【悪役を押し付けられた者】 (ラスキル)
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プロローグ
汝、悪であれ、怪物であれ


※オリジナル設定です。実際の年代や神話などとは齟齬があるかも知れません。

ご感想や評価など頂けたら幸いです。


 昔々、あるところに妖精たちが暮らす小さな集落がありました。そこは妖精たちにとって理想郷であり彼らはそこでつつましやかに暮らしていました。

 

 ある日のこと、妖精たちは不思議な噂を耳にしました。人間たちが一人の青年に”この世全ての悪”をすべて押し付けて洞窟に閉じ込めてしまった、というものです。

 

 所詮噂話程度なので詳しいことはよくわかりません。「何でそんなことをするのだろう、相変わらず人間は不思議だ」と、そのままほとんどの妖精はいつも通りの生活に戻りましたが

 

 一匹の妖精は違いました。

 

”なんて面白そうなんだろう!!”

 

 早速自分でも真似してみようとその妖精は思いましたが、すべての悪を押し付けただけではあまり面白くありません、それでは人間と変わりません。

 

 三日三晩悩みましたがこれといった考えは浮かびません。

 

 少々飽きてきたので、気分転換に外に出てみると遊んでいる妖精たちの姿がありました。何をしているのかと聞いてみると、どうやら英雄ごっこをしているそうです。噂で耳にした様々な英雄たちになりきって遊んでいるのだとか。

 

 だけどみんなが英雄しかやらないので悪役がおらず、面白くないということでした。

 

”なら造ればいいじゃないか!!”

 

 さっそく準備を始めます。まず必要となるのは素体となる人間です。

 

 さすがに一から造るのはめんどくさいですから、近くの人間の村から持ってくることにしました。とりあえず村で最初に見つけた人間を持っていこうと探していると、一人の青年を見つけました。

 

 青年はこれといって優れた能力もなく平凡な人間です。誠実で真面目で努力家で村のみんなから愛されている、そんな人間でした。

 

 妖精は青年を眠らせると、さっそく自分の住処に持ち帰り準備に取り掛かります。

 

 ◇◇◇

 

 

「え...ここは...父さん?母さん?」

 

 どうやら人間が目を覚ましたそうです。ちょうど準備も整いましたし、妖精は儀式を始めます。

 

 幸い妖精は魔術に精通しており、ある程度の実力はありました。手始めにあらゆる”悪役”とされた怪物、英雄の情報を人間に押し込みました。それは過去のものであったり、未来であったり、またまた別の世界のもの、それはそれは膨大な量でした。

 

「ひっ、な、なに...い、イタイイタイ!おねが、やめっ、あああああああ!!!」

 

 当然、人間には耐えることができないほどの情報量です。このままでは死んでしまうので、治癒魔術などをかけながら少しずつ儀式を進めていきます。

 

 恐らく人格や記憶などは壊れるでしょうが、そんなもの些細なものです。

 

「.........」

 

 やがて青年は声も上げず、ただ妖精を恨めしそうに睨めつけるだけになりました。そんな人間の姿を見て流石に妖精も心配になったのか青年の頭をヨシヨシと撫でながら囁きました。

 

”もうすぐ終わるからね。そうしたら、みんなで遊ぼう。きっと楽しいよ!”

 

 けれども人間はちっとも嬉しそうではありません。ますます憎悪を込めた目でこちらを睨んでくるのです。やっぱり人間はよくわからないとおもいました。

 

 いよいよ最後の仕上げに取り掛かります。悪役は、最後には英雄に倒されるのは当たり前のことです。

 

 ですが簡単に倒されるのは面白くない、少しぐらい英雄たちと戦えるくらいではないといけないと考えました。最初は魔術などで強化しようかと思いましたがめんどくさくなり、戯れに自分の魔術回路を移植することにしました。

 

 それだけでは足りないと感じたのか一つ能力を与えました、”なんにでも姿形を変えられる”というものです。それは、竜であったり、悪魔であったり、またまた...

 

 ◇◇◇

 

 

”かくして悪役は造られた。”

 

妖精はとても喜びました。これでみんなも喜んでくれるでしょう!

 

———目の前の化け物は嬉しそうにしている

 

姿や表情はよくわかりませんが、この化け物も喜んでいるはずです。頭を撫でてあげましょう。

 

———自分の頭を触ってくる。気持ち悪い、不快感がこみあげてくる。

 

おや?どうやら他の妖精たちが訪ねてきました。ちょうどいい機会です。みんなにも紹介してあげないと!妖精は入り口に向かいます。

 

———いよいよ我慢ができなくなってきた。込み上がる怒り、憎しみ、それらを吐き出す。

 

妖精が入り口にたどり着いた瞬間、後ろから迫る巨大な獄炎に飲み込まれるのでした。

 

———それは、巨大な炎の塊となり辺り一面を包み込みこんだ。

 

 ◇◇◇

 

 

 そこからは地獄さながらでした。妖精たちの集落はあっという間に炎に飲み込まれました。

 

 少し離れた人間の村でもきっと彼の姿は見えたことでしょう。ですが、人間だった頃の彼の面影は全くあらず、ある者は"竜"だと、またある者は"悪魔"だと、そして彼の家族はそれを"神"であると言い祈り始めました。

 

 何もかも、何もかも燃やし尽くされ、食い尽くされる。もはや、人ですらないその怪物は翼を広げ飛び立ちました。

 

"汝、悪であれ。英雄に打ち滅ぼされるべし"

 

 これが記録に残る彼の最古の記録です。その後も彼は様々な神話や物語に登場していきます。次に彼が登場するのは...

 




もしよろしければ、感想聞かせてくださいね


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神喰い 「原初の罪」


【挿絵表示】

イメージとして


大地が燃えている

世界が燃えていく

文明は踏み潰され、あらゆる生物は隷属さえ許されない

ある者は嘆いた

ある者は戦うことを決意した

ある者は諦めた

どのようなことを想おうが結末は変わらない

 

 ◇◇◇

 

 

 紀元前1万4000年、世界は白き巨人セファールにより滅ぼされようとしていた。

 

 あらゆる生物が立ち向かい、そして死んでいった。それは神すらも例外ではない。当時の地球を統べる存在であった神々の殆どが巨人に抗ったが、悉く敗北を繰り返していく。

 

 命乞いをして辛うじて破壊を逃れたメソポタミアの神々とほんの一部の生き残り以外は全て殲滅された。

 

 生き残りをかけた最後の攻撃が数刻前に行われたが、結果は惨敗。殿を務めた戦神はすでに破壊されており、残るのは後のギリシャ神話の最高神となる”ゼウス”を含むオリンポスの機神のみであった

 

「”よもやこれほどとはな...”」

 

 諦めにも聞こえる言葉を吐きながら、ゼウスは巨人を見つめる。

 

 最も力のあった戦神アレスは破壊され、残った全機神の力を結集しても敵うすべもなく只々そこに立ち尽くすのみであった。

 

 巨人はまもなく追いついてくるだろう。もはや逃げても無駄だと悟り、残った全機神に告げる

 

「"もはやここまでである。だが、最後まで我々は抗う!あの忌まわしい巨人にひと泡吹かせてやろうではないか!"」

 

 無駄だと分かっていても、機神には機神なりのプライドがある。残った力を全て注ぎ、最後の一撃を放とうとした次の瞬間―――

 

 "Gaaaaaーーー!"

 

待ってましたと言わんばかりの怪物の大きな口が巨人の脇腹を抉り取った。

 

 その怪物はずっと待っていた、岩に化けていた自らの近くに白き巨人が来ることを。

 

 怪物は”どんなものにも変化できる”能力を持っていたものの、所詮本体はただの人間。幾ら化けようがハリボテに過ぎない。そこで目を付けたのが白き巨人である。

 

 巨人は自ら破壊した生命、建造物、概念を霊子情報として吸収し、巨大化していく能力を有していた。

 

 ならば、その力を奪い取る、それが怪物の考えだった。正面から戦うのは分が悪い、ならば不意打ちあるのみである。力の一端でも奪えれば上々、結果それはうまくいった、うまくいってしまった。 

 

 巨人は予想外のダメージを受けたのか驚いた表情で怪物を見ている。自らの体を食らう怪物を見て何を感じたのだろうか。ふらふらと立ち上がり、逃げるようにその場から離脱していった。

 

「”ひっ...”」

 

 それはだれから漏れた声であっただろうか。

 

 白き巨人は撃退された。

 

 だが誰一人歓声を上げることはない、状況は変わらない、むしろ悪化した。

 

 黒き怪物は巨人の力を取り込み、64、128、256mとその構造を巨大化させていく。

 

 それが1,000mを超えたあたりであろうか、ようやくこちらに気づいたらしい。

 

 ニタニタと気味の悪い顔を浮かべながら近づいてくる。

 

 ある神は錯乱し、ある神は自ら機能を停止した。ゼウスは無駄だと悟りながらも最後まで立ち向かった。決着は一瞬で着いた。結果は語るまでもない。

 

 ◇◇◇

 

 

 破壊した機神たちをむさぼりながら怪物は情報を整理していく。

 

 巨人から奪った情報の中には人間であったり獣であったり様々なものがある。

 

 怪物は理性を欲した。

 

 あらゆる”悪役”の情報を押し込まれたもののそれは理性のないものであったり、ただただ破壊衝動のみのものであったり、あるいは理知的であったり、怪物は存在するだけで矛盾を抱えていた。

 

 よほど適当に積み込まれたのであろう、無駄な情報が多すぎる。機神や巨人の一部を取り込むことで人間と獣の中間程度の理性は獲得した。

 

 だが足りない、巨人の一部しか奪えなかったせいか物足りなさがある。

 

 追いかけて今度こそ全て食らいつくそうかニタニタと考えていると、

 

 ―――そこに一人の人間が現れた

 

 小高い丘からこちらを見上げている。

 

 怪物は人間ごときに何ができると嘲笑うが、ふと人間が持つ”剣”が目に入った。

 

 瞬間、即座に攻撃態勢に移る。理性で判断するよりも早く本望が訴える。”あれはマズイ”と。

 

 その剣はただの剣にあらず、星の祈りを集めた聖剣、異星からの侵略者を撃ち滅ぼさんとする物。

 

 怪物は巨人の力の一端を奪ったことにより”異星からの侵略者”の特性を有していた。

 

 故にこの結末は最初から決まっていたのである。

 

 怪物は人間に向けてその力を振るおうとするものの、数秒遅かった。

 

 振り下ろされた聖剣から放たれた眩い光は黒き怪物を包み込む。

 

 天まで届くその光はあたり一面を照らし、その光景を見たものは例え神であろうと見惚れるほどであったという。

 

 怪物の姿は消え去りそこには黒く光る塵が残るのみであった。

 

 かくして”悪”は打倒され、一人の名もなき英雄が誕生した。神の時代は終わり、これからは人の時代が始まるのである。

 

 ◇◇◇

 

 

 戦いが終わり、黒い塵が残された大地。時間をかけ少しずつだが小さな塵が集まり、一つの形を成していく。

 

 形成されたそれは一人の人間であった。

 

 怪物は聖剣により打倒される瞬間自らの身体を塵に変化させた、大半は消し飛ばされたものの人型を構成するうえでは問題ない。

 

 "やはり大きすぎる巨体は不必要だ”と考えながら歩きだす。ただ与えられた役割を果たすために。

 

 ただ変化があったとするなら”人間”というものに興味が湧いたことであろう。とりあえず人がいるところに行こうと考え、あてもなく彷徨うのであった。

 

 

 




 人の形に戻った彼ですが、もともと人であったことなど忘れています。ただそのほうが都合がいいと思ったにすぎません。
 次回は泥人形と出会う物語か、狩人に見惚れる話。どちらかを考えています。


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泥人形編
短編① 泥人形と怪物 「家族」


やっぱり書きたくなった。



 昔々あるところに黄金の王が統べる大きな国がありました。

 

 王様には泥から生まれた人形のお友達がいました。二人は時々喧嘩をして周りを困らせましたが、いつも祭祀長に怒られて仲直りを繰り返す、そんな楽しい日々を過ごしています。

 

 ある日のことです。突然、黒く大きな怪物が国を襲ってきたのです。

 

 怪物はとても強く、国中の戦士達が立ち向かいましたが、全て返り討ちにあいました。黄金の王様はいよいよ不味いと思い、友と共に戦いに向かいます。

 

 しかし、決着は中々つきませんでした。王様は剣や斧など様々な武器で攻撃をしますが、怪物は姿形をあらゆる物に変えて攻撃を躱してきます。

 

 泥人形の友も姿形を変え応戦を続けますが怪物の方が一枚上手のようで、スルスルと攻撃を躱しながら反撃してくるのです。

 

 いよいよ痺れを切らした王様は自分の武器を怪物に向けて投げつけます。

 

 するとその内の一つが見事に当たり、怪物は苦悶の声を上げました。中心部が怪物の弱点だと見破った王様は友に"中心部を縛り付けろ"といい、友は身体を鎖に変化させ怪物を縛り付けました。

 

 中心部には怪物の正体がおり、そこを縛られてしまっては姿を変えようにも変えられません。

 

 ギリギリと締め付けられていき、遂には大きな姿を保てなくなりました。パッと大きな怪物の姿は消え、鎖に縛られた何かは地面に落ちてきました。

 

 王様達は怪物の正体を見てやろうと近づき、それを見て驚きました。怪物の正体は何の変哲もない人間の少年だったのです。

 

 王様は少年に問います。

 

"なぜ、我の国を襲った?"

 

青年は言葉が通じてないのか、王様達を睨めつけながら"ヴぅぅぅ"や"ガァァァァ"といった唸り声をあげています。

 

"ふっ、まるで獣のようではないか。だが、我の国を襲った罪は重い。子供であろうと容赦はせん、即刻首を刎ねてやる"

 

そう言い、王様は少年に向けて剣を振り下ろそうとしますが

 

"待ってギル"

 

 友が少年の前に出てそう言いました。王様は何のつもりだ?と思いましたが、友は続けてこう言います。

 

"この子は僕に任せてくれないかい?"

 

王様は一瞬ぽかーんとした感じでしたが直ぐには"フハハハハ"と笑い出します。

 

"いつから冗談を言うようになったのだエルキドゥ?面白い!そこまで言うのであればお前に任せてみようではないか"

 

 少年がまた国を襲えばその時は分かるな、と釘をさして王様は帰っていきました。

 

 エルキドゥは少年に巻き付いた鎖を解こうとしましたが、あまりにも暴れるので鎖をそのままにして連れていくことにしました。

 

 エルキドゥが向かったのは、いつもお世話になっている祭司長のシドゥリの家です。

 

 シドゥリは驚いた様子でしたが事情を説明すると少年を抱きしめました。身寄りのない少年を想っての行動でしょうが、少年には理解できません。

 

 噛みついて引き離そうとしますが、エルキドゥから"噛んだら怒るよ"という視線を向けられ大人しく抱きしめられることにしました。

 

 最初は暴れていた少年も徐々に落ち着いたのか表情も和らいできました。

 

 すると"ぎゅるるる"とお腹を鳴らすので、シドゥリは直ぐにバターケーキを持ってきてくれました。よほどお腹がすいていたのかガツガツと食べ始めます。

 

 二人もケーキを食べながらニコニコとこちらを見てきます。

 

”みんなと一緒に食べるのは美味しいでしょう?これからは毎日一緒に食べましょうね”

 

 確かに今まで食べた巨人や機械たちよりも美味しいと思いました。何だか胸のあたりがポカポカとしてきます。

 

 "みんなと食べるご飯は美味しい”怪物はまた一つ学習しました。きっとこれを幸せと呼ぶのでしょう。

 

 

 これは怪物が少しずつ自分を造っていく、そんな話。結末は決まっていようとも歩み続けていくのです 




文章力のなさよ。

純粋なものってなんか子供のイメージがある。それが善か悪かの違いはあるだろうけれど。


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短編② 泥人形と怪物 「人として歩もう」

 


 あれから暫くの時が経ちました。怪物は王様の国で過ごすうちに少しずつ人間と関わっていきました。

 

「おう!いつも悪いな坊主。シドゥリ様にもよろしく言っといてくれ」

「うん、分かった」

「それと、ほれ。こいつを持っていけ、娘が作ってくれた菓子だ。お前にも分けてやる、美味いぞー」

「本当⁈ありがと」

 

 シドゥリとエルキドゥ(あと王様)の教育のおかげもあり、言葉も上達し、次第に周りにも受け入れられていきました。

 

「ほう、良いものを持っているではないか。我に献上することを許す」

 

「あっ、かえせ!かえーせー、かーえーせーよー。返さなきゃ食べてやるぞ!」

 

 王様はいつも意地悪です

 

「ふふははは!見るがいい、エルキドゥ!ちっこいのが可愛らしく跳ねておるぞ!悔しければ我に対する讃美の言葉、一つや二つ覚えーーーゴフッ」

 

「ギル、僕は言ったよね意地悪しちゃダメだって」

 

「わー、ありがとう、エルキドゥ!」

 

「おのれぇ、かわい子ぶりよってから。ま、待てエルキドゥ、我を引きずるな!民に面目が立たぬであろうが!」

 

 ズルズルと引きずられる王様を満面の笑みで見送る怪物。こんな愉快な日々が続いていました。

 

 ただ、怪物には一つの疑問がありました。

 

 何故エルキドゥは王様や人間達と一緒にいるのでしょう?聞いた話によると彼?彼女?は神に遣わされた天の楔というものらしいのです。人と神を結びつける鎖、王を天へ連れ戻すのが役目。

 

 

 

 ある日の夜、城塞で佇んでいるエルキドゥと話をしました。

 

「どうして僕がギルと一緒にいるのかだって?...そうだね、少し昔話をしようか」

 

 ◇

 

 ―――泥から、僕は生まれた。神の手こねられた粘土。千差万別に変化する道具として作られたんだ。

 

 起きたばかりの僕には理性がなかった。理性のない僕に嘆いた父は、僕に女をあてがった。鏡すら見た事のない僕にとって、そのヒトは自己を知るいい見本となった。

 

 ”エルキドゥ”

 

 僕の役割。僕の使命。おごりきったギルガメッシュに、神の怒りを示さなければならない。

 

「貴様が、我を諌めると?」

 

「そうだ。僕がこの手で君の慢心を正そう」

 

 彼はいつも孤独だった。彼は生まれながらに結論を持っていた。神でもなく人間でもない生命として孤立していた。双方の特性を得た彼の視点はあまりに広く、遠く、神々ですら、彼が見据えているものを理解できなかった。

 

 それでも彼は王である事を捨てなかった。自らに課した使命から、逃げる事はしなかったんだ。彼は真剣に神を敬い、人を愛した。その結論として、神を廃し、人を憎む道を選んだだけだったのだ。

 

 戦いは数日に及んだ。僕は槍であり、斧であり、盾であり、獣であり、兵器だ。万象自在に変化する僕を相手に、彼は持ち得るすべての力を振り絞った。

 

「おのれ―――泥人形風情が、我に並ぶか!」

 

 はじめて対等のモノに遭遇した驚きか、怒りか。戦いの中、彼は秘蔵していた財宝を手に取った。

あれほど大事に仕舞っていた宝を持ち出すのは、彼に取っては屈辱以外の何物でもなかっただろうね。

初めは追い詰められて、やむなく。けれど最後は楽しみながら惜しみなく、持てる財を投入した。

 

 戦いは―――果たしてどちらの勝利で終わったのか。

 

 彼はついに最後の蔵までを空にし、僕は九割の粘土を失っていた。衣服すら作れなくなった僕の姿は、さぞ貧相だったのだろう。彼は目を見開いて大笑した後、仰向けに倒れこんだ。僕も地に倒れ、深く深呼吸をした。

 

「互いに残るは一手のみ。守りもないのであれば、愚かな死体が二つ並ぶだけだろうよ」

 

 その言葉の真意は、今でも分からない。

 

「使ってしまった財宝は、惜しくないのかい?」

 

 なんとなく、そんなことを聞いた。

 

「なに。使うべき相手であれば、くれてやるのも悪くはない」

 

 晴れ晴れとした声で、ギルガメッシュはそう言った。

 

 それからの僕は彼と共にあった。駆け抜けるような日々だったんだ。

 

 フンババという魔物がいた。僕たちは力を合わせてこれを倒した。僕は彼に問うた。なぜフンババを倒すと決めたのか。それは神々からの命令ではなかった。かといってウルクの民の為でもないはずだ。

 

「いや、ウルクを守る為だが?地上の全悪を倒しておかねば、民どもが飢え死のう」

 

 何故か、と更に聞いた。彼はウルクの民を圧政で苦しめている。その彼が、なぜ民の心配をするのだろう?

 

「不思議ではないだろう。我は人間の守護者として生まれたものだからな。この星の文明を築くのが、王の役目だ」

 

 そう口にする彼の眼差しは、あまりに遠かった。同じように作られた僕でさえ、その見据える先が分からない程に。

 

「守護にも種類があろう。守る事だけが守護ではない。時には北風も必要だろうよ」

 

 この時、僕は彼を完全に理解した。

 

「そうか。つまり君は、見定める道の方を尊んだんだね」

 

 照れくさそうに彼は笑った。

 

 ◇

 

「だから彼と共に―――人と共に歩むことを決めたんだ」

 

 君はどうするんだいとその目は問うてるような気がしました。

 

 怪物は今まで数々の国を、人間を滅ぼしてきました。それが役目なのです、彼に与えられたただ一つの役割。望まれたように生きる、そうしてきました。

 

 ですが、王とエルキドゥに諌められこのウルクで暮らしています。彼らは怪物のことを人として扱い共に歩んできました。

 

「僕は...」

 

 もう少しだけ、この幸福に浸かっていたいのです。

 

「―――人として歩むよ。」

  



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怪物と狩人
狩人と怪物 「出会い」


 彼が登場する物語で有名どころはいくつかありますが、私が選ぶならこの二つの物語です。一つは”ギルガメッシュ叙事詩”この物語で彼は緑の友人に出会います。友人を通して人を知り、を知ります。出会いと別れを経験しまた一つ成長します。ですが最後には”悪役”として黄金の友と戦い、この物語での役割を終えます。今回はもう一つの物語、”麗しの狩人と黒き怪物”を語ろうと思います。

 

 ◇◇◇

 

 

 一人の青年が旅をしていた。名をヒッポメネースといい気ままな旅生活を過ごしていた。ある日立ち寄った国でヒッポメネースは一つの噂を耳にした。

 

”あのアタランテを妻にできる”

 

 あのアルゴー船の乗組員である麗しの彼女を娶るために、国中の男たちが集まっているそうだ。

 

 ヒッポメネースも噂に誘われ、アタランテがいると聞いた場所へと足を進めた。

 

 だがどうも話を聞くと、彼女を娶るためには俊足の足を持つとされる彼女に徒競走で勝つ必要があるのだと聞く。

 

 自分にそのような実力はない、どうしたものかと悩んでいると、愛と美と性を司る女神アフロディーテの神殿を目にした。

 

 これ幸いとヒッポメネースは祈りをささげると天からアフロディーテが現れ、彼に”黄金の林檎”を授け、これを1つずつ落としてアタランテの気を引き付けるように教えた。

 

「これなら、きっと勝てる!」

 

 そう確信しヒッポメネースはその晩すぐに眠りについた。それ故に、黒い影が近づいているのに気づかなかった。

 

 翌朝、さっそくアタランテのもとに訪れ勝負を挑んだ。スタートの号令がされ二人は走り出す。アタランテは少し距離を置いて追いかけてくる。必ず勝てることを見越してのハンデのつもりであろうが自分にはこの”黄金の林檎”があるのだ!と服の中から取り出そうとするが

 

「ない...ないっ!林檎がない!?」

 

 いくら服をまさぐろうと林檎は見つからない。

 

 そうこうしているうちにアタランテはすでに自分を追い越しており、一か八かで必死に追い付こうとするが当然距離は広がり続け、ついにアタランテはゴールした。

 

 ヒッポメネースはゴールにたどり着くことはなかった、ゴールに着いたアタランテは弓を構え男に向け矢を放つ。その矢は正確に男の心臓を撃ち抜いた。

 

”私と勝負し勝った者の妻となろう。だが、敗者はこの弓で死んでもらう”

 

 アタランテは宣言通り、自らに挑んできた男たちと勝負し、そして死を与えた。ヒッポメネースもその男たちの一人に過ぎなかった、最後に彼は何を思ったのであろうか。その日、一人の男がその人生を終えた。

 

 ◇◇◇

 

 

 時を同じくして、一人の青年が黄金色の林檎を食べている。

 

 "普通の林檎と味は変わらないな”と悪態をつきながらむしゃむしゃと頬張っている。

 

 青年は気ままな旅生活を過ごしており、たまたまこの国に立ち寄った。

 

 この辺りでは珍しい顔立ちで、髪は夜のように美しく黒く染まっている。青年が林檎を食べていると子供達が近づいてきた。

 

「すごーい!綺麗な色の林檎だね!!」

 

 どうやら林檎に見惚れているようだ。”ああ、拾ったんだよ”青年は答えた。

 

「へえ~ねえ、味は?味はどうなの?美味しいの?」

 

”味は普通の林檎と変わらないから美味しいよ。良かったら食べてみるかい?”そういって黄金林檎を人数分に切り子供たちに渡した。

 

「いいの?!ありがとうー!」

 

”みんなで食べるほうが美味しいんだよ。そう教わったんだ。”青年は笑顔でそう答えた。

 

  ◇◇◇

 

 

 ある日青年は一つの噂を聞いた。

 

”あのアタランテを妻にできる”

 

 なんでも勝負に勝てばとんでもない美人を娶ることができるそう。青年はあまり興味は湧かなかったものの、やることもなかったので足を運ぶことにした。

 

 アタランテがいるとされる場所を訪れると、まず目にしたのは心臓に矢が突き刺さった死体の山。聞くところによるとアタランテに勝負を挑み敗れていった者たちの死体だという。

 

”私と勝負し勝った者の妻となろう。だが、敗者はこの弓で死んでもらう”

 

 そこまでして一人の女に執着するものなのだろうかと疑問に思い、”やっぱり人間は面白いな”と言葉を零しながらその場を後にしようとする。

 

「なんだ、汝は挑戦者ではないのか?」

 

 後ろから声をかけられた。

 

 ああ、前言は撤回しよう。これは確かに自分の命を懸けてでも、と思っても仕方がないのかもしれない。

 

 振り返ればそこには美しい緑の狩人がいた。

 

―それが狩人と怪物の出会いであった―

 




 彼の友人の話はいずれまたどこかで

 本作品のアタランテは、アルゴー船→徒競走→カリュドーンの獣狩り、という感じの時系列で進めます。滅茶苦茶だと思いますが、どうかご理解いただきたい。


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狩人と怪物 「一目惚れ」

主人公の名前どしよ


 彼女を目にした瞬間、青年は心を奪われた。その緑と金色に輝く美しい髪、そして気品に溢れたその姿に見惚れてしまうのだった。

 

「む?まさか言葉を喋れぬわけでもあるまい。もう一度聞こう、汝は挑戦者ではないのか?」

 

 はっ、と頭を振り現実に戻る。質問に答えなければ今にも弓で射られそうな雰囲気である。青年は身振り手振りで違うという意思を示し”噂で聞いたあなたの姿を一目見たくて”と答えた。

 

「ふっ、安い口説き文句だな。まあいい、挑戦者ではない者に用はない、さっさとここを立ち去れ。」

 

 そう言い、アタランテは森の奥へと駆けていった。

 

 しかし、もう間もなく日も沈む。彼女には悪いが今日のところはここで一晩を越させてもらおう。まずは火をおこす準備をしなくてはと、木を集めるために森へ向かう。

 

 しばらく森の中を歩いていると、上から果物が落ちてきた。見上げると、小さなリスがこちらを見ている。プレゼントのつもりらしい。"ありがとう、有り難く受け取らせて貰うね"そう答え森を進む。

 

 青年が森を出る頃には手には一杯の果物があった。昔から動物に懐かれることが多く、今回も沢山の恩恵があった。森の動物達に感謝しながら今日のご飯にありつく。どうやら豪勢な食事になりそうだ。

 

 ◇◇◇

 

 

 翌朝、何やら騒がしい声で目を覚ます。沢山の男達が集まってきているようだ。話を聞くと

 

「今まで一人一人挑んだから勝てなかったんだ!何人かで妨害すれば簡単なこった!」

 

 そう言って意気揚々と勝負を挑んでいく。"無理だと思うけどなあ"と思ったがその勝負を見守ることにした。

 

 アタランテと4人の男が走り出します。

 

 アタランテはいつも通り男たちの少し後ろを走っている。

 

 すると男の中の一人が彼女に向かってとびかかる。

 

 それを横によけて躱し何食わぬ顔で走り続ける、他の男も次々とタックルを仕掛けたり無理矢理でも止めようとするが、ひらりと身を躱して一向に止まる気配はない。

 

 男達は自分たちの中で一番足の速いものにすべてを託すつもりだったがそれもすべて無駄足に終わりそうだ。

 

 あっという間に先頭の男を追い越しゴールする。そして男達を待っているのはアタランテによる平等の死だ。

 

 それからも男たちは様々な方法で妨害し続けるが、アタランテはそのすべてを打ち破ってみせた。

 

 青年はその間ずっとアタランテに見惚れていた。彼女の走り、そしてその表情、一つも色褪せることなく記録されていく。

 

 死んでいった男たちには興味はないが、彼女を誰かに取られるのは惜しい。

 

 今日の日のうちにこの国を離れるつもりであったが、”彼女を見ていたい、もっと知りたい”と考えしばらく滞在することに決めた。

 

 ◇◇◇

 

 

 その日の夜、森の中を散歩していると一頭の子鹿に出会った。

 

 どうしたんだろうと見ていると、少し走っては此方を見て、また走っては此方を見てくる。

 

 どうやら"競争しよう!"と言っているようだ。もしかしてアタランテの走りを見て誰かと走ってみたくなったのかもしれない。青年も少しばかり走ってみたかったのでそれを了承した。

 

 しばらく人の姿で走ってみたものの、木々が生い茂る森の中ではいささか走り辛い。

 

 そこで体を変化させ同じ子鹿の姿で走ることにした。青年はただの人ではない、身体をどんな物にも変化することができる。

 

 蹄を鳴らし森を駆け抜ける、木々を綺麗によけ爽快感溢れる走りで駆けていく。

 

 人の身体ではついていくのに精一杯だったものの今度は一緒に駆けることができる、心なしか小鹿も楽しそうだ。

 

 が、楽しそうに森を駆けるその二匹を狙う一人の狩人がそこにはいた。

 

 確実に仕留めることができるように弓に矢をかけその時をジッと木の上から待つ。

 

 ◇◇◇

 

 

"狙われている?"森を駆けている中、自分達に注がれる視線に気づく。

 

 その瞬間、子鹿の脳天に矢が突き刺さる。思わず脚が止まる、即死だ、もう治しようがない。悔やむ暇もなく自らに放たれた矢が飛んでくる、止まっている暇はない。

 

 森を駆ける。いくら逃げようと矢が追ってくる。木から木へ飛び移りながら此方を追いかけてくる。

 

 右に左に避けながら駆けるが躱し切れず次々と身体に矢が刺さる。

 

 "このままでは埒が開かない!"身体を大鷹に変化させ空へと羽ばたく。

 

 やっと逃げ切れたと思ったのも束の間、翼を矢で撃ち抜かれる。そこで体力が力尽きたようだ、大鷹の姿を保てず人の姿に戻ってしまう。

 

"まさか自分が獲物になるなんてね"

 

 そう失笑しながら地上へ落下していく。地面に叩きつけられ衝撃が身体に響く。

 

 どうやら血を流しすぎたらしい、指一本動かせない。魔力は充分にあるので傷の治療に大半を回す。"よくもまあここまでやってくれたものだ"と思わず感心してしまう。

 

「確か、この辺りに落ちたはずなのだが...」

 

 恐らく矢を放ってきた狩人だろう、此方へ近づいてくる。

 

「血の跡が.....っ!どうして汝がいる?!それにこの傷、まさか汝があの獣?いや、それよりも早く手当を...」

 

 自分を心配してくれているのだろう、心配そうに問いかけているらしい。返事をする前に意識は途切れていく。

 

 麗しの狩人"アタランテ"それが彼女との2回目の出会いだった。




 もし気に入ってくださったら、評価や感想を是非お願いします。今後の小説内容の参考にさせていただきます。


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狩人と怪物 「汝は馬鹿」

fgo2500万DLおめでとうございます!皆さんは☆4鯖何を選びますか?私はもちろんアタランテです‼


 懐かしい夢を見ました。

 

"父がいて、母がいる。そして自分がいる。"

 

 顔は分かりません。黒く塗り潰されてるようで全く分かりません。

 

"なんでもない毎日、でもそんな日々が幸せだった。"

 

ふと後ろを振り返りました。。そこにはのどかな風景などなく、気味の悪い笑顔を浮かべた怪物がいます。ニタニタと笑いながら青年で遊んでいます。”痛い、やめて、殺して”叫び続けても止まりません。それにとってはただの遊び、一時の思い付きでしかないのですから。

 

”あまり思い出せない、これが自分なのかそうでないのか、それすらも分からない”

 

 場面が変わり、青年だったものが辺りを燃やし尽くしています。逃げ惑う妖精たち、容赦はしません。なぜなら、あの怪物と同じ姿をしているのです。気持ち悪くて仕方がないのです。”痛い、やめて、殺して”と懇願してきます。それをニタニタと笑いながら、ゆっくりゆっくりと燃やしていきます。。”なんて良い声を上げるのだろう!”もっと聞きたい、もっと聞かせてほしい、そう思い次のおもちゃを探しますが、もうなくなってしまったみたいです。でも心配ありません、すぐ近くに人間の村を見つけましたから。

 

”...もういい”

 

 人間達は、泣き叫んだり...”もういいって”...してきます。色々な反応をしてくれました、嬉しくてたまりません!手始めにこちらを見て祈る夫婦を...”お願い!”そして大きな口を開け”お願い...もうやめて...”

 

 夫婦は最後まで息子のことを案じ続けていました。

 

 ◇◇◇

 

 

”っ...!!”

 

 目を覚ます。気を失っていたみたいだ、もう辺りも随分と暗くなっている。

 

”誰か...”

 

 返事はない、外で焚火が燃え盛る音のみが辺りに響き渡る。ここは誰かの天幕の中らしい、ご丁寧に手当までしてくれている。傷は大体治っている、これなら明日にでも動けそうではある。

 

”っとっと...血、流しすぎちゃったかな”

 

 立上がろうとするがどうも身体がふらつく。歩き出そうとするが足がもつれてしまう。

 

”やばっ...転ぶっ!―――ぐえっ”

 

 転ぶ瞬間に後ろから服をつかまれる。間一髪で転ばずに済んだ。

 

「はぁ、なにをしているのだ汝は...」

 

 後ろを振り返ると、呆れと心配が入り混じった表情でこちらを見るアタランテがいた。

 

”え!、あ、その...ありがとうございます?”

 

 突然のこと過ぎて頭が追い付かない、”なぜここに彼女が?”や”やった!また会えた、嬉しい!”といった感情が頭を飛び交う。

 

「全く...怪我人なのだから大人しくしていろ。」

 

 無理矢理に寝かされ触診を受ける。彼女の手が優しく体に触れる。ちょっとだけくすぐったい。

 

”はわわわっわ”

 

 情けない声を上げてしまう。だって仕方がないだろう!こんな経験今までなかったんだ...

 

「ふむ、傷は治っているのか...いったい何者なのだ汝は、あのように姿を変えたり、ただの人間ではあるまい?」

 

 警戒に満ちた視線が注がれる。浮ついた気持ちがさあーっと冷えていく。返答次第ではただじゃすまなそうである。

 

("困ったな...どう誤魔化そうか、嘘をついても気づかれるだろうし")

 

 あまり悩むとかえって怪しまれる。...よし、この作戦でいこう。

 

"人間だよ、ちょっとだけ魔術が使えるね"

 

「魔術...?私もあまり詳しいわけではないが汝のそれは..."ぎゅるるる"...腹が空いているのか?」

 

"そういえば今日はまだ何も食べてなかったな、あははは..."

 

顔を赤らめ答える。アタランテは"はぁ..."と呆れた表情で外へ何かを取りに行く。

 

"計画通り(ニタァ)"

 

どうやら、外で肉を焼いていたらしい。焼きたての鹿肉を持ってきてくれた。

 

「私の今日の獲物を分けてやる、それを食べて精をつけろ。」

 

 あの小鹿の姿を思い浮かべ"ごめんね"と心の中で謝る。これを食べれば少しは回復できるだろう。彼女には感謝しかない。

 

"ありがとう、傷の手当から何もかも..."

 

「気にするな、一応こちらにも責任はある。しかし...私はてっきり汝が"黒き怪物"だと思ったのだが...」

 

"...黒き怪物?"

 

 一瞬ドキッとする。詳しく聞くとこの辺りに古くから伝わる昔話のようだ。

 

"それは突然現れました。それは何にでも化けます。それは夜のように真っ黒です。それは次々と神様を食べていきます、ニタニタと笑いながら。ああ恐ろしい、恐ろしい。でも心配しないで、英雄がきっと来てくれます。彼らはいつだって私たちを助けてくれるのですから。"

 

 大昔から伝わる話だそうで、多くの男たちは”自分が怪物を倒して英雄になってみせる”と酒の席で豪語するのだとか。...酔っ払いに退治されるのは流石に勘弁だな。

 

「最初は勘のいい鹿だと思っていたのだが、次々と矢を躱すのでな、つい滾ってしまった。更に大鷹に化けるのだからこれはまさかと思ったのだがな...」

 

 こちらをジッと観察するような目で見てくる。何だろうと首をかしげると、ふふっ、と少し小馬鹿にしたように

 

「汝の間抜け面を見ていると...ふっ、どうやら私の杞憂だったようだ」

 

 むっ、間抜け面...?確かに会話出来ることが嬉しくてにやけた顔になっているのは否定しないけど、

 

”君ってその...案外ハッキリ言うタイプなんだね、あははは...”

 

 そんな会話を続けているうちに肉を食べ終わってしまった。あまり長居をするのも申し訳ないな、だいぶ体も動くようになってきた。

 

”ありがとう、だいぶ元気も出たしそろそろ自分の天幕に戻るよ”

 

「そうか...もう一度忠告するが用が済んだのならこの国を去れ。次にもし森で撃たれても文句は言えんぞ」

 

”あーうん、考えておくよ”

 

 ”じゃあね”と手を振るが彼女はこちらに一瞥をくれただけで中に戻ってしまった。でも進歩はあった!なにせ会話もできた上に一緒にご飯まで食べれたんだから!。自分の天幕に向かう足は思いのほか軽かった。

 

 ◇◇◇

 

 

 次の日、腕一杯に果物を持ちながらアタランテのもとに向かう。森の動物たちに美味しい果物が実る場所を聞き、一人で食べるのも勿体ないしせっかくだしお裾分けというわけである。勿論、彼女と話したいという気持ちもあるのだが。ちょうど今日の勝負から帰ってきたアタランテを見つける。

 

”あ、おー-い!”

 

 アタランテは一瞬驚いた顔をするが、こちらを見ると呆れた表情で”はあ”とため息をつき

 

「汝は...馬鹿なのか?」

 

”ええっ?!”

 

 怪物は少しづつを知っていく。それはきっと無駄だとしても――――




今回もありがとうございました。ご感想などお待ちしています。


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狩人と怪物 「醜いもの」

まだ、悪役らしいことができてないなあ。


「汝の持ってくる果実は...モグモグ...相変らず旨いな」

 

 果実を美味しそうに頬張りながら答える。こうやっておいしそうに食べてもらえるとこっちまで嬉しくなる。そんな彼女の姿を見るだけで僕はにやけてしまう。

 

 あの日から果実を持ち何度も彼女のもとに通った。追い返されたり、時には何か怒りに触れたのか矢を撃たれることもあった。だが、それにもめげず何度も何度も足を運んだ。

 

 段々と受け入れてくれたのか、それとも諦められたのか、少しづつ会話をしてくれたり、持ってきた果実を一緒に食べてくれるようにもなった。

 

”友達が美味しいものが実っているところを教えてくれるんだ”

 

「友達...それは森の動物たちのことか?」

 

”うん、他にもいろんなことを教えてくれるんだ。例えば天気の見分け方と「人間の友達はいないのか?」...い、今はいない?かな、多分、うん。”

 

 哀れみや同情の視線が向けられる。そんな目で見なくてもいいじゃないか。別に人と関わってないわけじゃない。

 

”で、でも子供には好かれるんだよ!たまに遊んだりするし...”

 

「そうか、子供か...それはいいことだな」

 

 優しい声でそう答える、初めて見る顔だ。

 

”子供好きなの?”

 

「ああ、彼らの笑顔が好きだ。愛おしいと思う...」

 

 初めて彼女の年相応の笑顔を見れた気がする。ああ、この笑顔を僕は...

 

”ならさ、今度一緒に遊びに行こう!みんなも喜んでくれるよ!”

 

「汝と...一緒にか?」

 

 きっとそれは楽しいだろう、そうに違いない。そう確信し頷く。

 

「...そうさな、それは楽しみだ」

 

 彼女は僕の目を見てそう言った。”それはきっと叶わない”、そんな目をして

 

 

 ◇◇◇

 

 アタランテは今日も競争を続ける。いや、正しくは続けさせられているというべきか。彼女の父、アルカディア王スコイネウスに。

 

 そもそも事の始まりは王がアタランテを捨てたことから始まった。

 

 

 ”あるところに一人の王様がいました。王様の父は武勇と知略に優れており人々からは英雄だと讃えられていました。

 

 そんな父の姿を見ながら育ったので”いつか自分も父のように”と、ひたすら剣を振るい勉学に励み、努力を続けます。

 

 ですが人生、そう上手くはいかないものです。

 

 彼は平凡でした、いたって平凡な男でした。いくら努力しようと上には上がいるのです。

 

 父とは違い自分には何も才能がないことを悟り、嘆きました。そして男はただの”王”になったのです。

 

 王様を見る目はいつも同情や哀れみ、蔑みといった物。それもそうでしょう、彼の持つものといったら王としての地位しかないのですもの。

 

 ただ利用する、自分の利益だけ求める。彼の周りはそんな人間しかいなかったのです。

 

 そこで王は跡継ぎを求めました。自分ができなかった功績を息子が成し遂げ人々から”英雄”と認められれば、きっと自分を見る目は変わるはずです。

 

 近隣諸国の名のある王から嫁を貰い、すぐに子を授かりました。しかし、産まれたのは望んでいた男児ではなく女児。

 

 王様は嘆きました、そして産まれた子を山に捨ててしまったのです。妻は泣き喚きましたがどうでもいいです。欲しいのは男、自分の後継なのですから。  

 

 それからも王様は子作りに励みました。何人もの妻を貰いましたが、一向に子供を授からないのです。困りました、王様はもう歳で、子を残すには限界が近づいています。

 

「何故だ!何故、私ばかりこのような事に!」

 

 女神の神殿で王様は嘆きます。もはや神に縋るしか方法はないのです。そうやって嘆き続けたある日、一つのお告げがありました。

 

"貴方の娘を探しなさい"

 

 生きている筈がない、何故なら自分が山に捨てたのだから。しかし、万が一ということもあります。王様は兵士に命じ探させました。

 

 娘はすぐに見つかりました。彼女は山に捨てられた後、女神アルテミスに見つけられ、女神が送った雌熊に育ててもらい、立派な狩人になっていました。

 

 ですが王様にとってはそんな事よりも、もっと重要なことがありました。

 

 彼女は数々の武勲を立てており、まさに英雄と呼ぶにふさわしい存在になっていたのです。

 

 その事を聞いた王様はすぐに彼女を連れてくるよう命じました。一度自分を捨てた父の下に娘が帰ってくるものかと、心配はありましたが意外にも娘はすぐに王様の国に訪れました。

 

 娘の名は"アタランテ"

 親の愛を知らず、熊に育てられた者

 

 アタランテは笑顔で王様の所に来ました。きっと父に会えるのが嬉しかったのでしょう。それはまるで愛情に飢えた子供のよう

 

 王様も笑顔で向かい入れます。でも、娘に対する愛など微塵もありません。あったのはただ一つ

 

「"コイツに産ませればいい"」

 

 英雄にはアタランテが成ってくれました。後は後継だけです。

 

 娘がこれまで歩んできた人生を楽しそうに語っています。数々の冒険譚、それを聞き流しながらニコニコと王様は微笑んでいます。話し終えたとみるや、アタランテに一つの提案をします。

 

「お前を王女として迎え入れたい」

 

 娘は嬉しそうにしています。だって家族と暮らせるのです。喜ばないはずがありません。しかし、王様の言葉は続きます

 

「そこでお前に、婿を取ってもらいたい。」

 娘の笑顔が消えました。必死に”自分は女神アルテミスを信奉しており純潔を貫いている”と訴えてきます。だから何なんでしょう?子は親に従うべきです。

 

「アタランテ...私の、父の頼みをどうか叶えてはくれぬか?」

 

 優しく、諭すかのように説得します。しばらく娘は駄々をこねていましたが諦めたのか一つの条件の元それを了承しました。

 

”ならば、私に走りで勝つことを条件にしててもらいたい”

 

 少し面倒だと思いましたが、まあここが妥協だろうと考えそれを了承しました。

 

 しかし王様は知りませんでした、アタランテが俊足の狩人として名を馳せていることを"

 

 

 今日の競争も終わる、誰一人ゴールには辿り着けず、死体の山が積み重なる。

 

 日に日に参加者の人数は増えている。だが、アタランテに勝てる人間がいるとはとても思えない。そう確信できるほど彼女は足が速いのだ。

 

"今日も行ってみようかな"

 

最近はアタランテのとこに行くことが日課になっている。今日はまだ夕食を食べていないので誘ってみよう。

 

 天幕へ向かう途中の道、前から二人の人間が歩いてきた。

 

 一人は煌びやかな衣服を着ている男性、噂に聞くスコイネウス王だ。もう一人は...小間使いの女性だろうか?全身を隠すように布で覆ってるのでよく分からない。

 

「おや...君は、もしかしてアタランテの所へ行くのかね?」

 

 声をかけられる

 

"...ええ、そうですが"

 

そうか、そうかと頷く、その男は貼り付けた様な笑みを浮かべその目は生気がない。

 

「あれは私の娘でね。全く、あのような条件を付けよって。親としては早く相手を見つけて欲しいのだがね。」

 

 嘘である、顔を見れば分かる。最初からこの男は娘のことなど考えてすらない。

 

"そうですか、でも彼女は結婚を望んではいないのでは?”

 

「いやいや、私がどうしてもと頼んだら快く快諾してくれたよ」

 

 それならば、条件を付けるはずがないだろうに。

 

 笑いながら答えるその人間にドス黒い感情が湧く。

 

「それにだよ、君?子が親に従うのは当たり前だと思わないかね?」

 

 ――――殺すか?

 

「それに君だって娘に惚れているのではないかね?もし君が望むのであれば私が協力してもいいのだよ?

 

 ああ、やっぱり気に食わない。その顔が、その声が、いつか見たあの醜悪なものと重なる。

 

 だが、王には生気がない。何かに妄信するように、その濁った眼には青年の姿は映っていないのである。今話したことは、確かに王自身の言葉であろう、だがそれとは別に違和感がある。昔味わった、傲慢の匂いがする。

 

”シュッ――――”

 

 腰に差した短剣を相手の喉もとに向ける。

 

 自分の考えを証明するため。間違いであれば罰は甘んじて受けようとも。

 

 王は微動だにしない。”自分の小間使いに刃が向けられているにもかかわらずだ”青年を見もしない、まるで糸の切れた人形のように。

 

『あら...まさか気づかれるなんてね。ただの人間に見破れるはずないのだけれど』

 

”...さあ?独特の匂いがした気がしたので。神様特有の傲慢さの匂いが”

 

 女が正体を現す。

 

 それを見れば同じ神々でさえも我を忘れ、求婚に走るであろう。

 

 その名はアフロディーテ。美と愛の女神、それが青年の前に姿を現した。

 

『その態度、本来なら八つ裂きにしてあげるところだけど今日は許してあげる。今日は機嫌がいいの』

 

”なにが目的なんです?”

 

『話してあげてもいいけど...急いだほうがいいんじゃない?彼女ちょっと体調悪いみたいだから』

 

 視線がアタランテの方へ向いてしまう。その一瞬をつかれ、振り返ると二人の姿は消えていた。

 

『”もし話がしたいなら、私の神殿にいらっしゃいな。いつでも待っているわ”』

 

 そう言葉を残して。

 

 ...ここで考えていてもしょうがない。アタランテのもとに急ごう。

 

 青年は夜に駆けて行った

 



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狩人と怪物 「美の女神」

”黄金の林檎”

それはあらゆるものを魅了し、あらゆる物を癒します。一目見れば神でさえも見惚れてしまい、それを食べればあらゆる病、呪いも消え去るでしょう。



 青年はいつもより足早にアタランテのもとに向かった。

 

 ただただ、彼女のことが気がかりだった。

 

”アタランテ...いる?”

 

 返事はない。

 

 でも、中に人がいるのは間違いない。申し訳ないと思いながらも中に入らせてもらう。

 

「...っ...ふぅ...ふぅ」

 

 彼女はそこにいた。

 

 横たわり、苦しそうにうめき声をあげている。

 

”大丈夫⁉なんだ...この熱”

 

 額を触るとものすごい熱さ。水をかければ蒸発してしまいそうなほど熱い。とにかく何とかしなくちゃと、水で濡らした布を額に当てるが

 

ジュゥゥゥ...

 

 焼け石に水とはこのことであろう。何度冷やそうとしても意味をなさない。これはただの風邪じゃない、まるで呪いのような...

 

”どうすれば...僕はどうすればいい、僕は...”

 

「...だ...だ、だれか...」

 

 彼女が助けを、いや、熱によるうわ言だろう。手をこちらに差し伸べてくる。思わず手を握るが、どうしてあげればいいか分からない。

 

 分からない、分からない、分からない...ああ、焦っちゃダメだ。考えるんだ、考えなきゃ。なにか、なにか方法は、きっと、きっとあるはず。

 

 

 

 ...そうだ!あれが残ってる。曲がりなりにも神が授けたものだ、きっとそれなら...

 

『ーーー何でここまで必死になってるんだ?』

 

 声が聞こえた。

 

 何で必死か?そんなの決まってる

 

『ここで見捨ててもいいんじゃない?』

 

 否。それはあり得ない。

 

 僕は彼女の見せる笑顔が好きだ。声が好きだ。顔が好きだ。彼女の全てが好きなんだ。

 

 だからこそ走り出す、自分の天幕へと。神に頼るようなのは癪だが、この際手段は選ばない。

 

 "黄金の林檎"あれならきっと治すことが出来るはず。

 

『きっと僕は後悔する。こんなことなら初めから....』

 

 ああ、僕は彼女を愛しているーーーー

 

 ◇◇◇

 

 

"これで、よしっと"

 

流石に切って食べさせるのは難しいから、食べやすいように林檎をすり潰す。

 

 相変わらず彼女はうなされているが、無理矢理でも食べさせる。

 

「んぐっーーーー」

 

 効果はすぐに現れたようだ。

 

 飲み込まれた林檎はアタランテの身体の中で黄金に輝き、その力を発揮した。

 

 あれだけかいていた汗も落ち着き、あれだけ苦しみで歪んでいた顔も和らいで見える。

 

「すぅ...すぅ...すぅ....」

 

 これほど効果があるとは驚いたが、本当によかった。これなら明日には大分落ち着いている筈だ。

 

"はあ〜よかった"

 

思わず座り込んでしまいそうになる。  

 

"...さて、行かなきゃ"

 

まだ、やることはある。休むのは後でいい。

 

 ―――天幕を出て、神殿の方へ走り出す。

 

 ◇◇◇

 

 

 王様は困っていました。

 

 娘が提案した"自分に競争で勝つ"

 そんなもの、直ぐに終わると思っていました。ですがいつまで経っても娘に勝てる男は現れません。

 

 それもそのはず、彼女はギリシャにおいて最も足の速い狩人なのですから。

 

 時には大勢の男で挑ませました。時には妨害をさせました。時には...そのすべてを娘は打ち破り何日たっても勝者が出ることはなく、只々、男たちの死体の山が連なっていくばかりです。

 

「なぜだ、なぜだ!どうしてこうも思い通りにいかない!!」

 

 王様は嘆きます。全て上手くいくはずだったのに、なぜ自分ばかり、アイツが悪い、なぜ従わない。そういった想いばかりが湧きおこります。

 

―――その嘆きが届いたのでしょう

 

 王様は再び神に縋りました。

 

「おお、神よ!女神アフロディーテよ!どうか、どうか私に神託を!!」

 

あるいは利用されたのかもしれませんが―――

 

『―――いいでしょう、スコイネウス王。お前の願い聞き入れてあげます。』

 

 おお!、と歓喜の声を上げます。まさか神から直接お言葉を聞けるとは思ってもみなかったのです。

 

 ですが、

 

『でも、貴方、自分の顔よく見たことがあるのかしら?―――私、醜いものは嫌いなの』

 

 王様は鏡をとって自分の鏡を見てみると、そこには、酷くやせ細り、頬もこけ、とても王族とは見えない容姿。他人の目に怯え、自身の存在意義すら見失い、王としても親としても価値はなく、ただ不気味な存在がそこには映っていました。

 

「どうか心配しないで頂戴。お前はただ、私の言う通りに動く人形になればいいのよ。幾ら醜い人形でもその価値程度はあるでしょう。」

 

 目の前に女神がその御身を現します。全てを包み込むようなその美貌。そしてのぞき込まれれば何も考えられなくなるほど美しい魔眼。

 

 王様は段々と消えゆくその意識の中、思い浮かんだのは、娘の顔―――ではなく、”これで私の願いは叶う”という歪んだ希望に満ちたものでした。

 

 ◇◇◇

 

 

 "ザーザー"と雨が降り、雷鳴が響き渡る。いつの間にか天候が崩れたらしい。

 

 神殿の中には怪しげな光がともり、二人の声のみが響く。

 

「あらあら、どうしたの?そんなに睨んじゃ怖いわ」

 

"...あれは貴女の仕業か?"

 

 怒り、殺意、それらすべてを押し込めて冷静に問いかける。

 

 アタランテのあの熱、ただの風邪なのではない。"呪い"、いや、もっとタチの悪いもの

 

 女神は一瞬キョトンとしたものの、すぐに笑いながら答える

 

「ねえ、逆に聞きたいのだけど―――私以外にいると思ったの?」

 

 

 聞くまでもなかった、この時間はなんて無駄だったのだろう。

 

 隠していた殺意を剝き出しにし、女神に向かって走り出す。姿を黒い獣に変化させ、喉元に喰らいつかんと牙をむきだす。もう一度喰らってしまえばいいのだ、あの時のようにもう一度。

 

「相変らず野蛮なのね。でも―――」

 

 "ガキンッ"

 

 喰らいついた、そのはずなのに!はじかれる、何度噛みつこうがはじかれる!

 

 女神は一歩もそこを動かず、ただこっちを嘲笑うように笑みを浮かべる。

 

「やっぱり弱ってるのでしょう?この程度の魔力障壁を破れないなんて笑っちゃう。」

 

 クソッ、ギルめ、とんでもない置き土産をしてくれたものだ。ここまで弱体化しているなんて思わなかった。いくらなんでも罰には大きすぎる。

 

「これがあの”怪物”だなんて。ゼウスは聞いても信じないでしょうね、彼が一番あなたを恐れているのですもの」

 

最初から分かっていたということか。だが、なぜ?

 

”なにが目的?僕が狙いなら彼女は関係ないはずだ”

 

「ふふっ、それとこれは話が別なの。でもそうね、理由があるとしたら”気に入らなかった”。ただそれだけよ

 

 ...は?気に入らなかった?それだけで、そんな理由で?

 

「何が純潔を守るよ。気取っちゃって、それを誇りに思っていることも、それに群がる男達も、それを美しいと思う貴方も、すべてが気に入らないわ。いい?世界で最も美しいのはこの私、女神アフロディーテなの。」

 

 ーーーああ、これはそういう存在なのだろう。決して分かり合うことはできない、そもそも”これ”とは価値基準が異なっているのだ。

 

「最初は黄金の林檎をポセイドンの孫に分け与え...本当ならそれで終わるはずだったのけれど、あの子、林檎を盗まれたらしくって」

 

 ...あの日か。あんまりにも綺麗な林檎だったからつい魔が差した。あの青年には少し悪いことをしてしまったな。

 

 成程成程、この状況は自業自得というわけか。まあいい、彼女が誰の物にもならないのならそれで

 

「そんな時に”怪物”、貴方を見つけたのよ。ええ、しかもあの女に恋をしているのでしょう?」

 

 時間の無駄だ。この場で殺されないということは、僕を排除する手段は今のところないのだろう。早く彼女の元へ戻ろう。

 

「しかも、あの呪いを解こうと必死になっちゃって、本当に健気ねえ」

 

 人の姿に戻り、出口の方へ足早く向かう。

 

「―――でもこのままじゃあ、あの子は誰かの物になってしまうわよねえ?それでもいいの?」

 

 ...足を止めてしまった。

 

 耳を傾けてはいけない、振り向いてはいけない、決して惑わされてはならない。

 

「ふふっ。ねえ、取引をしましょう。この黄金林檎を貴方に授けてあげる。その林檎であの子に勝ちなさい」

 

 ...?

 

 女神が黄金色に輝く林檎を差し出してくる。

 

"なにが目的だ。そんなことしてお前になんの意味がある?"

 

「単純なことよ、私を楽しませなさいな。貴方がどんな風に結末を迎えるか、その瞬間を見てみたいのよ」

 

”...僕は死ぬつもりはない”

 

「何言ってるの?此処がどこだか分かっていて?ここは私たちオリュンポスの神が祝福する地、ギリシャなのよ。貴方を恨む神々は山ほどいるわ。...まあ、ほとんどの神はその姿を見るだけで逃げ出すでしょうけど」

 

 差し出された林檎を凝視してしまう、目が離せない。

 

 アタランテと競争したとしても僕が勝てる可能性は低い。それほどまでに彼女の速さは本物なのだ。

 

”...一つだけ聞きたいことがあるんだ”

 

「あら何かしら?」

 

”王は...スコイネウス王は親として、娘を愛していたの?”

 

 もはや王は手遅れだ。あの生気を失った顔、女神の人形としての役割を果たしているに過ぎない。既に意思などないに等しいに違いない。

 

 でも、親として、人として、愛情があってもいいではないか。でなければ、あまりにもアタランテが...

 

 

「―――ぷっ」

 

”......”

 

「ぷっ、あーははははは!馬鹿じゃない?あのような男に?愛?そんなものあるわけないじゃない、アレはね自分の娘がいたことすらハナから忘れていたのよ?娘のことなんか子供を産む道具としか考えちゃいなかったわよ」

 

”...そう”

 

 

 怪物は林檎を乱暴に奪い取り、再び出口へと足を進める。

 

 背後に響くは女神の笑い声

 

 ただ、今は彼女のもとに急ぐことしか考えは浮かばなかった。

 




 シャルルマーニュピックアップ、100連爆死しますた。テンション、ガン萎えでず。


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狩人と怪物 「汝」

今回はアタランテから見た、彼の印象です。(やっと主人公の名前が出せる)

 いつの間にかUAが9000突破していたのでびっくりしました。10000目指して頑張ります!



 最初は軟弱な男、という印象だった。

 

「汝は挑戦者ではないのか?」

 

”ち、違います。噂で聞いた君の姿を一目見たくて...その...”

 

 それが彼との最初の会話。私の語気が荒かったのか、それとも目つきがアレだったのか。あたふたと答えるその姿を見て、変な奴だ、勝負に挑む度胸すらないのか等々と思ったのを覚えている。

 

 所詮、挑戦してきた男たちと同じ、もう会うことなどないと、そう思っていた。

 

 その次の日だったか、確か獲物を探していた時だと思う。珍しく見つけることが出来ず、今日の夕飯は諦めてしまおうと考えていた。

 

 何時間か森をさまよった頃だった、二頭の鹿が此方に駆けてくるのを見つけた。

 

 一頭は何の変哲もない小鹿、だがもう一頭は別格だった。

 

 黒く鮮やかなその美しい毛並み、雄々しいその角。

 

 思わず見惚れてしまうと同時に、”何としても仕留めたい”、私の狩人魂に火が付いた、付いてしまった。

 

 慎重に矢をつがえ、先ずは小鹿を狙う。シュッと放たれた矢は確かに小鹿の頭を貫いた。

 

 ”次はお前だ”と狙いをつけた瞬間、―――凄まじい速さで”それ”は駆けだした。

 

 私も足の速さには自信があるものの、森の中では鹿の方が一枚上手。こちらは木から木へ飛び移るに対し、あちらは縦横無尽に地を駆けている。何とか仕留めようと何本か矢を放つものの、右へ左へ避けられる。

 

 だが、私にも狩人としての意地がある。あちらの回避地点を予測し矢を放つ。急所をとらえることはできないものの、着実に傷を与えていく。

 

 おそらく血を流すぎたのであろう、確実に距離は縮まる。ここまでくれば確実に仕留められる、そう確信し脳天めがけて矢を放とうとした瞬間、

 

「えっーーー」

 

 有り得ない光景が目に映り、息を呑んだまま唖然としてしまった。

 

 確かに直前まで鹿の姿だったのだ。それが今はどうであろうか。

 

 それは、一瞬にして姿を変化させ、黒き大鷹となり大空へと羽ばたいているのだ。

 

 それを見上げる私の頭には一つの昔話が浮かんでいた。

 

 ―――昔、狩人の仲間から聞いた話だ。

 

 曰くそれは何にでも姿を変えられる。それは黒い怪物である。それを仕留めた者は英雄となる。

 

 所詮、酒の席で聞いた話だ。酔っ払いの冗談だと聞き流していたが、今なら信じることが出来る。

 

「(手を動かせ、これは絶好のチャンスだ!!)」

 

 止まっていた思考を動かし、空を飛び逃げようとする怪物に再び狙いを定める。

 

 怪物は判断を二つ誤った。

 

 一つは大鷹なのではなく、もっと小さな物になればよかったのだ。それならば幾ら狩の名手であろうとも見逃していただろう。

 

 もう一つは、わざわざ視界の悪い森から出てきたことだ。これなら、障害物を利用して矢を避けられることもない。

 

 狙いを両翼定め、矢を放つ。

 

"――――!?"

 

突然襲ってきた痛みに驚いたのだろう。ここからでも、その慌てようが手に取るように分かる。

 

 止めと言わんばかりに、怪物に向け矢を放ち続ける。慢心はしない、今度こそ確実に仕留させて貰う。

 

 最初はなんとか避けようとしたようだが、次々に矢が突き刺さっていく。

 

「その傷では羽ばたくのも難しかろう――――堕ちろ」

 

 その言葉とともに放たれた矢が心臓部を貫いた。

 

 それが最後の決め手となった、力尽きたように、地へ向かって怪物は堕ちていく。

 

 

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

 達成感と喜びで体が打ち震えてしまう。

 

 私が!この手で!あの怪物を仕留めたのだ!この興奮を抑えられるものか!!

 

 アルテミス様にいい報告ができそうだ。父にも報告してあげようか、もしかしたら...などとくだらない考えが浮かぶが、いかんいかんと冷静になる。

 

 まだ、死体を確認していない。これで逃げられてでもすれば滑稽にもほどがある。怪物堕ちたほうへ足を向ける。

 

「だが...あれの正体はどのような物なのであろうな」

 

 きっとすさまじく醜悪なものに違いない。かつてのアルゴー船の旅で遭遇したハルピュイアを思い出す。当時はあれほど醜悪なものに出会ったことはなく、暫く夢にまで出てきたほどだった。

 

「......」

 

 やはりやめておこうかと足を止めそうになる。が。仕留めた責任は自分にあるのだ、致し方なし。

 

「確かこの辺りに...む?これは血の跡か――――ッ!?」

 

 

 それを見て、さっきまの興奮は一気に冷めた。

 

 そこにいたのは、怪物でもなく、醜悪なものでもなく

 

「どうして、どうして汝がいる!?...まさか」

 

 あの青年だった。

 

「(これがあの怪物の正体だとでも?!)」

 

 思考が追い付かない、様々な疑問で頭が割れそうになる。

 

”ぐっ―――ごぷっ”

 

 血を吐く青年の姿を見て我に返る

 

「っ!今はそんなことより手当てをしなければ!!」

 

 そうだ、事情は後で聞けばよい。このままでは後味があまりにも悪い、青年を肩で担ぎ、自分の天幕へと急ぐ。幸いそう遠くない。

 

 ◇◇◇

 

 

"やばっ、こ、転―――ぐえっ”

 

 怪我人のくせに動こうとして転びそうになっている馬鹿の襟首を掴んで引き戻してやる。

 

「はあ―――なにをしているのだ汝は...」

 

”えっ!、あ、その、ありがとうございます?”

 

 はあ、と心の中でため息をついてしまう

 

「(いったい何者なのだコイツは)」

 

 

 

 あの後、青年に対し応急処置を施したものの、野生の中で学んだ知識のみで行ったので、このままでは今夜が山場かどうかの状況に陥った。

 

「くっ、アスクレピオスの処置をもう少し見ておくべきだったか」

 

 だが、その心配も杞憂に終わった。

 

 突然、青年の身体に刻まれた回路のような線が光りだす

 

「...これは、確か魔術回路だったか?」

 

 以前、王女メディアが魔術を使う際に見たことがあった。魔術師にとっての疑似神経だとか、魔力の変換機だとか説明を受けた気がする。話を聞いてもあまり理解はできなかったが。

 

 おそらくだが、自分の魔力を傷の治療にまわしているということだろう。事実、傷が少しずつ修復されていってる。

 

 顔色も大分よくなっている。しばらくは様子を見ておくのが一番だろう。

 

「そういえば、小鹿も仕留めていたな...今のうちに取りに行ってこようか」

 

 

 

 ...そうして、帰って早々これだ

 

「全く...怪我人なのだから大人しくしていろ。」

 

 無理矢理、床に寝かし傷の具合を確認する

 

”はわわわっわ”

 

 ...驚いたり、照れたり、騒がしい奴だ。

 

 とはいえ、傷もすっかり塞がっている。とても人間とは思えないほどの回復力。

 

「いったい何者なのだ汝は、あのように姿を変えたり、ただの人間ではあるまい?」

 

 どうしても疑問がぬぐい切れず、問いかけてしまう。

 

 あまり聞かれたくないことなのだろう、あんなに騒がしかった顔も血の気が引いたように青ざめている。

 

 暫く悩んでいるそぶりを見せていたが、観念したのか、静かに口を開いた。

 

”人間だよ、ちょっとだけ魔術が使えるね”

 

 嘘だ...とは言い切れない。随分とあっけらかんと答えたようだが、その目は真剣だ。

 

「私はあまり魔術に関して詳しいわけではない。だが、汝のそれは...」

 

"ぎゅるるる"

 

 響き渡る、腹の音。

 

 ...この状況で?

 

「腹が空いているのか?」

 

"そういえば今日はまだ何も食べてなかったな、あははは..."

 

 その一言を聞き、何だか馬鹿らしくなってしまった。

 

 外で焼いていた、小鹿の肉を差し出してやる。

 

「私の今日の獲物を分けてやる、それを食べて精をつけろ。」

 

 そう言って手渡すと、少しぎょっと顔をゆがめたが、直ぐにガツガツと肉を食べ始めた。

 

 少しだけ、”黒い怪物”の話題を出したものの、

 

”え~~酔っ払いに退治されるのはちょっとなあ”

 

 などと、冗談めいた答えを返された。結局、コイツの正体は分からないままだが、まあいいだろう。

 

 暫く、観察するようにその様子を眺めていると、不思議に思ったのだろう。首を傾げ何か言いたそうにしている

 

「汝の間抜け面を見ていると...ふっ、どうやら私の杞憂だったようだ」

 

”君ってその...案外ハッキリ言うタイプなんだね、あははは...はあ...”

 

 そんな話をしているうちに、食べ終わったようだ。

 

”ありがとう、だいぶ元気も出たしそろそろ自分の天幕に戻るよ”

 

 ...なぜもう動けるのだ、やはり人間ではないのでは?

 

「そうか...もう一度忠告するが用が済んだのならこの国を去れ。次にもし森で撃たれても文句は言えんぞ」

 

”あーうん、考えておくよ。じゃあね”

 

 手を振り、帰っていく。こちらが手を振りかえすことはしなかった。

 

 今度こそ、もう会うことはない。

 

 ない...はずだったのに!

 

 

 その次の日、いつものように狩から帰り、焚き火の準備をしている時だった。

 

”あ、おー-い!”

 

 聞き覚えのある声が後ろからする。

 

 振り向けば、手に一杯の果実を持ち、笑顔でこちらに近づいてくる彼の姿。

 

「はあ...」

 

 頭が痛くなる、何なのだいったい。

 

 私は確かに、この地を去れと言ったはずなのだが。

 

「汝は...馬鹿なのか?」 

 

”ええっ?!”

 

 その日から、彼が毎日訪れてくるのが日常になった。

 

”今日はブドウを持ってきたんだ、よかったら”

 

「いらん、去れ」

 

”え、”

 

 次の日も

 

”今日はザクロを...”

 

「...(無言で矢を放つ)」

 

”ひええええ"

 

 そのまた次の日も

 

"あれ?居ないのかな.."

 

「……(木の影に隠れている)」

 

"はあ...また明日来るか"

 

「何なのだ、まったく」

 

 性懲りもなく私のもとを訪れてくる。それが何日続いたのだろうか。

 

 ある日のこと、こちらもいい加減、我慢の限界がきた。

 

”今日はね、林檎を貰っ「...ええい、寄越せ!」え、あ”

 

 一度、食ってやれば満足するだろう。それに、林檎など等に食べ飽きている、こんなくだらないもの...。

 

 そう考え、少々乱暴に口に入れる。

 

「もぐっ――――こ、これは!」

 

 口いっぱいに広がる甘美な味わい。噛めば噛むほど溢れてくる旨味。何なのだこれは、私が今まで食べた林檎は腐ってでもいたのか?

 

 一口食べるたびに身震いするほどの快感が全身を駆け巡る。噛むたびに溢れる果汁、とにかく甘い!思わずほっぺたが落ちそうになる。

 

 口に運ぶ手が止まらない、あっという間に完食してしまう。

 

 思わずもう一つ食べようと手が伸びてしまうが、ふと、視線に気づいた。

 

「...なんだ」

 

”ん?いや別にー。まだまだ沢山あるし、良ければ一緒に食べない?”

 

「...好きにしろ」

 

 林檎につられたとか、断じてそういうわけではない、決して。

 

 彼はどこか嬉しそうに私の隣に座って、話し始める。

 

”森にいる動物たちがね、美味しい果実が実っている場所を教えてくr”

 

モグモグモグモグ...(林檎を食べるのに夢中)」

 

”え、もしかして聞いてない?!”

 

 ...そういえば、名前をまだ聞いていなかった。あちらは知っていて、こちらが知らないのは不公平だろう。

 

「...汝、名はなんという?」

 

"え、ああ、そういえば名乗ってなかったね。僕の名はーーー"

 

 その日から、彼が何か持ってくるたびに、ともに食事をするようになった。始めは、話をただ聞いていることが多かったが、次第に私からも話題を振ることが増えていった。

 

"友達が美味しいものが実っているところを教えてくれるんだ”

 

「友達...それは森の動物たちのことか?」

 

”うん、他にもいろんなことを教えてくれるんだ。例えば天気の見分け方t「人間の友達はいないのか?」...い、今はいない?かな、多分、うん"

 

 少し揶揄ってやると、彼は子供のような表情を見せる。その顔がなんだか面白くてつい笑ってしまう。

 

 まあ、友達がいないのはどうなのか、少し哀れと思う。この様子なら友の一人や二人簡単に作れそうではあるのだが。

 

"で、でも子供には好かれるんだよ!たまに遊んだりするし...”

 

"子供"その言葉に反応してしまう。

 

「そうか、子供か...それはいいことだな」

 

”子供好きなの?”

 

 無論だ。彼らが幸せに暮らすことが出来る世界を、私はいつも願っている。それが、どんなに難しいことか

 

「ああ、彼らの笑顔が好きだ。愛おしいと思う...」

 

 子ども達の笑顔を思い浮べると自然に笑みが浮かんでしまう。

 

"ならさ、今度一緒近くの村に遊びに行こう!子ども達も喜んでくれるよ!”

 

 急に何か思いついたような顔すれば、そんなことを提案してくる。

 

「汝と...一緒にか?」

 

"うん!"

 

 ああ、それはきっと楽しい日になるだろう。想像しなくても分かる。

 

 だけど、

 

「...そうさな、それは楽しみだ」

 

 ーーーきっと叶わない、私にそんな自由などないのだから。

 

 ◇◇◇

 

 

「アタランテ、いい加減父の言葉に従わぬか」

 

「申し訳ありません。ですが、これが私の信仰なのです。」

 

「そんなくだらない信仰など捨て置け!」

 

 このような問答をするのも初めてではない。

 

 

 

 数か月前だろうか、私のもとに一人の使者が来た。なんでも、父を名乗る者が私を呼んでいると。

 

 嬉しかった、嬉しかったんだ。今まで親の顔すら知らなかったので一目会いたいと常々思っていた。

 

 私はすぐに父のもとに向かった。

 

「おお、アタランテ...会いたかったよ」

 

 父は暖かく私を向かい入れ、温かい食事まで用意してくれた。

 

「そこでイアソンの奴が...」

 

「ほう、そうかそうか」

 

 つい口が軽くなり、これまでの旅の話をしていた。嬉しかった、私の話を楽しそうに聞いてくれて、それだけでも、もう満足だった。

 

 話がひと段落ついた頃、父から一つの提案を出された

 

「お前を王女として迎え入れたい」

 

「本当ですか!」

 

 今まで生きていて良かった。やっと家族と暮らすことが、

 

「―――そこでお前に、婿を取ってもらいたい。」

 

「え...」

 

 時間が止まった気がした。

 

 ああ、結局のところそれが目的だったのだな

 

「で、でも、私はアルテミス様に誓いを...」

 

「だからどうした?子は黙って親に従うものであろう?」

 

「アタランテ...私の、父の頼みをどうか叶えてはくれぬか?」

 

 肩に手が置かれる。

 

 口調はこちらを諭すようなものだが、その目は濁り、自らの欲望に取りつかれている。

 

 この男は、自分の父だというのに、”嫌悪”その感情が湧きおこる。

 

「っ...なら条件があります」

 

 この時点で、逃げ出していればよかったのだ。それができなかったのは―――

 

「私に走りで勝つこと。それでなければ結婚には応じません」

 

 嬉しかったのだ、必要とされたことが

 

 

 それから、求婚してくる男を打ち負かす日々が始まった。

 

 私に足の速さで勝てる男など、ギリシャ中探してもいないだろう。だから時間の無駄だ。だというのに日に日に参加者は増え続ける。どうやら、父が手をまわしているらしい、小賢しい男だ。

 

 父は時折、私のもとを訪れては先程と同じようなことを繰り返す。まるでそれしか言えない人形のように。

 

 

「アタランテ、何のためにお前を呼び寄せたと思っている!」

 

 だが今日は少し状況が違った。いつもは一人で来るのだが、今日は一人の女性を連れている。顔はよくわからないが...

 

「お帰り下さい。貴方と話すことはない」

 

「お、おのれ...!」

 

 いつもならこれで終わりなのだが

 

『あらあら、父に対して随分厳しいのね』

 

「...何者だ?」

 

『あなたに名乗る気はないわ。そ、れ、よ、り、も、やっぱり、貴方気に食わないわね』

 

 女性がこちらに手をかざし、なにか呪文のようなものを唱えだす

 

 いったい何のつもりだ!と抵抗しようとした瞬間、

 

「あれ...」

 

 突然、力が抜け、ガクッと膝をついてしまう。身体が燃えるように熱くなり呼吸をするのも辛くなってくる。

 

「はぁ...はぁ...な、なに...を」

 

せいぜい苦しみなさいな。さてそろそろ戻りましょう

 

 何か言っているようだが、もうよく分からない。

 

 ドサッと床に倒れ込む。

 

 既に二人は立ち去っており、この場は私一人。

 

「...っ...ふぅ...ふぅ」

 

 このまま、死んでしまうのだろうかと覚悟した。

 

”アタランテ...いる?”

 

 声が聞こえた。

 

"大丈夫⁉なんだ...この熱”

 

 誰か来たらしい。

 

 意識がハッキリしないのでよくわからない

 

「...だ...だ、だれか...」

 

 思わず、手を伸ばしてしまう。

 

 コレは幻かもしれない。もしかしたら誰も手を掴んでくれないかもしれない。

 

"....っ!"

 

 ―――でも、しっかりと手は握られた。

 

 その手の温もりに安心した。

 

 意識を手放す瞬間、目にしたのは、心配そうにこちらを覗き込む彼の顔だった。

 

 ◇◇◇

 

 

「...ん、うる、さい...」

 

 雨が天幕にあたる音で目を覚ます。

 

 どれほどの時間が経ったのだろう

 

「身体が軽い...」

 

 あれほど、辛かった身体が嘘みたいだ。

 

 なんだか、以前よりも力が湧いてくる、今にも走り出してしまいそうな。

 

"すぅ...すぅ...すぅ..."

 

 ⁉︎

 

 横を見ると、座りながら寝ている彼を見つけた。

 

 服もびしょ濡れのままで、完全に疲れ切ってしまったのだろう。

 

「...汝はどうしてそこまで、私に構う」

 

 答えは返ってこない。

 

 ここまで、看病してくれたのも彼であろう。

 

 でも、私には理由が分からない。

 

 所詮、他人でしかない、それなのに何故

 

"んん...アタ...ランテ"

 

「⁉︎......寝言か」

 

 今はただ感謝しよう。

 

 彼は紛れもなく、私を救ってくれたのだ

 

「ありがとう、"メラニオス"」

 

 初めて彼の名を呼ぶ。

 

 「...意外と気恥ずかしいものだな」

 

 そうして、再び眠りにつくのだった。

 

 ◇◇◇

 

 

「(えーー!今!名前呼んでくれた⁉︎)」

 

当の本人は名前を呼んで貰えたことに大興奮であった。

 

 




 ということでギリシャにおいての彼の名は"メラニオス"です。由来は単に本来の夫になる筈だった青年の別名からとりました。

 次回 「貴方の旅路に呪いあれ」
もしよろしければ、評価や感想などお聞かせください。心よりお待ちしております。



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狩人と怪物 「貴方の旅路に呪いあれ」

わー!いつの間にかUA10000超えてます!ホンマにありがとう!
これからも頑張ります!評価してくれた人もありがとうございます!

若モリアーティも爆死しましたが、ドキンキホーテ当たってのでヨシ!
張角おじいちゃん欲しかった...

追記6/14 え?何でこんなにアクセス伸びてんの?ランキングにも載ってる?!怖い!


 相変らず、土砂降りが続いている。この様子では夜まで止むかどうかといったところか。

 

『ありがとう、"メラニオス"』

 

「~~~~~~~!!」

 

 一方、メラニオスは、いまだに喜びで眠れなかった。体力的にも精神的にも、すでに限界を超えていたが、アタランテの一言でそのすべてが吹っ飛んだのだ。

 

「すぅ...すぅ...すぅ....」

 

 隣にはアタランテが眠っており、寝息を立てている。

 

 その寝顔を見るたび、心臓が高鳴るのだ。

 

「(寝顔が可愛いというか、美しいというか...ご馳走様です!)」

 

 何度もちらちらと見てしまう。

 

 もう少し、近くで見てもいいかなと身体を近づけようとした,が

 

「...(目を開けこちらを見ているアタランテ)」

 

「...(まさか起きてるとは思わず固まるメラニオス)」

 

 欲をかいたのが仇となった。

 

 意図せず、見つめあう二人。この状況でなければ踊りだしたいものだ

 

「...私の顔はそんなに面白いか?」

 

「えっ?!...いやーそのー、お、おはようございます?」

 

「.ああ、おはよう...汝は眠れたのか」

 

「えっ、うん、バッチリ!」

 

 無論、嘘である。

 

 

 

「...礼を言わなければならないな」

 

 一言二言、言葉を交わした後、少し気まずそうな感じでアタランテは頭を下げる。

 

「お互い様だよ。僕も君に助けてもらったし」

 

「...そうか」

 

 そう言った後、こちらに背を向け黙ってしまった。

 

 ...気まずい沈黙が続く。こういった空気は苦手だ、思わず逃げ出したくなる。何か、話題はないものかな

 

「...どうやって、この呪いを解いたのだ?」

 

 それはあちらも同じだったようで。

 

 さて、どう答えたものか。懐にある林檎を握りながら考える。

 

 

「ん~~~内緒!」

 

 やはりごまかしてしまう。林檎のことをあまり知られたくないのだ。

 

「...汝は隠し事ばかりだな」

 

 こちらからは顔が見えないので、どのような表情なのかわからない。

 

 そうだ。僕は結局のところ彼女に、本当のことを何一つ話していない。

 

「隠し事する人は...嫌い?」

 

 嫌われたくないんだ。ただそばにいたい、それだけだ、それだけなんだ。一人になりたくない、そばにいてほしい。

 

 それは孤独感によるものなのか、それとも独占欲なのか。

 

「隠し事や、卑怯な手を使う者は、あまり好かんな」

 

「...そっかぁ」

 

 やっぱりダメかと、絶望的な雰囲気を醸し出しながら答える。本当のことを話せばどうなるのだろう。彼女はそれでも笑ってくれるかな、隣にいてくれるのかな

 

 

「―――ふふっ、そんな顔をするなメラニオス」

 

 彼女は微笑を浮かべこちらを振り向く。

 

「人は誰しも言いたくないことの一つや二つあるものだ。私もそうだ、言えないことなどたくさんある。汝が言いたくないのであればそれでいいんだ...私を助けてくれたことに変わりはないのだからな」

 

 僕の頭を撫でながら「ありがとう」と、そう言ってくれる。

 

 ―――『ありがとう、愛してるわ。私の愛しい息子

 

 遠い記憶が呼び起こされた。優しい声だ、そして懐かしい。しかし、これが誰の声なのかはわからない。

 

 けれども胸の奥が熱くなり、目からは今にも何かがあふれ出しそうになる。

 

「あれ?...なんでかな、止まらないや」

 

 ぽたぽたと目から流れ落ちる涙。流がすのは何百年ぶりだろうか。

 

 拭っても、拭っても、それは流れ続ける。

 

 別に悲しいわけではない、ただ「ありがとう」と言われただけ、それなのになぜ。

 

 ―――なぜこんなにも心が苦しいのだろうか

 

「なぜ汝が泣くのだ、まったく...」

 

 アタランテはメラニオスをそっと抱き寄せ、胸を貸す。

 

 訳も分からず泣き続ける彼を、黙って見守る。

 

「今は少し休め...私にはこれぐらいしかできない」

 

 ◇◇◇

 

 

 どうやら、雨は止んだようだ。空には満天の星空が広がる

 

「もう、大丈夫なのか」

 

 アタランテが心配したように声をかけてくる。

 

 随分と恥ずかしいものを見してしまった。泣き顔を見られることすら情けないというのに、幼子のように抱きしめられては、恥ずかしいやらなんやらだ。今後、まともに顔を見れない気がする。

 

「うん、ありがとう。だいぶ憑き物が落ちたみたい」

 

 事実、心はだいぶ楽になった。結局のところ、あの声が誰なのかはわからない。でもいいのだ、今はこれでいい。彼女と過ごすこの時間を噛み締めていこう。

 

 二人は共に星空を見上げる。空は雲一つなく、星を見るのなら絶好の日だ。

 

「あ、ほら見て流れ星だ」

 

 メラニオスは空に向かい指をさす。それに目を向けると、きれいな尾を引いた流れ星が見えた。一つや二つどころではない、それは、まるで星空が泣いているように次々と降ってくる

 

「これは...素晴らしいな。これ程のものは初めて目にする」

 

 二人は目を輝かせ星空に魅入る。今、この時間だけは二人で同じものを共有できている、それは何よりも喜ばしいことだった。

 

「そういえば、願い事をしなきゃ」

 

「願い事...流れ星にか?」

 

 彼は手を握り、流れる星に祈りをささげる。

 

「昔、旅先で聞いてね。星の光が消えるまでに願い事を心の中で祈ると叶うんだってさ。何だか幻想的だと思わない?」

 

 メラニオス(怪物)が何かに祈ることは滅多にない。神に向かって祈ろうものなら、空からは轟雷が、雨が、矢が降り注がれる。それほどまでに神々は彼を恐れ、怒りを向けるのだ。

 

 しかし、星々は違う。どんな時でも明るく照らしてくれる。たとえその手が血に塗れようとも、別れに涙しているときも、常に見守っていてくれた。だからこそ祈れるのだ、「明日も生きれるように」と

 

 だが今日ばかりは違った。いつもは、ただ感謝を祈るだけであったが

 

「(いつまでもアタランテが笑顔でいられますように!アタランテが幸せでいられますように!アタランテと...ええっと...ご飯を食べれますように!それからー、それから―...)」

 

 実に欲望に忠実だった。

 

 アタランテはというと、ただ静かに祈っていた。その姿は美しいもので、メラニオスも祈りを中断し見惚れてしまうほどであった。

 

「...何を願ったの?」

 

「そうさな、こd......いや、ふふっ―――内緒だ」

 

 口に人差し指を当て、お茶目にそう答える。その姿は『ん~~~内緒!』と自分がごまかした時と重なった。

 

「「―――ふふふっ、あはははは」」

 

 お互いの顔を見ながら笑いあう。なんて幸せなんだろう、そうだ、僕はこの笑顔を見るために生きてきたんだ。

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、楽しい時間はいったん終わり。

 

 

 

 ―――『単純なことよ、私を楽しませなさいな。貴方がどんな風に結末を迎えるか、その瞬間を見てみたいのよ』

 

 

 

 別に言う通りにするわけではない。ただ、確認というか、覚悟を示したい。

 

 

 

「君の父上に会ったよ」

 

「そうか」

 

「結構、傲慢な人だったよ」

 

「そうだな...初めて会った時からそうだった」

 

 感情のこもっていない声。僕がこれからいうことを知っているのだろう。

 

「君は父上に...きっと...」

 

 ”愛されていない”その言葉を紡げない。でも、彼女は理解しているのだ

 

「”愛されてない”か...そうであろうな、分かっているさ」

 

「ッ...!分かっているなら何で、何で、従い続けるんだ!」

 

 逃げ出してしまえばいい、投げ出せばいい、彼女にはその資格がある。これは八つ当たりに近い。「逃げたい、助けて」、それを言ってくれのであれば直ぐにでも行動に移せるというのに。

 

 

 

「どうしてだろうな...家族だからかな。あれでも私の...血の繋がった、たった一人の家族、親なんだ」

 

 

 

 メラニオス(怪物)はその思いを理解できない。根本的に無理なのである、”彼”自身には親、ひいては本当の家族と過ごした記憶などない。だから分からない、子が親を思う気持ちなど。その愛が決して満たされることがないことも。

 

 

 

「父から、私に勝負を挑めとでも言われたか?」

 

「...直接的にってわけじゃないけど」

 

 実際、あの男ではなく女神から言われた事ではある。

 

「やめておけ。汝は私には勝てない」

 

 それは確信めいたものだろう。彼女の足の速さにかなう”英雄”など今まで現れなかったのだから

 

「やってみなくちゃ分からない」

 

「姿でも変えるのか?やめろ、人でない姿になろうものなら、周りのものに反感を買いどんなことをされるか...」

 

 別にそれでもいい、どんなことを言われようと、何はともあれ勝てばいいのだ。でも、それを彼女は望んでいないだろう。だから、その選択はしない。

 

「大丈夫、僕は人として勝負を挑むよ」

 

「なぜっ!!...私は、お前を」

 

 ”殺したくない”、それがアタランテの本心。たった数日の関係、それでも彼女にとってメラニオスは、『生きてほしい』、そう心から思えるほどの存在となった。

 

「それは...僕は君を―――

 

 

 

 

愛している愛して、愛して愛して、している。

 

 

 

 

君を...君が、大切な人だから」

 

「だから、君を手に入れてみせる」

 

 どんな手を使っても、と懐にしまっている林檎を握りしめる。

 

「...愚か者」

 

 ―――ただ、幸せに生きてほしい。自分なんか気にせずに、貴方ならもっといい人と出会えるはず。

 

 その思いは彼には伝わらない。その言葉では彼を救えない。

 

 それで会話は終わり。もはや言うべきことはないと、互いに背を向け、いるべき場所へと帰る。

 

「僕は、必ず...君に勝ってみせる」

 

 その言葉に応える者はおらず、ただ静かに響き渡るだけだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 最初から気づくべきだった

 

 

「あれ程忠告したにもかかわらず、それでも私に挑むのか」

 

 

 なぜ周りを囲む者たちが武器を持っているのか、なぜその者たちが獲物を狙う目をしているのか

 

 

「言ったろ、君を手に入れてみせるって」

 

 

 

 

 全ては女神の手のひらの上ということを

 

 

 

 

「...加減はせん。全力でこい」

 

「言われなくとも」

 

 スタートの合図が鳴り響く。

 

 相も変わらず、アタランテは少し遅れてから走り出し、メラニオスの後を追う形となる。

 

 しかし、二人の距離はどんどん近づいていく、もとよりハンデなどないに等しいのだ。

 

 

『林檎を後ろに投げなさいな、そうすれば彼女は足を止めるわ』

 

 

 頭に声が響く、そうだ、そうすればいいんだ。

 

 懐に手を入れ林檎を掴む、後はこれを―――

 

 

 

 

”隠し事や、卑怯な手を使う者は、あまり好かんな”

 

 

 

 

 

「あっ―――」

 

 

 駄目だ、できない。林檎を投げれない。

 

 これで勝っても、彼女の笑顔は見れない。

 

 

 ゴールまであと半分といったところでメラニオスは追い抜かれる。彼女が後ろを振り返ることはなく、ただいつも通り走り抜ける。

 

 

「(僕自身の力で勝たなきゃ意味がない)」

 

 だからと言って諦める?勿論、否だ!

 今の今まで彼女に敵う”英雄”は現れなかった。無論、彼も"英雄”ではない。

 

「『私に力を 私は地を駆け 森を駆け 風となる』」

 

 全ての魔力回路を起動。全魔力を駆け抜けるためのブースターとして放出させる。

 これでも勝てるか五分五分といったところか。だがそれでいい、彼女の隣に並ぶことはできる。さあ、足がもげようと走り続けよう、その覚悟はできているのだから。

 

 

「ーーーうおおおおおおっ!」

「っ!...メラニオス?!」

 

 

 

 背後から吹っ飛んでくる者に驚くアタランテ。それもそのはず、今まで彼女に追い越された者は皆、諦めるか、逃げ出すかの二択だった。

 

 だがメラニオス(怪物)は違った。彼はその背中を追う、自分自身の力で、全力で。強化された身体能力によりグングン差を詰めていく。

 

―――ゴールまであと数十メートル、ついに彼女の隣に並ぶ

 

 アタランテは追うことはあっても追われることなどなかった。だからこそ負けられない、俊足の狩人としての意地がある。それがたとえ己が愛する男でも。

 

―――ゴールまであと数十歩、残るは猛烈なデットヒート、二人は必死の形相でゴールを目指す

 

「(あと一歩、あと一歩前に出なければ、勝てない)」

 

 ならばどうするか、まあ、答えは決まっているのだけども。

 

 

 ”敢えて魔力を暴走させる”

 

 

 勿論、彼女を巻き込まないように小規模にではあるが。

 

BOM"

 

メラニオスの身体が小さな爆発を起こし、ゴール直前に前に吹っ飛ぶ。

 

 必死に、がむしゃらに走り抜けた。誰一人、たどり着くことなかったゴールに、彼はたどり着いた。ずざざーと、頭から突っ込む形とはなったものの、それは確かに記録に残った。

 

「ゴホッゴホッ...かっこ悪いなあ...もう」

 

 それでもいいとメラニオスは思う。勝たなければならない、それは勿論そう。でも、どんなに無様でも、彼女と並び走れたことが何よりも喜ばしいことなのだ。

 

 アタランテがこちらに歩いてくる。

 

「...無茶をする」

 

「あはは...絶対に勝つって言ったろう?」

 

「そうだな...お前の勝ちだメラニオス」

 

 手が差し伸べられる。

 ああ、言わなくちゃ。今まで言葉にできなかったけれど、今ここでいうのがふさわしい、そうに違いない。

 手を取り立ち上がる。彼女に向かいあい、僕は口にする。

 

 

 

「僕は...君のことを―――

 

 

 

 

 

『―――今よ!矢を放ちなさい』

 

 

 

 

 

愛しt―――ゴフッ」

 

 

 突き刺さる、一本の矢。

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

 沸き立つ観衆。それに呼応してか次々と矢の雨が二人に降り注ぐ。

 

「(ああ...そうか、最初からそういうつもりか。)」

 

 メラニオスはアタランテを引き寄せ、庇うように抱きしめる。それでは守り切れないと巨大な翼を自分たちを包み込むように展開する。

 

 それでもなお、矢の雨は降りそそぐ。

 

 

 

 

 

「お、おい。いいのか?アタランテごと撃っちまっても?」

 

「ああ?知らねえよそんなの。あの怪物を退治すれば、この国の王にしてやるって”アフロディーテ”様から直々の神託だぞ。へっ、それによお―――王になれば、あの程度の女、いくらでも抱き放題だぜ?」

 

「そ、それもそうだな。競争に勝つより、こっちのほうがいいってもんだもんな!!」

 

「おい!早く矢を持ってこい!!あいつを殺し続けろ!!」

 

「へへっ、この槍もぶん投げちまおう!」

 

「おい!翼じゃねえ胴体だ!胴体を狙え!!」

 

 男たちは矢を放ち続ける。誰もかれもが、チャンスを狙い続ける。あの怪物を退治すれば王になれるのだ。誰もが最後の一撃をお見舞いする、その瞬間を今か今かと待ちわびる。

 

 

 

 アタランテは自分をかばい続けるメラニオスを前に何もできない。何が起きているのか、理解するにはそう時間はかからなかった。

 やはり、彼が黒き怪物だったのだ。自分は怪物退治に利用されたのだろう。だが、そんなことどうでもよかった。数百もの矢を受け、いまだ自分をかばい続ける彼のことが何より心配だった。”もういい、私を置いて逃げてくれ”と、胸の中で訴え続けるのだった

 

 

 

 

 

 その光景を見下ろす神が二柱

 

 一柱は女神アフロディーテ。楽しそうにその光景を眺めている

 もう一柱は羊飼いの神”アポロン”。アフロディーテにお願いされて仕方なく手伝っている

 

『アハハ!見なさいよアポロン!あの無様なさま!私の言う通りにしないからよ!』

 

『ああ、勿体ないなあ。私が神じゃなかったら、絶対に手を出していたんだけどなあ』

 

『...それはアタランテのことかしら?それとも、怪物...いえ、今はメラニオスと名乗っているらしいわね』

 

『どちらもさ。でも、アタランテちゃんはアルテミスの信者だし、メラニオス君は立場的にね』

 

『...相変わらずの好色家ね、人の形をしていればなんでもいいのかしら』

 

『それは心外だなあ。まあ、君を抱ける権利を貰えたんだ、それぐらいは許容しようじゃないか』

 

 アフロディーテ単独ではここまで行えなかったので予言の神としての側面を持つアポロンに協力を仰いだ。その代わりに自らを抱く権利を与えたのだ。

 

 だが、アポロンは内心めんどくさがっていた。

 ”怪物”を殺して見せる。それを聞いたときは、何を寝言を抜かしているのだと考えた。理由を聞いたら、”私を見てもあの怪物は表情一つ変えなかったわ。美の女神たる私を見たのによ!!”だと

 それは当たり前なのだ、神や人間がアフロディーテを美しいと思うなら、その真逆の存在である彼が好ましく思うわけがないのだ。むしろ嫌悪したに違いない。そもそも、価値基準が違うのだから。

 

 それに、アポロンは他の神々ほど怪物を恨んでいるわけではなかった。殺したいという気持ちは確かにある。だが、機神としての身体を失ったことで、こうして色々な人間と関わることができるのだ、その点は感謝している。

 

 いつか、お礼という名の復讐をしてやろうと思うほどに

 

 

 

『でも、これは上手くいかないんじゃない?』

 

『はあ?どういうことよ、アレは不死身ってわけじゃないでしょう?矢を撃ち続けていればいずれ死ぬわ』

 

『あー誤解しているようだね。確かに彼は不死身ではない。だけど、我々神や普通の人間では殺せないんだよ。彼はね―――英雄にしか殺せないんだ』

 

 ”それに”と、笑いながら指をさす

 

『彼ら、我慢できなくて、突っ込んじゃっているよ』

 

『―――っ!!あのバカ共!』

 

 

 ◇◇◇

 

 

「もういい!メラニオス!私を置いて逃げろ!」

 

「...ぐっ...そういうわけにはいかないなあ...」

 

 何百本の矢が突き刺さりながらもしっかりと抱きしめアタランテを離さない。既に広げた両翼はボロボロになり限界が近づいている。

 

「ごめんね...ごめんね...」

 

 最初から間違えていたのだ。僕と関わらなければ巻き込まずに済んだのに、本当に申し訳ないな。

 

「もういい...もういいから...お願い...」

 

 アタランテ、アタランテ、アタランテ、愛してごめんなさい、欲しがって、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

「あああああ!もう我慢できねえ。俺が今すぐ首を切り落としてやる!!」

 

「あ、テメエずるいぞ」

 

「ヒャッハー!俺たちも行くぞおお!!」

 

 もはや矢を放つのも無用と考え、我先にとどめを刺さんと男たちは各々の武器を取り、怪物に向かって走り出す。

 

 ただそれは、最も悪手だった。

 

 

 ―――でもさ、約束したんだ。一緒に遊びに行こうって

 

アタランテ、君を自由にして見せる

 

「な、に、を...あっ」

 

 顔に手をあて簡単な魔術をかける

 

 彼女には少しだけ眠ってもらおう。こんな僕は見てほしくないんだ

 

 

「おい、なんかおかしくないか?」

 

「ああん?何がだよ...」

 

「いや、ここの地面ってこんなに黒かったか?」

 

 男達が下を見ると、そこには真っ黒に染まった地面。怪物から流れ出た大量の血液が大地を染めている。

 

「なあ、これってまず――――」

 

 気づいたときにはもう手遅れ

 

 その大地はすべてを殺しつくすために牙をむく

 

 

 

「はっ?!なn――――ぎゅぎゅぎゅううううう」

 

「おいおいおい聞いてないぞ!あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい」

 

「神様、神さ...おっごお」

 

「なんで!コイツ弱ってるんじゃなかったのかよお!」

 

「殺せ!殺せ!早く!」

 

 地面から、槍が、剣が、斧が、獲物を殺しつくさんと地面から次々に飛び出す。あるものは斬られ、あるものは貫かれ、あるものは叩き潰される。

 

「殺せったってどうすりゃあいいんだよ!」

 

「首だ!首を堕とせば『いーただーきまーす』...あっ」

 

 男が最後に見たのは、大きく口を開けた真っ黒な化け物だった

 

 

 

『――――お腹がすいたな

 

 あはははははははははははははははははははははははは

 

 頭から、足から

 

 丸ごとペロリ

 

 残さず、綺麗に綺麗に

 

 おいしい。おいしい、君たちに感謝します

 

 ありがとう、ありがとう

 

 わたしはあなたたちがだいすきです

 

 もっともっともっともっと食べさせて

 

 

 

 わたし、ぼくはあなたたちをあいしています。だからー―――

 

 

 

 もっと泣き叫んでええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ』

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一面広がるは血に染まり赤黒くなった大地。

 

 少女を抱えた青年がぽつんと立っている

 

 青年は身体を血で染めており、それが自分の血なのか、返り血なのか判断できないほどだった。

 

 

「やあ!メラニオス君、いや、黒き怪物といった方がいいかな?」

 

 何かが声を掛けてきた。

 

「アハハ、そんなに睨まない、睨まない。私は君に危害を加える気はないよ、少なくとも今はね」

 

「なに、おまえ、なんようがある?」

 

 誰かは分からないが、邪魔をするのなら食べてやろう

 

「早くその子を抱えて逃げたほうがいいよ。アフロディーテが結構怒っていてねえ。追手が来ちゃうかもね」

 

 腕に抱く女に目を向ける。寝息をたて眠っている。こうしてみると、ただのあどけない少女。

 

 ...そうだ、

 

 自由にしてあげるんだ。だって、アタランテはお姫様のように煌びやかにいるよりも、森を、大地を駆けている方が美しいと思うから

 

 メラニオスはふらふらと森の方へ歩き出す。腕にはしっかりとアタランテ(愛する人)を抱えている。

 

 

「―――君の旅路に祝福(呪い)あれ―――ふふふっ、私たちはいつでも君を見守っているよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 日が暮れたのか、少し寒くなってきた。

 

 ただ、腕の中で眠るこの少女の体温のみが僕の身体を温めている。

 

「...んっ...ここは?」

 

 アタランテは歩く振動で目が覚めたようだ。きょろきょろとあたりを見まわしている

 

「あ、おはよう。起こしちゃったね」

 

「メラニオス!よかった無事だったのだな...」

 

 彼女は嬉しそうに声を上げ、そして気づいた。自分が両腕で胴と脚を抱えられ。いわゆるお姫様抱っこをされていることに

 

「お、降ろしてくれ...その、恥ずかしい」

 

「可愛い(ごめん、すぐおろすよ)」

 

「な?!」

 

 赤面するアタランテ。

 もう少し見ていたかったが、流石にそろそろ噛みつかれそうなので地面に降ろす。

 

 彼女は僕の身体を見ると悲痛な表情をする。そんな顔できれば見たくなかったんだけどな。

 

「...酷い傷だな」

 

「なーに、唾でもつけとけば治るよ」

 

 今の僕の姿は酷いものだろう。あらゆる場所に切り傷や矢で貫かれた痕がある。まあ、じきに完治するだろう。

 

「...此処はどこだ?」

 

「うーん、森を抜けて...出鱈目に歩いたからよく分かんないや、ごめんね」

 

「そうか...汝はこれからどうするのだ」

 

「また、旅にでるよ。神様に目をつけられちゃったみたいだし。...だから、君とはこれでお別れだ」

 

「......」

 

 何も言ってくれない。ううん、それでいいんだ。

 

「君は自由に生きていいんだ。父に縛られることはない、お節介だったかもしれないけど」

 

「だから、バイバイ。またいつかね」

 

 せめて最後は笑顔で!

 

 そう告げ、背を向けて歩き出す。

 これでよかったんだ。僕は彼女が幸せで生きてくれたらそれでいい。でも、他の男の人といたら妬いちゃうかもな―――

 

 

 

「―――まて、

 

 

 腕を掴まれる。

 

 アタランテが腕を掴んでる。

 

 此方を見上げてる。僕を見ている。

 

 

 

私も共に行く。汝と共にだ」

 

「どう して。...見ただろう?僕は君が言っていた通り"怪物"だ。物語で語られた通り、醜い怪物だ。君を巻き込みたくない。今日みたいに殺されるかもしれない。君を不幸にしたくないんだ」

 

 それに、また、人間を殺してしまうかもしれない。あの姿を見たら、君はどんな顔するのだろう

 

「構わん。私はこれでも数々の冒険をしてきたんだ、今更というやつだ」

 

「でもっ「ーーーメラニオス。汝は私に勝ったのだ」...え」

 

「汝は言ったな、"私に勝って手に入れてみせる"と。それを投げ出すのか?」

 

 確かに言った。でも、君を失いたくない。巻き込みたくない。自分なんかほっといて幸せに生きていってほしい。

 

「それにだ。汝は、私のーーー大切な人だからな」

 

 そうやって笑顔で手を差し伸べてくれる。

 その姿は月明かりに照らされとても神秘的な光景だった。

 

 恐る、恐る、手を伸ばす

 

"ダメだ"

 

 手を握ってしまう

 

"きっと不幸にする"

 

 彼女が握り返してくれる

 

"後悔する"

 

 それでも僕はーーー彼女が欲しい

 

「私に勝ったのだ。その責任、取ってもらうぞ」

 

「ああ...勿論!」

 

 思わず抱きついてしまう。アタランテはまた顔を赤くさせあたふたとしている。

 本当に可愛い、好きだ。

 

「お、おい⁈わ、私はアルテミス様に純潔の誓いを...まったく、汝は困ったやつだな、もう」

 

 "ああ、僕はこんなにも幸せでいいのかしら"

 




次回は平和な感じで行きたいもんです。

もしよろしければご感想や評価のほうお待ちしています。


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狩人と怪物 「幸せ」

 前回の更新でお気に入りが200人も増えたんじゃがどゆこと⁉︎なんか評価も赤色になっとるし、嬉しいけど何があったんや

今回の話は前の話から数年たってます。少しだけメラニオス君も成長しているので良ければ見ていってください。

追記 後半部分が納得いかないんで別話として書き直してきます


―――この時間がいつまでも続けばいいのに―――

 

 

「お姉ちゃーん!早く早くー!」

 

「こら、そんなに走ると危ないぞ」

 

走っていく子供たちを追いかけながらそんなことを思った。

 

 ◇◇◇

 

 

 私たちは追手から逃れるため、あてもなく各地をさまよっていた。

 辛かったことばかりという訳ではない。旅の途中、森で一緒に狩りをすることもあったし(彼は何一つ仕留めることはできなかったが)、時には共に水浴びをしたり(一度もこちらを見てくれなかった)、星を眺めたり(どちらかというと彼の顔ばかり眺めてた気がする)、幾度となく共に楽しみを分かち合った。

 

 私はこの時間が何よりも愛おしく思った。

 ...でも、彼はどうだったのだろうかと、ふと思ってしまう。どこか私に対して遠慮している気がするのだ。近くに行こうとすると顔を赤らめ何かと理由をつけて離れてしまう。...誓いに触れない程度であれば触れてくれてもかまわないのにな。

 

 ◇

 

 旅を始めて幾ばくかの年月が経った頃、一つの村に立ち寄った。

 

 その村は小さな村で、村人は数百人にも満たないほどだった。だが、一つの問題を抱えていた。

 

 飢餓だ

 

 ここのところ、雨も降らず農作物が育たない。水不足と飢えに苦しみ、誰もが生きる気力をなくしている。既に餓死者が出始め、村人の全滅も目に見えていた。

 

 別に、この時代では珍しい話ではない。これも自然の摂理の一つ、わざわざ関わる理由もない。そうやって私たちは村を離れようとした、

 

 

―――ま、待って。お願い、助けて

 

 後ろで今にも消えそうな声が聞こえ、なにかに手を掴まれた

 

 赤子を抱えた少女が、袖を掴み縋ってくる

 

―――妹だけでもいいから、助けてえ

 

 体は骨が浮き出るほどにやせ細り、立っているのもやっとだろう。抱えた赤子も鳴き声すらあげれないほど衰弱している。

 

 

 メラニオスはすぐさま姿を変え、食糧の確保のため飛び去った。”小一時間で戻ってくる、それまでその子たちをお願い!”そう言い残し。

 私は急いで二人を抱えて、村の中の少女たちの家に向かう。扉を開けてみれば、大人二人の死体が転がっている。思わず鼻を曲げてしまうほどの腐敗臭、死後からかなりの日数が立っているらしい。だが、今は気にしている場合ではない。手持ちの果実をすりつぶし、赤子に咥えさせる。少女にも、あまりの果実を渡すと、勢いよく貪り始める。いったい何日間、口にしていなかったのだろうか。

 

 ひとまず、この二人は大丈夫だろう。

 

”メラニオスはまだ戻らない”

 

 ふと、外を見る。大勢の村人がこちらを覗き込んでいる。

 

―――お願いします。私たちにも

 

―――うちの子もお願い、もう何日も食べてないの

 

―――お母さんがあ、お母さんが死んじゃいそうなの。お願い、お願いします

 

「な、汝ら、落ち着け。今、私の夫が食料を取りに行っている。だからもう少し、

 

―――もう、なんでもいいんだ。

 

―――口に入れれるなら何でも

 

―――そこの赤子でもいい。頼む、ワシらを救ってくれ

 

―――救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、

 

 

落ち着けと言っているだろう!おい、その子から手を離せ!!」

 

 幼子やその母親、老人、その者らがアタランテに縋ってくる。彼女にはどうすることもできない。村人たちの目は狂気に染まりかけており、ここを離れればこの子たちが無事に済まないだろう。

 

「私では汝らを救うことはできない...すまないっ」

 

 あれ程子供たちを救いたいと願っておきながらこのざまだ。私は、無力だ、何一つ救うことすらできない。視界が涙で滲んでしまう、いけない、彼が戻るまでしっかりしなくてはならないのに

 

 縋りつく子供のその手を握ってやることしか...

 

 

「―――もう大丈夫だよ」

 

 優しい声がした

 

「ちょっと時間がかかったけど、ほら」

 

 かご一杯の果実と、巨大な猪をもって

 

「ははっ、猪を仕留めるのに苦労しちゃって、やっぱり君の様にはいかないね」

 

 そこにいた、いてくれた

 

「さあ、立ってアタランテ。君は肉を、僕は果実を配って回るから」

 

 私の―――

 

 ◇

 

「ありがとうございます。ありがとうございます。」

 

「そんなに焦らなくてもたくさんあるからね。はーい、次の人どうぞー」

 

「おいしー--い!お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!」

 

 

 私たちは村人全員にいきわたるように食料を配っていった。皆、安堵の表情をしており口々に感謝を述べる。

 

 

「あんたたちには何とお礼を言ったらいいか、ありがとう」

 

「礼なら、彼...メラニオスに言ってあげてください。私は何も...」

 

 何もできなかった。私だけでは何も

 

「いえいえ、貴方たちが見捨てていれば、この村は全滅していました。我々がこうして生きているはあなた方のおかげなのですよ」

 

 

 村人たちからは沢山の感謝の言葉を貰った。子供達も元気を幾ばくか取り戻したようで、家族と一緒に笑う姿も見られる。

 ...そういえば、あの子たちはどうしたんだろう、暫く姿が見えない。あの子たちの家に向かうとしよう

 

「おや、寝ているのか...」

 

 すやすやと、可愛い寝顔で二人は眠っていた。よかったと安堵の息を漏らす。

 

「―――お疲れ様、アタランテ」

 

「ひゃっ...う、後ろから急に声をかけるな!驚いてしまうだろう

 

 突然後ろから声をかけられてしまい思わず変な声を出してしまった。当の本人は、珍しいものを見たと笑っている。少しその顔に怒りが湧くものの、同時に安心感も湧いてくる。

 

「あはははっ、ごめん、ごめん。さっきまで働きっぱなしだったからご飯食べてないだろう?」

 

 そういえばそうだった。夢中になっていて気が付かなかったみたいだ。

 

 

 

 余った肉と果実が今日の夕食、いつもと変わらぬ光景。

 

 それを食べながら、私は言葉を零す

 

「...私は何もできなかった。汝を待つことしかできなかった。あれ程、子供たちを救いたいなどと言っておきながら...」

 

 後ろで眠っている子供たちも彼が来てくれなかったらどうなっていたことやら。

 しかし、本来ならこの子の親たちも一緒に寝ているはずなのだ...もう少し早く訪れていればあるいは救えたのかもしれない。この子たちはこれからどうするのだろうか、二人だけで生きていけるのだろうか

 

「私は、無力だ」

 

 いくら狩りがうまかろうが、足が速かろうが、私では

 

「子供たちが、愛される未来など私などでは―――」

 

 

 メラニオスは静かに私を抱きしめる。それを拒むことは決してない。

 何も言わず、落ち着かせるように頭を撫でてくれる。悲痛に満ちた自身の顔を隠すよう彼の胸に埋めながら、それを受け入れる。

 この胸の鼓動が私を落ち着かしてくれる。

 

「...僕一人だったら、ここまでしたか分からないだろうね」

 

 嘘だ。汝はきっと手を差し伸べていた。そういうものなのだ,知っている。この数年の旅でメラニオスという存在を常に見てきたのだから

 

「僕は君が居てくれたから安心して飛べたんだよ。君のおかげなんだ」

 

 顔をさらに埋める。こんな顔、見られたくない

 

「君は彼らを見捨てなかった。それでいいんだ、何も一人で解決しようなんてしなくていい。今君ができる精一杯のことをやればいいんだよ、今までだってそうしてきたじゃないか」

 

「――――――」

 

「だからその夢をあきらめないで。前を向いて歩こう一緒に、ね」

 

 たとえ、叶わぬ夢だとしても

 

「そう だな、汝と共になら、きっと......もう少し強く抱いてくれ。今は...そういう気分だ」

 

 今はただ、その体温が愛おしかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「昨日は本当にありがとう。あなた方のおかげで、皆が死なずに済みました。」

 

 年老いた老人が頭を下げる。この村の村長だという。

 

「...ワシらは、人として間違うところじゃった。何とお礼したらいいか」

 

 そんなに頭を下げなくてもいいと、メラニオスは声をかける。自分たちはたまたま通りかかっただけで、そこまでたいそうなことはしていない。

 

「飢餓で苦しみながらも、何とか女、子供は生かそうと頑張ってきたが...情けないのお、結局ここまで追い込まれ、若者を苦しめ、老いぼれはワシだけが生き残ってしまった」

 

 この村に残るのは、若い衆、子供、そして最年長の村長のみ。親たちは、子供たちのために自分の分の食糧を分け与え真っ先に死んでいった。そして、村を出たり、遠くの方へ食糧を探しに行った者は帰ってこないのだという。

 

「今は貰った食糧で何とかなっとるが...まだ、水不足の問題があるのです」

 

 すでに村の井戸は枯れはて、近くの川の水は干上がっている。農作物は育たず、ただ飢えるのを待つのみ

 こればかりはどうしようもないのだ。自然界は時に牙をむく。この時期は雨の量が少なく、ここらいったいも同じような状況だろう。

 

 私たちができるのはここまでだ。食糧を集めることはできても、水を作り出すことはできない。魔術を使っても限度というものがある。

 メラニオスの方を見る。なにか考え込んでいるようだが、

 

「―――雨を降らせればいいんですね?」

 

「そ、それはそうじゃがあ...」

 

 無茶だ、いくら彼でもできないことぐらいはある。

 

「僕が降らすわけじゃない。”降らせてもらうんだよ”」

 

「...できるのですか?ですが、貴方にそこまでやっていただくわけには」

 

「あまり期待はしないでください。それに...」

 

 彼は私を見つめながら宣言する。

 

「子供たちの苦しむ姿を、僕たちは見たくないから」

 

 

 

 ◇

 

 

 村人たちには家で待機してもらい、私たちは少し離れた場所にある神殿へと向かっていた。

 

「君までついてこなくてもいいのに。あの子たちといてもよかったんだよ?」

 

「汝ひとりにしては何をしでかすか分からんからな...そ、それに汝は私の、お、おt、おtt...くっ」

「(いざ、言葉にしようとすると恥ずかしくてできぬ。他人の前では堂々と言えるのにっ!)」

 

 二人は"夫婦"と呼べるほどの関係ではなかった。どちらかと言うと、初々しい恋人同士である。

 本来あるはずだった婚姻の儀式も台無しになり飛び出してきたので、メラニオスには"夫"と"妻"という自覚がないに等しい。

 彼女に辛い思いをさせてしまったという負い目から"愛すべき存在ではあるが、自分なんかより、自由に生きて欲しい"という思いある。

 まだまだ、アタランテの苦難は続きそうだ。

 

「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」

 

「...?

 

 まあ、確かにしでかすんだけどね。っと、さあ、ついたついた」

 

 

 目の前に見えたのは、オリンポスの主神”ゼウス”を祭る神殿。しばらくの間、人の出入りがなかったのか所々薄汚れている。

 

「一体何をするというのだ、かの主神に祈りでもささげるとでも?」

 

「その通り!さすがアタランテ、勘がいいね」

 

 親指をぐっと立て、笑いながら答えるのだ

 

 意外だった。

 

 今まで私がアルテミス様に祈りをささげているときも「汝は祈る神はいないのか?」と聞くと「...恨まれてるからねえ」と遠くを見るように答えていた。昔、神々と争いがあったようだがいったい何をしでかしたのやら...

 

「さてと...ちょっと離れててね。―――危ないから」

 

 神殿に祭られている神像の前に座り、祈りの準備を始める

 

「大丈夫なのか?汝に何かあったら私は...」

 

「大丈夫だよ、多分...もしもの時はよろしく!」

 

 信頼されているのは嬉しいのだが、心配なことには変わりな―――むっ、今、多分といわなかったか?!

 

「よし、ん”ん”...えーと、確か...”大いなる天空の神ゼウスよ。貴方に祈りを捧げます、ちゃっちゃと雨降らせやがれこの野郎、食ってやるぞ”......アタランテ、離れて!」

 

”・・・ゴロゴロゴロ・・・”

 

 突然、空が唸りだした。雨雲がこの神殿を中心にして集まり、そして―――

 

”・・・ピシャーーーン”

 

 雷が槍となり、メラニオスの頭上に降り注いだ。

 その槍は神殿の上部ごと貫き、崩れてきた瓦礫に下敷きになってしまう。

 

「...ごっほ、ごっほ...ッ、無事かメラニオス?!」

 

 言う通りに少しだけ離れていたので、怪我を負わずに済んだのだが、いったい何をしたのだ?

 彼の姿は見えない、下敷きになったのだろう。急いで、救出しようと向かうが...

 

 ”ドカーン”と、勢いよく瓦礫がはじけ飛んだ。メラニオスがはじけ飛ばしたのだろうが、その姿は悲惨なものだった。皮膚は焼き焦げ、放電の影響だろうか身体には稲妻の模様が浮かんでいる。すでに、治癒が始まってるとはいえ思わず目を背けてしまうほどだ。

 

「...熱い」

 

 と、一言つぶやき。そのまま倒れ伏してしまった。そばに駆け寄る、気を失っているだけのようだが、このままこの場所に留まるのは危険だろう。彼の身体を肩で担ぎ、なんとかその場を離れようと歩き出す。

 

「まったく...無茶をしすぎだ、汝は」

 

 外では、土砂降りの雨が降り始めていた

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん...もう、大丈夫、ありがとうアタランテ」

 

 しばらく歩いていると、目が覚めたらしい。身体を動かして離れようとするが、そうはさせない

 

「まだ歩けないだろう。大人しく担がれておけ」

 

「いや、これはちょっと...まるで僕が荷物みたいだよ

 

 ...何か問題なのだろうか?効率的だと思ったのだが、やはり脇に抱えたほうがいいのだろうか

 

「それよりもだ。いったい何を祈ったのだ?」

 

 あれでは最早天罰に近い。何をどうすれば、あんなことになるのやら

 

「いやー、雨降らせなきゃ食べちゃうぞ、テヘッ。的な?」

 

「もはや脅迫ではないか⁈汝には敬いというものはないのか⁉︎それで死んでしまっては元もこうもないであろうが!」

 

 彼は"ごめん、ごめん"とヘラヘラしながら笑っている。こっちは本気で心配したというのに。

 まるで、"自分は死なない"と分かっているようなその態度が嫌いだ。

 

 ...彼が死んでしまったら、私はいきていけるのだろうか?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ひゃああー--雨じゃあ!恵みの雨じゃあああああああ!」

 

「わーいわーい!久しぶりの雨だねお母さん!」

 

「ええ!これなら何とかなりそうだわ」

 

 

 村に帰ると、突然降った雨に村人は狂喜乱舞していた。特に村長に関しては常軌を逸した喜びようだ、もはや狂気的とまで言える。

 

「おおおおお!あなた方よくぞ帰ってきてくださった!一体どうやってこの雨を?...いや、聞きますまい、今はどうか体を休めてください!」

 

 そういった後”ひゃっほ―――”と走り去っていく。まるで水を得た魚だなと二人で顔を合わせながら苦笑した。

 

 ◇

 

「もう、この村を出られるのですか?!もう少しごゆっくりして行かれても...それに今夜は宴会を予定しております、是非お二人にもご参加いただきたいのですが...」

 

「ありがたいのですが、皆さんに気を遣わせるわけにはいかないので、気持ちだけ頂きます」

 

 この村はもう大丈夫だろう、自分たちがいても迷惑になるだけと考え直ぐに村を発とうとした。心残りがあるとすれば、あの少女たち。きっと村の人が助けてくれるには違いないが、少し心配だ。

 

 物思いにふけっていると、不意に腕を引っ張られた

 

「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

 

「あ、ああ。申し訳ないがそうだな...」

 

 あの少女だった。背中には妹を背負い、涙目でこちらを見上げてくる。

 くっ、そんな目で見られると...

 

ぐすっ...寂しいよお」

 

「え、えっと、そ、その泣かないでくれ。いつかまた此処に訪れるから...」

 

「うっ...ぐすっ...うええええん

 

「ううっ、そんなに泣かないでくれ」

 

 困り果ててしまう。こんなときどうすればいいか分からないのだ。助けを求めるように視線を送ると

 

「ははっ...うーん、じゃあもう少しだけお邪魔しちゃう?」

 

 少しだけ困ったような声で彼がそう言ってくれる。彼もこの子たちが心配だったに違いない。

 

「いいのか?!...で、ではなく、汝がそういうなら仕方ない。村長、いいか?」

 

「ええ、もちろんです!さっそく宴の準備をしませんとなあ!」

 

「いいの、お姉ちゃん?」

 

「ああ、勿論。しばらくここで世話になる。」

 

「わーいわーい!やったー!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女。背中に背負っている妹もキャッキャッと嬉しそうに笑う。やはり、子供の笑顔というのはいいものだ。顔がにやけてしまう。

 

「さあ、家に戻ろう。宴までまだ少し時間があるからね。妹ちゃんは僕が背負おう、アタランテはその子と手をつないであげれば?」

 

「やったー!」

 

「へっ?!い、いいのか?」

 

「うん!はやくはやくー」

 

「こ、こら、そんなに急がなくても―――」

 

 振り回される私をメラニオスは後ろでおかしそうに笑い歩き出す。私も戸惑いながらも少女に手を引かれ歩みだす。

 

 ―――こんな光景を私は望んでいたのかもしれない。

 




 感想や評価お待ちしております。


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狩人と怪物 「美酒に酔う」

 今回は前回の後半部分を少し改変+付け加えた話となっています。


この村に来てから彼女はとても幸せそうだった。子供たちと過ごすこの日常が何より楽しそうで、その姿を見る僕の顔も自然と緩んでしまう。僕らは子供の世話や狩りの手伝いなどをして、村の人たちと助け合いながら生活をしている。

 

「いつもありがとうね、メラニオスさん。これ、うちでとれた野菜です、貰ってって下さい」

 

「おーメラニオスの旦那、お疲れー。そうだ、いい酒が手に入ったんだ。アタランテさんと飲みなあ!」

 

「メラ兄ちゃん、かけっこ、かけっこしようぜ!...え?アタランテお姉ちゃんと?あの人全然手加減してくんないんだもん」

 

「ねーこれあげる。お花の冠、みんなで作ったのいつもありがとうって」

 

 この村の人たちは僕らをすんなりと受け入れてくれた。仕事をくれたり、世間話をしたりよくしてもらってくれる。

 

「お帰り、メラニオス、今日は肉料理だ。あの子たちも手伝ってくれたんだぞ、早く手を洗ってこい」

 

 仕事が終わり家に帰れば、彼女がご飯を作って待っていてくれる、そんな理想の生活。

 

「うん、ありがとう。それと、お酒を貰ったんだ...良かったらあの子たちが寝付いた後、どう?」

 

「ほう、これはいいものだな。楽しみにしておこう、汝と酒を飲み交わしたことはなかったからな」

 

 彼女と子供達との食事。その後は二人と少しだけ遊び、風呂に入り、寝付かせる。全てが終わった後、二人だけの時間を過ごす、これが僕たちの日常。

 

 幸せな日々だと思う。

 

 こんな日常がいつまでも続けばいいと、彼女は笑っていてくれる。

 

 

 ◇

 

「今日は子供たちとどんなことをしたの?」

 

 晩酌を始めて少し経った頃、いつものように会話をする。アタランテはこの酒が気に入ったのかぐびぐびと景気よく飲んでいる。

 

「...ん、ああ。かけっこだ、もちろん私が勝ったがな!」

 

 胸を張ってこたえるアタランテ

 飲む前は酒豪を豪語していたものの、今や顔を赤らめ、完全に酔っ払っている。「らいじょーぶ」と本人は答えるものの絶対大丈夫ではない。

 いつものキリッとした感じも好きだが、酒で蕩けたこの顔はまた違った雰囲気で新鮮だ。

 

「ん~~~ほめれくれ!」

 

「あーはい、はい、えらいえらい(手加減しないところは相変わらずだなあ)」

 

「むぅ...もっとちゃんとほめて!ほら!」

 

 無理矢理に頭に手をのせさせられる。撫でてくれということだろうか?試しに撫でてみると嬉しそうに顔を綻びさせる...可愛い。

 でも、心臓に悪いから勘弁して欲しい、ただでさえ普段から彼女を見るたびドキドキさせられるのだから

 

「もう少し、手加減してもよかったんじゃない?ちょっと大人げないなあ」

 

「えへへ、だってあなた以外に負けるなんて嫌だもん」

 

 っ...危なかった、僕じゃなきゃ死んでた。死因が尊死なら本望だけど

 というか、流石に心配になってきた。顔を赤らめたこの姿も魅力的なのだが、これ以上はまずいだろう。酔っ払いほど怖いものはない、何をしでかすかわかったもんじゃないのだから。

 

「アタランテ、もう寝よっか。さすがに酔いすぎだと思うし...」

 

「なんら~わたしとさけがのめないというのかぁ~」

 

「...」

 

「ほら~もっとのむ!」

 

「がっ...⁉」

 

 無理やり口を掴まれ酒を流し込まれる。

 絡み酒なんて一番めんどくさいパターンだ。けど、こういった一面すら愛おしいと思ってる辺り相当絆されているらしい。

 

 ただ心配なことには変わりがない

 

「ほら、いい子だから」

 

「...私と一緒にいるのが嫌なのか?」

 

「え⁉いや、そういうわけじゃあ」

 

「...私のこと、嫌いなんだ...ぐすっ...」

 

 感情の起伏が激しい。何とかなだめようとするが

 

「そんなこと一言も

 

「お兄ちゃーん、どうしたの〜」

 

 あー、いや、なんでも

 

「こっちが話しかけるとすぐ目を逸らすし...あの時、抱きしめてくれたのに今じゃ、近づくだけで離れようとするし...自分といると、迷惑がかかるからとかそんなことを盾にして、私はそんなの覚悟の上で一緒にいるのに!」

 

 分かった、分かったから、ね?一旦外に出よう。子どもたち起きてきちゃってるから、ね?」

 

 それでも駄々をこねるアタランテの口をふさぎ無理矢理でも外に連れ出す。

 子どもの前で聞かせるにはいささか恥ずかしすぎる!

 

「ゴメンね起こしちゃった。直ぐ静かにさせるからまた寝ようね」

 

「む"ー!む"ー!む"ーーー!」

 

 

 ◇

 

 とりあえず外に連れ出すことができた。

 外の空気にでも当たれば少しは酔も覚めるだろう

 

「えへへ~メーラーニーオースー」

 

 ダメかもしれない。

 こっちを見てにやにやしながら近づいてくるアタランテ。

 

「な、なんだい?」

 

「だっこ」

「へ?!あ、ちょっ」

 

 思いっきり抱きつかれる。

 顔が近い、彼女の呼吸が間近に感じられるほどに

 

「うふふ、すべすべ~」

 

「ひ、人が来たらどうs「嫌なのか」え、いやあ「見られたらいやなのか」

 

 有無を言わせぬほどの迫力がある。も、もう、心臓がもたない。

 

「嫌とか、そういうのじゃなくて「ならいいな」だけど「どっちなのだ!ハッキリしろ!」えぇ...」

 

 どうしたんだろう、こんなにも荒れることは今までなかった。僕は彼女にどうしてあげればいいんだろう。

 

「私たちは夫婦なのだぞ。これくらい...いいではないか」

 

 ああ、そうだった。

 

 今まで考えるのを避けていた気がする。

 

「...うん、そう、だね。僕らは夫婦だ」

 

 あの日、彼女に勝った日、彼女は僕の物になった。

 

"私に勝ったのだ。その責任、取ってもらうぞ"

 

"ああ...勿論!"

 

 あんなこと言っておきながら、今でも後悔している。もし、もし断っていれば、彼女はこんな怪物と旅に出ることはなかった。

 

 彼女が不安そうにこちらを見上げ、尋ねてくる。

 

「汝は...私を愛しているのか?」

 

 当たり前だ、あった時から、今だってずっと、君のことを僕はずっと愛してる。愛してるんだアタランテ!

「僕は――――――......」

 

 ...何も言えなかった、言葉にできなかった。あの日の後悔が今でも縛りついている。

 

 何も言えず、ただ黙っている僕を彼女はどう思っているんだろう。

 

 その時の彼女の顔は見れなかtt

 

「こっちを見ろ、メラニオス!」

 

「ブヘッ」

 

 突然顔を手で押さえられ、強制的に見つめ合う形になる。

 

 彼女は先ほどと打って変わって真剣な表情をしている。

 

「私の目をよく見ておけ...いいか...あなたが言わないなら私から言ってやる」

 

 逃げられない。

 

 言わないでほしい、それはきっと君を縛ってしまう。

 

「私は...貴方を――――――」

 

 目をつぶってしまった。見つめてくるその目が辛かったから。

 

 でも、彼女から言葉が続けられることはなかった

 

「......アタ、ランテ?」

 

 おかしい、いつまで経っても次の言葉が聞こえない。彼女は何故か下を向いている。

 恐る恐る、もう少し顔を近づけると

 

「すぅ...すぅ...すぅ....」

 

「......寝ちゃったか」

 

 眠る彼女をいつかのように、お姫様抱っこで寝室へと連れて行く。

 

「ごめんね...でも、愛してるんだ。本当に愛してるんだアタランテ...」

 

 少しだけアタランテが笑った気がした。

 ...今はこれでいい、これでいいんだ。今はこの幸せを噛み締めていよう、願わくば―――

 

「...お酒はもう、こりごりだな」

 

 ◇◇◇

 

 アタランテを寝かした後、少し夜風にあたっていた。今日も相変わらず星は美しく、月は僕を照らしている。

 

 違ったことがあるとしたら

 

『やあ、メラニオス君。元気ー?』

 

 ―――招かざる客神が来たことだ

 

 

 

「...何の用だ、アポロン」

 

『そんなに睨まないでほしいなー。ただちょっとお願いがあって来ただけなんだ』

 

 胡散臭い笑みを浮かびながら近づいてくるアポロン神。ここで争うわけにはいかない、今は守るものがある。警戒心を隠さず相手をにらむ。

 

 しかし、こちらの気も知らず神は淡々と話を続ける

 

 曰く、カリュドーン王オイネウスがオリュンポスの神々の生け贄を捧げる際に、女神アルテミスを忘れてしまった。これにより女神は怒り、その国に天罰を与えるつもりなのだと

 

『最初は魔猪を放とうと思ったんだけど...君がいることを思い出してねえ』

 

 怪物として振舞えと。人々の厄災となれと。

 

「...僕が大人しく従うとでも?」

 

『―――従うとも、今の君ならね』

 

 村の方に目を向ける。

 

『私は疫病の神としての側面を持っていてね、この指を振るえばあっという間に感染させることができる。分かるだろう?つまり―――この村が人質というわけさ』

 

 グシャリ、となにかを咀嚼するような音が聞こえた。

 

 アポロンは自分の下半身が喰われたことに気づく、どうやらかなり怒らせてしまったみたいだ。だが、心配することはない。笑顔を崩さず語り掛ける。

 

『ははっ、相変わらず手が早いなあ。でも残念、私は分霊みたいなものでね。ほら、この通りすっかり元通りさ』

 

 メラニオスは忌々しそうに睨めつけている。実際、アポロンは何ともなかったように振舞っており、捕食が無駄だったことを理解する。なら従うしかないのだ。あの時のように理性のない怪物ではない、最もそれが何よりの弱点ではあるのだが。

 

『君はただ暴れてくれるだけでいいんだ。そうすればギリシャ中の勇士が集まり君を討伐しようとするだろうからね。勿論、殺しつくしてもかまわない。まあ、こちらとしては君が死んでくれた方がありがたいんだけどね』

 

 怪物は答える

 

「...分かった。けど、この村...彼女には手を出すな」

 

 アポロンはにっこりと笑って

 

『もちろんさ!いや―君に理性があって本当に助かるよ』

 

 怪物はもう用がないと背を向け家へと戻る。その姿を見送りながら、アポロンは笑った

 

『―――君がどんな最期を遂げるのか、せいぜい楽しませてもらうよ』 

 




 次回こそ

 「カリュドーンの怪物」

 頑張りたいと思います


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狩人と怪物 「カリュドーンの怪物」

 今年の水着はアタランテです(断定)違ってたら埋めてもらっても構いません。


「ん...」

 

 頭の痛みで目を覚ます。酒に弱かったわけではないが、存外飲みすぎてしまったらしい。

 起き上がろうと体に力を入れたところ、なにかに掴まれているようで全く起き上がることができない。隣を見てみると、アタランテはすやすやと寝息を立て、僕に抱きつきながら眠っている。

 こちらの背中に腕を回し、足をしっかりと絡め、絶対に逃がしてなるものかという気概が伝わってくる。

 

「(一応、離れて眠ったつもりなんだけどなあ)」

 

 嬉しいのは山々だが少し苦しい。ひとまず彼女が目を覚ますのを待つしかないようだ。

 

 彼女の緑の髪が朝日に照らされ輝く。綺麗だなとそっと撫でてみた。するとそれが少しくすぐったかったのか小さく身じろぎをし、瞼をゆっくりと開いた。パチパチと瞬きを繰り返しこちらを見つめてくる。

 

「おはよう、アタr―――ぐへっ」

 

 優しく頭を撫でながら挨拶をしたはずだったのだが返ってきたのは"おはよう"ではなく、ビンタである。”パンッ”と軽快な音が鳴り響く。

 

「な、な、なんで抱き着いているのだ⁉」

 

 誤解だ。そもそも抱き着いているのは君じゃないか、と訴えると彼女もそれを理解したようで.申し訳なさそうにしながらも、その頬を赤く染めていた。

 

「...すまない」

 

 大丈夫だよと声をかけるも、気まずそうに俯き布団の中に隠れてしまう。

 

「昨日はだいぶ飲みすぎたみたいだけど体調は大丈夫?」

 

 返事は返ってこなかったものの頷いたのは分かった。とりあえずは安心なので起き上がることにする...出かける準備をしなくては

 

「...メラニオス。その、昨日のことは、だな...」

 

 布団からひょっこりと顔を出しどこかぎこちないアタランテ。

 はて、昨日のこと...ああ、可愛かったなあ

 

「すっ――ごい可愛かったよ。ほめて!だなんて言われたときはびっくりしたけれど」

 

「っ...!!そのこと、じゃなくて、いや...もう知らん!」

 

 顔を真っ赤に染め恥じらう姿はもはや芸術物だ。しかし、不機嫌にさせてしまったようだ、少しからかいすぎてしまった。しばらくは布団から出てこないようなので、一足先に朝食の準備でもしておこうか

 

 そうして、アタランテ一人が部屋に残される。

 

「~~~~~~~!!」

 

 

”ん~~~ほめれくれ!”

 

”...私のこと、嫌いなんだ...ぐすっ...”

 

”私たちは夫婦なのだぞ。これくらい...いいではないか”

 

 

 昨日の失態が次々と頭の中に溢れてくる。広くなった布団で転がりながらアタランテは恥ずかしさで悶えてしまう。飲み始める前は、酔った彼をあれこれ世話してやろうと考えていたのに、まさか自分がされる側になるとは

 

「次こそは...!」

 

 リベンジを誓い、再び布団にもぐる。彼の前では平気だといったものの、酔いはまだ残ってるようで。このまま二度寝するのも致し方ないことである。

 

 

『僕は――――――......』

 

 再び眠りにおちようとする中で、ふと思い出してしまった。辛そうにこちらに顔を向けるメラニオス。聞くつもりはなかった、最初から分かっていたのに。彼が私をどう思っているなんて、見ればわかるのに。やはり言葉にされないと不安になってしまうのだ。

 

「どうしてだろうな...こんなにも思っているのに伝わらないなんて」

 

 

 ◇◇◇

 

「おねーちゃーん!おーきーてー!」

 

 身体を揺らされる。正直なところまだ起きたくないのだ。酔いは覚め切っておらず、ボーっとしてしまう。

 

「む〜〜お!き!て!」

 

 とはいえこれは嬉しいものである。まさか子どもに起こしてもらえる日が来ようとはーーーここは私にとっての理想郷のようだな。少しばかりこの状況を堪能させてもらうとしよう。

 そうして、寝たふりを続けるつもりだったが

 

「お兄ちゃんが出ていっちゃう―――!」

 

 一瞬で飛び起きる事態になった。

 

 ◇

 

 

 

うえええええええん

 

「はあ...どうしたものか...おー、ほらほら、泣かないでー。大丈夫大丈夫すぐ帰ってくるからねー」

 

 玄関で妹をあやすメラニオス。いざ出発しようとしたところ、子ども達が起きてしまい、しばらく出かけると伝えた途端この始末である。せめて、アタランテを起こして出るべきだったと絶賛後悔中である。

 

 どうしたものかと嘆いていると”ドタドタ”と寝室の方から勢いよくアタランテが向かってくる。泣き声を聞きつけてくれたのだろう「助かった」と声をかけようとしたのだが

 

「たすk―――えぇ⁉どうしたの?」

 

 助けてくれるどころか、抱き着かれる。まさかの本日二回目

 

「ど、どうしたの?できれば離してくれると...」

 

「...さい

 

「は?」

 

 

 

「ご べ ん な ざ い。わた、わたじがあんなごと聞いたから...」

 

 

 

 泣きながら抱きしめてくるアタランテ。恐らくまだ酔いが覚め切ってないせいだと思うが、こうもカオスな空間になってしまうとは。

 

「うええええん「いかないでー--!「ぐすっ...ぐすっ...」

 

 ◇

 

 床に正座させられるメラニオス。

 

「一言も言わず、出ていこうとしなくてもいいではないか」

 

 怒りたっぷりのアタランテ。

 

 一応、置手紙はしていたもん。それに、湿っぽいのは嫌いなんだと、言い訳を重ねるメラニオスに呆れた目を向ける

 

「それで、いつ帰ってくるのだ?」

 

「一週間、いや、一か月くらい、かな?」

 

「すぐに帰ってくると言っていたではないか...」

 

「一か月なんてあっという間さ。ちゃんと帰ってくるよ」

 

 また嘘を重ねる。帰ってこれる保証などないに等しいのだ。

 

「...本当だな?本当に帰ってくるんだな?」

 

「勿論。みんなで待っていてよ、きっとお土産でも持って帰ってくるさ」

 

 僕が死んでも、この村でなら彼女は幸せに暮らしていける。

 

 笑顔で会話しながらもメラニオスの心は後悔を続ける。

 

「分かった、この子達と村は任せておけ。そのかわり、なるべく早く帰ってこい」

 

「うん、ありがとう...そうだ、これを渡しておくよ」

 

 そうして手渡されたのは、黄金に輝く林檎。

 

「これは...」

 

「お守り代わりと言っちゃあなんだけど。怪我した時や病気になった時に使うといいよ」

 

「ああ、分かった...いってらっしゃい」

 

 

 振り返れば、いつまでも手を振る子ども達。不安そうに目を伏せるアタランテ。

 

 

 メラニオスは死地へ赴く。それでも胸の中で必ずと帰ってくと誓う。それが決して叶わぬと分かっていても―――

 

 ◇◇◇

 

 

 ここはギリシャ西部にある都市、カリュドーン。四方を山に囲まれ自然豊かであり、そしてアルテミス神とアポロン神を祭る大神殿があるギリシャ有数の都市である。先日までこの都市ではこの二柱の神に生け贄を捧げる儀式が行われていた。

 しかし、問題が起きた。カリュドーン王であるオイネウス王はなぜかアルテミス神に対しての生け贄を忘れてしまったのである。気づいたころには時すでに遅し、カリュドーンは神の怒りを買ってしまう。

 

 

 ―――それはある日突然現れた。

 

「...おい。何だあれ」

 

 まさか自分たちが神の怒りを買ったとは知らず、いつものように農作業をしていたカリュドーンで暮らす人間たち。その中の一人が勢いよく山からこちらへ向かってくる巨大な黒い影を見つけた。

 

「逃げt―――」

 

 声を上げる暇もなくその人間は踏みつぶされた。他の人間たちもなすすべなく蹂躙されていく。あるものは喰われ。あるものは触手で貫かれる。

 

 辺り一面は血に染まり、さながら地獄のような景色ができる。

 

 

GAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!

 

 

 身体をどす黒い血で染めたそれは咆哮する。大地を揺るがし、天にまで轟くその叫び。聴いたものはその場で凍り付き、死を悟る。

 

 これこそが後の世で語られることとなった、神話の汚点

 

 

 

 ―――カリュドーンの怪物である

 

 

 ◇◇◇

 

「...お兄ちゃんまだかえってこないね」

 

 あれから、一週間、一か月と日々は過ぎていった。まだメラニオスは戻らない。

 

「そう、だな...きっともう少しで帰ってくるからそれまで元気で待っていような。ほら、そんな悲しそうな顔をしてるとメラニオスが悲しむぞ」

 

 こうやって元気づけるのも、もう何度目だろうか。

 

 やはり何かあったのではないか。無理にでもついて行くべきだったか、などと不安ばかりが積もっていく。

 

 "コンコン"

 

 玄関の扉が叩かれる。

 

「もし。ここにアタランテは居られるか?」

 

 村人ではない。

 子ども達を奥に連れていき、アタランテは扉へ近づく。

 

「どなたか居られるのか?この扉を開けてもらいたいのだが」

 

「(聞き覚えのある声だ。もしや...)」

 

 警戒はしつつも扉を開けると

 

「汝は...」

 

「おお、アタランテ!!久しぶりだな、アルゴー船以来か?元気なようで何よりだ」

 

 そこに立っていたのは、一人の青年。

 

「メレアグロス...なぜ此処に来た」

 

 カリュドーン王の息子であり、かつてのアルゴー船の船員。

 薪の英雄と称される王子メレアグロスであった。

 

「何故って...お前に会うためだとも、麗しのアタランテ」

 




 まああれです、もののけ姫の祟神みたいなもんに化けていると思ってくだい。

 これからはちょくちょく短編も上げたいと思います。
 いよいよクライマックスが近づいているので頑張っていきたいと思います!


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狩人と怪物 (短編)「ピクニック」

 日常回?


 今日はアタランテと子ども達と僕の4人で森へピクニックへ来ていた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!早く早くーー」

 

「こらこら、そんなに走ると転んでしまうぞ」

 

 こうして出かけることは今までもあったが、今回は少し遠出をしている。初めて見る景色に少女は大興奮。

 

「あー、あえ。リスさん」

 

「ん?おーそうだね、リスさんだ。よく見つけたね」

 

 肩車をしている妹ちゃんも楽しんでいるようで何よりである。最近は簡単な単語程度なら喋れるようになったようで、これからの成長を見守るのが何よりの楽しみだ。

 

 そうして、歩いていると湖にたどり着いた。周りに危険な気配もなく、ここに天幕を貼ることにする。

 

「さて、私は肉を獲ってくるとしよう。なに、立派な獲物をしとめてみせるさ」

 

 久しぶりの狩りで滾っている様子。弓をとるや否やすぐさま森へ駆けて行った。どうやら子供たちにいい格好を見せたいようで...空回りしないといいが、彼女に対してその心配は無用だろう、多分。

 

「ねえねえお兄ちゃん、なにかお話して」

 

 どうやらある程度自然を堪能したようで少々手持無沙汰の様だ。

 

「う~ん...じゃあ、おとぎ話なんてどうかな?」

 

 そうしてメラニオスは懐かしそうに語り始めた。

 

 ◇◇◇

 

 

 あるところに王様と泥人形と怪物がいました。その三人はときどき喧嘩をしたりしていましたが、とても仲が良く楽しい日々を過ごしています。

 

 ある日のことです、天の神様が王様の国に巨大な牡牛を向かわせました。神様は王様たちを殺そうとしたのです。けれどもうまくいきません、王様たちはとても強かったのです。あっという間に牡牛を倒してしまいました。

 

 神様はそれに怒りました。そうして泥人形に呪いをかけてしまったのです。王様たちの看病むなしく泥人形は死んでしまいました。

 

 王様は嘆き悲しみました。怪物も同じです。溢れ出る涙が止まりませんでした。

 

 王様はそれから一人で不老不死の薬草を探す旅に出てしまいました。友の死を見て、死そのものを恐れたのです。

 

さて、国の民と怪物は困りました。王様がいなければ国は荒れ果てていくだけです。怪物は考えました、どうすれば王様は帰ってきてくれるのだろうと。

 

 そうして思いつきました。

 

 ◇

 

 王様は薬草探しに失敗し国に戻ってきました。

 するとそこで目にしたのは、再び国を襲う天の牡牛だったのです。王様は激昂しあらゆる武器を用いて牡牛を打倒しました。

 

 直ぐに神様に詰め寄り問い詰めましたが”知らない”の一点張りです。

 

 王様が再び国に戻るとそこには民も怪物の姿はなく、ただ一人祭司長のみが残っていました。

 

 そうして王様は―――

 

 ◇◇◇

 

 

「王様は―――...」

 

「王様は?」

 

「...どうしたんだろうね。ここから先は知らないんだ」

 

「えーーつまんない!」

 

「あははっごめんね。お詫びとしちゃあなんだけど、林檎いるかい?」

 

「うん!」

 

 そうして林檎を投げ渡すメラニオス。少女はキャッチを―――できなかった。コロコロと転がり落ちていく林檎。

 

「あっ。ごめんなさい」

 

「気にしないで、まだまだいっぱいあるし。ほら、」

 

 一方そのころアタランテは

 

「(よし、これほど獲れれば十分だろう)」

 

 すっかり気分が高揚したアタランテはあっという間に獲物をしとめていた。

 

「(ふふふっ、あの子たちの喜ぶ姿が目に浮かぶ。よし!もう少しだけ...むっ)」

 

 ふと目に入ったのはコロコロと転がってくる

 

「(林檎ではないか!!)」

 

 思わず駆け寄るアタランテ。迷わず林檎に齧り付く。

 

「美味い...はっ、いかんいかん思わず口にしてしまったーーーなんと!」

 

 何故か次々と転がってくる林檎たち。アタランテはそれを夢中で拾い集める。

 

「おお!ひょっとしてこの近くに果実の楽園があるのやもしれん」

 

 狩を中断しまだまだ転がってくる林檎を拾い集めながら進んでいきます。

 

「食後にピッタリだな。子ども達も喜ぶに違いない」

 

 後でメラニオスに調理してもらおうと嬉々としながら進んだその先で見たのは

 

「やったやった!キャッチできたよ!」

 

「ふふっ、よかったね。でも随分と林檎の数がーーーあっ、おかえりアタランテ」

 

 林檎を手に取り喜ぶ少女。ようやく、この林檎が転がってきた経緯に気がつき肩を落としてしまう。

 

「...罠だったか」

 

「何かあったの?...それより早くご飯にしよう。僕ら待ちくたびれちゃったよ」

 

 思えば、狩に夢中になりすぎて時間を忘れてしまっていた。

 

「(この林檎が呼んでくれたのかもしれんな)」

 

 アタランテは腹を鳴らして待ちくたびれた三人のもとへ急ぐのだった。

 

 




 次は泥人形と怪物の方を上げたいと思います


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狩人と怪物 「薪の英雄」

????「勿論わたしは直接は介入しない。でもさ...ちょっとだけ認識を弄るのはセーフだろ?"手"は出してないんだからさ」


「お前に会うためだとも、麗しのアタランテ」

 

 そう答えるのは、カリュドーン王子メレアグロス。アルゴー船の冒険など数々の試練を打ち破り英雄と謳われる人物である。

 

「どうだ久しぶりに狩りでも...もちろん俺とお前二人きりで、な?」

 

 そうしてアタランテの腰に手を回し手を取る。そのまま壁の方へ押し付ける形になるが

 

「――断る」

 

 振り払われるメレアグロス。

 

「生憎とそのような気分ではないのでな。用がないのであれば帰れ」

 

 ”でなければ殺すぞ”と殺気だった目で睨みつける。メレアグロスは冗談だというようにわざとらしく振舞う。

 

「ははっ、相変わらずだな。いやなに、お前が”攫われた”と聞いたのでな俺は心配で心配で」

 

 聞けば、アルカディアに訪れた際、ある噂が広まっていたそうだ。青年がアタランテに競走を挑み、卑怯な手を使い勝利したや、黒い怪物が現れ戦士たちを皆殺しにした。アタランテはその怪物に攫われた、などなど

 

「して、噂によるとお前はある男と競走して"負けた"と聞いたが...一体どのような手を使われたのだ?」

 

「...彼は、メラニオスは私に正々堂々挑み勝利した。過程はどうであろうと私は自分の意志で彼と共にいる」

 

 メレアグロスは少し驚いた様子だ。おおかたアタランテは無理矢理ここに連れ込まれているとばかり思っていたのだろう。すぐさま頭を下げて謝罪をした。

 

「ギリシャ最速の狩人といわれるアタランテに走りで勝ったというのか⁉......すまない、俺は何という失礼なことを。して、そのメラニオス殿はここに居られるのか?」

 

 アタランテは少し顔を曇らせながら首を横に振り不在だと答える。残念そうに肩を落とすメレアグロス。

 

「そうか...お前に勝つほどの男、ぜひ一度手合わせをしてみたいものだったが仕方ないか」

 

「ふっ、なにせ私を追い越した男だ。もしかしたら腕っぷしでも汝に勝つやもしれんぞ」

 

 夫をあげられて気分が良くなったのか自慢げにそう話す。アタランテがそこまで言うのが意外だったのかまたも驚きの表情を見せる。

 

「なんと、そこまで言わせるほどか。うーむ、なおさら惜しいな」

 

 悔しそうに声を唸らせる。どうやら何か事情があるようだ。

 

「実をいうとなアタランテ。俺はお前に力を貸してほしくてここに訪れたのだ」

 

「私の力を?どういうことだ」

 

 メレアグロスはこれまでの経緯を話し始めた。

 

「私の国カリュドーンでは先日アポロン神とアルテミス神に生け贄を捧げる儀式を行ったのだが...我が父オイネウス王はあろうことかアルテミス神に対しての生け贄を用意してなかった」

 

 毎年恒例で行われる神々に対して感謝を捧げる儀式。あろうことかその儀式で最もやってはいけない行為をしてしまったという。

 

「...愚かな」

 

 ただ吐き捨てるように告げる。アルテミス神を信仰している身にとってはその一言しか浮かばなかった。

 神々に対して失礼を働いた者の結末は古来からきまっている。

 

「まったくだ、我が父ながら愚かしいにもほどがある」

 

 同意するように頷く。

 

「しかし、問題はここからなのだ」

 

 語気を少し強め本題へと移る。その顔は怒りに満ちている

 

「それからしばらくした後、ジュゴス山から”怪物”が現れたのだ!」

 

「怪物...?」

 

 何か引っかかりを覚えた。

 

「ああそうだ!それは民を踏みつぶし、喰らい、田畑を荒らした。国中の勇士が挑んだものの―――壊滅してしまった」

 

「―――...」

 

 

 怪物という単語に引っかかる。なにか忘れているような...

 

 

 やはり、彼が黒き怪物だったのだ。

 

「神様、神さ...おっごお」

 

「なんで!コイツ弱ってるんじゃなかったのかよお!」

 

「殺せ!殺せ!早く!」

 

 血に塗れる大地、その中心で

 

ーーーーあはははははははははははははははははははははははは

 

 "メラニオス"は笑う

 

 

思い出さないといけないのに、記憶を探ろうとするとノイズが走ったように乱れる。

 

「今は何とかジュゴス山の方へ追い返したが、いつまた戻ってくるか分からん。それにあの怪物は異常だ、姿が全く分からん」

 

「姿が分からない?それはどういうことだ」

 

「俺も遠目でしか見れなかったのだが、まるで靄がかかったようだった。何かしらの幻術の類がかけられているやもしれない」

 

 恐らく、アルテミス様が遣わした魔獣の類であろうが...何故だ?まるで正体を隠したいがために何者かがーーー

 

「そして奴は選ばれし"英雄"しか打倒できないとアポロン神から神託を受けている!」

 

「アポロン神から?」

 

「ああ、そうだとも。そこで俺は各地から討伐隊を募ったのだ!聞いて驚けーーーあの"ヘラクレス"が参加してくれるのだぞ!」

 

 その他にも、かつてのアルゴー船の乗組員カストロとポルクス、カイニス、テーセウス。そしてメレアグロスの叔父のであるトクセウスとプレキシプス...等々。

 様々な国から歴戦の戦士達が集まる。これまで行われたことがないほどの大規模な狩りになるのは間違いない。

 

「そしてアタランテ。弓の名手であるお前にも参加してもらいたい」

 

 弓の名手数いれど、アタランテ以上の狩人はいない。そう確信に満ちた顔でメレアグロスは答えを待つ。

 

 ”当然だ。ぜひ参加させてもらう”と言いたいところではあるが。

 こちらを覗き込む子供たちがアタランテの目に映る。彼女らを置いていくなどできない。それに

 

 

『勿論。みんなで待っていてよ、きっとお土産でも持って帰ってくるさ』

 

 

 ーーー待っていなくては。約束したのだ。家に帰ってきたとき思いっきり抱きしめ”遅すぎる!”と叱ってやらねばならない

 

 メラニオスのことを想い、自分の信念を曲げてでも彼女は参加しないことを選ぶ。

 

「悪いが、私は―――」

 

 参加できないと口にしようとしたとき

 

 

「おや、ここにいらしたのかメレアグロス殿」

 

 

 突然後ろから声が聞こえた。

 

 振り向けば、そこにいたのは”村長”。どうやら玄関の方からいつの間にか入ってきたようだが、一言声をかけてくれればいいものの

 

「ご老人!先ほどはありがとうございました。おかげでアタランテと会えましたよ」

 

「ほほっ、それはよかった」

 

 メレアグロスは村長の案内でここまで来たようだ。どうやら村長は今までの話を聞いていたようで

 

「聞きましたよアタランテさん。カリュドーンで怪物が現れたとか、貴方は討伐隊に参加なさらないので?」

 

「あ、ああ。子供たちのこともあるが...私はメラニオスを」

 

 そこまで言いかけて、

 

「そんなものワシに任せておきなさい!」

 

 村長の言葉にさえぎられた。子供たちのことは自分にまかせて討伐隊に参加してこいということだ。

 何故そこまで村長がこだわるのかは疑問ではあるが...

 

「アルテミス神を信仰している貴方が参加しないでどうするのですか!」

 

 確かに、その怪物がアルテミス様が遣わせたものであるならば放っておけるはずがない、しかし

 

「いや、そうは...言ってもだな」

 

 渋るアタランテに村長は詰め寄る。

 

「―――既に神託はくだっております。あの怪物はあなた達、英雄が殺すべき存在なのです」

 

 村長の目が金色に輝く。その目に覗き込まれてしまい私は...

 

『今こそアルテミスに報いるときだろ?』

 

 声が頭の中で響く。

 ああ、そうだとも。あれは私達が殺さなくては。捧げるのだあの怪物を。

 

「そう、だな。アポロン神の神託なら従うほかなかろう。メレアグロス、私も参加させてもらうぞ」

 

 その答えを聞いた途端、待ってましたとばかりメレアグロスは声を上げる

 

「よし!アタランテ、お前ならきっとそう言ってくれるに違いないと思っていた!」

 

 早速出発しよう、先に出ておくぞと出て行ってしまった。アタランテも狩猟服に着替え、弓と矢を担ぎ外へ向かう。

 

「お姉ちゃん...どこいくの?」

 

 呼び止められた。少女は涙目でこちらを見上げてくる

 

「ああ、いかねばならない」

 

 ”子供たちをよろしく”

 

 声が聞こえた気がした。

 

 少女が縋るように手を伸ばしてくる。

 

「村長がお前たちのことを見てくれる、何も心配することはない」

 

「でも...でも...ぐすっ」

 

 ”きっと帰ってくるから”

 

 ...なにも心配はない。私はすべきことをする、それだけ

 

 アタランテがその手を取ることは無かった。ただ冷徹に突き離すように。既にその目は獲物を狙う狩人の目をしており、何を言っても無駄だとわかる。

 

「では村長、後は頼んだ」

 

「ええ、任せてください...お気を付けて」

 

 少女がなにか言っていた気がするが、アタランテは振り返らない。

 

 ―――さあ、怪物狩りの始まりだ

 

 

 ◇

 

『ふふふっ。さてと私も用意を始めるとするかな』

 

 不気味な笑顔を浮かべる村長?それを不思議そうに子供たちは見ている

 

『おや?』

 

 見られていることに気づいたのか、それは子供たちを見る。特に危害を加えるつもりはないのか、はたまた興味がないのか...『はあー、せめて男の子だったらなあ』と愚痴をこぼしたかと思うとその場で動かなくなってしまった。

 

「おじいちゃん...?」

 

 少女は心配そうに声をかける。

 

「ほあっ...わ、ワシは一体?」

 

 村長はまるで今まで意識がなかったかのようにうろたえている。

 

「私たちの面倒見てくれるって...おじいちゃんが言ったんでしょ?」

 

「はへ?そうじゃったかのお...もう歳か、死んだばあさんに怒られるわい」

 

 アタランテが村から出ていったことさえどうやら記憶にないようで。だが、メラニオスに頼まれたことがあることを思い出したようだ

 

「そういえば!アタランテさんを村の外に出さないよう言われとったんじゃった、しまったのお」

 

 今更追いかけようとも時すでに遅く、村長は申し訳なさそうにうなだれるのであった。

 




 次回予告ーーー

「此処に集まった全ての英雄に告げる
これは神が課した試練だ!我々が乗り越えるべき試練だ!」  
「ふん、あんな女に負けてたまるか」
「久しぶりだなヘラクレス」
「ーーー獲った!」 
「私があれを撃ち抜く」
『ヒュドラの毒さ』
        「嘘だ
         嘘だ
         嘘だ」
「やめてくれ!彼は、私のーーー」
「おのれメレアグロス!どういうつもりだ!」
「貴殿が...メラニオス殿か?」

  「怪物はこのメレアグロスが討ち取った!」

次回 『カリュドーンの怪物狩り』

 イケメンは死なない


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狩人と怪物 「カリュドーンの怪物狩り――十三番目の試練――」

 メレアグロス

 やり投げの名手。彼が投げた槍は流星のごとく飛んでいき必ず獲物に突き刺さる。カリュドーン国の王子であり薪の英雄と称される。理由については彼が産まれたときに女神から祝福され、そして予言された呪いによるものである。「この一本の薪が燃え尽きるときこの赤子は死ぬ」それを聞いた彼の母親は薪の火を消し大事に保管した。
 それ故彼は―――


〜ジュゴス山〜

 

この山は深い森で囲まれており狩りには絶好のスポットともいえる。しかし今日は状況が違った。森の入り口には次々に人が集まってくる。その表情は決意に満ちており、まるで死を覚悟した戦士の様。それもそのはず、彼らは命を捨てる覚悟でこの場に集まった。無論誰一人自分が死ぬなどと考えている者はいないのだが。

 

「皆の者よくぞ集まってくれた!!」

 

 メレアグロスが演説を始める。群衆は皆彼の方に視線を向けやっと始まるかといわんばかりの盛り上がりを見せる。

 

「此処に集いしは一騎当千の英雄たちだ。みんな俺の国のために集まってくれて本当にありがとう!!」

 

 当然だ自分たちがやらなくて誰がやるのだと、誰もが自信に満ちた顔でその演説を聞く。アタランテもその中の一人である。

 

「今回我々が対峙するのはアルテミス神が遣わしたカリュドーンの怪物である!!...心してかかって欲しい」

 

 ウオオオオオ!と雄叫びが上がる。遠く離れた国々から自分の名を上げるため、メレアグロスの気概に惚れたから、理由は様々だが怪物を討伐するという点では英雄たちは一丸となった。

 

「今回の最大の功労者には怪物の毛皮、牙、諸々を与える!それを身につければ自身の武勇を広めることができるであろうよ」

 

 そうして盛り上がったのち、メレアグロスは作戦を告げる。

 

「この森をしばらく歩くと円状に開けた空間があり、そこにあの怪物はいるはずだ。それを囲むようにして近接武器を使うものは一旦待機。準備ができ次第弓を使う者が一斉に矢を放つ。それが止み次第待機しているものも一斉に突撃してくれ」

 

 ”あの怪物には武器の類が効かなかったと聞いたぞ”と誰かがヤジを飛ばす。カリュドーン国の戦士たちが挑んだ際、幾ら剣で切りつけ、斧で叩き切り、数千の矢で撃ち抜こうとも無駄足に終わったという噂が広がっており、まさか武器の類は通じないのでは?という意見がちらほらと上がる。しかしながら怪物の身体に傷をつけることは確かにできたのだ。だが何度致命傷を与えようともその傷はすぐさま修復されたという。

 

「それについては問題ない。ある人物から怪物に対して最も有効だといえる”毒”を用意していただいた!!この毒を怪物に撃ち込めば必ずや討伐の道が開ける!!そしてこの毒を撃ち込める弓手が必要だ。その役目を―――アタランテ、お前に任せたい」

 

 群衆の視線が一斉にそそがれる。だがアタランテが動揺することはない。むしろ自分こそがふさわしいといわんばかりの気概である。

 

「俺たちはアタランテが毒を撃ち込むまでの囮だ。攻撃を適度に加えながら時間稼ぎをする、しかしそれは毒が撃ち込まれるまでの辛抱!撃ち込まれ次第、各々全力で攻撃!以上がこの作戦の概要だ、異論はあるか?」

 

 周りを見渡し異論者を探す。特にいないと思われ作戦開始を告げようとしたが

 

「―――ちょっと待て。お前ら本当にそんな女に任すってのかよ?」

 

 一人の男が前に出た

 

「冗談じゃないぜ、女に俺たちの命を預けるってことだろ、他の奴に変えたほうがいいんじゃねえのか?」

 

 そう声を上げたのはアンカイオス。彼は女であるアタランテと狩りをするのが不服だと唱えた。

 

「それによーアタランテといやアルゴー船の奴だろ?知ってるか船長のイアソン。王になるとかほざいていたくせして今じゃあ惨めな生活を送っているらしいぜ」

 

 この場にはかつてのアルゴー船の船員も多数いるというのに。よほど自分の腕に自信があるのだろうか。周りの視線を気にせず喋り続ける。

 

「所詮口だけ、あいつ自身何も力も持ってない奴だったのさ、そんな奴の仲間だったお前らも口だけなんじゃ...っ!!」

 

 後ろから発せられた怒気に気が付いたアンカイオス。空気が凍る、このまま振り向けばその威圧だけでバラバラに肉体が砕けようかと思える。

 

 この場には各地からの英雄たちが集まっていた。勿論、世界最高峰の英雄である彼も

 

「―――我が友の蔑みはよしてもらおうか」

 

 大男が静かに口を開いた。

 

「それにお前の言うことが事実であれば、この私も口だけということだが」

 

 神々しい肉体。全てを見通す目。その口から発せられるのは正しいことであると思ってしまう尊大さ。全てを持った男がそこにいた。

 

 彼は理解した、言ってはならぬことを言ってしまったのだと。

 

「い、いや。その、あ、貴方がまさか、いるとは......クソッ」

 

 アンカイオスは吐き捨てるようにその場を去っていった。

 

 アタランテが大男に声をかける

 

「久しぶりだな―――ヘラクレス」

 

「...アタランテ」

 

 数々の冒険を共に乗り越えた仲間との久しぶりの再会を彼女は喜ぶ。ただヘラクレスの方に喜びの表情は浮かばなかった。

 

「...アタランテ、お前はここk「おお!!ヘラクレス来ていたのであればひと声かけてくれればいいものを!!どうだ、我が妹ディアネイラは元気か?」

 

 メレアグロスの妹、カリュドーン王女ディアネイラはヘラクレスの妻である。彼の英雄譚を聞いたオイネウス王が婚姻話を持ち掛け、ヘラクレス自身も彼女に惚れていたので結婚することとなった。

 

 割り込むように話に入ってきたメレアグロス。どうやら喜びを隠しきれぬようで

 

「...すまなかったなメレアグロス。ああ、彼女は元気だとも。息子も生まれ今は家で留守を任せている」

 

 難行を終えたヘラクレスは妻と共に穏やかな日々を過ごしていた。”あれ”に呼ばれるまでは。この場にいるのはメレアグロスを助けるためだけに来たというわけではない

 

「そうかそうか、やはりお前に妹を任せてよかった。幸せそうで何よりだ」

 

 それを知らずとも満足そうに頷くメレアグロス。そうして幾らか会話を交わし、群衆の方へ再び向き直る。

 

「よし―――皆の者!!もはや異論はあるまい。このヘラクレスが我らにはついているのだ!もはや勝利は確実である!...だがなヘラクレス、ぎりぎりまで手を出さないでくれよ。お前が本気を出してしまえば、俺たちの出番などなくなってしまうのでな」

 

 どっと湧く群衆。決戦前の緊張感を少しだけ緩めることとなったが皆一層闘志が高まり準備完了といったところか。

 

 だが、ヘラクレスはどこか暗い。この歓声の中ただアタランテを悲しそうに見つめるのみである。

 

「どうしたのだ先ほどから......それと何か言いかけてはなかったか?」

 

 アタランテはまだ気が付いていない。自分が何を殺そうとしているのか。ヘラクレスが何のためにここにいるのか

 

「...今のお前に何を言っても無駄だろう...後悔の無いようにな」

 

「...?」

 

 彼女がそのことを理解するのはもう少し後である

 

 

 ◇◇◇

 

 

 英雄一行は森を進み遂にそれを見つけた。報告では靄で覆われ正体が見えぬということであったがどうやら今日は事情が違うらしい。

 

「なんて禍々しい...」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 例えるならそれは猪。とてつもなく大きな魔猪。それだけなら問題ない彼ら英雄はその程度見飽きているのだから。

 

 しかし目の前の怪物は違った。身体は無数の触手に覆われており、その口から生える巨大な牙はドス黒く染まっている。数え切れぬほどの人間を食らったのであろう。その怪物はその場にただいるだけで周囲を恐怖に貶める、事実この森にいるはずの獣たちも一切姿を見せないほどに。

 

 もう引き返すわけにはいかない、ここで逃げ出せば名が廃るというもの。

 怪物の周りを囲み息をひそめる。弓兵は弓を引き合図を今か今かと待ちわびる。

 

「―――討伐開始!!」

 

 メレアグロスの掛け声とともに矢が雨のように怪物に降り注がれる。しかし―――

 

「■■■■―――!!」

 

 それが怪物に届くことはなかった。叫び声と共にその身体から伸びた触手がすべて叩き落したのだから。自らを害する者たちに気づいた怪物は蠢く触手を英雄たちに向けている。

 

 一方、すべての矢を撃ち落とされる光景を目にした英雄たちは特に落胆する様子はなかった。この程度で倒されるのであれば自分たちの存在など必要ないのだから。さあ、次は自分たちの出番だと剣、斧、槍など武器を持つものは吠える。凄まじい威圧感、かつてないほどの試練に英雄たちは感謝した。

 

「よし!俺たちも行く。いいか、ただ生き残ることを考えろ!!アタランテが矢を射るまで囮に徹するんだ!!」

 

 こちらに向かってくる触手を槍で受け流しながらメレアグロスは叫んだ。勇ましい英雄たちは物怖じせず怪物に向かっていく。

 

「......」

 

 その光景をヘラクレスはただ静かに見守っていた。

 

 ◇

 

 

「ちっ――マジで効いてねえじゃねえか」

 

 槍使いのカイネウスが切りつけながら愚痴をこぼす。触手を躱しながら一撃離脱で攻撃を加えているが今だ怪物に傷を与えることができずにいた。

 

「口より手を動かしなさいカイネウス。死にたいのですか?」

 

「全くだ、ポルクスを見習うがいい」

 

 それを嗜めるはディオスクロイ兄妹。迫る触手を華麗にかわし、見事なコンビネーションで怪物に向かっていく。それに続きあらゆる英雄が時間稼ぎのために各々防ぎながら攻撃を行っている。

 

「へっ、イアソンの野郎がいたらどうしてただろうな。勇ましく...いやそりゃないか。あいつのことだうるさく逃げ回ってんだろうな。まったくアイツがいてくりゃもう少し愉快な戦いになったんだが、な!!」

 

 槍を振り回しながら嘆くカイネウス。アルゴー船の面々には

"おいお前たち!!私を守r――ひぃぃぃぃぃぃぃ"

逃げ惑うイアソンの姿が浮かぶ。

 

「...居ない者を求めてもしょうがなかろう。我らはただその時を待つのみ」

 

 しかし怪物の攻撃は凄まじいもので次第に英雄たちは押され始める。幾ら傷つけてもすぐさま癒えるその身体、隙をついて矢を射ようとも触手ではじかれる。これではアタランテが矢を射ても無駄足で終わるというもの。次第に周りの士気も下がり始める。

 

 だが、その状況でも男は自らの渾身の一撃を加えようと槍を構える。カリュドーン王子メレアグロス、槍投げの名手であり薪の英雄と称される者。狙うはただ一つカリュドーンの怪物。

 

「ぐぐぐぐぐっ――止めてやったぞメレアグロス!やれぇぇぇぇ!!」

 

 怪物の突進を受け止めた男が叫ぶ。メレアグロスはその瞬間を待っていた。

 

 大きく振りかぶった腕には何の変哲もないただの槍。しかし、彼には槍投げの名手として逸話が残されている。曰く、この男が投げればその槍は相手を貫くために流星のごとく飛んでいくという。

 

 薪の英雄は上体を反らし――

 

「我が槍、その身で受けてみよ――――!!!!」

 

 怒号と共に、その槍を怪物に放った。

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 己を穿たんとする槍が迫る。全力でこれを防ごうと身にまとった触手で迎撃する

 

 が、

 

「―――......■■■■!?」

 

 

 星が落ちる速度で放たれた槍に敵うはずもなく触手は全て砕かれていく。それでもなお槍を止めようとするが

 

「――――獲った!!」

 

 受け止めることはなく、その横腹に槍が突き刺さることとなった。

 

「■■■■■■■■!!!!!!」

 

 予想外の一撃に悶える。この槍を放った者を最大の脅威と決め周りを見渡す。

 

 その時、一瞬たった一瞬ではあるが怪物の意識が全てメレアグロスの方へ向かった。

 

 ――――その隙を”彼女”が見逃すはずがない

 

 遠く離れた場所から神速のごとく放たれた矢が深々と怪物の耳の後ろに突き刺さった。 

 

 ◇◇◇

 

 

 英雄たちが戦うその様子を少し離れた場所からアタランテは見下ろしていた。そばには顔を布で隠した男がいる。

 

『さてと僕らも用意を始めようか。もたもたしてると彼らが可哀そうだからね』

 

 そうやってケラケラと笑う男。アタランテはその態度が癪に障ったものの今はあの怪物を殺すことだけを考える。

 

「しかし、あれに効く毒などあるのか?」

 

『あるとも、これさ』

 

 小瓶に詰められたものを見せられる。それは思わず顔をそむけてしまうほど禍々しい醜気を放つ液体。

 

「っ...それは、いったい」

 

 小瓶を振りながら男は答える。

 

「ヘラクレス君が行った12の難業は知っているね。その中の二番目の試練で倒された九つの頭を持つ蛇―――ヒュドラの毒さ』

 

 その毒はあらゆる生き物を蝕み即座に死に至らしめる。その毒を塗られた矢で射られたケイローンはあまりの苦痛にその身に宿る不死性を捨て去るほどだったという。

 

『この毒は不死を持つ者に対して天敵のようなものでね、疑似的な不死性を持つ彼にはこれ以上ないものさ』

 

 そうして小瓶を投げ渡す。それを受け取ったアタランテは自らの矢に毒を塗り込む。触れてしまえば簡単に死に至るその毒を全く臆することなく使うことを選んだ。

 

 アタランテにはカリュドーンの怪物の姿は見えていない。話に聞いた通りまるで靄に包まれているようにその姿は分からない。それを疑問に思うことはなかったーーーそういうものだと認識するように魔術をかけられたのだから

 

我が槍、その身で受けてみよ――――!!!!

 

 メレアグロスの放った槍が怪物に突き刺さったのだろう。それの意識が一瞬逸れた

 

 その時をアタランテは待っていた。弓を振り絞り狙いを定め、矢を放つ

 

「ふっ――――!!」

 

 神速の速さで撃たれたその矢は怪物の耳の後ろに命中。これによってアタランテは役割を果たしたのである

 

『いやー見事見事!少し誤認させただけで本当にやってしまうとはね』

 

 男は拍手でその行動を褒めたたえる。

 

『――――自ら夫を撃ちぬくなんて、ね』

 

 静寂が訪れる。アタランテは目の前の男が何を言っているのか分からない様子。

 

「――はっ?汝はなにを言って...」

 

 夫?なにが、誰が?何処に、メラニオスーー?

 

 パチンと男が指を鳴らす。

 

『君の役割はもう済んだ。そろそろこれも必要ないだろう』

 

 魔術がすべて解かれる。それによって忘却させられていたことが次々に頭にうかんでくる。

 

 ―――やはり、彼が”黒き怪物”だったのだ。

 

「神様、神さ...おっごお」

 

「なんで!コイツ弱ってるんじゃなかったのかよお!」

 

「殺せ!殺せ!早く!」

 

 血に塗れる大地、その中心で

 

ーーーーあはははははははははははははははははははははははは

 

メラニオスは笑う

 

 あの怪物は、カリュドーンの怪物は―――

 

「...そんなそんな、嘘だ。違う、だって、そんな」

 

 怪物の方へ目を向ける。どうか違いますようにと祈りながら、自分がしたことを受け入れたくないがために。

 

 そして目にしたのは

 

 

■■■■―――か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

 毒に苦しみ悶え魔猪の姿も保てなくなった夫―――メラニオスだった。

 

「あ...ああ、嫌、噓だ嘘だ嘘だ噓だ噓だ...嘘だ!!」

 

 嘘ではない、私がやったのだ。彼を、メラニオスをまた撃ちぬいた。神の神託などという言葉に惑わされ信じて待つという約束すら果たせず、何ら疑問を持つことなどなくその弓で

 

「黙れぇぇぇぇ!!」

 

 なぜ気づけなかった、どう考えても疑問を持つべきだった。今更後悔しても遅く、ただ嘆きが周囲に響き渡るのみ

 

「うぅ...あぁ...あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 アタランテは知らない。己が信仰する神の兄妹神であるアポロンに認識誤認の魔術をかけられていたこと。己は”黒き怪物”を確実に排除するための歯車に過ぎなかったことを。

 

 頭を抱え泣き叫ぶアタランテに男は話しかける

 

『はあ~アルテミスの時もそうだったが、女性を騙すのは心が痛むなあ...ほらいいのかい?このままじゃあ彼、殺されちゃうよ』

 

 そうだ...まだ間に合う。アタランテは懐にある黄金林檎を握りしめた。

 

「ああ、これ、これならばきっと――!」

 

”お守り代わりと言っちゃあなんだけど。怪我した時や病気になった時に使うといいよ”

 

 彼の言葉が正しいなら、ヒュドラの毒であろうと治せるかもしれない。事実、アタランテの持つ黄金林檎はあらゆる病、致命傷すらも治せるほどの代物だった。

 

 こうしてる合間にも英雄たちの攻撃ははじまっている。時間はないとすぐさま走り出したが、動揺からか、それとも焦りからか、かつて最速の狩人と言われたその走りはなくアタランテがメラニオスのところへたどり着くのは遅れることとなる

 

 

 その場に一人残された神は呟く

 

『―――まあ”彼”がいる以上結末は決まってる。そのために呼んだんだから』

 

 

 ◇◇◇

 

■■■■――か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 毒矢を撃ち込まれた怪物はあまりの苦しさにのたうち回っていた。もはや魔猪の姿を維持することも敵わず所々ドロドロと溶け始めている。これが普通の魔獣の類であれば、手を出す間もなく討伐ができたことだろう。

 

 誰もが勝利を確信し、互いの健闘をたたえていた。我々の勝利である、と

 

 しかし、ある男は”このままでは怪物討伐の功績は全てアタランテのものになってしまう”と考えた。自分は名を上げるために参加したのにこれでは得るものは何もない。そうして男は走り出した。

 

「お、おいアンカイオス!不用意に近づくと...」

 

「うるせえ!(あんな女に負けてたまるかよ!!)」

 

 自慢の斧を振り上げながら怪物に向かい走り出したアンカイオス。怪物はその場にうずくまり苦しそうに唸っている。獲った!!そう確信し斧を振り下ろした―――

 

「へっ―――」

 

 と、同時に全身に痛みが走る。一瞬何が起こったか分からなかった。自分は確かに斧を振り下ろしたはず、そのはずだが。

 

「うおおおおおおお!?離せ!離しやがれ!!あがあああああああああ―――」

 

 男の身体は怪物の巨大な口の中にあった。鋭い牙に咥えられており怪物が少しでも力を籠めれば断ち切られるだろう。だが...

 

「ひっ!?――痛、イダイ!!おねが、やめ、やめで、あ゛あ゛あ゛あ!!」

 

 怪物はすぐに殺そうとするのではなく、咥えたまま男をぶんぶんと振り回し始める。そのたびに骨が砕かれる音と泣き叫ぶ声が鳴り響く。必死に助けを懇願すアンカイオス、だが誰も動くことはできなかった。

 

 それを何度か繰り返すうちにアンカイオスはぐったりとして動かなくなってしまう。怪物はその後もしばらく振り回してたもののやがて興味をなくしたのか、その死体を一口で平らげてしまった。

 

 英雄たちはその場に立ち尽くすことしかできなかったのである。

 

 ヒュドラの毒は確かに怪物に対して効果はてきめんだった。事実、その身体は溶け治癒能力も身体の修復の方にまわしているため普通であればもはや動くのも不可能のはず。

 

 もし誤算があったとするならば――既にこの怪物は一万年以上前に同等以上の苦しみを味わっていたことであろうか。この程度の苦しみでは彼は死にきれないのだ。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 再び触手をまとい英雄と相対する怪物。誰もが自分たちの勝利を疑わなかった、しかしどうだろうこの怪物は猛毒を射されてもまだ死なない。諦めよう、撤退だと叫ぼうと考えたとき

 

「ーーー何を立ち止まっている。見よあの怪物を、すでに身体は溶けだしており、口から血を零している!!まさに今が好機!!」

 

 そう鼓舞するはこの男メレアグロス。槍を抱え果敢に怪物に突っ込んでいく。

 

「ッ...俺たちも続くぞ!!ここであの怪物を倒す!!」

 

「「おおおおおお!!」」

 

 それに続いて彼らも走り出す。勿論無策などではない、自身が持つ肉体の極致それをいかんなく発揮させながら怪物に挑むのだ。迫りくる怪物の魔の手、それを振り払いながら攻撃を繰り返す。

 

「がっ――――」

 

 一人また一人と貫かれ、押しつぶされていく。それでもなお英雄たちは止まらない。

 

「合わせろ!ポルクス!」

 

「はい!兄様!!」

 

 双子のコンビネーション攻撃により正面の触手が切り裂かれた。と同時に怪物が突進をしてくる

 

「オラァ!!」

 

 それをカイネウスが槍で無理矢理受け止める。だが完全には抑え込めず、身体が後ろに仰け反りながらも必死に耐えている。

 

「よくやったカイネウス!!あとは俺が――――」

 

 怪物の首筋にメレアグロスが槍を突き刺す。鮮血が宙を舞う。

 

「ぐっ――――」

 

 槍は怪物の首に深々と突き刺さっている。それでも怪物は止まることはなかった。押しとどめていたカイネウスを吹き飛ばし、触手でメレアグロスの心臓を貫いたのである。

 

「◼️◼️◼️!...◼️◼️◼️!?」

 

 だが、メレアグロスが死ぬことはなかった。むしろ突き刺さっていた槍で怪物の首を捻じ切らんと力を込めた

 

「はあああああ!!」

 

 怪物は疑問に思ったことだろう。

 "心臓を貫いたはず、何故この男は死なない!?"

 自分の首を槍で捩じ切ろうとしている男に対して恐怖を抱いたに違いない。

 

 カリュドーン国の王子であり薪の英雄と称されるメレアグロス。その由来については彼が産まれたときに女神から祝福され、そして予言された呪いによるものである。「この一本の薪が燃え尽きるときこの赤子は死ぬ」それを聞いた彼の母親は薪の火を消し大事に保管した。

 

 それ故彼は―――

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

「カリュドーンの怪物よ...覚悟!!」

 

 ―――不死身の英雄である

 

 怪物の首が斬られる。巨大な頭が地面に落ち、その巨体は崩れ落ちた。しかしメレアグロスは侮らない。怪物がこの程度で死ぬはずがないのだ。再び槍を握り振り下ろす。

 

「あ――――」

 

 もはや限界だった。首は落とされ、毒も回り身体を変化させることができなくなった。槍が振り落とされる瞬間、人間の身体に戻ってしまう。メレアグロスと目が合った。

 

 英雄と怪物、言葉は交わされることなく槍は怪物の心臓に突き刺さった。

 

 ◇◇◇

 

 

 アタランテがたどり着いたとき目にしたのは心臓に槍が刺さったメラニオスの姿だった。

 

「メレアグロスもうやめてくれ!!」

 

 すぐさま駆け寄る。既にメラニオスの意識はなく、アタランテに寄りかかるように倒れ込んだ。メレアグロスは少し驚いたようだが、アタランテの様子から察したのだろう。

 

「そうか、貴殿がメラニオスか」

 

 周りの英雄達は"とどめを刺すべきだ"と野次を飛ばす。メレアグロスの手にはなおも槍が握られている。

 

「頼む...彼は、メラニオスは私の「ーーー何人も死んだ、民も、戦士も。俺はその怪物を殺さなくてはならん」

 

 血を吐き、今にも倒れそうな身体を支えながら冷徹に告げる。

 

「っ...それでも命だけは...私が出来ることならなんでもする、だから...」

 

 それにもかかわらずアタランテは懇願し続ける。愛する者を救うため、たとえそれが怪物だとしても。己が髪に背くとしても。

 

「なにしてやがる!とどめを刺せ!」

 

「アタランテ、テメェ邪魔してんじゃねえ。お前ごとやってもいいんだぞ!」

 

 もはや我慢の限界だと、次々と英雄達から不満があがる。それをメレアグロスは手で制し、小さな声でアタランテに告げた

 

アタランテ、逃げる用意をしておけ

 

「えっーーー」

 

 地面に転がっていた怪物の頭を持ち上げ宣言する

 

「聞け!―――カリュドーンの怪物はこのメレアグロスが討ち取った!!よって今回の最大の功労者であるアタランテに褒美を与える!」

 

 メレアグロスはアタランテと向かい合い

 

「ほら、約束通りの毛皮だ。その男もついでに貰っていけ」

 

 切り取った毛皮、そしてメラニオスに目を向けながら差し出した。一度も話すことはなく、殺し合うだけの関係。それでもアタランテのことを想っていたのは同じであった。

 

「メレアグロス!...すまない恩に着る」

 

 毛皮を受け取り、肩にメラニオスを担ぎアタランテはすぐさま森へと駆けて行く。

 だが、英雄達が黙っていない。不満、怒り、それをメレアグロスにぶつける。

 

「メレアグロス、貴様どういうつもりだ!」

 

「どういう?はて、なんのことやら」

 

「なぜあれを殺さなかった!これでは死んでいった者達の無念が報われぬではないか!」

 

「...惚れた女の願いだ。叶えてやりたいのが男というもの...なんだ?不満があるのならば武器を構えろ、存分に受け止めてやる」

 

「き、貴様ーーー!」

 

 そうして不満を持った英雄達とメレアグロスの戦いが始まった。これが原因で後に彼は命を落とすことになるのだが、それはまた別の物語である。

 

「たくっ、何だってんだ。なあ、ヘラクレス。お前も見てるだけじゃなく何とか...―――ヘラクレス?どこ行ったんだ?」

 

 ◇

 

「メラニオス!おい、メラニオス!頼む目を、目を開けてくれ...」

 

 浅い呼吸を続けるメラニオス。毒が完全に回り心臓は貫かれ既に虫の息。まだ命を落としてないのは彼が怪物たる所以だろう。

 

「林檎、この林檎を食べてくれ!汝が言っていただろう、あらゆる傷を癒すと。さあ、食べろ!」

 

 黄金の林檎を口元へ差し出すが、当然口を開けられるはずもない。

 

「...なら!」

 

 林檎を齧り、直接メラニオスの口へと運ぶ。苦しそうに唸っているが今は時間がない。無理矢理でも口をこじ開け、口移しをした。

 

「むぐっ...ゴクッ」

 

林檎を飲み込んだとたん身体が光りだし、みるみるうちに傷が癒されていく。身体を蝕んでいたヒュドラの毒さえも消え去りメラニオスは目を覚ました。

 

アタ、ランテ?...アタランテ!なんで、なんでここに...」

 

 彼女を守るために怪物として人間を蹂躙したのだ。怒りがこみあげてくるのがわかる。あの神は結局のところ最初から約束を守る気などハナからなかったのだ。

 今からでも喰らいに行ってやると立ち上がろうとするとアタランテに引き留められる。

 

「すまない...私は、汝を信じて待つことができなかった。アルテミス様の信奉者としての自分しか見えていなかった。汝に矢を、毒を撃ち込むなど...本当に、本当に――」

 

 涙ながらに話すアタランテ。

 ...そんな顔を見たくない、君には笑っていてほしいから。僕がいなくても、子供たちと一緒に

 

「ごめんね、ごめんね。ああ、どうか泣かないで。大丈夫だから、帰ろう。ね?」

 

 まだ、完全には回復しきっておらず少しふらついてしまう。血が止まらない、このままじゃ貧血になるかもしれない。林檎をひと齧りし歩き出す。勿論二人で一緒に。

 

「子供たちが待ってるんでしょ?...約束したんだ、帰るって」

 

 もう間もなく日が暮れる。二人は共に歩き出し、再び安らかな日々を送ることができる。争いとは無縁の生活。きっとそれは幸せな―――

 

 

「―――それは無理な話だ」

 

 大男が立ちはだかる

 

「黒き怪物よ、私は神々の命により―――お前を殺す」

 

 ギリシャ最大の英雄が、十三番目の試練のため二人の前に現れた。

 




もしも、第五次聖杯戦争に彼が召喚されていたら...


「召喚に応じ参上しました。クラスは...キャスター

「そうだ!この僕こそがお前のマスターだ!」

「貴様は一体...」

「■、■■、■卿、何故あなたが」

「おのれえええキャスタアアー」

「お願いキャスター。先輩を守って」

「姉さんに勝った私のキャスターが姉さんのアーチャーに勝った姉さんに勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った」

「そいつだけはこの戦争で勝たせてはだめなのよ」

「―ーー裁定者として貴様を排除する」

「キャスター単騎で乗り込んでくるなど愚かな」

 くうくうおなかがすきました

「(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)」

「今回も結果だけを見せられるとはな」

「貴方に奇跡を見せてあげる」

「ーーー悪いけど知らないし興味もないわ」

「助けて私の―――キャスター!!」

「私はただ、頑張ったねって、ただ褒めてほしかったの。それだけだったの」

「桜、そんなやつとは縁を切れ!!」

「貴方は、所詮その愛の力に破れるのです」

―――君が僕のマスターかい?」

てな感じでやりたいと思う今日この頃。

 アタランテ編は次回で完結出来たら...ギリシャは不死身系英雄多すぎてちょっと引いた。自分の文章力の無さよ、戦闘描写が難しすぎる。



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狩人と怪物ED 「愛してます、いつまでも」

 ―――きっと。いつかまた何処かで


「お前を殺す」

  

 神々の命に従い、二人の前に立ちはだかったヘラクレス。手には光り輝く名剣マルミアドワーズを握っている。かつて火の神が鍛えヘラクレスに授けし剣。奇しくも一万年以上前、怪物を撃退せしめた聖剣と起源を同じとする神造兵装である。

 

「へ、ヘラクレス。なぜ...」

 

 アタランテが驚愕の表情で尋ねる。追手がくるだろうとは読んでいたがまさかこの男、ヘラクレスが自分たちを追ってくるとは、考えうる最悪の展開だ。

 

 ...いや、当然のことだろう。この男は先ほどの討伐作戦の中でただ一度もその力を振るうことがなかったのだ。全ては今日、この時、完全に弱り切った怪物(メラニオス)を確実に殺すため。

 

 メラニオスはヘラクレスを睨みつけ臨戦態勢へと移る。だが魔力切れなのか、それとも一度"核”を完全に貫かれたせいなのか定かではないが身体を完全に変化させることすらできず。人の形を保ったままアタランテを庇うように前に出ることしか出来なかった。

 

「怪物の姿を形取ることも叶わず、か」

 

「...お陰様でね」

 

 向かい合う二人。アタランテはどうすればこの場から彼を連れて離脱できるか考えを巡らせていた。自分だけなら可能であろうが、立ってるのもやっとな彼を背負っては不可能だろう。何よりヘラクレスがそれを許すはずがない。ならば、と弓を構えメラニオスの隣に立つ。

 

「アタランテ...お前に用はない。ここから立ち去れ」

 

「断る。生憎と私たちの帰りを待つ者がいるのでな、ここで終わるわけにはいかない」

 

手が震える。真っ直ぐ視線を合わせることすら恐怖で染まりそうになる。相手はギリシャ最大の英雄、相手にとって不足はない。

 

「駄目だ...アタランテ、君は...帰らなくちゃ」

 

 メラニオスはすがるような目で否定してくる。一人で立ち向かうつもりなのだろう。まったく、無茶なことだと分かっているだろうに。

 

「メラニオス、私たちはいつも共に乗り越えてきただろう。今回も同じだ...一緒に帰ろう」

 

 そうだ。帰らなくては、あの子たちが住む家へ。しかしあの村で暮らすことは難しくなるだろうな、二人を連れて旅に出るのもいいかもしれない。きっとそれは幸せだろうな。

 

 そんな叶うはずのない幻想をアタランテは思い描く。

 

「......わかった。」

 

 覚悟を決めたような声で呟き、メラニオスは垂れ流されていた血に魔力を込める。自らの身体をなんにでも変化、擬態させることができる力。呪いともいえるその力でその血を一振りの剣に変化させた。残存魔力全てをつぎ込みその血は不完全ながらもヘラクレスの持つ”マルミアロワーズ”に擬態して見せた。

 

「どういうつもりだ。剣を創った程度で私に勝てるとでも?」

 

 それは怒りか、それとも侮蔑か。”怪物の力を振舞えないお前に何ができる”その目はそう語っている。

 

「怪物としての僕は死んだ...だから今からは、人としてメラニオスとして、貴方を乗り越える」

 

 人の身で神の領域まで至った者。対してこちらは瀕死の怪物に獣に育てられた狩人。どう考えても無謀だ。でも、それでも彼女とアタランテとならもしかしたら...

 

「愚かな。自分がしてきたことを分かっているのか」

 

 ここに至るまで多くの民、英雄が犠牲となった。それを大英雄は許さない。人々の恨み、憎しみ、それらを背負って彼はここにいる。

 

「それでも僕は―――生きたい」

 

 剣を構えヘラクレスと相対する。無謀な戦いだ。でも...

 

 ―――よかった

 

 誰に感謝すればいいのか分からないけど

 

 今度こそ

 

 生きる

 

 今回こそ

 

 帰る

 

 君と、アタランテ

 

 死にたくない

 

 この日のために生きてきたのかもしれない

 

 ああ、誰かのために戦えるのはなんてすばらしいんだろうか

 

「そうだ、僕は...」

 

 ◇

 

 

 ふと気が付くと地面に倒れ伏していた。どうしたんだろう、僕はさっきまで...

 

『うん、うん、ヘラクレス。よくやった流石だね』

 

 ...?

 

ゴフッ...かなり、こちらも痛手を負った」

 

 ―――あれ?

 

「メラ...ニオス。お願い、にげて」

 

 え...なにが?

 

『あ、起きたんだメラニオス君。―――もう終わったよ』

 

 ...おわた?

 

『ヘラクレス、君はもう下がっていい。傷の治療も必要だろう』

 

 ニコニコと笑みを浮かべ覗き込んでくる。何、何で、嘘、やだやだやだやだ

 

『負けちゃったね。メラニオス君』

 

 ............たまけ?

 

『君は本当に手ごわかった。まさか戦いのさなかでヘラクレスの剣術を完璧に模倣してしまうとはね。でたらめもでたらめ、怪物の名にふさわしかったよ...まあ彼の方も存外でたらめでね、君のカウンターに更にカウンター仕返ししたとこなんて思わず手をたたいてしまったよ』

 

 アタランテはうずくまっている。吹っ飛ばされたのかもしれない。血が出てる、血を吐いている。早く行ってあげなきゃ、駆け寄ってあげないと。

 

『アタランテちゃんの援護も素晴らしかった。君の攻撃に合わせて的確に矢を放つのだから。流石の腕前と言うべきだったから思わず邪魔をしてしまったよ。こちらが一手誤っていればさすがのヘラクレスもただでは済まなかったかもしれないね』

 

 ズルズルと身体を引きずる。手足は既に切断され地を這うことしかできない。言葉を発しようとしても掠れた呻き声が漏れるだけ。

 

『にしても人としてか...馬鹿だなあ。君は所詮怪物なんだ。分かっていただろう?』

 

 "ひぃぃ、や、ヤダお願いします。許してください"

 

『いくら人を愛そうと』

 

 "愛しているアタランテ"

 

『誰かを助けようと』

 

 "ありがとう。メラニオス"

 

 背中を踏みつけられる。それでも僕は芋虫みたいに這い続ける。ズルズルと身体を引きずるたび自分の口から洩れる呻き声がひどく耳障りだ。

 

『君は、倒されるしかない悪なんだ』

 

「...やだ

 

 まだまだ、おわてない。

 

 手足に魔力を込め治す。治すんだ。だって今までもそうしてきたんだ。

 

 なおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれ...

 

「やだやだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないお願いやだいやだいやだいやだ。まだ、まだ......死にたく、ない」

 

 涙で顔を歪ませながらも前進し続ける。もう自分でも何を言っているのか分からない。ただ彼女にたどり着くために進むんだ。

 

 進み続けるメラニオス。それでも神は前に立ちふさがった。

 

『―――それ、君に殺された者たちも同じこと考えたと思うよ』

 

神は語る

 

『どうやって君を殺すかいつも考えていたんだ。どうせなら絶望的に終わってほしいから』

 

『だからまず最初に君をうんと幸せにしてあげることにしたんだ。彼女が君に興味を向けるように、君が彼女に恋をするように、アフロディーテを利用しながら少しずつ仕向けた...まあ、あそこまで大ごとになるのは予定外だったがね』

 

『結果的に君はアタランテを愛し、疑似的な家庭を作り...あははっ幸せだったろ?そのおかげで家族を引き合いに出せば、まんまと怪物として暴れまわってくれたんだから』

 

『だいたいさあ――神を喰らい、人を殺めたお前が人間として生きていこうなんて望んでいいはずがないだろう?』

 

 ...そっかあ。じゃあ、もう終わりかあ

 

 結局、何もかも幻想に縋っていただけなのかもしれない。アタランテを愛する心は偽物だったのかもしれない。何にも意味がなかったのかもしれない。

 

 ーーーそれでも

 

 渾身の力を振り絞った。手足を...いや手足と呼ぶにはおこがましいな。風が吹けば崩れる四本の触手でしかないそれを生やした。

 

「やっと...届いた」

 

 メラニオスはようやくアタランテのもとにたどり着くことができた。

 

『...まだ動けたのか。いやあ、本当にしぶといなぁ君」

 

 アタランテを抱きかかえて歩き出すメラニオス。しかしながらその身体は既にひび割れてきており、風が吹く度に崩れ落ちていく。

 

 アポロンは自らの弓をメラニオスに向ける。既に興味はないが、あまりにもそれが哀れだったので矢を放って終わらせてやるべきと考えたのだ。それをヘラクレスは止めた。

 

『何のつもりかなヘラクレス?』

 

「......もうあれは死んでいる。わざわざ貴方が手を下すまでもない」

 

『まさか慈悲のつもりかい?...まあ、いいや』

 

 あっさりと引き下がり、アポロンは何処かへと消え去った。

 

 その場に残されたのはヘラクレスただ一人。

 

 【あなたは悪くない。どうか恨まないで。自分を信じて。あなたは強いから―――私には、できなかった】

 

 愛した女が最後にそう言い残したのを思い出した...私は正しいことをしたのだろうか。

 

 ―――あの怪物にも誰かを愛する心はあったのかもしれない。

 

 ヘラクレスは歩み続けるメラニオスの背中をただ見送った。

 

 ◇◇◇

 

 

「まって、待って...もういい、もういいのだメラニオス!...お願いだから...もうやめて」

 

 ボロボロと崩れ去りながらも歩き続けるメラニオス。だがそれもここで終わり。身体を支えていた触手が崩れ去り地面に倒れこむ。それでも彼女を手放すことはなかった。

 

 ここまでか...もう少し、もう少しだったんだ。君と子ども達のところに帰りたかった。まだ生きていたい、死ぬのが怖い。なんでだろうな、2回目だってのに慣れない。怖いんだ。

 

「そうだ...林檎。まだ林檎を全部食べたわけではないだろう⁉︎さあ、口を開けろ!...お願い、お願いだから」

 

 首を振る。もう手遅れだ。自分を構成する核は砕かれこの時代から退去するのも時間の問題。既に下半身は崩れ去っている。

 

「私を置いて行くのか!...いつまでも共に居てくれると言っていたではないか!...置いていかないで...私はまた一人に...」

 

 涙を拭ってあげる。大丈夫、君はもう一人じゃない。子ども達も村の人達もいる。きっと君を助けてくれる。だから...そんなに泣かないで

 

 上半身のみで身体を起こしアタランテを抱きしめる。アタランテは泣きじゃくりながらもそれを受け入れた。それは、ほんの短い時間だったのかもしれない。それでも僕らにとっては永遠とも感じられるほどだった。

 

「また会えるさ。いつか遠い未来で」

 

 さて、そろそろ限界だ。湿っぽい別れはあまり好かない。どうせならとびっきりの笑顔で、だろ?

 

 メラニオスはアタランテの目を見つめ愛を伝える。

 

 

 

 

「アタランテ。僕は...君を...――――愛しています」

 

 

 

 

 ...ああ、でも、願わくば...帰りたかったな

 

 出会った時と変わらぬ笑顔で彼女に別れを告げた。

 

 身体が崩れ去る最中、最後に思い出したのは手を振り僕の帰りを待っていてくれる家族の姿だった。

 

 ◇

 

 

 アタランテは涙を流し続ける。あんなに聞きたかった言葉なのに、とても嬉しいのに。

 

 私は貴方に伝えれてない。まだ言えてないんだ。

 

「わた、私も。貴方のことをーーー愛し」

 

 ―――全てを言い終わる前に、メラニオスは崩れ去ってしまった。

 

 残ったのはただ黒い塵だけ。それも風が吹いたかと思うと何処かへと消え去ってしまう。一欠片でも掴もうと手を伸ばしたが、ただ空を切るのみで私の手には何も残ることは無かった。

 

「...まだ、言い終えてない...何も伝えていない...いつも、いつも貴方はそうだ...うぅ...ううううう」

 

 抱きしめてくれる彼はもういない。残されたのはかつて夫だった怪物の毛皮と齧られた黄金の林檎。

 

 嗚咽が止まらない。涙が止まらない。

 

「うぅ...あぁぁ...あああああああああああああああああああああああああああーーー」

 

 その姿をいつまでも月は照らし続けた。

 

 ◇◇◇

 

 

 アタランテはいつまでも泣き続けました。その姿があんまりにも哀れだったのかある神がアタランテの姿を獅子に変えてしまったとも、アタランテはやがて獣のように狂ってしまったともいわれています。

 

 そのどちらが真実かはわかりませんが、やがてアタランテはある村にたどり着きました。その村の人々は快く向かい入れ、彼女を手厚くもてなしました。その後子供たちの世話や村の手伝いをしながら静かにその余生を送ったそうです。

 

 アタランテは時折、獣の毛皮を撫でながら寂しそうに月を見上げていました。いつかまた、あの人と出会える日を願いながら、いつまでも、いつまでも――

 

 

 ◇

 

”いつかまた、遠い未来で”

 

 彼の言葉を思い出す。どれほどの時が経ったのだろうか。すでに肉体は滅び、この魂は座に存在するのみ。

 

 ...声が聞こえた。助けを求める声。その声にこたえるように手を伸ばし、私は何処かに召喚された。

 

「召喚に応じ参上した―――汝がマスターか。よろしく頼む」

 

 目の前にはまだ幼さが残るマスター?らしき者がいた。このような子供が英雄を召喚するなどどういう状況なのだろう。聖杯戦争...というわけではないのか。

 

「あっ、ああ!!ちょっとごめんマシュ、説明おねがいできる!?用事ができちゃった!」

 

「え!?先輩、何処へ...」

 

 そういうと眼鏡をかけた少女にこの場を任せたのちどこかへと走り去ってしまった...元気な子だ。あの子たちを思い出す。

 

「え、えっと...まず私たちの状況を説明させていただきます。ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア――」

 

 ◇

 

 ふむ...どうやら大変な状況ということは分かった。このような子供でさえ戦わないといけないなど。とはいえ耳を疑ってしまった。様々な時代の英雄達がこの場に集っているとは...もしかしたら彼も。いや期待は辞めておこう。

 

「了解した。私でよければぜひ力を貸そう...ところであのマスターはどこへ向かったのだ?」

 

 一向に帰ってこないマスターのことが気になった。挨拶ぐらいはしておきたいものだが

 

「すみません。もう間もなく戻られるかと...」

 

 少し困ったような顔で眼鏡少女は答えた。

 

「―――早く、早く!!もっと急いでよメラニオス!」

 

「こらこら。そんなに引っ張らないでよマスター。一体どうしたっていうんだい?」

 

 おや、どうやら戻ってきたらしい。足音からして二人...?誰かを呼びに行っていたのだろうか。

 

 召喚室のドアが開き二人が入ってくる。

 

「じゃじゃーん!連れてきちゃいましたー!!」

 

 振り向くとそこには

 

「「あっ――――」」

 

 あっけにとられた様子で彼はこちらを見ている。その黒い髪、赤い目。出会った頃と何一つ変わらぬ姿。

 

「アタ――ちょ!?...どうしたの?」

 

 いつのまにか私は彼のもとに飛びつき、その胸に顔を埋めていた。この時をずっと、ずっと待ちわびていた。彼はちょっと困った顔をしながらもあの頃と同じように頭を撫でてくれる。

 

「...うぅ...ううううう...ずっと待っていたのだ...うぅぅ」

 

 別れではなく再会による喜びからアタランテは涙を流した。

 

 今度こそあの時叶えれなかった言葉を言える。誰が見てようが構うものか。この時間は二人だけのものなのだから。

 

 頬染めながらメラニオスは口を開く。

 

「えっと...ただいま、アタランテ」

 

 叶うことのなかった、聞くはずがなかった言葉。ようやく、ようやく私たちの願いは叶ったのだ。

 

「―――お帰り。メラニオス」

 

 時代、場所は違えど再び出会えた。願わくばいつまでもこの幸せが続きますようにと二人は願うのだった。

 

 ~fin~

 




ーあとがきー

 とりあえずアタランテ編、完結ということで!!

 まさかここまで続けられるとは思っていませんでした。本当に今まで応援コメントなどありがとうございました。始めはタイピング練習のつもりで書いていたのでまさか何度かランキングに載せて貰えるとは思ってもみなかったです!

 この物語は「怪物」ということをテーマとして書くことにしていました。「美女と野獣」をイメージしていたのですがなかなか難しく主人公をあまり魅力的に描くことができなかったなあ。次こそは悪らしい彼をお見せできるように頑張ります。

 次の話は少し寄り道をする予定です。テーマは「狂気」。彼が「人として」ではなく自身の願いのために「怪物」として一人の少女と出会うお話です。アタランテは回想?で出番があるかなあ。ほかの時間軸の彼もネタバレぎみといか今後のお話の前振りみたいな感じで描きたいと思います。是非ともお楽しみください。

 もし面白かったと感じてくださったらご感想、評価お待ちしております。本当にありがとうございました。

 今回の水着は絶対アタランテ来ます。覚悟しておいてください!

 次回『桜と怪物』お楽しみに!!


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狩人と怪物 (短編)「嫉妬」

あったかもしれない二人の日常。

それは少女たちと出会う前の旅の途中のお話。


「むぅ...遅いな」

 

 天幕の中でなにやら不機嫌そうなアタランテ。どうやら果実を売るために出かけたメラニオスが中々帰ってこないので暇を持て余しているようだ。

 

「...迎えに行ってやるか」

 

 幸いにもすぐに彼を見つけることができたが...

 

「まったく...何をやってい―――」

 

 声をかけようとして思いとどまった。

 

 その目線の先では別の女性に話しかけられているメラニオスの姿が。どうやら果物の話題でたいそう盛り上がってるそうで...

 

「えー!お兄さん凄い詳しいですね!!」

 

「そんなことないよ。友人から教えてもらっただけだし...」

 

「またまた~謙遜しちゃってえ...どうです?良かったら私の家でもっとお話とか...?」

 

「いや、それは流石に「おい...何をしている」あっ、アタランテ。ごめん待たせちゃったか」

 

 突然後ろから声をかけられたので女性は驚いたようだがそんなことはどうでもいい。当のメラニオスは呑気に手を振ってくる...なぜだか胸の中でモヤモヤしたものが溢れてきた。

 

 女性をぎろりと睨めつけながら彼を引っ張る。

 

「...帰るぞ」

 

「え、ちょっ――――いたたた!首!首が絞まってる!」

 

 ズルズルと首根っこを掴まれ引きずられるメラニオス。必死にアタランテに訴えるも彼女は何も答えず無視するばかり、これは抵抗は無駄だと考え大人しく寝床まで引きずられることにした。その様を道行く人々にみられるのが何とも恥ずかしいことやら。

 

「えっと...なにかあったの?」

 

 着いたところでメラニオスは開口一番そんなことを聞いてきた。

 

「...先ほどの女は誰だ」

 

「え」

 

「誰だと聞いている!」

 

「ぼ、僕が持って行った果実を買ってくれた人...それだけだよ」

 

「...ほお、それだけと言う割には随分と盛り上がっていたではないか」

 

 怒り心頭のアタランテ。このような彼女を目にするのは初めてのためメラニオスはタジタジになってしまう。

 

「その...果物を美味しいって言ってくれて...つい話題が...盛り上がって...」

 

「それで私をほったらかしにしたと」

 

「......ごめん」

 

 しゅんっと小さくなるメラニオス。彼女の機嫌は治らず、この雰囲気が気まずすぎて逃げ出したいという欲求に駆られている。

 

「...できる」 

 

「え?」

 

私にも汝とそのぐらいの話ならできるのに...」

 

 涙を浮かべ、ぼそっと言葉を零す。

 

「嫌だった、汝が他の女と話しているのが...心配だった」

 

「...うん」

 

「今までだって我慢してたのに...」

 

「我慢?」

 

「そうだ...それなのに汝は誰にでも笑顔を振りまく。だから今日みたいなことになるのだ」

 

 ”そんなことないと思うけど”と苦笑いをしながら両手を広げるメラニオス。大人しくその胸に身体を預ける。

 

「私が汝の妻なのに...他の女と仲良くするのは...ダメだ」

 

 ぐりぐりと頭を押し付ける。彼は優しく頭を撫でてくれた...ふふっ、くすぐったい。

 

「ずっと...ずっと、私だけを見ていてほしい」

 

「うん」

 

「本当に汝のことを...その...ゴニョゴニョ

 

 面と向かって言うのはやはり恥ずかしい。でも本当に貴方のことを私は――――

 

「ん...ふふっ、そんなに抱きしめられると苦しいぞ」

 

 黙って抱きしめてくるメラニオス。それが何とも心地いいもので顔がとろけてしまう。

 

「好きだ」

 

「...もっと」

 

「君が好きだアタランテ」

 

「もう一回」

 

「...大好き」

 

「うん...私も」 

 

 より一層強く抱きしめる。この空間には二人だけの時間が過ぎていく。

 

「でも...私を不安にさせるところは嫌いだ」

 

「あははっ...うん、気を付けるよ」

 

 いつまでもこの時間が続けばいいのにと思うアタランテであった。

 

「ずっと、ずっとそばにいてくれ―――メラニオス」




あげ忘れていたものを供養する感じになってしまった。

良かったらご感想お待ちしています

何故だ...


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狩人と怪物 (短編)「もしも」

 ifルートもしくは現実逃避


「―――怪物はいつまでも...ありゃ、寝ちゃったか」

 

 メラニオスが二人の子供を寝かしつけていた。二人の可愛らしい寝顔を見ると自然と笑みがこぼれてしまう。

 

「寝かしつけご苦労様...ふふっ、いい寝顔だな」

 

 子供たちの頭を優しくなで、アタランテは微笑む。

 

 二人はあの戦いから逃げ出すことができた。大英雄は追い付けず、神はその姿を見失った。命からがら逃げてきた二人は数か月ぶりに子供たちの下へ帰ることができたのだった。

 

「帰ってきてからは貴方にべったりだな...少し妬いてしまう」

 

「え~大人げないなあ」

 

 意地悪く笑みを浮かべる彼にアタランテはムッとした表情で答える。

 

「...私だって貴方とこうして暮らせるのを夢見ていたんだ...少しぐらいいいではないか」

 

 その肩によりかかるようにしてアタランテが隣に座る。子供たちが寝静まった今だけはこうして二人の時間が訪れる...それがたとえ幻想にすぎないとしても。

 

「どうしたんだい...珍しいな君がここまで...その...あははっ」

 

「...んん、笑ってくれるな」

 

 しばらくの間、寄りかかるアタランテの頭を撫で、時々零れ出る色っぽい声を楽しむメラニオス。ふと撫でるのを止めてしまうと不満げにこちらを見上げる彼女の姿が可愛らしい...そんなことを続けていると

 

「これではまだ満足できない。ほら、腕を広げろ...そう、そうだ...そのまま抱きしめて」

 

 首に腕が回されしっかりと密着する形となる。

 

「こうして甘えられるのは今だけなのだ...もっと強く...貴方を感じさせてくれ」

 

 お互いが相手の体温を確かめ合う。それはぬくもりがあり、相手がそこに存在しているのだと実感することができる。

 

「...昼はあの子たちに譲ろう...でも今だけ、この時間だけは私の、私だけの貴方でいて欲しい」

 

 抱きしめあう力が強くなる。彼女の顔を見ようとしてもこちらの胸に顔を押し付けているので赤く染まったその耳しか見ることができない。でも、どんな顔をしているのかは容易に想像することができた。

 

「たとえ老いてもずっと私の側にいてくれ」

 

「...ああ」

 

「なにがあっても帰ってきて」

 

「......」

 

「...愛してる」

 

「うん」

 

「――――――」

 

 ―――時間は刻々と過ぎゆく。覚めてしまうからこそ夢は幸せな記憶となる。

 

「......そろそろ眠らなきゃね」

 

「もう、か?...もう少しこのままでも――――わっ」

 

 彼女の身体を抱え寝床に運ぶメラニオス。突然のことで動揺する彼女だが、いつかの光景と重なりまた笑みを浮かべる。

 

「では、昔の様に一緒に寝よう...そうして起きたときには、その笑顔を見せてくれ」

 

 黙って頷く。

 

 ふと、窓の外を覗いた。

 

「ああ、見てくれ。今日も―――月がきれいだ」

 

 ◇

 

 古ぼけた小さな家に一人の老婆が住んでいた。かつてはギリシャ随一の狩人と謳われたその面影は見られず、ただ静かに外の景色を見つめるだけの生活。

 

 それでも多くの村人が彼女を慕い、いつも誰かが訪ね、世間話をしてくる。それに彼女は優しく微笑み耳を傾けていた。

 

「...いかんな、こう歳をとるとつい眠ってしまう...な」

 

 子は巣立ち、孤独を感じることは多々ある。そんな時は目を瞑り夢の世界へ浸る。そうすることで、寂しさが紛れるような気がしている。

 

『―――アタランテ』

 

 その姿が色褪せることはなく、いつまでもそこにあり続ける。

 

「貴方は嘘つきだ。結局私は一人...年甲斐もなく涙をこぼすこともあるのだぞ」

 

 誰が答えるわけでも、誰に伝えるわけでもない、ただの独り言。

 

「......いつか、また」

 

 ―――遠い未来で、また貴方に...

 

 月はその姿を見守るように、彼女を照らし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もともと狩人と怪物のエピローグにする予定だったもの。

IF、それはもしものお話。きっと水着アタランテも別の世界線では実装されてるに違いない、そう、きっとそう。

そんなIFもいいかもなあと思う今日この頃、次回こそは本編を続けようかと

よければご感想など貰えると喜びます


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短編集
短編 魔女と黒い男


次回の本編にちょこっとだけ関係する話として。

是非、本編もお読み頂けると幸いです。


 ある海に囲まれた島国に魔女がいました。

 

 魔女の名は”モルガン・ル・フェ”

 

「妖精のように無垢かと思えば戦乙女のように壮麗、かと思えば魔女のように残忍」

 

 それは彼女を表すのにふさわしい言葉です。

 

 魔女には一つの望みがあります。それはこの島、ブリテン島の王になることです。

 

 彼女は父からブリテンの王に選ばれた者に与えられる神秘の力を受け継いでおり、自分が王になるのだと信じて疑っていませんでした。

 

 しかし、邪魔が入りました。 

 

 魔術師マーリンの策略により、父ウーサーと異母の間に子が産まれていたのです。

 

 魔女は焦りました。いずれ自分の脅威になりうる存在に違いないと。ですが、手を出そうにもマーリンや父が邪魔をしてきます。

 

 自分には手駒となる存在がまだいません。何とかしなければと思いながらも、あてはなくただ日々が過ぎゆくばかりでした。

 

 数年が経った日のこと。海岸を歩いていると、一人の男が倒れていました。

 

 男の側には折れた真紅の槍があり、その胸には何かに貫かれた様にポッカリと穴が空いているのです。

 

"ゔ..."

 

 驚きました。まだ息があるようです。もしかしたら純粋な人間ではないのかもしれません。

 

 どうやら強力な呪いがかけられており、それが男を蝕んでいるようです。幸い魔女は解呪にも長けておりすぐに治してあげました。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

 魔術をかけるとあっという間に傷が完治していきます。よかった、これで安心です。

 

"ガハッーーーあ...生きてる"

 

 驚きです。もう目を覚ますとは。

 

"...あの女が来るとは...予想外だった"

 

なにやらうわ言を言っているようですが、このまま無視されるのは癪に障ります。

 

"ん...貴方は...そうか、助けてくれたんですね。ありがとう"

 

 ええそうです。助けてあげたのです。

 

"...じゃあ何かお礼をしなければ。とは言っても差し上げれるものもない...何か困りごとでもありますか?僕ができそうなことなら何でもやりますが"

 

 ええ、当然です。

 

 魔女は喜びました。この者が何者かはわかりませんが、その身に宿る魔力は絶大なものであり駒にするにはもってこいです。

 

「ーーー私をこの国の玉座につかせなさい」

 

 魔女の願いは生まれた時から何一つ変わっていません。この国を支配し自分の理想の国を造る。

 

 そのためなら何だって利用します。それが例え、邪悪なものだとしても。

 

"綺麗な女性は誰も彼も、望みが大きいのものだね"

 

 そうして男は笑みを浮かべ

 

"ああ、いいとも!必ず君に"玉座"を渡そう!!"

 

 それが魔女にとって最悪の結果を招くことを彼女は知る由もありません。

 

 こうして、ブリテン島の崩壊は始まりを告げるのでした。

 

 ーーーいえ、そもそも始まっていたのかもしれません。

 

 ここは神秘の島、ブリテン。時代に残された、ただ一つの楽園。 

 

 ...そういえば、この男の名を魔女は知りません。いちおうこちらも名乗り聞いてみることにします。

 

"そうだな...ギル...いや、ギルベルト。僕の名はギルベルトだ"

 

 男は名乗り、一体どこから出したのか黒い甲冑を着て歩き始めました。

 

 こうして彼の名は歴史に刻まれることになります。アーサー王を裏切り、ブリテンの、円卓の崩壊を招いた騎士。

 

 "裏切りの騎士ギルベルト"として

 




あともう一つ短編をあげたら本編を書きます


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短編 騎士王と裏切者「終わりの始まり」

 なぜ人物の絵が描けないのだろうか?主人公を今度こそ書いてみようと思ってできるのは異形の怪物ばかり...ま、いっか。




~決別~

 

 一人の王と黒い騎士が塔の上で言葉を交わしていた。

 

 騎士は語る。凶作は続く、異民族は増えこの地は人の住めぬ暗黒の大地になると。卑王ヴォーティガーンの力は増し、間もなくブリテンの民は死に絶える。

 

”君が頑張ってもこの国が豊かになることはない。例え戦いが減ろうとも、豊かになることがなければ民は不満を持つ。そうすればまた争いが起こる、ハナから詰んでるんだよ”

 

 王はそれを踏みつぶし、理解されることなく進み続けることになると。

 

 それでも王は笑う。

 

”...っ、人のために自分を犠牲にすることはないだろう!?”

 

 彼はマーリンとは違い昆虫的な思考は持ち合わせておらず、人に近い感情的な思考で物事を判断する。それ故に非道に成りきれずにいた。だからこそ目の前の王を、どこにでもいる普通の女の子として見ていたのかもしれない。

 

 しかし王は笑顔を浮かべ答えた。

 

『私が傷つけば国が豊かになる。見ていてください、サー・ギルベルト。すぐにではないが、この島を善き国にしてみせます。伝説に言うアヴァロンにも負けないように』

 

 だから貴公も力を貸してくれ、と。

 

 騎士は己の間違いに気づきそして嘆いた。

 

”......君は、王になるべきではなかった。どうせなら玉座に座するのではなく、王に仕える騎士であるべきだった

 

 その言葉が王に聞こえたかは分からない。

 

 彼女は作り上げられた王に過ぎない。民の『理想』を実現すべく、自ら先陣を切り戦う。王としての尊厳など初めから持ち合わせてなかったのだ。

 

 騎士は最初から分かっていた。あの日出会ったその時から、彼女は人のためにその身を滅ぼすのだと。

 

 だからこそ、いつか現実を知り膝をつく日がくる。その時に玉座を降りることを促せばいいのだ...そう、目を背けていた。

 

 騎士は彼女を侮っていたのだ。

 

 

 こうして二人は決別した。二つの道が交わることはなかったのである。

 

 一方は繁栄を望み、もう一方は破滅を望んでいたのだから。

 

 ◇◇◇

 

~卑王と騎士~

 

 ここは卑王ヴォ―ティガ―ンが統治する城塞都市。その玉座でもう間もなく行われるアーサー王率いる軍との決戦のための会議が開かれていました。

 

 周りには異民族の族長らが参列し王の言葉を待っています。

 

「王よ!間もなくアーサーが来ます!我らは一体どうすれば!?」

 

 誰かが声を上げる。焦る必要はない、既に手筈は用意されている、そう王は答えました。

 

”バンッ”

 

 突然、扉が開き一人の騎士が現れます。

 

『おお、待っておったぞ。円卓の騎士ギルベルトよ』

 

 この場にいた誰もが驚きの声をあげました。まさかこの男が来るとは。

 

 騎士ギルベルト。円卓に空きがあった際、番外としてその席に座るもの。

 

 手には大英雄が振るったとされる"大剣マルミアドワーズ"。その剣技は彼のランスロット卿にも及び、数々の敵を葬ったアーサー王の右腕ともいえるこの騎士が卑王の側に着くのだと。

 

”随分ピンチのようじゃないか、卑王よ”

 

『なに、予想通りの展開よ。奴らはこの玉座まで突破してくるであろうが、その時こそ奴らの最後。この儂自らが、ブリテンの黒き竜として存分に力を振るってくれようぞ』

 

 歓声が上がる。

 

「「冷酷なる卑王!偉大なるヴォーティガーン!栄光あれ我らが王!!!」」

 

 卑王は不敵に笑う。

 

『それにサー・ギルベルト、貴様もいるのだ...フハハ!!楽しみであるぞ、あのアーサーの悲痛に歪んだ顔を拝むのは!!』

 

 アーサー王は信頼する臣下の裏切りに遭い戦意を消失、そこを一気に叩けば卑王の勝利は確実。ついにブリテンの地は人が住まれぬ暗黒の時代になるのだと、喜びの声があがったことでしょう。

 

 しかし、その騎士は喜ぶことも、いえ...表情一つ変えることなく

 

『クハハハハッ!!...おいまて貴様なn―――!』

 

 その手に握った大剣を振るい、その場にいた人間たちを例外なく切り裂いた。

 

 飛び散る血しぶき、零れる苦悶の声。玉座はあっという間に地獄絵図と化した。

 

『...儂すらも裏切るというのかギルベルト?』

 

 部下たちが殺されたのは問題ではなかった。竜の血を飲み、ブリテン島の意志その物と化した王にとって人間など下等種、取るに足らない存在だった。だがこの騎士は違う。人間ではないことは知っていた、自分と近しい存在であると分かっていた。だからこそこの話に乗ったのだ。

 

”悪いね。うん、悪いと思ってるよ僕は......それに、戦わないわけじゃあない”

 

 笑みを浮かべ、ゆっくり、ゆっくりと近づいてきます。

 

『何が言いたいのだ』

 

”どうせ、あの娘には勝てない...それほどまでにアレを縛る運命というのは強固なんだ”

 

 一歩、その足を進めるたびに騎士の体には触手が巻き付いていく。異形のものへと変わるその姿に王はたじろぎます。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 かつてギリシャ中を恐怖に貶めた異形の姿が闇の中で照らされました。もうすでに騎士としての姿はなく、本来の悪の者がその場に顕現したのです。

 

 しかし流石は卑王、すぐに立ち直り威勢を放ち

 

『はっ、貴様程度、アーサーとの決戦の前の前座にすぎぬわ!!』

 

 王は暗黒を身にまとい黒き竜と化します。そうして、大きなその手を振り上げ...

 

”ぶちgちゃあgちゃぐちゃ”

 

 振り下ろされたその手は異形の怪物を叩き潰した。ぐちゃっとそこら中に広がる肉片。実にあっけなく決着はついてしまいました。

 

『フハハハハハ、どうだ!!儂にかかれば幾ら円卓の騎士だろうと―――なんだ?』

 

 王は気づきました。散らばった肉片が蠢いているのを、そして我が身に少しずつ纏わりついてくるのを。

 

『な、なんだこれは。ぐっ...と、取れぬ。ええい!やめい!儂にまとわりつくな!!』

 

 体中を搔きむしり必死に振り落とそうとしますが、そのたびに肉片の侵食はより深くなっていくのです。

 

”...君じゃ勝てない。だけどねブリテンの黒き竜。その身体が無惨に切り裂かれ、貫かれ、灰塵に帰すのは勿体ない......だから、ね?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉と共に王に纏わりついていた肉片が穴という穴から内側へ侵食し始めた。

 

『ああああああああ!やめ、やめろおお!!入って、入ってくるなあ!!』

 

 体を掻きむしり、壁に体を打ちつけますが何もかも手遅れ。

 

”お疲れ様、卑王。さようならヴォ―ティガ―ン...どうか僕に身を任せて―――”

 

 ◇

 

「王の力を疑ったことはありません。あの方こそ騎士の理想、自ら先陣を切る御姿、その背中を追いかけるたび私はブリテンの良き未来を確信したのですから」

 

 そう語るのは円卓の騎士ガウェイン。前に座る誰かに我らが王の偉業を興奮気味に語っている。

 

「ですが、一度だけ...一度だけ、王の勝利を危ぶみ、その背中を見送ることしか出来なかった戦いがあります...魔竜ヴォ―ティガ―ン、それがブリテンを破滅させようとする敵の正体だったのです―――」

 

 ◇

 

 あの日、卑王ヴォ―ティガ―ンとの決戦の日。平野に展開されていた異民族の連合軍を蹴散らし、ついに我々は卑王が待ち構える城塞へとたどり着きました。敵城に乗り込み、残る兵士を叩き潰さんと突撃しましたが城内には人影一つなく、我々は困惑しました。

 

 しかしながら、奴は城の奥にある玉座の間にて待ち構えていました。

 

■■■■■■■■!!

 

 そこにいたのは人ではなく、黒き竜と化した異形の化け物、卑王ヴォ―ティガ―ン。

 

 ヴォ―ティガ―ンの体から伸びた黒い触手により前線の兵士は貫かれ、口から放たれたその一撃により残りの兵士も蒸発し、我が聖剣ガラティーンの輝きは失われた。そして我が王の聖剣エクスカリバーの輝きも、もはや暗闇にともる篝火のようだった。

 

 戦いは数時間に及び、ヴォ―ティガ―ンの咆哮は暗雲を呼び、その身体を巨大化させていった。兵士たちの武器、死肉、崩れた城塞、それらを取り込み顕現する黒き竜...王は知っていたのでしょう。ヴォ―ティガ―ンはブリテンそのものだと。

 

「アーサー王!!敵はブリテン島の化身、いくら聖剣と言えど敵いませぬ!今は撤退を!!」

 

「もう少しだけ手を貸すものだぞガウェイン卿」

 

「王!?」

 

 何とアーサー王はこの状況でも戦い続けるというのです。そうしてこう続けました。

 

「私と貴公が揃っているのだ。島の癇癪の一つや二つ、静めてみせなくては聖剣の立つ瀬がない」

 

「っ!?......はっ!」

 

 この場に立っているのは我々二人のみ。恐れを知らぬのではなく、恐れを受け入れて尚立ち向かう姿に私は闘志を奮い起こし、共に魔竜へ挑みました。

 

 そうしてついに...

 

「「はあああああ!」」

 

『■■■!?』

 

 魔竜ヴォ―ティガ―ンの手を切り裂き、飛び立たんとするその巨体を大地に体を堕とすことに成功。しかしながら武器を突き刺してしまい王は丸腰となってしまいました。

 

 ですがその時、王の手に光り輝く槍が現れたのです。

 

「それは!?」

 

「―――最果てに光を放て」

 

「その輝く槍は...!」

 

「其は嵐の怒り―――ロンゴミニアド!!

 

 そうして魔竜ヴォ―ティガ―ンは心臓を貫かれ敗れたのでした。

 

 ◇

 

「ヴォ―ティガ―ン...」

 

 アーサー王は倒れ伏す卑王に近づいていく。それは宿敵の最後を見届けるため。

 

 人の姿に戻ることなく、心臓を貫かれ死の間際の卑王はアーサー王を睨みつけ口を開きました。

 

『...愚かな。ウーサーの子よ、貴様ではこの国は救えない。なぜなら、もう神秘の時代は終わったのだ...これからは文明の時代、人の時代が始まる。取り残されているんだ、僕も、君も。我らの根底にある力は決して人間と相いれない...お前がいる限りブリテンに未来はない』

 

「っ――――」

 

『恨むがいいさ、このブリテンは当の昔に滅んでいる』

 

 王が心臓に突き刺さる槍を引き抜くと卑王は笑い声をあげ、塵に帰っていきました。

 

 戦いの終わりを告げた王の姿は何時にも増して光に溢れていた。あの姿を見届けたものは誰もがその力に感服したでしょう。それほどこの戦いは神々しかった。

 

 我らがアーサー王がいる限り恐れるものはないと、そう確信したのです。

 

 ◇◇◇

 

「ぐっ...ガハッ...ガッ...不味いなこれ」

 

 心臓を苦しそうに抑えながら黒い騎士は逃げるように森を進んでいきます。しかしながら限界がきたのかその場に崩れ落ちてしまいます。血反吐を吐き、切り裂かれた体は今にも消えてしまいそうです。

 

「(流石に、聖剣相手は分が悪すぎたか...卑王の力を得たのは大きいが、これではな...)」

 

 ですが騎士は一人ではありません。彼の主はいつも見ているのですから。

 

「―――何をやっておるのだ我が騎士」

 

 騎士に近寄り、治療を始める一人の魔女。

 

「ああ、助かるよ。モルガン...」

 

 暗躍し続ける、魔女モルガン。それに仕える円卓の騎士ギルベルト。互いに利用し合う歪な関係がそこにはありました。

 

「些かお遊びが過ぎるのではないかギルベルト。あの場で愚妹を殺してしまえばよかったものを...まさか、絆されたとでも言うまいな?」

 

「...いくら何でも分が悪すぎたんだよ。聖剣の使い手が二人、そしてあの輝く聖槍...僕じゃあ勝てない」

 

 しかしながら事は上手く運んでいる。城塞都市を落としたことにより新たな城が築かれることになる。そう、アーサー王はついに王都を奪還したのだ。

 

「...ああ、待ち遠しい。あの玉座に私が座るのを夢見るのは何度目であろうか」

 

 魔女は確信する。もうすぐ、もうすぐだと。既に円卓の中には我が子を幾人か入れている、後は内部から破滅するのを待つのみ。

 

「ギルベルト。お前には期待している...もうすぐ我が最高傑作を円卓に送り込む、利用してもかまわん。どんな手段を使っても私に玉座につけよ」

 

 そういった後、魔女は闇夜に消えていった。

 

 一人残った騎士は独り言を零した。

 

「モルガン...君の願いもまた、決して叶わないんだよ」

 

 崩壊するブリテンの中、騎士は再び歩みを進めるのだった。




本来、騎士王編はFate編が終わった後に書こうと思ったもの、しかしながら短編として終わらすのも惜しい...

 もしよろしければご感想などいただければと。良かった、って思ってくれる人がいたら、また本編として書き直してみようと思います。(アルトリアとの最初の出会いから)

もう一話短編を上げて本編に戻りたいと思います。

次回「円卓崩壊」


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短編 騎士王と裏切者「崩壊の始まり」

メソポタミア
【挿絵表示】

メラニオス
【挿絵表示】

二人で共に
【挿絵表示】

ギルベルト
【挿絵表示】


やっぱり主人公のイメージが固まるとやり易いような、そうでもないような。


~アーサー王の栄光~

 

 卑王ヴォーティガーンを倒したことにより、アーサー王は王都を奪還し、王妃を迎えた。

 

 しかしながら作物の凶作は続いた。卑王を倒してしばらくは大人しくなっていた異民族も遠く離れた帝国からの援助もあり再び力をつけ始めている。

 

 もはや軍を維持することもままならず、この国は限界を超えていた。それでもなおこの国を守らねばならないアーサー王は、小さな村を干上がらせ、わずかに得た資源で軍備を整える。それが焼け石に水だと分かっていながら。

 

 そのような非道な行為に多くの騎士は反対した。皆はそうでもしなければ国が維持できないことは百も承知であった。そう、理解しているとしても受け入れがたいことであった。

 

 無論、村人の命は保証し別の移住先も用意してある。だがこの村の出身者にとっては生まれ故郷を奪われるに等しく、誰もが嘆いた。

 

 当然、騎士たちや村の住人達から反感を買い、それによって手に入れた軍備で敵を殺すのだから、敵からも恨みを買う。

 

 それでもアーサー王はかつて僕に宣言した通り、自分一人が辛いことになればこそ国は富むのだと信じて王は感情を殺して治世を続けた。

 

 その思いは誰にも理解されることはなかった。王の行動は先代のウーサーよりも...卑王ヴォ―ティガ―ンよりも冷酷なものと民衆や兵、騎士たちの目に移ったことだろう。

 

「王は人の気持ちが分からない」

 

 そう言って一人の騎士は去った。王の在り方は彼らの理想とかけ離れていたのだ。

 

 ...王は人の気持ちが分からなかった、では騎士や民は何か一つでも彼女のことを理解しようと歩み寄ったのであろうか?

 

 僕は今でも考える。彼らは王を”理想の王”としての側面しか見ていなかった。そりゃそうだ、あの子は普通の女の子に過ぎなかったのに、と。

 

 それでも王は戦いを続け、ついに異民族達との最終決戦。数と勢いに勝るアーサー王の勝利。圧倒的な戦果の前に異民族は屈し誓いをたてた。

 

『アーサー王あるかぎり、我らはブリテンの地に踏み入らない』

 

 異民族との戦いはひとまず終わりを告げ、そうして、内なる敵に滅ぼされようとしていた。

 

 ランスロット卿と王妃ギネヴィアの不義の恋。魔女と魔女の騎士による策略を契機にブリテンは崩壊してゆく。

 

 

~ランスロットとギネヴィア~

 

 王妃ギネヴィア、彼女と王の関係は極めて良好。彼女はアーサーを愛していた...そう、初めはそうでした。アーサーに恋をし、慕い続け、そして結ばれた。

 

 ですが...その恋はすぐに打ち砕かれました。初夜、その場において彼女が恋した王は...自分と同じ女性であることを知ったのです。十年の恋が実った、その日にそれが決して叶うことのないものであると思い知らされました。絶望へと叩き落とされた彼女は、しかし同時に王の境遇への同情を抱いたのだと花の魔術師は語りました。

 

 女性として扱われることない王と自分の境遇を重ね、王の良き理解者として寄り添い絆を深めていきました。民衆には仲睦まじい夫婦に見えたことでしょう。

 

 しかしながらこの状況を快く思わない者もいました。アーサー王の宿敵である妖妃モルガンの実の子であり、彼女がアーサー王を破滅させる為にキャメロットに送り込んだスパイと言われている”アグラヴェイン”彼は王と王妃の関係があまりよくないと考えました。

 

「貴方は王にふさわしくない。王が貴方との関係を不安がっているのがその証拠だ」

 

 アグラヴェインは王妃に出くわすたびにそう告げ、次第に王妃は精神的に弱っていきました。勿論その小言を窘める騎士もいます。ギルベルト卿とランスロット卿です。

 

 彼はモルガンの実子ということで、いつか裏切るかもしれないという決めつけと、眉一つも動かさずに騎士を死地に送り込む冷徹な采配を行う人柄からか、円卓内においての嫌われ者でした。

 

 そんな中でもギルベルト卿とは気楽に話す仲だったと言われています。表情は相変わらず硬いままでしたが、卿と会話しているときだけは肩の力が抜けているようだったそうです。

 

『君が王のことを気にかけているのは理解できるが、少々強引すぎる。もう少し見守ってあげるのもいいと思うけどね......それよりも最近眠れてるかい?随分と隈が深いようだけど』

 

 諸々の事情を知るギルベルト卿はやんわりと注意しているに過ぎませんでしたが、ランスロット卿はそうはいきません。明確な怒気を持って詰め寄りました。

 

「卿はなにゆえ王妃を愚弄する⁉︎知らないのか、王妃が王に寄り添いその負担を減らすべく尽力しておられることを!」

 

「...だからこそだ。今の王にはあの女は必要ない」

 

「っ―――」

 

 二人が王の絶対的な忠臣ということには違いはありません。価値観の違いから相互理解することなど無理な話でした。

 

 なので...私たちはそれを利用することにしたのです。

 

 ◇

 

 月明りもない暗い夜の日。ランスロット卿はいつも通りに自室へと戻ろうとしていた。そこであることに気が付いた、自分の部屋の前で誰かが立ち止まっている。はて?客人などいたものかと考えていると...それはこちらに顔を向けた。

 

「―――王妃!?何故このようなところに!」

 

 ああ、見間違うはずもない。この女性は王の妃ギネヴィアその人だったのだ。いつもと違う真っ黒なドレスに身を包んでいる。

 

「一体どうしたのですk―――」ぼすっ

 

 突然、王妃はランスロット卿の胸に飛び込んできた。腕が背中に回り強く抱きしめられる。

 

「お、王妃」

 

「...お願い。今はこうさせてください」

 

「......」

 

 心なしか震えている王妃のことを拒めず、その震えを鎮めようとするように優しく抱きしめかえすのだった。

 

「アグラヴェインめに何か言われたのですか」

 

「いえわたしが...わたしが悪いのです。あの人、王の苦しみを私一人では負担することは出来なかったのです」

 

 その気持ちはランスロット卿にとって痛いほどわかった。同時に目の前の女性を放っておけるほど腐ってはいなかったのだ。

 

 王妃に跪いて誓うのです。

 

「あなた一人に背負わせるわけにはいきません。このランスロット、微力ながらお力添えさせていただきたい」

 

 それは嘘偽りのない言葉でした。

 

「ああ、嬉しい、嬉しいわランスロット様。きっと貴方となら!」

 

 王妃は涙目ながらにその手を取り、答えたのです。

 

 ◇

 

「あら?ランスロット様、こんな夜にどうされたのかしら?」

 

 時を同じくして寝床にへと戻ろうとしていた王妃。扉の前に佇む騎士を見つけた。

 

「御機嫌よう王妃...風のうわさで少しばかりお疲れのようだと聞きましたので」

 

 いつもと違う漆黒の鎧を纏う騎士は心底心配そうに王妃へ近寄る。

 

「いえ...わたしの事など王の苦悩に比べれば些細なものです。気にしないでください」

 

 王の支えとなるべく健気に振舞う王妃。

 

 意地を張る王妃を懐柔するように優しく騎士は声をかける。

 

「どうか私を頼ってください。貴方が苦しむ姿を見たくはない」

 

「ランスロット様...」

 

 王の秘密を知ってからも偽りの夫婦生活を続けてきた。その間にも騎士の離反や相次ぐ問題の発生、王の精神は次第に摩耗していき、それを支えていた王妃ギネヴィアも限界が近かった。

 

 そんな時にあのランスロットが自分の助けになってくれる。自分一人では背負いきれないが彼となら...

 

「さあ、私の手を取って。大丈夫です、私たちなら」

 

 思わず、その手に縋ってしまった。

 

「さあ」

 

「私たちで」「貴方と共に」
 

 

      「アーサー王を」「ブリテンを」

 

         「「救いましょう」」

 

 その後は悲惨な結果が待っていた。

 

 二人は共通の目的を持つ者として語り合い、認め合い、そして寄り添う関係に変化していってしまった。

 

「ふっ、やはりか...貴様らは王の側に仕えるのは間違いであったな」

 

 二人が蜜月の時を過ごしている場を暴いたアグラヴェイン卿が発した言葉にランスロット卿は逆上。彼を斬り殺し、応援にきた他の円卓の騎士までも叩き斬って逃亡。

 

 魔女達の思惑通り円卓は内部から崩壊してゆく。

 

 ブリテンの終わりは刻一刻と近づいている




次回でひとまず円卓編は終わり。本編へといけたらええなあー


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短編 騎士王と裏切者 「カムランの丘」

設定的な

【真名】ギルベルト
【性別】男性
【容姿】
【挿絵表示】

【ステータス】筋力:C 耐久:E 敏捷:A+ 魔力:A 幸運:D 宝具:D~B

【保有スキル】
・魔女の魔術:C
モルガンから教わった魔術。大魔術...とまではいかないが初歩的なものから応用まで基本的に使用できる

・魔力放出:B
武器ないしは自身の肉体に魔力を帯させ、瞬間的に放出することによって能力を向上させるスキル。ギルベルトは剣戟の際は勿論の事、戦いの際は常に放出しており高速戦闘が可能。

・擬態
その名の通りあらゆるものに擬態できる。サーヴァントであればそのステータス、宝具ですらある程度再現できるスキル。

・戦神の加護:E‐
彼が所持する名剣マルミワロワーズに本来宿る戦神の加護。単純に拒否、恐れられているためマイナス方面に働いている。

【宝具】
『射殺す百頭(偽)』
ランク:C~B 種別:?? レンジ:臨機応変 最大捕捉:臨機応変

彼の大英雄の技術を模倣した宝具。基本的には高速で接近し標的を切り刻むという単純なもの。本物には数段劣る。



「息子と認められぬと...そうおっしゃるのですか騎士王!?」

 

 兜を外し素顔を明かしたモードレッド卿は自らの父がアーサー王ということを知り意気揚々と話しかけに言ったものの、王がそれを認めることはなかった。

 

「お、俺は貴方の後ろにいるだけでよかった。なのに一度も振り返ろうとしないお前を、貴様を、貴方を!!...何もかも!何もかも!!破滅させてやるぞ!!ア゛ァァァァァーサァァァァァー!!」

 

 ただ認めてほしかった。振り返ってほしかった。その願いが伝わることはなく親子の溝は深まり破滅に向かう。

 

「―――モードレッド?」

 

 王が立ち去ってなお怒りに肩を震わせるモードレッドの前に黒い騎士が姿を現した。ランスロット卿の討伐事件において多くの騎士が失われても変わらずアーサー王に仕え続ける最古参の一人”ギルベルト卿”であった。

 

「ギルベルト」

 

「...ああ、そういうこと」

 

 何やら悟った風なこの男が来たのは好都合だった。

 

「母上がいざというときはお前に頼れと言っていた。なあ?裏切り者のギルベルトさんよお、俺に力を貸してくれんだろ?無理ってんならこの場で貴様をぶった切る!!」

 

 脅すような口調で詰め寄るモードレット卿。既にその目はアーサー王への憧れなど一切なく、只々憎悪の炎をたぎらせていた。

 

「あははっ...勘弁してくれよ。そんなに脅迫めいたことしなくても協力させていただくとも」

 

 黒い騎士は薄っぺらい笑みを浮かべていた。

 

 順番が違っていればこの騎士は王のため破滅を阻止しようともがいただろう。しかしながら魔女に助けられた。それ故彼は

 

「もう少し、安寧な終わりを考えていたけど......もう夢から覚めるときなのかもねアルトリア」

 

 一人の女の夢を壊す。

 

 ◇

 

「では、後のことは任せましたギルベルト卿」

 

 異民族を送り込んでくる元凶たるローマに反撃すべくブリテン軍は多数の船団を用意し攻め込もうとしていた。アーサー王の作戦はローマ軍が海に出る前に上陸し陸上戦闘において相手を蹴散らす。相手に反撃の余地を与えぬほど攻め込み講和会議に引きずりだすというのが狙いのようだ。

 

「了解した。でも王自ら出陣することはないんじゃないかい?いくら何でも危険すぎる」

 

「いえ、私自ら先陣に立ち兵を鼓舞することがこの戦いに必要なのです...それにこれ以上民たちを苦しめるわけにもいかない」

 

「僕もついていこうか。ローマの大地を駆け、迫る敵を蹴散らすぐらいはできるけど?」

 

「ふふっ、その言葉はありがたいですが...今この国を守れるのは貴方しかいませんギル」

 

 先のランスロット卿の乱においてガウェイン卿は負傷、モードレット卿とケイ卿はそれぞれの担当地区で内政を行っているので離れることができない。他の騎士や領主も自分の仕事で精一杯であった。

 

「その呼び方はよしてくれと言ったろ、虫唾が走る」

 

 嫌そうに顔をしかめそっぽを向くギルベルト。その様子を微笑みながらアルトリアは言葉を続けた。

 

「覚えてますか?いつの日か貴方に宣言したことを」

 

「...うん」

 

”見ていてくださいギルベルト。すぐにではないがこの島を善き国にしてみせます。伝説に言うアヴァロンにも負けないように”

 

 塔の上で少女は騎士に宣言した。絶対に実現して見せる、と希望に満ちた目で。

 

「貴方は無理だと、この国は滅びると...そう言っていましたね。

 

「ああ、それは今でも変わらないさ...君がいくら自分を犠牲にして頑張ろうがね」

 

「いえ、この戦いでその戯言を終わりにしてみせます」

 

 ブリテンの宿敵であるローマを討てば異民族の侵攻も収まる。ようやく安寧な時がこの地に訪れる。

 

「...結果は変わらないさ」

 

「悪い冗談はよしてください、いい加減私も怒りますよ」

 

 アルトリアは穏やかな笑顔で答えた。

 

「―――戦うと決めたのです、選定の剣を抜いたあの日から。たとえなにがあっても、この国を滅ぼさせたりなどさせない」

 

 そう言ってアーサー王は軍を率いて港を出港していった。

 

 それを黙って見送るギルベルト。後ろを向いているので表情はよくわからない。

 

「...僕を止めようとしないのですか、マーリン?」

 

 ギルベルトは背を向けたまま背後に佇んでいた魔術師に声をかける。

 

「おや、気づかれてたか。いやはや参ったね」

 

 わざとらしく微笑むマーリン。

 

「止めるも何も...君たちがどうしようがこの国の運命は変わらない。君だってわかっていただろう?」

 

 特に表情は変えず淡々と魔術師は喋る。

 

「...貴方は間違えた。あれを王として作り出すべきじゃあなかったんだ。もはや向けられた憎悪すらわからず、自分が苦しむことがさも当然であるとする。それが今のアルトリアだ」

 

 理想の王は確かに完成した。しかしながら彼女はウーサーとマーリンが求めた理想ではなく人々の幸福のために戦い続けた。お互い見ていたものが違ったのだ。

 

「ああ、そうとも...もう少し早く気付くべきだったのさ」

 

 ”ありがとう、マーリン。あなたに感謝を。私にとって、あなたは偉大な師だった”

 

「さて、私は引きこもるとするよ...君もアルトリアも悔いのない結末を迎えられるよう祈っている」

 

「......」

 

 ◇◇◇

 

 ブリテン軍とローマ軍の戦争は結果的にブリテン側の勝利に終わった。

 

『アーサー王ある限りローマはブリテンに侵攻しない』

 

 かつて異民族相手に誓わせた約定と同様のものである。それは”アーサー王ある限り”というアルトリア自身が生きている間だけという仮初のものに過ぎなかったが...

 

 凶作はいまだ解決の目処は立っていない、だがこれで人同士の争いで国が滅ぶことはなくなった。不安を胸に抱えながらも兵たちは安どの表情で故郷へと目指す。

 

 しかし、彼らを待ち受けていたものは...

 

「お、王よ。み、港が、我らのブリテンが―――燃えています!!」

 

 一斉にどよめきが走る。何故?何故?

 

「伝令!伝令!モードレット卿とギルベルト卿が蜂起!!!すでにキャメロットは陥落したとのことです!!」

 

 二名の円卓の騎士の反逆。既に疲労困憊の兵の心を折るのには十分だった。

 

「(そんな、どうして...ギル)」

 

 ようやく前に進める希望が産まれたところで積み上げた物が一瞬で崩れ去る。それが彼女の功の酬いだった。

 

 ◇◇◇

 

 王に恨みがあるわけではない。只々限界だったのだ。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ」

 

 民衆は「今は耐えてほしい、未来のために」という王の言葉を信じてここまでやってきた。しかしどうだ?争いは終わらず凶作は続く。

 

 この戦乱はいつまでも続く困窮に耐えられぬ者が反逆者たちに縋ってしまっただけなのだ。

 

「お願いします!どうか、どうか命だけは...」

 

 黒い騎士は剣を振りかぶる。目の前の騎士の命を絶つために。

 

「生まれたばかりの子供がいるんです!!」

 

 振り落とされる剣が止まる。

 

「嫁は身体が弱くて、自分がいないと食っていけない。今ここで死ぬわけにはいかないんです...」

 

「......」

 

「殺さないで」 「家族に...家族に会いたい」「助けt―――」

 

 首が落とされる。黒い騎士は剣を納めており見逃すつもりであった。しかし隣にいる反逆者はそれを許さなかった。

 

「駄目だここで死ね。騎士の栄誉ある死だ、敵に命乞いなどするな」

 

 モードレッド卿は血でぬれた剣を拭い、黒い騎士を睨みつける。

 

「なに今更いい子ちゃんぶってんだ...それとも何か、俺まで裏切ろうってんのか?」

 

「...まさか。少しの気の迷いさ」

 

 肩をすくめ歩き出すギルベルト。すると二人のもとに兵士が近づいてきた。

 

「モードレッド様、ギルベルト様、ガウェインが挙兵しました。アーサー王上陸の援助ため港に向かってるようです」

 

「チッ、あの野郎大人しくしとけばいいものを」

 

 舌打ちをして馬にまたがるモードレット。兵を集め指示を出す。

 

「半分はついてこい!俺がガウェインを討つ!!もう半分はギルベルトについてアーサー王上陸を阻止せよ!!」

 

 兵士を引き連れモードレットはガウェインのもとに向かう。残った兵はギルベルトと共に港を目指した。

 

 この反乱においてモードレッド側に着いた諸侯は多くアーサー軍は劣勢である。それでもなお王に味方をする者はいた。

 

「―――よお、相変わらず馬鹿げたことしてんじゃねえか」

 

 先王ウーサー・ペンドラゴンの騎士エクターの嫡男。幼少期からアルトリアとギルベルトと共に苦楽を共にし、長年王のそばにあり続けた円卓最古参の騎士”ケイ”である。

 

「驚いた...君のことだから真っ先に逃げ出したものだと」

 

「はっ、そうだとも。こんな内輪揉めに付き合う義理はねえしな。今も逃げてる途中だ...偶々お前たちが俺の逃げ道に居ただけだ」

 

 剣を構えるケイ。これは避けられないとギルベルトも同様に構える。それと同時に兵に向かって指示を出す。

 

「ケイ卿は僕が相手しよう。君たちは港にm「させねえよ」...ああ?」

 

 ケイの背後に現れたのは多数の兵。

 

「逃げ回ってる途中にいつの間にか集まってきちゃってな...悪いが付き合ってもらうぞギル」

 

「......」

 

 僅かに顔を歪ませながら軍を率いて突撃をするギルベルト。それを迎い打つケイ。

 

「クソッ、いい迷惑だぜ...お前もアルも揃いもそろって大バカだったな」

 

 ◇◇◇

 

 聖剣の輝きは失われ、大地は血に染まった。反逆者モードレットとギルベルトは討たれ、戦争は終わりを告げる。滅びゆく国をキャメロットの上から魔女は見ていた。

 

「...ギルベルト。貴様これはどういうことだ!」

 

 ワナワナと身体を怒りで震わせ魔女モルガンは血まみれの騎士に吠えた。

 

 体を切り裂かれ、心臓を聖槍で貫かれ体は塵に帰り始めている黒い騎士。既に息絶え絶えの彼はズルズルと身体を引きずり魔女の顔を見て笑った。

 

「どういうことって...玉座は手に入り名実ともに君がキャメロットの、ブリテンの支配者だ」

 

 よかったじゃないかと笑う騎士に魔女は怒りをあらわにする。

 

「支配する国も民もいなければ意味がないのよ!!」

 

 腕を振るい騎士に向かって魔術を放つ。凄まじい爆発。

 

「――――――――」

 

 特に抵抗することなく、騎士は地に倒れ伏した。

 

「あははっ...神秘が支配する時代は今日で終わりだ。これからブリテンは人の時代が始まる。もう必要ないんだよ、アルトリアも君も...僕も」

 

 笑いながら塵に帰っていく。

 

「――――――――!!」

 

 憎しみを込めた魔術をモルガンは再び放つ。ありったけの呪いを込めて、目の前の存在をこの世界から消し去るために。

 

 死が迫ってくる。これはいったい何度目の光景か。最早恐怖もない、淡々と自らの運命を受け入れる。

 

”さあギル、剣を構えてください!!今日こそ私が勝ちますから!!”

 

 騎士が最後に思い浮かべたのは自分に笑いかけてくる少女の姿だった。

 

「...アルトリア。君はやっぱり――――」

 

 ◇◇◇

 

「違う、こんな結末私は認めることは出来ない」

 

 屍が積み重なった丘で一人の王が嘆いている。

 

「私が誰よりも惨く惨めに死ぬのは受け入れていた。それだけの事をしてきた。だが、こんな筈じゃなかった。こんな終わり方になる筈はなかった!!終わるなら、もっと穏やかな、眠るような終わりだと信じていたのに」

 

 だから世界に望んだ。望んでしまった。

 

「これは違う。断じて受け入れられない!!私の死は容認できてもこの光景は容認できない!!!」

 

 そうしてその願いは聞き届けられた。

 

”いいでしょう。願いを叶えられる機会を用意します。そして願いの成就を条件に、その死後をもらい受けます”

 

 ...こうして一人の王は未来永劫叶うことのない、救われることのない運命へと歩んでいくのだった。

 




叛逆軍、ガウェイン卿、ケイ卿の足止めにより一時停滞。その間にアーサー王上陸。

両名の騎士は討死したもののモードレッド、ギルベルトは負傷により後方指揮に。攻防戦は叛逆軍有利に進むが攻めきれず7日目にキャメロットまで一時後退。両軍とも死者多数。

カムランの丘にて決戦。ギルベルトとアーサー王の一騎打ち。



やっと本編に戻れる...

次回はすまねえ、虫爺とハサン先生が好きな人はすまねえ。多分次回で出番が終わるかも

もしよろしければご感想や評価などいただければ嬉しいです


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短編 「勢いで買うと大体後悔する」

ほんとに短編


 誰しも勢いで買って後悔することは多々あるだろう。

 

 例えば使いもしないのに便利さに目がいってしまい、つい買ってしまった家電。

 

 いつか使いたいと思っていたけど一回しか使わなかったマニアックな調理具。

 

 結局のところ埃を被るのがオチである。だが、無駄な物を買うことを非難するわけではない。自分が本当に欲しい物であれば、有無を言わず買うことだって大切なことである。欲望に忠実と言うのは悪いことばかりではない。

 

 長々と言い訳を語っているわけだが、何が言いたいかというと

 

 ーーー欲望に偏り過ぎると思わぬ災難が訪れることもある、ということだ。

 

 ◇

 

「まずいな」

 

 僕の目の前には一つの枕がある。それは通常の枕ではなく、いわゆる抱き枕というやつだ。

 

 この枕に抱きつく事でリラックス効果が出るとかなんとか...確かそんなことを猫耳商人が言っていたような気がする。

 

 限定品だとか、あなただけのオリジナルが作れるとか、なんだか上手い話に乗せられた気がしなくはないがそこはいい。

 

 ただ自分の好きなモノを枕にプリントできるという、その時は大変素晴らしい商品だと思ったのが運の尽きだった。

 

 今この枕にプリントされているのはもちろんアタランテ。ただ困ったことに、なぜか赤面して恥ずかしがってる照れ顔と、まるでこちらを誘ってるようなポージングが問題なのだ。

 

「勢いで買ってしまったが、これは...まずいな」

 

 こんな注文した覚えはないのだが、知識人曰く“そういう物“らしい。

 

 この頃はレイシフトがどうとかで僕も彼女もなかなか一緒になれないことが多い。部屋に帰ってきても、一人でいるというのはなんとも寂しいものだ。

 

 まあ、そいう時は賑やかそうなところに行くのだが...

 

『弥助!ちょうど良いところにきたの、ほれ儂が今川を撃つべく出陣した時の...もうその話は聞いた?なんじゃ沖田冷めること言いおって。弥助、お主からも何か言って...儂があの時ビビり散らかしてたじゃと?そ、そんなわけないもん!』

 

『おや、アタランテは留守なのですか。なら私の部屋で飲みに来ませんか、あの時と同じように共に月でも見上げながら...あはははは!冗談、冗談ですよ...でも、ときどきで良いので私にも構ってくださいね?』

 

 夜は酔っ払いどもが蔓延っているので、絡まれること絡まれること。一緒に騒げば、その時は気を紛らわせれるものの、部屋に帰れば再び襲う恋しさ。

 

 でも、

 

「いくら寂しいからって、これはないな」

 

 やはり本物には敵わない。作成者には悪いが処分することにしよう。今日はアタランテも帰ってくるらしいし、久しぶりに一緒に寝れるだろう...でも一度も使わないというのは勿体無い。これでも意外と高かったのだ、料金分は満足しなければ。

 

 そう思い、枕と一緒に毛布をかぶる。

 

「......」

 

 彼女のイラストと向かい合う。

 

 照れた彼女の顔...目を逸らさずこちらをじっと見つめてくる。

 

「困った...悪くない」

 

 普段、というか見たことすらない新鮮な表情。なんとも言えない背徳感が押し寄せてくる。これを書いた方は素晴らしいな、いい感じにモフモフ感と可愛さを両立してある。うん、本当に困った。捨てることは、とてもじゃないができない。

 

 とはいえ、とはいえだ。もうすぐ彼女が帰ってくる、捨てるのはやめにしていい隠し場所はないか...くっ、ここで等身大なのが足を引っ張るなんて。

 

 とりあえず、ベットから出て...

 

「帰ったぞメラニオス!」

 

 この時、思春期男子の“親が突然部屋のドアを開けて慌てふためく気持ち“がわかった気がした。

 

「む、もしかして寝ていたのか...すまない、悪いことをした」

 

「い、いや。今起きようとしてたから」

 

 我ながらこの時の毛布を被るスピードは素晴らしいものだと自負している。

 

 さて、どう誤魔化すか

 

「だが、もう昼時だ。そろそろ起きたほうがいいのではないか?それに、その...汝の顔が見たいというか。べ、別に寂しかったというわけではないぞ!」

 

 ...うーん、好き!

 

 だが、なんとも間が悪いことか、というか僕が悪いんだけども!彼女にこの枕を見せるわけにはいかないのだ、最悪この生活にヒビが入る。

 

「さてはベットから出られなくなったか?しょうがない、私が無理矢理でも」

 

「こ、来ないで!」

 

「え...」

 

 しまった、つい言葉が強く

 

「そ、そうか。寝起きに話しかけるのは、鬱陶しかったな...ごめんなさい、ここ数日汝のことばかり想っていたので、ついはしゃいでしまった」

 

「え、いやその」

 

「少し、外に出てくる」

 

「違うんだ、待ってお願い!」

 

 罪悪感が二倍!

 

 ああ、こんなはずじゃなかったのに、もうこれは駄目だ。見たかあの顔を?あんな悲しそうな顔をさせるなんて、夫として失格だ。

 

 出て行こうとする彼女の手を取り、必死に事情を説明した。普段は凛とした佇まいの彼女だが、振り返った姿は弱々しい少女の顔だった。その顔を見て再び罪悪感に襲われたのはいうまでもない。

 

「そう、だったのか...だが、少し妬けるぞ。責任は取ってくれるんだろうな?」

 

 そういうとアタランテは僕に向かって腕を伸ばした。僕はそれを黙って受け入れ、彼女の背中に手を回す。お互い隙間がないほど密着する、互いの体温がしっかりと感じられる距離。アタランテは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしている。

 

「汝の香りがする」

 

「あはは、そんなに臭う?」

 

 自分では分からないが、意外と加齢臭でもしているんだろうか。いや、この姿はまだ若い時のままだしそんなことはないと思うけど。子供に「臭い」って言われたらショックで寝込んじゃうかもなあ。

 

 アタランテは鼻を寄せて再び大きく息を吸った。

 

「私はこの香りが好きだ」

 

「......」

 

「暖かくて落ち着く....何より、あなたが生きていることを実感できる」

 

 参ったな、今日はずっと赤面しっぱなしかもしれない。彼女が発する言葉を聞くたびに心臓は飛び上がり、心は幸福感で満たされる。それは彼女も同じことだろう、今僕たちは思いを共有できているんだ。

 

「...もっと強く抱きしめてくれ」

 

「....うん」

 

 いう通りに彼女の体を強く引き寄せる。彼女は僕の胸に顔を埋め、心地よさそうにしている。抱き返してくる力も強くなり、これが僕に対する想いの強さだと思うと、より一層愛おしく感じた。

 

 だが、

 

「ーーーそれはそれとして、枕は捨てる」

 

 そうは問屋が卸さないそうで。

 

「...嫉妬してる?」

 

「違う」

 

「本当に?」

 

「...少しだけ」

 

 渋る僕を、じっと目を細め睨んでくる表情は内心かなり嫉妬していたことを示してるようで、なんだか笑ってしまった。

 

「あはははは!」

 

「なにがおかしい。早くそれを渡せ」

 

「いやあ、君が物に嫉妬するなんてね」

 

「私だって...嫉妬ぐらいする」

 

 この枕のことは非常に残念だが、彼女をこれ以上嫉妬させておくのも悪い。今回は縁がなかったと諦めることにする。

 

 それに最近は、君のことを想って待つということも楽しいと感じるようになってきたんだから。 

 

 手をこちらに向け、早く渡すように催促する彼女に枕を手渡すために持ち上げた。表面のアタランテと別れを告げる。

 

「まったく、これのどこがいいの...っ!」

 

「どうしたの?」

 

 なぜだか、みるみるうちに赤面していくアタランテ。そのうちワナワナと震え始め、どうやら怒りが込み上げているようだ。

 

 今彼女が見ているのは裏面。そういえば買ってから表面しか見てないからどんなアタランテが描かれているのか僕は知らない。

 

 これは後から知ったことだが、裏は過激だったらしい。その後のことはお察しのとおり。

 

 アタランテはしばらくこちらを見るどころか、口を聞いてもくれなかった。

 

〜Fin〜




登場サーヴァント

•メラニオス 食堂で赤い弓兵に慰められる姿が目撃される

•アタランテ あの絵を描いた人物は許さないと激怒する反面、自分はあのような表情ができるのかとドキドキ

•カルデア商会 刑部姫の協力のもと製作。がっぷり稼いだらしい。

•酔っ払いの魔王 儂の武勇伝聞けるとか、普通泣いて喜ぶはずなんじゃが、じゃが!?

•酔っ払いの虎 一人で飲むお酒はあまり美味しくありませんねえ


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短編 「男の浪漫」

 本編の業はこっちが全部請け負う。これでプラマイゼロ


 このカルデアには古今東西、様々な英霊が集う。

 

 武勇に優れた者、一国の王、音楽、芸術などが優れた者など十人十色。

 

 その中には当然、他の英雄に憧れた英雄もいる。

 

 ◇

 

「今日のお菓子は何かしら。わたし(アリス)とっても気になるわ」

 

「わたし達も!おとうさん早くちょうだい!」

 

「二人とも行儀が悪いですよ。こう言う時は静かに待っているのが常識です」

 

 おやつどき、この時間になると様々なサーヴァントが食堂に訪れる。まあ、主に子供達が多いのだが

 

 日替わりで、というか作る人の気分でおやつの種類は変わる。今日の担当はメラニオスのようで、どうやら色々な形のクッキーを焼いたみたい。誰かと分け合って食べることで楽しめると考えたようだ。

 

「はい、お待たせー。みんなは今日もお茶会かな?」

 

「ええそうよ!今日はフランスの王妃様もいらっしゃるの」

 

「それは凄い。僕も気合い入れて作った甲斐があるよ」

 

 ナーサリー、ジャック、リリィに手渡す。三人とも嬉しそうに受け取ってくれた。自然と彼も笑顔になってる。

 

 ジャックとナーサリーは、おやつを受け取るとすぐさま自分達の部屋へと駆け出していく。きっとお茶会の準備に忙しいんだろうね。

 

「そんなに急ぐと危ないよ!...はぁ...ん?どうしたんだいリリィ、君は一緒に行かないのか?」

 

 何故か一人残っている、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。

 

「えっと、そのお。う〜〜」

 

 もしかして何か言いたいことでもあるのだろうか?モジモジとして中々言えないみたいだけど

 

「どうしたんだい?」

 

 少しかがみ込み、同じ視線に立ち、しっかりと少女の目を見る。

 

 少女は何度か口籠った後、

 

「私、その、前よりも綺麗に名前書けるようになったんです。だから、今度は、他の字も書けるようになりたいから」

 

 以前、食堂で名前が字で書けないことをオルタに馬鹿にされてから、一人で名前を書く練習をしていたのを見かねたメラニオスが手伝ってあげたことがあった。その甲斐あってかリリィは無事に書けるようになり、他の字も書けるようになりたいと思ったようだ。

 

「その、また教えて貰いたいんです」

 

「勿論いいよ」

 

「本当ですか!これで、あっちの私に追いつけます!」

 

 そう言うとリリィは嬉しそうにしている。

 

「それにしてもリリィは上達が早い。いっぱい頑張ったんだね」

 

 そっと頭を撫でてメラニオスは微笑んだ。

 

 かつての聖女と同じように、熱心に勉強する姿が重なった。きっとリリィも彼女と同じように優しい子になるのだろう。

 

「はい!頑張ったんです!あっ...コホン、じゃ、じゃあまた教えてもらうと言うことで...お願いします」

 

 少し照れくさそうにお礼を言った後、リリィは二人の後を追いかけていくのであった。

 

 その姿を手を振って見送るメラニオス。

 

 さて、今日の当番はこれで終わり。そろそろ帰り支度を始めるようだ。

 

 そこへ、

 

「すまないメラニオス。少し時間を貰ってもいいかね?」

 

 食育の英霊エミヤに声をかけられた。

 

 彼は食堂部門のトップとして朝、昼、晩の食堂メニューの栄養管理などを仕切る、カルデアにとってオカンと言える存在なのだ。

 

 そして、食堂で働くメラニオスの上司でもある。

 

「なにさ改まって...残業は勘弁してよ、僕だってプライベートは大切にしたいんだ」

 

 このタイミングで声をかけられたということは残業、あるいはミスがあったなど面倒臭いことに違いない。顔を顰め露骨に嫌そうにする。

 

 しかし、エミヤの顔を見るにどうやら違うようだ。

 

「そうじゃない。少し手伝って欲しいことがあってな。なに、時間は取らない」

 

「?...まあ、いいけど」

 

 椅子に座らされ、何やら真剣そうな雰囲気に少し押される。

 

「実はある依頼を受けてね。君にも協力を仰ぎたいんだ」

 

「はあ...」

 

 少し前、エミヤはある英霊から依頼を受けた。

 

『すいません、エミヤさん。少し時間もらっても大丈夫っすかね?』

 

『ああ、マンドリカルド。どうしたのかね』

 

 何やら神妙な面持ちで話しかけてきたのはマンドリカルド。どうやらエミヤに頼みたいことがあるようで。

 

『実は、この前マスターからバレンタインチョコを貰ったんです。で、後から知ったんすけどバレンタインってお返しが必要なんすよね?』

 

『あくまで、日本を含めたアジア地域の文化だがね』

 

『うっす。で、俺からも日頃の感謝を込めてお礼をしたいと思って悩んだんすけど...その、中々思いつかなくって』

 

 誰しもその経験はある。

 

 相手が欲しいものが分かればいいが、いざ自分で選ぶとなると難しいものだ。

 

『だから俺が欲しかったていうか、失ったっていうか...その、デュランダルを模した何かを渡したいと思って』

 

 なるほど、自分の思い入れのあるものを渡すということか。

 

『それはいいと思う、しかし、私の手が必要とは思えないが』

 

『自分で作ってみようといくらかやってみたんすけど、中々難しくて...それで、その道のプロと言われるエミヤさんに是非製作を依頼したくきたわけなんです』

 

『ふむ。玩具であるなら、何とかなるだろう』

 

『本当っすか!』

 

『ああ、君の力になることを約束しよう』

 

『———ありがとうございます!!』

 

 そう言って彼は頭を下げるのだった。

 

「なるほど、話はわかったけど、別に僕は必要ないじゃないか。アンタだけで十分だろう」

 

「いや、他の者の意見も聞きたくてね。それに古今東西の英雄と関わってきた君の意見も聞きたい」

 

 皮肉かこの野郎と一瞬考えたがそんなつもりはなく、本心で言っているんだろう。

 

 だが、そこまでクオリティーを追求することだろうか?

 

「かのトロイア戦争においての大英雄ヘクトールが所持したとされるデュランダル。それを踏まえると生半可なものは作れない。それすなわち、至高の一品を作るのは当然の...」

 

「はぁ」

 

「私の真価が試されてると思うのだよ」

 

「つまり?」

 

「———オレも欲しい!!」

 

 思わずガクッと倒れ込みそうになる。

 

 そこに行き着くのか。大の大人がそれでいいのか.

 

 馬鹿じゃないの、と言い捨てるのは簡単だったが...

 

「———————————!」

 

 あんまりにも少年のようなキラキラした目で語っているので

 

「ふふっ、あはははは!」

 

 つい面白くて笑ってしまった.

 

「なっ、笑うことではないだろう!?」

 

「いや、ふふっ...らしい顔も出来るんだなって」

 

 彼の表情は、どこか気を張ってるものや、顰めっ面ばかり見ていたので少し新鮮に思えた。

 

「分かったよ。僕も出来ることは手伝おう」

 

「...本当か!」

 

「さ、設計図とか作ってるんでしょ?どうせならロマンめいた物作ってやろうぜ」

 

「ああ、当然だ。これが、今のところの設計なのだが...」

 

「へえ、流石だね...そうだ、剣のグリップ部分に細工して———」

 

「!、なるほどモードチェンジか。ならばここをこう組み込んで...」

 

「...そこに音声認識を」

 

「それは流石に———」

 

 二人はアイディアを出し合い、至高の一品を作り上げる。時には意見がぶつかるが、お互いのいいところを組み合わせたり、男のロマンを思いっきり積み込んでいく。

 

 ◇

 

「二人とも楽しそうですね」

 

「...ああ」

 

 その様子を少し離れたところから見守ってた、アルトリアとアタランテ。

 

 アルトリアは小腹が空いたので間食をもらいに、アタランテは帰りが遅いメラニオスの様子を見にきていたところ、談合する二人を目にした。

 

「ふふっ、まるで子供だな。あの二人は」

 

「ええ、あんな顔もできたのですね」

 

 二人の目線の先には楽しそうに玩具を作っている、赤毛と黒髪の少年の姿。

 

「...少し安心しました。私が知る二人は、どこか悲痛な顔をしていることが多かったですから」

 

 二人の少年にはしがらみはなく、本音同士で話すことができているようだ。

 

「だが、少し妬けてしまうな。たまにはその笑顔を見せてくれてもいいだろうに」

 

 その光景をしばらく、微笑ましげに見つめているのだった。

 

 ◇

 

 シャキーン!(武器の効果音)

 

 あのデュランダルがついにオモチャに!!

 

 武器を振るうと音が鳴るぞ!(シャキーン!ジャキーン!!)

 

 さらにグリップの部分を引っ張ると

 

 (グリップ部分が伸びて変形する)

 

 モードチェンジ!ドゥリンダナに変形するぞ!!

 

 そしてボタンを長押しで...

 

『標的確認、方位角固定...不毀の極槍(ドゥリンダナ)!吹き飛びなぁ!!』

 

 ヘクトールの宝具音声が鳴るぞ!!

 

 その他にも様々な機能がついてくるDXドゥリンダナ絶賛好評中!!

 




登場サーヴァント

・メラニオス バレンタインでアタランテからはハートのチョコを貰った。座に還りかけた。

・エミヤ 改良に改良を重ねてもはやオリジナルの面影が無くなってしまった。本人は満足げ。

・子供達 今日も元気いっぱい!リリィは名前以外の字を練習中。

・マンドリカルド 二本目も依頼中



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狩人と怪物 短編「嵐の夜に」

雷雨が降り注ぐ中、二人は暗い洞窟の中で夜を越すことにした。


 外の雨音が洞窟内に響く。

 

 旅の途中、突然の雷雨に見舞われ雨宿りできるところを探していると幸運なことにこの洞窟を見つけることができた。おかげで今晩は何とか凌げそうだ。

 

 轟音を上げ雷が鳴り響く。

 

 しかし今日は一段と酷い。もしかしたらどこかの誰かがゼウスを怒らせたのかもしれない...なんてくだらない考えが頭をよぎる。ああ、もちろん僕のせいじゃない、あの神に手を出すのは今の時点では部が悪い。それに、今は一人じゃないんだから。

 

「にしても明かりがないのは少々困るな」

 

 生憎のところ火をつける道具は持ち合わせていない。火種を起こそうにも湿っていて使い物にもならない。気温はどんどん下がっていく。このままじゃ命に関わる。

 

 けど問題はないのです。以前、鹿を狩った時に毛皮を剥ぎ取っておいた。この自然の毛布、大きさも十分でこれなら二人でも使うことができる...少し密着するけど、うん、明後日の方向でも向いておこう.

 

「アタランテ、毛布用意したからこっちおいで...アタランテ?」

  

 返事はない。

 

 この洞窟はさほど広くはない。数メートル歩けば奥にたどり着けるぐらい、まあ二人だけならちょうどいい広さだ。しかし、明かりもないので真っ暗。ここからでは彼女がどこにいるか分からない。

 

「アタランテ、どこ?大丈夫?」

 

 もう一度暗がりに声をかける。

 

「ここ、いる」

 

 か細い声が聞こえた。

 

 その声を聞いて安心する。良かった、姿は見えないけど確かにそこにいるようだ。

 

「そんな奥の方にいないでこっちこない?」

 

「.......やだ」

 

 思考がフリーズ。

 

 頭を切り落とされた時のように意識が一瞬断絶される。

 

 ...っ、あ...拒絶?あ、まって泣きそう。何か気に触ることでもしたのか、心当たり......心当たりしかない。こういう時どうすれば?...教えてよシドゥリ。

 

 何秒かその場で立ち尽くしてしまうが、このままではいけないと考えると自然に口から言葉はこぼれ出た。

 

「ごめん....そっちに毛布置いとくから使ってください。僕は入り口のところいるから」

 

 毛布を置いた後、悲しげな後ろ姿で入口の方へ向かう。

 

 ...今日は寂しい夜になりそうだ。雨は僕の心情を表すかのように一層激しく降り注ぐ。

 

「あっ、待って———きゃっ...!」

 

 光が視線をよぎる。

 

 その数秒後、先ほどとは比べ物にならないぐらいの轟音で鳴り響く雷。

 

 しかし確かに聞こえた小さな悲鳴。沈んでいた心なんか吹き飛び、すぐさま彼女がいると思われるところへ駆け寄る。

 

「ねえ返事をして!?できるなら僕の名前を呼んでみて!」

 

「うぅ...」

 

 啜り泣きのような声は聞こえるけど依然として彼女の姿は見えない。手探りで探してみるもなかなか触れることはできない。

 

 どうして気ばかり焦ってしまうのか。落ち着け、落ち着けよ、何も死の危険があるわけじゃない。ただ彼女は泣いていて、その涙を一刻もはやく拭いたいだけなんだ。

 

「———っ」

 

 その時、再び雷が落ちる。有難いと言っていいのか分からないが、光のお陰で彼女の姿が一瞬見えた。

 

 膝を両腕で抱え込み、震えながら隅にうずくまる彼女が

 

「...大丈夫?側に行ってもいい?」

 

「.....」コクリ

 

 返事はなかったものの頷いたのはわかった。そっと側に近づき隣に座る。

 

「おっと」

 

 すると僕は勢いよく彼女の方へ抱き寄せられてしまった。ここに僕がいるのを確かめるように思わず痛いと感じてしまうほど力強い抱擁。突然のことで驚いていると、彼女の頭が僕の首元へ埋められる。サラサラとした髪が肌に触れる度、くすぐったくて身を捩れさせてしまうも絶対に逃さんと言わんばかりに体を押し付けられる。

 

「大きい音とか光とか苦手?」

 

 片手で彼女の背中を抱きしめ一方の手で優しく頭を撫でながら聞くと彼女は小さく頷いた。

 

 悪いことをしてしまった。きっとこんな奥にいたのは雷の音を聞いて動けなくなっていたんだろう。もっと早く側にいてあげるべきだった。あいも変わらず雷鳴は響いてる。彼女の震えは少しは収まっているがこの様子じゃ、しばらくはこうしておくほうがいいだろうが、寒さで震えているのなら話は別だ。

 

「毛布...ああ、あそこに置きっぱなしだ。ごめんアタランテ、少し放してくれるかな?」

 

「やだ」

 

 より一層抱きしめられる力が強くなる。まだ、怖いのかな。不安がってるのがよくわかるけど、毛布があったほうがいいのでは?

 

 そう聞くと。

 

「いい、このままでもいいから....今は、そばにいて」

 

 その言葉で胸が高鳴るのがわかる。

 

 僕もこうしてるほうがいい。この状況を満喫するというのは気がひけるけど、とても心地よいから。彼女から伝わる熱が僕の体温を暖めていき、きっとこの熱も彼女に伝わってるだろうから。

 

 互いに存在を確認し合うように抱擁は強くなっていく.

 

「大丈夫。ここにいるよ、だから今日はこのまま眠ろう」

 

「...うん」

 

 彼女は安心したような笑みを浮かべて目を瞑る。そのうち静かな寝息も聞こえてくるだろう。

 

 夜はまだ長い、この嵐もしばらくは続く。それでも、今だけはこの状況を密かに楽しむとしようか。

 



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短編 復讐と怪物「お前を許さない」上

本当はfgo 編で書こうとしていたけど余り本筋に関係ないので供養させていただきます。

たまにはギスギスしてもいいかなって。時系列的には円卓編のちょっと前ぐらい。

ちなみにバッドエンドです。多分。


「よっと...これで最後かな」

 

 最後のニワトリを仕留める。

 

 カルデアの食糧庫の鶏肉はまだ十分あったと思うけど、まあ、あるに越したことはない。

 

「でも、聖杯から受肉したニワトリが溢れるなんて。これ食べてもいいのかな」

 

 回収した聖杯の誤作動か、それとも誰かの悪戯か。突如発生した異空間の中には鶏が溢れかえっていた。そんなわけで、聖杯の再回収と鶏討伐のためにここに来たわけである。

 

「あはははっ。まあ、原因はともかく...真っ当なニワトリならありがたくいただかなきゃ」

 

 そして、その回収に充てられたのが厨房組のブーディカと僕。本来ならエミヤが彼女と解決にあたるはずだったようがなにやら急用ができたらしい。そこで非番だった僕に手伝って欲しいと声をかけられたのだ。

 

「そっちも終わりましたか?」

 

「あらかた。悪いね、付き合わせちゃって」

 

「いえ、役に立てたなら何よりです。それに今日の献立も楽しみになりますから」

 

 あれだけ溢れ出していたニワトリもようやく打ち止めなのか、聖杯が出現したのちぱったりと消えてしまった。

 

 残った大量の鶏肉と聖杯。これを回収してカルデアに戻れば問題解決だ。

 

「でも珍しいですね。こういう問題にはマスターと一緒に解決するのが普通なんですが」

 

 今回はなぜかマスターは同行していない。

 

 相手は魔力により強化されただけのニワトリなので別に居なくても問題ないといえばそうなのだが。

 

「...うん、マスターに無理して言ったんだ」

 

 カルデアには様々な英霊が集う。夫婦や、かつての臣下。戦場で共に戦った者、殺し合った者。栄光の英雄、悲劇の英雄。

 

 そして、

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ———憎しみを抱く者。

 

「......」

 

 首筋にヒヤリとしたものがあてられる。

 

 彼女が腰にかけていた剣が今にもこの首を刈らんと握りしめられている。

 

「これはあたしの中にしまっとこうって思っていた...けど、うん、やっぱり無理」

 

 口調はいつもの様に穏やかだ。だが、その言葉の節々に憎しみの色が滲み出している。

 

「許せないんだ、君が笑っているのが...ごめんね。こんなの八つ当たりだよね、あたしの復讐は結局終わったことだもん。今更な話だもんねアンタたちにとっては」

 

 黙って話を聞く。

 

 僕から言えることは何もない。彼女の言い分は正しくて、そうされて当然のことをしてしまったのだから。

 

「でもね、いくら名を変えようが...容姿が変わろうが、魂が別物だろうが」

 

 このカルデアには様々な英霊が集う。

 

 中には顔を合わせたくないものもいる。彼女もそのうちの一人だった。

 

「あたし達はお前を...お前達(ローマ)を絶対に許さない———!」

 

 結局のところ、僕が悪いのだから。

 

 ◇

 

 あの時の僕は皇帝ネロの家庭教師として、そして軍人としてローマ帝国にいた。

 

 帝国をあてもなく放浪していたところをアグリッピナ...ネロの母君に拾われた。よほど気に入れられたのか、あの女には色々と融通して貰うことができた。特に今まで学など身につけてこなかったため、勉学に励めたのが大きかった。

 そのおかげで哲学や帝王学、兵法など新鮮な知識が手に入れることができた。その後、哲学者という地位も獲得し、それなりにこの生活を楽しんでいた。

 

 それから何年経っただろうか。勤めていた元老院を追放され、いよいよこの国ともお別れかと旅立とうとした時アグリッピナに呼び出され皇帝のネロの家庭教師にならないかと申し出があった。断る理由もなかったし、その皇帝が女性だと聞いていたので興味があったのもある。

 

「ほう、そなたが余の家庭教師か...てっきり腰の曲がった老人だと思っていたが意外だったぞ」

 

「あははっ、若作りが趣味ですから」

 

「む、意外と歳を食っているのか?まあ良い...そなたもとんだ貧乏くじを引いたよな。

 余は哲学———ましてや帝王学など興味はない。任について早々に荷物をまとめることになるだろうな」

 

「そうはいきません陛下。あなたの母君には恩がありますゆえ、あなたには立派な皇帝になっていただきます」

 

 最初こそは警戒されたよ。ネロは元々皇帝にはなりたくなかったようで、あの女に連れて来られた僕を信用するのは難しかったのだろう。

 

 ふと、彫刻が目に入った。

 

「あれは陛下の作品ですか?」

 

「うむ!余は指導者である前に優れた芸術家なのだ。どうだ?見事な作品であろう」

 

 確かに見事。

 

 薔薇のような...いや、異形の植物か。なんとも形容し難い作品だ。迫力だけはある。

 

「彫刻のことはよく分かりませんが...ぶっちゃけ微妙な出来ですね」

 

「な、なにぃ...」

 

「外の世界を知らず自分の世界に籠るから勘が鈍るのです。僕と一緒に見識を広めましょう」

 

「ふん。背が高いものは好かん!首疲れる!!」

 

「あはっはっは、皇帝陛下はまだまだお若い。身長のことでお悩みなら自身の可能性を期待すべきです」

 

「よっ...余の前で身長の話をするとは。ことごとく地雷を踏むなそなた。その様だから追放の憂き目を見るのだぞ!!」

 

 ただ一つ言えるのは彼女の才覚は本物だった...芸術はともかく。

 

「まあ良い、退屈凌ぎにはなる。貴様、名を名乗れ」

 

「僕の名は———」

 

 ネロが皇帝に即位してからの日々。彼女が示す改革は茨の道だったが次第に多くの人々に賛同された。彼女は民のため改革を続けた。芸術を愛し、人の手に余る程の贅を凝らす代わりに民の困難には惜しみなく手を差し伸べた。自分がこんなにも民を愛しているのだから、たみも自分の子を愛してくれると信じて。

 

「見よこの舞踏技を!見事な男装であろう!」

 

「そ、それが男装?」

 

「攻めも守りも完璧だ...余がデザインしたのだぞ。この舞踏技に合わせて赤い大剣も欲しいな、ああどんどんイメージが湧いてくる♪」

 

「舞踏...また劇をやるのですか」

 

「うむ!いま建築中の劇場が完成次第、余が長年暖めておいた創作劇を行う!余は至高の宝剣を掲げ神話に語られる黒き怪物を打ち倒した勇者の役だ。デウス・エクス・マキナより大胆な結末にするつもりだ!!歌も歌うぞ!」

 

「.....歌はやめた方が」

 

 しかし、ネロの改革をよく思わない者も当然居る。あの出来事はそれが原因だったとも言えるだろう。

 

 ネロと出会って数年が過ぎ、ある国との同盟の話が上がった。その国の名は「イケニ」

 

 ブリテン東部を治めたケルト部族の国であるイケニは度々ローマと衝突しており、じきに大々的な遠征を行うという話もあった。しかし、ブラスタグスという男が王になったことで、彼らはローマに交渉を求めた。

 

 その交渉役として、僕は何度か王のもとに訪れた。ブーディカと出会ったのもその時だ。と言っても挨拶を交わす程度の関わりだったが。

 

「我々はローマと同盟を結びたい。これを降伏と捉えていただいても構わない、私はただ妻や子、そして民が平穏に暮らせる国を築きたいのです」

 

 王は武力に優れており賢王でもあった。

 

 彼を弱腰の王だとなじる者もいた。帝国の強大さに気概を失い国を明け渡した愚か者とも。

 

「陛下も争いを望んでいる訳ではありません。共同統治という名目で、ローマ帝国はあなた方の後ろ盾となりましょう」

 

「おお!これはありがたい...恩にきます」

 

 けど、王の家族の愛は確かなもので、帝国に戻る途中に横目に見た王とブーディカ、そして二人の娘が笑い合う姿はどこか懐かしさを感じられるものだった。

 

 羨ましいとなぜか思ってしまった。

 

「後は総監であるスエトニウス殿に任せておきます。何かあれば彼に」

 

 ここで失敗した。

 

「はっ!イケニとローマに栄光あらんことを———」

 

 総監など通さず直接情報が耳に入る様にすべきだった。

 

 いつだって上手くいかない。人間の悪意より醜いものなどないのだ。

 

 数年後、ブラスタグス王の崩御が告げられた。だがイケニとの同盟が失われるわけではない。彼は亡くなる前に、あらゆる根回しをして土地や財産、名誉全てを娘が引き継げるようにしていた。

 

 これによりローマと共に共同統治は続いていく、はずだった。

 

「はっ、我がローマ帝国が貴様らのような蛮族と手を繋ぐとでも?しかも、その様に幼い女子に継承権などあるわけなかろう」

 

「何を!?この遺言状には...」

 

「ええい黙れ!貴様らの財産は全てローマ帝国のものとさせてもらう!!」

 

 あろうことかスエトニウスは独断でイケニの権利を奪うべく国に押し入りその全てを奪わんとした。

 

「このぉ...!卑怯者!!」

 

「———なんだと?」

 

 それは吐き気を催すような残虐な行為だったという。激昂したスエトニウスはブーディカを鞭打ちし陵辱の限りを尽くした。それだけで終われば、まだマシだったかもしれない。

 

「いやぁ!お母さん!お母さん!!」

 

「お願い...娘には、手を出さないで...」

 

「いやいや、母子ともに蛮族にしては美しい顔をしている。これは楽しめそうだ」

 

 彼女達の目にはローマはどう映っていたのだろうか。悪魔の様な笑みを浮かべながら近づいてくる彼らのことがどう見えていたのだろうか。

 

「そいつらはローマ帝国の奴隷だ。何をしてもいいぞ、何をしてもな」

 

「ヒュー、さすがはスエトニウス様だ。へへへっ、楽しませてもらうぜ」

 

「離せ!あたし達は!次期イケニの王だぞ!...やだ、やだぁ!来ないで!!」

 

「いやああああああああ!!痛い、痛い、イタイ!お母さん!!いギィっ!」

 

「話が違うぞ!あたしが抵抗しなければ娘達に手は出さないって...」

 

「ああ、そうだったかな?すまんなあ蛮族の言葉はちと難しいものでね」

 

「おかあさ...」

 

「っく...(許さない、許さない、許さない!!)」

 

 ブーディカは顔を覆うことも許されずその光景を目に焼き付けることとなった。

 

「ほら、よく見るんだ。娘達の晴れ姿だぞ?母親として誇らしいことではないか」

 

「うううぅ...(許さない、絶対に許すものか!!スエトニウス、あの男、皇帝、ローマを!)」

 

 こうして、復讐の女王は誕生した。ローマ帝国に復讐することだけが生きがいとなった女王は全てのローマを憎んだ。

 

 女王が反旗を翻し、近隣部族と結託し反乱軍を率いたと僕の耳に入ってくるのはこのしばらく後だった。

 

「立ち上がれイケニの戦士たちよ!もはやローマの悪行に付き合う道理はない。あたしは戦う!この国のために、傷ついた者たちのために!

 貴方たちも戦う理由を思い出して!あたしは一人の女として、女王としてローマに復讐する!!」

 

ーto be continuedー

 

 




本編を進めたいがあまり求められてないのか?少しだけ不安。とりあえずはやり切りたい。

後半は、まあ反響があれば書きます。


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短編 復讐と怪物 「お前を許さない」下

人間の悪意が一番醜いってお話。

主人公もだいぶ増えました。名前書いてないのも多いですが
■■、メラニオス、セネカ、ギルベルト、包帯の男、神父、弥助。うん、これで各特異点を対応できますね


 気づいた時には既に手遅れだった。復讐の炎が都市ロンディニウムを包み込む。

 

 当時まだ出来たばかりだったこの都市はローマの士官をはじめ、商人や旅行人などが多く滞在する活気のある商業都市であった。それだけにスエトニウスはこの都市を引き渡すことはしたくなかった。

 

 だが、

 

『突撃だ!ローマの血は一滴残らず皆殺しにしろ!』

 

『嫌...ッ、降伏したはずじゃアア゛ッ』

 

 チャリオットに乗った女王に引き連れられた反乱軍の怒りが民に向けられる。

 

『お、お願い...この子だけは...ゆ、許してください!』

 

『やだよお母さん!私だけ逃げられないよ』

 

『お願いします!どうか、どうか!お慈悲を!!』

 

『...恨むならローマを...いや、あたしを恨んでいいよ』

 

『アッ——』

 

 女も子供もなりふり構わず反乱軍は殺し尽くした。その時反乱軍の数はローマ軍の数十倍の規模にまで膨れ上がっており、ここで戦ったところで勝ち目はないと悟ったスエトニウスは誰よりも早く逃げ出した。彼はロンディニウムに住む市民等を犠牲にしたのだ。

 

『ブーディカ様。ローマ軍が撤退しました』

 

『そうか。なら残った者は殺せ、一人も残すな!』

 

 反乱軍は市民を奴隷や人身売買にかけるという選択は一切せず虐殺を続けた。ある者は槍で串刺しにされ、ある者は乳房を切り取られ、それを口に入れられ唇を縫い合わせられ窒息、ある者は内臓を引き摺り出され晒し者に。

 

 ——殺す

 

 ——みんな殺す

 

 ——ひと思いに殺す

 

 ——男も女も、子供も隷属の侮辱は与えぬ

 

 ——死だ、ローマという国に、ローマ人というものに

 

 ——すべてのローマに死を与えてやる

 

 こうして都市は次々と陥落。

 

 ああ、繁栄した美しい都市は何処に、何処に。

 

 ロンディニウムの陥落の知らせが僕の元に届いた時には既に手遅れだった。

 

「反乱軍...?」

 

「は、はい。既に数十万の兵力で次々と都市を陥落していると...」

 

「そんな話聞いてないぞ...して、首謀者は」

 

「イケニの女王ブーディカだと」

 

「———なんだと?」

 

 ブラスタグス王が崩御してからは二人の娘を共同統治者とすると約束を交わしていたはず。スエトニウスからはすべて滞りなく上手くいっていると報告を受けていた。なのになぜ、反乱など起こる?

 

「スエトニウスはなにをやっている!」

 

「現在ワトリング街道にて反乱軍を待ち構えているとのことです。こちらに援軍を要請しています」

 

「ネロは...陛下はなんと!?」

 

「そ、それが今日は一段と頭痛が酷いらしく、こちらの報告すら聞いていただけない状況で」

 

 事態は一刻を争った。このままでは反乱軍は街道を抜け首都に迫る。そうすればこのローマも憎しみの業火に包まれる。しかし、僕の頭には娘を愛おしそうに抱きしめる母としてブーディの姿が浮かんでいた。

  

 なぜ、なぜ、なんで。

 

 どうしていつも上手くいかない。今度こそは上手くいく、上手くいっていたはずなのに。

 

 そして僕は選んだ。

 

「...兵を集めろ。5000ほどでいい」

 

「はっ、それで将は誰が」

 

「僕が行く...それと兵には大楯とあの槍を持たせろ」

 

 ネロを、陛下を、ローマを守ることを選んだ。

 

 その戦いは平地で行われた。ブーディカ率いる反乱軍はおよそ10万、こちらはその十分の一以下。士気は十分だが相手の圧倒的物量に気押されている兵も多数いる。

 

 早馬で駆けつけた僕らをスエトニウス直属の兵士が向かい入れる。

 

「総監!ローマからの援軍が合流しました」

 

「よし...それで誰が、なっ!?」

 

 そこにはふんぞり帰っているスエトニウスがいた。なぜこの男はそこまで傲慢でいられる?

 

「スエトニウス殿、これは一体どういうことか」

 

「どういうことだと?...どうもこうもない!奴ら突然反旗を翻し、我がローマ帝国に刃を向けておる!見てわからぬのか!」

 

「だからどうしてこうなったかと聞いている。貴様が行った所業のせいではないのか?」

 

「し、知らん。そんなの出鱈目だ!」

 

 これが行ったことはこれの部下に聞いた。よくもまあ、独断でそこまで出来たものだ。そうまでして利益が欲しいのか。女、子供をなじってまで自分の利を優先するのか。

 

 少し問い詰めただけで泥を吐き出した。

 

「あの皇帝は我ら貴族を冷遇し、下民どもばかり目を向けている。それに解放奴隷だと...?ふざけるな!!そんなことをすれば、我らがより不利になるだけではないか!!」

 

「——————」

 

「あろうことか蛮族どもと同盟なぞ結びよって、なぜ我らがあの様な者共と手を繋ぐ必要がある!今に見てろ、ここで奴らを潰しt———がはっ」

 

「もういい。もう十分だ」

 

 ネロの改革は元老院など権力に固持するものには反対されていた。今回の反乱もそれが一つの原因だろう。

 

 もうこれには用はない。この戦いが終わった後、然るべき処罰を受けてもらう。

 

「凄い数ですね。軽く20万は超えている」

 

「僕らの十倍近くか」

 

「いけますかね」

 

「ここは両側の森が深く、見た目より狭い。あちらの数の利は生かせない」

 

 決戦の地となったワトリング街道は山峡に阻まれた地形をしていた。これによりローマ軍が囲まれる心配もない。つまり正面衝突する形になる。

 

「お母さん、あの軍。今までと違う」

 

「あれがローマの本隊...本物のレギオンというやつか」

 

 女王は既に戦況が見えていなかった。それが連戦の勝利によるものか、怨讐によりその目が曇っていたせいかは分からない。

 

「なんだっていいわ。数はこっちが圧倒してるんだ。蹂躙して、一人残らず殺してやる」

 

 勝利の剣を掲げブーディカは兵士を鼓舞した。

 

「突撃!アンドラスタは我らと共にあり!!」

 

「「オ オ オオオオオオーー!!」」

 

 一斉に突撃してくる反乱軍。女王もチャリオッツに乗りこちらを蹂躙しようと走り出す。

 

「...各班に通達。大楯を構え盾壁を築け」

 

「ハッ!」

 

投槍(プルム)用意....投擲!!」

 

 ローマ軍がとった行動は二つ。盾を構え相手を迎え撃つ。そして新たに開発された革新的な武器「プルム」を放つこと。

 

「くっ...投擲か。盾を上げろ!!」

 

「お、重ッ!」

 

「なんだこの槍!?抜けねぇ!」

 

 このプルムという槍は、穂の先が柔らかく盾に刺さると曲がり抜けなくなるという厄介な武器だった。

 

「重...ッ!」

 

「仕方ねえ!盾を捨てろ!突撃を続けるぞ!!」

 

 そのため、反乱軍の多くは機動力を失うか、もしくは盾を捨てた無暴力な状態で戦わなければならなくなった。

 

「くそッ、なんてでけぇ盾だ」

 

「押せええ!」

 

 そしてローマ軍は突撃してきた敵を盾壁で受け止める。密集して作られた防御陣形はいくら数の有利がある反乱軍でも突破することは敵わなかった。

 

「反撃開始!敵は無防備だ、存分に切り殺せ!!」

 

「おぐっ」

 

「刺せ刺せ刺せぇ!!」

 

「ギャッ」

 

「ダメだ!下がれ、下がれ!!」

 

「押すな!これ以上は下がれねえんだよ!!」

 

「前線はどうなってる!?」

 

「ひぃぃ殺さr...あ゛あ゛あ゛っ」

 

 こうして一瞬にして数千の兵士を失った反乱軍は袋の鼠状態となり、その命を一人また一人と刈り取られていく。

 

「お母さん、逃げよう!」

 

「逃げ...ッ?」

 

「早く立って!逃げなきゃ!!」

 

「でも!」

 

「ここは俺たちが!女王は生きてください!」

 

「....」

 

「お母さん!!」

 

 後に「ワトリング街道の戦い」と語られるこの戦いで死者数は、ローマ軍が約800人に対し反乱軍は80,000人に達した。敗軍の将となった女王ブーディカは戦場から逃げ出し、戦いはローマ軍の圧勝に終わった。

 

「女王は?」

 

「ハッ、娘と共に戦場から離脱したと報告が!」

 

「そう...この場は任せる。僕は少し用ができた」

 

 敗残兵の末路は生きたまま捕らえられ捕虜にされるか、最悪、陵辱され殺されるか。このままではあの家族も...まだ間に合う。他の兵に見つかる前に探し出してしまえば、まだ助けられる。

 

 そして、見つけた。

 

「お前は...。あの時の!」

 

 赤く輝いていた美しい髪は色褪せ、僕を見る目は憎しみで黒く染まっていた。

 

「女王、投降してください。今なら僕の権限で...」

 

「巫山戯るな!!我らを再び貶める気か!」

 

「ち、ちが」

 

「何が違う?夫はお前のことを信頼し同盟を結んだ...その結果がこれさ。裏であたし達を笑っていたんでしょう?」

 

 既に手遅れだった。女王もその娘達も僕が何を言っても憎しみの言葉で返してくる。近づけば殺すと、死にたいの体で抵抗する。

 

「ローマ、皇帝ネロ...あたし達の全てを奪ったお前達を恨む。死んでも忘れてなるものか...!」

 

 そうして懐から小瓶を取り出し、

 

「おかあさん...」

 

「ごめんね...一人にしないからね。あたしも一緒に逝くから」

 

「待て!」

 

 その中身を一気に飲み干した。

 

 それは自決用の毒だったのか、それを飲んだ娘達は眠るように息を引き取った。

 

「呪うぞ...いずれお前も、ローマもあたしと同じ運命を辿ることだろう」

 

 血涙を流し、娘達を抱きしめながらブーディカは死んでいった。“お前のせいだ“と恨み言を残しながら。

 

「ちが...ぼくの...ぼくのせいじゃ...」

 

 これでこの話はおしまい。

 

 女王ブーディカはローマ軍に敗れて自害。ことにあたっていた総監スエトニウスは責任を追求され罷免された。

 

「そなたまだ怒っているのか?あれは()()()()。議会で余を批判していた件も許すぞ。余は寛大だからな」

 

「...ではお暇をいただきます。僕は、少し疲れました」

 

「どこに行く?」

 

「あなたの手の届かないところへ」

 

「...そんな場所などないぞ...待て、本当に行くのか?

 待て!余にはそなたが必要なのだ!!待ってくれ、ひとりにしないでくれ!!———セネカ!」

 

 ◇

 

「あたしは結局のところ、全てを奪われたイケニの女王そのものとは違う。君だってそう、ただそっくり同じってだけの別人」

 

 終わったことをやり直すことはできない。

 

「ねえどうだった?王なき女王の異郷を蹂躙したりさ、辱めたり、奪ったり、殺したり———」

 

 なら償うことはできるのか?否、どうしようが無理な話なのだ。償うことができるのは生きている時だけ。

 

「あの時だって笑ってたんでしょ?あの平地で、あたし達が無様に死んでゆく様を見てお前は笑っていた」

 

 なら、僕はどうすればいいのでしょうか

 

「でも良かったよ、君もローマも酷い末路だったんだよね...少しはあたし達の気持ちわかってくれたかな」

 

 首に当てられた剣が首に食い込み始める。抵抗することは容易い、一瞬で無力化することも可能だろう。

 

 けど、僕はできない。

 

「なんで君が英霊としてここにいるか分からないけどさ、また裏切るのかな?あたし達を裏切ったみたいにマスターのことをさ」

 

 困った様に微笑みながら

 

「ねえ、答えてよ...答えろ!」

 

 霊器を変質させるほどの魔力を纏いながら問いかけてくる。

 

 答えなければ殺される。だから、僕は。

 

「僕、は...ただ『ブーディカさん?帰りが遅い様なので通信させていただきますが、何か問題でもあったのでしょうか?』

 

 カルデアからの通信。この声はマシュだろうか。

 

「...あはは、ごめんね。ちょっと休憩してたんだ、すぐ帰投するよ」

 

『良かった、無事解決したんですね...あれ?もう一人反応がありますが、どなたか同行されていたのですか?』

 

「ああ...うん。あたしがお願いして手伝って貰っていたんだ。

 そうだ、今晩のご飯楽しみにしていてね。お姉さん、腕に寄りをかけて作っちゃうんだから!」

 

『わあ!では、先輩と共にお待ちしていますね!』プツッ

 

 それで通信は終わった。

 

 いつの間にか剣は収められ、纏っていた憎しみの魔力も無くなっている。

 

「駄目だなあ、あたし。ごめんね、君に言ってもしょうがないのに」

 

「——————」

 

「でも、言っておく。ブリタニアのブーディカはお前達を許さない。永遠に」

 

 僕は、

 

「それで構いません...けど、今はまだ貴方に殺されるわけにはいきません。僕は、役目がまだありますから」

 

 本心からの言葉を話す。

 

 裏切る。それは分からない、けどやるべきことがまだある。どうであれ、僕の旅は続いて行く。

 

 一応は納得してくれたのか、彼女はいつもの顔に戻り

 

「...あたしはカルデアのあたしだ。よく似ているけど、どうしたって違う。だから———

マスターを裏切らない限り、あたしは君のことを容認する。許すわけじゃない」

 

「ええ」

 

「今のあたし達は、まず第一にマスターのサーヴァントだ。けど、いつか正々堂々、人理も何もかもちゃんと無事に済んだ後で名乗りを上げて——その首を刎ねてやるよ。怪物」

 

 そう笑みを浮かべて宣言するのだった。

 

~end~




ちゃんちゃんってね。正直、書いていて辛くなったので後半少し描写不足ですがご勘弁を。

次回の短編は「ヤンデレお虎さん」の予定です。虎と獅子、一体どちらが強いのでしょうか?ぐだぐだっとしたそんな話の予定です。

おそらく本編の方が先になると思いますが、見て頂ければ幸いです。



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短編 「注射は大人になっても怖い」

注射は痛いというか、痛すぎて逆に笑っちゃうタイプです。


さて、いよいよこの日がやってきてしまった。

カルデア中を逃げ回る子供系サーヴァント。それを捕まえようとする大人達。今日は予防注射の日なのだ、逃げ回る子供達の気持ちは痛い程よく分かる。

 

誰だって注射が好きな人など居ないのだから。

 

「嫌だったら、嫌です!サーヴァントに注射は必要ありません!

 

もっともな意見だ。

元来、僕たちサーヴァントは風邪や病気になることはない。だが、このカルデアではサーヴァントは簡易的に受肉している状態だ。もしも、というのもあるし、何より前例があるのだ。

 

「リリィ、大丈夫だから。すぐ終わるよ」

 

「嫌です!近づかないでください!」

 

「ゔっ...」

 

鋭い一撃。

こうも拒絶されると思わず泣いちゃう。

 

「そもそもワクチン自体が安全である可能性がないのです!それに、あの痛みと打たないリスクを比べれば当然前者。つまり注射しない方が正しいのです。はい論破!!」

 

随分と口が回っているが、つまり痛いのが嫌ということだろう。

けど、ここで引き下がる訳にはいかない。これも子供達のためなのだ。

 

「うーん、困ったなあ。このままじゃ、またオルタに揶揄われちゃうなあー」

 

「⁉︎」

 

「『え、なに、まさかアンタ注射が怖いの?はっ、やっぱりお子ちゃまね。格の違いを知りなさいな』って言われてもいいの?悪いけど、今回ばかりは庇ってやれないな」

 

「うぅ〜。でも、でもぉ」

 

まあ、リリィがここまで苦手ならあっちも多分...確かオルタの方はジャンヌが連れてくると言っていた気がする。

 

っと、噂をすればなんとやら。

騒がしい声がこちらに向かってくる。

 

「嫌、嫌よ!なんで私が注射なんか打たなきゃいけないのよ!?」

 

「安心して下さいオルタ()。お姉ちゃんが手を握っていてあげますからね♪」

 

「誰が妹か!変なルビ振らないでちょうだい!ああ、もう、離しなさいてっば、この!」

 

「ふんふんふー♪さて、着きましたよオルタ()。一緒に頑張りましょうね!」

 

「ちょ、アンタ力強すぎだって...え、嘘、もう着いたの?嫌、嫌よ!ひ、ひぃぃぃぃーーー!」

 

ニコニコ顔の聖女に引き摺られていく魔女。

悲しいかな、これが姉と妹の力の差なのです。

 

「...私、行きます」

 

覚悟を決めた目でリリィは言った。

人の振り見て我が振り直せとはまさにこの事か。ズンズンと医務室に歩んでいく。もはや僕の手など必要ない。彼女自ら進んでいく。

 

「今なら、あっちの私にマウントを取れますから!」

 

そう言い、彼女は医務室へと入っていった。

うん、やっぱり子供の成長というものは良いものだ。

思わず涙が滲むが、これは悲しみからではなく嬉しさからである。

 

「うわーーん!やっぱり痛いですーーー!」

 

頑張れリリィ。たとえ未来が変わる事ないとしても、努力し続けるのだ。

 

 

とはいえ、ここからが本番である。

子供達の番が終われば次は我々大人なわけでして。

 

「やだなあ、痛いんだろうなぁ」

 

憂鬱だ。

歯医者も大概だが、注射もどうかしてるぞ。なぜ、体内に鋭い針を刺さなきゃならないんだ。しかし、子供達に打たせた手前、逃げるわけにはいかない。

 

自室にアタランテを呼びにいく。基本的にあいうえお順で順番が来るのでアタランテは割と最初の方なのだ。それに一緒に行った方が手間が省けるだろうし。

 

「アタランテ、僕らも行こうk...何やってるの?」

 

扉を開けるとそこには毛布で全身を包んだアタランテ。こちらが声をかけるとビクッと肩を震わせる。

 

「な、ナンノヨウダ」

 

「注射の受付がそろそろだから一緒に「私はもう打った!」...本当?」

 

えらく食い気味に答えられた。

そんなはずはない。何しろさっき受付が始まったのだから。

 

「そ、それは...こ、子供達と一緒に打ったのだ!だから私は行かない、行かないからな!」

 

「そうなの?ならまあ良いけど」

 

うーむ、困った。なら1人で行かなきゃならないのか。

はぁ、心細いなあ。

 

なんて、思っていると放送が流れてきた。

 

『アタランテさん。アタランテさん。まもなく予防接種のお時間です。医務室までお願いします』

 

「「......」」

 

受付案内の放送だったようだ。

これはもう言い逃れは出来ないな。アタランテの方を見ると顔まで毛布を被り、その隙間からこちらをキッと睨みつけている。絶対に行かないと言わんばかりだ。

 

「ほら、観念して」

 

グイッと毛布を引き剥がそうとするが力強く被っているらしく引き剥がせない。むむむ、かくなる上は、

 

「ひゃっ!?」

 

毛布ごと抱き上げるしかあるまい。少し照れ臭いが、この際やむ負えない。

彼女は突然のことで吃驚したらしく体をジタバタとさせているが、それで離すほど柔じゃない。

今の僕は楽しさ半分、焦りもあるのだ。このまま待たせてしまうとあの看護婦が突貫してくる予感がする。生前と変わりないというかさらに悪化しているとは、これだからバーサーカーは苦手だ。

 

「わ、わかった!わかったから下ろしてくれ。これは、その、流石に恥ずかしいから

 

毛布から顔を出した頃には既に真っ赤っか。まだまだ、その顔を拝んでいたいが仕方ない。

彼女の手を引き、医務室に向かおうとするが、そう上手くは行かないようだ。

 

「どうしても行かなきゃ駄目か?」

 

「駄目」

 

「むぅ...その、今日は予定があるのだ」

 

「なら明日にしてもらう?」

 

「あ、明日も予定が...できる気がする」

 

「おっけい。じゃあ行こうか」

 

気持ちは分かる。僕も一度やらかして聖堂教会に捕まった時は散々な目にあった。彼ら僕を実験動物としか思っていないのだもん。注射やらメスやらで身体中をいじくり回すんだから、死ぬかと思った。

とはいえ埒があかないのでこのまま連行させてもらう。アタランテは縋るような目で訴えかけてくるが、屈するわけにはいかない。

 

「うぅ...」

 

「僕は君が病気で苦しむ姿は見たくないんだよ。できれば二度とね。」

 

あんな姿を見るのはもう勘弁だ。君にはいつも健康でいてほしい。

 

「...なら、手を握っててくれ」

 

「わかった」

 

「あと、できれば抱きしめてて欲しい」

 

「...善処するよ」

 

ようやく医務室に向かえる。

正直、逃げ出したいなあ。

 

 

「お、終わったか!?」

 

「まだ消毒しただけです」

 

アタランテは僕の膝の上に乗り怯えながらもその瞬間を待っていた。見てるこっちも怖い。ここに彼女がいなかったなら僕は逃げ回ってるだろうな。

 

「では、力を抜いてください」

 

「〜〜〜〜〜〜!!」

 

そんなに針を凝視しては抜けるものも抜けないだろうに。

 

「ほら、僕の目を見て」

 

「?」

 

「そう、大丈夫。痛みなんて一瞬さ」

 

頭を撫でながら安心させるように声をかける。力さえ抜いておけばどうということない...らしい。

 

「はい、終わりましたよ。しばらく手で押さえておいてください」

 

「お、終わってみれば大したものではなかったな。うむ!」

 

胸を張って答えるアタランテ。できれば最初からそうして欲しかったが。

さて、これで終了。とっとと部屋に戻ろう、うん、そうしよう。

 

「ミスター、次はあなたの番です。さあ、座ってください」

 

だめでした。

扉に手をかけた瞬間、引き戻されてしまう。

 

「奥様はやり遂げました。次は貴方が頑張る番よ」

 

「...はーい」

 

そう言われてしまっては逃げようがない。

大人しく腕を差し出す。

 

そういえば他にも注射をしている人もいるようだ。少し耳を澄ませてみよう。

 

『ふんっ!』バキッ

 

『ガウェイン卿、いい加減力を抜いてもらえるかい?注射針は無限にあるわけじゃないんだ』

 

『くっ、申し訳ありません。頭ではわかっているのですが、いざ肌に針が触れるとどうしても』

 

『いいですか?リラックス、そう深呼吸して...よし』プス

 

『ふんっ!!』バキッ

 

...脳筋 is power

 

『身体に針を刺すなど正気ではありません!』

 

『ランスロット卿、後がつかえてますので』

 

『離していただきたいベディヴィエール卿!わたしは断固拒否する!』

 

『...マシュ殿が見ていますよ』

 

『はっ!?』

 

『ジーーーー』嫌悪的視線

 

ススススー

 

『———さあ、一思いにどうぞ』

 

『まったく、トリスタンを見習ってください...トリスタン卿?もう注射は終わって...気絶している!?」

 

...彼らと一緒にされたくないなあ。

 

意識を前に向けよう。

ひんやりとした物が肌に触れる。いよいよ消毒が終わりお注射の時間がくる。

 

「大丈夫だ。汝にはわたしが付いているぞ!」

 

あははっ、さっきと立場が逆転してしまったなあ。でも、安心する。

 

「では、力を抜いて」プスッ

 

「———痛っ!」

 

けど、痛いものは痛いのだ

 




登場サーヴァント

彼 注射は少しトラウマ

アタランテ 子供達の前ではしっかりとしたお母さん。

ジャンヌ家 違う、僕は弟じゃない。兄でもない。

円卓‘s ベディはアルトリアに手を握ってもらいながらしたらしい


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短編 虎とヒト「今夜は月が綺麗ですね」①

ノッブと弥助の関係性

「(わしの周りちょっとアレな奴多くない?)」
『ノブナガ様!ノブナガ様!ささっ、それがしが草履を暖めておいたでござる!そしてどうかその草履をそれがしにぶつけて頂ければ!!』
『信勝はいつだって姉上の味方でございまする!子供の頃のようにまた、面白おかしく遊びましょう!姉上を理解しているのはこの僕だけなんですから!!』
『信長公!信長公!貴方は私の、私だけの光なのです!この光秀だけが信長公の理解者。私以外の者にできるはずがない!!』

「弥助、わしにビンタされたらどう思う?」
「はあ?...しばき返しますけど」
「そっか〜〜」




その目はいつまでも、虎を見ていた。幸せそうに胸に顔を埋め、自らのものだと誇示するように強く抱きしめる虎を。命の炎がきえ、虚いでいく目で、いつまでも、いつまでも。

 

虎は気づいていなかった。男が朽ちていくことに、取り返しのつかないことをしてしまったことに。

 

その後のことは誰にも分からない。ただ事実として、その日、二人の人間が死んだことは確かだった。

 

 

ある日のこと、ボイラー室に一人の狩人が訪ねてきた。

中に入れば黄金が散りばめられた異様な光景が目に入る。この光景に一瞬たじろいだものの彼女は意を決し、ある人物を呼んだ。

 

「んあ?なんじゃ弥助のとこの...ああ、そうじゃった今は名が違うんじゃったな。まあそう睨むではない。して何用じゃ?」

 

そう、自分が知らない彼を知る日本の英霊である織田信長。彼と関わった英霊の一人である。

 

ことの発端は、自分の夫を度々訪ねてくるあの日本の武将。名を長尾景虎と言ったか。二人の関係は知ったことではないが、頻繁に夫を酒の席に連れ込もうとし、彼も断ればいいのに結局絆されその席に参加するのだ。

 

それが気に食わなかった。

 

狩人は問うた。

 

「あの軍神とあやつの関係?ふむ、それにはまず、わしと弥助との出会いから。え、そこはどうでもいい?そっかー」

 

御託をいくらか並べながらも信長は語りだした。

 

 ◇

 

さて、どこから話すか...あの頃の儂はお上の怒りを買っておっての、周りは敵だらけ一世一代の大ピンチで困ってたわけじゃよ。てことで、どこかの国と同盟を組もうという話になり、白羽の矢が立ったのが越後の上杉家。

 

越後の龍なんて言われとってぶいぶい名を馳せとった上杉家の力があれば対抗できる。で、儂が誠心誠意書いた手紙を送ってもらおうと、弥助に命じたのよ。

 

「書けた!書けたぞ弥助、どうじゃ!わし渾身の一筆は!」

 

「———よくもまあ、こうつらつらとお世辞が出ること。下手に出ることに関しては天才的ですね殿は」

 

「うははは!わしにかかればこの程度の諂いとか楽なものよ」

 

「褒めてないですけど...この程度の使い、秀吉殿に任せればいいのでは?あの猿、功績が欲しいようですし」

 

「それも考えたんじゃが、てか猿に対して当たり強くない?そんなことない?...まあそれは置いといて、最近は戦場に出てばかりじゃろう?少し休暇のつもりでこの任を当てようと思うのだ」

 

ぶっちゃけ奴には戦場に出てほしくなかった。死んでほしくなかったとか、そういう情があったわけではない。

あの時のあやつはどこかネジが外れておった。特に勝蔵めと組ませた時は酷いもんじゃったぞ。

 

『よっしゃ、足軽は10点、女子供は3点、大将首は100点ってとこか?』

 

『女子供はご勘弁...そういうのは好きじゃない』

 

『へっ、相変わらず甘ちゃんすぎやしねえか?あんま腑抜けてんと後ろから刺し殺すぜ』

 

『なんとでも言うといい。死ぬなら本望だ。

それに、戦場でいちいち数なんて覚えてられないよ』

 

『あー、じゃあいつも通りにするしかねえなあ』

 

『「敵味方なんか関係ねえ、首を多く取った方が勝ち」」だな』だね』

 

わしですら引いてしまったぞ。戦が終わって報告に来るかと思っとたら全身血まみれで現れるんじゃから。手負いなのか聞いてみたら、これは返り血だ、とか笑顔で抜かしよるし。

 

その有り様を見ていた兵どもはよく分からんこと喚きながら帰ってきて使い物にならんくなるわで散々じゃった。誰も味方までSAN値直葬までしろとか言ってないんじゃけどな。

 

「つまり殿は、休暇ついでに死んでこいと申すわけですか」

 

「誰もそんなこと言っとらんわ!死にたがりも大概にせい。

これでもわしはお前を信頼しておる。桶狭間で勝てたのもお前の知略のお陰じゃった」

 

「帰蝶様に恩を返しただけです」

 

「ならば今回も同じことよ。織田家と上杉家を結び、恩を返して見せよ」

 

「...はっ」

 

そうしてあやつは上杉家に同盟を結びに行った。

まあ、わし自らの直筆の手紙を持たせてたわけじゃし?上手くいくのは目に見え取ったがな!

 

わしの考え通り、あやつは五体満足で帰ってきた。若干、げっそりしとったのは気になったが些細のことよ。

 

「よくやった弥助!これでひとまず落ち着けるじゃろう」

 

「まあ、はい」

 

「どうした?さては、あの龍に何かされたか」

 

「...同盟の条件に定期的にもってこいと」

 

「なんだ、声がちっそうてよく聞こえん。はっきり申せ」

 

「僕の、秘蔵の酒を、定期的にもってこいと...くっ」

 

どうやら交渉の際に振る舞った酒が大層美味かったらしく、えらい気に入られたようでな。あの時の弥助の顔は今でも覚えとるわ。

 

「殿の手紙が謙るにも程があったんです。それで酒を振る舞ったらぐびぐび飲まれて...チビチビ飲むのが好きだったのに」

 

「...是非もなし!!」

 

「どの口が言うんですか!」

 

まっ、そんなこんなで同盟は締結され、弥助は月に何度か上杉家まで足を運んだ。最初は渋々と言った感じじゃったが、時が経つにつれ景虎めのところに行くことを楽しみにしとるようじゃった。

 

 

「わしが語れるのはこのぐらいじゃ

...ん?それで二人はどうなったかとな?」

 

信長は数刻の間何かを考えるそぶりをし、やがて口を開いた。

 

「あれは桜が咲き誇った日だったか。

いつも通り弥助は景虎の元に向かい...それっきり帰ってこんかった」

 

景虎の享報が届いたその日から彼が再び信長の前に現れることはなかった。

真相は本人達にしか知り得ない。あの日あの晩、一体何があったのか。

 

アタランテは勢いよく部屋から飛び出し、彼の元へ駆けていくのだった。

 

「...獣に好かれやすいのも難儀なものよな」

 

続く?

 




百年戦争時のフランスで魔女裁判にかけられそうになり宣教師に紛れこんんで逃走。日本に訪れた際に帰蝶に気に入れられ織田家に仕えることになったのかもしれないし、
平安時代ごろに鬼の一員として暴れたが、源氏や陰陽師に敗れ石に封印された後、数百年後に偶然通りかかった帰蝶に封印を解かれその案を返すために織田家に仕えているのかもしれない。

需要があれば書いていきたいと思ってる


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虎とヒト「今夜は月が綺麗ですね」③

季節が巡り、紅葉が赤く染まった頃。

私達は月を肴にしながら酒盛りを楽しむ。

 

どうやら少し酔ってしまったらしい。だから、それを口実にいつものお願いをするのだ。

 

「...少し膝を貸してもらえますか?」

 

彼の膝に頭を乗せ、そのまま寝転がる。上を見上げれば私を見つめる彼の顔がある。

 

「(うぅ、やはり気恥ずかしい)」

 

思わず目を逸らしてしまうと、彼はその様子を可笑そうに笑いながら優しく頭を撫でてくる。ひんやりとした冷たい手が肌に触れるたび熱った顔が冷やされ心地の良い気分になる。

 

「(少しぐらい照れてくれればいいでしょうに)」

 

もしかして慣れているのだろうか。考えてしまうと何故か胸の当たりがズキリと痛む。

けど、今は私のものだ。彼は私だけを見ていてくれている。

それだけで今は満足なのだ。

 

「その、其方はどういった女子が好きなのでしょうか?」

 

その場の空気に酔ってしまったのか、思わずそんなことを尋ねてしまった。

また、熱くなった顔を手で覆う。なぜだろうか、今までこのような気持ちを抱いたことはなかったのに。

どうやら私も人並みの女であるようだ。

 

「そう、ですね...」

 

彼は暫し考えた後、困ったように答えたのだ。

 

 

「たのもーー!」

 

「はっ、はいぃぃーー」

 

彼が帰った後、私はすぐさま行動に移した。

 

「むっ、これは似合ってるのでしょうか?」

 

「え、えぇ。とてもお似合いですよ。景虎様」

 

まずは国一番の着物屋で着付けて頂きました。

こういった女子らしい格好はしたことがないため自分ではよく分かりませんが、形から入るのが大事だと思うのです。

 

ですが、慣れないことをするのは難しいものですね。

 

『強いていうのであれば...女子らしい方、でしょうか?』

 

彼が言った理想の女性像、それは私と真逆の存在だった。

酒を阿呆のように飲む私はどんなに大目に見ても彼の言う女子には見えぬだろう。まあ、最近は彼に言われて自制するようにはしているのだけれども。

 

女子らしい、といえば可愛らしい着物という単純な考え。ですがこれだけでは足りません。

かといって今さら立ち振る舞いを正すのも中々苦労というもの。

ならば...料理を。自らの手料理であれば、喜んでもらえるのでは。

とは言っても自ら台所に立つなどしたこともありませんし...私でも作れそうなものとなると、さて。

 

「餅、ですかね」

 

小さい頃、姉君がよく作ってくれたものだ。甘いものはあまり食べない私ですが、あの餅だけは不思議と好きなのです。合戦の前に料理番に作らせ兵に振る舞った事もあったか。

あれなら、私も。

 

「そうと決まれば、早速用意しなければ」

 

家臣たちが戸惑いながら右往左往していますが、知ったこっちゃありません。

私がやりたいからやっているんです。

 

ですが、

 

「ふふふっ...あははははははは!!」

 

いやはや、我ながら何をしているんでしょうね。可笑しくて、可笑しくてつい声を出して笑ってしまいます。

最近の私はもしかすれば壊れてしまったのかもしれません。

誰かのために着飾り、誰かのためを思い料理を作るなど!

こんな初めてで不思議な経験をし、こんなにも心が躍るなど!

 

「毘沙門天よ。私は今、初めて人間らしいことができているのです...そうは思いませぬか」

 

 

...モグモグ...モグ...モグモグ

 

私が作った餅を頬張る彼。

紆余曲折ありましたが、味には特に問題なく作ることができたと自負できます。

 

「どうでしょうか...?」

 

反応を伺う。

やはり何か言ってくれないと不安になってしまう。ひょっとしたら甘い物は苦手だったのだろうか?

そんな不安をよそに彼はごくんと喉を鳴らし飲み込み、私の目を見て言った。

 

「うん...とても美味しいです。景虎殿が作った物だからでしょうか、今まで食べたどんな餅よりも美味しく感じます」

 

一つ、また一つと手に取り口に入れてゆく。頬張るたびに笑みを浮かべながら。

 

「...知りませんでした、誰かに喜んでもらえるのがこんなにも嬉しいことだなんて」

 

「何か言いましたか?」モグモグ

 

「いえ、なんでもありません。

ささっ、私に構わずどんどん食べてください」

 

彼の笑顔を独り占めしたいのは我儘なのだろうか。ずっと側で、私に、私だけに、その笑顔を向けてほしい。

そう思ってしまうのは駄目なのでしょうか?

 

 

一つ、また一つと餅を口に頬張る。

味はよく分からない。仄かに甘みがある...というぐらいしか言い表すことが出来ない。

ただ、彼女が丹精込めて作ってくれたということは伝わってくる。

 

「とても美味しいですよ」

 

そう答えると彼女は気恥ずかしいのか視線を背けながら、それでも満足そうに笑っているのだ。

 

「(何が人が分からないだ。今の貴方は誰よりも人らしいじゃないか)」

 

いつにもなく着飾っていた彼女の姿はこの月夜の景色に溶け込んでおり、まるで天女のようだと錯覚してしまう。

“とても美しく、そして可愛らしい“、そう告げるといつものように顔を赤く染め、顔を背ける。

 

神の化身と敬われ畏れられてきた貴方。

人を知りたい、理解したい。そう嘆いた貴方に少しだけ同情したのです。

 

「一つ我儘を申してもいいでしょうか」

 

「僕にできることでしたら」

 

誰かを思い、誰かの為に祈る。それを人と言わずしてなんと言えばいい。

 

「これからは、お虎と...呼んで、欲しいのです」

 

最初から答えは出ていただろうに。

 

ああ、君が羨ましかった。

それゆえ、干渉し過ぎたのかもしれない。

 




結局のところ彼が景虎に抱いていたのは、妹に向けるような家族愛のようなものに過ぎなかった。

もしよろしければご感想など頂けましたら嬉しいです


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HappyHalloween

短編の彼と本編の彼は別物。
辿ってきた√が少しばかり違うのです。だから、はっちゃけてるのも問題ナッシング


「「「trick or treat!!」」」

 

今日はハロウィーン。

様々な仮装をし子供たちがお菓子をねだりにくるという、大人たちにとってはとても忙しい1日となるが子供にとってはお菓子を貰うことができる夢のような1日になるだろう。

 

「Happy Halloween、楽しいハロウィーンを」

 

そう言って子供たちに手作りのお菓子を配る。

受け取った子供たちはお礼と喜びの声をあげる。

 

「わー、ありがとう!!」

 

「ふふっ、喜んでくれて何より。でも、食べ過ぎちゃあ駄目だよ。じゃないと怖ーい看護婦に怒られちゃうからね」

 

「うん!」

 

足早に次の標的を目指す子供たち。まだまだお祭りは続くようだ。

 

さて、ハロウィーンとあってか子供達もだが、大人の方も個性あふれる仮装をしている。

簡素なものから、思わず二度見してしまうほどの過激なものまで、多種多様なものだ。

中でもフローレンス...婦長のは酷い。

 

『ハロウィンには危険がつきもの!我々医療班も厳戒態勢で見回りをするべきです。もちろん雰囲気を壊さないように』

 

君の衣装が最も危険だ。

なんでそんな破廉恥な衣装で歩けるんだ。鉄仮面にも程がある!

みろ、すれ違う男はガン見してるぜ!?少しは恥じらう気持ちを持った方がいい!

 

一部サーヴァントの暴走はあるが大体は平和だ。

 

「あら、騎士の仮装かしら似合ってるわね」

 

「...でしょう?」

 

僕はというと、霊器を一段階切り替えた姿である騎士の格好で出歩いている。

本当は僕自身に戻ってもいいんだけど、流石に泣かれるのでやめておいた。

これも一応は仮装といってもいいだろう。名まで変えないといけないのは面倒ではあるが。

 

とりあえず、手持ちのお菓子を配り終えてカルデア中をぶらぶらしていると

 

「くっ...我々は一体どうすれば...!!」

 

何やら騒がしい声が聞こえた。

どうやら、円卓組の部屋のようだ、

 

「なんという...!!」

 

「まさか王があのようなお姿に...」

 

「またしても、お一人で苦渋の決断を下したというのですか..!」

 

一枚の礼装写真を囲み何やら嘆いている円卓の騎士たち。

 

誰が言ったかどすけべ礼装(ロイヤル・アイジング)

煌びやかなドレス、そしてほんのり透けて見える黒い下着。雪のような衣装に身を包んだアルトリアの写真。

ほのかに染まった赤い頰がまたしても、グッとくるものがある。

 

「———何を悩んでいるんだい」

 

「はっ、その声は!?」

 

「王の歩む道の後ろに従うというのが臣下というもの」

 

彼らの前に現れた一人の男。

 

「「「ギルベルト卿!!」」」

 

よし決まった。

しっかりと決めポーズを決め登場する。

 

女性を語る会の仲間、そして元同僚たちが困っているなら手を貸さない訳にはいかない。

おっと、どの口が言いやがるってのは禁句ね、心は硝子だから。

 

「しかし、一体どうする?」

 

「決まっている」

 

勢いよく、着ていた鎧を脱ぎ去る。

そしてその下に来ていた本当の仮装が姿を現した。

 

「そ、それは王と同じ...」

 

即席で作ったロイヤル・アイジング礼装(サイズぴったり)

もはや恥もプライドもない。

 

「ふっ、勿論君たちの分も用意している」

 

彼らの目の前に差し出す。

一瞬神妙な面持ちになったものの決断は早かった。

 

「感謝します、ギルベルト卿!

こうしてはいられません」

 

鎧を脱ぎ捨て衣裳に身を包む馬鹿ども。

この場に四人の怪物が揃った。

 

「さあ、我らも王に続きますよ!」

 

各々ポージングを整える。

全ては王のため。その顔に一切の曇りなし。

王の待つ会場に足を運ぶためドアを開けた、

 

その瞬間、

 

一閃せよ———(何やってるんですか)

 

彼らの目の前が光り輝いた。

そこに立っていたのは円卓唯一の良心。

 

銀の腕!!(この馬鹿どもーー!!)

 

「「「「ぐわああああああああ!!」」」」

 

銀の腕の騎士、ベディヴィエール卿。

彼により、ハロウィンの怪物たちは打ち倒された。

 

「急患ーーー!!急患でーす!!」

 

 

「何があったのだ...!?」

 

「い、いや〜〜、あははは」

 

アタランテがあらかたお菓子を配り終え、帰った時目にしたのは包帯にぐるぐると身を包まれミイラ男となった夫の姿だった。

お仕置きを食らった円卓たちは医務室に搬送され、各々治療を受けた(お説教付き)

 

「大袈裟に治療されただけだからさ」

 

「はぁ...羽目を外しすぎだ汝は。また問題を起こしたのだろう?」

 

「うっ...」

 

包帯を取りながら呆れたように言うアタランテ。

正論なので反論はできない。

 

包帯が外され、いつもの自分に戻る。

 

部屋に入り、今日の出来事を語り合った。

 

「子供達、すごい喜んでいたよ」

 

「ああ、一緒に作った甲斐があったな」

 

一人で用意するのもアレなので、夫婦の共同作業ということで一緒に手作りのお菓子を作った。苦労した甲斐もあってか大好評のようで、こちらも嬉しい限りだ。

 

本当にハロウィンという行事はいいものだ。

怪物である僕でも彼らに混じって心置きなく参加できるのだから。

 

「そういえば言い忘れてた、その仮装、すごく可愛いね」

 

「そ、そうか。あまり派手では無いのだが」

 

「それぐらいがちょうどいいんだよ」

 

アタランテは申し訳程度の白い布を被ったお化けの仮装といったところか。

欲を言えば、もっと派手なものを期待したのは言うまでもないが、その場合は部屋から一歩も出すことができないのでこれでいいのだ。

 

「あ、あまり見てくれるな...恥ずかしいから」

 

「そういうとこが好き」

 

「なっ!?...うぅ」

 

反応が面白くてつい揶揄ってしまう。

うん、そのむすっとした顔も可愛い。

思わず頭に手を乗せ撫でてあげると、擽ったそうに身を捩りながらも満更でもなさそう。

 

ひときしり楽しみ、彼女の可愛いさに満足したあと、そろそろ寝るかとアタランテに背をむけベットに向かう。

 

「ん?」

 

すると、キュッと袖を引っ張られた。

どうしたのかなと後ろを振り返ると、

 

「が、がおー」

 

「....」

 

可愛く両手を上げ、こちらを威嚇するようなポーズをとっているアタランテ。

その姿が可愛過ぎて呆気に取られてしまう。

 

「今日はハロウィンだからな、trick...その、イタズラだ!」

 

少し照れたように頰を染め、そして、してやったりと胸を張るアタランテ。

 

「「ぷっ...ふふっ...あはははは!」」

 

なんだか、可笑しくって二人で笑ってしまう。

うん、いい。凄くいい顔だ。

悪戯されるのもたまには良いものだ。

 

そう言えば、これも言い忘れてたな、

 

「...Happy Halloween、アタランテ」

 

 




本編の彼はどんなに頑張ってもこんな風に遊ばない。料理も作らないし、マスターに懐くことはない。他のサーヴァントとの相性も基本最悪。
ただ、アタランテの為と行動する。

よかったらご感想や評価を頂けると嬉しいです。


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虎と怪物「今夜は月が綺麗ですね」④END

4に回ということで

先日、水星の魔女を視聴していたら推しが死にました。いや、死んでないと信じていますがガンダム、そして強化人間の運命的に...いや、ワンチャン仮面つけて帰ってくるか?
なんにせよ許すまじサンライズ!お前ら人の心とかないんか?


私は気がつけば彼が来るのを心待ちにするようになりました。

今日は来るだろうか、来てはくれないのか、なら明日はどうだろうか。

 

「お久しぶりです。

今日も随分着飾っているのですね」

 

「はい!其方が褒めてくれましたので...!

それで、どうですか、今日の私は?」

 

「大変お可愛らしくて、目の保養になります。また一段と綺麗になりましたね」

 

「可愛い...ふふっ、あっははははは!!

ええ、そうでしょうとも!なにせ、頑張ったんです、私!」

 

季節が変わるごとに、月日を跨ぐごとに私たちの距離は縮まっていく。

遠慮することはもうありません。

彼なら、私を受け入れてくれるのですから。

 

「ねえ、今度は私が膝を貸しましょうか」

 

「え゛、それはちょっと...」

 

「いいですから、ほら、遠慮なさらず。ね?」

 

「......」

 

「仰向けにならないと寝づらくはありませんか?」

 

「...これで、十分です」

 

「あはは、其方もそのような顔ができるのですね」

 

「...お戯を」

 

「ふふっ、可愛いですねぇ。いい子、いい子」

 

「ん゛ん゛」

 

季節は巡り再び春になった。

桜は咲き誇り、鳥は唄い、そしてお酒が美味い。あいも変わらず私たちの関係は続いている。

 

着物で着飾るのはやはり慣れない。しかし、彼はこの姿を見るといつも笑ってくれるのだ。それがなんとも言えぬ心地になり私を温める。

理解されなくても良い、私も理解するつもりはない。けど、彼には、其方には私を見てもらいたいのです。

 

「実はですね...」

 

これからも彼との関係は続くだろう。否、何を言われようと続けてみせます。

しかし、何も変わらないというのは些か飽きた。

 

初めは待ち焦がれる時間が愛おしく感じた。待った分だけ、再び会う時に喜べるのだから。

だがそれも次第に苦痛になってきた。

何故其方はここに居ない、私のそばに居てくれない。あのうつけの元ではなく私のそばにいれば良いのに。

 

だから考えたのだ。

これなら家臣達も納得する。我ながらいい考えだ。

 

「そろそろ身を固めようと考えていまして」

 

「おお、それはそれは、めでたいですね」

 

他人事のように言う。

それが少し気に食わない。

 

でもいいのです。これで私たちは次に進めるから。

 

「それで、そのお相手というのは?」

 

「えっと、その...其方です」

 

「?」

 

ああ、顔が熱くてたまらない。

 

「ですから、その...其方に、私の伴侶となって欲しいのです」

 

「.....」

 

意を決して言った。

思わず俯いてしまう。見れない、彼の顔を見れない。誰かに想いを伝えるというのはこんなにも難しいものなのか。

けど、返事を聞かなければならない。

 

顔を上げ、彼の目を見つめる

 

彼は少し困ったような、面食らったような顔をしている。

そして、口を閉ざしたまま俯いて、再び顔を上げて口を開くまで少々時間がかかった。

その時間が煩わしい。

 

私は分かっています。其方ならきっと、私のことを受け入れてくれると、

 

「ごめん、なさい」

 

「———はい?」

 

...あれ、可笑しいな。

そんな、こと。いや、そんなはずない。そうだ、聞き間違いだ。

そうに違いない。

 

視界が酷く歪む。

 

「い、今なんと」

 

「ごめんなさい。貴方の気持ちに応えることはできないのです」

 

「...他に相手が?」

 

なら、殺そう。奪おう。

そうすれば手に入るのであれば、私はそれを成そう。

 

彼は肯定はしなかった。しかし、否定もしない。

 

「いえ、そういった方は居ない...今は居ません」

 

「なら、どうして...」

 

彼は月を見上げながら、どこか懐かしそうに話す。

 

「約束...そう、約束したのです。誰かと、遠い昔に誰かと。もう顔も思い出せないけど、僕を待っている人がいるのです。

だから...貴方の想いに応えることはできません」

 

どこまでも優しい声で私に語る。

 

愛おしそうに、遠く離れた誰かに思いを馳せる彼。

 

———ああ、そうか。そうだったのか、

 

結局のところ、彼は私を見ていなかった。私を通して、どこの誰かも解らぬ者を重ねていたのだ。

 

初めて会った時よりも明るくなった彼。何もかも諦めていて、何をするのも受動的だった。

今はどうだろうか。

 

“おかげで思い出せた“と希望に満ちた目で私を見る。

 

「僕も貴方に言わなければならないことがあります」

 

——やめろ

 

「随分と一つのところに滞在しました。そろそろ潮時かと思いまして」

 

——ねえ、お願いだから

 

「織田家には僕はもう必要ないでしょう。だから、また旅に出ようと思うんです」

 

——私のことを

 

「しばらくは日の本を見て回ろうと思います。お土産期待しててくだs...」

 

——私のことだけを...!

 

行動に移すのに躊躇はなかった。

鮮血が飛び散り部屋が血に染まる。

 

「あっ....?」

 

ポタポタと落ちる血。

どこから溢れているのだろうか。男は不思議に思った。

 

視線を女へと向ける。

目の前の女は何かを嘆きながら刀を握っている。その刃先には血が付いており、数秒間硬直した後、それが自分の喉から溢れていると気づいた。

 

「ガヒュッ!?コヒュッーーー!ーーー!?」

 

ゴボゴボと鳴る喉。

哀れな男。これにより伝えたいことも、何一つ話せなくなりました。

 

喉を押さえても血は止まらない。

 

“なぜ?、どうして?“、その言葉が発せられることはない。喉を切り裂かれ、戸惑いを隠せない。

目の前には虎がいる。

虎は刀を握り、再び男に切り掛かった。逃げようにも、動揺により体を上手いこと動かせない。

 

「私以外のことを口にするならもう必要ないでしょう?」

 

再び刀が振るわれる。

男の視線に銀色の輝きが見えたかと思うと、一瞬にして視界が真っ赤に染まる。

走る激痛。あまりの痛みに叫び声を上げたつもりだが、

 

「ーーーーー!!ーーーーー!?」

 

漏れるのは不快な呼吸音。

もう目の前の虎がどのような顔をしているのかも分からない。

 

「私のことを見てくれないのなら、そんな目は要らない」

 

虎が近づいてくる。

男は痛みに耐えることが精一杯で反撃することができない。

それでも、せめてもの抵抗として虎に向かい腕を伸ばすが、

 

「邪魔」

 

ぼとりと音を立てた。

伸ばした腕が軽くなる。どうやら切り落とされたらしい。もう一方の手も同様だ。

最早、男に残るのは二本の脚だけ。それも時間の問題だろう。

 

「笑顔が好きだからと...女子らしいのが好きだと...其方が言ったから私は...!」

 

斬り裂かれ、斬り落とされ、男が懇願してもそれが止むことはない。

幸運だったのは、男がただのヒトではなかったことか。たとえ致命傷でも心臓を貫かれぬ限り絶命することはない。

しかし、いくら傷が治ろうとも虎の捕食が止むことはない。次第に回復力も落ち、最後には虎に抱きしめられることになった。

 

「あはは、これで良い。

其方はただ、私のことを思ってくれるだけで良いのです。ここに居てくれるだけで良い」

 

男は微かに回復させたその目で虎を見ていた。幸せそうに胸に顔を埋め、自らのものだと誇示するように強く抱きしめる虎を。命の炎がきえ、虚いでいく目で、いつまでも、いつまでも。

 

“嫌だ“

 

「そばに居てください。私のことを拒絶しないでください....」

 

だが、虎は気づいていなかった。

男の斬り裂かれた手足に触手が生え始めていることに。

 

“まだ、終わりたく、ない“

 

それは逃走手段。

拒絶するつもりはない、傍にいる事もある程度は善処しよう。

だが、生き飼いされるつもりは毛頭ない。

 

虎の手を振り解き、男は逃走を始める。

この行動は矛盾している。これまでの男は“死にたい“と願っていた。しかし、今はどうか。

“死にたくない“、その生存本能が死にゆく男を突き動かした。

 

「なんで、なんで...どうして私を、私だけをみてくれないんですか?」

 

顔を歪ませ、虎はその後を追う。その目に光はない。

今度こそ手に入れて見せよう。もうドコヘタリトモイカセナイ。

 

男は既に死に際の獲物に過ぎない。自慢の足はなくなり、ただ歩行機能を持った触手を引きずりズルズルと逃げ場を探している。後ろからは自分を探す虎の鳴き声が響いている。

 

「......!」

 

思わず逃げ込んだ狭い一室。だが、それは悪手だった。

そこは厠。

もう、逃げも隠れもできない。

 

扉が開く。

虎が血の匂いを嗅ぎつけ追いついた。

 

“見つけた“と感情のない笑みを浮かべ虎は再び刀を振りかぶる。その醜い触手を切り取り自分のものにする為に。

 

男に刃が迫る。もう逃げることはできない。しかし、それを受け入れることもできなかった。

 

だから、思わず、

 

「あれ....ゲホッ...あ、あはははっ!!」

 

女の体を貫いてしまった。

 

血に染まる白銀の髪。その胸には心臓を貫いた触手。

致命傷である。

いかに神仏の化身といえど、死は避けられない。

 

それでも景虎は笑っていた。

 

「これで、これで...一緒にいられますね!」

 

男の胸に深々と刀を突き立て、その命が果てるまで笑う。

もう逃がさない。これで何時迄も彼は自分のモノだと、笑った。

それが叶わぬことだとしても。

 

男は朽ちていく。また一つの生を終わらせようとしている。

女は最後まで力強く抱きしめてきた。事切れるまで、何時迄もずっと、ずっと。

 

「(ああ、どうしてこう、上手くいかぬ)」

 

最後に浮かべたのは後悔か。

消えゆく体に別れを告げ、冷たくなる彼女の頭を撫でる。

 

「(似ていたんだ、似ていたから入れ込んでしまった。ごめんなさい...ごめんなさい...ごめん、な...さい)」

 

そうして塵となって何処かへと消えていった。

 

その後のことは誰にも分からない。ただ事実として、その日、二人の人間が死んだことは確かだった。

 

 

「大丈夫...大丈夫だから。そろそろ離してほしいな」

 

「....」

 

先程から何も喋らず、ただ抱きしめてくる彼女に優しく話しかけた。

押さえつけられた時はどうなるやらと思ったが、抱擁してくる彼女を受け入れるだけで済んでいる。

 

「何もなかった、何もなかったんだ...お虎さんは、その、大切な人であることは変わりないけど、ただそれだけだ」

 

そう、何もなかったのだ。

それで良いじゃないか、その方がお互い幸せだ。

嘘で隠した方がいいこともあるんだ。

 

けど、そう上手くはいかない。

君が嫌いなことは"嘘"...僕は結局どうすればよかっただろうか。

 

「...嘘吐き」

 

顔を上げたアタランテに睨み返される。

しまった、どうやら誰かに話を聞いていたらしい。殿か、森君、それとも茶々、はないか...誰にせよ余計なことをしてくれたものだ。

抱きしめてくる腕の強さはより一層強くなる。

 

「忘れてしまえばよかったのだ」

 

「.....」

 

「百の人生を繰り返せば、それだけ生の実感が薄れていくだろう。それは薄い生を放り捨てているだけだ。だから、忘れてしまえばいいのだ。

そうすれば、苦しむこともなかっただろうに」

 

それは、確かにそうだ。

そうすれば、ただの怪物として死ねただろう。誰を理解することもなく、理解されることもなく、純粋な悪役として。

でも、できなかった。できなかったんだ。

 

「それでも...覚えていたかったんだ.馬鹿な真似もした、救えなかった、人もたくさん殺した、殺されることもあった。それでも、忘れたくなかった。良いことや、大切な出会いもあったんだ。勿論、君と出会ったこと、恋をしたこと。それも大切な物の一つなんだ」

 

これは本心だ。

嘘偽りない、僕自身の思い。

けど、彼女は納得してくれないようだ。不機嫌そうに耳を絞り、あいも変わらず目すら合わせてくれない。

 

「ふんっ、都合の良いことだけでは納得せぬぞ。この浮気者...!!」

 

「ん゛ん゛」

 

ズキリと胸が痛む。

そんな言い方はないじゃないか。

まだまだ、彼女の怒りは鎮まらない。

 

「私は汝のことを、ずっと、ずっと想っていたのに。お前は他の者にうつつを抜かしていたというのだからな」

 

「そんなこと...僕は君のことを愛していた。それは今でも変わらないよ」

 

たとえ、僕が偽物だとしても。()が抱いていた“愛している“というこの想いは本物のはずなんだ。

 

「っ...どうだか?愛してるというなら、私を放ってあの女のところなどに行かぬであろうよ」

 

「むっ...」

 

それは、悪かったと思ってる。

けどそれとこれとはまた、別じゃないか。

 

「あの女が好きならば今からでも行ってくればいいだろう!ああそうさ、何処へなりとでも行ってしまえばいい!!汝などもう知らん!」

 

そう吐き捨てると、ベットから離れ部屋の隅っこの方へ毛布を被り塞ぎ込んでしまった。声をかけても“うるさい!“、その一言で終わりだ。

何処なりとでも、か。行かないでって言ったのは君じゃないか。

その通りに出ていくこともできる。一度、頭を冷やすのもいいかもしれない。

 

けど、それは違うのだ。悪いのは僕だし、原因も僕だ。

なら、謝るのが筋というものだ。

 

「ごめん、ごめんね...もう黙って何処かに行かないし、出かける時は一声かけるよ。君との時間をもっと大切にする。だから、さ」

 

それでも、返事が返ってくることはなかった。困った、完全にヘソを曲げてしまったみたいだ。

ならば、

 

「今日は...寒いね」

 

「知らん」

 

「...一緒に寝たら暖かいだろうなあ」

 

「....」

 

「....」

 

待てども、待てども返事は返ってこない。

仕方ない、今夜は一人寂しく寝るかなと彼女から視線を外し、体も反対に背ける。

 

すると、毛布が捲れ隣に暖かな体温が現れた。腰に回される腕が愛おしい。僕は黙ってそれを受け入れる、お互い顔を合わせぬまま数刻、また数刻と時は流れる。

 

「愛してるって言って欲しい」

 

掠れた声が聞こえる。今にも消えそうな小さな声で、

 

「愛してる」

 

それくらいお安い御用だ。

 

「本当?」

 

「当然」

 

「...なら良い。でも...できればあの女のところに行って欲しくない」

 

「善処するよ」

 

少し力が強まる。

 

「わ、分かった。月一ぐらいにしておく」

 

「...朝帰りは無しだ」

 

「ははっ、うん。了解です」

 

つい飲み過ぎてしまうのは悪い癖なのだろう。人のこと言えないな。

彼女の方へ向き直り、今度は僕の方から抱き締める。このまま眠ってしまおう。でも、アタランテはそれを許してくれなかった。

 

「寝る前に風呂だ。汝から私以外の匂いがするのは...あまり好かん」

 

スンスンと匂いを嗅ぎながら彼女は上目遣いで言ってきた。

 

「...お手柔らかに」

 

自分のモノだと主張されるのも悪い気はしないのだ。

 

 

今日も美しい満月...といってもシュミレーター内の景色なので風情などないのだが。

一人寂しく酒を飲む。いつからだろうか、一人で飲むのがつまらないと感じてしまうようになったのは。

 

...私だけを見て欲しかった。ただ,そばに居て欲しかった。まあ,今更虫が良すぎるというもの。

 

「でも,安心しました。其方は再び会うことができたのですね」

 

彼があの狩人に向けている笑顔は私が見たことなかったもの。それを思い知るたび,心が苦しくなる。

けど,彼は彼であって彼じゃない。私が恋した彼は,私自身で殺してしまったのです。

 

だからこうして一人で酒を飲む。いつもと変わらぬ一日の終わり。

しかし,今日は来客がいるようで,

 

「もし?よろしければ同席させて頂いても?」

 

「んあ...?」

 

声が聞こえた。その声は何処か懐かしくて,反射的に後ろを向いてしまった。

そこには,あの頃と変わらず同じ格好で,いつも通りお酒を手に私のところに来てくる彼がいた。

 

「どうして。今日は,駄目だって...」

 

「ん?ああ、そうですね。アタランテのことはあっちの僕に任せます。この僕は...まあ亡霊みたいなモノです。一時的に体を得ているだけですから」

 

彼はよく分からないとこを言いながら私の隣に座る。

そして酒を注ぎ私に差し出すのです。

 

「んぐっ...んぐっ...美味しいです」

 

「でしょう?蔵から拝借して来た甲斐がありました」

 

今まで飲んだことのないような優しい味わい。彼の故郷の酒だと言う。

 

これはあの日の再演なのだろうか?なら,もう一度聞いてみようか。

 

「———今夜は...月が綺麗ですね」

 

以前聞いた話では,当世ではこのような言葉で相手に思いを伝えるのだとか。答え方を彼が知っているかは定かではないが思わず言ってしまった。

 

返事を待つ。

答えはわかってる。これは意味のない問答,それでももう一度聞いてみたかったのだ。

 

彼はあの日と同じく口を閉ざしたまま俯いて,暫くした後,再び顔を上げ口を開いた。

 

「...死ぬのはごめんです」

 

「そうですか」

 

ああ、これで良い。これで良いのです。

私たちはこの関係が心地良い。

 

「それにしても...其方が持ってくるお酒は、本当に美味しいですね」

 

ああ、今日もお酒が美味しい。




上げるたびに減っていくお気に入り、薄まっていく評価。
なかなか文章力が成長しないのが悔しい。



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短編 後日談 『仕返し』

前回の虎とヒトの後日談というか、まあお虎さん関係ないんですけど。
よければご覧ください


 俺は姐さんのことを好いている。分かってるさ、これは愛だとかそういうもんじゃない。どちらかというと憧れに近いものだ。子供の頃に親父から聞かされた数々の武勇伝、多分それが原因だ。やれ、アルゴー船での活躍だとか、怒りを買ってヘッドロックされただとか、心躍る話もあれば親父の不甲斐なさを知れるものまでいろんなことを聞かされたもんだ。

 その中でも印象に残ってるものは親父も参加したっていう“カリュドーンの怪物狩り“の話。その狩りの中で酷え目にあったのが親父なんだがそれは今は置いておこう。

 親父が語ってたのは姐さんの活躍のことばっかだ。アタランテが一番に怪物に毒矢を打ち込んだとか、あの怪物を殺せたのはアタランテのおかげだとか。

...実際のところ、聞いてた話とは全く違ったんだがな。

 

——メラニオス

 

 それが怪物の正体で、姐さんが愛した男の名。それは時が経った今でも変わらないようだ。

あいつには少しばかり因縁がある。最も相手にとっては身に覚えのないことだろうが、俺にはある。何せ、あいつの邪魔さえなければ、あの矢に射抜かれる事はなかった、少なくともそうだと考えている。

恨んでるわけじゃない。ただ気に食わないってだけだ。第一、俺の方が速いし。

 

「はあ...」

 

ため息を吐く。

まあ、なんでこんなこと考えてるかっていうと、

 

「なんら〜アキレウスー。私の酒が飲めないのかぁ〜〜」

 

 俺の隣で酔っ払っている姐さんのせいだ。

 

 "すこし付き合え“と誘われた時は少々面食らったが姐さんのお誘いとなると断るわけにはいかない。一体なんのようだろうかと胸を弾ませたもんだ。そうして連れてこられたのが、このBAR。こんな小洒落た店に来るのかと少し意外に感じた。まずは乾杯に一杯。ここまではよかった。そこから姐さんはもう飲むこと飲むこと。あっという間に酔っ払いやがった。

 で、始まったのが愚痴大会。それも自分の夫の関してのことばかりときたもんだ。

 

「林檎酒、おかわり。林檎は黄金の林檎でたのみゅ」

 

「申し訳ありませんお客さん。先ほども申し上げた通り、当店では黄金林檎は取り扱っておりません」

 

「むぅ...なら銀の林檎だ。あれもおいしいから、

...そえでなアキレウス。彼がな、私にな、黙ってだなあ」

 

「その話は何度も聞いたぜ?

バーテンダー、酒はもういいから水、水を持ってきてくれ」

 

「少々お待ちを...こちらになります」

 

「どうも。ほら、姐さん。あんま酒強くないのに飲み過ぎだ。酒も過ぎると毒になるぞ」

 

 姐さんは同じ話を何度も何度も繰り返している。相当酔っ払っているらしい。あいつが姐さんを酒の席に連れてきたがらないのも分かった気がする。こんな姿、誰にも見せたくないもんな。

 

「汝も同じことを言う!かえだってな、自分は黙ってお酒を飲みに行くのに、私には一滴たりとも飲ませようとしない!」

 

「そりゃそうだ」

 

「む〜〜〜なぜだ!」

 

 水をがぶ飲みしながら絡んでくる。他の客の視線もお構いなくだ。

 

 まあ正直いうと普段見れない一面を見れて少し嬉しく感じてしまっている。日頃の悩みを話してくれるのは、姐さんが俺のことを信頼してくれていると思っても良いだろう。これで姐さんの気苦労が晴れるなら付き合ってやるのもいいもんだ。

 

「それでな、かえがな...」

 

 まだまだ、続くらしい。そこで一つ聞いてみた。“そんなに不満があるならなんで一緒にいるんだ“ってな。

 そしたら、

 

「それは私が彼のことが好きだから、愛してるのだ!そえ以外に何がある!」

 

 今度は惚気話が始まっちまった。他人の惚気ほど面白くねえ話はねえ。それが気に入らねえ相手とのもんだと尚更だ。

 

「私が求めると必ず抱きしめてくれるんだ。それにな、近くに寄ると撫でてくれる、それがとても心地良くてだな...」

 

「...ああ」

 

 けど、話をしている時の姐さんはとても幸せそうでな、照れたり、笑ったり、泣いたり、色んな感情を交えて話すのさ。そこからは姉さんが惚気て、俺が相槌をしながら話を聞く、その繰り返しさ。

 

「子供たちと戯れる彼の顔を見たことあるか?...まるで、父親のようなのだ。

あの頃と何一つ変わらない。わたしたちは...かわれない」

 

 うとうと、首を上げ下げしながら姐さんは語る。そろそろ限界らしい。さっきから何度もあくびをしている。

 

「ん...ふわぁぁ」

 

 俺が部屋まで運ぶのもいいが、面倒くさいことになるのは目に見える。迎えを呼んでやるか。

バーテンダーに目配せをする。察しのいい男だ、すぐにどこかへ電話をかけ始めた。

 

「あーもしもし?うん、私だヨ。今忙しい?人を探してる?...うん、うん。彼女ならここにいるよ。あー、そんな急がなくていいからネ、君が走ると被害が出ちゃうから...ああ、アキレウス君が一緒だ。うん、場所は分かる?はーい、お待ちしております」

 

 数秒後...

 

 バタンッ、とドアが勢いよく開かれた。息を切らせながらアイツは店に入ってくる。

 

「はっ...はっ...はっ...アタ、ランテ...」

 

 どうやら姐さんが中々帰ってこないのを心配して随分と探し回ったらしい。...何を言わず来ていたのか。そういえば、コイツも姐さんに黙って出掛けるとか言ってたな。

 

「ほら、姐さん。迎えがきたぜ」

 

「ん...」

 

「寝ちまったか」

 

 顔を伏せて、スヤスヤと寝ている。無理に起こすのも悪いだろうし、後は任せても良いだろう。

 

「姐さん、アンタのことずっと話してたんだぜ?少しは大事にしてやれよ」

 

「...うん。ごめんね、迷惑かけちゃったね」

 

「気にすんな。ここの代金払ってくれたら、それでチャラだ」

 

 なんだかしおらしい反応で拍子抜けしちまった。いつもなら“お前に言われなくても“やら言ってくんだけどな。姐さんの作戦は成功ってことか。

 

「了解...本当にありがとう。君以外の男と一緒だったら、暴れてたかも」

 

「ちょっと!?アラフィフの折角の楽しみの場を奪うのは勘弁して?」

 

「冗談、冗談さ。本気にしないでよ」

 

 嘘だコイツ。目が本気だぞ。

 

「ごめん。ここのソファー使うね」

 

「ああ、どうぞ」

 

 姐さんのことを店のソファーに寝かして、心配そうに頭を撫でるメラニオス。まあ、ここから先は野暮ってもんだ。そろそろお暇しますかね。静かに出入り口の方に向かい外に出ようとしたが、最後にアイツの方へ振り返った。

 

「姐さんのこと、また不安にさせたら許さねえからな。そのうち奪い取っちまうぜ」

 

 アイツは少し押黙ったが、すぐに“させないよ、絶対に“と俺に言った。ふん、それが嘘じゃないことを願う。そうして俺は今度こそBARを後にした。

 

 

「んん...ここは?」

 

 アキレウスが帰った少し後、目を擦りながらアタランテは目を覚ました。しばらく状況が掴めてないようでキョロキョロと辺りを見渡していたが僕の姿を見つけると、顔を綻ばせた。

 

「わたしの気持ち、分かったか?」

 

「え?」

 

 悪戯をする子供のような表情でそう言ってきた。

 

「汝も、何も言われず置いていかれる気持ちが分かった...?」

 

 ああ、分かったとも。君が帰ってこないのが時間に経つにつれどんどん不安になってきたんだ。

帰ってこないのか?何かあったのか?、そんな考えばっかり頭を駆け巡った。そしたら、いても経ってもいられず、そこらじゅうを探し回った。食堂に、マスターのところに、子供たちのところ、他の英霊たちの部屋まで。ようやく場所がわかった時どれほど安堵したことか。

 

「分かった。もう分かったから...心配したんだよ。本当に」

 

「ふふっ、なら良い。心配させてすまなかったな」

 

 愛おしそうに頰に手を添わせてきた。それを黙って受け入れる。

 

「よし。わたしは動けないからな...抱っこして帰って」

 

 手を広げてじっとこちらを見つめてくる。いつもは照れちゃう癖に、こういう時は積極的なのがずるい。彼女の体をそのまま抱き抱えると首に腕が回される。我ながら慣れたものだと思う。

 

「...重いか?」

 

「ん?全然、むしろ軽すぎて心配になっちゃうぐらい」

 

「そうか...えへへっ、そうか」

 

 彼女を抱きながらドアに向かう。ようやく眠れると、開こうとした時、

 

「これお会計ね」

 

 伝票を手渡される。そういえば、奢るって約束したんだっけ。どれどれ...

 

「えっと、百万QP...百万?」

 

 見間違いか?桁を何度も確認する。おかしいな、何度やっても百万QP

 

「彼女も結構飲んでたけど...アキレウス君もかなりお高いの頼んでたからね」

 

「つ、ツケ払いって...」

 

「ふうむ、この値段だと流石にねー」

 

「な、なら。黄金林檎!、黄金林檎を仕入れるってのはどう?」

 

 最近、栽培に成功したのだ。もちろん神話のような効力はないが通常の三倍の旨味と果汁、そしてカロリー。それらを備えたものがやっと作れたのだ。ほとんどはマスターに奪われたが、苗がある限りいくらでも栽培できる。ゆくゆくは食堂や商店に売りつけようと思っていたがこの際仕方ない。

 

「...半額でくれるならイイよ」

 

「なっ、足元見過ぎじゃない?」

 

「ならこの話はなかったことで」

 

「...八割引き」

 

「半額」

 

「七割!」

 

「半額」

 

 この...だが、百万一括は厳しい。むしろ買い手ができたのは得なのでは?なぜか上手いこと載せられている気がするがしょうがない。そう、しょうがないのだ。一応僕の責任でもあるわけだし。

 

「...分かったよ。背に腹は変えられないもん」

 

「毎度ー、明日からよろしくね」

 

 疲れ果てた顔で店を後にするのだった。

 

 

 部屋に戻るため、僕はアタランテを抱えながら廊下を歩いている。するとこんなことを聞いてきた。

 

「なあ、汝にとって私とはどのようなものだ?」

 

 難しい質問をしてくるものだ。君がどのようなもの...思い浮かぶのは、愛する人、そばに居てほしい人、君が居てくれないと僕は寂しい。そんなところだろうか。

 ...いや、違うな。きっと、そんな軽い想いではないのだ。

 

「渡したくない。手が離れないことを知っていても、渡してなるものかと、守ってしまう...そんな存在かな」

 

 誰にも君を渡さない。君を傷つけさせない。これは独占欲だろうか、側から見ると醜いものかもしれない。

 それでも、

 

「ふふっ、私は愛されてるな」

 

 僕を愛してくれる君をみてしまうと、そう思ってしまうのだ。

 




よければご感想や評価をいただけると幸いです


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短編 お仕置き

カチコチ、カチコチ....

時計の針が鳴る音が部屋に響く。

 

「.........」

 

私はこの部屋でただ一人、彼の帰りを待っている。

時計は22時を過ぎ、既に23時に差し掛かろうとしている。

 

「遅いな....」

 

何かあったのだろうか。

胸にザワつきを覚える。

 

『22時ぐらいには帰るよ』

 

その言葉を信じて、私は待っている。

 

 

 

「宴会...?」

「そうそう。ギルガメッシュに誘われてね」

 

夕食を終え、後片付けをしている最中、彼は口にした。

 

「汝は...いくのか?」

「うん。前々から付き合えとは言われてたからいい加減行ってあげないとね」

 

“正直、面倒くさいけどね“と口では言いながらも、どこか嬉しそうな彼。

むぅ。それでは引き止めにくいではないか。

 

「良かったら君も来る? 他のサーヴァント達も来るみたいだし」

「いや、私はいい。あまり酒に強くないからな 汝だけで楽しんでくるといい」

「そっか。なら、お言葉に甘えて」

 

本当ついて行きたいが、私が居ては気を遣わせるだろうと遠慮しておく。

...少しだけ離れるだけなのに、どうして胸が締め付けられた様に痛むのか。

彼は片付けを終え、すぐさま出かける準備をしている。鼻歌を歌いながら容姿を変え、浮き足立つのを見ていると余計に行って欲しくない。

 

「じゃあ、いってきま...どうしたの?」

「...」

 

扉を開け、出て行こうとする彼の袖を引いてしまう。

不思議がる彼だったが察したのだろう。私を抱き寄せ、頭を撫でてくれる。

 

「心配しなくても早く帰ってくるよ」

「...何時だ」

「えっと、22時ぐらい?」

「ん...」

 

今は19時。

...長いな。

 

「なるべく、早く帰って来てくれ」

「先に寝ててもいいんだよ?」

「やだ...一人で寝るの寂しいから...」

 

彼の胸に顔を埋めていて良かった。

きっと、耳の先まで赤く染まっているだろうから。

 

「うん。わかった」

 

抱きしめる力が少し強くなる。

尻尾を彼の足に絡め、その時間を堪能させてもらった。優しい匂いが鼻をくすぐる。

 

名残惜しいが、そろそろ行かせてあげなくては。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「ああ。」

 

最後にもう一度抱擁を交わし、彼は宴会へと向かった。

 

 

「....遅いな」

 

彼の匂いが残ったクッションに顔を埋め、一人寂しく私は待っている。

 

 

一方その頃、ワイワイガヤガヤと騒がしい宴会場にて一際目立つ一席があった。

 

「ん...もうこんな時間か。僕はそろそろお暇するよ」

「なに? 我の話は終わっておらんぞ!」

「はいはい、アルが振り向いてくれないって話でしょ。何千回も聴いたよ」

「たわけ! 貴様もセイバーの可憐さは理解しているはず。それならば、我の口から語られる奴への賛美の言葉は何千回聴いても飽きぬであろう」

「口説き文句は本人に言いなよ」

「居ないから貴様に言っておるのだ!」

「えぇ...」

 

酒に酔ったギルガメッシュが女とも男とも言えるような外見をした者に面倒くさい絡み方をしている。時刻は22時もう直ぐ差し掛かろうとする頃で、約束をしている怪物にとって少し急がないといけないようだ。

 

「誰に言い寄ろうがギルの勝手だけど、いい加減やめてあげなよ。 苦情は全部僕にくるんだ」

「はっ、この我に苦情だと? バカも休み休みに言え。そんなもの誰が、」

「アルトリア『料理で私が釣れると思わないで頂きたい。それにその料理はギル...ベルト卿が作ったものです。確かに美味しかったですが、その程度で私は屈しません。次はフルコースでお願いします』

 オルタ『汚らわしい。寄るな」...他のアルトリアからも多数あるよ」

「なっ...」

「一途って言うか、気が多いっていうか。あの顔ならなんでもいいの?」

 

顎に手をつきながら渋々と言った感じで相手をする。

英雄王を知る者にとっては“その様な態度を見せれば殺される“と感じているだろうが、それを許されている辺り二人の間には深い関係があるのだろう。

 

「たわけ! 我が求めるのは騎士王ただ一人のみよ!黒かろうが、大きかろうが、幼かろうがそれがセイバーであることは変わらぬのだ」

「おー」

「フハハッ、あの笑みが我に向けられるのも思い浮かべると酒も進むというものよ」

「わぁ凄い全然心に響かない。数打ち戦法はやめなよ、ノーコンなんだから」

「なに。その苦情とやらも照れ隠しにすぎん。まったく、愛い奴らよ」

「ポジティブにも程がある。その思考ストーカーと変わりn「むっ、英雄王。それに其方も居たのか。なんだ、それならば余にひと声かけぬか」...こんばんわ、ネロ陛下。それは申し訳ないことを」

「うむ。気にするでない。余も心地よい気分に酔っておったからな」

 

赤い男装に身を包んだ皇帝が二人の間に割って入る。

 

「良かったねギル。 そっくりさん来たよ」

「チッ...2Pカラーは求めておらん」

「なっ!? 人を2Pカラー呼ばわりとは何事か! なんだか知らぬが、非常に腹立たしいぞ」

「うるさい。貴様は呼んでおらんチェンジだ」

「ははーん。さては余の魅力が理解できぬと見た。 いいだろうこの場を持って余が自ら語ってやろうではないか」

「いらん」

「まずは余の礼装からだな。見よ、余がデザインした嗜好の一品を!」

「要らぬと言ってるのがなぜ分からん。...ええい寄るな!」

 

一方的に迫られるギルガメッシュを尻目にこれ幸いと席を立つ。アタランテを待たせるのは流石に気がひけるのでなんとして帰らなければいけない。

足早に出口に向かうが、

 

「あれ、もう帰っちゃうんですか?」

「お虎さん」

 

再び呼び止められてしまった。

振り返ればつまみに舌鼓をし、こちらを見つめる虎の姿が。

 

「まだ夜は長いですよ。私の相手してくれないんですか?」

「ごめんなさい。心配させちゃうと悪いから」

「にゃあ...」

 

残念そうに項垂れるのを見て足が止まりそうになるが、約束は約束だ。

頭を下げて帰ろうとしたが、

 

「!...んふふっ。 えいっ!」

「ちょっ!?...むぐっ...ゴクッ」

 

突然羽交締めされ、無理矢理なにかを飲まされてしまった。

喉元に熱いものが流れていく。

 

「ぷはっ...何を、飲ませたんです」

「倉庫から拝借したこのお酒です。いやー、一度味わって見たくて。どうです?もっと飲んでみませんか」

「だから今日は、だめだひぇっいってるで...んん?」

 

視界がぐらつく。呂律もまわらない。

なんだろうか、初めての経験だ。

 

「ありぇ?世界がぐるぐるまわてる?」

「おやおや?どうしたんですか」

 

景虎が持ち込んだその酒は“奇奇神酒“。大いなる神に捧げられるために永い時をかけ熟成されたそれは、人ならざる怪物や神でさえも酔っ払いに変えてしまうほどの一品。

今まで頭が機能停止するほどの酔いというものを経験したことがない怪物はその場に倒れ込んでしまう。ぐるぐると回る視界、思考は完全に飛び散り意識は朦朧。

 

「うぅん...う〜ん」

「はて、困りました。ここまで酔いが回るとは、好奇心に身を任せすぎましたか」

 

怪物と会話を楽しみたかった景虎にとっては作戦失敗のよう。しかしながら、悪戯な笑みを浮かべ怪物の首筋に顔を近づけた。

 

「んっ......ふふっ、また怒られちゃいますね。まあ役得ということで良しとしましょう」

 

頬を突きながら悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「もしもーし、起きてますかー?」

「んん...」

「起きないと...部屋に連れて帰っちゃいますからね?」

「...」

「返事なしと、では仕方がありませんね」

 

目を細めて不敵に笑う。

今夜は邪魔者は来ていない。ならば独り占めするのも不可抗力により致し方なしと、怪物に手を伸ばすが、

 

「——駄目だよ、そんなことしては」

「...おや」

「彼には帰る場所があるんだ。君が邪魔をしてはいけないと思うな」

「...そうですか、ではこの場はお任せします。残念です、今日こそはと思ったんですけどね」

 

優しくかけられた声により怪物の意識が徐々に戻り始める。

 

「ほら、起きれるかい?」

「ん...今、何時?」

「そろそろ日が変わるかってところだね。君は早く帰らないといけないんじゃないかな」

「うん、かえらなきゃ」

 

フラフラと支えられながら立ち上がりよろけながらも出口に向かう。

 

「一人で帰れるかい?その様子では歩くのも一苦労だろうからね。肩ぐらいは貸すよ」

「いい。自分でかえる」

「そっか、じゃあ気をつけて...おやすみ、クル」

「うん...」

 

今度こそアタランテの元へ足を進める。

随分と遅くかかってしまった。もう彼女は眠ってしまっただろうか、起きていたらどう言い訳しようと頭を働かせようとするも酔いは冷めきっていなようで、そんな考えなどすぐに消えてしまうのだった。

 

「さて、僕もギルを迎えにいかないと」

 

 

「...ぐすっ...ぐすっ...あっ」

 

日付が変わる頃、扉が開く音で顔を上げる。

直ぐに顔を拭い、彼の元へと向かう。

 

「...おかえり。随分と遅かったな」

 

ぶっきらぼうに出迎える。

こんなに遅くまで帰ってこなかったのだ。それはまあ楽しんだことだろう。

もし、言い訳でも申すのであれば是非とも聴いてみたいものだ。

 

「んん〜ただいまぁ」

「!?」

 

しかし、何やら様子がおかしい。

フラフラと近づいてきたかと思うと突然抱きつかれてしまった。いつもは言い訳をあれやこれや並べるのに今日はどうしたのだろうか。

 

「こ、こら!急に抱きついてくれるな」

「ふふっ、いい匂い」

 

抱擁され、匂いも嗅がれ、普段の彼とは思えないほどの積極さに狼狽えてしまう。

 

「汝、もしかして酔っているのか?」

「うん、酔ってるかも!」

「自信満々に答えることではないだろうに。それにしても、汝にしては珍しいな。そこまで酔った姿は初めて見る」

 

ハメを外しすぎたか。それとも悪ノリに乗せられたか。いずれにせよ、今は大人しく抱擁される気分でもない。

彼は私の顔を不思議そうに見る。

 

「...? 目、赤いね。大丈夫?」

「ッ...何でもない。いいから早く離れろ」

 

小首を傾げるその仕草は容姿も相まって、どこか妖艶的。

人の気もしらないで、よく他人の心配ができるものだ。今、私が何を思っているのかわかっていないのだろう。

抱きしめてくる腕を無理矢理解こうとする。

 

「えへへ、好きだよ。好き好き好き〜」

「〜〜〜!」

 

なんなのだ一体...!

頭を優しく撫でられ、思わず力が抜けてしまう。いつものであれば抱き締め返していたに違いない。

 

「(好きだというなら、なぜ約束を破る)」

「私は...怒っているんだぞ」

「うん」

「心配させるようなことしないで欲しい...不安になるから」

「? うんうん、分かるよ。分かってるとも」

「絶対分かってないだろう...もう」

 

今の彼に何を言っても無駄だろう。今日のことはまた朝にでも問い詰めてやればいい。

黙って彼の抱擁を受け入れることにする。胸に顔を埋め、いつもの様に彼の匂いを嗅ぐ。         

ほのかに香るお酒と...他の誰かの匂い。

もやもやした感情が湧き出てくる。

やはり、一人で行かせるべきではなかった。     

 

「もう満足しただろう。早く風呂に入ってこい...少し臭う」

「えー、もうちょっと」

「駄目だ」

「...じゃあキスして。いつもの様に、ね?」

 

唇に手を当て悪戯に笑う。

今後、お酒を飲ませるのは禁止させようと心に誓おう。私が見てないところで、他の者にもこういった態度を取っているのだろうか。

 

「嫌だ、今日は絶対にしない。少しは反省しろ」

「...ダメ?」

「酔いが覚めて、ちゃんと反省したら...してやらないこともない」

「むぅ...」

「ほら、私は先に寝ているから」

「一緒に寝なくていいの?」

「...待ってるから早く行ってこい」

 

不満げにしながらも私から離れる彼。

取り敢えずは帰ってきたことに安堵しよう。朝まで帰ってこなかったのなら本気で怒るところだった。

 

「ん?」

 

寝室に向かおうとした時、服を脱いでいる彼の首筋に目線が向いてしまう。

なぜ違和感を覚えた。

その首筋には小さな赤い跡がくっきりと付いている。

 

「その首の跡はどうした」

「跡?...本当だ。えへ、何だろうねこれ」

 

表情が徐々に歪んでいくのが嫌でも分かってしまう。あの跡は間違いなくキスマークに違いない。ああ、許せない。どこの誰が...いや、今はどうでもいい。

彼は私の様子を見て不思議そうに首を傾げているが、私はそれどころではなかった。

 

「こっちに来い」

「えっ、でもお風呂」

「——————」

 

強引に引き寄せ、その口を塞ぐ。

 

「...んっ...」

 

キスはしないと言ったが撤回しよう。

私の想いが分からないから、そういった行動をするのだ。

首に腕を回し、跡をもう一度確認する。首筋をなぞれば、微かに滲む赤い跡。再び黒い感情が湧き立つのを感じた。

 

「...っふ...ん...」

 

一度唇を離し、彼の様子を伺う。突然のことで思考が動いてないのか目を右往左往させ戸惑っている。

私は勢いのまま、彼を強引にベットに連れて行き、そのまま押し倒す。

困惑する彼を押しつけ、耳元に顔を近づける。

 

「これはお仕置きだ。その惚けた頭が理解するまで...逃がさない」

「...??...んっ」

 

再び唇を重ねる。今度は触れ合わせるだけの軽いものではなく、もっと長いもの。互いの唇の感触を確かめ合う様なキス。柔らかな唇からは温かな感触が伝わってくる。

 

「んっ!?」

 

だが、私がそれでは満足できなくなってしまった。

薄く開かれた口を強引に舌でこじ開け、その中に侵入させる。

動揺して身じろぐのを後頭部を押さえつけ、逃がさない様にする。しばらく抵抗は続いたが、やがて観念した様に大人しくなった。

 

「まっ...ふぁっ...アタ、息できn...ンンッ...」

 

息をする暇も与えず、口内を蹂躙する。苦しさに顔を顰め、僅かに目を潤ますその姿に加虐心を煽られる。

何度も角度を変え唇を重ね合わせる。

 

「好き...んっ...好き...はっ...愛してる...」

 

クチュクチュと厭らしい水音が静かな室内に響く。何度も舌を絡め合い、私の息が続かなくなったところでようやく口を離す。ぷはっと大きく息を吸う。二人の間に引かれた銀色の糸を絡め取り、再び彼の様子を伺った。

快楽と酔いと酸欠により、心ここに在らずといったところだろうか。肩で息をし、ただ私を見つめている。

その姿がどうしようもなくいじらしい。

 

「どうだ、私の想いは伝わったか?」

「...?...?」

「言葉を口にしなければ分からんぞ...しかし、やはり気になるな」

 

私以外の匂いが彼からするのは癪に触る。それが他の女の匂いであれば尚更。

 

「風呂にいくぞ。その匂い洗い流す」

「じ、自分でできる」

「駄目だ。私が汝の体の隅々まで洗う...その鼻につく匂いを塗り替えてやる」

「う、うん」

「いい子だ...んっ...ほら、私が肩を貸そう」

 

軽いキスをし、彼を浴室まで連れて行く。

——私たちの夜はまだ明けない。

 

次の日、アタランテに全力で土下座をする怪物の姿があったとかなかったとか



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短編最終話 「狩人と怪物」

時系列的には3章を越え、再び再会したアタランテと主人公。しかしながら二人の間にはどこか壁があるようで...みたいな。

主人公 自分はただの陰法師に過ぎず、この想いも偽物。それなのに彼女を愛している自分が気持ち悪い。 自分から彼女に話しかけることはなく、部屋も別々。やんわり拒絶している(なんやかんやで受け入れてしまう)
アタランテの前だと大人しめ、借りてきた猫の様
今の怪物はいつの姿をしているのか、メラニオスとしてか、純粋に怪物としてか。それのすれ違いもあるかもしれない。

アタランテ なぜ彼に避けられるのかわからない。もっと踏み込みたいけど、その勇気が中々出ない。 最近は主人公の部屋によく通っている。

的な話を書きたかったけど、短編でやることじゃないので本編に回すことに。
今回のお話は、狩人と怪物のまとめというか、ラストエピソードみたいな感じ。壁はあるけどそれなりに普通な関係。

カルデアの怪物はどちらかといえば女性的な外見で少しネガティブ。理由はある


 その記憶はとうに薄れ怪物が思い出すことは決してない一時の幕間。

 

 ある夜、焚き火にあたっていた怪物の前に、月明かりに照らされながら女神が現れた。その腕には毛布に包まれた赤子の姿がある。 

 

「この子、親に捨てられちゃったらしいの。山で一人は寂しいだろうから、つい拾っちゃった」

 

"珍しい、人間嫌いの神が慈悲を与えるなど"と怪物は言う。この女神が人間に慈悲を与えるのは滅多にないことなのだ。

 

「だって赤ちゃんには罪はないもの。それに、ほら!可愛いでしょ?」

「別に」

 

 横目でちらっと見るも、特に興味を示したわけでもなく焚き火にあたる怪物。彼にとっては一人の赤子の見分けなどつくはずもなく有象無象の人間の一人という認識でしかない。可愛いか、と言われてもよく分からない。

 赤子は女神の腕で寛いでいる。女神はその様子をみて微笑み、怪物に見せびらかすが、依然そっけない態度。

 

「もー素直じゃないんだから」

「.....近い」

 

 ほっぺを指でグリグリとしながら絡んでくる女神様。一体何のようなんだと、目で訴えると、

 

「そうそう!この子、ちょっと見ててほしいの」

 

 はい、と赤子を手渡される。訳もわからず抱き抱えると、

 

「その子のためのお乳を取りに行くつもりだったの。でも、連れ回すのも危ないじゃない?ちょーど貴方がいたから、お願いすればいいと思って。さすが私!ナイスアイディアよね!」

 

 じゃあよろしくねー!と有無を言わさず、何処かへと飛び去る女神。突然のことで呆気にとられる怪物。

 

「嘘でしょ...」

 

 腕には触れると壊してしまいそうなほど繊細な生き物。以前に、赤子の抱き方を教えてもらった記憶がある。その記憶を辿って、恐る恐る、されど優しく赤子を抱く。

 赤子は不思議そうに怪物を見上げている。彼女にとって久しぶりの“人“の暖かさだった。

 

「はぁ...」

 

 女神の突発的な行動に呆れる。自分をなんだと思っているのだろうか。

 やはり完全に壊すべきだったなと後悔するが、もう何万年も前の話だ。結局、過去の罪が自分に返ってきているだけなのだ。

 それにしても、あの女神どこか狂っているのではないか?

 

 ため息を吐き、赤子に顔を近づける。

 

「...憐れな子。お前は親の愛を知らずに生きていくのだ。きっと、手に入らない物を永遠と求め続けることになるだろう」

 

 憐憫の表情で赤子に語りかける。 

 

「女神に拾われたのは、幸運か、災難か。なんにせよ、僕には関係ない話だ」

 

 赤子には怪物の言葉の意味はまだ理解出来ない。しかし、悲しいことを言っているのは何となくわかった。

 だから何だか居心地が悪くなり、涙が溢れてしまうのだった。

 

 

"カチ カチ"

 

 時計の針が進む音が響く。時刻は深夜12時をまわり、1時に差し掛かる頃。

 

「.....」

「.....」

 

 二人は何も喋らず、沈黙がこの場を支配していた。

 

 私たちはソファーに座り向かい合うわけでもなく黙り込んでいた。最も、彼が黙っているのは私が話すのを待ってるからである。

 話を切り出したのは私。ならばこちらが話し出さなければならないのだが、

 

「.....くっ」

 

 どうしても、切り出すことができなかった。

“なぜだ、なぜこうなってしまったのだ...!“

 心の中で頭を抱える。拒絶されたらどうしようやら、くだらない考えばかり駆け巡る。

 きっかけは些細なことだった。

 

『最近どう?あの子と上手くやれてる?』

『上手く、ですか?...はい。私としてはあの頃と同じように彼と過ごせていると思いますが』

 

 ある日のこと。

 いつものようにアルテミス様に祈りを捧げていると、なんと女神アルテミスが私のもとを訪れたのだ。

 何事かと思わず身構えてしまったが、どうやらアルテミス様は私たちの様子を知りたいらしい。向けられた質問を当たり障りもない会話で返すが、

 

『同じって、何も変わってないってこと?』

『はい...何か問題が?』

『え〜〜つまんなーい!』

『えぇ...』

 

 つまらない...だと。

 なんてことを口にするのだろうか。しかし、アルテミス様ほどのお方が仰るのだから、間違いではないのか?

 何も変わらず、不変であることが幸せだと思っていたが考えを改めるべきなのかもしれない。

 

『もー。私はてっきり、あの子が純潔を奪ってるって思ったのに〜〜』

 

 撤回しよう。

 何を言い出すのだろうか、この女神は

 

『なっ!?...そ、そのような行為は生前はおろか、カルデアに召喚されてからも行なっておりません!第一、私は貴方に誓いを捧げた身です。ですから、そういったことは...』

 

 出来る筈ない。

 精々、抱き合うのが限度。それ以上は一度も行ったことなどない。一度も彼は...求めてくることなど無かった。ならばそれでいいと、それ以上私たちは進まなかったのだ。

 

『そうだっけ?う〜ん。確かに女神(わたし)に誓ったんなら破っちゃダメよねえ』

『.....』

『あ、でもね?わたし、純潔を失う日のシミュレーションは毎日やってるのよ?』

『...んん?』

 

 待て、待て待て!

 やめてくれ。このままではわたしの中のアルテミス様像が完全に破壊されてしまう。いや、カルデアに召喚されてから何度も砕け散ってきたような気はしなくもないが。ああ、そうか。これは夢だ。耳を塞いで、再び目をあければ覚める夢に違いない。

 だが、こちらが耳を塞ごうにも、乙女の妄想は止まらない。

 

『あのね、あのね。ダーリンがね、まず壁をこう、ドンってするのよ。ドンって。で、耳元で「俺じゃダメか?」って言うのよ!渋い声で!それから、わたしの顎をクイっと上げて——。」

 

 とても純潔の女神とは思えぬ恋愛脳全開の妄想を浴び、頭がクラクラしてきた。

 頑張れ私、ショックで倒れそうだが、頑張れ私!

 

『そして最後は、わたしを優しく抱きしめるの。きゃ〜〜♡もう、最高よね!』

『あはっ、そうですね』

『でしょ〜?...あれ、何の話してたんだっけ?』

 

 ひとまず落ち着いたのか、アルテミス様は何か別のことを考えている。

 よくやった私。

 愛の妄想に、私は打ち勝ったんだ。はぁぁ、どうしてこうなったのか。できれば早く戻って彼に慰めて欲しい。胸に顔を埋め、優しく髪を撫でて貰おう。そうすれば、この悪い夢もきっと忘れられる。

 

『あ、そうそう。ねえ、アタランテ?』

 

 項垂れている私に声がかけられる。

 先ほどとは打って変わって、慈悲深い女神の声が、

 

『不変も悪くないと思うわよ、つまんなけど。きっとお互いが願った形なんだろうし。でもね.....誰かに奪われるとは思わない?』

 

 はっ、と顔を上げる。

 

『このカルデアにはたくさんの女が集っているの。わたしのオリオンったら他の女にうつつを抜かしちゃって、今日も2回ぐらい撃ち抜いたのよ。』

 

 そういえば野太い叫びが聞こえたような気がする。自業自得なので特にコメントはない。

 巻き込まれなくてよかったと心底安堵した。

 

『あの子とダーリンは違うと思うけど、万が一って事もあるじゃない?』

 

 「それはあり得ない」と否定したかったが、思い当たる節がチラホラと浮かんできてしまう。彼は他の英霊たちとも縁があるようだと聞いた。もしや、わたしが居ない間に他の女とうつつを...いや、そんな事ない。...本当にないだろうか?

 そういえば、召喚されてからというもの何だかよそよそしい気がした。最初の頃よりは改善してきている気がするが

 もしや...

 

『だから一歩ふみ出して見るのも大事だと思う、って、あれ?もしもーし、わたしの声届いてる?』

 

 今日もあの聖女に字を教えるとかで側に居てくれなかった。昨日も聖剣使いにご飯を作るやらで随分待たされた。その前も——

 このままではいけない。

 

『ありがとうございますアルテミス様。この御恩、一生忘れません』

『??、よく分かんないけど、頑張ってね!わたし、あなた達を応援しているから!』 

 

 その夜、私は話があると彼の部屋に押し入り、今に至るというわけだ。

 

 声をかけるまではやってやる!、と自信を持っていたのだ。だが、中々言い出せないでいるのが現状といったところだ。もう夜も遅い。彼はじっと黙って、私を待ってくれるがなんだが申し訳なくなってきた。

 

「すまないな、迷惑をかける」

「.....」

「ははっ、なんだか可笑しいな。汝を前にすると気が上がってしまうのだ」

「.....」

「...何か、言ってくれても良いのだぞ?」

 

 呆れて物も言えないといったところだろうか。そう思われても仕方ないな。

 それにしても静かなものだなと彼の方を見ると、

 

「...すぅ...すぅ...すぅ...」

 

 寝息を立てて寝ていた。

 

「.....」ピキッ

 

 穏やかに眠るその顔を見ているとなんだかムッときてしまう。

 なので頬をつねることにした。

 

「——い!い、いひゃ!ごめにゃひゃい!」

「......」

 

 痛みで飛び起きたようで。それでも続けよう。

 ぐりぐりぐりぐり。

 

「ひひれひゃう!ほっへひひれう!」

 

 はて?何を言っているのやら。

 

「なんだ?聞こえないぞ」

「うええええええ」

 

 それからしばらく彼の柔らかい頬を堪能し、いい加減話が進まないので解放してやることにする。赤く染まった頬をさすりながら「ちょっと楽しんでなかった?」と目を向けているが、それは気のせいだ。

 

「まったく、人の気も知らないで眠るなど...私は怒っているぞ」

 

 彼は頬をさすりながら

 

「うぅ...ごめん。でも君が部屋に来てから3時間も何も言わないから、つい眠気が来ちゃって」

「それはこちらも悪かった...もう少し待ってくれ」

 

 確かにこちらにも非がある。すでに時計の針は2時を指している。驚いた、時間というものはどうしてこう早く過ぎてしまうのか。彼との時間は1秒でも大切にしたいのだ。あとは言葉にするだけだというのに、中々上手くいかないものだな。しかし、あと少しなのだ。必要なのは口にする勇気。もう少し、もう少しだけ時間を貰おう。

 

 彼は優しく微笑み、

 

「ん〜もう少しだけだよ」

 

 まるで駄々をこねる子供をあやす親のように私の頭を撫で、受け入れてくれた。

 だが、そんな彼の態度になぜか寂しさを感じる。私たちの距離はそんなにも空いてしまったのだろうか。なぜか、そんなことを考えてしまう。

 

「...私は、子供じゃないぞ」

「ん?知ってるよ」

「なら、子供扱い、しないでくれ」

 

 ずいッと彼の方へ身を寄せる。開いている距離を埋めるように。

 

「そんなつもり...ち、近いよ」

 

 同時に彼は後ずさる。

 なぜ逃げるのだ。もう一度詰める。このソファーはあまり大きくないのでこれ以上逃げれないだろう。

 よし、と覚悟を決め彼に問うた。

 

「汝は、私のことをどう思っているのだ」

 

 顔を思いっきり近づける。

 あと少し踏み出せば唇が触れてしまうほどの距離。

 

「どうって」

 

 目を背けながら彼は戸惑う。また逃げようとする。

 

「どう思っているんだ?」

 

 もう一度問う。

 これではさっきと立場が逆だなと心の中で苦笑する。私は彼の目を見つめ、答えを待つ。いよいよ観念したのか顔を赤く染めながら彼は口を開いた。

 

「ふ、ふつうに...すき...だから。もう、許して...」

「....は?」

 

 微かに聞こえた“すき“は私の胸を高鳴らせた。

 ただ、“ふつうに“とはどういうことだ?お前の特別は私ではないのか?それに、“愛してる“ではなく“すき“だと?

 嬉しいやら悲しいやら、様々な感情が駆け巡る。

 

「......」

 

 取っていた手を離し、ソファーに押し倒す。わっ、と声が聞こえた気がするが知るものか。こうなったら力技だ。マウントを取れば逃げることなどできまい。それに、見下ろすことで表情もよく見える。

 

「汝はあの日、私に勝った。そうだな?」

「え?、う、うん」

「ならば、私は汝の物。汝が望むなら何をしたって良いのだぞ?」

「はっ!?」

 

 彼の上に跨り、両腕を押さえつける。

 振り解こうと力を込めているようだが、筋力のランクが違うのだ諦めるといい。

 

「ダメだよ」

「...なぜだ」

「君には誓いがあるだろう...それを破ってまで君を傷つけたくない」

「....」

「それにね。僕は傷つけるよりも、君とこうして何事もなく暮らす方が良いよ」

 

 やはり汝は優しいな。困ったように笑みを浮かべた彼を見て思う。

 だが、今日はそれで引き下がるわけにはいかない。

 

「無論、私から捨てる訳ではない。これはそう...不可抗力だ」

「いや、それは。あの女神に何されるか、君ならわかっているだろう?」

「心配するな、言質は取ってある」

 

 『確かに貴方が破るのはダメだけど...その覚悟があるなら、思いっきり攻めちゃいなさいな。』女神の言葉を反芻しながら私は言葉を紡ぐ。

 

「耳も、尻尾も、この身体は全て汝のものだ。...お前が獣のように交わりたいと言うなら喜んで差し出そう。その覚悟はできている」

「ッ...」

「それとも私には魅力がないのだろうか?まあ、私は貧相な体だからな。欲を抱くというのも難しいかもしれないが、」

「そんなこと!...ない。君は凄く、魅力的だし...可愛い」

「ンッ——。そ、そうか」

 

 うぅ...我ながら慣れないことをしているな。えらく食い気味に答えられたせいで自分の顔が火照ってしまうのが嫌でも分かってしまう。掴んだ手から彼の脈拍が早まっているのが伝わってくる。うん、嘘ではないのだろう。もう、止まれない。私の想いをどうか受け止めてくれますように。

 

「私は愛を知らない...知らなかった。子供が愛される世界を望むこの夢も、親から愛されなかった私を子供達に重ねているだけかもしれない」

 

 私は我儘だ。いつ何時でも、汝からの愛が欲しい。いつだって私は、愛に飢えているのだから。

 

「だが、汝に教えてもらったんだ。誰かを愛する、誰かに愛される喜びを」

「私を愛して欲しい...愛してもらった分、いや、それ以上に汝を愛す。私の願いを受け止めてはくれないか?」

 

 瞳が震えている。こうまで言ってもまだ迷いがあるのか。少し目を伏せながら彼に問う。

 

「それに、だな。...伴侶の願いを足蹴にするのは、その...悲しい、ぞ?」

 

 その言葉が決め手になった。彼は目を見開いた後、瞼を下ろし再び目を開けた時に見せた顔はあの頃と同じ笑みを浮かべている。そして、私の首元に腕を回し優しく抱き寄せ、

 

「——ずるいよ、君は」

 

 そう告げるのだった。

 

 耳元で聞こえた言葉は鼓動をより一層高鳴らせる

 汝がどれだけ遠くにいこうと、逃さない。今はまだ、私と汝の距離は離れたままかもしれないが

 それでも、

 

「...目を、閉じてくれ」

 

 ——私は、あなたに追いついてみせる。

 

 だからそこに居てくれ。汝はもう逃げる必要などないのだから。

 

 ◇

 

「う、ぐ.....うえええええええっ...」

「えっ?あれ、えっと...」

 

 突然泣き出してしまった赤子を、怪物は目を白黒させながら見ていた。そして大いに戸惑った。

 

「え、あ...よ、よしよーし。大丈夫だよー、どうしたんだー?」

 

 などと、不器用にあやすものの泣きじゃくる声は止むことはない。

 

「びえええええええっ...」

「あわわわわわわ」

 

 涙を拭っても溢れ続けてしまうので、どうしようもなくなってしまう。

 何を思ったか怪物は、赤子を泣きやます方法をあれやこれやと探し始めた。

 

「そ、そうだ...ほら、花で作った冠だ。綺麗だろ?」

 

 怪物は器用に花を編み冠を作り出したが、今の赤子にはそんなもの目に入らない。赤子は泣き続ける。

 

「だ、だめ? ならこれでどう? ほら、可愛い小鳥だ。どうだ?」

 

 小鳥を呼び寄せ、赤子に見せることであやそうとするも無意味に終わってしまう。

 

「じゃ、じゃあ! ...ばあっ、変な顔だ! ほら!笑って...くれないか」

 

 あらゆる方法を試したが、泣き止む様子はなく困り果てた。さて、一体どうしたものか。

 

「こうなったら...——それっ」

 

 その身に翼を生やし怪物は天へと羽ばたいた。もちろん、赤子を落とさないようにしっかりと抱き締めながら。鳥のような翼で羽ばたけば一瞬で雲を抜け、その上に飛び出す。

 いきなり変わった景色に呆気に取られたのか赤子は泣き止んでいた。

 

「どうだ、綺麗だろう」

 

 怪物は上に向かって指を差す。

 そこに目を向けると、まん丸と輝くお月様。二人は月に見惚れる。

 

「あの女神は苦手だが月は好きなんだ。どうしてかな、なんだ見守ってくれてるような気がするんだ」

 

 月に向かって手を伸ばす怪物。それを真似してか、赤子も手を伸ばしてみる。掴めるはずないのに、届くはずないのに。

 

「きっと、お前のことも見守ってくれる」

 

 どうかこの娘を、らしくないことを祈った。

 

「...さっきは酷いこと言って悪かったね。たとえ、親からの愛がなかったとしても、お前なりの愛を知れるように祈っているよ」

 

 凍えないように、少しでも幸せになりますようにと優しく抱きしめる。

 それがとても嬉しかったのだろう、赤子はとびっきりの笑みを浮かべた。

 

「いやはや、うん。...これが可愛いってことかな。いつか、その笑顔を見せてくれるお前に会いたいものだ」

 

 赤子の頭を優しく撫で、怪物は言葉をこぼした。

 そんな機会などないだろうなと、少し残念がりながら。

 

「さて、お姫様のご機嫌取りはここまでだ。そろそろ五月蝿い女神も戻ってくるだろう」

 

 凍えないように羽毛を纏いながら二人は降下していく。

 

「こ、こりゃ!ほっへをひっふぁるな...ったく、もう」

 

 これは誰も覚えていない、二人の邂逅。

 いつの日か、自分達だけの愛を手に入れた二人の始まりのお話。

 

 ◇

 

 栄光の船旅を終え、故郷に帰った私を待っていたのは醜い願望だった。

 

「ふん...口ほどにもないな。私を手に入れたいのであれば己を鍛えるべきだったのだ」

 

 今日も今日とて、挑戦しにきた愚か者どもを矢で射抜く。変わり映えのない地獄のような日々。やはり帰ってくるべきではなかったのだ。

 私に速さで勝るものなど居るはずもなく、ましてや誰のものにもなるつもりはない。こんなくだらない事に付き合っているのは、私があの男に親の愛があると信じてしまったから。...結果はこの様だ。遺体の山を積もらせながら私は月を見上げる。

 

「......」

 

 ふと、手を伸ばした。届くことのない、輝く月に。

 どんな時でも、月は私を見守ってくれる。月の女神と称されるアルテミス神もきっと見てくださっている。ならば、この耐え難い屈辱にも抗って見せなければ。

 

「...!」

 

 そんな思いに耽っていると、人の気配を覚える。

 振り返れば、ここから去って行こうとする人影が見えた。

 

「なんだ、汝は挑戦者ではないのか?」

 

 大方、遺体の山でも見て怖気付いたのだろう。去りゆく人影に声をかけた。

 

「.......」

 

 振り返ったその顔は、少年と少女、矛盾した印象を併せ持つ人間離れしたものだったので少し面食らってしまう。

 目の前の人物も、なにやら呆気に取られたようで、お互い無言で向かい合ってしまう。

 

「...どうした。言葉を喋れぬわけではあるまい。もう一度問おう、汝は挑戦者なのか?」

 

 それが、彼と私の出会い。

 

「——いいえ。噂で聞いた貴方を一目見たくて」

 

 私達はここから始まった。




ー完ー

中性的って良いね。
これでひとまずアタランテとの短編を終わりにしたいと思います。いい加減本編を一区切りしなければ。二人の物語はfgo 編でまた描きたい思います。
地獄の1章、再会の3章をなんとか頑張りたいです。失踪しない様に祈っていて下さいませ。

次回 桜と怪物 「反転」
年内には出したい。
よかったらご感想など頂ければ失踪の可能性が消え失せます。



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桜と怪物
桜と怪物 「君の名前は」


 今回の彼はアタランテという枷はありません。本来の彼の性格というか悪としての彼を書きたいと思います。
  
 


―――覚えていますか?まだ私が先輩のことを知らなかった頃の話―――

 

 校舎の窓から少女が外を見ている。運動場では一人の少年が永遠と走り高跳びの練習をしていた。バーを飛び越えることができず何度も何度失敗している。それもそのはず、その高さは同年代では記録保持者でも飛べないような高さなのだから。

 

”失敗しちゃえ”

 

 少女は凍てついた心の中で呪いの言葉を吐いた。ただの八つ当たりだ、少年が挫けるさまが見たいだけ。

 

”諦めちゃえ”

 

 それでも少年は何度も何度も挑戦し続けた。ひたすらに高飛びを機械的に挑戦を続けるその姿ははたから見れば狂気的ともいえる。

 

 少女はいつの間にか夢中になって外の様子を見ていた。少年が高飛びを失敗し続けるその様子を。

 

―――ああ。この人はきっと何も裏切らない人なんだろうな

 

 なんてことない、いつかの記憶。

 

 これが先輩を知るきっかけだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 懐かしい夢を見た気がする。いつの日か見た大切な思い出。

 

 制服に着替えながら夢の余韻に浸る。今日はいつもより少し早く家を出なければ。部活の朝練があるのだ。けどその前に行かなければいけないところがある。

 

 そうして今日も私は先輩の家に訪れる。

 

「おはようございます...」

 

 返事はない。家の中にいるのは確かなようなので居間の方へ向かう。”トントントン”と包丁の小気味いい音が聞こえる。どうやら先輩は朝食を作っているらしい。

 

「はっ!?なにしてるんだよ俺」

 

 おや?...どうしたのだろうか

 

「なんてこった...時間があるからって余計な料理を作っちまうなんて。一つの空にふたつの太陽はいらないのだ...」

 

 よくは分からないが、おそらく朝食の主菜を二品作ってしまったのだろう。先輩はこだわりが強いのだ

 

「もしかして...作ったのに食べないんですか?」

 

 私の質問に先輩はきりっとした表情で答えた

 

「いや食べる。予定にはなかったけど弁当のおかずにしちまえば―――って、ええ!?」

 

 突然声を上げたのでこちらまでびっくりしてしまう。朝食作りに夢中で私の存在に気が付いてなかったのだろう。驚いた先輩の顔がなんだかおかしくて笑ってしまった。

 

「おはようございます先輩」

 

「なんだ来てたのか...おはよう桜。朝食の支度はもうすぐ終わるからゆっくりしていてくれ」

 

 この人が私の先輩の衛宮士郎。こんな私なんかを気にかけてくれていつも優しい人。

 

「でも先輩、お弁当も作るんですよね?」

 

「ああ、その流れになった」

 

「じゃあ、私も作っていいですか?自分のは自分で作りますので」

 

 エプロンを着ながら台所に立つ。

 

「いや、待った。それなら俺のおかずを分けるよ。桜はご飯を炊いてくれ」

 

「はい!二合ぐらいでいいですか」

 

「ん~いいんじゃないか?」

 

 米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れる。最初はこの使い方すらわからなかったけれど先輩に料理を教わっていくうちにだんだん慣れてきた。

 

 すると―――

 

「おっはよー!今朝もいい匂いね!!」

 

 藤村先生が今日も元気いっぱいに居間に飛び込んできた。この藤村先生は先輩のことを小さいころから知っているみたいでよくご飯をたかr...食べにくる。私が所属する弓道部の顧問で、とっても頼りがいがある...かも

 

「おはようございます藤村先生」

 

「あれ?桜ちゃん士郎と一緒に朝食作ってるの?」

 

「いえ、今は先輩と一緒にお弁当を作ってるんです」

 

 ご機嫌に答える私を見て先生は”うんうん”と頷いている

 

「そっかそっかーそりゃ朝からそんなご機嫌にもなるか。楽しいことだらけだもんね!」

 

 テーブルに置いてあった急須からお茶をつぎ、いつもの様にくつろいでいる。そんな姿を見て先輩は少し不満げに言った

 

「...ったく。いつまで寝ぼけてんだよ。学校前に台所に立つことの何が楽しいってんだ」

 

 不満を零すその顔が面白くてまた笑ってしまう。

 

「悪いな桜。今日こそはゆっくりしてもらおうと思っていたんだが」

 

 先輩は私に苦労をさせたくないと思っているのだろうけど、私はこの時間が何よりも楽しいのだ

 

「そんなこと...こうして台所に立つのは楽しいですよ」

 

「でもな、あんまりうちにばかりかまけてると好きなことする時間もないだろうに」

 

「あははは...大丈夫です。わたしの趣味は料理と弓道ですから」

 

 それに家に帰ったって辛いだけ...でも最近は少し気が楽になった。

 

「ちなみに将来の目標は先輩の味を超えることでもうすぐ射程圏内だったりします!覚悟しておいてくださいね。絶対に参ったって言わせてみせますから」

 

 そんなたわいもない話をしていればいつの間にやら料理は完成していく。

 

「―――っと、桜これ頼む」

 

 その時私は気づいてしまった。

 

「......桜?」

 

 何も言わず動かない私に先輩は怪訝そうな顔を向ける

 

「...先輩。なんですかその手の痣」

 

「痣?」

 

 先輩は左手を見て初めて気づいたようだ。それはまるで紋章のような痣

 

「あれ...ほんとだ。ぶつけた覚えはないんだけどな」

 

 不思議そうに先輩は痣を見つめている

 

「悪いあと任せた。湿布かなんか貼ってくる」

 

 その場を任せると奥へと行ってしまった。その言葉に答えることができず私はその場にへたり込む

 

―――先輩 まさか、そんな

 

 ◇

 

「それじゃあ先に行ってますね」

 

「桜...体調が悪いなら朝練ぐらい休んでいいんだぞ?」

「いえ、大丈夫です。少し頭痛がするだけで...わたしすごく元気ですよ」

 

「朝食一つも食べられなかったのにか?」

 

 あの後、朝食に手を付けることができず結局先輩に心配させてしまった。...もしかしたら私の勘違いかもしれない。そんなことばかり考えていたら気分はどんどん沈んでいくばかりで

 

「...失礼します」

 

 そのまま何も言えず先輩の家を後にした。

 

 ◇

 

 いつもの様に授業が終わり、外は夕焼けに染まっている。もうそろそろ部活動に向かわなくてはいけないのに身体が重い

 

 教室には私以外誰も誰も残っていない。私だけが取り残されていた。

 

 そのはずなのに―――

 

「桜」

 

「えっ...先輩?」

 

 いつの間にか先輩が教室に来ていた。心配そうに声をかけてくる

 

「桜の様子が気になったんだ...気分が悪いなら一緒に帰らないか?」

 

「...いえ、いいです。わたしどこも悪くありません。いつも通り部活に出て、終わったら先輩のところで夕ご飯をご馳走になるんです」

 

 そう、それが私の日常。だから早く、いつも通りに部活に向かわなくてはいけない。そうして逃げるように席を立とうとしたが、よろよろと先輩に倒れこんでしまった。

 

「ちょっ...びっ...びっくりした。本当に大丈夫か桜?...いいから今日は部活を休め。大体そんな調子で弓を引いても帰ってくるもんなんかないだろ」

 

 私を抱えたまま先輩は言った。申し訳なさで顔を反らしてしまう

 

「...でも、兄さんが...呼んでるから...だからいかないと」

 

 また怒らせてしまう。また殴られてしまう。その傷を見れば先輩に迷惑をかけてしまう。

 

「...そうか。要するに慎二の顔を立てるだけってことだよな」

 

「あ...はい。流石に弓は引けないので」

 

 ため息をつきながらも先輩は納得してくれた

 

「分かった。部活に行くのは止めない。でも少し休んでいけ」

 

 そうして私を座らせるとなにやら準備をしている

 

「ほら、桜。これでも飲んで少し休め」

 

 どうやら生徒会室から急須セットを持ってきていたらしい。本当にこんなところで飲んでいいのかと思っていたが”生徒会室のお茶は飲みなれているし、廊下にはだれもいなかったから”と先輩が答えた。せっかく注いで貰ったのだお言葉に甘えることにする。

 

 しばらく静かな時間が過ぎた。

 

 私は窓から外を見ている...そういえばいつの日かこうして窓の外を見ていたことを思い出す。

 

「先輩...覚えてますか?」

 

 あの日のことを先輩に聞いてみた。どうやら覚えていないようだ

 

「四年前、私が進学したばかりの話です―――」

 

 それは一人の少女が、青年を見ていた話。何度も何度も飛び続ける彼を応援してしまっていた話。

 

「―――そうして日が落ちて、結局その人帰ってしまったんです。すごく疲れていたはずなのに、なんでもなかったみたいに一人で片付けをして」

 

「...わかんないやつだな。結局飛べたのか?」

 

「ふふふっ、いえ結局飛べなかったんです。何時間もやってどうしても飛べないと納得しただけだったんです」

 

「なんだそりゃ。変な奴もいるんだな」

 

「その人はきっと頼りがいのある人なんです。一人できっと進んでいける人。けどそこが不安で...寂しかった」

 

 もっと力になりたい。それなのに私は助けてもらうばかりで、本当にこのままでいいんだろうか。

 

「...私にはそう見えたけれど、その人にとってはそれが日常茶飯事だったんですよね」

 

 そこまで言うと流石に気が付いたらしい。恥ずかしそうに頬かいている

 

「えっと...つまり」

 

「はい。その人は今私の目の前にいる上級生さんなのでした」

 

 先輩は顔を赤らめそっぽを向いてしまった。

 

「そ、そっか...それは、その、恥ずかしいところを見せていたんだな」

 

「はい。わたしたち同じものを見ていたんです」

 

「―――え」

 

”キーンコーーンカーンコーン”

 

 チャイムが鳴り響く。そろそろ部室へ向かわなくてはならない。

 

「ありがとうございました先輩。おかげで元気いっぱいです」

 

「そうか。今日は無理に家に来なくてもいいからな」

 

「いえ、夕飯だけ作っておきますね。それじゃあ」

 

 少し足早に教室を後にする。先輩のおかげで何とか乗り切れそうだ。今日も私は普通に生きている。それだけで今は幸せだ

 

 

 ◇

 

 

 先輩の家で夕飯を作り終え、自宅に帰る。いつも通りに家に来ていた藤村先生に”送っていこうか?”と言われたが迷惑をかけられないので断った。

 

 あとはこの坂を登れば家に着く。

 

 ふと坂を見上げると一人の青年が歩いてきた。この町では珍しい金髪の外国人。

 

『いまのうちに死んでおけよ娘』

 

 すれ違いざまに声をかけられる

 

『馴染んでしまえば死ぬこともできなくなるぞ―――』

 

「......」

 

 私は何も言えずその場に立っている。

 

―――なんでわたしばっかり

 

 なにも考えることはできず、考えることが嫌でいつの間にか家にたどり着いていた。玄関のドアを開ける。

 

「ん...ああ、お帰り(マスター)

 

 彼が向かい入れてくれた...兄さんの服まで着てだいぶ現代になじんでいるらしい

 

「...ただいま、()()()()()

 

 二日前、召喚されたサーヴァントである彼。その姿を見たとき少しだけ安心した―――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ~間桐邸~

 

―――僕がこの家に生まれたとき、間桐の血はその役目を終わらせていた。

 

間桐の一族はこの地で滅びる

 

でも、それでも

 

間桐が魔術の秘蹟を伝える一族に変わりはない

 

選ばれし一族、間桐家。僕はその後継者なんだ

 

 

 ◇

 

『繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する』

 

 間桐慎二は魔法陣のようなものを描きながら詠唱を続ける。

 

『―――Anfang(セット)

 

 ここは間桐邸の地下にある蟲蔵。当主である間桐臓硯の魔力工房でありその身体を構成する蟲たちがこれでもかと蠢きまわっている。

 

『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 

 全裸で宙に縛られている桜を中心に描かれた召喚陣は詠唱が進むにつれ輝き始める。その様子を臓硯はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ見下ろしていた。もとより召喚される者には期待はしていないが、愛しい愛しい孫が苦しむ様を見るのはまさに愉悦というもの。

 

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』

 

 英霊を呼び寄せる触媒はあらず、ただその場の縁によって召喚される

 

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ

 

 ―――その瞬間辺りは光に包まれる。召喚陣からは何かが現れようとしている。

 

「(はっ―――)」

 

 慎二が目にしたものはおおよそ英霊と呼べる類ではなかった。

 

 それは巨人だった。触手に覆われた怪物だった。黒き竜だった。厄災だった。恐怖だった。やがてそれは一つに固まっていき、人の姿を形どる

 

 召喚陣の中心にいた桜は力なくその場に倒れた

 

「サーヴァント...キャスター召喚に応じ参上しました」

 

 それが口を開く

 

「(凄い、これが魔術。これがサーヴァント!凄い凄い、これを使って僕は聖杯戦争に勝つんだ!!)」

 

 慎二は興奮していた。自らが行った大偉業に。この光景に酔っていた。

 

「おい...―――ひっ、なにやって、るんだよ」

 

 声をかけようとした時、キャスターはしゃがみ込み桜をじっと見つめていた。すると何を思ったのか桜の心臓辺りに腕を突き刺し内臓をまさぐりはじめた。当の桜は何がなんやら分からず困惑しており、声にならない呻き声をあげている。

 

「うっ...え...あっ」

 

 やがて何かを見つけたらしくその手を引っこ抜いた。不思議なことに桜の身体には傷一つ付いていなかった。

 

ぎゅぐgyぐgyyぐyぐy

 

 その手には気味の悪い蟲が蠢いている。

 

「お、おい お主待て!いったい何をするつもりじゃ!!」

 

 それまで傍観していた臓硯が急に慌てだす。何を隠そうこの蟲こそが臓硯を構成する核であり、桜の心臓に忍ばせていたのだった。

 

 キャスター?はそれを指でつまみ興味深そうにいじっていたがやがて飽きたのだろう。老人の質問に答えることなく―――ぷちっと握り潰した。

 

「お お ぉお おおおおおお」

 

 あっけなく老人はその身体を保てなくなり間桐邸から姿を消した。残された蟲たちは苦しそうに蠢めくだけ。そのうち生き絶えるに違いない。

 

「...気持ち悪いなあ」

 

 手に残った蟲の死骸を払いながら答える。その目はじっと桜を見つめていた。

 

「え、えっと...「おい!凄いなお前お爺様を殺しちまったのかよ!」...あっ...兄さん」

 

 大興奮の慎二。あれだけ恐れていた老人はもういない、ここまで喜べるのも頷ける。しかしそれは後ろ盾がいなくなったということを彼はまだ理解していない。

 

「......」

 

 その問いにも答えずキャスターは黙って桜を見ている。自分を無視しているのが気に入らない慎二は桜を突き飛ばし目の前で叫んだ

 

「おい!...お前の主人はこの僕だ!!」

 

 桜は痛みに呻いているが知ったことではない。もとより役目は終わっている

 

「...君が?...本当に?」

 

 胡散臭いものを見るような目で慎二をみるキャスター。

 

「だからそうだと言っているだろう!見ろこれがその証だ」

 

 慎二は持っていた一冊の本を見せた。それは桜の持つ令呪一画を媒介に作成された「偽臣の書」。令呪一画分と同等の効果を持つ書である。

 

「こ、これの力は分かっているんだろう!?」

 

 いかに強力なサーヴァントといえど令呪による命令には逆らえない。まあ、例外はあるのだが...

 

「...ふーん」

 

 別段それを言われたからと言って興味が慎二に向いたわけではない。とりあえずマスターと認めたということだろう

 

「は...はは。やっと自分の立場をわきまえたみたいだな。僕がマスターの間桐慎二だ。で、キャスターお前はどこのどなた様だ?」

 

 一体自分は何を呼び出したのだろう。慎二は全く分からない。キャスターの外見は黒髪に赤い目、服装は...古代ギリシャの服飾に近いようだ。ということはギリシャ神話関連の英雄だろう。期待に胸が弾む

 

「僕は、かつてギリシャの地で英雄たちに打倒された怪物。真名を―――」

 

「......ハァ?なんだよお前...それのどこが英雄なんだよ(むしろ英雄に倒された化け物じゃないか)」

 

 数々の武勇を立てた英雄たちが聖杯を求めて戦う聖杯戦争。そう聞いていたのに召喚されたのは化け物。期待外れもいいところだ。

 

 キャスターはそれを否定することなく黙っている

 

「クソッ...っ、けどまあ結局僕が采配を振るうしかないってことだよな...よしお前は僕の言うことだけを聞け。絶対に逆らおうとするんじゃないぞ!!」

 

 ...その言葉にキャスターが答えることはなかった。慎二にとって聖杯戦争はスリルのあるゲームに過ぎないのかもしれない。

 

「一応今後の方針について話し合おうぜ。僕が思うに今回の聖杯戦争では―――ん?」

 

 床に転がっている桜に気が付いた...何でまだいるんだコイツ。もう用はない、この僕が聖杯戦争に挑むんだから

 

「おい...お前は上に行っていろよ。もうお前は関係ないだろ?―――早く消えろよ!!」

 

 桜はふらふらと立ち上がり蟲蔵から出ていく

 

「...たっく、本当にグズなんだから...!」

 

 ◇

 

 ―――服を着てベットに寝転ぶ。眠っているときは忘れていられる、辛い記憶も全部。

 

 それに今日はよく眠れそうだ、もうあの恐ろしかったお爺さまはいない。もう蟲による調教は受けずに済む。もう全部終わったのだ...キャスターのおかげで

 

 その日は久しぶりによく眠れた。

 

 ◇

 

 

 目が覚める。どうやらもう朝らしい。なんだか懐かしい夢を見た気がする。いつか見た大切な思い出。

 

 制服に着替えながら夢の余韻に浸る。今日はいつもより少し早く家を出なければいけない。部活の朝練があるのだ。けどその前に行かなければいけないところがある。

 

 部屋を出て玄関に向かう

 

「あっ...」

 

 キャスターが廊下に立っていた。親しげに”やあ”と手をかざしている。急いでいたのでとりあえず頭を下げ通り過ぎようとする

 

「...君の名前は?」

 

 通り過ぎざまに聞かれた。

 

「桜...間桐桜...です」

 

「―――サクラか」

 

 玄関を出て先輩の家に向かう。

 

「先輩、起きてるかな...」

 

 今日も私は生きています。




どうだったでしょうか。あまりキャスターの活躍というのはありませんでしたが。次回は戦闘描写をかけたらいいなあと思っています。

―次回予告―

 桜が先輩の家に訪れるとそこにはセイバーと名乗る少女が、しかも家に居候すらしいぞ!どうする桜、どうなる桜!?

 一方、衛宮士郎はなんやかんやで運命に出会い、なんやかんや教会で聖杯戦争のことを聞き、なんやかんやでバーサーカーに殺されかけてしまった。

 とりあえず夜の街をセイバーと共に徘徊することにした士郎。そこで見たものは――

 キャスターとセイバーの戦いの火蓋がいま切られる。はたしてワカメは生き残ることができるのか?キャスターの実力はいかに?

次回「キャスター死す」
 


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桜と怪物 「勉強中」

 次回はキャスター戦と言ったな、あれは嘘だ。

 文字数がかなり多くなって分けることにしました、長いと皆さん読むのが大変だと思うので...
 もう少し読みやすい文章で書きたいなあ


 今日も先輩の家に訪れる。まだ先輩は起きていないようなので朝ご飯を作っておくことにする。今日は焼き魚と付け合わせの白菜の漬物と味噌汁で中々の自信作だ。

 

「おはよ―桜ちゃん!う~ん、今日もおいしそうな匂い!!」

 

 そうこうしているうちに藤村先生もいらっしゃった。その元気なあいさつで先輩も目が覚めたようで、私に寝坊したことを謝るとすぐに朝食の準備のお手伝いをしてくれる。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 ...うん、美味しい。途中から先輩に手伝ってもらったけど我ながら成長していると思う。先輩の様子が気になり横目で見てみると...何だか調子が悪いようだ。顔色もあまり良くない。

 

「そうだ、士郎 今日は朝起きるのが遅かったみたいだけど何かあった?」

 

 さすが藤村先生。先輩のちょっとした変化も見逃さずはっきり聞くなんて...私もそんな勇気が欲しい。

 

「...昔の夢を見たんだよ。目覚めが悪かっただけで全然大丈夫」

 

「なんだあーいつものことか。じゃあ安心安心」

 

 そう言って食事に戻る先生。先輩は昔からうなされることが多いようで今日もそうだったのだろう。

 

 朝食を食べ終わり学校に登校する支度をする。藤村先生は一足先に原付で向かった。「遅れちゃダメよー」はお決まりのセリフ。

 

「よし行こう...桜、どうしたんだ? また気分でも悪いのか?」

 

「...いえ、わたしは大丈夫です。先輩の方こそ今朝は体調が悪そうでしたし...昨日の痣が悪化しているんじゃないですか」

 

「いや、あれきりとくには...」

 

 やはり左手には令呪のような紋章がうっすらと浮かんでいる...やっぱり見間違いじゃなかった。

 

「あー...心配すんな。こんなのつばでも付けとけば治るって。それともなんだ、桜が間違えて踏みつけちゃって、とかだったりするのか?」

 

 む...それはあんまりだ

 

「そんなことしません!...そんなに重いわけじゃありませんし わたしは、ただ...間違いだったらよかったなって」

 

「?」

 

 先輩はまだ聖杯戦争のことを知らないはずだ。でもいずれ巻き込まれてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 

「先輩お願いがあります」

 

「うん?」

 

「わたし明日の夜までここに来られないんです。その間なるべく家の中にいてくれませんか?」

 

「バイトとかも休めってことか?」

 

「はい、最近物騒みたいですし」

 

 少なくともこれで先輩が巻き込まれる可能性は減った。夜に出歩かなければ安全なはずだから。

 

「ふーん...じゃあ久しぶりに羽を伸ばすかな」

 

 やはり不自然だっただろうか。不思議そうに先輩は見てくる。それでも――私は先輩を守りたい

 

 それから特に会話はなく、私たちは登校するのだった。

 

 ◇

 

「あっ桜...ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「遠坂...先輩...はい、何ですか?」

 

 廊下を歩いていると声をかけられた。

 

 この人は遠坂凛。同じ学校の先輩で時々私に声をかけて気遣ってくれる...わたしの―――

 

「ちょっとしたことなんだけどね...その、昨日桜が帰る途中だったんだと思うんだけど、金髪の外国人に話しかけられてなかった?」

 

「っ――――――」

 

 ”いまのうちに死んでおけよ娘”

 

 あの人に言われたことを思い出した。

 

「...見てたんですか」

 

「ん たまたまね...知り合い?」

 

 本当のことを言ったところで意味はない。結局のところ何も変わらないのだから。

 

「...道に迷っていたみたいなんです。何を言っていたのかはちょっと...」

 

「ん、そっか。ならよかった」

 

 何でこんな時だけ気にかけてくれるんだろう

 

「桜...最近どう?」

 

「あ、はい。元気です、わたし」

 

「慎二はがまた何かやったら言いなさい。あいつは度っていうのを知らないみたいだから」

 

 私が何をされていたのか知らないくせに

 

「心配いらないですよ先輩。兄さん最近優しいんです」

 

 私はまた一つ嘘をつく。

 

 ◇

 

 

 今日は兄さんの言いつけ通り先輩の家に向かわず自宅に帰る。今日は部活で少し遅くなってしまい、既に辺りは真っ暗だ。

 

「―――おい!どうなってんだよキャスター!!」

 

 家の前に着くと外からでも聞こえる怒号が響いていた。兄さんがキャスターに怒りをぶつけている。

 

「なんなんだよあの学校の結界、あっさりと封印されてるじゃないか!!しかもろくに魔力は集まってない!」

 

「...まあ適当に張ったからね」

 

「適当って...お前キャスターなんだろう!?」

 

「人には得意不得意もあるってことだよ。だからこうして魔術の勉強をしてるんじゃないかシンジ」

 

 キャスターは目の前に間桐家が所有する魔導書を広げている。しかしながら、そのどれもが初歩的なものばかりだった。

 

「...ばかにしてるのか」

 

「まさか、それに僕だって成長してるよ。使い魔程度なら作れるようになったし...まあ視覚共有は練習中だけど。褒めてほしいくらいさ」

 

「クソッ...!」

 

 慎二はイラつきが隠せないようだ。キャスターは相変わらず魔導書を読みふけっており既に目の前の兄さんのことはどうでもいいみたい。

 

「兄さん?」

 

 恐る恐る声をかけるが、怒りで周りが見えてない兄さんは私を無視してどこかへと出ていってしまった。最近は夜遊びが激しい、お爺さまがいなくなったことでより態度が増長しているのだ。

 

「あっ...兄さんご飯は......行っちゃった」

 

 まあいつも食べてくれないし、機嫌が悪い時は食器を投げつけてくる始末なので放っておくのが一番かもしれない。

 

 残るのはキャスターだが...

 

「お帰り桜 どうしたの?」

 

「いえ、その...兄さんが怒鳴っていたので」

 

「さぁ?思春期ってやつじゃないかな?可愛いもんさ」

 

 ...多分違うと思う。

 

「そうだ、晩ご飯食べますか...あっ、サーヴァントには必要ない「本当に!?是非食べたい!!」あははっ...すぐ作りますね」

 

 凄い喰いつきようだ。もしかしたら食べるのが好きなのかもしれない。キャスターはすぐに机に広げていた本をしまい大人しく座っている。

 

 キャスターはギリシャ出身だと言っていたから洋風な料理にしよう...グラタンなんてどうだろうか。慣れた手つきで料理を作る、いつも先輩の家で食べることが多いのでこうしてこの家で誰かに料理を振舞うのは久しぶりな気がした。

 

 出来上がった料理をテーブルに置くとキャスターは早速食べ始めた。

 

「う~ん!美味しいよこれ!!桜は料理が上手なんだね!」

 

「そんなことないです...まだまだわたしなんて」

 

 まさかこんなにうれしそうに食べてくれるなんて。作った甲斐があったというものだ。

 

「そうだ、作り方を教えてよ。作ってあげたい人がいるんだ」

 

「構いませんけど...誰に作ってあげるんですか?」

 

 彼はサーヴァントであるためこの時代に知り合いがいるわけでもないだろうに...

 

「うん...僕を待ってくれている家族がいるんだ。いつかまた会えた時に...喜んでもらえたらいいなって思ってね」

 

 どこか遠くを見るような目で答えるキャスター。

 

 家族...少しだけうらやましくなった。わたしにはそんな存在程遠いものだから。メモに作り方などを書いて渡し、自室へ戻ろうとした、その時

 

「ん~...なんだ?」

 

 何かあったのだろうか。キャスターの顔が険しくなる。

 

「どうかしたのキャスター?」

 

「試しに使い魔を遊ばせていたんだけど、大きな魔力を感知したらしくてね...多分新しいサーヴァントが召喚されたんだろう」

 

 いやな予感がする。

 

「...場所は分かるの?」

 

「多分、武家屋敷のあたりかな。ほらサクラが朝に通ってる」

 

 ――――先輩の家だ

 

「魔力の大きさからしてサーヴァントが三騎と魔術師が二人かな。う~ん視覚の共有の仕方がよく分からないなあ、実際に行った方が早いか

 

 ...本当にキャスターなのだろうか?いくら何でもここまで魔術の知識がないなんて

 

「で?どうするサクラ」

 

 キャスターが尋ねてくる。どういう意味だろうか。

 

「生憎シンジはいない。つまり今はサクラが僕のマスターってことさ。でだ、あの場所には恐らくだが他のマスターもいるに違いない...今がチャンスだ。命令してくれたらサーヴァントが争ってるうちに一人くらいマスターを殺すぐらいならでき「―――やめて!!」...」

 

 まだ確定したわけじゃない。でも、もし先輩がマスターになっていたら...そんな嫌だ。

 

「もし、他のサーヴァントと戦うことがあってもマスターだけは殺さないで...」

 

 令呪を使ってもいないただのお願い。私は俯きながら話しているのでキャスターの表情は分からない...何を言っているんだろう私、戦うのが怖くって兄さんにキャスターを押し付けているのに、卑怯者の癖に。

 

 ―――先輩にこんな姿を見られたくない

 

 キャスターが口を開く

 

「―――分かった。他ならぬサクラのお願いだ、善処するよ。ご飯も食べさせてもらったしね。それに、そこまで言うのは何か事情があるんだろう? 大丈夫、知り合いと戦いたくない気持ちはわかるつもりだから」 

 

 そう言って私の頭を撫でてくれた。どうやら今回は傍観に徹してくれるらしい。少しだけほっとした。

 

「でもシンジに無理矢理命令されたときはちょっと難しいかもしれないな。一応手加減はするけど...期待しないでね」

 

 兄さん...あの人なら平気でそんなことをするかもしれないけど今はキャスターを信じるしかない。いざとなったら私の令呪で――

 

「さてと僕は魔術の勉強に戻るとするかな。サクラも早く寝るんだよ、女の子なんだから健康にも気を使わないとね」

 

「あっ、はい。えっと...おやすみなさい」

 

 まるで子供を窘めるような言い方をしてキャスターは書庫へと向かっていった。

 

 いくつかの不安が残ってはいるが、私には何もすることができない。明日の夕方にでも先輩のうちに寄ってみよう。きっといつも通りの日常があるはずだから――




 よければご感想、評価などよろしくお願いします。


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桜と怪物 「化け物」

 皆さんが思い浮かべる悪役とは何でしょうか?

 私にとってはだれにも理解されることがなかった可哀そうな人たちってイメージがありますね


「今日から家に下宿することになったセイバーだ。二人ともよろしくしてやってくれ」

 

「「......」」

 

 学校が終わった後先輩の家に訪れるとそこには金髪でとてもかわいらしい外国人の女性が座っていた。先輩の育ての親である人の親戚...らしい。

 

「......」

 

「......」

 

「―――とにかく切嗣を訪ねてきたんだから帰ってもらうわけにはいかないだろ 最近は物騒だし、どこかへ放り出すわけにもいかないしな」

 

 チラッと横目で藤村先生を見る。先ほどから唸ったり、腕を組んで悩んだりと一言も話さない。きっと反対するに違いない、先輩と女性が二人っきりなんてそんな...

 

「...まあ、切嗣さんの親戚ならしょうがないか」

 

「えっ――――」

 

「ごめんね...桜ちゃんが言いたいことは分かるけどこの家は切嗣さんのだから。 外国に親せきがいるって言ってたし それを頼りにしてきた子を放り出すわけにはいかないからね」

 

 それは...そうだけど

 

「先輩はそれでいいんですか?」

 

「ああ。桜はセイバーがここに下宿するのは反対か?」

 

 そんな言い方はズルい。別に反対というわけでは...ない。

 

 ただ、

 

「いえ...お知り合いの方が住まれるのは反対しません。――――けど...セイバーって名前」

 

「ん?ああ、ちょっと珍しい名前だろ 名前の通り不愛想な奴だけどいいやつなのは保証する。 まだ日本に来て日が浅いらしいから桜がいろいろと教えてくれると助かる」

 

 ...先輩は私が知っていることを知らない。セイバーさんはその名の通りサーヴァントに違いない。でもそれを指摘することはできない。結局のところ受け入れるしかないのだ

 

「先輩がそう言うなら...」

 

「うん、ありがとう桜」

 

 ◇

 

 

 四人での食事は終わり、今は先輩と二人で後片付けをしている。藤村先生はセイバーさんを連れこの家の案内をしているようだ。

 

 なんだかこうして二人っきりで何かするのは久しぶりな気がする。

 

「桜、これ拭いてくれるか」

 

「はい、(確かタオルは引き出しの中に)」

 

 引き出しを開けタオルを取ろうとしたとき、私は気づいてしまった

 

 ...減ってる

 

「先輩タオルが減ってますよ それに食器の置き場所もいつもと違いますし...」

 

「あれ?おかしいな...泥棒でも入ったか?」

 

 タオル専門の泥棒とはおかしな話だ。私が来なかった間なにかあったのだろうか

 

「――――そうか、遠坂だ」

 

 なんで

 

「遠坂って、遠坂先輩のことですか」

 

 なんであの人の名前が

 

「ああ、昨日つまらんことで怪我をしちゃってな。偶然通りかかった遠坂に手当てをしてもらったんだよ。 多分その時使ったんだろうな」

 

 いつも何で

 

「...どうして」

 

「えっ...」

 

「どうして遠坂先輩がここに来るんですか...」

 

 ―――今ここにいるのは私なのに。 先輩とあの人は関係ないはずなのに。 

 

「...ごめんなさい。なんでもありません」

 

 ◇

 

 

 そのまま気まずい雰囲気となり、もう夜も遅いということで藤村先生に連れられて家へと帰る。

 

 私はなんだか暗く、下を向きながらとぼとぼ歩く。どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか。先輩のことが心配...それもあるが。

 

「――新たな恋のライバル登場って感じだねー桜ちゃん」

 

「え!?...ふ、藤村先生!わたしそんなこと...」

 

 急にそんなことを言われるので驚いてしまう。確かにセイバーさんはとても可愛らしかったけど...

 

「ふふふっ、桜ちゃんはすぐ我慢が出来ちゃう子だから今悩んでいることもきっと我慢しちゃうんだろうね。でもたまにはわぁぁぁあって伝えちゃうのもいいんじゃない?」

 

 きっと私のことを心配して言葉をかけてくれているのだろう。やっぱり藤村先生は優しい。

 

 ――そうだ、身を引くことはいつでもできる だからこそ先輩の傍にいたい 先輩の役に立ちたい 大丈夫

 

「はい...わたし頑張ってみます!」

 

 今はまだ、大丈夫――――

 

 

 ◇◇◇

 

「じゃあ行こうかセイバー」

 

「ええ......何度も言いますが私の傍を離れないでください」

 

 俺たちは他の聖杯戦争の参加者を見つけるため深夜の巡回に行くことにした。何せ昨日や今日のこともある。決して人ごとなどでいられないのだから。

 

 今日、学校に結界が仕掛けられていたことを知った遠坂と俺は起点となる場所をしらみつぶしに探していたが、あまりにもあっさりと見つかったので拍子抜けしてしまった。遠坂曰く。

 

『あんな適当な結界見たことないわ よほどのド素人が張ったのね 同く魔術を扱うものとして恥ずかしいぐらいよ』

 

 らしい。魔術に関してよくわからない俺でも見つけられたくらいだ。他のマスターと考えるべきだが...魔術師があんなバレバレなことをするのか?

 

「夜の巡回は危険でもあります。本当ならシロウには家で待機してもらいたいのですが」

 

「ああ これだけは譲れない。わがまま言って悪いな」

 

 ...そういえば結局桜の様子はおかしいままだった。最近は元気がなくて、ぼんやりしていて

 

「ではシロウ。まずはどこに向かいますか」

 

 思えばこの数日前から様子がおかしかったな...

 

「シロウ聞いているのですか?」

 

 ...今度改めて桜に聞いてみようか

 

シロウ!私の話を聞いているのですか!!

 

「えっ!?あっ...すまん 気が緩んでいた。これからどうするかだよな」

 

 しまった。セイバーのことをないがしろにしていた。セイバーはむすっとした顔でこちらを見ている。

 

「地脈の流れに僅かながら異常を感じます。他のマスターが行動を起こしているのでしょう。 選択によっては今夜中に一人減らせます」

 

 いきなり戦うことになるってことか...もしバーサーカーのマスターと思われるあの子だったら不味いな。

 

 教会で言峰と名乗る神父から聖杯戦争の概要を聞いた後、あの子と出会った。雪のように白い髪と赤い目、なぜか俺のことをお兄ちゃんと呼ぶあの子はバーサーカーを従え突然俺たちの前に現れた。

 

 圧倒的な力の前にセイバーとアーチャーを持ってしても太刀打ち出来ず、俺がセイバーを庇ってしまい瀕死の傷を受けた後、何処かへと去っていったらしい。

 

「その場合のみ撤退することにしましょう。バーサーカーの宝具がなんであるか、それを見極めるまでこちらの宝具を使えませんから」

 

 セイバーが警戒してるのはバーサーカーだけ...か。さすがは最優のサーヴァントってわけだ。遠坂があそこまで言うのも納得。

 

「セイバー、確認するが俺の方針はマスターとサーヴァントが降伏した時は戦いをやめて――――」

 

「令呪を使い切らせてマスター権をなくす...ですがシロウ、敵がもしそれを受け入れない場合、その時は」

 

「...ああ その時は仕方ない。マスターとして戦う以上その覚悟はあるはずだ」

 

 できればそんなことはしたくない。誰であろうと命を奪うのはごめんだ。

 

 ◇

 

 しばらく二人で新都のあたりを歩き回ったものの特に異常は見られずもう一度深山町まで戻ろうかとセイバーに提案する。周りに人影はなく、道路を走る車の影もない。静まり返った夜の中、セイバーと共に歩いている。

 

「きい゛ゃぁぁ…っぁ…゛―!」

 

「――――!?」

 

 瞬間

 

 背筋が凍るような悪寒と共に、誰かの悲鳴が響き渡った。

 

「セイバー、これ...!?」

 

「サーヴァントの気配ですシロウ。場所はすぐ近くの公園の様ですが」

 

 戦う覚悟があってここまで来た。ためらいはあの夜死にかけたときに消え失せた。それにもかかわらず体は動かず、頭は逃げろ逃げろと叫んでいる。

 

 初めから覚悟なんてできてなかった、戦うということは襲われたとき、殺される前に敵を殺すということなんだ...救われたことがあっても誰かを殺そうとしたことはない。

 

「マスター指示を。何が起こっているのかはわかりませんが、今ならまだ間に合います。貴方の指示次第で、悲鳴を上げた人間を救うことも可能なはずです」

 

 冷静なセイバーのおかげで固まっていた頭、身体のしびれは解けていく。殺し合いをする、その恐れは、誰かを見殺しにするという恐れにかき消されていく

 

「悪いセイバー...!」

 

 全力で走りだす。悩んでいる暇などない、悲鳴のもと、恐怖の根源がそこにいる。

 

「―――俺はなんて間抜けなんだ、大馬鹿野郎が...!」

 

 故に、戦う覚悟など後から幾らでもついてくるのだ

 

 ◇

 

「は、ぁ――――」

 

 脇目もふらず公園に駆けこむ。溢れ出ている魔力は強大で、この上なく恐ろしいものだった。

 

 セイバーの脚が突然止まる。彼女の目は俺より早く、その場で何が起きているのか捉えていた。

 

「な――――」

 

 目を背けることすらできない。

 

 逆上する頭には嫌悪と恐怖しかない。

 

 ......俺にはそれがなんであるか分からなかった。

 

 人の生き血を啜る吸血鬼、死体を貪る獣、死臭をまき散らす黒竜、カニバリズムをする狂人...そのどれもが当てはまるようで、全く別物それ以上の恐ろしいもの。

 

 黒い装束の男が、女性の手足をもぎ取りその血肉を貪っていた。公園一帯にはそれが肉を喰らう音があまりにも生々しく響いている。

 

 ...それは人を食っていた。比喩表現なんかじゃない、あの黒い男は女の泣き叫ぶ声を聞きながらニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ肉を貪っている。やがてその声がやんでも、ぴくぴくと震えるその様子を見てより一層笑みを浮かべた。

 

「―――――――」

 

 声が出せない。

 

 あんな化け物がサーヴァントだということに驚いているのもあるが、俺はその後ろ―――黒い男を嘲笑うように見ている見間違いようの無い人影を凝視していた。

 

「...慎二、お前―――」

 

 頭が働かない、現状が理解できない

 

 何でお前が、どうしてこの様子を見てそんな笑みが浮かべられるのか。

 

 俺にはまだ分からなかった。




次回いよいよキャスターの実力が明らかに、果たして最優と謳われるセイバーに一矢報いることができるのか?

次回 「キャスター」 お楽しみに


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桜と怪物 「キャスター」

「――――はっ、まさかお前が釣れるとはね衛宮 凄いな、間の悪さもここまでくると長所だね」

 

 俺には分からない

 

 なんであいつがここにいるのか。

 

 その手に持った本はなんなのか。

 

 どうして死にかけた女がいるのに笑えるのか。

 

 どうして、どうしてこんな馬鹿げたことが目の前で起こっているのか―――

 

「なに固まってるんだ衛宮? サーヴァントの気配を嗅ぎつけてやって来たんだろ? ならもっとシャンとしろよ。 僕は優しいからさ、馬鹿なお前にも判りやすいようにわざわざ演出してやったんだぜ?」

 

 聞き慣れたはずの慎二の声が、ひどく不快に感じた。

 

「――――殺したのか、お前」

 

 手に力が入る。慎二の目の前にいるサーヴァントは目に入らない。今は目の前の脅威よりも己の目の前にいる友人が行った所業が許せない。恐怖心などとうの昔に消え去っていった。

 

「はあ? 殺したのかってバカだねお前! サーヴァントの餌は人間だろ? なら結果は一つじゃないか」

 

「――――」

 

「ま、僕もどうかと思うけど仕方ないだろう? こいつらは生しか口に合わないってんだ サーヴァントを維持するには魔力を与え続けるしかない そりゃ最初はコイツも嫌がってたけどさ、僕にかかればこの通り」

 

 何が可笑しいのか、黒い男を嘲笑うように慎二は笑う。

 

 黒いサーヴァントは動かない。あの本によって動きを縛られているのか、アレは自らの意志で動くことはできないようだ。主人――マスターの命令がなければ何もしない人形。

 

「そこを退け慎二」

 

 時間がない 急げばあの女性は助かるかもしれない。

 

「はあ? 退けって、お前本気で言ってるの、それ? 食い残しが欲しいなら――ほら サーヴァントを戦わせてみようぜ」

 

「―――慎二」

 

「僕はサーヴァント同士の戦いが見たくて人を呼んだんだ。お前だってマスターなんだろ?なのにぶるぶる震えちゃってさ、そんなんじゃそこの女と変わらないじゃないか!」

 

「退く気はないんだな、慎二」

 

「しつこいな。どかしたかったら力ずくでやれよ。ま、震えてる分には構わないぜ? どのみち、お前にはここで痛い目にあってもらうんだからね」

 

 慎二の目に敵意がともる。

 

 それを命令と受け取ったのか、黒いサーヴァントがゆらゆらと立ち上がりこちらに凄まじい速さで飛び出してきた。とてもじゃないが目で追えない。

 

「―――来ます!!士郎は後ろに下がって!

 

 響く金属音。地にしっかり構え防御に徹しているセイバーと、目まぐるしく地面をかける黒いサーヴァントは対照的だった。

 セイバーは敵のスピードについていけず、ただ足を止めて敵の攻撃を受け流している。

 

 敵は黒い髪をなびかせ、鈍重な獲物を追い詰めるように畳みかけてくる。

 

「やっぱり()()通りの速さじゃないかキャスター! やっぱり僕の采配は正しかったんだ!! はははっ、なんだ、相手はただの木偶の坊じゃないか! マスターが三流ならサーヴァントも三流だったな!」

 

 俺と同じく戦いの場から離れて慎二は笑う...どうしてあいつがマスターになったのかは知らないが魔術師としての力はないようだ。その力があるなら遠坂のように魔術を使うはずだが慎二にはその様子はない。

 

 慎二はサーヴァントの援護をしない、いや出来ない。となると、あいつも俺と同じで偶然マスターに選ばれただけなのか?

 

「くっ――――――――」

 

 何度目かの攻撃を受け、セイバーの脚が止まる。その顔を苦しげだ。高速で襲いかかってくる敵に、苛立ちに似た視線を向ける。今のところ大した傷は負っていないのでセイバーにとっては鬱陶しい羽蟲と同じなのかもしれない。

 

「いいよ、決めちゃえキャスター!衛宮のサーヴァントを始末しろ!」

 

 

 黒い影が迫る

 

 ―――キャスターは主の命に従いセイバーの首を刈らんと加速し、

 

「ガッ―――」

 

 一撃で、その首を斬り落とされた。

 

 

「...え?」

 

 勝負は一瞬で付いた。

 

 セイバーの剣は敵の首を斬り落とし、首を失ったキャスターは力無く膝から倒れ伏した。

 

 慎二は自身の元へ転がって来たキャスターの生首を呆然と見つめ

 

「―――嘘だろ」

 

 俺は愕然と、つまらなそうに剣を収めたセイバーを見つめていた。

 

「なっ、なにやってんだよお前...!」

 

 罵倒する声。

 

 首を斬り落とされたキャスターが反応するわけもなく、ただ叫び声が響くのみ。

 

「ふざけるなよ!誰がやられていいなんて命令した!この僕が召喚してやったんだぞ、こんな雑魚な筈がないだろ!くそっ、衛宮のサーヴァントなんかにやられやがって...!」

 

 キャスターは答えない。そもそも答える口もなく、頭もない。その身体からはドス黒い血が流れ出ている。

 

「おい、さっさと立ち上がれよ、この死人!どうせお前らは生きてないんだ、首なんかなくてもいいんだろう!?ああもう、恥かかせやがって、これじゃあ僕の方が弱いみたいじゃないか!」

 

 キャスターの生首を踏みつけながら罵倒し続ける慎二。

 

 それを見かねたのか

 

「キャスターを責める前に自身を責めるがいい。どんな英霊だろうと、主人に恵まれなければ真価を発揮できないのだからな...しかし、キャスターが魔術を使わないとは」

 

 セイバーが慎二に向かって歩きながら正論を繰り出す。

 

 キャスターは接近戦が強いサーヴァントではないと聞いた。自身の陣地に結界や工房を作り上げ、魔術による戦闘が得意なクラスの筈だ。いくらなんでも近接戦闘が得意なセイバー相手は分が悪すぎた。

 

「っ...!ば、ばばばバカ、いつまで寝てるんだよ!マスターを守るのがお前らの役目なんだ、早く!早く立ち上がれよ!」

 

「...無駄だ、いくらサーヴァントだろうと首を刎ねられれば命はない。じきにキャスターは消失する」

 

 キャスターから流れ出た血で公園は赤く染まっていく。

 

「ここまでだキャスターのマスター。我が主の言葉に従い、降伏の意思を尋ねる。令呪を破棄し、敗北を認めるか?」

 

「う、うるさい 化け物が偉そうに...立てよキャスター! 僕の命令が聞けないってのか...!」

 

「―――、――――。―――」

 

 キャスターの身体から火花が散る。

 

 慎二の命令を守れない罰なのか、キャスターの死体は青白い放電に包まれる。しかし、そんなことをしても死体が立ち上がるはずもなく、ただ慎二の罵声が響くのみ。

 

「...なんだ?」

 

 少し違和感を覚えキャスターの死体を見つめた。

 

 いつの間にかセイバーの足元まで流れ出た血は広がっていた...おかしい。明らかに人体が含んでいる血液の量を超えている。

 

 それに...なんでまだ消滅していない?首を刎ねられたんだぞ?

 

「――――――――」

 

 セイバーの手が慎二に伸びる。

 

「ひ、ひぃぃ お、おい待て、待てよ!]

 

 セイバーが一歩踏み出した

 

 その瞬間――――

 

「セイバー!!」

 

「っ――――」

 

 赤く染まっていた地面から無数の触手が現れセイバーに向かって襲い掛かった。

 

「くっ...シロウ下がって!!」

 

 目にも止まらない速さで公園中から飛び出してくる触手

 

 次々に身体を貫かんと向かってくるどす黒い触手を切り落としながらセイバーは叫ぶ。一体何なんだアレ、キャスターの魔術なのか?

 

「おのれ、死後発動する呪術の類か!...っ!?」

 

 キャスターの死体を見た。

 

 ...嘘だろ。

 

 いつの間にか死体は立ち上がってる。首がなくなった動かないはずの死体のはずなのに。

 

「ひぃぃぃぃぃ――――」

 

 慎二は此処にいるのが恐ろしくなったのかどこかへと逃げ出してしまった。慎二の命令で襲い掛かってるわけじゃないのか?

 

「危なっ、クソッ」

 

 触手が頬をかすめる。

 

 慎二の後を追いたいがそれどころじゃない、今はセイバーが剣で捌いていてくれるがこのままじゃあ...

 

「あれ?」

 

 慎二が逃げ出すやいなや触手はするするとキャスターの方へ戻っていく...慎二を逃がすため、これ以上襲ってくる気はないのか?。

 

 フラフラと歩き出すキャスターの身体。向かう先は切り落とされた生首。それを掴むと首をもとの位置に付け直している。

 

「―――。――――ア、ア、あ゛あ゛あ゛......僕は相変らず、その剣は苦手だ」

 

「っ―――!」

 

 セイバーは改めてキャスターを警戒する。

 

 嘘だろ。首を堕とされても死なないサーヴァントだなんて...

 

「あれでも僕のマスターでね...この身に変えても、とは言いたくはないが一応守ってやらなくちゃいけない」

 

 先ほどの狂気的な表情はどこへ行ったのやら、驚くほどに理性的に話すキャスター。悲しいことに慎二に対しての忠誠心などはそこまで持ち合わせてないようだ。

 

「ごめんね、僕が治療でもできればよかったんだけど、他人を治すのは苦手でね.....ふむ、僕の一部を繋ぎ合わせてみるか」

 

 心配そうに自らが喰らっていた女性に声をかけるキャスター。魔術かどうかは分からないが女性の手当てをしている様子。

 

 とりあえず今は敵意が見られないと考え慎二のことを聞いてみることにする。セイバーが何か言いたげにしているがここは抑えて、後ろに下がってもらう。

 

「悪いセイバー。聞かなきゃいけないことがあるんだ、すぐに済ませる。また、戦うかどうかはセイバーが決めていい」

 

「.......」

 

 わずかに体を引くセイバー。警戒は解いてないものの一応は従ってくれるらしい。

 

 改めてキャスターに向き直る。

 

「...少し聞きたいことがある。なんで慎二がお前のマスターになってるんだ」

 

 キャスターは女性の手当て?をしながら答える。

 

「なんで?...う~ん、そう言われてもな。間桐の家が魔術師の家系だったから、これじゃあ駄目かい?」

 

 つまり、慎二も魔術を学んでいて...

 

「君も魔術師なら知ってるんじゃないかい?この地は間桐と遠坂、この両家が魔術の根を張ってるってこと」

 

「遠坂?...じゃ、じゃあ遠坂も知ってるっていうのか 間桐の家が魔術師の家系だって!?」

 

「...僕に言われてもねえ。今は知識しか持ち合わせてないんだ、そういうことは当人同士で聞いてくれ」

 

 どこか面倒臭そうに答えるキャスター。

 

 そりゃそうだ。キャスターはサーヴァント、間桐の人間でもないし知らないのは当然。

 

 でも間桐家が魔術師の家系ということは..,

 

「まあ、彼らの血にこの国は合わなかったようでね、既に間桐の子供から魔術回路は失われている。おかげで魔力を集めるのも一苦労というわけさ。 まったく、かつての魔術の名門はどこへ行ったのやら」

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 じゃあ、慎二が魔術師の家系だとしたら――――

 

「ん...どうしたのさ?聞きたいことがあるならハッキリ言うべきだよ」

 

 桜、は

 

 もしかして桜も

 

「――――じゃあ。桜は―――桜も、マスター、なのか」

 

 一瞬、ほんの一瞬だがキャスターの動きが止まる。

 

 それから俺を見て、何やらおかしそうに口を開いた。

 

「いやはや、桜がマスター?それはあり得ないよ...フフッ、僕は君を少し過大評価していたようだ」

 

「あり得ない...? 桜に魔術師としての素養がないってことか?」

 

 少し癪に障る言い方に腹が立つが今は我慢しよう。

 

「それ以前の問題だ。魔術師の家系は一子相伝が基本。よほどのことがなければ後継者意外に魔術を伝えることはない。跡継ぎは二人もいらない......って本に書いてあったよ」

 

 ...こいつもよく知らないんじゃないか?

 

 でも、その話を聞くと桜は

 

「じゃあ。桜は――――」

 

「ああ、僕は確かに間桐慎二によって召喚された。 桜はそもそも、間桐の家が魔道であることも知らないよ」

 

 胸をなでおろす。

 

 ...本当に良かった。間桐が魔術師の家系ということは驚いたし、慎二がマスターになっているのは問題だ。

 

 それでも、桜後こんな戦いにかかわらなくていいのだと思うと、今は素直に安堵できる。

 

「さてと...うん、太さとか細かいのは教会の人に任せるとしてっと、ほら、この人を頼むよ」

 

 そうして女性をこちらに預けてくる。

 

 ...驚いた。喰われていた四肢は外見だけ見ればもと通りに見える。女性は意識はまだ戻ってないものの教会に行けば大丈夫だろう。

 

 どうやって治したのかは分からないが、キャスターの名の通り魔術を使ったのだろうか。

 

「それで、どうする?まだやるかいセイバー?」

 

「...今はこの女性を教会へ送り届けることを優先する」

 

 剣をおさめ女性を抱えてくれるセイバー。直ぐにでも教会へ行かなければ。

 

 だが、言わなきゃいけないことがある。

 

「キャスター。お前も慎二のサーヴァントならあいつをちゃんと見ていてくれ...できれば今日みたいなことをしないでほしい」

 

 敵にお願いをするのは妙な話だが、このキャスターは話は分かるやつだ。少しでも慎二のストッパーになってくれれば。

 

「うん。でも慎二がどう動くかは保証できないよ?僕はあくまでサーヴァント、命令されればどうしようもない。 あれは魔術師であることに執着しているようだからね、まったく...劣等感の塊というものは度し難いものだよ」

 

 キャスターの身体が霊体化していく。慎二のもとに戻るのだろう。

 

「じゃあね。セイバーのマスター、あと―――アルトリアも

 

「――――!?」

 

 その言葉を最後にキャスターの身体が夜の闇に消えていく。

 

 ふと、横を見るとセイバーがなにやら動揺している...こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。

 

「どうしたんだセイバー、キャスターと何かあるのか?」

 

「いえ。なん、でもありません」

 

 足早に歩き出すセイバー。どうしたのだろう最後にキャスターが何か言っていたがよく聞こえなかった。機会があればいつか聞いてみよう。

 

「(なぜキャスターは私の名を...)」

 

 ...動揺した頭でいくら考えてもそれを彼女が理解することはなかったのだった。

 




 何だか癪に障る言い方をするキャスター。でもちゃんと話は聞いてくれている...かもしれない。

 良かったらご感想などよろしくお願いします。

 7周年アタランテの水着がくることを祈って生きていきます。


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桜と怪物 「暗躍」

 水着の二枠はとられたか...だがまだあきらめん

 FGO七周年おめでとうございます!!

 アルクーー!!!運営さん愛してる!



「はっ―――はっ――――はっ」

 

 慎二は走り続ける。

 

 もちろん彼を追ってくるものはいない。戦場から逃げ出した彼に興味があるものなどあの場にはいなかった。

 

 存在しない敵を恐れながら、慎二はただ”こんなはずじゃなかった”と心の中で叫び続ける。

 

「(キャスターなんて知るものか!!あんな役立たず、衛宮のサーヴァントに殺されちまえばいい!)」

 

 いつからこうなってしまったのだろうか。

 

 自分は選ばれた者。

 

 優れた才能を持つ間桐の後継者。そのはずだったのに...

 

 ◇

 

「...さん。お父さん!」

 

 古い書庫にあった本を抱え、お父さんに駆け寄った。

 

「この本。間桐家のご先祖様が書いたんだよね? 最初はマキリの魔術師のお話だと思ってたんだけど、でも気づいたんだ! これって僕らのことってことに!! ねえ、そうなんでしょお父さん?」

 

 お父さんはただ”そうだ”と答えた。

 

 やっぱりそうだったんだ! なら僕も勉強すれば、魔術師に―――

 

『慎二、間桐家(私たち)は力を失ってただの人間になった。今の間桐は魔術を使えない――――お前は決して魔術師にはなれない

 

「―――――――」

 

『忘れろ、二度とこの話はするな...お前は運がいいんだ慎二』

 

 ...でも

 

 僕は知っている。お父さんとお爺様が隠れて何をしていたか

 

 ―――マキリの物語に書いていたもの 命を懸けた大魔術の儀式――――

 

 あの場で見た景色は絶対忘れない。

 

 輝く魔法陣、召喚された黒い騎士。それを従えるお父さん。

 

「(なんだ。やっぱりお父さんは魔術師だったんだ)」

 

 魔術の名門である間桐が滅びるなんて嘘さ。だってその血を受け継ぐ僕がいるんだから。勉強やスポーツだって他の人よりうまくできたんだ。お父さんは忘れろって言ってたけど一生懸命頑張れば僕だって―――

 

 そんなある日、お父さんたちが養子を貰ってきた。ずっとビクビクしてて、陰気臭い年下の女の子が僕の妹になった。

 

「おい、ここで何してるんだよ。ここは間桐の跡継ぎである僕だけしか来ちゃいけないんだぞ」

 

 そうだ。この書庫は、魔導本は僕だけのもの。少しだって見せてやるものか

 

「ごめんなさい...兄さん」

 

「ちぇっ」

 

 よそ者なんかに教えてやるものか

 

 ◇

 

 でも、いくら努力したって魔術が使えることはなかった。そんなある日。地下に通じる階段を下りてみたんだ

 

 今まで行っちゃだめって言われてたけど

 

「なんだ、ここ...?」

  

 そこで――――僕は知ってしまった

 

 なんで?

 

「なんで、なんで!!どうしてだよ!こんなことって...ありえないありえないありえるもんか!!」

 

 どうして

 

「父さん、どうしてだよ。なんであんな奴が...なんで...なんで、クソっ...」

 

 どうしてこんなに頑張っているのに

 

『お前は魔術師にはなれない』

 

 父さんの言葉が頭に響く

 

 僕だって、僕だって頑張っていたのに...

 

「うっ...うう...ううっ...ううぇ...」

 

 ◇

 

「はっ、―――はっ、―――はっ、――――」

 

 あれからどれくらい時間がたったのだろうか、慎二は町中を逃げ回っていた。後ろを振り返る。もちろん誰もいない。

 

 疲れ切った体を引きずり家へと向かう。もう夜も深い、他のマスターと出会う可能性もある、その恐怖心が急に襲ってきた。

 

 これも全部あいつらのせいだ。

 

「クソッ...」

 

 この怒りと憎しみの感情をぶつけるため、慎二は家へと戻った。

 

「はっ?――――」

 

 家へと戻った慎二。そこで目にしたのは――――

 

「これを、ひっくり返す...おお!綺麗に焼けてる!」

 

「凄いねキャスター。二回目でここまで綺麗に焼けるなんて」

 

「あははっサクラの教え方が上手なんだよ。う~ん、いい匂い。さっ、早く食べよう」

 

 エプロンをつけ楽しそうに話す二人。仲良くパンケーキを作るキャスターと桜の姿だった。

 

「何やってんだよ...お前」

 

 キャスターに向かって声をかける

 

「どうキャスター、美味しい?」

 

「うん。初めてにしてはとっても美味しい!すごいなあ現代の食事がこんなに素晴らしいものだなんて」

 

 聞こえてないのか、慎二に気づかず会話を続けている。

 

 ふざけるなよ...っ!

 

「おい!キャスター、どういうつもりなんだお前!」

 

びくっと肩を震わせる桜。キャスターはそこでようやく慎二の気が付いたのか

 

「ああ、シンジ。無事だったんだね、よかったよかった」

 

「なにが...っ、なにがよかったって言うんだよ!おかげでセイバーに殺されるところだったんだぞ!」

 

 怒りを露わにする慎二。

 

 コイツのせい、衛宮のせい、僕は悪くない。

 

「兄さん、先輩と戦ったんですか!?先輩には手を出さないって言ったのに...」

 

「うるさい!...お前、お前いま衛宮のこと考えただろう!!」

 

 腕を振りかぶり桜を殴りつけようとする慎二。自分ではなく衛宮士郎を心配されたことに腹が立ったのである。

 

”ガッ!...ベちゃあ

 

 鈍い音と、なにかが床に転がる音

 

「ひっ、――――」

 

 殴られたのは桜をかばう様に立ったキャスター。殴られた拍子に首が転がり落ちたのだった。

 

「おおっと、まだくっついてなくてね。あの剣、僕と相性が悪いんだ」

 

 首を拾い上げ再びくっつけ慎二に向き直る。

 

「な、なんなんだよお前 お、お前が悪いんだぞ、お前が弱いから衛宮のサーヴァントなんかに負けちまうんだ! そのせいで僕は「死にかけた?」..っ、そ、そうだ。お前のせいだぞ!」

 

 叩きつけられる言葉にキャスターは笑いながら言葉を返す。

 

「ふふふっ、死ぬ、死ぬねえ...そりゃ死ぬさ、この戦争をゲームかなにかと勘違いしてるのかい?」

 

「はっ?」

 

「だいたい君らこの戦争に参加した時点で死んでると同じようなもんさ。 まあ、僕も叶えたい願いがある。君がマスターである限り命は保証するよ」

 

「ぼ、僕はただ――――」

 

「覚悟しろよ慎二。今日の一件でセイバー陣営とは完全に敵対している。あんなに派手にアピールしたんだ他のマスターからも狙われるかもね」

 

「ま、守ってくれるんだろう!? それがサーヴァントの役目なんだからさ!」

 

 怯える慎二。

 

 縋るような目でキャスターを見つめる。

 

 もちろんと頷き

 

「けど悪役の最後はどれも惨めなものだ。 だからさ、シンジ。しばらくは僕に任せて何か策でも考えていてよ。 ―――ねえ、優秀な魔術師さん?」

 

「あ、ああ...わかった」

 

 部屋へ戻っていく。これでしばらくは大人しくしているだろう。セイバーのマスターとの約束は守った。

 

「...キャスター、その」

 

 恐る恐る声をかける桜。

 

「さっきはありがとう...でも首は大丈夫?」

 

「うん。ほら、もう完璧に修復した」

 

 見ると首は完全につながり傷跡すら残っていない。ほっとしたように息を吐き無茶をしないようにとキャスター窘める。

 

「先輩を殺さないでくれてありがとう...あの人が居なくなったらわたし」

 

 黙って頭を撫でるキャスター。

 

 だが、その顔は酷く歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「さあ、もう夜も遅い。また明日、セイバーのマスターのところへ行くんだろ?早く寝なきゃ」

 

 そうして”おやすみなさい”と声をかけ自室で眠りにつく桜。

 

 キャスターは料理の片づけを済ませ外へ出る。向かうは柳洞寺。死にかけの害蟲と、今この時召喚されようとするアサシンに会うためキャスターは足を速めた。

 

 ◇

 

~柳洞寺~

 

 人の気配もなくただ蟲の鳴く声が響く静かな夜。この寺にその醜い害虫は巣くっていた。

 

「お、おのれ、キャスターめ。まさかワシの本体を潰すとは...」

 

 現在の臓硯は本体であった蟲を失い、予備として残していた羽虫一匹の姿をかろうじて保つことで生きながらえていた。

 

「五百年、五百年じゃぞ...このような匙で終わらせるものかっ!」

 

 地面が輝き始める。その姿になってもその歪んだ願いが消えることはなかった。

 

「まだあきらめるものか...!」

 

 霊脈が十分に通っている柳洞寺、そして聖杯戦争のシステムを作り出した張本人である彼がそろうことでアサシンが召喚されようとしていた。

 

「―――。――――。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 地面がより一層輝きを放つ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 辺りから魔力が収縮してゆき

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 そうして姿を現したのは――――

 

「サーヴァント・アサシン。影より貴殿の呼び声を聞き届けた。貴殿が私のマスターか?」

 

「かかかっ、左様。お主の力存分にふるってもらうぞアサシン 白き杯はこの間桐臓硯がいただく」

 

 笑い声が響き渡る。永遠を望んだ魔術師、名前のない暗殺者、この二人が聖杯戦争にて暗躍を始めようとしていた。

 

 一方、その様子を見ていたキャスター。

 

「なるほど...あれじゃあ五百年の妄執は消えなかったか」

 

 若干、そのしぶとさに引いたような表情を浮かべ声をかけるか暫く迷ってしまったのだった。




 はてさて福袋は誰と出会えたでしょうか、皆様に良きご縁があるよう祈ってます。

次回 「敗退者」お楽しみに!


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桜と怪物 「敗退者」





 いつも通り先輩の家に夕食の支度をしに訪れる。玄関前で先輩と他愛のない話をし家に上がろうとしたところで唐突に話を切り出された。

 

「ところで、な...桜 今日から家に泊まっていけ」

 

「えっ、先輩の家にですか?」

 

 どうしたのだろうか?...兄さんがそれを許してくれるはずもない。先輩もそれを分かっているのか

 

「無理を言ってるのは分かってる。 けど...最近物騒なことが多いだろ?今もニュースで連続怪死事件なんてのもやってる」

 

 たしか新都の方を中心とした殺人事件のことを朝のニュースで見た気がした。なんでも心臓が握りつぶされたように破壊されていたとか。昨日なんて柳洞寺の方でガス爆発があったとか、おかげで寺にはだれ一人寄り付かづ、お坊さんたちもガスの影響で病院で入院しているらしい。

 

 でもキャスターは特に気にしてなさそうだったし、あまり心配しなくてもいいような気がする。

 

「できれば一週間ぐらいいてほしい 心配しなくても藤ねえにはもう許可も取ってあるから」

 

 ...何でそこまで

 

「――――どうしてですか?」

 

 何でこんなわたしを気にかけてくれるんだろう。貴方にとってわたしは...

 

「理由は言わなきゃダメか」

 

 わたしが...

 

「...わたしが心配だからですか?」

 

「―――うん桜が心配だ。だからここにいてほしい」

 

 胸の奥が温かくなった気がした。先輩がそれを望んでいるのなら

 

「はい...お世話になります 先輩」

 

 ◇

 

「藤村先生...その相談があるんですけど。あのですね...えっと......」

 

「あ そっか。...そうね、制服ならわたしの家にあるけど」

 

 流石に服や下着を持ってきているわけではないので藤村先生に相談する。何日も同じものを身につけるわけにもいかないし...

 

「それとも家に一回取りに帰る?」

 

「いえ...その家に帰るのは、兄さんが、その...」

 

 まだ兄さんに先輩の家に泊まることを伝えていない。もし家に帰った時鉢合わせてしまったらと思うと...

 

「ああ、それなら大丈夫。さっきお家に連絡して許可を取ったから」

 

「えっ。本当ですか!?」

 

 でも一体...兄さんが許可してくれるわけないし、お爺様はもういないし...

 

「うん。桜ちゃん、いま家に親せきの人がいるんだってね。えーっと、キャスターさん?が『先生のうちなら安心です』って」

 

 キャ、キャスター、意外と臨機応変というか...でも後でお礼言っておかないと。でもこれでわたしは先輩の家に泊まることができる。

 

「なら、わたし本当に泊っていいんですね?」

 

「そだよー でも困ったな、部屋着はわたしのをあげてもいいんだけど流石に桜ちゃんのサイズの下着までは持ってないなあ」

 

 そういえばこの一年で少しずつ大きくなってきたような...先輩に聞かれるのは恥ずかしいし、いくら同じ女性のセイバーさんに聞かれるのも気まずいので先生に耳打ちをする。

 

「あっ、なにー士郎? もしかして気になっちゃったのかなあー」

 

 先輩は少し顔を赤らめそっぽを向いている...もしかして聞こえて

 

「...俺は聞いてない。何も聞こえてないぞ」

 

 いなかったようだ。そう聞こえていなかったの、じゃないとあまりにも恥ずかしすぎて

 

「じゃあ士郎は気にならないのかな―――?桜ちゃんのバストサイ...」

 

「ふっ、藤村先生――――!!どうしてそうゆうことするんですか――――!!」

 

 思わず先生の口を手でふさぎに行ってしまう。なんでこの人はこうお茶目なんだろうか!っ...先輩も目を合わせてくれないし、セイバーさんは興味深そうにこっちを見てる。

 

「もう!お風呂先にいただきますねっ!」

 

 わたしは恥ずかしすぎて逃げるようにお風呂場へと向かった。

 

 既に湯は沸いていて、身体をゆっくりと湯船につける。こうしてお風呂に入っているといろんなことを考えてしまう。

 

「キャスター大丈夫かな」

 

 夜な夜などこかへ出向いているし、危険なことをしてなきゃいいんだけど...

 

「っ―――」

 

 突然、視界が眩む。のぼせてしまったのかな、思うように体が動かない。

 

 あれ?おかしいな何だか...頭がボーっとして...違う...何かが私の中に入って...

 

おーい桜? 大丈―――桜!?おい桜!!

 

 

 ◇

 

~柳洞寺~

 

 人の気配はなく、季節外れの虫たちの泣き声が響いているこの寺に一人の男が降り立った。青い衣装に身を包んだ男は真紅の槍を携え辺りを見渡している。

 

「ちっ、鼻が曲がりそうなくらい酷い匂いだ」

 

 男は醜悪な匂いに顔を歪め境内の中へ入っていく。

 

「最近の坊主ってのは呪術やらも嗜むのかねえ...いや、違うか」

 

 すでにこの寺には人はおらず蜘蛛やカエル、腐った小蟲など、主不在の廃屋に巣食うものが男を囲んでいる。男が一歩進むごとにその鳴き声は大きくなっていく。

 

「蜘蛛、蛙だの陰気な奴らが多いな、おおかた蟲使いの魔術師か、あるいは未だに姿を見せねえキャスター...いや、セイバーに負けたって聞いたな」

 

 男は講堂に向かい迷わず進んでいく。

 

「にしても一匹でかいのがいるな。何だこりゃ砂の匂いか?」

 

 講堂の奥で何かが動いた。

 

「あーやだやだ。なんで俺がこんなしけた連中の偵察なんてしなきゃ―――」

 

 ”ガキンッ”

 

「―――なっと!」

 

 講堂の奥から放たれた短剣を槍で防ぎ、それを放った者に目を向ける。

 

「いい腕だ。けどな二度とはするなよ砂虫。挨拶もなしで命を取られるのは趣味じゃねえ...俺を殺したアイツですら礼儀だけはしっかりとしてたぜ」

 

 暗い講堂の闇の中に髑髏の仮面が浮かび上がる。

 

「...流石はランサーのクラス。この程度では仕留められぬか」

 

 黒い布に身を包んだそれは言葉を発し、その姿を男に現した。

 

「へっ、そういうお前はアサシンか。俺の前に姿を現すのは悪手じゃねえの?」

 

「―――シャアァ!」

 

 掛け声とともに再び放たれた無数の短剣がランサーと呼ばれた男に向かっていく。短剣はランサーに突き刺さっていく――

 

「なにっ!?」

 

 かに思えたが、まるでランサーを避けるかのように短剣は通り過ぎてしまい一本たりとも刺さることはなく槍を構えランサーはアサシンに突進する。

 

 これにはアサシンもたまらず講堂を飛び出し、塀を飛び越え森の方へと逃げ出していく。仮面により表情は分からぬが焦りが浮かんでいるに違いない。

 

「逃がさねえよ」

 

 ランサーは自慢の脚に身を任せアサシンに負けず劣らずの速度でその姿を追っていく。森を駆け抜ける二つの影。時折、金属音が響き木が揺れ動いている。

 

 しかし、短剣を投げ、それを弾くだけの単調な戦いに飽きが生じたのか、アサシンの上空に飛翔し槍を振り上げる。

 

「まさかと思うがお前の芸は短剣を振るうことだけか?――なら、これで終いだ」

 

「ぐげっ――」

 

 アサシンに槍が振り下ろされ湖に叩きつけられる。すぐさま体制を立て直そうとするものの、ランサーによる槍の連撃は止まらず、ついにはアサシンの仮面は吹き飛ばされた。

 

「がっぎぎぎぎ」

 

 痛みに悶えるアサシン。

 

「馬鹿が。忠告はしたぜ、俺は生まれつき名見える相手からの飛び道具なんざ通じねえんだ」

 

 アサシンは仮面をかぶり直しランサーを睨みつける。

 

わた、しの顔を見たな、ランサー

 

「そりゃこれからだ。テメエがどこの英霊かはっきりさせなきゃな」

 

 ランサーは主の命より全てのサーヴァントと戦いその実力を測るという縛りがあった。故にアサシンをすぐさま殺そうとはせず、その正体を見極めようとしている。

 

「なる、ほど通りで殺さぬ、わけだ...流れ矢の加護か。さすがは名付きの英霊、私などとは格が違う」

 

 アサシンは跳躍し再びランサーと距離をとる。

 

「ちっ、喉を潰したと思ったんだがな...ありゃあ薬か何かやってんな」

 

 薬に頼るような英霊に治癒能力はないと考え、次でけりをつけるため距離を詰めようとするが...

 

「!?(来る)」

 

 突如、湖の底から這いよる黒い影に気づき跳躍するが、その影もランサーの後を追ってくる。

 

「(なんだコイツは)」

 

 下を見るとそこには―――

 

「(これ...は―――!)」

 

 無数の触手のような影が蠢いていたのであった。

 

「虎の子だがな...!」

 

 このままではマズイと防御のルーンを刻んだ石を着地と共に投げつける。これにより簡易的な結界が紡がれ、宝具すら防ぐことのできる防御結界がランサーを囲む。

 

 が...その触手は結界すら侵食してしまった。

 

「(宝具でさえ防ぐルーンの守りを侵食するだと!?)ちっ」

 

「くくっ、どうしたランサー? そのままでは影に吞まれてしまうぞ」

 

 嘲笑うかのようにアサシンはその様子を見ている。妙なことにアサシンに対しては触手は興味を示していない

 

「テメエ...これがなんなのか分かってんのか」

 

 直感的にこれがサーヴァントや人間に対してもっとも厄介な存在と認識したランサーはアサシンに問う。

 

「だが...貴様を仕留めるのはその影でもなく―――私でもない」

 

「(ここで撤退するのが吉なんだろうが...こいつらを放っておくわけにはいかねえ)ここでけりをつけてやらあ―――アサシン!!」

 

 大きく跳躍するランサー。おおきく振りかぶった腕には”放てば必ず心臓を貫く”魔槍。

 

 ぎしり、と槍が纏った魔力により空間が悲鳴を上げる。

 

 狙えば必ず心臓を穿つ槍。躱すことなぞ叶わず、躱すたびに再度標的を追尾する呪いの宝具。それが、ランサーの持つ”ゲイボルグ”、生涯一度たりとも外すことなく、また自身の命ですら奪った破滅の槍。

 

 ランサーの全魔力で撃ち出されようとするソレは防ぐことさえ許されない。

 

 つまりこの名を冠した槍は”必中必殺の一撃”この魔槍に狙われた者に、生きるすべはない―――

 

「―――突き穿つ(ゲイ)

 

 故にランサーは見誤った。

 

 今まさに宝具が放たれようとしているにもかかわらず、アサシンはその場を”一歩たりとも動いていない”まるで自身にその槍は届かないというように...

 

「――――なに!?」

 

 気づいたときにはすでに手遅れ。湖を超えた森の奥から放たれんとする槍は既に...その心臓をとらえていた。

 

「―――刺し穿ち

 

 光速の速さで放たれた一本の槍がランサーを空間に縫い付ける。空中で投擲の構えをしていたランサーに避けるすべなどない。

 

「がっ―――!(この、宝具は...!?)」

 

突き穿つ!!

 

 それでは終わらず、特大の魔力、呪いが込められた二本目の魔槍が放たれる。因果逆転の呪いを纏うそれは、確実にランサーに向かっていき―――

 

「『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!

 

 ―――その心臓を貫いた。

 

 ◇

 

 力なく倒れ伏したランサーに、一つの人影が近づいていく。

 

「て、テメエ...なに、もんだ。その槍は...その宝具...は」

 

 突き刺さったのは、自身が所有する槍と類似する魔槍。実際は別物、名が同じだけ、古き時代に冥界の門番が作り上げた物。

 

「――おや?まだ息があったか。さすがだな()()()()()()

 

 紫の衣服に身を包んだ女は意外そうに声を上げた。

 

「違う...そんなはずはねえ。アンタがいるはずがねえんだ!!」

 

 クーフーリンがその姿を見間違うはずがない。その女は自分が殺せなかった、間に合わなかった、だからサーヴァントとして召喚されるはずもない...じゃあ目の前にいるのは誰だ?

 

「ふふふっ―――流石に見破るか。自信があったんだけどなあ」

 

 女の顔が半分溶け、黒髪の男の顔が現れる。その顔には邪悪な笑みが浮かび、驚愕の表情のランサーを嘲笑っている。

 

「テメエ...キャスターか。クソッたれ、卑怯な真似しやがって」

 

「勝負に卑怯も糞もないさ...英雄としての矜持を誇りとするならこんな戦争お門違いってもんさ。それに、こうでもしなければ君には勝てない――あの時のようにね」

 

「まさか!?お前、あの時の...ガハッ――」

 

 ランサーの身体はズルズルと水中へと引き込まれていく。黒い影はランサーを取り込もうと次々にまとわりついていく。

 

「そいつはちゃんと消化するんだよ。下手に黒化しても手に余る」

 

 薄れゆく意識の中、ランサーはこれから起こるであろうことに、これから犠牲になる人々に詫びた。

 

「じゃあねクーフーリン...また僕の勝ちだ」

 

 黒い触手がランサーを取り込み始める。

 

「(―――こいつは、つまんないことになっちまったな)」

 

 湖には貪り食う音だけが響いていた。

 

 ◇

 

「計画通りだなキャスター」

 

 アサシンが声をかける。キャスターは愉快そうに喜んだ。

 

「うん。悪いねえ囮を頼んじゃって」

 

「他愛無い...しかし、その能力は末恐ろしい。姿、形だけではなく宝具ですら模倣して見せるとは」

 

 キャスターの持つスキル『擬態』このスキルによりあらゆる存在への擬態が可能であり、その能力あるいは宝具ですらある程度の再現が可能とするスキル。勿論それ相応のデメリットはあるものの絶賛ステータスが下降しているキャスターにとって宝具と呼べるほどのスキルになっている。

 

「ふふふっ、何なら君たちが一番恐れている”初代”になってあげてもいいよ」

 

「...ご勘弁を。この戦いに身を投じた時点で首を堕とされるのは道理なのだ...ただ、まだその時ではない。私の願いがかなった時、彼の方は私の前に姿を現すのだから」

 

 その言葉を聞いたキャスターはつまらなさそうに肩をすくめている。

 

「して、次はどうされる?」

 

「セイバーかな。どうせ明日辺りに嗅ぎ付けるだろうからね」

 

「ふむ...貴殿はセイバーに一度敗北していると聞いているが問題ないのか?」

 

 訝しげに尋ねるアサシン。キャスターの実力を疑っているわけではないが、最優と謳われるクラスであるセイバーは手ごわい相手に違いないのだから。

 

「心配ない...ちゃんとあの影は連れていくし、何なら取り込んで見せる。君は安心してアレのマスターもろとも殺してしまえ」

 

「了解した。魔術師殿にも伝えておこう...では、私はこれで」

 

 そうして霊体化するアサシン。この場にはキャスターただ一人が残される。

 

 夜空を見上げるキャスター。今夜は半月、綺麗な満月にはあと数日かかる。

 

「待っててね。もうすぐ、もう少しで...フフッ。アハハ!」

 

 その願いは、本当に自身が望んでいることなのかキャスターは分からない。

 

”でも...君に会いたい、会いたいんだアタランテ。例え何を犠牲にしても、必ず届いてみせる”

 

 雪が降り積もる中、キャスターはいつまでも月を見上げていた。

 

 ◇◇◇

 

「あ...れ?わたしなんでベットに...」

 

 ふいに目を覚めしてしまった。ここは先輩の家の客室のベット。

 

 どうやらお風呂でのぼせてしまった。ふと横を見ると先輩が手を握って顔を伏せている。

 

「ん...桜!?良かった、大変だったんだぞ。返事がなくて扉を開けたら倒れていたんだ」

 

 心配そうにこちらを覗き込んでくる先輩。ここまで連れてきてくれたらしい。

 

 ...また迷惑かけちゃったな。

 

「...すいません。なんかわたし緊張しちゃってお風呂に入ったらのぼせちゃったみたいです...」

 

「まあ、やっちゃったことはしょうがない。今夜は大人しくすること」

 

 私の頭をポンポンとなで先輩は部屋を後にしようとする。

 

「あっ―――」

 

 思わずその腕を掴んでしまった。先輩は不思議そうにこちらを見てくる。

 

「え?...あっ、す、すいません!わたし何だかぼうっとしちゃって...それで」

 

 行かないでほしい

 

「桜...もしかして怖いのか?」

 

 そばにいてほしい

 

「...はい。知らないところで一人で寝るのは...怖くて」

 

 いまでも、蠢く蟲のなかで犯される夢を見る...もうその心配はないのに。

 

「そっか、確かに初めての部屋で寝るのは不安だよな」

 

 そう言うと先輩はドアロックをかけ、ベットの横に座り込む。

 

「あ、あの...先輩?」

 

「もうちょいここにいる。あと三十分くらいは監視してるから、大人しくしてろ」

 

 こっちを見てくれないけど...少しだけ安心した。

 

「それじゃあ...監視よろしくお願いします」

 

「ああ」

 

 時計の針が進む、カチ、コチという音が聞こえる。

 

「―――先輩起きてます?」

 

「ん」

 

「...今日はありがとうございました」

 

 静かに意識が沈んでいく。今日はよく眠れそうだ...

 




次回予告?

柳洞寺の異変に気付いたセイバーと士郎。そこにはアサシンと慎二と桜の祖父と名乗る謎の羽虫が待ち構えていた。襲い掛かる魔の手にセイバーは囚われてしまい...
一方桜は、夜な夜な士郎を連れ出すセイバーに何やら黒い感情を抱いてしまう。そんな思いを抱きながら桜はキャスターに命じる。『お願いキャスター。先輩を守って』

次回「君がそれを望むなら」

 残るサーヴァントはあと6騎


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桜と怪物 「君がそれを望むなら」


【挿絵表示】
マヴロスモンスター(設定) 


【挿絵表示】
ゆるキャラ 毛皮には触手が纏わりついている

本当は主人公を書こうとしたんですけど、思った以上に人物を書くのが苦手だった。なので”黒き怪物”としての彼を描いてみたがどちらにせよ下手くそだった。
最初はただの巨人のつもりでしたがどうせなら盛っちゃおうと思って...本編に出るかは未定。どちらにせよ黄金の王様に力を封印されているので、あくまで設定。彼を倒せばあるいは...的な感じで。

目次にあるやつの方が綺麗かも



「それでねえ、士郎ったら勝つまでやめたがらないからしょうがなしにお爺さまが弓を持たせたのよ」

 

「ちょっ、恥ずかしいからやめろって!だいたい何年前の話してんだよ藤ねえは!」

 

「ほお...シロウが弓を使い始めたのはそのような理由が」

 

 いつも通り食卓を囲み食事をとる。少し違うのは今日からは毎朝先輩の家で目が覚めて一緒に朝食を作って一緒に登校する。一緒に過ごす時間がいつもより多くなったこと。

 

 幸せ...といえるのかな。私は、先輩といるだけで嬉しいのです。

 

 でも―――

 

 ◇

 

 毎晩どこかに出かける先輩とセイバーさん。

 

 ...聖杯戦争。

 

 先輩がマスターということも分かってる。先輩のことだ、きっと誰かを助けるために頑張ってるのだろう。

 

”ガチャ”

 

 玄関口が開きセイバーさんが先輩を肩で支え帰ってきた。ぐったりとしたその姿を見て思わず息が詰まる。

 

「桜?...眠っていたのではないのですか?」

 

「――――――――」

 

 っ...そんなわけないじゃないですか。わたしがどれだけ先輩のことを心配しているのかも知らずに...

 

「退いてください、そんな支え方じゃあ先輩が辛くなります」

 

「いえ、これは――――」

 

 セイバーさんから半ば強引に先輩を引き寄せる。

 

「貴方が先輩となにをしているのかは知りません。わたしには答えてくれないことも分かっています」

 

 ...嘘

 

 本当は知っている。

 

「けど、貴方が来てから先輩は毎日辛そうです。セイバーさんの事情は知りません...けど、もう少しうまいやり方があるんじゃないですか?」

 

 貴方には先輩を守る力がある...わたしにはできないことが、貴方には出来る。そのはずなのに...

 

「それができないなら先輩を巻き込むのはやめてください」

 

 何か言いたげな彼女を無視し、寝室へ先輩を運ぶ。何やら魘されているようで時々呻き声をあげている。

 

 どうして先輩だけがこんな目に

 

「ごめんなさい...わたしがもっとしっかりしていれば」

 

 わたしにあなたを守る力があればとできもしないことを思い浮かべる。

 

 居間に向かうとセイバーさんは申し訳なさそうにうなだれていた...流石にさっきは言いすぎてしまった、彼女に謝らなきゃ。

 

「あの...セイバーさん。さっきはすみませんでした」

 

「え?」

 

「私にそんなこと言える資格なんてないのに、本当にごめんなさい」

 

 セイバーさんに頭を下げて謝罪する。

 

「頭を上げてください桜。桜の言ったことは正しい。今夜シロウが倒れたのは私の不注意、私の責任です」

 

「シロウの傍にいながら...申し訳ありません」

 

 でも...

 

「いえ、そんな...そんなこと言わないでください。わたしが悪いんですから」

 

 それでも心のどこかで思ってしまう。

 

 この人のせいで先輩は...この人がいなければ―――って。

 

「桜...?」

 

 でもそれは八つ当たりに過ぎなくて...分かってる。セイバーさんは強くて真面目で、いい人。

 

 ――――先輩を守ってくれる人。

 

「セイバーさん...先輩をよろしくお願いします」

 

 ...わたしには出来ないから。

 

 ◇◇◇

 

 夢を見る。世界が真っ赤に燃える夢を

 

 ―――点滅を繰り返す。

 

 まるで蟲が体を這いずり回ってるようだ

 

 ―――熱が体中に浸透する

 

 熱い、熱い

 

 後ろを振り返る、さっきまで住んでいたうちが燃えている

 

 ―――息をすれば喉を焼かれ、生きているだけで地獄の様

 

 苦しいから喉をかきむしる、肌が焼きただれ脳は蒸し焼きに

 

 ―――でもこれは10年前の話

 

 燃え盛る世界の奥で黒く輝く■■■■

 

 ―――この炎は過去の話

 

 手を空へ伸ばす

 

 酷く熱い...恐ろしく寒い

 

 ―――だから、あんなものは知らない

 

 太陽は黒く輝いていた 空には黒い太陽があった

 

 そこからドロリとしたものが流れ出て世界を覆う

 

 ―――そうして、あの日の光景が蟲の様に蠢いていた...

 

 ◇

 

「...――――っあ...はぁ...はぁ...夢...か...」

 

 最近はこの夢を見ることが多い...にしても今日はえらく鮮明な夢だった。

 

 爆ぜる空気。出口のない炎の壁。昔はこの夢を見て何度も魘された。

 

 それは十年も前の話、今でも眠りに落ちればあの日の空はそこにあり続ける...それでも傷はいえるものだし記憶は色あせるもの。

 

「...何で今更」

 

 肌が焼ける痛み迄実感することになるとは...それに、アレは何だったんだ。

 

 ”空に輝く黒い太陽”

 

 あんなもの俺は知らないし覚えていない。そもそもアレは――――

 

「――――っ」

 

 頭が痛む。

 

 あれ、俺はいつ布団に入ったんだっけ?昨日は...夜にセイバーと町に行って――――

 

アレは見てはいけない。触れてはいけない。知ってはならない

 

 確か...遠坂とアーチャーがアサシンと戦っていて...

 

 ―――突然アレが現れたんだ

 

 逃げなくては、逃げられない、動け、動くな―――逃げても無駄だ

 

『遠坂!!危な―――』

 

 そうだ...アレの影が伸びて...それで遠坂が飲み込まれそうになって...

 

 ”ヂリッ”

 

「ぐっ―――う゛う゛ゥゥ...」

 

 ハハハハハ は 吐き気がする 吐きあ吐き気はくはくはく

 

 吐き気がする

 

 気持ち悪い気持ちいいきもちわっるうるるキキキッキキキキ 気モチワルイイイ

 

 脳に蟲が絡みつく 体中に蛆が湧く

 

 ミキサーの様にかき混ぜられる美味し死s美味しいジュースの出来上がり 

 

 ぬちゃぬちゃ貪られ腐り落ち命が終わる美味しくない美味しい気持ち悪い

 

 気持ち悪い

 

 

 

「―――シロウ?どうしました...何か音がしたようですが」

 

 はっ、と意識が戻る。

 

 襖が開かれセイバーが心配そうに見つめていた。そうか、もう朝か。足に力を入れ立ち上がる。どうしてか、少し体がだるい。

 

「セイバー...いや、悪い。なんでも...ない...とっと」

 

 力が入らず、その場に突っ伏してしまう。クッソ...熱があるみたいだ。風でもひいちまったか。

 

「大丈夫ですか!?...シロウ、もしや起き上がれないほど体調が悪いのでは?」

 

 ◇

 

 藤ねえには俺が調子を崩したことが珍しようで、えらく真面目に心配された。

 

「もう、いつも通りご飯なんか作ってたら本当にカミナリ落としたんだから!」

 

 ...ほんと頭が上がらないな。

 

 桜もおかゆを用意してくれるし、「本当に大丈夫ですか」と心配してくれたがセイバーもいてくれるので問題ないと伝える。

 

 まあ、セイバーはというと

 

「はい、士郎が起き出さないよう監視をし食事を与えればいいのですね?」

 

 胸を張ってこたえるその姿、思わず見惚れてしまうが...それ間違っちゃあいないけど、なぜだか危機の予感がするぞ。

 

 その後二人は朝ご飯を食べるため居間に行き、セイバーもお腹を空かせているようなので一瞬に行ってこいと促す。

 

 いくら心配してくれるって言っても、こうジッと監視されていては休めるもんも休めない。はぁ、とため息を吐きながらもセイバーは朝食に行ってくれた。

 

「ふぅ...(熱はそんなにないんだけどなあ、とにかく体が疲れ切ってるみたいだ)」

 

 取り敢えず大人しくしとけばよくなるだろうと目を瞑る...

 

 ”シュッ”

 

 襖が開く、桜が立っていた。ああ、そういえばおかゆ作ってくれるって言ってたな。

 

「ありがとう桜」

 

「先輩、体起こして大丈夫なんですか?」

 

「うん なんとかな」

 

 やっぱり風邪の時はおかゆだな。早速いただこうとしてふと、気が付いた。

 

「そろそろ登校時間だろ?のんびりしてていいのか桜?」

 

「えっと...あの先輩。わたし此処に残っちゃいけませんか」

 

 ...?

 

 どうして、という疑問が浮かぶ。ひょっとして桜もまだ調子が悪いのか

 

「その...ずるしちゃおうかなって」

 

「なんでさ?」

 

 まあ、先日風邪ひいていたみたいだし普通に休めばいいのではと思う。

 

「う...ええっと...わたしの体のことはいいんです」

 

「???」

 

「その...わたしは元気で、日頃のお礼というか...先輩の看病がしたいのでずるしちゃいたいんです...っ

 

 顔を真っ赤にして伝えてきた桜。

 

 ―――そこまで言われちゃあ断れないよな。

 

「...うん。それじゃあ頼む」

 

「そ、そうですよね。セイバーさんもいるしわたしなんかが残っても――――――」

 

 ...相変らずだ桜は。自分を卑下しすぎだぞ。

 

「あの...」

 

「うん、だから看病を頼むよ桜」

 

「...!は、はい!わたし精いっぱい頑張りますね先輩!!」

 

 まるで花が咲いたような笑みを浮かべる桜

 

 ―――うん、やっぱり桜はこういう笑顔が似合ってる。

 

 ...少し眠くなってきたな。

 

「...先輩はちょっと人のことを大切にしすぎだと思います」

 

 桜が何か言ってる気がするが、瞼がだんだん重くなってきた。意識が沈んでいく...

 

「―――けど先輩? わたしは先輩のそういうところが...大好きです

 

 

 ◇

 

 さてと、おかゆを食べて少し眠ったことでだいぶ調子は戻った気がする。

 

「(うん、手足のだるさはなくなった。)」

 

 やっぱりこれ風邪なんかじゃなく栄養が足りなかったんだ。この戦いが始まってから気を張りすぎてたからな、とは言えこの調子なら今日の夜にもまた街に行けるだろう。

 

 そうだ、昨日何があったか遠坂に聞いてみるのもいいかもな...あの影のことも遠坂なら分かっているかも。

 

「先輩 お電話です」

 

「お?...誰からだ?」

 

「...さっきから待ってますからどうぞ」

 

 ...?

 

 藤ねえか?もしかして心配してくれてるのか。そう思い電話に出た瞬間―――

 

「はい、衛宮ですが―――」

 

衛宮ですがじゃないっ!!アンタ何無断で学校休んでんのよ!!私がどれだけ心配したか分かってんの!?

 

 ~~~~~っきいたあ。耳が痛いほどの怒声。

 

ちょっと聞いてる!?衛宮君本当に無事なんでしょうね!?

 

「聞いてる、聞いてるから...」

 

 俺が無事だと分かると”心配して損した”とか言う遠坂...不満はあるがひとまずの鼓膜の安全は確保された。

 

「で?、あの影について何かわかったのか?」

 

『...まったく。アレがなんなのか皆目見当がつかないの。今はアーチャーが街を見張っているけれど成果は無し...お手上げね』

 

 そんな...じゃあどうすれば。あれを放っておくのはヤバい、そう俺の直感が告げている。

 

『取り敢えずは地道に調査するしかないわね。私たちは今日の夜もう一度新都の方へ行ってみるわ、衛宮君たちはどうするの?...正直あなた達は巻き込みたくはないのだけれども』

 

 そんなこと言ってられる場合か。体調はもう大丈夫、セイバーとならきっといける。

 

『そう...なら柳洞寺の方へ行ってくれるかしら』

 

「柳洞寺...?何でだ?」

 

 どうやら先日、柳洞寺で大規模な戦闘があったらしい。そこにあの影も関係しているかもということだ。

 

『その戦いでランサーは消滅したらしいわ』

 

 なんでそのことを遠坂が知ってるんだ?...まあ、今はそんなことはいい。

 

『柳洞寺には魔術的な結界が張られているの。もしかしたらアサシンのマスターがいるかもしれないわ...何かあったら直ぐに連絡して頂戴』

 

「ああ、分かってる。じゃあ切るぞ」

 

 居間には桜がいるんだ、これ以上物騒な話はできない。そうして受話器を置こうとするが

 

『ちょ、ちょっと待った!!』

 

「...なんだよ、まだ何かあるのか?」

 

『あ、あるわよっ...いいから明日絶対に学校に来なさいよね!!大事な話があるんだから!!』

 

 ”がちゃん”と一方的に切られる電話。何だってんだ一体...

 

「ったく...前は行ったら怒ったくせに」

 

 今日は来いなんて勝手な奴だ。なんてことを愚痴りながら居間へ行くと

 

「ん?―――」

 

 桜が俯いていた。さっきから一体どうしたんだ?

 

「桜?どうした気分悪いのか」

 

「いえ、私は元気です...ただ 先輩すごく嬉しそうだからどうしたのかなって」

 

 ...嬉しそう?今の電話がか?

 

 確かに、遠坂の声が聞けてほっとしたのはあるが...

 

「...先輩。自分で気づいてない」

 

「...む?」

 

 結局、俺には理由がわからなかった。

 

 ◇

 

「よろしいのですかシロウ?...まだ体の調子が」

 

「大丈夫だ。それに、休んでいられる状況じゃあないだろ」

 

 ...そんな会話が聞こえてきた。今日も先輩は行ってしまう。

 

 わたしは止めることは出来ない。わたしにはその力はない。

 

 でも―――

 

「...キャスター、いるんでしょう」

 

 虚空に呼びかける。

 

「―――ああ、ここに」

 

 黒い衣服を着た彼が現れる。

 

「...お願いがあるの」

 

「うん、いいとも...でも、口約束じゃあ保証はできないよ」

 

 分かってる。だからわたしは...

 

「令呪をもって命じます...キャスター、先輩を...先輩を守って」

 

 令呪が輝き、その一画が失われる。残る令呪は一画...大丈夫。これで、きっと先輩は...

 

「承った。でも、彼だけでいいのかい?」

 

 セイバーさん...彼女は...先輩のことを...

 

「......」 

 

 そうしてキャスターは微笑む。

 

「―――君がそれを望むなら」

 

 ...お腹が減ったな。




原作に沿うのはこの辺りまでにしたい。トントン拍子で進めて行きたい所です。

良かったらご感想などください。励みになります!




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桜と怪物(幕間) 「いつかの夢」

今回はあの時、彼が何を思っていたのかを補足するような感じにしました。


 ―――夢を見た。

 

 でもこれはわたしの夢じゃない。

 

 きっと...

 

 ◇

 

”子供なんて別に興味はなかった。君と話すキッカケにしただけ”

 

 目の前には新緑に輝く髪をもち、美しい女性がいる。

 

”でも...子供たちのことを語る君は嬉しそうで、まるで女神みたいな慈悲深い表情だった。その顔を見るのが日々の楽しみだった”

 

 焚火を囲んで二人の男女が談笑している。女は夢を語り、男はそれを相槌しながら聞いている。

 

”『この世の全ての子供らが、愛される世界を作る』...それが君の夢、願い"

 

”無理だ、そんなの叶わない”心の中でそう思ったよ。まあ、希望に縋りたくなるのが人間...君はきっと人間の綺麗な面を信じているんだね”

 

『汝は笑わないでいてくれるんだな...ありがとう』

 

”でも、君なら...きっとその夢を”

 

 場面は変わり、男が女を抱えている。女は照れ臭そうに顔を隠しているが、男はどこか悲痛な面もちだ。二人は傷だらけで、血にまみれている。それは自分らの血なのか、返り血なのか本人たちにも分からない。

 

”今でも後悔する。君と関わらなければよかった...君はもっと幸せになれたんじゃないかって。でも君は『ごめんね』って『ありがとう』ってそんな風に言葉をかけてくれる"

 

『ありがとうメラニオス』

 

"やめてくれやめておねがいやめて...ごめんなさい愛してるごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ愛してるごめんなさいごめんなさいごめんなさい愛していますごめんなさいごめんなさい好きなんだごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい君が欲しいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――”

 

 二人が日常を過ごしている風景が流れる。それは一緒に狩りをしたり、一緒に水浴びをしたり、一緒に眠ったり...女は笑顔で男を見ている、きっとこの日常が幸せなのだろう。それに対して男は哀愁に満ちた笑顔を浮かべる。

 

”君は一段と笑みを浮かべるようになった。それが嬉しくもあり...こんなにも満ち足りてていいのかと不安に思ってしまった”

 

 再び場面は変わり、村の入り口のようなところで二人が立ち止まっている。

 

”この辺りはほとんど雨が降らず、どこの村も飢餓状態だった。珍しいことじゃない、どうせ誰かが神の怒りを買ったのだろう...そういう時代だったんだ。この世は弱肉強食、いつも通り村を無視し旅を続けようとしたとき...”

 

お願い...助けてぇ

 

 女の腕に、赤ん坊を背負った少女が縋っている。どうやら助けを求めているらしい。

 

”生憎僕らは手持ちの食糧は少なく、一時の慰めにしかならない。それに他の村人もうようよと生気がない顔でこちらに這いよってくる”

 

メラニオス!!私はこの子たちの家に運んでくる。貴方は―――』

 

”ああ、僕は飛んださ。数キロ、数十キロ各地で動物を狩ったり、果実を獲ったり...本当は君を無理矢理でも村から引き離そうとしたんだ。けど、何でだろうな。ほっとけないって思っちゃったんだ”

 

 巨大な大鷹に化けた男が大量の食糧を運んできた。村人は二人に感謝を告げ涙を流している。

 

『...私は何もできなかった。汝を待つことしかできなかった。あれ程、子供たちを救いたいなどと言っておきながら...』

 

”違う、君がいたから...”

 

『私は、無力だ...子供たちが、愛される未来など私などでは―――』

 

 男は女を抱き寄せ言葉を紡ぐ。

 

「僕一人じゃあ、できなかった...君がいたから僕は飛べたんだ」

 

”そうさ、君がいたから...君が願ったから...僕は―――”

 

 場面が変わる。

 

 村で暮らす二人...いや、少女たちを加えた四人が暮らしている。

 

 それは..わたしが経験したことない...いつか夢見た、そんな光景のようだ。

 

”君はこの子たちを自分の子供の様に接していたね。生憎僕には難しいことだった。僕にとっては子供も大人も、等しく同じ人間という個体に過ぎないんだ...でも―――”

 

『お兄ちゃん、あのねこれあげる』

 

 男に果実が渡される。困惑した表情で男は受け取った。

 

『えへへ、お姉ちゃんと妹とね一緒に探してきたんだあ。お姉ちゃんがね、「彼は果実を食べているときが一番笑顔なんだ」っていってたから』

 

『えっ、いやその...貴方の好物を私は知らなかったから...果実を食べてる貴方の姿が浮かんで...い、嫌だったか?』

 

”それは何の変哲もないただの果実。特別でも何でもない、何処にでもある普通のもの...それでも”

 

 男は渡された果実に齧り付く。黙ってただ齧り続ける。

 

ごっくん......うん、美味しい...ありがとう、とっても美味しい!」

 

”凄く美味しかったんだ。なんでもないその果実が...特別に感じたんだ”

 

 ◇

 

 景色が薄れていく。

 

 ―――もう目覚めなくちゃ




特別だと感じたいつかの思い出。



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桜と怪物 「反転」

お気に入り1000人突破ありがとうございます!!感謝感激ですよ!


 セイバーは柳洞寺の廊下を駆け髑髏の面を追う。この寺に入った段階でマスターである士郎と分断された。これ以上アサシンの相手をする暇はないと足に力を入れる。

 

 迫るたび無数の短剣が放たれるがセイバーには通じない。

 

 ”キンッ キンッ”

 

 火花が咲く。

 

 ランサー同様、セイバーにも射的武器に対する耐性が付いている。ランサーが風切り音と敵の殺気から軌道を読むのに対し、セイバーは風切り音と自らの直感で軌道を読む。

 

「チッ――――」

 

 黒衣に忍ばせておいた短剣をすべて使い切ってしまい、アサシンは忌々しそうに声を上げる。しばらくの間、地を駆ける獣のように後退する。

 

 廊下の突き当りに差しかかった時、アサシンはようやく足を止めた。

 

「...観念したのかアサシン」

 

 後を追うセイバーも停止する。

 

 ...しかしこれ以上踏み込んではいけないと直感が告げる。

 

 ―――これ以上あの常闇に近づくな

 

 はやる気持ちを抑えてアサシンに向き直る。

 

「...ああ、観念したともセイバー。こちらは弾切れだ。こうなってはとどめの一撃が下されると覚悟したのだが...はて?なぜ近寄らぬのかな」

 

「――――――――」

 

 セイバーは何も答えず剣の切っ先を相手に向ける。間合いは数メートル、一刀するには二の踏み込みを必要とする。剣士であるセイバーではどうしても踏み込む必要がある。

 

 されど彼女には一撃のみ。間合いなどお構いなしに振える秘剣がある。

 

『風よ』

 

 セイバーの剣に光がともる。否、本来の姿を垣間見せる。

 

 それと同時に彼女の周りに風が吹き荒れ始める。

 

「―――ほう。まじないで刀身を隠していたというわけか。なるほど、その風圧ならばその場からでも私を討てる。ここで決めるというわけだな」

 

 黒衣が沈む。こうなっては思惑も策略もないセイバーが近づかぬというなら、アサシンは近づいてセイバーを捉えるのみ。

 

「立場が逆になったなアサシン。この風王結界見事踏み込んでみせるか」

 

「ふっ、ひどい女だ。蝗の群れに飛び込めという。さりとてこのままでは竜の咆哮が放たれる...これは、進退窮まったか」

 

 髑髏の仮面が闇に浮かぶ。

 

「さて。どう見てもこれで最後になろう。その前に一つ語らせてもらおうかセイバー。

 

 ――――お前は、一対一なら私に勝てると思っているだろう?」

 

 会話に乗じて離脱など許さない。セイバーの目は確実にアサシンを捉えている。

 

「だからこそ私をマスターから引き離した。主を守るというその判断は正しい」

 

 剣は頂点。後は振り下ろすだけ。しかしアサシンは更に深く身を沈めた。

 

「だが、そこには()()()()()()()ことが含まれていたかな」

 

 アサシンからの問い。

 

 それに、

 

「―――先を急ぐ。さらばだアサシン」

 

 セイバーはその一刀をもって答えた。

 

『舞い踊れ!!』

 

 旋風が放たれる。それに触れれば黒衣はずたずたに引き裂かれるであろう。渦を巻いて迫りくる死の断層。

 

 その真空の波へ、

 

「キキキッキキキキ!」

 

 歓喜の声を上げ、アサシンは突進した。

 

「なに!?」

 

 風に乗るようにこちらに向かってくる。

 

”シュッ”

 

「―――ぐ...!」

 

 首筋に迫る一撃。それをとっさに弾く、黒衣は彼女の真上をすり抜け背後に着地する。

 

 同時に、

 

「――――な」

 

 先ほどから感じていた”不吉な気配”が彼女の足元を覆っていた。

 

「!?...――――が あ ああああ ああああああ!!」

 

 泥のような汚濁が彼女の白銀の鎧を侵していく。振り払おうとするも体が蝕まれ身動きが取れない。

 

「―――さて。運がなかったなセイバー」

 

「アサ、シン...貴様、は...」

 

「ここにはよくない者が棲むと、お前は気づいていたはずなのだがな」

 

「っ―――、―――ああ」

 

 アサシンの声はもう聴こえない。

 

 最早この影に取り込まれるのはあと数秒。この影はサーヴァントを飲むものだ。薄れゆく思考より、体がそれを拒否している。

 

「はあああああああああ!!」

 

 なりふりなど構っていられるか。足を切り落としてでも脱出しなければならない。

 

「―――そうはいかん。お前はここで終わりだ、セイバー」

 

 敵は影だけではない。

 

「く―――初め、から」

 

「そう、お前は一人...まあ本来はもう一ついる予定だったが、こちらは二つ。私はただ、お前の注意を引く囮に過ぎないのだ」

 

「っ――――...っん...あ がっ...」

 

 足元から腐っていく。ひざ下までの感覚がまるでない。

 

 彼女の両足は、既にないものと等しかった。

 

「...さて、それでは苦しかろう。一思いに...その心臓、私が貰おう」

 

 アサシンの右手に覆われていた布が、封印が解かれる。

 

「な――――!」

 

 奇形だった。そうとしか言い表せない。

 

 なんという長腕。先ほどまで拳と思われた先端こそが”肘”だったのだ。

 

 折りたたまれていた腕はセイバーの心臓を捉えている。

 

「――――――――」

 

 セイバーの思考が凍る。

 

 届く。

 

 あの腕ならば届く。

 

 確実に心臓を抉り出される。

 

妄想(ザバー)...』

 

 セイバーは覚悟を決めた。

 

 奇形の腕が迫る。

 

心音(ニーヤ)!!』

 

 腕がセイバーの心臓を捉える前に―――

 

「っ...」

 

 彼女は影に取り込まれることを選んだ。

 

 腕が虚空を掴む。

 

「...ほう、自らそこに飛び込むことを選んだか。強情な女だ」

 

 腕を再び折りたたむ。残されたのはアサシン一人のみ。

 

「キャスターは間に合わなかったようだな...まあ好都合というもの」

 

 主はセイバーのマスターと戦闘を行っている。アサシンは自分の役割を果たすべく再び闇夜をかけた。

 

 ◇

 

 深く、深く落ちていく。

 

 ここはまるで深海のよう。何もなく、ただ深く。

 

「(ここは...そうか私は)」

 

 負けた。負けてしまった。

 

 上を見上げる。

 

「(あれは...)」

 

 光が見えた。

 

 光...そう光だ。自分がずっと求め続けていた...

 

「聖杯、の...そうだ私の、ずっと求めた!」

 

 手を伸ばす。届かない、体が沈み続けている。

 

『...やめておいた方がいい』

 

「何を言う。アレは私が求めていた光だ」

 

 腕を動かし、必死に登る。あと少し、あと少しで...!

 

 背後から声が聞こえるが構うものか。

 

『アレは君が望んでいるものではない』

 

「っ―――...先程から一体何を...っ!」

 

 振り返った。

 

「あ、貴方は...どう、して」

 

 そこにいたのは

 

『...どうしてって。そりゃあ君のためさ』

 

 黒い鎧を纏った騎士。

 

 円卓の騎士が一人”ギルベルト”であった。

 

「ギルっ...なぜです!?あなたも言っていたではないですか!あの国はどうあれ滅びると!」

 

 騎士はただそこにいる。彼女を見つめている。

 

「どうせ滅びるならあんな終わり方ではなく...穏やかな、眠りにつくような最後を私は――――」

 

『...だから、選定の儀をやり直すと?」

 

「そうです...私ではない、他の王なら―――きっと!」

 

 少女はただ願った。どうか安寧の終わりを。

 

『―――で?それがうまくいかなかったらどうするんだい』

 

「えっ...」

 

『仮に他のものが王になったとしよう。だが結末が変わらなかったら?もっと惨いものになったら?」

 

「それは...そんなはず」

 

『こんなはずじゃなかった...そうやってまた嘆くのかい?またやり直しを求めるのかい?』

 

「違う...違う!私はただ!!」

 

 否定するが...彼女も最初から分かっていたのかもしれない。それでも認めたくなくて、もがいていたのかもしれない。

 

『それにねアルトリア。君の願いは、君と共に歩んだすべての人間を否定することになる。彼らが君に願ったものを投げ捨てでもいいのかい?』

 

「あ...」

 

 沈んでいく。もうきっと戻ってこれない。

 

「私の、私の願い、は...」

 

 手を伸ばす。誰も掴んでくれない。思い浮かんだのは民、自分についてきてくれた騎士たち。そして...己のマスターの顔。

 

「(すまない シロ ウ――――)」

 

 薄れゆく意識が浮上することは二度となかった。

 

 

 

『おやすみ、アルトリア......お互い碌でもない物に縋ってしまったようだ』

 

 騎士は悲しそうに目を伏せた。騎士としてここに召喚されていれば彼はきっと彼女のために――――

 

 だが、それはまた別の話だ。

 

 気持ちを切り替え、もう一人の彼女と相対する。

 

『さて、おはよう()()()()。気分はどうだい?』

 

 その肌は死人のように白く、また冷酷な目つきをしている。

 

 泥に汚染され、彼女の奥底に眠っていた側面が”反転”し非常に徹しきった騎士王のもう一つの顔。

 

「......」

 

 彼女は黙ったまま騎士を睨みつけている。

 

『おや、嫌われてしまったかな』

 

「その口を開くな。貴公に語ることなど何一つない」

 

『それは...いやはや、傷つくなあ』

 

 黒いドレスに身を包みセイバーは霊体化していく。

 

 空間に取り残された騎士も本来の姿に戻る。

 

『さてと...僕も命令は守らなきゃね?』

 

 ひとりの少女の願いを叶えるため黒い怪物が動き出した。 




取り敢えず次でようやく半分行くか行かないかぐらい。寄り道はあったが終わりが見えてきました!なんとかFGO編に入れるように頑張りたい...!!

次回予告

桜の祖父と名乗る謎の蟲。セイバーと別れた士郎はこの蟲が元凶と考え相対するものの、次第にピンチに!

セイバーを呼ぶが...彼女は既にアサシンの魔の手にかかってしまったようだった。

アサシンに殴られ、蹴られ...あわや蟲の苗床にというところで、突然目の前に黒い影が降り立った。

次回 「妄執の果てに」


良ければご感想や評価などいただければ幸いです。


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桜と怪物 「妄執の果てに」

さらばアサシン&臓硯。また逢う日まで


 遠くで暴風の音が聞こえた後、鋭い痛みが左手に走った。

 

「え――――?」

 

 嫌な予感がする。

 

 でもそんなはずはない。

 

 止まった風。

 

 でもこの左手の痛みは確かなもので

 

「セイバー...?」

 

『ふむ、どうやら片付いたようじゃな。お主もマスターなら判ろう?己のサーヴァントが、敗北したことがな』

 

 目の前の羽蟲の言っていることが分からない。

 

 思考が止まる。殺気は相変わらず向けられているが、体が動かない。目の前の現実を受け入れられない。

 

『何を呆けておる。セイバーは死んだ。アサシンを侮ったのが運の尽きよ...そんなことも判らぬのか衛宮の子よ?』

 

 馬鹿なことを言うな。彼女が、セイバーが負けるはずない。

 

 左手は痛い。確かに痛い。

 

 だが令呪は消えていない。

 

 今にも消えそうに、だんだん薄れていっているがセイバーとのつながりは確かにある。

 

「来てくれ...セイバー!!」

 

 左手の痛みをかき消すように叫ぶ。

 

 ありったけの魔力を令呪に注ぎ込む。使い方が正しいのか分からない、だが今はそんなことどうでもいい。

 

 ただ、この令呪がマスターの呼び声にこたえるものならば、今すぐここにセイバーを―――

 

「っ―――――!」

 

 ...反応はなかった。

 

 令呪は確かに起動使用したが止まってしまった。

 

 令呪に問題はない...あるとしたら、それに答えるはずのセイバーが既に...

 

『...一瞬肝が冷えたわ。令呪と言えど失われた命をよみがえらすことなど不可能。さて、これでようやく理解したじゃろうて。セイバーはとうに、アサシンによって死に絶えたわい』

 

「寝、言...」

 

「では終いにするか。遠坂の小娘であれば新たな器にするつもりじゃったが、お前は...蟲の養分ぐらいには役立つか』

 

「―――言ってんじゃねぞ、テメエ!!」

 

 走った。

 

 現実から目を背け、敵に向かって一直線に。

 

 相手はたかが蟲一匹。

 

 持っていた木刀を振りかざし――――

 

「がっ――――、っ――――!!」

 

 壁に叩きつけられた。腹を殴られたのか息ができない。

 

 耳に聞こえたのは俺を嘲笑うかのように響く蟲の鳴き声。

 

『間に合ったかアサシン。では小僧の始末もお主に任せるとしよう。セイバー相手に比べれば楽な作業、儂はその横で見物でもしているとしよう』

 

 闇の中に髑髏の面が浮かぶ。

 

 その白い面が笑っている。

 

「――――」

 

 殺される。

 

 動かない思考。

 

 左手の痛み。

 

 心臓の鼓動が早まる。

 

”シュッ”

 

「あっ...」

 

 眉間と心臓、確実に息を止めるため放たれた凶器を、なすすべなく受け入れた。

 

 ......だが、いつまでたっても痛みは訪れない。

 

 恐る恐る目を開ける。

 

「え――――」

 

 俺の目の前に伸ばされた手。

 

 その手に刺さっているのは放たれた凶器。俺の命を奪おうとした短剣は、目の前に立つ一人の男によって防がれていた。

 

「―――――――」

 

 そんなことをする奴は一人しかいない。

 

 目の前――――俺を目の前の敵から守るように現れたのは

 

「キャス、ター...?」

 

『ぬ...?』

 

 アサシンと同じく黒衣に身を包んだサーヴァント。

 

 間違いない。こいつは慎二のサーヴァント、キャスターだ。

 

『おお、キャスター。待っておっt―――グギギギギッ!!』

 

 キャスターが放った短剣により羽蟲が壁に縫い付けられる。

 

「それ、返すよ」

 

 蟲の喚き声に骸骨は答える。

 

「キャスター!?何を―――ガハッ」

 

 吹き飛ばされるアサシン。

 

 それは一瞬だった。キャスターはアサシンへと詰め寄り。勢いよく蹴り飛ばした。

 

「チィ――――」

 

 ダメージを負いながらもアサシンは反撃に出る。

 

 雨の様に打ち出される短剣。無論、短剣は目で追えるものではない。

 

 アサシンは跳ねまわり、壁にいたかと思えば天井に、床に、ありとあらゆる場所から短剣を放つ。

 

 キャスターには対処できない。

 

 セイバーとの戦いでキャスターの底は知れている。セイバーでさえ防ぎきれるか、というアサシンの猛攻。セイバーに一撃で首を切り落とされたキャスターに勝てる道理はない。

 

「―――な」

 

 異常に気づいたのは、既に優劣が決した後だった。

 

 ...当たっていない。

 

 放たれた短剣は一本たりともキャスターには当たっていない。

 

「き、さま」

 

 天井から声が聞こえる。

 

 短剣が尽きたのか、苦し気に腹を抑えたアサシンが見下ろしている。

 

 そこに瞬間移動したように背後にキャスターが迫る。

 

「まっ――――」

 

 容赦のないキャスターの一撃が叩き込まれる。床に叩きつけられるアサシン。

 

「――――」

 

 そこにいるのは一匹の化け物だった。

 

 俺を助けたときとは違い、短剣を受け止める必要などなく、キャスターはその速さでアサシンの猛攻を躱した。

 

『アサシン!!何をやっておる...!裏切者など早々に片付けんか...!』

 

「分かっております。しかし...」

 

 今のキャスターは以前のキャスターとは違う。

 

「(というか、キャスターなのに凄い殴るんだな...)」

 

 その身体にまとう魔力も、敵を威圧する迫力もまるで別人のよう。

 

「キャスター、貴様、なぜ」

 

「......」

 

 キャスターは何も答えない。

 

 まるで猛獣が獲物に狙いを定めたかのように鋭い目つき。気づいた時にはもう遅い。

 

「なっ!?」

 

 キャスターの体から触手が伸び、アサシンに絡みつく。

 

「くっ―――放せ!」

 

「ふふふっ、放せと言われて放すものか」

 

「ぬう――――!?」

 

 伸ばした触手を掴み、あろうことかキャスターは、

 

「え―――ええ――――!?」

 

 アサシンを振り回し始めやがった!

 

「ガッ」

 

「ギギギッ」

 

「ゴッ」

 

「がああああ―――」

 

 アサシンは苦悶の声を上げる。

 

 キャスターは楽しそうにアサシンをぶん回している。

 

 まるで鉄球投げだ。触手から抜け出せないアサシンはなすすべもなくキャスターに振り回され、壁や天井に激突し、そのたびに腕や足はあらぬ方向へ曲がっていく。

 

「が、が、ガガガ―――!」

 

「あはははははは」

 

 怪力とか乱暴とかそういう次元じゃない。

 

 楽しんでいる。

 

 相手が苦悶の声を上げるのを、キャスターは楽しんでいるんだ。

 

「そうれ――――!!」

 

 キャスターは思う存分振り回した後、その遠心力を利用し手を放した。

 

 無惨にもアサシンは頭から壁に投げ飛ばされ。

 

「...あ」

 

 飛んでいく。

 

 アサシンはごみの様に境内に落下し、血をまき散らしながら山門へ転がっていく。

 

「あ...うわあ」

 

 これは...敵ながら同情する。

 

 今ので消滅するほどサーヴァントはやわじゃないと思うが、アレでは戦闘不能だろう。

 

「――――」

 

 突風が吹いた。

 

 キャスターはアサシンを逃がさないつもりだ。...ここでとどめを刺すつもりらしい。

 

「......何だってんだ一体」

 

 俺は何かできるわけでもなく、”キュルキュル”と気味の悪い喚き声をあげている醜い魔術師と共にお堂に取り残されることしか出来なかった。

 

 

 ◇

 

「がっ――――グギギギ」

 

 必死に山門へ向かう。

 

 もはや這うことしか出来ず、長い長い腕を伸ばしながら進む。

 

「(逃げなければ...!)」

 

 主を見捨てるわけではい。

 

 だが、相手が悪い。あれを相手にできるはずがなかったのだ。利用しようとした此方が間違いだった。

 

 後ろは誰もいない。

 

 追手は来ていない。

 

「(機を見てマスターを助けなければ...)」

 

 アサシンのスキルとして”気配遮断”を所持している。これは自身の気配を消すことができる能力であり、完全に気配を断てれば発見は不可能となる。

 

「(今はとにかく、ここからー――)」

 

 アサシンの気配が消える。

 

 もはや誰にも見つけることは出来ない。アサシンは逃げ切ることができる。

 

「―――逃がさないよ」

 

 いつの間にかソレは目の前にいた。

 

「なに!?」

 

 曰く、その怪物はギリシャで最も足の速い狩人と競争した際に一度は追い抜かれたものの、己の力を出し切り再び追い付き最後には狩人を追い越したとされる。

 

 それ故、彼は必ず追い付く。決して獲物を逃がさない。

 

 キャスターは笑みを浮かべ地を這う砂蟲に顔を近づけた。そして囁くように言った。

 

「じゃあ――――()()()()()()

 

”がぶっ”

 

 咀嚼音が響く。

 

「ギッ――――」

 

 地面が赤く染まる。

 

 痛い、痛い

 

 腰から下の感覚がなくなったことを自覚する。

 

「ガッ――――がああああああああああああああああああ!?」

 

 振り向けば巨大な口を開けた竜がアサシンの肉を貪っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 既に食べ進められ、原型がわかるのは仮面と、奇形の腕のみ

 

 その仮面も落ちる。白い髑髏の下の素顔が露わになる。

 

「そういえば君らはいつも仮面で隠していたから気になっていたんだけど...なぁんだ、もとから顔なんてなかったんだ。

 

 隠していたんじゃなくて、隠すことで顔があると思わせていた...つまらないなあ、どうせならもっと派手な素顔を期待したんだけど」

 

キャ、スター――キサ―――

 

「顔もなくして、名前も捨てた癖に、それでも自己の確立を求めるなんて...君らは個人の名を持たないことで成立している英霊だろうに」

 

「わ、わたしの...ね、がいを―――」

 

「ご苦労だった山の主よ...君は何物でもない暗殺者の一人。誰でもない誰かを脱却することは出来ないのさ」

 

「ギ、ぎゃあああああああああああああ―――!」

 

 ...断末魔ごと竜に呑まれる。

 

 そこに残ったのは髑髏の面だけだった。

 

 

 ◇

 

『ガッ―――』

 

 アサシンを仕留めお堂に戻ってきたキャスターは壁に縫い付けられていた蟲を掴み今にも握りつぶそうとしている。

 

『ま、待て。よもや儂を殺すなど考えておらぬだろうな!?』

 

「......」

 

 実際、間桐臓硯が人の形を保てるほど力があれば考えただろうが、キャスターにとって目の前の蟲はもはや用済みであった。

 

 握った手の力が強まる。

 

『ま―――待て、待て待て待て...!あのような出来損ないよりも儂の方が優れておる!!儂はただ体を再び持てればそれでよいのだ。

 

 お前が勝者となり、すべてを手に入れたいのであれば儂も協力は惜しまん。貴様も叶えたい願いがあるのだろう!?』

 

 蟲が蠢く。

 

 手の中の汚物に、男は冷徹に告げた。

 

「...ほざくな若造が。貴様などセイバーが敗退した時点で用済み、とく失せよ」

 

『―――!待て、待つのだ、待ってくれ...!儂はこんなところで終わるわけにはいかない、終わるわけにはいかないのだ...!?』

 

 ...俺はなにも動けない。この状況についていくことができない。

 

 キャスターはうんざりしたように蟲に目を向け

 

「間引きご苦労...さあ、もう消えてくれ」

 

『待っ――――』

 

”ぐちゃあ”

 

 容赦なく握りつぶした。

 

「――――」

 

 思わず目を背ける。蟲の体液があちこちに飛び散り死臭が鼻に残る。

 

 キャスターは気持ち悪そうに手を拭うと、まるで俺が此処にいるのを忘れていたのか俺に目を向けると、薄気味の悪い笑みを浮かべ近づいてきた。

 

「っ―――――」

 

 痛みをこらえ後ろに下がる。

 

 殺される。

 

 本能的にそう感じた。

 

「...そんなに怖がらなくても大丈夫。少しジッとしていなさい」

 

「え―――」

 

 キャスターは俺の頭に手を当て何かを唱え始めた。

 

 思わず身構えてしまうが...なんだか体の痛みが引いていく。もしかして治療してくれているのか?

 

「こんなとこか...よく頑張ったね。立てるかい?」

 

「あ、ああ」

 

「それならよかった...ここにはもう近寄らない方がいい。良くない者がうろついているからね、君も身をもって分かったろう?」

  

 アサシンを相手にしていた時のような狂気的な印象はどこへ行ったのやら。優し気な声でしゃべってくるのであっけにとられてしまう。

 

「さて、家まで送ろう。敵は消えたとはいえ、夜道の一人歩きは危険だからね」

 

「...え」

 

 さっきから予想外すぎる。

 

「分からないな。それはお前のマスターの命令か?」

 

「―――いや、そういうのじゃあない。ただ、気まぐれさ、他意はないよ」

 

「...悪いけど、見送りはいらない。俺たちは敵同士だ、そこまで世話になるわけにはいかない」

 

「強がりだな君。まだ戦うつもりなのかい?セイバーを失った、魔術師でもない君が」

 

 左手の痛みはもう消えていた。

 

 セイバーはもういない。ここで戦い、ここで倒れた。

 

「セイ、バー...」

 

 令呪が消えたということは、その魔術師がマスターの資格を失ったということ。

 

 俺は負けたんだ。

 

 セイバーを失い、マスターの資格をこの瞬間になくしたんだ。

 

 ...それでも

 

「―――俺は進まないといけない」

 

 キャスターに決意を示した。

 

 変な話だ、目の前のコイツに宣戦布告するみたいになっている。

 

「そう...なら、せいぜい道中気をつけるといい」

 

 感情のない声で答えられた。どうやら俺に興味はないらしい。

 

 キャスターは先に山門を下っていく。

 

「...さんきゅ」

 

 忘れていたことを口に出した。

 

「......」

 

 それにキャスターは答えることなく、背を向けたままこちらに手を振っている。そうして山門に消えていった。

 

 一人、キャスターの姿が見えなくなったあと歩き始める。キャスターがどうして俺を助けてくれたのか考えるのは後回しだ。

 

 ...いなくなった彼女の面影を振り払うため、ゆっくりと帰路に就く。

 

 ◇

 

 玄関の明かりが目に付く

 

 どうやら屋敷に着いてしまったらしい。こういう時に限って時間の経過は早い。

 

「ゴホッ...」

 

 咳き込む口に手を当てると血がついている。キャスターが痛みを和らげてくれたとはいえ、体の損傷は激しいらしい。

 

「そっか、戻ったんだよな、そりゃあ」

 

 セイバーがいなくなったことで、今までのような異様な回復力はなくなっちまったらしい。

 

 これからは些細な傷でも致命傷になる。

 

「あっ...先輩」

 

 ふと、前を見ると...寒いだろうに桜が外で出迎えてくれていた。もしかしたら、俺たちが家を出てから数時間の間、ずっと帰りを待ってくれていたのかもしれない。

 

「―――ただいま桜」

 

 痛む腹を抑えて玄関に向かう。

 

 桜はそんな俺を見て

 

「...はい。おかえりなさい、先輩」

 

 どこかホッとしたように、言葉を返してくるのだった。

 




アサシンを圧倒できたのは単に相性のおかげ。彼の存在を否定する英霊なら不利だが、反英霊に近いアサシンに対しては少しだけ強く出れるんです彼。

とはいえバーサーカーには絶対に敵いません。逸話的に絶対に乗り換えることが出来ないのです。正直、彼は内心諦めています。

これにより前半戦は終了、いよいよ終わりが見えてきました。いったい彼の願いはなんなのか、BADかHAPPYなのか

よければご感想などいただけるとありがたいです。


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短編 天使と怪物

「婦長また急患です!!この人両目を撃ちぬかれてるみたいで...他にも腕や、足、体中に銃弾が...!」

 

 185■年、クリミアでロシアとイギリス・フランス連合軍との戦争が勃発した。これが世に言うクリミア戦争である。次第に戦争は激化したものの世界はあまり関心を示さず月日は過ぎていった。

 

 しかし、新聞社の特派員により負傷者の扱いが後方部隊でいかに悲惨な状況になっているのかを伝えられると世論は一変した。事態を多く見た大臣は一人の看護師に戦地への従軍を依頼した。それが彼の”フローレンス・ナイチンゲール”彼女は数十人のシスター、看護婦を連れ後方基地と病院のあるスクタリへと向かった。

 

「っ―――!すぐドクターのところへ!...出血がひどい、直ぐにガーゼを持ってきなさい!!少しでも止血をしなければ...!」

 

 最初は陸軍の軍医達に冷遇されたものの、それでも自分たちができる最大限の働きをし、ついには軍医局が折れることで本格的に従事することとなる。彼女の働きぶりは凄まじいものであった。彼女はこの悲惨な状況を国に報告し、包帯、薬などの物資、人材不足などろくに補給されない現状を訴えた。彼女の戦時レポートは深刻に受け止められ、彼女が慈善活動を通して旧知の仲の国防相を務めていた人物の後ろ盾もあり順調に改革は進んでいった。

 

「―――誰か、そこに、いるの?...目がよく、見えなくて...僕はいったい」

 

「ミスター、しっかり。大丈夫必ずあなたを助けます」

 

 ここには多くの負傷兵が運び込まれる。そのための特別職や、後のナースコール設備となるものを取り入れて昼夜問わず患者の元へ駆けつけることができるようにするなど当時としては非常に画期的なアイディアを発案していく。

 

「...僕のことは放っておいてくれ。」

 

「いけません!!貴方を必ず助けてみせます。だから気をしっかり持ちなさい!」

 

「いやあ、そういうわけじゃないけど...ゴホッゴホッ...我ながら...酷い、な」

 

「もし!?もし!?...早くドクターを!!一刻も早く!!」

 

 ナイチンゲールは患者に包帯を巻くために八時間も跪き通し、兵士が負傷した足をノコギリで切断されている際には、その絶叫と切断音の只中においても患者の傍を離れなかったという。夜はランプを片手に、何百、何千という患者を見回ったという。

 

 彼女の献身的な働きにより負傷兵の間では「天使」と讃えられることとなる。

 

 ◇

 

 

「...(何も見えない、真っ暗だ)」

 

 目覚めると暗く閉ざされた視界。手足はしっかりと包帯で固定されており一つも動かせはしない。

 

「―――気分はどうですかミスター」

 

 声が聞こえる。

 

「最悪だよ......君が助けてくれたのかな。そりゃどうも」

 

 顔も、名前すら知らない人間に礼を言う。

 

「...私はこちらです。貴方が向いているのは壁、私は貴方の右側にいます」

 

「おっと、すまない。なにせ見えなくてね」

 

「貴方の目は...大丈夫。しっかりと治療すればまた見えるようになります。脳にまで銃弾が届いてなかったのが奇跡なんですから」

 

 ...嘘だな。完全に潰されたんだ、まあじきに修復されるだろう

 

 しかし困ったな。

 

 最近は傷の治りも悪いし、自分で治療することすらままならない。

 

「貴方は軍人ではない...なぜあのようなところに?」

 

 どうやら戦場で血を流しているところを発見されたらしい...余計なことをしてくれたものだ。そのまま放っておいてくれればいいものを。

 

「―――死にたかったんだ。いい加減長く生き過ぎた」

 

「...馬鹿を言わないで。まだ若いのに、生きることを諦めてはいけない」

 

「はははっ、そうか、そうみえるか......君には分からないと思うけどもう限界なんだ」

 

 彼女にはきっと戯言を言っているように見えているだろう。

 

 神代はとっくに終わり、世界に満ちる神秘は薄れていく。もはや人の形を保つのすらやっと、だというのに英雄がいる限り無理矢理生かされる。正義があるなら悪も当然とでもいうように。

 

「名も知らぬ君...どうか僕を殺してくれ」

 

 自分で死ぬことは出来ない。

 

 この体は所詮端末にすぎず殺されるまで死ぬことは出来ない。 

 

「なあ、頼むよ。もう終わりに―――ンガッ」

 

 口を掴まれ、スプーンを咥えさせられる。

 

「貴方に必要なのは安らぎです。まずはお腹を満たしなさい...そう、しっかり噛んで」

 

「ンぐ...」

 

 ご飯を食べるのはいつぶりだっただろうか...なんだか懐かしい味だ。

 

「...貴方が言っていることはよくわかりません。ですが、貴方が死ぬことで悲しむ人がいるはずです。少なくともここに一人」

 

 彼女の表情は分からない。

 

 でもきっと...優しい顔なんだろうな

 

「貴方を悪く思う人はここにはいません。だからどうか安静に。大丈夫、必ず救ってみせます」

 

「――――」

 

 渋々頷く。

 

 まあ、急ぐ必要はない。隙を見て――

 

「それと、今後「死」という言葉を発することを禁止します...いえ、死ぬことを禁止します」

 

「えっ」

 

 そんな...そこまでするかい普通?

 

「私の前で死ぬことは今後一切許しません。いいですね?......返事は?」

 

「...はい」

 

 凄味がある。逆らうことは許されない、そんな凄味が。

 

 目に見えなくても、言葉に込められている凄味はすさまじいものだ。

 

「それは良かった。さあ口を開けて」

 

 彼女には大人しく従った方がいいようだ...うん、これも美味しい。

 

「そういえば...名前は?君の名前」

 

「フローレンス。フローレンス・ナイチンゲールです。好きに呼びなさい」

 

 それが彼女との出会いだった。

 

 ◇

 

「なあ、せめて手の包帯だけでも解いてくれないかい?」

 

「いけません。只でさえ千切れかけだったのですから、当分はそのままです」

 

「もう治ってるかも」

 

「は?」ギロリ

 

「...ごめんなさい」

 

 目は見えないけど、その分彼女がしっかりと支えてくれた。毎晩、この病室を訪れては声をかけてくれたり「常に清潔に!!」なんて言って患者の身体を拭いてくれたりもしてくれる。

 

 まあ働くこと働くことこの上ない。彼女の方が休息を必要としているんじゃないかって思うくらいに。

 

「そういえばフローレンス。君ってば「白衣の天使」って呼ばれてるらしいじゃないか」

 

「...?」

 

 不思議そうに首をかしげている。どうやら知らなかったらしい。

 

 他の負傷者や看護師たちが口をそろえて言っていたものだから、てっきり認めているものかと。

 

「私が天使?...フフッ、天使ですって?」

 

「そんなにおかしいかい?君の働きっぷりを聞けば誰もがそう思うと思うけど」

 

「いいえ、そのように大層な存在ではありません。私は美しい花を撒くのではなく、苦悩する人々のために戦っているだけなのですから」

 

 ◇

 

「ねえフローレンス。窓を開けてよ」

 

「......最初から窓は開いていますよ」

 

「そうか...悪いね、風の音すら聞こえなくて...今日の月はどうだい?...昨日は雨だったんだろう?今日こそはって思ったんだけど」

 

「今日は綺麗な満月です。ああ...雲一つありません。綺麗な星空が見えますよ、やはり都会の方よりも見え方がいいですね。とても美しいです」

 

 日課になっていった会話。

 

「貴方、月がお好きなのね。毎晩聞いてくるんですもの」

 

「ああ、もうずいぶん前になるけど...えっと、誰だったかな...確か、ア、アt...あー駄目だ...思い出せないけど、一緒にさ、見上げた気がするんだ。あの月を」

 

 思い出は日に日に摩耗していく。

 

 肉体と共に劣化していく。

 

「そう。大切な人がいるのね」

 

「うん...もう会えないかもしれないけど...約束したんだ、帰るって」

 

 それでも忘れられない物はある。

 

「懐かしいなあ...また見れるといいんだけど」

 

「...ええ。きっと見えるようになります」

 

「それに君の顔も拝まなきゃいけない。なんたって「天使」と称されるくらい美人さんなんだろ?」

 

「...まったく。人をからかうのが好きね。いい加減怒りますよ」

 

「あははっ」

 

 彼女の嘘は、とても優しいものだった。

 

 ◇

 

 戦争は日々激化していった。

 

 次第に前線は後退していき、ここスクタリにもロシア軍が迫ってくるとの電報が届いた。こうなれば病院はもう大騒ぎ。急いで重症人たちを運び出すことになる。

 

「急ぎなさい!!歩けるものは自分自身で外へ、手の空いている者は薬と医療器具の運び出しを!!」

 

 そんな中でも彼女は率先して動き、的確な指示を周りに出していた。

 

「ミスター!後は貴方だけです!さあ、私の肩に手を回して」

 

 最後まで彼女は僕を死なせないつもりだ。

 

「...置いていってもいいのに」

 

「いいえ!!絶対に貴方を死なせません!!抵抗するなら骨を折ってでも連れていきます!!」

 

「...分かった。でも肩を貸す必要はない。自分で歩けるから」

 

「なにをバカなことを―――っ!」

 

 数か月もゆっくりできたんだ。流石に修復出来てる。

 

 手を振り払い歩き出す。

 

「もうだいぶ前から治ってたんだ。さあ行こう、時間がない」

 

「――――」

 

 もうこの病棟に残っているのは僕らしかいない。

 

 敵軍の声が迫ってくる。

 

「...そっちではありません。まだ目が見えてないでしょう、ほら手を」

 

 手を握られる。

 

 ...二人じゃあ逃げきれないだろうな。

 

「ねえ、本当はあの部屋に窓なんてなかったんだろう?」

 

「...何のことですか」

 

「何も聞こえなかったなんてあるわけないだろう?流石に気づくさ」

 

「...ミスター。今はそんなことよりも生きることを考えてください!」

 

 僕の手を引き彼女は走り続ける。

 

 銃声が迫ってくる。

 

「―――君は優しい人だ。ここで死んではいけない」

 

「止まらないで!?何を考えているのですか貴方は!」

 

 手を振り払いその場に立ち止まる。

 

「後は僕が足止めをしよう」

 

「貴方に何ができるというのです!目も見えない貴方が!!」

 

 頭に巻かれた包帯を外す。

 

「っ!?―――貴方、その、目は」

 

 彼女の目に僕はどういう風に映ったんだろう。

 

 でもよかった、別れの前にその顔を見れたんだから。

 

「なんだ、やっぱり天使じゃないか」

 

 彼女に背を向け歩き出す。

 

「待ちなさい!!そちらに行っては――――ああ!!」

 

 天井を崩し退路を塞ぐ。

 

 これで追ってこれまい。もっとも彼女は掘り起こそうとするだろうが、お人好しはどこにでもいるものだ。

 

「―――婦長まだ残っていらしたのですか!?早くこちらにロシアの奴らがもう目の前なんですから!!」

 

「放しなさい!!まだこの向こうに彼が!!」

 

「なに言ってるのですか、貴方はここで死んでいい人間じゃないのです!!」

 

「駄目よ!私の前であの人を―――」

 

 本当に優しい人間だ。

 

 だからこそ恩を返さなければ

 

「さようならフローレンス。またどこかで」

 

 ◇

 

 ロシア軍がスクタリの侵攻において戦果を得ることはなかった。突然兵士たちが後退していってしまったからである。このことは多くの謎に包まれており、近年においてもその真相は明らかになっていない。

 

 確かなことは、誰一人死傷者を出すことなくナイチンゲールによって病院から患者は避難できたということである。

 

~fin~

 

 ◇

 

 おまけ 「現代医学」

 

「(なるほど、つばをつけて治す治療法...効くかどうかはさておき興味深いですね)」

 

 今日もナイチンゲールは医学書を読み漁る。カルデアに召喚された彼女は手が足りてなかった医療部門の一員となり自分の時代との医療技術の進歩の差に驚かされる日々が続いている。

 

 レイシフトの度にけがを負ってくるマスターやサーヴァントの治療を速やかに的確に行うため知識を身に着けることは当然でそうして

 

 そうして今日も患者は訪れる。

 

「すまないフローレンス。絆創膏を貰えるかい?」

 

「おや、ミスター。どうされたのですか」

 

「いやあ、料理中に指を切っちゃって「ならすぐさま指を切り落とs」そこまで酷くないよ!」

 

 ここで彼女は考えた。

 

 治療法を試せるチャンスでは?と

 

「分かりました。それでは手をこちらに」

 

「?...ああ。つけてくれるのかい?悪いね助かるy」

 

「ぺっ」

 

 ”びちゃっ”

 

「――――え?」

 

「治療完了です。お大事に」

 

「...え?」

 

 

 ◇

 

「...絆創膏は貰えたのかね?まったく...調理中に指を切るなど未熟の証拠だな」

 

 赤い外套のアーチャーが声をかける。しかし返事は返ってこずうなだれている。

 

「つば...」

 

「は?」

 

 しばらくの間、食堂内で落ち込む彼の姿が見られたそうな

 

「...僕が一体何をしたっていうんだよフローレンス」

 

 誤解は暫く解けなかった。ちなみに傷はちゃんと治った。

 




よければご感想など

ヘラクレスがチート過ぎてどう処理しようかと検討中


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桜と怪物 幕間「返して」

「じゃあね、あんたもさっさと帰りなさいよ」

 

「うん、お疲れ様――!また飲もうね―――!」

 

 手を振り友人を見送る。お互い仕事が忙しく中々都合がつかず、久しぶりの飲み会だったこともあり、つい話が弾んでしまいもうこんな時間。

 

 酔いも進み、何だかぼーっとしてしまう。

 

「ふう―――さてと、わたしも行くとしますか」

 

 歩を進める。

 

 カツカツ、カツカツ、とヒールの音が響く。

 

 夜の街には珍しく人の影すらない。何だか独り占めをしてる気分になってしまう。

 

「...ん?」

 

 そんなこんなで歩いていると、ふと、いつもと違うことをしたくなった。

 

 いつもは歩かない路地裏の脇道。それを見つけた。

 

「そうだ...今日はこっちの道を行ってみよう」

 

 暗く狭い小道。

 

「なんだか最近物騒だものね」

 

 今朝のニュースを思い出す。

 

 集団幻覚だとか行方不明者多発だとか、暗いニュースばかり。何だか街の雰囲気も引きずられているような、そんなふわふわとした考えを浮かべる。

 

 カツカツ、カツカツ、足音だけが響く。

 

「(いつもの道の方が近いけど、あんまりにも誰もいなくて寂しいのよね)」

 

 だからこの道を進む...?

 

 誰もいなくて寂しい道を...?

 

 カッ、カッ、カッ、カッ、カッカッカッ――――

 

 それってなんだか―――おかしい?

 

「あれ...?」

 

 やがて気づいてしまう。

 

 自分の足音が早まってることに。

 

「はっ...はっ...はっ...」

 

 自分が何かから逃げるように走っていることを。

 

「ちょっと...なによ...はっ...なんなのよ...!」

 

 おかしい。だって後ろには誰もいない。

 

 分からない。

 

 だって見られてる。そこら中に目があるみたいに。

 

 きっと迫ってくる。何かが、影が、黒い黒い恐ろしいもの。

 

「(早く帰らなきゃ。ここにいては駄目。安全で安全な早く早く)」

 

 走り続けた。

 

 やがて開けた場所にでる。

 

「あ...れ...?」

 

 そこは人がにぎわう街中...などではなく、人気のない木々がにぎわう広場。

 

 十年前の火災後にできた鎮魂の広場。昼間ならまだしも夜は近づきたくない曰く付きの場所。

 

「おかしいな...わたしなんでこんなところに...?」

 

 何だか笑えてくる。

 

 乾いた笑いが口からこぼれ始めた。

 

「あはっ、なにしてるんだろ、あはははははは...」

 

 黒い影が辺り一帯を暗く染め始める。

 

 もう逃げられない。

 

「あははっ、アハハハハハハハ、は、あははははははハハハハハ――――」

 

”シュッ”

 

 黒い影が迫り、切り取り始める。

 

 幸いなことに痛みはなかった。一瞬で切り取られたのだから。

 

「あへえ...?わた、わた、しの...腕、どこ?...あはは、は、ははは――――」

 

 現実を受け入れきれず、もうない腕を探すように彷徨った。

 

”シュッ...パクッ”

 

「あがっ――――」

 

 地面に倒れ伏す。

 

 立てない。立てない。

 

 足に力が入らない。足がまるでなくなったみたい...?

 

『―――こらこら。食べるならお行儀良くしてもらわないと。急にいなくなった困る』

 

 誰か来た。

 

 助けを求める声を出す。

 

 でもそれは人の形をしてなくて...

 

『...おや?』

 

 その素顔を見たときの記憶が最後。

 

 テレビの電源が落ちるように意識を失った。

 

 ◇

 

『おや、もうお腹いっぱいかい?』

 

 ノイズが走るように黒い影は薄れていく。腹が満たされればしばらくは大人しくなる。まるで赤ん坊のような存在だ。

 

『...段々と自我を持ち始めたな。そろそろ取り込まれるのも時間の問題か...ん?』

 

 考えに耽っていると、目の前に女の足を差し出される。

 

 これじゃ、餌付けされてるのはどちらか分からないな。

 

『ああ、くれるのかい?そりゃどうも』

 

 ...どうやら個人の認識程度ならできているらしい。

 

 何はともあれ新鮮なうちに食べる方がいいだろう。

 

「まったく。こうでもしないと人の形を保てないとはね」

 

 肉を喰らい、魔力を満たす。触手の化け物から人に近づける。

 

 ...無理矢理に割り込んだつけにしては高い代償だ。サーヴァントであればここまで苦労しないだろうに。

 

「ここまで生に縋らないといけないなんて,我ながら馬鹿らしい」

 

 聖杯などどうでもいい。あんな偽物の遺物、目にするのもはばかるというもの。

 

 ようは利用するだけだ。

 

 偽物とはいえ、純粋な魔力であることには変わりない。

 

「さて...まだ息があるのか...君は運がいい」

 

 食べ残しが出たときは毎回こうしてる。残り物は利用してこそだ。

 

 切断された四肢に肉片を埋め込む。次第に馴染んでいくだろう。

 

「ふむ、だいぶ上達したな。元通り...というわけではないけど誤魔化しは効く」

 

 あまりここに留まるのはよくない。

 

 あの王の庭でこのようなことをすれば打ち首確実。まだやり合うわけにはいかない。

 

 あれを倒すなら真っ向勝負をしてはいけない。

 

「せめてもの償いだ。目に付きやすいところまで送ろう...フフッ、君はどんな子になるのかな?」

 

 街は確実に染まっていく。

 

 最後の夜、その時を待ち侘びるように。

 

 ◇

 

「おーい、アンタ大丈夫か?」

 

 体を揺さぶられる。

 

「わた、わたし、わたしの...あははっ」

 

「...なんだなんだどうしたんだ?」

 

「いやよ、この姉ちゃん酔っぱらってるみたいでよ...おいおい立てるか?」

 

 たてるわけない、うでも、あしも

 

「ないの、ないのよおおおおおおお」

 

「はあ!?...何がないってんだよ」

 

「うでえ、あじも、ないの!!ないのよおおお!!」

 

 ないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないのないの――――

 

「...おいおい。ちょっとヤバいんじゃないか。薬でもやってるとか」

 

「警察...いや救急か?」

 

「最近こういうの多いよな...怪しい薬でも出回ってるんだろ」

 

 女を囲む人々。皆、怪訝そうにそれを見ている。

 

 ないと叫ぶ女が求めるその手足はしっかりとついているのに。

 

 それでも女は叫ぶ。失った手足を探すように。

 

「ない...ないの...―――わたしの...返してよおおおおおおおおお!!」



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桜と怪物 「覚悟」

「じゃあ、ジッとしててくださいね」

「ああ...イテテ」

「あ、すいません。沁みちゃいますよね」

 

 背中に塗りつけられた消毒液の鋭い一撃。

 

 昔から苦手だ。こう、まるで肌を焼かれているような痛み、傷を癒してるはずなのにまるで逆な行為。

 

 必要な痛みというのは分かるが、もう少し手加減をしてもらいたい。

 

「もう、大丈夫。うん、大丈夫。」

「ダメですよ!背中一面真っ赤なんですから、ちゃんと消毒しないといけません!それに痛いのは当たり前です。こんな大けがして帰ってきたんですから、少しは我慢してください」

 

 ...容赦ないのは、藤ねえに似たのかもな。

 

「先輩。他に痛むところはありますか?」

「いや、怪我したのは腹と背中だけだ。他は何ともない」

「そうですか。なら、後はガーゼとテーピングをしておきますね」

 

 テキパキと救急箱を扱う桜。

 

「――――はあ」

 

 さて。

 

 この傷は桜には隠すつもりだった...のだが早々にばれてしまった。玄関を一歩進んだ瞬間、歩き方に違和感を覚えたのだろう。怪訝な顔で問い詰められた結果、自白させられ、こうして手当てを受けている。

 

 最初、傷を見せたときの桜の慌てぶりは凄かった。腹と背中の怪我がそれほど酷かったのもあると思うが。

 

『せ、せせ先輩。その、服、脱いでください』

 

 ...その、頑張ってる桜を止めるのは悪いし、背中は自分で手当てできない。そんなこんなでシャツを脱いで、桜に背中を預けたわけである

 

「お疲れ様でした先輩」

 

 まあ、それも数分前の話。丁寧な桜の手当ては終わった。

 

「ん、ありがとう桜」

 

 ...腹の打ち身はどうしようもないが、背中の傷はだいぶ楽になった。今日はうつぶせで寝れば、明日にはもっと良くなってるはずだ。

 

「悪いな桜。こんな夜中に起こしちまって」

「え...いえ。わたしが勝手にしてたことですから。その、えっと...」

 

 何か言いたげに俯く桜。

 

「桜?何かあったのか?

「いえ、その...先輩、セイバーさんは帰られたんですか?」

「――――――――」

 

 鼓動が早まる。

 

 ”帰られたんですか?”

 

 今でも『もしかしら』という淡い願いを抱いている。でも、いざ自分以外の人間に言われると、その願いは打ち砕かれた。

 

「―――ああ、急な話だけど、あいつは帰った。もう...ここには戻ってこない」

 

 呼吸を整え、言葉を絞り出した。

 

 それは当然の疑問だった。たった数時間前までここで一緒に飯食ってた奴が急にいなくなるなんてことあるはずない。何かあったって思う。

 

 だから、平然と答えなくちゃいけない。俺が誰よりも落ち着いて、なんでもないかのように、既に決まっていたかのように振舞わくちゃいけない。

 

「セイバーは最後まで桜の事言ってたよ。ははっ、桜は思い詰めるタイプだから、もっとこう、気楽にいけってさ」

「そう、ですか...せめて最後くらい挨拶したかったな」

 

 ―――そうだな、と頷くことはしなかった。

 

 別れを言うことなく、その姿を見ることなくセイバーは姿を消した。

 

 たった数日だけの関係。たった数日の相棒。たった数日...俺の剣でいてくれた彼女に俺は何をもって答えるべきなのか。

 

「―――でもよかった。あの人が来てから、先輩怪我をしてばかりでしたもん。これで今まで通りですね、先輩」

「...え?」

「そうですよ、何をしてたか聞きませんけど先輩はきっとセイバーさんの為に出歩いていたんでしょう?

 けど、そのセイバーさんは帰ってしまったんですから、先輩が危ない目に合うことはもうないじゃないですか」

 

 駄目だ、それは出来ない。

 

 心配してくれる桜には悪いが、セイバーのためにも今ここでやめるわけにはいかない。

 

「いや。セイバーがいなくなっても、夜に出歩くのは続ける」

「で、でも」

「...その、セイバーに付き合ってたんじゃなくて、俺がセイバーをつき合わせていたんだ。だから悪い、これからも続けると思う」

 

 腰を上げる。

 

 ...ようやく緊張も解けたんだろう。急激に眠気が襲ってくる。

 

「え―――先、輩」

「おやすみ桜。明日からもっと家を留守にするけど、桜は今まで通りここを使ってくれ。今日みたいに玄関でずっと待つってのは無しだぞ」

「......はい。おやすみなさい先輩」

 

 布団に横になる。ひと眠り着く前に闇をにらんだ。

 

「――――」

 

 セイバーは何に破れたのか、自分は何と戦うべきなのか。覚悟を決めなければならない。

 

「――――俺が戦うべき相手」

 

 あの影は当然の事。...だがもう一人、それが分からない。

 

 セイバーはあいつを警戒していた。今回は俺を助けてくれたが、次に会ったときは多分...

 

「――――――――」

 

 もうセイバーはいない。傷をいやしてくれる奇跡もなければ、武器になるのは半人前の魔術だけ。あれらに立ち向かうのは自殺行為だと理解している。

 

 手は震えている。

 

 だけど、二度とあの惨状を繰り返してはならない。戦いを止めなきゃいけない。

 

 ...だから。震えるのはこの夜で最後だ。

 

 もういない彼女に宣言するようにこぶしを突き上げた。彼女に胸を張れるように強くならなくてはいけないのだから―――

 

 ◇

 

 部屋に戻ってくる。

 

 少女は重い足取りでベットまで歩き、とすん、と力なく腰を下ろした。

 

「先輩...まだ」

 

 でもよかった。もう突然現れた金髪の少女は帰ってこない。邪魔な蟲はもういない。

 

「...」

 

 そんなことはもうどうでもいい。彼は命令を果たしてくれた...少年が怪我していたのは少し許せないが。無事であるならそれでいい。

 

 ”衛宮士郎”が帰ってきてくれる。それが少女にとって何よりの喜びなのだ。

 

「...あれ?...少し寒い...今日は冷えるのかな」

 

 寒気を覚え額に手を当てる。

 

 ...熱い。熱い、燃えるように体は熱を帯び、気をしっかり持ってないと倒れてしまいそう。

 

 軽い風邪だ。

 

 何しろ少年たちが外に出た後から数時間、玄関前で待ち続けていたのだ。体調を崩すのは当然である。怠い体を起こし電気を消す。

 

「...あっ...ん...ふ――――」

 

 少年の傷跡を思い返す。

 

 ...何かに齧られたような背中の傷。

 

 ...重い鈍器で叩かれ、どす黒く腫れたお腹の痣。

 

 それを思い返すだけで体の体温が上がってしまう。それが性的高揚ではなく憎しみによるものだと少女は気づかないふりをした。

 

「ふふふっ...でも、もういない...」

 

 ...そう、

 

 誰かは知らないが、彼をあそこまで傷つけたのは許せない。だから食べられた、だから殺された。

 

 嫌いとか憎いとか、そんなのどうでもいい。彼に手を出したのが許せない。

 

 あの人は大切な人、自分とは違う存在。だから、それを傷つける者は、誰であろうと許さない。

 

「あ―――ん...だめ、だめな、のに――――」

 

 少年に対する思い、罪悪感が少女を覆いつくす。傷ついた少年、血の跡、大きな背中。

 

 もう帰ってこない女。奪い返した事実。バカみたいな嘘。

 

「...あ、んぁ...!ごめんなさい...あっ...せんぱい、ごめんなさい...!」

 

 必死に自分を慰める。

 

 ...でも足りない。戻ってきたことは嬉しい。それだけでいいはずなのに。

 

 傍にいてほしい。

 

 それは強欲な願いなんだろう。言葉にしてはいけない、叶えられない、だからこそ少女の思いは悪化していく。

 

「...ん...あ...はあ...あ―――」

 

 終わった後はいつも自己嫌悪に陥る。

 

「どうすれば...このままじゃあもっと大きなけがしちゃう」

 

 少女に止めるすべなどない。もとより解決しようがない問題なのだ。このまま夜が明けるまで考えたところで、少年を止めることは出来ない。

 

 けれど

 

「―――そっか。外に出さなければいいんだ」

 

 安心したように、ごく単純な答えに少女はたどり着いた。

 

「うん。歩けなくなるぐらいの怪我をしちゃえば、もう危ない目に遭うことはないですよね、先輩?」

 

 それを否定するものはいなかった。

 

 ◇

 

 ここは石の匂いがする部屋だった。ランプの灯は男の背中を照らし、その手元に置かれた大量の羊皮紙を浮き彫りにする。

 

 柳洞寺の破壊に始まり、増え続ける行方不明者、魔術の行使による精神異常者の多発、朝から晩まで行われる作業に終わりは見えない。

 

「―――教会への報告書とやらか。お前も忙しい男だな言峰」

 

 声は気配もなく、背後からかけられた。

 

 それに反応することなく、椅子に腰を掛ける男...言峰綺麗礼は次の書類に取り掛かる。

 

「ほう、例の簒奪者についてか。どれ、被害者は既に三十七人。うち死亡者は八名、行方不明者二十五名ときたか。監督役としてこれは多い方なのか?」

 

 金色の男は机に置かれていた報告書を取り、興味深そうに読み進める。 

 

「―――そうだな。これほど大規模な怪奇事件は私も初めてだ...しかし前例がないわけでもない。お前は覚えてないかもしれぬが、さきの第四次において召喚されたキャスターにより子供の誘拐が発生している...もっとも今回は夜を出歩く大人や浮浪者たちが標的のようだがね」

 

 被害者には子供は含まれていない。それを幸運と見るべきか否かは定かではないが...見境なしというわけではないようだ。少なくとも今は。

 

「この程度に留まるなら問題はない。どちらの教会も事態の後処理は承知の上だ。だが――――」

 

 犠牲者は今も増え続けている。 

 

「それも今のペースなら、か...ふん、堕ちるとこまで堕ちたものだ。ここが我の庭だと知りながら愚行を犯すとは大きく出たものよ」

「まるでアレの正体を知っている風な口を利くのだな」

「ふっ、さてな...だが、このまま放っておけばこの街は廃墟になるぞ」

「...際限を知らぬというのか?」

「かつての奴であればそこまでは至らぬであろうがな」

 

 突如現れた謎の黒い影と乱入者。今はまだ小規模であり誤魔化しはいくらでも効く。だが、その量は日に日に増え続けている。数日前から始まった異常ともいえる捕食行為、いずれは誰一人として夜を超えれぬほど大規模のものになるのは目に見えている。

 

「私は間桐のご老体が裏で糸を引いていると読んでいたが...既にサーヴァント共々喰われたとは」

「はっ、あの手の輩にはふさわしい末路よ」

 

 愉快そうな口調とは裏腹に、彼の表情は怒りを帯びていた。

 

「だが、我とておめおめと街の人間が喰われるのは性に合わぬ」

「...驚いたな。どういう風の吹き回しだギルガメッシュ。己以外は何もいらぬと豪語するお前にそこまで言わせるほどの存在なのか、アレは?」

「我は我以外の者が人を殺めることを良しとせん。人が人を殺せばつまらぬ罪罰で身を滅ぼそう...その手の苦しみは見るに堪えん、つまらぬものよ」

「アレが人だと?」

「ああ、そうだとも。奴はその様に作られた物であり、正体はそこの雑種と何ら変わらぬ」

 

 言峰にとっては、驚きの連続だった。乱入者の正体は当然の事、この自分以外なにもいらぬという男が、街の人間の安否を気遣うとは。

 

「ならばどうする」

「なに、奴が何を願おうとこの我が裁定しよう。この場においては我が正義、奴が悪。この構図は何千年前から変わっておらん」

「...やはりお前は英霊だな。汚染されようと根は正気のままか」

「フハハハハハ!何をいまさら言うか。

だが...まだ早い、時が満ちるまでせいぜい我を楽しませてみよ

 

 ――――なあ、モンスターよ」

 

 黄金の王は笑う。好敵手と再び相まみえること喜ぶように。

 

 それが例え期待に添わぬとしても、過去の過ちをただすために――――




次回「正義の味方」



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桜と怪物 「正義の味方」

濁った目、いいです。


「う...――――っ、あいてててて」

 

 痛みで目を覚ます。

 

 やはり一晩寝たぐらいでは快復とはもういかないようだ。でも背中の痛みはほぼ痛くなくなった。腹は動くと痛むけど我慢すればどうってことないレベルだ。

 

「――――やべっ、もう七時過ぎてる」

 

 セイバーを失った俺には学校に行く余裕なんかない。けど今日だけはどうしても外せない用事がある。

 

 服を着替え居間に向かう。

 

 台所からは朝飯を作るいい匂いが漂っており、どうやら一足早く起きた桜が調理しているようだ。

 

「おはよう桜。悪い寝過ごしちまった。」

 

「おはようございます先輩。珍しいですね」

 

「う...面目ない。なんか気が付いたら朝だった。」

 

「怪我してるんだから仕方ないですよ」

 

 そう言ってくれるとありがたいが、桜に任せきりっていうわけにはいかない。とりあえず寝ぼけた頭をはっきりさせないとな。

 

「すまんちょっと顔洗ってくる。すぐ戻るから―――」

 

「いえいえ!どうぞのんびり洗ってきてください!今朝は私一人で準備しますから、お味噌汁期待しててくださいね!今日は自信作なんです!」

 

 ん...?

 

 桜は実に元気だ...と言えば聞こえはいいが。なんか変だな?やけにハイテンションっていうかから回っているっていうか。まあ桜がそこまで言うならお言葉に甘えて...

 

 そう思い洗面所に向かおうとしたとき

 

「あっ...」

 

 何かが倒れる音がした。それが人の倒れた音だと気が付くのは一瞬の事だった。

 

「桜―――!?」

 

 すぐさま台所へ駆け寄る。床に倒れこんでいたのか桜はけだるげな仕草でゆっくりと起き上がる。

 

「あれ、どうかしましたか?先輩...」

 

 赤く染まった頬、少し荒い息。もしかして桜の奴...!

 

「ッ...」

 

 桜に駆け寄り肩を掴む。熱い...!額を触らずともわかる体温の高さ。なんだってこんな熱で立ってられたんだ!

 

 乱れた息と汗ばんだ制服が、桜の状態を物語っていた。

 

「桜、お前すごい熱だぞ!?」

 

「え?熱って...わたし、ですか?」

 

 まさか自分で気づいてないのか?だからこんな無茶してたのか...とにかくすぐ休ませないと。

 

 ふらつく桜の手を引き客間へ向かう。その手はいつかと同じように熱かった。

 

「......っ」

 

 学校には欠席届を出して、朝食も消化しやすいお粥を作って...そうだ。藤村のじいさんにお願いして家政婦さんに来てもらおう。

 

「あ、あの...先輩?どこに行くんですか。学校に行く前にちゃんと朝ご飯食べないと」

 

 桜はまだ状況が分かってない。

 

 朝のテンションの高さは熱でぼーっとしていたものだったんだろう。

 

「馬鹿、学校は休みだ。俺が連絡を入れておくから熱が下がるまで部屋で安静にしてろ」

 

「えっ...学校を休むって、わたしがですか?」

 

「そうだよ。桜以外に誰がいるんだ。俺は...昨日より怪我の具合はいいかならな、休む必要はないだろ」

 

 まあ、こっちだって無理して学校に行く必要はない。セイバーがいない今、俺には学校に行く余裕なんかないからだ。

 

 それでも、今日だけは行かなきゃならない、

昨夜見たことを遠坂に報せるまでは、家に引きこもってるわけにはいかない。

 

「とにかく、今日は休め。いつも頑張ってるんだから、たまには休んでもいいだろ」

 

「ぁ...い、いいえ、わたし本当に平気なんです...!だからご飯を食べて、学校に行きましょう。そうすればこんな熱、直ぐによくなりますから...」

 

「ばか、そんなことあるかよ。なんか言ってること滅茶苦茶だぞ桜」

 

「でも...わたし、わたしは学校に行かないと...」

 

「なんだって、そんなに学校に行きたがるんだよ。大丈夫だ桜、俺も用が済んだらすぐ帰るから」

 

「......」

 

 ようやく観念したのか、桜はこちらに身を任せてきた。支えた体は、異様なまでに重い。桜にはもう立つ力がないのか、こんなにも身体が重くなったから立てなくなったのか。

 

 どちらにせよ、桜は一人で歩けないほど熱があって、元気だと思っているのは本人だけということだ。

 

 客間に着いたとき、桜は既に眠っていた。

 

 けど、眠ってるって言っても意識は半分ある状態だろう。呼吸は苦し気で、一度だけ、俺の手をしっかりと握ってきた。

 

「――――」

 

 取り敢えずベットに寝かせ、朝食のおかゆを用意する。

 

「(よかった、眠れたみたいだな)」

 

 再び客間に戻ってくると、呼吸は落ち着いておりこの分なら大丈夫だろう。一人で歩けるぐらい回復したら、一緒に病院にでも行って風邪薬でも処方してもらおう。

 

「...じゃあな。学校行ってくる」

 

 ベットから離れてドアに向かう。

 

 ―――と

 

「...先輩と一緒に...学校に行きたいんです

 

 小さな声が聞こえた。

 

「桜?」

 

 振り返る。桜は眠ったまま、目を閉じている。

 

「なんだ...うわ言かな」

 

 今度こそドアを閉める。

 

 さあ、俺にはやるべきことがまだある。玄関を開け、学校に向かって歩き出した。

 

 

「...だって。わたしが、先輩を守らないと」

 

 ◇

 

 カチ、コチ、カチ、コチ、カチ...

 

 ーーー熱い

 

 カチ、コチ、カチ、コチ、カチ...

 

 ーーー熱い

 

 時計の音がひどく耳障り。

 

 カチ、トク、カチ、トク...

 

 いや、これは

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン...

 

 心臓の音のようだ。

 

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンーーーー

 

 ーーー熱い

 

 熱源はわたし以外の何か。血管と血管の間、神経と筋肉の隙間。

 

 悲鳴を上げるように、中から飛び出そうとするように。必死に出口を探して、エンジンを全開にして。

 

「時計の音...うるさいなあ」

 

 ドクン...自分の声はよく聞こえない...ドクン...聞こえるのは喧しい時計の音と苦しい心臓の音...ドクン

 

 ずっと悲鳴をあげている体の中で蠢く赤子。奇怪で不快、異常な発熱、めまいと耳鳴り。苦しいのはきっと自分だけではない。体の中に這っているモノたちも大変なのだ。

 

 それを考えるとなんだか愛らしい気がして、その感覚を憎むことは出来なかった。

 

 虫に比べれば随分と愛らしいモノだから。

 

「...あれ...なんかおかしいです、先輩、」

 

 でも先輩が帰って来るまでに落ち着かせないとまた心配をかけてしまう。体の中の蠢きを鎮ませないといけない。

 

 そうして下着に手を伸ばす。大丈夫何度もしてきたことだ。

 

「あ...んっ...どうして?...やだ...なん、で...」

 

 いくら慰めても体は落ち着かない。今までできたことが出来ない。何が足りないのか、何が必要なのか、何が変わってしまったのか。それを考えようとしても、時計の針が邪魔して思考は纏まらない。

 

“ガラン、ガラン、ガラン、ガラン、ガラン...“

 

「ーーーあれ?...この、音」

 

 それが時計の音ではなく、衛宮の屋敷自体が侵入者を知らせる警告音だと気がついた時。

 

 もう手遅れだと気づいてしまった。

 

「なんだ、衛宮はいないのか。そりゃ都合がいい」

 

「兄、さん」

 

「へえ?なんだ衛宮がいないと思ったら1人で盛ってたのか。大方、キャスターを勝手に使いすぎた反動かな?」 

 

 男は土足で居間にあがり、壁にもたれかかっている少女に歩み寄った。

 

「ぁーーー」

 

 サクラは逃げようとするも力が入らないようで...まあ、諦めていると言った方が正しいか。ここで逃げたところで、どうせ自分には逃げきれないと考えているのだろう。

 

「おままごとの時間は終わりだよ、桜。お前言ったよな、僕のためになんでもするって」

 

 引き攣った笑いで桜を見下ろす慎二。

 

「やーーー嫌です、わたし...!」

 

 その返事が気に食わなかったのかシンジはサクラの首を手荒く絞め愉悦の笑みを浮かべた。見てて面白いものではない、かといって止めに入るほど親切でもない。

 

「そう逆らうなよ桜。思わず殺したくなっちゃうじゃないか。お前はさ、ただ僕のいうことを聞いとけばいいんだから」

 

「やだーーー違う、約束が違う兄さん...!先輩には、もう手出ししないって言ったのに...!」

 

 髪を振り乱して抗うサクラを、シンジは足で蹴り込む。鈍い音が響き、無造作に腹を蹴られたサクラは痛みでうずくまる。

 

「ぅーーーぐ...うえ...」

 

 うずくまるサクラから嗚咽があがる。

 

「優しいな僕は。爺さんの遺品の薬もあるってのに、使わないでやってんだから」

 

「ぁ...あえっ、うぅーーー」

 

 咳き込むサクラを抱き寄せ、もう一度首を掴んだ。

 

「安心しろ、約束は守るさ。あいつは殺さないし、今までのことは黙ってやる。ただちょっと、あいつには痛い目に会ってもらわないと気が済まないんだよ、こっちは」

 

「ーーーっ」

 

 サクラの頬に触れるほど口を近づけ、愉しげに笑うシンジ。

 

 結局、サクラは諦めてしまう。“どうあってもこうなるのだと、もう何度も思い知ってることなんだ“とそれが当然と受け入れる。

 

 それがこの兄妹の関係だと言ってしまえばそれで終わりだが...なぜだか胸の奥から沸々と湧き上がるものがあることに気づいた。これは一体なんなんだろうか。

 

「そうそう、いい子だ桜。それじゃあ先に行っていようぜ、ここは衛宮の陣地だしな、あそぶなら僕の用意した陣地じゃないと」

 

 とはいえ、もうすぐだ。結果はどうなろうとアーチャーを誘き寄せることができるなら問題はないのだから。誰がどうなろうと...僕には関係ない。

 

 慎二は乱暴に桜を突き放し、後ろに控えていた男に声をかける。

 

「キャスター桜を連れて来い」

 

 倒れ伏した少女は顔を上げる。

 

「ーーーキャス、ター」

 

「ごめんね、シンジがどうしても我慢できないっていうからさ」

 

 そこには黒い衣服のサーヴァントがいた。

 

「悪いけど君たちには付き合ってもらうよ」

 

 ◇

 

 もっと早く帰るべきだった。もっと真剣に考えるべきだった。こうなることを恐れて桜をうちに預かったんじゃないのか!?

 

『もしもし?やっと帰って来たの衛宮?桜は返して貰ったぜ。あいつは僕のモノなんだからいつまでも他人の家に置いとけないよ』

 

 今はそんな後悔をしてる暇なんかない。冷静に、冷静に、冷静になって対処を考えなくちゃいけない。

 

『はは!そうカッカすんなって。何?桜を取られて悔しいわけ?』

 

 だというのに、頭の中は怒りで埋め尽くされちっとも働きやしない。

 

『いい加減カタをつけようぜ衛宮。お前だってこの間の一件で済んだなんて思ってないよな?』

 

 桜は無関係だとキャスターは言っていた。そんな言葉をどうして信じたのか。桜が間桐の、魔術師の家系の人間である限り無関係ってことはない。なのにどうして、どうしてそんな

 

『違う!!あれはサーヴァントの差だお前の力じゃない!今だってセイバーが出てこなければお前に僕が負けるはずがないんだよ!!』

 

 ーーー俺にだけ都合がいい話を鵜呑みにした!

 

『場所は学校だ...くれぐれも一人で来いよ?ここにはキャスターが結界を張り直したからな、セイバーを連れて来ればすぐに分かる。まあ...お前が桜の前でそんな卑怯な真似をするとは思ってないんだけどね』

 

 慎二の煽り文句に付き合う理由はもうない.

 

 もはや学友同士の喧嘩では済まされない。俺は今度こそマスターとしてあいつと闘う。

 

「一応聞いておく、お前はマスターか、それとも桜の兄貴か」

 

『ハッ、冗談!なんで僕がこんなグズの兄貴なわけさ。ま、お前を誘き寄せるのには役に立ったけどさ』

 

 なんでだよ慎二...お前はそんな奴じゃなかっただろ?どこで道を誤ちまったんだ...

 

「...分かった.これで心置きなくお前をぶん殴れる」

 

『ああ、来いよ衛宮。まあ戦いになればの話だけどね』ガチャ、ツーツーツー

 

 もう時間はない、すぐさま学校へ向かわなければ。

 

「ちょ、ちょっと待って!まさか本当に一人で行くつもりなのアンタ!?」

 

 ...ああ。そういえば遠坂に着いて来てもらってたんだっけ。桜の様子を見てもらうつもりだったけど今はそんな場合じゃなくなった。

 

「そういう指定だ。悪いが話なら後にしてくれ」

 

「っ...それはこっちのセリフよ!このまま行っても殺されるだけでしょ!...まずは落ち着いて作戦を立てましょう、目の前であんたが殺されるところみちゃ桜もたまったもんじゃないわよ」

 

 確かに、それは困る。俺が死んで桜を助けられないのは最悪のパターンだ。

 

「...そうか。桜の前で殺すかな慎二」

 

「それは...分からないけど。わざわざ人質として桜を使うってんだから可能性はあるわね...大丈夫、衛宮くん?貴方冷静そうに見えるけど内心は逆上してる?」

 

 逆上してるかって?

 

 ああ、してるとも。もう慎二を殴りつけることで頭の中はいっぱいだ。

 

「してる。もうそれしか考えられない。今まで兄妹のことだって口出ししなかった自分にも...!」

 

 それにあいつは言った。桜の家族として言ってはならないことを言った

 

「慎二は桜の兄貴じゃないって言ったんだ。そんな奴に桜を奪われた。だから奪い返してくる。遠坂は手出ししないでくれ」

 

「ちょっと待ちなさいってば!!貴方一人じゃ助けられるものも助けられないからわたしと組むって言ったんじゃないの!?」

 

「ーーーーーーー」

 

 足を止める。

 

 その言葉は、沸騰していた頭に冷水をぶっかけてくれた。そうだ、セイバーがいない俺にはできることは少ない。だから遠坂に協力を申し出たんだ。

 

「すまん。けど桜が危ない。一人じゃ自殺行為だって分かってるけど、こうするしか手はない」

 

 それも遠坂には百も承知なんだろう。苦虫を潰したような顔で答えた。

 

「...でしょうね。慎二が桜をおさえている以上、わたしもおいそれと手は貸せない。けど衛宮くん。貴方がなんとかして慎二から桜を取り返してくれたら...後はわたしがなんとかする」

 

「ーーーなんとかするって、慎二をか?」

 

「慎二じゃなくてキャスターよ。サーヴァントの相手はサーヴァントがするものでしょう...貴方の話を聞く限りアーチャーでも相手できそうだし。とにかく桜を助けてあげて、そうしたらたとえ一秒後に殺されるって状況でも、絶対に貴方を助けるから」

 

 でも、それは確実に遠坂に負担をかけることだろう。俺はそれを承知で力を借りて、遠坂もそれを守ろうとしている。

 

「どうしてそこまで...」

 

「わたしを勝たせてくれるんでしょ?なら今死なれても困るのよ」

 

 それで、怒りに走っていた心に覚悟が入った。

 

「分かった。後のフォローは任せる」

 

「ええ。けどそれには貴方がちゃんと無事で、きちんと桜を守ってあげるって条件付きよ。いくらアーチャーでも桜を守りながらキャスターの相手をする、なんて出来ない。自分の身と引き換えに桜を助けても、そんなの全然意味が無いんだから」

 

 校舎には人気はなかった。

 

 行方不明事件の多発が下校時間を早めた為だ。生徒はおろか教師さえ残ってはいないだろう。

 

「先に行く。遠坂は後から来てくれ」

 

「ええ、十分たったらわたしも正門を潜るわ。ここにはライダーの結界が張られてる。気配を消した所で見つかっちゃうからそうならないように慎二とキャスターの注意を引きつけて」

 

「分かった」

 

 校舎に向けて走り出す。

 

 背中には熱い鉄が入っている。魔術回路はとっくに成っている。俺に許されたただ一つの“強化(ぶき)“は敵を倒すためじゃなく桜を助けるために使うのだ。

 

「!」

 

 足を止める。

 

 三階の廊下にはキャスターと、桜に刃物をあてている慎二がいた。

 

「慎二お前ーーー!」

 

 止まっていた足が再び駆け出す。

 

 だが、目の前にキャスターが立ち塞がった。

 

「止まった方がいい。それ以上に前に出れば、マスターは彼女を傷つける」

 

 前に出ようとする体を押しとどめる。強く噛み締めた歯が、ぎりぎりと悲鳴をあげる。

 

「慎二ーーー!」

 

「よう。思った通り飛んできたな衛宮。お前のことだからさ、ああ言えばホントに一人で来ると思ったよ」

 

 頭が白熱する。

 

 目の前のサーヴァントが目に入らないぐらい、頭がくらくらしている。

 

 桜は慎二の妹だ。兄貴なら妹を守るべきだろう。肉親なら助け合って、一緒に笑い合うものだろう。なのにどうして分からないんだ。 

 

 ナイフを突きつけられる桜の気持ちがどうしてーーーー!

 

「お前、本気でそんなことやってんのか」

 

「当然だろ。本気だから最後の切り札を使ってんじゃないか。この期に及んで何寝ぼけてんのさ?」

 

「っ...!」

 

 今すぐあそこまで走って、桜を引き離さないと気が済まない。

 

 それには、こいつが邪魔だ。キャスターは慎二を守るように、俺の行手を阻んでいる。

 

「分からないな...君は何しに来た?この場に訪れたということは、マスターの意に従うという事。闘う気があるなら、一人で来るべきじゃないのは明白だろうに」

 

 それはもっともな言い分だ、怒りに駆られてはいけない。慎二の言う通りにした以上、俺は慎二を倒すのではなく、桜を助けることだけを考えなければ。

 

 慎二は桜を抱き寄せたまま、俺の狼狽を楽しんでいた。

 

 桜は俯いたまま顔を上げる様子はない。気を失ってるわけではないだろう。自分の足で立ってる。俯いてるのは、ただ、顔を上げることができないからだ。

 

「ああ、こいつには全部話したんだよ。僕たちがマスターで、お互い殺し合ってきたってさ!こいつさ、お前が隠してることみんな気づいてたらしいぜ!けど自分はただの後輩だから聞けなかっただとさ!...何黙ってるんだよ桜。聞いてやれよ、わたしが薄汚れた間桐の女って知って嫌われたかどうか、ちゃんと自分の口で聞いてみろよ!」

 

 桜の頬にナイフが当てられる。

 

「もういいだろう。約束通りきたんだ、桜を放せ」

 

「はあ?約束なんてしてないよ?僕はただ命令しただけさ...そう睨むなよ、僕だって鬼じゃない。妹を助けたいっていうお前の気持ちは嬉しいからね。僕の言う通りにするんなら桜は放す。これは約束だ」

 

「...分かった。で、お前の要件ってのはなんだ。ここで土下座でもすればいいのか」

 

「そんなの要らないよ。男に頭を下げられて何が嬉しいっていうんだ。言っただろ、いい加減カタをつけようってさ」

 

 キャスターが一歩前に出る。

 

 そこには殺気も敵意もない。ただ慎二の命に従って、俺へと歩を進めてくる。

 

「けど、ただやり合うってのもつまらないだろ?だからさ...キャスターの相手をしろ」

 

「ーーーーーっ」

 

 言ってくれる。生身でキャスターと戦え、か。そんなの死ねって言ってるようなもんじゃないか...

 

「心配すんなって、キャスターには手加減するように言ってるからさ!お前はただ殴られてくれればいい。ああ、でも一発で倒れたりはするなよ?僕が満足する前に気絶なんかしたら足りない分は桜に払ってもらうからね」

 

 キャスターは見るからに面倒臭そうに近づいてくる。確かに手加減はしてくれるらしい。

 

「ふん...抵抗はするな。けど簡単に倒れるな...矛盾してるぞ慎二。お前何がしたいんだ」

 

「はっ、そんなの決まってるじゃないか。僕はさーーーただお前をぶちのめしたいだけなんだよ!!やれキャスター!」

 

 キャスターが跳ねる。

 

 両手を構えて防御に徹する。

 

 その瞬間

 

「っ、ぐーーー!」

 

 顔を防ぎに入った腕そのものを狙われた。軽い一撃だ、まだ右腕はついている。

 

 だが...

 

「っ...!」

 

 目にも留まらぬ速さの連撃が繰り出される。同じ腕をしつこく狙われだんだん麻痺してきた。

 

 全速で意識を編み上げる。守りになるようなものを片っ端から強化しなければいずれ手足を砕かれる。薄い学生服を鉄に、無防備な体を少しでも硬くしなければ、

 

「っっーーー!」

 

 だが、少しでも意識をそらすと強烈な一撃が襲ってくる。音速で放たれる一撃は強化した服を貫通し、容赦なく腕を壊しにくる。

 

「はーーーこ、のーーー!」

 

 両腕はたった一息のうちに使い物にならなくされた。いや、動くには動くが感覚がない。こんな鈍い動きじゃあ、もうキャスターの動きについていくことができない。

 

 キャスターに容赦はない。こいつは命令通り、一切の無駄なく攻撃を繰り出してくる。

 

 満足に動かない両腕で、とにかく顔だけはしっかりと守る。もとよりキャスターの拳を“見て防ぐ“など出来ないのだ。意識だけは奪われないように、頭を守ることに専念しなければ。

 

 それをキャスターがどう取ったのか、隙間だらけの両腕の守りを狙ってこず、ガラ空きの腹と胸ばかり強打してくる...それはそれで悶絶しかねない一撃だったが、痺れるほどの強さではなかった。

 

「ぐっ...あぐっ...っ...(おかしい。柳洞寺で見たキャスターなら一撃で俺を殺することができるはずだ。

 

 慎二の言う通り手加減してるのか...それを差し引いてもこのキャスターは、前の夜でセイバーに敗れたときのキャスターだ。

 

 柳洞寺の時の迫力が全くない。これなら、まだ俺にも好機はある!)」

 

 ああ、だが勘違いだったかもしれない。

 

「ご、ぶ.....!」

 

 前に倒れ込む。

 

 サンドバック相手のスパーリングに飽きたのだろう。深く踏み込んだ一撃が叩き込まれる。杭打ちめいた一撃に、腹の中身が抉られる。

 

 今のは効いた...治り切ってない傷が悲鳴を上げ、足は膝から崩れ落ちようとする。

 

「どうした衛宮。簡単にくたばってちゃつまらないぜ!」  

 

 前に倒れ込む。

 

 キャスターはわずかに身を引いて、俺の倒れを見届けようとする

 

 そこへ、

 

「っーーーあ...」

 

 俺はキャスターの腕を掴んで、強引に体を持ち堪えさせた。

 

「ふーん、いいぞ衛宮。ゴキブリ並みのしぶとさだ!お前は本当に面白いぜ!...けど、見せ物としては三流だったな。このまま続けても同じことの繰り返しだ。そろそろ豪快なKOシーンで締めくくろうか」

 

 ーーー同じ?

 

 馬鹿、どこが同じって言うんだ。さっきとは立ち位置が違う。キャスターに寄りかかった時。あからさまに立ち位置を逆にした事をどうとも思わないのかアイツは。

 

 すると、キャスターが口を開いた。

 

「ーーー距離は五メートルほどだ。我慢強い君の勝ちだね」

 

「ぇ...」

 

 突然だった。だから思わずキャスターの目を見たんだ。その時のコイツはいつものようにどす黒く濁った目じゃなく、赤く煌びやかに輝いた目をしていた。

 

「いいぞ!手加減はなしだ、殺せキャスター!!」

 

「兄さんーーー!やめ...」

 

 体は麻痺している。殴られた箇所は痣になっており、もう痛みさえ感じない。殴られる痛みより、体中に残っている痛みの方が強いためだ。

 

 それで完全に思い知った。これは慎二の意思じゃない。俺の顔を狙わなかったのも、まだ俺がギリギリで体を動かせるのも慎二に手加減を命じられたからではなくーーー

 

「さあ覚悟はいいかい?」

 

 キャスターは深く踏み込み、今までとは比較にならない一撃で、この胸を蹴り上げた。

 

「ごーーーーーー」

 

 息が止まる。

 

 分かっていても、意識が消えかける。

 

 慎二の歓喜の声が聞こえてくる。おおかた、これで終わりだと確信したのだろう。

 

 普通ならこのまま、背中から落ちて死ぬ。落下の衝撃など考える必要はない。そもそも、人間を軽々と吹っ飛ばすほどの一撃だ。受けた時点で体に風穴が空いていても不思議じゃない。

 

「ハッーーーー」

 

 だが生きている。あれだけタイミングを合わせられれば、誰だって後ろに飛べる。今のは殺すための一撃じゃない。あくまで、キャスターの意思だったんだから。

 

「...え?」

 

 間合いは万全。

 

 飛んでる最中に体を反転させ、着地と同時に呆けている慎二が握っているナイフを左手で掴み取る。ナイフの刃が肉に食い込むが、麻痺してるおかげで気にならない。

 

「な、えーーーー!?」

 

 腹に仕込んで置いた本を取り出す。魔術で強化しておいたおかげでなんとか助かった。これがなきゃ蹴りの一撃を受け止めきれなかっただろうから。

 

「...魔術...あ...うう...う゛わああああああああああああ!」

 

 激昂した慎二が殴りかかってくる。

 

 残った右手を振り上げる。手のひらが切れることも気にせず、強く握りしめた拳を慎二に放った。

 

「おおおおおおおおおおおお!」

 

 慎二の拳が俺に届くことなく、俺の拳が慎二の顔を殴り抜いた。

 

「ガッ...」

 

 フラフラと慎二は後ずさる。

 

 が、

 

「ぐ...ううっーーーキャスター!こいつを殺せええええ...!」

 

 本のような物を取り出しキャスターに命じた。それにキャスターが抗うことはできず俺に向かって触手を...

 

 ーーーしかし、それは許されなかった。

 

 ガラスが突然、突き破られ赤い外套が飛び込んでくる。

 

『Fixierung,EileSalve――――!』

 

 ガラスを突き破って乗り込んで来た遠坂により魔術が放たれる。キャスターは避けることなく直撃させられ一瞬動きが止まる。そこをアーチャーは見逃さない。

 

できれば手加減してもらえるとーーーー」

 

「......ふんっ!」

 

 容赦ない剣戟によりキャスターは切り伏せられ、床にうずくまる。なんともあっけなく勝負はついた。

 

 突然の乱入者に驚愕した顔で慎二は遠坂に向かい合う。

 

「と、遠坂!?ひ、卑怯者!約束を破りやがったな衛宮。一人で来いって言ったのに!」

 

「そうね。けどアレは約束じゃなく命令だったんでしょ?なら衛宮くんを卑怯者呼ばわりするのは筋違いだわ」

 

「そ、そんなの詭弁だ!あの時、衛宮は一人で来るって言ったんだ。なら一人で来るのは当然じゃないか!」

 

「...わたしはただ来たかったから来ただけよ」

 

「嘘つけ!呼びもしないお前がどうして来るんだよ!まさか衛宮の奴、馬鹿正直なふりをして僕を騙したのか!?」

 

「ああそれ?そんなの単純よ。あの電話の時ね、わたしも側にいたの。衛宮くんが隠そうとしたって聞こえてたわよ。桜が攫われた以上わたしが大人しくしてるわけないでしょう?」

 

 遠坂は怒りの表情で慎二に吐き捨てた。

 

「いい慎二?アンタは衛宮くんを誘き出す代わりにわたしを完全に敵に回したってことよ」

 

 慎二の顔はワナワナ震え、自分に言いかけるように、自分を鼓舞するこのように叫び上げる。

 

「なんだよ、お前も桜かよ...桜、桜、桜桜桜桜桜!そんなヤツただ黙っていじけてるだけのグズじゃないか!よく見ろ!僕をみろ!!僕はマスターになったんだ!!お前たちと同じマスターに選ばれたんだぞ!!」

 

「...そう。じゃあ自慢のサーヴァントに戦わせたら?アーチャーは腹を裂いただけよ。そのサーヴァントは丈夫らしいみたいだから、まだ息はあるわ。一人前のマスターなら、今すぐにでもキャスターを治してあげなさい」

 

 慎二は再び、本を取り出しキャスターに命じる。

 

「立てよキャスター!マスターの命令だ!立ってアーチャーを倒せ!!」

 

 キャスターは動かない。血は流れ続けてる。

 

 そんな姿にイラつくように、慎二は強く本を握りしめた。あの時と同じようにキャスターの周りに火花が散り始める。それでもキャスターが立ち上がる様子はない。

 

「この...!お前がこの程度で死なないことぐらい分かってんだよ!お前は僕のサーヴァントなんだ!死ぬまで戦えよ!!」

 

 これまでと比にならないほどの火花が散る。

 

「...痛い...痛いなあシンジ...そんなに力を使っちゃあ...ねえ?」

 

 キャスターがなんとか立ちあがろうと素振りを見せた時、

 

「ーーー何もできない、ただの人になってしまう」

 

 慎二の持つ本が突然燃え上がる。

 

「なっーーーー!」

 

 締め切られた廊下に風が吹く。それは倒れてたはずのキャスターと、俺のそばにいる桜の体から吹いていた。

 

「ーーー嘘、これがキャスター...?」

 

 身構える遠坂と、再び立ち上がった敵を無言で見つめるアーチャー。

 

 キャスターは完全に治癒していた。その体から発する威圧は、柳洞寺で見せたものと全く同じ。

 

「ーーーえ?」

 

 唐突に、その姿が消えた。キャスターの姿は忽然と俺の視界から消え。

 

「衛宮くん、伏せてーーー!」

 

 咄嗟にしゃがみ込んだ俺の真上を、閃光が通過していく

 

「桜!?」

 

 一瞬の間に、キャスターは桜を抱いて跳んでいた。桜を抱えたキャスターは俺と遠坂とは反対方向。慎二がいる場所より少し前、俺たちと慎二の中間に着地する。

 

「お、おい。キャスター、お前なんのつもりだよ?誰が桜を連れて来いって言ったんだ」

 

 キャスターは慎二を嘲笑うかのように笑ってみせ、一瞥した。

 

「そんな命令はもらってない。僕はただサーヴァントとして、自分のマスターの身を守っただけさ」

 

 もうこの場には慎二の味方など居ない。目の前にいるのはただの、

 

 ーーー濁った目をした怪物だった。




【真名】???【class】キャスター

【マスター】間桐桜
 
【パラメータ】
筋力 C 耐久 D 俊敏 A+ 魔力 A 幸運 E 宝具 EX
 
【クラススキル】
道具作成 C
産地直送
 
陣地作成 E-
ただ単に才能がない
 
【保有スキル】
対魔力 E
神代の魔術なんて食らってみろ、飛ぶぞ

擬態 EX
自己改造の究極系

弱体(英雄)EX
正しき英雄(英霊)と敵対した際、強烈な弱体化が現れる(ステータス二段階低下的な)

■■■■(英)

【宝具】
「       」(対星宝具)


次回「選択」
アーチャーの勇姿を是非

多分、短編を何個か挟むかも。
 


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桜と怪物 「選択」

———僕だって努力したんだ。

 

「そう...そいうことだったのねキャスター」

 

「ご名答だ、アーチャーのマスター。いや、既に気づいていたというべきかな?」

 

———あの日からずっと分かってた。桜が間桐の家に来た時から僕の居場所はなかったんだ。

 

「間桐の血はとうに廃れていて新たな魔術師は排出されない。わたしは間桐臓硯がキャスターを召喚して慎二に預けたのだと思ってた。

 

———それでも、振り向いてもらおうと頑張ってきたのに...!

 

「けど話はもっと簡単だった。だって今の間桐家に最もマスターに相応しい人間は、間桐の正式な後継者

 

 ———今代の魔術師である貴方だものね桜」

 

「そんな、桜が...マスター?」

 

 信じられないような顔で士郎は桜を見つめている。

 

 桜はその視線に耐えることができないのか、顔を伏せたままキャスターの側に佇んでいる。貴方にだけは知られたくなったのだと、謝罪するようだった。

 

「...おい」

 

———なんで桜ばかり見てるんだよ。今、お前たちの敵は僕のはずだろ!?なんで誰も僕を見ない!

 

 誰も慎二を見ない。

 

 令呪の譲渡。

 

 “間桐慎二の命令に従う“という令呪。それによって慎二はキャスターのマスターとなり、その間桜はマスターとしての権限を失う。実際、今の桜の手には一角の令呪が刻まれていた。

 

「おい!お前ら、こっち見ろよ!!」

 

———そうだ、まだ終わってない。僕はこの聖杯戦争に勝って、そして

 

 一斉に慎二を見る。

 

 その場にいた誰もが慎二の存在を忘れていた。今の彼はマスターですらなく、もはや聖杯戦争に関係のない一般人へと成り下がっているというのに。

 

「まだ終わっちゃいない...!もう一度だ桜!もう一度、支配権を僕に譲れ!」

 

 縋るように、懇願するように駆け寄る。

 

「.........」

 

「なに黙ってんだよ!お前は戦う気なんてないんだろう?マスターになるのは嫌だってさんざんお爺様に泣きついていたから、僕が代わりに引き受けてやったんじゃないか!なに今更、いい子ぶってんだよお前は...!」

 

 黙り込む桜に気が触れたのか、拳を振り上げる慎二。

 

 ...それを止める必要はない。

 

「キャ、キャスターお前、僕に逆らうのか」

 

「逆らうもなにも、最初から君をマスターだと認めたことなどない、シンジ」

 

 慎二の腕はキャスターに掴まれ、桜に届くことはなかった。

 

 キャスターはその手を話さず慎二に言った。

 

「———哀れだねシンジ。君が持ってないもの周りは持っている。さぞ苦しかっただろう」

 

「な、なにを」

 

「嫉妬?劣等感?そのどちらもか。ああ、君はあんなに頑張っていたのに努力が報われないのは悲しいことだ。まあ、例え魔術回路を持ち合わせたとしても、そこのセイバーのマスターの方が資質はあるようだけどね」

 

「...うるさい」

 

 黒い男は鼻で笑いながら言った。

 

「僕を見て、僕を、僕を!...ふふっ、だあれも君を見ない。」

 

「うるさい!」

 

 慎二を見てキャスターは笑う。

 

「ちょっとキャスター、アンタ何を...」

 

 遠坂が止めようとするも、アーチャーに制される。弓兵にとって目の前のキャスターは既に敵であり、警戒を解くことはない。

 

「蔑んでいた妹にも、見下していた友にも、君は結局、哀れと思われる」

 

 慎二は士郎の方へと顔を向けた。その瞬間、目を逸らされる。士郎は慎二を憐れんだ訳ではない。ただ見ていられなかった、それだけである。

 

 だが、それで十分だった。

 

「分かってた...わかってたわかってたわかってた!!最初からこんなの務まりっこないってわかってたさ!」

 

 声を荒げながらその場で地団駄を踏む。それはもう子供の癇癪となんら変わらなかった。

 

 その様子を見ていられなかったのか桜は声をかけた。

 

「...兄さん、もうやめましょう」

 

 それは逆効果だった。

 

 今の慎二に言葉をかけてもそれは全て自分を憐れんでる、同情していると変換され意味をなさない。

 

 年月をかけて歪んだその性根はもう戻らない。

 

 ....亀裂が走る。

 

「やめろ!その目で僕を見るな!お前も!衛宮も!遠坂も!...全部、全部全部全部!」

 

 ピシリと音を立てて、間桐慎二という存在が罅割れる。

 

「———お前らなんか」

 

 慎二は小さなガラス瓶を取り出す。

 

 それにこの上のない悪寒を感じた時

 

「———死んじゃえよ、全員」

 

 パキンとガラスが割れた音がした。

 

「ぁ、っ———!」

 

 桜が突然倒れる。足元から力を無くして床にへたり込む。

 

 慎二はその様子を後ろ目に、表情を無くしたままさって行った。

 

 桜は苦しげに胸を掻きむしり呻き声を上げる。

 

「ぁ———は、あ———! 」

 

 耳に付けられていた飾りが砕け、中から薬品めいた液体がこばれている。

 

 膝をついたまま痙攣する桜。

 

 いや、もはや痙攣なんてものではなく、地震で倒壊する建物のように、そのまま崩れていまいそうなほど桜という存在そのものが揺れている。

 

 空間が歪む、桜を中心として魔力が広がり続けている。

 

「桜!」

 

 士郎が駆け寄ろうとする。何が起こっているのは分からないが、桜の身を案じる彼にとって当然の行動だった。

 

たわけ———!この状況がわからんのか貴様!」

 

 いつの間にか後ろにいたアーチャーによって肩を掴まれ、士郎はそのまま背後へ突き飛ばされる

 

「ここから離れろ。下手に魔力(カテ)を与えては戻せなくなる」

 

 アーチャーが口にしたことを士郎は理解できない。だがそんな問いはすぐに消えることになる。

 

「悪いが逃すことは出来ない」

 

 その言葉とともに廊下が赤黒く染まっていく。

 

 たちこめる空気は霧状となって肌を濡らし、壁という壁は、蜜のような汗を浮かべ出す。

 

「がっ、ぐ———!?」

 

 肌が焼けるように痛い。

 

 この空気。

 

 この世界は魔術によって括られた異界へと変貌している。

 

 学校という枠組みの中、この敷地内の生物から魔力を奪い尽くす、得体の知れない結界。

 

「前回の反省を生かしてね、吸収という点に絞ってみたんだ」

 

 褒めてくれてもいいんだよ、というようにキャスターは笑った。

 

「確かに段違いね、これは...っ」

 

「な———」

 

 士郎は視線を戻す。

 

 ...赤黒く変色した通路の奥には、蹲って胸をかきむしる桜と、桜を守るようにアーチャーと対峙するキャスターの姿があった。 

 

 ◇

 

「———そこを退けキャスター。おまえの主は暴走している。他人の魔力の味を知る前に止めなければ癖になるぞ」

 

 ...想定外だ。

 

 まさか蟲を暴走させる薬があったとは。やはり全て取り除くべきだったか? それとも、シンジを必要以上に煽りすぎたか...つい興が乗ってしまった。反省しなければ。

 

 まあそれはさておき、目の前のアーチャーが言っていることはよく分からない。他者の味を知る、それはもう手遅れな話というものだ。誰がわざわざ餌付けしたと思ってる?

 

 このままではサクラの命は危うい。ならば

 

「断る。君がサクラを殺すというのであれば、これ以上は進ませない」

 

「そうではない、今ならまだ間に合うと言っている。それとも、みすみす主を死なせるのか。

 

 お前のマスターは著しく魔力を失っている。放っておけば確実に死ぬとわかっているのか?」

 

 糧を与えればいい話ではないか

 

「なら、食べさせてあげればいい。魔力よりも多くの魔力を取り込めば少なくとも自滅は避けられる。幸いここには魔術師が二人もいる

 

 ———サクラが蟲に食い尽くされるまでに、君のマスターは貰い受ける」

 

 辺りに広がっていた自らの血に魔力を流し、数本の剣を生成する。血も僕の一部であることには変わりない、変質させることなど容易いこと。

 

 立ち尽くす魔術師に向かって剣を放つ。

 

「———チッ...主が変わったところで性根は変わらんか!」

 

 二対の剣によって振り払われる。

 

 構うものか、近づけさせないように剣を生成しては放ち続ける。しかし、弓兵の癖に剣を使うとは、やはり見覚えのない英霊だ。早々に片付ける必要がある。

 

「宝具は使わないのかい?いや、もしかして使えないのかな?」

 

 変わらず剣を捌き続けるアーチャーに向かって問う。アーチャーであれば遠距離からの宝具は持ち合わせているはず。それでも使わないのは、自分のマスターを巻き込む恐れがあるのか、あるいはサクラを気遣っているのか。

 

「...ふん、お前も宝具は使えまい.先ほどまで間桐慎二がマスターだったからな。いかにキャスターとて宝具を使うだけの魔力が溜まっていないだろう。使わぬ相手に手札を晒す必要もない」

 

 図星か。

 

 アーチャーは宝具を使わない。なら勝機は見えた。

 

「おいおい、なんのための結界だと思ってる?この学校の真下にも僅かながら霊脈は通ってる。それを利用することだって出来るんだよ」

 

「なに!?」

 

 さあ、起点はここだ。

 

 今僕が立っている真下。ここから一気に汲み上げさせてもらう!

 

「———宝具」

 

 空に亀裂が走る。

 

 堕ちてくる黒い影。かつての真体と言うべき神話。

 

 ああ、そうだとも。未だ魔力不足により不完全での発動。仮想顕現とも言うべきか。

 

 それでも喰らい尽くすには十分。

 

「貴様一体...何を呼んだ?」

 

「さあ?知りたいなら、何もせずただそこにいればいい」

 

 歯を噛み締めながらアーチャーは叫ぶ。

 

 剣を握り、こちらへ向かって来る。流石は英霊、あれの危険性はよくわかってる。それとも似たような経験があるのかな?

 

「黙って見ているとでも思うのか!ここで貴様を———」

 

「戦うかい?僕は別に構わないが、いいのかい?あれが堕ちればこの町の人間を喰らい尽くすまで止まりはしない

 

 堕ちきる前に僕を殺せるのかな。あと十秒もないが、さてどうする?正義の味方さん」

 

 選択を突きつける。

 

「アーチャー!!」

 

 後ろでは彼のマスターが止めようとしている。彼がしようとしていることを分かっているのだろう。

 

 人の命を選ぶか、世界の敵を打破するか。

 

 彼が選んだのは

 

「———I am the bone of my sword」

 

「...よかった。そう来ると思ったよ」

 

 アーチャーの行動を見てキャスターは不敵に笑うのだった。




感想など良ければ


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桜と怪物 「暴走」

実はキャスターの使う触手は自分の肋骨や背骨を無理やり変化させたもの。
まあ、どうでもいいことですけど


 空より産まれ堕ちてくる“それ“が学校に直撃する刹那、

 

「———“熾天覆う七つの円環“(ロー・アイアス)...!」

 

 大気を震わせ、その真名が開放される。  

 

 わずかな時間、それは停止した。

 

 開かれた七枚の花弁はこの地を守護し、それが産まれ堕ちるのをアーチャーは“宝具“によって食い止めている。

 

 誰が知ろうか、この守りこそアイアス。かのトロイア戦争において、大英雄の投擲を唯一防いだとされる絶対の盾。投擲武具、使い手より放たれた狂気に対してならば無敵と称される結界宝具。

 

 キャスターの宝具が投擲に関するものであればここで勝負は決していた。

 

 しかし、

 

 相対するは、ただ重力に従って堕ちてくる物体。

 

「———っ.....!!!!!!」

 

 花弁に亀裂が走る。

 

 一枚、また一枚、花弁は四散してゆく。

 

 “それ“に意志があるのかは分からない。しかしながら、大量の触手と共に花弁を砕きながら“それ“はこちらを見下ろしている。

 

「驚いた、あれはアイアスの盾か。いやはや、なんとも懐かしい物を見せてくれる」

 

 外を見上げるキャスターはどこか懐かしそうに花弁を見た。

 

「ぐ...キャスター...」

 

 アーチャー一人では抑え切れない。歯を食いしばり、天に掲げた両手によって花弁の盾は支えられているが、その膝が崩れ落ちるのはあと僅か。

 

 手に剣を持ち、ゆっくり、ゆっくりとアーチャーの苦しむ様を愉しむように一歩一歩近づいてくるキャスター。

 

——ニゲろ

 

 間抜けなことに、俺は一歩も動くことができなかった。

 

——アレを打破デキルノハ正シイ英雄

 

 巻き込まれる。

 

——アナタは英雄デショウカ?なら挑ミマショウ。アレは乗リコエルベキ障害

 

 ここにいては、あの化物に完全に飲み込まれる。そう考えてしまうと、足は凍りついたように動かないのだ。

 

——アカイ眼がコッチをノゾイテいる。メノマエニ触手ガ迫ル

 

 立ち向かわなきゃいけない、分かってる、そんなこと理解しているはずなのに。それを本能は拒否している、“無駄死にするだけだ。大人しく生き延びる努力をしろ“と

 

——触手ガ、セマル

 

 本能に従う、今はそれしかない。

 

 俺はキャスターの後ろで蹲る桜をつれて退避するためにも遠坂の方を見たが

 

「———止まりなさい!」

 

 彼女は既に走り出していた。

 

 キャスターに魔力がこもった指先を向け、アーチャーの前に立つ。

 

 だがキャスターは止まらない。

 

 むしろ手間が省けたかと言わんばかりの顔で近づいてくる。

 

「来るな...!ささっと逃げろ、たわけ...!!」

 

 アーチャーが叱咤するものの遠坂は引かない。

 

 そればかりかキャスターに向かって魔術を繰り出した。

 

「———Acht...!」

 

 先ほど学校に突入した際、キャスターに放った魔術は確かに効いていた。

 

「———Sieben...!」

 

 だが今はどうだ。

 

 放たれた魔術はキャスターの肉を抉り、魔術回路を焼き、命を穿たんと襲い掛かる。

 

「———Sechs Ein Flus, ein Hal...!」

 

 ああだが、それがどうした?

 

「痛いじゃないか」

 

 肉が抉れようが、焼かれようが、たとえ命が削れようが、その肉体は瞬時に再生する。

 

「凛...!よせっ!」

 

 一歩、また一歩、ゆっくりと近づき、ついに遠坂の目の前に迫る。

 

「—————————っ!」

 

 剣が振り上げられる。

 

 ここまで近づかれれば、もう防ぐことはできない。このまま脳天に振り下ろされて、それでおしまい。

 

 廊下が血で染まろうとしたその時、

 

...やめて...キャスター...

 

 小さな声が聞こえた気がした。

 

 その声に反応し、キャスターの動きが止まる。

 

「———がぶっ」

 

 結果的に、遠坂に剣が振り下ろされることはなかった。

 

「え、アーチャー...?」

 

 遠坂が後ろを振り向く。

 

 そこには、後ろの血溜まりから発現した長い槍に串刺しにされたアーチャーの姿があった。

 

「グ———」

 

 同時に花弁の最後の一枚が砕け散る。

 

 アーチャーは胸の部分を完全に貫かれ再生は不可能だとここからでも判断できる。

 

 それを悟ったのだろう。

 

 遠坂は震えた声でアーチャーに呼びかけ、おぼつかない足取りで近寄っていく。

 

 まだ遠坂は気づいていない。

 

 既に盾は砕け、この校舎に無数の触手が入り込んでいる。

 

 呆然としている遠坂に触手が迫る。

 

「遠坂———!」

 

 そこでようやく足が動いた。

 

 本能は相変わらず、“逃げろ“と叫んでいるが知ったことか。

 

 まだ間に合う。

 

 全力で走って、遠坂の手を引いて真横に跳べば、それで———

 

「あっ、やば...」

 

 最初は体を吹き飛ばされた感触、そして視界と知覚が真っ赤に染め上げられた。

 

「が———a———ぁ———」

 

 続いて襲ってきたのは喪失感。

 

 体はある。

 

 まだ生きている。

 

「あ———あ」

 

 ただ、あるべきものが、左腕の感覚が...二つある物が欠けるだけでこんな喪失感があるとは。

 

 切り裂かれたのは左腕だけだったのは幸運だった。

 

 まだ、生きてる。

 

「———いや」

 

 遠坂は...大丈夫、そうだ。何を言っているかは聞き取れないが、取り乱しながらこちらに駆け寄ってくる。

 

 アーチャーは、いた。もう消滅寸前だが、確かにいる。

 

 桜は...胸を掻きむしったまま、床に転がった俺を見つめている。参ったな、早く助けないといけないのに。今の俺では駆け寄ることすらままならない。

 

 周囲の魔力が桜に集まる。

 

「いやぁ———あああ...!!!」

 

 糸が切れた人形のように、魔力を暴走させ倒れ伏す桜の姿。

 

 それが意識を失う前に見た最後の光景だった。

 

 

 

 

凛、聞け。このままでは死ぬのは二人だが.....




ちなみに、固有結果発動されれば負けだった可能性も無きにしも非ず。


次回 「私の勝ち」

感想などいただけると励みになります。いつも誤字脱字報告してくれる方ありがとうございます!


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桜と怪物 幕間 「不滅の貴方」

 人は誰しも永遠を手に入れたいと願う。それは憧れであり、常人には決して叶わない望みでもある。

 だが、この場にはそれを手にした二人がいる...正確には今から手にしようとする者とそれを見守る者だが。

 一人は時間を手にする為に。永遠の時間が手に入れば自身の願いに手が届くと信じて。そしてもう一人は死を恐れた。ただ死ぬのが怖かった。それが自分の意思なのか、妖精の悪戯なのかは定かではない。

 

 両者の違いがあるとすれば、自身で望んだか、考えなしに行った結果の末に後悔しているか、である。

 

 暗い境界の中で二人の男が問いを交わしていた。

 

「.....どうして、そこまで永遠を望むの?」

 

 神父服の魔術師に尋ねた。とある田舎町で出会った男。数奇な縁から彼の研究を手伝うに至り、今この場にいる訳である。

 彼らは友人であり共に苦難を乗り越えた中ではあったが、“永遠“を祝福するものと、否定するものと言う決定的な違いがあった。

 

「前にも言ったでしょうが、私は全てを知りたいのですよ。ですが人のままでは時間が足りない」

 

 魔術師は黙々と研究資料をめくり儀式の準備を進めていく。これから行うのは魔術師が“永遠“を手にすべく行われる転生の儀式。

 

 既に魔術師は転生先を決めており、あとは実行するだけであった。

 

 “時間が足りない“

 

 魔術師の言葉を男は否定した。

 

「だけど世界は今も、これからも広がり続ける。君がやろうとしてることは終わりのない旅に出ることと同義だ」

 

 故に全てを知ることは不可能。彼は無駄なことだと吐き捨てた。

 

 魔術師は答える。

 

「いいえ、必ず可能にして見せます。結論は必ず、何代かかろうが、必ず私自身の手で導き出してみせる」

 

 魔術師は楽しそうに笑う。これから自分が歩む道を思い、いつの日かその願いに手が届くことを心から信じているのだ。

 

「私は終わりを見届けたい。それには“永遠“という時間が必要なのです。貴方のような欠陥だらけの物ではなく、終局まであり続ける自分自身の時間が」

 

 男の不死性は元々あったものではない。

 

 彼を作り出した妖精はそこまでは付与できなかった。元々はごっこ遊びの悪役。英雄に倒されて、死ぬのが役目。

 巨神の一部を取り込み、機神を喰らい全てを手に入れた。そのことが関係していたのかもしれない。しかしそれを星の意思は許しませんでした。

 

“あの怪物をこの大地に残すわけにはいかない“

 

 白き巨神に振るわれるはずだった聖剣は怪物を打ち倒すため作り出される。

 

 本来なら彼はあの日、あの聖剣に打ち倒される筈だった。しかし、聖剣の光が迫る瞬間ある一つの感情が芽生えました。

 

『死にたくない』

 

 だから逃げたのです。

 

 体の大半を失いながらも世界の裏側へ。

 

「貴方だって私と同じだったはずだ。“人のことが知りたい“そう思ったからここにいる」

 

「今になって後悔してるけどね」

 

 裏側にいる彼は知りたいと思った。自分を殺せる人間のことを“英雄”のことを。

 

 だから端末を産み出したのです。この彼もその一つに過ぎない。

 

「(人間の生きる意味が罪を乗り越える為だとすれば、僕は一体...何のために生きてるんだろう)」

 

 約束があったのかもしれない。それを果たすためにこの世界にいる。

 

“———いつ 日 、 い 来で っと”

 

 が、とうに記憶は摩耗し、思い起こそうとしてもノイズ音が鳴るだけ。

 

 約束をしたんだろう、誰かと、大切な人と 

 

「よし...準備は整いました」

 

 魔術師はパンと手を合わせ完成を告げた。

 

 その音で意識を現実に戻す。二人の別れの時は近づいていた。

 

「本当に行くのかい?」

 

「ええ、悲願のためです」

 

 描かれた魔法陣が火花を散り始める。いよいよ転生の儀が始まるのだ。

 

「そうだ、私の教会を好きに使ってください。寝床にするも良し、信徒の真似事をするのもよしです。いい暇つぶしにはなるでしょうから」

 

「...生憎、どちらかというと恨まれてるタチでね。祈ったところで何だというんだ」

 

「祈るだけでいいのです。貴方の願いが実現できることを願えば」

 

 魔術師が光に包まれる。

 

 男は苦笑しながらもそれを見送る。きっとお互い禄な結末を迎えないと実感しながらも。

 

「では、またいつか...次に会う時はお互いに姿、魂すら別物になっているでしょうがね」

 

 ———いつか。

 

 それはきっと希望の言葉。明日、明後日、先のことが楽しみになる。

 

「いつか、か。僕にとってその言葉は...呪いだよ」

 




神父服の魔術師

運命に出会えなかったもの。雷系の魔術を得意とする。転生を繰り返して終わりを見届ける、それが「 」へと通じると考えている。
主人公と共に埋葬教室を立ち上げるものの、外法を犯したことが露呈し追われる立場になる。
主人公の不死性を不完全と否定した。が、彼自身の転生の法も繰り返すたびに元の人格が薄れていくという欠陥がある。

結局、彼らが再開することはなかった。18世紀ごろある島に赴いた魔術師はそこで怨讐に出会ってしまった。


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桜と怪物 「愉悦」

思った以上にサクラの魔力が暴走して焦るキャスター。ついうっかり、セイバーのマスターにまで傷付けちゃったし困った困った。
さて、どうするかと考えていると突然アーチャーのマスターに叱咤され渋々サクラを教会へ運ぶことに



 何かが流れ込んでくる。

 

 入口は肩。あの触手に触れたせいか、それとも意図的なのか。侵入してくる熱は餌に群がる蟲のよう。腕があった所に蜂蜜でも塗られているのか、絨毯みたいな群をなした蟲が集まってきているようだ。

 

 ああ、でもその蟲は追われている。もう一つの大きな熱源が蟲を逃すまいと開いていた穴に蓋をし、蟲を追っている。

 

 まるで病原菌を排除する白血球のようなそれは体中を駆け巡る蟲を殺すべく追い、やがて脳にたどり着く。

 

 蟲は最後の抵抗なのか映像として脳に何かを映し出した。

 

 ◇

 

 どこかの場所で英雄と黒い男は戦っている。一方は人に害をなす悪を倒すため、もう一方は生き延びるために。

 

 男は大地から剣や斧、槍に鎖を産み出し英雄にぶつける。だがそれは英雄に傷一つ与えることなく薙ぎ払われてしまう。

 

 いよいよ最終局面、お互いに同じ大剣を振りかざし似た剣技でぶつかり合う。だが、見れば分かる。劣っているのは黒い男のほうだ。英雄の剣戟と渡り合えてはいるものの次第に一つ、また一つと深い傷を負っていく。一方の英雄は傷は負っているものの、男の攻撃を自身の技術で受け流していく。

 

 決着はついた。

 

 黒い男の最後の一撃をカウンターで打ち負かし、英雄は怒涛の蓮撃を叩き込む。

 

 血しぶきが舞った。

 

 男はついに膝をついてしまう。英雄を見上げ、それを受け入れたくないように訴える素振りを見せる。

 

『僕は...人として...』

 

 しかし断罪は止まらない。

 

 目の前の英雄が大剣を振りかぶり———

 

『いくら人として振る舞おうとも貴様は怪物だ。倒されるべき悪であることは決められている』

 

 冷酷に言い捨てる。

 

 黒い男の四肢を切り裂き、トドメと言わんばかりにその心臓に剣を突き立てた。

 

『それでも...それでも...僕は...』

 

 そこで映像は途切れる。

 

 蟲はもう一つの熱源にぶった斬られ俺の体から霧散していく。

 

 『お前が見るべきものはそれではない』とでも言うように頭の中は様々な剣...宝具のイメージで埋め尽くされていき———

 

 ◇

 

「—————————」

 

 ...ゆっくりと意識が戻る。

 

 俺は知らない部屋で、慣れない寝台に横たわっていた。

 

「...あ...れ」

 

 体を起こす。

 

 俺は確か―――遠坂をあの触手から守るために突き飛ばして...それから、俺は...

 

 あの出来事を思い出す、その前に

 

 ふと、自分の状況に違和感を覚えた。ダボダボの病人服...いや拘束着というべきか。事実、動かせるのは左腕だけ。

 

 そしてその左腕は赤い布が巻かれていた。

 

「なんだ、これ」

 

 恐る恐る、布を解こうとした瞬間、

 

「ぎっ———!?」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 

 体を、長い刃物で串刺しにされた、かと、思った。

 

「は———ぎ、がっ———」

 

 痛みに耐えかねて、右腕で胸をかきむしる。

 だめだ、痛い、苦しい。

 その痛みを和らげてもらえるように懇願するが誰が答えてくれるわけもなく、ただ胸をかきむしる。

 

「———落ち着け衛宮士郎。痛みに耐えるのではなく、左腕を押さえつけるといい」

 

 ...と。

 

 あまり聞きたくない声が聞こえた。

 

「ぁ———左、腕.....?」

 

 よく判らない.

 

 それでも、何でもいいから、とにかく今はこの痛みから逃げ出したかった。

 

「———は———はあ、は———あ」

 

 ...落ち着け.

 

 目を閉じて瞑想すれば、異常な箇所はすぐに把握できる。痛みの元、異物が何であるか分かれば多少はコントロールできる。

 

「ふう....」

 

 何とか痛みは落ち着いた。けど、何なんだ一体。俺の腕は、いやそもそも左腕はあの時確かに...

 

「ふむ、どうなるかと思ったが、今のところ反発する様子はない。運がいいな衛宮士郎」

 

 少なくとも目の前の神父は事情を知っているようだ。

 

「言峰...」

 

「お前の聞きたいことは判っている。状況説明の前にまず、その左腕の疑問に答えておこう。あまり驚くなよ」

 

 言峰の腕が伸びる。神父は拘束着のベルトを解いて、あっさりと俺を裸にした。

 

「え———」

 

 そこにある腕は、衛宮士郎の腕ではなかった。何重にも巻かれた布の上からでもはっきりと判る。いま左腕になっているものは、自分以外の何か。それは本来あってはならないもの。この世の摂理を押し曲げてまで無理矢理取り付けられた異物だった。

 

 現に、動かそうとしても左腕は木の枝のように身動き一つすらしてくれない。

 

「言峰、これ、は」

 

「アーチャーの左腕だ。彼の意思を尊重し、その遺体からお前に移植した」

 

「アーチャーの意思を尊重...?いや、それよりも遺体って、あいつは」

 

「移植が済んだ後、消滅した。ここに運ばれた時点で死に体だったのだ、よくも終わるまで保ったものだ。アーチャーの持つ単独行動故だろうがな」

 

 アーチャーが、消滅した。

 

 判っていたはずだ。最後に見たあいつは、胸を剣で貫かれていた。どうであれ、判っていたことだ。

 

「これは、本当に...あいつの腕なのか」

 

「無論だ。あのままではお前もアーチャーも長くはなかった。アーチャーはこの世に留まるための霊核を貫かれ、お前も片腕をもぎ取られ、出血よりも魂の方が損なわれていた。

 幸い、アーチャーの体に傷は少なかったからな。感謝しておけ、彼が肉体を提供することで、死にゆくお前を生かしたのだ」

 

「——————」

 

「その聖骸布は解こうと思えば簡単に解ける。だが、解いたが最後。お前はその腕に食い潰される。

 選択肢はお前にある、その力を使うのは自由だが命の保証はせん」

 

「........」

 

 ...喰われた左腕.

 

 精神を侵すような熱と、他人のものとしか思えない左腕。その全てが、あの学校で起こったことを現実だと知らしめる。

 

 赤黒く染まる視界。

 

 赤い目の怪物。

 

 空から迫る触手。

 

 そして...魔力が暴走した桜———

 

「っ...!桜、それに遠坂は⁉︎」

 

「無事、とだけ言っておこう...しばらく礼拝堂で待っているといい。凛もそこにいる」

 

 まだやるべき処置があると言い、言峰は部屋を後にした。二人が無事なのは分かった。

 けど、言峰の言い方から桜の容体は芳しくないのだろうか?

 

 寝台から降り、用意されていた上着を羽織る。左腕は動かないので、とりあえず羽織っただけだ。

 フラフラと立ち上がり、礼拝堂に向かう。

 

「——————」

 

 礼拝堂に入るなり、遠坂はジロリとこっちを睨んできた。

  ...あんなふうに睨まれる覚えはないが、とりあえず遠坂も無事だったと判ってほっとした。ひとまず少し離れた長椅子に座る。

 

 気まずい沈黙が礼拝堂を包み込む。

 

「その...気分、少しは落ち着いた?」

 

「—————————」

 

 先に沈黙を破ったのは遠坂だった。

 

 教会の長椅子に背を預けたまま、無言で頷く。

 

「衛宮君には大きな借りが出来ちゃったわね...アーチャーの死も無駄にならなくて良かった」

 

「—————————っ」

 

 左腕がズキリと痛む。

 俺の行動のせいで遠坂はアーチャーを失った。そのことがどうしようもなく重くのしかかる。

 

 外は暗雲に阻まれ、夜空は見えない。

 雨雲らしいそれは、じき雨を降らすと告げている。

 

 桜は危険な状態らしい。

 耳飾りからこぼれた液体は毒薬で、言峰がその洗浄をやってくれていた。

 

 遠坂はそれ以上何も語らない。

 桜のサーヴァントであるキャスターも今は姿を消しているようで俺たちの前には姿を見せない。

 

「———遠坂」

 

 座ったまま声をかける。

 

「なに」

 

「訊きたい事がある」

 

「.....でしょうね。いいわ、話してあげる。隠していても仕方ないし、もうその意味も無くなったし。訊きたいのは桜のこと?」

 

 ああ、と頷いて答える。

 遠坂は小さく深呼吸してから、いつもの調子で話し始めた。

 

 桜が元々、遠坂の人間だったこと。魔術回路を失った間桐が神秘を受け継がせるため外から養子をもらった、それが桜であること。

 

「そうか、それじゃあ遠坂と桜は」

 

「実の姉妹よ...ま、一度もそんなふうに呼び合ったことないけどね」

 

 ...簡素な言葉に、どれだけの感情が込められていたのかは分からない。

 ただ、それで納得がいった。

 いつも桜のことを訊いてきたわけ。

 アーチャーに宝具を使わせなかった、その理由を。

 

「...良かった。遠坂、桜の味方なんだ」

 

 澄んでいた胸に微かな光が指す。これから桜がどうなって、どうするのかなんて考えもつかない。

 だが、その暗い予感だけの道行きに、遠坂が桜を想ってくれるだけで、希望があると思えた。

 

「いいえ。わたし、あの子の味方でもなんでもないわ」

 

 ———だというのに

 こちらの心を見透かしたように、遠坂は宣言した。

 

「味方じゃ、ない?」

 

「ええ、このまま桜が治らないなら狂ったマスターとして処理するだけよ。それに、あのキャスターも放っては置けない。無差別に人を襲う魔術師とサーヴァントなんて放っておける訳がないでしょう?」

 

「な、何言ってやがるお前...!桜はお前の妹なんだろう!?殺すなんて、そんなこと間違っても口にするな!」

 

「...ふん。桜が間桐の家に行った時点でわたしの妹じゃないわ。仮に、貴方の言うとおり肉親としての関係があるとしても結果は変わらない。それこそ、他人が口出しできる話じゃないわ」

 

「——————それじゃ、慎二と」

 

 変わらないじゃないか、と

 そう、最低なことを口に出しかけた時、

 

「何をしている。こちらの治療は済んだが、患者は未だ危険な状態だ。騒ぐのなら外でするがいい」

 

 教会の奥から、言峰が現れた。

 

「言峰、桜は...!?」

 

「綺礼、桜は———!?」

 

「...まったく。いがみ合っているのか息が合っているのか。お前たちは判らんな」

 

「あっ...」

 

「ふ、ふん。そんなのアンタの勘違いよ」

 

「そうか、では座れ。間桐桜の容体を説明する」

 

「「—————————」」

 

 俺たちは離れた席で、同じくらい真剣に、神父の言葉に耳を傾けた。

 

「簡単に説明すれば、間桐桜の体内には刻印虫が混入している。本来この虫は寄生虫のようなもので、宿主から魔力を食い、ただ活動を続けるだけの使い魔でな。宿主の存命を発信するだけの、使い魔としては最低位のものだ」

 

「...ふうん。魔術で作った監視装置みたいなものね。臓硯はそれで桜を監視してるってこと?」

 

「監視していた、という方が正しいだろうな」

 

「...?まあ、いいわ。早く結論を言って、桜は助かるのか、助からないのか」

 

「気が早いな凛。お前は彼女の容体を把握しているようだが、そこの少年は別だ。彼の為にも説明はしておくべきだろう?」

 

「っ...」

 

 遠坂は気まずそうに視線を逸らす。

 その顔は、俺には桜の容体を知られたくないと告げていた。

 

 その内容は耳を疑いたくなるような話だった。

 

 桜の中にいる刻印虫は11年間の桜の体で育て続けられ神経と、そして魔術回路と絡み合い身体中を蝕んでいること。一度起動すればあっという間に宿主の魔力を奪い、この状態が続けば桜は半日で死んでいただろうという。

 

 そして、手術により半数の刻印虫は取り除かれたが、未だ神経に深く根付いている虫は摘出が不可能だということ。心臓を引き抜けば全ての刻印虫を摘出できるが、それでは桜も死んでしまうらしい。

 

「——————」

 

 神父の言葉を聞き続けるだけでどうかしそうだ。

 神父のしたことではないと分かっていたとしても、それを淡々と語る言峰に手をあげそうになる。

 

 外はどうやら雨が降り始めたらしい。土砂降りの激しい雨音が聞こえるが、それが気にならないほど神父の声は酷くはっきりと耳に残る。

 

「あの虫が起動する条件は間桐桜が戦いを拒むことだ。今までは間桐慎二にアレを預けることで戦いに賛同していたが、それを拒否した今、刻印虫は間桐桜を責め続けるだろう。

“何をしている。

マスターならば早く殺し合え。

出来ぬのならばおまえを食い殺す———“とな」

 

 思考が壊れかける。

 神父の言葉だけで視界に火花が散って、“なぜ桜だけがそんな目に“というぶつけようのない怒りが湧き出る。

 

「なら———! マスターでなくなればいいんじゃないのか。令呪を使い切ってサーヴァントと契約を解除すれば、もうマスターじゃないんだから———」

 

「それは勧められん。言っただろう。刻印虫の作動条件は『マスターの責務を放棄する事』だと。

 自らの手でアレとの契約を断てば、刻印虫は今度こそ間桐桜を食い尽くすぞ」

 

 じゃあ、一体どうすればいい。

 このまま桜が死ぬのを黙って見てればいいとでもいうのか

 

 その場に立ち尽くしてしまう。俺にはどうしてあげることも出来ない。

 

 だが、そんな俺とは真逆に遠坂は立ち上がり言った。

 

「...ありがとう綺礼、もう十分よ。あとは私が処理するわ」

 

 そのまま桜が眠っていると思われる部屋に向かって行く。

 

「遠坂?...なにを」

 

「さっき言ったでしょ?このまま治らないっていうなら桜を処理するって」

 

 そう、冷酷に言い捨てるのだ。

 

「なに、言って、るんだ?...おまえ、桜を殺すつもりか」

 

 理解が追いつかない。どうして姉である、遠坂がそんな決断をしてしまうのか。それが、魔術師だと言ってしまえば終わりだが、納得なんて出来るはずがない。

 

 突き進んでいくその腕を掴む。

 表情のない顔で遠坂は振り返った。

 

「じゃあアンタはどうするつもり?

 分かってるの、桜はマスターとして戦わないと生きていけない。マスターであるかぎり、他人から魔力を取らないとやっていけない体じゃない。

 そんなの、どんなに手を尽くしても結果は見えてるって思わない?」

 

 遠坂は感情を消した顔で言った。

 

 そんなわけない。だってまだ、俺たちは何もやってないじゃないか...!

 

「思うか馬鹿!まだしてもない事に、なに勝手に結論をだしてんだよお前!」

 

「出すわよ...桜の問題が桜だけならまだ希望はあるわ。でも、そうじゃないでしょ?

 悪いけど、わたしは貴方みたいに、一縷の希望にすがって害を拡げる事はできない。そんな、決断を先伸ばしにする弱さが、逆にあの子を苦しめるのよ」

 

 遠坂の言い分は正しい。

 死が救いになる、ではなく人を救うという点ではその決断は正しいのだ。

 対して、俺の思いつくのは打算と妥協に塗れた失策ばかりだ。

 

 一人を殺して大勢を救う。

 

 それはーーー

 

 衛宮士郎がずっと否定してきて、けど、心の奥で受け入れてしまっていたことだ

 

 けど、けどな

 

「———違う。お前は間違ってる」

 

「衛宮、くん?」

 

「俺は犠牲なんて出させない。

 お前の方こそ...やりもしないうちに結論を出す遠坂こそ、弱いんじゃないのか」

 

 桜を殺すことが正義ってなら、俺は裏切っても、いい———

 

「ふざけないで!それがどんなことか分かって言ってるの!?桜を助ける?どうするっていうのよ!あの子を助けて、あの子に殺される連中も助けるってコト!?

 笑わせないで!そんなの貴方一人で出来るわけないじゃない.....!!」

 

「———ああ、出来ない。けど桜を守る。その結果がどうなるかは今から考える」

 

「っ...!そう、なら貴方は私の敵よ。

 この掴んだ手を離して。さもないと、その根本から吹っ飛ばされることになるわよ」

 

「やってみろ。けどな遠坂。そう、何でもかんでも自分の思い通りになると思うなよ」

 

 ...握りしめた手に力がこもる。

 売り言葉に買い言葉。互いに譲れないもののために、もう後に冷えない状況になって———

 

 パリンッ

 

「なんだ!?」

 

「え、なに?」

 

 教会の外。

 ガラスが割れたような音がちちょうど隣の部屋から響いた。

 

 互いに目を見合わせる。

 

 同時に、誰かが駆けていく物音もする。

 

「走っていく足音だったな。確かに出口はこの礼拝堂と裏口の二つだけだが、窓を割って外に出るとは驚いた。

 ...いや、そうか。この教会の窓は内側から開けることのできない仕組みになっている。仕方なく窓ガラスを割ったのだろうが、病み上がりにしては少々乱暴だな」

 

「病み上がりって...まさか、桜!?」

 

「それ以外に誰がいる。彼女を寝かせていた部屋は、なぜか礼拝堂での会話が筒抜けでな。お前たちが殺すやなんだだと物騒なことを言うから逃げ出したのだろう」

 

 そんな...!?

 じゃあ、今までの会話も全部聞こえてたってのか?

 

「ふふっ、許せ。構造的欠陥という物だ」

 

 ...絶対わざとだろ。

 

 不敵に笑う神父に怒りが湧くが、それどころじゃない。

 

「それ絶対わざとでしょうが!!」

 

 遠坂は俺の手を振り払って扉へ走り出す。

 

「遠坂!」

 

「話は後よ!今は桜を捕まえるのが先...!あの子ってば、あんな体で動くのも辛いはずなのに!」

 

 慌ただしく扉を開け外へ飛び出していった。

 遠坂は傘も刺さず雨の夜へ駆けていく。

 

「っ———!」

 

 俺もグズグズしてはいられない。

 桜が何処に行ったのかは判らないが、今は一人にしておけない!

 

 俺も遠坂同様に、雨の中へと走り出した。

 

 ◇

 

 騒がしかった教会もいつの間にやら静まり返り、ただ1人の神父が残されている。

 神父は少女を寝かせていた部屋の扉を開ける。

 

「監督役としてはあまり目立つ魔術行使は協力控えて欲しいものだがね」

 

「もちろん。善処するとも」

 

 当然でしょ?とでも言うように目の前の黒い男は笑った。

 本人にとってはこれでも自重しているつもりなのだ。

 

「.....」

 

 また協会の気苦労が増えてしまうなと神父は内心感じながらも男に話しかけた。

 

「間桐のご老公を殺したのは君かね?」

 

「—————————」

 

 男はただ微笑んでいる。

 神父はそれを無言の肯定と受け取ったのか少し笑みを浮かべる。

 

「五百年がこうもあっさりか...あっけないものだな」

 

「けど、全部は消えなかった」

 

——少年は少女を見つけた。しかし、少女は少年が駆け寄ってくるのを拒んだ。自分は罪を重ねてしまっているのだと。

 

「間桐桜はもう長くない。体に巣食っているあの蟲を放っておけばアレはじきに自我を失う...君もあの蟲を取り除こうとしたのだろう?いくつか跡があった」

 

——“わたしは汚れている。あなたに相応しくない“と少女は言う。だが、少年はそれでも、それでもと一歩、また一歩と少女に歩み寄る。

 

「でも無理だった...助けるなら11年程遅かった」

 

 男は別段興味もなさそうに答える。もうここまで来れば少女がどうなろうと、その末路を見届けるだけなのだ。

 

——“他の誰が許さなくても、桜の代わりに桜を許し続ける“

 

「そうだな、アレを救うなら聖杯の力でも借りん限り無理な話だろうよ」

 

「救おうとするなら...ね」

 

 男は少女を救う気など毛頭ない。

 この戦争が終わるまで最低限マスターとしての機能が残っていればそれで十分。もとより姿を保つための楔でしかない。

 

「子供から課題を取り上げすぎるのはあまり良くない。彼らがその課題を乗り越えるか、それとも屈するか、それを見守るのも大人の役目でしょ?」

 

 そう言って、まるで子を見守る親のように微笑むのだった。

 

——“帰ろう。桜“




次回というか今後の予定は

本編 桜と怪物 「私の勝ち/裁定者」
        「let's go イリヤ城」

短編 虎とヒト 「今夜は月が綺麗ですね」
   泥人形と怪物 「宝物」
   衛宮さんちの今日のごはん 「思い出のアップルパイ」の予定です。


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桜と怪物 「お散歩タイム」

〜アトラム・ガリアスタの工房〜

 

魔術協会から参加したマスターの一人であるアトラムはサーヴァントを召喚したのはいいが、現状では直接戦闘に参加するわけではなく、この惨状を目にして静観に徹していた。

 

「既に4騎の脱落者が出ている。そろそろ僕らも参加する頃合いだと思わないかいライダー?」

 

「.......」

 

「チッ、愛想のない女だ」

 

アトラム家の歴史は浅い。元々、没落するはずの一族から金でその歴史ごと買い上げ成り上がった一族だ。魔術協会内での地位(勿論、金で買った)はある程度あるものの、生粋の名門には劣る。

今回の戦争に参加したのは、自分に箔をつけるためである。

 

「前回のエルメロイは遊び半分だったけど僕は違う。真剣に勝ちに行くつもりだ。

なにしろ投資した額が違うからね」

 

彼が召喚したのはギリシャ神話において英雄ペルセウスにより退治された怪物“メデューサ“。今回の聖杯戦争において申し分のない英霊だろう。

もっとも、彼がサーヴァントと信頼関係を築けていればの話ではあるが。

 

「....ん?何事だ」

 

突然鳴り響く警報。

工房内に侵入者が侵入したことを知らせるものである。

アトラムはすぐに配置しておいた使い魔により情報を得る。

 

「マスターも連れず単身で侵入とは良い度胸じゃないか」

 

そこに写っていたのは、単身で工房へと遊びにきた黒い男。次々と仕掛けられている罠に嵌っていくものの、何事もなかったかのように進んでく。

どうやら、最下層にある錬成工房に向かっているようだ。

 

彼が魔術工房としているこのビルの最下層には彼の切り札とも言える魔術道具を作り出すための錬成工房がある。アトラムの魔術は「原始電池」と呼ばれるものであり、科学としての物ではなく、最初から魔術によって伝えてきた最古の系譜にあたる。

この力を使えば神鳴、果ては天候まで操ることが可能だという。

もっとも、その魔術道具を作り出すためには儀式が必要である。原始的な生贄の儀式が。

 

黒い男が...キャスターが工房に入り目にしたものは、なんとも度し難い光景だった。

透明のガラスケースに狭苦しく詰め込まれた幾人もの子供。この工房で行われているのは一つの魔術道具を作り出すために行われる生贄の儀式であった。

 

キャスターはガラスケースを粉砕する。

中にいる子供たちは意識がないものの息はある。もとより、効率よく儀式を遂行するため世界中から集められた孤児。このまま解放したところでどうなるかは知ったことではない。

だが、それでも生きているのならばマシだと考えた。

 

「———猛れ(ガッシュアウト)

 

「っ...!」

 

キャスターの背後から雷撃が襲い掛かった。

振り向くと、アトラムとそれに付き従うライダーの姿が。

 

「おいおい、敵地に来ておいて背中を見せるのはいけないなあ」

 

勝ち誇ったように笑うアトラム。

彼は使い魔を通して聖杯戦争を見ていた。その中で、キャスターの弱点を見抜いたのだ。

 

「君は対魔力が低い。いや、あまりに低すぎる。キャスターのクラスであること疑ってしまうほどにね!

 

遠坂のマスターの魔術がキャスターの体を傷つけたのを確認した彼は「原始電池」を利用した自分の魔術であれば十分に対処できる相手だと判断した。

それほどまでに、キャスターの魔術耐性はないに等しいのだ。

実際、魔術を受けたキャスターは皮膚を切り裂かれ、身体中を焼き焦がされている。

しかし、その顔が苦痛に歪むことはなく、自身に纏わりつく電撃を興味深そうに見ているだけだ。

 

「うん。効くね、これ。

よければ、もう少し肩のあたりの電圧を上げてくれないかい?最近肩こりが酷くって」

 

「なっ!?」

 

キャスターは肩を指差しながらアトラムに言った。

彼にとってその言葉は侮辱以外何にでもなかった。

かの大魔女メディアに匹敵すると自負していた己の魔術は目の前の敵にとってマッサージ機程度なのだと。

 

「〜〜〜〜〜!!

やれライダー!!」

 

故に彼が取る行動は一つ。

己のサーヴァントに敵を排除することを命じる事であった。

 

ぶつかり合う、黒い影。

ライダーは鎖を操り、キャスターに向かって駆ける。

お互い自らの速さが強み。互いの攻撃を避け続け勝負は拮抗するかに思われたが...

 

「.......」

 

ライダーは自分のマスターから受けた扱いを思い出していた。

 

『ほう、なかなか可愛らしいじゃないか。長身であることを除けばだが...

どうだい、僕のハレムに加わるというのは?』

 

『いえ、お断りします』

 

『ふざけるな!使い魔風情が口答えをするんじゃない』

 

自分を殴ってくるマスター。その光景が脳裏に浮かんだ。

命令には従おう、それが自分の役割であるのだから。

しかし...しかしだ。このままマスターに従っていても意味はあるのだろうか?

そう考えたライダーは、

 

「うわー、やーらーれーたー」

 

あっさりと負けを認めたのだった。

キャスターは面を食らったようだが、まあいっかとアトラムに近づいていく。

もとより目的はライダーではなく、そのマスターの方なのだ。

 

「ふ、ふざけるなライダー!!僕を守るのがお前の役目だろうが!?」

 

「申し訳ありませんマスター。これでも私、全力を尽くしたのですが」

 

「嘘つけ!?——ひぃっ」

 

首を締め付けられ、そのまま持ち上げられる。

キャスターの目には僅かに怒気が浮かんでいた。その理由は本人にもわからないだろう。

“殺される!?“

そう感じたアトラムの行動は早かった。

 

「ま、待ってくれ!取引、取引をしようじゃないか!」

 

「はて、取引?」

 

「そ、そうだ。僕にできることならなんでも聞いてやる!

だ、だから命だけは...」

 

まだ自分は何もしていない。何も成していないのだ。だからここで死ぬわけにはいかないと懇願する。

 

「なんでも、なんでもかあ」

 

意地悪く笑みを浮かべながら思案する仕草を見せるキャスター。

ビクビクと震えるアトラムの姿が面白くてしょうがない。思わず、首を絞める力が強くなってしまうほどに。

 

ひとしきり反応を楽しんだ後、キャスターは答えた。

 

「なら———」

 

それを聞いたアトラムは驚愕の表情を浮かべ、そんなのできるはずがないと首を振る。

だが、結局は自分の命可愛さにキャスターの願いを聞き入れるのだった。

 




現代の魔術師がいくら研鑽したところで神代の魔術には決して届かない。

主人公が魔術を喰らったところで「くっそ痛え、死ぬぞこれ」って感じるぐらい。ダメージは与えられるけど、すぐに修復が始まるので足止めになればいい方。アトラムさんの魔術は優れたものではあるけど、比較対象が悪すぎた。

なお、神代の魔術であれば消し炭に出来るらしい。

ご感想や評価など頂けたら物凄く喜びます


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桜と怪物 「私の勝ち/裁定者」

そろそろ、主人公の本気の戦いを書きたい


先輩の家(うち)に帰る頃にはすでに雨は止み始めていた。

濡れた体をタオルで拭き、今はあてがわれている自室の椅子に座っている。

 

「サクラ...ごめんね。もう二度とあんな真似はしないよ」

 

部屋に戻るといつの間にか目の前にいたキャスター。

キャスターは鏡の前に座った私の髪を梳きながら申し訳なさそうに謝罪してくる。

 

うそつき

 

「もう二度とあんな事しないで」

 

わたしのせいで先輩を傷つけてしまった。

 

キャスターのせいで

 

先輩は左腕を失ってしまった。不気味な赤い布に包まれているのはアーチャーの腕。

動かせるようになるのは、まだ先になるだろう。

 

でもよかった。これで先輩は無茶ができない。

 

だから私が守ってあげなくちゃ。

キャスターの行動は許せない、許せないけど...

 

「...でも、咎めはしないわ。あの場では貴方が正しかった」

 

彼はサーヴァントとして当然の行動をした。私のサーヴァントとして、姉さんのアーチャーに勝った。

そう...私のサーヴァントが勝ったのだ。

 

「サクラ?」

 

私のキャスターが勝った姉さんのアーチャーに勝った私のキャスターが勝った姉さんに勝った私が勝った 先輩を傷つけた キャスターが勝った姉さんのアーチャーに私のキャスターが姉さんのわたしが姉さんよりも 先輩を 勝った勝った姉さんに勝った 許せない 私のキャスターが勝った 私が傷つけた 私たちが姉さんに勝った姉さんよりも強い 先輩に手を出した——————

 

 姉さんに勝った   わたしのキャスターが     姉さんのアーチャーに

 

     わたしが勝った    勝ったの    わたしが

  

 先輩を      わたし達が       姉さんに

 

                  先輩を傷つけた

 

   姉さんのアーチャーにわたしのキャスターが勝った

 

「サクラ」

 

その声でハッと意識が鮮明に戻る。

わたしは一体、何を考えてしまっていたんだろうか。

 

「僕が勝ってみせるよ」

 

「え...」

 

キャスターはわたしの考えを見透かすように耳元で囁くのだ。

 

「君はマスターなんだ。なら、その資格はあるだろう?

聖杯戦争で戦い、魔術師として姉に勝つ。それの何が悪い?君はただ当然のことをしているだけじゃないか」

 

彼は笑みを浮かべわたしの手を握る。

わたしの目を見つめ、ただ優しくその手を包み込む。

 

「サクラが望むなら、僕は君に勝利を捧げる。僕は君のサーヴァント、そして武器だ。

 君はただ信じてくれればいい」

 

「信じる?」

 

「うん」

 

月明かりが差し込む。

どうやらもう雨は上がったようだ。

 

「君のキャスターは強い、そう信じてくれれば必ずや君に勝利を」

 

嘘偽りのない言葉で、彼は誓う。

そう、きっとわたし達なら勝てる。いつの間にかそう思ってしまうわたしが居た。

 

———夜はまだ明けない

 

 ◇

 

「サーヴァントが敗れたわけだが、これからどうするつもりだ凛。このまま大人しく屋敷に立て篭もり、聖杯戦争の終わりを待つのが正しい選択だと思うが」

 

「いやよ。このまま終われるはずないじゃない」

 

凛は諦めるつもりはない。

妹である桜のこと、そして依然として正体が掴めていない謎の黒い影。

土地の管理者としての責任という物がある。

 

この一連の出来事にあのキャスターが一枚噛んでいることは間違いなさそうだが、真名すらわからない今、単独で手を出すわけにはいかない。

 

「お前ならそう答えると思った」

 

その時、教会内に靴音が響き渡る。

一歩進むたび高音の靴音と金属の擦れ合う音が響く。

奥の方から歩んでくる男は煌びやかな黄金の甲冑に身を包み、何を語らずとも男が偉大な者であると証明するかのようなオーラが溢れ出ている。

 

「ちょうど、マスターのいないサーヴァントがいてな」

 

それは本来であればあり得ないものだ。

シャンデリアの灯りが邪魔でしかないほどその身を光り輝く黄金で包む男。

黄金の男はただ歩くだけ。ただそれだけでその場にいるものを圧倒してしまう。

 

「紹介しよう。前回の聖杯戦争の参加者であり、今回のもう一人のアーチャー」

 

男は少女を値踏みするかのように視線を向ける。

そして、冷酷な笑みを浮かべた。

 

「———英雄王“ギルガメッシュ“だ」

 

王は舞台に上がる。

遥か太古の神話の決着をつけるため。

 

「—————————」

 

少女は声を発することできなかった。目の前に存る絶対的な「力」に人としても魔術師としてのプライドも屈してしまいそうになる。

 

「ふんっ、あのような道化と化して我の前に姿を晒すとは。ならば野次の一つでも飛ばしてやらねばなるまい」

 

どこか傲慢な物言いの男は、この後起こる神話の再現を愉しむように、そして裁定者として役割を果たすために。

 

「では、尋ねよう」

 

「英霊」としての義務である問答を交わすのだった。

 

「——貴様が不遜にも王の光輝に縋らんとする魔術師か?」

 




ライダー、そろそろ出番だ


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桜と怪物 「Let’s go イリヤ城」

いやーモルガン祭楽しみですね。妖精國の関連鯖は何故かコンプリートしているのでガチャの方は高みの見物が出来そう。
モルガンの簡易霊衣期待してますよ運営さん。


さて、衛宮一行は森の奥に佇む大きな城へと赴いていた。目的は同盟の締結。

桜の体調はひとまず安定している。

ならば今最も警戒するべきなのは未だ被害を出し続ける“謎の黒い影“である。その為には戦力が必要。凛とは桜に関して決別しているので論外。未だ、所在不明のライダーのマスターも期待できないだろう。

ならば、現状最高戦力のイリヤの元を頼るしか手はない。

 

「本当についてくるのか桜?話をしに行くだけだから、何も無理してこなくてもいいんだぞ」

 

「いいえ、先輩ばかりに負担をかけてしまうのは申し訳ないですし、それにこの頃は不思議と体調が良いんです」

 

桜はマスターとして戦うことを選んだ。

そう、彼女は一人ではない。

 

「いざとなったらキャスターが守ってくれます」

 

二人の少し後ろに控えているキャスター。

その表情はいつもと変わらずわざとらしい笑みを浮かべてはいるものの、どこか強張っている。

正直乗り気ではないといったところか。バーサーカーに近づくことを避けようとしている節がある。

 

「本当に、信用していいんだろうな」

 

士郎はキャスターに問う。

信用できない、と言うのが本音だが今の自分達には戦う力はない。アーチャーの腕を使うにしても、最悪の事態に陥る可能性が捨てきれない。

だからと言って、キャスターに頼るというのも危険なことには変わりはない。

 

「勿論、サクラを守るという点に関しては僕たちは手を取り合える。そうだろう?」

 

「.....」

 

「ふふっ、そんな顔しないでよ。サクラの味方である限り、君のことも守ってみせるからさ」

 

今は、その言葉を信じるしかない。

どちらにせよ、彼らは進むしかないのだから。

 

とはいえ、こんな季節に森に入るのは些か堪える。寒さで身が凍りそうだ。

士郎はキャスターに尋ねた。

 

「なあ、俺と桜を抱いて、城までひとっ飛びできないのか?」

 

キャスターの身体能力ならそれが可能であると士郎は考えた。時間をかけて進むよりもそちらの方が早いし、安全では無いかと。

しかしキャスターはそれを渋る。

 

「撃ち落とされる訳にはいかないからね」

 

「?」

 

ひょっとして、この森には何か罠でも仕掛けられているのだろうか。辺りを注意深く見渡すが特に変わった様子はない。

鳥の鳴き声すら聞こえないこの森はまるで屍のよう。

進めば進むほど深くなっていく木々の海は、果てが無いのではと危機感を抱かせる。

 

森に入ってから数時間。

キャスターはともかく、二人には若干の疲労が見られる。歩き続けるにつれ息切れも多くなってきた。

一度出直すべきかと考えた時、

 

「———見つけた」

 

キャスターが指を刺した方向を見る。

その先にあったのは暗い闇だ。

木々の隙間、注意していなければ見失うほどの隙間の向こうに、何か、ひどく場違いなものがあった。

 

「壁...ですかね?」

 

不思議そうに言う桜。士郎にもそこにある闇がなんであるかは理解できない。

 

「聖杯戦争の拠点...雪国から空間ごと持ってくるとは無茶をするものだ」

 

何かをボヤきながら一足先に遠くへ見える闇へ向かうキャスター。

まだアレの正体が掴めず、困惑しながらも二人はその後に続く。

 

森を抜けた。

アレほどは手がないと思っていた森はあっさりと無くなった。

いや、ここだけハサミで切り取られたように、森の痕跡が無くなっていたというべきか。

 

巨大な円形の広場に鎮座する雪の城。

それがイリヤスフィールの住処だった。

あの少女が住むには広すぎ、一人で暮らすにはあまりに寂しすぎる。

深い森の奥に佇む孤城がそこにはあった。

 

「——————」

 

日本にあるまじき古風な城に圧倒されてしまう。

 

おそらく、イリヤスフィールは一行がやってきているのは知っているのだろう。

なら敵意がないことを示すために正門から堂々と入ろうと士郎は考えたが、

 

「よし、行くぞ桜...桜?」

 

桜はただならぬ顔で城を見上げている。

その顔は何かに怯えているような、そんな緊張感に満ちていた。

 

「桜、何か気になるのか?」

 

「...なにか、私たち以外の誰かがいます」

 

「そりゃいるだろう。イリヤとバーサーカーが住んでるんだ」

 

「そうじゃなくてそれ以外の、誰か、です」

 

「それ以外って...」

 

誰だ...?

 

しかし、その疑問は突然鳴り響いた轟音に掻き消された。

“ドゴーンッ“と豪快な崩壊音。

城壁はキャスターの触手によって無惨に崩れ去った。

 

「え———ちょ、おまえ、えぇ」

 

「キャ...」

 

口を抑え驚愕する。二人の頭には“これ弁償額どれくらい?“という考えがよぎった。

そんなのお構いなしに黒い影は城内へと消えていく。

 

「っ——————ああもう、なんなんだよアイツ...!!」

 

こっちは話し合いに来てるのに、これじゃあ城攻めと見られても言い訳できないぞ、と士郎は思う。しかし、やってしまったものは仕方がない、桜の手を引き、慎重に城内へと足をすすめた。

 

侵入した部屋から廊下に出る。

豪華絢爛な光景に目を奪われるが、それ以上に圧倒的な何者かの存在感を感じてしまう。

これはバーサーカーのものではない。あの巨人以上の何者かが、この場に存在している。

 

「.....そうか、来ちゃったかあ」

 

キャスターは響いてくる戦いの音に耳を傾ける。

何かが絶え間なく降り注ぐ音、微かに響く剣と剣が撃ち合う音。

嵐のような轟音が城中に響いている。

 

「ッ...」

 

桜の肩が震える。

嵐のような音を怖がっているのか、それともその正体に気付いたのか、

いずれにせよ、この城のどこかでバーサーカー達と何者かが戦争をしているのは間違いない。

 

一行は駆け出す。

音は下から響いてくる。

位置関係からすると、戦いは城の中心、来訪者を迎える大広間に間違いない。

 

降り注ぐ音に比例して撃ち合う音は刻々と小さくなっている。

なにが起こっているのか、理解しているのはキャスターだけか。しかし、意見を交わしている場合はない。

ただ一つ言えるのは、取り返しのつかないことが起きようとしているということだ。

 

広間に出る。

そこで目にしたのは、

 

「■■■ーーー!■■!!...■■■■■...」

 

「やだ——————やだよぅ、バーサーカー...!!」

 

数多の宝具を体に受けなお、それでも背後の怯える主人を守るために戦った狂戦士。しかし、その圧倒的な力はもう一つの強大な力によって嬲り殺されてしまった。

少女は何もできなかった。ただ、その黄金の力に怯えることしかできなかった。

目の前で命を散らす英雄の後ろで、子供らしく泣くことしか。

 

それは最初から決まっていた戦いだったのだ。

あらゆるサーヴァントは、英霊である以上あの王には勝てない。

全ての宝具の原典、その英霊を殺した宝具を所有するモノに勝てる道理はない。

 

その結果がこれだ。

 

いかに英雄としても、英霊である以上は、決してあの王には勝利できない。

 

消えゆく勇者と、泣き叫ぶ少女。

それをつまらなそうに見下ろす黄金の王。

その後ろに立っていたのは、

 

「あ...」

 

「遠、坂...?」

 

その目はどこまでも冷たく、二人を見ていた。

サーヴァントを失った彼女が何故?

その疑問に凛は答えない。

 

「悪いわね。衛宮くん達には悪いけど——————そこの化け物に勝たせるわけにはいかないのよ」

 

それは宣戦布告。

もはや話し合いなど不要。凛は、この戦争に乱入した“怪物“を排除するため黄金の王を従える。

 

「——————ほう?

自ら首を差し出しにくるとは、躾の甲斐があったな雑種」

 

王の口元には不敵な笑み。

もとより、少女や士郎など眼中になく、ただ一人、黒い男にその言葉は向けられる。

 

「その物言い。泥を被ろうが変わらないなんて...相変わらずだねギル」

 

皮肉と少しばかりの喜びを込めてキャスターは答える。

 

「...貴様は随分と醜くなった。見るに堪えん、魂まで腐敗したか」

 

「酷いなあ、僕は人として歩んだだけさ」

 

王はあくまでも尊大なまま、それでも明らかに他の者達へとは違う態度で言葉を紡ぐ。

 

「くだらん。それが呪いであることがなぜ分からぬ。何度死のうが、そこだけは変わらんな」

 

先程までの退屈に満ちた顔が嘘のように、嫌悪と憐れみ、そして僅かな喜び。複雑な表情を王は浮かべた。

 

目の前の怪物はあの頃と全く変わっていない。

姿形が変わろうと、あの日の想いだけは変わらなかった。

しかし、それが男を縛りつけているのは確かだ。

 

「悪意など一過性のものであり、いずれ薄れゆくものよ。それを何百、何千と繰り返せるほど貴様は狂人ではなかろう」

 

「憐れみのつもりか?よしてよ、気持ち悪い。

それに今更遅い、手遅れだ」

 

あの日、共通の友の死をもって二人の道は分かたれた。

この会話は既に意味の無いもの。言葉を交わすには、遅過ぎたのだ、

 

「僕はただ、自らの願いを叶えるためここにいる

だからさ、」

 

男の纏う霊基が変質してゆく。

本来の、彼らと共に生きた頃の姿へ。

ギリシャの怪物など偽りの名、キャスターなど偽りのクラス。

 

これは二人にとっては再現にすぎない。あの日のように、ただ殺し合う。ここには止めれるものなど存在しない。

状況が掴めぬ子供らをよそに、二つのjokerはぶつかり合う。

 

「———おまえは邪魔だ、英雄王」

 

怪物の血が辺りを侵食し始め、周囲の地面と同化を始める。地面が蠢き、怪物の一部であるかのように、無数の触手として顕現する。

 

「そうか、ではこれ以上言葉を交わす必要もない。

 

———裁定の時だ。十分に役目を果たして逝け。我に醜態など晒してくれるな」

 

英雄王はそれを見て、宝具の力で宙へと浮かぶ。

王の背後に黄金の波紋が出現する。あらゆる原典が収納される宝物庫——— 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」より、数十、数百本の宝具が顔を出した。

 

それに呼応して、怪物の操る触手が、剣や槍、弓といったあらゆる武具...いや、彼がこれまで見てきた宝具へと姿を変えた。

 

相対する数多の宝具。

今ここに、かつての神話が再現されようとしていた。

 

 




次回予告
【挿絵表示】


短編を終わらせなければ、

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桜と怪物「人の軌跡」



感情を露わにする主人公、笑みすら浮かべない英雄王。もう戻れない二人の闘いが今始まる...


『擬態解除 class casterから...monster

ステータス 偽装停止 — — — — — EX...error

ステータス E E A A++ E EX』

 

自身が纏っていた偽りの名を剥ぎ捨てる。これが彼の最初の姿。服装は黒い衣から純白の衣に、それはかつての友の面影を思い出させる。

 

class モンスター 

そのクラスの該当者は英霊でも反英霊でもない。その該当条件は『怪物』であること。もしくは怪物として葬られたこと。

キャスターなど偽りのクラス、この世界に現界するための楔にすぎない。

 

己の願い...過ちを正すため怪物は再び人類に牙を剥く。

 

———さあ、目を開けよう。敵は目の前にいる。

 

金色の鎧を纏うギルガメッシュの背後の空間から撃ち出される無数の宝具。このまま受け止めれば霊基ごと消滅させられるのは間違いない。ならばどうするか?そんなのこと考えるまでもない。

宝具には宝具で対抗すればいいのだ。

 

大地に血を一滴垂らす、それで事足りる。神代の頃の規模は不可能、不満はあるがこれは人類が選んだ道。それに関して口を挟むことはできない。

今できる全力の力を振るうのだ。

でなければ“死“だ。

 

「最初から...全力(フルスロットル)でいくよ、ギル」

 

その怪物は迫る死の最中でさえも笑って見せた。

 

“人間が歩んだ道。それは星と共生する存在から星の命を消費する存在へ進化した“

 

“彼らは耕し、栽培し“

 

“収穫し、奪い合い、助け合い“

 

“創造し、破壊し“

 

“対話し、鬱憤し“

 

“威圧し、落胆し、加虐し、乱倫し“

 

“崇拝し、喝采し、繁殖し“

 

“そして愛し合い、殺し合うのだ“

 

「———今こそ紡ごう 人の歩み、その業を」

 

それは、怪物が普段から詠唱の必要もなく宝具と言えるものだった。大地に魔力が走る。怪物の血は大地を侵食し、己の一部へと強制的に塗り替える。

 

『—————————人の軌跡(テラス・オブ・バビロン)———』

 

彼が人として歩んだ人生そのもの。そして、人の歴史を再現した宝具。彼が目にしたあらゆる宝具(歴史)が生み出され、収穫される。

底はある。確かにある。しかし、それは星の終わりと同義。ゆえに無尽蔵。

向かいあう二人。全ての砲門が狙いを定める。

そして一呼吸置いた後、双方合わせて百を超える宝具が放たれた。

金属同士の衝突音が崩れかけの孤城に響き渡る。

一騎当千の男たちの戦いはまさに神話の再現そのものと言えるほど苛烈なものだった。

あらゆる宝具の原型を集めたとされる、最古の英雄が所有する黄金の蔵。

並の英霊にとっては必殺一撃になり得るもの。それが無造作に、そして凄まじい速度で蔵から射出される。

対する怪物は、大地そのものから宝具を強制的に“収穫“する。それこそが星を食い尽くす人の業。

神秘を纏った無数の宝具が生み出され放たれ続ける。

 

「ほう...安心したぞ。中身が腐ろうとその猿真似は相変わらずか」

 

「酷い、そんな言い方はないじゃないか。アレより万能ではないにしろ、これで対等だ。あの日と同じように遊ぼう?」

 

「貴様のそれはどこまでいっても真似事に過ぎん...決して奴には届かぬ」

 

「...やだなあ、今は僕を見てよギル」

 

「言ったであろう、見るに堪えんと」

 

次第に砲門は百を越え、千へと昇る数ほど開かれる。対抗するように怪物も生み出す宝具を増やす。城への被害などお構いなし。寧ろ、彼らにとってこの城は狭すぎたのだ。

だから、広げる。

遠慮なんてものはない。ここは既に彼らの遊び(殺し合い)の場なのだから。

 

「くっそ...無茶苦茶だ。あいつ、俺たちが居ること忘れてんじゃないのか...!」

 

士郎は宝具の嵐が飛び交う中、震えるイリヤと桜と共に、突然現れた壁に身を隠していた。壁は放たれた宝具を全て受け止め少年達を守っていたのである。

強い魔力を帯び、ある種の結界の役目を果たす黄金色の壁。それを構成する煉瓦の一つ一つに『ナブー・クドゥリ・ウスル』という意味を表す楔形文字が刻まれた壁が二重、三重と重ね聳え立った。

まるで、少年達を守るように。

 

「我を前にして他の雑種を気にするか。随分と余裕があるな?」

 

「...?ああ、約束した...したような気がするから。それに、まだあの子には利用価値があるんだ。やすやすと死なせない。死なせてやるものか」

 

自覚が無かったのか、ギルガメッシュに指摘され自身の行動に疑問を浮かべた。しかし、少女を利用するためと自分を納得させた。少女は怪物の願いを叶えるため不可欠なのだ。どのような末路を迎えるであれ、死なせてはいけない。

 

「あれが何であるか貴様は理解しているはずだ。罪を背負う前に殺してやるのがせめてもの慈悲であろう...それが分からぬほど腐りよったか」

 

魂が腐れば外見もその思考も偽りのものへと塗り替えられていく。

怪物は一つの願いに執着し続け、ついにはその願いすらも忘れ、別のモノへと塗り替えられた。

ギルガメッシュの言葉は、その願いを否定するもの。

願いを否定された怪物は、張り付いた笑みではなく苛立ちをみせ、縋るような声で王に叫んだ。

 

「...一人を殺して救える世界など滅んでしまえ。ああ、そうさ。正しさや善行だけで救えるなら僕のことも救ってくれよ...!それをしてくれないから、こうして自分で頑張っているのに...!!」

 

「溺れゆくものは、海の深さに気を取られ広さを知らぬ...今の貴様は駄々をこねる子供にすぎん。その願いは今を生きる人間にとって傍迷惑なこと。いい加減に目を覚まさんか、戯け」

 

城が崩れ去る。

いや、よくここまで持ち堪えたと言うべきか。巨人と王の戦いの時点で限界だったのだ。この城は十分にその役目を果たした。

 

士郎達は落ちてくる瓦礫をなんとか避けながら、城から脱出する。後ろを振り返える。凛は既に居ない。彼女のことだ、心配せずとも脱出している、ならば自分達の命を守らねばならない。

退路は幸いにも残されていた。問題は落ちてくる瓦礫と、未だ降り注ぐ宝具であるが、

 

「この壁...守ってくれてるのか」

 

彼らを守るように壁が現れる。恐らくはキャスター...モンスターの宝具だろう。もう彼らがこの状況について行くのは不可能であった。あれの正体も分からず、さらに疑心が増すのみ。とにかく自分達ができることはこの戦場から逃げ帰ることだ。痛む腕を抑えながら少女達を連れ城の外へと飛び出す。

 

戦場は広場へと移る。

砲門の数はさらに増え、数千もの宝具がぶつかり合う。戦闘の余波により大地が抉れ、瓦礫は宙をまい、森の木は薙ぎ倒される。アインツベルンが張った結界のおかげもあってか外界への影響はゼロに等しい。それも時間の問題に過ぎないのだが。

 

「——————!!」

 

怪物の姿が一瞬揺らぎ、紫の衣装を纏った女に変わったかと思えば、腕を前に出し無数の槍を発現する。己の内にある魔力を纏わせた真紅の槍が王の心臓めがけ射出される。その槍は因果によって標的の心臓を必ず貫く呪いの槍、いくら英雄王といえど心臓を潰されてはその命を絶たれるのみ。

向かいくる宝具の雨を貫き払い、無数の呪い纏いし槍が心臓めがけ突き進む。

だが、英雄王は一歩も動かない。

 

「...小癪な真似を」

 

ギルガメッシュは『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から複数の盾型宝具を展開する。因果律を操る宝具が向かってくるならば、こちらも因果律により絶対に所持者を守る宝具で防げばいい。そうすれば矛盾が発生し、後は質が高い方が打ち勝つのである。

空間が歪む。

金切り声をあげ、矛盾がぶつかり合った。

目の前に迫ったその槍は数枚の盾を貫いたところで停止し崩れ去ってしまう。怪物の宝具は所詮“完璧に近い再現品“に過ぎない。その全てが宝具の原典である王の財宝と比べると質では劣る。

 

「ねぇギル。ひょっとして『僕が間違っている』そう言いたいの?」

 

口元を歪ませながら怪物は尋ねた。その問いに王は無言で答える。

 

「可笑しいよ。だって、助けを求めるなら、救われないものはない。どんなものであれ、最後には救われるんだ。そうでなくちゃ不公平だ。そうさ、僕にだって権利はある、そのチャンスをくれたっていいじゃないか!なんで、どうして僕の邪魔ばっかり...」

 

それを遮るようにパチンと英雄王の指が鳴る。

 

「見苦しい」

 

瞬間、怪物を取り囲むように砲門が開かれる。周囲360°を囲まれれば逃げ場など存在しない。

冷静さを取り戻した怪物は身構え、

 

「...霊基偽装

 

怪物の姿が再び変わる。精神も、感情すらも偽装し、世界を騙すのだ。

反撃の隙を与えぬほどの宝具の雨が降り注ぐ。怪物はそれを迎え撃つ。

 

「姫鶴飛んで山鳥遊ぶ...谷切り結び五虎退かば...祭剣まつりて七星流る...松明照らすは毘天の宝槍」

 

詠唱を唱える。目には歯を、宝具は宝具で受け止めるしかない。 

先ほどまで黒い衣を身に纏っていた男は、白い法衣を身に纏い長槍を天に掲げていた。そして周りに八本の武器が現れる。恐らくはそれぞれが名のある宝具。獲物を撃ち抜かんとする宝具の数々をその8つの宝具で薙ぎ払っていく。でも、駄目だ。それでも全ては受けきれない、手数が違いすぎる。

それゆえ、もう一つの手を繰り出す。

 

「運は天に在り...鎧は胸に在り...手柄は足に在り」

 

胸に手を当て、偽りの信仰で祈る。

生前、銃弾飛び交う敵の眼前で悠然と酒をあおるも、全ての弾はその者を避けて通ったといわれる、ある軍神の逸話がもとになった加護。自身の周囲に事象操作に近い現象を起こし、攻撃の軌道すら歪めるため本人が当たると思わなければ絶対に攻撃が当たることはない。

 

そう、本人が当たると思わなければ。

 

「———はっ、所詮は猿真似よな」

 

「ちっ...ッ!」

 

ゆえに本人に当たると思わせる程の気迫を込めた一撃であれば加護を破ることは可能。

彼にとってギルガメッシュは絶対的な強者だった。

周囲に張り巡らされた加護が撃ち破られ射出された宝具が襲い掛かってくる。

それを八つの武具を同時に使いこなし、怪物は迫る宝具を払い落としていく。

が、打ち落とせたものは僅か数十本。打ち漏らした宝具が頬を掠める。

 

「貴様は他人の真似をせねば生きてゆけん。それゆえ個人に執着してしまう...愚かなものよ」

 

「...うるさいなあ。個に囚われることの何が悪いのさ。誰かを愛して何が悪い。知りたいと思って何が悪いのさ!!」

 

「分からぬか?貴様が関わるから碌なことにならんことを。己の胸に問うてみよ、今まで救えた者はいたか?最後まで愛せたか?...その者の名前すら朧げな貴様が愛を語るとは、片腹痛いわ」

 

「名前...違う...僕はただ、ただ」

 

思考にノイズが走る。

次第に撃ち落とす手数も追い付けなくなっていく.

このままでは、宝具の雨に押しつぶされるのは明らか。再び宝具を生み出したとしても焼け石に水。

ならばどうするか、

考える時間はない。王の言葉でぐちゃぐちゃになった自分を無理矢理正気に戻す。この1秒に満たぬ時間の中で、既に百を超える宝具が迫ってきている。

怪物は握った槍を振るいながら跳躍し、先程数十本の宝具を打ち払ったことで生まれた隙間へと身を躍らせた。迫る宝具の全てを躱すことは不可能。だが気にすることはない。修復に魔力の大部分を回しているおかげで致命傷には至らない。

そのまま、攻撃の余波で宙に浮かんでいる瓦礫に足をかけ、空へと駆け上がる。

 

「ほう、不遜にも我に向かってくるか」

 

突如怪物は空中で反転し、瓦礫を足場に四方八方駆け回り徐々に接近していく。

そも、聖杯戦争の戦いにおいて、人間離れした速さなど珍しくもない。しかし、それを加味したとしても迫り来る怪物の速さは異様であった。

『ギリシャにおいて最も速いとされた狩人に追いついた』

そう謳われた、彼の一つの逸話。それに恥じることなき速さをもって戦場を駆け回る。

一瞬にして王の目の前に迫る剣先。

 

「読んでおるわ」

 

怪物の手持ちの武具が槍から一振りの装飾剣に変化しているのを見抜いた英雄王。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を放ちながら大きく距離を開こうとする。

 

が、それは怪物に絶好の機会を与えることになる。

 

「——— 永遠に遠き...勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

怪物の剣が光り輝き、斬撃が巨大な光の束となる.

それは決して彼の聖剣の輝きに届くことはない。それでも一人の王は、理想の王の伝説を追い求め続けた。その王の姿を模した怪物が手に持つその剣は、なんの変哲もないただの剣。()()()()()()()()()()()、ただの剣である。

その剣から放たれる光はただの模倣に過ぎない。しかし、限りなく本物に近いそれは、真に勝るとも劣らない威力をもって王に襲い掛かる。

 

「くだらん!」

 

ギルガメッシュは体の正面に盾を顕現させ、光の束を防ぐ。

 

「よりにもよって、星の願いの贋作を我に向けるか!よほど死に急ぎたいようだな。その愚行、万死に値するぞ!...むっ」

 

光が晴れる。盾を散らすと、そこには怪物の姿はなかった。

そして、自分のすぐ真後ろ。空気が凍るほどの殺気が背中を刺した。

背後に浮かぶ瓦礫。

ギルガメッシュが目を細めながら振り返るとそこには、

 

「———獲った」

 

矢を振り絞り、王の背に狙いを定めた怪物の姿があった。

この至近距離であれば盾を出す前に射抜ける。

大弓が激しく撓み、真っ二つにへし折れようかというその瞬間、

 

射殺す(ナイン)...」

 

その宝具の真名が告げられる。

それは怪物が最も恐れた英雄の宝具であり、それが知っている人の到達点の一つである至高の絶技。かの大英雄が生み出し、ただ一人で完結させてしまった「一つの神話」。その矢は神気を纏い標的の命を射抜くまで戦場を駆け巡るのだ。

 

ああ、だが悲しいかな。

 

「———百.......ッ!?」

 

一瞬の隙だった。そう見えても仕方のないことであった。

しかし、この戦いにおいて英雄王は油断も慢心もない。ゆえに、怪物の浅知恵など手に取る様に読んでいた。

 

「——————天の鎖よ———」

 

鎖の音が鳴り響く。

矢は放たれることなく、鎖に砕かれた。

両腕、両足、体の至る所の部位があらぬ方へ捻じ曲げられる。

 

「がっ...ギギッッッッ」

 

現れた無数の鎖によって、黒い怪物は捉えられた。

奇しくも、かつての神話を再現する光景。王の庭に手を出した怪物は、天の鎖によってその身を縛り付けられる。

抜け出す術はない。一度神を取り込み、その身に神性を宿す怪物には、この鎖は断ち切れないのだ。

 

そうして英雄王ギルガメッシュは、王ではなく、戦士ではなく、彼を打ち倒す英雄ではなく『裁定者』として言葉を怪物に紡いだ。

 

「喜べ。

———貴様を『人』として裁定する」

 

怪物の頭上に断頭台が顕現する。もはや逃げる術などない。

鎖の軋む音が鳴り響く。それにとって死は何よりも望むものであり、何よりも恐れていることだった。

 

刃が降りる。

そうして、罪人のように

 

——首を断たれた。

 




次回 桜と怪物「裁定」
怪物ボッコボッコ回。




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桜と怪物「蛇」

「...汝は狩りが下手くそだな」
「うっ...しょうがないじゃないか。今まで弓を使って狩りなんてしたことないんだ」
「慢心するのがならんのだ。獲物を仕留めるまで決して目を離すな。狩りの成功を確信するのは相手が死んだ時だけだ」
「ん、頭の片隅に置いておくよ」
「うむ、よろしい。では、そろそろ晩飯にしようか」
「今日は何を食べようか?」
「そうだな、私が仕留めた兎がーーー」

ありし日の思い出



鮮血が宙に舞った。

グチャッと音を立てて怪物の首が地面に落ちる。首を失った体がピクピクと痙攣し、ドス黒い血を垂れ流し続ける。これで怪物は死ぬ...

断頭台により怪物は裁かれ、その命を散らした。

これにて終幕

ギルガメッシュの勝利でこの戦いは終わる...はずもなかった。

 

「—————————」

 

それを見た少年たちは息を呑む。

彼らは知っている。

 

「———g、Aaaaaa...」

 

瞬時に飛び散った鮮血、その生首が再び怪物の体に戻っていく。それはまるで映像の巻き戻しの様。

 

首がくっつく。

その目に光が戻る。

 

「逞帙>蟇セ繝√い繝√い逞帙>繝√い荳?菴阪≠!?」

 

鎖が軋む。

怪物は、思考がまだ回復しないのか狂ったように痛みを訴え、鎖を砕こうと暴れる。

悲しいことに、いくら不死に近い体を持っていようとも痛覚は人並み、正気を保ち続けるのは難儀なことだ。

 

「ほう、やはりこれでは満足できんか」

 

「雖後□雖後□雖後□繧ゅ≧逞帙>豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺?勧縺!!」

 

獣のごとく唸り声を上げながらもがく怪物を王は冷めた目で見下ろす。

既に勝敗は決まった様なもの。

怪物になす術はない。

必死に触手を伸ばし、今から始まる裁定に抗うように抵抗するものの、その抵抗すらもギルガメッシュが取り出した剣の一振りにより斬り捨てられる。

 

「なぜ拒む?貴様が欲していたものだろう、ありがたく受け取らんか」

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が開かれる。

次々と宝具が射出され、怪物を殺していく。

何度も、何度も、何度も....

 

けれども怪物は死なない。

死ねない。

もはや生命維持すらおぼつかぬ。産まれたばかりの赤子同然だというのに、死ねない。

 

「.....あっ...がっ...」

 

「ただ斬る、刺す程度ではダメか」

 

新たな宝物庫への扉が開かれる。

そこから顔を出したのは、武具だけではなく概念そのもの。銀色に輝く氷、白く輝く炎、重力を放つ砂...英雄王の蔵にある以上それは人が生み出したものなのだろう。

 

「さあ喜べ。

圧死、轢死、焼死、好きなだけ味わうがいい。もはや普通の死に方では満足出来ぬであろう?」

 

「——————、あ—————————」

 

拒絶の声を上げることも許されない。

死なぬというなら、死ぬまで殺す。

怪物は見上げることしかできない。受け入れるしかないのだ。

それらは確かな殺意をこもった動きをし、全ての砲門が狙いを定め

 

——"宝具”の数々が怪物へ射出された。

 

 

蘇生の痛みを形容するのは非常に難しい。

それは人知の及ぶものでなく、決して人知の内にあってはならないものであるからとも言える。

 

『あ゛あ゛ああああああああああああああ』

 

——正気を保つ事などできない。

自分とも思えないほどの醜い獣の叫び声が聞こえる。

死を何百と味わおうが慣れない痛み。

しかし、この痛みこそが僕を“人“足らしめているのだと思う。

痛みとは実在の証であり、その不自由さがなんとも心地よい快感を生み出す。

蘇生の瞬間、僕は何度でも産声を上げる。

 

僕は戻ってくる。

確信していたことではあるが、この男では僕を殺すことはできないようだ。...消し飛ばされれば、話は変わって来るだろうが。その際は仕方ない。この星ごと道連れだ。どうであれ僕の勝ち。

 

とは言えだ。

それでは人類に申し訳ない。彼らは愛すべき隣人なのだ。全てを巻き込むというのは本意ではない。僕は悪であるが故、彼らが居なければ存在ができない。

...おかしな話だ。僕が抱く願いは彼らにとって最悪であることに変わりはない。だと言うのに、なぜ僕は彼らのことを気に掛けているのだろうか?

自分が抱える矛盾に頭が痛む。

...そうではないのだ。人類がどうとか、▪️▪️▪️のためではなく、ただ自分のために。

盤上をひっくり返す。

 

僕は勝たねばならない。絶対的な強者であるこの王に。

これはただの意地だ。

 

怯えている少女に目を向ける。

 

彼女はどうであれ“怪物“に至る。

それを私は祝福しよう。たとえ誰にも望まれず、誰もが君の排除を望んだとしても、

 

"やすやすと殺させてなるものか"

 

何度目かの死を迎える前に、散らばった右手に意識を向ける。

その手の甲に描かれているのは令呪。

奪い取ったそれに魔力を流し、二画分の命令を下す。

 

———手の甲の令呪が輝いた。

 

"助けを求める者は誰だって救われる。どんな者であれ救われなくちゃいけないんだから"

 

 

キンキラキン

 

空に輝くお星様のようで、思わず見惚れてしまった

 

飛び散る肉片は、た一つの輝きを彩るイルミネーション

 

ビチャビチャと水音を立てて赤い血が降ってきます

 

結局、姉さんが全て奪っちゃうんです

 

あの人は表情ひとつすら変えず、金色の王様の後ろに立っています

 

"ずるい"

 

いつもそう 私より強くて、幸せな癖に 私が持っていないものも全部持ってる癖に

 

"ずるい"

 

ぐっちゃっと、何かが私の側に落ちてきました

ピクピクと蠢くそれは私を見ています

 

"やだ"

 

金色の波紋はこちらを見ました

 

"嫌"

 

それの近くにいる私も殺されるのでしょう

 

"嫌"

 

ドロドロとした何かが湧いてきます

 

 

「———桜!!早くここから逃げるんだ...!!」

 

誰かに手を引かれました

 

ですが、私の目の前には もう 剣が 

 

助け...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『——————ライダー』

 

風が吹いた。

 

突然何かがその場に現れたかのような突風が。

 

連続した金属音が響く。

少女と怪物を葬るべく降り注いだ武具の数々を鎖が防ぐ。

 

「え...」

 

少女達の前には大きな大蛇がいた。

黒の衣服に身を包み、呪われた目を仮面で覆い隠した大蛇が。

 

「だ、れ?」

 

見覚えはない。それもそのはず、この蛇とも言い表せる大女は今の今まで戦いの場に姿を表すことがなかったのだから。

問いを投げかけられた女はその質問に答えることはなく、こちらを見下ろす王に視線を向けていた。

 

「...我の前に畜生如きが姿を晒すか」

 

裁定を邪魔されたのだ。

女に向けられるのは殺意と嫌悪。

それらを向けられてなお、女は物怖じせず王から視線を外すことはない。

 

「そう言われましても...私は現在のマスターに“この娘たちを守れ“、“ここから逃げ出せ“と命令されただけですので」

 

 

アトラムの工房

 

「ま、待て。取引をしようじゃないか...!私が差し出せるものなら何でもやる!

だ、だから命だけは...」

 

懇願する魔術師。

 

「何でもねぇ...」

 

クツクツと笑いながら怪物は思案した。わざとらしく腕を組み考えるフリをする。怯える魔術師を見ているのが楽しいのだ。

その一方、床に転がされたライダーは、いつ殺されるのかと内心落ち着かなかった。

 

怪物は思いついたように魔術師の左手を指して行った。

 

「——なら、その令呪を貰おうかな」

 

魔術師の左手には三画の令呪が刻まれていた。

 

「...は?そんなの無理に、」

 

「無理、という訳じゃないようでね。間桐の家で色んな書物を漁ったんだけどその中で令呪に関する物があってさ。...些か理解するのに時間がかかったが、まあ、何とかできそうなんだ」

 

「...そ、そんな馬鹿な。サーヴァントが令呪を持つなど...」

 

「駄目?酷いなあ、何でもするって言ったじゃないか。僕、他人に嘘つかれるのあんまり好きじゃないんだ」

 

首を絞める腕に力が入り始める。

このままでは死。

そんなことあってはならない、自分はここで死ぬわけにはいかない。魔術師は目の前の男が何を考えているのかなど理解すること以前に自らの命を最優先とした。

 

「わ、わかった!やる、令呪はお前にやるから!」

 

その言葉を待っていたと、怪物はにっこりと笑った。

首から手が離れる。

尻餅をついて倒れ伏す魔術師。

 

「じゃあ、左手を伸ばして。うん、そうそう、そのまま...」

 

怪物は魔術師に左手を伸ばさせる。

それはまるで、

 

「えい♪」

 

どこから切り落とそうか測っているようだった。

 

「ぇ———」

 

ぼとりと腕が落ちた。

腕がなくなった体からはドクドクと血が流れ続ける。

魔術師は声にならない叫びをあげている。それもそうだ、腕だけであればともかく、己の魔術刻印ごと切り落とされたのだ。その痛みは想像を絶する物であることに違いない。

 

怪物は落ちた腕を拾い、

 

「よいしょっと...うん、いい感じ。欲を言うならもっと良質な物が良かったなあ」

 

自分の左腕と一体化させた。いや、取り込んだと言うべきか。怪物の左手の甲には確かに三画の令呪が刻まれている。

 

手を握って開いて、特に違和感はない。

マスター権も無事移り、目的は果たした。もうこの場には用はないと背を向け出口に向かおうとするが、

 

「たす...助け...た、たす...」

 

今にも消えそうな声が聞こえた。

 

魔術師は体を引きずり、懇願した。

その腕からは依然血が流れ続けている。止血すらできないのだろう。

助けを求めた。

“取引したはずだ“と必死の形相で怪物に縋る。

 

「んん〜〜?...すまない。最近、どうも物忘れが酷くて酷くて。———誰だっけ君?」

 

あっさりとその希望は砕かれる。

魔術師はライダーの方を見た。助けを求める。

しかし、

 

「......」

 

彼女も動こうとすら、ましてやこちらを見ることすらなかった。

マスター権のない、情もない相手を助ける義理などなかったのだろう。魔術師が少しでもライダーを尊重していれば結果は変わっていたのかもしれない。

 

「(なぜ、どうして。僕はまだ、なにも———)」

 

最後まで分からぬまま、意識は薄れ体温が奪われていく。それでも彼は救われたのかもしれない。少なくとも楽に死ねたのだから。自身の行った所業に比べればマシな最期である。

 

この場に残されたのは、二人の怪物。

傷も癒えたライダーは警戒しながら怪物に問うた。

 

「私は...何をすれば?」

 

逆らうこともできる。しかし、本能が訴えているのだ。目の前の怪物に手を出すなと。だから彼女は反抗することなく新たなマスターに従うことにした。

 

「今すぐ、と言うものは無い。時が来れば命じる。それまで姿を見せるな」

 

淡々と怪物は言った。

“ここで自害しろ“などと言われるのではないかと思っていたライダーはホッと胸を撫で下ろした。

 

「...この子供たちはどうするのですか?」

 

床に転がる実験材料の子供。

死んではいないものの、以前目が覚める様子はない。強い暗示がかけられているのか、いずれにせよ死ぬわけではない。

 

「良かったら食べるかい?お腹が空いてるならこれほど効率のいい食事はないぜ」

 

眠る子供を尻目に答える。

 

思わず顔を顰める。

いくらライダーといえ、良心ぐらいは持ち合わせている。命令とあれば大人しく従うが、流石に気の引けることだ。

 

しかし、怪物も子供を無碍にするわけではないようで。どうやらライダーの反応を見たかっただけらしい。“冗談だよ“と笑った。

趣味が悪いものだ。

 

「君の好きにすれば良い...例えば、外に出しておくとかね。そうすればお節介焼きの誰かが手を回すだろうさ」

 

そう言った後、今度こそ出口に向かっていった。

 

取り残されたライダー。

 

「...人使いの荒い方ですね」

 

肩に数人の子供を担ぎ、ボソッと言葉を溢した。

結局何十往復かすることになったが無事子供たちは外の世界に出ること出来たのだ。

 

この話はただそれだけである。

 

 

相対する蛇と金色の王。

しかし、ライダーが不利なことに変わりはない。彼女単騎なら数秒程度は持ち堪えようが、背後には少女たちがいる。少女たちを守りながら離脱するのは不可能に近い。

 

「興が冷めたわ。そこの阿呆諸共、我の前から消え失せよ」

 

砲門が開かれる。

ライダーの手に負えないほどの数の砲門が狙いを定めた。

 

「....」

 

ライダーは仮面を外す。

その下には赤く耀く魔眼。それは彼女が怪物と言われた所以たる“石化の魔眼“。その眼は確実に王を捉えた。

 

「—————————くだらん」

 

ギルガメッシュの動きが一瞬止まる。されどたった一瞬である。

もとより動きを止めたとて、砲撃は止まらない。ライダーの行動は無駄な抵抗にすぎない。

 

だが、この一瞬。ギルガメッシュの意識は僅かに怪物から逸れた。

——それこそが怪物の狙っていたものだ。

 

此度の英雄王に一切の慢心と油断はない。

裁定すべき怪物はもはや動くことはできず——いや、辛うじて腕ぐらいは上げれたか———後は消しとばすのみだった。

しかし、王は一つの失点を負った。

まだ息をしている敵から視線を切った。複数対1では動けない敵から目を離すのは仕方がないことかもしれない。加えて、ギルガメッシュにはもう一人の明確な排除すべき敵がいた。既に動かない敵から視線を切り、新たな敵を見定める。その一瞬の隙は仕方がないことだった。

 

強いて言うなら、最初からその僅かな隙を狙っていた怪物こそが最低だと罵られるべきだ。

 

 

——“ガチャリ“と鍵の閉まる音が森に響いた。

 




11月22日、出遅れたか。いい夫婦の日の短編あげれたら良かったな


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泥人形と怪物 「忘れるべからず」

ポケモンマスターになっていたら一ヶ月経ってしまっていた。図鑑も埋め、マスターランクに至った私はようやく筆を取り始めたが、運が悪く魔法使いの夜が届いてしまうのだった。

今回のお話はウルク3人組の冒険のお話です。幼い怪物が彼等からなにを得たのか、本編に続くような、若干違うようなそんなお話。

ウルクの怪物ちゃん/くん

【挿絵表示】




賑わう街道。その中を緑の人は進んで行く。

美しい緑の髪、透き通るような白い肌。人々は彼/彼女を目にすると様々な反応をする。それは畏敬だったり、あるいは畏怖だったり。それを気にすることなく彼/彼女は目的地へ進んでいく。

...ここでは彼と言わせて頂こう。

彼が目指すのは友達がいる場所。彼は今日も激務に追われているのだろうか。あの子はまた眠っているだろうか。

そんなことを考えながら友の居るジグラットへと足を進めた。

 

 

怪物は人の姿をしていた。初めは恐ろしい異形の怪物だったが、王と泥人形に諭されたことで——簡潔に言えば分からされた———人として歩むことを選んだ。

その姿は泥人形と瓜二つ。違う事と言えば、彼が美しい緑の髪に対し、怪物の髪は夜のように黒く染まっていた。そして外見も人形に比べて幼かった。

泥人形が一人の娼婦の姿を模倣したように怪物は泥人形の姿を模倣したのだ。

 

怪物の名は“クル=マヴロス“

神々に恐れられ、星にすら嫌われた怪物。

そして僕の小さな友達。

クルは今、ウルクの祭祀長のシドゥリの膝に寝ていた。友達が遊んでくれるのを待ち侘びながら。

 

煌びやかな装飾の椅子に座る王様は退屈な国政に追われていた。抜け出すのは容易いことではあるが、祭祀長であるシドゥリの目が光っているうちは渋々ながらも作業にあたる。

そんな様子をシドゥリは笑顔で見守り、膝に寝転んでいる怪物の頭を撫でる。

 

「....暇だなあー」

 

「....」

 

足を大の字に広げてクルは精一杯自分の退屈さをアピールした。

その要求を王様は答えるでもなく、無視を選んだ。今は構っている暇はない。目の前に山積みされた粘土板に目を通さなければならない。

クルはそれを聞こえてなかったと判断したのかより一層声を張り上げるのだ。

 

「ねえ!!ギールー!!ボクは!!ひーーーまーーーだーよ!!」

「たわけ、少しは我慢を覚えよ...シドゥリ、次の粘土板を」

「はい、こちらになります。

クル?王はお忙しいのです、もう少し待っていましょうね。」

「ん〜〜!」

 

シドゥリが宥めようとするも、本人にとってはもう十分に我慢したのだろう。膝下を離れ、ゴロゴロと縦横無尽に王の間を転がり回った。

全ては目の前の友人の興味を引くために子供のように駄々をこねるのだ。

それでも王様はちっとも振り向いてくれない。

 

そんな騒がしい様子を僕は外から眺めていた。

彼らの楽しそうな様子を見るのもいいが、そろそろ輪に混ぜてもらおうか。

 

"やあ、今日も元気だねクル"

 

クルはこちらに気づくとすぐに駆け寄ってくる。以前は僕を怖がってる様子もあったけど今では足に抱きついてくるほど関係は良好だ。

 

「遅いよ!ボクずっと我慢してたの!」

 

どうやら悪いことをしてしまったみたいだ。謝罪の意味も込めて先ほど市場で貰った果実を渡す。クルは食べることが何より好きだ。いや、どちらかと言うと取り込むことが好きなのかもしれない。

 

『これは魚です。さあ言ってみて』

『さ...あにゃ?』

『さ・か・な』

『さ..か..な』

『ええ!よく出来ました!』

『さかな。さかな、さかな...魚』

 

人の言葉が喋れなかった頃はシドゥリが熱心に教育しようとしたが、彼は一度聴いただけであらゆる知識を自分のものにした。単純に貪欲なのか、それとも、そうあれと作り出されたのか。

 

『いいですかクル?誰かに親切にしてもらった時は“ありがとう“と言うんです。あ・り・が・と・う、ありがとうですよ』

『あり..と。あり、がと。ありがと!ありがと!』

『ふふっ、何度も言わなくてもいいのですよ』

『シドゥ、ありがと』

『まあ!ご覧ください王よ、クルは本当にいい子です!』

『ほう?では我に対しての賛辞の言葉でも覚えさせるか。今のうちから教育するのも悪くない。ほれ、“ギルガメッシュ王万歳“と言ってみるといい』

『べ〜〜〜〜!』

『あら!?』

『な!?おのれ、誰に向かってそのような無礼を...エルキドゥ!また妙なことを覚えさせおったな貴様!」

 

僕の知るところではないが彼がそう望むのであればそれでいいのだと思う。

 

「甘やかすのも大概にしろエルキドゥ。此奴は自分で待つと言ってまだ半刻すら経っていない。偶には辛抱というものを覚えさせねば...」

 

クドクドとギルは何かを言い始めた。“君だって何かと甘い癖に“といつもながら思ってしまう。今だってこれから僕達との約束を守るために職務を済ませようとしている。

けど、クルはその言葉にムッとしたらしい。頬張っていた果実を飲み込み、再び大の字に寝転がると駄々をこね始めた。ギルの呆れた顔が面白そうなので僕も一緒に寝転がることにした。

 

「「ヒマーーー!!」」

 

「ええい、うるさいわ!これでは終わるものも終わらぬであろうが!」

 

顔を真っ赤にして怒る。それが面白くてクルと顔を見合わせて笑った。

 

これは僕達が行った最後の旅のお話。その断片的なものである。

 

 

ギルの仕事も片付き、僕らは船に乗り込んだ。この船で今からユーフラテス川を下り運河に出る。そこから先は未知の世界。僕らが見たことないような景色が待っているのだという。

 

「エルキドゥ、これを」

 

船に乗る際、シドゥリにバスケットを手渡された。中を開けると美味しそうな匂いが溢れた。どうやら食事が入っているようだ。

 

「あの子はすぐにお腹をすかせるでしょうから。もちろん、お二人の分も用意しておいたのでお昼にでもお召し上がりください」

 

彼女が作る食事はどれも非常に美味しい。思わず頬っぺたが落ちそうなものというのは彼女の料理のことなのだろう。

“ありがとう“とバスケットを受け取り船に乗り込む。

既にギルとクルは乗り込んでおり、どちらが船を漕ぐかで揉めているようだ。ギャアギャアと騒ぐ声が聞こえてくる。結局順番で漕ぐことに決まり、最初はギルが漕ぐことになった。

 

「おのれぇ、なぜ我がこのような雑事をしなければ」

 

見送るシドゥリに手を振り、僕らは旅立つ。

 

こうして僕らの冒険は始まった。

 

旅は順調、天気は良好。僕らは運河を下り海へと出る。我らが目指すは世界の果て...それは言い過ぎた。でも、僕らならそれも可能なのかもしれない。

さて、目の前に広がるのは青く澄み渡る海にどこまでも広い海、海、海、海...なかなか陸地は見えてこない。そもそもこの辺りの地理などわからないので適当に船を漕いでいる。だから当然と言えば当然なのだが。

国を出てはや数時間。目新しさがあったのも束の間、退屈を感じてしまっていた。

しかし、この暇の潰し方を考えるのも旅の醍醐味なのだ。

 

「「......」」

 

というわけで僕とクルは海面に腕をつけ、ジッと待っている。

相手を誘うように、小魚のように腕を揺らす。こうする事で誘き寄せることが出来るのだ。

今か、今かとその時を待つ。

 

「——————!!」

 

どうやら先にかかったのはクルの方だ。

腕に喰らいつく大きな魚。引き摺り込まれないように体に力を込め一気に引っ張る。

 

「やった!」

 

それを見事吊り上げ自慢げに胸を張った。

 

「むふぅー!」

 

ふふっ、だが甘いね。

狙うならもっと大物ではないと。

 

「...釣竿を使わぬか」

 

呆れたように見ているギルを尻目に僕は腕をさらに伸ばす。深く、深く、海底の底へと。

 

“きたね“

 

腕に何かが絡みつく感触。

それを合図に一気に引き上げる。

 

ザバっと水音を立て引き摺り出されたのは、

 

「オレハイカーー!」

 

巨大な白い怪物—— 大王イカ———

突然引っ張り出されたのが頭にきてしまったのか、長い触腕を振りあげ僕らを叩き潰そうとしてくる。

 

「オコッター!オコッター!!」

 

どうやら怒らせてしまったようだ。謝れば許してくれるだろうか、駄目だろうな。それとも迎撃するべきか。

悩んでいる暇ない。

ので、

 

“ギル?“

 

あくびをしている友に声をかける。

 

「....失せよ」

 

ギルはめんどくさそうに空に手をかざす。

 

「!?」

 

すると空間が煌めき、槍や剣が顔を出した。勢いよくイカに発射される。

武具が触腕を切り裂き、巨体が苦悶の声を上げた。

 

「イターイ!イターイーーーーー!!」

 

予期せぬ反撃に恐れをなしたのか、武具が刺さったまま可哀想な大王イカは逃げ去ってしまった。

 

「はっ、回収する気にもならんわ...モグモグ...」

 

切り取ったイカ足を齧りながらギルは言った。

...姿焼きにしようと思っていたのに。

 

「これ、あんまり美味しくない」

 

味は大味だった。

何事も大きければ良いと言うわけではないようだ。

 

 

船を進ませると、やがて陸が見えてきた。いよいよ見つけた新天地。

しばらく探索すると大きな洞窟があり、僕らはきっとお宝があると考え、中に入っていく。洞窟の中はジメジメしていてなんだか気味が悪い。

少し進むと、開けた空間に出た。まるで、何かの巣のようだ。

やはりと言うべきか、そこにいたのは、

 

「■■■■■!!!」

 

九つの頭を持つ大蛇だった。

 

「ぬおおおおおおお!!」

 

意気揚々と大蛇に挑んだギルは、最初こそ首を切り落とし高笑いをしていたが、大蛇はそれでは死ななかった。なんと、首を切り落とされた全ての傷口から二本の首が再生し、あっという間に倍以上の首に増えてしまった。

これにはびっくり仰天。再び全ての首を切り落とすが、またも再生を繰り返しさらに倍になった首。なので、たまらず逃げている訳である。

 

「よもやこのような結果になるとは、我の目をもってしても読めなかった...!」

 

だからやめとこうって言ったのに。君は一度反省したほうがいいと思う。

そんなことを考えながら共に走る。

 

「モグ!モグモグ!...モグッ!?」

 

ギルはクルを抱えながら逃げている。歩幅が小さいので抱えないと追い付かれてしまうんだ。

無造作に抱えられたクルが文句を言っていたようだが、口をモゴモゴさせていたので何を言っているのかはよくわからない。

 

「貴様、この状況で何を呑気に食べている!...何?さっきのイカが噛みきれない?ええい、ぺっするか、飲み込むのだ!」

「...ゴクン」

「よし!」

 

後ろを振り向けば怒り狂った百の頭を持つ大蛇。

“このまま逃げるかい?“と問うが、「王が畜生如きに背を向けて逃げ帰るわけなかろう!」と絶賛背を向け逃げているギルは答える。

とはいえ、どうしたものか。あの大蛇は致命的に僕らと相性が悪い。

あの再生力さえ阻害できればいいんだけど、

 

「あれ、焼いたら美味しい?」

 

クルが大蛇に指を指す。

...どうだろうか?

見たところ、あの大蛇は気味が悪いほどの鮮やかな体表をしている。ああいった生き物は大抵毒を持っているのだ。

“前に赤いキノコ食べてお腹壊してしまっただろう?あの蛇も同じようなものだから、ちょっと難しいかもね“

そう言い聞かせると、残念そうに項垂れてしまう。

 

「こんな時まで食い意地が張るとは...いや、待てよ」

 

ギルはニヤリと笑う。

 

「よくやったぞクル。後で褒美をやろう」

「「?」」

 

首をかしげる。

一体どうしようというのか。

 

「ふっ、万事この我に任せるが良い」

 

自信満々のようだ。

どうやら良い作戦を思いついたらしい。

 

「エルキドゥ、クル。お前たちは奴を縛りつけろ。出来るな?」

 

“うん“と頷き、僕らは左右に展開する。

 

“クル、準備は良いかい?“

「うん!」

 

僕は大地に体を同化させ、少しだけパーツを鎖の生成に使わせてもらう事にした。クルも僕を真似して鎖を産み出す。僕らに違いがあるとすれば、借りるか、奪うかの違いだろう。

二人の鎖は大蛇に絡みつく。ギッチリと鎖に縛られ、大蛇はその場から身動きが取れなくなってしまった。

それを見計らってギルは勢いよく躍り出る。

 

「フハハハハハハハ!出し惜しみはせんぞ?」

 

こうなってしまっては大蛇は文字通り手も足もでまい。百の頭を数百の武具を持って斬り落とす。その様子は暴風さながらで大蛇の首を全て薙ぎ払ってしまった。しかし、大蛇の首はすぐさま再生を始めてしまう。

 

「させぬわ、火炙りにしてくれる!」

 

ギルの背後から溢れ出した炎が大蛇を取り巻く。

 

「善い、善いぞ。それでは傷の修復もできんだろう?」

 

首を修復すべく傷を癒そうとするが、傷口を焼かれた事によりそれも出来なくなってしまった。たまらず大蛇は暴れ狂い逃げ出そうとするが

 

「ムムムッ...」

「しっかり縛っていろ貴様ら!」

 

鎖に縛られていてはそれも叶わず、ただ嵐のような蹂躙を受け入れることしかできなかった。

 

数刻後にはプスプスと焦げ臭い匂いを立ち込めながら大蛇だった焼肉は地に倒れ伏した。

 

「この我が蛇如きに遅れをとるわけがないであろう。その身を持って理解できたことを光栄に思うがいいわ!」

 

「さすが我、さす我!」と焼け焦げた死体の上で下品に高笑いをするギル。...ああいったことを言っちゃうから後で酷い目に合うんだと思う。突然やって来た部外者に殺された大蛇を少し不憫に思ってしまう。

 

「ね、ね? ご褒美!ご褒美は!」

 

ギルの腕を引き、顔を輝かせながらクルは呼びかけた。よほど楽しみなのだろうか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 

「ハハッ、そう急かすでない。しばし待て...確かこの辺りに仕舞っていたな。ええい、これでもない、あれでもない」

 

ガサゴソと蔵の中を漁る音が聞こえる。

 

「ほれ、此度の褒美だ。有り難く受け取れよ」

「おぉ〜...?」

 

投げ渡されたそれはクルにはよく分からないもののようだ。

ギルが渡した物それは、

 

「我の宝物庫の鍵だ」

「カギ...?」

「そうだ、お前に預ける。その鍵を無くさずに持っているのだ」

「持ってるだけでいいの?」

「ああ。我の財宝を盗み出そうとする不埒な輩が居る...とは思えぬが、なに万が一もあるだろう。お前が持っていることで我の財宝は守ることができる」

 

そして、とギルは言葉を続ける。

 

「この鍵は、我とお前の友の証でもあるのだ」

 

...ギルの言葉は幼い怪物にどれくらい伝わっているのだろうか。

それでもガッチリと鍵を握りしめ、クルは顔を上げて答えた。

 

「うん、いいよ。ボクがギルの宝物を守るから。 友達だもん!」

「ほう...よいかクル」

 

僕は背後にいるため、彼の表情を確認することは出来なかった。

 

「我にとって友とは我が財と同義である。お前も、エルキドゥも我の友であり、財であることをゆめゆめ忘れるでないぞ」

 

けど、その優しげな声色から分かる様に穏やかな笑みを浮べていたのだろう。

満面の笑顔で首を縦に振りクルは此方に駆け寄ってくる。

 

"よかったね。大事にするんだよ"

 

抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

暖かな体温が伝わり、ポッと僕の中に一つの暖かいものが生まれる。この胸に感じた想いを僕は理解することはできない。

...それでも

 

"誰がなんと言おうとも、誰もが君を憎んだとしても。僕は、僕らは君のことを祝福している"

 

どうか、この怪物が幸せになりますようにと力強く抱きしめるのだった。




主人公の最初のお名前。意味はそのまんま。
桜と怪物はこの時より少し成長した姿でギルガメッシュと対峙している、的な感じ
成長した怪物(AI)

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元絵

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この後のお話はfgo編に投げるということで。彼らの別れのお話はまた別の機会にでもかけたらいいかな。

本日は二本投稿。 次は短編最終話です。彼とアタランテのお話をお楽しみください。


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桜と怪物 「反転」

なりふり構わない怪物。もう誰の言葉も彼には届かない


ここで始めて、ギルガメッシュは眉を顰めた。

 

「何...?」

 

突如響いた鍵の閉まる音。その瞬間、ギルガメッシュの背後に展開されていた黄金の歪みが消え失せる。

それは、何者かが「王の財宝」に干渉したという事実を示していた。

「王の財宝」を溜め込んでいるバビロンの宝物庫。それはこの世の何処かに現存しているとも、この世ならざる異空間にあるとも言われる。その宝物庫が一斉に閉じたのだ。

勿論、ギルガメッシュ自身がそのような真似はしない。

しかし、ギルガメッシュ以外にそれが出来るものなどいるのだろうか?

 

『——ようやく、隙を見せた』

 

声が聞こえた。

人のものではない。金属が擦れるような不協和音に塗れた言語。

 

「貴様...」

 

触手の怪物は散らばった肉片を取り込み完全に再生する。

起き上がり、ギルガメッシュに向かって笑った。

腕の様な形状の触手を掲げる。

 

「まだ、それを」

『約束したもんね?ずっと護っていたんだよ』

 

そこには煌びやかな拵えの鍵が握られていた。

宝物庫の鍵。

文字通り宝物庫を開くためだけの逸品である。しかしながら、常人が持っていたとしても意味はなく、ただの鍵にすぎない。

僅かながら動揺するギルガメッシュに向けその言葉を吐き出す。

 

『僕だって「掛け直す」ぐらいはできるさ。...中々その隙を見せないから随分と痛手を負った。これほど血を流したのは何百年ぶりだろう』

 

ギルガメッシュにとって致命的ともいえるその一言。

だが、王は問題ないと言わんばかりに不敵に笑って見せた。

 

「吠えるではないか。もはや残ってないとも考えていたが、思い違いだったようだ。

 ——だが、それがどうした? 今の貴様如き、残りの財で事足りる」

 

ギルガメッシュがこの程度で心折れるはずもなく、既に射出された財を持って対処を行う。

今の英雄王には油断も慢心もなかった。

 

『——だめだよギル。相手は僕じゃない、だろ?』

 

ただ間違っていたのは一つ。

旧友の相手に気を向けすぎたか、それとも最初から仕組まれたことだったか、今となってはどうでもいいことだが。

はなから怪物は一人で勝つつもりなど毛頭なかったのである。

 

最初に異変に気づいたのは現在のマスターである凛だった。

 

「———ギルガメッシュ!! 後....!?」

 

空気が凍る。

 

辺りが死んだ様に静まり返る。

黒い影がいつの間にかそこに存在した。

それに気づき、後ろを振り返るが既に遅い。

 

影は既に、ギルガメッシュを打ち倒すための存在を吐き出していた。

 

もはや、その姿にかつての面影はなく、黒い鎧に身を包んだ黒き騎士王。

泥に塗れた騎士は既に、その剣を振りかぶっている。

 

「——約束された勝利(エクス...)...

 

それは偽物ではなく、本物の星の光。

されど黒く染まり、全てを覆い尽くす光を呑む闇。

反転した極光がギルガメッシュを包み込んだ。

 

 ◇

 

『...』

 

歩行だけなら何とかなるというレベルまで体の再生は完了している。だが、外見はどうにもならない。

一歩進むごとに、塵と化し消えゆく手足。それを過剰ともいえる魔力で即座に再生する。本来であれば必要のない英霊としての皮を被り、マスターを得たのもこのためである。マスターという供給装置としての楔がなければこの世界に存在するのも不可能に近いのだ。

...そこまで認めたくないのであれば、いっそのこと守護者でも回してくれれば良いのに。それをしないあたり今はまだ脅威として見られてはいないということか。

 

『あぁ...腹が空いた』

 

サクラの魔力は現界するには充分といったほどの魔力が供給されている。

それでも、それでも足りない。

底が抜けた柄杓の様に零れ落ちていく。決して満たされることはない。

いくら泥を飲み込もうが変わらぬことだった。

 

「フ...フハハ...よもや、そこまで堕ちておったか」

 

既に満身創痍のギルガメッシュがそこに居た。四肢を黒い触手に囚われ、先程までとは立場が逆転している。

良かった。まだ残ってると怪物は歓喜した。

 

「冗談が過ぎるぞ。貴様にその泥は荷が重過ぎるだろうに」

 

それを飲み干した王は怪物の行為を愚かだと言った。

人類の悪意そのものを怪物は背負えないと断言する。

 

『確かに、あまり美味しいとは感じなかった。...だが、取り込んでみれば馴染むこと馴染むこと。実に気分が良いぜ?』

「何度でも言おう。愚かにも程があるぞ、貴様...!」

『ふひひひ、その様では負け惜しみに過ぎんよ』

 

言葉に表わすのも恐ろしい笑い声が響く。

怪物は快楽に酔いしれ、体を踊らせた。

 

『ひひっ、ヒハハハハッ....ゴホッ、ゲホッ...くそ』

 

とはいえ、あまり時間は残っていない。

この戦闘は代償があまりにも大きすぎた。これ以上は避けるべきだろう。

何より、補給を急がなければ。

 

怪物は大きく口を開ける。

 

『...お別れだギルガメッシュ。数千年かかったがようやく言えた。

 これはとても喜ばしいことだとは思わないかい?』

 

腹部に牙が突き立てられる。

ギルガメッシュは苦悶の声一つ上げない。王はその命が消えるまで敵を前に膝を屈することはなかった。最後まで裁定者としてその場に立ち続けた。

それでも、少しづつ、少しづつ怪物に飲み込まれていく。

これにより、ギルガメッシュの敗退は決定的となる。

 

最後に怒りに満ちた目を向け、そして

 

「——大馬鹿者が」

 

諦めた様な苦笑と共に、飲み込まれていった。

 

 

『うっ...ぐっ...』

 

反転した騎士が進む先には悶え苦しむ怪物の姿があった。

その姿は共に野を駆け、夢を語り合った彼の姿とは似ても似つかない。目の前にまで近づいてもこちらに気づく様子はない。それほどの非常時か。

辺りには黒い影、そして泥が蠢いており、まるで怪物を守護するようだ。

 

『ふぅっ...ふうぅ...おのれ、食い破る気かこのッ...!』

 

怪物はギルガメッシュを捕食したのは良いものの、その消化に手間取っている。

このままでは逆に肉体の主導権を奪われかねない。さすがは英雄王というだけのことはある。

聖杯の泥を飲み干し受肉したギルガメッシュが、ただ食われただけで終わらなかったことは怪物にとって予想外のことだった。

 

『大人しく、その霊基を渡せば良いものを.....何を見ているセイバー、貴様にはもう用はない。さっさと沈んでいろ』

 

ようやく目の前の存在に気がついたのか、忌々しげな声色で告げた。

現在のマスターでもない彼の指示に従う義理はないが、セイバーが彼にできることはもう何もない。

 

「...哀れだな」

 

そう言葉を残して影に沈んでいった。

怪物にその言葉は届いたのか、否か。それとも、誰の言葉も彼に届くことはないのかもしれない。

 

『フハハハハ...もうすぐ、もうすぐだ。これで我の願いは叶う。

 これで終わる。全てを終われる———』

 

虚しい叫びが夜の森に響く。

活動を開始できるまで、あと数時間。それで全てが終わる。怪物はそう確信したのであった。




次回 「怪物の日」

よければご感想など宜しくお願いします


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桜と怪物 「怪物の日」

正月は大爆死、あぁ悲しい。

この話はあれです。
ガメラ3です。
堕ちるとこまで堕ちます。


桜!さくら!!———

 

黒い影が現れた瞬間、私の意識は深く沈んでしまった。

苦しい、痛い、痛い、痛い、痛い...

全て吸い取られてしまう、何もかもが■■■■に...

どうしてわたしだけ、わたしばっかり。

こんなにも頑張っているのに、

 

わたしはただ...ただ

 

“おなかがすきました“

 

...帰りたいだけなのに。

 

 

夢を見ました。

幸せで、とっても優しい夢。

 

もしも、あのままお父様とお母様と一緒に暮らせていたら、なんてずっと考えることすらできなかった夢

 

——姉さんと逆だったら

 

お母様が作った美味しいご飯を食べて、お父様に魔術を教えて貰って...

 

——そんな都合のいい夢

 

「桜は本当にいい子ね、ご褒美をあげなくっちゃ」

「上手だね、その調子だよ。桜は覚えが早い」

 

——そう、幸せな夢だった。

 

「ほら口を開けて?はい、」

 

血溜まりの上で私は口を開ける。

それは甘くて、まろやか、そして頬張るたびに満たされていく。まるで子供の頃思い描いた夢のお菓子のよう。

 

『どうだい、極上だろう?』

 

幸せな夢は続く。

場面は変わり、幼いわたしはドレスに着替えて夜のお城を散歩する。

キラキラ輝くイルミネーション。心躍らせランランラン。

 

“くうくうおなかがすきました“

 

満たされないなら一杯食べてしまえばいいのです。

お付きの騎士に命じればすぐにお菓子を持ってきてくれます。

小さく、小さく切り刻んで一口サイズになったら、パクリと食べる。

なんて美味しいお菓子たち。一杯持ち帰って、お母様たちにも分けてあげましょうか?

 

『そうだね、美味しいね。ほら、口を開けて。

 もっと、いっぱい食べようね』

 

彼はわたしの味方の騎士様。いつだって私を護ってくれるのです。

もう一人の私の味方。

 

そう、正義の味方...正義の...

 

『今度は新都の方へ行こう。さあ、手を取って。夜はまだ明けない、楽しもうじゃないか』

 ね、サクラ?」

 

...あれ?

これは夢だったけ。それとも、

 

「———桜?」

 

はっ、と目が覚める。

いつの間にかベットで眠っていたようだ。

先輩と...姉さんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

「...貴方、当然倒れたのよ。あの影と入れ替わる様にね」

 

どこか警戒心を感じる言葉。

どうしてそんな目で見てくるんだろう。わたしは何もしていないのに。

 

「先輩...キャスターは?」

「あ、ああ。アイツはまだ、帰って来ていない。桜が倒れた後、ライダーに運んでもらったんだ。

 だから、その後どうなったのかは...分からない」

「そう、ですか」

 

最後に見た彼の姿はとても人間のようなものではなく、まるで童話に出てくる怪物のようで。

『サクラ』

脳裏に触手の怪物が浮かぶ。それはとても恐ろしくて...

そんな私の考えは先輩の言葉によって遮られる。

 

「俺たちはもう一度森の方へ行ってみる。アイツのことも、そこで確認してくるつもりだ」

「なら、わたしも」

「桜は「駄目だ」駄目よ」

「え...」

 

拒絶だった。

それは一番向けられたくなかった感情で。なんで、なんで先輩も

 

「...桜は昨日倒れたばかりだろう。心配しなくても遠坂もいるし、ライダーもついて来てくれる。

 だから、今はゆっくり休め」

 

俯くわたしに先輩の表情は見えなくて、見るのも怖くて、ただ頷く。

“置いて行かないで“

その言葉を口にすることはできなくて、伸ばした腕は空をきり、二人の目には映らない。

 

取り残されたわたしは一人眠りにつく。

次に目が覚めるときには、きっと全部が元通りに違いない。

ああ、きっと、

 

“もう手遅れだというのに“

 

そんな夢を思い浮かべた。

 

 

「くそっ、なんだよこれ!?どうして入れないんだよ!!」

 

慎二は衛宮邸に来たはいいものの、何故か張られていた結界により中に入ることができなかった。

そもそも、彼の行為は不法侵入であり到底許される行為ではない。

彼の顔は酷くやつれ、目の下には深いクマが出来ている。プライドを余程傷つけられてしまったのだろう。散々荒れに荒れた結果、無理矢理サクラを脅しもう一度マスターに返り咲こうという考えに至ったか。

 

「っ...おい!桜ぁぁぁぁ!

 いるのは分かってるんだ、ここを開けろよ!

 僕のいうことが聞けなのかよぉ!?」

 

必死に玄関扉を叩くが反応がない。防音性の魔術でも仕掛けられているのか。

どちらにせよ、魔術の才能などカケラもない慎二に破る術などない。誰かが手を貸せば或いは、

 

扉を叩く音が響く中、慎二は背後に気配を感じた。

空気が凍る。

 

「シンジ、どうした? 中に入りたいのかい?」

 

不幸中の幸いと言うべきか怪物はシンジの前に姿を見せた。怪物は既に人の体を取り戻している、が、どこか以前の姿とは様子が違う。

僅かに幼さが残っていた以前と比べ、その体は成長し成人のような印象を感じる。夜空のように黒く輝く髪には僅かに金色の毛が混ざっている。

どうやら取り込みは成功したものの少しばかり侵食されてしまったようだ。

 

ニヤニヤと嘲笑いながら、声をかける。

 

「おいおい、まさかこんな簡易的な結界も分からんのか? 

 やはり、魔術の才能は微塵も無い。

 神は二物を与えないとは正にこの事よ。本当に惜しい男よな」

「う、うるさい! なんなんだよお前、僕をわざわざ馬鹿にしきたのか!

 なんだよ糞、どいつもこいつも、僕のことを...!」

 

彼にはもう余裕がないのだ。

下手なことをすれば殺されかねないというのに慎二は唾を飛ばしながら怒号を震わせる。

 

「ふふふっ、悪かった悪かった。 で、何の用?」

「何の用だあ?そんなの桜を迎えに来たしかないだろ」

「サクラを?」

「ああ、そうさ。兄貴が妹を連れ戻しに来て何が悪い」

 

もっともそれが本心かと言うと否である。

今の慎二に家族愛などあるものか。ただ、己の欲を満たすための言葉に過ぎない。

 

「ふむ。確かにそれはもっともだ。 サクラの兄としての行動だもんね。我にはそれを邪魔する権利はない」

「そ、そうだ! 僕は桜のことを思って。

 だって、あいつは僕のものなんだ。自分の物を取り返すのは当然の行為さ!」

 

うんうんと頷きパチンと指を鳴らす。

それを合図に扉はガラガラと音を鳴らし開かれる。

 

「サクラは奥の部屋で眠っている。あまり騒がしくしてくれるなよ?」

「なんだよお前。随分と話がわかる様になったじゃないか」

 

慎二は靴を脱がず家に入って行く。

それを怪物は無表情で見送る。

後は桜がどう動いてくれるかである。ことが上手く運べばそれで勝利は近づくのだから。

怪物は再び霊体化し、事を静観することにした。

 

 

ギシギシと誰かが廊下を歩く音で目が覚める。

誰かが帰ってきたのか、重い瞼を開け身体を起こして扉の方を見る。

 

「先、輩?」

 

名前を呼ぶ。

違う。口に出してから後悔した。体が震える。それは嫌悪と恐怖か。

そこに居たのは、

 

「——おいおい、まさか少し見ないうちに兄さんの顔を忘れちまったのかよ桜?」

「に、いさん」

「僕は悲しい、悲しいよ桜。そんなに怯えちゃったら、まるで僕が悪者みたいじゃないか」

 

抵抗する間もなく、組み伏せられる。

嫌だ

手足をバタつかせ抵抗するが、弱った身体では振り解くことができない。

嫌だ

血走った顔が近づいてくる。

 

「よし、令呪はまだ残ってるな。帰るぞ桜」

 

力ずくで身体を引き起こされる。引っ張られる腕は気遣いなど微塵もない。

痛い、やめてと懇願すると苛ついた目で男は見てくる。

 

「なんだよグズ。大人しく僕の言うことを聞けよ。」

 

抵抗など意味がない。

 

「っ、きゃあ...!」

「この裏切り者、随分と偉くなったじゃないか、ええ?

 だったらお望み通りにしてやるよ!」

 

掴まれていた腕が離され、ベットの方へ押し倒される。

男の指が肌に接触した。

奥底に縛り付けていた不快な記憶が呼び戻される。

 

「いやっ——!」

 

びくん、と顎が上がる。

肌...首筋から肩になぞられ胸元まで蹂躙する感触。それは私たちにとっての始まりの合図。

そう、これは決まっていた手順。

男は私にとって絶対者だった。

一度罵声を浴びせられれば反抗心は消え去り、体を明け渡し、満足するまで痴態を晒す。この行為が済むまで感情を表すことはしなかった。辛いだけなのだから。

ただ言いつけ通り犯され、奉仕し、淫蕩に溺れる。それで済む話。

それが男とわたしの関係。

 

だが、今は違う。

 

「はっ、どんなに大人しいふりをしても変わらない。お前は間桐の女だ。卑しい魔術師くずれの淫売女。

 それがお前なんだよ桜!」

 

荒々しく押さえつけられる。

 

「んっ...! だ、や...」

 

体が跳ねる。

それをいつもの反応だと信じている男は気色の悪い笑みを浮かべた。

変わらない。自分の玩具は何も変わってないと、考えているのだろう。

だからきっと気づかなかった。

もがくわたしは、快楽に身を委ねるような昂揚などないことを。男に向ける反応は嫌悪と抵抗心しかないことに。

 

「なんだよ、意外に元気じゃないか?...そうか、衛宮のやつ手も出してこなかったってワケ。そうか、そうか、そりゃあいい!

 久しぶりにやる気が出るってもんさ、なんたってお前はとんでもない色情狂だもんな?こんな家の中で我慢なんてできるワケないもんなあ?」

 

もはや犯すことしか考えてないのか、この瞬間が愉快で仕方ないのか。

男の手が服にかけられる。

丁寧に脱がす、なんてことはしない。ただ体を暴くのだ。

 

「だめ——止めて、近寄らないで、兄さん...!!」

 

渾身の力を振り絞り、圧し掛かってくる男を拒絶する。

 

「———は?」

 

まるで奇怪な物と対峙したように男の動きが止まる。

見下ろす目は震えている。

 

「なんて言った? 今、なんて言った?」

 

唖然とした声。

その姿を見てゴクリと唾を飲む。そしてありったけの勇気を持って見つめ返す。

 

「近寄らないで、と言ったんです。わたしはもう、兄さんの言いなりにならない。

 ...先輩は受け入れてくれた。こんなわたしでも守ってくれるって...!

 わたしは兄さんの物じゃない。この体に触れていいのは、貴方なんかじゃない!」

 

ああ、けど悲しかな。

必死に圧し掛かった男を跳ね除けようとするも、よろめきすらしない。

それも当然。

弱った体にはそんな力など残っていないし、馬乗りになられては抵抗のしようがない。

 

「———けん、な」

 

空洞の様な声が響く。

 

「———ふざけんな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけんなよ、この売女が!」

 

頬に痛みが走る。続いて腹、そして頬。

男は気が狂ったようにわたしに向かって拳を向ける。

 

「なんだよお前!僕の言いなりにはならない...!?

 勘違いするな、お前にそんな権利あるはずないだろ!?決めるのは僕だ、いつだって僕だ。お前はただ、僕の指示に大人しく従っていればいい!人形のように頷いていればいいんだよ...!!」

 

手加減はない。

目の前の玩具、持ち物に逆らわれた男には、気にかけるほどの理性など消し飛んだに違いない。

 

「         」

 

抵抗はしない。結局出来ない。

顔を庇うことすらせず、殴られ続ける。

けど、強い意志を以って、男を睨み続けた。

 

それが、さらに男を逆撫でたのだろう。

自分を真っ直ぐに見つめられるのが男には何よりの苦痛だった。

 

だから、

 

「...そうかよ。なら、こっちにも考えがある。衛宮が良いって言うんなら好きしろ。

 けどさあ、桜? それなら、好きな人に隠し事なんかしちゃいけないよなあ?

「—————————兄、さん」

 

今のわたしはどんな顔をしているのか。

「は」

目の前の男は笑う。どうやらこの表情は、少しだけ男の怒りを冷ましたらしい。

 

「そうだよ桜。二人で一緒に打ち明けようぜ。大丈夫だって、あいつはお前の事を受け入れてくれたんだろ?なら、それぐらいどうってことないよな?」

「—————————や」

 

止めて、という言葉が口に出せない。

ただ愕然と、以前のような関係に巻き戻り。

 

「は。はは、あははははははは!

 そうだよ、そうだよなあ。結局はその程度さ! いいな桜、それが嫌なら逆らわずに大人しくしていろ。お前は僕の人形なんだから。

 ...まあ、衛宮が帰ってきたらバレちまうだけどなあ? 僕の趣味じゃないが、何、たまにはシチュエーションも変えないと。お前もマンネリは飽きるだろ」

 

なんで、と虚な感情は答えた。

先輩に秘密をバラされるのは、死んでも嫌だ。

兄との関係、お爺様に言い付けられこの家を監視していたこと、11年に渡る間桐での暮らし。

先輩も薄らと気づいている。

知らないのは兄との関係だけで、知られたとしても、嫌われることなんてことない。

それすらも受け入れてくれる。

だから、また我慢すればいいだけのこと。

 

「—————————や」

 

けれど、それはもう容認できない。

...今までは我慢できたこと。

けれど願いを持ってしまったわたしには、兄であるこの男、慎二に体を許すなど、何者にも勝る嫌悪だった。

 

「—————————や、だ」

 

だから願ってしまった。

 

男の手が胸元を掴む。

当然のように、わたしの体を晒そうとする。

 

「いや———いや、いや、いや、いや....!止めて、こんなのヤダ、もう止めてよう、兄さん...っ!」

 

もう一度、必死に抵抗する。

その無力な抵抗を、男は笑った。

 

「はっ、何言ってんだ、お前だって本当は欲しいんだろ? お前は男なら誰でもいいんだ。衛宮にも教えてやらないとな。今までお前がどのくらい僕に縋りついてきて、どのくらい汚らわしく交わったかってコトをさあ...!」

 

笑う。

道化のように笑う。

 

「—————————」

 

それで、全て理解した。

この人は言う。

何があっても、自分が何をしても、先輩に言ってしまう。

この人はただ自分が面白がりたい為に、わたしの全てを台無しにする気なんだ、と。

なんで、なんでこうなるんだろう。

わたしは頑張ってきた。

嘘をついて、人に嘘をついて、自分にも嘘をついて、こんな自分でも幸せになれるんだって嘘で塗り固めた。

先輩のそばに居るだけで幸せなんだと、幸福なんだと思ってきた。

だっていうのに。

どうして、この人はそんなことも守ってくれないのだろう。

 

「—————————」

 

...違う。守ってくれないのはこの人だけじゃない。

ずっと前から思っていた。

ずっと前から恨んでいたんだ。

どうして、どうしてわたしの周りにある世界は、こんなにも、わたしを嫌っているんだろう、と...

 

「は——————はは、ははははははははは!

 ほら、いつも通り薄汚く股を開けろよ...!お前にできることなんて男のモノを咥え込むだけなんだからさあ!」

 

勝ち誇り、いつも通り犯そうとしてくる。

それを、虚ろなまま見上げ。

そして思ってしまった。

願ってしまった。

 

わたしの手に宿る令呪に、

 

「——————誰か、助けて」

 

と。

 

「いいとも」

 

ぱしん、と軽い音がした。

圧し掛かっていた男が力無く倒れる。

舞いかかる鮮血。

鮮やかな赤色が部屋を彩る。

 

傍観に徹していた第三者の声が聞こえる。

 

「隠し事をしてはいけない。それは正しいようで間違っている。言いたくない事を言わなくて何が悪い。

 人には辛いことや悲しいこと思い出したくない記憶、そんなの数え切れないほどある。それを全て打ち明けなければ関係性を築けないのであれば人はどうやって「愛」を紡げばいい?」

 

姿を表す怪物。

彼が纏う触手には血痕が。

それで全てを悟った。

 

「ふむ。返答はないか...力加減が難しい。

 すまない、我も余裕があるわけではなくてな。どうか許してくれシンジ」

 

笑い声が聞こえる。

倒れ伏す男に再び目を向けた。

 

「——————あ」

 

即死だった。

ものすごく鋭いもので、ぱしん、と頭を叩かれたのだろう。

後頭部にはナイフで切り裂かれたような線だけがある。

線は脳にまで達し、けれど幸いというべきか、細すぎる傷口は中身をこぼすことはない。どこまでも赤い血液だけが流れ出ている。

 

「ん?どうした、サクラ。てっきり笑ってくれると思ってたんだが」

「——————どう、して」

 

疑問を口にした。

目の前の怪物は不思議そうに見下ろしてくる。理解できなかった。

 

「どうして、とは?

 君が命令したじゃないか。僕はそれを叶えた」

 

当然だろと答えた。

子供のように、悪戯な笑みを浮かべながら。

 

「—————————ち、が」

 

手の甲の令呪を見る。

残されていた一角は消え、痕が残るだけ。

彼に命令したのはわたしで、だから殺したのもわたし。

兄を殺したのわたしだ。

 

でも、違う。違う、違う違う違う。

そんなことわたし望んでない。

 

「だって嫌いだっただろ?疎ましかっただろう?———居なくなってしまえと願っただろう?」

「そんな、こと やめて ない わたしは」

 

“嘘つき“

 

「兄さんはあんなんだけど『あははははははハハハ』可哀想だけどわたしの『うふふふふふふ』昔は優しくてケーキを『ははハハハハハハハハ』違うのわたし、違う」

「うん、うん。分かってる分かってる。楽しいねえ。嬉しいねえ」

 

違う、わたしは楽しくない。嬉しくもない。

怖い、怖い、目の前の怪物が怖いという恐怖が心を塗りつぶす。

もうやだ、やだやだやだ

 

拒絶を示す。

それが正しく怪物に伝わっているのか、いや、わたしのことを見ているのかもう分からない。

「もう遅い」

そう怪物は口にする。

 

「手遅れだぜ?

 何人食った、愉しんで食った、みんな食った、食べた食べた食べた食べた食べ過ぎた

 今更引き返せない、引き返させない。だが心配することはない。

 大丈夫、お前を助けてやる。お前を救ってやる。

 だから僕を助けてくれ、僕を救ってくれ」

 

怪物の影が立ち上がる。

触手を広げ、わたしを包み込むように大きく立ち上がる。

 

「——————、あは」

 

脳裏に浮かぶのはいつかの夜のこと。

 

夢。

夢。

そうだった、わたし夢なんか見ていない

 

夢なんかじゃなかった。

夜な夜な街を徘徊して、誰彼構わず食べたのは紛れもない自分自身。

そう、いっぱいたべた

いっぱいいっぱいたべた

ニゲルヒトカラたべたあしからのこさずたべたダレであろうとたべたたのしんでたべたわらいながらなきながらたべたいっしょにたべた、わたしたちが、わたしがたべたんだ...!!

 

「——————あは。あははは。あはははははは」

 

ああダメだ笑ってしまう。

可笑しくて笑う。

だって、笑わないと壊れちゃう。

笑わないと耐えられない。

もうとっくに壊れていたのに、寸前で堰き止められていたものが溢れ出す。

笑えば笑うほど決壊していってボロボロと崩れていって、涙が止まらなくて、何もかもがどうでもよくなって。

 

「「はは! あはは、あはははははははははははは!」」

 

二人で笑う。

とっくに壊れていた二人は笑った。

 

それが楽で、それが本当の自分なんだと、とてもとても自然でいられる。

 

ああ、なんてバカらしいバカらしい、愚かな私達。

 

わたしはもう、諦めました。

 

怪物は体を塵に変化させ、優しく、優しく少女を包み込みました。

 

「そうだ、何もかも諦めて笑おう。

 誰もお前を救わないというなら、僕がそれを否定しよう。

 全部壊して、壊して壊して、君を肯定する」

 

視界は黒く染まり、意識は次第に塗り潰されていく。

 

「お前の中にある、その悪の胎児。その役目を僕が変わろう。

 代わりにこの世の全てを呪って、殺し、食い尽くす、どうだ笑えるだろう?」

 

少女は微笑んで受け入れます。

 

「———うん、わたしのモンスター。どうかわたしの願いを...叶えて」

 

少女の意識はそこで終わった。

いや、正確に言えば成り代わった。

 

 

「———ふ——————ふふっ」

 

少女(かいぶつ)は可憐に、クスクスと硝子のような声を零す。

...そうして。

邪魔な兄だったものをいじくりまわした後、ゆっくりとベットから立ち上がった。

 

「ん〜♪んん〜♪」

 

自らの体に指を突っ込み、ぐちゃぐちゃぐちゃ体を掻き探る。

少女(かいぶつ)の中には蟲が膿んでいた。それがとてつもなく不快で快感で邪魔くさい。

 

「気持ち悪い...でも、これでサヨナラです」

 

体から引き摺り出してぶちゃぶちゃと足で踏み潰します。

体は所々傷だらけ、でも心配ありません。すぐに治っちゃうんですもの。

 

「ふふっ。ん〜〜〜♪ ふふっ、ふふふふふふ」

 

姿見の前で少女(かいぶつ)は笑う、少女(かいぶつ)は踊る。

その姿を見て満足したのか血に塗れたままで部屋から出た。

廊下を誰かと踊るように進んでいく。

誇らしげな微笑みを浮かべながら。

 

「桜...?」

 

玄関口に躍り出た時、少年と鉢合わせた。

肩で息をする少年。少女の危機を察して駆けつけたか、たまたま鉢合わせてしまったか。何にせよ少しばかり遅かった。

少年は少女(かいぶつ)を見て唖然とする。

 

「———お帰りなさい、先輩。どうしたんですか?まるで....怪物でも見ちゃったような顔をして?」

 

わたしは笑った。




慢心+最強の霊基+聖杯のバックアップを獲得。
しかし怪物にとって予想外だったのは桜が思ったより我慢強かった事。主導権を全て奪うことは残念ながらできなかった。

次回 「我らは怪物である」

あと3〜4話ぐらい?よかったら感想でもお気軽にどうぞ、


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桜と怪物 「怪物」

その娘は私たちとは違う。
まだ引き返せます。怪物に、こちら側にしてはいけない...

ライダーの言葉は桜に届くのか、

やってること蟲爺とあんま変わらない...


「で、わざわざ私を連れてきたの凛」

「ええ、衛宮君に宝石剣を投影して貰うために貴方が、アインツベルンの記憶が必要なのよ」

 

桜を家において俺たちは山中を歩む。

向かう先はアインツベルン城...ではなく遠坂が管理する地脈がある土地へと足を進めている。

不満げなイリヤと霊体化して護衛に当たってくれているライダーを連れて。

 

あの戦いの後、遠坂と合流した。

再びサーヴァントを失った彼女と俺は一時的な共闘を結ぶ。だが、お互いの目的は違う。

遠坂は桜を殺すため、俺は桜を救うために。

あくまでこの共闘を結んだのは、アイツを桜から引き離すため。

 

『キャスターなど偽りの皮、この世界に現界するための楔にすぎない』

 

アイツは自分のことを『キャスター』じゃないと言った。

だったら一体何者なんだ。

桜を苦しめているアイツは、

 

「ねえ、シロウ?『黒い怪物』の伝説は知ってる?」

「———黒い、怪物?」

 

...記憶を探ってみる。

その名前はどこかで聞いたことがある。

確か、

 

「それ聞いたことあるわ。

 お母様がよく言ってたっけ。早く眠らないと怪物がくるぞーって。外国の方じゃ子供の躾の常套句よね」

 

そうだ、確か古い童話か何かで聞いたことがある。

でも俺が知ってる限りでは安倍晴明と戦う話や、鬼の一味にいる敵の一人とか御伽噺のそんな類だ。日本ではあくまで物語の悪役的立ち位置、倒されるべき象徴だったと思う。外国の方じゃ、黒い怪物がモデルになっている映画なんかもあったような気がする。

 

「そう、日本にも伝わっているのね」

「でもイリヤ。それが一体どうしたって言うんだ?」

「まさか...!

 無理よ、だってあれはサーヴァントに収まるわけない」

 

あれの正体は、

 

「———黒い怪物(マヴロス・モンスター)

 それがあいつの真名。かつて神を喰らい、星の願いの前に敗れた正真正銘の怪物よ」

「...ちょっと待った。それは可笑しい。

 この聖杯戦争で召喚されるのは英霊しかいないんだろう?」

 

疑問を口にする。

遠坂から聞いた限りじゃ人類史に名を残した人間、それがサーヴァントとして召喚される。神話だったり、実際の歴史だったり出自は様々だが純粋な悪、怪物そのものが召喚されることはまずあり得ないって話だ。

 

「...以前まではね。でも、そこにいるライダーも純粋な英霊じゃないわ。今の聖杯戦争は純粋な英霊だけじゃなく、悪を以って善性を証明する反英霊も召喚されちゃうの」

「だとしても、不可能よイリヤ。聖杯は再現できる規模でしか呼べないし、そんな神霊レベルの現象を再現できるほどなら聖杯なんて必要ない。

 いえ、そもそも間桐家がそれほどまでの触媒を用意できたとは思えない。召喚できたとしても、依代なしじゃ活動できないはずよ」

「召喚された、なんて一言も言ってないわ。

 あれはまだ死んでない。この世界に存在している、生きている怪物」

 

「...ええ。もうずっと昔、言語が統一されてた頃の、ちっぽけな世界の話よ

 それは、一匹の妖精の悪戯によって産まれたの」

 

「昔々、世界は神秘に溢れていた。人間が住む身近にも幻獣や妖精がいたし、神も実際に拝める存在だった。

 ことの発端はある村から始まったの。 

 その世界にあった妖精の村には娯楽がなかった。毎日空を眺めて、人間を観察して、真似をして、それで1日が終わるぐらい退屈な世界」

 

「その村ではね、ごっこ遊びが流行っていたの。でも悪役をしたい妖精なんか一人も居なかった。

 だから悪役を作ってしまおう。そうすれば自分達は正義の役でいられる。

 そんな子供ような考えを一匹の妖精はしてしまった」

 

「そうして妖精は一人の人間を攫った。

 妖精はその人間にあらゆる悪性情報を積み込み、戯れで“あらゆる物に姿形を変えられる“という特性まで付与した。魔術世界において妖精は人を超えた魔術を行使できるとされてるわ。それに時代は神秘溢れる神代だった、だからこんな無茶ができたのでしょうね。

 それでおしまい。

 あらゆる悪を押し付けられた怪物は誕生した」

 

「結局、妖精の思惑通りにはならず怪物は暴走。世界を焼き尽くし、あらゆる神を葬った。

 でも、それ許さなかった星は一人の英雄に願いを託し、その聖剣を持って怪物を打ち倒した...と、されてるけど実際のところは分からない。

 その後も歴史上に何度も名前が出ているわけだし、何かしらの方法で生き残ったのかもしれない」

 

「怪物は姿形を変え人類史を歩み続け、いつしか恐れられるようになった。

 ——————それが“黒い怪物“

 “悪役“を押し付けられた、ただ普通の一般人。妖精が作り上げた、今も生き続ける“怪物“という名の呪いのカタチ」

 

イリヤは淡々と大昔の出来事を語り終えた。

重苦しい空気が漂う。

 

「.......」

 

...しかし。

イリヤの話が本当なら、黒い怪物になった人間は今も悪役というものを背負い続けながら生きている事になる。それがアイツの正体。

だとしてもどうして、桜のもとにいるのか。

一体、アイツの目的は何なんだ。

 

「...黒い怪物の話は分かったわ。

 そういう事だったのね。やっとあの金ピカが言ってたことが理解できた」

 

『はっ、奴が英霊なぞになるものか。

 あれは未だ死に場所を求める哀れで惨めな人間だ』

 

『それにしてもキャスターなどと、魔術の扱いも碌にできん阿呆が見栄をはりよって。

 雑種、貴様を月とするなら奴は犬の糞ほどの腕しかない。

 おおかた、神代規模の使い手が呼ばれるのを恐れたのだろうさ』

 

『アレはその程度の臆病者...ただの臆病な人間に過ぎん』

 

「英霊の皮を被った怪物だったってわけ...いえ、あの怪物にも様々な側面があってその一つが英霊に近しい性質を持っていたとでもいうべきかしらね。

 けど、どう考えても規模が違い過ぎるわ。確かに圧倒的な力を持っていたけどあの金ピカ、ギルガメッシュには劣勢だったじゃない。結局騙し打ちの形でどうにかしたみたいだけど。逸話に対してどうにも見劣りしているようだった」

 

イリヤの話では神々を相手取ったとされるが...正直、あの戦いを見ていても凄まじい力を持っていることしか分からないため、俺には判断できない。それでも何処か勝負を焦っていたようにも思える。

 

「さあね。いわゆる死にかけなんじゃないかしら。

 最古の記録が紀元前レベルですもの。あの怪物にも寿命があるのかもね」

「だとしても、どうしてそんな怪物が聖杯戦争に参加するワケ?既に死にかけなら大人しくしとけばいいでしょうに」

「私に言われても困るわ。よくある不老不死を求めてかもしれないし、或いは桜と繋がってる...聖杯の中にいるものが目的なのかも」

 

 

「うん...上出来よ衛宮君」

「—————————」

 

投影は成功...したらしい。

何だかよく分からない記録を見せられ、非常に重要なことであっただろうが俺には理解できることではなかった。

投影は成功した、したんだけども、どうも記録の中で見たのとは違うような。

いや、そもそも創り出したこの剣にはまったく魔力を感じない。

こんな刀身では物を斬りつけることすら難しいだろう。

 

「ううん。投影だけなら完璧、非の打ち所のない剣製よ」

「う...実感が湧かないんだけど、本当にこれでいいのか遠坂?なんかへぼっちいんだけど」

「いいのよ。その剣はシュバインオーグの系譜しか扱えないとびっきりの切り札なんだから。

 ま、本当ならもっと長い時間をかけて辿り着かないといけない魔法使いからの宿題なんだけど...いずれは自分の手で作れるようにならなくっちゃね」

「魔法使いからの宿題!?...この短剣、そんなに凄いものなのか———」

 

———と。

油断、した。

気を抜くと目の前が霞む。

 

「—————————」

 

大丈夫。大丈夫。

まだ、何も欠けてはいない。

一度でもアーチャーの腕を使い投影してしまえば何かが失われると危惧していたが、幸い何処も欠けてない。

 

「シロウ...その腕を使って本当に良かったの?」

「ん、ああ。大丈夫」

「でも、このままじゃシロウは」

「イリヤは心配しなくていい。このくらいなら何とか我慢する。たとえ死にそうになっても我慢するから」

 

俺は桜を守るためなら。この命がある限り、何度だって...

 

心配そうに見つめるイリヤの頭を撫でようと手を伸ば———

 

「—————————っ!」

 

悪寒がした。

ひやり、と背に冷たい違和感。

嫌な予感、早く戻らなければ、という蟲の報せが脳を駆け巡る。

 

体が勝手に走り出す...前に、俺の体は宙に浮いた。

 

「シロウ...掴まってください」

「って、わああああああ!」

 

グイッと身体が引っ張られ宙に体が浮かぶ。

先ほどまで姿を消していたライダーが俺の体を抱いて地を駆ける。

 

「本来であれば、あの娘を殺す剣を創り出した貴方を殺してしまいたいところですが...少々事情が違ってきました」

「桜のことか?、まさか」

「ええ、アレがサクラの側に。何重にも結界を張っていたのですが恐らく破られたかと」

 

冷静を保っているようにも見えるが、ライダーの走りには焦りがある。

彼女は桜に何やら思うことがあるようで一時的に力を貸してくれているのに過ぎない。

 

今はライダーの速さだけが頼りだ。

 

山を越え、川を越え、幾たびの国道を走り抜け僅か数分足らずで家が見えてくる。

家の壁が見えたところで降ろしてもらい、玄関に向かって走り出す。

 

「くそ、アイツ、桜に何をするつもりだ...!」

 

玄関の扉を勢いよく開く。

暗がりの中、ソレはいた。

そこに立っていた。

 

 

 

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「———ああ、帰ってきたんですか。困ったなあ、もう少し綺麗にするつもりだったんですけど...まあいっか」

 

血まみれの少女が立っていた。

玄関前は踊りでも舞ったのだろうか、ドス黒い足跡が床の所々に付いている。

誰の血か、そんな考えが頭をよぎった。幸いにも藤ねえは違う、靴はないし、このところ家に来ないように言ってある。

だったら誰...いや、それよりも...目の前の桜は、本当に桜なのか?

姿形は桜そのものだ。違うところといえば、衣服は血のようにドス黒いドレスのような物を着ており、髪は黒く染まっている。

 

「さく、ら?」

「お帰りなさい先輩。どうしたんですか、まるで...怪物を見ちゃったような顔をして」

 

まるで再生テープのように、いつもの桜の言葉を再現していた。

 

「桜———その、姿」

「うふふ、ふふふふふっ」

 

目の前の少女(怪物)は笑う。何が可笑しいのか。

 

「っ———」

 

ぞくっ、と背中が総毛だった。

ぎちり、とナイフで裂かれたような極寒の痛み。

“逃げろ“、“逃げろ“と警告音。

 

 

「ねえ、先輩。そこに居たら苦しいでしょう、こっちに、わたしの傍に来ませんか?」

「え...」

「先輩が来てくれたら()()()も喜びます。わたしにとって、嬉しいことは先輩だけだから。

 先輩だって、わたしから離れたくないですよね?」

 

少女(怪物)の背後に影が浮かぶ。

影は踊る、まるで舞台に立った演者。

 

「わたし考えていたいんです。どうすれば傍にいてくれるかなって」

 

———影が伸びる。

大きな触腕を広げ、俺を飲み込もうと次々に触手が、

 

「でも、わたしといるかぎり、先輩はずっと苦しみ続けてしまう。

 だから殺してあげることにしたんです。そうすれば、わたしの傍にいてくれるし、それに———

 

 君も、苦しまなくて済むだろう?」

 

「あっ....」

 

俺は怯えた。

もう俺には目の前の生き物が桜だとは認識できない。

その場から動けず、迫る触手を目で追った。

自分から避けようとは考えなかった。

 

——死ぬ

 

これに触れてしまえば死ぬ。

それが分かっているのに、どうしてか俺の足はすくんで動かない。

苦しい、恐ろしい、外に出たいと体は発狂する。

足は後ろに飛びのこうと震えだす。

 

だが、跳べない。

足を踏み出すべき地面は既に呑み込まれている。

俺はこのまま、

 

『シロウ、手を』

 

 

 

「ぁ———え?」

 

気がつくと外にいた。

目の前には、視界を覆うほどの紫の髪。

 

「....ライダー」

「これは貴方の命令です『衛宮士郎と間桐桜を守れ」と」

 

黒い触手から救い出してくれたのはライダーだった。

素早く俺の体を抱き抱え、外に躍り出たのだ。

 

「シロウ、私の後ろに。あの触手に触れてしまえば、たとえサーヴァントであれ無事では済みません」

 

いまだに震える膝を動かし、彼女の背に隠れる。

少女のカタチをした怪物はゆったりとした足取りで外に出てくる。

 

「姿が見えないと思ったら、そう、逆らうのねライダー」

 

...周囲はとうに黒く染め上げられていた。

少女の背後の影が大きくなる。

ライダーは逃げる素振りを見せず、襲い掛かろうとする触手に警戒を向け、少女に語りかける。

 

「その娘は私たちとは違う。カリュドーンの怪物として葬られた貴方なら分かるでしょう?

 ...まだ引き返せます。サクラをこちら側(怪物)にしてはいけない」

 

まるで子供に言い聞かせるような声で語るライダー。

しかし、目の前のそれは事の善悪がわからぬほど幼くはない。

ライダーの桜を思う言葉は本物だったとしても、もう怪物の中にいる彼女には届かない。

 

少女は嘲笑うようにライダーに視線を向け、

 

「つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言葉を残した後、一瞬にして俺たちの前から姿を消した。

 

 

 

〜柳洞寺〜

 

主人が居ないこの寺は数日で寂れた雰囲気を出していた。

その寺の山門に少女は立つ。

ここからは冬木市の景観が一望できる。これが日常の一幕であったのなら実に映える一枚絵になっていた事だろう。

 

空に目を向ける。

既に日は沈み始め、しばらくすれば夜の時間が訪れる。

どこに行くのだろうか、飛行機は軌跡を生み出しながら飛び去っていく。それを目で追いながら手を前に差し出す。まるで、町を包み込むように。

 

ズンと周辺の空気が沈んだ。

 

「———告げる」

 

町全体に響かせるように少女は呪詛を唱えたのだ。

 

 

 

 

 

曰く、ソレは全ての悪、怪物とされた者の祖であり、子である。

曰く、ソレは名を変え、姿を変え、その度に死を味わった。

曰く、ソレは個であり、群となった。

 

聖書の中に怪物とされる一文がある。

 

“主がその地に至った時、悪に憑かれた黒き人あり。この者、人に恐れられ鎖に繋がれたものの、鎖を千切り、足枷を砕き、その地を荒らす。誰も彼も、この黒き人を制する力を持たず。夜も昼も絶えず叫び、己の身を傷つける。その人、主を見て恐れ叫んだ。『いと高き神の子よ、我は汝と関わりあらん。願いたもう、我を苦しめるな』主は「穢れし悪よ、その者から出て往け」と言ひ給ひ寄る。主はまた「汝の名は何か」と問うた。

 

『我が名は「   」、我は悪であり———』

 

主はソレを聴き、手を掲げた。人は主に許しを乞う『神の子よ、我を諌める者よ。我は死ねぬ、約束を果たすまで死ねぬ』そう叫び海に向かい、崖を下り、海に逃げ込みたり。穢れし人が去り、その地は平穏となる。人々は主に感謝し、共にあることを願った。

 

主は一人崖に立ち、彼の者に祝福あれと祈りを捧げた“

 

 

 

 

 

 

「———我は怪物、即ち悪である」

 

平らげろ、平らげろ。

全ては願いを叶えるため。

ほんの少しの犠牲はあろう。だが、人はいずれ死するもの。ならば、その時が少しばかり早まっても問題なかろう?

 

「さあ、再現のお時間です。わたしのために一生懸命食べてくださいね?」

 

平穏な日は終わり。

太陽は沈み、夜が訪れる。

明けない夜が冬木に訪れる。

 

我々は怪物である(レイド・レギオン)

 

宝具の名が告げられ、怪物達は産声をあげ始めた。






桜と怪物は確かに無作為に人を食べた。
しかし、確認された死者数は数名。発見された人々は肉体の欠損は皆無であったが、皆うわ言のように「足を返して」「腕をもがないで」と繰り返していた。
そして、少女により呪いが告げられた時、襲われた人々に突如異変が起きるのであった。

次回「冬木炎上」

...これカルデア行けねえなあ


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※トレス
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桜と怪物 「冬木炎上」

『ご案内します.客室乗務員は安全業務を行ないます.恐れ入りますがお手伝いが必要な方は後ほどお知らせ下さい...』

 

静かな機内に乗務員のアナウンスが響く.

機体名ボーキング334はもう間も無く優雅な空の旅へと出発しようとしていた.

 

“はぁぁぁ“

男はようやく離陸かとあくびを零した.

“今回の里帰りは散々だった“

男は自分の右腕をさすりながら誰に言うでもなく呟く.別に腕が痛むわけではない、ただ何となく気味が悪いのだ.

機体は離陸を始め、窓の外には冬木の街並みが広がる.

 

今でも目を瞑ると鮮明に思い出せる.

“俺は確かに化け物に襲われた...間違いねえ“

あの日、男は酔っ払っていた.

久しぶりに帰ってきた故郷、気分が高揚していたのは間違いない.そのせいで普段は行かないであろう裏路地なんかに迷い込んでしまった.

そこで出会った.

“うっ...“

その姿を思い出すと吐き気が襲ってくる.

アレは絶対人間などではない.アレが人間であってなるものか.

あの夜、男は化け物に出会った.

触手に塗れたソレは男を見つけた時、ニヤリと笑い(...いや口があったのか定かではないが確かに笑っていた)男の腕を触手でもぎ取った.

“うぅぅぅ...“

幻視の痛みが襲いかかる.

そうだ、確かにもぎ取られた.だから男に右腕があることが可笑しいのだ.

笑っていた、あの化け物は笑っていた.ああ、聴こえる.咀嚼音を鳴らしながら笑い合う声が.

何度も医者に訴えた.

 

『俺は見たんだよ触手の化け物を!この右腕をもぎ取られたんだ!...今はあるだろうって?

 うるせえ!本当なんだよ!信じてくれよぉ!』

 

しかし答えは“幻覚だ“、“酔っていたのでしょう“、など相手にされなかった.

笑い声が脳裏に響く.

ニュースにもなった.男の他にも同じ症状を訴える連中はいたのだ.だが、集団幻覚だと決めつけられ相手にされることはなかった.

“あのヤブ医者共め、買収されてるに違いねえ“

 

比較的正気だと判断された男は病院を退院し、帰路に着こうとしている.

アレは幻覚だと受け入れれば楽な話だ.だが、それはできない.

だって、今この瞬間にもあの化け物の笑い声が響いて....

 

『ハラ、減った』

 

“あぁ?“

異変に気づく.

“な、何だよこれ...どうしちまったんだよ、おい!“

男のないはずの右腕が突如として踊り狂い始めた.

まるで餌を求める蛇のようなソレは、男の意志関係なく暴れ出す.

“だ、誰か! おい、助けろよお!“

助けを呼ぶ.周りには他の乗客もいるが、男が助けを呼ぶ理由が分からないのだろう.側から見れば男が腕を振り回し気狂いのように叫んでいるのだから関わりたくないと思うのは日本人の性か.

そのうち、男の叫びを聞き乗務員が駆け付けつける.

不審そうに男を見て声を掛けるが、

 

「お客さま? 危険ですのでお席にお座りくださ———い゛ががごばば...!!」

 

しかし、それ以上の言葉は続かなかった.

“あ?え、あ、ああああああ“

乗務員を見つけた右腕は突如伸縮し.....乗務員の体を貫いた.

腕は四方八方に触手を伸ばし、次々に乗務員の体を喰らいつくしていく.

血飛沫が機内に飛び散り、ようやく状況を理解した乗客たちは一斉にパニックに陥る.

 

「いっ、いやああああああ!」

「やめろぉ! く、来るな食べないでくれ」

「ひぃ、化け物!!」

 

だが、ここは空中の監獄.いくら席を立ち、逃げようが無駄なのだ.

触手は一度目の食事を終えると、まだ満足していないのか次の獲物に目をつける.

触手は歓喜する.“ああ、ここにはたくさんのご馳走がある“

 

「——いやあああああッ——たすっ、助けて!!!!!」

「だれがぁぁぁがごばばふうばば...!!」

「赤いよぉ全部赤いよぉぉぉぉばばほぶっぶけ...!」

 

縦横無尽に喰らい尽くす触手.

男を中心にして惨劇が繰り広げられる.右腕は男の意志などもう受け付けない.主の命を果たすため、触手は暴れるのだ.

"アア、アア、あ゛あ゛あ゛"

天井、窓、至る所を突き破る。

乗客だけでは満足できない触手は、男を飲み込み機内を飛び出し右翼、左翼、それぞれのエンジンを破壊し、空の監獄を地上へ堕とす.

 

「機長!機体の制御が利きません!!」

「なんだと!!!?

 くそっ、何があった? エンジントラブルか!?」

「い、いえ...エンジン、全機停止.このままだと、確実に墜落します!」

 

「っ....『メーデー、メーデー、メーデー.こちらボーキング334、操縦不能...どうz』...げギギいつつつt」

 

『ボーキング334....すまない.そちらの音声が聞き取りづらい.もう一度、どうぞ』

 

「『が、が、が、が』」

 

『ボーキング334?、こちら管制室.ボーキング334、応答を...』

 

 

 

『めー...メーーデーーー??、メ〜〜〜〜〜〜〜デ〜〜〜〜〜!!メへぇェぇぇデぇぇぇぇ』

 

 

この通信を最後にボーキング334は突如180°旋回、その後、冬木市内に炎上しながら墜落.機体上には謎の生物がいたという目撃情報も後に寄せられたが詳細は不明のままである.

 

なんにせよ、これが後に伝えられる第二次冬木大災害の始まりだった.

 

「院長!大変です、例の患者さん達が...!」

 

「例の?...ああ、集団幻覚の連中か.どうした、また夜泣きが酷いのか? PTSD治療薬でも投与しておけ」

 

「い、いえ.違うんです!

 あの患者さん達、堰を切ったかのように暴れ出して———」

 

その数秒後、院内は地獄と化す.

肉の芽を埋めつけられた人間は怪物へと変性し、町中に飛び出す。

 

『おがああああさん、おがあああさんわたじ、わたじ、おながすいだああああ!!』

 

「あんた、どうしたのよ...ひっ、なによその姿!!」

 

『■■■■■■■———!!!?』

 

「なんだあれ?猪か、それにしてもこんな街中に...おい、おいおいおい!こっちに突っ込んでくる気かよぉぉぉ」

 

「なあ空見てみろよ.あの飛行機、燃えてね?」

「うわっ、マジかよ...こっちに向かってきてないk———」

 

魔猪、魔狼、竜種...神話の黒い怪物達は主のために肉を喰らう.

彼らに意識はない.ただ命令に従い暴れ、暴食する.

 

「———リン!」

「解ってるってぇのーーーーーっ!!」

 

一体一体の力はさして無い。

一般人でも拳銃さえ用いてやれば十分倒すことはできる。それが魔術による攻撃であれば過剰すぎる程だ。

 

「なっ...!?」

「しぶとさは親と同様ってことね。リン、コイツらを相手にしてもキリが無いわ」

 

親の特性が埋め込まれた怪物達は一度死んだ程度では無駄。

傷ついた箇所はすぐさま回復し、再び肉を喰らい始める。

 

「ああ、もう!

 捕まりなさいイリヤ。全力で駆け抜けるわよ!!」

 

少女達は走る。

周りはまさに地獄絵図。泣き叫び、助けをこう人々に足が止まりかけるが、それを食いしばって耐える。

今はただ、衛宮邸へと走り続けることしかできなかった。

 

 

「ひい、ふう、みい...ざっと30か...年はとりたくないものね。昔はもう少し上手くできたんだけど」

 

過去に行った規模と比べるとどうしても劣ってしまう。不満はあるが、時間稼ぎにはなるだろう。

分体から供給される魔力は徐々に集まってきており、これであればなんとか実行できそうではある。

 

「さて、わたしはそろそろ行きますね」

 

後ろに佇む騎士に声をかける。

騎士は、ただ頷く。今の主は目の前の怪物であり、その決断に口を挟むことはない。

 

「始まりの地、大聖杯のもとに向かいます。アナタは邪魔者が来ないよう門番の役目を果たしなさい。

 ...ああ、でも姉さんがきたら通してあげてくださいね?わたしが殺しますから」

 

くすくすと笑う。

それは少女が笑っているのか、怪物なのか判断はできない。

楽し気な怪物に騎士は問う。

 

「シロウ...衛宮士郎はどうする?」

 

「そりゃあ勿論ーーーあっ.....っ.....なに?」

 

その問いに少女は答えることが出来なかった。

 

 

「此度も、結果のみを見せられるとはな」

 

神父は燃え盛る町を見下ろす。

裁定者は消え、残るは己の醜い願望のみ。

 

「客席からは見えぬと言うのならば、私も舞台に上がるとしよう」

 

悪の誕生を祝うために、傍観者は舞台に上がるーーー




次回 「顕現」

感想や評価頂けたら嬉しいです。


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桜と怪物 「顕現」


ここを訪れる者はみな人ではない。
その異界に怪物は呪いを吐きながら立ち入る。



Ζω στον ύπνο. Μόνος και σαπίζοντας στο σκοτάδι.
Σήμερα είναι η ημέρα του θανάτου μου, τα γενέθλιά μου.
Έλα, πάμε να σε δούμε.
 
私は眠りの中で生きている。ひとりきりで暗闇の中、腐っていく。
今日は私の命日であり、誕生日。
さあ、君に会いに行こう。
 
Η ζωή μου είναι αθάνατη, αλλά τελικά εξαντλήθηκα.
Είμαι φάντασμα. Είμαι έξω από τον ορισμό της ζωής.
Εσύ, υπέροχη, υπέροχη εσύ. Παρακαλώ, θα σας δω στο μέλλον.
 
私の命は不滅ですが、とうに疲れ果てました。
私は亡霊です。生命の定義からは外れている。
愛おしいキミ。可愛らしいキミ。どうか、未来で会いましょう。
 
Ήταν λάθος να τους αγαπάς.
Είμαι αμαρτωλός και δεν αξίζω πια.
Είμαι αμαρτωλός.
Έχω σκοτώσει τους φίλους μου.
Είμαι αμαρτωλός.
Θέλω απλώς να πάω σπίτι.
Είμαι αμαρτωλός.
 
愛したのは間違いでした。
私は罪深く、もはや価値はない。
私は罪人です。
友を殺した。
私は罪人です。
私はただ帰りたいだけです。
私は罪人です。
 
Κανείς δεν θυμάται πια το όνομά μου. Εγώ ο ίδιος το έχω ξεχάσει.
Έκανα λάθος από την αρχή. Είναι οδυνηρό να ζεις.
Σας παρακαλώ κάποιος να μας σώσει.
 
私の名前はもう誰も覚えていません。私自身も忘れました。
はじまりから間違えていました。生きているのは苦しいです。
誰か私達を救ってください
 
Η αγάπη ήταν περιττή. Η νοημοσύνη ήταν βάρος.
Ω, η φύση μας είναι η στέρηση και η λογική είναι μόνο μια δεύτερη σκέψη.
Σε παρακαλώ, θάνατος. Σε παρακαλώ, δώσε μου το θάνατο.
 
愛は不必要でした。知性は重荷でした。
ああ、私達の本質は奪い合いで、理性など後付けに過ぎない。 
どうか、死を。私に死を与えてください。
 
 
Δεν υπάρχει ανάγκη για ορθότητα. Αντίο στη σεβαστή κακοποίηση.
Είμαστε θηρία που καταβροχθίζουν το ένα το άλλο. Όλη μας η ζωή είναι ένα ψέμα.
...Έκανα ένα λάθος.
 
正しさなどいらない。敬虐はさようなら。
私達は食い合う獣。その生は全て虚飾。
...僕は間違えた。


 
呪いの言葉を紡ぎながら怪物は祭壇へと向かう。
一歩、また一歩と進むごとに纏う魔力は高まり、周囲の空気は黒く染まる。

天と地を繋げるが如く揺らめく炎。
その祭壇の中央には今にも産声を上げようとする呪いの塊。

怪物はその前に立ち、道化のように笑うのだ...
 


笑う、笑う。

誰かがワタシを笑っている。

 

ワタシ()はただ、帰りたかった。

昔から妖精に捕まった子供は二度と家に帰れないという迷信がある。実際それは本当だ。現に、僕は帰る場所が分からなくなってしまった。

早く帰らなくてはいけないのに。いつの間にか帰る家は消えてしまった。

 

ずっと遠くにワタシの家。

ずっと遠くが僕の家。

 

『エイエンニ、エイエンニ、アソビツヅケヨウ』

 

笑う、笑う。

脳裏で誰かが笑い続ける。

 

きっと、永遠に帰れない。

 

全部■べた。家族を■した。何度も■んだ。神も、人間も誰もがワタシ()を恐れた。

血に染まる両手。

それを見てワタシは笑った。

 

それでも、

 

『あ■■を■して■る、■つ■でも」

 

一度だけ、帰る場所を作った。

何万年もの時の中でほんの一瞬、何もかも、罪も忘れ、ようやく僕は帰———

 

 

 

消して消えてひび割れて、全部、全部ナイナイナイ

 

 

 

"ねえ、どうして動かないの?"

 

冷たくなった友の体に縋りつきながら僕は問います。

 

"...死だ。これが生きとし生けるものが決して避けられぬモノの名だ"

 

王様は涙を流しながら答えました。

 

ええそうです、僕は恐れたのです。死、という概念をそこで初めて理解したのです。

だから、逃げました。

別れも告げず、世界の裏側へ。だってそうすれば死ななくて済みます。

誰にも干渉されず、星の終わりまで眠りにつく。ほら、最高でしょう?

 

それを呪いは許してくれませんでした。

彼らは僕を攫っただけではなく、呪いまでくれていたようです。

 

英雄が生まれるたび、僕は世界に生まれるのです。

そして彼らの物語の時には悪役となり、打破されるのです。

 

何度も、何度も、何度も、繰り返しました。

それで気づきました。

これに終わりはないのだと。

 

ええ、正直喜びました。感謝さえしました、あの妖精達に。

老いもせず、死ぬこともなく、姿形も自由自在、そして巨人から奪った力もある。

終わりの遊び。

終わりのない旅路。

どうせ終わらないなら楽しもう、と英雄共の物語に介入したのです。

 

でも、楽観的でいられたのはア■■ン■と出会うまで、そこでワタシは■を、■を知ってしまったのです。

 

幸せでした。

今まで奪い、奪われ、憎まれ、憎み、呪われ、呪うことしかできなかった僕に彼女は■を教えてくれた。

共にいるだけで十分だった。

誰かを救うなど、彼女がいなければ決してやりもしない行いまでした。

家族ができた。帰る場所ができた。

 

僕はそこで初めて、人として帰ることが———

 

 

 

はいはい、歩みの末に消えまして。

 

 

 

...はて、なんだったか。

ああ、そうだ。

ワタシは死ななければならない。

 

なぜか、と問われると返答に困る。

もう限界なのです。

 

次はもう自我は持てない。

どんなに優秀な機械だろうとメンテナンスは必要です。

ワタシの呪いは、この万年の歩みで錆びついてしまった。

次この世界に生まれるときは、自我のない地縛霊と同等になるだろう。

 

それでは駄目だ、約束が果たせない。

誰と、何を約束したのか、もう思い出せないがワタシは...

 

 

いっそ獣に堕ちてしまえば良かったのに

 

 

 

怪物は祭壇に立つ。

呪いを身に纏い、異界に立った。

 

「アンリマユ...この世すべての悪、か」

 

黒く聳え立つと柱にそれは居た。

肉体はまだ形成されておらず、未だ胎児のまま、それでもしっかりと怪物を見つめていた。

 

「60億の人間を呪う英霊、泥、肉塊、なれ果ててまで産まれたいのか」

 

怪物は無表情のままソレを見つめ返す。

似た者同士、押し付けられた者同士、思うことはあるが言葉にするまでもない。

誕生しようとする者、死滅しようとする者、両者は決定的に違っているのだから。

 

「馬鹿が、させるわけないだろう。人類が滅んでしまえば人理も滅びる。それは認められない、それは望んでない。

 せめて一人くらいは残しておかないと、呼べるものも呼べないでしょう?」

 

西暦後、人類は飛躍的発展を遂げた。

例を上げるならば“銃“である。

起源は不明なものの年代が進むにつれ頭角を表したソレは容易く人を殺せるものに進化した。

例え赤子でも引き金を引けば殺せるのだ。これほど効率の良い発明は二つとない。

かつて剣や槍が競い合った戦場は、今や銃の撃ちあい。

これにより戦いで名を馳せる英雄は生まれにくくなった。人類にとって“殺す“ということは容易いものと化したのだ。

 

「今じゃ世界を救ったぐらいでは英雄と呼べない。それぐらいなら誰でもできることになってしまった、言い換えれば些細なことでも致命的な要素になり得てしまう」

 

世界を滅ぼすくらいなら核兵器の発射ボタンを押せばそれで事足りる。アメリカ大統領の机の引き出しにはいつでも押せるように発射ボタンがあるとされているが、仮にそのボタンが押されようとして、誰かがそれを暗殺か何かで阻止したとしよう。では、この阻止した人物は英雄なのか?

勿論、答えはNOだ。

だって次の大統領の人間が再びボタンを押すかもしれないのだ。一度止めた程度では、そんなものその場しのぎにしかならない。

脅威となる存在も引き金を引けばそれで解決。チャンスの有無は問わず誰だって可能なことなのだ。

英雄(正義のヒーロー)も居なければ絶対的な悪(悪役)も居ない。それが現在の理。

 

であれば、だ。

 

「簡単な話です。創ってあげればいいんですよ、星を救う英雄(正義のヒーロー)をね」

 

世界を救う程度では英雄とは言えない。じゃあ()()()()()()()()...どうだろうか。

 

だが、実行しようと思い立った時には不可能だった。

自身の真体を引き摺り出す余力はとうになく。エーテルはとっくの昔に失われていた。

19世紀に入ってからは死ぬことすら難しくなってきた。英雄など最早存在せず、ただ自分が朽ちていくのを実感していく日々。

自殺も試したがどうやら無駄らしい。ワタシはどこまで行っても倒される悪であるしかないのだ。

活動するために死肉を食らった。戦場の腐肉を漁った。

いつからか食事は捕食へと変わった。普通の食べ物では得られる魔力が薄い。それゆえ人を喰らった。

だが、足りない満たされない。失っていく魔力、朽ちゆく体。なんのために生きているのかすら認識できず捕食を続ける日々。

いよいよ霊魂だけの存在へと成り果てるかと覚悟した時、風の噂を聞いた。

極東の都市で行われる大儀式の話を。

 

そこからは早かった。

国を跨ぐ間に身体は失ったが問題なし。召喚儀式に潜り込み偽りのサーヴァントとして霊基を得た。幸いにもワタシには英霊として認められる素質があったらしい。(皮肉なものだが)

勝ち残れるかは賭けだったが結果はこの通り、どう転ぼうがワタシの勝ちに変わりはない。

 

「一から造るとなると難しい。英雄ではなく、星の脅威の方がね。

 ...南米の方に相応しいのが居るには居るんだがあれはダメだ、当分起きない。それにあれは星の脅威ではなく霊長の敵だ。区分が違う。

 ならばどうするか、簡単なことだ。

 ———ワタシがなればいい。そのための聖杯、そして貴様だアンリマユ」

 

都合のいい肉体、そして最上級の霊基(ギ■■メ■シ■)も手に入った。

この肉体は聖杯、強いてはその中身と繋がるもの。霊基は神代のもの。

素材は揃った。

 

「今のワタシでは星の脅威とは認知されないだろう。だから本来のワタシに戻る。英雄を産むために、死ぬために(逃げるために)

 貴様はただの魔力源だ...もしくは触媒というべきか。

 なに、心配するな。真体を引き摺り出した後は、ちゃあんと食べてあげますから」

 

パチンっと指を鳴らす。

怪物の周りに召喚陣らしきものが描かれる。得体の知らない文字、有り得ざる異界への干渉。

 

「とはいえ、条件もなしにできるものではなくてね。

 だから、席を用意した。未だ埋まらない7騎目の席を」

 

魔力が疾る。

世界の裏側に通じる道が開かれる。

触媒も呼水となる契約者もこの場に揃っている。

 

「さあ、来なさい。再びワタシはこの星の悪となる!!」

 

 

『ワタシは追い、奪い、引き裂き、喰らい、飲み干す!

 

 神々は逃げ、隠れ、打ち震え、絶望し、亡びゆく!

 

 廻れ、廻れ因果!

 黒い、黒い月よ!

 

 顕現せよ、我が真体!今ここに、道を開く———』

 

祭壇に招かれざる物が生まれ出でる。

産道を通り外界へと産まれる赤子のように堕ちてくる怪物を、両手で包み込むように受け止める。

もとより裏側にあった真体は抜け殻のようなもの。故にその扱いは依代である子機に委ねられる。

 

「ぐっ...ア゛ア゛ア゛ァァァ——————」

 

その巨体は押し潰さんと堕ちていくかに見えたが、少女(怪物)に触れた瞬間吸い込まれるように同化していく。

許容の範囲を超える異物を受け入れる身体は苦しみの声をあげ、徐々に徐々に変質していく。

その身はかつて神々を喰らった姿に。なり損ないの獣に。

泥を纏うようにその身体をかつての在り方に...

 

「■■■■■ッ!!!あっ で ぢぃいぃ うーっ あーっ ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

しかし、事はそう上手くいかないようで。

かつての姿を纏えたのは、ほんの一瞬。完全に顕現したかと思えたその身体は溶け崩れ、少女体へと戻ってしまった。

 

「足り、ない、かっ」

 

聖杯による補助、少女に宿る魔力、アンリマユの霊基、これだけあっても在りし日の姿を保つことができない。

神霊における分霊ならいざ知らず、真体そのものを召喚したのだ。それだけでも膨大な量の魔力を消費しており、ましてやその巨体を維持するための魔力を常に生み出し続けるのは不可能に近い。

この時代において、神や怪物など既に時代遅れの産物。だが、アテはある。

 

「ふ、ふふふっ。ようやく、ようやく元の体に戻れたんです。後は、お腹を満たせばいい、だけ——」

 

空洞の奥に佇む大聖杯には無尽蔵の魔力が渦巻いている。

世界中の魔術師がこぞって集まり、好き勝手くみ上げようと尽きない貯蔵量。

数回に渡る聖杯戦争の末に魔力は溜まりに溜まっており、たとえ底があろうとも、無尽と称しても間違いではない。

そして、その中にはアンリマユ(この世全ての悪)が居る。

今の怪物にとって、これほど上質な餌など存在しない。

 

「無様なものだ。あんな偽物の杯に縋らねばならんとは.....ん?」

 

祭壇から地上を見下ろす.

崖の下。

黒い太陽を見上げながら、遠坂凛は己の妹であったモノを睨んだ。

 

「—————————っ」

 

その存在の重圧、変貌に圧倒され、凛は僅かに後ずさる。

...少女の変貌は、あまりにも凄まじい物だった.

アンリマユ...そして黒き怪物と同化したその姿は“悪を押し付けられた者“という呪い、それを周囲に振り撒き、役目を持たせる機能が、間桐桜という少女に課せられたもの。

 

「あら、もう少し足止めできるかと思っていたんですが...お早い到着ですね、姉さん」

 

「まあね。神父の暴走ドライビングがなかったらもう少し遅れてたかも...それより、くだらない三文芝居は止めてくれる?気持ち悪いから。

 もうほとんど残ってないんでしょ、あの子?」

 

“言ってくれるね“と肩をすくめ、姉に身体を向ける。

 

「それで?

 貴方の目的は達成できたのかしら。まあ、その様子じゃあ失敗しちゃったみたいだけど」

 

「ははっ、とんでもない。むしろここから始まるんだ。

 そうだ、よかったら見ていくかい?その方が手間が省ける」

 

「冗談。

 でも不思議ね。邪魔されたくないならどうして私をここまで通したの?もう貴方()を縛るものはない、変な義理立てなんて不要でしょうに」

 

既に怪物に少女が飲み込まれたと言うのならば遠坂凛に構う必要などない。怪物にとって凛は取るに足らない存在なのだ。

それなのに悪意の目で怪物は凛を見下ろす。

 

「———いいえ。それがまだなんですよ、姉さん。

 まだワタシ(サクラ)は満足していません。なんだって出来ちゃうのに、ワタシはまだ囚われたままでいる」

 

それは怪物の遊びか。それとも少女の本心か。

少女体の怪物は凛を見下ろしながら淡々と喋る。

 

「...もう、姉さんなんてちっぽけな存在なのに、姉さんはワタシの中から消えてくれない。姉さんはワタシの中でずっとワタシを苛め続けている。

 だから———お前がいる限り、サクラは自由になんてなれない」

 

矛盾に満ちた言動は、怪物が既に正気でないことを明らかにしていた。

怪物の声は歌うように楽しげで、粘りつくような殺気を纏う。

大空洞に満ちるは優越と狂気が混ざった狂想。

 

「ふうん。なら私だけを殺せば良かったでしょうに。あんなに大勢の人間を、なにも関係ない人間を喰い殺す必要はあったの?」

 

「ええ。だってお腹が空いたらなんだって食べたくなるもの。喉が渇いたら水を飲むし、お腹が鳴れば食べます。

 だから同じ。姉さんと変わらない。ワタシ達は当たり前のように、みんながしていることをしたんです」

 

外界では変貌した怪物達が人間を食らい続けている。

そこに何も感傷もなければ後悔もない。ただ、そうするように仕組んだのですから。

 

「———ねえ。今の屁理屈、本気で言ってる?」

「屁理屈などではない。ボクは間違ってない。

 違ったのはこの世界だ。変わってしまったから、ワタシの在り方も変わらざるを得なかった」

 

「ボクは———ワタシは約束を守らなければなりません。そのためには何だってやってやる。

 ...そう。守るためには仕方がないことなんだ。きっとそうだ。死んで償えば、今までしてきたこと全部当たり前の、仕方ないことだったっていえる筈です...!!」

 

懺悔とも取れる絶叫。

そう、信じることでしか逃げることができなかった、泣きじゃくる子供の訴え。

 

「...そ。そうやってアンタは逃げ続けてきたってわけか。なによそれ、ただの八つ当たりじゃない。死にたきゃ勝手に死んでろってえの。

 けど、士郎はどうなの。ああ、これはアンタじゃない。桜に聞いてるの。ねえ、聞いてるんでしょ、あいつは今でもアンタを助けれると信じてる。それでも関係なく、アンタはあいつを殺す気?」

 

「っ——————」

 

怪物の貌が引き攣る。

凛の問いかけは、桜と怪物にとって最後の関だった。

...飲み込まれていた意識が浮かび上がる。少女は、もう間近に来てくれた少年を想い、手放しかけていた心を僅かに取り戻す。

 

そうして穏やかな笑みを浮かべ、

 

「はい。先輩だろうが関係ありません。

 ううん———きっと殺したいじゃなくて。

 

 ワタシ、早く———先輩も食べてしまいたい」

 

間桐桜であった者の答えは、もう何もかも手遅れだった。

凛は手にある宝石剣を握り、頭上の“敵“までの距離を測る。

 

「...ふん。バカな娘だと思っていたけど、まさか怪物に魂売るようなバカとは思わなかった。完全に同化して、とっくに人間辞めていたのね」

 

明確な敵意。

遠坂凛はこの地を預かる管理者として、妹であったものを“悪“と認定した。

 

「ふふふっ。強がりが好きなこと。素直になってくださいよ姉さん。

 こんな強い力を見せられて、本当は羨ましがってるんでしょう?嫉妬してるんでしょう?だからわざわざ、敵わないって知りながらワタシを殺しに来たんです。

 ...そう。またワタシから奪って、自分だけ幸せになる気なんだ」

 

湧き上がる影の巨人。

それは怪物のものではなく少女の力。

彼らは守護する巨人のように、眼下のちっぽけな人間へと手を伸ばす。

 

「...願いへの道は手に入れました。あと数歩でワタシの物語は終わります。

 これより、邪魔するもの全てを抑止力とみなし排斥します」

 

影の巨人が迫る。

防ぐことも躱すこともできぬ圧倒的な力が、遠坂凛を飲み込む」

 

「———力の差を思い知らせてあげます。

 もう誰にも負けない。湖に落ちた蟲みたいに、天の杯に溺れなさい」

 




次回 「」

士郎達のパートからになりますね。
凛VS怪物が描けたらいいなあと思います。まあ、原作と似たようなものになりますが。

良かったら感想や評価など頂けたら幸いです


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桜と怪物 「貴方とわたし」


【挿絵表示】


今は脱皮しかけの蝉みたいな状態。
聖杯とアンリマユも飲み込んでしまえばこうなるのかもしれない。




時は少し戻る。

 

「それで...一体どうするんだ」

 

イリヤを背負い、命懸けで走り抜けてきた遠坂に声をかける。先ほどまで肩で息をしていたのが嘘のように、遠坂は冷静に燃え盛る町を見下ろしていた。

町では未だ怪物達が暴れ回っている。

本当であれば今すぐ走り出してアイツらを倒すべきなのだろう。

だが、そうすれば桜は救えない。中にいる怪物がきっと桜を....

だから俺は選ばなくてはいけない。

 

「当然、地下の大空洞に向かうわ。きっとそこに向かったんだろうし。

 何より町のことに構ってる暇はないの。

 怪物の目的は知らないけど、あの娘たちを放っておけばこの町だけでは済まないかもしれない」

 

「......」

 

「じゃあ、出発する前にお互いの目的を確認しておきましょうか」

 

俺は、

 

「私は、———桜を殺すわ」

 

「俺は、———桜を救う」

 

桜の、桜だけの味方でいることを選んだ。

 

呆れるほど桜が、大切だったんだ。

叶わないと知りながらも、約束をした。

叶わないと知りながら、お互いを励まし合った。

 

けど此処には残ったものは何もない。

なら、取り戻しに行かないと。

それが俺の願いなんだから。

 

「...行きましょう。足は用意してあるから」

 

玄関の外からクラクションが響く。

 

 

時間がない。

すぐにでも柳洞寺の地下へ向かわなければならない。

しかし、奴らは行かせまいと続々集まってきている。

空を飛び交う黒龍、暴れ狂う魔猪、血を求める食屍鬼が蔓延る道をなんとかして突破する必要があるのだが。

 

「———おっと、危ない」

 

勢いよく踏まれるアクセル。

無惨にも吹き飛ばされる食屍鬼。いくら束になろうと猛スピードで走る自動車の前では肉壁にすらならない。

 

「ちょっと綺礼!?アンタ安全運転ぐらいできないわけ!!?」

 

襲いくる黒龍達を撃ち落としながら遠坂が吠える。

 

「無茶を言う。止まってしまえば彼らの腹の中に収まってしまうというのに。

 それに、もはや交通機関など機能していない。スピード超過できる機会など今しかあるまい」

 

時速100キロを超える無謀なスピードでクラシックカーを疾駆させる神父。時には轢き飛ばし、時には華麗なハンドル捌きで回避するという運転テクニックのお陰もあってか彼らは無傷でたどり着くことができそうだ。

しかし、なぜこの男が協力してくれるのか、士郎は疑問を抱く。

 

「あれが完全に顕現するのは私にとって都合が悪い...残された時間も少ないのでな。

 なに、目的の一致という単純なものに過ぎない。私は自身の願いを見届けるためにお前達に協力するだけだ」

 

くくくっ、と笑いながら神父は答える。

 

相変わらず気に食わないと思いながら窓の外を見る。

 

燃え盛る町。

ビルの頂上では巨大な竜が産声を上げている。

車から流れるラジオからは旅客機も墜落したようだと慌てた様子で速報を読み上げられていた。

きっと、この現状を解決したとしても、町と人々には十年前の比にならないほどの傷跡が残り続けることになる。

それでも、何もかも手遅れになる前に終わらせなくちゃいけない。

 

「あの怪物達は全て奴の子供...いや、眷属というべきか。

 魔術は効くもののすぐに再生を繰り返し、暴食を始める。さながら女王蟻と働き蟻だな。今なお人間を食い続けてエネルギーを親に供給し続けている。

 よくもまあ、あそこまで数を増やしたものだ。素体である人間を組み換えるのは中々手に余るというのに。正真正銘伝承通りの怪物だよ彼は」

 

妖精に攫われた人間が怪物になり、そして自分で人間を怪物にしているのだ。

もう、アレを人間とは思わない。

アレは人間にはなれない哀れな存在だ。

 

「そうだ。

 彼を哀れな人間だと考えるのはやめておけ衛宮士郎。

 アレは人間気取りの紛い物、人間らしい行為を期待してはいけない。

 彼はもはや同情される被害者ではなく、糾弾される加害者へと回ったのだ、下手に哀れむとお前が食われてしまうぞ」

 

「...分かってる。

 俺はあいつから桜を取り返す。ただ、それだけだ」

 

もとより八つ当たりに付き合うつもりはない。

 

 

障害物を乗り越え車は石段の前で停車した。

出迎えはない。

闇に沈む柳洞寺は、異界そのものと化しており異質な力を放っていた。

上空には風が出ているのか、耳を澄ませば、ごうごうと強く大気を蹴る音がする。

 

「じゃあコトミネ。次はアインツベルン城に向かって。わたし、取りに行かなくちゃいけない物があるの」

「...いいだろう。寄り掛かった船だ。最後まで見届けさせて貰うとしよう。

 ではな、君たちの健闘を祈る」

 

車から降りず、そのまま城へと向かおうとするイリヤ。

 

「イリヤ...」

「大丈夫よ士郎。わたしにもアインツベルンとして果たすべき役目があるだけ」

 

俺にはイリヤに課せられた役目などよくわからない。

でも、ここで名前を呼んでおかないと取り返しがつかない、そんな気がしてしまった。

 

「生きていたら、また会いましょう。

 ———頑張ってね。お兄ちゃん」

 

手を振り去っていく彼女になにも言えず見送る。

伸ばした手で虚空を掴むことしかできなかった。

 

「...階段の上に力を感じます。境内の裏手にある池に儀式的な場が作られているようですが」

 

「いえ、あっちに用はないわ。上にあるのは見せかけの、ただ聖杯を欲するマスター用の門よ。

 聖杯戦争の大聖杯(おおもと)に行こうっていうんなら、上じゃなくて下に行かないとね」

 

階段を離れ、遠坂は森の中に入っていく。

それに続いてライダーも。その後を俺は小走りでついていく。

 

「ライダー大丈夫か?」

 

「...多少の重圧はありますが、耐えられるレベルです。それにこの土地はサーヴァントにとって最適な霊脈です。大気に満ちた魔力を吸い上げれば回復は容易いでしょう」

 

「そうか。辛いだろうが、少しの間我慢してくれ」

 

木々をかき分けて、夜の山を歩いていく。

山には獣道さえなく、ほとんど絶壁じみた岩肌を降りることさえあった。

 

数分たっただろうか。

ようやく、それらしい洞窟を見つけた。

 

「...ここよ」

 

遠坂が洞窟の中を指を刺す。

しかし、どう見ても一メートルほど進めば行き止まってしまうようにしか見えない。

 

「なるほど、天然の洞窟ですが、人間が入れないこともない。ここから一メートルほどで行き止まっているように見えますが、魔術による偽装が感じられます」

 

なるほど、これなら中に入ったところですぐに岩にぶつかると一目で分かり、真っ当な人間なら入ろうとすら思わない。

 

遠坂は振り返らずに暗い闇へと突入していく。

 

「先にどうぞ。後は私が守ります」

 

頷いて闇に潜る。

 

水に濡れた地面を急足で進んでいく。

地面は急激な角度で下へ下へ傾いている。

狭く、息苦しい闇の圧迫。

足を滑らせれば、すぐさま無限の闇へ転がり落ちていきそうだ。

 

「士郎。今のうち聞いておく」

 

...と。

先行する遠坂が、唐突に話しかけてきた。

 

「いいけど、なにさ」

「宝石剣。なんで作ってくれたの」

 

そっけない質問。

それはまるで、下に降り続ける作業に飽きて、暇つぶしに口にしたようなもの。

 

「なんでって」

「———だから。わたしは桜を殺すって言ってるのよ。あの怪物がどうしようが、あの子は救えない。まだ人の皮を被っているうちは諸共殺せるだろうし。

 そんなわたしに武器を預けていいのかってコト」

 

なるほど、と頷いた。

それは、まあ確かに、遠坂の言う通りである。

 

「—————————」

 

背後からも悪寒が襲ってくる。

ライダーのものだろう。

彼女にとって桜は似たもの、自分と同じ境遇だと感じている。

それゆえ、桜を殺す武器を作り出した俺の行動に疑問があるのだろう。

 

だから、正直に俺の気持ちを打ち明ける。

 

「そうだな。よくない、よくないけど、遠坂がいてくれないと桜は助けられない。桜を助けたいんなら、一人より二人の方が確実だ。

 ...それに、剣を投影するのは借りがあるからだ。

 俺は遠坂を勝たせるっていう約束を果たせなかった。だから、この借りだけはキチンと返しておきたかったんだ」

 

もう随分前に感じる。

セイバーを失った後、俺は遠坂に助力を求めた。

遠坂はそれに応じてくれて、確かに約束したんだ。

遠坂を勝たせる。

聖杯戦争の勝者を遠坂にすると約束した。...それはもう守れない。

だから、借りだけが残っている。

 

あの時。

何も無かった俺を信じてくれた、遠坂凛っていう、好きだった女の子の為に返さなきゃいけないんだ。

 

「そう。律儀ね、貴方」

「ああ。遠坂ほどじゃないけどな」

 

会話はそれで終わった。

俺たちは互いの顔も見れず、黄泉への道へと降りていく。

 

ぐらりと洞窟が揺れた。

巨大な何かが落ちたような音と共に。

奥で何が起こっているのか、想像もつかない。

この洞窟には生命力で満ちている。

それがあまりに生々しい。

活気に満ち、生を謳歌しようとする誕生の空気。それが奥の空間から流されてきている。

 

「「「————————————」」」

 

交わす言葉はない。

ここは死地だ。

声をかけ合うなど余分な行為をすれば死につながる。

 

 

しばらく進むと、大きく開けた空洞が広がる。

横幅は学校のグラウンドほど。

天井は闇に霞んで見えないが、数十メートルほどの高さだろう。

 

そこに、

絶対の殺気を纏って、セイバーが待っていた。

空洞には彼女しかいない。

桜も...怪物もいない。

立ち塞がっているのは、黒く変貌した彼女だけだ。

 

「凛。私は貴方と争う理由はない。くれぐれも私に剣を向けないように。———貴方をここで殺してしまっては、彼の命令に背いてしまう」

 

「...!」

 

セイバーは静かな、以前と変わらぬ声で、後ろで宝石剣を握りしめた遠坂を諌める。

 

「どういうつもり? 貴方はここの門番よね、セイバー」

「はい。相手がなんであれ、ここを通るものは潰す。ですが——」

「わたしは例外。そう...あの子まだ消えてなかったんだ。我慢強い子だとは思っていたけどここまでとはね。

 

セイバーは頷く。

 

「...せめてもの情けってやつね」

 

短く呟き、遠坂はセイバーへと歩き出す。

 

「遠坂」

「悪いわね。そいうわけだから先に行かせてもらうわ」

 

堂々とセイバーの横を通り過ぎていく。

その姿が闇に溶け込む寸前。

 

「アンタがどうなるかは知らないけど、わたしは信頼してるんだから、ちゃんと期待に応えてよね」

 

「...?」

 

こんな時だってのに、目的語がない文句を言われても、うまく頭が働かないのだが。

 

「だ、だから...その、桜を助けたいっていうんなら遅くなるなってコト!。ケリがついた後に来られて文句言われても迷惑なのよ!」

 

そのまま振り返らずに遠坂は奥へと消えていった。

 

今ので気合いが入った。

要するに、自分が終わらせる前に来いと、遠坂なりの応援なんだ。

まったく、何処からそんな自信が湧いてくるのか...いや、勝算のない勝負はしないタイプだもんな遠坂は。

 

「それは不可能だ、シロウ。貴方はここで死ぬ」

「...セイバー。どうあっても退かないんだな」

「くどい。それが私の役目と言いました」

 

左腕の聖骸布を握りしめる。

俺たちは敵同士。

それはもう覆りようのない事実。

 

それを、

 

「———そうか。なら、ここでお前を消滅させる」

 

はっきりと認識するために言葉にした。

 

セイバーの剣が上がる。

その剣気はライダーを捉えている。

 

「...シロウ。私では魔力を上回る彼女を石化することはできませんが、重圧をかける事はできる。全力でかかれば、二分は拮抗できるでしょう」

 

ライダーの眼がセイバーを捉える。

 

「状況は私が作ります。貴方は動かず、気を逃さぬよう」

 

「ライダー」

 

「———では、私の命を貴方に預けます。士郎」

 

ライダーの姿が掻き消える。

高速の足を以って、黒い騎兵は剣士へと疾走する———

 

 

 

黒い波が迫る。

遠坂凛というちっぽけな人間を逃すまいと両手を広げ、覆い被さるように襲いかかる。

 

それを

 

Es last frei.(解放)Werkzung(斬撃)———!」

 

黄金の一閃が切り開く。

巨人を模った呪いを一瞬にして六体。

際限なく湧き上がるそれを、凛は一刀の元に両断する。

 

「は———」

 

驚きはその呪いを行使する、怪物のもの。

彼が目を見張るのも当然だ。

巨人は怪物自身の能力ではなく、依代としている間桐桜の虚数魔術によるものであるが、その一体一体がサーヴァントの宝具に匹敵する出力を持っている。

巨人は人間である遠坂凛にとって、一体だけであろうと逃れられない死の化身なのだ。

それを既に六体。

しかも悉く一撃で消滅させられている。当の彼女は苦も無く崖を駆け上がってくる。

 

七体目の巨人も切り伏せられる。

 

「そんな、なぜ———」

 

「しつこいっての...!」

 

宝石剣が光を放つ。

透明だった刀身は七色に彩られ、その中心から桁外れの魔力が生み出され、

 

「Es last frei.Eilesalve———!」

 

大空洞を、眩いばかりの黄金色が照らしあげる...!

 

「ふっ——————!」

 

接近を拒んでいた影の巨人たちを一掃し、凛は崖を上がり切った。

目前には間桐桜の形をした怪物。

黒き怪物は愕然と、ここまで駆け上がってきた人間の少女を凝視する。

 

「なんで———そんな、わけ」

 

...少女の呟きと共に、無数の巨人が立ち上がる。

その数は先ほどの比ではない。

少女の焦りか、それとも怪物の生存本能が告げているのか。

遠坂凛という、取るに足らない人間一人に対し、過剰といえる魔力が溢れ出す。

 

「———大盤振る舞いなこと。協会の人間がいたら卒倒するわよ。それだけの貯蔵力があれば、むこう千年は家を永続できるってね」

 

「———それを切り伏せる姉さんはなんですか。今のわたしは、姉さんの魔力の何千倍もの量を引き出せるのに。姉さんには一人だって(わたし)を消す魔力なんてないのに、なんで」

 

「どうしても何も、純粋な力比べをしてるだけよ。

 わたしは呪いの解呪なんてできない。単に、影を作り出してる貴方たちの魔力を、わたしの魔力で打ち消しているだけ。桜はともかく、貴方なら見て分かるでしょう?」

 

「それが嘘だっていってるんだ...!

 姉さんにそれだけの魔力はない。いいや、さっきから何度も放ってる光は、まるで」

 

かつて肉体を消滅されかけた、星の聖剣の光そのものではないか、と怪物は顔を歪ませる。

“ずるい“、“ずるい“と少女の意識が揺れ動く。

それを無理矢理押さえ付け、思考を巡らす。

 

あの剣はセイバーの宝具を写したものか?それとも私を殺すための限定武装———

いや、違う。

私はその光を恐れていない。

その剣、聖剣とも似ても似つかないその剣は()()()()()()

 

「説明が必要かしら。これはセイバーの宝具のコピーでもないし、怪物殺しの魔剣でもない。これはね、遠坂に伝わる宝石剣で、その名を」

 

「「ゼルレッチ」」...っ」

 

二つの声が重なった。

 

「そうか、宝石魔術...シュバインオーグに連なるものだったか」

 

「...なに、知ってるの貴方。じゃあ、説明するのも馬鹿らしいけど、要するに貴方の天敵よ。

 今の貴方は魂を永久機関にして魔力を生み出し続ける、第三魔法の出来損ない。

 そしてわたしは、無限に列なる並行世界を旅する爺さんの模造品、第二魔法のコピー品ってコト...!」

 

———宝石剣が振るわれる。

 

短剣は光を放ち、彼らを守る影を消滅させる。

 

それは、確かに単純な力勝負だった。

どのような魔術———いや、魔法を使ったのか。

 

今の凛は、確かに、怪物に匹敵するほどの魔力の貯蔵があるのだ。

 

光の衝撃により洞窟は激しく揺れる。

巨人は次々に引き裂かれる。

 

「っ——————あ」

 

「このままどっちかの力が尽きるまで打ち合いをするのも悪くないけど、貴方が動けないうちに終わらしてあげる。

 かかってきなさい。貴方が何をしてきてもわたしには届かない。

 荒療治だけど、ま、諦めてちょうだい。ちょっと強くなったぐらいで我儘放題したこと、後悔させてあげる」

「———!」

 

閃光が煌めく。

 

「っ...!

 まだまだぁ!!」

「Eien,Zwei,RandVercchwinden——————!!」

 

複数の巨人が展開されるが、圧倒的な光によってねじ伏せられる。

 

「————————————」

 

目の前の光景を、間桐桜は理解できない。

姉への恐怖だけで巨人を使役する。

それを容赦なく打ち払う光の剣。

 

間桐桜は怯え、混乱していた。/怪物は勝利を確信する。

それ故に気付かない。/それに気付いている。

遠坂凛の額の汗。

一撃振るうごとに腕の筋肉を切断していく、宝石剣の、その代償に。

 

「ははっ———愚かだ。愚かだ!

 ただの人の身で際限なく振るえるはずないだろう。貯蔵の差もそれでは意味がない!!お前の体が持たない!!

 わたしの、僕の勝ちだ。潔く砕けろ!!」

 

「———なら、大聖杯ごと砕くまで!」

 

両者の力は互角ではない。

遠坂凛と黒き怪物。二人の戦力差は変わっていない。

怪物の魔力貯蔵量は数億どころではない。時代の一生を持ってしても使えきれぬ量を、惜しみなく放出する。

 

振るわれる光。

千の魔力に対する千の光ならば、確かに拮抗することはできる。

だが、遠坂凛の魔力は百にも届かない。

その矛盾。

本来ならば成立しない拮抗を生み出すものは、言うまでもなく彼女が持つ“剣“の力だ。

 

一撃ごとに千の力を生み出し、更なる魔力を補充する光の短剣。

それは遠坂凛の魔力を増幅してのことではない。

彼女はただ、この大空洞に満ちる魔力を集め、宝石剣に載せて放ってるだけである。

 

「どうして...!!どうしていきなり、そんな都合よくわたしに追いつくんですか!《うるさいうるさい 出てくるな 出てこなくていい》 姉さんの魔力じゃわたしに飲まれるしかないのに...!《あああ 忌まわしき老害が!!》」

 

「それが間違いだっていうのよ。いくら出鱈目な貯蔵があっても、それを使うのは術者でしょう。

 分からない? どんなに水があっても、外に出す量は蛇口の大きさに左右される。

 アンタの敗因はね、間桐桜って肉体を選んだこと。あの子の瞬間放出量は一千弱。

 なら、どんなに貯蔵があっても、一度に放出できる魔力はわたしとさして変わらないのよ...!!

 それが思い浮かばないあたり、とんだ三流ねアンタ!」

 

「っ—————————」

 

「だから! わたしが用意するのはアンタと同じ貯蔵量じゃなく、毎回一千程度の魔力でいい...!

 そんなバカみたいに肥大な魔力なんて、今のアンタには宝の持ち腐れよ———!」

 

なるほど、確かにこの大空洞に満ちる魔力であれば届く.

一度きりならば魔力の助けを借りて巨人を退けられるだろう。

 

———だがその後は続かない。

 

大気に満ちる魔力とて有限だ。

使い切ってしまえば人間と同じ、その回復には膨大な時間が必要になる。

 

この大空洞で、遠坂凛が怪物に対抗できるのはたった一度きりのはずである。

 

———だが。それが、もし、仮に。

 

ここに、もう一つの「大空洞」があるとしたら、対抗できる回数はもう一度だけ増えることになる。

 

その“もしも“を実現させるのが彼女が持つ宝石剣の力。

合わせ鏡のように連なる「ここと同じ場所」に穴をあけ、そこから未だ使い切っていない「大空洞の魔力」引き出す。

文字通り、平行世界の運営を司る第二魔法の力の一端。 

 

「デタラメがぁ....!」

 

「どう、わかった? そっちが無尽蔵なら、こっちは無制限ってコト....!!」

 

...何度目かの地響きが木霊する。

凛の宝石剣は影を斬り払うだけではない。

その余りある火力で、少しずつ大空洞を崩壊へと導く。

 

そうなっては大聖杯を飲み込むという怪物の目的を果たせない。

このまま徒に戦いを続けてしまえば怪物の敗北となる。

仮に、遠坂凛の体力が尽きるまで攻め続けたとしても、その後に待つのは洞窟の崩壊なのだ。

 

「は———あ、あ———」

 

...影が止まる。

大きく肩を揺らし、苦しげに吐息を漏らして、怪物(間桐桜)は悠然と佇む姉を睨む。

 

「...舞い上がっていた頭も、これで少しは冷えたでしょ」

 

「...何で、何で、何で ——————何でそうやって都合よく! そんなのって不公平です!!」

 

繰り返される攻防。

無意味と知りながら、自らの首を締めると理解しながら、桜は叫び続ける。

 

長く、長く鬱積し続けた、唯一の肉親への恨みを。

 

「良いなあ姉さんは、運命も人徳も正しさも、いつでも綺麗なものばかりに囲まれて!

 いつもいつも姉さんばっかり愛されて。正しいなら、綺麗なら汚くなったわたしを殺したっていいんですか!」

 

(幸せになりたかった)

 

「褒めて欲しかった!羨ましかった!遠坂の家に残った姉さんが憎かった!!

 良いじゃないですか、一度くらい。一度でいいから、姉さんに勝ちたかった。褒めて欲しかった。頑張ったねって。ただそれだけだったのに...!

 なのにどうして、そんなことも許してくれないんですか.....!!」

 

(おかえりって言って欲しかった)

 

「帰りたかった。わたしの家はすぐそばにあるのにっ!

 同じ姉妹で、同じ家に生まれたのに、どうしてわたしだけ...」

 

(もう一度、会いたかった)

 

「何で、何で、こんな役を押し付けられないといけないんですか。

 わたしは、人間になりたいだけなのに。

 人間として生きていたいだけなのに!」

 

泣いている。

泣いて縋ってくる怪物を、彼女は無言で切り伏せる。

 

「わたしのせいじゃない。わたしをこういう風にしたのはお爺様(妖精)で、わたしのせいじゃない...!

 何で救ってくれないんですか! 何で見てくれないんですか! 何で奪っていくんですか!

 わたしだって好きで怪物になったんじゃないのに...! みんなが、お前たちが追い詰めるからこうなるしかなかったのに...!」

 

もう、ぐちゃぐちゃになった言語を

 

 

「——————ふうん。だからどうしたって言うの、それ」

 

 

同情など、彼女は一切せず切り捨てた。

 

「そういうこともあるでしょ。泣き言を言ったところで今更何が変わるわけでもないし、怪物になったのならそれはそれでいいんじゃない?

 だって、散々楽しんだでしょ、アンタ達」

 

冷酷な全肯定。

...怪物の叫びは、行き過ぎてはいたが、温かさを求めただけの行為だった。

 

それを否定された。

怪物であることを肯定された。

 

そうなったのは運が悪かっただけ。そうなったのはお前が弱かったからだ、と。

 

「よくも——よくも、そんな——]

 

「ごめんなさいね。アンタの気持ちなんか分からないし、正直言って興味もないわ」

 

それを合図に遠坂凛は走り出す。

 

怪物は動けない。

間桐桜の意識と怪物の意識が一致しない。

迫る脅威をただ見つめることしかできない。

 

狙うは心臓。

そこに宝石剣を魔力を一斉に放出させる。

いかに強大な力があろうと、依代にしているのは一人の少女。体ごと爆散して仕舞えば再生は困難なのだ。

 

「————————ひっ」

 

遠坂凛はあっさりと間合いをつめる。

...確実に殺った。

これでおしまい、と短剣を振り上げ、

 

 

 

 

——————あ、ダメだこれ。

 

 

 

 

自分の敗けを、悟ってしまった。

 

 

———ずん。

 

と、鈍い音がした。

 

 





さて、次回の桜と怪物は

『悪役』

の予定です。なんとかこの話で最終回にできればいいなと考えています。


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あったら良かったのに

バレンタインは過ぎちゃいましたけど、FGO編で描く予定のアタランテと彼の話をチラッと書きました


 

「ここで待ち合わせか」

 

待ち合わせは噴水の近く。

少し早めに着いてしまったのでベンチに座り時間を潰すとする。

 

「...だが、わざわざ待ち合わせをする必要などあるのだろうか」

 

そもそもここはカルデア内のシミュレーションの中だ。

ダヴィンチの気まぐれで水族館とやらを再現したようだが、私には関係のない話だと思っていた。

 

しかし

 

『あっ!そうだ!

 アタランテさん、よかったら一緒に行きませんか!』

『わ、私か? 汝にはマシュや...あの人がいるだろう。私よりもそちらを優先した方がいいのではないか?』

『ううん!アタランテさんと行きたいの!』

『そうか、誘ってくれるのであれば断る理由はないのだが...』

『やった。それじゃあ決まりですね!...ふっふっふっ』

 

マスターが、何を企んでいるかは知らないが、子供からの好意を無碍にすることは出来まい。

主従関係を良好にする為にもいい機会だろう。

 

それと彼女の要望として、わざわざメディアに貰った現代服を着ている。

まあ、いつもの格好ではこの場に似つかわしくないから、と納得する。

 

「しかし、これではまるで学生だな」

 

改めて自分の服装を見る。

白と黒のセーラに緑のパーカー。耳を隠すための帽子。パーカーには、ご丁寧に私の顔をデフォルメまでしたワッペンまで着いている。

お陰でこの空間に馴染めているので口には出せないが、なんというか、些か少女趣味が過ぎるのではないだろうか。

 

辺りを見渡す。

シミュレーションにしてはよく出来ているもので、親子連れや恋人同士など多種多様な人々でごった返している。

見てると眩しくて、目を背けてしまいそうになる。

 

『...今度、彼を誘ってみようか』

 

誘ったところで来てはくれないだろうな、と心の中で苦笑する。

一体、どこで間違えてしまったのだろうか私たちは。

あの時に引き留めていれば、何か変わっていたのだろうか。

 

と、ありもしないことに耽っていると誰かが近づいてくる気配がした。

席を立ち、その人物に声をかけようとして...

 

思考が止まった。

それほど予想外だったからだ。

 

「...な、なぜ汝がここに.....?」

 

そこには、同じように現代服を着こなした彼が居た。

 

「モンスター....!」

 

彼も予想外だったのか頭を押さえながら口にした。

 

「...立夏に呼ばれたんだよ。君こそなんでここに?」

「私はマスターとこの水族館に行く予定だったんだ...が」

 

すると、通信端末にメッセージが届いた。

 

『お父さんをよろしくお願いします!』

 

...謀ったなマスター。

 

「立夏から水族館に行くから着いてきてと言われたんだ。ちゃんとオシャレもして来てねって...まったく」

 

不機嫌そうな声で彼は答える。

いつもと違い、外出用に着替えているようで、この空間にも違和感なく溶け込んでいる。

 

困った、おそらくマスターは来ないだろうし、何せ突然のことなので会話も続かない。

だが、こうして二人きりなのだからチャンスは生かさねばならない。

折角の機会なのだ。

彼と一緒の時間を過ごしたい。

 

が、

 

「...帰ろうか」

 

「え、」

 

そんな私とは裏腹にもう用はないと言わんばかりに彼は背を向ける。

 

「君の時間を無駄にできないからね。あの子が迷惑かけてすまなかった」

 

彼はそう言って去ろうとする。

まただ、また私から逃げようとする。

何度話しかけようと、何度距離を詰めようとしても、こちらに目もくれず逃げ去ってしまう。

拒絶されているのはわかっている。話すら聴いてくれないことも。彼が忘れたくてそうしてることも。

 

それでも、私は

 

「———ま、待ってくれ」

 

駆け寄り、彼の裾を掴む。

そうして口にする。

 

「よかったら、私と水族館に行かないか?」

 

彼の方へ再び歩み寄る。

 

「.......」

 

少し驚いたようにこちらを見つめてくる。

その目から逸らさないように見つめ返す。

 

「それとも、私と一緒は...嫌、か?」

 

できれば、目を背けて欲しくない。から、もう一度しっかりと彼の目を見つめ返した。

彼の歩みは止まる。

悩ましそうにこめかみを押さえながら、否定した。

 

「そういうわけじゃ...ない」

「なら、一緒に行こう」

「...しかし、折角の時間をこんなことで過ごすのは...」

「いいや、私は行きたい。汝と共に、この時間を過ごしたいんだ」

 

本当はどこだっていい。

汝と共に居れるならどこへだって。それだけで私は心が満たされる。

 

「...ワタシはやることがある。忙しいんだ」

「今日は食堂の当番ではあるまい?」

「...林檎の様子を見なければ」

「心配ない。今、マスターから連絡が来た。

 『マシュと二人でお世話するのでお父さんは心配しないでね』...っと写真付きで。ふふっ、随分と親想いの子だな」

「なっ」

 

お節介にも程があると、愚痴を零す彼。

うん、後でマスターには改めて感謝を伝えねばならない。

お陰で観念したみたいだ。

 

「はぁ...分かったよ、今日は君に付き合うよ」

 

「———本当か!」

 

鼓動が高音る。

相変わらず私には笑みすら見せず、無愛想な顔だがそれでもよかった。

今日をきっかけに、また距離を縮めることができるかもしれない。

そう思い、私を見つめる赤い目に笑いかけた。

すぐにフイッと逸らされてしまったが、少しだけ目が緩んでいた気がした。

 

彼は水族館の方へ足をむけ歩き出す。

 

「ほら行こう。時間は限られている」

「あっまっ、待ってくれモンス....」

 

クラス名で呼ぼうとすると彼はピタッと足を止める。

 

「...名前」

 

「え?」

 

「ここじゃあ、似つかわしくないだろうソレは。気分が台無しだ」

 

それもそうだな、と頷く。

再現といっても周りの人には違和感を覚えさせるだろうし、他人行儀に感じてしまう...なんとなくむず痒いが、久しぶりのように口にする。

 

「...メラニオス?」

 

かつての名を口にする。

彼にしてみれば捨ててしまった名前。

一瞬、顔が歪んだように見えたが

 

「.....行こう」

 

と短く言葉にし、はぐれないためか私の腕を引く。

しっかりと、けれど優しく握られた温かい手。

頰が紅潮する。

けれど、これは羞恥からくるものではなく、また別の感情のものだ。

 

私は手だけではなく、身体まで彼に寄せる。

この行動を彼が拒絶することはなかった。

 

 

二人は共に旅をしましたが深い海の底を見ることはありませんでした。

きっと、水族館で美しい景色を見るんでしょう。




的なお話をFGO編で出来たらいいなと思っています。
今までの彼とは少し違う道を歩んだ主人公。人としてではなく人喰いの怪物として。
もし、アタランテに抱いた感情が恋、ではなく憐憫だったら見たいな感じのIFのお話になる予定。
他の英雄との関わりも多めに書きたいなあ。失踪しなければですけど。


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桜と怪物 「悪役」

最終回には出来なかったよ


...殺される。

 

躱す余裕などなく、宝石剣で心臓を突き刺されると理解できた。

体は反撃を試みる。だが、間に合わないだろう。

 

“——————殺される、んだ“

 

恐怖はなかった/怖い、怖い、怖い。

他人に傷つけられるのは慣れている/嫌だ、嫌だ、嫌だ。

見慣れた光景だ。ひどく当然な結果/姉さん、姉さん、姉さん。

 

放出された魔力は体を破裂させるだろう。

痛いのは嫌だなあ、と目を瞑る。けど、このまま消えてしまえば、わたしたちはそれなりに楽だろうと少しだけホッとした。

 

「———あ?」

 

けれど痛みは来ない。終わりは来ない。

代わりに、とても温かい気持ちになる(それを怪物は理解できない)

その正体が何であるか気がついた瞬間。

 

間桐桜は消えかけていた意識を取り戻した。

 

 

抱きしめられていた。

今にも崩れ落ちそうな癖に、しっかりと優しく、力強く。

腹を食い破られ、ポタポタと血を流す遠坂凛が少女の体を抱きしめている。

 

「...あーあ。人のこと言えないな、わたしも」

 

ぼんやりとした声。

それは少女が求めていた、温かくて優しい、姉としての遠坂凛の声。

 

なんてことはない。

凛は、ここ一番というタイミングで気づいてしまった。

たとえ変わり果ててしまっても、目の前で間桐桜を見た途端、自分には桜を殺せないなー、と肉親としての情を、当たり前のように感じてしまった。

 

「...ねえ、聞こえてる桜?

 ごめんね、最後まで勝手な姉貴で...本当にごめんね」

 

もっと早く気づくべきだった。

自分はこんなにも桜を愛しているのだと。

 

「桜の事が好きだし」

 

(わたしは嫌いでした)

 

「いつも笑って欲しかったし」

 

(泣いちゃえって思っていました)

 

「....わたしが辛ければ辛いほど、アンタが楽できているんだって信じてた」

 

(いつも、いつも、姉さんに助けてって言ってました)

 

一生で一度だけの、姉妹の抱擁。

凛は自らの腹部を貫いた妹を、二度と手放さないように、優しく抱き留める。

 

「—————————助けてあげられなくて、ごめんね」

 

...体温が消えていく。

恨み言など一つもない。

凛は、自分の死ではなく、抱きしめた少女を救ってやれない事だけを後悔し、

 

「...それと、ありがと。 そのリボン、ずっと、着けていてくれて、嬉しかっ....」

 

舞い散った赤い花のように、祭壇に崩れ落ちた。

 

「......」

 

重みが消えた。

あれほど暖かった体温と一緒に、姉だった人が消えた。

 

「...何だっていうんだ。驚かせやがって」

 

もう一人が口を開く。

 

残念そうに、姉だったものを見下ろしている。

彼は、先ほどの攻防がまるで無かったかのように、再び大聖杯の方へ体を向ける。

 

「良かったね、サクラ。これで君を縛るものが一つ消えた」

 

深い意識の底で二人は向かい合う。

名前も、顔も、何もかも不確かな怪物は嬉しそうに、少女に話しかける。

 

「———、もう」

 

少女の苦悩は少女だけのものだ。

それを理解し、解放することなど他人にはできない。それは怪物も同じことだ。

結局のところ、分かり合えるはずなどないのだ。

 

もういいです

 

「は?」

 

...何処で間違えてしまったのか。

全部あったのだ。

あんなに求めていたものは、本当はすぐ近くにあった。

 

「違ったんです。 わたしは姉さん...お父様がいて、お母様がいる、あの家に帰りたかった。ただ、家族といるあの幸せだった家に帰りたかっただけだったんだ....」

 

それを、あんなに想ってくれていた家族を、わたしが———自分の手で壊してしまった。

 

「あなたも、同じでしょう?」

 

怪物を見る。

彼は怒っているのか、泣いているのか、その表情は霧がかったようで分からない。

 

帰りたい。

それはそう。確かに怪物は帰りたがっている。

 

しかし、少女と違う点が一つある。

それは、

 

「...人が人を忘れる順番を知っているかい? 最初に声、次に顔、そして最後に思い出を忘れてしまうんだ。

 うん、帰りたいさ。でもね、もう思い出せないんだ。

 僕は誰を愛していたんだろう。どこに帰ればいいんだろう...もう疲れてしまった」

 

怪物は帰る場所なんてとっくに忘却してること。

故に諦めている。

何千年も探し続けたところで、過去へは戻れない。

手を伸ばそうにも届かない月のように、そこへは戻れないのだ。

 

「まぁ...君たちの家族愛?、うん、綺麗だね。 僕にもそういったことを大切にしていた時があったのかもしれない。久しく忘れていたよ」

 

だから、終わることを選んだ。

決して帰れないというなら、もうどうでもいいのだ。

怪物としての役目を終えて死ぬ。

それでこの物語はエンディングを迎える。

 

「———けどね、サクラ...それは都合が良すぎるだろう?」

 

怪物は桜の首を掴む。

 

「今更引き返したところでもう遅い。

 勿体ない、お前につながる胎児を堕すのは。なら僕が貰う。その胎盤ごと喰い千切って、この星全ての敵となってくれよう...!」

 

「———あ、ああ」

 

見下ろされる桜はもうどうすることもできず、ただ食らわれるのを待つのみ。

目の前にいるのは自分の味方などではない。

正真正銘、悪としての怪物なのだ。

 

大きな口が開かれた、その時

 

「——————桜ッ!!」

 

正義の味方がやってきた。

 

 




よければご感想など頂ければ幸いです


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桜と怪物 「正義と悪」

今の怪物は羽化直前の虫。連戦はちょっとキツイのです。


ドオン、と。

荒野のどこかに、大きな岩が落ちた音を聞く。

 

———震動は続く。

 

それが遠坂によるものなのか、怪物のものかは走り続ける自分には判らない。

 

「はっ———はぁ、はぁ、は———!」

 

後ろのことなどどうでもいい。

一心不乱に、泥に塗れながら崖を駆け上がって、

 

「———桜ッ!」

 

自分が一足遅かったことを悟る。

 

「....ああ、負けたんだ、アル」

 

その声は、俺に向けられたものじゃない。

先程、俺の手で殺めたセイバーへの言葉。

あいつは俺を認識しているのかすら怪しい。

 

だから、俺は桜に話しかける

 

「桜、大丈夫だ。遠坂は死んでいない」

 

———まだ、諦めるには早すぎる。

 

遠坂はかろうじて息をしている。

脇腹からの出血は酷いが、今から運び出せばまだ救える。

 

「...あ——————え?」

 

桜の目に光が戻っていく。

 

怪物の拘束が和らいでいく。

 

桜はようやく、目の前にいる俺と遠坂を視界に収めて、ほう、と安堵の息を漏らして.....また、黒い影に覆い隠される。

 

「———で? 今更やってきて騎士気取りかい。いやあ、素晴らしい。円卓の騎士も手を叩いて賞賛するだろう。妬いちゃうよ」

 

再び怪物の影が発現し、桜を抑え込む。

 

「それで?、何ができるんだい、ただの子供が。もう、正義の味方は飽き飽きなんだ」

 

あの怪物にとって、桜は必要な体だ。

桜を取り戻そうとすれば、怪物がそれを許さない。

桜を救いたいのであれば、あの怪物を桜から引き剥がさないといけない。

 

「...違う。俺は、正義の味方なんかじゃない」

 

桜は桜だ。

どんなに変わり果ててしまっても、その芯は変わらない。

...桜をああしてしまったのは俺だ。

 

あの時...怪物に取り込まれた桜を恐れず、ぽかん、と叩いていたらこんな事にならなかった。

 

「俺は、桜の——————桜だけの味方だ!」

 

聖骸布を解く。

歯を食いしばる。

投影魔術。自身を削る魔術。

俺の全てをかけて、桜を取り戻す!

 

「聞こえるか、桜!!

 俺は桜が好きだ。お前の罪の所在も、重さも、俺には判らない。けれど何度だって手を伸ばす!

 たとえそれが偽善だとしても、好きな相手を守り通す!!」

 

『せん、———ぱい』

 

撃鉄を起こす。

 

「っ——————くくっ、ふふははははぁ!!

 その身体でか!? 只の人、それも子供のお前が!?

 聖杯と繋がり無限ともいえる魔力、最強格の霊基を持つワタシにか?」

 

笑う、笑う。

怪物は俺を口汚く嘲笑った。

 

「良い良い、最後の余興にはもってこいだ。その蛮勇、その愚行に応えようではないか」

 

怪物の背後が揺らぐ。

黄金の波紋が出現し、無数の宝具が湧き出す。

 

「ではな。 存分に踊り狂え、()()

 

赤い目が細まる。

 

アインツベルン城で見た、黄金のサーヴァントの力。怪物はその力を所持している。

十、百...数え切れないほどの砲門が俺に向けられる。

 

それら全てを読み取り、投影を開始する。

その工程は一瞬で終わる。

 

———覚悟したところで、恐怖心は消え去らない。

 

俺は桜を救う。

 

———自分が消えゆくことが怖くて怖くてたまらない。

 

その後は...わからない。

自分がどうなるかなんて、考えたくもない。

 

———赤い後ろ姿が見える。

 

それでも、と。

足に力をいれ、魔力を回し、目の前の敵に手を伸ばす。

 

千の砲門から宝具が撃ち出される。

それは絶対の死。

たとえサーヴァントであろうと抗うことは難しいだろう。

 

「——— I am the bone of my sword.」

 

魔力が荒れ狂う。

構わない。

 

向かいくる千の宝具を、千の贋作を以て相殺する。

 

「はっ——————!」

 

繰り出される長刀に長刀を合わせる。

互いの剣は相殺され、大気に破片を撒き散らす。

 

「なっ————————」

 

怪物はまたもや驚嘆の声を上げた。

 

(なぜだ、なぜ子供如きが抗うことができる?)

 

全砲門を少年に集中させる。

 

撃ち出される千の宝具。だが、それを自由自在に選び出すことは出来ない。

王の宝物庫を今の怪物は開くことはできる。

だが、その財の数々を把握できる目は持ち合わせていない。それは王にのみ許された特権。

一所有者である怪物には出鱈目に撃つ出すしか出来ないのだ。

 

それでもその量は過剰とも言えるほど数。

抗うことなどできないはずなのだ。

 

「おのれ、調子に———ちっ」

 

少年とは別に黒い影が怪物に迫る。

 

高速で駆けるもう一人の怪物は、宙に放たれる宝具を器用に避け、地表上空、前後左右から目まぐるしく襲いかかってくる。

だが、怪物の体を傷つけようとはしない。

ライダーと少年はただ怪物の数の暴力を受け流し、防ぎながら近づいてくる。

 

甲高く鳴る金属音。

響く鎖を操り、ライダーが迫る。

所詮は、小さな跳ね蟲。

平然と構えていれば、逃げ切れる。

いかにライダーが飛び回り、撹乱しようと砲門へ意識を集中させればいいのだ。

 

———そのはずなのにっ!

 

ライダーは怪物の周りを飛び回りながら、その瞳を開く。

彼女の目は魔眼である。

その中でもかなり上位に位置する宝石ランクの“石化の魔眼“。

その瞳に捉えられた者は、身体中の血液すら石化してしまう。

 

対魔力など無いに等しい怪物はそれに抗うことができない。

 

一瞬、思考が石化する。

その間に少年は前に進む。

 

「ぎ、ず......つつつつつつつ!!!!」

 

こわ   。

かくじ 、とりかえしのつ  ものが、コワレテイク。

 

宝具を投影するたびに何もかもが消えていく。

もとより、数回の投影で体は限界のはずなのだ。その限界すらも超え、宝具の嵐を駆け抜ける。

ライダーのおかげもあって一瞬の隙間を突くことができる。

およそ数十メートル。その永遠とも思える距離を徐々に詰めていく。

 

 

「何故だ、何故だ、何故何故何故!!!」

 

気付かぬ間に攻守が入れ替わる。

一瞬、思考が停止したかと思えばいつの間にやら詰められる距離。

押し負ける。

一切出鱈目な力で、怪物は只の子供に押し負けようとしている。

 

「何故当たらない!」

 

さらに砲門が機能しない。

まるで少年を避けるように、撃ち出された宝具はその横を掠めていく。

 

「まだ分かりませんか?」

 

背後からライダーの声がする。

 

「あなたの中にはサクラがいる。

 彼女が、愛する人を傷つけまいと必死にあなたを押さえつけている」

 

再び思考が停止する。

何故だ、何故だ、完全に押さえ込んだはず。

この娘は何故!?

 

『ごめん、なさい』

 

思考が回復する。

既に少年は目の前に迫っていた。

 

「——————天の鎖(エルキドゥ)!!」

 

縋るように手を振り上げる。

咄嗟に叫んだのはもはや姿形すら思い出せぬ友の名。

その名を冠した鎖は少年を縛るために放たれる。

 

が、

 

「——————なん、で」

 

その鎖は少年に向かわず、あろうことか怪物自身を縛り上げた。

王曰く、神を律する為だけのこの鎖は神性が高い程抜け出すのが困難になる。僅かとはいえ、神性を所持する怪物にとって致命的な隙が生まれた。

 

『——駄目だよ、クル。

 そんな事、君も望んでないだろう?』

 

 

前へ。

前へ、進む。

怪物は鎖に囚われ、宝具の雨は止んだ。

 

桜は目の前にいる。

 

『...先輩、わたし』

 

...投影、開始。

思い浮かべるのは一つだけ。弓兵の記憶にある一つの短剣。

衛宮士郎に残った魔力を、全てその複製に注ぎ込む。

 

最後の投影。

契約破りの短剣を振り上げる。

 

「————貴様、それは知らない知らない、なんだそれは!!?」

 

雑音が聞こえる。

けど、関係ない。

 

「帰ろう桜。————そんな奴とは縁を切れ」

 

これが、彼女たちに、下される罰になるように。

一息で、心臓を突き刺した。




よければ感想など頂けたら励みになります。

次回 「エンディング」

「...あの光に比べれば輝きは劣るが、——————綺麗じゃないか」



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桜と怪物 「前置き」

嵐を伴った夜が来た。この世界においては、とても珍しいことだ。

窓に打ち付ける雨粒は、耳を伏せたくなるようなやかましい音を立てている。

ゴー、ゴー、と唸る嵐は狩人の住む家を薙ぎ払わんばかりの勢い。

その家には一人の狩人がいた。

年は十代後半に見える。身にまとっているのは古めかしい意匠が凝らしたインナーと緑のスカート。そして、獣の耳を生やしている。

一人で住むには些か広いと言えるこの家に狩人は居た。

狩人は窓の外を見ている。真っ暗で、何も見えない。雨粒が窓を埋め尽くしているだけである。

それでも、狩人は窓の外を見る。別に何が見えるか、何が見えないかは、たいした問題ではない。

窓の外を見る。その行為は、生前からの習慣になっている、それだけなのだ。

狩人は待っている。

誰かが帰ってくるのをいつまでも待っている。

窓の外を見るのは、もしかしたら、という淡い希望に過ぎない。

結局、待ち人は現れず、それで終わり。

その日もそのはずだった。

 

“コン、コン“

 

玄関扉を叩く軽い音。どうやら何者かが訪ねてきたらしい。

狩人の時間が止まった。

聞き間違いか、と身構える。しかし、再び叩かれる扉。

外からは嵐の轟音に遮られているものの、中に入れてくれと言っているようだった。

——————私は、このドアを開けてもいいのだろうか

少し時間を置いてから狩人は玄関へと向かった。

 

扉を開けるのは大変だった。外の風が強すぎるのだ。まるで開けさせてなるものかと、誰かが、扉を押し返そうとしているを錯覚するほどだった。

人ひとりがようやく入れるほどの隙間が開いた時、音の主が転がり込んできた。一緒に突風と大量の雨粒が入ってきた。そのせいで家の中が酷く荒れてしまう。

『ありがとう、助かったよ』とその者はまとっていた黒いローブを脱ぐ。

見た目は狩人と同じく十代後半といったところだろうか。

黒く輝く髪に目がいく。まるで夜の闇がそのままやってきたと思うほど、綺麗だった。

中性的な見た目だった。一見すれば女か男か判断できない。だが、狩人は男だと判っている。彼は雨風に長い間晒されたのだろう。唇は酷く紫がかっていた。

 

『ごめんね、こんな夜に扉を不躾に叩いてしまって』

 

申し訳なさそうに男は答えた。

それを横目に狩人は言った。

 

『ここに他人が来るのは珍しい』

 

男のことなど、まるで知らないような口ぶり。

男は苦笑しながら『そうだろうね』と返した。

 

『なにか拭くものと...着替えを用意しよう。そこに暖炉がある。暖まるといい』

 

男は礼を言った。

 

狩人は体を拭ける布と、家に残されていた男物の服を持って、部屋に戻ってきた。男はまとっていた衣服を脱いで暖炉のそばに座っていた。衣服は蛇の抜け殻のように放ってある。

軽く身を隠すように布を羽織りながら男は微笑んだ。

 

『見苦しいものを見せてごめんね。でも許しておくれ。雨を吸った服はどうにも気持ち悪くてね。体に張り付いて、さらに重いんだ』

 

布と服を渡して、狩人は言う。

 

『私は...構わないが。随分と無防備だな』

『ふふっ、別に襲われはしまい。それとも君が僕を襲うのかしら?』

 

悪戯な笑みを男は浮かべる。

狩人は目を細め、

 

『...私は汝の正体を知っている』

 

暖炉の横に掛けてあった弓を取り、言った。

男は目を伏せ、

 

『そうだね、———僕は“黒き怪物“。星に忌み嫌われ、神々を喰らったもの...だった』

 

だった、と男は言う。

それはつまり、今は違うということだろうか。

 

『だから、君が弓を放つ必要はない。勿論のこと、君に危害を加えるつもりはないし、こちらの用が済めばすぐに出ていくさ。反撃する力だって持ち合わせていないとも。

 今の僕は、人として死んだ怪物の残滓にすぎないのだから』

『人として...?』

『うん。あれから色々あったんだ』

 

男と狩人の時間は違う。

もう二度と重なることはないのだ。

 

狩人が住んでいるのは俗世間とは切り離された場所。

ただ、愛した男を待つだけの場所。

 

『まあ君は知らなくて当然だね』

 

男は再び苦笑した。

そして、窓を見る。

 

『日が登るころには、嵐は過ぎ去るだろうか?』

『どうだろうな。ここまで荒れたのは初めてのことだから、私が答えることはできない』

 

嵐は相変わらず吹き荒れている。

きっとこの時だけが、男に許された奇跡なのだ。

 

『汝がここに来られたのは、奇跡だ。その奇跡がこの家で、暖をとることを許している』

 

狩人は男に向かい合って座り、そして、少し時間を空けて言った。

 

『もしよければ、汝の話を聞かせてはくれないか』

 

狩人は男を見る。

 

『彼を待っている時間の暇つぶしにはなるだろうからな』

『...待っている?』

『ああ、愛した彼を待っているんだ。

 なんだか、汝を見ていると彼の事を鮮明に思い出してしまう』

 

と狩人は答える。

男は目を伏せ、

 

『それは、その、つまり』

『ん? ああ、誤解するな。まだ生きているさ。きっとどこかで。まあ、私のことなど忘れてしまっているだろうがな』

 

『忘れていて欲しい』、と狩人は言った。

男の正体をわかっていてなお、狩人はそう言った。それが、目の前の現実を認めたくないという悪あがきなのかどうかは、彼女にしか判らない。

しばしの沈黙。

男は口を開けなかったし、狩人もこれ以上続ける気はなかった。

 

『面白い話じゃなけど、いいかな?』

『...残念だが、仕方ないな』

 

男はしばらく黙っていたが、覚悟を決めたように話し始めた。

 

『...僕は悪だ。人をたくさん殺し、喰らった。罪を問わず、善悪から目を背け、謀り、愚かな行為を繰り返した。それは全て自分のため。一つの約束のためにだ。...後悔はない。この場所に辿り着いた今でもね』

 

これから話すのは、

 

男にとっては、かつて愛したものへ向けた懺悔であり

狩人にとっては、耳を塞ぎたいほどの醜聞である。

 

『———たとえ、やり直しができたとしても、僕は同じ道を歩む』

 

そして、男は自身の最期を語り始めた。

 

 



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桜と怪物 「トゥルーエンド」

感想もらえたら嬉しいです。




引き剥がされる。

桜の体に入り込んでいた怪物は、押し出されるように散っていく。

契約破りの短剣。

あらゆる魔術効果を初期化し、サーヴァントとの契約すら破る宝具。

それは桜の命を奪わず、彼女を縛り付けていた契約だけを破戒した。

 

「せん、ぱい」

 

生きている。

桜は五体満足で生きている。目立った外傷もなく、いつもの彼女のままで。

 

遠坂———遠坂の方を見る。

 

出血は止まっている。傷口も塞がりつつある。大丈夫、あいつには真っ当な魔術刻印がある。

刻印は遠坂家が遺してきた魔術の結晶だ。所有者が意識を失っても、易々と死なせはしない。

 

あとは、ライダーに任せt...

 

大空洞が再び揺れる。

 

「...そりゃあ、終わらないよな」

 

まだ追い出しただけだ。

俺ができたのは、あくまで奴と桜との契約を破っただけ。

肝心の奴はまだ死んではいない。

 

 

大聖杯から溢れた魔力が形を作り始める。

現れたのは、一人の青年。

桜という依代を失った、黒き怪物である。

 

「........」

 

怪物は今にも消えそうなほど青白い顔で少年を見る。

既に決着は付いている。

間桐桜という依代を失った怪物は、この世界に顕現し続けることはできない。自身の魔力消費が供給量を上回り、じきに霧散する。

 

「君の、勝ちだ...満足して逝け」

 

それでも、自身の役目を果たす。

 

怪物は手をかざす。

その手に集まる大気中の魔力。この空間ごと消失させるには十分な量だ。

 

少年は立ち上がる。

今度こそ、怪物を消すために。

アレはこの場で、跡型もなく消し去らねばならないものだ。

 

「——————、ごほ」

 

息が止まっている。

大丈夫...あと一回だ。たった一回投影をするだけで、全部にケリがつく。

手を構える。

これで全てが終わる。

 

「—————————、っ!!」

 

怪物の手から魔力砲が放たれる。

地表を抉りながら少年を丸呑みにしようと、津波となって襲いかかる。

 

「———投影(トレース)開始(オン)

 

検索。選出。解析。投影。

俺はただ、投影するためだけの機械となる。

使うべきもの、選び出すものは決定している。

あの怪物を倒すために、(アーチャー)が知る中での、最強の宝具を。

 

少年の右手に光り輝く一振りの剣。

その真名を以って、この瞬間真実と成す——————

 

「“約束された勝利の剣(エクスカリバー)——————!“」

 

繰り出される白き光。

それこそは星の息吹。命の奔流。

奇しくも一万四千年前に怪物が相対した星の勇者と同じ状況。

 

しかし、力は拮抗する。

 

いかに完璧な投影であろうと、偽物は偽物。

決して本物には成れない。

 

「ぎ——————ア      、 ———!」

 

跳ね回る左腕と、左肩から体内に打ち出される弾丸。

抑えきれない魔力はザクザクと体内で跳弾し、

消しゴムのように、エミヤシロウを塗り替えていく。

 

「ググググッ————— !!!!!!」

 

光を押し返す。

なに、あの光には遠く及ばない偽りの聖剣にすぎない。

自身の身体が壊れていくのをお構いなしに、怪物は全力を込めて放射を続けた。

 

この戦いに意味はない。

強いて言えば、ただの八つ当たりである。

あと一歩のところで邪魔をされた少年に対して、正義だというなら悪である自分を討ってみろ、と。

それが相打ちだろうと、怪物の勝利で終わろうと、もはや意味を成さないのだから。

 

だが、勝負は着く。

 

「あ、あ—————— 、」

 

拮抗していた白と黒が僅かにブレる。

 

怪物は自身の異常に気付いた。

 

胸に刺された契約破りの短剣。

それは少女と怪物の繋がりを断つだけではなく、丁寧に丁寧に一個ずつ、怪物を蝕んでいた呪いを解呪していった。

数万もある呪いは徐々に徐々に消え去り、怪物を人の姿に復元していく。

その度に黒い極光は聖なる光に飲まれていく。

 

「ははっ、冗談だろ.....もっと早く...遅すぎるよ」

 

もっと早く出会っていれば、なんて、そんな世迷言が浮かぶ。

光が近づくたび、力は失われていく。

 

数秒後、怪物からは完全に呪いは消え去った。

 

そうして、怪物はただの人になった。

 

もう抵抗しない。

伸ばした手を引き戻し、ただ受け入れる。

聖剣の光は、もう目の前に———

 

 

 

少年は吠える。

体内の痛み、自分が失われていく恐怖を追い返さんと絶叫する。

 

「あ、アア、ああアアアアアアアアア—————————!」

 

叩きつけられる魔力。

それは完全に極光を押し返し、

 

(...あの時の光に比べれば輝きは劣る、が)

 

黒い極光を打ち砕き、

空洞を眩いばかりの白色に染め上げた。

 

(—————————綺麗じゃないか)

 

 

 

 

——————ああ、アホらしい。つくづく上手くいかない。

 

まあ、散々思い知ったことではあるけど

 

悪事なんて、所詮そんなもの

 

「...して」

 

後悔はない。

これは望んでいたこと。結果は思うようには運ばなかったが、一つの結末としては

 

「...どうして...」

 

笑えるだろう?

 

「どうして、なんで...お願い、上手くいって...!」

 

だからさ、なんで泣くんだよ。

笑えばいいのに、その権利はあるだろう、君には。

 

「ライ、ダー。お願い、回復が上手くいかないの...助けて、お願いっ」

 

「...サクラ。無駄です、その男はサーヴァントではないのですから」

 

ああ、もったいない。

せっかく綺麗な顔なのに、歪めちゃあいけない。

 

それに、

 

「..........なにをしてるの?」

 

「回復をっ...ごめんなさぃ、う、上手くいかなくてっ...」

 

「必要ないよ」

 

「どうしてっ!

 あ、あなたはわたしを、助けてくれたのに...わたしは...あなたを」

 

よく、わからないことを口にするな君は

 

「どうして助けてもらったのに、わたしだけ」

 

どうしたもこうしたもない。

 

「言ったじゃないですか、“助けを求めたなら、救われるのは当然“だって

 どうしてあなたは助からないのに、わたしだけ助かるんですか...」

 

「——————わたしたちは同じだったのに」

 

馬鹿だ。

なにが同じだよ。わかったような口を聞く。

 

「同じ? ふふっ、冗談がうまいね」

 

君が悪だなんて、笑ってしまう。

ずっと泣いていたくせに。

 

「君は誰一人殺していない。

 祖父も、兄も、街の人間も、サーヴァントも、みんな僕が殺し、食べた。君には餌付けのように与えただけだよ」

 

そういえば、姉の方は生きているんだっけ。

しぶとい子だ。

...そこだけは似ているよ、本当に。

 

「僕は怪物だ。

 だから悪と成った、それだけ...「ちがいます」...?」

 

「あなたは、人の形をしていました」

 

「———カタチ?」

 

「あなたは人の形を取る必要はなかった。ただの獣の姿でも良かったはずなのに、それでも人として生きた」

 

「私は思うんです。御伽話の竜も、獣も、怪物も、時には運命も。

 人を想うからこそ、人の形を取るんじゃないかって」

 

愛している

 

...そう言えば、一度だけ

確かに一度だけ、人を愛してしまった。

そうだ、なんで忘れていたのだろう。

 

「それに、どんなに手を汚そうと、あなたはわたしを救おうとしてくれた!

 誰かを助けたいって気持ちがあったのなら、——————あなたは、英雄だったんです」

 

「ははっ、そうか...僕は、怪物にすらなれなかったか」

 

否定される。

自分の在り方を、ただの子供に。

 

少女は青年を抱きしめた。

それが同情であるのか、慈愛であるのかは青年にはわからない。

 

どうであれ、青年は死ぬ。

ここにいるのは古代人の抜け殻。存在するはずのない異物なのだから。

 

「どうして、わたしは助かるのに。あなたは助からないんですか」

 

その問いに、青年は答える。

 

「...君には帰る場所があって、僕にはなかった。それだけのことさ」

 

青年の体が崩れ始める。

数万年の反動が、この時代に痕跡すら残さぬと迫ってくる。

 

もう、少女を見上げる力さえ残されていなかった。

 

「...ライダー、お願いできるかな」

 

もう一人の怪物に呼びかける。

 

「ええ、彼女たちは無事に帰します、ので、精々満足げに逝ってください」

 

「ふふっ、手厳しいね」

 

ライダーは少女とその姉を抱き上げる。

彼女の足なら、崩落に巻き込まれる心配もないだろう。

そのために、手を出さなかったのだから。

 

「待って!待ってよ!」

 

「...君の体の余計なものは全部貰っておいた。精々、長生きするといいさ」

 

少女に巣食っていた蟲も、聖杯の欠片も全て持っていく。

これで、少女は救われたのならいいのだけれど。

 

モンスター!、ねえ待ってよ!おいていかないでーーーー!

 

それ以上は聞こえない振りをした。

少女たちを見送る。

もっとも、もう見えないのだけれども。

 

再び地面に倒れ込む。

もう、立つ足も、伸ばす手も消えていた。

 

耳を澄ましてみた。

遠くで誰かが殴り合っている。

少年と、...わからない。

拍手でも送ってやろうかと考えたが、する手がないことに気づいた。

役者でも、観客でも無くなった自分にはその権利はないのだろう。

 

青年は自分の体を見る。

残された時間は、数分といったところだろうか。

なら、自分の人生を振り返ってみようと記憶を遡ってみたものの、すぐに辞めた。

どうせ後悔するだけだ。

だから、一つだけ。たった一つだけ思い出すことにした。

 

「約束、守れそうもないや」

 

愛した人がいた。

必ず帰ると約束した人がいた。

どこで間違ったのだろうか。なにをすれば良かったのだろうか。

きっと君は、受け入れてくれないだろう。愚かだと、蔑むだろう。

それでも...僕は、

 

結局、最後に残ったのは後悔だけだった。

そうならないように、生きたはずなのに。

 

消えていく。

青年は誰にも看取られず消えていく。

 

今度は、戻って来れない。

これは青年にとって初めての死だ。

 

(ああ、やっぱり...)

 

こうして物語の幕は閉じる。

数万年にも及ぶ、青年の旅はここで終わる。

 

(—————————死ぬのは、怖いな)

 

 

 

かくして

悪は消え去り、第三魔法は正しく発現した。

少女と少年は共に罪を背負い、幸せを甘受する。

それがこの物語の結末。

それが怪物だった人間の物語の終わり。

 

観客席にも、舞台にも、もう誰もいない。

ただ、黒い塵が積もるだけだった。




〜END〜

長きに渡りご愛読ありがとうございました。
これにて、この世界線での彼の物語は終わりです。

最後にもう1話、「エンドロール」を上げて一度区切りたいと考えています。お楽しみに。


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エンドロール 【明けない夜】

最初で最後の彼と彼女の会話。

怪物の歩んだ道はどうだったでしょうか。
よければご感想などどうぞ。その分、彼と彼女が幸せになれる√が書けるってもんです。


強い雨が打ちつけている。

青年が話の幕を閉じても、夜が明ける気配はなかった。

服から滴る水滴はなく、とっくに乾いてしまった。

黒髪の青年と美しい新緑の髪をした狩人は向かいあって座っている。

ごう、ごうと、嵐の音だけが聞こえている。

 

『...どうして』

 

苦々しい声で狩人は言った。

 

『苦しむくらいなら、誰かを傷つけるくらいなら、どうして』

 

青年は答えない。

 

『わたしは確かに望んだ。また、汝と共に生きることを、ここで過ごせる夢を見ていたんだ。だが、堕ちてしまうくらいなら、忘れてくれた方が良かった』

 

愛していた。

 

『ずっと、あなたといたかった。共に生きて欲しかった。ただ、それだけで良かったのに』

 

愛しているんだ。

 

『わたしはお前を恨む。これまで愛した分、憎み続ける。永遠にだ。決して癒えることのない傷を、わたしにもたらしたお前を、嫌い続ける』

 

青年は答えない。

弁解のしようがなく、それを受け入れるしかない。

 

『...随分と長居した。そろそろ、出ていくよ』

 

乾いた服に着替え、青年は立ち上がる。

家の外はいまだに嵐が吹き荒れている。それは決して鳴り止むことはない。

それでも青年は行かねばならない。

永遠に止むことのない怨嗟の雨に打たれ続け、冥界にも、無に消えることもできず、明けることのない旅路を進む。

この家に残ることは許されない。

ここに存在することが許されるのは、英霊の座に向かい入れられた者だけ。

ただ一人の人間として、忘れ去られた青年はその座には至れなかった。

おそらくはこの時間が、青年に与えられた慈悲なのかもしれない。

本来ならば、永遠に彷徨うだけの青年に、この世界に、この場所に立ち寄ることなど許されるはずがないのだから。

 

青年が歩いていく。外への扉に。

一瞬、扉を開ける手が躊躇するが、右手に力を込めて、戸を開ける。勢いよく、雨風が吹き込んでくる。

狩人は思わず立ち上がる。

——————共に歩きたい。叶うのならば、許されるのならば、そうしたい。

だが、彼女が追うことはできない。

正義が悪とは分かり合えないように、英霊である彼女と、倒されるべき怪物では居るべき所が違うのだから。

アタランテは青年を見送ることしかできなかった。

 

『何度でも言う。わたしは』

 

声は震えている。

 

『わたしは汝を恨み続ける。わたしに寂しさを教えた汝を嫌う。どれだけの時間が経とうと、記憶に刻み続ける。いつまでも、いつまでも、永遠に汝を恨み続ける...けれど』

 

それでも、と言葉を紡ごうとした時、

水滴が頰伝う。

 

『愛してる』

 

本当は恨んでなんかいない。

何度迷惑をかけられても良かった。

傍にいたかった。

共に、生きて欲しかった。

 

———愛しているんだ。

 

青年は振り返らなかった。

 

———違うんだ。

 

僕は確かに君を愛していた。

君のことだけを想って、ここまで来た。

 

———今も、叫びたいほどに

 

けれど、君の愛と僕の愛はきっと違う。これは美しいものなんかじゃない。

邪魔者は皆殺しにして、君を傷つけないように閉じ込めて、犯して、その全てを喰らってしまいたいような、

汚くて、黒くて、醜い愛情。

愛す資格なんて、ない。

一瞬、全てを吐き出してやろうと想った。己の愚行をここまで赤裸々に語ったのだから、今更隠すようなことではないような気がした。

が、

何もかも遅く、取り返しもつかず、取り繕うことも叶わないとしても。

青年は、振り返らず、決して振り返らずにこう言った。

 

『——————その言葉があれば、僕にも生きていた意味があると思えるんだ』

 

せめて最後だけでも、一人の人間として。君を愛した男として、彼女の記憶に残りたかった。

 

怪物だった青年は、再び歩みを始める。

 

アタランテは彼を追ったが、扉はそれを阻むように閉まり、外へ出ることは叶わなかった。

 

読み終わった本のように、扉は重い音を立てて閉まる。

 

嵐は過ぎ去った。それでも夜は明けない.

 

太陽は、もう二度と上らない。その代わりにいつまでも満月は照らし続ける。

 

誰かが啜り泣く音だけが、世界に響いた。







fgo編は書き溜めが出来次第、UPしていきたいと思います。
一年の間、本当に有難うございました。


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