に不信感を抱き始めた周囲の視線に、屈辱で震え始めたミーアにクロトは見下すような冷笑を向けた。

 

『ま、声形は真似出来ても所詮はそっくりさんか。 ……あ、逃げやがった』

 

 カーペンタリア基地から行われていた外部干渉によって、部分的にジャックされていた映像画面が途絶えた。ミーアが更なる醜態を晒す前に、デュランダルは強制的に放送を中止したのだ。

 ラクスは一歩前に進み出ると、思わぬ人物の登場に困惑の表情を隠せないマスコミ達が構えているカメラに視線を遣った。

 

『では改めて、皆様もお聞きされたように彼がレイダーのパイロットです。ユニウスセブンで漂流していた私を救助してくださり、その御縁でヤキン・ドゥーエ要塞の大量破壊兵器を破壊するため、敵味方の境を超えて力添えを頂いた御方です。本来は両軍からお命を狙われておられる身ですし、オーブの方々も複雑な思いはございますでしょうが、今回わたくしの一存でご協力を頂きました』

 

 ラクスに簡単な紹介を受けると、クロトは裏口から足早に退席した。

 理屈では納得出来ても、感情では納得出来ないこともある。オーブに大西洋連邦軍のエースパイロットだったクロトを憎んでいる者は相当数いるだろうし、これ以上の騒動が起こることはあまり好ましくなかったからだ。

 あくまで会見の主役は同盟軍の非道を訴えるカガリと、公の場に姿を晒すことを決意したラクスの2人である。後ろ暗い過去を持ち、様々な陣営から命を狙われているクロトが無闇に表舞台で姿を現すことは、周囲を危険に晒すことに繋がるのだ。

 

「やっぱり私も出た方が良かったんじゃ?」

 

 クロトは舞台裏に設けられていた控室で腰を下ろした。

 自分もフリーダムのパイロットとして姿を晒すべきだったかと問い掛けるキラに、クロトは曖昧に言葉を濁しながらもきっぱりと否定した。

 

「いいよ。どうせ向こうは同じ手が使えねーし。こっちは“()()()()()()()()()() ”って言うだけだ」

 

 フリーダムのパイロットが少女であることは、アラスカ攻防戦やパナマ攻防戦などに参加した一部のザフト・連合兵も把握している可能性が高い。そのため、フリーダムのパイロットだと公言するのは相当の危険性を孕んでいるのだ。

 とりわけラクスの偽証が明らかになり、同盟軍に楔を撃ち込んだ状況下でアルが不用意に姿を晒す可能性は低いだろう。

 クロトが言及したように、プラントにとって大罪人のラウがフリーダムのパイロットを自称していると指摘することが出来る。遺伝子上はラウと同一人物であるが故に、その反証を示すのは困難なのだ。

 ラウが生まれた経緯を思えば、あまりにも皮肉なものだった。

 

「あー……。そっか」

 

 キラは感心したように頷くと、テレビの音声を上げた。ザフトの電波ジャックで一時的に中断されていたカガリとラクスの演説が再開したようだった。

 

『私はギルバート・デュランダル議長を支持しておりません。無論、ロード・ジブリール氏も。戦う者は悪くない、戦わない者も悪くない、悪いのは全て戦わせようとする者、死の商人ロゴス。議長のおっしゃるそれは本当でしょうか? 真実なのでしょうか? 我々はもっとよく知らねばなりません。デュランダル議長の真の目的を』

 

 オーブ連合首長国は人道的観点から反ロゴスの立場であり、その証拠として先の大戦終結時から“レイダーのパイロット”など、生体CPUとして製造された身寄りのない少年兵達の保護活動を行っていること。

 上記の理由でロード・ジブリールはオーブに潜伏しておらず、ジブリールと対立しているムルタ・アズラエルがパナマ基地で確保した事実を掴んでいること。

 オーブは建国の理念に立ち戻り、中立の立場を改めて掲げること。

 オーブを侵攻した同盟軍に対し、その理念に則って断固たる対応を取ること。

 同盟軍を主導していたザフト軍を除く部隊に対しては、本日をもってオーブ領海域より撤退するのであればその限りではないこと。

 同盟軍が発動したオペレーション・フューリーの大義を喪失させ、一連の武力介入に対する釈明を行い、今後の具体的な方針を発表することで同盟軍を分断する。

 国家間の戦争とは、単純な戦闘行為を意味するだけではないのだ。

 

『最後に、わたくしラクス・クラインは心苦しくもクラインの名を捨てることを、ここに宣言させて頂きます』

 

 ラクスの意外な言葉に、周囲がどよめいた。

 これが同盟軍を切り崩してもなお、オーブ軍に対して圧倒的優位に立っているザフト軍を内部崩壊させる最後の一手だった。

 

『わたくしの名を騙る方、わたくしの名を利用する方、わたくしの外面で判断する方々の手で、これ以上クラインの名を汚されるわけには参りません。わたくしはオーブ国民の()()()()()()()として、新たな人生を歩みたいと思います』

 

 自らの名を捨てることを、ラクスは高らかに宣言した。

 デュランダルやアルの煽動があったとしても、同じ顔と声だからと安易にミーアの言葉を信じたプラント国民にも、今回の騒動を引き起こした責任がある。

 結局のところ今までラクス・クラインとして語った言葉も、その真意も、何一つプラント国民には伝わっておらず、自分達の都合がいいように解釈されていたのだ。

 

『改めてラクス・ディノの名において、同盟軍にお聞きします。あなた方は何を討とうとしているのか、本当にお解りですか?』

 

 今まで隠遁生活を送っていたクロト・ブエルとラクス・クラインの社会的な死と引き換えに、同盟軍を崩壊させる。

 それが“歌姫の鎮魂歌”の正体だったのだ。

 

 〈81〉

 

 オーブ領海付近にて、再攻撃の準備を行っていたタリアは周囲からの激しい追及に悩まされていた。単に特務隊というだけでなく、公私に渡ってデュランダルと付き合いがあると囁かれているタリアに向けられる嫌疑の視線は、同じような立場だったレイを喪ったことで一層強いものになっていたのだ。

 

「私にだって、何がなんだか分からないわよ!」

「ですが、何らかの解答が得られなければ協力を拒否すると!」

「我々の上官はラクス・クラインじゃないって答えなさい!」

 

 タリアは動揺しているアーサーを怒鳴り付けると、自らも返答を行った。

 しかしギルバート・デュランダルがラクス・クラインの偽物を擁立しており、本物がオーブにいるという状況を突き付けられ、次々に周辺部隊が離脱し始めた。

 元々同盟軍はラクス・クラインの威光を一身に受けていたデュランダルの呼び掛けによって、反ロゴス・反地球連合の一環として集まった半端な同盟関係である。

 最重要標的であるロード・ジブリールを含め、ロゴスを構成している主要メンバーの大部分が身柄を抑えられた以上、ロゴスは崩壊したといっても過言ではない。

 そんな中で大西洋連邦が連合から離脱し、デュランダルの正当性が著しく低下した今となっては、唯一反ロゴス運動に因る世界経済の崩壊から免れたプラントに付き合って戦力を浪費するよりも大西洋連邦の侵略に備える必要があるのだ。

 

「南アメリカ合衆国軍、全軍撤退するとのことです!」

「そんな……」

 

 元々クライン派に所属する一介の遺伝子学者に過ぎなかったデュランダルの支持基盤は、ラウと個人的な付き合いがあったこともあり脆弱なものだった。

 かつて大本命のユーリ・アマルフィを抑え、デュランダルが議長に選ばれたのは優秀なブレーンと、ラクスの支持を得たからだと噂されていた。しかし実際にはそのラクスは偽物であり、本物のラクスはプラントを完全に見限ってしまった。

 結果としてオーブが連合軍と同盟関係を結んでいたという事情はあるにせよ、ザフトが不確実な情報で同盟軍を煽ってオーブを侵攻した事実だけが残った。

 

 沈黙していた大西洋連邦は同盟軍の侵略行為を大いに批判すると、パナマ基地で捕らえたジブリールの引き渡しを拒否すると共に大規模な艦隊を展開した。

 ジブラルタルからオーブに向かう最中、急遽進路を変えてパナマに向かわせていた同盟軍の主力部隊が釘付けにされており、新たな戦力の増員は見込めない。

 当初の予定通りに夜明けと共に攻撃を再開していいのか、未だ司令部からの返答が帰ってこない状況が続いている。一夜にして情勢は一変してしまったのだ。

 

「どうしたの、メイリン?」

「はい! 司令部より通信です!」

 

 タリアは騒然とした空気の中で統制を取ろうとするが、メイリンはカーペンタリア基地の艦隊司令部からミネルバに送られて来たメッセージを読み上げた。

 

「“ミネルバは迅速にカーペンタリアへ帰投されたし”とのことです!」

「ジブリールはパナマなんでしょう? どういうことなの?」

 

 ますますタリアはデュランダルの意図を計りかねた。

 ジブリールの身柄を確保することが至上命題であり、だからこそ不確実な情報ながらもデュランダルはオペレーション・フューリーを発動させたのではないか。これではまるでオーブを侵攻すること自体が目的だったようではないか。

 

「詳細は不明ですが、月の連合軍に不穏な動きがあるとのことです。パナマ基地はミネルバ以外の部隊で対処すると」

「……分かったわ。私達は上の言葉を信じて戦うだけよ、いいわね?」

 

 タリアは自分に言い聞かせるように言ったが、酷く空虚な言葉に思えた。上の言葉が偽りであれば、それを信じて戦うことは果たして正しいのか。

 何にせよ亡夫と息子を裏切り、今もデュランダルと関係を続けている自分にそれを問う資格などないと思いながら、タリアはオーブ領海域からミネルバを離脱させた。

 

 

 

 翌朝、ルナマリアは新たな指令を共有するミーティングが終了すると、そそくさと会議室から退出して立ち去ろうとしたシンを追い掛けて呼び止めた。

 

「シン! ねぇシン! ちょっと待ってよ!」

「なんだよルナ?」

 

 いつになく冷たい声と、深い疲労感を漂わせたシンの表情にルナマリアは咄嗟に視線を逸らした。シンの妹や友人がいるだろうオーブをこれ以上撃たずに済んで良かった、などと呑気なことを言える雰囲気ではなかったからだ。

 

「え? いや、オーブのラクス・クラインのこと、シンはどう思ってるのかなって」

 

 自分達が本物だと思っていたラクスが、顔と声を似せただけの偽物だったことは重大な事実のようにルナは感じていた。今から思えば“クロト”と名乗っていたレイダーのパイロットは自らディオキアに潜入し、情報収集を行っていたのだろう。

 クロトの正体に気付いておけば良かったと思う反面、彼が暴露しなければ自分達は永遠に真相を知らなかったのだろうと思うと、ルナマリアは内心複雑なものを感じていた。

 

「なんだルナまで、馬鹿馬鹿しい。そうやって俺達を混乱させようってのがアスハのやり方なんだろ」

「で、でも」

 

 混乱も何も、今まで自分達がラクスだと信じていた少女はデュランダルの用意した偽物ではないか。そんなルナマリアの言葉を遮るように、シンは口を開いた。

 

「本物なら正しくて、偽物なら悪だって言いたいのかよ?」

 

 ラクス・クラインの偽物を用意した議長が悪なら、その言葉を信じて親友を討った自分は、オーブを撃った自分は悪なのか? 

 考えるまでもない。

 今まで平和な世界を目指して戦って来た自分が、唯一生き残ったマユの為に戦って来た自分が、そんな自分を見出してくれた議長が悪である訳がない。

 全て自分達を騙そうとするオーブが、議長を貶めるオーブが悪いのだ。

 

「議長は、あの人は正しいんだ。俺は間違ってないんだ」

「…………!」

 

 ルナマリアは思わずたじろいだ。シンが口にした言葉は、完全に論理破綻しているように思えたからだ。そしてシンは自分の口にした内容の異常さに気付いていないか、あるいは目を逸らしている様だった。

 

「そんなことより、俺達には考えておかないといけないことがあるだろう。……アイツさえ……アイツさえいなければ……」

 

 シンは呟くように言った。

 傍目には快挙に映ったのだろう。数ヶ月前までアカデミー生だったシンが、フリーダムのパイロットと同様に地球連合軍で最強と謳われたレイダーのパイロットが駆る最新鋭のモビルスーツと互角に渡り合っていたのだ。

 しかし実際には、デスティニーがハイパーデュートリオンエンジンを搭載しているから不用意に撃てないと好機を見逃されただけだった。もしもあの慰霊碑で出会った半病人の少年がその気だったら、あっさりと殺されていたのだ。

 

「……シン……」

 

 そこにはルナマリアが士官アカデミーの入学式で出会った、不器用だけれど家族思いな心優しい少年の面影はなかった。

 それは底知れない狂気に身を委ねた凶戦士の姿だった。その最後の引き金だったのだろう親友殺しの共犯者であるルナマリアには、咎めることは出来なかった。

 

 〈82〉

 

 同盟軍の撤退が始まったのは、3日目の朝だった。

 最終的に大洋州連合などの親プラント国家の所属部隊やレジスタンスの類を除き、同盟軍は事実上の解散状態に追い込まれた。

 ジブリールの引き渡しを巡ってパナマ基地で戦闘が行われたものの、明白な形で大義を喪ったザフトの戦意は著しく低下しており、また大西洋連邦軍の新型量産機である“ハーピー”が大規模に投入されたことで膠着状態に陥った。

 すんなりアルが引き下がったことに違和感を抱きつつも、大凡はクロトの想定通りに事が進んだ。プラント最高評議会は一連の行動について説明を求めているものの、デュランダルは沈黙を保ったままメサイア要塞に籠城している。

 一躍まともに表を出歩けない身となったクロトは素顔を隠しながら、大規模な侵攻を受けることになったオノゴロ島の復興作業に追われていた。

 同盟軍の残党を押し付けられる形となったムルタ・アズラエルから猛抗議のメッセージが届いたり、ロゴス崩壊を受けて地球連合軍の体制改革に着手し始めたデュエイン・ハルバートン中将から激励のメッセージが届いたりと、精神的には殆ど休まることのない日々が続いていた。

 そんな中、1人集合時間を間違って記憶していたクロトは息を切らしながら、アスハ家が保有している高級ホテルの屋上に設置されたドアを開けた。

 

「……これがオルガの言ってた唐突な水着回ってヤツか」

「クロト?」

「なんでもない」

 

 黒と赤のシンプルな海パンに着替えたクロトは、恥ずかしそうな表情で薄紫の襟付きビキニを纏っているキラを二度見した。

 そういえばキラの水着姿を見るのは初めてだ、とどうでもいいことを思いながらクロトは嘆息した。

 

「うわー……。すげぇ格好」

「似合う、かな?」

「滅茶苦茶似合ってるけど……。後ろの連中は?」

 

 クロトはキラの影に隠れていた奇妙な3人組に怪訝な視線を向けた。その内の2人はちょうどいいところに来たと言わんばかりに何かを取り出した。

 

「私はコレがいいと思うんだが、お前はどう思う?」

「さ、流石にそれは……」

 

 赤いハイネック型の水着を大胆に纏ったカナードは、まるで紐のような紫の水着をクロトに示した。確かに魅力的だがそれはナチュラルの野蛮な核(Mk5核弾頭ミサイル)どころか、あのとんでもない兵器(ジェネシス)級の危険度だと考えたクロトは静かに首を振った。

 

「では、わたくしはこちらをオススメしますわ」

 

 続けてラクスは白いキャミソール型の水着を見事に着こなしながら、紺色のタンク・スーツ型の水着を示した。なぜか白いゼッケンが設けられたそれは、いわゆるスクール水着を連想させるものだった。

 

「実はこのタイプ、初めてで……」

「?」

 

 キラの恥ずかしがるような顔に、クロトは首を傾げた。

 一般的な教育を受けていないクロトはもちろん例外だが、基本的に水泳が必須項目らしいと以前に聞いた記憶があったからだ。

 

「13歳までは男の子の格好をしてたから、水泳の授業に出たことがなくって」

「あー……」

 

 キラの存在を知ったブルーコスモス、あるいはアルの追撃から逃れる為に、育ての親であるヤマト夫妻は月面都市コペルニクスの幼年学校を卒業するまで、キラを男子として育てていたのだ。

 

「おい。プールサイドで走るなよ」

「ああ、分かっている」

 

 何処かしんみりとした空気が流れる中、クロトは最後の1人に呆れたように言った。アスランは顔を真っ赤に紅潮させながら、床にぽたぽたと鼻血を溢していたからだ。

 

【挿絵表示】

 




不穏な流れですが、まさかの水着会です。

阿井上夫先生からまたも素敵なイラストを頂きました。


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月面都市コペルニクスへ

 〈83〉

 

「あー、そうそう。結婚おめでとう」

 

 クロトはプールサイドに置かれたサマーベッドに寝転がながら手元のジュースを口にすると、その内容自体にはさして興味がなさそうに言った。

 

「ありがとうございます」

 

 そんなクロトの隣に位置するサマーベッドに、少女がゆったりと腰掛けていた。

 ラクス・クライン改め、()()()()()()()

 ラクスは先の大戦以前より婚約者であるアスラン・ザラ──アレックス・ディノの偽名を経て、アスラン・ディノと名乗り始めた少年と正式に入籍したのだ。

 傍目にも親愛関係には至っていない状況下で、プラントに楔を撃ち込むためとはいえこうした手段を用いるのはどうかと思っていた。しかし自分が介入しなければアスランはオーブ解放作戦時にザフトを裏切り、ラクスと行動を共にし始めたのだからむしろ遅かったのかもしれないとクロトは思い直した。

 本来の世界線では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……」

 

 眼前に広がっている賑やかな光景は、オーブに侵攻を行った同盟軍を退けたお祝いとしてカガリがアスハ家の所有物である高級ホテルで主催した慰安会である。

 カガリ本人はミナらと共に連日諸外国との会談に追われている中、警備の関係上で招待された極少数の者だけが、この貴重な休暇を満喫していたのだ。

 

「……うわー……」

 

 クロトは隣接しているサンドエリアで、アスランらとビーチバレーを楽しんでいる水着姿のキラが視界に入った。ゆさゆさと零れ落ちそうな少女の一点にクロトは視線が引き寄せられてしまうが、ラクスの咳払いを受けて神妙な表情で座り直すと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごめんごめん。で、議長の狙いは掴めた?」

「おそらくは。……結論から申し上げますと議長の目的は、遺伝子でヒトの役割を決める世界を構築することだと思います」

 

 ラクスはクレタ島沖での大敗を受けてオーブ派遣艦隊が撤退した後、数少ない戦力を分散してまで宇宙に上がっていた。それはファクトリーで密かに製造中だった“ストライクレイダー”らを輸送することが主目的ではなく、偽物のラクスを用意してまで戦争を煽るデュランダルの真意を探るためだったのだ。

 

「遺伝子でヒトの役割を決める?」

「はい。クロト様は“マーシャン”と呼ばれる方々をご存じですか?」

 

 クロトは自身の記憶を辿り、地球連合の前身であるプラント理事国が“戦闘用コーディネイター”を開発するモチーフとなった者達を思い出した。

 

「ええと、火星開発用コーディネイターだっけ?」

「はい。火星圏の開発事業を行うため、必要な職種に最適化された遺伝子調整を施された者達。それが“マーシャン”です。同じコーディネイター社会であるプラントは彼等と昔から友好関係にあり、議長も彼等の社会に興味を示していたそうです」

 

 ラクスは頷いた。

 火星圏に存在するコロニー共同体の一つ“オーストレール”は火星の過酷な環境に対応するため、求められる職種に合わせて遺伝子調整が行われた“マーシャン”と呼ばれるコーディネイターのみで構成されている。

 そんな彼等の使節団は年に一度行き来している定期便で地球を訪れており、ラクスもシーゲル・クラインの娘として彼等と交流した経験があったのだ。

 

「それはあくまで火星圏の話だろ?」

 

 当初人類にとって未開の地だった火星圏を開発し、レアメタル採掘を行おうとした開発事業者はナチュラルたちだった。

 しかし火星圏という過酷な環境と、限られた物的資源という状況は火星の開発事業を行う際の壁として立ち塞がった。その問題を解決するために優秀な能力を持ったコーディネイターを造り出し、開発を進めようとしたのがマーシャンの始まりである。

 だがそうした遺伝子調整を行うことは“戦闘用コーディネイター”と同じく立派な生命倫理違反であり、火星圏という特異な環境でのみ許容される事だとクロトは思った。わざわざ遺伝子調整を行わなくても、地球圏で生活することは可能なのだから。

 

「おっしゃる通りです。ですから議長の目的はその反対……ヒトが生まれ持った遺伝子──いわば運命によって、そのヒトの役割を決める社会を構築することではないかとわたくしは予想しています」

「運命でヒトの役割を決める社会、ねぇ」

「はい。そんな社会が実現すれば戦いは起こらない、と議長は考えているようです。なぜならそうした社会は戦士として運命付けられた者と戦っても無駄だと、皆が理解している社会だからです」

 

 それはまるで完全武装した者に、拳で逆らう者がいないように。

 

「なるほどねぇ。そしてその全てを決定する神が、デュランダルってことか」

 

 クロトは吐き捨てるように言った。

 遺伝子を調査し、その適性を最優先する社会。

 そんな仮初めの平和と引き換えに自由意志を喪失した社会を成立させるための生贄として、デュランダルはどれだけ大勢の命を捧げたのかと憤った。

 デュランダルがロゴスの詳細な情報を掴んでいた以上、今回の大戦を小規模に留めることが可能だったのは明白だったからだ。

 

「神というよりも、運命という名の神に仕える神官という表現が正確でしょうね。望む力を得るためにヒトの根幹、遺伝子にまで手を伸ばしてきた末に起こった、プラントの歪みが産んだ結果かもしれません」

「プラントの歪み?」

「はい。コーディネイター社会であるプラントは出生率を改善するために、遺伝子相性が悪い者同士の結婚を法律で禁じています。実際に議長ご自身も、かつて婚約を解消した女性がいらっしゃるとか」

 

 ラクスの言葉に、クロトは呆れたように嗤った。

 もちろんそれがデュランダルを突き動かした全ての原因だとは思わなかったが、平和な社会を作る為に目の前の平和を乱すという矛盾に、何らかの形でデュランダル自身の怨念染みたものが関与していることは薄々感じていたからだ。

 どうやらアル・ダ・フラガ同様に、ギルバート・デュランダルという男も自己愛と自己保存本能の強い男らしい。運命論者だった自分に訪れた悲劇を、運命計画(デスティニープラン)の実行という形で昇華することでデュランダルは自己正当化を図ろうとしたのだろう。

 

「未来を決めるのは、運命なんかじゃないよ」

 

 この世界に運命などと呼ばれるものが存在するなら、所詮はヤキン・ドゥーエで燃え尽きる筈だった自分がキラ・ヤマトという少女に釣り合う訳がない。

 絶望的な運命に抗い続けた想い、それを成し遂げた奇跡の力は、決して運命などといった簡単な言葉で片付けられる代物ではないのだ。

 ラクスは頷くと、いつのまにか正面に立っていた少女を見て苦笑した。

 

「それはさておき、クロト様の未来は決まったようですね」

「……あぁ……?」

 

 ラクスの言葉に違和感を抱いたクロトは、恐る恐る瞼を開いた。

 せっかくの休暇なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()クロトに、薄紫の襟付きビキニを纏った質量兵器(Mk5核弾頭ミサイル)が影を落とした。

 

 〈84〉

 

「無様だな、デュランダル」

 

 機動要塞“メサイア”。 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦後、プラントが資源採掘後の小惑星に設備を組み込む形で建造された機動要塞であり、その製造費用は規模と比較して安価である。

 また全方位を覆う形で展開可能な陽電子リフレクター発生装置が配置されている他、前大戦で猛威を振るったジェネシスを小型化し、破壊力の低下と引き換えに発射後の一次反射ミラー交換を不要にすることで、運用性を向上させたネオ・ジェネシスを装備した難攻不落の要塞である。

 当初デュランダルが描いていた予定では、地球連合軍がダイダロス基地に設置した軌道間全方位戦略砲“レクイエム”でプラントを撃たせ、それを大義名分にダイダロス基地を攻略、レクイエムを接収して運用することで、ネオ・ジェネシスと並んで運命計画(デスティニープラン)を遂行する為の切り札にしようとしていたのだ。

 

「ジブリールがいなければ、地球連合軍はレクイエムを使用しないだろう。アレはクルセイダーズの大敗を受けて、ジブリールが強引に製造させたモノだからな」

 

 アルは妙に愉しそうに言った。

 それはデュランダルの完敗を嘲笑うようだった。プラント最高評議会からは、連日デュランダルに対して緊急招集を呼び掛ける通信が送られている。

 評議会議員でありながらラクスの真贋すら付かないなど有り得ないというのに、デュランダルを切り捨てることで事態を収拾しようとしているのだ。

 全ての戦争責任をパトリック・ザラとラウ・ル・クルーゼに背負わせることで、当時ザラ派のナンバーツーだったエメリア・ジュールですら公職追放程度まで減刑された前代未聞の手法を、プラントは再び使おうとしているのだろう。

 所詮は厳格な婚姻統制を行ってすら少子化に歯止めが掛からず、ナチュラルに回帰しなければ数世代で断絶する“新人類”かとデュランダルは自嘲した。

 

「貴方はこうなると分かっていたと?」

「いや。私が誤算だったのは、貴様が戦士の運命を持っていると評価した連中の力だ」

 

 シン・アスカ。

 ハイネ・ヴェステンフルス。

 その他マーレ・ストロードなど“コンクルーダーズ”に選ばれた、生まれながらに戦士としての運命を定められたコーディネイター達。

 そんな彼等がキラや、戦士としてはそれに匹敵する才能のアスランはともかく、今はナチュラルに過ぎないクロトに劣っているような水準では、遺伝子適性を第一とする運命計画(デスティニープラン)の信憑性自体が机上の空論に過ぎないと嘲った。

 

「…………」

 

 デュランダルは一切反論出来なかった。

 ドラグーン搭載機であるフリーダムが真価を発揮出来ず、一方で現行の最新鋭モビルスーツの中では最も大気圏内を得意とするストライクレイダーに対して、アルはキラが加勢するまで優勢を保っていた。

 もしもアルが当初の予定通りフリーダムでの参戦を見送っていれば、先日追加招集されたシンを含めたコンクルーダーズは全滅していたのかもしれないのだ。

 

「まぁ、そう慌てるな。私に2つアイデアがある」

「アイデア?」

「あぁ。1つはシン・アスカだ。ヤツの才能は、あんなモノではないだろう」

 

 偶然SEED因子を保有していたことからデュランダルに才能を見出され、今まで何度も苦戦を強いられながらも結果を出し続けてきたシン・アスカ。

 失敗作とはいえ、アルと同じ天才的な才能を有しているレイを凌ぐ戦果を残したことは、単なる偶然というだけでは説明が付かない。

 その能力を十全に発揮することが出来れば、クロトと同様に自分に匹敵する爆発力を有している筈なのだ。

 

「では、もう1つは?」

 

 アルは思わせぶりに嗤うと、モニター画面に表示されている月面都市を指先で示した。

 

「あの馬鹿女を使う」

「と、言いますと?」

 

 アルは偽りの歌姫としての役割を終えたミーアを、設立時からオーブと友好関係を結んでいる中立都市コペルニクスに幽閉していた。その情報を意図的に流出させることで、敵の分断を図ろうとしていたのだ。

 実際にラクスはデュランダルを牽制する為に“オペレーション・ヒューリー”で大きな成果を上げたことで昇格したアスラン・ディノ准将率いるオーブ艦隊に乗り込み、コペルニクスに移動する準備を進めていたのだった。

 

「しかし彼女も貴方を感じることが出来るのではないのですか? そう簡単に確保出来るとは思えませんが」

「心配するな。本命は別だ」

 

 モニター画面が切り替わり、藍色の髪をした少年のデータが表示された。

 

「ハイネ・ヴェステンフルスの報告書によると、ヤツはプラントに未練があるそうだ。ヤツをこちらに引き込むことに成功すれば、オーブ軍は空中分解するだろう」

 

 ミーア・キャンベルを囮に敵を分断し、アスラン・ディノ准将と接触して寝返らせる。あまりにも大胆不敵なアルの作戦に、デュランダルは思わず絶句した。

 到底上手くいく作戦とは思えなかったが、実際にアーモリーワンやミネルバでアスランと対面した際の印象を思い返せば、カガリの護衛として同行しているオーブ軍人とは思えない言動だったことも否定出来ない事実だった。

 どのみち、ラクス・クラインという魔法が解けたミーア・キャンベルという少女は存在するだけで自陣営に災いを引き起こす魔女である。

 最期にその死と引き換えにオーブ軍に疑念を植え付けることが出来れば、歌以外に特筆する才能を有していない彼女は道化としての運命を果たしたと言えるだろう。

 

 

 

「──そういう訳で次の作戦は、コペルニクスに幽閉されているラクス・ディノの救出です。そろそろ任務を成功させないと、私のクビがヤバいのよ」

 

 O.D.Rの指揮官であるミヤビ・オト・キオウはオーブ外務省の一角に存在する作戦室で、眼前でリラックスしている少年達に訴え掛けるように言った。

 

「別にクビでもよくね?」

「全然よくない!」

 

 シャニの気怠げな声に、ミヤビは絶叫した。ナチュラルながら戦闘能力はコーディネイターを超越している2人だが、それ以外の点は年相応のクソガキなのだ。

 特にこのシャニ・アンドラスという少年については、全くやる気が見られない。父親の推薦がなかったら、初日でクビにしていただろう。モビルスーツに乗れば一騎当千の力を持っていることを知っている今は、それなりに有用性を認めているが。

 

「つーか、意味が分かんねーよ。幽閉されてるのは偽物だろ?」

「ええ。でもプラントが公式声明を出していない以上、政治的な意味ではどちらが本物なのか確定してないわ」

 

 オルガは机に足を乗せると、欠伸を噛み殺しながら言った。今頃屋上プールでクロトらと遊んでいるラクスが本物であり、コペルニクスにいるラクスは偽物だ。

 その真偽が正式には確定していないことに、あくまで外務省直属の特殊部隊である自分達には何の関係もない筈だ。

 

「シュレディンガーの猫かよ。……あ、そういうことか」

「どーいうことだよ?」

 

 ミヤビの口にした内容の意図に辿り着いたオルガに、まるで見当も付かないシャニは首を傾げた。

 

「要はラクス・ディノの救助って名目で介入するってことだろ? いつもの政治的な建前ってヤツだ」

 

 今は事実上形骸化しているものの、エクリプスの運用にはオーブの立場を維持しながら、国外の国籍保有者の生命財産を守るといった明確な使用目的が定められている。

 今回は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という目的でO.D.Rは介入の名目を手に入れたのだ。

 

「正解です。2人にはラクスとタイミングを合わせて、宇宙に上がって貰うわ。詳しくは後で情報を送っておくから、隅々まで目を通しておくように」

 

 りょーかい。気の抜けた声で返答した2人に、ミヤビは大きな溜息を吐いた。

 




原作の種運命だと主要キャラが全員コーディネイターなので詳しく触れてはいけない単語でしたが、本作ではあくまでナチュラルのクロトくんが主役なので運命計画、婚姻統制に言及しました。

遂にSEED FREEDOMが発表されましたが、PVを見た作者の予想はロゴス残党が復活させたジョージ・グレンのクローンがスパコ♀を連れて、プラントを粛清しようとする物語です。

なおボスが復活したアル・ダ・フラガなど余程の問題が発生しなければ、SEED FREEDOM編も書く予定です。


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天命

 〈85〉

 

 オーブ群島の一つ、カグヤ島はオーブ本土と宇宙を繋ぐ玄関口として位置付けられた島であり、先の大戦で喪われたマスドライバー施設も再建されている。

 月面都市コペルニクスに向かい、情報収集及びO.D.Rと共同でラクス・クライン救出の任務を与えられたクロトはイズモに乗り込む間際、少し離れた場所に護衛を残し、単身姿を現したカガリに呼び止められた。

 

「月の情勢もまだあまり詳しいことまでは分かっていないが、イズモにはクサナギと共にオーブ軍第2宇宙艦隊所属として、出来る限りのサポートを約束する。オーブが望むのは平和だが、それは自由あってのことだ。屈服や従属は選べない。お前もその守り手として力を尽くして欲しい」

 

 カガリはオペレーション・フューリーの傷跡が色濃いオーブ本土で、代表首長としての責務を果たすようだった。

 国防の観点で重要なのは、何も戦場だけではない。数百、数千、数万人の命を天秤に掛けて、時には非情な決断を迫られる政治の場こそが重要だと理解したのだろう。

 北アフリカのレジスタンスに参加し、バギーと携帯火器でバルトフェルド率いるモビルスーツ隊と戦おうとしていた無謀な少女の姿はなかった。

 

「あぁ、分かってる」

 

 クロトは頷いたが、カガリは意外そうな表情に変わった。

 それはラクスと並び、一連の“オペレーション・フューリー”における同盟軍の侵攻を退けた最大の功労者であるクロトが、どこか浮かない顔だったからだ。

 まだまだ平和な世界の到来にはほど遠いとはいえ、オーブ史上最大の危機と思われた苦境を乗り切ったばかりとは思えなかった。

 

「しかし、本当に良かったのか?」

「何が?」

「いや。私はお前が司令官でも良かったと思うぞ」

 

 イズモ級戦艦1番艦“イズモ”及び2番艦“クサナギ”からなる、先日新設されたオーブ軍第2宇宙艦隊の司令官はアスラン・ディノが准将に昇格する形で就任した。

 それは両戦艦の艦長が一佐である以上、司令官にはそれを上回る准将以上の階級が求められたことと、オーブ軍に協力するエターナルら“歌姫の騎士団”と密な連携を取る都合で必要に迫られた結果としての昇格だった。

 実際にオーブ艦隊の指揮はラクスら代理の者で行う以上、他の陣営に対する影響力を考慮した上で、カガリが司令官の座に相応しいと思っていたのはクロトだったのだ。

 

「司令官なんてガラじゃねーよ。この戦いが終わったら、軍も辞めるつもりだし」

「そうか。その方がいいかもな」

 

 一般的なオーブ軍人にとって、クロト・ブエルという存在は禁忌である。

 他に選択肢はなかった。裏切れば死が待っていた。

 そんなクロトの置かれていた事情は、オーブ解放作戦で実際に多くの戦友を亡くした者にとっては全く関係ないことである。

 オペレーション・フューリーの様な緊急事態はともかく、クロトがオーブ軍に在籍していること自体が無用な軋轢を生むことは、カガリも容易に想像出来たのだ。

 

「ところで何だその顔は。キラと喧嘩でもしたのか?」

「んなワケねーだろ」

 

 カガリは可笑しそうに笑った。

 ギルバート・デュランダル、ムルタ・アズラエルなど、この世界有数の権力者達の頭を悩ませている少年が、あの一見大人しそうな妹には全く頭が上がらないのだ。

 それなら良かったと呟き、カガリは不意に真面目な表情で言った。

 

「これだけは言っておくけどな。お前をどうこう言う奴は、私が許さないからな」

「……なんで君が?」

 

 クロトは首を傾げた。

 カガリが許すも何も、クロト・ブエルとカガリ・ユラ・アスハという存在は全く関わりがないと思ったからだ。ましてオーブ軍を抜けると宣言した直後に、あえて自分と繋がりを持とうとする言葉の意味が理解出来なかった。

 

「そんなの決まってるだろ。()()()()()()()だぞ?」

「あー……」

 

 カガリ・ヒビキ。そしてキラ・ヒビキ。

 二人の少女はナチュラル、コーディネイターという相違点があり、姉妹といってもその才能については大きく差があるものの、紛れもなく血の分けた姉妹なのだ。

 果たして義理の兄なのか、あるいは弟なのかという問題はさておき、クロトはカガリの身内であるという表現は決していい加減な言葉ではなかったのだ。

 

「君が義姉か」

 

 それはうんざりだ、と言いたげなクロトにカガリは悪戯っぽく笑った。

 

「そうだ。そういえばお前、キラの両親には嫌われてるらしいな?」

「はは。そりゃ幼馴染みのオーブ軍准将と、訳の分からない半病人。娘にとってどっちがいいかなんて、考えるまでもねーだろ」

「ま、御父様も勝手に婚約者を決めてたからな。おかげでホムラが引退してから、随分とセイラン家には困らされた」

 

 オペレーション・フューリーの発動に際し、オーブ宰相ウナト・ロマ・セイランが国外逃亡を図ったことの責任を問われ、セイラン家は五大氏族から降格した。

 この降格人事に伴い、次期当主だったユウナ・ロマ・セイランの戦死によって一時的に凍結されていたアスハ家とセイラン家との婚姻関係は解消されたのだった。

 従って五大氏族に加え、カガリの補佐人としてアスハ家の権威をも手中に収めていたセイラン家が政治を主導する歪な構図が崩れ、五大氏族と一般選挙で選ばれた議員で構成された立法機関である議会が対峙することで成立する、オーブ本来の政治システムが機能し始めたのである。

 

「──あ、いたいた。何の話?」

 

 二人を見付けたキラが駆け寄りながら声を掛けて来たが、クロトは何でもないと言いたげにかぶりを振った。家族関係の話など、たとえ当事者の一人であったとしても決して愉快なものではないのだ。

 

「私は一緒にいけないから、ここでお前達の無事を祈ると。お前達2人は私の大切な家族だと、話をしてただけだ」

 

 同盟軍の内部崩壊とギルバート・デュランダルの権威失墜に伴い、世界各地の戦線は急速に縮小が始まっている。その中で唯一日和見を続けていた大西洋連邦はパナマで拘束したジブリールの引き渡しを拒否し、連日同盟軍と戦闘を続けている。

 自陣営の正当性を主張するため、ジブリール確保を至上命題に掲げる同盟軍の攻撃は大規模なものになっており、旧くから大西洋連邦と対立しているユーラシア連邦、東アジア共和国も秘密裏に同盟軍を支援しているらしい。

 一度燃え上がった戦火を消すのは、それを拡大する以上に困難だ。

 同盟軍の侵攻を防いだオーブも、今後の対応次第で第二の侵攻に巻き込まれるかもしれない状況下で、カガリが国を離れることなど出来なかった。

 しかし追い詰められたデュランダルと、プラントが何をするか分からない。

 かつて一撃で地球を死の星に変える大量破壊兵器を、当時のプラント議長であったパトリック・ザラが製造し、それを実際に使用したことは誰の記憶にも新しいのだ。

 いずれにせよオーブ軍も、ザフト軍全体を相手取ることは出来ない。

 ターミナルは様々なコネクションを通じ、プラント議会に働き掛けることで分断を図ろうとしているが、デュランダルは未だザフトの大半を掌握している。

 ラクスがプラントからの亡命を表明した“歌姫の鎮魂歌”が発動したことで、ザフト全体に亡国の恐怖が蔓延し、デュランダルはその恐怖を反対に煽る形でザフト内部に蔓延っていた動揺の押さえ込みに成功したからだ。

 ここで同盟軍を主導したデュランダルを喪えば、プラントはアズラエル率いる太平洋連邦軍の侵攻を受けて滅びるという殺し文句で。

 ブルーコスモスの盟主であるロード・ジブリールが斃れ、再び前任者のムルタ・アズラエルが新盟主として再任しており、実際に今も太平洋連邦の意思決定に大きな影響力を持っている状況下でその言葉を否定することは誰にも出来なかった。

 かつてピースメーカー隊を率い、フリーダムの介入で未遂に終わったものの、ボアズ要塞に大規模な核攻撃を実行した事実はプラント国民の心に刻み込まれていたのだ。

 

「か、家族って、そ、それは、どどどどどういうこと?」

「落ち着け」

 

 その核攻撃を阻止した少女と、反対に核攻撃を行った少年の無事を祈り、カガリは懐に入れていたハウメアの護り石を握り込んだ。

 

 〈86〉

 

 背部ユニットに新規搭載されたドラグーン・プラットフォームから射出された10基のドラグーンが宙を舞い、モニター画面を縦横無尽に掛ける堕天使の様なモビルスーツをオールレンジ攻撃で徐々に追い込んでいく。

 やがて背後から襲い掛かったビームスパイクがオーブ本土で行われた戦闘データを取り込み、量子コンピュータで擬似的に再現したストライクレイダーを掠めた。

 シンは重厚感溢れる形状に変貌したデスティニーから光の翼を展開すると、大型対艦刀(アロンダイト)で大きく体勢を崩したモビルスーツを一刀両断した。

 

「見事なモノだな。流石は運命に選ばれた戦士、ということかな?」

「はい。このモビルスーツなら……」

 

 所属を問わず、優れた戦士の適性を有しているパイロットを集め、最強のモビルスーツと組み合わせて敵対戦力を殲滅する。

 その構想を下に、アルを指揮官として結成されたギルバート・デュランダルの直属部隊“コンクルーダーズ”は、それぞれのパイロットに少数生産されたインパルス、あるいはそれ以上のモビルスーツが与えられている。

 とりわけシン、及び先の大戦でも活躍し、今回の大戦でもプラント本土の防衛に成功するなど多大な戦果を残したハイネの両名には“デスティニー”が与えられ、メサイア要塞でそれぞれのパイロットに合わせた調整が施されていた。

 特にシンの場合は地球連合軍の対大型モビルアーマーに合わせて調整した都合上、対モビルスーツ戦においては不安が残った問題を解決するための改修が行われた。

 

「あぁ。彼も草葉の陰で喜んでいるだろう」

 

 アルは仰々しい態度を取り、シミュレータから離れたシンを労った。

 型式番号“ZGMF-X42S-L”。通称──プロヴィデスティニー。

 不運な事故で死亡したレイの乗機であるレジェンドを乗りこなせる者として、当初はコンクルーダーズの一員であり、自らも様々なモビルスーツ開発に関わる青年、コートニー・ヒエロニムスが候補に挙がった。

 しかし亡き友の遺志を背負いたいと訴えたシンの意を汲み、デュランダルはレジェンドを解体し、一部の装備をデスティニーに追加搭載したのである。

 

「まさに天命だな」

「天命、ですか」

 

 シンがそれは運命とどう違うのかと質問すると、アルはにやりと笑った。

 

「運命とは、ヒトの意志とは無関係に起こることを現す言葉だ。一方で天命とは、天から授けられた運命を現す言葉だ。天、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という訳だな」

「分かりました」

 

 アルの言葉に頷くと、シンはモニター画面に表示されている新たなデスティニーの全体図に視線を向けた。

 電力消費が激しい一方で、ストライクレイダーら仮想敵には有用性の低いミラージュコロイド発生装置・大型ビームランチャーを除去した。そして背部ユニットに搭載されたレジェンドのドラグーン・プラットフォームは露出したケーブルで接続されており、それをPS装甲で覆い隠している。

 重量が増加した関係で運動性は低下したものの、元々デスティニーはサードステージの中でも最速の機動力を誇っており、フリーダムと同等程度に落ち着いた。

 第一世代と比較するとやや柔軟性に欠けるものの、AIの補助で大幅に操作難易度が低下した第二世代ドラグーン──すなわちレジェンドの力で、今度こそクロト・ブエルに引導を渡すのだ。

 

「それは頼もしい限りだ」

 

 アルは嗤った。

 それはレジェンドというよりもむしろ、先の大戦でレイダーと死闘を繰り広げた末に敗れた“天帝(プロヴィデンス)”を窺わせる()()()()()()()姿()であることに、当時オーブからの避難民としてマユを連れてプラントに到着したばかりだったシンは気付いていなかった。

 

 〈87〉

 

 今まで地球圏を裏から支配していたロゴスが壊滅し、デュランダルの求心力も喪われたことで世界が混迷の一途を辿る今、ブルーコスモス盟主に返り咲いたアズラエルには自由に動かせる強力な手駒が必要だった。

 ホアキン隊は今もジブリールに忠誠を誓っているものの、ネオはザフトの一員だった時からアズラエルと接触し、スピットブレイクの情報漏洩やニュートロンジャマー・キャンセラーの技術流出にも関与した過去を持っている。

 一時はジブリールの部下として拘束されたものの、ネオがアズラエルの信用を勝ち取るのにそれほど時間は掛からなかった。

 

「ライブ、ラリアン……」

『あぁ。マティスから一族の遺産を引き継いだ彼が最高司書官を務めている。そして彼を復活させたのは特定の人物の記憶や遺伝子を培養した素体に植え付けることで、その人物を再現する技術だ。その中でも彼は異例中の異例でね。一族が彼のパーソナルデータを保有していることは知ってたけど、君がジブリールの下にいると知らなければマティスも彼を再現しようとしなかっただろうね』

 

 レイはパナマ基地に匿名で送り付けられた映像データに吹き込まれたアル・ダ・フラガ復活の真相を、怪訝な表情を浮かべているネオと共に耳を傾けていた。

 それはサー・マティアスと名乗る男の記録映像だった。

 そのデータ自体に異常はなかったが、その内容は悪趣味なSF小説の様に異様極まる内容だった。

 しかしそれ以上に異様だったのは、その映像は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだった。どこか苛立ち混じりなネオの問い掛けに対し、映像データに映っている過去のマティアスはリアルタイムで解答を続けた。

 

『まるで彼みたいだろう? そろそろ気付いたと思うけど、フラガ家は以前一族から追放された傍流だ。フラガ家に代々伝わる先読みも、一族が数千年掛けてヒトを品種改良してきた情報処理能力の亜種だ。ま、彼は偶然僕やマティス以上の天才として生まれてきた訳だけど』

「では私はどうすればいい?」

 

 呆れたような口調でネオは呟いた。

 迫り来る未来を予知し、遂に死すら超越した怪物をどうすれば始末することが出来るのか。

 たとえメサイア要塞に籠城しているアル本体を葬り去ったとしても、そのスペアとして用意した新たな肉体に意識を移すことで、再びアルは復活する。

 明らかに無謀としか思えない行動や、失敗する可能性を一切考慮しない破滅的な作戦はたとえクロトやネオに討ち取られたとしても残機を一つ喪うだけだったからなのだ。

 

『彼のバックアップが置かれている施設を同時に破壊し、彼本体を始末すれば二度と復活出来ない筈だ。片方はライブラリアンの本拠地、もう片方はメサイア要塞内部だろう。──それでは、君達と人類の幸運を祈る』

 

 記録映像が途絶えると、メモリ内部に仕込まれていたコンピューターウィルスが起動し、サー・マティアスがネオに送った一連の映像データは再現不可能な程に破壊された。

 同日同時刻、とある地点でマティアスと一族を乗せた戦艦は突如大爆発を起こし、ロゴス以前から人類を存続させる目的で暗躍してきた組織は完全な終焉を迎えた。




公の場でレイダーのパイロットを名乗った都合上、いつ謀殺されても不思議ではないので精神的に疲れているクロトくんに姉貴力を炸裂させるカガリちゃんでした。

シナリオ上見せ場はあまりないのですが、カガリちゃんは唯一クロトくんの居場所を担保出来るキャラなので、立ち位置的にはラクス様よりも重要です。

またデスティニーの梃入れに、レイが遺したレジェンドを生贄に捧げました。(死んでないけど
亡き友の遺志を背負い、後付けしたことでプロヴィデンスと同様の歪な形状に変わったドラグーン・プラットホームを搭載した“天命”です。

設定上は第二世代だから、多分シンも使えるでしょう。


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選ばれなかった者

 〈88〉

 

 月西部に、嵐の大洋と呼ばれる広大な月の海が存在する。

 玄武岩で覆われた平原であるこの地は、直径93kmの月面クレーターを有しており、その内部には大規模な都市国家が建設されている。

 その1つとしてC.E.10年に建設が始まり、12年に完成。以来約60年に渡り自由中立都市として、今も地球連合・プラントのどちらにも所属していない月面都市コペルニクスは第1次連合・プラント大戦のきっかけである“コペルニクスの悲劇”と呼ばれる爆弾テロ事件が起こった地として有名な都市である。

 オーブ宇宙軍は以前からその宇宙港の一部を貸借しており、オーブ本土を離れたアレックス・ディノ准将率いるイズモは係留されていたイズモ級宇宙戦艦3隻との合流を果たした。

 付近のデブリ帯に潜伏しているエターナルを含め、単純な戦力では先の大戦で活躍した“歌姫の騎士団”を上回る強大な戦力である。

 

「怒っているのですか、アスラン?」

「怒ってはいないさ。ちょっと呆れているだけだ。君は自分の置かれた立場を分かっているのか?」

 

 アスランはどこか楽しげなラクスに、苦言を呈するように言った。

 今回の任務はメサイア要塞に入ったギルバート・デュランダルの情報収集及び、O.D.Rと共同でこの地に幽閉されているらしい“ラクス・クライン”の救出である。

 そんな状況で変装しているとはいえ、本物のラクス・クラインが婚約者を含む少数の護衛で市内を散策するなど正気の沙汰ではない。

 デュランダルの連れていたラクスの所在がコペルニクスという情報自体が罠であり、狙いは本物のラクスを誘き寄せて暗殺という可能性も十分考えられるのだ。

 本物のラクスが死亡すれば、あくまで一介のパイロットに過ぎないクロトの発言力は大幅に喪われるのだから。

 

「大丈夫ですわ。アスランはもちろん、他の皆様もいらっしゃるんですから」

「しかし……」

 

 あんな連中が本当に頼りになるのか。反論しようとするアスランの通信機に、店の外で待機していた護衛の声が届いた。

 

《なんか飽きてきたな。少し離れてもいいかァ?》

《お前……!》

 

 アスランは思わず歯軋りした。

 その緊張感の欠片もない怠そうな声の人物はO.D.Rの一員として、オーブ宇宙軍に同行している特殊部隊員のシャニ・アンドラスである。

 先の大戦では“フォビドゥン”のパイロットとして活躍し、今もエクリプス1号機のパイロットとしてオーブの表沙汰に出来ない任務を引き受けている少年だ。

 

《どーでもいいけどよ。いくらなんでもジャンクショップ巡りってのはねーだろ。そんなの面白いワケねーよ》

 

 シャニはうんざりしたように溜息を吐いた。

 クロトやオルガと異なり、特定の異性とショッピングをした経験はなかったが、それでもラクスが内心辟易しているだろうことは想像出来たからだ。

 ラクスはハロの様な自律ロボットを連れ歩いているが、その整備は基本的にアスランかキラに任せている。ラクスが機械弄りにさして興味が無いのは、本人とあまり接点がある訳ではないシャニの目にも明白だった。

 

《お前は音楽ショップだろ? 大して変わんねーよ》

 

 同じくO.D.Rに所属する特殊部隊員オルガ・サブナックは、反対側の入口付近に陣取ってジャンク屋に出入りする客の様子を横目で確認しながら言った。

 

《古本屋のテメーよりマシじゃね?》

《馬鹿か。女連れでそんなコトするかよ。俺なら映画館だな》

《……くだらないことを言ってないで、真面目にしたらどうなんだ?》

 

 ゲラゲラと下品に嗤う二人に、アスランは苛立ち混じりの声を上げた。

 キラはジャンク屋巡りを楽しいと言っていたし、ラクスも喜んでくれるハロの材料集めのいったい何が問題だというのか。

 

「ですがアスラン、わたくしブティックにも行きたいですわ」

「ブティック?」

「ええ。せっかくなのでキラにお洋服をプレゼントしたいと思いまして。キラはどんなお洋服が似合うのか、自分でもよく分からないそうですから」

 

 街を散策しているラクスの護衛に、キラは同行していない。

 間近に迫るデュランダル軍との決戦に備えて、クロトはファクトリーで改造を終えたモビルスーツ埋め込み式戦術強襲機(ミーティア)の慣熟訓練を行っていた。

 ジャンク屋のアイデアを元に、エクリプス2号機に搭載されていたニュートロンジャマー・キャンセラーと核エンジンを取り出し、核動力を搭載した“ミーティア改”を搭載することで、ストライクレイダーに戦艦数隻分の火力と機動力を獲得させることに成功したのだ。

 同じく唯一の核動力機のパイロットとして、ミーティアの使用者に選ばれたアスランは1週間の訓練でミーティアの技術習得に成功した。しかし空間認識能力・情報処理能力において数段劣るクロトの進捗は大幅に遅れていたのだ。

 そこでミーティア対応機に搭乗していないものの、オーブ宇宙軍で唯一ミーティアでの実戦経験を持つキラが先日からクロトに技術指導を行っており、二人はコペルニクスを離れていたのだ。

 その代役として、今やピアニストとしても有名なニコルと異なり一般人に素顔を知られていないO.D.Rの2人がラクスの護衛役として急遽抜擢された。そんな2人はアスランにとって、全く手に負えない頭痛の種だった。

 

「どうですかアスラン?」

「あぁ、いいんじゃないか」

「……。どうでもいいみたいですわね」

「そ、そういう意味じゃ……」

 

 その後アスランはジャンクショップを離れ、程近くに店舗を構えていた女性向けのブティックに足を運んだ。

 しかし入籍して以来初めてのデートにも関わらず、生返事を繰り返すアスランにラクスが憤慨を現した瞬間、先行してコペルニクスで調査を行っていたターミナルの工作員から緊急通信が届いた。

 それはラクスと同じ声をした少女が、ラクスに助けを求める内容だった。

 少女が自らの潜伏場所として示した地点は、偶然にもラクスが足を運んでいたブティックの裏口を抜けたすぐ先だった。その場所は先日ロゴス崩壊の余波を受け、解体工事が中止されたとされる広大な劇場跡地だった。

 

《ハッ。こんな見え見えの罠に引っ掛かる奴はいねーだろ》

《あぁ。だが放ってはおけない》

《それを見越しての仕掛けだろ。テメーはソイツを連れて船に戻れ。ここから先は俺とシャニでやっからよ》

 

 アスランは目の前の2人が自分に匹敵する戦闘能力を有していることを、今更ながら思い出した。彼等はクロトと同等以上の能力を持ちながら、本来白兵戦においては致命的な古傷を抱えていないのだ。

 

《いや、このまま援軍を呼ぶ。向こうの狙いが分からない。裏路地で話そう》

 

 現在デュランダルの抱えているラクスに戦略的な価値がない以上、戦力を分散させて各個撃破するのが狙いの可能性も十分に考えられる。そうでなければ罠の存在を示唆したメッセージを送った理由の説明が出来ないからだ。

 このまま付近で待機か、あるいは二手に分かれるか。素人であるラクスを除いた3人が意見を交わす中、ラクスは第3の選択肢を口にした。

 

「この方が呼んでいるのはわたくしです。これが彼女とお会い出来る、最初で最後の機会かもしれませんから」

 

 ラクスを含む4人全員で、少女の示した地点に乗り込む。

 それはあまりにも無謀な作戦だった。もはやそれは作戦ではなかった。相手の行動予想を外し、偽のラクスを確保出来る可能性も高い選択肢とはいえ、それは自ら死地に飛び込む暴挙に過ぎないとアスランは思った。

 

「それはねーだろ」

 

 戦力を二手に分けて片方は撤退、もう片方は指定先の強襲を主張していたオルガも、勇気と無謀は違うとばかりにアスランの意見に同調した。

 

「俺は面白い考えだと思うぜ?」

 

 一方でシャニはラクスの作戦に賛同した。

 懐のホルスターから自動式拳銃を取り出し、両手でソフトに握り込む。敵が待ち構えていると最初から分かっているのであれば、たとえ足手纏いが同行しようと対処する余地は十分あると言わんばかりに。

 

「馬鹿な! いったい何を考えている!?」

「うるせーな。上司でもねーくせに、俺に命令すんじゃねーよ」

「ありがとうございます、シャニ様」

「…………」

 

 アスランが視線を横に向けると、ラクスに煽てられたシャニに何を言っても無駄だと言わんばかりにオルガは肩を竦めた。せめてニコルを連れて来ればこうはならなかったと思いながら、アスランは大きな溜息を吐いた。

 

 〈89〉

 

 能力至上主義社会のプラントは“目の色が違う”と言われるように、遺伝子調整に失敗したことで捨てられた子供が一定数存在している。

 遺伝子調整に失敗し、音楽的な素養を除けば平均的なナチュラルにすら劣る存在として生まれたミーア・キャンベルはそんな捨て子の1人であり、ミーアはプラント政府が管理する孤児院に引き取られて孤独な幼少期を過ごした。

 そんなミーアにラクスの影武者としての才能を見出したデュランダルはミーアに接触すると、整形手術を施すことでラクスと瓜二つの存在に仕立て上げた。

 最初は婚約者であるアスラン・ザラを追い、プラントを離れたラクスが帰還するまでの一時的なものだという約束であり、ミーアにラクスを辱めるつもりはなかった。

 デュランダルの甘言を受け入れなければ明日の食事すらままならなかったが、ミーアの置かれていた偽らざる現実だったのだ。

 やがて生きる為の手段は、いつしか目的に変貌した。気付けばミーアはラクス・クラインの影武者を辞め、ミーア・キャンベルの姿に戻るのが怖くなった。

 種族・陣営を超えて愛されるラクスと、無力で無価値なミーア。

 デュランダルに違和感を抱いたのは、そんな時だった。ラクスであれば拒否するだろう戦争を煽る言動と、性的で下品な路線変更の指示。

 まるでラクスの名を汚すことを望むようなデュランダルの言動に不穏なものを感じていたが、既にミーアは逆らうことは出来なかった。

 デュランダルに唆されたとはいえ、ラクスの名を騙って戦争を煽っていたことが明らかになれば、真っ先に破滅するのは実行犯のミーアだからだ。

 だからデュランダルの企みに協力する以外に、ミーアに残された選択肢はなかったのだ。

 

「あたしがラクスだわ! だってそうでしょ? 声も顔も同じなんだもの! あたしがラクスで何が悪いの!」

 

 それに許せなかった。

 あれほど欲していたラクス・クラインの名をあっさりと捨てたにも関わらず、今もアスラン・ザラやレイダーのパイロットなど、若き英雄達に慕われていることが。

 ミーアは舞台上で孤立したラクスに、手を震わせながら拳銃を向けた。

 

「名が欲しいのなら差し上げます。でも、それでも貴女とわたくしは違う人物です。それは変わりませんわ」

「違わないわ!!」

 

 ラクスの言葉をばっさり切り捨てると、舞台端から一歩近付いた。

 劇場の舞台上に仕掛けていた罠に巻き込まれ、ラクスを庇ってアスランは崩落に巻き込まれた。ここでラクスを確保すれば、今度こそ自分は本物のラクスになれる。

 声、顔を同一化した今、彼女の握っている情報を共有すれば、ラクス・クラインとミーア・キャンベルを分け隔てるものなど存在しないのだ。

 

「わたくし達は誰も、自分以外の何者にもなれないのです。でも、だから貴女もわたくしもここにいるのでしょう?」

 

 ラクスは観客席側から迫り来る鋭い眼光の女性と、彼女が率いている無数の男達に視線を向けるが、まるでそれは些細なことだと言わんばかりにミーアの顔を見据えた。

 

「あ、うぅ……」

 

 ラクスの口にした通り、どこまで似せてもミーアはラクスではない。

 本物のラクスの確保に成功すれば、無用なリスクを背負ってまで偽物に過ぎない自分をデュランダルが生かす理由などあるのだろうか。むしろ真実を知る者として、口封じに殺される可能性の方が高いのではないだろうか。

 

「貴女の夢は貴女のものですわ。夢を他人に使われてはいけません」

 

 ミーアが抱いていた本当の夢は、両親が捨てたこの顔で、名で、ラクス・クラインの様に偉大な歌手になることだった筈なのに。

 やがて男達の1人がラクスとミーアに銃口を向けようとした。やはり偽物に過ぎない自分はこの場で消されるのだ。こんな筈じゃなかったとミーアが叫び掛けた瞬間、舞台袖から放たれた一筋の弾丸が男の額を撃ち抜いた。

 

「ったく、派手にやりやがるぜ!!」

 

 驚いたミーアが拳銃を足下に落とすと、額に穴が開いた男は仰向けに倒れた。

 一網打尽にされるのを防ぐため、時間差を付けて突入したシャニは目にも止まらぬ速さでミーアとの距離を詰めると、首根っこを掴んで床に引き倒した。

 激痛で悲鳴を上げたミーアが拳銃を持っていないことを確認すると、突如現れた侵入者に対応しようとした男達に向かって自動式拳銃の引き金を絞った。

 たたたたたたん。

 まるでマシンガンの連続射撃のような銃声と共に、弾倉に込められていた24発の弾丸全てが解き放たれた。一見無作為に放たれた弾丸は様々な障害物に当たって縦横無尽に跳ね回り、同時に複数人の男達を撃ち倒した。

 

「ははっ、結構当たんじゃねーか!!」

 

 反対側から飛び出したオルガはラクスの頭を下げさせると、44口径の自動式拳銃を片手で連発した。爆撃のようなとんでもない轟音が周囲に響き渡り、シャニの放った跳弾の雨嵐から身を隠した男達を障害物ごと撃ち抜いた。

 

「敵は何人だ?」

 

 床に顔面を打ち付けて悲惨な状態になったミーアを横目に、シャニは全弾撃ち終えた銃の弾倉を素早く交換した。

 

「サ、サラしか」

「使えねーヤツ。──おい、生きてっか!?」

《……あぁ。こっちも危険だ!! 何処かに避難しろ!!》

 

 崩落に巻き込まれたアスランは健在だったが、地下通路に潜んでいた別働隊と遭遇したようだった。

 

「走れ!!」

 

 叫んだ直後、観客席側から放たれた弾丸が足下近くに着弾した。シャニはミーアを突き飛ばしながら転がるように前進すると、物陰に隠れて距離を詰めようとする男達を牽制するため、振り向きながら拳銃を連射する。

 

「ドコ見て撃ってんだ!!」

 

 オルガの放った特大の一撃が男達を呑み込み、糸の切れたマリオネットのように手足を吹き飛ばした。物言わぬ姿に変わった男達を率いていた女性は、懐に忍ばせていた手榴弾のピンを抜くと、シャニに向かって投擲した。

 しかしシャニはバックステップと同時に温存していた弾丸を1発放ち、投げ付けられた手榴弾を撃ち抜いた。目の前で起こった神業に理解が追い付かないまま、女性は首から上が吹き飛んだ。

 亜音速で動き回る複数のモビルスーツを同時に狙い撃てるシャニにとって、所詮生身の人間が投擲した手榴弾の迎撃など容易なことだったのだ。

 

「ボケッとしてんじゃねー!!」

 

 女性の死に茫然となったミーアを担ぐと、シャニは一息に舞台裏まで駆け抜けた。このまま足を止めて撃ち合えば、数の暴力で圧殺されるからだ。ラクスと共に一足早く控室に逃げ込んでいたオルガは、嘲るような調子で言った。

 

「おい。余計なヤツを連れて来るんじゃねーよ」

「うるせーな。俺の勝手だろ。つか、一応コイツの救助が任務じゃねーのかよ?」

「それもそうだな」

 

 ぱん、ぱん、ぱん。

 地下の何処かで断続的に銃声が鳴り響き、少し遅れて男達の悲鳴と手榴弾が爆発したような音が起こった。遭遇した別働隊と戦闘になったアスランが、目に付いた敵を片っ端から射殺しているのだ。

 両側のドアを閉め切って鍵を掛けると、オルガは救援信号を送信した。どこにどれだけの装備をした敵がいるか分からない以上、迂闊に動くよりもこの場にオーブ軍を呼び出して撤退する方が安全だからだ。

 

「あ、あたし……」

 

 不意に訪れた沈黙に耐えられず、ミーアは涙目でまごついた。先程からミーアとラクスを交互に見ていたシャニは、右手をひらひらさせながら疑問を口にした。

 

「つーか、そんなにラクスになりたいモンかね?」

 

 ラクスは自分と違って何もかも持っていると叫んだミーアを、シャニは小馬鹿にするように嗤った。それはシャニが以前に通り過ぎたことだったからだ。

 

「あぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けどよ。テメーんとこの親玉みてーにアイツを狙ってる奴はいくらでもいるし、ちょっとメンドくせーわ」

 

 シャニはG兵器の護衛として、クロトと同様にへリオポリスへ向かう候補者リストにその名前を挙げられていた。様々な観点から最終的に選ばれたのはクロトだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「ラクスも同じだろ。いきなり暗殺されそうになるわ、勝手にテメーみたいな奴を造られるわで、どう考えてもメンドーだろ?」

「そ、それは……」

 

 ミーアは沈黙した。

 お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というシャニの問い掛けに答えられなかったからだ。

 生まれ故郷のプラントを離れて婚約者と共にオーブに亡命した今も、常に悪意ある者達から命を狙われる日々。

 それはシーゲル・クラインの一人娘であり、歌姫の騎士団の中心人物であるラクス・クラインを名乗る以上決して逃れられない宿命だった。こうしてミーアを含めた大掛かりな罠を用意してまで拘束する価値があるのが、ラクス・クラインという存在なのだ。

 

「俺と違って、テメーにはラクスにも負けねー声があるだろ。……それに」

「……それに?」

「スタイルはお前の方がイケてるぜ?」

「何言ってんだシャニ!!」

 

 いきなりそんなことを言うからお前はモテないんだ、とオルガは叫んだ。

 やがて単独で別働隊を壊滅させたアスランが合流すると、直後に係留地から現れたニコル、ムウ、トールの3人に回収されたシャニら5人は全員撤退に成功した。

 




最後まで主人公の座を争った男はいいこと言うなぁ(適当

エクリプス? 使うまでもなかったですね。

ミーアちゃんの過去は不明なので遺伝子調整に失敗して捨てられた孤児と設定しましたが、少なくとも両親はいなさそうなので多分こんな感じでしょう。


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最後の扉

 〈90〉

 

「ギルバート・デュランダルが偽造したアンタの市民データは、一時的にO.D.Rが押さえた。アンタには供述拒否権と黙秘権があるが、証人保護プログラムの適用に支障を来すかもしれねぇ」

 

 オルガが告げると、ミーアはくすくすと笑った。

 表向き国外の国籍保有者の生命財産を守る目的で結成・運用される組織でありながら、実際には決して表沙汰に出来ない任務を遂行する特殊部隊だったからだ。

 ミーアをラクスと仮定し、その救助活動を名目に武力介入を行うなど、おおよそまともな組織の発想ではない。もっとも戦争を一種の災害と捉え、その被害を食い止めるという意味ではこれほど有効な手段はないのかもしれないとミーアは思った。

 現在ギルバート・デュランダル及びプラント最高評議会は責任を回避するため、ラクスに関する全ての問題を確認中としている。

 そんな状況下でオーブに保護されたミーアが真実を告発すれば、今も世界各地で続いている大戦は完全終結に向かうだろう。

 

「これからデータ照合を行うが、それでいいか?」

 

 ミーアは深呼吸して心の準備を整えると、首を縦に振った。

 オルガの示したそれは目を背けたくなるような内容だった。タブレットの中に記されていたミーアの人生は、その名前を除き、その全てが出鱈目に改竄されていたのだ。

 出身地。誕生年月日。両親の名。家族構成。経歴。住所。

 容姿。目の色。肌の色。血液型。遺伝子情報。

 自分を全くの別人に書き換えたデュランダルの手口に、ミーアは得体の知れないものを感じた。こんな男に言われるまま、ラクスを演じていた自分の間抜けさが怖くなった。

 データに記されたミーア・キャンベルは幸福だった。

 遺伝子操作の失敗が原因で両親に捨てられることはなかった。教育設備の整った幼年学校に通っており、引き取られた孤児院で性的な悪戯を受けることはなかった。

 顔を隠して歌を歌い、名前も知らない誰かに僅かな賞賛を受けることだけが救いではなかった。

 ミーア・キャンベルの名を捨ててまで、ラクス・クラインの影武者として心を磨り減らす必要などない人生だった。

 それは夢のような人生だった。まるで一本の道を歩くような、退屈ながらも平穏な日々を送る少女の人生が記載されていた。

 

「俺達が把握しているアンタのデータを表示する。確認しろ」

 

 新たに表示されたデータはあちこち欠落した不完全なものだったが、先程まで表示されていた情報と異なり、空白はあっても間違いは存在しなかった。ミーアはオルガに促されるままタブレットの空白を埋めた。

 だがそれはミーアを陰鬱な気分にさせるものだった。なぜならそれは美しい意匠の仮面を脱ぎ捨て、醜い素顔を晒すような行為だったからだ。

 

「なるほど……。デュランダルの手口が分かったぞ。ミーア・キャンベルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みてーだ」

「行方不明?」

「データ上の話だがな。あれだけコロニーでデカい事件が起こったんだ。行方不明者リストにアンタの名を載せておけば、最終的に()()()()()()()()()()()()()ってワケだ。デュランダルは最初から、アンタを元の姿に戻すつもりはなかったらしいな」

 

 オルガは愉しそうに嗤った。

 それは以前からオルガの抱いていた疑問が、意外な形で判明したからだった。

 なぜデュランダルはロゴスの構成メンバーを正確に把握していたにも関わらず、ロアノーク隊が実行したアーモリーワン事変を防げなかったのか? それはアーモリーワン事変に乗じてミーア・キャンベルの個人データを改竄した上で死亡させることで、後にラクスを騙る容疑者としてミーアが調査されないようにしたのだ。

 ミーアにはオルガの語った内容を完全には理解することが出来なかったが、それでも自分が壮大な陰謀に巻き込まれたことは理解した。

 アーモリーワン事変に因るセカンドシリーズの喪失と、その結果として戦力不足で失敗したユニウスセブン落下テロ事件の阻止。あるいはこの事件にも、何らかの形でデュランダルは関与していたのかもしれない。

 なんにせよ最初から今回の戦争は、ギルバート・デュランダルがこの世界を支配するために始まったものだったのだ。

 

「後はコイツを持ち帰れば、俺達の任務も無事終了ってワケだ」

 

 タブレットに記された一連の内容は、ミーアの目の前に置かれた一枚のディスクに保存されたようだった。このディスクがオーブ本土に戻れば、全世界にラクス・クラインとミーア・キャンベルに関する真実が公表される。それが戦争の火種を摘み取り、オーブが戦火に包まれることを回避するO.D.R本来の存在意義なのだから。

 

「あたしはどうなるの?」

 

 ミーアの疑問に、オルガは興味なさげに言った。

 

「どうにもなんねーだろ。デュランダルに脅されてたからしょうがない、で済むと思ってんのかよ?」

 

 ブレイク・ザ・ワールドやロゴス崩壊に伴う地球経済の壊滅も含めて、先の大戦を遥かに上回る犠牲者が発生している。

 その一方でプラント本国は結果的に1国だけ被害から免れている状況下でこの事実が明るみになれば、政治的な事情を考慮した上でミーア自身も少なからず標的にされるだろう。

 そしてそれは、オルガの関知することではない。

 

「で、でも、あたし……!」

「知らねーよ。もう一回顔を変えればいいんじゃねーの?」

 

 抗議するミーアに、オルガは肩を竦めた。

 たとえ証人保護プログラムが適用されたとしても、ミーアが表舞台を歩けないことは容易に想像出来る。曲がりなりにも三隻同盟に協力し、地球全土を壊滅させる寸前だった大量破壊兵器の破壊に貢献したオルガとは状況が異なる。そもそも“生体CPU”と呼ばれていたように、オルガは地球連合軍のパイロットどころか、単にモビルスーツを動かすための消耗品扱いだったのだ。むしろ最低限の筋は通した方だ、とオルガは考えていた。

 

「はー、ウザっ」

 

 シャニはそんなミーアに破滅を告げる禁忌のディスクを摘まみ取ると、不意に力を入れて握り締めた。突如強烈な圧力を掛けられたディスクは粉々に砕けると、黒い磁気を帯びたプラスチックの欠片に変わった。やがて掌から血を流しながら、シャニは赤黒い砂状に変わった欠片をテーブルに落とした。

 

「ひぃっ!?」

「テメェ、シャニ!?」

 

 もちろん予備のディスクはあるし、ミーアに全く興味のないオルガにとってもあまり愉快ではない内容とはいえ、こんなことで破壊されては堪らない。

 突然の暴挙にオルガは困惑しながら怒鳴り付けるが、シャニは掴み所のない表情のままゆらりと立ち上がった。

 

「どーせしばらく戻れねーんだろ。そんなメンドーなことをしなくても、そのデュランダルって奴を捕まえればいいんじゃねぇの?」

「そういう問題じゃねーだろ。お前は何を──」

「疲れたから休憩するぜー。なんか結構刺さっちまったし」

 

 シャニは掌から零れ落ちそうな血を舐めると、2人を残して部屋を去った。何故か自分が無性に苛立っていることに、シャニ自身も戸惑いながら。

 

 〈91〉

 

 メサイア最深部に設置された“複写人間(カーボンヒューマン)製造機”から、金髪の青年がゆっくりと目を覚ました。先程コペルニクスに送り込んでいた工作員から報告を受けていたデュランダルはその青年に視界を遣り、僅かに不愉快な表情を示した。

 それは復活したアルの姿が、かつてデュランダルがジブラルタルで斬り捨てたレイの姿と寸分違わぬ姿だったからだ。

 

「奴もまた人間の領域を超えている、ということか」

 

 アルはとん、とんと自らの額を指先で触れた。それは先程の銃撃戦でアスランに撃ち抜かれた箇所だった。コペルニクスで行われたラクス・クライン襲撃作戦に、アルも別働隊を率いて参加していたのだ。

 ラウと同様に異常なまでの空間認識能力で補完しているものの、細胞年齢の都合で身体能力は赤服上位程度に過ぎないアルは白兵戦が不得手である。

 第二世代コーディネイターとして両親の能力を受け継ぎ、シンをも上回る戦士としての才能を有するアスランに討たれることは想定の範囲内だったのだ。

 もっともアスランにキラの正体という“楔”を撃ち込むことには成功した上に、全盛期からは劣るものの本来の肉体で復活することが出来たのだから、向こうにトロイの木馬を抱え込ませたようなものだ。

 今更ミーア・キャンベルを奪われようと、唯一プラントに対抗出来る組織力を有している地球連合が崩壊した状況は変わっていない。デュランダルの運命計画を掌握し、自身が支配者として君臨する真の運命計画を発動すれば情勢は一変する。

 既に計画の中核を成すメサイア要塞は完成しているし、戦火を拡大させた共犯者として今もザフトの大半を掌握している。

 あとは自分と同等の才能を有している“出来損ない”と、戦闘能力に関しては自分に匹敵する2人の“超越者”にさえ注意しておけばそれで十分だ。

 不敵な笑みを崩さないアルに、目の前に立っている男はナチュラル、コーディネイター以前に同じ人間なのか。デュランダルは気圧されながらも、おもむろに口を開いた。

 

「……以前から不思議に思っていました」

()()()()()()()()()()()()()()()のか、だろう?」

 

 デュランダルは自身の内面を完璧に見透かされたことを驚きながら、やや遅れて頷いた。

 クローン体のラウはオリジナルのアルと同等の寿命であり、その結果能力的には問題なかったにもかかわらず、失敗作の烙印を押された存在である。

 ならばその課題が解決されていない状況下で、どうして同じクローン体であるレイが造られたのか。それは万が一の事態に備えて、アルと同等の才能を有する存在を“複写人間(カーボンヒューマン)”の素体として使うためだった。

 従来の素体として使用されていた“プレア・レヴェリー”ですら、アルの性能を十全に引き出す領域には到達していなかったのだ。

 

「……まるで“沼男(スワンプマン)”ですね」

 

 デュランダルは空になった“ロイ”と名付けられた少年が先程まで収容されていた水槽に視線を向けた。もしもラウが偶然レイを拾っていなければ、廃人にされて水槽の中で浮かんでいたのはレイだったかもしれないのだ。

 一介の遺伝子学者に過ぎないデュランダルにはどうすることも出来なかったが、それでも自分はレイに人間らしい死を与えられたのではないか、とすら思った。

 たとえ一卵性双生児だとしても、それぞれの人格に合わせて表情などには微妙な差異が生じる。それこそ、親しい者であれば見分けられる程度に。

 

「自己の連続性という意味では、その通りかもしれんな」

 

 とはいえ、同じ遺伝子でこれほどまでに違うものなのか? 

 水槽から姿を現した直後はレイと瓜二つの容姿だったにも関わらず、見間違えることはないと確信出来る容貌に変わったアルに、デュランダルは言葉が出なかった。

 

 〈92〉

 

 大小様々な火山列島で構成された島嶼国のオーブは、その特性を生かして地熱発電が盛んである。また各地に火山性温泉が発生しており、建国時から温泉文化が存在する。

 そんなオーブ宇宙軍の主力艦であるイズモ級宇宙戦艦には、冷却水を利用した温泉機能が設けられている。

 大気圏内、あるいは月面都市のように安定した一定の重力が存在する環境下でのみ使用出来る共同浴場だったが、閉鎖空間に長時間滞在する可能性も有り得る宇宙戦艦にとっては貴重な娯楽施設だった。

 

「…………」

 

 気が遠くなるような熱気を感じながら、遂にミーティア改の慣熟訓練を終えてコペルニクスの本隊に合流したクロトはアスランに視線を向けた。

 浴室に併設されたサウナ室で時間無制限の耐久勝負が始まってから既に15分が経過しているにも関わらず、アスランは腕を組んだまま平然としている。

 

「母さん……僕の……ピアノ……」

「ごめん……ミリー……」

 

 同じ勝負の参加者であるニコル、トールの2人は10分が過ぎた頃、立会人のムウに連れられて退出した。そして水風呂に入った後、外で外気浴を行っている。

 静けさに包まれた室内でアスランは、おもむろに口を開いた。

 

「……そろそろ限界なんじゃないか?」

「お前こそ」

 

 耐久勝負の報酬はシンプルに“勝利者の要求を呑む”ことである。

 フリーダムのパイロットを騙り、コペルニクスでも別働隊を率いていたアルから奇妙な話を聞いたアスランは、クロトにその真偽の回答を要求したのだ。

 もちろん回答自体を拒否したいクロトは汗で垂れてきた前髪を掻き上げると、気合いを入れて座り直した。しかし猛烈な熱気がクロトを包み込み、玉のような汗が次々と浮かんでは足下に滴り落ちる。

 

「俺は真実を知りたいだけだ」

「…………」

 

 たとえ気絶する寸前まで入り続けたとしても、自分と比較してまだまだ余裕を残しているアスランに分がある。そう直感したクロトは室内を確認すると、部屋の片隅に置かれていたとある道具に視線を向けた。

 

「おい、まさか……」

 

 クロトは柄杓を掴むと、足下のバケツに入っているアロマ水を汲み上げた。そして勢いを付けると、正面で強烈な熱気を放つサウナストーンに投入した。

 

「バーカ」

 

 クロトが嗤った瞬間、サウナストーンで急速に熱せられた水が蒸発を始めた。

 室内に大量の蒸気が発生し、湿度が上がったことで体感温度が一気に上昇したクロトは全身から滝の様な汗を流し始めた。

 

「ぐっ……!?」

 

 アスランは咄嗟に両手を掲げて襲い来る熱気を防ごうとするが、それでも体感温度の上昇は避けられない。自分と同様に大粒の汗を纏い始めたアスランを見たクロトは、囃し立てるような声を上げた。

 

「どうだ!」

 

 単純な暑さ我慢の耐久勝負では敗北すると悟ったクロトは、セルフロウリュで体感温度を上昇させることで、熱さ我慢の超短期決戦に勝負を変えたのだ。

 生体CPUとして身体中を弄り回された過去を持つクロトにとって、全身を蝕む苦痛を耐え忍ぶことは得意分野だったのだ。

 

「……お前を討つ!!!」

 

 クロトに対抗心を煽られたアスランは柄杓を奪い取ると、自らもサウナストーンにアロマ水を投入した。更に大量の水が熱せられて蒸発し、視界を遮るような蒸気と呼吸もままならないような熱気が室内に充満する。

 

「……ッ!!」

 

 だが、こんな所で負けるわけにはいかない。この戦いはどちらかが倒れるまで、お互いの正義を賭けて無限に続く勝負なのだから。

 このまましばらく続くかと思われたクロトとアスランの過酷な耐久勝負は、浴室から不意に放たれた声で強制的に中断させられた。

 

「──ん? はえーな。もう誰か入ってるぞ」

 

 なぜならその声は、明らかに女性のものだったからだ。しかも突如現れた女性の利用者は1人ではなく、なんと複数人だった。

 

「いきなりサウナに入るのは良くないらしいけど……」

「そーなのか?」

「うふふ、キラは物知りですわね。次はミーア様ともご一緒したいですわ」

 

 共同浴場の都合上、その利用時間は性別で分けられている。サウナの耐久勝負に熱中し過ぎたことで、クロトとアスランはそれを超えてしまっていたのだ。

 本来ならば清掃等が行われるため空白の時間が設けられているし、更衣室にクロト達の着替えが残されている筈なのだが、不運にも偶然に偶然が重なったことで、本来不可能なものを可能にしてしまったのだ。

 

「マズいぞ……!」

「あぁ……」

 

 クロトは今も大量に流れ続ける汗の中に、冷汗が混じり始めたのを感じた。同様にアスランも上手い対処方法が思い付かず、深く腰掛けたまま両手で頭を抱えた。

 

「もう限界だ……」

「しかし外にはラクス達が……」

 

 このままキラ、ラクス、カナードの3人が温泉から完全に立ち去るまで、サウナ室に籠もり続けるのは現実的に不可能である。こんなところにこれ以上いたら、どれだけ根性があろうと衰弱死してしまう。

 

「サウナって初めてなんだよなー」

「あら、カナード様もですか。キラは?」

「私も初めてで……」

 

 それどころか会話の内容から推測すると、準備が終わり次第3人でサウナ室を利用しようとしているではないか。絶望するアスランの隣で、クロトは突然嗤い始めた。

 

「うふ、うふふ……」

「……どうした!? 何か思い付いたのか!?」

 

 アスランは期待の眼差しを向けた。クロトはそれほど頭の良い人物ではなかったが、これまで柔軟な発想で様々な窮地を乗り越えてきたからだ。今回も起死回生の策を思い付いたに違いない。

 

「──僕は」

 

 アスランから期待を一身に背負ったクロトは猛烈な勢いで扉を開けた。そして外に向かって叫ぶと、足を縺れさせながら一直線に走り出した。

 

「……僕はねぇ!!」

 

 もちろんこれは、この絶体絶命の状況を切り抜ける為の手段ではなかった。

 このままサウナ室に潜伏した状態で発見されるよりも、浴室で堂々と見付かった方が余程許されるだろう。そう考えてサウナ室から出現したクロトに向けられた悲鳴が、広大な浴室の中で盛大に木霊する。

 

「この馬鹿野郎!!」

 

 慌ててアスランも飛び出すと、既に近くにいた女性陣からの集中砲火を受けて仰向けに倒れているクロトの姿が視界に入った。

 

「もう1人いたぞ!! この変態共め!!」

 

 アスランはビームブーメランのように弧を描いて飛来する手桶を受け止めると、プラズマ収束ビーム砲のような勢いで放たれた冷水を防いだ。

 

「ち、違うんだ、止めてくれ……!」

 

 殆ど土下座のような姿になりながら、自分達がこんな状況になってしまった理由を説明しようとアスランは顔を上げた。

 

「キラ……!?」

「アスラン……!?」

 

 目の前に広がっている光景は、ヘリオポリスでイージスを奪取する際に女性の格好をしたキラと遭遇した時の衝撃に匹敵する光景だった。

 アスランの思考が一瞬停止した瞬間、カナードは手桶でフルバーストの様な冷水の嵐を浴びせ掛けた。それは熱気で朦朧としていたアスランの意識を刈り取った。




ミーアちゃんは実質強化人間なので、生体CPU組が活躍する本作ではヒロインです。(大真面目

オーブ軍准将に就任してラスボスの残機を減らした男はロウリュバトルでハプニングに巻き込まれ、袋叩きにされた末に正義を見付けたようです。(?

次回からはメサイア要塞攻防編が始まるので、最後の日常シーンを挟みました。
イラストは存在しないので、各々の想像力で問題のシーンは脳内補完してください。

https://twitter.com/Saya_Satsuki

ついったー。
最近は専らロム専ですが、リプライには反応します。
次話から種運命編の最終章なので、質問等あればお気軽にリプライください。


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運命か、自由か

 〈93〉

 

 ──全ての答えは皆が自身の中に、既に持っている! それによって人を知り、自分を知り、明日を知る。これこそが繰り返される悲劇を止める唯一の方法です。私は人類存亡を賭けた最後の防衛策として運命計画(デスティニープラン)の導入実行を、今ここに宣言致します! 

 

 機動要塞メサイアにて、先程デュランダルはヒトの遺伝子を主体とした新たな社会システム構想“運命計画(デスティニープラン)”の発表とその全世界における導入と実行、そしてそれに逆らう者は人類の敵だと認定する“運命計画(デスティニープラン)”宣言を行った。

 その施行下ではナチュラル・コーディネイターを問わず全ての人類が遺伝子を採集、解析され、各自の最適職種に応じて社会に組み込まれるという。

 戦争の要因は自身に対する無理解や現状に対する不満であり、唯一の解決策は予め定められた運命を歩むシステムを構築することだとデュランダルは主張した。

 全ての人間が自由意志を捨てて最適な運命を歩めば、その規範に従うという点で人類は平等であるという論理と、人は自分を知り、その中で最も出来ることをして生きることが幸せに繋がるという思想に基づいて。

 

「本国の動きは?」

 

 クロトは先日熱気で焼かれて軽い火傷のようになった肌に、キラから受け取った保湿クリームを塗りながら呟いた。

 プラント単独で運命計画(デスティニープラン)が実行された場合、自由意志を封殺されるくらいならと他国に亡命しようとする者が多数発生するだろう。全世界で一斉に実施しなければ、運命計画(デスティニープラン)は構造的にあまり効力を発揮しない制度なのだ。

 だからこそギルバート・デュランダルはロード・ジブリールの暴走を許し、ミーア・キャンベルを用いて戦争を煽り、最終的にロゴスを打倒して地球経済を壊滅させることで運命計画(デスティニープラン)を全世界で導入させようとしたのである。

 

「さっき、議会ではプランの拒否が採択されたみたい。……でも、国外に脱出しようとしている人も大量に出てるって」

 

 実際に遺伝子調整によって“恵まれた運命”を持つ者が多いプラントでは反対意見が挙がっておらず、国家として明確な反対姿勢を示したのはオーブ、スカンジナビア王国の2カ国に限られていた。

 それ以外の各国は第2のオペレーション・フューリーを恐れ、プラン公表後も様子見を続けていた。地球連合が内部崩壊寸前の今となっては、下手に反対姿勢を示せばザフトの侵攻が実行されるかもしれないからだ。

 今やザフトに抗う力はブレイク・ザ・ワールド、そして二年越しの大戦で疲弊し、ロゴス壊滅で国家経済が崩壊した殆どの国に残されていなかった。

 プラントが地球圏全域を支配する世界は、すぐ間近に迫っていた。未だ国内で大規模な反デュランダル派の動きが始まっていないのは、デュランダル政権を打倒するのは全ての敵対勢力を殲滅してからで十分だと考える者も少なからずいたからだった。

 

「このままじゃ全滅するかもしれないしねぇ」

 

 クロトは飄々と言った。

 デュランダルは運命計画(デスティニープラン)の宣言後、その計画を実行するための切り札として、地球連合軍が保有している大量破壊兵器の引き渡しを要求した。

 ロード・ジブリールの命令で製造された“軌道間全方位戦略砲”は、月面基地ダイダロスに設置された本体である巨大ビーム砲と、月周辺に配置された複数の廃棄コロニーに内蔵されたビーム偏向装置で構成された戦略兵器システムである。

 その名の通り、廃棄コロニーの配置を変更することであらゆる目標を狙うことが可能なその戦略兵器システムは、かつて世界を震撼させたジェネシスに効果範囲こそ劣るものの、同等以上の破壊力を有する大量破壊兵器だった。

 これをプラントが保有することで、デュランダルは地球圏全土に運命計画(デスティニープラン)の導入を強制しようとしたのである。

 引き渡しを拒絶した地球連合軍に対し、デュランダルは運命計画(デスティニープラン)を拒否する国家は人類の敵であり、そのための協力を拒否するのであれば地球連合軍も人類の敵であると主張し、同日超大型空母“ゴンドワナ”を主力とした月軌道艦隊による奇襲攻撃を行った。

 廃棄コロニー群を巡る攻防は当初連合軍優位に推移していた。

 しかし兵力が手薄になっていたダイダロス基地を“天命”を擁するコンクルーダーズ及びグラディス隊が強襲し、数時間の戦闘でダイダロス基地は壊滅状態に陥った。

 レクイエムの奪取を防ぐため、敗戦を悟ったダイダロス基地守備隊は自爆装置として設置していたサイクロプスを起動し、両軍に甚大な被害をもたらしながらも地球連合軍はレクイエムの強奪阻止に成功した。

 地球連合軍は反転攻勢のため、前大戦で壊滅したプトレマイオス基地に代わり、地球連合軍の主力基地アルザッヘルに駐屯している月艦隊を発進させた。

 しかし地球ー月間のL1地点に機動要塞メサイアを接近させていたデュランダルは、地球連合軍の用いたサイクロプスの報復措置として、メサイア要塞に搭載された大量破壊兵器“ネオ・ジェネシス”を使用し、月艦隊を一撃で壊滅状態に追い込んだ。

 地球連合軍の月面戦力を葬り去ったデュランダルは更なる人類の敵として、運命計画(デスティニープラン)の導入を拒否したオーブ連合首長国の粛正を宣言すると、オーブ本土をネオ・ジェネシスの射程圏内に捉えるため、機動要塞メサイアの移動を開始した。

 デュランダルの暴挙を阻止するため、第2宇宙艦隊を主力とするオーブ軍、及びエターナルと地球連合軍の残存部隊で構成された“歌姫の騎士団”は、デュランダルが目標地点に到着する前にネオ・ジェネシスを破壊する最終作戦“オペレーション・アポカリプス”を発動したのだった。

 

「こうやって話すのも、今度こそ最後かもしれないから」

 

 キラと共にエターナルの格納庫に移動したクロトは、遂に出撃準備を完了したストライクレイダーの前で肩を竦めた。

 機動要塞メサイアに駐屯している無数の守備隊に加えて、一部をサイクロプスで撃破されたとはいえ“グラディス隊”“ジュール隊”ら月軌道艦隊の精鋭部隊が、メサイアを狙う歌姫の騎士団を挟撃しようと移動を開始している。

 まるで袋の中に閉じ込められた鼠であり、考えられる限り最悪の戦況だった。

 しかしたとえここで全滅したとしても、自分達は絶体絶命の危機に陥ったオーブを救わなければならないのだ。

 

「……どうして私達は、こんなところまで来てしまったんだろうね」

 

 キラは呟くように言った。

 空白の2年間を経て再び起こった、世界規模で行われた絶滅戦争。

 それは第1次連合・プラント大戦と比較して、ナチュラル陣営とコーディネイター陣営に分かれて起こった総力戦ではなかったが、ブレイク・ザ・ワールド、ロゴス崩壊に伴う世界経済の混乱を合算すれば、先の大戦を上回る大量の犠牲者が発生している。それが唯一無二の事実であり、否定しようのない結果だ。

 たとえこの戦争が終わったとしても、それは新たな絶望の序曲に過ぎない。この世界はデュランダルが示したように、戦争の火種が無数に転がっているのだから。

 それこそ絶対的な支配者が大量破壊兵器を突き付け、徹底的なヒトの管理を行わなければ平和な世界など永遠に訪れないかもしれないのだ。

 

「本当は、こんなことは終わりにしたいのに」

 

 そんなデュランダルを否定するビジョンを、キラは連想することが出来なかった。

 平和と自由。本質的には相反している二択を迫られた時どちらを優先するべきか、キラには分からなかったからだ。

 

「デュランダルが示す世界の行き着く先は、誰もが自らの運命に従わされる世界だ。僕が生体CPUとして、君がスーパーコーディネイターとして造られたように」

 

 クロトは自分に言い聞かせるように言った。

 生体CPU。スーパーコーディネイター。

 いずれも誰かに定められた運命を与えられ、その運命を遂行する者として人為的に造り出された禁忌の存在である。

 そしてそれは運命計画(デスティニープラン)が示している未来図でもあった。

 後天的に任意の能力を飛躍的に向上させる生体CPUと、先天的に任意の才能を付与するスーパーコーディネイターの製造技術は、実際に運命計画(デスティニープラン)が実施された世界で最も求められる可能性が高い技術なのだから。

 

「たとえそれで世界が平和になったとしても、僕は嫌だ。僕は自由のために、自由に生きるために戦う」

 

 誰もが自らの運命に従い、その運命に沿って生きることで、デュランダルの主張するように平和な世界が訪れるのかもしれない。

 しかしそれは果たして人間と言えるのだろうか? それはかつてモビルスーツの生体CPUだったクロトとどう違うのか? 

 そもそも自らの運命に従うことが唯一の正義だと言うならば、この世界線でもクロトはヤキン・ドゥーエで討たれるべきだったのか? 

 キラはアスランに殺されるべきだったのか? 

 だったらそんな運命は願い下げだ、とクロトは不敵な笑みをキラに見せた。

 

「見せてやるよ。自由を手に入れた僕の、運命を捻じ伏せる力を」

 

 〈94〉

 

 機動要塞メサイアを出撃したシンは、迫り来る無数の標的を捉えていた。

 それはネオ・ジェネシスに撃たれ、早くも艦隊の半数近くを喪失しながらもデュランダルの暴挙を阻止するために決死の突撃を開始した“歌姫の騎士団”だった。

 それぞれミーティア、ミーティア改を装備したインフィニットジャスティス、ストライクレイダーの圧倒的な機動力と殲滅力を武器に快進撃を続けていた騎士団だったが、後方から追い付いたグラディス隊に捕まったことで消耗戦を余儀なくされていた。

 

「これより本艦は戦闘を開始する。全砲門開け。ザフトの誇りに賭けて、今日こそ奴等を討つ!」

 

 後方から追い付いたミネルバが主砲を放ち、シンを援護する。次々に地球連合軍の残存部隊やムラサメが機体から火を噴き、その反応を消失させていく。

 これで奴等を全滅させれば、平和な世界が訪れる。

 シンは射出したドラグーンから次々ビームを放って地球連合軍の残存部隊である“ユークリッド”を爆散させると、巨大なアームドモジュールから伸びる大型ビームソードでインパルスの胴体を両断したストライクレイダーに向き直った。

 

『ここは僕が引き受ける!』

 

 クロトは通信回線で叫ぶように言った。

 ザフトの大軍に挟撃された状態で徒に戦闘を続けるくらいなら、部隊を二手に分けて対応する方が余程勝機があるからだ。

 メサイア攻略部隊ももちろん重要だが、この場に留まって敵の大部隊を足止めする部隊も重要である。この場で唯一ドラグーン搭載機と戦闘経験を持つクロトが1人で足止めに当たるのは、感情論を抜きにすれば妥当だった。

 

『エターナルも残ります! 後は全軍でメサイアへ!』

 

 応えるようにラクスも周辺部隊に指示を飛ばした。

 モビルスーツ運用母艦としては最速を誇る一方で、イズモ級のように大火力を持たないエターナルは全方位に陽電子リフレクター発生装置を配置しているメサイアの攻略には適していなかったからだ。

 ほんの数秒にも満たない逡巡の後、オーブ軍第2艦隊の司令官であるアスランはストライクレイダーとエターナルの直掩機を残して前進命令を下した。

 人類の敵であるオーブを粛正するというデュランダルの宣言は、自分達を包囲網に誘い込むためのハッタリではないと理解していたからだ。

 

「……くそっ」

 

 一方のシンも同様に、そんなデュランダルの真意を心の奥底では理解していた。

 人類の敵とまで断言し、事実ザフトにとっては唯一の脅威であるオーブ軍を殲滅したからネオ・ジェネシスの発射を中止するなんてことは有り得ない。自分達に逆らった人類の敵の末路として、見せしめに殲滅することは明白だった。

 しかしシンはそれを脳裏で棚上げした。

 デュランダルの言葉を信じて正義面で地球全土を荒らし回り、自分と同じような戦争孤児を大量に生み出し、それを疑問視した親友を自らの手で殺してしまった自分を直視出来なかったからだ。

 デュランダルがオーブを撃つ筈がないし、たとえ撃ったとしても人類の敵であるオーブとレイダーのパイロットが悪いのだ。

 

『舐めてんのかよアンタは!!!』

 

 シンはドラグーンから放たれる全方位攻撃を器用に回避しながら、自分達の足止めを開始したストライクレイダーを睨み付けた。

 遺伝子学の権威であるデュランダルに戦士としての適性を見出され、フリーダムのパイロットから運命計画(デスティニープラン)の守り手に指名された自分と渡り合う存在。

 コイツさえこの世に存在しなければ、自分は妹を見殺しにするような事態に追い込まれることはなかった。

 クロトの放った対艦ミサイルの嵐を、シンは滑るように後退しながらドラグーンから展開した無数のビームで迎撃した。クロトはミサイルの誘爆に紛れて接近し、核爆発を考慮する必要がなくなったプロヴィデスティニーを大型ビームソードで斬り付ける。

 しかし光の翼を展開していたシンは急上昇で回避すると、ストライクレイダーの左アームドモジュールにビームライフルから放った光弾を直撃させた。

 続けて右アームドモジュールから放たれたビームを紙一重で避け、再度ドラグーンを操作して眩い光の弾幕を展開する。

 

『ちっ……!』

 

 クロトは左右に急制動を繰り返して全方向から襲い来るビームをやり過ごしながら、苛立ったように舌打ちした。

 対多数の敵を想定したミーティアと、フリーダムと同様にストライクレイダーを上回る機動力と殲滅力を併せ持つプロヴィデスティニーとの相性は最悪らしい。

 あわよくばバッテリーを温存しながら、などと邪心を抱いたままで勝てる相手ではないらしいと考えたクロトがミーティアをパージすると、真横から迫っていた大型ドラグーンから伸びたビームスパイクがコアを貫いた。

 

『次はアンタがああなるんだ! この人類の敵が!!』

『ははっ』

 

 まるで凶悪犯を断罪するようなシンの口調に、可笑しくなったクロトは冷たい声で嗤った。

 激高したシンはドラグーンを射出すると、背部の蒼いウィングユニットを展開しながら距離を開けようとするストライクレイダーに追撃を掛けた。

 

『何が可笑しいんだよ!!』

『イチイチ言わなきゃわかんねーか!!』

 

 最大加速と同時に、クロトは強引に機体を旋回させて切り返す。

 二度、三度と交錯しながら紙一重でドラグーンの攻撃を躱し、振り下ろされた大型対艦刀をビームキャリーシールドで受け止める。

 

『ふざけるな!!』

 

 今までの戦闘とは異なり、その場で足を止めれば攻撃を躱せない。

 クロトは即座に左肩の電磁砲を放ってシンに強烈な打撃を与えると、斜め上方のドラグーンから放たれたビームを宙返りで回避した。腰部のクローを左右に展開し、電磁砲の衝撃から体勢を立て直したシンにビームガンを連射する。

 

『だったらあんなのを守ってるお前はなんなんだ!? 世界の敵か!?』

 

 決して少なくない数の人間を殺した自覚はある。最善を尽くすことが出来れば、救えた命も無数に存在しただろう。

 しかし現実に目の前でオーブの粛正を掲げるデュランダルを支持するシンにそれを指摘される理由があるのか、とクロトは不快感を露わにした。

 大西洋連邦軍の攻撃で滅びたとはいえ、ザフトの侵攻を撃退する水準までオーブが復興した事実がある以上、シンにそれを正面から否定することは出来なかった。

 ガンマ線レーザー砲であるネオ・ジェネシスがオーブに発射されれば、その強烈なエネルギー輻射は地表に存在する全ての生物を一掃してしまうからだ。

 その結果として予想される死傷者の数は、当然ながらオーブ解放作戦で発生した数とは比較にならない。文字通り桁違いの数になるだろう。

 

『あれは戦争のない平和な世界を創るために必要な力だ!! 運命計画(デスティニープラン)を成功させるために!!』

 

 運命計画(デスティニープラン)が導入されれば、それに反発する者が各地で武装蜂起を行うだろう。

 そんな人類の敵の妨害に屈しないためにも、ネオ・ジェネシスの力は必要悪として保有しなければならないのだ。

 

『そんな世界を平和だって言うならそうかもな!!』

 

 しかしそれは平和の光に包まれた世界というよりも、恐怖で支配された暗黒の世界だ。

 シンは至近距離で放たれたビームガンをシールドで防御するが、クロトの言葉に気を取られて操作が単調になっていたドラグーンが立て続けに撃墜される。

 AIに動作補助を行わせることで、操作難易度を引き下げる代わりに自由度が低下した第2世代ドラグーンの欠点をクロトは狙ったのだ。

 

『だったらどうすればいいって言うんだ! 戦争のない世界以上に幸せな世界なんてあるはずがない!!』

 

 たとえ親友を殺したとしても、妹を見殺しにしたとしても、せめて戦争のない世界を作ることが出来れば2人に対して贖罪になる筈だ。

 シンは光の翼を展開し、生き残っていたドラグーンを総動員して弾幕を張りながら突撃するが、半端な弾幕は自らの未来位置を伝えるようなものだった。

 

『僕は戦争があっても自由な世界が欲しいんだ!!』

 

 クロトは前方に加速すると、反動を付けて極破砕球を投擲した。

 シンは弧を描いて迫り来る凶悪な質量兵器を回避するが、一瞬視界が狭まった隙を突いて頭部から放たれた大出力ビームが更にドラグーンを呑み込んだ。

 

『何を!!』

 

 シンは全てのドラグーンを喪失したことで、ほぼ無用の長物と化したドラグーン・プラットフォームを即座にパージして機体を加速させた。

 自由を求める襲撃者と、天命を授かった戦士の戦いは更に激しさを増していく。

 

 

 

 

 

「何が人類の敵だ……!」

 

 青白い特殊戦闘艦の中で、アズラエルは手を伸ばせば届きそうな距離で繰り広げられている激闘の様子をモニター越しに窺っていた。

 それは一見するとアークエンジェル級に類似する形状でありながら、宇宙空間での運用を前提としているため揚力を獲得する主翼を有しておらず、まるで箱を連結させたように無機質なシルエットだった。

 最大の特徴は各所にミラージュコロイド発生器を搭載することで、船体全体に極めて高いステルス性能を保有させていることだった。

 船体両舷には低温ガスを搭載した増槽を装備しており、それを噴射して推進力として利用することで、ミラージュコロイドを展開したまま移動を可能にしている。

 

「あのとんでもない兵器を復活させた奴等の方が、遥かに人類の敵じゃないか!! いつその照準が地球に向けられるか分からないんだぞ!!」

 

 ロゴス崩壊に伴うブルーコスモスの衰退で、地球連合軍に於ける影響力の大半を消失していたアズラエルはロアノーク隊を手中に収めたものの、それ以外に自国の領域外で動かせる実行部隊を保有していなかった。

 この特殊戦闘艦“ガーティ・ルー”には情報保持の観点から、イアン・リー少佐を含めた必要最小限のクルーしか同乗していない。

 その一方でセカンドステージのカオス、それに加えて元々ネオの搭乗機として用意されたウィンダム、アズラエルの私物であるスローターダガーを加えれば、合計3機のモビルスーツを有している貴重な戦力である。

 けたたましくCICで騒いでいるアズラエルの声をBGMに、レイは以前デュランダルの指示を受けてパイロット候補を辞退したカオスを起動した。

 とある地点に存在するライブラリアンの本拠地を撃破するため、ラウは灰色にカラーリングを変更したガイアと共に地球に残った。

 自分の任務はネオ・ロアノーク大佐の代理としてシンの暴走を止めることと、デュランダルとアルの野望を阻止することだ。

 

『レイ・ザ・バレル、カオス、発進する!!』




原作でレイくんがカオスのパイロットじゃなかった問題、いくら考えても謎だったので本作では乗せてみました。

“自由”を手に入れたクロトが定められた“運命”を強制するデスティニープランの守り手を“襲撃”する、妙にフィットしてますね。

https://twitter.com/Saya_Satsuki

ついったー。
最近は専らロム専ですが、リプライがあれば反応します。
遂に種運命編の最終章なので、質問等ありましたらお気軽にリプライください。


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レイとシン

 〈95〉

 

 地球に向かう機動要塞メサイアに、クサナギを旗艦とするオーブ軍は乾坤一擲の追撃を敢行していた。オーブ本土がネオ・ジェネシスの有効射程範囲に入れば、ガンマ線レーザーによる未曾有の大虐殺が行われるからだ。

 ザフト軍の大半は、未だデュランダルの消極的支持を貫いている。

 所詮は下等種族とその下等種族が馴れ合う国に過ぎないオーブのために、自分達の祖国を裏切ることは出来ないと考える者が大半だったからだ。

 戦力の大部分を喪失した地球連合軍も動きを封じられている中、月軌道艦隊を引き付ける囮としてエターナル及び“ストライクレイダー”“ドムトルーパー”以下数機のモビルスーツを足止めに残し、オーブ軍第二艦隊旗艦“クサナギ”は遂に機動要塞メサイアを捉えたのだった。

 

「ローエングリン、撃てっ!!」

 

 艶やかな黒髪を伸ばした妙齢の女性が、CICの艦長席で声を張り上げる。

 本職はモルゲンレーテのエンジニアでありながら、オーブ軍人の中で最も豊富な実戦経験を買われて艦長職に電撃復帰した女性は、クサナギの特装砲である陽電子破城砲の発射命令を行った。

 

「ベルネス2佐! 駄目です、効果ありません!!」

 

 陽電子をビームで保持・加速させて撃ち出すことで絶大な威力を発揮する強力無比な一撃は、機動要塞メサイアを覆っている陽電子リフレクターの壁で無効化された。

 

「そんな……!」

 

 オーブ軍所属マリア・ベルネス2佐──かつてマリュー・ラミアスと呼ばれていた女性は唇を噛んだ。

 オーブ軍の最大火力を投入しても、自分達の進撃を阻む陽電子リフレクターを破ることが出来なかったからだ。このままここで立ち往生していては、オーブ本国を狙っているメサイアを破壊することなど叶わない。

 

『俺が内部から発生装置を破壊する!!』

 

 アスランはジャスティスの背部に装備したミーティアをバージすると、腰部に収納していたビームキャリーシールドを取り出した。

 ストライクレイダーにも採用されているビームキャリーシールドは、その名の通り実体盾にビームシールド発生器及び、火器を内蔵している複合兵装である。

 実体盾部分にもVPS装甲を使用しており、また大型のビームシールド発生器を採用したことで現行の携行シールドとしては最強の防御力を誇っているこの複合盾の特性を利用すれば、陽電子リフレクターの壁だろうと正面から突破出来るだろう。

 そして内側から陽電子リフレクター発生装置を破壊すれば、機動要塞メサイアを守っている難攻不落のシールドは維持出来なくなるのだ。

 

『──ッ!』

 

 キラはクサナギを狙って一斉に放たれた、メサイア守備隊のビームを金色の鏡面装甲で受けた。鏡面装甲に内蔵されたビーム回折格子層で吸収された無数のビームが、超微細プラズマ臨界制御層の干渉を受けて放出される。

 そして無数の標的に向かって発射される刹那、それぞれに反射角度の微調整を行ったキラは敵モビルスーツ群の無力化に成功した。

 

『アスラン、私も!』

 

 ビーム兵器に対して鉄壁の防御力を誇るアカツキなら、たとえ陽電子リフレクターであろうと簡単に擦り抜けることが出来る。

 そして機体を加速させると、前方のアスランに合流しようとした。しかしアスランはそんなキラの持ち掛けた提案を即座に却下した。

 

『お前はアイツが合流するまでオーブ軍を守れ!』

 

 一時的に足を緩めていたエターナルがオーブ軍と合流すれば、クロトも同様の手段で強引に陽電子リフレクターを突破しようとするだろう。

 しかしシンとの戦闘で消耗したストライクレイダーは、アカツキからのデュートリオンビーム照射を受けなければ戦闘能力を維持出来ない。

 それに陽電子リフレクターで前方を封鎖され、身動きが取れなくなった状態で包囲されているオーブ軍にはキラの力が必要だとアスランは考えた。

 そしてビームキャリーシールドを前方に掲げると、眼前に展開されている陽電子リフレクターの壁に向かって一直線に突撃した。

 

『くっ……!』

 

 ジャスティスに内蔵されているバッテリー残量が、瞬く間に危険領域まで低下する。

 メサイア要塞を覆っている陽電子リフレクターの障壁を突破するため、本来は莫大な電力を消費するビームシールドを最大出力で連続展開したことで、ジャスティスのバッテリーが底を尽きかけたのだ。しかし腹部に内臓された核原子炉から電力供給を受け、ジャスティスのバッテリー残量はみるみる回復する。

 瞬間的な出力は核動力機であろうとバッテリー機であろうとそれほど変わらないが、やはり継戦能力においては大きな差があったのだ。

 

『分かった!!』

 

 キラのあっさりとした返答に、アスランは苦笑しながらジャスティスを加速させた。

 今の指示がクロトの放った言葉なら、キラはその指示を無視して強引に同行しようとするだろうと思ったからだ。

 そしてアスランは視線の遠く先で捉えた、陽電子リフレクター発生装置と思しき巨大な機械群に照準を定めた。

 複数のビーム刃と実体刃を有し、たとえ戦艦であろうと両断する格闘装備としても使用可能な独立支援ユニット“ファトゥム-01”を射出しようとした瞬間、進行方向を遮るように放たれた光弾を急制動で回避した。

 続けて左右から挟み込むように出現した無数のスーパードラグーンが、速度を落としたジャスティスに猛烈な光の雨を降らせた。

 初見の全方位攻撃に対して、不用意に動くのはむしろ被弾の危険性が増す。

 そう考えたアスランは僅かなスラスター制御で無数の光弾を躱すと、連結した大型ビームライフルから放たれた砲撃をビームシールドで防御した。

 その戦艦級の凄まじい威力に、大抵の攻撃であれば受け止めながら前進可能な程の圧倒的な推力を誇るジャスティスが強制的に後退を強いられる。

 

『……お前は!』

『馬鹿なヤツだ』

 

 人類救済を掲げる運命計画に逆らう侵入者達に鉄槌を下すため、先程まで司令室でメサイア防衛部隊の指揮を執っていたアルが戦場に降臨したのだ。

 大気圏内では可動砲台に過ぎなかったドラグーンを縦横無尽に展開し、まるで純白の星屑を纏ったようなフリーダムはウィングユニットから蒼白い光の翼を広げ、永遠の自由を体現する超越者の姿を披露する。

 アスランは周囲に向かってビームライフルを連射するが、ドラグーンは有機的な挙動を発揮して攻撃を回避する。

 先程シンが使っていたドラグーンとは、その精度も速さも比較にならない。気圧されたアスランに対して悪意に満ちたアルの声が、コクピットの中で木霊した。

 

『貴様はただの戦士でしかないと、そう言った筈だがな?』

 

 それがアスランの遺伝子情報と戦歴を基に、アルの下した評価だった。

 軍人としての優れた才能を持っており、本人もそれを志向していながら、個人の感情を優先する軍人には不適当な性格を有している。

 故に軍人でも傭兵でもなく、ただの戦士。

 それがアスラン・ザラという存在なのだとアルは嘲笑しながら言った。

 

『俺は──』

 

 上下左右の全方向から繰り出されるオールレンジ攻撃を辛うじて防ぎながら、アスランは自身の記憶を探った。

 かつて父の忠実な戦士であろうとしたが遂になり切れず、名誉も地位も喪ってオーブに亡命することしか出来なかった忌まわしき過去。

 だが、それは本当に忌まわしき過去だったのだろうか? 

 その気になれば栄誉も地位も手に入れられたにも関わらず、あっさり投げ捨てて隠遁生活を送っていた少女の存在をアスランは思い出した。

 

『お前を討つ!!』

 

 全ての雑念が不意に遮断され、極限の集中状態に突入する。

 ブリッツの大破を間近で目撃したことと、キラから向けられた殺意に誘われて覚醒したアスランのSEED因子が2年の時を経て発現したのだ。

 アスランはドラグーンの1つを撃ち抜き、隙を見て投擲されたビームジャベリンの持ち手部分をピンポイントで蹴り抜いた。

 

 〈96〉

 

 クロトはストライクレイダーを急加速させると、極破砕球(ハイパーミョルニル)の直撃で吹き飛ばされたデスティニーに対艦刀(ガラティーン)を全力で振り下ろした。

 二人の間で激しい火花が散り、殴り付けられる様な衝撃が機体を揺らした。

 

『なっ……!?』

 

 シンは思わず絶句した。デスティニーの大型対艦刀(アロンダイト)が、遂に両断されたからだ。

 叫びたくなるような動揺を無理矢理呑み込むと、シンは追撃を仕掛けようとするクロトを牽制するため、ビームライフルを滅茶苦茶に連射した。

 とうとう狙いを定めることを放棄して時間稼ぎを始めたシンに対し、クロトはストライクレイダーを変形させた。猛烈な勢いで距離を詰めながら電磁砲を連射するが、光の翼を展開したデスティニーの動きは捉えられない。

 

『チッ!!』

 

 先行していた別働隊は、未だメサイアの最終防衛ラインで足止めされている。

 このままでは作戦失敗は明白だった。

 クロトはデスティニーの撃破を断念し、エターナルの防衛を放棄してメサイア攻略に向かう選択肢を考え始めた。ここで離脱すればデスティニーにエターナルは撃沈されるかもしれないが、あくまで目的はオーブを狙うネオ・ジェネシスの発動阻止だ。

 たとえ全滅しようと、それは全てに優先されるのだ。

 

『逃げるな!!』

 

 クロトはまるで曲芸の様な軌道で、周囲を旋回しているシンの放った光弾を回避した。

 せめてデスティニーを引き付けながらメサイアに向かうことは出来ないか、と考えながら周囲を旋回するデスティニーを睨み付けた瞬間のことだった。

 クロトは猛烈な速度で迫り来るカオスの反応と、ラウに酷似しているがどこか幼さの残る声をセンサーで感知した。

 

『もう止めろシン!』

 

 なぜレジェンドのパイロットであるレイが、以前アズラエルが接収した筈のカオスに乗っているのか。事情の分からないクロトは困惑した。

 

『レイ!? どうしてお前が!?』

 

 どうして殺したはずのレイがこんなところにいるのか。

 レイが突如戦場に現れた事実は、ストライクレイダーと対峙していたシンと、カオスを後方から追っていたルナマリアにクロト以上の混乱をもたらした。

 

『!!』

 

 レイは高速移動形態のまま、機動兵装ポッドを射出した。

 左右に展開したポッドから誘導ミサイルを立て続けに発射しながら、一気にデスティニーとの距離を詰めた。

 周囲が混乱している間にシンを無力化しなければ、クロトやルナマリアが突然現れたカオスに攻撃を開始する可能性が高かったからだ。

 レイはカオスを通常形態に戻すと、デスティニーの放った光弾を間一髪で回避した。

 

『お前は自分が誰を撃とうとしてるのか、本当に分かっているのか!?』

『分かってる!! 分かってるさ!!』

 

 更にシンが連射した光弾を巡航機動防盾で防御し、レイは一気に斬り込んだ。ストライクレイダーに大型対艦刀を破壊されたデスティニーに、至近距離での選択肢が極めて少ないことを分かっていたからだ。

 ビームシールドに光刃(ヴァジュラ)が衝突し、激しい光の奔流が周囲に撒き散らされる。

 

『分かっていない!! お前は妹のために……妹に平和な世界を見せてやるためにザフトに入ったんじゃなかったのか!?』

『……お前に何が分かるんだ!!』

 

 シンは動揺しながらも、光の翼を展開してカオスを強引に押し返し始めた。

 サブスラスターを兼任する機動兵装ポッドを射出したカオスとデスティニーでは、根本的な推力に圧倒的な差があったのだ。

 しかしレイはシンに生じた僅かな隙を突き、密かにデスティニーの背後に回していた機動兵装ポッドを操作した。

 ビームで左腕を斬り落とされ、シンは体勢の立て直しを迫られた。

 シンは後退しながら頭部の機関砲とビームライフルを連射し、反転攻勢を仕掛けるカオスに応戦した。しかしレイは間髪入れずに光刃(ヴァジュラ)を投擲し、予備の光刃(ヴァジュラ)を抜いた。

 

『くっ……!!』

 

 ビームライフルに光刃(ヴァジュラ)が突き刺さった。その一撃はライフル内部に充填されていた莫大なエネルギーと反応し、内部で大爆発を起こした。

 

『シン!!』

 

 レイは爆煙に身を隠しながら、挟み込むような形で機動兵装ポッドを操作してデスティニーに突撃させた。そして一気に決着を付けるため、自らも距離を詰める。

 

『レイ!!』

 

 シンは掌部ビーム砲でポッドの片方を撃破した。しかしビームソードを展開した機動兵装ポッドが右掌部に突き刺さり、ポッド本体と引き換えに右腕を吹き飛ばす。

 そして爆煙の中から姿を現したカオスが、体勢が崩れたデスティニーを捉えた。

 

『お前って奴は!!』

 

 反射的にシンが放った蹴りに、レイは自らも蹴りを合わせた。

 イージスに搭載されていたビームサーベルを参考に、両膝に搭載されていたカオスのビームクローがデスティニーの膝に突き刺さった。

 

『!!』

 

 たとえ圧倒的な防御力を誇るデスティニーのVPS装甲だろうと、カオスに搭載されたビーム兵器を無効化する程ではない。

 カオスのビームクローを受けたデスティニーの右膝部が両断される。

 苦悶の叫びと共に損壊率が危険域に到達したことで安全機構が作動し、デスティニーの動作が完全に停止する。

 

『…………』

 

 デスティニーの無力化に成功したレイは、小さく息を吐いた。結果的には無傷で勝利する形で終わったが、内容的には結果が反対でも不思議ではなかったからだ。

 シンがクロトとの戦闘で消耗していたこと。

 レイはデスティニーの能力を把握しているが、シンは宇宙空間におけるカオスの能力を計りかねていたこと。

 そして突如殺した筈の相手が現れたことで生じた、シンの動揺を突いたこと。同じようにやっても二度と勝てないことは、誰よりもレイ自身が理解していた。

 

『ルナマリア。シンを頼む』

『わ、分かったけど、でも……!』

『俺は議長を止めてくる。これでお前達との貸し借りはなしだ』

 

 レイは茫然としているルナマリアにシンを託すと、クロトに通信を送った。

 ここから先はクロトの助力を得られなければ、デュランダルのいるメサイア最深部まで辿り着くことが出来ない。

 

『付いて来い。お前にやってもらいたいことがある』

『……あぁ』

 

 クロトは僅かな逡巡の後に頷いた。

 レイが今までクロトの足止めをしていたシンを撃破した以上、わざわざ自分を騙す理由はないだろうと考えたからだ。

 

 〈97〉

 

 ニコルは前方で進撃を阻まれているオーブ軍と合流するため、再度移動を始めたエターナルの直掩機としてザフトとの戦闘を続けていた。

 当初エターナルは月軌道艦隊からの追撃を足止めする予定だったが、エターナルに対してメサイア要塞からも次々と主力部隊を送り込んでいたのだ。

 先程現れたコンクルーダーズに捕捉され、後方で1人で戦っている筈のクロトからは一切の連絡が取れない。

 このままでは全滅だ。ニコルは焦燥感を抱きながら、別方向から現れた2機のグフイグナイテッドにバズーカ砲を向けた。

 すると照準に捉えたグフから、妙に焦ったような通信音声が流れて来た。

 

『ニコル貴様ァ! またこんなところで何をやっている!!』

『一応出てって瞬殺されてこようかって言ったんだけどねえ。議長に言わせりゃ、俺達はこーいう運命なのかもな』

 

 その聞き慣れたイザークとディアッカの声に、ニコルは砲口を下げた。

 イザークの後方にはジュール隊の旗艦である“ボルテール”の姿も見えた。メサイアから送り込まれて来た部隊やグラディス隊とは異なり、ジュール隊はエターナルの撃破に現れた訳ではなかったようだった。

 

『ダラダラ御託を並べる評議会の連中には付き合ってられん!』

 

 プラント最高評議会は先日、ブレイク・ザ・ワールドにデュランダルが関与していたという内部告発をデュランダル本人から受けていた。

 単純な人的被害だけならエイプリルフール・クライシスすら超えるテロ事件。

 それは陣頭指揮を行い、人類滅亡を阻止した救世主として一躍世界中で持て囃されることになったデュランダルの単なる自作自演に過ぎなかったのだ。

 その内部告発が世間に公表されれば、もはやプラントが完全勝利する以外に停戦交渉は不可能なことは明らかだった。最高評議会はデュランダルの脅迫に屈する形で、事実上支配されていたのだ。

 

『おいおい、そりゃプラントに対する反逆行為ってヤツなんじゃねーの?』

 

 てっきり他のジュール隊は後方に下げたまま、自分とイザークの2人でニコルを援護するんだろうと考えていたディアッカは意外そうな口調で言った。

 そんなディアッカを小馬鹿にするように、イザークは鼻を鳴らした。ジュール隊がデュランダルに堂々と反旗を翻すための大義名分は、既に思い付いていたからだ。

 

『馬鹿者! ラクスは議長の協力者なんだぞ! だったらそれを狙う連中は誰だろうと全員敵だろうが、ディアッカ!』

『ははっ、そりゃそうだ!』

 

 イザークの真意に気付いたディアッカは嗤った。

 ラクスの真偽問題について、評議会では未だ明確な結論が出ていなかった。

 薄々ミーアが偽者だと気付いていながら真実が公表されるまで最高評議会がデュランダルを糾弾しなかったのは、プラントの影響力を拡大しようとしていたからだった。

 アイリーン・カナーバが辞任を迫られたように、クライン派の中にもユニウス条約に不満を持つ者は一定数存在したのだ。

 その欺瞞を利用して、イザークはエターナルの援護に回ることで政治的な問題をクリアしたのだ。コペルニクスに滞在していたミーアが姿を眩ました今、エターナルに乗艦しているラクスが本物かどうかなど分からないのだから。

 

『ジュール隊はエターナルを援護しろ!』

 

 ボルテールから出撃したジュール隊は、エターナルの前に躍り出る形で展開した。

 戦力としては極めて少数ながらも、いずれも先の大戦を生き残った歴戦の猛者で構成されたジュール隊はエターナルを包囲するメサイア駐留軍を押し返し始めた。

 

 

 

 

 

『くっ……!』

 

 アスランはフリーダムの腰部に唯一残っていた右腕の刺突を命中させた。

 突如強烈な損傷を受けたフリーダムの核原子炉が暴走し、シールドを喪ったジャスティスを絶大な衝撃が襲った。

 咄嗟に射出したファトゥム-01を盾代わりに、アスランは辛うじて相討ちを逃れた。

 ネオ・ジェネシス撃破を阻む最大の難敵を撃破した筈なのに、アスランの顔は尚も険しいままだった。

 それはたった今撃破した筈のフリーダムが、傷1つない姿で再び降臨したからだ。

 

『何か言いたそうだな?』

 

 アルはコクピットの中で唇を噛み締めるアスランを見透かすように嗤うと、ウィングユニットから光の翼を展開した。

 

『……インパルスシステムか』

『くくく。そういえば貴様はアーモリーワンに来たんだったな。ファクトリーとやらが開発した最新鋭モビルスーツ“ジャスティス”。対モビルスーツ戦においては、レイダー以上に厄介な機体だと思っていた』

 

 アスランの協力を基に最終調整が行われたジャスティスは、純粋な対モビルスーツ性能においてはストライクレイダーを上回る最強のモビルスーツだった。

 全身に多彩な武器を搭載する傍ら、鉄壁を誇るビームキャリーシールドや格闘装備としても使用可能なファトゥム-01など、たとえ全盛期に戻っても不覚を取ることも有り得ると考えたアルは残っていたレジェンドの素体を改修した。

 そして元々脱出装置として組み込んでいたコアスプレンダーと、レジェンドの素体にフリーダムの予備パーツを組み込んだメインフライヤーを合体させることで、フリーダムは一度限りの復活能力を獲得したのだった。

 

『つまりもう復活しないということだな?』

 

 アスランの挑発めいた言葉に、陽電子リフレクター付近に迫るキラの存在を感知したアルは嘲笑しながらドラグーンを展開した。

 片腕とメインスラスターを喪ったジャスティス相手に、完全復活した今のフリーダムが敗北することは有り得ないと認識していたからだ。

 

『後は貴様を嬲りながら、捕らえる方法を考えるとしよう』

 

 アスランはビームライフルを連射しながら後退するが、ドラグーンはジャスティスの逃走経路を塞ぐように弾幕を形成する。辛うじて直撃は避けているものの、大幅に機動力が低下したジャスティスの装甲を次々光弾が掠めた。

 そして前後左右を封鎖し、一斉掃射を開始しようとした瞬間のことだった。

 

『!!』

 

 アルの眼前に展開していた陽電子リフレクターがいきなり強烈な衝撃を受けた。

 そして爆撃のような重々しい轟音と共に、陽電子砲の集中砲火すら跳ね返す難攻不落の防壁に大穴が開いた。

 それは異様な光景だった。

 陽電子リフレクターに空いた大穴を押し広げ、最終防衛ラインに侵入を開始した正体不明の存在が、今もセンサーに一切の反応を示していなかったからだ。

 しかし陽電子リフレクターを構成している力場からの強烈な干渉を受け、船体を覆っていたミラージュコロイドが解除された宇宙戦艦がその姿を現した。

 レイはガーティ・ルー自体を巨大な質量弾に見立て、陽電子リフレクターに衝突させることで強引に障壁を突破しようとしたのだ。

 

『まさか……!』

 

 ガーティ・ルーは先端から徐々に融解し、やがて機関部で大爆発を起こした。

 高いビーム耐性を誇るラミネート装甲を採用していないガーティ・ルーが陽電子リフレクターに特攻する行為は、飛んで火に入る夏の虫の如き所業だった。

 そしてそれこそが、レイの狙いだった。

 

『──さぁ』

 

 目も眩むような爆炎の中から、モノクロームの堕天使(ストライクレイダー)が姿を現した。蒼い大型ウィングユニットが左右に展開し、真紅のツイン・アイが鈍い輝きを放つ。

 

『決着を付けようぜ』

 

 クロトは神懸かり的なスラスター制御で全方位から襲い来る光弾の嵐を躱すと、極限の集中状態に突入した。




アスランくんにも見せ場が欲しいけど、ラストバトルは一騎討ちにしたいのでこの形になりました。

画面外で放り出されたロアノーク隊&アズにゃんですが、戦後解体が確定してるからガーティ・ルー的にはカッコいい散り方だったかもしれません。

最終的な決着はレイくんの55秒クッキングです。
ストライクレイダーとの戦いで消耗してたとはいえ、カオスでデスティニーを圧倒するのはまさにカオスですね。


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ストライクレイダー

 〈98〉

 

 月軌道を離れて地球軌道に向かっていた機動要塞メサイアは遂に、目的地である地球の重力圏に侵入した。

 それはメサイアが遂に、攻撃目標のオーブ首長連邦の本国をネオ・ジェネシスの有効射程距離に収められる地点まで接近したことを意味していた。

 オーブがネオ・ジェネシスを受けて壊滅するまで、残された時間はあと少し。

 人知れずミーア・キャンベルの整形手術を行い、ユニウスセブン落下テロ事件を計画していた旧ザラ派の支援から始まった、ギルバート・デュランダルの勝利は間近に迫っていた。

 

「…………」

 

 特殊戦闘艦ガーティ・ルーを質量兵器として利用し、難攻不落の陽電子リフレクターを無傷で強行突破。

 そしてフリーダムと戦闘を始めたストライクレイダーの映像が、デュランダルが指揮を執っているメサイア司令室の大型モニターに表示されていた。

 先日行われたオペレーション・フューリーの戦闘データを解析した結果、歌姫の騎士団の保有している戦力で機動要塞メサイアを守る最終防壁を突破出来る可能性を秘めていたのはジャスティスとアカツキだけの筈だった。

 その片割れのジャスティスが敗退し、後は実体兵器を苦手とするアカツキを集中攻撃すればそれで終了だ、と思っていた矢先に起こったのがこの緊急事態である。

 

「守備隊は何をやっている!?」

 

 陽電子リフレクターを通り抜けたアカツキは、中破したジャスティスと合流すると、慌てて駆け付けた守備隊を次々討ち取りながらネオ・ジェネシスに向かっていた。

 ストライクレイダーの強襲を受けて陣形が乱れたことで、別地点から突入したアカツキの対処が遅れたからだ。

 

「予備隊を戻しましょう!」

 

 司令室全体に動揺が広がる中、メサイア守備隊の参謀を務めている男の1人が戦況を眺めていたデュランダルに対処方法を具申した。

 それはアカツキを迎撃する目的で準備を進めていた予備隊を二手に分け、フリーダムの援護に回らせる内容だった。

 もしもフリーダムがストライクレイダーに敗退すれば、フリーダムの殲滅力に依存しているネオ・ジェネシスの防衛が不可能になることは明らかだった。

 実際にストライクレイダーはフリーダムと激戦を繰り広げながら、徐々にメサイアとの距離を詰めていた。眼前のフリーダムを撃破すること自体は、ネオ・ジェネシスの発射に何の影響も及ぼさないことをクロトは理解していたからだ。

 

「やめろ」

 

 デュランダルは言った。

 神の寵愛を受けた超越者と、悪魔に魂を売った狂戦士。

 クロトが自分の潜在能力を引き出すSEEDの力に覚醒していようと、万が一にも勝機はない筈だった。

 それほどまでに2人の能力、機体性能の差は隔絶していた。しかし2人の遺伝子を徹底的に分析したにも関わらず、自分がアルの勝利を確信していないことにデュランダルは気付いた。

 それは遺伝子を絶対的なものだと考えていたデュランダルに、1つの矛盾を突き付けるものだった。

 もしも絶対的な能力差を覆す何かが存在するのであれば、生まれもったヒトの遺伝子で全てを決定しようとする運命計画(デスティニープラン)を否定する明確な証拠になるからだ。

 

「見せて貰おうじゃないか。ヒトの執念を」

 

 ここで戦闘に介入すれば、アルの勝利は確実だろう。

 しかしそれでは、絶対的な能力差を覆す何かが存在する可能性から永遠に逃れることが出来ない。

 デュランダルは参謀の意見を却下すると、無数のドラグーンから放たれる光弾を回避しながら反撃を開始したストライクレイダーに視線を戻した。

 

 

 

 

 

 クロトはストライクレイダーを斜め後ろに加速させると、待機命令を拒否して戦闘に介入しようとしていたグフイグナイテッドをフリーダムとの間に割り込ませた。

 アルは委細構わずドラグーンを展開し、反応の鈍い友軍ごとストライクレイダーを狙う。

 クロトは瞬く間に光弾に貫かれたグフイグナイテッドの影に身を潜めると、逆方向へと鋭く切り返した。同時にカオスから拝借したビームライフルを連射し、一瞬動きが静止したドラグーン端末を狙う。

 一発、二発と光弾が命中する。

 残りのドラグーンは素早く光弾を回避すると、上下左右からストライクレイダーに一斉射撃を実行した。

 クロトは軌道を読み切って真横に回避した。

 その移動先を狙ったアルはビームジャベリンを連結状態で構えると、一気にストライクレイダーとの間合いを詰めた。

 

『チッ!!』

 

 クロトはビームライフルを投げ付けると、即座にビームキャリーシールドから対艦刀(ガラティーン)を抜いた。正面から繰り出された刺突を防御しながら、斬撃を叩き込む。二度、三度と剣戟を繰り返し、クロトはフェイスシャッターを解放した。

 

『!!』

 

 しかしストライクレイダーの最大火力である複相ビーム(カリドゥス)は、タイミングを読み切って放たれたフリーダムの集中射撃であっさりと相殺される。

 続いてクロトは左右から迫り来る光弾を宙返りで躱すと、ストライクレイダーを追走するドラグーンを電磁砲(デリュージー)で迎撃した。その僅かな隙を突き、アルは右腕で抜いたビームジャベリンを不意に投擲する。

 

 

 

 ストライクレイダーの左膝にビームジャベリンが突き刺さり、膝から下を抉り取った。クロトは急上昇すると、ストライクレイダーの加速を上乗せして極破砕球(ハイパーミョルニル)を投擲した。

 それは正面に回り込んでいたドラグーンの一撃を掻き消しながら、同時に強烈な質量攻撃で破壊した。

 高速で飛び回るドラグーンと、その砲門から放たれるビームの軌道を正確に見切って実行したクロトの神業をアルは賞賛した。

 

『なかなか楽しませてくれるなっ!!』

 

 クロトは二丁拳銃で放たれる光弾を紙一重で躱しながら、再び電磁砲(デリュージー)と極破砕球を用いた中距離戦を始めた。

 

『まだまだッ……!!』

 

 先程からドラグーンの撃墜こそ成功しているが、フリーダム本体には一度も有効打を与えられていない。

 反対にこちらは二度に渡るドラグーンとの戦闘経験がなければ、とっくに致命傷を受けていただろうとクロトは確信した。

 それほどまでにアルの力は圧倒的だった。

 そして唯一アルが劣っていた操縦技術はアスランと繰り広げていた戦闘経験を経て、急速に洗練されつつあった。

 このままでは敗北する。

 脳裏に負の感情が混ざった瞬間、クロトの視界がいきなり明滅した。

 

『…………!?』

 

 SEED因子の覚醒で極限まで研ぎ澄まされていた集中状態が途切れたのだ。

 集中力を失い、神経接続で次々送り込まれる情報を処理出来なくなったクロトは、口内に焼け付くような血の味を感じながら反射的に機体を後方に飛ばした。

 しかしアルが牽制で放ったビームに反応出来ず、ストライクレイダーの絶大な機動力を支えている大型ウィングの一部が抉り取られた。

 

『そろそろ限界のようだな。やはり凡夫は凡夫ということだ』

 

 クロトの異変を察知したアルは一気に攻勢を仕掛けた。僅か十数秒の攻防で、操縦精度が大幅に低下したストライクレイダーは次々損傷を受ける。

 そしてドラグーンから展開したビームスパイクが極破砕球に向かって伸び、唯一ビームコーティングが施されていない接合部分を正確に斬り裂いた。攻防の要である極破砕球を破壊されたクロトに、更なる光の嵐が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 遂に最終シークエンスに突入したネオ・ジェネシスを破壊するため、キラはアスランを置き去りにするような速度で機体を加速させていた。

 両肩部から伸びている光の鞭が行く手を阻むモビルスーツの四肢を切り裂き、正確無比なビームライフルの一撃と合わせて敵を無力化していく。

 ネオ・ジェネシスはジェネシスと異なり、装置全体をPS装甲で覆っていないため外部からの攻撃で十分に破壊可能である。

 このままのペースであれば、オーブ本土が撃たれる前に発射を阻止出来る。

 そう考えていた矢先に起こったのが、最大の難敵であるフリーダムを引き付けていたストライクレイダーの異変だった。

 アルの嘲笑う様な悪意が、クロトを呑み込もうとしていた。

 成功すれば良し、失敗しても良し。

 既に永遠の自由を手に入れたアルにとって、ネオ・ジェネシスが破壊されようとされまいとどうでもいいことだったのだ。

 

『ああっ……!!』

 

 キラは瞬時にクロトに起こった事態を察知した。

 ヒトの潜在能力を十全に引き出すSEEDの力を乱発すれば、使用者の脳に深刻な反動をもたらすことは元々分かっていたのだ。まして元々脳細胞に深刻な損傷を受けているクロトが、この数ヶ月で何度SEEDの力を使用したのだろうか。

 先の大戦後にクロトの病状が一気に進行したのも、ラウとの死闘でクロトがSEEDの力に覚醒した代償だったことは重々分かっていたことではないか。

 

『時間がない! オーブが撃たれる!!』

『で、でも……!!』

 

 思わず速度を緩めてしまったキラに、背中のメインスラスターと片腕を喪失した真紅のモビルスーツが追い付いた。

 クロトを見捨てて、オーブを救うか。

 オーブを見捨てて、クロトを救うか。

 非情な決断を迫られたキラを叱咤するように、アスランは必死の形相で叫んだ。1人の人間と、大勢が生きるオーブ。そのどちらを救うべきなのか、答えは明白だった。

 第一ここでキラに救われて生き延びたとしても、クロト・ブエルという少年がそれを受け入れるとは思えなかった。

 二度とオーブが焼かれないように、二度とキラの居場所が無くならないように、クロトは命懸けで戦ってきたからだ。

 そんなクロトに必要なものはたった一つの言葉だけだと、アスランは確信した。

 

『キラを泣かせるなっ! この馬鹿野郎!!』

 

 アスランの声に応えるかのように、全方向から襲い来るドラグーンに対応出来ず後退を続けていたクロトはストライクレイダーに急制動を掛けた。

 そしてビームスパイクを伸ばした大型ドラグーンを極限まで引き付けると、フェイスシャッターを解放した。

 

 〈99〉

 

 クロトは最大出力で放った複相ビーム(カリドゥス)で一気にドラグーンを破壊すると、猛烈な勢いで旋転しながら腰部クローからビームガンを連射した。

 突如精度を取り戻した精密射撃は周囲を旋回していたドラグーンの大半を迎撃し、更にストライクレイダーは光の雨を擦り抜けてフリーダムとの距離を詰める。

 

『何っ!?』

 

 クロトの振り下ろした対艦刀(ガラティーン)とアルの対艦双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)が衝突し、互いに手が届きそうな距離で壮烈な超接近戦を開始した。

 背後に回り込んでいたドラグーンの一撃に、ストライクレイダーはシールドごと右腕を破壊される。しかし直後にクロトはフェイスシャッターを再解放し、一瞬回避が遅れた機動兵装ウィングの片側を吹き飛ばす。

 

『……忘れてたぜ! 変態野郎にキラは渡せねぇってことをなぁ!』

 

 クロトはコクピットを狙って正確に放たれたアルの刺突を神懸かり的な反射で回避すると、即座に左肩部の電磁砲(デリュージー)を発射した。

 フリーダムは右手首に電磁砲(デリュージー)の直撃を受け、対艦双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)の片方を喪失する。

 土壇場で息を吹き返し、どれだけ先読みしようが回避出来ない攻撃を繰り出し始めたクロトと、そんな攻撃すら正確に対応する才能にアルは高揚した。

 

『その先にあるのは破滅だぞ!』

 

 アルは残存する全てのドラグーンを展開し、ストライクレイダーを包囲した。そして自らの身も顧みない鮮やかな閃光の嵐がクロトに迫った。

 それは戦いの終焉を告げる一撃だった。

 しかしクロトはその場でストライクレイダーを旋転させると、全ての光弾を躱しながらビームクローで斬り払う。

 

『それでも!』

 

 アルの言う通り、コズミック・イラには絶対的な支配者が必要なのかもしれない。

 たった2年で世界大戦が再開し、数えきれない命が犠牲になった。それは決してデュランダルやアル、ジブリールだけの責任ではない。

 ナチュラルとコーディネイターの相互不信。人種差別。能力格差。

 そうしたヒトの“業”と表現すべき感情が、争いの根源だ。

 そんな世界をより良くするためには、永遠の命を手に入れた絶対的な支配者による独裁が最適解なのかもしれない。

 たとえこのままオーブが撃たれたとしても、長期的な観点で見れば犠牲者の数は少なかったのかもしれない。

 

 だが、しかし、それでも。

 たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『僕は……僕達はっ!』

 

 クロトはストライクレイダーを変形させると、前方に突き出した大型クローをフリーダムの両腕に伸ばした。

 一瞬早くビームシールドが展開されるが、クロトはそれにビームクローを押し込む形でフリーダムを捕らえると、猛烈な勢いでメサイア要塞の外壁に叩き付けた。

 

『くっ──』

 

 クロトは次々斬撃を放ち、フリーダムを壁の一角に追い込んだ。

 本来は光学兵器を搭載したサブアームに過ぎない大型クローで強引にフリーダムを押し込んだことで、クローに搭載していた光学兵器が機能停止したからだ。同時に

 ここでアルを逃がせば勝ち目がないと、クロトは直感的に理解した。

 そして対艦双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)で応戦し、強引にストライクレイダーを押し退けて脱出しようとしたフリーダムを再度壁に叩き付ける。

 

『がっ……!?』

 

 その衝撃で、遂に耐久限界を迎えた対艦刀(ガラティーン)が砕けた。

 同時に砕けた対艦双剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)を見て、クロトは猛攻を仕掛けながら咆哮する。

 

『自由が欲しいんだ!』

 

 左右から挟み込むような形で電磁砲(デリュージー)を連射し、両腕を掲げて防御したフリーダムの動きを封じるため、頭部から最大出力の複相ビーム(カリドゥス)を発射する。

 クロトは上方向に展開させたビームシールドを掻い潜り、対艦刀(ガラティーン)の断面でフリーダムを下から突き上げるような形で押し込んだ。

 

『──滅殺ッ!!』

 

 ストライクレイダーの握り込んだ対艦刀(ガラティーン)の断面から、まるで流星のような眩い光の刃が形成された。

 その一撃はフリーダムを覆う純白の装甲を貫くと、腰部に搭載されていた核原子炉を破壊する。

 そして対艦刀(ガラティーン)を手放し、ストライクレイダーが離脱した直後だった。

 破壊されたフリーダムの核原子炉は暴走し、キラとアスランの攻撃で沈黙したネオ・ジェネシスを巻き込む形で核爆発を起こした。

 

 こうして地球圏全域に運命計画を実行しようとした狂気の遺伝子学者、ギルバート・デュランダルの野望は潰えた。

 しかしネオ・ジェネシスの喪失でプログラムの発動条件を満たしたメサイアは、要塞の各所に設置されていたフレアモーターを一斉に起動させ、地球に向かう速度を更に増した。

 それはブレイク・ザ・ワールドが失敗に終わった際の善後策として、デュランダルがメサイアのセキュリティシステムに仕込んでいた隠しプログラムだった。




タイトルが逆襲のクロトなので、予想されてた方も多いでしょうが最後はメサイア墜としです。

アズにゃん、ラウは次回登場です。


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メサイア・ショック

 〈100〉

 

 マティスを手に掛け、一族の遺産を継承したアル・ダ・フラガが最高位の最高司書官に就任した秘密結社“ライブラリアン”が本拠地を構える某所の最深部にて、再びアルは意識を取り戻していた。

 これでいよいよ残機は完全に喪失してしまったが、同時にアルが目指していた最後の扉が遂に開かれることを確信した。

 アルは溜息を吐くと、司令室に直通のエレベータに乗り込んだ。

 ナチュラルはコーディネイターを憎み、コーディネイターはナチュラルを蔑む。相容れぬ両者の争いは、人類が全滅するまで永遠に終わらないだろう。

 私はそんな世界を守るために誕生した、いわば免疫のようなモノだ。だからこそ私は超越者たる才能を有しているのだとアルは確信を深めた。

 ネオ・ジェネシスが破壊されたことをきっかけに、起動するように仕掛けておいたプログラムで機動要塞メサイアは地球に落下する。再び起こったコロニー落としは地球全土に深刻なダメージを与え、地球上の人口は9割以上が死滅するだろう。

 あとは混乱するプラントをライブラリアンの力で葬り去れば、荒廃した世界でこの私が全てを支配する神として君臨するのだ。

 

「…………?」

 

 扉が開くと、アルは奇妙な人影を視界に捉えた。

 それは頭の上半分を覆う漆黒の仮面を被った金髪の男だった。かつてラウ・ル・クルーゼを自称し、今はネオ・ロアノークと名乗る男がアルを葬り去るために現れたのだ。

 

「この失敗作がぁ!!!」

 

 アルは激高しながら銃を取り出した。

 そして1発の銃声と共に、ネオの放った銃弾がアルの額に空洞を空けた。

 やがてアルの生体情報をリアルタイムで受信・保存していたメインサーバーはガイアの攻撃で破壊され、己の命を金で買った男は完全な死を遂げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 至近距離でフリーダムの核爆発を受け、ネオ・ジェネシスを破壊されたメサイアは要塞全域に仕掛けられていたフレアモーターの起動と連動して機械系統の異常が発生し、けたたましい警報音が鳴り響いていた。

 あちこちで脱出する兵士と擦れ違う中、ザフト製のパイロットスーツに身を包んだレイは通路を駆け抜けると、目の前の扉を開けた。

 

「やぁ、レイ」

 

 それは壁面に無数の機器が並ぶ広大な司令室だった。

 そしてその中心部に設置された“玉座”に座っている男に、レイは銃を向けた。同時にデュランダルも立ち上がると、片手で銃を構える。

 

「ギル」

「まさか君が生きていたとはね」

 

 妙に嬉しそうな顔のデュランダルに、レイは無言で銃を握り込んだ。

 それは復活したアル・ダ・フラガと手を結び、この世界を滅茶苦茶にしようとした男のものとは思えない晴れやかな表情だったからだ。

 

「やっとここまで来たのに、そんなことをしたら世界はまた元の混迷の闇へと逆戻りだ。君も知っているだろう?」

 

 それぞれの生まれ持った遺伝子を解析し、それに最適化した人生を“運命”と定めることで社会全体の幸福を最大化する社会システム──運命計画。

 それはこの終わりなき争いを続ける世界を照らす希望として、かつてレイもラウの生存を知るまでは葛藤しながらも支持した計画だった。

 メサイア要塞には広大なコンピューターが搭載されており、それを用いて人類の遺伝子情報の解析を行い管理する施設も設置されている。

 もしもレイが引き金を引き、このままメサイアが破壊されれば、デュランダルの掲げる希望は完全に途絶えることを意味していた。

 

「そうなのかもしれません、ギル」

 

 今は恐怖政治の延長という形でしか実現出来ない運命計画も、やがてデュランダルの思想が浸透すれば平和なものに変わるのかもしれない。

 そうなれば人類の歴史に混迷の闇は訪れないのかもしれない。このまま自分がデュランダルを撃てば、再び混迷の闇に包まれるのかもしれない。

 しかし。それでも。

 

「でも俺達はそうならない道を選ぶことも出来ると思うんです」

「それを誰が選ぶのかな。人は忘れ、そして繰り返す。もう二度とこんなことはしないと、こんな世界にはしないと、一体誰が言えるんだね?」

 

 ますます喜色を露わにしながら、デュランダルは言った。

 

「でも俺達は分かり合えることも、変わっていけることも知っています! だからたとえ明日がなかったとしても、変わらない世界は嫌なんです!」

「傲慢だね。流石はあの男……。いや、ラウのクローンというべきかな」

 

 生まれながらの超越者“アル・ダ・フラガ”のクローン。

 コーディネイターのような欠陥も持たず、寿命問題を解決出来なかった失敗作のラウ、その二次クローンであるレイですら最上位のコーディネイター相当の能力を有している。

 そんな世界最高のナチュラルが言う綺麗事に、果たして何の意味があるだろうか。

 デュランダルの皮肉めいた言葉に、レイは自嘲した。

 

「俺はあの二人とは違う。貴方も知っているでしょう!」

 

 それは努力か、それとも執念の差か。

 才能は同等の存在でも、現実としてレイの能力は二人に遠く及ばない。それ故にレイはデュランダルにインパルスを与えられず、最後はあっさりと切り捨てられた。

 ヒトは遺伝子だけで全てが決まる訳ではないし、後天的にいくらでも変わるのだ。

 

「……だが“君達”が言う世界と私が示す世界、皆が望むのはどちらだろうね?」

 

 デュランダルは銃口を向け、遅れてレイも照準を定めた。一瞬静けさを取り戻した司令室の中で、1発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 レイの手引きで現れたクロトにガーティ・ルーから放り出されたアズラエルは、エターナルからの救助信号を無視して戦場に向かっていた。

 遂にメサイアを視界に捉えたスローターダガーのコクピットで、その軌道計算を行っていたアズラエルは叫んだ。 

 

『今計算してみたがメサイアは地球の引力に引かれて落ちる!! だから核は持ってりゃ嬉しいただのコレクションじゃないと言ったんだ!!』

 

 要塞全体に張り巡らせたワイヤーに電力を流し、メサイア全体を強力な磁場で包む込むことで太陽風の磁場と干渉し合うフレアモーターの発動によって、安定軌道を飛行していた筈のメサイアが引力に引かれて少しづつ落下を始めていたのだ。

 このままメサイアの落下を放置すれば、地球全土にブレイク・ザ・ワールドを上回る甚大な被害が発生するのは明らかだった。

 

『そんなことを言ってる場合じゃないでしょう!』

 

 アズラエルの癇癪めいた声に、イアンは反論した。

 このユニウスセブン落下テロ事件を再現したデュランダルの凶行を阻止するには、その時と同様にメテオブレイカーを使用するか、アズラエルの言葉通りに核攻撃を行ってメサイアを破砕する以外に対応策はないように思えた。

 しかしこの場にメテオブレイカーは存在せず、核兵器の類も存在しない。

 唯一幸いだったのはメサイア守備隊にとっても想定外の事態だったらしく、次々と要塞内部から脱出して戦闘宙域から撤退を開始していた。

 先程ザフト軍の戦意を繋ぎ止めていたフリーダムはレイダーに討たれ、切り札のネオ・ジェネシスは核爆発を至近距離で受けて完全に破壊された。

 その上司令部に何らかの異変が起こった状況下で、なおもラクス・クラインの停戦勧告を無視して戦い続ける者はそう多くなかったのだ。

 

『少佐! ネオは何をやってる!?』

『中尉か! 大佐はまもなく合流される!』

 

 後方から追い付いて来たカナードに、イアンは叫ぶように言った。

 ネオはデュランダルを支援している秘密結社を襲撃した後、デトロイトに展開しているハーピー隊を率いて合流する手筈になっていた。

 レイダーの量産機であるハーピーはオプションに補助推進器を搭載することで、単独での大気圏突破能力を有している。ネオも同様の手段で一度限りの大気圏突破能力を実現したガイアに乗り、まもなくイアンと合流する予定だった。

 

『どうすればいいんだ……!?』

 

 この凶行を止められる可能性があるとすれば、要塞内部に突入したクロト達がメサイアのコントロール権を奪うことだけだとカナードは直感した。

 資源採掘後のアステロイドに設備を組み込み、月軌道から地球軌道まで短時間で移動する程の機動力を実現したメサイアであれば、ここから地球の引力を振り切る軌道に航路を変更することも可能だ。

 

 〈101〉

 

「ギル!!」

 

 クロトが役目を終えた拳銃をホルスターに戻すと、胸を真紅に染めて崩れ落ちたデュランダルにレイは駆け寄った。

 そしてデュランダルを撃ったクロトを睨むが、すぐに視線を落とした。レイを撃とうとしたデュランダルを阻止するため、司令部に飛び込んだクロトが撃ったことは明らかだったからだ。

 

「……すまない、助かった」

 

 本来ならば、デュランダルは自分がこの手で撃たなければならなかった相手だとレイは苦渋の声を漏らした。

 アルとの壮絶な死闘を制した代償か、今もキラに肩を支えられたまま荒い息を続けているクロトからレイは再度視線を戻した。

 大きな揺れが起こり、要塞全体から轟音が鳴り響く。いつこの要塞が機能停止しても不思議ではない状況だった。

 デュランダルの受けた傷は深かった。優秀ながらも平凡な遺伝子学者の抱いていた壮大な計画は完全に潰えたのだ。

 

「やぁ、キラ君。……そして、クロト君」

 

 ごぼりと血を吐き出し、デュランダルは視線を上げた。

 表向きはラクス・クラインの暗殺と見せ掛けて、この世から葬り去ろうとしていた二人の顔をじっと見据えた。

 

「どうやらこれが私の運命だったらしい。……最期に聞きたいことがある」

 

 ヘリオポリスでザフトの襲撃に巻き込まれ、偶然出会った2人。

 本来交わる筈のなかった2人の出会いは小さな波紋を起こし、それは未曾有の絶滅戦争を終わらせる程の波に至った。

 そして永い時を経て復活した超越者を討ち取り、デュランダルを倒してこの戦争を終わらせることに成功したのだ。

 

「ここで私が死に、再び混迷する世界で君達はどうする?」

 

 自由のある限りヒトは争いを起こし、世界は混迷の闇に染まる。そう冷たく嗤ったデュランダルに、クロトとキラはゆっくりと口を開いた。

 

「覚悟はある。僕達は戦う」

「貴方のいう運命は、私にとって死と同じです。たとえ世界が混迷に向かうとしても、自由のために私達は戦います」

「そうか……」 

 

 自由と平和。

 どちらが大事なことなのかは、誰にも分からない。

 しかし運命的な出会いを果たした2人が自由を選択し、その代償として戦い続けるというのだから、これほど皮肉なことはないだろう。

 血を吐きながら可笑しそうに嗤い続けるデュランダルに、クロトは静かな口調で言った。

 

「死ぬ前に、さっさとメサイアの落下を中止しろ。そうすれば世界は今より少しだけ平和になる」

「……私に協力しろというのかね?」

「アンタが本当にヒトの未来を想っているなら、な」

 

 このままメサイアが落下して壊滅的な被害をもたらせば、デュランダルの死で一時の平和が訪れる筈だった世界は再び混迷に包まれる。

 それがもしもデュランダルの本意だというなら、たった今自分達に語った言葉は単なる負け惜しみだとクロトは言った。

 なるほど厄介なヤツだ、とデュランダルは苦笑しながら小さく溜息を吐いた。

 

「残念ながら、メサイアの落下は阻止出来ない」

 

 メサイアに取り付いたストライクレイダー、ジャスティスは戦力の大部分を喪失しており、アカツキもメサイアを完全に破壊出来るほどの火力は有していない。

 そのため敗戦を悟ったデュランダルは、メサイアを加速させて地球から遠く離れた火星圏に逃走しようとしていたのだ。

 しかしアルの仕掛けていた隠しプログラムが作動し、フレアモーターの起動で強制的に軌道を変更されたメサイアは地球の引力に引かれ始めていた。

 それを解決する手段はメサイアの移動速度を上げるか、あるいは軌道を再修正するしかなかった。だがフレアモーターの起動と連動して起こった機械系統の異常で、メサイアは既に落下以外の選択肢を喪っていた。

 広大な司令室にデュランダルが1人残されていたのは、このままメサイアに残っていれば確実な死が待ち受けていたからだったのだ。

 

「…………」

 

 メサイアの置かれた現状を告げられたキラは、唇をぐっと噛み締めた。

 自由のために戦い続けるとデュランダルに宣言した直後に、まもなく行われる大虐殺を見ていることしか出来ない自分がどうしようもなく無力な存在に感じたからだ。

 

「そうか。……そういうことか」

 

 一方でクロトは、ぽろぽろと涙を溢れさせたキラを見詰めながら呟いた。

 そしていつの間にか背後に立っていたタリアとレイをその場に残すと、キラの手を引いて踵を返した。

 想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 〈102〉

 

 デュランダルからの通信が途絶えたことで、これ以上の戦闘継続は無意味だと判断したザフト軍は次々にラクスの停戦勧告を受諾し始めていた。

 しかし地球に最接近を果たしたメサイアは、遂に本格的な落下を始めていた。

 まもなく地球は壊滅し、唯一生き残ったプラントが世界を支配する。

 しかし深刻な出生率の低下問題を抱えているプラントは、そう遠くない未来に滅びてしまうだろう。かつて新たに生まれるだろう新人類と、旧人類との架け橋となる調整者として命名されたコーディネイターが皮肉にも人類に終止符を打つ。

 そんな世界の破滅が間近に迫っていた。

 誰もが絶望する中、メサイアの行く手に2機のモビルスーツが立ち塞がった。

 

 ──始めよう、キラ。

 

 そう囁いたクロトは唯一健在なストライクレイダーの左腕を掲げると、メサイアの後方に向かって一直線に加速しながら声を張り上げた。

 

『所属も、人種も、今は関係ない。僕達はみんな、この世界に生まれた1つの命なんだっ! だからみんな──』

 

 先程から停戦勧告を行っていたエターナルを中継基地に、モノクロームカラーの堕天使の叫びが木霊する。

 

『ストライクレイダーの元に集えッ!!』

 

 蒼い大型ウイングスラスターが猛烈な唸りを上げ、斜めに落下しているメサイアの軌道を押し上げるようにストライクレイダーは突撃した。大破した機体のあちこちに鈍い打撃音が響き渡り、関節部位からは紫電の光が漏れ出す。 

 そして片腕でメサイアを押し上げようとするストライクレイダーを支えるように、隣に取り付いたアカツキはウィングスラスターから光の翼を展開した。

 しかし落下を始めたメサイアは微動だにしない。

 たった2機のモビルスーツが押し上げるだけで、莫大な質量のメサイアの落下を阻止することなど出来ない。

 これでは単なる自殺行為だ。

 そんなクロトとキラが始めた行動に呆気に取られた両軍を嘲笑うかのように、後方から現れた日蝕を示す濃紺色と灰緑色のモビルスーツ(エクリプス)が取り付いた。

 

『ははッ! 何やってんだお前らァ!!』

『やっぱテメーはとんでもねー馬鹿だぜ!!』

 

 オルガとシャニが加わった直後に、白と黒のグフイグナイテッドに挟まれる形で、オーブ軍の残存部隊を引き連れたジャスティスが姿を現した。

 

『動ける連中は全員連れて来たぞ! まさかお前まで来るとはな、イザーク!』

『それはこっちの台詞だ! アスラン貴様ァ、いつのまに出世した!?』

『グレイトォ! オーブ軍だけにいい思いはさせないぜ!』

 

 ジャスティスは両脚のビームブレイドを突き刺して機体を安定させると、この場で唯一搭載されているハイパーデュートリオンエンジンを全開で稼働させた。

 その付近では3機のドムトルーパーが陣形を組んでいる。

 メサイアの落下を阻止しようとしているクロトとキラを援護するため、歌姫の騎士団とジュール隊が一同に集結したのだ。

 

『地球が駄目になるかどうかなんだ! やってみる価値はあるぞ!! そのさっきから五月蠅いヤツも手伝わせろ!!』

 

 カナードに連行され、先程から周辺宙域を彷徨っていたイアンに加えて軌道の再計算を行っていたアズラエルまでもがメサイアの外壁に取り付いた。

 

『もう一度計算してみたが──うわああああ!?』

 

 機体の制御を乱したアズラエルがコクピットの中で絶叫する中、地上から上がってきた銀色のモビルスーツが戦列に加わる。

 

『はははははっ! 久しぶりだな!!』

『誰だ!?』

『ク、クルーゼ隊長!?』

『クルーゼ!? いったい何をしに来た!!』

『今の私はネオ・ロアノーク大佐だよ、ムウ!!』

 

 トール、ニコル、ムウの3人が思わぬ人物の登場にそれぞれ困惑する中、補助推進器を切り離したネオはメサイアの外壁にビームブレイドを突き立てながら押し出し始める。

 そんなガイアを追うかのように、地上から押し寄せたモビルスーツが次々取り付いた。

 

『そうだ! コズミック・イラの正義は我々にある!!』

『蒼き清浄なる世界のためにィ!!』

『盟主殿に続け!! レイダーを援護しろ!!』

 

 その圧倒的な数の暴力を受けて、どれだけ押し上げようとしても全く様子の変わらなかったメサイアの軌道が徐々に緩やかなものに変わり始めた。

 

『ローエングリン、撃てッ!』

『全砲門開け!! ゴットフリート、撃てぇ!』

 

 メサイアの端を掠めるように、ようやく合流を果たしたオーブ軍と第八艦隊の合同部隊が一斉射撃を行った。

 アークエンジェル、ドミニオンからの猛烈な砲撃を受ける度にメサイアの外壁が大きく削り取られ、更に軌道が上向きに変化する。

 しかし地球の重力を振り切るには僅かに速度が足りておらず、メサイアの軌道は地上と平行移動する形で維持されてしまう。

 

『このままではまずいぞ! ルナマリア!!』

『分かってるわよ!! こんな時にアイツはどこにいったの!?』

 

 外の様子を見て司令室から飛び出したレイと、その姿を確認したルナマリアがそれぞれカオスとザクウォーリアで加勢するが、それでもメサイアの軌道は変わらない。

 これではそれぞれのモビルスーツに内蔵されている推進剤が尽きれば、再びメサイアの落下が始まってしまう。

 駆け付けた者達の中には断熱圧縮と過負荷の影響を受けて、弾薬に引火して自爆するモビルスーツも現れ始めた。

 ようやく灯った希望の灯火が消えようとした瞬間、混迷の闇を切り裂く光の翼を展開したインパルスが姿を現した。

 シンは唇を噛み締め、無数のモビルスーツに囲まれながらメサイアを押し出そうとしているストライクレイダーを睨み付けた。

 過去を守るのが間違いで、今の現実を守ることだけが正しいとは思えない。

 だから俺は今度こそ過去も、現実も、この手で守りたい。シンは咆哮と共に、かつての愛機であるインパルスを加速させる。

 

『アンタって人はああああ!!!』

 

 コアスプレンダー、チェストフライヤー、レッグフライヤーの全てが大気圏内における単独飛行能力を有しており、デスティニーシルエット採用時はサードステージ相当の驚異的な推力を誇るインパルスが強烈な突進を加えた。

 機体全体に激しい衝撃が走り、シンの意識は一瞬消失した。

 その一撃で遂に安定速度に到達したメサイアは、地球の重力を振り切って徐々に離れ始めた。

 やがて自爆装置を作動させたメサイアは、その動力源である核原子炉を暴走させて大爆発を起こし、世界を混迷に誘おうとしていた脅威を喪失させた。

 

『こちらはエターナル。ラクス・ディノです。ザフト軍、現最高司令官に申し上げます。わたくしどもはこの宙域での戦闘継続は無意味と考え、それを望みません。どうか現時点をもっての両軍の停止に同意願います。繰り返し──』

 

 ラクスの行った停戦申し入れに対して、ゴンドワナに乗艦していたザフト軍司令官は受諾の意思を示した。

 更にミネルバに戻ったタリア・グラディスと、唯一健在だったコンクルーダーズの構成員であるハイネ・ヴェステンフルスが同調の意思を示した。

 停戦協議に向けて、既にオーブとプラントの非戦派が水面下で動き始めている。

 しかし先の大戦のように停戦条約を結ぶだけでは、今回起こった一連の事態は収まらないだろう。ラクスの戦いはこれからが本番なのだ。

 しかしそんなことは、目の前に起こった悲劇の前では些細なことだった。

 

「キラ……! クロト様……!」

 

 ラクスの瞳から零れた涙が、宙を舞った。

 モニター画面に表示されているモビルスーツの中に、ストライクレイダーとアカツキの姿がどこにもなかったのだ。




という訳でクロトくんとキラちゃんはメサイア落下阻止と引き換えに、ヴォワチュールリュミエールの光に呑み込まれて細胞一つ残さず消滅しました。(大嘘

シンくんもデスティニーインパルスは伊達じゃない!を決めてくれたしまぁいいんじゃないでしょうか。

次回は種運命編の最終話予定です。エピローグもやるので、もう少し続きますが。


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選んだ未来

 〈103〉

 

 シンは断熱圧縮と過負荷で傷付いたインパルスを翻し、光の翼とビームシールドを展開しながら一気に大気圏を突破する。

 

『くっ……!』

 

 頑丈なコクピットとパイロットスーツで守られているにも関わらず、突入の際に生じた高熱がシンを襲った。

 シンは目も開けていられないような苦痛に耐えながら、視界の先にストライクレイダーとアカツキの姿を捉えた。

 鮮やかなモノクロームカラーだったストライクレイダーの装甲は灰色に変わり、眩い光を放っていたアカツキのウィングスラスターは沈黙している。

 バッテリーと推進剤が尽きたストライクレイダーとアカツキは、地球の引力に引かれて静かに落下していたのだ。

 全てが終わったら話したいと思っていた。シンがストライクレイダーとアカツキの落下に誰よりも早く気付いたのは、単なる偶然ではなかった。

 

『シン!!』

 

 レイの焦燥する声がコクピットで鳴り響く。

 遥か後方ではインパルスを追い掛けるカオスやガイアの反応が確認出来たが、もはや到底追い付く位置ではなかった。

 シンはインパルスを全力で加速させるが、徐々に落下速度を増していくストライクレイダーとアカツキとの距離は容易に縮まらない。

 

『こんな……! こんな最期でいいのかよ、アンタ達は!!』

 

 シンは切迫した声で叫んだ。

 大量破壊兵器ネオ・ジェネシスの沈黙を契機に起こった機動要塞メサイアの落下は、地球上に壊滅的な被害をもたらす筈だった。

 そんな自分達の起こした暴挙を阻止するため、奇跡を起こすことに成功した2人が非業の死を遂げる。そんなことは世界が許したとしても俺が許さない。

 シンは操縦桿を握る手と、ペダルを踏む足に力を込めた。

 インパルスのフレームに強烈な負荷が掛かり、コクピットに嫌な振動が走る。このまま空中で分解してしまいそうな感覚に襲われながら、なおもシンは機体を加速させる。

 

『くっ──』

 

 遂に蒼い海面が見え始めた。

 ここはオーブ本島付近の領海だが、自分達の救援に駆け付けようとしているのだろう青と赤のモビルスーツの姿はまだ遠かった。

 このまま海面に勢いよく叩き付けられたら、大破したストライクレイダーの弾薬が衝撃で引火して自爆するのは明白だった。

 伸ばした腕が空を切り、インパルスの体勢が大きく乱れる。

 これが正真正銘最後のチャンスだ。

 運命を切り開け。シンは強く念じながら無我夢中で機体を立て直すと、再度アカツキに向かって一直線に腕を伸ばした。

 

『!!』

 

 そして停止したストライクレイダーを羽交い締めしながら落下していたアカツキの腕を掴んだ瞬間、シンは全てのスラスターを逆噴射して急制動を掛けた。

 身体中に強烈な負荷が掛かり、シンの視界に赤い霞が掛かる。

 インパルスはみるみる落下速度を減少させるが、加速したモビルスーツ3機の重量を支え切れず海面に落水する。

 真下から襲って来た衝撃に骨が軋み、内臓が圧縮されるような感覚に包まれる。

 シンが機体を反射的に自動操縦へ切り替えると、駆け付けて来た2機のモビルスーツが水没を始めていたストライクレイダーとアカツキを引き上げた。

 

「……どうして……キラさんが……?」

 

 シンは薄れゆく意識の中で、誰に問うでもなく小声で呟いた。

 それは中破したアカツキのコクピットハッチから姿を覗かせている少女が、以前にマユを預けたキラ・ヤマトのものだったからだ。

 そんな脳裏に浮かんだ疑問が解決することはなく、シンの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 落下の衝撃で意識を取り戻したキラは、やっとのことでハッチを開いた。まるで灼熱地獄のようなアカツキのコクピットに、清涼な潮風が吹き込んで来る。

 

「カガリ……」

 

 視界の遠く先には、オーブ本土がうっすらと映っている。

 モルゲンレーテから飛んで来たストライクルージュに抱えられた状態で、金色の装甲と純白の翼を喪ったアカツキがオーブの海を漂っていた。

 その隣では大破して全身が焼け焦げたストライクレイダーが、同じくモルゲンレーテで保管されている筈のアビスに支えられて海を漂っている。

 

「良かった! お前は無事かっ! そっちはどうだ!?」

「反応が……反応がない……!」

 

 キラは目の前でホバリングしたまま動かないインパルスと、スピーカーから伝わって来るカガリとステラの声を聞き、自分が彼女達に救助されたことを理解した。

 瞳から大粒の涙を流しながら、アビスのコクピットから飛び出したステラがストライクレイダーのコクピットを叩きながら叫んでいる。

 我に返ったキラは慌てて身を乗り出すと、ステラの隣に向かって跳んだ。

 

「これは……!」

 

 少し先に落下したことで、結果的にアカツキの盾になるような形で大気圏突入を果たしたストライクレイダーの受けた損傷は甚大だった。

 爆薬が引火を逃れていたのが、ただただ奇跡としか言いようがなかった。

 それでも一秒でも早く救助しなければ、クロトの命が尽きてしまう。キラは緊急開閉用のハンドルに手を掛け、沈黙しているストライクレイダーのハッチを開こうとした。

 

「ぐっ……!」

 

 何かが焦げるような嫌な匂いがキラを襲った。耐熱性のパイロットスーツを付けているにもかかわらず、大気圏突入で酷く熱せられた装甲がキラの両手を蝕んだのだ。

 だけど、こんなものは痛くない。

 キラは火傷に構わず、ハンドルを握り込んだ両手に力を込めた。すると空気の抜けるような音と共にハンドルが回り、やがてコクピットハッチがゆっくりと開いた。

 

「クロト!!」

 

 目の前に広がっている光景に、キラは思わず叫んだ。

 灼熱地獄だったアカツキの中が天国に感じられる程の猛烈な熱気に晒されながら、クロトはシートに背を預けた体勢のまま沈黙していたのだ。

 キラは無我夢中でストライクレイダーの中からクロトの身体を引っ張り出すと、衝撃で割れてしまったらしいヘルメットを脱がせた。

 うっすらと脈はある。微かに呼吸もしている。

 キラはクロトの頭にステラから受け取った冷水を掛けると、涙混じりの声でパイロットスーツを出血で真紅に染めている少年の名を一心に呼び続けた。

 

「……キラ……」

 

 少女の悲痛な叫びに、意識を取り戻したクロトは掠れた声で応えた。

 身体中に激しい痛みが走り、視界は薄暗いままだった。

 だけど僕は生きている。全てが朦朧とする意識の中で、クロトは涙で頬を濡らしているキラに笑いかけた。

 

「僕は……大丈夫だ……」

 

 クロトは唯一動く右腕を伸ばすと、互いに肩を抱きながら唇を重ね合う。

 オーブ軍。連合軍。ザフト軍。

 メサイア落下の阻止と引き換えに散っていった多くの仲間達に、先程まで敵だったにも関わらず命賭けで協力してくれた者達に、クロトは無言で祈りを捧げた。

 アーモリーワン事変の陰謀に始まり、ブレイク・ザ・ワールドとその報復に行われたフォックストロット・ノベンバーを契機に始まった今回の大戦が、遂に終わったのだ。

 クロトは3人と向かい合うと、力強い口調で告げた。

 

「みんなで帰ろう、僕達の世界に──」

 

 〈104〉

 

 こうして後に第2次連合・プラント大戦と呼ばれる世界大戦は幕を閉じた。

 地球連合・プラントの両陣営がブレイク・ザ・ワールドで被災した地域の救援と同時並行しながらの戦争だったことや、デュランダルが地球連合の内部分裂を狙って反ロゴス同盟軍を結成したこと。

 以上の2点から第1次大戦とは異なり、ナチュラルとコーディネイターによる絶滅戦争には発展しなかったものの、戦争の契機となったブレイク・ザ・ワールド、プラントが世界各地で支援した反連合運動、サイクロプスやネオ・ジェネシスなどの大量破壊兵器の投入によって両陣営に前大戦を上回る犠牲者をもたらす結果となった。

 機動要塞メサイアに搭載された大量破壊兵器ネオ・ジェネシスで運命計画に反対するオーブ本国を撃とうとしたザフト軍と、それを阻止するためオーブ・連合軍が発動したオペレーション・アポカリプスが最後の大規模な戦闘となった。

 オーブ軍の攻撃とフリーダムの核爆発を受けたネオ・ジェネシスは大破し、地球に落下する筈だったメサイアは“メサイア・ショック”と呼ばれる両陣営の奮闘で阻止され、最終的にメサイアの自爆とデュランダルの死により、戦闘継続は無意味と判断したザフト軍が停戦勧告を受諾したことで戦闘は終了した。

 オーブとプラントは停戦協定を締結し、事実上の終戦が訪れると同時にデュランダルが全世界に導入を強硬しようとした運命計画はデュランダルの死とそれを実行する遺伝子の管理・分析施設が設置されたメサイアが喪われたことで中止となった。

 先の大戦を終わらせた2人の英雄“フリーダム”と“レイダー”が再び両陣営に分かれて繰り広げた死闘とその結末が、コズミック・イラに奇跡をもたらしたなどとお伽噺のような内容が、世間ではまことしやかに噂されている。

 一方で自らも“メサイア・ショック”に参加したことで一躍話題となったムルタ・アズラエルが、それぞれの陣営で今回の大戦を主導したロード・ジブリール、ギルバート・デュランダル両名の打倒に大きく貢献したことが公表された。

 またアズラエルが“一族”“ライブラリアン”といったロゴス誕生以前から世界を秘密裏に操作していた秘密結社の存在を突き止め、それを壊滅させたことも明らかになった。

 かつて“生体CPU”“戦闘用コーディネイター”など、地球連合軍とブルーコスモスが共同で行っていた非人道的な人体実験の出資者だと公表されたことで失墜した平和の使者は、こうして再び世界の救世主となった。

 

「てっきり、君はギルバートと運命を共にしたんだと思っていたよ」

 

 漆黒の仮面をテーブルに置いた男が、来客した女性に苦笑しながら言った。

 それは再びブルーコスモス盟主の座を捨て、新たな組織を立ち上げたムルタ・アズラエルの右腕として活動する“ラウ・ロアノーク”と自称する男だった。

 

「私も最初はそうするつもりだったわ。……でも、あの人に貴方とレイに伝えて欲しいことがあるって頼まれたから」

 

 元グラディス隊の隊長──タリア・グラディスは淡々と言った。

 デュランダルの関係者として拘束されていたタリアだったが、デュランダルの陰謀に関与していなかったことが証明されたことで釈放され、わざわざラウの居る地球までやって来たのだ。

 

「……貴方とレイの寿命は、人とそう変わらないだろうって」

「?」

 

 タリアの告げた内容が理解出来ず、ラウは無言で首を傾げた。

 ラウとレイはアルの体細胞で生み出されたクローンであるが故に、寿命を示すテロメア因子が一般人と比較して縮小している。

 だからこそラウはアルの才能を忠実に再現した後継者として作られながら、オリジナルと寿命が同じ失敗作として捨てられたのだ。

 

あの人(アル)の遺伝子を解析して分かったんだって。貴方やレイを苦しめていたのは、不完全なクローニングが原因で発症した遺伝子疾患。……だから近い将来、何らかの治療方法が開発されるかもしれないって」

 

 ただただ沈黙しているラウを、タリアは可笑しそうに眺めた。

 

「馬鹿みたいよね。レイにも薬は止めろって言っておいたわ。無理に細胞分裂を遅らせて病気になったら、それこそ長生き出来ないって」

 

 他ならぬ遺伝子学の権威として、議長に就任してからも常に世界最先端の遺伝子研究を行っていたデュランダルの言葉だ。

 復活したアルと手を組み、ライブラリアンが保有していた特定の人間を遺伝子単位で忠実に再現する“複写人間”の技術を運命計画に取り入れようとしていた程の研究肌だった男が、タリアを生かすためにと適当な嘘を伝えるとは思えなかった。

 

「そうか……」

 

 ラウは手元のダストボックスに薬剤ケースを投げ込むと、溜息を漏らした。

 どうやらデュランダルは最期の最期に愛する女性と心中するよりも、自分とレイに希望を持てと言いたかったらしい。

 これが優秀な遺伝子学者でありながら、たった1人の心が手に入らなかったことで世界に革命を起こそうとした悪友なりの贖罪なのだろう。

 ラウは苦笑すると、部屋から退出しようとしたタリアに呼び掛けた。

 

「今後のアテはあるのか?」

「ないわよ。だけどウィリアムもいるし、落ち込んでばかりもいられないわ」

 

 第2次大戦後、これまで義勇軍だったため軍紀違反が常態化していたザフトは正式に正規軍として扱われるようになり、他国と同様に階級制を導入した。

 同時に行われたザフトの再編成で、デュランダル派を中心に大勢の者達がザフトを退役した。

 それらの不穏分子は戦後のプラント体制に不満を抱いており、世界各地で秘密裏にテロ活動を計画しているらしい。

 ウィリアムとの時間を増やすために第一線から身を引き、比較的安全な後方勤務に転属することが叶ったとはいえ、タリア・グラディスに平穏な日々が訪れるのはまだまだ先になりそうだった。

 

「ところで、貴方は“ラウ”の名前を嫌っていると思ってたけど。いったいどういう風の吹き回しなのかしら?」

 

 古来からアズラエル財団が後援していた環境保護団体“ブルーコスモス”。

 反コーディネイターを表明したことで注目を集め、後に旧宗教の原理主義者を取り込みながら“蒼き清浄なる世界のために”をスローガンに政治活動どころかテロ行為まで実行するようになり、後にロゴスの支援を受けて各国の政財界・軍部にまで影響力を拡大した思想主義集団。

 一時はロゴス告発で勢力を弱めていたものの、デュランダルの悪事が白日の下に晒されたことで再び勢いを取り戻したブルーコスモスは、ジブリールを打倒して盟主に再任したアズラエルであろうと制御不能な武装集団に戻りつつあった。

 その難題を解決するためにラウがアズラエルに提案したのが、反ブルーコスモスをお題目に掲げた新組織を新たに結成することだった。

 

「それはもちろん、名前と被っているからだよ」

 

 Neo Blue Cosmos──“ネオ・ブルーコスモス”。

 ブルーコスモスの原点に立ち戻り、陣営・種族を超えて地球環境の保護・保全活動を行うことを目的に設立されたその組織は、初代盟主に就任したムルタ・アズラエルを支持する大西洋連邦人達を中心に、様々な陣営から多くの人々が集まった。

 結果的に戦後圧倒的な経済力を用いて勢力圏の拡大を企んでいた大西洋連邦は国力を二分化されることになり、戦後政治の方針転換を迫られることになったのだ。

 

「あの人の魂が迎えに来るまで、私も頑張らないとね」

 

 ほんの少し寂しさを漂わせた口調で、タリアはぼそりと呟いた。

 

 〈105〉

 

 オノゴロ島の片隅に、オーブ解放作戦で犠牲になった者達の霊魂を慰留するための慰霊碑が建立されている。

 かつては鮮やかな花々で彩られていた慰霊碑も、オペレーション・ヒューリーの余波を受けて荒れ果てた場所に変貌していた。

 クロトはそんな慰霊碑跡地に用意していた花束を飾り付けると、()()()()()()犠牲者達の安らかな眠りを祈った。

 

「本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。君の顔がよく見える」

 

 キラの言葉に、クロトは先日見えるようになったばかりの片目を擦りながら苦笑した。

 その後再び意識を喪ったクロトは駆け付けたオーブ軍に緊急搬送され、容態が安定するまでの間入院していたのだが、とある組織の暗躍で世界は再び混迷を迎えていた。

 その名は“ファウンデーション”。

 莫大な資金力と世界最高峰の科学技術を用いて、太古の時代から世界を操っていたロゴスや一族を喪い、今もなお混乱の最中にある世界の覇権を一手に握ろうとしている強大な組織の戦いが始まろうとしているのだ。

 そんな組織の暗躍に対抗するため、戦後ターミナルの構成員を中心に結成された独立調停機関“コンパス”は、世界各国から選抜した者達を招集していた。

 かつてストライクレイダーに乗り、先の戦争で奇跡を起こしたクロトにコンパスが白羽の矢を立てたのは偶然などではなく必然だった。

 新たな自由を守るための戦いが、再び始まろうとしていたのだ。

 

「……アンタも来てたのか」

 

 背後から投げ掛けられた声に、クロトはゆっくりと振り向いた。

 すると両目の視力が先日回復したマユとルナマリアを伴い、何かを言いたそうな表情をしたシンが立っていた。

 視線を向けられたキラは首を傾げるが、何かを察したクロトは静かに口を開いた。

 

「キラは……フリーダムのパイロットだ」

「ええっ!?」

 

 あまりにも予想外な回答に、ルナマリアは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 第1次大戦で伝説的な活躍を残したフリーダムのパイロットは、再び争い始めた人類に深く絶望し、ギルバート・デュランダルの信奉者として世界を破滅させようとしたと一般には広く語られているからだ。

 一方でシンはそんな気がしていた、とばかりに自嘲するような声で言った。

 

「……俺が、間違ってたってことですか?」

 

 自分達はデュランダルの陰謀に何一つ気付かず最後まで戦い続け、数え切れないほどの命を犠牲にしてしまった。

 今から思えば、不幸な流れ弾だったのだろう。

 オーブ解放作戦でクロトが手に掛けた数以上に、自分はオペレーション・フューリーで多くの罪無き命を奪ってしまった。

 自分は何もかも間違っていて、目の前の2人は正しいのだ。そんなシンの嗚咽混じりの問い掛けに、クロトは静かな口調で答えた。

 

「何が正しかったのかは、誰にも分からない。僕達に出来るのは、本当に守りたいものために戦うことだけだ」

 

 自然と伝わる想いにシンの手が伸び、クロトの差し出した手を握った。自分と何一つ変わらないその感触に、前に進めと誰かから背中を押されたような気がした。

 クロトは蒼い空を見上げながら、もう片方の手を差し出してシンと固い握手を交わした。

 デュランダルが示した、遺伝子で全てを決定する社会システムの提唱は今後も世界で大いに波紋を広げ続けるだろう。

 それぞれが生まれ持った遺伝子──“運命”に従うこと。

 それは遺伝子至上主義と人種差別が蔓延するこのコズミック・イラにおいて、一つの解答と成り得ることは否定出来ない事実だった。

 それを実行しようとしたデュランダルを打倒したことで訪れた平和は、ほんの僅かな期間で終わってしまうのかもしれない。

 そんなデュランダルを利用し、コズミック・イラを一新しようとしていたアル・ダ・フラガには、今後世界に訪れる滅びの未来が見えていたのかもしれない。

 それでも──それでも今を生きる者として。

 安寧の運命を否定し、混沌の自由を選んだ者として。

 再び混迷の闇に進むだろう世界を守るために、これからも戦い続けよう。

 強い思いが沸き上がって来るのを感じ、クロトはキラと顔を見合わせながら微笑した。

 

「いくら吹き飛ばされても、花を植えよう。僕達の手で」




これにて種運命編は完結です。

種編で自由を手に入れたクロトが種運命編を通じて自由な世界を守るために戦い続けることを決意する、構図としては極めてシンプルですね。

最後に登場した4機はそれぞれ水星の魔女でも話題になったサムシング・フォーの要素を取り入れています。

Something Old=ストライクルージュ
Something New=ストライクレイダー
Something Borrowed=アカツキ
Something Blue=アビス

慰霊碑でのラストシーンも、ナチュラルが加わることが出来たのは良かったと思います。

あとがき、劇場版に続く日常編、劇場版編の執筆予定もありますので、これからもお付き合いくださいませ。


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その他 -SEED DESTINY編-
あとがき & 支援絵まとめ


本話は完結した種運命編、および続編予定となる劇場版編のネタバレを大いに含みます。

あらかじめご注意ください。


【はじめに】

 

 なんと種編に引き続き、種運命編も完結することが出来ました。これも全ては皆様の温かいご声援のおかげです。本当にありがとうございます。

 

【制作秘話】

 

 種編において、逆行し世界を憎んでいたクロトがこの世界線では少女に変わったキラと出会い、自由を手に入れるまでを描いた物語でした。

 

 続編となる種運命編のテーマはそんなクロトが己の存在証明を賭けて自由を守るために戦う、でした。

 

 クロトは種編で自由を手に入れたものの、自分はキラに何もしてあげられないという無力感、自分はここに居ていいんだろうかという罪悪感に悩まされていました。

 

 そんなクロトが再び陰謀に巻き込まれ、キラを、オーブを、そして世界を守るために戦う……というのが物語の軸です。

 

 種編では当初キラを主人公として考えていたこともあり、キラがフリーダムを入手してからはラウと対峙するまで影が薄くなってしまったクロトですが、種運命編ではこのテーマと向き合うため基本的にクロト視点で物語を進行させました。

 

【ストーリー】

 

 当初はラクス・クライン襲撃事件でキラが拉致され、クロトが一人で武力介入を行う展開を考えていましたが、上記のテーマと合致しないので断念しました。

 原作との大きな相違点は以下の内容です。

 

①ムルタ・アズラエルの存命

 

 結果的にプラントと和平を結ぶ立役者になってしまったアズラエルはブルーコスモス盟主の座を追われ、ジブリールと深刻な対立関係に陥りました。

 また裏切り者のクロトを始末しようと暗躍していますが、クロトは大々的に連合軍を裏切った訳ではないので連合内部にファンが多数おり、上手くいかなかったようです。

 アズラエルパートだけコメディになるのは謎です。

 

②ロアノーク隊のメンバー変更

 

 種編のラストシーンを現在の形に決めた時点で、ネオの枠は奇跡的に生き延びたラウが務めることに決定しました。

 またステラの穴埋めとして、当初はラウにガイアのパイロットを兼任させる形で考えていましたが、カナードちゃんという天啓が降りてきたので採用しました。

 序盤は原作と同様、オーブ軍を引かせるためとはいえ闇雲に武力介入を行っていたクロトに生体CPUを解放する、という明確な方針を与える立ち位置なので重要です。

 

③レイ・ザ・バレルの離反

 

 せっかくラウやカナードちゃんがロアノーク隊にいるなら、二次創作でも不遇なことが多いレイを離反させようと思いました。

 本作ではアスランがザフトに復帰出来なかった都合上、ついでにセイバーのパイロットに就任しました。

 結果的にセイバーでストライクに惨敗したり、カオスでデスティニーを完封したりとおもしれー男になりました。

 

④アル・ダ・フラガの復活

 

 意外かもしれませんが、完全に思い付きです。(だから予告で一切言及してません)

 

 レイを裏切らせる都合上、当初もう1人のレイみたいな追加要員を考えていたのですが、この人を復活させたらいいことに気付いたので急遽登場しました。

 ちなみに『VS ASTRAY』に登場する方のプレアを素体にマティスがアルを複写した存在です。

 初期形態は一応プレアが素体なので対カナードちゃんはデバフが掛かりますが、カナードちゃんはゆりかごで忘れているので覚えていません。正直この設定は不要だったかも。

 

 この人を登場させることを思い付いた結果、シンがラスボスとして最後まで立ち塞がったり、アスランが裏切ったりする誰得展開が消滅したので助かりました。

 

 ラウのオリジナルだから性能はいくら盛っても許されるし、コズミック・イラでも最上位のヤバい人なので戦えないデュランダルの代わりにラスボスを努めてもらいました。

 

⑤アスラン

 

 当初はラスボス候補でしたが、この世界線で裏切ったらその後何をしても許されないだろ……と思ったので期待を裏切ってオーブに留まりました。

 その結果、キラの代わりに准将に就任することになりました。

 話に緊張感がなくなるのでラクスと共に終盤まで離脱していましたが、復帰戦でハイネデスティニーを手加減しながら瞬殺したりとなんかバグみたいなことをしてます。

 

 気付けばラクスに外堀を埋められました。アスランのキラって寝言を聞きましたわ!!

 

⑥シン

 

 アスランと同じくラスボス候補でしたが、最終的にアルの投入を思い付いたことでライバルの立ち位置になりました。

 本作では仇敵と認識しているクロトと戦っている間は辛うじて戦意を保っていますが、事情を知るレイが敵に回ったら一気にメンタルが崩壊してしまう……という流れです。

 ステラ関連の描写を行うかどうかは最後まで迷いましたが、あれは不幸な流れ弾だったと思ってる方が収まりがいいのでこうなりました。

 

⑦キラ

 

 ストライクでセイバーを瞬殺、敵のビームを反射して無力化するなど完璧で究極のヒロインでした。

 ストライクレイダーのOSを作成する、クロトやマユの視力を回復させるなど、水面下でやってる事は一番多いです。

 種運命編のテーマ上、やや影が薄くなりましたが要所要所でクロトを支えるヒロインとして活躍してくれたと思います。

 

 准将&白服の役割から解放された上に、表向きフリーダムのパイロットは戦死したことになったので精神的には楽ですね。

 

 果たして劇場版編ではどうなってしまうのか……?

 

【モビルスーツ】

 

 ここまで決定したことで、それぞれの勢力にオリジナルモビルスーツの設定を行いました。

 クロトが最終的にストライクレイダーに乗ることは早々に決定していて続編を考え始めたタイミングから考えていたので、それ以外のモビルスーツですね。

 

 まずはアルがレジェンドに乗ることはないと思ったので、ザフト版のストライクフリーダムを設定しました。

 

 フリーダムを敵にするのはどうなのかと思いましたが、種編では不完全燃焼に終わったレイダーVSフリーダムも実現するので、結果的に妥当なところだったかもしれません。

 

 あとはアカツキにキラ専用のオリジナルストライカー、前半はアスラン、後半はカナードのモビルスーツとしてアカツキの兄弟機を設定しました。

 

 そしてストライクに対するウィンダムのような、制式レイダーの次世代機である量産型レイダーですね。

 

 なお原作ではメインキャラの機体は核動力ですが、本作ではクロト、キラの2人はバッテリーを採用しています。

 作劇的には核動力モビルスーツだと最後の落下イベントが発生しないからなのは内緒です。(自白)

 

【続編について】

 

 シナリオ上で余程の問題がない限り、逆襲のクロトにおいても劇場版編もやる予定です。

 流石に復活のアルとか逆襲のラウだったら困りますが。それまでは不定期で日常編を更新予定です。

 

【あのキャラのその後】

 

※劇場版編で登場させる予定のキャラは記載していません。

 

【アウル・ニーダ】&【スティング・オークレー】

 

 ステラと共に学校に通っている。夢はバスケット選手。

 

【ロード・ジブリール】

 

 裁判中。ブルーコスモスはもちろん、ロゴスも含めて罪状が多過ぎるので相当の年月が掛かるらしい。

 

【リリス・アズラエル】

 

 大西洋連邦に帰国。最近オーブに留学したいと言い始めた。

 

【最後に】

 

 冒頭でも書きましたが本作が種運命編完結まで漕ぎ着けることが出来たのは、ひとえに皆様の暖かい応援のお陰です。本当にありがとうございました。

 

【支援絵】

パイスー姿のキラちゃん

【挿絵表示】

 

ミーア衣装のキラちゃん

【挿絵表示】

 

キラちゃん&カナードちゃん

【挿絵表示】

 

ひとときの休戦 挿絵

【挿絵表示】

 

ストライクレイダー

【挿絵表示】

 




活動報告で日常編のオーダーを募集しています。お気軽にどうぞ。


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閃光のシャニ -Watch Out! Watch Out!-




 〈1〉

 

「うぜぇ──……」

 

 少年は呟きながら舌打ちした。

 充電の切れたイヤホンのバッテリーを交換して音量を最大に設定すると、コクピットの中で激しい重低音が響き渡る。

 無造作に伸びたエメラルドの髪に、右は紫、左は金に輝くオッドアイ。

 外務省の予算を一部拝借して用意された鮮やかな“O・D・R”の刻印が刻まれた専用のパイロットスーツ。

 やがてその内ポケットにイヤホンを放り込むと、脇に置かれていたヘルメットを被った。

 第一種警戒待機中に音楽を聴いていたことで生真面目な上官に叱られる確率は100%超えだったが、今はどうでもよかった。

 これからプラントの要人の身柄を預かり、オーブまで送り届けることも。

 その要人がとあるテロリストに狙われていることも。

 それでも機密保持の為に、単独で任務を遂行する必要があることも、今のシャニにとっては些細なことだった。

 ──そういえばニュートロン・スタンピーダーってどうなったんだ。

 あんなのがあるのに危険な核動力モビルスーツを造る理由があるのだろうか。大音量で音楽を流しながら、シャニは呑気に鼻歌を歌っていた。

 

『本部より“鴉”へ。本部より“鴉”へ。歌姫が到着したわ』

 

 そんなシャニは、護衛対象が大使館に到着したことが秘匿回線で告げられる。

 先程から頻繁に起こっている電波障害でノイズ混じりの通信に、シャニはあからさまに不愉快そうな声を上げた。

 

『本当に来るのかよ、件のテロリストは?』

『さあね。でも旧デュランダル派が彼女を見逃すとは思えないわ。この電波障害も彼等の仕業でしょうし』

 

 シャニは呆れたように溜息を吐いた。

 

『そこまで分かってるなら、テメーらでなんとかしろよ』

 

 そんなシャニの言葉に、ミヤビは淡々とプラントの置かれた現状を告げる。

 

『しょうがないわ。誰だって同士討ちは避けたいものね』

『ハッ。軍人ごっこの連中に期待するだけ無駄ってか』

 

 現在プラントに潜伏しているテロリストの大半は、前プラント最高評議会議長のギルバート・デュランダルを支持する者達だ。

 前大戦時において、デュランダルは反連合を掲げるナチュラル陣営からも幅広い支持を集めたプラントの中心的存在だった。

 しかしその実態は遺伝子至上主義を掲げて地球圏に甚大な被害をもたらした上に、ブレイク・ザ・ワールドにも関与した可能性が高いという事実が明るみになった。

 そんなデュランダルの支持者として戦後大いに批判を受けた彼等はザフトを脱走し、今も運命計画の導入を企んで水面下で反政府活動を続けていると言われている。

 その根絶は一向に進んでおらず、それどころか停戦条約の締結に反発した一部の国民や政治家をも巻き込み、むしろ勢力を拡大しているらしい。

 ブレイク・ザ・ワールド、ロゴス告発で地球経済が壊滅する中、唯一難を逃れたプラントが戦後の主導的な立場を担うべきだ、と考える者は少なからずいたのだ。

 今回現れた“抑止力”もそんなテロリストの1人だった。

 プラントとオーブの停戦条約に尽力したラクスの存在がなければ、今頃プラントは国家存亡の危機に立たされていただろうに、とシャニは冷ややかに嗤った。

 

『そういう言い方しないの。その五月蠅いオモチャを取り上げてもいいのよ?』

『オモチャじゃねーよ。これでも安っすい給料の大半を……』

 

 シャニが言い返そうとした瞬間、視界の先で爆音が響いた。コロニーの外壁に穴が空き、即座に緊急警報が流れる。スピーカーから流れるミヤビの声に緊張が走った。

 

『“(アンドラス)”! 緊急出撃! 繰り返す! “(アンドラス)”! 緊急出撃!』

 

 現場の状況と位置情報がモニターに表示され、搭載された武器のロックが解除される。

 同時に機体を覆い隠していた光学迷彩(ミラージュコロイド・ステルス)が解除され、広大なオーブ大使館の敷地内に突如モビルスーツが出現した。

 そのモビルスーツに電力を供給していたケーブルが抜かれると、機体を覆っている灰色の装甲板が鮮やかなカーキ色に変化する。

 型式番号“MVF-X08-F”──通称“フォビドゥンエクリプス”。

 オーブ国際救助隊が保有する可変モビルスーツに、偶然パイロットに選定されたシャニの搭乗機だった“禁忌(フォビドゥン)”に着想を得た専用ストライカーを搭載した機体が唸りを上げて跳躍する。

 そして前方から現れた紺色の機体が放ったビームを、バックパック両側に取り付けた金色の可動式鏡面装甲で受け止めた。

 目標のモビルスーツに向かって反射されたビームは、その機体のコクピット部分のど真ん中に命中する。

 シャニは楽な仕事だ、と欠伸を噛み殺した。

 すると──。

 掠り傷1つ存在しない紺色のモビルスーツが距離を詰めながら、何事もなかったかのように引き金を引いた。

 

『危ないッ!』

 

 ミヤビの悲鳴と同時に、シャニは地面を蹴って敵の放ったビームを回避した。

 後方に停車していた大使館職員達の車両が流れ弾を受けて吹き飛び、メカニックが退避して無人になったドッグに着弾する。

 

『ウゼーんだよ!!』

 

 手に持っているのは普通のビームライフル──ノーダメージの理由は手首にでも仕込まれているビームシールドの仕業だろう。

 シャニは奇妙なモビルスーツを挟み込むようにビームランチャーを放つと、続けて電磁砲を放った。しかしPS装甲だろうと有効打となる強烈な実体攻撃を、紺色の装甲はあっさりと弾き返した。

 まるで鉄の塊が石礫を防いだような感覚に、シャニは一瞬注意を奪われた。

 その僅かな隙を察知した紺色のモビルスーツは一気に距離を詰め、背部にZ字でマウントしていた可変型のロングソードを抜いた。

 そしてシャニが反射的に抜刀した重刎首鎌(ライキリ)が、その強靱な装甲と同様に異様な雰囲気を漂わせる蒼いロングソードと真正面から激突する。

 

『!!』

 

 激しい衝撃を受け、シャニの視界が一瞬暗転した。

 入念なビームコーティングが施され、ビームサーベルはもちろん対艦刀の類にも対抗出来ることから“雷斬”と名付けられた大鎌が折られたからだ。

 それは大層な仕掛けがある訳でもなんでもなく、シンプルに強度を極限まで高めたロングソードと、その威力を十全に引き出す絶大な膂力によるものだった。

 舐めた真似を──。怒りで頭に血が上ったシャニは僅かに戸惑いを見せた紺色のモビルスーツにビームランチャーを闇雲に連発した。

 しかしロングソードと同様に、強靱な耐久性を誇る紺色の装甲はモビルスーツを一撃で葬り去る筈のビームを水鉄砲の様に受け流し、周囲に無秩序な破壊を撒き散らした。

 

『やめなさい!』

 

 ミヤビの叱り付ける声に、シャニはふと我に返った。紺色のモビルスーツは子供の癇癪に付き合ってられないとばかりに、その場からあっさり姿を消していた。

 

 

 

 オーブ外務省外郭団体国際協力機構管轄組織国家救助隊──通称“オーブ国際救助隊”は、その名の通り外務省が中立国家としての立場を維持しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()目的で運用するとされる特殊部隊だ。

 なぜ表向きなのか。

 それはオーブ国際救助隊が結成された本当の目的は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが目的だからだ。

 どう非合法的なのか。

 それは任務の内容だ。

 たとえば今まで携わった任務の中には北アフリカのレジスタンス運動に参加していた“お姫様”に関する情報を探っていたブルーコスモス系テロリスト集団を殲滅するなど、表沙汰になればオーブの権威を揺るがすものも含まれていたのだ。

 そんな任務を極秘裏に遂行するため、カガリ・ユラ・アスハの血縁上の妹であるキラ・ヤマトがもたらしたフリーダムを極秘裏に解析したデータを基に、救助隊の特殊機体としてキオウ家の管理下でエクリプス開発計画がスタートした。

 結果的にフリーダムに匹敵する機体性能を有する他、ミラージュコロイドシステムによるステルス性能、ストライカーパックシステムを採用したことで対応力を獲得した画期的なモビルスーツとして誕生した。

 そのパイロットには当初、その情報機密の観点からキラ・ヤマトとクロト・ブエルの2人が有力視されていた。

 しかし最終的に“カラミティ”“フォビドゥン”の元生体CPU──すなわちナチュラルでありながらコーディネイターに匹敵する潜在能力を誇る2人の少年兵がパイロットに選定され、この日陰者の部隊が結成されたのだ。

 

「光あるところには影がある。逆もまたしかりよ」

 

 大使館ビルの作戦室で苛立った表情の若き女性指揮官の声に、その片割れである突撃手のシャニ・アンドラスは心底興味なさそうな表情を向けた。

 女性の言葉は酷く婉曲的で、シャニには何を言いたいのか微塵も分からなかった。

 オーブは──その中でも特に五大氏族は──血縁よりも能力を重視している。

 たとえばアスハ家の後継者であるカガリ・ユラ・アスハは養子縁組、サハク家の後継者であるロンド・ミナ・サハクは高度な遺伝子操作を受けたコーディネイターであり、目の前のミヤビは後者の人間だ。

 この世界は頭のネジが外れた連中だらけだし、実際に大気圏落下時の際に受けた全身火傷で今も入院しているクロトは、コーディネイターの女に熱を上げている。

 だからどうと言いたいわけではなかったが、幼少期からイカれた研究所の被検体だったシャニはオルガのように読書家な訳でも、ステラ達のようにスクールに通っている学生でもないのだ。

 

「何ワケのわかんねーコトを言ってんだ、お前」

 

 この2年間、セイラン家の台頭などで迷走していた政治体制を刷新するために、アスハ家とサハク家を除いた五大氏族で代替わりが行われた。

 ミヤビはその中の1つであるキオウ家の当主に就任し、メサイア・ショックで表沙汰になったエクリプスの封印に併せてオーブ国際救助隊は解体される予定らしい。

 政治が機能しているなら裏から戦争の火種を摘み取るよりも、表で政治的な駆け引きを行う方が余程ローリスク・ハイリターンだということだ。

 自分に戦闘やモビルスーツの操縦以外のことが出来るとは思えないし、オーブ軍に入ろうと考えるほど愛国心に溢れている訳でもない。いっそ何処か遠い所に行って、世界各地で需要があるらしい作業用機械乗りにでもなろうか。

 誰も知らない場所でチープな嗜好品を嗜み、音楽に耳を傾けながら刹那的に生きる毎日は最高にクールだろう。

 

「……貴方、私の話を聞いてるのかしら?」

「あぁ。だいたいわかった」

 

 一生懸命何かを説明していたミヤビに、シャニは平然と頷いた。

 生体CPUの時からそうだった。面倒な任務は回って来ないのだ。苛立つようなことがあったら、自分は今回みたいに後先考えず滅茶苦茶にしてしまうのだ。

 せいぜい退屈なお説教か何かだろう。そんな風に思っていたシャニに、ミヤビはご愁傷様と言いたげな顔を向けた。

 

「じゃあ、あの娘のことは頼んだわよ」

「娘……?」

 

 そういえばそうだった。プラントの要人をオーブまで護送する任務があったのだ。もう一度最初から説明してくれと言おうとしたシャニの声は、不意に鳴ったノックの音で掻き消された。

 シャニが背後を振り返ると、ドアがゆっくりと開いた。するとリズミカルな足音を立てながら仮面の少女が部屋に入ってきた。

 

「よろしくお願いします」

 

 そのあまりにも胡散臭い姿と似合わない少女の透き通った声に、シャニは怪訝な表情を浮かべた。

 素顔は仮面で隠されているが、自分と同じ二十歳くらいだろう。最近真っ黒に染めたらしい髪をゆったりと伸ばし、星のような髪留めを付けている。

 オールシーズンのシャツにベスト、ジーンズに身を包み、肩から大ぶりのバッグを提げている姿は、いわゆる中流階級のティーンエイジャーという雰囲気だった。

 少女の肢体に思わず視線が誘導されるが、ミヤビの咳払いを受けてシャニは視線を真っ直ぐに戻した。

 

「えーっと。……俺は何をすればいいんだ?」

「だいたいわかったって言わなかった?」

 

 ミヤビは呆れたような口調で言い、仮面の少女はくすくすと笑った。まるで知人の様な少女の態度に違和感を抱きつつも、シャニは肩を竦めた。

 

「どうでもいいけど、オルガの奴で良かっただろ」

 

 同僚のオルガ・サブナックはいわゆるモテる人間だ。

 遺伝子調整や美容整形の類など一切していないにも関わらず、そこらの連中と比較にならないくらい整った容貌だし、頭脳も極めて優秀だ。

 プライベートを見掛ける度に違う女と遊んでいるオルガなら、この奇妙な少女の護送任務くらい無難にこなすだろう。暗に不本意な仕事だと匂わせたシャニに、少女は仮面の奥からちらっと視線を向けた。

 

「だから言ったでしょ、ラクスが貴方をご指名だって」

「なんだソレ。とうとう一度も歌わねーで引退しやがったクセに」

 

 シャニは呆れた口調で呟いた。停戦条約を締結した後も、ラクス・ディノは様々なコネクションを生かして世界各地で平和維持活動を行っている。

 それは歌で世界を救うなどといった抽象的な慰安活動ではなく、戦火に巻き込まれた者達に対する具体的な人道支援活動だ。

 かつて平和の歌姫と呼ばれた少女は、偽者の暗躍を許した責任を取るため、政治家として生きる以外の道を喪ってしまったのだ。

 

「だいたい、何なんだよあの変なモビルスーツは?」

「ロードZ。……噂には聞いてたんだけどね」

 

 特殊な技術で精製した希少金属のレアメタルΩを用いて製造され、既存の兵器では破壊出来ないと言われる“ロード・アストレイΖ”。

 そんなザフトが抑止力として開発し、デュランダルの死を受けて封印されていた最強のモビルスーツがとあるテロリストの手に堕ちていたのだ。

 幸いバッテリー動力のため活動時間こそ限界はあるが、特定個人の暗殺・施設の破壊は極めて容易であるという点において、今もなお明確な抑止力として存在していた。

 今後国家間の交流を円滑に行うためにも、速やかに排除する必要がある。要人の護送はあくまで名目で、真の目的は戦後秩序を乱しかねないロードZの撃破だったのだ。

 

「ターミナルからヤツに通用する武器を融通してもらったけど、貴方にはちょっと荷が重いかしらね」

「ハッ! ケンカ売ってんのか?」

 

 ミヤビの挑発的な声にシャニは軽口で応えた。

 たとえ最強の矛と最強の盾を有するモビルスーツだろうが関係ないと言わんばかりに、オッドアイの瞳を仮面の少女に向けた。

 

「つーか、そもそもコイツは誰なんだよ?」




前後編予定です。

なおフォビドゥンエクリプスの設定公開を忘れていたので記載します。

【フォビドゥンエクリプス】

・型式番号:MVF-X08-F
・装甲材質:PS装甲
・動力源 :バッテリー
・搭乗者 :シャニ・アンドラス
・武  装
①PS-02 ビームシールド×2 
②EW252HW フォビドゥンストライカー
・重刎首鎌“ライキリ”
・レールガン×2
・ビームランチャー×2
・可動式鏡面装甲“ヤタノカガミ”
③ミラージュコロイド・ステルス
④M2M5D12.5mm自動近接防御火器×2

・総括

 エクリプスのパイロットに偶然シャニ・アンドラスが選定されたことで、その搭乗機だったフォビドゥンに着想を得た専用ストライカーを搭載したモビルスーツ。
 エネルギー管理が非常に難しいため、電力消費の激しいビームライフル、ビームサーベルはオミットされている。

・作者解説

 お蔵入りになったストライクフォビドゥンの設定を再利用したモビルスーツです。オオトリの装備にゲシュマイディッヒ・パンツァーを再現するヤタノカガミ、和風の名前を付けた鎌ですね。


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閃光のシャニ -Mission Complete!-

 〈2〉

 

 プラント宙域付近を漂っているオーブ製の輸送シャトル──その作戦室にて、オーブ国際救助隊の隊長格とゲストを交えてブリーフィングが行われていた。

 

「情報解析班の情報では、先日オーブ大使館を強襲した“Z”は元コンクルーダーズの民間人だそうよ。背後関係を洗うためにも、必ず生きたまま拘束すること。いいわね?」

 

 シャニは作戦室の片隅でじっと腕を組んだまま、剣呑な感情に満ちたオッドアイを光らせている。

 後先考えずに“Z”を攻撃し、プラント政府からの猛抗議を受けて出国を迫られた原因の馬鹿で間抜けなパイロットに声を掛ける者は誰もいなかった。

 やがて作戦室にはシャニと隊長のミヤビ、そして今回のゲストである元ラクス・クラインの影武者──ミーア・キャンベルだけとなった。

 

「あんなバケモノみたいな奴を生きたまま拘束? ムチャ言うぜ」

「少し考える時間をあげる。嫌なら増援を呼ぶわ」

 

 ミヤビは淡々と言った。そして肩を竦めて作戦室から退出すると、シャニはその場に残された書類の1枚を手に取った。

 

『“クロト・ブエル”』

 

 クロトは前々大戦以来、キオウ家がO.D.R.の構成員として虎視眈々と狙っていた人間だ。

 結果的にラクス・クライン暗殺未遂事件が起こったことで有耶無耶になってしまったが、あくまでシャニはクロトの予備に過ぎない存在だったのだ。

 シャニは怒りのままにテーブルごと書類を破壊しようとして、ミーアからの憐れむような視線を感じて中断した。

 

「何か文句あんのかよ?」

「ううん。……アンタも色々大変だなーって」

 

 シャニはミーアの黒い瞳を見た。その中に映る、無様で情けない顔をした自分の姿を。

 静まり返った会議室で、シャニはぶっきらぼうに言った。

 

「あのヤローは俺の獲物だ」

 

 たとえ絶対に破壊出来ないモビルスーツだろうが、この俺の前に立ち塞がる奴は俺の手で始末するだけだとシャニは呟いた。

 

「──そもそも、どうして奴はテメーを狙うんだ?」

 

 シャニは個室に戻って情報解析班から入手したロードアストレイZの戦闘映像を見ながら言った。

 テレビは付けっぱなしで、音楽プレイヤーやヘッドホンなどの私物があちこちに散乱している。そんなシャニの小汚い個室に顔を顰めていたミーアは取り繕うように言った。

 

「え? そ、それはあたしがラクスだったから」

「トボけんじゃねーよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 シャニは冷ややかなオッドアイを向けた。

 ターミナルの伝手で再び整形手術を受けて元の姿に戻ったミーアに、人並み外れて歌が上手い以外は平凡な少女以上の価値はない。

 そもそも戦後のオーブ政治に日々携わっているラクスに、歌姫としてのラクスの真似事が関の山だったミーアが取って代わる余地はないのだ。

 冷たく輝くオッドアイに見詰められたミーアは、ゆっくりと溜息を吐いた。

 

「……アイツはあたしの婚約者なの」

「どーいう意味だ?」

「デュランダルが前に言ってたわ。オーブに亡命したアスラン・ザラの代わりに、あたしの婚約者を用意したって」

 

 ミーアは男の過去を語り始めた。

 男は第1次大戦時、エイプリルフール・クライシスの被害を受けて天涯孤独の身となり、ナチュラルからの弾圧を逃れるためプラントに移住したコーディネイターだった。

 男はニュートロンジャマーの投下を実行したシーゲル・クラインに対して強い反発心を抱くと共に、パトリック・ザラの掲げている右派的な思想に傾倒する。

 しかし男は“不幸にも”士官アカデミーの入隊試験に落ち、アルバイトを繰り返しながら誰とも関わらない日々を送っていた。

 そんな男の転機はその翌年に起こった、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦だった。

 男が信奉していたパトリック・ザラが側近に討たれ、アイリーン・カナーバらクライン派によるクーデターが起こった。

 同時にパトリックの右腕でありザフトの英雄だったラウ・ル・クルーゼがレイダーに敗北し、愚かなナチュラルを殲滅する筈だった大量破壊兵器(ジェネシス)も完全に喪われた。

 その後ユニウス条約が成立してプラントの独立こそ認められたが、男の抱いていたちっぽけな自尊心──自らが偉大なコーディネイターであることは完全に砕かれた。

 そんな男に二度目の転機が起こったのは、第2次大戦が起こる間際の事だった。

 鬱屈した日々を過ごしていた男の下に、思わぬ人物からのメッセージが届いたのだ。

 

「君は戦士に選ばれたんだ」

 

 それはプラント最高評議会議長であり、遺伝子学の権威として知られているギルバート・デュランダルの声だった。

 デュランダルは男の遺伝子がいかに優れた戦士の適性を有しているかを朗々と語った。そしてそれを認めないザフトがいかに愚かな存在であるかと声高に主張した。

 それはまるで戯言のような内容だったが、男はデュランダルの言葉に惹き付けられた。

 

「我々には君の力が必要だ」

 

 デュランダルの声に、男の中で溜まっていた感情が溢れ出した。

 激しい嗚咽と共に涙が流れ、男は自らが偉大な戦士の運命を宿している喜びに打ち震えて泣いた。

 その日から男は来たる日に備えて身体を鍛えると共に、デュランダルの提唱する運命計画について学んだ。

 そしてギルバート・デュランダルという男の偉大さと、デュランダルをその思想に至らせたプラント社会に満ちている全体主義と遺伝子至上主義の欺瞞を理解した。

 やがてデュランダルの予言通りに戦争が勃発し、戦火が地球全域に拡大すると、男は再びデュランダルから新たなメッセージを受け取った。

 それは前大戦で最強と謳われたフリーダムのパイロットを中心に、各地の戦線で活躍するザフト兵は勿論、民間人からも戦士の適性を有するパイロットを選抜し、敵対勢力を迅速に殲滅する為の特殊部隊“コンクルーダーズ”を結成するというものであった。

 男はそんな誇り高き特殊部隊の一員として、更にオーブに亡命したアスラン・ザラの代わりにラクス・クラインの婚約者として、デュランダルに選ばれたのだった。

 サンディエゴで行われた初陣で、男はアーモリーワンでセカンドシリーズを強奪したロアノーク隊を圧倒した。

 忌々しい大西洋連邦軍の連中が援軍に現れなければ、フリーダムと同様に2年間の沈黙を経て登場したレイダー諸共全滅させることも決して夢ではなかった。

 そしてヘブンズベースで行われたオペレーション・ラグナロクにおいて、男は反ロゴス同盟軍の勝利に大きく貢献した。

 2度に渡る戦いで周囲からの信頼を勝ち取った男は、仲間達と喜びを共有し合った。

 

「おめでてーヤツ。……それで、クロトのヤローにやられておかしくなったってコトか?」

「あたしもそこからは、よく知らないんだけどね」

 

 オーブ本土で戦端が開かれたオペレーション・フューリーで、男は苦い敗北を喫することになった。

 北極海でグラディス隊に敗れたクロトがオーブ軍の救援に現れ、コンクルーダーズを次々撃破したのだ。そしてラクスとミーアの真実が暴かれたことで、反ロゴス同盟軍は撤退に追い込まれた。

 その後レクイエム攻防戦で地球連合軍を破ったものの、直後にオーブ・連合軍との間で起こったメサイア攻防戦でデュランダル率いるザフト軍は敗北を喫した。

 それまで最強を誇っていたフリーダムのパイロットもクロトに討ち取られ、コンクルーダーズも壊滅状態に追い込まれた。

 その日以来表舞台から姿を消した男は、つい先日まで戦死したものだと思われていた。

 しかし男は生きていて、コンクルーダーズ時代のコネクションを生かしてザフトが密かに抑止力として製造していたロードアストレイZを強奪したのだ。

 そしてかつての婚約者であるミーアと共に、歌と力でこの世界を変えようとしているらしい。

 シャニはベッドにどさりと倒れ込むと、天井を見上げた。

 そして怒りの炎に呑み込まれてしまったらしい愚かな男のことを想った。

 この悪意に満ちた火薬庫のような世界では、自らの炎に気付かないまま何かに縋り付こうとした奴から順に破滅するのだ。

 

「おっと。……そういやテメー、歌はもうやめたのか?」

 

 ミヤビにロードアストレイZを確保する作戦の可否を回答するためのタイムリミットを告げるアラームが鳴り響き、ミーアは立ち上がったシャニにばつの悪い表情を浮かべた。

 

「……当たり前でしょ。あたしのせいでどれだけの人が──」

 

 テレビで緊急報道が流れ始め、シャニは視線を上げた。

 それは件のテロリストがプラント宙域で複数のモビルスーツと交戦する映像だった。

 男に強奪されたモビルスーツを奪還するため、再びオーブ大使館を強襲しようとしていた男に対してザフトがモビルスーツ隊を差し向けたようだった。

 

「いい作戦を思い付いた。テメーも手伝え、ソバカス女」

 

 ぱちんと指を鳴らすと、シャニは嘲笑うように唇を歪めた。

 

 

 

 男は憎らしきオーブ軍に連れ去られたミーアを探すため、頼もしき相棒と共にプラント宙域を彷徨っていた。

 男は突如現れたグフイグナイテッドにスレイヤーウィップで拘束されると、その派生機に破砕球で何度も胴体を殴られた。それでも男が抵抗を続けていると、やがて機体を制圧するため装甲に高圧電流を流された。

 男は怪物的な膂力を発揮してロードアストレイZを拘束していたモビルスーツを引き寄せた。そしてコクピットを手刀で貫いて拘束の一部を解くと、ロングソードを滅茶苦茶に振り回した。

 少し前まで第二の故郷のように思っていたプラントすら自分を裏切った事実に、男は半泣きになりながらその場から逃げ出した。

 偉大な戦士である自分をなぜ拒むのか──。

 男が頬を涙が濡らしていると、突然耳を貫くような大音量でスピーカーから少女の聞き慣れた歌が響き始めた。

 

『──きっとこの空は夢のカタチ──』

 

 するとロードアストレイZに搭載されている広域レーダーが、ミーアの生演奏を周辺宙域に流しながら挑発するように飛び回っているフォビドゥンの姿を捉えた。そして音声が途絶え、罵倒する様な声がコクピットを襲った。

 

『かかってきやがれザコ野郎ォーッ!!』

 

 あからさまなシャニの挑発に、男はオペレーション・ヒューリーで邂逅した、ナチュラルでありながらコーディネイターを圧倒する忌まわしき悪魔憑きの姿を幻視した。

 目を真っ赤に血走らせた男は重力に引き寄せられて落下する隕石のように、機体を一直線に加速させながら蒼いロングソードを抜いた。

 

『ようやく出て来たな、ザコ野郎!!』

 

 牽制で放った機関砲をものともせず、目にも止まらぬ速度で蒼い刃が迫った。

 使い手次第でPS装甲すら紙屑の様に斬り裂く最強の剣が、ビームランチャーから放たれた極大のビームを斬り払いながら急速に距離を詰める。

 シャニは漆黒の大鎌(デスサイズ)を真一文字に振るい、蒼と漆黒の刃が宙で激突した。

 2人の間で激しい火花が舞い、男は標的を強引に両断しようとする。

 だがグレイブヤードのテクノロジーで造られた強靱なレアメタル製の刃が、あらゆる物を自由自在に断ち切る刃と拮抗した。

 密着状態でフォビドゥンが放った電磁砲がコクピット付近に直撃し、ロードアストレイZは後方に吹き飛ばされる。

 この至る所に火種が燻るロクでもない世界で、シャニはただ目の前の敵を排除する使命だけを共有する男と正面から対峙した。

 

「呆れた。いったい何をするつもりかと思ったら。……遊びじゃないのよ?」

 

 ミヤビはすっかり即席のコンサート会場と化したCICの中でぼそりと呟いた。ミーアは返答せず、モニターの中で激しい戦いを繰り広げているフォビドゥンをじっと見つめている。

 

「……アイツは何者なんですか?」

 

 持って生まれた戦士としての才能と、モビルスーツの性能。全ての面においてシャニに勝ち目があるとは思えなかった。まして生け捕りなど不可能に思えた。

 それでもコンサートで熱狂しているティーンエイジャーのように、モニターに映っているシャニ・アンドラスと名乗った奇妙な少年兵はこの絶体絶命の状況を愉しんでいる。

 

「火種を自らの手で摘み取る力を持つ者。オーブ国際救助隊の掲げる至上命題よ」

 

 ミヤビは更に言葉を続けた。

 

「その点に関して、私は彼を評価しているわ」

 

 ミーアは久しぶりに手に取ったマイクを脇に置くと、疑わしげにミヤビの顔を見た。

 

「でも、さっきはアイツの代わりにあの人(クロト)を呼ぶって」

「私の一存で呼べる訳ないでしょ。何か勘違いしてない?」

 

 シールドとして掲げた金色の可動式装甲が両断されるが、シャニは即座にもう片方の装甲をパージして投擲し、追撃しようとしていたロードアストレイZを怯ませる。

 

「だいたい男の感傷に付き合ってる暇はないの。彼が救援要請を出せば、周辺に配置した部隊を出動させるわ」

「でもアイツは、殺されてもそんなコトしないと思うけど」

「それは困るわね。とうとう奴等(ファウンデーション)との戦いが始まろうとしてるってのに」

 

 デュランダルの死と、地球連合の崩壊。

 そして再び対立が深まったナチュラルとコーディネイター陣営の狭間で暗躍する、巨大な秘密結社──男の暴走を後押しした存在の示唆。

 そんな連中に対抗し、戦争の火種を未然に摘み取るためには、ナチュラルでありながらコーディネイターを凌駕する存在──この世界に蔓延している遺伝子至上主義に抗う者達の台頭が必要不可欠なのだ。

 

 フォビドゥンが大きく跳躍した直後、足元を漂っていた宇宙塵がばっさりと両断された。

 中に可燃物が入っていたらしく、宇宙塵が爆発を起こした。一瞬挙動が乱れた隙を突いてシャニはフォビドゥンを反転させると、加速を付けながら漆黒の大鎌(デスサイズ)を振るった。

 

『おらぁ!!』

 

 再び発生した鍔迫り合いの後、鋭い手刀がフォビドゥンの左肩を貫いた。同時にフォビドゥンの放った頭突きがロードアストレイZの頭部に強烈な衝撃を与える。

 僅かに互いの距離が開いた瞬間、男は鎌の下を掻い潜るように斬撃を放った。シャニはビームランチャーの砲身を投げ付けるように突き出して防御する。

 そして無防備になった胴体に膝蹴りを叩き込むが、ロングソードの柄から伸びた鞭がフォビドゥンに絡み付いた。

 即座に放った互いの斬撃が激しく衝突し、逃げ場のない衝撃でシャニの意識が宙に投げ出された。

 

『がっ……!?』

 

 モビルスーツの生体CPU──シャニ・アンドラスという存在は短い耐用期限が過ぎれば廃棄されるだけの人生だった。

 ただ上から命令されて目の前の敵を殺し尽くすだけの、退屈で虚無なだけの人生だった。

 そんなシャニに第二の人生を与えたのはクロトだ。

 シャニがヘラヘラしている間に血を吐き、苦しみ、傷付きながらもクロトが進み続けた末に今の自分が存在するのだ。

 別にクロトが腹立たしい訳ではない。

 クロトに期待を掛けているミヤビが腹立たしい訳ではない。

 真に腹立たしいのは──、他の誰でもない自分自身の弱さだ。

 

『あたしの歌を聴きたいんでしょ!?』

 

 脳裏に響いたミーアの声に、目を見開いたシャニは迫り上がって来た血反吐を呑み込みながら獰猛な笑みを浮かべた。そしてフォビドゥンの体勢を立て直すと、前方に全速力で加速させる。

 そして男が放った鋭い斬撃が迫る間際、リーチを生かして袈裟切りを放った。

 紙一重でその一撃を回避した男はフォビドゥンに追撃しようとして、明後日の方向に剣を投擲してしまう。

 突然起こった異変に困惑する男に、腕部に取り付けられたセンサーが機体に起こった異常を告げた。それはロングソードを握り込んでいた右手に刻まれた損傷だった。

 単純な理屈──どれほど装甲が強靱だろうと、指関節まで厳重に守られている筈がなかったのだ。

 シャニは咆哮しながら、大きくバランスを崩した紺色のモビルスーツに向かって大鎌を振り抜いた。咄嗟に突き出された腕を縦に切り裂くと、更に半回転しながらフルスイングした。

 

『調子に乗ってんじゃねーぞ!! ザコ野郎!!』

 

 上半身と下半身を接続する腰部の間接部位を漆黒の刃が貫き、フレームを両断された衝撃で男の意識は吹き飛んだ。

 いかなる手段を用いても破壊不可能なモビルスーツなど、所詮は一部の技術者が抱いていた机上の空論に過ぎなかったのだ。

 シャニが小さくガッツポーズを決めると、モニターの奥でミーアは歓声を上げた。

 

 

 

 頑丈なコクピットブロックの中で失神していた男の身柄を拘束してプラントに引き渡し、改めてオーブ本土に向かい始めた輸送シャトルの格納庫で、シャニは傷付いたフォビドゥンの中から鼻歌交じりに姿を現した。

 

「ハッ! 終わってみりゃ楽勝だったな」

「よくやってくれたわね。O.D.R.は解散するけど、ターミナルが立ち上げる新組織のメンバーに推薦しておくわ。……ところで彼の書類が見当たらないのだけど、どこかで見なかった?」

「知らねーよ。うぜぇー……」

 

 シャニは溜息を吐くと、伸びをしながらパイロットスーツのポケットからイヤホンを取り出した。その口調はいつもの調子に戻っていたが、どこか晴れやかさを滲ませたものだった。ミヤビが格納庫から去った後も無言で立ち尽くしていたミーアに、イヤホンを装着しようとしたシャニはニヤリと笑った。

 

「メンドーな奴も片付けたコトだし、これで引退撤回だな」

「引退も何も、あたしはこれからなんだからっ!」




というわけでシャニくんの短編でした。

この後の二人の行方も気になるところですが、それはまた別の話ということで……。

次回はアスランかラクス主役の短編予定です。
活動報告のコメント欄を参考にしておりますので、どうぞお気軽に感想、評価、コメントをお願いします。


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Justice and Freedom

 かつてソロモン諸島と呼ばれ、CE74年現在においてオーブ連合首長国と呼ばれているこの国は、戦後の国際社会において急速に発言力を拡大した島国だ。

 なぜ発言力を拡大したのか? 

 それはオーブ国防軍がザフトの切り札だった機動要塞メサイアを陥落させ、昨年から続いていた第二次連合・プラント大戦に終止符を打ったからだ。

 なぜ連合・プラントと比較して遥かに戦力の劣るオーブ軍が、圧倒的な戦力を誇る地球連合軍を撃破したザフトに勝利したのか? 

 それはオーブがナチュラル、コーディネイターといった人種の垣根を超えて、様々な理由で各陣営から離反した才能ある者達を掻き集めたからだ。

 たとえどれほど強力な兵器であろうと、それを扱える者がいなければ只の鉄屑なのだ。

 とりわけ第一次連合・プラント大戦においてそれぞれの陣営で最強と評されながらも国を追われた2人の少年兵の活躍は目覚ましく、オーブ軍の勝利に大きく貢献した。

 その1人──元地球連合軍の生体CPUにして、カガリ・ユラ・アスハ直属の近衛兵としてアスハ邸の地下に封印されていたレイダー、更にターミナルが製造した最新型モビルスーツのストライクレイダーを駆り、前大戦で伝説的な戦果を挙げたフリーダムを討ち取ったクロトの快気祝いが某所で行われていた。

 

「……すげー気まずいんだけど?」

「自業自得だ」

 

 クロトと並んでオーブ軍を勝利に導いた少年兵の片割れ──アスランは、網の上に並んでいる肉に目線を向けながら言った。

 結果的に不意打ちのような形になってしまったが、オーブとプラントの今後を考えれば絶対に必要なことだと考えていたからだ。

 

「全くですよ。アスランさんが奢るって言うからわざわざ付いて来たってのに、一体これはどういうことなんですか?」

 

 戦後公式に国軍となったザフトは士官制の導入に当たって、その模範とするためにオーブ軍と定期的に合同演習を行うことが決定した。

 そして第1回が先日オーブ領海付近で行われ、かつてオーブに滞在経験のある元グラディス隊から複数人が参加者として選ばれていた。

 これはその親睦会と、クロトの快気祝いを兼ねて行われた集いだったのだ。

 

「その辺にしておけ、シン」

 

 刺々しい言葉とは裏腹に、オーブ軍との演習中もクロトの姿を探していたシンを思い出したレイはくすりと笑った。

 

「ちえっ。……別に奢りなら俺は構いませんよ」

「僕も別に」

 

 一触即発の空気が漂う中、アスランとレイを挟む形でクロトとシンはグラスをかちんと合わせた。

 

「そうそう、1つアンタに聞きたいことがあったんですよ。なんだってキラさんがフリーダムのパイロットに?」

 

 どうせならと、シンは無邪気に質問した。

 第1次連合・プラント大戦におけるフリーダムのパイロットが、アカツキのパイロットであるキラだったことはシンも理解していた。しかし、そもそもオーブ国民である筈のキラがザフトの最新鋭機に乗ることになった理由は見当も付かなかった。

 ラクスの親友とはいえ、キラはモビルスーツで戦うどころか争いごとの苦手な人間にしか見えなかったからだ。

 

「なんでって言われても……ストライクのパイロットだったから?」

「ストライク!?」

 

 クロトの意外な返答に、シンは思わず咳き込んだ。

 型式番号GAT-X105──“ストライク”。

 それは大西洋連邦がモルゲンレーテ社の技術協力を受け、オーブの保有する資源コロニー“ヘリオポリス”で極秘開発していたモビルスーツの1機であり、レイダーと並んでザフトの快進撃を食い止めた傑作機だった。

 

「ストライクのパイロットはナチュラルだと習いましたけど?」

「それは嘘だ。……ストライクのパイロットがコーディネイターであることはプラントにとって不都合な事実だったからな」

 

 シンの探るような問い掛けに、アスランは苦々しい顔で言った。

 プラントにとってコーディネイターでありながら連合軍に与するキラは不都合な存在であり、レイダーのパイロットがナチュラルだと判明したことと相俟って、ザフトの士官アカデミーでは両者をナチュラルだと教えていたのだ。

 

「……あれ? でもアンタが特務隊に選ばれたのって」

 

 アスランはクルーゼ隊を退け、バルトフェルド隊を破ったレイダー、ストライクを撃破した功績を称えられてネビュラ勲章を受賞し、喪われたイージスに代わってジャスティスを受領すると共に特務隊に任命されたのだった。

 要はこのアスランが、隣の席に座るクロトと向こうの部屋でルナマリア達に囲まれているキラを殺そうとしたんじゃ、と言い掛けたところでクロトが口を開いた。

 

「そうそう。僕もキラもコイツに殺されかけたんだぜ」

 

 クロトは大皿の上から料理を取ると、げらげらと嗤った。

 一方のアスランはしばらく神妙な顔をしていたが、やがて一息に酒を呷った。対抗するようにシンも酒を呷り、キラから飲酒を禁じられているクロトはソフトドリンクを口にした。

 当事者の口から語られる、1人の少女を巡って地球連合軍の生体CPUとザフトのエースパイロットの間で行われた永きに渡る死闘。

 なるほどこれはあのラウですら面白がっていた訳だ、とレイはせめて雰囲気だけでも愉しむためにノンアルコールを注文した。

 

 

 

 なぜ自分はここにいるのか──。記憶の扉が開き、忘れようとした筈の全てが酩酊したアスランの脳裏に蘇った。

 

(父上……母上……)

 

 黄道同盟の創設メンバーであり、後にプラント評議会初代国防委員長に就任したアスランの父──パトリック・ザラは厳格な人間で、コーディネイターは新人類であると公言して憚らない差別主義者だった。

 一方で母のレノア・ザラは当時身を隠していた月面都市コペルニクスでナチュラルのカリダ・ヤマトと友人関係となり、自分もその時キラと出会った。

 地球連合とプラント間の緊張が高まったことで、レノアは自分を連れてパトリックが独立運動を行っていたプラントに移住した。

 転機が訪れたのはC.E.70年2月14日だった。

 レノアが地球連合軍に所属するブルーコスモス支持者によって引き起こされた食料生産コロニー“ユニウスセブン”の崩壊に巻き込まれ、帰らぬ人となったのだ。

 元々タカ派の急先鋒だった父は過激な言動を繰り返すようになり、自分もまたそれをきっかけにザフトへ入隊した。それは軍人としてプラントの平和を守るためであり、地球連合に復讐するためでもあった。

 ザフトの士官アカデミーを主席で卒業したアスランは、同期らと共に世界樹攻防戦、グリマルディ戦線で活躍したクルーゼの部下に加えられることになった。

 

(キラ……)

 

 そして翌年のC.E.71年1月25日。

 自分はヘリオポリスで極秘裏に開発されていた地球連合軍の新型機動兵器を奪取するため、モルゲンレーテに潜入した際にキラと再会を果たした。

 3年ぶりに再会した時のキラは髪を伸ばした女性らしい格好をしていたが、記憶の中と寸分狂わぬ立ち振る舞いだった。なんとキラ・ヤマトは女の子だったのだ。

 何もかもが理解出来なかった自分は標的である“イージス”を奪取すると、その場から一目散に逃げ出した。これは何かの間違いだと思いたかった。

 アスランがクロト・ブエルと出会ったのもその日だ。

 6番目のG兵器──イージスの兄弟機として開発された“レイダー”のパイロットとして選ばれた少年兵が立ち塞がったのだ。

 グリマルディ戦線で初実戦を終え、自らの身体データに合わせる形で先行開発されていた専用OSを使い熟していたクロトは次々クルーゼ隊を討ち取り、あわやクルーゼをも追い詰めるところまで迫っていた。

 まさか同世代のナチュラルに、それもブルーコスモスに所属する少年兵にこれほど苦戦を強いられるとは思わなかった。

 自分はクロトの手に落ちたキラを奪取するため、失望する父を見返すため死に物狂いで戦ったが、数機で掛かっても到底仕留められる様な相手ではなかった。

 最終的にクロトに勝利したのは偶然だった。キラに深手を受け、撤退した筈のニコルが救援に現れなければ自分は敗れていた。

 それでも正義は勝ち、悪は敗れるのだと確信を深めた。

 さぁそんなヤツのことは忘れて俺と一緒に来い、と言い掛けたところでキラの憎悪が襲い掛かった。いつの間にかキラにとってクロトという少年兵は、幼馴染みの親友である自分よりも大切な存在になっていたのだ。

 自分は怒りのままにキラと死闘を繰り広げ、最終的に組み付こうとしたイージスに対してストライクが自爆する形で決着が付いた。

 タイムリミット寸前まで戦闘を続けていたキラは自爆に巻き込まれて跡形もなく消滅したとしか思えず、実際に付近を捜索したオーブ軍もそう判断した。

 その後出会ったカガリの言葉も、プラントで再会したラクスの言葉もほとんど頭に入らないまま、ただ奇跡的に生きていたらしいキラと言葉を交わすため、自分はジャスティスを受領した。

 血のバレンタイン事件を引き起こした核兵器を封印するため、無関係な中立国に至るまでニュートロンジャマーを無差別投下し、地球全土に前代未聞のエネルギー危機をもたらしたプラントが核機動モビルスーツを開発した矛盾。

 そこには自分の求めていた正義などどこにもなかった。

 世界各地を回っても一向に迷いの晴れないままオーブに向かった自分は、強化改修が施された新型のレイダーとストライク相手に奮戦するキラと再会した。

 どうやらクロトも生きていたようだった。しかしクロトには地球連合軍に切り捨てられたアークエンジェルに合流する意思は一切ないようだった。

 その時再び捨てたはずの感情が復活した。

 やはりナチュラルとコーディネイターは相容れない存在なのだと。キラに相応しいのはこの自分なのだと。

 そして自分は個人の意思でキラに加勢した。

 それが軽挙なものだったと理解したのはその直後だった。ストライクを退けたキラが、クロトと戦っていた自分に攻撃を開始したのだ。

 まさか敵として対峙しているクロトと援軍に現れた自分を天秤に掛けて、自分を拒絶するとは思わなかった。

 その後クルーゼ隊に合流した自分はコロニー・メンデルでもキラと和解することが出来ず、密かに両陣営の共倒れを狙っていたクルーゼの暗躍や、父が秘密裏に開発を進めていた大量破壊兵器(ジェネシス)の存在を見過ごしてしまった。

 その結果、自分は相手陣営を絶滅させるため互いに大量破壊兵器を撃ち合う、地獄のような戦場の到来に加担してしまった。

 キラの介入でボアズ基地に行われた核攻撃は奇跡的に阻止されたが、その反撃で父が解禁した最終兵器で地球連合軍は甚大な被害を受け、その本拠地である月面基地プトレマイオスも第2射を受けて壊滅した。

 地球を狙っていた第3射は三隻同盟の介入とフリーダムの核爆発で阻止されたが、それを最後まで阻もうとしていた自分は戦後裁判で大いに批判を受け、フリーダム強奪事件に関与したラクス達と共にオーブに亡命する形となった。

 結果的に世界を救った形になったとはいえ、軍事機密の塊であるフリーダム及びその専用母艦であるエターナルの強奪は決して許されないことだったのだ。

 クロトと再会したのはその頃だった。

 かつて心底疎ましいと思っていたブルーコスモスの少年兵は、地球連合軍のエースパイロットどころかモビルスーツの生体CPUだった。

 フリーダムを残してヤキン・ドゥーエ要塞を脱出し、エターナルに運び込まれたクロトは既に昏睡状態に陥っていた。

 人工的に生成された擬似的な脳内麻薬“γ-グリフェプタン”を大量摂取し、潜在能力を極限まで引き出した上でSEED因子を覚醒させたクロトはその反動で一気に病状を悪化させていたのだ。

 そうでなければキラに新型機を破壊され、その代替機として与えられたストライクに対するストライクルージュのような機体で、ドラグーンを用いたオールレンジ攻撃を得意とするザフトの最新鋭機“プロヴィデンス”を撃破することなど不可能だったらしい。

 いつのまにか医学を修得していたキラと異なり、ただの戦士でしかなかった自分に出来るのは見ていることだけだった。

 みじめになった自分は最悪の選択肢も頭に浮かんだが、遂にその勇気すら持てずオーブ軍に入隊してカガリの護衛に選ばれ、せめてクロトが外を出歩けるようになるまではと決断を先延ばしにしている内に戦争が始まり、そして終結した。

 

 

 

 トイレに駆け込んだアスランは便器に頭をもたげ、口内に迫り上がってきたものを辛うじて呑み込んだ。頭を殴られたような痛みを感じてその場から動けず、脳裏に浮かび上がった忌まわしき過去を再び記憶の片隅に押し込んだ。

 酒なんて飲むんじゃなかった、と水を流して立ち上がろうとしたアスランは入口で待ち構えているクロトの存在に気付いた。

 

「バーカ。飲み過ぎなんだよお前は」

「……そうだな。少し飲み過ぎたかもしれないな」

 

 とはいえ、決して悪いことだけではなかったのだろう。

 少なくとも自分にナチュラルの友人が出来ることなど、絶対に有り得ないと思っていたのだから。

 アスランはアルコールで火照った顔を流水で洗うと、その場をそそくさと後にした。

 

 

 その同時刻。

 別室で行われていたルナマリアと公務の合間に足を運んだカガリを中心とした男子禁制の親睦会では、被告人に対して厳重な取り調べが行われていた。

 

「クロトさんとはどこまで進んでるんですか?」

「え、えーっと」

 

 両脇をホーク姉妹に固められ、キラは困ったような笑みを浮かべた。

 親睦会の話題は、ゲストとして拉致されたキラとクロトに関する内容だった。ゴシップ好きでミーハーなところもある彼女達は──特に絶賛彼氏募集中のメイリンは、2人の間柄に興味津々だったのだ。

 

「手を繋いだくらい?」

「……アンタ、よくそんな嘘を吐くわね」

 

 カガリと同様に、公務の合間に現れたフレイはわざとらしくキラの顔を見て溜息を吐いた。

 

「う、嘘って……!」

「アンタねぇ。サイ達はどうだか知らないけど、マリューさんとムウさんもアンタ達のことは知ってたんだからね?」

 

 キラが赤面したまま黙り込むと、カナードとカガリは見苦しい態度を続けている妹に呆れたように肩を竦めた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。空き部屋はいくらでもあったのに変だなーと思ってたんだ」

「あぁ、()()()()()()()()()()()()()。アレでバレていないと本気で思ってたのか?」

「もうやめて!!」

 

 まるで探偵に罪を暴かれた凶悪犯のように、キラは両手で顔を隠しながらがくりと項垂れた。遺伝子の相性次第で子が成せないコーディネイター同士ですら滅多に聞かない下世話な内容に、ホーク姉妹は赤面しながら苦笑した。

 今や世界最強のエースパイロットと評されているクロトと、それを上回る正真正銘フリーダムのパイロットであるキラが想像以上に爛れた関係らしいと理解したからだ。

 

「と、ところでラクスはどうなの?」

「残念ながら艶っぽい話は何もありませんわ。わたくしもキラを見習わないといけませんね」

 

 本気か冗談か全く分からない口調で、ラクスはますます顔を紅潮させたキラを見ておどけたように笑った。




後半の過去回想では保護者大激怒シーンが流れてそう。

ところでなんと来年3月末に大阪、5月に東京でSEEDオンリーがあるそうです。レイダーの下に集え!
1月に劇場版上映ですもんね。
乗るしか無い、このビッグウェーブに。

作者は一般参加しか経験がありませんが、サークル参加する有識者の兄貴姉貴はいるんですかね……?


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Strike & Raider

 少年が求めていた自由はどこにも存在しなかった。

 そこにあるのは静寂と、狂気に満ちた暗闇だけだった。

 脳と分泌腺内に埋め込まれたマイクロ・インプラントと人工麻薬が全身の神経を活性化させ、身体能力・情報処理能力の関係で()()()()()()()()()()()()()()とされているモビルスーツの操作を例外的に実現させる。

 悍ましく。呪わしく。嗤うように。

 コーディネイターを凌駕する強靱な身体を呑み込むような勢いで襲い掛かる圧迫感を振り払い、少年は漆黒に塗られたモビルスーツを一直線に加速させる。

 

「……蒼き清浄なる世界の為にーってか」

 

 脳内に何度も何度も叩き込まれた鮮烈な合言葉が浮かんできて、唇から不意に漏れ出した。

 少年はいつだったか同僚(オルガ)が海と空が青く見えるのは、青い光は波長が短いからだと言っていたのを思い出した。

 なぜ波長が短いとそう見えるのかは聞かなかったが、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだけは気に入った。

 たとえこの世界は滅んだとしても、永遠に蒼いのだ。

 この広い宇宙が、永久の暗闇で包まれているように。

 C.E.70年5月3日。

 エイプリルフール・クライシスに伴う地球全土の混乱に伴い、快進撃を続けているザフトは地球連合軍の月面基地プトレマイオスに対して攻略作戦を発動した。

 その橋頭堡として、ローレンツ・クレーターに基地建設を開始したザフトとそれを阻止しようとする地球連合軍の戦いとの間で、無数の小競り合いが勃発した。

 C.E.70年6月2日。

 地球連合軍の鉱山基地が存在するエンデュミオン・クレーターに対し、ザフトは最新鋭のモビルスーツを多数投入して侵攻を開始した。

 連合軍は機動兵器メビウス・ゼロの精鋭部隊を投入するなど徹底抗戦を図ったが、防衛部隊の主力である第3艦隊は壊滅した。

 同日基地内部に資源採掘目的で設置されていたマイクロ波発生装置“サイクロプス”を用いて施設を破棄するとともに、友軍を囮にザフト軍を撃破する前代未聞の作戦が極秘裏に進められていた。

 少年がそんな絶望的な戦場に投入されたのは、飼い主である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 もしも少年がこの戦いでアズラエルの想像を超える能力を示せば、少年にとって何一つ自由のないこのどうしようもない世界は大きく変わるかもしれなかった。

 

『ナチュラルを殺せ!』

『ユニウスセブンを忘れるな!』

 

 宙域全体でニュートロンジャマーが作動し、両軍が有視界戦闘を強いられている。そんな戦場で運動性能に長けたモビルスーツの優位性とパイロットの絶対的な能力差を武器に、数では圧倒的に勝っている地球連合軍が次々撃破されている。

 少年はコクピットの中で今も基地を死守している哀れな同胞達への鎮魂歌を囁きながら、そのモビルスーツの最大火力である500mm無反動砲を構えた。

 鮮血を思わせる赤髪、大空を閉じ込めたような蒼い瞳と、それら全てを無に帰す底知れない狂気を宿した笑顔。

 先日ロドニア研究所が開発したモビルスーツの生体CPU──クロト・ブエルは視線の先に捉えたジン隊に向かって、ハイテンションな咆哮と共に引き金を引いた。

 

『撃滅ッ!』

 

 突如現れた正体不明の襲撃者に対して銃突撃機銃を構えようとしたジン隊は、正確無比に放たれた無反動砲を受けて吹き飛ばされた。

 瞬く間に混沌と化した戦場で、第1次ビクトリア攻防戦で鹵獲されたジンに乗ったクロトは砲弾のような勢いで加速しながら、背部に格納された重斬刀を抜いた。

 

『抹殺ッ!』

 

 クロトが放った真一文字の斬撃をまともに受け、振り返ろうとした2機のジンは瞬く間に胴体を両断されて爆散した。

 

『裏切り者かッ!』

 

 攻撃を免れたザフト兵から猛烈な銃撃を受けるが、一瞬早くクロトは爆風に合わせて上空に脱出し、全身のスラスターをフルパワーで起動した。

 まさかナチュラルが乗っているなど想像もしていない──反プラントのコーディネイターと思しきクロトの存在に見当違いの怒りを示すザフト兵に、両手で重突撃機銃を構えたクロトは嘲笑するように舞いながら壮烈な十字砲火を敢行した。

 対モビルスーツ戦の実戦など一切経験のないザフト兵の攻撃に対して、新米ながら百戦錬磨のクロトは変幻自在の操作で全てを回避する。

 やがて予備の銃弾が尽き、重斬刀が折れたがクロトには関係なかった。

 

『ひゃははははァ!! 蒼き清浄なる世界の為にーッ!!』

 

 恐るべき襲撃者のトラブルに反撃を開始しようとしたジンに、三次元的な軌道で放たれた質量兵器が直撃した。

 そして僅かな時間で周辺に展開していたモビルスーツ隊を壊滅させると、飼い主が用意した試作破砕球の手応えに、殺すのは後回しにしてやるとクロトは呟いた。

 

『──がッ!?』

 

 すると不意に脳内が割れそうになり、意識が一瞬薄れそうになった。先程摂取した人工麻薬の効果がとうとう切れてしまったらしい。

 しかしこれはむしろ幸運だ。クロトは全身に走る苦痛に顔を引き攣らせながら1人嗤った。

 物事には表と裏が存在する。

 機体の稼働時間よりも薬物の効果時間が圧倒的に短いことを示せば、以前は叶わなかった人工麻薬の携行許可が下りるかもしれないからだ。そうなれば後々ある程度の自由行動が叶う機会も、どこかで訪れることもあるだろう。

 クロトの母艦であるウィリアム・サザーランドが手配したネルソン級空母も、この宙域からの撤退を告げる信号を発信している。

 どうやら二重の意味で自分は時間切れらしい。

 そう状況を理解したクロトは不意に現れた灰色のジンハイマニューバに敵から奪った重突撃機銃を連射した。だがその“灰色”はクロトの行動を予知していたかのように、あっさりと銃撃を回避した。

 それは世界樹攻防戦で地球連合軍の戦艦6隻を含む多数を撃破し、このグリマルディ戦線でもメビウス・ゼロ部隊を壊滅させたザフトのトップガン(ラウ・ル・クルーゼ)だった。

 しかし戦場に漂い始めた不穏な気配を察知したのか、しばらく様子を窺っていた“灰色”は優勢な状況にも関わらず離脱し、それを受けたクロトも撤退した。

 直後に起動したサイクロプスの暴走でザフトは大打撃を受け、逃げ遅れた地球連合軍にも甚大な被害が発生した。この敗退によって宇宙軍の再編成を迫られたザフトは最終的に月を撤退し、地球連合軍は月の全域を勢力下に置くことに成功した。

 この戦いでメビウス・ゼロ部隊に所属していたムウ・ラ・フラガは、ジン5機を撃破した功績を称えられて“エンデュミオンの鷹”と呼ばれるようになり、その二つ名と共に地球連合で大いに喧伝されることとなった。

 それは表向きエンデュミオン・クレーターでの大敗とサイクロプスの暴走を隠蔽し、地球連合軍を戦意高揚させるためだったが、目的はそれだけではなかった。

 連合軍の生存者達には徹底した箝口令が敷かれ、連合軍に所属する漆黒のジンに関する情報は例外なく処分された。

 こうして単独でジン15機を撃破したクロトの存在は闇に葬られたが、連合の情報統制が一切届かないザフトの中では奇妙な噂がまことしやかに囁かれるようになった。

 ブルーコスモスがコーディネイターを憎む悪魔を地獄から呼び寄せたのだと──。

 

 

 

「ここはどこ?」

 

 ふうふう言いながらクロトを先導していたキラは、自分が道に迷ってしまったことに気付いて頭を抱えた。昔から道を覚えるのは何故か苦手だったが、このオーブ本島に存在する“とある場所”が分からなくなるなど前代未聞のことだった。

 

「さぁ……?」

 

 妙に生暖かい目をした女性陣や泥酔した男性陣に見送られ、親睦会のサプライズゲストの役目を終えたクロトはすっかり酔ったキラを連れてその場を後にしていた。

 既に日は落ちて暗闇に包まれており、頭上で燦然と輝く満月と清涼な潮風を受けてキラは可笑しそうに笑った。

 

「私達のことなんて、言えるわけないよねー」

「そうだねぇ。話すようなことじゃないから」

 

 クロトが微笑み返すと、脳裏にキラの過去が蘇った。

 それはかつて世界に復讐を決意したクロトがフリーダムのパイロットと並んで、目的を果たす最大の障壁だと考えていた1人の志願兵のことだった。

 当時ヘリオポリスの学生だった彼はザフトの襲撃に巻き込まれ、唯一奪取から逃れた地球連合軍の新型機動兵器“ストライク”のパイロットに就任した。

 当時神経接続をAIで補助するナチュラル用のOSは未完成で、ザフトが作成したコーディネイター用のOS、あるいはそれを超人的な身体能力で補完する生体CPU用のOSしか存在しなかった。

 彼はコーディネイターで、グリマルディ戦線の活躍で“エンデュミオンの鷹”と呼ばれるようになったパイロットと共にアークエンジェルを守り抜いた人間だ。

 最終的にイージスに敗北して行方不明扱いになったが、彼が地球連合軍の忌み嫌うコーディネイターだったことが原因で、その情報の大半を抹消された人物だ。

 オーブ在住のコーディネイターでありながら、本来は全く無関係な地球連合軍の為に命懸けで奮闘した彼──“ヤマト少尉”。

 そんな人物の死が後に三隻同盟の主力となったアークエンジェルの離反した理由に関わっていると予想したクロトは、ムルタ・アズラエルの介入で追加製造が決まった6番目のG兵器のパイロットとして、アークエンジェルと残る5機のG兵器を護衛する任務を与えられた際に彼を謀殺することを思い付いた。

 また本来はアラスカ基地に辿り着くことが出来なかったストライク、ないし追加製造されたレイダーを届けることに成功すれば、地球連合軍が今後の戦況を優位に進めることが叶うだろうと考えた。

 優秀な同僚達を出し抜くため、2度目の人体改造に志願したクロトに遺されていた時間は僅かだった。少しでも戦局が加速するのであれば、手段は選ばなかった。

 結果としてクロトは最強のブーステッドマンとして完成し、モビルスーツの生体CPUとして戦うこと以外は何も出来なかった筈のクロトは白兵戦はもちろん、自らの凶暴性を覆い隠す理性を獲得していた。

 予定通りヘリオポリスで襲撃に巻き込まれたクロトは、新型機動兵器の奪取に現れたザフト兵はもちろん監視役を兼任していた研究員を排除すると、イージスの兄弟機として追加製造されたレイダーに乗り込んだ。

 ヘリオポリスで製造されたG兵器の中で唯一の大気圏内の単独飛行を可能とする絶大な機動力と、この時点では誰にも見劣りしない圧倒的な火力。

 そして本来は一切の慣熟訓練を行っていないにも関わらず、桁違いの操縦技術を発揮したクロトはヘリオポリスを襲ったクルーゼ隊を単独で追い込んだ。

 異常な事態を察知したクルーゼが迎撃しなければ、そしてイージスを奪取したアスランが加勢に現れなければ、ヴェサリウスは早々に撃破されていた。

 崩壊の始まったヘリオポリスから脱出するため、そして本来の任務を遂行するためにクロトはアークエンジェルに乗り込んだ。

 民間人のコーディネイターでありながら、地球連合軍の最重要機密であるストライクを操縦した危険人物──彼がアークエンジェルのクルーから信頼を勝ち取るまでに、彼を始末するのが最も簡単な手段だと考えていた。

 クロトは誰にも文句は言わせないとばかりに懐に忍ばせた拳銃を取り出そうとしたところで、視線の先でアークエンジェルのクルー達に銃口を突き付けられた“ヤマト少尉”が可憐な少女であることに気付いた。

 そのあまりにも想定外だった事実が、クロトがこの世界の全てに向けていた憎悪に彼女という1つの例外を創り出した。

 それは彼女が追い詰められる度に、彼女に待ち受ける過酷な運命に想いを馳せる度に大きくなり、やがてクロトが抱いていた憎悪の炎を消し去った。

 

「あ。ここからなら分かるかも」

 

 キラはクロトの手を引き、再び歩き始めた。

 その柔らかい感触に、クロトはどこか心地よいものを感じた。

 所詮はモビルスーツの生体CPUに過ぎない自分と、コーディネイターである彼女が惹かれ合ったのは単なる偶然ではなかったのだ。

 オーブ解放作戦で彼女の生還を目の当たりにしたクロトは、本来の歴史から外れてジャスティスの援護を拒絶し、不十分な戦力で宇宙に脱出した彼女の末路を想像した。

 ステラ・ルーシェ、アスラン・ザラ。

 どちらも彼女に引けを取らない強大な戦力がそれぞれ地球連合軍、ザフトに加わってしまったのだ。彼女に未来があるとは思えなかった。

 フリーダムが有している無尽蔵のパワーを解析するため、アズラエルはクロトにその鹵獲を命じた。しかしイージスとの死闘を経て完全に才能を開花させた彼女に対して、クロトは完敗を喫した。

 転機が訪れたのはその直後だった。

 コロニー・メンデル内部でクロトを説得しようとしていた彼女の前に、奇妙な仮面の男──ラウ・ル・クルーゼが現れたのだ。

 ラウは全てを暴露した。

 キラとその両親がブルーコスモスを酷く恐れていたことも、あくまで民間人のコーディネイターに過ぎない彼女がザフトと互角に渡り合うことが出来たことも、時折誰かからの視線を感じるということも説明が付いた。

 彼女はクロトと同じ、ある意味ではそれ以上に誰かの欲望を満たすためだけに造られた存在だったのだ。

 それを聞いた瞬間、これまでクロトの何かが完全に壊れた。

 ヒトの持つ果てしない欲望の集大成であり、このどうしようもない世界で呪われた運命に翻弄される彼女の為に戦うことが最期の使命だと確信した。

 

「ついたー♪」

 

 ご満悦そうに微笑むキラに、クロトは酒の勢いとは恐ろしいものだと苦笑した。

 キラの目的地はとある一戸建ての家だった。それは今までクロトに二の足を踏ませていたとある人物の住んでいる家だった。

 

「おかーさん♪」

 

 キラはくすくす笑いながらインターホンを連打した。

 それを見たクロトが慌てて止めさせると、がちゃりとチェーンが外れたような音が聞こえた。やがてセキュリティを完全に解除したドアが静かに開いた。

 

「……キラ?」

 

 それは藍色の髪に、柔和な容貌をした女性だった。

 彼女はキラの義母であり、血縁上は実叔母の“カリダ・ヤマト”だった。

 クロトは引き攣ったような愛想笑いを浮かべると、まだ相当に酔っているキラを出迎えたカリダに引き渡した。

 反ブルーコスモス思想の強い彼女にとっては、やはりブルーコスモスの暗部にいた自分という存在は許されないのだろう。彼女の妹はブルーコスモスに殺されたのだし、キラ本人もブルーコスモスに狙われていたのだから警戒されているのは当然だ。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

 冷たい床には慣れている。今日は近くのベンチで夜を明かそうか、と思いながら問い掛けるような視線を向けるカリダから、クロトは目を逸らした。

 

「貴方も入りなさい」

「あー……でも」

「私が放り出したと思われたら、キラは2度と帰って来てくれないわ」

 

 クロトは口を噤んだ。

 意外に頑固なところもあるキラなら、本気でやりそうだと思ったからだ。言われるままキッチンの手前に置かれた椅子に腰掛けると、カリダはソファーでひっくり返っているキラを見ながら水を差し出した。

 

「貴方と話すのは始めてだけど、随分と嫌われちゃったみたいね」

「そんなことは……」

 

 クロトは妙な言い回しだと思った。

 そもそもカリダと会ったのはこれが初めてで、自分が彼女に嫌われているらしいというのはキラから得た情報だからだ。

 1度目のオーブ来訪時に、どうして自分をコーディネイターにしたのかと言ってしまいそうだからと両親との面会を拒否したキラを説得して実現させた際に、売り言葉に買い言葉で喧嘩別れしたとのことだった。

 大切な1人娘を守れなかった役立たずであり、その後地球連合軍の主力部隊としてオーブ解放作戦に関与し、オーブ軍はもちろん民間人にも少なからず犠牲者を出したクロトは自分を恨まれて当然の存在だと思っていた。

 

「ずっと仲直りしたいなって思ってて。だから、キラに連れて来て貰ったの。私達、家族になるんだから」

「…………」

 

 それでもようやく平穏を取り戻した筈のキラに襲い掛かった、プラント最高評議会議長に就任した“運命”に囚われた男と、それを利用しようとする“創造主”の男。

 2人の陰謀は再び地球全土を戦火で呑み込み、前大戦を上回る犠牲者を出した。

 世界を救った今も正しいのは“運命”か、それとも“自由”なのかは分からない。おそらく答えが出ることは永遠にないのだろう。

 思い出されるのは悲しいことだけでも、嬉しいことだけでもなかった。しかしその全てがこの世界に絶望していたクロトにとっては掛け替えのないものだった。

 自然と涙が零れそうになったクロトは掌で目尻を擦ると、不意に起き上がって抱き付いて来たキラの額にキスをしながら頷いた。




今更ですが第1話にも繋がる話を書きました。

物語開始時点でラスボスの風格を漂わせながら、キラちゃんと出会ったことで全てが狂ったクロトですが、こういうのを書くと色々と改稿したくなりますね。

原作では中ボスの1人なのに、アークエンジェルに放り込んでキラくんをキラちゃんにすると妙に主人公っぽい男。

イージスの兄弟機にして、ストライクと対称的なカラーリングのレイダーが主人公機として完璧なんですよね。

なお裏ボスのカリダママも登場しました。


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新たな襲撃者

本話はFREEDOM編の情報を含みますのでご注意ください。


 オノゴロ島で行われた第2次合同訓練が終了した後、基地の外の繁華街を出歩いていたシンの瞳に映ったのは、以前から世話になっている1人の少女だった。

 美しいダークブラウンの髪が特徴的な少女は周囲には目もくれず、何かを気にしながらシンの前を早足で歩いていた。

 どういう訳か道を覚えるのが苦手で、生来大人しいこともあってか1人では滅多に出歩かない少女の姿は、シンの脚を急がせるには十分だった。

 

「キラさん?」

 

 キラと呼ばれた少女は驚いた雰囲気で振り返った。怒っているような、悲しんでいるような不思議な表情だった。

 

「……びっくりした。シンくんか」

「いったい何をやってるんですか?」

 

 いつも穏やかな少女には似合わない顔だった。思わず問い掛けるシンに対して、キラは歩道の前方に視線を遣った。

 

「……あれは……!」

 

 視線の先を歩いていたのは、赤髪の少年“クロト・ブエル”と少女の姿だった。

 以前から彼女──“ラクス・ディノ”は少年と友人関係にあったが、シンの瞳に映るラクスの表情は妙に楽しそうな様子だった。

 シンが再びキラに視線を向けると、彼氏と親友が浮気しているような光景に彼女は深く傷心している様子だった。

 

「ここ数日、様子が変でさ。後を尾けたら待ち合わせしてたみたいで」

「流石に考え過ぎだと思いますよ」

 

 少なからず動揺しながら、シンは慎重に返答した。

 クロトがキラに心底惚れ込んでいるのは理解していたし、クロトとオーブの街を散策しているラクスは既婚者だ。どうも掴み所のないラクスだったが、結婚相手のアスランと親友のキラを裏切るような人間ではないように思えた。

 

「多分気のせいだとは思うんだけどね。私1人だとすぐに見失っちゃうから、シン君も手伝ってくれる?」

「分かりました。俺に出来ることなら」

 

 どうやら面倒なことに巻き込まれたらしい。

 シンは暗くなり始めた夕空を見上げて溜息を吐いた。少年とラクスは何処かの店に立ち寄ることもなく、しばらく歩きながら会話を楽しむとすぐに解散したようだった。

 

「!!」

 

 その翌日だった。

 再びキラに呼び出されたシンは、赤髪の少年が長い黒髪が印象的な少女と街を歩いている姿を目撃した。

 彼女はカガリと同様にキラと血の繋がった姉──“カナード・パルス”で、戦後は喪われた記憶を取り戻すため、世界各地を放浪していた少女だった。

 カナードは旧地球連合軍の内情に詳しく、実際にユーラシア連邦軍の特殊部隊に所属していた過去もあった。そんなカナードは先日戦後の世界秩序を守る“コンパス”の一員に推薦され、オーブに帰国していたのだ。

 カナードは悪戯っぽい表情で笑うと、困惑した少年の背中を叩いていた。その姿は相当に気を許した関係に見えた。

 

「……あの人って“ファントムペイン”なんでしょ? 俺と違ってオーブに知り合いもいないでしょうし、そんなこともありますって」

「分かってるけど……」

 

 髪色を除けば瓜二つの姿をしたカナードが少年と歩いている姿は、キラにとって余程腹立たしいことなのだろう。

 シンは顔を引き攣らせているキラを宥めながら言った。その後もしばらく尾行を続けていたが、やがて路地裏に姿を消した2人を見失った。

 

「!!!」

 

 更にその翌日だった。

 キラと落ち合ったシンは赤髪の少年が金髪の少女と街を歩いている姿を確認した。それは“ステラ・ルーシェ”と呼ばれる少年の同僚だった。

 生体CPUとして造られた彼女は第1次連合・プラント大戦に投入され、最後までキラの前に立ち塞がった天才少女だった。

 少女がラクス、カナードの2人と明確に異なっていたのは、彼女は少年に対して以前から好意を抱いていた点だった。様々な店に足を運んでいる2人の姿は、まるでショッピングを楽しんでいる男女のようだった。

 

「あはははは……」

 

 やがて2人の姿を完全に見失ったキラは肩を力無く落とした。具体的な証拠は見付からなかったが、状況は限りなく黒に近い灰色だ。

 シンは何かを見落としているような違和感を僅かに抱きながら、憔悴しているキラを自宅に送り届けた。

 

 

 

 遂に最終日を迎えた第2次合同訓練の集大成として、シンは最新式の量子コンピュータを導入した新型シミュレータを用いた実戦訓練を行っていた。

 それは今は喪われた“フリーダム”らも含め、条約違反機である“デスティニー”に至るまで忠実に再現可能なシミュレータだった。

 この訓練の対戦相手として、シンは“コンパス”の隊長候補と噂されながらもここ数日精彩を欠いていたクロトを指名した。

 

「せっかくですし、何か賭けます? クロトさん」

「そうだねぇ。……僕はどっちでもいいけど」

 

 シンはやはり様子がおかしいと感じた。

 本来クロトはコーディネイターとも対等に渡り合う人間だが、目の前の少年には一切闘志が見られなかった。全く集中していないように見えた。

 

「俺が勝ったら、何を隠してるのか話して貰いますからね?」

「あー……。どこまで知ってる?」

 

 シンが小声で言うと、クロトがぎくりとした表情に変わった。

 

「毎日違う女の人を連れてるって位ですよ」

「……僕が勝ったら、2度とくだらねーコトを口にするな」

 

 クロトの声に怒りが混じり、鋭い視線がシンに突き刺さった。今までの気の抜けた状態から、本来の姿に戻ったようだった。

 この様子だとキラの懸念も本当かもしれない。後方に視線を向けると、シンはこちらの様子を窺う少女の姿を確認した。

 その馬鹿野郎をぶっ飛ばせ。そう暗に言われたような気がした。

 

「それじゃあ、さっさと始めようぜ」

 

 張り詰めた空気を嗅ぎ取ったのか、合同訓練にオブザーバーとして参加していたオルガ・サブナックは決闘の準備を始めた。

 時間無制限。勝利条件はどちらかの無力化で、戦闘環境は大気圏内。反則の類は無しで、結果だけが唯一の真実だ。

 クロトは即座に頷き、シンもやや遅れて頷いた。

 一部の観客達は2人の勝敗に賭けを実行していた。どちらも両軍のエースパイロットである2人のオッズは拮抗していたが、ここ数日訓練で好調だったシンの勝利にベットする者が多かった。

 

「──開始!」

 

 シミュレータが訓練モードに切り替わった瞬間、シンは独立型コクピットである“コアスプレンダー”を急上昇させた。

 まるで戦闘機のような流線型のコアからミサイルランチャーを切り離すと、空中で減速しながらウィングを折り畳んだ。

 その後を追って飛翔する“チェストフライヤー”と“レッグフライヤー”のスラスターを逆噴射させると、それぞれ上半身、下半身のようなフォルムに変形した。

 コアを上下から挟む込む形で、それらはゆっくりと合体する。

 最後に複数の主翼とスラスターで構成された高機動シルエットが背部に接続すると、機体全体が美しいトリコロールカラーに変わった。

 

 通称“インパルスSpecⅡ”。

 

 それは第2次連合・プラント大戦時に開発された“セカンドステージシリーズ”と称されるモビルスーツ“インパルス”の強化改修機だ。

 第2次大戦終了後に結ばれた和平条約によって、ニュートロンジャマー・キャンセラーの軍事利用と、ミラージュコロイドステルスの使用禁止等が決定した。

 結果的に量産計画が進められていた“デスティニー”が解体されるなど、各種最新技術を封印されたプラントは、深刻な軍事力低下に悩まされるようになった。

 プラントはその課題を解決するため、先の大戦序盤に多大な戦果を挙げると共に、後半も存在感を示したインパルスに着目したのだ。

 

「今のアンタに負けるかよ!」

 

 シンはインパルスを一気に加速させると、中間距離で様子を窺っていたストライクレイダーに向かってビームライフルを連射した。

 

「!」

 

 クロトは縦横無尽に飛び回ってビームを回避すると、間合いを詰めながら極破砕球(ハイパーミョルニル)を放った。シンは咄嗟に機動防盾で防御するが、その上から強引に殴り飛ばした。

 

 ──やはり第2次連合・プラント大戦を終わらせたパイロットは、そう簡単に勝たせて貰える様な相手ではないらしい。

 

 シンは左フックのような軌道で迫るビームクローを急上昇で回避すると、前方に踏み込みながら袈裟切りに斬り付けた。確かな手応えを感じたが、クロトは神懸かり的な反応で右腕の複合防盾から展開したビームシールドで攻撃を無力化した。

 その気になれば正面から大型対艦刀を受け止めることも可能な鉄壁の盾だ。このまま正面から攻撃を続けても無意味だろう。

 

「それならっ!」

 

 インパルスの後方に、新品のシルエットフライヤーが出現した。

 思わぬ事態にクロトが一瞬硬直した隙を狙って、シンはフライヤーに装着した火力強化用シルエットから誘導ミサイルを発射した。

 

「!!」

 

 クロトは反射的にストライクレイダーを後退させると、複合防盾に搭載した機関砲を連射して誘導ミサイルを迎撃した。

 そんなクロトの足下を狙い、シンは機動防盾を投擲した。

 即座に盾を狙ってビームを発射すると、コーティングで斜めに反射した光弾が誘導ミサイルの対処で一瞬視界を外したストライクレイダーを掠めた。

 

「あんなのアリなのかよ?」

 

 シャニ・アンドラスが不満の声を上げた。

 決闘の舞台であるオノゴロ島の演習所では、両軍の整備を担当しているザフトやモルゲンレーテのメカニック達も2人の戦闘をリアルタイムで分析していた。

 

「もちろんアリだ」

 

 オルガは小馬鹿にしたような口調で言った。

 シンはインパルスの性能を十全に発揮するため、一定間隔でコアスプレンダーを除いたユニットを再出現する権利が認められている。

 ザフト内部で“インパルスシステム”と呼称されているように、インパルスは運用母艦や航空基地との綿密な連携を前提としているのだ。

 

「このままじゃ負けるぞ」

 

 カナードは第2射を紙一重で回避したストライクレイダーと、それを上回る勢いで追撃を仕掛けるインパルスに視線を向けた。

 

「でもなんか、複雑な感じ」

 

 メイリン・ホークはぼそりと呟いた。

 実戦では敵が単独で、更に逃走出来ない状況など滅多にある訳ではないし、スムーズに各種支援を受けられるとは限らない。対等な条件には程遠いだろう。

 レイ・ザ・バレルはメイリンに一瞬視線を向けると、静かな口調で言った。

 

「だが、このままやられる奴じゃない」

 

 クロトは体勢を立て直すと、機体の前方で極破砕球(ハイパーミョルニル)を展開した。高分子ワイヤーの盾が形成され、インパルスの放った攻撃を次々に無力化した。

 シンはその場で足を止めたストライクレイダーの死角に回り込むため、弧を描くような軌道でインパルスを加速させた。

 

「ッ!」

 

 時間経過と共に有利になるシンと異なり、クロトはインパルスのコアスプレンダーを狙わなければ勝機を掴めない。クロトは展開していた極破砕球(ハイパーミョルニル)を回収すると、機体を横滑りさせてシンの放ったビームを回避した。

 

「逃げるな!!」

 

 強化改修されたインパルスSPECⅡは、高機動戦闘用シルエット装備時はストライクレイダーに匹敵する機動力だ。クロトは執拗に接近戦を挑むインパルスの斬撃を宙返りで回避すると、逆立ちした体勢からフェイスシャッターを展開した。

 

「シン!」

 

 ルナマリア・ホークは声を上げたが、僅かに間に合わなかった。

 ストライクレイダーの口部から発射された赤黒い閃光がインパルスの装甲を掠め、後方から両機を追い掛けていたシルエットフライヤーを撃ち抜いた。

 

「第2ラウンドだ」

 

 戦況を振り出しに戻したクロトは後退するシンを追って機体を加速させたが、インパルスの頭上にシルエットフライヤーが再出現した。

 

「これならどうだ!!」

 

 シンは格闘専用シルエットから射出したビームブーメランを受け取ると、突進するストライクレイダーを左右に挟み込むような軌道で投擲した。

 クロトは迫り来るビームブーメランを急降下して回避したが、シンは更に大型対艦刀を掴むと、逃げ場を完全に喪ったストライクレイダーに突撃した。

 

「器用なヤツ」

 

 審判を務めるオルガはぼそりと呟いた。

 クロトは腰部の大型クローからビームソードを展開すると、同時に右腕の複合防盾に搭載された対艦刀を抜いた。再び飛来するビームブーメランを極限まで引き付け、華麗な体捌きで同時に両断しながら機体を急上昇させた。

 

「……あの、オルガさんは知ってるんですか?」

 

 オルガが振り向くと、物陰から現れたキラが怪訝な表情で立っていた。

 

「さぁな」

「さぁなって……」

「俺を差し置いて〈STTS-910(ライジングレイダー)〉のパイロットに選ばれたんだから、コレくらいはやってもらわねーとな」

「〈STTS-910(ライジングレイダー)〉?」

 

 キラはオルガの持ち出した聞き慣れない単語に思わず首を傾げた。

 

「あー、お前は知らなかったっけか。アイツの専用機だ」

 

 型式番号〈STTS-910(ライジングレイダー)〉──“飛翔する襲撃者”。

 前大戦で活躍した“ターミナル”を前身とし、各勢力の非戦派で結成されることになった特殊部隊“コンパス”ではモビルスーツの共同開発が行われていた。

 その中の1機が〈STTS-910(ライジングレイダー)〉だ。

 まだ基礎開発を終了した程度だが、設計基盤であるストライクレイダーの性能を忠実に再現した上で、各陣営の最新技術を導入した最新鋭の機体だ。

 オルガが簡単に説明を終えた瞬間、クロトはシンの放った斬撃に対艦刀を合わせた。激しい火花が舞い散り、大型対艦刀は根元から両断された。

 

「それがSEEDの力か?」

 

 オルガはクロトの生体データをリアルタイムで監視するキラに訊ねた。

 先程から心拍数が急上昇し、脳波の数値も向上している。それは自分達が生体CPU時代に人工麻薬を大量服用した時と同様の状態だった。

 

「はい。一時的な覚醒状態です」

「ま、俺には関係ねーか」

 

 曰く“優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子”。

 ナチュラル、コーディネイターに関係なく一定数の保有者が存在する他、現代の遺伝子操作では再現出来ないと言われる因子をクロトは発現させたらしい。

 オルガは視線をモニター画面に戻した。

 インパルスのユニットが再出現するまでは、大気圏内の高機動戦を最も得意としているストライクレイダーが有利だ。

 変幻自在の攻撃を仕掛けるクロトと、紙一重で凌ぎ続けるシン。両者の攻防は再出現するまで互角だったが、その均衡は急激に傾いた。

 

「くそっ!」

 

 クロトはインパルスから分離したチェストフライヤーの突撃を神懸かり的な反応で回避した。更に追撃を妨害するレッグフライヤーを破壊すると、再出現したユニットと合体しているインパルスに突進した。

 

「もらったぁ!」

 

 左右に突き出したストライクレイダーの大型クローが、インパルスの手首から展開したを掴んで一気に押し込み始めた。このまま体勢を崩すことに成功すれば、無防備に晒されたコクピットにビームを叩き込んでクロトの勝利だ。

 

「!?」

 

 その瞬間だった。インパルスのウィングから真紅の光翼が展開した。

 すると死に体だったインパルスは一気にストライクレイダーを押し返し、直後に背部から伸ばしたビーム砲で右脚部を吹き飛ばした。

 

「マジか」

 

 クロトは第2射をビームシールドで防御すると、小さく悪態を吐いた。

 その圧倒的なパワーはインパルスの運用性を改善し、全ての面で既存の機体を上回る性能を発揮するため開発された万能型シルエットの存在を示していた。

 デュランダル直属の特殊部隊“コンクルーダーズ”の標準装備として少数生産されたこのシルエットは、インパルス自体の性能向上を考慮すれば、瞬間的な能力はデスティニーと同等だった。

 ルナマリアはデュランダル政権を象徴する真紅の光翼を展開したインパルスを見て、呆れたような口振りで呟いた。

 

「しっかしどうやってあんなの見付けてきたんだか。たしか設計局のデータベースに封印されたんじゃなかったっけ?」

「さぁな。どこかに凄腕のハッカーでもいるんじゃないか?」

 

 レイは背後に隠れているメイリンに視線を向けた。シンを確実に勝利させるため、こっそり準備をしていたのだ。

 

「……まだ分からない」

 

 キラが反論した瞬間、シンはクロトが投擲した極破砕球(ハイパーミョルニル)を紙一重で回避した。そして左腕と繋がっている高分子ワイヤーを擦れ違いざまに両断した。

 

「おい! 大金賭けたのに何をやってんだあのヤローは!」

 

 シャニは右脚に続いて攻防兼備の武器を喪失し、敗色濃厚な状況に陥ったクロトに怒鳴り声を上げた。

 

「ちょっと黙ってろ」

 

 クロトが呟くと、落下していた極破砕球(ハイパーミョルニル)が突如再起動した。

 大気圏内でも使用可能な武器であり、普段は持ち手と高分子ワイヤーで繋がれたその質量兵器はカオスと同様に量子通信で操作していたのだ。

 シンの注意が逸れた瞬間を狙って加速した極破砕球(ハイパーミョルニル)は、インパルスの背部で輝いている真紅の光翼に直撃した。

 

「なっ!?」

 

 対艦刀を抜いたストライクレイダーは一気に距離を詰めると、体勢を崩したインパルスに斬撃を叩き込んだ。

 強烈なダメージを受けたインパルスの両手首が折れ、クロトの攻撃を理解出来なかったシンはパニック状態に陥った。

 反射的に距離を取ろうと蹴りを放つが、カウンターで膝を蹴り砕かれた。

 

「!?」

 

 そして追撃を仕掛けようとしたストライクレイダーに両腕の残骸を突き出した瞬間、腕の断面部から眩い閃光が走った。

 インパルスSPECⅡに合わせて再調整が行われた万能型シルエットは、デスティニーと同じ開放型ビームジェネレーターを試験的に装備していたのだ。

 シンの意図に反して発射された一撃は完全な不意を突き、対艦刀を振り下ろそうとしていたストライクレイダーのコクピットを呆気なく貫いた。

 

 

 

 観客者達は両者の誇りを賭けた激闘の意外な結末に沈黙していると、モニター画面にシンの勝利を示すメッセージが表示された。

 決着が付かなかった戦闘を考慮しなければ、これで通算2勝1敗だ。

 シンが安堵しながらシミュレータから降りると、ルナマリアらその勝利に賭けていた者達の表情は一斉に明るくなった。

 

「おい、油断してんじゃねーよ!」

「金返せ!」

 

 シャニの拳が唖然としたまま動かないクロトの背中を襲った。他にもカナードのようにクロトの勝利に賭けていた者達は、口々に不満の声を上げている。

 

「いやー、ダセー負け方だったなぁ」

「…………」

 

 キラはオルガと共に、不服そうな表情で姿を現したクロトを出迎えた。

 

「テメェの仕業だな。いくらなんでもおかしいと思ってたぜ」

「おいおい、負け惜しみかよ。……ま、お前が勝っても面白くねぇからな」

 

 結果的に接戦だったとはいえ、一方に対する半永久的な支援はあまりにも大きい。まして継戦能力に問題のある万能型シルエットを投入するなら尚更だ。オルガはクロトの指摘に対して、袈裟な素振りで肩を竦めた。

 

「結局、何を隠してたんですか?」

 

 シンはルナマリアらからの手荒い歓迎を終えると、不穏な雰囲気のままソファの傍らで立ち尽くしているクロトの顔をじっと見た。

 

「……ちっ」

 

 クロトは舌打ちすると、ポケットの中からラッピングされた小箱を取り出した。そして周囲の好奇な視線を浴びながら、箱の中身をキラとシンに披露した。

 

「指輪?」

 

 戸惑うキラの手をそっと取ると、クロトは精巧な意匠の施された美しい指輪を装着した。

 その指輪は不思議な位に少女の指に似合っていて、側部には少女の名前がフルネームで彫り込まれていた。

 

「ムードも何もあったもんじゃねーけど」

 

 全く状況が理解出来ない。ここ数日、アンタはキラ以外の女の子と遊んでたんじゃないのか。

 シンは腹を抱えて爆笑しているオルガを余所に、ポケットの中に再度小箱を仕舞ったクロトに話し掛けた。

 

「ラクスさんのアイデアですか?」

「あぁ。キラは意外とこういうのが好きだって」

「……カナードさんは?」

「公務で忙しいカガリには、測定なんて頼めねーだろ?」

「おい。私が暇みたいな言い方は止めろ」

 

 シンは欠伸を噛み殺したカナードから視線を外すと、本命と予想していたステラに言及した。

 

「だったらステラは?」

 

 するとクロトはうんざりした表情に変わった。

 

「買った所を偶然見付かってさぁ。おかげで口止めの買い物に半日付き合わされたぜ」

 

 自分達はどうやら盛大に勘違いしていたようだ。

 シンは顔を紅潮させて沈黙しているキラに視線を向けると、無言で頷いた。この話は墓まで持って行かないと大変な事になりそうだ。

 

「……やっぱ駄目だ。こういう渡し方はねーよな」

 

 やがてクロトはキラを連れて演習所の外に出た。

 そして人気のない美しい砂浜に足を運ぶと、再び小箱の中から取り出した指輪を少女の指に装着した。




改稿が難航中なので更新しました。

本話は劇場版の内容を予想して書いているので、上映後に一部の記述を変更する可能性があります。

なお白服でも准将でもないクロトがキラの立ち位置は変なので、序盤はアスランポジションの予定です。またライジングレイダーの暫定版を作成したので記載します。

【ライジングレイダー】“飛翔する襲撃者”

・型式番号:STTS―910
・装甲材質:VPS装甲(?
・動力源 :バッテリー(?
・搭乗者 :クロト・ブエル(予定
・武  装(仮
①極破砕球“ハイパーミョルニル”
②大型実体盾(ジャスティスと同型。投擲可能。
③ビームサーベル×2
④ビームライフル
⑤ビーム突撃砲×2(大型クローに内蔵、ビームソード可
⑥肩部電磁砲×2(スラスター、サーベルラック兼任
⑦口部エネルギー砲“ツォーン改”

どうやら正規軍所属らしいのでビームライフル、ビームサーベルを解禁しました。それでも破砕球とゲロビを搭載するだけでライフリ、イモジャと差別化出来るのは偉い。

サプライズで指輪を準備してたら情報が漏れて、口封じするために本気を出すが負ける男。


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フリーダムキラー

本話はFREEDOM編の内容に一部触れています。ご注意ください。


 彼女はスピーカーから流れる歌声を消した。

 瞬く間に空気は殺伐としたものに変わり、焼け付くような緊張感と高揚感が胸の奥から沸き上がってくる。

 突如無音に変わった世界で、彼女は歌の続きを自然と口にした。まるで昨年世界を騒がせたどこかの誰かに似た調子の、ポップで軽快なメロディーの歌を。

 漆黒の宇宙。

 ここはジャンク屋達がどれだけ回収しても追い付かない、スペースデブリの蔓延している廃棄された軍事基地だ。

 アルテミス。

 それは地球連合に加盟していたユーラシア連邦の誇る宇宙要塞の名だ。

 クルーゼ隊の襲撃を受けて陥落した後、紆余曲折を経て再度奪還に成功したユーラシア連邦軍は大西洋連邦に対抗するため、民間企業アクタイオン・インダストリー社と共同でユーラシア連邦初のモビルスーツ“ハイペリオン”を共同開発した。

 合計3機製造されたハイペリオンは“特務部隊X”のモビルスーツとして運用され、ドレッドノート強奪事件など第1次大戦の裏側で様々な武力介入を行った。

 しかしXメンバーの大規模な脱走、ユーラシア連邦の衰退など様々な状況が重なってアルテミスは最終的に放棄されることが決定し、かつてその難攻不落さから“母の腕の中”と呼ばれたこの地は“亡者の墓場”となっていた。

 そして現在は“フリーダムキラー”を自称するテロリストが、無数のモビルスーツを率いて通りがかった民間船を拿捕し、乗組員達を人質に立て籠もりを行っていた。

 

「ザフトの支配下にあるコンパスを解散しろ」

 

 などと主張し、アルテミスに残されていた設備で大々的に発信していたが、事態を憂慮した世界平和監視機構は一連の行動をブルーコスモスの起こしたテロと断定し、付近にいた彼女を刺客として差し向けたのだった。

 結果として一触即発を保ったまま、状況は膠着状態を保っていた。アルテミスに満ちている静かな殺気が全てを覆い隠すように包み込んでいた。

 我思う故に、我在り。何が本当なのかは分からないけれど、今私がこの歌を呟きたい気持ちだけは真実のはずだ。

 

「♪」

 

 彼女は静かに巨大デブリを蹴り、機体をゆっくりと前に進めた。

 艶やかな黒髪と、星空のように澄んだ紫色の瞳、誰もが振り返るような可憐さと、歴戦の戦士を思わせる精悍な雰囲気が印象的な少女の外見は、赤いパイロットスーツで覆い隠されている。

 自分はいったい何者なのか。彼女は考えない日はなかった。

 最高の日も。最悪の日も。どうでもいい日も。どうでもよくない日も。

 彼女には名前がなかった。

 もちろん彼女を第二のスーパーコーディネイターを造る為の被検体として研究していたユーラシア連邦の研究員が付けた、奇妙なコードネームはあったが。

 ファーストネームはカナード。

 いわゆる虚構──スーパーコーディネイターとして誕生しながらも、失敗作として生まれたことを示す名だ。贋作だった故に過酷な運命から逃れられたことを示す、彼女の本質を示す名前だった。

 ファミリーネームはパルス。

 瞬間的な能力は成功作にも匹敵する能力を示したことで研究員の関心を引き、失敗作でありながら唯一生存を許された彼女の立場を示す名前だった。

 失敗作とはいえ、平均的なコーディネイターを遥かに凌駕する知性を付与された彼女は自らに付けられた名前の意味を、物心が付いてほどなく理解した。

 やがてモルモット扱いに耐えられず、謎の男の手引きによって脱走に成功した彼女は自らの存在意義を賭け、成功作であるキラ・ヤマトを倒すため、ユーラシア連邦軍の特務部隊“X”に身を置いた。

 やがて狂気に身を委ねた彼女は奇妙な少年と出会い、命と引き換えに自分を守ろうとした彼に諭されて復讐心を捨てた。

 その後、地球連合に回収された彼女は“ファントムペイン”の一員として洗脳され、彼はカーボンヒューマンの素体として生涯を終えた。

 それは取り返しの付かない過去で、どうしようもない残酷な現実だ。唯一思い出せないのは、彼が最期に遺したたった1つの言葉だけだ。

 

〈“フリーダムキラー”の反応はないな。全く何を考えているのやら〉

 

 少女が操縦するモビルスーツのスピーカーから、スクランブル出動を余儀なくされた彼女の支援者であり、元上官である金髪の男の楽しそうな声が届いた。

 

〈くだらない冗談は年齢のせい? 〉

〈そうかもしれん。……だが、ここからが本題だ〉

 

 ラウ・ロアノークはカナードの刺々しい言葉に苦笑した。彼女のこうした男勝りな性格は成功作の妹よりも、むしろもう1人の妹に似ている。

 ニュートロンジャマーで入念な電波阻害が行われたこの状況下で、秘匿通信を盗み聞き出来る者は存在しない。カナードの見詰めるモニター画面の中で、現状の地球圏における勢力図を指し示している世界地図が表示された。

 

〈君は“ファウンデーション”を知っているか? 〉

〈……たしか、ユーラシア連邦から独立した新興国だっけ〉

 

 ラウはカナードの返答に満足した様子で頷いた。

 C.E.75年。

 第2次連合・プラント大戦の傷跡が世界各地に色濃く残る中、最も被害を受けたユーラシア連邦を中心とした大規模な独立運動が勃発した。

 第2次大戦時にギルバート・デュランダルの支援を受け、ユーラシア連邦に所属するコーディネイターが主導したその運動は、地球上における唯一のコーディネイターを中心とする国家の建国を成功させた。

 世界各地に散らばっていたコーディネイターを大々的に受け入れることで、新興勢力でありながら強大な国力を獲得した彼等は、オーブと並んで今後の世界情勢を左右する第三勢力になるかもしれないと噂されていた。

 

〈では、ブルーコスモスの復権は? 〉

〈知ってる。……また大変なことになりそうだってね〉

 

 カナードは再びデブリを蹴って機体をゆっくりと前に進めながら、うんざりだと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

〈大義はどうあれ、第2次大戦の犠牲者はナチュラルが大半を占めているからな。彼女が表舞台に上がろうと、そう簡単に収まるものではないだろう〉

 

 ラウは皮肉混じりに言った。

 第1次連合・プラント大戦と、第2次連合・プラント大戦。大局的にはどちらも引き分けだが、実態としてはコーディネイター陣営の圧勝だ。

 ギルバート・デュランダルがユニウスセブン落下テロ事件に関与した疑いも、ロード・ジブリールの暴走を掴んでいた疑いも、戦後処理を行った際に抹消された。

 今や戦後の地球連合を主導する立場にあるオーブ連合首長国も、現当主のカガリを除いた有力者の大半はコーディネイターだ。

 コーディネイターはナチュラルを疎み、ナチュラルはコーディネイターを憎む。

 そんな果てしなき憎しみの連鎖は今も拡大する一方で、それを終わらせる手段は誰も持っていない。

 あの“平和の歌姫”ラクスですら、例外ではない。

 類い希なる能力を先天的に獲得したコーディネイターである彼女に、ナチュラルの苦悩など理解出来る訳がない。そう非難する者は少なくなかったのだ。

 

〈それで、本題は? 〉

〈そうそう。“世界平和監視機構”についてだ〉

 

 ラウは顎に手を当てて楽しそうに言った。

 世界各地で起こる戦乱を鎮静化するため、プラント・大西洋連邦・オーブ連合首長国の共同で世界平和監視機構“コンパス”が創設された。

 その初代総裁にラクス・ディノ。

 更に実行部隊のトップとして、ラクスの婚約者でありオーブ軍准将であるアスラン・ディノが就任した。

 他にシン・アスカ、ルナマリア・ホーク、ムウ・ラ・フラガなど、各陣営から推薦を受けたエースパイロット達が構成員として名を連ねている。

 ユーラシア連邦で起こった騒動の関係で、元々関係者だったカナードは暫定的にターミナルへの出向が決定したが、それはあくまで一時的な措置だった。

 

〈どうやらファウンデーションは君達を危険視しているようでね。今回の事件にも彼等が関与しているのではないかと私は睨んでいる〉

〈あの妙な連中が? 〉

〈あぁ。本物のフリーダムキラーがこんな真似をするわけがないとは、連中も分かっているはずだ。だが、奴等はメディアを通して彼の排除を求めているそうだ〉

 

 フリーダムキラー。

 それは第1次連合・プラント大戦で伝説的な成果を残し、第2次大戦でも伝説的な戦果を挙げたフリーダムを死闘の末に撃破したクロト・ブエルの異名だ。

 もちろん本物のフリーダムのパイロットは前大戦でオーブ軍のフラグシップ機“アカツキ”を駆り、ネオ・ジェネシスの破壊に貢献したキラ・ヤマトだ。しかし戦後処理に携わった関係者の間では、それは公然の秘密となっているのだ。

 

〈だったら偽者の正体は? 〉

〈恐らくカーボンヒューマンの生き残りといったところだろう。可能であれば生け捕りが望ましいが、難しいかもしれないな〉

 

 全盛期の力を取り戻した“超越者”を倒したクロトの戦闘能力をコピー出来たのであれば、いくらカナードであろうと対抗出来る相手ではない。

 場合によっては撤退も選択肢の1つだとラウが口にしたところで、カナードは鼻で笑うように応答した。そして標的を見据えると、背部のメインスラスターを起動させた。

 

〈余裕だろ。私は──〉

 

 崩落した格納庫の一点で、眩い炎が発生した。

 

〈っと! 〉

 

 鶏冠状の頭部センサーを搭載した薄緑色のモビルスーツが、要塞攻略用のミサイルランチャーを発射した。

 一転して急上昇したカナードの遥か足下に、無数のミサイルが着弾した。壮烈な爆炎がコンクリート製の床を呑み込み、撒き散らされた鉄屑が周囲に破壊をもたらした。

 

〈ジンの反応を確認! 〉

〈奥にも反応があるぞ! 〉

 

 ラウの緊急通信と同時に、節電のため薄暗い灰色だったVPS装甲が白と赤を基調とした鮮やかな色に染まる。

 型式番号〈CAT1-X1/3E〉──“ハイペリオンイータ”。

 戦後、アズラエル財団がアクタイオン・インダストリー社から入手した“ハイペリオン”の設計データを基に、パワーエクステンダーやVPS装甲といったC.E.75年現在の最近技術を導入して開発した試作機だ。

 ビームライフルの直撃を受け、無造作にミサイルランチャーを構えていた2機のジンはアルテミスに散乱する宇宙塵の1つと化した。

 その背後から現れた新手のモビルスーツが銃撃を開始したが、数秒前に仲間を殺されたとは思えないジンの無機質な挙動にカナードは違和感を抱いた。

 

〈テロリストは1人じゃなかったのか!?〉

〈フリーダムキラー以外はAIだ! 奴を逃がすな!〉

 

 銃撃。銃撃。また銃撃。

 カナードはハイペリオンを加速させながら、まるで軍隊蟻のように死を恐れず向かってくるモビルスーツ群にビームマシンガンを連射した。

 そして仲間を盾に弾幕を突破するモビルスーツに向かって、腰部にマウントしていた小型のビームブレイドを抜いて突貫する。しかしジンの放った無数の弾丸は、ハイペリオンの前腕部から展開したモノフェーズ光波防御シールドに阻まれて届かない。

 カナードが弾丸のようにモビルスーツ隊の中心部を駆け抜けた直後、胴体が泣き別れした機体は次々に爆散した。

 

〈ガラクタ人形に頼ってないで出て来いよ、雑魚野郎〉

 

 背部ユニットから伸びた超高インパルス砲“アグニ”から発射した極大の閃光が、崩落したアルテミスの外壁から現れたモビルスーツの横に大穴を開けた。

 お前に囚われた人質の安否など、私には関係ないことだと言いたげに。

 

〈僕を知っているの?〉

 

 ノイズ混じりに聞こえてくる聞き慣れた少年の声。

 それと同時に真上から降って来た破砕球を回避し、カナードは上空に現れた赤黒いモビルスーツに視線を向けた。

 型式番号〈LF-GAT-X370〉──“フラムレイダー”。

 秘密結社“ライブラリアン”がレイダーを再設計したモビルスーツであり、第2次大戦の最終盤の混乱に紛れてラウが取り逃がしてしまった機体の1つだ。

 

〈さぁな。お前みたいな偽者のことなんか知るか〉

〈君も、僕を偽者だって言うんだね〉

 

 挨拶代わりに放たれたビームにモノフェーズ光波防御シールドを合わせ、カナードはレイダーの口部から放たれた高出力ビームを無力化した。

 

〈当然だ。アイツは私の義弟だからな〉

 

 カナードの言葉に戸惑ったのか、ハイペリオンに向けていた銃口を下げた。

 

〈……知らなかった。フリーダムキラーには姉がいたのか〉

 

 どうやら完全にイカれてしまったテロリストという訳ではないらしい。カナードは少年を試すような口調で言った。

 

〈お前の目的はなんだ?〉

〈……コンパスの解散だ〉

〈それは無理な話だ。頭の悪さはアイツより上だな〉

 

 数秒間の逡巡後、少年は静かに応答した。

 

〈僕は望んで偽者に生まれた訳じゃない。君がフリーダムキラーの姉だと言うなら、さっさと本物を連れてこい〉

 

 少年の真剣な声に、不意を突かれたカナードは大笑いした。

 世間的にはクロト・ブエルはフリーダムキラーだが、実際にはフリーダムのパイロットを騙っていた不届き者を始末しただけだ。

 本物に劣等感を抱いているこの大馬鹿野郎は、かつてキラ・ヤマトを倒そうとした自分によく似ている。

 

〈悪いが、交渉の余地は無しだ。これ以上面倒なことが起こる前に、私がお前をとっ捕まえてやる! 〉

 

 カナードはメインスラスターを最大出力で始動させると、少年の放った無数の銃撃を振り切るような勢いで後方に回り込んだ。

 そのままビームブレイドを抜刀して右腕を狙うが、反射的に掲げた左腕のシールドで攻撃を防御されてしまう。変形と同時に振り下ろされたビームクローをバックステップで避け、展開した超高インパルス砲を発射した。

 赤黒い閃光が左脚を大きく抉り取ったが、胴体を避けて狙った僅かなタイムラグがレイダーの無力化を失敗させた。

 

〈邪魔をするな! 〉

 

 するとハイペリオンの動きが止まった一瞬の隙を狙って、少年の投擲した破砕球が正面に迫った。

 反射的に展開したモノフェーズ光波防御シールドを擦り抜け、対ビームコーティングの施された質量兵器の一撃がコクピットブロックに衝突した。

 強烈な打撃を受けたカナードは失神したが、ヘルメットをコクピットシートに叩き付けられた衝撃でカナードの意識は瞬時に覚醒した。

 

 ──人と人は、想いの力で繋がっているんだ。

 

 誰かの声が、脳裏で聞こえたような気がした。

 

〈あー……。思い出した!! 〉

 

 カナードは血の混じった唾液を呑み込みながら、瓦礫に叩き付けられたハイペリオンを飛翔させた。再度少年の放った破砕球を紙一重で回避しながら、カナードはどうしようもなく孤独な少年との距離を詰める。

 横薙ぎに振るわれた大型クローは、わずか数十センチメートル先で停止している。

 ハイペリオンの右前腕部から展開した極小範囲のモノフェーズ光波防御シールドが、ゾロアスターの最高神を冠するビームクローを寸前で阻んでいた。

 

〈私はカナード・パルスだ! 〉

 

 カナードが咆哮するように叫ぶと、白羽取りした大型クローを破壊した。

 すると少年はレイダーを後退させて距離を取ろうとしながら、周囲に伏せていた無数のモビルスーツにハイペリオンを撃たせようとした。

 しかしカナードとの距離は離れるどころか、反対に引き寄せられてしまう。

 

〈何っ!?〉

 

 カナードは破砕球とレイダーを繋いでいた強靱な高分子ワイヤーを、回避と同時に左腕で掴んでいたのだ。

 こうなれば相討ちだ。

 少年はバランスを崩しながらも、コクピットを庇うようにシールドを構えた。

 一方で強引に距離を詰めたカナードは、ハイペリオンの各所に取り付けられたモノフェーズ光波防御シールドを最大出力で全面展開した。

 超至近距離で放たれた攻防一体の指向性ビームがレイダーの頭部を吹き飛ばし、更にAIの放った無数のミサイルが次々直撃した。

 物理攻撃を受けてパワーダウンしたレイダーの装甲は灰色に変わり、主人の異常を察知したモビルスーツ群は一斉に沈黙する。

 これでフリーダムキラーの起こしたテロ事件は、犠牲者無しで見事解決だ。

 

〈ナイスファイトだ、カナード君〉

 

 ラウは民間人を救出するため、周辺に展開していた元ユーラシア連邦軍の傭兵部隊に作戦成功のメッセージを打電すると、どこか可笑しそうな口調で呟いた。

 カナードは息苦しいヘルメットを無造作に脱ぎ捨てると、かつて肩を並べて戦った戦友達に手を振った。




PV4と勢力図、あらすじが公開されたのでFREEDOM編に向けた短編を執筆しました。

クロトがコンパス所属だとシナリオが破綻しそうなので、今回の1件で追放されました。(何もしてないけど
もちろんキラちゃんもクロトと共に離脱したので、コンパスのメンバーは以下の通りです。

世界平和監視機構(暫定

初代総裁:ラクス
隊長:アスラン
隊員:シン、ルナマリア、アグネス
未定:オルガ、シャニ、ムウ、レイ(療養中?
追放:クロト(ターミナル出向予定
離脱:キラ、カナード(ターミナル出向

……端から見たらコンパスという名のザフト地上部隊に見えますね。このメンバーで世界平和監視機構を名乗るのは無理があるでしょ。

今回登場したハイペリオンイータの詳細設定は考え中です。他にもオリジナル機体を色々と考えてますが、とりあえずアカツキフリーダム(仮)は登場させる予定です。

フラムレイダーの出番はこれで終了ですが、要はライブラリアンの開発したレイダー改修機です。
破砕球にビームコーティング、肩部の速射砲をMS形態でも使えるように改造したストライクレイダーのジェネリック版でもありますね。


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真・フリーダムキラー

 世界平和監視機構“コンパス”。

 それはカガリ・ユラ・アスハの主導によって、オーブ、プラント、大西洋連邦の3ヶ国で結成された国際機関の名称だ。

 それぞれの国から選抜された独自の戦力を持ち、本部はプラントの首都アプリリウスに置かれたコンパスは、初代総裁に“平和の歌姫”として知られるラクス・ディノを置き、主に世界全土で行われている戦闘行為の鎮圧を行っている。

 その実行部隊の隊長として“歌姫の騎士”アスラン・ディノ。

 また構成員に“エンデュミオンの鷹”、意外な所では“月光のワルキューレ”など、各陣営のエースパイロットを結集させたこの部隊は、少数ながら1方面軍にも匹敵する強大な軍事力を保有する精鋭部隊だ。

 オノゴロ島に位置するコンパス地球支部ビルの会議室にて、組織の成立を主導したオーブ連合代表首長カガリ・ユラ・アスハはクロトに視線を向けた。

 

「まだ発表されていないが、つい先程“フリーダムキラー”を確保した」

 

 アスランと並んで実行部隊の中心人物であり、第2次連合・プラント大戦で挙げた成果から“フリーダムキラー”と称されたクロトは、先程までテロ被疑者として地球支部ビルの地下室に拘束されていたのだ。

 クロトは解除された手錠型電子監視機を机の上に置くと、腕をゆっくりと回した。

 

「情報精査中だが、黒幕の正体は掴めていない。だが世界各地で同様の犯行が繰り返されていることから、ブルーコスモスの関与した可能性が高いそうだ」

 

 元は自然環境保護を訴える団体だったが“蒼き清浄なる世界の為に”をスローガンに、手段を問わず反コーディネイター、反プラント活動を実行する思想集団だ。

 一時は秘密裏に支援していたロゴスの壊滅や、ネオ・ブルーコスモスの結成などで勢力衰退を余儀なくされていたが、第2次連合・プラント大戦の戦後処理や世界各地で行われた独立運動の被害を受けたナチュラルの支持を集めていたのだ。

 

「ブルーコスモスねぇ。僕の名前なんか使っても意味ないってのに」

 

 クロトはケラケラと笑った。

 第2次連合・プラント大戦の最終決戦となったメサイア攻防戦で、クロトは不敗神話を誇っていた“フリーダム”を撃破した。その戦果から“フリーダムキラー”の異名を付けられ、ナチュラルでありながら世界有数のエースパイロットと評されている。

 だがそれはナチュラル至上主義のブルーコスモスにとっても、決して望ましいものではなかった。クロトは地球連合軍とブルーコスモスが共同開発した“生体CPU”の1人であり、コーディネイターを排除するために造られた人間兵器だ。

 あえて喩えるならば、魔法使いと使い魔といった関係か。いずれにせよ非人道的な行為に手を染めたブルーコスモスが、クロトの件で支持される理由など1つもない。

 その通りだと肯定した上で、カガリは顔を顰めて小声で言った。

 

「だが今回の事件を受けて、ファウンデーションはお前の排除を要求したそうだ。お前を処分しなければ、我が国はコンパスを支持しないとな」

 

 あからさまな挑発行為に、クロトは仏頂面のまま返答した。

 

「言わせておけよ、って状況じゃないみたいだな」

「あぁ。連中の独立経緯は複雑だからな。デュランダルを討ったお前を、目障りだと考えているのかもしれない」

 

 物事には裏と表がある。

 それは世界経済を崩壊させ、前代未聞の遺伝子至上主義政策を全世界に強制執行しようとしたギルバード・デュランダルであっても例外ではない。

 特にデュランダルの支援を受けて独立したファウンデーションには、今もその遺志を支持する者が存在しても不思議ではないのだ。

 

「それが政治の世界って奴か」

「そんなところだ。しかし、発足されたばかりのコンパスが奴等の言葉を無視出来ないのも事実だ」

 

 コンパスが本拠地を構えるのはプラントの首都。

 初代総裁、初代指揮官はいずれも元プラント最高評議会議長の子息。

 主要な構成員の大半はコーディネイター。

 どう贔屓目に見ても、プラントを支援するための地上部隊だ。

 ましてクロトが組織から排除されたことが明らかになれば、不支持を表明する者も現れるだろう。コーディネイター国家であるプラントを除けば、各国の市民は優秀な新人類に劣等感を抱いたナチュラルが大半なのだから。

 どちらにしても手詰まりの状況らしい。クロトは肩を竦めて苦笑した。

 

「僕はクビでもいいけどねぇ。ラクスがいれば大丈夫だろ」

「それはそうかもな。だが、そんな単純な話じゃないだろう」

 

 カガリは頷くと、虚空を見上げて溜息を吐いた。

 このコズミック・イラはどうしようもない世界だ。

 たった数年で2度も人類滅亡寸前の危機が訪れたと思ったら、平和が訪れた後も懲りずに世界各地で戦いを続けている。

 もしもこの世界に神がいるのなら、余程人の不幸を楽しんでいるのだろう。

 世界平和を維持・監視するために武力介入を実行する機関。

 そんな空想の世界では敵役のような超国家的組織が結成されたのは、そんな手段しか平和を維持する方法を思い付かなかったからだ。

 今の自分達には、遺伝子至上主義に傾倒して世界平和を成そうとしたギルバート・デュランダルを愚者の暴走だと一蹴することは出来ないだろう。

 

「でもさぁ。他に方法があるの?」

「あぁ。ほとぼりが冷めるまで、お前を別の組織に出向させるつもりだ」

 

 要は厄介払いということか。クロトは試すような笑みを向けた。

 

「へぇ。今度はザフトとか?」

 

 遺伝子調整によって強靱な肉体、優秀な頭脳を先天的に獲得した新人類。

 そんなコーディネイターの権威を失墜させたクロトを心底憎む人間は、今もプラント内部には無数に存在するだろう。特にエリート揃いのザフトなら尚更か。

 やるならやってやる。

 カガリは好戦的な笑みを浮かべたクロトに呆れると、更に言葉を続けた。

 

「先日、ターミナルから私に増員要請があった。場合によっては世界各地で現地調査を行うこともあるらしいが、お前なら十分こなせるだろう」

 

 ターミナル。

 それは主に国家間の情報伝達を担う非政府組織だ。

 世界各国に諜報員が存在し、国家の情報機関相当の情報力を有する隠密組織である彼等は第2次連合・プラント大戦でも秘密裏に暗躍した組織であり、ストライクレイダーを製造したファクトリーとも繋がりを持っている。

 いわばコズミック・イラの平和を裏で支えている屋台骨と言えるだろう。

 

「僕に諜報員の真似事が出来るのかねぇ」

 

 クロトは困ったような表情に変わった。

 モビルスーツの操縦と拳銃等を用いた白兵戦。いわゆる諜報員に最も求められる能力はそうした戦闘技能よりもむしろ、適切な情報分析・解析能力だ。

 そうした分野の能力においては、コンパス所属者の中でも最下位を争うだろう。

 あの遺伝子絶対主義に傾倒していた男流に言うならば、クロト・ブエルは戦士としての運命を定められた者なのだから。

 

「お前1人じゃ無理だろうな。お前、意外と馬鹿だから」

「おい。他の奴もいるのかよ」

 

 何かを試すようなカガリの言葉に、クロトは苛立ちを露わにした。するとカガリは手元に伏せていた1枚の書類を示した。

 そこには見慣れた顔の少女のデータが記載されていた。

 

「キラが?」

「あぁ。ターミナルはコンパスの有力な情報源だし、アイツもラクスを助けるためだって志願したらしい」

 

 コンパスのように武力介入が職務という訳ではないが、それでも国際的な情報機関であるターミナルの活動は危険を伴うことも事実だ。

 強過ぎる力は争いを呼ぶが、力無き想いもまた争いを呼ぶ。

 前大戦における“ストライクレイダー”と同様に、ターミナルではファクトリーと連携して新型機動兵器の開発に携わることもあるだろう。

 不穏な表情に変わったクロトに対して、カガリは可笑しそうに笑った。

 

「アイツ、お前が見てないと危なっかしいだろ? 今回の事件がなくても、ラクスに相談するつもりだったんだ」

「そうか。それなら前向きに考えとく」

 

 定められた運命を拒み、抗う自由を選んだ代償に奪われた平穏。

 ギルバート・デュランダルが世界に掛けた呪いが解けるのはまだ先のことらしい。クロトは不敵に微笑すると、その場から立ち去った。

 

 

 

 

「そりゃ傑作だ。テメーが消えれば俺が小隊長だからな」

 

 オルガの囃し立てるような声に、クロトは無言で大型自動拳銃を撃った。

 アルテミス要塞跡地で“偽者”が拘束されたことで無罪の確定したクロトは、鈍った勘を取り戻すため支部ビル地下に設けられた訓練所で実弾射撃を行っていた。

 

「話し掛けんなよ」

「ははッ。相変わらず下手糞だな」

 

 聴覚保護のヘッドホンを付けたクロトは、すぐ隣に立っていたオルガ・サブナックの嘲笑と共に呻き声を上げた。

 昼食代の奢りを賭けて、2人は真剣勝負を始めようとしていたのだ。

 目標までの距離は100m。

 クロトとオルガが使用している自動拳銃の有効射程ギリギリだが、卓越した射撃能力を誇る2人にとっては決闘に相応しい難易度だ。

 

「じゃあ、手加減は終了だ」

「おいおい、それで負けたらダサいぜ。フリーダムキラー」

 

 オルガは電子パネルを操作すると、再設定を実行した。一方のクロトはボックスから弾丸を取り出し、空になった弾倉に手早く込めた。

 

「その呼び方は止めろ」

 

 クロトは所定の位置に立つと、滑らかな挙動で1発撃った。自動拳銃の中では最上位の威力を誇る強烈な一撃が標的を貫き、モニターが命中を告げた。

 

「じゃあ“不死の襲撃者”?」

「それって別の奴と混じってないか」

 

 軽口を叩きながら引き金を引くと、オルガの放った一撃はクロトの放った銃弾と寸分違わぬ位置を正確に穿った。

 

「しっかし、俺の偽者もどっかにいるのかねぇ」

「お前の偽者なんて造っても仕方ねぇだろ」

 

 クロトは得意げなオルガに対して、煽るように言った。単に整形手術で似せただけなのか、それともクローンか。

 正体不明の秘密結社が独占していた不完全な技術とのことだが、生前の記憶を保持した死者を蘇らせることが可能な世界で、自分を騙る偽者が現れたことに驚きはない。

 

「それはそうだ。どうせやるなら隊長(アスラン)か、もう1人の小隊長(シン)ってトコか?」

 

 クロト・ブエルとオルガ・サブナックはどちらも元生体CPUだ。

 しかし片方は“フリーダムキラー”の異名を持つエースパイロットだが、もう片方はあくまで無名のパイロットだ。

 わざわざ偽者を用意する意味もその必要もないのだ。単に優れた戦闘能力を求めるのであれば、ナチュラルである2人の上はいるのだから。

 

「そういえば、シャニの奴は何処行った?」

「さぁな。最近あの野郎、1人で外出することが多いからな」

「アイツが?」

 

 クロトは再び標的を撃ち抜くと、そのまま押し黙った。休日でも外に出掛けることすら稀な出不精のシャニに、いったい何があったのか。

 

()()()()()()()()()()()って噂を聞いたぜ」

「……ま、別に何をしてようが関係ねーか」

「人のコトは言えねぇもんなぁ」

 

 オルガは笑いながら無造作に銃を構えると、標的のど真ん中を撃ち抜いた。

 

「しかしこれじゃ終わらねぇな」

 

 雑談を交えながらの訓練だったが、どちらも一向に外す気配はなかった。一方の集中力が途切れるまで、決闘はしばらく続くように思われた。

 

「だったらアイツはレイダーキラーか?」

「僕は何回か落とされてるんだけど」

 

 小馬鹿にしたような声を無視し、クロトが再度引き金に指を掛けた瞬間だった。オルガの言葉に反応したのか、背後から少女の声が聞こえた。

 

「レイダーキラー?」

 

 一瞬遅れて鋭い銃声が鳴り響き、モニターは命中のシグナルを表示した。クロトが放った弾丸は標的の先端を掠めるように着弾した。

 

「…………」

 

 クロトは標的を見詰めたまま硬直し、どうやら2人の邪魔をしたらしいと悟ったキラは黙り込んだ。オルガは気まずい雰囲気を一蹴するかのように欠伸すると、実弾射撃用の格好をした少女達に振り返った。

 

「訓練か?」

 

 オルガは僅かに口角を上げ、おどけたような笑みを返した。

 グラディス隊の一員としてザフトの快進撃を支え、今はコンパスの実行部隊“アスカ隊”に所属する少女ルナマリア・ホーク。

 真紅の髪と男勝りな雰囲気が印象的で、ザフト製の最新鋭機“ゲルググメナース”で戦場を駆け抜ける遊撃兵だ。

 

「はい! 何かコツを聞けたらなーって。私、あまり上手くなくって」

「外せば()()()()()()()状況になれば、嫌でも当たるようになるぜ」

 

 元生体CPU特有のブラックジョーク。

 成績下位者は失敗作として改造手術を行われ、高度な空間認識能力が必要な“ペルグランデ”の素体に使われたことも。

 

「……外せば脳を連結?」

「あー、冗談だ。ちょっと見てやる」

 

 オルガはルナマリアに話が全く通じていないことを悟ると、キラと視線を交わしたまま沈黙するクロトに場所を譲った。

 

 

 

 彼女の惨憺たる結果は才能というよりも、精神面の問題だろうか。

 

「少し休憩しよう。外に出るのも、久しぶりだし」

 

 クロトは疲れた口調で言った。

 キラは高速で動き回るモビルスーツで多数の敵を無力化出来るというのに、動かない標的に銃弾を当てるのは難しいらしい。

 それも人型の標的に対する反応は、まるで素人同然だ。

 これではあくまで本分ではないにせよ、敵の勢力圏内で情報収集を求められるターミナルのエージェントとしては失格だ。

 どうしたものかと道を歩いていると、隣を歩いているキラの声が届いた。

 

「私達は、何も守れていない」

 

 世界各地で起こっている戦闘行為に対して、対処療法的な武力介入を実行しているコンパスの評判は決して良好ではない。

 コーディネイターの手先。第2のコンクルーダーズ。

 そう揶揄する者も決して少なくない。

 こうした人種間闘争はナチュラル、コーディネイター間の不和といった根本的な原因を取り除かない限り、どちらかが滅びるまで繰り返されるのだろう。

 

「こんなこと、いつまで続けるのかねぇ」

 

 カガリの掴んだ機密情報によれば、ファウンデーションは侵攻を繰り返すブルーコスモスを壊滅させるため、その本拠地の強襲作戦を提案しているらしい。

 コンパス結成後初となる大規模合同作戦が失敗に終わることなど、今後のことを考えれば絶対にあってはならない。

 その裏取りの為の情報収集が、ターミナルが課す予定の任務だ。

 ファウンデーション軍は火力不足を補うため、主力機である“ブラックナイト”シリーズは無人機を随伴させているという。

 それは先日カナードが撃破した“フリーダムキラー”が従えていた無人機と何か関係があるのか、あるいは無関係なのか。

 そもそもムルタ・アズラエルが見限り、ロード・ジブリールの暴走で衰退した筈のブルーコスモスが本当に復活したのか。

 そして敵対勢力を武力で排除することが本当に正しいのなら、それは遺伝子至上主義を強制することで、まがりなりにも世界平和を実現しようとしたギルバート・デュランダルの正義とどう違うのか。

 

「ところで、なんでターミナルに?」

 

 クロトは誤魔化すように早口で言った。

 もう2度と戦いに関わらない道も、自分の秘められた才能を生かす道も自由に選ぶことが出来た筈だ。

 争いを繰り返す世界で、平和を実現しようとする親友のため? 

 定められた運命を拒み、抗う自由を求めた責任を果たすため? 

 それとも──。

 

「僕には出来ないって思ったから?」

 

 本来は先程の訓練と同様に、他人を撃てないのが彼女の本質だ。

 モビルスーツ搭乗時が例外なのは、自分の弱さが彼女を極限状況にまで追い込んだからだ。そんな彼女を再び戦場に立たせたのであれば、それは自分にとって敗北だ。

 

「私も、貴方と共に戦いたいと思ったから」

 

 クロトは顔をはっとさせて、目を丸くしながら微笑した。

 彼女と共にいれば、この無力感を殴り飛ばしてくれるような気がした。どれだけ世界が闇に覆われていたとしても、太陽が昇れば明るくなるように。

 

「……つまんねーことを言ったな」

「ううん。私は全然気にしてないから」

 

 空を見上げると、先日キラの造った蒼いトリィが空を舞っていた。新たな困難に立ち向かおうとする2人を祝福するかのように。

 

「ホントかウソか知らねーけど、ターミナルって制服がないらしいぜ。新しい服でも買いに行くか」

「えーっと、ロングコートとか?」

「サングラスもな」




劇場版編に向けた陣営配置です。

終わりなき戦いの日々と、陰謀渦巻くコズミック・イラでクロトは今度こそ真の自由を手に入れられるのか。

またこの世界線におけるライジングレイダーまでの開発史は以下の通りです。

・レイダー
※本作ではアズラエルの早期介入に伴い、イージスの兄弟機としてヘリオポリスで先行開発。改修機も存在する。

・アストレイブラックフレーム
※レイダーの開発が前倒しされたことで、ヘリオポリスで極秘開発されたプロトアストレイ。本作未登場。

・ムラサメ
※ブラックフレームの量産型。C.E.71年時点でオーブ軍の指揮官機として少数生産されており、73年には主力量産機に。

・ストライクレイダー
※未完成のまま凍結・封印されたザフト製レイダーを、ファクトリーが再開発した機体。

・ライジングレイダー
※オーブで発展した可変技術に加えて、ストライクレイダーの運用データを参照して開発された機体。

 いきなり可変機になったフリーダム、ジャスティスよりも開発史的には自然ですね。



【オマケ】もちぉ先生に描いて頂いたストライクレイダーです。ただただカッコいい……

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逆襲のデュランダル

本話は劇場版のネタバレ、キャラ崩壊を含みます。
あらかじめご容赦ください。


 ギルバート(以下ギ)「ギルバート・デュランダルとアル・ダ・フラガの!!」

 

 アル(以下ア)「勝手に解説コーナー!!」

 

 ギ「読者の方々と、本話を偶然目にしたナチュラルの方々には、突然の無礼を許して頂きたい。劇場版編に向けた解説コーナーの前に、もう1つ知っておいて貰いたいことがあります。彼は本作で種運命編のラスボスに抜擢され、フリーダムのパイロットを自称したこともある男だ」

 

 ア「なぜ私がこんな真似を?」

 

 ギ「幸い、君のクローンが劇場版に登場することはなさそうだからね。ラウの代わりに私の相方を務めるキャラとしては、君が最適だったってことさ」

 

 ア「ふっ。まさか私が排除されるとはな。では、最初のテーマはもちろん──」

 

 

 

 ギ「劇場版『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』本予告!」

 

 

 

 ア「まさか平日の早朝に公開されるとはな。地球上に放たれた核ミサイル、合同作戦を提案しながら裏切るファウンデーション、敗北したライジングフリーダムと衝撃映像が満載だったな」

 

 ギ「どちらが核攻撃したのかは不明だけど、ブルーコスモス自体は前座らしいね。ネームドが全く登場しなかったから、ほぼ予想通りの展開かな?」

 

 ア「私の血縁者を除いたナチュラルは、基本的にモブ以下の描写だからな。世の中には生身でモビルスーツを破壊するナチュラルもいるらしいが……」

 

 ギ「彼はガンダムファイターだからね。しかしコーディネイターを超える存在、か。第2のスーパーコーディネイターか、それとも全く別の存在なのかな? これでも遺伝子学者としては、君達以上の戦士は存在しないと言いたいのだけどね」

 

 ア「何にせよ、人為的に造られた存在なのは確かだろう。某作品に登場したイノベイターとは別物だと考えるべきだろうな」

 

 ギ「次に、敗北したライジングフリーダムについて。前々からリ・ガズィ枠だと噂されていたけど、情けないモビルスーツに勝つ意味があるのか!?」

 

 ア「馬鹿にして……! とはいえ、これで未公開の新型フリーダムが登場する可能性はほぼ確定だ」

 

 ギ「保管されていたストライクフリーダムか、万が一の事態に備えてカガリが極秘裏に新型機を開発していたと予想しているよ」

 

 ア「要はエクシア枠か、アカツキ枠という訳だな。では、ここからは本作に関する内容だ」

 

 

 

 ギ「始めに“フリーダムキラー”クロト・ブエルについて、解説しよう」

 

 

 

 ア「本作では主人公に抜擢され、種編ではブーステッドマンとして、種運命編ではSEEDを持つ者として活躍したナチュラルだ。奴の出生と、その特徴は?」

 

 ギ「原作では出生は未描写だったから本作独自の設定になるけど、ユーラシア連邦の孤児として、物心付いた頃からロドニア研究所の被検体だったようだ。両親の記憶はなく、今後も登場することはないだろうね。ナチュラルだけどコーディネイターに匹敵する圧倒的な身体能力と、種編最終版で発現したSEEDの力が最大の特徴だ。とはいえ戦士としての才能を除けば、基本的に平凡だけどね」

 

 ア「戦闘スタイルは?」

 

 ギ「中距離の高機動戦を得意としている。総合的な能力はキラ、アスラン、シンに劣るけど、卓越した操縦技術でカバーしているようだ。SEED発現中はオールレンジ攻撃に対応出来るけど、本人は使用出来ない。劇場版編では破砕球を振り回して無人機の全方位攻撃を無力化したり、破砕球と盾を投げる“二刀流”が見られるだろうね」

 

 ア「二刀流というより、両投げな気もするがな。劇場版での立ち位置は?」

 

 ギ「本作のアスランはコンパスの隊長に就任したので、彼は原作アスランの立ち位置に移行したようだ。序盤は第3勢力として立ち回る予定だけど、中盤でキラがオルフェの手に堕ちて、彼本人も闇堕ちする展開もあるかもしれないね」

 

 ア「種運命編で没になった“闇の王子様”プロットが再利用される可能性もあるということか。最後に、任務以外の時は何をしていることが多い?」

 

 ギ「元々趣味だったゲームも、種運命編終了後は再開しているようだ。また最近バイクを購入して、天気の良い日は2人でドライブしているらしい。では次はもちろん──」

 

 

 

 ア「“スーパーコーディネイター”キラ・ヤマトだ」

 

 

 

 ギ「本作ではヒロインに据えられたことで戦場に立つ機会は減ったけど、戦士としては原作通り最強だ。同性能の機体であれば、主人公勢を除けば対抗出来ないだろうね。ただし生身の戦闘は不得手のようだ」

 

 ア「元々戦士として造られた訳ではないからな。戦闘スタイルは?」

 

 ギ「セイバーをストライクで返り討ち、アカツキの反射攻撃でマルチロックオンシステムを使用するなど、まさに完璧で究極のコーディネイターだ。君は余裕綽々だったけど、実際には返り討ちにされる可能性も高かったと思うよ」

 

 ア「全く厄介な奴だ。劇場版での立ち位置は?」

 

 ギ「クロトが原作アスランの立ち位置に移行したことから、彼女も原作メイリンのポジションに移行したようだ。もっともラクスの役割も一部兼任する予定だから、中盤以降の展開はガラッと変わるだろうけどね」

 

 ア「アカツキの後継機か、あるいは新型フリーダムか……。ヒロインとしての活躍だけではなく、パイロットとしての活躍も期待出来るな」

 

 ギ「カナードとの関係は?」

 

 ア「本作においては、元々カナード、キラ、カガリの3姉妹だったようだ。その中でカナード、キラになる受精卵が取り出され、それぞれ“スーパーコーディネイター”の被検体として遺伝子操作を実行されたという訳だな。前者は失敗に終わったことから、ヴィア・ヒビキも存在を知らないらしい」

 

 ギ「なるほど……。最後に彼女の趣味は?」

 

 ア「原作と同様、ハッキングが趣味らしい。他にも料理だったり、医療関係の研究も熱心とのことだ。ある意味、スーパーコーディネイターとしての才能を有効活用していると言えるだろうな」

 

 ギ「彼らには私とタリアみたいにならないことを願っているよ。では、世界観・設定に関する解説に移ろうか」

 

 

 

 ア「まず始めに、原作との相違点は?」

 

 

 

 ギ「最大の相違点は、やはりムルタ・アズラエルの生存だろう。大西洋連邦のフィクサーとして、間接的に果たした役割は大きかった。本人は今もクロトを憎んでいるけど、わざわざ敵対する必要はないと考えているみたいだ。娘が彼のファンだし、下手に触れると面倒なことになると理解したようだからね」

 

 ア「私を偽者だと見抜く程の男だからな」

 

 ギ「フリーダムのパイロットが、ストライクのパイロットだと把握している人物は意外と少ないからね。主役勢や交戦したパイロット、オーブ関係者を除けば、彼が唯一の例外なんじゃないかな?」

 

 ア「劇場版編での立ち位置は?」

 

 ギ「引き続き、大西洋連邦のフィクサーだ。ターミナルの出資者であることと、今回前座の敵を務めるのはユーラシア連邦系のブルーコスモスであることと、コーディネイターを超える存在を許さないと予想されることから、ライジングレイダーの後継機を開発する可能性もあるかもしれないね」

 

 ア「まさに盟主王、ということか」

 

 

 

 ギ「どんどん行こう。次の相違点は、ラウとレイの生存だ」

 

 

 

 ア「元々作者はネオの枠を誰にするか迷っていたようだ。そんな中でステラの枠にカナードを捻じ込むことを思い付き、土壇場でラウを生存させることに決めたらしい。カナードと因縁のありそうなキャラが他にいなかったからな」

 

 ギ「その結果、レイも生存した。本作において2人はクローニングの失敗による遺伝子病に冒されており、それをユーレン博士が君にテロメアが原因だと報告した設定になっている。劇場版編ではシンの危機に登場するかもしれないね」

 

 

 

 ア「各陣営のモビルスーツ開発事情は?」

 

 

 

 ギ「前話のあとがきで触れたように、オーブは“ムラサメ”と名付けられた量産型レイダーが主力量産機として生産されている。あとは“ライジングレイダー”“イモータルジャスティス”といった高性能機を製造して、コンパスにそれらを貸与している状況だ。ザフトは本来ターミナルが製造するはずだったストライクフリーダムがザフトで造られたことを除けば、ほぼ原作と同じ状況と言えるだろうね」

 

 ア「地球連合軍は?」

 

 ギ「大西洋連邦は“ハーピー”“ウィンダム”の両機を用いた物量作戦で十分だと考えているらしい。とはいえザフトの高性能機に対抗するため、アズラエルは“ハイペリオンイータ”など、新型機の開発も進めているようだ。ユーラシア連邦は独立運動の影響で旧型機が主力だけど、前大戦で猛威を振るった大型機の脅威は健在だ」

 

 ア「この辺りの設定は、劇場版公開で変更する可能性もあるがな」

 

 

 

 ギ「では次にキャラ関連だ。本作ではブーステッドマンが4人登場するけど、それぞれの成績は?」

 

 

 

 ア「ザフトの士官アカデミー風に表現すると、以下の通りだ。なお情報処理・爆薬処理は未修得なので省略するぞ」

 

 クロト:MS戦1位、ナイフ戦3位、射撃3位、総合2位

 ステラ:MS戦2位、ナイフ戦1位、射撃1位、総合1位

 オルガ:MS戦3位、ナイフ戦4位、射撃2位、総合3位

 シャニ:MS戦4位、ナイフ戦2位、射撃4位、総合4位

 

 ギ「クロトがブーステッドマンの有用性を示したことで時間制限も解除されているし、彼等がその気になれば三隻同盟はあっさり壊滅していたかもしれないね」

 

 ア「ところで他の生体CPUは何をやっている?」

 

 ギ「カナードはターミナル陣営に出向したようだけど、ステラ、スティング、アウルの3人は一線を退いたようだ。元々好戦的なタイプではないし、クロトと違って戦う理由もないからね。むしろ“ODR”に所属していた2人が例外だと思うよ」

 

 ア「あの2人はなぜ“ODR”に? キラとの関係は?」

 

 ギ「“ODR”は元々、クロトとキラを構成員として狙っていてね。その代役として選ばれたって感じかな。2人とも強面だけど、彼女には全く頭が上がらないらしいよ」

 

 ア「本作で存在を抹消されたドム3人組は?」

 

 ギ「ムウ、ニコル、トールの3人がいるから引き続き抹消される予定だけど、劇場版の内容次第では復活する可能性もあるとのことだ。ニコルはともかく、他の2人はクライン派という訳ではないからね」

 

 ア「キラ、ラクス以外のカップリングはどうなっている? 具体的にはカガリ、ミリアリアの2人だ」

 

 ギ「まずはカガリだけど、彼女は今のところフリーだ。ユウナは戦死したし、この世界線ではアスランとのフラグは消滅しているからね。あえて言うなら、今は“オーブと結婚している”のかもしれないね。秘書の教育も必要だろうし」

 

 ア「ミリアリアはどうなった?」

 

 ギ「本作ではトールが生存しているから、ディアッカとのフラグは自動的に消滅しているんだ。この世界線ではアークエンジェルに捕まったのはニコルだし、そもそもディアッカと面識がないんだけどね」

 

 

 

 ア「最後に、劇場版編に向けた内容についてだ」

 

 

 

 ギ「劇場版のテーマは『愛される資格』らしいけど、これは本作における種運命編のテーマに似ているんだ。今更惑わされるクロトではないだろうし、激怒した彼がオルフェに巴投げするシーンが目に浮かぶよ」

 

 ア「貴様をやってからそうさせてもらう! という訳だな。とはいえ、愚民共に叡智を授けた結果がこのコズミック・イラだが……」

 

 ギ「また機体の割り当てをどうするか迷っているそうだ。シンにライジングレイダーを割り当てる必要がなければ、インパルスの予定らしいけどね」

 

 ア「ライジングレイダーの後継機も悩ましいな。種運命編で大破したストライクレイダーが復活するのか、それとも全く別の機体なのか……。楽しみだな」

 

 ギ「上映を間近に控えたこの時期が、一番楽しいかもしれないからね。では、そろそろこのコーナーもそろそろ閉幕としよう」

 

 

 

 ア「では、さらばだ。本作の劇場版編が終われば私も再び顔を出すかもな」

 

 ギ「皆、ありがとう。私も読者の方々に姿を見せられることを願っているよ」




本予告を見て急遽執筆した解説及び、劇場版編の予告です。

感想欄、メッセージ、Xで質問も受け付けています。答えられる範囲で順次回答させて頂きますので、お気軽にどうぞ。


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SEED FREEDOM編
飛翔する襲撃者


本話は劇場版SEED FREEDOMのネタバレを大いに含みます。
予めご了承ください。


「……何をやってるんだ、僕は」

 

 少年は溜め息混じりに呟いた。

 コクピットシートの傍らに置かれたエナジードリンクの容器を手に取った。

 癖っ毛のある短い赤髪に、碧眼が印象的な少年は、上層部に支給された白と青のパイロットスーツに身を包んでおり、そのヘルメットの中心部では白い翼を広げた蒼い星──世界平和維持機構の刻印が施されている。

 そのバイザーを開放すると、少年は中身を一息に飲み込んだ。

 この妙に甘ったるくて刺激的な味は、どこか“γ-グリフェプタン”に似てる気がする。しょせん()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのかもしれない。

 そんな憂鬱な思考が、スーパーミネルバ級強襲揚陸艦“ミレニアム”から発信された准将(アスラン)からの無線通信で不意に中断された。

 

『ミレニアムから襲撃者(レイダー)へ。ミレニアムから襲撃者(レイダー)へ』

『こちら襲撃者(レイダー)

 

 ノイズ混じりに届けられる声に、クロトは意識を傾けた。

 コンパスの実行部隊の総司令官であり、オーブ軍准将、ザフトの指揮官相当を示す“白服”も兼任しているアスラン・ディノは苛立った声で続けた。

 

襲撃者(レイダー)、ブルーコスモスの侵攻が予想よりも大幅に早い。──くそっ、いったい連中は何を考えている!』

『連中がイカレてるのは今に始まったことじゃねーだろ。アスカ隊は?』

 

 ブルーコスモスが創り出した人間兵器“生体CPU”。

 かつてその1人だったクロト・ブエル2佐は、一足早くミレニアムを出撃した新進気鋭のモビルスーツ小隊の名を挙げた。

 

『アスカ隊は現在敵の主力部隊を迎撃しているが、敵の侵攻を食い止めるだけで精一杯だ。後方にはデストロイの反応も確認した』

 

 クロトは予期せぬ事態に、嫌な予感を抱いた。

 シン・アスカを隊長に、ルナマリア・ホークと元同僚のアグネス・ギーベンラートの3名で構成されたアスカ隊は、ブエル隊と並んでコンパスの誇る最強の双剣だ。

 そんな彼らが苦戦している上にデストロイまで姿を現した事実は、敵の侵攻が想像以上に大規模であることを示していた。

 だったらやるしかない。()()()()()()()

 

『了解。──厄災(カラミティ)禁忌(フォビドゥン)は予定通り目標α、βに降下し、先行したアスカ隊の援護に回れ。僕は敵後方に降下し、単独でデストロイを制圧する』

『ケッ。ガキ共のお守りはメンドーなんだよな』

『テメーだけいいトコどりってか。だったら俺達も勝手にやらせてもらうぜ』

 

 容姿端麗だが軽薄そうな金髪の少年オルガ・サブナックと、ダウナーでオッドアイが印象的な緑髪の少年シャニ・アンドラスは吠えるように嗤った。

 

『僕達の本分を忘れるな。勝手な行動は許されていない』

 

 クロトは後方に従えた紺色の火力支援型モビルスーツと、同型機だが濃緑色の突撃・強襲用モビルスーツに鋭い視線を向けた。

 

『了解』『りょーかい』

 

 それぞれ“厄災(カラミティ)”、“禁忌(フォビドゥン)”と名付けられた機体を駆る2人の少年兵は進路を変更すると、軽薄な笑い声と共に降下を開始した。

 ここはプラント経済特区に指定された、アフリカ共和国オルドリン自治区だ。

 ほんの数時間前まで平和な日常にあったこの街は、まるで天災が降り掛かったように無秩序な破壊に晒されていた。

 ダガーが地上を爆進し、ウィンダムが蝗のように上空を埋め尽くす。そしてその最後尾には、全高50メートルを超える漆黒の巨人が君臨していた。

 誰もが天を仰いで絶望する中、数奇な出会いの末に自由を手に入れた襲撃者(レイダー)の翼が──天空から舞い降りる。

 

 

 

 戦火に染まる薄赤い空を、1つの影が切り裂いていた。

 円盤型のバックパックに取り付けられたホバースラスターを展開し、前傾姿勢で疾走するその機体は、モビルスーツでもなければモビルアーマーでもない。

 型式番号〈GFAS-X1〉──“デストロイ”。

 第2次連合・プラント大戦の最中、ユーラシア連邦の軍事企業が開発したこの機動兵器は戦略兵器級の戦闘力を有していた。

 しかし機体制御、火器管制システムの複雑化に伴い、パイロット本人の高度な空間認識能力・操縦技術を要求するデストロイを運用出来る者はいなかった。ナチュラルでありながらザフトのエースパイロットに上り詰めたネオ・ロアノーク元大佐(ラウ・ル・クルーゼ)のような天才か、あるいは高度な人体改造が施された専用の生体CPUでなければ。

 

『──こちらは世界平和監視機構“コンパス”。攻撃部隊に告ぐ。ただちに戦闘を停止せよ。繰り返す──』

 

 クロトは降下を開始したライジングレイダーのコクピットから、公共回線を通じて地上の攻撃部隊に語り掛けた。

 彼等の正体はブルーコスモスに忠誠を誓う、元ユーラシア連邦軍の軍人達だ。

 第2次連合・プラント大戦の停戦協定が結ばれ、ネオ・ブルーコスモスに穏健派が吸収されたことで先鋭化した彼等は武装解除を拒絶し、“蒼き清浄なる世界”の為にたびたび破壊活動を繰り返していたのだ。

 

『ただちに戦闘を停止せよ!!』

 

 戦場に響き渡るクロトの咆哮に、一部のダガーやウィンダムは気圧されたように動きを止める。

 それは“フリーダムキラー”クロト・ブエルの存在は、ナチュラル至上主義を掲げるブルーコスモスにとって異端の存在だったからだ。

 ナチュラルでありながら人類史上初の絶滅戦争で衝撃的な戦果を残し、無数のコーディネイターを退け続けた絶対強者。

 僅か2年後に起こった2度目の絶滅戦争では奇跡の復活を遂げ、ギルバート・デュランダルとその右腕(フリーダム)を自らの手で討ち取り、地球を救った生きる伝説。

 そして逃れられない運命(生体CPU)を課せられた少年は、自由の為に戦う襲撃者(ストライクレイダー)に成った。

 半年前に起こったアルテミス事件の責任を取る形で情報機関“ターミナル”に出向する傍ら、ブエル隊の小隊長としても活躍するクロト・ブエルの存在感は、コンパスの初代総裁ラクス・ディノや、その設立に尽力したオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハにも決して劣らない。

 唯一の例外である“彼女”を除いて。

 

『この裏切りモノがああアアアッ!!! 死ねッ!! 死んでしまえェ──!!』

 

 デストロイの生体CPUである彼女は、友軍すら巻き込む形で背部フライトユニットに装備された4基の長射程大出力(アウフプラール・)ビーム砲(ドライツェーン)を発射した。

 単純な火力だけなら一撃で艦隊を壊滅させるほどの破壊力を誇る極大の閃光が放たれ、クロトは対ビームコーティングの施された高分子ワイヤーで接続されたモーニングスター状の質量兵器を振り回した。擬似的なビームシールドが前方に発生させ、クロトごと逃げ惑う人々を蹂躙するはずだった強烈な一撃をその場で減衰・霧散させる。

 狂ったように喚き散らす少女の声は誰の目にも手遅れなほど理性を喪っており、以前クロトが対峙したネオ・ロアノーク機のような洗練されたものはなかった。

 

『クロトさん!!』

 

 先程まで怒りと焦燥感に包まれていたシン・アスカは、“イモータルジャスティス”の中で安堵の声を上げた。

 そして再攻撃を開始した攻撃部隊のモビルスーツの間に割り込むと、右腕で構えたシールドで彼等を守りながらビームライフルを連射する。

 やはりあの人が来ると、同じ隊長のはずなのに別格であることを実感させられる。

 そんな頼もしさと情けなさの入り交ざった複雑な反応は、何もシンだけに限ったものではなかった。

 

『やっとフリーダムキラーのお出ましって訳ね。──援護しなさい、シン!』

 

 アグネス・ギーベンラートは対峙していたダガーを円盤状シールドで次々両断すると、誰の物真似なのか頭部を撃ち抜いて敵を無力化しているシンを嘲笑しながら言った。

 このコンパス専用機である〈ZGМFー2027/A〉──“ギャンシュトローム”は“グフイグナイテッド”の後継機で、近接戦闘に特化したモビルスーツだ。

 近接戦闘も得意としているが、あくまで万能機であるジャスティスを援護する必要などない。2人が口論になりかけた次の瞬間、アグネスに迫りつつあったダガーの軍勢が強烈なビームを受けて一斉に薙ぎ払われた。

 

『何やってんだお前らァ!!』

 

 その小馬鹿にしたような声は、オーブ軍の主力量産機“ムラサメ”の強化改修機から発せられたものだった。

 第2次大戦後、モルゲンレーテは老朽化の目立つこの機体に近代化改修を行い、それぞれのパイロットに最適化したストライカーパックを装備することで大幅に戦闘能力を向上させることに成功したモビルスーツをコンパス専用機として用意したのだ。

 そんな“ムラサメ改・厄災(カラミティ)”と名付けられたモビルスーツの放った一斉射撃で、最終防衛線を突破しつつあったダガーは瞬時に壊滅した。

 

『うらあああああああぁ!!』

 

 同じく“ムラサメ改・禁忌(フォビドゥン)”は極大の偏向ビームを放ち、空を覆い隠すウィンダムを七面鳥落としのように撃墜する。そしてルナマリア・ホークの駆るゲルググメナースの死角から迫りつつあったダガーに重刎首鎌を死神の振るう大鎌のように振り抜いた。

 なぜザフトの士官アカデミーを赤服として卒業したアスカ隊よりも、まともな教育など一切受けていないブエル隊の方が協調出来るのだろうか。

 シンは隊長としての器量の差、部隊としての練度の差のようなものを感じながら、単独でデストロイと対峙しているクロトに視線を向けた。

 

 型式番号〈STTSー910〉──飛翔する襲撃者(ライジングレイダー)

 

 総合的な性能はシンの駆る不死の正義(イモータルジャスティス)と同等にも関わらず、そのカリスマ性と戦果はまるで比較にならない。

 アスカ隊は指揮官のアスランから、多くの避難民を収容している政府施設の防衛、及び市民の避難・誘導を指示されている。オルガ、シャニの両名はその援護を命じられたのだろう。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それは何も今回だけに限らず、敵の戦力が強大だった時は毎度のことだ。

 デストロイは両腕を分離すると、それぞれの指からビームを掃射しながら左右に展開した。

 レイダーは機体を変形、加速しながら軌道を完全に見切ったように紙一重で躱した。そして獲物を狙う猛禽類のように片方のアームを腰部の大型クローで掴むと、その内部に取り付けられたビーム突撃砲(アールマティ)を接射した。

 破壊されたアームの爆風を受けて僅かに体制を崩したレイダーの脇腹からアームが迫るが、一瞬前に射出されたシールドブーメランがそれを迎撃した。

 そしてデストロイに搭載された無数の兵器が不気味に発光するが、クロトの反応はそれを上回っていた。

 レイダーは全身に搭載された火砲を一斉に展開すると、発射寸前だったデストロイの武装を同時に破壊・無力化した。

 トドメとばかりに加速を付けた極破砕球(ハイパーミョルニル)を頭部に叩き付けると、まるで無敵の要塞のようだった漆黒の巨人は、その場で崩れ落ちながら更に強く光った。

 

『お前さえ……お前さえいなければ……!』

 

 レイダーがシールドブーメランを最大出力で展開した瞬間、デストロイの生体CPUはクロトに呪詛を吐いた。ドマ、エーロン、ライハの時と同様に、たびたび生体CPUの脱走に悩まされていたブルーコスモスは最悪の事態を防止するため、レイダーに無力化されたデストロイを外部操作で自爆させたのだ。

 ビームシールドの内側から、クロトは憎悪の視線を向けながら爆散する少女の姿を視認した。

 

「ちえっ、俺の出る幕ねーじゃん」

 

 あの凶悪な敵を、ものの数秒で撃破か。

 事情を知らないシンがクロトの示した圧倒的な実力に驚嘆していると、形勢不利を悟ったブルーコスモスは隣接している旧市街カナジに向かって撤退を開始した。

 僅かに空気が弛緩する中、オルドリン守備軍からの通信が入った。

 それは彼等が撤退するカナジにロード・ジブリールが潜伏していることを示す内容だった。

 

「ジブリールが!?」

 

 ロード・ジブリール──それは第2次連合・プラント戦時にブルーコスモスの盟主だった男だ。

 戦後、大西洋連合に拘束されていたジブリールは、ミケール大佐を中心とする旧ユーラシア連邦軍の手で解放され、停戦協定に不満を持ったナチュラルの支持を受けているブルーコスモス残党軍の旗頭に上り詰めたのだ。その戦力は大戦時とは比較にならないが、それでも他のテロリストとは比較にならない大規模な戦力であり、デストロイといった戦略兵器をも保有している。

 もしも本当にジブリールがいるのなら、ブルーコスモス残党軍を退けた今は願ってもない好機なのかもしれない。

 そう考えたオルドリン守備軍は、撤退する攻撃部隊を追ってカナジ市街に突入を開始した。

 

 やっちまえ──。思わずそう叫びそうになった瞬間、クロトの声が激しい追撃戦の開始された市街地で響き渡った。

 

『警告します! 直ちに進軍を中止してください! ジブリールはここにはいません!! ブルーコスモスの流した情報操作(デマ)です!!』

 

 一転して自治区の境界線を越えたオルドリン守備軍が、コンパスの介入で戦力の大半を喪ったブルーコスモス残党軍に襲い掛かった。

 ジンに撃たれたダガーの爆発で巻き込まれた誰かが宙を舞い、ウィンダムが躱したビームの先で誰かが蒸発する。要塞攻略用の大型ミサイルを受けた建物が吹き飛ばされる。

 

『これ以上の戦闘継続は、市民への被害が!』

 

 クロトは守備軍を制止しようとするが、復讐心に囚われた彼等には届かない。

 これは先程までオルドリン自治区で行われていた虐殺行為と、いったい何が違うというのか。平和だった街は破壊され、罪のない無数の市民が傷付けられる。

 そして()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どいつも、こいつも……」

 

 舌打ちするクロトの脳裏に、ある男の言葉が蘇った。()()()()()()()()()()()()()()──。

 クロトは邪念を振り払うように頭を振ると、執拗に攻撃を繰り返す守備隊のモビルスーツ隊に襲いかかった。彼等の武器を次々に斬り飛ばし始めたレイダーに対応出来る者はいなかったが、ブルーコスモスとの連戦で心身共に消耗していたクロトを、オルドリン守備軍の嘲るような声が襲った。

 

『お前も本当はブルーコスモスなんだろ! 俺達の邪魔をするな!』

 

 思わず怒りが沸騰し、クロトは反射的にビームライフルの照準をコクピットに向けた。

 慌てて再照準しようとする一瞬の隙を突き、レイダーのコクピットを狙ったジンの右腕を──ジャスティスの放ったシールドブーメランが切り裂いた。




というわけで種自由編です。SEED FREEDOMの二次創作は読みたいけど今更100話も読めない兄貴姉貴は、以下の点だけ理解すれば大丈夫だと思います。

・逆行したクロト・ブエルがヘリオポリス襲撃に巻き込まれ、アークエンジェルに乗艦する。
・キラ・ヤマトちゃんが可愛い。
・キラについてはストライクのパイロットとしか知らず、女の子だったことに戸惑う中で、最終的に保護者が激怒したりアスランにトールされかける。
・色々と辻褄を合わせるため、ムルタ・アズラエルが存命。なお妻と娘はクロトのファン。
・ラウがムウの代わりにネオと化し、今も顔が老けたオッサンとして暗躍中。
・前倒しで登場したステラが種編でラスボスになり、カナードはステラ枠で登場する。
・クロトは生体CPUの力を喪失したが、SEED因子の力に覚醒している。

クロトはパイロット組の中では最上位の役職なので、キラの役割も兼任しています。

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阿井上夫先生に描いて頂いた種自由編のイラストです。問題のパイスーキラちゃんが楽しみで夜しか眠れません。


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アグネス・ギーベンラート

 C.E.73年。

 人類史上2度目の絶滅戦争となった第2次連合・プラント大戦は、ユニウスセブン落下テロ事件“ブレイク・ザ・ワールド”と、その報復措置であるプラント殲滅作戦“フォックストロット・ノベンバー”に端を発する形で始まった。

 大戦末期、プラント議長ギルバート・デュランダルは人類最後の救済策として、個々の遺伝子に応じて最適な役割を強制することで競争のない世界をもたらす“運命計画(デスティニープラン)”を提唱した。そして実質的に彼の親衛隊だった“コンクルーダーズ”や、大量破壊兵器“ネオ・ジェネシス”を搭載した機動要塞メサイアといった圧倒的な武力を背景に、全世界にそれを適用しようとした。

 それは彼の個人的な理想に端を発したものだと囁かれていたが、真相はそんな単純なものではなかった。

 彼にとっての“運命計画(デスティニープラン)”は終わりの見えない争いの歴史を、運命に翻弄される悲劇の連鎖に幕を引くために考案した、人類最後にして唯一の救済策だった。

 しかしそれはかつて生体CPUとしての運命を強いられたクロトにとって、到底許容出来るものではなかった。

 デュランダルが、そして復活した“超越者”アル・ダ・フラガが自らの野望を成就する為に生まれた犠牲を、そして運命計画デスティニープランによって生まれるだろう犠牲を、たとえこの世界が混迷に向かうとしても見逃すことなど出来なかった。

 激戦の末にギルバート・デュランダルとアル・ダ・フラガは敗れ、最後の悪足掻きと思われたメサイア要塞の落下も、オーブ・連合軍を中心とする有志達の奮闘で阻まれた。

 そしてC.E.75年。

 世界は平和を取り戻したかのように思われたが、人々は何も変わらなかった。

 ナチュラルはコーディネイターを妬み、コーディネイターはナチュラルを蔑視する。2つの人類間に存在する憎しみの連鎖は、今も世界各地に広がり続けていた。

 

「クロト・ブエル2佐以下6名、乗艦許可を願います」

 

 クロトは疲れた表情で言うと、思い出したように敬礼した。

 かつて自分が焼いたオーブ連合首長軍の肩書きに、形式的な意味以上のものがあるとは思えなかったからだ。

 小隊長としては同格だが階級は下のシン、クロトの部下として扱われているオルガ、シャニたちも、クロトに続けて敬礼する。それを受けて艦長のマリュー・ラミアスは、未だ敬礼も覚束ないクロトの様子に微笑んだ。

 

「許可します。だいぶお疲れみたいね?」

 

 クロトは近海で展開していたアークエンジェルに乗艦していた。コンパスの旗艦であるミレニアムは大気圏外に展開しており、帰投するには整備と補給が必要だったのだ。

 戦後、大西洋連邦軍から提供されたアークエンジェルは、現在ミレニアムと共に世界平和監視機構“コンパス”に所属する専用母艦の1つだ。

 

アイツ(アスラン)の小言がねーと思うと気が楽だな」

「それは言えてるぜ。クロトの3倍はウルセーからな」

 

 更衣室に続いている廊下を歩きながら、シャニ・アンドラスとオルガ・サブナックは下品に嗤った。

 第2次連合・プラント大戦終了後、停戦協定を成立させた最大の立役者カガリ・ユラ・アスハの主導でプラント、大西洋連邦、オーブは『平和維持のための実行力を保有した非国家、非遺伝子差別的な能動的組織』──世界平和監視機構“コンパス”を設立した。

 その初代総裁にはラクス・ディノが就任し、実行部隊の総指揮官にはプラント時代からの婚約者であり、先日正式に入籍したアスラン・ディノが就任した。

 そしてクロトもラクス、カガリ両名の推薦を受け、オーブ軍からの出向という扱いで参加した。

 オルガ、シャニはクロトと同様にオーブ軍で、シン、ルナマリア、アグネスらはザフトからの出向。

 そしてマリュー・ラミアス、副艦長兼パイロットのムウ・ラ・フラガを除いたアークエンジェルとそのクルーは、大西洋連邦軍からの出向だ。

 コンパスの活動内容は多岐に渡っており、その主な活動内容は国際的な救難活動、復興支援だ。

 しかしクロト率いるブエル隊、シン率いるアスカ隊に課せられた主な任務は、世界各地で頻発するブルーコスモス、旧ザラ派、旧デュランダル派の起こすテロ活動の鎮圧だった。

 それは第2次連合・プラント大戦で最大の被害を受けたユーラシア連邦でユーラシア南部の小国“ファウンデーション”が事実上の独立を勝ち取る“ファウンデーション・ショック”が起こったことが主因だ。

 プラント、大西洋連邦と並ぶ三大勢力だったユーラシア連邦の権威失墜は、元々不安定だった世界情勢を更に混乱させる事態に発展しており、世界各地で大規模なテロ活動が頻発していたのだ。

 そうした状況下で成立した世界平和監視機構コンパスには、世界中から注目の視線が集まっていた。

 

「アークエンジェルの情報解析班の報告でも、ジブリールは不在だったみてーだ。……やっぱ目的はザフトの国境侵犯か」

 

 クロトが天を仰ぐと、シンは硬い表情で言った。

 

「なんでそんなことを?」

「いつもの手口だ。ヤツの思惑通り進めば、今の国際世論は反プラント派が優勢になる可能性が高い。そうなればブルーコスモスの完全復活だ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって言うんですか!?」

「そりゃそうだろ。いつまで義勇軍気分なんだよ」

 

 ブルーコスモス残党軍で構成されたテロリストと、ザフトで構成されたオルドリン守備軍。

 同じ市民を巻き込んだ戦闘行動であっても、その意味合いはまるで異なる。

 まして第2次連合・プラント大戦後は他国に倣って階級制を導入し、これまでの個人主義的な体質を改善しようとしているザフトにとっては尚更だった。

 プラント陣営の不用意な行動は、そのまま第3次連合・プラント大戦に繋がるかもしれないのだ。

 

「だけど……! だからってアイツら、こんなこといつまで続けるんすか!?」

 

 シンは拳を握り締め、怒りで声を震わせた。それはここ最近、ブルーコスモス残党軍が導入し始めた戦術に対するものだった。

 彼等はプラントを支持する居住地・施設に対して、モビルスーツ隊単独での奇襲攻撃を仕掛けているのだ。

 それは母艦を用いない都合上、事前に察知することが極めて難しい上に、投入されるデストロイ、ペルグランデといった戦略兵器が攻撃の威力を最大化させる。たとえ作戦が失敗に終わったとしても証拠は部隊の壊滅と同時に隠滅される上に、意図的なフェイク・ニュースによってプラント側を誘導する。

 挑発に乗ったプラント側が国境侵犯・戦闘行為に踏み切ることがあれば、その過失を彼等の出資者(バック)だろうユーラシア連邦が追及するという筋書きだ。

 正攻法では通用しない程にブルーコスモスが弱体化したという楽観的な見方も可能だが、非人道的な作戦が繰り返されていることには変わりない。

 

「ジブリールとそのシンパが捕まるまでだろ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からねぇ」

 

 シンは前を歩くクロトの背中を見た。

 未曾有のエネルギー危機を引き起こし、地球人口の1割が犠牲になったとされる"エイプリルフール・クライシス”。世界各地にコロニーの残骸が降り注ぎ、単純な人的被害はそれを遥かに上回るとされる"ブレイク・ザ・ワールド”。

 クロトのように天涯孤独の身となり、ブルーコスモスに利用されている子供達は無数に存在するのだろう。

 

「そうそう、さっきは助かった。あのまま撃たれてたら面倒なことになってただろーし」

 

 クロトは思い出したように言った。

 ラクス率いる世界平和監視機構の絶対的エースパイロットを、暴走したザフト軍が撃てば国際問題に発展するだろう。

 プラントとオーブの間には間違いなく深刻な対立が発生するだろうし、場合によっては組織の崩壊も招きかねない。主要な構成員はコーディネイターが占めており、影では“第二のザフト軍”などと揶揄されているコンパスが成り立っているのは、クロトが参加しているからだ。

 良くも悪くもザフトの出向組に過ぎないシン・アスカと違って、ラクス、カガリの両名から信頼厚い元生体CPU、クロト・ブエルは替えの効かない存在なのだ。

 

「……何言ってんすか。俺はキラさんにアンタのことを頼まれてるだけですよ」

 

 この人はそんな重圧に、1人耐え続けているのだろう。たとえあの人(キラ)のようには出来ないとしても、こうやって少しでも背負うことが出来たら……。

 シンは不意に込み上げたものを噛み殺すと、ぶっきらぼうな口調で言った。

 

 

 

「ふーん、良かったじゃない。なんだかんだでずっと気まずかったんでしょ?」

 

 休憩室のテレビで国際ニュースを見ていたルナマリアは、顔を綻ばせているシンを横目にチャンネルを変えた。

 

 〈オルドリン自治区での被害者は死者428名に上り、これでブルーコスモス残存勢力によるテロの死傷者は5000名を超えました〉

 

「別に気まずいってことは……。でも俺なんて、全然信用されてないんじゃないかって思ってたからさ。……結局、あの人は1人で戦ってばかりだし」

 

 シン達には常に後方守備や避難誘導を指示し、1人で戦うことが殆どだ。

 実行部隊の総指揮官として現場に出られないことが多いアスランの代わりに“ジャスティス”のパイロットを任されているが、信頼されているとは到底思えない。

 

「そうねー。ハインライン大尉はおかげで被害が抑えられてるって言ってるけど、私達はなんなのよって思う時はあるわね」

「俺、あの人と一緒に戦えると思って、コンパスに入ったのにさ。……だから、もっと役に立ちたいっていうかさ」

「それはしょうがないんじゃないの? だって──」

 

 クロトが真の意味で背中を預けられるのは、1人だけだろう。そう言い掛けたルナマリアを、不意に現れたアグネスの言葉が遮った。

 

「あんたなんて信頼するワケないでしょ。“()()()()()()()”なんて言われてたあんたを」

「“レイダーキラー”?」

 

 聞き慣れない言葉に、シンは首を傾げた。

 

「あら、知らなかったの? 旧式の機体を倒したからって、皆にチヤホヤされてるって評判だったのよ?」

 

 確かにシンはレイダーを倒したことがある。あの時の自分にとって、レイダーは敵だと思っていた。両親の仇だと、ミネルバの敵だとしか思っていなかった。

 なぜクロトがオーブを撃たなければならなかったのか、なぜ再び戦場に現れなければならなかったのか、考えたことなんてなかった。

 

「アグネス!」

 

 ルナマリアは声を荒げるが、アグネスは小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

「悪いこと言わないから譲りなさいよ、ジャスティス。あんたが持ってても宝の持ち腐れでしょ? アカデミーじゃ技術も評価も私の方が上だったじゃない」

 

 アグネス・ギーベンラートはシンやルナマリア、レイと士官学校(アカデミー)の同期生だった少女だ。彼女は士官学校(アカデミー)でも優等生で、シンはいつも劣等生だと見下されていた。彼女の高慢な性格は、当時と何も変わっていないらしい。

 

「前からおかしいと思ってたのよね。あんたが特務隊(フェイス)だなんて。要はデュランダル議長にとって、()()()()()()()()()()()()()()()ってことでしょ?」

 

 反論出来ないシンを横目に、怒りが頂点に達したルナマリアは皮肉たっぷりに言った。

 

「ディノ司令に相手にされないからって、次はブエル隊長? アンタも懲りないわねぇ」

 

 彼女は昔からそういう人間だ。自分を飾るのに相応しい男を見付ければ、彼女がいようと構わず手に入れようとする。そしてそれ以上の男が現れると、あっさり捨ててしまう。

 なにせ当のルナマリアも、アグネスに彼氏を奪われたことがあるのだ。付き合うなら絶対にエリートがいいと、男を品定めしていた当時の自分は泣き寝入りするしかなかったが、それでも未だに忘れられない苦い過去だ。

 

「どういう意味?」

「言葉通りよ」

 

 惚けたような表情で聞き返すアグネスに、ルナマリアは大袈裟に肩を竦めた。

 アグネスはアスランの代わりとして、ディノ夫妻とアスハ代表首長から全幅の信頼を置かれ、“レイダー”のパイロットとして有名なクロトを狙っているのだ。

 しかしそれはラクスからアスランを奪う以上に無駄な努力だろう。

 

「やーねぇ。()()()()()()()()。あの人は()()()()()よ、キープくん」

「キープくん?」

 

 忠告しようとしたルナマリアを嘲笑うように、アグネスは囁くような声で言った。

 

「もしも私と司令の間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったら嫌でしょ? だからキープしておくのよ」

「……アンタねぇ。いい加減にしなさいよ」

 

 訂正。この女は一回痛い目に遭った方がいい。なんなら今すぐにでも。ルナマリアが拳を握り込んだ瞬間、話には無関係なオルガが部屋に入って来た。

 

「おっと、取り込み中か?」

「すみません! アスカ隊の3人で、昨日の反省会をしてまして」

 

 アグネスはオルガの姿を確認すると、まるでルナマリアやシンの存在など忘れたかのように話し掛けた。

 何かを手に入れるためには、まずは周囲を狙うのが重要だ。こうした些細な好印象の積み重ねで、アグネスは目を付けた男達に気に入られてきたのだ。

 

「ところで……ブエル隊長は? 隊同士の親睦を深めるために、隊長にも参加して貰えると嬉しいのですが」

 

 猫撫で声のアグネスに、オルガはまるで興味なさげに言った。

 

「アイツは“ターミナル”に報告があるからって、オーブに戻ったぜ」

 

 クロトはコンパスの情報支援組織である非政府組織“ターミナル”の諜報員を兼任している。まさにパイロットだけをやっているわけにはいかないということだ。

 アグネスは心の中で舌打ちした。隊同士の親睦も何も、クロトがいないのであれば何の意味もないではないか。

 

「そうですか。ではまた次の機会に」

 

 しかし機会はいくらでもある。

 上手くクロトに気に入られることが出来れば、シンに代わって自分が隊長に選ばれるだろう。

 そうなれば次の標的はアスランだ。

 2度の大戦で活躍した同世代のエースパイロット──“レイダー”“ジャスティス”の2人を同時に弄んだ女になれる機会など、そうそうないかもしれないのだから。




アグネス評

アスラン:本命
クロト:対抗、キープくん
シン:クソガキ
その他:雑魚

こんなアグネスちゃんですが、中盤ではアスラン級の見せ場を用意していますのでお楽しみに……。

コンパスではチヤホヤされると思ったけど、誰も相手にしてくれないなら暴れるしかないでしょ。


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自由の代償

 その組織には名前があった。

 それは組織が唯一否定する“終末(ターミナル)”を意味すると共に、様々な情報・人材が集結する“終着点(ターミナル)”を示す言葉だ。

 この組織は初代プラント議長シーゲル・クラインが発足したレジスタンス組織を前身に、各国上層部の非戦派が戦争を調停、介入する組織の必要性を認識したことから結成された。

 大戦後、地球圏の二大勢力となった地球連合・プラントの非戦派有力者はもちろん、ジャンク屋組合、D.S.S.Dなど民間組織の有力者も加入する大所帯となり、今では世界各国の情報機関に匹敵する情報力を有している。

 どの陣営にも属さず“自由”と“平和”を掲げて活動を続けるその組織は、やがて誰が名付けた訳でもなく“ターミナル”と呼ばれるようになった。

 オーブ連合首長国の首都、オロファト。

 内閣府官邸のほど近くに設立された情報支援組織“ターミナル”──オーブ支部にて。

 オーブ支部代表、ミヤビ・オト・キオウに先日起こったオルドリン自治区襲撃事件の調査報告を完了したクロトは、1人会議室を後にした。

 最終的に400名を超える犠牲者が発生した事実と、世界各国から非難の声が寄せられるコンパスの現状に酷く気が沈んでいた。

 廊下を歩きながら、クロトはふと窓の外に目をやった。夕日が地平線に姿を消してから相当の時間が経っており、それは今の混迷する世界情勢を現しているようだった。

 

「──あら、クロト様。もうお戻りになられたのですか」

 

 クロトが視線を向けると、廊下の向こうにラクス・ディノの姿があった。コンパス総裁として世界各国との折衝を連日続けている彼女の顔には、疲労の色が濃く出ていた。しかし、クロトを見つけた彼女の顔には、それを感じさせないほど優しい微笑みが浮かんだ。

 

「先日はどうもありがとうございました。ラメント議長からも、表向きは支持出来ないが感謝すると」

 

 ラクスの穏やかな声には、共に苦労を分かち合っている旧友に対する深い理解が込められていた。

 

「この前の評議会選では、急進派が勢力を拡大したんだっけ?」

「はい。ジャガンナート国防委員長は反コンパスを公言されていらっしゃいますし……。ザフト内部からも、コンパスの行動を疑問視する声が上がっているようです」

 

 先に自分達を攻撃したのはブルーコスモス──ナチュラルだ。

 なぜコンパスは被害者であるザフト──コーディネイターまで攻撃するのか。なぜあんな未だブルーコスモスと繋がりがあるかもしれない下等種族(ナチュラル)を、ラクスは重用しているのか。

 実質的な戦勝国であるプラントには世界規模の戦争が終わった今も、ナチュラルとの融和を否定するコーディネイターは無数に存在するのだ。

 

「コンパスの行動っていうか、僕の行動だろ?」

 

 クロトは皮肉っぽく言った。

 ザフトの攻撃に晒されたカナジからも、ザフトの侵攻行為に対応の遅れたコンパスへの非難の声が上がっている。なぜコンパスは──クロトは同胞のナチュラルを守る前に、自分達は優秀だなんだと息巻いているコーディネイターの連中を守るのかと。

 

「そうは言っておりませんわ。──それに現場で戦う皆様の代わりに頭を下げるのが、わたくしの仕事ですから」

「……悪い」

 

 クロトはラクスの繊細な配慮に、居心地の悪さを感じて謝罪した。

 現場判断での武力介入に、ザフトに対する明確な攻撃行為。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 キラの親友として、異性の友人として彼女との交友関係はアークエンジェルで邂逅したときから続いており、彼女の言葉はいつも希望と安らぎの光に満ち溢れていた。

 そんなラクスの瞳の内側に、クロトは闇に呑まれ掛けている自らの姿を見てしまった。

 

「……最近、分からなくなってきた」

「クロト様?」

 

 初めて耳にしたクロトの深刻な言葉に、ラクスは怪訝な表情に変わった。

 

「目の前の敵を殺せと囁く自分と、それを否定する自分。全てを投げ出したくなる自分と、それを否定する自分──」

 

 身寄りのない子供達を戦場に投入し続けるブルーコスモス、感情に任せて暴走し続けるザフト軍。

 わざわざ()()()()()()()()()()()()必要などあるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか? 

 ナチュラルとコーディネイター。

 構造上解決する手段のない人種間対立が蔓延するこの世界で、自分はこれからも戦い続けなければならないのか? この終わりの見えない戦いから逃げ出す自由はないのか? 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とどう違うのか? 

 かつて──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、こんなにも窮屈なものだったのか? 

 

「どっちが本当の自分なのか、ってね」

 

 クロトの視界は曖昧になり、その言葉は僅かに震えていた。

 ラクスは隣で項垂れている友人の姿に顔を曇らせたが、すぐに明るい表情を取り戻すと、クロトの肩に優しく手を置いた。

 

「相当お疲れのようですわね。キラが待っているでしょうから、帰ってあげて下さい」

 

「そうしたいところだけど、この後はハインライン大尉とのオンラインミーティングが──」

「大尉にはわたくしの方から言っておきますので、帰ってあげて下さい」

 

 彼女の言葉には、キラとクロトの2人を想う感情が込められていた。

 

「……ありがとう、そうする」

 

 クロトはラクスの言葉で自宅に戻る決心を固めると、目尻を拭いながら廊下を後にした。

 外の自販機で缶コーヒーを購入し、無言で一服する。

 正面玄関に施された黄色と赤の交差点(ターミナル)を示す刻印を見ながら、エネルギー切れ寸前の脳細胞に糖分とカフェインを投入すると、日付が変わる寸前の街中を歩き始めた。

 

 この世界では善悪の観念は力で決定されるといった言説が、当たり前のように蔓延している。

 

 たとえばこの世界ではしばしば身寄りのない子供達が生体CPUとして戦場に投入されるが、それが本気で問題視されることはない。

 なぜなら一般的なナチュラルとコーディネイターの能力は凡人と天才以上の差があり、薬漬けにした改造人間を投入しなければ対抗出来ないからだ。

 たとえばこの世界ではしばしばお遊び半分の少年少女がエリートとして戦場に投入されるが、それが本気で問題視されることはない。

 なぜなら彼等は大人も子供も揃って自分達は生まれながらの天才だと認識しており、下等種族のナチュラルに本気で負けるなど思っていないからだ。

 始まりのコーディネイター、ジョージ・グレンは自身を()()()()()()()()()()()()調()()()だと自称して作成方法を公開した末に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に暗殺された。

 プラントの初代最高評議会議長にして議会穏健派のシーゲル・クラインは報復措置で地球上の人口を1割減少させた末に、かつて公私を共にした親友の放った凶弾で倒れた。

 ナチュラルでありながらコーディネイターを凌駕する天才、アル・ダ・フラガは自身の命を永遠とするため1人の少女を造らせた末に、()()()()()()()()()()()()に討たれた。

 遺伝子学者ギルバート・デュランダルは戦争のない世界を望み、コロニー・メンデルで行っていた遺伝子研究から()()()()()である“運命論”を思い付いた。

 それは後にそれぞれの遺伝子から導き出される最適な道を歩ませる“運命計画(デスティニープラン)”に発展し、大量破壊兵器を用いて全世界に強制執行する寸前にまで発展した。

 このコズミック・イラには、そうしたどこかに理性を置き忘れてしまったような連中が蠢いている。そんな世界を守るために最期まで奉仕し続けることが、クロト・ブエルに自由の代償として課せられた責務なのか。

 

「……」

 

 帰宅したクロトは家の扉を静かに開け、微かな灯りの中へと足を踏み入れた。

 リビングのスイッチを入れると、部屋は柔和な光で満たされた。そして待ちくたびれてしまったのか、ソファで深い眠りに落ちているキラの姿が目に入った。彼女の穏やかな寝息が、部屋に心地よい静けさをもたらしていた。

 クロトはしばらく立ち尽くし、ソファで不自由そうに眠っているキラの顔を見つめた。

 テーブルの上にはキラが愛情を込めて用意したのだろう料理が山のように並んでおり、彼女の並々ならぬ努力が窺えた。

 しかし優先しなければならないのは、食事やシャワーなどではなかった。

 クロトは静かにキラのそばへと歩み寄ると、ソファで眠っている彼女を優しく抱き上げた。彼女が目を覚ますことなく、安らかに眠り続けるよう最大限の注意を払いながら、キラを寝室へと運んだ。彼女をベッドに横たえて毛布をかけてやると、再び深い眠りに落ちたキラはすぅすぅと寝息を立て始めた。

 キラを寝室に連れて行った後、クロトはリビングに戻ってテーブルに並べられた無数の料理に目を向けた。

 いったいどれだけの時間をかけて、自分の好きな料理を準備してくれたのだろう。

 クロトはキラの努力と愛情に感謝しながら順に手を付け始めた。

 少し前までの自分なら、キラの分まで完食することも出来たのかも知れない。最終的に半分以上残してしまったクロトは、食べきれなかった料理を冷蔵庫に収納すると、再びキラの寝顔を思い浮かべながらソファに腰掛け、机の上に広げたノートパソコンを起動した。

 モニターに表示されたのは、明日カガリに提出する“ファウンデーション”に関する中間報告と、その資料として取り寄せた“運命計画”のデータだった。

 小国でありながらユーラシア連邦軍を退ける程の軍事力を誇り、未だ全世界で大戦の傷跡が色濃い中、奇跡のような復興を成し遂げた後も飛躍的な成長を続けている新興勢力だ。

 その復興の影には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()傑物であり、若年ながら宰相のオルフェ・ラム・タオの手腕が大きいという。

 ターミナルはナチュラルもコーディネイターも区別しない地上の楽園──ファウンデーションの躍進に“運命計画(デスティニープラン)”を秘密裏に運用している可能性を疑い、複数の諜報員を導入してその現地調査を進めているのだ。

 もちろん運命計画(デスティニープラン)の運用は違法ではないが、その事実が公表されれば国際社会の火種になる可能性は否定出来ない。

 全人類の遺伝子を解析し、その適性に応じて全てを予め決定する社会システム──運命計画(デスティニープラン)

 それは究極の能力主義社会であり、ある意味で公平かつ個々人の幸福を最大化する社会と言えるだろう。しかしその強制執行にはロゴスを手玉に取っていたギルバート・デュランダルでさえ、国内世論をも敵に回しかねない大量破壊兵器を必要とした。

 もしもファウンデーションが本当に運命計画(デスティニープラン)を秘密裏に国内で運用しているのであれば、その影には──。

 クロトはソファに深く腰掛けたまま、静かな眠りに落ちていった。




ラクス「どうしましょう……」

ハインライン「我に新兵器有り!(専用パイスー)」


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迫られた決断

 夜明けを告げる朝の日差しが部屋に差し込んだ。

 心地よい柔らかさに包まれて目を覚ましたキラは、周囲の光景に違和感を抱いた。

 待ちくたびれてソファで眠ってしまったはずの自分が、どうしてベッドで眠っていたのだろうか。

 きっとクロトが運んでくれたのだ。

 リビングから漏れる淡い光で、その理由に気付いたキラは深い愛おしさに満たされながら、ドアをそっと開けた。

 クロトはソファに身体を預けたままの体勢で、静かに眠りこけていた。キラは部屋に入ると、まだ自分の体温が残っている毛布を優しく肩に掛けた。

 しばらくの間、あどけなさが残る少年の寝顔を眺めていたが、久しぶりに帰宅した少年の為に朝食を作ろうとした。

 彼は夜遅くまで、カガリに依頼されたファウンデーションに関する中間報告を作成していたらしい。

 電源が入ったまま放置されているノートパソコンを閉じようとしたキラは、画面に表示されている運命計画(デスティニープラン)の資料に気付いた。

 デュランダルの示した未来を否定した以上、人々に新たな希望を示すことが自分の責務ではないのか? 

 クロトは自らの手で彼を撃って以来、そんな答えの見えない呪縛に囚われ続けている。

 第2次連合・プラント大戦後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 そんな彼を少しでも支えることが出来れば──。

 そんなつもりで希望した情報機関ターミナルへの出向も、結果的にクロトの負担を増やすだけだった。

 およそ半年前に起こった“ジャスティス強奪事件”以来、最前線に出る機会が激減したアスランに代わって、柔軟な対応を要求される現場指揮を任されることも多くなった。

 なぜ自分達を撃つのか。

 なぜ彼等を撃たないのか。

 そんな心無い批判に晒される機会も増えた。

 これまでどんな逆境も乗り越えてきた彼は、たぶん周りの者にとって不撓不屈の超人に見えているのだろう。

 だけど、私は知っている。このままでは、彼の優しさが彼の心を壊してしまうことを。本当の彼は、心優しい平凡な少年だから。

 

 ──()()()()()()()()()()()

 

 キラは冷蔵庫から取り出したトマトを切っている最中、不意に芽生えた薄暗い感情を口に出そうとして、すぐに否定した。

 そして寸分の狂いもなく、綺麗に等分されたトマトを見た。

 脳裏に刻まれた過去の記憶が鮮明に蘇る。

 自らの正体──1人のヒトとして、1人の女性として、先天的に世界最高の能力を付与された唯一の成功作“スーパーコーディネイター”。

 キラの両親“ユーレン・ヒビキ”“ヴィア・ヒビキ”は、コロニー・メンデルで世界最先端の遺伝子研究を行っていた第一人者だった。

 育ての両親の話では、彼等も人類の進歩や幸福を想って、最初は研究に取り組んでいたらしい。

 事の発端は、顧客の要望に基づいたコーディネイターを作成するため受精卵に遺伝子操作を行う中で、本来反映される筈の形質が発現しない例が見られたことが原因だった。

 遺伝子調整の失敗が原因で、生まれた直後に捨てられてしまう子供たち。

 そんな彼等の存在を生み出さないために、両親は人間の母体という不確定要素の影響を排除する為に“人工子宮”を開発しようとしていた。

 しかし、それは彼等の──特にユーレンの最後の良心を壊してしまったのだろう。

 次第にそれらは自己中心的な功名心を叶える為の研究に発展し、罪の無い無数の胎児が人工子宮を完成させるための生体サンプルとして実験の犠牲になった。

 人工子宮の研究が行き詰まる中で、彼等はナチュラルでありながらコーディネイターの能力を凌駕する超人アル・ダ・フラガから多額の資金提供とその卓越した遺伝子サンプルの提供を受ける代わりに、そのクローンであるラウ・ル・クルーゼを生み出した。

 後にクローンの寿命問題──厳密には不完全なクローニングに由来する遺伝性疾患──が発覚し、また太古から続く秘密結社“一族”の末裔だった彼は特定人物を再現する“カーボン・ヒューマン”の技術を入手した。彼を忠実に再現する素体を用意するために、アルはユーレンに新たなクローン“レイ・ザ・バレル”とその番となる少女“キラ・ヒビキ”を造らせた。

 その過程で生まれたのがスーパーコーディネイターの失敗作──“カナード・パルス”だ。

 最終的にアルは一族のデータベースに保存されていた彼の生体・記憶情報を残して死亡し、両親もキラの誕生直後にブルーコスモスの襲撃を受けて消息を絶った。

 またブルーコスモスはより優秀な戦闘用コーディネイターを作るためのサンプルとして、キラの行方を追っていた。

 しかしプラントの前身である政治結社“黄道同盟”に所属する傍ら、ブルーコスモスの上層部とコネクションを築き始めていたラウの暗躍と、既存の戦闘用コーディネイター“ソキウス”を凌駕する戦闘特化型生体CPU“ブーステッドマン”の完成に伴い、その追跡調査は破棄されることになった。

 それまで平凡な一般人として暮らしていたにもかかわらず、ザフト軍屈指のエリート部隊として知られていたクルーゼ隊を幾度も退け続け、最終的に“ブーステッドマン”の中でも最高傑作と評されたクロト、体調不良にも関わらずアカデミーの最終試験で歴代最高の成績を残したアスランの両名をも圧倒する戦闘能力を獲得するまでに至ったのは、その“スーパーコーディネイター”としての才能が理由なのだろう。

 その気になれば“フリーダム”を託された時のように、クロトと共にコンパス総裁としての重圧に日々晒されているラクスを支えることも出来る筈だ。

 

 だけどこの世界を心底恨んでいた彼が、その復讐心を捨てたのは──。

 

 キラは周囲の物音で目覚めてしまったのか、ソファの上で寝惚け眼を擦りながら欠伸をしたクロトに穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 久しぶりに訪れた2人きりの朝食を楽しんだキラは、クロトと共に日帰りのツーリングを提案した。

 再構築戦争以前の時代にクルーザータイプとして製造され、後にその技術を携えた日本人移民者が昨年リバイバルして大ヒットした大型自動二輪(レイダー)の後部座席で、キラは軽快にバイクを走らせるクロトに身体を預けていた。

 キラはクロトの背中から伝わってくる熱に、深い安心感と安らぎを感じた。

 また少し体重が落ちたんじゃないか。

 不安を掻き消すように瞳を閉じると、力強いエンジン音と爽やかな風がこの世界の喧騒から自分達を切り離してくれるような気がした。

 彼らの目的地はとある山の麓に形成された火山湖だった。

 湖畔に到着してバイクを降りると、キラはその雄大さに圧倒された。かつての火山が残した力強さが、今もこの地でひっそりと息づいているようだった。湖面に映る鮮やかな青空は、未来の希望を示しているようだった。

 昔はたびたび噴火を起こしていたらしいが、今では美しい自然に囲まれて穏やかに眠っている。

 

「この世界も、いつかこんな風になれるかな」

 

 キラが仄かな願いを口にすると、クロトは彼女の隣で黙って頷いた。

 湖畔の静寂が2人を優しく包み込んでいた。

 昼食を終えたキラはクロトと共に湖の周りを散策しながら、あちこちに残されている火山の痕跡を探索した。

 手慰みに拾った小石を湖面に投げると、遠くまで波紋が広がった。その光景はどんな小さな行動でも、やがて世界を変えられるようにキラは感じた。

 そのまましばらくハイキングを楽しんだ後、早めの夕食を取った2人は帰路に付いた。

 バイクが最後の交差点を曲がり、彼らの住む街の景色が目の前に広がると、クロトは静かな口調で言葉を紡いだ。

 

「ジブリールは、ユーラシア連邦国境付近のエルドアに潜伏しているらしい。その逮捕に協力したいと、コンパスにファウンデーションから親書が届いたそうだ」

 

 このまま永遠に続けばと思っていた時間が終わったことを理解したキラは、クロトの背中で瞳を閉じた。

 

「ラクスとアスランは前向きに検討しているらしい。だけど僕は連中の正体を見極めるため、明日からファウンデーションに向かう」

 

 世界各国がその行方を追っているロード・ジブリールの居場所を、ファウンデーションだけが正確に掴んでいることなど本当に有り得るのだろうか。仮に真実だったとして、そんな重要機密を世界各国から厳しい視線を向けられているコンパスに提供することなど有り得るのだろうか。

 しかしそれが事実であればこの先行きの見えない世界情勢を落ち着かせる可能性が存在する以上、ラクスは彼等の申し出を受け入れるだろう。

 それこそファウンデーションがデュランダルの遺した運命計画(デスティニープラン)を秘密裏に運用するため、ジブリールを操作している可能性があるとしても。

 

「僕に出来るのは戦うことだけだ。だから……」

 

 仮にファウンデーションがデュランダルから受け継いだ情報網を通じてジブリールを操作しているとすれば、その狙いは今後自分達の前に立ち塞がるだろうコンパスの殲滅だ。

 最悪の場合、コンパスはブルーコスモス残党軍とファウンデーション軍を同時に相手取ることになるだろう。

 半年前に起こった“ジャスティス強奪事件”の際に目の当たりにした、ジャスティスを圧倒する運動性能とPS装甲と同等の強度を有しながら、ビームを無力化する新型装甲。

 そしてそんな世界最強のモビルスーツを自由自在に操る、ファウンデーションの若き近衛師団──“ブラックナイツ”。

 彼等の戦闘能力はデュランダルの直属兵“コンクルーダーズ”の絶対的なエースパイロットだったシンはもちろん、アスランにも決して見劣りしないだろう。

 

 だから僕がやらないといけないんだ──。

 

 その瞬間、自宅に到着したバイクは静かに止まった。

 ヘルメットを脱いだクロトはキラの瞳の中に、自らを覆う闇を照らそうとする光を見た。

 

 

 

 

「少し焦り過ぎなんじゃないか?」

 

 カガリは思い詰めた様子で執務室に現れたラクスの顔を見た。

 オーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハはコンパスの発起人であり、時にはアドバイザーとして会議に参加することもある。そんなカガリはラクスとは以前からの盟友であり、この世界の行く末について語り合ったこともある仲だったが、どんな時でも気品に満ち溢れていたラクスの面影はなかった。

 

 ──やはり原因はコレか。

 

 カガリはテーブルの上に広げられた1枚の書類に視線を向けた。

 それはファウンデーションの若き女王──アウラ・マハ・ハイバルから届いた親書であり、この書面に記された内容がラクスを悩ませているようだった。

 

「ですが、かの国はジブリールの所在をかなり正確に掴んでいるようです。協力する意義はあると思うのですが」

 

 カガリは背後から口を出した少年を嗜めるように視線を向けた。

 

「そうだな。だがトーヤ、物事には裏と表があるんだ」

 

 オーブ首長家の一員であるトーヤ・マシマは、その類稀な聡明さを買われてカガリの秘書をしている。

 かつて自分がウズミに託されたオーブ代表首長の役割を果たせなかった苦い過去を踏まえて、カガリは未来の代表首長候補としてトーヤに帝王教育を施しているのだ。

 この争いが絶えない世界では、いつ自分も愛する父のように命を落としてしまうのか分からないのだから。

 

「裏と表、ですか」

 

 カガリは怪訝そうな顔で呟いたトーヤに頷いた。

 どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 

 それは激化する情勢に伴い、当時のオーブ軍は防衛戦力の強化として高性能な量産型モビルスーツを求めていたが、オーブ単独での開発に苦戦していたからだ。結果的にモルゲンレーテはG兵器からモビルスーツ本体の開発データを取り込むことに成功し、それはオーブ解放作戦で活躍した“М1アストレイ”“ムラサメ”の開発に繋がった。

 どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 

 それは非人道的な人体改造を施されることで、その身体能力を極限まで向上させていたからだ。当時のクロトの能力を忠実に再現するのは、当の本人ですらSEED因子を発現した一時的な覚醒状態でなければ不可能らしい。

 この世界には()()()()()()()()()()()()()()()し、あるとすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 いまさらそんな単純なことが分からないラクスじゃないだろう。カガリは目の前の少女を支配している焦燥感に、どこか違和感を抱いた。

 

「見返りは、コンパスへの参加だそうです。……おそらくは、それをきっかけに国際社会から独立国としての承認を得るつもりなのでしょう」

 

 ユーラシア連邦軍の侵攻を退けて事実上の独立を果たしたファウンデーションとはいえ、それを承認する国はほとんど存在しない。

 各地で“ファウンデーション・ショック”と呼ばれる大規模な独立運動が沸き起こり、著しく弱体化したとはいえ、ユーラシア連邦はプラント、大西洋連邦に匹敵する超大国の一角だ。

 世界各国にニュートロンジャマー・キャンセラーが普及し、これまで人々を苦しめていたエネルギー危機の解決と共に今まで封印されていた核の力が復活した状況下で、ユーラシアとの全面的な対立を望む国などいないだろう。

 そうした中でファウンデーションはロード・ジブリールの首を土産にコンパスに参加することで、世界各国からの支持を取り付けようとしているのだ。

 

「だからこそ慎重に進めるべきなんじゃないのか? アイツの中間報告にも、ファウンデーションは秘密裏に“運命計画(デスティニープラン)”を運用している可能性があると」

「……確かに私達はデュランダル議長の示した未来を否定しました。ですが、その可能性に惹かれる人達までも否定することは出来ないと思います」

 

 クロトの抱いている懸念は、あくまでこれまでの調査で得られた断片的な情報から導き出された推測に過ぎない。

 デュランダルの示した、それぞれの“運命”に全てを委ねることで社会全体の幸福を最大化する“運命計画(デスティニープラン)”。その可能性自体を否定する権利は誰にもないし、もしも国民の大半がそれに満足しているのであれば、ファウンデーションの成功は画期的な社会モデルの誕生を意味するだろう。

 特に才色兼備のコーディネイターとして造られ、おそらく“運命計画(デスティニープラン)”が実行された社会においても確実に高い評価を得られるラクスや、彼女の伴侶であるアスランにとっては尚更だ。そもそもプラントは“婚姻統制”など、“運命計画(デスティニープラン)”と同種の設計思想を持った政策が実際に導入されているのだ。

 ある意味でせいぜい優秀な戦士程度の評価しか得られないだろうクロトとは、“運命計画(デスティニープラン)”に対する()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 とはいえ、我ながら嫌な考え方をするようになったものだ。カガリは髪を掻き上げながら、深い溜息を吐いた。




キラちゃんの圧倒的なヒロインパワーでこのあとロマンティクスしてるかもしれないし、してないかもしれません。

なんとレイダーって名前のバイクがあったので、アスランのアスラーダ的な感じで採用しました。

・カラミティ(ヒットせず)
・フォビドゥン(マウンテンバイク)

なので、クロトは他の二人よりも明らかに主人公適性があるようです。……なんで?

また本作ではフリーダム強奪事件が存在せず、代わりにジャスティス強奪事件が発生しています。


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自由の護り手

 カガリの眉は怒りで寄せられており、その瞳は火を噴きそうな程に輝いていた。

 彼女は黒いロングコートに身を包んだクロトと、黒い拘束着のような衣服に身を包んだキラを、まるで獲物に噛み付く獣のような視線で睨んだ。2人のファッションセンスが致命的なのは今に始まった話ではないが、今はそれどころではない。

 

「お前、いったいどういうつもりだ?」

 

 クロトは無表情を装いながら、誤魔化すように視線を上に反らした。

 

「ハッキングに疎い僕じゃ、現地の情報収集も限界があるからね。……()()()()()()だ」

 

 オノゴロ島のモルゲンレーテ本社敷地内に秘匿された、広大な秘密ドック。

 それはモルゲンレーテの最高責任者であるエリカ・シモンズや、オーブ軍の重鎮レドニル・キサカなど、モルゲンレーテに出入りする技術者・軍人の中でもごく限られたメンバーしか存在を知らない施設だ。

 そこではクロトも全貌を把握している訳ではないが、前大戦で活躍した“ストライクレイダー”や“インフィニットジャスティス”、“デスティニーSpecⅡ”が収容され、新型動力のテスト機として修復・改修が行われている。

 他にも“ハイペリオンイータ”“レジェンドSpecⅡ”の整備が行われているなど、武装中立を国是としているオーブ連合首長国にとって、決して表沙汰に出来ない軍事機密が隠されている場所だ。

 

()()()()()()

 

 キラはおどけたような口調で笑った。その笑顔は、数日前までの不機嫌さを隠そうとしなかった彼女の姿からは考えられないものだった。

 実際、キラもただ我儘を言ってカガリを困らせている訳ではない。

 昔からプログラミングを得意にしており、戦争に巻き込まれるまでゲーム感覚で様々なセキュリティシステムを解除するなど天才ハッカーだった彼女は、これからクロトが現地で行う情報収集においても十分な戦力として期待出来るのだ。

 

「……お前、あまり()()()()()()()なよ」

 

 カガリは苦言を呈するように言った。その言葉にはクロトに対する信頼と、それを上回る呆れのような感情が入り混じっていた。

 キラ自身もターミナルの諜報員とはいえ、モビルスーツを除いた戦闘に関してはここ数年最低限の軍事訓練しかしていないカガリにも劣る悲惨な有様だ。

 相手がキラでなければ、クロトも決して同行を許さないだろう。

 この不安定な世界情勢を解決するための打開策として、コンパスとファウンデーション軍が共同でジブリールを確保する大規模作戦が進められている。

 そうした状況下で、コンパスの情報支援組織であるターミナルが共同戦線の舞台裏でファウンデーションの実態を嗅ぎ回っていた事実が発覚すれば、ここ最近世界各国から批判に晒されているコンパスの立場は更に悪化するだろう。

 それだけファウンデーションの現地調査を実行するのは、政治的な意味でも現実的な意味でも、かなりの危険性を伴う任務なのだ。

 

「分かってる」

 

 クロトの諦めたような声に、カガリは真相を悟った。

 本来短慮に見えて意外と冷静なクロトの欠点は、キラの意向に弱いことだ。

 たとえば第2次連合・プラント大戦時に、クロトがセイラン家の傀儡状態だったカガリを救うために厳重なオーブ軍の包囲網を突破して“カガリ・ユラ・アスハ代表首長拉致事件”を実行したが、それはキラがクロトに依頼したものだった。

 状況次第では1国の軍を敵に回す行為だった上に、実際に小競り合いまで発展した当時のことを思えば、今回の決断はむしろ平常運転なのかもしれない。

 

「まぁいい。……準備が終了次第、残りの2人も現地に送り込む予定だ。だからコンパスが入国したタイミングで、お前達もラクスと合流するように。それが絶対条件だ」

 

 任務の重要性を強調しながらも譲歩を示すカガリに、キラは顔を綻ばせた。

 かつて彼女自身もアンドリュー・バルトフェルド率いるザフト北アフリカ駐留軍がバナディーヤに本拠地を構えていた際に、彼等と共に物資の購入と情報収集を兼ねて潜入した経験がある。

 当時はブルーコスモスに忠誠を誓う生意気な少年兵、ヘリオポリスで自分を避難ポッドに押し込んだ馬鹿な少女だと思っていた2人が、まさかこれほど大事な存在になるとは思わなかった。

 若干感傷的になったカガリに、クロトは重要な内容を思い出したように言った。

 

「そういえばこの半年、アルテミス宙域でファウンデーション系列企業の不自然な動きがあったらしいけど、そっちで資金の流れは追えるか?」

「あぁ、レイの報告書だな。この前の事件は、それを誤魔化す目眩ましだった可能性があると。……分かった、こちらでも調査を進めておく」

 

 カガリは小さく頷いた。

 レイ・ザ・バレル──今はレイ・ロアノークと名乗る少年も、健康面の問題からコンパスの参加要請を辞退したが、ターミナルの諜報員として活動しているのだ。ナチュラルでありながらザフトのアカデミーを首席で卒業した能力と、ある程度の未来予測を可能にする超人的な先読み能力は今も健在だ。

 

「これは単なる勘らしいが、連中がデュランダルの息が掛かった連中だと考えると、最悪のシナリオも有り得るかもしれないと」

「……そうか。だったら私も“コイツ”の完成を急がせないとな。過ぎた力は争いを生むが、力無き想いもまた争いを生むからな」

 

 カガリは金色に光る2機のモビルスーツに視線を向けた。

 型式番号〈ORB-08〉──“エクリプスアカツキ”。

 それぞれ光学兵器の反射に特化した“盾”、殲滅力に特化した“矛”の2機が存在する特殊専用機だ。隠密性を高めるためミラージュコロイドステルスを採用し、防御面では鏡面装甲“ヤタノカガミ”を全面に採用することで、大量破壊兵器に国土を狙われる事態を想定して極秘裏に開発中の新型モビルスーツだった。

 それは新型動力のテスト機という大義名分が存在する“ストライクレイダー弐式”ら以上にオーブの権威を失墜させかねないものだったが、けっして綺麗事だけでは生きられないこの世界では必要悪の存在なのだ。

 

 

 

 

 

 ラクスはコンパス旗艦“ミレニアム”に設けられた総裁専用室で目を覚まし、一瞬で現実世界に引き戻された。

 そして先程まで広がっていた得体の知れない光景が、現実ではなく悪夢だったことを理解した。

 しかし心臓は早鐘のように、今も激しく鼓動を打っていた。呼吸も息が切れそうなほど荒く、不規則になっている。

 ここ数日は、いつも同じような夢を見る。

 夢の中の自分は深い霧の中を歩いていて、酷く傷付いた彼を懸命に探している。

 ようやく彼を見付けたと思ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼の鮮血で赤く染まった彼女が、そんな醜い自分をじっと見ている。

 

 これが、私の運命──? 

 

 まるでこの世の業を封じ込めた禁断(パンドラ)の箱を開けてしまったかのような、不安と絶望に包まれた最悪の目覚めだった。

 食堂で朝食を取る気分にもならず、ミレニアムから外に出たラクスは、船を収納している広大なモルゲンレーテ本社の大型ドックを見渡した。

 あちこちで顔見知りの技術者達が作業に取り組んでいる姿は、夢の中で見た不吉なものと対照的な光景であり、ラクスの心にわずかな安堵感をもたらした。

 

「──フェルミオン誘導方式はまだ使い物になりません。マイクロメーターサイズの障害物でドッキングセンサーにエラーが出るなどありえませんよ!」

 

 通信機能付きの赤い片眼鏡を掛けた金髪の青年は一息に捲し立てると、気難しそうな表情で溜息を吐いた。

 

「お疲れ様です、ハインライン大尉」

 

 ラクスは青年の苦労をねぎらうように声を掛けた。

 彼の名はアルバート・ハインライン。コンパス実行部隊の旗艦ミレニアムの技術責任者として、コンパスの保有するモビルスーツ、その他各種武装の整備・新兵器の開発を一手に取り仕切る技術士官だ。彼の技術士官としての役割は、立場上予算と戦力が限られているコンパスでは計り知れないほど重要な存在なのだ。

 

「設計者の私がやるしかありませんね。まったく、開発部の無能さには呆れます! レイダーへのセットアップとアジャストにも時間が必要なのに! 自律制御プログラムのバグも頭が痛い!」

 

 まるで早送りのような言葉使いと、人当たりの悪さを隠そうともしないアルバートに技術者達が従っているのは、彼はそれが許されるほどの天才だからだ。

 かつてプラント国防委員会管轄の下、新型モビルスーツや戦艦の開発を行っていた“ハインライン設計局”の中心的存在だった過去を持ち、あの“フリーダム”“ジャスティス”の開発にも携わったことで有名な彼は、この場に存在する技術者達にとって神に近しい存在なのだ。

 アルバートは前大戦で活躍した“ストライクレイダー”の開発にも関与しており、ラクスも大戦以前から技術者として全幅の信頼を寄せている。

 しかしその天才性が彼と他者の間に不要な軋轢を生むことだけが、ラクスの唯一の懸念だった。“ジャスティス強奪事件”以来、指揮官としての業務と技術者の業務に専念している天才がいることだけが、アルバートにとって幸いだった。

 

「しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだと期待していたのですが……。これではプログラムの修正も私任せということですか?」

「プログラムは俺が。大尉はセンサーの方を頼みます」

「それは助かります、准将」

 

 アルバートは別方向から現れたアスランに敬礼すると、再び作業に取り掛かった。

 彼が最低限の敬意を払うのは、ミレニアムの艦長であるコノエを除けば、ラクスとアスラン、かろうじてキラとクロトの4人くらいだろう。

 それ以外の人間は、彼にとってただの無能に見えているらしい。

 

「せっかくの休暇だというのに、夫婦揃って熱心なことですな?」

 

 背後からの声に、ラクスは振り向いた。

 すると軍人とは思えない柔らかい物腰と、飄々とした雰囲気の青年が悠然と立っていた。

 彼の名はアレクセイ・コノエ。

 かつてプラントで教鞭を執っていたこともある男で、コンパスには志願して参加した人物だ。先の大戦でミネルバの艦長を務めたタリア・グラディスのように華やかな戦績を残した訳ではなかったが、徹底したリスク管理や合理的な戦力運用で高く評価されたことから、ラクスもまた艦長として厚い信頼を寄せている。

 

「……私達は、何も守れていませんから」

 

 終戦から1年以上が経過したというのに、世界は何一つとして変わっていない。今日もどこかで戦いが起こっており、人々の日常が、自由が、未来が日々奪われている。

 かつてマルキオ導師は、向かう場所、しなければならないことは自ずと知れるものだとラクスに言った。

 だけど現実の自分は大事な友人達に守られてばかりで、向かう場所も、しなければならないことも分からないままだ。

 

「ところで私は前の大戦で“レイダー”を見たことがあるのですが、これではむしろ……」

 

 コノエはレイダーの背部に取り付けられた巨大な翼のような武装を見て、怪訝そうな表情で言った。

 コンパスの主力モビルスーツである“ライジングレイダー”は広大なコンパスの活動範囲に対応するため“ストライクレイダー”の運用データを基に設計された可変フレームを採用しており、それは“イモータルジャスティス”にも採用されている。

 またコンパスでは同フレームを採用した新型“フリーダム”の開発も並行して実施された。最終的に開発計画は凍結されたものの、同フレームを有する兄弟機として設計された3種のモビルスーツはそれぞれのメインスラスターの形状で区分されるようになった。

 大型可変ウィングを採用した機動性重視の機体が“レイダー”、リフターシステムを採用した運動性重視の機体が“ジャスティス”、機動兵装ウィングを採用した万能型が“フリーダム”と分類されている。そして目の前の機体は紛れもなく“レイダー”でありながら──

 

「“フリーダム”なのでは?」

「えぇ、私もそう思います」

 

 ラクスはコノエの口にした疑問に頷いた。

 現在コンパスが開発を進めている新型機動兵装ウィング“プラウドディフェンダー”を装備した“ライジングレイダー”は、レイダーの名前を冠する一方で、コンパスの定義上は“フリーダム”に区分される。

 第1次連合・プラント大戦中盤以降、常に猛禽類の翼を連想させる大型可変ウィングを自由自在に操作し、これまでクロトは強大な敵と戦い続けてきた。

 そんなクロトに託す新たな追加装備として相応しいのか? どこかこの新型装備にコノエも違和感を抱いているのだろう。

 それに“プラウドディフェンダー”に搭載された精神感応広域放電システム“ナルカミ”、ディフェンダーと合体することで出力制限が解除され、大幅に威力が上昇する収束重核子ビーム砲“ディスラプターツォーン”など、クロト単独ではその真価を発揮出来ない新兵器が複数採用されている。

 その致命的な欠点を解消するために“ライジングレイダー”はメインシートの右横に任意でサブシートを展開する限定複座式のコクピットシートを採用したが、それは単独での高機動強襲戦を最も得意とするクロトとレイダーの姿からは遠く掛け離れている。

 

「ですから──」

 

 ラクスは深く息を吸い、言葉を続けた。

 

「この“フリーダム”──“自由の為に戦う襲撃者(ストライクレイダーフリーダム)”が、()()()()()()()()()()()()()()ことを願っています。私達の目指す、真の自由を掴むために」




種編、種運命編と封印されていたラクス様の闇が……。

要はドッキングしたら機体の名称が“レイダー”から”フリーダム“に変化します。ちょっと違いますが、ズゴックがアーマーパージしたらジャスティスと呼ばれるようになるのと同じイメージです。

この展開を思い付いたため、FREEDOM編にもかかわらずフリーダム系の機体は全て没となりました。(アカツキフリーダム、ブラックナイトフリーダムなど)

もちろんクロトでは性能を引き出せないので、専用のパートナーが必須です。設定的には精神リンクの関係でラクス1択ですね。

どけ! 私がキラちゃんですわ! ……マイティインフィニットジャスティス? いえ、知らない子ですね。


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ファウンデーションの光と闇

 ユーラシア大陸南部に、ファウンデーションと呼ばれる王国が存在する。

 歴史はあるが小さな国土しか持たないその国は、かつて地球連合でも最大勢力を誇ったユーラシア連邦の一部だった。

 第2次連合・プラント大戦が終結し、世界を覆っていた戦火が徐々に収まりつつあったある日、ファウンデーションはユーラシアからの独立を宣言した。

 大戦終結以前からザフトの支援を受けていたこともあり、国際社会の予想を覆して見事独立を勝ち取ったファウンデーションはコーディネイター、ナチュラルといった人種を問わない能力主義政策を掲げた。

 結果として未だ激しい人種差別に苦しめられていたコーディネイターや、そうした前時代的な思想を嫌うナチュラルといった優秀な人材の集約に成功し、新興国ながら技術と経済の両面でめざましい発展を遂げ、なんと宇宙進出の動きも始めているなど驚異的な成長を続けている新興国だ。

 

「少し前まで独立戦争があったとは思えねーな」

 

 クロトは雪解け水の注ぎ込む湖を見ながら、囁くような口調で呟いた。

 この美しい湖を取り巻くような形で形成された巨大な大都市は、ファウンデーションの首都“イシュタリア”だ。

 中心部には近代的な摩天楼が建ち並んでおり、頂上が見えないほど巨大なビル群はどれも太陽を浴びて光り輝いている。

 独立戦争の時はユーラシア連邦軍の侵攻を受け、この首都も相当の被害を受けたと報道されていたが、その傷跡は殆ど残っていなかった。

 その復興具合は大西洋連邦の最大都市“デトロイト”や、ユーラシア連邦の首都“モスクワ”にも決して劣らない程だった。

 

「……意外とフツー?」

 

 キラは湖で優雅に泳ぐ白鳥の群を眺めながら、不思議そうに言った。

 謎に満ちた新興国ファウンデーションの実態を調査するため、若い2人組の観光客に扮して潜入したクロトは、キラの言葉とは真逆の印象を抱いた。

 

「あぁ。普通に見せ掛けてるって感じだねぇ」

 

 光多いところに、影もまた強くなる。

 どれほど輝かしい大都市であっても、その恩恵に預かれない者達が暮らす貧民街は必ず存在するのだ。

 それは環境の悪い未開発地域だったり、設備の老朽化に伴い放棄された地域だったりと理由は様々だが、基本的に例外はない。

 再構築戦争終結時に国連の制定した統一歴“コズミック・イラ”が始まって以来、その例外に当て嵌まるとすれば火星開発用コーディネイター(マーシャン)が居住する“火星開発コロニー群”くらいだろう。

 しかしそうした社会の暗部は、このイシュタリアにおいて巧妙に隠されている。

 

 ──まるで持たざる者に、施す必要などないと言いたげに。

 

 行き交う人々は誰もが余裕などなさそうで、いつも何かに追われているような足取りだ。巡回している憲兵達の眼光は鋭く、哀れな獲物を狙っているようだった。

 自分達はそんな雰囲気など一切気付かない呑気な観光客だと示すように、クロトとキラは緊張感のない表情で歩いていた。

 

「お兄さんたち、どこから来たの?」

 

 モールの露店で雑貨を売っていた老婆が彼らに尋ねた。彼女の目は、目の前の年若い観光客に対する期待で満ちていた。

 

「僕達はこのナチュラルとコーディネイターが共存する国を見に来たんです。……彼女は、コーディネイターだから」

 

 クロトはすらすらと答えた。キラは隣で微笑みを浮かべながら、この先行きの見えない世界情勢の中でファウンデーションのような国が存在することの意義について話し始めた。

 老婆はキラをじっと見つめた後、まるで何も分かっていない馬鹿な小娘だと言わんばかりに鼻で笑った。

 

「そっちのお兄さんが大事なら、悪いことは言わないから移住だけは止めときな」

「え?」

 

 不審そうに首を傾げたキラに、老婆はまるで周囲に聞かれないように囁くような声で言った。

 

「この国では()()()()()()()()()()()()()()()のさ。ナチュラルが全員立派な才能があるってんなら、ブルーコスモスなんざとっくにいないって分からないのかねぇ」

 

 下品に笑う彼女の声は朗らかだったが、それだけに明確な事実を2人に告げていた。

 この国が本当に遺伝子の適性で人を選別しているのなら、その調整を施された分だけコーディネイターが上位に立つのは必然だ。かつてジョージ・グレンはナチュラルに敗れることもあったが、もしも彼が特定の競技に専念すれば必ず頂点を取れるだろうと囁かれた。

 ラウ、レイのようなコーディネイターとしても最上位の才能を有しているナチュラルはもちろん、クロトのように得意分野でコーディネイターに対抗出来るナチュラルすら、この世界には滅多に存在しないのだ。

 そうした状況下で少数のコーディネイターが要職を占め、ナチュラルの大半が人間扱いされていないこの国が、はたして両者が共存している状態だと言えるだろうか。

 

「それに反対する者たちはいないんですか?」

「さぁね。レジスタンスの連中はコンパスに訴えるって息巻いてるみたいだけど、ブラックナイツが黙ってないだろうね」

「ブラックナイツ……」

 

 クロトはぼそりと呟いた。

 幼いファウンデーション女王、アウラ・マハ・ハイバルを守護する7人で構成される親衛隊だ。

 それぞれ宰相と国務秘書官を兼任するオルフェ・ラム・タオとイングリット・トラドールを除いた5人が一騎当千のモビルスーツ“ブラックナイトスコード”のパイロットであり、実質的に警察の役割も兼任しているファウンデーション軍は、その下部組織として位置付けられているのだ。

 

「あぁ。軍は全員ブラックナイツの言いなりだ。女王様もそうだけど、アンタ達とほとんど変わらない子供のくせにさ」

 

 クロトはこの事情通らしい老婆に感謝した。

 そして値札よりも多めに紙幣を渡すと、キラが視線を遣っていた革製の財布を購入した。サービスだと言って付けてくれたアクセサリーを受け取り、僅かに顔を緩ませたキラを連れてその場を立ち去った。

 

「たぶんスラム街の地下区画、かな。そこから監視の目も行き届かないだろうし、万が一発見されても対処しやすい……かも」

「だったら探ってみる価値はあるかもねぇ。そっちは事前にセキュリティシステムをハッキングして、周辺情報の確保と逃走ルートの指示を頼む」

 

 滞在拠点であるミドル・クラスのシティホテルに戻ったクロトは、妙に匂いのキツい虎製のブレンドコーヒーを飲みながら言った。高濃度のカフェインを接種出来る珈琲風のドリンクだと思えば決して悪くない気もするが……、キラを除いた周囲からの評判は散々らしい。

 

「分かった」

 

 おそらく運命計画(デスティニープラン)に反対するレジスタンスたちが、どこかで拠点を構えているだろう。彼等と接触することに成功すれば、謎に満ちたファウンデーション王国の実態を調査する何かのヒントになるかもしれない。

 たとえばファウンデーションを統治しているハイバル家は旧世紀時代からその記録が存在する由緒ある王家だが、その情報は大戦の混乱に紛れて大半が散逸したらしい。そうした断片的なデータ群を現地で収集・解析する中で、いくつかの不可思議な事実が浮かび上がり始めていた。

 まず現女王アウラ・マハ・ハイバルは数年前、ハイバル家の遠縁であるカイドゥ家から先王の養女となって王権を継いだ人物だ。

 しかしカイドゥ家のデータには、該当する年に出生した女児の記録が存在しない。その一方で、約50年前に同じ名前を付けられた女児が生まれている。カイドゥ家には同名を名乗る風習があるわけでもないし、その女児に関する記録も不自然なくらいに残っていない。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように。

 

「ついさっき、カガリから口座記録の調査結果が。……想像以上の結果だったって」

 

 キラはノートパソコンを手早く操作し、画面の一点を指さした。

 オーブには前世紀時代に西ヨーロッパの小国が運営していたものに着想を受けた高度な守秘性を特徴とする銀行が存在し、それは自給自足を可能とする地熱発電、積極的なコーディネイター受け入れによる技術革新と並んで、歴史の浅いオーブ連合首長国の経済発展の原動力になった。

 それは第1次連合・プラント大戦で見られた大西洋連邦とサハク家の癒着問題など負の側面を有しており、そうした国内外からの追及を受けて近年は影響力を喪いつつあるが、それでも匿名性・守秘性においては他の追随を許していない。

 その不正が証明されない限り犯罪者であろうと保護される顧客情報を請求するには、たとえ情報機関ターミナルであろうとオーブ代表首長級の承認が必要なのだ。

 

「……おいおい」

 

 かつて“禁断の聖域”“遺伝子研究のメッカ”などと称された地──コロニー・メンデル。

 およそ40年前に到来した第1次コーディネイターブームと宇宙開発の活発化に伴って建造された研究用コロニーで、一般的なコーディネイター作成を行う傍ら“戦闘用コーディネイター”やその集大成と言われた“戦友(ソキウス)シリーズ”、“スーパーコーディネイター”といった特殊なコーディネイターの開発が行われていた。

 更に宇宙圏でも禁忌とされたクローンの作製を実行した他、あのギルバート・デュランダルが研究員として勤務し、後に彼が全世界に強制執行しようとした“運命計画(デスティニープラン)”を構想した曰く付きの場所でもある。

 画面に表示されたあまりにも不穏な文字に、クロトは天井を見上げながら溜息を吐いた。

 

 

 

 かつて母はこう言った。

 世界は貴女のもので、そしてまた貴女は世界のものなのだと。生まれ出てこの世界にあるからには、と。

 私は誰にも縛られずこの世界を生きる権利がある一方で、そんな私も世界の一部に過ぎない。だからこの世界を生きる私達は、互いの自由意思を尊重し合うべきなのだと。

 本来仲間だった者達にすら尊厳を踏み躙られ、自由を求める道が完全に閉ざされてなお、決して報われない愛に殉じようとした貴方。

 定められた運命を拒み、抗う自由を選んだ貴方。

 貴方を見つけて、私は幸せになりました。

 だから貴方にいてほしい。

 だけど彼女と違って、私にそんな資格は──。

 

 強襲揚陸艦ミレニアムの一角に存在するトレーニングルームで、ラクスはひとり汗を流していた。その姿は、普段コンパス総裁としての役割に徹する彼女からは想像もつかないものだった。

 しかしルナマリア・ホークに投げ掛けられた声が、その集中を不意に断ち切った。

 

「あれっ? 総裁とこんな所で会うなんて珍しいですね」

 

 ラクスの心は瞬時に現実へと引き戻され、彼女の顔は世界各国で熱狂的なファンを獲得した“平和の歌姫”を連想させる慈愛に満ちた微笑に変わった。

 

「もしかして、ダイエット中ですか? だったら専用のマシンを使った方がいいですよ」

 

 ルナマリアの気さくな提案に、内心ラクスは安堵の息を漏らした。自分がここで訓練に励んでいる姿が外に知られれば、必要以上の憶測を呼びそうだったからだ。

 

「へぇー。アカデミーに入った頃のシンより、ずっと上手いんじゃないですか?」

 

 さらに興味を示すルナマリアの言葉に、その後ろから現れたシンは少し頬を膨らませた。

 

「それってどういう意味だよ、ルナ」

 

 ラクスは彼らの初々しい恋人らしい掛け合いを眺めながらシミュレーターを離れ、機器の設定履歴を消去しようと手を動かした。

 するとそれを見たルナマリアは、興味深そうに口を開いた。

 

「それって、司令と大尉が開発中の“プラウドディフェンダー”でしたっけ?」

「はい、その通りです。大尉とアスランで頑張ってくださっていますが、センサーとプログラムの調整に苦戦しているようですわ」

 

 ラクスは彼女の問いに対し、僅かに苛立った心を落ち着けるように穏やかに言った。するとルナマリアは好奇心が尽きないのか、新たな質問を投げ掛けた。

 

「複座式になるかもって噂は本当ですか?」

 

 ラクスは困った顔で深く考え込んだ後、静かな声で言った。

 

「あくまで可能性の1つですが……。もしもの時は、私も何かお役に立てることがあればと思っています」

 

 現状“プラウドディフェンダー”が完成したとしても、その実用化には目処が立っていない。

 その戦略兵器級の戦闘能力を有している新型装備を実戦に投入するには、使用者に超人的な精神感応力と空間認識能力が必要であり、それは現パイロットのクロトはもちろん、アスランどころかキラですら使用出来ない代物だ。

 自力制御プログラムを用いた補助にも限界があり、専用のサブパイロットを用意しなければ技術革新(ブレイクスルー)が必要だ、というのがハインラインとアスランの結論だ。

 戦力・人員の限られているコンパスにサブパイロットを用意する理由などないし、主砲として搭載した収束重核子ビーム砲──“ディスラプターツォーン”の出力制限完全解除には、コンパス総裁として組織の全権を握るラクスの承認が必要だ。だったらラクス本人の搭乗も──といった冗談みたいなアイデアが、本気で検討されている状況下だったのだ。

 

「わざわざ総裁がそんなことしなくても、()()()()()()()()()()んじゃないですか?」

「そうですよ。総裁にもしものことがあったら……」

 

 シンとルナマリアの提案に、ラクスはどこか言語化出来ない葛藤を抱きながらゆっくりと反問した。

 

「……キラに?」

 

 今更のような疑問を投げかけるラクスに、ルナマリアは軽口混じりに提案した。

 

「はい。総裁が頼めば、キラさんも了承しますって。だってあの人、“フリーダム”のパイロットだったんでしょ?」

「そうそう。あの人なら大丈夫ですって」

 

 かつて“ストライク”──そして“フリーダム”のパイロットとして、第1次連合・プラント大戦において名実ともに最強と謳われたパイロット。

 その腕前は第一線を退いても全く衰えていない。

 事実、2年後に起こった第2次大戦では“ストライク”で当時空中戦闘において最優秀と評された“セイバー”を撃破し、後にオーブ軍の最終兵器として投入された“アマテラスアカツキ”を駆って“デスティニー”らと対等に渡り合うなど、その健在ぶりを遺憾なく発揮した。

 ましてクロトのサブパイロットとしては、少なくともラクスよりもよほど妥当な人選だと言えるだろう。

 

「……私は、これ以上キラを巻き込みたくないのです」

 

 ルナマリアとシンはラクスの反論に、彼女の親友想いの心に打たれたように頷いた。

 そんな中、アスランはトレーニングルームに作業服姿で姿を現した。難題だった課題の1つをクリアしたのか、彼の声には充実感に満ちた雰囲気が漂っていた。

 

「聞いているとは思うが、明日には休暇を返上してオーブを出港する。お前達も熱心なのは結構なことだが、今日くらいは外出するといい」

 

 アスランの殊勝な言葉に、シンとルナマリアは応える様子を示すように敬礼した。そしてラクスの存在に気が付いたアスランは取り繕うような苦笑を浮かべると、何気ない調子で付け加えるように言った。

 

「さっき代表から聞いたんだが、キラの奴もファウンデーションに向かったそうだ。……まったくアイツは、いつまで経ってもしょうがないやつだな」

 

 その言葉を耳にした瞬間だった。

 ラクスは自らの内に潜む心の闇を──決して許されてはならない仄暗い感情の存在を自覚した。

 




ファウンデーションの首都に観光客として潜入調査? ……お2人とも楽しそうですわね。

相変わらず闇が深過ぎるラクス様ですが、作者の想像以上にインパクトがありましたね。

もしもアスキラが成立すれば、完全に脳を破壊されたクロトくんをラクス様が介抱する展開だったでしょうが……。

その世界線のキラちゃん、ちょっと邪悪過ぎません?


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暗闇の死闘

 かつてイシュタリアのメイン・ストリートだった旧市街地の地下区画は、2度の大戦と独立戦争で開発計画が中断されたことで、複雑に入り組んだ薄暗い迷宮に変貌していた。この地下迷路はファウンデーションの権力に対抗するレジスタンス達の隠れ家であり、今も彼らの活動拠点が隠されている可能性が高かった。

 無機質なコンクリート製の壁には“運命計画”に対する抗議のスローガンなどが書かれた落書きが無数に存在しており、それはナチュラルとコーディネイターが共存することで飛躍的な経済成長を果たしたとされるこの国の空虚な実態を物語っていた。

 周囲に流れている空気は湿気が混じっており、空間全体を包んでいる静寂を天井から落ちた水滴の音が時折破っている。

 それはこの場所が完全に放棄され、外部と隔絶されていることを示すようだった。

 

『──そこを右。……そっちの区画は封鎖されているみたいだから、一旦回り込んで』

『了解』

 

 クロトはサングラス状の暗視ゴーグルを装着し、照明の大半が故障して薄暗くなった空間を正確に把握しながら慎重に進んでいた。

 その耳には、地上の安全な場所から発信されたキラの指示がイヤーピースを通じて届いていた。その声はクロトにとって、この不確かな環境を進む上で唯一の光だった。

 クロトに課せられた任務は、ファウンデーションの抑圧に立ち向かうレジスタンスと接触し、彼らから詳細な情報を得ることにあった。

 暗視ゴーグルで拡大される淡い光を頼りに、そして遠隔で届けられるキラの指示に耳を傾けながら、徐々にレジスタンスのアジトと思しき広大な空間に近づいていった。

 やがて緊張感に包まれながらも穏やかだったキラの声は、突如危険を警告するような鋭い声に変わった。

 しかしその穏やかな指示は突然、危険を警告する声に変わった。

 

『待って、近くに反応が──』

 

 その場所は、まさに地獄のような光景が広がっていた。

 クロトが目指していたレジスタンスのアジトだったはずの場所は、何者かの襲撃を受けて完全に破壊されていた。

 周囲の壁は爆発や銃撃による痕跡で黒く焼け焦げており、奥の通路は瓦礫で塞がれていた。まるでその場所は、死体安置所のように死の匂いに満ちていた。かつてここで自由と抵抗のために戦っていたのだろうレジスタンスのメンバー達の、生存の兆しはどこにもなかった。全てが無惨に失われており、残されたのは静寂と破壊だけだった。

 

『……遅かったか?』

 

 クロトは通信越しに息を呑んだキラに、囁くような声で言った。

 レジスタンス達の目的が第二次連合・プラント大戦末期に“運命計画”を否定したラクスとの接触であれば、政府はそれを断固として阻止するだろう。ミレニアムに加えて、大西洋連邦から供出されたアークエンジェル、プラントから供出されたミネルバのコンパス実行部隊が到着する前に、この国の体制を揺るがす可能性を持った不穏分子は排除しなければならなかったのだ。

 この空間はまだ、戦闘の熱気と残穢に包まれていた。

 それは目の前の悲劇が起こったのは、それほど昔のことではないことを示していた。まだ周囲の空気は煙ったように濁っており、壁や床からは僅かな温かみが感じられる場所もあった。

 何かヒントがあるかもしれない。床に転がっている死体の一つを慎重に調べようとしたクロトは、その遺体に残された異常な痕跡に気づいた。

 

「……?」

 

 惨劇を引き起こした首謀者達と戦おうとしたのか、拳銃を握ったままこの世を去ったその男の胴体は、鋭利な刃物のようなもので真っ直ぐに両断されているようだった。その断面は異常なほどに滑らかで、それを実行した者が持つ圧倒的な身体能力と、人間離れした剣の技量を物語っていた。

 

『隠れて!』

 

 その瞬間、遠くで微かな物音が耳に届いた。

 クロトは即座にキラの声に耳を傾けて身を翻し、近くの瓦礫の陰に身を隠した。

 不明瞭な闇が広がる中、暗視ゴーグルを通して見えたのは、この惨劇の原因となった憲兵らしき者たちの姿だった。

 彼らは組織的に周囲を散策しており、レジスタンスの生き残りを探しているようだった。彼等はライトを照らし、哀れなレジスタンスの隠れ場所を一つずつ慎重に調査していた。発見された者がいるのか、誰かの懇願するような声と無慈悲な銃声が何度も周囲に響き渡った。

 

『あと一分』

 

 キラは周辺施設のセキュリティシステムに侵入を開始し、クロトの迅速な撤退をサポートする為の準備を行っていた。

 クロトは心臓の鼓動すら耳障りに感じるほど静かに息を殺し、憲兵たちの捜索が終わるのをじっと待っていた。しかし突如として緊張の糸が切れたかのように、憲兵の1人がクロトの隠れ場所を正確に照らし出した。思わぬ生存者を発見した憲兵たちは、暗闇に身を潜めていたクロトに向かって銃を構えながら罵声を上げた。

 

「!!」

 

 クロトは言葉を交わすことなく、猛禽類が獲物を狙うような俊敏さで動き出した。

 まさに弾丸の如く加速しながら自動式拳銃を手に取り、手首を返しながら1発の銃弾を放った。その銃弾は先頭を走っていた憲兵の太腿を正確に撃ち抜き、男は痛みに呻きながら倒れた。その突然の出来事に憲兵たちはパニックに陥り、無数の銃弾を闇雲に乱射した。

 

「危ねっ」

 

 身を守るために飛び込んだコンクリート製の柱が、敵の銃弾によって徐々に削り取られていく。

 四方を銃弾が飛び交い、無数の破片が飛び散って周囲を破壊した。クロトは絶体絶命の中でカウントダウンに耳を傾けながら、再び逃走を開始した。

 

「なんだ!?」

 

 セキュリティシステムを掌握したキラは、この区画全体のブレーカーを落とすことに成功した。

 非常時に使用される予備電源に切り替わるまでの間、周囲は完全な暗闇に包まれた。

 この突然の暗闇と同時に生じた憲兵たちの混乱は、クロトにとって逃走の絶好のチャンスであった。彼はその隙を逃さず、全速力で走り出した。

 事前に集光機能を最大限まで引き上げていた暗視ゴーグルが、このライトがなければ何も見えない暗闇を照らす目となった。

 キラの正確無比な誘導を受け、クロトは暗闇の中でも最適な逃走ルートを見つけ出し、敵の追跡を鮮やかに躱す。無数の障害物を避け、瓦礫の山を乗り越え、クロトは憲兵達の追撃を振り切ることに成功した。

 

「ふぅ」

 

 ついに安全と思われる場所にまでたどり着いたクロトは、安堵の溜息を漏らしながら足を緩めた。

 しかし、その平穏は瞬く間に喪われた。

 

「野良犬狩りくらいしか出来ないくせに、使えん奴らだ」

 

 それは憮然とした冷ややかな声だった。

 視界を上げたクロトの前方には、素顔を仮面風の暗視ゴーグルで隠した青年が立っていた。

 レジスタンスを襲っていた憲兵たちのリーダーなのか、それとも“ブラックナイツ”と称される女王親衛隊の一員なのか。

 素顔を覆う暗視ゴーグルを装着しているため、青年の正体を見分けることはできない。

 青年は拳銃を収納したホルスターの真横に下げていたサーベルを抜き、狙いを定めるように突き付けた。

 

 ──コイツがさっきのサーベル使いか。

 

 状況が再び緊迫したものに変わる中、クロトは青年の動きを牽制するため、即座に狙いを定めて拳銃を放った。

 すると青年は無造作に構えていたサーベルを鋭く振るい、クロトが放った銃弾の軌道を捉えて斜め後ろに弾いた。

 

「!?」

 

 有り得ない。

 人間離れした能力を持っている者であれば、銃口からおおよその軌道を予測してかわすことは可能かもしれない。それこそクロトも、アルテミス要塞やバナディーヤ市街で似たような行為を成功させたこともある。

 しかし細いサーベルで銃弾を迎撃し、それを弾き返すというのは完全に人間の範疇を超えた神業だ。コンマ数秒単位でも剣を振るうタイミングが合わなければ、確実に銃弾が身体に直撃するだろう。そして弾丸は音速と同等の速度で飛翔する以上、発砲音に反応してから反応しても間に合わないのだ。

 クロトは青年の見せた尋常ではない剣の技術に驚愕しながら、今度は次々狙いを変えて銃弾を放った。

 しかし青年は再びそれをサーベルで悠々弾き返すと、再装填しようとしたクロトを狙って凄まじい勢いで迫った。青年の動きは肉食獣のように無駄がなく滑らかで、まるでスローモーションに見えてしまうほどだった。

 青年は強烈な斬撃を繰り出し、反射的に突き出したクロトの拳銃を一撃で両断した。素早く後ろにバックステップし、拳銃の残骸を投げ捨てながら距離を取ろうとした瞬間、青年は壁を蹴って投擲を躱すと跳躍し、一気に間合いを詰めようとした。

 

「くっ──」

 

 クロトは背中に冷たいものを感じ、思わず悪態を吐いた。

 目の前に立ちはだかる青年の戦闘能力は、想像を絶するものだった。純粋な身体能力はそれほど差が有る訳ではなかったが、完全に手の内を見透かされているようだった。

 それは圧倒的な運動能力・反射神経を特徴とするアスラン、シンの強さとは明らかに異なるものだった。

 コートの内側に隠していたサバイバルナイフを逆手で抜刀すると、クロトは空中で身動きが取れない青年の太腿を狙って切り裂こうとした。

 しかし青年はまるで剣筋を見切ったかのように最小限の動きでサーベルを振るうと、刃の先端でクロトの斬撃を正確に防御した。

 クロトの動作を予測し、その対応を完璧にこなす青年の異常な戦闘能力は、これまでに経験したことのないものだった。それはただ速いだけでなく計算され尽くした動きで、クロトの仕掛けた攻撃どころかその裏に隠された意図を完全に見透かしているかのようだった。

 青年の放った閃光のような刺突を回避し切れず、クロトの左腕に刺されたような痛みが走った。

 出血が服を真っ赤に染める中、クロトはナイフを斜めに振るって青年を大きく後退させた。

 

「強いな、貴様は」

 

 青年は好成績を残した生徒を褒め称える教師のような、どこか称賛するような口調で言った。

 それは仮面状の暗視ゴーグルで不明瞭になった声だったが、その自信に満ちた声は肩で大きな息をしているクロトとは対照的に、青年が十分な余裕を残していることを示していた。

 しかし完璧に手の内を読み切った格下に対する言葉としては、どこか違和感があるものだった。

 それは青年の人並み外れた危険察知能力のようなものは、まるでその戦闘能力と直接的な関係がないことを示しているようだった。

 この青年の圧倒的な実力には、なんらかの理由があるのではないか。たとえば高度な空間認識能力として発揮出来るだけでなく超感覚的な索敵能力と未来予知を実現させる、フラガ家の“先読み”のような。

 

()()()

 

 突如沸き起こった疑問を棚上げするように放った一言が、地下施設の緊張感を帯びた空気を破った。

 クロトは圧倒的な自信と優雅さを見せ付ける青年を嘲笑うように、敵意を込めたサムズ・ダウンのポーズを決めた。

 するとその直後に施設のどこかで警告音が鳴り響いた。そして数秒後、ふたりの間の天井部分に備え付けられていた重いシャッターが盛大に落下した。

 

「チィッ!!」

 

 怒りに我を忘れてしまった青年は一瞬のうちに状況を把握すると、シャッターに向かって鋭くサーベルを振り下ろした。

 その斬撃は人間であれば絶命を避けられない強烈な一撃だったが、防火シャッターはそれを鈍い音で阻んだ。この防火用シャッターは火災時に施設の延焼を阻止するためのもので、たとえ驚異的な身体能力を誇る青年であろうと容易に破壊出来ない堅牢さを有していたのだ。

 

『危なかった……』

 

 この思いがけない出来事は、キラの技術的な介入が引き起こしたものだった。

 地下区画のセキュリティシステムの一時的な掌握に成功したキラが、絶体絶命の危機に陥ったクロトを支援したのだ。

 青年は激昂しながらサーベルで何度も障壁を斬り付けたが、やはり厳重な防炎性能を求められる防火用シャッターは簡単に破壊出来るようなものではない。

 障壁の向こう側に取り残された青年の怒りの声を背に、クロトは貴重な時間を稼ぐことに成功した。そして迅速にその場を離れ、キラの待つ安全な場所への撤退を果たした。

 

「…………」

 

 暗闇と静寂を破り、重厚なシャッターを強引に破壊した青年──シュラ・サーペンタインは、もはや役割を終えた暗視ゴーグルを軽蔑と共に地面に投げ捨てた。

 シュラは銀色の髪を掻き上げると、金色の瞳で地下施設を一瞥した。

 しかしそこには純粋な戦闘技術は彼に匹敵するレジスタンスの生き残りも、謎に包まれた支援者であるハッカーの姿もなかった。

 

「神聖な戦いの場を汚したな」

 

 シュラは冷たく呟いた。

 アウラ女王親衛隊“ブラックナイトスコード”の隊長であり、国防長官・近衛師団長を兼ねるシュラは、この介入を実行した無粋なハッカーに対する怒りを胸に秘めた。そして未だこの場に姿を現さない無能な部下達への不満を、心の奥で静かに呟いた。

 

 ──しょせんコーディネイターといっても、こんなものか。

 

 かつてギルバート・デュランダルがメンデルで執筆した論文において、人々を導く新たな人類の指導者とされた存在──“アコード”。

 それは当時その研究に携わっていた一部の関係者を除き、古典物理学における“ラプラスの悪魔”のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思われていた。

 しかし、彼等(アコード)は現実に存在していた。

 シュラは遺伝子操作を施すことでナチュラルを凌駕する才能を付与されたコーディネイターに対して、遺伝子自体を直接改造する事でナチュラルはもちろん、コーディネイターをも凌駕する才能を付与された新人類(アコード)の1人だった。

 並行して研究が進められていた“スーパーコーディネイター”計画を参考に、ヒトとして限りなく究極の才能を獲得した上に遺伝子改造で付与された特殊な感応能力を有していた。

 彼等はそれを利用して互いに言葉を交わさずとも意思疎通が取れる他、先程までシュラが用いていた読心術や一定条件下での精神干渉術をも獲得した超人だった。

 その中でも“戦士”としての役割を担うシュラにとって、通常のナチュラルどころかコーディネイターも単なる弱者に過ぎなかった。

 たとえそれが“レイダーキラー”や“月光のワルキューレ”のように大戦で活躍したコンパス主力部隊の構成員であろうと、シュラにとっては例外ではなかった。

 

 あのオルフェを差し置き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()“アスラン・ザラ”。

 ブルーコスモスが造り出した最強の生体CPUであり、()()()()()()()()()()“フリーダムキラー”。

 最後にその2人を圧倒し、デュランダルもシュラと並んで“()()()()()”と評価した“キラ・ヒビキ”。

 

 シュラは今後自分達の前に立ち塞がるだろう3名の戦士を想像し、先程の奇妙なレジスタンスと同様にわずかながらの期待感を抱いた。

 

 ──俺を楽しませてくれるのは誰だ? 

 

 そして役割を果たし終えたサーベルを静かに鞘に収めると、無言で冷たい笑みを浮かべた。




キラちゃんがいなかったら即死だった。

前倒しで登場したシュラくんですが、彼も劇場版とは異なる顔を見せてくれるかもしれません。

しれっとサーベルで主人公を圧倒する実力者になってますが、まぁ読心術が出来るなら余裕でしょう。

-追記-

R18版を更新したので、興味のある方はどうぞ。


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もう一つの運命

 私は、望まれて生まれた。

 世界は、私を望んだ。

 私は、望まれて生まれたのだ。

 世界は、私の中にあった。

 世界は私のもので、私は世界のものだった。

 

 オルフェは、歴史を感じさせる壮大な宮殿の前庭で立っていた。

 その背後には、このファウンデーション王国を代表する無数の兵士達と、それを統率する近衛師団“ブラックナイト”が彼女を歓迎するために整列していた。

 彼らは誰もが皆、厳かな沈黙を保ちながら、この重要な出迎えの儀式に臨んでいた。

 

「ようこそ、姫。私はファウンデーション宰相、オルフェ・ラム・タオです。此度のご訪問、心より歓迎いたします」

 オルフェは力強く、しかし暖かみのある声で言葉を紡いだ。

 その丹精で繊細な表情は、彼女に対する敬意と慈愛に満ちていた。そしてその立ち姿は、弱冠20歳ながらファウンデーション王国の政治を一手に任されている絶対的な為政者としての威厳を漂わせていた。

 

「コンパス総裁、ラクス・ディノです。お目にかかれて光栄に存じます」

 

 オルフェはタラップから降り、落ち着いた声で応じたラクスに視線を向けた。

 こちらも弱冠20歳ながら、世界平和監視機構“コンパス”総裁の重責を担う彼女の佇まいからは、平和を求める強い意志と柔軟な思考が感じ取れた。

 そんな彼女の声には、コンパス総裁としての自覚と、この新たな出会いに対する期待が込められていた。

 

 オルフェが指輪をはめた右手を差し出すと、ラクスもまた指輪をはめた右手を差し出した。手が触れ合う寸前、オルフェはその指輪に視線を向けた。

 母上から託された運命の指輪──やはり彼女がそうなのだ。

 オルフェは一瞬ためらうように宙で止まったラクスの手を、強く握り締めた。

 その瞬間、オルフェは自身を貫く奇妙な衝撃を感じ取った。

 ラクスと触れ合った手から、全身を包むような柔らかい光と、かぐわしい香気のような空気が流れ込んで来た。それはどこか温かな安らぎを感じさせられるものだった。

 その直後に彼の周りの世界から全てが消え去り、重力さえも感じられなくなった。

 まるで天国に迷い込んだような感覚の中で、オルフェはラクスが“運命の相手”だと確信した。

 

 ──ようやくお会いできましたね……。

 

 それは言葉ではなかった。触れ合った手から、自らの思いを流し込んだものだった。戸惑いながらも返答しようとするラクスに対して、オルフェはこうして語り合うことが至極当然であるかのように応えた。

 

 ──私は貴女の運命……。ともに世界を導く者……。

 

 その思いを伝えた瞬間だった。

 2人を温かく包み込んでいた世界が突如吹き飛ばされ、その空間は一変した。

 オルフェはこの精神世界を侵食する、闇のようなものを感じ取った。それはまさに地獄の業火を思わせる醜悪なもので、温かな光を呑み込む黒い炎に対する恐怖が彼を支配した。

 それは単に痛覚を刺激するような実際的な恐怖ではなく、まるで魂を揺さぶられるような根源的な恐怖だった。

 

 ──これは……? 

 

 オルフェはこの突然の変化に混乱し、何が起こったのかを理解しようと躍起になった。しかしこの感覚は今までに経験したどんなものとも異なり、説明がつかないものだった。 

 そして混乱に包まれる最中、黒い炎がさらに勢いを増し、身動きの取れないオルフェを一息に呑み込もうとした。

 

「ラクス」

 

 アスランの声が響いた瞬間、オルフェは自分を侵食しようとしていた闇が突如晴れたことを知覚した。

 一瞬で現実世界へと引き戻されたオルフェは、周囲を警戒するように視線を走らせた。するとラクスの後方から、アスランが自分たちをじっと見つめているのに気づいた。その顔は、直感的に何かが起こったことに気付いたような険しい表情をしていた。

 

「大丈夫です。少し疲れが出たのかもしれません」

 

 ラクスの声には微かな震えがあり、彼女が表情を取り繕っている様子は明らかだった。しかし何事もなかったかのように振る舞おうとするラクスの姿からは、内心大きな動揺を抱いていることが伝わってきた。

 オルフェはこの一連の出来事を振り返りながら、溜息を吐いたアスランに視線を送った。

 アスラン・ディノ。

 プラント評議会初代国防委員長パトリック・ザラの息子であり、優れた才能を有している者が多い第2世代コーディネイターの中でも際立った能力を持った天才として知られている。

 特に純粋な戦闘能力に関してはあの“フリーダムキラー”をも凌ぐと噂され、白兵戦に関しては匹敵する者すらいないらしい。

 クライン派とザラ派を結び付ける政治的な背景があったとはいえ、ラクスの父シーゲル・クラインにその才能を高く評価され、ラクスの婚約者として選んだ人間だ。

 オルフェは、アスランが自分たちアコードに対して無力だと考えるのは短絡的かもしれないと感じた。

 

 ──邪魔な奴め。

 

 晩年はナチュラル回帰論を訴えていたシーゲルが自分を差し置いてまで指名した男が、自分達アコードに対抗する能力を有していないと考えるのはあまりにも早計だ。

 先程の不気味な黒い炎は、この“邪魔者”が何らかの形で関与している可能性が高い。

 

 ──ラクスを汚したな。

 

 オルフェは他のメンバーと共にアスランへの憎悪を込めた禍々しい思念を放ったが、アスランはそれを全く認識出来ていないようだった。

 アコードどころか、その製造過程でアコードを部分的に参照した“スーパーコーディネイター”ですらないアスランには、リンクを確立していない状況下での精神攻撃は無意味らしい。

 再び悪意を込めて思念を放ったが、やはりアスランは何も感じていないようだった。

 オルフェは自らの魂を脅かした黒い炎に対する一抹の不安を抱えながら、ラクスを先導することにした。

 

 

 

 シュラは宮殿の中庭の中央に設けられた練習場で、同じブラックナイトの一員、リュー・シェンチアン相手にサーベルを振るっていた。

 言葉を交わさずとも意思疎通が可能なアコード同士が試合をする際、非アコードにはない読心術の優位性は役立たずだ。

 ただ求められるのは純粋な身体能力と、その身体能力を支える剣術の熟練度だ。

 搦手なし、力のみ、勝者あり。

 シュラとリューは互いの動きを瞬時に読み取り、次の一手を予測しながら剣を交えた。

 やがてシュラはリューが放った単調な剣閃をかわすと、わずかに生じた隙を縫うように鋭い刺突を放った。不完全な姿勢でその一撃を受け止めようとしたリューのサーベルは弾き飛ばされ、少し離れた芝生の上に転がった。

 

「やれやれ、シュラには勝てませんねぇ」

 

 リューは敗北を認めながらも、特に悔いはない様子で肩をすくめる。

 シュラはアコードの中でも特に“戦士”の運命を望まれたものとして、女王親衛隊“ブラックナイトスコード”の隊長を務める他、この国の軍事機関の最高責任者を任されるなど宰相オルフェとも実質的に対等な関係にある。

 事実、その戦闘能力は精鋭揃いのアコードの中でも突出しており、今までモビルスーツ操縦や剣術において敗北した記憶などなかった。

 戦いはシュラにとって最大の生きがいであり、勝利は彼の最大の誇りだった。そんな彼にとっては、同じアコードであろうと勝利は当然の結果に過ぎなかった。

 しかし、リューとの戦いはシュラに物足りなさを感じさせた。

 誇り高きブラックナイツのメンバーでありながら、あの日邂逅したレジスタンスに純粋な戦闘技術で劣っているとは情けない限りだ。

 シュラはリューに対する軽蔑を心の奥に隠しながらサーベルを拾った。そしてアウラとの謁見を終了し、イングリットに宮殿を案内されているらしいコンパスのメンバーとその先頭を歩いていたアスランの前で立ち止まった。

 

「一手、ご指南願えますか、ディノ司令?」

 

 シュラは冷静に問いかけると、手にしたサーベルをアスランに差し伸べた。

 掴んでいる情報によれば、別行動だった“フリーダムキラー”と“キラ・ヒビキ”の到着は少々遅れているらしい。

 そんな状況下でアスラン・ザラを打ち負かすことは、自らの実力とアコードの優位性をコンパスに証明する最良の方法だ。

 

「いや、俺は……」

 

 しかしアスランは少し躊躇したように言葉を詰まらせた。すると、シュラの後ろからブラックナイトスコードのメンバーたちの嘲笑が飛び交った。

 

「へぇ。司令さんは怖いのかい?」グリフィン・アルバレストが挑発し、

「コンパスって、案外たいしたことないんじゃない?」とリデラード・トラドールが大声で笑い、

「それはこないだ実証したし」とダニエル・ハルパーがぼそりと付け加えた。それは先日起こった、ジャスティス強奪事件のことを揶揄したものだった。

 

 すると自分達に対する挑発と受け取ったのか、アスランの背後にいた者達が反応を始めた。

 

「冗談は髪型だけにしとけよ」と短髪の青年(オルガ)がグリフィンに返し、

「ガキや病人よりはマシだ」とオッドアイの青年(シャニ)がリデラートとダニエルを鼻で嗤った。

 

「お客人に失礼ですよ、貴方達!」

 

 一触即発の雰囲気を察した案内役のイングリットが割って入ろうとする中、アスランは憤慨して飛び出そうとしたシンを静かに止めた。

 

「分かった。だったら手合わせさせて貰おうか」

「そうこなくては」

 

 シュラはアスランの意思を認めると、練習場の中央でサーベルを手にした彼と対峙した。

 どうやら自分と、ブラックナイトスコードの実力を量ろうとしているらしい。

 如実に読み取れるアスランの意志に、シュラは自分の剣技とブラックナイトスコードの威信を高める絶好の機会だと嗤った。

 

「近衛師団長、シュラ・サーペンタイン」

「コンパス司令、アスラン・ディノ」

 

 静かに名乗りあげると、アスランも合わせるような口調で名乗った。

 

「始め!」

 

 団員の合図とともに始まったアスランとの試合は、シュラが予想したものとは異なる方向へと進んだ。

 戦いが始まった瞬間から、シュラはアスランの動きを先読みし始めた。

 対するアスランは落ち着いた表情を保ちながら、自信を秘めたエメラルドの瞳でシュラを直視していた。

 そして想定以上の身体能力と技術でシュラが思考を読んで放った筈の攻撃を防御すると、時には鋭く反撃した。それはシュラがこれまで直面してきた、どんな対戦相手をも上回る驚異的な戦闘能力を示していた。アスランの卓越した戦闘技術はシュラの攻撃を的確に回避し、適切なタイミングでの反撃を可能にしていた。

 僅かな動きで斬撃を払い、下がりながら鋭い刺突を繰り出すシュラに対して、アスランは雷光のように素早い踏み込みを見せた。

 その突撃に合わせて宙を舞い、背後に着陸しながら放った斬撃の軌道が見えているかのように、半回転しながら繰り出された強烈な一撃がシュラの刃を阻んだ。

 それでも読心術の優位性は大きく、最初は互角に見えた戦いも、徐々にシュラが優位に立ち始めた。シュラはアスランの攻撃意図を察知し、それを踏まえた戦術を展開していった。その精密無比な剣の動きは、常に対応が一歩遅れているアスランを圧倒するかのように見えた。

 しかし、試合が進む中で異変が起こった。

 

「だから夕方集合はおかしいって言ったのに」

「いやー、時差の存在を完全に忘れてたよ」

 

 遅れて到着したキラとクロトが目の前に現れた瞬間、不意にシュラの集中力が乱された。

 この一瞬の隙を見逃さなかったアスランは、まさに剣筋を見切っていたシュラの絶対的な防御を破り、その顔に軽い切り傷を与えた。

 

「くっ……」

 

 動揺を隠し切れないまま剣を振ろうとしたシュラの喉元に、アスランは鋭く走らせた剣先を突き付けた。

 それはアスランの勝利を意味していた。

 するとその瞬間、ブラックナイトスコードのメンバー間に緊張が走った。特にグリフィンが強く反応し、息を整えているアスランに拳銃を抜こうとホルスターに手を掛けた。

 

「ブラックナイツもたいしたことねーなぁ」

「よくもった方だろ」

 

 それを見た青年たち(オルガとシャニ)が嘲笑し、ブラックナイツの面々はますます憤怒に染まった顔をした。

 

「いい加減にしないか、お前達は!」

 

 しかしアスランは興味を失ったかのように剣を引くと、シュラを嘲笑していた青年たちを叱責した。

 

「すまない。君ならかわすだろうと思っていた。俺のミスだ」

 

 アスランはシュラの方に振り返ると、自分が頬に付けた傷を見ながら謝罪した。

 これが母上とオルフェが第一に警戒していた、アスラン・ザラに秘められた()()()()()ということか。

 

「世界を統べる資格があるのは、力のある者だけだ。君の指揮で戦うのが楽しみだ」

 

 シュラは自身の頬に滲む鮮やかな血を意に介さずサーベルを収めると、アスランを見透かすかのように冷ややかに笑った。その瞬間、再び二人の間の緊張感が最高潮に達したが、その重苦しい空気は長くは持たなかった。

 

「アスランこそ、いい加減にしてよ」

 

 それは先程から様子を見ていたキラが介入し、シュラの治療を始めたからだった。キラは慎重に傷口の様子を確認すると、慣れた手付きでハンカチを当てて止血した。

 

「まったく用意がいいやつだな、キラは」

 

 アスランが感心したように言うと、シュラは目の前の可憐な少女を見て驚きの表情を浮かべた。

 

「君がキラ・ヤマト──“フリーダム”か?」

「え、あ、はい。……一応内緒にしてるので、黙っててくださいね?」

 

 キラは唇に手を当てながら、遠慮がちに笑った。

 あくまで世間的には“フリーダム”は第2次大戦でギルバート・デュランダルを支持した末に、隣の“フリーダムキラー”に敗北して討たれたと言いたいのか。

 シュラは得心したように頷くと、思わぬ敗北に動揺の隠せないブラックナイツを連れてその場を立ち去ることにした。

 

 ──それにしても、いったいどういうことだ。

 

 最後尾を歩きながら、シュラは心の中で静かに呟いた。

 キラが現れた瞬間、それまで激しい剣戟を交えていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは高度な集中力を必要とするシュラの読心術を妨害し、一時的に無効化してしまったのだ。そうでなければアスランの言った通り、あの程度の攻撃は容易に防げた筈だ。

 アスラン・ザラは、ラクス・クラインと結婚した。

 今はプラントを追放されたこともあって別性を名乗っているが、少なくとも2人の関係は第1次大戦の末期を除いて基本的に良好だった筈だ。

 しかしアスランの心の奥底には、キラに対する深い感情のようなものが実際に存在するのは事実だった。

 もしもあのビジョンが真実だとすれば、()()()()()()()()()()()()なのだろうか。

 

 ──破廉恥な連中だ。

 

 シュラは再び心の中で2人を冷ややかに評した。

 そして怪我の治療を受けたシュラは汚れたハンカチを手に取ると、そのまま無造作に懐の内ポケットに仕舞い込んだ。




というわけでアスラン無双の回でした。既にシュラは錯乱している!!

・シーゲルが選んだ男
・テレパシー送受信不可

この2点でアコードメタの容疑がある上に、素で読心中のシュラに匹敵する戦闘能力があるので最強ですね。




なんと阿井上夫先生に問題のパイスーイラストを頂きましたので掲載させて頂きます。ちょっと破廉恥過ぎる……。


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前話でも追記しましたが、こっそりR18版を更新しました。良ければこちらもどうぞ。


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月光の舞踏会

 満月が空を照らし、その光がファウンデーションの壮麗な宮殿を柔らかく包み込む夜、女王アウラは会談を終えたコンパス代表団を歓迎するため、豪華な舞踏会を開催していた。

 金色に輝くシャンデリアが放つ煌びやかな光が会場全体を明るく照らし出し、参加者たちは絢爛豪華なドレスやタキシードに身を包み、メロディに合わせて優雅にダンスを披露していた。

 会場の壁には鮮やかな色彩の絵画が掲げられ、精巧に彫られた柱は空間に洗練された美しさを与えていた。それは秘密裏に実行されている“運命計画(デスティニープラン)”に基づき、先天的な才能で評価が下されているファウンデーション王国の歪な政治体制を示すようだった。

 この華やかな舞踏会が行われている最中、クロトは不思議な引力に導かれるように、静寂に包まれた美しい庭園へと足を踏み入れていた。

 そこでは月明かりの下、コンパス総裁にして信頼出来る戦友のラクスと、ファウンデーションの若き宰相オルフェが、何やら重い空気の中で対峙していた。

 

「僕は、貧困も差別も存在しない世界を作りるために生を受けたのですよ。そして貴女も──

 

 ラクスの顔からは彼女の普段の落ち着きや優雅さが喪われており、代わりに見たことのないほどの緊張が彼女を覆っているようだった。

 一方のオルフェは確固たる余裕を漂わせており、二人の間には何か深刻な問題があることが感じ取れた。

 そしてクロトの視線に気付いたオルフェは無言で歩み寄ると、その真紅が引き始めた瞳を興味深そうに見詰めながら謎めいた口調で言った。

 

「世界に闇をもたらした襲撃者。君のような存在には、この場に立つ資格などない」

 

 その場に意味深な言葉を残すと、オルフェは嘲るような笑みを浮かべながらゆっくりと庭園の影へと消えていった。

 

「すみません。この世界の未来についてお話しさせて頂いている内に、少し熱くなってしまわれたようで」

 

 遅れて現れたラクスはオルフェに鋭い視線を送っていたクロトを宥めるように、穏やかな口調で語った。

 しかし彼女の声には微かに震えており、その背後にある不安が伝わってくるようだった。

 クロトはオルフェから感じた強烈な敵意に懸念を深める中、再度ラクスは何もなかったことを強調しながら微笑んだが、やはりその表情はどこか強張っていた。クロトの近くにいることで感じる居心地の良い温もりが、かえって不安をもたらしていた。

 

 

 

 ──世界に闇をもたらした襲撃者。

 

 庭園を離れたはずのオルフェは、実は庭園の隠れた場所から、アコードとしての高度な感知能力を駆使して、クロトとラクスの動きを細やかに監視していた。

 彼の瞳には、ラクスの心の奥底から無意識のうちにクロトの精神世界へと伸びる精神の触手が映し出されていた。その昏い闇を帯びた異形の触手は、2人の間に形成された深い精神的リンクを介して、クロトの精神を静かにその支配下に引き込んでいるようだった。

 先程と合わせて()()()()()()オルフェを焼き尽くそうとした圧倒的な力は、まるで捕食者が獲物を絡め取るかのように、クロトの意識に巧妙に影響を与えているように見えた。

 

「──そういうことか」

 

 なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか? 

 この謎に満ちた難題の答えは、かつてラクスがアークエンジェルで偶然接触した“レイダー”──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 もちろんこれは無意識の力の発露であり、ラクス自身もまだアコードとしての覚醒は不十分なようだが、これならば明日の作戦でも十分活用出来る。

 おそらくラクスの精神的な不安に反応して現れるこの絶大な力を利用し、グリフィンと合わせてアスランとクロトを同時に暴走させることに成功すれば、コンパスのユーラシア連邦領内に対する侵略行為を実行させるための強力な手助けになるだろう。

 そうなれば大義を喪ったコンパスは“ブラックナイツ”の手で崩壊すると同時に核の炎が放たれ、この世界は我々の手中に収まるだろう。

 オルフェは自らの計画が思いがけない形で順調に進行していることを理解し、満足げに微笑んだ。

 

 

 

 普段よりもナチュラルメイクで、肌の調子も上々。

 月光に照らされて輝く彼女の肌は、今宵の月明かりにも負けないほどの艶やかさを放っていた。

 毛先にほんのりとダークブラウンを乗せたヘアカラー、これもばっちりだ。

 念入りに手入れされた彼女の赤髪は、繊細に計算された色合いで、さりげなく彼女の魅力を引き立てていた。

 そして、今日はおとなしめのリップ。控えめだけど、確かな存在感。

 艷やかな彼女の唇には、落ち着いた深みのある色が添えられ、彼女の洗練された美しさをさらに際立たせていた。

 アグネスの目的は一つだった。

 それはこの一夜を利用して、コンパスが誇る“フリーダムキラー”、クロト・ブエルの心を射止め、彼の恋人である“フリーダム”──キラ・ヤマトから彼を奪い取ることにあった。

 クロトは“レイダー”のパイロットとして、わずか21歳にしてオーブ軍の地位を勝ち取った実力者だ。

 それはかつて地球連合軍の生体CPUに過ぎなかった彼が自らの力で確固たる地位を築いたことの証であり、実質的な評価は准将のアスランをも上回っているだろう。

 他の男性と比べて小柄で、容姿も特別際立っているわけではないが、それは自分を際立たせるにはむしろ好都合かもしれない。

 それにあの実在すら疑われていた、本物の“フリーダム”の恋人であるということ。更にオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハと血を分けた姉妹という、まるで御伽話のような経歴を持ったキラから恋人を奪うことができれば、それはアグネス自身の価値を、彼女以上だと証明出来たことを意味するだろう。

 クロト・ブエルは極めて多忙な日々を送っている。

 彼はコンパスの誇る精鋭部隊“ブエル隊”の隊長でありながら、情報支援組織“ターミナル”の諜報員としても活動しており、連日世界各国を飛び回っている。

 だから彼に彼女と過ごす時間はほとんどないはずだ。

 アグネスは、この状況は自分にとって絶好のチャンスだと確信した。

 自分には相手がどんな相手を求めているかを見極め、それに自然と演じることが出来る特別な“擬態”の才能がある。だから目的のために手段を選ばなければ、クロトを射止めるのはそれほど難しいことではないはずだ。

 唯一の問題はキラの存在だが、その対策は十分に練っている。

 だいたい、自分は月軌道艦隊で“月光のワルキューレ”と称えられるほど、技量も容姿も超一流の人間なのだ。

 たとえキラが昔は強かったとしても、今は第一線から退いた過去の人間だ。先程初めて実際に会ったが、あんな地味女にこの私が負けるものか。

 アグネスは自分自身に言い聞かせると、獲物を狙う狩人のように冷たい瞳で、舞踏会の会場を行き交う人々の中から今回の標的であるクロトの姿を探し始めた。

 しかし、どれだけ注意深く見渡しても、彼の姿はどこにも見えなかった。

 僅かな苛立ちを覚えつつも、アグネスは諦めず、次の計画へと思考を巡らせた。

 その時、アグネスは目の前でアスランとラクスが優雅に踊りを披露している姿を視界に捉えた。

 彼らはまるで絵に描いたような完璧な夫婦を演じていたが、その実態は彼女にとって虚飾で彩られた仮面夫婦に過ぎなかった。彼らの存在など、アグネスの計画している野望の前では何の障害にもならなかった。

 まずはクロトの心を掴んだ後で、ゆっくりとアスランの心も手中に収めてやる。

 しかし、アグネスが会場をさらに巡っても、クロトの姿を探し出すことはできなかった。途中で、"フリーダム"を探しているというシュラに声をかけられるも、彼からクロトの居場所について何か有益な情報を得ることはできなかった。

 最終的にルナマリアの情報に基づき、アグネスは立食エリアの片隅でオルガとシャニが食事中らしいテーブルへと向かった。

 テーブルの上は様々な贅を尽くした料理で溢れかえっており、オルガとシャニは夢中でそれらに手を伸ばしていた。

 少し離れた所で彼らの様子を探っていた、アグネスの存在にはまるで気づいていない様子だった。

 オルガ・サブナック。

 シャニ・アンドラス。

 二人はコンパスの精鋭部隊“ブエル隊”に属するメンバーだ。

 クロトと同じく元生体CPUの過去を持ち、コンパスに所属するまではオーブの暗部を一手に引き受ける特殊部隊に所属していたらしい彼等は、ナチュラルながらもコーディネイターと同等以上の戦闘能力を誇っていた。

 そんな彼らは、同僚のアグネスにとっても難敵だった。特に彼らの性格の悪さと好戦的な気質は、アグネスがこれまでいいように利用してきた男性たちとは一線を画していた。クロトの度し難い遅刻癖や子供っぽささえ、彼らと比較すればまだ可愛げが有ると感じられるくらいだった。

 

「ねぇ、あんたたち隊長を見なかった?」

 

 心を落ち着けるように深呼吸を一つすると、アグネスは穏やかな声で彼らに声をかけた。

 シャニは警戒の色を隠せずに硬直したが、オルガは興味をそそられたように笑みを浮かべ、アグネスを見返した。

 

「……知らねーよ。たぶんその辺で迷子になってんじゃねーの?」

 

 シャニの誤魔化すような返答に対して、オルガは軽薄な口調で嗤いながら言った。

 

「どうせ明日に備えて、格納庫で整備でもしてるんだろ」

 

 その悪戯っぽい顔つきと意味ありげな振る舞いはどこか違和感を抱かせるものだったが、アグネスにとっては次の行動を決定するための重要な情報提供だった。

 

「やっぱり隊長ってそういう人なのね。あんたもたまには役に立つじゃない」

 

 アグネスはオルガに軽い皮肉を交えた感謝の言葉を述べた後、迅速にその場を離れた。

 そして人目を引かないように舞踏会の賑やかさを離れて王宮に隣接した湖に浮かぶミレニアムに戻ると、人気のない静寂に包まれた格納庫へと向かった。

 夜はまだ始まったばかりで、若い男女の間に何が起こっても不思議ではない時間帯だ。

 夜の静けさが深まる中、アグネスは強い期待感で満たされながら慎重に格納庫へと続く扉を開けた。

 するとオルガの言葉どおり、“ライジングレイダー”の傍らで作業をしているクロトの姿が目の前に現れた。

 幸運にも休憩中のようで、近くに整備士やキラの姿はなかった。まさに千載一遇の機会だ。

 アグネスはクロトの好みに合わせて選んだ夜食を携え、集中して作業に没頭するクロトの背後に静かに近づいた。そして自然体でありながら計算された魅力を放ちながら、クロトの作業スペースへと足を踏み入れた。

 

「隊長、お疲れのところすみません。夜食をお持ちしました」

 

 アグネスの声には緊張感に満ちているどころか、むしろ穏やかなものだった。

 クロトはアグネスの突然の訪問に一瞬驚きの表情を浮かべたが、直ぐにその親切を素直に受け入れて感謝の言葉を返した。

 これはチャンスだ。

 アグネスはクロトが最終調整に集中している作業台の隣に静かに立ち、手に持っていた夜食のトレイをゆっくりとテーブルの上に置いた。

 そして距離を自然に縮めることに成功すると、アグネスの存在に気付いたクロトの視線を捕らえ、意味深な質問を投げかけた。

 

「どうしてあんな人がいいんですか? あの人、隊長の優しさに付け込んでるだけじゃないんですか?」

「……何が言いたいんだよ?」

 

 クロトは彼女の問いに対して不機嫌そうに返答した。

 アグネスはこの反応と視界の端に捉えたキラの存在に作戦の成功を確信すると、さらに追い討ちをかけるような口調で提案した。

 

「私を見て下さい。──あの人を、見返してやりましょう」

 

 そしてクロトに対して自信満々に微笑むと、唇を近づけた。しかしアグネスの唇がクロトに触れる寸前で、突如突き出された手がアグネスを拒絶した。

 

「な、なんなんだいきなり!?」

 

 クロトの反応は強い混乱と驚きに満ちていた。

 誰だって、自分にキスされたら喜ぶはずなのに。アグネスはこの拒絶にショックを受けたが、それでも決意は微塵も揺るがなかった。

 

「私なら愛する人を戦場に送り出して、自分はただ安全なところで見てるなんてことしないわ!」

 

 再び彼にアプローチを試みるアグネスに対して、クロトは明確な拒絶の意志を示した。

 しかし間接的な部下である自分、あるいは異性に対する生来の甘い気質からか、強く突き放すことを避けているようだった。

 こうなったら力尽くでモノにしてやる。

 クロトの小柄な身体に体重を預けて強引に唇を奪おうとしたアグネスは、いきなり何者かに自分の腕が捻り上げられるのを感じた。

 

「いたっ!?」

 

 アグネスが突然の驚きと痛みに顔を歪めながら振り返ると、そこにはキラが立っていた。

 キラの手には愛情を込めて準備された夜食があり、その行動にはクロトに対する深い思いやりが感じ取れた。アグネスはキラの顔に浮かんでいる強い驚きと困惑の感情を察知すると、挑発的な態度で自分の行動を見せ付けようとした。

 しかしキラの動作は、アグネスの予測を遥かに超えるものだった。

 彼女はアグネスを脇に押しのけると、まだ何が起こったのか理解できていないクロトに近づき、迷うことなく彼の唇を奪った。

 キラの柔らかな唇がクロトと触れ合い、二人の間で情熱的なキスが交わされる中、アグネスは自分の計画の失敗を痛感し、深い挫折感に打ちのめされた。

 思わぬ形で計画が狂ったことを理解したアグネスがふと視線を後方に向けると、オルガとシャニがこの出来の悪い喜劇を楽しむかのように、声を上げて笑っているのが見えた。

 その更に後ろの入口付近では、銀髪の青年が気まずそうな表情で立ち去る姿があった。




クロトは昔からラクスの支配下だったようです。(大嘘

確かに種運命編でもラクスを狙う暗殺者を迎撃したり、ラクスが用意したレイダー、ストライクレイダーに乗ったりとそれなりに根拠はありますね。

ところで人前で接吻とは、破廉恥だぞフリーダム!


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迫り来る災厄

 ──マジかよアイツ!! 

 

 シンは心の中で叫びながら、緊張感に満ちた足取りでミレニアムの静まり返った廊下を駆け抜けていた。

 突如自分に迫ったルナマリアから逃げ出したばかりで動揺していた彼の心は、その現場を目撃したというシャニの報告で更に大きく揺さぶられていた。

 幸い未遂に終わったものの、アグネスがクロトに過激な悪戯を仕掛けたというのだ。

 普段は怠そうな表情を崩したことのないシャニが妙に真面目腐った顔をしていることからも、アグネスの引き起こした事態がいかに深刻なものであるかを示しているようだった。

 シンはアグネスの軽率な行動に失望しながら、要領を得ない報告を続けるシャニと別れた。そしてアグネスが事件を起こしたらしい格納庫へと急いでいた。

 するとその途中で、格納庫から離れたのか正面から歩いてくるクロトとキラに遭遇した。

 恋人同士であるクロトとキラの異様な姿を目にした瞬間、シンはシャニから聞いたアグネスの悪戯が現実のものであることを痛感した。

 特にクロトの状態は衝撃的だった。無数のベルトで身体を縛られたような状態にあり、それはまるで奇妙な拘束具を着せられているかのような姿だった。

 クロトの顔にはその厳重な拘束への疲労と屈辱で沈んでおり、一方でキラの顔にはアグネスに対する怒りと、この非日常的な状況に興奮している様子も僅かに感じられた。

 

「す、すみません! 俺の監督不足で……!」

 

 シンは直感的に、このクロトの奇妙な状態がアグネスの未遂に終わった悪戯の結果だと直感し、深く謝罪しながらクロトの身体を縛っているベルトを外そうと試みた。

 するとキラは、反対にそれを咎めるような口調で言った。

 

「あ、()()()()()だから気にしないで」

「キラさんの!?」

 

 シンはキラの言葉に驚き、困惑した声を上げた。

 なんとクロトの身体を拘束しているベルトがキラの私物だということに、シンは驚きを隠せなかった。確かにキラは普段からベルトを多用するスタイルを好んでいるが、今の彼女は腰にだけベルトを巻いており、残りのベルトはクロトを拘束するために使っていた。

 なんとこのあまりにも奇妙な光景は、キラが引き起こしたものだったのだ。その異様な執着心と独占欲に取り憑かれているような少女の姿は、普段の控えめで温和な彼女とはあまりにも真逆の印象を受けた。

 

「自由って、大事だよね……」

「分かってるから」

 

 クロトが疲れた声で呟くと、キラは恍惚とした表情で優しく応えた。そして二人はクロトの部屋へと続いている廊下を、キラが先導する形で歩き始めたのだった。

 この状況はある意味で、コンパスの任務以上に複雑な何かを含んでいるようだった。

 シンはこの異様な光景に、平凡な恋人同士と思われた彼等の関係に対する自分の理解が浅かったことに気付かされた。

 

「流石だな」

 

 するとシンの背後から三人の状況を伺っていたらしいアスランが、感心した声を投げ掛けた。

 悠然と腕を組み、二人の後姿を静かに見送っているアスランの真意が理解出来ず、シンは慌てたような口調で尋ねた。

 

「な、何が流石なんすか? 止めなくていいんすか?」

「あぁ。キラは昔から()()()()()()()()()()()()なんだ。だが、本当はそれだけじゃなかったということだな」

 

 シンは二人の関係性への深い理解を示唆した意味深な言葉を飲み込めず、その場に立ち尽くした。そして目の前に展開されている不可思議な光景に、さらなる動揺と混乱を隠せなかった。

 

 

 

 

 私は何を見せ付けられたのだろうか。

 蹴落とそうとしていた女に一蹴され、その上狙っていた男の唇をあっさり奪われた耐え難い光景。

 一瞬だけあの女と目が合った。

 私はあの地味な女に、まるで毒虫を見るような冷たい瞳で見下されていた。自分達はお前など最初から眼中にないのだと言わんばかりのその視線に、私は思わず怒りに震え、正気を保つのがやっとだった。

 そして私も誰かとあんなふうに、全てを肯定されるような口付けをしてみたいと心を過ったことに強い憤りを感じた。

 

 ──世界平和監視機構“コンパス”には、ブエル隊と並んで双翼と謳われる精鋭部隊“アスカ隊”が存在する。

 その白き遊撃手こと“月光のワルキューレ”アグネス・ギーベンラートは、クロトとキラが最終調整を終えたばかりの“ライジングレイダー”を収容した格納庫で清掃作業に従事していた。

 普段、お付きの整備士達に雑務を一任しているアグネスが、こうした作業を自ら行うのは極めて珍しいことだった。しかしたった彼女がたった二人で作業に没頭しているのは、彼女と彼が上官に対して不適切な行動を取ったため、その処罰としてこの清掃任務を課されたからだった。

 広報部から支給されている洗練されたデザインの制服を脱ぎ、芋っぽい作業着に着替えて床にこびりついた汚れをモップで嫌そうに擦り取っている彼女の姿は、クロトから与えられたこの処罰と、この予想以上に散らかされたまま放置された格納庫の状態に強い不満を感じていることを物語っているようだった。

 

「あのクソチビが……。このわたしになんて屈辱を」

「聞こえてんぞ」

 

 アグネスは格納庫の反対側から発せられた、ブエル隊の蒼き狙撃手ことオルガ・サブナックの声を耳にした。

 彼女が清掃作業に没頭している間、オルガはクロトが散らかしたまま放置した整備用の機材を元の場所に戻していたのだ。

 翠の突撃手ことシャニ・アンドラスとは異なり、アグネスの不適切な行動に関与したオルガも、アグネスと同様に清掃の罰則を言い渡されていたのだ。

 こんな育ちの悪い不良と誰からも愛される筈の自分が、どうして同じ罰を受けているのか。

 不満を聞き流しながら軽薄に笑いながら作業を続けているオルガに、アグネスは無性に苛立ちを感じた。

 

「ザフトじゃどうだったか知らねーけど、上官に対する暴行未遂にしちゃ大甘だろ」

「どういう意味? あんたも私が悪いって言いたいの?」

「どうだかな。でもアイツはお前みたいなタイプが一番嫌いだと思うぜ」

 

 アグネスが反論すると、オルガは意味深な口調で言った。

 やがて清掃作業を終えたアグネスが格納庫の出口に足を踏み出そうとした瞬間、彼女の背後からオルガの声が冷たく響いた。

 その掌には、何の変哲もない外見とは裏腹に厳重なプロテクトが施されたデータディスクが握られていた。

 

「なにそれ?」

「アイツがコソコソ集めてた捜査データ。お前も見るか?」

 

 アグネスの不審そうな視線に、オルガは少し間を置いてから返答した。その口調は平穏なものだったが、どこかアグネスの反応を試しているような響きがあった。

 その捜査データは本来厳重なセキュリティに守られているものであり、アグネスのような階級の者には決して開示されないものだった。しかしクロト直属の部下であり、かつてオーブの特殊部隊に所属していた過去を持つオルガは、その数少ない例外の一人だったのだ。

 アグネスの心はこのディスクに秘められた情報を入手する潜在的なリターンと、それを利用するリスクの両方で緊張した。オルガの提案の背後にある真意を探ろうとしたが、冷たい瞳をした彼の意図は掴めなかった。

 それでも未知の情報への好奇心と、現状を打破する強い願望がアグネスを前に進ませ、オルガの不可解な提案を受け入れる決断を下させた。

 

 オルガの部屋へと足を運んだ彼女は、彼がディスクを専用のノートパソコンに挿入する様子を、静かな緊張感を胸に秘めて見守った。

 画面に瞬く間に展開されたのは、明日コンパスと共同作戦を展開する一方で、潜在的な敵対勢力の可能性が高いファウンデーション王国に関する重要な情報だった。アグネスは画面に映し出される内部情報に目を奪われると共に、この情報が自分の未来にどのような影響を及ぼすかを考えながら、同時に新たな可能性に胸を膨らませた。

 

「これで、アイツに一泡吹かせることもできるんじゃねーの?」

 

 オルガの嗤うような言葉に、アグネスは薄く微笑んだ。

 この重大な情報が自分にとってどれほどの価値があるか、アグネスは誰よりも深く理解していた。彼女は心の中でこの情報を活用して自分の地位を確固たるものにすると共に、コンパス内での自分の価値を証明する機会として利用することを誓った。

 

 しかしその直後、静かな水面に石を投じられたように、アグネスの心の奥底に秘められた過去の記憶が蘇り始めた。

 それはかつて“月光のワルキューレ”と讃えられ、月軌道艦隊でその名を馳せる以前からの記憶だった。

 プラントの高官でコーディネイター至上主義のザラ派に所属する彼女の両親は、アグネスに生まれながらの才能を与えるために、巨額を投じて彼女の製造に遺伝子操作を施した。

 こうして獲得した才能を世界に示すことで自己の価値を証明するため、アグネスは両親の反対を押し切ってザフトへの入隊を志願した。

 アカデミーでは常にトップクラスの成績を保ち、最終的に次席で卒業したアグネスの配属先は月軌道艦隊だった。

 そこで彼女は自らの腕前と優れた容姿を理由に軍の広報として宣伝され、月戦線で活躍したことから“月光のワルキューレ”の異名を獲得した。

 ファントムペインに代表される精鋭部隊や、当時は“天帝墜とし”などと恐れられたエース級の敵と遭遇しなかったことから、アグネスは真に危険な戦場をほとんど経験することなく、井の中の蛙としての生活を送っていた。

 誰よりも優秀で美しいアグネスは、しばしば自分に言い聞かせている。

 もし自分が"インパルス"のパイロットに選ばれていたら、彼女はデュランダルの贔屓に過ぎないシンを遥かにしのぐ戦果を挙げていただろうと。

 しかし、この自負は彼女の深層にある自己の価値への不確かさと相反するものだった。

 それを彼女に鮮明な形で示したのは、第二次連合・プラント大戦の顛末だった。人類史上二度目の絶滅戦争が意外な形で終結したことは、アグネスにとって、自分が物語の中心ではないことを痛感させる出来事だった。それどころか彼女の全く関与しない形で終わりを迎えたことで、彼女はまるで自分は脇役ですらないかのように感じた。

 あと一歩で世界を支配する筈だったデュランダルが何者でもなかったナチュラルに討たれ、彼の運命計画も失われた後、世界は混沌としながらも新しい時代の幕開けを迎えようとしていた。

 

 ──私だって、好きで──。

 

 アグネスは、自分の魅力を駆使して欲しいものを何でも手に入れる術を持っていた。彼女は関心のない相手には冷たく接し、魅力を感じる相手には相手が望むタイプに無意識のうちに擬態する。しかし、その真の姿を理解している人はほとんどおらず、彼女の本性を知った多くの人々は、彼女の我儘さを嫌い去っていった。

 心理学ではステータスを追求する人の背後には、自信の欠如や自己価値の喪失への恐怖があるらしい。

 アグネスはふと、自分もその心理学的な見解に当てはまるのではないかと考え始めた。自己価値に対する強迫的な執着が、彼女の恋愛関係にも明らかに影響を及ぼしていた。彼女は自分を選ばない男性、特に恋愛において自分の価値を認めない者に対して、本能的な警戒心と深い不満を感じていた。

 恋愛における彼女の“擬態”は、彼女が自分の価値を安売りすることなく目的を達成する手段だった。しかしこの徹底した“擬態”が、彼女の恋愛経験を制限し、ある意味で最も重要な能力である男性を見極める力を養わなかった。結果的に、アグネスは人生で何度も誤った選択を繰り返してきた。

 あの世間を騒がせた“ジャスティス強奪事件”が起こったのも、アグネスに異性を見る目がなかったからだ。

 またアグネスは人の彼氏を奪うことで、自分がその男性の元の彼女よりも上であるという事実を証明できれば満足してしまう。この行動は、彼女に一時的な優越感を与え、自己価値の確認に繋がっていた。しかし彼氏ができると、アグネスはもはや相手に擬態する必要性を感じなくなり、関係は短期間で終わることが多かった。擬態することなく本来の自分をさらけ出すと、彼女はすぐに興味を失ってしまうのだ。

 コンパスへの加入は、アグネスにとって自らのエリートとしての地位を不動のものにし、これまで抱えてきた不安や疑念を一掃する絶好の機会だった。

 アスラン、あるいはクロトのような陣営・人種を超えた英雄の心を手に入れることができれば、自分の価値を証明できると確信していた。

 しかし現実の自分はキラに女性として完敗し、オルガの甘言に誘われるまま彼の部屋に足を踏み入れている。

 アグネスはオルガの冷ややかな視線を受け流しながら、室内に並んでいる無数の書籍に目を向けた。単純な娯楽小説どころか専門書、哲学書に至るまで、彼の知的好奇心の広がりを示す書籍が転がっていた。

 遺伝子操作を施されていない下等種族──ナチュラルとはいえ、そこらの有象無象とはそもそもの出来が違うということか。

 

「口説き文句の出来が良ければ、ご褒美をあげてもいいわよ」

「大昔の貴族かよ」

 

 アグネスは嘲笑うように返答したオルガを挑発するように、自信満々な口調で言った。

 

「私、綺麗じゃない? 魅力ない?」

 

 とはいえ、所詮は無名の三下だ。どれだけ美辞麗句を連ねたとしても、手酷く拒絶してやる。

 そう思っていたアグネスに、オルガは罠にかかった獲物を見るような視線を向けながら、そっと赤い髪を掻き上げた。

 

「どこかの馬鹿に合わせた化粧以外は完璧だ。月光のワルキューレ」

 

 その意外にも甘い言葉を聞いた瞬間、不意にアグネスの瞳から涙が溢れた。




何やってんだよ、団長ォ!(オルガ違い

でもオルガくんも育ちが悪いことを除けば、そこらの赤服とは比較にならないくらいぶっ飛んだステータスを持ってるからセーフです。


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正義が堕ちた日

「──昨日行われた会談でロード・ジブリールの行方が判明したが、その正確な居場所までは掴めていない。しかしユーラシアから提供された情報によると、ジブリールの右腕と言われるミケール大佐がエルドア地区に残された要塞跡地を拠点としていることが分かった」

 

 いよいよメンバーの緊張が高まる中、ミレニアムの会議室でクロトの静かな声が響き渡った。

 パイロットスーツに身を包み、緋色の髪と鋭い碧眼の“フリーダムキラー”が、本日決行される合同作戦の概要を淡々と説明していた。

 

「今回の作戦はコンパス、ファウンデーション、ユーラシアの合同作戦という体裁だけど、実際に軍事行動を行うのはコンパスだけだ。手元にある僕の報告書にも記載したように、コンパスは両国を全面的に信用しているわけではないし、向こうも同意見だろう。さっき行われた作戦会議でも、軍事境界線を越えた場合はユーラシアに対する侵攻行為とみなしてただちに攻撃すると警告を受けたばかりだ」

 

 コンパスはプラントの手先であり、プラントはジブリールの確保を大義名分にユーラシアの領土を奪い取ろうとしている。

 実際にそれは前大戦でデュランダルが実行した作戦の一つで、先日コンパスが介入したオルドリン自治区もそうした手法で成立したプラント経済特区だ。コンパスの構成員も大半はコーディネイターで、数少ないナチュラルもクロトやマリューなど、地球連合を見限って脱走した者が多くを占めている。

 そんなユーラシアの懸念を否定することは誰にも出来ないし、むしろエルドア地区に対する軍事行動を容認しただけでも大幅な譲歩ということなのだろう。

 会議の場で敵意を隠そうともしなかったユーラシア将校の視線を思い出しながら、クロトは真横に視線を向けた。

 そこには壇の横手にどっしりと腰掛けたアスランの姿があった。

 同じくパイロットスーツに身を包み、藍色の髪と切れ長な翠眼の“人類最強”と称される男は、クロトの言葉を肯定するように頷き返した。

 

「ファウンデーション側の軍事境界線上には先行したファウンデーション軍が展開しており、ユーラシア側も同様に大部隊を展開している。一般市民の避難誘導と国境線防衛は両軍に任せて、僕達はアークエンジェル、ミネルバを中心としたモビルスーツ部隊で敵の拠点を制圧、無力化する」

 

 クロトの端的な作戦指示に、シンは確認するように言った。

 

「で、俺達は何を?」

「僕達の目標はジブリールの確保だ。基本的には僕とアスランが先行するから、シンは4人を率いてその支援を。敵は確認出来るだけでも“デストロイ”以下、十分な戦力を保有している。シキシマ隊、マホロバ隊とも連携し、徹底して叩くこと。以上だ」

「そりゃ楽でいいぜ」

「俺等じゃうっかりヤっちまうかもしれねーからなぁ」

 

 ブリーフィングが終了し、立ち上がったシャニとオルガは張り詰めた緊張感を和らげるように、軽口を叩きながら笑った。

 

「ジャスティスにもだいぶ慣れてきたのにすまないな、シン」

 

 アスランは思い出したように歩み寄ると、シンへの謝罪を表した。

 シンは今回現場でモビルスーツ隊の指揮を執るアスランに“イモータルジャスティス”を譲り、前線指揮を執るアークエンジェルの支援を担当するミネルバから回してもらった“インパルスSPEC2”に乗ることが決定したのだ。

 それは最新型のバッテリーを搭載・VPS装甲に割り振る電力を最適化するなどアップデートを行った他、新機能としてシルエットフライヤーの遠隔操作が可能になり、戦場に射出された各シルエットをパイロットの意思で任意のタイミングで使用出来る高性能機だ。

 しかし最新鋭機である“イモータルジャスティス”と比較すると、やはり総合性能では一歩劣っている。ある意味で降格処分とも取れる、屈辱的な措置だと言えるだろう。

 

「別に構いませんよ。俺は一時的に預かってただけですし、アイツはアイツで愛着があるんで」

 

 しかしシンは特に気にした様子もなく応えると、昨夜の衝撃的な光景を思い出しながらクロトの顔を見た。

 全てを諦めたような表情でキラに連行されていた昨日の彼と、コンパスの誇る双翼の片割れである今日の彼とのギャップに、頭が混乱していたのだ。

 

「……ところで、あのあと本当に大丈夫だったんすか? 俺もルナと喧嘩したばっかなんで、あんま人のことは言えませんけど」

 

 クロトは少し眉を寄せながらもシンの心配に答えると、後方にちらりと視線を向けながら言った。

 

「あぁ、部屋に戻った時はそれどころじゃなかったから。……アグネスの方も何かあったのか?」

 

 普段は自己主張の強いアグネスが、この重要なミーティングの中でも最低限の発言以外は沈黙を続けていた。

 この重要なミーティングの中で、通常ならば自己主張が強いアグネスがそうした態度だったことに、昨日彼女の本性を知ったクロトは内心動揺していたのだ。

 シンはクロトの問いに少し間を置いてから、顔に手を当てて呟くように言った。

 

「俺もわかんないっす。ジャスティスの件で馬鹿にしてくるだろうと思ってたんすけど、どうも様子が変で。……やっぱキラさんのおかげっすかね?」

「キラは怒らせると怖いからな」

「全くだ」

 

 士官アカデミーの次席が、情報機関の諜報員とはいえ戦闘訓練を受けていない少女に圧倒されたことが余程ショックだったのかもしれない。

 シンの返答にクロトとアスランは小さく笑うと、足早に会議室を退出した。

 

 

 

 

 戦場の空は、炎と煙で満たされていた。

 前線で指揮を執るアークエンジェルとその護衛艦ミネルバの防空火器が猛烈に火を吹き、地上から放たれる対空ミサイルを次々に迎撃していく。

 混沌とした戦闘が続く中で、クロトは前を飛ぶジャスティスから通信を受けた。

 

〈シン、アグネスは敵モビルスーツの無力化を! 襲撃者(レイダー)は俺に続け! 〉

 

 クロトはブランクの影響など微塵も感じさせないアスランの命令を受け、後方を飛ぶシャニとオルガに鋭く指示を飛ばした。

 

禁断(フォビドゥン)厄災(カラミティ)はインパルス、ギャンの援護を! 僕とジャスティスは予定通り、このまま先行する! 〉

 

 コンパスの目標は、あくまでロード・ジブリールだ。

 どうやらこのエリアはブルーコスモス残党軍の補給拠点らしい。

 エルドア地区に出現した“105ダガー”“ストライクダガー”ら旧連合製モビルスーツ群は、地上に設置された対空兵器と協調して反撃を開始していた。

 近接戦闘を得意とするインパルスとギャンが敵に襲い掛かり、砲撃能力に長けた禁断(フォビドゥン)厄災(カラミティ)が火力支援を行う。その少し後方では、ミネルバがインパルスを支援する為に射出した“ブラスト”“ソード”2種類のシルエットフライヤーが飛行していた。

 それを振り切るような勢いでクロトはジャスティスを追い、敵の攻撃を巧みに回避しながら反撃を加えていく。

 機体を自在に変形させて舞うように敵の照準をかわし、一瞬の隙をついては敵モビルスーツを破壊し、余裕があれば武装やセンサーを撃ち抜いて無力化する。 

 作戦は意外なほど順調に進行していた。

 密かに警戒していたユーラシア連邦軍やファウンデーション軍も、今のところ不審な動きを見せる様子はなかった。

 しかし攻略目標の岩山に建設された難攻不落の要塞跡地を視界に捉えた瞬間、突如として不吉な予感を覚えたクロトは機体を急上昇させた。

 

「!」

 

 その直後だった。

 レイダーの足元に、周囲を一瞬にして薙ぎ払う絶大な光の奔流が走った。

 空は一瞬にして赤く燃え上がり、地上から放たれる対空ミサイルの雨がさらに激しさを増す中、炎の中から漆黒の巨人──デストロイがその姿を現した。

 クロトは寄せ集めのパーツで修復された傷だらけの戦略兵器に、心中で舌打ちをした。

 その廃棄寸前の見た目に反して、計り知れない砲撃能力を秘めているデストロイの攻撃に巻き込まれ、後方の友軍モビルスーツが次々と炎に呑まれた。その遥か後方の市街地が瞬く間に火の海に変わり、戦場の空は更に赤く染まった。

 しかしその真の恐怖は圧倒的な戦闘能力だけではなく、その背後にある暗い真実にもあった。

 本来まともな人間では操縦出来ないデストロイが戦力として投入されたということは、ブルーコスモス残党軍は深刻な戦力不足を補うために、またも罪のない少年少女を洗脳して生体CPUに改造されたことを示す残酷な現実に、クロトの心は深い痛みと怒りで満たされた。

 

〈蹴散らすぞ! 〉

 

 アスランの声が通信を通じてクロトの耳に届くと、レイダーとジャスティスは網目状の光線を紙一重で避けながら破壊と恐怖の象徴であるデストロイの巨体に攻撃を開始した。

 静かな怒りを抱いたクロトはシールドブーメランを射出しながら突進し、それに合わせてアスランも同様にブーメランを放った。

 レイダーのシールドブーメランがビームシールドを突破し、残っていた右腕を斬り裂いた直後、ジャスティスのブーメランが頭部を斬り飛ばした。

 鮮やかな連携を示した二機は上下に別れてデストロイの懐に飛び込むと、パイロットを収納している胴体部分のコクピットブロックを避ける形で無力化しようとした。

 

「──ッ!!」

 

 しかし追い詰められたデストロイが自爆装置を発動させると、僅かに反応の遅れたクロトは巨大な爆発に巻き込まれた。

 反射的に手元に引き戻したシールドブーメランからビームシールドを最大出力で展開して機体を守るが、それでもクロトの身体に鈍い激痛が走った。

 この凶行はブルーコスモス残党軍が、洗脳した生体CPUたちを敗北の際に自爆させるように“条件付け”していたことを物語っていた。もしもデストロイのパイロットがコンパスに回収されれば、残党軍の内部情報が漏洩する恐れがあったからだ。

 ブルーコスモス残党軍の卑劣な戦術に激しい怒りを感じる中、クロトはさらなる異変に直面した。

 

「…………?」

 

 目の前を飛行していたジャスティスが突然、おかしな動きを見せ始めたのだ。

 通常の機敏な操作から一転、ぎこちない動作に変わり、攻略目標である要塞跡地への攻撃を突然放棄すると、ジャスティスは急旋回し、ユーラシア連邦の国境へと向かい始めた。

 この明らかに異常なアスランの行動の変化は、クロトはにとって全く理解できないものだった。

 そしてその矢先、アスランの焦った声がコクピット内部に響き渡った。

 

〈ジブリールを発見した。襲撃者(レイダー)、援護しろ〉

 

 この突然の報告に、クロトは衝撃を受けた。

 直ちにレーダーを確認するも、ジャスティスが一直線に進む方向にジブリールの姿はどこにもなかった。アスランの機体の奇妙な挙動と、その報告の意味する内容が掴めなかった。

 

〈ちょっと待て。こっちのレーダーには何も……〉

〈呑気なことを! 奴が逃げるぞ! 〉

 

 クロトが言いかけると、アスランは再び叫んだ。

 ジブリールが要塞跡地を脱出し、音速に近い速度で飛行するジャスティスを先行して逃走しているのであれば、戦闘機やモビルスーツに乗っている以外に考えられない。クロトが再度レーダーと視界で周囲を確認しても、アスランが言及したような機影は一切確認できなかった。

 

〈何を寝惚けたこと言ってんだよ!! 〉

 

 クロトは反論しようとするものの、アスランのジャスティスは見る見るうちに加速し、呼びかけには一切応じなかった。

 

〈警告! ジャスティス、貴機はユーラシア連邦領域に接近しつつある! 速やかに進路を変更せよ! 〉

襲撃者(レイダー)、状況を報告して! 〉

 

 ユーラシア国境に展開する連邦軍が最終警告を発する中、合同作戦の司令部が設置されたミレニアムのCICでは、アスランの予期せぬ行動による混乱が広がっていた。

 彼らはアスランが暴走した事態を受け入れられず、その背後にある原因を突き止めようと躍起になっていた。

 しかしその間にも、ジャスティスは止まることなくユーラシア連邦の国境に向かって移動を続けていた。この異常事態に直面し、クロトは目の前の戦場を離脱してアスランの追跡を決意した。

 

 やがて国境線の手前に設けられた軍事境界線に辿り着いたクロトは、ユーラシア側の国境付近に展開する連邦軍が、アスランのジャスティスに向けて警告射撃を行う光景を目の当たりにした。

 しかしアスランはそれを完全に無視すると、進路を変えることなく前進を続け、遂に国境侵犯という重大な犯罪行為を犯した。

 それを明白な侵攻行為とみなし、ユーラシア連邦軍が本格的な射撃に踏み切る中、アスランはこれをブルーコスモス残党軍の攻撃だと錯覚したかのようにジャスティスの全砲門を開放した。

 

〈どうして分からないんだ!!〉

 

 アスランは叫ぶと、ジャスティスの全身から複数のビームを発射し、目の前に立ち塞がるユーラシア軍のモビルスーツを無力化しながら更に侵攻を開始する。

 

「…………!」

 

 モニターに表示される理解不可能な光景に、クロトは思わず呆然となった。

 その直後に、コンパス総裁でありアスランの妻でもあるラクスから、コンパス小隊長のクロトに向けた緊急通信が届いた。

 

〈止めて下さい……アスランを……〉

 

 そのスピーカー越しにも焦燥と不安の混ざったラクスの声を聞いた瞬間だった。

 クロトは未知の衝撃に包まれ、視界がぶれた。

 とっさに頭を振り、突然起こった意識の混濁から抜け出そうと試みたが、まるで何者かに掴まれているかのように頭が重く感じられた。

 モニターに映るジャスティスの姿が、まるで分身したかのようにぼやけ、接近しているはずなのに遠ざかって見えるような錯覚に陥った。

 

 ──何だ……? 

 

 クロトは突如、自分が血の海に立っている幻覚を見た。

 目の前には悲しげな表情のキラがいて、その隣で勝ち誇るような顔をしたアスランがキラの肩に手をかけて悠々と連れ去っていく。

 二人を追おうとしても足は動かず、血の海から手を伸ばした少年少女が彼に縋り付いていた。そしてその幻覚の中心では、ラクスが血涙を流しながら彼を見つめていた。

 何もかもが理解出来ないまま、やがて幻想は消え失せた。クロトが荒い息を吐くと、無機質なコクピットの中に1人取り残されていることに気付いた。

 そしてラクスの後ろからキラの絶叫するような声が聞こえたが、それは直後に生じた激しいノイズで掻き消された。

 単なる強力な電波干渉だ、機体の操縦に問題はない。

 クロトはセンサーを確認しながら冷たい汗で全身をびっしりと濡らしたが、そうした自分の身体に起こった異常は何も自覚していなかった。

 そしてその赤く染まった瞳には、有り得ない光景が映し出されていた。

 見えるはずのないジャスティスのコクピット内部で、殺意に満ちたアスランが迫り来る姿がはっきりと映っていた。




前話やこっそり更新したR18版との温度差で、作者は風邪を引きそうです。

闇に堕ちたアスラン+クロト VS ブラックナイツ だとモビルスーツの性能差を覆して敗北するかもしれないので、ラクスを利用して先に消耗させるって訳ですね。


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ブラックナイツの脅威

 ミレニアムに設置された司令部の大型モニターに、ジャスティスから放たれた無数のビームが、ユーラシア国境に展開していたモビルスーツ群を無力化していく様子が映し出されていた。

 画面を埋め尽くす光の矢が、敵機を次々と捉え、瞬時にその戦闘能力を奪っていく。

 

「これは明確な侵略行為だ!」

 

 声を荒げたユーラシアの将校が、信じがたい光景に怒りを露わにする。

 司令部は異常な緊張に包まれたまま、ラクスは呆然とモニターを見つめながら、暴走するジャスティスに対して何度も呼びかけを続けていた。だがようやく返ってきたアスランの言葉は、彼女の懸念をさらに煽るものだった。

 

〈ジブリールだ! ここでアイツを逃がすわけにはいかない!!〉

 

 しかしモニターに映っているのはジブリール率いるブルーコスモス残党軍ではなく、ユーラシア連邦軍だった。もしもジブリールがユーラシア連邦軍と共謀し、ユーラシア領内に逃走を始めたのであれば、アスランを追跡していたクロトがなぜその事実を報告しないのか。

 

〈クロト様! 本当にジブリールがいるのですか!?〉

〈いたらとっくに報告してる!〉

 

 クロトの困惑したような返答に、ラクスは絶句した。やはりアスランの言葉は間違いで、ジブリールなど存在しないのだ。

 

「始めからそのつもりでコンパスを引き込んだのだな!? ならばこちらも対抗措置を取る!」

 

 ユーラシアの将校が、緊迫した空気の中で声を荒げた。彼の言葉が司令部内に響き渡り、戦況の深刻さを際立たせる。

 アスランを知らない彼らにとってジャスティスの暴走は、ファウンデーションとコンパスが裏で結託し、存在しないジブリールを侵攻の口実にして自国の領土を拡大しようとする緻密に計算された戦略に見えたのだ。

 ラクス・クラインと、アスラン・ザラ。

 二人はコーディネイター国家“プラント”建国を主導した、シーゲル・クラインとパトリック・ザラの後継者である第2世代コーディネイターだ。

 この否定出来ない事実が、クロト・ブエルが戦況の真実を知らされていない理由を示しているようだった。

 元生体CPUの過去を持つクロトは、天涯孤独のナチュラルだ。今までの経歴を見ても、ラクス達とは異なり政治的な力や意思の類を持っていないのは明らかだ。コンパスとファウンデーションの真意を知れば、素直に従うような人間とは思えない。

 激昂する将校を制するように、オルフェはモニターを指し示しながら静かに言った。

 

「ディノ司令は明らかに譫妄状態、あるいは反逆の意思がおありかと」

 

 画面には、ジャスティスがユーラシア軍に対して猛攻を加え続ける様子が映し出されていた。

 激しい砲火がモニターを時おり鮮やかに染め上げ、一斉射撃を始めたユーラシア軍の陣地を容赦なく襲っていた。

 反逆の可能性は考えにくい。だが、譫妄である可能性は? 

 ラクスは自問自答した。

 彼女はアスランに、仮面夫婦としての生活を強い、彼の第二の人生を束縛してきた。

 クロトがキラの存在なしではとっくに壊れていたように、アスランの心もまた、限界に達していたのかもしれない。

 

「ならば、ブエル2佐を向かわせては?」

 

 この場で唯一、アスランに対抗出来る戦力。アスランを討つことで、コンパスの無実を証明出来る人物。

 オルフェはまるで天啓を得たかのような口調で提案すると、その内容に絶句しているラクスに対して熱を帯びた表情で続けた。

 

「……もちろん、我らも協力させていただきます。これまでの外交努力が全て無に帰すのですよ! たった1人の暴走で、人的被害が出てしまっては本末転倒では有りませんか!」

 

 アスランの行動が侵略とみなされた場合、ユーラシア連邦による報復は避けられず、ファウンデーションは再び戦火に包まれることになる。

 その結果無実の市民が苦しみ、コンパスの設立に主導的な役割を果たしたオーブも巻き込まれるだろう。

 それどころか、これをきっかけに第3次連合・プラント大戦へと発展するかもしれない。

 ラクスは決断を迫られていた。

 もちろん、今もアスランを信じている。だが、自分はコンパスの総裁だ。その責任を負うことを自らの意思で、自ら望んで選んだのだ。

 たとえそれが、キラの前でクロトにアスランを討たせることになろうとも。その役割と立場が、ラクスに言葉を発させた。

 

〈止めてください……アスランを……〉

 

 軍事境界線で待機を続けていたクロトに向かって、ラクスは消え入りそうな声で命令を下した。

 

「!!」

 

 その瞬間、司令部にいたキラは信じられない光景を目撃した。

 苦渋の決断を下したラクスの身体から、闇を帯びた透明な触手が突如発現したのだ。

 その触手はまるでラクスの命令に従うかのように蠢き始めたかと思うと、レイダーが向かい始めた方向へと一直線に伸びていった。

 それを見て()()()()()()()キラが絶叫した直後、激しいノイズと共に通信が途絶した。

 

 

 

 アスランは抵抗を続けるブルーコスモス残党軍を庇うように現れたレイダーと、激しい戦いを繰り広げていた。

 3次元的な軌道で迫る“破砕球(ミョルニル)”の質量攻撃を回避しながら、続けざまに放たれた両肩の電磁砲をシールドで防御する。

 反射的に腰のサイドアーマーにマウントしたビームブーメランを射出するが、変型しながら横滑りするレイダーを捉え切れない。その動きはモビルスーツというより、標的を狙う猛禽類のような滑らかさを感じさせる動きだった。

 それは以前カナードが遭遇したという偽物とは次元が違う実力を示しており、目の前の敵は間違いなくクロト・ブエル本人であることを証明していた。

 

〈やめろ! どうして俺の邪魔をする……!? 〉

 

 全てを理解出来ないまま、アスランは再び未知数の衝撃を受けた。

 頭の中が急激に熱くなるような感覚に襲われた後、何かに呑み込まれるような虚無感がアスランを包み込んだ。

 そして再び、地獄に立っているかのような幻覚に見舞われた。

 目の前には悲しげな表情のラクスがいて、その隣で勝ち誇るような顔をしたクロトがラクスの肩に手をかけて悠々と連れ去っていく。

 二人を追おうとしても足は動かず、核の炎に包まれた母が──骸と化してなお狂乱する父がアスランの足に縋り付いていた。そしてその幻覚の中心では、キラが血涙を流しながらアスランを見つめていた。

 なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 激しい怒りを抱くと同時に、幻想はふっと消え失せた。荒い息を吐きながら、頭部に搭載された近接防御機関砲の銃撃を躱した。そしてモニターには見えるはずのない、殺意を帯びてアスランを狙うクロトの姿が映し出された。

 

〈周りを見ろ!! 何をやってるのかまだわからねーのか!!〉

〈どういう意味だ!?〉

 

 アスランはその声に反応して、迫り来るレイダーにビームライフルを発射して牽制する。

 右腕を狙うビームサーベルの斬撃を再度シールドで防御し、クロトも左膝から展開したビームブレイドの蹴撃を回避する。

 どれだけ眼を凝らしても、アスランの目に映るのはジブリールが潜んでいるらしいエルドア地区郊外の岩山に築かれた要塞跡地だった。そして周囲に散乱するモビルスーツや対空砲の残骸は、どれもブルーコスモス残党軍のものだった。

 しかしその実態はアコードが見せる幻想に過ぎず、実際にアスランとクロトが戦っている場所はユーラシア連邦領内の荒野で、周囲に散乱する残骸はどれもユーラシア連邦軍のものだった。

 

 

 

 ──そういうことだったのか。

 

 ミレニアムのCICを飛び出したキラは、コロニー・メンデルに関するレイの調査報告を思い返しながら、格納庫へと繋がる廊下を駆け抜けていた。

 レイが報告したのは、"スーパー・コーディネイター"と同様にメンデルで研究されていたらしい、コーディネイターの次なる進化形態と見られる人類が実在することだった。

 この"アコード"と命名された新人類は、かつてメンデルで研究員だったデュランダルが提唱した運命計画の原案において、運命計画を管理し、人々を導く者として重要な役割を果たす者達として記されていた存在だった。

 偶然か、あるいは必然なのかは不明だが、その研究開発チームにはファウンデーションの現女王と同姓同名のアウラ・マハ・ハイバルが最高責任者として名を連ねており、デュランダルやラクスの母親も共同研究者として参画していたようだった。

 レイはその後デュランダルの取った行動から、彼等“アコード”は組織運営に不可欠な"王"、“女王”、"戦士"、"神官"、“道化師”といった役割に最適化した遺伝子操作を施され、得意分野においては“スーパー・コーディネイター”を上回る存在だと結論付けていた。

 しかし彼らは特定の個人を洗脳し、幻覚を見せて暴走させる精神干渉能力を持っているようだった。実際にデュランダルの論文においても暗喩的な形だったがアコードの“女王”、“道化師”の特性として記されていた力だ。

 またラクスの母親が関与していることからラクス自身もアコードの"女王"に該当している可能性が高く、彼女自身も今まで自覚していなかった精神干渉能力が、同じアコードで構成されたブラックナイツに共鳴する形で覚醒したのだろう。

 おそらくアスランは"道化師"に、クロトは"女王"の精神干渉を受けている。

 そう考えれば、アスランとクロトの行動も説明出来る。

 いくら譫妄状態だろうとアスランがあれほど暴走するわけがないし、クロトもアスランと本気で戦うわけがない。

 キラはアスランとクロトの衝突を止めるため、更に足を早めた。

 ミレニアムの戦力は大部分が作戦行動のため出払っていたが、ミレニアムの護衛を任されたルナマリアのゲルググメナースが残されていた。

 ゲルググは大気圏内における飛行能力を有しているし、場合によってはルナマリアに代わって出撃する覚悟はある。最悪の場合、オルフェとイングリッドがミレニアムに乗艦する際に持ち込んだらしい小型のシャトルを強奪してでも──。

 キラは物騒な思考を巡らせながら、格納庫への扉を開けようとした。すると、先程までユーラシア将校に弁明していた金髪の青年が行く手を遮るように現れた。

 

「まったく馬鹿なことを考えるな、君は」

 

 オルフェは残酷な笑みを浮かべながら、キラを小馬鹿にするような口調で言った。

 

「彼女と私は、()()()()()()()()なんだ。万が一のことがあっては世界の損失だろう?」

 

 オルフェの顔には、自信と余裕が満ちていた。

 

「私なら出来る。彼女の望む、戦いの連鎖のない、安定と調和の世界を創ることが」

「……今は、タオ閣下と問答をしている時間はありませんので」

 

 キラは話を打ち切るように言い返すと、目の前に立ち塞がるオルフェを押しのけようとした。しかしオルフェの力は想像以上に強大で、腹部に鋭い殴打を受けたキラは床に倒れ込んだ。

 薄れゆく意識の中で、キラはオルフェの冷笑する声が脳内に響き渡るのを感じた。

 彼らアコードの特異な精神感応能力は、ユーレンにキラやカナードを製造させた他、その設計図の作成にも関与した“超人”アル・ダ・フラガが有していた特異な空間認識能力を遺伝子操作で発展させた代物なのかもしれない。

 そして“女王”としてアコードの頂点に位置するのだろう、ラクスが自分よりも3ヶ月ほど前に生まれていることを考慮すれば、おそらく万能のコーディネイターとして造られた自分も、何らかの形でそのフィードバックを受けている可能性が高い。

 確かにアークエンジェルで初めてラクスに会った時、彼女のことをまるで他人ではないように思ったのは、ラクスがどこか自分に似ていたからかもしれない。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 オルフェの呆れたような声が聞こえた直後、キラの意識は深い闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

「なんだ……?」

 

 アスランは不意に嫌な感覚に襲われ、ふと頭上を見上げた。

 同時に迫り来る“破砕球(ミョルニル)”をビームブレイドで蹴り砕き、距離を取りながら急上昇したレイダーを追跡して飛び上がった。

 相変わらずジブリールの姿は遠くに見えており、散発的だがブルーコスモス残党軍からの攻撃も続いている。

 だが、それ以上に切迫した焦燥感がジャスティスを上空へと駆り立てた。

 

〈キラ……?〉

 

 クロトも同じような感覚を抱いたらしく、変幻自在の動きでジャスティスを翻弄していたレイダーが、突然背中を向けた体勢で停止した。

 アスランは何が起こっているのかはっきりと言語化できなかったが、どうやらミレニアムで取り返しのつかないようなことが起こりつつあるような予感がした。

 

〈俺は……〉

 

 それでもアスランの脳は、目の前の脅威であるクロトに対する強烈な警告を送り続けていた。

 その感覚は自身の身体で何らかの異常が起こっていると認識しても、まったく冷めることがなかった。

 しかしあまりにも無防備なレイダーの姿は、アスランに確信を抱かせた。

 クロトがジブリールを見逃すわけがない。ブルーコスモス残党軍を庇うはずがない。

 そして何より、キラを裏切ることなどあり得ない。

 どれだけ考えても、クロトの言葉通り自分が何らかの理由で正気を失っている可能性の方が高い筈だ。

 

〈俺は既に錯乱している!!!〉

 

 そう悟ったアスランはジャスティスをレイダーの目の前に移動させると、戸惑いを隠せないクロトに攻撃の合図を送った。

 至近距離から放たれた電磁砲がコクピットを激しく揺さぶり、アスランは身体中に駆け巡る激痛と引き換えに、自失状態の覚醒に成功した。

 

「!!」 

 

 電磁砲の直撃を受けて吹き飛ばされたアスランの精神状態に同調するように、クロトも自身を襲う幻覚から抜け出した。

 しかしその安堵も束の間だった。

 コクピット内で鳴り響く警告音と共に、モニター上に鬼神を思わせる形状をした漆黒のモビルスーツ群と、それを中心とした大部隊が自分達を包囲する姿が映し出された。

 

「ブラックナイツ!」

 

 クロトとアスランは同時に叫びながらブラックナイツの専用機──“ブラックナイトスコード”の攻撃を回避しようとするが、先程まで続いていた戦闘の疲労と自失状態から覚醒した直後の混乱で、その反応速度は明らかに低下していた。

 ブラックナイトスコードの頭部から照射された赤いレーザーを合図に、彼等が従えていた無数の無人機からの飽和攻撃がレイダーとジャスティスに降り注いだ。

 瞬く間にレイダーのシールドブーメランが機能停止し、大型可変ウィングの片方が爆散した。

 ジャスティスもまたビームライフルを破壊され、リフターシステムに致命的な損傷を受けた。

 体勢を崩しながらも辛うじて着地したレイダーにブラックナイトスコードの近接格闘戦に特化した“シヴァ”が、ジャスティスに汎用機である2機の“ルドラ”が一斉に襲い掛かった。

 

〈まずはお前からだ! クロト・ブエル!〉

〈キャハハッ! ごめんねーッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってさぁ!〉

〈分かったらさっさと死ね!〉

 

 頭の中に鳴り響いている3人の高揚したような声と、おそらくラクスが見せたのだろう幻覚に強い衝撃を受けながら、クロトは腰の装甲からビームサーベルを抜いた。




俺は既に錯乱している!!!

今回捏造したアコードの役割は以下の通りです。下巻の内容次第で訂正するかもしれません。

『王』:オルフェ
『女王』:ラクス
『戦士』:シュラ、リュー、ダニエル、リデラード
『神官』:イングリッド
『道化師』:グリフィン


※ 本作のキラはラクスに似ているだけで、原作と同様にアコードではありません。ただし精神干渉能力を持つラクスのフィードバックを受けた関係で、その感知は出来ます。


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舞い降りる白騎士

「ファウンデーション機、応答有りません!」

「やはり、か」

 

 ミレニアム艦長アレクセイ・コノエは、通信士メイリン・ホークの不安を隠し切れない声に顔を顰めながら呟いた。

 先程から起こっている一連の状況は、彼の戦歴の中でも一二を争う不可解なものだった。

 突然起こったアスランの暴走と、追い込まれたラクスがクロトに彼の攻撃命令を下し、更にブラックナイツにも攻撃許可を出した直後に発生した通信途絶。

 気付けば混乱に紛れてオルフェとその側近、イングリッド・トラドールが周囲の制止を振り切って小型シャトルで脱出し、何かに気付いたのか真っ先にCICを飛び出したキラと、それを追うように席を外したラクスも先程から行方不明だ。

 

「ルナマリア機を緊急発進させてはいかがでしょうか? 今なら追い付けるかと」

「いや……」

 

 アレクセイはメイリンの提案に、もう手遅れだと言いたげに首を横に振った。

 もしも彼等が本当にラクスを連れ去ったのであれば、ファウンデーションの手に落ちたコンパス総裁を不用意に攻撃するわけにはいかない。それに唯一ミレニアムに残されたルナマリア機を出撃させることで、更に戦力を分断させるのがファウンデーションの狙いかもしれないのだ。

 

「NJダズラーによるジャミング……」

 

 先程から計器を確認し、電波干渉の解析を行っていた技術士官アルバートはいつもの早口でぶつぶつと呟き始めた。

 

「これはまだプラントでも実用化には至っていない……。量子スパッタリングの制御はどう解決した? これはユーラシアでもブルーコスモスでもない」

 

 アレクセイにはアルバートの呟く専門的な内容など理解出来なかったし、それを理解する必要もないと思ったが、最後の言葉だけは理解出来た。

 先程から通信妨害を実行しているのがユーラシア連邦軍、あるいはブルーコスモス残党軍でもないのなら、消去法的に導き出される首謀者はファウンデーション軍だ。

 そしてアスランの暴走から始まった一連の事態がファウンデーションの陰謀ならば、これは想像以上に深刻な状況ということだ。

 

「ルナマリア機、緊急発進! 狙撃用ライフルと通信用スレッドも準備だ!」

 

 アレクセイは即座に決断すると、待機を続けていたルナマリアに指示を出した。

 

 

 

 一方のアークエンジェルでは、艦長マリュー・ラミアスが声を張り上げていた。

 

「アークエンジェル、前進! ムウ機は直ちに出撃し、味方の援護を!」

 

 周囲の戦況は一変していた。

 ブルーコスモスが実行したデストロイによる無差別攻撃と、一般市民を巻き込んだ自爆テロ。

 それらの被害を受けて負傷した人々を救助するために越境してきたはずのファウンデーション軍のモビルスーツが、突如コンパスに対して攻撃を開始したのだ。

 どうしてファウンデーション軍がこのタイミングでそんな行動を取ったのかは不明だが、昨日クロトから受けたファウンデーションの報告と、実際に目の前で目撃したブラックナイツの挑発的な行為を照らし合わせると、この状況はファウンデーション軍がコンパスを殲滅するために仕掛けた罠だとマリューは理解した。

 しかしジャスティスに対する攻撃命令の直後に始まった通信途絶は現在も続いており、ミレニアムにこの事態を伝える術はなかった。

 

「久しぶりの実戦だな……。不可能を可能にするとは言っても、限度はあるんだぜ?」

 

 アークエンジェルに残された唯一の戦力は、普段は副艦長を務めているムウ・ラ・フラガのムラサメ改だけだ。

 

「信号弾上げ! 2人の救助に向かいます。トライン艦長とも連携して!」

 

 もしかすると、アスランの起こした暴走にも何らかの形でファウンデーションの関与があったのかもしれない。

 レイダーとジャスティスは戦闘行為を中断した直後、シヴァとルドラの攻撃を受けて相当の損傷を負ったらしい。

 何としても彼らを救出し、アークエンジェルに収容して体勢を立て直さなければならない。

 最大速度で戦闘区域に向かうアークエンジェル、ミネルバ両艦のレーダーは、少し開けた森の奥地から飛び立つ2機の黒いモビルスーツを発見した。

 

「……ブラックナイツ?」

 

 マリューはそのルドラらしい熱源反応の報告に違和感を覚え、疑問を口にした。

 なぜならルドラを確認した位置はユーラシア連邦軍のかなり後方だったからだ。もし相手の狙いが孤立したコンパスの殲滅であるならば、この行動は明らかに奇妙だった。

 その直後、アークエンジェルは彼らが飛び立った森から何かが発射されるのを確認した。

 

「ミサイルと思われる飛翔体の熱源を確認!」

「映像出して!」

 

 マリューが即座に光学映像を表示させると、モニターには低空を飛行するミサイルが映し出されていた。

 

「GLCMマーク七〇巡航戦術核ミサイル! ユーラシア軍のものです!」

 

 モニターを表示させた通信士チャンドラのとんでもない言葉に、マリューを含めた艦橋の全員が蒼白な顔になった。

 この攻撃はユーラシアの報復ではなく、明らかにブラックナイツの仕業によるものだ。

 マリューは焦燥感に襲われるが、すぐに自分達ではもはや対応出来ないことを理解した。通信が途絶えている状況では、ミレニアムに報告することも不可能な。

 それでも何かできることを探すマリューに、新たな報告が耳に飛び込んで来た。

 自分達と合流しようとしたのか、要塞跡地を離脱してアークエンジェルに接近するインパルス率いるモビルスーツ隊を遮るように、森を飛び立った2機のルドラが周辺に展開していた無数の無人機を引き連れて向かって来たのだ。

 

 

 

 アークエンジェルとミネルバが、ブラックナイツの予期しない攻撃を受ける直前のことだった。

 シンは突撃してきたダガーを斬り飛ばし、更にもう一機をビームライフルで撃破しながらインパルスを上昇させた。

 

〈ねぇ、シン! いったい何がどうなってるのよ!! 〉

〈そんなこと俺にも分かんねぇよ! 〉

 

 アグネスの急き立てるような声の通信に、シンは思わず怒鳴るような口調で返答した。

 周囲では依然として激しい戦闘が繰り広げられており、コンパスの主力であるジャスティスとレイダーの離脱によって、ブルーコスモス残党軍は反撃の勢いを取り戻し始めていた。

 だが、シンにはそれを上回る異常事態が進行している確信があった。

 まずは現在の状況を把握しなければならない。

 シンはアークエンジェルとミネルバが放った信号弾を確認すると、ユーラシア連邦側の戦闘区域に向かい始めたらしい両艦との合流を決断した。

 

〈とうとうイカれちまったんだろ? 〉

 

 シンを追って戦場を離脱したシャニは軽口を叩きながら、バックパックの先端から弧を描くような軌道のビームを発射して足元の対空砲を一掃した。

 

〈そんな単純な話で済めばいいんだがな〉

 

 オルガも撤退する自軍を追撃しようとする無数のダガーを両手のビームライフルで撃破しながら、意味深な口調で呟いた。

 どうやら戦場に立った2人には、動揺や狼狽といった戦闘において不必要な感情は存在しないらしい。

 これもある意味で、遺伝子解析などでは判断出来ない戦士に求められる資質だ。

 シンは追随する三機を振り切るような勢いでインパルスを飛行させると、やがて炎に包まれたアークエンジェルとミネルバの姿を視界で捉えた。これまで数多の激戦を潜り抜けてきた両艦は雲霞のように押し寄せる無人機の攻撃を受けており、推力が低下し始めたのか徐々に高度を下げつつあった。

 

〈ミネルバ!! アークエンジェル!! 〉

 

 思わずシンが叫んだ瞬間、目の前に突如現れた二機の黒いモビルスーツ──ルドラが進行方向を遮った。

 シンはこれらの敵をすり抜けて救援に向かおうとしたが、二機は巧みに連携して進行方向を塞ぐと、もう敵意を隠す必要もないとばかりにインパルスに攻撃を開始した。

 

〈邪魔をするなッ!! 〉

 

 激怒したシンは攻撃を回避し、反射的にビームライフルを発射した。

 強烈なビームがルドラの胴体部分に直撃するが、黒い装甲はそれをあっさりと跳ね返した。

 ブラックナイツの専用機“ブラックナイトスコード”に採用されている特殊装甲“フェムテク装甲”は、ビーム兵器の類を無効化してしまうのだ。

 

〈学習能力ねーなぁ。お前ごときが相手になると思ってるのかァ!! 〉

 

 何者かの挑発的な声がシンの頭の中で響き、彼はグリフィン機が反撃で放ったビームをシールドで辛うじて防いだ。

 

〈シン! ……なんなのよアンタ達は!! 〉

〈めんどくせーから、さっさと死ねよ〉

 

 前方で行われている戦闘に気付いたアグネスはリニアガンを発射して援護しようとするが、もう一機のルドラ──ダニエル機からの攻撃を受けて機体を損傷する。

 

〈コイツら……! 〉

 

 シンはグリフィン機の攻撃を避けると、強烈なプラズマ弾を放ったオルガ達の後方に随伴させていたシルエットフライヤーを遠隔操作した。ソードシルエットに搭載されている対艦刀(エクスカリバー)の片方を射出させ、片手1本でキャッチする。

 推力。膂力。火力。

 全てにおいてインパルスを上回るルドラ相手に高機動戦闘用シルエット“フォース”以外の選択肢は存在しない。

 しかしビームライフルを無力化するほど圧倒的なビーム耐性を誇るフェムテク装甲に、フォースに搭載された標準装備のビームサーベルだけではあまりに心許ない。

 だったら実体兵器とビーム兵器の性質を併せ持つ対艦刀(エクスカリバー)で、厄介な装甲ごとぶった斬ってやる。

 十分注意すれば足止めにしかならない無人機を除けば、こちらは4機で向こうは2機だ。

 両手で対艦刀(エクスカリバー)を握り込んだ瞬間、インパルスの全高ほどの長さを持つ長大な刃部分から白いレーザー光が展開する。

 そして振り被るように身構えると、同様に重刎首鎌(ニーズヘグ)を構えてダニエル機に猛然と切り込んだシャニと連動する形で突撃しようとした。

 

「!!」

 

 その直後、白地に金縁の装甲を纏ったモビルスーツが上空に出現した。

 大気圏外から現れたその美しい機体の放った強烈無比な攻撃は、一瞬にしてアークエンジェルとミネルバに致命的な損傷を与えた。

 そして既にあちこち傷付いていたムウ機が放った空対空ミサイルをまるで瞬間移動したような反応で回避すると、ムウが回避するよりも先にムラサメのシールドを斬り飛ばした。

 ルドラをも超える、まさに圧倒的なパワーだ。

 更に足を斬り落とされながらムウが発射した空対地ミサイルを紙一重で回避しようとして、それを読んでいたのか起爆したミサイルの攻撃を受けた。

 しかし非PS系の装甲であれば無事では済まない物理攻撃が直撃したにもかかわらず、その純白の装甲は傷一つなかった。

 どうやらフェムテク装甲は実体兵器にも相当の耐性があるようで、高い実弾耐性を誇る一方でビーム兵器にはほぼ無力なPS装甲を上回る性能を示していた。

 

〈君には何の興味もないんだけど──〉

 

 シンの脳裏で、オルフェの涼し気な声が鳴り響いた。

 

〈見せて貰おうか。デュランダル議長の見出した、戦士の才能とやらを〉

 

 第二次連合・プラント大戦において、純粋な性能においては最強と謳われた“フリーダム”。

 そうしたプラントの最新技術を取り入れながら先行開発された“ルドラ”“シヴァ”のデータをフィードバックした機体。

 ブラックナイトスコードの名称を授かりながら、それに相反する白いカラーリングで彩られたファウンデーション軍の最新鋭機“カルラ”が、その荘厳な姿をあらわにした。

 

 

 

 ──このC.E.75年において、最強の戦士は誰か? 

 

 パトリック・ザラの息子にして、シーゲル・クラインもその才能を評価した第2世代コーディネイター、“アスラン・ザラ”か? 

 第1次連合・プラント大戦を終わらせた謎多きパイロットにして、デュランダルも最強の戦士と評価したスーパー・コーディネイター“キラ・ヤマト”か? 

 とはいえどちらも得意分野や苦手分野を持っており、最強という結論は条件次第で容易に変わり得る。

 だがナチュラルにおいては、“フリーダム・キラー”ことクロト・ブエルが最強であることに異論のある者はいないだろう。

 ナチュラルでは操縦出来ないモビルスーツの優位性を生かし、各戦線でザフトが地球連合軍を圧倒していたコーディネイター全盛時代に頭角を現し、二度の大戦で目覚ましい戦果を上げた天才パイロット。

 これまで待ち続けた雌伏の時を終え、自分たち新人類アコードが歴史の表舞台に登場するための生贄として、クロト以上に相応しい存在などいない。

 まさかアスランの愛人らしいキラに手懐けられている情けない男だったとは予想外だが、今日限りで消滅するコンパスの破廉恥な人間関係などどうでもいい話だ。

 アコードのなり損ないにして、ラクスの出来損ないであるキラは真に最強の戦士である俺のものになるのだ。

 

 

 

 

「チッ──」

 

 ラクスはブラックナイツと共謀して、自分とアスランを同士討ちさせようとしたのではないか? 

 もしもそうなら、ミレニアムに残されたキラは大丈夫なのか? 

 しかしクロトには、そんなことを考える余裕はなかった。

 先程の集中砲火で大型可変ウィングを損傷したレイダーは飛行能力を喪失したらしい。

 大気圏内の空中戦を最も得意とするクロトにとって、この不利な状況は焦燥感を一層増幅させた。

 クロトはビームサーベルを横薙ぎに振るうが、シヴァは容易にその攻撃を受け止める。

 即座にレイダーをバックステップさせながら両肩部の電磁砲を発射したが、シュラは完全に弾道を見切っているようだった。シヴァは僅かに身を捻らせて回避しながら距離を詰めると、レイダーに鋭い前蹴りを放った。

 クロトは機能停止したシールドブーメランを犠牲に爪先から伸びたビームソードを凌ぎ、腰部から伸ばした大型の鉤爪からビームクローを展開する。

 すれ違う一瞬レイダーとシヴァは攻撃を繰り出し、ビームクローとヒートソードが交錯して周囲に眩い火花を散らす。

 

〈いいぞ! だが──〉

 

 シュラは高揚した咆哮と共に、シヴァのマントから伸ばしたビームカッターで攻撃を仕掛ける。

 クロトはレイダーを鋭く旋回させると、反対側の鉤爪から展開したビームクローでまるで蛇のように伸縮する一撃を迎撃した。更に矢継ぎ早に繰り出される斬撃を、左右に機体を振って回避する。

 しかし機動力は完全にシヴァが上だった。

 畳み掛けるような連続攻撃を捌き切れず、僅かに反応の遅れたレイダーは電磁砲を両断されてしまう。

 

〈貴様は勝てない! それが貴様の運命だ! 〉

 

 クロトの戦闘能力はシュラの想像以上だったが、それでもあくまで想定内だった。

 所詮は生体CPUですらない下等種族の力など、こんなものか。

 先程まで行われていたレイダーとジャスティスの同士討ち、自分達の強襲に対する反応を見ても、クロトはアスランにやや劣っている。

 キラも単純な才能は自分に匹敵するが実戦から遠ざかっている以上、やはりアスラン・ザラが最強か。

 しかしシュラは、目の前のクロトは絶望するどころか一向に戦意が衰えていないことに気付いた。

 そしてその感情を読み取った直後、思考が不意にクリアになったかと思うと一切読めなくなった。

 思わぬ事態に驚きを隠せないシュラを嘲笑うように、クロトは大声で笑いながら叫んだ。

 

〈ハンデを貰って喜んでる奴が何をカッコつけてんだよ、間抜け!! 〉

〈貴様ッ! 〉

 

 シュラは激昂と共に突撃しながら強烈な斬撃を放つが、クロトは紙一重の見切りで回避すると、鮮やかな一撃でヒートソードの柄を両断した。




(煽り合う後ろでルドラ2機を捌いてるジャスティス)

4対2でアークエンジェル、ミネルバ含めて一方的にボコられるのもアレだし、大気圏&単座のカルラならシヴァ、ルドラと大差ないと判断して先行登場させました。

キラ&ラクス拉致→シャトルで大気圏脱出後、カルラで降下して暴れるオルフェくんが忙しいのは内緒です。

次回はお待ちかねの乱入イベントが発生します。

アスランが最初からコンパスにいる都合上、別のキャラが乱入するのでお楽しみに。


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ズゴック

 イングリッド・トラドールはオルフェが去った後の小型シャトル内で、自分たちブラックナイツによって引き起こされた現実をモニター越しに静かに見詰めていた。

 アスランの暴走に伴う一連の混乱に乗じて、合法的にユーラシア連邦領内に侵入。

 国境付近に展開しているユーラシア連邦軍を強襲し、万が一の事態に備えて彼等が用意していた戦術核を奪って自国に発射したのだ。

 ジャスティス、レイダーを凌駕するブラックナイトシリーズの圧倒的な性能、アコードとしての戦闘・読心能力を考慮すれば、自分達の作戦が失敗する可能性は皆無だった。

 最初のミサイル攻撃こそミレニアムから緊急発進したゲルググに迎撃されたものの、本命の第二射はその狙撃の回避に成功すると、イシュタリアの町を襲った。

 地上で発生した閃光が急速に拡大し、全てを飲み込んでいった。

 全てはアウラとオルフェの計画通りに進んでいる。

 この2度に渡る連合・プラント大戦と独立戦争から奇跡的の復興を成し遂げた古き美しき都市と、そこで生きる何万人もの人々を生贄にすることで、自分達アコードは全ての人類を支配下に置く権利を手に入れようとしていたのだ。

 シャトル内は静まり返っており、イングリッド、眠らされているラクス、そして拘束されて個室に閉じ込められたキラ以外に誰もいない。

 自分たちの行動によって何万もの人々が命を永遠に失った事実に、イングリッドは自分たちが引き起こした結末と、その代償に対する悲しみと罪悪感に満ちた表情を浮かべた。

 それはアコードの1人である彼女の立場上、決して許されない感情だった。

 

 

 

 ファウンデーションの方向から突如上がった巨大なキノコ雲に、クロトは思わず目を奪われた。

 いったいなにが起こっているのか、クロトには分からなかった。

 謎は深まる一方だったが、絶望的な戦況はクロトに思考の余裕を一切与えなかった。

 一方でキノコ雲を目の当たりにして作戦成功を確信したシュラは、損傷したヒートソードを即座に破棄した。素早いバックステップを踏みながら、腰部装甲にマウントされたビームサーベルを抜いて体勢を立て直した。

 神聖な戦いの場で敵から視線を外してしまうとは、やはり最強の戦士には程遠い。

 

〈甘い!〉

 

 その軽蔑するような嘲笑に追撃の機会を逃したことを悟ったクロトは、再加速したシヴァを牽制するようにレイダーの口部に搭載された高出力ビーム砲を放った。

 赤黒い閃光が大気を斬り裂き、シヴァの堅牢な漆黒の装甲を僅かに焦がした。

 ビームライフルなどの通常のビーム兵器ならば一切通用しないフェムテク装甲も、近距離で発射された高出力ビームまでも完全に無力化出来るわけではないらしい。

 度重なるダメージに怒りを募らせたシュラはシヴァを猛然と加速させると、咆哮とともにクロトを得意の近接格闘戦に引きずり込んだ。

 クロトは唯一無傷だった電磁砲を斬られ、シヴァのマントから繰り出される無数のビームカッターで次々に装甲を傷付けられながらも、辛うじて致命的な一撃を回避した。

 なおも執拗に迫り来るシヴァに対して、パワーも装甲も限界で警報音の鳴り止まないレイダーはビームサーベルを振り下ろした。

 

 

 

 レイダーとシヴァの間で激しい一騎打ちが繰り広げられる最中、その背後ではアスランがリュー、リデラードの駆る2機のルドラと壮絶な戦いを展開していた。

 メインスラスターを兼任するリフターを破壊されたジャスティスは、その機動力を大幅に低下させていた。

 その一方でリュー機とリデラード機は、ジャスティスと同等以上の機動力で戦場を支配すると共に、絶えずジャスティスを挟撃することで戦術的な優位性を確立していた。

 アスランは周囲の障害物を利用して視界を遮りつつ、ジャスティスを左右に激しく操縦させて敵の照準から逃れていた。

 しかし両ルドラはその敏捷な飛行能力を駆使し、ジャスティスを対角線で挟むように追尾すると、ビームライフルで狙撃を加え続けた。

 どうにかアスランは格闘戦に持ち込もうとするが、一つの意志を共有しているかのような両ルドラの連動した動きでまったく距離を詰めることが出来ない。

 アスランは背後から放たれたビームをかわし、正面からのビームをシールドブーメランで防いだ。

 わずかな隙を突いて腰から抜いたビームブーメランを投擲するが、まるでアスランの意図を見切っているかのように、リュー機は地を這うブーメランを容易に回避した。

 異様なほどの精度で行われる両ルドラの連携攻撃に、レイダーと同様にジャスティスのパワーと装甲も限界に迫っていた。

 その時、遥か遠方で起こった核の炎を示すキノコ雲がアスランの意識を強く揺さぶった。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬だけ戦場から心が離れ、過去の壮絶な記憶がフラッシュバックする。

 その致命的な隙を逃さず、リデラード機の放ったビームがジャスティスの右脚を直撃し、痛烈な一撃を受けたジャスティスは大きく体勢を崩した。

 更にリュー機からの殴りつけるような斬撃がシールドに直撃し、コントロールを喪ったジャスティスは地面に叩きつけられそうになった。

 

「ぐっ……!」

 

 アスランは苦痛をこらえながら、片足1本で着地して体勢を立て直そうとした。

 しかしリューとリデラードはそれを許さず、手負いの獣と化したジャスティスにさらなる追撃を仕掛けながら挑発した。

 

〈どこの誰だか知りませんが、酷いことをしますねぇ!!〉

〈キャハハっ!! そういえばアンタのママもアレで死んだんだっけ!?〉

 

 リューとリデラードの嘲笑が脳内に響き渡った瞬間だった。アスランの中で怒りが湧き上がり、同時に頭の中が弾けて思考がクリアになった。

 

〈お前達の──〉

 

 アスランは叫びながら後退していたジャスティスを切り返すと、リュー機とリデラード機の放ったビームをすり抜けるような動きで回避した。

 

〈お前達の仕業かっ!!〉

 

 アスランは左腕で構えていたシールドブーメランをリュー機に投擲し、両機の瞬間的な分断に成功した。

 リデラード機の放ったビームソードの軌道を見切って回避すると、突如ジャスティスの動きが読めなくなったリデラードの動揺を突いてリデラード機の左腕を斬り落とした。

 遅れて背後から接近してきたリュー機に左腕を両断されるが、後ろ回し蹴りで繰り出されたビームブレイドがリュー機の装甲を抉り取るように切り裂いた。

 更に蹴りを放とうとジャスティスを前方に加速させるが、リデラード機の反撃を受けて頭部を喪った。

 それでもアスランは咄嗟にビームブーメランを投げ付けると、リデラード機の左腰部分を大きく削り取った。

 

〈無駄な足掻きを!〉

〈さっさと死んじゃえ!!〉

 

 リュー機は武装の大半を喪ったジャスティスの刺突のような蹴りを防御すると、リデラード機と連携してコクピットにビームソードを叩き込もうとした。

 しかしその時、脱出用パックを背負い空中に投げ出されているアスランを、リューとリデラードは視界の端に目撃した。

 そして自爆コードがアクティブになったジャスティスは、両ルドラを巻き込む形で大爆発を起こした。

 

 

 

 カルラの猛攻撃を受け、アークエンジェルとミネルバが黒煙を吐きながら落下し始めたその時、シャニとオルガはダニエル、グリフィンの操縦するルドラと交戦を開始した。

 誰よりも早く接近戦を仕掛けようと、フォビドゥンを駆るシャニがダニエル機に向かって突撃を開始すると、無数の無人機から放たれたビームが彼を迎え撃った。

 

〈やっぱガラクタはガラクタか!〉

 

 シャニの吠えるような声とともに、フォビドゥンの上半身を覆う金色のバックパックが無人機のビームを受け止めた。

 奇しくもルドラ達に採用されているフェムテク装甲と同様に、フォビドゥンは装備群・スラスターを搭載したバックパックの装甲にビームを無効化する鏡面装甲(ヤタノカガミ)を採用していたのだ。金色の装甲は無数のビームを吸収・反射すると、攻撃を仕掛けた無人機を一斉に爆散させた。

 ビーム攻撃が通じないことに気づいた残りの無人機群が携行火器を実弾兵器に切り替え始めると同時に、シャニは機敏にフォビドゥンを上空へと離脱させた。

 

〈邪魔だ!!〉

 

 その直後にカラミティから発射された正確無比なビームが、アサルトライフルやミサイルを発射しようとした無人機を次々と撃墜し、周囲を瞬く間に火の海に変えた。

 

〈邪魔なのはテメーらだよ〉

 

 ダニエルは挑発するように返すと、フォビドゥンから放たれた電磁砲を凄まじい機動力で回避し、即座にビームソードで反撃を開始した。

 シャニは重刎首鎌の刃先を使ってその斬撃を受け止めるが、ルドラの圧倒的な力はフォビドゥンを簡単に吹き飛ばした。

 

〈よそ見してんじゃねーぞ!!〉

 

 グリフィンはダニエル機を狙っていたカラミティの携行式大型バズーカ砲を両断すると、左右の主翼先端下部に懸架されていた旋回式機関砲を見切ったような動きで回避した。

 そのまま瞬間移動するような動きで放たれたビームを、オルガは前腕部に搭載したビームガントレットで辛うじて防御する。即座に両肩のビーム砲を発射するが、やはり無類のビーム耐性を誇る漆黒のフェムテク装甲の前にあっさり阻まれてしまう。

 

〈ちっ!!〉

 

 オルガはまともに攻防が成立しない、ルドラの圧倒的な性能に舌打ちした。

 オーブ軍の主力量産機として近代化改修を施されたムラサメ改を母体に、ムウ機と同様にエンジンリミッターを解除し、専用バックパックを搭載しているフォビドゥン、カラミティは理論上ゲルググやギャンと同等の性能を持っている。

 しかし目の前のルドラにはその全てが通用せず、まるで子供扱いだった。

 

 

 

〈デュランダル議長は私達を裏切った──〉

 

 オルフェはカルラを優雅に宙に舞わせながら、頼みの対艦刀(エクスカリバー)を両断されてインパルスを後退させるシンを見下し、冷ややかに語りかけた。

 本来カルラは複座機だが、たとえオルフェ1人で操縦したとしてもルドラと同等以上の性能だ。

 このままインパルスの動きを封じ込めていれば、じきにこの地に照準を合わせた戦術核が全てを消し去る手筈になっている。

 

〈ラクスの偽物をでっち上げて何を考えているのかと思ったら、どさくさに紛れて私達を消すつもりだったようだ〉

 

 シンはオルフェの独り言を無視すると、再び後方のチェストフライヤーを操作しながら質問を投げかけた。

 

〈なぜコンパスを狙った?〉

 

 オルフェは一瞬躊躇うように首を傾げたが、もはやシンに何を言っても結果に変わりはないと言わんばかりに返答した。

 

〈正確に言うと、私達はコンパスそのものを狙ったわけじゃない〉

 

 意外な返答に沈黙を保っているシンの反応を確認すると、オルフェは少し楽しそうに笑うような口調で説明した。

 

〈私達の目的は、アスラン・ザラとクロト・ブエルの排除だ。──人類を導く上で、奴らの存在は邪魔なんだ〉

 

 シンはオルフェの2人を断罪するような言葉に、シンの怒りは頂点に達した。

 そしてその感情と相反するようにクリアになった思考の中で、シンはソードシルエットに搭載された2基のビームブーメランをカルラに向かって次々に投擲した。

 曲線的な軌道で迫る2つの斬撃を急加速で回避し、なおも量子通信を用いた遠隔操作でカルラに追い縋るブーメランを迎撃しようとするオルフェに対し、シンは即座にビームサーベルを抜いて斬り掛かった。

 オルフェは右腕のガントレットから展開したビームシールドで容易に斬撃を防ぎ、鋭い反撃を放った。しかしシンはインパルスを上下に分離し、強烈な斬撃を間一髪で回避する。

 

〈馬鹿みたいなことを偉そうに!!〉

 

 シンの叫び声がコクピットに響き渡る。

 ヤキン・ドゥーエ。ユニウスセブン。メサイア。

 人類の存亡をかけた危機に便乗する形で勢力を拡大した連中が、人類を救うために奮闘したアスランとクロトを断罪し、自らを人類の導き手と位置づける滑稽さ。

 その傲慢さに怒りを込めて、シンは迫り来るカルラに反撃を開始した。

 再度インパルスを合体させると、ソードシルエットから再び射出した対艦刀(エクスカリバー)を素早くキャッチし、カルラに向かって果敢に突撃した。

 

 ──学習能力のない奴だ。

 

 冷ややかに評しながらビームソードを振るった直後、予期せぬ現象に直面したオルフェの顔には驚きが浮かんだ。

 その構造上、ビーム刃に対して無力な対艦刀(エクスカリバー)の実体部分を守るように、絶大なレーザー光が刃先を覆っていたのだ。

 この理屈を超える異常事態にオルフェは混乱しながらもビームソードで受け止めようとしたが、その試みは対艦刀(エクスカリバー)の圧倒的な質量の前には無力だった。

 ビーム刃を展開した細身の実体剣が、根本から真っ二つに両断される。

 しかし所詮は旧式に過ぎないインパルスは、カルラを正面から押し切れるパワーなど有していない。

 辛うじて冷静さを取り戻したオルフェは袈裟斬りの要領で放たれた対艦刀(エクスカリバー)の一撃を、両腕のガントレットから展開したビームシールドで挟み込むように防御した。

 そして動きを封じられた無防備なインパルスに、胸部に搭載された高出力ビーム砲を発射した。

 

〈くそっ!!〉

 

 敗北を悟ったシンは脱出ボタンを押し、コアスプレンダーを射出することで辛うじて脱出に成功した。

 その直後シンの目に映ったのは、胴体を焼き尽くされて2つに分断されたインパルスが炎上しながら落下する光景だった。

 だが、シンの試練はまだ続いていた。

 オルフェはコアスプレンダーで逃走するシンを始末するため、ビームライフルを構えて追撃を開始した。

 追いつかれたら一巻の終わりだ。

 シンは必死にスラスターを操作してなんとか距離を稼ごうとするが、カルラの速度はあくまで射出座席の延長線上に過ぎないコアスプレンダーのそれを遥かに上回っていた。

 絶望の淵に立たされたその瞬間、予期せぬ方向から飛来した無数のミサイルがカルラに襲い掛かった。

 

〈シン!!〉

 

 そのノイズ混じりの声に、シンは驚きを隠し切れない表情で顔を上げた。

 それは通常のモビルスーツとは一線を画す、独特の形状をした奇妙なモビルスーツだった。背中に巨大な甲羅のようなスラスターを搭載した上で、リフターに類似したフライトユニットを装備しているその機体は、どこか水中用モビルスーツを彷彿とさせた。

 今まで見たことも聞いたこともない機体だった。

 識別システムも“UNKNOWN”の表示を示しており、少なくともコンパスのデータベースに搭載されていないモビルスーツであることは間違いなかった。

 しかし救援に現れた者の声が、シンにとって最も信頼する親友──レイ・ロアノークのものであることを疑う余地はなかった。

 

 

 

 レイダーのビームクローがシヴァのマントから展開したビームカッターを迎撃し、続けざまに繰り出された両者のビームサーベルが激しく交錯する。

 相変わらず思考はほとんと読めず、限界を迎えつつあるパワーを補うように、レイダーの動きは精度を増しているようだった。

 シュラはクロトの想定を上回る戦闘能力に、思わず魅せられていた。

 

 だが──

 

 レイダーの狙い澄ましたような斬撃が、シヴァの右腕を切り落とした。

 この絶好の機会に、クロトはレイダーは前方に急加速させて後退したシヴァとの距離を詰める。

 ルドラと異なりビームライフルすら搭載せず、一騎討ちの近接格闘戦に最適化されたモビルスーツ。これまでの戦闘でクロトに刷り込んだ、シヴァに対する致命的な先入観。

 

 ──それは貴様の思い込みだ!

 

 シュラは不意にシヴァの胸部装甲を開くと、内部に搭載されていた無数の針を高速射出した。

 この含み針の要領で放たれた予想外の攻撃にクロトは不意を突かれ、至近距離でまともに直撃してしまった。

 無数の針がレイダーの全身に突き刺さり、限界寸前だったVPS装甲はフェイズシフトダウンし、強度が低下した装甲を多数の針が貫通してしまう。

 クロトは次々針に貫通されたコクピットの中で身をかがめて刺殺を回避するが、甚大なダメージを受けてしまったレイダーの戦闘継続は不可能となってしまった。

 モニターが次々と暗転し、システムも停止していく。

 

〈しょせんそれが、貴様の限界だ〉

 

 やはり、最強の戦士に相応しいのは最強の戦士だ。

 シュラは大穴が空き、機能停止したレイダーのコクピット内で呆然とするクロトを見下ろしながら、勝利の確信と皮肉な笑みを浮かべた。

 このまま放っておいても核の炎に焼き払われる運命だが、リューとリデラードの撤退と引き換えにジャスティスを喪い、どこかに隠れているアスランと同様に俺の手で葬り去ってやる。

 そして勝負を決するかのようにビームサーベルを振り上げた瞬間、背後からのグレネード攻撃を受けて衝撃に襲われたシヴァは大きく体勢を崩した。

 

〈何者だ!?〉

 

 反射的に背後を振り向いたシュラは、洗練されたデザインのモビルスーツがこちらに接近する姿を視認した。

 その格子状のバックパックを背負った美しい機体は、微かな赤みを帯びたトリコロールカラーの装甲が印象的なモビルスーツだった。

 そして前腕部のガントレットから展開したビームランスを纏った一撃が、レイダーに止めを刺そうとしていたシヴァをシールドの上から殴り飛ばした。

 この突如現れた乱入者の正体を探ろうと、再び衝撃に襲われたシュラは体勢を立て直しながら視線を向けた。

 

〈──三姉妹の長女だ〉

 

 カナード・パルスは、唯一アズラエル財団が製造に関与したコンパス専用機“ハイペリオン・イータ”のコクピットで、解き放たれた獣のように笑った。




というわけでクロト側の援軍にカナード、シン側の援軍はレイでした。
ズゴックの中身はもちろん、本作の種運命編では不遇だったレジェンドです。あのデカいバックパックを内蔵してる関係で、ビジュアルが凄いことになってそう。

本作のキャバリアーアイフリッド1号機はカガリがターミナルに出稿したクロトの為に用意した機体です。
しかしクロトはコンパスと掛け持ちで多忙なので、普段はカナードが使用してます。
ファウンデーション潜入時にも利用してますが、カナードの存在を伏せたかったので記述しませんでした。

なお製造費はキラがストライクレイダーの為に開発した、新型ナチュラル用OSの特許料から出ています。

ところで最近キラちゃん概念が流行してるようですが、相変わらず生体CPUとの組み合わせは一切存在しませんね。

……原作では全く接点がない? 知らぬさ!


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死地からの脱出

 マリューがアークエンジェルの後部デッキにやっとのことで辿り着くと、彼女を待ち受けていたのは火の海だった。

 デッキの床は何箇所も破れており、その大穴からは火の粉を含んだ煙が絶え間なく立ち昇っていた。

 その下では炎が勢いよく上がっており、それは一向に消える様子がなかった。

 この場所も間もなく崩壊し、炎に飲み込まれることは明白だった。しかし、マリューに逃げる場所はどこにも残されていなかった。

 先に退避させたクルー達は逃げられただろうか。自分はアークエンジェルの艦長として、このままこの墜ちた大天使と運命を共にするべきだろうか。

 だが、まだ死ぬわけにはいかなかった。

 ファウンデーション軍、そしてブラックナイツが犯した罪を、世界に伝えなければならなかった。

 ついに本性を現し、自分達の殲滅に成功した彼らがこれからとんでもないことを起こすだろうと考えれば、なんとしても阻止しなければならなかった。

 そんな思いで歩き始めた彼女の前に、待ち焦がれていた救世主の姿が現れた。

 先程からの戦闘で損傷を受け、かろうじて飛行可能な状態のムラサメがデッキに着地した。

 すぐにコクピットハッチが開くと、中からムウが身を乗り出し、呆然としているマリューに手を差し伸べてきた。

 

「すまん、待たせた! 逃げるぞ!」

「まったくもう、遅いわよ!」

 

 マリューはようやく現れたムウに文句を言うが、その声には怒りよりも安堵が込められていた。

 周囲を取り巻いている煙に刺激されたのか涙が自然と溢れ出る中、マリューはムウの差し伸べられた手を力強く握りしめた。

 

 

 

 ダニエルが叩き付けるようにビームソードを振り下ろし、ついにフォビドゥンが振り回していた重刎首鎌の刀身をばっさりと両断した。

 シャニは即座にフォビドゥンの両腕に内蔵された大型機関砲を構えるも、その動きはダニエルに読まれていた。

 ルドラのビームマントが突如紅の輝きを放ち、鮮明な幻影を生み出した。

 ダニエルはその幻影に惑わされ、明後日の方向を向いているフォビドゥンを斬りつけようと迫った。

 ほとんど何も考えていないシャニの思考回路に少々手間取ったが、これでとうとう終わりだ。

 

〈風通しをよくしてやるぜ!〉

 

 その瞬間、視覚外から迫るルドラの存在を察知したシャニは叫んだ。

 するとフォビドゥンは真ん中から折れた重刎首鎌(ニーズヘグ)を振り被り、回避も防御も放棄した捨て身の一撃を放った。

 グレイブヤードで研究されていた特殊精錬技術で製造され、純粋な実体剣でありながら使い手の技量次第で護衛艦さえ両断する力を秘めている大鎌の一閃が、鉄壁を誇る漆黒のフェムテク装甲に深々と突き刺さった。

 

〈なにっ!?〉

 

 ダニエルはその驚異的な行動に絶句した。

 シャニは最初から機関砲など牽制程度としか認識しておらず、ルドラが不用意に接近しようとする一瞬の隙を狙っていたのだ。

 装甲の厚みで何とか攻撃を受け流したダニエルは、返しの一撃でフォビドゥンを両断した。

 そしてコクピットから投げ出されたシャニをビームライフルで撃とうとした瞬間、予想外の出来事が起こった。

 巨大な鞭のようなものがルドラに巻き付いた。それはギャンのヒートロッドだった。

 ヒートロッドを通じて流された強烈な電流がルドラを襲い、僅かにその動きを封じた。

 生じた隙を突いてルドラの負傷箇所を狙い、バックパックに搭載された誘導ミサイルを全弾発射する。

 そして素早くヒートロッドを分離させたギャンは、落下するシャニに回り込む形で機体を移動させると、彼を救出するためにコクピットを開けた。

 

〈ナイスファイトだ、坊主!〉

 

 ヒルダ・ハーケンがそう声をかけると、ギャンのコクピットから彼女の姿が現れた。

 先程までミネルバを護衛するハーケン隊を率いていた彼女は、総員退艦命令の下ったミネルバからの撤退支援を部下に任せ、ダニエルと交戦していたシャニの救援に駆けつけていたのだ。

 彼女の存在に気付いたシャニはヒルダの腕を掴み、ギャンのコクピットに飛び込んだ。

 コクピットハッチを閉じた直後、ギャンが放った誘導ミサイルがルドラに次々命中し、わずかながらもダニエルのルドラにさらなるダメージを与えた。

 

「クソっ!!」

 

 思わぬミサイル攻撃を受けて一気に距離を置かれ、ダニエルは舌打ちした。

 シャニを乗せたギャンはすでにルドラとかなり距離が離れており、追撃には時間を要する状況となった。

 まもなく核攻撃の時間が迫る中、残忍ながらも怠惰な性格のダニエルには深追いしてまでリスクを背負う意志などなかった。

 しょせん大勢に影響はない。最後の一撃こそ一瞬ひやりとしたが、やはりシャニ・アンドラスはたいした敵ではない。

 あんな雑魚が生き延びていたとしても、何の脅威にもならないだろう。

 そう思ったダニエルは追撃を諦め、奇妙なモビルスーツと戦闘していたオルフェと共に撤退を決断した。

 

 

 

〈シャニ!?〉

 

 オルガは遠くで爆発するフォビドゥンに気を取られ、わずかに目の前の脅威に対する集中を乱した。

 その致命的な隙を見逃さず、グリフィンは冷ややかな口調で言い放った。

 

〈よそ見してんじゃねーよ!〉

 

 その言葉とともに、オルガの視界にダニエル操るルドラが急接近していた。

 オルガは辛うじて反応し、胸部装甲に増設された大出力ビーム砲から最大出力の砲撃を放った。

 しかしグリフィンはシールドでその攻撃を防ぎつつ、オルガが機体を後退させながらビームシールドを展開するよりも一瞬早くビームソードを振り下ろした。

 カラミティの装甲が紙のように切り裂かれ、地上に落下して大破した。

 コクピットハッチが吹き飛び、オルガの姿が露わになる。

 昨日は下等種族のナチュラルでありながら、生意気にも上位種族のアコードを挑発した男が焦燥に満ちた無様な表情をしているのを、グリフィンは勝ち誇るように見下ろした。

 グリフィンはビームサーベルを構え、自分達の屈辱を晴らすようにオルガにとどめを刺そうとしたその瞬間、背後から放たれた電磁砲の衝撃がルドラを襲った。

 

〈よそ見してるのはアンタの方でしょうが!〉

 

 頭に血が上っていたグリフィンは、ヒルダと同様にオルガの加勢に駆け付けたアグネスの接近に気付いていなかったのだ。

 振り向きざまにビームソードで反撃するグリフィンに対して、ギャンシュトロームの円盤状シールドがそれを受け止めると、シールド外縁の回転機構から展開したビームサーベルが唸りを上げてルドラに襲い掛かった。

 グリフィンはその回転ノコギリのような一撃をバックステップで回避しながら、シールドの隙間を狙ったビーム射撃を放った。

 しかしアグネスは巧みにシールドを動かすと、その正確無比な一撃を受け止めた。

 この大胆かつ繊細な対応に、グリフィンは一気に警戒度を強めた。

 彼女は月戦線で不敗を誇った“月光のワルキューレ”こと、アグネス・ギーベンラートだ。

 アコードの設計図を作成する際にアウラが参考にした“超人(アル)”のクローンであり、本来の性能が発揮出来ない状況とはいえあのオルフェを苦戦させているレイ・ザ・バレルに次ぐ成績でアカデミーを卒業したアグネスは、やはり優秀なパイロットらしい。

 核攻撃が間近に迫っている状況で、これ以上戦いを引き延ばすわけにはいかない。

 彼等の母艦であるアークエンジェルとミネルバを沈め、ユーラシア連邦軍の目撃者も排除した。

 たとえ生き残っている者がいたとしても、間もなく訪れる核の炎が全てを消し去るだろう。そう考えたグリフィンはアグネスとの戦いを断念し、機体を翻して撤退した。

 

 

 

 シュラはマントから伸ばしたビームカッターでハイペリオンの左前腕部から伸びるビームランスを凌ぎ、更に右腕で振り抜かれたビームソードを後方に跳んで躱した。

 片腕を喪ったシヴァでも“月光のワルキューレ”程度なら十分に倒せる自信はあったが、目の前のモビルスーツには全く隙が見つからない。

 敵の機体性能は想像以上で、パイロットの技量も相当なものだ。

 たとえ自分がレイダーとの連戦で消耗していなかったとしても、確実に勝てるとまでは言い切れない相手だ。

 変幻自在の戦闘スタイルと、“三姉妹の長女”だという奇妙なキーワード。

 この最低限の情報から、対峙しているモビルスーツの乗り手を察知したシュラは呟いた。

 

「……カナード・パルスか?」

 

 シュラは今回のコンパスとの決戦に備えて、様々な陣営のエースパイロットたちのデータを独自に収集、分析してきた。

 その中でもブラックナイツのメンバーを除けば、彼の知る限りでトップ5に入る実力者がカナード・パルスと呼ばれる少女だった。

 第一次連合・プラント大戦でユーラシア連邦軍の“特務部隊X”を率いた若き女隊長であり、スーパーコーディネイターの失敗作とされる彼女は、成功作のキラ・ヒビキと、ナチュラルだが同じ両親から生まれたカガリ・ヒビキを含めれば、確かに“三姉妹の長女”と自称しても不思議ではないだろう。

 オルフェがキラを確保した今、カナードは間違いなく最強の女性パイロットだ。

 この不利な状況下でカナードを倒すことが出来れば、それはシュラ・サーペンタインの最強を真の意味で証明出来る。

 新たな強敵に興奮を隠せないシュラの脳内に、オルフェの声が響いた。

 

〈シュラ、時間だ〉

 

 意外な形で訪れた絶好の機会を目の前にして、シュラは思わず歯噛みした。

 しかし、計画の成就は何よりも重要だ。

 そのために自らを最強だと証明する機会を捨ててまで、可能な限りクロトとアスランを消耗させたのだ。このままカナードと戦っている最中に核攻撃に巻き込まれ、母上とオルフェの計画を失敗させるわけにはいかない。

 シュラはハイペリオンの後方に見える大破したレイダーと、そこへ一直線に走るアスランの姿を一瞥した。

 奴らの実力は本物だった。

 もしもこの核攻撃を生き延びて再び戦場で相見えることになれば、今度は対等な条件で戦ってやる。

 シュラは腰の装甲にビームサーベルを収納すると、カナードの追撃を躱して飛び立った。

 

 

 

「おい、何が起こったのか説明しろ!」

 

 声を上げるアスランに対して、あちこちから出血し、疲労困憊したクロトはその場から一歩も動けず、答えることができない。

 アスランはクロトに肩を貸すと、強引に立ち上がらせた。

 自分を襲った突然の精神的な異常と、ラクスの裏切り。

 それに続けて起こった電波障害と、それを予期していたようなブラックナイツの強襲。

 そしてファウンデーションの首都に行われた核攻撃と、その緊急事態を喜ぶかのようなブラックナイツたちの態度。

 最後に自分達の救援に現れたカナードと、上空から降りて来た奇妙な円盤状の飛翔体。

 これらの事態は全て、アスランの理解出来る範疇を超えるものだった。

 

〈早く逃げないと! アークエンジェルと、ミネルバの人たちも回収した!!〉

 

 ステラ・ルーシェの声が、この“キャバリアーアイフリッド”と呼ばれる支援フライトユニットから届いた。

 どうやら彼女が、この機体のパイロットらしい。

 アスランは更に混乱を深めた。

 いつもどこで何をしてるのか分からない神出鬼没なカナードはともかく、マルキオ導師の孤児院で過ごしているはずのステラが、どうしてこんな場所にいるのか。

 そして彼女の口ぶりからすると、アークエンジェルとミネルバは沈んでしまったのか? 

 

「……保険だよ。ステラの方は知らねーけど」

 

 力なく呟くクロトとアスランに対して、カナードは叫ぶように言った。

 

「説明は後だ。さっさと乗れ!」

 

 アスランは混乱する心を抱えながらも、わずかに気力を取り戻したクロトを引きずるようにしてカナードが伸ばした手を握り、ハイペリオンのコクピットに乗り込んだ。

 

 

 

 岩山の要塞跡地では、緊迫した空気が漂っていた。

 ミケール大佐ら側近たちを従えながら、一人の男が急いでアイドリング中のヘリコプターに向かって走っていた。

 その男は半年前に起こった“ジャスティス強奪事件”に乗じて、大西洋連邦の軍事刑務所から脱走した男──ロード・ジブリールだった。

 ジブリールはクロトに追われる存在でありながら、自らもクロトに深い憎悪を抱き、世界中から拉致した無数の孤児をデストロイなどの生体CPUとして改造し、自分を評価しない世界に死と破壊を振り撒いていたのだ。

 彼が拠点を放棄し、抵抗を続ける同胞たちを見捨てて逃げ出そうとしたその瞬間、空から落ちてきたかのような閃光がジブリールの視界に入った。

 その直後、強烈な光が彼と側近たちを焼き尽くし、数千度の熱を帯びた爆風が彼らを瞬く間に消し去った。

 

「マジか……!」

 

 まるで空から隕石が墜ちてきたような光景に、オルガは思わず息を呑んだ。

 アグネスのギャンに同乗し、水中に隠れて離脱しようとしていたのだが、上空で起こった事態に思わず目を向けた。

 眩い閃光の直後に水面の上を爆風が吹き荒れ、猛烈な衝撃がギャンを襲った。

 

「ちょっと、何なのよこれ!?」

「見てわかんねーのか、核だ!!」

 

 アグネスの叫びに、オルガは怒鳴ったような口調で返した。

 突如発生した強烈な水流に押し流されて水上に飛び出しそうになるギャンを、アグネスは必死に制御した。

 さきほどファウンデーション方向から上がったキノコ雲を、オルガとアグネスは目撃していた。

 どうやらブラックナイツは自分達の国だけでなく、このエルドアにもユーラシア連邦軍から強奪した核ミサイルを撃ち込んだのだ。

 

 

 

 エルドア上空で起こった核弾頭の炸裂は、戦場の風景を一変させた。

 巨大な爆発により、大破したレイダーも、ジャスティスの残骸も、まだ活動していたモビルスーツや戦車も。

 そして翼をもがれたアークエンジェルと地に墜ちたミネルバまでもが灼熱の光に晒され、直後に発生した爆風によって跡形もなく消し飛んだ。

 核の炎はエルドア地区の郊外に広がる森を焼き払い、街を破壊し尽くし、そこにいた人々を一瞬で蒸発させた。

 この悲惨な光景は、成層圏を上昇する小型シャトルからも明瞭に目視できるほどだった。

 あの赤みを帯び、ときおり落雷のような光を放つどす黒いキノコ雲の下では、もはや何も、誰も存在しないだろう。

 目を覚ましたラクスは、その衝撃で声も出せなかった。

 そして遂に知覚した自らの不気味な能力を思い出し、その事実に心を苛まれた。

 自分が殺した。

 自分がクロトとアスランを殺し合わせ、彼らを含む大勢を死なせたのだ。

 どれだけ後悔しても、もう取り返しがつかない。

 密かに恋慕する男をあの炎の中に残し、唯一無二の親友から彼を永遠に奪ったのはこの私──アコードの女王である自分自身だったのだから。




本作では種運命編で未登場だったヒルダを登場させるか迷いましたが、シャニの助っ人として登場してもらいました。

一応オッドアイと隻眼風のファッション、ラクス関連と接点のようなものはありますが。

レイに次ぐ成績でアカデミーを卒業し、月戦線で不敗を誇った“月光のワルキューレ”はコンパスでもアスラン、クロトに次ぐエースパイロットなんだよね(適当


順番としては

①カナードがキャバリアー&ハイペリオンでクロト、キラをファウンデーションに潜入させる
②クロト、キラが潜入後、ファウンデーションとメンデルの繋がりを突き止めたレイがズゴック(レジェンド)で合流しようとする
③ズゴック(レジェンド)はオーブの地下に保管されているので、取りに行ったらステラに発見される

です。


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崩壊する世界

 イシュタリアとエルドアで発生した死者5万、負傷者・行方不明者10万超に上る悲劇から、数日後。

 まるでそんな悲劇を感じさせない蒼く澄んだ空を背景に、とある金髪の男を乗せた垂直離着陸機が目的地へと進んでいた。

 その男はオブザーバーとして、オーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハらコンパス参加国代表が開催する緊急会談にオンラインで参加していた。

 彼の前にあるモニターに映し出されていたのは、緊迫した空気の中で報告書を読み上げるカガリの秘書トーヤ・マシマの姿だった。

 

〈ジャスティス、レイダー、その他、作戦行動中のモビルスーツ隊は未だ発見出来ず、こちらからの呼びかけにも応答はありません。……すべて爆発に巻き込まれたものかと〉

 

 トーヤが報告を続ける中、モニター画面に映っている大西洋連邦大統領フォスターと、プラント最高評議会議長のラメントは沈痛な表情で溜息をついていた。

 その様子を興味深そうに見詰めながら、男──ムルタ・アズラエルは垂直離着陸機のパイロットに質問した。

 

「実際、どうなんです? やつらは死んだと思いますか?」

 

 ファウンデーションの首都、イシュタリア付近に待機していたミレニアムこそ奇跡的に被害を免れた。

 しかしそれ以外の戦力は全てエルドアに落とされた核攻撃以降、完全に消息を絶っている。唯一現場に残されていたのは、現場で指揮していたアークエンジェル及び、ミネルバと思われる残骸だけだった。常識的に考えれば、彼等の生存している可能性は絶望的だった。

 とはいえ、あのゴキブリよりもしぶとい連中がそう簡単に死ぬとは思えない。

 そんな男の楽観的とも取れるような言葉にパイロットの男が無言で笑う中、重い沈黙を破るようにラメント議長が声を上げた。

 

〈それで、ディノ総裁が行方不明というのは事実なのですか?〉

 

 カガリは曖昧に言葉を濁すと、首を横に振った。

 

〈……はい。ミレニアムからの報告では、電波障害の混乱に紛れてファウンデーション高官らと共に行方を眩ましたと〉

〈行方を眩ました!? いったいどういうことなのですか!?〉

 

 異常な事態を示すようなカガリの返答に、ラメントは画面越しにも伝わるほど焦った表情を浮かべた。

 今はプラントを離れているとはいえ、2度の世界大戦を終戦に導いたラクス・クラインの影響力は絶大的だった。彼女の存在がなければ、再び第1次連合・プラント大戦末期のような絶滅戦争が始まってもおかしくないのだ。

 

〈私にも分かりかねます。ミレニアムに乗艦していた私の身内も、行方不明になったそうなので。……状況から判断するに、総裁共々連れ去られたものかと〉

 

 カガリの報告は、緊急会談にさらなる混乱を招いた。

 

〈ともかく、我々は行方不明になった両名の捜索と共に、今回の件でコンパスとしての対応を──〉

 

 そして両国に情報提供の約束を取り付けた後、再び議論を再開しようとすると、フォスターはカガリの発言を遮るように怒鳴った。

 

〈ユーラシアからは厳重な抗議が来ているんですよ! 全てはブルーコスモスの寵児(クロト)ザラ派の後継者(アスラン)が事前協定を破り、軍事境界線を越えたからだと!!〉

 

 それを聞いたカガリの声に、怒気が混じった。

 

〈だったら核を撃っていいとおっしゃるのですか!? だいたい、あの2人がそんなことをするものか!!〉

 

 ユーラシア連邦は世界中からの批判を回避するために、死亡して反論出来ないクロトとアスランをスケープゴートにしようとしているだけだ。

 今回起こったユーラシア連邦軍の核攻撃に世界各国は大きな衝撃を受け、連日ニュースで大きく取り上げられている。

 象徴的な意味こそあれど、核兵器は宇宙空間ではあくまで強力な兵器に過ぎないが、地球上では半永久的に環境汚染をもたらすのだ。

 

〈とにかく報告書を読む限り、不可解な点が多過ぎる! 何が起きたのか、さっぱりわからん!〉

 

 モニターの中で紛糾する会談を呆れたように眺めながら、アズラエルは芝居がかったような口調で呟いた。

 

「まったく、話になりませんねぇ。例の暴走した司令さんなり、ジブリールなりの証言がない限り、真相は闇の中ってワケだ」

 

 そしてアズラエルは思い付いたように頷くと、沈黙を続けていたパイロットに向かって疑問を投げかけた。

 

「そういえば彼って、君の元部下なんでしょう? 正直なところ、あれは本当に彼の独断だと思いますか? 今回の件はコンパス内部の親プラント派が、ユーラシア領にプラントが介入する機会を作ろうとした可能性もあると思いませんか?」

 

 するとそのパイロット──かつてラウ・ル・クルーゼと呼ばれた男は、苦笑いを浮かべながらその質問に答えた。

 

「彼がそんな器用な男なら、私も楽だったのだがね」

 

 やがて聞くに堪えない非難の応酬が始まり、ついに怒りをあらわにしたカガリが猛抗議すると、交渉は決裂したとばかりにモニターから各首脳たちの顔が消えた。

 これはこれでいい。株は底値で買うものだ。

 そして世界各国からの批判を受け、コンパスの無期限活動凍結が決定される中、アズラエルはオーブ本島の内閣府官邸に到着した。

 

 

 

 クロトは淡い光が灯った部屋で目を覚ました。

 意識ははっきりしているわけではなかったし、体のあちこちも酷く痛んでいたが、このまま眠っている場合ではないと直感した。

 ミレニアムやアークエンジェルにいるときを除けば、いつも傍にいるキラの姿はどこにもない。

 

「やっと目を覚ましたか」

 

 クロトは声の方向に視線を移した。するとアスランが部屋の外に出かける支度を整えていた。

 アスランも数日前の戦闘で負傷していたはずだが、既に回復している様子だった。

 ここは二人部屋のようだったが、クロトはこの数日間の記憶がほとんどなかった。

 シヴァの攻撃を受けてコクピットを貫かれた際に、破片の一部が背中に突き刺さっていたらしく、カナードのモビルスーツで離脱に成功した直後に失血で意識を喪ったのだ。

 その後も出血と疲労の影響で、クロトはほとんど眠り続けていたのだった。

 

「……オーブか?」

「あぁ。アカツキ島の海底ドックだ」

 

 クロトのかすれた声に、アスランは悔しさを押し殺したような口調で答えた。

 またここに戻ってきたのか。

 出発した時はこれで世界が少しでも平和に向かうかもしれないと想っていたが、今はそんな希望を抱いていた自分が酷く滑稽に感じられた。

 クロトはアスランに連れられて部屋を出ると、その足でミーティングルームに向かった。

 部屋の中では資料を広げたカナードとレイが向かい合わせで座りながら、テレビの報道番組を見ていた。

 

「…………」

 

 そこにはイシュタリアの街が、完全に破壊されて廃墟と化した状態で映し出されていた。

 ほんの数日前まで滞在していた街の悲惨な姿に、クロトの胸は重くなった。

 画面には行方不明になった両親を捜す子供たちなど、大切な人を失った人々の悲痛な表情が映し出されていた。

 そして世界各国で行われている街頭インタビューでは、一様にコンパスへの批判が噴出していた。

 イシュタリアとエルドアで起きたこの惨事は、全てコンパスとユーラシアへの国境侵犯を行ったアスランとクロトの責任だと世間は考えているようだった。

 モニターに映る凄惨な光景に、クロトは思わず目を伏せた。この惨劇が起こったのは、全て自分が原因な気がした。

 その瞬間、テレビから思わぬニュースが流れてきた。

 

〈ミレニアムに乗り合わせていたファウンデーションの高官2名、オーブの要人1名と共に行方不明になったラクス・ディノ総裁の捜索は、今も続けられています──〉

 

 なんだこれは。

 テレビスクリーンから流れるアナウンサーの声は、そんなクロトの心を瞬時に凍りつかせた。

 オルフェ達は奇跡的に撃沈を免れたミレニアムから逃亡したようだったが、まさかラクスとキラが行方不明になるとは。

 衝撃的なニュースに、クロトは動揺を隠せずに声を上げた。

 

「なんなんだよこれは!?」

 

 クロトは一瞬、自分は悪夢を見ているのではないかと錯覚した。

 しかしその疑問に対する無情な答えが、うんざりだとばかりにテレビを消したカナードから静かに告げられた。

 

「どうやら電波障害が起こった直後の混乱に乗じて、奴らに連れ去られたそうだ」

 

 不満に満ちたカナードの口ぶりに、さらに部屋の空気が重苦しくなった。

 

「案外、連中の目的はコレだったのかもな。イシュタリアに設置される予定だった作戦本部をミレニアムに変更したのは、オルフェってヤツの提案なんだろう?」

 

 その言葉を聞いて、クロトは舞踏会での一幕を思い出した。

 何かに導かれるように訪れた庭園でオルフェとラクスが対峙している光景が、鮮明にクロトの記憶をよぎった。

 

 ──君のような存在には、この場に立つ資格などない。

 ──少し熱くなってしまわれたようで。

 

 クロトに対するオルフェの明確な敵意と、それを曖昧な言葉で誤魔化したラクス。

 二人の間には、以前から繋がりがあったのかもしれない。

 

「……ラクスか」

 

 1度抱いた疑念の影は、2度と消えることはなかった。

 実際のところ、真相は分からない。ラクスもキラと同様に、オルフェらに連れ去られただけなのかもしれない。

 しかしラクスがコンパス総裁として、クロトを錯乱したアスランと戦わせたのは明白な事実だ。

 自分達に襲い掛かって来たブラックナイツの少女の声が、クロトの心に響き渡った。

 

 ──ラクス姫はもうアンタ達なんていらないってさぁ! 

 

 直後に発生した電波障害で聞き取れなかったが、あの後ラクスは自分への攻撃を指示したのかもしれない。

 コンパス総裁としてクロトに国境侵犯を命じ、その事実を理由に密かに繋がっていたブラックナイツに攻撃の口実を与える。

 アスランとの戦いは自分を消耗させ、ブラックナイツの勝利を確実にするためだったのかもしれない。

 そんな馬鹿なことを、ラクスがするわけない。

 クロトは否定しようとしたが、そもそも自分はラクスについて何を知っているのかという根本的な疑問に気付いた。

 一緒に戦った仲間だから。キラの親友だから。

 自分が彼女について把握しているのは、そんな彼女の表面的なものばかりだった。

 ラクスにとって自分は、邪魔な存在だったのではないか。

 キラやアスランのように何でも出来るコーディネイターと違い、戦うことしか能のないナチュラルだから。

 その存在自体が、プラントやブルーコスモスの過激派を刺激する厄介者だから。

 かつて第1次連合・プラント大戦を終わらせた“フリーダム”の才能を、腐らせてしまうことを良しとしたから。

 もしも最強の戦士であるキラが戦っていたのなら、今回の惨劇だって回避出来たのかもしれない。

 

 僕のやっていたことは、何もかも無意味だったのか? 

 

 ただただ湧き上がる無力感に肩を落とすクロトに、レイは1枚の写真を取り出した。

 

「──イシュタリアに潜入したお前たちの報告を受けてメンデルを調査していたところ、妙な写真を発見した」

 

 レイの差し出した一枚の写真に、クロトの目は釘付けになった。

 そこには白衣を身にまとった人々が、集合写真を撮っているような様子で写っていた。

 写真の中で、特に一人の金髪の女性がクロトの注意を引いた。

 彼女は白衣を着ており、どこかで見たことがあるような強い既視感を感じさせた。

 その写真の片隅に視線を凝らすと、クロトは「アウラ」と書かれたメッセージを見つけた。

 その瞬間、クロトは彼女がファウンデーションの若き女王、アウラ・マハ・ハイバルに酷似していることに気づいた。

 しかし、それは新たな謎を生み出した。

 写真に写るアウラの姿は、先日王宮で目撃した彼女の姿とは明らかに異なっていた。

 なぜなら彼女は──

 

「これは19年前、メンデルの遺伝子研究所で撮られた写真だ」

「19年前?」

 

 まるで若返ったとしか表現出来ない事実に困惑する中、レイは更に話を続けた。

 

「メンデルで行われていた研究の1つに、不老不死の探求があったそうだ。結果的に成果は上がらなかったようだが、彼女がその被検体だった可能性は十分考えられる」

 

 クロトが黙り込む中、レイは解説を始めた。

 

「彼女自身も、優秀な研究者だった。ギルも──デュランダルもメンデルの研究者だった頃、彼女と交流があったらしい」

 

 レイの話は更に進んだ。

 

「彼女の研究テーマは、コーディネイターを超える種を創り出すこと。……当時、メンデルで運命計画(デスティニープラン)を考案した若き日のデュランダルは運命計画を管理し、人々を導く者を調和者(アコード)と名付けた。おそらくそのアコードが、彼女の創り出したコーディネイターを超える種だったようだ」

 

 クロトは思考を巡らせながら、レイの話に耳を傾けた。

 

「……デュランダルは2年前、オーブに隠遁中だったラクスに暗殺部隊を差し向けた。俺は当時その真意を理解出来なかったが、おそらくアウラの管理下に置かれていない唯一のアコード──ラクスを危険視し、秘密裏に始末しようとしたんだろう。アコードの存在を知れば、あの男(アル)はお前たちよりもファウンデーションの制圧を優先しようとしただろうからな」

 

 どうして戦争に介入する意思のなかったラクスに、暗殺部隊が差し向けられたのか。それはクロトやキラが動き出す前に、アルやレイに悟られない形でラクスを始末するためだったのだ。

 解説を終えたレイに、クロトは疑問を口にした。

 

「1つだけ、分かんねーことがある。……だったらキラは、どうして狙われた?」

 

 レイは静かに目を細めると、さらなる質問で返した。

 

「それを聞いてどうする?」

 

 クロトの答えは、迅速かつ明快だった。

 

「決まってんだろ。今すぐ連中のアジトに殴り込むのか、殴り込まねーのかってだけだ」

 

 クロトの乱暴な物言いに、レイは溜め息を漏らした。

 

「……詳しい理由は分からない。だがアコードを生み出したメンデルの技術が喪われた今、次世代のアコードを製造する上でキラの存在が必要なんだろう」

 

 全ての分野において万能の才能を付与され、次世代にその才能を受け継がせる“スーパーコーディネイター”。

 その才能はアコードの支配体制を永遠のものとするために、アウラにとっても必要な存在だったのだろう。

 それこそ不老不死の技術が確立されれば、キラに固執する理由はなかったアル以上に。

 

「…………」

 

 またしてもこの手の連中か。沈黙するクロトに対して、レイは付け加えるように言った。

 

「もっともこれは、楽観的な見方だ。アウラ博士とヒビキ博士は、より優れた人類の定義について対立していたようだ。単に彼女の私怨で、キラを連れ去った可能性も考えられる」

「……決まりだな」

 

 クロトは小声で呟いた。

 たとえラクスと差し違えることになったとしても、アウラ達からキラを奪還しなければならない。嵐の前の静けさを思わせる憤怒が、クロトの心を満たした。

 まさにその瞬間のことだった。

 ミーティングルームのスピーカーから、ミネルバの通信士アビー・ウィンザーの焦ったような声が聞こえた。

 

〈ディノ司令! ただちに管制室に!!〉

 

 

 

 人工衛星が捉えたその映像は、地上に降り注ぐ白い極大のレーザー光が、ユーラシア連邦の首都モスクワの街を呑み込む様子を捉えていた。

 その地上を貫いた光の柱は軌道上に存在する全てを衝撃波で吹き飛ばしながら膨張し、瞬く間に街を焼き尽くした。

 いったいどれだけの人が、この光に消し飛ばされてしまったのか。

 画面越しに目撃した光景にクロトが思わず言葉を失う中、シンは驚愕した口調で呟いた。

 

「核、攻撃……?」

 

 しかしシンの推測を、レイは苦々しい口調で否定した。これはそんな生易しいものではなかったからだ。

 

「これは“レクイエム”だ」

 

 それはかつて地球連合軍が製造し、月面基地ダイダロスに設置された巨大ビーム砲と、その周辺に配置された複数の廃棄コロニーから成る軌道間全方位戦略砲の名称だった。

 第2次連合・プラント大戦末期、オペレーション・ヒューリーに失敗したザフトは反転攻勢を図るため、ダイダロスの攻略を目標とした侵攻作戦を発動した。

 最終的に“コンクルーダーズ”の猛攻に晒された地球連合軍がその大部分を放棄・自爆させたことでダイダロス攻防戦は終了し、第2次連合・プラント大戦の最終決戦となったメサイア攻防戦に移行することになった。

 その後行われた戦後協定にて。

 レクイエムに必要なエネルギーを確保するために造られた反応炉は事実上解体不可能だったため、プラントが動力炉として平和利用することになり、最終的にジャガンナート国防委員長の働きかけによってザフトが使用することになっていた。

 しかしそれは偽りだった。

 デュランダルの計画においても、その親衛隊“コンクルーダーズ”と並んで、世界各国に“運命計画(デスティニープラン)”を実行するための切り札として狙っていた戦略兵器であり、運命計画(デスティニープラン)に反対する者がどこに隠れていようと消し去る死の“鎮魂歌”が、モスクワの地で奏でられたのだ。

 

 

 

 キラはどことも知れない、質素な部屋に閉じ込められていた。

 記憶をたどると、どうやらオルフェに気絶させられたあと、そのままミレニアムから拉致されたらしい。

 そして今はこうして監禁されているというわけだ。

 部屋の出口には厳重なセキュリティが施されており、それをハッキングして解除出来るような道具は持っていなかった。

 この場所の重力は地上・プラントと比較して若干低いように感じられたことから、どうやらここはどこかの宇宙要塞らしいとキラは悟った。

 まさかファウンデーションが、秘密裏にこのような軍事施設を造り上げていたとは。

 流石に通信端末や拳銃は取り上げられていたが、それ以外の私物はほとんど手つかずのまま放置されていた。

 特に内ポケットの中には、休眠状態のトリィとブルーが残されていた。

 これまでカガリを除いて誰かを誘拐したことも、誘拐されたこともなかったが、常識的に考えてこうした所持品の類は取り上げるのが普通ではないだろうか。

 食事の時間になると、イングリットが時折部屋を訪れてキラに食事を提供した。

 毒や自白剤が混入されているかもしれないし、そもそも食欲はなかったが、考えても仕方ないので食べた。

 彼等がそのつもりなら簡単に殺されてしまうし、彼等の読心能力を考えれば自白剤など必要ないのだ。

 一連の対応から、どうやら彼らの間でもキラに対する処遇は揺れているように思えた。

 実際に暴行を加えて拉致し、こうして閉じ込めておきながら、事実上放置されているのがその証拠だ。

 あるいはキラも、彼等の一員になるかもしれないと思われているようだった。

 ラクスとは1度だけ会った。

 イングリットに連れられて現れた彼女にキラは掴みかかろうとしたが、慌てて割り込んだイングリットに阻止された。

 ラクスは憔悴し切った、申し訳なさそうな表情をしていたが、その真意は掴めなかった。

 キラは他人の心を読み取れるアコードではないし、ラクスは全ての人類に愛されるアコードの“女王”だ。

 彼女が他人の精神に干渉する能力を持つ以上、目に見えているものが真実かどうかはわからないのだ。

 実際、その出自故に洗脳に対する耐性を持っているクロトですら、ラクスの能力で正気を喪っていたのだから。

 なんとかこの軍事要塞を脱出し、クロトと合流しなければどうすることも出来ない。

 イングリットに渡された着替えは、彼女たちブラックナイツの軍服だった。少しだけ窮屈に感じるものの、これを着用すればブラックナイツの一員に見えなくもないだろう。

 それはどこかで好機をもたらすかもしれない。

 独特な意匠が施された黒を基調とする軍服に、キラが袖を通し始めたその瞬間だった。

 不意に部屋の扉が開き、二人の男が入ってきた。

 一人目の男、頭に特徴的な剃り込みを入れたグリフィン・アルバレストは、その顔には得意げな笑みが浮かんでいた。

 二人目の男、赤い髪を持つリュー・シェンチアンも、慇懃無礼な態度で彼に続いて入室した。

 彼ら二人は監禁されているキラに対して、何かを企んでいる様子だった。

 警戒して後退りする中、グリフィンはにやにやと笑いながらキラに声をかけてきた。

 

「姫様には及ばないが、映像で見るよりよっぽどいいな」

「全くです。もっともラクス様の紛い物なのだから、当然と言えば当然ですが」

 

 リューは冷ややかな口調で補足すると、更に冗談を言うような雰囲気で告げた。

 

「──アスラン・ザラとクロト・ブエルは死にました。貴女とラクス様のおかげで、ね」

 

 クロトが死亡したという事実に直面し、キラの心は深い絶望に沈んだ。

 もしも自分がもっと早く行動していれば。

 ラクスに起こった異変を察知していれば。

 クロトやアスランと一緒に戦っていれば、愛する人を失うことはなかったかもしれない。

 そんな後悔に苛まれ、キラは力無く崩れ落ちそうになった。

 

「お前のような雑魚が、本気で俺達に敵うと思っているのか?」

「まぁまぁ。彼女もそこらの有象無象と比較すれば、そこそこ優秀な方ですよ。シュラに串刺しにされた、どこかのナチュラルと違ってね」

 

 侮辱的な言葉に怒りで身体を震わせるキラに、グリフィンとリューは下卑た視線を向けた。

 

「反抗的だなぁ、お前。……イングリットが後でウルセーかもしれねーけど、このままヤッちまうか?」

「くくっ。ダニエルを呼ばなくて正解でしたねぇ。こういうのは鼻が良過ぎて苦手なんでしたっけ?」

 

 グリフィンの提案に、リューは薄笑いを浮かべて頷いた。

 キラはその顔を見た瞬間、自分が何をされるのかを悟った。

 彼らに力で敵わないのはもちろん、だが洗脳される可能性もある。彼等にとって今のキラは、無力な獲物に過ぎないのだ。

 せめてどちらかだけでも殴ってやろうと身構えた直後、部屋に新たな人物が現れた。

 その男、シュラ・サーペンタインは気取ったような笑みを浮かべると、グリフィンとリューを嗜めるように言った。

 

「──あえて言わせてもらおう。破廉恥だと」




敗北組にキラがいたらラクス黒幕説が早々に否定されるので、構成上キラの拉致は必須でした。

そうなると必然的にキラちゃんが×××××される展開になるので、シュラを錯乱させる必要があったんですね。

ここまでのシュラくん

①レジスタンスに無双し、クロトをサーベルで圧倒する
②アスランから破廉恥攻撃を受けて敗北する
③ミレニアムに潜入し、破廉恥な光景を目撃して退散する
④クロトに勝利するが、カナードちゃんに撃退される
⑤ハレンチ警察出動だ!


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ストライクレイダー弍式

 先日イシュタリアを襲った核爆発の映像を背景に、オルフェ・ラム・タオは全世界に向けて高らかに宣言した。

 

 〈地球の全ての国家に通告する。ただちに武装を解除し、デスティニープランを承認、実行せよ。猶予期間は5日。なお、我らを受け入れられぬという勢力には、ラクス・クラインの名の下に“レクイエム”による制裁を下す。その頭上にメギドの火が堕ちることになるだろう〉

 

 その言葉と共に、彼の勝ち誇ったような顔がモニターから消えると同時に、カガリは深刻な事態の全貌を理解した。

 

「これは……」

 

 カガリは思わず声を漏らした。

 オルフェの演説で明らかになった彼らの戦略は、これまで彼女が想像していたものを遥かに超えるものだった。

 ファウンデーションの真の目的は、人類の調停者として造られた究極のコーディネイター“アコード”の女王──ラクスの才能だけでなく、彼女がこれまでの人生で築き上げてきた権威そのものを奪取することだったのだ。

 自作自演でユーラシア連邦軍の保有していた核兵器をイシュタリアに撃たせ、それを口実にレクイエムを使用することも。

 同様にエルドアの地に核攻撃を実行し、コンパスを無力化することも。

 これらの計画は全て、ファウンデーションの最終目的である“ラクス・クライン”の全てを掌握するための副目的に過ぎなかったのだ。

 オルフェの語った内容は、これまでパトリック・ザラら戦争を煽った指導者たちの主張の焼き直しに過ぎない。

 しかしそこに“ラクス・クライン”という絶対的な存在の名前が加わると、状況は一変する。

 ラクスは紛れもなく2度の絶滅戦争を終わらせ、世界を人類滅亡の危機から救った平和の歌姫であり、前大戦においても一見正しいと思われたデュランダルの甘言に騙されず、人々に自由と正義の尊さを示した救世主だ。

 そんな彼女が支持する者であれば、多くの者は彼らは正しいに違いないと考えるだろう。

 特に彼らがこの演説で取り込もうとしているプラントのコーディネイター達にとっては、なおさらのことだろう。

 潜入捜査で明らかになったファウンデーションの実態と、オルフェの演説が示しているように、運命計画(デスティニープラン)において優遇されるのはコーディネイターだからだ。

 これまでラクスは自分たちが正しいと主張したことはなく、常に何が正しいのか思考することを促してきた。

 しかしこれまでの歴史が示している通り、人は間違いを恐れるあまり自ら考えることを避け、誰かを盲信することを選ぶ者が大多数を占めるのが現実だ。

 人々はラクス・クラインに導かれることを望んでおり、ファウンデーションはそんな人々の想いを利用することで、この世界を自分達の支配下に置こうとしているのだ。

 とはいえ、僅かな希望も見付かった。

 もしもラクスがこの状況を本当に望んでいたのであれば、オルフェと並んで演説しない理由はないだろう。

 つまりラクスの救出、あるいは身の潔白を証明すれば、このファウンデーションに突き付けられた最悪の状況を打開出来るかもしれないのだ。

 

「エリカ。ただちに“弐式”の準備を」

 

 カガリは先行して出撃させたエクリプスの後継機──隠密型可変モビルスーツ"暴風の厄災(ストームカラミティ)"、"閃光の禁忌(フレアフォビドゥン)"の設計者、エリカ・シモンズに緊急通信を行った。

 

「よろしいのですか? アレは単なるテスト機ですよ?」

 

 エリカはカガリの拙速とも取れる指示に、懸念を示した。

 

「何を悠長なことを言ってるんだ。このままアイツを放っておいたら、どうせ無断で侵入するぞ」

 

 カガリは確信したように言った。

 型式番号〈ZGMF-X211M1〉──“ストライクレイダー弐式”。

 それはかつてファクトリーによって開発され、クロト・ブエルと共に第二次連合・プラント大戦を終わらせたモビルスーツだ。

 メサイア攻防戦後、大気圏内への突入による甚大なダメージを受けたこの機体は、エリカらモルゲンレーテ社の手によって密かに修復され、モルゲンレーテが開発した新型融合炉や日本刀型実体剣“フツノミタマ”、収束重核子ビーム砲“ディスラプターツォーン”など、新装備の性能評価試験機として使用されていたのだ。

 近代化改修によってコントロールシステムは最新のものに一新され、バッテリーから新型融合炉へとパワーソースが変更されたことで、その継戦能力は飛躍的に向上した。

 しかしそれ以外のスペック面では、最新世代のブラックナイトスコードシリーズには遠く及ばない旧式機だという事実に変わりはない。

 それでもカガリは信じて疑わなかった。

 このクロト・ブエルの集大成とも言えるモビルスーツが、世界を支配下に置こうとしているファウンデーションに対抗できる唯一の希望であることを。

 

 

 

 オルフェの演説に合わせて、シュラが以前から接触していたプラント国防委員長ハリ・ジャガンナートの手によって、プラント国内で大規模なクーデターが実行された。

 ジャガンナートとその子飼いの部下である旧ザラ派軍人が行ったこの武装蜂起によって、プラント評議会は一瞬にして制圧された。

 クーデターの兆しを早期に察知したらしいプラント参謀本部の情報将校と元議長の迅速な対応によって、プラント最高評議会議長ワルター・ド・ラメントこそ拘束を逃れたが、ファウンデーションの対応を協議するため評議会に集まっていた議員の大半は、ジャガンナートが差し向けた兵士に拘束された。

 このクーデターによってプラントの行政府は完全に麻痺し、特にジャガンナートの影響力が大きかったザフトはその大部分が彼の指揮下に置かれることになった。

 そしてそれを示すように、プラントからはジャガンナートを総司令官とする大規模なザフト艦隊が出撃した。

 わずか数時間でプラントはファウンデーションの勧告を受け入れ、ジャガンナートとその支持者の望む非ナチュラル国家に一変していた。

 抵抗勢力も少なからず存在したが、大量破壊兵器“レクイエム”を恐れて大々的な反攻を行う者はいなかった。

 一方の月面基地から出撃した地球連合軍は、レクイエムの砲火に晒されて壊滅的な打撃を受けた。

 もはやファウンデーション軍とジャガンナート率いるザフト軍で厳重に守られたレクイエムを攻略出来るほどの戦力は、地球連合軍には残されていなかった。

 最大の標的だと定めていたアスラン・ザラとクロト・ブエルをユーラシア国境付近に誘い込んで孤立させ、強襲した日から始まったこの数日間は非常に慌ただしかった。

 まるで仕事に忙殺されているかのように時間はあっという間に過ぎ去るが、その出来事は繰り返したくないほど長く、どこか苛立ちを感じさせるものだった。

 この行き場のない苛立ちは、オルフェが捕らえた“アレ”に向けることにしよう。

 オルフェからは命だけは奪うなと警告されたが、要するにそれ以外の行動は容認するということだ。

 それに偉大な創造主にして母、アウラにとってユーレンの娘にして最高傑作の“キラ・ヒビキ”は最も憎悪を抱く存在なのだから、むしろ積極的に痛め付けるべきだ。

 かつて遺伝子学の権威であるギルバート・デュランダルは、アコード固有の特性を除いた純粋な才能ではキラが最強だと評した。

 実際にラクスを除いたアコードはキラやアスラン、クロトが保有している“SEED因子”を持たない上に、そのラクスも戦士としての才能は不完全だ。

 もしも自分達の精神干渉を無力化する装置が開発されることがあれば、キラが最強ということなのだろう。

 とはいえ、それはあくまで仮定の話だ。

 あのラクスすら凌駕する清楚さを感じさせる雰囲気とは裏腹に、妻帯者(アスラン)だろうと下等種族(クロト)だろうと手を出す破廉恥な女──キラ・ヤマトは、このブラックナイツ最強の戦士であるシュラ・サーペンタインに屈服するしかないのだ。

 しかしその瞬間、部屋の向こうに存在するキラから感じ取った感情が、シュラの思考にノイズを走らせた。

 

 

 

 その部屋は、異様な熱気と緊張感に満ちていた。

 静かに扉を開けたシュラは、下卑た表情を浮かべたグリフィンとリューがキラに襲い掛かろうとしている光景を目撃した。

 たとえどれだけ戦士の才能があったとしても、今のキラは無力な存在に過ぎない。彼女が強い恐怖を抱いていることは、わざわざ心を読まなくても明らかだった。

 なぜだか分からなかったが、迅速に介入しなければならないと直感した。

 

「──あえて言わせてもらおう。破廉恥だと」

 

 シュラの凍てつくほどに冷ややかな言葉は、室内に響き渡った。

 グリフィンとリューが怪訝な顔で振り返ると、思わぬ人物の登場に目を見開いた。

 ラクスと同様にキラの世話係を任されているイングリットならともかく、まさかシュラが現れるとは思っていなかったのだ。

 

「……これは何の真似ですか?」

 

 リューは詰まったような声で言った。

 力こそが全てだと考えており、ブラックナイツの中でも突出した戦闘能力を有している一方で普段は単純なシュラの感情が、今はまるで掴めなかった。

 そしてその感情の存在は、シュラ自身も全く自覚していないようだった。

 

「今回だけは見逃してやる。さっさと消えろ」

 

 シュラの切り捨てるような口調に、2人は反論の余地がなかった。

 グリフィンやリューも戦士としての完成度や訓練の姿勢に違いはあれど、同じアコードの一員である以上、シュラとの実力差はそれほど大きいはずではなかった。

 しかしリューはアスランからも感じたような、2対1の数的不利をも覆してしまう凄みのようなものをシュラに感じた。

 一方のグリフィンはシュラの真意を探ろうとするように、軽く肩を叩きながら軽薄な口調で言った。

 

「後で具合くらいは聞かせろよ?」

「同じことを言わせるな」

 

 シュラの視線は、グリフィンの言葉を受けて一層冷たいものになった。

 肩を竦めて部屋を去る二人を無言で見送った後、シュラは怯えた様子のキラを一瞬だけ見つめた。

 

「……さっさと着替えろ。破廉恥女」

 

 彼女の抱いている混乱を感じ取ると、どうやら着替えの最中だったらしいキラの姿から視線を反らした。

 

「どうして、私を?」

 

 ブラックナイトスコードの制服に着替えたキラに対し、シュラは自分の行動を説明出来ないことに気付いた。

 他人であれば核ミサイルの発射コードであろうと正確に読み取れる一方で、どうも自分の心だけは読めないようだ。

 せめてキラの納得しそうな回答をしようとしたが、キラの内面はグリフィンやリューに向けるものと同じように、自分に対する拒絶感で満たされていた。

 彼女にとって自分はクロトや仲間を殺した敵であり、それ以上でもそれ以下でもないらしい。

 そんな当たり前の事実にどうして自分は戸惑っているのだろうと思いながら、シュラは懐のポケットに手を伸ばした。

 

「俺はこの前の借りを返しに来ただけだ」

 

 そう言いながら、シュラは固く感情を閉ざしたキラにハンカチを放り投げた。

 それは王宮の訓練所でアスランの攻撃に反応出来ず負傷した際に、キラが止血のためにと手渡したものだ。

 シュラにとってはこれは、二人の間に存在する微妙なつながりを示したジェスチャーだった。

 キラの表情がわずかに変わった。

 自分達以外を下等種族とみなしているアコード最強の男としては、どうにも不自然な行動に映ったようだった。

 

「次は、今の借りを返して貰う」

 

 その言葉に僅かに肩を震わせたキラに対して、シュラは深く息を吸った。

 これはシュラ自身にとっても重大な危険性を伴う行為だと理解していたが、そうしなければならないという確信があった。

 

「もう1度クロト・ブエルと戦わせろ」

 

 キラの心はシュラの思いもしない言葉に、ひどく揺さぶられた。

 先程まで部屋にいたグリフィンとリューから、クロトはシュラの手で無惨に殺されたと聞いていたからだ。

 

「どういう意味?」

 

 自分に対して初めて感情の揺らぎを見せたキラに、シュラは薄ら笑いを浮かべながら答えた。

 

「止めを刺そうとしたら、カナード・パルスが現れた。……詳細は知らんが、どうやらユーラシア側の国境付近に潜伏していたようだ」

 

 その具体的な人名まで示したシュラの口調から、キラは単に出任せを言っている訳ではないと気付いた。

 元ユーラシア連邦軍にしてファントムペインに所属していたカナードは基本的にコンパスでの軍事行動を許可されていないが、今回はターミナルの指示で付近に潜伏していた。

 電波障害で連携出来なかったとはいえ、異常事態を察知したカナードがクロトの救援に現れることは十分考えられるのだ。

 

「ヤツは生きている。必ずお前の救出に来る筈だ」

 

 自分達ブラックナイツのメンバーを除けば、やはり最強はアスラン・ザラだ。

 その無慈悲な結論は、先日の戦闘データの解析結果でもはっきりと証明された事実だ。

 しかしそんなアスランがかつてキラに惨敗を喫したように、戦闘能力はその時の精神状態によって変化するのもまた否定出来ない事実だ。

 それは純粋な戦士としての才能では自分達に遠く及ばないナチュラルであり、その実力を本人の判断能力・操縦技術に依存しているクロト・ブエルであればなおさらだ。

 たとえば偶然戦闘データの入手に成功した、ヤキン・ドゥーエでの天帝(プロヴィデンス)戦。

 クロトは前期GAT‐Xシリーズの改修機に過ぎないモビルスーツで、当時ファーストステージシリーズの中でも最強と謳われたモビルスーツに勝利した。

 それは限られた時間でジェネシス内部に突入したキラを救出するためであり、その精神力とでも表現すべき何かが、圧倒的なモビルスーツの性能差を埋めたのだ。

 そんなクロトの力を最大限に引き出した上で勝利することで、先日の戦いで受けた屈辱を──この理解不能な感情を拭い去ることが出来るという確信を抱いた。

 

 

 

 アウラはイングリットと共に現れたラクスに向けて語った言葉は、自らの偉大さと優秀さを示すような内容だった。

 

「これがデュランダルの考案した“運命計画(デスティニープラン)”。そなたたち2人が、全ての人類の頂点に立つべき存在。最後に組み合わさるピースの一対なのじゃ」

 

 ラクスは今は亡きデュランダルが描いた壮大な計画の中心に自分がいるという現実に、しばし呆然としていた。

 オルフェはそんなラクスに歩み寄ると、不意に力強く手を握った。

 

「私と貴女で、共にこの世界を統治するのです。……感じるでしょう?」

 

 オルフェの言葉は、ラクスをさらに混乱させた。

 そして再び、あの時も感じた説明出来ない奇妙な感覚に襲われた。

 それは二人だけの世界にいるかのような、心地よく温かい柔らかな光に包まれているような感覚だった。

 今までこの幻想を瞬く間に焼き払っていた、ラクスの力と負の感情が干渉し合うことで発生していた黒い炎は、まるで燃料が尽きたように湧き上がってこなかった。

 その原因は明白だった。

 ラクスは密かに恋慕っていた少年を、他ならぬ彼女自身の手で殺してしまったからだ。

 彼を想う自らの意思までも踏みにじったことで、今まで自分を影で守り続けていた力は彼自身の命と同様に、ラクスから永遠に喪われてしまったのだ。

 

「我らは互いに惹かれ合い、結ばれる運命……」

 

 オルフェの甘く囁く様な言葉に、ラクスは自分の身体が何かに侵食されていくような感覚を覚えた。

 これは一種の共鳴だった。

 アウラの語った言葉の通り、オルフェとラクスは対になる存在として設計されて生まれた運命の相手であり、生まれる前から定められた相手であることを示す証拠だった。

 その遺伝子単位で行われる誘惑は、抗う余地すら感じられないほど甘美なものだった。

 ラクスを構成する細胞が──その遺伝子の1つ1つが、己の半身であるオルフェを求めているようだった。

 旧約聖書に記された原初の人類である、アダムとイブのように。

 しょせん自分には、最初から何1つ自由などなかったのだ。

 私はデュランダルの理想とする全てが管理された世界を成立させるための、単なる生体CPUに過ぎなかったのだ。

 

「!!」

 

 しかしその瞬間、あることに気付いたラクスはオルフェの手を振り払った。思わぬ行動に驚きを隠せないオルフェに対して、ラクスは不意に笑みを浮かべた。

 

「何が可笑しいのですか?」

 

 オルフェの疑問に対し、ラクスは確信に満ちた声で応えた。

 

「私の愛する人が、クロト様で良かった」

 

 彼らの語る運命計画(デスティニープラン)の中核を構成するアコードの女王として、オルフェの対として、生まれる前から全てを決定付けられていたラクス・クライン。

 そんな運命に翻弄されるだけだったラクスの中に存在するこの感情が、定められた自身の運命に抗い、自由意志を持っていることを示す明確な証拠だ。

 クロト・ブエルはナチュラルだ。アコードでもコーディネイターでもなんでもない。

 そんな彼を想うこの自由意志の価値が穢されることは、永遠にないだろう。

 たとえそれが、永遠に叶わない愛であったとしても。




待望のストライクレイダー弍式ですが、旧ストライクレイダーとの相違点は以下の通りです。

①新型融合炉の採用
②ツォーン→ディスラプターツォーン(出力制限有)
③ガラティーン→フツノミタマ
④試製35式改レールガン×2を追加装備
⑤ビームサーベル×2を追加装備

未完成のプラウドディフェンダーなんかいるかよ!(例のスーツを用意するハインライン

また新型カラミティ、フォビドゥンはエクリプスの後継機なので、ミラコロステルスが使えます。
二人がムラサメに乗ってたのは、ルール無用過ぎて表舞台では使えなかったからですね。

フレア、ストームは太陽関連の異常現象が元ネタです。(太陽フレアと太陽風)

-追記-

阿井上夫先生から頂きました、イングリットちゃんからブラックナイツの制服を借りたキラちゃんです。

【挿絵表示】


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反撃の狼煙

 クロトはアカツキ島の地下に設置された会議室で、対ファウンデーションの作戦会議を始めたメンバーに宣言した。

 

「僕1人でやらせてくれ」

 

 プラントではジャガンナート国防委員長を中心としたファウンデーションに同調する勢力がクーデターを起こしており、その行政と軍の大部分を掌握している。

 偶然現場に居合わせたターミナルのメンバー、アンドリュー・バルトフェルドらが事態を収拾しようとしているが、たった1撃でプラントを焼き払うレクイエムの脅威が存在する以上、大規模な反攻作戦を実行する見込みは立ってない。

 また地球連合軍はレクイエムで壊滅的な打撃を受けており、その他の国家も大混乱が起こっているこの状況下で、彼らに立ち向かう力はどこにも存在しなかった。

 現在、オーブの都市部では運命計画(デスティニープラン)を承認・実行するために設けられた猶予期間を利用し、水面下で国民の避難が進められていた。

 その避難が完了次第、クロトは軍事要塞“アルテミス”に存在するファウンデーションの本拠地を単独で強襲する作戦を計画していた。

 かつてクロトも訪れたその場所は、ザフトの攻撃によって壊滅した宇宙要塞だ。

 現在は月と地球の間に存在するラグランジュポイントのL1地点に曳航され、表向きはファウンデーションによる宇宙コロニーとして平和利用されることになっていたが、実際には彼らの軍事拠点として利用されているようだった。

 当時と同様に“アルテミスの傘”と称される全方位光波防御帯に固く守られたその基地は、どれほどの大部隊を持ってしても潜入は困難を極める難攻不落の要塞だった。

 しかしアコードの女王であり、運命計画(デスティニープラン)の要であるラクスはまだしも、キラに対する警備はそれほど厳重ではない筈だ。

 かつてメサイア要塞に突入したアスランと同様に、クロトは強引にその防衛網を突破し、ラクスを奪還すると見せかけて、実際には要塞のどこかに囚われているだろうキラを救出する計画を立てていた。

 

「……死にたいのか?」

 

 そのあまりにも無謀な計画を聞いたカナードは、不満を露わにした。

 自分達が対峙しているのは他者の思考を自由自在に読み取り、それを操作し、それぞれが世界最高峰の戦闘能力を誇る新人類“アコード”と、大抵のビーム攻撃・物理攻撃を無力化するフェムテク装甲を有しており、それ以外の能力も“レイダー”を上回る世界最強のモビルスーツ“ブラックナイトスコードシリーズ”だ。

 そんな1人でも手強い相手が7人、無人機を合わせればコンパスを遥かに上回る大戦力が待ち構えている中、クロト単独でキラを救出するのは事実上不可能に近い。

 しかしクロトは静かに返答した。

 

「僕が何をやっても無駄だって分かったんだよ」

 

 その言葉の中には、もともと勝算など考えていないと言いたげなものが混じっていた。

 

「…………」

 

 アスランはその返答に沈黙し、ただ怪訝そうな表情でクロトを見つめた。

 

「だからこれが一番いいんだ」

 

 クロトは更に続けた。

 たとえ救出に失敗したとしても敵の戦力を削り、未知数なところも多いファウンデーション軍の情報を引き出す。

 それによって現在月方面に戦力を分散して展開し、戦闘準備を整えているオーブ軍とコンパス残存部隊での連携攻撃に繋げるというものだった。

 現状では不確定な要素が多く、こちらの作戦を読まれてしまう恐れがある以上、クロトには特攻以外の選択肢が浮かばなかった。

 カナードは僅かに顔をしかめた。

 

「本気で言ってるのか?」

 

 クロトは更に深く眉を潜めながら、うんざりした口調で応えた。

 

「僕には、世界を滅茶苦茶にした責任がある」

 

 ギルバート・デュランダルを討ち、第2次連合・プラント大戦が集結しても終わりの見えない、世界各地で繰り返される戦いの日々。

 曲がりなりにも世界を平和にしようとしていた彼を討たなければ起こらなかっただろう混乱を引き起こし、この世界を混迷させた責任を取るために、これまで戦い続けてきたのだ。

 

「僕なんて──」

 

 しょせん下等種族のナチュラルに過ぎず、戦う以外の才能などなかった自分には、目の前の敵と戦うことしか出来なかったから。

 しかしその結果がジブリールら過激派ブルーコスモスと、ジャガンナートらコーディネイター至上主義者の復活を招いた。

 そしてファウンデーションの台頭を招き、自作自演の核攻撃とレクイエムの発動に繋がり、世界に未曾有の破壊と死をもたらしたのが事実だ。

 たとえ彼らを討ったとしても、この戦いは終わりが見えない。

 むしろ強引に止めようとすればするほど、彼らの取る手段はより悪辣に、より過激なものになるだろう。

 この世界はどいつもこいつも正義を掲げて目の前の敵を殺したい連中で溢れかえっていて、それを変える手段など存在しない。

 それこそファウンデーションのように大量破壊兵器を突き付けて運命計画(デスティニープラン)を全世界に強制実行させることが、この世界を平和にする唯一の方法なのかもしれない。

 いくらなんでもラクスが、そんな恐怖に支配された世界を望んでいる訳ではないと信じたい。

 しかし今までのやり方では世界は平和にならないと悟ったラクスが、もう用済みだとばかりに自分達を消そうとした可能性は決して否定出来ない。

 

「僕なんて、ヤキンで死んでた方が良かったんだよ」

 

 クロトは深い自己嫌悪に満ちた声で呟いた。

 自分などいなくても、キラならデュランダルを打倒出来たはずだ。

 たとえブランクがあったとしても、しょせん自分が乗り越えられた試練を、キラが乗り越えられないなどあり得ないのだ。

 かつてラクスが“フリーダム”を、カガリが“アカツキ”を、そして彼女達の信念をキラに託したように。

 自分のような邪魔者がこの世にいなければ、キラは今頃ザフト軍、あるいはオーブ軍のエースパイロットとして、彼女達と共にこの世界を平和に導いていたのだ。

 

「そんなくだらないことを本気で思ってたのか、お前は!!」

 

 その自嘲に満ちた独白に、アスランは激情を抑えきれずにクロトに掴み掛かった。

 そして怒声と共に、強烈な一撃を放った。不意を突かれたクロトは後ろに吹き飛ばされ、盛大に床に転がった。

 

「お前はそうやって──」

「お前に何が分かる!!」

 

 アスランの侮蔑に満ちた言葉を遮るように、痛みで頭に血が上ったクロトは猛然と立ち上がって殴りかかった。

 戦うことしか出来ない自分と違って、政治家でも技術者でも何でも出来るくせに。湧き上がる怒りのままにクロトはアスランを殴りつけた。

 

「分からないさ! 自分が悪いだとか、自分がいなければとか、そんな馬鹿なことを思ってたなんてな!」

 

 アスランは反撃の拳で顎を打ち抜き、クロトの心の内を見透かすように叫んだ。

 

「違うかよ!!」

 

 クロトは激しく反論しながら拳を振るったが、アスランは巧みに攻撃を避けると、次々と反撃の拳をクロトに突き刺した。

 そしてクロトも拳を受け止めると、そのまま立て続けに殴打を繰り返した。

 次第に2人の間のボルテージが上がり、喧嘩を目撃していた周囲のメンバーは、予想外の展開に目を白黒させ始めた。

 

「やめろ! アスラン! これ以上は──」

 

 やがて形勢がアスランに傾き始めたことに気付いたシンが怒りに任せて割り込もうとしたが、両方の攻撃に巻き込まれて後方に吹き飛ばされる。

 激しい感情に駆られて再び乱闘に加わろうとする彼を、ムウは羽交い締めで強引に止めた。

 しかし、この2人の喧騒に介入しようとしたのはシンだけではなかった。

 

「いい加減にしろ! このバカども!!」

 

 カナードが大声で叱責する。

 その声と共にレイの拳が死角からアスランを打ち、ステラの蹴りがそれに一瞬気を取られたクロトに命中した。

 不意を突かれたクロトは壁に背中を打ちつけ、力尽きて座り込む。

 

「僕は……キラに……」

 

 クロトの頬を涙が伝い、握った拳にぽたりと滴り落ちた。

 

「……幸せになって欲しいだけなんだ。僕と会う前の、戦争なんて知らなくてもよかった頃みたいに」

 

 例えるなら、始めて会った日──ザフトがヘリオポリスを襲撃する直前のように。

 ナチュラルもコーディネイターも関係ない、戦争なんて意識しないで居られる優しい世界に。

 それがクロトも自覚していなかった願いだったのだ。

 

「俺の知らない間に、キラは変わったんだな」

 

 ある意味、俺もキラを戦争に巻き込んだ実行犯の1人か。

 クロトの絞り出すような言葉に対し、アスランは僅かに苦笑しながら皮肉っぽい声で返した。

 

「たしかにアイツはいい加減なヤツだが、お前と出会って不幸になったとか、何も知らなきゃよかったとか、そんなことを思うようなヤツじゃなかったはずだ」

 

 その言葉にクロトは沈黙し、視線を落とした。

 ただ闇雲にあがいたとしても、自分が苦しめば苦しんだだけ、それを間近で見ていたキラも悲しんでいたのだ。

 まして自分の命と引き換えに救われたとして、喜ぶだろうか?

 一方のステラは自分の無責任さを表明し、その軽薄さを自嘲するように言った。

 

「……だいたい、先輩は真面目過ぎるんですよね。ジブリールが生体CPUを量産してたとか、訳の分からない連中が大虐殺したとか、本当に先輩の責任なんですか? むしろそこまでしないと戦争にならないくらい、先輩のお陰で平和になったんじゃないんですか?」

 

 アスランはその言葉に同意するように、深く頷いた。

 

「奴らは俺達を壊滅させなければ、自分達が頂点に立つのは不可能だと悟ったんだ。奴らの中にあるのはただの支配欲だ」

 

 これまでコンパスは世界平和維持活動として難民支援や復興支援、そして戦禍の拡大を阻止する為に自らに厳密なルールを課し、その範囲内で可能な限り軍事介入を行ってきた。

 それは必ずしも完璧ではなかったかもしれないが、決して少なくない命がコンパスの活動によって救われたのも事実だ。

 そんなコンパスを誘い込んで殲滅し、自作自演で自国に核攻撃を実行し、その罪まで擦り付けようとしている者達の主張など聞き入れる必要などないのだ。

 彼らが本当にナチュラルとコーディネイターの共存する平和な世界を創ろうとしているなら、こんな悪辣な手段を選ぶ理由などないのだから。

 自分達はファウンデーションの野望を成就する上で障害だっただけで、これまでの戦いは決して無駄ではなかったのだ。

 

「行くぞ。2人を助けよう、俺達で」

 

 クロトはアスランの差し伸べた手を握った。

 自分は1人ではない。自分と同じ想いを持ち、背中を預けられる者達がいるのだ。

 

 

 

 クロトは表情を憮然とさせながら、そのモビルスーツが保管されているオーブの最重要機密が眠る格納庫へと続く通路を歩んでいた。

 隣を歩いているカナードの声が、クロトの耳に届いた。

 

「実はお前が寝てる間に、作戦は私と後ろの馬鹿(アスラン)でほとんど考えた」

 

 先程の乱闘騒ぎが終わった後、ミーティングがあっさりと終わった理由は既に十分な作戦を練っていたからだったのだ。

 そういえばカナードはかつてアルテミス要塞を本拠地とするユーラシア連邦軍の特務部隊“X”を率いていた天才少女であり、その要塞の具体的な弱点や、キラやラクスが幽閉されているだろう場所について、誰よりも詳しい存在だった。

 さっきまで自棄になって、特攻するしかないと思っていた自分が馬鹿みたいだ。

 クロトは隣を歩いているカナードに、居心地の悪さを誤魔化すかのように尋ねた。

 

「……つーか、オルガとシャニはどこに行ったんだよ?」

 

 オルガ・サブナックとシャニ・アンドラスの姿は、クロトが目を覚ましてから1度も見ていなかった。

 

「あの2人はカガリの指示で別行動だ」

 

 カナードの返答は簡潔だった。

 もともと2人は隠密可変モビルスーツ“エクリプス”のパイロットであり、その後継機のパイロットに抜擢されていたのだ。

 ライジングレイダーと共通構造のフレームを採用し、従来のエクリプスを凌駕する後継機の開発が水面下で進められていたことは把握していたが、既に完成していたとまでは知らなかった。

 コンパス専用機でありながら、ミラージュコロイドシステムを採用した核駆動モビルスーツとして完成したその新型機は、書類上は未完成のまま凍結されたことになっていたのだ。

 やがてクロトが格納庫に到着すると、エリカが待ち構えていたかのように後方のライトを点けた。

 明るく照らされた格納庫内では3体のモビルスーツが正面に堂々とそびえ立っており、その壮大な姿がクロトの目に映った。

 エリカは肩を竦めると、呆然としているクロトに呆れたような視線を向けた。

 

「アスハ代表の予想通りね。……こういう事態を想定していたわけじゃないんだけど」

 

 シンは息を呑むと、身を乗り出して驚愕の声を上げた。

 

「デスティニー!!」

 

 型式番号〈ZGMF/A-42S2〉—“デスティニーSpecⅡ”。

 それはかつてメサイア攻防戦で大破したデスティニーを回収し、半年前に起こったジャスティス強奪事件で大破したインフィニットジャスティス弐式と同様に、モルゲンレーテ社の最新技術によって修復・改修が施された機体だった。

 この新型融合炉と新装備の評価試験を目的とした改修を受けた新たなデスティニーは、頭部にデュートリオンビーム照射機能を搭載したほか、かつてクロトに対抗するために調整が施された歪んだ姿ではなかった。

 ギルバート・デュランダルが素質を見出し、実戦でその才能を開花させたシン・アスカの持つ能力を存分に活かせるよう、デスティニー本来の姿に戻されていたのだった。

 

「……ストライク、レイダー」

 

 そしてクロトも目の前のディアクティブモードで鈍い鋼色をしたモビルスーツの姿に、僅かに笑みを浮かべながら感慨深い声で呟いた。

 まるで長い間離ればなれだった相棒の帰還を心待ちにしていたかのように、ストライクレイダーはデスティニー、ジャスティスと並んでクロトを待っていたようだった。

 

「コントロールシステムは最新のものにアップデートしてあるし、予備のパーツを使って装備も可能な限り更新しておいたわ。だけど……」

 

 エリカの言葉は途中で途切れた。

 全天周囲モニター方式を採用したメインシート。

 ビームライフルの代わりに装備された携行型の実弾式レールガン。

 左右のリアスカートに装備されたビームサーベル。

 そして右翼基部にマウントされている、日本刀型の実体剣“フツノミタマ”。

 最後にフェイスシャッターで覆われた口部に搭載された、出力次第では次元を切り裂く程の威力を誇る収束重核子ビーム砲“ディスラプターツォーン”。

 これらの武器は、大抵のビーム兵器と実弾攻撃を無力化するフェムテク装甲にも対抗出来る力を有している。

 しかしこのモビルスーツは技術的には既に旧式で、敵のブラックナイトスコードシリーズの機体性能には遠く及ばないという無情な現実がある。

 

「大丈夫。僕達なら勝つさ」

 

 だが、クロトはそれを意に介さない。

 ストライクを思わせるその頭部を見上げながら軽く笑うと、確信に満ちた声で高らかに宣言した。

 一方で不敵な笑みを浮かべていたシンは、一転して残念そうに口を開いた。

 

「どうせならレジェンドもあればよかったのになぁ」

「……あぁ。そうだな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、レイは格納庫の一番奥に置かれている“ズゴック”に視線を向けた。

 そして正体を偽装するために造られた外部装甲の隙間から、ドラグーン・プラットフォームの一部を覗かせた“レジェンドSpecⅡ”とシンを交互に見詰めると、唖然とした表情でシンを見ていたアグネスと顔を見合わせた。

 

 

 

 イングリットはいつものように、キラが監禁されている部屋へ食事を運んでいた。

 

「先日は失礼しました」

 

 そう言いながら扉を開けると、キラの顔には警戒の色が浮かんでいた。しかしイングリットを見た瞬間、その表情から僅かに笑みが溢れた。

 黒を基調としたブラックナイツの制服によって、ダークブラウンの髪と白い肌が際立っており、どこか触れれば消えてしまうような儚げな雰囲気をまとっていた。

 その危さすら感じさせる可憐さは、あの強さにしか興味を持たないシュラが気に掛けるのも無理はないほどだった。

 イングリットの心の中で、キラに対する説明できない感情が渦巻いていた。

 それは彼女にとっての希望であり、同時に呪いでもあった。

 世界を統べるために生まれたオルフェは、常に信念を持ち続け、その強さと明るさでイングリット達を導き続けた。

 彼女にとって世界を照らす太陽のような存在であり、イングリット自身の使命はオルフェを支え、彼の命令に忠実に従うことだった。

 そんな彼を慕う気持ちが、やがて特別な感情に変わった。

 信徒が神に恋することなどあり得ないように、オルフェに王と臣下以上の感情を持つことは許されない。

 そう理解しながらも、その感情はいつのまにかイングリットの一部になっていた。

 そんなオルフェが運命の相手であるラクスに拒絶される姿など、見たくなかった。それこそ、彼の望み通りにラクスと結ばれた姿以上に。

 せめてアスラン・ザラがラクスの想い人だと言うなら、ここまでは思わなかった。

 ラクスの育ての親であるシーゲル・クラインの盟友であり、プラント独立の立役者であるパトリック・ザラの一人息子が相手だと言うなら、アコードである自分達を除けば他に匹敵する者のいない傑物だということは自明だろう。

 しかし相手は自分達の生まれ故郷であり、幼少期を過ごしたコロニー・メンデルを崩壊させ、母に地獄の苦しみを味合わせたブルーコスモスの元生体CPUだと言う。

 ふざけるのもいい加減にして欲しい。

 生まれながらに力を与えられず、何をすべきか定められず、ただこの世に生まれ落ちただけのナチュラルに、私達の存在意義を否定されるなんて。

 更に理解出来ないことがあった。

 そのナチュラルにラクスは相手にされず、せいぜい気の置けない友人だったという。まったくわけがわからなかった。

 アコードの女王である彼女は全ての人類に愛される存在であり、たとえその才能が開花していなかったとしても、そこに例外など存在しないはずなのだ。

 だからこそ彼女はプラント初代最高評議会議長の娘でありながら、地球圏全体で愛される平和の歌姫に上り詰めたのだから。

 

「……愛って、なんなのでしょうか?」

 

 そんな彼の心を射止めたのは彼女だという。退出しようとしたイングリットの唇から、秘めていた感情が溢れ出た。




情けないことを散々言ってアスランに鉄拳制裁された後、勝利宣言しました。キラちゃんがいたら口が裂けても言わない泣き言なので、これが唯一無二のタイミングでした。

前話の感想欄で、キラちゃん&イングリットちゃんの支援絵を頂きました。前話の後書き欄に掲載させて頂いておりますので、まだ見ていない方はご確認下さい。


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天空に昇る剣

 夜も更けたオノゴロ島の軍港で、惑星強襲艦“ミレニアム”がライトアップされ、静かに浮かんでいる。

 その陰でクロトは海面に頭を出し、波の音に紛れてワイヤーガンを発射した。

 射出されたワイヤーは真っ直ぐに伸び、先端に取り付けられたフックを点検用ハッチの横に引っ掛けた。

 ワイヤーがしっかりと固定されると、クロトはモーターを起動して静かに上っていく。

 その軽快な動きを参考に、別働隊として潜入するシン、レイら数名もワイヤーを射出し、後を追った。

 ハッチの横に取り付けた後、クロトはプレートを外し、その中のケーブルにキャバリアーとドッキングした“スーパーハイペリオン”と接続した装置を取り付ける。

 その間に上ってきた仲間たちがハッチに取り付き、装置が作動して警告ランプが点灯した。

 クロトは確認し、真下で装置を操作しているカナード、アスランに向かって大きく頷きながらハッチを操作し、中に素早く滑り込んだ。

 

「……これは?」

 

 ミレニアムの艦橋でモニターを見ていたメイリンは、ぴくりと眉を動かした。

 

「艦長、インジェクションアタックです」

 

 異変に気付いたアルバートが振り向き、うとうとしていたコノエに声を掛けた。

 どうやらミレニアムのメインコンピュータに何者かが侵入したようで、この有毒ガス発生を報せるアラートは偽装であることが明らかだった。

 

「──やはりか」

 

 アルバートの報告を受けたコノエはため息をつきながら、艦長席のシートに深く沈み込む。

 彼は先ほど現れた、元ザフトの白服だった男と自分の予想が当たったことを、素直に喜んでいいのか分からなかった。

 

「死ぬ……ほんと死ぬから……」

 

 別働隊として潜入したシンが、侵入者を迎撃しようとしたルナマリアをからかおうとしてレイもろとも半殺しにされ、アグネスに小馬鹿にされている頃。

 クロトはマスク姿で、同様に顔を隠したマリューらと共に艦橋に飛び込んだ。

 

「動くな!」

 

 拳銃を構えたクロトの声に、メイリンはやれやれとばかりに手を上げて言った。

 

「これって、私とキラさんがお遊びで造ったウィルスですよね? なんか見たことあるなーって思ってました」

 

 続けてモニターに向かっていたアルバートは、平然とした雰囲気で時計を確かめた。

 

「僕の計算より2分遅かったですね。ブエル隊長」

 

 それはまるで余興を楽しんでいるような、僅かに冗談めいた口調だった。そして艦長席が回り、苦笑するコノエの顔があらわになる。

 

「この数日は君のように教育しがいのある者がいなかったからか、どうにも退屈でしたよ」

 

 コノエはクロトから視線を外すと、その後ろで拳銃を構えているマリューに顔を向けて語りかけた。

 

「出港準備は完了していますよ、ラミアス一佐。その物騒なものは必要ありませんな?」

 

 クロトはマリューと顔を見合わせ、素直に拳銃を収納した。

 どうやら何もかもお見通しだったらしい。

 ミレニアムのメインコンピュータをハッキングし、ここまで潜入させてくれたアスランとカナードに心の中で謝りながら、クロトは息苦しい潜水用マスクを外した。

 

「待ちくたびれたぞ、ムウ」

「うげっ。なーんかあいつ(レイ)とも違う嫌な感じがしてたんだよね」

 

 ムウが溜息を吐いて振り返ると、にやにやと笑いながらラウが顔を出した。

 

「ええーっ!」

 

 表向きはヤキン・ドゥーエで死亡したことになっているラウの姿に、息を切らしながら艦橋に駆け込んで来たアーサーは盛大に声を上げた。

 

「それでは、計画を聞かせて頂きましょうか」

 

 コノエは意外な人物の登場に驚きを隠せないクロトを見て、人の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「愛って、なんなのでしょうか?」

 

 イングリットの無意識に溢れ出した声が、アルテミス要塞の一角に存在する小部屋の静寂を破った。

 自分たちに拉致され、この難攻不落の宇宙要塞で囚われの身だというのに、キラの心からはクロトへの揺るぎない愛情しか感じ取れなかった。

 一方でキラは不意に思わぬ言葉を口にしたイングリットに驚きながら、首を傾げて聞き返した。

 

「……なんでそんなことを?」

 

 どうして貴女はあんな男を愛しているのか? あんな男を愛していいのか?

 イングリットは心に湧き上がった疑問を誤魔化すように深く息を吸うと、今までアウラに何度となく言い聞かされていた言葉を口にした。

 

「貴女は私達と同様に力を与えられ、何をすべきか定められて生を受けました。それに従うのが貴女の幸せではないのですか?」

 

 それはブラックナイツ最強の戦士であるシュラ・サーペンタイン、あるいはそれ以外のメンバーでも構わない。

 スーパーコーディネイター“キラ・ヒビキ”に課せられた使命は、その身をアコードに捧げて運命計画を永遠のものにすることだ。

 キラは一瞬顔を伏せると、イングリットを見つめて答えた。

 

「ヒトは自由に生きるべきだと、私は思うから」

「それがこの世界で争いが終わらない理由だとしても、皆が傷付く理由だとしてもですか?」

 

 あぁ、違う。私はこんなことが聞きたいんじゃない。

 イングリットはぴくりと眉を動かし、沈黙するキラに縋るような視線を向けた。

 

「……自由の許されない世界で、ヒトは生きていると言えるの?」

「貴女には、私達と共に世界を治めることが出来る力があるんですよ! あの貴女には必要のない男と違って!」

 

 イングリットの責め立てるような声が届いた瞬間、キラの心は激しい反発心を抱く一方で、その叫びを正面から否定出来ないようだった。

 しかしキラが言葉を口にする前に、イングリットの置かれた状況は急転した。

 

「何をしている、イングリット」

 

 突然、イングリットの脳内にオルフェの声が届いた。

 どうやらオーブで妙な動きがあったらしく、オルフェは事前に勧告していたようにその首都を狙ってレクイエムを発射するらしかった。

 彼女の愛する男も、彼女の生まれ育った国も、こうして簡単に滅びてしまうのだ。

 だからアウラが、オルフェが言うように、この世界は私達が徹底的に管理しなければならないのだ。

 しょせん愚かなヒトには自由など、まして自分がオルフェに向けているような何の利益にもならない愛など必要ないのだ。

 

「後で答えを聞かせてください」

 

 イングリットが退出した後、キラは自分の掌をじっと見つめた。

 なぜ私は彼を愛するようになったのだろうか。

 レイダーのパイロットとして現れた彼を、頼もしいと感じたから? 

 彼の不器用な優しさに、心を惹かれたから? 

 生体CPUとスーパーコーディネイター。自分と似たような境遇の彼に、自分自身を重ねていたから? 

 アークエンジェルで孤独だったときも、自己嫌悪で苦しんでいたときも、彼と一緒にいる時だけは安らぎを感じたから? 

 つまり、当時の私にとっては彼が必要だったから? 

 だけど今は──。

 

 

 

 正体不明のテロリストが、停泊中のミレニアムをハイジャックしてから数時間。

 偶然オーブを来訪していたムルタ・アズラエルを人質にとったテロリストは夜明けと共に、停船を呼び掛けるオーブ軍艦隊の追撃を振り切ってオーブ領海を脱出した。

 この行動をファウンデーションの警告を無視したと解釈したオルフェは、オーブの粛清を宣言すると共に大量破壊兵器“レクイエム”の照準を向けた。

 

「急げ! 時間がないぞ!」

 

 事態が急変する中、迅速に避難指示を出し終えたカガリは地下格納庫へと走った。

 その格納庫の一番奥には、彼女の到来を待ち望んでいた淡紅色の愛機──ストライクルージュが静かに佇んでいた。

 この支援兵器には、クロトの“ストライクレイダー”とリンクを構築したキャバリアーが接続されており、既に準備は万全に整えられていた。

 通信管制担当のレドニル・キサカとフレイ・アルスターがキャバリアーに乗り込む中、カガリはストライクルージュのコクピットハッチを潜り抜けた。

 ハッチを閉じたカガリは、亡き父ウズミとオーブの守護神ハウメア、その他思い付く限りのものに祈りを捧げながら、強く両手を握りしめた。

 想いだけでも、力だけでも、奇跡は起こらない。

 しかし今は祈ることしか出来なかった。

 

「キラ……クロト……」

 

 そして最後にファウンデーションに囚われた妹と、そんな妹を救うために戦場に向かうクロトの無事を祈った。

 

〈──ファウンデーション、聞こえるか?〉

 

 時を同じくして大気圏を離脱するために上昇・加速を続けていたミレニアムの中で、クロトは作戦通り回線を開いてゆっくりと言葉を発した。

 

「なっ!?」

 

 まるで夢心地のような雰囲気のラクスを従え、レクイエムの発射命令を下そうとしていたオルフェは驚愕の表情を浮かべた。

 オペレーターがモニターを切り替えると、そこにはシュラに敗れて戦術核で細胞の一片まで焼き尽くされた青年、クロト・ブエルの顔が映し出された。

 

〈こちらはミレニアム──クロト・ブエル〉

 

 クロトを中心に映し出したモニターの背後には、紛れもないミレニアムの艦橋が確認出来た。

 そこにはアークエンジェルと共に死亡したはずのマリュー・ラミアスはもちろん、ハイジャック犯によって人質にされたムルタ・アズラエルの不満そうな表情も映っていた。

 

「どういうことだシュラ!?」

 

 オルフェは思わず声を上ずらせて、クロトの謀殺に成功した筈のシュラに問い詰めた。

 

「ふはっ。──やはりクロト・ブエルは不死身か」

 

 イージスに敗れて太平洋に沈もうが、インパルスに敗れて北極海に沈もうが、大破した状態で大気圏に突入しようが、クロトは復活したのだ。

 まるで死神に嫌われているとしか思えないヤツの悪運は、どうやら本物だったようだ。

 シュラはこの展開を待ち望んでいたかのように、好戦的な笑みを浮かべた。

 

〈たかだかコクピットをぶっ刺されたくらい、僕にとっては虫に噛まれたようなもんだから〉

 

 クロトは自身の健在ぶりをアピールするかのように、わざとらしく両手を振りながら挑発的に言葉を続けた。

 その高らかな声は、世界中に開かれた国際救難チャンネルを通じて世界各国に届けられていた。

 

〈メンドーだからさっさと言ってやるよ。お前たちは自分の国に核を撃ち込んで被害者ぶってるとんでもない連中だってなぁ!!〉

 

 クロトの行った告発は、これまで核を撃たれた被害者という大義名分を基にレクイエムの使用を正当化したファウンデーションにとって致命的な一撃だった。

 これを最高のタイミングでファウンデーションにぶつけるために、カガリはこれまでクロトを潜伏させていたのだ。

 オーブがファウンデーションと戦う準備が整っていない状態で真相を告発しても、生き証人であるクロトとオーブが危険に晒されるだけだったからだ。

 クロトは画面の向こう側のオルフェを嘲るように、頭の中を指で掻き回すようなジェスチャーをしながら笑い声をあげた。

 

〈なーんか自分たちは人類を導くものだとか面白いことを言ってたみたいだけど、それってガキの格好をしたママのセンスなんですか〜?〉

 

 ミレニアムの艦橋ではマリューが副艦長席に座ったコノエに目配せを送り、クロトの挑戦的な言動に呆れていたコノエは無言でノイマンに視線を向けた。

 するとノイマンは覚悟を決めたように深く頷き、残りのクルーも後を追うように頷いた。

 クロトは画面の向こう側で自分を見ているだろうオルフェを睨み付けながら、その存在を否定するような冷たい声で言った。

 

〈とりあえずミレニアムで“やってくれた”金髪。──お前は殺す〉

 

 その言葉とともに、モニターに“地獄に堕ちろ(サムズ・ダウン)”のジェスチャーが映し出された。

 

「い、言わせておけば……!」

 

 アウラは怒りを露にして立ち上がり、モニターの中で勝利宣言をするクロトを憎々しげに睨みながら叫んだ。

 

「あの下賤な猿を殺せ!『レクイエム』、目標はミレニアムじゃ!!」

 

 思わぬ事態に動揺する中、アウラの言葉を耳にしたオルフェははっと我に返って反論した。

 

「ですが母上!」

 

 クロトの存在が自分達の計画にとって障害になるのは確かだが、あんな見え透いた挑発に乗せられて対応する必要はない。

 しかしかつてブルーコスモスの襲撃を受けた際に浴びた薬剤で子どものような姿に変わり、その後も成長しない無力な身体になってしまったアウラは、ブルーコスモスと決別してもなお象徴的な人物であるクロトの挑発を見過ごすことができなかった。

 

「撃て! わらわの命令じゃぞ!!」

 

 アウラはファウンデーションの最高権力者としての立場を利用してオルフェの制止を振り切り、躊躇している部下に強硬な態度で命令した。

 

「馬鹿な……」

 

 ダイダロス基地に設置されたレクイエムから、絶大な高エネルギーが発射された。

 するとその反応を察知したのか、上昇中だったミレニアムは急激に減速してほとんど制止状態になりながら、その場でふわりとバレルロールした。

 目標をオーブからミレニアムに変更し、発射された絶大な光の奔流はその船体を捉えられず空を切り、その足元に広がる海で炸裂して巨大な水蒸気爆発を起こした。

 直後にミレニアムの艦首から発射された陽電子砲に反応して、進行方向に生じた強烈な電磁波が引き起こす瞬間的な真空状態が発生する。

 そこに周囲の大気が津波のように一気に流れ込み、その流れに乗るようにミレニアムの船体は急加速する。

 そして全てのスラスターを全開で稼働すると、ミレニアムは一気に宇宙へと駆け上がっていった。

 

「ミレニアムをロスト! 電磁パルスの影響かと!」

 

 オペレーターの報告を聞き、オルフェは思わずコンソールを殴り付けた。

 陽電子砲によって生じた強烈な電磁パルスが計測機器を撹乱し、ミレニアムの位置を見失ってしまったのだ。

 

「なんという屈辱じゃ!」

 

 地団駄を踏むアウラに、オルフェは頭を抱えた。

 あのタイミングでクロトが顔を出して自分達を挑発したのは、レクイエムをミレニアムに撃たせてオーブの危機を救うためだったのだ。

 広大で動かないオーブ首都と異なり、標的としてはあまりにも小さい上に高速で動くミレニアムに命中させるのは、それこそ飛翔するミサイルを迎撃する以上に至難の技だ。

 もちろん命中すれば事態は解決するし、アウラの命令とはいえそれなりに命中する目算もあったのだろうが、それでも自分達は賭けに敗れたのだ。

 少なくともあのままオーブを撃っていれば、たとえどれほどの奇跡が起こったとしても引き分け以上の結果には持ち込めたはずだ。

 

「くそっ!!」

 

 オルフェは自分の誤算を悔やみながら叫んだ。

 クロト・ブエルが生きており、今回もまんまと生き延びてしまったこと。あの男が生きている限り、プラント以外の国家が自分達の勧告を素直に受け入れるとは思えない。

 次にオーブを撃ちそこねたこと。これでオーブに時間を与えてしまった。

 オーブはこの時間を利用して国民を避難させると共に、地球連合軍の残存部隊と共に反撃を開始するだろう。

 どうやら泳がされていたらしいオーブ国内に潜伏していた諜報員からの連絡が途絶えた今、その動きをこちらが察知する手段はない。

 まずは行方を眩ましたミレニアムの足取りを追わなければ。

 焦燥感に包まれながら次の手を考えていたオルフェに、付き従うように寄り添っていたラクスは優しい声で言った。

 

「ですが、彼らの意図は分かります」

 

 こんなことになるなら連れてくるんじゃなかったと後悔を隠し切れないオルフェをよそに、ラクスは確信に満ちた手付きでモニターを指差した。

 

「彼らはレクイエムの攻略と見せかけてアルテミスを強襲し、私を奪還するつもりだと思います。私を確保すればファウンデーション軍はともかく、レクイエムを防衛しているザフト艦隊は統制を失うでしょうから」

 

 その澄み切ったラクスの声には、微塵も揺らぎを感じなかった。

 クロトの生存を知ったにもかかわらず、ラクスの心は完全に自分に向けられていることをオルフェは理解した。

 奴らの知っているラクスは──あの下等種族を愛しているなどと言い、最後の瞬間まで自分の愛を拒絶しようとした馬鹿な女は、もうこの世には存在しないようだった。

 

「どういう作戦かは分かりませんが、私が“グルヴェイグ”に乗り込めば何の問題もないと思います。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どこか不穏な言葉を口にしたラクスに、オルフェは僅かにかぶりを振った。

 自分達の求めていた理想の“ラクス・クライン”として完全に心を屈服させたはずなのに、まだあの男の名を未練がましく口にするのか。

 

「その通りです、姫」

 

 オルフェは湧き上がる動揺を押し殺し、茶番は終わったとばかりにいち早く部屋を退出しようとしていたシュラに声をかけた。

 

「ヤツが現れたら、今度こそ確実に殺せ。お前の価値を、最強の戦士であることを証明してみせろ!」

 

 シュラは不敵に笑うと、確信に満ちた口調で言った。

 

「当然だ。俺の受けた屈辱は、ヤツの死をもってしか拭えない」

 

 オルフェは騒然としている管制室を去ったシュラを無言で見送った。

 ラクスの予想が必ずしも正しいとは限らないが、レクイエムに向かうミレニアムを囮にアルテミスを強襲する作戦は十分に警戒しなければならないものだ。

 しかし予想が外れて戦力を一点集中させたミレニアムにレクイエム防衛網を突破されるようなことがあっては、何の意味もない。

 とはいえこの場にシュラとイングリットを残しておけば、たとえクロトが現れたとしても何の問題もないだろう。

 万が一のときは、元々キラの専用機として造ったドラグーン特化型機“ドゥルガー”も用意している。

 ラクス次第では引き続きカルラのサブパイロットを務める予定だったイングリットであれば、その随伴機である大型ドラグーン“ジグラート”も含めて十分に使いこなせるだろう。

 奴さえ殺してしまえば、何の問題もない。

 永い分断と流血の歴史を終わらせ、世界を導くのはこのアコードの王たるオルフェ・ラム・タオと、その運命の相手であるラクス・クラインなのだから。




原作を踏襲するならジャスティス、あるいはハイペリオンと連携するのが自然ですが、本作ではレイダー×ストライクが最優先なので、カガリの支援を受けるのはストライクレイダーです。

とんでもないことになったラクス様ですが、とりあえずアルテミスでは救出不可能です。

ブラックナイツスコードドゥルガー

概要:ファウンデーションが用意したキラ専用機(実質的にイングリット専用機)。基本装備はルドラとほぼ同じだが、カルラと同様にジグラートを随伴させている。
元ネタはシヴァ神の神妃“ドゥルガー”で、カラーリングはシヴァの赤い部分を青に変更したイメージです。

【朗報】核攻撃で死亡したクロト・ブエルさん、元気にミレニアムをハイジャックして勝利宣言!!


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決戦の序曲

 マリュー率いるミレニアムは第1関門であるオーブ壊滅の阻止と大気圏離脱に成功したが、他の戦況は絶望的だった。

 現在、レクイエムの無力化を目標としたクロトに立ち塞がるファウンデーション・ザフト連合艦隊は巨大で、特に二つの部隊が際立っていた。

 一つは月の裏側方面に展開するザフト艦隊を中心としたレクイエム防衛部隊で、もう一つは月の正面に展開する惑星間航宙戦艦“グルヴェイグ”を旗艦とするファウンデーション主力艦隊だ。どちらも真正面から戦っては、レクイエムを無力化出来る可能性は限りなく低かった。

 レクイエムを攻略するため“ドミニオン”を旗艦とする地球軍の残存艦隊と、オーブ月艦隊の一部がジャガンナート率いるレクイエム防衛軍と交戦を開始していたが、主力部隊の大半を失った地球軍は苦戦を強いられていた。この絶望的な戦況を覆すため、クロトは囚われたラクスたちを救出し、ザフト軍を切り崩す必要があった。

 ミレニアムの格納庫では、キャバリアーアイフリッドとハイペリオンが合体した“スーパーハイペリオン”の発進準備が進行中だった。

 そしてハイペリオンが抱きかかえるように、ストライクレイダーを固定する作業が同時並行で行われていた。

 パイロットスーツに着替えたクロトとアスランがピリピリした雰囲気で現れると、二人が率いる別働隊を見送ろうと格納庫に集まったクルーに緊張が走った。しかしそんな張り詰めた雰囲気を切り裂くように、デスティニーの最終調整を行っていたシンが姿を現した。

 

「全部終わったら、どっか美味いメシでも連れてってくださいね」

 

 クロトはシンの思わぬ言葉にきょとんとしたが、すぐに顔を綻ばせた。

 

「そうだな。ミレニアムは任せた」

「はい!!」

 

 満面の笑みを浮かべたシンに続いて、周囲に集まっていたクルーがクロトたちに口々に声を掛ける。

 

「私、お肉がいいです、オーブの自然で育った美味しいお肉!」

「お肉とお酒にはうるさいんですけど、大丈夫ですか?」

 

 ルナマリアが小気味のいい声で提案すると、アグネスが挑発的な態度で尋ねた。

 

「心配するな、アグネス。アスハ代表ならいい店を知ってるだろう」

「いいねぇ。タダで飲む酒は最高なんだよな〜」

 

 レイが皮肉混じりの声で返答すると、ムウが笑顔で同意する。

 

「どうせキラの奢りなんじゃないのか?」

 

 そして一連の会話を聞いていたアスランが、やや呆れた口調でクロトに言った。

 

 これから先は、クロトとアスランが率いる別働隊はミレニアムを離れて単独行動を取ることになっている。

 キャバリアーに搭載されたミラージュコロイドステルスを利用して敵の探知を避けながら、難攻不落のアルテミス要塞を攻略しなければならない。

 そのため防衛軍をストライクレイダー1機で釣り出して足止めしながら、どこかに囚われているラクスたちを救出する必要があるのだ。

 一方でミレニアム本隊は別働隊の囮として機能し、月方面へと直進する。

 彼らの役割は、ラクスの救出を妨げるファウンデーション主力艦隊を引きつけ、その防衛線を突破することだった。

 

「とんだとばっちりに巻き込まれてしまいましたねぇ」

 

 ムルタ・アズラエルは、賑やかに見送られているクロトを眼下に見ながら忌々しそうに言った。

 オーブの不穏な情勢を感じて大西洋連邦に戻ろうと思っていたところを、ラウの手引きによってミレニアムに連行され、そのままハイジャックの人質にされてしまったのだ。

 一連の武力行使に対する大西洋連邦からの事後承認を取り付けるためとはいえ、こんな強引な手口で戦場に連れて行かれるとは思ってもいなかった。

 

「避難シャトルの用意はあるが、どうするかね?」

「乗りかかった船ですし、遠慮しておきますよ。地上に戻ったって安全とは言えませんし」

 

 ラウが避難シャトルの用意を伝えると、ムルタは肩を竦めて答えた。

 ファウンデーションの野望を阻止するために立ち上がったクロトたちが敗れた場合、企業人としてのムルタ・アズラエルの運命も破滅が確実だ。

 もしも運命計画が実行されれば、かつてロゴスのメンバーやアズラエル財閥の御曹司、そして“ネオ・ブルーコスモス”の盟主として築いた全ての地位や財産は剥奪されるだろう。

 彼らの描く“アコード”が支配する世界では、彼のような絶対的な才能に劣るナチュラルに居場所は存在しないのだから。

 なんならオーブを撃った次の目標は、ムルタの住むデトロイトの可能性も十分考えられる。

 世界最大の都市であるデトロイトを撃てば、先立ってモスクワが壊滅したことと合わせて地球連合は完全に崩壊するのだから。

 

「しかし、よくもまぁこんな訳のわからない連中を揃えたものですねぇ」

 

 ムルタ・アズラエルは不満げに眼下のクルーたちを見下ろした。

 これは地球連合軍の元生体CPUであるクロト・ブエルを中心とした、異なる背景を持つ者たちの集まりだった。

 パトリック・ザラの息子であるアスラン。

 ギルバート・デュランダルに見出された“ミネルバ”のクルー。

 デュエイン・ハルバートンが育て上げた“アークエンジェル”のクルー。

 最後にファントムペインに所属していた元“ロアノーク隊”のメンバーたち。

 本来であれば決して交わることのなかった存在たちが、ファウンデーションの野望を阻止するという1つの目標に向かって団結していたのだ。

 

「それは同感だ」

 

 ラウはムルタの言葉に同意を示すと、静かに頷いた。

 確かにこの場に存在する者たちが一堂に会すること自体が、クロト・ブエルの存在がなければ有り得ない出来事だった。

 特に地球連合軍の闇を象徴する生体CPUたちは、クロトがいなければ全員死亡していただろうし、たとえ奇跡的に生き延びたとしてもコンパスに協力することはなかっただろう。

 彼らを救ったキラにせよ、クロトがいなければその境遇に同情する程度だった筈だ。それ以外の人間なら、尚更のことだろう。

 もちろん自分もネオ・ロアノークになったとして、ラウ・ル・クルーゼを名乗っていた時と同様に刹那的な余生を送っていたと断言出来る。

 かつて人類初のコーディネイター、ジョージ・グレンはコーディネイターを“地球と宇宙との架け橋、そして人の現在と未来の間に立つ調整者”と定義した。

 結果的に世界を混乱させた上に今もどこかで生きているらしいジョージ本人はもちろん、究極のコーディネイター“アコード”の頂点である“オルフェ・ラム・タオ”や“ラクス・クライン”を差し置いて本来の意味での調整者に近いのは、皮肉にもコーディネイターを滅ぼす為に造られた生体CPUの少年だったというわけだ。

 

「そろそろ出るぞ」

 

 カナードがハイペリオンのコクピットから頭を出して声をかけると、その奥からアウル・ニーダとスティング・オークレーの声が聞こえた。

 

「あのさぁ、下着くらい片付けなよって言ったよねぇ!?」

「カナードに言っても無駄だ。その辺で干さなくなっただけマシらしいからな」

 

 たった3人でアーモリーワンを強襲し、セカンドステージシリーズの奪取に成功した元ロアノーク隊の少年達も、その戦闘能力を見込まれてアルテミス攻略組に抜擢されたのだ。

 一方でメイリン・ホークは玩具を与えられた子供のような目で、キャバリアーのコクピットに設置されたコンソールを叩きながら楽しそうに言った。

 

「こんな面白いものがあるなら、私も入ろっかなぁ。今度ターミナルの偉い人に推薦してくださいよ」

「ダメ。ステラが先」

 

 オーブが製造したその内の1機をターミナルに供与していたキャバリアーは、モビルスーツと直接連携が可能な小型移動指揮所機能を有している支援兵器だ。

 電子戦用装備も充実しており、その性能を活かして単独で宇宙要塞をハッキングすることすら可能な性能を有していたのだ。

 ハッカーとしての技量はキラに匹敵する上に、プライベートでもキラと親しかったメイリンは、元ミネルバの通信士であるアビー・ウィンザーに通信士の座を譲り、ステラと共にキャバリアーのパイロットに志願してくれたのだ。

 

「ははっ」

 

 クロトは笑った。

 この人種差別を根源とした争いの連鎖は、まったく終わりが見えない。

 キラを自分と出会う前の優しい世界に戻すことは不可能で、その為に戦い続けることも無意味なのかもしれない。

 たとえアウラとオルフェの野望を阻止したとしても、実際にファウンデーションで起こった悲劇や、ユーラシアで起こった惨事をなかったことにはできない。

 自分にはどうすればいいのかわからないし、自分の力など無力かもしれないが、それでも出来ることもあるらしい。

 やがてミレニアムから出撃したスーパーハイペリオンはミラージュコロイドを展開し、静かにその姿を消しながらアルテミスに向かって進み始めた。

 

 

 

 オルフェの予測どおり、ファウンデーションの警戒網が再び捉えたのは、月に向かって一直線に進むミレニアムと思しき反応だった。

 その航路はアルテミス宙域から月正面側に広がるファウンデーション主力艦隊の間を縫うようにして設定され、戦線を一気に突破するルートだった。

 その大胆不敵な戦略の背後には、月裏側の地球連合軍・オーブ軍を迎撃するため手薄になったレクイエム防衛軍を迂回し、レクイエム本体を攻略する意図があることが読み取れた。

 もしミレニアムがその戦力を一点集中させているのなら、ファウンデーション主力艦隊は戦線を破られるリスクに直面している。

 レイ・ザ・バレルやシン・アスカ。

 当時は独立運動でそれどころではなかったとはいえ、ギルバート・デュランダルが自分達を差し置いて抜擢した戦士達を有しており、実際に自分達の仕掛けた核攻撃を生き延びたミレニアムを侮るわけにはいかない。

 クロト・ブエルの存在もまた、見逃すわけにはいかない。

 これまでアスラン・ザラの陰に隠れており、実際にコンパスの中でも最強という訳ではなかったが、実際には誰よりも危険な存在だった。母と自分達を侮辱し、現在もラクスの愛を独占しているあの下等種族は、必ず排除しなければならない。

 

「そろそろ貴女も理解したでしょう。あの男など忘れて、自分の運命を受け入れるべきではないのですか?」

 

 一方でシュラをアルテミスの護衛に残し、月に向かったオルフェを見送ったイングリットは、再びキラの部屋を訪れていた。

 あの後、どれほど求められてもオルフェを拒絶し続けたラクスはアウラの怒りを買い、やがてその心の大部分を消去されてしまった。現在、オルフェに付き従っているラクスはそれまで彼女を構成していたものの残滓に、オルフェが望む彼女の姿を刷り込んだようなものだ。

 こういう言い方は嫌だが──ラクスがクロトに愛されていたのであれば、それを拠り所にオルフェの力に抗うことができたかもしれない。

 しかしラクスはクロトに愛されなかったという心の隙を突かれ、遂にオルフェの支配下に落ちてしまったのだ。

 クロトが生存していることを知っても、動じることなくオルフェに優しく寄り添っていたラクスの姿は、本来あるべき姿に戻ったように見えた。

 それなのにイングリットの心は晴れるどころか、むしろ迷いが増していた。

 アウラが常々自分達に言い聞かせているように、人は必要だから誰かを愛するものだ。そんなことは重々理解している。

 だが、最期の瞬間まで自分を愛していない男を愛しているなどと言い、生まれる前から定められた運命の相手を必死に拒もうとしたラクスは存在してはならないのか? 

 ならば本来の役割を超えてオルフェを愛している自分も、存在してはならないのかという疑問に苛まれていた。

 

「……だったら貴女は、必要じゃない人は愛せないの?」

 

 そんなイングリットを諭すように、キラは静かに言った。

 たしかに最初は、自分と似たような境遇のクロトに自分自身を重ねていた。

 だからアークエンジェルでもクロトと一緒にいる時だけは、孤独も、不安も感じることはなかった。つまり必要だと感じたから、クロトに惹かれたのかもしれない。

 それは決して否定出来ない。

 後にクロトは否定したが、ヘリオポリスが襲撃された日から始まった過酷な戦いを、自分はクロトがいたから乗り越えられたと感じていた。

 本来死亡するはずだったマーシャル諸島での戦いも、クロトがいたから自分は生き延びることが出来た。

 そう思っていた。

 だけどクロトのいない世界線でも、自分は生き延びていたのかもしれない。

 コンパスのメンバーを募集する時、ラクスはクロトの知るフリーダムのパイロットと思しき存在を探したが、結局見つからなかった。

 きっとフリーダムのパイロットは、大怪我を負って少年のような声しか出せなくなった自分だったのだ。そうでなければ、クロトの語った彼の行動は説明が付かない。

 つまり自分は、結局死ななかったのだ。

 クロト・ブエルが存在しなければ、おそらく自分はオーブ解放作戦でアスランを受け入れていた。

 そうなればヤキン・ドゥーエで自爆しようとした自分を、アスランはこの世界線と同様に救ってくれただろう。

 もしも第2次連合・プラント大戦が起こっていたとしても、自分とアスランならデュランダルの野望を阻止出来ただろう。

 クロトがいなくてもラクスは不測の事態に備えて何らかのモビルスーツを用意していただろうし、自分ならラクスを狙う刺客を排除することも、カガリをセイラン家の魔の手から救い出すことも十分可能だった筈だ。

 アスランと2人でロアノーク隊を、シンを、レイを、アルを、デュランダルを討ち、結局のところ世界はほとんど変わらない形になっていたと思う。

 そこから先の未来は流石にこの世界線とは大きく離れているだろうが、きっとキラ・ヤマトの人生にクロト・ブエルの存在は必要なかった。

 それでも。だからこそ。

 

「必要じゃなかったとしても、私はクロトを愛している」

 

 キラの理解不能な言葉に、イングリットは激昂した。

 

「ふざけないで!! 彼はあなたが望むものを何も創れない! あんな男が、あなたのそばにいる資格はない!」

 

 国際救難チャンネルを使ってアウラと自分達を侮辱し、世界を救うために苦悩しているオルフェの抹殺を宣言したあの野良犬のような男を愛しているなどと、ラクスだろうとキラだろうと絶対に許されないことだ。怒りを露わにしたイングリットに、キラは静かに反論した。

 

「……愛に資格があるなら、私たちには誰も愛する資格なんてないよ」

 

 キラの憂いを帯びたような言葉は、アウラ・マハ・ハイバルが創り出した“アコード”や、ユーレン・ヒビキが創り出した“スーパーコーディネイター”のように、より良い世界を目指すために必要だからと行われた試みが、実際には数え切れない命を犠牲にしてきた事実を思い出させた。

 もしも誰かが誰かを愛することに資格が必要だというのなら、それはキラの言葉通りイングリットたちには最も許されないものだ。

 

「そんな……私は……」

 

 言葉を失うイングリットに、キラは静かに問い返した。

 

「貴女も、誰かを愛しているの?」

 

 これまで一緒にいた仲間にすら悟らせないように、固く心の中を閉ざし、これまで隠し続けてきた私の想いが、ラクスどころかアコードではないキラに見抜かれてしまうなんて。

 まるで心の中を見透かされたように感じたイングリットは、思わず息を呑んだ。




アルテミス奇襲組

足止め役:アスラン
救出役 :クロト、カナード、スティング、アウル
サポート:ステラ、メイリン

いきなりメンバーに組み込まれたメイリンですが、慣れない機体でシュラを足止め出来るのはアスラン、内部構造に詳しいのはカナード、あとは戦闘要員ばかりなので当然ですね。

また本作の要だったフリーダム問題を回収出来ました。

必要じゃなくても愛していると語ったキラ、クロトがいなければ生体CPUは全滅していたと語るラウで纏まったんじゃないでしょうか。


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自由の幻想

 ハイペリオンがその全身に纏ったミラージュコロイドで姿を完全に隠しながら、アルテミス要塞の索敵範囲の手前付近に到達していた。

 ここから先は、更に別働隊を分割する必要がある。

 ハイペリオンはミラージュコロイドを駆使して先行し、要塞の近くまで接近する。

 レイダーはこの場所に残り、遅れて突入することでその存在を敵に探知させて敵を外部に誘い出す。そしてアルテミスの傘と呼ばれる全方位光波防御帯を解除させることによって、ハイペリオンの要塞内部への侵入を可能にする作戦だった。

 上手く要塞に侵入してセキュリティシステムをハッキングして無力化することに成功すれば、敵の施設を内部から破壊する。

 そしてどこかに囚われているだろうキラとラクスを救出し、敵に包囲される前に脱出する。

 徐々にメンバーの緊張感が高まる中、クロトはキャバリアーの壁に映っている自分の顔を見た。

 それは本当は何の価値もなかった、役立たずな負け犬の顔だった。

 すると不意に嫌な記憶が脳裏を過った。

 コンパス総裁に就任したラクスの要望を受け、実行部隊の隊長に指名されたクロトが行った最初の業務はそのメンバーの選抜だった。

 しかし実行部隊の選抜は遅々として進まなかった。

 しょせんは三ヶ国の実行部隊に過ぎない存在で、それもラクスの知名度と信用を頼りにした、ナチュラルとコーディネイターの混成部隊だったからだ。

 大戦時からデュランダルの息が掛かっていると噂された、元ミネルバ組のシン・アスカ、ルナマリア・ホーク。

 そしてクロトの元同僚であるシャニ・アンドラスやオルガ・サブナックといった元々知り合いだった者を除けば、元々ターミナルの構成員だったヒルダ・ハーケンやその元部下、シンやルナマリアの同期らしいアグネス・ギーベンラートといった訳アリのメンバーしか集まらなかったのだ。

 遺伝子至上主義者のギルバート・デュランダルすらミネルバから排除したアグネスだろうと、深刻な人材不足に悩んでいたコンパスにとっては貴重な戦力だった。コンパスの実行部隊に何よりも求められる能力は、どれだけ鎮圧しても一向に減らないブルーコスモス残党軍や、暴走するザフト軍を制圧出来る戦闘能力だったからだ。

 流石にあのような暴行未遂を行うとまでは思っていなかったが、多少の問題行動は織り込み済みだった。

 そんなある日のことだった。クロトはふと、重大な疑問に気づいた。

 

 ──そういえば“フリーダム”は誰なんだろう? 

 

 かつて“オペレーション・スピットプレイク”の最中、アラスカ基地に突如現れた正体不明のパイロット“フリーダム”は、その後も地球連合軍とクロトの前に何度も立ち塞がった。

 彼がいなければ、第一次連合・プラント大戦は人類滅亡という結末で終わっていただろう。

 この世界線ではキラに取って代わられたものの、別の世界線ではラクスの剣として活躍したその人物は、コンパスにとって間違いなく戦力となり得るはずだった。

 そう考えてキラと探し始めたのが、全ての始まりだった。

 状況から推測するとクライン派に所属する一方で、オーブとも繋がりがあるザフトのエースパイロット。

 しかしこの世界線では、彼が既に亡くなっている可能性も否定できなかった。クロトが生死を問わず情報を探っても、彼の存在を突き止めることはできなかった。

 それどころか、可能性を感じる者すら見つからなかった。

 

 ──真っ先にその可能性を除外した、キラ・ヤマト以外には。

 

 当時の激化する戦況の中で、どの陣営にも属さない覚悟で1人でも戦おうとする強い意志と、それを実現させるだけの力を持つ者。

 その両方を兼ね備えていたのは、皮肉にもクロトが決死の覚悟で命を救おうとしたキラ以外に存在しなかったのだ。

 クロト・ブエルの戦いは無意味だった。

 もちろん別の世界線では死亡したオルガやシャニ、ドミニオンのクルーたちを救うことは出来たのだろう。

 そして確証こそないが、ロドニアの研究所にいたままであれば生体CPUとして使い潰されるだけだったステラも救えたのだろう。

 だが、クロト・ブエルはキラに必要な存在ではなかった。キラに愛される資格などなかった。

 唯一の特技であるモビルスーツの操縦技術ですら、あの世界ではキラと結ばれたのだろうアスランに遠く及ばないのだから。

 

「また馬鹿なことを考えているのか?」

 

 アスランは出撃準備が完了したストライクレイダーに乗り込みながら、無愛想に言い放った。

 計画を成功させるために重要なのは、ハイペリオンがアルテミス要塞を攻略するまで、ブラックナイツら防衛軍の集中攻撃をたった1機で耐え抜かなければならないことだ。

 その気になれば強引に“アルテミスの傘”を突破することも可能な上に、先日あれほど挑発したのだから誘導までは成功するだろうが、その後にレクイエムを防衛しているファウンデーション主力艦隊との決戦が控えている以上、失敗は絶対に許されない状況だった。

 

「別に。やっぱ囮役は僕の方が良かったんじゃねーのってだけだ」

 

 クロトは苛立ちを隠しきれず、舌打ちをしながら呟いた。

 アコードにとって最重要人物であるラクスはそれなりに高待遇を受けているだろうが、キラの状況はまったくの不明だ。

 仮に無事だったとしても、洗脳能力を持つアコードの手中に囚われていた以上、彼女の精神状態は正常かどうか見当も付かない。

 最悪、背中から撃たれる可能性もあるだろう。

 それを正確に見極めるためには、クロト自身が救出に向かうしかなかったのだ。

 

「心配するな。たとえブラックナイツの連中が勢揃いしたとしても、お前たちが脱出するまで時間を稼いでやる」

「チッ。つまんねーヤツ」

 

 アスランの断言するような口調に、クロトはさらに苛立ちを深めながら返答した。

 レイダーはパイロットの技量次第でデスティニーのような専用機とも互角に戦える一方で、その操作性の良さからナチュラルでも操縦可能な傑作機だ。

 ましてその兄弟機である“イージス”に乗っていたアスランなら、クロトと大差ない水準で操縦出来るだろう。

 それでもどこか、理不尽な反発心を抱いてしまう。

 これまでどんな絶望的な状況でも自分と共に戦ってきたレイダーは、やはり唯一無二の相棒だったのだ。

 

「俺も今回の件がなければ、墓まで持って行くつもりだったんだがな。……2人を頼んだぞ」

 

 アスランは深刻な面持ちで操縦桿を握り込むと、黒と白の鮮やかなVPS装甲を纏ったレイダーを発進させた。

 

 

 

 

「やるな、海賊風情が!!」

 

 オルフェは相対するミレニアムに、吐き捨てるように言った。

 行方を眩ましたミレニアムは予想通り、月の正面側に展開していたファウンデーション主力艦隊に向かって一直線に突撃した。

 ミレニアムは地球から月までの距離を最高速で駆け抜けることで生じる、通常のミサイルを遥かに超えるスピードを武器にしていた。そのスピードと圧倒的な威力を誇る陽電子砲を駆使し、一点突破を試みるミレニアムに対して、オルフェはファウンデーション艦隊の陣形を敢えて広げながら火線を一点に集中させた。

 しかしミレニアムは秘密兵器である使い捨てのジェル状特殊装甲を展開して無傷で敵の集中砲火を凌ぎ切り、超高速で包囲網を突破してしまったのだ。

 その後すれ違いざまに放たれたビームと、現在レクイエム防衛軍と交戦している地球軍残存艦隊の指揮官が得意とする対艦ミサイルの時間差攻撃によって、ファウンデーション艦隊のあちこちで爆発が起こった。しかしこのような小賢しい戦術で、自分達アコードに本気で勝てると思っているらしい。

 旗艦グルヴェイグの艦橋にも動揺が走る中、オルフェは迅速に追撃命令を下した。

 

「左ドリフト! 相対速度、合わせ!」

 

 マリューの高らかな声がCICに響き渡る。

 自分達はファウンデーション主力艦隊を引き付ける囮であることは重々承知しているが、それだけで満足するつもりはない。

 マリューは進行方向に放たれた無数の超高速誘導弾に迎撃用ミサイルを次々発射し続けながら、背後から迫り来るファウンデーション艦隊に対して回頭を行った。

 やがて敵艦隊全体の配置を一望したマリューは、格納庫で待機していたパイロットたちに発進命令を下した。

 

〈──カタパルト接続。全システムオンライン。超伝導キャパシタ1番から10番、臨界到達。誘導システム異常なし〉

 

 メイリンに代わって通信士に選ばれたアビー・ウィンザーのアナウンスが流れる中、シンはデスティニーをカタパルトへと進めていた。

 本来ゲルルグメナースの装備である試製35式改レールガンを装備し、ビームライフルを無効化するブラックナイトスコードの対策は万全だった。

 最新鋭機のイモータルジャスティスと比較すれば、デスティニーは純粋な対モビルスーツ戦においては見劣りしてしまう。しかしシンの能力に合わせて特別な調整が施された機体は、やはり使いやすさにおいては他の追随を許さなかった。

 それに普段は平気な顔をしていたのに、本当はずっと苦しんでいたクロトに言われたのだ。

 ミレニアムを頼むと。

 世界を救ってもなお、今にも壊れてしまいそうなほどの自責の念を抱いていたクロトに。

 だったらアコードだかなんだか知らないが、あんな自作自演で大虐殺を実行して恥じない連中なんかに負ける訳にはいかない。

 

〈シン・アスカ。デスティニー、行きます!〉

 

 シンはカタパルトへの接続を確認すると、意気揚々と前方を見つめながら高らかに宣言した。

 動力を強化し、カラーリングを変更したデスティニーが先頭を切って発進した。

 その後をレイのズゴック、ルナマリアのインパルス、アグネスのギャンが追い、一斉に飛び出していった。

 これらのモビルスーツ以外には、別働隊の作戦成功と連動してスーパーハイペリオンと合流するようプログラムが施されたジャスティスと、未完成のまま格納庫に放置された“プラウドディフェンダー”だけが残されていた。

 

「万が一のときはコイツで出ていいって話だけど、てっきり私がギャンだと思ってたよ!」

 

 ヒルダはジャスティスを見上げながら、愚痴を零した。

 先日の戦闘でコンパスが保有するモビルスーツの大半が失われてしまったため、ヒルダの使用可能な機体は残っていなかった。唯一ミレニアムに残っていたルナマリアのゲルルグメナースも、至近距離で核爆発を受けたことで大破してしまったのだ。

 そしてミレニアムに搭載されていたインパルスの基本シルエットが射出され、インパルスは対艦戦闘・砲撃戦に特化したブラストユニットを装備する。

 

〈そんな水中用の機体より、ジャスティスの方が良かったんじゃないのか?〉

 

 シンは追随しながら機体を加速させているレイに言った。

 そのターミナルが用意した潜入・工作用モビルスーツ“ズゴック”は装甲内部にトゲ付きの巨大な円盤型メインスラスターを搭載し、その上からフライトユニットを装備することでデスティニーに匹敵する運動性能を獲得しているが、それでも宇宙戦に適した機体とは思えなかった。

 

〈心配するな。俺もこっちの方が合っている〉

 

 レイは平然と応答する中、ルナマリアはコクピットで頭を抱えていた。

 たった4機でファウンデーションの誇るブラックナイトスコードを含む10倍以上の戦力と対抗する必要があるのに、この緊張感のなさは何なのか。

 だが、不思議と負ける気がしないのも事実だ。

 

「メインブリッジ、戦闘モードへ移行!」

 

 戦闘用スーツに着替えたマリューが指示を飛ばした直後、天井のハッチが開いて艦長席と操舵席が上昇した。

 艦橋上部の空間にシートが収納され、まるで全天周囲モニターのように広がっている視界が、マリューとノイマンに今まで以上の緊張感をもたらした。

 

 

 

 ミレニアムからモビルスーツの発艦を確認したオルフェは、モニターに表示された4機の姿にじっと視線を注いでいた。

 デスティニー、ズゴック、インパルス、ギャン。

 オルフェは精神の触手を伸ばし、これらの機体を操っているパイロットたちのその周辺を探った。

 まだ距離が遠すぎるため断言出来ないが、こちらに向かってくるモビルスーツの中にレイダーの姿は確認出来ず、他の機体に搭乗しているような気配も感じられなかった。

 

「どうやらクロト様はアルテミスに向かったようですね」

「そのようですね、姫」

 

 憐憫と憎悪の混ざり合った感情を含ませたラクスの言葉に、オルフェは苦笑いを浮かべながら肯定した。

 ラクスの予測通り、ミレニアムは最優先目標が不在となったアルテミス要塞を攻略するために、ただでさえ限られた戦力を二手に分けてしまっていた。

 ミレニアムの防衛に全モビルスーツを集結させていれば、アウラを守るためシュラとイングリットを欠いたファウンデーション艦隊に対して勝機があったかもしれないのに。

 これではイングリットの代わりにカルラのサブパイロットとしての訓練も、ラクスには不要だったようだ。

 しょせんは愚かなナチュラルなど、この程度の浅知恵しか浮かばなかったらしい。

 

 一方アルテミス要塞の司令室では、けたたましい警報が鳴り響いていた。

 オペレーターがモニターを急いで切り替えると、画面の中央には一直線に向かって来る人面鳥のような姿をしたモビルスーツが映し出されていた。

 

「レイダーです!」

「……本当に現れるとはな」

 

 オペレーターが叫ぶと、シュラは失望したような表情で呆れたように言った。

 こちらの位置情報を把握していたのは驚きだが、まさかレイダー1機だけで現れるとは考えてもみなかった。

 探知可能な範囲内には、レイダーを支援する母艦も随伴機も存在しない。

 どうやらクロトはミレニアムを離れ、たった1機でアルテミス要塞を落とすために現れたらしい。もちろん最大出力でビームシールドを展開するなど“アルテミスの傘”を突破する算段は付けているのだろうが、そこから先はどうするつもりなのか。

 

 ──まさか自分を含めたアルテミス防衛軍を、1人で葬り去るつもりなのか? 

 

 それはあまりにも無謀だ。単なる自殺行為どころか、わざわざ殺されに来たようなものだ。

 

「やはり猿は猿じゃな。たった1機で我らに挑もうとするとは、笑わせてくれるではないか」

 

 アウラは扇を広げると、そんなクロトを嘲笑しながら僅かに顔を顰めた。

 しかしこんな挑発に乗って全軍を出動させるのは、過去の自分がユーレンに嫉妬したときのように、まるで真の天才には敵わないことを認めるようで癪に障る。

 そんなアウラの意を受けて、シュラは仰々しく頭を下げた。

 

「ならば集団で対するは愚かと。私が参ります」

 

 自信に満ちた声で宣言したシュラに、アウラは満足そうに頷いた。純粋な戦闘能力においてはオルフェをも凌駕し、実際にクロトに勝利したシュラなら確実に仕留めることが出来るだろう。

 

「姫を穢した下賤な猿を、完膚なきまでに叩き潰してやるがよい」

「は!」

 

 シュラは短く返した。

 何にせよ、クロトと決着を付けるには千載一遇の好機だ。

 史上最強の戦士“シュラ・サーペンタイン”か、ナチュラル最強の戦士“クロト・ブエル”か。

 どちらが最強で、どちらがあの女に相応しいのかはっきりと教えてやる。

 アルテミス要塞を覆っている全方位光波防御帯の一区画が、シュラが操縦するシヴァが通り抜ける僅かな時間だけオフになった。

 

〈よくぞ現れたな!!〉

 

 シュラは通信をオープンにして叫びながら、迫り来るレイダーに向けてシヴァを高速で接近させた。

 レイダーは柄を連結させたビームサーベルで斬り付けるが、シュラはヒートソードを振り下ろして対抗した。シールドで互いの攻撃を防ぎながら、斬り結んだ直後にその場を離脱する。

 背中を向けて間合いを取ろうとするレイダーに対し、シュラはシールドに内蔵したヒートクローを射出した。

 しかしレイダーはそれをビームシールドで防御すると、携行式のレールガンを立て続けに発射する。

 無造作に撃っているように見えて全て急所を狙っている技術は大したものだが、それだけだった。

 

 ──どういうことだ……? 

 

 シュラは違和感を抱きながら、正確に放たれるレールガンの射撃を次々に回避して追撃を続けた。

 単独で挑んできたにもかかわらず、レイダーの戦い方はあまりにも消極的だ。

 てっきり自分を相手にしながら要塞内部に侵入して暴れ回るつもりなのかと考えていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 頑なにビームサーベルと携行式のレールガン以外を使わないどころか、両手が使用出来なくなることを恐れているのかレイダーを可変させる気配すらなかった。

 クロトが最も得意としているのは、自由自在に機体を変型させながらの一撃離脱戦法だ。このような消極的な戦いを続けても、無意味に時間を浪費するだけだ。

 

 俺が他人の心を読めると知っていて、手の内が見抜かれることを恐れているから?

 

 だが、そんな悠長なことをしている余裕などないはずだ。

 大型デブリを挟んで視界から一時的に姿を消したレイダーに対し、シュラはシヴァを一気に前進させ、再び姿を現したレイダーに強烈な斬撃を繰り出した。




存在しないフリーダムの幻想で苦しむクロトは、イングリットと相対して何を語るのか。

ストフリにアスランが乗れたら設定崩壊かもしれませんが、レイダーはナチュラルでも操縦出来る一方、パイロット次第でフリーダムと渡り合える機体なので設定準拠です。

阿井上夫先生から頂いた、
闇堕ちパイスーのラクス様&キラちゃんです。

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陥落するアルテミス

 シヴァのマントから伸びる無数の斬撃を、レイダーは連結したビームサーベルで迎撃する。

 次の瞬間、ヒートソードの一撃をバックステップでやり過ごそうとするレイダーだが、その動きを見切ったシヴァが前に踏み込む。その袈裟斬りの要領で放たれた一撃は、レイダーをシールドごと吹き飛ばした。それはシュラの尋常ではない技量の高さを示しているようだった。

 この戦いで、シュラはまだ全力を出していない。それにもかかわらずクロトを圧倒しているのだから、勝敗は初めから明らかだった。

 もちろん勝敗の結果など分かりきっていたことだが、それでもやはり最高傑作であるアコードの優秀性を──その創造主である自分の優秀性を示しているようで気分がいい。

 この何も出来ず嬲り殺しにされるクロトの無様な姿を見せてやれば、せいぜい露払いと繁殖位しか役に立たないヒビキの娘も大人しく自らの運命を受け入れるだろう。

 

「なんじゃ? 事故か?」

 

 アウラは首をかしげながら、どこかで起こった突然の爆音に反応した。

 絶対的な防御力を誇る“アルテミスの傘”に守られた司令室にいる彼女は、外部からの敵襲の可能性をまったく考慮していなかった。

 通常、外部から敵が要塞内部に侵入することは考えられない。

 たとえミラージュコロイドを使用したとしても、常時展開されている光波バリアがあるこの要塞への潜入は不可能だからだ。したがって、発生した騒動は事故か、もしくは何かのトラブルである可能性が高いとアウラは考えた。

 

「……まさか」

 

 しかしイングリットの直感は何かがおかしいと告げていた。この得体のしれない胸騒ぎは、本当にシュラと交戦しているクロトに対するものなのだろうか。

 彼女はこれまでの経験から、即座に警戒態勢に入ることを決意した。要塞内部の安全を確保するためには、ドックで起こった異変を迅速に把握する必要がある。

 

「私が対処します」

 

 イングリットは落ち着いた声で宣言し、パイロットスーツに着替えてドックへと急いだ。

 

 アルテミス要塞内部で暴れ回っていたスーパーハイペリオンから、かつて厳戒態勢下のアーモリーワンでセカンドステージシリーズの奪取に成功した3名が降り立った。火の海と化したドックを背景に、彼らの軽快な足音が響き渡る。

 

「作戦成功だ! 私に続け!!」

 

 カナードが叫びながら先頭に立つ。

 彼女の後ろに続く2人は、その機動性と冷静さに信頼を寄せていた。幸いにも要塞の内部構造は以前と変わらず、カナードは熟知した地形を利用して迅速に進んだ。

 突如として現れた彼らの姿に、ファウンデーションの兵士たちは完全に不意を突かれ、カナードの巧みな2丁拳銃によって次々と蹴散らされていった。

 

「ごめんねぇ! 運がなかったと思ってさぁ!!」

 

 アウルが巨大なリボルバー式拳銃を放つと、その爆撃のような弾丸がコントロールルームを出て3人を迎撃しようとした男たちにバスケットボールが貫通したような大穴を空けた。

 激しい銃声が響く中、最後尾を走っていたスティングは端末ボックスを開けると、持参した装置をケーブルに接続した。接続が完了すると、キャバリアーのコクピットで待機していたメイリンはモニターに映った端末からの情報を確認する。

 

「早くっ、早くっ」

 

 メイリンは迅速にキーボードを操作すると、要塞の制御システムに侵入してコンピューターウイルスを流し込み、制御権を奪取する。

 すぐさま全隔壁を強制的に閉鎖し、クロトは通風口に仕掛けた睡眠ガスを含むハロを大量に吸気システムに流し込む。それを確認したメイリンは、最後に通信システムを遮断した。

 これでしばらくは制御不可能だ。

 

「邪魔をするなぁ──!!」

 

 ステラは再びスーパーハイペリオンを操縦すると、目につく限りの戦艦やモビルスーツを破壊し続けながら、ビームソードで壁に大穴を開けた。

 クロトは通風口からその大穴に向かって跳躍し、要塞の奥深くへと潜入する。

 ここからは更に別行動だ。

 カナードたちは重要区画を手当たり次第に探し回る一方で、クロトはメイリンが用意した探知機を起動した。

 それはトリィとブルーに搭載されており、メインユーザーであるクロトの位置情報を把握している量子紋識別デバイスを逆探知する装置だ。

 幸い、トリィとブルーは無事らしい。もしも運が良ければキラが近くにいる可能性がある。クロトは探知機が示す方向に向かって、最短距離を全速力で駆け抜けた。

 

 どうやら何者かがドックで暴れているらしい。スパイか、もしくは乱心か。

 パイロットスーツに身を包み、ドックへと向かおうとしたイングリットは、周囲の異変に気付いて足を止めた。すると前方で障壁を開けようとしていた兵士が、突如として力なく倒れる様子を目の当たりにした。

 

「これはっ!?」

 

 その光景を見て、イングリットは慌ててヘルメットのバイザーを閉じた。

 これは毒、あるいは催眠ガスか。

 しかしもし敵がラクスの救出を目論んでいるのであれば、催眠ガスの可能性が高い。敵はおそらく空気循環装置を使って催眠ガスを流しているのだろう。この閉ざされた宇宙空間では、単に騒動を起こすよりもよほど効果的な手段だ。

 イングリットは何者かの侵入を確信し、その背後にクロト・ブエルの存在を感じ取った。

 

 ──どうして彼は運命に抗うのか?

 

 イングリットは自問自答した。

 自分達には勝てないと理解しているはずなのに、なぜこんな無意味な行動を取るのか。

 そしてなぜキラは、ラクスは彼を愛していると言ったのだろうか。クロトの能力は我々の足元にも及ばない。それどころか、彼を上回る才能の持ち主などいくらでもいるはずだ。彼の何が彼女達を惹きつけるのか。

 しかし、幸いなことにラクスはこの場にはいない。

 キラを奪われる可能性があるとしても、アコードの成り損ないに過ぎない彼女はラクスほどの影響力など持っていない。

 だから最優先事項は司令室に戻り、アウラを守ることだ。

 自分達の創造主であるアウラは、ある意味でオルフェ以上に重要な存在だ。彼女が敵の手に落ちることだけは絶対に避けなければならない。

 そう理解しながらも、イングリットは外でレイダーと戦闘中のシュラに思念で呼びかけた後、キラの部屋へと急ぎ足で向かった。

 自分でもなぜそうしたのか、わからないままに。

 

 イングリットの声を受けたシュラは、全てを悟って反射的に機体を返そうとした。その隙を突いてレイダーが投擲した破砕球が機体をかすめ、シヴァに強烈な衝撃を与えた。

 

〈アスラン・ザラか!〉

 

 もちろんレイダーの操縦自体は、決して難しい訳ではない。むしろコンパスの実行部隊に選ばれるような人間であれば、誰でも無難に乗りこなせるだろう。

 だが、それでもクロト以外の人間が操縦しているとは思っていなかった。あれほど自分達を挑発したクロトでなければ、アウラも数で圧倒しようとしたはずだ。

 それをギリギリまで悟らせないように、アスランは今まで極力思考を閉ざして単調な戦いを続けていたのだ。

 オープン回線での呼びかけに、アスランは侮蔑を込めて応じた。

 

〈読心術は使えても、お前は使えないようだな?〉

〈殺す!〉

 

 シュラは怒りを露わにすると、猛烈な反撃を開始した。

 多少は驚いたが、不慣れな旧式の機体に乗ったアスランなど敵ではない。

 シュラは怒りに任せてスラスターを最大出力で吹かすと、一気にレイダーとの距離を詰めた。

 しかしアスランが初めて与えられた専用機“イージス”は、レイダーの兄弟機だ。こうした可変機の操縦は、むしろアスランの得意分野だったのだ。

 アスランはレイダーを変形させて距離を取ると、同時にレールガンを発射した。

 シヴァがそれを躱しながら接近すると、アスランはさらに機体を変形させてビームサーベルを振り下ろした。シュラはそれを巧みに避けながら反撃の蹴りを放つが、アスランはビームシールドを展開してそれを防いだ。

 目まぐるしい速度で繰り広げられる激闘に、2人の緊張感は更に高まっていった。

 

 

 

 クロトは背後から迫る敵の気配を察知し、本来は閉鎖されたドアの爆破に使用される爆薬で急造の罠を仕掛けた。しかし、イングリットはその罠を読心術で察知し、巧みに避けた。

 

「私たちの使命を、知っていますか? 私たちは分断と流血の歴史を終わらせ、世界を導くために造られました」

 

 イングリットはテレパシーを使い、クロトに語り掛けた。

 クロトはキラを探しながら、イングリットの言葉に反論した。

 

「使命だかなんだか知らないが、何が世界を導くだ。夢みたいなことを言って、何人殺してきた!?」

「私も、殺したくて殺したわけじゃない!」

 

 イングリットは反論し、さらに叫んだ。

 

「戦うことしかできない貴方に、言えたことなの!?」

「そうかよ!」

 

 クロトは憤りを感じながら、身を乗り出して声の方向に拳銃を乱射した。

 イングリットはその動きを予測していて、クロトの放った弾丸を自らの銃撃で迎撃した。激しい衝撃が廊下に響き、銃弾の破片が周囲に飛び散った。

 

「くっ……」

 

 弾薬を撃ち尽くしたイングリットは、不意に通路を曲がって姿を消した。

 もともとモビルスーツでの戦闘を前提に移動していたため、予備のマガジンを持っていなかったのだ。

 

「待てっ!」

 

 クロトが叫びながら追跡を続けて通路を曲がろうとすると、イングリットが壁に掛かっていた装飾品のサーベルを掴み、突進してきた。

 クロトはとっさに拳銃の側面で防御したが、その勢いで拳銃が吹き飛んだ。

 イングリットは攻撃の勢いを緩めず、更に強烈な蹴りを浴びせた。

 クロトは壁に掛かっていたサーベルを掴み返し、反撃に転じた。激しい剣戟が交錯する中で、クロトは次第にイングリットの繰り出す斬撃に押され、負傷を重ねていった。

 読んでからでは間に合わない銃撃戦ならまだしも、単純なフェンシングでは心を読めるアコードのイングリットが、心を読めないナチュラルに負けるはずがなかったのだ。

 そしてそれは、かつてシュラとの白兵戦で圧倒されたクロトも理解していた。

 

「なっ!?」

 

 だが、クロトは左掌を貫かれながらも刺突を受け止めた。

 そして激痛に顔を歪めながらも、そのままイングリットに強烈な刺突を放った。

 その勢いで、イングリットのヘルメットに大きな穴が空いた。どれだけ優勢だとしても、催眠ガスを吸ってしまったらお終いだ。そもそもヘルメットがなければ即死だった。

 しかし、自分は負けるわけにはいかない。

 不利を悟ったイングリットはクロトにサーベルを突き刺したまま蹴り飛ばしてキラの部屋に飛び込んだ。そして扉を素早く閉めて鍵をかけ、安堵の息をついた。

 

「イングリット、さん」

 

 敵とはいえ、顔見知りの傷付いた姿に驚くキラに、イングリットは空の拳銃を突き付けた。

 クロトは弾丸を撃ち尽くしたと思っているだろうが、本当のことはわからない。

 予備の弾倉は持っていないと見抜いていても、一発や二発、隠し持っている可能性を疑うのは自然だろう。もちろんキラには、銃が空であることが判らない。

 

「貴女を渡すわけにはいかない」

 

 イングリットは断固として言った。

 この部屋は要塞の最深部に位置しており、催眠ガスは十分に届いていないようだった。

 キラは銃口を向けられているにも関わらず、イングリットの言葉の隠された意味を理解し、表情を明るくした。

 

「せっかく危険を冒してここまで来たのに、ラクスじゃなくてがっかりするでしょうね」

 

 ラクスを奪還出来ない以上、この戦いには何の意味もない。たとえここで自分が討たれたとしても、オルフェとラクスがミレニアムとクロトたちを始末してくれるだろう。

 

「そう、かな?」

 

 軽く首を傾げたキラに、イングリットは続けた。

 

「誰だって優れたものを求める。その価値があるから必要とされ、愛されるのよ。貴女は、しょせんラクスの、アコードの成り損ないなのよ」

 

「でも、貴女も、たぶん本当は分かってて、それを確かめるために来たんじゃないの?」

 

 キラの問いかけに、イングリットは怒りを露わにした。

 

「黙って!!」

 

 その時、クロトが外からドアを爆破し、鍵を破壊した。

 全身から血を流しながらも、決して戦意を失っていなかった。その血で染まった姿は、まるで地獄を抜け出して現世を彷徨っている悪魔のようだった。

 

「来ないで!」

 

 クロトの姿を見た瞬間、キラの背後に忍び寄ったイングリットは抜き取ったナイフを首に当てた。クロトは駆け寄ろうとしたが、その動きを見て足を止めた。

 

「少しでも動けば、この人の目を潰すわ! 喉も、耳も潰して、手足だって切り落とすわ! 何も出来なくなったこの人を、それでも愛してるって言えるの?」

 

 しょせん彼は彼女が必要だから、愛しているだけだ。どれだけ言葉で取り繕おうとしても、心を読める自分には無意味だ。

 息詰まる緊張感の中、クロトは静かに言葉を発した。

 

「当たり前だろ。……必要だとか、必要じゃないとか。そういうのと関係ないのが、愛ってやつだろ?」

 

 イングリットはまるで雷に撃たれたかのように、その揺るぎない在り方に衝撃を受けた。

 本当の愛とは何なのか?

 自分はそれを知りたかったのだ。

 この人がキラに釣り合わないように、自分もオルフェと釣り合わないと思っていた。ラクスではない自分には、オルフェを愛する資格が自分にはないと思っていた。

 しかし、それでも愛していいのだ。

 このナチュラル、コーディネイター間の終わりの見えない人種差別問題が存在する世界。

 そんな憎悪と分断の世界でも運命に抗おうとする彼の姿に、運命の歯車として造られたキラや、その頂点に立つラクスでさえも、強く心を惹かれたに違いない。

 

「トリィ!」「ブルー!」

 

 キラが懐に隠していた緑と青の鳥たちが、二人の再会を祝うかのように舞い上がり、イングリットの視線を遮った。

 それを振り払おうとして生じた一瞬の隙にキラは緩んだ拘束を抜け出すと、突進してくるクロトの腕に飛び込んだ。

 

「くっ……!」

 

 手元には空の拳銃とナイフしかない。

 イングリットは反射的にキラの背後からナイフを振り下ろそうとしたが、クロトは既に拳銃を構えていた。銃弾でナイフを弾き飛ばすと、クロトはその銃口をぴたりと向けた。

 

「キラ……!」

 

 クロトが安堵の息を漏らす中、イングリットは自分の失敗が信じられずにいた。

 自分達にとって最も重要なアウラを守っていてキラを奪われたのならまだしも、わざわざキラを守ろうとして結局奪われてしまうとは。

 しかしその二人の絆の深さに、ほのかな羨望を覚えた。

 彼らはまだイングリットを警戒しながら部屋を後にしようとした。キラが悲しそうな表情と共に振り返り、クロトは無表情で拳銃を構えた。

 それは賢明な行動だった。

 自分を生かしておいても、彼らにとっては何の得にもならないからだ。

 しかし、自分の心から溢れる言葉を止められずに口にした。

 

「ラクスは、グルヴェイグで貴方たちを待っています。……行って!」

 

 この言葉を告げることがなぜ必要だったのか、イングリット自身も理解できなかった。

 このまま黙って撃たれることで彼らの引き留めに成功すれば、何かしらの反撃のチャンスを作れるかもしれなかった。

 この強い衝動に駆られてとっさに取った行動は、自分を造った絶対的な創造主であるアウラに対する明確な反逆行為だったと言えるだろう。

 

「…………」

 

 無言で頷き合い、クロトとキラが共に部屋を後にすると、イングリットは力なく崩れ落ちてその場で静かに泣いた。

 彼らの自由に愛し合う様子を羨ましく思う一方で、それとは対称的に孤独な自分を痛感した。

 言葉にならない深い敗北感、嫉妬心、そして寂寥感が、彼女の心を包み込んだ。




イングリットとフェンシングして、普通に圧倒される男。まぁ最終的に勝てばセーフです。

逆シャアっぽい会話をイングリットとしてますが、オルフェとは白兵戦にならないので当然ですね。

※キラちゃんの服装はブラックナイツの制服なので、絵面は敵を口説き落としてるような感じです。


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