お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む (にせラビア)
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原作開始前 護廷十三隊入隊前
第1話 頂をこの手に掴むために


 この物語はフィクションです。登場する名称等は実在の物と似たようなものがありますが、一切関係ありません。



 ――天神様の(がん)が叶って。

 

 こんな表現を聞いたことはないだろうか? いわゆる落語やら古典文学なんかで使われたりする言い回しの一つなんだが。

 簡単に言ってしまえば「神様に祈ったら有り得ないようなことが起きた」ということである。お話においては、そうやって有り得ないことが起きたことで、物語がさらに色々と転がっていくわけだ。

 

 そして神様に祈って叶えてもらうわけだから、本当に絶対無理で有り得ないことも平気で起こったりする。物や獣が人間になったりとかは日常茶飯事とすら言える。

 まあ、日本という国のお話は昔から色々ととんでもないネタがあるわけで。

 最古の歴史書の中には、女装の話があったり兄弟で結婚する話があったり。もう少し時代が進んで平安時代には男女の入れ替わりネタがあったり、江戸時代には他国の有名な話の主要人物全員を女体化した話があったり。

 他にも「夢の中で過去の偉人が出てきて『エロいことしたかったら女になってやるからアタイを抱けよ!!』と言われたので悟りを開きました」という人がいたり。

 そもそも天神様自体が「アイツ悪霊になったから社を建てて拝んで神様にしちゃって御利益を授かろう」ってことで生まれたわけだから、極論を言ってしまえば何でもありなんだろう。

 

 ……え? 結局何が言いたいのか?

 

 ではちょっと、自分の目の前の光景を説明させていただこう。

 

 無数の人間たちが長い列を作っており、その先では黒い着物を来た男が数人いる。

 彼らは皆、列に並ぶ人間が持つ整理券を確認しては「南」だの「二十地区」だのと告げては、人々を振り分けていた。

 ついでに男たちは全員、腰には日本刀を差している。

 

 ここまで確認した時点でもうピンと来ちゃったよ。

 

 ああ、ここは現世じゃないんだ。

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)なんだ。

 

 BLEACHの世界なのか、と。

 

 

 

 

 ということで、ピンと来てしまったので絶賛現実逃避をしていたわけだが、いい加減受け入れなければならないらしい。

 そもそも昔から良くある話なんだから。HENTAI文化に巻き込まれただけなのだから。現代日本じゃこんなの掃いて捨てるほどあるんだから。

 

 仕方なし、受け入れ半分。諦め半分の気持ちになりながら、無駄な抵抗として原因を探ってみた。

 よくあるのは事故で死ぬとか、不思議な門を潜るとか、変な赤い水を飲んだとか幼女を生け贄に捧げたとかだろう。

 

 でもどれも思い当たるフシがない。

 

 記憶を思い返してみたところ、可能性として一番有りそうなのがとある神様へのお参りしたから、というものだ。

 別に自分は信心深いわけでもない。

 初詣の時期もとっくにすぎてもう暑さすら感じるようになった頃、なんとなく思い立って電車を乗り継ぎ、参拝してきた。

 暑かったので帰り道の途中、ちょっと飲食店に寄ってから帰宅した。

 その程度の出来事、取り立てて珍しくも何でも無い。

 

 一番新しい記憶が、このお参りだった。他には原因として思い当たりそうなことは何にもない。言うならルーチンワークみたいな日々を過ごしていた中で、原因としてあり得そうなのがコレなのだ。

 

 いやいや、だからってあの場で「BLEACHの世界に行きたいです!」と熱心に祈ったわけでもないよ。普通に「平穏に暮らせますように」って祈ったもん! 本当だもん!!

 

「あんた、大丈夫か?」

「…………?」

 

 ふと、黒い着物の男の一人が声を掛けてきた。妙に気遣うようなその声に、思わず辺りを見回してしまう。

 

「いや、あんただよお嬢さん。すごいボーッとしてたから」

 

 あらら、まさか自分に対して掛けられた言葉だとは思わなかった。

 見回したときに気付いたのだけれど、考え事に熱中しすぎていたらしく、周囲にはもう誰もいない。あれだけ並んでいた全員が振り分け終わって、残るは自分だけということか。

 お仕事を滞らせちゃってごめんなさいね。

 

 それにしても――

 

「……お嬢さん?」

 

 ――は無いよなぁ。

 そう口にしたところで、自分の声に自分で一番驚かされた。自分の声のハズなのに、まるで聞き覚えのない高い声音。

 

「ああ、そうだ。どこからどう見ても女性だろ?」

 

 何を言っているんだといった表情で目の前の男――死神がこっちを見てくる。

 

「うーん……どこかに鏡でもありゃいいんだけど……仕方ない!」

 

 少し悩んでから死神は腰に差した刀を抜き、俺の前に(かざ)した。

 何をしたいのか一瞬戸惑ったけれど、なるほどそういうことね。刃を鏡の代わりにしてくれたわけか。ありがとう、さっそく見てみるよ。

 

 そこにいたのは見たこともない女性の姿だった。

 歳の頃は二十歳くらい。

 目の色も髪の色も、この世界では良くあるもの合わせたのかどちらも黒。ついでに肌の色もいわゆる日本人のそれ。よく見る標準的な登場人物と感じるだろう。

 

 ここまでならば。

 

 いわゆる黒髪ロングでツインテールの髪型。ほとんど癖のない直毛であり、括っているというのに毛先が腰まで届くくらい長い。

 髪質そのものは美しく、かなり人目を惹きそうだ。顔そのものも造りが良く、まるでどこぞの育ちの良いお姉さんのよう。

 なにより、眉と瞳が少し下がった造りのために眠たげ……とより柔和な印象を受ける。とはいえ特に何か意識して顔を作っている訳でもないので、平時の状態でこれなのだろう。

 これは他人から見たら相当チョロ――もとい、近寄りやすく見えるだろうね。

 

「……ええ……??」

 

 思わず死神の手からひったくるように刀を奪い、自分の顔をまじまじと見直す。今度は顔だけじゃなくて全身含めて確認していく。

 

 まず、背が凄く高い。

 目の前の死神や他の死神と比較しても、頭一つ二つ抜け出ているくらい。多分、男性の平均身長よりもずっと高いだろう。

 背が高ければ手足も長い。下手なモデルとは比べものにならないほど。

 ついでに、胸もすっごく大きい。

 下を見たら自分の足下がちゃんと見えないほどだ。この胸なら、仮に髪が丸坊主だったとしても女性認定余裕です、ってくらい巨乳。むしろなんで今まで気付かなかったんだろって疑問に思ってしまう。有り得ないくらい胸が重い。

 ついでに、サービスなのかなんなのか、一応は死装束(しにしょうぞく)のような服を着ている。着てはいるのだが、サイズが合わないために服の方が悲鳴を上げている。

 

「そん……な……っ?」

 

 思わず溜息と共に吐き出した声が自分の耳に届く。それも完全に女性のものだった。凜とした雰囲気を纏いつつも、どこか甘さを感じさせる声。

 

 嘘だろ……男だぞ俺……

 

 と叫びたいのを必死で我慢する。だって、ここまで確認したらもう認めるしかないよね。

 これはいわゆるTS(性転換)転生――正式にはTSFとか言うんだっけ? 細かな定義とかはよく知らないけれど――なんだって。

 

「ほらな、どうみても女性だろ?」

 

 コッチの気も知らず、いい気な物だな死神さんよ。

 

「ああ! もしかして、記憶が飛んでるのか?」

 

 なおも意気消沈する俺を見かねてか、死神はそんなことを言い出した。

 

「たまにいるんだよ。自分の死が信じられなかったり、思い出したくなくて、忘れちまうヤツがさ」

「そ、そうなんですか?」

 

 なるほどね。そういうヤツもいるのか。

 

「大変なのはわかるけれど、コッチも仕事なんでね。受け入れて貰わにゃならんのよ。というかあんた、自分の名前くらいは言えるよな?」

「名前? え、と……」

 

 急に言われても困るんですけど!?

 とりあえず、生前の名前は却下。

 思いっきり男の名前だし、そもそも女性になっているんだから、生まれ変わったようなもの。なら全く新しい名前を名乗った方が心機一転、気持ちも切り替えられるだろう。

 

 でもそんな良い名前なんてすぐには考えつかない。

 あんまり時間を掛けすぎると、相手の死神さんも不審に思うだろうし……なにか、なにか良いのは……

 

「ゆ……ゆかわ……」

 

 結局悩んだ末、少し前まで考えていた神様が祀られている地名を名字にしてしまった。

 ただ「そのまま使うのは問題あるかな?」と思ったのでちょっとだけ捻っておく。

 鶴だったら亀。上だったら下。という感じで、元々ある言葉から連想したり、あるいは逆の意味を持つ文字に変える。

 これ、適当な名前をでっち上げる時の常套手段。

 今回の場合は島から連想して川。けれど不自然ではないはず。

 

 さて名字は決まったが、次は名前だ。

 女性っぽい良い名前……神様の名前とかは流石に気が引けるから、他に何かないか……閃いた! 休憩したときにアイスクリームを食べたんだ! ならこれを使おう!!

 

「……あいり」

 

 言っちゃった。もうコレで行くしかない。

 

湯川(ゆかわ) 藍俚(あいり)です」

「なんだ、覚えてるじゃないか」

 

 ちゃんと名乗れたことに安心したのか、死神は破顔すると続いて何かを言い出す。

 だけどそのとき自分は、そんな話を聞くことなくまったく別のことを考えていた。

 

 BLEACHの世界に行きたいと熱心に願ったわけではないけれど「行きたいか?」と聞かれたら「行ってみたい」という気持ちの方がちょっとは勝る。

 戦争とかもあるし、危険な世界だというのは重々承知だけれど、それでもだ。

 というのも「私がこの世界に行ってみたい!」と思うのは、BLEACHという作品を知った者ならば多かれ少なかれ「一度は思ったはず」と断言できるとある理由のため。

 

 BLEACHの登場人物、藍染惣右介はこう言った。

 

 ――私が天に立つ、と。

 

 だったら、自分もこう言おう。

 

 ――私は頂をこの手に掴む(おっぱいを揉む)、と。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……うん、仕方がないことなんだ。

 井上織姫、松本乱菊、ティア・ハリベル、バンビエッタ・バスターバイン――等々。

 この世界には立派なお山(おっぱい)をお持ちの方が数多くいらっしゃる。

 彼女たちのお山(おっぱい)を、一度くらいは登頂(もみもみ)してみたいと思わないかい? 私はそう思った。それも一度や二度ではない。

 

 勿論、立派なお山をお持ちでなくとも問題はない。高い山も低い山も関係ない。そもそも選ぶという発想が烏滸がましい。エロい登場人物がいっぱいいるのだから。

 何故と問われれば、こう答えよう。

 そこに山があるからだ!! お山(おっぱい)に貴賤なし!!

 

 そうなると、女性になっていることは悪いことではない。むしろ特大のメリットだ。同性ならば相手も気を許しやすいだろうし、仮に手を出しても冗談に受け取ってもらえるはず。

 

 もっと言ってしまえば、この世界の問題は大抵が黒崎一護(主人公)さえいれば何とかなる。

 彼こそが、とんでもない血統と素質と才能に恵まれまくった万能の主人公。少々の理不尽なんて彼の主人公補正の前には吹けば飛ぶようなもの。なので私という異物が存在していようとも、未来の原作崩壊なんてものを心配する必要も無用。

 色々危機はあるけれど、深く関わらずに上手いこと回避して自分は登山に集中すればいいのだ。

 

 こうして冷静に考えれば、実に素晴らしい。

 となればここは一つ、自分も死神になってこのささやかな目標を達成するために邁進しようじゃないか。

 

 神様、ありがとう!!

 

 

 

 

「ところで、そろそろ刀を返してくれる?」

「あ、すみません」

 

 とりあえず、すっごく謝っておいた。

 

 




あー……頂ってそういう意味かぁ……
掴むってそう言う意味かぁ……

タイトル落ち。

●名前
名前を思いついた次の日曜日。
某「湯」と「島」と「天」と「神」の場所へ行き、お祈りして(謝って)きました。
迷惑料代わりに賽銭箱に千円突っ込んできました。
(メトロの3番出口から地上へ。軽く道に迷い、ぐるっと回って到着。鳥居から入りました。国道に面したあの階段を上がって境内から回り込んだ方が良かったんですかね? というか千円で許してくれるでしょうか?)


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第2話 働かざる者食うべからず

ある程度は書き溜めアリ。
しばらくは1日1話更新です。


 北流魂街一地区「璃筬(りおさ)

 

 これが私、湯川(ゆかわ) 藍俚(あいり)が送られた場所の名前です。

 

 この世界、尸魂界は死者が辿り着く場所――あの世だとか冥界だとか、そういう認識で問題ありません。

 中心には瀞霊廷と呼ばれる死神や貴族といった特権階級が住まう地区が有り、その周りには流魂街と呼ばれる下町、つまり一般人が住まう地域が広がっています。

 

 この流魂街も東西南北それぞれ扇状に広がって八十の地区に分かれる、つまり四方それぞれに八十ずつ、合計三百二十の地区が存在しています。なので「南流魂街二十地区」のように表現し、これがこの世界の住所に該当します。

 そしてこの地区の番号は若いものほど治安が良くなり、大きくなればなるほど悪くなる。なんでも五十地区を境に急激に低下するらしく、五十九以降の地区では草履を履いている者はいないとか。

 私が割り振られた一地区は江戸時代というか安土桃山時代というか、そういった感じの街並みが広がっていました。道行く人たちもちゃんと着物を着て草履も履いてますし、温厚そうな方々たちばかりでしたね。

 

 そういえばこの割り振られる先の番号は魂の質によって左右されるらしいけれど……一番治安の良い地区に振り分けられたってのは、いわゆる転生特典みたいなものなのかな? だとしたら地味だけどすごく嬉しい。

 

 ……ひょっとして特典は、自分の容姿ですかね? すっごい美人ですし。

 

 ちなみに、あの場面で思いっきり偽名を名乗った後に「ひょっとしたら偽名だから割り振り先が無くてこのまま死ぬんじゃ……!?」と気付いて心配したけれど、結論から言えば杞憂でした。

 着物の袂を探ったところ、整理券が入っていました。見つかったときは、本当にホッとしましたよ。

 もしも見つからなかったらと思うと……うう、想像したくありません。

 

 そして、流魂街に無事辿り着いた私が今現在何をしているかというと――

 

「ねえちゃん! お銚子追加!!」

「こっち、(あつもの)とご飯を二つ!!」

「串焼き三本!!」

「はーい!! 少々お待ちください!!」

 

 料理が出てきてお酒も飲めるお店――いわゆる居酒屋で、給仕係として働いています。

 三角巾を頭に被り前掛けを身に付けて、注文のあった品物をお客様のところへ運ぶ。と思ったら皿洗いに回されたり、料理のお手伝いなんかもします。

 

 昔のお店といった内装の店内は大勢のお客さんで大賑わいです。それぞれが思い思いに談笑したり食事をしたりお酒を飲んで顔を赤くしていたりと、活気に満ちあふれています。

 お客さんといっても新規のお客さんは皆無で、皆さん一地区の住人の方々。常連さんばっかりですね。

 

 初日こそ、この圧倒的な勢いに押されて目を回して倒れかけましたが、さすがに三日も経てば慣れるもの、随分と余裕になりました。

 喋り方や言動なども見た目に合わせて取り繕うのにも慣れました。ほらほら、男の喋り方から女性っぽい話し方に見えませんかね?

 

 余裕が出てくると働くのが楽しくって、特にまかないの食事が美味しくて、食べ過ぎないように節制するのが大変で……

 

 ……え?

 流魂街の人間は基本的に腹も減ることなく暮らしていける? 腹が減るのは霊力の素養を持つ者だけ? 一般人は食事は不要なんだから飲食店なんて成り立たない??

 ご指摘はごもっとも。私も最初はそう思ってました。

 でもね、ちょっと考えてみてください。

 

 食べなくても餓えません。何もしなくても死にません。

 

 そう急に言われても、生前は「毎日働いて、ご飯を食べて働いていました」って人たちがやってきて流魂街に住む訳です。

 何もしなくても生きていけるけれど、何もしない生活は時間と暇を持て余す。そうなると人間、仕事をしたくなるものです。いわゆる手慰み、趣味や道楽と言い換えてもいいかもしれません。

 

 住民の皆さんが生前に持っていた技能や経験を活かして働くことで、作物を作ったり服を作ったり家を建てたりします。そうしているうちに経済活動が生まれます。元々そうやって暮らしていた人も多いわけですからね。

 なにより尸魂界にも貨幣文化が存在しているので、生前の文化がそのまま通用します。

 

 ついでに、一地区という立地と治安の良さも関係しています。

 最も治安の良いココに住む人たちだからこそ「皆で仲良く協力して生きていこう」という思考で問題なく回るわけで、これが八十地区に近い――いわゆる最下層に住む人の場合は「奪え殺せ犯せ」の思考になってしまうので不可能です。

 自動販売機は日本でしかなりたたない、みたいな理屈です。

 

 付け加えるなら瀞霊廷に近い地区は死神が顔を出すことも多いので、飲食店などの普通のお店というのも充分にあり得るわけです。この地区で商売をしている人の中には、瀞霊廷の中に入って貴族と直接やりとりをしている人もいるとか。

 あくまで瀞霊廷の中で「住めない」だけであって「入れない」わけではないので。

 

 そんな理由で、飲食店というのも「食い道楽」や「呑兵衛」の欲求を満たす場所として充分に成り立つわけです。

 それに流魂街にだって「素質はあっても死神になりたくない」って人もいます。そう言う人は普通にお腹が減るわけですから、飲食店はありがたいのですよ。

 

 それと、大きな声では言えませんが食事以外の嗜好を満たすお店もあるみたいですよ、色々(・・)な嗜好を満たすお店が。

 

 璃筬(りおさ)へと連れてこられたは良いものの、右も左もわからぬまま当てもなく彷徨っていたとき、偶然にもこのお店のご主人と出会いました。

 嬉しいことに璃筬(りおさ)を彷徨っている途中で私もお腹が空きました。

 

 つまり、素質があるのだから死神になれる可能性もあるということです。やったね!

 

 それらも含めてご主人に告げたところ、住み込みで働かせてもらえることになりました。

 こちらはご主人と女将さんの二人でやっているお店で、自分が死神となるまでの繋ぎとして働くという条件であっても快く受け入れてくれたとても人の良い方々でした。

 

 おそらく、ですが私を雇ってくれた理由って親切心以外に看板娘みたいな働きを期待されてもあると思っています。死神になるのにどれだけの期間が必要になるかわかりませんが、ちゃんとやっていきましょう。

 礼には礼で返さないと。

 

「こっちお会計を頼む!」

「はーい」

 

 おっと、またお仕事ですね。注文の品の配膳を終えたところで、お声が掛かりました。

 

「ひーふーみー……しめて千二百(かん)です」

 

 環とはこの世界の通貨です。

 そしてこちらのお店は一皿幾らでお代を計算しています。

 回転寿司がお皿ごとに値段が違うのと似たような物で、お皿の種類と枚数を数えれば合計が幾らになるのかすぐに分かります。

 現代社会の料理屋みたいに一品ごとに値段が違って伝票に全部記載する、というやり方よりも簡便な方法ですね。

 

「じゃ、これで」

「えーと……はい、たしかに。ありがとうございました」

 

 お代を受け取って間違えのないことを確認したところで、頭を下げます。お金を払ってくれる瞬間だけはお客様は神様ですから。

 

 ……他の時間はちょっとこう――プチ悪人みたいなものですけど。

 

「しかし藍俚(あいり)ちゃん、今日もいいお尻してるな」

「あの胸もだろ? 着物がぱっつんぱっつんでさ、たまらねぇ」

「ちょっと背が高すぎるのが残念だけどな。でもすげぇ美人だぜ」

「阿呆! あの背が高いのが良いんだろ!!」

「土下座して頼めば一回くらいは何とかならねぇかな」

 

 聞こえてるんですよねぇ……

 

 そう口々に言うのは、まだ残って呑んでいる他のお客さんたちです。仲間内だけで私には聞こえないようにヒソヒソ小声で話しているつもりなんでしょうけれど。

 あと最後の人! 仮に土下座を千回されても絶対に無理だから諦めてください。そんな安い女じゃないです!!

 

 こちらのお店で働くようになってまだ三日だというのに、こういう話を耳にしなかった日はありません。

 男性のお客さんからの視線は基本的に胸元に熱く熱く注がれています。

 今着ているのもお店から貸していただいたものなんですが、縦にも横にもサイズが合わなくて、大急ぎで手直ししたとはいえかなり無理しています。無理に動いたら破けそう。

 サイズが小さい服を無理に着ているせいで体型が丸わかりな上に、裾や袖丈も限界間近ですからね。そりゃ他の人は見ちゃいますよ。

 

 ……しかし、こういう視線って分かるものなんですね。男の時にも話には聞いていましたが、実際に体験するとすごくよく理解できました。

 

 視線だけならまだしも、お酒が入っているせいで気が大きくなってるらしく、尻や胸を触られたことも何度かあります。

 でも、本気で怒れないんですよね……逆の立場からすれば、彼らの気持ちも分かってしまうわけで。

 

 少なくとも生前の私だったら見ちゃうもの。

 なまじ甘い対応になってしまい注意もやんわりとしたものになるので、言ったその瞬間は止めて貰えるんですけど、またすぐに手を出されるし……

 

「はぁ……」

藍俚(あいり)ちゃん、嫌だったら嫌だってちゃんと言いなよ。なんだったらアタシがガツンと言ってやろうか?」

「女将さん……いえいえ、お酒の席の戯れですし大丈夫ですよ。本当に危険な時はちゃんと怒りますから」

「そうかい? そうなってからじゃ遅いんだけどねぇ……でもホントに気をつけとくれよ」

 

 思わず吐いた溜息を聞かれたのでしょう、女将さんが声を掛けてきて、ご主人も心配そうに私の方を見ています。

 本当に良い人たちに会えたことに感謝しながら、私は先ほど空いた席の片付けを始めました。

 

 

 

 

「んー、疲れた……」

 

 最後のお客さんも帰り、後片付けを終えたところでご主人から「今日はもう上がってよい」と言われました。

 ご夫妻はまだこれから明日の仕込みとかも行うらしいのですが、まだ入ったばかりの新人にそこまではやらせませんね。

 

 貸していただいた部屋へと向かいます。

 部屋と言っても本当に狭く、私物どころか布団が一組と着物が二つしかないような些末なもの。とはいえ贅沢は言えません。

 ここが今の私の住まいなのですから。

 

 布団を敷き終えると、最後の抵抗とばかりに見よう見まねの柔軟体操と筋トレを行います。一応これでも死神志望ですからね。やらないよりはマシなハズです。やり方が合っているのかどうかは知りませんけど。

 本当ならば霊力を鍛えられれば一番良いのでしょうが、残念ながらやり方すら分からないので鍛えようがありません。

 

 ただ、良いこともありました。

 こちらにご厄介になった日にご主人が「死神を目指すなら良い所に連れて行ってやる」と言われており、明日がその日なのです。

 

 はてさてどこに連れて行かれるのでしょうか?

 小一時間ほど鍛錬もどきをしていたところで眠気が限界にきました……

 

 おやすみ、なさい……

 




要約すると「衣食住を得ました」

●北流魂街一地区「璃筬(りおさ)」(オリジナル命名)

更木 → ザラキ → ザオリク → りおく→「璃筬」(りおさ)
(ザラキの対極、ザオリクからお名前拝借。オサレにはほど遠い名前)


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第3話 準備は大事

登山には入念な準備と膨大な訓練が必要なのです。
山を甘く見るのは大変危険です。

なので、実際に登山できる(ちちをもむ)のは後々になります。
(具体的には16話)


 私は今、お店のご主人に案内されて先日話をしていた"良いところ"に向かっている最中です。

 

 ご主人に連れられて居酒屋を出たのは朝食も済んで一段落着いた頃。

 大汗を掻くことになるからと、女将さんから渡された運動用の服――着なくなったのを仕立て直した物らしい――に着替え、ちょっとした気遣いと簡単な荷物を持って一路、目的地へと向かっています。

 

 ただ、歩幅が違うせいか私の方が先を歩いているんですけれどね。

 

 とはいえ案内されて即、何処に向かっているのかは予想がつきました。なので迷う心配もありません。

 流魂街の大通りを真っ直ぐと向かうその先には、流魂街の風景とは違う景色が。発展した街並みが見えます。流魂街とその"向こう側"の間に、とても大きな溝があるのも見えてきました。

 ここまで来ると、ほぼ間違いなく分かります。

 

 向かっているのは瀞霊廷――より正確に言うならば、瀞霊門のようです。

 

 

 

 

斷蔵丸(だんぞうまる)さん! いらっしゃいますかな?」

「む……おお、誰かと思えば料理屋の!」

 

 やがて辿り着いたのは境目の近くに建てられている、巨大であるものの粗末な造りの小屋でした。

 そこへご主人が声を掛けると、小山のような巨人がのっそりと姿を見せます。日焼けしたような浅黒い肌に、強面の容貌。その身に纏うは黒を基調とした衣装――死神が身に付ける死覇装です。

 

 現れた男を見て、納得がいきました。瀞霊門の門番の方ですね。

 そう言えば原作にもこんな巨大な門番がいたような。名前は……なんだっけ? な、なんとか坊?

 

「お久しぶりですなぁ!!」

「今日は何ぞ用か?」

「いやいや実は、この子が死神になりたいと言っていましてね」

「ふむ?」

 

 そう言われて門番――斷蔵丸さんはジロリ、とこちらを見ました。視線を数回、頭の先からつま先まで値踏みするように動かすと、やがて落胆したように口を開きました。

 

「……この娘がか?」

「お腹が空いたと言っていたので、霊力はあるようです。本人の意志を尊重してやりたいのでしてな」

「あの、お知り合いなんですか?」

 

 親しげに会話する二人の様子に、思わず口を挟んでしまいました。

 

「ああ、そうだよ。こちらの方は北の黒稜門の番人をしている斷蔵丸さんだ。腕前は当然として、死神としての教育も受けているからね。死神を目指す藍俚(あいり)ちゃんの師匠役をお願い出来ないかと思って」

「な、なるほど……」

 

 そう言われると、納得ですね。私は(おもむろ)に斷蔵丸さんを見ます……というか見上げます。

 本当に背が高い、というかデカいですね。目算ですけど10メートルくらいありませんか? 昔動物園で見たキリンの倍くらいあるように見えるんですけれど……

 

「……まあ、よかろう。素質はともかく、霊力があるのならば可能性はあるだろう。暇な時でよければ稽古をつけてやる」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 不承不承と言った感じではありましたが、了承してくれた斷蔵丸さん――

 

 ――いえ、これからは師匠と呼ぶべきですかね。

 

 師匠に私は頭を下げながらお礼を言います。隣ではご主人も"よかった"とばかりに胸をなで下ろしていました。

 結局の所、霊力の使い方すらよく分かっていないですからね。知ってる人に聞いて効率良く学んでいくのは大事ですから。

 

「よかったねぇ。じゃあ、自分はこれで。藍俚(あいり)ちゃん、夕方頃までに帰ってきてくれればいいから。頑張ってね」

「はい、わざわざ骨を折っていただいてありがとうございます」

 

 自分の役目は終わったとばかりに手を振りながら来た道を戻っていくご主人。

 やっぱり良い人ですね。色々と厄介になりっぱなしです。

 

 ですから。

 

 ここに来る途中で、お尻に注がれていた熱い視線は気付かなかったことにしておきます。女将さんにも黙っておきますから、安心してくださいね。

 

 

 

 

「さて、それではさっそく稽古に入りたいところだが、その前にだ」

「その前に?」

「まずお主がどれだけの実力を持っているかの確認からだ。それを知らなければ、稽古のつけようがないわ」

 

 なるほど、確かにそうですね。

 

「そこでだ。まずは儂に掛かって来い。お主の戦いぶりを見て判断する」

「えっと、その……」

 

 い、いきなりですか!? いや、それ以前に問題が……!!

 

「なんじゃ? まさか儂が怪我するとでも思っておるのか? 心配するな、ヒヨッコ相手に怪我などせんわ」

「いえ! そうじゃなくて!!」

 

 何かを勘違いした師匠の言葉を慌てて否定しながら二の句を継ぎます。

 

「あの、私、素手なんですけれど」

「それがどうかしたか?」

「刀とか武器とか、その……そういったのは……」

「なるほど。確かに死神は斬魄刀という刀を扱う。だがそれだけではないぞ。斬拳走鬼と言ってな、白打――拳で戦う技術も学ぶのだ。刀を持っていないは理由にならん! 御託はいいから掛かってこんか!!」

「はっ! はいっ!!」

 

 怒鳴るような声に駆り立てられて、私は無我夢中で師匠に挑みました。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 ――とてもとても大きな収穫がありました。

 

 どうやら私には"類い希な運動能力の才能"みたいな物はカケラも無いようです。

 

「はぁ……はぁ……ぜぃ……ぜぃ……」

 

 中腰になって手を膝に付けた――いわゆる馬跳びの馬役のような――姿勢を取りながら。荒い呼吸を必死で繰り返します。それでも最後の意地とばかりに、地面にへたり込むような真似だけはしないように、必死で抗います。

 

 素手で挑んでみたのはよいものの、結果は当然というか惨敗というか無残というか。

 元々、何もかもが自分よりも上の相手です。中途半端な攻撃は全ていなされ、避けられ、潰されてしまいます。攻撃の"こ"の字すら見せられません。

 私的にはもう十分だろうと思っているのですが、それでも師匠は途中で止めることを許さず、次を促してきました。

 

 その結果。

 

 身体の限界まで挑まされ続けて手足はガタガタ、喉はカラカラ。全身はびっちょりと大汗をかいており、汗を吸った服が肌に貼り付いてきて気持ち悪いです。絶え間なく襲ってくる疲労感も凄まじく、もう指一本たりとも動かしたくないほど。

 

 

 

 そしてもう一つ、今の私に絶対に必要なものがあることが分かりました。

 

 

 

「……次からはサラシを絶対に用意しておかなきゃ……」

 

 ブラジャーすら付けていないのに、このおっぱいで運動するのは無理です。

 乱菊とかハリベルとかって、あんなおっぱいと不安定な格好でどうやって戦ってたんでしょうか……? 絶対にこぼれ落ちますって!

 え、何がって? そりゃ勿論おっぱいです! 激しく動く度に振り回されます! バランスがあっと言う間に崩れました!

 なんなんですかもう!! 格闘ゲームの人たちはなんで、あんなスタイルにあんな格好なのに、あんなに動けるんですか!?

 

「ふむ……ある程度最悪の事態を想定してはいたが、これは酷いな……」

 

 重心の使い方とか、身体の動かし方とかをゼロから鍛え直さないと駄目ですね。

 と、そんなことをひっそりと決意していたところ、落胆したような師匠の声が聞こえてきました。

 

「や……っぱ……そ、う、で……しょ、か……?」

「いいから、まだ休んでおれ」

 

 顔を上げ、ヒリつく喉でそう言い掛けた私を遮るように師匠は言いました。なのでお言葉に甘えさせてもらい、ゆっくり休んで呼吸を整えさせて貰いましょう。

 

「あ、そうでした……師匠、一つ聞いても良いでしょうか?」

 

 鼓動も落ち着いて喉の渇きもマシになった辺りで、気になっていたことを思い出して尋ねます。

 

「師匠?」

「あ、師事する身になるわけですから。斷蔵丸さんと呼ぶのもどうかと思って……駄目でしたか?」

「いや、かまわん。それで、聞きたいことはなんだ?」

「今の死神の……護廷十三隊の隊長さんの名前とかを窺いたいのですが」

 

 知りたかったのは、今がいつ頃なのかと言うこと。

 いえ、お店のお客さんとかに聞いてみたんですが"建永"や"建治"、"応保"の生まれとか言われまして。

 それが西暦何年の事なのか、私の頭ではさっぱりわかりません。

 代わりに思いついたのが隊長の名前です。

 知っている隊長の名前があれば、そこからある程度は逆算して推測できるはずですから。

 

「ふむ、儂も詳しく覚えている訳ではないが――」

 

 そう前置きしつつも師匠は護廷十三隊の隊長全員と、ついでに各隊の役割についても教えてくれました。

 その内で、聞いたことのある名前は二人。

 

 一番隊隊長兼総隊長たる山本(やまもと) 元柳斎(げんりゅうさい) 重國(しげくに)と四番隊隊長 卯ノ花(うのはな) (れつ)だけです。

 他の隊長も聞いたものの、記憶にまるで引っ掛からない名前ばかり。

 

 つまり今は……私が知っている頃よりもずっと昔ということ?

 メタな言い方をすれば「原作開始よりもずっと前」ということですかね??

 でも逆に考えれば幸運かもしれません。私の今の状況から鑑みるに、修行期間はどれだけあっても困らなそうですから。

 

「しかし、どうしてそんなことを聞いた?」

「それは……もしもどこかで出会えたら、繋がりの一つでも作っておけば死神になりやすいかと思ったので」

「なるほど、確かにそう考えるのも当然か。だがツテがあればなれるほど、死神というのは甘くはないぞ! ほれ、そろそろ立たんか。続きをやるぞ。お主はまず身体の使い方から知らねばならんからな」

 

 事前に考えておいた言い訳を口にすると、師匠は納得したように少しだけ笑いながら修行の続きが始まりました。

 

 

 

 続いて始まったのは、師匠も言っていた「身体の使い方」の訓練。早い話が、まともに動けるようになるための修行ですね。それが終わらないとまともな訓練もできやしない。

 いわゆる体幹を鍛えたり、基礎的な筋力トレーニングをしたりで、身体に動きを覚え込ませませます。

 

 身体の修行が終わったと思ったら、今度は霊力の修行です。

 まず「魄睡(はくすい)」と「鎖結(さけつ)」について教えて貰いました。そういえば、そんなのがありましたね。記憶の片隅に残っていたような気がします。

 

 魄睡とは、人体における霊力の発生源。

 鎖結とは、人体における霊力の増幅器(ブースター)

 

 ――だそうです。どちらも急所で、ここをやられると霊力が一切使えなくなるとか。

 

 そして霊力も体力を付ける要領で鍛えられるそうです。霊力を使うことで引き出されて、結果的に内在する霊力が高まっていくとのこと。

 なので、こうやって力を高めて、ぐぐぐぐー……っ……って……うぐぐぐ、し、死んじゃう! もう無理!

 

 発生させた霊力は予想以上に弱く、なのに私の頭はクラクラです。気が付けば、可哀想な子を見るような目を師匠に向けられていました。

 

 こ、これから(霊圧は)大きくなるもん!!

 

 

 

「ほ、本日は、ありがとうございました……」

「うむ。それと先程も言ったが、儂も暇ではないのでな。稽古は月に二回程度、それでよければ次も来い」

「はい……次回もよろしくお願いします……」

 

 結局、その日の修行が終わったのは、そろそろ日が沈み始める頃。お店が夜になって忙しくなる二時間ほど前でした。

 慣れぬ運動と慣れぬ霊力の制御のおかげで頭も身体もヘロヘロになりながら、私は北門を後にしました。

 




●斷蔵丸
北・黒稜門の門番。
(原作で一護が戦った兕丹坊は西・白道門の門番)

原作登場キャラだが、見た目以外の描写が全くない(台詞すら無し)
よって内面は捏造設定。

加えて。
門番が死神の教育を受けているのかは不明。
(一応作中では「最低限は受けている」という設定)
斷蔵丸がいつ頃から門番をやっていたのかも不明。


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第4話 お風呂でぶくぶく

最初に言っておきます。
ギャグです。全部ギャグなんです。ネタです。

決して私は今回のようなことを本気で考えている訳ではありません。


「つ、疲れた……」

 

 斷蔵丸(師匠)の稽古を終えた帰り道。

 私は身も心も疲れ切った身体を引きずるように操って、流魂街を歩いています。

 行き交う人もフラフラな私の様子に何事かと思っているようですが、そんなことを気にしている余裕はありません。

 

「本当……女将さんには感謝よね……」

 

 今私が向かっているのは、璃筬(りおさ)にも一件しかない湯屋――共同浴場とか銭湯のことです。

 私がこうなること(汗びっしょり)を読んでいたらしく、女将さんが渡してくれた荷物には着替えと入浴料も入っており"帰りにお風呂に入っておいで"とも言われています。

 

 夜にはお店に立たないといけないのに、こんな汗の匂いを撒き散らしていると不衛生ですからね。風呂に入って汗を流してこいと言っていたのには、そういう意味もあったのかもしれません。

 なんにせよ、今の私にはありがたいです。

 

 だってお風呂ですよ、お風呂!! ありました! お湯屋さんです!!

 

 番台にお金を払って着物を脱ぎ捨てて、いざ入浴!

 

 ……の前に、身体を洗わないといけません。

 

 桶でお湯を汲んで、まずは身体を軽く流す。続いて手ぬぐいで全身の垢を丹念に落とし、もう一度お湯を掛けて汚れを落としたら、ようやく入浴です。

 手ぬぐいはお湯につけないのがマナーですよね。

 

「ふぅ……」

 

 疲れた身体にお湯の温かさが染み渡っていきます。気持ちいい……

 今までも身体を洗っていなかったワケじゃありませんが、井戸の水で洗っていただけですから。

 お湯に浸かる気持ちよさは格別です。大きなお風呂なので手足も伸ばせますし。

 

「あ、すみません」

「いやぁ、お気になさらずに」

 

 おっといけない、油断しすぎましたね。

 伸ばした脚が一緒に入っていた男性(・・)を蹴ってしまったようです。お気になさらずにとは言われましたが、礼儀として謝っておかないと。

 

 ……ん? ええ、混浴ですよ。昔の日本は基本的に混浴だったそうです。

 なので郷に入っては郷に従え、少し恥ずかしいですがこうして一緒にお風呂に入っているわけです。

 当然裸ですよ。男性も女性も裸、隠そうともせず皆さん丸出しです。

 凄い光景ですねこれ。公衆の貞操観念とかどうなっているんでしょうか?

 死ぬ前だったら嬉しい光景だったかも知れませんが、今の私は女ですから。特に嬉しくもなんとも……いえ、少しは嬉しいかもしれませんが。

 

 ふと気付けば、男性の方々が私を食い入るような目で凝視してきます。あと女性の方も時々私を見てきます。

 各々思うところがあるみたいですね。まあ、この身体ですから……

 そう思いながら、軽く胸へと手を当てます。

 片手で収まりきらないほどの大きな胸。今日までも何度か触ったことがありますが、その大きさは圧巻の一言。これもある意味、私がこの世界の住人という証なのでしょうか。

 有名税みたいなものだと割り切――るしかないんですかねぇ……

 

 さて。リラックスできる状況に身を任せながら、この先の事について考えを巡らせます。ここ数日、暇を見つけては考えていたことのおさらいの意味も兼ねていますが。

 

 

 

 

 まず第一に考えなければならないのは――

 

 私、物語を中途半端にしか知らないし、そもそもちゃんと覚えてすらいないんですよね……えーと、たしか……

 

 一護がルキアから死神の力を貰って、ルキアが尸魂界に連れ去られて、一護たちが助けに行って、藍染が黒幕だったことが判明して、破面(アランカル)と戦って……

 

 それから?

 

 と、この辺りから記憶が輪を掛けて曖昧。

 流れからして、一護が藍染を倒すのはわかる。でもどうやって倒したんだっけ? もう覚えてない。藍染が終わったその次には……たしか……滅却師(クインシー)と戦うのよね。それはなんとなく知ってる。

 ただ細かい部分がさっぱり……時系列とか覚えてないし……でも変な設定だけは覚えてたりするのが困りものよね。

 

 ああもう! こんなことになるって分かっていたら、全話暗記するくらい読み込んでおけばよかった!!

 

 ……え? じゃあなんでバンビエッタ・バスターバインのことは知っていたのかって? それはネット上に転がっている情報から知っただけで。

 見た目は知ってるわよ。それ以外は殆ど知らないけれど。

 

「これらの知識を踏まえると――」

 

 死神になる。そのために、霊術院へ入るのは絶対。ここまでは問題ないわね。

 まず問題は、何番隊に入るか……ここはやっぱり四番隊かしらね? 確か、覚えている記憶の中に卯ノ花隊長が虚圏(ウェコムンド)だっけ? (ホロウ)たちの本拠地に行っていた覚えがあるし。

 

 そのタイミングでハリベルと接点を作ってみせる! そのためにも、虚圏(ウェコムンド)に連れて行って貰えるくらいには強くならなくっちゃ!! ハリベルとバンビエッタは敵対関係にあるんだから、対応するためにも強さは必要よね!!

 

 最低でも副隊長になるくらいには!!

 

「でも、今の私じゃあ……」

 

 そこまで強くなるのは難しいわよね……今日の修行で思い知らされたわ……

 三ヶ月で大魔王を倒せるくらい強くなれればいいんだけど……私にそんな才能はないってことが証明されちゃったし……

 

 誰か強い人に師事してレベルアップしていくしかないわね。

 

 ……あ! そういえば、卯ノ花隊長は実は強いって何かで見たっけ。なら、教えを請えばなんとかなるかしらね。

 それに、下手に知らない隊長の部隊に入るよりも、少しでも知っている四番隊に入った方が気も楽だろうし!

 

 そもそもどんな場面でも回復役は重宝されるもの。

 そうだわ! 相手を倒した後で治療をして、そこから接点を作るとかも出来るかもしれない!! ハリベルもバンビエッタも、そんな感じで上手いこと持って行けば!!

 

 こうして考えると、四番隊を選ぶのは間違いじゃない!! むしろ大正解ね!!

 

 

 

 

「あの、大丈夫かい? 藍俚(あいり)ちゃん」

「……え?」

 

 声を掛けられ、私は思考を中断します。気付けばお店で見たことのある方が、心配そうに私を見ていました。

 

「さっきからなんだかブツブツ言っていたから、気になってさ。湯中(ゆあた)りでもしたんじゃないかと思って」

「あ、あはは……大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけですから」

 

 あらら、いけない。声に出ていたみたいですね。

 

「まあ、日中に少し力仕事……みたいなのをしていたので疲れてはいますけれど」

「なんだって!? そりゃあ大変だね。疲れているなら肩でも腰でも揉んであげ――」

「い! いえいえ! 大丈夫ですから!! お湯に浸かってすっかり楽になりましたし!!」

 

 不穏な空気を感じ取ったので、慌てて湯船から上がると逃げるようにその場を後にしました。

 危なかった……あのままだったらどんな目に遭っていたことか……

 

 身震いしながら手ぬぐいで身体を拭いて着替えている最中、けれどふと気付きました。

 

「……あ、そうか。マッサージってのは、アリよねぇ……」

 

 何がって私の野望を叶える(おっぱいを揉む)為の手段ですよ。

 

 身体をほぐす、というわけですから。当然、素手で素肌に触れるわけです。

 機会を狙って待つのではなく、向こうから来て貰えますし。

 ついでに言うなら同性ですから、それこそ気兼ねする必要もありません。

 施術だから、という立派な大義名分がある以上は、どこもかしこもさわり放題です。

 

 頂をこの手に掴む(おっぱいを揉む)という目的にこれほど合致したものもそうはないでしょう。

 これはもう、天啓と言っても過言ではありません。

 

 ひょっとして、私の天職はマッサージ師だった!? 今からでも転職を……いえいえ、それは駄目!! それじゃあ織姫にも乱菊にもハリベルにもバンビエッタにも会えない!! そんなの無意味!!

 

 届くはずのなかった天の頂に手を伸ばすって決めたじゃない!! あのおっぱいを揉むって決意は嘘だったの私!?

 

「とにかく、善は急げよね!」

 

 さっさと身支度を済ませ、居酒屋に戻った私はご主人と女将さんに頼み込んで整体――この時代の言い方をすれば按摩――の技術も習う事になりました。

 幸いにも璃筬(りおさ)に按摩師がいたので、暇を見ては通って勉強しています。

 

 

 

 そして勉強したことは――

 

「どうですか女将さん?」

「いやぁ、良い感じさね……腰の痛みが抜けていくねぇ……」

「ご主人はどうです? 調子が悪いとかはありませんか?」

「大丈夫だよ。おかげで肩のこりが嘘みたいに消えたよ」

 

 ――と、こんな風に。

 

 今のところはお二人に披露して疲労を解消しています。評価は上々です。

 




目指せ、尸魂界で1番のマッサージ師!

もう一度言います。
ネタですよ。本気にしちゃ駄目です。


●お風呂
昔なので混浴です。
なんでも「こいつら男女一緒に風呂入ってるとか貞操感おかしいよ! オレ、こんな奴らを国際社会に引っ張り出さなきゃいけないのか……」とペリーが驚いたとか。

●最低限の理想
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●ここまでいけたら良いな
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第5話 出来るかも知れないからとりあえずやってみる

「うーん……」

 

 私は今、璃筬(りおさ)から少し離れた、原っぱのような場所に来ています。

 お店のお客さんたちに"人が来ない開けた場所はありませんか?"と尋ねたところ、此処を教えて貰いました。

 注文通りに人の気配もなく、辺りは開けていて、それでいて街からも適度に近いという理想的な場所です。

 

 そんな場所で何をしているのかというと――

 

「うん! 良い感じね!」

 

 自主練です。

 今は霊力のコントロールを必死で練習していました。その甲斐もあってか、お手玉程度の大きさの霊力の球を生み出す事に成功しました。

 師匠のところで修行していたときにはこれすら出来なかったんだから、大躍進ね!

 

 ……ええ、そうよ。こうやって無理にでも自分を鼓舞しないと、出来の悪さに心が折れそうで……

 

「まあ、気にしすぎても駄目よね」

 

 千里の道も一歩から! 今は成功を糧としてさらなる躍進に繋げましょう!!

 

「さて、そろそろ試してみようかしら……」

 

 頭に浮かぶのは、霊圧を操ることで放てる技の数々。

 そして死神には鬼道(きどう)という霊圧を使った術が存在しています。物凄く簡単に言ってしまえば、創作物に出てくる魔法みたいなものかしらね。

 

 ただ鬼道は霊術院でも習えるみたいだし、師匠から教わる事も出来るはず。だから今は後回し。

 

 私が試してみたいのはそれ以外(・・・・)が操る技。

 

 一歩を踏み出せたことで、ようやくチャレンジする決心が付きました。

 

 呼吸を整え、逸る気持ちを抑え、霊圧を手の平に集中させ、目的の技を思い描く。そして――

 

虚閃(セロ)

 

 手の平から放たれたのは、豆電球のようなとても弱々しい閃光。それも、放たれた次の瞬間には消えてしまうほどに儚く弱いものでした。

 

 それでも、その結果は私にとって満足できるもので、薄く笑みを浮かべました。

 

「次は……」

 

 先ほどの虚閃(セロ)の時と同じように、けれども霊圧を固めて放つように制御して――

 

虚弾(バラ)

 

 撃ち出されたのは、おはじきや空気銃の弾のような小さな塊。それも虚閃(セロ)と同じく一瞬で消えてしまいました。

 

「でも、出来た……」

 

 思わず顔がにやけてしまうのが止められません。

 

 虚閃(セロ)は霊圧を集中させて破壊の閃光を放つ技。

 虚弾(バラ)は霊圧を固めて放つ技。

 本来ならば、(ホロウ)破面(アランカル)と呼ばれる存在――死神と敵対する存在が放つ技です。

 

 普通に考えれば禁忌でしょう。

 死神を志す者が、その敵の技を使うとは何事か、と。

 

 でも、やっていることを突き詰めれば霊圧を放っているだけです。

 ならば、(ホロウ)ではない私でも似たような事は出来るのではないかと思って試してみました。

 予備知識も何も無い状況でのチャレンジなのですから、失敗しても当然だったはず。そしてなんと、自分の予想を大きく裏切って成功です。

 

 こんなの、嬉しいに決まってるじゃないですか。

 

「あ……あ、あれ……??」

 

 成功の喜びを噛み締めていると、不意に視界がぐらりと揺れました。

 この感覚は覚えがあります。というか、師匠のところで霊力のコントロールの修行をしていた頃に何度も何度も体験しました。

 

「れ、霊力が……うっ……!」

 

 これは霊力が不足したことから起きる立ちくらみのようなもの。

 ふらつく身体を制御してなんとか地面に腰を下ろし、倒れないように手を付いて、霊力が回復するのをじっと待って休むくらいしか、対処方法はありません。

 

「あんな子供の悪戯みたいなものなのに、もう霊力が空っぽになっちゃったのね」

 

 ゆっくりと回復させる傍ら、先ほどの虚閃(セロ)虚弾(バラ)についても考察していきます。

 先ほど放ったのは、どちらも虫も殺せないような弱い攻撃。にもかかわらず、霊力が尽きかけてしまった。

 

 そのことから――私の霊力が貧弱すぎるというのは別としても――消費が大きいのではないかと推測しました。

 そもそもあれらの技は、霊圧を直接放っているわけですから。

 とすれば(ホロウ)は、死神よりも内在する霊圧が高いのかもしれません。強力な霊圧という力技で他者を圧倒する、といった具合に。

 

 そう考えると、虚閃(セロ)は死神(見習い未満(仮))の私が使うには向かない技かもしれません。諦めた方が良いのかもしれませんが――

 

「でも、詠唱不要は魅力よねぇ……」

 

 虚閃(セロ)を捨てきれない理由がこれです。

 

 死神の扱う鬼道は、呪文を唱えるように詠唱する必要があります。

 けれども戦闘中に「君臨者よ なんたらの仮面のうんたら 地に満ちてどうたら」みたいなことを長々と唱えていれば、敵に真っ先に狙われます。まあ、詠唱は破棄しても使えるみたいですが、そうすると威力を大きく損なうわけで。

 

 詠唱を破棄した鬼道を使った結果、敵を倒しきれずに反撃を受けるかもしれない。かといって詠唱をすれば、その最中で攻撃を受けて為す術なく倒れてしまうかもしれない。

 

 そう考えると"一瞬で破壊光線を放てる"という選択肢を捨てるのが惜しい。

 

「……まあ、まずは要・練習ね。練達すればもっと手軽で強力な攻撃が放てるようになるかもしれないし。それに霊力を一気に消費するのなら、霊力強化の訓練には使えそうね」

 

 主力で使えなくても、手段の一つにはなるかもしれません。

 そもそもこの場で結論を出すようなものでもありませんからね。

 

 長い目で見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ良いかしらね」

 

 しばらく休んで霊力が回復したことを確認すると、もう一つの技を試してみることにします。

 再び霊力不足が起きた場合を考え、今回は座ったまま。

 全身の霊力を意識しながらゆっくりゆっくりと。全身の隅々にまで行き渡ることを意識しながら――

 

「痛ッ!!」

 

 ――けれどもその集中は、指先から走った刺すような痛みで途切れてしまいました。

 

「いったぁ……」

 

 見れば指先から血が流れ出ています。その傷口は外側からではなく内側(・・)から。丁度、強い圧力に耐えきれず器に罅が入ったような怪我でした。

 

「これ、かなり集中とコントロールが必要みたいね……」

 

 続いて行おうとしていたのは、滅却師(クインシー)と呼ばれる死神とはまた別に(ホロウ)と敵対していた集団が使う血装(ブルート)と呼ばれる技術。

 

 血管の中に霊力を流し込んで攻撃力や防御力を上げるというもの――だったはず。

 聞きかじりというか、ネットでチラ見しただけの知識だから細かい部分は間違ってるかもしれないけれど、基本的な部分は間違ってない……はずよ。

 それに、上手く行けば攻撃力と防御力の底上げに繋がるんだから、だったら試さない価値はないでしょう?

 

 これをなんとか出来れば、強化に繋がるはず!

 

 そう考えて、痛みを堪えて再び集中を開始します。血管は全身に栄養やらを行き渡らせる大事な器官。そこで霊力も行き渡らせれば、無駄はもっとなくなるはず!

 

 そして霊力が高ければ、霊体は肉体も強化される。つまり死神は霊力が高いほど強い。

 

 ならば霊力を全身に無駄なく行き渡らせれば、より効果的なはず! 本来よりも強くなれるはず!

 

 

 

 

「……無理、これは普通のやり方じゃ無理……」

 

 必死で集中したけれど、一朝一夕で取得出来るような技術ではないことが分かりました。

 出来なくはない。似たような事は出来そう。ただ問題は霊力のコントロール。

 このコントロールを誤ると、さっきみたいに圧力が掛かりすぎて怪我をする。かといってそれに怯えて弱い霊力を流しても、強化には繋がらない。

 

 肉体が霊力を無駄なく活用できるように、適量になるような調整が必要みたい。

 

「うーん……ん?」

 

 唸りながら血管に流す霊力を調整していると、不思議な感覚が襲ってきた。

 血装(ブルート)が発動して強化されたわけではない。けれども、とても有用だと直感的に理解できる感覚。

 

「も、もう一回……」

 

 気のせいか確認するために、もう一度。あの時は確か、このくらいの強めに霊力を圧縮するような感じで――

 

「……うう……でも、そうよ。これ、この感覚ね。気のせいなんかじゃなかったわ」

 

 先ほどと同じ感覚に、思わず歓喜の声を上げてしまう。

 

 今私を襲っているのは、強化ではない。むしろその逆。

 強力な負荷だった。

 

「これは、いけるかもしれない……!!」

 

 空気の薄い場所で過ごして心肺機能を高めたり、強い重力を場所で鍛錬することで筋力を普通以上に鍛える。

 それと同じように、血管を通して身体に負荷を掛けることで鍛錬とする。霊力も消費するので、結果的に内在霊力を高める事も出来るはず。

 

「でも、やっぱり必要なのは霊圧の制御ね。それも繊細な」

 

 続けるだけでも凄い負担が掛かる上に、下手すれば暴発させて怪我をする恐れもある。そんな事故を起こさないためにも、必要なのは一にも二にも練習あるのみ!

 

 たしか、えーと……円を描くような感じが良いんだっけ? 絵だって"綺麗な丸を描けると良い"とか言いますし。

 

 真円を描くようなイメージで――

 

「痛ッ!!」

 

 また失敗しました。先は長そうです。

 




●他種族の技
どうせみんな、突き詰めれば霊王さまの子供みたいなもの。
ならば死神と虚と滅却師で、ある程度の互換性はあってもおかしくないはず。
という暴論。
(でも所詮はモドキ)


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第6話 希望は捨てない方向で

 あれから月日は流れ、師匠に稽古を付けて貰う日がやってきました。

 

「はあっ!」

 

 現在、稽古の真っ最中です。

 内容は師匠の攻撃を躱すというもの。攻撃自体も武器ではなく素手の一撃。

 加えてとても――とってもとっっっても、物凄く手加減されているのがわかりますが、それでも師匠は瀞霊門の番人として名の知られた死神にしてこの巨体です。

 放たれる一撃には確かな威力が秘められており、当たればタダでは済みません。

 私は必死で避け続けます。

 

 回避完了と同時に軽くステップを入れて距離を取り、すぐさま体勢を整えるころには師匠の次の一撃がやってきます。

 それを今度は腕を使っていなすようにして躱す。

 回避の動きに振り回される事のないように。重心を意識してバランスを崩すことのないように。

 次の動作に、次の次の動作に繋がるように動けるように意識しながら動いていきます。

 

 やがて、何度目かも分からなくなった攻撃を避けたところで、師匠が手を止めました。

 

「ふむ。まあ、良いだろう。合格だ」

「あ……ありがとうございます!」

 

 ようやく合格を貰えた嬉しさで胸がいっぱいになり、思わず涙ぐんでしまいます。

 

「まあ、もう一年(・・)は経っておるからな。いい加減、合格してもらわねば」

「うう……不肖の弟子で申し訳ありません……」

 

 再び目から涙が。今度は情けなさと申し訳なさで胸がいっぱいです。

 

 そう。

 最初に師匠に稽古を付けて貰った日から、既に一年が経過していました。

 昼は自主練に励み、夜は居酒屋のお手伝い。時々按摩師から手ほどきを受ける。そんな生活を一年続けてようやく……ようやく……

 

「これでようやく、死神見習いとしての稽古が始められるな」

 

 ようやく、まともな修行を始められる様になりました。

 

 ええ、今までは身体作りと霊力制御の特訓だけです。一年掛けてやっと、普通の人レベルになれました。

 ちなみに、今の私くらいになるには――普通の人でも一ヶ月。才能がある人なら数日もあれば、このくらいには上達するそうです。

 

 だというのに私は……いえ、上達していなかったわけじゃないんですよ。

 ただ、普通の人がレベル1→2と成長するところを私の場合はレベル1→1.1と成長してるような遅い速度感じで……

 下手したら、私よりも赤ちゃんの方が強いんじゃないかしら? ってくらいで……

 

 ……笑いたければ笑いなさいよ! 違うから! 私は大器晩成型なだけだから!! レベル101から急上昇していくタイプだから! 凄いんだから!!

 

「まあ、少しずつではあるが動きも良くなってきている。この調子ならば、霊術院の合格も――」

「本当ですか!?」

「――む……時間は、掛かるだろうが……」

 

 サラシは偉大ですね。おかげでかなり動きやすくなりました。あ、下は(ふんどし)です。もっこ(ふんどし)です。心身が引き締まります。

 けれども、それらを差し引いてもこの程度かぁ……

 思わず食い気味に聞いてしまった言葉に、師匠は困った顔をしながらなんとか頷いてくれました。気を遣わせてすみません。

 

「まあ、それはそれとして、だ。今日から本格的な稽古に入るぞ。まずは刀の振り方から」

 

 師匠から木刀を受け取ります。

 これも、半年くらい前から用意はされていたんですけどねぇ……私がポンコツなばっかりに、延期に延期を重ねて今日まで延びてしまいました。本当にごめんなさい。

 

 さて、木刀を手にして素振りを――

 

「んっ!? あわわわわわわっ!?」

 

 ――しようとしたら体勢を崩しかけました。がなんとか踏ん張って持ちこたえます。その結果、見るも不格好な素振りを披露する羽目になりました。

 師匠の目が瞬く間に残念なものを見るような目に変わっていきます。

 今度こそ! と意気込むものの、結果は同じ。上手く剣が振れません。

 

 む、胸が! 胸が邪魔すぎる!!

 

 くぅぅっ! ここに来てもなお私の前に立ち塞がりますか!! サラシで克服出来たと思ったのに!!

 

「……まあ、地道にやっていくしかないだろうな」

 

 良く言えば達観したような、悪く言えば全てを諦めたような師匠の声が心に突き刺さりました。

 

 

 

 

 

 悪夢のような肉体鍛錬の時間がようやく終わり、今度は霊力の鍛錬の時間です。

 

「霊力についても、今日より本格的な稽古に入るぞ」

「はい!」

「まあ、お主も霊圧の制御については――その、なんだ。剣術などと比べれば得意な方ではあるからな」

「師匠……お気遣いは嬉しいですが、その……はっきり仰っていただいて構いませんから」

 

 言い淀んだのとその言い回しをするくらいなら、もうハッキリ言ってくださいよ。自覚はしているんですから!!

 あの後も自主鍛錬を重ねた結果、なんと虚閃(セロ)虚弾(バラ)も二発撃っても倒れないようになりました。

 威力も上がっていて、今では虚閃(セロ)で枝に付いた葉っぱを打ち落とすこともどうにか可能になりました。

 

 ……ええ、その程度よ! なによ、笑えばいいじゃない。

 

「まあ、そう自棄になるな。霊力の稽古と平行して、お主に一つ鬼道を教えてやろう」

「え……っ! ほ、本当ですか!?」

「無論だ。まあ、儂はこの巨体を活かした戦い方をするということもあって鬼道は不得手でな。それに、まだ死神見習いですらないお主に教えるのだ。当然、最も簡単かつ単純なものとなるが構わんな?」

「はい! 勿論です!! 大丈夫です!!」

 

 見た目通りというべきでしょうか、師匠は鬼道が不得意だったようです。それに、私みたいな一般人(今日ようやく一歩前進した)に強力な鬼道を教えるのは色んな意味で問題でしょうからね。

 仰ることは一々ご尤も。

 それでもようやく鬼道を覚えられるんです! 嫌なわけも、断る理由もありません!

 

「では行くぞ……破道(はどう)の一 (しょう)

 

 術名を唱えると、師匠が構えた指先から霊圧が放たれました。地面に向けられていたそれは大地を殴りつけたような衝撃を放ちます。

 

「威力はかなり控えめに、詠唱も破棄しているが。どうだ、鬼道を目にした感想は?」

 

 これが……これが本物の鬼道! 凄い! 私の虚閃(セロ)モドキとは違います。

 嬉しさと感動で声も出せずにいると、師匠はその反応で納得したようでした。

 

「お主にはもう話したかもしれんが、鬼道には破道(はどう)縛道(ばくどう)の二種類がある。破道は攻撃に、縛道は防御などの為に用い、それぞれ一番から九十九番まで術が存在している」

 

 へぇ、最大は九十九番までだったんですか。それは知りませんでした。

 

「数字が大きいほど術は高度で強力なものとなり、扱いも難しくなる。また、先ほど儂が放ったように詠唱を破棄することで即時放つ事も可能だ。とはいえその分だけ効力は落ちるので、鍛錬が必要なのだがな」

 

 ああ、やっぱりそうでした。詠唱破棄の弊害、私の記憶は間違っていませんでした。

 詠唱を破棄すれば簡単に使えるけれど、弱くなってしまう。

 記号的な表現であれば術名を叫びながら放つのは、お約束のようなもの。でも実際に使うのであれば、簡単に使えて強力な攻撃を放てる方法もあった方が便利に決まっています。

 

 詠唱を破棄するだけでなく、術名も破棄――つまり先ほどの"破道の一 衝"という言葉すらも省略して、それでも使い勝手が変わらない。

 それが理想なんですけれど。そんな方法、ありませんか?

 

「あの師匠。では、詠唱を破棄しても威力は変わらない。そんな鬼道を放つ方法って、ありませんか?」

「わはははは! 確かにそれが出来れば理想だろうな。だが儂もそんな方法は聞いたことがない」

「やっぱり、ありませんか……」

「まあ、そう都合の良いことばかりではないということだ」

 

 むむむ、やっぱりそうですか。まあ、この方法も諦めずに探すだけ探してみましょう。

 ひょっとしたら師匠が知らないだけで、鬼道が得意な死神の中には"そういった手段"を生み出している人がいるかもしれませんし。

 

「最初から楽を覚えようとしても、上手くは行かぬものだ」

 

 いえ、別に最初から楽をしたいわけじゃないんですけどね。基本は基本として、応用でそういった便利な方法がないかと思っただけで。

 

「それに鬼道は訓練を重ねることでようやく扱えるようになる術でもある。そんな便利な方法があるとすれば、地道な積み重ねしかないであろうな。さあ、まずはやってみろ」

「はい!」

 

 師匠がやったのと同じように、霊圧を込めて指先を突き出して――

 

「破道の一! 衝!!」

 

 ――ポフッ!

 

 指先からそんな、オナラみたいな気の抜けた音が響きました。同時に、そよ風のような小さな小さな衝撃も生み出されています。

 ……威力が小さい分だけ使いやすいはずの詠唱破棄ですらこれかぁ……やっぱり私の才能って、この程度なのね。

 

「……まあ、先程も言ったが訓練を地道に積み重ねねば伸びぬからな」

 

 師匠に必死のフォローをさせてしまい、本当に申し訳ないです。

 

 ――ってまさか! あの音にそよ風だからって、私がオナラしたと勘違いしてませんよね!? 違いますからね!!

 




●もっこ褌
大雑把に言うと、結び目が片方だけの紐パン。
歌舞伎の女形が使っていた。

サラシと褌はロマン。


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第7話 少しは成長しました

「荷物は全部乗せ終わりました」

「ありがとうよ、藍俚(あいり)ちゃん」

 

 大八車に荷物がいっぱい乗っています。大きい物もあれば小さい物もあります。

 これほとんど、私が一人で乗せたんですよ。すごいでしょう?

 

 今日は用事があったので、自主練習はお休みです。

 居酒屋のご主人たちの知り合いが新居を構えたそうで、朝から引っ越しのお手伝いをしていました。

 現在日本なら業者に頼んでしまえば済みますが、流魂街にはそんなのありませんからね。

 釜やら箪笥やら大荷物を手作業で大八車に乗せて、人力で運ばなきゃいけません。

 牛とかいれば、運送は楽になったんですけどね。あいにく都合が付かず、ここから人の手で引っ張って運びます。

 

「それにしても、これだけの荷物をほとんど一人で片付けちまうとはねぇ」

「まあ、死神を目指して修行をしていますからね」

 

 その評価にちょっとだけ得意気になって、胸を反らせます。

 霊力が強くなれば、肉体も活発化して強くなる。伊達に修行はしていません。今の私は、その辺の男性よりも力強くなれました。修行の成果ってやつですね。

 

 一応女性なのに力自慢というのはどうなのかと思うかもしれませんが、背丈自体はその辺の男性よりもずっと高いです。なので力持ちでもそれほど違和感はありません。

 

「そうだねぇ……で、今年は斷蔵丸さんから合格を貰えそうかい?」

「ら、来年こそは……」

 

 ご主人の一言に私は目を逸らします。

 

「今年で何年目だっけ?」

「じ、十年……です……」

「……合格、できるといいね」

「はい……」

 

 ……ええ、そうです。十年ですよ十年!! まだ師匠の下で修行してます。

 

 周りからは"もう諦めた方が良いんじゃないか?"とか"このまま居酒屋の後を継いでしまえ"とか言われます。

 物凄くよく言われます。自分でもちょっとその気になってしまうくらい。

 でも刀を操れるようになったし、素手の戦いも教えて貰っています。歩法だって習っていますし、鬼道もそこそこ……

 

 ……うん、そこそこは出来るようになったんですよ!!

 虚閃(セロ)だって何発か撃てますし、血装(ブルート)だって少しずつ発現出来るような感じになってきました。

 血装(ブルート)を強めに使って負荷とすることで修行効率を上げるのだって――あれって効果あるのかなぁ……? ――きっとそのうち花実が咲くはずなんです。

 

 まだスタートラインにも立ってないのに、こんな中途半端なところで止められません!

 

「まあ、合格云々の話は置いておいてだ。そろそろ出発しようか?」

「そうですね、じゃあ動かしますよ?」

 

 取っ手を掴んで、力一杯ひっぱると大八車がゆっくりと動き出しました。

 さっきも言いましたよね? 牛が引っ張れば楽だけど都合が付かなかったって。だから代わりに私が引っ張るんです。

 この大荷物を! 私が! 手で引っ張って! 引っ越し先まで! 歩いて!

 

 いいんですよ、どーせ。

 十年も燻ってるんですから、このくらいは好きに使ってください。

 

藍俚(あいり)ちゃん、一人で動かせるんだな……」

「ホント、死神になんてならずにウチの店でずっと働いててくれりゃいいのに……」

 

 ご主人とそのご友人の感心するような呆れたような言葉は、聞かなかったことにします。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「女将さん、追加の料理できました」

「はいよ。じゃあこれはアタシが運ぶから、あっちの注文を聞いておいておくれ」

「はーい」

 

 日中に引っ越しのお手伝いをしましたが、夜にはお店もちゃんとあります。なので、こちらの方も抜かりなく。

 良いことと言えば、十年もやっていたのでお料理を仕込んで貰えたくらいですね。今までは注文取りや配膳、後片付けに会計くらいでしたので。今ではお店の料理も一通り作れるようになりました。

 ご主人たちがいなくても、なんとかお店をやっていける程度には鍛えられましたよ。

 

 死神の修行も、これくらい上達してくれればいいんですけどね……

 

「ご注文は?」

「そうだな……」

 

 注文を考えるフリをしながら、お客さんの手がそーっとお尻に伸ばされました。

 その伸ばされた手をピシャリと叩いて払いのけます。

 

「おっと、もうお触りは駄目ですよ」

「ちぇっ! 最近藍俚(あいり)ちゃんも勘が鋭くなったなぁ……」

 

 ほぼ死角から伸ばされた手なので、私からは見えないはずとタカを括っていたのでしょう。叩かれた手を軽くさすりつつ笑って誤魔化そうとしています。

 

「仕方ない、いつもの加えて侘び料代わりだ。魚の煮物も付けてくれ」

「はい、毎度ありでーす」

 

 どうも最近、常連さんたちの間で"私に気付かれずに触れるか。気付かれたら一品追加で注文"という決まり事が出来たようです。

 私本人はそれ、了承どころか話すら聞いていないんですけどね。

 

「なんだ、お前も駄目だったか」

「まったくだよ。昔はよかったんだけどな」

「しかし見えなかったはずなのに、どうやって気付いたんだ?」

 

 ふふふ、不思議がっていますね。

 私だって伊達に十年も酔っ払いのセクハラをいなしてきたわけではありません。

 

 なんと! 霊圧による知覚が出来るようになってきました! 死角でも感知できるようになったんですよ。

 

 まだ完全ではないですし、酔っ払ってるくらい容易い相手でないと気付けないんですけどね。

 これを戦闘中に使えるようになるのは、まだまだ先の話みたいですけど……

 

 でも、按摩師としての腕はどんどん上がってるんです。

 最近だと噂が噂を呼んで、近所の方々が集まってきたりもします。大人気ですよ私!

 

 死神としても、このくらい順調に成長出来れば良いんですけどねぇ……

 



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第8話 待望の合格印

 あれから歳月は流れ、私は再び師匠と実践形式の手合わせをしています。とはいえ、まだまだ手加減はされているんですけれどね。

 

「――ッ!!」

 

 師匠の斬魄刀が振り下ろされました。

 上から下に、ただ勢いよく振り下ろされただけの剣術ですが、師匠の巨体と豪腕とが相まってその一撃は息を呑むほどの強烈なものでした。

 

 ですが今や私も成長しています。

 見切り、充分に引き付けたその攻撃を既のところで躱す。何度か振り下ろされるそれを同じように避けながら、師匠との距離を一気に詰めていきます。

 

「破道の二 蛍火(ほたるび)!」

「む!」

 

 振り上げられた一瞬を狙って鬼道を放つ。

 唱えたのは過去に師匠から習った、指先から火球を放つもの。相手の胴体を狙って放ったその攻撃を、けれども師匠は手の平で易々と受けとめてしまいました。

 ダメージなど皆無のようで、うっすら赤くなっている程度です。

 

「今ッ!」

 

 ですがそれで充分。

 動きが止まった一瞬の間に瞬歩(しゅんぽ)で距離を一気に詰めると、腿を狙って刃――正確には木刀ですが――を振るいます。

 

「甘いわッ!」

 

 させじと師匠も応じます。

 彼我の間合いを取り直すように動かれてしまい、その一撃は空を斬りました。

 

「だったら……縛道(ばくどう)の一 (さい)!」

「なにっ!?」

 

 ならばと、追撃代わりに縛道を放ちます。

 これも稽古が進む中で師匠から教えて貰ったもので、対象の手足の動きを封じるという術です。が、所詮は最下級の術。ましてや実力差のある私が師匠に唱えたところで、その動きを止められるはずもありません。

 

 予想通り(・・・・)師匠の動きは止まらず、止められたのは片腕一本だけでした。

 

「失礼します!」

 

 その止まった腕を目掛けて飛び乗り、そのまま足場代わりに更に高く跳躍します。

 師匠の文字通りの豪腕を縛道によって封じ上げることで固定し、台座代わりに利用させてもらいました。

 

「やあああぁぁっ!!」

「なるほど、そう来たか!!」

 

 目前に迫った師匠の顔面目掛けて、私は再び刀を振るいます。師匠は私の動きにどこか嬉しそうに笑いながら、自由に動くもう片方の腕で斬魄刀を振るいました。

 二人の刃がぶつかり合い、私の方が飛ばされます。ですが体勢を崩すことなく着地し、即座に次へ対応できるように構え直します。

 

「そこまで!」

 

 と、そこで師匠の静止の声が響きました。その言葉に私も構えを解きます。

 

「ふむ、これならば問題はなかろう。合格だ」

「え……っ! ほ、本当ですか!?」

 

 僅かな瞑目の後、師匠はそう口にしました。その言葉が咄嗟に信じられず、思わず聞き返してしまいます。

 

「嘘を吐いても仕方なかろう。お主の今の実力ならば、霊術院の合格は間違いなかろう」

「よ、良かったぁ……やっと、やっと……」

 

 やっと卒業できるんですね。

 いつぞやの本格的な修行開始の時のように、目頭が熱くなってしまいます。湧き上がる感情を抑えきれません。

 

 だって、だって――

 

「長かったな……五十年は……」

「ええ、本当に……これでようやく、霊術院の試験を受けてもいいんですよね!?」

 

 ――流石に長すぎます。どれだけ才能ないんですか私は……

 

 でも、それはそれ。ようやく千里の道の二歩目に到達できました!

 

 死神の基本となる斬拳走鬼についても、この長い長い修行期間を経て、ようやく一端(いっぱし)程度には出来るようになっています。

 

 斬術、拳術については、先程の師匠との手合わせ程度には出来ます。もう刀に振り回されてすっ転ぶような藍俚(あいり)ちゃんはいませんよ!

 

 走術だって、距離こそ短いものの瞬歩(しゅんぽ)ができるようになりました。これで一瞬で移動できます。

 理屈自体は単純なので、色んな工夫や応用が出来そうです。

 

 鬼道も先程のように、一桁番台について教えて貰いました。これでも破道と縛道合わせて、十八の術が使えるようになってるんですよ。

 ……しかし"ロンダニーニの黒犬"ってなんなんでしょうか……?

 縛道の詠唱に良く出てくるんですけれど、聞いたことないんですよね。

 バスカヴィル家の犬とかティンダロスの猟犬なら知ってるんですけれど……

 

「そのことなのだが……お主には一つ謝らねばならぬことがあるのだ」

「ぐすっ……ふえ……? な、なんですか?」

「霊術院の合格だけを考えるのなら、十年前には大凡(おおよそ)問題はない腕前にまで成長していたのだ」

「……え?」

 

 それってつまり……もうずっと前に合格レベルの実力は付いていたってことですよね?

 

「じゃ、じゃあどうして……!?」

「お主の伸びしろから考えるに、あのままの実力では途中で付いていけずに脱落しそうだったのでな。そんなことになるくらいなら――そう思い、今日まで引き延ばしていた。すまぬ」

「なるほど……」

 

 確かに、ここまで来るのに五十年掛かってますもんね。だったら、予め多めに修行しておいた方が後々楽ですもんね。

 普通なら五十年もあれば、いっぱしの死神になっていてもおかしくはないはずなのに……

 そういえばこの五十年の間に、死神の方と出会う機会もありました。流魂街に出没する(ホロウ)の調査に来たとかで。

 あの死神さんたちは、こんなに時間を掛けなくても死神になったんだろうなぁ……

 

 あはは……なんででしょうか? また涙が出てきました。

 

「それに、なによりお主は……」

「あの……まだ何か?」

「……いや、これは言わんでおこう」

 

 ……えっ!? 

 心で泣いている私に追い打ちを掛けるような師匠の言葉……

 い、一体何を言おうとしたんでしょうか!? 私に何か粗相があったんでしょうか……無能以外は大体問題なかったと思うんですけど……

 

「それよりもこれからのことだな」

「そうですよね!」

「そうだな、まずは――」

 

 まずは入学試験の突破を目指して……

 

「――まずは、瀞霊廷内への入場許可を取らねばならんな」

「……え?」

 

 入場許可……ですか? なんですかそれ??

 

「なんだその顔は? む、まさか知らなかったのではあるまいな?」

 

 そう言うと、嘆息しつつ師匠が説明してくれました。

 

 流魂街から瀞霊廷へ入るには、各瀞霊門の門番に通行証を示す必要があるそうです。

 その通行証を取得するのも面倒な、それこそ所謂お役所仕事みたいな煩雑な手続きが大量にあるそうで、全部終わるのに数週間掛かるそうです。

 

 多分ですけれど、その数週間っていうのも"早くて数週間"な気がします。実際は書類不備とかでもっと時間が掛かりそうで……

 

 通行証の申請と同時に、真央霊術院への入学試験の申請も平行して行います。申請時に霊力の有無を確認されて、霊力を持っていることが確認できればそのまま試験へ。

 ただその試験自体は秋頃から受付を開始するとか。

 

 ……今、ようやく春が終わったくらいなんですけれど。

 

 入学の手続き自体も、お金こそ掛からないですが申請は面倒みたいです。

 試験を受けられるのは一年に一度だけ。入学試験を突破したら、今度は霊術院に入学するための手続きがまた必要になるそうで。

 

 加えて、通行証には"この日からこの日まで通って良いよ"という期日が設けられているので、その間に瀞霊廷の用事を済ませないと、今度は不法滞在で処罰されるとか。

 

「うへぇ……」

 

 聞いただけで"面倒くさい"とわかる内容に、思わず渋面を隠せませんでした。

 

「つまり……まずは師匠に通行証の発行の依頼をしないと駄目ってことですよね?」

「そうだ」

「それに合わせて、真央霊術院の入学依頼の申請もしないといけないんですよね?」

「……そうだ」

「でも今は時期じゃないから、待たないと通行証も無駄になっちゃうんですよね?」

「…………そうだ」

 

 ……えーと……

 

「稽古、もう少しだけお願いしていいですか?」

「……構わんぞ」

 

 喜びに水を差されるって、こういう気持ちになるんですね。

 




●破道の二 蛍火(ほたるび)
原作には出てこない、オリジナルな術。
赤火砲のような、炎系の最下位の鬼道として即席設定。
(名前センスが皆無(いわゆるオサレではない)のはご愛敬)

●通行証と入学申請
通行証については小説 BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU より。
今でいうパスポートの取得とかを数十倍面倒にしたもの、みたいな認識でいいのかな?

入学申請については、特に記述が見つけられなかったのでそれっぽいのを適当に。
下半期に(予約すれば)いつでも入学試験を受けられる。
申請すれば誰でも受けられるが、基本的には一年に一回だけ。
合格したら、翌年の春から一回生として全員スタート、という位置づけにしている。

霊術院の設定がそもそも原作にほぼ皆無なので仕方なし。
(入学試験についても適当に設定)


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第9話 さようなら流魂街

「それでは師匠、行ってまいります」

「うむ、道中気をつけてな」

 

 師匠の手によって、瀞霊門がまるでシャッターか何かのように持ち上げられており、その向こうには、流魂街よりも立派な建物が並んでいます。

 今までずっと見ることしか叶わなかった景色、そこへ遂に私も足を踏み入れることができます。

 

 師匠から"真央霊術院の入学試験を受けても良い"というお墨付きを貰ってからおよそ半年。時期を待ってから入学試験の手続きやら通行許可の手続きやらを開始して、色々と時間が掛かりましたが、ついに今日! ようやく出発です!

 

「皆さんも、お見送りありがとうございます」

「頑張って来るんだぞ」

藍俚(あいり)ちゃんならきっと大丈夫だよ」

「これだけ時間を掛けたんだから、まあ合格だろうな」

「失敗したらここの全員に一杯おごってくれよ」

「あははははっ! そりゃいいな!!」

 

 門の周囲には、今までお世話になったご主人に女将さん。お店の常連の方などが来てくれました。常連の一人の軽口に、私も思わず笑顔になってしまいます。

 なんだか"もう死神になった!"みたいな感じですが、まだ霊術院の試験を受けに行くだけなんですけどね。

 どうやら璃筬(りおさ)から死神を目指す人が出るのはそこそこ珍しいみたいです。私も、この五十年ほど聞いたことありませんし。そのおかげか、物見遊山気分で見ている人もちらほらといるみたいです。

 

「絶対に霊術院生になってきますからね」

 

 もう一度、確認のためにと手にした風呂敷包みを見やります。

 中には霊術院の入学手続きをした書類や地図。通行証も勿論のこと、簡単な着替えや竹筒の水筒に道中用の軽食。といった物を収めています。

 瀞霊廷は広いって話ですからね。移動の途中で食べたり休んだり、最悪一泊二泊はすることになるかもしれないと、餞別としてお金もいただきました。

 

 なんというか、地方から上京する学生みたいな気分になりますね。

 

「それではみなさん、行って来ます」

 

 そう告げると、私は門をくぐり抜けて行きました。

 背中からは未だに皆さんの声援を受け続けています。こういうのって、良いですね。絶対に合格してやるって気持ちがぐんぐんと湧き上がってきます。

 

 

 

 ……でも、これで、試験に落ちたらどうしよう。恥ずかしくってもう戻ってこられないかもしれない……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「えっと……この通りね」

 

 地図やら通行人に尋ねるやらしながら、霊術院を目指して瀞霊廷を進んでいます。

 流石に瀞霊廷は広い――なんて言葉では言い表せないくらい広いです。なんでも端から端まで歩くと数日掛かるくらい広いとか。

 東京二十三区くらい? 程度の覚悟でいたら、距離に負けるところでした。

 なるほど、どうりで通行許可証に許可日の開始日と終了日を明記しているわけです。

 

 まあ、師匠の下で五十年鍛えましたし。歩いているくらいで潰れる様なヤワな女じゃありませんよ。歩く途中も血装(ブルート)を負荷代わりに発動させて、訓練代わりにしています。

 

 とはいえ歩くこと既に二日目です。流石に少し疲れてきました。秋の少しひんやりとした空気が火照った身体に心地よいくらい。

 

「まさか、本当に宿賃が必要になるとは思わなかったわね」

 

 昨日に泊まった安宿のことを思い出します。

 瀞霊廷は貴族と死神の為に造られた一つの都市ですが、かといって全員が"高慢な貴族"みたいな振る舞いをしているワケではありませんから。

 建物の造りなんかは璃筬(りおさ)よりずっと立派ですけれど、大衆的な酒屋や食堂なんかもちゃんとあります。

 この辺はどうやら、護廷十三隊の各隊に影響されているみたいですね。区画ごとに各隊の縄張りみたいなもので、部隊の特色が反映された街並みになっているようです。

 その部隊を慕う人たちが集まるわけですから、当然といえば当然ですね。

 

 ――ってことは、戦闘集団な十一番隊の近くには、闘技場とか拳闘場がわんさか……? い、今は考えないことにしましょう!

 

「死神になれたら、このめちゃくちゃ広い瀞霊廷の道も覚えなきゃならないのかしら?」

 

 少なくとも各隊の隊舎の場所とかは覚えておかないといけないでしょうし。それに付随して周辺施設なんかも。引っ越し先の市役所や郵便局、公共施設なんかの場所を覚えておくような感覚ですかね?

 

「……あ! あれ、よね?」

 

 そんなことを考えながら彷徨うことしばし。ようやく目的の場所を発見しました。

 外観だけみれば、そこはまるで大きな屋敷か、はたまた小さな城とでも言うべきか。周囲の建物にも負けぬほどの建造物。

 入り口近くには守衛とおぼしき人が立ち、門には"真央霊術院"と大きく記された看板もあります。

 

「何か?」

 

 私に気付いたのでしょう。守衛の方が声を掛けてきました。

 

「私、霊術院の入学試験を受けに来た者です。書類もここに」

 

 そう言いながら風呂敷を開き、入学手続きに使った書面を守衛に渡します。相手はそれを受け取ると、しばし記載内容に目を通してから顔を上げました。

 

「なるほど、確認しました。では案内しますのでこちらに」

 

 よかった、ここで"書類に不備があるのでまたお越し下さい"とか言われたらどうしようかと思いました。

 案内されるままに、霊術院の中に入りました。

 

 

 

 

 

「こちらでお待ちください」

「ありがとうございます」

 

 あの後、守衛から学院内の関係者へと話が通され、その関係者に案内されて学内のとある一室に通されました。部屋の造り自体は簡素で、畳敷きの床の上には机と座布団が並んでいます。

 

「……待合室? それともここで試験もやるのかしら?」

 

 室内には私以外は誰もいないので、どうしたものかと思いつつもとりあえず座って待つことしばし。

 やがて試験官らしき男がやってくると「試験は中庭で行う」とのことで再び移動です。

 

「しかし、この時期に試験を受けに来るのは珍しいですね」

「え? そうなんですか?」

 

 移動の途中、そんなことを言われました。

 

 話を聞くと、試験を受けに来るのは解禁初頭と終了間際が多いそうです。

 初日や二日目に来るのは自信のある者が多く、逆に締め切り間際に来るのは少しでも実力を底上げしておきたい者だとか。

 だから、私みたいに谷となる時期――有り体に言ってしまえば中途半端な頃――に受けにくるのは少なくて珍しいとのこと。

 

 ひょっとして、この時期を選んでくれたのも師匠の気遣いだったのでしょうかね? だとしたら本当に、頭が上がりません。

 

 中庭で試験が始まりましたが、基準となるのはまず霊力の測定。

 受験者が霊力を持っているかは当然のこと、どれだけの霊力を持っているのかも判定の基準となるそうです。

 それが終わると、どれだけ動けるのか。早い話が体力測定みたいなものですね。

 剣術や鬼道などは極論一切知らなくても霊術院で覚えられますが、それでも基本的な運動神経がズタズタでは敬遠せざるを得ません。なにしろ死神というのは(ホロウ)との命懸けの戦いを繰り広げますからね。

 

 ちなみに私は、霊力試験も運動能力試験もきちんと突破出来ました。

 流魂街出身でこれだけ動けるのは珍しいとか、将来有望とか言われましたよ。

 

 ……あははは。それ、五十年の努力の結晶です。

 

 霊術院は――飛び級アリなのですが――基本的に六年間掛けて卒業します。その八倍近い時間を使っておいてコレですよ。

 期待させちゃってごめんなさい。

 

 とあれ、試験はこれで終了。

 先程の待合室に再び戻されたかと思うと、実はまだありました。

 筆記試験です。

 内容は流魂街出身でも知っているような基本的なものや一般常識的なものばかり。

 なるほど、さすがに礼儀の"れ"の字も知らないような者を合格させるわけにもいきませんからね。

 

 あっさりと筆記試験を終えたかと思えば、試験官から「これもやってみますか?」と別の紙を渡されました。

 見ると……なんですかこれ? 全然知らない問題がびっしりです。

 一応前世は現代社会に暮らしていた私なので高等教育も受けていますが、そもそも聞いたことのない内容ばかりで……

 

「ああ、やはり分かりませんよね。それ、実は貴族用の試験なんです」

「え?」

「貴族の入学志願者のうち、希望者にだけ実施する特別な試験でね」

「特別な試験……?」

 

 ……うわぁ、なんとなく分かっちゃいました。

 これってつまりは下駄を履かせるための試験でしょうね。点数ギリギリ足らない貴族を引き上げたり、有名貴族に主席入学みたいな箔を付けるための。

 やはり貴族は特権階級というわけですか。

 

「そうです。まあ、湯川さんはこれまでの試験で合格は問題なしなので、お気になさらずに」

 

 私の胸中など知らず、解答用紙を眺めながらそんなことを言う試験官。

 

「え!? 合格ですか?」

「はい、問題ありませんよ。霊力も身体能力も筆記試験も、極めて正常です」

 

 あっさりそう言われてしまいました。

 

 合格ですか……なんだかさっと言われすぎて実感が湧かないというか……

 

「人数の多いときには、こんな簡単には伝えないんですがね。今回は一人だけの試験なので」

「な、なるほど……」

「では続いて、合格者の手続きに移ります」

 

 落第者は"お帰りはあちらです"されるそうですが、合格者は必要な書類の記入をしていきます。霊術院には院生寮もあるので、希望する場合は入寮手続きなんかもします。

 流魂街出身だと瀞霊廷に家なんてありませんし、瀞霊廷出身でも家が遠くて入寮を希望する者もいるので。

 

 それらが終わったら最後に身体測定です。

 

 霊術院生になった者は、学生服のように院生袴というものの着用が義務づけられます。

 ですが院生のサイズは個人個人違うので、それぞれの身体のサイズに合わせて調整する必要があります。

 そのために身体測定が必要になるわけです。

 大きくてブカブカならまだしも、小さくて着られないなんて間抜けですから。

 ましてや私は身体が大きいので、下手すれば男性サイズでも合わないかもしれません。

 

 おっかなびっくり測ってみたところ、なんと吃驚。身長が六尺一寸(185cm)と言われました。

 なるほど、そりゃ流魂街の男性よりも大きかったワケです。

 

 あ、ちなみに院生袴のデザインも見せてもらいました。男性は紺、女性は赤の袴になっていて、結構可愛らしい感じでしたよ。

 

 全てが終わると、最後に割り符を貰いました。

 この割り符が合格者の証だそうです。このまま授業開始まで院生寮で暮らしてもいいし、一旦戻って支度を整え直してくるのもOK、とのこと。

 

 そうですね……じゃあ私は……

 

 

 

 ……え? 身長はわかったけど胸囲は幾つだ? ……それは秘密で。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「それでは師匠、行ってまいります」

「うむ、達者でな」

 

 師匠の手によって、瀞霊門はまるでシャッターか何かのように持ち上げられており、その向こうには、流魂街よりも立派な建物が並んでいます。

 数日前の焼き直しのような見た光景。けれど決定的に違うのは、私が霊術院に合格しているということと、見送りの人数があの時の比ではないほど多いことです。

 

 あの後、合格の報告をみんなにすべく一旦流魂街に戻ることにしました。

 

 門を通るので師匠に真っ先に報告を。そして酒屋に戻って女将さんたちにも合格したと告げると、蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。

 その日は合格祝いと称した馬鹿騒ぎが夜遅くまで続き、合格を祝う声と別れを悲しむ声でいっぱいでした。何しろみんなで愉しもうということで黒稜門の近くに酒樽や料理を運び込んで師匠も合わせての大宴会です。

 

 私も何度も酒を勧められましたが、丁重にお断り続けました。明日にはまた璃筬(りおさ)を立つ身なので酔うワケにもいきませんしお酒弱いですし。

 ご主人と女将さんにお別れを済ませ、何度も身体を触られそうになるのを躱しながらその日の夜は更けていきました。

 

 そして翌日。

 霊術院試験に挑むときのように見送られ、激励の言葉を投げかけられながら、再び瀞霊廷へと歩みを進めます。

 

 けれども私の胸は、あの時には感じなかった新たな期待でいっぱいでした。

 




新たな期待(新しいおっぱい)で胸がいっぱい


●六尺一寸
正確に記するなら六尺一寸五厘らしい
(尺貫法とメートル法はピタリ合致しないので)
悩みは着る物
(サイズだったりデザインだったりが無いの)

●瀞霊廷の大きさ
原作で「(西門から)別の門まで行くのに歩いて十日は掛かる」の発言から。


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第10話 入学は出来ましたが、入学式はまだです

 湯川藍俚(あいり)、無事に霊術院生になれました!

 ほらほら見てくださいよ、この院生袴。赤く染められていて、上の着物にも同じ色のラインが入っているんです。

 ……ちょっとだけ、学生時代の体操着を思い出すのは何故なのでしょうか?

 

 先程"霊術院生になれました"と言いましたが、厳密にはちょっとだけ違います。

 

 霊術院の入学試験は下半期に行われて、申請をすれば――期間中ならば――いつ試験を受けに行っても対応してくれることは説明しましたよね。

 なので、場合によっては"試験期間の初日に行って合格を貰いました。でも私は流魂街出身なので通行証の期限が切れてしまい、再申請していたら始業式に間に合いませんでした"といった間抜けなことが起きるかも知れません。

 

 そんな間抜けを防ぐためか、試験に合格したものは院生寮に入寮してもよい。という制度が決められています。

 寮で生活していれば瀞霊廷から締め出しをくらうこともありませんし、早めに寮に入れば同期生とも早い内からコミュニケーションが取れるわけです。

 つまるところ"入試に合格した学生が三月に引っ越しして入寮する"ようなものです。若手の候補生を囲い込んで逃がさない、みたいな意味もありそうですが。

 

 説明が長くなりましたが、早い話が"まだ入学式前で、授業は始まっていない。今は寮生活をしている"というだけなんですけどね。

 

 寮生活とはいえ学生扱いですので、学校施設を使っても問題ありません。訓練用の設備を使ってさらに自己研鑽もできますし、知識を求めるのであれば図書室もあります。

 日常生活に不便がないように最低限の衣食住も提供されます。その他、必要な物があった場合には申請すれば支給して貰えます。

 結構至れり尽くせりですよね。流魂街――それも番号の大きい地区の人にとっては、ここは天国みたいに思えるかもしれません。

 

 霊術院生は在学(在院?)中は基本的にこの寮で生活します。

 流魂街出身でも瀞霊廷出身でも、貴族出身であろうともそれは変わらない……という原則なのですが。

 実際は貴族の中には自宅から通っていたり、近くに家を借りて使用人付きで住む者もいるそうです。

 

 ……ケッ、こんな狭いところで有象無象と一緒に暮らすなんて出来ねぇってか!?

 

 と、話を聞いた最初はやさぐれ掛けましたが、それはそれ。

 よくよく話を聞いてみたら、貴族にも色々あるみたいです。

 まず貴族にも上級や下級といったランクがあって、下級貴族の人たちは上位の家に逆らえないらしく、流魂街出身なんかと同じ扱いを受けることもあるとか。

 そういう背景があるためか、誰であっても仲良くしてくれる方が多いです。

 勿論、上級貴族にだって良い人はいます。

 

「あれ、藍俚(あいり)さん。こんにちは」

「ごきげんよう、湯川さん」

 

 ――っと、噂をすれば影が差しましたね。

 

「こんにちは。蓮常寺さん、綾瀬さん」

 

 二人の同期生に挨拶を返します。

 

 この二人は蓮常寺(れんじょうじ) 小鈴(こすず)さんと、綾瀬(あやせ) 幸江(さちえ)さん。

 

 寮では生活班というものが決められています。

 これは学級に関係なく振り分けられて、同じ班員同士で共同生活や助け合いをするといもの。そしてこの二人は私と同じ班に所属しているのです。

 なので必然的に顔を合わせる機会が多く、交流が生まれています。

 ボッチ回避のための素晴らしい制度ですね(苦笑)

 

 ちなみに――

 

 綾瀬さんは下級貴族の出身。

 背も低くて小柄で可愛らしい感じの、少女といったところです。ショートヘアがよく似合っていて、笑顔が絶えない明るい性格をしています。

 

 蓮常寺さんは上級貴族の出身。

 背は女性にしては高く、規律や規則に厳格なタイプです。長く伸ばした髪にキリッとした表情がよく似合います。

 

 ――凸凹コンビみたいで反目しそうに思えますが、なんだかウマが合うみたいで。良く一緒に行動している姿を見かけます。

 

「お二人も朝食ですか?」

 

 言い忘れていましたが、ここは寮内の食堂です。

 学食みたいなものですが、なんと無料で食べられるんですよ。まあ、メニューは"A定食かB定食のどちらかのみ"みたいな感じで、選択の余地はありませんけれど。

 それでも作って貰えるというのはありがたいです。

 お味の方も良いんですよ。貴族出身の生徒も食べに来る以上、下手な物は出せないでしょうから当然ですね。

 

 なので、食堂でボッチ飯をしていたところに、二人が声を掛けてくれたわけです。

 ……い、いえ! ボッチじゃないですから!! 今日はちょっと、院生寮の説明のためにも一人でいた方が都合が良かっただけですから!!

 

「はい! もうお腹空いちゃって」

「ちょっと綾瀬さん、もう少し声を……」

「綾瀬さんは朝から元気いっぱいですね」

 

 大きな声で返事をする綾瀬さんに何事かと食堂内の視線が集まり、それを察した蓮常寺さんが小声で(たしな)める。私はそれを笑いながら"なんでもないんですよ"と周囲にアピールしておきます。

 この二人と良く行動を共にするようになってからか、自然とそんな感じの役割が出来てきていました。

 

藍俚(あいり)さんは今日は何をするつもりなんですか?」

「鬼道とか霊力の使い方についてもっと理論を知りたいから、図書室に行く予定ですよ。綾瀬さんたちは?」

「私たちはまだ決まってないんですよ! 小鈴さんと一緒に食事をしようって事だけ決めて。そうだ! じゃあ私たちも藍俚(あいり)さんにご一緒していいですか?」

「綾瀬さん、急にそういうことを言うのは……」

「構いませんよ。それに、蓮常寺さんは色んな事をご存じですからね。何も知らない私からすれば、むしろこっちからお願いしたいくらいで」

「そ、そう? まあ、あなたもそう言うのなら……」

 

 まだ霊術院の講義は始まっていません。

 ですが、楽しくやっていけそうです。

 

 




●学友
時期的に原作キャラ出てこないし。いても良いじゃない。




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第11話 入学式

「ようこそ新入生諸君!」

 

 大きな声が響き渡ります。

 

「我が真央霊術院は千年以上もの誇りある歴史を持ち、未来の鬼道衆・隠密機動そして護廷十三隊を作る未来ある若者を育成する伝統ある学院である!」

 

 霊術院に所属している全院生を収容可能といううたい文句の大講堂に集められた私たち、一回生――つまり新入生は、壇上に立った学院長のありがたーいお言葉を聞いています。

 はい、早い話が入学式ですね。

 

「諸君らもその伝統に恥じぬよう――……」

 

 しかし、いつの時代もどんな場所でも、入学式とか卒業式って内容は変わらないものなんですかね。定型通りというか、むしろ逆に分かり易いというか。

 周囲にちらりと視線を向けると、同期生たちも皆さん真面目に聞いている風ですがどこか退屈そうです。

 儀礼的な意味はあるんでしょうけれど、血気に逸る若者ですからねぇ。こういうのは退屈以外の何でもないはず。

 

 さらに視線を動かせば、壇上のもう少し上に垂れ幕が掛かっています。そこには所謂"入学おめでとうございます"の旨の文字が刻まれており、隣には入学年度も入っています。

 

 ……年度が書いてあるのは良いんだけれど、何年に何が起こったのかが分からないの。

 前年度の卒業生が千四百某番(1400番台)の期の卒業生だったっていうけれど、だからその何期卒業生が誰なのかとかって、ホントに知らないのよ!

 

「改めて述べるが、我が真央霊術院は六年制である。そして、卒業しても死神や鬼道衆になれるワケではない。入隊試験を突破せねば、正式に認められず――……諸君らは、とりわけ特進学級である一組となった者は、現在の立場に満足することなく更なる研鑽を――……次代の中心となるように日々、自分自身の――……」

 

 ありがたいことに、お話はまだ続きそうです。

 

 ちゃんと聞いている同期は何人いるんでしょうね?

 

 

 

 

 

「皆さん、改めてご入学おめでとうございます」

 

 長い長いありがたーいお話が何のアクシデントもサプライズの一つもなく、滞りなく終わると、その足で各コース・各学級の教室に向かいました。

 

 学長の話にもあったように、真央霊術院は死神のためだけの学校ではありません。

 

 死神を目指す子は、死神コースを。

 鬼道衆――死神たちの中でも鬼道に秀でた者達によって組織された特殊部隊――を目指す子は鬼道衆コースを。

 隠密機動――いわゆるスパイや暗殺者みたいな裏の仕事をメインとする部隊――を目指す子は隠密機動コースを。

 

 とまあ、目標によって学科が分かれています。

 

 各学科に分けられた後は、それぞれが組で分けられます。

 この組は完全に実力順で決定。成績優秀者は第一組に。振るわないと第二組、第三組……――入学者数によって組の総数も異なりますが――と、組の数がそのまま実力の差となって現れます。

 

 そして私は何と! 死神専攻の第二組でした!!

 

 ……普通ですね。しかも全二組の中での第二組です!! 死神を目指す生徒の数が今年度は少なかったみたいで、ちょっと二組の生徒数は多いみたいです。

 

 うーん……師匠にたっぷり鍛えて貰ったはずなのにこれですか……

 ちょっとだけ伸びていた鼻っ柱をたたき折られた気分です。慢心していたつもりはないんですが、がっかり感じているということは、どこか楽観視というか客観視が甘かったみたいですね。

 

 ちなみに。蓮常寺さんは第一組で、綾瀬さんは第二組でした……ちょっとだけ蓮常寺さんが心配ですね。ちゃんとクラスでやっていけるんでしょうか?

 あとで綾瀬さんと一緒に様子を見に行こうかしら。

 

「さて、本日はこれで終わりとなりますが。その前に皆さんにお渡しするものがあります」

 

 ぼーっとそんなことを考えていたら、担任の話が随分進んでいました。気がつけば担任は大量の刀を手にしています。

 

「これは浅打(あさうち)と呼ばれる刀、皆さんが目標としている死神の持つ斬魄刀の基礎のようなものです。この浅打は院生の皆さんには一時貸与という形になりますが、入隊と同時に正式に授与されるものでもあります」

 

 あら!? これはちょっと意外だったわね。

 浅打を持つのは師匠から教わって知っていたけれど、まさかこんなに早く渡されることになるなんて。

 

「浅打も斬魄刀ですが、今のままでは無銘――名も無き只の刀でしかありません。皆さんはこの刀と寝食を共にし、錬磨を重ねねばなりません。そうして己の魂の精髄を刀に写し取ることによって、浅打は名を持った"己の斬魄刀"へと創り上げられるのです。死神は斬魄刀と共に成長するもの……そのことを忘れないでくださいね」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 全員に浅打が行き渡ったことを確認してから、担任はそう言って締めました。思わず感銘を受けたのでしょう、教室内の全員がはっきりとそう返事をするほど。

 

 

 

 

 

「これが浅打……自分だけの斬魄刀か……」

 

 今日は入学式と説明だけで終了。もう帰っても問題ありません。

 ですが。

 

「どんな風になるのかな?」

「へへへ、よろしくな相棒!」

 

 教室内には大勢の生徒が残っています。全員、貸与された浅打に興味津々ですね。腰に差したり、声を掛けたり、中には頬ずりしている子もいますね……

 かくいう私もご多分に漏れず、鞘に収められたままのそれを指先でそっと撫で回しているのですが。

 

「斬魄刀ってどんな風になるんでしょうね? 藍俚(あいり)さん!」

「うーん、それはまだなんとも……魂を写し取るって話だから、今すぐどうこうなるって物でもないんでしょうね。もっとちゃんと時間を掛けて鍛えていかないと」

「そっかぁー……そうですよね」

 

 綾瀬さんも気持ちは同じのようで、自分の浅打を抱き締めています。かわいい。

 

「師匠の話だと刃禅(じんぜん)っていう、斬魄刀との対話の為の方法あるって話だけど……でも、とりあえず今は――」

「今は?」

「蓮常寺さんを冷やかしにでも行きましょうか?」

「いいですね! 小鈴さんが寂しがっているかもしれませんから!」

 

 

 

 ようやく本物の死神への道を歩き始められました。

 



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第12話 霊術院ってどんなところ?

 どうも。

 一年二組――特進クラスに落ちた女――湯川(ゆかわ)藍俚(あいり)です。

 

 始業式も終わり、本格的に授業が開始してからおよそ一ヶ月が過ぎました。

 

 霊術院の授業というのは、高校と大学の合いの子みたいなシステムでした。

 必須カリキュラムがある程度は決めれていて、その他は自由選択。当人が好きな授業を選択して学ぶことが出来る、といった感じです。

 斬術に不安があれば、斬術を多めに特訓すればいい。鬼道を伸ばしたいので、さらに鬼道の講義を取ってもいい。個人個人の適正や好みもあるので、そういった部分は自由です。

 ただまあ、斬拳走鬼の全てを最低限は学ぶ必要はありますが。他は捨ててどれか一本伸ばしでも何とかならなくはない、みたいです。

 ……走を疎かにした死神が戦いで活躍できるかは知りませんが。

 

 あ、ちなみにこの自由選択は本当に自由です。

 先週は斬術を取ったので、今週は鬼道を学んじゃおう――みたいなことをしても、咎められません。

 最悪サボってもOKです。自由選択どころか、必須選択ですらも。こんな授業形式だからか出席は重要視されていないんですよね。

 

 その代わり、といっては何ですが。

 全員で連携して一体の強力な(ホロウ)を倒そう。みたいな連携訓練は特に行われないみたいです。この辺は死神としての矜持なのでしょうか?

 一対一に拘りがちな部分があります。

 

 そして、意外に思うかもしれませんが、筆記試験が殆ど行われません。

 霊術院の試験は、実技が全てです。

 なにしろ授業で習うのは死神の実務に通じる事柄ばかり。なので、各人の実技を見れば知識が身についているかも一目瞭然、自然にわかる。とのこと。

 どれだけ知識があってもその知識を実際に活かすことが出来なければ何の意味も無い。とのこと。

 

 最初にペーパーテストがないと聞いたときの私の驚きっぷりと、周囲の"何言ってるの? 当然でしょう"という反応の落差がちょっとだけ辛かったです。

 

 

 

 それはそれとして。

 

 

 

 現在は、必須授業の真っ最中です。

 ただ必須授業の中には、色々とぶっ飛んだのもあるわけでして……

 

「そこかっ!」

 

 同級生の攻撃を、私は目を瞑ったまま(・・・・・・・)回避します。

 如何に木刀の一撃とはいえ、当たれば痛いですからね。声を上げて位置を自分から知らせてくれたのもありがたいです。

 

「ふっ!」

「うわっ!?」

 

 回避のすれ違いざま、相手の木刀を上段からの一撃で叩き落とします。予想外の一撃を受けて、彼はあっと言う間に木刀を取り落としました。これが実戦ならば致命的な隙ですね。

 

「そこまでっ!」

 

 教師の言葉が聞こえ、同時に明かりが消えて暗闇が戻ってきたのが感覚で分かります。

 

「次!」

「応ッ!!」

 

 そこから間を置かずに、新しい相手がやってきました。

 先程の相手よりも大柄な男子生徒。背は私と同じくらいですね。今は木刀を肩に担ぐようにして、まともに構えていないのがよく見えます(・・・・・・)

 

 そろそろ、何の授業をしているのか分かりましたか?

 

 正解は"闇夜の戦闘訓練"でした。

 

 月明かりすら存在しない夜の闇の中、(ホロウ)と戦うための訓練です。視覚では何も見えぬ場所での戦いなので、その対応策として鬼道で灯りを生み出したり、夜目を鍛えたりもするそうですが。

 基本は霊圧知覚を研ぎ澄ませて相手の動きを把握するのが骨子となります。

 

 ええ、相手の動きを把握するだけです。間違っても、真っ暗な中で十全に戦うための訓練ではありません。

 でも私の場合、どうにも霊圧知覚で相手の様子がよく見えてしまって。相手の把握どころか一挙手一投足レベルで感知しています。教師からも「自分よりも闇の中で良く動けているのだから、訓練相手を務めてくれないか?」と無茶振りされる始末です。

 

 その結果が(コレ)です。

 

 目を閉じて応戦しているのも、相手が灯りを付ける場合に備えてのこと。せっかく知覚できているのなら、少しでもその訓練のためにと思ったので。

 

「ねえ、訓練とはいえもう始まっているんだから。構えないってことは襲ってもいいのかしら?」

「……ッ!?!? み、見えてんのか!? この暗闇の中で!?」

 

 少し脅すように言うと、相手が焦って木刀を正眼に構えます。

 そういえば、これが今回の授業の最後の相手でしたね。なら、ちょっとだけ悪戯(サービス)してあげましょうか。

 

「構えても灯りを付けない、ってことはそのままでいいのよね? なら……ッ!」

 

 ここで息を吐く音をわざと大きく響かせて"これから攻撃するぞ"と遠回しに伝えます。はてさてその効果はあったようで、ビクッと反応しながら力を込めました。

 ならばと、大きく跳躍します。

 暗闇で何も見えずとも音は聞こえるわけですから、相手の耳にも私が飛び跳ねた音は聞こえたことでしょう。

 真っ暗な中で、音を頼りにしている。ならば、そこが狙い目です。

 

「ど、どこから来るッ!?」

 

 相手がキョロキョロと辺りを見回して私を探しています。暗闇に揺らぎの一つでも見つけられないかと思っているのでしょうが、無駄です。

 だって今の私は空中を走っているのですから。

 

 中空に漂う霊子を霊圧で固め、道無き場所に道を作る技術――死神が空を駆けるのも、この技術があってこそです。そして霊子で霊圧を固めるのは虚弾(バラ)で学んだ技術の応用も可能。

 頭の上によーく目を凝らせば、相手にもきっと霊子の道が見えたことでしょう。

 

「どこを見てるのかしら?」

「ヒッ!?」

 

 音も無く背後に降り立つと、そっと声を掛けます。正面から、それも攻撃が来ると思っていただけにその驚きは相当でしょう。飛び跳ねながらも、それでも死神見習いとしての意地か。

 無茶苦茶な軌跡を描きつつも攻撃してきました。

 

 ――血装(ブルート)

 

 その攻撃に合わせるようにして、無言で血装(ブルート)を発動させて身体能力をこっそり強化します。途端に攻撃がスローモーションになったような感覚を体験しながら、合わせ打ちの要領で一撃を叩き込みました。

 

「ぐはああぁっ!?」

「あ……あら?」

「そ、そこまで!!」

 

 見えぬまま、攻撃を受けるという覚悟も出来ぬままに一撃を受けたのが原因でしょうか? 相手は吹き飛んでいきました。

 霊圧知覚で教師も簡単な状況だけは把握していたのでしょう。慌てて制止の声が一拍遅れて聞こえてきました。

 

「だ、大丈夫か!?」

「ごめんなさい、ちょっとやりすぎたわ!」

 

 暗闇での訓練のため、万が一としてついていた補助員も含めて、状況が分かっている者たちがわらわらと集まってきています。ですが状況判断は私が一番上。なにしろ当事者ですから。

 

「お、おお……!?」

 

 吹き飛ばした相手に慌てて近寄ると、すぐさま回道を唱えて傷を癒やします。

 

「ほう、立派なものだ。もう回道が使えるのか」

「まだまだ未熟ですけど、このくらいは」

 

 回道とは四番隊の隊士が使う回復用の鬼道です。

 それに霊術院では救護・医療についての授業も――選択授業の上、人気はほとんどありませんが――あります。

 お忘れかも知れませんが、私も四番隊志望ですからね。その授業を受けていて、なんと救護系の成績はトップですよ!

 

 ……人数少なくて、成績優秀な人が取ってないからですけどね。

 

「すみません、やりすぎました」

「い、いや。大丈夫だ」

「応急処置みたいなものなので、あとでちゃんと救護室に行ってくださいね」

 

 しばらくすると怪我も完治したのか、身体を起こしながらそう答えます。意識もはっきりしているようで、どこかを庇って無理な動きをしているわけでもない。とはいえまだ見習いの治療ですから。ちゃんとした医者に診て貰うことを勧めておきます。

 

 

 

藍俚(あいり)さん! お疲れ様でした!」

「湯川さんすごいのね……私も少しは自信があったのだけれど、ここまでは……」

 

 最後に一騒動――原因は私ですが――ありましたが。とにかくこれにて本日の特別授業は終了しました。

 この授業は全体訓練なので、一組二組は関係なく全員が受けています。なので綾瀬さんは当然として、蓮常寺さんもいます。二人とも今回は振るわなかった様でどこか落ち込んだ様子を見せていました。

 

「あはは、たまたまよ。それに私のやり方は、本来のやり方とは違うから」

「でも、灯りも無しに戦えるのならそれはそれでやり方の一つとして誇るべきよ」

「そうです! 先生だってあれだけの動きは出来なかったんですから!!」

 

 周囲にいるクラスメイトたちも、そうだそうだと頷いてきます。そう言って貰えると、師匠と特訓していたあの時間も無駄ではなかったんだと少しだけ誇らしいです。

 でもあの授業、暗闇の中で戦う技術じゃなくて、暗闇の中という不利な状況から如何に有利に戦うかを学び考えるのが目的みたいだったんですけれどね。

 私の"月のない夜ドンと来い! 暗殺者なんて返り討ちにしてやるぜ!!"みたいな動きを参考にされて良いものなのか……?

 

 

 

 ――後日。

 

 最後にぶっ飛ばした彼ですが、特進クラスでも斬術が得意としてそこそこ有名だったみたいです。そこに私にぶっ飛ばされたことで自信がグラついたのか、はたまた変な性癖にでも目覚めてしまったのか。

 私を見る度に"姉御!"と呼んでくるようになりました。

 

 ……そういうのは要らない。

 




●霊術院
どんな形式で授業を行っているのかの描写が原作にないので適当に設定。

「実技がメイン」は小説 BLEACH letters from the other side - new edition - より。
なるほど、納得。
(でも十一番隊の荒くれ共がお行儀良くペーパーテストで「分数の割り算はこうやるんだよ」とか言ってたら、絵としては面白いですね)

「闇夜の戦闘訓練」は小説 BLEACH Can't Fear Your Own World Ⅲ より。
少なくとも京楽が院生だった頃は必須科目。
本当なら霊圧知覚で「相手がここにいる。攻撃してきそうだ」を感じ取り、距離を取って明かりのある場所まで逃げるのがセオリー。
なのですが……お尻を触られ続けたのは無駄ではなかったようです。


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第13話 働けど働けど我が暮らし……

「ふむふむ……」

 

 院生寮内の自室にて、瀞霊廷通信の最新号に目を走らせています。

 瀞霊廷通信とは九番隊が発行している公報誌やら官報みたいなものです。瀞霊廷全土で出回るのは当然として、時には流魂街にも一部出回っています。

 私も流魂街にいた頃に目を通したことはありました。

 

 ですが、私のお目当ては記事でありません。

 

「特に見知った名前は無し、か……」

 

 瀞霊廷通信には年に二回、護廷十三隊在籍者名簿が付属してきます。これには各隊ごとに席順で、無席の隊士は五十音順で氏名が列記してあるというもので。

 とはいえまだ院生の身ではそれほど意味がないのですが、今の私には有り難い情報なわけです。

 

 すなわち、知っている名前があるかどうかを調べるのに。

 

 いえ、師匠が教えてくれた護廷十三隊の各隊長たちの名前を疑っているワケではありませんが、アレも結構昔のことですし。毎年師匠に「隊長の名前を教えてください」と尋ねるのも不自然ですし。

 なので、最新の情報が欲しかったわけで。その意味ではこの瀞霊廷通信はとても有用でした。定期的に名前の確認が出来ますからね。

 

 残念なことに、知っている名前は――師匠に聞いた以外には――無かったわけですが。

 

「確か、京楽・浮竹隊長なんて結構ベテランみたいに描かれていたはずよね? でも名前が一般隊士の欄にも無いって……どれだけ昔なのよ……」

 

 ひょっとして原作開始前に寿命が来て死んじゃう、なんてことはないですよね!?

 そんなの困る!! 織姫が! 乱菊が! ハリベルが! バンビエッタが! まだ山を見てすらいないのに!!

 

 気晴らしと現実逃避を兼ねて、瀞霊廷通信に目を通します。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………つまんない。

 

 予定表を読んでいるような気分になって、思わず放り捨てました。そのまま畳の上に寝転がります。

 

「出来事と予定を列挙しただけ! って感じなのよね。もっと楽しい雑誌みたいな記事も載せてくれれば良いのに」

 

 以前、流魂街時代に目にしたそれと変わらない内容に辟易します。

 見たことがありませんが、江戸自体の瓦版とかってこんな感じなのでしょうか? それとも、死神の発行物なのですからこういったお堅い読み物なんでしょうかね?

 

 それに予定表として考えれば、すこぶる優秀ではあります。何が起きたとかが物凄く簡潔に書かれているので、面白くはありませんが読みやすくはあります。

 最低限の要求と義務感目一杯って感じなので、面白くはないですけれど。

 ゴシップ記事や捏造記事がさも"事実です"と書いてあったり、個人的な意見をさも"全体の意志です"と書かれるよりかはマトモなのかもしれません。

 

「……あ、いけない!」

 

 予定表で思い出し、慌てて起き上がります。

 

「今日は図書館の仕事の日だった!」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 霊術院には夏休み・冬休み・春休みがあります。

 意外でした。

 もっとこう"死神になるためには月月火水木金金! 休みなどないと知れ!"みたいに厳しいものだと思っていましたが、案外現代社会の教育に近い所があるんですね。

 

 そして現在は夏――夏休み期間中です。

 

 瀞霊廷に家のある院生はこれを機にと一時帰省をしていますが、私のような流魂街出身の場合はそういうわけにも行きません。

 まだ瀞霊門を自由に行き来できる身分ではありませんからね。下手すれば通行証の発行だけで休暇期間を潰しかねません。

 なので基本的にずっと寮にいます。院側もそういう事情を汲んでくれるので――平時より規模は小さいですが――施設や食堂が利用できます。

 

 ちなみに綾瀬さんたちは貴族なので、現在帰省中です。なので訓練を積んでもいいのですが……

 

「すみません、遅れました!」

「ああ、湯川さん。大丈夫、時間ぴったりだよ」

 

 慌てて図書室に駈け込むと、どうやら遅刻はせずに済んだようです。

 

「じゃあ、始めようか?」

「はい! 任せてください!!」

 

 以前も言いましたが、霊術院生は基本的にお金を使わなくても大丈夫です。

 最低限の衣食住に加えて、授業などで必要な物は支給されます。

 足らなければ申請すれば手に入ります。

 

 ですが手に入るのはあくまで必要な物だけ。

 私的に必要な物の場合は、自腹を切らなければ手に入りません。貴族ならばお金も簡単に手に入りますが、流魂街出身の場合はそういうわけにも行きません。

 

 なので、霊術院側でもお手伝いの募集――いわゆる大学が斡旋しているアルバイト――をしており、そこで少額ですがお金が手に入ります。

 実入りはホントに少ないですが。

 

 そして今日の私は司書のアルバイトというわけです。

 

「じゃあまずはこの本を――……これはあっちの棚に――……こっちはまだ管理していないから後回し――……」

「はい、この箱に入っているのがあっちですね? で、これが向こう……」

 

 やっていることは本の整理です。

 ただ、背は高いし力もあるしで、物凄く捗ります。書架の最上段も楽々、梯子要らず。

 

「えーと、この本は? あ!」

「これは……ああ、これはいいよ」

 

 慌てて隠すように手に取ったその本のタイトルを、私は見逃しませんでした。

 そこにあったのは"高等鬼道教本"の文字、難解かつ危険なので院生が操るには不適切な鬼道が載っている本です。

 

 教員が目を通すならともかく、院生が読むには危険過ぎる代物です。そして読んでしまえば、今度は強力な鬼道を操りたくなるのも当然。

 きちんと制御できれば問題ないでしょうが、そういう強力なものは得てして手に余って暴発するのが世の常です。

 術者本人だけが大怪我をするのならまだしも、ほぼ必ず周囲にも迷惑が掛かりますし。下手をすれば管理不行き届きで大目玉を喰らうことにもなりかねません。

 

「……見なかったことにしておきます」

「ごめんね、そうして貰えると助かるよ」

 

 そんな私の気遣いを察してくれたのでしょう。すんなりと"無かったこと"を落とし所にできました。

 けれどこれは、弱みを握った様なものですからね。ちょっと我が儘を言うくらいなら許されるでしょう。

 

「その代わり、一つお願いが」

「ん、なんだい?」

「鬼道の簡略化についての本とか、技術とかってありませんかね?」

「……簡略化? 一体どういうものだい?」

「言ってしまえば、詠唱を破棄しても完全詠唱に近い威力を発揮する方法とか、何か道具を使って簡単に鬼道を発動できるようにする方法とかです」

 

 求めるのは、流魂街時代から追い求めていた簡単で強力な鬼道を操る方法です。目指せ、無詠唱! とばかりに試行錯誤をしていますが、未だ進展は無し。

 今のところ、虚閃(セロ)を無言で放つくらいしか手はないのですが、霊術院の関係者ならひょっとしたら――

 

「すまない、そういうのは知らないんだ」

 

 ――ひょっとしませんでした。

 

「うーん……じゃあ、そういうことを試したけれど、駄目だった。失敗した。みたいな記録だけでも残ってたりしませんか?」

「そういう本も聞いたことはないねぇ……まあ、私もここの本の全てを読んだわけじゃないから、どこかにあるかもしれないけれど」

 

 駄目ですか……失敗の記録だとしても、試行錯誤の回数を減らせたり自分では思いつかなかった別の観点や手段に気付けるかもしれないから、欲しかったのですけれど。

 

「ここになくても、真央図書館ならあるかも――」

「――真央図書館!? どこですかそれ!?!?」

「ち、中央一番区にあるよ」

 

 詳しく話を聞いたところ、瀞霊廷にある中でも最も大きな図書館とのこと。

 なるほど、そこになら情報があるかもしれませんね。

 

「今度時間がある時に連れて行ってあげるけれど、今はお仕事優先でね」

「そうですね」

 

 忘れるところでしたが今はバイト中の身です。

 ですが本の整理がてら面白そうな本があったり、参考になりそうな本を見つけたときにはその場所を覚えておき、後日その本たちを読むのが密かな日課でもあります。

 

 肝心の鬼道の簡略化については……気長に行きましょうか。

 




●瀞霊廷通信
 九番隊が発行している公共機関誌。
 原作時点では、いわゆる月刊の情報誌やタウン誌のような雑誌。
(「死覇装の着崩しテクニック!」とか、浮竹隊長の連載冒険小説「双魚のお断り!」があったりとコンテンツは充実している)

 が、それは東仙要が九番隊の隊長になってからのお話。
 それまでは(今回の藍俚(あいり)が読んでいたように)瓦版みたいな、ただ周知事項や事件や予定などを列挙していただけの触れ書き。詰まらない物だった。

 また、年に二度の護廷十三隊の全隊士名簿が付属される。

(小説BLEACH より)

●バイト
 貴族の子なら「お小遣いちょーだい」って言えば幾らでも手に入ると思いますが、流魂街出身の場合はお金なんて持ってないでしょうし。
 でも瀞霊廷ではお金が無いと暮らしていけない。
 →なので霊術院で最低限の暮らしと必要な物は支給されるという設定を入れた。
  →なのでお金稼ぎの手段としてバイト(単純作業で安いけれど手間賃を得られるような仕事)はあっても不思議ではない。


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第14話 斬魄刀と対話せよ

 院生寮の自室にて。

 座禅を組んで、意識を集中させています。姿勢を正し、他のことの一切が気にならないほどに深く――何よりも深く集中していく。

 喩え殴られても集中を解くことなく――心頭滅却すれば火もまた涼し――雑事の一切を気にすることなく、深く深く――膝の上に浅打を乗せ、刀一つに心を絞ります。

 

 今やっているのは刃禅という、斬魄刀と対話をする為に長い時間を掛けて編み出された手段。精神世界へと潜り、同調を深める――早い話が仲良くなるためにはこんなことしなきゃならないんですね。

 ですがこうやって自分の斬魄刀と仲良くならないと、死神として強くなれません。同調すれば死神自身の霊力も高まっていくそうですから。

 

 対話を繰り返すことで斬魄刀に認められ、その名を聞き出すことで斬魄刀は始解という一段階目の能力解放が可能となります。名を呼び解放すれば刀の形状も変化し、それぞれの刀固有の特殊能力が使えます。

 形状変化は槍とか爪みたいになったり、特殊能力は炎や冷気を操れたりですね。

 ……まあ、中には形が変わるだけで、何か特別な能力は一切無し! みたいな場合もあるそうですが……その辺は始解してみないとどんな結果になるのか一切不明、開けてみるまで分からないシュレディンガーの猫というわけです。

 斬魄刀ガチャなんて俗称(蔑称?)で呼ばれるのも頷けますね。

 

 そして、死神でも席官――役職についた者――はそのほとんどが始解を習得していますので。仮に院生時代に始解にまで目覚められれば、もうその時点で席官待遇で死神になれるって話ですから!

 そういった意味でも習得するに超したことはありません。

 

 なのでこうやって瞳を閉じ、外界からの全ての情報を遮断し、瞑想にふけり、刀のことだけを――……はっ! 寝てません、寝てませんよ!!

 

 ……こほん。

 

 刀に心を注ぎ込む――それ以外のことは考えない――集中、集中――

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あれ?」

 

 先程まで、確かに私は寮の自室で刃禅を行っていました。

 それがどうでしょう。

 気がつけば私は、とても不可解な空間にいます。

 

 ただこれは……なんと表現すればいいのでしょうか?

 

 目に付くのは立ち並んだ文明的な建築物の数々。

 線路があって電車もあって、高速道路もあってデパートもスーパーもコンビニもタワーマンションも巨大な電波塔もあって、オフィスビル群が並んでいます。

 

 けれどその人工物と一体化するように、巨大な木々や草花も生えています。

 屋久島の杉の木のように樹齢数百年――下手すれば千年?――もありそうな巨木がビルに巻き付き、アスファルトの道路の上から平然と花が咲き乱れています。

 

 東京とジャングルが合体したような光景とでもいえばいいのでしょうか? 良く言えば渾然一体、悪く言えばひたすら混沌としています。

 

「……これが私の精神世界? ようやくこれたのね……!! 夢を見ているワケじゃないのよね!?」

 

 何かの比喩や暗示、なのでしょうか? 気になりますが、今は――今だけはそんなことは些末な事として考えから弾きます。

 思わず嬉しくて嬉しくて、思わずほっぺたを抓ります。

 

「……痛い。やっぱり夢じゃない!」

 

 やったあああああああぁぁっ!! 苦節三年! 遂に精神世界に入れました!!

 

 蓮常寺さんも綾瀬さんも、もう初年度にはこの段階まで来ていたのに!! 私は全然だったからこれはもう卒業まで対話以前の問題かと思っていたのに!!

 みんなが「名前が聞こえなくてぇ」とか「すごい生意気な性格でよぉ」とか言ってる中で、気を遣って聞こえないフリをしてそっと離れる生活ともおさらばです!!

 

「じゃあ次は、斬魄刀の本体と会話よね? どこかにいるはずだから……」

 

 確か原作だと……一護が死神になるのに入っていたわよね? あの時って……どんなことしてたんだっけ? たしか……

 

「まあ、いいわ」

 

 思い出したところで何かあるわけでもなし。そもそも前述の通り斬魄刀は千差万別、他人の真似をしても、可能性の一つとしての参考程度にしかなりません。

 

「それよりも、何か違和感が……?」

 

 辺りを見回して見回して、ようやく気付きました。

 

「そうよ! 音がない! 物があるのに何にも聞こえてこないんだわ!!」

 

 街中ならば雑踏の音が響き、電車や車の走行音、場所によっては街頭テレビみたいなモニターやスピーカーから音がします。

 森の中であってもそれは同じ。都会と比べれば確かに静かだけれど、それでも風が吹けば葉や草の揺れる音がする。虫や獣がいれば何らかの気配や鳴き声の一つでも聞こえるはず。

 

 それら一切がない……聞こえるのは全部、私が生み出した音だけ。

 時間が停止した世界ってこんな感じなのかしら?

 

「何か、誰かいないの?」

 

 探せばどこかに、斬魄刀の本体がいるはず。まずはそれを見つけて、お互いに自己紹介からでも始めてお友達になっていきましょう。

 

「……えーと……」

 

 建物と木々のせいで死角がたくさんあるわね。これを一つ一つ探していくのは――

 

「ん? 今何か……?」

 

 視界の端を掠めるように何かが動きました。

 

「真っ黒な……ゴム、ボール? いえ、スーパーボールって言うんだっけ?」

 

 恐る恐るその場所へ行ってみれば、そこにあったのはそう表現するしかない物でした。

 

 見た目は真円球とでも呼べば良いような、綺麗な綺麗な球体。

 色は真っ黒でつや消し処理でもされているのか、光を一切反射しない……というよりも光を吸い込んでいるような怖さと美しさがあるわね。

 大きさはバレーボール、いえバスケットボールくらいかしら? 両手で抱える程度には大きくて、手で持ってみたらプニプニと弾力があってなんとも柔らかい。

 ちょっとクセになりそうな感触ね。

 

「でもなんで、こんな物が? 誰かが転がした? それともどこかにあった物が転がって落ちてきたの?」

 

 辺りを見渡しても、誰もいない。手元にあるのはこのゴムボールだけ。

 

「……れしーぶ」

 

 なんとなく思いついて、ゴムボールを軽く打ち上げる。力は殆ど入れていないつもりだったけれど、思いのほか良く飛んだ。

 

「とす」

 

 落下地点へ先回りして今度は正確性を重視するようにもう一度打ち上げ。

 

「あたーっく!」

 

 そして落下してきたそれにタイミングを合わせるようにジャンプして、思い切り打った叩く! ゴムボールはあっと言う間に三百メートルくらい向こうまで飛んでいった。

 予想以上に良く飛ぶわね。それに、私の身体能力もあがっているって証拠でもある。

 

「じゃあ今度は……さーぶ!!」

 

 転がっていったそれを再度拾うと、今度は下から上へ。力一杯打ち上げる!

 

「おーっ」

 

 思いのほか高く打ち上がったそれを見ながら、頭の中で軽く見積もる。

 

 横に飛ばしたときも上に飛ばしたときも、まだまだ余裕はありそうだった。つまりこの空間は想像よりもずっと広い空間だということ。

 上も横も相当なもの、下手すれば十キロ四方くらいあっても不思議じゃないかも。

 ただ、広さの収穫はあっても肝心の斬魄刀との対話が全然なのは問題ね。

 

 

 

 

 でもこうやってボール代わりに使っていると、学生時代を思い出すわ。

 ……バレーとか苦手だったけれど。

 

 どうでもいいけど「体育館の天井にはボールが挟まっているもの」って言うネタはいつまで通じるのかしら?

 ウチの学校、ボールどころか縄跳びが引っ掛かっていたっけ。

 




最後のは実話ネタ。


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第15話 まずは知っている人に聞いてみる

「はぁ……」

 

 食堂で朝ご飯中です。

 ですが、どうにも気持ちは晴れません。

 

 原因は昨日の――刃禅中の精神世界での出来事についてです。

 

 あの後結局、バスケットをしたりキックベースをしたりソフトボールをしたりラグビーをしたりゴルフをしたりと色んな球技を……もとい、精神世界の色んな場所を探してみたのですが、肝心の斬魄刀本体とは出会えませんでした。

 まずは会って対話をしないと、始解なんて夢のまた夢です。

 

 結局、体感時間で数時間くらいは探してみたのですが、何の成果も無し。

 目覚めたら経過時間は一時間くらいだったので、体感時間と実時間で流れが違っているようです。

 決して私の体感時計がぶっ壊れているワケではありません。

 

「やっぱり、野球をやらなかったのがいけなかった……?」

 

 朝食の焼き魚を箸で突きながら、何が悪かったのか。その原因を思い返します。

 

「それともペタンクとか?」

 

 さすがにそんなマイナーな球技を求められているとは思いたくないです。

 

藍俚(あいり)さんおはようございます!」

 

 と、悩んでいるところに綾瀬さんたちがやってきました。

 

「どうしたの湯川さん? なんだか浮かない顔色だけど……」

「え、そう見える?」

 

 ううん、悩みが顔に出ていましたか。

 ……そうだ! 二人とも斬魄刀との対話は私よりもずっと先輩ですし、ちょっと聞いてみましょう。

 

「実はね――」

 

 そう前置きして、二人に夕べのことについて話していきます。

 勿論、精神世界の人工的な建造物については"家"とか"蔵"とか"お城"みたいに、ぼかして伝えますが。だってビルとか電車って言っても通じなさそうなんだもん。

 

「――というわけで、結局斬魄刀の本体には会えず仕舞いで。朝ご飯が済んだら知っている先生に聞きに行こうと思っていたの」

「ふむふむ、なるほど」

「…………はぁ」

 

 一通り話を終えると、綾瀬さんは頷いて。蓮常寺さんは無言で額に指を当て、やがて小さく溜息を吐きました。えーと、何か悪かったのかしら?

 

「綾瀬さん、湯川さんのコレって本気で言ってると思う?」

「確かに、ちょっと珍しいかもしれませんけれど。でもお話の途中で、自分で気付きそうなものだと私は思ってました!」

 

 え、え? どういうこと??

 

「単刀直入に言うわね。多分、その黒い球体が斬魄刀の本体よ」

「はい! 私もそう思います!」

「……え!? あのゴムボー……黒い鞠みたいなのが!?」

「そもそも斬魄刀との対話時は、死神本人と斬魄刀以外に生物はいないというのが定説よ。そして刃禅で精神世界へ入れる程度には関係が良好、であれば斬魄刀本体の方から姿を見せてくるはず――そうでなくても、交流を取ろうとした痕跡くらいは見せるはずよ」

「あ……そう言われれば……」

 

 なるほど、その発想はなかったわね。

 

「……つまり私は、斬魄刀を鞠の代わりにして投げたり叩いたりしてたってこと!?」

「そうなるわね」

「げ、元気出してください! これから、これからですから!!」

 

 自分のしでかしたことに思わずがっくりと肩を落としてしまいます。いつも元気を貰える綾瀬さんのフォローも、今回ばかりは気休め程度にしかなりませんね。

 

 気分を変えようと言うことで、そのまま雑談へと話題はシフトしていきました。

 

「へぇ、そんなに優秀な後輩がいるのね」

「はい! 藍俚(あいり)さんも見たことあると思いますよ? あの二人はとっても凄いんです!」

「片方は軽薄だけどやたら勘が鋭いって言うか、真実をズバッと言い当てるっていうか。もう一人は身体が弱いみたいだけど、自然と人の輪の中心になるのが当然って感じなのよ」

 

 話題に上がっているのは、今期に霊術院生となった二人の後輩についてです。

 なんでも一回生なのにとんでもないくらいに出来が良くて、このままならば飛び級は当然のこと、卒業前に護廷十三隊への入隊も確実だと言われているとか。

 それどころか在院中に始解して席官で入隊してもおかしくないとのことです。

 

「でも、後輩が優秀なのは良いことなんじゃないの?」

「それはそうだけど! 私にも先輩の意地ってものがあるの!!」

 

 食後のお茶を愉しみつつそう答えますが、どうやら事はそれほど単純ではないようです。どうやら特進クラスや上級貴族には、下々の者には分からない悩みや苦悩があるみたいですね。

 私? 五十年も入試特訓してたらそんな気持ちは失せたわ。意地がないわけじゃないけれど、それよりも相手を認めちゃう気持ちの方が強くて。

 

「はぁ……話していたらなんだか疲れちゃったわ。ねえ、そうだ湯川さん。これからアレ、久しぶりに頼めるかしら?」

「ああ、アレですか? 勿論構いませんよ。相談にも乗って貰いましたし、そのお礼も兼ねてたっぷりご奉仕させてもらいます」

 

 蓮常寺さんのその提案は、私にしてみれば断る意味がありません。

 

 アレ、というのはマッサージのことです。

 

 この数年間、同じ院生たちの間にじわじわと浸透させていきました。伊達に五十年間も流魂街で整体師やってたわけじゃないですよ。

 疲れが取れて元気になって、何故か成績まで上がると評判です。今のところ、男性死神は断っています。流魂街時代は老若男女問いませんでしたが、ちょっとくらいえり好みしてもいいよね?

 

 蓮常寺さんにも今までに二回ほど施術をしているのですが、どうやら先の話題に出ていた二人の後輩が原因でストレスでも溜まっているのでしょうか? 斬魄刀についてもヒントを貰いましたし、誠心誠意ご奉仕させてもらいますよ。

 

「綾瀬さんはどうする? 二人同時にでも私は構わないけれど……?」

「ええーっ!? 私もですか!? うーん、どうしようかなぁ……」

「いいじゃない、ついでだから受けて行きなさいよ」

「う、うーん、でも……」

 

 蓮常寺さんの後押しを受けて、綾瀬さんはさらに考え込んでいます。ですが、どうやらもう既に腹の内は決定しているようです。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ふぅ……良いマッサージだったわ……」

 

 たっぷりと時間を掛けて、二人の身体をほぐしました。外を見れば、お日様は中天をとっくの昔に通り過ぎています。

 朝ご飯を終えた後で施術を開始したのに、そろそろお昼ご飯の時間ですね。

 だけど、それだけの時間を使った甲斐のある、素晴らしい時間だったわ。

 

「それじゃあ、忘れないうちにもう一度刃禅を試してみましょうか」

 

 禅を組み、膝の上に斬魄刀を置いて精神を集中させます。

 心を刀へと注ぎ込むようにして、焦ることなくゆっくりとゆっくりと、意識を一点へと向けるようにして――

 

 

 

 ――気付けば目の前には昨日も目にした混沌(カオス)な光景が広がっていました。

 どうやら一度入ったことでコツを掴んだのか、今回は簡単に入れました。こんなことに三年も掛けていた自分が馬鹿みたいです。

 

「さて、前回ならあの辺りに……いた!」

 

 ですが落ち込んでいる暇はありません。

 もしも蓮常寺さんたちの指摘が本当なら、あのゴムボールこそが私の斬魄刀本体。幸いなことに探せばすぐに、特徴的な真っ黒ゴムボールを見つけられました。

 すぐさま駆け寄り覗き込むようにしゃがみます。

 

「問おう、あなたが私の……あ、ちょっと待って! 行かないで!!」

 

 声を掛けた途端、何かを察知したのかゴムボールはコロコロと、私から遠ざかるように転がっていきました。

 ですがゴムボールがこうも勝手に動くはずがありません。やはり二人の言っていたことは正しかったわけです。

 慌てて後を追い、今度は繊細なガラス細工でも扱うかのような手つきでゴムボールを優しくそっと抱き上げます。

 

「順番が間違っていました。前回来た時にボール代わりに使っちゃったのは謝ります、ごめんなさい」

 

 大きなゴムボールを抱えながら、それに向かって謝る背の高い女。知らない人が見たら、随分とシュールな光景よね。

 

「謝ったくらいで許して貰えるとは思っていません。でも、私はあなたと一緒に強くなりたいの。だからお願い、声を聞かせて……お話をしてくれますか?」

 

 胸元にぎゅっと抱きかかえながら、そう懇願します。

 初対面であんなことしたら印象が悪くなるのは、嫌われるのは分かってる。

 

 でもお願い、もう一度最初からやりなおしたいの!

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 へんじがない。

 ただの ごむぼーる のようだ。

 

 

 

「そーれ!」

 

 ゴムボールさんは綺麗な弧を描きながら飛んでいきました。

 




●飛び抜けた二人の後輩
一体、何楽さんと何竹さんなのか……

●肝心のシーンは!? 飛ばしたシーンは!?
落ち着いて。冷静に次話を待ちましょう。具体的には60分くらい。
なにより、期待するほどの物でもないです。

●書き忘れそうなので備忘的に記載
・山本の「京楽・浮竹は霊術院卒業生で初めて隊長になった」という発言。
・京楽たちが隊長になったのは、どれだけ早くても5~600年くらい前と想定。
 (子供京楽が残火の太刀の絵を見てる + 成長するだけの時間 + 隊長に出世するまでの時間 = 多分そのくらいの時間)

 ↓

・昔の死神たちが滅茶苦茶強くて、霊術院卒業生が隊長になれなかった。と言うのもあるとは思いますが、それ以外に霊術院を卒業せずに死神になった者も多かった、と想定。
・死神になるには入隊試験を突破する必要がある → 試験さえ突破できればいい。霊術院は必須ではない。と言う理屈。
(車の運転免許を、直接運転免許試験場に行って取る(いわゆる一発合格)のように)

 ↓

・貴族の死神志望の子が、自宅で家庭教師を付けて特訓してから死神になっていた。
・霊術院よりも良いカリキュラムで訓練していて実力が高い。
(当然、教育ノウハウは秘匿されていて霊術院には共有されていない)
・貴族たる者が、隊長・副隊長。上位席官の地位を有象無象に渡せない。
・この教育を受けるのは長男(家を継ぐ者)だけでいい。次男以降は長男の手足となるべきだから、下手に力を付けられるのは困る(なので霊術院に通わせる)

 という詰まらないプライドから、そんなことをしていたのではないか。
 なので、霊術院出身で隊長になった者が少なかったのではないか。
 という想定。

 問題はこの妄想が活かせそうにない、ということ。


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第16話 マッサージをしよう - お試し -

消えたら勝ち。

くらいの精神で行った方が良いのかも知れない、ひょっとしたら。


「お邪魔するわよ」

「いらっしゃい」

 

 食堂を一足先に立ち、自室に戻って施術の準備――と言っても簡単な物だけれど――を終えて待っていると、やがて蓮常寺さんがやってきました。

 

「し、失礼しまーす……」

「いらっしゃいませ。結局綾瀬さんも来たのね」

「えへへ、やっぱり来ちゃいました」

 

 彼女に続くようにして綾瀬さんも現れました。

 結局彼女も私の施術を受けるようです。まあ、予想通りなのですけれど。

 

「大丈夫、こっちもちゃんと二人分の準備をしていたのだけれどね。それじゃあ用意を済ませちゃうから、二人とも着替えて貰えるかしら?」

「はーい」

「ええ」

 

 そう告げると、私は私で最後の準備を始めます。

 二人とも一度は私のマッサージを受けていますからね。手順は知っています。

 

「破道の二 蛍火」

 

 予め用意していたお香に火を付けると、良い香りがうっすらと辺りに漂い始めました。

 うーん、良い匂い……

 コレは香道でも使われるお香で、気分を落ち着かせて緊張をほぐす効果があります。流石は瀞霊廷、安物とはいえ流魂街とは比べものにならないくらい質がいいですよね。

 バイト代を細々と貯めて買いました。

 

「んしょ……」

「ふぅ……」

 

 私が準備をしている後ろでは、二人の衣擦れの音が聞こえてきました。

 本当なら専用の着替えとか更衣室とか用意したいところですが懐事情で今は無理。

 ですが、腰帯を解く音や袴を脱ぐ音。その時に二人が漏らす小さな吐息にもドキドキさせられるのでこれはこれでアリですね。

 

「わぁ! 小鈴さん、やっぱり均整が取れた身体していますね……いいなぁ……」

「あら、綾瀬さんだって健康的で素敵よ」

 

 お互いに相手の肢体を褒める声も聞こえてきます。

 やはり二人とも仲がいいですよね。こう言うやりとりに参加出来ると思うと、今の生き方も悪くないと改めて実感します。

 

「終わったわよ」

「わぁ、良い香りですね」

 

 やがて着替えも終わり、二人とも肌襦袢(はだじゅばん)裾除け(すそよけ)だけの格好――今で言う下着姿――になりました。

 おかげで二人の身体がよく分かります。

 

 蓮常寺さんはほどよく膨らんだ女性の肉体。

 腰つきも女性らしく、胸元もふっくらとしています。日々の授業や鍛錬で鍛えているのにうっすらと肉が乗っており、その凜とした雰囲気と相まってまるでなにやら芸術品のような気品すら感じます。

 

 反対に綾瀬さんは子供っぽい肉体。

 胸もあるにはありますがボリュームに乏しく、けれども活動的で溌剌とした印象をこれでもかと受けます。

 

 並んでいるおかげか、その対比で二人とも種類の異なる、襲い掛かりたくなるような魅力を放っていますね。

 

 ……あ!

 これは肌の状態や筋肉の張りや反応を見るために、出来るだけ裸に近い格好でいるのが必要なのです。

 決して個人の欲望を優先させた結果ではありません。決して、決して!

 

「それじゃあお二人とも、こちらへどうぞ」

 

 施術用のベッド――まあ、寝具部屋から持ってきた布団なんですが――へ横になるように促せば、二人とも手慣れたもの。何も言わずに横になりました。

 

 

 

 

 

「じゃあまずは、蓮常寺さんからね」

「ええ、お願いするわ」

 

 うつ伏せとなっている彼女の下半身、足裏からゆっくりともみほぐしていきます。

 ゆっくりゆっくりと、手は足首からふくらはぎへ。そして太腿へ。

 

「ん……っ……」

 

 我慢できなくなったのでしょう、小さく喘ぐような声を漏らしました。

 

「この辺は固くなりがちだから、少し重点的にやるわよ」

「え、ええ……お願いね」

 

 そう告げると太腿を重点的に揉んでいきます。肉付きの良い太腿を外側から内側へと、じっくりと。

 

「ん……っ……ぁ……ぅ……」

 

 内腿を触れると、むちっとした触感が指先から伝わってきます。同時に彼女の口から何度も何度も小さな吐息が漏れ始めてきました。

 身体を小刻みに震わせ、必死で声を我慢しようとする姿に私も思わず熱が入ります。

 

「もう少し、じっくりする?」

「え……ええ、そ、そうね……お願い、するわ……」

 

 微かな逡巡を挟んで、もっとお願いとおねだりをしてくる。

 なのでそのお願いを叶えるべく、私はもっと念入りにマッサージをしていきます。

 張りのある太腿が揺れ、腰を小刻みに痙攣させるその姿は、まるでおねだりをしているかのような、なんともエッチな姿。

 

 隣で順番待ちをしている綾瀬さんが口を半開きにして、顔を赤らめながらも彼女の姿から目を離せなくなっているのが何よりの証拠ですね。

 

「はい、ここまで。それじゃあ次は……」

「……ぁ……」

 

 ですが焦らすような辺りで手を止めると、続いて腰周りの施術です。不満そうな吐息は聞こえなかったことにしておきましょう。

 

「しかし、蓮常寺さんって安産型よね」

「そ、そうかしら……?」

「貴族の子女としては、いいことなんじゃないのかしら? 将来、あなたの旦那さんになる人が羨ましいわねぇ」

 

 お尻に手を触れながらそう言うと、照れたように顔を赤らめます。

 太腿と同じく張りのあるお尻はきゅっと引き締まっており、けれども触れるとぽよぽよとした感触を返してきます。

 腰回りの肉付きもよいので、同級生の男性たちにはさぞ目のやり場に困ることでしょう。

 

「あ! そ、そこはあまり強くしなくても良いじゃないのかしら?」

「ううん、座り作業も多いからね、ここも念入りに……っと」

 

 グッと力を込めてお尻を指圧をします。

 むにゅっと沈むものの、手を放せばあっというまに形を取り戻すそれは、健康的な証拠ですね。

 形を整えるように揉んでいくと、我慢できなくなったのか取り繕うような声を上げました。ですが手を緩めるわけにはいきませんよ。

 こちらも時間を掛けてゆっくりとたっぷりと、小麦粉の生地を捏ねて整形するように丁寧に。

 

「ん……ううぅ……は……ぁっ……」

 

 切なそうに漏れる声なんて聞こえません。

 今はマッサージの最中なのですから。

 あー、お尻揉むの楽しい。

 

 そのまま腕は腰から上へ、背中から肩へ、肩甲骨へと上がっていきます。

 

「ん……良い感じ……」

 

 この辺まで来ると、単純に整体術の気持ちよさだけを感じているのでしょうね。

 どこかほっとしたような、けれどもちょっとだけ残念そうな口調になっています。

 

「んー……ああ、この辺りね」

 

 両肩から背中のラインに沿ってほぐしていきますが、その時にちょっとした裏技を使っています。

 

 虚閃(セロ)を放つ要領と回道による霊圧治療を行う要領を上手く応用して、ごくごく弱い霊圧を手の平から放って身体の中の具合を探っています。現代医療でいうところの超音波検査みたいなものですね。

 ただ私が行っているのは、それよりももっとよく分かりますが。

 

「あっ! そこ……いい、気持ちいい……もっと……」

 

 効果はご覧の通り。

 彼女の反応と合わせれば、どこをもっと重点的にして欲しいかが丸わかりです。ほれほれ、ここがええんやろ。ってものです。

 

「ここかしら?」

「そ、そこっ! そこもっとぉ……」

 

 少し痛いくらいに力を入れると、よりおねだりの言葉が蠱惑的になりました。

 背中越しに振り向いて口にされるその言葉は、多分男の頃だったら我慢できなかったと思います。

 あと、上に乗って背中を揉んでいるので、胸元が押し潰されているわけです。なのでちょっとはみ出ているのが見えます。

 役得ですね。

 

「はい、じゃあ次は仰向けね」

「え……もう、終わりなの……?」

「ずっと背中側ばっかりだとバランスも悪くなっちゃうからね」

 

 名残惜しそうではありますが、ゆっくりと仰向けになってくれました。

 しかし、言葉だけ聞くとどう考えても誤解されますねこれは。

 

「それじゃあまずは……」

「ひゃあぁっ!?」

 

 つん、とおへそを指先で突けば、なんとも楽しい反応が返ってきました。

 先程も見ましたが、彼女の身体はスッと整った肉体です。お腹周りにも無駄な贅肉はありません。必要最低限の脂肪があるので触れた感触は柔らかいですが、その奥には鍛錬の成果である筋肉がしっかりとあるのが分かります。

 

「くすぐったかったかしら? でもお腹周りはここが基本だから」

「ちょ……っ! わ、わかったからぁ……! あんまり触らないで……っっ!」

 

 この辺りは敏感なのでしょうね。グッと奥歯を食いしばるようにして堪えようとしているのが分かります。

 お腹の中心のおへそから、四方周囲にむけてぐーっと流れるように揉んでいきます。

 

「ふ、ぁ……っ……」

「うわぁ……うわぁ……」

 

 瞳を伏せて、切なそうに身じろぎをする姿に、綾瀬さんがしきりに小さな声を上げていますね。

 その間にも私の手はお腹からまずは、下の方へ。

 

「ひゃっ!」

「腰回りはこっちも大事だから、少しの間だけ我慢してね」

 

 下腹部から内腿の辺りをゆっくりと、腰から足の付け根に沿うようにほぐしていきます。五指の腹を使って強く、相手がもっとも感じる場所を探り当てるようにじっくり、じっくりと……

 足の付け根辺りは特に重点的に。身体の中心部を意識するようにして……

 

「ん、んんんっ!!」

 

 まるで何かを我慢するような声ですが、一体なんなのでしょうか。指を噛み、必死で堪えようとするその姿ですが、なんのことか私にはさっぱり分かりません。

 

 荒い呼吸と身体全体が熱を帯びていますが、なるほどこれは良いことですね。代謝が良くなっている証拠です。

 

「それじゃあ最後に――」

「や、やっぱりそっちもやるのね……」

 

 軽く胸に手を置くと、最後の抵抗のように言います。

 

「当然ですよ? 前回も言いましたけれど、胸の周りも大事なんです。大きさが不均等だと身体のバランスもおかしくなりますから」

「そ、そうね……お願いするわ」

 

 チラッと私の胸を見た後、何か覚悟を決めて重大な決意をするように頷きました。

 なるほど。ある意味では私の身体はこれほどない説得力なのね。

 

 胸部の辺りを中心――谷側から山側へと向けるようにおっぱいを揉んでいきます。

 

 ふむふむ、手の平から少しはみ出す程度のボリュームですね。むにっとした感触がなんとも良いです。

 同期の中では多分、一位二位を争うくらいかしら? 張りもよくてこれはちょっと、病みつきになりそう。ちょっと興奮してきちゃう。

 

「く……ィ……ぅぅ……ん……っ……!」

 

 肋骨側から、鎖骨側からと、マッサージをしていきます。何度も何度も念入りに、力の込め具合を微妙に変化させて、相手の反応に合わせて求める最良の刺激を与えられるように、丹念に丹念に……円を描くようにゆっくりと、感触を確かめるように……柔らかなおっぱいを手に包み込んで、刺激を与えていくように……

 

 そのたびに何度も身じろぎをして歯を食いしばっていました。

 施術完了後には、汗をびっしりと掻いていましたが、一体どうしたんでしょうか?

 

 私にはさっぱり分かりません。 

 

 

 

 

 

「次は綾瀬さんね、おまたせ」

「……あや!? ひ、ひゃい! お、おねがいます!?」

 

 じーっと蓮常寺さんの施術を見続けていたのでしょう。心此処にあらずと言った様子でしたが、私が声を掛けたことでようやく正気にもどったようです。

 

「それじゃあ同じく、下半身から……」

「ひゃっ!」

 

 待っている間に何かあったのか、彼女の身体もじっとりと熱を帯びていました。これはマッサージの効果アップが期待出来ますね。

 足首から太腿へと揉んでいく度に、小さな悲鳴が上がって身体が飛び上がりそうになっています。

 

 うーん、敏感肌なんですかね?

 

 元々小柄で肉付きもそれほどではないので、熱くなった身体と合わさって刺激に過敏に反応しているのかもしれません。

 

「綾瀬さん、ごめんなさい。もう少し我慢してもらえる?」

「が、我慢ですか!? わ、わかりましたっ!!」

 

 既に施術は太腿から腰回りへと伸びています。

 こうやって、お尻のまわりをぐーっと何度も何度も念入りに揉んでいくと――

 

「~~~~ッ!」

 

 両手の拳をグッと力一杯握りしめて懸命に堪えています。

 その様子、なんだかとってもドキドキさせられますね。

 ちょっと悪戯心がでてしまい、力を抜いて触れるか触れないか程度のささやかな刺激に変えてみましょう。

 

「……(ほっ)」

 

 小さく安堵の吐息が漏れました。まあ、弱い刺激になってますからね。

 ですがそれは慢心、命取りですよ。

 

「うん? ああ、この辺りね」

「……っ!?!?」

 

 慣れてきたところを見計らい、腿の付け根辺りを内側から外側へ、ぐっと強く揉みます。途端、声にならない声が上がりました。

 どうやらかなり良い刺激となったようで、はぁはぁと絶え絶えとなった呼吸音が室内に小さく響き渡ります。

 

「次は仰向けね」

「……ふぁい?」

 

 とろんと、夢見心地になっている彼女の身体をゆっくりと反転させますが、そこまでしてもまだ正気を取り戻せていないようです。

 

「次はお腹周りからだけど……大丈夫?」

「らい、じょーぶ、れす……」

 

 なるほど、大丈夫なら問題ありませんね。

 

 蓮常寺さんを女と評するなら、こちらはなんというか……少女ですね。ほとんど一直線ですが、一応膨らんではいます。

 お腹周りはすっきりしすぎていて、ちょっと物足りないくらい。腿も最低限の肉しかない、カモシカのようなすらっとした足です。

 まあ、この辺の好みは善し悪し。完全に個人差ですね。

 

「じゃあおへそから」

「……っ!!」

 

 刺激で意識を無理矢理覚醒させられたようですね。けれど私の言いつけを守って、必死に耐えています。

 うんうん、良い子ですね。

 

 ではそのままお腹周りをじんわりと………

 

「ッ!! ……ッ!?!?」

 

 脇腹を擽られる感触の数倍くらいですかね? そんな刺激に耐えて歯を食いしばる姿はなんともそそられそうです。

 

「このまま下に」

「ん……っ!!」

 

 腿の内側を正面からじんわりと。指に力を込めてゆっくりと。健康的な脚を大切に、剣の手入れをするように丁寧に。

 外側から内側へ、身体の中心線に集めるようにして……

 

「ふ……ぅっっ……!! ひ……ん……っ! そ、こは……っ」

 

 普段は元気いっぱいな声が今だけは熱をおびたそれになっている。

 誰にも聞かせた事の無いような声を私だけが独占しているのだと思うと、自然に力が入ってしまいます。

 なんどもなんども念入りに身体をほぐしていき、気がつけば腰回りは痙攣したように小刻みに震えていました。 

 

「最後に胸回りね」

「お、お願いします!!」

 

 蓮常寺さん同様、彼女も私の胸を見て覚悟を決めたように言いました。もしかしたら「この半分――いえ、一割でもいいからください!」とか思っているのかもしれません。

 

 なので、こちらも念入りに。

 

 手の平にすっぽりと収まる、どころか物足りないといったおっぱいの感触。ですがそこはそれ、確かな柔らかさがあります。

 彼女の望みを叶えてあげるように、じっくりじっくりと、焦らすように丁寧に。

 身体の流れを整えて、血流が滞りなく行くように丹精を込めて。筋肉に刺激を与えて大胸筋が発達するように祈りながら丹念かつ入念に。おっぱいを手の平全体を使ってゆっくりと揉んでいきます。

 

「……う、んっ……! ぃ……ぅ……っ!!」

 

 何度も熱い声を漏らし、身体を震わせる綾瀬さん。

 

 彼女もまた、施術が終わった頃には汗だくとなり、腰が抜けたのか立てなくなっていたほどでした。

 

 

 

 これにて、術式完了。良い仕事したわ。

 




16話使ってようやく。
基本的に描写レベルはこんなもの。まだ"さぐりさぐり"ですから。
(最初がオリキャラなのは、いきなり原作キャラだと「散々期待させてこの程度かよ」となるでお試しという意味で)

……?
何を考えているのか分かりませんが、マッサージです。


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第17話 そろそろ卒業後の進路を考える時期

 景色がとても綺麗です。

 

 空を見ればそこには、煌々と輝く半月が。そして夜空を彩るようにキラキラと輝く星々が見えます。

 すっごく見えます。すっごく綺麗に見えます。

 だって月や星の明かりを邪魔する光がないのですから。見えるのは精々が蝋燭の灯り程度です。

 夜景なんて物は見えません。真っ暗なのです。夜の帳が、色んな物を覆い隠してしまったようです。

 

 ただいま実習中、現世に来ています。

 

 霊術院では、現世に赴いて魂葬(こんそう)――つまり、死者の霊を尸魂界(ソウルソサエティ)へ送るという実習があります。

 本来ならば(ホロウ)となった凶暴な霊も魂葬(こんそう)の対象に含まれるのですが、そこはそれ。まだ実習中の身ですから。

 魂葬(こんそう)するのは(プラス)と呼ばれる善霊――悪霊になっていない通常の霊だけに絞って行います。

 

 やり方はとっても簡単。

 斬魄刀の柄で相手の額をこう、印鑑を押すような感覚でペタン、とやるだけです。

 

「おお、上手上手!!」

 

 私がペタンと押せば、近くにいたクラスメイトが喝采を上げます。そしてスーッと煙が霧散するかのように(プラス)が消えました。

 まあ、元現代日本人ですからね。印鑑押した回数は百や二百じゃありません。それだけ押していれば、否応なしに慣れて上手になれるわけです。

 下手な子がやると、成仏間際に魂魄が痛がって悲鳴を上げるそうですが。

 

 そしてこの魂葬(こんそう)実習、上位クラスならばもっと早い段階で行うんですが、生憎と私は普通クラスですからね。結構伸ばし伸ばし延期になってしまいました。

 もう五回生ですよ。初回ならば上級生の先輩方の指導の下で魂葬(こんそう)を行うみたいですが、私たちのクラスの場合は第一組の生徒を指導役として実施しています。

 

「よーし、次」

 

 そんなことを考えていたら、私の番は終わりました。

 大体一人二回から三回、下手な子はもう少し回数を重ねるみたいですけれど。

 

「結構簡単だったね」

「そうね」

 

 同級生の綾瀬さんの言葉に頷きつつ、私は辺りを見回しています。

 

 穿界門(せんかいもん)という現世と尸魂界(ソウルソサエティ)を繋ぐ門を通り、門の中で迷わぬよう案内役に地獄蝶を引き連れて、やってきたのは現世。

 ですが現世の光景は、私が知っているそれとはかけ離れたものでした。

 

 冒頭でも触れましたが、暗い。夜だというのに真っ暗です。

 いえ、夜は暗い物だと分かっていますよ。でも私の知っている夜は、街灯が光っていたりお店が明々と輝いていて、車のヘッドライトが照らしてて。

 光源なんて一切持たなくても平気、という印象がどうにも強かったのです。

 

 それが蓋を開ければ真っ暗。

 村落は見えますが、どこも灯りなんて見えません。

 よーっく目を凝らして建物の様子を確認すると、それは私の知っているものよりもずっと古い古い建築物ばかり。

 見た目だけでしか判断できませんが、江戸時代? いや、もっと前かしら? 安土桃山――それとも室町時代!?

 さすがに建物だけじゃ、判断は無理ね……そういう知識もないし。

 

 結局、ずっと昔という、もう分かっていることの再確認にしかなりませんでした。

 

「そういえばこの魂葬(こんそう)って、(ホロウ)退治には役に立たないのかしら?」

「ふえ? えっと……どういう意味ですか?」

「だから、こう……戦っている最中に柄頭でガツンっと一撃喰らわせて」

「それって、普通に攻撃するのとどこか違うんですか?」

「……あ」

 

 そう言われればそうでした。

 魂葬(こんそう)の要領で、上手く相手に激痛を与えるとか出来れば良いかなって考えていたのですが。それなら普通に殴っても大して違いはありませんね。

 

「よーし、全員終わったな。それじゃあ帰るぞ」

 

 指導役の生徒の声が響き、その近くには穿界門(せんかいもん)が開かれました。

 今回の実習はこれまでのようです。

 

 さよなら現世、また来るからね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お疲れ様。初めての実習はどうったかしら?」

「うーん……なんだか普通、って感じでしたね」

「私も同じね。あ、でも魂葬(こんそう)が上手って褒められたわ」

 

 ――開けて翌日。

 

 朝食を取りながらいつもの三人でお喋りをしています。とはいえ、蓮常寺さんは第一組なので既に魂葬(こんそう)実習は何度も行っていますし、夕べの指導役として着いて来たりもしていなかったので、もっぱら今は聞き役ですね。

 

「そうでした! 藍俚(あいり)さんとっても上手だったんですよ!」

「あはは、でも実習でどれだけ上手く出来ても、本番で失敗したら意味がないから」

「本番ねぇ……」

 

 昨日も少し触れましたが、今や五回生。来年には卒業して護廷十三隊へと入隊予定です。

 確かに"何年か浪人してやっと入隊試験を突破しました"という死神も多いようですが、出来れば現役で合格したいというのは、何時の時代も変わらない考えです。

 

「そう言えば二人は何番隊を希望していたんだっけ?」

「私は四番隊ね。進路希望の用紙にもそう書いたわ」

「私は一応、八番隊希望です。えっと、小鈴さんは確か……」

「私は六番隊。なれれば嬉しいんだけど」

「ああ、六番隊は貴族との繋がりが大きいから、人気が高いんだっけ?」

 

 先日提出した進路希望の用紙を見ていると、ふと学生時代を思い出しました。こういうやりとりって、本当に素敵な経験だったんですよね。

 

「そうね。代々朽木家の縁者が隊長になるから、私は出世できても副隊長までだけど」

「そんな! 小鈴さんなら隊長にだってなれますよ!!」

「確かにそのくらいの才能はあるけれど、でも五大貴族でしょう? さすがに周りが五月蠅いんじゃ……?」

「持ち上げてくれるのは嬉しいけれど、湯川さんの言う通り副隊長か、三席くらいが限界かもね。そもそも隊長になるなら、今の時期に始解を修めているくらいじゃないと無理なんじゃないかしらね?」

 

 ふと溜息を吐きながら蓮常寺さんが呟きます。

 そういえば噂のすごい後輩たちは飛び級していて、もう始解に目覚めたとかもうすぐ目覚めるとか、噂が噂を呼んでいます。

 どっちも男性らしいので、私はあんまり気にしてませんけれど。

 

「そういえば今日の授業ってなんでしたっけ?」

「模擬戦ね。そろそろ卒業と入隊試験を本格的に意識しないと遅い時期だから、実戦形式が多くなるのよ」

「模擬戦かぁ……私、あれ苦手なんです。皆さん私よりも背が高いから……」

「私もちょっと……苦手というか、嫌いかな?」

「あら、どうして?」

「やたらと男子の相手をさせられる事が多くて……」

「ああ……」

「あ、藍俚(あいり)さんは背が高いですから! 仕方ないと思います!!」

 

 私の呟きに、二人が必死に気を遣ってくれています。

 

 背が高いから男子側に回されるという理屈は分かりますよ。でも問題はもう一つあって……はぁ、分かっていることとはいえ、気が重い……

 

 

 

 

 

「次!」

「お願いします!!」

「……よろしくお願いします」

 

 教師の声が掛かり、模擬戦の順番が回ってきた二人は互いに礼をする。

 

 片方は湯川藍俚(あいり)、もう片方は彼女と同じクラスに属する男子生徒だ。だが藍俚(あいり)は浮かない表情を浮かべており、相手は彼女の内面の苦悩など知ったことでは無いとばかりに、一挙手一投足をも見逃さん勢いで凝視していた。

 

 それに気付いて、彼女の気分は更に重くなる。

 

「始めッ!」

「おらああああぁぁぁっ!!」

「……はぁ」

 

 威勢の良い気合の声と共に打ち込んでいく。

 それを受けて彼女は――嘆息しつつも攻撃を打ち払った。

 

「まだまだっ!!」

 

 体勢を立て直し二の太刀を仕掛けるその姿は一心不乱、と言えば聞こえは良いだろう。

 

 だがその実はがむしゃらに挑んでいるだけで、隙だらけ。何よりその無様な戦いッぷりの奥底には、藍俚(あいり)を振り回そうとしている魂胆が見え見えだった。

 

 彼が狙っているのは彼女の胸元である。

 

 とはいえ、直接胸元を狙ってはセクハラ――この時代にそんな言葉はないが――である。それでは幾ら立派な人間であっても、痴漢の(そし)りは免れない。そこで代わりに男共が考え出したのが、動き回らせることだった。

 いくらサラシで固め、動きやすいようにしていても限界はある。

 激しく動けばそれだけ、胸元も揺れる。なにより藍俚(あいり)はその背の高さから男との相手をよくさせられるので、機会(チャンス)も自然と多くなる。

 学院生活を続ける男たちにとってみれば、彼女は格好の獲物だったわけだ。

 

「やっ!!」

「ぐえっ!」

「それまでっ!!」

 

 さすがにこう言う見世物にされるのは何か違う。

 とはいえ男共の気持ちが分からないでもなく、サービス代わりに必ず二、三度は回避に専念してから、隙だらけとなった相手に有効打を入れて終わらせる。

 いつしかそれが当たり前となっていた。

 

 流されているだけ、とも言う。気をしっかり持て!

 

 それはそれとして。

 綺麗な一撃が入り、制止の声が掛かる。

 "別のこと"に集中しすぎて防御すら忘れ、直撃を受けて気絶した彼を、回りで見ていた男たちが引っ張って退場させていく。

 

「よくやった!」

「お前は英雄だ!!」

「安心しろ、はちきれんばかりだったぞ! お前の分も俺たちが見ておいた!! だから後のことは任せろ!!」

 

 口々に褒め称えるそれは、志半ばで散っていった英雄への手向けの言葉。

 卒業や入隊に関係する大事な時期なのになにやってんだコイツら?

 

「これ、訴えた方がいいのかしら……?」

 

 藍俚(あいり)の呟きは風に溶け、天へと消えていった。

 



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第18話 同じ職場で働くけれど卒業式はする

 枝を見れば、待ちきれなかった蕾の一部が桃色の花を咲かせ始めています。もう少しすれば、残った桜たちも一斉に花を咲かせることでしょう。

 暦は三月、時期は春。

 

 今日は霊術院の卒業式です。

 

「皆さん、ご卒業おめでとうございます」

 

 入学式と同じく霊術院の大講堂に集められた私たちは、学長のありがたいお言葉を右の耳から聞いて左の耳で垂れ流しています。

 内容なんて「霊術院で学んだことを活かして」とか「次代の死神の模範となるように」とか「新時代を主導するような存在になれるように」とか、そういった事ばっかりですので。

 マトモに聞いている卒業生なんて、片手で数えられるくらい……?

 

 垂れ幕に書いてある第千四百某(14XX)期卒業生の文字――原作開始から三百年くらい前、って事で良いのかな? もう悩むのは止めることにします。

 

 

 

 

 

「じゃあ、またね」

「次に会う時は護廷十三隊の仲間としてだな!」

「いいなぁ……俺、結局入隊試験落ちちゃって……」

「げ、元気出せって!! 来年もあるからさ!!」

 

 卒業式も恙無(つつがな)く終わり、解放されるとそんな声があちこちから聞こえて来ます。

 別れを惜しむ者、死神としての未来に希望を抱く者、どん底の今を嘆く者、悲喜交々ですね。

 まあ、昔も言いましたが入隊試験は割と狭き門です。試験を四回目でやっと合格して、希望の隊じゃなかったけれども死神になれた。なんて話も良く聞きます。

 何時の時代も変わりませんね。

 

「小鈴さん……藍俚(あいり)さん……わ、私たち……」

「ほらほら綾瀬さん、泣かないの」

「だ、だって卒業ですよ。私たち、離ればなれになっちゃうんですよ!」

「確かに卒業はするけれど、私たちは四月から護廷十三隊で一緒に働く仲間でしょう? そんなに離ればなれってワケじゃ……」

「それはそうですけど! うう……」

 

 周囲の空気に酔ったのか、綾瀬さんが別れを惜しむように号泣しています。

 ホント、この子は感受性強いですね。もうちょっとしたら今度は同じ死神として働くというのに。

 

「綾瀬さんは八番隊に、蓮常寺さんは六番隊。どっちも在学中に希望の隊に配属されたんだもの。誇って良いと思うし、また会う機会はたくさんあるでしょう?」

「そういう湯川さんだって、在学中に合格しているでしょう。あなたも充分誇って良いと思うわよ」

「私はホラ、四番隊になりたいって死神はちょっと少なめだから。オマケで合格できたみたいなものよ、きっと多分」

 

 はい、そうです。

 

 運良く一度も留年することなく卒業。そして卒業後には四番隊の死神になることが決定しました。

 

 成績は極めて普通だったんですけどね……ずっと第二組のまま、一度も特進クラスに上がれなかったのがそれを物語っています。

 一応、鬼道と歩法は割と良かったのです。ただ斬術と白打――拳を使った戦闘術――がイマイチで……特に斬術は、年々みんなに追い抜かれました。

 うう、師匠からこの辺はみっちり教わったはずなのに、何ででしょう?

 

 入隊試験も受けましたが、基本的には霊術院の入院試験と変わらなかったです。ただ、求められるレベルがとても高かっただけで、それ以外に特筆すべき点はなかったですね。

 ただ、入隊後にどの隊へ配属されるかは本人の希望と適正、全体のバランスを見て割り振られるわけですが。じゃないと隊ごとの人数の格差が酷くなりますから。

 なので四番隊志望だからといって回道や救護の講義を取るのが必須というわけではなく、入隊してからも教えて貰えます。

 まあ、十一番隊志望の暴れん坊が四番隊に配属させられて腐る、なんてのも良く有る話みたいです。

 

「だから、補欠合格みたいな私よりも、ちゃんと希望通りの隊に入れた二人の方が――」

「謙遜はしないの!」

 

 私の言葉は途中で蓮常寺さんに強引に止められました。

 

「あなたが四番隊に入りたいと思って回道の勉強を良くしていたり、斬拳走鬼も必死で学んでいたのを私は知っているわ。それにあなたの整体術も――」

 

 そこまで口にして、顔を真っ赤にして一度言葉に詰まりました。

 ははーん、さてはこの間のことを思い出しましたね?

 

「ん、んんっ!! とにかく! あなただって頑張ってた! だから入隊できた! 配属された部隊は違っても志は同じ筈よ! それでいいじゃない!!」

「えへへ……そう、ですよね! それじゃあ私たち、これからは隊長目指して頑張りましょう!!」

 

 元気を取り戻した綾瀬さんが力強く拳を振り上げました。

 

 

 

 

 

 ――と、ここで終わるのではなく、もう一悶着。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ! 二人に一つだけお願いがあったんです!」

「え? 何かしら……?」

「私ばっかり名前で呼んでいるのはズルいと思うんです! だから私のことも幸江って呼んでください!!」

「ええっ!? そ、それは……」

「わかったわ、それじゃあ――幸江さん、小鈴さん。これからも仲良くしてね? ――こんな感じ?」

「おおーっ! いいですねぇ! さあ、小鈴さんも!!」

「え、え!? えええぇぇっ!?」

 

 その後、顔を真っ赤にして俯きながら「幸江さん、藍俚(あいり)さん」と呼んでくれました。とっても可愛かったです。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お久しぶりです! 師匠!!」

 

 瀞霊門――それも北の黒稜門――を開けると、藍俚(あいり)の視界には見知った顔……というよりも巨体が飛び込んでくる。

 内側から開いた門に何事かと思ったが、そこから知った顔が現れたことで斷蔵丸はすぐに警戒を解いた。

 

「おお、お主か! しばらく顔を見せなかったら心配しておったぞ!」

「疎遠になっていたことは申し訳ありません。連絡を取りたかったのですが、下手すると通行許可証が発行されずに立ち往生しそうだったので」

 

 斷蔵丸の言葉に藍俚(あいり)は申し訳なさそうに頭を下げる。とはいえ斷蔵丸もその辺の事情については知っているため、それ以上の追求などしない。

 

「まあ、良い。して、今日は何の用じゃ?」

「はい! 先日霊術院を卒業して、正式に護廷十三隊の死神となれたのでそのご報告にと思って」

「なんと、そうであったか! 便りが無いのは無事な証拠とは良く言った物だ! これはめでたい!!」

 

 心配していた弟子――それも五十年も芽が出なかった相手――の立派になった姿に、思わず斷蔵丸は喜色の声を上げる。

 

「それと、これは今までお世話になったお礼です。師匠、これをどうぞ!」

「これは?」

「樽酒です。細々とお金を貯めて買いました。師匠の身体だと量が足りないかもしれませんが……」

 

 そう言うと藍俚(あいり)は傍らに置いてあった樽のうち、一つを斷蔵丸の近くに置き、もう一つの樽を担ぎ上げる。

 

「それじゃあ私は、女将さんたちのところに行って来ます。あっちにもご報告とお礼の品を渡したいので」

「うむ、そうか。積もる話もあるだろうが、もうお前は死神だ。出入りについてはとやかく言わぬ。存分に語らってくるがよかろう」

「ありがとうございます師匠!」

 

 一礼をすると、大通りを駆け抜けていく。

 その速度は酒樽を一つ担いでいるとは信じられぬほどの速度だった。

 

「ふむ、あれだけ苦労していたあやつが立派になったものよ……いや、苦労していたからこそか?」

 

 去りゆく背中を眺めながら、斷蔵丸は大樽を掴むとそのまま軽く呷る。

 その味は、彼が今まで口にした酒の中でも格別だった。

 



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原作開始前 護廷十三隊入隊後
第19話 四番隊に入隊しました


 四番隊隊舎・執務室。

 

 今日は入隊初日、現在ここで入隊式の真っ最中です。

 畳敷きの部屋の中、卯ノ花隊長と副隊長が上座。そして私たち新人隊士たちは下座に座っています。

 全員揃ったことを確認すると、卯ノ花隊長が口を開きました。

 

「まずは皆さん、四番隊へようこそ。あなたたちの入隊を心から歓迎します」

 

 にっこりと微笑むその表情はとても穏やかなものです。これだけを見れば"ああ、さすがは四番隊の隊長なのだと思うのも当然だ"と思うほど。

 

「ここ四番隊は、あなたたちも知っての通り他の部隊の死神たちの救護・後方支援を主任務としています。そのため、一般的に思い浮かべる"死神"の役目からは少々縁遠い部隊でもあります」

 

 治癒・隊全体のサポートを行う部隊――と言えば聞こえは良いですが、自分の知識と今まで見聞きした経験から、どうにも地位が低くて軽んじられているんですよね。

 とはいえ入隊初日に新人隊士へそんなことを口にする隊長はいません。

 

「ですがそれもまた、大事な役目なのです。他の部隊の隊士たちが戦えるように、支援を円滑に行う。ある意味では護廷十三隊で最も大事な仕事を行う部隊でもあります。皆さんにはそのことをしっかりと心に留めつつ、日々の業務に励んでくださいね」

 

 言い得て妙ですね。

 確かにそう表現すれば、四番隊もまた大事な仕事と思えます。が、ここに配属されるのは元々四番隊志望だった者か、他の部隊からあぶれて仕方なくここに来たかのどちらかが大半だそうです。

 前者はともかく後者は、適当に仕事をしたらどこか別の部隊に転属願いを出してしまう――いわゆる踏み台のための部隊としか考えていないのだとか。

 

 ……霊術院卒業したての自分ですらこんなことを知っているんですから、そのトップである卯ノ花隊長はどう考えているのですかね?

 

「隊長、ありがとうございました。では、これにて入隊の儀を終了とする。何か質問などあれば、この場で受け付けよう。なければ早速業務に――」

「では宜しいでしょうか?」

 

 副隊長がそう言って場を締めようとしたところを遮るような形で、私はゆっくりと手を上げます。

 

「ふむ、お前は……」

湯川(ゆかわ) 藍俚(あいり)と申します。それで質問なのですが――戦闘訓練をお願いしても良いのでしょうか?」

「む?」

 

 私の質問の意図が理解できない、といった風で眉根を寄せています。

 まあ、そうですよね。私もこの場で聞いて良い物なのかどうか不安です。

 

「他の部隊より頻度は少ないが、四番隊の各隊士にも戦闘訓練は業務として義務づけられているが……?」

「いえ、そうではなくて……言い方に問題がありました、訂正させてください。つまり、卯ノ花隊長に直接、剣を習いたいのですが可能でしょうか?」

「……!」

 

 その言葉に卯ノ花隊長が一瞬だけ、眉を微かに動かしました。それまでは鉄面皮のように笑顔を浮かべていたというのに一瞬の動揺。

 反対に副隊長は何のことか分からず、といったように疑問顔を更に強くします。

 

「なるほど、確かに隊長から学びたいと言う気持ちは分かるが、隊長もお忙しい身であり――」

「いいでしょう」

 

 副隊長の遠回しに遠慮しろという言葉を遮る形で、卯ノ花隊長はそう断言しました。

 

「――え!? た、隊長!? それは……」

「私は彼女と少し話があります。あなたは他の新人たちを連れて、一足先に業務の説明をお願いします」

「し、しかし!」

 

 なおも食い下がろうとする副隊長に向かい、卯ノ花隊長は笑顔を浮かべながら――

 

「お願いします、と私は言いましたよ」

「は……はいっ!!」

 

 ……恐い。

 表情こそ笑顔でしたが、その裏には相手に有無を言わせない、恐ろしい程の圧が掛かっていました。蛇に睨まれた蛙ではありませんが、霊圧ともまた違う、本能に訴えかける"何か"がそこには込められていました。

 

 

 

 

 

 やがて副隊長と同期たちはぞろぞろと部屋を出て行き、執務室には私と卯ノ花隊長だけが残されました。

 一対一ですか……さ、さすがに……き、緊張しますね。

 

「さて……湯川隊士でしたね?」

「はっ、はい」

「一度だけ聞きます、あなたが口にした"私から直接稽古を受けたい"という言葉――その言葉の意味を、本当に理解していますか? 今ならまだ"聞かなかったこと"にも出来ますが、あなたは本当に、それだけの覚悟を持っていますか?」

「……ッ!!」

 

 途端、私にのし掛かってきたのは、息をするのも困難になる程の威圧感――いえ、気のせいなんかじゃない、これは実際に重圧が掛かっています。

 これは卯ノ花隊長から放たれた霊圧……それも、物理的な圧力を持ち、相手が動くことすら許さぬほどに強力なもの。

 く、苦しい……ただ座っているだけなのに、気分が悪くなってきました……

 

「わ、私は……もっと多くの仲間を……命を助けたい、です……だから、隊長に稽古を……」

「おかしな事を言いますね。助けるだけならば私に教えを請う必要はないでしょう? 命を救いたいというのならば、他に方法は幾らでもあります。それこそ、四番隊にて回道の腕を上げるだけでも、あなたの望みは叶うと思いますが?」

 

 た、確かにそうかも知れませんね……ですが、ですが――!!

 

「それ、だけじゃ足りないんです……! もしも敵の後ろに怪我人がいたら、救いになんて行けないです……だから、強くなりたいんです!!」

「……ほう」

 

 少しだけ、卯ノ花隊長は口角を釣り上げました。

 

「いえ、私はそれだけじゃない! 敵だった相手も、できれば救いたいと思っています……敵だった相手(ハリベルやバンビエッタ)だって、殺したくはありません……話せばきっと分かって貰える……救いの手を伸ばせる(おっぱいを揉める)はず……そう信じたいんです! そのためには強さがいるんです!!」

 

 そこまで答えた途端、全身を襲っていた霊圧が消えました。耐えきれぬほどの緊張から解放され、身体中からぶわっと汗が溢れ出します。

 

「ハァ……ハァ……」

「なるほど、あなたの気持ちはある程度は分かりました」

 

 霊圧を解いた、ということは少なくともここまでは合格、と考えていいのでしょうか? 駄目ですね……頭が酸欠状態みたいで、どうにも上手く動きません……

 

「ですが、現実はそう甘い理想が通用するものでもありません。例えば、そう……あなたが命を助けたその敵が"殺せ、駄目ならば自ら命を絶つ"と言ったらどうするつもりです?」

「その時は――」

 

 自殺、ですか……? どうしても自殺しようとするのなら……?

 

「――その時は、私の目が届かない場所で、私が向かっても間に合わないような方法で、死んでください」

「……そうですか。わかりました」

 

 この答えに果たして満足したのでしょうか? 卯ノ花隊長はスッと立ち上がると外へと向かい出しました。

 

「今のままでは業務は覚束ないでしょう、もう少し休んでから綜合救護詰所(そうごうきゅうごつめしょ)へ向かいなさい。そこで他の新人隊士と合流して、四番隊の業務について教わりなさい。現場には私から伝えておきますから」

「はい……」

 

 まだ呼吸も整っていない私を慮ってくれたようです。でも……この様子だと駄目だったのかな……?

 

「ああ、それと――」

 

 執務室を出ようとしたところで足を止め、思い出したようにこちらを見ました。

 

「――稽古の話ですが、良いでしょう。私も暇ではありませんので、不定期となりますし、あくまで仮ですが」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、勿論本当です。その日まで、まずは四番隊の業務をしっかりと。それと斬拳走鬼をしっかりと鍛え直しておきなさい」

 

 そこまで言うと、今度こそ卯ノ花隊長は部屋を後にしました。

 

 よかった……どうやら合格は貰えたみたいですね。それにしても……

 

「隊長から剣を習うだけなのに、なんでここまで大事(おおごと)みたいになっているのかしら……?」

 

 誰もいなくなった部屋の中、私は誰に向けるでもなく呟きます。

 そして、この言い知れぬ悪寒は一体なんなのでしょうか……?

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 隊舎の廊下を、卯ノ花は珍しく上機嫌に歩いていた。

 その理由は言わずもがな、先程の藍俚(あいり)とのやりとりが原因である。

 

 ――敵の後ろにいる味方を救いたい、敵ですら救いたい、そして死ねるものなら死んでみろ、ですか……

 

 先程耳にした内容を心の中で反芻する。

 

 卯ノ花は今でこそ四番隊隊長の座につき、治癒部門の総責任者として回道を操り他部隊のサポートに回っているが、その本性は現在の地位とは真逆。

 

 十一番隊の初代隊長にして初代"剣八"――卯ノ花(うのはな) 八千流(やちる)、その姿こそが彼女の本来の姿だ。

 八千流は、数多のありとあらゆる剣術流派を我が手に収めたという自負から付けた名。回道を学んだのも"自らを癒やし永遠に戦いを楽しむため"の手段でしかない。

 

 前述の通り、四番隊は治癒専門の部隊である。訓練は積んでいても他の部隊と比べるとその練度は低い。

 真剣に強くなりたいと思っているのならば、もっと別の――例えば"他の部隊の戦闘訓練に参加しても良いか"などと聞くのが当然だろう。

 

 彼女から剣を習いたいなどとは、普通は言わないはずだ。

 

 そんな卯ノ花に剣を習いたいと申し出る者がいるとすれば、それは彼女の過去を知っているに他ならない。それも尸魂界(ソウルソサエティ)史上類を見ないほどの大罪人である彼女の過去を知り、それでも初代剣八に剣を学びたいと訴えているのだ。

 

 それがどれだけのことか、卯ノ花は藍俚(あいり)に問いかけた。

 新人隊士程度の実力では即座に気絶してもおかしくないほど強力な霊圧をぶつけ、真意と覚悟を問うた。

 だが彼女は押し潰されそうになりながらも、吠えてみせたのだ。

 

 ――邪魔な敵がいれば、打ち倒してでも仲間を救いたい、と。

 

 それどころか彼女はこうも吠えた。

 

 ――敵の命を助けたい、自殺を試みる相手には"自分の目が届かない場所で、手遅れになるような方法で死ね"と。

 

 それは言い換えれば「私の目の黒いうちはどの様な手段を使おうとも絶対に死なせない。それに対応するために、四番隊の隊士としての腕前をどんどん上げてみせる。そんな私を相手にして、死ねるものなら死んでみろ」と啖呵を切ったに等しい言葉だ。

 

 それも卯ノ花を相手にして。

 

 そこまで考えて、卯ノ花はもう一度藍俚(あいり)の事を思い出す。

 霊術院の成績は並。鬼道や歩法は得意であったが、それとて特筆するほどではない。腕前としても平凡だ。

 けれども、直接霊圧をぶつけても屈することなく抗ってみせた。それはすなわち、内在する霊力が一般隊士よりもずっと高く、下手な席官よりもずっと強い身体を持っていることの証左であった。

 

 ――もしかすれば、私の望みを……願いを叶えてくれるだけの存在に成長してくれるかもしれません……ならば、賭けてみる価値はあるかもしれませんね。

 

 通りがかった隊士に挨拶をしながら、卯ノ花は胸中で決意を反芻する。

 

 ただ成績の優秀な者では卯ノ花の稽古は――初代剣八の剣は、おそらく耐えられないだろう。ならば並の成績であろうとも、彼女のような存在の方が可能性はずっと高いはず。

 

 なに、多少手が掛かろうとも時間はあるのだ。

 自身の修行に藍俚(あいり)が心を折ることも、命を落とすこともなくついてくるだけで良い。

 そして、駄目だったら、その時はその時。

 

 隊士が一人死ぬのは、死神全体で見ればよくあることでしかないのだから。

 




●卯ノ花隊長(八千流の時代の話)
彼女が少年時代の更木剣八と戦ったのがいつかが不明。

卯ノ花が十一番隊の隊長だった時代のは多分確定。
多分だけど1000年前より後だと思ってます。
(1000年前だと、少年剣八が陛下に挑んでそう。
 それに加えて、陛下と総隊長の戦いを見て戦闘欲が疼いてしまい、卯ノ花が流魂街外縁で大暴れしていた(そこで少年剣八と出会った)のではないか、という妄想)

回道自体は、これよりもずっと前に麒麟寺から取得済み。と想定。
(ずっと戦っていたい願いは前からあっただろうから)

少年剣八に負けて、胸の傷を隠すように髪型を変更。
十一番隊を止めて四番隊に行った(自身への戒めのような意味も込めて)
このときに名前も変えた。
(剣 八 → 漢字を分解して再構成 → 烈 に改名した)

(これが900年くらい前のこと)

という感じの認識で進めています。


だって年表がないんだもん。
原作で名有りのキャラが「何年に何をした」(入隊年度や隊長になったタイミングとかそういうの)が分からないんだもん。


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第20話 まずはお仕事を覚えます

「あなたが新人の湯川さん……で、良いのよね? その、なんだかちょっと具合が悪いように見えるのだけれど、なにかあったの?」

「いえ、何でもありません先輩」

「そうなの……? なんだか遅くなるって連絡は卯ノ花隊長からあったけれど」

「入隊挨拶のときに、卯ノ花隊長と少しお話をしていただけですから……」

「そ、そう……」

 

 私の言葉から何か厄介ごとの匂いでも感じ取ったのでしょうか、先輩はそれ以上は聞いてこようとはしませんでした。

 

 あの卯ノ花隊長とのキツいお話し合いの後、少し休んで復調したので、こうして同期に遅れること少しだけ、先輩から四番隊の業務について学びます。

 

「じゃあ問題はないって話だし、さっそく業務について教えるね」

「お願いします」

 

 私はぺこりと、頭を下げました。

 

 護廷十三隊では、新人隊士は最初の一年間は見習いとして先輩隊士について回り、死神としての仕事を覚えるというやり方を取っています。現代社会で言うところのメンター制度の走り、みたいなものですね。

 

「といっても、知ってるかもしれないけれど、四番隊の仕事は色々分かれていて――」

 

 そう前置きすると、先輩は一通りの仕事について、直接現場を案内しながら教えてくれました。

 

 まず四番隊には、綜合救護詰所と呼ばれる大きな建物があります。

 いわゆる大きな総合病院を想像して貰えば、大体合っています。この綜合救護詰所の中で、怪我人・病人の治療をします。

 四番隊の隊士は基本的に回道を使える者ばかりなので全員が、医者や看護師みたいなものですね。

 

 

 

 

 ――ですが、それは病院の一側面でしかありません。医者と看護師だけで病院が回る訳がないのです。

 例えば――

 

 

 

 

「湯川さん、手伝える!?」

「任せてください! これ、全部みじん切りで大丈夫なんですよね?」

 

 綜合救護詰所・炊事場。

 

 ここは四番隊全体の食事を作る場所でもあり、同時に入院患者たちの病院食を作る場所でもあります。

 入院患者の中には容態によって"まだ固形物は食べさせちゃ駄目"のように、一人一人気遣う必要があって、当然ながら朝昼晩の三食を用意しなければなりません。

 なのである意味、医師や看護師以上に忙しい日々を送っている場所とも言えます。

 

 仕事を覚える前段階として、現場を案内されている途中、ものの見事に手伝いにかり出されました。

 

「うわっ! 上手ね!? どこかで習ったの?」

「私、流魂街出身でして。そこで居酒屋のお手伝いをしていたんですよ。だからこのくらいは……」

 

 まだ生のままだった野菜を素早く、そして同じ形・同じ大きさになるように注意しながら切っていきます。こうしないと火の通り加減が違っちゃいますからね。

 

「えっ!! それ本当なの!? だったらこっち、お鍋の方もお願いしていい!?」

「お米もそろそろ用意しなきゃ駄目なんだけど、手伝ってもらえる!?」

「はい? えーっと、ちょっとお待ちくださいね」

 

 刻んだ野菜を手渡しながら、まずは手近なお鍋の様子を見ます。

 ふむふむこれは――

 

 そんな感じで、昼食完成の目途が付くまでの間、たっぷりと手伝わされました。

 

 

 

 

「あら、こっちも結構上手なのね」

「流魂街では女将さんたちの着物の補修とかもしてましたから」

 

 食事作りから解放され、続いて訪れたのは死覇装縫製室です。

 (ホロウ)との戦いに勝利しても、怪我をしていることはよくあります。そして、怪我をしているということは着ている物が破れているわけです。

 なのでここには、四番隊隊士の中でも特に手先の器用な者たちが集まって死覇装や隊首羽織の製造や修繕を行っている場所です。

 

 ですが現在私が行っているのは、端切れを使った小物の繕いです。

 さすがに食事と違って、新人隊士にいきなり死覇装の縫製とかは任せられませんから。

 

「いえ、でもこの子上手よ」

「縫い方が丁寧だし、力も強いみたいだから縫い目もしっかりしてる。案外掘り出し物なんじゃないかしら?」

 

 諸先輩方の評価になんとなく気恥ずかしさを覚えてしまいます。

 これも五十年の生活の結果、自然と身についただけなんですけどね。訓練すると着物が結構簡単にビリッと破れていたので。

 

「こんな物でいかがでしょうか?」

 

 とりあえず縫い上げたのは、簡単な巾着です。

 

「出来映えは……素人にしては悪くないと思いますけれど」

「ねえ、湯川さんって言ったわよね?」

 

 恐る恐る尋ねたところ、名前を確認されました。

 

「そうですけれど、あの……」

「本格的にウチに来てくれないかしら?」

「えっ!?」

 

 ……なんだか予想外に高評価です。

 

 ホント私って、死神の必須技能に関係ない部分ばっかり評価されますね……

 

 

 

 

 

「それじゃあ最後になっちゃったけれど、四番隊の基本業務でもある回道――つまり、治癒についてね」

 

 縫製室を逃げる様に去り、他の部署も一通り回り終えた最後に、救護業務について教わる事となりました。

 

「でも湯川さんは霊術院でも回道について学んでいたのよね?」

「ええ、一通りは。といっても霊術院生相応の実力しかありませんけれど」

「謙遜することはないわよ。私なんて霊術院では回道とか救護を全然学んでなかったんだから」

「え! そうなんですか!?」

「そうそう。だから私よりもずっと湯川さんの方が立派よ。でもまあ、今は先輩として見本をみせないとね」

 

 そんなことを言い合いながら、治癒業務についても一通り教わりました。

 

 

 

 

 

 ――カンカーン! カンカーン!

 

 空が鮮やかな橙色に染まっていく中、鐘の音が隊舎中に響き渡りました。

 

「あら、もうこんな時間なのね」

 

 これは終業の鐘です。

 もう今日の業務は終わり、ということを告げているわけですが……悲しいかな、四番隊は他の隊から雑事を回されることが多くて、残業をする者が多いです。

 それ以外にも、病院なので基本的に患者の容態急変に備えて二十四時間体制になっているわけで、ぶっちゃけた話が夜勤アリです。

 

「じゃあ今日はもう上がって良いわよ。お疲れ様」

「お疲れ様でした、先輩。お先に失礼します」

「そうそう、言い忘れるところだったわ。分かっていると思うけれど、業務報告書は忘れないでね」

「はい、ご忠告ありがとうございます」

 

 こうして今日の業務は終わりました。

 

 一つを除いて。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「えーと……」

 

 寮へと戻った私は、その足で本日の業務報告書をまとめ中です。

 

 各部隊は隊舎内に寮がありまして、隊士はその部屋で寝起きするのが大多数です。この辺もやはり霊術院同様、自宅から通うのも許されていますが、そんなことを出来るのはやはり裕福な貴族くらいです。

 これが上位席官になれば、隊舎内に私室を持てたりするわけですが。

 

 ……何事も出世ですね。

 

 そして業務報告書の方は名前の通りです。

 終業後、各隊士はその日に何をしたのかを書いて、執務室前の回収箱へ提出する。というのがどの部隊でも行われています。

 

 それに倣い、今日何をしたのか。纏めていったのですが――

 

「改めて見返すと、結構色んなことをやっていたのね……」

 

 ――これ、一部隊が担当する範囲を超えてるんじゃないの? 死神以外から募った方がいいんじゃないかしら? と思うくらいには、色んな事がありました。

 

「医療従事者って、大変なのね……」

 

 絶対に下に見るような真似はしない、と心に誓いました。

 




●四番隊の建物や業務、就業形態などについて

基本的には小説――

 BLEACH THE HONEY DISH RHAPSODY
 BLEACH The Death Save The Strawberry
 BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU

――の記述から。
(先輩について1年間学ぶ・縫製室・炊事場・終業の鐘・隊士は隊舎の宿舎に住んでいる・業務日報を提出する、の辺り)

業務内容は、病院内とホテルの各種業務関連の全部を担当してると思っておけば、大体間違いではない――はず。

●先輩
名前が出てこない時点で、再登場の機会などない。


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第21話 卯ノ花隊長と初めてのお稽古 - 武術編 -

 日々忙しい四番隊の業務ですが、それでもお休み――非番の日は当然存在します。

 今日は護廷十三隊の死神として働き始めて、最初のお休みの日ですよ。

 

 ……まあ、だからと言ってのんびりと休めるわけではないんですけどね。

 

「この辺りで良いでしょう」

「ハァ……ハァ……は、はい……そう、ですね……」

 

 平然と口にする卯ノ花隊長の言葉に私は荒く呼吸を繰り返しながら、何とか頷きます。

 

「どうしたんですか? この程度でへばるとは情けない。霊術院で何を学んできたのです?」

「も、申し訳ありません……」

 

 事の起こりは前日。

 終業間際に卯ノ花隊長から「明日、稽古をつけてやるから日の出と共に隊舎の前に集合」と言われました。こちらの予定など一切考慮しない、有無を言わせないような物言いは流石というか何というか……

 

 まあ、先約とか皆無だったから、良いんですけどね。

 

 そして今日。

 まだ朝靄(あさもや)すら立ちこめるような中、眠い目を擦りながら集合場所に行けば、既に卯ノ花隊長がいて「場所を移動するから、ついてこい」と言われました。

 そのまま休むことなく移動し続けて、ここは多分流魂街のどこかの山中――だと思います。場所がよく分かりません。

 後を追うのが精一杯で地理を頭に叩き込むだけの余裕なんて全然ありませんでした。

 

 斬魄刀や荷物、防具も込みで長時間活動する訓練。そんなのも霊術院時代にはやりましたが、アレとは比べものにならないほどです。

 今回持ってきているのは斬魄刀に着替え、あと軽食に水筒くらい。比較的軽くて移動しやすいはずですが、そんなことは関係ないと言わんばかりの運動量です。

 

「まあ、今回は良しとしましょう――次からはもう少し速く移動するとして――」

「……え?」

 

 後半部分を小声で呟いた……?

 いえ、多分……間違いなく聞かせるように言いましたねこれは。

 本気を出せばもっと速く走れるが、それをわざわざ私の速度に合わせていた……

 

 くっ!

 

 頭では理解していたつもりですが、改めて隊長と自分との間にはとんでもないくらい実力差が開いていると実感させられます。

 

「ではさっそく……稽古を始めます」

「……ぁっ!?」

 

 そう口にするが早いか――いえ、絶対言う前に動いていました――卯ノ花隊長が斬りかかってきました。

 私の目からすれば糸のような閃光が走ったとしか思えないような一撃。

 その剣閃を本能と反射反応、恐怖心だけで身体を動かして剣を抜いて受け止めます。

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

「ふむ、この程度は止められますか。よかった、一手目で弟子を失うかと思いましたよ」

 

 受け止め、卯ノ花隊長の目を見た瞬間に確信しました。

 

 この一撃は――大幅な手加減こそされているものの――殺気の籠もった本気の一撃。私が避けるか受けとめるかしなければ、間違いなくそのまま斬殺されていた。

 そんな一撃だと後から理解し、心の底から耐えがたい程の恐怖が湧き上がってきました。全身が震え、歯の根が合わなくなり、何もしていないのに呼吸が苦しくなる。

 

 ……これと比べたら、今まで受けていた殺気なんてお遊びレベルでしかない。これが本物の殺気、ですか……

 

「い、一手目って……まさか二手、三手目も……?」

「さすがにまだ(・・)そこまでではしません。今のところは、あなたの実力がどれくらいかを確かめる段階ですから」

 

 ……まだ!?

 い、いえ、今はそういうことは考えないでおきましょう!!

 

「次は湯川隊士、あなたの番です。私から攻撃(・・)は一切しませんから、実力をみせてみなさい」

「は……はい……!」

 

 余裕の表れか、刀を鞘に収め、両手を広げてどこからでも掛かってこいとばかり。

 そんな隊長に向けて斬魄刀を振るい、何度も攻撃を繰り返していきます。

 

 切り下ろし、切り上げ、袈裟斬り、薙ぎ払い、刺突。斬術の基本となるそれらの攻撃を全力で放ちます。

 

 ですが――

 

「甘いですね。隙を見せぬ相手に無策ですか?」

「ぐ……っ! こ、このっ!!」

「どうしました? まだ寝ぼけているのですか? 剣先がもう鈍っていますよ」

「ぎゃっ!!」

「誰が手を止めて良いと言いましたか? 私はあなたに実力をみせろ、と言ったのですよ」

「……ぶぇっ!!」

 

 何度目かの攻撃を全て躱し終えた辺りから拳が飛び始め、遂には殴り飛ばされました。ですがそれだけで終わることもなく、しまいには踏みつけられました。

 

「た、隊長……」

「なんです?」

「攻撃は……しないって……」

「ですからあれは、攻撃ではなく指導です。甘い攻めは敵に利用されて当然ですから」

「……最後の踏みつけは?」

「あれはオマケです」

 

 ……ひどい。

 あれ? でも今の私は地面を舐めているのに、追撃もオマケも来ませんね? どういうことでしょう。

 

「それはそれとして、湯川隊士。あなたに一つ聞きたいことがあります」

「な、なんでしょうか……?」

 

 さすがにずっと倒れているわけにもいかず、身体を起こしながら聞き返します。

 

「あなたの振るう剣は、どうもおかしいのです。身の丈に合わない巨大な武器を無理矢理振り回しているような、そんな印象を受けるのですが。何か心当たりはありますか?」

「心当たり、ですか……?」

 

 そんなもの……あるとすれば……

 

「私が剣を習ったのは霊術院か、そうでなければ師匠ですから。多分そのどちらかだと思います」

「その師匠というのはどなたです?」

「斷蔵丸――あ、北瀞霊門の門番です」

「……なるほど。そういうことですか」

 

 その名前を聞いた途端、全ての合点がいったとばかりの様相を隊長は見せました。

 

「湯川隊士、あなたの剣は斷蔵丸の剣――つまり、山のような巨漢が武器を振るうための剣術になっています。そんな剣技をあなたの様な小さな人間が扱うのですから、無理が生じるのは当然のことです」

「巨人が使う為の剣術、ですか……」

 

 私も大きいですが、あくまで人間サイズですものね。

 首が痛くなるほど見上げなければならない師匠のサイズと一緒にしてはいけません。

 その師匠の剣術を私みたいな小さいのが真似ていれば、そりゃあ変になりますよね。

 

 ……師匠、なんで教えてくれなかったんですか……先生も……

 

「霊術院の院生程度の技量ならば、それでも通用するでしょう。ですが、実戦においてはあなたの剣は無謀以外の何でもありません。まずはその間違った剣技の矯正から始める必要がありますね」

「矯正ですか……?」

 

 そっか、隊長曰く"間違った剣の使い方"が五十年分も身体に染みついていますからね。まずはこのクセを消して身の丈にあった剣の使い方を学ばないと。

 

「じゃあまずは、素振りからですか?」

「それも良いですが、それについては一人でも練習できます。後日、要点を纏めておきますから、個人練習の時には徹底して行うように。いいですか?」

 

 いわゆる訓練メニューみたいなものをいただけるみたいです。

 ……今までの流れから鑑みると、毎日業務後に寝る間を惜しんで訓練する。くらいしないと到底間に合わないんだろうなぁ……

 

「はい! ……では、これからは一体何を……?」

「それは当然、一人では出来ないこと。防御の修練です」

 

 そう言いながら再び、隊長は剣を振るってきました。

 

「わっ!?」

「重心がフラついていますよ。それでは一撃を受ける度に不利になっていきます」

「危な……っ!?」

「身体の柔らかさだけは合格点ですね。これならば致命傷は受けにくいはず、次からはもう少し強めに行きますよ!」

 

 そうして始まったのは、隊長の剣をひたすら防ぐ特訓です。

 

 ただ、放たれる剣は私が全身全霊を込めてなんとか防げる程度のもの。そんな攻撃が殆ど間を置かず、何度も繰り返されます。

 こちらの状態をも見極めながら、常に限界ギリギリの対応を求められる攻撃たち。

 心・技・体。そのどれかが少しでも緩めばあっと言う間に斬り殺されてしまうでしょう。

 

 隊長の攻撃を見極め、常に最善の行動を瞬時に導き出すことを強いられながら、何時終わるとも知れぬ特訓は続けられました。

 

 



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第22話 卯ノ花隊長と初めてのお稽古 - 回道編 -

「そろそろいいでしょう」

「はいぃ……」

 

 始まったのが朝の七時くらいですかね? そして今は……

 

 今、何時(なんどき)だい?

 

 ……太陽の位置から察するに、多分お昼は過ぎていると思います。

 

 ようやく剣術の修行が終わりました……何度も何度も限界ギリギリの対応を求められ続けて、もう精神も肉体もボロボロです。

 当然のように失敗を何度もしているので、死覇装もボロボロ。(おびただ)しい程の裂け目が服に刻まれていて……これ、下手に修復するよりも新調した方が安上がりよね、きっと……

 

 ……え!? ちょ、ちょっと待って!? 今私、お昼を過ぎているって言った!?

 

「……まだ正午過ぎ……」

「何か言いましたか?」

「い、いえ何も!!」

 

 肩を落としかけたところで声を掛けられ、慌てて何でもない様に取り繕います。

 

「では次に、四番隊の隊士としての稽古に移ります」

「四番隊の隊士として……?」

「ええ、回道です」

 

 回道なら少しは……でも今の私って結構ボロボロですし、そこまで上手くできますかね? それに回道を使うには相手が――

 

 ――え? 風……?

 

 「……?」

 

 今、確かに隊長は剣を一閃させました。

 けれどそれは剣筋どころか、いつ剣を抜いたのかも分からない程の速度。ただ剣を振るったことで生み出された風だけが……

 

「痛ッッ!?!?」

 

 鋭い痛みが遅れてやってきました。

 胸元が袈裟斬りに切り裂かれ、血が噴き出します。

 

「た、隊長!?」

「どうしました? 怪我人ですよ、治療はしないのですか?」

 

 け、怪我人って……あ! まさか、そういうことですか!?

 

「くっ……な、なんとかこのくらいなら……」

 

 意図がわかり、慌てて回道を使って治療します。これくらいなら霊圧治療だけで何とかなりますからね。

 時間は掛かりましたが、なんとか傷口は塞ぎました。

 

「……ふぅ」

「不合格、ですね」

「え!?」

「そのくらいの怪我、ましてや自分が負った怪我なのですよ? どれだけ遅くとも今の半分以下でようやく採点対象、といったところです」

 

 厳しいですね……

 

「そもそも自分の肉体の損傷なのですから、何がどうなっているかは自分が一番よく分かっているはずです。そして同じく自分の肉体を治すのですから、どうやって治すのかも自分が一番よく分かっているはず……違いますか?」

 

 納得できない、という私の心の中を読み取った様に、隊長は厳しい言葉を投げかけてきました。

 

「四番隊の隊士は他隊の死神の救護を担う者たちです。それはつまり、他人の命を預かっているということに他なりません。その手に生殺与奪の権利を握っているという事実を、もっと厳粛に捕らえるべきです」

 

 確かに……そうです。甘く見ていたつもりはなかったのですが……

 

「それともあなたは、自分も満足に癒やせないような未熟な技術しか持たずに他人を救おうと考えていたのですか?」

「申し訳……ありません……自分の考えが、甘かったです……」

 

 心の奥が熱くなるのを感じながら、隊長に頭を下げます。

 

「分かればいいのです。それにあなたも知っての通り私もまた未熟。共に研鑽していきましょう」

「はい!」

「良い返事です。では――」

 

 そう言うと隊長はとても良い笑顔で剣を抜きました。

 その姿に私もまた笑顔――喩えるなら、ジャングルの奥地で巨大な蛇と鉢合わせした時に浮かべるような特別な笑み――を浮かべながら尋ねます。

 

「あの、隊長……その剣は……」

「簡単なことです。あなたを斬りますから、回道で癒やしてください」

「ええええぇぇっ!?」

「先程までは剣の稽古でしたので、薄皮一枚削る程度に抑えていましたが、ここからは実際に肉を斬ります。当たり所が悪ければ腕の一本くらいは落ちますから注意して……ああ、それはそれで修行になりますね。なら、何も問題ありませんね?」

 

 そう言うと隊長は剣を走らせました。

 

 言っていることは間違っていませんが、これは絶対に違う気がします!

 

 そう叫びたくなるのを必死で堪えながら、自分自身を実験台とした回道修行は私が霊力切れで倒れるまで続けられました。

 

 

 

 

 

「はい、これまで」

「はいぃ……」

 

 回道修行も一応は終わりました。腕も足も指もちゃんと落とされずに残っていたのは、多分奇跡以外の何でもないと思います。

 

「明日も業務があるので、私はこれで失礼しますよ。ああ、そうそう。瀞霊廷にはここから真っ直ぐ西に向かえば辿り着くはずなので。始業時刻に遅れないように」

「うう……明日も仕事があるんですよね……」

 

 仕事どころか明日起きられるのかが心配なんですが。

 とりあえず私も帰り支度――の前に一息吐こうと荷物から竹筒を取り出して……

 あ、忘れていた。

 

「隊長。お腹減っていません? もしよろしければ……」

「おや、なんですかそれは?」

 

 お昼とか抜きでずっと修行をしていたので忘れていたのですが、お弁当を作ってきていたのです。

 塩むすびを少々という、物凄く単純なお昼ご飯なんですけどね。

 

「一応少し多めに作ってきたので……簡単な物ですし、お口に合うかはわかりませんけど……」

「美味しそうですね。一ついただきましょう」

 

 そう言うとおむすびを手に取り、食べてくれました。

 たったそれだけの事なのですが嬉しいですね。

 

「ふむ……これは……この味は……」

「あ、もしかして不味かったですか? 塩むすびなのでそこまで変ではないはずなんですけど……」

 

 食べた途端、何かを考え込むような表情を見せます。ひょっとして怒られるんじゃ……

 

「……湯川隊士」

「はい!」

「あなた、炊事班の専属になりませんか?」

「……え?」

 

 えーと、それは……

 

「こっちの方が才能があるみたいですよ」

「そ、それだけは許してください……」

 

 やっぱり私は、死神本来の業務以外の部分で評価されるんですね……

 

 

 

 

 あ、瀞霊廷に戻れたのは辺りが真っ暗になった頃でした。

 重たい身体を必死に操って、行きの何倍も時間が掛かりました。

 誰に襲われることもなく無事に戻れたのは、奇跡だったと思います。

 




●卯ノ花隊長
私の中の卯ノ花隊長はこんなイメージ。
平時はこんなことしないけれど、一つスイッチが入ったらこのくらいはきっとやる、多分やる。
だってこの人、最前線に出たくてウズウズしてるし。


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第23話 自分だけの手段の一つくらいはあって当然

「おはようございます」

「おはよ――ど、どうしたのそれ!?」

 

 今はまだ、始業の鐘が鳴るのに三十分くらい前でしょうか? 少し早めに綜合救護詰所に出勤し、死覇装縫製室へと顔を出します。

 すでに先輩方が数名おり、始業時刻よりも早くなにやら作業を始めていましたが、顔を出した私を見るなり驚きの声を上げます。

 

 正確には私ではなく、私が手にしている物を見るなり、ですが。

 

「あの、実はコレをなんとか出来ないかと思いまして……」

 

 そう言いながら掲げたのは、ズタズタになった死覇装です。昨日の卯ノ花隊長との修行の結果、見るも無惨な姿へと変貌を遂げました。

 でもまだ希望はあるはず。何とか直せないかな? と考え、こうして専門部署に持ってきたわけです。

 

「ま、まさかイジメで破られたとか!? ……あれ、でもあなたって確か先日ウチ(四番隊)に来たばっかりの新人だから、そんな対象にされるのは早すぎる……そもそもウチ(四番隊)は全員忙しいから、そんな非生産的な行動するくらいなら仕事を押しつけた方がよっぽどマシ……」

「いえ、そうではなく――」

 

 聞いてて悲しくなってくるような言葉を耳にしながら、私はこのボロキレがどうやって生まれたのか、その経緯を説明しました。

 

「……つまり、戦闘訓練の結果……で、いいのよね?」

「は、はい」

「なんというか湯川さん、あなた……変わってるのね」

 

 うう、なんだか可哀想な子を見るような目で見られました。

 

 やはり四番隊では、ここまで戦闘訓練に本気で取り込む人はいないですね。

 基本的に四番隊の隊士が戦場に立つというのは、他の部隊が戦っている場所に後から合流して治療をすることを指します。

 矢面に立って剣を振るうというのは、相当稀です。治療役が倒れたら、共倒れですからね。危なくなったら逃げる! 仲間の援護に徹する! というのも立派な戦術です。

 ゲームだってヒーラー(回復職)バッファー(支援職)は重要ですから。

 

 先日、先輩について仕事を覚えている最中に出動の機会があって、そこで実際に体験してきました!

 ……なのにどうして文句言うのかなぁ……他の部隊の死神たちは……

 

「それと、この死覇装だけど……これは直すよりも買い直した方が早いわよ」

「やっぱり駄目ですか?」

「手間とかを考えるとね。できなくはないけれど、これを直して修繕の跡を隠すようにするくらいなら……」

 

 話は戻って、私の死覇装についてですが、やはりどう考えても直すのは絶望的ですか。

 まだ支給されたばっかりなのに、もう一着駄目になっちゃった……

 

「ま、まあまあ! 元気出してよ! ウチ(四番隊)の隊士なんだし、特別割引価格で仕立ててあげるから!!」

「本当ですか!? 是非! 是非お願いします!! できれば何着か!!」

 

 新人ですからお給料も安いんです。

 特別割引価格!! ああ、なんて素敵な響きなんでしょうか!! 

 なにより、隊長に修行を付けて貰う日はきっと毎回こんな風にズタズタになると多分思うので複数購入しておきましょう!

 

「それとそのボロボロな死覇装も、簡単に直しておこうか? 戦闘訓練の時にだけで、駄目にしても良い――つまり、人前に出ないような時だけ着るって前提なら、それでも問題はないだろうし……?」

「そっちも是非!」

 

 ご自分の仕事もあるだろうに、そんなことまで言ってくれました。

 やっぱり皆さん、いい人ですね。

 

 お礼代わりに縫製室の作業を手伝いました。

 

 待ち針の抜き忘れがないかチェックして、火熨斗(ひのし)もちゃんとかけて。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 四番隊の業務は毎日が大忙しです。

 何度か言っていますが、通常業務に加えて他の部隊から押しつけられ――回された業務まであるので。

 

 本心を言えば、業務なんて無視して修行だけしていたいんですけどね。

 ですが色々と無理ですので。

 

「ふう、お掃除終わり」

 

 今やっているのは綜合救護詰所内のお掃除です。

 なんだかんだ言って、医療用の施設ですから。内部はいつも綺麗で清潔にしていないといけません。

 ただでさえ怪我した隊士が担ぎ込まれて来て、血とか雑菌が辺りに撒き散らされたりするので。感染症とかが起きた日には目も当てられません。

 (ほうき)(はた)きで汚れを落として、雑巾で隅々まで綺麗に拭き掃除をしていきます。

 

 こうして一通り掃除を終え、綺麗になったことを確認すると――

 

「蝦蟹蠍」

 

 ――最後の仕上げとばかりに、鬼道を唱えます。

 

 これは破道にも縛道にも属さない、独自に開発した私だけの鬼道です。

 

 すごい! とお思いかもしれませんが、基本的鬼道は言霊の詠唱を用いるものなので、術式さえ出来てしまえば誰でも出来ます。

 勿論ピンキリなので、強力な効果を持つ術は作るのに専門的な知識や技術が必要です。

 が、とりあえず鬼道を自作するだけならば、そう難しいことではありません。

 

 問題はそれに価値があるかどうか、ということです。

 

 オリジナルの攻撃用鬼道を作りました! でもそれ、赤火砲(しゃっかほう)とどこが違うの? 完成度も利便性も赤火砲の方がずっと上だよ?

 

 なんてことは、誰しもが一度は通る道です。

 千年以上もの時間を掛けて、色んな死神が研究・研鑽してきたものを個人が簡単にひっくり返すのは難しいということですね。

 それに、戦術とかは画一化している方が組織としても管理とか楽ですし。

 

 閑話休題。

 先程私が唱えた鬼道の話に戻りますね。

 

 名前は蝦蟹蠍――読めますか、これ?

 

 それぞれの漢字は、えび・かに・さそり です。

 それらの生き物に共通する部位といえば……そう、ハサミです!

 ハサミといえば……じょきんじょきん――除菌。

 

蝦蟹蠍(じょきん)

 

 唱えると周囲の雑菌を一気に消し飛ばす鬼道なのです。

 

「よし、これで完璧ね」

 

 医療現場が消毒されていないなんて、元現代人からすればありえません。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

「あ、湯川さん。お疲れ様」

 

 一仕事を終えて戻ってくると、同期だった子がいました。彼女は霊術院時代にも一緒だった子です。

 他にも女性隊士が数名、座って休んでいます。

 激務の間の小休止、というやつですね。

 

「ねえ、湯川さん。久しぶりにアレ、お願いしてもいいかしら?」

「ええ勿論、構いませんよ。簡単なのになっちゃいますけれど」

「全然問題ないわよ! お願い!!」

 

 特に反対する理由もないので。

 請われるままに彼女の肩に手を掛け、ぐっと力を入れて揉みほぐしていきます。

 

「あぁ……きくわぁ……」

「ずいぶん肩が凝ってたみたいね。これじゃあ大変だったでしょう?」

「そぉ……なのよ……んっ! そこ、そこもっと、もっと強く……っ!!」

「はいはい、ここね?」

 

 霊術院時代から何度も行っているマッサージです。

 願わくば、全身にきっちりと余すところなく堪能……もとい施術を施してあげたいのですが。さすがに場所が場所なので無理です。

 肩と腰くらい――それと意地でお尻周りくらいにしておきますか。

 

「ふわぁ……いいわぁ……もうこのまま寝てしまいたい……」

「ほらほら、まだ業務中なんですから。寝ちゃ駄目ですよ?」

 

 施術を終えると、夢見心地になっていますね。

 まだ就業時間だから……って、ん?

 

「あの、湯川さん。さっきの、私にもお願いしていいかしら?」

「それが終わったら私! 二番目予約したわよ!!」

「あっ! ズルい!! 二番は私の筈だったのに!!」

 

 よほど気持ちよさそうに見えて、そして疲れも溜まっていたのでしょう。

 近くにいた女性隊士たちが殺到してきました。すごい高評価です。

 それどころか――霊術院時代の噂を聞きつけたのでしょう。こんな短時間じゃなくて、休日にでも時間を掛けてじっくり全身を頼めないかともお願いされました。

 まあ、趣味と実益を兼ねられるから断る理由もありません。

 

 先輩たちの色んなところをたっぷりと揉みました。

 




●火熨斗(ひのし)
フライパンもどきに炭火を入れて、熱で服のシワを伸ばす。
早い話がアイロン。
日本には平安時代辺りからある。
(中国だと三国志の頃にはもうある)

●自分で編み出した鬼道
破道と縛道あわせて198個しかない。
(裏破道とかは考えない)
しかも席官でないと上位鬼道は教えて貰えない。

種類足らない! 不便!
自力で編み出している奴もきっといるはず!

ハッチ(有昭田鉢玄)も「ワタシが独自に創り出した術」と言っています。
なので各死神が個人での自作鬼道はきっとアリ。

じょきんじょきん……
戦闘には使えなくても、四番隊としてはすごく役立つ。


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第24話 仕事ばっかりじゃありません

「ごめんなさい! お待たせしちゃいました?」

「大丈夫よ、今来たところだから」

「それに約束の時間は過ぎてないし、何にも問題ないわ」

 

 駆け足でやってきた綾瀬さ――じゃなかったわね、幸江さんに、私と小鈴さんは優しく声を掛けます。それでも幸江さんは、一番最後だったのが気にくわないのでしょうか? どこか申し訳なさそうな顔をしていました。

 

 今日は非番です。

 いつもなら戦闘の自主訓練か、隊長に稽古を付けて貰っているか、先輩方をマッサージ(まさぐり)しているか、くらいなのですが。

 先日、幸江さんから「たまにはみんなで集まらないか?」と誘われ、こうして三人が集まったわけです。

 もう霊術院を卒業してから三年は過ぎていますからね。二人とも実務を経験している影響からか、院生時代よりもぐっと大人っぽく見えます。

 

「それで、今日は何か予定はあるの?」

「えっ!! 何か予定がないと駄目でしたか!? 私は久しぶりにみんなで集まって遊びたいなぁって思っただけで……」

「え……いやいや、そういうわけじゃないのよ!?」

 

 小鈴さんの言葉に幸江さんがさらに申し訳なさそうになりました。

 無計画は駄目だと怒られたみたいに感じちゃったんでしょうね。少し助け船を出してあげましょう。

 

「まあまあ、無計画でもいいじゃない。それに中央一番区は栄えているから、知らないお店を発掘するのが目的、とかでも面白そうじゃないかしら?」

「そ、そうですよ小鈴さん! そういうのも楽しいと思いますよ!?」

「……それもそうね」

 

 どうやら全員が私の船に乗ってくれたようです。

 

 

 

 

 

 さてさて、中央一番区と聞いて馴染みがある方がどれだけいるでしょうか?

 

 瀞霊廷には護廷十三隊の管轄地区(なわばり)がそれぞれある、というのは以前にもお話したかと思います。

 一番隊の管轄を中央の地区に配し、その周りを囲むようにして残り十二部隊の管轄地域が存在しています。私のいる四番隊は四番区、小鈴さんのいる六番隊なら六番区。といった具合ですね。

 それぞれの地区は、各部隊の特色を反映するかのような施設が多く。特にこの中央一番区――真央区とも呼ばれる――には、一番隊隊舎は元より数多くの行政施設があり、それにあやかろうと多種多様な施設もあります。

 

 他部隊の友人知人と待ち合わせる場合は、一番楽だからという理由で中央一番区が選ばれますが、様々なお店があるので。困ったら真央区というパターンも割とあります。

 

 とはいえ無目的で良さそうなお店を探す、というのは中々骨が折れるもので。

 

「なかなか良いお店ってないですね」

 

 小一時間ほど歩き回った後、私たちは近くにあった茶屋で一服することにしました。

 

「何にも目的がないんだもの、仕方ないわよ」

「こんなことなら六番区に集まれば良かったかも知れませんね。あそこなら良いお店も多いですから」

「ごめんなさい、六番区のお店は私にはちょっと……」

 

 今度は私が申し訳ない表情を見せる番でした。

 

 六番区は六番隊の管轄区です。

 その一角には貴族が住まう地区があり、その貴族たちにあやかろう――いっぱい儲けさせてもらおう――という商売人も多く集まっているので。

 良いお店もたくさんありますが、とにかく高いです。お値段に見合った質と価値はあるんですが、高級店すぎて私には色んな意味で高すぎます。

 

 敷居としても値段としても。

 

「ほら、四番隊はお給料が少ないから……」

「え? そうなの?」

「基本給は多分、三人とも変わらないと思うけれど。でもみんなはもう(ホロウ)と戦ってるんでしょう? 危険手当が出るから、その分だけ手取りも高くなる――……って、ウチ(四番隊)の席官は良くぼやいていたわ」

 

 正当といえば正当な理由なんですけどね。

 危険手当があるのなら、技術手当も欲しいところです。

 

「じゃ、じゃあもう! 目を瞑って適当な場所を選ぶとかしましょうか!? えーと……あそこのお店!!」

 

 幸江さんが当てずっぽうに指をさします。その先には、呉服屋がありました。

 

「あら、良さそうなお店ね。少し覗いてみない?」

「そうですね、行ってみましょう!」

 

 いい加減に選んだ割りには好感触ですね。既に支払いは済ませてあるので、そのまま茶屋を出て呉服屋へと足を運びます。

 

「へぇ、期待していなかったけれども、これは中々……」

「うわぁこれ可愛いですね! いいなぁ……」

 

 実際に商品を見てみると、期待していなかった分だけか好印象です。

 品揃えも豊富ですし、色とりどりで質もいい。名店ですよこれは。

 

「確かに、どれも素敵ね……ただ、私には多分、入らないのよね」

「……」

「…………ぁ」

 

 あ、いけない! せっかくテンション上がっていたのに、また空気を読まずに下がることを言っちゃった!!

 でもでも仕方ないんですよ! 着る物はまずサイズから! デザインよりもまずサイズがあるかどうか!!

 ……言ってて悲しくなってきますね。

 

「あ! これなんてどうですか!?」

 

 そう言って幸江さんが手にしたのは、髪結い用の手絡(てがら)――リボンみたいなものです。

 

「これなら、藍俚(あいり)さんにも問題ないと思います!」

「え……うん、確かに……これなら」

 

 受け取って自分でも確かめてみますが、良品です。これならサイズは問いませんし、貧困に喘ぐ死神にもお手頃なお値段です。

 

「そうね、でももう少し……こっちの色の方が似合うんじゃないかしら?」

「そ、そう?」

 

 小鈴さんが差し出したのは、同じデザインで真っ赤な色をしたリボンです。それを自分の髪へ確かめるように軽く当ててみます。

 

「似合うかしら?」

「うん! こっちの方が良いですね!! 流石です小鈴さん!」

「ふふふ、まあこのくらいはね」

 

 褒められて上機嫌になってますね。

 

「じゃあこれをお会計……」

「あっ! 駄目ですよ。これは私たちがお金を出します!」

「え……!? でも……」

「このくらいなら平気よ。お手当も貰ってるんだから、今くらいは。ね? せっかくだし、記念の贈り物とでも思って頂戴」

 

 まさかプレゼントして貰えるとは思ってもみませんでした。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……でも、勿体なくて付けられそうにないわね……」

 

 改めて手にしたリボンを見つめます。

 本当に良い品物で、普段身に付けるのには勿体ないと思ってしまうのは私が貧乏性だからでしょうか?

 

「駄目です! ちゃんと身に付けてください!!」

 

 その呟きを幸江さんに耳聡く聞かれ、有無を言わさんと強引に髪へ結ばれました。まあ、良いんですけどね。

 

 

 翌日、新しいリボンは同僚たちに好評でした。

 




フラグ……かな?


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第25話 これならお手当が出るのも当然です

 流魂街――それも番号の大きな地区ともなれば、漂ってくる雰囲気すらどこかおどろおどろしい物へと変わっているように感じます。ピリピリとした剣呑な空気に周囲一帯を覆われているかのよう。

 少なくとも璃筬(りおさ)にいた頃とは全く別物です。

 

 辺りには人家はおろか人の気配すらありません。

 ここに来る途中でも、ボロボロの民家や無気力に寝転がる人たちを見かけましたが、ここにはそんな物もありません。

 まるで意図的に(・・・・)この場所を避けているかのように。

 

「虫や獣も、本能的に感じ取って逃げている……ってところでしょうね」

 

 懐から数枚の紙を取り出し、ここに来るまでの道中何度も読み返したそれを、最後の確認とばかりに再び目を通します。

 

「もう……隊長はやることがいつも突然すぎるのよね……稽古を付けて貰う時も、いつも前日にいきなりだし……」

 

 記されているのは、手配中の(ホロウ)の情報。

 

「これもまた試練――愛の鞭だと思うことにしましょう」

 

 どうしてこんなことになったのか、それは半日程前まで遡ります。

 

 

 

 

 

「ああ、湯川隊士。丁度良かった」

「はい?」

 

 綜合救護詰所にて、始業の鐘がなる十分ほど前でしょうか。卯ノ花隊長に話し掛けられました。

 

「あの、何か……?」

「ええ。あなたに特別任務を申し渡します」

「……は?」

 

 とくべつ……にんむ……?

 もう四番隊に配属されて十年以上経っていますけれど、そんなことは今まで一度も無かったような。

 諸先輩方や席官の方にも、そんなことは無かったと思うのですけれど……?

 

「はい、これ」

 

 そう言って隊長が渡してきたのは、数枚の書類でした。

 一応それらに目を通しながら尋ねます。

 

「これは?」

「他の隊から貰ってきた(ホロウ)の情報です」

 

 書類に走らせている目が止まりました。

 

「え……? あの、もう一度お願いします……」

「ですから討伐対象の(ホロウ)の情報ですよ。他の隊が受け持っていた案件なのですが、特別にわけて貰ってきました」

 

 にっこりと笑顔でそう口にする隊長の姿は"何か問題でも?"と言わんばかりです。

 

「……わけて貰って……? って、(ホロウ)退治ですよ!? 私、四番隊に来て長いですけれどそんなの一度も……」

「大丈夫ですよ、あなたなら出来ます。場所は少々遠いですが、行って帰って調査してで、二日もあればお釣りが来るでしょうね」

「その、行っている間の私が担当している通常業務――」

「問題ありませんよ、他の者たちで分配しますから」

 

 ああ! 話を聞いてくれない!!

 

「経験が無い者に突然(ホロウ)退治を、しかもこれ私一人で行けって事ですよね!?」

「当然です」

「そんなの無理ですってば!! 隊長、ひょっとして私のことが嫌いですか!?」

 

 そこまでツッコミを入れると、隊長はふぅと溜息を一つ吐き出しました。

 

「いいですか? 入隊してから今日まで、私はあなたのことを見てきました」

 

 ……入隊して隊長に稽古を付けて貰うこと既に数十年は経過してますけどね……ホント、成長しないなぁ私……

 

「時間は問題ではありません。確かに歩みは亀よりも遅いですが、あなたを今まで見捨てていないのが、その証とでも思ってください」

 

 こ、心を読まれた!? い、いえ、きっと偶然よね……?

 

「そして今のあなたなら、問題なく任務を完遂できる。そう判断したからこそ、他隊から無理を言って貰ってきたのです」

「隊長……そう、だったんですか……申し訳ありません」

「分かって貰えたようでなにより、これもあなたを思えばこそです。それに、ちゃんと私自ら吟味して、あなたでも勝てそうな相手を選びましたから。初の(ホロウ)退治であっても問題はありませんよ」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 私は思わず隊長に頭を下げました。

 

「後のことは私が説明しておきます。湯川隊士、あなたは早速現場に向かいなさい」

「はい!」

 

 

 

 

 

 こうして、流魂街までやってきたわけです。

 やってきたわけなんですが。

 

「書類の記載情報が薄いのは問題よねぇ……」

 

 (ホロウ)の情報は確かに書いてあります。

 ですがそこに載っているのは、どの辺りに出没するかを纏めた物と、そこから推測した大雑把な出現予想範囲と本拠地だと思われる場所の情報程度。

 それと敵の(ホロウ)の情報もあったのです。

 あったのですが、大きさや姿形程度。どのような能力を持っているのか、強さはどの程度なのか、そういう戦闘に必要な情報が皆無です。

 

 一応今いる場所も、この書類に記載されている"この辺に潜んでいるんじゃないのか?"情報を頼りに向かった先なのですが――

 

「ここ、アタリっぽいのよね」

 

 生物の気配の無い周囲の様子から、本命の可能性は高いのでは? と判断しました。

 

「とすれば、この辺りのどこかに――……ッ!! 血装(ブルート)!!」

 

 霊圧知覚によって周囲の捜索をしようとした矢先、首筋がチリチリするような猛烈な嫌な予感と強烈な殺気を感じ取りました。

 ほとんど無意識のうちに血装(ブルート)を発動させて基礎能力を高め、同時に身を投げ出すようにしてその場から離れます。

 

「……くっ!」

 

 ですが反応が少しだけ遅かったのか、背中を浅くやられました。

 血装(ブルート)で防御力も上がっていたおかげでか皮一枚斬られた程度、かすり傷みたいなものです。

 が、発動させていなかったらもっと深手を負っていましたねこれは。

 

「キヒャヒャヒャヒャヒャ!! とうとう死神が出張ってきたか!! まあいいぜ、この辺の雑魚の味にも飽き飽きしていたところだ!! そろそろ大物を相手にするのも悪くはねぇなぁ!!」

 

 浅手とはいえ死神を傷つけたことに気を良くしたのでしょう。どこに隠れていたのやら、(ホロウ)が不意に姿を現しました。

 胸に大穴を開け、巨大な仮面を付けたその姿はまさしく私の知っている(ホロウ)のそれ。

 口元には牙のような鋭さがあり、爪も肉食動物のように鋭い。逞しいその腕を持つその姿は、接近戦に自信があると主張しているようなものでした。

 

「それにちっと大柄だが、女の死神だ……ああ、たまんねぇ!! ゆっくりゆっくり、全身に傷をつけて、泣き叫ぼうとも誰も助けになんて来やしねぇ……たっぷりと絶望したところを、喰ってやるよ!!」

「やれるものなら、やってみなさい!!」

 

 相手はどうも、アレな性格みたいですね。

 その勢いに呑まれないよう、こちらも斬魄刀を構えて吠えることで心を奮起させます。

 しかし(ホロウ)退治のセオリーは"背後から一撃で頭を割る"だったはずなのに、初心者がいきなりガチ戦闘ですか……

 

「キヒャヒャヒャヒャヒャ!! なら、お望み通りに!!」

「……えっ!? 消えた……!?」

 

 目の前にいた(ホロウ)が、周囲の風景に同化していくように姿を消しました。

 これは一体……?

 

「そおらぁっ!!」

「……ッ! そこっ!」

 

 見えなくなりましたが、あくまで姿が見えなくなっただけ。

 確かに早いし攻撃力も高いようです。ですが霊圧知覚で動作を察知することも出来れば、攻撃の空気を切り裂く音も聞こえます。殺気だって隠せていません。

 この程度なら、冷静になれば対処は可能です。

 

 初手を貰ったのと、初めての(ホロウ)退治でどうやらテンパっていたようですね。

 落ち着け私……隊長との修行を思い出せばこの程度……

 

 あ、違う意味で恐くなってきた。

 

「ほう、マグレとはいえなかなかやるじゃねぇか! だがそれもいつまで持つかな……?」

 

 私が攻撃を避けたのを偶然だと思っているのか、それとも避けられても問題無いほど自分の能力に絶対の自信を持っているのか。

 嘲るような(ホロウ)の感情が伝わってくるようです。

 

「これが……あなたの能力ってわけね?」

「その通り!! 俺は周囲の景色と同化して身を隠すことが出来るんだよ! だから絶対に見つからねぇ! お前がどんな死神だろうとも、目を塞がれた状態でまともに戦えるか!? 出来るわきゃねぇ! 見えない恐怖ってやつを、たっぷりと味わわせてやるぜ!!」

「そういう、こと……」

 

 ……漫画的といってしまえばそれまでなのですが、なんで自分の能力を自分でバラしたんでしょうか? だって教えちゃえば絶対不利になると思うんですが。

 

 この能力だって、相手からすれば――

 

 透明になっているのか? 風景と同化しているのか? それとも姿を隠して不可視の攻撃をどこかから放っているのか? どこかに仲間がいるのか?

 

 ――と言う具合に、幾つもの可能性があるはずなんですが。もしかしてこれがオサレと言う奴なんでしょうか? 自分には理解できそうにありません。

 

 あともう一つ、分かったことがあります。

 それは"なんでこの(ホロウ)退治が四番隊に回ってきたか"について。

 

 (ホロウ)退治は死神の仕事であり、評価対象でもあります。

 そんな手柄を他の隊に簡単に譲るでしょうか? もしも譲るとすればそれはきっと"他の隊に回しても惜しくない"ような相手なのでしょう。

 

 今回のコイツみたいに、隠れるのが上手くて探すのに物凄い労力が必要だとか。すぐに逃げ回ってねぐらも頻繁に変えるとか。

 そういう面倒だったり厄介だったりする、自分ではやりたくないなぁ……他人に押しつけちゃいたいなぁ……が回ってきたことに……

 

 なぁんだ、つまりはいつもの四番隊の仕事と同じですね。

 しかも――推測でしかありませんが、きっと隊長は"最も面倒で厄介な相手"を厳選して私に持ってきた気がします。

 だってわざわざ「私がちゃんと吟味して」って言ってたくらいなんですからね。

 

 あは……あはははは……!!

 

 よし、全部コイツが悪い。

 

「……虚閃(セロ)

「ぐあぁぁっっ!?!?」

 

 敵は喋っている最中も巧妙に移動して位置をズラしていましたが、そもそも霊圧知覚で居場所は割れているんです。

 そこへ向かって無造作に手を突き出すと、即座に破壊の閃光を放ちます。

 

 相手はまさか撃たれるとは思ってもおらず、油断していた分だけ大ダメージを受けたようです。

 

「な、なんで俺の居場所が……!? いや、それよりも今のは……!? なんで、なんで死神が虚閃(セロ)を使えんだよ!?」

「ニセ物だけど練習したからね……それに、こんなのも出来るわよ」

「ぎゃああああぁぁっ!!」

 

 続いて今度は虚弾(バラ)を連打します。

 一撃一撃は虚閃(セロ)より弱いですが、高速かつ連射可能がウリですからね。全身に余すところなく叩き込んでやります。

 途切れることなく放たれ続ける虚弾(バラ)の連撃に擬態を保持しきれず、その姿を現しました。

 

 虚閃(セロ)虚弾(バラ)も、この程度の(ホロウ)相手ならば有効打になっていますね。血装(ブルート)もきちんと防御力を発揮していましたし。

 諦めずに百年以上訓練した甲斐がありました。

 せっかくの機会なので、この(ホロウ)にはおおっぴらには使えない・試せない能力の実験台になってもらいましょう。

 

「やめっ、やめろっ!! ぐべっ!! し、死神ってのは、鬼道とかいうのを使うんじゃねぇのかよ!!」

「あら、鬼道がお望み? だったら……」

「へ……? いや、(ちげ)ぇ……」

「縛道の三十! 嘴突三閃(しとつさんせん)!!」

 

 三つの巨大な嘴を生み出し、それらを両腕と腰に突き刺します。それでもなお嘴の勢いは止まらず、近くにあった樹木へと(ホロウ)を固定しました。

 

「がっ!? う、動けねぇ……!? これじゃあ……」

「破道の三十三! 蒼火墜(そうかつい)!!」

 

 続けて蒼い炎を生み出し、今やただの的へ成り下がった相手へと放ちます。

 

「ぎゃああああああああああぁぁっ!! 熱い熱い熱い熱い熱いっ!!」

 

 地面を転げ回り、腕で振り払ってなんとか消火したいのでしょう。ですが嘴突三閃に縫い付けられているためビクともしません。

 

「さて、これで終わりよ」

「あ、ああああぁぁぁっ!! 嫌だ嫌だ嫌だ! 俺はまだ――ああああぁっ!!」

 

 縛道と蒼炎ですっかり動けなくなった相手目掛けて斬魄刀を一閃。

 血装(ブルート)による強化の後押しもあってか、強固な筈の仮面を驚くほどあっさりと両断すると、そのまま(ホロウ)は消滅しました。

 木の皮に残る焼け焦げた跡だけが唯一、あの(ホロウ)が存在していた証です。

 

「性癖と違って、末期の言葉は随分と詰まらないものだったわね」

 

 隊長の――毎回死を覚悟させられる――稽古を続けて来たのは伊達ではありません。既に師匠を真似した分不相応な剣ではなくなっています。

 刀を鞘へと納め、仕事は終わりとばかりに帰ろうとして気付きました。

 

「……あ、忘れるところだった」

 

 背中を走るほんの少しの痛み。未熟さ故に避け切れなかった傷。

 

「まあ、この程度なら」

 

 無言で精神を軽く集中させます。それだけで、背中の痛みは綺麗さっぱり消えました。もはや傷跡一つ残りません。

 隊長との回道修行の成果ですね。自分の身体ですし、この程度の怪我なら一瞬で治せますよ。もう入隊したての頃とは練度が段違いです。

 

 こうして、私の初めての(ホロウ)討伐任務はあっけなく終わりました。

 

 

 

 

 

「あら、湯川隊士。丁度良いところに」

「……またですか隊長……?」

 

 前回のことで味を占めたのでしょうか。

 あれ以来、度々書類を手にしては特別任務を言い渡してくる隊長の姿を目にしては、私はがっくりと項垂れました。

 

 




今このくらいの強さ。

???「不意打ちされたので落第ですね。もっと厳しくいきましょう」

●(今回の)虚
擬態能力で身を隠して、他者を全身傷だらけにするのが趣味。
女が泣き叫ぶ声が大好物で、見えない敵が襲い掛かってくる恐怖をじっくりじっくり叩き込んで絶望させるのが大好き。
こんな設定なので多分元は変態の男だと思う。
流魂街の住人を殺していたので、死神が調査していた。
でも姿を消すので中々見つけられない。
藍俚(あいり)は女なのであっさり釣られて出てきた)

あっさり勝てたように見えるけれど、実はかなり危険な相手。
並の死神だと姿を見えぬまま殺されてた可能性が高い。


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第26話 思ってたのと違う

漆黒の明星氏


 一日の業務が終わり――時間によっては修行をしてからですが――自室に戻ると、一時間ほど刃禅を続けるのが、四番隊に入ってからの日課です。

 ……たまに忘れたりしますけれどね。

 と、とにかく! なんとか斬魄刀とコミュニケーションを取れないかと毎日のように刃禅をしているわけです。

 

 勿論今日も。

 

 座禅をして膝の上に斬魄刀を乗せて意識を集中させれば――

 

 ――目の前にはもう飽きるほど何度となく目にした、人工物と植物が入り交じった混沌(カオス)な空間が広がりました。

 もう年単位でやってますからね、ベテランですよ!

 ……まあ、話すらして貰えないんですけどね……

 

「おーい、ゴムボールさーん」

 

 私が声を掛ければ、すぐさま真っ黒な球体が転がってきました。

 未だに名前が分からないから、ゴムボールって呼んでるんですけどね。この仮称もひょっとして嫌われてる原因の一つなんでしょうかね?

 一応、呼べば出てきてくれますし、逃げたりもしないからある程度は好かれている、はず……と思いたいです。

 

「今日もまた色んな仕事を押しつけられてね。もう同期の子はみんな出世して席官になってるか、そうでなければ結婚してるのに、私だけずっと平隊士のままだし……年上の部下って扱いだから、扱いもちょっと困っているし……入院患者の中にはいつまで経っても言うこと聞かないで暴れるのもいるし……それから――……他の隊だともう私と同じ時期なら上位席官にまでなってるのに――……卯ノ花隊長にも申し訳なくて――……」

 

 ここ最近はずっとこんな感じで、ゴムボールさんを抱きかかえながら愚痴を吐き出し続けています。

 ……こうやって愚痴を聞いてくれる人って有り難いんですよね。ペットを飼うのってこんな感じなんだなって、よく分かります。

 

 いえ、最初の頃はもっとこう、話せないかと色々試していたんですよ?

 レイアップシュートを試したり、ディーフェンス! ディーフェンス! したり、スリーポイントシュートの成功率を上げようとしたり。

 全力で霊力を注ぎ込んでなんとか会話しようとしたり、もしかしたら別の場所に隠れていてこのゴムボールは他に似たようなのが七つあってそれを集めれば本物が出てくるんじゃないかと思って精神世界中を探し回ったり、ひょっとしたら骨伝導みたいな会話なんじゃないかと思ってゴムボールに口付けしながら話し掛けたり。

 

 でも全然駄目だったので。もはや刃禅なのか私の愚痴大会なのか分からなくなってきました。

 

「ごめんね、毎日毎晩こんな詰まらない話に付き合わせてばっかりで……」

『いえいえ! そんなことはございませんぞ!! 藍俚(あいり)殿の苦悩は拙者にも伝わってきますが、それにめげることなく続けている姿は誠、尊いものであります!!』

 

 ……は?

 

「え? 今の声って……」

『おやおや? ひょっとしてひょっとすると、よもやよもや拙者の声が聞こえたのでござるか!? キタコレ!! おっと、失礼をば。キタコレなどと言っては通じぬ可能性ありますからな!』

 

 何かしら、この……ステレオタイプな感じで、漫画に出てきそうな一昔前のキモオタ像のイメージを物凄く彷彿とさせる、早口な声は……?

 

「今キタコレって言ってたけれど、ひょっとしてゴムボールさん、あなたの声なの!?」

『オウフ!! 気のせいではなかったでござるな!! ようやく、ようやく藍俚(あいり)殿に拙者の声が届いたようで。これはもはや祭りの予感!!』

「えー……」

 

 なんていうか、こう……物凄く申し訳ないんだけど、イメージと違う。私の望んでいたのと違う。思ってたのと違う。

 

 いやいや待ちなさい私! 霊術院で斬魄刀を貰ってから刃禅を続けることおよそ百年!! このチャンスを逃したらもう次はないかもしれない!! もう「長年死神やってるくせに斬魄刀の声すら聞けない」って蔑まれた目で見られることもない!!

 

 ……うん、そうね。元気いっぱいな斬魄刀だって思うことにしましょう。それに口調や台詞はともかく声は綺麗だから、そこで妥協しておきましょう。

 

「あの、祭りはいいから……それよりも、この声はゴムボールさんが喋っていて、あなたが私の斬魄刀の本体って事で良いのよね?」

『左様でござる! 藍俚(あいり)殿がこの百年ほど拙者に愚痴を言っていたことも、初めて出会った時にバレーボール代わりにされたのも良く覚えております。いやぁ、あれはなかなか衝撃的な出会いでしたなぁ……』

 

 ああ、霊術院時代のアレね……

 

「その節はその、本当にごめんなさい……」

 

 謝罪代わりにゴムボールさんを強く抱き締めます。

 

『オウフ! これはこれは、藍俚(あいり)殿の立派なお胸の感触が全身に……デュフフフフ!! もうたまりませんなぁ!! 流石、霊術院時代の男子生徒や同僚の男性死神からも毎日ガン見されるだけのことはありますゆえ!!』

「そぉれっ!!」

 

 とんでもないことを口走ったので、反射的に全力で投げつける。

 綺麗な放物線を描いて建物の向こうまで飛んでいったのだけれど、ゴムボールはしばらくするとコロコロと自力で転がって戻ってきました。

 

『いやいや、これは申し訳ない。拙者としたことが、流石に失言が過ぎましたな』

「いえあの……私も投げちゃってごめんなさい」

『構いませぬぞ! それに藍俚(あいり)殿のお胸が素晴らしいのは喜ばしいことですからなぁ。蓮常寺氏のもっちりとしたお胸も綾瀬氏の未成熟なお胸も素晴らしかったですが……いやはや、苦労してこちらに存在を用意した甲斐がありました』

 

 ……は?

 

「ちょ、ちょっと待ってゴムボールさん!! 今なんて言ったの!?」

『ですから、藍俚(あいり)殿のマッサージで様々な方のお胸を揉んでいますが、綾瀬氏と蓮常寺氏は――』

「そっちじゃない! いえ、そっちも気になるんだけど……用意した(・・・・)ってどういうこと!?」

『いやいや、ですから過去に願っていたではありませんか、あそこで』

 

 そう言われて思い当たるのは、とある神様のところにお祈りにいったこと。私がこの場にいることの原因はアレなんじゃないかと思い当たった事です。

 

「……待って。確かにお参りに行ったことは認めるし、願望があったのも認めるわ。けれど、あの時の私は絶対にそんなことを願ってはいなかった!」

『ですから、その願望があったことを汲み取って願いを叶えさせていただきました。何しろ拙者、気が利きますので』

 

 そんな気の利かせ方は、要らないかなぁ……

 

『それに藍俚(あいり)殿はあの後で死んでしまいましたからな』

「え……何それ、私知らないんだけど……!?」

 

 まさか、ベタに交通事故とか……? それでここに……!?

 

『お参りに行ってから百年ほど経ちました故に』

「……オイ」

 

 人間、百年もすれば大抵死ぬわよ!!

 思わず完全に語気が荒くなりましたが、きっと許されるはず。

 

「ああもうっ、頭がおかしくなりそう!! 尺度が間違ってるのよ尺度が!! とりあえずゴムボール! 私がどうしてここに来たのか、説明して頂戴!!」

『先程からゴムボールゴムボールと仰っておりますが、そういえば自己紹介がまだでしたな。拙者の名前は――――と申しまして……』

「そういうの後回しでいいから!! というか、出生の秘密を明かすみたいな一大事件みたいなイベントを斬魄刀の名前を知るイベントと同時進行にしないで!!」

 

 ……名前、聞こえなかったわね。

 まあ声を聞けるようになるだけでも百年近くの時間が掛かったんだから、聞こえなくても今さら落胆とかはしないけれど。

 

『そ、そうでござるか……? でしたら、ご説明させていただきます……あ! 説明しよう! みたいな台詞の方が――』

「うるさい!! いいからさっさと話しなさい!!」

 

 つ、疲れるわね……なんていうかノリが。決して嫌いではないんだけど……

 

 こうして始まったゴムボール(仮称)の説明。

 面倒なノリを必死で我慢して話を聞き続け、そして理解した結果をざっくりと纏めると――

 

「つまり、私がお祈りした時の願望を感じ取って、叶えようとしてくれた。でも超特殊で変態的な願望だから叶えるのに時間が掛かった。その間に私は死んでいて、でもこんなこともあろうかとお参りした日の精神状態を保存してあって、それをこの身体に入れた。ってわけね?」

『こんなこともあろうかと! いやはや、技術屋ならば一度は言ってみたい台詞ですなぁ……』

「うるさい黙れ!」

 

 終始こんなノリなんだもの、ツッコミしてるだけで話が終わっちゃうわよ。

 

「それで、この身体を用意したり願望を叶えようとしてくれたってことは、あなたは所謂(いわゆる)神様って認識でいいの?」

『それで問題ありませぬ!』

「えぇ……あそこって、かなり有名な場所なのに中身がコレなの……?」

『いえいえ、違いますぞ! 拙者は願望を聞いて担当することになった別の者でして、藍俚(あいり)殿に分かり易く言うなら派遣ですかな?』

「は、派遣……いえ、それもお仕事なんでしょうし、批難する気はないけれど……」

 

 色々と世知辛いのね。 

 

『それに拙者も織姫氏や松本氏のお胸を堪能してみたく思いましてな。派遣と言っても自ら諸手を挙げて土下座する勢いでお願いした次第でして!』

「……聞かなきゃよかった」

 

 そういえばこのゴムボールは小鈴さんや幸江さんの胸の感想も言っていた……ということは感覚とか体験は共有されているのかしら?

 そもそも、こんな願望を持っていた私に付いてきてくれたのだから、ひょっとして良い人なのかもしれない。

 この場の勢いだけで見限る様な真似は早計よね。

 

「ということは、この身体はあなたが用意したの? なんで女性に?」

『フヒヒ、それは愚問でござるなぁ……男よりも女性の方が良いでござろう?』

「……やっぱり聞かなきゃよかった」

 

 見限った方が良かったかも知れない。

 

『いやはや、やはりツインテールはたまりませぬ! ああ、喋れると分かったらもう溢れ出す感情が止まりませぬ!! 藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿! どうか他のツインテールキャラの真似をしては貰えぬでしょうか!? 拙者、もうツインテール分が不足しすぎて死にそうでござるよ! 後生で、後生でござるから!!』

「ツ、ツインテールキャラ!?」

 

 というか用意って言ってたし、この髪型とかも全部趣味だったのね!? どうりで変えようと思っても変えられなかったわけだわ……

 それにツインテールキャラって……えっと……

 

「……か、かしこまっ!!」

「おほ~っ!! たまらん、たまりませぬ!! 次、次もお願い致します!!」

 

 頑張ってポーズを決めると、ゴムボールはやたらと喜びました。

 ……喜んでいる、のよねこれ? なんだか縦に横にとぐにょんぐにょん伸びたり縮んだりしているけれど。 

 

「えーと……バカね、撃ってくれってこと?」

「ぬほほほほっ!! これはまた、なかなかのチョイスですな!!」

 

 今度はもう少し感情を込めて、強気な感じでやってみたところ……

 これでいいんだ……

 

「次、次もお願いいたしまするっ!!」

「ええっ!? そんなにネタ無いわよ!!」

「でしたら、でしたら拙者が指定いたしますのでどうかどうかっ!!」

 

 刃禅していたはずなのに、気がつけば即席モノマネ大会みたいになってて……

 他にも色々聞きたかったんだけど……なんかもう、どうでもいいや……

 

 

 

 

 

 何より頭に来るのは、こんな馬鹿なやりとりしていたのに斬魄刀と交流したことになってて霊力が上がってるのよね……

 なんでだろう。強くなったはずなのに、すっごくモヤモヤする……

 




●ゴムボール(会話編)
「おっぱい揉みたい!」『拙者も! だから便乗して楽しませて貰います! あ、でも拙者の趣味マシマシでお願いします』

大体こんな感じ、理由なんてこんなものでいい。
むしろ喋り方が難しい。

●かしこまっ!
プリパラシリーズより 主人公 真中らぁら の決め台詞。
(書いている人は"服音声"で"コーンが足らない"と言っていた頃から見始めた程度のニワカ)

●バカね、撃ってくれってこと?
艦隊これくしょんより 軽巡洋艦 五十鈴 の台詞。
(書いている人はVita版しか遊んだ事の無いニワカ)


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第27話 権限も気苦労も増える

神様(にお参りしたら)転生(させてくれた)


 ――以下の者を四番隊・第二十席に任命する。

 ――湯川 藍俚

 

 ……え?

 

 書面に書かれた文字を見て、私は思わず絶句しました。

 ゴシゴシと目を擦り、自分のほっぺたを抓ります。

 

「……痛い」

 

 どうやら夢じゃないようですね。

 

「席官……昇格……? 本当に!?」

「先輩、おめでとうございます!」

 

 今日もお仕事頑張るぞ! とばかりに四番隊に来たところ、上司から書類を手渡されました。

 何事かと思って見てみれば前述の通り、席官に昇格したという書類です。

 霊術院を卒業し、四番隊に配属されてから大体百年とちょっと。

 やっと平隊士から卒業です。

 

 傍にいた同僚――立場は同じでも年齢は私の方がずっと上ですが――も私が手にした書類を見て、祝ってくれました。

 

「えっ!? 本当に!?」

「湯川先輩が席官ですか!! おめでとうございます!!」

 

 周りには他の同僚たちもおり、席官昇格の話し声が聞こえたのでしょう。全員がワイワイとお祝いの言葉を投げかけてくれます。

 まあ、みんなもホッとしたんだと思いますよ。

 

 だって私、百年間ずっと平隊士だったんですもの。年下の上司が次々に出来ていくんですよ?

 年上の部下に命令するのって、意外とやりにくかったと思います。

 

「皆さん、ありがとうございます。本格的に席官として扱われるようになるのは正式に辞令が下りる一ヶ月後ですが、どうかよろしくお願いします」

 

 まるで所信表明かなにかのような言葉を口にして深々とお辞儀をすると、周囲の隊士たちがワァッと湧き上がりました。

 

 ……けれど私、まだ始解も出来ないんだけど席官になって大丈夫なのかしら……?

 まあ、先日ようやく斬魄刀と話が出来るようになって、霊力も成長したのだけれど。

 

 というか、百年以上掛けてようやく二十席というのも、出世としては相当遅いわよねぇ……早い人は二十年くらい。遅くても五十年くらいが平均みたいだから。

 それが私の場合は、百年以上使っても二十席――席官の中でも一番下の下っ端です。

 

 やっぱり私、才能ないのね……漫画で言うところの、名前も無いまま敵の大技で有象無象と一緒に吹き飛ばされるモブ程度の実力しかまだないんでしょうね……

 

 ……と、悔やんでいても仕方ないわよね! 目指せ、次は名のあるモブ!!

 

 そのためにもやるべき事をやらないと! 今の私が真っ先にやるべき事は……

 

「すみません、明日か明後日にでも半休を取りたいんですが!」

 

 周囲の喧騒が止んだのを見計らい、上司にそう告げました。

 

 

 

 

 

 ――七番区・人別録管理局

 

「番号札七十五番でお待ちの方ーっ!! 三番窓口までお越し下さい!!」

「こちらの書類、不備がありますのでもう一度提出をお願いします」

「……ああ、その用件でしたらこちらではなく、二階の窓口です」

 

 凄まじい喧騒と熱気に包まれています。

 大勢の人が並び、自分の順番を今か今かと待ち続けている人もいれば、近くの台で書類の手直しをしている人もいます。

 

 なにしろここは、瀞霊廷内に住む人の情報管理の為の場所ですから。市役所とか区役所みたいなものですね。

 瀞霊廷内に住んでいる人全体を対象とした情報の管理局。

 となれば、この混んでいる様子も当然です。

 貴族も死神も商人も職人も、この場においては差はありません。みんな順番が来るまで待って書類を提出するのです。

 私も霊術院生になった頃や死神になった頃に、こちらにお世話になりました。

 

 ……しかし、今回で三度目。それも毎回朝早くに来ているのに、なんでこんなに混んでいるのでしょうか?

 もう日が昇る前に来ないと駄目なの? この混雑は回避できないの??

 

「すみません、護廷十三隊の隊士の役職変更の届け出を出したいのですが、どこに並べばよいのでしょうか?」

「はい、それでしたら――……」

 

 混雑回避を早々に諦めながら、近くにいた案内係に目的と窓口の場所を聞くと、番号札を取ってそちらに並びます。

 

 ……うーん……並んでいる人、いっぱいいますねぇ……

 

 ここにいる人たちは皆、何らかの届け出の為に待っています。

 例えば結婚・離婚・養子縁組・引っ越し……等々。先程も言いましたが、何らかの登録情報が変わると必ずここへ来て手続きをしなければなりません。

 だから待ち時間が桁外れに多いこと多いこと……

 

 こうなると分かっているからこそ、上司もすぐに半休の許可を出してくれました。

 昼休みや業務終了後にちょっと寄って書類だけ提出して終わり、というわけにはいかないのです。

 

 

 

 

 

 分かっているけれど、言わせて下さい。

 

 お役所仕事なんて大嫌い!!

 

 

 

 

 

 ――四番区・護廷隊士録管理局

 

「こっちは本当に、空いてるわよねぇ……」

 

 朝一番――実際は二番だったのかもしれない――に並んだ人別録管理局の用事を済ませると、その足で次の書類提出場所へとやってきました。

 

 先程の場所と同じような造り、業務自体も同じような物ですが、人が格段に少ない。

 仕方ありませんよね。

 あっちは"瀞霊廷に住んでいる全員が対象"なのに、こっちは"護廷十三隊の死神全員だけが対象"なのですから。

 受け持つ人数が違いすぎます。

 

 加えてここに来るのは、大抵が非番や休みを取った死神ばかり。

 なのでいつ行っても比較的空いています。待っても二、三人と言うところですね。

 私もここに来たのは、四番隊への配属時の書類提出以来です。

 

「すみません、役職変更の――……」

 

 ああ、簡単に手続き完了するのって素敵。

 

 

 

 

 

 ――六番区・高次霊位管理局

 

 こっちはもっと空いています。

 先程の場所は"全死神が対象"だったのに対して、こっちは"席官の死神が対象"なので、該当人数は一気に減ります。

 なので訪れる人も少なければ待ち時間も皆無に等しいという。

 扱っている業務は前二つと殆ど同じなのに、なんでこうも差があるんでしょうか?

 担当者も暇そうにしてました。

 

 その割には建物は人別録管理局よりもずっと綺麗なんですよね。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 え? 書類はどうしたって? もう受理されましたよ。

 だから言ったじゃないですか。空いてて待ち時間なんて皆無に等しいって。

 

 こんなところ初めて来ましたよ。

 

 

 

 さて、空を見上げればお日様の位置から考えて……お昼が終わる頃かしらね?

 

 四番隊に行って仕事しましょう。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「患部……ここね、縫合します。薬品は足りてますか!? あ、そっちは処置が終わりました! 霊圧治療を開始してください!」

「はい!」

「包帯巻き終わりました!」

「どれどれ……問題ないみたいね。この人は施術完了! 残りの処置をお願いするわ!」

「わかりました!」

 

 席官になったことで、やることや権限や仕事が一気に増えました。

 平隊士の指揮を取ったり指導したりも仕事ですから。

 その分だけ責任も増えました。

 

 責任が増えたと言うことで現在は手術の真っ最中です。

 

 四番隊で治療といえば、基本的には回道を用いた治療――霊圧治療のことを言います。

 大前提として、大雑把に行ってしまえば死神なんて霊力の塊なんですから、外部から霊圧を注ぎ込んでやれば勝手に回復します。

 人間だって怪我をしても、そのうち自分で回復しますよね? でも大きな怪我だとそれは無理。自力で治るよりも先に出血死してしまう。

 死神もそれと同じです。

 怪我をするとその部分から霊力が減ってしまうので、回道を使って霊力を注ぎ込んでやります。

 霊力が回復すれば身体が勝手に内部霊圧で怪我を治そうとするので、そこへ更に回道による外部霊圧で肉体を回復させる。

 

 ところが、この霊圧治療で間に合わないような大怪我をする場合もあります。

 その場合には霊子縫合という、怪我を縫い合わせる技術が必要になります。縫合して霊力が漏れるのを防いでやる。

 穴の開いたバケツには、水を注ぐ前にまず穴を塞ぐ――当然の理屈です。

 

 なので"怪我しても回復魔法で一発で治ります"みたいにはいかないわけです。

 手術もすれば麻酔も使う、気付けに強い薬を使う。と、医術は発達してます。外科も内科も一通り出来るようにさせられます。

 

 霊術院時代から、血とか内臓とか度々目にしていました。

 四番隊に入ってからはこういう実践的な施術も行うようになりました。

 新人の頃は看護師みたいに先輩たちの手助けをして、ある程度成長すると執刀も担当するようになって……

 

 血や内臓を見て貧血を起こしていた頃が、懐かしい……もう遠い昔の頃の話よね……

 

「……よし、これで全員施術完了! お疲れ様!」

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 野戦病院さながらの施術が全て終了しました。

 執刀を担当しつつ全員の指揮も取って、本当に大変でしたよ。

 

 いえ、ちょっと語弊がありますね。本当に(・・・)野戦病院でした。

 

「終わりました。まだ術後の経過観察は必要ですが、全員一命は取り留めましたよ」

「すまぬ、ありがとう」

 

 こちら、十番隊の席官さんです。

 流魂街某所にて大量の(ホロウ)が出現したため、十番隊が鎮圧へ。その援護として私たち四番隊も参加しました。

 当然、怪我人の治療のためですよ。

 怪我人は戦場にいるわけですから。病院に来る患者の治療以外に、直接助けに行くこともします。なにより「任務で怪我したので四番隊の隊舎まで来て下さい」じゃ治せる傷も治せませんから。

 

 現場には(ホロウ)にやられて大怪我をした隊士が何名もおり、その場で霊子縫合を含む大手術を行いました。

 外で手術とか雑菌が恐いですがそこはそれ、そうしないと命はありませんでしたからね。

 だから、野戦病院なのです。

 

 私の報告に、席官さんはお礼を言ってくれました。 

 彼自身も何カ所も傷を負っており、治療が必要なのですが「部下たちを先に頼む」の一点張りでして、自分よりも部下の命を優先させた上司の鏡みたいな人でした。

 

 ……名前は知らないんですけどね。

 

「ちょっと! まだ動いちゃ駄目ですよ!!」

「うるせぇ! この程度の怪我、なんてことねぇよ!!」

 

 と思っていると、向こうの方から怒鳴るような声が聞こえてきました。

 

「……私が行って来て良いですか?」

「申し訳ありません。本来なら私の役目なのですが……」

「お気になさらずに。ちょっとお灸を据えてきます」

 

 ばつが悪そうにしている席官さんにそう言うと、現場へと向かいます。

 

 よくいるんですよ、こう言う輩が。

 俺は元気だから入院は必要ねぇ、とか、この程度の怪我なんてことはない、とか。

 こっちの言うことを聞かない、自分の怪我を甘く見た挙げ句、四番隊だからってだけで下に見る他隊の隊士。

 こういうのを諫めるのも、上司の仕事です。

 本当ならあの席官さんの仕事なのですが、彼も怪我してますし。

 

 なにより、了承はとりましたから。

 

「ちょっと」

「あぁん、なんだテメェ……っ!?!?」

「怪我人は大人しくしててくださいね」

 

 思いっっっっ切り想いを込めながら、お願いします。

 そう、想いと言う言葉に「殺気」と「霊圧」というルビが振られるくらいに力強く。

 

「は、はははははははいっ!! ごめんなさいっ!!」

 

 気持ちが通じたようで、あっと言う間に素直になってくれました。

 

 これ、卯ノ花隊長がやっていた事の真似です。隊長がやっていたのだから、間違いないです。医療関係者敵に回すと恐いですよ?

 

「助かりました、先輩」

「こういうのもお仕事だからね。気にしないで」

 

 やっぱり席官は大変です。少しは上司らしいことが出来ているでしょうか?

 

 

 

 あ、一応お給料も増えました。

 ちょっとだけね。

 




●人別録管理局・護廷隊士録管理局・高次霊位管理局
小説 BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU より抜粋。

お役所である。
そしてお役所が混むのはどこの世界でも変わらないのである。

さらに「貴族会議(中央一番区)」や「金印貴族会議(中央一番区)(これは四大貴族だけ)」という貴族用の役所もあるようです。

●笑顔で脅す
卯ノ花隊長も原作でやっていたので何も問題ありません。


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第28話 四番隊の普通の一日

 一見すると平和に見える尸魂界(ソウルソサエティ)ですが、色々と事件は起きます。そして事件が起きると、四番隊は駆り出されます。

 

 訓練をしすぎて倒れた新人隊士が綜合救護詰所に担ぎ込まれる、なんていうのは良く有る話、かなり優しい話でして。

 流魂街で(ホロウ)が出たので退治に行ったら、怪我したので治してくれ。というのも良く有る話です。

 前にもあったような、他の部隊が出発したので応援に行ってくれ。というのもままあります。

 死神って危険なお仕事ですからね。

 

 乱暴な話となると――ときどき、本当にときどきですが――権力争いに破れた貴族が反乱を起こして、その鎮圧に護廷十三隊の死神が借り出される。

 なんてこともあります。

 当然、四番隊も現場に行って治療やら食事の用意やら死覇装の縫製やらで活躍します。

 

 何かにつけて忙しい四番隊ですが、楽しいこともあります。

 

 基本的に入院患者は精神的に弱っていることが多いので、簡単な話し相手を務めることがあります。

 こっちもお仕事ですし親切に対応していると、結構ほだされることが多いですね。そのおかげか、ポロッとこう――機密なお話なんかも聞けたりします。

 人の口に戸は立てられぬとは良く言った物ですね。まあ、言いふらしたりはしませんが。

 

 それとは逆に、無力感に打ちのめされることもよくあります。

 

 怪我人の救護・治療は誰しもが当然必死で行いますが、それでも限界はあって。全ての人を助けたいと願うのは、今の自分ではまだまだ夢物語でしかなくて――

 

「はぁ……」

 

 ――私はそっとリボンに指を這わせます。

 

 頭では分かっていたつもり、覚悟していたつもりなのですが……もう彼女の顔を見ることが出来ないと思うと……

 

 いえ、もうこの話はこれ以上は思い出したくもありません。気に病んでも、失われた時は戻ってきません。

 お仕事に戻らないと!

 

「あ、湯川さん。丁度良かった、少しだけ頼めるかしら?」

「はい、なんですか?」

 

 先輩に声を掛けられました。

 この人、第十一席で自分よりもずっと上司なんですけどね。でも四番隊は役職の上下関係にそこまで拘らない風潮なのです。拘ってられないとも言います。

 

「この患者さんなんだけれど、お願いしてもいいかしら? 私ちょっと、別の人も見ないといけなくって手が離せないのよ」

 

 そう言いながら診療簿(カルテ)を手渡してきました。

 お願いして良いかしら? と聞いていますが、押しつけに近いですね。まあ、断る理由もありませんし。

 

「勿論、構いませんよ」

「それじゃあお願いするわね。今は、一〇五号室にいるから」

「わかりました」

 

 流れから察するに、上級貴族の隊士でも来たんですかね?

 とあれ、こちらの方の診療をしましょうか。どれどれ――

 

「……え?」

 

 ――診療簿(カルテ)に書かれた患者の名前を見て、思わず絶句しました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「失礼します」

「はい、どーぞ」

「お、おい。一応患者は俺……ゴホッゴホッ!!」

 

 病室に入ろうと声を掛けると、私が予想していたのとは違う――けれど想定の範囲内ではあった――声が聞こえ、続いて予想していた声が咳き込んでいました。

 

「失礼します」

「あっれぇ? 診てくれるのって、いつもの()じゃないの?」

「いえ、別件があるということだったので。代わりに担当を引き継ぐことになりました。第二十席の湯川 藍俚(あいり)と言います」

 

 病室にいたのは二人の死神。

 

 一人は如何にも遊び人然とした風体の男です。

 先程の入室許可も、担当が変わったのかという疑問も口にしたのもこっちですね。端々から飄々とした態度が感じさせられますが、ときおり放つ気配はまるで真剣を突き付けられたように鋭いです。

 

 そしてもう一人、白髪の男性。

 こちらは如何にも生真面目で責任感が強そうな風体なのですが、今は病によるものか大分弱ってみえます。

 いえ、弱っていてもなお目を引く容貌とでもいうべきでしょうかね?

 

「それでは、浮竹(うきたけ) 十四郎(じゅうしろう)三席の治療を始めさせていただきます」

 

 そうです。

 病室にいたのは――私の知っている知識では後の十三番隊隊長――浮竹さんでした。

 驚きましたよ、診療簿の名前を見たときは。

 この頃から十三番隊所属だったのですね。そして、今の時点で三席というのも相当優秀ですよね。

 浮竹さんが死神になったのは私と同じくらいの頃。なのにもう三席、片や私は二十席になったばかり……

 これが成長速度の差……才能の差かぁ……

 そして浮竹さんがいるということは、隣にいるのは――

 

 そんなことを心の中で思いつつ、治療を始めます。

 診療簿(カルテ)には肺病と書かれています。そして回道による治療で問題ないとも書かれていますので。

 まずは胸部に対し弱い霊圧を照射して内側を探り、患部を特定します。

 場所がわかればそこへ向けてゆっくりと、けれども丁寧に正確に回道による治癒を施していきます。

 

「……ふぅ、いかがでしょう?」

 

 おおよそ三十分も回道を続けたでしょうか?

 容態が問題ないラインまで回復したのを見計らい、手を止めます。

 

「まだどこか痛むところや、苦しい部分はありますか?」

「ん……? ああ、ありがとう。すっかりよくなったよ」

 

 調子良さそうに微笑む浮竹さん。

 よかった。顔色もかなり明るくなっていましたからね。なんとか治療は成功というところでしょうか。

 

 しかし治療していて気付きましたが、浮竹さんが内在させている霊力は飛び抜けていますね。下手な隊長顔負けなくらい強烈ですよ。

 それだけにこの病がなんとも残念です。完治させられれば良いんですけれど、これは……

 

「ですが、診療簿によるとこの病は体質と先天的な物、とのことなので……完治は……申し訳ありません」

「いやぁ、気にせんで下さいよ」

 

 返事をしたのは浮竹さんではなく、隣の男でした――いや、多分間違いないのですが。一応初対面の体を装って尋ねておきましょうか。

 

「あの、失礼ですけどあなたは? 付き添いの方でしょうか?」

(ぼか)ぁ、八番隊の京楽(きょうらく) 春水(しゅんすい)。よろしくね」

 

 やはり、という他ありませんね。後の八番隊隊長、京楽さんです。

 

「八番隊……ですか? それがどうして?」

「隊は違うけど、浮竹とは親友だからねぇ。付き添いだよ。それにこうやってサボる口実にもなることだし」

「京楽、お前も四席なんだからもう少し――……」

 

 やれやれ、といった様子で浮竹さんが嗜めますが……そんなことよりも。

 四席!! この時点で四席ですか!?

 京楽さんは浮竹さんと同期だったはずです……

 つまり、やっぱり私と同じ頃に死神に……

 

 これが……才能の差……天才はこれだから!!

 

「まあまあ浮竹、いいじゃないの。おかげでこんな可愛い子と知り合えたんだからさ」

「……え?」

藍俚(あいり)ちゃん、だっけ? 何度も四番隊隊舎内ではすれ違ってたんだけどさ。こうしてお話するのは初めてだよね? 今度一緒にお酒でもどう?」

 

 肩に手を掛けられて……あれ、まさか私、口説かれてます?

 あ、チラッと胸を見られた。

 

「申し訳ありませんが、まだ就業中ですので。そういった個人的な話はご遠慮ください」

「あらら、残念。振られちゃったよ」

 

 なんとか失礼の無いようにスッと席を立つと、京楽さんはそれ以上何をするでもなく引き下がりました。

 からかわれていただけ、なんですかねぇ……?

 

「浮竹三席の薬を取ってきますから、少々お待ちください」

「はいはい、よろしくね」

 

 そのまま逃げるようにして外へ。

 

 ……あれ? 今気付いたんだけど、私が院生だった頃の出来の良い後輩ってもしかして……!?

 

 

 

 

 

「ねえ、浮竹。正直に言ってくれないか? ……彼女の治療、どうだった?」

 

 藍俚(あいり)が退室し、完全に離れたのを見計らい京楽はそう口にする。

 

「どう……って、腕は良いよ」

「やっぱりかい? まあ、浮竹の顔色を見ていれば僕にもそれはよく分かったよ」

 

 回道を施した途端、スーッと苦痛が引いて楽になっていく。

 それまでの苦しみの表情が一瞬にして驚きに変わったそれは、傍で見ていた京楽もよく分かっていた。

 彼がこうして浮竹の付き添い――という名のサボりも兼ねているが――で四番隊に来るのは一度や二度ではない。

 そして当然、浮竹の治療に付き合ったのも。

 

「最初に二十席だって聞いた時はどうなるかと思ったけれど、取り越し苦労だった……いんや、むしろ幸運だったのかもしれないね」

「……京楽」

「今まで診て貰ってた()よりもずっと腕が良い……違うかな?」

「…………」

 

 性格上、口にすることなく腹の中に飲み込んだ浮竹の感想を代弁するかのように、京楽はそう口にする。

 そして、その言葉には否定も肯定されず、沈黙だけが返ってきた。

 だがその沈黙は誰の耳にも、京楽の言葉を肯定しているとしか思えなかった。

 

「まあそう深く考えることはないよ。そうだ、次から彼女を指名するっていうのはどうだい? 指名料込みでさ」

「まあ……その言い方はともかくとしてだ。意見については俺も検討しておくよ」

「それが良いと思うよ、どーんと頼っちゃいなって。年上の女房は金の草鞋をなんたらって言うじゃない?」

「……え!! 年上!? そ、そうなのかい!?」

「なんだ、気付かなかったの? 僕たちが霊術院にいた頃の先輩だよ、彼女は。浮竹も見たことくらいはあるはずだけど」

 

 霊術院の同級生男子であればその名を知らぬ者がいないくらいには、藍俚(あいり)は色々と目立っていた。

 まあその理由は背丈の高さであったり胸の大きさであったりと、成績優秀だから名が知れていたわけではなく、別方面――特に男性死神の下世話な方で有名だったのである。

 故に性格的な面もあって京楽はよく知っていて、浮竹は言われるまで気付かなかったのだが。

 

「ああ……思い出したよ。そう言えばいたね、彼女」

 

 並の男性よりもずっと上背のある彼女の存在は、簡単には忘れられない。少なくとも言われればすぐに思い出せるくらいには。

 

「そう、それじゃあ霊術院時代の彼女の容姿って思い出せるかい? 仲の良い二人の女の子とよく一緒にいたんだけれど」

「容姿……? いや、悪いがそこまでは……」

「美人だったよ、彼女。今と全く変わらない(・・・・・・・・・)くらいに」

「……っ!? それは、本当かい!?」

 

 死神といえども、決して不老不死というわけではない。

 誰しもがいずれは老いていき、やがて死ぬ。が、その時間は万人に平等ではない。

 

 簡単に言ってしまえば、各個人の持つ霊力が成長している間は老いも緩やかになる。

 なかなか老いずにいるというのは、伸びしろがあるということの証明でもある。

 そしてこの伸びしろは――生まれ持っての素養というのも大きいが――訓練で伸ばすこともできる。

 

 浮竹と京楽が霊術院を卒業してから百と余年。

 その間、彼らも少しずつではあるが容姿が成長しているというのに、藍俚(あいり)だけは記憶の中の姿と変わらない。

 

「……まあ、今は良い医者と知り合えた。くらいの認識でいいんじゃないの?」

「ああ……」

 

 そんな相手が二十席になったばかりとなれば、そこに果たしてどのような理由があるのか。二人の疑問は尽きることはなかった。

 




●死神の老い
こんな感じだと思っています。
早い話が見た目の成長が遅い奴ほど強い。
エビだって塩分濃度が高い水槽で養殖すると成長が遅くなるけれど美味しくなるっていいますし。


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第29話 席官になってからの休日

「少し、やり過ぎましたか? まあ、良い機会です。小休止としましょう」

「は……はい……ぃ……」

 

 今日は非番の日――もとい何度も死ぬ日――もとい、卯ノ花隊長に稽古をつけて貰う日でした。

 

 相変わらず朝早く四番隊に集合しては、全力で駆けても追いつけないほどのスピードで現地へ移動。

 着いたと思ったらすぐさま剣術の特訓開始です。

 回を増すごとに剣筋は厳しくなっていき、前回通じた戦法や剣技も今回は絶対に通じません。なので、前回の欠点を完全に克服した上で挑まないとなりません。

 え……? もしも欠点克服を忘れたら??

 

 ――スパッ!! とやられてから、グチャッっとされます。あんなのはもう二度とゴメンです……少なくとも自分からもう一度やりたいとは絶対に思いません。

 

 ただまあ、悪いことばかりではなくて。

 最初の頃には私が攻撃してばっかりだったのが、ある程度は実力を認めて貰えたのでしょうか、隊長も剣を持ってお互いに斬り合いの様相を呈するようになっています。

 稽古の最中には気付いた点はどんどん指摘されるので、すぐにそこを修正していきます。そのおかげか、多少なりとも強くなってきているみたいです。

 

 たまに回される(ホロウ)退治の任務も、怪我一つなく終わるようになってきましたし……それでも強いのとか結構いて、苦労したりもしますけれどね……

 

 

 

 そして剣術が終わるとこれまたいつも通り、回道の稽古です。

 こっちも最初の頃よりも剣が鋭くなっているので、致命傷にならないように回避しつつ治していきます。

 ときどき、今の私の実力では絶対に回避不可能な一撃が飛んできます。

 その時は治療に専念してもよい、という合図でもあります。逆に言えば、今の私の実力では治療に専念しないと"大事故になっちゃう"ような大怪我をさせられるわけですが。

 

 たとえば、冒頭のように。

 

「腕が動くって……とってもありがたいことだったのね……」

 

 左腕――利き腕ではないとはいえ腕一本を落とされ、激痛と戦いながら治療を完了させました。

 治している最中に隊長が「早くしないと切り落とされた腕が壊死しますよ。隻腕になりたいんですか?」といった有り難い励ましのお言葉を何度もいただきました。

 

 おかげでゆっくり集中して(恐くて必死で)治療しました。

 

 とはいえ、今のは隊長もやり過ぎたと思ったんでしょうね。なので小休止が入りました。

 私は腕が治った安堵ともしもの恐怖と疲労とで座り込んでいて、ちょっと気を抜くと泣いてしまいそうです。

 

 一方隊長は涼しい顔。

 竹筒の水を飲んでいます……あの隊長、それ私のなんですけれど……いえ、構いませんがせめて一言"コレ飲みますよ"って言ってくださいよ……

 あっ! 今度はおにぎりまで!!

 

 まあ、いつものことなのでもはや怒る気にもなれませんし、美味しそうに食べているので作った方としては悪い気はしませんけれど……

 ……これ、もしも忘れていったらどうなるのかしら……?

 

「そういえば、藍俚(あいり)、言うのが遅れていましたね。席官昇進おめでとう」

「えっ!? あ、ありがとうございます」

 

 稽古を始めてからおよそ百年。

 いつの間にか隊長の呼び名が湯川隊士から藍俚(あいり)になっていました。これだけ長い期間面倒を見て貰っているのですから、こう言う変化もありますよね。

 

「どうですか? 席官になった感想は?」

「感想、と言われましても……」

 

 正式に席官になってから一ヶ月ほど。

 連日業務に忙殺される四番隊ですので、もっと忙しくなった。くらいにしか思えないんですが……

 

「……あ、一応あるといえばあります」

 

 一応席官、役職持ちになったわけですから。その立場になったことで見えてきたこともあります。

 それは勤務体系について。

 仮にも医療、そして患者のもしもに備える意味でも二十四時間勤務をしている部署なわけですから。

 今は日勤と夜勤だけなので、早番・遅番・夜勤の三交代にしてみるとか。

 勤務の交代時には軽くミーティングをして引き継ぎ内容や注意点を周知するとか。

 でっかい黒板みたいなのを用意して、そこに全体周知事項や席官の予定なんかを貼っておくとか。

 マトリクス図を用意して、全員の一ヶ月の勤務体系予定を分かり易くするとか。

 休みを取りたい人もいるだろうから、そういうのを言い出しやすくするのと、いつ休むのかを分かり易くするとか。

 前線に出て命を張っている死神と比べては危険度は低いですが、こっちは他人の命を預かっているので。

 安くてもいいのでせめて技術手当を下の子にあげられないか? とか。

 そういった内容を思いついた限り、伝えてみました。

 

「なるほど……」

「……言うだけなら只だと思ったので、考え無しに言ってしまいましたけれど、ひょっとして……」

「いえ、貴重な意見ですよ。胸に止めておきましょう。さて、そろそろ休憩も終了。続きをしますよ?」

 

 だ、大丈夫ですよね……!?

 私この後、稽古という名目で殺されたりしませんよね!?

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

 各隊士や席官の任務・予定といったものが分かり易くなっていました。交代についても実験的に行っており、とはいえ各人の評判如何で決めるようですが。

 

「これって……」

 

 前に私が隊長に伝えた内容そのものですね。そう思っていると――

 

「お手当については現在申請中ですが、他の案は大体が形になったと」

「た、隊長!?」

 

 ――突然背後から声を掛けられました。

 

「また何か、気付いたことがあったら遠慮無く言いなさい」

「は……はい……」

 

 それだけ言うと隊長は行ってしまいました。

 ……結構、信頼されているってことなんでしょうか?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 今日も非番の日――何度も死なない、普通の非番の日です!

 

 あ、隊長が実験的に実施した勤務体系は現場で好評でした。

 おかげでちょっとだけ業務が楽になったんですよ。作業の一元管理とか出来て、割り振りなどもスムーズに行くようになりましたから。他隊から押しつけられた仕事も、得意な人や似通った内容でまとめて実施するとかできますので。

 たまに定時帰りする人も出る程度には。

 

 そして私は非番の日なので戦闘訓練! ……ではなく、今日は真央図書館目指して中央一番区に来ています。

 今まで何度か言っていますが、ここの図書館は情報の宝庫です。四番区にも図書館はありますけれど、医術書とか薬草大全みたいな医療関係の本が多いので。

 色んな本を読みたいと思ったら、やはりここです。

 

 他の部隊の死神などは、業務終了後にここにやってきて本を読む方もいるとか。

 

 ……いいなぁ、定時で帰れる人は……

 

「えーっと、鬼道の本……鬼道の本……頭文字が"こ"だから……」

 

 館内へ入るなり、真っ先に向かったのは鬼道関係の書籍が並ぶ場所です。

 お目当ては高等鬼道教本。

 いつぞや霊術院で見かけたこの本は、番号が大きい――つまり強力で扱いの難しい鬼道が載っています。

 危険なので席官でないと目にすることができないように徹底されている本でもあります。

 

「……あれ? ない……??」

 

 ざっと本棚を見回しても見つかりませんね。

 こういうときは司書さんに――はい、高等鬼道教本を――え? そうなんですか!?

 

 ――司書さん曰く、そう言う本は新人隊士が勝手に見られないように別の場所で管理しているとのこと。

 

 今まで何度も来たことがありますけれど、見かけたことは無かったのですが。なるほど、そういう理由だったのですね。

 てっきり毎回誰かが借りていて、いつもいつも見られないままだったのかと。

 

 でも今の私は席官ですから! 堂々と胸を張って借りられます!!

 

「では、高等鬼道教本の貸し出しをお願いします。あと、それとは別に読みたい本があるので、ちょっと待って貰っても良いですか?」

「勿論構いませんよ。どうぞごゆっくり」

 

 席官以上の死神だけが入れる特別書庫にて、司書さんにそう告げるとお目当ての本を探してみます。

 それは、今まで何年も何年も探し続けていた、鬼道を簡単に放てる方法について。

 既にそういった本は無いことを確認したつもりだったのですが、まさかこんな別館があったなんて、知りませんでした。

 これは零から探し直しです。

 

「鬼道関係の本、鬼道関係の本……」

 

 結論から言うと、結局見つけられませんでした。やっぱりそういう情報はおろか、試した人もいないのでしょうか?

 

 結局この日は高等鬼道教本の他にもう二冊。

 娯楽関係の小説と回道に関する本を借りました。卯ノ花隊長との稽古でホントに死が見えてきているので。

 

 

 

 

 

 何か良い本がないかと探していた時のことです。

 

 「これって……」

 

 本棚にあったのは艶本(えんぽん)色本(いろほん)と呼ばれる、いわゆるエロ本でした。

 豪華な装丁にフルカラーです。

 

 ……なんでこんな本まであるんですか!?

 

 

 

 

 

 あ、エロ本の内容ですが、読んでみると実用的というよりもむしろ面白かったです。

 どうやら自分にはこの程度ではエロさとか感じなくなっていたようで。

 ……これが感性の違いってやつですね。

 




●勤務体系
四番隊の苦労がちょっと減った。

●真央図書館
今まで言ってただけで登場させていなかった。
色んな本がある場所。

●本を借りる
真央図書館で年間千冊以上借りると殿堂入りするとのこと。


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第30話 君の名は - 始解 -

(アイ)字バランス!」

『おおーっ!! 流石は藍俚(あいり)殿でござるなぁ!! 鍛え続けたのは決して伊達ではござらん!! もはや体操選手も裸足でござるよ!!』

 

 リクエスト通りに足を垂直に上げると、ゴムボールは大層喜びました。

 色の区別もつかないような真っ黒ゴムボールのはずが、どうにもこの瞬間だけは顔――というか全身を真っ赤にするほど興奮している様子が見えるようでした。

 

『おおっ! なんと!! 袴がズレて丸見えに!? 紐パン……いやいやこれはもっこ褌でござったな!! ムチムチの太腿までもが白日の下に!! 拙者は今、新たな歴史の立会人になったでござる!!』

「そーれっ!」

 

 流石に暴走が過ぎるようなので、サーブでぶっ飛ばしてお仕置きです。

 

 

 

 

 

『いやぁ、失敬失敬。何しろ神降臨と見間違うほどの光景でござったので……』

「神降臨って……」

 

 ……あなたがそれを言うの……? というか、言って良いの?

 

『むしろここは"神キター!!"の方が良かったですかな?』

「知らないわよ!!」

 

 暇があれば刃禅を続け、斬魄刀と交流して心を通わせる続けること早数十年。

 会話は出来るようになりましたが、未だに名前を聞けていません。今日もこうして刃禅して精神世界へと入り、お稽古です。

 

 というか、これで本当に心を通わせられているのでしょうか?

 さっきのだって、このゴムボールのリクエストのままにやってしまいましたけど……(アイ)字バランスとかで本当に名前を聞けるようになるのかしら?

 

 立場を利用した只のセクハラなんじゃないのこれ!?

 

「ねえ、ゴムボールさん……これで本当にあなたの名前を知れるようになるの? 私が知っているのだともっとこう――"修行しました!"みたいなことをするって思っていたのだけれど……」

『ククク……フハハハハ……!! アーハッハッハッハッ!!』

 

 三段笑い!? ……あなた、どこの悪役なのかしら?

 

『いやぁ、一度やってみたくて……とと、そうでござった。名前を知る方法についてでござったな。どうも本筋から外れてしまうのが拙者の悪い癖というか……』

 

 それはこの五十年くらいの交流でホントによく知ってる。

 

『結論から言えば"()"と申しましょう。始解に至るのに必要なのは"対話"と"同調"でござるよ。藍俚(あいり)殿もご存じでしょう?』

「確かにそうだけれど、もっとこう……あるでしょう!? ほぼ毎日アンタとバカ話したりモノマネ大会やったりしてるだけよ?」

『なんと! 藍俚(あいり)殿は卯ノ花隊長殿との稽古のような真似を毎日やりたいと申されますかな!? それは到底……拙者には選べぬ選択肢でござるよ……なんと尊い選択でござりましょうか……!! 流石は藍俚(あいり)殿!! 石が流れると書いてサスガでござる!!』

 

 う……そう言われると確かに。

 

『とまあ、冗談はさておいて――』

「おい」

『――漫画のように絵的に派手で分かり易い方法だけが、始解へと通じる道ではござりませぬ! まったく同じ性格や趣味嗜好を持つ人間など存在せぬのと同じように、斬魄刀もまた千差万別。その手段も様々になりますので。無駄話で何とかなるのならその方がよっぽど良いではないですかな? 』

「それは……」

 

 そう言われると弱いわね。

 

「確かに、そうね……世間話ばっかりだったから、修行してるって気になれなくて……ごめんなさい」

『んほぉ~!! その愁いを帯びた表情たまりませぬ!! 神! これが神!! 神推し! 全推し! (てえて)ぇ……!!』

「そーれっ!」

 

 相変わらず良く飛ぶわねぇ。

 

 

 

 

 

『まあ、そこまで気にし続ける必要もござらぬよ。卍解に目覚め、歴史に名を残すような死神がいる一方で、始解にも至れぬまま終わる死神もいるのもこれまた当然。大事なのは、諦めずに挑み続けることでござる』

「それもそうね。ごめんねゴムボールさん、ちょっと弱気になってたみたい」

『なんのなんの! 悲しげな表情を見るのも、ぶっ飛ばされるのも拙者にとってはご褒美でござるので! 藍俚(あいり)殿が拙者の"射干玉"という名前を聞けるようになるまでは、こうして毎日でもセクハ……もとい!! 稽古にお付き合いさせていただきますので!!』

「ありが……とう?」

 

 ………………ん? 今なんて…………!?

 

「ねえ、ゴムボールさん。今、ひょっとして……射干玉(ぬばたま)って言った?」

『んほおおぉっ!? まさか、まさか名前が聞けたのでござるか!?』

「良いのよね? 射干玉って名前で、良いのよね!?」

『その通りでござる!! それが拙者――いや、仮ではござるが――名前でござるよ!!』

「やった! やったぁ!! これで始解が出来るのね!?」

『しかりしかり!』

 

 よ、良かった……長かった。ここまで来るのに本当に長かった……

 

『いやぁ、思い返せば藍俚(あいり)殿が浅打を手にしてから今日までおよそ百五十年……ようやくここまで辿り着けましたな?』

「長かったわねぇ……本当に、本当に長かったわねぇ……」

 

 あれ、なんだろう。目から涙が止まらないよ。

 同期がどんどん先に行っちゃうのに、私は始解も出来ないまま……名前を聞くだけならばそこまで大変なことではないって認識だったのに……私は一世紀半も……

 

「射干玉!! これからよろしくね、射干玉!!」

 

 嬉しくって嬉しくって、何度も名前を呼びます。

 

 色々ありましたが、そんなこと一切合切気にならなくなるほどの嬉しさだけが私の心の中を占有していました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「さて、もう日も落ちているし……破道の二 蛍火」

 

 ――翌日。

 四番隊業務を終えた私は、鍛錬場までやってきました。

 ここは敷地内の一角に存在する四番隊隊士用の鍛錬場、ですが隊の特色もあってか使う人はあんまりいません。定期的に義務づけられた戦闘訓練時以外には使ったことがない、という死神もいるくらいですが。

 今回の場合は寧ろ、ありがたいくらいですね。

 

 破道で灯りを生み出し、視界を確保してから。逸る気持ちを抑えつつ、斬魄刀を抜き放ちます。

 

(まみ)れろ――射干玉(ぬばたま)!」

 

 解号を唱え名を呼ぶことで斬魄刀の始解が完了し、能力が解放されます。同時に斬魄刀そのものの形状も変化しました。

 

 基本的には始解しても刀のまま、色や刀身・部位が変わる程度の変化が主流なのですが、場合によっては槍や鎖付き鉄球になる物もあります。

 能力と同じで、形状も千差万別ですね。

 

 そして、私の斬魄刀(ウチのぬばたま)の場合ですが。

 

 基本形状は刀のまま。ただ刀身全体が黒一色へと変わります。

 切っ先から根元まで全てが黒一色で、見た目だけで言えば精神世界で出会った射干玉の本体がまとわりついたような印象です。

 変化はそれだけ。

 

 鍔は黄色で丸型、柄巻の紐は赤ですが、これは浅打の時のまま。

 とはいえ、浅打の形状自体が死神が霊圧をコントロールすることである程度自在に変化させられるので、結局変わる部分は刀身が真っ黒になるだけです。

 

「なんとも……ちょっとだけ禍々しく思えるのはどうしてかしらね?」

 

 二、三度軽く刀を振るって重心などの具合を確かめます――が、これも浅打の時と同じ。本当に形状に大きな変化はありませんね。

 

「まあ、変わられても困るから不満は無いけれど」

 

 槍やら斧などの別の武器に変わられると、それらの武器の扱いについても学ばないといけないので。

 覚えが悪く成長の遅い私からすれば、むしろ変化が無いのがありがたい。剣術だけでいいですからね。

 槍術などまで覚えられる自信はこれっぽっちもありません。

 

「次は能力の確認ね。こっちは射干玉から直接聞いていたけれど……」

 

 昨日、名前と一緒に聞いた能力のことを頭の中で反芻しながら、物は試しと切っ先で地面を軽く斬ります。

 そして地面を斬った辺りへ足を乗せると――

 

「わっ、わわわわわっ!?!?」

 

 ――踏ん張りが全く利きません。

 結構体感なり鍛えているので、雨の中で泥だらけのぬかるみを走っても転ばない自信があったのですが、これはそういう次元ではありません。

 

 一切の抵抗無く(・・・・・・・)足下が滑り、姿勢を崩してしまいました。

 

「これ……使い方によってはとんでもなく恐いわね……」

 

 先程滑った部分を今度は手で撫でてみます。

 踏んだ時と同じように、一切の抵抗なく指先がツルツルと、面白いように滑って行きます。僅かな引っ掛かりすらもなく、地面を触れているとは思えないほど。

 

 ――刀身で触れた部分の摩擦を操る。

 

 簡単に言えば、これが射干玉の能力です。

 

 それだけ聞くと地味な能力としか思えないかも知れませんが、使いこなせれば恐ろしい能力ですよコレ。

 先程私がすっ転んだ時よろしく罠のように仕掛けておけば、踏んだ相手は確実に大きな隙が出来ます。だって間違いなく転びますから。

 自分の身体に仕込めば、殴られても斬られても刺されても、物理的な攻撃ならば完全に無力化できます。

 

 なにより恐ろしいのは、摩擦を無くす(・・・)のではなく操る(・・)ということ。

 

 足裏の摩擦を思い切り強く上げれば接地面との抵抗力が大きくなり、急ブレーキを掛けられます。

 この抵抗を応用すれば更なる高速移動だって不可能ではありません。

 

「オマケに、ヌルヌルしてるのよね……」

 

 先程まで地面を撫でていた指先は、まるでオイルにでも触れたかのようにヌルッとしています。良く見れば、点描のような黒い点が幾つも付いていました。

 摩擦を操るのですからヌルヌルしているのは分からなくはありませんが、この点々って一体……?

 

『お答えいたしましょう!!』

 

「――え!? ぬ、射干玉!?」

 

『左様ですぞ!! 始解まで到達いたしましたからな! こうして呼びかけることも可能になったようで……いやぁ、これからいつでも藍俚(あいり)殿とお喋り出来るかと思うと、ハートがキュンキュン致しますなぁ!!』

 

「そ、そう……」

 

 あ、分かっているかも知れないけれど。

 射干玉の声は他の人には聞こえないわよ。あくまで私の中から、私だけに向けて投げられた言葉だから。

 

『昨日は摩擦を操ると伝えましたが、実際はちょっとだけ違いまして。その黒い点々は拙者の肉体を塗りつけているわけでござるよ』

 

「に、肉体!? あなた、ゴムボールじゃないの?」

 

『当然ですぞ、失敬な。幾ら藍俚(あいり)殿でも言って良いことと悪いことがあります!』

 

「じゃ、じゃああなたって一体……??」

 

『拙者は粘菌――藍俚(あいり)殿に分かり易くいえば、スライムでござる』

 

「スライム!?」

 

 浮かんだのは某水滴みたいな形をしてて両目と口があって"ピキー"とか鳴きそうなレベル99まで鍛えると灼熱の炎を吐いたりマダンテを使う生き物――ではなくて、こうアメーバのようにドローッとしてネバーッっとしてヌチョーッとしてヌルーッとしている不定形生物でした。

 

「……つまり、刀身で触れることであなたの肉体を塗りつけている。あなたの肉体の能力自体は、摩擦を操作できる。ネバネバしているのはスライムだから。黒い点々があるのも呼び出された真っ黒ゴムボールがへばり付いたから――ということ?」

 

『いやぁ、藍俚(あいり)殿は理解が早くて素晴らしいですな! あ、ネバネバしているのも副産物的に操れますぞ!』

 

「うわ、ホントだ……」

 

 試してみればヌルヌルの粘度は更に増して、片栗粉でトロミを付けたときか、はたまたボンドを水に溶かしたような状態になりました。

 指の一本一本にヌトヌトした油のような粘液が絡みつき、指先を軽く擦り合わせてから離せば糸を引いた粘液が橋のように掛かりました。

 

 濁り粘ついた液体が、手のひらいっぱいに広がります。

 

『むほおおぉぉっ!! これはもう、これはもう!! 光景が犯罪でござる!!』

 

「な、なんで興奮してるのよ……? というかこれ、どうやって取るの? 十分(じゅっぷん)くらい放置していたら勝手に死滅するとか、日の光の当てると一瞬で分解するとか、そういう対処法はないの?」

 

『始解を解除すれば、全てが綺麗さっぱり消えますが。一箇所だけを消したい、というような場合には火が弱点でござるよ』

 

「火?」

 

 ちょうど灯り代わりに生み出していた蛍火へ、ぬるぬるになった指先を差し出してみました。すると――

 

「わぁっ!?」

 

 ――予想以上に勢いよく燃え上がり、けれども一瞬にして燃え尽きました。

 あ、全然ヌルヌルしなくなった。ホントにただ粘液部分だけが焼失したのね。それに火傷とかも全然してない。

 

『いかがでござるか!? いかがでござるか!? 藍俚(あいり)殿のその大きな胸を存分に張って自慢していただいても構いませぬぞ!!』

 

 確かに、クセは強いけれど強い能力みたいね。

 

 ただ……

 

 ……これからはいつでもコイツと会話かぁ……疲れそう……

 




●ぬばたま
1.緋扇(ヒオウギ)という植物の黒い実のこと。
2.(上記の実の色から)黒・夜・黒髪・その他の黒を連想させるものに掛かる。
  夜の連想から、月・夢などにも掛かる。

●斬魄刀のまとめ(始解編)
名前:射干玉(ぬばたま)
解合:塗れろ(まみ-れろ)
形状:刀身が真っ黒になる。柄や鍔などは変わらない。
能力:摩擦を操作する。

摩擦は重要です。
人が立っていられるのも、スカートからパンツがずり落ちないのも、摩擦のおかげ。
直接戦闘能力は無いが、応用の幅はある方。

弱点は火。マッチの火程度で簡単に着火して一瞬で燃え尽きる。

操作と言っているが、正確には粘菌(スライム)を貼り付けている。その粘菌(スライム)が持ち主の意志に応じて摩擦を変化させている。
(よく見ると刀身が触れた部分はゴマ粒みたいな点々があるのが分かる)

感触は油のようにヌルヌルしている。
……ヌルヌルしたオイルのようなナニカ……
オイル……マッサージ……

※ 能力を真面目に考察してはいけません。ノリで「こんな感じなんだ」と。

●浅打→斬魄刀(始解)時の刀の形状変化
基本、各死神が持っている斬魄刀は浅打の姿のまま。
始解するとそれぞれの形状に変化する。
でも浅打は死神がサイズや形状をコントロールできるので、皆さん好き勝手(持ち主の趣味が反映した姿形)になっている。
(マユリは禍々しい感じに。総隊長は杖の形に。のように浅打の頃はファッションみたいに自由)

……という認識。違ってても知らない。


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第31話 始解すると色々変わります

 昇進しました! なんと第十八席です!

 これも始解が出来るようになったおかげですかね?

 

 ……二十席から十八席かぁ……いや、嬉しいんですよ。

 

 百年掛けて二十になって、五十年掛けて二つ上がったわけですから。

 それだけ聞くとなんだか法則性がありそうにも見えますが、だからといって二十五年後に三つ上がってるとは思えない……私がそんなに成長しているなんて思えない……

 

 同僚のみんなは祝ってくれました。それだけが救いですね。

 

 

 

 そうそう、忘れるところでした。

 あの後色々と能力を試していて気付いたのですが、射干玉の声は始解していないと聞こえないようです。

 さすがに四六時中アレと会話をするのはちょっと……楽しいのは認めますけど。

 

 

 

 ……というか、席次が変わったからまたお役所に届け出を出してこなきゃ……

 あの混みっぷりのところへまた行くのね……

 

 

 

 

 

 始解が出来るようになったら、次は卍解を目指します!

 次のステップに進むためにも修行をしないといけません。ということで――

 

藍俚(あいり)、ようやく始解に目覚めたようで、まずは"おめでとう"と言っておきましょう」

「ありがとうございます、隊長」

 

 ――卯ノ花隊長とのお稽古です。始解を覚えてからは、初めてのお稽古です。

 もう私が始解が可能になったというのも伝達済みです。

 

「ですが……百五十年ですか……」

「それは……その……」

「この分では、卍解は何時になることやら……」

「……ううぅ……申し訳ありません……」

 

 普通なら始解にここまで時間掛かる阿呆はいないんですよね……

 とっくに見捨てられててもおかしくないのに。

 面倒見が良いのでしょうか? それとも何か企まれてる??

 

「まあ、先のことを言っても仕方ありません。それよりも、これからのことに目を向けましょう。ということで藍俚(あいり)、あなたの始解について教えてください」

「え、私のですか? どうして……?」

「勿論、今日からは始解を使うからですよ」

 

 ……え!?

 

「た……隊長の始解をですか!?」

「違います。藍俚(あいり)、あなたの始解ですよ。私の始解は戦闘向きではありませんから」

「私の能力も、直接戦闘向きではありませんけど……」

 

 そう前置きして、射干玉の能力を説明しました。

 とはいえ粘液を塗りつけているというのは――面倒ですし、恥ずかしいので――省き、刀身で触れると摩擦を操っている、としましたが。

 

「なるほど……良いではありませんか」

 

 説明を聞き終えた途端、隊長の目が爛々と輝きました。

 

「斬っても斬れない……ならば危険性はないでしょう。つまり、もっと激しくやっても問題ありませんね?」

「いえ、あの……」

「摩擦を変化させるとは盲点でした。これを突破できれば、私もどうやら更なる高みに上れそうです」

「隊長……隊長……!?」

 

 なにやら呟きながらうっとりとした表情を浮かべていますが……恍惚の表情ではありますが、ひたすら剣呑というか、その……正直恐いです……

 

「何をしているのですか? さっさと能力を使いなさい!」

「は、はいぃぃっ!!」

 

 今度は鬼気迫る顔で言われ、大慌てで能力を使いました。

 一応、全身の摩擦を下げてあるので、多分大丈夫……

 まあ剣を持つ都合上、手の平とかは無理ですけど。

 それと死覇装は腰紐で抑えてあるので、摩擦を下げてもずり落ちたり脱げる心配もない……はず……

 

「では」

「うぐっ!?」

 

 斬られた……んだと思います。

 何しろ剣速が凄まじすぎて何も見えませんでした。私が感じられたのは、強烈な衝撃だけでした。

 

「なるほど、なかなか面白い手応えですね。にもかかわらず、斬れてはいない……面白い、実に面白いですよ!!」

 

 一旦、何かを確かめるように剣を見ていた隊長ですが、その表情がどんどん恐ろしい物へと変わっていきます!

 

「ほらほらどうしました藍俚(あいり)!? 斬れていないのですから、反撃は可能でしょう!?」

「そんっ……な……っ……!」

 

 確かに斬撃ではありませんが、代わりに打撃になっています。

 鈍い痛みが各所から襲い掛かって来て、心が折れそうです。

 必死で己に回道を使いながらがむしゃらに反撃しますが、今回はその一切がまるで通用しません。

 

「その程度ですか? 今あなたには本気――の少し手前くらいで攻撃しています。好機ですよ? 私の攻撃に喰らいつき、盗み取ってみなさい!」

「くっ……!!」

 

 一秒間に少なくとも十回は攻撃をされている気がします。

 それでも何とか、これだけ攻撃されて目が慣れたのでしょうか? 十数回に一回程度ですが、摩擦を利用して完全に攻撃を逸らせるようにはなりました。

 

「ふふ……うふふふ……! あはははははっっ!! やれば出来るではありませんか! そうです、それです! それを私に打ち破らせてみなさい!!」

 

 時々混じる変わった手応えに気を良くしたのでしょう。

 隊長が、その……剣術の鬼です……これはちょっと……下手な(ホロウ)顔負けの恐怖です……

 

『ぬほほほほほっ! これが卯ノ花殿の剣術でござるか!? 藍俚(あいり)殿を通して知っていたつもりでござったが、これが本物!! ナマでござる!! ナマは全然違うでござるよ!!』

 

 射干玉!? あんたなんで出てきたの!?

 

『これはもう! これはもう!! 逝ってよし!! 拙者、逝ってよしでござるよ!!』

 

 何が"逝ってよし"よ!? って、ああああ!! ツッコミ入れてる場合じゃない!!

 

「どうしました? 集中が乱れていますよ! もっと私を愉しませなさい!! それとも私との戦いはそんなに退屈ですか!?」

 

 ツッコミを入れるのには一秒も掛かっていませんが、その一秒という時間があれば隊長は私を十回殺せます。というか十回殺してもお釣りが来ます。

 射干玉に気を取られて意識が散漫になったのを即座に見抜かれ、今まで以上に手痛い攻撃が何度も襲い掛かってきました。

 というかこれ……斬られてる!? 摩擦をゼロにして攻撃を無力化するって能力はどこに行ったの!?!?

 

 か、回道と防御と意識の立て直しにまずは全力を……!!

 

『オウフ! 退屈だなんてとんでもない!! 拙者が斬られるとは、ますます萌え萌えキュン!! でござるよ!! 尊し……いやさ、尊死(とうとし)……』

 

「ああもう、うるさいっ!! ……あ」

 

 ……思わず叫んでしまいました。

 

「……なるほど」

「ち、ちちちちち違うんです隊長! これにはワケが……!!」

 

 後の祭り・後悔先に立たず・覆水盆に返らず……

 昔の人は、良く言ったものですね……

 

藍俚(あいり)、偉くなりましたね……もう第十八席ですものねぇ……隊長であり師でもある私に是非、礼儀というものを教えてくれませんか?」

 

 ひいいいいぃぃっっ!!!

 

 今までで、今までで一番死を感じるっ!?!?

 

『んほおぉぉっ! これが修羅場! これが刃傷沙汰!! 殿中でござる! 殿中でござるよぉぉっ!!』

 

 あんた……本当に、本当にいいぃぃっ!!

 

「熱っ!?」

「おや、燃えるのですか?」

 

 斬られたところが熱い!? いえこれは、斬撃の痛みじゃなくて……燃えてる! 本当に燃えてる!?

 ……まさか、弱点の熱を!? でもどうやって……え!? 剣の摩擦で加熱して発火したの!?

 摩擦を操るって話はどこに行ったの!?!? 摩擦ゼロってそんなに万能の能力じゃないの!?!?

 

「ま、待ってください! これ、燃えると能力消えちゃうんです! 今斬られたら本当に、本当に死んじゃいますから!!」

「そう言えば敵が手を止めてくれると思っているのですか? 弱点だとわかれば、なおさらそこを攻めるものですよ?」

 

 敵じゃないですよね!? 今、稽古のはずですよね!?!?

 

 死ぬ! 私、今日、ホントに死ぬ!!

 

 

 

 

 

 ……生き残れたのは奇跡以外の何でもないと思いました。

 

 私、強くなれてますよね?

 

 三冬とか真琴とか、伊佐子くらいには強くなれてますよね??

 




うのはな の れべる が あがった。

●三冬・真琴・伊佐子
……皆さん知ってますよね?
でもまあ、一応。
三人とも時代小説の女性剣士の名前です。

佐々木 三冬:剣客商売 より
堀 真琴:まんぞく まんぞく より
伊佐子:堀部安兵衛 より

藍俚が肩を並べるなんて烏滸がましい。


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第32話 始解するとやっぱり色々変わります

月牙(げつが)――天衝(てんしょう)!!」

 

 力強く剣を振り下ろすと同時に霊圧を放ち、斬撃を飛ばします。

 

「……なんちゃって」

 

 勿論、嘘です。

 

 あ、月牙天衝が嘘ってだけで攻撃自体はしてますよ。

 やったのは単純に、斬撃に合わせて虚閃(セロ)を放つ要領で霊圧を飛ばしただけです。始解したおかげで刀身が黒くなったので、それに合わせてなんとなくやってみました。

 

 現在、流魂街から離れた山中にて自己練習の真っ最中です。

 

 何の練習だ? 勿論、必殺技ですよ!

 

 いいじゃないですか! 必殺技みたいなのの一つや二つ、考えたって!! 

 自分だけの技の一つや二つ欲しいじゃないですか、やっぱり!!

 始解できたなら、そういう手段の一つも覚えてみたいんです!

 

 なのでとりあえず、主人公殿の技を真似てみたのですが――

 

「これ、使えない……」

 

 ――決して悪いわけではないのですが。普通の死神でも代替可能なんですよねぇ。

 

「破道の七十八 斬華輪(ざんげりん)!」

 

 これは斬魄刀に霊圧を纏わせ、そのまま斬撃を飛ばすようにして放つ術です。

 やっていることは月牙天衝と同じです。多分。

 細かい部分は異なるのでしょうが、鬼道で同じ事ができます。おそらく。

 

 というか鬼道と組み合わせると大体が代替可能なんですよね……オリジナルな使い方って何か無い物かしら……?

 

藍俚(あいり)殿には蝦蟹蠍(じょきん)があるではございませぬか』

 

 射干玉! たしかにそうだけれど、あれは戦闘に使えないじゃない! 

 ……ん? 待って、ちょっと待って……射干玉を使えば……

 

「あ、そっか!」

 

 やってみなくちゃわからない! わからなかったらやってみる!!

 ということで地面を軽く斬り付けて、射干玉の粘液を塗っておきます。そして精神を集中して……

 

『あ、藍俚(あいり)殿……!? なんだかすごく嫌な予感がするでござるが……』

 

「破道の三十三 蒼火墜(そうかつい)!」

 

 粘液を塗りつけた場所に向けて炎を放ちます。

 低い温度でも発火する性質を利用して火勢を強められるかと思ったんですが、どうも失敗みたいですね。

 

「うーん……火力、上がっているかしら……? これ、むしろ弱めてる?」

 

 一瞬で燃え上がって燃え尽きてしまうので、着火剤代わりが関の山ですね。もしもこれがガソリンや灯油を撒き散らしたみたいな効果があればよかったのですが。

 

『拙者と藍俚(あいり)殿との合体技ですな!! 名前は、そうでござるな……燎原の火とかいかがでござろう!?』

 

「それが出来たら苦労しないんだけどねぇ……」

 

 そんな土地4つと4点ダメージみたいな破壊力を出せればいいんだけどね。

 仕方なしと、代わりに粘液を手の平に塗りつけます。

 

「今のところは難しいわね。まあ、こういう剣術には使えるけれ……どっ!!」

 

 続いて片手で斬魄刀を持って勢いよく振り回します。

 本来ならすっぽ抜けていきそうな程ですが、そこは摩擦を思い切り高めているので。握力が続く限りは、そうしたヘマはしませんね。

 

 ぶんぶんと振り回してもしっかりと握り続けていられるのを確認してから、続いて地面に転がっていた小石を片手一杯になるまで拾うと、軽く上に投げます。

 

「……はっ!!」

 

 落ちてきた石礫目掛けて斬魄刀を一閃させます。

 

「難しいわね」

 

 全てを真っ二つに切り裂いてやろうと思ったのですが、重さが足りないのが原因か、斬れずに当たった瞬間に吹き飛んでいってしまいました。

 

「コレを全部斬れるようになりたいんだけど……」

 

 全部当てるまでは成功したんだけど。

 

『さすがにそれは無理ではござらんか……?』

 

「隊長は切り落とすわよ?」

 

 なぜか射干玉が心配そうに聞いてきたのですが、何かおかしかったでしょうか?

 そりゃあ、私の今までの成長速度から考えると、そこまでの域に達するのは凄く難しいって思うかも知れないけれど。

 

 秋に山中に入って銀杏の木辺りを思いっきり蹴りつけて、落っこちてくる葉っぱを全部中空で切断して"秘剣・木の葉落とし"とかやってみたいのよね。

 (ホロウ)を相手に一瞬で縦と横に切断して"十文字斬り"とか、一瞬で刺突を三発繰り出して壬生の狼の誰かさんのような"無明剣・三段突き"とか、"雪! 月! 花!"とか言いながら華麗に斬ってみたいのよ。

 

 あ、銀杏(いちょう)の木を蹴ったら銀杏(ぎんなん)も落ちてくるわね。拾わなきゃ。美味しいけど下処理が面倒なのよねアレ。

 

藍俚(あいり)殿!? 今は必殺技とか剣術とかを考えていたのでは!?』

 

 ……はっ! いけないいけない。いつの間にか考える方向が明後日に向かってたわね。ちゃんと考え方を……!!

 

「――あっ! そうか! 考え方が間違ってたのね! 射干玉が刀身から粘液を休まずどんどん生産して、私が鬼道で着火すれば炎の剣みたいになるじゃない!!」

 

『あ、藍俚(あいり)殿!? それは、それは勘弁してほしいでござるよ!! 拙者、そこまで精力旺盛というわけでは……ミイラの様になってしまうでござる!! 天日に晒された干物になってしまうでござるよ!!』

 

「大丈夫よ、私は基本的に干物は陰干派だから。イケるイケるって! あと塩水につけないといけないし、みりんとお酒と醤油で味付けするのもいいわね」

 

『ああ、確かに。それはお酒も進みそうで……って藍俚(あいり)殿!! また考えが料理の方に向かっているでござるよ!!』

 

 そういえば。

 

 隊長と稽古をする時に持参していたおむすびですが、足らないと言われて段々持って行く量が増えて、最近ではとうとう重箱を持って行く羽目になっています。

 

 舌が肥えたんですかね。

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 必殺技はまだ私は早かったみたいですね。

 どうせ覚えも悪いのですから、地道に基礎能力を高めて派手さは無いけれど強い方向を極める方が正解なんだと思います。

 まだ始解の能力すらも完全に使いこなせていませんからね。

 

 ……摩擦を操れるので攻撃は無力化できるはずなのに、なんで卯ノ花隊長は防御の上から攻撃をぶつけてこられるのでしょうか?

 

 この世界お得意の"霊圧が圧倒的に高ければ大体は無力化できる"な法則の結果――なのかもしれません。

 

 だって――

 

「くそっ!! この死神、なんで攻撃があたらねぇんだ!!」

「殴っても蹴っても切り裂いても!! 通らねぇ!!」

「聞いてねぇ!! こんな死神がいるなんて聞いてねぇぞ!!」

 

 ――三体の(ホロウ)の攻撃。

 その悉くを射干玉の能力によって無力化しています。

 

 現在、久しぶりに(ホロウ)退治の業務の真っ最中です。

 私が始解できることを知ったお祝いにと、隊長が他隊から依頼を持ってきてくれました。

 ああ……まだ四番隊の業務もあるのに……新人隊士の研修の途中なのに……うれしいな……

 

 今回の相手は野性の獣のような姿形をした相手ですね。何かの切っ掛けで知り合って意気投合したのでしょうか、三体同時に襲い掛かってくるのが特徴といえば特徴です。

 狼が群れで狩りするのを真似たような連携攻撃は中々どうしてサマになっています。

 サマになっているのですが、どうやら(ホロウ)としての強さはそれほどでもないようですね。

 今の私程度の死神が少し集中しただけで動きは簡単に見切れますから。血装(ブルート)を発動させる必要すらありません。

 

「少し角度を変えるだけで攻撃は完全に受け流せる、攻撃を直角に合わせても滑って有効打からは程遠い……」

 

 なので、実戦訓練と称して射干玉の能力による防御を試しているところです。

 結果は上々、というより大成功ですね。

 

「ねえ、あなたたち……本気でやってこの程度なの?」

「なっ……! なんだと手前(てめえ)ッ!!」

 

 ふむふむ、ちょっと挑発すれば簡単に逆上してくれてます。

 ならやはり攻撃は本物、こちらでも把握はしていましたが、殺意たっぷりの私を殺さんとする攻撃だったわけですか。

 

「お、落ち着け!! こいつは剣こそ抜いちゃいるが、今まで一度も攻撃してねぇ! つまり、囮か偵察役だ!」

「そ……そうか!」

「なら、こんな奴にいつまでも構ってやる必要もねぇな!!」

 

 おっといけない、さすがに手を緩めすぎましたかね。

 私が攻撃をしないと踏み、これ以上戦う必要はないと判断したようで。

 三体の(ホロウ)はそれぞれ打ち合わせたかのように別々の方角へ逃げだしました。

 

「駄目よ」

 

 とはいえここで逃がしたら隊長に何をされ――もとい、何を言われることやら。

 瞬歩(しゅんぽ)で手近な(ホロウ)の頭を掴むと、元いた場所を目掛けて力一杯投げつけます。

 

「ぐえっ!?!?」

「兄弟!? 何時の間に!?」

「は……速えっ!!」

 

 やっぱり、スピードもたいしたことはありませんね。

 頭を掴んで投げ飛ばした辺りで何が起きたのか気付いたのでしょう、そこでようやく悲鳴が上がり、受け身も取れずに地面に叩きつけられました。

 

「な……なんだこりゃ!?」

 

 その地点には、予め射干玉の粘液をたっぷりと塗りつけてあります。

 しかも粘度と滑りやすさはマシマシ。ネバネバでヌルヌルでベットベトです。

 

『拙者としては、こんな男に触れられるのは嫌でござるなぁ……どうせなら女性の(ホロウ)がイイでござるよ』

 

 その意見には少しだけ同意。

 

「さあ、次はあなたの番よ?」

「うおぉっ!? もう来やがったのか!?」

 

 二体目も同じように捕獲すると、同じように投げつけます。

 

「ぐわっ!? きょ、兄弟そこをどいてくれ!!」

「なんだこりゃ……ひいいいいぃぃっ!?!?!?」

 

 うわぁ……二体の(ホロウ)が地面の上でヌルヌルのネバネバのグチョグチョで絡み合って、くんずほぐれつ。前から後ろから。

 なんとも正視に耐えがたい光景ね。

 残った一体も唖然とした表情で見ています。

 

「さて、残ったのはあなただけ。大人しく倒されるのもよし、それとも仲間を見捨てて一人だけ逃げ出してみる?」

「ク……クククククッ!! やっぱり死神はバカだなぁ!!」

「……?」

 

 一体何を言って――

 

「えっ!?」

「負けるつもりも!」

「逃げ出す必要も!」

「ねぇんだよ!!」

 

 ――なんと、目の前の(ホロウ)が分身するように三体に増えました。と同時に、さきほどまで濃厚な絡み合いを演じていた二体の姿は綺麗さっぱり跡形もありません。

 

「俺は、俺たちは三体で一体なのよ! どれもが本物!! どれもが偽物!!」

「俺たちを倒せる死神なんざ、いねえってことだ!」

「じゃあな! 間抜けな死神よ!!」

 

 なるほど、やけに連携が上手いと思っていましたが、そういうカラクリでしたか。

 一体が無事なら残る二体はどうなってもいい。どうせ分裂すればまた増えますし、基準になるのは無事だった一体なのだから、ソイツさえ無事なら良い。

 二体が注意を引いている間に三体目が逃げるなり攻撃なりする戦法ですね。

 まあ、永遠に分裂し続けるのは不可能でしょうから、囮の二体を延々と倒し続ければ霊圧不足でいつかは倒せるでしょう。

 

 ですが、こういった相手を倒すにはある意味お約束の戦法があります。

 

「遅いっ!!」

 

 三体が逃げようと一歩を踏み出したところで、瞬時に剣を振るい(ホロウ)たちを同時に斬りつけます。

 

「げえぇっ!?」

「な……馬鹿な……!?」

「これじゃ……分裂できねぇ……」

「秘剣・木の葉落とし――なんてね」

 

 力無く倒れる(ホロウ)たち。

 少しは練習した甲斐がありました。

 やはりこういう相手は、同時に倒すのがセオリーですよね。斬られた(ホロウ)たちは、同時に息を引き取りました。

 

『いやぁ、お見事! お見事にござる!! 藍俚(あいり)殿、なんだかんだ言って必殺技に未練タラタラではござらぬか! このこの!!』

 

 まあ、ねぇ……

 

『それにこれほどの(ホロウ)を孤剣で倒すとは! これは評価も高まるのではござりませぬか!?』

 

 ああ、それはないわよ。

 

『……は?』

 

 これ、他隊から回して貰った仕事だから。私の評価にならないのよ。

 だから公的な査定に、ちょっと色が付くくらい。まあ、卯ノ花隊長はそれとは別に評価してくれるかもしれないけれど、この程度の相手じゃねぇ……

 

『な、なんと……(いや、この(ホロウ)は結構強かったはずでござるが……藍俚(あいり)殿、体よく使われすぎではござらぬか……??)』

 

これじゃ、卍解に辿り着くのに何年掛かるのかしらね……ちょっと! 聞いてる、射干玉?

 

 

 

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 修行ばかりではありません。

 

 席官になると、狭いながらも一応自室が貰えます。

 アパートの一室みたいな感じですが、それでも隊舎の寮と比べれば自由度は比べものになりません。

 

「ん……ふあぁ……気持ち、いい……」

「この辺りですか?」

「あ、そこ……湯川さん、もっと……」

 

 なのでこうして大手を振ってマッサージも出来ます。

 寮の一室でやっていた頃とは比べものになりません。

 お給金も上がっていますので、紙製の下着を付けて貰ってそこでオイルマッサージになっています。

 オイルも特別調合した自家製ですよ。

 トロットロのオイルをたっぷりと使い、女性隊士の肢体をゆっくりと丁寧に触っていきます。

 指先から伝わってくるヌルヌルの感触がなんとも言えませんね。

 

 一度私の施術を受けた方はほぼ必ずリピーターになってくれますし、口コミで評判を広がっています。

 他の部隊の隊士が「予約できますか?」って就業中に聞きに来るくらいですから。

 色んな子の肌を触れられてとっても嬉し――

 

 ――コホン、大変ですが皆さんが喜んでくれると私もとても嬉しくなります。

 

 それに最近は評判がいいんですよ。

 肌がいつにも増してツルツルになってて、まるで赤ちゃんみたいな肌になるって……

 

 

 

 ……ん、ツルツル……?

 

 

 

 

 

『テヘペロでござる★』

 

 

 

 

 

 やっぱり、あんたの仕業か!!

 




●三段突き
新撰組、沖田総司の必殺技。
諸説あるが「目にも止まらぬ凄い速い突き」ということ。
正式名を無明剣と言うらしい。

●燎原の火
ジョークルホープスっぽくて好き。これに黒の再生持ちを重ねるのは基本。
知らない人は「燎原の火 MTG」で検索すると「カードゲームのことなんだ」とわかるはず。


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第33話 遭遇、偉い人

 全然卍解まで到達出来ません。時間ばっかり過ぎていきます。

 まあ、始解に百五十年も掛かった私です。焦っても仕方ないですね。

 

 卯ノ花隊長に月に一度、入念なお稽古(殺され掛ける)をしたり。射干玉と訓練したり、女性隊士にマッサージ(セクハラ)したり。

 

 歳月は流れ、なんと現在は第十四席まで出世しました!

 

 ……まだ席次ですら半分にも満たない……

 一世紀に一席ずつ出世してる感じよねコレ……普通だったら心折れるわよ……

 

 

 

 

 

 相変わらず尸魂界(ソウルソサエティ)は色々あって、四番隊も色々ありました。

 急患が担ぎ込まれたり、大規模戦闘を始めた他隊の援護に行ったり、大きな内乱があってその援護に借り出されたり――

 浮竹隊長が倒れて京楽隊長がお見舞いと称してサボりに来たり――気がついたらあっと言う間に隊長になってましたあの人たち――

 新人隊士が入ってきて指導をしたり、こんなの違うって腐って他隊への異動願いを出したり、重傷者の命を助けられずに自分を責め続ける平隊士を慰めたり――

 

 ……全部経験済みだったわ。無駄に何百年も死神やってないわね私……

 

「湯川先輩! 急患です!」

「急患!? どこから?」

 

 部下の言葉に我に返りました。

 

「六番隊です! そこの副隊長が倒れたって話で……」

「六番隊の副隊長って――」

 

 護廷十三隊の各部隊の中でも、六番隊は貴族との関わりが深い部隊でもあります。

 そしてそこの隊長は代々、とある五大貴族の家の者が務めるという慣習ができています。

 

「はい。なんでも朽木家の人だそうですよ」

「……だから私に話が回ってきたのね」

 

 前述の通り、出世はしてなくても死神歴だけは無駄に長いです。

 そういうVIPな患者が来た時の対応をしたことも、一度や二度ではありません。ある意味では"経験豊富だからコイツに任せて(おしつけて)しまおう"という事でもあります。

 

 ……え? 朽木家に売り込んで出世?

 無理無理、それは不可能です。

 朽木家は五大貴族の中でも特に規律を重んじることでも有名ですから。

 どこかの医者のドロドロした裏側も見せるドラマみたいな事を下手にすれば、逆にこっちの首が飛びかねません。

 

 ……だから私にお鉢が回ってきてるんですよ。

 

「まあ、わかったわ。何人かに声を掛けて、最上級の個室の用意をしておいて頂戴。私は診察室の準備と受け入れの細かい体制を整えておくから」

「わかりました!」

 

 一応、五大貴族ですからね。

 間違っても一般病棟に入れるのはちょっと……

 喩え本人が"一切気にしない"と口にしても、周りの貴族や朽木家の関係者が何を言ってくることやら……なので、VIP用の部屋を用意しておかないといけません。

 

「それが済んだら、一応全員に口頭で注意もしておいて。特級病室に朽木家の者が来ていることと、変に特別扱いはしないことだけを言っておいてくれればいいから……積極的に関わりたいなら、話は別だけど……それとも君、行ってみる?」

「い、いやぁそれは……僕にはちょっと荷が重いですかね……」

 

 一般隊士はこんな感じの反応です。

 ……しばらくの間は気苦労が増えそうですね。

 

 

 

 

 

 あの後、やってきた患者を受け入れ、診療室で救護を行いました。

 とはいえ治療自体はそれほど難しいものでもなく、寧ろ患者本人が身体が弱かったので、それに気をつけることの方が大変でしたね。

 速すぎても遅すぎても駄目という、とても面倒な治療でした。

 

 患者さんは病室へと移送も終えており、今現在はふかふかのお布団の上に寝ています。

 

「こ、ここは……?」

 

 あら、丁度目が覚めたみたいですね。

 

「ここは四番隊の綜合救護詰所です。何でも任務中に大怪我をしたとか……」

「そう、なんですか……? どうにも記憶が……」

「いえいえ、今はゆっくり休んでください。施術も完璧に終わりましたので、もう大丈夫ですよ」

「ありがとう……ございます……」

 

 無理矢理に身体を起こそうとしたので、慌てて止めます。

 

「ああ! まだ寝ていてください。薬の影響も切れていないんですから、今は身体を休めることが仕事ですよ」

「ははは……ありがとうございます……」

「一応、外ではお見舞い客も大勢いるようなので、目が覚めたことだけは伝えておきます。少し五月蠅くなるかもしれませんが、ご勘弁願います」

 

 そう言うと無言で頷いてきました。

 

「では、一旦失礼します。朽木(くちき) 蒼純(そうじゅん)副隊長」

 

 私は病室を後にしました。

 

 

 

 

 

 病室を出た途端、やってきていた見舞客に囲まれました。

 なので彼らには"処置は完璧に終えたこと"、"意識も取り戻して、今は安静にしていること"、"見舞いに行っても良いが、静かにしていること"、"患者に無理に喋らせるようなことはしないこと"を伝えておきました。

 六番隊の第三席の方や朽木家の従者の方がいらしたので、彼らに前述の注意を守るように伝え、短時間だけならば見舞いをしても良いと念押しして伝えておきました。

 

 それから時は流れておよそ二時間ほど。

 いい加減もう見舞客たちも終わっただろう頃を見計らって、私は再度病室を訪れます。

 

「朽木蒼純副隊長、入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わん」

 

 扉に向かって声を掛ければ、そう声が返ってきます。

 静かに扉を開け、礼をしながら入室したところで気付きました。

 

「失礼しま……あ! 朽木隊長!」

 

 そこにいたのは現六番隊隊長 朽木(くちき) 銀嶺(ぎんれい) でした。朽木家の当主も務めている、とってもとっても偉い人です。

 蒼純副隊長の父親でもあります。

 

 まあ、二人とも私より年下なんですけどね……あはは……涙が出そう……

 

「申し遅れました。朽木副隊長の主治医を担当しています、湯川 藍俚(あいり)と申します」

「なるほど、そなたが息子を救ってくれたのか。直接礼を伝えたく、待っていたのだ」

「そ、それは……お待たせしてしまい、もうしわけございません」

「いや、こちらが勝手にしたことだ。気に病むことはない。そして、蒼純の命を救っていただき、感謝する」

 

 そういうと、堂に入った礼をしてきました。

 

 うーん、流石は朽木家の当主ですね。

 銀嶺隊長は初老の男性といった容姿をしており、放っている貫禄もさすがの一言。威風堂々と言いますか、年季が入っています。

 蒼純副隊長はまだお若いですね。

 二枚目ですが線が細い感じです。銀嶺隊長と比べるとどこか頼りなく感じてしまいます。

 

 でも二人とも私より年下! 死神として働いている年月も私の方がずっと上!! だって瀞霊廷通信で二人が入隊したのそれぞれ見たもん!

 ……泣いていい?

 

「では蒼純、私はこれで戻る。ゆっくり養生するがよい」

「はい、銀嶺隊長」

 

 これで用事は全ては終わったとばかりに、銀嶺隊長は部屋を後にします。残ったのは蒼純副隊長と、彼の付き人と思わしき一人の男性だけ。

 

「あれが朽木隊長……」

「ははは、驚かれましたか?」

「はい……あっ、いえ! 直接お会いしたのは初めてだったのと、礼を言われたのに驚いてしまって! それよりも、具合の方はどうですか?」

 

 うっかり頷いてしまいました。

 

「まだ傷口は痛みますが、大分良い感じですよ。むしろ、見舞客や見舞いの品の対応の方が疲れました」

 

 その言葉を示すように、部屋の中には花や贈答品がこれでもかと置かれています。隅にひとまとめにしていますがかなりの量ですね。あの短時間でこれだけの量を持って来る程度の人たちと応対していたということは――

 

「はぁ……静かにするようにお願いはしていたのですが……」

 

 朽木家の覚えをめでたくしたい貴族連中には、そんな言葉はどこ吹く風ということですかね。権力に尻尾を振る方が優先ということでしょうか。

 

「申し訳ございません。できる限りご遠慮願ったのですが、こちらも付き合いがありまして……」

「いえいえ、そういうわけでは……」

 

 思わず出てしまった呟きを聞かれ、付き人の方に頭を下げられました。

 

「そ、それよりも! もう面会時間も終了していますので。朽木隊長も仰っていましたが、ゆっくりお休みくださいね」

「そうさせて貰います。中々気が休まる時間もないもので……」

 

 そう口にした蒼純副隊長は、どこか愁いを含んだ表情を見せていました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「なかなかどうして、気苦労が絶えなくて……」

「心中、お察しします」

 

 蒼純副隊長が担ぎ込まれてから二日後。

 見舞客も一段落したおかげか、ようやく静かな日々が送れるようになりました。生来の身体の弱さに加えて、朽木家はちょっと前に色々ありましたからね。

 あの騒動もあってか、蒼純副隊長は周囲から期待を掛けられているようです。

 その期待がプレッシャーとして重くのし掛かっており、それが原因で随分と調子を崩していました。

 

「怪我をしたり身体が弱っていると、それに引っ張られて心も弱るものですよ。そんなときは弱音を吐き出せる場所や相手が、黙って聞いてくれる存在が必要になるんです」

 

 なのでこうして、治療と平行してストレスを吐き出せる場も設けています。

 

「私でよければ、幾らでも話し相手に付き合いますよ。なにしろ私は、四番隊という他の部隊で、しかも流魂街出身の下級席官ですから。影響力なんてありませんよ」

 

 彼のこの話を聞けるのは、私と付き人の方だけです。そして守秘義務の大事さくらいは私だって知っています。

 前述の影響力が無い存在という自虐に加えて、聞いた話は墓の下まで持って行くので安心してくださいと伝えたことでようやく蒼純副隊長は愚痴を吐き出してくれました。

 

 今ではすっかりと信頼して貰えてます。

 

「ははは、毎日ありがとうございます。おかげで心も随分と楽になったような気がしますよ」

「それは良かった」

「姉もずっと塞ぎ込んでいましたが、最近になってようやく元気を取り戻してきましたからね。朽木の家の次期当主として頑張らないと」

「いえいえ、あまり頑張りすぎても空回りするだけですよ。ピンと張り詰めた糸は切れやすいものですから。心にゆとりを持つことも大事です」

 

 ……あれ!? 話をしていて今さら気付いたのですが、ひょっとしてこの人って……

 

 朽木白哉の――

 

 

 

 

 

 ――祖父なのでは!?

 

 

 

 

 

『(惜しい!!)』

 

 

 

 

 

 あら? 今何か聞こえたような……

 

「……さん? 湯川さん?」

「は、はい!」

「どうしたんですか? なんだかボーッとしていたので……」

「いえ、そろそろ昼食の時間だったのを思い出しただけですよ」

「もうそんな時間ですか。ここの食事は美味しいので、毎回楽しみなんですよ」

「そんな! 朽木家の食事と比べられるような物では――」

「素朴で、でもどこか温かくて懐かしく感じるような味です」

「そうですか? でしたら、後で調理係にも伝えておきます。きっと喜びますよ」

 

 そんな感じで、何でもない雑談混じりのやりとりをしながら数日後。

 蒼純副隊長はすっかり復調して退院していきました。

 

 私は朽木家とは関係ない、全然別の立場のおかげか、凄く仲良くして貰えました。

 将来の展望とかまで聞いちゃいました。

 凄く優しい方でした。

 




●銀嶺と蒼純
見た目は爺さんのクセに、京楽や浮竹よりもヒヨッコの銀嶺。
原作時点でもう完全に故人で台詞すらない蒼純。

なら勝手にやっちゃえ。
後のフラグのために。

(なお藍俚は関係性を微妙に間違えている)

●朽木家のあの騒動
だって、小説版でも書いてあったし。


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第34話 滅却師殲滅作戦

「突然ですが皆さん、大規模遠征が予定されました」

 

 今日もお仕事――と思っていた矢先、卯ノ花隊長の口からそんなことが告げられました。朝のミーティングが始まったかと思えば開口一番そんなことを言われ、席官・平隊士関係なく落ち着きのない様子を見せています。

 

「この遠征には護廷十三隊全死神の半数以上が参加するほど大規模な物であり、当然私たち四番隊からも後方支援要員として多くの人員を割かねばなりません」

 

 半数以上!?

 

 た、確かに大規模と言っていましたが、規模が予想よりもずっとずっと大きいですね。

 驚きは他の隊士も同じようで、とうとう近くの同僚と小声でヒソヒソ囁き合う者まで出る始末です。

 まだ隊長が喋っているというのにそんな事をするなんて……

 それだけ動揺が大きいということでもありますが。

 

「そのため、これから名を呼ぶ者たちは全員、遠征部隊に加わって貰います。これは強制であり、拒否権はありません。残務は瀞霊廷に残り通常業務を行う者に引き継ぎ、遠征の準備を最優先で行ってください」

 

 隊長は次々と隊士たちの名を呼び上げていきます。

 それは四番隊の七割近い数。

 その中には、私の名前もありました。

 

 ……残りの人数で通常業務を回せるかなぁ……?

  瀞霊廷の死神の数も減っているから大丈夫だと思いたいのですが……業務最低限だけど結局一日何にも無くて待機で終わって定時上がり! 今日は久しぶりに飲みに行こうぜ! みたいな感じにしてあげたいですね。

 

「ああ、いけません。忘れるところでした。今回の遠征ですが、目的は(ホロウ)の討伐などではありません」

「「えっ!?」」

 

 何名かが声を上げました。

 無理もないですね。だって、

 

「今回の相手は、滅却師(クインシー)です。彼らの殲滅が、此度の遠征の目的です」

 

 そんなことを言われても、誰だって容易には飲み込めるはずがありませんから。

 

 

 

 

 

 滅却師(クインシー)

 原作では主人公の友人の石田……名前なんだっけ?

 

『雨竜でござるよ!』

 

 ――の種族でもある。

 

 死神と同じく、(ホロウ)と戦うために霊力や独自の様々な術を体得している。

 (ホロウ)を倒すという目的は死神と同じなので一見すれば仲良くなれそうなのだが、問題はそれぞれの倒し方――正確にはその性質にあった。

 

 死神は(ホロウ)を倒すことで浄化し、尸魂界(ソウルソサエティ)に送る。

 罪を洗い流し、新たな輪廻へと加えるわけだ。

 

 対して滅却師(クインシー)は、(ホロウ)を殺し魂魄すらをも消滅させる。

 消滅した(ホロウ)は輪廻の輪に加わることも出来ず、文字通り滅ぶ。

 

 現世と尸魂界(ソウルソサエティ)――二つの世界に存在する魂魄の量は均等でなければ世界のバランスが崩れて崩壊する。

 そのため滅却師(クインシー)(ホロウ)を殺し続けることは、世界の崩壊を加速させる行為に他ならない。

 崩壊を防ぐために死神は何度も滅却師(クインシー)に対して対話、交渉を何度も行い、(ホロウ)を殺すのを止めるように訴え続けた。

 だが滅却師(クインシー)側は聞く耳を持たず、やがて尸魂界(ソウルソサエティ)は遂に重い腰を上げた。

 

 世界崩壊の原因たる滅却師(クインシー)を殲滅することで、事態の解決を図る為に。

 

 それが、滅却師(クインシー)と死神との間に新たな因縁を生み出す引き金となるとも知らずに――

 

 

 

 

 

『モノローグ、お疲れ様でござるよ』

 

 ありがと、射干玉♪

 

 ということで、これが大まかな滅却師(クインシー)殲滅作戦の概要……というか大義名分です。

 死神が「お前らが勝手に(ホロウ)を殺すとバランスが壊れて世界まで壊れるから、もう止めてくれ」と、何度訴えても聞いてくれない。

 対話・交渉という外交を何度続けても、聞いてくれない。

 

 じゃあもう殴り合いの外交しかないじゃない!!

 

 という結論になってしまったわけですね。

 戦争なんて拳を使った会話です。犠牲になる方はたまったものではありませんが。

 

 滅却師(クインシー)の事については、私も霊術院で習いました。

 今から八百年ほど前に彼らは瀞霊廷に侵攻してきて、その時には多大な犠牲が出たものの、死神側が勝利したとのこと。

 それ以降、いわゆる"戦勝国だから優越権がある!"といった感じで、死神は滅却師(クインシー)を説得し続けていました。コッチの言うこと聞いてね! と思い切り。

 瀞霊廷通信にも、ごく稀に記事が載っていましたよ。

 "滅却師(クインシー)に訴えるも話を聞かず! 小規模な戦闘に!!"みたいな見出しを添えて。

 

 しかし、八百年前の侵攻で滅却師(クインシー)たちの戦闘力は充分に分かっていたのに、殲滅という強引な方針に舵を切ったということは……

 お尻に火が付いてもうそれ以外の方法が選べなくなったか、はたまた誰かが裏で糸でも引きましたかね……?

 

 例えば、どこかの眼鏡を握り潰した優男……とか?

 

 

 

 

 ――と、幾ら考えたところで、わからないんですけどね。

 貴族でもなければ上位席官でもない私が、情報なんて持っているわけないですから。信じるしかないわけです。

 

 今の私にできることは、四番隊のお仕事だけです。

 

 あれからあっと言う間に月日は流れ、遠征の準備を寝る間も惜しんで――どこのバカですか! こんな短い期間で遠征用の物資を用意しろって言ったのは!!――完了させました。

 現在は遠征部隊の一員として後方支援任務の真っ最中です。

 

 後方支援とは言っても補給部隊兼医療班みたいなもの。

 怪我人が担ぎ込まれてくれば野戦病院よろしくその場で手術や回道を使ったり、食料や装備の補給をしたりで、戦闘なんてしないんですけどね。

 

 続いて戦局ですが。

 滅却師(クインシー)たちはとある地方に集結して抵抗していますが、死神側にじわじわとその戦力を削り取られている。

 決着は時間の問題といったところです。

 少し目をやれば、向こうの方で滅却師(クインシー)が霊子兵装から神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を放った際の光や、死神が鬼道を唱えたであろう炎や吹雪が見られます。

 

 ええ、今私たちがいるのは最前線(ホットスポット)のすぐ後ろです。

 戦線を押し上げる度に移動して、天幕を張ってキャンプ地を作り、最前線で戦っている死神の支援をしています。

 卯ノ花隊長に至っては、攻撃の飛び交う交戦地帯まで行って救護しているそうです。

 

 ……後方支援って一体……?

 

 私より上位の席官も参加しているんですよ。

 でも全員が私よりも後ろです。卯ノ花隊長に続いて二番目に前線にいます。

 イジメかしら? というよりも、付き合わされてしまう私と同じ班の子たちが可哀想で仕方ないです。

 一応私がここの責任者なので湯川班、なんて呼ばれてます。

 班員はみんな優秀な子です。少なくとも昔の私よりもずっと優秀ですね。

 

 割と補給線が伸びてるから、どこかで寸断されて孤立した状態を押し潰されそうなものですが、押せ押せムードなので訴えても棄却されています。

 とはいえ、全隊長の半数に加えて総隊長まで来ているので負けることはないでしょう。

 

 怪我人や犠牲者が何人出るかは分かりませんが。

 

 み、未来のおっぱい候補生たちが……

 

 そしてもしも、この戦いでバンビエッタがやられていたら……

 参加しているのかどうかすら私には分かりませんが、もしも、もしもそうなっていたらと思うと……

 

「よっ! どうしたい? 暗い顔をしてるじゃないかい!」

「……あ、曳舟隊長! お疲れ様です」

 

 救護テントから外を見ていたところに声を掛けられました。

 彼女は十二番隊隊長の曳舟(ひきふね) 桐生(きりお) さんです。

 薄紫色にウェーブの掛かった髪と、どこか女豹を連想させるような容姿が目を引くとても美人な方です。

 男勝りと肝っ玉母さんを足して二で割ったような性格も容姿とマッチしていて、隊士たちからの人気も高いようです。

 が、まあ一番に目を引くのはそれよりも胸でしょうね。

 締めるのは窮屈だ! と言わんばかりにグッと大きく開いた胸元からは大きなおっぱいがこぼれ落ちんばかり。

 見ているだけで吸い込まれそうなほどに見事な谷間を隠そうともせずにいるので、男性隊士は目のやり場に非常に困るみたいです。

 

 ……ホント、この人もなんでこんな格好なのに強いんでしょうか? 私なんて必死で窮屈な想いをしているのに……

 

「すみません、ちょっとこの戦いが気になってしまって……」

 

 嘘ではありません。

 

「なんだ、死神たちが犠牲になるのが嫌なのかい?」

「それもありますけれど、滅却師(クインシー)が犠牲になるのも、好きではありません……」

「そりゃ、その気持ちは分からなくもないけどねぇ……けれど放っておきゃ、そのうち世界がぶっ壊れちまうんだ。上だってそれを分かった上での決断だろうよ」

「それは、そうなんですけどね……」

「そんな浮ついた気持ちでいると、足下を掬われちまうよ! ほらほら、差し入れを持ってきたから、怪我人たちに振る舞ってやんな!!」

「ありがとうございます」

 

 曳舟隊長は"仮の魂"と、それを"体内に取り込む"技術を創り出した者として名の知れた人です。

 そしてその"体内に取り込む技術"の応用で"食事をすることで身体を作る"という生物の基本的な機能を極限まで高めた人でもあります。

 なにしろ、彼女が作った食事を食べるだけで新しく霊圧を取り込んで強くなれる、というとんでもない力を持っているのですから。

 

 彼女が持ってきてくれた差し入れは、その技術をちょっと医術に活かした料理でして。

 なんと"怪我人が食べると怪我が治りやすくなって、似たような怪我に耐性が出来る"という夢のような料理です。

 病院食としてはこの上ないですね。

 

「みなさん、曳舟隊長と十二番隊からの差し入れです! 焦らずに落ち着いて、ゆっくりよく噛んで食べてくださいね! 内臓に傷を受けた人は、特に気をつけて本当によく噛んでください! じゃないと死にますよ!!」

 

 そう告げると天幕の同僚たちに指示を出して、怪我人たちに渡していきます。

 大慌てで貪っていく者もいれば、私の指示を聞いてゆっくりよく噛んで食べる人もいます。が、その誰もが満足そうな表情を浮かべています。

 本当に美味しい物を食べた時にだけ浮かべられる、極上の笑顔です。

 

 その笑顔を浮かべている間にも、彼らは怪我がどんどん治っていってるわけですけどね。怪我人なので食べる量は抑えめなのですが、これなら明日には戦線復帰できる者もいるくらい。ガンガン治っています。

 

「こういう表情を見られると、冥利に尽きるねぇ……アタシも、藍俚(あいり)ちゃんに料理を教わった甲斐もあるってもんだよ」

「そんな! 私のしたことなんてホントに単純な事ですから」

 

 曳舟隊長は取り込む技術はありましたが、料理の腕や味はまた別だったようです。

 (私も食べたことがありますが、なんというか……とても個性的な味でした)

 その話をどこからか聞きつけた卯ノ花隊長が口を利き――

 

 私が推薦されました。

 料理を教えました。

 美味しくなりました。

 何故か効果も上がりました。

 なのでもっと教えてくれと言われました。

 

 ――というわけでして。

 

 一介の下位席官に一部隊の隊長が教えを請うという、少々異色な出来事を経て親しくなりました。

 あ、稽古を付けて貰ったことも一度だけあるんですよ。

 強かったです。ボロボロになりました。

 

「アタシはその単純な事すらわかってなかったんだよ! もっと自信を持ちなって!!」

 

 ハッパを掛けるように背中をバンバン叩かれます。

 

「前に藍俚(あいり)ちゃんが言った事があったろ? (うつく)しい(あじ)と書いて美味(おい)しいってさ。アレ聞いた時、感動してねぇ……!! もっと頑張らなきゃって思ったもんだよ!」

「実は……その言葉は引用しただけなんです……すみません……」

「そんなの気にしちゃいないさね! 誰が言った言葉だろうと、良い物は良いもんだ!」

 

 あははははは! と曳舟隊長は豪快に笑います。

 こういう気さくな性格も、人気の一つなんでしょうね。彼女を慕う死神は本当に大勢いて、特に――

 

「……っ!?」

 

 ――考えるより先に身体が動きました。

 

 一目散に天幕から飛び出しながら、同時に斬魄刀を抜き構えます。

 殺気と気配、そして霊圧がこの方向……向こうから伝わって来ています。

 

「な、なんだいこの霊圧は!?」

 

 曳舟隊長の声が聞こえると同時に――来ました!!

 霊子を固めた神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)が数本、音を置き去りにするほどの速度でこちらに向けて飛んで来ます。

 狙いは天幕の中の怪我人でしょう。

 前線の死神を迂回しながら移動してゲリラの様にこちらの陣地を狙う。ついでに補給地点を叩いて物資を奪ったり後方支援を途絶させる――その辺を目的とした破壊工作部隊といったところでしょうかね?

 

 というか、矢の数が多い!

 これはちょっと不味いです!! 斬魄刀だけでは難しいですね!

 

 ――虚閃(セロ)!!

 

 大勢の死神がいるので、さすがに口には出せません。

 片手に収束させた霊圧を壁になる様に放ちます。言霊を介さない(技名を口にしない)ため威力は下がっていますが、それでもどうにか矢を全部纏めて叩き落とせました。

 やはりこの速射性は鬼道にはない便利さがありますね。

 

「曳舟隊長! 申し訳ありませんが、万が一に備えて天幕内の怪我人を守ってください! 場合によっては後方への移送を!! 他の四番隊隊士は曳舟隊長の補佐!! 私は最前列で此処を死守します!!」

「あ、ああわかったよ! あんたたち! 藍俚(あいり)ちゃんに恥かかせるんじゃないよ!! 藍俚(あいり)ちゃんも、死ぬんじゃないよ!!」

 

 正面から視線を切らずに睨み付けながら叫びます。

 私ならば足止めくらいは出来るでしょうし、自慢じゃありませんが自己を回復させる腕前は嫌という程に上達しています。

 そして曳舟隊長の腕前なら仮に私が突破されても対処できますし、そんな戦況であっても怪我人を守る事も可能でしょう。

 

(まみ)れろ、射干玉!!」

 

 敵が次の矢をつがえているであろう間隙を縫うようにして、始解を発動させます。

 射干玉! 今回だけはお遊び抜きで真面目にお願いね。

 

『出番キター!! お任せあれ! お遊びもおふざけも、ワサビも抜きの真面目さマシマシで行くでござるよ!!』

 

 またそういうことを……と、文句を言ってる場合じゃないですね。

 

「くそっ! あれに気付く死神がいるとは……」

「超長距離狙撃は失敗した! けれど、次は外さない!!」

 

 飛廉脚(ひれんきゃく)によって移動してきたのでしょう。

 数人の滅却師(クインシー)たちが視線の先から一瞬で姿を現しました。

 全員が霊子で構成された翼のような装備を身に纏っており、パッと見ただけならば天使のようにも見えます。

 

 情報だけなら伝わってきていますが、実際に目にしたのは初めてです。

 

 あれが滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)……強力な戦闘能力を発揮出来る姿です。

 

「死ねぇっ!!」

 

 全員が弓を構え、そこから無数の矢を放ってきます。

 先程の攻撃が針の穴をも通すスナイパーライフルによる狙い澄ました一撃とすれば、今回はマシンガンの乱射。

 合算すれば一万発に届きそうな程の膨大な霊子の奔流が私と背後の天幕目掛けて浴びせられました。

 けれど今回は、少しだけ余裕があります。

 

「縛道の八十一! 断空(だんくう)!!」

 

 力ある言葉によって生み出されたのは、周囲を幾重にも取り囲む防壁。

 八十九番以下の破道を完全に防ぐ特殊な壁を生み出す断空という縛道、それに霊圧を複雑に編み込むことで、複数回詠唱したのと同じ効果を生み出す"疑似重唱(ぎじじゅうしょう)"という技術を組み合わせて使っています。

 

 その効果は劇的の一言。

 光の壁は視界を埋め尽くさんばかりに輝き、滅却師(クインシー)たちの矢を一本残らず防ぎ切ってもなお煌々と輝きその存在を誇示しています。

 

「な、なんだこりゃ!?」

「落ち着きなさい!! 前線で別の死神も使っていたでしょう!?」

 

 ああ、やっぱり誰かが使っていたんですね。

 断空は鬼道でなくとも、近い性質の攻撃であれば防御可能ですから。ここに来る前に経験していてもおかしくはありません。

 

 ……って、今言ったのって女性の滅却師(クインシー)ですか!?

 

 よくみれば確かに。

 戦闘で邪魔にならないようにするためでしょう、黒い髪を短く纏めており、立ち振る舞いや顔つきがあまりに凜々しかったので気付くのに遅れました。

 男性の中に混じって一人だけ、女性がいます。

 学級委員長を更に尖らせた様なタイプ、とでも表現すべきでしょうか? 厳格な雰囲気の中性的な美人さんですね。

 

「一度でも経験があるのなら、わかるでしょう? この壁は簡単には破れないし、簡単に突破させるつもりもない。下がりなさい!!」

「抜かせ!! ここで退けば、お前たち死神は我々を皆殺しにするんだろうが!!」

「そうよ! 滅却師(クインシー)の誇りにかけても、そんな無様な真似は出来ない!!」

 

 く……っ……! 言葉だけでは退いて貰えませんか……

 滅却師(クインシー)たちはそう叫びながら再び矢を放ちますが、たった一本ですら断空を突破できません。全ての矢が無力化されていきます。

 

「くそっ! なら術者だ!!」

「甘い!」

 

 私へと狙いを切り替えましたが、この程度なら問題ありません。

 襲い掛かる矢は斬魄刀で打ち払い、瞬歩(しゅんぽ)で一足飛びに接近すると返す刀で霊子兵装だけを切断します。ついでに粘液を塗りつけておいたので、仮に拾えても滑って使い物になりませんよ。

 

「どけっ! コイツならどうだ!?」

 

 私が移動したことで断空を破る好機と思ったのでしょう。

 また別の滅却師(クインシー)が矢の代わりに光を放つ剣のような物をつがえ、放ちました。

 

『ひょっとしては魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)でござるか!? 藍俚(あいり)殿、あれは下手をすると……!!』

 

 わかってるわよ!

 

 ――虚弾(バラ)! ……と同時に!

 

「破道の五十八! 闐嵐(てんらん)!!」

 

 さすがにあの一撃は断空で防いでも破壊されそうだったので、少し小細工をさせてもらいました。

 虚弾(バラ)を衝突させることで矢の勢いを殺しつつ、鬼道で生み出した竜巻で矢そのものを完全に吹き飛ばすことで無力化します。

 風の盾を得たことで断空の守りは更に強固となりました。同じような手段でもこれでかなり耐えられるはずです。

 

「ならこれでお前を!!」

 

 今度は光の剣を同時に何本もつがえ、私に放ってきました。

 至近距離からの束ね撃ちは確かに速くて強烈です――が、毎月死にかけている(卯ノ花と稽古している)身からすれば、このくらいは十分に対応可能です。

 複数本の矢をまとめてたたき落とし、ついでとばかりにその内の一本を掴んで止めてやりました。

 挑発や力の差を見せつけると言う意味ではかなりの効果があることでしょう。

 

「掴んだ、だと……!?」

「化け物め!」

 

 挑発が功を奏したらしく、他の滅却師(クインシー)たちも私に狙いを定めてきました。この距離と位置関係では仲間を撃つ可能性も高いというのに、怯むことなく矢を連射してきます。

 ……あれ!? さっきの美人さんがいない!?

 

「今だッ! やれえぇッ!!」

「どの道、この任務に生きて帰るという選択肢はない!! ならば……!!」

 

 私への攻撃は足止めと目眩ましですか!

 女性滅却師(クインシー)は懐からなにやら無数の筒をくくりつけたベルトのような道具を取り出しながら、天幕目掛けて突撃していきます。

 

滅却師(クインシー)の未来に栄光あれっ!!」

 

銀筒(ぎんとう)!? 藍俚(あいり)殿、アレはもしや……ッ!!』

 

 言われなくても見当が付くわよ!!

 

 筒の一本一本から強力な霊力を感じ取れますし、行動と言葉だけでも何をしようとしているのかは容易に推測できます。

 そもそもあの弾帯(だんたい)――機関銃の銃弾を横一列に繋いだ帯――を見れば、何をしたいのかは一目瞭然。これでも前世は男の子ですよ!

 

「やめなさい!」

 

 弾幕を掻い潜り接近しますが、どうやら僅かに遅かったようです。彼女が手にした筒が急激に霊力を高めていきます。

 自爆特攻だなんて……ああもうっ! 手荒な真似をしないと止められないわね!!

 

「歯を食いしばりなさい!!」

 

 その声は果たして相手に届きましたかね?

 斬魄刀で彼女の片腕を切断して、腕ごと強引に弾帯を奪い取ります。持った瞬間にわかりましたが、これもう爆発する寸前!! 処理してる時間がない!!

 

「ぐっ!! なにを……!!」

「ままよ!!」

 

 こうなったら力尽くで! 強力な霊圧で弾帯を押さえ込み、爆発の規模と被害を無理矢理にでも減らしてやります!

 と同時に、抱え込んだ弾帯が連鎖爆発を起こしました。

 

「やったか!?」

「くっ……暴発だ!?」

「だがあの死神も、これなら耐えられるはずがない!」

 

 滅却師(クインシー)たちは口々にそう言います。

 

「……勝手に殺さないで貰える?」

 

 が、煙の向こうから私が姿を現した途端、その声はピタリと止まりました。

 

「あ痛たたた……結構効いたわね」

「なん、だと……」

「嘘、だ……ろ……」

 

 とはいえ無傷とはいきません。

 至近距離で爆発を受けたので死覇装はボロボロ、身体はあちこちが焦げ痕だらけです。

 爆発を押さえ込みつつも一部にワザと穴を開けてそこから力を逃がしたおかげで何とか耐えられました。でなければ多分、間違いなく戦闘不能になっていたことでしょう。

 庇う物(・・・)色々(・・)ありましたからね。

 

 ……あれ? でも隊長とお稽古していた時の方がよっぽど大怪我していたような……

 

「退きなさい」

 

 とにかく、今は説得の絶好の好機。

 

「これ以上は命の保証はできません」

 

 力で圧倒しているからこそ話を聞いて貰え、要求も呑んで貰える。

 そんな場合も時にはあります。

 

「私たちは……私は、滅却師(クインシー)を滅ぼしたいのではなく、むやみに(ホロウ)を殺されて、魂のバランスを崩されたくないだけです」

 

 ならば説得です。説得しかありません。

 

「もしもあなたたちの親・兄弟・親友・恋人……そういった、大切な人が(ホロウ)になってしまった時に、それでもあなたたちはその(ホロウ)を殺せますか? 罪を償う機会を与えて欲しいと、思いませんか?」

 

 ……だってもしもここでこの人たちを殺しちゃったら、バンビエッタに会えないかもしれないじゃないですか!!

 そうでなくても、この人たちの子孫が美人になって私に会いに来てくれるかもしれないじゃないですか!!

 そもそもこの女性滅却師(クインシー)さん、美人です。その時点で殺したくなんてありませんよ!!

 

滅却師(クインシー)の力を全て捨てろとは言いません。生き方を否定するわけではありません。ただ、世界を壊さないように共存する……そんな生き方もあるとは思いませんか?」

 

『必死すぎワロタでござる! (ケダモノ)!! まさに可能性の(ケダモノ)でござるよ!』

 

 そこ、うるさい! というか、あんたも同意見でしょうが!! こっちだって分かるようになってきてるのよ!!!

 

「私たちを……許すというのか……?」

「……拠点に攻め込まれたが辛くも追い返す事に成功した。でも襲撃者たちには逃げられました……私に出来るのは、そんな報告をするだけよ……」

「…………」

 

 私の言葉に、彼女は斬られた腕を押さえながらも思案を続けていましたが――

 

「……撤退するぞ」

「お、おい! それじゃあ……」

「もう一度言う、撤退。隊長命令よ」

 

 彼女、隊長だったんですね。

 というかこの任務自体、決死隊でしょうし……命令とはいえ、どこか思うところがあったのかも知れません。

 

「待ちなさい」

 

 あ、いけない。

 部下を引き連れて戻ろうとする彼女を慌てて呼び止めます。

 

「腕を出して」

「何故だ?」

「いいから!」

 

 有無を言わさず強引に彼女の肩を掴むと、そのまま回道を施します。

 

「これは……腕が、治った!?」

「嘘だろ!! こんな一瞬で!?」

 

 斬った腕はずっと抱えていました。爆発からも守りました。なので無傷です。

 彼女は驚いたように繋がった腕をグーパーさせていますが、見た感じ違和感は一切ないみたいです。

 まあ、このくらいならもう慣れっこですから。

 主に自分の身体で何度も何度も……

 

「これは独り言よ。単純に片腕だと色々と大変だって思った。だから、爆発からも必死で守った……私は敵を追い払っただけだし、他の死神に見つかったらこうはならないかもしれないから気をつけて」

「……そうか。ならばこれも独り言だ。私たちは死神と共存することは出来ても、(ホロウ)の存在を許すことは絶対に不可能だ。ただ、お前の気持ちはありがたかった」

 

 互いにそう言い合うと、彼女たちはどこへともなく走り去って行きました。

 

 

 

 

 

「ははっ! 藍俚(あいり)ちゃん、大したものじゃないか!! アタシも万が一に備えて隙を窺っていたんだけどねぇ。出る幕がなかったよ」

「曳舟隊長! そちらの方は大丈夫でしたか!?」

 

 戦闘が終わったところで、曳舟隊長が再び顔を出してきました。

 

「ああ、大丈夫だよ。動かせる奴は後方に移送したし、十二番隊(ウチ)の隊士も護衛につけたからね。天幕の中の奴らも全員、擦り傷一つ負っちゃいないさ」

 

 良かった、コッチにも被害は無しですか。

 天幕の中では敵が去ったことで、助かった! と言う声が口々に聞こえてきます。

 

「でもいいのかい? あいつらを逃がしちまって?」

「私の任務は後方援護と怪我人の治療ですから。滅却師(クインシー)を殺せとは命令されていません」

 

 こういうのって命令の拡大解釈とかに当たるんでしょうかね?

 まあ、四番隊の十四席ならその程度でも仕方ない。と思って貰えるでしょう、多分。

 

「確かに、ねぇ……怪我人も拠点も守ったし、充分に仕事はしただろうね。けれど、今回の作戦からすりゃあ、倒せば評価も上がっただろうに……まっ、そこが藍俚(あいり)ちゃんらしさだね」

「そんな。守れたのは、相手が後方の救護施設だと思って油断していたおかげですよ。もっと手練れが来ていたら、私じゃ太刀打ちできませんでしたから」

「……ん?」

 

 曳舟隊長が不思議そうな顔をしました。

 

藍俚(あいり)ちゃん、アイツらは弱かったって思ったのかい?」

「……はい? いえ、確かに強かったですが、あの程度なら」

「…………そりゃまた……」

「????」

 

藍俚(あいり)殿……』 

 

 何、射干玉? どうかしたの?

 

「まあ、いいさね。あと、今回みたいな緊急事態は――規模から考えればそうそう起こらないだろうけれど、もし第二陣が来ても藍俚(あいり)ちゃんがいれば問題なさそうだね」

「そうですね、湯川班長がいれば!」

「凄く恐かったですけれど、凄く助かりました!!」

 

 班員のみんなもそう言ってきます。

 

 うーん、そこまでお礼を言われるようなことはしていないはずなのですが……

 

「まあなんだね、藍俚(あいり)ちゃん。まずは着替えておきな」

「え……? あ……っ!!」

 

 自爆を全力で抑え込んだとはいえ、その余波で服がボロボロです。ところどころ素肌が見えてました。

 

 ああもうっ! 最後の最後で締まらないなぁ……

 




●滅却師殲滅作戦
原作の200年ほど前に行われた、死神と滅却師の大規模戦争。
その戦いの結果、死神たちが滅却師を殆ど皆殺しにしてしまう。
なので滅却師は希少種になった。

ユーハの部下(見えざる帝国に引き籠もっていた奴ら)は助けに行かなかった。
見えざる帝国の外にいた滅却師たちだけが標的となって殺された。
(だからここで皆殺しにしてもバンビエッタは後々普通に出てくる)
(という認識でいいのだろうか?)

ただ(書いておいて何ですが)「突然ですが今から戦争します」みたいな突然の通達は普通しないと思う……
(いやでも卯ノ花さんだしなぁ……)

●滅却師最終形態(クインシー・レットシュティール)
●滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)
前者が、石田雨竜が爺さんに教えて貰った方。
後者が、最終章で使われていた方。
(どちらも辞書登録必須)

前者と後者は広義的には同じ物らしい。

前者は、身体がぶっ壊れるほどフル活用して強化するもの。
後者は、陛下に貰った力を「コレが俺の力だ!」と虎の威を借りて強くなるもの。

でいいのかな?
ここにいる滅却師はもしかしたら使えないのかも知れません。
でもまあ使えてもいいや、くらいの精神で。多めに大目に見てください。
(滅却師の細かい設定部分がホントに分からない)

●眼鏡を握り潰した優男
一枚噛んでいてもおかしくない、と思わせる程度には実績がある。

●曳舟 桐生
零番隊だともっと強力な効果を持つ料理を作れている。
ならば十二番隊の時点でもこのくらいは出来るだろうと想定。
(あと接点を作りたかったというのもあってお料理絡み)
この時点での彼女は、原作でいう「全力お料理後」の姿でいいはず。

●疑似重唱
RPGなどにある「通常の数倍魔力を注ぎ込んで効果を拡大する」というアレ。
(小説版にて、大前田の父親が使っていた)

●滅却師の使った道具
原作だと石田雨竜が使っていた物。なら他の滅却師が使ってもいいじゃない。
魂を切り裂くものは、超振動する剣みたいな形状の矢。
銀筒は、霊力をたっぷり溜め込んだ筒。多分特攻にも使えるはず。


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第35話 色々新しくなりました

「湯川十四席、あなたを四番隊の第四席に任命します」

「……はい?」

 

 卯ノ花隊長の言葉を思わず聞き返します。

 

「聞こえませんでしたか? 第四席に任命する、と言ったのですよ」

 

 綜合救護詰所内に、同僚たちの拍手の音が響き渡りました。

 

 

 

 

 

 一体何が起こっているのか皆さんには理解が追いつかないと思うので、初めから説明しますね。

 

 まず、滅却師(クインシー)殲滅作戦は恙無(つつがな)く終了しました。

 最終的には山本総隊長が斬魄刀を始解して残って抵抗を続けていた滅却師(クインシー)たちを殲滅したそうです。

 これで生き残った滅却師(クインシー)は多くても数千人程度。生物学的に言えば、数世代で種の限界を迎えて勝手に滅ぶってところです。

 そのくらいにまで減ってしまえば、尸魂界(ソウルソサエティ)も問題ないと思ったのでしょう。生き残った滅却師(クインシー)たちに監視をつけることこそすれど、それ以上の手出しは無用という命令が下りました。

 

 ……私と戦った彼女たちは無事に逃げられたのでしょうか? それだけが心残りです。 是非とも生き延びていて欲しいですね。

 

 ともあれ、戦争は終わりましたので、そうなると生き残った者たちへの報償・恩賞が必要になります。

 だって命を賭けて戦ったわけですからね。ある程度のご褒美を出さないと下からの不平不満が物凄く突き上げてくるのも世の常です。

 なので現在、四番隊でもあの作戦に参加した死神たちに恩賞を授与していました。

 

 そしてどうやらその恩恵は私も受けられたようで、第四席まで出世することが……

 

 ……いやいやいや!! ちょっと待ってください!! 第十四席が第四席にまで!?

 

 今までのペースからすると考えられないくらいの上がりっぷりなんですけど!?

 こう、ボーナスをちょっと貰う、とかその程度だと思ってたんですけど!?

 

藍俚(あいり)殿の同僚はもう十四席どころの騒ぎではござらんほどに出世しているので、このくらいはむしろ当然かと……』

 

 射干玉! ちょっと黙ってて!!

 

「あの、隊長……」

「なんですか?」

「私、そこまで活躍した覚えはないのですが……何かの間違いでは?」

 

 私がしたことなんて、普通に最前線一歩手前の救護テントで怪我人を治してただけです。砲煙弾雨の間を駆け巡り戦っていた死神たちならまだしも、安全な場所にいた者がそれほどの評価を受けるというのは……

 いえ、出世できるのはありがたいとは思いますが、それでも上がりすぎなのではないでしょうか?

 

「間違いではありませんよ? あなたは先の戦いにおいて、立派に任務を務めましたから」

 

 立派に、ですか? 身に覚えが……

 

「それだけではありません。天幕を強襲してきた滅却師(クインシー)の一団を前に、こちらの被害は一切無しで追い返したそうではありませんか。曳舟隊長や、あの場にいた他隊の席官からも報告は上がっていますよ」

 

 あ、そっちはなんとなくわかります。

 

「いえ、あれはそんなに大したことでは……」

「湯川班長……あの、差し出がましいのですが、最前線の天幕ですよ? 私たちそこから生きて帰ってこれたのは班長のおかげです」

「そうですよ! 大怪我した人たちをたくさん治療したじゃないですか!!」

「あの襲われた時、俺もう駄目だって本気で思ったんです!! あんな強い連中なんて無理だって!! 班長がいなかったらどれだけ犠牲が出てたか分かりませんよ!!」

 

 あの時、最前線で同じ班員だった子たちがそう言ってくれました。

 

「……え? あれが? ……卯ノ花隊長、そこまで強い相手だったんですか……?」

「ええ。私は直接相手をしていないので分かりませんが、曳舟隊長の言うことには、最低でも副隊長クラスの実力がなければ危険だったということです」

「そう、なんですか……?」

 

 ……どうやら私が撃退した滅却師(クインシー)たちはかなりの強者だったようです。

 

藍俚(あいり)殿、ご自身の中の物差しがブレブレのようで……これは修正必須でござるよ! 修正パッチはよ!! アプデはよ!! アプデしたらまたバグが!! なんでアプデの度にナーフされるでござるか!! 運営はユーザーのことなんて全然考えてないでござる!!』

 

 はいはいそうね侘び石配るわね。

 

 でもそう言われれば、なんとなく納得です。

 無人の拠点に攻めるわけじゃないのですから、誰かが守っていると想定するのは当然。その守りを突破する以上は相応の実力がないと、普通は無理ですよね。

 つまり、決死隊に選ばれてなおかつその任務を成功させられるはずだと見込める程度には強かったようで。

 

 さらに話を聞いたところ、なんでも、あの時に天幕にいた怪我人たち――あの人の中には他隊の上位席官もいたとか。

 そして彼ら曰く、あの滅却師(クインシー)たちが襲ってきた時、情けない話だが自分では仮に完調状態であっても勝てなかっただろう。あれだけの強さを持った死神(わたし)が、下位席官でいるのはおかしい。

 そういったことを、卯ノ花隊長や上層部に申請したそうです。

 

 どうやら彼女たちは、下手に前線に出てきた滅却師(クインシー)たちよりもよほど強かったようです……全然知りませんでした。

 

「――以上が主な理由ですが。まだ必要ですか?」

「い、いえ。ありがとうございます」

 

 そんな理由を教えていただきましたが、個人的にはさっぱり実感が湧きません。

 だって毎月、隊長に殺されかけているんですよ? そんな私が上位席官だなんて! それも第四席だなんて!

 なにより……!!

 

 あの戦い、卯ノ花隊長の稽古よりもずっと楽だったのよねぇ……なのにこんな厚遇でいいのかしら……?

 

「湯川藍俚(あいり)、第四席を謹んでお受け致します」

 

 まあ、それを言う必要もありませんよね。

 頭を下げながら素直に報償を受け取ります。

 先程の巻き戻しのように、再び綜合救護詰所内に拍手が巻き起こりました。

 

 

 

 

 

 さて、上位席官になったならまず始めにやることは――

 

 役所巡りです! 申請し直さないと!!

 

 ――半日で終わると良いなぁ……行きたくないなぁ……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 結局、届け出は全部終えるのに丸二日はかかりました。

 

 仕方ないのです。

 

 滅却師殲滅作戦では、死神側にも犠牲者が多くでました。だって滅ぼそうと襲い掛かってきたのですから、ならば滅却師(クインシー)側が死に物狂いで抵抗するのも当然です。

 そういうことを考えると、最前線で生きて帰ってきただけでも充分凄いことなんですよね……

 そして私のように恩賞で出世した死神もでました。

 

 なので、手続きの人数が物凄く多くなっていました。

 死神の死亡手続きを行う者もいれば、所属の手続きを行う者もいるので。普段の倍以上は混んでいたのだと思います。

 

 私の場合、それに加えて引っ越し届けも出しました。

 上位席官――九席以上――になると、隊舎内に私室を与えられるのですが。

 なんと! それ以外に隊舎の外に家を持つこともできるのです。

 まあ、小さい家なのですがね。今までは隊の寮みたいな場所に住んでいたので、それと比べると自由度が違います。

 

 私室に住むことも出来ますが、ついでに家も希望しました。ここをキャンプ地……じゃなかった、マッサージ専門に使いたいと思います!

 

 ここが私の……私だけの城……なんだか燃えてきました!

 

『萌え萌えキュン★ でござるよ!』

 

 あんたはちょっと自重しなさいよ……

 

藍俚(あいり)殿、卍解を!! そろそろ卍解に向けて本腰をいれて欲しいでござるよ!! 拙者の本懐のためにも是非!!』

 

 わかってるわよ!! そうでなくても卯ノ花隊長にせっつかれているんだから!!

 あとちゃんと本腰入れてるから!! 本腰入れて三百年位は経ってるけど!!

 

 というか、アンタ最近は勝手に出てきてるわよね!? 始解しないと出てこられないって設定はどこにいったのよ!?!?

 

『テヘペロでござる★』

 

 

 

 

 

 さてさて。

 

 前述の通り、滅却師殲滅作戦は多くの犠牲者が出ました。

 その結果、各隊の面子が色々変わりました。

 今までもある程度は変動がありましたが、今回のはその比にならないくらいの大きな変化です。

 変化の結果、私でも知っている人がチラホラと目立つようになってきました。

 

 具体的に言うと、某眼鏡を握り潰した人とか、某盲目の人とか、某虚無僧みたいな大きな笠を被って顔を隠している人とか。

 ……ひょっとして、あの人たちも殲滅作戦に参加してたんでしょうか?

 

 変化はもう一つあります。

 今年も新人隊士がそろそろ配属される頃です。

 あの作戦で瀞霊廷内には大きな傷跡を刻まれて、鬱屈した雰囲気が割と漂っているので。彼ら彼女ら新人隊士のフレッシュな空気で、この雰囲気を払拭して貰いたいですね。

 

 

 

 

 

「これが、今年の希望者の一覧ですか?」 

「ええ。皆さんの意見も聞きたいと思いまして」

 

 隊長室にて、今年卒業予定の霊術院生たちのリストを見ています。

 上位席官になって時が過ぎたので、こういったことも仕事に入るわけですね。だって現在は四席ですから。

 室内には卯ノ花隊長、山田副隊長を筆頭に上位席官が並んでいます。

 

「ほお、これは中々優秀な成績だな」

「うーんこの子は良さそうだけど、他隊に持って行かれるだろうなぁ……」

 

 皆さん慣れていますね、毎年のことなんでしょうけれど。

 どれどれ、私も見せて貰いましょう。

 

「ふむふむ……」

 

 ザッと目を通していきますが、やはりというか四番隊を志望している子は少ないですね。

 大変ですし、裏方なので地味ですし。

 仕方ないと言えば仕方ない。

 

 頭の中で簡単に統計を取った結果、一番人気はやはり一番隊です。

 エリート部隊、って感じですからねぇ。

 一番隊というだけで別格の扱いをされたり、特権みたいなのを得ることも少なくありません。まあ、それだけ任務や責任も大変みたいですが。

 私が治療した一番隊員の人は皆さん、礼儀正しい良い人ばかりでした。

 

 八番隊も結構女性死神から人気があるみたいです。

 京楽隊長、黙ってれば渋い感じの二枚目ですからねぇ。性格については好みがあるのでノーコメントですが、いい人には違いありませんし。

 ……この人、隊を私物化してハーレム作ってますよねこれ……

 

 同じ理由で、十三番隊も人気が高いです。

 浮竹隊長も二枚目ですし、優しそうな人柄が影響してるんでしょうかね?

 そういえば浮竹隊長は最近は特に具合が悪くなっているようで、卯ノ花隊長が雨乾堂(うげんどう)――十三番隊の隊首室のこと――まで治療に出向く事も少なくありません。

 病院に行くのも大変なくらい具合が悪いと言うことですから、心配ですね。先の滅却師(クインシー)との戦いで心労が祟っているのでしょうか?

 

 あとは――

 

 ある意味当然ですね、十一番隊が荒くれ共に大人気です。

 あそこも結構大変なことになってるのに、それでも人気は衰えずですか。

 俺が最強の死神だ! 隊長を倒して剣八の名を貰う! って身の程知らずが多いんでしょうね。

 今なら不可能ではないでしょうが……

 

「……あれ?」

 

 そんな感じで楽しみながら書類を眺めていたところ、一人の院生に目が止まりました。

 

「この子は良いんじゃないですか? 回道の成績も一番ですし、本人も四番隊を志望していますよ」

「あら、本当ですね。座学は苦手、とのことのようですが……」

「しかし、それを補って余りあるくらい回道が得意と書かれていますな」

「良い人材だと思いますね」

 

 他の人たちも口々に高評価ですね。

 どうやらこの子は決定と考えていいですね。さて、他には――

 

「あ、この子も良いですよ?」

「どれどれ……なるほど、確かに」

「ですが、先程の彼女の姉みたいですよ? 姉妹を同じ隊に置くのはちょっと……」

「駄目なんですか?」

「慣例ですが、あまり好まれませんね」

 

 駄目ですか。

 確かに、親兄弟とかは嫌がられるというか違う部署に配属って良く有る話ですね。

 

「じゃあ他には……」

 

 ――そんな感じで、会議は続きました。

 

 

 

 

 

「み、皆さん、初めまして!」

 

 月日は流れ、新人隊士が配属される日になりました。

 

「今期から四番隊に配属になりました――」

 

 結局、回道の成績がトップだった彼女は四番隊への配属直前で山本総隊長から"待った"が掛かりました。

 総隊長の鶴の一声で十三番隊に配属されたそうです。

 確かに浮竹隊長は身体の具合が思わしくないですからね。回道が得意な彼女を配属させたいという親心とのことでした。

 

「――虎徹(こてつ) 勇音(いさね)です! よろしくお願いします!!」

 

 なのでその代わり、ではありませんが。

 姉の虎徹 勇音が四番隊に配属されることになりました。

 彼女も成績は優秀です。何は無くても四番隊に引き込みたいって思うほどに。

 なにより私、知ってます。

 彼女、原作で四番隊の副隊長だった()です。

 とはいえ今は配属されたばかりの新人隊士。挨拶する姿もとても初々しいです。白い肌を真っ赤にするほど緊張していて、テンパり具合がよく分かります。

 

(みなぎ)ってキタアアアアアアアアァァッ!!』

 

 だからアンタは落ち着きなさい!!

 

 ……って、あれ?

 ひょっとして将来彼女を副隊長って呼ぶ、そんな未来もあるのかしら……

 




そろそろ(チュートリアル終わって)派手に暴れる予定


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第36話 マッサージをしよう - 曳舟 桐生 -

ちょっとだけ、ひよ里もいます。



 曳舟隊長の手作り料理は怪我人が食すには最高の物だというのは前にもお話したかと思います。

 ただ、彼女の霊圧を取り込む技術――ひいては料理を真似するには、なかなかどうして難しいものがあります。個人が容易に模倣できるような物ではないわけですね。

 とはいえ"無理でした"で諦めるにはあまりにも惜しい。

 その恩恵を半分、いやさ三分の一でも良いから手軽に実現できないか? という考えに辿り着くのも当然のことです。

 

 つまり、何が言いたいかと言いますと――

 

「なるほど、ここに霊圧を……」

「そういうことさ。なかなかスジが良いじゃないか」

 

 ――現在私は、十二番隊の調理室にて曳舟隊長と二人で"ああでもない、こうでもない"と言いながらお料理の真っ最中です。

 あの作戦で怪我人に食べさせた料理の評判が予想以上に良く、四番隊の病院食として作って貰えないかという話が持ち上がりました。四番隊(ウチ)としても損する話ではないので、まず一番交流がある私が覚えてから、四番隊の調理担当者に教える。

 という方式を取っています。

 勿論、必要とあれば曳舟隊長に直接講義をしてもらう予定ですが、まずは私がどれだけ出来るかをテストの意味も込めて実践中、と言うところですね。

 四番隊の調理場はある意味で私が仕切っているようなもので、新人に料理を教えてるのも私ですから。教え子の中には死神やめてから調理人になった子もいるくらいにはちゃんと教えてますよ。

 

 そしてこの試みが上手く行けば、死神全体の負傷率――ひいては死亡率が下がるはず。

 やってみる価値はあります。

 

 ちなみに作っているのは洋菓子からイチゴのショートケーキです。さすがに詳しいレシピは知りませんでしたので、射干玉に教えて貰いました。 

 瀞霊廷内は和菓子が中心ですからね。

 大福とか金鍔(きんつば)とか饅頭とか。餡子(あんこ)を使ったお菓子も美味しいですが、いい加減洋菓子も食べたくなりました。前にプリンとかも作りました。

 

「さてそれじゃあ、試食といこうか?」

「はい! 上手く出来ているかな……」

 

 一応、私と曳舟隊長のそれぞれの技術の結晶です。

 サッと切り分けてお皿の上に、フォークはないのでお箸ですがいざ実食……!!

 

「へえ、甘口だけれど良い味じゃないか」

「霊圧が……! 凄い、良い感じに高まってます!」

 

 これなら問題ありませんね。味としても霊圧を高める料理としても。

 

「これ、もうちょっと効果を劣化させてもいいかもですね。ヘタに強すぎると、料理に頼り切って努力を疎かにする死神が出てきそうですし」

「確かにその辺はもう少し調整だね。あとこのケーキ? ってお菓子も、男性死神にゃあウケが悪そうだね」

「献立は変えますし、あと甘い物は女性死神にはウケますよ。あとせっかく覚えた新しい料理で挑戦してみたかったというのもあるので」

 

 お互いがお互いの視点で感想を言い合います。とはいえ大きな失敗はありませんね。どちらも及第点といった結果でしょうか。

 

「まあ、今回はこんなところだろうね」

「そうですね。試しにやってみたにしては、上出来かと」

 

 お互いににっこりと微笑み合います。

 

「しかし、慣れない洋菓子なんて作ったからね。どうにも肩が凝っちまったよ。またあれ、頼めるかい?」

「そう来ると思って、そっちの道具も持ってきましたよ」

 

 私はニヤリと笑います。

 

 以前に曳舟隊長に料理を教えた時にも何度か、マッサージをしていました。とはいえ、それは軽い肩や腰を揉む程度の物でした。

 ですが今回は違いますよ。

 こうなることを料理道具の他に、マッサージ用の道具も持ってきました。時間もたっぷり多めに取っていますから、曳舟隊長が言い出すのも織り込み済みと言うわけです。

 

「隊長の私室をお借りすることになりますけれど、せっかくの機会ですし技術を教わるということでもあるので、本格的にやらせていただきます」

「へえ、これが噂の藍俚(あいり)ちゃんの……! 準備がいいねぇ、それじゃあお言葉に甘えようかね」

「ちょい待ちぃ!」

 

 いざマッサージ(おさわり)という直前に、怒鳴り声と共に一人の少女が飛び込んできました。

 

「またお前かい湯川っ!! 曳舟隊長を怪しい道に引き摺り込もぉしおって!!」

「そんな、誤解ですよ。猿柿(さるがき)四席」

 

 彼女は猿柿(さるがき) ひよ()さん。

 関西弁のような喋り方がなんとも特徴的です。

 

「じゃっかぁしぃわっ!! 何が誤解じゃ、五階も六階もあるかボケぇ!! だいたい、うちの目の黒い内はそんな怪しいことさせへんからなっ!!」

 

 背は小さくて、目つきが悪くて、そばかすがあって。

 生意気な少女というか、もう……クソガキって言うのが大正解といった感じの見た目と性格をしています。

 以前に十二番隊へお邪魔したときにも、こうやって何度か絡まれました。

 

「だいたいお前はうちと似たような髪型しおってホンマ……ファンか!」

「……私の方が先にこの髪型なんですけど」

 

 彼女も一応ツインテールですね、金髪ですけど。

 

「やかましいわ!! そんなん知るか!」

「それと怪しい道というのも、ただ肩や腰を揉むだけですよ」

「それやったらうちがやったる! アンタが出る幕なんぞないわ!!」

「そうは言いますけれど――」

 

 スッ、と一瞬で彼女の背後に回り込みます。

 

「のわっ!?」

「――肩や腰って自覚がなくても疲れるものなので」

「お、おおおお……これ、ええな……い、いやいや! 悪くはないが良くもないなぁ!!」

 

 そのまま彼女の肩を揉んでいきます。

 途端に思いっきり本音が零れましたが、それを大声で誤魔化してますね。

 まあ、彼女は曳舟隊長を物凄く慕っているので。私が頼られているのが気にくわないだけのようですが。

 

「それに曳舟隊長のように魅力的な体型をしていると、胸の重みもあるんですよ? 猿柿四席にそれがわかりますか?」

「ひょあわあああああああぁぁぁっ!?!?」

 

 肩から二の腕へと下ろしていき、油断させたところで思いっきり胸を鷲づかみにします。

 けれども悲しいかな、彼女の身体は見た目を裏切ることはありませんでした。

 肉付きのないスレンダー……を通り越して、幼児体型の域ですね。一応、微かな柔らかさはありました。

 指先で少し感じ取れる程度ですが、こう僅かにむにっとしたような、しないような。

 

 ホント、こんな小さいのに私と同じ席次……というか、私よりも先に四席になっているとかどういうことですか!

 頭に来たからもう二、三回揉んでおきましょう。記念です。

 

「って、何すんねん! 離せボケがぁっ!!」

「まあまあ、ひよ里。これ、アタシが作ったんだ。食ってみな!」

「ンガッ!?」

 

 胸を掴まれたショックで動きが硬直し、再起動したかと思ったら間髪入れずに曳舟隊長がケーキを掴んで彼女の口の中に押し込みました。

 

「んぐ……もぐもぐ…………ごくん……あまっ! なんやこれ、甘っ……甘いなぁ……」

 

 今度は蕩けたような表情をしています。怒ったり笑ったり忙しいですね。

 

「どうだい? 美味いだろう? ほらこれ、残りは全部アンタにあげるから残さず食べるんだよ」

「これ、ぜんぶ……ひとりじめ……」

 

 その言葉に、花の香りに誘われたミツバチかなにかのようにふらふらとケーキに向かっていきました。

 

「さっ、待たせたね藍俚(あいり)ちゃん。行こうか?」

「……子供舌には効果絶大、ということですかね」

「あっはははははっ! 確かにそうだね、次からひよ里が何か言ってきたらこの手を使うとするか!」

 

 そうやって笑いながら、私たちは調理場を後にしました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「さっ、それじゃあ頼むよ」

 

 曳舟隊長は一糸まとわぬ姿のまま、うつ伏せ状態で横になりました。

 裸になっているというのに一切の照れや怯みを見せない、あまりに堂に入ったその様子は寧ろ見ているこちらが恥ずかしくなるほどです。

 

「ん、どうかしたかい?」

「あ……い、いえ! あまりに堂々としていたのでちょっと面食らってしまって……」

 

 隊長私室へとお邪魔して、施術の準備を整える私に曳舟隊長は「服を脱ぐ必要があるのだろう?」と聞いてきました。どうやら私のマッサージについて、事前にある程度は聞いていたようです。

 なのでYESと返事をしながら持参していた紙製の下着を渡そうとしたのですが、それを見るよりも先に彼女は全裸になっていました。

 

「何か問題でもあるのかい? 裸の方がいいんだろう?」

「そ、そうですけれど……早い子でも何回か体験するまでは慣れずに照れていたので、こういう反応は新鮮というか何と言いますか……」

「なぁに、藍俚(あいり)ちゃんが良い子だってのはわかっているからね。それに女同士なんだ、誰に気兼ねすることもないよ」

 

 すみません。私、良い子じゃないです。

 

 和紙で作った特製シーツを敷いた布団の上に寝転がる彼女目掛けて、心の中でこっそり謝罪しておきます。

 

 背中しか見えないのに、大きな胸は隙間からはみ出ています。キュッと引き締まった括れに張りのある大きなお尻。むちむちとした太腿のラインは艶めかしくて頭がクラクラしそうなほど。

 思わず仕事を忘れて、欲望のままに撫で回したくなるほどに女の肉体です。

 これが隊長にまで上り詰めるような女性の身体ということでしょうか? 今まで相手にしてきた平隊士や席官とは全くレベルが違います。

 

「それじゃあ、始めますよ」

 

 精神を集中させるように一つ息を吐き出します。心が落ち着いたのを確認してから、彼女の背中から腰、お尻の周りに向けてゆっくりとオイルを垂らしていきます。

 

「ん……っ……な、なんだいこれ……っ……? 少しだけ冷たいような、温かいような不思議な感じ……」

「特製の油です。肌にとても良いんですよ」

「へ、へぇ……」

 

 今までこんな刺激を受けたことはなかったのでしょう、声が僅かに上擦っています。

 やがて、たっぷりと満遍なく油を掛け終えた彼女の背中はぬらぬらと怪しい輝きを放っています。見ているだけでドキドキさせられます。

 

「準備は終わりました。次に行きますよ」

 

 そう声を掛けてから、その肢体へ手を伸ばしました。

 腰に手を添えて、ぐっと揉み解していきます。

 

「……っ……!」

 

 触れた途端にビクンッと身体が震えました。

 曳舟隊長の肌はなんとも言えずに柔らかく、指先に吸い付いてきます。その感触を堪能するように何度も念入りに施術を施していきます。

 腰の辺りをぐぐっと解すように押し込み、円を描くようにして優しく刺激を与えます。

 彼女の体温と手の動きによる摩擦でオイルはゆっくりと温度を上げていき、ぬるぬるとなんとも言えない感触と気持ちよさを伝えてくれます。

 

「ん……んんっ……あ、はぁ……っ! いい、じゃないか……すっごく……」

 

 俯せの姿勢は崩さぬまま、されるがままにマッサージを受け入れていますね。

 

「気に入っていただけましたか?」

「ああ……前に、簡単にやって貰った時とは大違い、ぜんぜん別物だよ……は……ぁ……っ……」

 

 ですが声は先程と比べても若干ですが余裕がなくなっており、艶めかしい吐息が漏れています。

 指先を少し動かすだけで背中がふるふると震え、お尻やはみ出た胸が柔らかなプリンのように揺れます。

 

「ふふ、ありがとうございます。このまま背中から肩の方にいきますよ?」

 

 美人で自分よりも上の役職の相手を好き放題できるというのは、かなり興奮しますね。

 ですがその興奮を必死で押し殺しながら、背中へと指を這わせます。

 

「ふ……ぅ……っ……!」

「すみません、痛かったですか?」

 

 途端に今までよりも大きな声が漏れてきました。

 

「い、いや……痛くはないよ……ただ、驚いてさ……」

「ああ、なるほど。背中はあまり触れる機会がないので、敏感な人も多いんですよ」

 

 その背中は広く、それでいて肌は淡雪が降り注いだように白いです。

 新雪に足跡をつけて汚していくような感覚を覚えながら、その雪原を流れを整えるようにしてゆっくりとマッサージをしていきます。

 

「……ああ、なるほど……ココ(・・)、ですね?」

 

 指先の感触に加えて霊圧照射を併用すれば、凝りのポイントなんて簡単にわかります。

 微かに筋肉が強張っているような箇所目掛けて、指先を少し強く押し込みます。

 

「あ、ああ……そこは確かにっ!」

「ふふふ、その反応で充分ですよ」

 

 思い切り背筋を仰け反らせる動きを見ながら、再びじっくりと刺激していくと、彼女の身体は刺激に応じるように跳ね上がり、震えることで返答してくれます。

 

「ふ……っっ……は……っ……! あ、あんまりイジメないどくれよ……」

「いじめてるつもりはありませんよ?」

 

 いけしゃあしゃあと言いながら、さらに別のポイントを刺激します。

 

「あふ……っ……!」

 

 愉悦の声が熱い吐息を伴って漏れ出ます。

 そのまま何度も、反応を見ながら背中から背骨、そして肩からうなじまでをゆっくりと刺激していきます。

 

「そ、こ……ああ、そこ……すご、く……いい……んんっ!!」

「はいはい、ここですか? それともこっち?」

「ど……どっちも……りょうほう……頼めるかい……?」

「お任せください♪」

 

 欲望の赴くままに答えるので、私もたっぷりと欲望を満たせて貰いました。

 

 

 

「名残惜しいかも知れませんが、そろそろ下にいきますよ?」

「はぇ……し、した……?」

 

 呂律の怪しくなった声を了承の返事と勝手に解釈して、今度はお尻に手を触れます。

 

「ひんっ……!?」

「隊長職も座り仕事ですからねぇ。お尻や腿なんかも疲れるんですよ」

「け、けど……そこは……」

「たっぷり時間を掛けて、本格的にやるって言いましたよ?」

 

 そう言われては返す言葉もないのか、押し黙りました。

 なのでそのままお尻から太腿の感触をたっぷりと堪能しつつマッサージしていきます。

 こちらもオイルをたっぷり塗ってあるおかげで、ヌルヌルとした感触が肌に伝わっています。滑りが良くなってなおもお尻も太腿もプリッとした張りが感じられて、熟れた果物を手にしているようです。

 たまに"蹴ってください、ご褒美です"みたいな被虐的な言葉がありますが、納得ですね。全面同意してしまうくらい素晴らしい足です。

 

「ふ……あ、お……ぅっ……!」

 

 肩や腰、背中から伝わるそれとはまた違う感触なのでしょうか。曳舟隊長が必死で声を押し殺し始めました。

 

「曳舟隊長? あまり声を我慢なさらないほうが……」

「そ、そうかい……? いや……っ、べ、別に我慢してるわけ……じゃ……っ!」

 

 お尻の奥の凝りを強くもみほぐし、太腿の疲れを解消するように指を動かしていきながら、ときどき焦らすように力を入れます。

 

「~~~~っ!」

 

 白かった筈の背中は湯気が立ち上りそうなほどに熱を帯びて赤くなっており、必死に堪えるような声にならない声が断続的な吐息となって流れ出ています。

 どうやら、満足していただけているようですね。

 

「次はお腹側ですよ」

「……ふえ……っ……?」

 

 夢見心地になっている曳舟隊長に声を掛けつつ、軽く半回転させて仰向けにします。完全に反応が遅れ、されるがままになっていたのでしょう。

 気がつけばひっくり返されていたようで、最初に見せた堂々とした表情はどこへやら。気持ちよさに負けて蕩けた表情を浮かべていました。

 上気した顔はピンク色に染まっており、額にはじっとりとした汗の粒を幾つも浮かべています。

 

「まずはお腹から」

 

 敏感なおへそ周りを中心に、じっくりと刺激していきます。

 

「いけない、油を忘れていました。追加しますよ」

「ま、まって……!」

 

 当然、聞く耳なんて持ちません。

 ゆっくりと垂らしながら、もう片方の手でじっくりと肌を撫で回してオイルを塗り広げていきます。まるで射干玉の始解能力みたいですね。

 指先からのねちょねちょした感触の奥には、柔肌の感触が伝わって来ます。

 お腹にはうっすらと、見苦しくならない程度の絶妙な量の脂肪が乗っており、その柔らかさが女性らしさを倍増させています。

 

「お……ふううっ……!」

 

 そのままお腹から下半身へと、リンパの流れを意識しながらゆっくりと手を下げて刺激を与えていきます。

 くびれた腰が艶めかしく蠢いて、気のせいか甘い匂いが部屋中に広がっているようです。

 下半身から足の付け根、そのまま太腿へと流れるようにじっくりと、たっぷり時間を使ってもみほぐしていきます。

 

「はっ……はっ……はぁ……っ……!」

 

 まるで喘ぎ声のような呼吸が聞こえます。

 ですがこれはあくまでマッサージ、整体や按摩といった身体を解す医療行為です。何も問題はありません。

 

 むしろ問題があると思う方が下劣、下衆の勘ぐりというやつですよ。

 

 曳舟隊長もそう思っているのでしょう。

 声を我慢しなくていいと言ったのに、必死で押し殺そうとしています。ただ、太腿同士をもじもじと擦り合わせるその様子は、まるで何かを訴えているようにも見えました。

 

「それじゃあ最後に」

 

 お待ちかねです。最後の仕上げ、とばかりに胸元へ指を這わせました。

 

「そ、そこは別にいいじゃないかい……?」

「いえいえ、駄目ですよ。左右の大きさが違っちゃうと問題ですし、そもそも胸元は繊細で微妙な手入れが必要なんですから!」

 

 文句は絶対に言わせません。

 曳舟隊長の小山のように大きな胸に手を掛けました。

 

「…………っっっ!!」

 

 思わず両手で口を抑え、顔を真っ赤にしながら我慢しています。

 今までの施術がとてもとても気持ちよかったのでしょう。

 胸元に置いた手には火傷しそうな熱が感じられ、ドキドキとした心臓の鼓動が伝わってきます。

 そしてその山の頂には――いえいえ、なんでもありませんよ。ただ、曳舟隊長の性格と違って可愛らしかった、とだけ言っておきます。

 何がとは言いませんが。

 

 少し指を動かせば、大きなおっぱいがたゆんっと揺れました。

 今まで相手にしたこともない大きな胸を、円を描くようにしてマッサージしていきます。

 

「それと、胸の谷間や下乳なんかは汗や汚れが溜まりやすいので。念入りな手入れが必要なんですよ」

「~~~っ!!」

 

 ちゃんと理由を説明するのも忘れてはいけません。

 私の言葉を聞いているのかいないのか、ぐっと奥歯を食いしばったままコクコクと小刻みに首肯しています。

 まあ、頷いているので全てを私に任せるということでしょう。

 なのでたっぷりとオイルを足していきながら、時間を掛けて念入りに、手の平全体から指の先までを余すところなく使って柔らかな感触を堪の――もとい、精魂込めてマッサージをしました。

 

「これで一通り終わりです、お疲れ様でした」

「あ、ああ……」

 

 私の言葉、聞こえていますよね?

 曳舟隊長はぐったりとした様子で生返事をするだけです。

 

「それじゃあ最後に、曳舟隊長はお風呂に入って洗い流して貰えますか? 私はその間に後片付けをしておきますから」

「あ、ああ……」

 

 先程と同じ返事です。ホントに大丈夫ですかね?

 まあ、軽く襦袢を引っかけてフラフラとした足取りで外に出て行ったので大丈夫でしょう! 多分!!

 

 

 

 ……そういえば、今日は射干玉がヤケに静かね?

 

 後片付けを一通り終え、部屋を出たところで気付きました。どれどれ、どうしているのかしら――

 

『わ……我が生涯に……一片の悔いなし……でござるよ……』

 

 ――干からびてるーっ!?

 

 ちょ、ちょっと落ち着いて! てか蘇生しなさい!! 今回は凄く良い経験だってことは認めるけれど、あんたまだメインには到達してないのよ!! この後にもっと凄いご馳走が控えてるのが確定してるのよ!? 射干玉!! ここで満足してちゃ駄目でしょ!!

 

「なにしとんねんボケがっ!」

 

 慌てて刃禅を始めようとする私の後頭部に、猿柿さんの跳び蹴りが刺さりました。

 

 

 

 

 

 後日談――という程でもありませんが。

 

 曳舟隊長はあの施術の後、まるで生まれ変わったかのように元気になっていました。まるで全身の細胞全てを新品に入れ替えたようで、今までも美人だったのが更に五割増しくらいで美人になっていますね。

 おかげで男性死神たちの視線が凄いこと凄いこと。

 

 それどころか、あの施術から二日後に四番隊(ウチ)に直接乗り込んできました。

 

藍俚(あいり)ちゃん! 十二番隊(ウチ)に来る気はないかい!? 三席……いや、副隊長の席を用意してあげるよ!」

「え……えっ!?」

藍俚(あいり)ちゃんも知っての通り、隊長には上位席官を任命する権利があるからさ! 今までは特に使おうって気も起こらなかったが、今回は話が別だ! 藍俚(あいり)ちゃんの按摩技術とアタシの技術で尸魂界(ソウルソサエティ)に革命を起こそうじゃないか!!」

 

 ……知りませんでした。

 ええっ! 隊長ってそうなんですか!? そんなカラクリがあったなんて……

 

「お、お気持ちはありがたいのですが……」

 

 私の技術は自分のための物ですから。あと、了承すると卯ノ花隊長に睨まれそうな気がしたので。

 とても良い話だったのですが必死で、角が立たないようにお断りしました。

 

 

 

 ……選択、間違ったかなぁ……?

 




早くしないと零番隊に行っちゃいますからね。
(原作キャラ中で)最初になるのは仕方ない。

あと、ひよ里はこのくらいでいいでしょう?


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第37話 四番隊で一番長い夜

最初に注意です。
医療系っぽい専門っぽい用語っぽい言葉とかノリが出てきます。
が、私の知識がゼロ未満なので、それっぽく書いているだけです。
なんとなくそれっぽい雰囲気だけ感じ取ってください。
(技術とか医療機器も「ごちゃ混ぜ上等!」って感じです)


「それじゃあ、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様でした」

「湯川班長、後はお願いしますね」

 

 口々にそんなことを言いながら、綜合救護詰所からは多くの隊士たちが出て行きます。後に残ったのは、私を含めた数名の隊士だけです。

 

「それじゃあここから夜勤になります。皆さん頑張っていきましょう」

「「「はい!」」」

「特に虎徹隊士は今回が初めての夜勤だったわね?」

「は、はいぃっ! よろしくお願いしますっ!」

 

 勇音さんはなんとも緊張した面持ちでそう返事をしました。

 

「そんなに緊張しないで。夜勤って言ってもやること自体は昼間と変わらないから」

「そうそう。何も無ければそれでよし、何かあることなんて滅多にないから」

「そ、そうなんですか……?」

 

 先輩隊士たちの言葉に、目を白黒させながら答えています。

 入隊式の頃から変わらないその様子に、私は思わず笑みを浮かべてしまいました。

 

「まあ、あんまり気を抜かれすぎても困るけれど。彼らの言っていることも事実よ。やること自体は昼間と変わらないし、今回は夜勤がどういうことをするのか。実際に体験して身体で覚えて貰えばそれでいいから。だから力は抜いてね」

「が、頑張ります!」

 

 私の言葉に力一杯答えました……だから力を抜いてったら。

 

 

 

 以前、四番隊は病院みたいな物なので不夜城であると言ったかと思います。交代制で早番・遅番・夜勤・非番を回しています。

 基本的に四番隊(ウチ)は全隊士が――程度の差こそあれ――このサイクルで勤務しています。ですが、このサイクルに絡まない例外もいます。

 それが新人隊士です。

 来たばかりの新人隊士にあれもこれも夜勤もしろとはさすがに言えませんので、仕事を覚える一年ほどの間、つまり新しい新人が来る直前くらいまでは夜勤抜きで回します。

 

 そして今日からは、今年配属された新人たちが初めての夜勤を経験する日です。

 なので彼女はこんなに緊張していて、他の夜勤の隊士たちは「こんな頃が自分にもあったっけなぁ……」なんてことを思い出ながら、からかったりアドバイスを送ったりしているわけです。

 

 とはいえ、彼女の性格とまだ新人の立場ですから、その言葉も簡単には届きませんね。

 ついでに言えば、今日は隊長も副隊長も揃って別件で隊舎を離れています。それがまた、彼女の不安を助長させているのかもしれませんね。

 

 ……もう少し、頼れる席官になれるように頑張らなきゃ。

 

「ほらほら、落ち着いて。お茶でも飲む? 私、煎れるわよ?」

「そんな! 湯川四席にお茶を煎れて貰うなんて! わ、私が煎れますからっ!!」

 

 勇音が後を追うように慌てて立ち上がりました。

 

「……じゃあ、二人で一緒に煎れましょう。みんなも飲むでしょ?」

「勿論!」

「ごちそうさまです!」

 

 ということで、私と勇音は並んで給湯室へと入ります。

 ……私って一応はこの面子の中で一番年上で席次も高いんだけど……他の子は手伝う素振りすら見せてくれないのね。

 別に良いんだけどさ。

 

「それじゃあお湯を沸かすから、虎徹隊士はお茶請けの用意をお願いね」

「お茶請け……ですか?」

「ええ、戸棚に入っているでしょう?」

 

 そう告げると、彼女は素直に戸棚を開けます。

 

羊羹(ようかん)……ですか……?」

 

 するとそこには"夜勤用・手を出すべからず"という紙に包まった羊羹がありました。

 

「今夜は夜勤だからね、遅番で出勤する前に買っておいたの」

「え!? これ、四席の自腹ですか!?」

 

 そうです、遅番から夜勤の連続です。

 お仕事楽しいなっ!!

 ……人数足らないんだから仕方ないじゃない! ある程度の責任者がいないと駄目なのよ! それにもういい加減慣れたし。

 

「気にしないで」

「い、いただきます!」

 

 ということで、しばし給湯室には水を火に掛ける音と急須や湯飲みを用意する音、それと羊羹を用意する音が響き渡ります。

 

「四番隊にはもう慣れたかしら?」

「……え、あっ! はい!!」

「本当なら新人のことも一人一人丁寧に見てあげたいんだけどね、席次が上がっちゃうとこれがなかなか難しくって……」

「そんなことは……先輩には良くして貰っていますし、それに四席に業務を見て貰っていますし。ありがとうございます」

 

 作業をする傍ら、なんとなくそんな会話をします。

 まあ、原作で副隊長まで上り詰めるって知ってますからね。なんとなく他の新人よりもちょっとだけ贔屓して、目を掛けてしまうわけです。

 勇音の方は嬉しいのか、それとも困惑しているのか、なんとなく戸惑っているようです。

 

 しかし、こうして二人並んで作業していると部屋が狭く感じます。

 まあ無理もないんですけどね。

 私が六尺一寸五厘(185センチメートル)で、勇音は六尺一寸七分(187センチメートル)と、私より2センチ背が高いので。

 

 ……見た目だけだと勇音はこう、背を低く見せるような姿勢を取るので、私の方が高く見えてますけど、数字だけだとこうなります。

 そんな二人がいればそりゃ狭く感じますよね。手伝われなかったのは案外正解かも。

 

「さっきみんなも言ってたけれど、夜勤だからといって変に構えたりする必要はないわ。急患が担ぎ込まれたり、入院患者の容態が急変するなんて早々起こらないし。ちゃんと見回りとか通常業務だけしてれば、一晩なんてすぐだから。ね?」

 

 未だ緊張の解けぬ様子の彼女を落ち着かせるように、戯けた口調でそう言います。

 

『まあ、こうして話のネタにされている以上は何か事件が起こるのは確定しているわけでござるが』

 

 射干玉! メタ読み禁止!!

 

『むむむ……』

 

 何が"むむむ"よ!

 

 夜勤だけど何もありませんでした。お疲れ様でした。ちゃんちゃん。

 

 ――でいいじゃない! そんなオチでも私は問題ないわよ!!

 

『それでは尺が足らんでござるよ!! 実尺を23分として、前回のあらすじと回想シーンで10分、同じシーンをアングルを変えて何度も表現して5分稼ぐとして……』

 

 別に良いのよ! そんな無茶な尺稼ぎしなくたって!!

 

 

 

 

 

 ……まあ結局、何か起こるんですけどね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……ッ!?」

 

 反射的に立ち上がり、正面玄関の方へ勢いよく振り向きました。

 突然の行動に他の皆は吃驚した様子で私の方を向きます。

 

「あの、何かあったんですか?」

「ごめんなさい、ちょっと……取り越し苦労ならそれで問題ないんだけど……」

 

 虫の知らせ、とでも言うのでしょうか?

 何らかの予感めいた物を感じて、急いで外に出ます。

 

「あれは……」

 

 敷地の外まで出たところで気付きました。

 そこには一人の小さな少女――黒髪をおかっぱにした、まだ幼い幼い少女がこちらに向けて全力で走ってきています。

 夜勤中ですから今は当然ながら夜、それも深夜です。普通ならこんな歳の子供が出歩くはずはないのに、どうして……?

 

「どうしたの? 何か四番隊に用事?」

 

 ほんの少しだけ怪しさを感じましたが、何かあっては一大事です。慌てて駆け寄ると、しゃがみ込み視線を合わせながら優しく問いかけます。

 

「助けて……っ!」

「助けて?」

 

 近くで見ると、よく分かりました。

 目は大きく鼻筋も整っているかなりの美少女なのですが、今は目から大粒の涙を零しています。

 何度も転んだのでしょう、顔といわず寝間着といわず土埃や砂で汚れており、寝所から抜け出してきた少女が何者かに襲われて逃げてきた――まるでそんな風にも見えます。

 ひっくひっくと嗚咽の声を上げながら、必死で絞り出したようなその声は私に危機感を抱かせるのに十分です。

 

「にいさまを! にいさまを助けてっ!! おねがいっ!!」

「兄様……? ……ッ!!」

 

 そう言われたところで、微かな霊圧を感じました。

 ですがそれはとてもとても小さく、今にも消え入ってしまいそうなほど弱々しいもの。仕事柄、何度も感じたことがあります。

 私の予感が正しければ、この感覚は――

 

「先輩!」

「湯川班長!!」

「あれ、その子は……?」

 

 私が外に飛び出したのを何事かと思ったのでしょう。夜勤のみんなが後を追って出てきました。

 ですが、それを説明している暇はありません。

 

「緊急事態! 新村隊士と堀田隊士は集中治療室の準備!! いつでも使えるようにしておいて!!」

「え……っ!?」

「あの……?」

「返事ッ!!」

「「は、はいっ!!」」

 

 ただならぬ雰囲気を放ちながら怒鳴るような私の様子に異変を感じ取ったのでしょう。

 二人は慌てて駆け出して行きます。

 

「平家二十席と戸隠十八席は薬の準備! 最悪の事態を想定して、効果が強いのを上から順に揃えておいて!!」

「わかりました!!」

「りょ、了解です!!」

「他の皆は私に着いてきて!! 虎徹隊士はその子の相手をお願い!!」

 

 続いてそう叫ぶと、返事の声も聞かずに駆け出しました。

 

 

 

 瞬歩(しゅんぽ)を全力で使い数秒も走れば、その予感の元が見えました。

 

「う……うぅ……っ……」

「頑張れ! まだだ、まだ死ぬなっ!! もうすぐだ、もうすぐ……っ!!」

 

 そこにいたのは二人の男性隊士です。

 一人がもう一人に肩を貸しながら、まるで千鳥足のように覚束ないゆっくりとした足取りで歩いていました。

 ですが二人は酔っているわけではありません。

 果たして何があったのか、死覇装は見るも無惨にボロボロ。二人とも大怪我を負っていて全身に大小様々な傷が刻まれていますが、片方は特に酷いです。

 死覇装は溢れ出た血で染められてドス黒く変色しており、顔は青白くて生気が微塵も感じられません。月光と頼りない街灯に照らされるその姿は幽鬼と見間違わんばかり。

 

「どうしました!?」

「あ、あんたは……?」

「四番隊 第四席の湯川 藍俚(あいり)です! 先導する少女の助けを受けて来ました!!」

「少女!? よかった、無事に……いや、それよりもコイツを! コイツを助けてくれ!! 頼む!!」

「……ッ!!」

 

 ……こ、これはっ!!

 

 近くで見ると傷の酷さが一段とよく分かります。

 (ホロウ)の爪や牙でやられたのか、裂傷は手足を抉っています。腹部にも当然傷を受けており、おそらく臓器も……

 どこから連れてきたのか知りませんが、この傷で今まで生きていたのは奇跡です。

 よほど強い精神力を持っているのでしょう。普通なら痛みでショック死か、さもなければ出血多量で意識を失ってから死ぬか……

 

 今すぐ手当をしても、生存確率は――

 

「班長!」

「やっと、やっと追いついた……」

 

 ――そこに、ゼイゼイ言いながら、他のみんなが追いついてきました。

 一息吐かせてあげたいですが、そんな余裕は一秒もありません。

 

「良いところに! 千種十五席と両川十六席!! 二人はそれぞれ隊長、副隊長を呼んできて!!」

「え……?」

「あ、あの……!?」

「重傷者がいます!! 時は一刻を争います!! 手が足りません! 邪魔する者がいれば私に全責任を被せて構いません!! 早く!!」

「り、了解!!」

「はい!!」

「場所は分かるわね!? 不安なら一度隊舎で確認してから行きなさい!!」

 

 駆け出していった二人の背中に叫びましたが、果たして聞こえたでしょうか?

 ともあれ、今いる中で一番席次と霊圧が高いのがあの二人。なら、測ったことはないけれど足も速いはず。

 

 ああっ!! もうっ!! なんで今日に限って隊長も副隊長もいないのよっ!! っやっぱりアレって事件フラグだったの!?!?

 

「布川隊士たちは二人の搬送……いえ、こっちは私が運びます! そっちの患者はお願いしますよ!!」

「はいっ!!」

 

 そう指示を出しながら肩で支えられていた隊士を抱きかかえ、隊舎目掛けて一目散に元来た道を戻ります。

 移動途中、僅かでも霊圧治療を行って少しでも延命に務めますが、果たしてどこまで効果があるか……

 

「は、(はえ)ぇ……四番隊の速度じゃないぞアレ……」

 

 後ろから、そんな呟き声が聞こえたような気がしました。

 

 

 

「準備は!?」

「出来てます!! こちらへ!!」

 

 入り口の扉を蹴り破らん勢いで総合救急詰所へと飛び込めば、新村は今か今かと待ち構えていました。堀田もストレッチャーを準備済みです。

 

「わかったわ! すぐに……」

 

 おそらく彼に先導される形で集中治療室へ向かおうとして、私はその足を止めます。

 

「この人が患者よ、ごめんなさい。すぐに行くから、先にお願い!」

「なるほど、分かりました。すぐにお願いします!! 堀田、行くぞ!」

「オウ! ……って……っ!!」

 

 患者を見て思わず口から出かけた堀田隊士の言葉を新村隊士が手で押さえ込み、治療室へと駆け出していきます。

 新村クン、ナイス判断!!

 絶対に口に出してはいけない言葉って、ありますからね。ましてや――

 

「あの、先生……」

 

 ――こんな小さな子供の前で、言えるはずがありません。

 

 勇音が慰めて、ここまで連れてきたのでしょう。

 そこには私の袴の裾を掴み、再び大泣きしそうな程不安そうな顔をした、あのおかっぱの少女がいました。

 

「大丈夫よ。絶対に、絶対に、私が助けるから」

「本当に!? にいさまは、本当に助かるの!?」

「ええ……」

 

 彼女を安心させるように優しくそう言います。

 本当ならここで頭の一つでも撫でてあげたいところなのですが、あいにく患者の血で汚れていますので。腕で血糊を隠しながら努めて優しい言葉を選びます。

 とはいえ、絶対に大丈夫と確約出来ないのが辛いところですね。

 

「ただ、お兄さんは凄く大きな怪我をしているの。もしかしたら、私たちだけの力じゃ足りないかもしれないの」

「え……っ! そ、そんなの……」

「だから!」

 

 少女の言葉を遮って言います。

 

「だから、あなたもお兄さんを応援してあげてほしいの。頑張って、怪我なんかに負けちゃ駄目って。その声が届いたら、お兄さんもきっと助かるわ」

「ホントに!?」

 

 嘘ではないですが、真実でもありません。

 ただ、ギリギリのところを踏ん張れるか否かは本人の精神力次第です。そこに応援の声があれば――ましてやそれが肉親の声ならば、どれだけ心強いことでしょうか。

 

「……ええ」

「わかりました! わたし、がんばります! がんばってにいさまをおうえんします!!」

 

 なんとか首肯した私を、少女は一転してキラキラとした瞳で見ています。

 ……これは、期待を裏切れないわね。駄目だったら、この子に私の首を差し出してでも謝罪しなきゃ……

 

 ……おっと、いけない。もう一人を忘れるところでした。

 

「ほら、虎徹隊士。いくわよ」

「え……?」

「なにを惚けているの? 手が足りないのよ、助手に入って頂戴」

「そ、そんな……私、私じゃ無理ですよぉ!!」

「……私の指示に従いなさい。それ以外は何もしないでいいし、失敗したら全責任を私に押しつけなさい」

「そんなっ! だって……!!」

「いいから、いくわよ!!」

 

 先程の堀田の時のように迂闊なことを口にしそうだったので、慌てて有無を言わさずに引っ張っていきます。

 なにしろ彼女にも経験を積ませてあげないといけませんからね。将来のためにも。

 

 とはいえ、さすがにこれは難しいかしら……

 

 

 

 

 

 

『しょうがないにゃあ……でござる』

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「容態は!?」

「極めて危険です! 霊圧治療と薬で延命していますが……」

「わかってるわ! 麻酔は!?」

「大丈夫です!」

「よし、霊子縫合の準備!」

 

 集中治療室では、ストレッチャーからオペ台に移された患者が寝ていました。中には既に堀田たちがおり、戸隠たちが持ってきたであろう薬を投与しています。

 

「まずいわね、これ……」

 

 明るいところでちゃんと見ると、内臓の損傷の著しいです。これは放置できません……あっちもこっちも……

 

「まずは氷、低温で壊死を食い止めます! 準備!」

「はい!」

「虎徹隊士!」

「は、はいっ!!」

 

 やっぱり無謀でしたかね? 完全に空気に呑まれています。

 

「霊術院でも、先輩からも習ったでしょう!?」

「すみませんすみません!!」

 

 慌てて鬼道を唱え、治療に加わりました。

 

「心拍が弱ってます! 血圧も!」

「増血剤を投与! 薬は……戸隠隊士! 上から順に強いのって言ったでしょう!」

「え、ですが……」

「これじゃ薬効が足りないの! 効果の前に死ぬわよ!?」

「すみません!」

 

 彼女が泣きながら治療室を一旦出ます。

 普通ならこの薬で良いんですが、今はこれだと足りません。強すぎて身体に悪いくらいでないと。

 語気が荒くなっちゃうのは、ホントにゴメンね。でもこっちも余裕がないの。

 

「こっち、出血が……!」

「そこは大動脈ね、なら虎徹隊士! 血管の結紮! できるでしょう!?」

「はいいぃっ!!」

「私はコッチの臓器を……うっ……!」

 

 損傷が酷すぎる! これはどうする……

 

「霊圧治療で再生を促すしか……間に合って!」

 

 患部に手を翳して、全力で回復を試みます。

 

「うわ、こっちも……!?」

「そこも!? 鉤ピン! あとルーペも! 勇音!!」

「はいいぃっ!!」

「吸引!」

「こっちガーゼ!! 圧迫止血!!」

「はいいいいいぃっ!!」

「すみません、お待たせしました!!」

「遅い! 戸隠はそのまま投与開始! 平家は助手に回って!」

「はいっ!!」

 

 薬担当に回していた二人が戻ってきました。

 持ってきた薬品は……問題ないわね。

 

「ここは!?」

「これは……切除! そこから霊圧で再生させます! こっちには抗生物質!」

生食(せいしょく)は大丈夫!?」

「班長、ここっ!!」

「う、ここは……」

 

 ここって――この損壊具合じゃあ……! 死には至らないけれど、死神としては……

 

「無理かも知れませんが、霊圧治療で再生を促します。皆は他を!」

「「「はいっ!」」」

 

 治せる……かしらね? 当然、全力で治療をするつもりだけど、ここだけは……

 

「血圧安定! 脈拍も正常です!」

 

 そうやって全力で回道を唱え続けていると、どうやらなんとか峠は越えたようです。

 

「遅くなりました!」

「隊長!!」

 

 

 卯ノ花隊長も来てくれたみたいですね……これなら……

 

「あ、れ……?」

藍俚(あいり)?」

 

 隊長が、来た、ことで……油断、しすぎましたかね……

 さっきから、ずっと、回道も、使い続けて……

 い、意識が……

 

藍俚(あいり)!」

「湯川四席!!」

 

 私の名前が呼ばれたような、そんな気がしました。

 




●施術シーン
医療ドラマのノベライズとか買って、施術シーンをちょっと参考にしました。
(送料の方が高い……(涙))
なにしろ想像の限界を超えていたので。
あくまで"それっぽさ"だけを感じください。

●使い捨て隊士
新村(にいむら)・堀田(ほった)・平家(へいけ)・戸隠(とがくれ)……
(いろは)に・ほ・へ・と……

戸隠十八席はメカクレ系の薬マニアな女性隊士。
とかそういう設定を考えようと思いました(思っただけ)


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第38話 長い夜が明けた日

「すみません、卯ノ花隊長! 急患です!!」

 

 既に一日は終わり、床についたところを不粋な大声で呼び起こされて、卯ノ花は不機嫌な表情を隠そうともせずに目を開けた。

 今日は別件の用事があり、四番隊にいられない。日帰りをするのも面倒だったので、出先で泊まるためにその日の内には戻ってこない。

 何かあったらば連絡をしろと住所こそ伝えていたものの、何か火急の用事が入るとは思えない。

 そうタカを括っていたところにこれだ。機嫌も悪くなろうというものだろう。

 

「申し訳ありません、何の用でしょうか?」

「あ! これは申し訳ございません。私、護廷十三隊の四番隊の者です! こちらに四番隊の卯ノ花隊長がおられると」

「はあ、確かにいらっしゃいますが……」

「緊急の重傷者が担ぎ込まれ、湯川四席が対応していますが、手が足りません! 至急隊長を呼べとの四席の言葉でしたので!」

 

 遠くから聞こえてきた声に、卯ノ花は思わず身体を起こした。

 やりとりをしているのはこの家の家人。そしてもう一人は彼女の部下だったのだ。

 もう後は寝るだけだというのに、そんなことを言われてはたまったものでは無い。

 何か緊急事態が起きた――それも、卯ノ花との付き合いが一番長い部下が手を借りたいと願う程の大事件が起きたのだろう。

 そう考えると、いても立ってもいられなかった。

 慌てて飛び起きると、そのまま勝手口――いわゆる門代わりの場所へと向かう。

 

「何の騒ぎですか?」

「これは卯ノ花様! 申し訳ございません……」

「隊長! 卯ノ花隊長!! 緊急事態です!!」

 

 頭を下げるのは、今日用事があって訪れた家のお手伝いだ。

 それとは対照的に、四番隊の死覇装を纏った隊士――たしか、千種十五席だったか――は悪びれることすらなく、彼女の顔を見た途端に安堵したような緊張したような、そんな複雑な表情を浮かべた。

 

「一体、何があったのです?」

「重病人です!! 湯川四席が隊長を呼べと命令してきて、それで……」

「落ち着きなさい。急患が担ぎ込まれた、と認識して良いのですね?」

「はい!」

「では、容態は?」

「えっと……」

 

 そう問い質すと、彼女は言葉に詰まった。

 なるほど、その反応で何が起こったのか、卯ノ花にはある程度の察しがついた。

 

 おそらくだが、怪我人――それも、夜勤の隊士たちでは対処しきれないような重傷者――が出たのだろう。そしてその怪我人の命を救うために自分が呼ばれたのだろう、と。

 卯ノ花はそう結論付けた。

 

「……分かりました。では私は、四番隊の隊舎へ行けば良いのですね?」

「は、はい! そうです!!」

 

 ――やれやれ。せっかくの休暇が、そして古い知り合いの家を訪れたというのに、最後の最後でこんなことになるとは……

 

 そんなことを考えながら、卯ノ花は家人たちへと向き直る。

 

「大変もうしわけありません。どうやら緊急事態のようです。無礼なこととは重々承知ですが、今日はもうお(いとま)させていただきます。家の者にも、そうお伝え願えますでしょうか?」

「はい……」

 

 事態を飲み込めぬものの、何かあったということは分かったのだろう。

 応対に顔を出した雇われ人は、戸惑った様子ではあったもののそう返事をしていた。

 

 

 

 

 

 ――藍俚(あいり)……何があったのですか?

 

 四番隊の隊舎へ向けて全力で駆けつけている間、卯ノ花は胸中でそう問い質す。

 彼女が覚えている限りでは、入院患者のなかにはそこまで緊急の対応が――それこそ、隊長が手を出さねばならないほどの――必要な患者はいなかったはずだ。

 

 それがどうして、部下を派遣して自分を直接呼び寄せねばならないのか。

 

 彼女には分からなかった。

 湯川藍俚(あいり)には数百年に渡って彼女が手ずから鍛えており、ちょっとやそっとの緊急事態ならば独力で乗り越えられるくらいには鍛えている。

 先の滅却師(クインシー)殲滅作戦でも目覚ましい活躍――四番隊の隊士としても、戦闘能力という意味でも――を見せており、その実力は疑いようがない。

 そこまで鍛えるのに時間は掛かったものの、あともう少し……ほんの百年もすれば、満願が成就する日も近いはず――そう卯ノ花に希望を抱かせほどの実力を持っていた。

 

 ――つまり、彼女一人では手が足りないような重傷者を見つけた、ということですかね。

 

 四番隊の隊舎へと向かいながら、その道中で起こりうる可能性と対処方法を模索する。

 既に彼女を迎えに来た死神――たしか、千種十五席――は遠く離れ、見えなくなっていたが、気にした様子もなく彼女は道中を全力で駆けていった。

 

 ほどなくして四番隊の敷地内へと到着し、綜合救護詰所へと飛び込んだ。

 

「隊長!」

「卯ノ花隊長! どうしてこちらへ!?」

 

 そこには、夜勤を命じられた隊士以外の者が数名詰めていた。

 さらに隊社内には見知らぬ少女がおり、女性隊士が見守る中を集中治療室の扉へ向けて大声で叫んでいた。

 

「にいさま! がんばって!! わたしが、わたしがついてますから!! どうか、どうか、負けないで!! 先生も約束してくれましたから!!」

 

 声は掠れており、息も絶え絶え。よほど長時間の間叫び続けていただろう。もはや声を出すことすら辛いだろうに、けれども少女は怯むことなく叫び続けていた。

 治療室へ向けて声を投げかけ続ける少女の姿に、卯ノ花は驚きと興味を持つ。

 

「あなた、どなた?」

「……え?」

 

 そう返事をした途端、集中が途切れたのだろうか。

 ゴホゴホと咳き込みながらそれでも強い意志の込められた視線で少女は卯ノ花を見やる。

 

「わっ、わたし……は……っ……ゴホゴホッ!!」

「無理はしないで。頷くか首を振るかだけでいいから答えて貰えるかしら?」

「…………」

 

 首肯する少女を見て、卯ノ花は続ける。

 

「集中治療室にいるのは、あなたの家族。そして、治療をしているのは湯川 藍俚(あいり)という死神で間違いありませんか?」

「…………」

「わかりました」

 

 再び少女は首肯するのを見て、卯ノ花もまた頷いて見せた。

 

「誰か、この子を休ませてあげなさい。それと私も、治療室へ入ります!」

 

 隊士がやってきたかと思えば、少女を連れて下がる。その様子を見ながら、卯ノ花もまた治療室へと入った。

 手術着に着替え、手指の消毒を急いで終えると手術場へと飛び込む。

 

「遅くなりました!」

「隊長!!」

 

 彼女が姿を現した途端、その場にいた誰もが安堵したような表情を浮かべる。

 それはつい先程まで現場を仕切っていた藍俚(あいり)も同様らしく、治療に回していた手を止めていた。

 

「あ、れ……?」

 

 手を止めた途端、彼女の様子がおかしくなる。

 意識を失い、糸の切れた人形のようにふらりと倒れ込んだ。

 

藍俚(あいり)!」

「湯川四席!!」

 

 それを近くにいた勇音が慌てて抱き留めた。

 ほぼ同じような体格をしている彼女だからこそか、崩れることなく何とか支える。これが手術場にいた他の隊士たちでは一緒に倒れていただろう。

 

「……気を失っていますね」

 

 一目見ただけで分かるほど、彼女は疲弊しきっていた。

 ぐったりとした様子を見ただけでも、何か神経を極度にすり減らすような事があったと分かる。霊圧を探れば、普段よりも大きく減っている。

 こんな状態になるまで霊圧を消費し続ければ、並の死神ならばミイラのようになっても不思議ではない。

 

「無理もないと思います。班長、自分たちに指示を出しながら凄い勢いで施術を続けて、霊圧治療も長時間行ってて……」

「何があったのです?」

「それは……――」

 

 卯ノ花の問いかけに、その場の隊士たちが答える。

 深夜頃に重傷者を発見したこと。それを今まで必死になって治癒し続けたおかげか、大きな峠は越えたこと。外の少女はこの患者の妹であり、藍俚(あいり)の言葉を信じて必死に声を掛け続けていたこと。

 

「……なるほど」

 

 全て――とはいえ状況が状況なので簡単にではあるが――を聞き終え、もう一度患者の様子を確認すると、卯ノ花は軽く唸った。

 

「大した処置ですね。これならば問題はないでしょう」

「えっ! 本当ですか!?」

「嘘ではありませんよ。容態も安定していますし、聞いた限りと今見た限りですが致命箇所にも全て適切な処置が施されているようです。確かに細かい処置は残っていますが、それは四番隊の隊士であれば誰でも出来ます」

 

 そこまで口にすると、卯ノ花は一度手術台の上へと目をやり、再び隊士たちへと視線を戻す。

 

「私の到着を待っていては、この患者は助からなかったでしょう。皆、よく頑張りましたね」

「やった……っ!!」

「よかった……よかった……」

 

 やはり隊長が断言すると安心感が違うのだろう。彼らはまだ施術が終わっていないというのに歓喜の声を上げる。平家ら女性隊士など涙を流すほどだ。

 そんな彼らを横目に、卯ノ花は残った一人――抱えているのである意味では二人――へと視線を向ける。

 

「虎徹隊士」

「はっ、はいぃっ!」

「彼女を連れて外へ。もう使い物になりませんからね、ゆっくり休ませてあげなさい」

「はいっ!!」

 

 肩を貸すようにして藍俚(あいり)を支えながら、勇音は誇らしげに返事をした。

 

「ああ、それと。外で待っていた少女にも、命が助かったことを伝えてあげなさい。彼女、ずっと声を掛け続けていたようですよ」

「わかりました!」

 

 そうして一足早く手術室を出て行く後ろ姿を見送ってから、患者へと向き直る。

 

「さて、あの子がここまでやったのです。せめて、後の処置くらいは私がしましょう」

 

 とはいえ彼女自身が口にしたように、残った処置は新人隊士でも可能なものだけ。一人で手早く作業を終えながら、卯ノ花は処置結果に満足していた。

 

 ――ようやく花が咲いたか、と……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ん……あれ……?」

 

『グッドモーニングでござるよ』

 

 はいはい、ベトナムベトナム。

 ……え? グッドモーニング(おはようございます)

 

「今何時!?」

「ふえっ!? すみません、寝てません! 寝てません!!」

 

 思わず飛び起きると、すぐ隣で寝ぼけたような慌てた声が響きました。

 

「ここって……」

 

 見回せばここは隊舎内の病室、その一室です。入院患者が入る個室ですね。布団が敷かれていて、私はそこに寝ていたようです。

 そして隣を見ればそこには――

 

「えーと……起きてる?」

 

 ――勇音がいました。

 あ、別に添い寝をしていたわけではないですよ。隣で正座しているだけです。

 声を掛けて意識が半覚醒したのでしょうか? 眼が虚ろといいますか、寝ぼけているといいますか、焦点の合わない目をしていますね。

 

「……あっ! はい、すみませんすみません! 起きてます!」

「そ、そう……というか、あれからどうなったの? 私、なんでここに寝てるの?」

「えーと、それはですね……――」

 

 勇音の説明を聞くに、なるほど卯ノ花隊長が来た時点で安心しすぎて気絶してしまったようですね。元々神経をピンピンに張り詰めていたところを緩めてしまい、その落差が一気に襲い掛かってきたようです。

 気絶した医者なんてもう邪魔者以外の何者でもありませんから。退場を命じられた挙げ句、ここに寝かされたそうです。

 そう言えば目がしょぼしょぼするというか、頭が重いというか、疲れの諸症状が出ていますね。

 

 ただ、治療自体は成功したようです。よかったよかった。さすがは卯ノ花隊長ですね。間に合わなかったら、どうなっていたことやら……

 

「――……なるほどね。ありがとう」

 

 ……あっ! いけない、あれは謝っておかないと。

 

「忘れるところだったわ。手術室では乱暴な言い方をしてしまって、ごめんなさい」

「いえっ! そんなことは!! わ、私が悪いんです……せっかく見込んで貰ったのに、全然お役に立てなくって……」

 

 頭を下げると勇音もまた、頭を下げてきました。

 ということで、四席と新人隊士がお互いに頭を下げている状態です。

 なんですかこの状況?

 

「先生っ!!」

 

 と、そこにあの少女が飛び込んできました。

 

「よかった! 目がさめたんですね!! 先生、ありがとうございます!! 先生のおかげで、にいさまは……にいさまは……私、私……かんちがいしてて……家族がいなくなるって……死んじゃうかもしれないって……私がまちがっていました!! 約束を守ってくれて、ありがとうございます!!」

 

 部屋に入ってくるなり私に突撃するような勢いで抱きついてきて、なにやら言っていますが……何が間違ってたんでしょうか? 多分、この子が考えていた何かとか、そういうのが関係していると思うんですが。

 さすがに名前も知らない女の子の心情を汲み取れというのは無理です。

 

「落ち着いて、ね?」

 

 とりあえずこの子を落ち着けようと頭を撫でてあげます。

 

「えーと……そう言えばまだ名前も聞いてなかったわね。私の名前は湯川 藍俚(あいり)。あなたのお名前は?」

梢綾(シャオリン)……(フォン) 梢綾(シャオリン)です! 湯川先生!!」

「そうなの、梢綾(シャオリン)ちゃんね」

 

 元気いっぱいですね。

 

 ……あれ? どこかで聞いたような……というか、(フォン)という言葉が記憶の片隅になんとなく引っ掛かっているような……

 

 ……え、まさか? ひょっとして……?

 

梢綾(シャオリン)ちゃん、お兄さんの名前はなんていうの?」

「にいさまですか? 探蜂(タンフォン)と言います」

 

 うーんこれは……確定、でしょうね。

 

「そっか、ありがとう。名前を聞きそびれちゃったからね。お兄さんはしばらく入院して身体を休めないと駄目だけれど、それが終われば元気になるから。それまで待っててね」

「はい!!」

 

 今さら何でそんなことを聞くのだろうと不思議そうな顔をしていましたが、理由を話せば納得したように破顔しました。キラッキラの輝くような笑顔です。

 

 ――後の二番隊隊長の砕蜂(ソイフォン)ですよね、この子。

 

 

 

 

 

 そういえば射干玉、あなた今回静かだったわね。

 

『失礼な! それではまるで拙者がニートのようではござらぬか!! 拙者にも用事の一つくらいあるのでござるよ!!』

 

 用事、ねぇ……なにか変なことしてたんじゃないの?

 

『いえいえ、なにも。ただ、もう少し寝かせてほしいでござるよ……働きたくないでござる……働いたら負けでござるよ……』

 

 あ、寝た。

 というかその言い方だと、ホントにニートじゃないの……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 その部屋では、大手術を終え生死の境から奇跡的に生還した探蜂(タンフォン)が寝かされていた。

 未だ麻酔は切れず意識こそ取り戻してはいないものの、呼吸音は健常者のそれと同様。全身に巻かれた包帯が無ければ、ぐっすりと眠っていると言われても信じられるだろう。

 

 そして、室内には眠り続ける彼の他にもう二人の死神がいた。

 二人とも眠る探蜂と手にした紙――出来上がったばかりの診療記録の間を、何度も熱心に往復させている。

 

「明け方にたたき起こされ、大急ぎで来たかと思えばもう全て終わりましたか……まったく、我が部下ながら優秀だね」

 

 やがてその中の一人が、皮肉を交えた口ぶりで呟く。

 彼は鋭い目つきに泰然自若とした物腰を見せており、その立ち振る舞いからは思慮深さが感じられる。

 

「あら、あなたの部下ではなく私が鍛えたのですよ? 山田副隊長」

「……それでも四番隊の隊士なのですから、部下と呼んでも差し支えはないでしょう? 卯ノ花隊長」

 

 まるで言葉という名の真剣勝負のようなやりとり。

 卯ノ花と共にいるこの男の名は山田(やまだ) 清之介(せいのすけ)といい、現在は四番隊の副隊長を任されている男でもある。

 藍俚(あいり)が探蜂の怪我を診て慌てて呼び寄せた者の一人だ。

 とはいえ彼は卯ノ花よりも遠い場所にいたため、呼び出しの隊士が現れた時には既に夜明け後、四番隊の隊舎へと来た時にはすっかり日が昇っていたわけなのだが。

 

 そうしてやってきた清之介は、卯ノ花と共に探蜂の容態を診ていた。

 

「死んでもおかしくない大怪我をしたと聞いていたが、見事なものだね。あの人もやっと、花実が咲いたようでなにより」

「あなたもそう思いますか?」

「当然ですよ。僕より年上なのに、席次はずっと下。命令する度に気を遣うったらなかった」

 

 そう口にする清之介に、卯ノ花はくすりと笑う。

 

「嘘ばっかり。あなたはそんなことは気にしないでしょう?」

「心外ですね。これでも最低限の礼儀は持ち合わせているつもりですし、これだけの治療を施せた相手ならば尊敬もしますよ……まあ、この治療記録が全て事実であれば(・・・・・・・・)、ですが」

「疑っていますか? 彼をここまで連れてきた同僚の証言もあれば、治療に参加した席官たちの証言もあります。最後だけですが私も治療に参加しました。少なくとも嘘はありませんよ」

 

 少しムッとした様子で言い返す卯ノ花であったが、今度は清之介が嘆息する。

 

「では全て事実だったと仮定するとなれば、これだけの怪我を全て治癒したことになる……となればこれはもう、隊長はおろか(・・・・・・)僕すらも超えた治療の腕前を持っていることになるわけですがね」

 

 清之介の回道の腕前は群を抜いている。

 四番隊でも、卯ノ花すら上回ると言われるほどだ。

 つまり現時点で最も優秀な回道の使い手が診ても「不可能だ」と判断した程の大怪我を藍俚(あいり)は治した、ということになる。

 それも長年の間、下っ端で燻っていた者がだ。突然そんな事実を突き付けられても、(にわか)に信じられないのも当然だろう。

 

「それこそ、あなたは自分で口にしていたでしょう? "やっと花実が咲いた"と、それだけのことですよ」

「それはつまり"青は藍より出でて藍より青し"――師であるあなたを超えたのを認める、ということですかね?」

 

 互いに押し黙り、病室内に剣呑な空気が流れた。

 

「……まあ、いいでしょう。実績も出来たし、時期も丁度いい。良い機会ですからね、あの人もそろそろ報われても良いでしょう」

 

 やがて、根負けしたように清之介は口を開く。

 

「隊長が良ければ、引き継ぎの準備をしておきますが……どうします?」

「問題はないでしょう。私の方でも準備を進めておきます」

「よろしい。実際には来年度の頭からになるでしょうが、ではそのように」

 

 そんなやりとりの後に、二人は頷き合うと病室から出て行った。

 

 それぞれの思惑を抱えたまま。

 




●蜂家の家族事情
兄がいたけれど、みんな死んでいた砕蜂さん。
原作では彼女は「なんでそんな弱い兄ばっかりなんだ?」と思ってましたけれど。
そう考える裏には「兄の死を報告だけで知って、実際に命が消えるかもしれない場面を知らなかったんじゃないか?」とか妄想してました。
(「数字だけでXXXX人死にましたと知る」のと「実際にXXXX人分の死体を見て知る」のとでは、情報や実感が全然違うと言いますし)

で、藍俚(あいり)が四番隊で頑張っていたので死亡率とかがちょっと変わって、その結果が積もり積もって、砕蜂兄が助かるようにエフェクトがバタフライした。
家族が死ぬかもしれないを恐怖を間近で見て、彼女の価値観が一気に変わった。
という感じです。
(なんで砕蜂が夜に出歩いていたかや、細かい心情や関係性の変化はもう少し後で)

●探蜂(タンフォン)
斥候役や調査を得意とする意味を込めて、探の字を使用。
(ざっと調べると読み方はタァンらしいのですが)
一応、砕蜂の1つ上の兄という位置づけ。
(原作だと名前すら出ずに死んでるので)

●山田清之介
原作キャラ、山田花太郎の兄。
回道の腕は卯ノ花以上とまで言われた凄い死神だが、絡みは特に無し。


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原作開始前 副隊長時代
第39話 願いが大体成就した日


「湯川四席、あなたを四番隊の副隊長に任命します」

「……はい?」

 

 卯ノ花隊長の言葉を思わず聞き返します。

 

「聞こえませんでしたか? 副隊長に任命する、と言ったのですよ」

 

 綜合救護詰所内に、同僚たちの拍手の音が響き渡りました。

 

 

 

 ――って、既に一度やりましたよこの流れ!!

 

 

 

 真夜中の探蜂さん大手術事件も無事に終わりました。まだ回復途中で布団から出られないのですが、意識も取り戻して経過も順調です。

 ただまあ、完全に元の状態には戻せなかったのは私の落ち度なんですけれど……

 梢綾(シャオリン)ちゃんはお兄さんの病室に常駐したいと駄々をこねていましたが、さすがに小さい女の子をずっと置いておくわけにはいけません。ご実家に連絡して引き取りに来て貰いました。

 

 そう言えば彼女がなんであんな夜中に一人でいたのか、気になって聞いたことがあったのですが「いわゆる虫の知らせのような嫌な予感を覚え、夜中に一人で抜け出した」だそうです。

 そこで大怪我をした探蜂さんたちと出会い、一人大急ぎで四番隊まで連絡を取ろうと思ったとか。

 

 幼女なのにすっごい気合入ってますね……けれど、その根性のおかげでお兄さんを助けられたのですから。

 一応、迎えに来た(フォン)家の方にはそれとなく取りなしておきましたので、色々合わせて"夜中に一人で抜け出したのを軽く怒られる程度"にしてあげて、とお願いしておきました。

 

 そんな大事件から一週間も経過したでしょうか? 朝のミーティングの時にいきなり隊長から副隊長昇格を告げられました。

 いきなり言われたら驚くに決まってるじゃないですか!!

 

「……副隊長、ですか?」

「そうです」

「山田副隊長が既にいますけれど……?」

 

 山田清之介副隊長、性格は悪いけれど回道の腕前は無茶苦茶凄いんですよね……

 ひょっとしたら、探蜂さんの怪我も彼がいたら完治できたんじゃないか? そう思わせるくらい、腕がずば抜けています。

 そんな人が現役でいるのに、それを押しのけて私が副隊長ですか!? ありえないですよ……

 

「ああ、気にすることはない。僕は護廷十三隊を辞めるからね」

「……えっ!?」

「瀞霊廷真央施薬院から"医師として働かないか?"と声が掛かっていてね」

「ええっ!?」

 

 瀞霊廷真央施薬院というのは、五大貴族を中心とした上流貴族専門の救護詰所――早い話が、超VIPな患者のみを対象とした病院です。

 噂でしか聞いたことありませんが、物凄いドロドロとしてるとか……古今東西、金と権力を持った者が次に願うのは不老長寿ですから。

 そのお零れにありつこうとしたり、足の引っ張り合いとかで、魑魅魍魎が跋扈しているという噂です。

 

 ……え、私は声なんて掛かりませんよ。だって流魂街出身ですから、その時点で招致の対象外です。貴族の権威主義が幅を利かせてますからねぇ……

 

「突っぱねても良かったんだが、その内に無視できなくなりそうだったんでね。湯川四席が先日大きな実績を残したことだし、丁度良い機会だったよ」

「……初耳なんですけど」

 

 私、一応四席ですよね? 上位席官ですよね? それなりには偉い人ですよね? なのになんで、副隊長が辞めるって話も私が副隊長になるって話も、まったく聞かされていないのでしょうか……??

 

「言ってませんでしたからね」

 

 隊長!? え、なんで私に言ってくれないんですか!? 当事者ですよね私って!?!?

 

「こういうのを、現世では"さぷらいず"というそうで。それに倣ってみました」

 

 さぷらいず……ああ、サプライズですか。たしかに驚きましたけれど! これ、どっちかっていうとドッキリの類いですよね!?

 

「正式な任命は来年度からだ。それまでは引き継ぎ作業などで、僕と行動を共にして副隊長の業務を覚えて貰う。まあ、権限や扱いは副隊長のそれと変わらんから、覚悟はしておくように」

 

 それって副隊長の仕事や責任はのし掛かってくるけれど、扱いやお給料だけは四席のままってことですよね……?

 

「わかりました。湯川藍俚(あいり)、謹んで副隊長の席を拝命いたします」

 

 まあ、いいです。

 副隊長になると、借りられる家もかなり豪華になるので。マッサージも捗りますね。

 どうしようかな? 家借りたら、お手伝いさんとかも雇って、マッサージ専用の部屋とか道具とかももっとお金掛けて揃えて、サウナとかも作っちゃおうかしら!?

 

 ……あ! その前に、お役所に届け出を提出に行かなきゃ……面倒すぎる……

 

 再び拍手の音が響き渡った四番隊の中、この届け出だけは何度やっても慣れないなぁ……と一人空気を読まず、気持ちを沈ませていました。

 

 

 

 

 

「湯川四席……あ、いえ。もう副隊長とお呼びした方がいいでしょうか……? と、とにかくおめでとうございます!!」

「ええ、ありがとう虎徹隊士」

 

 若干覇気の無い雰囲気を纏った藍俚(あいり)の様子を不思議そうに思いながらも見送っていた。

 

「……はぁ」

「どうやら、気分が優れないようですね。虎徹隊士」

「え……う、卯ノ花隊長!?」

 

 彼女の姿が消えてから、思わず口から溜息がこぼれ落ちた。

 そこに声が掛かり、誰かと思えば卯ノ花だったのだ。二重の意味で驚かされる。

 

「何か悩みでもあるのですか? 差し支えなければ相談に乗りますよ」

「いっ、いえ……あの……その……」

 

 驚きと緊張で混乱する頭を必死でフル回転させ――

 

「相談……といいますか……その、先日の夜のあの事件のことなんです……」

 

 ――やがて、ゆっくりと話し始めた。

 

「私、初めての夜勤だったんです……そこにあんな大怪我した人が来て、湯川四席に手術室に連れて行かれて……なのに、あの場で何にも役に立てなくて……恐くて……情けなくって……」

「なるほど……」

 

 あの夜に何があったのかは、卯ノ花も既に藍俚(あいり)から詳細に聞いている。

 確かに、あれだけの怪我人に対してでは、新人隊士を連れていったところで役に立つ以前に足手まといにしかならないだろう。

 どんなことにでも、段階というものがある。新人に経験を積ませる目的だったとしても、あの場は少々やり過ぎだ。

 

「確かに、普通ではありませんね」

 

 大人しく梢綾(シャオリン)のお守りでもさせつつ、補助の補助でもさせておくのが、普通だろう。

 ましてや藍俚(あいり)はあの場の責任者だったのだ。それが分からないほど無能でもないし、そもそも無能でいるのを許すほど卯ノ花は甘く(しつ)けていない。

 

「ですが、彼女は敢えてそうした……あなたが本当に役に立たないと思ったのなら、手伝いに呼ぶこともなかったでしょう。それはつまり、あなたの役に立つと思ったから。あなたの将来に期待をしているからこそ、敢えてそうしたのではないでしょうか?」

「わ……私の将来ですか!?」

 

 上位席官に期待されている、と聞いて一瞬満面の喜色を浮かべるものの、生来の気の弱い性格からか勇音は慌てて否定を始めた。

 

「む、無理ですよぉ! 私なんて……そんな……湯川四席の足下にも及びません……」

「そんなことはありませんよ。彼女にだって新人の頃はありましたし、昔はそれはもう……ああ、これは一応、本人の名誉のために黙っておきましょうか」

 

 来期からは副隊長ですからね。と口にしながらも、明らかに勿体ぶった様子で卯ノ花はくすくすと笑う。

 

「それに私見ですが、あなたは新人隊士という色眼鏡を抜いても優秀ですよ。霊術院の成績だけで比べても、藍俚(あいり)はあなたの足下にも及びません」

「え……っ!? 湯川四席ってそうだったんですか!?」

「あらいけない、口が滑ってしまったようですね」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべる卯ノ花に、絶対わざとだ、とさすがの勇音も思う。けれども、その話を聞いて、なんとなくだが"自分もやれるのではないか? 彼女のようになれるのではないか?" そんなやる気と希望が少しだけ湧いてきていた。

 

「しかし、いくら見込んだとはいえ今回のようなやり方は乱暴すぎます……一体、誰に似たのやら……今度の稽古では、もっと厳しくしておかないと……」

 

 師匠に似たんですよ。と、どこかの誰かがこの場にいたらそうツッコミを……口にする度胸はないだろうから、心の中だけで入れていたことだろう。

 

「稽古、ですか……?」

「そうですよ。彼女が新人の頃に願い出て来たので、それ以来ずっと」

「あの、隊長! その稽古……私も、私も……受けられますか!? 回道の腕をもっと磨いて、湯川四席みたいになれるでしょうか!?」

「うーん……そうですねぇ……」

 

 少し困ったように眉根を寄せながら、卯ノ花は勇音を上から下まで一度じっくりと見る。

 

「頑張り次第……そして、努力が必ずしも正当に報われるわけではありませんが、それでも良ければ……」

「はいっ! 大丈夫です!!」

「良い返事です。とはいえ私も暇ではありません。時間は作りますが、それほど綿密には見られませんよ」

 

 

 

 

 虎徹 勇音には、誰にも言わなかった――それこそ実の妹にすら恥ずかしくて言えなかった――四番隊を志望する動機があった。

 それが、藍俚(あいり)の存在である。

 霊術院時代の勇音は、ふとしたことから藍俚(あいり)の存在を知って、強い憧れを出していた。

 確かに席次は低かった――当時はまだ十五席程度だった――が、自分と同じ女性なのに背が高く、なのに堂々としていて、高い能力で活躍している。

 特に、彼女からすればコンプレックスであった長身を一切恥じないその姿は、勇音の目にはとてもまぶしく見えた。

 彼女のようになりたい、少しでも近づきたい。その願い叶って四番隊に配属され、初めての夜勤でドキドキしていたところに、大失敗をやらかしてしまったのだ。

 

 絶対に失望された、そう思っていた。

 

 だが卯ノ花の言葉で持ち直せた。消えかけた想いに火が付いたのだ。確かに藍俚(あいり)から直接聞いたわけではないが、その理由は勇音には十二分に納得できるものだった。

 

 彼女は、未来に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 卯ノ花 烈は、今回の結果にとても満足していた。

 とてもとても長い時間が掛かったが、藍俚(あいり)がようやく花開いたのだ。それも、彼女が想像していた以上の結果でだ。

 時間は問題ない。結果を出した。回道の腕は十分すぎるほどになった。

 ならば次は剣の腕だ。

 あともう少し。

 あともう少しなのだ。

 

 彼女は、未来に思いを馳せる。

 




●山田清之介
本来なら、原作開始数十年前まで副隊長をやっていたのですが……
「まあ、いいや」と思ったのでここで交代。
一応、施薬院から「医師として働かない?」と声が掛かっていたので、そっちに移る。
という形にしている。
(彦禰的な意味で)


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第40話 退院祝いと予想外の出会い

「そうそう、そこに霊圧をもう少しだけ……ね?」

「こう、ですか?」

「上手上手、味と効果のバランスを両立させるのって難しいから。効果は弱すぎるくらいで丁度良いのよ」

「指導ありがとうございます、副隊長!」

 

 四番隊隊舎の炊事場にて、調理担当の隊士たちに手順を教えている真っ最中です。

 しかも以前もチラッと触れた曳舟隊長の特製お料理ですからね。結構難しいんですよ。味と効果を簡単に両立させられるのは、やはり彼女クラスの天才的な技術があってこそ。

 私たちのような凡人は、色々と頑張らないといけませんね。

 この食事に頼りすぎないようにするためにも、効果は抑えめにするよう釘を刺しておくのも忘れてはいけません。

 

「でも、味の方は出来るだけ気をつけてあげてね。入院していると退屈で食事が一番の楽しみなんだから」

 

 最後におどけながらそう注意して話を纏めます。全員、にこにこしながらも返事をしてくれました。

 さて、これで調理場のお仕事は終わり――

 

「副隊長! お客様が!」

「お客様?」

 

 ――と思っていたところに、焦った様子で隊士の一人が飛び込んできました。

 

「はい! 待合室にお通ししましたので」

「わかったわ。ありがとうね」

 

 うーん……来客の予定とかなかったと思うんだけど……一体誰かしら? そんなことを考えながら客先へ向かいます。

 

「失礼、湯川藍俚(あいり)四席でいらっしゃいますか?」

「はい」

 

 そこにいたのは、死神とは少しデザインの異なる死覇装に身を包み、目元以外を布で隠した男性でした。

 ああ、この格好なら知ってます。隠密機動の格好ですね。

 護廷十三隊とは別の組織で、主に「裏」の仕事――暗殺したり、諜報部隊だったり、看守をやっていたり――を担う人たちです。

 ただ、友好的に話し掛けられた以上は暗殺とか逮捕されるわけではなさそうですね。

 一安心です。

 それにしても四席って呼ばれましたよ……私もう副隊長なのに……

 

 ……あ、そうか。

 

 まだ書類の上では四席なんでした。来期の頭から副隊長です。内部的にはもう副隊長扱いで仕事もガンガン振られているので、すっかりその気になっていました。

 向こうが正しい、私が間違ってました。

 

「自分は隠密機動第五分隊・裏延(りてい)隊の者です。湯川四席への言伝(ことづて)を持って参りました」

「言伝ですか、ありがとうございます」

 

 こういう直接の情報伝達も隠密機動の仕事です。

 他人に絶対に知られたくない、緊急性や機密性・重要性の高い情報をやりとりするわけですね。ある意味では、下手な仕事よりも重要です。

 ……なんですけれど、私にそんな重要を知らせるって……何かありましたっけ?

 

「二番隊隊長 兼 隠密機動総司令官 並びに 隠密機動第一分隊「刑軍」総括軍団長 四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)様からです」

 

 い、一瞬早口言葉を言われたかと思いました。ですが、肝心な部分は聞き逃しませんでしたよ。

 思わず心の中で――

 

『我が世の春が来たアアアアアアァァァァァァッ』

 

 ――とばかりにガッツポーズを……ってうるさいな!! そこまでテンション上がってないからね!!

 

 四楓院夜一。

 原作でもかなりの人気キャラですよね。あけすけだけど姉御肌な感じとお茶目な性格とがあいまって素敵ですし、いざ戦闘に参加すれば滅茶苦茶強い。

 おまけに猫に変身するという謎の特技も持っています。

 射干玉の絶叫ほどではありませんが、関われるとあって私もウキウキしています。

 接点が出来るのはとってもとっても嬉しいです!! ……しかし、役職多いなぁ。

 

『何をおっしゃいますか藍俚(あいり)殿!! あの夜一さんですぞ!! 褐色エロスの化身みたいな御方ですぞ!! もっとこう、ダイレクトに感情を表現してですな……!!』

 

「先日は部下の探蜂の命を助けて貰い、感謝の言葉もございません。お礼の意を込めてささやかながら宴の席を設けさせて頂きました。つきましては、湯川四席に是非ご出席を……とのことです」

「祝いの宴、ですか? それはそれは、わざわざありがとうございます」

 

 あの事件(深夜の大手術)からもう二ヶ月くらい経過していますからね。

 探蜂さんの怪我も治り、一応退院しました。まあ、まだリハビリとか必要なのですが、その辺は自宅でも出来るということと、定期的に四番隊へ検診に来て貰うことで帰宅させました。

 だって、ずっと入院してると梢綾(シャオリン)ちゃんが涙目になるんですもの。

 

「出席するのは勿論構いませんが、予定はいつ頃ですか? 一週間後くらい?」

「いえ、本日の午後からです」

「……へ!? あの、今日の午後……から……ですか……?」

「はい。突然の連絡で大変申し訳ございません」

 

 今日!? 今大体、お昼ちょっと前くらいですよ!?

 パーティしようぜ! 今日の午後から開始な!! って午前中に誘われるのって、アリなんですか……?

 夜一さん、割とぶっ飛んだダイナミックな性格だってのは認識してましたけれど、こんな感じの人でしたっけ……??

 伝言に来た裏延隊の人も、すっごい申し訳なさそうな空気を醸し出しています。まあ、自分の属する組織のトップがこんな無茶振りをすれば、部下は自然とそういう反応にもなりますよね。

 

「今日の午後からというのは……」

「良いではないですか」

「あ、隊長!?」

 

 どうしたものかと思っていると、いつの間にやら卯ノ花隊長が姿を現しました。

 

「先方の厚意を断るというのも失礼ですし――なにより五大貴族の一家から直接のお誘いですよ?」

「……わかっています。さすがに、断れません」

 

 後半の言葉は声音を抑えて、耳打ちするように囁かれました。

 

 まあ、トップからのお誘いです。

 親が危篤とか、嫁が産気づいたとか。そのくらいの理由がないと断ったら失礼を通り越して不敬レベルですからねぇ……

 夜一さんはそんなこと気にしないでしょうけれど、周りが絶対五月蠅いですし。

 なにより私自身が、行く気満々です。夜一さんと交流を得て山登り(おっぱい)に活かしますよ!!

 

『その意気でござるよ!! 拙者も影ながら応援は欠かしませんぞ!!』

 

「では、お伺い致しますとお伝えください。それと隊長、そういうことになりましたので……」

「はっ! 急な誘いにもかかわらず、ありがとうございます! ではしばし後に迎えの者を派遣しますので、以降の案内等はその者に!」

「わかっています。本日の業務の方は山田副隊長に回しておきますから心配なく」

 

 伝令の人はそう言うと、なんだか軽い足取りで帰って行きました。

 そして隊長はその言葉に続いて「早退した分は後日働いて返して貰うので心配せずに」と言ってくれました。後で別の仕事をたっぷり割り振られるってことですね、わかります。

 おしごとだいすき! たーのしーなー!

 

 ……と、現実逃避はこのくらいにして。

 

 宴かぁ……一つだけ不安があるのよねぇ……まあ、なんとかなるかしら?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ここが貴族街……」

「ええ。そしてあちらが、四楓院家のお屋敷です」

 

 あれから一時間くらい後。

 お迎え案内役の方――四楓院家の使用人でした――が四番隊に来ました。

 その人に案内されるまま夜一さんのお家、つまり四楓院邸に向かうために貴族街を歩いています。

 

 ……なんとなくわかりにくい気がしたので説明しますね。

 

 まず、貴族たちは貴族街という地区に住居を構えています。そして四楓院家は五大貴族の一角なので、当然貴族街にお屋敷があります。

 そして五大貴族は貴族たちの中でも頂点、VIPの中のVIPです。

 そもそも貴族街って下手な人間は許可が無いと入れないんですよ。

 そんな特権階級が集まる中での特権階級、その一つが四楓院家です。

 案内役の方に教えて頂いた四楓院邸は、貴族街の中でも一際大きなお屋敷でした。

 対比で周囲の屋敷が掘っ立て小屋に見えます。

 ……まあ、この掘っ立て小屋だって貴族のお屋敷なので、一般庶民の感覚からすれば充分立派なお屋敷なんですけどね。

 

 なんだか価値観がおかしくなりそうです……

 

 

 

 

「こちらです。御当主様は既に中でお待ちです」

 

 あれから歩くことしばし。

 おっっきな門を通って、ひろおぉぉい屋敷を案内されて、とある部屋の前に到着しました。門を潜ってから玄関まで歩いて数分掛かるって、どれだけ広いんでしょうか……

 

「夜一様、お待たせ致しました。湯川 藍俚(あいり)様をお連れ致しました」

「うむ、入れ!」

「失礼いたします……どうぞ、こちらに」

 

 部屋の中から聞こえてきたのは、威厳よりも気さくそうなイメージが先行する声でした。了承の言葉を受けて案内役の方が厳かに障子を開けて先に入り、促されるまま私も後に続いて入室します。

 

「よく来てくれたのぉ! ワシが四楓院 夜一じゃ!」

 

 そこには、よく知っている夜一さんの姿がありました。

 褐色の肌に後ろで括った長い黒髪。

 一応は正装のような格好をしていますが、貴族の格好からするとかなりラフです。そして服の下には、男を惑わせるスケベな肢体が隠れているわけですね。

 

『テンション上がってキタアアアアアァァァァッ!!』

 

 今回ばかりは激しく同意!! あーもう、漂ってくる空気だけで一発イケるわね!!

 

『一発とは何の単位ですかな!? 詳細キボンヌ!! 教えてクレメンス!!』

 

 はいはい、もちつけもちつけ……って、今回はやたらと古いわね!?

 

 ただ、私の知っている姿よりも若干若いですね。黒崎一護をからかっていた頃の姿よりも若いです。若干少女っぽさが残っている感じ。

 当主らしく上座に座っており、既に一人で呑み始めていたのか近くにはお猪口と徳利があります。ちょっとだけ顔も赤く火照ってますし……

 

「四楓院様、お初にお目に掛かります。護廷十三隊四番隊の四席を任されています、湯川藍俚(あいり)と申します。本日はこのような宴席にお呼び頂き、誠にありがとうございます」

 

 土下座する勢いで頭をペターッと畳に付けて、思いっきり丁寧に挨拶とお礼の言葉を述べておきます。

 

 彼女がこういう態度をあまり好まないというか、気にしないというか、気さくな性格だと知っていますけれど、それはいわゆる原作知識で知ってるだけです。

 湯川藍俚(あいり)としては初対面で、しかも相手は五大貴族の当主の一人ですからね。一応、初対面の相手への礼儀という意味でもちゃんと挨拶しておきましょう。

 

「なんじゃ、固っ苦しいのぉ。もっとざっくばらんで構わんぞ」

「夜一様、それは……」

「ワシが良いと言っておるのじゃ。何より部下の命を救って貰ったんじゃぞ? 本来ならワシの方から礼を言いに行っても良いくらいじゃ」

「……失礼致しました」

「ほれ、もう良いから下がっておれ」

 

 軽く手を振ると案内してくれた方はすっと音も立てずに退室していきました。

 ……あれ? 二人っきり!?

 

「すまんのう、どうも頭が固くてな」

「いえいえ、お気になさらずに」

「じゃから! そう固くならんでよいと言っておろうが」

 

 お、いいんですか? いいんですね!?

 

「では……そうさせて貰いますね、夜一さん――こんな感じでしょうか? さすがに公の場では自重しますので、宴の場や個人的な付き合いの時くらいに限定しますけど」

「おお! よいぞよいぞ、そのくらいの方が気楽で好みじゃ!! ワシも藍俚(あいり)と呼ばせて貰うぞ!!」

 

 気の置けない友達を相手にするような砕けた言葉に、夜一さんはにっこり笑顔になりました。

 大貴族の枠に収まらない奔放で姉御肌な性格の人ですからね。寧ろ格式張ったのは苦手みたいです。

 

「さて、改めて……よく来てくれたのぉ! 探蜂の命を救って貰い、感謝の言葉もない。あやつはあれで中々どうして、優秀でな。それにまだ若く、あそこで死なせるには惜しい、お主がいなければどうなっていたことか。怪我したと聞いた時は"また(フォン)家の者が……"と悲嘆に暮れかけたが、どうやらあやつは運が良いらしい!」

「いえ、そんな。当然のことをしたまでですから」

 

 やたらと上機嫌で話し掛けてきますが、私としてはちょっと複雑です。だって――

 

「御当主様、お話中のところ失礼致します!」

「……なんじゃ?」

 

 ――ビックリしたぁ!

 突然障子の向こうから声が掛けられて、人影も見えます。大貴族のお屋敷ってこういうこともあるのね。

 

(フォン)家の方々がお見えになりました」

「おお、そうか! 通せ通せ!!」

 

 話を遮られて一瞬不機嫌になっていましたが、それもすぐにニコニコ顔になりました。やがてほどなくして、探蜂さんと梢綾(シャオリン)ちゃんがやってきました。

 

「夜一様、本日は自分のような者のためにお招き頂き、ありがとうございます」

 

 まずは探蜂さんがお礼の言葉を。

 

「は、はじめまして! (フォン)家の梢綾(シャオリン)ともうしますっ! ほんじつはおまねきいただき、ありがとうございましゅ!!」

 

 そして梢綾(シャオリン)ちゃんが慣れない様子で必死に挨拶しました。

 

 ……というか、噛んだ……かわいい……

 

『ロリコンに目覚めそうでござる……』

 

「おお、よく来てくれたのぅ探蜂! そして、こっちが――」

 

 夜一さんがちらりと梢綾(シャオリン)ちゃんに視線を向ければ、彼女はびっくりした様子で顔を真っ赤にしています。緊張してガッチガチですね。

 

「――梢綾(シャオリン)じゃな? 話は聞いておる。なんでもお主が知らせねば、探蜂はこの場にはおらんかったとか……幼いのに大したものじゃ! (フォン)家は傑物を得られたようじゃのぅ!」

「あ、ありがとうございましゅ!!」

 

 また噛んだ……かわいい……

 

『もうロリコンでも良いかもしれぬでござるよ……』

 

 それはそれとして。

 

「探蜂さん、お怪我の具合はどうです?」

「これは湯川殿、挨拶が遅れて申し訳ありません。身体の方はもうかなり復調しています」

「そうですか……身体は(・・・)……もう一つの方は、もうしわけありません。私の力不足です」

 

 もう何度謝ったかも分かりませんが、再び頭を下げておきます。

 実はあの手術、怪我は確かに治せたのですが一つだけ治しきれないところがありました。

 それは鎖結と魄睡です。

 必死に治療を試みたのですが、どうにも元通りにできなくて……一応、霊力を発生されるくらいまでは治せたのものの、その出力はお世辞に見積もっても子供レベル。

 

 これではとても、死神として働けません。

 

「いえいえ、その件については何度も謝って頂きましたし。命が助かっただけでも儲けものですよ」

「そうです湯川先生!! にいさままで失っていたら思うと、私……私……」

「こら、梢綾(シャオリン)! 申し訳ありません、妹が……」

 

 そうやって軽くたしなめつつ、探蜂さんが細かな事情を教えてくれました。

 まず(フォン)家というのは、処刑や暗殺を生業(なりわい)として生きてきた下級貴族だそうで。一族全てが刑軍に入るのが定め、入れなかった者は一族を追放される。

 

 ……キツイ一族ですねぇ。

 

 そして、探蜂さんは五男で上に四人の兄がいたそうですが、その全員が一度目の任務で殉職。彼だけは五度目の任務も生き残っていたので大丈夫かと思っていたところ、六度目がアレだったわけです。

 私がいなかったら間違いなく兄たちの後を追っていたとか。

 なるほど、だから夜一さんがあんな風に言っていたんですね。

 

 

 ……ああ、そういえばそんなエピソードがあったような……無かったような……覚えてないです。

 夜一さんが温泉に入ったシーンはしっかり覚えてますけどね。

 

『拙者も!! いやぁ、アレはたまりませぬなぁ……でゅふふふふ……!!』

 

 

 梢綾(シャオリン)ちゃんはそんな兄たちの姿を聞かされて育ち、同時に(フォン)家の者として"力無い者は死んで当然だ。死んだ兄たち対する感情は悲しみよりも、寧ろ恥でしかない"という気持ちが芽生えていたそうです。

 なまじ末っ子として生まれ、彼女が生まれた時には兄の半数以上は既に死んでいたこと。

 そして、兄たちのことは話でしか聞かされておらず、まして話したのが(フォン)家の思想でゴリッゴリに固まっていたのが悪影響となって。

 ほとんど洗脳のようになっていたようで、そりゃ"弱者は無用"と思うわけです。

 

 ところがどんな運命の悪戯か、それとも幼い彼女の中で"最後の兄だけでも助けたい"という気持ちがあったのか。

 兄の死の匂いを直感的に感じ取り、家を抜け出して私に知らせてくれた。

 おかげで一命を取り留めた。

 

 兄が生死の境に苦しむ姿を目の当たりにして、自分の中の価値観が一気に変わった。

 自分はなんて馬鹿なことを考えていたのだろう。

 兄様ごめんなさい。

 

 ――と、そんなことを梢綾(シャオリン)ちゃんは必死で語ってくれました。

 この感情が、大手術を成功させた翌日に彼女が口にしていたことに繋がってるのね。

 

「ふむ、そういうことを思っておったのか。(フォン)家の者らしい、と言えばそれまでかもしれんが……」

「恥ずかしながら、兄である私も妹がそのようなことを考えていたとは、知りませんでした……真面目で冷静な妹だとは思っていたのですが……」

 

 話を聞き終え、夜一さんと探蜂さんがそんなことを零します。

 お互い"彼女の肉親"と"彼女の主の家柄"という関係性ですからね。

 

「ふむ、梢綾(シャオリン)よ。では今はどう思っておる? お主の兄――探蜂の姿を見て、どう思う?」

「その……今は、にいさまは力がありません……だから、だから私が守るんです! もっと力をつけて! にいさまを傷つけた相手を倒します!! これ以上、にいさまみたいな人を増やしたくありません!!」

相分(あいわ)かった!!」

 

 梢綾(シャオリン)ちゃんの言葉を聞き、夜一さんは嬉しそうに笑顔を浮かべました。

 

梢綾(シャオリン)、お主を刑軍に入団させてやろう。そこで力を付け、今口にした想いと覚悟を実現するのじゃぞ?」

「……ええっ!?」

「夜一様、それはさすがに……」

「なに、見習いとしてじゃよ。さすがにまだ幼く未熟じゃからな、一人前の団員としては扱えん」

 

 見習い団員ですか。それならまあ……

 あ、そうか。この人って"隠密機動の総司令"と"二番隊の隊長"と"四楓院家の当主"を兼ねるすごい権力を持っている人でした。

 ならそのくらいの我が儘は余裕で可能ですね。

 

「それに心配なら、一人前になるまでお主が守ってやったらどうじゃ? 探蜂よ」

「それは……そうしたいのは山々ですが今の私は力を失い、刑軍を……」

「うむ、それは知っておる。そこでじゃ……」

 

 おっと、なにやら勿体ぶるように言葉を一旦句切りましたよ。

 

「探蜂、お主にはこれから指南役をやって貰う」

「指南役……ですか?」

「霊力の大半は失ったが、それでも今まで鍛え上げてきた戦闘技術や斥候技術、頭に叩き込んできた知識まで失ったわけではなかろう? ならばそれを活かし、後進の育成に勤めよ。長年刑軍への入団を生業としてきた(フォン)家の者が、よもや秘伝の一つも知らんとはいわせんぞ」

 

 なるほど。

 たとえ年老いても、積み重ねた知識や経験は伝えられますからね。それを伝授、共有できれば死亡率も少しは下がるでしょう。力を失った探蜂さんはまず間違いなくお家を追放されるでしょうが、これなら"刑軍にいる"と言えなくもないです。

 

 ……まあ、お家の秘伝を他の者たちに知られるというのは問題ありそうですが。

 四楓院家の当主の命令ですし、嫌とは言えないでしょうね。(フォン)家の中で"何をどこまで広めても良いか?"の打ち合わせは必須でしょうけれど。

 

「指南役となれば、見習い団員のことも目に掛けられよう。励めよ?」

「は……はいっ!! この探蜂、身命を賭して!!」

 

 深々と頭を下げてお礼を言っています。

 そりゃあ嬉しいでしょうねぇ。

 

「よかったですね、まだ刑軍のために働けて」

「湯川殿……ありがとうございます。湯川殿がおられなければ、このような事には……」

「やめてください。そもそも探蜂さんが努力していたからこそ、指南役としての道が残っていたんですよ。私はただ、中途半端に傷を治すことしかできなかったんですから」

「しかし……」

「まあまあ、今は宴の席ですから。湿っぽい話はこのくらいにしておきましょう。それと、よかったわね梢綾(シャオリン)ちゃん。お兄さんと一緒に働けるわよ」

「はい! にいさまと一緒です!! 私がにいさまを守ります!!」

 

 にこっと笑顔です。子供らしい邪気のない純粋な表情は見ているだけで癒やされます。

 

『ですが後に、あのように拗らせてしまうわけですな……』

 

 お黙り!!

 

「うむ! では、一件落着ということで。宴を始めるぞ!! ここからは無礼講じゃ!!」

 

 待っていましたとばかりに夜一さんが口にした途端、障子が開いたかと思えば料理が次々と運ばれてきました。

 出てくる料理がどれも豪華絢爛・栄耀栄華(えいようえいが)金襴緞子(きんらんどんす)・家内安全勝利確実商売繁盛酒池肉林って感じですね……

 さっすがは五大貴族のお家です。キラッキラですよ、キラッキラ!!

 

『目が!! 目があああぁぁぁっっ!!』

 

「では、探蜂の回復と職場復帰、並びに梢綾(シャオリン)の刑軍入団、そして稀代の名医藍俚(あいり)の腕に――……乾杯!!」

「「「乾杯っ!!」」」

 

 いつの間にか目に前にあったお猪口を手に取り、皆さんと一緒に私も乾杯のポーズは取ります。

 ですが、問題が一つ……

 

 実は私、お酒が弱いんですよね。

 ……え? ならなんで流魂街時代に居酒屋で働いていたんだって? あれは大将と女将さんのご厚意の結果ですよ!! 拾って貰って良くして貰っていたから、お手伝いと恩返しの意味も込めてですよ!!

 それとよく見てください「呑んだ」とか「酔った」なんて一言も書いてません。

 全部必死で躱してたんです!

 店員の自分が呑んだらお店が回らなくなるからとか、それならお仲間に奢ってあげてくださいとか、私よりも"そういうお店"の女の子に呑ませたいんじゃないのかとか、そう言って五十年間必死でお酒から逃げてました!

 まあ、お世話になった初日に大将と女将さんのご厚意でお酒をご馳走にはなりましたが、すぐに酔って潰れましたからね。そこでお酒が弱いと知って貰えたので、お店側からもアシストして貰って助かりました。

 

 ……とはいえ今は女将さんたちもいない……ええい、ままよ!! お猪口一杯くらいなら潰れないことは自分の身体で実証済み!!

 

「…………ふぅ」

 

 ぐい、と呑みました。呑みましたが……身体は正直ですね。

 もうこれで顔が赤くなっているのが分かります。思考能力も低下しているのが丸わかりです。行けてもう一杯……くらい……かなぁ……?

 芋焼酎をぉ……ロックでぇ……

 

「おお、言い呑みっぷりじゃのう!! ほれ、もう一杯!」

「湯川先生! 私がお酌しますね」

 

 ああっ!! 夜一さんやめて!! しかも梢綾(シャオリン)ちゃんがすっごい無邪気な笑顔でお酌してくれました。しかも子供だから加減がわかってない!! 並々注がれた!!

 アルハラ!! アルコールハラスメントですよこれ!! でもこの時代にそんな言葉ないし、そもそもが「酒が弱い? 飲み足りないからだ! だから呑め!!」って風潮の頃ですから、多分間違いなく夜一さんも呑ませてくるはず!?!?

 

 四番隊は良かった……忙しくて呑みに行く時間も無いし、断るとそういうことなら仕方ないねって無理強いする子もいなくて……じゃない!!

 

「おやおや~? 皆さん、お楽しそうで。アタシもご相伴に与らせちゃ貰えませんかねぇ?」

 

 お、天の助けかな?

 宴会場に一人の男が乱入してきました。

 ぼさぼさの髪の優男……着てる服もだらしないですが……あっ! コイツは!!

 

「む、喜助か」

 

 そうですよ! 浦原(うらはら) 喜助(きすけ)ですよコイツ!!

 なんか十二番隊の隊長やってて、あと怪しい駄菓子屋の店長で主人公をからかいまくってた人だ!!

 ……あれ、でも十二番隊って曳舟隊長……あれ?? あ、そうか。前の頃でした。

 

「すまんが今日はこやつらのための宴席でな、関係者以外立ち入り禁止じゃ」

「そんな殺生な! 美味しそうな料理とお酒の匂いをプンプンさせられちゃあ、たまったものじゃないっスよ!! ちょっとぐらい良いじゃないっスか、ねぇ夜一さん?」

 

 そんなことを言いながら、さも当然のように座ってお酒を手にしてます。

 

「……はあ、すまんの。余計な者が入ったが、一応紹介しておくかの。こやつは浦原喜助と言って、まあ………………ウチの無駄飯ぐらいみたいなもんじゃ」

「ちょちょちょちょちょ!! 無駄飯ぐらいは酷くありません!? 一応幼なじみですし、居候(いそうろう)くらいには言って頂けませんかねぇ!?」

「まあ、妙な道具を作るのは得意でな。何か困ったことがあったら、遠慮無くコキ使って構わぬぞ」

 

 浦原の文句を全部無視して夜一さん喋ってますね。

 ……あ、そうだ!

 

「妙な道具ですか?」

「ん、なんじゃ藍俚(あいり)。興味があるのか?」

「おおっ! なんスかなんスかこの美人さんは? ボクの技術に興味がおありっスか? 今ならお安くしときますよ?」

「やめい!」

 

 がこっ、と拳が一発入りました。

 まあ完全に悪徳商人の顔をしてましたからね。

 やたらフレンドリーな空気を発している二人に、探蜂さんはポケーッとしてます。

 逆に梢綾(シャオリン)ちゃんはムッとしてますね。夜一さんに馴れ馴れしい態度を取ってるからイラッとしてるんだと思います。

 

「作れるのなら、まずは自動で洗濯してくれる道具と食材を冷蔵保存してくれる道具を作ってください」

「洗濯と冷蔵……っスか?」

 

 私の言葉に驚いたような意外なような顔をしています。

 あれ? さっき殴られて沈んでたような……?

 

「四番隊は縫製や炊事場もあるので。怪我人の死覇装のお洗濯や食べる物をできるだけ保存しておきたいんですよ。できますか?」

「なるほど、なるほど……お安いご用っス」

「お願いします、これで四番隊の子たちの負担も減ると思います」

 

 二つ返事でOKですね……あ、でもそうだ!

 

「一応、設計図というか簡単な図面が出来た段階で一度見せて貰えますか? 全部お任せにしちゃうと恐いですし、まだ卯ノ花隊長に許可も取っていないので」

 

 こういうマッドサイエンティストなキャラに好き勝手させると後が恐いですから。手綱はしっかり握っておかないといけません。

 

「ああ、そりゃ勿論っスよ。しかし、良いアイディアですねそれ。実際に商品としてもいい値段で売れそうで、アタシも今からわくわくっス」

「なるほど、四番隊は後方支援業務で隊士たちが大変と聞く。実体験に根ざした考えというのは強いからの」

 

 コレでまずはOK。

 夜一さんたちが尊敬の目で見てますけれど、本題はここから。

 

「次はですね――」

「まだあるんスか!?」

「緊急用に一瞬で連絡を取れる道具を!」

 

 と前置きしてから、携帯電話を作れと言いました。

 原作でもルキアらが伝令神機という携帯電話そっくりの道具を使っていましたからね。需要があって成功するのは目に見えてます。

 地獄蝶や裏延隊を使って伝令するまでもない。鬼道を使って伝えるには手間が掛かる。ならそこで素早く簡単にやりとりが出来る道具があれば欲しがるんじゃないかと伝えます。

 

「そんな道具があったら、もしかしたら探蜂さんをきちんと助けられたんじゃないか……梢綾(シャオリン)ちゃんを不安にさせ続けなくて済んだんじゃないかって……ずっと気になっていたんです……」

「湯川殿……」

「先生……」

 

 あ、二人が泣きそうな目でこっちを見てる。

 さっきの"四番隊の実体験に根ざした考え"と言うのが、今度は自分たちのことで意見が出てるんだものね。そりゃ感激されても当然だったわ。

 

「ふむ、確かにそうじゃな。もしも僅かな伝達遅れで助けられたはずの命を失うやもしれんと思うと、気が気ではない」

「当然ですよ。それにボクの頭の中には、それと似たような構想がありましてね。渡りに船っスよ」

 

 あらら、もう構想はあったのね。さすがはマッドサイエンティスト。

 ならばとばかりに、携帯電話構想についてもう少しだけ意見を。

 とりあえず最初は通話機能をメインに。

 電話帳登録も出来て、連携させることで誰からの連絡が来たかわかるように。同時に登録しておけばそこから一発で通話可能に。

 あとは着信音は無音にすることもできるし、震えて知らせるバイブ機能もつけておこう。

 ショートメールは文字数を制限すれば行けるかな?

 

 ただこれは相当大がかりになるはずだから、まずは数と範囲を制限した運用でテストする。その結果や実体験、感想を元に護廷十三隊に売り込みを掛ける。

 上手く行けば瀞霊廷中にだって広げられるはず。

 

 ということを延々と伝えておきました。

 

「……喜助、これは」

「ええ、なんとしても完成させるっスよ」

「頼むぞ。必要ならワシに言え、資金援助は惜しまん」

「そう言って貰えると助かります。それに、大儲け出来そうな匂いもしますから。儲かったら少しは夜一さんにも還元しますよ」

 

 そうよねぇ……通信事業で大儲け、なんて夢に見るもの。

 でもそれ以上に大事なのは、情報を知る機会が増えるということ。

 通信するってことは、情報を知れるってことだから……たとえばアホが携帯電話で「山本総隊長暗殺しようぜ」とか連絡しようものなら、一瞬でバレてお縄にできます。

 浦原はそういう、情報の大事さはよく知ってるみたいだし。

 この話に食いつかないわけがない。

 

「で、最後に」

「最後!? まだあったんですか!?!?」

「霊圧吸収部屋を」

「……は、なんスかそれ?」

「これは私が個人的に欲しいなって思ってね」

 

 霊圧吸収部屋は、その名の通り周囲の霊圧を吸い込んでしまう部屋です。

 なのでこの部屋の中で下手に霊圧を垂れ流そうものなら、あっと言う間に吸い込まれて空っぽにされるような部屋。

 必然的に体内で霊圧を扱うのにより繊細な技術が求められるわけで、そういう特訓をするのに適した部屋というわけですよ。

 これでもっと強くなれるはず!!

 

 ――ということを話したら、軽く退()かれました。

 

「なんというか、ちょっと変わったところがあるんスねぇ……」

 

 別にいいじゃない!!

 副隊長になった(まだ正式ではないが、同権限を持っている)からおっきな家も借りられたし、そこに作ってくれれば良いから!!

 というか、そのくらいしないとホントに、いつまで経っても卯ノ花隊長に追いつけないの!! 強くならないとハリベルに会えないのよぅ!!

 

「ふう……今考えているのは、こんなところです」

 

 いっぱい喋ったので、喉が渇きました。手にした飲み物を――

 

「ごくっ――――――あっ……」

 

 これ、お酒でした……それも並々と注がれたのを一気に……

 

「あ……だめ……せかいがまわる……」

 

 意識がスーッと遠くなって感覚がなくなっていきます。

 

「おや、どうした藍俚(あいり)?」

「うわっ! 夜一さん、これひょっとして酔い潰れてません?」

「湯川殿!? 梢綾(シャオリン)、水だ! 冷たい水を!!」

「はいっ!!」

 

 そんなドタバタ声が、この日に私が聞いた最後の声でした。

 




●浦原と夜一
幼なじみ。居候。そんな関係性。
ただ、四楓院家の娘とどうやって知り合ったのか。
あの温泉(霊王様のところのアレを真似たやつ)をどこで知ったのか。
色々謎が多すぎるんだよなぁ……

●家電
三種の神器ってやつですね。四番隊大助かり。
藍俚(あいり)ちゃんの株もきっと上がるはず。

●携帯電話(伝令神機)
先取りして大儲けです。
これが正しい未来知識の使い方ってやつですね。

●霊圧吸収部屋
これでもっと過酷な修行が出来るぞ!!

●お酒が弱い
なんでこんな設定つけたんだろ……?


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第41話 出会いから仕事が増える

 アセトアルデヒドの海を泳ぎながら「もう絶対お酒なんて飲まない!」と誓いました。

 でも多分、この誓いは破られると思います。

 

 夜一さんのお屋敷で酔い潰れていたものの、宴そのものは恙無く終わりました。まあ、私はその間はほとんど横になってたんですけどね。

 私、あの宴の一応は主役の一人だったのに……ぶち壊してしまったようで申し訳ない。

 

 なんとなく、夜一さんが何かの理由を付けて呑みたかっただけのような気もしますが。

 

 宴会も終わりがけの頃にようやく酔いも覚めたので、せめてもと思って料理だけ食べておきました。凄く美味しかったです。

 余った料理は別で包んでもらったので、お持ち帰りしました。でも食べずに夜勤の子たちに差し入れしておきました。喜ばれました。

 

 

 

『と、今回はこれで終わってしまいたいところでござるが、そうは問屋が卸さぬわけで』

 

 

 

「これで処置は完了です。でも出来るだけ動かさずに、清潔にするように心掛けてくださいね。お大事に」

「はい」

「次の方、どうぞ」

 

 現在、一人で診療の真っ最中です。

 

 何があったかと言いますと――

 

 

 

 

 

「――往診、ですか?」

「ええそうです。四楓院隊長から打診が来ていまして、藍俚(あいり)に頼めないかと」

 

 隊主室にて卯ノ花隊長から突然そう告げられましたが、私はなんとも判断がつきません。というかすぐに返事出来るような内容でもないんですよコレ。

 発端は私……と言うべきなのか、夜一さんの思いつきというべきなのか……

 

 私が探蜂さんを助けたのを切っ掛けとして、隠密機動の中で「やはり四番隊の治療は凄い。自分たちもお世話になるべきではないだろうか」という議題が持ち上がったそうです。

 とはいえ隠密機動は現代社会で言うところの公安とかFBIとか、スパイのような役目の組織です。

 

 なので一般病院には頼れない、なぜなら面が割れてしまうから。

 

 影に生きる者たち隠密機動にとって、これは都合が悪い。顔が割れて正体を知られた結果懐柔されるようなことがあれば問題になる。

 ということで、怪我の治療なども隠密機動の中だけで対処していたそうです。

 今まではそれで上手く回っていたそうですが「先日の怪我のような時に対処できないのではないか?」ということと「新しい医術を学んで自分たちのできることを増やすべきだ」という結論に落ち着いたらしく。

 なので往診医者兼医療技術の講師として私に来て貰えないか? と話が来たそうです。

 

 ……口の硬い病院施設の一件くらい用立てられなかったのでしょうか? 機密保持ってそこまで徹底するものなんですか??

 

「打診と言っていますが……」

「いえ、わかります。四楓院家からの依頼でもあるんですよね……」

 

 隊長はこっくりと首肯しました。

 これってつまり、貴族の思いつきに振り回されてるってことなんですよね……多分。

 

「四楓院隊長を通して、二番隊との結びつきも強くなりますし。そうそう悪いことばかりではありませんよ、きっと」

 

 そう言って励ましてくれましたが……隠密機動と関わりの強い外部の人間ということで、無駄に狙われる危険性とかも出てきそうです……

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!!』

 

 なに、射干玉……今そういう気分じゃ……

 

『もしかしたら、くノ一みたいな格好したナイスバディのお姉さんとお知り合いになれるかもしれませぬぞ!!!』

 

 ……っ!! テンション上がって!!!

 

『キタアアアアアアアアアァァァッ!!』

 

 最近この表現多いわね。新ネタ仕込んでおかないと。

 

「わかりました。不肖ながら湯川 藍俚(あいり)、往診医の役目を引き受けさせて頂きます」

 

 そういうことになりました。

 

 

 

 

 

 なのでこうして、隠密機動の方々の怪我を治しています。

 とはいえ毎日ではないですよ。往診は週に一度だけです。

 夜一さんが気を利かせてくれたのか、隠密機動隊の建物の一室を治療専門用に一部改装してくれまして、そこで一人一人診ています。

 

 初回こそ探り探り。向こうもまだ私の医師としての実力を測っている最中というようにおっかなびっくりな雰囲気が漂っていて、訪れる患者も少なかったのですが。

 今では慣れたもので、結構遠慮無く来てます。建物の外にまで順番待ちの列が出来ています。

 皆さんそんなに怪我人ばっかりなんですね。やはり隠密機動は大変なお仕事のようで。

 

「はい、どうしました?」

「どうも腹が痛くて……」

 

 あら、またですか。

 ちょくちょく来てるんですよね、お腹が痛いって人が。

 食中毒とか流行ってないですよね? 心配です。

 

「わかりました、ではそこの診療台に横になって貰えますか? はい、お腹を出して……触りますよ? 痛いのはここですか?」

「いえ、もっと下……かな?」

「うーん、ではここですか? それとも……こっち?」

「もうちょい右、かな? で、下の方……」

 

 そうやって男性団員のお腹を触診していきます。

 下腹部の方まで行っていますが、痛みはそこまででもないようですし。疲れて腸が一時的に弱っているんだと思います。

 この程度なら医者に掛かる必要もないはずですが、やはり身体を大事にされているということでしょう。隠密機動の体調管理に賭ける執念は気合が違うようです。

 

 ようやく仕事が終わりました。

 こうやって何人も診療していくと、日もすっかり暮れてしまうんですよね。

 あーあ、明日の四番隊の仕事が増えちゃう……

 

 ――っと、いけないいけない。

 

「四楓院隊長、本日の診療業務は全て終わりました。緊急の対応が必要な者や入院が必要な者もいませんでした。詳しくはこちらの診断書に記載してあります」

「うむ、そうか!」

 

 一応は別の部隊から来ているわけですから。

 仕事終わりました、そのまま帰ります、お疲れ様でした。と言うわけにもいきません。

 ちゃんと上の人に業務が完了したと報告する義務があります。

 なので隠密機動の総司令である夜一さんに報告です。夜一さんももう慣れたもので、わかったとばかりに返事をしました。

 

 ……大前田(おおまえだ) 希ノ進(まれのしん)二番隊副隊長に捕まって引き摺られながらですが。

 

 隠密機動はその総司令を四楓院家の当主が務めます。そして当主は護廷十三隊の隊長も兼任するので、二つの部隊は横の繋がりが強くなります。

 現在の場合は、夜一さんが二番隊の隊長なので必然的に二番隊と隠密機動の繋がりが強くなっています。

 二番隊の副隊長や三席、四席などが刑軍や警邏隊の隊長も務める。といったように。

 

 ちなみに、ここ最近はずっと二番隊が結びついたままです。

 さすがに「先代は七番隊の隊長だったが、現当主は十番隊の隊長。だから今日から隠密機動は十番隊にお世話になります」みたいな事をしていると混乱しますから。

 

 と、話が少し逸れましたが。

 ですので、二番隊の副隊長が隠密機動の隊舎にいても普通なのです。

 そして夜一さんは仕事をよくサボるので、そのたびに副隊長が捕まえに行きます。そのまま逃げ切られることも多いようですが、今日は運良く(運悪く?)捕まったようです。

 

「ただ、腹部の不調を訴える者が多かったのだけが気がかりでした」

「腹の具合が?」

 

 そう声を上げたのは大前田副隊長の方です。

 

「はい、どなたも軽い症状で、内臓が疲れている程度でした。疲労回復の薬を処方しておきましたが……」

「……それ、どいつが言ってたんだ?」

「診療記録に記載していますよ。えっと……ああ、例えばこの人です」

 

 そう言いながら書面を見せると、副隊長は渋い顔をしました。

 

「ちっ! あいつらめ……後でとっちめてやるか」

「あの、何か問題が……?」

「いいや、何でも無い。コッチの話だ。お疲れさん」

 

 ……一体なんだったんでしょうか?

 

「では私は、これにて失礼します。診療にはまた来週窺いますので。それと大前田副隊長、お疲れ様です。頑張ってください」

 

 そう言って帰ります。

 夜一さんが捕まってるのも、もう見慣れた光景ですね。しかし夜一さんを捕まえられるとか、大前田副隊長もかなり強いですよね。

 

「あ、湯川様!!」

「あら、梢綾(シャオリン)ちゃん」

 

 外に出ようとしたところを呼び止められました。

 

「もう! その名前で呼ばないでください!!」

「ごめんなさい、砕蜂さんだったわね」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませる彼女に、改めて名前を呼んであげます。

 どうも入隊すると名前から素性を調べられないようにと、今までの名を捨てて"(ごう)"という新たな名を名乗る者が多いようで。

 彼女も梢綾(シャオリン)から、砕蜂へと名を変えていました。なんでも曾祖母(ひいばあさん)が使っていた由緒正しい名前だとか。

 それを受け継げたのが誇らしいようで、最初に往診に来たときなどはしきりに名前を呼ばされました。

 その頃からですかね、彼女も私の事を"先生"呼びから"様付け"になりました。

 

「どう? 見習いの修行は?」

「大変です! でも、毎日修行の成果を実感できて嬉しいです!」

「探蜂さんは?」

「毎日張り切ってます。兄様、教えるのが好きみたいです」

「へえ、今度どんなことを教えているのか見てみようかしら?」

 

 往診で来る度に、それとなく彼女の様子を見ていましたからね。今では、こんな会話も自然に出来るくらい仲良くなりました。

 ……ひょっとして夜一さん、こういう気遣いのために私を呼んだのでしょうか?

 

「……捕まってたくせに」

「あの、何か?」

「え!? ううん、ただ夜一さんが大前田副隊長に捕まっていたのを思い出しただけだから……」

「もうっ! 夜一様ってば!!」

 

 そう憤る砕蜂の顔が少しだけ歪んだのを、見逃しませんでした。

 

「砕蜂さん、ちょっと診せてね……ああ、ここね」

 

 触診と霊圧照射で患部を見つけると、簡単に回道を唱えて怪我を治します。

 

「うん、もう大丈夫。あとはちゃんと食べて、お風呂上がりに柔軟運動をして、ぐっすり寝るといいわ。そうすればもっと強くなれるから」

「ありがとうございます!」

「それじゃあまた来週ね」

 

 本日のお仕事、全部終わり!!

 

 

 

 

 

 

 ……あ! いけない!! 大事なことを忘れるところだった!!

 

 残念だけど、ムチムチでエッチなくノ一はいなかったわ!!

 

『そもそも男ばっかりでござったなぁ……いや、それはそれで捗るでござるが……』

 

 砕蜂の将来に期待するしかないわね!

 




●アセトアルデヒド
二日酔いの原因と言われている物質。アルコールの代謝で生成される。
これに襲われると、大体半日くらいは反省するが、次の日には忘れている。

●往診治療
隠密機動なら、こういうことをしても良さそうだと思いました。
夜一さんと砕蜂と顔を合わせて好感度を上げる為のイベントとして考えました。

●列に並ぶ男共
例えるなら、男子校に来た若い女医。
お腹が痛いです! と嘘をついて、腹を触らせて、もうちょっと下……
と誘導する。
あわよくば触れて貰えるかも知れない。という期待……
それに気付いた大前田副隊長に後でシメられるという。描かれないネタ。

……冷静になるとこれはない。そもそももう成人だろコイツら。
(男子高校生の悪ノリみたいなネタを考えすぎですね)
まあでも、若い男ならこのくらいはあっても……


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第42話 山が揺れると周りが動く

 うーん……書類仕事が終わらない……

 現在、副隊長執務室にて溜まった仕事を必死で片付けている最中です。

 

 隠密機動へ往診に行く度に、ほぼ一日潰れちゃうんですよね……なので翌日は朝早くから四番隊に来てお仕事です。こっちの仕事もおろそかには出来ませんからね。

 事務仕事が多くなったので、怪我人を治療する機会がグッと減ってしまったのは少しだけ寂しいです。すごい怪我人とか後輩の指導用とかでちょくちょく回道は使ってますが。前線で暴れ回って(癒やしまくって)いた頃がちょっとだけ懐かしいです……

 

 あ、そうそう!

 浦原に頼んだ家電製品ですが、とりあえず洗濯機と冷蔵庫は出来ましたよ。

 大体が皆さんが知っての通りの形状と性能を有してます……時代を考慮するとこれでも相当なオーバーテクノロジーなんですけどね。

 炊事場や縫製室の子たちに凄くお礼を言って貰えました。

 これで仕事が楽になる!! って、喜んでました。

 

 ……まあ、余裕が出来た分だけ他の仕事が回ってきてるんですけどね。でも一応、お安めでも技術手当が出るようになったから頑張って!! 私の頃はそんなお手当なかったから!!

 

 携帯電話の方はまだ難航中です。

 いろいろ大規模なので、一朝一夕では難しいみたいですが、来年までにはプロトタイプを作ると意気込んでいましたよ。

 

 あと先日往診に行った時、隠密機動の人たちに土下座して謝られました。

 壮観でしたよ、黒づくめの忍び装束を身に纏った男たちが門の前で整列して土下座している姿は……

 何があったかと尋ねると、診療の時にちょっとだけスケベ心を出していたみたいですね。大前田副隊長の説明を受けて、ようやく理解しました。

 あー……なるほど……あわよくば下半身に触って欲しかった、と。だからあんなにお腹の具合が悪かったのね……

 

 その気持ちはわからなくもなかったので「めっ」と口頭注意だけで許してあげました。

 

 というか、さすがは影の仕事を担当する部隊です。視線に全然気付きませんでした。

 お仕事モードだったから気にしてなかった……というのもあるのですが。

 そもそも医療関係者なのでチン……だ、男性器! なんて気にしてられません。お仕事モードなら平気で触れますよ。

 

 ……でも、免罪符の理由にはならない気がします……卯ノ花隊長に知られていたら「気が抜けているようですね」とか言われて……

 

 ………………さーっ(血の気が引く音)

 

 大事(おおごと)にせず、内輪で片付けて貰うようにお願いして本当によかった。

 

「湯川副隊長! よろしいでしょうか?」

 

 おっと、そんなことを考えていたら部屋の外から声が掛けられました。

 

「はーい、なにかしら?」

「お客様が、九番隊の方々がお見えです」

「あらもうそんな時間だったのね。今行きますから、応接室で良いのかしら?」

「はい。そちらでお待ち頂いています」

 

 執務机から立ち上がり、軽く身支度を整えてから応接室へと向かいます。

 これもまあ、お仕事みたいな物ですからね。

 

 

 

 

 

「ええ、そこで探蜂さん――つまり、患者を発見したんです」

「ふむふむ。その時の様子はどんな感じでしたか?」

「同僚の方に肩借りていて、ですが怪我も出血も酷くて、意識も今にも消えそうで。これは危険だ、一刻も早い治療が必要だ。そう思ったんです――……」

 

 応接間には九番隊の隊士が三名ほどが待っていました。

 内訳は、話を必死でメモを取る人。なにやら絵を描いている人。そして私に根掘り葉掘り聞く人の三名です。

 彼らに促されるまま、私はあの時の――探蜂さんの大手術当日の様子を時に詳細に、時に主観を交えながら話していきます。

 

 彼らは九番隊――死神としてのお仕事をしながら、瀞霊廷通信を発行している部隊です。

 一体何がどう転がってこんなことになったのかはさっぱりわかりませんが、過日の大手術が巡り巡って瀞霊廷通信に取り上げられることになったそうです。

 驚きましたよ、九番隊から「あの事件のことについて取材させてください」と打診されたときは。だってまさかこんなことになるなんて微塵も思ってませんでしたからね。

 

「とにかく彼女を落ち着かせなければと、そしてもう一つ。こんな小さな子を悲しませてはいけないと、そう思ったんです」

「なるほど……麗しき兄弟愛ということですかね?」

 

 しかし、インタビューを受けるのってこんなに難しい物なんですね。

 事前に何を聞かれるのか、質問内容については送られてきました。なのである程度は頭の中に予め答えを用意していますが、それでもやっぱり難しいです。

 これは聞く側も中々どうしてお上手ということでしょう。

 

「――……なるほどなるほど。本日は、ありがとうございました! 以上で終了となりますが、何か伝えておきたい。瀞霊廷通信で取り上げて欲しいことがあれば、お伺いしますよ?」

「伝えておきたいですか……? なら……」

 

 一つしかありませんね。

 

「出来れば四番隊は全員が頑張っているんだぞ、ということを。記事にするには地味で大変かもしれませんけれど、今回の私みたいな例は本当に特殊なんです。それと比べたら規模は小さいですけれど、四番隊の隊士たちは全員が人の命を救うために頑張っています。そのことを忘れないで、伝えてあげて欲しいですね」

「なるほど……湯川四席の仰る通り、確かに地味ですが……上手くテーマとして扱えれば良い記事になりそうですね。上と相談してみます」

「よろしくお願いします」

 

 私だけが頑張ってるわけじゃないですからね。

 四番隊のみんなも、もうちょっと報われても良いって、いつもそう思っています。

 

藍俚(あいり)殿! 藍俚(あいり)殿!!』

 

 なによ射干玉? せっかく良い話でまとまりそうだったのに……

 

『ここで宣伝を! 本業(マッサージ)の宣伝をしなくていいのでござりますか!? チャンスの神様は後頭部がツルツルだと聞きますぞ!! やだ……またカミの話してる……』

 

 それは髪のこと!? それとも神のこと!?

 ……でもまあ、確かにそうね。

 

「すみません。それともう一つありまして――……」

 

 なので本業(マッサージ)のことも、可能なら宣伝して欲しいと伝えておきました。

 

「では、これで我々は引き上げさせて頂きます。本日はお忙しい中、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。瀞霊廷通信を楽しみにさせてもらいます……あの、ふと気になったんですが……」

「なんです?」

 

 片付けを終えて今にも退出しようとする隊士の方に、最後にどうしてもと質問します。

 

「今回の件は、それほど有名な話でも話題になった話でもないと思うんですが、どうして私なんかに取材を?」

「ああ、それはですね。とある方から取り上げて欲しいと依頼が来まして」

「えっ!? だ、誰なんですか?」

「申し訳ございません。その辺に関しては、匿名の秘密ということで……本当にすみません!」

 

 ペコペコと済まなそうに頭を下げながら、帰って行きました。

 

 ……うーん、誰なんだろう? 卯ノ花隊長? それとも山田副隊長? 四番隊の誰か?? でも、どれも違う気がするんですよね……

 (フォン)家の誰か? でも身内が死にかけたって話を広げて貰いたいとは思わないだろうし……

 夜一さん? いやいやいや、それこそないでしょう。広げる意味がないもの。

 

 

 

 

 

 ―― 一ヶ月後、二番隊隊首室にて。

 

「おーおー、出とる出とる。まさかの一面記事とはのぉ!! 九番隊のやつらめ、奮発しおったな」

 

 四楓院夜一は最新の瀞霊廷通信を手にして満足そうにニヤリと笑う。

 

「へいへい、満足そうで何よりです。それよりこっちとしちゃあ、隊長が仕事をしてくれるかの方が重要なんですけどね」

 

 対して、大前田希ノ進は執務机に座りながら、大して興味も無いとばかりの態度を見せていてた。

 

「しかしわかりませんね。部下の命を救った功労者とはいえ、どうして他隊の隊士をそこまで持ち上げるんで?」

「わからんのか? あれだけの腕を持っておる者なら、もっと前に出るべきじゃ! こういう明るい出来事は皆の希望に繋がるからのぉ!」

 

 ビシリ! と指を大前田に突き付けながら、夜一は断言する。

 

「それに何より、その方が面白くなる!!」

 

 ――ああ、早い話が面白そうな遊び相手だと隊長に目を付けられたってワケか……可哀想に……

 

「おお! なんじゃあやつ、四番隊の隊士を持ち上げろじゃと!? まったく……むむっ! なにやら面白そうなことが小さく書いてあるではないか!! ……どれどれ……」

 

 心の中でそう同情の声を上げるが、大前田はそれ以上何も言わなかった。

 彼にとって目下の最重要案件は、目の前の気まぐれな隊長に今日の分の仕事をさせることなのだから。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「おお藍俚(あいり)!! こんなところで偶然じゃのう!!」

「よ、夜一さん……?」

 

 今日は遅番(と夜勤)なので、午前中は少し時間があります。

 なので図書館にでも行こうかと思ってたところに、夜一さんが突然降って湧いて来ました……いえ、本当に文字通り降ってきました。

 忍者みたいにこう、シュパッとした感じで現れましたよ。

 そんな派手な出現しておいて"偶然"はないでしょう?

 

『そのおっぱいで隊長は無理でしょ!』

 

 はいはい、オレルアン奪回オレルアン奪回……だったっけ?

 

「何かご用でしょうか?」

「うむ! お主、いま暇か?」

「暇……といえば暇です。今日は遅番(+夜勤)なので」

「ではちょいと付き合え!」

 

 そう言われたかと思えば、ガシッと肩を掴まれて、ヒョイっと担ぎ上げられてそのまま運ばれました。

 というか速い!! 隠密機動の頂点で二番隊の隊長ですからね!! 走る速度が滅茶苦茶速いです!!

 

「なんじゃお主、結構重いんじゃの」

「それはまあ、この身長にこの体型ですから……というか、下ろして! 下ろして!! こうやって運ばれるの恐い!! 自分で走りますからあああああぁぁぁっ!!」

 

 夜一さんって目測ですが155cmくらいですよね!? それなのに私を担げるってのも凄いですが……体勢が! これは無理!! 夜一さんの足が当たる当たる!! 恐い恐い!! 顔が地面に擦られるうぅぅっ!!

 

 泣きながら叫んで、どうにか下ろして貰えました。

 

『拙者の能力を使えれば、擦れてもノーダメージでござったのに……』

 

 無茶言うな!!

 

『あと、耐えていればその内に夜一さんのお尻を顔で堪能できた可能性がありましたぞ?』

 

 ……いや、それは……あの状況じゃあ愉しめないかなぁ……って……

 

 

 

 

 

「ここは?」

「うむ、知り合いの家じゃ」

「知り……合い……」

 

 そう言われて連れてこられたのは、貴族街のおっっきなお屋敷です。先日お招き頂いた四楓院家にも劣らないほど、りっっっっぱなお屋敷です。

 さすがは夜一さんですね、彼女がいるだけで貴族街は顔パス――どころか一緒になってVIP扱いでした。

 しかしこの家って……まさか五大貴族の……

 

「朽木家というのじゃが、知っとるか?」

「むしろ知らない死神なんていませんよ……」

 

 朽木の家かぁ……

 

「ほれ、何をしておる? はいるぞ」

「え……ちょ、ちょっと!?」

 

 こっちの都合などお構いなしにガンガン進んでいきますね。

 有無を言えない! 言わせない!!

 

『出ない! 出にくい!!』

 

 はいはい、とりねない! ねにくい!!

 

 案内されて入った朽木邸、そのお庭では――

 

「よう、白哉(びゃくや)(ぼう)! 遊びに来たぞ」

 

 ――生真面目そうな一人の少年が……って白哉!?!?

 

 え、この真面目そうな少年が朽木(くちき) 白哉(びゃくや)なの!? 本編で一護を相手に戦ってたあの!?

 うーん、これは意外というか何というか……あれ、いや、見た覚えがあるような無いような……やっぱり無いような……覚えてないような覚える気が無かっただけのような……

 

「化け猫、またか……! ……む、そちらの方は?」

「友達のおらんお主のために、今日は遊び相手を連れてきてやったぞ」

 

 ……え? なんですかそれ??

 

「お主も知っておろう、湯川藍俚(あいり)じゃ」

「湯川……まさか瀞霊廷通信の!?」

「おお! 貴様もちゃんと読んでおるようじゃの! 感心感心!! ワシも広めた甲斐があったというものじゃ!!」

 

 あら、貴族にも知って貰えたんですね。ちょっとだけ嬉しい。

 ……って、あれ広めたの夜一さんですか!?

 

「知っての通りこやつは凄いぞ!! ワシの部下もこやつがおらねば死んでおったからな!! お主も何かあれば遠慮無く頼れ!!」

「えー……夜一さんのご紹介の通りです。四番隊第四席……あ、もうすぐ正式に副隊長になります。湯川 藍俚(あいり)と申します」

「む、これはご丁寧に。朽木白哉と申します」

「次期当主じゃが、これがなんとも頼りなくての……こうしてワシが鍛えて(遊んで)やっておるわけじゃ」

 

 本音が透けて見えまくってます……夜一さん……

 

 ……って、あれ? もしかして、凄いことに気付いちゃった!! 時間的に考えて……

 

 

 

 

 蒼純さんが白哉の父親だったの!?

 

『今頃でござるかぁっ!?』

 

 

 

 

 ある程度遊んだところで「仕事がある」と言って抜けました。

 夜一さんが「気軽に遊びに来てやれ」と言ってましたが、貴族街とかそんな簡単に行けませんって……

 




●瀞霊廷通信
こういう取材とかもすると思う。
けれどこの時期はまだ東仙が隊長じゃないから、瓦版みたいに地味なまま。

●そのおっぱいで隊長は無理でしょ!
元ネタは多分Fateの「このおっぱいで聖女は無理でしょ」だが、派生がいっぱいあるはず。
(使いやすいワードですからね)

●身長と体重
夜一 身長:156cm 体重:42kg
藍俚 身長:185cm 体重:○○○kg

……担ぐのは無理だってコレ。
というか夜一さん、体重が軽すぎません??

●とりねない!ねにくい!
FF11にて、焦ったチャットから。

●子供な白哉
本編で夜一に玩具にされていたから。


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第43話 黒髪メガネの委員長キャラ

 ついに完成しました! 霊圧吸収部屋!!

 浦原喜助の謹製です! こんなもんサラッと作っちゃう辺り、とんでもないですね。

 ……あ、一応ちゃんと材料費も出したんですよ……夜一さんが半分以上持ってくれましたけれど。

 

 ということで、年頃の乙女(五百年くらい死神やってるお婆ちゃん)としては、お洒落や甘い食べ物よりも修行です。

 

 今日は非番の日ですから。朝から修行しちゃいますよ。

 副隊長になって借りたお家のお庭の片隅に作られた霊圧吸収部屋に入ります。

 中身はほんとに掘っ立て小屋というかボロ小屋というか。

 飾りも素っ気も無いですね。

 デザイン性とか全部無視して、性能と整備性に特化して! と注文したので当然なわけですが。

 

「では、起動!」

 

『ポチっとな!』

 

 ……おお……周囲の霊圧がなくなっていくのがわかります。

 減圧部屋とかってこんな感じなんですかね? なんとなく息苦しさを感じます。

 

 射干玉、そっちはどんな感じ?

 

『そうでござるな……こう、まったりとしていてしつこくなく、それでいてコクがあるのにキレがいい。すっきり爽やか喉越し爽快! のような……』

 

 つまり、よくわからないって事ね。

 

『そんな殺生な!! こう見ても拙者、少しでも藍俚(あいり)殿に貢献しようと必死でポイントを稼いでいるでござるよ!!』

 

 はいはい、ポイントカードはお餅ですか。

 

 ……そんなこと変な気を遣わなくても、傍にいてくれるだけで嬉しいんだから……

 

『まさかのデレ期到来!?!?』

 

 あら失礼ね、私はいつだってデレデレの甘々よ。

 

 ……と、馬鹿話は――

 

『ちょっ!?!?』

 

 ――このくらいにしておいて。

 

 性能はピカイチですね。

 試しにほんの少し霊圧を放出してみたところ、身体の奥からごっそりと霊力が抜けていくような感覚が襲ってきました。

 

 うわぁ……一気に来るのね、これ……

 

 つまり、こうやって身体に覚えさせていけば、逆に霊圧を無駄に漏らす恐れがなくなる!! それは効率化に繋がるということです!!

 

 この部屋は漏れ出た霊圧こそ吸い取りますが、体内の霊圧には無反応です。そして血装(ブルート)を使う際には、体内に霊圧を通し循環させることが肝です。

 ならばここで修行すれば無駄な霊力消費を極限まで抑えて、更に効果を上げることが可能になるはずです。

 エネルギーロスを極限まで減らして、今まで無駄に消費していた分も力にする。凡人がハリベルやバンビエッタという終盤の敵を相手に登山を試みる(おっぱいを揉む)ためには、このくらいしないと無理ですからね。

 

 そしてもう一つ。

 

「うわぁ……これ、効くわね……体重が百倍になったみたいだわ……」

 

 血装(ブルート)を発動させる際に力を込めすぎると負荷になること、修行の効率が良くなっているかも知れないことは以前にもお話したかと思います。

 より効率的に霊圧を込めすぎることで、強烈な負荷として利用します。

 そこをもっと突き詰めると、このようになります。

 全身をギチギチと締め上げられるような感覚に襲われ、マトモに動くことすらできません。この状態で剣を振るうとかもうそれは、どんな拷問ですかと尋ねたくなるくらいです。

 

「でも、最近はもう、これくらいないと……修行って気がしないのよね……」

 

 日々の鍛錬だと軽すぎて物足りませんからね。

 

 この部屋でたっぷりと鍛錬すればきっと、夢に手が届くはず! 夢をこの手に掴むことができるはず!!

 

「あぐっ……す、吸われた……」

 

 この吸収もそう考えれば耐えられる!!

 

 耐えられ……耐え…………

 

 

 

 

 午前中までが限界でした。

 まあ、初回はこんな物かしら……?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「何か面白い新作が入っていると良いんだけど……」

 

 軽く汗を流してもまだ時間があったので、午後は真央図書館に行きました。

 鬼道を楽で強力に使う方法についてはもうほぼ諦めています。

 ある程度は見つかったんですよ、そういう手法そのものは。ただ見つかったのは、手間が掛かるワリには詠唱破棄以下の威力だったり、強力にはなるもののたっぷりと時間を掛けて下準備をしてからでないと使えない物であったり……

 

 お手軽簡単で強力、なんていいとこ取りの手段は見つからないと思ってます。

 

 なのでもう今は、新たな娯楽を求めて図書館通いしてます。

 副隊長――いやさ四席になった頃からずっと忙しくて、頻度ががくっと下がってますけどね。たまに返却期限を忘れかけて怒られたりしてます。

 

「えーと、新作の陳列棚は……あら?」

 

 書架を見て回っていたとき、ふと一人の死神が目に止まりました。

 閲覧席で集中して本を読んでいる女性死神――彼女から何故か目が離せません。

 

 どこかで見たことあるような……

 

 思わず本探しの手を止めて、どこで見たのか思わず凝視してしまいました。

 

「……なんや? あたしに何か用でもあるんか?」

「あっ、ごめんなさい。別に何か用があるわけじゃなくて……」

 

 さすがに気付かれますよね。

 本から視線だけをこちらに向けてきたので、とりあえず謝っておきます。

 

「どこかで見たことがあった気がしたので、つい見ちゃったのよ。読書の邪魔をするわけじゃないから、安心してね」

「そうなん? ……ん? いや、そういうあんたの方こそ、どこかで見たような……」

 

 あれよあれよと、今度は私が凝視される番になりました。

 完全に本から顔を上げてじーっと見つめられます。しばらく無言で見られていたかと思えば、やがて彼女は得心がいったような表情を見せました。

 

「ああ、そうや。滅却師(クインシー)殲滅作戦のときの、四番隊の……えーと……名前は……」

「湯川藍俚(あいり)と申します」

「そうそう、そんな名前やったな。あたしは八番隊の矢胴丸(やどうまる)リサ。これでもあんたと同格、副隊長や」

 

 腕章はしてへんけどな――と言いながら少しだけ笑います。

 彼女だけでなく、副隊長なのに腕章しない死神って結構いるんですよ。私の場合、ただでさえ軽く見られている四番隊なので、少しでも分かり易いように腕章は付けています。

 

 というか、矢胴丸リサ。その名前で思い出しました。

 原作では仮面の軍勢(ヴァイザード)の一人として出てきた死神ですね。その時は黒髪お下げに眼鏡を掛けていて、しかもセーラー服で見た感じは凄く真面目そうな容姿をしているという"どこかの学校の学級委員長?"といった感じの出で立ちでした。

 それは今も変わらず――時間軸的にはコッチが基本なのでしょうが――黒髪でお下げですね。顔立ちも真面目でクール系な感じ。

 ただ、死覇装を身に纏っていますがこれが……下がミニスカートみたいになってます。太腿とか丸見えなんですけど、大丈夫なのそれ……

 

『いやいや藍俚(あいり)殿!! これはサービス、サービスですから!! だからまず舐め回すようにガン見して落ち着いて欲しい。このフトモモを見た時、拙者はきっと言葉では言い表せない"ときめき"みたいなものを感じたでござるよ!!』

 

 はいはい、ご注文はバーボンですか。

 

 でもま、射干玉の気持ちもわかるのよね。

 これは男性隊士から見られてるわよね、絶対に。でも八番隊は女性隊士が多いから、そういうのに鈍くなっちゃうのかしら?

 

「あんたも読書好きなん?」

「ええ、まあ。仕事が忙しくて中々時間は取れないけれどね」

「そんな仕事なんて隊長や部下に押し付けて、適当にやっとったらええやん。あたしはそうしとるよ」

 

 隊長に押し付けて…………(ぞくっ)

 

『おや、今は真冬でしたかな……? 背筋に言い知れぬほどの寒気が……』

 

 うん……考えないようにしましょうね。まだ命は惜しいから。

 

「八番隊って京楽隊長でしょう? あの人も遊んでる印象があるけれど大丈夫なの?」

「知らん。副隊長が仕事せんのは隊長の責任、隊長が仕事せんのは隊長の責任。ほら、なんも問題ない」

「いやいや、矢胴丸副隊長……それは不味いですって……」

 

 さすがにそれは駄目だって……まあ、他隊のことなので、四番隊(ウチ)に回ってこなければそれでいいやもう……

 

「ええってええって、てか同格なんやしリサでええわ。その代わりあたしも藍俚(あいり)って呼ぶからな」

「それは勿論、構わないわ。よろしくねリサ」

 

 ……そっか。今まで自覚が薄かったけれど私も彼女も副隊長なんですよね。

 

 これからは隊首会とか行われたら、私が卯ノ花隊長のお伴とかして……

 副隊長同士で知った顔とかと交流とかするんだ……あれ、なんだかワクワクしてきた。

 

『オラ、ワクワクすっぞ!』

 

 はいはい、ワクワクを思い出してね。

 

「せや。藍俚(あいり)はなんか面白い本知らんか? その代わり、あたしもオススメの本を紹介したるから」

「オススメ……えーっと……」

 

 本、好きなのね彼女。

 そういえば原作でも、本を読んでいたような……あれ!? でもその読んでる本がエロ本にしか思えないんだけど、どうして!?

 彼女エロ本読んでいたんだっけ?

 

『ここはもう直感に従ってオススメのエロ本を紹介いたしましょう!!』

 

 なんで!? あと別に私、オススメとかないから!!

 ……まあ、いいか。

 

「そうね……じゃあいっそのこと、思い切り奇をてらって……」

 

 そう前置きして、艶本や色本を何冊か紹介してあげました。

 

「これなんかオススメね。こう、軟体生物で腕が何本もあって、その無数の腕で――……あ、こっちはお爺さんなんだけど精力絶倫で――……この横恋慕する話――……」

 

 伊達にエロ本読んでませんよ。

 リサも最初は嫌がっていましたが、それも最初だけ。というよりも嫌がっているのは只のポーズでした。

 あっと言う間に食い入るように読み始めました。

 

「……師匠」

「は?」

「師匠と呼ばせてください!」

 

 なぜか、こうなりました。

 

 ……なんで???

 




●霊圧吸収部屋
某サイヤ人の重力100倍修行みたいイメージにしか見えない……

●矢胴丸リサ
一応原作よりも昔なのですが、この時点からエロ本好きなのでしょうか?
ちょっと考えて出した結論は「……嫌いじゃないけれど(興味津々ではある)」
くらいの物ということにしました。
こう、中学生がエロ本をサンドイッチして買うような精神。
(――そんな彼女を桃色に引き込んでしまった藍俚)

むしろ方言の喋りが難しい……13キロさんとか無理だってアレ……


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第44話 こっちも黒髪メガネの委員長キャラ

「は、初めまして! 伊勢(いせ) 七緒(ななお)です!」

「初めまして。四番隊の副隊長、湯川藍俚(あいり)です」

 

 目の前の幼女に軽く自己紹介します。

 彼女も黒髪で眼鏡で生真面目そうな顔をしていますね。学級委員長タイプです。

 髪型だけはおさげではなく短めですが、それでも十分に可愛らしいです。

 

 というか背が低い……ホントに低いですね。

 

 一応私今、膝を折ってしゃがみ込んでいるのですが……それでも私の方がちょっとだけ高いような……

 どれだけ幼女なんですか……

 

「リサ、この子って……?」

八番隊(ウチ)の新人や。なんと真央図書館の名誉会員や」

「名誉会員!! この子が!?」

 

 思わず目の前の幼女の顔をじーっと覗き込んでしまいます。

 名誉会員とは年間の貸出冊数が千冊を超えた者に贈られる称号です。

 毎日通っても一日平均三冊借りないと無理です。それだけでも大した物ですよ。

 

「は、はい……名誉会員が縁で、京楽隊長や矢胴丸副隊長とも知り合えました!」

「そして私とも知り合えたってわけね……こんな可愛い子と知り合えたなんて、本の縁に感謝かしら?」

「そんな……瀞霊廷通信でも取り上げられていた湯川副隊長とお知り合いになれるなんて、こっちの方こそありがとうございます!!」

 

 有名人と知り合いになった、みたいなキラキラの表情をしていますね。かわいい。

 

『あの、藍俚(あいり)殿……』

 

 なによ射干玉、どうしたの? とうとう真性(ロリコン)になった?

 

真性(ロリコン)!? いえいえ、そうではなく……この目の前の幼女を見て、気付きませんか?』

 

 ……え? 何が……??

 

『この子はその……えーっと……そう! 名前持ち(ネームド)でござるよ』

 

 なによそれ、どこの強敵…………え、待って。

 …………ああっ! そうよ、そうじゃない! 確か京楽隊長と一緒にいたはず!!

 

『ほ、本気で気付いていなかったのでござるか……?』

 

 だってこの子って出番少なかったし、目立ってなかった(おっぱい小さい)し……

 

『それは……いや、何でもないでござりましゅる……というか藍俚(あいり)殿! サイズの大小に貴賤無しだったはずでは!?』

 

 貴賤はないけれど、目立つかはまた別問題でしょう!! あとゴメンね七緒ちゃん。忘れててホントにゴメンね!!

 

「あの、湯川副隊長……」

「……あ、ごめんなさい。ぼーっとしてたわ。どうかしたの?」

「湯川副隊長は滅却師(クインシー)との戦いで、治療だけでなく剣でも目覚ましい活躍をしたと先輩から聞きました!」

「あ、あらら……随分と大げさに伝わってるのね……」

 

 目覚ましい活躍というのはさすがに言い過ぎですね。

 まあ確かに頑張りましたけれど、なんだか噂に尾ヒレが付いてませんか?

 

「その、実は私は斬術が苦手で……もし宜しければ、私に斬術を教えて頂けませんか!?」

「え?」

 

 これはまた、まさかのお願いですね。

 

「(リサ、あなたの仕業?)」

「(しらんしらん、あたしも予想外や)」

 

 恨みがましい目を向ければ、手を軽く横に振りながらそんな風に目で訴えてきました。

 

「私、浅打を自分の物に出来なくて……死神としてはやはり、斬拳走鬼を全て会得しないと駄目だって思って……!!」

 

 なるほど……そういうことね。

 

「伊勢さん、良く聞いて」

「は……はい!」

「私はまだまだ修行中の身、あなたに剣を教えることは出来ないわ」

「そんな……!」

 

 だって毎月定期的に卯ノ花隊長に殺されかけてますからね。

 せめて隊長から一本取れるくらいには強くなればなんとか……

 それにこの子、原作登場キャラなんでしょう? だったら私が教えなくっても強くなるわよね? だから――

 

「それに、あなたはまだ死神になったばかりでしょう? 苦手なことがあっても、気にすることはないわよ」

「で、ですが……!」

「それに教わるのなら、まず京楽隊長やリサ……矢胴丸副隊長からが筋なんじゃない?」

「せやな、師匠の言う通り。ウチの隊長はよくサボっとるから、倒れるまで振り回したれ」

 

 予想外なリサの援護射撃が飛んできました。

 ……それ、面倒だからって押し付けてない? サボるのはともかく、気に掛けてはあげなさいよ? 後輩なんだから。

 

「なにより、時間が掛かっても当然なの。卍解まであっと言う間に辿り着く死神もいれば、始解を覚えるのに百五十年も掛かった死神もいるんだから」

「百五十年……ですか?」

「ええ、湯川藍俚(あいり)って言う死神なんだけどね」

 

 そう告げると、一瞬二人は動きを止めました。

 

「え……えっ!?」

「……ってそれ、師匠の名前やん! え、師匠ってそうなん!?」

「意外だったかしら?」

 

 そう尋ねると二人はこくこくと頷きます。

 

「聞いていたお話からてっきり、すごく才能を持った上級貴族の方だと……」

「全然違うわよ。そもそも生まれも流魂街だし……死神になっておよそ五百年……霊術院時代には八番隊(おたく)の隊長の先輩だったわ……」

 

 遠い目をすると、なんとなく二人の私を見る目が優しい物になったような気がしました。

 

「なのに……まだ卍解も覚えられないの……」

「す、すみません私! 私、そんなつもりじゃ……!!」

 

 慌てて謝られましたが、むしろ謝れるとコッチがいたたまれない気持ちになるので止めて貰えますかね。

 

「気にしないで。言いたかったのは、私みたいなのでも頑張れば副隊長になれるんだから、そんなに気負いすぎないでってこと。得意なこと不得意なことは人それぞれなんだから、もっと気楽に考えてもいいじゃない?」

「はい、ありがとうございます!!」

 

 うん、初対面の時よりも良い笑顔になったわね。

 

「というか、伊勢さんと知り合えたのは嬉しいんだけれど……リサ、なんで私に紹介してくれたの?」

「そら師匠にも本好き仲間として紹介したかっただけや」

「私って、リサや伊勢さんと比べたら全然読書してないわよ?」

「師匠は色んな本を知っとるから問題あらへん」

 

 ……そう言う物なのかしら?

 

 この後、ちょくちょく真央図書館でオススメの本の紹介とかするようになりました。

 

 

 

 

 

 

 まあ、それはそれとして。

 

「こんなのもあるわよ? これ、ちょっとアクの強い作品なんだけれど……」

「おおー……っ……」

「男女が逆転しただけでも、色んな描写が新鮮に見えるでしょ? ほらここなんて、女性の方から男を誘って……」

「なんやこれ、世界にはまだこんなもんが眠っとるんか……」

 

 

 

「あれ、矢胴丸副隊長? 湯川副隊長? どちらですか?」

 

 まだ小さい伊勢さんをほったらかしてエロ本を読む私たちは、どう考えても尊敬されるような人間じゃないと思いました。

 

 いや、ちゃんと面倒は見てるのよ! ただちょっと姿を眩ますことがあるだけで……

 




●伊勢七緒
ちゃんと原作読めば「ああ、京楽隊長とラブラブ斬魄刀した子ね」と気付けたのに……
あ、でもルキア奪還時に山本総隊長に睨まれて漏らしていた(過剰表現)ので。それで覚えていた可能性がありましたね。


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第45話 マッサージをしよう - 矢胴丸 リサ -

この子も早めにしないと消えちゃう(仮面被りに現世へ行っちゃう)ので。


 切っ掛けは、些細なことでした。

 

「んー……っ……もうこんな時間なのね」

 

 業務終了の鐘が瀞霊廷に鳴り響き、私は本から顔を上げて大きく伸びを一つします。

 今日は非番の日だったので、いつぞやと同じく霊圧吸収部屋で修行後にこうして真央図書館で読書をしていました。

 リサと友達になってからこっち、図書館の利用頻度が上がってますね。

 いけないいけない、ちょっと剣術の稽古の回数を増やさないと。今度こそ卯ノ花隊長との稽古で殺されかねない。

 

「こうやって同じ姿勢でずーっと本読んどると、身体が固くなってかなわんな」

 

 私の行動を真似たように、リサもまた本から目を離して自分で自分の肩を軽く揉んでいました。

 ……私は非番だけど、今日ってリサも非番だったかしら……?

 他隊のことだからよくわからないんだけど……サボりっぱなしじゃないわよね?

 

「じゃあ、リサも今度ウチに来る?」

「師匠の家? なんかあるん?」

「ええ、まあ。女性隊士向けの按摩や整体をやってるの。個人が趣味でやってるから規模は小さいけれど、それなりに人気はあるのよ」

「へー……そういえば師匠の記事が載ってた瀞霊廷通信にそんなことが書いてあったって七緒が言っとったような……」

 

 ぐぬぬ、やはり全体で見るとその程度の知名度なのね。

 これは瀞霊廷通信がいまいちマイナーなのが悪い! かもしれない!!

 

「なら、一つお願いしてもええか?」

「勿論! 今日は特別に、これから施術してあげられるわよ。どうする?」

「ええな! 善は急げっちゅうし頼むわ」

 

 あらら、こんな簡単に来ちゃうなんて……

 

 危機管理がなってないわね……なーんてね。

 

 

 

『まあ実際には、リサ殿を無理矢理手込めにでもしようものなら、大半の男は返り討ちでござるよ。なにしろ副隊長でござるからなぁ……ですが藍俚(あいり)殿は……デュフフフフ……!』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「むさ苦しいところだけれど、遠慮せずに上がって」

「お邪魔しまーす……へえ、ここが師匠の家か」

「家っていっても、副隊長権限で支給された物だから。自分のお金で建てたものじゃないわよ」

「けど……」

 

 玄関を上がったリサはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「綺麗にしてるやん」

「物が少ないからね。あと、一応お手伝いさんを雇ってるの」

「お手伝いさん!?」

「暇な時にお掃除とかお片付けをお願いしてるのよ、お給金は安いけれど気楽に働けるって条件でね。今日はもう帰っているけれど、今度機会があったら紹介するわ」

 

 ちなみにお手伝いさんは四番地区に住んでいる女性です。

 既に結婚していてお子さんもいて、結構お歳を召した方よ。

 ちょっと部屋の片付けや掃除、洗濯とかをお願いしているの。四番隊の仕事で忙しくて帰れないときには頼りになるし。拘束時間はゆるゆるだからお給料も安いけれど、仕事もゆるゆるだし。

 暇な主婦がちょっとしたパートしてる、みたいな感覚でお願いしてるわ。

 

「はい、ここよ」

 

 そんなことを話ながら、彼女をマッサージ部屋へと案内する。

 

「うわ……なんかこの部屋、エロいなぁ……」

「そう? それよりもほら、コレに着替えてきてね」

「コレって……ええっ!? こんなん着るん!?」

「着物が汚れても良いなら着たままでやるし、嫌なら裸でもいいけど……」

「き……着替えてくる……」

「着替えは隣の部屋を使ってね」

 

 さて、彼女が着替えている間にこっちは準備を終えないと。誘ったのはこっちとはいえ、急なお客様(獲物)の来訪だからね。

 特にこのオイル……うん、たっぷり残ってるわね。

 

「着た……わ……」

 

 顔を真っ赤にしながらリサがやってきました。

 身に纏っているのは紙製の下着だけという色々とギリギリの姿です。でも普段からミニスカートな格好のリサならその辺はもっと堂々としていそうなものなのに。

 それに今は眼鏡も取っているわ。

 素顔のリサを見たのって初めてな気がするけれど、こっちもかなり可愛いわね。

 

「こっちも準備できてるわ。さあ、それじゃあここに寝てちょうだい」

「ん……」

 

 普段の物怖じしない様子と比べて、なんとも可愛らしいですね。あーもう!! 加虐心みたいなのが湧き上がって来ちゃう!!

 落ち着きなさい私!!

 

「そうそう、まずは背中側から。うつ伏せになって、身体を楽にして力を抜いて……」

「あ、ああ……」

 

 言葉に流されるまま、しおらしい態度でうつ伏せになるリサ。

 リサの身体はどちらかといえば均整の取れたスレンダーな方ね。けれどもそれは曳舟隊長などの規格外と比較した場合。

 一般的な観点からすれば、十二分に魅惑的な肢体を誇っているわ。

 サイズがやや合わなかったみたいで、紙製の下着の奥で白い胸元が苦しそうに存在を誇示している。これはつまり、一般的・平均的な体型よりも胸が大きめってことなの。

 

「それじゃあまずは、オイルを垂らすわね」

「ひゃ……っ……!?」

「ちょっと冷たいかもしれないけれど、我慢我慢」

「ん……んんっ……!!」

 

 そう言って背中にオイルをゆっくりと伸ばしていきます。

 その度にリサはビクビクと肢体を震わせて、必死で我慢するように声を漏らしています。

 ゆっくりとオイルを伸ばし、肌へと絡ませながら、同時に指先と霊圧照射で凝りの部分を探っていくのも忘れてはいけません。

 

「あー、この辺りね?」

 

 真っ先に見つかったのは、当然というべきか肩でした。

 

「本を読むし、それにリサは胸が大きいからねぇ?」

 

 ゆっくりと肌にオイルを馴染ませながら肩を揉みほぐしていきます。

 読書が趣味の彼女らしく、肌はあまり日に焼けておらずに白いまま。その白い肌がオイルに染められてぬらぬらと鈍く輝いていました。

 

「それは師匠には言われたないなぁ……んんんっ!!」

 

 精一杯の反撃を試みようとしましたが、私が少し強めに力を込めて揉めばその言葉はあっと言う間に快楽の声へと変わりました。

 

「気持ちいい?」

「きもち……ええ……そこ、もっと……」

「んー、ここね?」

「ひゃうっっ!!」

「あら? こっちも中々……」

「そこは……っ!!」

 

 患部を揉んでいくごとにリサは身体を震わせて、甘い吐息を漏らしていきます。彼女から発する香りに汗のそれが混じり始めていました。

 よほど凝っていたのでしょう、肩を揉む度に切なそうな声を上げて身をよじります。

 肩から二の腕までもを念入りに、ゆっくりと丹念に揉み上げていきました。

 

「これは姿勢も悪いのかしら? それともずっと本を読みっぱなしの弊害かしらね? こっちも……」

「……~っ!!」

 

 片手を肩に添えたまま、もう片方の手は腰のマッサージを始めます。

 こちらも大分筋肉が張っていたようで、指先に力を込めるたびにリサの身体は反応して腰をふるふると震わせます。そして連動してお尻も揺れます。眼福眼福。

 

「あ……っ……ん、く……っ!! なん、らこれ……あたし、こんなん知らん……って……」

「でも、気持ちいいでしょう?」

「…………」

 

 一旦手を止め耳元でそう囁くと、リサは顔を埋めたままコクンと小さく頷きました。

 どうやら、よほど血流が良くなっているのでしょうね。耳が真っ赤に染まっています。

 

「だから好評なのよ」

「~~~~っ!!」

 

 そう言うと再び動きを再開します。

 肩から背中、腰までを優しく、時々強く愛撫するように按摩していく。

 

「はい、もう少し下に行くわよ?」

「……ふえっ!? そ、そんなとこもなん!?」

 

 腰に回されていた手が今度はリサのお尻を撫で回します。もう肩や背中は十分なので、両手で揉みますよ。

 

「座ってれば自然にお尻も疲れるでしょう?」

「そ、そういうものなんか……?」

「当然よ」

「なら……お願いするわ……」

 

 突然お尻を撫でられて困惑するリサでしたが、力強く言い切ったことで黙りました。

 さてリサのお尻ですが、こっちはもうちょっとボリュームがあると嬉しく感じるのが個人的な意見ね。ただ、キュッと締まっていてそれはそれで魅力的なのよ。

 お尻からフトモモへと続く脚線美のラインがかなりグッと来るわ。

 しかも今は生足だから魅力五割増し! 男だったら凝視すること間違いなし! 太鼓判を押しちゃう。

 

「うん……っ……ふうぅ……っ……!」

 

 左右のお尻に手を添えて、ゆっくりと解していきます。

 実際に触れてもやっぱり個人的にはもう少しボリュームが欲しいところね。オイルが紙の下着の貼り付いて、ぷりんとした張りのあるお尻が震えます。

 くにっと指で押し込めば、ふるんっと指先を押し返してきます。

 けれどこの奥にもうちょっとだけ、凝りがあるのよね。だからもう少し力を込めて、撫で回すようにして……グッと。

 

「~~~~っっっ!!」

 

 ふう、良い反応ねリサ。

 枕をグッと噛んで声を押し殺しているのがこっちにも手に取るように伝わってきたわ。

 他にも異常は無いか丹念に撫で回していったけれど、この辺はもう問題ないみたいね。

 

 じゃあ、今回はちょっと趣向を変えて。

 

「次は仰向けになって貰える?」

「あ、あおむけ……っ!?」

 

 息を切らせていたリサが、初耳だとばかりにこちらを向いて来ました。

 

「ちょ、ちょい待って! 仰向けって、そっちもやるってことなん!?」

「当然でしょう?」

「途中で……中断は……?」

「不許可」

「あ、ちょ……!?」

 

 もう有無は言わせませんよ。

 彼女の肩を掴むと、強引に体勢を変えて仰向けにします。

 

「見んといて……」

 

 リサの表情は上気して興奮しているのが丸わかりでした。ただそれを私に悟られまいと必死に両手で顔を覆い隠しています。

 手の隙間からは軽く開いた口見え隠れして、その唇からははぁはぁと荒い吐息が漏れていました。

 胸元に視線をやれば、紙の下着を軽く持ち上げるように突起が二つ。汗ばんだ身体と今までうつ伏せだったおかげで肌にピタッと貼り付いていて、うっすらとした桜色が透けて見えます。

 

「はいはい、そんなに気にしないの。それじゃあ続きをするわよ?」

 

 心の中で愉悦の笑みを浮かべながら再びオイルを垂らし、今度はお腹から胸元を中心に揉んでいきます。腰周りをラインに沿って指を当てて、流れを活発にするようにゆっくりと筋肉を柔らかくしていきます。

 正面からのリサの身体について感想を言うなら、括れていて男の情欲を誘うような肢体ですね。

 

「ああ……これはええなぁ……」

 

 お腹もおへそ周りからリンパの流れに沿うようにして、ゆっくりとゆっくりと。

 ゆっくりと上へ。

 

「んきゅぅっ!」

 

 じわじわと上へと手を伸ばし、最後におっぱいを掴むと、変な声が漏れました。

 

「し、師匠!? そこは……!!」

「何? 大きさや形を整えるのに必要なのよ?」

「…………」

 

 何か文句有るか? とばかりに尋ねれば再び黙りながら頷いてくれました。

 

 なので遠慮無くおっぱいを揉みます。

 リンパの流れに沿うようにして、指を食い込ませます。ぷるぷるとマシュマロのように震えて、じんわりと形が変わっていきました。

 

「ひゃ……んんん……っ!!」

 

 我慢しきれずに漏れ出てしまった声を、リサは両手で口を覆って必死で我慢しています。

 ぷるぷると可愛らしく揺れて、手の平に吸い付いてくるようですね。

 指先に全神経を集中させて、余すところなく揉んでいきます。

 

「……っ! ……っっぅ!!」

 

 むにむにと何度も指を食い込ませると、そのたびにリサの口元から熱い吐息が漏れて、身体を震わせます。

 それどころか――彼女は気付いているのかしらね? 何度か揉んでいくうちに、リサの方から自然と背中を反らせていることに。

 自分から存在を誇示することで、もっと揉んで欲しい。もっと刺激を与えて欲しい。そんな風に無言のアピールをしているみたい。

 

「はい、終了」

「ふえ……ぇ……っ……?」

「こっちはもう十分に解れたから、あとは下半身ね?」

 

 リサからの強烈なアピールを理解しているけれど、私は手を離しました。

 名残惜しそうな目で私を見てきますが、気にしません。

 だってこれはマッサージだもの。

 必要以上の施術は身体に悪影響を与えかねない、当然でしょう?

 

「最後は足よ」

「あ、あう……」

 

 物欲しげかつ何かを訴えているような声が聞こえますが、気にしません。

 

 たっぷりとオイルを手に馴染ませ、まずは足裏から。

 ツボをグッと指で押して行きます。

 

「お、おおおっっ!? なんやこれ……!! 痛い、けど、気持ちええ……っ!!」

 

 蕩けたリサの声が聞こえてきます。

 

「足の裏は内臓と関係している場所が多いからねぇ……ほら、こことか」

「んひいっっ!!」

「あと、ここは精力に関係しているからちょっと多めに刺激しておいてあげるわね」

「ちょちょちょちょ! そんなサービスいらんか……らあぁっ!!」

 

 切なそうに身悶えてますね。

 今の状態でそんなツボを押されたら、我慢できないかしら? なら、もうちょっとサービスしてあげないと。

 

「あううううっっ!! し、師匠のいけず……っ!!」

 

 そのまま足首から上へ、太腿へと指を這わせます。

 こっちはもちもちしていて、ずっと触っていたくなるような感触です。ゆっくりと撫で回し付け根辺りをなぞれば、ビクッとしたように彼女の腰が跳ね上がりました。

 

「リサは袴が短いからね。足は重点的にやってあげるわよ」

「お、おおきに……~っっ!!」

 

 指でこねくり回すように太腿を揉むと、リサが面白いように腰を浮かせます。

 

「ほら、危ないからじっとしてて」

「む、無理や無理無理! こんなん、こんなん無理やって……っ!!」

 

 片手で腰を掴んで無理矢理固定してからの、フトモモの根元をじっくりとマッサージしていきます。

 

「~~~~~~~っっぅ!!!!」

 

 何があったのかは、彼女の名誉のために伏せておきますね。

 

 ただ、早急にお風呂を沸かす必要があるとだけ言っておきます。

 

 

 

 

 

 

「師匠、エッチすぎひん!?」

「そう?」

 

 施術が終わり、全身の力を失ったようにぐったりしていたリサでしたが、やがてむっくりと起き上がると開口一番そんなことを言われました。

 

 心外ですね。

 

「なんか知らない世界を覗いてしまった気分や……」

「嫌だった?」

「…………」

 

 返事はありませんでした。ただ、俯いただけです。

 

「そうそう、お風呂湧いているけれど一緒に入る?」

「か、堪忍したって……! これ以上されたらあたし、もう……」

 

 恨みがましい目を向けられましたが、そう尋ねるとリサは顔を真っ赤にしてそっぽを向きました。

 それが凄く可愛かったです。

 

 

 

 

 

 

 さて、射干玉先生……総評を。

 

『生足が魅惑的すぎるでござるよ!! いったいどこの人魚姫でござるか!! ああ、パンストに転生してあの足に密着したいでござる……!! いや、パンツの方が良いかもしれませんな!!』

 

 ということで、今回は大興奮こそすれど、力尽きるほどではなかったようです。

 やはりおっぱいは偉大ということです。

 ではまた次回。

 

『また来週……って、これなんの番組でござるか!?』

 

 とても珍しい射干玉のツッコミでした。 

 




これで仮面の軍勢(ヴァイザード)組は全員……
……あ! (ましろ)どうしよう……

(戻ってきてからでいいか)


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第46話 副隊長になると色々交流の幅が増えます

「お疲れ様です、藍染(あいぜん)隊長(・・)。それと……平子(ひらこ)副隊長(・・・)

「逆や逆ぅ!! 俺が隊長やっちゅうねん!!」

 

 今日も勢いよくツッコミが入りました。

 

 

 

「すみません、平子隊長。藍染副隊長も」

藍俚(あいり)ちゃんはホンマ……このやりとり何度目やねん。顔合わせるたんびに副隊長呼ばわりしおってからに……隊首羽織も着てるんが見えんのか!!」

「ですが、何度も繰り返すのがお笑いの基本だって……」

「お笑いちゃうわっ!!」

「専門用語で天丼と言うそうですよ」

「いくら天丼かて限度があるわっ! てか、こんだけ繰り返せばいい加減胸焼けするわっ!!」

「美味しいから大丈夫ですよ」

「それは料理的な意味での"美味しい"か!? それともお笑い的な意味で"おいしい"っちゅーことか!?」

 

 うーん、立て板に水のような淀みないやりとりですね。素晴らしい。

 こちらの方は平子(ひらこ)真子(しんじ)五番隊隊長。その隣にいるのが、皆大好き藍染(あいぜん) 惣右介(そうすけ)五番隊副隊長です。

 この二人と会った時にうっかり「藍染隊長」と言ってしまいまして、慌てて「……と平子副隊長ですね」と繋げました。幸いにも平子隊長が「ちゃうわボケッ!!」と突っ込んでくれたので、事なきを得ましたよ。

 

 ……多分、事なきを得られたと思います……おそらく……きっと……

 

『めちゃめちゃ気にしてるでござるな……』

 

 そりゃあ気にするでしょ? 相手はあの眼鏡を握り潰したことで有名な相手なのよ! あのメガネキライーに目を付けられたら、どんな目に遭うことやら……

 

『メガネスキーなら聞いたことがありますが、メガネキライーとはまた斬新な表現でござるな……』

 

 だってあの人は眼鏡を握り潰したのよ? 嫌いに決まってるじゃない……

 

『もうその認識でいいでござる……』

 

 なのでそれ以来、二人に会う度に「こっちが隊長でこっちが副隊長」「逆や!」のやりとりを繰り返しています。

 これだけ繰り返してボケをかませば、藍染もきっと油断するでしょうから。

 あの「藍染隊長」発言も「なんだ只の()ボケか」と処理してくれるはずです。

 

『そういえば、徳島に大歩危(おおぼけ)小歩危(こぼけ)という場所がありましたな。風光明媚な峡谷ですが、大股で歩くと・小股で歩くと危険だからその名がついたとか』

 

 それ、逆らしいわよ。

 断崖を意味する"ほけ"って古語があって、そこに後から漢字を充てたんだって。

 

『へぇー、へぇー、へぇー、ガッテン!!』

 

 また懐かしい小道具を……今、なんか違うのが混じってなかった?

 

『んほぉ~ボタンとか、らめぇ~ボタンとか個人的にはキボンヌ!』

 

 もうブーム終わってるから諦めなさい。

 そんなことよりも。

 

 今は往診の帰りなのですが、こうして偶然出会ったので慣れたやりとりをしてました。

 そして砕蜂ですよ砕蜂!

 あの子、今は刑軍に正式に就団してガンガン成長してるみたいです。お兄さんから秘伝をいっぱい受け継いでいるみたいですね。

 夜一さんとの仲も良好みたいです。

 あの(フォン)家から遂に麒麟児が生まれた、みたいに評されていますよ。

 往診中に漏れ聞いた話だと、夜一さんから特別に目を掛けられているからちょっとだけやっかみを受けていたけれど、その文句を黙らせるくらいに才能があったとか。

 

 ……やっぱり、原作で隊長まで上り詰めた人は違いますね。

 

 ……そう言う意味では、今私の目の前には砕蜂よりもやべー奴(隊長まで上り詰めた)がいるんですが……

 あれ、心配になってきた……

 

「まあまあ、隊長。湯川副隊長も。二人とも仲がよろしいということでいいじゃないですか」

「さすがは藍染隊長(・・)。そういう余裕を持った堂々とした態度はやっぱり隊長の風格を感じさせますね」

「せやから俺が隊長や言うとるやろが! 何遍同じ事言わせんねん!!」

「いえ、他隊の副隊長を口説くような方を隊長扱いするのはちょっと……」

「隊長……そんなことしていたんですか……?」

 

 思わず並んでジト目を浮かべる私と藍染。それに対して平子隊長も負けてません。

 

「こんな性格や知っとったら口説いてへんわ!」

「そういう言い方は湯川副隊長に失礼かと思いますが……」

「そうですよ! 人を黙っていたら美人みたいに……」

「なんや、わかっとるやないかい!」

「つまり喋っている今は可愛さ倍増ですよね?」

「えーかげんにせえよお前!! しまいにゃその乳揉むぞ!!」

 

 そうは言っても、今はときどきチラチラ視線が動いてますよね?

 わかるんですよそう言うのって。

 

「おいおい、何の騒ぎだ?」

「なんだか物騒な声が聞こえてきたんだが、お前か真子?」

「あっ! あいりん!!」

 

 天下の往来で漫才してれば、そりゃ目立ちますよね。

 騒ぎを引き裂くようにやってきたのは、愛川(あいかわ) 羅武(らぶ)七番隊隊長。六車(むぐるま) 拳西(けんせい)九番隊隊長。久南(くな) (ましろ)九番隊副隊長の三名です。

 

 愛川隊長は長身でアフロヘアが目立ちます。豪快な性格ですが下の面倒見が良いので、男性死神に特に慕われています。

 六車隊長は喧嘩っ早くて気性の荒い、荒々しい性格の方です。筋肉質でスポーツマンとか不良って感じなのですが、意外と女性死神から「あの野性的な雰囲気が素敵」と言われてます。

 久南副隊長は……何と言いますか、良くも悪くも天然で子供っぽい。元気いっぱい自己主張もいっぱいな方です。昔、彼女が四番隊に来た――お見舞いにきたとからしい――時に、きまぐれにお菓子をあげたことがあったのですが、そうしたら懐かれました。

 

「愛川隊長、六車隊長。それに久南副隊長も。申し訳ありません、平子隊長が私の胸を揉むと言って聞かなくて」

「なんだと!?」

「おいおい、そりゃ見過ごせねぇ話だな」

「なにそれ? 女の敵じゃん!」

 

 と、口ではそう言って憤っていますが、三人とも顔が笑っています。

 

「ちゃうわ!!」

「ご心配なく、平子隊長と湯川副隊長の漫才が白熱していただけですから」

「なんだ、いつものことか」

 

 藍染がそういうと、そういうことかとばかりに一瞬にして矛が収まりました。

 ……ほんと、こういうのは信頼の差と言いますか人心掌握術と言いますか……上手ですよねぇ、藍染さん……

 

「申し訳ありません、六車隊長に愛川隊長。それに久南副隊長も、お騒がせしました」

 

 と、お三方に頭を下げておきます。そしてコッチの二人にも同様に――

 

「平子隊長と藍染副隊長も、ご迷惑をおかけしました」

「あー、もうええわ……てか、あのボケはそろそろやめとき。さすがに腹いっぱいやからな」

「……あの、やめろってことは、やれって意味ですよね?」

「そんな気は遣わんでええねん!!」

 

 

 

 

 

『という、後の仮面の軍勢(ヴァイザード)たちとも交流がありますよ、というだけのお話でござるよ!』

 




嵐の前の静けさって感じですよねぇ……

●へぇー
無駄知識番組、トリビアの泉で活躍してたボタン。

●ガッテン
生活情報番組、ためしてガッテンで活躍してたボタン。


……なんか足りないような……まあいいや。
(正直な話、平子に「逆や逆ぅ!!」と言わせたかっただけ。逆撫的な意味でも)


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第47話 君の名は - 卍解 -

嵐「来たよ」


藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!』

 

 どうも、副隊長です。もとい、湯川藍俚(あいり)です。

 絶賛刃禅中です。

 視界には天から植物が巻き付いたビルがにょきにょき生えていて、地には青空が広がってます。

 

 ……あ、すみません。逆でした。何しろ現在ブリッジ中ですので。

 つまりはいつもの精神世界の光景です。

 

 頭で支えてブリッジしていて、両腕は胸の前で組んでます。

 お腹の上では、射干玉がポヨンポヨン跳ねてます。

 なんでそんなことをしているのかって?

 だって射干玉のリクエストだったから……あの子が何をしたかったのは知らないわよ? でも、射干玉なりに求めている何かがあったんでしょうね、きっと。

 

 ととと、いけない。射干玉が話し掛けてきていたんだった。

 

「……何?」

 

『や・ら・な・い・か?』

 

「バ・ラ・バ・ラ・イ・カ? 烏賊(イカ)をバラバラにするような悪戯すると干物造りの人から怒られるわよ」

 

『じぇじぇじぇ!? 違うでござるよ! というか、文字数くらいは合わせて欲しいでござる!!』

 

「ごめんなさいね。それで何をするの? 私は青いツナギでも着て公園のベンチに座ってればいいの?」

 

『それだと逆でござるよ……そうではなく、卍解(ばんかい)でござる!』

 

「そう、卍解ね……卍解!?」

 

 一瞬聞き流しかけたけれど、今何て言ったの!?

 思わず姿勢を正します。お腹の上で跳ねていた射干玉は私が動いても動じることなくポヨンと跳ね、地面に着地しました。

 

『その通り! そろそろ卍解の季節でござる!! 昔から良く言うでござろう? 柿が赤くなると卍解がしたくなる、と……』

 

「そんな(ことわざ)、聞いたことないわよ……」

 

 医者が青くなる、でしょそれは。

 

『卍解が出来るとあんまがひっこむ、でござったか……?』

 

「それは"秋刀魚(さんま)が出ると"ね……」

 

『目黒の……』

 

「サンマ! って、それもう諺じゃなくて落語じゃない!!」

 

 ボケ合戦に付き合ってる暇はないんだけどなぁ……

 

「……で、結局何が言いたいわけ?」

 

『ですから、卍解でござるよ! そろそろ覚えられるでござる!!』

 

「またまたご冗談を」

 

『ふっふっふ、三つの()でござる』

 

二歩(にふ)を通り越してるじゃない」

 

 でも歩三兵(ふさんびょう)ってルールが将棋にあるのよね。ハンデとして二歩どころか三歩をやってもOKっていうローカルルール的な物が。

 

「そもそも遊んでばっかりじゃない。始解の条件は"同調"と"対話"だからまだわかるけれど、卍解には"具象化"と"屈服"が必要なんでしょう?」

 

 以前にもお話したように、始解は斬魄刀との同調と対話――大雑把に言えば仲良くなって名前を教えて貰えば何とかなります。

 対して卍解をする場合には、具象化と屈服――つまり精神世界にいる斬魄刀本体をこちらの世界に呼び出す"具象化"と、その具象化させた相手(斬魄刀)に自分の力を認めて貰う"屈服"が必要になります。

 

 そもそも具象化と軽く言ってはいるものの、精神世界に存在する相手を自分の霊圧でこの世に顕現させるだけでも、並々ならぬ霊力が必要になってきます。この時点で並の隊士では卍解を試すことすら出来ないわけです。

 そして屈服ですが、これは千差万別。斬魄刀の性格次第ですね。

 単純に戦ってパワーフォージャスティス(力こそ正義)なノリで認めて貰える場合もあれば、禅問答みたいなのに答える必要があるとか、パターンは色々あって。

 他人のアドバイスはまずアテになりません。

 

 ……屈服させるだけなら、ジャンケン十連勝とかでも良いんでしょうか?

 

「私、卍解できるほど強くなってないわよ……?」

 

『そこが素人の赤坂見附お次は溜池山王乗り換えたら国会議事堂前でござるよ!』

 

 東京メトロ、体感だとすごく懐かしいわね……銀座線から丸ノ内線に乗り換えかぁ……

 

藍俚(あいり)殿! 何のために毎日毎晩藍俚(あいり)殿と一緒に遊んでいたと思っているでござるか!? あれらは全て修行でござるよ!!』

 

「……いや、遊んでいたでしょう?」

 

『では藍俚(あいり)殿、先日の高層ビルの窓拭きごっこを思い出すでござるよ』

 

 ……そんなのやったっけ? まあ、えーと……窓拭き……

 

「こんな感じ?」

 

『とおおおぉぉぉっ!!』

 

 こう、窓を雑巾で拭くような感じで手を動かすと、射干玉が身体を変形させて攻撃してきました。

 忘れがちだけどこの子ってスライムなのよね。だから身体の形なんてあってないようなもの、身体の一部を鞭のように伸ばして変形させると鋭い突きを放ってきました。

 

「……っ!!」

 

 窓拭きごっこをしていた私は咄嗟に同じ動作にて、円を描くようにしてその攻撃を払い落とします。

 

「これって……」

 

『マ・ワ・シ・ウ・ケ……近代空手最高峰の受け技でござるよ』

 

「でも、こんな技を何時の間に!?」

 

『これが拙者の特訓でござる!! 日常の何気ない動作の全てが修行に繋がっている!! これこそが空手の神髄!! そして卍解への下準備もとっくに完了してるにござるよ!!』

 

「そ、そうなのね!! ごめんなさい射干玉! 疑ったりしてごめんなさい!!」

 

『いいんでござる、いいんでござるよ藍俚(あいり)殿……わかって頂ければ、それだけで拙者は……拙者は……!!』

 

 私は射干玉をそっと抱き寄せて――

 

「って、んなわけないでしょうがあああぁぁっ!!」

 

『アアアアアァァッ!?!?』

 

 ――とりあえず思いっきりベアハッグします。

 とはいえ射干玉の魅惑の軟体ボディに効果は無いんでしょうけれど"ふざけるな!"という想いは伝わるはずなので。

 

「それ、あの映画でしょうがっ!! だいたいあの回し受けだって、卯ノ花隊長から教えて貰った(身体で覚えさせられた)技でしょうがああぁぁっ!!」

 

 剣術の稽古だったはずが、始解を覚えて少し経った頃から向こうから手が出始めました。

 剣で戦っていたところに空いた手で殴られたり、刺されたり、蹴られたり、気がついたらバランス崩されてたり、投げられたり、踏みつけられたり、骨を折られたり、切断されたりしてました。

 卯ノ花隊長こわい……

 

『おっぱいが! おっぱいがぎゅーぎゅー当たってるでござるよ!! んほおおぉぉぉっ!! たまんねぇええぇぇぇっ!!』

 

 

 

 

 

 

『まあ、卍解が覚えられるというのは本当でござるよ』

 

「マジで?」

 

『マジでござるし、サジでござる』

 

 紋章の謎は名作よね。

 

『だいたい藍俚(あいり)殿、お気づきではござらぬのですか?』

 

 なにかあったっけ?

 

『例えば藍俚(あいり)殿のセクハ……もといドスケベマッサージを受けた女性死神が、お肌がツルツルになっていたでござろう?』

 

 ちょっと待て、なんで言い直したらもっと酷くなってるのよ! ……って、うん?

 

「ああ、そういえば……でもあれってギャグじゃなかったの!?」

 

『拙者はちゃんと"テヘペロ★"したでござるよ!! あれも立派な具象化でござる!!』

 

「うそ……」

 

 信じたくないなぁ……それ……

 

『これが拙者の具象化!! オイルに混ざってそっと塗りたくられることで女性のお肌はつるつるスベスベ!! まるで二十歳若返ったかのよう……ってそれじゃあ奥様は赤ちゃんになっちゃいますね、申し訳ございません! エステに行って帰って来た女房が付き合い始めたあの時の姿に戻っててお父さん大喜びで今夜は大ハッスル! なあ、弟と妹どっちが欲しい? の術でござるよ!! 勿論拙者はいもうと――』

 

「そーれっ!!」

 

『じゅうににんんんんんっっっっっっっ!!』

 

 最近あまやかしが過ぎたからね、そろそろぶっ飛ばして(サーブって)おかないと。

 おー、一瞬で見えなくなるまで飛んでいったわ……我ながら強くなったわね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「――ということで、甚だ急な話ではありますが有給休暇を取らせてください」

 

 翌日、隊首室に行くなり卯ノ花隊長に頭を下げました。

 斬魄刀から卍解に至れるようになったと言われたこと、なので卍解取得のために時間を作りたいということ、卍解取得のためには日数が必要だろうから休みを取らせてほしい。

 ということを訴えました。

 

「卍解ですか……ようやくそこまで辿り着きましたね」

「相変わらず亀の歩みのような速度で、本当に申し訳ございません」

 

 始解に百五十年、そこから数えて大体四百年――改めて振り返ると、成長遅すぎますね私……隊長も良く見捨てないでいましたね。

 本当にありがたいです。

 

「まあ、そういうことなら良いでしょう」

「本当ですか!?」

藍俚(あいり)は確か……今週末が非番でしたね? ならその翌日を休暇として許可します。二日もあれば十分でしょう?」

「え……?」

 

 何を言っているのか、思わず隊長の顔を凝視します。

 

「その二日の間に卍解を取得してきなさい。できないとは、言わせませんよ?」

「え、あの……二日ですか?」

 

 が、隊長は一切表情を変えることはありませんでした。

 

「どこかおかしかったですか? 非番の日に卍解を取得し、その翌日は休暇ですのでゆっくり身体を休められます。これならその翌日の業務に支障も出ないでしょう?」

 

 まるで当然のことのように言ってきます。

 あの、それって、卍解を一日で取得しろって言ってますよね……? 卍解って一日で習得できるような容易いものでしたっけ??

 

「卍解を使いこなすための修練も必要ですが、それはまた日を改めてやればいいでしょうから……何か問題でも?」

 

 言外に"異論は絶対に認めません。文句があるなら私を倒してから言いなさい"と脅されている気分でした。

 というか絶対にそう言ってます。だって纏う雰囲気がお仕事モードじゃないですから、本気でお稽古モードのような殺気を込めて霊圧まで放ってますよ!!

 

 そんな誠心誠意、心ある説得をされてしまっては、私が言えるのは一つだけです。

 

「いえ、何も問題ありません! その二日間で必ずや卍解を会得してきます!!」

「その意気です、期待していますよ」

「ありがとうございます! では、本日の業務がありますので失礼します!!」

 

 勢いよく頭を下げて、隊首執務室から退出しました。さて……

 

 

 

 ……射干玉、聞こえる?

 

『なんでござるか?』

 

 この二日で、何が何でも卍解取得するわよ? あんたも全力で協力しなさい!!

 

『が、合点承知の助でござる!!』

 

 ……卍解取得って、こういうものでしたっけ? 斬魄刀を脅すって……

 

 

 

 

 

 

『勝てば天国、負ければ地獄! 知力・体力・時の運! 花も嵐の中も輝いて、やってきました木曜日! 行くが女の生きる道!!』

 

 どこから突っ込めば良いのかしらね?

 まず、それじゃ私はクイズでアメリカを横断しなきゃならないじゃない。

 次に、今日は土曜日よ。

 最後に、それどこの映画よ。でもまあ、行かなきゃ隊長に殺されるから、生きる道というのは間違ってないわね。

 

『元気がないぞー! 卍解を取得したいかー!! 罰ゲームは恐くないかー!!』

 

「罰ゲーム……卯ノ花隊長……ごめんなさい、こわいです……ごめんなさい……」

 

『あああああぁっ! 申し訳ないでござるよ!! 藍俚(あいり)殿、お気を確かに!! 今のは、今のは拙者の失言でござったですから!!』

 

「べそべそ……ほんとぉ?」

 

『ホントでござる! ほらだから、もう泣き止むでござるよ!! ほーら、飴ちゃんでござるよ~!』

 

 反射的にうずくまってしまった私を、射干玉が必死で励ましてくれました。

 

「あめ……美味しい……」

 

『いかがですかな? 拙者ご自慢の黒飴でござる! 他にもハッカ味や梅紫蘇味もありますぞ!!』

 

「チョイスがお婆ちゃんなのよ!!」

 

 ということで週末です。明日は有給です。なので二連休です。

 卍解を会得するためにこうして、流魂街の外れにある誰もいないような山の中までやってきました。

 ここなら何か起こっても人的被害はでないはずですし、もしも山津波みたいなことが起こっても流魂街の人々が気付いて逃げるだけの余裕もあるはずです。

 

 うん、なんだか(ツッコミを入れていたら)元気が湧いてきました。

 

「……よっし!! やるわよ射干玉!!」

 

『その意気でござる!! 拙者も全力で協力いたしますぞ!!』

 

「今さらだけどさ、全力で協力って一体何をするの?」

 

『それは当然、屈服しましたという書面を発行してから認め印をポンポンポンと……』

 

「……射干玉・三文判とか言うのが真の名前じゃないわよね?」

 

『ギックウウゥゥッッ!!!!』

 

「いや、そういうのもういいから……ちゃっちゃと始めましょう」

 

『あらら、バレてしまったでござるか?』

 

「何年アンタと一緒にいると思ってるの? それじゃあ具象化、行くわよ?」

 

『バッチコイでござる!!』

 

 とは言っても、具象化自体はそれほど難しくはないのよね。

 必要とされるのは何よりも大量の霊圧……斬魄刀本体を具象化して、それでも相手を屈服させるほど暴れ回れるくらい大量の霊圧です。

 ということで霊圧を解放して、そこに斬魄刀と意識をつなぎ合わせて、二つを馴染ませて……

 

「……どう、射干玉? 具象化できた?」

 

 ごっそりと霊圧を削られた感覚があったので、成功したはずですが……はて?

 どうしたことでしょうか? 別に何も――

 

「あら?」

 

 ――額に一筋の汗が流れ落ちるような、そんな感覚がありました。それを手で拭い、なんとなく確認してみたところ……

 

「……黒い、汗……?」

 

 すーっと血の気が引いていき、嫌な予感が思い切り警鐘を鳴らしているのがわかりました。ですが気付いた時にはもう手遅れでした。

 汗によく似た感覚は背中にも胸にもお腹にもお尻にも足にも、身体のあらゆる場所から襲い掛かってきました。

 

「な……っ!? これ……っ!!」

 

 こうなってはもう確認するまでもありません。

 全身から湧き上がった黒い汗――おそらくはこれが射干玉の本体が具象化した姿なのでしょう。黒い汗たちは、まるでそれぞれ全てが意志を持ったようにぶわぁっと広がり、私目掛けて襲い掛かってきました。

 

「こ、コイツっ!! くっ、射干玉!! これが屈服のための試験ってわけ!?」

 

 汗は今や巨大な粘液の塊となっており、無数の粘液触手が身体へと絡みついて来ました。まるで私の身体全てを蹂躙せんとするかのように、死覇装の僅かな隙間からですら入り込み、私の全身を我が物顔で這い回ります。

 ぬるぬるとねばついた黒い液体がまるで蛞蝓(なめくじ)のように這い回り、そしてその勢いは蛞蝓とは比べものにならないほど速いです。

 物凄い勢いでの上を這い回り、僅かでも穴が有ればそこに押し入って来ました。

 

「離れなさ……がぼっ!?」

 

 その内の一つは私の口の中へと勢いよく飛び込み、鼻から口から遠慮無く内側へと進んで喉の奥まで押し入っていきます。

 プールや水辺で誤って水を飲んでしまった時によく似た感覚、あれを数倍苦しくしたものが身体の奥底から湧き上がってきて――

 

「げ、が……あが……ぬ、ぬばだば……いった……なに……」

 

 ――喉、奥……!! 無理、息が……溺れる……飲み込まれ……

 

 ……違う!!

 

 これは、射干玉は、中に入ろうとしてるんじゃない!! 私の内側から溢れ出てきてる!!

 

 あ、これは……まずい……溺れる……!

 

 こわい……私が、自分が……意識、が……

 

 射干玉に……乗っ取ら……みたい……に……

 

 気をつよ……く……持……

 

 

 

 あれ……私……なんで、こんな……こ……と……

 

 ばん……かい……なに、それ……? 

 

 

 

 

 まっくら……

 

 

 

 まっくろ……

 

 

 

 ぬるぬる……

 

 

 

 ぐちゃぐちゃ……

 

 

 

 やわらか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んがああああああああああぁぁぁっ!!!」

 

 身体の中に残った酸素と微かな意識をかき集めると、全力で叫びながら口の中に入った粘液触手を掴み、思いっきり引っ張り抜いてやりました。

 

「げほ……っ!! ごほっ、がはっ……うげ、うげげげげっ!!」

 

 長い長い昆布か何かを丸呑みして、お腹の奥底まで飲み込んだ辺りで思い切り吐き出したなら、きっとこんな感覚なんでしょうね。

 お腹の奥が物凄くムカムカして気持ち悪いです。

 無理矢理引きずり出した黒い粘液触手からは、私の胃酸とおぼしき酸っぱい匂いが漂っていました。

 私の喉の奥からもなんとなく焼け付くような感覚とすっぱい匂いが感じられるので、多分間違ってないと思います。

 

「おげっ!! うげええええぇぇっ!! ……はぁはぁ……死ぬかと思ったわ!!」

 

 一応私は、役所の書類に提出する時にはこう書かないと窓口で怒られる程度には女性ですが、もう恥とか外聞とか気にしてられません。

 まだお腹の奥底に残っているような気持ち悪さを感じたので、普通なら女が口に出してはいけないような声を思いっきり上げて、思いっきり吐瀉してやりました。

 これで私もゲロインの仲間入りです! 出したのは真っ黒な塊ですけどね!!

 

 全部吐き出してようやくスッキリできました。

 ただ、あのままだったら確実に死ぬ――よりもずっとずっと危険な(ヤバい)事になっていたと思います。

 直感ですけど、あの気持ちよさは身を委ねたら即終了レベルの何かです。ギリギリとはいえ良く復活できたぞ自分!!

 

「~~ッ!! い、いつまで人の中にいるつもりよ!!」

 

 先程も言いましたが、この黒い粘液は私の穴という穴に入り込もうと――いえ、穴から出てこようとしてきます。

 なのでこう、ありますよね。人間の身体には下半身の方にも穴が。

 

「とっとと出て行きなさい!!」

 

 袴の中に手を突っ込んでそのままこう、ずるーっと一気に……

 

 ……うん、詳しく描写するのは省きましょう。もう今日は女捨ててばっかりですね。

 とにかくこれで、こう……私の中に巣くっていた粘液は多分コレで全部かき出せたと思います。

 

「あ、藍俚(あいり)殿! 申し訳ない! 申し訳ないでござるよ!! ちょっと拙者の中の胎内回帰願望と申しますか、赤ちゃんプレイがしたい欲と言いますか、そう言った純情な感情が爆発してしまいまして……気がつけば……ふひひひ!!」

「何が純情な感情よ!! 上等じゃない射干玉!! そっちがその気ならこっちもその気でいかせてもらうわよ!!」

 

 もう話し合いで済むレベルはとっくの昔に超えてます。

 射干玉の弱点は"火"とわかっているのですから、こっちも手加減はしませんよ!!

 

 ……あ、今気付きましたが。

 具象化してるので射干玉が普通に喋ってますね。どこが発声気管なのか知りませんが、テレパシーみたいなのじゃなくて普通に声を出しています。

 

「破道の七十三! 双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)!!」

 

 こちらは蒼火墜の上位版といったところ、双蓮の名の通り倍の火力で相手を焼き尽くす鬼道です。

 両手から放たれた青い炎はそのまま黒い粘液の塊へと激突しました。

 

「うそっ!?」

 

 が、有効打とはなりませんでした。

 確かに燃えてはいますが、その炎の奥には表面が軽く炙られた程度の粘液塊がいます。軽く乾燥した程度ですので、これでは倒すのはおろか倒すのも不可能です。

 

「ぬほほほほ! 藍俚(あいり)殿、確かに拙者は炎が弱点でござりますが、今は卍解でござりますよ!? この程度の火力ではレアステーキも焼けませんな! 大根おろしソースでさっぱりとお召し上がりいただけますぞ?」

 

 くっ! 腹が立つわね!!

 

「なら、破道の八十六! 鳳凰真炎(ほうおうしんえん)!!」

 

 一気に燃え上がった炎が不死鳥の姿を形作り、射干玉目掛けて放ちます。双蓮蒼火墜よりも強力な炎であり、これなら鉄だって容易に溶かす筈なのですが……

 地面が高熱で焼け上がり一部結晶化までしているのに、射干玉はピンピンしています。

 

「おおっ! サウナですかなサウナですかな!? ロウリュのサービスはございませぬか!? ふひひひ、拙者を焼くには三千度は欲しいところですな」

 

 サウナ!? その発想はなかったわ。それにロウリュもいいわね!! 今度マッサージの後のコースとして入れようかしら……

 じゃなくて!!

 三千度!? タングステンでも加工する気なの!! いくら詠唱破棄で威力は落ちてるとはいえ、これだって相当な火力なのよ!?

 

「だ、だったら……」

「おおっと! すでに藍俚(あいり)殿は二回も攻撃を行っておりますぞ! 次は拙者のターンですな?」

 

 なおも鬼道を唱えようとしましたがそれよりも先に射干玉が動きました。

 固まっていた粘液が爆発でもしたようにばあっと広がったかと思えば、次の瞬間には火に掛けられた巨大な釜がありました。

 

「くっ!! ……は?」

 

 何か爆発するような攻撃かと判断して身構えていましたが、予想外の光景に思わず脱力してしまいました。

 釜の中からはぐつぐつという音と湯気が立ち上っており、熱湯が沸かされているのだろうというのが一目瞭然です。

 

「目には目を! 火には火を! ということで、箱の中身はなんでしょねゲーム!! でござる!!」

「…………は?」

 

 え、なにこれ? え? え??

 

「今回ご用意したのはこちら! 盟神探湯(くがたち)にござりまする!! この煮えたぎるお湯に手を入れても、正しい者ならば決して火傷はせず! 反対に罪のある者は大火傷を負うという、日本書紀にも登場する由緒正しく霊験あらたかな物でござるよ!!」

 

 それは聞いたことあるけれど……大体それって嘘でしょうが! え? なにこれ……? 今のうちに攻撃しちゃ駄目なの??

 

「……これで、何をしろと?」

「当然! このお湯の底には、とある物が沈んでおります! それが何なのか、手で拾ってからお答えください!!」

 

 ……は?

 

 ……あ、よく見れば沸騰してて見難いけれど何か沈んでるわね……

 

「あ、たわしを掴んで"ハリネズミ"って答えるようなベタな展開、拙者は大好きでござるよ」

「何がハリネズミよ! だいたい熱湯の底にハリネズミってのは無理でしょうが!!」

 

 怒りのままに斬魄刀を構え、攻撃しようとしますが……

 

「ふーん、藍俚(あいり)殿はこの程度も逃げるようなチキンちゃんでござったか……そうか、そうか、つまり君はそんなやつだったんでござるな……」

「………………やってやろうじゃない!!」

 

 怒ってないですよ、私は冷静です。

 緑色した知将が赤くなったとき(冒険王ビィトのグリニデ様)くらい冷静です。

 

 煮えたぎり湯気を上げる釜の前に立ち……

 

「押すなよ! 絶対に押すなよ!!」

 

 ええい! 黙んなさい!! 集中集中!!

 

「…………はっ!!」

 

 それは一瞬の出来事。

 瞬時に釜に手を入れ、底に沈んだ物を掴み引き上げました。

 鍛えた身体を集中させれば、これくらいなら火傷しません。むしろ水面に波ひとつ立てることなく取ってやりましたよ。

 

「では、お答えは!?」

「正解は…………はぁっ!?」

 

 手にしたそれ(・・)を見て、私は目を丸くしました。

 だって、それは――

 

「ク……クリームパフェ?」

「正解!!」

 

 ――どこからどう見てもクリームパフェでした。

 

 チョコとクリームとフルーツがたっぷりで、ガラスの器にスプーンもついていて、すごく美味しそう。手で触れるとひんやり冷たいです。

 食材に触れた感触も全部本物。食品サンプルなんじゃありません。

 

 つまり――熱湯が茹だる釜の底から引き上げたのに、冷たくて形が全然崩れていないクリームパフェってなーんだ?

 

 ……なにこれ?

 

「では第二問!! 今度は火の反対で冷たい方で行ってみましょう!!」

「ちょ、ちょちょちょちょ!! まだこんなバカ展開続けるの!?」

「お忘れですかな!? 藍俚(あいり)殿は二回攻撃しておりますので。ならばこちらも二回攻撃の権利を持っている筈ですぞ!!」

 

 う、そう言われると……って、別にターン制の戦闘するゲームじゃないんだから、別に律儀に従う必要ないじゃない!!

 

 そう文句を言うよりも早く、周囲には巨大な氷のオブジェが生まれていました。

 

 

 

 

 

 

 その後も、延々と訳のわからないバラエティ番組みたいな展開は続きました。

 

 地面の中から金棒がにょきにょき生える道を全力疾走させられたり、大量の水が襲い掛かってきて沈められたり、大量の蛇や蛙に襲われたり、なにやら粘着性の床に襲われたり、ぬるぬるの触手に全身撫で回されたり、単純に爆破されたりしました。

 

 こっちも攻撃はしてるんですが、全然効果が無いんですよね……

 斬撃は始解の時点でまず無効化されますし、氷も駄目。風や土、虚閃(セロ)などの霊圧攻撃も無力化。炎は弱点らしいですがあれ以上の火力を出せないので、実質無効化されていますし……

 そのたびに「拙者のターンですな!」とやられていました。

 一度、休憩の意味を込めて回道を使ったところ「大食いチャレンジ!!」と、どこから用意してきたのか大量の食材を目の前に出されたりもしました。

 ……いくら美味しくてもあの量は無理……

 

「つ、次は……」

 

 正直、もう帰りたいのですが。何か攻略の糸口が見つからないものかと考え、こうして付き合っています。

 それに帰ったら……隊長に……何をされるか……

 

 朝早くから開始したのに、今はもう真夜中です。

 さすがに体力がもうキツイです……そろそろ限界……倒れるかも……

 

「ごうっ!! かああああぁぁくっ!!!」

 

 それでも何が来るのかと身構えていると、射干玉は突如そう叫びました。

 どこから用意したのか、ガランガランとハンドベルまで鳴らしています。福引きに当たったんじゃないんだから……

 

「ごうかく……?」

「そうでござるよ藍俚(あいり)殿!! 長い間お疲れ様でございました!!」

 

 ……は?

 

「どういうこと?」

「説明しよう!! 藍俚(あいり)殿は拙者を認めさせたでござるよ!! よって……」

「そういうことじゃなくて! これで合格なら、じゃあ今までのバカ展開はなんだったの!?」

 

 さっきまで疲れて言葉も喋りたくなかったのですが、今はもう怒りでパワー満タンです。変なこと言ったら即座に素粒子レベルまで粉々にしてやるわ!!

 

「ですからアレが試験でござるよ。それらを見事突破し、藍俚(あいり)殿は拙者を認めさせるだけの活躍をみせたでござる! いやはや、拙者もう藍俚(あいり)殿に屈服しまくりんぐテンパリングでござるよ!!」

「アレが!?」

 

 どう考えても、からかわれていただけじゃない!!

 

「えー、ご説明させていただきます、球審の射干玉です。まず最初、藍俚(あいり)殿は拙者の誘惑に見事打ち勝ちました!」

「ああ、あれ……って、アレも試験だったの!?」

「当然でござる!!」

 

 あれって、もう少し遅かったらあのまま飲み込まれて、意識を失って……多分、溶けて消えていたはず……

 

「あの、射干玉……ちょっと聞きたいんだけど、あの時点で失敗していたら……?」

「聞きたいでござるか?」

「………………もしかして、失敗した前例って何回かあったりする?」

「ええと……藍俚(あいり)殿! 申し訳ございませぬが手を貸してくださりませぬか、指が足りませぬ!!」

「ごめん、やっぱりいいわ」

 

 あ、これ多分聞いちゃいけないやつ。知ったらご飯が不味くなるし、夜ぐっすり眠れなくなるタイプの情報だわ絶対に。

 

「そうでござりますか? では話を戻しますぞ! 藍俚(あいり)殿は強い意志を示しました! そして次は拙者を使いこなせるかの試験です!!」

 

 ……あれ? 意志を示すだけなら、射干玉が私の中から出てくる必要はなかったんじゃ……

 

「続いては拙者が出題した数々のバラエティ番ぐ――ごほんごほん!! 試験を突破でき、耐えられる程の霊力を持ちうるか否か! そこが肝でございました!!」

「……もうバラエティ番組でいいわよ……」

 

 投げやりですが、とりあえずツッコミは入れておきます。

 

「なにせ卍解するということは拙者を使いこなすということですからな!! あれだけ振り回されても諦めることなく平然と出来るくらいでないと!! 悔しい、でも、身も心も藍俚(あいり)殿に従っちゃう!! びくんびくん状態にはならないでござるよ!!」

「そういえばあんたって、一応神様だったのよね……」

 

 絵に描いたような変態キモオタって認識が強すぎて。

 

「まあとにかく、卍解取得できるってことでいいのよね?」

「無論でござります!! ……どうやら、拙者の真のコテハンを藍俚(あいり)殿に教える時が来たようでござるな……」

「コテハン!?」

 

 相変わらずこの子って、なんというかネタがちょっと古いのよね。

 

「おっと、放送時間が尽きたようでござる! そろそろお別れの時間にござるな! まあ今日はぐっすり休んで、卍解の方は翌日にでもお試しくだされ! 何しろ拙者の能力は使えば使うほどでござりますからな!!」

「ちょ! ちょっと! 名前、名前!!」

 

 具象化の霊圧が切れたのでしょうか、ゆっくりと消えていく射干玉に私は大慌てで叫びます。

 まあ、後で聞けばちゃんと教えてくれるのでしょうけれど、様式美といいますか……ここで聞いておきたいじゃない。

 

「おお、忘れるところでございましたな!! 拙者の名は――――――でござるよ!!」

 

 それがあなたの名前なのね、しっかりと心に刻んだわ。

 

 

 

 

 

 翌日、卍解した射干玉の力を試しました。

 

 率直に言って、規格外にも程があると思いました。

 

 この能力をちょっとマッサージに活用してみようと思い、平家十九席(ちょっと昇進しました)に実験台になってもらったところ、凄く調子が良くなったそうです。

 彼女曰く「全身の細胞全てが新しく入れ替わったみたいな感じ」だそうで。

 前から可愛い子だったのが、更に美人になりました。

 

 その変わりっぷりと言ったらもう――

 

「彼に結婚を申し込まれちゃいました! 副隊長、どうしましょう!?」

 

 ――と、相談されるくらいです。

 

 ……いや、知らないわよ。結婚したら良いんじゃない?

 




真知子と申します。
数寄屋橋で別れた春樹さんはどうしているかしら……
(タイトル詐欺回)

●ボケの数々
だが、私は謝らない。

●破道の八十六 鳳凰真炎(ほうおうしんえん)
オリジナル鬼道。一刀火葬の1つ下のイメージ。
強い炎攻撃が欲しかったので。

●卍解
名前はまだヒ・ミ・ツ♥(でござるよ★)


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第48話 卍解したけれどそんなに変わりません

流石に書き溜めが切れました。なのでもう連日1話ずつ更新は不可能です。


「隊長! 不肖、湯川藍俚(あいり)。卍解を習得して参りました!」

「おや、そうですか」

 

 平家十九席で実験したり、個人でも色々試し終えた翌日。

 隊首室にて卯ノ花隊長にそうご報告したところ、こんな風にあっさりと言われました。

 

「……あの、それだけですか?」

「あなたが卍解を習得してきたのは見ればわかりますよ。身に纏う霊圧が一昨日までとは、まるで別人ですから」

 

 そういうもの……なんですか? 私、親しい知り合いの中に「卍解会得したんだ」って死神はいないのでわからないです。

 

「それに私はあなたが卍解を会得してくると信じていましたからね。言うなればこの結果は必然。それに何を驚く必要がありますか?」

「た、隊長……!」

 

 信じていてくれたんだ。

 そう思うだけで、思わず目頭が熱くなりました。騙されているだけかもしれませんが、でもそう言うのって反則ですよぉ……

 

「そうそう、これで一応隊長になるための最低限の資格を得たわけですが……藍俚(あいり)はどうします?」

「……あ! そういえばそうでしたね」

 

 護廷十三隊の隊長になるには、まず卍解を会得することが最低条件として求められます。色々とありますが、まず強くてこその死神ですから。

 でも私、今の今まで別に気にしたことありませんでしたね……

 来たるべきハリベルとバンビエッタを手籠めに(マッサージ)する瞬間のことばかり考えてましたから。

 

「今なら十番隊の隊長が空いてますよ? 挑戦しますか?」

「十番隊、ですか……?」

 

 十番隊って結構の間、隊長不在のままなんですよね。今は副隊長が隊長業務を代行していますが。

 あ、そういえば十一番隊もそんなことがありましたね。懐かしい……

 

「うーん……いえ、今はそこまでは考えられません」

「そうですか。ならばそれで問題ありませんよ」

「……あの、断っておいてこんなことを聞くのも失礼なんですが、良いんですか?」

 

 隊長も護廷十三隊の一員ですよね? なら、手の足りない他部署のために手を回すとかそういうのは……

 

「構いませんよ。本人がやりたくないと言っているのに、無理強いするものでもないでしょう? それに藍俚(あいり)はずっと四番隊でしたからね。急に十番隊へ行ってもその力を活かせないでしょうから」

 

 隊長業務なんてどこもそう変わり映えしないと思うんですが……いえまあ、上位席官や副隊長になってまだ日の浅い私ですから、苦戦するとは思いますが……

 

「なにより……まだ私に卍解を会得した強さを見せていないでしょう?」

「……っ!!!!」

 

 なんてことのない、世間話か何かをするかのように軽い口調で言ってはいますが、その言葉の奥には身の毛もよだつ程の殺気が込めれていました。

 普通の死神なら、ちょっと変だな? くらいにしか感じないでしょうが、今の私は凄くよくわかってしまいます。

 

「次回の稽古は……ああ、一月半(ひとつきはん)も後ですか……待ち遠しい……」

 

 一日千秋、とでも言うのでしょうか。

 誕生日やクリスマスを心待ちにするような無邪気な気持ちで、けれども底冷えするほど物騒なことを考えている……

 

 空は雲一つない晴天に恵まれ、日光が穏やかに差し込んでいるはずなのに、この部屋の中だけはとてつもない暗雲に包まれている。

 虎の尾を踏んだとか地雷原を走っていると言う言葉が子供の遊びとしか思えないような、恐ろしい予感しかしません。

 

 この日、本気で願いました。

 お願い! 来月なんてこないで!! ……と。

 

 

 

 

 

 

「良い天気ですね」

「はい……」

 

 まあ個人が祈った程度で時の流れを止められるわけもないんですけどね。

 あっと言う間に月日は流れ、隊長との稽古の日がやってきました。

 

 もはや通い慣れた山中の稽古場。

 ここに来るだけで体力を使い果たしていたあの頃が懐かしいですね、もう普通に走るだけでは息も乱れません。

 

「長かったですね……あなたがここで私に稽古を付けて貰うようになってから、およそ五百年ほどですか……」

「それは……ですが、卍解を習得することも出来ました!」

「そうですね。卍解は才能ある者が専心して鍛えても十年の(とき)が必要と言われるほど難しい……才無き者には一生掛かっても無理でしょう。そう言う意味では、あなたには才があった、そう考えて――いえ、ハッキリ言いましょう。私はあなたに才があると思っています」

 

 才能がある、ですか……隊長にそんな風に両手放しで褒められたのは初めてかも知れません。

 

「あ、ありがとうございます!」

「私にはない才を持ち、腐ることなくここまで上って来た……あなたの努力が報われた日と言って良いでしょう。今日はとても良い日……とても良い稽古日(けいこび)より、そして……」

「――ッ!!」

 

 音も無く放たれた隊長の剣の一撃を、私はなんとか受けとめます。

 

「……とても良い、()()より……そう思いませんか?」

「いえ……死ぬのはまだちょっと、困ります……」

 

 口調こそ世間話のようなものですが、刃を交えた先から伝わってくるのは本物の殺気――今まで感じていたものを何十倍にも濃厚にした気配が土石流のように襲い掛かってきます。

 

「……では、生き延びて見せなさい!」

「言われずとも、そのつもりです!!」

 

 遂に来ました!

 卯ノ花隊長が限りなく(・・・・)本気で襲い掛かってくる日が!!

 

「……くっ!」

 

 隊長の剣は変幻自在。

 無数の剣閃を放ったかと思えば、なんの前触れもなく必殺の一撃を放ってきます。その必殺の一撃を避けた瞬間、空いた手で殴られました。

 ダメージは皆無――鍛え上げた強固さに加えて、今やこの程度ならほぼ無意識で回復するようになっていますから――ですが、防ぎきれずに先手を取られたという意識が、私の中に少しだけ重くのし掛かりました。

 

「……始解は、使わないのですか?」

「隊長も……使っていないでしょう?」

 

 そう口にした途端、隊長の目がとてつもなく冷ややかな物になりました。

 

「白々しい……私の始解は、あなたも知っているでしょう?」

 

 隊長の始解――肉雫唼(みなづき)は、解放すると刀身が巨大なエイのような生物へと変化します。このエイは上に人を乗せて移動したりもできますが、その真価は飲み込んだ者を治癒するという能力に尽きます。

 尸魂界(ソウルソサエティ)全体で見ても珍しい、生物召喚系の能力を持つ斬魄刀であり、後方支援としてはかなり有効な能力と言って良いでしょう。

 ……当然ながら、刀身が変化するので霊圧は高くなっても戦闘能力――隊長が望む戦闘能力には繋がりません。

 

『ちなみに拙者も召喚されてるでござるよ!! 俺のターン!! (ゴッド)スライムを召喚でござるよ!!』

 

 今は黙っててね、ホントに本気で!

 

「私は"あなたの始解と戦わせなさい"と言っているのですよ、藍俚(あいり)?」

()ッ!」

 

 躱したつもりが躱しきれませんでした。頬を軽く斬られ、薄く血が流れ出ます。

 

「卍解を習得したのであれば、始解にも同じく影響が出る……単純に霊圧が強くなり、斬魄刀を屈服させているのですから当然です。いわば今こそが、真の始解と言って良いでしょう。私はそれを破ってみたいのですよ」

 

 …………っ!!!!!

 

「射干玉!!」

 

『お呼びとあれば即参上!!』

 

 ほとんど本能レベルで行動していました。

 卍解を覚えたことで解号を口にする必要もなくなり、仮の名を呼んだだけで始解が可能となります。

 始解状態となり真っ黒になった刀身を見ながら隊長は満足そうに薄く笑いました。

 

「そう、それです。まずはそれを破ってみたかった!!」

「ひいっっ!!」

 

 鬼神のような顔で襲い掛かってきますが、こちらも慣れたものです。

 粘液を一気に分泌させて自分の身体へと一瞬で纏います。自分に向けた効果なのですから操るのは簡単なもの。

 全身をうっすらと粘液塗れにしながら、けれども私はその一撃を剣で受けとめました。

 

「おや?」

「そう簡単に、リクエストにはお応えできませんよ隊長? 私だって成長してるんです。そう簡単に斬れるとは思わないでください」

「よろしい、それでこそ打ち破る価値があるというもの……私の為に斬られなさい!」

 

 神速を誇る無数の斬撃が放たれました。

 それらを全て刃で受け止め、流したはずなのですが……

 

「斬られ……た……」

「ふふ……いいですね。斬ったはずなのに斬れていないこの手応え、何度体験しても不思議ですよ……」

 

 一太刀、受け損ねました。これが実戦だったならば、間違いなく斬られていました。

 ですが以前とは違い、衝撃すらありません。

 攻撃を完全に受け流し、

 

「そしてどうやらダメージもない! 日々の修行の成果と始解を完璧に使いこなしている証拠と言えます。見事、実に見事です」

 

『お褒めに預かり恐悦至極……』

 

 突っ込まないわよ!!

 

「ですがその始解は熱に弱いということも既に知っています。弱点を敵に知られたまま、次はどうやって凌ぎますか!?」

 

 再び隊長の攻撃が始まりました。

 

 本来ならば炎系の鬼道を使えば一瞬でカタが付くのですが、隊長はあえてそれをしません。斬撃を何度も加えることで摩擦熱で温度を上げ続け、発火させるのが目的です。

 今まではそれで破られていましたが、そう何度も何百年も同じ手が通用するとは思わないでくださいよ!!

 

 何度も攻撃を防ぎ、反撃をしてみせますが、それでもやはり実力は隊長の方が上。ダメージこそないもののじわじわと攻撃を当てられていきます。

 

「これで終わり、発火です!」

「……甘い!!」

「っ!?」

 

 隊長の剣を技と身体で受け、そのまま能力で受け流します。

 発火せずそのまま受け流されたのを見て、隊長は僅かに目を丸くしました。

 今までの稽古の中で発火するのにどの程度攻撃を加えれば良いのか、その回数と具合は完全に見切られていました。

 ですがそれが逆に狙い目です。

 

 射干玉の始解は召喚されたスライム本体。そしてその本体は流動させることもできる。斬られながらも体表に塗りたくられた本体を巧みに移動させ続け、温度上昇を防ぎ続けていました。

 その結果は大成功。

 隊長相手に、値千金の一瞬の隙を生み出しました。

 

「やああああああぁぁっ!!」

「くっ!!」

 

 今この瞬間だけは攻守が入れ替わりました。

 渾身の一撃を受けとめようとしましたが、僅かに足らず。

 卯ノ花隊長は大きく姿勢を崩しました。

 

「そこですっ!」

「ふふ……」

 

 攻守逆転はそのまま続きます。

 無我夢中に、今まで教わった全てを試すようにして剣を振るい、隊長へと攻撃を仕掛続けました。

 ですがさすがは隊長、私の攻撃をいなしながら少しずつ劣勢を盛り返してきます。

 

「今っ!!」

「ふんっ!!」

 

 全力の一刀を放ちますが、隊長も既に体勢を立て直して反撃の刃を振るってきます。

 二刀が交錯しあい、そして――

 

「……はぁ……はぁ……」

「……ふふふ」

 

 ――互いの剣はそれぞれ、相手の眉間を貫く直前で止まっていました。

 

「うふふふふふ、見事ですよ藍俚(あいり)

「いえ、まだまだです……」

 

 喜びの言葉を言われましたが、私には素直に喜べませんでした。

 

「これは稽古ですから、稽古では戦法や技術があるはずです。なにより隊長は剣だけで戦っていました。死神は鬼道を使うことも出来ますから……確かに戦いぶりは本気だったかもしれませんが、まだまだ手加減されていてこれです……」

 

 これは稽古です。

 殺し合いのように見えても、稽古なのです。

 本気の戦い、死合いではありません。それに優勢だったはずが瞬く間に引き戻されましたから……

 

「それがわかっていれば、問題はないでしょう」

 

 ですが隊長は、それすらも織り込み済みだと言わんばかりの態度を見せました。

 

「確かにまだまだ荒削りではありますが、及第点を出すには十分なほど強くなっています。やはり、卍解を覚えただけのことはありますね」

「そ、そうですか……?」

「勿論ですよ。これならば、私も本気を出せます……」

 

 ……え、い、今なんて……

 

 問い質す暇はありませんでした。

 不敵な笑みを浮かべたまま、隊長は刀を構え直し、そして――

 

「卍解――皆尽(みなづき)――」

 

 ――瞬間、周囲に血の雨でも降ったかと錯覚するほどでした。

 真っ赤な液体が辺り一面を塗りつぶし、その血はやがて刀身へと集結していき、赤い刀身が生み出されました。

 据えた匂いが鼻を突き、錆色が全てを支配する空間。

 そこに佇むのは、鮮血したたるドス黒い剣を持つ卯ノ花隊長。

 

 見た瞬間、否応なく理解させられる恐怖。全ての本能が危険の警鐘を鳴らし続けます。

 

「余興はこのくらいでいいでしょう?」

「卍解!! ――――――!!」

 

 これに対抗できるのは卍解だけ。

 

 隊長に合わせるように真の力を解放します。

 

 刀全てが真っ黒へとそまり、皆尽の赤い世界を塗り直すように黒が周囲の空間を浸食していき、そして……――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事でした」

 

 ――全身を真っ赤に染めながら、隊長はそう告げました。

 その赤は、私の返り血と隊長自身が傷を負って付いた赤とが入り交じったもの。純白だったはずの隊首羽織はもう白い部分が皆無なほどに赤く汚れ、死覇装は乾燥した血液でばりばりになっています。

 それは私も同じでして、全身が血だるまのようにされました。

 

「お、終わりですか……」

「ええ、勿論。卍解込みでこれならば、私も骨を折った甲斐があるというものです」

 

 淡々とそう口にしてはいますが、隊長もまた全身傷だらけです。

 立っていられるのが不思議なくらい大怪我をしており、疲弊しすぎて回道を使うことすら出来ないようです。

 なので私が今現在、必死で治療中です。

 

 隊長の卍解のせいで、稽古を超えてガチの殺し合いになってしまったのが原因ですね。

 物凄く恐かったです。

 多分、四桁くらいは死んだと思います。

 私も何とか、五十回くらいは隊長を殺せたと思うのですが……

 

 ……え? 変なことは何も言ってませんよ。

 

 隊長の卍解 皆尽(みなづき)は、死ぬことが出来ずに戦い続けるという能力なんですから。

 その名の通り、卍解に飲み込まれた者は"皆" "尽"きぬ命を得て戦わされる。

 

 故に…… 皆尽 ――みなづき――

 

 頸動脈斬られても生きて戦えるって凄い体験でした……

 そして卍解状態ですので、隊長の霊圧も一気に上がっていまして、さらに恐ろしい剣技の数々を相手に必死で戦い続けましたよ。

 

『すっげー恐かったでござるよ!! メーデーメーデー!! ガチで逝ってよし状態だったでござる……テラコワス、テラコワスだったでござるよ……』

 

 ほら、珍しく射干玉が本気で怯えてる。

 ……え? わからない? これこの子のガチの反応よ。

 

 で、こっちも死にたくありませんから、覚えたての卍解を必死で操って。

 考え得る限りの事は全部やって戦ったと思います。

 ただ、そんな中であっても隊長は剣術だけで戦ってきたので、やっぱり手加減されていたのだと思いました。

 

「これでいかがでしょう?」

「ふむ、問題無いようですね……藍俚(あいり)、ご苦労様です」

「いえ……この傷は全部、私が付けた物ですから」

 

 ちょっと時間は掛かりましたけれど、回復は完了しました。

 ……剣術だけが原因の綺麗な傷を受け続けた私と違って、隊長の傷は千差万別でしたから。回復にはその分だけ時間が掛かってしまいました。

 

「そう責任に感じることはありませんよ」

「で、ですけど……」

「まあ、どうしてもと言うのなら……」

 

 

 

 

藍俚(あいり)。あなたがやっている整体を、私にも体験させてください」

 

 

 

 

 にっこり笑顔で、とんでもない爆弾発言が飛び出してきました。

 




●卍解
まだ引っ張る……そんな引っ張る程の物じゃないんですけどね。

●皆尽(みなづき)
原作に出てないから仕方ない。
まあ、流れと名前から言って「不死のフィールドを作る。ここで戦う者はどのような傷を負っても決して死ぬことはない」という感じだろう。
と思って、そうしました。
(無限に戦いたい欲で頭の中がいっぱいの人が生み出したわけですから。
 始解(肉雫唼)は回復させるから無限に戦える。
 卍解はもっと簡単に無限に戦える。
 ……卯ノ花隊長こわい……)


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第49話 マッサージをしよう - 卯ノ花 烈 -

藍俚(あいり)。あなたがやっている整体を、私にも体験させてください」

「……え!? 卯ノ花隊長!?」

 

 隊長の口から飛び出てきた言葉の意味を理解した結果、脳が「ちょっと聞き間違えたかもしれない」という結論を出しました。

 

「本気ですか……?」

「本気ですか、とは……? あなたの言っている意味がよくわからないのですが」

「ああっ! 失礼しました。ただ、隊長は私が整体や按摩をしているのを昔からご存じなのに、今までそのような事は一度も仰らなかったので。てっきりそういうことに興味が無いのかと思っていまして、それで……」

 

 ごめんなさい、半分くらい嘘です。

 

 興味が無いのだろうと思っていたのは本当ですが、その"興味なし"をどうにかして"興味あり"に変えられないかとこっそり思っていました。

 ただ――ずっと頭の上がらない相手だったので――心の中に隊長への苦手意識というか申し訳なさというか単純な怖さみたいなのもあって……だって隊長に――

 

『ぐへへへ、卯ノ花さん。ええ乳しとりまんなぁ! すけべなんか興味ない、みたいな顔しておきながら、身体は正直でござるなぁ!! ほれほれ、ええか? ここがええのんかぁ? でござる!』

 

 ――みたいなことは出来ませ……今なんだか、意図することは合ってるけれど物凄く誇張した表現が入ったような……?

 

 と、とにかく!

 そういうことを私から誘うと、その瞬間に「遊んでいる時間があるのですか?」とか言いながら斬られそうなイメージがありました。それと、今までそういう話題について隊長と話した事が無い、というのもそう思ってしまう要因の一つでしょうね。

 

 なので、隊長の方からそんなことを言われるとは意外……果てしなく意外でした。

 

「あなたは私が木石(ぼくせき)か何かで出来ているとでも思っていたのですか?」

「いえ、決してそういうワケではなくて」

「私とて、疲れもすれば休みもします」

 

 嘘だッ!

 

「前々から興味はありました。ですが、あなたの成長を私の都合で阻害するのは問題かと思い、自粛していました」

 

 えっ! 隊長、そんな事考えていたんですか? なんだかちょっと嬉しい。

 

「ですが今日、私に成果を見せた。ならばもう充分、自粛する必要もないと思いました。それに、卍解を習得したからでしょうか? ここ一月(ひとつき)の間に、随分とそちらの評判も良くなっているようですから……体験してみたいと思っても、無理のないことでしょう?」

 

 あ、最後の理由を口にするときにちょっとだけ顔を赤くしてましたよ。

 なんだかんだ言ってもやっぱり隊長も女ですから。いつまでも若く、美しく有りたいという気持ちは、大なり小なり思うのは当然ということですね。

 

 それにマッサージの方は、平家十九席の件から一気に口コミで広がりまして。

 現在、人気が大爆発しています。

 女性隊士たちは"なんとか自分だけでも先に予約できないものか"と水面下で争っているみたいですよ。

 女って恐いわねぇ。

 

『あの、藍俚(あいり)殿も女でござるが……』

 

 私はいいのよ。女主人公って書いたら怒られる存在だから。

 

「なので、今日はもう稽古を切り上げようかと。で、藍俚(あいり)。可能ですか?」

「……わかりました。ただ、私の家まで来ていただく必要があるのと、施術の際に裸同然の格好になりますが。大丈夫ですか?」

「そのくらいなら問題ありません。さあ、善は急げと言います。行きますよ」

 

 そう言ったかと思えば、隊長は瞬歩(しゅんぽ)を使いあっと言う間に見えなくなりました。

 私、まだ稽古の後片付けもしてないのに!! それに隊長は私の家の住所知ってるから、案内とか必要ないですものね!!

 

 というか、そんなに楽しみだったんですか隊長!?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「では隊長、隣の部屋で着替えてください。その間に準備をしておきますので」

 

 あれから急いで帰ると、当然ながら隊長は家の門の前で待っていました。

 勝手知ったるなんとやらと言いますが、それでも家主の許可もなく先に上がり込んで待たれなくて本当に良かったと思います。

 多分、急に護廷十三隊の隊長が来たらお手伝いさんが腰を抜かしていたはずなので。

 

 その後、隊長を連れてマッサージ室へ。

 お手伝いさんにはお風呂の準備をお願いしておき、私は施術の準備を。そして隊長には別室で紙製下着に着替えて貰います。

 さてさて、あの純和風なイメージのある卯ノ花隊長が果たしてどんな顔をして下着を付けてくるのやら。今からちょっと楽しみで……

 

「着替えました」

 

 ……おっと、そうこうしている内に隊長の準備が終わったようです。どれどれ――

 

「……なん……だと……?」

「どうしました?」

 

 ――そこにいたのは、素っ裸の卯ノ花隊長でした。

 

 肌色! 視界に広がるのは圧倒的な肌色率です。

 普段は肌を露出することを極力避けるかのように羽織袴をしっかりと纏い、首筋から胸元に掛けてのラインは結った髪で隠していたそれが今! 私の目の前に!

 

『刮目せよ! 両の眼にこの光景をしっかりと焼き付けておくのだ! 今よりこの時間、刹那に足りぬ一瞬たりとて、目を閉じることまかりならん!! でござるよ!』

 

 ……それは喜びすぎよ。いえ、それともまだ足りないって言うべきかしら?

 そのくらいレアな光景なのよね。

 

 いつもはまるで聴診器かネクタイのように胸の前で結っている特徴的な三つ編みも今は解いており、腰まで届いてなお余る長い髪が解放されています。まっすぐに下ろされた長い黒髪は、どこか恐怖を感じますね。

 

 って……うん?

 隊長の胸元……え、なんですかこれ?

 

「いえあの、渡した紙の下着は……?」

「付けなくても問題はないのでしょう? あってもなくても問題なければ、隠す必要もありません」

「確かに問題はありませんが……」

 

 今までの人は大体付けてましたよ?

 それがこうとは……潔いというか思い切りが良すぎるというか、どうにも隊長にペースを握られている気がします。

 

「で、では! 施術を始めさせていただきます! どうぞこちらへ横になってください」

「ふふふ、楽しみですね」

 

 初体験なはずなのに、微塵も緊張や戸惑いを見せないその態度は驚嘆ですよ。風格たっぷりに俯せる姿は、むしろ見てるこっちが緊張させられます。

 

「ではまずこの油を使って背中側から」

「ん……っ……」

 

 特製のオイルを背中に垂らし、まずは腰回りに手を触れます。手が腰に触れた瞬間、隊長はビクッと身体を震わせました。

 生温かなオイルと手の平の感触に驚いたのでしょうか、思わず釣られて私も手を止めてしまいました。

 

「再開、しますよ……?」

「ええ」

 

 そう告げてから再びマッサージを開始したのですが、どうにも力が入らないのが自分でもわかります。

 

「……藍俚(あいり)。そう気を遣う必要はありませんよ。死神としては私の方が先達ですが、この整体に関してはあなたの方が先。私はそれを体験する立場なのです。それを遠慮してどうするというのです?」

 

 そんな力の入らない按摩を見かねたのでしょうか、そんなことを言われました。

 

「すみません、隊長の仰る通りでした。では、ここからは思い切りやらせていただきます」

 

 確かに、ここでビビっていては女が廃ります。

 気合を入れ直すように一度深く呼吸をしてから、改めて隊長の背中に触れます。

 

「いきますよ」

 

 今まで、何人もの女性隊士に施してきた施術と同じように、ぐっと指先に力を込めて揉んでいきます。

 腰周りから背中へ、そして肩から腕にかけてをじっくりと力を込めて揉み解します。

 

 その都度、隊長の肉体に驚かされました。

 

 恐ろしいまでに鍛え上げられた超高密度の筋肉。その上を女性らしい柔らかさを残す程度に脂肪が覆っています。ですが決して贅肉ではなく、最低限必要とされる程度の量。

 その存在感へ指先を丹念に這わせていきます。

 

「どうですか? 強すぎたりは?」

「ふふ……良くなりましたよ。ああ、そこの二の腕の辺りをもう少し……」

 

 請われるがままに隊長の二の腕から肩に掛けてを集中的に解します。

 

「んっ……はぁ……いいですよ。肩の重荷が、すーっと軽くなっていくようです」

 

 ですよね。

 今までしっかり隠されていたので知りませんでしたが、隊長の胸って予想外に大きかったです。

 これだけ立派なお山(おっぱい)を持っていて、なんであんなに強いんでしょうか。この世界の方々は……まあ、私もそろそろ強いって自惚れてもいいかもしれませんが。

 

「そろそろ下半身の方に行きます」

 

 いくら凝っているからといって、その部分ばかりだとバランスが悪くなりますからね。

 軽くオイルを追加しつつ、再び腰回りからお尻へと手を這わせます。

 

「ぁ……っ……」

 

 腰からお尻へと流れるライン。

 柔らかく、けれども内側にしっかりとした芯を持っているような、そんな感触でした。まるで赤ん坊の肌にでも触れているかのような、そんな柔らかさです。

 優しい手つきで全身をなぞり、お尻から太腿にかけてを捏ねるように揉んでいくと、隊長の口から小さな吐息が漏れてきました。

 

 それだけならば、ほんの少し強めに息を吐いただけ、と取れなくもありません。

 ですが同時に、微かに肢体を震わせ始めました。

 

「すみません隊長、痛かったですか?」

「いっ、いえ……何も問題はありませんよ。つ、続けなさい……」

 

 そうは仰いますが、平静を装ったその言葉の中に、若干の熱が込められているのを私は見逃しませんでしたよ。

 

「そうですか? では……」

 

 ですがそんなことは顔にも出さずに、私はマッサージを続けていきます。

 別に隊長は鉄面皮をウリにしてるってわけでもありません。けれども部下の手前、見せられない姿というのはやはりありますからねぇ。

 我慢しましょうね、隊長♪

 

「……ふっ……!」

 

 お尻から太腿の内側へと指を入れ、内側から外側へと揉み解していきます。

 どうやら隊長はこの辺りがお好みのようですね。

 白い肌がじんわりと火照ったように赤みを帯びていき、うっすらと汗が浮き出てきました。触れている私も、指先が熱くなっていくのを感じます。

 では、お好みとあればこちらも集中的に責めさせていただきましょうか。

 

「……ぃ……く……っ……!」

 

 相手の変化を試すように何カ所も揉んだり、指先で押し込んでいきます。

 お尻のお肉の柔らかな感触を手全体で堪能しつつも、同時に関節の辺りも反応を窺うようにして指圧します。

 

「……ふあっ!」

「……ああ、ここですか?」

 

 とある一カ所を刺激した時、やたらと良い反応が返ってきました。

 尾てい骨の部分です。

 なにしろそれまで必死に抑えていた声を我慢できなかったとばかりに大声で漏らし、身体全体を大きくビクンッと跳ね上がらせましたから。

 

 ふむふむ、隊長はお尻周りが弱点のようですね。

 ほぼ確証を得ましたが、確認のためにもう一度。今度はもっと強めに。

 

「あうっ!」

 

 今度は大きく腰が浮き上がりました。

 

「ここ、気持ちいいですか?」

「そ、それは……」

 

 小首を傾げるようにして尋ねれば、隊長が言葉に詰まりました。

 なんと応じるべきか考えあぐねている。そんな感じですね、きっと。

 

「……良いんですよ、素直に言ってください。隊長は先程も仰ったでしょう? 自分は体験する立場なんだって。今は立場は関係ないですし、遠慮も無用ですよ。それに、誰にも言いませんから」

 

 迷っている隊長の耳元に、小声でそう囁きます。

 一聴したそれは、ともすれば悪魔の誘惑にも思えるかもしれませんね。

 

「そ、そうでしょうか……いえ、そう……でしたね……お願い、します……」

「勿論ですよ。では早速、こんな感じがお好みでしょうか?」

 

 了承の意を得たので、更に尾てい骨への刺激を強めます。

 指先で押し込んだり手の平全体を使って周辺を一気に解したりとしながら、隊長が一番気持ちよいのはどれなのかを探りますよ。

 

「ん……く……っ! は、あ……ぁぁっ……!」

 

 ですが、少しの刺激でも隊長は力尽きたように脱力して、口からは明らかに熱意が込められた吐息を吐き出しました。

 遠慮は無用って言いましたけど、凄いですねコレは……

 

 ひょっとして隊長、色々と溜め込んでいたのでしょうか?

 

 とはいえその反応は嬉しいです。

 なのでその勢いのままに、太腿全体から足裏までを一気に解していきました。

 やはり隊長は座り仕事ですからね。下半身の凝りを解すのは大事です。

 

 その間も隊長の口からは甘い吐息が漏れっぱなしでしたが。

 

「あの隊長、一通り終わりましたが……どこが一番良かったですか?」

「え……っ……も、もう終わりですか!?」

 

 完全にだらーんと脱力した様子で布団に身を任せていました。

 それでも隊長の身体は先程の刺激の余韻を味わっているのか、それとももっと刺激が欲しいと無意識に訴えているのか、小刻みに痙攣しっぱなしです。

 

 手を止めたことにも気付いていなかったのでしょうか。

 私が声を掛けた途端にガバッと顔を上げます。その表情は、普段の柔和な顔とも稽古の時の厳しいそれとも違う、なんとも蠱惑的なものになっていました。

 

 そして、言ってから気付いたのでしょう。だって"もう終わりか"ということは"まだもっと欲しい"という遠回しなお強請(ねだ)りなのですから。それを自覚して、赤かった顔がもう少しだけ赤くなりました。

 

「んんっ! そ、そうですね……強いて言うなら……ぜ、全部……でしょうか……」

 

 体裁を整えるように軽く咳払いをすると、微かな時間言葉を選ぶように瞑目して逡巡した後に、結局欲望に抗いきれなかったのか全部と口にしました。

 

 そんなに気に入ってくれるなんて、嬉しいですね。そんなことを言われると、もっとサービスしたくなっちゃいますよ。

 

「ホントですか! あの、では良ければ前の方もやりましょうか?」

「ま、前! ですか!?」

 

 寝耳に水、といった様子ですね。さて隊長、一体どうします?

 

「……わかりました」

「では、仰向けになってください。それと……あの、隊長」

 

 少し迷った様子でしたが、やがて頷きました。どうやら覚悟を決めたようです。指示するよりも先にごろりと姿勢を仰向けに入れ替えました。

 であれば私も尋ねずにはいられません。

 

「その胸の傷は一体……」

「ああ、これですか?」

 

 隊長の胸元に刻まれた、痛々しいほどの傷跡。

 それは明らかに刀傷が原因であり、ということは隊長にこんな致命傷を与えられるほどの相手がいたということですよね。

 尋ねるのも失礼かと思って、触れないようにしていました。背中側だけで止めるつもりだったのも、これが原因です。

 

 ですが隊長は自分で"続ける"と選びましたからね。であれば、この傷について聞いても問題ないでしょう。

 

「はい。その傷跡、隊長の回道の腕なら消せたのではないかと思って。差し出がましい申し出ですが、私ならその傷跡も消せます。もしも宜しければ……」

「いえ、これは私の未熟と屈辱の証ですから。たとえ誰であろうとも消させるわけにはいきません」

 

 ……未熟と屈辱の証!? なんですかそれは!!

 

「あなたも知っての通り、かつての私は初代剣八として暴れていました」

「……え!?」

 

 なんですかそれ!? 隊長の下で五百年くらい働いてきたけれど初耳なんですけど!!

 

「おや、知らなかったのですか? それなのにあの日、私にそんな態度を取ったと? ……まあ、いいでしょう。過ぎたことですし、今となっては何の問題もありません」

 

 ……つまり、私の知らない何らかの設定があるってことですか? あの日って……もしかして、入隊初日ですかね? 私何を言いましたっけ?

 

 絶対に癒やしてやるとは言った覚えが……あ、そうか。元剣八相手に絶対に癒やしてやるなんて、喧嘩売ってるのに等しいですよね……

 

「当時の私は乾いていました。戦うに足るだけの相手を、挑み続けてなお届かぬ相手を探し続けていました。そして、あの日――彼に出会い、この胸に烙印を刻まれたのですよ。余人相手には目に触れさせることすらも腹立たしい、この傷跡を」

 

 さっきまでの表情はどこへやら。

 当時を思い出しているのでしょう、阿修羅みたいな顔を浮かべながら話してくださりました。

 とはいえ、なるほど。

 だから着込んで髪も編み込んで人目に触れぬように隠していたんですね。

 ……ん? ちょっと待ってください。

 

「あの、そんな大事な傷跡を私に見せたということは……」

「そういうことです。見せるどころか、本来ならば私と彼以外には決して触れさせぬつもりでしたが……あなたなら良いでしょう」

 

 そんな大事な想いの詰まった部分を触れられるわけですか……

 せ、責任が重大すぎませんか?

 

「光栄です。では、失礼しますね」

 

 仰向けになった隊長の身体は、やっぱりおっぱいが大きいですね。

 良い意味で予想を裏切られるというか、嬉しいサプライズと言いますか。目の保養になって、稽古の時のそれとはまた違った印象を与えてくれます。

 

 そんな隊長の下腹部――お腹周りへと、オイルを塗しながら手を添え、ゆっくりと撫で回していきました。

 

「う……ん……っ!」

 

 僅かな肉付きの奥には引き締まった筋肉が指を押し返してくれます。オイルを通して伝わってくる肌の暖かさが心地よいですね。

 ゆっくりと撫で回しながら、少しずつ力を込めてお腹周りを揉み解していけば、先程までの話で眉間に刻まれていた険しいシワがゆっくりとゆっくりと、私の指の動きに合わせるようにして険が取れて穏やかな表情へと変わっていきます。

 

「う……っ……ふ、ああ……っ! いい、です……っ……とても、とっても……!」

 

 お腹周りから腰のくびれへ、そして太腿の付け根辺りまでを流れるように順番に揉んでいくと、隊長は切なそうに腰をくねらせました。

 身体から流れ出る汗の量がじわじわと増えていき、額には濡れた前髪が貼り付いています。布団の上には汗の染みがぽつぽつと刻まれていきました。

 

「そろそろ上の方も行きますよ?」

 

 果たして聞いているのかいないのか。

 手の平の動きを大きくして、そのまま胸元へと移動させるが返事はありませんでした。

 ですので許可を待たず、大きなお山(おっぱい)の周辺を指先で押し込むようにしていきます。

 

 (ふち)をなぞるようにしてゆっくりと揉んでいく。

 それだけでも指先にはふんわりとした感触が伝わってきました。

 このまま鷲づかみにしたい――という欲求を必死で抑えながら、指は外周部を沿うようにして刺激を与えながら上へと移動していきます。

 そして鎖骨から首筋にかけてを、優しく撫でるように擦りました。

 

「んんっ!」

 

 つつーっと羽毛で撫でるような微細な刺激に、隊長は身をよじって応じてくれます。

 

「この辺もお好きですか?」

「え……えぇ……そう、なのでしょうか……よくわからなくて……ん……っ!」

 

 自分の身体の反応に自分自身が一番戸惑っている、そんな反応が返ってきました。

 ですので首回りを何度も何度も、ゆっくりと刺激してあげると、隊長はうなじの辺りをぞくぞくと震わせながら、熱の籠もった返事をしてくれます。

 吐息の音を聞いているだけで頭がおかしくなりそうですね。

 

 そのまま柔らかな指使いで、胸の周りを擦っていく動きを再開します。

 外側から内側へ、螺旋を描くようにじっくりじっくりと揉んで行きました。

 

「これが、その傷跡……」

 

 胸の中心部に刻まれたそこに指を這わせます。

 隊長の白い肌に唯一刻みつけられた、他人の手によるもの。そっと触れた感触は少しだけデコボコしていて、すべすべとした肌の感触にそこだけ違和感があります。

 

 今までずっと隠し通してきた大事な部分へ、他人が指を触れる。

 

 ……今さらながらこれ、大丈夫なんでしょうか? 私、あとで殺されたりしませんよね??

 

 浮かび上がった悪寒を必死で振り払いながら、指の動きに意識を集中します。

 胸の曲線をそっと指でなぞりながら、違和感を感じさせない程度にじわじわと胸を揉んで解していきます。

 

「あ……あぁ……っ!」

 

 うーん、ホントに大きいですよね。

 私の手でも余るくらいですから、これはかなり……

 隊長にもう少し隙があったら、男性隊士たちが放ってはおかないでしょう。それだけの色気があります。

 私の動きに合わせて肩が震え、その振動で胸の先がふるふると揺れます。

 その柔らかな感触を指から手の平まで全体で感じ取りながら、けれども決して力を入れすぎず、形をなぞる程度に止めておきます。

 はぁはぁという切なそうな呼吸の音がかなり大きく響き、何かを我慢するかのように隊長は拳をぎゅうっと力いっぱい握りしめています。

 

「隊長、どうかしましたか?」

「い、え……なにも、問題っ! ……は……あり……っ!! ……ありません、よ……」

 

 わざとらしく尋ねれば、喉の奥から声を絞り出して来ました。

 少し悪戯心を刺激されて指の力を強めましたが、それでも隊長は理性を総動員したのでしょうか、堪え続けていました。

 

 驚いたことに、隊長は最後までその姿勢を崩しませんでした。

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、隊長。お湯の用意が出来ていますので、もしよろしければどうぞ」

「で、では……いただきますね……」

 

 施術は全て終了しました。

 ですが隊長の様子は明らかに精彩を欠いています。

 顔は真っ赤になっており、どこか物欲しげな表情を見せています。

 いつものような行住坐臥の全てに隙を見せない様子とは異なり、どこかふらふらと虚ろな様子で立ち上がり、お風呂へと向かいました。

 

 うーん、これは隊長の意地でしょうかね? 必死で理性で抑え込んでいたのでしょう。

 顔を真っ赤にして、誰の目に見ても明らかなのに当人だけは必死で何でも無い大丈夫だと否定し続ける、それを見て愉しむ。

 そんな感じでしょうか?

 

 

 

 ……ところで射干玉。隊長の胸の傷、知ってたの?

 

『そうでござるよ』

 

 ……相手、誰なの?

 

『いやぁ、卯ノ花殿もなかなかおっぱいが大きくて良い意味で予想を裏切られますなぁ! 普段だと母性たっぷりで、思わず甘えながらママと呼びながらむしゃぶり付きたくなりますぞ! 優しくって頼りになって、個人的にはもっと肉付きが良いと更に辛抱溜まらなくなるのでござるが!!』

 

 ……露骨に話を逸らされた。

 まあ、いいわ。その内わかるでしょうから。

 

 

 

 

 

 翌日。

 隊長は明らかに元気になっていました。

 立ち振る舞いは普段通りなのですが、なんというかつやつやと輝いて見えるというか。より魅力的で精力的になった、という感じです。

 やたらと機嫌も良かったのでしょう。

 業務終了後に、訓練場で稽古に誘われました。

 

 ……昨日とは比べものにならないくらい強くなってました。あの修行は何だったんでしょうか?

 

 

 

 ――ねえ、射干玉? あなた何かした?

 

『いえいえ、したのは藍俚(あいり)殿でござるよ? 拙者の卍解能力と藍俚(あいり)殿のマッサージが組み合わされば、凄まじい程の復元と成長が発揮されますので。その辺りについては平家殿の時にご理解いただけているはずでござるよ??』

 

 ――つまり、簡単に言うと……マッサージしたから隊長が強くなったと?

 

(しか)り! でござる!!』

 

 うえぇ……ようやく背中が見えるくらいには追いつけたと思ったのに……

 

『女性は強く美しくなって嬉しい!! 藍俚(あいり)殿はお山(おっぱい)登れて(堪能できて)嬉しい!! 拙者も嬉しい!! 男性隊士は同僚が美人になって嬉しい! 誰もが得する、これこそ理想の世界でござるよ!!』

 

 そう、言われれば……そう、なのかしら……?

 

『ああ……なのに世界はどうして、このようにエロく平和であるだけでいられないのでしょうか……? どうして戦争なぞ起こるのでしょうか……?』

 

 永遠の命題よね……

 




卯ノ花さんは頑張ったけれどこれが限界……

●胸の傷
普段はがっつり隠していますが、勇音は見せていた。
なのである程度信用した相手には見せるし素性も教えていた、と推定。
では、傷を触らせるということは、これはかなり信用しているということになる。
まあ、アホなペットも飼い続ければ愛着湧きますし。
(信用度75以上で傷を見るイベント発生
 信用度85以上で素性について教えて貰うイベント発生
 信用度95以上で傷を触れるイベント発生(個別ルート確定)
 ……みたいな感じですか?(もしブリのギャルゲみたいなのがあったら))

●しつもん
Q.自分で自分をマッサージしたら無限に強くなれるんじゃない?

A.黒ゴムボール「残念ながらこれは男性と自分自身は例外なのでござる」
  変態死神「うまい話はそうそう無いって事ね」

  最狂死神「では私がどんどん強くなって鍛え続ければ良いわけですね」


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第50話 マッサージをしよう - 四楓院 夜一 -

「んー……っ! 今日の往診業務はこれで終了、っと」

 

 大きく伸びをして身体の凝りを解します。

 既に外は夕日が沈んでおり、夜の帳が辺りを包み込み始めています。

 

「思ったよりも時間掛かったわね」

 

 一人一人に使う時間はそれほどでもありませんが、何しろ数が多くて。

 覚えてますか? 以前の"お腹が痛い"作戦のこと。

 あれは結局大前田副隊長に見つかり大目玉を食らって失敗に終わりました。

 なので彼らが次に考えたのが"ちゃんと怪我しよう"作戦です。

 

 つまり、私が往診に来る前日に稽古や任務で怪我をしてキチンと大義名分を得よう。と言う物らしいですよ。

 これも大前田副隊長に教えて貰いました。

 またなんとも頭悪い感じですが、一応稽古にしっかり熱心に身を入れているということなので怒るに怒れないそうです。任務中の怪我というのも、故意に受けた傷だと証明できないので口頭注意が限界だとか。

 刑軍って結構厳しくて規律ある軍団のはずなんですが、なんでしょうか? この男子高校生みたいなノリは??

 

 ……そうまでして私なんかに会いたいですかね? 確かにちょっと口説かれてますけど、全部断ってますし。脈無しだと思って諦めて欲しいんですけど……

 一応"そういうお店"も瀞霊廷にはあるんですから、そっちに行けばいいのに……

 

 というかもう私が往診医を辞めればいいのかな?

 伊江村隊士とかかなり優秀だし男性隊士だから、今からでも代わって貰えないかしら?

 

藍俚(あいり)殿~! 早く帰りましょうぞ!! 拙者、イケメンばっかり見て飽きたでござるよ……』

 

「はいはい、あんたは汚いおっさんの方が好みだもんね」

 

『性格がひねくれてると尚イイでござるな!! そんな殿方を拙者のスライムでヌルヌルに……って何を言わせるでござりますか!!』

 

「片付け終わったし、あとは夜一さんに報告すれば今日はもう終わりだから。もうちょっと待ってなさい」

 

 でも夜一さんいるかしら? 最近はよく仕事さぼってていないから、二番隊の三席の人や刑軍の偉い人に代わりに報告して帰ることも多いのよね……

 えーっと、隊首執務室は……あら珍しい。ちゃんと灯りが付いてるし、中に人の気配もあるわね。

 

「四楓院隊長、四番隊の湯川です。本日の往診業務終了の報告に参りました」

「おお、入れ入れ!!」

「失礼します」

 

 中から声が聞こえたので入ってみれば――あらビックリ、ちゃんと仕事してるわ。

 大前田副隊長も同じ部屋に机を持ってきて仕事をしてました。一緒に仕事をするというよりも、逃げ出さないための監視でしょうねぇ……

 

「怪我人の治療は全て済みました。こちら、全員分の診断書です。また怪我人が増えてますね……」

「あー……ありゃもう半分ビョーキみたいなもんだ。手間ぁ取らせて悪いが……」

「いえいえ、こっちも仕事ですから! ……ただ、本当にちゃんとした治療が必要な人に割くべき時間が少なくなってないかだけが心配なんですけど……」

「はっはっは!! まあ藍俚(あいり)は美人じゃからの! スケベ心を出した男たちが群がってくるのもよくわかるわ!」

 

 大前田副隊長が申し訳なさそうにしてくる中、夜一さんは甚だ楽観的に言ってきます。

 

「それに稽古を熱心にしておるから全体の成績は上がっておるのじゃろう? なら良いではないか! なに、本当に治療が必要な者がおれば、ワシ自ら四番隊に担ぎ込んでやるわ!」

「……」

「……」

 

 ……それじゃ私が往診に来てる意味ないじゃないですか……ほら、大前田副隊長もジト目で見てますよ?

 

「なんじゃその目は……ああ、そんなことよりもじゃ!! 藍俚(あいり)、お主のえーと……どこにやったかの……」

 

 なにやらごそごそと執務机の中を探し始めました。かと思えば、一枚の紙面を取り出しました。あ、それは――

 

「あったあった! これじゃこれ、この瀞霊廷通信に載っとる按摩! これをワシにも是非やってくれんか!?」

 

 ――やっぱり瀞霊廷通信でした。それも私がインタビューされた時の記事ですね。

 

「いやぁ、記事を見た時から機会を窺ったとったんじゃがな。何しろ希ノ進のやつがうるさくてのぉ!」

「当然でしょうが! 仕事もせんと遊び回られると迷惑なんすよ!!」

「じゃから今日は必死に片付けたじゃろうが!! 文句はなかろう!! な、な、どうじゃ藍俚(あいり)!? 今日はもうワシもお主も仕事はない! 本来なら予約が必要なそうじゃが、ワシとお主の仲ではないか? いいじゃろう? いいじゃろう? 噂に名高い按摩を一度体験したみたいんじゃよ!!」

 

『イヤッッホォォォオオォオウ!! こんな時!! 拙者はどんな顔をすればいいでござるか!?!? いいでござるか!?!? 拙者わからないでござるよ!! スライムだから!! 神様だから!! 絆だから!!』

 

 どう考えても満面の笑みを浮かべてるじゃない。

 

 しかし、予約して待つのが面倒だから私に直接頼み込むなんて……

 

 そんな横紙破りみたいな方法……

 

『あ、藍俚(あいり)殿……?』

 

 

 

 

 

 当然OK!! 聞くまでもなかろうよ!!

 

 

 

 

 

『神はここにいたあああああああぁぁぁっ!!』

 

 私も射干玉の気持ちには完全同意ですよ。

 褐色巨乳ドスケベ担当が揉んでくれって頼んで来てるのよ? そんなのこっちからお願いするに決まってるじゃない!!

 

 ということで。

 

「……仕方ありませんね。夜一さんにだけ、今回だけ特別ですよ」

「おおーっ! なんじゃ、話がわかるの!」

 

 そういうことなりました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ということで夜一さんを騙して家に連れ込んで、夜のマッサージをします。

 

 ……それだけ聞くとどう考えてもR-18指定ですね。

 

 やってることは何にも間違ってないんですが。

 

「待たせたの、藍俚(あいり)

「あらら……ある意味期待通りですね」

 

 要らないだろうなぁ、と思いつつ紙の下着を渡しましたが。

 予想通りというか期待を裏切らないというべきか、全裸でやってきました。

 

 なんでしょうか、この胸の高鳴りは……

 さすがは刑軍の軍団長と二番隊隊長を兼務するだけのことはあります。

 均整のとれた肉体はすらっとしていて、高貴でいながらどこか野性味も感じさせる魅力的な肢体です。

 無駄な脂肪など一切ないのに、その胸にはこれでもかと存在を誇る大きなおっぱいが高々とそびえています。

 尸魂界(ソウルソサエティ)では珍しい褐色の肌と相まって、彼女の身体から目を離せません。

 褐色の山の天辺には、綺麗な桜色で彩りが添えられています。

 

「なんじゃ? ぼーっと見つめおって……はっはーん。さてはお主、ワシに惚れたか?」

「……え!?」

「ほれほれ、隠さんでよいぞ? ワシも身体には少しばかり自信があっての」

 

 いたずら小悪魔な笑みを浮かべて、私にしなだれかかってきました。

 

 うわぁ……夜一さんのおっぱいが二の腕に当たって……柔らかいです。

 柔らかい塊が押し潰されて"むにゅん"って音を立てながら形が変わって……

 

 ……ふう、いけないいけない。

 ここで"はい、そうです!"と思わず言いたいですが、焦りは厳禁。だってこれ、明らかにからかってますからね。

 こっちの反応を見て愉しんでるだけです。

 男だったら耐えられなかったでしょう。でも今は女だから耐えられました。

 

「夜一さん、あんまりふざけないでくださいね」

「なんじゃ詰まらん。つれないのぉ……砕蜂なぞ顔を真っ赤にしてアタフタしよるのに……」

「趣味とはいえ、こういうことをしてますからね。イチイチ驚いているわけにも行かないんですよ。さ、ここに俯せになってください」

「ぬふふ……噂では天上の如き体験が出来ると聞いたが。期待させてもらうぞ?」

 

 ぽんぽんと布団を叩くと素直に寝転がってくれました。

 俯せになりながらも他の人とは違って顔を上げて私を見ながら、暇そうに膝から下をパタパタさせていますね。

 

 ふふふ、それならこっちもたっぷりとさせて貰いますね?

 

「ではこの特製オイルを使って、まずは背中からいきますね」

「ほほう、そんな物を使うのか」

「少し冷たいかもしませんよ」

 

 ゆっくりとオイルを背中に垂らしていきます。

 今回はサービスなのでオイルもマシマシですよ。たっぷりと時間を掛けて垂らしながら、同時に手の平全体でじっくりと伸ばし、背中から腰回りまで余すところなく油を行き渡らせます。

 

「ん……っ! おお、なかなか新鮮な刺激じゃのう? ぬるぬるとした液体が背中に塗り広げられて、手で広げられるとじんわりと温かくなっていって……ふ……あぁ……」

「それがオイルの効能ですよ。いかがです?」

 

 じっくりと時間を掛けて塗り込めると、まずは背中から肩を揉んでいきます。指を巧みに使い、弱い部分や筋肉が凝っている部分を集中的に。

 時に強めに、時にやんわりと勿体付けるようにして解していきます。

 

 しかし流石は夜一さんですね。

 直に触れるとその鍛えられた筋肉がよくわかります。

 卯ノ花隊長のような剣術家としての筋肉ではなく、隠密機動という任務に対応するための肉体です。しなやかで、それでいて屈強なバネを備えています。

 背筋なんか凄いですね。これだけでも下手な席官が裸足で逃げますよ。

 

「んん……っ……これは、極楽じゃのぉ……評判になるのも、よくわかる……」

 

 先程までのワクワクとしていた様子はどこへやら。

 すっかり脱力しきって、マッサージに身を任せています。

 ……そんなに油断してて良いんですかね?

 

「もう少し下の方に行きますよ?」

「ひょわっ!?」

 

 油断しきっていたタイミングを見計らって、お尻を撫でます。

 すると猫が飛び跳ねたような反応を見せてくれました。

 

「あ、藍俚(あいり)!? そこは……」

「お尻も凝るんですよ? それに夜一さん、今日は隊長の仕事を真面目にこなしてお疲れでしょう?」

「それは、そうじゃが……」

「なら、たっぷりと解させていただきますね」

 

 オイルを垂らしながら、ゆっくりとお尻を撫で回していきます。

 プリッとした張りがあって、指で押し込めば押し込んだだけ力強く弾き返してきました。同時にオイルがゆっくりと塗り広げられていって、褐色の肌がてらてらと怪しい輝きを放って、まるで黒い宝石のようです。

 力を入れて揉めばぷるぷると震えて、まるで誘っているかのよう。

 

「の、のう……本当に必要なのか?」

「必要ですよ」

「そ……そうなの……ひぃぃんっ!」

 

 ぐっと力を入れてお尻の肉を割り開くようにすると、夜一さんはやたらと良い声で鳴きました。

 

「は……ぁ……っ! はぁ……っ! ほ、本当に……」

「必要です」

「い、いや、その……疑っとるわけじゃ……んんっ!!」

 

 強く断言しながらも手は止めません。

 指を押し込みながら、腰からお尻に掛けてのラインをじっくりと揉んでいけば、夜一さんの口からは甘い声色が漏れ出し始めました。

 手から伝わってくる温度は暖かさを増しました。

 つまり、興奮して身体が火照っている……代謝が良くなっている証拠です! これは良い傾向ですね。

 いつの間にか顔を完全に埋めていて、その様子は必死で私に表情を見られまいとしているようでした。

 

「んっ……くっ……~~~っ!!」

 

 大きくお尻を鷲づかみにしながら、回すように全体的に揉んでいきます。

 夜一さんは声にならない声を上げながら、腰をもどかしそうに動かし始めました。微かに何かを訴えかけるように左右に振り、もじもじと太腿同士を擦り合わせています。

 

「ああ、今度はこっちですか?」

「なっ! 待て! 違……っぅっ!!」

 

 リクエストされているようなので、今度は太腿を揉みます。

 今回もたっぷりとオイルを使いぬるぬるにしながら、太腿全体を。そして内腿へと指を這わせます。

 こっちの手触りも素晴らしいですね。

 全然萎えた様子もなくピンッと張り詰めていて、いつまでも触っていたくなります。

 夜一さんにも喜んで貰えたようで、背筋をびくびくとさせながら反り返らせていました。

 

「夜一さん、強さはどうです? もう少し強くした方がいいですかね?」

「ふ……え……っ……つよ、さ……!? ………っ………っ!!」

 

 私が尋ねると、しばらく何かを葛藤するように押し黙っていましたが、やがて――

 

「その、もっと強く……頼めるかの?」

 

 ――何かを決意したように、けれども恥ずかしそうに小さな声でそう言いました。

 

「了解です」

 

 お願いとあれば、応えないといけませんね。

 括れた腰回りからお尻に掛けてのラインをぐっと揉んでいき、腰周りを中心に強めに指で押していきます。

 リクエストされたように力を強めで、けれども焦らすようにして何度か繰り返します。

 

「そ、その……藍俚(あいり)……悪くはないんじゃが……その、もう少し、下を……」

「この辺ですか?」

「……ふっ! ~~~ぁぁっ!! そ、その辺りを……たのめ、るかの……っ!!」

 

 繰り返す内に我慢できなくなったのでしょう。夜一さんの方から、恥ずかしそうに切り出してきました。

 枕に埋めた顔をほんの少しだけ上げて、肩越しに切なげな瞳でこっちを見ながら遠慮がちにお願いするその姿は、いつもの泰然自若な姿からは想像も出来ないほど可愛らしいものでした。

 なので私も。

 期待を裏切らないように、筋繊維の一本一本まで解すように丹念に指で擦り上げていきます。

 

「ふっ……あっ……く……ぅっ……これは、もう……たまら……」

 

 そういえば夜一さんは猫に変身してましたっけ。ということは……

 物は試しとばかりに、尾てい骨のところをぐっと強く押し込みました。

 

「~~~~~!! そ、そこっ! そこが……ふ、あああぁぁっ!!」

 

 熱い吐息と一緒に甘い声が響きました。

 瞬間、全身に力を込めて背筋を大きく仰け反らせたかと思えば、次の瞬間にはぐったりと全身の力を抜いて脱力しきっていました。

 びくびくと全身を痙攣させ、物欲しげに腰をくねらせています。顔を完全に枕に埋めて、はぁはぁと甘い呼吸を繰り返しています。

 

 ……どうやら満足していただけたようです。ぐっしょりですね。

 何がとは言いませんが。

 

 ですが、まだマッサージは太腿周りまでなので。

 ふくらはぎや足裏も手を抜いてはいけませんからね。

 

「ん……っ! お……っ! おお……っ!」

 

 丁寧に力を込めてマッサージしていくと、その度にほぼ意識を飛ばしてぐったりしているはずの夜一さんが、反射的に声を上げていました。

 私の按摩を気に入っていただけたようです。身体は正直ですね。

 

 

 

 

 

「夜一さーん、起きてますか? 次は前ですよ」

「……な、なにっ!?」

 

 さて、背中側は一通り施術が済んだので。次は残る側です。

 声を掛けるとようやく夢見心地な意識が覚醒したのか、ビクッと肩を震わせました。相変わらず顔は殆ど上げていませんが。

 

「ま、前というのは、その……」

「仰向けにしますよ?」

「まてまてっ! まだそれは……!!」

 

 制止の声を無視してごろりと体勢を入れ替えさせます。

 

「待てと……言うたじゃろうが……い、いけずじゃの……」

 

 必死に両手で顔を隠していますが、隙間からは真っ赤に染まった顔が丸見えでした。額には大粒の汗がびっしりと浮かんでいて、前髪がべったりと貼り付いています。

 

 それにひっくり返した瞬間に見えました。

 蕩けた顔を浮かべ、だらしなく口を開いている夜一さんの表情が。男性だったら、あんな表情を見せられたら誰でも一瞬で堕ちます。絶対に。

 

 まあ本人は隠せているつもりなので。これ以上は触れないでおきましょう。

 

「次はお腹周りからですよ」

「ど、どうしてもやらねばならんのか?」

「どうしてもです」

 

 ここまで来たら絶対に逃がしませんよ。

 強く言い切りながら、お腹周りにオイルを垂らします。

 

「こ、このヌルヌルが……曲者で……くっ!! ……ぅ!」

 

 身体が随分と刺激に敏感になっているようですね。

 オイルを垂らしただけで何度も小刻みに身体を震わせ始めました。

 

 お腹周りも全く無駄がないです。腹筋からおへそに掛けてのラインがすーっと一本線が通っているように綺麗で、芸術品か何かかと思ってしまうほど。

 そこに手の平を添えてぐっと解していくと、柔らかな感触が伝わってきます。

 

「は……あ……ん……っ! あ、んん……っ!!」

 

 手で口を押さえれば我慢できるはずなのですが、残念ながら両手は表情を隠すのに忙しくてそれも無理です。

 必死で堪えようとしても自然と口が開き、声が漏れ出ています。たっぷりと熱の籠もった吐息は、夜一さんが気持ちよくなっている証拠ですね。嬌声と呼んでも差し支えないほど愉悦に塗れています。

 

「な、なんで……腹を触られただけ、で……!?」

「このオイルが血の流れを良くしてくれますから。古い細胞を押し流して新しい細胞へと代謝を促してくれるので、自然と刺激も新鮮な物になるんですよ」

 

 お腹周りから腰回りへとマッサージの手を伸ばします。

 ゆっくりとオイルを塗っていき、ぬるぬるとした感触をたっぷりと褐色の肌に教え込んでいきますよ。力強く、けれども何処かもどかしさを感じさせる程度の指使いで、じわじわと刺激を高めていきます。

 

「ん……く……ふ……っ! ひっ!!」

 

 下腹を軽く撫でると、腰がビクンと浮き上がりました。

 なのでその動きに応えるように、浮いた腰に手を絡みつかせます。鍛え上げられた腰回りに指を掛けて、ぐにぐにと食い込ませます。

 

「それは……くうぅっ!」

「痛かったですか?」

「痛いのではなく……くうぅっ! お主、ほんとに意地が悪いのぉ……わかっておるんじゃろうが! ひんっ!!」

 

 もう一度腰回りを揉み上げながら、再び下腹を指でぐっと強く押し込みました。

 またしても腰が跳ね上がり、まるで軽くブリッジでもしたかのような体勢に。少しだけバランスが崩れて、緩みきった表情が一瞬見えました。

 

「さて、何のことでしょうか? じゃあ次は上ですよ」

「はぁ……はぁ……う、うえ?」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、何のことかわからないというように聞いてきます。

 

「ええ、上です。例えばこことか」

「んんっ……ぅ!!」

 

 オイルを手の平に塗すと、そのたわわに実った胸を鷲づかみにしました。

 うわぁ、これ……凄いですよ!!

 手の中でぷるんっ! って!! ぷるんっ!! って言いました!!

 柔らかいのに弾力が凄くて、肌が手に吸い付いてくるようです。ちょっと力を入れると指の間からこぼれ落ちるみたいに形を変えて……

 

「お、お主!! ひんっ!! これは嘘じゃろう!?」

「いえいえ。形を整えるためにも必要なんですよ」

「こらっ! 戯れがすぎ……んんっ!! て、手を離……くぅ……っ!!」

「それに戯れというのなら、夜一さんも結構好き勝手やってますよね? 今回はご自分の番だったと思って、諦めてください」

 

 そう告げると、ぐにぐにと揉んでいきます。

 決してこの感触を忘れないようにと、指の全てを使って余すところなくむにゅむにゅと。

 上気した肌から流れ出した一筋の汗が巨大な山と山の間、谷間をつーっと流れ落ちて行きました。汗が通った痕はまるで火照ったように赤くなっていて、なんともそそられます。

 

「んっ!? お~~~っ!! い、いかん……っ!!」

 

 切羽詰まった声が聞こえ、ぐっと夜一さんの手に力が入りました。

 最後の一線を必死で我慢するかのような声に、私は胸の手を止めます。

 

「は……はぁ……はぁ……お、終わり、か……?」

「いいえ、最後の仕上げが残っていますので」

 

 にっこりと笑顔で答えましたが、多分顔を隠しているので見えてはないでしょう。ですが、私の言葉の裏を感じ取ったのでしょうね。

 びくっと身体を震わせました。

 

「も、もう終わりでよい! たのむっ! 後生じゃからっ!!」

「遠慮なさらずに」

 

 ここで止められるわけがありません。

 最後に残った足の付け根へ、そっと指を這わせます。

 

「は……うぅ……っ!!」

「この辺は身体の中の"流れ"が集中しているので、念入りにやりますね」

 

 触れただけでぞくぞくっとしたように身体を揺らして、腰をくねらせました。

 なのでリンパの流れに沿ってゆっくりとしっかりと、下腹部周りへ力を込めて集中的に指を使っていきます。

 

「ぐ……っ……まだ、か……まだ、終わら……くうううっっ!! んんんっ!!」

 

 必死で我慢していますが、その声はまるで誘っているかのようですね。

 呼吸音だけでも色んな妄想が出来そうなくらいに甘くて、私もかなりクラクラします。

 ですがマッサージはちゃんと完遂させますよ。

 何度も何度も、腿の付け根から下腹部に掛けてをじわじわと指でなぞるようにして擦り上げていきます。

 強めの力を何度も掛けて、指圧をしながらもみほぐすようにしてぐーっと。

 そのたびに夜一さんは腰砕けになり、いやいやと暴れるように身体をくねらせました。

 

「もうよいっ! 本当にもうよいっ! 終わりでよいのじゃっ!! でないと……っ!!」

「でないと?」 

「あう……うああああぁぁぁっ!!」

 

 もうその言葉が限界だったみたいですね。

 途端に借りてきた猫のように大人しくなったかと思えば、溜まっていたものを一気に吹き出しました。

 お布団がじわーっと濡れていきます。

 

 どうなったか、詳細は夜一さんの名誉のために伏せますね。

 ただまあ、こう……ツンとした匂いが部屋中に漂って。蜂の毒に効果があるっていう迷信で有名なアレ、病院で検査のためにトイレでカップに入れて提出するアレ。

 そんな匂いです。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。それと、お気になさらずに」

「お主、絶対わざとじゃろう!? 人畜無害そうな顔をしおってからに!!」

 

 施術は全て終わりました。

 ただ、いつもと違うのは、ちょっと多めに布を用意して身体とか色んなところを拭いておかないといけなかった。くらいですかね?

 清潔な布で何度も身体を拭きながら、夜一さんは恨みがましい目をコッチに向けてきました。

 

「はて、なんのことでしょうか? 施術中に起きたことは門外不出、決して余人には知られませんし、私も言いふらしません。現にもう忘れてしまいました」

「ぐぬぬ……本当じゃろうな!?」

「お湯の用意がしてありますので、よろしければどうぞ。ああ、それと。一般論ですが、気持ちよくなって力が抜けると、我慢が出来なくなって自然と漏らす方もいましたよ」

「今忘れたと言ったじゃろうが!! 舌の根も乾かぬうちに!!」

「いえいえ、一般論ですって」

 

 くすくすと笑うと、どうやら夜一さんもからかわれていることに気付いたようです。

 まだ顔を真っ赤にしたまま、ぷいっと横を向いてしまいました。

 

「それで、按摩はいかがでした?」

「む!? ま、まあ……その……わ、悪くはなかった……」

「それはよかった。ですが、次からはちゃんと予約してくださいね」

「そうさせてもらう。そ、それと……」

「?」

「次からは前日の飲み食いを節制しておくとする……い、一応! 万が一のことを考えてじゃぞ!! 他意などないぞ!! そこは勘違いするでない!!」

 

 飲み食いを節制……ああ、なるほど。

 タンクが空だと暴発の恐れがなくて安全ですよね。

 

「はて? 何のことでしょうか? 先程も言いましたけれど、今日の事はもう忘れてしまいましたので」

「~~~~~っ!!! ああ、もういいわ! そうしてくれ!! ワシは湯に浸かってくるのでな!!」

 

 顔どころか全身を真っ赤にしながら、いそいそと部屋を出て行きました。

 ふふふ、今回は私の勝ちですね。

 

 さて、部屋の掃除をしておかないと。

 色々と念入りに、ね。

 

 

 

藍俚(あいり)殿、ご存じでござるか?』

 

 何を?

 

『聖なる水と書いて、聖水と読むのでござるよ』

 

 うん、それは知ってる。

 

『拙者は今、聖水と言う言葉の意味を本当の意味で知った気がいたします!!』

 

 それはよかったわね。

 あ、ついでだから射干玉も掃除手伝ってもらえる?

 

『勿論でござるよ!! 拙者のスライミーなボデーの名に賭けて、全力で!! 液体全部吸収しまくりんぐ!! 今夜は褐色巨乳祭りでござる!! 夜通し騒ぎまくりまくりすてーでござるよ!!』

 

 どんな祭り開催する気よ?

 というか私、明日早いんだから遠慮してね……

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

「ふはははっ!! 身体が軽いっ! まるで背中に羽根が生えたようじゃ!!」

「ああクソッ!! 隊長! あんた何時の間にそんなに速くなったんですか!!」

「知らん!!」

 

 物凄い勢いで大前田副隊長から逃げる夜一さんを見かけました。

 

 射干玉特製のオイルをたっぷり使ったんだもの、このくらい元気になっても仕方ないわよね。

 しかし、ホントに効果抜群よねぇ……

 

 大前田副隊長、ごめんなさい。

 




どうしてこうなった?
まあいいや、夜一さんだし。

●蜂の毒
蜂の毒にはアンモニア水を掛ける、と言いますがこれは迷信です。
アンモニアな匂いがする、黄金色の……

あれ、蜂って……後の二番隊隊長と関係が……?


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第51話 旧友との再会、そして……

「え、小鈴さん!?」

「久しぶりね、藍俚(あいり)さん」

 

 合流予定の場所にいた女性死神――それは、霊術院時代の同期生の蓮常寺(れんじょうじ) 小鈴(こすず)さんでした。

 予想していなかった相手とのまさかの再会に、私は思わず目を白黒させます。

 

「……いえ、もう湯川副隊長って呼ばないと駄目なのかしらねえ?」

 

 彼女は昔を懐かしむように遠い目をしながら、そう呟きました。

 

 

 

 事の発端は、卯ノ花隊長に呼び止められたことからでした。

 

 ――上位席官になって、すっかりご無沙汰になっていた(ホロウ)退治の任務を、久しぶりに持ってきた。ただこの任務は他の部隊の死神と共同で行う必要がある。既に先方に話は通してあるので、この時間にこの場所へ行ってくれ。詳しい話は一緒に行く死神が知っている――

 

 というものでした。

 緊急の用事とのことなので、今日の日常業務を全て後回しにしてこの依頼を優先させることとなり、急いで向かった先にいたのが彼女――小鈴さんでした。

 

「そんなことはないわよ。昔通りの呼び方で良いってば」

「そう? なら藍俚(あいり)さんって呼ばせて貰うわね」

 

 彼女は六番隊に配属されて、そのまま六番隊で働いていました。

 席官になるのも私より速くて、そのまま三席か副隊長か? という期待をされていたのですが、人生というのは何がどう転ぶかわからないものですね。

 

 私は四番隊の副隊長になり、今の彼女は六番隊の五席です。

 席次でいえば私の方が上なのですが、まあ昔から知ってる間柄ですから。それに公的な場でもないので、改まった呼び方は不要ですよ。

 

「でも久しぶりよね。ちょっとその、関係性がぎくしゃくしちゃったから……」

「そうね、幸江さんの葬儀の時……あれ以来ね。こうやって分け隔て無く話すのは」

 

 霊術院時代にはもう一人、綾瀬(あやせ) 幸江(さちえ)さんという仲の良い子がいて、卒業してからもときどき一緒に遊びに行ったりしたのですが。

 幸江さんが(ホロウ)に殺されてからは、なんとなく疎遠になっていました。元々彼女がムードメーカーみたいなところがありましたからね。

 彼女がいなくなったことから私たちの関係性が少しずつズレていって、次第に仕事以外の関わりというのがなくなっていました。

 自分たちの所属する部隊の隊士と交流するようにもなっちゃいますからねぇ。

 

「それにしても藍俚(あいり)さん、昔と変わらないわねぇ……霊術院時代を思い出すわ……」

 

 どこか、少しの嫉妬と羨望の混ざった視線で私を見てきました。

 同期だった頃の小鈴さんは、お嬢様という感じのする美人さんだったのですが、さすがに時の流れには勝てないです。

 今ではすっかりお婆ちゃんといった風貌になっていました。彼女からすれば、私の姿を見てそう思うのも無理はないでしょうね。

 死神の風貌が衰えていくというのは、それだけ霊力が弱いということなのですから。

 

「そんなことは……小鈴さんは結婚して子供もいて、素敵だと思うわ。お世辞とかじゃなくて、純粋に本心からそう思う」

 

 今の彼女はとても上品なお婆様という雰囲気でして、その雰囲気に羞じないだけの貫禄ある容姿をしています。

 六番隊での活躍もそれとなく耳には入っていましたし、決して卑下する必要はないはずです。それに歳取ったら強キャラになれるのは間違いないですよ。

 伊達に私と同じ年月だけ死神やってるわけじゃないでしょう?

 

「そう? そう言われると悪い気はしないけれど、でもやっぱり複雑ね……こうして今も変わらない藍俚(あいり)さんを見ていると、自分の力の無さを見せつけられる気分だわ……」

「だからそれは……」

 

 そう言い掛けて、私はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ませんでした。

 彼女の瞳の奥には、複雑な感情が渦巻いているのがなんとなくわかりました。

 決して私への嫉妬だけではない。

 もっと複雑に絡み合い、年月を経て熟成された様な何かが。

 

「……ねえ、小鈴さん。何かあったの? この依頼だって、(ホロウ)退治なら普通は六番隊の隊士に応援を頼めばいいはずなのに、どうして私を?」

「そうね。あなたの言う通り、色々あったの……まあ、歩きながら話してあげる。あなたを呼んだ理由も含めてね」

 

 そう言って、先導するように歩き始めた彼女を慌てて後を追います。

 

「とは言っても、何から話したものかしら……」

「最初から、でいいわよ。いつまでだって付き合ってあげるから」

 

 二人並んで歩きますが、それでも私の方が上背があるので大股になってしまいます。なので彼女に気を遣わせないように、それでいてバレないようにゆっくりと歩いておきます。

 

「そうね……最初に思ったのは、やっぱり自分の力の無さ、かしらね。こうしてどんどん老いてしまう。死神として霊圧が弱くなっていく。それが悔しくてね」

「小鈴さん!? でもそれは、当然のことだから。総隊長だって、いつかは……」

「ええ、そんなことはわかってるわ! でもわかっていても、どうしようもない思いがあるの……」

 

 彼女は悲痛に叫びました。

 

「彼女が――幸江が死んだ時に、私は彼女の無念を晴らしてあげたい……仇を討ってあげたい……そう誓ったの。でも肝心の(ホロウ)は見つからず、気がつけばこんなに時間が……」

「え……そう、だったの!?」

 

 あの時から数えれば数百年ですよ!? 私も彼女を手を掛けた相手はそれとなく注視していましたが、もう討伐されたとすら思っていました。

 

「ええ、そうよ。情けなく聞こえるかもしれないけれど、私はあの子のことをかけがえ無いくらい大切な親友だと思っていたの。損得全てを抜きにしても付き合いたいって思えるくらいにね……」

 

 小鈴さんの気持ちはわかります。私だって彼女は――幸江さんは大切な友達です。

 ただ、彼女を失ったときに方向がちょっと変わっちゃったんですね。

 私は何としてでも癒やしたい。

 彼女は何としてでも報いを受けさせたい。

 

 ああ、そうか……だから彼女と、少しずつ離れていってしまったんでしょうか?

 

「だから見つけたかった! でも見つからなかった……私は老いてもう護廷十三隊には……死神を続けられないと判断された。そんなときに、あなたが瀞霊廷通信に掲載されていた記事を見つけたわ」

「ああ、アレね……なんだか恥ずかしいわね……」

「正直に言って、嫉妬したわ。霊術院時代の成績は普通で、隊士になってからも活躍はしていなかったのに……あなたはまだ若いままだった。私が望んでいた時間がまだあるなんて……何て羨ましい、そう思ったわ」

 

 そういう剥き出しの負の感情を相手に伝えるのって、お世辞にも言いやすいことではないはずなんですが……いえ、下手に隠されない分だけ好感を持てますね。

 それとも、そういう気遣いをするほど余裕がないのか。はたまたそんな気遣いは無用と信頼されているのか。

 

「そ、そうなの……?」

「ええ、そうよ。でも妬んでもどうすることもできない。このまま私は死神を辞することになるだけ……少し前までそう思っていたわ」

「少し前まで? ……あっ! まさか!!」

 

 こんな風に言われたら、私でなくても気付きますよね。

 

「ええ、そうよ。私が待ち望んでいた(ホロウ)の情報が、やっと来たの! あなたのことを知って、時間が無いと思った時に、憎い憎い(ホロウ)を倒す好機が巡ってきた!! これは天の配剤だとすら思ったわ!!」

 

 ……気持ちは、わかります。

 

「じゃあ、この討伐依頼に私を呼んだのは……一緒に復讐を果たすため?」

「それの気持ちもあるわ。でもね、自分の輝かしい時代を知っている相手に……私の死神のとしての最後のご奉公を、藍俚(あいり)さんに看取って欲しい……そういう想いもあるわ」

 

 そこまで言うと彼女は足を止め、自虐的な笑みを浮かべました。

 

「それともあなたは、そんな詰まらない感傷に――私の個人的な我が儘に付き合わされるのはゴメンだったかしら?」

 

 私はゆっくりと、首を横に振りました。

 

「そんなことはないわ。もしもこのままだったら、あなたとずっとすれ違ったままになっていたかもしれない。幸江さんのことをちゃんと知らずにいたかもしれない。だから、感謝の気持ちしかないわ。ありがとう」

 

 素直な気持ちを聞かせてもらって、どうして恨めますか。嫌な顔ができますか。

 

「そう、そう言って貰えると、私も……ありがとうね」

 

 小鈴さんもほっと安堵したように笑いました。

 どうやらようやく、わだかまりが解消されたような……そんな気がしました。 

 

「ふふ……あはははっ! やっぱり駄目ね、私……こんなことにも今まで気付かなかったなんて。あなたを妬む資格なんて、初めからなかったのかもしれない」

「急にどうしたの?」

 

 しばらく私を見つめていた小鈴さんですが、唐突にそんなことを言い出しながら自嘲するように笑い始めました。

 

「その手絡(てがら)よ」

「ああ、これ?」

 

 そう言われて、髪を結ぶリボンを軽く手で触れます。

 

「それ、昔三人で一緒に買い物に行った時に贈ったものでしょう?」

「うん……思い出の品だったからね……あの時からずっと付けてたの」

 

 大昔に貰った物なのですっかりくたびれていて、それでも補修を繰り返して使っていたのですが。流石はプレゼントした当人ですね、大分見た目が違ってしまったのにしっかり気付いてくれました。

 

「あなたはあなたなりに、幸江のことを受けとめていたのね。こんな事にも気付けなかったなんて……自分の目がどれだけ曇っていたのか、自分の狭量さが情けないわ……」

 

 うーん、すっかり落ち込んでしまいましたね……このリボンじゃあ気付けなくても無理はないんですが……そうだ!

 

「……ねえ、小鈴さん。この仕事が無事に終わったら、一緒にお茶でもしましょうか?」

「え? お茶に?」

「食事でもいいし、昔みたいに真央区で買い物とかも良いかもね。どう?」

 

 唐突な私の提案にぽかんとした様子で聞いていましたが、やがて何を言いたいのかわかったように笑い出しました。

 

「……そうね、昔みたいに……ね」

「そうそう、幸江さんの分も私たちで騒ぎましょうよ。滅多にない機会なんだから」

「あら、こんなお婆ちゃんに騒げっていうのかしら?」

「平気平気! 下手な女性隊士顔負けに美人なんだから」

 

 そんな冗談交じりの会話をしながら、目的地へと向けて進んでいきました。

 

 

 

『死亡フラグでござるな!!』

 

 あっ! こら、射干玉! 今回ばかりは遠慮しなさい!! せっかく空気を読んで黙ってると思ってたのに!!

 

『いやいや、それがなんとも……素敵な予感がビンビンでござったので!! こうして辛抱溜まらずに出てきてしまいました!!』

 

 素敵な予感がビンビンって……

 

『アンテナ三本ですぞ!! 三本も恥知らずにビンッビンにおっ立っておりますぞ!!』

 

 はいはい、感度良好なのね。

 

 そういえば伝令神機がようやく実用化しそうなのよね。

 整備も整って、あのマッドサイエンティストが情報インフラを手中に納めちゃうわけよ。あとちょっとで普通に電話を始めそうなのよ。

 

 そうなれば指令や(ホロウ)の情報もメールで来るはずだから、もう少し楽になるのかしらね?

 

 

 

「情報だと、この辺りなんだけれど……」

 

 二人で近況報告やら部隊での苦労あるある話をしながら、目的地――つまり(くだん)(ホロウ)がいるであろう場所までやって来ました。

 

 何度か(ホロウ)退治の依頼で、こういった敵が隠れ潜んでいる場所には来たことがありますが、何度来ても慣れませんね。

 独特の緊張感というか、死と恐怖の匂いというか。油断できないという張り詰めた空気を感じます。

 

 辺りは木々や草、植物が鬱蒼と生い茂っていて、死角も多いです。私だけなら霊圧知覚で反応できますが、小鈴さんは……さすがにもう出来ますよね?

 新人や平隊士じゃないんですから。

 

「二手に分かれて探しましょうか? 見つけたらすぐに知らせて、相手の退路を塞ぐ。どっちが見つけても恨みっこ無し。でどうかしら?」

「それで構わないわ。でも幸江の仇はできれば私に取らせて頂戴」

 

 やる気満々ですねぇ小鈴さん……なんだか危なっかしく見えます。

 まあ、卍解も会得しましたし。そもそもただの(ホロウ)相手ならそう苦戦することもないでしょう。小鈴さんも席官だから始解までは到達してるでしょうから、万が一があっても後れを取ることはないはずです。

 

「わかったわ、それでいいから。もう少し落ち着いて、ね?」

「ごめんなさいね……でも、長年の想いが成就するかもしれないって思ったら……つい」

「気を急きすぎるとそこを突かれるから。心は熱くても頭は冷静に、いつも通りを意識して行きましょう」

 

 念のため再度念押ししてから、彼女が向かったのと反対方向を探し始めます。

 霊圧知覚を全開にしながら、辺りに何かが潜んでいないかをじっくりと探っていきます。

 

 ですが、しばし探せどもそれらしい反応はなし。

 方角が違っていたのでしょうか、それとも情報そのものが間違っていた?

 

「……卍解で一気に探そうかしら?」

 

『むむむ! 拙者の出番でござるか!?』

 

 鞘に収めたまま腰に差した斬魄刀をちらりと一瞥します。

 卍解した射干玉でこの辺り一帯を大捜索してた方が安全かもしれませんが、それだと彼女の心が晴れるかどうか……はてさてどうしたものか――

 

「あああああああぁぁっっ!!」

「え!?」

 

 ――その考えは、背中の方から聞こえてきた悲鳴で強制的に中断させられました。

 

「今の声って……!!」

 

 間違いありません、小鈴さんの声です。

 つまりあっちが正解の方角だったということですか!? まさか(ホロウ)が出た!? ならなんで合図を出さなかったのか……?

 

「ああもうっ! 迂闊だったわ!!」

 

 おそらく、仇敵を前にしてそんな考えは彼方に飛んでしまったのでしょう。逸る気持ちを抑えきれなかったのでしょう!

 少し考えればわかるじゃないですか!! なんで目を離したの私!! 卯ノ花隊長にちょっと認められたからって、天狗になってたんじゃないの!?

 

 斬魄刀を抜きながら、大急ぎで彼女の声のした方へと瞬歩(しゅんぽ)で一気に移動します。

 

「小鈴さん! 無事……えっ!?」

「ぐっ……藍俚(あいり)、さん……」

「おやおや、死神がもう一人……しかもこれはまた、随分と若いねぇ……キヒヒヒッ! こりゃあ運がいい!!」

 

 そこには予想通り、(ホロウ)がいました。

 (ホロウ)はその爪で小鈴さんのお腹を貫き、獲物を眺めるように舌なめずりをしていました。ですが私が飛び込んできたことで、注意をこちらに向けました。

 

 その光景は、ある意味では予想通り。

 ですが、予想と違ったのは(ホロウ)の姿です。

 

 見た目は線が細くて女性っぽいフォルムをしており、狐や狼といった獣を連想させるシルエットをしています。

 それだけならばさして問題にはなりませんが、問題はその(ホロウ)の霊圧です。

 彼――いえ、彼女でしょうか? 思ったよりも甲高い声をしていたので――は予想よりも遥かに強大な霊圧を持っていました。

 

巨大虚(ヒュージ・ホロウ)……いえ、大虚(メノス・グランデ)のなりかけ……?」

 

 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)というのは、個体として極めて巨大な身体を持った存在のことを言います。

 突然変異のように生まれた大型で、普通の(ホロウ)よりも強くて手強いですが、それでもちょっと特別なだけ。(ホロウ)という存在の枠を出られません。

 

 そして大虚(メノス・グランデ)とは、幾百もの(ホロウ)が共食いを繰り返して生き残った個体が姿を変えた存在です。

 (ホロウ)の上位存在と呼んで良いでしょう。

 

「……どっちにしろ、一筋縄では行かない相手、か……」

 

 霊圧から察するに、彼女はどうやら大虚(メノス・グランデ)へと至る途中の存在、もう少しで進化しそうといった様子です。

 ですがこれも当然と言えば当然ですね。

 彼女が本当に幸江さんを襲った(ホロウ)ならば、あれから何百年経過しています。歳月から逆算すれば、寧ろ遅いくらい。とっくに進化していてもおかしくありません。

 

「小鈴さんを離しなさい!」

 

 手にした斬魄刀を正眼に構えながら叫びます。

 

「嫌だね!! アタシを倒したけりゃ、こいつに構わず斬ればいいじゃないか? それが死神ってもんなんだろう!? キヒヒヒヒッ!!」

「あ、藍俚(あいり)さん……コイツの言う通り、よ……ぐふっ! 私はいいから、(ホロウ)を……あぐぅ!!」

 

 (ホロウ)は腕を揺らし、その先にいる小鈴さんの存在をことさら強く誇示してきました。

 口から血の泡を吐きながら、それでも死神としての矜持かはたまた仇敵を絶対に逃がさないという強い想いからか、彼女は自らの腹を貫く爪を掴みながら叫びました。

 

「五月蠅いねぇ! 誰が勝手に喋って良いって許可したんだい?」

「う……が……ああああぁぁっ!!」

「……くっ! やめなさい!!」

 

 ですがそれが気に入らなかったのでしょう。

 (ホロウ)は開いた方の手で小鈴さんの頭を押し潰さんばかりに力いっぱい握りました。苦しげな悲鳴が上がり、大量に吐血しました。

 

「けどこの死神の言う通りさ。ほらほら、この死神を犠牲にして自分だけ助かれば良いだろう? アタシを倒すのも、逃げて応援を呼ぶのも、全てあんたの自由だよ!!」

「…………っ!!」

 

 この(ホロウ)、私が動けないのをわかってて言ってますね。

 下手に動けばその瞬間に小鈴さんを殺す、こうして動けなくしてから私をじっくりと殺す。そのための三文芝居です。

 なら、これ以上猿芝居に付き合う必要はありません。

 私のやることは決まってます。

 

「だったら、彼女を離しなさい!」

藍俚(あいり)さん! ごほっ! な、なにを言って……」

「私が代わりになるって言ってるのよ。ほら、これでいいでしょう?」

 

『あ~れ~、でござる』

 

 見せつけるように大仰な動作で、手にしていた斬魄刀を遠くへと放り投げました。

 ……なにか変な声が聞こえたけれど無視無視。

 

「見ての通り、丸腰よ? これでもまだ私が恐いかしら?」

「駄目ッ! 馬鹿なことは止め……あああああぁぁっ!!」

「いいねぇ、いいねぇ! 気に入ったよ!! 死にかけた仲間のためにその身を無駄に犠牲にする!! 死神同士の美しい友情ってやつかしらねぇ!! 反吐が出るわ!!」

 

 上機嫌で叫びながら、(ホロウ)は彼女を掴んだ手へさらに力を込めたようでした。

 

「アタシもこんな出し殻(だしがら)みたいなババアなんて要らないのさ! どうせならアンタみたいな若くて美人の方が良いからねぇ!! ああ、羨ましい妬ましい!!」

 

 そんなに若くないわよ私。

 

「ほら、コッチにおいで! この干物ババアの代わりにアンタを食ってやるとするさ!!」

藍俚(あいり)さん……やめ、ごほっ! なさい……!!」

「……小鈴さん、あなたは幸江さんの仇を討つんでしょう? だったらこんなところで見殺しになんてできないわ。そんなことになったら、私は自分で自分を許せなくなっちゃうから……」

 

 なおも血を吐きながら私を説得しようとしますが、こっちにも譲れないものがあるんですよね。

 だからそのお願いは聞くわけにはいきません。

 (ホロウ)が望むまま、彼女へと近寄って行きます。

 

「それに、私も死ぬつもりはないから……だから安心して!」

「何を馬鹿なことを言ってんだよ! アンタはここでアタシに食われるのさ!! そりゃあ!!」

「……ぐっ」

「いやあああああああああぁぁ!!」

 

 空いた手が翻り、その爪が私のお腹を貫きました。

 

「あはははは! 何が死ぬつもりはないだ!! 腹に穴開けられて無事でいられるもんかい!!」

「……ごほっ」

 

 そうでもないわね。

 わりと日常茶飯事だったから。

 このくらいなら自分で簡単に癒やせるわよ。

 でもまあ、もう少しだけ泳がせておきましょう。

 

「そら、約束通りこのババアは解放してやるよ。しかし、死神ってのはどいつもこいつもバカばっかりだねぇ……! あのチビの死神も、こんな風に庇って無駄死にしてて! 笑っちまうよ!!」

「チビの……死神……? それって幸江さんのこと、かしら……?」

 

 苦しくて動けない演技をしながら、ゆっくりと顔を上げて尋ねます。

 

「ああ!? 名前なんて覚えちゃいないさねぇ! ただ下っ端死神と一緒に来ていて、そいつを逃がすために犠牲になってたよ! ああ思い出した! あの後すぐに追加の死神どもが来て、全部食えなかった!! 今思い出しても腹が立つねぇ!!」

「……ふーん。そうなんだ……」

 

 幸江さんが襲われた当時の状況や、遺体の傷とも一致します。

 どうやら、こいつで本当に間違いなかったみたいですね。

 

「小鈴さん、やっぱりコイツで間違いないみたいね。身体を張った甲斐があったわ」

「……え!? あ、藍俚(あいり)さん……」

 

 傷の痛みも忘れたようにぽかんとした表情で私の方を見ました。

 まあ、当然ですよね。

 お腹を貫かれているのに、まるで意に介すことなく普通に喋っているんですから。

 

「力尽くで脅してもよかったんだけど、助かるためには平気で嘘をつくから。だから、調子に乗らせて喋らせる方法を取ったんだけど、大正解ね」

「お、お前なんで! どうして動けるんだ!?」

「お生憎様! 四番隊じゃこの程度はかすり傷にも入らないのよ!!」

 

 目の前の爪に肘をたたき込んでブチ折り、強引に拘束から抜け出ます。

 

「ぐあああ! アタシの爪が!! あんた、なんで……そ、その怪我は!?」

「ああ、これ? 治したわ」

 

 無理矢理爪を砕かれた痛みも吹き飛ぶ程の衝撃だったのでしょう。だって、さっきまでお腹に空いていた穴が一瞬で塞がっているんですから。

 

「治した、だって!? ふざけるなああぁぁ!!」

 

 激昂したように飛びかかってきて、口を大きく開けてその牙で噛みついて来ました。ですが私はそれを避けることはしません。

 ただされるがままに、攻撃を我が身で受けとめます。

 

「そうそう、そうやって怒りに身を任せて抗ってみせなさい? それ全部、私が無力感に変えてあげるか……らっ!!」

「ぐぎいいいいいぃぃっっ!!」

 

 肩から胸に掛けて牙を突き立てられながらも、動じることはありません。

 むしろ相手が動きを止めたチャンスです。

 すぐ近くにあった(ホロウ)の腕を掴み、そのまま力任せにねじ切ってやりました。

 

「……そうすれば、少しは幸江さんの供養にもなるでしょう?」

「ぐ、ぎぎぎぎ……ごどどんだ(このおんな)! ぐぶっでる(くるってる)!! ぐぞ(くそ)! ぐぞ(くそ)ぅ!! ごうばべば(こうなれば)!!」

「そうそう、そうなっても口を離さないのは立派よ。だからもう少しだけ、ご褒美をあげるわ!」

 

 食いちぎろうとでもしているのでしょうか? なにやら必死で抗っていますが、造作もありません。

 続いて繰り出したのは正拳。ただ思いっきり殴るだけの一撃を、(ホロウ)の顔面目掛けて叩き込んでやりました。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 さすがにこれには耐えきれなかったのでしょう。

 仮面を強引に砕かれて顔を殴られる痛みに、思わず口を離して悶絶しています。

 

「ほら、どうしたの? これで終わりかしら? せっかくの人質よ? 丸腰なのよ?」

「やべろ、ぐぞっ!! なんだおばえは!?」

 

 なおも煽りますが、どうやらこの程度で諦めるような根性無しみたいですね。

 はあ……こんな程度の奴に、幸江さんはどうして殺されなきゃならなかったのかしらね。あんな良い子だったのに……

 

「なら、もういいわ……破道の八十八 飛竜撃賊震天雷炮(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)!」

 

 鬼道を唱え、手の平から巨大な雷撃を放ち(ホロウ)を焼き尽くします。

 

「……少しは苦しみがわかったかしら?」

「か、ひゅ……が……あぁ……っ!」

 

 本来ならばこの鬼道は、この程度の相手なら瞬時に全身を消し飛ばすほどの威力を持っているのですが、そこは手加減と微妙な調整済み。

 丁度(ホロウ)の胸から上と片腕を残して生きている程度に抑えてあります。

 一瞬にして自分の身体の半分以上が焼失した衝撃と痛みはいかほどのものでしょうね。過呼吸を繰り返しながら悲鳴を上げている。そんな様子になっています。

 

「ほら、小鈴さん。起きて」

 

 続いて重症を負っていた彼女の元へ行くと、そっと手を差し伸べます。

 同時に回道で傷を癒やしておくのも忘れません。

 

「え……なんで、怪我が……!?」

「さっきも言ったでしょう? 私が治したのよ」

 

 あれ、そういえば小鈴さんは私の回道の腕って知らないんでしたっけ?

 お腹に空いた穴が一瞬で塞がり、耐えがたい苦痛も消えた驚きを隠そうともせずに、私と傷があった場所とを何度も見返していました。

 

「幸江さんの仇、取るんでしょう?」

「……っ! まさか、そのためにあんな危険な真似を!?」

「約束したじゃない」

 

 信じられないといった目で私を見ましたが、やがて立ち上がると自らの斬魄刀を手に取りました。

 

「かひ……がひゅー……」

「幸江の……仇!!」

 

 既に虫の息となった(ホロウ)目掛けて刀を一閃。

 それで終わりました。

 

「これで、これでやっと……」

「そうね。おめでとう」

 

 本懐を遂げた、とばかりに荒い呼吸を繰り返しています。

 おそらく彼女の中では、色んな感情が渦巻いているのでしょう。こればっかりは、落ち着いて心を整理するだけの時間が必要ですね。

 

「あ、藍俚(あいり)さん。それ、その髪……」

「え?」

 

 何のことかと思ったその瞬間、まるでリボンが限界を迎えたように破れ、結んでいた髪がふぁさっと広がりました。

 

「あの(ホロウ)に壊されたのかしら? 大丈夫、怪我はない?」

「大丈夫よ。でも、もしそうだったら、あの程度で済ませるんじゃなかったわ」

「え、あれでまだ加減していたの?」

「ええ、勿論……っ!?」

藍俚(あいり)さん!?」

 

 突然頭を襲った強烈な痛み。

 いえ、頭だけではありません。身体の中から全身を破裂させんばかりに、強烈な痛みが襲ってきます。

 思わず意識を失いかけ、そこを小鈴さんが慌てて支えてくれました。

 

「さすがにちょっと、無理をしすぎたみたいね……ごめんなさい、今日のお茶は延期して貰っても良いかしら?」

 




●次回
(ホロウ)の恐怖。

●今気付いたこと
ゆ かわあい り    → ゆ り
れ んじょうじこす ず → れ ず

……いえ、ホントに偶然なんですよ。

●鬼道
副隊長は八十九番までしか教えて貰えない。
九十番から先は隊長か鬼道衆にしか教えて貰えない。
(特例を除く)
みたいな思い込みが私の中でありました。
(だから断空(八十九番以下の破道を完全防御)みたいな術があるんだと)
そんな頭悪い思い込みがあったので、八十八番で攻撃です。
でなけりゃ、黒棺でぐちゃぐちゃに潰してました。


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第52話 ようこそ! 世界で一番来てはいけない場所へ!!

藍俚(あいり)さん、本当に大丈夫なの?」

「ええ、もう平気よ。わざわざ送ってもらって、悪いわね」

「本当に……? 四番隊のあなたがそう言うのなら、信じるけれど……」

 

 ぶっ倒れかければ、当然心配されます。

 帰路の間ずっと小鈴さんに具合を聞かれ続けながら、それでもようやく自宅まで帰ってきました。

 もう家の門の前なのに、それでも彼女はずっと私の具合を心配しています。

 

「それよりも、小鈴さんこそ。ほら、今日は悲願が成就した日でしょう? 早く帰って、家族に無事な姿を見せてあげたら?」

「それは……でも、だからってあなたを放ってはおけないわよ!」

「私は本当に大丈夫だから。だから、ね?」

「……わかったわ」

 

 やれやれ、ようやく折れてくれました。

 一応戻りの道中も顔には出さないように気を遣っていたつもりですし、可能な限り平静を装っていたつもりなんですけどねぇ……

 帰ると行った物の、彼女は道すがら何度も何度も振り返っては私の様子を心配しているようでした。なので私も、彼女が見えなくなるまでずっと門の前で手を振り続けていました。

 

「やれやれ、ようやく……か……」

 

 彼女の姿が見えなくなってからもさらに五分ほど待ち続け、戻ってこないことを確認してから私は片膝を突きました。

 痛い、苦しい、なんてものではありません。

 帰りの途中、射干玉がずっと警告を発しまくりでしたからね。頭の中は苦しいやら五月蠅いやらで、気が狂いそうでしたよ。

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!! はやくはやく!! もう時間がないでござるよ!!』

 

「わかってるって……」

 

 痛みで立っていられない程の身体に鞭を打ち、這って家に戻りました。

 のろのろとした動きで戸を開けると、土間に直接座り込んで斬魄刀を膝に置きます。行儀が悪いのは百も承知ですが、そんなことを言っていられる余裕もありません。

 

『刃禅を! 刃禅をプリーズでござる!!』

 

 本当ならあの場ですぐにでもやりたかったんですけどね。

 でも今日は彼女が――私の親友がようやく心の整理が出来た日なんです。それに詰まらない水を差すような真似はしたくありませんでした。

 私にだって意地があるんですよ。

 

 だからこうして、平気な振りをして家に戻ってきたんです。

 

 さて、ここからがもう一踏ん張り。

 自分で口にした嘘を、何が何でも本当にしないといけません。

 今日の私は何も無かった。明日また彼女と会って、休みの日には彼女と一緒に遊びに行くんです。

 この予定を全部、滞りなく済ませるんです。

 お手伝いさんが今日はお休みだったのも幸いでした。

 

 

 

 全身を襲うこの恐ろしいまでの感覚。

 今まで体験したことはありませんが、知識としては知っています。

 身体が内側からはじけ飛びそうな、自分という境界線がぶっ壊れそうなこの感覚。

 多分、アレですね。

 

 

 

 

 

 ――内なる(ホロウ)

 

 

 

 

 

 主人公も、平子隊長やリサといった後の仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんも体験した、身体の内側に(ホロウ)の力が発症することです。

 元々死神と(ホロウ)は相容れぬ存在ですので、こうなるといずれは内側の(ホロウ)に自分という存在を完全に飲み込まれ、乗っ取られてしまいます。

 

 それを防ぐためには、内なる(ホロウ)を制御する必要がある……だったはず……そんな感じのことが必要になります。

 怠った場合は、死神は魂魄諸共(ホロウ)になってしまい……本能と破壊衝動の赴くままに大暴れして、尸魂界(ソウルソサエティ)(ホロウ)と認定されて退治されてお終い……になると思います。

 

 ……え、なんか説明がふわっとしてる?

 仕方ないじゃない!! ちゃんと覚えてないんだもの!!

 あの辺りの設定ややこしいのよ!! それにまさか、自分がこんなことになるなんて思ってなかったんだもの!!

 

 ……と、どれだけ後悔しても先に立たず。

 

 原因究明と対処のために大急ぎで刃禅して内なる世界へとやってきました。

 自然物と人工物がごちゃごちゃになってるのは相変わらずですが、よく見るとちょっと罅が入っていますね。

 こう、内面世界の空間に何本もの亀裂が走っています。

 よくある"世界が壊れようとしている"という演出みたいな感じです。

 

 というか原因ってどう考えても、昼間戦ったあの(ホロウ)ですよね。

 多分彼女が、イタチの最後っ屁よろしく何かしたんでしょう。 

 しくじったわ。

 幾ら幸江さんの無念を晴らすためとはいえ、あんなことするんじゃなかった……絶対的な力を見せつけて、心をバキバキに折ってやるつもりだったのに……

 私もちょっと、小鈴さんにあてられて変になってたのかしらね?

 

「さて、と……射干玉ー? いるー?」

 

『お呼びとあらば即参上!!』

 

 さすがね、ビルの影からちょっと引く勢いで"にゅるっ"と出てきたわ。

 

『ということで藍俚(あいり)殿! 原因も対処方法もわかっているようですので、どうぞプリーズ!! 先生! やっちまってくだせぇ!! でござるよ!!』

 

「誰が先生よ!? というか、あんたが片付けちゃうのは駄目なの? そのくらいできるでしょう?」

 

『いえいえいえ! そこはそれ、拙者はあくまで(いち)斬魄刀にすぎませぬ! 現状のこれは藍俚(あいり)殿の問題ですので、藍俚(あいり)殿のお力で解決せねば無作法というもの!! こちらでヌいてしまっては失礼というもの!!』

 

「……言動はともかく、理由は理解したわ。つまり、私がやらないと意味がないのね?」

 

『その通りでござるよ!!』

 

「やれやれ、それじゃあ……いるんでしょう? でてきなさい。ここは私の中の世界だもの、隠れても無駄よ」

 

 若干の頭痛を覚えながらも、虚空へ向けて声を掛けます。

 ですが、返ってきたのは沈黙でした。

 

「……力尽くで引きずり出してあげましょうか? 昼間みたいに」

「キヒヒヒヒッ!! それは勘弁して欲しいねぇ」

 

 霊圧と怒気と殺気を込めながらもう一度言えば、脅しが利いたのか単純に諦めたのか? 真っ白な存在が姿を現しました。

 見た目は大きく変わっているので声や言葉遣いからの判断ですが、間違いありません。

 

 コイツは昼間戦ったあの(ホロウ)――幸江さんの仇でもあった相手です。

 

 姿形は昼間戦ったあのイヌ科の動物然とした化け物の姿ではなく、人間のそれでした。

 けれども元々(ホロウ)は死んだ人間が化けたものなので、ある意味で当然といえば当然です。おそらくはこれが、彼女の生前の姿を模したものなのでしょう。

 まるで女山賊の頭領のような格好をしており、容姿は美人ではあるけれど冷たい。

 クールを通り越して狡猾で残忍で冷酷で自己中心的そうな印象を受けます。

 蛇のような目をした――なんて表現はきっと、彼女のためにあるんでしょう。

 また、(ホロウ)となった者の証であるかのように髪の色から肌の色まで真っ白でした。

 

「あの戦いの最中に、どうやってかは知らないけれど私の中に入ったワケね?」

「そうさ! あんたに食らい付いた時に流し込んでやったんだよ。蛇の毒みたいに(ホロウ)の霊力をね!! これをしちまうとアタシという存在そのものまでが流れ出て行っちまうから賭けだったんがねぇ……こりゃいいよ! アンタみたいな若くて美人な死神の身体を乗っ取れると思えば、気分もいい!!」

 

 ああ、そういえば噛みつかれた時に何かしてましたね。

 アレが原因か。

 相手の魂魄に自らの霊力を流し込んで無理矢理相乗りする、軒先に乗り込んできて母屋を我が物顔で乗っ取る、といったところですか?

 

「それがあなたの能力ってわけ?」

「違うさ。こいつは少し前に喰らった(ホロウ)が持ってた力でね! 味は不味かったし変な奴だったが、こうしてアタシに機会をくれた! 今にして思えば、イイ奴だったってわけさ!! キヒヒヒヒヒッ!!」

 

 ……変な奴、か……

 つまり、普通の(ホロウ)から見て異質な存在がいて、それを食った……

 …………うーん。

 誰かの差し金? それとも偶然の産物?? まさか、ねぇ……

 

「わかる、わかるよ……この世界が徐々にアタシの色に染まっている……!! あとは邪魔なアンタをぶち殺せば、この世界は全部アタシのもんだ!!」

 

 狂喜のような表情で片腕を化け物のそれに変えかと思えば、見せつけるように爪をかちかちと鳴らしています。昼間にお腹を貫かれたので、よく覚えています。

 なるほど、基本の姿は人間のまま。けれども自在に姿形を変えられる。この世界の(ホロウ)はそんなところでしょうかね。

 

「できると思う?」

「当然さね!! しゃあああああああ!!」

 

 速いですね。昼間見た時よりも更に速いと感じる速度で片手を振りかぶり、襲い掛かってきました。

 

「けどまあ、対処できないほどじゃないわ」

「なっ……!?」

 

 居合いの要領で斬魄刀を一閃。

 それだけで彼女の片腕を切り落としてやりました。

 その気になればもう一本くらい落とせましたが、とりあえずここまでで止めておきます。

 

「実力差、わかってなかったの?」

「ぐ、ぐぐぐ……!! だったら、こうだ!!」

 

 失った方とは逆の腕も怪物のそれに変じさせたかと思えば、空間を殴り始めました。

 

「こんな世界なんて! アタシの物にならないなら、ぶっ壊してやるよ!! そらそら!!」

 

 まるでその空間に見えない壁でもあるかのような勢いでガシガシと殴ります。ですが――

 

「……気は済んだ?」

「馬鹿な! なんでさ、なんで壊れない!? さっきまではあんなに簡単に……」

 

 ――幾度殴れども、今度は罅一つ入りません。

 

「そうポンポン何度も壊されるとコッチも辛いのよ。だから、ちょっと固くさせてもらったわ」

「かた……く!? 馬鹿なことを言うんじゃないよ! そんなことが出来るわけ……」

「出来るわよ、だってここは私の世界だもの。出来て当然、当たり前。私がここで射干玉と何年遊んでたと思ってるの? この世界のことは隅から隅まで知り尽くしているのよ」

 

『あ、藍俚(あいり)殿……今の言葉、拙者ちょっと感動したでござるよ! これが絆! 二人のラブラブパワーでござるな!!』

 

 ……黙ってなさい。

 

 まあ、種を明かせばこれは血装(ブルート)の応用なんだけどね。

 ちょっとこう、ぎゅううううう! っと固くなるようにすれば、割と簡単に押さえ込めました。

 今までは防御が無防備だったから簡単に良いようにされていたけれど、硬度が一気に上がった今なら、この(ホロウ)の霊圧だと砕くのに千年単位の時間が必要でしょうね。

 

「キ、キヒヒ……確かに、壊せないみたいだ……」

 

 何度殴っても無駄だと気付いたのでしょう。

 けれどもまだ何か策があるのか、手を止めて私を睨みました。

 

「けどアンタはアタシを殺せない! もうこの世界はアタシが混ざっているからねぇ。アタシを排除すればそれはこの世界の一部をも排除することになる」

「……それが何か?」

「それが何か、だと!? お高くとまってんじゃないよ!! アタシを殺せないってことは、アンタはこれからずっとアタシの影に怯え続けて生きていくのさ! 今は確かに壊せない、けれどアンタだってずっとアタシに意識を割けるわけじゃない! 油断するときが必ず来るのさ!! 飯食ってるときか、男漁っているときかは知らないけどねぇ!!」

 

 男を漁っているって……あらやだお下品。私、そういう趣味ないんだけど。

 

「その時が来るまで、アタシはここで牙を研ぎながら待ってりゃあいいのさ! さあさあ、楽しい楽しい共同生活と行こうじゃないか!!」

 

 なるほど。

 口調は下衆の匂いがぷんぷんですが、言ってることは筋が通っています。

 

 既に私の魂魄はこの(ホロウ)と混ざり合って、一つになっています。

 この状態を元に戻す――もう一度純粋な死神と(ホロウ)に分けるというのは、それこそ"カフェオレからコーヒーとミルクを分離する"ようなものです。

 不可能、とは言いませんが無茶苦茶困難ですよね。

 

 なので。

 この関係性で支配権を握り続けるには、まず内なる(ホロウ)を屈服させる必要があります。

 けれども内なる(ホロウ)は主存在たる死神から身体の支配権を奪い取れるように、虎視眈々と狙い続けています。

 意識を完全に奪われないように、けれども(ホロウ)としての力を自分の意志で使えるように。

 そんな感じが、仮面の軍勢(ヴァイザード)(ホロウ)化した時の状態だったはずです、確か。

 なので私も同じように、この(ホロウ)を屈服させて従える必要があります。そうすれば私も、命を狙われつつも(ホロウ)化という新しい能力を得られます。

 

 

 

 普通ならば。

 

 

 

「共同生活、ねぇ……」

 

 全ては、知らなかったのが敗因よね。

 

「なら同じ世界に住む者、同士交流を深めた方が良いんじゃない?」

 

 こっちには私に勝るとも劣らない、変態真っ黒ゴムボールがいるのよ?

 

「ねえ、射干玉(ぬばたま)?」

 

『むっっっっほおおおおおおぉっぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』

 

「ひいいっ!? な、なんだいこれは!?!?」

 

 私が名前を呼ぶと、待っていましたと言わんばかりに真っ黒い奔流が間欠泉のように吹き上がり、周囲一面に黒い雨を降らせました。

 雨粒一つ一つがぐねぐねと寄り添い合いくっつき合って、じわじわと巨大な一つの塊へと変身していきます。

 その様子があまりにも異質だったのでしょう。(ホロウ)は怯えたような声を上げて身を竦ませました。

 

「紹介するわね、この子は射干玉。私の斬魄刀で、あなたにとってはこの世界の先輩に当たる存在よ」

「ざ、斬魄刀だって!? この生々しい黒い肉塊みたいなのがかい!?」

 

 あらら、そんなに嫌わないであげてよ。

 今ちょっと、ちょーーーっっっっとだけ、これから起こることを妄想して抑えきれずにびくんびくん先走ってるだけだから。

 あと、仲良くしてあげないと後々辛いわよ?

 

「ねえ、射干玉。ちょっとだけ確認していい?」

 

『なんでござりましょうか!?』

 

「この状態はもう、私は(ホロウ)を屈服させたと判断してもいいわよね?」

 

『当然でござる!!!』

 

「じゃあもう、あなたが手を出しても一切問題はないわよね?」

 

『無論でござる!!!!』

 

「言質は取ったわよ……それじゃあ射干玉、あとはよろしく(・・・・)ね」

 

 よ ろ し く

 

 このたった四文字の言葉に込められた意味を、射干玉はどうやら正しすぎるほど正しく理解したみたい。

 

『キタコレ!! ヒャッッハァァァーーーーーッ!! テンションMAAAAAAAAX!! やあああああああああぁぁってやるぜ!!』

 

「ぎゃああああああああっっ!!」

 

 うわぁ、酷い悲鳴ね……さっきまでの不敵で生意気な態度はどこにいったのかしら?

 まあ……この悲鳴を聞けるのって私と射干玉くらいだから……なんだっけ? あなたの悲鳴は誰にも聞こえないってキャッチコピー、あれみたいよね。

 

『フヒ! フヒヒヒヒッ! 良いのでござるか!? 良いのでござるか!? これ全部拙者の物にして良いのでござるか!? こんな素敵な!!』

 

「良いも悪いも、もうそれあなたの物よ」

 

『拙者の! 拙者だけの!! 誰にも邪魔されない!! ムホホホホッ!! (ホロウ)殿!! ここでは時間ですら拙者たちの邪魔をしませんぞ!! おお、これは失敬!! (ホロウ)殿などと不粋な呼び方でござったな!! 何か可愛い名前を考えて差し上げねば!! 急務! これは急務ですぞ!!』

 

「うーん、それじゃあ……ブラン、とか呼ぶのはどう? どこかの国の白を意味する言葉がそんな感じだったような」

 

『おおっ!! なかなか素敵な名前ではござりますなぁ!! ふひひひひ!! で、ではブブブブブ、ブラン殿!! 拙者とラブをメイクするでござるよ!! にゃんとっ! 名前を呼ぶと愛着マシマシでマジでラブなテンションアゲアゲでござるなぁっ!!』

 

「ひっ、やめろっ!! 来るな来るなああぁぁっ!!」

 

 怯えていますが、すでに射干玉は触手のように伸ばして彼女の足首に絡みついています。ああ、もうこれで逃げられませんね。

 蛇が蛙を嬲るようにじりじりと間合いを詰めていって……かと思ったら一気に飛びかかったわ。

 コールタールを更に煮詰めた様な真っ黒でドロドロの粘液がブランの身体中にぶっ掛けられて、うわぁ……ヌルヌルの液体が顔中に……髪がべっとりしてテカテカしてる……

 

「がぼっ!! が、べぇぇっ! や、やめろ! なんてこ、と……ご、ぼぼぼ……」

 

 あ、溺れた。

 私も似たような経験あるからよくわかるわぁ……あれ、物凄い辛いのよね。

 

 うわぁ……これ、酷いわね……流石は粘液生物、穴という穴から……えっ!! ちょ、ちょっと待って射干玉!! そんなところもアリなの!? そこは駄目だって!! そこ絶対入る場所じゃないから!! 入っちゃ駄目な場所だから!!!

 

「ごべっ! ごべんな……ざいぃっ!!」

 

 ……ひええっ!! 穴から!! 身体中の色んな穴から、色んな液体(・・)が漏れてる漏れてる!!

 

 え、そこまで!? そんなところまで行くの!? そんなに入っちゃうの!? ひゃぁ……人体って凄いのね……

 

「が、ばっ! あやま……あやまりまずっ!! もうっ、もう二度と、さから……がばばば……おぐううぅぅっぇぇぇっ!!」

 

 えっぐ……エグいわぁ……潰れた蛙みたいな声が……えっ!! ちょ、ちょっとそれ大丈夫なの!?

 ……そんなに膨らむんだ……うわぁ、エロ漫画みたいな光景だわ……

 でも破裂とかしないのね……人間って想像以上に丈夫なのねぇ……

 

「じ、じにばみ(死神)っ!! じにばみざま(死神様)っ!! もう逆らいまぜんっ!! 邪魔もじまぜんっ!! あやばり(謝り)あやばり(謝り)まずからっ!! なんでも、何でもじまずっ!! 何でも言うごとぎぎまず(聞きます)からっ!! たずけ……で……がば……ば……」

 

 これ、とても詳細に説明できないわね……

 ただその、蟻地獄に落とされた蟻の方がまだマシっていうか……真っ白い存在があっと言う間に真っ黒な沼に飲み込まれていって……

 無数の粘液と触手がぶわあああぁぁっ! って襲い掛かって好き放題されて……

 

『むっっほおおおおおおっっっ!! ふひひひっ!! どうしたでござるかブラン殿!! 拙者、ブラン殿の強気で生意気な態度が好みだったでござるよ!! ふひ、ふひひひっ!!』

 

 ひええ……今までで多分一番すっごい事になってる……

 

 なんていったら良いのかしら……

 

 あのね。

 人間はすごく簡単に言うと「入り口」と「出口」の二つの穴がある生き物でしょう?

 ということは、仮に"もの凄く長い紐"とかがあったら、入り口から出口まで紐を通せる。それどころか紐の長さによっては、端から端までを通してもなお余るわけで……

 

 幸江さんの仇だから容赦する気は一切無かったけれど、それでも出口からっていうのは流石にちょっとだけ同情しちゃう……

 

 ちょっ! 待ちなさい!! 二週目は、二週目は絶対無理だから!!

 

 

 

 

 

 でも何より恐いのが、アレでも死ねないのよね。

 だって彼女、そもそも私と混ざってるからそう簡単に消えられないし。

 それに射干玉は自分の能力で延々と延命させることも可能だもんね……空気だって送り込めるから窒息とかもしないし……

 

 あと彼女、さっき言ったもの。「何でも言うことを聞きます」って。じゃあ言ったことは守って貰わないとね。

 

「射干玉ー、ほどほどにしてあげなさいねー」

 

『オッフ! 藍俚(あいり)殿、ご心配痛み入りますぞ!! ですが拙者、昔から物持ちは良い方ですので!!』

 

「おごおおおおおおぉぉぉっっ!! お……!! ~~ぅ~~ッ!!!!!」

 

 獣の断末魔みたいな声が何度も何度も……うわぁ、耳を塞いでも聞こえてくる……

 

 

 

 まあ、何と言ったら良いのかしら。

 

 ブランが女性型の(ホロウ)だった、それが全部の原因よね。

 

 だから恨むなら自分を恨んでね。

 あなたの(ホロウ)の力は、私が有効活用してあげるから。

 




●前回の予告
(内なる)虚の(方が)恐怖(を感じまくって土下座しても許して貰えない)

●内なる虚との戦い
基本的には全部捏造設定&妄想描写。
なにしろ原作で描かれたのが「超特殊事例」な主人公の場面だけで。
(仮面の軍勢たちの内なる虚がもう少し描かれていればそれを参考にしたんですが)

●ブラン
一護のアレがホワイトと呼ばれていたので、そこから安直に名付け。

白は
フランス語だとblanc(ブラン(ブロン))
イタリア語だとbianco(ビアンコ)
スペイン語だとblanco(ブランコ)
……ラテン語と表現するのが一番正しいかもしれませんね。

●どうでもいい話
In space, no one can hear you scream(宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない)

(「Cry havoc and let slip the dogs of war」にするか迷いました)


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第53話 まずは仮面を被ってから

「……延々と悪夢を見られそうな光景だったのに、目覚めは凄く良いのね」

 

 目が覚めると、気分はすっきり爽快でした。

 

 とりあえず、射干玉は優しい子だということがわかりました。それが一般的な"優しさ"の範疇に含まれるかは知りませんが。

 

 さて目が覚めたのは良いんですが……ここどこ……?

 ……あ、そうそう。確か玄関先で刃禅したんだったわ。

 

 こういう内なる(ホロウ)の相手をしている最中って、大暴れするんじゃなかったかしら?

 なんだか遠い昔の記憶にそういうのを朧気に覚えているようないないような。被害が無いならそれに超したことはないけどね。

 

「ま、どうでもいいか」

 

 外を見れば朝靄が掛かっていて、お日様がちょっとだけ顔を出しているくらい。

 物凄い早朝ですね。

 ただ肉体的には一晩中刃禅していたことになっていたので、ちょっとお尻が痛いです。

 

「今日はお仕事もあるし、朝湯しちゃおうっと」

 

 昨日の血糊とかも残ってますからね。ちゃんとお風呂に入ってお洗濯しておかないと。

 汚い格好で四番隊――綜合救護詰所に行くなんて、言語道断です。

 

 あ、そうだった。リボンも破かれてたんだった。

 ……新しいのを付けておこうかしらね。

 

 

 

 

 

「みんなー、おっはようー!! 昨日はごめんね、急にお仕事を依頼されちゃって、しかもそれが霊術院時代の同期生だったから、つい時間を忘れちゃって!」

「え、湯川副隊長……?」

「どうしたんですか、そんなに元気に?」

 

 やたらハイテンションな私を見て、早番の子と夜勤の子が驚いた目をしています。

 確かに、自分でもらしくないってわかっているんですが。

 でもやたらスッキリ爽快な気分なんですよ。

 

「副隊長、おはようございます」

「虎徹十席もおはよう! 今日も一日頑張って行きましょうね!」

 

 勇音はどんどん出世しています。

 霊圧もどんどん強くなって、回道の腕もどんどん上がってて。もう十席……流石は原作キャラよね。十年後くらいには追い越されてそう。

 

「あ、手絡(てがら)を変えられたんですか?」

「ええ! 気付いてくれた? 昨日ちょっとあってね……」

「そうなんですか? でもその色も素敵ですよ」

「えへへ、ありがと!」

「……藍俚(あいり)、どうしたんですか?」

「あ! 卯ノ花隊長おはようございます!! 夕べはすみません! 旧友と再会したり盛り上がったりしちゃってて!!」

「そ、そうですか……」

 

 とても珍しい、私を見てちょっと引く隊長の姿が見られました。

 

 

 

 

 

「これ、完全に射干玉のテンションに影響受けてたわよね……」

 

 流石に今日のアレはなかったなぁ、と反省してます。

 お仕事と残業を終えて、夜勤の子たちとのミーティングまで実施し終えた深夜、ようやく帰宅です。

 この頃になると流石にあの"わけわかんない勢い"も静まりました。

 あと、日中仕事しているときに身体の内側から聞こえてきた"獣の喘ぎ声みたいなの"も冷静になれた要因だったと思います。

 

 でも射干玉のハイテンションの影響を受けてなくても、私自身ちょっと愉しみでワクワクしていたんですよ。

 

 だって、もしかしたら(ホロウ)化できるかもしれないんですから!!

 

「……万が一のことを考えて、一応霊圧吸収部屋に入っておきましょう」

 

 あの部屋の中なら、よっぽどの事が無い限りは誰にもわかりませんからね。

 既に時間は真夜中ですので、灯りも用意しておかないと。

 それと、一応部屋の外に遮断用の結界も張っておきましょう……念のために二重で。

 これだけ準備しておけば多分大丈夫なはずです。

 

 手持ちの頼りない灯りに照らされる薄暗い室内で、まずは部屋の装置を動かします。

 うん、正常に稼働してるわね。

 

 ……それじゃ……いくわよ……

 

「……変、身ッ!」

 

 格好付けたポーズを決めるように左手を顔の前に翳して、自分の中に存在する(ホロウ)の力を身体全体へ纏うような、大きな羽織へ袖を通すような感じで霊圧を操ります。

 

 あ、台詞は別に要りません。

 でも初回サービスということで、そういうのあった方が分かり易いかなぁって思ったので言っておきました。

 

「……でき……た?」

 

 全身がうっすら何かに包まれたような、そんな感覚がしたかと思えば視界が僅かに狭くなったような――いえ、これは正しい表現ではありませんね。

 まるっきり新しい視界になって慣れなくてちょっと違和感がある。目の悪い人が初めて眼鏡を掛けた時みたいな、そんな感じです。

 

 そっと自分の顔に指を這わせれば、そこには今まで感じたこともなかった固い(めん)の感触がありました。

 

「できたのよね、これ!」

 

 さらに確かめるように二度三度と顔に触れ、そこにあるはずの(ホロウ)の仮面の存在を確かめます。

 

「どんな、どんな姿してるの私!? って、ああっ! 鏡! 鏡を持ってきてない!!」

 

 自分の顔は自分では見られない。当たり前のことですよね。

 

「……そうだ、斬魄刀で!」

 

 大昔にもやったように、刀身を鏡代わりにして自分の姿を確認します。

 

 そこに映っていたのは真っ白な仮面を被った死神()の姿でした。

 仮面のデザインですが……なんだか四角い印象ですね。

 丸みを帯びた四角形のような仮面でした。

 結構大きめなので、被ると顔の半分以上がすっぽり収まって、耳の手前まで一気に隠れてます。

 あと目の部分には横棒一本のスリットが設けられています。

 ここだけ見ると某ロボットのモノアイ部分みたいな感じですね。

 

 ただ、身体の中から溢れてくる霊圧は今までの比じゃないわ。

 軽く拳を振るったりして身体能力を確認しただけでも、今までとは動きのキレが全然違う!

 すごい! 今だったら卯ノ花隊長にだって余裕で勝て……かて……

 

 ……ごめんなさいうそですゆるしてくださいちょうしにのりましたみなづきはだめですほんとにだめですぬばたまたすけてちがちがちがいっぱいいっぱいでてきてきれてるきれてるわたしもきってるのにいっぱいきられてるなんでたいちょうそんなにつよいんですか……

 

 ……ん、んんっ!! 気を取り直していきましょう。

 

 勝てるビジョンが全然見えなかったけれど、でも一瞬そんな夢を見られる程度には強くなってるわね。

 ただこんな力を持っていることがバレたら問答無用で討伐対象にされかねないから、ギリギリまでは隠しておかないと。

 だってなんだかんだ言っても"(ホロウ)の力に染まった死神"なんだもの。バレないように慎重に慎重に。

 

 残る問題は持続時間よね。

 確か主人公も持続時間を延ばすための特訓を……してましたよね? うん、私のすり切れた記憶の中にもそういうシーンはあります。

 じゃあなんで十五時間はイケるってワードも同時に思い出したの私? 十五時間も変身していられるのに特訓をしてたっけ? いえ、特訓したから十五時間も変身していられるってことだったかしら?

 やっぱり主人公って規格外なのね。半日以上もこの仮面被り続けているっていうのは、私にはちょっと……

 

 あれ、意外とできそう。

 

 今って(ホロウ)の力が全面に出ている、つまり内なる(ホロウ)の影響力が強いのよね? だから危険なはずなのよね??

 でも全然苦しくないし、身体が軽くてストレス皆無よ。

 

 ……なんで? 相性が良すぎないコレ??

 

 うーん……??? どのみち、この狭い部屋の中じゃ出来ることは限界があるし。

 今度の非番の日にでも思いっきり遠くまで足を伸ばして、実際にどれだけ動けるのか試してみようかしらね。

 

 なにより、変身にはもう一段階あったはずですし。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

虚閃(セロ)!」

 

 待ちに待った非番の日です。ちなみに一ヶ月くらい待ちました。

 仕事が溜まっていたり、本業の方(マッサージ)が予約されていたりと、結構忙しかったので。予約を私の都合で断るわけにもいきませんからね。

 

 それらを全て片付け終えた現在、用心のためにびっくりするくらい遠出してから、仮面を被って能力の確認中です。

 

 試しに虚閃(セロ)を撃ってみましたが、驚くほどスムーズです。それでいて威力も格段に強くなっています。

 死神が鬼道を使って実現している攻撃方法を(ホロウ)破面(アランカル)はこうやって簡単にやってのけるわけですからね。そりゃ強いわけですよ。

 

 ただ死神は鬼道を組み合わせることで多彩に出来ますから。

 何事も使いようですね。

 

「……虚閃(セロ)虚弾(バラ)に鬼道を組み合わせるって出来るのかしら? こう、燃える虚弾(バラ)を連射するみたいな」

 

 ふと思いつきましたが、結構難しそうですね。

 虚閃(セロ)虚弾(バラ)は割とそれ自体で完成している能力なので、拡張性が低いんですよね。使い手の実力が威力に直結する技ですから。

 

「やっぱり使い分けが重要ってことね」

 

 斬魄刀をぶんぶん振り回しながらそう結論づけました。

 こちらも動きやすさが段違いです。

 これなら卯ノ花隊長に剣術だけで勝てるかも知れないという淡い夢を心の片隅で思い描いても仕方ない程度には調子に乗れます。

 

 だってあの人、素の身体能力もえげつないのに剣術も色々知ってますから。

 仮に隊長を圧倒するだけの身体能力で挑めたとしても、間違いなく技術で圧倒されて確実に殺されます。むしろ身体能力だけの脳筋なんてあの人の格好の餌食ですよ。

 あれを身体能力だけで倒せたら本物の化け物ですね。

 

 しかも私のマッサージで強化されましたし……もう世界最強なんじゃないですか??

 

 ……あ! 忘れるところだった。

 射干玉、そっちの調子はどう?

 

『おお、藍俚(あいり)殿! ここのところお話出来ずに申し訳ございませぬ!! いやはやブラン殿が中々離してくれませぬので』

 

 一ヶ月も時間があったおかげか、ブランは射干玉とすっかり仲良くなりました。

 ブランは基本的には従順な態度を取ります。

 が、彼女は賢いので。

 従順に見せかけた生意気な態度を取ってみせる演技をすることで、ご主人様(ぬばたま)の興味を引いてはじゃれあっています。

 飽きさせない工夫ってやつですね。

 

 ……うん、あれはじゃれあっているだけ。遊んでいるだけ。何も問題はないわ。

 一ヶ月も経つと流石に見慣れました。

 人間って色々(・・)と慣れる生き物なんですね。

 

『ですがこうして人数が増えると、次なる欲が出てきてしまいますな! 藍俚(あいり)殿! もう少し女性型の(ホロウ)を取り込めませぬでしょうか? できればあと十一人くらい』

 

 できるかっ!! どこの懐かしのギャルゲーよ!! 大体そんなにいっぱい入ってきたら、お腹がパンクするわよ!!

 

『っ!! 藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!! 今の台詞、お腹がパンクするという台詞をもう一度!! もそっと、もそっとエロく! スケベな感じで色っぽく言ってくださいませぬか!?』

 

 ……は? えーっと……こ、こんな感じ?

 

 ……んっ、だめぇ……そんなにいっぱい入らないからぁ……私のお腹、パンクしちゃう……もう許してぇ……んくっ……

 

『むほおおおおおおぉぉっ!! たまんねえぇぇっ!!』

 

 ……神様、今からでもチェンジってOKですか?

 

『呼びましたかな?』

 

 そういやこの子も神様だった!!

 

 

 

 

 

 (ホロウ)化。

 

 それは、一つの魂魄に(ホロウ)の魂魄を流し込み、その上で魂魄間の境界を破壊することによって高次の魂魄へと昇華させるという試みである。

 

 だがそれはとてもとても困難な事例だ。

 

 ここに魂魄という名のグラスが存在している。

 グラスには仕切りが入っていて、片側にだけ水が入っている。

 (ホロウ)の魂魄という名の力で仕切りを壊せば、グラスは広くなる。その結果、広くなった分だけさらに水を注ぎ込めるようになることで高い次元に至れるようになる。

 

 大雑把な表現だが、これが(ホロウ)化の理想型だ。

 

 だが(ホロウ)の力というものはそれほど単純なものでもなければ、扱いやすいものでもなかった。

 注がれていた水と勝手に混ざり合い、グラスの中の主として振る舞おうとする。そして混ざり合った液体はやがてはグラスそのものを破壊してしまう。

 魂魄と外界との境界すら破壊し、その存在そのものを自滅させてしまうのだ。

 

 これを防ぐのに、浦原喜助は人間と滅却師(クインシー)の力を利用した。

 (ホロウ)の力が魂魄を破壊させるというのなら、それぞれを相反する力で引き戻せばバランスが取れ、崩壊を防ぐことも可能という発想だ。

 作中で語られることはなかったが、おそらくは藍染惣右介が東仙要を(ホロウ)化させた際にも似たようなことを行ったのだろう。

 

 ――つまりは、前述の方法で防ぐか。そうでなければ黒崎一護のように、生まれながらにして特異な体質をもっている者でなければ、(ホロウ)化はいずれ自滅に至るのが必定ということになる。

 

 

 

 だが、何事にも例外というものは存在する。

 

 

 

 グラスが割れるのは、それが薄いガラスで出来ているからだ。

 グラスが割れるのは、グラスを破壊するほど暴れる者がいるからだ。

 

 ならばガラスの厚みそのものを分厚くすればどうだろう? 両腕で抱えるのも困難なほどの厚みを持ったグラスならば、仮に何万トンもの圧力が掛かっても割れないのではないだろうか?

 

 グラスの外周を強固な金属で固めるというのはどうだろう? 仮にグラスそのものが割れても、中の液体は飛び散ることなく形を保ち続けるのではないだろうか?

 

 暴れん坊に、グラスを割ってはいけないと教えればどうだろう。そもそも暴れなければ、グラスが割れることもないのではないだろうか?

 

 

 

 たとえば何百年もの間、幾度も幾度も死に直面するような修行を続けることで内側を強固にするような。

 

 たとえば何百年もの間、過剰な霊圧を纏い負荷を掛け続けることで自身の身体を強固にするような。

 

 たとえば内なる(ホロウ)を徹底的に躾けて、絶対忠誠を誓うほど柔順にできれば。

 

 

 

 方法を聞けば、おそらくは浦原喜助も藍染惣右介も口を揃えて「時間の無駄、無意味、非効率、試す価値もない、出来るわけがない」と切って捨てることだろう。

 

 だが、そんな愚直で気の遠くなるような時間を費やした者だけしか到達しえない光景が、時に存在する。

 

 

 

 すなわち。

 

 

 

 魂魄が壊れるのなら、壊れなくなるくらい外側をガッチガチに固めて強化すればいいじゃない。

 (ホロウ)の力が制御出来ないなら、その(ホロウ)を徹底的に調教して心を折って言うことを聞かせればいいじゃない。

 

 

 

 まるで笑い話にもならない、短絡的な理屈。

 けれど人知れず、現時点では余人の目に触れることもなく、そんな奇跡のような方法を成功させてしまった実例が存在していたこともまた事実だった。

 

 尤もその当事者は、自分がそんな奇跡の末に成り立っていることなど知るよしもなかったのだが。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 うーん……っ! 疲れたけれど、イイ経験になったわ!!

 

 既にお日様は殆ど沈み、薄暗くなった瀞霊廷を私は一人家路に向かっています。

 基本的な能力は一通り試し終えましたし、残る課題は霊圧吸収部屋でも実験できるはずですから。

 

 なんて言いましたっけ……えーっと……ほらあの、破面(アランカル)が変身するアレ! 次はアレをやってみたいんですよ!!

 

 れ、れす……なんだっけ? ああもう! 横文字嫌い!! 

 

「おや、湯川副隊長。お疲れ様です」

「あら藍染副隊長、お疲れ様です」

 

 挨拶されたので、返事と会釈をしておきます。

 

 れす……

 

 ……思い出した! 刀剣解放(レスレクシオン)!! 破面(アランカル)が本来の力を発揮するために変身するやつ!!

 

 よかった、すっきりしたわ! これで次からは刀剣解放(レスレクシオン)を目指して修行を……

 

 

 

 ……!?

 

 

 

 え、まさか何か探りに来てた?

 

 大丈夫……偶然だって! たまたますれ違っただけだから!

 そうよ私! 気にしたら負けよ!!

 




●平仮名だらけの部分
ごめんなさい嘘です、許してください、調子に乗りました。皆尽は駄目です、本当に駄目です。射干玉助けて、血が、血が、血がいっぱい、いっぱい出てきて斬れてる斬れてる。私も斬ってるのに、いっぱい斬られてる。なんで隊長そんなに強いんですか。

●虚化
調べていくと「普通の死神を無策で虚化させるのって無理だ。何かそれっぽい理由を付けないと身体が"ぱーん"ってなっちゃう」と気付いたので。

●15時間
これは白(ましろ)のこと。記憶がアレになってるので、一護と混同してるだけ。

●内なる虚
ちょっと生意気な態度を取ると思いっきり構って貰えると学習した。

●眼鏡を砕いた人
探り、かもしれないです。
ブランちゃんが食ったのが藍染が改造して作った虚の試作品だけど暴走して逃げちゃってて「どうなるのかな?」って観察してたら色々あって藍俚のところに来て住み着いたので「どうなったのかな?」と思ってこの一ヶ月ほど陰に日向に経過観察していたかもしれませんがそんなことよりおっぱいの方が大事なので特に気にしません。


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第54話 恥ずかしい家に行こう

藍俚(あいり)! 藍俚(あいり)はおるか!?」

 

 綜合救護詰所の玄関の方から知ってる声が聞こえてきました。

 書類仕事の手を止めて、とりあえず声のした方向を向きます。

 

「この声って……どうしてかしら、嫌な予感しかしないわ……」

 

 思わず頭を抱えますが、それはそれ。

 作成途中だった書類をキリの良いところまで仕上げてから、副官室を後にしました。

 

「おお、おったか! 緊急事態じゃ、お主の力を借してくれ!!」

 

 向かった先には予想通り、夜一さんがいました。

 なにやらよほど緊急事態なのか、詰所内に上がることもせずに玄関の前で立って待っています。

 

「夜一さん……また大前田副隊長からかくまって欲しいという相談ですか?」

「違うわ馬鹿者! そう何度も何度も同じ事を頼んだりせんわ!!」

 

 前に何度か緊急避難場所として四番隊(ウチ)を利用したことありますよね? 大前田副隊長から隠れてましたよね? 五大貴族の当主に頼まれたものだから必死で「自分は知りません」って大前田副隊長相手に涙目でシラを切っていたウチの隊士のことを忘れたとは言わせませんよ?

 

「そもそもあやつなどとっくに撒いてやったわ!」

「胸を張って言うことじゃないですよね、それ……」

 

 今の夜一さんは隠密機動の軍団長の正装をしているので、肩やら脇やら背中やらががばーっと思いっきり空いています。

 普通にしているだけで脇乳が見えるというドスケベ衣装です。

 そんな格好で胸を張ったものですから……ほら、ウチの新人隊士が顔を真っ赤にして凝視してます。

 男の子だもんね、仕方ないよね。役得だったと思って目に焼き付けておきなさい。

 滅多に見られない皆大好き褐色巨乳よ。

 

「そうではなく、お主に緊急の治療の依頼じゃ!」

「え!!」

 

 驚きました。

 まさかそんなマトモな理由で四番隊(ウチ)に来るなんて。

 

「まさか二番隊か隠密機動のどなたかが!? 患者の人数によっては四番隊からも人を出しますから……」

「そうではない! ……ええい、まどろっこしい! いいから黙ってワシに付いて来い!!」

「え、ちょ……!? 夜一さん!? て、手を引っ張らないで!!」

 

 私の手を掴んだかと思えば、有無を言わさず引っ張りながら走り出しました。

 

 ちょちょちょちょっと!! 理由、せめて理由を言ってください!!

 じゃないと途中でお仕事サボったことになっちゃう!! そうしたら卯ノ花隊長に怒られる!! そんなことになったら……

 

「誰か! 説明を!! 卯ノ花隊長に説明しておいてええええぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ……物凄い勢いで移動しながら、せめてもの抵抗とばかりに四番隊の隊舎に向けて叫んでおきました。

 誰か気の利いた子が隊長に説明してくれるといいんですが……

 

 一応、最悪の場合に備えての覚悟もしておきましょう。

 

『覚悟の準備をしておいてください! でござるな!?』

 

 はいはい、色違い色違い。

 

 とはいえどこに連れて行かれて、何をやらされるのやら……

 

 

 

 

 

 夜一さんに連れられて瀞霊廷を走り抜け、白道門(はくとうもん)を通り過ぎて。向かった先は西流魂街でした。

 どこか璃筬(りおさ)を思い出すような街の通りを駆けて行き……あれ? 付いて行ったら辺りの風景が物凄い殺風景なものになってきました。

 野原になっていて、家なんて全くないです。

 夜一さーん、これ"一地区"を超えてますよ? こっちの方角に進むと流魂街からも外れちゃうはずなんですけど……もしかして道に迷ってますか?

 

 そう言い掛けて、どうやら間違っていないということに気付きました。

 

「なにあれ……?」

「おお、見えたか」

 

 向かう先から見えてきたのは、巨大な……なにあれ……えっとエビ……? ……じゃない、(しゃちほこ)だアレ!!

 お城の天守閣に乗せられているみたいに、雄雌一対の(しゃちほこ)が向かい合って……ないわね。背中合わせ、って言って良いの? とにかく二匹が完全に逆方向を向いています……

 そしてその二匹の尻尾を結ぶようにして"志波空鶴"と書かれた旗が掛かってます。

 

 あー、なるほど。こう来ましたかぁ……

 

「どうじゃ?」

「どうじゃ、と言われましても……」

「本来なら向かい合うところを敢えて逆向きにしておくことで、見た目上は不仲そうに見えるが、実は細くとも確かな絆でしっかりと結ばれておる。ということらしいぞ」

「……すみません。私、無学なので芸術はちょっと……さっぱりわかんないです……」

 

 オブジェの向こう側には、平屋の日本家屋も見えます。とはいえその家は銭湯の煙突みたいなでっかい大砲を背負っています。

 

「わからんかったら後で本人に直接聞くと良いぞ! なんでも答えてくれるじゃろう」

「……あの芸術品はさておいて、あの家に患者がいるということでいいんでしょうか?」

「そういうことじゃ! さて……」

何奴(なにやつ)か! ……むむ、あなたは!!」

「夜一殿!? どうしてこちらへ!?」

 

 目指す家の玄関から、二人の大男が門番よろしくぬっと出てきました。どっちも濃い顔で、筋肉質な体格をしてます。

 ……こんなのいましたっけ? 覚えてません。

 

「邪魔するぞ、金彦(こがねひこ) 銀彦(しろがねひこ)。空鶴らは家におるか?」

「それは……」

「その必要はねぇよ!」

 

 金彦に銀彦って名前なんですね……言われればこんなのもいた、ような……?

 というかこの二人って双子なんでしょうか? 顔がそっくりです。

 今は名前の通り金色と銀色の服を着ているので見分けが辛うじて見分けが付きますが……二日後くらいにジャージ姿とかで出会ったら、金彦なのか銀彦なのか、はたまた幻の三人目が登場したのか、見分けが付かない自信しかありません。

 

「聞こえてんぞ、夜一!! 何しに来た!?」

「ご挨拶じゃのう、空鶴や。せっかく助っ人を連れてきてやったというのに」

「助っ人だぁ……?」

 

 金彦と銀彦を押しのけるようにして、一人の女性が出てきました。

 あ、この人は知ってます。

 

 志波空鶴。

 姓からもわかる通り五大貴族の一角、志波家の人間です。

 私の記憶が確かならば、男勝りで姉御肌な性格……姉御どころか兄貴と呼んでも良いくらい豪快な性格だったはずですが、どうやらその認識でよさそうですね。

 格好は赤を基調とした肌を露出させまくった服をしていますが――服って呼んで良いのこれ?

 袖のない薄羽織に腰巻きだけの格好で、下着とかは付けてません。しかもこの人もかなりの巨乳、夜一さんより大きいくらいの巨乳です。

 そんな人がこんな妖艶な格好をしているわけですから、深い深い胸の谷間が思いっきり見えてます。脇からも前からも見放題、ちょっと動いたら間違いなくこぼれ落ちますよ。

 目のやり場にとても困ります。

 

 さすがにジロジロ見たりしませんが……さっき夜一さんの脇乳を見て興奮してた新人隊士の子がコレを見たらどんな反応するんでしょうね。

 

『みwなwぎwっwてwきwたwああぁぁぁぁっ!! 野生の馬並みハッスルハッスル濡れまくりでござるよ!!』

 

 ……まあ、きっと多分こんな反応になるのは間違いないわね。

 

『あ、あの新人殿は藍俚(あいり)殿のおっぱいもガン見しておりましたぞ!!』

 

 うん、知ってる。視線にはばっちり気付いていたから。

 

「ふふふ、聞いて驚け……なんと医者じゃ!!」

「医者? こんなガキがか?」

 

 事態はイマイチ飲み込めませんが、夜一さんが自信満々に私を紹介してくれました。

 うわぁ……物凄い胡乱げな目で見られてる……

 あと多分、あなたの方がガキですよ。

 

 その後も二人はギャーギャーと騒ぎ合っていたので、要点をかいつまんで説明すると――

 

 ・先日、空鶴さんのご両親が倒れた。わりと危篤な状態。

 ・空鶴さんと交流のある夜一さんがそれを知った。

 ・空鶴さんと夜一さんは友達なので助けたいと思った。

 ・なので救急箱代わりに私を連れてきた。治療しろ。お前なら出来るだろ。

 

 ――ということを、後から合流してきた志波(しば) 海燕(かいえん)三席が聞き出してくれました。

 

「すみません、海燕さん。お手数掛けました」

「面倒かけたな湯川副隊長。ったく……空鶴! それに夜一もだ! お前らがバカやってたら話が進まねぇだろうが!!」

 

 海燕さんとは同じ死神同士ですから、実は顔合わせはとっくに済んでいます。

 まだ新人だった頃の彼を治療したこともありますよ。霊術院を二年で卒業した天才が来たって、四番隊がちょっと騒ぎになったりもしました。

 

 とはいえそれも昔のこと。

 現在の彼は十三番隊の三席と言う立場です。実力は副隊長クラスなのですが遠慮して三席の座を固持している。ということをウチの患者や隊士が言っていました。

 

 個人的にお話したこともありますが、この人も面倒見が良い兄貴肌な性格です。

 志波家の長男に生まれて、既に家督も譲り受けているらしく五大貴族の当主なのですが、それを感じさせない親しみ易さがあります。

 そうでなくても整った二枚目な容姿なので、女性隊士によくキャーキャー言われてます。強くて性格が良くて気配りも出来る気さくなイケメンですから、そりゃあモテますよね。

 

 なにこれ、どこの完璧主人公?

 

 海燕さんは空鶴さんの兄で長男ということは知っていましたが、この関係性を見るに夜一さんよりも年上なんですかね? 貴族の当主という立場も同格だからか、二人に物凄い勢いで説教しています。

 正座して反省させられている夜一・空鶴という珍しい光景を見られました。

 

「じゃから、ワシが説明しようと思っておったのじゃ! 空鶴は死神ではないから藍俚(あいり)の腕を知らんからな……それを空鶴のやつが!」

「んだと夜一! おれが悪いってのか!?」

「黙ってろ! 言い訳してんじゃねぇよ!!」

 

 二人の頭に仲良くゲンコツさんが落ちました。

 

「いててて……てか兄貴、なんでここに?」

「自分の親が危篤だってのに、呑気に仕事なんざしてられるか! 隊長から許可貰って飛んできたんだよ!」

「ちなみに、自分が連絡を入れさせていただきました」

 

 金彦がこっそりと挙手しながら答えます。その手には携帯電話、もとい、伝令神機が。

 

「そうだった! 私も今のうちに、せめて隊長に状況だけでも伝えておかないと」

 

 ということで、伝令神機がついに実用化しました。

 携帯電話ですよ携帯電話! これで文明人の仲間入りです!!

 なのでメールでちょっと今の状況を卯ノ花隊長に伝えておきます――

 

 "湯川です。

 突然消えてしまい申し訳ありません、四楓院隊長に有無を言わさず連れて行かれました。行き先は西流魂街の志波家でした。

 こちらに怪我人がいるので、治療を終えてから戻る予定です。

 

 追伸。

 文句は四楓院隊長宛でお願いします"

 

 ――こんなものでいいかしら。

 これを送信して、っと……便利な世の中になったわねぇ。

 

藍俚(あいり)殿の知識的には骨董品みたいなものでござりますが! ですが時代的には最先端を超えてオーパーツレベルという摩訶不思議!』

 

「海燕さん。お説教とここに連れ来られた経緯はともかく、内容はわかりました。そういうことであれば患者さんの容態を確認したいんですが……」

「ん? ああ、悪い! そうだったな、すまねぇ。厚意に甘えるみたいになっちまって……ま、とにかく入ってくれ」

 

 そうして海燕さんに促されるままに家に入ります。

 

 ああ、空鶴さんの胸の谷間を見ていたら思い出しました。

 そういえばこの家って確か地下しかなかったような……?

 と思っていたら普通の家でした。

 見た目通りの平屋で木造建築のお家です。五大貴族の屋敷にしては物凄く質素なので、それが異常と言えば異常ですが。

 なるほど、あんな変な家を作ったらそりゃお兄さん(海燕さん)に怒られますよね。

 

「でもあのオブジェは許されたってこと……?」

「ん、ああ。アレか」

 

 思わず口に出てしまった言葉を拾われました。

 

「まあ、妙ちくりんな物だってのは理解してるが、それでも空鶴の趣味みたいなもんだからな。あって邪魔になるものでもねえし、あれは許してんだよ」

 

 ……充分邪魔だと思いますが。

 

「妙ちくりんはひでぇな! かーっ、芸術オンチな兄貴はこれだから!!」

「誰が芸術オンチだ!! 今すぐあの妙な物体ぶち壊してもいいんだぞ!!」

「……仲の良い兄妹なんですね」

「うむ、歳も近いからな。ワシも弟はおるが、歳が離れすぎていてイマイチつまらん」

 

 弟!? そんなのいたんですか……

 

「っと、この部屋だ。親父、お袋、俺だ。入るぞ」

 

 さほど広くもない――貴族の屋敷という意味では――家を歩き、その一室のふすまを開けます。

 そこには二組の布団が敷かれ、一組の夫婦が並んで寝ていました。

 目を閉じて眠っているようですが、その顔色はお世辞にもよくありません。視診した限りですが、片方は病気による衰弱。もう片方は過労のようですね。

 見た目はどちらもそこそこお歳を召しており、今は病のこともあってか大分くたびれた容姿をしています。ですがさすがはこの兄妹の親ですね、それでもなお美男美女です。

 

「寝てんのか……」

「はい。薬草を煎じた物を飲ませていますが、お二人とも日に日に食が細くなっていまして……」

「この数日で急に具合が悪くなっちまって……兄貴に知らせるのが遅れちまったんだ……すまねぇ!! この通りだ!!」

 

 ガバッと勢いよく空鶴さんが頭を下げて謝りました。

 こういう竹を割ったみたいな思い切りの良い性格は好感が持てますよね。

 

「ってことらしい。元々そこまで身体の丈夫な方でもなかったんだが、どうやら見ての通りらしい……なんとかなるか?」

「どれどれ、少し失礼します」

 

 掛け布団をどけて、寝間着の上から二人を少し触診。顔色なんかを見つつ、同時に霊圧照射で身体の内側を調べます。

 体温、脈拍、心音なんかも……ふんふん、こんな感じね。

 

 結構危険で厄介な状態ね。

 でもこれなら……あ、射干玉も少しは協力しなさい。

 

『ええー、そちらの未亡人風な女性ならともかく。こっちの結構ダンディなおじさんには最低限のやる気しか出ないでござるよ……』

 

 最低限で良いから、それを出せって言ってるのよ!

 

『仕方ないにゃあ……でござる』

 

「回道を使います。まずは旦那さんの方から」

 

 気を取り直して。霊圧を放ち、全力で回道を唱えます。

 海燕さんらの言うように、元々あまり身体が丈夫ではない。罹病しやすい方だったみたいね。だから病気でも結構一気に症状が出たみたい。

 病魔そのものも結構重いものではあるんだけれど、これは治せるから問題なし。

 

 ただ根本的に対処するためには病気対策だけじゃなくて、体質改善も必要になるわね。

 だから射干玉、最低限でいいから協力しなさい。

 拒否権はないわよ。

 

 っと、こんなものね。一通り回道を使って病気を治しました。

 

 奥さんの方も同じです。

 こちらは割と普通の身体ですが、旦那さんを気遣い過ぎているのが主な原因ですね。むしろ精神的に弱い人だから、旦那さんが弱るとそのまま悪影響を受けやすい。そこでさらに看病に気を遣いすぎるのでダメージを普通より多く受けて過労で倒れちゃう。

 といったところでしょうか。

 

 なのでこっちも回道を――と、こんなものですね。

 

「終わりました」

「えっ!?」

「なにっ!?」

「「もうですかな!?」」

「流石は藍俚(あいり)じゃな」

 

 一瞥すれば、それまでの白い顔が嘘のように頬が赤みがかっています。

 苦しそうだった寝息も規則正しい落ち着いたものになっていて、素人目に見てもわかるくらい元気になってますね。

 

「親父、お袋……!」

「兄貴! おれにも見せて……本当だ……」

 

 兄妹もそれがわかったんでしょう。

 両親の顔を見比べながら安堵の笑みを浮かべています。

 

「病魔は取り除いておきました。ただ、旦那さんの方は元々の病弱さが、奥さんの方は身体が疲弊しきっていたのが災いしているので二、三日は安静に。起きたら食事と軽い運動をさせて少しずつ元気を――わっ!?」

「……すまねぇ! 藍俚(あいり)って言ってたよな!? 疑ったりしてホントにすまねぇ!!」

 

 よっぽど感激したんでしょうか? 空鶴さんは両手(・・)で私の手を掴むとぶんぶん振り回して感謝の意を示してきました。

 なお、勢いよく振り回しているから胸元も大変な事になっています。

 

「く、空鶴さん!? わかりましたから、手を……」

「水臭ぇな! 大恩人相手に"さん"付けで呼ばれたんじゃ擽ったくて仕方ねぇ!! 空鶴って呼んでくれ! おれも藍俚(あいり)って呼ぶぞ?」

「オメーはよぉ……恩人相手ならお前の方が"さん"付けで呼ぶべきだろうが……」

 

 さらにブンブン手を振られます。

 海燕さんもほっとしてますね。怒っているように見えますが、目がちょっと潤んでいるのがわかります。

 

「あの、それよりも。聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「確かに大病でしたが、これなら瀞霊廷の医者に頼めばなんとかなったのではないかと……そっちに頼むことは出来なかったんですか?」

「あー、そのことか……」

 

 どうしたものか、といった様子で海燕さんは頭をボリボリ掻きました。

 

「まあ志波家(ウチ)は五大貴族なんて大層な呼ばれ方こそしてるが、他の家からはどうにも嫌われててな。顔も知らない先祖が流魂街に家を建てたのを始めに色々と所謂(いわゆる)"貴族らしくない"んだ」

「"貴族らしくない"ですか……」

 

 なんとなくはわかりますね。この二人だけを見ても、自由奔放ですから。

 ……あれ、それに負けず劣らず奔放な人もいますよね。そこの褐色のドスケベな人。

 

「そのせいでちょいと目を付けられててよ。扱いなんて下級貴族以下なんだぜ?」

「え……と……つまり、それが原因で?」

「そういうこった」

「べつにおれたちだけなら問題はねぇけどよ。下手にちゃんとした医者を呼ぶと、今度はそいつが目を付けられちまう。そんなことになったら申し訳が立たねぇんだよ!」

 

 貴族同士の面倒なやりとり。

 関係者にそのしわ寄せが行かないように気を遣っていたってことですか。

 やたら男前な空鶴さん……いえ、空鶴の言葉を頷きながら聞きます。

 

 ……ん?

 

 ……ちょっと待ってください。

 

「……あの夜一さん?」

「なんじゃ?」

「この事情って、夜一さんもご存じでしたよね?」

「うむ!」

 

 うむ! じゃないでしょうが!!

 腕組みしながら胸を張って自慢げに言うことですか!!

 

『ですが腕組みのおかげで、褐色の素敵なおまんじゅうがむにゅっと潰れておりますぞ!! いやぁ、眼福眼福! コレを見ることが出来ただけでも充分許せますな!!』

 

 ……一瞬同意しかけた自分が恥ずかしい。

 

「じゃがお主なら何も問題はあるまい? そういった権力争いとは縁遠いし、何よりお主のところは隊長があの卯ノ花じゃぞ? 何を心配する必要がある? なぁに、それでも不安じゃったら四楓院家(ワシの家)で守ってやるわい」

「……四番隊の他の隊士は関係ない、私個人が勝手に動いたこと。ということで話をつけておいてください。そこさえハッキリして貰えれば問題はないです」

 

 仮に暗殺者が何人来ても一瞬で返り討ちに出来る自信はありますけれど、四番隊の皆に迷惑をかけるのだけは駄目、絶対に駄目。

 

『らめぇ、絶対!』

 

「任せておけ! と言いたいが、心配せんでも大丈夫じゃろ! これは家としてではなく、あくまで個人間の知り合いが動いた結果じゃからな! まあ目は光らせておくが……」

「その辺の事情は詳しくないので、お任せします」

 

 一応、そういう目算もあったしアフターケアもしてくれる予定だったのね。

 ならこれ以上の文句も無いわ。

 

「では、治療もお話も済んだので私はこれで。あとはご家族でゆっくりと……」

 

 お(いとま)しようと立ち上がると、兄妹に大慌てで止められました。

 

「おいおい待て待て!! せっかくの恩人をこのまま帰すわけには行かねぇよ!!」

「このまま礼の一つも出来ねぇんじゃ、おれの気が済まねぇ! 金彦、銀彦! もてなしの準備だ!!」

「「はっ!!」」

 

 という感じで、二人はあっと言う間に消えていきました。

 

 それどころか夜一さんまでもが私の肩をガシッと掴み――

 

「そうじゃぞ、泊まっていかんか! 今夜は帰さんぞ?」

 

 ――そう言った夜一さんは、すっごく悪い笑顔を浮かべていました。

 




海燕に怒られてションボリ正座してる空鶴と夜一。
なんとなく良い絵になりそうですね(苦笑)

●志波家と夜一さんの関係
まあ、大貴族同士ですから。普通に知り合いになったんだと思います。
同性で歳も近くて性格もウマが合いそうですから。
(夜一さんが屋敷を抜け出して志波家で空鶴と酒飲んで馬鹿騒ぎして、海燕に怒られる。そんなパターンがいっぱいあったんじゃないかと妄想)

●志波空鶴
原作でも
「この人死神やってたの?」「なにやら零番隊と絡みがあるの? どういう関係だったの? 五大貴族のご先祖様繋がり?」「なんで隻腕なの? 何かあったの?」「その格好エロすぎませんか?」「そのおっぱいは素晴らしいですね。登場時点では夜一さんが人間になる前だったから、絶対お色気枠でレギュラーになると思ってたのに」
と謎だらけの人。

とりあえず拙作中では――
「死神にはなっていない(兄貴が死神やってるし、なるつもりもない)」
「死神ではないが生来霊圧が高くて結構強い(+自己流(喧嘩等)で鍛えてる)」
「志波家の秘伝の技術や鬼道が使える(代々受け継がれてきた物がある)」
(鬼道は死神と同じ物を知ってる+それ以上に色んな術を使える≒下手な席官より強い)
「(今のところ)隻腕ではない」
「流魂街の顔役ではあるが、あのオブジェが原因で微妙に敬遠されてる」

――としています。
(本文中で上記を表現しきれなさそうだったので備忘的に記載)

●誰か足りませんよね?
気のせいです。


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第55話 マッサージをしよう - 志波 空鶴 -

「アルハラって知ってますか?」

「なんじゃそれは? ほれ、いいから呑まんか! 主賓が歓待を受けぬのは失礼じゃぞ?」

 

 あれよあれよという間にお持てなしの準備が終わりました。

 気付けば――夜一さんのところと比べると豪華さは落ちますが――心が沢山籠もっていそうな料理が何品か、それとお酒が私たちの前へあっと言う間に並びました。

 とはいえ私はお酒は苦手なので、なんとか断ろうとしたのですが夜一さんが許してくれません。確かに歓待を受けないのは失礼なんですけど……

 あなた私が飲めないの知ってますよねぇ? まあ、一杯くらいならギリギリお付き合いしますけれど。

 

「わかりました、一杯だけですよ」

 

 そう前置きしてから、お猪口を手に取りちびちびと飲んでいきます。一気飲みなんてしたら一発で倒れますからね。

 ゆっくり時間を掛けて、ようやく飲み干しました。

 

 ……ああ、飲んじゃった……もう今日仕事できない……

 

「良い呑みっぷりじゃのう! ほれ、もう一杯」

「あっ……!」

 

 ようやく空けたと思ったらもう注がれました!!

 

「だから、もう無理なんですって! ……ひっく」

「いらねぇってんなら、おれが呑む!」

「空鶴!」

「だってよ兄貴、藍俚(あいり)は呑まねぇなら無駄だろ? ならおれが呑んだ方が酒も幸せってもんだ!」

「おお! それもそうじゃのう!! ほれ空鶴、ぐーっとやらんかぐーっと」

「へへ、悪いな」

 

 夜一さんがわざとらしい態度でお酒を渡せば、空鶴は一息でそれを飲み干しました。

 

 ……怪しい。

 

『なにやら夜一殿がわるーいわるーいことを企んでいそうでござるよ……お腹の中まで真っ黒でござる』

 

 あんたは頭の天辺からつま先まで全部真っ黒じゃない。

 

『おお、なんと! これは一本取られましたな!! このままでは拙者、ソウルがジェムって魔女になってしまうでござる!!』

 

 まあ何にせよ、これ以上お酒を飲まなくて良いのはありがたいです。こっちはこっちでお料理を頂いておきましょう。

 ……あ、この山菜の煮物美味しい。後で作り方聞こうかしら。

 

「すまねぇなぁ、馬鹿騒ぎに付き合わせちまって」

「海燕さん……いえ、大丈夫ですよ」

 

 二人の美女が酒盛りしているのを横目に、海燕さんが頭を下げてきました。

 

「妹もあれで喜んでんだ。何せ家のことはあいつが率先してやってるからよ。俺もついどっかで頼っちまってたんだ」

 

 家のこと――それは家事ではなく、志波の家に関係することってことですよね? お兄さんが死神やってるから、別の角度から助けたい。家の些事は任せておけ。っていう兄を思う気持ちのことで良いんすよね?

 失礼ですけど妹さんが炊事洗濯万事OKってイメージがこれっぽっちも湧かなくて……

 この料理だって金……銀? なんとか彦の二人が用意してましたし。

 

「んで、俺も感謝してんだ。まあほれ、一杯やってくれ」

「あの……」

 

 さっきからずっと弱いって言ってますよね? なのになんでまた注ぐんですか……? あ、でも注がれたけれど量が半分以下ですね。これならなんとか。

 

「いただきます」

 

 ……明日は二日酔いかなぁ……

 

 二人のどんちゃん騒ぎを尻目にそんなことを考えていると。

 

「まて空鶴! さすがにワシらは騒ぎすぎじゃ! まだ病人が寝とるのにこれはいかん!」

「あん? そう……か?」

「なんだ夜一? お前がそんなこと言うなんて……明日は雨でも降るんじゃねぇか?」

 

 なんでしょうか、夜一さんのこの三文芝居のような唐突な切り出し方は……あ、ようやく二杯目が飲み終わった。うー……きくわね……

 

「たしかお主の部屋はここからも離れておったな? あそこなら騒いでも問題なかろう! ということでホレ! 行くぞ!!」

「うわっ! ちょ、夜一! ひっぱるな!!」

「おいおい!」

藍俚(あいり)! お主もじゃ!!」

「えっ……!? なんで!?」

「よいではないか! なんでも現世ではこうして、女子(おなご)同士で愉しむそうじゃぞ? 女子会? とかいうそうじゃ!」

 

 女子会って……随分と時代を先取りした言葉を……

 

「ということじゃから海燕、この二人は借りていくぞ!」

「お、おい夜一! ……ま、静かでいいか」

 

 海燕さん! そこで諦めないで!! 立ち上がり掛けたのに座り直して手酌で飲まないでっ!! 料理に箸を付けないで!!

 

 あ、そのお魚美味しそう……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あの、夜一さん……もう今日は帰るの諦めましたから、寝かせて貰えますか? お酒飲んじゃったから眠くて眠くて……ひっく」

 

 空鶴さんの部屋? に連れて行かれるなり、私はそう切り出しました。

 だって視界が結構ふらふらしてますし……ああ、お酒飲んだからしゃっくりまで。

 

「いかん! それはいかんぞ藍俚(あいり)! お主にはもう一働きして貰わねばならん!!」

 

 えーっ……もう眠いのにぃ……やだ、かーえーるー……

 

「空鶴にも是非とも、お主の按摩を体験させてやりたくてのう、どうじゃ? できるか?」

「は、按摩? おれがか?」

 

 眠気が吹っ飛びました!! 大丈夫です、まだ酔ってますが眠気はありません!!

 射干玉!! 起きてる!?

 

『聞くまでもなかろうよ!! でござる!! ここで眠る馬鹿はおりませぬ!!』

 

 寝てる場合じゃないし、笹食ってる場合じゃねぇ!!

 

「できます、大丈夫です。けれど、大きめのツボか何かありますか? 最悪、からっぽの花瓶とかで構いません。何か器をください」

「む、少し待っておれ」

 

 そういうと夜一さんは徳利を一本手に持ってそのまま一気にゴクゴクと……

 

「ぷはーっ! ほれ、これで良いか?」

「はい、これなら……って、どこからそれ出したんですか!?」

「ん、ああこれか? なに、少し肴にして呑もうかと思っての。あの場からくすねておいたんじゃ」

 

 懐から徳利を取り出したかと思えば一気飲みして、それでもほんのり頬を染めたか染めないか程度とは……お酒強いなぁ。

 じゃなくて、これで器が手に入りました。それじゃ射干玉、ちょっとだけ具象化と能力使うわよ。

 

『お任せくだされ!』

 

 徳利の口に手を当てて、そこに具象化させた射干玉をとろとろ~っと流し込んでちょっと細工をすれば……

 はい、これで完成! マッサージ用のドスケベオイルです!!

 いつもの道具は家に置いたままですからね、こうやって代用します。代用とは言っても勝手知ったる自分の道具ですから、成分から効能から見た目に至るまで完全に同じ物ですよ。

 

「おい、さっきから聞いてりゃ人の意見を無視しやがって……というか、按摩だぁ? そんなもんに頼るほど、おれは別に疲れちゃいねぇぞ?」

「むふふふふ、そうは言うがな空鶴よ。これで藍俚(あいり)の按摩は死神の間でも評判なのじゃ! この前ワシも……」

「ワシも?」

 

 おっと、顔を若干赤くしながら一瞬言葉に詰まりましたよ。

 

「……ワシも体験したが、凄かったぞ! 一度試すだけの価値は充分にある!!」

「けど……」

「まどろっこしい、女は度胸と言うじゃろう!! 文句を言う前に少しだけでも体験してみんか!! ワシも手伝ってやる!」

 

 あれ、度胸は男で女は愛嬌だったような……? 

 

『そして坊主はお経でござるな!』

 

 あれよあれよという間に布団が敷かれました。

 

「よし、脱げ!」

「なんでだ!!」

「素肌に直接手を触れるから着物は余計なんじゃ! それにお主、普段から裸みたいな格好をしとるじゃろうが!」

「否定はしねぇがお前にだけは言われたくねぇな!」

 

『いえいえ、だからこそ嬉しいのですぞ!! 拙者、ここに来てから眼福と言う言葉を何度口にしたやら、もう数えきれませぬ!!』

 

 ……妹があんな格好してるのって、海燕さん(おにいちゃん)的にはどうなんでしょうね? 本人の自主性を尊重しているのか、はたまたもう諦めてるのかしら? 入れ墨までしちゃってまぁ……

 

「む! ははぁ……さてはお主、恐いのじゃろう?」

「あぁん!?」

「すまんすまん、まさか親友がこんな意気地無しじゃとは思っとらんかったわ。藍俚(あいり)、スマンの。無駄足になりそうじゃ」

「ってめぇ……上等じゃねぇか!!」

 

 明らかな挑発なのに、空鶴は分かり易く怒りマークを頭に浮かべながら来ている物を勢いよく脱ぎ捨てました。

 なんて男らしい脱ぎっぷり!

 

 チョロいわぁ……ホントにチョロいわぁ……

 

藍俚(あいり)殿もチョロかったでござるけどな!』 

 

「オラ、これでいいのか!?」

「え、ええ……ではそこに寝てください。まずはうつ伏せから」

「ん」

 

 ドスッと男らしい感じで寝ました。

 こういう反応は、今までに無かったタイプですね。

 

「ほほう、こういう風に見えるのか。これはなかなか新鮮じゃのう。白い背中が目に鮮やかで眩く……むっ、おっぱいが潰れておるではないか! これはなんとも悪目立ちしとるのう!!」

「夜一! 馬鹿な事を言ってんじゃねぇよ!!」

 

 ……ああ、なるほど。何を企んでるのかと思えば、それがしたかったんですね。

 見学(けんがく)――というより見物(けんぶつ)ですか。だからさっきも"肴にして呑む"とか言っていたのか。

 

 まあ、いいです。

 私は私で仕事をする(たのしむ)だけですから。

 

 ということで、たっぷりとオイルを手にして、まずは――

 

「ん……っ」

「ほほう!」

 

 ――足裏から開始です。

 どうにも空鶴は猜疑心を持ってますからね。なのでまずはじっくりと慣れさせて、身を委ねても問題ないと覚えさせないと。

 とろりとした油を足裏に塗りながら指先でゆっくりと指圧をしていきます。強すぎず弱すぎず、ちょうど気持ち良さを感じる程度で。

 

「へぇ……結構いいじゃねぇか……」

「にひひ、そうじゃろうそうじゃろう。ほれ、もう少し強くしてやれ」

「そう言ってるけれど、どうする空鶴?」

「ああ、構わねぇぜ」

 

 お許しが出たのでもう少し強めに。

 足の指を間を一つ一つ丁寧に擦り上げながら、ツボを押していきます。足裏に触れただけでも、かなりの健脚だというのがわかります。

 

「……っ!」

「ごめんなさい、強すぎたかしら?」

「いや、平気だ……なんていうんだ、これ……痛いけど気持ちいい、みたいな……」

「この辺とかですか?」

「おっ……! いいぜ、熱い風呂に入ったときみたいで……くぅー……っ……んっ!」

 

 ツボを刺激していくと、ちょっとだけ声が甘い感じになってきました。

 それを聞きつけたのでしょう、夜一さんの顔が少しずつにやにやしてきます。

 

「それじゃこのまま上に行きますよ」

 

 そう言いながら太腿からふくらはぎに掛けてオイルを垂らし、足首から上へ上へと揉んでいきます。

 太腿に触れると、とても柔らかかったです。肌の張りがあって、指で捏ねるとくすぐったようにひくひくと身体を震わせていました。

 

「凄いぞ空鶴、お主の腿が油に塗れて光っておる! そこに藍俚(あいり)が指でむにむにと揉むものじゃから、尻まで揺れておる!」

「うるせぇ……ぞっ!」

 

 文句を言いたそうですが、身体が快感を受け入れ始めているみたいですね。

 太腿から足の付け根を重点的に揉んでいくと、声が蕩け始めました。

 

「ん、く……ぁっ……!」

「にひひ、良いものじゃろう? ほれほれ、もっと素直になって快感を受け入れておけ! お楽しみはこれからじゃぞ!?」

 

 というと夜一さんは手酌で一杯やりました。

 

「くーっ、こんな光景で呑むというのもなかなかオツなものじゃ!!」

「てめ……ぇ、あと……でぇっ!?」

 

 恨みがましい言葉は、私が指でお尻を思いっきり強く押し込んだことで途切れました。

 

「ああ、この辺も凝ってますね」

 

 大きなお尻を両手で鷲づかみにして、ぐっと揉み解します。

 手に収まりきらないほどボリューム満点のお尻を揉みしだくと、お尻の辺りがほんのりと熱を帯びたように桜色に染まっていきました。

 

「ほうほう、指の間から尻の肉がはみ出しておるぞ? これはもう、ワシが男なら放っておかんな」

「ですよねぇ、すごいですよこれ」

「……ん、ひぅ……っっ!」

 

 夜一さんのリクエストに応えるように、何度も何度もお尻を揉んでいきます。

 ぷるぷるとしたお尻が揺れる度に空鶴の腰周りが小刻みに震えて、手の平でお尻を撫でればぷるんっと波打つようにして緩やかに形を変えました。

 

「なかなか面白そうじゃのう? どれ藍俚(あいり)、ワシにも少しやらせては貰えんか?」

「なっ、夜一!?」

「いいですよ、ではまずはここに手を当てて……力加減はわかります?」

「安心せい! お主にやられたときのようにすればよいのであろう? ふむ、こんな具合か?」

 

 見ているだけでは我慢できなくなってきたんでしょうね。

 夜一さんは身を乗り出しながら空鶴のお尻を掴むと、慣れた手つきで揉み始めました。

 

「良い感じですよ、ただもう少し丁寧に」

「む? こう、かの?」

「う……くぅ……」

「良い感じです。身体の奥の凝りを意識するようにしてあげてください」

「任せておけ!」

 

 うーん、私のそれよりも夜一さんの手つきの方がエッチですね。そのせいか空鶴が良い声を漏らし始めました。

 見ているコッチからすると、雪山のように白いお尻に褐色の指が食い込んで、その二つがオイルでぬらぬらと濡れて妖しく輝いているわけです。

 見ているだけで頭がクラクラするほどの色香が漂ってきます。

 

「じゃあ下半身は夜一さんにお任せして……」

「ふ……っ……な、なんだ?」

 

 空鶴の背中にとろーっとオイルを垂らし、背中や腰回りを重点的に揉んでいきます。

 こちらも白い肌が油に塗れて、艶っぽい雰囲気がぐーっと跳ね上がりました。

 

「私は背中から腰回りをやりますね」

 

 そう告げながら背中、肩、腰を刺激していきます。

 凝りを解すように指で押し込み、身体を柔らかくするように揉み解していきます。

 

「ん……くっ……ひっ……ああ……っ!!」

 

 お尻から太腿に掛けては夜一さんが情熱的にマッサージをしていき、腰から肩に掛けては私が真面目にマッサージをしています。

 気持ちよさと気持ちよさが全身から絶え間なく襲い掛かってきているためか、空鶴はもう我慢を忘れたように甘い吐息を口から漏らし続け、全身をビクビクと震わせます。

 ほんのり赤みがかりうっすらと汗をかいたその背中はなんとも言えない魔性の魅力を放っていました。

 

「ひゃ……うっ……んっ!!」

 

 脇腹を揉むようにしながら、胸元で潰れたおまんじゅうをこっそり指で軽く繰り返し擦ると、乙女のような可愛らしい声が聞こえてきました。

 

「やるのぉ藍俚(あいり)! じゃがワシも負けんぞ!」

「ま、待て夜いち……ぃっ!!」

「ほれほれ、どうじゃどうじゃ? ワシの術も捨てたものではなかろう!」

 

 その光景に刺激されたらしく、腿の内側へと指を這わせました。

 オイルを肌に染み込ませるようにしながら、付け根から膝までの間を何度も何度もじんわりと指で往復させていきます。

 内腿から登ってくるゾクゾクとしたような刺激に屈したらしく、空鶴はゾクリと腰を跳ね上げさせました。

 

「そろそろ前にいきますよ」

「おお、そうじゃな。そっちが本番じゃのう!」

「……っ、は……ぁ……っ! はぁ……ま、まえ……?」

 

 嬉しそうに反応する夜一さんと、それとは対照的に空鶴は呆然とした様子で言葉を絞り出します

 

「当たり前じゃろう? 背中側が済んだら次は腹の方じゃ! むしろそっちが本番じゃぞ! そらっ! ……おおっ!」

「もう……夜一さん……あらら……」

 

 楽しそうな表情を浮かべながらごろりとひっくり返すと、私たちは思わず驚きの声を漏らしました。

 

 だってそこには、昼間見た男勝りの姉御な姿などどこにもいない、無垢な乙女のような空鶴がいたのですから。

 気持ちよさと恥ずかしさが同時に襲ってきていて、感情の処理が追いつかないのでしょう。顔を真っ赤にしていて、瞳はうっすらと涙で潤んでいます。

 額には前髪が汗で貼り付き、全身からもほのかに湯気のような熱気が立ち上っていて、匂い立つような色気を醸し出していました。

 もどかしさに全身を小刻みに震わせ、けれども無言で抗議するように少しだけ頬を膨らませて、むくれた表情を浮かべています。

 

 その小動物のような様子が普段の空鶴のイメージとギャップを産んでいて、見ている方も驚くほど心が惹かれます。

 

「いいのぉ、仕上がってきたのぉ!! さて、まずはこの油じゃな?」

「夜一さん!? ああ、もういいです……引き続き下半身をお願いしますね」

「うむ! 任せておけ!!」

 

 とうとう私の許可も取らずに、オイルの入った徳利を掴むと中身をだばぁっと一気に垂らしました。

 下腹から太腿にかけてのラインが艶やかに光り始めます。

 

「ぬひひ、どうじゃ? このぬるぬるとした感触がたまらんじゃろう? ほーれほれ」

「ん……や、やぁっ……やめ……ろ……ぉっ!!」

 

 手の平で揉むようにして、下腹の辺りを揉んだり指で押し込んだりしていますね。

 鍛えられている肉体なので、だらしない脂肪とかはありませんが、それでも女性らしい丸みは充分にあります。

 そこを指でぐーっと押しているのですから、自然とその下腹の奥が刺激されるわけです。おへその下辺りを何度も指で刺激されて、なんとも熱の秘められた声が聞こえてきます。

 

 これは負けてはいられません!

 

 なので私は上半身を。

 先程と同じ要領で手の平からオイルを生み出して、空鶴に塗り込みながら揉んでいきます。上半身担当なので、肩から腕を、そして胸回りを。

 

「ふ、ぐ……ぐぅ……っ! ~~~っっ!!」

 

 仰向けに寝てもほとんど形が崩れないんですね。これはマッサージのし甲斐があります。大きなお山を上からむにっと掴んで、形を整えるように揉んでいきます。

 手の中でぷるぷると恥ずかしげに震えながら、けれどもしっかりとした弾力ですぐに元の形に戻ります。お山のてっぺんには桜色がしっかりと主張しています。

 

 奥歯をぐっと噛み締めて堪えていますが、完全に耐えるのは無理なようで顔を真っ赤にしながらされるがまま、必死で声を押し殺そうとしています。

 

『もうこれは3とP! 3という文字とPという文字が奇跡の悪魔合体でござるよ!! ペルソナってる場合じゃねぇ!!』

 

 あらら、いつもは大人しい射干玉が珍しい。

 こっちも我慢しきれなかったみたいね。

 

「やるのぉ藍俚(あいり)! ワシも負けてはおれん!! 確か、この辺の付け根の辺りを……こう、じゃったかな?」

 

 体験したリンパの流れをそのまま試すように、下半身をぐっと揉んでいきます。それだけでビクビクと全身を小刻みに痙攣させて反応を見せてくれます。

 夜一さんも中々やりますね。

 では私も、この大きな胸の下の方から上に向かって、天辺を指の腹で軽く擦るようにしてマッサージしていきますよ。

 

「お……っ……んんっ! や、やめ……夜一っ!! 藍俚(あいり)もっ!! 本当に、やめ……ぇぇっ!! がま、ん……が……っ! で、出……~~っっ!!」

 

 とうとう切羽詰まった叫び声が空鶴の口から響いた、その時でした。

 

「オイ、うるせぇぞ!! 女同士だからってもう少し静かに……し、と……け……」

「あ」

「あ!」

「あ……?」

 

『あ! でござる!!』

 

 ガラッと襖が開き、そこには不機嫌な海燕さんが。

 ですがこの光景は予想外だったのでしょう。何度も目をパチパチさせています。

 

「悪ぃ、邪魔したな……じゃねぇよ!! 何やってんだお前ぇらぁ!!」

 

 そっと襖を閉じかけて、思い直したように再度ガラッといきました。

 

 

 

 

 

 

 三人揃って物凄く怒られました。

 

 連帯責任ってやつです。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 と、マッサージはここで終わりなのですが。

 お話自体はもう少し続きまして。

 

「……はぁ!? あの、海燕さん……もう一回言って貰えますか?」

「だから、弟が生まれたんだよ」

 

 若干照れくさそうに言う海燕さんですが、二回聞いてもその内容は変わりませんでした。

 

岩鷲(がんじゅ)って名前でな。こうして弟が無事に生まれたのもお前のおかげだ! あの時もそうだが、改めて礼を言わせてくれ!!」

「そ、それはどうも……」

 

 お礼を言われましたが、はてさてどう反応して良いのやら……

 

 ご両親を治療した後も三ヶ月くらいは、暇を見つけては海燕さんから容態を聞いたり家を訪ねて直接問診したりしていました。

 その結果問題なしと判断して、それ以降は特に何かするわけでもなかったのですが……

 

 まさかこんなオチが待っていたなんて……

 病気の時に調べた限りでは全く妊娠なんてしていなかったので、ということは完治した後に作ったってことですから……

 

 ちょっと元気にさせすぎましたかね?

 

「今度暇があったら、弟を抱きにでも来てくれよ!」

 

 あ!

 あの時のことは両成敗というかなんというか、お説教が終わったのですっかり水に流されています。こういうスッパリとした性格なのも二人の魅力ですよね。

 なので志波家との関係は良好です。

 まだ赤ん坊の弟を"抱きに来い"と誘われるくらいには。

 

 ……まあ、何度か顔を出すくらいはしておきましょうか。

 

 ちなみに。

 空鶴はあれから恥ずかしがってマッサージはさせてくれなくなりました。

 

 ちょっと残念です。

 




●実況・解説・助手:四楓院夜一
お仲間を増やしたかった模様。

●お説教
妹に手を出されたら、そりゃまあ怒られますよ。

●何かおかしくないですか?
Q.岩鷲ってこのタイミングで生まれたの?
  だとすると原作では病人が子供作ったことになるよ?

A.(原作で描写がないので)わかりません。
  なので「(原作では)岩鷲が生まれてから病に親が倒れた」や
  「(オリ主がいなくても)海燕のツテで何とか治せた」と可能性は無限です。
  そんなことより空鶴さんのおっぱいだ。


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第56話 十二番隊新隊長と魂魄消失事件

 その日、護廷十三隊の各隊――とある一部を除く――は、朝早くから奇妙な緊張感に包まれていた。

 独特と表現しても良いかも知れない。

 例えるならそれは、祭りの当日。祭事が開催されるのを今か今かと待っているような、そんな何とも言えない雰囲気だ。

 

「隊長、少し早いですがそろそろ向かいましょうか?」

「そうですね。変にお待たせするよりは、こちらが待っていた方がよほどマシです」

 

 四番隊副隊長 湯川 藍俚(あいり)の言葉に、同隊隊長 卯ノ花 烈は柔和な笑みを浮かべながら頷いた。

 

「けれども。まさか、三年前に続いてまたなんて思いもしませんでした」

 

 目的地への道すがら、藍俚(あいり)はなんとなくそう切り出す。

 

「……変革の時が来ているのかも知れません」

「変革、ですか……?」

「ええ。以前にも何度かあったでしょう? 歴史の節目――とでも呼ぶべきでしょうかね。良きにつけ悪きにつけ、この世界そのものに大きな影響を及ぼすような何かが起こる……そんな時期が」

「はぁ……」

 

 卯ノ花のそれは抽象的な物言いではあったが、藍俚(あいり)には何度か思い当たる事例があった。

 例えば今から百年ほど前に起きた、死神たちによる滅却師(クインシー)殲滅作戦などがそうだ。あの時には結果として、護廷十三隊の顔ぶれが大きく変わった。

 今回もまた、そんなことが起きるかも知れない。

 

「ですが今日は、新隊長の就任を素直に祝っておきましょう。何より相手はあなたの知り合いでもあるのでしょう?」

「ええ、そうなんです。四番隊に洗濯機や冷蔵庫を作ってくれましたし、伝令神機だって! ただ本人はちょっと……変わった性格をしていますけれどね……」

「あれらは本当に助かりましたね。そういった功績もあったからこそ、今回の結果も納得というもの」

 

 卯ノ花は"それは当然の結果だ"と言わんばかりに頷く。 

 

「儀が終わったら、改めて祝いの席でも設けてあげたらどうです?」

「それも良いかもしれませんね。でも、何か考えがあるみたいですし日を改めた方がよいかも……あ、見えてきましたね」

 

 視線の先にあるのは"(いち)"という文字が刻まれた巨大な扉、そしてその扉を誇るに相応しいだけの威容を誇る建築物があった。

 

 真央区・一番隊舎。

 

 本日この場所には各隊の隊長・副隊長が集まり、新隊長就任に伴う新任の儀が執り行われようとしていた。

 

 

 

 

 

「あらら、お二人とも。お早いお着きで。ささ、中へどうぞ」

 

 巨大な扉がギイギイと軋むような音を立てながらゆっくりと開き、中から三人の男女が顔を出す。

 二人を出迎えたのは八番隊隊長の京楽だった。その後ろには同隊副隊長のリサと、十三番隊隊長の浮竹もいる。

 扉を開けた浮竹は、歓迎するように挨拶をしながら二人を中へと案内する。

 

「今日は随分と早い到着ですね、京楽隊長。普段であれば開始直前にならないと来ないと記憶していたのですが」

「いやぁ、そうでしたっけ? ボクはいつでもちゃんとしてるつもりなんですけどね」

「浮竹隊長は、本日はお身体の具合はいかがです?」

「ご心配どうも。でもここ最近は調子も良いので大丈夫ですよ」

「何かあったらすぐにご連絡くださいね、ウチの藍俚(あいり)を行かせますから」

 

 と、隊長たちが話をしている横では、副隊長同士もまた話に花を咲かせていた。

 

「お久しぶりです、師匠」

「リサも久しぶり。ごめんね、最近色々忙しくて。せっかくのお誘いも断ってばっかりで全然付き合えなくて……」

「ええってええって、気にせんといてください。またええ本(・・・)見つけときますから」

「楽しみにしておくわね。新刊も増えてるんでしょう?」

「そらもう」

 

 そうやって軽く近況を交わし合いながら、同時に共通の趣味についても語り合う。

 とはいえその趣味の内容は色本――俗に言うエロ本についてのことなのだが……周りからは普通に読書の話だと思われてるので、問題はない。ということにしておこう。

 

「こらこら、あんまり藍俚(あいり)ちゃんを困らせるもんじゃないよ」

 

 と、そんな話をしているところに京楽が乱入してきた。

 

「ごめんねぇ、うちのリサちゃんってばホント仕事しないで本ばっかり読んでるから……少しは藍俚(あいり)ちゃんを見習いなさいな」

「いやや!」

「あのね、普通は藍俚(あいり)ちゃんくらいお仕事してて当然なの!」

「まぁまぁお二人とも……」

 

 藍俚(あいり)が宥めようとしたところで、誰か新しい隊長たちが訪れたのだろう。扉の方から挨拶の声が聞こえてきた。

 

「あ、はーい。すみません、ちょっと行ってきますね」

 

 話の途中で中座するのを済まなそうに両手を合わせて謝ると、藍俚(あいり)は新たな来訪者を出迎えるべく扉へと向かった。

 当然、京楽とリサが残される。

 

「……リサちゃんも行っといで」

「なんでや?」

 

 当然のように動かない副官の様子に思わず苦言を漏らす京楽だったが、返ってきたのは疑問の声だった。

 その様子に彼は思わず頭を抱える。

 

「あのねぇ……ほら、あれが副隊長の正しい姿だよ。さっきだってボクに扉開けさせちゃうし、隊長を率先してこき使う副隊長がどこにいるのよ?」

「ここにおる!」

「でもそれだと、藍俚(あいり)ちゃんだけ働かせることになるよ? いいの? 師匠とか呼んでる間柄なんでしょ?」

「……それもそうやな」

 

 そこまで説得してようやく動き出した。

 上司である自分よりも他隊の副隊長を優先させるその姿を少しだけ納得のいかない目で眺める。

 

「……相変わらず、破天荒な性格だな」

「そう思うでしょう? でもね、あれで結構可愛いところもあるのよ」

 

 いわゆる"手間の掛かる子ほど可愛い"の心境で、浮竹の言葉をやんわりと否定する。

 

「ところでさあ、浮竹……藍俚(あいり)ちゃんのこと、気付いてる?」

「気付いてるって……卍解のことか? それとも霊圧のことか?」

 

 声のトーンを二段階ほど下げ、他の者には聞こえないように囁く。明らかに様子を変えた親友の姿に、浮竹もまた小さな声で答えていた。

 

「どっちも正解。だけどボクが聞いてたのは前者の方かな。ちょっと前から予兆はあったんだけど、意見が一致したとなりゃこれはもう疑いようが無いね」

「あれだけの霊圧を持っていれば、卍解を覚えたって思うのは当然だろ? 普段は抑え込んでいるけれど、その奥から感じる霊圧は到底副隊長の器じゃない。今日だって、彼女が昇進すると思ってたくらいさ」

 

 浮竹、京楽の二人にとってみれば、藍俚(あいり)のことは彼女がまだ今よりもずっと下っ端だった頃から知っている相手だ。

 明らかに立場に合わない霊圧を誇る彼女の姿を見て、幾度となく首を傾げたものだ。

 

 そんな彼女が頭角を現し始めたのは、百年ほど前から。

 一気に上位席官まで上り詰めたかと思えば、気がつけば副隊長に。そして卍解を覚えたと確信させるほどの霊圧を放っている。

 本来ならば隊長になっていてもおかしくはないのに、未だ副隊長のままだ。

 上が気付いていないというのはありえない。

 ならば何か理由があって意図的に昇進させずにいるのだろう。

 

「……山じいは知ってるのかね?」

「どうだろう? さすがに彼女も卯ノ花隊長には知らせているだろうけれど、それでも副官のままでいるってことは何か考えがあるんじゃないか?」

「ま、卍解出来るのに副隊長のままの隊士がいるってことについちゃ、山じいも強くは言えないだろうから。案外お目こぼしされてるのかもね」

「ああ、なるほど……」

 

 二人の脳裏に浮かんだのは、一番隊副隊長 雀部(ささきべ) 長次郎(ちょうじろう)の姿だった。

 彼は二人がまだ霊術院に入る前から一番隊副隊長として働いており、その実力は下手な隊長顔負けのほどだ。

 

「……浮竹、彼女の実力ってどう思う?」

「どう、とは?」

「今の隊長たちと比べて、どのくらい強いかなってこと。ま、深く考えないでいいよ。遊びの話だから」

 

 声のトーンを陽気なそれへと戻し、からからと笑いながら戯けた調子で口にする。だがそんな親友の態度とは裏腹に浮竹は真剣な表情で悩み、やがて口を開いた。

 

「……下手したら、俺よりも上……かもしれない」

「ええっ、それ本当?」

 

 目を丸くしながら尋ねれば、ゆっくりと首肯する。

 

「気が合うねぇ……ボクも自分と比較して、そう思ってたところ」

 

 そう言うとにやりと笑って見せた。

 

「あの、何かご用ですか? 京楽隊長、浮竹隊長?」

「ん、いやいや何でもないの。こっちの話」

 

 応対と案内が終わって、自分に向けられる視線に気付いたのだろう。

 小首を傾げながら尋ねる藍俚(あいり)に向けて、京楽は笑顔で手を振りながら応える。やがて彼女は、また新しくやってきた者の応対のために離れていった。 

 

「……いやはや、普通に見てるだけじゃとてもそうは思えないんだけど」

 

 京楽は再び藍俚(あいり)にこっそり目を向ける。

 

 丁度、背後から放たれたひよ里の跳び蹴りを視認せずに躱し、そのまま首根っこを掴んで口頭で注意している場面だった。

 その姿は良くある日常の一コマのような、何気ない光景でしかなかった。

 

 だが、死角から奇襲を受けたというのに相手を一瞥すらせず、当たり前のように動いて避ける。それは自然体でいられるほど霊圧知覚が身体に染みついているということ。相手を感知する能力が極限まで磨き上げられているということだ。

 

「ああいう事をサラッとやっちゃうところがねぇ……」

 

 戦闘が主任務ではないはずの四番隊で、何をどうすればあそこまで鍛え上げられるのか。

 疑問は尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後も次々と隊長たちが集まり、全隊長――十一番隊は欠席(サボり)だが――が集まり、そして最後に本日の主役がやってきた。

 七日前に、十二番隊の隊長だった曳舟 桐生が零番隊に昇進のため退位。それに伴って空席となった隊長の座には、浦原 喜助が就任。

 本日この時この儀を以て、十二番隊新隊長に任ぜられたということだ。

 

 だがそんな厳かな儀の中にあって、藍俚(あいり)だけは胸の奥に忸怩たる想いを抱いていた。

 

 何しろこの数年後、尸魂界(ソウルソサエティ)を揺るがす大事件が起こることを彼女だけは知っているのだから。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――浦原喜助の隊長就任から九年後。

 

 流魂街にて、住人の変死事件が起こる。

 それは衣服だけを残して消失するという、さながら生きたまま人の形だけを失うような怪異だった。

 

 原因究明のため九番隊が調査に出向き、異常を発見。

 十二番隊の副隊長が調査に出向くものの、その先にて調査隊に異常事態が発生。

 後続として三・五・七番隊の各隊長と八番隊副隊長、鬼道衆の副鬼道長が出向く。

 

 だが、十二番隊隊長は極秘裏に出発し、そこに大鬼道長までもが追従して現場へ。

 

 その結果。

 大鬼道長は禁術であった"時間停止"と"空間転移"の術を使った罪で。

 十二番隊隊長は(ホロウ)化と呼ばれる邪悪な実験を仲間に施した罪で。

 

 (ホロウ)化の影響を受けた隊長ら八名は、(ホロウ)として処理されることが決定される。

 

 だが刑の執行と(ホロウ)の処理が行われる直前、賊が侵入して全員の身柄を連れ去るという事件が発生。

 

 同時に、二番隊隊長が尸魂界(ソウルソサエティ)より完全に行方を眩ませる。

 

 四十六室はこの賊を四楓院夜一と断定。

 重罪人および(ホロウ)らの逃走幇助罪として、その地位を剥奪されることになる。

 

 

 

 これら全ての顛末を知ると、藍俚(あいり)は一人胸を痛めていた。

 




●何もしないの?
逆にどう絡めというのですか?
下手に動くと褐色&金髪&巨乳(ティア・ハリベル)が登場しなくなっちゃう。
(最低の理由)

この話は浮竹と京楽の「おいコイツとうとう卍解まで取得したぞ? なのに何で副隊長やってんだ? というかもう下手な隊長格より強くない??」な会話で終わってます。


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第57話 悪影響がたくさん出てくる

 浦原と夜一さんの追放に、リサたちの(ホロウ)化事件が起こってしまいました。

 

 やるせないです……

 

 いえ、下手に関わると絶対にもっと場を悪くする危険性があったので手を出せなかったのですが……知っていながら手を出せないというのは、結構心に来るものがありますね……

 知り合いが危険な目に遭うとわかっている。

 なのに手を出せないというもどかしさと、手を出すことの危険性……

 

 大体のことを知りながら、それでも綜合救護詰所で待機し続けることしか出来なかった自分の歯がゆさと来たら……

 

 ああっ!! もうっ!! あそこで全部をぶちまけたかったですよ!!

 やーいやーい、お前の始解は完全催眠!! エロ漫画御用達の能力かよっ!!

 って言いたかったですよ!!

 

 でもそうするとハリベルさんに会えないじゃないですか!!

 夜一さんに勝るとも劣らないあの褐色スケベおっぱいを見過ごすことは、私には出来ませんでした……

 

 ゴメンねリサ……煩悩に負けた弱い私を許して……

 後でいっぱいエロ本買ってあげるから……

 ハリベルさんのおっぱい揉んだら感想教えてあげるから……

 

 そもそもこういったことを天秤に掛けている時点で私にそんな資格はないわね……

 

 浦原にも"(ホロウ)化なんて内なる(ホロウ)を根性で屈服させればなんとなかるから頑張れ!!"ってメモ書きの一つでも渡してあげたかったですよ!!

 でもそんなことをしてあのメガネキラーに目を付けられたらどうなるか……

 既に私はアウトカウントが一つ点灯してると睨んでますからね。

 

『とうとう評価がキラーになったでござるか……』

 

 うん、そう……というか、射干玉はわかってたんでしょ? あのメガネキラーが身代わり使っていたことを。

 

『そうでござりますなぁ……ここ一ヶ月ほどの間、如何にも"自分は藍染でござい、頭良いぞイケメンだぞ"って感じの立ち振る舞いを、名も知らぬ禿げた隊士がやっていたのは、何度見てもテラワロス状態でした!! こんなん草に草が生えるレベルでござるよ!!』

 

 偶にすれ違った時にゲラゲラ笑ってたものね……最初聞いた時は、とうとうアンタが壊れたかと思ったわ。

 

『壊れたとは失敬な! 丈夫で長持ち安心安全設計ですぞ!! マンモスが踏んでも壊れないほどの耐久力でござるよ!!』

 

 はいはい、後で筆箱として使ってあげるから。

 そもそもアンタを壊す手段なんて……太陽に捨てるくらい? かしら……

 いやでも幾ら"特撮で強すぎる相手を倒すのに御用達"の太陽さんの力を借りても、この子は生き延びそうで恐いのよね……

 

『第一話で太陽に叩き込まれてもラスボスとして華麗に復活してみせましょうぞ!!』

 

 

 

 

 

 ということで。

 "魂魄消失事件は浦原喜助が邪悪な実験をしていたことが原因である! 彼の犠牲になった死神や流魂街の住人たちに哀悼の意を示す!! そして主犯の浦原の罪を断罪することこそが尸魂界(ソウルソサエティ)の正義である!!"

 みたいなお題目を唱えられ、この事件は一応の決着を見せました。

 

 なんだかなぁ……って感じですね。

 

 それでも中央四十六室――あ、尸魂界(ソウルソサエティ)の最高司法機関のことね。隊長でも異を唱えられないくらい権力があるのに、でも頭カチコチの自称賢者の集まり――が終了を宣言したので、この事件が話題に上がることも問題になることもありません。

 

 表向きはね。

 

 裏では、彼らが関わったこと関係する事柄の裏工作がせっせと行われています。

 要するに犯罪者が関わっていた事実を消して、無かったことにする。正義の使徒である死神がそんな犯罪者の命令を聞いていた事実はありません。

 ということに"なるように"作業が進んでいます。

 影響力の大きい物やこのまま残しておいた方が良い方向に働くと判断された物は別としても、それ以外の事柄は痕跡すら残さないように排除されたり、以前の匂いを消すことに躍起になっています。

 

 例えば浦原の作った家電製品や伝令神機は、とても有用なので残っています。

 ですが、もう歴史を紐解いても彼の名前が表立って出てくることはありません。

 

 この裏工作は夜一さんの方にも当然及んでいます。

 なので――

 

 

 

「そんなことになったんですか……」

 

 今日はあの事件が終わってから、初の往診日です。

 向かったところ「職務の前に話がある」と言われ、そこで二番隊と隠密機動の状況について教えられました。

 

「ああ、こっちの都合で悪いとは思っているんだが……」

 

 大前田副隊長は頭を掻きつつ、申し訳なさそうな口ぶりです。

 

「"往診"制度の終了、それと"指南役"の交代……ですか……」

「上の方は、隊長の痕跡を消したがっているってことでよ……ったく、だからってそこまでやるこたぁねえだろうが……!!」

「急な話ですよね……心中、お察しします」

 

 吐き捨てるような物言いは、本人も納得していないということ現れですね。だからといって、どうすることもできないわけで。

 もどかしさから、無意味とわかっていてもイラついてしまう。それがわかるので、私もあえて口を挟みません。

 

 往診制度も指南役も、夜一さんが決めた物ですからね。

 けれどその当人が犯罪者となってしまった以上は前述の通り、見栄や建前や面子という名の下にメスが入ってしまったわけです。

 

 特に指南役――つまり探蜂さんはかなり悲惨な状況になりました。

 まず彼のお役目は年内いっぱいで終了するそうです。

 夜一さんが号令をかけた結果で生まれた役職ですからね。そこに就いていたとなれば、そうなるのも仕方なし。波風が凄い勢いで吹き付けてるらしいです。

 

 ただ指南役そのものはそれほど悪い物ではないと思われたようで。

 今年いっぱいの間に、指南書と後任たりえる指南役の育成……来年お前がいなくなっても問題なく回るようにしろ。という命令が下されたとのこと。

 元々彼は"刑軍に入って働けない奴は家の者じゃない!"な(フォン)家の者です。それが指南役も首になったので、本格的に家を追放されることが決定したとのこと。

 

 更に加えて――ここからは大前田副隊長の推測混じりですが――下手すれば悪名や責任を全部被せられかねない、とのこと。

 夜一さんの分を含めて、死んで汚名を注げ。って命令されるかも知れないらしいです。

 

 

 ……そんなことしたら砕蜂が泣きますよ。

 

 

 続いて往診制度ですが。

 こちらはまだ時間的な余裕があるものの、大体十年後を目安として代わりの医師――当然ながら隠密機動の専属となる医療従事者――を育てて担当にすることで、他部隊から人を派遣してもらう現状から抜け出ようとしているらしいです。

 本来なら往診制度なんて即日廃止されても良さそうなのですが、どうも内部で"急に医師が変更されても困る!"や"新しい医師の腕が信用できない!!"とか"何で勝手に変えるんだ!現場の意見も尊重しろ!!"という声が高まってて、上もちょっと無視できなかったので時間を置いたとか。

 ……その理由の裏には"私の代わりになるようなエロい女医を呼べ!なら許可する!!"という生々しい本音が透けていた、ということを教えて貰いました……

 

 話を聞いた時、ちょっと感動しかけた私の涙を返せ。

 

『基本的には男所帯ですからなぁ……スケベ心が出ても誰も責められませぬ!! 夜一殿は健全な男性死神の股座に悪影響……いえ、影響が良すぎるでござるよ!!』

 

 とあれ、あと十年もしたら私もお役御免です。

 

「クソったれ!! 何が面子だ!! 馬鹿馬鹿しい!!」

 

 夜一さんの存在をなかったことにして、けれども彼女の手柄だけは出来るだけ横取りする……こんなの誰だって怒りますよ。

 貴族の無茶な命令は知ってるつもりでしたが今回は相手がちょっと、近すぎて憤りを覚えます……

 

「大前田副隊長は、今回の事件について夜一さんのことはどう思っていますか?」

「あん!? あの人は仕事はサボって遊びまくるが、自ら悪事に手を染めるような人じゃねぇよ。それくらいはわかる」

「ええ、私も同意見です。でも、そんな夜一さんが強硬手段に出た……」

「……何か、人には言えないような裏があるってことか……ああもう、あの人は!! せめて書き置きくらい残しといてくれりゃあ!!」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、どうしたものかと悩んでいるようです。

 

「とにかく状況はわかりました。ですが、そんな状況になっているとなると、私もあまり顔を出さない方が良いですか?」

「んー……いや、そこまでじゃねぇはずだ。その内に後任が接触してくるかも知れねぇが、しばらくの間はいつも通り頼まぁ」

「わかりました」

 

 そこで一旦話は終わりましたが、気分はなんとも憂鬱でした。

 

 

 

「……医者は暇な方が良いって言うけれどね……」

 

 診察室へと入りましたが、流石に今日の患者は片手で余るくらい少なかったです。

 

 夜一さんがいなくなって二番隊としても隠密機動としてもてんやわんやですからね。頭が突然いなくなっただけでも問題なのに、そこへ"実は犯罪者でした"なんて言われれば、弱り目に祟り目どころじゃありません。

 加えて私も夜一さんからの紹介でここに来ている身ですから。

 ここはお互いのためにも、出来るだけ接触を避けておこう――みたいな自粛ムードが漂っています。

 

「湯川様!」

「砕蜂さん!?」

 

 今日はもうこれで終わりかもしれないと思っていたところ、バタバタと外が騒がしくなったかと思えば砕蜂が飛び込んできました。

 よほど急いできたのか、はぁはぁと肩で息をしています。

 

「よかった……もう、もう来てくれないかと……」

「落ち着いて、まずはそこに座って休んでて。その間に、お茶でも煎れるから」

 

 私の顔を見て心底ホッとしたような表情を見せているということは、どう考えても夜一さんの失踪絡みですよね。

 その辺の事について、話したいことがいっぱいあるんだと思います。なので、彼女が話したいことを整理できるようにじっくり時間を掛けてお茶の用意を……

 

 ――この部屋にお茶セットの一式なんてあったのね。結構長い間使っていたのに、今日初めて知ったわ。

 普段どれだけ満員御礼だったのかしら……

 

「はい、少し冷ましてあるけれど火傷しないように気をつけてね」

「ありがとう、ございます……」

 

 両手で湯飲みを持って飲んでる姿が凄く可愛いです。

 さて、お茶の準備も整ったので彼女のお話を聞くとしましょう。

 

「それで……ここに来たって事は、夜一さんのことで良いのよね?」

 

 切り出した途端、ビクッと肩を震わせました。

 

「……急にいなくなっちゃって、罪を着せられて、悩んでいる……そんなところ?」

「……はい」

 

 今にも消えそうな小さな声で呟きました。

 

「湯川様もご存じのように、私にとって夜一様はとても大恩ある御方でした。ですが、急にいなくなってしまって……私は夜一様を信じています……信じているのに、あの方はそんな罪を犯す人じゃないって!! なのに、なのに……」

「急に、何も言わずに消えちゃったものね……」

 

 今度は力無く頷きます。

 

「夜一様は何も悪くないのに! なのにどうして、まるで夜一様がいなかったみたいに……!! それどころか、兄様まで厄介者みたいに……!! 違うって、違うってわかっているんです!! でも、今の状況は夜一様がいなくなったからだって思ってしまって!! 私は、私は……」

 

 あらら、これは重傷ね。

 確か原作だと、何も言わずにいなくなった結果、砕蜂がこじらせちゃったんだっけ?

 

 とすればこれは、そのこじらせる初期段階みたいなものかしら。

 今の彼女はなまじ探蜂さんとの絆があったから、逆にダメージも大きくなってるわね。全部夜一さんがいなくなったのが悪いって思っちゃってるわ。

 このまま放置しておくと、最悪の場合は修復不可能な程にねじ曲がりそう。

 

 流石にそれは見過ごせないわね。

 となると……

 

「ねえ、砕蜂さん。あなたは、夜一さんを信じているんでしょう?」

「……」

 

 瞳に涙を思いっきり溜めながら、少しだけ迷った後に無言で頷きました。

 頷いたものの、けれども迷った自分を嫌悪しているのでしょうか? 顔は下を向いたままです。

 

「夜一さんが連れて行ってくれなかったのが、何も声を掛けてくれなかったのはどう思った? 辛い? 寂しい? それとも腹立たしい?」

「よく、わかりません……ただ、このままだと、全てが無くなってしまいそうで……」

「だったら、強くなりましょう」

「……えっ!?」

 

 私の言葉を聞いた途端、彼女は顔を上げました。

 

「強くなって、大切な物を全部手に掴めばいいじゃない。二番隊の隊長になって、隠密機動の総司令にもなって、なくなりそうな物を全部取り戻せば良いわ」

「わ、私が隊長に!? そんなこと、できるでしょうか……」

「勿論よ!」

 

 元気づけるように彼女の肩を軽く掴みます。

 

「忘れちゃった? あなたはあの日――探蜂さんが大怪我をしたあの夜の間中、ずっと声を上げて応援し続けていた。お兄さんに危険が迫っているって直感を信じて、夜なのに一人で探しに出向いた。そんな強くて優しいあなたが、隊長になれないわけがないわ」

「あ……あれは、その……昔のことですし」

 

 口では否定していますが、顔がちょっと赤らんで来ました。

 良い傾向です。

 

「隊長になって、夜一さんの無実を証明すればいい。無実を証明した後は、夜一さんを副隊長にして、一緒に働いたっていい! お兄さんのことだって、隠密機動の頂点に立てば誰も文句は言えないわ! (フォン)家だって文句は言えなくなるわよ」

「夜一様を副隊長に!? それは……ちょっとだけ、良いかもしれません……」

 

 なにやら一瞬、百合の花が咲き乱れる幻を見たような……そんな雰囲気を出しましたよこの子。

 やっぱりどんな世界でもこの二人の組み合わせは定番なのかしら?

 

「だったら、強くなりましょう。勿論私も協力するわ。まだまだ未熟者だけど、一緒に稽古するくらいなら問題ないし。それと、お兄さんのことは任せて」

「えっ!! に、兄様を……その、任せるというのは……? ま、まさか湯川様と兄様でこ、ここ、こここここ……」

「こ……?」

「婚約を!?」

「あはは……そういうのじゃなくて……」

 

 さすがに考えが飛躍しすぎているわねぇ……

 

「一応私も副隊長だし、それなりに顔も広いつもり。だから、砕蜂さんが隊長になってもう一度探蜂さんを迎え入れるまでの間くらいなら、(フォン)家や刑軍と関係無い居場所を用意してあげられるってこと」

「ほ、本当ですか!!」

「勿論よ。まあ、まずは探蜂さんの了承を得てから――」

「お願いします!! 兄様を、兄様をどうか!!」

「――わかったわ! わかったから!!」

 

 砕蜂は必死に頭を下げ続けます。

 家族の絆を知っていて、失う恐怖に怯えていたのですから。

 そこに解決手段を提示されたら、それはまあ大なり小なり食いつきますよ。

 

 むしろ予想外にガッツリ食らい付いてて……完全に信頼されてるわよね……

 この子、ちょっと大丈夫かしら……?

 ま、まあ! 前向きになったみたいだから大丈夫……よね、きっと……

 

 

 

 さて、と……あ、探蜂さん。

 指南役の件については私も聞きました。お察しします。

 でも砕蜂さんが「偉くなってお兄さんをもう一度引っ張り上げるんだ」って張り切ってましたよ。だから楽しみに待っててあげてください。

 

 それでですね、それまでの期間の身の振り方について少々お話が。

 武術や刑軍の経験は全く活かせないんですが、それでも良ければ……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「湯川様……やっぱり素敵な方です……」

 

 藍俚(あいり)と出会ったその日の夜。

 砕蜂は昼間の会話を幾度となく反芻していた。

 

 崇拝する対象であり、全てを賭しても良いと思っていた相手がある日突然、自分に何も告げずに姿を消した。

 

 その日から、彼女の中の想いに罅が入った。

 その日から、彼女を取り巻く周囲の状況が壊れ始めた。

 

 世界は夜一のことを無かったように扱い始めた。

 掛け替えのない、決して失いたくない。失ってはいけないと思っていた兄との絆が、今まさに千切れようとしていた。

 

 そんな彼女が残った心の中で頼ったのは、藍俚(あいり)の存在だった。

 兄の命を救い、刑軍見習いとして修行を続ける自分のことを幾度となく気に掛けてくれた。願い叶って正式に刑軍に入団した時も、腕前を認められて夜一の直属となってからも気に掛け続けてくれている。

 

 けれども、ひょっとしたら、彼女もまた自分の元から離れてしまうのではないだろうか。

 ――結果として、その心配は杞憂に終わった。

 同僚が話す「診療医が今日も来た」という言葉を聞いた途端、彼女は矢も楯もたまらず駆け出していた。

 戸が壊れんばかりの勢いで入室すれば、そこには藍俚(あいり)の姿があった。

 

 彼女は自分を優しく受け入れてくれた。

 静かに話を聞いてくれて、新しい道を示してくれた。

 まだ力が足りず、自らの手で守ることの出来ない兄を代わりに守るとまで言ってくれた。

 

 その衝撃たるや、いかほどのことだっただろうか。

 

 決して簡単な事ではないはずなのに、まるで当然のことのように言ってくれた。

 

「私が隊長になって……兄様が指南役に復帰して……夜一様を副隊長に……」

 

 藍俚(あいり)の示してくれた未来を夢想する。

 

 自分の下で働けと言ったら、きっとあの人(夜一)は文句を言うだろう。でも私の方が強くなれば、そんな文句も言えない。

 いや、言わせない。

 

 絶対に、絶対にだ。

 

「ううん、夜一様はわがままばっかり言うからやっぱり三席。それで、副隊長には……えへへ……」

 

 彼女は妄想の中で、未来をほんの少しだけ修正する。

 

 ほんの少しだけ、たった二人の人物の立ち位置が入れ替わっただけだ。

 

 それが、自分が今まで絶対的な位置に存在させ続けていた相手の評価を変更した瞬間なのだと自覚せぬまま。

 変えても良いと無意識に認めたことに気付かぬまま。

 

 少女は未来に思いを馳せる。

 




●尸魂界の状況
割とこんな感じだったんではないかと。
この辺は"藍染が上手にやりすぎた"と"浦原たちの対応する時間がなさ過ぎた"
の二つが物凄く上手に噛み合ってしまったので。
鏡花水月さん便利過ぎる……

(でも仮に鏡花水月さんなくてもこのくらいやりますよね彼。
 仮にあの人の斬魄刀が土鯰だったとしても
「私は特に気の短い方ではないが、そろそろ起きようか? ああ、お早う……土鯰」
 みたいに絶対絵になるはず。
 そこから"地脈からエネルギーがドーン!"とか"まるで大地が生きているようだ!"みたいなことに絶対なる。原作小説のアレ以上に暴れてくれるはず)

●砕蜂の精神状態
弱っているところで親身に話を聞いてもらい、一緒に頑張ろうねって言われたら。
しかもそれが拗らせ実績アリな相手だったら……コロッと行きますよね。

説得されたので、夜一を憎んではいません。
ただ、彼女の中のランク付けが変動しちゃったとでも言いますか……
(また違う方向に拗らせちゃったとでも言うのかしら? ただ崇拝の対象が変わっただけかもしれません……)

ひょっとしたら"精神的な寝取り"みたいな、そんなタグを付けるべきですかね?


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第58話 一緒に修行しましょう。そして修行の後は……

 まずは前回の近況報告から。

 

 探蜂さんですが、四番隊で下働きして貰うことになりました。

 お料理を作ったりお裁縫のお手伝いしたりをして貰ってます。

 (あ、当然卯ノ花隊長には事情説明と許可取得済みです)

 住所は、過去に四番隊を辞めてお料理屋さんを開いた隊士がいまして、そこのお店にお願いして住み込みです。住み込みなのでその料理屋さんも手伝ってます。

 探蜂さんは料理が素人だったので、基礎レベルは私が仕込みました。

 

 当然ですが、本人(探蜂さん)にもちゃんと説明したんですよ。

 「匿えます。仕事も回せます。ただ刑軍と全然違う仕事だけど平気ですか?」って。そうしたら「問題ありません」って言いました。それならコッチも「じゃあそれで」といった具合に決まりました。

 結構力仕事もあるので、意外とお役に立ってるみたいです。

 

 それと。

 万が一に備えて、シラを切れるだけのカバーストーリーや刺客からの逃走経路なんかも打ち合わせはしています。

 厄介ごとを拾ってきたのは私ですので、その辺は用意しました。

 最悪の場合には、私が刺客を消します。痕跡すら残さずに。

 

『実際に消す担当は拙者でござりますぞ! できれば女性の刺客だと嬉しいでござるなぁ!! ……敵に捕まったくノ一プレイ……網タイツにラバースーツ……デュフフ……』

 

 なにやら不穏なことを言っていますが、聞かなかったことにしておいて。

 

 ということで探蜂さん――偽名を使っているので今はこの名前ではありませんが――については、こんなところです。

 

 

 

 続いて砕蜂の方ですが……

 

「その……本当に大丈夫でしょうか? 私は一応部外者なわけで……」

「大丈夫、大丈夫」

 

 四番隊用の訓練場で戸惑っている彼女を安心させるように声を掛けます。

 四番隊(ウチ)の訓練場って、規定の訓練時以外にはほとんど使われないのよね……たまに隊長が誰かと使っていることもあるけれど、それ以外は全く。

 だから人がやってくることもまずないってわけ。

 ……他の隊は自主訓練とかする子もいるわけで、だから砕蜂は"自分が使っても大丈夫なのか? 邪魔にならないのか?"と意味で聞いたけれど……四番隊(ウチ)だから……

 

「人は滅多に来ないから安心して。それじゃ、稽古を始めましょうか?」

 

 ということで、約束した強くなるために一緒にお稽古です。

 休みが上手いこと噛み合った――砕蜂は非番で私は夜勤明けだけど――ので、こうして朝から始められました。

 彼女の実力がよくわからなかったので、場所は訓練場にしておきました。

 

「とりあえず、全力で打ち込んできて貰えるかしら?」

「全力で……ですか!?」

 

 そう言うと戸惑った様子を見せます。

 

「ええ、勿論。そうでないと今の砕蜂さんの実力がわからないから」

「わ、わかりました!」

「そうそう、斬魄刀も勿論使っていいわ。文字通り全力でお願い」

「……っ!?」

 

 今度は息を飲みましたね。

 

「……わかりました。では、行きます!」

 

 流石は刑軍所属よね。

 戸惑いこそすれ、すぐに思考から感情を切り離したみたい。迷いのない瞳で私に襲い掛かってきました。

 初手は白打――つまり素手での近接戦闘術からみたい。

 小柄な体格を活かした、速度で勝負する動きを見せてきました。

 

「ふんふん……」

 

 瞬歩(しゅんぽ)を使って――ううん、これはまたちょっと違うわね。隠密機動か(フォン)家独自の歩法か何かかしら?

 相手に自分の動きを悟らせないようにしながら、拳と蹴りを流れるように放ってきます。速度も上々、夜一さんに目を掛けられて、探蜂さんに指導を受けた賜物でしょうかね?

 

「あたら……ないっ……!」

 

 とはいえ、私も卯ノ花隊長に鍛えられていますから。

 このくらいでは当たってあげられません。

 右拳、左拳……これはフェイント、こっちが本命。この蹴り、は避けられた時の為の対策ね。むしろ下手に避けた方が危険、かしら?

 踏み込んで来て? 払い、突き……

 

「くっ……!」

 

 あら、隠し武器を投げたのね。

 近接攻撃の動きに合わせて放ってる。しかも武器の影にもう一本。

 これは結構な初見殺しねぇ……

 

「よっ、と」

「掴んだ!?」

 

 投げられた二本の短刀をそれぞれ掴んで止めます。

 隊長の剣に比べたら遅すぎるし、これくらいはサービスってことで。

 

「……ならっ!」

 

 斬魄刀を抜いた、か……

 手にしたのは小太刀や脇差しのように短い――忍刀とか言うんだっけ? 取り回しがしやすそうな形状です。

 速度を活かすというのなら、これは当然ですよね

 ここから更にどうなるのかしら?

 

「あああああああっ!!」

 

 気合は良いけれど太刀筋は……ふんふん。

 速さに加えて剣と拳を巧みに織り交ぜてきてる、技巧面はかなりのものね。ただ腕力や体格で劣っているから、どうしても剣の方に意識を集中させる傾向があるみたい。

 攻撃にどんどん遠慮が無くなっているのは、稽古に身が入っている証拠かしら?

 様子見としてはこれでも充分すぎるけれど、どうせなら"全部を見たい"って思うのは当然よね。

 

「ここ」

「ああっ!?」

 

 刺突の動きに乗って動き相手の身体を掴むと、その勢いを利用して軽く投げます。

 まさか反撃してくるとは思っていなかったのか、辛うじて受け身は間に合ったものの砕蜂は軽く宙を舞って地面に叩きつけられました。

 ……本当なら投げたら即座に即死不可避な追撃を入れるんだけど、稽古なので当然それはなし。死んじゃうもの。

 

「砕蜂さん、私は"全力で"って言ったわよね?」

「っ!?」

 

 すぐに起き上がろうとする姿勢は良いわね。

 痛みに若干顔を顰めつつも体勢を立て直し掛けていた彼女は、私の言葉に心底驚いたようでした。

 

「全力で……良いんですか?」

「勿論」

「……わかりました!」

 

 ほんと、素直で物わかりの良い子よねぇ……

 こんな良い子を置いていくとか夜一さんは酷いですね。

 

 彼女はさらに覚悟したように刀を構えると――

 

尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)! 雀蜂(すずめばち)!」

 

 ――始解しました。

 

 斬魄刀はまるで変わった手甲かリング状の腕輪のように彼女の右手に絡みつき、中指だけを覆うように変化しました。

 いわゆるアーマーリングのアクセサリーみたいな感じですね。

 その名の通りスズメバチの体色を思わせる金と黒のコントラストは、一瞥すると特異な装飾具にも見えるような美しさがあります。

 

 ……この子ももう始解しちゃったのかぁ……私、百五十年……

 

「行きます……やああっ!!」

 

 第二ラウンド開始、と言ったところでしょうか。

 

 やっぱり彼女の戦法の基本は徒手空拳ですね。始解による強化に加えて両手が自由になったおかげか、動きが見違えるように鋭くなりました。

 けれども戦術パターン自体は変わらないので、そこまで脅威には映りません。

 

「なん、で……っ!? 掠りもしない……っ!!」

 

 ……でもねぇ……確か、この子の斬魄刀の能力って……

 となると、やっぱり一度くらいは受けておくべきかしら……うん、そうしましょう。

 

「やっ!」

「ここね」

「……あっ!!」

 

 右手の手刀による突きを、私は左手で相手の拳を掴むようにして受けとめます。

 当然、雀蜂による刺突が手の平を貫きました。

 

「す、すみません!!」

「謝らなくて大丈夫、自分から受けた傷だから」

 

 とっくに無意識レベルで回道を使っているので、手の平には傷跡一つ残っていません。

 

「それより、これは?」

 

 そこには傷の代わりのように奇妙な紋様が刻まれていました。

 

「え……な、なんで傷が……い、いえそれよりも!! それは蜂紋華(ほうもんか)と言って、私の斬魄刀の能力です!!」

 

 やっぱり、記憶違いじゃなかったみたいね。

 

「その文様のところへ雀蜂でもう一度攻撃を仕掛けることで、相手を必ず死に至らしめる――弐撃決殺(にげきけっさつ)というのが、能力なんです! すみません、今すぐ解除しますから……」

「あ、平気よ。このくらいなら……」

 

 患部に霊圧をぐーっと込めて紋様を抑え込みます。

 紋様は小さくなっていき、そして……

 

「き、消えた……!?」

 

 所詮は霊圧同士の殴り合いみたいな物ですからね、こうして力尽くで消せます。

 

「なんで……!? まだ刻んだばかりで、時間は余っているはずなのに……」

「相手にもよるけれど、霊圧を込めればこのくらいはできるのよ」

 

 説明をしても驚きは継続したままのようで、目を白黒させています。

 

「それよりも大体わかったわ。基本的には白打と刑軍用の体術を伸ばしていく方向で良いのかしら?」

「え、あ……はいっ! それでお願いします!!」

 

 

 という感じで、修行が始まりました。

 

 

 そこではなんと、思いもしなかった出来事が!!

 ……一緒に稽古していくってことは、刑軍や(フォン)家の秘伝みたいな技術を私もどんどん知っちゃうんですよ。

 

 いいのこれ!? 情報セキュリティとかコンプライアンスみたいなのは大丈夫なの!?

 

 恐くなって尋ねたら「湯川様でしたら問題ありません!」と良い笑顔で断言されました。

 いいのね? ホントに大丈夫なのね!? もう責任取れないわよ!!

 

 ちょっと恐くなったので、私も新しい技術を教えてあげることにしました。

 卯ノ花隊長の剣術の一つにあった物なのですが、相手の動きの流れを操って体勢を崩したり、攻撃を逸らしたりするものです。

 今でいうところの柔術に近い感じですね。それをもっと実戦的にしたような。

 これなら非力な砕蜂であっても充分に役に立つと思います。

 

 あと、ちょっとだけ口を滑らせてしまいました……でも、このくらいなら別に問題無いと思います。遅かれ早かれ彼女が自力で辿り着いたので、ちょっと近道になったくらいです。

 むしろ気を遣わせてしまいました……

 

 一通り教えていたらお昼になったので、一緒にお弁当も食べました。

 これも曳舟元隊長から教わった"食べると強くなる技術"を利用して作っているので、栄養満点効果抜群です。

 食べる前にはちゃんと蝦蟹蠍(じょきん)しておいたから、衛生面も問題なし。

 すっごく美味しそうに食べている砕蜂が印象的でした。

 

 拗らせないでいると本当に可愛いのね、この子ってば。

 

 午後は午前中の復習と基礎訓練による地力の底上げです。

 こういう地味な修行って一人だと辛いけれど、誰かと一緒だと頑張れますよね。

 砕蜂も稽古に集中してるのか、顔に悲壮感なんて微塵も感じられません。少なくとも鬱屈した感情とかは無いみたいね。

 

 何より死の危険に直面しない稽古って素晴らしいと思います。

 

 修行を続けていたら夕方になりました。

 

 ……うん、これはもう誘っちゃいましょう!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「当たら……ない……っ!!」

 

 今まで学んできた技術を、思いつく限りの戦い方を、鍛えた全てを一切の遠慮無く繰り出し続け、それでも目の前の死神――藍俚(あいり)には一切通用しない。

 まるで雲を掴もうとしているかのようだ。

 

 一緒に稽古をしないか?

 そう誘われたのは嬉しかったが、冷静になると砕蜂は少しだけ不安だった。

 

 藍俚(あいり)の医療の腕前は疑う余地もないが、はたして武術の腕前はどうなのだろうか? 百年ほど前の滅却師(クインシー)との戦争で名を馳せたと言うが、それは噂に尾ヒレがついて大げさに広まっただけなのではないのだろうか?

 

 結論から言えばそれは無駄な杞憂でしかなかった。

 

 自分が積み上げてきた全てを惜しみなくぶつけ続けているのに、まるで手が届かない。

 目の前の彼女に引っ張られる形で攻めの手はどんどん鋭くなり続け、遠慮する余裕などとうの昔に無くなっている。

 なのにまるで相手にならない。

 藍俚(あいり)はまだまだ余裕がありそうなのに、自分はもう限界だ。

 底が全く見えない。

 二人の間の実力の差が、想像も付かなかった。

 

「はぁ……はぁ……っ!! ぐっ!!」

「砕蜂さん、私は"全力で"って言ったわよね?」

「っ!?」

 

 油断をしたつもりは一切無かった。だが気付けば投げられていた。

 そればかりか、藍俚(あいり)は全力を――始解を見せろとまで言ってくる。

 

尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)! 雀蜂(すずめばち)!」

 

 既に砕蜂の中には遠慮や手加減という言葉は微塵も無い。

 言われるがままに始解し攻撃を続けるが、差は一歩たりとも縮んだとは思えなかった。むしろ、始解して霊圧が高まったことで朧気に感じていた実力差がはっきりとわかってしまった。

 

 遠く、遠く、さらに遠く……目の前の彼女は一体どこまで先に行っているのだろうか。

 置いていかないで欲しい。

 砕蜂の心の奥底が、そんな願いを生み出した。

 

「あっ!」

 

 気付けば藍俚(あいり)は雀蜂の一撃を手で受け止めており、これには砕蜂も――確かに貫いたはずの傷が一瞬で跡形も無く消えていたのにも驚かされたが、そのこと以上に――肝を冷やした。

 弐撃決殺の能力を知っている彼女からすれば、今の藍俚(あいり)は弱点を剥き出しにしているような物なのだ。

 すぐにでも能力を解除しようとする砕蜂の目の前で、なんと霊圧差で蜂紋華を無理矢理消してみせたではないか。

 

(そんな……馬鹿な……)

 

 未だ未熟な身の上のため、時間が経てば蜂紋華は勝手に消えてしまう。

 極めれば紋様を永遠に刻み続けることも可能だろうが、今は不可能。

 言ってしまえば未完成の始解なのだ。

 

 だがいくら未完成だからといっても、これはない。

 

 霊圧に差がありすぎる場合はこのような現象が起こると知っているが、仮にも刑軍に現役で在籍している者を相手にして、この仕打ちはない。

 

 蜂紋華を霊圧で握り潰してしまうなんて。

 

 軽く霊圧を探れば、すぐにわかった。

 幻術などで隠しているのではなく、あれは本当に霊圧だけでかき消してしまったのだと。

 

「――白打と刑軍用の体術を伸ばしていく方向で良いのかしら?」

「え、あ……はいっ! それでお願いします!!」

 

 呆然としていたところに声を掛けられ、砕蜂は正気に戻った。

 

 強くなろう。

 強くなれば全てを取り戻すことも、夜一を部下にすることも不可能ではない。

 

 目の前の相手はその言葉を信じるに値するだけの力を間違いなく持っているのだから。

 蜂紋華をこうも容易く無効化されれば、疑う余地はなかった。

 

 

 

 その後の稽古は砕蜂にとって、夢のような時間だった。

 

「あ、わわわっ!?」

「どう? 役に立ちそうかしら?」

 

 攻撃を仕掛けたと思えば動きを支配され、気がつけば投げられていた。

 時には手刀の一撃が自分の身体を攻撃するように操られることもあった。

 柔らかな動きで全ての攻めが封殺されてしまう。

 

 とても不思議な技術だった。

 隠密機動全体にも、(フォン)家が受け継いできた戦闘術とも違う。

 けれども使いこなせたら、確実に役に立つ。

 そう確信するのに十分だった。

 

「ありがとうございます! すごく便利そうです!!」

 

 これを教えて貰えるのなら、歩法や体術など自分の知りえる全てを差し出すのに、なんの躊躇いがあろうか。

 心の底からそう思ってしまうほどに。

 

 

 

「今日はともかく、もう少ししたら鬼道もしっかり鍛えていきましょうね」

「え、鬼道ですか……?」

 

 稽古の最中、藍俚(あいり)に突然そんなことを言われ砕蜂は少しだけ戸惑った。

 鬼道についても当然一通りは学んでいるが、部隊の性質上あまり使用されない。暗殺や虚を突く隠密機動の戦術からすると、目立つ派手な術は少々使い勝手が悪い。

 そもそも鬼道を扱うのならば専門の鬼道衆がいる。

 無用とまでは言わないが、もっと優先すべき技能は幾らでもあるのではないか?――そんな風に考えてしまう。

 

「ええ、だって瞬鬨(しゅんこう)を使うには鬼道が必須でしょう?」

「しゅん……こう……? それって一体……?」

「確か鬼道を手足に集めて、殴る蹴ると同時に炸裂させるって技術で――」

「ええええええぇっ!? そ、そんな方法が!?!?」

 

 だが砕蜂のそんな考えはあっさりと覆された。

 鬼道を籠手(こて)臑当(すねあて)といった小具足(こぐそく)のように纏い、攻撃手段として用いるなど、聞いたことはおろか考えたことすらない。

 

「――あっ! ごめんなさい! これ、確か隠密機動の総司令だけが継承してたはずなの……」

 

 慌てて謝り出したのを見て「なるほど、どこか記憶を絞り出すような言い方をしていた理由はこれだったのか」と砕蜂は納得する。

 うっかり喋ってしまったのも、藍俚(あいり)がしっかりと覚えていなかったのが原因だからに違いあるまいと判断していた。

 

「だから、聞かなかったことに……は、無理よねぇ……」

「それはその……申し訳ありません、無理です! 忘れられません!!」

「そうよねぇ……」

「で、でもでも大丈夫です!! 私が次の総司令になりますから!! だから湯川様は秘密を漏らしたことにはなりません!! 順番がちょっと入れ替わっただけです!!」

 

 砕蜂精一杯のフォロー。

 

 

 

「うわぁ……! これ、これって……!!」

「遠慮しないで食べてね。全部砕蜂さんのために作ったの」

「これ全部、私のため……?」

 

 重箱を前にして、砕蜂は子供のように目をキラキラ輝かせていた。

 

 三段のお重――その内の一段にはおにぎりが詰まっているが――の中には、色とりどりの料理が詰め込まれている。

 目にも鮮やかな料理の数々はどれも食欲をそそられ、どれから手を付ければ良いのか迷ってしまうほどだ。

 どの料理もが「私を食べて」と誘っているようで、けれども見た目が鮮やかすぎて食べるのが勿体なく思えてしまう。

 

「じゃ、じゃあ……まずはこれから……!」

 

 散々迷った末、その内の一つに箸を付ける。

 

「どう?」

「美味しい……美味しいです……!!」

「よかった。お口に合ったみたいね」

 

 とても優しい味がして、砕蜂の目から涙がこぼれ落ちたほどだ。

 そこからは夢中になって食べていた。

 どれもが美味しくて、美味しくて、驚かされて……

 

 この料理が話題の"食べるだけで怪我や病気に強くなる"という四番隊特製の料理だと知って更に驚かされた。

 

 

 

 食事、食休みを挟んでからの稽古は再開される。

 そこで砕蜂は、食事の効果が早速あったのか、午前中とはまるで別人のような鋭い動きを見せた。

 地味な基礎能力向上も、無限に続けられそうだと思ってしまうほど力が溢れている。

 

 けれども何より嬉しいのは、隣で常に自分のことを見てくれる者がいることだった。

 自分の動きを常に見て、丁寧に丁寧に合わせてくれる。(つまづ)いたと思った瞬間には、もう手を差し伸べてくれる。

 

 この人は私よりもずっとずっと先にいる、でも私を置いて何処かに行ってしまうことは絶対にない! 先に行っても待っていてくれるんだ!!

 根拠は無い。だが、無条件にそう信じられた。

 

 しかし、藍俚(あいり)がどれだけ待ってくれても、時間は人を待たない。

 

「もうこんな時間なのね……今日はもうそろそろ終わりにしましょうか?」

「……はい」

 

 辺りは夕焼けに染まり、日は沈みかけていた。

 終業の鐘の音が遠くから聞こえてくる。気付けば夜はもう間近に迫っていた。

 

 なんとも残念そうな面持ちで砕蜂は呟く。

 闇夜の中での戦い方も訓練したいです! とでも言えば、きっと目の前の彼女は付き合ってくれるだろう。だが身勝手な都合だけで振り回すわけにもいかない。

 

 願わくば、今が――藍俚(あいり)との時間がもっと続けば良いのに、と不満に思ってしまう。

 そんな彼女の願いが天に通じたのだろうか。

 

「そうだ砕蜂さん、まだ時間はある?」

「時間、ですか?」

「よかったら、ウチに泊まっていく?」

「……………………是非お願いします!!」

 

 今の彼女に、迷う必要はなかった。

 というか、藍俚(あいり)が口にした言葉を理解した瞬間に天にも昇る気持ちで舞い上がっていた。

 どのくらい舞い上がっていたかというと――

 

(兄様……梢綾(シャオリン)は今日、大人になるかもしれません……)

 

 ――と、改めた筈の幼名で自分のことを呼んでしまうくらい舞い上がっていた。

 




●働く探蜂さん
唐突に藍俚の知り合いの料理屋さんが出たと思われるかも知れませんが。
36話にて「教え子の中には死神やめてから調理人になった子もいるくらい」とあるので。
(歳を取って霊力が弱まり除籍(引退)したから老後は技術を活かして小料理屋でも初めてみるか!! な感じで出来たお店のイメージ(おかくら))
兄が安全で真面目に働いてるので、砕蜂の精神も安定。

●蜂紋華を力尽くで抑え込む
藍染さん意識の展開です。
が。
原作のアレは疑って掛かるべきシーンみたいですね。
どうやら
・(バラガン戦後で)弱ってる砕蜂が刺したから、霊圧で消せた
・鏡花水月さんが親切に「これ見えなくしとくね」してくれた
みたいな言い訳ができてしまうらしいので。
漫画的には「こんなに力の差が!?」という演出だと素直に受け取れますが……

●虎○勇○
……副隊長と一緒に稽古……いいなぁ……
……お持ち帰り……お泊まり……いいなぁ……

(一応、この子も機会はちゃんとある)


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第59話 マッサージをしよう - 砕蜂 -

前話で「(つまづ)いた砕蜂を藍俚(あいり)が正面から受け止めてラッキースケベ」が入れられた事に今気付きました……
しくじりました。


「あ、ああああああの! ふ、ふつつか者ですが! よろしくお願いししししま……」

「どうしたの砕蜂さん!? 落ち着いて!!」

 

 家の前までついて来たと思ったら、砕蜂が突然妙なことを言い出し始めました。

 

『何を言っているのかわからねーと思うが、拙者自身もよくわからんでござるよ!! 超スピードだとか催眠術などではなく、これ以上無いってくらいにテンパりまくってるでござる!!』

 

 はいはい、ジャンピエールジャンピエール。

 

 隊舎内の副官室に泊めるのは問題がありそうだったから自宅に連れて行ったんだけど、家の前に着いた途端に言い出したのよ。

 顔を真っ赤にして精一杯勇気を振り絞ってるみたいな、そんな状態だったわ。

 道中、何か話を振っても上の空だったのが急にこんな状態になったら、そんなの驚くに決まってるじゃない。

 

 なんとか(なだ)(すか)して家の中まで連れて行ったけれど、それでもずーっと緊張しっぱなしのガッチガチ。

 落ち着かせようと思って客室でお茶を出してみたけれど、効果はなかったみたい。

 

 この反応って、多分アレよねぇ……

 

 ……私はただマッサージをしたい(おっぱいを揉みたい)だけなのに。どうしてこうなっちゃったのかしら?

 

「あの、砕蜂さん……もしかして、取って食われるとか思ってる?」

「と、ととととと取って食われ……あ、あうぅ……」

 

 何か良からぬことでも想像したのか、茹で上がった様に全身が真っ赤になったわ。

 

「もしかして勘違いさせちゃったかもしれないから先に言っておくけれど、あなたにちょっと按摩をしたいだけなのよ」

「え……あん、ま……ですか!?」

「ええ、そうよ。長時間の稽古をして身体が疲れているだろうから、解してあげようと思って」

「按摩……」

 

 いつまでも変な勘違いをさせるのも問題かと思い、そのものズバリ言ってしまうことにしました。

 その時の落ち込み振りと来たらもう!

 一体全体、何を想像していたのかしらねぇ? 私にはさっぱりわからないけれど、若い子って元気いっぱいなのね♪

 ね、射干玉もそう思わない?

 

『ある意味では砕蜂殿が想像していた通りの事態になるでござるなぁ』

 

 ニヤニヤしないの。

 

「結構評判も良いんだけれど……もしかして嫌だった?」

「い、いえっ! そんなことは決して!! 平気です! 按摩大好きです!! 今すぐにでもお願いします!!」

「そ、そう? じゃあ、施術室に行きましょうか? 準備とかあるからちょっと待っててもらうけれど」

 

 こっちが引くくらいの物凄い勢いで食いついてきたわね。

 

『必死すぎワロタ、でござるよ!!』

 

 

 

 

 

 さて、どうにか隣の部屋で着替えをするよう砕蜂を言いくるめてから、私は私でマッサージの準備を終えて彼女が来るのを待っています。

 そろそろ向こうの着替えも終わるころかしら?

 

「あの、湯川様……こ、これでよいのでしょうか……」

 

 そう言いながらやってきたのは、紙製の下着に身を包んだ砕蜂でした。

 身体は若々しさと躍動感に満ち溢れています。一目見ただけでわかる、ぴちぴちのお肌というやつですよ。

 胸回りや腰回りは薄い方なのですが、そこはそれ。むしろ色気がないのが逆に良い。

 まだ若い今現在の彼女が纏う雰囲気にピッタリの身体です。

 彼女の真面目な性格が下着の付け方にも現れているようで、上も下も結び目をキツくキッチリ縛っています。

 なので肌に思い切り密着していて、ボディラインが一目瞭然です。

 

 砕蜂本人は、このように肌を露出させる格好に抵抗があるみたい。

 両腕で自分で自分を抱き締めるようにして胸や腰回りを視線から必死で隠そうとしていました。

 真っ赤になった顔には、照れやら恥ずかしさやらが入り交じり、そこにほんの少しの期待を加えるという何ともそそる表情を浮かべています。

 

「ええ、問題ないわ。着方もわかったでしょう?」

「は……はい……ぃ……ですけれど、その、こんな格好なんて……」

 

 声はどんどん小さくなり、顔や肌は感情が昂ったのか更に赤さを増していって、本当に可愛いです。

 

 ……刑軍の男たちはこの姿を見ただけで「新しい長は砕蜂で決定! 異論無し!!」って叫びそうなくらいに、ぐっと来るわね……

 目にも身体にも悪いわよこれは……

 

「着たままでも良いんだけど、それだと洗濯が大変だからそれに着替えて貰ってるの。さ、それじゃあ始めましょう。ここにうつ伏せになって」

「はい……」

 

 未だ声は小さいですが、素直に横になってくれました。

 

「それじゃあまずは肩からね」

 

 砕蜂は緊張しているようなので、まずは軽いところから手をつけて行きます。

 マッサージ用のオイルをたっぷりと手に塗して、肩や首筋、二の腕の辺りをじっくりと揉みほぐしあげます。

 

「んっふ……あっ……あっ……」

「どう、気持ちいい?」

「は……はいぃ……こんなの、初めてで……す……っぅ……」

 

 やっぱり昼間の稽古で疲れていたみたいね。

 ゆっくりと時間を掛けて揉んでいくと、砕蜂の口からは魂まで蕩けきったような甘い声が漏れ出てきました。

 嘘みたいでしょう?

 この子、ちょっと前までは緊張して全身の筋肉がガチガチだったのよ。

 それがあっと言う間にこんなに安心しきった無防備な姿を見せてるの。

 

「首筋とかはどう?」

「んにゃあ……っ……気持ちいぃ……です……」

「背中はどう? 肩甲骨の辺りとか」

「そ、そこもいいですぅ……」

「背骨の辺りは?」

「そこも好きですぅ……湯川様、そ、その、もうちょっと……」

「もう少し強くした方が好き?」

「……はい」

 

 首筋を指でそっと撫で上げると、猫のような可愛い鳴き声が。背中をゆっくりと揉んでいくと、ぞくっと気持ちよさそうに肩を震わせます。

 背骨にそって指先で少し強めに押し込むと、もっともっととお強請(ねだ)りするような声を媚びた声が上がりました。

 

 しかし、本当に肌が若々しいわね。

 元々引き締まっている陸上競技のアスリートみたいな肉体なのに、触れても固くないの。ぷにっとした柔らかな感触が指先に伝わってくるわ。

 きめが細かくて、肌質も良い。手に吸い付いてくるみたい。

 

 今は背中から腰回りをマッサージしているのだけれど、本当に凄いわ。

 腰がきゅっと括れていて、強く触れたら折れちゃいそうなくらい細い。肉付きも薄いんだけれど、未成熟な魅力っていうのかしら?

 熟するのを待っていられない、今すぐにでも飛びつきたくなるような色気があるわ。

 

「あ……っ……! ふ……ふああぁっ……!!」

「痛かった?」

「ち、違います……ただ、気持ちよくって……ふ、う……っ!!」

 

 若い肉体を堪能するように、脇腹の辺りを指先で何度もなぞり撫で回していくと、砕蜂の声がじわじわと熱を帯びたようなそれに変わっていきました。

 指先はお腹の外側を上から下に沿って腰回りまで撫でています。

 身体と布団に挟まれて、ほんの少しだけはみ出ている胸の辺りを軽く擦るようにして撫でていくと、身悶えするようにヒクッと肢体を震わせました。

 

「少し、油を足すわよ?」

「ん……ふあぁ……な、なんですかこれ……? とろっとしてて、ぬるぬるしていて……」

 

 腰からお尻に掛けて、オイルを垂らしながら手で馴染ませていきます。

 ぬるぬるした感触でお尻を撫で回されて、砕蜂は驚いたように顔をこちらに向けてきました。

 

「嫌い?」

「……い、いえ……その、嫌いでは……ありません……」

 

 恥ずかしそうに枕に顔を埋めてしまいました。

 なのでここからはたっぷりと揉んであげましょう。

 

 お尻は小ぶりで、肉体同様に未成熟な青い果実みたいな印象です。

 少し撫でるとぷるぷると小刻みに震えて、まるで誰かに食べられるのを待っているようにも見えました。

 そんなお尻を手の平で覆い、なでなでと優しく動かしながら撫で回していきます。

 

「あ……っ……! は……っ……ぅぅ……っ!!」

 

 小さなお尻は私の手で簡単に掴めました。なので指全体に手の平までを使って、ゆっくりゆっくりと揉み解します。

 少し力を掛けると、筋肉の張りが指を押し返してきました。

 

「ひゃっ!! あ、あ……ん……っ! ……っ……ぅぅ!!」

 

 その弾力が心地よくて、ついつい手に力が入ってしまったわ。

 砕蜂は何度も小刻みに熱の籠もった悲鳴を上げて、それでも我慢しようと両手でシーツをぎゅっと掴んでいました。

 握りしめられたのでシーツに皺が寄っていて、握った辺りがうっすら濡れています。

 手に汗握るとはまさにこのことね。

 

 ふむふむ、それならば。

 

「はい、そろそろ足の方もいくわよ」

「ひゃっ!!」

 

 一旦指を離し、少しでも油断するのを待ってから今度は太腿を撫でます。

 オイルでヌルヌルになった指で撫でられると、油断していたこともあってか甲高い声が上がりました。

 

「あら、やっぱり隠密機動なのね。足の方は凄く疲れているみたい」

「きゃ……っ!! ん……っ! ~~~~っ!! んんんっ!!」

 

 太腿から膝裏、そしてふくらはぎから足首までを、ゆっくりと揉んでいきます。

 揉みごたえは少ないですが、肌はすべすべでずっと撫でていたくなりますね。

 

 ゆっくりと揉み、筋肉を弛緩させるようにマッサージをしていきます。

 凝った部分には指を強く押し込んで指圧を施し、柔らかくしていきます。

 

 儚い抵抗を試みるかのように足を閉じようとしますが、そこを割って入るように内腿に指を這わせると、腰がビクンと跳ね上がりました。

 苦しそうでいながら気持ちよさそうな声を耳にして、さらにゆっくりと揉んでいきます。

 

「あ、あの湯川……さまっ……! わ、私、なにか、変な感じ、で……っ!!」

「大丈夫、それは按摩が気持ちいい証拠だから。だから変に我慢しないで素直になっちゃって平気よ」

「そ、そうなの……~~~~~~ぅっぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

 

 内腿から足の付け根辺りを強めに撫でると、声にならない悲鳴が大きく上がりました。

 全身をびくびくと震わせて、肩で荒く呼吸を繰り返しています。

 

 うーん、これは……

 

 気持ちよくなって貰えたみたいね。よかった、よかった。

 

「ごめんなさい砕蜂さん。お疲れのところ悪いんだけど、まだ半分しか終わってないのよ」

「ふえ……はん……ぶん……?」

「力が入らないみたいだから、こっちでちょっと動かすわよ」

「ふ、ふえっ!?」

 

 まるで小さな子供のように呂律の回らない言葉で聞き返してきましたが、はてさて頭で理解しているのかどうか。

 なので、返事を待たずに彼女を動かして、強引に仰向けに寝かせます。

 

「あ、あの……はんぶんということは……その……まさか……」

「そう、そのまさかよ」

 

 さすがにひっくり返されれば、これから先に何が起こるのか想像がついたのでしょう。

 恐る恐る尋ねてきた砕蜂に、私はにっこりと頷いてマッサージを再開しました。

 

「まずはお腹から」

「ふ……ああぁっ……そ、その……出来れば優しく……優しくお願いしますっ!!」

「あらどうして? さっきは少し強めが良いって言ってたのに」

「そ、それはその……」

 

 軽くお腹――下腹の方を撫で回すと、切なそうな声が上がりました。

 強くしろと言ったり弱くしろと言ったり、砕蜂はワガママみたいね。

 まあ、仕方ないわよね……今はちょっと敏感になってるだろうから。

 

「わかったわ。弱めに、ね?」

「あ……っ……」

「まだ強かった?」

「い、いえ……その……なんでもない、です……」

 

 そうして触れるか触れないか、羽毛のような指使いをすると、くすぐったいようなもどかしいような、そんな不満げな声を漏らしました。

 どうやら今度は"もう少し強く"して欲しいようですね。

 でも、自分で口に出したことだからか、言い直すのが恥ずかしいようで。両手で顔を覆いながら口籠もってしまいました。

 

「……っ、く……ぅ……っ!!」

 

 その間にも、優しいマッサージは続きます。

 下腹部から腿に掛けて、リンパの流れを意識するようにつつつーっと指を這わせると、その動きに追従するように砕蜂の身体は小刻みにビクビクと震えます。

 

 ホントはもっと強く乱暴にしてほしいのよね、これはきっと。

 うーん、だったら……えいっ!

 

「ああああぁぁっ!!」

 

 すっごい良い声が出ました。

 ほんのちょっと、下腹の真ん中辺りを指で強めに押し込んだだけなんですけどね。

 

「ごめんなさい、痛かった!?」

「い、いえ……その…………っと……」

「え? ごめんなさい、良く聞こえな――」

「もっと、もっと強くお願いします!!」

「――くて……わ、わかったわ」

 

 悲鳴みたいな声で大胆にお強請りされちゃったわ。

 言ったものの、物凄く恥ずかしかったんでしょうね。全身が変な汗でびっしょり濡れてて、耳の先まで真っ赤になってる。

 これはもう、期待に応えてあげないと。

 

「それじゃあ強めに……これくらい?」

「んっ! あ、ああっ……っ!! は、はいっ……!!」

 

 吹っ切れちゃったわねぇ。

 遠慮無く声を上げながら、背筋を仰け反らせています。

 まるで全身の感度が数倍になったみたいに、どこに触れても嬌声を上げてるわ。

 

「それじゃあ最後に」

「ひゃっ……!! そ、そこは……」

 

 胸に手を掛けました。

 おっぱいはまだ小ぶりで、夜一さんなんかと比べるととても慎ましやかです。

 手の中にすっぽり収まるほどの大きさですが、彼女に限っては大きさが魅力とはなりません。胸回りは新雪が降ったように清らかな白さを放ち、そして頂きにはまだ穢れを知らぬ薄桜がほんのりと彩りを添えていました。

 

「形を整えるためにも、ね。ちょっとだけ我慢して……」

「がまん……がま……無、理で……す……っ!!」

「あ、あら? ちょっと砕蜂さん……!?」

 

 そして控えめな分だけ感度は抜群みたいで、少し触れただけでも電気が走ったような反応を見せてくれます。

 優しくマッサージをしていると、もどかしくなったのでしょう。

 なんと彼女は私の手の上に自分の手を重ねて、ぎゅっと力を入れてきました。

 

「んんっぅ!! ……っむぅぅっ!!」

 

 シーツの端を猿ぐつわ代わりに口で噛み締めて声を押し殺しながら、乱暴に揉んでいきます。そのたびにくぐもった声が聞こえ、そして……

 

「んむぅ~ぅっぅぅぅぅぅぅぅぅ~~っ!!!!」

 

 再び、声にならない悲鳴が大きく上がりました。

 先程のあれよりもずっとずっと大きな反応を見せて、全身をぞくぞくと震わせています。呼吸は荒く、虚ろな瞳は涙を浮かべながら焦点の合わない様子でした。

 

「……若い子って、本当に凄いのね」

 

 この反応は予想外でした。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ぁぅ……ぁぅぁぅ……」

 

 藍俚(あいり)宅の風呂場にて。

 湯船に首まで浸かりながら、砕蜂は言葉にならない声を上げ続けていた。

 顔は茹で上がったように真っ赤になっており、願わくばこのまま湯に溶けて消えてしまいたいと彼女は胸中で何度も願い続けていた。

 

 彼女がそうなってしまった原因の一つは、言わずもがな先程のマッサージである。

 

 欲望に流されて、藍俚(あいり)の前で粗相をしてしまった。しかも自ら手を掴み、強引に。それだけでも恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしたらいいのかまるでわからないほどだった。

 

「お湯加減はどう?」

 

 そして原因の二つ目は、藍俚(あいり)の存在だった。

 

「へ、へいきです……」

 

 彼女は、砕蜂と一緒に入浴していたのだ。

 マッサージの途中で意識を失いかけた彼女を介抱して、風呂場まで運んでくれた。その上で砕蜂の背中を流してくれて、更には一緒に湯船に浸かっている。

 文字通り、裸の付き合いというわけだ。

 

「そうなの? 赤くなってるから熱いのかなって思って」

 

(熱くなってるのは湯川様のせいです!!)

 

 そう叫びたいのをぐっと我慢する。

 

 なにしろ藍俚(あいり)は、まるで小さな子供と入浴するときのように砕蜂を自らの膝の上へ乗せ、彼女を後ろから抱き締めるようにして入浴しているのだ。

 藍俚(あいり)と砕蜂とでは、身長差が一尺(三十センチ)以上ある。

 そのため砕蜂が少しでも身体を動かせば、背中から首筋、後頭部の辺りが藍俚(あいり)の胸に当たる。そして当たる度に砕蜂は、今まで経験したことのない心地よい柔らかさに襲われる。

 

(おかしいです! 今の状況は絶対におかしいです!!)

 

 そう全力で主張したいものの、下手に声を荒げればこの温もりを――柔らかさを手放してしまいそうで出来なかった。

 抗いきれぬ感情に屈して、欲望の赴くまま少しだけ身体を後ろに動かそうとしたときだ。

 

「ごめんなさい」

「……ふぇっ!?!?」

「さっきの按摩のこと、ちょっと調子に乗り過ぎちゃったみたいで……」

 

 思わず自分の欲望がバレたのかと思い、緊張で身体を硬直させた砕蜂であったが、藍俚(あいり)の口から出てきたのは全く違う内容だった。

 

「い、いえっ! 悪いのは私で……湯川様は何も悪くありません!!」

「庇ってくれるなんて、砕蜂さんは本当に優しい子なのね。でも、あれは私が……」

「で、でしたら!! でしたら両方が悪かったということで!! だからあの話はこれ以上なしで!!」

「……ふふ、そうね。そうしましょうか」

 

 一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、やがて藍俚(あいり)はそう頷いた。

 

(わ、私が絶対に悪いのに……なんで湯川様はこんなことを仰るのだろう……)

 

 それは彼女の目的が山を登る(おっぱいを揉む)事だからである。

 万が一でも砕蜂の機嫌を損ねないようにと、自分が悪いと反省して「次からは気をつけて下さい」といった要旨の言葉を引き出そうとしている。

 次回へと繋げようとしているからだ。

 裏事情を知らぬ砕蜂からすれば、恥を晒した相手を庇って非は自分にあると言っている様にしか見えなかった。

 それでは藍俚(あいり)の考えを理解できるはずもない。

 

 知らぬが仏とはよく言ったものである。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「お、おやすみなさいませ!!」

 

 お風呂から出て、夕食を済ませ、就寝へとなった。

 藍俚(あいり)の私室に布団を二組敷くと、二人並んで横になる。

 

 ただ一緒に寝るだけ、それだけなのに砕蜂の胸は早鐘を打ち鳴らし続けていた。

 一つ屋根の下で、一緒に寝る。

 

(これはもう……これはもう……!! ふ、ふふふ夫婦なのでは!?)

 

 思考がぐちゃぐちゃになってしまい、上手くまとまらない。

 

 いや、違う。

 考えていることはたった一つだけだ。

 

「あの、湯川様……もう寝てしまいましたか?」

 

 すやすやと寝息を立てる藍俚(あいり)に向けて、砕蜂は遠慮がちに尋ねる。

 とはいえ既に寝入っている確信を得ているため、これはポーズでしかないのだが。

 

 彼女も伊達や酔狂で隠密機動として修行を積んでいるわけではない。

 藍俚(あいり)が見ただけで相手の具合を看破出来るように、寝息を聞き分けて相手が狸寝入りか本当に寝ているのか看破することなど、彼女からすれば朝飯前だ。

 

「し、失礼いたします……」

 

 砕蜂は自らの心の赴くままに、藍俚(あいり)の布団へと潜り込んだ。

 




砕蜂は可愛いから、優遇しちゃうのは仕方ないことなんです。
稽古をつけてあげて、技も教えて、ご飯も作ってあげて、マッサージもする。
優遇のレベルを超えてますね。

●ラストの続きは?
添い寝! 添い寝だけですから!! それ以上は一切ありません!!



???『三人称視点だと拙者の出番がないでござるよ……ただでさえマッサージの回は集中してご覧いただけるようにと、気を遣って拙者は口数を減らしているというのに。砕蜂殿と一緒にお風呂! そして一緒のお布団で寝たというのに!! 溢れるリビドーを一言も伝えられぬとは!!! ……ですがこれはこれでプレイを見ているようで興奮いたしますなぁ!!』


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第60話 知っている顔ぶれが増えてくる

「副隊長! 今月号の瀞霊廷通信読みましたか!?」

「いえ、まだだけど……何かあったの?」

「見てくださいよこれ!!」

 

 瀞霊廷通信片手に勇音が大慌てでやってきました。

 何事かと思えば顔に押し付けるような勢いで、眼前いっぱいに紙面が広がりました。

 

「……なにこれ?」

「ですから、瀞霊廷通信ですよ!! 今月号から大幅に刷新されたって、みんな大騒ぎしてますよ!!」

 

 そこには、今までの瓦版のような事実だけを淡々と書き連ねた退屈な読み物ではなく、多色刷りで目にも楽しい、そして様々な記事が満載になった冊子がありました。

 

「オススメのお店……最新流行の紹介……あら、小説とかもあるのね。行事の予定も載ってるけれど、その行事についての歴史やどう楽しんだら良いかとかのやり方まである……話題に事欠かないわねぇ……」

 

 ペラペラとページを捲っていくと、記事の多いこと多いこと。

 今までの無味乾燥な読み物から一転して、物凄い量の情報誌になってます。

 

「編集長 東仙(とうせん) (かなめ)……ね……」

 

 奥付に記された名前。

 

 ついに来ちゃいましたね、盲目の隊長が。

 

 ということで、尸魂界(ソウルソサエティ)を震撼させたあの忌まわしい魂魄消失事件の傷跡も癒えた……というべきか、はたまた人々が気にしなくなってしまったと言うべきでしょうか。

 とあれ、旧隊長たちの代わりに新隊長たちが増えてきました。

 

 六番隊は、まだ隊長ではありませんが白哉が台頭してきてます。

 

 十二番隊は、浦原隊長から(くろつち)隊長に。

 

 九番隊は、六車隊長から東仙隊長に。

 

 五番隊は、平子隊長から藍染隊長に。それと副隊長には市丸(いちまる) ギンが就任しています。

 

 他にも一方的に見知った顔が大分偉くなってます。

 

 そうそう、藍染が隊長になった時に実はちょっとだけお話をしました。

 

 こんな風に――

 

 

 

「お疲れ様です。藍染隊長、それと平子副隊長……」

「逆や逆ぅ、そう返すのがお決まりでしたよね」

「ええ、そうです」

「……もう、このやりとりも出来ないんですね」

 

 藍染隊長はそう言いながら、少しだけ悲しそうな顔をしました。

 

「平子隊長に甘えた、おふざけみたいなやりとりだったのに……本当のことになっちゃいましたね……すみません、思い出させるようなことを言ってしまって」

「いえいえ、謝らないでください。悪いのは平子隊長たちに(ホロウ)化の実験を施した浦原喜助です。本当ならこっちが悪いと頭を下げるべきなんですから……」

「そんな……!」

「いいんです、もう決めたんですよ。平子隊長の代わりに、これからは僕が五番隊を引っ張っていこうって。だからもう、気にしないでください」

 

 そう口にする藍染隊長は、隊長を救えなかったという自分の無力さを噛み締めているような、そんな辛そうな雰囲気を纏っていて……

 それでいて決意を新たに前を向いていこうとするような、そんな風に見えました。

 

 

 

 ――なんてね。

 

 とまあ、こんな感じの会話をしました。

 

 あの事件は浦原が主犯ということになっているので、藍染隊長がこういう反応を見せるのも当然なわけですね。

 うーん、なんて白々しいんでしょうか。

 まあ私もそれを知った上で、こんなことを言ってるわけですから。

 

 何も知らない人から見れば、しんみりとしちゃう一幕の光景ですよねぇ……

 

『ですが拙者たちからすればなんとも滑稽でござるなぁ!! 狐と狸の化かし合いとはまさにこのことでござるよ! はたまた逆ドッキリの仕掛け人の心境?』

 

 しかも化かし合いの力量差がありすぎるっていう、ね……

 (ホロウ)化出来るようになったこともそうだけど、バレてないのかしら……? それとも完全にバレてるのに泳がされたままなのかしら……??

 

藍俚(あいり)殿がそういう知識を持っているとわかれば、何かしらの手を打ってくるのでは? まあ、昔から良く言うではござりませぬか! 何たらの考え休むに似たり、などと……』

 

 誰が馬鹿よ!!

 

 あ、ちなみに。

 (ホロウ)化はかなり慣れました。もう一瞬で出来ますよ。

 さらに(ホロウ)化した状態で卍解までは出来るようになりました。

 ですが刀剣解放(レスレクシオン)はまだまだですねぇ……ホント、あれどうやったらいいのかしら?

 ほらあの、なんだっけ? ハリベルさんの一つ下のナンバーだった破面(アランカル)

 

(『ウルキオラ殿のことでござろうが、黙っておきましょう……』)

 

 アレみたいに第二段階開放!! って出来るのは何時になることやら。

 

(『刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダエターパ)でござりますな……まあ、覚えにくい名前でござるから仕方ないとは思いますが……』)

 

 卍解が斬魄刀と語らったり屈服だから、刀剣解放(レスレクシオン)は……内なる(ホロウ)と語らったり屈服させたりすればいいのかしら?

 

 でもあれができたら、悪魔みたいに羽根が生えるから……こう、サキュバスみたいに男を誘惑とかしてもいいかもしれない!!

 あそこまで変身すれば私だって身元もバレないだろうし!!

 

(『たとえ二段階層に至っても、全員があの悪魔のような格好になるわけではありませぬが……あれはウルキオラ殿だからこその姿の筈ですので……』)

 

 ……ごめん、前言撤回。

 やっぱり私って馬鹿だわホントに。

 なにがサキュバスよ……

 

「あの……副隊長?」

「……あ、ごめんね。ぼーっとしちゃってたみたい」

「い、いえそんな……あの、あのですね……瀞霊廷通信に載っていたこの、このお店なんですけれど……もし良かったら、今度一緒に行きませんか……? あ、あの勿論! 副隊長の都合が付けば、なんですけれど……」

「ええ、勿論平気よ。一緒に行きましょうね」

 

 やたらと緊張した面持ちで誘ってくる勇音にそう返事をします。

 

 ……そういえばこの子、卯ノ花隊長に鍛えて貰ってるらしいって聞いたんだけど。

 見たところ、傷跡はおろか全然そういった痕跡がないわね。

 

 やっぱり原作で活躍した子は違うのねぇ……

 




●虚化した状態で卍解
さらっと言っていますが、これ普通だと不可能みたいです。
始解が限界、みたいですね描写を見る限り。
黒崎一護(ベリたん)を除く)

虚の力と死神の力(斬魄刀)で相性が悪すぎて、仮面を被ると卍解できない……らしい。

ただまあ、何事にも例外はあるというか。
藍俚の場合はほら……ブランさんと射干玉がね……屈服がもう……

これら事実を藍俚は知らないので、普通にサラッと流してます。
(無知なのでとんでもねーこと言ってるのに気付いていない)

●虎徹勇音の修行
後々ちゃんと描写しますが、とある理由で随分と優しいです。
怪我とかしないレベルです。



さて。
次から数話ほど、アレが続きます。


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第61話 マッサージをしよう - 伊勢 七緒 -

 今日は非番です。

 普通ならば日頃の疲れを取るために身体を休めたり、気分転換に本を読んだり、自己研鑽のために何かする。

 そういう、自分のために使う日です。

 基本的にはゆっくりする日なのです……基本的には。

 

 ですが今日の私はゆっくりとしている暇はありません。

 

 趣味でやっているマッサージが人気になって、予約が必要になったというのは以前も言ったかと思います。

 (その割には何人か特例がありましたけれど)

 

 そして今日はその予約者たちをマッサージする日なんです。ここまでは良いんですよ。

 

 ……まさか今日一日で五人分の予約が重なるとは。流石に予想外でした。

 嫌でありません、決して嫌ではないんですよ!

 ですが、物事には流石に限度というものがあるわけで……

 

 まあ、そんな贅沢な事を考えているのは私だけなのですが。

 射干玉なんて……

 

『今日一日は至福の日となるでござるよ!! 五人分のお山ですから、山の日の五倍は素晴らしい日に……いえ、ちょっと待つでござるよ拙者! 山は各人二つありますから……十倍だとぉぉぉ!! これはもう祝日制定待ったなしでござるよ!! 十日の連休を義務づけるべきですぞ!! うっはww 夢がひろがりまくりんぐww』

 

 ああもう! 草を生やさないの!!

 

 ……とまあ、こんな感じです。私も気持ちはわかるんですけどね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 さて、最初の予約者が来る時間まではまだちょっとだけ余裕があ――

 

「すみません、予約した者なのですが……」

 

 ――なかったみたいです。

 まだ四半刻(30分)くらい早いのにもう来るなんて、真面目な人ですね。

 

「いらっしゃい、お待ちしてましたよ。伊勢さん」

「は、はい! 本日はよろしくお願いします湯川副隊長!」

 

 そこには今日最初のお客様、八番隊の伊勢七緒さんがいました。

 以前、真央図書館で知り合いになった頃から背は伸びて、全体的に大人な感じになりつつあります。

 ですが黒髪眼鏡の委員長タイプな外見は変わっていません。

 性格も生真面目なままです。

 だってほら、予約よりずっと早く来ちゃうし。最初の挨拶も凄く丁寧ですし。

 

「まだ予約時間より早いんだけど、もう施術を開始しても良いかしら?」

「はい、それで大丈夫ですから!」

「じゃあ上がって。施術室はこっちよ」

 

 履き物も丁寧に脱いでますね。

 なんというか、所作に気品が漂っています。

 代々神官の家系だった伊勢家の娘さんだから、当然といえば当然なんですが。

 

「隣の部屋を更衣室にしてあるから、これに着替えてね。着替え終わったらコッチの部屋まで来て」

「は、はい」

 

 着替えを受け取る時、その指先が少し震えていましたね。

 その、しばらくしてから――

 

「た、隊の経験者の諸先輩から、う、う、噂には聞いていましたが……本当にこんな、格好をするんですね……!」

 

 ――と、物凄く照れたような決意したような声が聞こえてきました。

 大丈夫大丈夫、一回着ちゃえば慣れちゃうから。

 むしろ堂々と裸で出てきた人もいるのよ? だから恥ずかしがらないで。

 

「き……着替えてきました……」

 

 やがて伊勢さんは恐る恐る施術室へと顔を出しました。

 

 ここまで肌を露出させることに物凄く抵抗があるのでしょう。

 顔は既に真っ赤に染まっており、それどころか俯いています。

 目が私を見ていません。他人の事を見てしまうと、自分が見られていると再認識してしまうから、だから見られない。そんなことを考えているのだと思います。 

 

 体つきは、比較するなら砕蜂をもう一回り華奢にしたような感じでしょうか。

 本当にもう見ているだけで折れてしまいそうなくらい細いですね。

 胸回りや腰回りも薄い……このくらいの体型の標準と比較しても、圧倒的に華奢です。

 あまりこういう表現は使いたくありませんでしたが、敢えて使うならぺたーんです。

 

 あのね、もう少しご飯食べても大丈夫よ? むしろ食べて。

 と言ってしまいたくなるくらいぺたーんです。

 そんな身体で紙製下着をキッチリ付けているので、彼女も砕蜂の時みたいにボディラインが丸わかりです。

 

 あとは、印象的だったのは。

 これからマッサージをするので眼鏡を外しているということですね。眼鏡を外しているので、目つきが悪くなってます……

 細目にしないとピントが合わなくて見えないから、仕方ないんだけど。

 

「はい、それじゃあここに横になってね」

「こ、こうですか?」

 

 そう言いながら彼女は仰向けになりました。

 まあ、そっちからでも問題はないんですけど……

 

 ぺたーんではありますが、それでも完全に真っ平らというわけではありません。

 ぷるんって感じで、ほんの少しだけ重力に従って形が揺れ動きました。

 

 この光景は何時(いつ)、誰のを見ても良い物ね。

 良い物、なんだけど……

 

 この目で見つめられ続けるのって、睨まれてるみたいでちょっと恐い……

 ……あ、そうか。

 

「伊勢さん、そうしてると目が疲れるでしょう? だからはい、動かないでね」

「わっ!? なんですか、これ!?」

手拭(てぬぐい)よ。こうすれば少しは楽になるでしょう?」

 

 彼女の目元にタオルを掛けました。

 中途半端に見えているのが問題ならば、逆に見えなくしてしまえばいい理論です。

 おお、これで大分印象が柔らかくなりました。

 

「あ、ありがとう、ございます?」

 

 視界が遮られたので少し戸惑いつつも、そういうものだと思っているみたいですね。

 素直にお礼を言っちゃう伊勢さんが可愛すぎます。

 

「それじゃ、施術を始めますね。まずは肩から」

「ひっ……! な、なんですかこれ!? なんだかとろーっとしてて……」

「按摩用の特製油ですよ? 知りませんか?」

「そ、そういえば話に聞いたような……」

 

 見えない時にオイルを掛けられたら、そりゃあ驚きますよね。

 肩を一瞬だけビクッと震わせました。

 

「それじゃあ肩の凝りから解していきますよ」

「んんっ……」

「はい、力を抜いてくださいね」

「あ……なんだか、気持ちよくなって……」

 

 ゆっくりと肩から首周りを揉んでいきます。

 うーん、これは……凝ってます。凄く凝ってますね。肩が重そうです。

 ただ、重くなる原因は胸回りというよりも――

 

「……伊勢さんは書類仕事とか多いの?」

「書類仕事、ですか……? はい、そうですね。やっぱり私、そういう机の仕事が得意だと思われてるみたいで……」

「そういうのって嫌?」

「嫌ではない、です……でも、どうしてそんなことを?」

「肩が凄く凝ってたからなんとなく、かしらね? あらら、腕も随分……」

「ん……っ! あ、すごい……楽に……なって……気持ちいい……」

 

 肩から二の腕、肘辺りをゆっくり揉み解していくと、少しずつ気持ちよさそうな声が上がりました。

 心身ともにリラックスしてきて、マッサージに身を任せている。

 とてもよい傾向ですね。

 

「この位の力で大丈夫? それとも少し強めにした方が好みかしら?」

「このくらいで、平気です……」

 

 首筋を指でなぞりながら尋ねると、声色が少しだけ蕩けていました。

 

 まだ肩周りだけなのに、やっぱりこの子も若いですね。

 お肌が元気いっぱいです。

 惜しむらくは机仕事と趣味の読書のせいでちょっと張りや調子が疲れ気味なことでしょうか。指先から返ってくる感触は、ほんの少しだけですが引っ掛かります。

 

「そういえばリサも、こんな感じだったわね……あ!」

 

 思わず懐かしげに言ってしまってから、自分の失言に気付きました。

 

「ごめんなさい、変なこと言っちゃって」

「いえ、その……」

 

 あらら、微妙な空気が流れちゃったわね。

 せっかくの楽しい楽しいマッサージタイムにこんな湿っぽいのは似合わないんだけど、どうしたものかしら……?

 

「副隊長がいなくなって寂しいですけれど、それはきっと湯川副隊長も同じ気持ちだと思っていました……いえ、もしかしたら、副隊長とご友人同士だった湯川副隊長の方がずっと辛いんじゃないかって……」

「そう、ありがとうね」

「湯川副隊長になんとか元気を出して貰いたいって思って、それで」

「うん」

「今日の按摩をお願いしました」

「……うん?」

 

 ……なんだかちょっとだけ、ズレてないこの子?

 

「なんで?」

「副隊長はご趣味で按摩をしていると聞いたので」

「うん」

「趣味に没頭すると、気分転換にもなりますし」

「うん」

「なので、私が少しでも副隊長のご趣味の助けになれば、元気を出して貰えるかと思って……」

 

 ……いや、その理屈はおかしい。

 

「あのね、その気持ちは貰っておくけれど。でも、普通に口で言っても良いのよ? わざわざ理由を付けなくても……」

「あ、あの……その、実は……女性隊士から評判の按摩を一度受けてみたかったという気持ちも少しだけあって……その、ほんの少しですよ!」

 

 ……うん、もうそれでいいわ。

 

「そう。じゃあ、伊勢さんの心遣いと期待に応えるためにも、たっぷりやらせてもらうわね」

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 さて施術の再開です。

 

 今度はお腹周りです。

 とはいえ彼女は余計な肉もないし筋肉も少なめだからか、その辺はすらーっとしてるわ。

 うっすらと浮き出た骨の形と、そこから伸びるウェストのラインが実に綺麗ね。

 真ん中辺りに目をやれば、つーっと一本線が通ったその先に可愛いおへそがちょこんっとあって、これだけでも軽い芸術品みたい。

 全体的に細身だけど、わずかな括れも備わってる。

 

 むちむちのエロい身体に対する感情とはまた違うんだけど、これはこれでかなりグッと来て目が離せないわね。

 なにかしら、こう……汚したくなる、みたいな感じ?

 

「少しくすぐったいかもしれないけれど、我慢我慢」

「ん……っ……ふ、ぁ……っ……」

 

 脇腹から腰周りに掛けてを、ゆっくりと揉んでいきます。

 とはいえやっぱり肉付きが少ないので、すぐに筋肉の固い感触が指先から返ってきます。

 肉付きが薄いので余り強めにしても逆効果になってしまうので、指先で軽くなぞるように、流れを整えるようにしてマッサージしていきます。

 

 なので警告したようにくすぐったいはずなのですが、それを必死で我慢しています。

 小さく吐息を吐き出すその声は、この身体に似合わないくらいエロいです。

 ……なにこれ? この子ってばなんでこんなにエロい声だしてるの!?

 

「おへそも少しだけ触るわよ?」

「んんんんっ!!」

 

 ちょこんと可愛らしく鎮座しているおへその穴に指先を軽く沈めると、彼女は切なそうな声を上げました。

 

「あら、ここ気持ちいい?」

「だ、駄目ですっ! ぐりぐり、しないで……ぇ……っ!」

 

 オイルをたっぷりと塗しながら、指先を円を描くように動かして、ときどきトントンと軽く叩きます。

 そのたびに伊勢さんは身をくねらせながら、ぞくぞくとした様に腰を跳ね上げました。

 あのやたら耳に残るエッチな声を上げながら。

 

 ……意外な弱点ね。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっとやりすぎたわ……大丈夫?」

「はぁ……っ……はぁ……ぁ……っ……」

 

 聞いてみたけれど肩で息を繰り返すだけで、返事はないわね。

 

 表情は――タオルで目元こそみえないけれど、口元は半開きになってて舌先がちょっとだけ出てる。ピンク色の舌が頭だけ出してて、もっと見たいって思っちゃうわ。

 唇も少しだけ涎に濡れてて、ちょっとだけテカってて……

 

 やだ、何この子……なんか凄い才能持ってる……

 

「聞こえてる? 次は足回りよ」

「あし……で、すか……」

 

 うん、聞こえてるみたいね。なら大丈夫。

 

 オイルをたっぷりと塗しながら、太腿から足の付け根、臑から足の裏までをじっくりと揉んでいきます。

 さすがはインドア系、肩や腕なんかもそうだけど足回りも雪みたいに真っ白。

 ただ座り仕事が多いからこの辺も疲れてるわね。

 ボリュームがないのをちょっとだけ残念に思いながら、太腿あたりをゆっくりと揉んでいきます。

 

「ふあ……あぁっ! な、なんだか身体が熱いよう、な……っ……!」

「それは血行が良くなって、健康になってる証拠よ。どう、凄いでしょう?」

「は、はい……これ、すごい……ひゃあああぁっ!」

 

 足の付け根辺りを中心部に向けてぐーっと押し込んであげると、切羽詰まった声が上がりました。

 比較的落ち着いてて物静かなイメージの彼女の口から出てきたとは思えないくらい、大きくて可愛らしくて、エロい声でした。

 少しだけ強めに力を込めて、リンパの流れに沿うようにマッサージしていくと、そのたびに甘く喘ぐような声が何度も溢れ出ています。

 

 ……あ、これひょっとして。目元を隠しているから、余計に敏感になってるみたいね。

 

 だってほら、その証拠に胸のところ……

 白かったはずの紙製の下着はオイルに塗れてかなり透けてて、ほぼ丸見え状態なんだけど、そこの頂点が……

 あら可愛い。

 小さなさくらんぼがちょこんと乗っかってるわ。

 下着を下から押し上げて、必死に自己主張してるの。

 

「それじゃあ最後に、胸回りよ」

「……え……っ……!?」

「ちょっと形を整えて、大きくなるように血流を良くするためだから我慢してね」

「だ、駄目です……っ! 今は、今は……っ!! ~~~っ!!」

 

 上から手を覆い被せるようにすると、声にならない悲鳴が上がりました。

 

 私の手の中には、すっぽりと収まった小さな小さなお山があります。そして手の平には、精一杯背伸びしている固い感触があります。

 これは……そうね、砕蜂よりもない、わね……

 散々見ていたから知っていたけれど改めて触れると……うん……

 

 柔らかいのは柔らかいんだけど、ぷにゅって感じかしらね。

 

 なので、少しでも大きくなるように、心を込めてマッサージしてあげましょう。

 オイルもたっぷりと塗して、全身に行き渡るように指全体を使って丁寧に丁寧に。

 とはいえ私の手だと物足りないくらいね。

 

 そうそう、少しでも増えるように背中辺りからお肉をひっぱって寄せて集められるように揉んであげなきゃ。

 

「っ……!! っっ!! ……~~っ!! ん……く、ぅ……っ!!」

 

 マッサージするたびに、必死で堪え続ける声が聞こえました。

 ですがさすがは伊勢さんですね。

 なんと最後まで我慢しきりましたよ。

 

 

 

「お疲れ様、伊勢さん……って、聞いてる?」

「は……ぃ……っ……」

「まだ背中側が残ってるから、そっちを……あ、先に目隠しとるわね」

 

 俯せになると流石に隠せませんからね。

 何の気なしに取ったその時です。

 

「……わぁ……」

 

 目元が見えるとまた違うわねぇ……あんなに真面目そうだった伊勢さんの目元が、今はとろ~っと蕩けてて……

 今まで隠されていた分だけ、このギャップが視覚的にすごいわね。

 この目で男とか誘った日には間違いなくイチコロね!

 

「これはちょっと……刺激的過ぎたかしら?」

 

 アとヘと顔って文字を合体させたアレみたいになってるもの。

 背中側は中止にすべきかも……でもそれだと……

 あ、そうだわ!

 

「背中側は中止にしておくわね、その代わり……」

「ひっ!」

 

 背筋に電撃が走ったようなゾクッと身を震わせる反応。

 

「この辺も結構気持ちいいでしょう?」

 

 いわゆるヘッドスパってやつです。

 本当なら頭皮の洗浄とかもするんですが、流石に道具がないので簡単なマッサージだけしかできませんけどね。

 指先でぐーっと力を込めて、頭をマッサージしていきます。

 溜まった余計な皮脂なんかも押し出すようにして、血行を促進させるように。

 

「ん……あ、ああ~~っ! きもちいい、これ、凄い、いいですっ!!」

 

 あらら、意外な高評価ね。

 頭脳労働系なイメージがあったから、そこから安直な発想だったのに。

 頭をこうやってマッサージされるがすごく気持ちいいみたい。

 今までに無いくらい良い反応してる。

 

「あ、は……あっ……~~っっ!!」

 

 涙を流すくらい喜んで貰えました。

 

 

 

 

 

「あの、湯川副隊長……その、本日はお恥ずかしいところを……」

「大丈夫大丈夫、気にしないで。こういうのって、結構多いんだから」

 

 マッサージは全て終わり、お風呂で汗やらを流し終え、着替えが終わったところで、伊勢さんは深々と頭を下げて謝ってきました。

 顔は真っ赤で、本当なら今すぐにでもこの場を逃げ出したいくらいなんでしょうね。

 でもそれが失礼だってわかっているから、恥ずかしさをぐっと堪えてる。

 

「そうなんですか……?」

「流石に誰がとは言えないけれど、前例は結構あるのよ」

「……そうなんだ」

 

 自分だけじゃないと知ってホッとしています。

 

「次に来てくれた時には、今回出来なかった背中側もやってあげるからね」

「あの、それは、その……お、お願いします……」

 

 あら? 何を想像したのかしらね?

 赤かった顔をさらに真っ赤にしながら頷きました。

 

 

 

 さて、ようやく一人目が終わったのね……

 




1日に複数人の予約を受け付けたということは、マッサージ話が続くということです。

マッサージ話が続くと言うことは、マッサージ話が続くということです。

●伊勢 七緒
真面目すぎて30分前に来ちゃう七緒ちゃん。
真面目すぎて丁寧に挨拶しちゃう七緒ちゃん。
真面目すぎて理由が無いと来ちゃ行けないと思っちゃう七緒ちゃん。
真面目すぎて空回りしちゃう七緒ちゃん。

眉間を解されてからのヘッドスパでヘブン状態になっちゃう七緒ちゃん。

かわいい子か。


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第62話 マッサージをしよう - 松本 乱菊 -

5組予約があっても、5人全員分を描写するとは言っていない。


「……来ないんだけど」

 

 伊勢さんに続いてもう一人、計二人分のマッサージをどうにか終えました。

 

 ……が、三人目が来ません。

 

 もう予約時間を四半刻(三十分)はとっくに過ぎているのに……!

 

 ある意味では一番楽しみにしていたのに!

 

 

 

 え? 伊勢さんが四半刻(三十分)くらい早く来てたから帳尻は合う?

 合わないわよ!

 後の人たちに「四半刻(三十分)早く来てください」なんて連絡してないし!

 そもそも二人目は予約時間通りに来たし! 

 なにより向こう(お客様)の都合もあるのにコッチ(お店側)の都合で勝手に予定を繰り上げられないでしょう!?

 

 

 

 ……こほん。

 

 このままだと、後の予約者たちにも迷惑が掛かっちゃうのよね。

 一人に時間を掛けすぎると、その分だけ後ろにしわ寄せが行っちゃう。

 個人営業店の悲しさよ……

 

 ……別に本業じゃないんだけどね

 ……いえ、ある意味ではこれこそが本業で死神は副業……!?

 

 というか、こんな馬鹿な脳内漫才を繰り広げている場合じゃないわよね。

 予約者の名前と連絡先はわかってるんだから、伝令神機で連絡を……

 

 呼び出し音が鳴って……

 

 コール中……コール中……

 

 ……………………………………でない……

 

 ……あ、でた!

 

「もしもし? 突然の連絡申し訳ありません。四番隊の湯川藍俚(あいり)と申します。そちらは――」

 

 まずは自分の名前と立場を名乗ってから、相手の様子を確認します。

 ……って、向こうから聞こえてきた声の様子が……ああ、そういうオチなのね……

 これは……うん、キレそう……落ち着きなさい私。

 

「――はい、そうです。予約は受理されてます。ええ、そうです、今日です。予約時間はもう過ぎてますので、ご連絡を……そうです、もう四半刻(三十分)は既に過ぎています……そちら、ご自宅ですか? え、違う? そこからここまで移動されるとなると開始がもっと遅れて、そうなると後の予約者様にもご迷惑となるので、申し訳ありませんが今日の分は中止ということでまた後日ということで……は!? 今から来る!? え、ちょっと……もしもし、もしも……!!」

 

 ――切れた。

 

「ふ、ふふふふ……」

 

 ……これはちょっと怒って(キレ)もいいわよね?

 

『拙者をキレさせたら大したものでござるよ!!』

 

 射干玉!! ステイ(黙れ)ハウス(失せろ)!!!!

 

『も、申し訳ございませぬ……(というか藍俚(あいり)殿、目がマジでござるよ……あ、でもこういう藍俚(あいり)殿も素敵でござるなぁ……あの目で睨まれながら躾けられたいでござる……)』

 

 

 

 

 

「あはは~、ごめんねぇ藍俚(あいり)さん♪ すっかり忘れちゃってたわぁ♪」

 

 通話連絡からおよそ半刻(六十分)くらいは経過したでしょうか?

 悪びれる様子も無くやってきたのは、十番隊の松本(まつもと) 乱菊(らんぎく)です。

 

 死神勢力の分かり易いお色気担当キャラ、とでも言えば良いでしょうか?

 

 基本的に黒目黒髪の者が多い尸魂界(ソウルソサエティ)では珍しい金髪碧眼、僅かにウェーブの掛かったふんわりとしたショートヘアの美人さんです。

 加えて男の情欲を滾らせる扇情的で肉感的な身体の持ち主。

 性格はサバサバした男勝りというべきか、それとも雑でいい加減な気まぐれな猫みたいな印象というべきでしょうかね。

 タチの悪いことに自分の肉体という武器の強さを熟知しているので、男性隊士を色仕掛けしたりからかったりで、手玉に取ることもままあります。

 

 それを後押ししているのが、この格好ですね。

 死覇装をラフに――ラフ過ぎるくらいラフに着崩しており、胸元をがばっと大きく開けて谷間が丸見えという……男性隊士たちの目と股間に悪すぎる格好をしているので、これはもう俺のことを誘ってるんだと勘違いする男性隊士が後を絶たないとかなんとか。

 

 率直に言ってしまえばエロエロなナイスバディのお姉さんですね。

 

 ……ほんと、一人で歩いてたらいつ犯されても不思議じゃないわよねこの人……

 

 付け加えるなら。

 私の「どうしても登ってみたい(揉んでみたい)お山(おっぱい)」の一角であり、本来ならこの機会は諸手を挙げて歓迎したいんですけれど……

 

「いやぁ、今日お休みでしょう? だからついつい呑み過ぎちゃって……」

 

 もう昼だっていうのに、この人は呂律の怪しい口調と千鳥足に加えて、お酒の匂いをぷんぷんさせています。

 

 はい、そうです。

 お察しの通り、飲み過ぎの酔っ払いです。

 今日が予約の日だってことを忘れて、前日からずーっと呑んでいたみたいです。

 昨日から! ずっと!! 呑んでて!! 伝令神機で電話したときから酔っ払いの声で忘れてたって言って!! 挙げ句の果てにこんな時間に来て!!

 

 コイツはめちゃ許せんよなぁ……!!

 

「あの、乱菊さん……もう時間が足りませんので今日は……」

「あっはっはっは、ごめんなさいねぇ! でも、急いでやれば間に合うでしょう?」

「…………」

 

 急いでやれば間に合う……と来ましたか……

 

 よし、決定。

 ちょっと、報いを受けてもらいましょうね。

 

 ち・な・み・に♪

 一人当たりの予定時間は一刻程度(約二時間)なので、残り時間は既に四半刻(三十分)を切っています。

 

 つ・ま・り♪

 二時間分を三十分に詰め込めば良いのよね。楽勝じゃない♪

 本人もそれで良いって言ってるんだから、文句はどこからも出ないわ♪

 

 大丈夫、全然怒ってないから♪

 

「わかりました」

「へ?」

 

 玄関先で酔っ払い特有の謎の馬鹿笑いをする乱菊さんの首根っこをグワシッと猫の首を持つように掴み、彼女に向けてにっこり笑顔を向けます。

 

「では、超最短コースで行かせて貰いますね。なお、そちらから言い出したことですので、もう取り消しは不可能ですよ」

「あ、あら~……?」

 

 なにやら私の笑顔に不信感を抱いたようだけどもう後の祭りよね。

 そのまま有無を言わさずズルズルと引っ張って、家の中へ引き摺り込んでやりました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はいここに寝る!」

「きゃっ!! ちょ、ちょっと……!?」

 

 施術室まで連れ込むと、そのまま施術台(おふとん)の上に無理矢理寝かせます。

 着替えは時間が掛かって手間なので、服は着せたままです。

 腕力任せに無理矢理押し倒したのと大差ないので、死覇装には変なシワが出来ました。

 

「はい、それじゃあ始めますね」

「あ、あのぉ~……ご、ごめんね? やっぱり止め――」

「いえいえ、お気になさらずに!」

「――わぷっ!? な、何これ……?」

 

 今さら謝られても、それを言うのは一時間遅かったわね。

 手に取ったマッサージオイル(射干玉の体液)を彼女の顔面に擦り付ければ、急に顔に塗りたくられたヌルヌルした液体の感触に戸惑ってるみたい。

 

「施術に使う油ですよ。今からこれを使って按摩をします」

「按摩って……ど、どこを……?」

「どこが良いですか?」

 

 怯えきってるわねぇ……

 今から自分が何をされるか、本能的に理解してる。

 そりゃあ、私が笑顔で丁寧に(・・・)対処してれば嫌な予感の一つや二つ当然よね。

 

「時間もないので、評判の良いところを集中的にやりますね」

「それって例えば……どこなのかな~……って……」

「例えば……胸、とか」

「ひゃっ!?」

 

 大きな胸に手を掛ければ、彼女は少女のように可愛らしい声を上げました。

 

「そ、そんなところ、本当に人気なの……?」

「ええ、そうですよ。左右の大きさや形を整えたり、単純に大きくする効果もありますから……まあ、乱菊さんに後者の方は不要かもしれませんけれど」

「ん……っ……!」

 

 乱菊さんの胸は、私の手でも持て余すくらいの巨乳です。

 片手をいっぱいに広げても掴みきれないくらいその大きさは、今までマッサージしてきた人間の中でも文句なしでトップの大きさね。

 死覇装から今にもこぼれ落ちそうなお山(おっぱい)は、彼女の頭よりも大きくて、手で掴んだだけでもその迫力に圧倒されます。

 服の上からこの巨大な肉の塊を揉んでいますが、柔らかいです。それでいて彼女が身体をよじるたびにふるふると波打ちます。

 

「肌を綺麗にする効果もあるので、普段から見せびらかしている乱菊さんにはこっちの効果の方が重要ですかね?」

「あん……っ! だ、だってぇ……! 大きさが合わないんだから、仕方ないでしょう……?」

 

 その気持ちは私にもちょっとだけわかります。

 が、手は緩めませんよ。

 

 ぐいっと胸元をはだけさせれば、男性隊士を魅了してやまない白い山肌が全容を見せました。

 そこにオイルを塗るべく手を這わせれば、柔らかい肉に指が沈み込んで、隙間や手の平からむにゅりとこぼれ落ちます。

 まるでつきたてのお餅のような柔らかさ。肌質も細やかで、指に吸い付いてくるみたい。なんていう触り心地の良さなのかしら……

 

「な、なんだか、手つきが……やらし……ああぁん……!」

「そりゃあ、そのものズバリ胸を揉んでいるわけですからね。ですが、変な気はありませんよ。まあ、乱菊さんくらい大きな胸は初めてなので驚いてはいますけれど」

 

 さらっと大嘘を吐きながら、胸元のマッサージは続きます。

 

 天辺には、この大きな胸と比較すれば小ぶりな突起がありました。少しだけ色素が沈着したそこは、けれども色が濃い分だけ肌の白さと相まった蠱惑的なコントラストを見せつけてきます。

 

「~~~ゅぅっ!!!」

 

 オイルを塗り込むのが目的でもあるので、こちらも当然。

 どこまでも指が沈んでいきそうな柔らかさと比べれば、こちらは芯のある堅さですね。ちょっと固めに炊いたお米みたいな感じ。

 指の腹で軽く撫でると、少女のような可愛らしい声が上がりました。

 

 さて、最後に。

 

 指をお山(おっぱい)の外側から内側へ――つまり、大きな山と山の間にある、これまた立派な深い深い谷間へと指を突き入れます。

 

「~~っ、く……っ!」

 

 一瞬だけゾクリとしたような反応を乱菊さんが見せました。

 片目をキツく瞑り、背筋をビクッと震わせます。そして連動しておっぱいも可愛らしく震えました。

 

 おそらく、男性隊士のほとんどが顔を埋めたいと思っていることでしょうその谷間に入った指は、左右からの肉で押し潰されそうです。

 柔らかい壁が両方から迫ってきていて、少し指を動かすだけでも所狭しと擦れます。谷底の胸板は周囲と比べれば固めで――それでも充分柔らかいのですが――ツンと押し込むとほどよい弾力が返ってきます。

 もうこれは突っ込んでるのと変わりませんね。

 山の奥まった部分だけあってか、谷間には熱が籠もっています。

 まるでこの中だけ、熱気や湿度が違うみたいに熱いです。実際乱菊さんの肌はうっすらと上気していて、肌も軽く火照っています。

 身体の中から溢れ出てきた熱がこの谷間に集まっているんでしょう。

 

「……ん……っ……く……ぅぅっ……はぁ……ぁん……」

 

 そしてこのオイルです。

 ヌルヌルで保湿力や保温力もたっぷりのこのオイルを胸に余すところなく塗られたワケですから、身体の内側は凄いことになってると思いますよ。

 熱が籠もっていて、そしてヌルヌルした感触が押し寄せているわけですから。

 

 外から見れば、白い肌がオイルでテカっていて、愁いを帯びたような表情は微熱によってうっすらと赤く染まっています。加えて男を誘うような甘い吐息を何度も何度も漏らしています。

 トドメに死覇装は中途半端に纏ったままで、胸元周辺を強引に脱がされているだけです。

 

 こんなの上げ膳据え膳以上のお持てなしですよ。

 誰でも見た瞬間に獣になりますよ。

 ……普通ならね。

 

「そうそう、お尻も人気なんですよ」

 

 ですが今の私には通じません。

 最初に言ったように、四半刻(三十分)で全部やるんですよ。

 そして時間はもう半分を切っています。

 まだまだ怒りが上回っているので、そんなことやってる暇なんてありません。

 

 布団の上で誘っているような様子を見せていた乱菊さんを俯せにすると、今度は袴を一気に持ち上げてお尻を丸出しにします。

 

「ひゃっ!! ちょ、ちょっと!?」

 

 抗議の悲鳴を上げますが、受け付けはとっくに終了しています。

 

 めくり上げた袴の下からは、白く艶やかなお尻が出てきました。

 胸と同じように大きくて肉感的な、けれどもぷりんとしていて吸い付きたくなる魅力を秘めて――

 

 って、あらすごい。

 

 こんなのどこで買ったの!? って聞きたくなるような、きわどい紐パン履いてますよこの人。上はノーブラだったくせにどうしてこんなスケベな下着付けてるんですか!!

 私なんて未だにもっこ褌ですよ! ……あれ、あんまり変わらない……?

 

「席官になると事務仕事が多くなりますからね、自然とお尻周りもくたびれるんですが……あら、これは……乱菊さん? お仕事、ちゃんとやってますか?」

 

 軽くお尻を指先で突くと、むにゅううっと沈みながらも強く押し返してきます。張りがあって、こっちも指に吸い付きます。

 形も崩れていないぷりんぷりんなお尻は、座り仕事をサボってる証拠ですねこれは。

 

「それは……あ、あははは……」

「笑ってごまかさない」

「ひいっ!」

 

 お尻を軽く叩けば、スパーンっとやたらと小気味良い音が上がりました。

 同時にお尻から太腿に掛けてがぷるんっと誘うように揺れます。

 

「ちゃんとお仕事はすること、遅刻したら謝ること、自分の都合で無茶振りしないこと! わかりましたか!?」

「はいっ! ご、ごめんなさい!!」

 

 もう一度叩けば、乱菊さんは子供みたいに素直に謝ってきました。

 これで少しは反省してくれればいいんですけどねぇ。

 

「はい、よろしい。それと、叩いてすみませんでした」

「あ、んん……っ!」

 

 叩かれたせいでうっすら赤い手形が付いている辺りを中心的に撫でます。

 乱菊さんはお尻も太腿もムッチムチで、本当にずっと何時までも撫でていたくなります。飽きないんですよね。

 少しでも力を掛ければお尻の方から跳ね返してきて、その弾力が楽しくて楽しくて。

 

 ……はっ! いけないいけない。

 マッサージもちゃんとしますよ。お尻全体にオイルを塗り込んでいって……むちむちのお尻がテカテカになっていって……

 

 なにこの光景、もう犯罪よこれ……

 

「おっと、そろそろ時間ですね」

 

 危ない危ない、これ以上は問答無用でアウトだったわ。

 名残惜しいけれどそろそろ次の人のために準備しないと。

 と言うことで――

 

「はい、どっぽーん」

「きゃああぁ!?」

 

 ――ヘロヘロになっていた乱菊さんを担ぎ上げると、そのままお風呂に投げ込みました。

 

 マッサージの後はお風呂で汗や老廃物を流して貰うようにしています。

 しているのですが、今回はもう時間が無いので着たままお風呂に沈めました。

 

「着替えと身体を拭く物は用意しておきますから、ご安心くださいね。私の普段着ですが、裾や丈が足らない心配はないはずなので」

「ちょっと! これは酷くない!?」

 

 流石にお湯に投げ込まれれば正気に戻ります。

 水面から顔を出しながら、乱菊さんは抗議してきました。

 

「別にお金なんて取っていませんし、そもそも時間が足らないから今日は諦めて欲しいと事前に説明しましたよね?」

「そ、それは……」

「そこを無理矢理やってきて、挙げ句本来は一刻程度(約二時間)は掛かるのを四半刻(三十分)でやってくれと言われたら、他を乱暴なくらい手短にしないと間に合わないんですよ。何か反論はありますか?」

「……うっ! け、けれども……もう少し、あるじゃない! 扱い方ってものがさぁ!! それにさっき謝ったじゃないの!!」

「はぁ……いいですか乱菊さん?」

 

 

 

「――ちゃんと扱って欲しかったら、時間くらいは守りましょうね?」

「……ッ!!!!」

 

 ちょっとだけ霊圧を込めながら注意すると、乱菊さんは心底震え上がったように息を飲みました。

 

「わかりましたか?」

 

 無言でコクコクと頷いている所を見ると、どうやらわかって貰えたみたいですね。

 

「次からはちゃんと、予約した時間を守ってくださいね」

 

 さて、四人目の準備をしないと。

 忙しい忙しい。

 

 

 

 余談ながら。

 この日以来、乱菊さんは少しだけ大人しくなったそうです。

 





●念願の松本乱菊さんでしょ? こんなのでいいの?
ギャグ寄りというか、勢いでバーッとやってそのまま終了です。
(シラフで普通にやると、そのままおっぱじめてしまいそうだったので)

こんな弱い私を許してください。何でもしますから。


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第63話 マッサージをしよう - 虎徹 清音 -

 いやはや、さすがに疲れますね。

 

 あの後、乱菊さんはちゃんと着替えて帰って行きました。お風呂に叩き込んでから私もちょっと冷静になったので、謝っておきました。

 そして四人目の施術も無事終了しまして、今日は残り後一人です。

 

 体力的にはまだまだイケますが、精神的にはもうお腹いっぱいです。

 やっぱり一日に五人も予約取るのは無理でしたね……でも、たまにやっちゃうんですよねぇ……

 大丈夫! イケるイケる!! って謎のノリで受け付けちゃって……

 

「えっと、最後の一人は……あら、この子だったのね」

 

 予約表に書かれた名前を見て、思わず声を上げてしまいました。

 なるほどね、まさかこの子だったなんて……なんというか、因果みたいなものかしら?

 

「ごめんくださーい。予約していた者です」

「はーい、お待ちしていました」

 

 そんなことを思っていたところで玄関から声が掛かったので、応対に出ます。

 

 現れたのは、十三番隊に所属している虎徹(こてつ) 清音(きよね)さんでした。

 四番隊(ウチ)の勇音の妹さんですね。

 姉とは違って小柄な体型。

 金髪のショートヘアに勝ち気な容姿をしています。

 性格も姉と対照的で、活発で押しが強くて良く喋る活発な子です。活発という表現を二回使っちゃうくらいには活発です。

 

 そして何よりもこの子を現す言葉があるとすれば"浮竹隊長大好き"ですね。

 たまに十三番隊に出向いたときに、もう一人の男性死神――名前なんだっけ?――となにやら浮竹隊長のことで喧嘩しているのを見かけます。

 

 そして何よりもこの子、実は回道の成績が抜群に良かったんですよ。

 勇音とセットで四番隊に入隊させたかったくらいです。

 まあ、それは以前にもお話したように、決定寸前で山本総隊長が"浮竹の身体を治せるように回道の使い手を世話役として置いておきたい"という理由で流れてしまいましたが。

 

 そんな子なんですが……原作に登場……してましたよね……??

 

 勇音の妹なら、登場していても不思議では無い筈なのですが……

 

 いたような、いないような……覚えがないです……どこかで活躍の場面ありましたっけ……?

 

『あの、藍俚(あいり)殿……ぶっちゃけて言ってしまえば、いたでござるよ。ただ、藍俚(あいり)殿が思っているように、目立った活躍というのは、その……お察しくだされ』

 

 うわ……射干玉の台詞に"!"が無いって事は、ガチのトーンね……

 この子が気遣ってるとか、相当のことなのよ……

 

「湯川副隊長?」

「ああ、ごめんなさい。虎徹さん……いえ、清音さんの方が良いかしら?」

「うーん、そうですね。姉さんと被っちゃうので、名前で呼んでください」

「ええ、わかったわ。それじゃあ清音さん。上がって頂戴」

 

 施術室まで案内します。

 

 伊勢さんみたいに早く来すぎて緊張することも無ければ、乱菊さんみたいに無茶苦茶でもない。

 極めて普通ですね。

 でも今はそれが何よりも有り難いです。

 

 

 

 

 

「さて、と。清音さん、着替えは終わったかしら?」

「お、終わりました……」

 

 施術室の隣、更衣室で着替えを終えた清音さんは、恥ずかしそうに入室してきました。

 

 紙製の下着に身を包んだ彼女ですが、うーん……普通ですね。

 失礼なことを言っているのは重々承知しているのですが。というよりも、今日担当した人たちのアクが強すぎたと言うべきなのかもしれませんが。

 背丈は普通で、体つきも普通です。

 胸元は程よく控えめ、邪魔にならない様に膨らんでいて、肉付きは薄め。

 お腹周りはスッキリ細くて、括れもあります。

 なのでスレンダーなアスリート体型と言えなくもないですが、そう表現するにはもう少し足りないんですよね。

 

 ……あ、だから活躍の場がなかったのかしら? 

 

「はい、じゃあここに寝て頂戴ね」

「は、はい」

「寒くない?」

「大丈夫です……あ、俯せで良いんですか?」

「そのつもりだったけれど、仰向けが最初でもいいわよ?」

 

 そう尋ねると少しだけ逡巡した後に、そのまま俯せになりました。

 

「じゃあまずは腰回りからね。ちょっと冷たいけど、我慢してね」

「きゃっ!? な、なんですかこれ……?」

「特製の油よ。塗ると肌が綺麗で瑞々しくなって、感度も良くなるの」

「そうなんですか……? あ、なんだかヌルヌルしてて、ちょっと気持ち良いかも……」

 

 腰回りから順にマッサージをしていきます。

 ふむふむ、流石と言うべきですね。

 まだお肌も若くてハリがあります。活動的で良く動いていますね、少し日に焼けたその肌は健康的な色気を醸し出しています。

 

 腰を揉んでいくと、やっぱりちょっとだけ疲れていますね。なので凝りを重点的に解消するように、力を少し込めてぐーっと解していきます。

 

「ん……っ……そこ、いいです……」

「この辺、凝ってるものね。もう少し集中的にやった方が良い?」

「お願いします」

 

 なのでリクエストに応えてぐーっと力を込めて。

 

「あ……あぁ……すごい、楽になっていきます……」

 

 そのまま太腿から足首までを揉みます。

 こちらもほどよく鍛えられていて、肉付きは少ないですね。

 なんていうのかしら、部活を真面目にやってるけれどレギュラーにちょっと足りない女の子みたいな感じ?

 ――我ながらわかりにくいとは思うけれど、触った感触はそうなのよ。

 ピチピチと新鮮ではあるんだけれどそれだけ、みたいな。お刺身をお醤油抜きで食べるみたいな、プリプリ感はあるけれど旨味がちょっと足りない、みたいな。

 

「ちょっと痛いかも知れないけれど、我慢してね」

「え、ちょっ! 痛いんです……かぁっ!?」

 

 続いて足裏のツボを刺激します。

 

「あっ! わっ! ちょっ!! あいたたたたたた……!!」

 

 まずは内臓に効くツボを中心に幾つか指圧していくと、少し大げさなくらい痛がっていますね。

 あらら、この辺を痛がるってことは暴食でもしてるのかしら?

 

 うーん……というよりもこれは……

 

「結構身体中が疲れている感じ、かしら? どう、清音さん?」

「あ、はい。あってます」

 

 マッサージの手を止めて尋ねると、彼女は素直に頷きました。

 

「触った感じ、疲労が蓄積してるのよ。気疲れみたいな。お仕事が大変なの?」

「そうなんです。浮竹隊長のことは心配ですし、仙太郎は五月蠅いですし……」

「なるほどねぇ……」

 

 なお、話を聞いている最中にはお尻をマッサージしていました。

 こちらもピチピチですがボリューム感は今ひとつですね。形の良いぷりんとした小ぶりの可愛らしいお尻です。

 奥の方に凝りがあったので、力を込めて押し込んで解してあげました。

 

 そのまま背中全体から肩、二の腕までを揉んで解していきます。

 

「はい、半分終了。それじゃあ今度は仰向けになって貰える?」

「わかりました」

 

 素直に仰向けになりました。

 ですが……うん? 気のせいか、なんだか様子が違うんですよね。

 マッサージを受けに来ているのには違いありませんが、なんとなく意識が明後日の方向を見ているような……どこか心此処にあらず、みたいな……

 

 この違和感がなんなのか気にはなりますが、まずはお仕事が先です。

 まずはお腹周りから揉んでいきます。

 

「くすぐったくない?」

「あ、平気ですよ。もっと力を込めても……ひゃっ!?」

「このくらい?」

「あは! あっははははははっ!!」

 

 どうやら力を入れても良いと言われたので、もういっそ脇腹を擽ってあげました。

 お腹に線が一本すーっと通っているような整った腹筋から、腰回りが括れています。その辺は評価すべきポイントなのですが……

 夜一さんとか砕蜂とかを体験してしまった私としてはもう……

 

 我ながら贅沢になったものね。

 

「それと最後に胸周りをちょっと揉むわね」

「え……!? む、胸もですか!?」

「ええ、勿論よ」

 

 あたふたしている清音さんを余所に、彼女の胸元にそっと手を触れます。

 うん、お手頃サイズですね。

 このくらいの方が軽くて運動する分には良いと思います。

 発育途上――じゃないわよね、勇音()を見る限りでは。なんでこんなに差が生まれてるのかしら??

 手の中にすっぽり収まるくらいの大きさ。

 けれども確かに柔らかいです。

 

「ん……っ……!」

 

 下からすくい上げるようにして揉むと、恥ずかしそうに小さく喘ぎました。

 

「恥ずかしいと思うけれど、我慢してね。形を整えたり、胸を大きくする効果があるから」

「お、おっきくですか!?」

「ええ……まあ……こ、個人差はあるけれどね……」

 

 やたら食いついてきましたね。

 やっぱり姉と比較してコンプレックスを少なからず感じてるんでしょうか?

 反応が可愛いです。

 

「でしたらどうぞ! 思いっきりどうぞ!!」

 

 と思ったら私の腕を取ってそのまま自分の胸に押し付けるようにして来ました。

 もの凄い必死じゃない……

 

 形も良くて柔らかいけれど、大きさという点では今ひとつよね。

 美乳ではあるんだけれど。

 

 とりあえず、不自然ではない程度に揉んでおきました。

 おおきくなーれ、おおきくなーれ。

 

 そして大きく育ったら、また私に揉まれに来てね。

 

 

 

「ふぅ……さて、これで終わりよ。最後にお風呂で油とかを流して貰うんだけど……って、清音さん!! どうしたのそれ!?」

 

 マッサージは何事もなく終わり、さあもう終わると思った矢先。

 気がつけばなんと、彼女は土下座をしていました。

 

「湯川副隊長の按摩を受けて、ようやく確信が持てました!」

「一体なんのこと!? と、とにかく頭を上げて!!」

「お願いです!! このお願いを聞いてもらうまでは、私は頭を上げられません!!」

 

 お、お願い!? 一体何のことなの……!?

 

「どうかこの按摩を、浮竹隊長にも施してください! お願いします!!」

 

 ……は?

 

 このまま何事も無く終わると思ったのに! 最後の最後で、とんでもない爆弾ぶち込んできたわねこの娘……!!

 




この子はどう扱えばよかったんでしょう? 私には答えが出せませんでした。


●虎徹清音
「浮竹隊長を慕っていて、なんかコンビでいるキャラ」くらいの認識。
「これだ!」という見せ場がないんですよね、この子。
(姉は卯ノ花隊長の最後とかで目立ってて可愛いんですが)

むしろオマケ漫画(カラブリとか死神図鑑とか)の方が目立ってる印象です。
浮竹と仙太郎がいないとイマイチ輝かない……というか輝かせられない……

ならもう、こうする(浮竹隊長を絡める)しかない。

(ちょっと追記)

この子、獄頤鳴鳴篇でエラい目にあってたんですね。
大変申し訳ございません。自らの浅学さを恥じるばかりでございます。
まさかリョナ枠だったとは……


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第64話 マッサージをしよ……ええっ!! 浮竹隊長に!?

「お願いします!! 湯川副隊長、どうか! どうか! 浮竹隊長に!!」

 

 伏して床に額を擦りつけながら、清音さんは叫びます。

 

 ……土下座して懇願されるのって色々キツイのよね……

 

「あのね、清音さん。やめて、本当にやめて! せめて時と場所を考えて! お願いだから!!」

「清音、副隊長の言う通りだから! 私まで恥ずかしいからぁ!!」

 

 そんな彼女を私と勇音の二人で必死に止めます。

 だってここ、綜合救護詰所の中なんですよ!

 土下座されるには人の目が多すぎるんですよ。変な噂が立っちゃう……

 

 

 

 清音さんへのマッサージ後、唐突にお願いされた「浮竹隊長もマッサージしてください」事件から数日経過しました。

 あの日、どういうことかと話を聞いてみたところ――

 

 ・マッサージを受けると元気で健康になる、という話を聞いた。

 ・ならば浮竹隊長もマッサージして貰えば元気になると思った。

 ・敬愛する隊長にお勧めする前に、自分で体験しようと思った。

 

 ――ということだそうです。

 

 ふと「十三番隊の隊士の中にも私のマッサージを受けた子はいるから、その子から直接どんな案配なのか話を聞けばよかったんじゃない?」と尋ねてみたところ「自分の身体で確かめないと、身銭を切って体験しないと本当にオススメできるかどうか判断なんてできない!」と熱弁されました。

 

 なるほど、だからあの時の彼女はどこか上の空な部分があったのね。

 

 ……危なかった。

 あの日もしも彼女が一人目だったら、精一杯の施術をした結果、私がマッサージにかこつけてセクハラする変態死神みたいな悪評や風評被害が広がりかねなかったわね……

 

藍俚(あいり)殿!? 悪評とか風評被害という言葉の意味をもう一度辞書で調べ直した方がよいのでは……?』

 

 余の辞書にそんな言葉はない!!

 

『落丁本ってレベルじゃないでござるよ!! 返品! 返品を求めるでござる!!』

 

 もう絶版だから無理よ。

 

 とはいえその日は遅かったので、説得してお帰り頂いたのですが。

 

 数日後、四番隊(ウチ)まで直接やってきたかと思えば、こうして(じか)あたりの直談判をされているわけです。

 必死なのは良いんですよ、良いんですけれどやり方を考えて。

 当事者である私は勿論、肉親である勇音まで間接的にダメージを受けています。

 

「姉さんは黙ってて! これは私と湯川副隊長の話なんだから!!」

「そういうワケにもいかないでしょう!!」

 

 お姉ちゃん(勇音)の必死の説得にも、妹さん(清音)は耳を貸しません。

 この子、どれだけ浮竹隊長好きなのよ……

 

「ああもう! ちょっとごめんなさい!」

「え、わぁ!?」

 

 流石に救護詰所のド真ん中で土下座され続けるのは迷惑以外の何でもありません。

 なので、乱暴な手段だとは理解していますが、一番手っ取り早い方法を取ります。

 

「虎徹さ……勇音も一緒に来て!」

「え!? あ、はいっ!」

 

 清音さんをお姫様抱っこで持ち上げると、そのまま有無を言わさずに副隊首室まで連れ込みました。

 あそこなら土下座されても人目はありませんからね。

 

 ……移動中、後ろを付いてきているはずの勇音からなんだか恨みがましい目を向けられた気がしたのは何故でしょうか?

 

 

 

「とりあえず清音さん、まずは言わせて」

 

 無事、副隊首室まで連れてこられました。

 移動途中、何人もの隊士とすれ違って若干変な目で見られましたけどね。

 

「浮竹隊長のことを思うのはわかるけれど、ああいう場所でああいうことをされると、回り回って浮竹隊長や十三番隊にも迷惑が掛かるから。だから、もっと考えてね」

「そうだよ清音! 私、物凄く恥ずかしかったんだから!!」

「うう……はい……」

 

 私と勇音、二人を前にして正座している清音さんはしゅんとした表情で俯いています。

 真っ当にお説教されれば、そりゃまあこんな反応しますよね。 

 

「それとね、清音さん。私が無理に行かなくても、あなたが近くにいてくれるだけでも浮竹隊長は大助かりなのよ」

「……え!? ど、どういうことですか!?」

「それはね――」

 

 この段階で本人に言ってしまうのもどうかと思いましたが、伝えておきました。

 清音さんがどうして十三番隊に、それも入隊直後から隊長付きになれたのか。

 その回道の腕前を見込まれての抜擢だったということを。

 

「――ということなの」

「そ、そうだったんですか……確かに、自分でもいきなり隊長警護になったのは変だなーって思っていましたけれど……」

 

 この反応から察するに、自分がどうして十三番隊に入ったのかは今まで知らなかったみたいですね。

 驚きと感激と戸惑いが入り交じったような表情を浮かべて呆然としています。 

 

「私も浮竹隊長を診たことは何度もあるけれど、あなたが隊長付きになってから四番隊(ウチ)に来る回数がかなり減ったのよ」

「そうだよ清音、卯ノ花隊長も湯川副隊長も褒めてたんだよ。腕が良いって。それを聞いてて私すごく嬉しかったんだから」

「え、えへへ……なんだか照れちゃう……」

 

 ストレートに直接褒められるのって照れるわよね。

 

「一番近くにいて浮竹隊長のことをよく見ているからか、細かい所まで良く気付けてるわ。今からでも四番隊(ウチ)に来て欲しいくらいよ」

「お誘いは嬉しいんですけれど、私は……」

「わかってるわよ、清音さんは浮竹隊長一筋だもんね」

「…………」

 

 あらら、今度は顔を真っ赤にしちゃったわ。

 

「まあ、そういうわけなの。だから、無理に私に頼らなくても清音さんが近くにいてくれるだけで浮竹隊長は凄く助かってるの。わかったかしら?」

「はい……」

 

 まーだ憮然とした態度をしてるわね。

 はぁ……仕方ない。

 

「――勇音、次に私が空いている日って何時だったかしら?」

「え!? えーっと……」

「面倒を掛けるけれど、調べておいてもらえる? 多分、一ヶ月後くらいだと思うけれど。それとその日は先約アリで埋めておいて」

「あの、副隊長……それってまさか……」

「行き先は十三番隊の敷地内、雨乾堂(うげんどう)で」

 

 そう言った途端、姉妹二人が喜色を浮かべました。

 

「あの! 湯川副隊長!! ありがとうございます!!」

「良かったね清音。でも、副隊長にちゃんとお礼を言わないと駄目だよ。それと浮竹隊長にもちゃんとお伝えして……ああっ! まずは私が日程を調べて連絡しないと……」

 

 キャーキャー楽しそうな声が聞こえてきます。

 

 ああ……また休日の予定が勝手に埋まっちゃう……私ってホント、チョロい……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ということで月日は流れておよそ一ヶ月後。

 あの時の浮竹隊長をマッサージするという約束を守るために、こうして十三番隊の隊舎まで足を運ぶことになりました。

 

「なんだか十三番隊に来たのも久しぶりねぇ……」

「え、そうなんですか?」

 

 といっても私一人ではなく、勇音も一緒ですが。

 あの時あの場所にいたのが原因か、彼女も同席することになりました。

 勿論強制ではありませんよ。寧ろ彼女の方から付いていきたいと言い出したくらいです。

 まあ、妹さん(清音)が関わった結果ですから。顛末くらいは見届けたいと思うのも無理はないと思います。

 

「隠密機動の定期往診にずっと時間を取られていたからね。それに浮竹隊長のお身体の具合も随分良くなってきていたし。清音さんのおかげよね」

「はい! 自慢の妹です」

「その自慢の妹さんに、詰所内で土下座されたけれどね……」

「あ、あははは……あれは……その……すみません!」

 

 そんな会話をしながら、十三番隊の敷地内を歩いていきます。

 勝手知ったるなんとやらではありませんが、過去に何度も来ていますからね。

 道順とかは覚えています。

 

 とはいえ、浮竹隊長(男性)にマッサージしてもどれだけ効果があるかは……大部分が射干玉次第なのよね……

 その辺はどんな感じかしら?

 

藍俚(あいり)殿~、拙者、浮竹隊長はイケメン過ぎて好みではないでござるよ……』

 

 黙ってなさい。最低限のやる気だけでいいから。

 

『あれ、そういえば浮竹隊長といえば……』

 

 ん? なにかあるの??

 

『い、いえ! なんでもござりませぬぞ!!』

 

 ……射干玉、何か企んでる?

 

『い、いいいいいええええええ!!!! 全然全くちっともさっぱり滅相もございませんでござり(たてまつ)(そうろう)!!』

 

 分かり易すぎるでしょ!! ギャグ漫画じゃないんだから!!

 とまあ、そんな馬鹿話をしていたら到着しました。

 

「わぁ……!」

「あれ? 勇音はここに来るのって初めてだったかしら??」

「はい。妹から話は聞いていたんですが、こうやって実際に見るのは初めてで……」

「そうよねぇ……私も昔はそうだったわ」

 

 目にした途端、勇音が息を飲みました。

 けれども無理もありません。

 

 ここが十三番隊の名所、雨乾堂(うげんどう)です。

 

 この小さな湖の上に浮かぶ小さな庵は、肺病を患っている浮竹隊長のための静養所になっています。

 静養所だけあって辺りは自然がいっぱいの風流な光景が広がっていて、湖には鯉までいるという。

 湖の青と自然の緑が融和した景色が一年中楽しめるという、物凄いビックリするほど贅沢な場所です。お金持ちが理想の茶室を作ったら、こんな感じかな? を余すところなく実現させました! みたいな場所です。

 

 こんな森厳な場所、初見で驚くなと言われても無理ですよね。

 

 こんな風流な場所を隊首室として使ってるんですよ。羨ましい……

 なんて良い環境なのかしら……自然のエネルギーと清涼な空気で痛んだ身体を全力で癒やしてやる! という強い意志を感じます。

 

 ……ひょっとしてこれも総隊長が手を回したのかしら??

 だとしたらあの爺様、甘過ぎでしょ……

 

「お待ちしておりましたぁ!!」

 

 と、光景に心を奪われてたところに野暮ったい声が聞こえてきました。

 

「四番隊の湯川藍俚(あいり)様に、虎徹勇音様ですね!? 自分は十三番隊の小椿(こつばき) 仙太郎(せんたろう)と申します!! 本日はお忙しい中誠に――」

「うるさいぞ小椿!!」

 

 角刈りにねじり鉢巻きで顎髭まで生やした男臭い感じの死神が出てきたかと思ったら、清音さんにドロップキックで吹き飛ばされました。

 

「副隊長、それに姉さんもよくぞいらっしゃいました! 首を長くしてお待ち――」

「何してくれんだ虎徹!!」

 

 そのまま丁寧にお辞儀したかと思えば、復活した小椿君に頭を掴まれました。

 なにこれ?

 

「ふぇっ! わ、私ですか……!?」

 

 そして同じ名字なので勇音に流れ弾が飛び火……なにこれ??

 

「ん! ああ違う違う! あんたじゃなくて……テメェ虎徹! 何紛らわしい名字してんだ!!」

「そっちこそ! 何姉さんを泣かせてんよっ!!」

 

 うわぁ……収拾が付かなくなってる……なにこれ???

 

「……もう二人は放っておいて、先に行きましょう」

「え! い、いいんですか!?」

 

 そりゃ勇音にすれば、妹が喧嘩してるんだものね。

 心配になるわよね。

 

「大丈夫大丈夫、わりと良くあることだから。浮竹隊長があの庵にいるのまで、いつものことだから。さ、行きましょう」

「え……副隊長!?」

 

 勇音は戸惑うように何度も見比べ、やがて私の後ろに追従しました。

 

「……って、こんなことしてる場合じゃない! 待ってください湯川副隊長!!」

「あっ! 虎徹テメェ!! 待てっ、俺も行く!!」

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、湯川副隊長。わざわざすまないね」

「いえいえ、そちらの清音さんに頼まれたので」

 

 庵の中では浮竹隊長が伏せていました。

 とはいえ今は私たちが来ているので身体を起こして応対しています。

 隊長には大体二ヶ月に一回くらい、定期検診ということで四番隊までご足労頂いていますが、その時と比べても顔色は良いままですね。

 良い傾向です。

 随分と肺の病気もよくなっているみたい。

 

 酷い時なんて隔日で雨乾堂(うげんどう)まで来ていたこともありました。

 それと比べたら天と地ですよ。

 長期療養と清音さんの日々の献身の賜物ですね。

 

「その話は聞いています。どうやら清音がご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ありません」

 

 あの土下座事件は浮竹隊長の耳にも当然入っていました。

 というか救護詰所に十三番隊の隊士も来て現場を見ていましたから耳に入るのは順当。

 それと清音さんが怒られたというのは勇音を通して教えて貰いました。

 

「まあ、その辺は彼女の浮竹隊長への並々ならない気持ちが暴走したということで。このお話はお終いにしましょう。もう一ヶ月も経っていますから」

「そう言って貰えるとありがたいですよ。清音も、反省するんだぞ」

「はい……」

 

 清音さんと小椿君の二人は、浮竹隊長の傍に座っています。

 そして私は隊長と向かい合うようにして座っていて、あと勇音が私の後ろにいます。

 位置関係はそんな感じです。

 

 なので、怒られて"しゅん"とした清音さんと"ざまぁ"な表情の小椿君がよく見えます。

 

「けれど、その気持ちはありがとうな。お前の回道にはいつも助けられているんだ」

「隊長……!!」

 

 あ、表情が逆転した。歓喜とぐぬぬな顔になったわ。

 

「お話はこのくらいにして、さっそく施術の方を始めたいのですが……大丈夫ですか?」

「ああ、勿論。いつでもどうぞ」

「それと、私の按摩は主に女性を対象としてきたので、男性の浮竹隊長にはどれだけ効果があるかはわからないんですが……」

「あははははっ、ご謙遜を。湯川副隊長の腕は、あなたがまだ二十席の頃からよく知ってますから。期待していますよ」

 

 懐かしい……あの頃はまだ上位席官だった頃だものね……

 

「そんなこと言われると、腕を振るわないわけにはいきませんね。では、始めさせていただきます。勇音、預けておいた道具を頂戴」

「はい、これですよね」

 

 道中、勇音はマッサージの道具を持ってくれました。

 別にいいって断ったんですけれど、自分の方が立場が下だから荷物持ちくらいは当然だって言って聞かなかったの。

 道具の中からオイルとかお香とか、あと汚しても良いように布を大量に取り出します。

 

「それと浮竹隊長は――って、ええっ!?」

「おおっ!!」

「んまーっ! んまーっ!!」

「あ、あわわわわ……!!」

「清音の話だと、服を脱ぐと聞いたので……何か変でしたか?」

 

 ちょっと目を離した隙に、浮竹隊長は服を脱いでいました。

 

 隊首羽織も死覇装も脱いで、褌一丁の姿です!

 肌色が! 肌色が一面に!!

 流石に病弱なだけあってか、全体的に身体の線が細いですね。

 それでもやはり、死神の隊長を務めるだけのことはあります。細いながらもしっかりと絞り込まれていて、筋肉質です。

 黒のブーメランパンツとか履かせたら、凄く似合いそう。

 

 けど何より目を引くのは肌の白さです。

 しっろ!! ホントにしっろ!!

 うわぁ……下手な女性より肌が白いわよ……

 オマケにちょっとだけ恥じらっているので、妙な色気が……

 

 小椿君はなんだかガッツポーズしてるし。

 清音さんは興奮して顔を真っ赤にしてるし。

 勇音も手で顔を押さえているものの隙間からしっかり見ているし。

 

 あんたたち、それでいいの……? 特に小椿君……

 

『……じゅるり』

 

 射干玉!? 落ち着いて!! 帰ってきなさい!!

 あんただけは冷静でいなさい!!

 

『はっ!! せ、拙者は今何を……!?』

 

 大丈夫、まだ取り返せるから!! 今のはなかったことにしておきなさい!!

 

「……えーと、そうです。こちらから指示する前に脱がれていたので少し驚きましたけれど……では、汚れても良いように(とこ)に布を敷きますので、その上に寝てください」

 

 ということで、浮竹隊長のマッサージがスタートしました。

 

 見た目からわかっていたことですが、触れるとさらによくわかりますね。

 身体がカチカチです。凄い鍛え込まれた肉体ですよ。

 男性っぽいゴツゴツした感触が凄いです……

 オイルでぬるぬるにしても感じられるくらい、ゴツゴツです。

 これはちょっと……触ってるとドキドキします。

 

 あ、でもやっぱり身体はかなり疲労していますね。

 襲い来る病魔に相当お疲れのご様子。

 少し揉んでいくと、その辺がよくわかります。

 

「どこか、重点的にやっておきたい部分はありますか?」

「そうだなぁ……やっぱり背中とか、かな?」

「背中……ああ、この辺ですね」

「お……おおー……っ……そこそこ……さすが、お上手……」

 

 この辺、特に凝ってますね。

 それに臥している時間が多いせいか、ちょっとだけ(とこ)ずれの気配もあります。

 痛んでいる箇所も修復して……回道と霊圧照射を併用して……っと。

 

「おおおーっ! そこ、そこ……もう少し強く……ああ……っ……」

 

 すっごい気持ちよさそうな声が上がりました。

 大分お疲れでしたからねぇ、この辺は特に効くと思います。

 

「これが、副隊長の按摩……初めて見た……」

「え? 姉さん知らなかったの?」

「う、うん……」

「なんでよ? 同じ隊なんだから、機会なんていっぱいありそうなのに」

「それは……お願いする時を決めてるの!」

「ふーん……?」

 

 なんだか後ろで話をしていますね。

 でも私は気にしている余裕がありません。

 浮竹隊長の按摩に集中しているのと――

 

「……っ!! ……ぉぉっ!!」

 

 ――なぜだか鼻息を荒くして、食い入るように見つめている小椿君が気になって仕方がないからです。

 この子、私を見て興奮してるの? まさか浮竹隊長の半裸で興奮してないわよね?

 そっちの道はトゲトゲがいっぱい生えている道よ……薔薇なのよ……

 

 そのままマッサージはお腹側に突入しました。

 

 隊長は肺の持病があるので、胸元を中心的に施術します。

 

 合法的ですよ! 合法的に触り放題ですよ!!

 

 ……でもこれって、おっぱいではなくて()っぱいなのよねぇ……

 

 そして、()っぱいなのに物凄い綺麗な色してるがまた……

 

『じゅるり』

 

 だからアンタは正気に戻りなさい!!

 

『い、いや違うでござるよ!! 確かに浮竹殿も素晴らしいでござったが――』

 

 もういいから、ブランの相手でもして落ち着きなさい。

 

 と、マッサージはこんなものね。

 いつもならこの後はお風呂なんだけれど、今回は布で油を拭き取って……と。

 

「はい、こんなものですが……いかがでした?」

「いやぁ! 素晴らしい!! こんなに身体が軽く感じたのは何時ぶりだろう!? また機会があればお願いするよ!!」

「ふふ……ありがとうございます。あ、早い内にお風呂で汗を流してくださいね」

 

 なんだかんだ、喜んで貰えると嬉しいものですね。

 これで相手が()っぱいでなければ百点満点なんですが……

 

 施術後の浮竹隊長はホントに元気になりました。

 

 清音さんもそれがわかったんでしょう、嬉しそうにしています。

 小椿君……は、見なかったことにしましょう。

 

「副隊長……すごかったです!!」

 

 そして勇音はしきりに感動していました。

 

 

 

 ……この後「凄く元気になれた。忙しいのはわかっている。でも半年……いや、一年に一回でも良いから定期的に按摩をしてくれないか!?」と言われました。

 

 ……うう、私がそういうのに弱いって知ってて頼まれてる気分です……

 

 そして首を縦に振ってしまう弱い私……

 

 

 

 

 

 

 帰り道にて。

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!』

 

 なぁに?

 

『拙者、今なら何でも出来そうでござる!!』

 

 ……今までだって散々好き放題やってたでしょう? まだ暴れられるの……?

 

『まあその辺は、後のお楽しみにとっておいてくだされ!!』

 

 うえぇ……嫌な予感しかしないわね……

 




●浮竹隊長をマッサージ
いわゆる健康フラグ。
白髪病弱イケメンを好き放題とか、その趣味の人には堪らないですね。

●なんとなく一覧
浮竹:身長187cm
勇音:身長187cm
藍俚:身長185cm
小椿:身長183cm
清音:身長154cm

平均:身長179cm

なんだこの空間……


●虎○勇○
お姫様抱っこ……清音、いいなぁ……

●○王様
「右腕が! 右腕がなんかすっごいヌルヌルしてる!? いやぁぁっ! しかも蠢いてるぅぅっ!!」


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第65話 殴り込みと鉄拳制裁は四番隊の華

「副隊長! ありがとうございました!!」

「はい、気をつけてね。また何かあったら、いつでも呼んで頂戴」

 

 頭を下げてお礼を言う後輩たちと別れてから、私は軽く息を吐きました。

 

「はぁ……またか」

「何が"また"なんですか?」

「わぁっ!! う、卯ノ花隊長!?」

「なんですか、人が声を掛けるなり驚くなんて……無礼ですよ?」

 

 音も気配もなく隊長に出現されたら、驚くに決まってるんですよねぇ……

 

「い、いえ失礼しました! それと溜息を吐いていたのは、十一番隊の隊士たちの態度についてです!」

「十一番隊の……ああ、なるほど」

 

 これだけの情報で、どうやらある程度理解していただけたようです。

 ですが齟齬がないためにも一応、最後まで言います。

 

「はい。少し前に鬼厳城隊長から更木隊長に代替わりしましたよね? あれがどうやら増長を後押ししているみたいで」

「更木、剣八……ですね……うふふ……」

 

 ひっ! な、なんだかヤンデレみたいな表情を浮かべてます!!

 

 さて、ここでおさらいです。

 

 十一番隊は戦闘専門部隊の異名を持ち、腕に自信がある死神たちが集まります。

 そして隊長になった者は"何度斬られても倒れない"という意味の"剣八"という名を引き継ぐ習わしです。

 (例えば山田 太郎が剣八になったら、山田剣八になります……弱そう……)

 そして十一番隊の隊長は、基本的に決闘で決まります。

 当代の剣八を倒すことで新しい剣八が誕生する。

 そうして代々剣八の名と強さは高まっていく――血で血を洗って剣名(けんめい)を高めていくというやべーシステムです。

 

 ……そのやべーシステムの初代は、今私の目の前にいるんですけれどね。

 

 十代目の剣八となったのが鬼厳城(きがんじょう) 剣八(けんぱち)

 ひげぼーぼーで熊みたいな大男でした。礼儀や態度も悪くて自分勝手で最悪でした。式典なんかも「面倒だから」と言ってサボってました。

 

 それを倒して十一代目になったのが、皆さんご存じの更木(ざらき) 剣八(けんぱち)

 北流魂街八十地区という最も治安の悪い場所からやって来たやべーやつです。

 更木剣八が新隊長になって、十一番隊も新体制でスタートしました!

 

 ……と、そこまでは良かったんですよ。

 

 鬼厳城隊長を倒して新隊長になったことで、十一番隊の隊士たちが調子に乗ったんでしょうね。

 近年、やたらと四番隊の隊士たちが十一番隊の隊士たちに当たられてます。

 ――十一番隊(ウチ)の隊長は最強だ! 俺たちは護廷十三隊で最強だ! 戦わない四番隊の言うことなんざ聞けるか!! 後ろに引っ込んでろ!!――

 という、いつものアレが近年はやたら多いです。

 鬼厳城隊長の頃から段々と規律が緩くなっていって、更木隊長になったことで一気にタガが外れたんだと思います。

 さっきもそんな暴れて迷惑を掛ける十一番隊の隊士をシメたんですが、喉元過ぎればなんとやら。舌の根も乾かぬうちから頻発しています。

 

 そりゃ、溜息も一つ二つどころか、ダース単位で吐きたくなるってものです。

 

刳屋敷(くるやしき)隊長の頃は、皆さん礼儀正しくて良かったんですけどねぇ……」

 

 もういなくなってしまった十一番隊の隊長に、届かぬ思いを馳せます。

 

 刳屋敷隊長は、七代目の剣八だった方です。

 見た目はかなりワイルド系でしたけれど、礼儀正しくて頼れる兄貴分って感じでした。

 特筆すべきは強くて強くて、もひとつオマケに強くて。卍解も四十六室から使用制限を掛けられるくらい強力でしたね。

 刳屋敷隊長に憧れてか、あの頃は十一番隊を志望する女性隊士も多かったんですよ。

 十一番隊全員が"真正面に立って凜々しく戦う戦闘集団!"みたいに統率が取れてて。

 そりゃあもう、カッコ良かったんですから! 

 

 それがあんなことがあって痣城(あざしろ)隊長に代替わりですからねぇ……

 痣城隊長も一年くらいで隊長を下ろされちゃいましたし……

 その後は当時の副隊長が九代目剣八(仮)として取り纏めていました。あの人も頑張っていたんですけどねぇ……

 

 ……あれ?

 

 ってことは鬼厳城隊長って、剣八の定義から外れるんじゃ……だって正式な先代は痣城隊長だし……カッコカリを倒して偉そうにふんぞり返ってたってことは……

 精々が"剣八(仮免許練習中)"くらい……?

 

 しまった!! あのヒゲダルマオヤジ、いなくなる前に二、三回ぶっ飛ばしておけばよかったわ!!

 

「刳屋敷隊長ですか……確かに、彼は良い死神でしたねぇ……」

「あの頃とまでは言いませんけど、せめて救護詰所内では四番隊(ウチ)の隊士の言うことには素直にしたがって欲しいですよ……新人の子は怯えてますし……」

 

 新人教育に悪いんですよねぇ……アレ……

 

「ふむ……では藍俚(あいり)、あなたはどうしたら良いと思います?」

「えっ? そうですね……やはり刳屋敷隊長みたいな、ビシッと締めてくれる人が必要なんだと思います。十一番隊の隊士たちが頭が上がらないような人が目を光らせていれば、振る舞いも落ち着くと思います」

「ふふ、確かにそうですね。良い案だと思いますよ」

「……?」

 

 にっこり笑顔を浮かべる隊長の顔を見た時に気付くべきでした。

 

 ああ、これはフラグだったんだなって。

 

 

 

 

 

 

藍俚(あいり)、今日はあなたに特別任務を申しつけます」

 

 あのやりとりから一週間後。

 朝のお仕事を開始する直前、隊長から突然そんなことを言われました。

 

 ――特別任務。

 

 この言葉を聞いた途端、猛烈に嫌な予感しかしませんでした。

 

「……あの、隊長……その特別任務というのは一体……?」

「百聞は一見に如かず、と言います。まずはこれを読みなさい」

 

 そう言いながら隊長はなにやら手紙のような物を差し出しました。

 

「は、はぁ……どれどれ……?」

 

 受け取り、目を通します。

 まず目に付いたのは――

 

 果たし状

 

 ――の四文字。

 もうこの時点で予感は確信になりました。

 さらに読み進めていくと、大体こんなことが書いてありました。

 

----------

 

 十一番隊の隊士諸君。

 貴方たちの横暴な振る舞いは目に余ります。

 あまりにも目に余ったので、個人的に制裁することにしました。

 

 あ、ごめんなさい。

 貴方たちは頭が悪いから、何のことかわかりませんよね。

 分かり易く言うと。

 お前たちを見ているとムカつくから、全員シメてやるってことです。

 

 七日後の朝四ツ(午前十時)に、十一番隊隊舎へ殴り込みを掛けます。

 精々頑張って迎え撃ってください。

 

 出来るものならね。

 あなたたちは弱い者相手にイキり散らすしか出来ないから無理ですよね。

 精々ビビって命乞いの準備をしておいてください。

 泣きながら逃げても一人残らずぶっ飛ばして、恐怖と礼儀を叩き込んであげます。

 首を洗って待っててくださいね。

 

 四番隊副隊長 湯川 藍俚

 

----------

 

 意訳ですけれど、大体こんな感じの文章です。

 

「……あの、なんですかこれ?」

「見ての通りですよ?」

「いえ、ちょっ!? 私、こんなの書いてませんよ!?」

 

 省略してますけれど、このお手紙には前文と末文がちゃんと書いてあるんですよ。

 "拝啓"で始まって"敬具"で終わってるんです。

 文章も物凄い丁寧に書かれてるのが、逆に煽りレベル高いですよね。

 

 じゃなくって!!

 

 当然ながら、身に覚えは一切ありません。

 そもそもこれは私の字じゃありません。というかこの筆跡、毎日見てます。

 

「あらあら、おかしな事を言いますね。先週、口にしていたではありませんか。目に余るから引き締める必要がある、と」

「それは言いましたけど……えっ!? ええっ!? アレをですか!?」

「ですので、私が気を利かせて代筆しておきました。あ、それは下書きです。清書したものは既に十一番隊に配達済みですよ」

「ああああぁぁっ!!」

 

 思わず頭を抱えてうずくまってしまいました。

 

「しかもこの七日後って……」

「勿論今日のことです。約束の時間まではあと半刻(六十分)程ですね」

 

 お日様の位置を確認しながら、楽しそうに言ってくれます。

 他人事だと思って……あ、他人事か……

 

「つまり私は、今日の業務を中止して、十一番隊まで行って各隊士をシメろってことですか?」

「あらあら藍俚(あいり)ったら、そんな乱暴な言葉を使ってはいけませんよ。四番隊の流儀に従えない方々を、十一番隊の流儀で懇切丁寧に一人一人説得して回る。それが、今日の任務です」

 

 言ってることはともかく、やってることは一緒ですよね……

 むしろ"さも大義名分はこちらにあります"みたいでイラッと来るんですが……

 ……おかしいなぁ。隊長って、こんなに脳筋な物の考え方をする人でしたっけ?

 

「……なにか?」

「いえっ! 全く何も問題はありません!!」

 

 ナチュラルに心を読むの止めて貰えませんか。

 

「まあ、安心してください。私も鬼ではありませんよ。こちらで出来る限り手は回しておきましたから」

「はぁ……」

「それと、これは餞別です」

 

 そう言いながら隊長は、どこからともなく大量の……木刀ですねこれ。

 五十本くらいの木刀が背負子(しょいこ)に括り付けられています。

 二宮金次郎像が背中に(まき)を背負っているじゃないですか、アレみたいなのを取り出しました。

 

「この大量の木刀は一体何に……?」

「何って……ふふ、おかしな事を言うのですね」

 

 私が木刀の山と隊長とを見比べていると、隊長はくすくす笑いました。

 

「敵地に乗り込む際には、持参した物以外は決して信用してはならない。常識でしょう?」

「い、いえ! その教えは確かに隊長に習いましたが……!! 敵地、なんですか……? 十一番隊は同じ護廷十三隊の死神ですよ!?」

「同じ仲間だから、木刀を使うんですよ。まさか藍俚(あいり)、あなた斬魄刀を仲間の死神に向けるつもりだったんですか?」

「ああああぁぁっ!!」

 

 は、話が通じない!! 私にどうしろっていうのよ!!

 

「つまり、この木刀で全員シメ――」

 

 ギロリ! そんな音が聞こえそうなくらい睨まれました。

 

「――も、もとい! 十一番隊の流儀に従って説得して回れば良いんですね?」

「そういうことです」

「ちなみに、知らなかったことにして帰ってしまう、というのは……」

 

 おっかなびっくり提案してみると、隊長の笑顔がより一層にこやかになりました。

 

「まあまあ、面白い冗談ですね。うふふ、面白すぎて笑えませんよ」

 

 あ、これ逃げ場がどこにもないやつだ。

 

「わかりました! わかりましたよ!! 不肖、湯川藍俚(あいり)! これより特別任務を遂行してきます!!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 卯ノ花隊長に見送られながら、私は十一番隊の隊舎に向けて出発しました。

 

 大きな荷物を背負って救護詰所から出て行ったので、四番隊(ウチ)の隊士たちから不審な目で見られました。

 

 

 うふふ、あなたたちの副隊長は今から魔獣の巣窟へ殴り込みに行くのよー♪

 応援しててねー♪

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

『いやぁ、よもやこのような一大テンタクルスな展開が待ち受けていようとは!! お釈迦様でも知らぬが仏というやつでござりますなぁ!!』

 

 テンタクルス……? ああ、スペクタクルね。

 でも、まさかあの時の言葉がこんなアホな展開に繋がるなんて思ってもみなかった。

 そこだけは同意しとくわ。

 

『しかし、大丈夫でござりますか? 今の十一番隊には……』

 

 言わないで!

 

『ザラキーマ殿が……』

 

 名前を出すな!!

 わかってるのよ、そんなことくらい!!

 

 更木剣八。

 我らが主人公にして永遠のツッコミ役、黒崎一護が最初に勝った隊長よね。

 

 ……なんで主人公はアレに勝てたの??

 

 私だって更木隊長のことくらい知ってます。

 新隊長就任の際に直接見たことだってあります。

 見た目は野性の獣が裸足どころか足が千切れても逃げるくらい剣呑。

 とんでもない霊圧を垂れ流しにしてて、しかも霊圧の底が見えない……強さの上限が見えないんですよね。

 ギラギラした目をしてて年がら年中戦いを求めてる、みたいな隊長です。

 三度の飯より喧嘩が好きという言葉が服を着て歩いているような人――が、目が合った瞬間に土下座して命乞いしそうなくらい、とんでもない人ですね。

 

『そもそも喧嘩よりも斬り合いの方が好きな御仁でござるからな』

 

 言わないで……くじけそうになるから……

 

 結構強くなった自信はあるんだけど、アレに勝つイメージは全く湧かないわ。

 それと今思い出したけれど"剣は両手で振った方が強い"って当たり前の理屈に気付いただけで十刃(エスパーダ)を一人倒してたわよね。

 敵の名前は忘れたけれど。なんだっけ? ルンガルンガみたいな名前の人。

 

『(ノイトラ殿の聖哭蟷螂(サンタテレサ)でござるか……)』

 

 うん、改めて考えても頭おかしい。

 多分私が知らないだけで、滅却師(クインシー)との決戦の際にはもっと頭おかしいことやってるはず。

 おそらくきっと多分絶対に間違いない。

 

 ……ホント、主人公はなんでアレに勝てたの?

 

 このまま進むと更木隊長と戦うことになる。

 かといって戻れば卯ノ花隊長に殺される。

 

『前門の虎、後門の狼でござるな……』

 

 虎と狼が相手だったらまだ勝てるんだけどねぇ……

 

 そんな話をしていたら、漂ってきました。

 そろそろ気を引き締めましょう。

 

 なにがって、鉄錆と暴力の匂いですよ。

 さっきから香りはありましたが、この辺りからは格別濃い匂いがしています。

 (いか)つい顔をした住人たちが私を奇異の目で見てきます。当然ですよね、私はこの地区にはちょっと似合わないでしょうから。

 

 彼らは皆、十一番隊に憧れた者達。

 剣八の強さを間近で見たいという血の気の多すぎる猛者たちが、誰に頼まれたわけでもなく自ら望んで住んでいるそうです。

 

 そんな戦闘馬鹿たちの総本山がこちら十一番隊です。

 大扉がデデンと行く手に立ち塞がり、傍には門番であろう二人の隊士がいました。

 

 ここからもう、勢いでやるしかないわよね。

 

 

 

「こんにちは」

「あん? なんだテメェは!?」

 

 皆さん聞きました? 近寄って挨拶しただけなのにこれですよ。

 まあ、背中に大量の木刀を背負った相手が近寄ってきたら私も警戒しますけど。

 

「用がねぇならとっとと失せろ! 今日はこれから身の程を知らねぇ四番隊……」

 

 あら、どうやら気付いたみたいですね。

 私を見る目の色が変わりました。

 

「テメェまさ……かはっ!!」

「遅い」

 

 顔面に裏拳を一つ叩き込めば、それだけで一人は沈みました。

 

「はい、もう一つ」

「がぁっ!!」

 

 同じようにしてもう一人も殴り飛ばしました。

 まったく……そこで驚いて動きを止めちゃ駄目じゃない。

 何のために二人で門番してたのよ? ちゃんと熨斗付けて返品してあげるからね。

 

「さて、と。それじゃあ……おっ邪魔しまーすっ!!」

 

 気絶した二人の襟元を掴んだら、なんとびっくり両手が塞がってしまいました。

 なので勢いよく挨拶しながら大扉を蹴り飛ばせば、爆発したような音が響いて扉は一瞬にしてひしゃげ、内側目掛けて飛び込んで行きました。

 

 ……勢いで壊しちゃったけれど、このくらいは必要経費でアリですよね?

 

「なんだァ! 今の音は!?」

「正面の門からだったぞ!!」

「はっ! ようやく来たか、身の程知らずが!!」

 

 轟音に反応してか、奥から隊士たちが押っ取り刀な様子で次々に現れます。

 ふむふむ、この即応性は評価してあげる。五点加算ってところかしら。

 それにしても多いわね、人数が。

 ひょっとして十一番隊の隊士全員が集まって来てる? 私の相手をするために?? 普段の業務を休んでまで???

 

 やだ、私ってば人気者。

 

「お前でいいんだよなぁ? 十一番隊(ウチ)にあんなふざけた果たし状を送ってきたのは!?」

 

 いいえ、卯ノ花隊長です! って言っても絶対信じないわよねぇ……

 果たし状にはしっかり私の名前が書かれてたし。

 集まってきた中には注意した(脅した)ことのある顔がちらほらいますから、顔バレもしていますし。

 

 ……そう言えばこの人たち、一週間も時間があったのによく何も言ってこなかったわね。

 変な箝口令とか敷かれてたのかしら?

 

「だったらどうする? ああ、それとも内容が理解できなかったのかしら? どれだけ注意しても理解してもらえないみたいだから、そっちのやり方で説得してあげるって書いてあるのよ。理解できたかしら?」

 

 なのでこっちも精一杯虚勢を張ります。

 するとどうしたことでしょう?

 辺り一面にいた十一番隊の隊士たちが全員、おでこに怒りマークを浮かべました。

 青筋立てて、今にも飛びかかってきそうです。

 

 一体何が悪かったのかしら……? こんなにも親切丁寧に説得してるのに……

 

「……いくら副隊長でも四番隊風情がいい度胸だ。そこだけは認めてやるよ」

「残念だけど、あなたたちに認められても格が下がるだけなのよ……ねっ!!」

 

 両手で掴んでいた二人をそれぞれ別方向に投げれば、全員の視線が一瞬だけ二人に集まりました。

 この一瞬の隙の間に、背負った木刀を――自分用に一本だけ確保しておきますが――バラバラに投げます。

 

「あっ、コイツらは外にいた!」

「うぉっ!? なんだ!?」

「ぼ、木刀が……ぐわっ!!」

 

 空から突然降り注いだ木刀の山は、さながら驟雨(しゅうう)ってとこかしら?

 注意が削がれていた彼らは反応が遅れて、まともに直撃する人もチラホラいます。

 

 そうなるように仕向けたとはいえ、虚を突かれすぎでしょ……

 

「せいっ!」

「がぁ……っ!」

 

 混乱の隙を突いて、手近にいた一人に木刀を一閃。

 まともに対応すら出来ぬまま、一撃で泡を吹いて気絶しました。

 

「どうしたの? 果たし状の送り主が来てるのに油断してたなんて……もしかして、審判役が"初めっ!"って言わないと戦えないの?」

「テメェ!!」

 

 やれやれ、やっと火が付いたみたいね。

 その辺りに散らばっている木刀を各々拾い上げると、血走った目で私を睨んできます。

 

「あらら、犯されちゃいそう……」

「死ねえええぇぇっ!!」

 

 ようやく襲い掛かってきてくれました。

 これで鉄拳制裁が出来ます。

 

 ですが現状は、驚くくらいの多対一です。

 よく「多人数を相手にする場合は強い奴から倒せ」なんて言うけれど今回はそれはなし。

 だって全員ぶちのめさないと、私が隊長にぶちのめされるからね。

 

 なので今回注意すべき点は、可能な限り一対一の状況を作るように心掛けること。

 複数を同時に相手をすることのないように、状況全てを利用すること。

 

 例えば――

 

「邪魔!!」

「うおおおっ!?」

「馬鹿、来るなっ! ぐおおおおっ!」

 

 近くにいた隊士を掴み、別の隊士目掛けて投げつけます。

 すると相手はそれを避けきれずに、仲良く絡み合うようにして倒れました。

 

「くそっ! 舐めんなっ!!」

「はい、あなたの相手はこっち!」

「ぐっ……って、うおおぉっ!?」

「だあっ!! って、すまん!!」

 

 近くにいた隊士を身代わりにします。

 襲い掛かってきた相手は剣を止められず、綺麗な同士討ちになりました。

 

 ――とまあ、こんな風に。

 利用できるものは敵でも利用して、立ってる者は親でも使うわけです。

 こうしないと囲まれて袋だたきにされますからね。

 

 他にも――

 

「はい、あげる」

「え……? がっ!?」

 

 ――手にした木刀を軽くパスすれば、相手は一瞬だけ怯みました。

 その隙にぶん殴って倒します。

 

 まあ、こんな虚を突く手段は何度も使えないんですけどね。

 そもそもこの殴り込みは"わからせ"が目的ですから。

 何が起こったかわからないくらい一瞬で倒しちゃうと、わからせられないので。

 

「はっ!」

「ぐあああっ!!」

「ぎゃあああ!!」

 

 なので適度に手加減しつつ、一太刀でぶった斬ります。

 まあ木刀なので斬れずに――頑張れば斬れますけど――打撲や骨折が関の山です。

 

 これで三十人くらいは倒しました。

 けれどもまだまだ人数は多く、相手の士気も高いみたい。

 

「くそっ! 四番隊のくせになかなかやるじゃねぇか!!」

「……そう?」

 

 見た感じ、真っ先に来ているのは若い隊士みたいね。

 新人に経験をつけさせようと思ってか、それともベテラン隊士はストッパーとして後に控えているのか。

 ……うーん、若い隊士とはいえこのくらいの腕かぁ……

 霊術院をちゃんと卒業したはずでしょうに――

 

「――この程度で強いと思えるのね……」

「んだとコラアアアァァ!!」

 

 あらいけない、口に出ちゃってた。

 激昂して襲い掛かってきた相手を、今度は力尽くで吹き飛ばします。

 

「ぎゃあああああぁっ!!」

 

 良く飛ぶわねぇ。

 吹っ飛んだ十一番隊隊士はそのままゴロゴロと転がって……

 

「オウ、元気よう転がり回っとるみたいじゃのぉ」

「い、射場三席!?」

 

 一人の死神の足にぶつかって止まりました。

 

「久しいのぉ、湯川副隊長」

「ええ、こちらこそ。射場三席」

 

 この人は顔も名前もちゃんと知ってます。

 十一番隊の射場(いば) 鉄左衛門(てつざえもん)さんです。

 角刈りにサングラスまで掛けたいかつい容貌の男性です。

 オマケに広島弁で喋るので、見た目と相まってどう見ても"ヤのつく自営業の方"にしか見えませんが、話してみればちゃんとスジを通す仁義に熱い人です。

 

 良い人ですよ、みかじめ料とかも要求されませんし。

 

「あんたからあんな手紙が届いた時には、冗談かと思うたわ。じゃがこうしてここに来とるいうこたぁ、本気じゃったんじゃのぉ」

「ええ、まあ。十一番隊の皆さんがちゃんと四番隊(ウチ)の言うことを聞いてくれれば、こんなことをする必要もなかったんですけどね」

 

 これは本当。

 射場さん良い人だし立場もあるんだから、部下をちゃんと締めてくれれば私もこんな事しなくて済んだのに……

 ちょっとやらかした新人隊士(チンピラ)に「ワレ(お前)エンコ詰めんかい(指を切断しろ)!!」って言ってくれるだけで良かったんですよ?

 

藍俚(あいり)殿、思考がおかしくなってるでござるよ! 仁義がなくなってるでござる!! それは創作物の中だけで勘弁して欲しいでござる……』

 

「それならそう、ワシに言うてくれりゃあ良かったんじゃ。そしたら引き締めることもできたんじゃが……もうここまで被害が出ると、下のモンも収まりがつかん。なにより、十一番隊(ウチ)にも面子というものがあるけぇの……」

 

 そう言いながら、落ちていた木刀を拾い上げると正眼に構えました。

 

「すまんが骨の一本や二本は、覚悟してもらわにゃならん!」

 

 すっごい似合ってる! Vシネマみたい!!

 

 ……この人は礼儀正しいし、特に四番隊で暴れることもない良い人なので……

 戦いたくないなぁ……

 でも中途半端は駄目よね。

 

「よっ、と……?」

 

 襲い掛かってきた剣を受け止め――あら、なんだか妙ね。

 本気の剣じゃないわね、私に受けてくれってお願いしてる太刀筋だった。

 だからつい受けちゃったんだけど……

 

「(おい、聞こえとるか?)」

 

 やっぱり何か狙いがあったようで、鍔競り合いを装って小声で話しかけてきました。

 

「(なに?)」

「(あがいな手紙()ろうては、隊士たちがいきり立つのも当然じゃ。止められんかったんはワシにもちいと責任がある、認めたるわ。じゃけぇ、ここでワシに負けちゃあもらえんか? そうすりゃ後はワシが何とかするけぇ)」

 

 なるほど、そういうこと。

 

 挑発された以上、溜まった鬱憤をガス抜きさせる意味でも戦わせるのは必要だった。

 でも多勢に無勢なら私は絶対にどこかで負けるはず。

 そのタイミングを見計らって、射場さんが登場して場を取りなして、丸く収める。

 これが彼が当初想定していたシナリオだったってことね。

 

 すみません、ウチの隊長が先走ったばっかりに気を遣わせてしまって……

 

 オマケに想定外に私が暴れちゃったせいで、シナリオが完全に狂っちゃった。

 でもまだ修正は可能。

 射場さん自ら出張ってきて相手をすることで、他の隊士の手出しを封じる。

 そして"副隊長といえども所詮は四番隊"なら"三席相手なら負けてもおかしくない"という大義名分が出来るし、戦闘終了後には彼が睨みを利かせれば報復される心配もない。

 後は適当に死んだフリをしていれば、勝手に場を納めてくれるってわけね。

 十一番隊はこの喧嘩に勝ったということで名に傷は付かないし、四番隊が殴り込みに来るくらい怒らせたということで、平隊士たちを強く諫める理由にもなる。

 

 なるほど、完璧な作戦よね。

 

 ……私が従えば、だけど。

 

「ごめんなさい」

 

 鍔迫り合いの形のまま腕力で射場さんを突き飛ばして距離を取ると、瞬時に斬撃を何発も叩き込みます。

 

「な、なしてじゃ……なしてこがぁなこと……」

 

 どうして従ってくれないのか信じられない、理解できない。

 といった様子を見せながら、射場さんは倒れました。

 

 まあ、わからないですよね。

 負けたら卯ノ花隊長に何をされるかわからない以上、私が背水の陣で臨んでいるなんて。

 ……ああ、なんて弱い私……

 

「射場さん!!」

「テメェ!!! よくもやりやがったな!!!」

「ぜってぇ許さねええぇぇ!!」

 

 そりゃ、こうなりますよね。

 下っ端チンピラならともかく若頭に手を出されたら、組のシメシがつかないもの。

 

 復讐に燃える隊士たちの群れに向けて、私は木刀を構えました。

 

 

 

 

 

「ぐわああああああぁぁっ」

「ふぅ、これで全員ね」

 

 このくらいなら負ける道理がありません。

 確かに手強かったといえば手強かったのですが、流石に負けませんよ。

 人数が多かったので息は乱れましたが、その程度。

 怪我もありません。

 

 反対に十一番隊側は酷い有り様ですね。

 全員が地面に倒れていて、見た目だけなら死屍累々の屍山血河な状態です。

 二百名くらいはいますね。

 勿論殺してなんかいませんよ。

 気絶している人もいるみたいですが、多くの方は苦悶の呻き声を上げています。

 

 さて、これからが本番ですよ。

 この人たちを――

 

「……ッ!!」

 

 ――身体の底から震え上がるような殺気!

 

 考えるより先に身体が動いて、反射的に防御を固めます。

 すると、防御したのとほぼ同じタイミングで、強烈な一撃が木刀に叩き込まれました。

 思わずバランスを崩す程の強烈な一撃。

 こんなことが出来るのは……

 

「ハハハハハハハッ!! つまんねぇ仕事を終わらせてきてみりゃ、随分面白いことになってるじゃねぇか!!」

 

 ……今まで一体どこにいたのやら。

 

 更木剣八が木刀を片手に狂喜の笑みを浮かべていました。

 




●タイトル
我ながらなんという頭の悪い……

●十一番隊の隊士たち
結構まとも、というか義理堅くて律儀な人も多いみたいですが。
彼らには犠牲になってもらいました。ネタの犠牲に。

●射場さん
病気の母親(元三番隊副隊長)の治療費のため、誘いを受けて七番隊副隊長になった人。

元十一番隊所属なのでここで登場。
加えて"この頃だとこんな立場かな?"と安易に三席決定。
そして真面目そうなので、文中のような落とし所を作ってくれました。
(その提案を我が身可愛さに断ってしまう下衆)

彼の口調(広島弁)は「恋する方言変換」というサイトにお世話になりました。
(感想で教えていただきました。誠にありがとうございます)
(ただこの人の場合はVシネマとかのが参考になったかもしれません(苦笑))

●ザラキーマさん
来ちゃった。


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第66話 更木剣八と一緒に素敵な午後のひとときを

「オマケに俺の一撃を防ぎやがった。こりゃあ、愉しめそうだぜ」

「……更木、隊長……」

 

 その姿を見ただけで、思わず息を飲んでしまいました。

 背中に冷や汗が流れ出し、うなじの辺りはチリチリと警告のようなものを発しています。

 

 これは意識の差。

 

 今までは面と向かうことがあっても、遠巻きに見ていただけ。相手も私なんて、路傍の石くらいにしか思っていなかった。

 でも今は違う。

 十一番隊の猛者たちを孤剣で倒している。不意打ち――相手からすれば小手調べの戯れ程度でしょうが――を防いで見せた。

 それらの事実から、私のことを明確に"戦うに足る相手"と認識して見ている。

 

 だからこんなにも……圧が強い……!

 

『やべーでござるよ、ミナデイン殿でござる!! これはガチ中のガチでござる!! どのくらいやべーかというと、卯ノ花殿が黒髪お下げで眼鏡の巨乳委員長キャラに見えるくらい危険が危ないでござる!!』

 

 ……射干玉(あんた)の反応を見てたら一周回ってなんだか安心してきたわ。

 

『もしくは青髪でセーラー服を着た美少女に見えてきたでござる!! 突きに代わっておしおきされそうでござる!! デュフフフフ!!』

 

 この状況でその反応が出来るのはいっそ感心するわ。

 てか、あんたの好みって……私の姿形から逆算すると、射干玉は木星とか冥王星? 髪型だけで考えると月という線もアリかしら。

 それと、その突きは誤字なの? それとも斬魄刀で突き刺して欲しいの?

 よくわからないけど、水でも被って反省しておきなさい。

 

「女、お前だろ? 少し前に十一番隊(ウチ)に面白ぇ(モン)を送ってきたのは」

「……ええ」

 

 少し緊張しつつも、首肯します。

 全員ぶっ飛ばしちゃった時点で、否定なんてもう無理だからね。

 

「チッ! こんな強え相手が来るってわかってりゃ、(ホロウ)退治なんて後回しにしたのによぉ!!」

(ホロウ)退治……ですか……?」

「昨日になって急に仕事が回ってきてな。ったく、めんどくせえが仕事は仕事だ。俺が出張る必要もねぇような雑魚だったが――」

 

 そこまで口にすると、私を見る目がより強力になりました。

 視線だけで射殺せそうなくらいに凶悪な目つきです。

 

 ……というか、急に回ってきた仕事……まさか、ねぇ……

 違いますよね隊長!? この人が来ない間に片付けろって意味ですよね!?

 邪魔が入らないように露払いが終わった後で戻ってきて、タイマンになるように調整して手を回したわけじゃないですよね!!

 

「――祭りが盛り上がった頃に参加できたとなりゃ、寧ろ幸運だったみてぇだ!」

「っ!!」

 

 ほとんどノーモーションから凄い速度で剣を振ってきましたが、このくらいならなんとか回避できます。

 

「本当なら真剣で斬り合いを楽しみてぇところだが、生憎とお仲間だからなぁ。万が一にも殺さねぇように、木刀(コイツ)で勘弁してやるよ!!」

「ぐっ!!」

 

 ですが私が避けても連続して、滅茶苦茶に剣を振り下ろしてきました。

 さすがに避けきれず、防御を余儀なくされたのですが……

 

 お、重い……っ!!

 

 相当鍛えたはずなのに! こんな、片手で力任せに振ってる剣なのに!!

 なんでこんなに重いの!?

 一度受け止めただけで、腕に軽い痺れが走りました。

 

「そう考えたから、テメェもこんな詰まらねぇ道具で喧嘩してたんだろ!?」

 

 守勢に回ったのはちょっと失敗だったわね。

 受けとめた瞬間、更木隊長の攻撃の手が苛烈になりました。私が手を出さないのを良いことにガンガン攻め込んできます。

 ですが――

 

「――この程度の剣技なら!」

「っ!?」

 

 身体能力任せの剣ではいつまでも通用しませんよ!

 相手の攻撃に合わせて私も剣を切り上げて、木刀を弾き飛ばします。

 

「やりようはある!!」

 

 弾き飛ばした勢いと流れを殺さぬまま剣を振るい、更木隊長に一撃を与えます。

 狙うは顎の先。ここを掠めれば気絶させられるはず!

 

「へへへ……やるじゃねぇか……」

「嘘、でしょう……!?」

 

 はず、だったのに……

 更木隊長は咄嗟に反応して、私の剣を額で受け止めていました。

 確かに額は固いですけど、それでも頭ですよ!? 一撃を受けたのに平然と、それどころか微動だにすらしていません。

 か、怪物めぇ……

 

「女……お前の名前は?」

「へ?」

「名前だ名前、聞かせろ」

「……四番隊の、湯川藍俚(あいり)よ。手紙にも所属部隊と名前が書いてあったはずだけど、読んでないの?」

「読んでねぇよ、というか興味すらなかったぜ。ただ、部下たちがなにやら騒いでいたから覚えていただけだ」

 

 なにこれ! 今まで感じ続けていた圧が、もっと強烈になった!?

 

「だが、四番隊か……へっ、なるほどな……ククク、そういうことかよ……!!」

 

 何!? 何!? どういうこと!?!? 歓喜の表情を浮かべてるわ!!

 どこにそこまで琴線に触れるワードがあったの!?

 

「なら! こんなもん、いらねぇな!」

「眼帯……! あっ!!」

 

 眼帯を毟り取って投げ捨てる様を見て思い出しました。

 

 あれはわざわざ自分の視界を遮るためだけに付けてて、しかもご丁寧に霊圧を抑制する機能まで仕込んであるって代物だったはず!

 髪に付けた鈴も、音を鳴らして相手に自分の位置を知らせるために!

 そんなことでもしなきゃ斬り合いが愉しめないからって理由だけで、こんな風にセルフ縛りプレイしてる変態なんだった!!

 

「いいぜ! とことんやろうじゃねえか!! 楽しい喧嘩をなぁ!!」

「お断りよっ!!」

 

 素手で殴りかかってきたけれど、私も距離を取りつつ足下に転がっていた木刀を更木隊長目掛けて蹴り飛ばして牽制します。

 が、その一撃を相手はむしろ援護と見たのか「ご親切にどうも」とでも言いたげに笑いながら斬りかかってきました。

 

 抑圧から解放された、素の霊圧での攻撃。

 その表情は凶暴にして獰猛、凶悪なくらい荒々しさが出てる。

 

 コレと戦う位なら、ビル間に掛けられた鉄骨渡る方がよっぽどマシよね。

 

『猛省! 猛省!! 猛省!!! そう言われたら、行かざるを得ない!! でござるな!!』

 

 適当に抜粋しないで……!! って、これは……!!

 

「クハハハハ!! どうしたどうした!?」

「甘く、見ないで!!」

「ぐっ! やるじゃねぇか!! それでこそ、やりがいがあるってもんだ!!」

 

 一撃一撃が並の(ホロウ)なら一瞬で霧散するような破壊力を秘めてる!

 しかも相手は私よりも頭一つは大きいから、リーチも体格差も負けてるのよ!

 これを防ぎつつ反撃も織り交ぜるのは、相当……

 

 ……あれ?

 

 いえ、これは……そうよ、絶対おかしい!

 あれだけ底知れない霊圧を持っていて、この程度なの!? 本気を出せばもっと、身体能力だけで蹂躙が出来るはず……

 

 そっか、そういうことなのね!!

 

 多分だけど無意識――本能レベルで手加減してるわね。

 出し惜しみするタイプには全く以て見えないし。

 私が今、表に出している力を見極めて、それにギリギリ拮抗する程度に力を調節して戦ってる。

 だから、この程度なんだわ。

 

 だとしたら、やりようはある……!

 

「どうした!? もう息が上がったか!?」

「馬鹿言わないで! しぶとさだけには定評があるのよ!」

 

 乱暴な攻撃を剣術の利を活かしてなんとか圧倒します。

 けれどもその優位は一瞬で、相手の霊圧が高まってひっくり返されます。

 二振りの木刀は互いの身体を末端といわず中心といわずにぶつかり合い、無数の怪我が身体に刻み込まれていきます。

 

 しかし、硬いわね! まるで鉄板をぶっ叩いているみたい!!

 私も今は霊圧で防御力を上げているから半端な攻撃は弾く自信があるけれど、その上からガンガンぶっ叩かれて痛みが襲ってくるわ!!

 けどこの程度なら……!!

 

「あん!? その身体……ハハハッ!! 面白ぇ!!」

 

 そりゃ当然、気付くわよね。

 受けたダメージを、回道を使って消しているんだから。

 相手が打ち込んだはずの打ち身や内出血が一瞬で消えてるんだから。

 

「……卑怯かしら?」

「卑怯だぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ!! テメェで覚えたテメェが持ってる物を使って何が(わり)いってんだ!」

 

 さすがは戦闘狂、細かいことは気にしないのね。

 

「何よりそんな力がありゃあ、延々と斬り合えるってことじゃねぇか!! いいぞ、もっとだ! もっと俺を愉しませてみせろ!!」

 

 と思ったら予想の斜め上の理由だったわ!!

 そっちだって多少なりともダメージを受けているはずなのに、まるで意に介さずに戦ってくる!!

 

 けれど、少しだけ……ほんの少しだけ、警戒よりも楽しみが上回って緩んだわね。

 よし、今! 相手の斬り下ろしの一撃を――

 

「ぐうううぅぅっ!!」

「あぁん!?」

 

 ――片手で受け止めました。

 ひ、左手が! 左手がジンジン痺れます!

 

 仮に斬魄刀相手にこんな防御をしたら即座に腕を切断されていたでしょうが、木刀相手ならこの受け方は問題なし! 物凄い痛いだけで、怪我は回道で瞬時に治せますし。

 

 何よりこれで、先程の緩みと合わせてほんの一瞬だけですが攻撃が止まりました。

 

 ――今!!

 

 残った右手には既に霊圧を集中させています。

 血装(ブルート)を瞬時に発動させて、さらにもう一手!

 

「っ!!」

 

 気付いたようですが、もう遅い!

 こっちの手段も瞬時に発動・解除出来るように特訓済みなんですよ!!

 一瞬にも満たない極々僅かな間だけ(ホロウ)化し、更に能力を底上げして一撃を放ちます。

 

 名付けて――

 

「――光速剣!」

「があああっ!!!」

 

 ――入った!

 

 今までの速度に目が慣れてきたところで、それまでとは比較にならないほど速い一撃を放てば、慣れと油断が相まって回避はほぼ不可能!

 回避を考えるどころか、反応すら不可能。何が起こったか察知する暇も無い一撃です!

 (ホロウ)化自体も一瞬だけなので、霊圧を知覚することもできません!

 ふふふ、頑張って練習した甲斐がありました。

 

 思い返せば、主人公(黒崎一護)もこんな風に勝ったんでしょうね。

 相手の予測を上回るほどの成長速度で一撃を放つ。

 というかそれ以外に、更木剣八(コレ)を倒す方法があるとは思えません。

 

 これなら間違いなく勝利――

 

「……っく、くははははは!! やりゃあできんじゃねぇか!!」

「!?」

 

 ――してなかったみたい。

 

 ちょ、ちょっと待って!! 一撃で意識がぶっ飛んで、半日は気絶しててもおかしくないはずの攻撃よ!? 今回ばかりは一切合切手加減してないわよ!?

 

「良い攻撃だったぜ!! しかもテメェ、今何をした? 理屈はさっぱりわからねぇが、霊圧を変化させやがったな?」

 

 嘘でしょ!? カラクリまで見抜かれた!!

 あの一瞬だけなら絶対に霊圧知覚されない自信があったのに!!

 

「ようやく興が乗ってきやがった!! ハハハハハッ!! その霊圧だ! その霊圧で来てみろ!! 奥の手があるなら全部出してみせろ!! じゃねぇと愉しめねぇんだよ!!」

 

 もうやだ!! 帰りたい!!

 しかもさっきの(ホロウ)化を知覚されたせいで、閾値が再設定されて霊圧の上限まで上がってるじゃない!!

 

 でも泣いても絶対に帰してくれないわよね。

 

 仕方ない……隠し芸はまだあるのよ!!

 

「ああああっ!!」

 

 勢いよく斬りかかりながら、こっそりと隠し芸の準備をします。

 

 ――散在する獣の骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる

 

 速度と途切れぬ連撃で責め立てながら、僅かな隙間を縫って空いた手を翳すと、準備していたそれ(・・)を放ちます。

 

 ――破道の六十三 雷吼炮(らいこうほう)

 

「うおおっ!?」

「隙ありっ!!」

 

 至近距離から放たれた雷撃を、更木隊長はどうやらまともに喰らったみたいですね。

 直撃によって動揺している隙にさらに木刀の攻撃を加えます。

 

 これで終わってくれれば……

 

「今のは……鬼道か……」

 

 ……やっぱり駄目よね。そんな気はしてたわ。

 

「しかもテメェ、詠唱していなかったな?」

「さてどうかしら?」

「いい、俺の目は節穴じゃねぇ! 詠唱はおろか、術名すらも省略して鬼道を使いやがったな!! 一体何をしやがった!?」

「それを教えて貰えると思ってるの!?」

 

 そりゃバレますよね。

 はい、ご指摘の通りです。

 詠唱も術名すらも口に出すことなく、鬼道を放ってやりました。

 

 いわゆる完全無詠唱ってやつです。

 

 けどこれも駄目かぁ……

 完全詠唱までしたのに! この至近距離で放ったのに!!

 なのにまだ平然としているなんて、自信なくすわねぇ……

 

 これ以上となると、決定打がもうないわ。

 

 射干玉の卍解が使えれば打てる手段なんて無限にあるけれど、さすがに同僚には使えないわよね。

 となれば残っているのは、泥臭い持久戦だけ! どっちが先に倒れるかの勝負!

 しぶとさだけは定評があるのよ!!

 

「らあああぁぁっ!!」

「攻めが鋭さを増しやがった! それにこの剣筋! 愉しませてくれるじゃねぇか!!」

 

 血装(ブルート)を全開で発動させながら斬りかかりました。

 受けられるのは承知の上ですが、せめて攻勢に回って流れだけでも作らないと!!

 

『がんばれ♥ がんばれ♥ 藍俚(あいり)殿♥』

 

 うわ、殴りたい。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「くくく……愉しい、愉しいなぁ……!!」

 

 あれから延々と斬り合いは続きました。

 私も更木隊長も肩で息をしています。

 相手は打撃で全身ボロボロ、私は回道を使っているので見た目は怪我こそありませんが、死覇装だけはボロボロ。

 オマケに二人とも全身から汗が流れていて、砂埃や出血のせいで所々が茶色や赤で彩られています。

 

 当然ながら木刀では私たちの攻撃に耐えきれずに折れてしまい、壊れたかと思えばその都度落ちているそれを拾っては戦い続けています。

 おかげで辺りには砕け散った木刀の残骸が転がっています。

 倒れたままの十一番隊の隊士たちと相まって、敗戦後の戦場みたいな雰囲気です。

 

 まあ、これだけ長い間戦っていれば、隊士たちもちょっとは変化があります。

 痛くて立ち上がれないでしょうが、それでも私たちの戦いを見ているのが大勢……

 

 え! ってことは、もうこんな時間!?

 

 ……あ! まずい!! 自覚したら余計に気になってきたわ!!

 

「ちょっと待った! これでもう終わり!!」

「ああ!? 今さら何を、つまんねぇこと言ってんだよ!!」 

 

 降参を宣言したものの、当然ながら聞く耳なんてもってくれませんよね。

 元気に斬りかかってきました。

 

「くっ!! ……ちょっと待った……って!」

 

 でも流石に精度が落ちてきてますね。

 技術で剣を受け流しつつ、その勢いを利用して回転しながら――

 

「言ってるでしょうが!!」

 

 ――相手の後頭部にエルボーです!

 

「ぐっ……!! ……ん?」

 

 やっぱりこれでも倒れませんね。でもそれも予想の範疇です。

 その間には私は手にした木刀を投げ捨て、さらには"ちょっと待った"と言わんばかりに手を突き出しています。

 その妙な姿勢に気勢を削がれたのでしょう、ようやく攻撃の手が止まりました。

 

「これ以上やると……はぁはぁ……倒れている隊士たちを……回復させられなくなる……から、だからもう無理!」

「なんだそりゃ? どういう意味だ……?」

「だからね――」

 

 場所が戦場だったら四番隊は十一番隊の言うことに従うけれど、病院内で四番隊の言うことを聞かないのはおかしい。

 四番隊の戦場は医療現場、戦場でプロの言うことに従わないのは筋が通らない。

 だったらもう、十一番隊の流儀で説得するしかない。

 少なくとも今ココで倒れている連中は、四番隊の言うことに逆らう権利は無いはず。

 文句があるなら、いつでも言ってきなさい。

 十一番隊の流儀に則って私が受けてあげる。

 

 ということを説明してあげました。

 

「――ということよ。ぶっ飛ばしたのは私だから、私が全部治すわ。負けた相手に傷まで治されたら、ぐうの音も出ない完敗でしょう?」

「……」

 

 黙って素直に聞いてるわね、ちょっとだけ意外。

 

「でもこれ以上戦っていると、回道で使う霊力まで尽きちゃうからこれで終わり! そっちの流儀が最後まで戦い続けることなら、こっちの流儀は最後まで癒やすことよ。戦場から逃げる十一番隊士なんて、隊士失格でしょう?」

「……ク、クククク!! ワハハハハッッッッ!!」

 

 突然笑い出しました。

 ひょっとして、さっきの沈黙も笑いを堪えてたのかしら。

 

「こいつは傑作だ!! 確かに、お前の言う通りだな!! 四番隊(そっち)の流儀を守れないから、十一番隊(ウチ)の流儀に従ってか!!」

 

 あ、乗ってきた。

 

「戦場から逃げるようなもん、か。そんなつまらねぇ真似は確かに出来ねぇよな!! いいぜ、まだまだ食い足りねぇが見逃してやるよ!! それに、お前みたいな馬鹿は嫌いじゃねぇ! 流儀に従って、全員に命令しておいてやるよ!!」

「ありがとうございます……でも、まずは……」

 

 更木隊長に回道を使います。

 

「何の真似だ?」

「言ったでしょう? その傷は私が付けた物だから、私が治すのよ。それが最低限の責任ってものでしょう?」

 

 といったものの、ホントにタフよね。

 骨に軽く罅とか入ってるけれど、その程度。何だったらもう治ってきてるし。

 この人、何もしなくても明後日くらいには完治してるんじゃないかしら?

 

「お、お……?」

「はい、これで終了よ。一応、大事を取って今日はもうゆっくり休んでくださいね。私は他の人たちを治療しますから」

 

 傷も痛みも嘘みたいに消えましたからね。

 私が治療していくのを横目に、更木隊長は驚きながら手を握ったり開いたりして自分の状態を確認しています。

 

「おい、やっぱりもう一戦……」

「しません!!」

 

 戦闘狂め! こっちはもう気力が尽きかけてるって言うのに!!

 さて、倒れている隊士たちを端から順番に治して説得していって……と。

 

「射場三席、申し訳ありませんでした」

「ああ、まぁ……なんじゃ。そっちの言い分もわかる。ワシも注意しとくけぇ……な?」

「はい……本当に申し訳ありません」

 

 射場さんには我ながら本当に酷いことしたわよねぇ……

 まあ、更木隊長相手に食い下がって倒れなかった。その他は全員はっ倒したから、内容を考えればギリギリ合格点は貰えるはずですよ。

 今日の仕事はしたと思うことにしましょう。

 

 ……あら? 小さい子が近寄ってきた。

 

「ありがとね、あいりん! あいりんのおかげで、剣ちゃんすっごく楽しそうだった!」

「え、あいりん……って、私のこと?」

「うん! あいりだから、あいりん!!」

 

 あだ名ですね。

 一文字多くなってるけど、良いのかしら……?

 

 というかこの子って、アレよね。

 

「ありがとうございます、草鹿副隊長」

 

 十一番隊副隊長の草鹿(くさじし) やちる よね。

 更木剣八にずっとくっついている謎の幼女。ピンクの髪の幼女です。

 立ち振る舞いは幼女の名に恥じぬ背の低さと相まって見た目相応の子供なんですが。

 時々今みたいに"更木剣八のことを何よりも深く理解している一番の理解者"みたいな雰囲気を見せるんですよね。

 ……正体は何者なのかしら、この幼女? 

 

「あたしのこと、知ってるの?」

「それは……有名ですから」

「そっか! じゃあ、剣ちゃんとまた遊んであげてね!」

「ああ、そうだな。明日くらいにでもまたやろうや、藍俚(あいり)

「明日!? ……い、いえ日常業務とかがありますので当分は……」

 

 ああもう! 戦闘狂が過ぎる!!

 犬歯を剥き出しにして凶悪に嗤ってくれちゃってまぁ!!

 

 ……あ、でも名前を呼んでくれました。そこはちょっとだけ嬉しいような……

 

『顔と名前を覚えられたと言うことは、ターゲット・ロックオン!! お前を殺す!! という意思表示でござるな!!』

 

 いやああああああぁぁっ!!

 




●黒髪お下げで眼鏡の巨乳委員長キャラ
●青髪でセーラー服を着た美少女
いわゆる声優ネタ。
前者はTo Heartより。関西弁と書けば多分完璧でした。
後者はセーラームーンより。水星と木星は主人公より人気ありましたね。

●猛省! 猛省!! 猛省!!!
同上。

●更木剣八
身長202cm。
(加えてあの容貌とか、子供も大人も見たら泣く)

卯ノ花さんは身長159cm、43cm差の相手にあの闘いを……
(なお、やちるは身長109cm)

●隠し芸
藍俚ちゃんが仕込んだ隠し芸です。
光速剣は、一瞬だけ虚化して超速の一撃を放つ技。
無詠唱は、色々仕込んだ結果。詳細は今のところ秘密です。

●十一番隊隊士
副隊長とはいえ、下に見ていた四番隊(しかも女性)にフルボッコされる。
(隊長、副隊長を除く)
これは恥ずかしい。ネタにされちゃう。

……誰か足りない?
荒巻 真木造さんなら多分その辺に転がってると……え、違うの?
じゃあきっと、今日は幸運にもお仕事で席を外していたんだと思いますよ。


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第67話 ネタにされないわけがない

「十一番隊への怒りや、憤りといった感情は?」

「正直に言って、少なからずはありました。ですがそれよりも、四番隊(ウチ)の一般隊士たちへの暴言の方がずっと問題だと思っていました。身勝手な振る舞いで、あの子たちの自信や経験を得る機会が喪失してしまうかもしれない。その方がもっとずっと問題でしたから」

「なるほど。ご本人ではなく、部下の方々に対する憤りからあのような行為に走ったと、そういうことですか――……」

「勿論十一番隊の全員がそういった方ではないと承知しています。ですが、その……少々調子に乗りすぎた、と言うんですか? 目に余ったので……」

 

 懐かしいわね。

 五十年くらい前にもこんなことしたわ。

 期間が空いているとはいえ、二回目ともなれば結構こなれた対応が出来る物なのね。

 

 何って、取材ですよ取材。

 四番隊の応接室に九番隊の隊士たちがやって来て、現在絶賛取材され中の私です。

 

 それにしても……時代が進むと技術も進歩するわよねぇ。

 いつの間にやら世の中に出てきたカメラで写真撮られてますし、テープレコーダーでインタビュー内容の録音までされてます。

 デジタル化の波がもうここまで来てるなんて……!!

 でもメモを取ってる方もいて、アナログさ加減にちょっとホッとしますね。

 

 そして取材の内容はずばり、先日の"十一番隊の大騒動事件"についてです。

 

 基本的には"戦わない臆病者の集まり"が共通認識の四番隊、その部隊の隊士が"戦闘専門集団"の十一番隊に殴り込んで、ほぼ全員ぶっ飛ばしているんですから。

 話題にならないわけがないです。

 どこから嗅ぎつけたのか、瀞霊廷通信の格好のネタにされました。

 取材を打診されたときに一度は断ったんですが「どうしてもお願いします!」という熱の籠もった――夜討ち朝駆けすら辞さないような――説得に根負けしました。

 こうしてマスコミは出来上がっていくのね……(偏見)

 

「中々個性的な果たし状を送った、と聞いていますが」

「あはは……それ、どこから聞いた話なんですか? 恥ずかしいですよ……」

 

 それ送ったのは卯ノ花隊長ですよ、しかも当事者に無断で。

 とは言えないですよねぇ……今さら……

 

「あの手紙は短慮だったと思っています。ですが、あのくらい過激な言葉を書かないとこっちの覚悟が伝わらないと考えました。後で言い訳出来なくなるくらい本気でぶつかってきて貰わないと、禍根が残ると思ったので、あえてああいう内容にしました」

「なるほど……今回に限っては本気でぶつかり合わないと、中途半端な解決はそれこそ新しい問題を引き起こしそうですからね」

「その結果がアレですか……」

 

 最後のセリフはインタビュアーではなくメモを取っている人です。

 ポツリと呟いた様子から、どうやら彼はある程度事前に調べていて、この状況をどう記事にするのか困ってるみたいですね。

 

 四番隊とはいえ副隊長なのだから、戦闘能力はあって当然とするべきか。

 副隊長とはいえ四番隊に、これほど強い人がいたとするべきか。

 

 どっちで扱うべきか。

 

「そういうことになりますね……やっぱり更木隊長は強かったです」

「その隊長相手にあの結果、しかもその前に他の隊士たちを倒してから……ですからねぇ。万全な状態だったら隊長にも勝っていたんじゃありませんか?」

「いえいえ! 私じゃ更木隊長に勝つのは無理ですよ!! 万全状態でも勝てる気がしません!!」

 

 挙げ句、木刀とはいえ当代の剣八と引き分け――実質は降参みたいなものですけれど、五体満足で戻ってきた――となれば、下手な扱いは出来ない。

 どうもこの後で十一番隊の取材にも行くらしいので、余計に扱いを決めかねてますね。

 下手なことを書くと十一番隊から報復されかねないとか思ってるんでしょうか?

 

 とあれ取材自体はその後も続き、やがて恙無(つつがな)く終了しました。

 

「――……はい、本日はありがとうございました! 以上で終了となりますが、何か伝えておきたい。瀞霊廷通信で取り上げて欲しいことがあれば、お伺いしますよ?」

 

 なんかこのフレーズ、前の時も聞いたわね。

 取材終わりの際の定型文みたいになってるのかしら?

 

「伝えておきたいことと言うか、お願いなんですが。このことを記事にする時には、四番隊(ウチ)の隊士じゃなくて、私を狙うように上手く強調した記事にしてもらえますか?」

「湯川副隊長を、ですか……? それはまたどうして?」

「はい、今回の件は私の独断みたいなものです。それが、部下の子たちに飛び火するようなことがないように……少々過激でも"やり返すのなら私だけにしろ"みたいな内容を入れて貰えると助かります」

 

 標的は四番隊の隊士なら誰でもOK! 復讐してやるぜヒャッハー!! まずはそこの下っ端隊士! お前からボコボコにしてやるぜ!! ヒャッハー!!

 

 みたいに粗暴で短慮な奴がいないとも限りませんからね。

 ヘイトは全部私に向けておかないと。

 

「なるほどなるほど、副隊長は部下のことを大切に思ってるのですね。羨ましいですよ」

「よろしくお願いします」

「では、これで我々は引き上げさせて頂きます。本日はお忙しい中、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。お役に立てたなら幸いです」

 

 そうして取材陣は帰っていきました。

 

藍俚(あいり)殿! 藍俚(あいり)殿!! 宣伝を忘れておりますぞ!!』

 

 ……マッサージ屋の宣伝は今回はパスね。

 もうそこまでしなくてもかなり知れ渡ってるし。

 

『ええー! でござるよ!!』

 

 もう予約とかかなりいっぱいいっぱいなのよ!

 いつぞやみたいな五人連続はもう勘弁してよ!! 食傷すぎて胃もたれ起こすわよ!!

 

『ですが、天下一……もとい、万が一のことを考えてもっと揉んでおいた方が宜しいかと愚考して具申いたしますぞ!!』

 

 ……なんで?

 

藍俚(あいり)殿がお山を登る(おっぱいを揉む)と、成長にボーナスが入ります!!』

 

 ……は?

 

『有象無象でも構いませぬが、名のある相手のお山を登る(おっぱいを揉む)とさらに効率あっぷっぷーでござるよ!! 平時の修行と合わせれば倍率ドン! 更に倍でござりますぞ!!』

 

 ……え、マジで!?

 じ、じゃあ教授に全部! じゃなくて……えーと、つまり……?

 

『揉めば揉むほど強くなる!!』

 

 うわぁ……知りたくなかったわ……

 

『言っておりませんでしたからな!!』

 

 胸を張るな胸を……あんたの胸ってどこ?

 

『ここでござる!!』

 

 ひゃあああああ!! ひ、人の胸元に湧いて出てこないで!!

 

 けどまあ、納得はできたわ。

 ここ最近の著名人だけ並べても、松本乱菊・四楓院夜一・曳舟桐生・志波空鶴・卯ノ花烈・矢胴丸リサ・虎徹清音・砕蜂・伊勢七緒……浮竹隊長はアリなのかしら?

 

 よくもまあ、揉みも揉んだり! って感じよね。

 振り返ると、大物を手中に納めたんだ! って実感するわよね。

 これだけの多くの山を登れば(おっぱいを揉めば)、更木剣八相手にも戦えるわよね。

 

 あと、先に知らされると山登りばっかり夢中になっちゃって、結果的に中身の伴わない強さになりそうだったし。

 そういう意味では、今知れたのは寧ろ理に叶ってるわね。

 射干玉、グッジョブよ。

 

『いえいえ。ちなみに藍俚(あいり)殿、一つお聞きしたいのですが……どうしてその順番に並べたのでござりますか? 何か意図がおありで?』

 

 ……お掛けになった電話番号は現在使われておりません。

 

 

 

 

 

「副隊長!! ありがとうございます!!」

 

 取材を受けてから二週間くらい経ったかしら。

 ある日、四番隊(ウチ)の隊士たちが連れだって私の所にやってきました。

 

 手には本日発行されたばかりの雑誌を手にしながら。

 

「瀞霊廷通信、読みました!! 理由は前に卯ノ花隊長から聞きましたけれど、まさかこんなことになってたなんて!!」

「私、感激しました」

「あれから十一番隊の人たちも、言うこと聞いてくれるようになりました!! おかげで仕事が楽になりました」

 

 どうやら知れ渡ったみたいね、皆が自分のことのように喜んでくれてるわ。

 こういうのを見ると、なんだかんだあったけれどやって良かったって……でもやっぱり更木隊長はもう勘弁!!

 

「特に感動したのはここです! ほら、見てください!!」

 

 そう言いながらとあるページを見せつけてきました。

 なになに……

 

「"文句があるならいつでも掛かって来なさい、全員返り討ちにしてあげる"……?」

 

 ああ、これは取材時に付け足したヘイトを自分に向けるアレの一環ですね。

 確かに分かり易いけれど!!

 やっぱりこう言う扱いされるのね私って……

 

「これ、自分たちに危害が及ばないようにするためだって聞いて!! そこまで気を遣っていただいて! ありがとうございます!!」

「でも副隊長に頼りっぱなしじゃなくて、自分たちも少しでも強くならなきゃって思って!」

「四番隊だって、やれば出来るんだって少しでも証明したいです!!」

 

 すっごい持ち上げられてるわ……

 これは、十一番隊から受けていたストレスが凄かったってことなのかしら?

 

「そ、そう……その気持ちは嬉しいわ。でも、こう言っても実際に巻き込まれる可能性はあるから、だから無理はしないでね。それと万が一の時には私の名前を出しなさい……本当に万が一の時だけよ、多用したら自分たちが同じ立場に立つことになるから、それは肝に銘じておきなさい」

「「「はい!!」」」

 

 増長しないように釘は刺しておいたけれど……

 ま、まあ……やる気になってくれたのは良いこと……よね?

 

 

 

 

 

 ――同じ頃、四番隊隊首室にて

 

「ふふふ……」

 

 隊士たちが藍俚(あいり)を取り囲んで騒ぎ立てている。

 その喧騒を耳にしながら、卯ノ花もまた瀞霊廷通信に目を通していた。

 

「結果は引き分け……剣を交えたのは途中までだが、その実力は十一番隊でも引けを取らない……回復の力と合わせて、引き抜きたい。ですか……ふふ、言いますね」

 

 彼女が目にしていたのは、十一番隊側からの記事の部分だった。

 

「この記事を読む限り、藍俚(あいり)は嫌でも目を付けられたことでしょう。良い傾向ですよ」

 

 十一番隊へ殴り込みに行った日のことを思い出す。

 もう既に幾日も経っているのだが、卯ノ花からすればまるで一秒前のことのように鮮明に思い出せた。

 

「怪我は全て治していましたね。ですが、疲労具合や身に纏った戦場(いくさば)の残り香から、手に取るように分かりました。あなたが更木剣八を相手にどう戦ったのか、どれだけ苦戦したのか……そして……相手がどれだけ愉しんだのかも、何もかも全てが……」

 

 そこまで口にすると、目を瞑り想像の世界に意識を沈める。

 

「その程度は力を引き出せましたか。ですがまだまだ……もう少しだけ待っていなさい。今度こそ解き放ってあげます。あなたに蓋をさせてしまった全てを……だから今は、戦い学び取りなさい……私が手がけたあの子をお手本にして、来たるべき日に備えるために……」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――同じ頃、十一番隊隊舎にて。

 

「ねーねー剣ちゃん、この間のが載ってるよ?」

「あぁん? ああ、あれか……」

 

 やちるの持ってきた瀞霊廷通信をチラリと見て何の事かを確認すると、剣八はニヤリと笑った。

 

「愉しかったな。藍俚(あいり)のやつ、また来ねぇもんか」

「ねー、あいりん来てくれるといいよね」

「それに引き換え……」

 

 その言葉に、その場にいた多くの隊士たちは身を震わせた。

 

「……隊長、すんません! その記事が原因で、ワシらの評判は落ちとるのは事実です」

「なんとか雪辱を! 汚名を晴らす機会を!!」

「おめぇらじゃ藍俚(あいり)に勝てねぇだろうが」

 

 その場にいた射場が思わず口を挟み、他の隊士たちも口々に訴えるが、剣八はそれらを一蹴する。

 

「あはははは! ざーこざーこ!!」

 

 ついでにやちるが隊士たちに指を指して笑う。

 だが事実なので何も言い返せなかった。

 何しろ喧嘩を売られ、待ち構えていたらほぼ全員がぶっ飛ばされ、オマケにぶっ飛ばした本人によって怪我一つ無く回復させられたのだから。

 悔しさやら情けなさやら感情がごちゃごちゃで、肩を震わせるのが精一杯だ。

 

「でも、このままってわけには行かないでしょう? こっちにも面子ってもんがある。いつまでも舐められっぱなしじゃいられませんよ」

 

 そんな中、一人の隊士が我こそはとばかりに意気揚々と立ち上がった。

 

「オメェが……? 何をする気だ」

「勿論、悪評を覆しにですよ。俺はあの日は仕事でいませんでしたから、剣を交えてすらいません。うってつけの存在でしょうが」

 

 自信満々に言ってのけるが、そこに射場が口を開く。

 

「あまり甘く見ん方がええぞ。あいつはかなりやるけぇ」

「射場さんを倒したって話は聞いてますよ。けど、その時は不意打ちだったって話でしょう? 俺ならやれますよ」

 

 恐れを知らぬその様子は、勇気と言うべきかはたまた無謀と評するべきか。

 射場は少しだけ答えに悩んだ。

 

「……ちっ! 勝手にせい!!」

「ええ、勝手にさせてもらいますよ。お前はどうする?」

「僕は遠慮させて貰うよ。君が勝利を手に戻ってくるのを、ゆっくり待たせてもらうとするさ」

 

 近くにいたもう一人に声を掛ければ、身を退いたようにポーズを取る。

 だがその瞬間、全ては決まった。

 

「面白ぇ、行ってきてみろ」

「任せてくださいよ、隊長!!」

 




●九番隊の取材
取材されるの、これで二回目ですね。
十一番隊に殴り込み、それも四番隊が。そんなのネタにされるに決まってます。

●卯ノ花隊長
ニッコニコ。

●山登りの秘密
嘘かも知れないが、本人たちのやる気には繋がる。

●倍率ドン(教授に全部)
古いクイズ番組から。

●十一番隊
隊士たちはほぼ赤っ恥。
瀞霊廷通信では「彼らも奮闘した」と彼らに配慮してマイルドな記述になっている。
(当事者は奮闘したと微塵も思ってないが)

そして(「運良く」難を逃れた)アイツがやる気になりました。

やちるの声で「ざーこざーこ」言われるのはある意味ご褒美ですかね。


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第68話 噛ませ犬に適してる

「はい、じゃあ夜勤組からの引き継ぎ事項はこれで全部ね。他に何か言っておくことはない? 有給休暇の申請予定とかは大丈夫かしら? その場合は早めに言ってね。勤務表を直すから」

 

 今日は普通にお仕事の日です。

 ちょうど夜勤組と早番組の勤務交代の時間でした。

 なので二組で簡単にミーティングをして、注意事項や連絡事項の共有をしています。

 いわゆる交代時の引き継ぎというやつですね。

 

「はい、じゃあ何も無いようなので。これで引き継ぎは終了。夜勤組の皆さん、お疲れ様でした。早番組の皆さん――」

 

 そこまで口にしたところで、部屋の戸がガラッと乱暴なくらい勢いよく開かれ、一人の男性が勝手に入ってきました。

 

「――今日も一日……何? 誰?」

 

 おもわず不審な声を上げてしまいます。

 隊士の子たちも突然の闖入者に目を白黒させて驚いていました。

 

「十一番隊、五席。斑目(まだらめ) 一角(いっかく)だ!」

「じゅ、十一番隊!!」

「い、いったい何の用があって!?」

「まさか、副隊長を狙って来たんじゃ……!!」

 

 あらら、部下の子たちが浮き足立ってるわ。

 まあ、無理もないか。

 殴り込み事件を瀞霊廷通信でネタにされてから、まだ三日と経ってないものね。

 そんな折にこうやって来られたら、萎縮するのも無理ないわよ。

 

 斑目一角。

 見た目はスキンヘッドのヤンキーって感じの男性ね。

 三白眼のせいで目つきも悪いしガラも悪い。

 オマケに十一番隊所属だけあって腕も立つ。

 

 ……立つ、はずなんだけど……

 

 なんでかしら? この男を見ると"噛ませ犬"って言葉しか出てこないのよね。

 あともう一つ"斬魄刀ガチャ失敗"って言葉も出てきたんだけど……これ、なんでだったかしら?? 理由が思い出せなくて……

 たしか彼の斬魄刀って……

 

 …………………………………………………………………………

 

 まあ、どうでもいっか。

 

『(ちょっとだけ可哀想でござるなぁ……斑目殿は後付け設定の被害者のようなものでござるというのに……あ! 斑目殿って言うと、なにやら別の御仁を思い浮かべますな!! こう、視覚の文化について研究したくなってくるでござる!!)』

 

「その斑目五席が一体何の用事かしら?」

 

 怯える部下たちを庇うように前に出て、毅然とした態度で応じてあげます。

 

「オウ、テメェが湯川って副隊長だろ? この間の十一番隊での件といい、瀞霊廷通信のことといい、随分と暴れてるみてぇじゃねぇか」

「……それが何か?」

 

 因縁の付け方がチンピラのそれなんだけど……

 

「何か、だと!? 十一番隊にも面子ってもんがあるんだよ!! 他の隊から弱ぇと思われたり、更木隊長の強さを疑われるのは我慢がならねぇ!!」

「それで、あなたが出張ってきたってこと?」

「そういうこった」

 

 ……あ、そうか。思い出した。

 以前殴り込みに行った時に、この男はいなかったわね!

 だから来たんだ。

 既にぶっ飛ばされた連中が今すぐにリベンジに来ても、恥の上塗りだもの。実力が伴わないもの。

 

「私と戦って瀞霊廷通信のあの記事を訂正させたり風評を払拭したい、ってこと?」

「ああ」

 

 なるほど、なるほど。

 今の状況が我慢ならないから刺客を送り込んできた、みたいな事なのね。

 

 ふーん……

 

 そのためにわざわざ、始業直前にやってきた……ってことなのね……

 

「わかったわ。それじゃあ、今すぐやりましょうか――」

「おお、話が早ぇな!」

「――って、なるわけないでしょうがぁぁっ!!!」

「ぐおおおおおおおっっ!!」

 

 外に出る素振りを見せて油断を誘ったところで、即座に一角の顔面を掴みました。

 いわゆるアイアンクローです。

 握力だけで顔の骨を握り潰さんばかりの勢いで力を入れてやりました。

 

「今から通常業務が始まるの!! 十一番隊と違って遊んでるわけにはいかないの!! 入院している患者の面倒を見なきゃいけないのよ!! あんたの相手をしてる暇なんてあるわけないでしょうが!!!」

「は、離しやがれっ!! て、テメェ!! いつでも掛かってこいって言ってたじゃねぇか!! いだだだだだだだっ!!!」

 

 実は一角よりも私の方が一寸(3cm)ほど背が高いのです。

 なので、ちょっとだけ上からアイアンクローをしています。

 一角は軽く宙ぶらりん状態になってて、背伸びして何とかバランスを取っています。

 

 相手も大した物で、不安定な状態になりながらも私の腕を掴んで引き剥がそうとしてますが、そんな力の入れ方じゃ十年掛けても外せないわよ?

 

「だからって、本当に来る馬鹿がいるのかしら!? せめて事前に"この日に伺いますがご都合は大丈夫でしょうか?”って通達くらいはしておくべきでしょうが!! アンタの頭の中には常識ってもんが無いのかしらっ!? その頭カチ割って空っぽの中身を少しはマシにしてあげましょうか!? 大丈夫、傷跡は完全に消してあげるから!!!!」

「ぐ、ぐおおおおおおっっっ!!!」

「す、すごい……」

「副隊長……一生付いていきます!!」

 

 一角の悲鳴と、部下たちの尊敬に満ちた視線だけがそこにはありました。

 

 ……なにこれ?

 

 

 

 

 

 

「さて、と……皆。ごめんね、ほったらかしにしちゃって」

「いえその、その方は良いんですか?」

「斑目五席? いいんじゃない? 礼儀知らずなんて放っておいて今日の業務を始めましょう」

「誰が礼儀知らずだゴルアァァっっ!!」

 

 あ、復活した。

 完全にアイアンクローで沈めたから、半日くらいは床を舐めてると思ったのに。

 

「事前に連絡の一つも入れず、急に来るのは充分礼儀知らずでしょう?」

「チッ! なら、何時なら良いんだよ?」

「えーっと……」

 

 物凄い不機嫌に予定を聞いてきたので、私は予定表を確認します。

 

「……来月くらい?」

「そんなに待てるかっ!! テメェ、ふざけてんのか!!」

「ふざけてないわよっ!! こっちにだって予定ってものがあるの!!」

 

 按摩とか、整体とか、マッサージとか!!

 砕蜂と一緒に修行して癒やされたりとか!! これはそろそろ終わりそうだけど!

 卯ノ花隊長との修行だってまだ続いてるのよ!! あの人、この間の更木剣八と戦った時からまた一段と恐くなったんだから!! 一角、あんたが隊長との修行を代わってくれるっていうのかしら!?

 

 ……ん? 代わってくれる?? あ、これはアリかも。

 

「気が変わったわ……」

「あん?」

「え、あの……湯川副隊長?」

「オモテに出なさい。四番隊(ウチ)の訓練場があるから、そこで少しだけ相手をしてあげる」

 

 急に態度を変えた言葉に、一角を含んだ全員が胡乱げな表情を見せました。

 

「……何を企んでやがんだ?」

「別に何も。それより来るの? 来ないの? 今を逃すと次は一ヶ月後よ?」

「くそっ! わーったよ!! 行けばいいんだろ、行けばよ!!」

「そういうことだから、皆は先に業務を開始してて。すぐに戻るから」

 

 他の皆にそう告げると、外に出ました。

 

 

 

「すぐに戻るたぁ、甘く見てくれるじゃねぇか」

 

 訓練場に着くなり、一角はそんなことを言ってきます。

 やだ、気にしてたのね……事実なんだから気にするだけ無駄なのに……

 

「それよりもはい、これ木刀よ」

「いらねぇよ!!」

 

 せっかく差し出した木刀を一角は弾き飛ばしました。

 

「悪いが、そんな玩具じゃ()った気がしねぇ。コイツで()らせて貰うぜ」

 

 続いて腰に差していた斬魄刀を抜きました。

 

 けど、玩具ねぇ。

 射場さん含めてそっちの隊士たちは、その玩具でぶっ飛ばされてるんだけど……

 

「あら、そっちがお好み? そっちだと、ちょっと手加減が出来ないんだけど……」

「手加減だぁ? 甘くみてんじゃねぇぞコラァッ!!」

 

 まだこっちが抜いていないのに、もう襲い掛かってきました。

 まあ、まだ抜くつもりもなかったんだけれど。

 

 一角の戦闘スタイルって、ちょっと独特よね。

 片手に斬魄刀を、もう片方の手には鞘を握ってる、ある種の二刀流なのよ。

 刀で攻撃を、鞘で防御を担当してるのかしら?

 でも時々鞘でも殴ってきてるから、良い意味で変幻自在、悪い意味だといい加減な戦闘スタイルってとこね。

 

「ふんふん」

「くそっ! チョコマカと……!!」

 

 連撃を避けながら観察します。

 確かに、結構強い。

 でもこれじゃあ、まだ剣八の相手はできなさそうね。

 

 その後も攻撃を避けて見学に徹していましたが……見極めはこんなところかしら。

 

「はい、ここまで」

「ぐあっ!!」

 

 斬魄刀を抜き、峰で何度か叩きます。

 相手の目には一瞬で複数回斬られたように見えたでしょうね

 

「素質は良いけれど、まずは基礎から鍛えてきなさいな。そんなんじゃ私には届かないし、このままだと更木隊長にも見限られるわよ?」

 

 最後に相手の心を擽るようにそう言って、背を向けます。

 

 こう言えば一角も少しは反骨心から強くなってくれるでしょう。

 そうして強くなってくれれば、更木剣八が対戦相手として興味を持ってくれるはず。

 剣八の目が一角に向けば、私は闘わなくても済みます。

 なんていう素敵な計画なんでしょうか!

 

『専門用語で言うところの、リリース要員とか素材要員という奴でござるな!!』

 

 長いとテキスト読む気になれないのよねぇ……

 効果説明欄は三行まで! それ以上長文のカードは全部一生禁止でいいのに。

 

『どうせ基本はイラストアド目当てでござるよ!!』

 

「待てよ……何、勝手に終わったことにしてんだゴラアァァッ!!!」

「……!!」

 

 あら驚いた。

 気絶するくらいのダメージは与えたつもりだったのに立ち上がったわ。

 

「しかも峰打ちだと……っざけんなテメェ!! 延びろ! 鬼灯丸!!」

「始解……」

 

 一角の持つ斬魄刀が鞘と一つとなり、一本の槍になりました。

 そういえばそんな能力だったわね。

 

「そこまでやったら、もう冗談じゃ済まなくなるわよ?」

「遊びでやってんじゃねぇんだよっ!!」

 

 と、槍を手に襲い掛かってきましたが……

 

「はあっ!!」

「ぐあああああっ!!」

 

 一刀でケリが付きました。

 始解しても、素の実力がありすぎなのよね。

 

『即堕ち二コマと言う奴でござるな』

 

 でもまあ、刃を返させた気迫だけは褒めてもいいかな。

 

「が……く……そが……っ……」

 

 斬ってしまったので、当然出血しています。

 痛みと衝撃で意識が朦朧としているはずなのに、それでも悪態を吐いているその根性だけは大した物ですね。

 

「はいはい、もう少し強くなってからまたお越しください」

 

 意識を失いつつある一角に向けて、私は回道を唱えました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あはははははっ!! ばーかばーか!!」

「ぷ、くくく……い、一角……!! それは……くく……」

「くっ……笑っちゃいけんと思っちょるが、これは……」

 

 後日、十一番隊は笑い声に包まれていた。

 

「くそっ!! 笑いたきゃ笑えっ!!」

 

 その原因は斑目一角である。

 

 何しろあれだけ自信満々に出て行ったかと思えば、一撃で負けて帰ってきたのだ。

 オマケに真剣で斬られて、その傷を完璧に治されて送り返されてきた。

 恥の上塗りどころの騒ぎではない。

 

 やらかしを重ねたということで、罰として。

 今の一角は額に「負け犬」と書かれた鉢巻きを、首から「私は盛大に負けました」と書かれたプレートを下げており、極めつけは顔中にやちるの落書きが書かれている。

 禿頭のおかげでキャンバスが広く、墨で塗られていない部分の方が珍しいくらいびっしり落書きされているとなれば、笑いものになるのも無理はなかった。

 

「クソがっ!! この屈辱は絶対に忘れねぇからな!!」

 

 嘲笑に包まれながら、一角は今よりももっともっと強くなると決意を新たにする。

 余談ながら、この日から定期的に四番隊に出かけては藍俚(あいり)に返り討ちにされる一角の姿が目撃されることとなった。

 図らずも彼女の思惑通りに、強くなっていくのだがそれはまた別のお話。

 

「オメェらも、これでわかったろうが。藍俚(あいり)は半端な腕じゃねぇ。手を出すなとは言わねぇが、やるなら相応の覚悟を持って行け」

 

 そして更木剣八は、部下たちにそう告げる。

 実際、藍俚(あいり)の所へ単身乗り込んだ一角は強さにより貪欲になったのだ。

 ならば部下たちの中にも、戦いを挑めば同じ結果を得られる奴がいるかも知れないと思うのも無理はない。

 強い相手が増えるのは大歓迎だ。戦いを愉しめる相手が増える。

 

「ますます欲しくなったぜ。アイツがいりゃあ、どれだけ死にそうな傷でもすぐに癒やせる……永遠に戦いを愉しめるってことじゃねぇか!! なんとか引き抜けねぇもんか……」

 

 藍俚(あいり)がいれば、遊び相手がもっと増える。もっと長く愉しめる。

 良いことずくめの展望を夢想して、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。

 

 

 

「…………っ!?!?」

 

 同時刻、四番隊で仕事をしていた藍俚(あいり)は背筋にこれまでにない悪寒を感じたらしいが、真相は不明である。

 




●斑目一角
噛ませ犬にもなれないに決まってるじゃないですか(タイトル詐欺)

ですがコイツを強くして剣八にふっかければ、多少は狙われなくなるんじゃないか。
という藍俚ちゃんの下衆な考え。

五席なのは射場さんがいるから。もう少しすると三席に昇進するはず。
(射場さんも狛村さんの所に引き抜かれるだろうし)

●斑目殿
げんしけんの方。
東京卍リベンジャーズでも嘘食いでもない。

●リリース要員・素材要員
遊戯王TCGとかの用語……でいいのかな?(少なくとも本人はそのつもりで記載)
いわゆる「特定カードを活用するためのコストとして用意した存在」のこと。
拙作中では「更木隊長と代わりに闘って満足させてあげてくれ」の意味で使用。
人身御供とか生け贄とかと同義。


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第69話 二番隊の新隊長誕生

 今日は卯ノ花隊長と一緒に一番隊の隊舎まで来ています。

 といっても来ているのは私たち四番隊だけではなく、他隊の隊長・副隊長も一同に集まっています。

 

 なんと今日は、砕蜂の二番隊隊長就任に伴って新任の儀が執り行われる日なのです。

 おめでとう、砕蜂! 頑張ってたものね。

 

 私と一緒に訓練するようになってから、彼女はメキメキ腕を上げていきました。

 そして気がつけば隊首試験に合格して正式に二番隊の隊長になると同時に、隠密機動の軍団長にまでなってしまいました。

 早い話が、夜一さんの後任を一手に引き受けたようなものです。

 

 ですが、実はコレにはちょっとだけカラクリがありまして。

 

 まず大前提として。

 本来ならば隠密機動の軍団長は、代々の四楓院家当主が就く決まりなのです。

 けれど皆さんご存じの通り、現当主の夜一さんは姿を隠しました。

 つまり四楓院家は現在トップが不在という有様です。

 夜一さんには弟の夕四郎(ゆうしろう)がいまして、彼が後を継ぐのが内々に決定してはいます。

 決定しているのですが――

 

 彼はまだ若くて経験が足りない。

 ならば分家から一時的に当主を立てても良いのではないか?

 いやいや、現当主の夜一が帰ってくる可能性もある。その問題をハッキリさせずに新当主を擁立するのはいかがなものか?

 等々……

 

 上記の理由から、即座に当主に据えるには問題がある。

 そうなると隠密機動のトップが不在のままになってしまう。

 二番隊の隊長に砕蜂が就いた。なら、二番隊と隠密機動は仲良かったし、そのまま砕蜂に軍団長も任せてしまおう。舵取りの人間がこのまま不在よりはずっと良い。

 という事になりました。

 

 とはいえ永久的ではなく、あくまで軍団長カッコカリです。

 夕四郎が――もしくは分家の誰かかも知れませんが――家督を継いだ暁には速やかにその座を譲り渡し、彼女自身は補佐役に回ること。

 これを条件として、特例的に軍団長に就くことが承認されました。

 

 まあ、二番隊も隠密機動も長らく頭が不在で難儀してましたからね。

 そこに現れたのが、実力もあって、隠密機動に務めていた経験があって、夜一の近くにいて色々と細かいことも知っている。

 という丁度良い人材です。

 

 砕蜂が隊長と軍団長を兼務することになったのは、ある意味ではなるべくしてなった。収まるところに収まった、といったところなのでしょうか?

 あるいは世界の強制力みたいなのが働いたのでしょうか?

 はたまた、砕蜂が「夜一さんの帰ってくるところを守ってみせる」みたいな強烈な思いを発揮して、無理を通して道理を引っ込ませたのか?

 

 どうも三番目っぽい動きがあったようなのですが……

 とにかく隊長と軍団長になったのは事実です。

 

「おめでとうございます! 砕蜂隊長」

「あ! 藍俚(あいり)様!! ありがとうございます!!」

 

 新任の儀も終わり、各隊長や関係者との挨拶を終えた頃を見計らって、砕蜂に声を掛けました。

 もう、呼び捨てになんて出来ませんよね。

 相手は隊長、私は副隊長なんですから。

 

「そ、それと……そのように畏まられなくとも……わ、私としては藍俚(あいり)様は今の自分よりもずっと上だと思っていて……その……今まで通りの呼び方で構いません!!」

 

 と思ったけれど、どうやら相手の方はそう捉えてはくれなかったみたいね。

 モジモジしながらも、今まで通りに扱って欲しいと言ってきました。

 

「それは、さすがに他の者に示しが付きませんから」

「うう……そうですよね……」

 

 目に見えてションボリしてますね。

 仕方ない……

 

「他人の目が無いところでは、いつも通り呼ぶから。だから我慢して。ね? 砕蜂」

「は! はいっ!!」

 

 そっと耳元で囁けば、物凄い元気に返事をしてきました。

 なにかしら……わんこがブンブン尻尾振ってる絵が見えるわ……

 

「今日はもう二番隊で、新隊長就任の挨拶ですか?」

「いえ。まずは四楓院家に向かい、隠密機動の長に就任することへのご挨拶と、あくまで代理として就くことへの宣誓をする必要があると……」

「それはなんとも……お察しします」

「ありがとうございます。ですが、自分のような未熟者が軍団長を兼務する以上、こう言った取り決めは当然ですので」

 

 うん、飴をチラつかせればちゃんと隊長と副隊長同士の会話っぽいのをしてくれます。

 ……若干まだ、私を上に見てるみたいですが。

 あと今さらではあるんですが、取り繕わないよりはマシなはず。

 

 それにしても、貴族の縄張り争いみたいな儀式がまだ残ってるのね。

 早い話が、砕蜂に「これはあくまで代理だぞ、わかってるよな? 軍団長にはさせてやるけれど立場は弁えろよ」という通告と「わかってます。出過ぎた真似はしません」という意思表示をさせるワケですよ。

 ……面倒よねぇ……

 

「そうだ、砕蜂隊長! 落ち着いてからで構いませんが、お誘いしたいところがあるんです。お時間は作れますか?」

「時間、ですか……? ええ、しばらくは身の回りのことでバタバタするとは思いますが……それでもよければ」

「よかった。それではまた、都合の宜しい頃にご連絡します。お忙しい所をお引き留めしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 まあ、こんなところかしら。

 砕蜂も忙しい身の上になっちゃったし、長々と時間を使わせるのも問題よね。

 それに、こっちの準備もしておかないと。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 あの約束から半年くらい月日が流れました。

 ようやく暇が出来たので、あの時の約束を果たしたい。と砕蜂から連絡がありました。

 こんなに時間が掛かっちゃうなんて、やっぱり忙しいし身の振り方も色々面倒だったみたいね。

 特殊な立場だったものねぇ。

 二番隊と隠密機動との間の軋轢とか、部下たちの掌握とか色々あったんでしょうね。

 

 とあれ――

 

藍俚(あいり)様!!」

 

 ――こうして彼女は無事にやってきました。

 

 隊長になったので隊首羽織を羽織ってますし、この下にはあの刑軍の軍団長だけが纏うというあの格好をしています。

 背中から腰まで脇に掛けてガバッと空いてて横乳から何から丸見えになっちゃう。

 夜一さんの前までは男性だったからまだよかったですが、女性が着るとホントにアウトな格好ですよね。

 そんな痴女を疑われるような格好に、若干負けてはいるものの、砕蜂もかなり美人に育ちました。

 子供の頃の面影を残しつつもしっかり成長しています。

 胸とか腰回りとかもね。

 

 ……正直に言って、私の知ってる姿よりもちょっとだけ肉付きが良くなってるのよね。

 雌の匂いが漂ってくるっていうか、見ただけでグッと来る様になったと言うか……

 カップが二つくらいは上になってるわよね。

 彼女はスレンダーなタイプだからわかりにくいけれど、相対的に見ると……うん、おっきくなってる。

 隠密機動の男衆のアイドルみたいになってそうなスタイルしてるわ。

 

 これが射干玉の力……!!(ごくり)

 

「砕蜂、忙しかったんじゃないの? よく抜けられたわね……」

 

 とまあ、そんな彼女の成長っぷりに感動しつつも応対は普通にします。

 

「はい! なんとか暇を作って来ました! こんなに時間が掛かってしまい、申し訳ありません!!」

「ううん、こっちも準備とかあったから。寧ろ丁度良かったかしら」

「準備、ですか……それは一体……?」

「ふふっ、それはまだ秘密。さ、こっちよ。着いてきて」

 

 準備、という言葉に何をされるのか首を傾げる砕蜂をはぐらかしつつ、彼女を連れて瀞霊廷内を少しだけ歩きます。

 なにしろちょこちょこと場所を変えているからね。

 この辺りにいるってことだけは決まってるんだけれど……

 

 ああ、いたいた。

 

「ご主人、お待たせしました。ほら砕蜂も、こっちよ」

「え、あの……これは……!?」

「いいから、座って座って」

 

 砕蜂が戸惑うのも無理もないかしらね。

 私が連れてきたのは、おそば屋さんの屋台なんだから。

 大八車みたいに車輪がついてて移動が出来て、屋根があって料理場があって。のれんが着いてて提灯もあって。

 夜鳴きそば・夜鷹そば・夜そば売りみたいな名前を一度くらいは聞いたことあるでしょう? アレよアレ。

 横長の椅子もしっかり完備してて、お客さんが座ってゆっくり食べられます。

 

「それじゃあご主人、おそば二人前ね」

 

 彼女の腕を引っ張って座らせながら、注文します。

 

「はい、毎度!」

藍俚(あいり)様、どうしてこのような場所に……え……っ!?」

 

 困惑した表情のままでしたが、ご主人の声を聞いた途端に砕蜂が固まりました。

 どうやら彼女もようやく気付いたみたいです。

 

「に、兄様!?!?」

「ははは、久しぶりだな砕蜂」

 

 ということで、おそば屋さんのご主人は砕蜂のお兄さん、探蜂さんでした。

 皆さん覚えていますか? 指南役をクビになって、料理屋さんで働きだした彼です。

 ですけど大怪我で霊力が弱まってしまい、それから歳月も経過しているので、もう出会った頃の若々しさはありません。

 見た目はギリギリ初老に届かない程度の、渋い素敵な男性になってます。

 老練さが感じられてとても頼りになりそうで、正直若い頃よりもモテそう。

 オジサマ趣味の子は絶対に放っておかないわよコレ!

 

「驚いた?」

「お、驚きましたよ!! どういうことですか、これ!?」

「本当は隊長に就任した日に連れてきたかったんだけどね、その頃はまだちょっと、料理の味が合格点を出せなくて、屋台も準備中だったから……」

「そういうことではなくて!!」

 

 ばんばんと台を叩きながら興奮したように砕蜂は叫びます。

 

「兄様は藍俚(あいり)様にご紹介していただいたお店で働いていたのでは!? 隊長就任のちょっと前にもお店に行って話をしました!! それがどうしてこんな……」

「こんな小さな屋台をやっているのか、かしら?」

「はい! だって前まで働いていたお店は、とても大きくて立派でした! あそこなら兄様はずっと安泰だったはずです!!」

「それには理由があってな」

 

 探蜂さんがポツリと語り始めました。

 

「死神として、隠密機動として日々頭角を現していくお前を見ていると、自分が恥ずかしかったんだ。温情を受けて、大きなお店で細々と働いている今の自分は、妹に胸を張れるのか? と疑問に思ってね。いつまでも人に使われるままでは、隊長になったお前と胸を張って会えないのではないかと思って……」

「それが……この屋台ですか?」

「ああ、小さいが自分だけの店だ。鶏口となるも牛後となるなかれ、と言うだろう?」

 

 解説するまでもないでしょうが、大きな団体の一員でいるよりも小さくても頭になった方が良い、と言う意味ね。

 今は小さな屋台でしかないけれど、社長になって自分の力だけで立派に生きているぞ、という姿を砕蜂に見せたかったそうです。

 男の人は幾つになっても見栄っ張りですから。

 

「勿論、長年お世話になった恩を仇で返すような真似は苦しかったんだが……今の自分じゃあ指南役として復帰するのも難しい。じゃあ出来ることと言えば、学んだ料理の腕くらいかと思ってな」

 

 この話は私も相談を受けていました。

 なので、催促無しのある時払いで開店資金も用立ててあげました。

 本当なら、もっと大きなお店を構えさせてあげたかったんですけどね。

 死神も長いことやってるので貯えはありますし、実は伝令神機の作成を依頼した際に、アイデア料として特許の極一部を貰ってます。おかげでお金結構あるんですよ。一括で土地込みの小さい食堂が開けるくらいには。

 

 けれども探蜂さんは"屋台で良い"って意固地でした。

 

「それに、もう一つ良いことがある。この屋台なら、いつでもお前と会うことが出来る。小さな屋台の店主が、まさか二番隊隊長と親族とは思わんだろ?」

「に、兄様……!!」

 

 それは知らなかったわ。

 前にお店で働いていたときは、探蜂さんの素性は秘密だったからね。会いに行っても、お客と店員の関係以上には接触してませんでしたから。

 なるほど、屋台にしたのは彼なりの気遣いもあったってことなのね。

 

「これなら堂々と会えるんだ。辛いことがあったらいつでも来い! 何しろ私は、お前の兄なんだからな! 遠慮することは無いぞ!!」

「…………っ!!」

「よかったわね砕蜂。ずっとあなたのことを大切に思ってくれる、素敵なお兄さんで」

「はい……はい……!! 自慢の、自慢の兄ですっ!!」

 

 あらら、感極まって泣いちゃいました。

 でも良かったわね。

 心を落ち着かせて、素の自分でいられる場所があるのって大事なのよ。

 

「ほらほら、もう泣かないの。せっかくの祝いの席に、涙は似合わないわ」

「そうだぞ砕蜂。ほら、蕎麦もできた。湯川殿にも合格を頂いた自信作だ! 食べてみてくれ!!」

「はい……はいっ!! 美味しい……美味しいです!!」

「愚痴なんかもあったら、ここで全部吐き出してすっきりさせちゃいなさい。立場は一番上でも、この場ではあなたが一番年下なんだから。遠慮することないわ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 

 私に抱きついて、涙を流しながらお蕎麦を食べるというとても可愛らしい砕蜂の姿が見られました。

 

 それと愚痴ですが……

 

 自分の卍解が一撃必殺過ぎて困る、という悩みが仕事のそれよりも大きかったのは正直に言って意外でした。

 キチンと話を聞いたところ「二日に一度しか撃てない」「反動でマトモに動けない」「暗殺に全然向かない! 使いたくない!!」出るわ出るわ……

 彼女との修行は卍解会得の直前で区切り付けて終了させちゃったので。

 その後についてはノータッチだったから知りませんでした。

 

 ……あ、そうか。

 この子の性格からすると、卍解取得したら「見てください!! これが私の卍解ですよ!!」って得意満面に言ってきそうだものね。

 でも黙ってたってことは、そんなに嫌だったのね……見せたくなかったのね……

 

 卍解の悩み、聞いちゃったからなぁ……またこの子に修行してあげたいんだけど……

 でも他隊の隊長と一緒に修行するのって大丈夫なのかしら……?

 




●おそば屋さん
昭和のホームドラマみたいな雰囲気でほのぼのさせたかった。
隊長職と軍団長の兼務で荒んだ心が、あったかいおそばで癒やされます。

(なお、麺は富倉そば。汁は土たんぽを使った本格派。おこわ・お稲荷さん・お酒などもある。と設定しましたが、活用できるかどうかは不明。この屋台、もう1回くらいは登場させてあげたい)

(そば粉とツナギの割合が二対八!(二八そば) 2×8でお勘定はお蕎麦一杯16環! とか入れたかったです)

●雀蜂雷公鞭
二回刺したら誰でも殺せるよ→じゃあ次は一撃必殺だね。
という男らしさ満点の能力。

原作では三日に一度くらいじゃないと無理! 撃てない!
と言っていますが、此処では「二日に一度」と言わせています。
(つまりその分だけ砕蜂が強くなってる)

個人的にこの卍解は砕蜂が絶対に使い込んでいない(練度不足)と思ってます。
使いこなせれば、もうすこし便利になると思います。
(卍解は覚えてからが本番、更に長い長い修行が必要らしいので)

(しかし、暗殺者に「ミサイルで吹き飛ばせばもっと確実に殺せるでしょ?」とか言ったら「ふざけんな!」って意固地にもなりますよ)


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第70話 眼鏡は必須 異論は認める

 忙しいです。

 

 いえまあ、普段も忙しいんですよ。

 これでも副隊長なので普通にお仕事がいっぱいあります。

 そこに加えて趣味のマッサージを個人でやっているので、休日は大体潰れます。

 あと、定期的に卯ノ花隊長と稽古したり自主的に修行もしてます。

 なので休日なんてあってないようなくらい予定はあるんです。

 

 ですが、最近はそれ以外にも用事が増えました。

 

 例えば――

 

「おら藍俚(あいり)!! 今日もやるぞコラァ!!」

「一角、また来たのね」

「ちゃんと予約したろうが!! 時間通りだろうがコラァ!!」

「はいはい、わかったわよ……ごめんねみんな、四半刻(三十分)もしたら戻ってくるから……」

「テメェ、毎回毎回いい度胸だな……!! 俺を四半刻(三十分)で倒せるとでも――へぶっ!!」

 

 とまあこんな感じです。

 

 一角がやたらと挑戦してくるようになりました。お灸が効きすぎたんでしょうかね?

 毎日ってワケではありませんが、大体週に一度くらいのペースで来ます。

 無論、その都度返り討ちにしていますが……

 

 でも段々と手強くなってきてますね。この辺は流石です。

 ちゃんと強くなって、更木隊長を満足させられるだけの対戦相手になって、私から興味を逸らすのよ。

 回復だけはしてあげるから。

 

 あと、毎回毎回律儀に次回対戦の予約をしていきます。

 最近なんてもう、回数が多すぎて「おい、藍俚(あいり)の奴の次回はいつ予約すればいい?」「あ、斑目五席! えーと、そうですね……副隊長の予定だと……この辺ですね」みたいな感じで、四番隊の隊士と仲良くなって勝手に予約が入れられています。

 ホントに偶にですけれど、差し入れを持ってきたりするくらい馴染んでます。

 

 他隊の隊士の中では、二番目に四番隊のことを知ってるんじゃないでしょうか?

 

 え、一番?

 そりゃ当然、浮竹隊長ですよ。

 最近は元気になってますが、昔はよく来てましたから。下手な隊士よりも内情を知ってて救護技術もあります。

 あの人の場合は全部実体験(受ける側)での知識ですけどね。

 

 

 

 

 他にも――

 

「卍解! 雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)!」

 

 おそば屋さんでの約束通り、砕蜂との修行を再開したのですが……

 さすがに絶句しました。

 知識としては知っていましたが……実際に目にすると良くも悪くも圧倒されますね…

 

 始解は暗器みたいなサイズだったのに、卍解すると一変して巨大に。

 金色をした単発式のミサイルランチャーみたいな形状になりました。

 サイズも砕蜂二人分くらいはあって……

 

 何コレ!?

 個人でトマホークミサイルを撃つためだけの卍解なの!?

 あ、でもミサイルのデザインはなんとなく蜂の針みたい。名残は確かにあるのね。

 

「ど、どうですか……」

「これが……砕蜂の卍解……なのね……」

 

 なんて声を掛けたら良いのかしら……

 事前に"馬鹿みたいな威力がある"と知っていたので、被害が出ないように流魂街の外れの外れ――私が卍解会得時に射干玉とバラエティ番組を延々とやってたあそこ――まで移動したのですが。

 無言の続く中、人のいない原っぱに一陣の乾いた風が吹きすさびました。

 

「やっぱり駄目ですよね……隠密機動の総帥でもある私が、どうしてこんな派手な卍解を……」

「そ、そんなことないわよ!!」

 

 ととと、いけません。

 ここで砕蜂を落ち込ませてどうするんですか私!

 あの時に愚痴を聞いたからこそ、改善のためにもまた一緒に修行をしようって誘ったんじゃないですか!!

 

「殲滅戦とかには向いているし、何より凄い威力なんでしょう!? だったら、その破壊力を見せつければ敵は萎縮して、味方は鼓舞させられるわ!!」

「ですけど……以前にもお話ししたように、一度放つと二日は休息が必要なくらい疲弊してしまって……」

「大丈夫!! 昔は半年に一回しか使えないくらい強力な卍解の使い手もいたのよ!!」

「は、半年に一度……ですか!?」

 

 やっぱり、刳屋敷隊長のことなんて砕蜂は知らないか。

 

「ええ、あまりにも強すぎて瀞霊廷内では絶対に使うな! って厳命されたくらい強力なのよ。それに比べれば、二日くらいどうってことないわ!!」

「確かに……そのお話を聞いていたら、なんだかやれそうな気がしてきました!!」

 

 こういうのは、勢いも大事です。とにかくやる気にさせないと。

 

「その意気よ砕蜂!! 卍解は覚えてからが本番! 更に修練を積んで使いこなせれば、大化けするわ!!」

「はいっ!! 頑張ります!!」

 

 ……ほんと、素直な良い子よね。

 

「で、ではその……私のことを抱き締めていただけますでしょうか……?」

「え? なんで……?」

「それはそのっ! 放つと反動が強すぎて、自分一人では吹き飛ばされてしまって……で、ですので!! 吹き飛ばないように藍俚(あいり)様に支えていただきたくて……!! だめ、ですか……?」

 

 くっ! その上目遣いは反則でしょう!!

 

『ロリの頃から知ってる故、破壊力が抜群でござるな!! これが、雀蜂雷公鞭の真の能力!! 間違いないでござるよ!!』

 

「問題ないわ。手伝うって言ったのは私なのよ。しっかり受けとめてあげる」

 

藍俚(あいり)殿はこう見えても、体重が○○○kgはありますからな!!』

 

 当たり前でしょう? この身体で軽いとか有り得ないって。

 

「ありがとうございます!! よろしくお願いします!!」

「はい、これでいい?」

 

 後ろからギューッと抱きしめます。

 

「(ああああああ柔らかいのが柔らかいのが一面に!!なんだか良い匂いもしてきました!!これはもう夫婦といっても間違いないのではないでしょうか?落ち着け落ち着きなさい私狼狽えない隠密機動は狼狽えない!!)では行きます! 雀蜂雷公鞭……発射!!」

 

 ミサイルが天高く放たれて……うわ、すごい反動ね。

 両脚に力を込めて全力で踏ん張ってるのに、ちょっと身体がグラつくわ。

 そしてミサイルの方は飛んでいった先で大爆発を起こしました。これだけ見ると花火みたいでちょっと綺麗かも。

 

 でもこれ、やっぱり個人で使う卍解じゃないわよね。

 無策だと吹き飛ばされるくらい反動が大きくて、サイズそのものが巨大だから取り回しも不便過ぎる。

 

「ど、どうで……しょうか……」

 

 おまけに一発撃つだけでこんなに疲れるんだもの。

 大粒の汗を幾つも浮かべ、肩で息をしながら聞いてきた砕蜂の顔を見ると、疲労具合がよくわかります。

 

 始解と卍解で遠近両用、個人も不特定多数も殺せる万能型と取るべきか。はたまた、マクロとミクロにそれぞれアホほど振り切った両極端な能力と取るべきか。

 判断に悩んでしまいます。

 

「とりあえず、霊圧を回復させるわね」

「ん……っ! 藍俚(あいり)様の力が……流れ込んできます……」

「霊圧が回復して身体も落ち着いたら、もう一度撃ってみましょうか? 卍解を制御できるように意識しながら、ゆっくり焦らず続けていきましょう」

 

 結局この日は、空に何発ものミサイルが打ち上がりました。

 成果は、ちょっとだけありました。ミサイルを二連装に出来ました。

 

 

 

 

 あとは――

 

「おっ、丁度良いところにいるじゃねぇか! 藍俚(あいり)、やるぞ!!」

「え、ちょっと更木隊長!? あの、私まだ仕事が!!」

「いいから来い! 一角とはやり合ってんだろうが!!」

「あ、あいりんだ! 来てくれたんだね!! あいりんの所の隊長さんからも、誘ってあげなさいって言われてるんだよ!!」

「ちょ、ちょっと卯ノ花隊長!? どういうことですかそれぇぇ……!!」

 

 ……うん、まあ……その……怪我はなかったわよ……お互い……

 

『回道で治してしまいますからなぁ。それにザラキーマ殿も力尽きる寸前で見逃してくれるのですから、ありがたいと思っておきましょう!!』

 

 でも更木隊長も凄いわよね。

 私と闘うためだけに、十二番隊に"絶対に壊れない木刀"を作らせるんだもの。

 確かにアレなら斬れないわよ。

 斬れないんだけど、硬いから物凄い痛い……

 

 あともう一つ。

 更木隊長がアホほど強い理由がなんとなくわかったわ。

 

 ううん、頭ではわかっていたはずなんだけど。身をもって思い知ったというべきかしら?

 

 あの人は、戦いを心の底から楽しんでるんだもの。

 好きこそ物の上手なれ、を地で行ってるのよ。

 愉しい戦いの為なら死んでも良いって常日頃から微塵も疑ってない。

 

 霊圧の底が見えないくらい高いから、強いんじゃない。

 罪悪感の一切無く戦って、躊躇うこと無く相手を傷つけて自分も傷つけられるから強いのよ。

 

 仮に更木隊長と同じだけの霊圧を持った死神がいても、そいつが虫も殺せないような性格だったら恐怖なんて微塵も感じないでしょうね。

 反対にこの人は、仮に自分が最低クラスの霊圧しかなくっても嬉々として戦い続ける。

 間違いなく、ね。

 むしろ自分より強い相手が大勢いるって大喜びするに違いない。

 だから強い。

 

 そんな相手が、たまたま霊圧まで高いんだから……嫌になるわよね。

 

 それと。

 更木隊長からこんな風に誘われることが多くなった代わりに、卯ノ花隊長との稽古の時間は減ってるわ。

 なんでかしら?

 

 

 

 ――とまあ、こんな感じ。

 

 正直に言って、自分のためだけに使える自由な時間がかなり少なくなってるのよね。

 うう、もう少しでいいから時間が欲しい……

 

『ですが、こんなことを言うと更に忙しくなるフラグが立つわけでござるよ!!』

 

 止めて! 言わないで!!

 

『無理でござるよ! このメタい現象については、探蜂殿の大手術をした際にも経験しているでござるでしょう!?』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あぁ!? 四番隊の言うことを聞けって言うのか!?」

「そ、そうです!! 外ではともかく、ここでは言うことを聞いてください!!」

 

 綜合救護詰所内の一角から、そんな声が聞こえてきました。

 

「ふざけんな!! 前線に立たない雑魚の四番隊なんざ――」

「四番隊なんざ……? なに、どうかしたの?」

 

 威勢良く言っていた彼の口が、突然止まりました。

 

 私がちょっと、彼の頭に手を置いて――更木隊長と全力で斬り合いしているときの霊圧を放って思い切り威嚇しつつ――尋ねただけなのに、どうしたんでしょうか?

 まるで大病を煩ったかのように全身を真っ青にして、額からは滝のように脂汗を流しています。生まれたての子鹿のように膝を震わせるその姿は、今にも倒れてしまいそうなほど心細いものでした。

 

「あら、病気かしら? 私が看病してあげましょうか? ――付きっ切りで」

「……ヒッ!!」

「あ、ああああああ藍俚(あいり)(あね)さん!! 申し訳ございません!! コイツはまだ十一番隊(ウチ)に入ったばかりの新人でして……!!」

 

 そっと耳元で囁いてあげれば過呼吸でも起こしたように呼吸を乱し、そこに慌てて十一番隊の隊士の子が割って入ってきました。

 

「俺の方からよーく! よぉーーーっく言って聞かせますから!! ですからどうか!! どうかご容赦を!! (ひら)に、(ひら)に!! ケジメだけはご勘弁を!!」

「せ、先輩……!?」

 

 床に額を擦り付けて謝る先輩隊士の姿に、目を白黒させています。

 

 一部の隊士は私のことを(あね)さんって呼ぶのよね。

 このやりとりといい、十一番隊って何時からヤのつく自営業に転職したのかしら?

 

「まあまあ、頭を上げてください。私もちょっと強く注意しただけですから。後の事はそちらにお願いしますね」

「はいっ! お任せください!! ……オラっ!! お前、こっちこい!! 謝れ!! 頭を下げて謝るんだよ!!」

「な、なんでですか!?」

「良いから! 謝るのと更木隊長に殺されるのと斑目さんにぶっ飛ばされるのどれがいいんだコラァ!? 俺の責任問題にもなんだぞゴルァァッ!!」

 

 とまあこんな感じのやりとりが、少し前からチラホラ見られるようになってきました。

 

 十一番隊に殴り込んで"誠意ある説得"をしたのも、今は昔。

 年月が経過して新人隊士が入ってくれば、その子たちはあの大騒動を経験しておらず。それどころか、知らない子もいます。

 そういう子の躾が行き届いてないみたいです。

 十一番隊(あっち)でも"隊舎の中だけでいいから、四番隊には絶対に逆らうな"と教育してはいるみたいですが……基本的に四番隊(ウチ)を下に見ているんでしょうね。

 

 なので、今日みたいなことが起きたりします。

 当時のことを知らない子が調子に乗ってしまうんですよ。

 大抵の場合は"私が脅して素直になる"か"先輩隊士が止める"の二択です。

 

 前に一角が挑戦の予約に来てる時に調子に乗ってるところを見つかった隊士がいたけれど……あの子どうなったんだっけ?

 泣きながら土下座して謝ってきたのを治療してあげたのまでは覚えてるんだけど……

 

 とにかく、一度教育を受ければ時と場合と場所を弁えてくれるんですけどね。

 

「副隊長、ありがとうございます」

「平気平気。それよりもしっかり言い返してて偉かったわよ。あとで何か奢ってあげましょうか?」

「そ、そんな。それは副隊長がいてくださったからで……」

「しかし、じわじわ目に付くようになってきたわね。新人隊士の数が多くなると教育が行き届かなくなってくる……当たり前だけど」

「そうですね。せっかく副隊長が頑張ってくださったのに……」

「いっそ、霊術院時代から教育した方が良いのかも知れないわね」

 

 

 

 

 

 

藍俚(あいり)、今日からあなたには特別任務を申しつけます」

 

 あのやりとりから一ヶ月くらい後。

 朝のお仕事を開始する直前、隊長から突然そんなことを言われました。

 

 ――特別任務。

 

 この言葉を聞いた途端、猛烈に嫌な予感しかしませんでした。

 

「……あの、隊長……その特別任務というのは一体……?」

「百聞は一見に如かず、と言います。まずはこれを読みなさい」

 

 そう言いながら隊長はなにやら書類の束のような物を差し出しました。

 

 

 

 ……って、前にもやったわよこの流れ!! 手抜きなんじゃないの!?

 

 

 

「は、はぁ……一体何が……?」

 

 前は手紙だったなぁ、と思いながら書類を読んでいくと――

 

「隊長、これは有り得ないです。辞退させてください」

「駄目ですか?」

「駄目です! いくら何でも断固抗議させていただきます!!」

 

 書類に記載されていた内容を要約すると「卯ノ花隊長から推薦を受けたから、霊術院の非常勤講師として働いてね。現役隊士の指導が新入生たちの良い刺激になることを期待していますよ」といった物でした。

 

 つまり、霊術院で働けということです。

 毎日ではないとはいえ、定期的に授業をしろってことです。

 この自由時間が無いとぼやいている中で、更に仕事を増やされたわけです。

 

 ありえませんよ! 大体教員免許なんて持ってませんし!!

 

『ちなみに、まだ尸魂界(ソウルソサエティ)に教員免許の制度はないでござるよ。極端な話、家の外に"ここ学校だよ"と看板でも立てれば"今日から私も教師!"というレベルでござる!!』

 

 そういう意味でもないのよ!!

 

「そもそも、どうして教員になんて推薦したんですか!?」

「少し前に言っていたでしょう? 新人は霊術院時代から教育した方がいい、と」

「ああああああっ!!」

 

 思わず天を仰ぎます。

 

 言いましたよ!! 確かに言いました!!

 でもそういうことじゃないんですよ!!

 大体アレって隊長はまったく絡んでなかったじゃないですか!! 一体どこから聞きつけたんですか!! ネタの振りが雑になってきてない!?

 

 ああ……もうこれからは貝のように口を閉ざして生きた方が良いのかしら……

 

『酒と熱を加えれば簡単に開きますな! あ、バターとかも捨てがたいでござる!! ボンゴレビアンコなども……これは迷いますなぁ!!』

 

 くっ! コイツはコイツで他人事だと思って……!

 

『グフふふっ! ザクくくっ! ドムむむっ! ゲルググぐっ! 藍俚(あいり)殿は考えが甘いでござりますぞっ!! タウマチンよりも甘いでござる!!』

 

 世界一甘いって噂の甘味料じゃない! アレよりも甘いってどういうことよ!?

 

『非常勤とはいえ、霊術院の講師になるということは! うら若き女学生と永続的に触れ合えるということではありませぬか!! 向こうからホイホイやってくる乙女を誑かし放題でござるよ!? キャッキャウフフし放題を見逃すなどありえませぬぞ!!』

 

「……やります」

「は?」

「申し訳ありませんでした、卯ノ花隊長! 不肖、湯川 藍俚(あいり)! 自分の考えが如何に甘かったかをこの短い時間で痛感いたしました! 霊術院講師の件、謹んでお受けいたします!!」

「が、頑張ってくださいね」

 

 突然すぎる手の平返し。そのくるくるっぷりには、卯ノ花隊長もドン引きですね。

 

 

 

 

 

 

「新入生の皆さん、霊術院へようこそ」

 

 あれからしばらくの間、霊術院側と細かい授業形態や教育内容などを打ち合わせました。授業準備は多分万全になりました。

 やがて春が訪れ、霊術院に新入生たちが入ってきました。

 

「私は今年から非常勤講師を務めます、湯川(ゆかわ)藍俚(あいり)と申します。こう見えても現役の隊士で、四番隊の副隊長を務めています」

 

 学院生たち全員が入る大講堂にて、壇上に立った私は全員に向けてそう挨拶します。

 一度言葉を切り、端から端までざっと見渡して全員の顔を軽く見回せば、皆さん初々しい方ばかりですね。

 

「さて――……さっそくですが皆さんには、私と殺し合いをして貰います」

 

 大講堂中が、一斉にざわつきました。

 

 

 

 

 

 

『ところで藍俚(あいり)殿、その眼鏡は一体……?』

 

 え、女教師といったら眼鏡でしょう? だから買ったのよ。

 何か間違ってた?

 

『異議なし!! でござる!!!!』

 




●眼鏡
タイトル通りです。ですが最も重要な要素です。

【挿絵表示】

(あとは何が必要ですかね? 黒スト?)

●いきなり教師って、ありえないでしょ?
気にしないでください。
あの藍染さんも眼鏡掛けてた頃は、霊術院で特別講師として講義とかしてます。
藍俚の場合はそれがちょっと、定期的で長期間になっただけです。

●雀蜂雷公鞭
鍛えれば多連装ミサイル砲くらいには出来ると思います。
蜂が大群で刺す、みたいに。
ミサイルポッドから大量のミサイルが板野サーカスで敵に襲い掛かる。

あと頑張ったらスナイパーライフルとかも出来ると思います。
根拠はありませんが"残火の太刀でゾンビ復活!"よりは現実的だと思います。

……でもミサイルポッドにすると一撃必殺からはかけ離れますね……


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第71話 教育の基本は飴と鞭

「皆さんには、私と殺し合いをして貰います」

 

 そう言った途端、青ざめる者、近くの新入生たちと顔を見合わせる者、下を向いて何かぶつぶつ呟く者、反対にやる気に満ち溢れた顔をする者。

 反応は人それぞれでした。

 

「ふふ、冗談! 冗談ですよ!」

 

 適当にある程度静かになったタイミングを見計らい、努めて柔和な笑顔を見せます。

 

「皆さん緊張している方が多く見受けられたので。現世風に言うなら、小粋なジョークというやつですよ。少しは緊張が解れましたか?」

 

 どうやら先程の言葉は冗談だと信じたようで、全体的に弛緩した空気が流れました。

 何人かは、見てわかるほどの安堵した表情を浮かべています。

 まあ、入ったばかりで"現役隊士と殺し合え"なんて言われたら、誰でもそんな反応を見せますよね。

 

 ただ、そんな空気の中にあってほんの一握りだけですが、抜き身の刃のようなギラついた雰囲気を纏っている者がいました。

 さっきの言葉を本気だと受け取ったままの人間が。

 いいですね、そういう子を炙り出したかったという狙いもありましたから。

 

「本来ならこれから講義を始めるのですが、今回は初日なので特別です。少し運動の時間を設けたいと思いますので、皆さん外に出てください」

 

 おっと、再びざわつき始めました。

 さっきの"殺し合い"発言が尾を引いているようですね。

 

「大丈夫、軽い身体能力の検査だけですから」

 

 半信半疑になりつつも、全員が外に移動していきました。

 さて、ここからが本番。愉しい愉しい授業の始まりですよ。

 

 

 

 

 

「講義の前に一つ質問をします。皆さんの中で、十一番隊を志望している方はいますか?」

 

 外の訓練場にて、整列した院生たちに尋ねてみれば、ちらほらと手が上がりました。

 全体の一割くらいですかね?

 そのほとんどがチンピラというか半グレというか、腕っ節には自信があります! な人たちです。真面目な武人、みたいなのは見当たりません。

 

「では、今挙手した人たちはお手数ですが前に出てきてください。先生と一つ、簡単なお遊戯をしましょう」

「お遊戯、ですかぁ?」

 

 おっと、挙手した一人が苛つきつつも一応の敬意を払うような喋り方で聞いてきました。

 とはいえその態度の端々には"四番隊が何言ってんだ?"な意識が感じられます。

 

「ええ、お遊びです。特に十一番隊志望の皆さんには、簡単すぎるお遊戯みたいなものですよ」

 

 予め用意しておいた木刀を、彼らに手渡していきます。

 

「今から貴方たち全員で、私に掛かって来てください。一撃を――いえ、掠る程度でも良いので私に攻撃を当てられたら、その人は霊術院を飛び級で卒業できるようにしてあげます」

 

 おっと再びざわつき始めました。

 色々と規格外で頭おかしいことを言えば、そんな反応にもなりますよね。

 

「その話、嘘じゃねぇだろうな?」

「勿論、嘘じゃないですよ。今の段階で現役隊士に掠らせられれば、死神として必要な強さは充分備えていると断言できます。個人の素質にもよるけれど、最低でも二年は特進を保証しますし、より優秀なら今年で卒業もさせてあげます」

 

 おっと、今年卒業と聞いて一気に目の色が変わりました。

 

「他にもそうね……十一番隊へ推薦してあげる、なんていうのはどうかしら?」

「なっ……ほ、本当か!?」

「馬鹿、こいつは四番隊だぞ!? どうして十一番隊に推薦ができんだよ!?」

「本当よ。私は四番隊所属だけど、十一番隊には色々と縁があるの。私が"実力に問題なし"って太鼓判を押して推薦すれば、向こうの方から"入隊してくれ"って言ってくるわ。下手すれば、席官待遇での入隊だってありえるわよ」

 

 先程よりも更に興味を惹いたようです。院生たちが口々に言ってきました。

 席官で入隊なんて、本当にエリート中のエリートみたいなものだもん。ある意味では飛び級以上にガッついて来るわよね。

 

「ああ、それとも……もっと単純に、私に何をしてもいい――ふふ、そんなご褒美でも構いませんよ?」

 

 死覇装の胸元をほんの少しだけ(はだ)けさせ、軽く前屈みのポーズを取ります。

 努めて妖艶な表情を浮かべ、相手の劣情を催すように意識しながら軽く胸元を寄せてやりました。

 自分がグッとくるような仕草をすれば、それがそのままに挑発に繋がります。

 実に簡単なお仕事、勝手知ったる悲しい男の(サガ)ですね。

 

 そして案の定、効果は抜群。

 野郎共はある意味十一番隊への推薦を提示した時以上の食いつきを見せてきました。

 

 遠慮無く身体に刺さってくる下卑た視線が痛いわぁ……

 

『ぐへへへへ、ねーちゃんええ乳しとるのぉ! でござる!!』

 

 あんたもかい!

 

「あ、でもごめんなさい。四番隊とはいえ副隊長を相手にしろなんて、恐くって戦えないわよねぇ。今の話はやっぱり聞かなかったことにして頂戴。大丈夫よ、そんな怖じ気づいて戦えないような根性無しが十一番隊志望なんて、誰にも言いふらさないわ。だって、物笑いのタネにすらならないんだから」

「なんだと!!」

「ざけんな!!」

「誰が怖じ気づくんだ!!」

「今言ったこと、後悔させてやるよ!!」

 

 はい、阿呆たちが完全に釣れました。

 

『そんなエロい餌に拙者が釣られクマー!!!』

 

 あんたもなんで引っ掛かってるのよ!!

 

「うおおおおおっっ!!」

「死ねやあああっ!!」

 

 手にした木刀を握りしめながら血走った目で襲い掛かって来ました。

 

 ――それから一分後。

 

「あら、もう終わり? それで十一番隊志望だなんてよく言えたわね。ほら、どうしたの? 立ちなさい! まだ意識はあるんでしょう!?」

 

 近くに倒れている院生の顔を踏みながら、そう怒鳴ります。

 

「で? 他のあなたたちもいつまでそうしているつもりなの? 痛みに苦しんでる暇があったら立ちなさい! 時間が勿体ないわ! 私が敵だったら、貴方たちはもう殺されてるのよ?」

 

 倒れているのはこの踏んでる子だけではありません。

 先程手を上げた十一番隊志望の子たち全員、仲良く地面を舐めています。

 言うまでもありませんが、私がぶっ飛ばしました。

 ちゃんと手加減してあげましたから、物凄い痛いけれど気絶はしてません。痛みと戦いながらも全員私の話を聞いているはずです。

 だってあちこちからギクッとした気配がしましたから。

 

 まあ、皆さんはもうなんとなくわかっているとは思いますが。

 今までの流れは全部予定調和です。

 

 剣のお稽古、というお題目で調子に乗ってる新入生たちの鼻っ柱を折って、そこから上下関係をしっかりと叩き込むのが目的です。

 生け贄役には十一番隊志望の子たちになってもらいました。

 ……だってあそこが一番面倒なんだもん。早めにシメておいた方が楽になるんだもん。

 

 なんだか軍隊みたいですね、心を折って言うことを聞かせるとか。

 ですが霊術院側には「こういうことをしますよ」という了承は取っています。

 普通の学校でこんなことやったら大ひんしゅくで即問題に発展すると思いますが、死神だから大丈夫です。(ホロウ)相手に殺すか殺されるかの戦いに身を投じるわけです。

 

 だから何にも問題ありません、多分。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「やれやれ、どうやら本当にもう誰も立ち上がってこないようね……」

 

 木刀を肩に担ぎながら、藍俚(あいり)は地に伏した院生たちを見渡す。その全員が痛みに顔を顰めており、立ち上がる気力はどうやら誰も残っていないらしい。

 つい先程、一人だけ立ち上がってきた勇敢な者がいたのだが、その者を藍俚(あいり)が一蹴してしまい、その光景を見たことでどうやら全員の心が折れてしまったらしい。

 

「…………」

 

 そして、その光景を見ていたのは何も十一番隊志望だった者だけではない。

 他部隊を志望していた者――つまり、先程の問いかけに挙手しなかった大勢の生徒たちも目撃しているのだ。

 

 彼らは、震えていた。

 挙手こそしなかったとはいえ、多くの者たちは"四番隊"という名を聞いて軽んじていたのは事実だった。

 だがその認識はものの百秒足らずで書き換えられた。それも途轍もない刺激を伴って。

 

「さて、それじゃあ次は……」

 

 藍俚(あいり)が残った生徒たちを見れば、その全員が絶望に彩られたような表情を見えた。

 

 次はきっと自分たちの番なんだ。

 あれほど腕っ節に自信がありそうだった者達が一瞬でたたき伏せられた。

 なら、自分たちの腕前では殺されるかもしれない。

 ごめんなさいごめんなさい、もう二度と軽んじたりはしません。

 

 心の中で祈り、謝罪の言葉を念仏のようにひたすら繰り返し続ける。

 だが、彼ら彼女らのそんな想像は、良い意味で裏切られた。

 

 

 

「ほらそこ! 足下がフラついてるわよ!」

「は、はいっ!」

「剣先がブレてる! そんなんじゃ(ホロウ)相手に返り討ちよ!」

「すみません!」

「ん? ……っと! 危ない危ない、今のは良い一撃だったわ。合格ね、お疲れ様」

「ありがとうございます!!」

 

 不安に押し潰されそうになっていた彼らに申し渡されたのは、藍俚(あいり)と一対一で剣の稽古――それも藍俚(あいり)は絶対に攻撃をせず、会心の一撃を出せればその時点で終了。

 という内容だった。

 

 一番手は死を覚悟しつつ挑んだが、これが言葉通り本当に手を出してこない。

 藍俚(あいり)はひたすら回避に専念して、生徒は攻撃だけに集中できる。そして認められるだけの一撃を放てれば、藍俚(あいり)がそれを受けとめて終了となる。

 という形式の稽古だった。

 加えて、回避しつつも一撃ごとをしっかり見極めてアドバイスを与え、適宜修正していくのだ。

 

 一人目が何事もない終わり、それが二人目、三人目と続いていけば、いつしか彼らの中に渦巻いていた不安は霧消していた。

 

「さっきの感覚を忘れないでね。自習の時も、まずはあの一撃を自由自在に繰り出せることを目標に練習してみて。それじゃ、次の子は?」

「自分です! よろしくお願いします!!」

 

 次の者もまた、意気揚々と剣を構える。その姿からは怯えはもう微塵も感じられない。

 

(上手く行ったわね)

 

 思わずそう独白する。

 

 最初に強烈なインパクトを与え、その後は丁寧に指導することで生徒たちの心を掴み、尊敬を集めさせる。

 いわゆる飴と鞭の効果を狙ってのことだった。

 そしてその狙いは、どうやら寸分違わずに効果を発揮したらしい。

 

 やがて全員の稽古が終わると、藍俚(あいり)は再び地に伏した者たちへと向かう。

 

「さて、これでわかったでしょう? 四番隊でも、あなたたちよりも強いの。決して下に見たり軽んじて良い存在じゃないのよ。ついでに言えば私なんてまだまだ、四番隊にはもっと強い人がいるんだから」

 

 治療を施しながらそう告げれば、彼らは皆驚愕する。

 ……その強い相手というのは、四番隊隊長の皮を被った初代十一番隊隊長なのだが……嘘ではない。彼女と比べれば藍俚(あいり)はまだまだ未熟なので、間違いでは無い。

 

 だがそんな裏事情を知らぬ新入りたちは、死神となった者に対する認識を改める。

 

「といっても、素直には頷けないわよね? なら、こうしましょう。私が霊術院にいる間なら、大抵は挑戦を受けます。一撃でも与えられれば、正式に謝罪してさっきの条件も全部叶えてあげる。どう? やってみる?」

 

 柔らかな口調で投げかけられたその提案に、返事はなかった。

 身の程という物をどうやら理解させられたらしい。

 だがこれはこれでいい。

 

 素直な生徒たちは飴を貰えた。

 理想的な一撃を体験させ、まずはこれを目標にすればいいという分かり易い指針も与えたのだ。こうすれば生徒たちのやる気も上がり、これを切っ掛けとして言うことも聞きやすくなるだろう。

 

 反対に最初にぶっ飛ばした生徒たちは、これで心が折れて素直に言うことを聞くようになってくれれば儲けもの。反発して来てもそれはそれで見込みがある。

 意地と根性だけでも、評価の対象になるのだから。

 

 こうして初日の授業は終わりを迎えた。

 

 非常勤扱いである藍俚(あいり)が霊術院に顔を出すのは一月(ひとつき)に二回。

 だがそこで行われる講義は、生徒たちにとても分かり易いものだった。

 長年下にいたのは伊達では無い。

 講義内容に似た実例と、それに対する解決策など山ほど体験している。

 成績の悪い子相手には――自分を見ているようなのか、とても親身になって接しており、初日の恐怖を吹き飛ばすほど人気が高まっていた。

 

 霊術院側も、生徒たち全員が上下関係を強く意識して、講師の言うことを素直になったのは大きな収穫だった。

 その意識は護廷十三隊へ入隊後も続いて発揮され、各隊は大なり小なり規律に厳格になっていったという。

 




●教育
霊術院時代からこうやって説得すれば、面倒ごとも少なくなる。はず。

まだ右も左もわからないような新入生たちを挑発しておいて、遠慮無く心を折るとか鬼畜も良いところですね。
まあ、世の中そんなにうまい話は無いということと、先輩には敬意を払いましょう。
を学べたと思います。

●一回生だけ脅すの?
基本的に、入学一発目に脅して上下関係を叩き込んでいる想定です。
(教師になった初年だけは、二回生から六回生も後々シメてると思いますが)
あとは、目に付きすぎたら個人的にシメてる可能性もありそう。


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第72話 ようやく解禁! 私の卍解!!

 平時は四番隊副隊長をやりつつ、二週間に一度霊術院の講師もやっています。

 そんな生活にも慣れました。

 人間って慣れるものなのねぇ。

 

 まあ、教師生活の方は月に二回だけなので、ある程度は余裕があります。

 講義の方も好評で、何よりです。

 ……席官になるまでも長かったし、始解どころか声を聞くのにも馬鹿みたいに時間が掛かったからねぇ……実務経験は下手な隊長顔負けで豊富ですから。

 そのおかげでしょうか?

 

『つまり、拙者のお陰でござりますな!?』

 

 あー、はいはい。そうね射干玉感謝してるわ。ありがとう愛してるー。

 

『ぐぐぐっ! こ、これはこれで!! ぞんざいに扱われつつも心の奥底では本気の感情が揺れ動いていて……たまりませぬなっ!! あまのじゃくな感じがプンプンしますぞ!!』

 

 特に成績の悪い子なんかは、見過ごせなくって親身に相談しちゃってます。

 立場上は、特定の学院生に入れ込むのってあまり良くないんでしょうけれど……霊術院側も特に何も言っては来ないので、大丈夫だと思います。

 

 あとは……やっぱり若い子は肌の張りが全然違いました。

 

『いやぁ、あれは得がたい経験でございましたなぁ!! 同じ死神を相手にしているのも構いませぬが、やはり偶には新しい刺激が欲しくなるというのもまた人の業というものでござります!!』

 

 触って確かめるのって、本当に大事よね! 初日に剣の腕前を見せつけてるから、女の子たちも私に剣を習いに来る子がいるのよ! そのときなんかもうね、もうね!! 密着よ密着!! もっと胸を張って! お尻も引き締めて! って感じで大義名分もバッチリ!! ここでアタリを付けてからそれとなく勧誘できるの!! 新入生の何人かはマッサージに誘ったわ!! 勿論男にも同じ事やってるわよ! 男たちはもう遠慮無く胸とか見てくるんだけどこれはもう必要経費として諦めてるわ! ちょっと色仕掛けでやる気を見せてくれるとか悲しいけど男の子よね!

 

 ……言うまでもありませんが、ちゃんと指導をしてますよ。

 成績の悪い子につきっきりで指導してあげると、それに触発されて他の子も大なり小なりやる気を出してくれます。

 おかげで院生全体の成績の底上げになりました。

 指導した生徒からも慕われてると思います。

 卒業の時に、プレゼントとか貰うこともありました。非常勤講師に"今までありがとうございました"の贈り物をくれるんですから、慕われてるはずです。

 

 そんなこんなで、霊術院生たちをシメる計画は概ね成功しています。

 各部隊に新しく配属された子たちは四番隊に来ても文句を言わなくなりました――あ、雑用なんかは回ってきますよ。

 その辺りの後方支援は四番隊(ウチ)の業務内容なので。

 

 でもこのやり方って、恐怖政治に近いわよね。

 私がいなくなったら不満が爆発したりしちゃわないかしら……?

 ひょっとして、このやり方をしちゃった私も脳筋だったのかしら!?

 

 ……私が隊士でいられるうちに、なんらかの手を打った方が良いかもしれません。

 後任を育てた方が良いかも……良い子、いたっけ……?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はぁ……空はあんなに青いのに……どうして私はこんなことをしてるのかしら……」

「……オイ」

「霊術院の教師でいるのも結構楽しいのに……良い子がいたらそれとなく勧誘して、卒業後の進路に四番隊(ウチ)を選ぶように誘導してるのに……」

「オイっ!」

「十一番隊にもきちんと戦えたり、精神的に強い子を推薦してるわよ?」

「んっ! そ、それはすまねぇな……」

「気にしないで。一応ちゃんと見繕ってるし、生徒たちの適正や能力から他の隊に振り分けてるから。何より仕事だから」

 

 一角が少しだけ申し訳なさそうに頭を下げました。

 

 今日は一角が挑戦しに来る日です。

 前にも言いましたが、律儀に予約をしてちゃんと時間を守って挑戦しに来ています。

 まあ、何度来ても毎回毎回返り討ちにしていますけどね。

 四番隊(ウチ)の訓練場の使用率がここ数年は類を見ない勢いで上がっていることくらいしか、特筆すべきことはありません。

 

 もう十一番隊のあの事件なんて誰も話題に上げていない――覚えてはいるでしょうけれど――というのに、律儀ですよね。

 

 というか、もう後に引けなくなってるのかしら?

 

 本当に勝つまで挑み続けられたらそれはそれで困るのよね……

 だって一角もかなり強くなってきてるし。

 

 少なくとも「一撃で、えーいっ♪」みたいなことにはならなくなりました。

 全力は出してはいませんが、本気になる程度には心して相手をしないと危ない。

 手合わせしてると私の修行にもなる。

 くらいには腕が立っています。

 射場さんが別の隊に異動して三席になったからか、やる気もかなり高いのよね。

 

 ただ、戦いを楽しもうとするのがちょっと悪癖なのよね。

 死神としてはそれってどうなのよアンタ……

 機会を見つけて叩き直してあげようかしら? だって私、先生だし。

 

「ま、それはそれとして……どうぞ、掛かってきなさい」

「へっ! ぬかしやがれ!! 今日の俺はひと味もふた味も違うんだよっ!! やるぞ、鬼灯丸!!」

 

 あっというまに斬魄刀を始解させて――

 

 ――……あら?

 

 ……ああ、なるほど。そういうこと。

 そっかそっか、ちょっと注意して霊圧を探れば一目瞭然ね。

 冷静に振り返れば、一角が来たのって前回の挑戦から半年ぶりくらいかしら? 週に一度くらい、遅くても月に一度くらいの間隔で挑んできていたこの男が、半年も間を空けた。

 

「ふふ……」

「なんだよ、薄気味悪ぃな」

「勿体ぶらなくても良いじゃない。全力で来なさい」

 

 斬魄刀の柄に片手を乗せながら、もう片方の手で挑発するように軽く振ってみせます。

 

「あぁん? なんのことだ?」

 

 ですが一角は惚けてきました。

 わかっていないのか、それとも最後の最後まで取っておく気なのか。はたまた最後まで隠し通す気なのか。

 

「……わかったわ。じゃあ、こっちが先に動けば、そっちも動かざるを得ないでしょう? 理由を作ってあげるから、感謝してね」

「だからなんのこ――」

 

 一角にしては珍しく、途中で言葉を切りました。

 というよりも言葉を失った、みたいな表現の方が良いかしらね?

 だって――それまで呑気に話をしていたはずの相手が一瞬で斬魄刀を抜いてて、オマケに強力な霊圧を放っているんだから。

 

「これを見せたのは、卯ノ花隊長以外にはあなたが初めてよ。光栄に思いなさい」

 

 さて、行くわよ――

 

「――塗り潰せ――卍解……『射干玉三科』――!!」

 



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第73話 卍解するなら修復方法をくれ

「卍解……射干玉(ぬばたま)三科(さんか)――!!」

 

 卍解を発動させ、私は装いも新たに刀を握り直します。

 始解の頃には刀身だけが黒くなった形状だったのが、今回は完全に真っ黒なものへ。

 今の私が握るのは、剣先から柄頭までその全てが黒一色となった刀です。

 一見すれば刀というより黒い棒きれか何かにしか見えないでしょう。

 

 飾り気も素っ気も無い、無骨で、数打ち品のごとく粗雑に造られた黒い刀――それが、今の私が手にする刀です。

 

「さて、私は見せたわ……次は一角、あなたの番よ?」

「……どうしてわかりやがった?」

「どうして、って……? ああ、卍解を使えるようになったってこと?」

 

 流石に観念したようです。

 種明かしを求めてきたので、クスクスと笑いつつ教えてあげました。

 

「それなら、さっき"解号"を口にせずに"始解"したでしょう? 卍解を覚えれば解号不要で始解できるから、すぐにわかったわ」

「チッ! そういうことかよ……」

「もしかして隠してるつもりだった? なら、ちゃんと解号を唱えてあげなさい。それとも卍解取得で浮かれちゃった? ま、ようやく覚えたんだものね。私に気付いて欲しかったのかしら?」

「うるせぇよ!!」

 

 怒鳴りつつもちょっと顔が赤くなっていますね。

 この反応を見る限り、本来は隠しておきたかった。けれどもあっさりバレてしまった恥ずかしさでいっぱい。といった感じかしら?

 

「後は、そうね。卍解を覚えると、なんとなく気配が変わるの。一皮剥けて風格が出てきた、みたいな感じになるの。それをあなたからも感じた、それも理由の一つよ」

「へっ! そいつぁどーも」

 

『流石藍俚(あいり)殿!! 男性に向かって"一皮"だの"ムケた"だのと……これはもう! もう誘ってるのと同義でございますぞ!!』

 

 はいはい、絶対食いついてくると思ったわよ。

 それよりもこれから多分、相手も卍解してくるはずだから気をつけてね。怪我とか……は、あなたには無用だろうけれど注意はしておいて。

 

『し、心配していただけるとは!! ご安心くだされ! この射干玉、お望みとあれば最大HPをオーバーする勢いで回復してみせますぞ!!』

 

 いや、ホントに気をつけてね。

 対峙してようやく思い出したけれど、一角の卍解って確か……

 

「バレちまってるなら、もう隠す必要もねぇよなぁ!! けどな藍俚(あいり)! 誰かに言ったらテメェをぶっ殺すからな!!」

 

 ……来た!

 一角の存在感が猛烈に高まって、気を抜けばその勢いだけで飲み込まれてしまいそうなほど! 全身を突き刺さるのは痛いほどの殺気。

 あの様子からすれば覚えたばかりのはず、なのにこれほど存在感を放つなんて……!!

 

「卍解! 龍紋鬼灯丸(りゅうもんほおずきまる)!!」

 

 現れたのは、巨大にして異質な三つの刃。

 両の手はそれぞれが大きな(ナタ)のような剣を持ち、背中には(まさかり)のような巨大な刃が浮かんでいます。

 それら三つの刃は鎖で繋がれており、その巨体と合わせてなんとも禍々しい見た目をしていました。

 

「それが一角の卍解ね……」

「ああ、そうだぜ……と言っても、まだまだ本気じゃねぇんだけど――よっ!!」

 

 見せたくてうずうずしていて、もう我慢できなくなった。

 とばかりに片手の大鉈を振るって来ました。

 が――

 

「遅いわね」

 

 ――その一撃は余裕で回避できました。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 勢いに任せ、さらに連続攻撃を放ってきますが、さすがにこれでは当たりません。

 その剣速は始解のときと大差なし――むしろ、武器が巨大になった分だけ取り回しが悪くなって遅くなっている面まであります。

 巨大な武器をブンブン振り回しているので、風切り音が耳に響いて恐怖心を煽る目的もある……のかもしれませんが、卯ノ花隊長や更木隊長を知る私からすると、ねぇ……

 

「くっ! あたら……ねぇ!!」

「むしろ、当てるつもりがあったの? 牽制に徹してるのかと思ってたわ」

「んだとぉ!?」

 

 なおも続く連撃を避け続けながら、私は説明してあげます。

 

「それだけ巨大な武器を相手にすれば、底抜けの馬鹿じゃない限り、まず受けは考えない。回避に徹して相手の隙を突こうと考えるのは当然でしょう? それに大きな武器は取り回しが悪くなって当然、当たれば一撃だとしても、当たらなきゃ意味が無い」

「う、うるせぇな!!」

「だったらその大振りを戦術の一つとして相手を追い込み、逃げられなくしてから本命の一撃を放つ……とかそういう戦い方をするんじゃないの?」

「ぐっ……!!」

 

 一角が"痛いところを突かれた!"みたいな表情をしました。

 ……一応、その可能性を考慮して逃げる先や避け方を工夫していたのだけれど、まさか無策で剣を振り回してただけなんて……私、馬鹿みたい……

 

「他にも、両手の攻撃だけに意識を集中させたところで、背中の(マサカリ)を飛ばして攻撃してくるとか……せっかく鎖がついているのよ? もっと戦い方を工夫しなさいよ……」

「テメェに言われなくても、わかってんだよっ!!」

 

 悪態は吐きつつも、アドバイスは素直に聞くのね。

 上手く鎖を操って背中の刃を飛ばしてきました。とはいえその軌道は馬鹿正直に一直線、勢いも頼りなくて、使い慣れていない感が満載です。

 

「ま、覚えたばっかりだもんね」

 

 向かってくる刃に駆け寄りそのまま刀で受け流すと、一足飛びに向かい喉元へ刀を突き付けます。

 

「はい、これで勝負あり――よね?」

「……ぐっ!」

 

 薄皮一枚だけ斬る程度に押し当てられた刃の感触に、一角は縫い付けられたように動きを止めました。

 

「その卍解、攻撃力はありそうね……攻撃力だけは。でも持ち主の霊圧が全然上昇してないところから見るに、上がるはずだった霊圧も攻撃力に回している……で良いのかしら?」

 

 朧気な知識と現状から得た情報から、そう口にします。

 

「……ああ、そうだ! ついでに教えてやる。コイツは寝坊助でな、殴ったり殴られたりして背中の龍紋が赤く染まらねぇと、力も出さねぇんだよ」

 

 そうそう、そんな設定だったわね。思い出したわ。

 

 普通なら卍解すると、持ち主の霊圧は平均して五倍から十倍は上昇する。

 けれどこの卍解にはそれがない。

 上昇するはずの霊圧分まで攻撃力の強化だけに回してるから。

 

 つまり、攻撃力は上がるけれども、それ以外はさっぱり上がらない。

 馬鹿みたいに攻撃力があっても、敵に当てるためには本人の身体能力で頑張らないと無理。

 重ねて言うけれど、卍解しても霊圧は上昇しないから。

 霊圧が高くなれば身体能力も強化されるんだけど、それを期待できないから。

 

 オマケにメインのはずの攻撃力ですら、卍解直後はマトモに発揮できない。

 殴り合って斬った斬られたすることで徐々に力が解放されていく。

 その開放の度合いは背中の鉞に彫られた龍の紋章に表示されて、これが完全に赤く染まることで全力になる。

 

 つまり、今どれだけ本気なのかが敵にも丸見えってことよね。

 だから適当に攻撃してダメージを与えてから大技で一気に倒す、みたいなことをすれば、完全開放する暇すらなく倒せるってことよね。

 

「難儀な卍解すぎる……」

 

 ……うん、なんというか……

 前に一角を見た時に"斬魄刀ガチャ失敗"って思った理由がよくわかったわ……

 

 なんでこんな能力なのよ!!

 そりゃ、ロマンは認めるわよ!?

 戦っていく内に強くなっていくって、話のネタとしては面白いわ!

 だけどこれはないわ。

 

 何よりこの能力、致命的なまでに卍解との食い合わせが悪いのよねぇ……

 なんでこんな頭悪い能力なのよ? まさか鬼灯丸ってドMの変態だったの!?

 ……いえ、もしもそうじゃないと信じましょう。

 信じたからね!!

 

「オマケで言わせて貰うと。通常時は刀。始解すれば槍、と見せかけて三節棍。ようやく使えるようになってきたと思ったら、卍解で超重量級武器の鍛錬も追加……本当に使いこなせるの?」

「っるせーなっ!! テメェに言われなくてもわかってんだよ!!」

 

 形態が多すぎるのも考え物よね。どれだけ武器の熟練度を上げるのかって話よ。

 刀だけで済む射干玉は本当に良い子よね。

 

『ぐふふ、褒められたでござるよ……!』

 

「ま、覚えたばかりで練習不足な卍解を使いこなせるようになるのが今後の課題よね。またの挑戦をお待ちしております――と、言いたいところなんだけれど……」

「あぁん?」

「せっかくの卍解なんだし、私も少し相手をしてあげる。仕切り直しよ、全力で来なさい!!」

「……マジで言ってんのか?」

 

 ちょっとイラッと来てますね。

 卍解を覚えてもその程度の実力なら恐くない、って言ったとでも思われたんでしょうか。

 

「いいから来なさいよ。安心しなさい。その卍解、腕が千切れるまで振り回させてあげるから」

「上等だコラアアァァッ!!」

 

 どうやら戦意は高揚したようで、再び襲い掛かってきました。

 

「いくわよ、射干玉」

 

『いつでもお任せあれ!! 拙者、相手の趣味に合わせる献身的な性格でございますゆえに!!』

 

「まずは様子見――玉鋼(たまはがね)

「ちぃッ!」

 

 刀を地に刺せば、一角の行く手を遮るように何枚もの金属で出来た壁が立ち並びました。突然眼前に現れ視界を遮る壁に、一角の舌打ちが聞こえてきました。

 

「邪魔だっ!」

 

 ある程度加減したとはいえ、かなりの強度の壁を造った筈なんですけどね。それでも龍紋鬼灯丸はある程度力を発揮しているようで、壁を苦も無く砕きながら向かってきます。

 

大毒(たいどく)

 

 今度は剣を一閃させて、無数の飛沫(しぶき)を放ちます。

 

「ぐっ! ってなんだコリャあああっ!? ()っせぇえぇっ!!」

 

 目に見えなかったのか、それとも見えていても避ける必要は無しと判断したのか。

 水滴の群れに飛び込んだ一角は、思わず叫んで動きを止めました。

 

 大毒(たいどく)は、本来ならばその名の通り触れただけでも危険な毒素を放つのですが、今回はさすがに自重。

 その代わり、付着すると鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放つようにしてあります。

 

 突然全身から立ち上ってきた異臭に思わず足を止めてしまったのは、気持ちとしてはわかる。わかるけれど――

 

「油断しすぎでしょう?」

「……ッ!!」

 

 動きを止めた一角の、それも斬魄刀目掛けて剣を振るいました。

 狙うは武器破壊、龍紋鬼灯丸を粉々にしてやります。

 

 なにしろこの卍解は攻撃力だけにアホほど特化してるので、耐久力もありません。

 普通に何度か攻撃を仕掛けただけで刀身に亀裂が走り、細かな破片が幾つも飛び散ります。そして受けた攻撃と比例するように、龍紋が赤く染まっていきました。

 

「うおっ! くっ……テメェ藍俚(あいり)!! なんてモンくらわせやがる!!」

(くさ)いで済んだだけ有り難くおもいなさい。というか、無策で飛び込みすぎでしょう!? こっちが驚いたわよ」

 

 悪臭を放ちつつ激昂したように攻撃してきたので、再び回避に集中します。何本もの亀裂が入った鉈を振り回しているので、その勢いと脆さが相まって攻撃しながらもボロボロ砕けています。

 ……あ! この匂いは五分くらいで完全に自然分解するように造ってあるから問題はないわよ。

 

「なにより、そんなに怒ると足下を掬われるわよ――顛倒(てんどう)

「うおおおっ!?」

 

 既に仕込みは済んでいます。

 足下の摩擦が突然ゼロになり、一角は見事にコケました。

 

 これは始解の時の摩擦を操る能力ね。

 既に地面に撒いておいた射干玉の本体に、滑らせるように命令しただけ。

 

 それと顛倒(てんどう)は「真実に反した考え」みたいな意味だけど、語源は「ひっくり返る」みたいだから、転ばせる技としては良い名前だと思わない?

 

『卍解時限定の名称でござりますが! やはりこういう技名を叫ぶ戦いは見ていて興奮いたしますな!! 今回など、ただ転ばせただけだというのに!! ハァハァ……転倒者……?』

 

 あ、それいただき。

 

「悠長に転んでる場合じゃないわよ? 走り火(はしりび)

 

 ――破道の三十一 赤火砲

 

 軽く霊圧を操り、無言で鬼道を放ちます。

 赤火砲によって生み出された火球は導火線を沿うように地面を走り、転んでいる一角目掛けて襲い掛かります。

 そしてある一定距離まで近づくと、爆発したように一気に燃え広がりました。

 

「――っぶねええぇぇっ!! なんてことしやがる!!」

「緩んでいたみたいだから、少し活を入れてあげたのよ」

 

 それをマトモに喰らうほど油断はしてないみたいね。

 ギリギリ回避に成功して、けれども恨みがましい目で私を見てきました。

 

「ほら、来なさい。今できる全力で卍解を使ってみなさい! その程度の力じゃ私に膝を付かせる事も出来ないから」

「いつまでも……上から目線でいられると思ってんじゃねぇぞコラアァ!!」

 

 どうやら完全に火が付いたみたいね。

 持て余すほど重いはずの武器をガンガン振り回して、遠慮無く攻撃を仕掛けてきます。

 鬼灯丸を三節混状態にしていた頃のノウハウを生かしているみたいで、片手でフェイントにしつつもう片方の手で攻撃を、かと思った瞬間に役割を入れ替えて来ます。

 そして突然大振りになったかと思えば、鎖を利用して背中の鉞を縦横無尽に操ってくる。

 うんうん、良い感じよ。どんどん動きが良くなってきてる。

 

「くそがっ!! これだけやって、掠りもしねぇ……!!」

 

 一角はそう言いますが、こっちも少しだけ焦っています。

 

 何しろ何度も繰り出される攻撃に龍紋もどんどん真っ赤になっています。

 耳に慣れたはずの風切り音がまるで別の音のように恐ろしく響き渡り、避けて通り過ぎたはずの鉈からは身震いするほどの威圧感が放たれていました。

 

 凄い威力ね……これ、受けたらどうなるのかしら……

 

「くうっ!!」

 

 幾度かのやりとりの後、突きのように放たれた攻撃を物は試しとばかりに受けてみれば、その威力は想像を遥かに超えていました。

 受け流すように防いだはずなのに、全身を一気に持って行かれそうな衝撃が襲い掛かってきて、大きく姿勢を崩しました。

 

「へっ!! この程度を喰らうか!? 馬鹿が、見え見えなんだよっ!!」

 

 確かに、私から見ても今の一撃を食らうのはちょっと変だものね。

 今までの戦いから考えれば、この攻撃を受けるはずがないもの。

 受けたことで(かえ)って不審に思ったらしく、一角は追撃を放つものの、私がどう動いても対応できるよう備えていました。

 

「……雲外(うんがい)

「なにっ!? ぐおおおおっ!!」

 

 油断していなかったようですが、これは想定外ですよね。

 突如として地面から斜めに伸びてきた石柱の一撃を受け止め、そして勢いに負けたように吹き飛ばされました。

 

 雲外――雲の外という意味通り、空の彼方までぶっ飛ばすくらいの威力を秘めた単純な一撃を放つ技です。

 そして単純なだけに、その威力は抜群。

 さながら破城槌(はじょうつい)でも叩き込まれたかのような衝撃を受けて、龍紋鬼灯丸が一気に砕け散りました。

 攻撃に回していたお陰で辛うじて右手の鉈こそ残っていますが、それ以外の部分は無数のガラス片を撒いたようにバラバラです。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 それでも一角は攻撃の手を止めませんでした。

 片手だけで鉈を振るい、そして――

 

「お見事」

 

 ――私が手にする刀、その刀身を真っ二つに切り裂きました。

 

 これが最大限まで――いえ、下手すれば限界を突破したほどの龍紋鬼灯丸の攻撃力……

 受け止めた手どころか、全身がビリビリと痺れます。

 伝わって来る衝撃だけでも、身体中がバラバラに破裂しそうです。

 これを身体に叩き込まれたら……更木剣八といえども一撃で絶命しそうですね……

 

「……けっ! なにが"お見事"だよ……!」

 

 当然、攻撃した龍紋鬼灯丸もただでは済みません。

 まるで自らの破壊力に耐えきれなかったかのように、残る一本もバラバラに砕け散っていました。

 辛うじて一角が握る柄から下の部分が残る程度で、もはや見る影もありません。

 

「それに最後とその前、テメェわざと受けただろうが!!」

「あら、そのくらいはわかるのね」

「わかるに決まってんだろうが!! 何度テメェと戦ったと思ってる!!」

「それがわかるなら、私も毎回あなたに時間を使った甲斐もあったわ。それに、龍紋鬼灯丸の全力がどれだけか知れたし、良い経験になったわ。ありがとう」

「お、おう……」

 

 ありがとう、と素直に礼を言われたのが恥ずかしかったのか、威勢良く喋っていたはずの一角が急に顔を真っ赤にして視線を逸らしました。

 

『野郎のツンデレとか……いや、拙者的には斑目殿はアリでござるな……じゅるり』

 

 射干玉も、生きてる? 怪我とかしてない?

 

『ああっ! 藍俚(あいり)殿! そのお言葉だけで拙者、寿命が五十六億年くらい伸びましたぞ!!』

 

 そ、そう……頑張って弥勒菩薩を手助けしてあげてね……

 

「それじゃあ一角、直して(・・・)あげるからじっとしてなさい」

「あん!? んだよ、別に怪我なんざ……」

「良いから!!」

 

 逃げようとする前に強い口調で有無を言わせません。

 

「あんたの怪我は大したことないわよ。まあ、超巨大な武器をあれだけ振り回したから、筋肉痛は酷いと思うから、あとで良く効く薬を渡してあげる」

「そうかよ、あんがと……って、まて! 俺じゃねぇなら、何を治すってんだ!?」

「"治す"じゃなくて"直す"の! 相手は勿論、龍紋鬼灯丸よ?」

 

 そう告げたものの、一角はきょとんとした表情をしました。

 

「いや、斬魄刀は折れても持ち主の霊圧で勝手に直るだろ?」

「それが出来るのは始解まで。卍解の時に受けた傷は、基本的には修復不可能なのよ」

「……は……?」

 

 知らなかったんでしょうね。

 教えた途端に、一角がフリーズしました。

 かくいう私も、卯ノ花隊長から教えて貰って初めて知ったんですけどね。

 

 これこそが"能力が致命的なまでに卍解と食い合わせが悪い"と評した理由です。

 

 卍解は壊れたら直せない。

 でもダメージを受けないと本領を発揮しない能力。

 本領を発揮させた後、再度卍解すると壊れた状態のまま。

 オマケに龍紋も最初っから溜め直し。

 そもそも攻撃力に振り切り過ぎてて、強度がペラペラですぐ壊れる。

 

 ヘレンケラーもビックリの五重苦よね……

 

「ッッ手前(てめ)ェェッ!! どういうことだ!! 知ってたんだな!? 知ってて俺の卍解をこんなになるまでぶち壊しやがったんだな!? そうだろうが! そうに決まってんだろうが!! 正直に"はい"と言いやがれえぇぇっ!!」

 

 数秒後、再起動したものの……うん、怒るわよね。

 だって"壊れたら直らない"を知った上で、ガンガンぶち壊したわけですから。

 

「あーもう、五月蠅いわね!! そもそもそれがアンタの卍解の能力でしょうが! 壊れないと本領を発揮しないんでしょうが!!」

「……ぐっ! そ、そりゃそうだがよ!! せめて先に一言くらいは断りを入れやがれっ!! 持ち主の許可無く勝手にぶち壊すなんざ泥棒よりも……ちょっ! 待て!! 直せる……のか……?」

 

 私の言葉に気付いて、少しは冷静になったみたいです。

 

「当然でしょう? だから壊したの」

「いや待て! さっき"卍解は直らない"って自分で言ったじゃねぇか!!」

「そっちこそちゃんと話を聞いてたの? 私は"基本的には"って但し書きを付けたでしょう? 例外はちゃんとあるの!!」

 

 言いながら私は、一角が手にしている"残った柄の部分"に手を当てました。

 

「何やって……」

「しっ! アンタは黙って卍解の維持だけに集中してなさい!!」

 

 そして私は卍解――射干玉三科(ぬばたまさんか)の能力を使い、ゆっくりと龍紋鬼灯丸を直していきます。

 

 

 

 さて、修復作業の間に私の卍解についてご説明させていただきます。

 ――といっても、今までの描写を見ればもうご理解いた……あら? わからない?

 ではお答えしましょう。

 

 能力は、射干玉本体を召喚することです。

 

 始解と変わらないって? やってることは同じですけれど、出来ることが違います。

 射干玉は、どこに出しても恥ずかしくないくらい"やべー斬魄刀"です。

 

『ちょ! 藍俚(あいり)殿!!』

 

 それを"枷"の無い状態で解き放ったら、果たしてどうなるか……その"もしも"を実現してしまったのが、私の卍解です。

 

 枷の無くなった射干玉は、あらゆる物に姿を変えられるようになりました。

 

 動植物や人間といった生物は当然、陶器・金属・ガラスのような無機物にも。固体・液体・気体の状態すらお構いなし。

 さらには"変異したいサンプル"――ある程度のお手本があれば、そこから情報を解析してコピーを生み出せるようになります。

 さらに解析が進むと、進化して欠点が改善されたより良い物を生み出します。これが本体にじわじわ浸透していき、置き換わっていきます。

 

 なのでこの能力を使えば――

 

 突然壁を無数に生み出したり。

 すごく(くさ)飛沫(しぶき)を放ったり。

 滑る床を設置しておいて任意発動させたり。

 さらにその床に爆発的に燃え広がる特性を追加で持たせたり。

 巨大な石柱を生やして攻撃したり。

 

 ――全部実現します。やりたい放題やってくれます。

 

 

 このやりたい放題の範疇には、情報を解析することで卍解を直せる。というのも含まれているわけです。

 

 ……こんな何でもありを"規格外"以外にどうやって表現しろっていうのよ!?

 

 

 まあ、おかげで私も良い影響を受けて回道が凄く強くなりました。

 マッサージの時には、この能力で塗った相手の細胞を解析して、よりよい細胞を相手に提供したりできます。

 以前空鶴にマッサージした時にオイルを突然生み出したのも、この能力のおかげ。手の平からちょっと生み出して、オイルに変身させたの。

 

 勿論、不便な点もあるのよ。

 この能力そのものは創造するだけだから戦闘能力そのものは一切ないし。

 使うにしても、事前にしっかり時間を掛けて考えて準備しておかないと、お目当ての物に変身させられなかったりと、苦労もしてるの。

 そもそもが、出来ることの範囲が広すぎるのよ。

 

 けれど一番の問題は、能力の精度と射干玉のやる気が直結してるってこと。

 だからマッサージだけは、あんなにインチキみたいな効果を発揮するのよね……あの時だけは、毎回毎回アホみたいにやる気になってるから……

 

 まあ、そんなところが可愛いんだけど。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 長々と説明している間に、なんとか卍解の修理も終わりました。

 

「さすがにこの大きさを全部直すのは、骨が折れたわ……」

「す、すげぇ……」

 

 巨大な三つ分の刃だもの。

 これだけの質量を修復するのは、かなり手間が掛かりました。

 集中しすぎて、なんだか頭が痛いです。

 ほら見て、射干玉も修復のために本体を搾り取られ過ぎて、シワシワになってる。

 

『で、ですがこれも藍俚(あいり)殿のため……あと、初めて接触しましたが鬼灯丸殿も中々ナイスガイでございました……! あ、あの筋肉はたまりませぬ……!! あの逞しい胸板の上を思う存分泳ぐ……デュフフフフ!! 女体とはまた違う趣が……!!』

 

 そ、そう……よくわからないけれど、良かったわね……

 

「まるで新品……いや、それ以上じゃねぇか!!」

 

 そして修理が完了したことで、一角が大喜びしてます。

 この出来映えは、射干玉が結構やる気になった証拠ね。見た目からだけでも、コレまでよりも洗練された物を感じられます。

 

「よし藍俚(あいり)! 続きやんぞ!!」

「……ちょっと、休ませてよ……一角だってずっと卍解状態を維持してたんだから、相当疲れてるはずでしょ?」

 

 壊れても平気とわかった途端にこれです。

 一角も一角でバトルジャンキーよね。

 




●斬魄刀のまとめ(卍解編)
名前:射干玉三科(ぬばたまさんか)
解合:卍解なので不要(でもノリで「塗り潰せ」とか付けちゃう)
能力:射干玉本体を呼び出して操る。

射干玉本体はあらゆる物に姿を変える。
有機物にも無機物にも当然化け、お手本があればそこから解析して複製を造り出す。
質量が不足していればどんどん増殖して補っていく。
お手本がなくても、使い手が熟知していればその情報から作れる。

例:変身前を熱湯の中に沈めておき、取り出した際にクリームパフェへ変身。

本体は使い手の身体(体表)から出てくる。

※ 能力を真面目に考察してはいけません。ノリで「こんな感じなんだ」と。
  (浦原さんだって「作り替える」能力ですし。このくらいは許容範囲! たぶん!)



欠点:基本的に射干玉が四六時中話し掛けてくる。
   よくセクハラしてくる。
   ときどき勝手に具現化して来て直接触られる。
   ちゃんと相手してあげないと拗ねる。
   定期的に女体に触れないとふてくされる。
   射干玉のやる気次第で、出来ることの幅が大きい。
   一度変異させるとその細胞は元に戻せない。
   ブランが増えたのでますます五月蠅くなった。


でも好き、世界一可愛い。


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第74話 砕いてみなけりゃわからない わからなかったら砕いてみる

「そういえば一角、ちょっと聞いて良い?」

「んだよ?」

 

 休憩の間、なんとなく気になっていたことを尋ねてみました。

 

「卍解が使えること、どうして隠そうとしてたの? あんたの性格なら、別に隠す必要もないと思うんだけど……」

「何かと思えばそんなことか。くだらねぇ事を聞くんだな」

 

 なんでそんなことも分からないんだ、みたいな顔で見られました。

 

「卍解が使えたら、隊長にされちまうだろうが!」

「……え?」

「俺は他部隊の隊長になる気なんざ、ねぇーんだよ。俺が働くのは更木隊長だけだ。あの人の下で戦って死ぬのが俺の目標だ!」

 

 うん……え、それが理由なの?

 

「だから、自分が卍解を使えることを知られたくなかったってこと?」

「当然だろうが!」

 

 ……これ、本気で言ってるみたいだけど……教えた方がいいのかしら?

 

「あのね一角、隊長になる方法は知ってるわよね?」

「ったりめぇだろうが! 隊首試験に合格する! 各隊長から推薦を受ける! 前隊長を戦って殺す! の三つだ!」

「よかった、そこはちゃんと知ってたのね」

 

 一つ目はそのまんまだから割愛。

 

 二つ目の"推薦"制度というのは「現隊長の六人以上の推薦を受けて、残った七名の隊長の内の三名以上から承認される」という物です。

 早い話が隊長九人から「コイツは隊長に向いてる」と認められるのが条件ですね。

 

 そして三つ目の"前隊長を殺す"のは、十一番隊の隊長だけに認められた手段です……どこの誰よ、こんな物騒な手段考えたの……知ってるけど。

 

「じゃあ聞くけれど、一角は隊首試験を受けるつもりはあるの?」

「あぁん!? んなもんねぇよ!」

「前隊長――つまり、更木隊長を殺すつもりもない」

「ったりめぇだろうが!! 話聞いてたのか!?」

「じゃあ、自分が推薦されると思ってるわけ?」

「…………」

 

 おっと、言葉に詰まりました。

 

「自分が隊長になって、二~三百名の隊士を引っ張っていく。勿論、隊長業務で書類仕事も片付けるわけだけど……それ、一角はできる自信あるのよね?」

「…………」

「腕っ節とか剣術の指導みたいなのなら、認めてるわよ。でも、隊長職でやるのはまた別よ? 現隊長たちが"斑目一角には隊長の適正がある!"って推薦される自信があったから、卍解を使えるのを隠そうとしたのよね?」

「…………っ!」

「一角の場合、十一番隊はともかく他の部隊を率いられるとは思えないんだけど……あ、なんだったら卯ノ花隊長に頼んで、四番隊の隊長を一週間くらい体験させてあげましょうか? そこで隊長としての適正があるかどうかをちゃんと――」

「だああああっ! うるせえええっ!!」

 

 あらら、爆発しちゃった。

 言外に"お前に事務仕事は無理だし推薦されるはずもないから卍解を隠す意味はないぞ"と伝えてるわけですが、この反応を見るに自覚有りだったみたいね。

 

「なら藍俚(あいり)! テメェはどうなんだ!! 俺よりも早く卍解を覚えてるじゃねぇか!! どうして隊長にならねぇ!?」

「早く覚えたけれど、でも別に隊長になる気はないし。そもそも隊長職なんて、無理矢理やるものじゃないでしょう?」

 

 かつての十番隊のような、隊長の席が長期間に渡って空白だったことも何度かありました。

 そういう"隊長になれるだけの意志と力を持った者がいない"と判断されれば、無理矢理に埋めるよりも空席のままで、と判断されるのも充分にありえます。

 

「……それでいいのかよ?」

「いいんじゃないの? 私が卍解を使えるのは卯ノ花隊長も知ってるけれど、教えた時も特に何にも動かなかったし」

 

 今が"尸魂界(ソウルソサエティ)にとって、のっぴきならない状態"だと判断されれば、その限りではないかもしれないけれどね。

 ……うーん、でも仮に緊急事態だったとしても一角が隊長になれるのかしら……?

 

「ま、まあいい! とにかく、お前の言うことはさておき推薦される可能性はゼロじゃねぇだろうが!! だから俺は卍解を隠す!! お前も言うんじゃねぇぞ!!」

「そりゃあ、言いふらす趣味なんてないわよ」

「てか藍俚(あいり)! 俺は答えたんだから、お前も答えろ!!」

「……何を?」

 

 答えなきゃならない質問なんて、何かあったかしら?

 

「鬼道だ鬼道!! お前さっき、何にも言わずに鬼道を使っただろうが! ありゃ一体どういうことだ!!」

「え? ああ、あれ?」

 

 そういえば、更木隊長を相手にした時も使ったわよね。

 あれ? ひょっとして今まで一切説明してなかったんだっけ?

 

『しておりませんでござるよ。あの時はザラキーマ殿との激闘でそんな暇はありませんでしたからな』

 

 そっか。じゃあ、説明しますね。

 

 結論から言いますと、完全に無言で操っているようで、ちゃんと詠唱しています。

 ただ、とある道具の力を借りているだけです。

 

 さっきも言ったけれど、卍解した射干玉は何でも創造します。

 この能力を使って、とある機能を持った道具を造りました。

 

 その機能とは、特定の振動を発生させると言う物です。

 

 音が鳴ると、空気が振動して波が生まれますよね?

 その振動を記録しておけば、後から何度でも同じ音を鳴らせます。

 レコードなんかと同じ仕組みですね。

 

 ならば、鬼道を唱えた際の振動を記録しておいて、その震動を再生すればよい。

 波が生まれるのだから、詠唱したのと同じ結果になる。

 という理屈です。

 

 そうして生まれたのが、この道具です。

 本来ならば鬼道を唱える際には霊圧を織り込む必要があるのですが、そこはそれ。

 自分の卍解で造った道具ですから、編み込むのも簡単でした。

 

 唱えたい鬼道を選び、使いたいだけ霊圧を通せば、それだけで鬼道を操れる!

 詠唱している間、使い手は別の事に集中できる!

 しかも震動を発生させているだけなので、バレる可能性は極限まで低い!

 実際に唱えているワケではないので、威力などは多少目減りしますが、それでもこの利便性は他の追随を許しません!!

 これぞ長年追い求めていた物の終着点、一つの確かな答えです!

 

『いやはや、完成までの道のりには大変な苦労がありましたなぁ……これだけでドキュメンタリー作品が一本作れそうなほどにござりました……』

 

 ホント、大変だったわねぇ……あんなに苦労して造ったんだから――

 

「ひ・み・つ♥」

「なんじゃそりゃぁぁ!!」

「アレは私の奥の手だもの」

 

 ――簡単に教えるわけないでしょう?

 

 しかもこの機能は、私がいつも胸に巻いてるサラシに組み込みました。

 ペンダントや腕輪のような道具では"いかにも"すぎて見抜かれかねませんから。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「それより、それだけ叫べるならそろそろ回復したかしら? 続き……やる?」

「はっ! 上等だ!! テメェを負かせて、その秘密でも喋って貰うとするか!!」

 

 元気いっぱいに立ち上がる一角を見て、私は最後の疑問を解消することにしました。

 それは、どうして龍紋鬼灯丸はあんな能力なのか。

 

 壊れやすくて直らない。なのに壊れないと本気を出せない。

 頭のネジが飛びまくったよっぽどのド変態でもない限り、そんな馬鹿な能力になるはずがないんですよ。

 

 そして、一角の話を聞いていて思いました。

 一角は隊長になりたくない。だから卍解が使えることを隠そうとしていた。

 ならその意志や想いが卍解に反映されてしまったんじゃないか?

 

 ひょっとしたら、龍紋鬼灯丸にはまだ先があるんじゃないか。

 

「んー……もう一戦してもいいんだけど、それよりも……」

 

 だったら、どうすればその先が引き出せるのか?

 鬼灯丸の能力から鑑みて、一番可能性が高そうなのは……やっぱりアレ、かしら?

 

「あなたの卍解、直せるって実証もできたんだし。一つだけ、確かめさせて貰ってもいいかしら?」

「な、何をする気だ……!?」

 

 おっとと、いけないいけない。顔に出ていたかしら? 怯えさせちゃったわね。

 まあ、でも丁度良いタイミングだし。何をするかくらいは教えてあげましょう。 

 

「龍紋鬼灯丸、完全に破壊させて?」

「馬鹿かテメェは!!」

 

 ツッコミ早いわねぇ。

 

「む、馬鹿に馬鹿って言われた」

「誰が馬鹿だゴルァ! 幾ら直せるからって、人様の卍解を"破壊させろ"って言われて"はいどーぞ"と言うとでも思ってんのか!! 頭沸いてんのかコラァッ!!!!」

「落ち着きなさい。完全に無策ってわけでもないから。話も聞かないなら、もう二度と卍解直してあげないわよ?」

「今度は脅しかテメェ!! チッ……! 話くらいは聞いてやるよ!」

 

 よかった、真心込めて説得するのって大事よね。

 

 話を聞いてくれる気になって貰えたので、先程の持論を語ってあげました。

 

「――というわけで、弱くなっていくだけの卍解とかおかしいでしょう? 始解の時と同じく槍になって霊圧が一気に高くなるだけ。みたいな方がまだ理解できるもの」

「まぁ、な……一理はある……」

「そんな能力になっちゃったのは、一角の"隊長になりたくないから卍解を隠そう"という気持ちが、少なからず関係していると思うの」

「んで? 今から隊長を目指せってのか!? それこそ冗談じゃねぇよ」

 

 この程度では、やっぱり気持ちは変わらないませんね。

 吐き捨てるように拒否されました。

 

「私もあんたが隊長を目指すとか思ってないわよ。だから、代わりの手段を取ることにしたの」

「……まさかそれが、完全に破壊させろに繋がるのか!?」

「正解!」

 

 ここまでヒントを出せば、誰でも思いつくわよね。

 

「完全に破壊しちゃえば、隠しようがないでしょう? そうなったら、一体どんな姿を見せてくれるのかしら……」

「……お前、やっぱり頭おかしいわ」

「失礼ね!!」

 

 これでもアンタのことを考えてるの!

 何にもしないまま"噛ませ犬"とか"外れ卍解"とか"斬魄刀ガチャ失敗"って言われるより遥かにマシでしょ!!

 

 あと、もう一つだけこじつけの理由もあるのよ。

 

 植物には(がく)と呼ばれる器官があるの。

 これは花の一番外側にあって、その内側にある花弁なんかとは明らかに違う要素――イチゴのヘタなんかも分類上は(がく)――を指す名前なんだけど。

 

 知ってる? 鬼灯(ほおずき)(がく)って、果実を包み込んで袋みたいになるのよ。

 (がく)が盾や門のような壁の役割を担い、大事な内側を守っている。

 

 同じ鬼灯の名を冠した斬魄刀が持つ(がく)の中身を、覗いてみたいと思わない? 

 厳重に守られた何かを、白日の下に引きずり出してみたいと思わない!?

 

藍俚(あいり)殿がちょっと犯罪者みたいな目をしてるでござるな』

 

「いいから卍解を出しなさい! あんたの鬼灯丸、砂になるまで砕いてあげるから!!」

「マジかよテメェ!!」

 

 卍解を発動させて刀を握ってみせれば、一角も呼応するように卍解を発動させました。

 

「……今回はちょっと、本気で行くわよ。失敗したら責任取って一生面倒見てあげるから、安心しなさい!!」

「それでどう安心しろってんだコラァッ!!」

 

 ヤケクソな一角を見ながら、私は心の中でニヤリと笑いました。

 

 

 

 

 

 

 地面には無数の破片が転がっていて、足の踏み場も無い程に。

 これらは全て、砕かれた龍紋鬼灯丸だった物――その欠片たち。

 徹底的に砕き、叩き、龍紋を赤く染めても尚、破壊を止めない。

 

 その先に待っているものこそが、真実だと盲信して。

 

 

 

 その結果――

 

 

 

「やってみるものね」

「ったく! 成功しなかったらテメェのこと、一生恨んでたところだ」

 

 結論から言えば、成功でした。

 

 すごいのね、鬼灯丸ってば……こんな立派なモノを隠し持っていたなんて……

 

『これはもう、ご立派とか言うレベルを超越してるでござる……こんなの、ホイホイついて行ってしまうに決まってるでござるよ……!』

 

 砕ききったその先に待っていたのは、一振りの槍でした。

 見ただけで目を奪われるほどに美しくて、穂の刃――その煌めきを見ただけで、ただならぬ物だと理解させられるほど。

 その妖しくも神々しい槍の気配は、ヘタな斬魄刀では比較になりません。

 尸魂界(ソウルソサエティ)で一番美しい――そんな評価も決して過分ではないほど。

 

 御手杵(おてぎね)とかを実際に見たら、きっとこんな感じなんでしょうね……

 

 一角本人も槍を眺めて頬を緩めています。

 とはいえ、鬼灯丸の方はちょっと不機嫌になっているようですが。

 鬼灯丸からすれば、一角本人に気付いて貰いたかったみたいです。それが私みたいな、どこの馬の骨とも分からない相手にひん剥かれれば、臍も曲げますよね。

 

 

 

 そうそう! 名前も変わったんですよ! なんと――

 

 ――え? 引っ張った方がいい?

 

 別にいいけど、一角の活躍の場なんてあるのかしら……?




●卍解を隠す一角を説得
いくら卍解が出来ても、十一番隊の人間を突然「お前今日からウチの隊長な」はちょっと……そもそも推薦されるか……? 仮に推薦されても、合格まで行くかな……?
「卍解できます!」「そうか!でもキミは優秀だから十一番隊で頑張って!!」で終わりそう。
という個人的見解。
(隊長の適正が無いだけで、頼れる兄貴分な位置とかは適正アリ……のはず……)

●完全無言な鬼道の秘密
言葉なんて振動だろ! なら振動させれば詠唱の代わりになるだろ!
術者が霊圧(エネルギー)を供給すれば、プロセスは満たしてるから発動するやろ!
という暴論。
(似たような事は藍染や浦原も考えて作ってそうですが)

一応、歌布(うたぬの)と名前を付けたが、多分本文中で名前は出てこない。
藍俚と射干玉の愛の合作。

●龍紋鬼灯丸に未来はあるのか?
"卍解は直らない"という後付け設定(?)によって、一躍転がり落ちてしまった逆シンデレラな鬼灯丸さん。
ネタ卍解なら、ネタにしていいですよね? ネタにしました。
鬼灯の「外側にガードがあってその中に実がある」という安直な発想から。

龍紋が最大まで溜まってて、徹底的に砕かれることで生まれ変わる。
生まれ変わると凄い槍が出てくる、までは考え(設定)ました。

これならエドラドに余裕勝ちできるはず。
バラガンの部下にも、勝てる……はず……見えざる帝国編でも活躍……
(一角の性格が邪魔して結局負けそう)

●御手杵(おてぎね)
天下三槍の一つ。空襲で焼失した。


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第75話 安いもんだ 腕の一本くらい

 一角の真の卍解……って呼んで良いのかしらね? とにかく、龍紋鬼灯丸のその先にまで到達したわけだけど……

 やっぱり使いにくいみたいね。

 すぐに息切れしちゃってて、まともに使いこなすのにはもっと時間が掛かりそう。

 慣れればもっと使いやすくなっていくと思うけれどね。

 

 それと、一角との手合わせもまだ続いているんだけど……鬼灯丸が私と手合わせするときだけ殺意MAXになっている気がします。

 やっぱり、無理矢理剥いたのをまだ根に持たれてるのかしら……?

 

 だとしたら心外ね!

 ウブなネンネじゃあるまいし、文字通り一皮剥いてあげたんだから感謝して欲しいわ!

 

藍俚(あいり)殿、流石にそれは……感謝の押し売りがすぎませぬか?』

 

 ……え? そういうものなの……?

 

 とあれ、一角がやってくる頻度が下がりました。

 卍解を使いこなすのを目標に、頑張って修練に励むみたいです。

 だから私に構ってる暇が無いみたいですね。

 でもそうやって強くなってくれれば更木隊長の目も一角に向くはず、ひいては私が狙われる確率が下がるはずなので、是非とも頑張って強くなって欲しいと思いました。

 

『小学生並みの感想でシメましたな……』

 

 

 

 

 

 一角が来る頻度が下がったので、四番隊のお仕事に集中できるのは良いことです。

 十一番隊をシメて霊術院生もシメたので、他隊の隊士たちも病院内では素直に従ってくれるので、良いことずくめですね。

 毎日のお仕事が捗る捗る。

 ウチの隊士たちも平穏な時間が増えたおかげか、少しずつ戦闘訓練とかする子が増えてます! これが俗に言う"良い流れ"というやつなんでしょうね。

 

 さて、そろそろ始業の時間。今日も元気にお仕事しましょう!

 

 ……って、あら? 伝令神機が鳴ってる。

 こんな時間に一体誰かしら……って、この番号は!!

 

「はい、もしもし!?」

『湯川か!? すまねぇが、今すぐ西流魂街まで来てくれ!!』

「え、ちょ……海燕さん!? どういうことですか!?」

 

 電話の相手は十三番隊の人気者、皆大好き志波海燕さんでした。

 切羽詰まった様子から、何かただならぬことが起きてるのだけは分かります。

 なので、慌てて玄関へ向かいながらも電話口でのやりとりは続けます。

 

『事情は後で話す! 緊急事態なんだ!!』

「待ってください。西流魂街ってことは、志波家に向かえば良いんですか!? ……あ、ごめんね!」

 

 電話をしながら移動しているので、ちょっと集中が疎かになっていますね。

 他の隊士たちと何度かぶつかりそうになってしまい、その度に慌てて通話口を抑えながら謝り、また通話に集中するのを繰り返しています。

 

『ああ! そうして貰えると助かる!!』

「怪我人ですか!? 傷の具合は一体どんな――」

「いたいた、キミだろう一角の斬魄刀に余計なことをして――」

「邪魔!!」

「ぐがっ!」

「怪我は回道だけで何とかなりそうですか? 幾つか薬も用意して……ん?」

 

 あら? 今誰かいたような……?

 

『おい、どうした!?』

「すみません! 今すぐ志波家に向かいます! 少々お待ちください!!」

 

 と伝えて電話を切ってから――

 

「誰、これ……?」

 

 私の足下には、十一番隊で見たことがあるような無いような、おかっぱで線が細めな二枚目が転がっていました。

 殺気を放っていたので無意識に殴り倒してしまい、間抜けな顔で気絶しているのでイケメンが台無しになってます……

 まあ、いいか。

 殺気を込めて出て来たんですから、返り討ちにされる覚悟もあるでしょう。

 

 昔から良く言うじゃないですか、揉んで良いのは揉まれる覚悟のある奴だけだ――と。

 

『微妙に違うでござるな! いや、ある意味では全くその通りではござりますが!!』

 

「ごめーん、急患! 誰かこの人を病室に寝かせておいて。気絶してるだけだから特別な処置は不要で平気だから!」

「は、はい! 副隊長!」

「それと私の方も急な治療依頼が発生したから出かけてくる! 申し訳ないけど、後をよろしくね!」

 

 さすがに放置は出来ないので、近くにいた隊士に声を掛けておきます。

 さてさて、何があったかは知りませんが、今は一刻も早く志波家に行かないと!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「海燕さん!!」

「おう、来てくれたか! 無理言ってすまねぇ!」

 

 大急ぎで志波家まで駆けつけてみれば、私のことを待っていてくれたのか。

 お家の前で海燕さんが気も(そぞ)ろな様子でした。

 

 そういえば海燕さん、前にお邪魔した(空鶴を揉んだ)あの後くらいに副隊長へ昇進していました。

 霊術院から副隊長まで上り詰めるの早すぎですよねこの人。才能の塊すぎます。

 

「あの、それで一体何が……!?」

「話すよりも診て貰った方がよっぽど早え、こっちだ来てくれ!!」

「え、ちょ……」

 

 私の手を取ったかと思えば、お屋敷の中へと連れ込まれました。

 そのまま引き摺られるように突き進み、とある一室へ。

 

「……空鶴!?」

 

 そこには、苦しそうな表情を浮かべながら布団に寝かされている空鶴の姿がありました。

 彼女の周囲にはご両親と使用人の金彦・銀彦コンビ。そしてまだ幼い――少年どころか幼児の頃の岩鷲君が、不安そうな表情で空鶴のことを見ています。

 

「あ、兄ちゃん!」

「海燕!」

「ああ、無理言って来てもらった! 湯川ならなんとかなるだろ!」

 

 そんな彼らは、海燕さんと私の姿を見た瞬間にどこか安堵したような表情になりました。

 というか"私なら何とかなる"って期待値が高すぎませんかねぇ……

 

「それで、一体何が? 私、細かい事情を全然聞いていなくて――」

「俺の……俺のせいなんだ……俺がもっと強けりゃ姉ちゃんは……!!」

 

 事情を尋ねようとするよりも先に、岩鷲君が泣き出しました。

 

 岩鷲君は、志波家の末弟です。

 まだ小さくて幼い、穢れを知らない男の子。

 元気いっぱいな印象のお子様です。

 年の離れた弟なので、海燕さんも空鶴も結構甘やかしてます。

 私も何度か遊び相手を務めたことがありますよ。

 

 ……こんな可愛い男の子が、あんな町のチンピラみたいになっちゃうのよね……

 嗚呼……未来の知識が憎い……!

 

 じゃなくて!!

 だから、何があったの!? 岩鷲君が泣き出しちゃってさっぱりわかんない!!

 

「……うるせぇな……」

「姉ちゃん!!」

「空鶴! 起きんな、まだ寝てろ!!」

「枕元でギャーギャー騒がれりゃ、誰だって起きるに決まって……うおっ!!」

「空鶴!」

「がああああっ!!」

 

 身体を起こそうとした空鶴が、突然大きくバランスを崩しました。

 私は慌てて彼女の身体を支えようとして、けれども彼女が苦痛の悲鳴を上げて……そこでようやく気付きました。

 

 何故自分が呼ばれたのか、その理由に。

 

「これ、腕が……!」

 

 彼女の右腕が、二の腕の半ば辺りからすっぱりとなくなっています。

 起き上がろうとしてバランスを崩したのは、これが原因ですね。

 消失した腕の代わりに包帯が肩口近くまで巻かれており、けれども乱暴に巻き付けられたそれは却って痛々しさを増しているように見えました。

 痛みも相当な物なのでしょう。全身にびっしりと冷や汗が噴き出しています。

 

「処置は、されてる? ……でも、これは……」

「おれが……やったんだよ……」

「え!? 空鶴が!?」

「治療術の心得も、少しはあんだよ……前の時みてぇに、お前に頼らなくても済むよう……ぐっ!!」

 

 なるほど、前に私がご両親を治したときに、彼女なりに無力感を感じたのでしょう。

 だから回道にも手を出していた、ということでしょうね。

 

 確かに、最低限の治療はされているみたいですが……これは……

 乱暴に治療しただけ、という感じです。

 

「けどやっぱ上手く行かねぇみてぇだな……薬で無理矢理寝かされて、寝てても痛みで(うな)されて……へっ! この(ざま)だ。笑いたきゃ笑えよ……」

「馬鹿! 変なこと言ってる場合じゃだろうが!! 湯川、なんとかならねぇか!?」

 

 平気そうな振りをしていますが、危険な状態なのは誰の目にも一目瞭然でした。

 なにしろ空鶴の顔には生気がありません。

 青白くなった顔色を見ただけでも、危険度合いがよく分かります。

 

 加えて、心も相当弱っていそうです。

 

 今まであって当然だったはずの物がなくなる違和感と喪失感は、想像以上です。なにより、腕一本なくせば身体の重心も変化します。

 

 本人はただ普通に起き上がろうと右手をついただけなのに、そこには何もなくて。

 重心の狂った身体は受け身すらまともにできなくて。

 

 あの"起き上がろうとした一瞬"で、聡い彼女は理解してしまったんでしょうね。

 

 でも家族に心配を掛けまいと、必要以上に虚勢を張っています。

 

 ちょっと、まずい状態ですね。

 家族の間に変な亀裂が入る前に、なんとかしなきゃ。

 

「そうね。空鶴、今は何も考えないで! すぐ治療するから、言いたいことがあるならそれが終わってから!! いいわね!?」

「あん? そりゃこの腕を治してくれるならありがてぇが……無理だろ?」

「そんなことないわよ。まあ、腕があったら治すのは簡単だったんだけど……」

 

 ちらりと部屋中を見回し、尋ねます。

 

「ないわよね、腕?」

「ああ、ねぇよ……」

 

 乱雑に巻かれた包帯を見下ろしながら、不安げな表情を浮かべます。

 

「はぁ……これから片腕の生活か……まあ、仕方ねぇよな……命があっただけでも儲けもの……」

「え? 治せるわよ?」

「はあっ!?」

 

 あら、百面相かしら?

 落ち込んだ表情をしていたかと思えば、私の言葉を聞いて目を白黒させました。

 

「治すってまさか、腕をか!? 馬鹿言うな! もうねぇんだぞ!?」

「本当か湯川!! 本当に治せるのか!?」

「当然、出来ますよ」

「まさか、できるのか!?」

 

 ……ああ、そっか。

 射干玉と鍛え上げた回道の使い手の私がいれば、腕の一本くらい余裕です。

 でもそれを知らないから、だからこんなに驚いてるわけね。

 確かに私だって逆の立場なら「治せるわけないだろ!」って怒ってると思います。

 

 半信半疑――信じたい気持ちをたっぷり含みながら――聞いてきた海燕さんたちに、私は力強く頷いてあげました。

 

藍俚(あいり)の姉ちゃん! お願い、姉ちゃんを助けて!!」

「湯川、俺からも頼む! 空鶴に――妹に片腕で生きろなんて不便な真似、させたくねぇんだ!!」

「湯川さん、自分たちからも頼みます!! お礼なら何でもお支払いしますから!!」

 

 するとようやく信じてくれたのでしょう。

 男兄弟(おとこきょうだい)に両親、使用人までもが一斉に頭を下げてきました。

 

 あらら、愛されてるわね……空鶴ってば。ちょっと羨ましい。

 

「そんなお礼なんて、当たり前の事をするだけですよ。ただ……」

「ただ……?」

「少し集中が必要なので、皆さんは部屋から出て貰えますか?」

「こ、ここで出来る物なのか!? そんな簡単に!?」

「回道の応用みたいなものだからね。早く治る方がいいでしょう?」

 

 再び度肝を抜かれたように素っ頓狂な声が上がりました。

 

「そ、そりゃそうだけどよ……」

「降参、もう降参だ。これ以上話をしてると先にこっちの頭がおかしくなりそうだ」

 

 戸惑っている海燕さんたちを尻目に、空鶴がそんなことを言い出しました。

 

「だから兄貴たちは部屋から出て行ってくれ。そうすりゃ藍俚(あいり)は、おれの腕を治してくれるんだろ?」

「ええ、勿論」

「そういうことらしいぜ! ほら、出てった出てった!!」

「あ、ああ……湯川、妹のことを頼んだぜ!!」

 

 そう言われて戸惑いつつも素直に退出していきました。

 そして私と空鶴の二人だけが室内に残ります。

 

「それじゃあ今から始めるわけだけど……空鶴、ちょっと意識を飛ばす術を使うから抵抗しないでね」

「意識を飛ばす術、ねぇ……ちなみに抵抗したらどうなるんだ?」

「延々と激痛に苦しみたいなら止めないけれど、オススメはしないわ」

「……やめとく」

 

 そう告げれば彼女は観念したように瞳を閉じ、私の術を素直に受け入れてくれました。

 

 先程唱えたのはいわゆる"麻酔"の術です。

 意識がないので、相手は痛みを感じない――斬ろうが刺そうが無抵抗のままピクリともできません。手術に必須の術ですね。

 

 ……あ、この術は相手が「抵抗しなきゃ」と思っただけで無効化されるので、悪いことには使えませんよ。

 

 さて、ちゃんと意識を失ってくれたので、ここからは私の時間です。

 まずは治療の邪魔にならないよう、彼女の服を脱がせます。

 

 そういえば空鶴をマッサージできたのは、あの時の一度きりでしたからね。

 あれ以来、海燕さんのガードが堅くなってて機会がなかったのよ。

 

『つまり、今このタイミングは神が与えてくれた瞬間! 時間無制限でお触りし放題! ということでござるな!!』

 

 ……はぁ!? 何言ってるの射干玉!! 治療が先に決まってるでしょう!!

 いい!! 健全な肉体があってこそなの!! 怪我人に手を出すとか言語道断でしょうが!! 常識ってものがないの!?

 

『も、申し訳ございませぬ……』

 

 何より反応がないと面白くないでしょう!!

 

『ちょwww おまwww』

 

 続いて蝦蟹蠍(じょきん)の術を使って、雑菌も全て排除。

 本当はちゃんとした設備のある場所まで連れて行きたいけれど、岩鷲君が泣きそうだからね。迅速かつ確実に、そして全力で行くわよ!

 

 まずは包帯を解いて……うっ、これって……!

 

 そこにあったのは、大型の獣にでも食い千切られたかと思わしき傷跡でした。

 相当痛かったはずでしょうに、よくもまぁ。

 そういえば薬を飲んだとか言ってたけど……痛み止めよね、多分……

 

 海燕さんが呼んでくれて助かったわ。

 痛み止めと自前の回道だけで、何とかなるレベルなんてとっくに超えてるもの。

 

 空鶴は回道で処置したと言ってたけれど、これは半端な技術じゃ手に余るわね。

 オマケに傷口の周りが雑菌で化膿しかけてるし……

 

「……治し甲斐があるってものね。いくわよ、射干玉」

 

『お任せあれ! でござるよ!!』

 

 回道にて傷を癒やしつつ、射干玉の能力で空鶴の細胞の複製を造り出して、腕を再生していきます。

 まるでゆっくりと腕が生えていくような光景が、そこには展開されていました。

 回道だけでも出来るんだけど、射干玉の力を借りた方が確実だからね。

 

『オマケに空鶴殿が強くなりますぞ!! 愛の共同作業でございますな! ……はっ! ということは空鶴殿は拙者と藍俚(あいり)殿の娘!? ふひ、ふひひひ……こんなエロい格好をした娘など……お、おしおきが出来るということでござりますか!?』

 

 はいはい、妄想してもいいけど仕事はキッチリね。

 

 そのまま集中して再生作業を続けていき、やがて――

 

「ふう、術式完了ね……」

 

『お疲れ様でございました!!』

 

 ――そこには傷一つない右腕を生やした空鶴がいました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「信じられねぇな……本当におれの腕だ……」

 

 意識を取り戻した空鶴は腕が治ったことを知ると、まるで珍しい物を見るかのように右腕を眺め、時々手を開いたり閉じたりしてその感触を確かめていました。

 

「違和感とかないかしら?」

「いや、全く問題ねぇよ。むしろ前よりも調子が良いくらいだぜ! ありがとな、藍俚(あいり)!!」

 

 その言葉を聞いた途端、彼女の周囲がわぁっと湧き上がりました。

 

「よかった……空鶴、本当によかった……」

「姉ちゃん、姉ちゃん……!」

 

 あの後、外で待っていた海燕さんたちに手術が成功したことを告げ、中に入って貰いました。

 意識を失ったまま、けれども右腕が生えている彼女の姿を見て全員が喜び、そして本人の口から「問題ない」との言葉を聞いて再び――今度は家族総出で喜んでいます。

 

「再生したばかりだから、前とちょっと感触が違うのよ。あと血も少なくなってるはずだから、しばらくは激しい運動をしないこと。沢山食べて、血肉を補うこと。いいわね?」

「へーへー、わかってますって。藍俚(あいり)先生の言うことに従いますよ」

「馬鹿! お前、大恩人に向かって何て態度だ!」

「ってーな! おれは怪我人だぜ!? 叩くことぁねぇだろうが!」

「何が怪我人だ! もう治ってんだろ!! 」

 

 兄妹(きょうだい)で仲良くじゃれあっていて、非常に微笑ましい光景です。

 ここに割り込むのは空気が読めないと理解しています。

 理解しているのですが――

 

「それよりも空鶴……あなたがあんな大怪我をするなんて、何があったの?」

 

 ――忘れないうちに、聞いておきましょう。

 

「あん……まあ、大したことはねぇんだ。結論から言っちまえば、おれが間抜けだったってだけの話だよ」

 

 どことなく悔しそうにそう前置きしながら、彼女は何があったのかをぽつりぽつりと話してくれました。

 

「……流魂街に、(ホロウ)が出たのさ。そいつが、どういうわけかウチを――それも岩鷲を狙ってやがったんだ。間の悪いことにおれは席を外してて、残っていたのは親父とお袋だけ。異変に気付いて急いで戻ってみりゃ、襲われる寸前でよ。それでもからがら、岩鷲だけは守ったんだ」

「じゃあ、その怪我は……」

「ああ、弟を守った名誉の負傷ってやつだ! ま、腕は食いちぎられたがその(ホロウ)はぶっ殺してやったぜ!」

 

 誇らしげにパン、と左手で右腕を叩きました。

 

「それにしても、腕があるってのはいいもんだな! 諦めてたのに、とんだ儲けもんだ!」

 

 空鶴は意気揚々としており、そこを海燕さんやご両親に軽く注意されています。

 

 が……(ホロウ)が出てきた、ねぇ。

 

 外れの方に家が建ってるとはいえ、流魂街に出てくるのは珍しいわよね。

 それも狙ったようなタイミングで。

 ひょっとしてこの事件も誰かの思惑でも絡んでるじゃ……

 ――なんて思っちゃうのは悪い癖かしら? どうにも知識が邪魔してくるのよ。

 

 五大貴族の一つ、志波の人間なんだから。

 なんらかの利用したいって考える人間は多いと思うし。

 例えば……メガネキライー(藍染)とか? 他の五大貴族の誰か、とか?

 

「ん……?」

「…………っ」

 

 ふと気付けば、一人思い詰めたような表情で岩鷲君が俯いていました。

 

「岩鷲君。どうしたの? 凄く悩んでいるみたいだけど」

「わっ! あ、藍俚(あいり)の姉ちゃん!?」

 

 そっと近寄って声を掛けてみれば、よほど集中していたのか飛び上がって驚かれました。

 

「な、なんでもないよ!」

「そう? 私、岩鷲君が悩んでるみたいだから相談に乗って上げたいって思ってたんだけど……」

「う……し、仕方ねぇ。そんなに言うなら……」

 

 子供っぽく突っぱねて来たので、話しやすく誘導してあげました。

 

「あのさ……姉ちゃんが怪我したのって、俺が原因でしょ? なら、俺がもっと強かったら姉ちゃんがあんな大怪我しなくて済んだんじゃないかって、そう思ってただけだよ」

「……そう」

 

 結構大きな体験ですものねぇ。

 子供ながらに色々衝撃を受けて考えさせられていたみたいですね。

 

「そっかそっか、岩鷲君はえらいね」

「わっ、や! やめろよ!!」

 

 思わず頭を撫でると、嫌そうな素振りを見せてきました。

 ……口ではそう言っても、顔はにやけてますけどね。

 

「でもね。そう思ってるのは岩鷲君だけじゃなくて、空鶴――お姉さんもお兄さんも、お父さんたちも同じなの。だから、一人で抱え込まないでちゃんとお話しましょうね?」

「……ん」

 

 撫でながら言うと、顔を真っ赤にしながらも素直に頷いてくれました。

 

『これは……おねショタの破道! いえ、波動でござるな!!』

 

 はいはい射干玉、からかわないの。

 だって、そんなことしなくても――

 

 志波家の全員が気付いてて、ニヤニヤしながらこっちを見てるからね。

 

「へぇ……岩鷲、いっちょ前にもう色づきやがったのか?」

「ね、姉ちゃん! ちげーよ! これは、藍俚(あいり)の姉ちゃんが勝手に!!」

「あはははは! 照れんな照れんな!! 頭撫でられて顔真っ赤にしてるところからしっかり見てたぞ! いやぁ、弟ってのは成長が早えんだな!」

「兄ちゃんまで!!」

「それにお前、良く藍俚(あいり)のこと言ってたじゃねぇか。嫁にするだのしねぇだのって」

「~~~~~っ!!」

 

 あらら、赤かった顔が限界突破して真っ赤になっちゃった。

 でもまあ、この流れに乗らない手はないわよね。

 

「え、そうなの? ふふ、嬉しいな。こんな可愛くて頼りになる旦那様が出来ちゃった」

 

 そう言いながら、ちょっとサービス。

 抱きついて身体を押し付けてあげましょう。

 

『子供の特権でござるな!! ああ、だというのに! 当人はこの特権に気付かない! 気付けない!! 羨ましくも勿体ない話でござるよ!! エコとか地球再生とか言ってる場合じゃねぇレベルの勿体なさでござる!!』

 

「あ、藍俚(あいり)の姉ちゃん!?」

 

 口では否定しながらも、やっぱり本気で抵抗して来ませんでした。

 こうやってからかわれるのも、子供の責務ということで納得してね。

 

 

 

 それに、こうやって家族で笑い合える間に笑っておきなさい。

 

 

 

 海燕さん……何とかしてあげたいんだけどねぇ……

 あれっていつ頃だっけ? 記憶も自信も全然ないわ……

 




●綾瀬川弓親
一角が藍俚に挑んでいるので、たまに顔を見せていた(偵察に来ていた)
が、藍俚が一角の卍解を無理矢理剥いたことを知って、腹に据えかねた。
なので文句を言いに来たが、タイミングが悪くぶっ飛ばされて緊急入院。
出てきた意味は特に無い。
(強いて言うなら一角を取られたことに対する嫉妬からの出オチ)

●空鶴が隻腕になった理由
五大貴族(本家)の誰かのサンプルが欲しいとか、そんな理由で藍染が動いて。
一番脆い(家が流魂街なので警護が甘い)&弱い(幼い)から岩鷲を狙って。
それを空鶴が頑張って撃退した。
撃退したけれど、弟を守るために自分の腕が犠牲になった。

みたいなお話があったのかな? と妄想した結果です。
(隻腕の理由が描かれていないので)

腕を犠牲に、と書くと一刀火葬していそう(笑)

●岩鷲
原作ではチンピラみたいな扱いでしたが。
彼にだって少年時代が、穢れを知らない純粋な頃があったはずです。

そんな純粋な少年、抱き締めるくらいはしてもいいよね?
(だって感想に「ショタの性癖を狂わせろ」ってあったから)


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第76話 真っ白な寒空の下で

「っくしゅん!」

「副隊長、お風邪ですか?」

 

 勇音が心配そうに私を覗き込んできました。

 

「そういうわけじゃないわ……けど、さすがに寒くなってきたわね」

「まだ雪は降ってませんけれど、もうすっかり冬って感じですよね」

 

 いつの間にか季節は冬――

 外を見れば、木々はもうすっかり葉が落ちて寒々しい感じです。そろそろ日も暮れそうなので、夕焼け空と合わせて寒々しさが倍増です。

 でも冬は空気が澄んでるので、見上げる空がいつもよりも綺麗に見えるからちょっとだけ嫌いになれません。

 

「暖房器具とか、もう少し増やした方がいいかしらね? あと火が増えて空気も乾燥するから、火事にも注意しないと」

「火の用心の徹底ですね」

「寒くなるからねぇ、もう見回りは御免だわ」

 

 冬の寒い夜空の下、拍子木を持って「火の用心」と叫びながら見回り……昔、そんなことをやってた頃もありました。

 俗に言う夜回りです。

 新人は必ずやらされるんですよ。冬は夜が早いので、色々な警戒の意味を込めて定期的に。

 

「でも、暖かい食べ物が美味しくなるのはちょっと嬉しいかな?」

「あ! 良いですねぇ! お鍋とか、蒸したおまんじゅうとか! お芋も捨てがたいなぁ……」

 

 お仕事の合間、勇音と一緒にそんな冬トークを楽しんでいたときでした。

 一人の隊士が血相を変えた様子でやってきたのは。

 

「あの、副隊長!!」

「あら? なにかあったの?」

「入り口に、朽木白哉様がいらっしゃってます!!」

「……え?」

 

 朽木(くちき)……白哉(びゃくや)……って、あの!?

 

 最初に登場した時はまだ下の毛も生えてないような子供の頃だったあの!?

 死神になったけれど地の文であっさり流されてしまったあの!?!?

 今ではすっかり立派になって六番隊を切り盛りしていて、そろそろ正式に隊長職と朽木家当主の座を銀嶺さんから譲り受ける予定のあの!?!?!?

 

『なんという見事な説明台詞!! 10ポイント差し上げましょう!!』

 

 わーいポイント!

 

「何の用かは聞いてる?」

「い、いいえ。ただ、副隊長に頼みたいことがある、とだけ……」

 

 連絡に来てくれた子がちょっと怯えてます。

 まあ、五大貴族の本家の人が来たら普通はビビるわよね。朽木の名を聞けば上級貴族だってビビる程に地位が高い相手だもの。

 

 ……夜一さんや空鶴を知ってる身としては、毎回ギャップに悩まされるけれど。

 

 それにしても……何で?

 子供の頃に知り合いになってるし、仕事で顔を合わせたこともあるけれど。

 でも普通に"仕事上のやりとり"くらいしかしてないのよね。

 

 そりゃあ、彼が死神になったばかりの頃には、子供の頃に出会った話くらいはしたけれど、もうその頃には自分を抑えてるというか、冷静に振る舞おうとしていました。

 そんな白哉ですから、何か用事がある時も必ず死神として――六番隊として四番隊に話を通す、みたいなやりとりばっかりです。

 しかも事前に"この日にお伺いします"と予約を必ずしていたので、今日みたいな"突然やって来ました"のパターンは初めてです。

 

「わかりました、すぐに向かいますね」

 

 せっかくガールズトークを楽しんでいたのに、台無しです。

 とはいえ来てしまったものは仕方なし、白哉からの名指しのご指名ですからね。

 

 ……行きたくないなぁ。

 

『厄介ごとの匂いがプンプンいたしますからな!』

 

 もう知らない厄介ごとは持ってきて欲しくないんだけどね……

 

『つまり、知ってる厄介ごとならば何も問題はない! ということでござりますな!!』

 

 そういう言葉遊びは……いらない……

 

 

 

 

 

「お待たせして申し訳ありません、朽木副隊長」

「湯川副隊長!!」

 

 来客用の応接間に向かったところ――朽木家の者を変な場所で待たせるわけにも行かないからね。しっかりお茶も用意されていましたよ――待っていましたとばかりに白哉は立ち上がり、頭を下げました。

 

「単刀直入にお願いします! どうか、力を貸してください!!」

「……用件は伝わりましたが、理由がさっぱりです。落ち着いて、順序立てて説明をお願いします」

「はっ! こ、これは申し訳ない」

 

 死神となった今ではすっかりナリを潜めてしまいましたが、目の前の白哉はまるで彼が子供の頃のように感情的になっていますね。

 個人的には、こっちの方が好きですけど。

 

「理由というのは、その……私の細君(さいくん)についてなのです」

「細君……え、奥さん!! ご結婚を!?」

「はい、五年ほど前に」

 

 なんだか久しぶりに聞いたわね"細君"って表現。

 って、ちょっと待って!!

 

「……でもそんな記事を見た覚えは……」

 

 過去の記憶から、瀞霊廷通信のバックナンバーを引っ張り出しますが、見た覚えがありません。

 五大貴族で冠婚葬祭関係のニュースがあれば、絶対に記事になっているはずです。

 ましてや白哉は朽木家の当主(ほぼ確定)な大人物ですよ。なのに、そんな慶事を瀞霊廷通信が取り上げないなんて、有り得ないんですが……

 

「それについては少々特別な事情があり、記事にすることを中止して貰いました。式も身内だけで済ませましたので、知られてはおらず……」

 

 なにやら言いにくそうにしている姿を見て、ようやく思い出せました。

 白哉の結婚相手って、あの人ですよね? 名前は忘れましたけれど、ルキアの姉。たしか流魂街出身だったはず。

 

 とまあ、ここまでくれば詳細を忘れてても理由はおのずと推測できます。

 

「つまり、表沙汰に出来ない理由があった?」

「……ッ!!」

 

 白哉の肩がびくりと震えました。

 

「奥さんの出自が原因で?」

「はい……その通りです。ご慧眼、お見それしました」

 

 そうして彼の口から語られたのは、白哉と奥さんの結婚までの物語です。

 曰く――

 

 流魂街出身の奥さん――緋真(ひさな)という名前だったのね。完全に忘れてた――と出会い、彼女を妻に迎え入れた。

 だが貴族以外の血を混ぜることは掟に反すること。それは白哉本人も知っていた。

 承知の上で周囲の反対を押し切って、緋真さんと結婚した。

 

 ――とのこと。

 うん、多分私の知ってる知識と同じね。

 

 とはいえ、貴族の特権意識みたいなのって、どこの世界でもあるからねぇ……

 平民を妻にするのは掟に反するって周囲の反発をモロに受けたんでしょうね。それを恥とまで考えたから、瀞霊廷通信で大々的に報じられなかった。

 きっと、圧力が掛かったんでしょうね。

 式が身内だけというのも、親族とか関係者を呼べなかったから。本当に朽木の本家の関係者――それも緋真さんが流魂街出身と知っても白哉の結婚を祝ってくれるような相手だけ、というところかしら。

 

 道理で知らないし、知ることもできないわけだわ。

 

「話は分かりましたが……その奥方――緋真さんを私にどうしろと? まさか話し相手にでもなればいいんですか?」

「いえ、そうではありません。緋真の命を、どうか助けてください!!」

「命……?」

 

 訝しげな顔をすれば、白哉から追加の説明が入りました。

 曰く――

 

 緋真さんには、赤子の妹がいた。

 だが二人で流魂街――それも南流魂街七十八地区「戌吊(いぬづり)」という下から三番目に治安の悪い地区――では生きていけず、妹を置いて戌吊を出て行った。

 白哉と結婚してからも"自分だけが幸せになってしまったこと"や"妹を危険な場所に置き去りにしたこと"といった自責の念から、毎日のように妹を探しに出歩いていた。

 元々が身体が丈夫ではないところに無茶をしたものだから、病に倒れてしまった。

 

 ――とのこと。

 そっか、そういう理由で死別した気がするわね。

 

「その病気を私に治せ、ということ?」

「はい、その通りです」

 

 低頭して頼み込んでいますが……え、ちょっとおかしくない?

 

「朽木家のツテで医者なんて幾らでも呼べるでしょう!? そもそも貴族街には真央施薬院(しんおうせやくいん)だってある! なのにどうして私に……?」

 

 瀞霊廷真央施薬院とは、貴族街にある上流貴族専門の救護詰所です。

 超VIP専門の超お高いけれど超丁寧で最新設備な病院ってやつですね。懐かしの山田清之介"元"副隊長が招かれた場所でもあります。

 

 ……そう言えば弟の花太郎くんも気がつけば四番隊(ウチ)に来てます。あの子、いつ入隊したんだっけ……?

 

 とあれ。あそこなら、何が何でも治してくれるはずです。

 それに緋真さんは朽木家の縁者だから貴族専門という条件も満たしている。白哉が知らないはずもないから、普通に考えてそっちを頼るべきそうするべき。

 そうでなくてもその辺の医者をとっ捕まえて"治せ"といえば済むでしょうに、なんで私を頼りに来たの??

 

「それは、その……主立った医者や診療所には既に手を回されており、頼ることは不可能でした」

「えっ!? そこまで、するものなの……? それってつまり、緋真さんが気に入らないから病に倒れたのをこれ幸いに……ってことよね……?」

「おそらく……」

 

 恐る恐る尋ねれば、白哉は悔しそうに首肯しました。

 

「卯ノ花隊長に頼むのは?」

「それも考えました。ですが自分は、朽木家の次期当主でありながら掟に反した身です。そんな自分が、身勝手にも個人的な理由で頼るのは掟に反します」

「……じゃあ、なんで私にはこの話を?」

「湯川副隊長とは個人的な知り合いでもありますので……」

 

 えと、つまり。

 公的な依頼は駄目だけど、個人的に知り合いに頼むからセーフ! ってこと?

 個人が個人のために動くことだから掟にも反しないってこと?

 

 ……うわ……何、その理由……そんな理由で妻を危険な目に遭わせるなんて……

 ……殴りたい……全力で!!

 落ち着け、落ち着きなさい私……!!

 まだよ、まだ駄目……!!

 

『お、おお……藍俚(あいり)殿の背後で憤怒の炎が阿波踊りを踊りまくってるでござる……』

 

 志波家の時みたく、夜一さんがいてくれたらまた違ったのかもしれないけれど、あの人はもう尸魂界(ソウルソサエティ)にいないからね。

 だとしてもコレはないでしょう!! 

 

「我ながら、無茶なことを言っているのは承知しています! ですがもう、湯川副隊長しか頼る術がありません! 幼き頃に知った、あの重傷者を完治させたという副隊長の腕を見込んで、どうか……どうか!!」

 

 ふーん……まあ、白哉は白哉なりに考えてたってことか……

 

 掟や規律を重視する朽木の家の人間だものね。

 必死に考えた結果、ようやく見つけられた抜け穴。か細い蜘蛛の糸みたいなもの。

 

 何より、人の命が掛かってるものね。

 

『そして女性の命ですからな!! その時点で助けないという選択肢はありえないでござるよ!! んんww 助けるという選択肢以外ありえないww』

 

 草を生やすな草を。

 

「わかりました」

「そ、それでは!!」

「今から朽木家にお邪魔させていただきます。案内の方は、お願いしますね」

 

 場所は知ってるんですけどね。

 ですが貴族街って簡単に入れませんから、白哉がいてくれないと一悶着ありそうだったので。

 

 白哉は、地獄で仏に出会ったような歓喜の表情で案内してくれました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 何度来ても立っっっっっ派なお屋敷ですね。そして中に入ればこれまた立っっっっっ派な庭園が出迎えてくれます。

 これだけ広くて立派なお屋敷に住んでて、地位も名誉も金もある――奥さん奥さん、ご存じかしら? 白哉が首に巻いてるあのマフラーみたいなの。あれ、家が十軒は建つくらいお高いって話よ。髪飾りも牽星箝(けんせいかん)って言って上流貴族だけが付けられるんだけど、これまた目玉が飛び出るくらいお高いんですって――なのに、奥さん一人を病院に連れて行くのも難儀するんですよね。

 ちょっとだけ同情します。

 

「ここです」

 

 白哉に案内されて朽木家を進むことしばし。ようやく目的地に到着しました。

 ……家の中を歩いてるだけなのに五分十分(ごふんじゅっぷん)平気で過ぎていくわね。志波家とはえらい違いだわ。

 

「緋真、私だ。入るぞ」

「…………」

 

 障子の向こうから届いたのは、聞こえるような聞こえないようなか細いか細い声。

 そんな小さな息遣い程度の音が返ってきたのを確認してから、白哉は障子をゆっくりと開けました。

 

 まず目に飛び込んできたのは、とても広い部屋でした。

 畳にして二十畳以上はある部屋。その真ん中にポツンと布団が敷かれており、そこに一人の女性が寝ています。

 ただこの部屋、すごく寂しいですね。

 物がないんですよ。箪笥とか机とかそういうのが、一切ない。

 枕元にはお膳と薬に水差しが、あと今の時期ですので火鉢がありますが、それ以外は何にもないんです。

 

『なんでござりましょう……もの悲しさヒシヒシでござる……』

 

 匠な相手くらいいるでしょうに、リフォームの依頼とかすればいいのに。

 

『なんということをしてくれたのでしょう! でござるな!!』

 

 まあ、今はそれよりも優先すべきことがあるからね。

 

「緋真。私だ、白哉だ。わかるか?」

「白哉様……」

 

 目を閉じていた彼女ですが寝ていたわけではないようで。

 白哉が声を掛ければ薄く目を開け、弱々しい瞳で彼へと視線を向けました。

 

 これが緋真さんなのね。全然記憶になかったわ。

 でも流石、白哉が惚れただけあってか美人よね。今は病魔に蝕まれてて顔色が真っ白で今にも死にそうだけど、それでも美人ね。

 

 というか。

 

 ルキアそっくり!! 姉妹だからってここまで似せることないでしょうが!! 虎徹姉妹を見習いなさいな!!

 つまり白哉はこの妻を失って、その後ルキアを義妹として朽木家に入れたんでしょ?

 

 ……絶対あらぬ噂が立つわよね。悪評に自分から追い風吹かせてる気がするわ。

 

「こちらの、方は……」

「医者だ」

「お医者、さま……ですが、無理だと……」

「そんなことはない! 彼女は、湯川殿はその、問題がないのだ! だから、連れてきたのだ!!」

 

 なんかちょっとだけ、浮気の現場を見つかった夫みたいね。

 妻の前に女連れてきて"これ医者だからセーフ"って弁解してるみたい。

 

『いつぞやに、そんな権力者がいたそうですぞ! 医療スタッフと偽って愛人を連れて来る、といった……なんとも羨ましい話でござる!!』

 

「護廷十三隊、その四番隊の副隊長をしています。湯川 藍俚(あいり)と申します」

「護廷……? それもたしか、白哉様が駄目だと……」

 

 ああもうっ!! なんで奥さんまでそんなつまらないことを気にしてるのよ!!

 

「幼い頃の白哉さんと、個人的に友誼を結びましたので。今回はその縁もあってお伺いしました。それに、友の危機に駆けつけるのは当然のことですよ」

「白哉様のご友人……そうでしたか」

 

 ようやく安心したような表情を浮かべてくれました。

 それにしても、声も弱々しくて喋るのすらも辛そうね。身体も起こせないし。

 なんでここまで放っておいたのよ!! 死の宣告がカウントダウンしまくってるの一目瞭然じゃない!!

 

『Aボタン押しっぱなしにしてもこれは不可避でござりますな!!』

 

「さっそくですが、診察させていただきます。お着物を少々、失礼しますね」

「はい……」

 

 横になった体勢のまま、寝間着をはだけさせて……って、痩せてるわね。

 元々丈夫でないのに病気で食が細くなって、食べないから余計病気が進行してまた食べられなくなって――の悪循環ね。

 どんどん痩せて骨と皮だけになってて、胸板とか洗濯板みたい。

 

 それで病気の方はどうなってるのかしら? もうかなり酷いことは分かるけれど。

 ちょっと触診と霊圧照射で探らせて貰いますね。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………うわぁ。

 

 

「これは……」

 

 身体の中、ボロボロよ。

 一言で言うと、なんで今生きてるの? ってくらい。

 しかもこれからどんどん寒くなるから身体が弱るだろうし……どう考えても冬は越せないわ。春先まで持っていたら奇跡よコレ……

 

 普通の医者に診せたら、その場で遠投大会開催待ったなしね。

 

『医者の匙投げ大会ですな!! 何でも最高記録は月まで飛ぶそうでござりますぞ!!』

 

 せめてもっと早く呼んでくれたら良かったのに!! 夏の終わり……いえ、一ヶ月前で良いからさぁ!!

 白哉!! あんた覚えておきなさいよ!! 具体的には次話を覚悟しときなさい!!

 

「どう、なのでしょうか……? ご遠慮なさらずに、はっきり仰ってください……自分の身体は、自分で分かりますから……」

「緋真! そんなことを言うな!!」

 

 ……しっかり死期は悟ってるのね。

 

「そうですか……では、はっきりと言いましょう」

「はい……」

「もう少し遅かったら、手遅れでした」

「そうですか……やはり……え……?」

 

 信じられない、といった表情で夫婦揃って私を見てきました。

 緋真さんなんて覚悟してたのに良い意味で裏切られ、思わず二度見してます。

 

 嘘じゃないですよ。三ヶ月くらい後だったら手遅れでした。

 

『それもうカウントがダウンして0になってるでござる!! 命のロスタイムに入ってるでござるよ!!』

 

 ロスタイムは和製英語だから、アディショナルタイムって呼んだ方がいいわよ。

 

「あの、先生……そのようなお気遣いは結構ですので……」

 

 あら、信じてくれないのね。

 緋真さんは自分に希望を持たせるための嘘を吐いたと思ってます。

 

「嘘ではありません。完治にはかなりの時間を要しますが、大丈夫。治りますよ」

「ほ、本当ですか……!」

「本当です」

 

 きっぱりと肯定してあげると、彼女の瞳から一筋の涙がつーっとこぼれ落ちました。

 

「私はまだ、生きていてもよいのですね……」

「緋真! ああ、そうだとも!!」

 

 白哉も彼女の手を取って励ますように声を掛けます。

 

「さて、それじゃあ……治療を開始しますね。力を抜いて、私に身を任せてください」

 

 ……射干玉、出し惜しみは無し。だからね!

 

『当然でござります!! 今でこそこうでありますが、緋真殿もまた磨けば光るのが確定しております!! ああ、まるで猫虐待のコピペを再現するようでなんだかドキドキいたしますなぁ!!』

 

 全力で癒やすべく、私は回道を唱えました。

 

 

 

 

 

 

「これで、一先ずは大丈夫です。流石に衰弱など著しいので、一度で完治させるのは不可能でした。ある程度定期的な治療は必要ですが……」

「ありがとうございます!!」

「それと、食事もちゃんと食べさせてあげてください。栄養は生きる基本です」

 

 なんとか成功しました。

 

 治療後の疲れからか、緋真さんは今はゆっくり眠っています。

 そして隣では白哉が私に向かって何度も頭を下げています。

 

 しかし……流石に疲れましたね。

 

 なにせ患者の身体はボロボロですから。治す位置や順番をちょっと間違っただけでも、他に悪影響が出かねないという有様です。

 物凄く神経をすり減らしました。

 これだけやっても、まだ完治していない。何度か治療を続ける必要があるんです。

 それだけでも、彼女がどれだけ厄介な状況だったかが分かります。

 

 もうこのまま帰って寝たい、寝たいんですけど――

 

「朽木副隊長、ちょっとお話したいことがあるので。外に出て貰っても良いですか?」

 

 ――まだもう一仕事あるんですよね。

 

 寝ている緋真さんを尻目に、私は白哉を外に呼び出しました。

 




●死の宣告(とAボタン押しっぱなし)
ゲームFF4より。
カウントが0になると相手を強制的に戦闘不能にさせる状態異常。
決定ボタンを押しっぱなしだとカウント0になっても死なないというバグがある。
(本文中では「死に向かって一直線。バグ技使っても死亡不可避」の意味)

●猫虐待のコピペ
子猫を拾ったので「お湯につける(お風呂にいれる)」「全身に熱風をかける(乾かす)」「人が飲めない白い液体を飲ませる(猫用ミルク)」などの虐待をした。
といった天邪鬼な文章。

●朽木 緋真
55年前:白哉と結婚
50年前:(結婚5年目の春に)白哉と死別。

「治安の悪い場所(78地区「戌吊」)からよく生き延びたな」とか「白哉に見初められるまでに何があった?」とかそれはそれで謎の多い人。

「緋真さんがそろそろ死ぬよ」ということを表現するための冒頭の冬トーク。
なのであと3~4ヶ月くらいしたら死んでた計算です。
原作では春になって最初の梅が咲く前に逝きましたから。

(つまり現在は原作の51年程前。それに気付かない某副隊長)

●緋真が死んだ理由
朽木家は、超VIPです。
なら普通に考えて「妻を助ける」くらいなんとかなったはず。
医者に診せるとかさ。貴族専用の凄い病院とかあるんだし。

なによりも妻なんだから、白哉は意地でも助けるべきでしょう?

でも、緋真さん死んじゃった。
……なんで?

四番隊に"途轍もなく凄い隊長"がいたのですから、頼れば助かったはずです。

でも、緋真さん死んじゃった。
……どうして?

何か助けられなかった理由があるはず。こんな感じかな?
と妄想。

(「掟」だ「しきたり」だと雁字搦めになって、動けなくなってた白哉。
 (その間に病が進行しすぎてもう助からない状態になってしまった)
 というワリを食わせた形ですね。
 似たような境遇でも志波家の為にサッと動いてくれた夜一さん超男前)


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第77話 月と玉砂利と枯山水

 部屋の外に出てみれば……あら、満月。

 月が綺麗ね。

 

『あ、藍俚(あいり)殿!! いきなり告白だなんて……友達とかに、噂されるの恥ずかしいでござるよ!!』

 

 それを私は"死んでもいいわ"とでも言えばいいのかしら?

 そもそも漱石がそれを言ったって明確な証拠は無いし。

 

『拙者としては"死んでもいいわ"よりも"だーめ♥ だって、お月様が見てる……"などと返していただけると非常に捗るのでござりますが……』

 

 それもう I Love You を通り越してるじゃない! そうじゃなくて!!

 

 勇音と話をしていたときは夕方くらいだったのに、今はもう夜になってて! 移動と治療で時間をたっぷり消費してて気付けばもうこんな時間になってる! ってことを言いたかったの!!

 

 ……こほん。

 

 さすがは朽木家ですね。

 廊下に出て少し歩けば、お庭には見事な枯山水がありました。

 しっかり箒目で紋様が細かく描かれていて、物凄い匠を感じます。

 こういうのいいわよね。木々や花で彩られたのもいいんだけど、石・砂・コケなんかだけで無限の表現がされてて。

 ああ、見ているだけで心が落ち着いていく……

 

「湯川副隊長? お話とは一体……?」

 

 あ、静かになったはずの心が一気にささくれ立ちました。

 

「朽木副隊長……緋真さんはもうしっかりお休みになっていましたか?」

「ええ、そうとう疲れたのでしょう。それはもうぐっすりと。それが何か?」

「それは良かった」

 

 なら、聞かれる心配もないですね。

 私は白哉の隣に立つと、にっこり微笑みます。

 

「朽木白哉……歯ぁ食いしばりなさい!!」

「ぐああっ!?」

 

 おもむろに殴りました。それもグーで、思いっきり。

 油断していたところを殴られて、白哉は当然吹っ飛んでいって……って、ああっ!! お馬鹿! 庭に吹き飛ぶんじゃない!! ああっ!! 紋様が!! 枯山水が崩れていく!!

 

「な……い、一体何を……!?」

「何をじゃないわよ!!」

 

 私もまた白哉を追って庭に降りると、倒れている白哉の胸ぐらを掴んで引き上げます。

 ――ああああああっ!! 枯山水踏んじゃった!! この芸術品を壊したくないのに!! 私に壊させないでよっ!!

 

『撃ちたくない、撃たせないでっ!!』

 

「緋真さんのことよ! なんで、どうしてあんなになるまで放っておいたの!?」

 

 余談ですが、白哉と私では一寸六分(5cm)ほど身長に差があります。私の方が背が高いんですよ。

 そんな私が白哉の胸ぐらを掴み上げた日には、もうなんていうかカツアゲの最中みたいな絵になってます。

 

 ……なんだか前にもこんなこと言った気がする。世の男たちって小さいのね。

 

「彼女は流魂街出身! それを貴族の中に入れるには問題が山ほど出てくるなんて言われなくても分かってたことでしょうが!! 回避する方法くらい幾らでもあったはずよ!」

 

 たとえば。

 緋真さんを、どこか仲の良い貴族の養子に出して戸籍上は貴族にする。その上で白哉が嫁に迎え入れるとか。

 マネーならぬ戸籍をロンダリングしちゃうの。

 そうすれば名目上は立派な貴族同士の結婚だから、少なくとも角は立たない……よけいなしがらみは付いてくれるかもしれないけれどね。

 それでも「自分の嫁さん、流魂街出身の最下層民なんすよ」と馬鹿正直に周知するより、百倍はマシだったはず。

 

 そんなこと、白哉だって分かっていたはずよ。

 

「なのにアンタはそれをしなかった! 白い目で見られることを理解してて、それでもなお流魂街出身だということをオモテに出したんでしょう!? 本当に好きだったから、余計な小細工なんてせず、ありのままで愛してあげたかったんでしょう!?」

「それは……」

「だったらその覚悟に殉じるくらいの意地は見せてみなさいよ!! 掟だから!? 手を回されたから!? だから今まで手をこまねいていた!? そんなくだらない理由、野良犬にでも食わせておきなさい!!」

「し、しかし……!!」

「なにがしかしよ!!」

 

 もう一発殴れば、白哉は吹き飛んで――

 

 あ、ちょ!! 玉砂利!! 玉砂利が!! 紋様が崩れただけでも大問題なのに!!

 地面に激突した衝撃で石が! 石が欠けちゃったわ!!

 

 あああああ!! せっかく綺麗にサイズが揃ってたのに!!

 殴られて顔を切ってるから血が!! 血を垂らすな!! 綺麗な石に変な色が付くでしょうが!!

 

 え? 白哉の心配はしないのかって?

 

 

 

 ……なんで?

 

 

 

 このくらいの怪我、何にもしなくても治るのよ? むしろなんで、このくらいで怪我してるのかしら……??

 でも石は壊れても自然治癒しないのよ!?

 せっかくの綺麗なお庭が崩れちゃったじゃない!!

 ああ……庭師さんの渾身の作品が……どうやって謝ればいいのよ……

 

 よし、全部白哉が悪い。

 

「そんな……そんな簡単な話ではないのだ!!」

 

 お、立ち上がったと思ったら怒ったわね。そのまま私に掴みかかって……だから走るな!! 枯山水があああぁぁっ!!

 

「朽木家の者が、私が掟を守らねば誰も掟を守らない!! 私が規範とならねば、父母に顔向けできないのだっ!!」

「それこそ知らないわよっ!!」

 

 掴みかかって来た手を逆に捻り上げて、ついでにヘッドバッドをカマしてあげました。

 ……正直、今の一撃は余計だったわね。

 ま、いいか。こんな機会、後にも先にもこれっきりだろうし。記念よ記念。

 

「ぐ……ああ……」

「……少なくとも、お父様――蒼純副隊長は、我が子に心を殺してでも掟を遵守して欲しいなんて、言ってなかったわよ……」

「……ッ!!」

 

 おーおー、驚いてるわね。

 

「朽木家の者としては掟を守って欲しい。けれど、それ以上に幸せになって欲しい。そんなこと関係なく生きて欲しいって。そう言ってたわ」

「う、嘘だ……!」

「嘘じゃない」

 

 実際に聞いた話だもの。

 

 何だったら私、あなたのお爺さんより年上だからね。

 年齢だけなら祖父・父・子でトライアングルアタックされても返り討ちにできるわよ。

 

『アトス! ポルトス! アラミス! ジェットストリームアタックをかけるでござるよ!!』

 

 アンタ誰……ああ、ダルタニアンか。

 三銃士、いいわよね。浪漫だわぁ……

 

「蒼純副隊長は身体が弱かったからね。何度か四番隊に来ていたし、その時に色々とお話……愚痴みたいなものだけど、お話相手になっていたの。その時にぽろっと、ね」

「馬鹿な……そんな、父が……私にはそんなことは……」

「蒼純さんも立場があったし、家族には言いにくいこと。他人だから言えることくらいあるでしょう?」

 

 おっと、白哉の身体から力が一気に抜けました。

 色々と信じられなくなってるみたいです。

 

「緋真さんのこと、あなただって悩んだんでしょう? でも掟を守ると誓っていたから、動くことが出来なかった。誓いをそう易々と破ることなんて出来ない――そんなところかしらね?」

「そう、です……その通り……」

「でも緋真さんのことを助けたいとも思っていた。だから、私に個人的に頼むことで掟や誓いを破ったことにならないから大丈夫だって理由を付けることで、ようやく動けたんでしょう?」

「はい……」

「最愛の相手を見殺し寸前まで追い詰めて、そこまで悩んで出した結論は、抜け穴を見つけてでも助ける方法だった――なら、それがあなたの中の真実。本当に求めていたことじゃないの?」

 

 今まで力無く項垂れていた白哉が突然顔を上げ、私の目を見てきました。

 

「それが、私の真実……本当に望んでいたこと……」

「緋真さんを失いたくない、一緒にいたい――ただそれだけのことに気付くのに、馬鹿みたいに回り道したけれどね」

 

 本当に、もっと早く気付いて欲しかったわ……

 もう二ヶ月くらい早かったら、卯ノ花隊長や勇音でもなんとかなった。もう一ヶ月早かったら、清之介元副隊長に頼らないと無理だったかしらね。

 

 そんな危険な状態だったのに、伸ばしに伸ばして今日なんだもの。

 偉そうな言い方だけど、私と射干玉がいなかったらもう完全に死別不可避だったわよ。

 

『こういう部分でしっかり自分の名を出していただける藍俚(あいり)殿のこと、本当に大好きでござるよ』

 

 はいはい、私も愛してるわよ。

 

「湯川副隊長……私は……自分は、どうすればよかったのでしょう……? 全ての死神の先頭に立ち、掟を守ってみせる……その考えは、間違いだったのでしょうか……?」

 

 しらんがな。

 ……って言えたら楽なんだけどねぇ。

 

「さて、ね。答えなんてそんな簡単に出る物じゃない――それは身に染みてわかったでしょう?」

「はは……たしかに……」

 

 私が殴った頰を痛そうに撫でてます。

 ……そこまで強くなかったはずだけど?

 あの程度の一撃じゃあ、更木隊長なら半歩も止められないわよ。

 

「まあ、私の考えを言うのなら――ただ守るだけなら掟に意味なんて無いと思うわ」

「それはどういう……!?」

「掟があります。破ると罰則です。だから守ります――じゃなくて。なんでその掟があるのか? その掟が制定されたのはどうしてか? 罰則を設けてでも掟を守らせたかったのは、なんでか? 制定された掟の裏にある想いを考えるべきなんじゃないの?」

 

 罰金や実刑を受けるから守るんじゃなくて、守ることで人にどうやって生きていって欲しいか、その理想を示している。

 ルールの基本なんて、どれもそんなものでしょ。

 

「掟に込められた想い……」

「あと、時間が過ぎれば色んな事も変わるものよ。思想や文化や常識とか。なら、今にそぐわない古い掟なんて変えちゃえばいいんじゃないの? 少なくとも朽木家ならそれも出来そうだけど」

「それは……不可能ではないですが、他の大貴族とも調整が必要になりそうですね」

 

 ああ、やっぱり面倒な貴族同士のやりとりがあるのね。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 

「言ってみただけだから、そこまでは求めていないわ。今のあなたが絶対にやるべき事は、緋真さんの隣にいてあげること。そして、彼女の苦しみを一緒に背負ってあげること」

「これは、傷が……?」

「殴ってしまったので。せめてものお詫びです」

「痛みが嘘のように……」

 

 驚きながら殴られた部分を何度も何度も撫でて状態を確認してます。

 だって私が付けた傷だもの、治すのなんて一瞬もいらないわ。

 

「本日はこれで失礼します。一週間後、また様子を見に伺いますので」

「色々と……ありがとうございました……!」

「それと、もしも私のいない間にまた容態が急変したら、真央施薬院の山田清之介さんに診て貰ってください。あの人なら、意地でも生かしてくれます。私の名前も出せば、多分平気ですから」

 

 何しろ趣味が"死にたがりを無理矢理生かす"だもの。

 ある意味では適任ですね。

 

 

 

 はぁ……それにしても……

 

 

 

 知らない厄介ごとも知ってる厄介ごとも、もうお腹いっぱいよ!!

 

 もうやだぁ……探蜂さんところでお蕎麦食べて帰るぅ……

 売り上げに貢献するの……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 朽木家を去って行く藍俚(あいり)

 その背中を眺めながら、白哉は一人、彼女に言われたことを反芻していた。

 

「掟など、野良犬に食わせてしまえ、か……確かに、その通りかもしれない……」

 

 それまで自分の信じていた価値観の全てが作り替えられたような衝撃だった。

 庭に立ち尽くすその姿は大貴族の当主とは思えないほどに小さく見える。

 

「やりようなど、幾らでもあったはずだ……それをしなかったのは私の怠慢、であろうな……」

 

 冬の夜空から降り注ぐ寒気と、足裏から伝わる石の堅い感触が彼の身を苛む。

 だが白哉はこれでいいと思った。

 この程度は当然だ。今まで自分は、この程度とは比べものにならないほどの苦労を彼女に掛けていたのだから。

 

「出来ることから、始める……今の私には、それが精一杯だ」

 

 

 

 

「……っ……?」

 

 朽木緋真はゆっくりと目を開いた。

 そこでようやく、自分が今まで眠っていたのだということに気付いた。

 続いて自分は今まで何をしていたのだろうと、それを思い出していく。

 

 藍俚(あいり)から治療を受けて、長丁場になって、眠りについた。

 外は暗く、夜の気配が漂ってきていることから数時間は寝続けていたのだろう。障子の向こうからは月の光が差し込んでおり、満月がうっすらとその影を浮かばせている。

 

 そして――

 

「目が覚めたか?」

「白哉……様……!?」

 

 ふと、声を掛けられて視線を動かし、そして驚かされた。

 そこには朽木白哉がいたのだ。彼女の隣に正座しており、なんとも穏やかな瞳で緋真の事を見つめている。

 そこで緋真はようやく気付いた。自身の右手が、とても温かいことに。

 

「あ……手、を……どうして?」

「あ、ああこれは……その……」

 

 普段の、冷静沈着な白哉とはまるで違う。悪戯が見つかった子供のように狼狽しながら、白哉は照れくさそうに言い始める。

 

「緋真の隣にいることが、今の私に出来ることだと言われたのだ。この手は、その……握っていると安心すると聞いたので……な……」

「え……? ふふ、そうでしたか……ありがとうございます。とても落ち着きました」

「あ、ああ……どう、いたしまして……」

「……うふふふ……」

 

 ここに藍俚(あいり)がいれば「隣にいるのって……間違ってはいないけれど、そういう意味でもなくて……」と苦言を零していただろう。

 不器用すぎるやりとりに、思わず緋真が笑い出してしまう。

 それを見た白哉もまた、声に出すことなく上品に笑ってみせた。

 

「不思議です……眠りに就く前まではあれほど苦しかったのに、今は嘘みたいに身体が軽くなっていて……白哉様とも、こうして笑い合うことができて……白哉様、緋真はひょっとして、まだ夢を見ているのでしょうか……?」

「いや、夢などではない。まだ完治には時間が掛かるそうだが、お前の病は湯川殿が確かに治してくださったのだ」

 

 湯川"殿"と呼び名が知らぬ間に変わっていた。

 それは恩人に対して白哉が最大限に敬意を払ったが為だ。

 

「ああ、やはり夢ではなかったのですね……白哉様、この身体が治ればまた妹を探しに行けるのですね……」

「いや、それは駄目だ!」

「……え?」

 

 断られたことに驚き、思わず緋真は白哉の顔を見つめる。

 だがそれも当然かもしれない。妹を探しに行き、無理が祟って病魔に倒れたのだ。ならばもう二度と外に出して貰えないのも当然。

 そう諦めかけたときだ。

 

「緋真……お前の妹ということは、私にとっても妹なのだ。たとえ血が繋がっていなくとも、流魂街出身であろうとも関係ない。もう家族なのだ。その家族を探しに行くのだから、当然私も行くぞ! 嫌だといってもだ!」

「白哉、様……!?」

「まだ見ぬ妹を、二人で共に探そう! そしてお前の苦しみを取り除いてみせる!!」

「ありがとう……ございます……緋真は、幸せです」

 

 とても不器用で、けれどとても一生懸命でとてもとても温かくて白哉の姿を頼もしく感じながら、彼女は優しく微笑んだ。

 

「ねえ、白哉様……」

「なんだ……?」

「月が、綺麗ですね」

「ああ……そうだな」

 

 一組の夫婦の新たな門出を、月光は優しく包み込んでいた。

 




○○「掟? 誇りだぁ? 私の前で、そんなつまらない理由で死ねると思ってるの!? 泣くも笑うも生きてこそでしょうが!! 是も非も関係ない、私が法よ!」


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第78話 アメイジング朽木

 梅の花が綺麗に咲き誇っています。

 空は晴天、日を追うごとに陽気もすっかり温かくなっていきます。

 もう暖房器具なんてもうすっかり片付けてしまいました。

 

 春ですねぇ……

 

 

 

 あの"朽木家の枯山水グチャグチャ事件"から月日は流れました。

 

『流石にそれでは通じない恐れがあるのではないかと思いますが……?』

 

 平気平気、前話のことだからね。まだ記憶に新しいわよ。

 

 月日は流れて、春になりました。

 今日は緋真さんの定期検診の日なので、朽木邸にお邪魔しています。

 

「……はい、もう結構ですよ」

「ありがとうございました」

 

 と言っても、そんなに大した事はしてないんですけどね。

 軽く回道を掛けて問診をして、なにか問題が無いかを確認してるだけです。

 経過観察と、回復した状態に応じて軽くアドバイスとかしてますけどね。

 

「順調に回復していますが、やはり回復度合いは低いですね。一般的な健常者の半分くらいでしょうか」

「そんなに、ですか……」

 

 緋真さんの顔が沈みました。

 

「精神的な物ですね。心の重荷が重くのし掛かっているのが原因だと思います。こればかりは斬ったり縫ったりで治せるものでもありませんから」

 

 一年以上(・・・・)の期間を使って治療してるんですが、全然良くなりませんね。

 元々身体が弱いですし、思い込みが強すぎて。

 ちょっと白哉! ちゃんと支えてるの!?

 

 ……うん、支えてたわね。

 

 前に定期検診に来た時、夫婦二人で食事をあーんして食べさせ合ってたもの。

 慌てて引き返して、時間潰してから何食わぬ顔で診療する羽目になったわ。

 少なくともラブラブではある。

 

 …………ん?

 

 え? ええ、そうですよ。

 緋真さんの治療をしてから一年以上、二度目の春です。

 冬に治療して春になって、夏秋冬を超えてまた春が来ました。

 

 ちなみにこの一年以上の間、ずっと私が見てます。

 せっかく紹介した清之介さんの出番ゼロです。

 白哉も緋真さんも「私じゃなきゃ嫌だ」って駄々捏ねるんです。

 嬉しいですけど、勘弁して……他を頼ってくれてもいいのよ?

 

 とあれこの期間で色々やってみました。

 朽木家の使用人たちに頼んで食事療法として精の付く物を少しずつ食べさせたり。

 白哉に「運動が必要だから一緒に散歩とかしてあげて」と伝えて、それとなくお散歩デートを促したりしました。

 

『お散歩!? それはひょっとして、深夜にコート一枚だけ羽織ってその下は……というやつでござりますな!!』

 

 そこはむしろ「普通の格好してるのに、その下は非日常が満載!」が王道じゃない? 公園で子供と一緒に遊んだり、知り合いと普通のやりとりしてるのに「ああ! 私は今、お日様も高いのに何食わぬ顔でとんでもない事してる!!」っていう日常と非日常のギャップ、バレるかもしれないスリルと共に楽しんで……

 

 って! この二人にそんなことできるわけないでしょうが!!

 

 普通よ! 普通にお庭をお散歩してるだけ!! 運動していないから、少しは汗を流させたかったの!!

 大体あんたもあの時の事は知ってるでしょう!! 小学校低学年みたいなデートしてたのを朽木家の使用人たちがこっそり微笑ましく見てたでしょうが!!

 

 ……何の話だっけ?

 そうそう、健康になるために色々やってるけれど、成果は今ひとつという話です。

 

「やはり、妹さんのことが?」

「はい。白哉様に良くしていただければいただくほど、妹のことを気に掛けてしまって……ただでさえ、朽木家の皆様にも捜索に出ていただいているのに、探しに行けぬこの身がもどかしくて……」

「すまぬ。我々も手を尽くしているのだが……」

 

 そんな風に見つからないから気に病んでしまい、どうにも完全回復まで到らない。

 あと白哉が過保護になりすぎて、回復しないから緋真さんを探しに行かせない。その代わりに捜索隊に依頼して捜させていますが、成果は上がらず。

 それらの事実が朽木の関係者に迷惑を掛けているようで気に病んでしまい、それが原因でまた体調を崩す。

 嫌なループが発生してます。

 

 もう少し、図太くなってもいいのよ?

 

 朽木家の捜索隊も、戌吊まで探しに行くのは大変みたいですね。

 しかも、そうまでして探しているのに一向に捕まらないとは。

 

 ルキア恐るべし!

 何か変な補正でも働いているのかしら?

 ……まさかもう死んでるから見つからない……なんて、ないわよね……?

 

「こればかりは仕方ありませんよ、気長に行きましょう。それに緋真さんも、気にしすぎです。皆さんもお仕事ですし、何より緋真さんたちの事を思ってやっているんですから。気楽に考えてください」

「湯川先生、ありがとうございます」

 

 これも何回言ったかしらねぇ……でも必ず気にしちゃうのよ、この人。

 白哉からすれば、そんなところも可愛いとか言うんでしょうけれど。

 

「そうだぞ緋真、もっと頼ってくれ」

 

 朽木家もこの一年ですっかり変わりました。

 白哉が色々と動いて、使用人たち全員が――元々友好的でしたけれどね――すっかり緋真さんの味方になりました。

 気軽に話し掛けてくれて、やりとりもしてくれて。

 広い広いお屋敷の中でひとりぼっち、みたいな寂しさなんて微塵も感じないくらい明るい雰囲気に包まれてるそうです。

 

 それと白哉も変わりました。

 あっと言う間に隊長として活躍しつつ、当主としてもブイブイ言わせてます。

 掟の改革にも着手してて、自分みたいな苦悩する者を少しでも減らしたい。と頑張ってるみたいです。

 あと彼が緋真さんと結婚する際にぶーぶー文句言ってた親戚や分家は、白哉が頑張った結果、大変な目にあったそうです。具体的には貴族の権力的な圧力が働いたとか。

 変な方向にも覚悟が決まっちゃったかな?

 

 でも、何より一番変わった部分は――

 

「落ち込んだ顔は、お前には似合わない。笑ってくれ、緋真。私は君の笑顔が好きなんだ」

「白哉、様……」

 

 ――という感じの変わりっぷりです。

 死神として働いている時は変わらず冷静沈着ですけれど、家に帰るとこれですよ。

 油断してるとすぐ背景に花を咲かせて、二人の世界に入っちゃいます。

 

 あの時、打ち所が悪かったかしら……?

 

「問題ないようなので、私は帰りますね。お大事に」

 

 絶対聞いてないと思うけれど、一応挨拶だけしておきました。

 こう見えても忙しい身なんですよ。そろそろ霊術院に新入生も入って来ますし。

 

 

 

 

 

 

「少し、宜しいですかな?」

「……!! ぎ、銀嶺様!?」

 

 朽木家から帰ろうとする途中、呼び止められました。

 なんとびっくり、銀嶺さんです。

 

 白哉の祖父の銀嶺さんです。

 

 爺さんだけど私より年下の銀嶺さんです!

 

「ああ、そう畏まらないでくだされ。既に隊長職も辞しており、当主の座からも退いた。今ではただのジジイですよ」

「そ、そういうわけには……」

「なにより、年上の方に畏まられるのは少々……でしてな」

 

 苦笑しながらそう言われました。

 そう? じゃあ銀嶺、酒饅頭買ってこい――とか言えるわけないでしょう!

 

 隊長でも当主でなくても、あんた影響力どれだけあると思ってるのよ!!

 

「お許しください、私にも立場があるので。それと、どのようなご用でしょうか?」

「何の用、ということもない。ただの世間話ですよ」

 

 世間話……? 嘘だ! 絶対嘘だ!!

 

「当主としては上手く行っていても、家族というのは中々難しいものでしてな」

「は、はぁ……」

「祖父というのはどうしても、孫に甘くなってしまうものでしてな。それに詰まらぬ立場が邪魔して、上手く言えないことも多々あるのです。そんな時、強く言ってくれる者がいるのは非常にありがたい」

 

 ……あ、これバレてますね。私が白哉にヘッドバッドをカマしたことが。

 まあ、当然ですよ。夜とはいえ庭で説教してましたから。

 誰が見ててもおかしくない。

 

「思えば昔も……おお、コレは失礼しました。どうも歳を取ると話が長くなってしまって……」

「……お察しします」

「ありがとうございます」

 

 昔、ねぇ……失敗した、とすれば……

 蒼純さんの子育てか、そうでなければあの事件かしら……

 

「それで本題なのですが――」

 

 ゴクリ! 何を言われるのかしら……

 

「ひ孫の顔は、いつ頃に見られそうですかな?」

 

 あ、これただの親馬鹿……祖父馬鹿だわ。

 




●白哉が隊長になったよ
この時期くらいなら隊長になっても別に不思議では無いはず。
(奥さんの良いところ見せようとすれば、そのくらいはする)

(阿散井らの魂葬実習の際、市丸が副隊長だった。
 市丸と白哉は同じくらいの頃に隊長になった発言がある。
 からすると、原作では阿散井らが霊術院4年くらいの頃に隊長へ?)

●小学校低学年みたいなデート
白哉が女性をエスコートする姿が思い浮かばなかった。

●朽木銀嶺
原作での出番がない。けど多分この時点でも生きてるはず。
白哉が隊長になったばかりなので、後見人や補佐的な立場としてまだ死神のまま。
もう少ししたら斬魄刀も返して死神も辞して、隠居ジジイになる。はず。
という立ち位置で想定。

孫の「お庭でお散歩デート」を誰よりもハラハラしながら見てた。


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第79話 君の名字は。

 春になっています。

 

『前回、緋真殿を治療していた話から続いていますぞ。百年後の春などではございませぬので、ご安心ください』

 

 春なので、今年も霊術院に新入生がやってきます。

 

『また藍俚(あいり)殿の毒牙に掛かる女学生が増えるわけでございますな! ぐへへへへへ、でござるよ!!』

 

 失礼なことを言うわね……

 ちゃんと指導もしてるもの! 近年だと、特に蟹沢さんって()が凄いのよ!! 同期生に"霊術院生だけど入隊確実"と評されるくらい成績のいい子がいてね。その子に負けたくないって頑張ってるの。

 だから、つい……指導に力が入っちゃって……

 

『マッサージにも力が入っておりましたな!!』

 

 ま、まあね……

 それに、そのライバルの子のファッションセンスがまた凄いのよ。

 顔に"69"って入れ墨を彫ってるんだけど……お洒落にしても攻めすぎでしょ!?

 なんであんなスケベな数字を入れてるの……?

 

『まあまあ、でござるよ。過去にもそんな数字を入れた隊長がいらしたでしょう!』

 

 ああ、あの人ね……え、じゃあ六車隊長に憧れてるのあの子!?

 ……今度、現世学の授業の時にでも雑談代わりに69を説明してあげようかしら?

 

『ちなみに現世学というのは、尸魂界(ソウルソサエティ)と現世で生活様式が変わりすぎたのでその穴埋めの知識を学ぶ学問でござる! 現世での駐在任務を行う死神たちが困らぬようにする学問にござりますぞ!!』 

 

 教本の細かい部分がちょくちょく間違ってるから口出ししてたら、何故か現世学もやらされるようになったのよね……そんなに詳しいならお前もやれって言われたわ。

 なんでかしら……

 

 

 

 ととと、話が逸れたわね。

 

 

 

 春になって新入生が入ってきたので、例年通り新人をシメる講義を初っぱな開催です。

 眼鏡を掛けて、跳ねっ返りの悪ガキ共をぶっ飛ばして鼻っ柱を折っています。

 

「さて……これで全部かしら?」

 

 威勢のいい子たちは全員返り討ちにしてあげました。

 今では地面に死屍累々な有様で痛くて呻き声を上げている子たちと、それを見ていたので遠巻きになってドン引きしている生徒たちだけが――

 

「頼もう!」

 

 ――あら、今年はちょっと毛色が違うのね。

 遠巻きに見ていた一人が木刀を拾って私の所にやって……来まし……たぁっ!?

 

「え……?」

「先程の剣術、誠に見事なものとお見受けしました! 十一番隊に入る予定はありませぬが、これだけの相手に挑まぬのは失礼というもの!! 是非ともお相手をお願いしたい!!」

「え……!?!?」

 

 この"緋真さんみたいな声"をしていて"緋真さんみたいな顔"をしていて"緋真さんみたいな髪型"をしているのってまさか……!!

 

 くくくくく朽木ルキア!?!?

 

 なんでなんで!? 霊術院に入ってくるとは思ってたけれど今年だっけ!?

 細かい年数なんて覚えてないってば!!

 非常勤で個別のクラスを受け持たないから、新入生の名簿とか渡されるの後回しにされてるし!! そもそもこの新入生をシメるイベントで新入生の顔を覚えてるくらいなんだからね!!

 

「えーとあなたは……」

 

 あっぶない! 普通に名前を呼ぶところだったわ。

 朽木ルキア――あ、まだ朽木の姓じゃないわよね――だって知ってるけれど、ここで名前は呼ぶのはどう考えてもおかしいもの。

 だから名簿を見て名前を……え????

 

「ル、ルキア……さん?」

「はい!」

 

 名簿の名前欄には、ただ"ルキア"の記載のみがありました。

 豪快すぎない? よくコレで書類が通ったわね……

 

「……あの、名字は?」

「名字はまだありません!!」

「馬鹿ルキア!! 先生困ってんだろうが!! だから適当でも良いから決めておけって言ったんだよ!!」

「む!? だが名字など無くとも、今まで特に困ったことなどないぞ?」

「現在進行形で困らせてるだろうがっ!!」

 

 堂々と胸を張って「名字はない」と告げるルキアさん相手にツッコミを入れるのは、がっしりとした体格で高身長。赤毛の髪と野性的な顔つきが目立つ男の子です。

 

 ……あー、そっか……彼女がいれば、彼もいるわよね。

 

「あなたはえーっと……阿散井(あばらい)君ね?」

「は、はいっ! 新入生の阿散井(あばらい) 恋次(れんじ)ッス!!」

「そんなに鯱張(しゃちほこば)らなくても大丈夫だから。それで、阿散井君はルキアさんとお友達なの?」

「友達つーか、大切な仲間……ですかね……? 一緒に育ったようなもんなんで……」

 

 あらちょっと照れてる。

 そっかそっか、そういう想いを持ってたわね。

 

「じゃあ、仮称で阿散井ルキアさんでいいかしら?」

「「んなっ!?」」

 

 二人同時に声を上げました。

 ……声に込められた意味は全然異なってますけど。

 

「あ、あああああの先生!? それはですね!! ルキアに迷惑が掛かるっつーかその、いや別に嫌じゃないんですけどね!! なんていうかーっ!」

「そうです! 恋次の名字など受けられませぬ!!」

「ルキアっ!! そりゃテメェどういうことだ!!」

 

 痴話喧嘩かしら? 微笑ましいことで。

 

「二人とも落ち着いて。今までは良かったかもしれないけれど、名字がないと色々不便な事も多くなってくるから。だからよく考えて決めてね。それと手合わせは、問題ありませんよ。この後、そこで見ている子たち全員に稽古を付ける予定でしたから」

「本当ですか!! ありがとうございます!!」

 

 ……この子、もう前半部分忘れてない? 仮でいいから名字も考えてね。

 

 まあ、実は名字を変に悩んで決める必要なんてないんだけど。

 本人は知らないだろうけれど、多分数日後には名字が決まってるはずだから。

 

 朽木の姓になるって。

 

 なので今はやることを――ルキアさんたちに剣の稽古をしてあげました。

 彼女、物凄いやる気で挑んできたわ。

 その後も阿散井君たち一人一人を順番に稽古を。

 

 稽古をつけていく最中に、雛森(ひなもり) (もも)さんや吉良(きら) イヅル君も同期生だったことに気付きました。

 吉良君は本当に、名簿があって助かったわ。だって彼のことなんて"故に侘助(わびすけ)"って台詞しか覚えてなかったもの。

 

 この二人は知っていたので、ちょっと熱心にお稽古してあげました。

 何にも知らない新入生指導するだけで尊敬して貰えちゃうのよね。

 

 全員分のお稽古が終わったら最初にぶっ飛ばした連中を回道で癒やしてあげて、軽く挑発をすれば――

 

 

 

 ――今日の霊術院のお仕事はこれにて終了。

 

 

 

 嘘です。

 まだ細かい事務仕事とか残ってますし、何よりまず真っ先にやることがありますから。

 

 伝令神機さん、伝令神機さん。ちょっとお電話繋いで下さいな。

 

 えーと……あ、この番号ね。

 

 もしもし、朽木隊長ですか? 実はちょっと大切なご相談が……はい、とりあえず明日くらいにでも霊術院にご足労いただけますか? 緋真さんも――……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 例年通り――と言ってしまえばそれまでだが、十一番隊志望の荒くれ者たちが一瞬で蹴散らされた後に、残った者達への剣の稽古が開始された。

 

 例年通りならば、最初に二人くらいは藍俚(あいり)のことを心底恐れて実力を半分も発揮できないのだが、今年は違った。

 意気揚々と挑戦していったルキアが一番手に、そして彼女の付き添いとしてなし崩しで阿散井が二番手に挑み、そのどちらもが中々どうして、素晴らしい動きを見せた。

 特に物怖じせずに挑んだルキアの影響は大きかった。

 ルキアが大胆に動き、それを親切丁寧に指導していく藍俚(あいり)の姿は、残った者たちから怯えの心を一気に払拭してくれた。

 

 そういう意味では、今年は例年とは少々毛色の違った結果だったと言えるだろう。

 

「一時はどうなることかと思ったよ」

「だよなぁ……俺なんてルキアの奴が前に出て行った時には、心臓が止まるかと思ったぜ」

「あれは凄かったよね」

「む、そうか? だが私の思った通り、先生は凄かっただろう?」

 

 特別講義の終了後、阿散井・吉良・雛森・ルキアの四人はそんな会話をしていた。

 雛森を除く三名は学院に入る少し前に少々奇妙な縁で知り合い、そこへ雛森が加わる形で縁が出来て仲良くなっていた。

 このように他の同期の者たちよりも多く言葉を交わすくらいに。

 

「確かにまあ、ものすげぇ実戦的で丁寧に教えてくれたな」

「剣を一度振る度に良い点と悪い点を言ってくれたからね……僕達のことを真剣に考えてくれてたのが伝わってきたよ」

「あれでも四番隊――戦闘は不得手な部隊なのだろう? 死神になるには、やはり高い壁なのだな!!」

「カッコ良かったよねぇ……」

 

 当然話題は先の特別講義――ひいては藍俚(あいり)のことが中心となっていく。

 

「スラッとしてて! 女の人なのに、ビシバシって強そうな人たちをあっと言う間に倒しちゃって! 憧れちゃうなぁ……」

「おお、雛森もそう思うか?」

「ルキアさんも!?」

 

 同じ女性同士、分かり易い目標となったのだろう。

 二人してきゃいきゃい言いながら感想を口にする。

 

「ん……どうした吉良? ぼーっとしてよ? 熱でもあるのか?」

「い、いやそうじゃなくて……さっきの剣の指導のことを思い返していたんだ」

 

 一方、男の二人の方では、吉良がどこか上の空な様子だった。

 

「あれって、今の僕たちが出来る最高の一撃を引き出させて、それを目指して頑張れってことだっただろう? つまり、僕たち一人一人の実力を見抜いたその上で、個別に即興で指導していく……とんでもなく凄い人だよ、あの先生は……」

「ああ、オマケにいい女だしな」

「なっ!! あ、阿散井君!?」

 

 思わず顔を赤くする。

 とはいえその指摘は、少なからず的を射ていた。

 

「お、その反応……図星だな?」

「そ、そんなことは……」

「照れんな照れんなって! ホレ、見てみろ。同期のやつらも鼻の下伸ばしてんぜ? 狙ってんなら頑張れよ!!」

「ふ……不純だよ!」

 

 ルキア一筋――ただし、本人にはなかなか気持ちが届いていない――な阿散井はともかくとして、他の者たちは藍俚(あいり)に大なり小なり下卑た気持ちを抱いたようである。

 

 吉良もまた"ご多分に漏れず"というやつだった。

 最初に見せつけられた鬼気迫るほどの剣技に、真剣に指導してくれるその姿に、なんとか全力の一撃を放てたときに見せてくれた笑顔に。

 どうやら惚れてしまったらしい。

 

 あ、あと稽古中の揺れる胸元にも。

 

 ……男の子だからね、おっぱい大きい相手には仕方ないよね。

 それにまだ外見しか見えていないから、コロッと行ってしまっても仕方ないよね。

 

 同期生の雛森のことがちょっと気になっていたはずが、この有様である。もう新しいおっぱいに夢中かコノヤロー。

 ご両親が草葉の陰で泣いているぞコノヤロー。

 悲しい男の(サガ)で何でも済ますんじゃねぇぞコノヤロー。

 女性側が真面目に目標にしようとしてんのに恥ずかしくないのかコノヤロー。

 でもそれは檜佐木も含めて多くの男子院生が通った道だから安心しろ。

 

 

 

「ま、まあでも……悪い人じゃないと思う……」

「素敵な人だったよね……」

 

「先生を落胆させないためにも、立派な死神になるためにも、僕は……」

「私もいつか、先生みたいになるために……」

 

「「頑張るよ」」

 

 

 

 雛森と吉良、二人の言葉が少し離れた場所でハモった。

 




●ルキア
名字がわからなくて一瞬困ってしまった子。

赤子の時に捨てられたので、多分誰かに拾われて生き延びたのでは? と思われる。
(やたらと古くさい喋り方もその人の影響ですかね?
 あと姉が「緋真」で妹が「ルキア」という名前の違いっぷりも、もしやこの「拾った人」が「ルキア」と名付けたんじゃないか? と思ってしまう。だからネタにします)

その親切な人の死後、恋次たちと出会って。恋次の仲間たちは死んで、霊術院に。
という流れかなぁ? と妄想しました。

普通ならその恩人の名字を名乗りそうだけど……
名字なし子さんでも問題ないかなって。どうせすぐ朽木を名乗るんですし。
(なお朽木家はルキアを受け入れる準備が24時間365日体勢で整っている)

●現世学
小説 BLEACH THE HONEY DISH RHAPSODY より。
その名の通り、現世の知識を学ぶために原作の70年ほど前に新設された教科。
駐在員のために現世の生活習慣とか常識とかを学ぶ。
70年くらい前なら藍俚が口を出せるはずと思って、とりあえず絡めておいた。

●蟹沢ほたる
恋次らの魂葬実習の時、檜佐木と一緒に出てきて虚に殺された女性。
(藍俚は覚えてない(射干玉は何も言わない)ので、気付かれていない)
軽く揉まれている(文字通り)ので、多分助かるはず。
フルネームがファンブックで判明したらしい。

●69
69。

●なんとなく記載
阿散井:188cm
吉良 :173cm
雛森 :151cm
ルキア:144cm

今は霊術院時代だから、もう少し小さいかもしれませんね。


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第80話 再会、姉妹よ……

「どうですか緋真さん? 判断はつきますか?」

「いえ……ここまで離れていると少々……それに、年月も経っていますから……」

「だが見た目は緋真によく似ている……やはり間違いないのでは?」

 

 霊術院の庭では、院生たちが訓練をしています。

 その様子を私・緋真・白哉の三人は、少し離れた応接室から眺めていました。

 

 お目当てはたった一人の生徒――そう、ルキアです。

 三人分、六つの目玉から視線が注がれているのに、彼女はそれに全く気付いてませんが。

 

 昨日の講義終了後、伝令神機にて「妹さんっぽい人を見つけました。緋真さんそっくりです。多分間違いないと思いますが、念のために確認してください。出来れば夫婦揃って」と伝えたところ……

 

 早速来ましたよこの夫婦。しかも朝一で。

 

 前日の夜に先触れの使者を遣わせたとはいえ、突然の朽木家当主の来訪に霊術院側も大慌てしたらしく「お前が呼んだんだから責任取れ」と言われ、私も急遽霊術院に向かう羽目になりました。

 ……今日、私が来る日じゃないのに……日常業務がああああぁっ!!

 

 なので。

 朽木夫婦と合流して、現在は三人揃って少し離れた場所からルキアの観察中です。

 アレが妹なのは間違いないはずですが、流石にいきなり会いに行くのも憚られますから。事前の下調べ中、直接顔を合わせる前に心の準備中といったところですね。

 

「名前はルキア、名字はないと言っていましたが……」

「ルキア、ですか……!?」

「心当たりが?」

 

 名前を聞いた途端、緋真さんが驚きました。

 ただ、なんというか……思っていた反応とちょっと違うんですよね。

 ボタンを一つ掛け違えてます! みたいな……

 

「いえ、その……何と言いますか……」

「む……!? ひょっとして湯川殿は、緋真の妹の名を知りませぬか?」

「そういえば……妹と聞いていただけで、名前は……」

 

 直接聞いたことはありませんでしたね。

 どうせルキアだって思って聞いて無かったんだけど……え、ひょっとして違うの!?

 

「妹の名は、瑠輝奈(るきな)と言います」

「るき、な!?」

 

 なにその微妙な変化球!?

 

「妹を捨てた時、せめてもと思い名前を地面に書いておいたのですが……」

「ルキナ、ルキア……ナとア……似ていますし、まさか読み間違えた……?」

「おそらく……」

 

 なんとも言えない、微妙な空気が漂いました。

 緋真さんも「漢字で書かなかったのが問題だった?」みたいなことを呟いてます。

 

「えーと、書類によると戌吊で暮らしていたそうですよ。そこから生きていくために死神になったと」

「戌吊、ではやはり!」

「符合する情報は多い! なによりあの容姿、間違いないだろう!」

 

 夫婦が揃ってほぼ確証を得てますね。

 ……これで完全に他人の空似だったらどうしよう……DNA鑑定とか出来れば……十二番隊にこっそり頼んだ方が良いのかしら……?

 

「ですが……やはり今さら姉と名乗り出るなど、虫が良すぎるのではないでしょうか……私に姉の資格など……」

「何を言うか緋真! お前はあれほど悩んでいた! それは妹の身を常に案じ続けたからだろう!?」

「白哉様……」

「恨まれるやもしれぬ! 怒り心頭に発するやもしれぬ! 絶縁を申し渡されるやもしれぬ! だがそれでも、顔を合わさねばならぬ! お前の命を救ってくれた湯川殿の心を無駄にしてはならぬのだ!」

「は、はい……緋真が間違っておりました」

「案ずるな、お前の責は私の責でもある。私にも背負わせて貰うぞ」

 

 手を握って見つめ合っちゃってまぁ……

 この夫婦、たまに時と場合を忘れてこうなるのよね。私もいるって言うのに……

 

『では拙者が藍俚(あいり)殿のお相手を』

 

 はいはい、夜寝る前にでもお願いするわね。

 

「ゴホンゴホン!! ではお二人とも、霊術院の昼食休憩の際にでもルキアさんとの顔合わせをするということで、良いでしょうか?」

 

 わざとらしく咳払いをしてから、そう提案します。

 夫婦はハッと気付いたかと思えば慌てて手を放し、頷きました。

 

「では、そうなるように今から段取りを決めてきますから。あ、それとその席にもう一人、来るかも知れませんが平気ですか?」

「もう一人、というのは……? 湯川殿であれば許可など取らずとも立ち会いは大歓迎ですが……」

「いえ、そうではなく。ルキアさんのご友人ですよ」

 

 一応呼んでおいた方が良いわよね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「二人とも、今ちょっと良いかしら?」

「せ、先生!?」

「あれ、どうしたんすか? 確か先生の講義は月に二回って聞いてたんですけど……」

 

 お昼休憩に入った頃を見計らい、ルキアさんに声を掛けました。

 その隣には阿散井君もいます。

 別のクラスだったはずなのに、仲いいわねぇ。

 

「別に講義が無くても霊術院に来る日はあるってば。それよりもルキアさん、阿散井君も。お昼休憩なんだけれど、ちょっと時間を貰えるかしら?」

「時間、ですか……?」

「俺たち、なんかしちゃいましたか……?」

 

 ちょっとだけ顔色が悪くなってます。

 教師とかに呼ばれるのって、身に覚えがなくても嫌な予感するわよね。

 わかるわ。

 ましてや私たち、昨日会ったばっかりだし。

 

「別に指導とか補習とか、そういうのじゃないの。ちょっとルキアさんにお客様が来てるだけ。そこに阿散井君も同席して貰えると、凄く助かるの」

「ルキア、お前に客だってよ? 誰だろうな……?」

「私も知らぬぞ。そもそも瀞霊廷に知り合いなどおらぬし、なにより昼食が食べられぬ」

「心配するの(そこ)かよ!」

 

 顔を見合わせてヒソヒソ話を始めました。

 ヒソヒソ話でもしっかりツッコミを入れる辺り、阿散井君は流石よね。

 

「もしかしたら長くなるかもしれないから、講師陣には予め許可を取って話も通してあるわよ。お客様と会って、お昼ご飯を食べてから、午後の講義に参加。それで全く問題ないわ」

「それなら異論はありません」

「俺もっすよね? わかりました」

 

 さてさて、それじゃあ鬼が出るか蛇が出るか。

 姉妹のご対面と行ってみましょうか。

 

 

 

 

 

「ここよ。心の準備は良いかしら?」

「心の準備と言われても……」

「なぁ……」

 

 誰に会うかは伝えてないものね。

 そりゃ心の準備のしようがないわよね。

 

「湯川です。例の二人を連れてきました」

「どうぞ」

「失礼します。さ、二人とも。入って入って」

「失礼しま……っ!?」

「どうしたルキ……ええ……っ!?」

 

 入った瞬間、声が漏れ出ました。ルキアさんと阿散井君はそりゃ驚きますよね。

 だって緋真さん、ルキアさんにそっくりですから。

 

 朽木さんとこのご夫婦も、声には出してませんがかなり大きな反応を見せています。

 ようやく会えた妹ですから。喜びも一入(ひとしお)です。

 

「あ、あの……先生、こちらの方は……?」

「慌てない慌てない。まずは二人の紹介からね」

 

 司会役は私しかいませんから。

 

「まずはこちらの二人から。こちらは朽木家当主の朽木白哉さんと、その妻の緋真さんよ」

「朽木家……ってまさか、あの!?」

「五大貴族、だと……!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生!! どういうことっすかそりゃあ!?」

 

 名前を聞いて二度ビックリよね。

 雲上人みたいなのがなんで自分たちに、って思うわよね。

 接点なんてまるで皆無だし、呼ばれる理由が分かんないんだもの。

 

「落ち着いて、まずは紹介が済んでからね。ということで、こちらはルキアさん。それとルキアさんと子供の頃から一緒に育ってきた阿散井恋次くんです。今回の件では同席させた方が良いと思ったので連れてきました」

「ル、ルキアです!」

「レンジっす!!」

 

 当然だけど緊張でガチガチ。

 二人とも背筋をピーンと伸ばしてて、声も裏返ってて。

 阿散井君なんて、それじゃあ自分の名前というよりも家電製品の紹介じゃない。夕飯の残りとか温めるの得意そう。

 

 でも緊張してても、私がいるからギリギリ最後の余裕はあるみたい。

 じゃなかったらこの空気の中では、こんな風に返事すら出来ないでしょうね。

 白哉なんか、阿散井君のことを最初は"ウチの可愛い妹に変な虫が付いてる!!"って感じで霊圧放って威嚇しかけてたもの。

 幼なじみって聞いた途端、その圧は随分と楽になったけれど。

 

「それで、肝心の二人を呼んだ理由ですが――朽木家の二人からお願いします」

「ああ」

 

 白哉が口を開けば、二人は更にビクッとしました。

 

「…………」

 

 そのまま二人のことをじーっと見てるんですが……まさか、言うことに悩んでる?

 駄目だからそれ!! この状況で沈黙とか、相手は心臓鷲づかみにされるくらいプレッシャーを受けてるって気付いてる!? そうでなくても今のアンタは朽木家当主って大人物なんだから!!

 

「(緋真さん緋真さん! 助け船をお願いします!)」

「(あ、はい。わかりました)」

 

 小声でこっそり伝えます。

 

「あの、ルキアさん……」

「はっ! はいっ!!」

「そんなに緊張しないで。それよりも、まずはあなたのことを聞かせて欲しいの」

「私のこと、ですか……?」

「ええ、そう。恋次君も。あなたたちが今までどんな風に暮らしてきたのかを、教えてくださりますか?」

「え……その……」

 

 と、そこから始まりますは二人の波瀾万丈な生活の物語です。

 

 赤子の頃に捨てられたルキアさん。

 けれども良い人に拾われたらしく、なんとか生きてきたそうです。

 ですがその恩人も死んでしまい、その後は阿散井君たちと偶然知り合い、皆で生きていくようになった。

 とはいえ生活してる場所が、戌吊という治安の悪すぎる地区。

 ルキアさんと阿散井君の二人以外は死んでしまい、生きるために死神を目指した。

 

 ――だそうです。

 そんなエピソードを読んだ気がします。

 と、私からすれば「こんな設定あったなぁ」で済みますが、二人からすればそうではありません。

 

「そう、でしたか……」

「今まで、良く生きてきてくれた……! よくぞ、死神になろうと決意してくれた……!!」

 

 滂沱の涙が流れてます。

 話を聞く限りでは、いつどこで死んでいてもおかしくありませんでしたからね。

 

「(なあ、ルキア……俺たち、なんでこんなこと聞かれてんだ?)」

「(私に聞くな! 分かるわけがなかろう! せ、先生! どういうことでしょうか!?)」

「(ごめんなさい! 色々あるのよ、もうちょっとだけ我慢して!)」

 

 そりゃ二人も困惑するわよね。

 毒気を抜かれて、最初の頃の緊張っぷりがすっかりナリを潜めちゃってる。

 

「ルキアさん、もう一つだけ教えてください。あなたのその名前は、その恩人の方が名付けてくれたのですか? なにか、由来のようなものが?」

「ええ、そうです。ですが確か……」

「たしか……?」

「私を拾った時、そこに名前があってそれで名付けた、と聞いたことが……」

「ッ!! 緋真!!」

「ええ……ええ……!!」

 

 あ、ようやく確信に到る情報が出てきた。

 二人して大喜びだけど、ルキアさんたちは蚊帳の外でポカーンってしてるわね。

 

「ルキアさん……その名は本当は、瑠輝奈(るきな)と書いたのです」

「ルキナ、ですか……? なるほど、うっかり読み間違えたのですね」

「いやルキア、そこじゃねぇだろ!! どうして正しい名前を知ってんだって話になるんだろうが!!」

「ッ!! なるほど! 恋次、お主は意外と頭が良いのだな」

「いや、普通気付くだろ……」

 

 案外天然な面もあるのね。

 

「で、それが一体どういう話に繋がるのだ……?」

「だからつまり、この人は赤ん坊だったお前を置いて名前を書いたってことに……あん? てことは……まさかこの人、ルキアのお袋なのか!?」

「なにいいいぃぃっ!? わ、私の母様……!?」

「いえ。がっかりさせるようで心苦しいのですが、私は母ではなく姉なのです」

「あ、姉ええぇぇっ!?」

 

 蜂の巣を突いたみたいな大騒ぎになりました。

 

 そこから始まる、緋真さん側の何があったのかについてのお話。

 今度はルキアさんたちが驚かされる番でした。

 

「私に姉様がいて、その人は朽木家に嫁入りしていて……」

「ってことはルキアは――」

 

 言い掛けて、阿散井君は渋い顔をしました。

 

「――あ、いや……ルキナ、でしたっけ……?」

「いえ、自分の都合で妹を捨ててしまったのです。今さら正しい名前を名乗れなど、恥ずかしくて言えません……」

 

 少しだけ辛そうな顔で緋真さんが言います。

 

「ルキアの方が良いでしょう。その方が、育てていただいた方も喜ぶと思いますし」

「そう……ですか? じゃあ、ルキアで。それでルキアは、これからどうなるんですか? 朽木家の親戚になる……とか……?」

「そのことなのだが……」

 

 ふと白哉が口を開きました。

 

「その前に一つ聞かせて欲しい。ルキア、お前は緋真のことを……姉のことを恨んではいないのか……?」

「え……?」

「緋真は我が身可愛さに、赤子だったお前を捨てた。その後は朽木家に入り、何不自由のない生活を送っていた。お前たちが流魂街で苦しんでいたというのに、だ。恨み言の十や二十はないのか? 姉が手にしたものを、自分も欲しいとは思わないのか?」

「そっか……ルキアからしてみりゃ、そう思っても不思議じゃねえよな」

 

 ああ、これは……わざと悪く振る舞っていますね。

 ルキアさん本人も、話を噛み締めるように沈黙していたかと思えば、突然手をポンと叩きました。

 

「……おお、なるほど! 全く気付かなかった!」

「って、オイ!! ルキア、お前はどんだけ脳天気なんだよ!!」

「し、仕方なかろう! 大体、突然姉だ家族だと言われても、実感が沸かんのだ! そこに怨みも憎しみもあるものか! ただ……」

「ただ……?」

「自分にも、肉親が……いた、そう知った途端……なぜだろうか、心の底から温かい気持ちが溢れてきたのだ……きっとコレが、私の正直な気持ちなのだと思う」

 

 阿散井君から目を逸らし、頬を赤くしながらそう言いました。

 続けて彼女は緋真さんへと視線を向けます。

 

「だから、あの、その……はじめまして、姉様。私を見つけていただいて、ありがとうございます」

「私のことを、姉と呼んでくれるのですか……?」

「はい、姉様」

「私はあなたの姉だと名乗っても、良いのですか……?」

「はい、姉様! これからもう一度、姉妹としてやっていきましょう!!」

「ああ! ルキア!! ありがとう、ありがとう!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

 感涙の涙をボロボロと零しながら緋真さんはその場に崩れ落ちました。

 そりゃあ嬉しいですよね。

 都合の良い話かもしれませんが、妹と和解できたわけですから。

 

「それと、その……」

 

 おっと今度は白哉の方も見ました。

 

「に、兄様と……お呼びしても……?」

「あ……ああ!! 勿論だとも!! 私たちは家族なのだ、何も遠慮することは無いぞ!!」

「はい、兄様!!」

 

 うわぁ、白哉が顔を真っ赤にして下を向いてる。

 嬉しすぎて顔が見せられないっていう、あの状態ですねきっと。

 

 

 

 もうこれ、大団円が不可避ですし。

 空気に徹してたけれど、そろそろ私は本当にいらないから帰っていいわよね?

 だけどその前に。

 

「お二人とも、水を差すようで申し訳ないんですけれど……阿散井君のことも忘れないであげてくれますか?」

「えっ、ちょ……先生、俺もっすか!?」

「そうでした。申し訳ありません、阿散井さん。妹を助けて頂いたそうで、ありがとうございました……」

「私からも礼を言わせてくれ。君がいなければ、ルキアは死んでいたかもしれぬ」

「ちょ、ちょちょちょちょっ!! いや、そんな俺は別に……!!」

「お邪魔でしょうし、私はこれで失礼しますね。後はご家族の四人で、ごゆっくりどうぞ」

「せ、先生!?!?」

 

 ぎゃーぎゃー言っている声を背に、私は退室しました。

 

 まあ、なんとか上手く行ったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

 私宛に手紙が届きました。

 送り主は朽木白哉で、先だってのお礼状でした。

 

 緋真さん曰く「妹と会わせて頂き、感謝の言葉もございません」とのこと。

 

 私、何にもしてないんですけどね。

 

 続いて白哉曰く「ルキアを今すぐ霊術院を卒業させて緋真と一緒に暮らさせてやりたい。だが緋真はルキアの思う道を進ませてやりたいという。私はどうしたらいいのでしょう?」とのこと。

 

 ……私はいつから、悩み相談所になったんでしょうか?

 

 えーと、お返事お返事……

 

 突然そんなことをすれば、角が立ちます。本人の初志通り、死神への道を歩ませた方が良いかと思います。また、霊術院でも学友が出来ているところでしょうから、ヘタな手出しは壁や軋轢の元になりかねません。

 朽木の名を前面に押し出しすぎると、腫れ物扱いとなってルキアさんも困惑すると思います。なにより彼女はずっと流魂街で暮らしてきたのですから、突然貴族扱いをされると負担にしかならないと思います。

 ルキアさんの意志を尊重しつつ、影ながら少しずつ援助してあげる。ゆっくり交流を深めて行って、相互理解をしていく程度で丁度良いと思います。

 

 ……こんな感じかしらね?

 

 くれぐれも変な暴走しないでよね、白哉……

 




●ルキアという名前
瑠輝奈(るきな) → ルキナ → ルキア

「ひさな」「るきな」語感が近くて姉妹っぽい。
「緋真の緋は緋色(赤)」「瑠輝奈の瑠は瑠璃色(青)」赤と青で姉妹っぽい。

ルキアを拾って育ててくれた人が、地面に書かれた名前を発見した。
(名前はルキナです、みたいに書いてあった)
だがカタカナの ナ と ア を読み間違えた。
ルキア誕生、という妄想。


こんなこと考える必要ないのにね。
緋真が「ルキア!? その名前、妹に間違いありません!!」で済む話なのに。
(だが死別のシーンで緋真は一言も「ルキア」と言っていないのが私を悩ませた)


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第81話 ××(ちょめちょめ)推奨

「な、なあ、ルキア……本当にこっちでいいのか? ていうか俺たち、本当にこんなところに来て良いのか?」

「私が知っているとでも思っているのか? 初めて来たのだぞ!」

「俺だって初めてだよ! ……くそっ、瀞霊廷に来た時も流魂街とはまるで違う景色だってビビ――ってねえけど、思ってはいたけどよ! でもなんなんだよここはっ!!」

 

 あらあら、不安になってる不安になってる。

 

 でも私も初めて来たときにはびっくりしたもの。

 貴族街は街並みから何からホント、別世界にしか見えないからね。流魂街出身のこの子たちじゃあ、カルチャーショックが大きすぎるわよ。

 

「あなたたち、置いていくわよ? 珍しいのは分かるけれど、ちゃんとついてきてね」

「はい先生!」

「まって、行かないで! 一人にしないで!!」

 

 カルガモの親子みたいに大慌てでついてくる二人。

 引率の先生だっけ私……?

 

『講師と生徒の関係でもあるので、間違ってないでござるよ?』

 

 そう言われればそうね。

 

 ということで、毎度おなじみ貴族街にお邪魔しています。

 しかも今回は阿散井君とルキアさんという連れも一緒ですよ。

 まあ、その二人は初めて見た貴族街の景色に興味津々で胸がワクワク。お(のぼ)りさん丸出しの反応をしていますけどね。

 

 あの「感動の家族の再会スペシャル in 霊術院」から、一週間くらい経ちました。

 

 お手紙のお返事という後押しもあってか、とりあえずルキアさんは"お前今日から朽木家に住めよ"といった性急な事態にはならずに寮生活のまま。飛び級卒業とか突然死神に就かず、規定通り霊術院に通ってしっかりと学んでいくことになりました。

 

 名字については、まあ仕方なしでしたね。

 お約束通り"朽木ルキア"になりましたが、現時点は当事者たち以外でそれを知っているのは教師陣くらい。じっくり時間を掛けて交友関係を広げてから、徐々に明かしていくことにしたそうです。

 突然"朽木家の知り合いです"なんて公言した日には、どこで変な虫が寄ってくるか分からないからね。

 

 阿散井君は、ルキアの家族だったということで朽木家からの覚えもめでたく、重要人物みたいな扱いになっているみたいです。

 よかったよかった。

 

 そして今日、ルキアさんと阿散井君の二人は揃って朽木家にお呼ばれされました。

 家族の交流を深めたい――早い話が親睦会をしたい&家の者たちにもちゃんと紹介をしたい。だから来てくれということです。

 

 ……まあ、そこに何故か私も呼ばれているんですけどね。

 

 私のやった事なんて「緋真さんを助けた」「朽木白哉を殴った」「たまたまいたルキアを通報した」くらいですよ?

 

『最初の一つだけでもお釣りが来るでござるよ! それにルキア殿に関しても、朽木家から見れば"何年も見つからなかった相手がいきなり見つかった!? この人すげぇ!!"となるので当然のことでござる!!』

 

 偶然でしかないのに……

 

『諦めてくだされ! もはやあの二人の中では藍俚(あいり)殿の株は連日ストップ高でござる!!』

 

 そういうことみたいです。

 

 なので私も呼ばれて、せっかくだからと一緒に行くことになりました。

 あとほら、二人を見捨てたら遭難して行方不明になりそうで恐くて目が離せない。

 

「あんまり驚いてると、到着前に疲れちゃうわよ。それと、迷う心配はないから安心しなさい。朽木家って、あそこだから」

「え……アレ、ですか……」

「もう何て言ったら良いのか、さっぱりわかんねぇ……」

 

 私が指させば、二人は釣られて視線を向けて――開いた口が塞がらなくなりました。

 なにしろ五大貴族の屋敷だもの。この貴族街でもトップクラスに大きくて、どこからでも見えるくらい。

 だから迷う心配なんてないのよ。

 

「ルキアさんは早く慣れてね。あそこにお姉さん――家族が住んでるのよ」

「そ、そうでした……」

「阿散井君は……まあ気楽に行きましょう。多分凄いお料理とか出てくると思うから期待して待ってなさい」

「緊張して味が分かりそうに無いっすよ……」

 

 ハッパを掛けたつもりなんですが、逆に気持ちを沈ませてしまったようです。そこまで萎縮しなくていいのに……

 

 

 

 

 

 

「清家さん。出迎えありがとうございます」

「いえいえ、緋真様のご家族に加えて湯川様までいらっしゃるのですから、このくらいは当然ですよ」

 

 なおも驚き続ける二人を連れて朽木家の門まで来れば――門に来ても二人は驚いてましたが――そこには、白哉のお付きの従者・清家(せいけ) 信恒(のぶつね)さんがいました。

 長い白髪で口ひげも白くて、丸い銀縁眼鏡の老人。絵に描いたようなベテラン執事って風格の方です。

 定期検診で何度も来てますから、この人ともすっかり顔なじみです。

 

「は、初めまして!」

「本日はお招き頂いて、その……!!」

「はははは、そう緊張なさらずに。自分など只の従者ですので。勿体お言葉です」

「じゅ、従者……!?」

 

 従者という言葉にピンと来てないですね。二人揃って目を白黒させています。

 でもこの家ではこのくらい普通なのよ。

 

「本日は緋真様の検診日とも伺っております。ですので――」

「ええ。緋真さんは部屋ですよね? まずはそちらにお邪魔させて頂こうかと」

「かしこまりました。ご案内は?」

「大丈夫ですよ、何度も来てますから。なのでこの二人の案内をお願いします」

 

 そう言って、事態についていけない二人の背中を軽く押します。

 

「えと、どういうことっすか?」

「清家さんが案内してくれるから、二人はそれについて行って。はぐれると遭難するから注意してね。私は緋真さんの検診をしてから合流するからまた後で会いましょう」

「遭難って……そんなに広いのですか!?」

「いや、それは外から見てなんとなく分かっただろ……」

「おやおや、遭難などと。湯川様はご冗談がお上手ですな」

 

 清家さん、笑ってますけれど冗談じゃないですからね。

 この二人にとっては遭難するくらい広いのよ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ふむ……」

 

 二人と別れ、まずは緋真さんのお部屋に向かいました。

 そこで彼女の定期検診を実施中です。

 とはいえ、これは…… 

 

「先生、いかがでしょうか……?」

「問題なしですね。身体の奥から生きる活力が沸き上がっていて、身体がみるみる元気になっていっています」

 

 不安そうに尋ねられたので、太鼓判を押してあげました。

 端的に言うと、凄く元気になっています。

 元気になろうとしすぎて、今までの身体だと置いて行かれるくらいです。

 もう少し激しい運動をさせたくなりますね。

 

『激しい運動にござるか!?』

 

 落ち着きなさい。

 

「本当ですか!?」

「本当ですよ。やはり、ルキアさんの件が重荷になっていましたからね。それが片付いたのが、特効薬になったみたいです」

 

 ずーっと気に病んでいたことがあれだけ綺麗に片付けば、あとはもう勝手に元気になるだけですよね。

 その証拠に、この部屋も賑やかになってきました。一年前の寒々しさが嘘のようです。

 例えば――

 

「あのお花、もしかして緋真さんが?」

「ええ、せっかく頂いた物なので、見よう見まねで生けてみたのですが……どこか、おかしかったでしょうか……?」

「いいえ、全く。彩りが増えて鮮やかになったと思いますよ」

 

 緋真さんを初めて治療したあの日から、白哉や使用人の方たちが少しずつ物を増やしてくれてたのですが、あのお花は何よりも輝いて見えます。

 彼女が自分から率先して花を飾った、つまりは他の事に気を回す余裕も出ている。

 もうここからは放置してても完治待ったなしです。

 

「そうですか? 自分ではよくわかりませんが、ありがとうございます」

「お花を生けるだけじゃなくて、他にも色んな事に挑戦してみてください。手料理とかどうでしょう? 男性なら、自分のために作って貰えると嬉しいものですよ」

「料理ですか? そうですね……朽木家に嫁いでからは厨房に立ったことなどありませんでしたから」

 

 籠の鳥みたいな扱いされてたんでしょうか?

 

「これからは料理とかお裁縫とかもどんどん出来ますし、なんだったら旦那様に剣でも習ってみては? 運動にもなりますし、護身術を身に付けるという目的なら嫌とは言えないでしょう」

「まあ、剣ですか……? そうですね、考えておきます」

 

 護身術を教えるために緋真さんの身体を触って、ちょっと気まずくて照れてしまう二人。でも、ちゃんと教えないと駄目だからと心を鬼にして稽古に励む白哉。

 少し苦しそうな妻の表情に不思議と興奮させられて……

 

『ああああ甘酸っぱいでござるよ!! そこで、ぜひ寝技を! 寝技の指導を!! なにしろ拙者は寝技のデパートと呼ばれたほどにござりまして!! 実技! 実技なら拙者にお任せ下さい!!』

 

「診察も済みましたし、そろそろ親睦会に参加しましょうか?」

「そうですね。皆様はきっと、首を長くして待っているでしょうから」

 

 緋真さんお付きの侍女の方に案内され、二人で場所を移動しました。

 

 

 

 

 

 さて、親睦会なわけですが……

 

 今日はルキアさんが主役ですよね!?

 彼女と家族みたいに暮らしてきた阿散井君も分かりますけれど!!

 

 やっぱり私がいるのっておかしくありませんか!?

 ……今からでも帰りたい……でも流石にそれも失礼よねぇ……

 

 私たちが会場に着いた頃、一足先に始まっていましたが……白哉が盛り上げ下手で、ルキアさんたちも何喋っていいのか分からなくて、軽くお通夜状態でした。

 部屋に入った瞬間、全員から「助けて」って目で訴えられましたからね。

 

 だから私にどうしろと!?

 

 仕方がないので、霊術院の話題で頑張って盛り上げました。

 阿散井君だけ上級クラスだと知った白哉が、だったらルキアにこっそり稽古を付けてあげようかと言ったり。

 他にも緋真さんが、白哉に先程話題にしていた"おねだり"をして困らせたり。

 

 後々になれば、銀嶺さんや使用人の方も集まってきたりしたので、そこまで気を遣わなくて済んだのは幸いでした。

 

 一応、阿散井君には「色んな意味で先輩なんだから、口説き方の一つでも聞いてみたら?」と言っておきました。

 頑張って白哉を「お義兄さん」と呼べるようになってね。

 

 

 

 そんなことをしていたら結構良い時間になっていました。そろそろ帰りましょう。

 ととと、いけないいけない。忘れるところだったわ。

 

「朽木隊長、ちょっと良いですか?」

「む、なんでしょう?」

「緋真さんの容態についてです。本人には先に伝えましたが、心の重荷からも開放されたおかげでどんどん快方に向かっています。この分なら、一月(ひとつき)もすれば文句なしの健康体になれますよ」

 

 宴の喧騒に紛れて伝えると、白哉は心底安堵した表情を浮かべていました。

 

「そう、ですか……よかった、自分も肩の荷が降りましたよ」

 

 ほほう、果たしてそうかな?

 油断している白哉にだけ聞こえるように、こっそり耳打ちで続きを伝えます。

 

「その頃になれば、お世継ぎも産めるようになりますから。それまでは手を出さずに我慢してくださいね」

「な、なななななななななっ!!」

 

 距離を元に戻して。

 

「御当主としての大事なお仕事ですから。頑張ってください」

「白哉様?」

 

 白哉の様子と私の耳打ちを疑問に思ったのか、緋真さんが尋ねていますが……

 はてさて、なんと答えるんでしょうね。

 

「少し早いですが、私はそろそろ失礼させて頂きます。では、皆さんはごゆっくり」

 

 巻き込まれないうちにさっさと逃げましょう。

 顔を真っ赤にしながら、大慌てで滝のように汗を垂れ流している白哉の姿がとても印象的でした。

 



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第82話 私 聞いてない

「……――というわけです。駐在任務で現世に行く時には、注意してくださいね」

 

 今日は、霊術院にて教鞭を振るっています。

 とはいえ新人をシメるのは最初の一度だけの特別授業、以降は普通に講義です。

 

「――になりますので、この辺りは尸魂界(ソウルソサエティ)の常識と大きく異なって――」

 

 皆さん、真面目に聞いてますね。

 やはり初回にシメると違います。

 ふざけても良いが怒らせるのは駄目だとしっかり理解してくれますから。

 私自身も結構長くやってますから、もう慣れたものです。

 

「――のようになります。この辺りは座学的な知識も求められる部分なので、実技に活かすためにも特進クラス・通常クラス関係なくしっかりと覚えておいて下さいね」

 

 それと、私の講義は基本的に全体が対象です。

 クラス関係なくその学年全体に向けて行うので、毎回毎回大講堂で実施してます。

 

「……と、そろそろ区切りの良い時間になったので、今回はこの辺で。次回は――となります。皆さん、お疲れ様でした」

 

 次回予定を通達して、終了――にはならないんですよ、コレが。

 

 

 

「先生、今回も稽古をお願いしても良いですか!?」

「ルキアさんに……皆も?」

「ッス! お願いします!!」

「は、はい!」

「ご迷惑でなければ……その……」

 

 講義終わりの私を呼び止めたのは、朽木ルキア・阿散井恋次・吉良イヅル・雛森桃の四人でした。

 前回の時にも、こうやってこの四人は私に稽古を申し出てたのよね。なんだからやたらと熱心に"鍛えて欲しい"って言ってくるの。

 なんでかしら?

 

「それじゃあ、先に訓練場に行って待ってて。私はちょっと仕事を片付けてから行くわ」

 

 了承の返事をすれば、四人とも"やった!"とばかりに軽くガッツポーズをすると大喜びで出て行きました。

 若い子って良いわよねぇ……

 

『元気いっぱいでござるなぁ!! それに藍俚(あいり)殿を慕いまくってるでござるよ?』

 

 え? そうなの??

 

『見ていればなんとなく分かると思うでござるが……?』

 

 ごめんなさい、さっきからずっと雛森さんのお尻見てたから。

 

『奇遇でござるな、拙者もでござります!!』

 

 ……え? お尻見てて気付けるものなの?

 

『昔から、尻は口ほどにものを言うと……』

 

 マジで!? 知らなかったわ。

 

 

 

 

 

「阿散井君はホント、元気いっぱいで力強いわね!」

「あざっす!」

「吉良君はかなり正確に動けてるわ。初回に覚えた理想の動きをちゃんと追求できてるみたい」

「ありがとうございます!」

 

 お稽古の時間はもう始まってますよ。

 

 やってることは初回特別講義と同じく剣術からです。皆に木刀を持たせてワイワイやってますよ。

 現在は男性陣二人の攻撃を捌きながら、適宜アドバイスを与えていきます。

 阿散井君は身体も大きいし力が強いから、豪快に戦ってくるわ。

 吉良君は反対に、剣術の教科書みたいに丁寧な剣ね。でもこの子、ちょっとだけ集中しきれていない時があるのよ。

 

「でも油断しない! ほら、軸がブレたわよ?」

「あぐっ! あ、ありがとうございますっ!!」

 

 ほら、こんな風に。

 手にした木刀で腿の辺りを軽く叩いて注意を促します。

 

『おっきな声でお礼を言ってるでござるなぁ……』

 

 吉良君、ちょっと内向的だけど真面目で良い子だから。ご指導ありがとうございますって思ってるのよきっと。

 

『(そういう意味ではないでござるが……吉良殿がちょっとだけ足を踏み外している気がするでござるよ……)』

 

「やああぁっ!」

「たああっ!」

「雛森さん、萎縮しないでもっと胸を張って! 稽古で手を抜くのは相手にも失礼よ!! ルキアさんは……驚いた。この前とは別人みたいに良くなってる!」

「すみません!」

「ありがとうございます!!」

 

 続く女性陣二人の攻撃も捌いていきます。

 

 ……はい、四人がかりです。

 名前アリで才能ある子たちであっても、まだ霊術院時代ですからね。この頃なら四対一でもまだまだ遅れは取りませんよ。動きも散発的ですし、そもそも連携とかも知らないですからね。

 背の低い女性陣側の下からの攻撃、阿散井君の上からの攻撃と、吉良君の正確な攻撃で連携とかされると、大分困るんですけどね。

 そもそも死神は連携する機会がそんなにないので、その発想まで到らないのかしら?

 

「ルキア! 何時の間にそんなに腕を上げやがった!?」

「ふふん、言わんぞ!」

 

 おっと、ルキアさんを見て阿散井君も熱が上がりましたよ。

 

 実は彼女、こっそりと白哉から手ほどきを受けてるんですよ。

 私がそそのかしました。

 義妹(いもうと)と仲良くなる方法は無いかと相談されたので、それが一番手っ取り早くて尊敬されるだろうと思って教えてあげたんですが……効果は覿面ですね。

 白哉が教えるようになってからまだ二週間くらいなのに、この伸びっぷり。

 これが貴族の持つ教育ノウハウってやつなのかしら!?

 

 そんなルキアさんに負けじと、阿散井君がより一層の本気になっています。

 好きな子には良いところ見せたいものねぇ、負けてられないわよね。

 よし、その気持ちをちょっとだけ後押ししてあげましょうか。

 

「ほら阿散井君! 振りが甘い! 剣先がブレてる! 動きの流れを意識しなさい! 体勢崩した瞬間に狙われるわよ!!」

「はいッ!!」

 

 良い返事ね。

 じゃあ、もう少し厳しめに指導しても大丈夫かしら?

 

 でも、一番鍛えてあげたいのは――

 

「雛森さん! 動きが崩れてる! まずは歩法から組み立て直して! 動きに霊圧を組み込んで!!」

「すみません!!」

「だから霊圧が甘いの! あなた、この中だと一番霊圧の扱いが上手なんだから、もう一歩踏み込んで平気だから!!」

「すみませんすみません!!」

 

 この子よね。

 

 藍染に利用されるって分かっているんだもの。

 せめてちゃんと笑顔でいられるくらいには、鍛えてあげたいって思っちゃう。

 ちょっと厳しいかもしれないけれど、我慢してね。

 

「はああっっ!」

「って、吉良君? それは霊圧を込めすぎ! やる気は買うけど無駄になってるから!」

 

 あら? なんでか吉良君がやたらと張り切ってきました。

 ……どこかに彼のやる気スイッチを入れるような部分があったのかしら?

 まあ、やる気になってくれるのは良いことだから気にしないけれど。

 

「むっ! これは……私も負けておれん!!」

 

 あらら、皆の動きを見てルキアさんが更に気合を入れてきました。

 

 お互いがお互いに良い影響を与え合ってるわ。

 これは良い流れね。

 

 そんな感じで、四人が力尽きるまで稽古は続きました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「だーっ!! 今日の稽古、本気で死ぬかと思ったぜ!!」

 

 霊術院――その寮の食堂で、阿散井が大声を上げた。

 

 稽古が終了したのは夕方の終わりかけの頃だった。

 既に日は沈み、今は夕飯まっただ中の時間だ。大勢の霊術院生たちで食堂はごった返しており、大声を上げても時に気にしたり文句を言う者はいない。

 

「大げさだな、恋次。とはいえ、私も今日は大変だった」

「でも沢山学べたと思うよ。死にそうな目に見合った収穫はあったさ」

「でも先生には後でお礼を言っておかないと……」

「確かにな。あの人、ホントすげぇよ」

「力尽きて倒れてしまった僕たち四人を担いで、寮まで送ってくれたからね」

 

 阿散井と同じ卓にはこれまたルキアらが座っており、それぞれが今日の稽古について感想を交換しあっていた。

 結局あの稽古は、藍俚(あいり)が四人を同時に相手にして、彼らが力尽きてもなお余力を残し、四人を運んでくれた。寮の入り口まで運ばれ、まずはお風呂で汗と疲れを流して、その後はゆっくりご飯を食べるようにと言い残して去って行った。

 話のネタには困らない。

 

「私たちもあのくらい強くなれるのかな……?」

「それは違うぞ雛森! "なれるかな"ではなく"なる"のだ! でなければ、わざわざ時間を割いて貰っているというのに申し訳が立たん!!」

「ルキアさん、うん! そうだね!」

 

 そんな風に決意を新たにしたところで、丁度良いタイミングで夕飯が配膳された。

 

「はい、お待ちどうさまでした」

「おっ! 来た来た!! 話はこれくらいにして、食おうぜ」

「おお! 美味そうだな!!」

 

 空きっ腹に堪えきれないほどの香りが立ち上り、ルキアと阿散井が我先にと箸を手に取り夕飯をかき込んでいく。

 そんな豪快な食べっぷりを見ながら、ふと吉良が呟いた。

 

「そういえば、知ってるかい? 四番隊では、食べると怪我が治って強くなる病院食が出るんだってさ」

「はぁ!? 嘘だろ、そんな都合の良いもんが――」

「あ、それ私も聞いたことがある!」

「――あんのかよ!?」

「早く怪我が良くなって、同じ傷を受けないようにって先生が広めたんだって」

「本当か!? むむむ、湯川先生は底が知れんな……」

 

 その創始者は元十二番隊隊長――現在は零番隊――の曳舟桐生である。藍俚(あいり)ではないのだが……どうやら吉良も雛森もその辺の事情までは知らないようで、二人とも藍俚(あいり)が作った物だと思っていた。

 

「私たち、そんな凄い人に教わってるんだよね」

「しかも僕たち……自惚れじゃなければ、先生に期待されているよね?」

 

 

「うん! だから」

 

 

「その期待に応えるためにも――」

 

「もっと色んなことを教わるためにも――」

 

 

 

「「――四番隊に入りたいな」」

 

 

 

「「……えっ!?」」

 

 

 

「雛森君――」

 

「吉良君――」

 

 

 

「「も!?」」

 

 

 

 世界が、少しだけ、変な方向に動いた。

 




眼鏡を握り潰した人「なにそれ聞いてない」

●雛森桃
なんというかこう、不幸の星の下に生まれてきた感が満載の子。
藍染に洗脳されたり、身代わりで斬られたり。ある意味ではとても目立っている。
「刃傷沙汰」「痴情のもつれ」「無理心中」といった言葉が似合う(偏見)
そういう特殊な性癖を押し付けられているんじゃなかろうか?

なので笑顔にしてあげたい。
笑顔で藍染を殴れる程度には強くしてあげたい。

●吉良イヅル
雛森が目立つ不幸の星の下なら、こちらは目立たない不幸の星の下に生まれた者。
(雛森が悲劇とかメロドラマな不幸さ、こっちは日の当たらないけど辛くて可哀想)
小説でもローズに「見ていると陰鬱なインスピレーションが止まらない」とか言われる。
(多分、妻を寝取られる旦那役とか凄く似合いそう(偏見))

副隊長だし重さを倍にする斬魄刀の能力も絶対強いはずなのに……ねぇ?
(最終的にゾンビ化ってもどういうことなのかと。ご両親も草葉の陰で泣く)

ごめんねイヅル君……


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第83話 ドサ回りも自らしっかり行う親玉

「――鏡花水月」

 

 斬魄刀が始解し、その刃の煌めきがこの場にいる全ての者たちの瞳に焼き付きました。

 この時点で目標達成、後は全部余興みたいなものですね。

 

「これが僕の始解です。尤も、そちらにいる湯川副隊長がもう既に皆さんにお手本として始解を見せているかもしれませんが」

「いえいえ、毎年のことなので。藍染隊長が来て下さるまでは絶対に見せないようにしてますから、安心してください」

「ははは、それはありがとうございます」

「でもね皆さん、このやりとりは毎年やってるんですよ。これ、藍染隊長の定番の持ちネタだから、ちゃんと笑ってあげて下さいね」

 

 そこまで言って、ようやく笑い声が響きました。

 

 とまあ、ここまでのやり取りで皆さんはもうなんとなく分かったかと思いますが。

 現在、藍染の"瀞霊廷の皆に完全催眠かけちゃうぞ計画 ~霊術院編~"の真っ最中です。

 

藍俚(あいり)殿! いや、なんとなく伝わるとは思いますが……さすがに説明を省きすぎでござるよ!!』

 

 ……あ、そっか。

 

 正しくは、霊術院での講義中。それも藍染隊長による特別講義の日です。

 霊術院生たちを大講堂に集めて現役の隊長による特別講義! しかも本性を知らなきゃ優しいイケメンで仕事もバリバリできる藍染隊長! そんな藍染隊長が講義をするとなりゃ、これはもう女房子供を質に入れてでも見るしかねぇ! ってな具合に大盛況で毎回全員参加してます。

 そして講義内容の一環として始解を実例してみせることで、さりげなく鏡花水月の術中に落ちた者たちを増やしているわけですね。

 

 勿論、ただ始解を見せて講義するだけでは違和感しかありません。

 始解を見せるのは当然として、その他にも――鬼道の効率的な使い方や、戦術の基礎。各部隊の特色についての説明などなど。

 毎年手を変え品を変えて、色んなことを藍染は講義してくれます。

 これがまた、ためになるんですよ。

 霊術院生でも分かり易く、それでいて効率的な内容を「自分もやれるかも! やってみたい!」と思わせるように講義してます。

 

 いやはや……とはいえ、毎年毎年ご苦労様よねぇ……

 

 この藍染の特別講義、私が色々と無理を言って毎年恒例にしてもらいました。

 だってこの眼鏡を握り潰した人が"始解を見せつけるのが趣味"と知っていたもので。

 そして、どうせ遅かれ早かれ全員に見せつける結果になるわけですから、ならば利用しない手はありません。

 積極的に声を掛けて、始解を見せつけられる代価として藍染が持ってる知識を吐き出させています。

 

 つまり――

 

 げっへっへ!

 恨むんなら、イケメンで気が利いて仲間思いで優しくて親切で強くて皆から信頼と尊敬される隊長の仮面を被っちまった自分を恨むんだなぁ!!

 その仮面を被っている限り、こちとらトコトン利用して骨の髄までしゃぶらせてもらいまっせ!!

 

 ――という腹積もりです。

 だから少しでも瀞霊廷に貢献してくださいね。

 どうせこの後、あんたが原因で大損害が出るんですから。未来への補填よ!

 

 とまあ、そういう前提がありまして。

 同じ現役隊士だからということで、この特別講義の時には私が毎回必ず助手の立場として付き添っています。なので冒頭の「藍染が始解を見せるのはいつものこと、持ちネタなんですよ」と笑い話にするのも、慣れたものです。

 

 以上を踏まえると!

 

 私は講師になってから毎年一回以上は必ずこの始解の光を見ていることになります。

 毎年毎年毎回毎回催眠に掛けられてるわけですね。

 催眠の上から催眠を、そのまた上に催眠を重ねがけ。

 まるでミルフィーユでも作るかのように次々重ねられているので、多重催眠状態に。

 間違いなく私の頭の中はあっぱっぱーになってると思います。

 

『オラァ! 催眠! 催眠解除!! ……はしないで、催眠!! でござる!!』

 

 思い出したわ、私たち恋人同士だったわね♥

 もう、射干玉ったらぁ……♥ ひどいじゃないの!♥ なんでもっと早く言ってくれなかったの?♥

 あなたの言うことなら私、なんだって聞いちゃう♥

 きゃっ! 言っちゃった♥ はずかしい……でもだってぇ、ラブラブ愛してるんだもん♥

 いやぁん♥ いやぁん♥ 射干玉の彼女になれるなんて、夢みたい……♥

 私、もっともーっとエッチな女の子になるからねっ♥

 

『もうしわけございませぬ藍俚(あいり)殿!! で、では……このドスケベ水着を着てマットとローションで……』

 

 一体いつから――私が催眠に掛かっていると錯覚していた?

 

『……なん……だと……』

 

 ジャンプ漫画ならここで「来週に続く!」ってなるわね。

 

『いやはや、催眠ごっこは楽しいでござりますな!!』

 

 あ、そんなことしてたら藍染の特別講義が終わりました。

 

 

 

 

 

「藍染隊長、今年もありがとうございました」

 

 お仕事終わりの藍染に声を掛けます。

 

「湯川副隊長こそ、今年もお招きいただきありがとうございました。副隊長のおかげで、今回もなんとか成功しましたよ」

「またまたご謙遜を。簡単な打ち合わせをしたくらいで、ほとんど藍染隊長が段取りから何から決めちゃったじゃないですか」

 

 本当に、良い子の仮面を被っている時って超優秀なのよね。

 毎年のことだけど出る幕なんて殆ど無いし。

 

「ところで、今年はお眼鏡に叶う子はいましたか?」

「ええっ!? いきなりそんな、困ったなぁ……」

「またまた。そう言っておきながら結局、良い子をご自分の所に持って行っちゃうんですから。藍染隊長はズルいですよ」

 

 ……確か、雛森さんはお眼鏡に叶ったのよね。

 だから"お持ち帰り"されて"いただきます"されちゃった……はずよね?

 違ったかしら……??

 

「そういう湯川副隊長こそ、四番隊に良い子を誘っているって噂ですよ?」

「それはほら、私は一応講師ですから。適正のある子へそれに見合った進路を提示するのもお仕事ですから」

 

 あと、青い果実を鷲掴みにするお仕事もしています。

 

「なにより私の場合は六年間必死で勧誘しても"考えても良いかな?"くらいが関の山なんですよ。藍染隊長はこの特別講義だけでも男女問わず引き付けちゃってるのに」

 

 あーやだやだ。これだからイケメンは。

 

「学院生に"五番隊に入るにはどうすればいいですか?"とか"五番隊に口利きしてもらえませんか?"とか聞かれるのって、もう慣れましたけれど、それでもやっぱり傷つきますよ」

 

 あんまりにも腹が立ったから、八番隊を紹介してあげたこともあったわ。

 

「それに、藍染隊長目当てで死神になりたいって霊術院に来る子も増えてるみたいですし。なんでしたら、私の代わりに講師として毎週講義を行って貰っても構いませんよ?」

「今も隊長職の合間で来ているのに……毎週ですか? それはちょっと……」

 

 でも隔週で来てる副隊長がいるんだし、あんたなら余裕でしょ?

 ……あ! 寝る間も無いくらい仕事で雁字搦めにしてワーカホリック状態にすれば、ひょっとしたら藍染が反旗を翻す暇も元気も気力も消えるかしら?

 

「でもそのくらい藍染隊長の特別講義は毎年好評なんですよ。なにしろもう、毎年の予定に必ず組み込んでいるくらいなんですよ」

「その毎年の予定なんですが、そろそろ勘弁して貰えませんか? 僕が話をずっと続けるよりも、他の隊長や副隊長の方々の講義もあった方が幅が広がると思いますが」

「今さら他の隊長に依頼なんてした日には、生徒たちが暴動を起こしますよ。なので、諦めて下さい」

 

 

 

 いやぁ……傍から見ると和気藹々な感じなのに、実情を知ってる者から見たらなんと薄ら寒い会話なんでしょうね……

 

『よくある"勘違いコント"の発展型みたいでござりますな!』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 藍染のぱーふぇくと特別講義から少し日にちが過ぎまして。

 

 四番隊でお仕事をしていると、伝令神機が鳴りました。

 

「はい、湯川で……はっ!? え、それ本当ですか!? はい、はい……状況不明!? わかりました、四番隊もすぐに向かいます!!」

「あの……副隊長、今のお話って……」

 

 内容は聞こえなくても、私が何を話したかは聞こえるものね。そこで"四番隊(ウチ)も向かいます"って言われれば気になるわよね。

 

「緊急事態です! 現世にて魂葬(こんそう)実習中の霊術院生が何者かに襲われた模様! 負傷者などの詳細は不明とのこと!!」

 

 近くにいた隊士たちに手短に話せば、その全員が顔を青くしました。

 

「副隊長! 今、霊術院の方からも同じ連絡が来ました!」

「ええ、私も直通で聞きました!」

 

 そっか。

 私も一応講師だし、それに四番隊だものね。

 緊急事態だから直通で連絡をした人がいて、四番隊に連絡した人もいたわけか。だから今の"出前がかち合った"みたいに、二重連絡になってたのね。

 

 おっと、感心してる場合じゃないわね!!

 

「今日の出動班はすぐに現場へ向かって! 他の者は受け入れの準備を済ませておいて! 怪我人の数も規模も不明だから、最悪の事態を想定しておいて!! 四番隊、出ますよ!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 てきぱきと指示を飛ばして人を動かしますが……

 

 こんな事件……あったっけ? 全然覚えがないわぁ……

 

 

 

 

 

 首を捻りつつ私も現場に向かったところ、そこには二名の負傷者がいました。

 

「蟹沢さん!? それに、青鹿君も!?」

「せ、先生……ホ、(ホロウ)が……ぐ……あああっ!!」

「喋らないで! 傷に響くから!!」

 

 かなり手ひどくやられているわね……特にこの巨大な刀傷みたいなのが。

 他にも細かいのが酷いけれど、まずはこの怪我を治さないと!

 

「この大きな傷は私が担当します。他の子は細かい傷を! それと青鹿くん――そっちの男の子も見てあげて!!」

「「「はい!」」」

 

 指示を出し、彼女の怪我を治しつつ、近くにいた霊術院関係者に話を聞きます。

 

「一体、何があったんですか?」

(ホロウ)の群れ、です……突然、(ホロウ)の群れが現れたようで……魂葬(こんそう)実習でこんなことがあったのは初めてで……」

 

 オロオロしてるわね。まあ、急に(ホロウ)が出たんじゃ……

 って、ちょっと待って!

 

(ホロウ)の群れ!? まさか、まだ戦っている生徒がいるってこと!?」

「いえ、それは!! たまたま近くにいらした五番隊の藍染隊長と市丸副隊長が救援に向かい、相手をしてくれています! この二人は隊長たちが到着までの間、下級生たちを守って戦い傷を負ったとかで」

 

 なるほど、怪我の具合から判断すると大怪我を負って、それでも戦ってたみたい。

 そっか、立派だったわね。

 

「ただ特に怪我が酷かったので、隊長たちが戦っている間に隙を見て穿界門(せんかいもん)を開いて現世から連れてきました!」

「そうですか……」

 

 しかしまあ"たまたま近くにいた"と"藍染隊長"って言葉が並んだだけで、もう何というか……真っ黒な事件よねこれ。

 

「では、他の実習生たちは?」

「怪我は無いとの報告でしたので、藍染隊長らが(ホロウ)を倒すまでの間は安全だと思われる場所で待機して避難の機会を伺っているとの……おや?」

 

 そんなことを話していると穿界門(せんかいもん)が開き、そこから新入生たちが脱兎の勢いで飛び出てきました。誰もが恐怖からようやく逃れられたという安堵の表情をしています。

 

「噂をすれば……キミたち、無事かい!? 状況はどうなってるんだ!?」

 

 状況確認をしているみたいですが、ならもうそっちは任せてこっちは回復に専念させましょう。蟹沢さんは、ちょっと命を左右する位の大怪我ですが、これくらいなら――

 

「……はっ!! あ、あれ……あ! 先生!! いたたたた……!!」

「蟹沢さん、まだ動かないで。細かい怪我は塞がってないから」

 

 意識を取り戻し、飛び起きようとした彼女を落ち着かせます。

 

「き、急に(ホロウ)が現れて、でも下級生の子たちを守らなきゃって思って……! あたし、あたし……!!」

「ええ、ええ。怪我の具合を見ればよくわかるわ。大怪我なのに、頑張ったわね。お疲れ様」

 

 軽く頭を撫でてあげます。

 

「はい! 先生のおかげです!! 先生が指導をしてくれたから……」

「私は指導をしてただけで、その努力が報われたのはあなたがちゃんと頑張ったからよ」

 

 ……本当に、本当に頑張ってよかったわね。

 怪我の具合と彼女の霊圧上昇率からの推測だけど、鍛えてなかったら間違いなく死んでたわよ。こんなことになるって分かってたら、学年主席になるくらい鍛えてあげるべきだった。

 

「少しの間、休んでて。後のことは任せたから。そっちの青鹿君の状態はどう!?」

 

 彼女は峠を越えたので今度は青鹿君の状態を見ます。

 こっちも大怪我ですけど、このくらいなら隊士の子たちに任せておいて大丈夫ね。

 と、そんなことをしていたら今度は穿界門(せんかいもん)から藍染隊長たちが。

 続いて頭に包帯を巻いた檜佐木君が姿を現し、最後に阿散井・吉良・雛森の三人が出てきました。

 

 ……三人だけなんですよね。

 

 ルキアさん、伸びてるけれどまだ普通クラスなのよね。実力が足りないんじゃなくて、クラス編成のタイミングの問題で一組に上がれないだけなんだけれど。次のタイミングで昇格はほぼ確定なんだけれど。

 

「お疲れ様でした。藍染隊長、それと市丸副隊長も」

「副隊長、いらしていたんですね」

「ああ、どうもおおきに」

 

 しかしまあ、市丸(いちまる)ギン副隊長……後に隊長になるんですが。

 糸目で笑顔を浮かべるミステリアス系なイケメン……そりゃ人気も出るわよね。

 しかも13キロって持ちネタまであるし。

 

「そっちの檜佐木君の傷も四番隊で怪我を見ますけれど、隊長たちはお怪我はありませんか?」

「ご心配なく。傷一つ負ってはいませんよ」

 

 でしょうね。見ただけでわかりますけど一応。

 藍染隊長らは無傷ですけれど、檜佐木君と最後尾の三人だけは軽く診察しておきましょうかね。

 

 

 

 ……うーん、それにしてもこの事件って……多分、間違いなく藍染が仕組んだのよね。

 じゃないとタイミングが良すぎるし。

 魂葬(こんそう)実習で(ホロウ)に遭遇する確率もそうそうないし、その(ホロウ)がたまたま檜佐木君たちにあれだけ傷を負わせるほど強い個体だった、なんて有り得ない。

 作為的すぎるもの。

 

 ……ただ、目的がさっぱりわかんない。

 

 だってこの事件を起こしても得られるのって、実習に出ていた生徒たちへ「へへっ、俺って強いだろ? 惚れてもいいんだぜ!!」って植え付けるくらいしかないんだもの。

 その証拠に、最後に出てきた三人の目が「隊長ってすごい」みたいな尊敬一色になっているし。

 

 他に何か用事があって、そのついでというか目を逸らすのが目的だった? でも藍染ならそんな痕跡とか事実なんて簡単に隠蔽できるだろうし……下手に事件を起こしたり首を突っ込んだりすれば、目立つデメリットの方が大きそうだけど……?

 

 ……じゃあやっぱり、これって「おらっ! 俺の強さを見ろ!!」っていう自作自演が目的だったの!?

 

『(・∀・) ジサクジエーン』

 

 (・A・) ジエン イクナイ!

 

『( ´・ω・`) ショボーン』

 

 ……雛森さんを引き込むためだけに自作自演の場を作ってみせたり、護廷十三隊の隊士たちに必死で催眠を掛けるために全国行脚なドサ回りしたり、そんな地下アイドルみたいなことやらなきゃいけないとか。

 

 敵のボスっていうのも案外大変なのね……マメじゃなきゃ務まらないわね。

 しかもその努力が必ず報われるとも限らないっていうのに……

 




●ミルフィーユ
パイ生地にクリームを挟んで何層も重ねたお菓子。
驚くほど食べにくい。
正しい食べ方が「横に倒して食べる」と知って愕然としました。
アレを縦で綺麗に食べられる人は無条件で尊敬します。

●催眠術
有名なのは5円玉に紐を吊してやる催眠術。
アレ、50円玉だと効果が10倍って聞いたんですが本当でしょうか?
本当だったら、今度5000円札でやってみたいと思います。

●藍染の授業
原作だと、休日に特別講師とかやってたらしいですが。
この中では「毎年1回定期的に霊術院に来て授業やって♥」とお願いしているのでそこまで熱心にはやってない。
ただ、特別講師枠なのでその分だけ熱心にやってる。
といった塩梅です。
(原作でも催眠術のための講義だろうから、定期的な機会を設けてもらえてば乗っかってくると思う)

●魂葬実習の事件
本誌掲載のときは、特別冊子みたいなのがついていた。
それに掲載されていた内容。藍俚は完全に忘れてる。

?????(蟹沢ほたる)
「っしゃあ! 生き残ったぁぁっ!! 以降、活躍の場があるかは知らないけれど!
 え? 虚は恐くなかったのか? ……先生との稽古の時の方がずっと恐かった」


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第84話 マッサージをしよう - 朽木 緋真 -

 魂葬(こんそう)実習で(ホロウ)たちに襲われた霊術院生たちは、怪我人こそ出たものの、奇跡的に死者は無しという結果に終わりました。

 引率役の三名の六回生が中心となって、一回生たちを命からがら守った。

 六回生たちに加えて阿散井君ら――私がよく面倒を見ている子たち――が援護する形となることで、なんとか切り抜けたそうです。

 

 この情報が広まった時、白哉から真っ先に伝令神機が来ましたよ。

 「ルキアは無事なのかっ!?」って、物凄く焦った様子で。

 だからまだ昇格はしてないんですってば!! ――と言いたかったのですが、お兄ちゃんお姉ちゃんからすれば気が気じゃないですものね。

 安否確認は大事です。

 一応この報告の際についでに「阿散井君が頑張って助けたそうですよ。詳しくは本人から武勇伝を聞いてあげて下さい」と伝えておきました。

 

 

 

 そういえば朽木家と言えば緋真さんですが。

 彼女も、もうすっかり良くなりました。ルキアさんなどと比べると流石に弱めですが、それでも一般的に充分すぎるほど健康になりました。

 ええ、間違いありません。

 

 今診察したばっかりの最新情報ですから。

 

「はい、もう大丈夫ですよ」

「それでその……緋真の容態は……」

「念のためにということで、今日まで経過観察を続けてきましたが。もう大丈夫ですよ、体質的に少々弱いですが、それはこれから体質改善でどんどん良くなりますから。間違いなく、健康になりました。もうこれ以降の検診も不要ですよ」

「本当ですか! よかった……」

 

 何回か「もう健康だから」って伝えたのに「万が一があるから」と延々引き延ばされましたからね。

 ルキアさんとの(わだかま)りが解消してから四ヶ月は経過してるんですけど……もう見るところ無いんですけど……でも来てくれって白哉が言うから……

 そりゃあ、死別の一歩手前だったから、気持ちは分かりますけどね。

 緋真さんに到っては、自分で元気になったと理解してるのに何度も診察を受けてて、若干申し訳なさそうな雰囲気を放っていました。

 

「白哉様ったら……もう緋真は大丈夫だと何度も申し上げましたのに……」

「し、しかしだな……! 万が一のことがあってはと思い……!!」

 

 うわぁ……甘いわぁ……砂糖吐きそう。

 イチャつくんなら自分の家でやって!! …………あ、ここ白哉の家よね。

 お邪魔なのは、むしろ私の方だったわ。

 

「どこも問題はないので、私はこれで失礼します」

 

 お邪魔虫はさっさと退散しますからね。後は思う存分に、イチャついてくださいな。

 

「……あ! お、お待ちください湯川殿!!」

「なんです?」

「実はもう一つだけ、お頼みしたいことが……」

 

 え、まだ何かあるの?

 

「その、湯川殿の按摩は非常に評判だと聞いて……よければ妻に是非にと……」

「白哉様……?」

 

 ……え? 揉んで良いの?

 な、なんというか、予想外が過ぎたわ……だってほら、緋真さんもぽかーんとしてるから、これ完全に白哉の独断よ。妻へのサプライズなプレゼントよねこれ。

 

『おおっ!! キター!! でござるよ藍俚(あいり)殿!! しかも完全な健康体!! もうこれは、もうこれは! 揉むしかないでござりますよ!!』

 

 ひ、人妻よね!? 自分の妻を揉んでくれって差し出してるのよね……!! 亭主公認ってことよね!?!?

 

 うわぁ!! うわぁ!! なんだかドキドキしてきたわ!! 

 

 ……はっ!! いけないいけない。

 

「按摩はしています。けれど予約制で受け付けていますので。予約の無い方に特例を認めるのはちょっと……」

 

 それはそれ! これはこれ!! きっぱり断っておかないと。

 

「そこをなんとか!!」

 

 頭を下げても駄目! これだから貴族は!!

 

『で、ですが藍俚(あいり)殿!! 旦那自ら妻をグヘヘヘの依頼でござりますぞ!? 今までも人妻はおりましたが、旦那の方から"揉んでくれ"という依頼は初でござるよ!! これはもう公式の寝取り!!』

 

 グヘヘヘの依頼って何よ……言いたいことはわかるけれど。

 すっごくわかるけれど!!

 

「白哉様、先生もこう仰っていることですし……緋真はちゃんと順番を守りますから!」

「し、しかし!!」

 

 しかしもカカシもない……あ、待てよ。

 どうせなら一つ、面白いことをしましょう。この夫婦でしか出来ないような、面白いことを……

 

「分かりました。本当は横紙破りであまり感心しませんけど、緋真さんの全快祝いということで今回だけ特別ですよ」

「本当ですか!?」

「そんな……ご無理を言ったようで。申し訳ありません」

「ただ、ちょっとだけ特殊な方法になりますが……覚悟してくださいね」

 

 私はにっこりと微笑みました。

 

『むむっ! 藍俚(あいり)殿がわるーいわるーい顔をしてるでござるよ……この瞬間だけは藍染も眼鏡をたたき割りながら逃げ出しそうでござる……』

 

 失礼なことを! みーんな幸せになれるはずだから問題ないわよ!!

 

 

 

 

 

「あ、あの……先生」

「着替え終わりましたか?」

「ええ……ですが、その……」

 

 隣室で真っ白な薄手の寝間着(ねまき)姿に着替えた緋真さんが、恥ずかしそうにやってきました。

 うーん、不思議ですね。

 なんでこんなに照れているのでしょうか? 定期的な診察をしていた頃と似たような格好ですし、この格好を晒したのも一度や二度ではないのに。

 

「びゃ、白哉様にも見せるというのは、その……」

「…………」

 

 もじもじと身体を隠しながら頬を赤く染める緋真さんの表情は、どこか加虐心をそそられてドキドキしてきます。

 現に白哉なんて、まじまじと穴が空きそうな勢いで見つめていますよ。

 

「あ、あまり見ないでください……」

「す! すまない……!!」

 

 口ではそういうものの、物凄く残念そうに白哉は視線を外し――てませんね。

 顔は背けましたが、視線は物凄く未練がましく追っています。

 その露骨な視線やめなさいよ……霊術院の男子生徒だってもう少し上手にやるわよ。

 

 ベタ惚れか!! ……ベタ惚れだったわね。

 

「それでは、施術を開始します。お二人とも、準備はいいですか?」

 

 さてさてどうなることかしらねぇ。

 

 

 

 

 

「ひ、緋真……痛くはないだろうか……?」

「平気です、白哉様……白哉様が緋真のことを思ってくださっているのを、ひしひしと感じ……んっ……!!」

 

 緋真さんが小さく喘ぐと、白哉が途端にオロオロしました。

 

「すまない! い、痛かったか……!? なにしろ初めてなもので加減がわからんのだ……」

「申し訳ありません……緋真も初めてだったもので……ですが、ちゃんと耐えてみせますから……!!」

 

 布団の上へ寝そべりながら、緋真さんは必死で呼吸を整えています。

 痛そうな声を出してしまったことを恥ずかしく思っているのでしょうか? とはいえ全身を緊張でガチガチにしている今の状態では、無理もないことですね。

 これでは気持ちよくなんて、出来るはずがありません。

 

「ひ、緋真! 大丈夫だ、次はちゃんと上手にやる! だからお前も、私に身を任せてくれ!」

「は……はいっ!」

 

 白哉も白哉で、原因は自分にあると思っているらしく。奥さんにこれ以上の辛い目になどあわせない! とばかりに、より意気込んでいます。

 緋真さんも先程の痛みから身体を強張らせていますね。それを白哉が感じ取ってしまい、なんとかしようと余計な力がたっぷりと入れてしまい――

 

「うっ……! ……痛っ……」

「す、すまない!!」

 

 ――また小さなうめき声が上がりました。

 幾ら初めて同士とはいえ、あまりにも下手すぎます。

 

「駄目ですよ、力を込めすぎです。もっと優しく、相手を気遣うように」

「こ、こう……か……?」

「違います。いいですか、もっとこうやって……」

「……ん……っ!」

 

 軽くお手本を見せてあげると、緋真さんは微かに身をよじらせながら甘い吐息を小さく漏らしました。

 たった呼吸一つ、ですがその声はなんとも気持ちよさそうに耳朶へと響きます。

 

「む、難しいものなのですね……」

「あらら。だけどこの程度は男の甲斐性――というか旦那様の甲斐性ですよ。奥方様のことを想っているんですよね? だったら頑張って、気持ちよくしてあげないと……ねぇ?」

「う……」

 

 少しばかり意味深な視線を投げかければ、照れくさそうに白哉は視線を逸らしました。

 

 

 

 ……あ、別に夫婦の"初"めての"夜"に立ち会って、実況中継をしている。わけではありませんよ。

 皆さんご存じの通り、普通にマッサージ中です。

 

 白哉(おっと)緋真(つま)の身体を"揉む"という、極めて普通の光景です。

 

 ただちょっと「自分だと予約しても時間が掛かるし、なにより自分のためにしてくれるのだから緋真さんは絶対喜ぶ!」と言い訳して、白哉を(そそのか)しました。

 白哉が緋真さんを揉めば全部解決です! と力説して了承させました。

 なのでこうして、白哉に実戦的な訓練を施しています。

 

 ただ白哉はマッサージなんて"初めて"だから下手で、緋真さんも"初めて"でちょっと痛がってしまって、このままだと"初めて同士で失敗に終わってしまう"かもしれない。

 だから見るに見かねて、私も思わず手を出しましたけれど。

 

 ……何か問題があるのかしら?

 

『委細承知!! 一切合切問題皆無!! 異議無し!! でござるよ!!』

 

 緋真さんは背丈も小さく、肉付きもそれほど良いわけではありません。

 病気の時と比べれば充分ふっくらしてきましたが、それでもやはり痩身ですね。胸元の膨らみも微かで、腰回りの肉付きとかも……霊術院の子たちの方が、よほどふくよかです。

 

 まあ、彼女の場合はこれからですかね?

 もうどんどん健康になっていくはずですから。ある程度は女性っぽい丸みを帯びた身体になっていくはずです。

 ……未来のルキアさんを見る限り、どこまで期待して良いかは分かりませんが。

 

「そうそう。肩、背中から腰に掛けては基本ですよ。力を入れすぎずに、けれど弱すぎないくらいに。相手の反応を見ながら……」

「こ、こうですか……?」

 

 なにはともあれ。

 白哉は現在、必死で緋真さんのマッサージ中です。

 しかしまあ……下手ねぇ……まず腰が引けてるわ。

 

「違いますよ、もっとこう……失礼しますね」

「わ、わわわっ!?」

 

 後ろから白哉に覆い被さり、彼の手の上に自分の手を重ねて置きます。

 まるで二人羽織みたいですね。

 

「人の身体には流れがあるので、そこを意識して。凝っている部分を集中して見極めて……聞いてますか?」

「は……ひゃいっ!!」

 

 このくらいで声を裏返して返事しちゃってまあ……

 ちょっと私が背中にくっついてるだけじゃないの。このまま緋真さんの上に押し倒して、サンドイッチ状態にでもしてやろうかしら?

 

『それは流石にアウト! アウトでござるよ!!』

 

 そうよね、緋真さんが耐えられないわね。つまり私が下になれば問題解決!

 

『そういう意味でござるか!? い、いや拙者も決して否定しているわけではござりませぬが!?!?』

 

 冗談よ、冗談。

 

 とあれこうして、ひっつきながらマッサージの指導を続けます。

 

「腰から下――お尻や太腿なんかも、解してあげると喜ばれますよ」

「腰から……し、ししし下っ!?」

「そうですよ。こうやって……」

「あ……は……ぁっ……」

 

 白哉の手を掴みながら、自分でもお手本とばかりに緋真さんのお尻を揉んでほぐします。

 うん、やっぱり肉が薄いわね。

 ボリュームという点では今ひとつ……今ひとつなんだけれど……

 

 それ以上にすっごい事に気付いたわ!!

 

 今の私って、後ろから旦那に覆い被さって手を掴みながら、奥さんのお尻を揉んでるのよ!!

 なにこれ、すっごい不思議な体験してるわ!!

 ね、寝取りながら寝取られてる……みたいな? 全然言語化出来ないんだけど、すっごく頭がおかしくなりそうなシチュエーション!!

 なんだか変な興奮してきたわ!! く、癖になったらどうしようかしら……?

 

 そしてこの感覚は白哉も同じ気持ちみたいね。

 くっついてるから心臓がバクバク鳴ってるのがよく分かるわ。目も漫画みたいにクルクルしてるし。興奮しすぎてハァハァ言ってるし。

 

「聞いてますか? ちゃんと覚えてくださいね。それに、朽木隊長は緋真さんの旦那様なんですから。お尻の一つくらいは撫でてあげられないと」

「そ、それは……っ!! そういうものなのですかっ!?」

「そういうものです!」

「…………~~~!!」

 

 テンパり過ぎでしょ。なんで私に聞くのかしら?

 緋真さんは否定も肯定もしないけれど、ものすごく照れてます。

 

「それじゃあ次は、お腹周りを」

「お、お腹!?」

「そうです。ちょっと失礼しますね」

 

 と言いながらくるっと緋真さんを半回転させて仰向けに。

 

 ふむふむ。

 うっすら汗を掻いているので、白い薄衣が貼り付いていて、肌色がうっすらと透けて見えますね。文字通り病的に白かった肌も今ではすっかり赤みが差し込んでいて、健康そうな肌にほんのりとした桜色の膨らみが見えます。

 

「おへそは人体の中心ですから、その周辺も大事です。色んな流れがある部分なので、しっかりと解して正常化してあげてくださいね」

 

 声を掛けましたが……おーい、白哉。聞いてるかしら?

 

 あなた貴族でしょう!? 後継者を作るのも仕事なのよ!! このくらいで興奮してちゃ駄目よ!!

 本番はもっと凄いことするんだから!! 理解してる!?

 

「胸回りは、形を整えるような感じを意識するようにしてあげてください」

「……ッ!!!!」

 

 やっぱり肉付きは薄いわよね。

 なだらかな傾斜の中に、ほんのりとした膨らみが。白哉の手を掴みながら触れているのだけがちょっと残念ですね。

 どうしても男の手ってゴツゴツしますから。

 

「腰回りは特に入念かつ慎重にやってあげてください。ある意味、女性の身体の中で最も大切な部分ですから」

 

 と言いながらもう片方の手で彼女の下腹の辺りを触れて――

 

「ごふっ!!」

 

 ――あ、大量の鼻血が噴き出した。

 

「びゃ、白哉様!?」

「ちょっと! 大丈夫ですか!?」

 

 興奮しすぎて鼻血を出すとか、ウブすぎでしょ!? 漫画じゃないんだからっ!!

 

『メディーック!! メディーック!! お医者様の中に、お客様はいらっしゃいませんか!!』

 

 はい、私が医者です!! って、逆よ逆!!

 慌てて鼻血の処置をしました。

 

 

 

 

 

 しかし……まさか、流血でノーゲームのオチになるとは思わなかったわ。

 これ、本当に大丈夫なのかしら……

 

 銀嶺さん、ごめんなさい。

 もう少し待ってあげてくださいね。

 




初めて同士。
痛がった。
血が出た。

……あらやだ完璧。

●白哉がウブすぎませんか?
原作に「ベッドの上の朽木白哉は基本的には千本桜が夜桜の舞で、最終的にはガチガチに堅くなった白帝剣で容赦なく突き刺してくる。泣いた女は数知れず」といった描写がないのでセーフです。


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第85話 進路相談

 光陰矢のごとしとは良く言ったもので、時が経つのは早いです。

 ちょっと前に一回生だったルキアさんたちも、もう今年で卒業となりました。

 

 ルキアさんは白哉にしっかりと底上げをしてもらったおかげか、一回生の途中で特進クラスに合流。

 阿散井君はそんなルキアさんに負けじと私の所に来たり、こっそり白哉に鍛えて貰ったりして追いつけ、追い越せ状態に。

 仲間が発憤しているので、吉良君と雛森さんは身近な私によくぶつかってくるようになって成長していくことに。

 そうでなくても雛森さんはなんとなく他の子たちよりも目を掛けています。

 なのでガンガン成長していきます。

 そして仲間が成長するので、ルキアさんも焦って鍛えるように……

 

 前にも一度言いましたが、そんなサイクルが完全に出来上がってしまいました。

 内輪で競い合ってどんどん伸びていくんですよ。才能のある連中が。

 

 そのおかげでなんと!

 

 この四人、ちょっとだけ飛び級しました。

 しかも先程"今年卒業するよ"と言いましたが、主席から第四席までを四人が総ナメしているという有様です。

 主席と四席を比べても本当に僅差で、一・二点の差しか開いていません。もう全員が主席で良いんじゃないかってくらい僅差にして高得点です。

 

 ……半端ないわねぇ……

 

 私、六年掛けて普通の成績で卒業したのに……

 斬魄刀の声を聞けたのなんて、ずっとずっと後なのに……

 なんでこの子たち、もう自分の刀とコミュニケーション取ってるの……!?

 

 原作キャラ、恐いよぉ……

 

 ああ、原作といえば。

 

 檜佐木君、アレも原作に出てた子だったのよね。

 現世学の授業中、雑談代わりに69という数字の説明を"彼のクラス以外"にしてあげたのも、もう懐かしい思い出だわ……

 ついうっかり、当人だけには伝え忘れちゃったのよね……

 

『周りが必死に笑いを堪えているのを、檜佐木殿だけが"何で?"みたいに不思議そうな顔をしていたでござる……』

 

 あ、彼は九番隊に行きました。

 

 そして彼と一緒に魂葬(こんそう)実習に参加していた蟹沢さん! 彼女はなんと、私がちゃんと指導したおかげで――!!

 

 五番隊に行きました。

 藍染隊長に憧れてたんだって。夢が叶って良かったわね。

 その後、どうなるかは知らないけれど。

 

 それと青鹿君は、あの魂葬(こんそう)実習で(ホロウ)に襲われたショックでビビっちゃったらしく、それまでの進路から一転して四番隊(ウチ)に来ました。

 ……ったく情けない!! ゴツい見た目してるのに、あんたそれでも○○(ピー)ついてんの!? って怒鳴りながら鷲づかみにでもしてやるべきだったかしら?

 

『(実行するとある意味でご褒美だった……かもしれないでござる)』

 

 ともあれそんな感じで、表面上は平穏無事に進んでいます。

 

 

 

 でも確かルキアさんが死神になると何か起こったような……

 

 えーと……

 

 ……………………

 

 …………………………………………

 

 あ! アレよね多分!! 十三番隊の!!

 海燕さんが何かあって、ルキアさんが虚圏(ウェコムンド)十刃(エスパーダ)になった海燕さんと戦う話!!

 ……ん? どうして海燕さんが十刃(エスパーダ)になってるの??

 

 今こそ輝け! 私の記憶!! えーと……

 

 ……彼はなんやかんやあって、(ホロウ)にやられて……え、なんで? なんで(ホロウ)にやられて十刃(エスパーダ)になってるんだっけ!?

 

 …………………………………………。

 

 良く覚えてないけれど、海燕さんとルキアさんに注意を払っておけば問題ないわよね!! あとは流れでお願いします!!

 

 

 

 

 

 

 ――問題ないわよね、って言ったばっかりでしょうよ……

 

「湯川殿、自分は一体……どうしたら宜しいでしょうか……?」

 

 現在、四番隊の副隊首室で朽木白哉の相談に乗っている――もとい、乗らされている真っ最中です。

 

「自分としては、卒業後にルキアを是非とも六番隊に招きたいのです! ですがそれは、緋真やルキアの意志を尊重できぬ結果となってしまいそうで!! 一体……どうすれば……」

 

 "今日ちょっと、用事があるので四番隊に行きますね。話したいこともあるので"と言われて、招き入れてみたらこんな感じですよ。気付いたらこんな感じですよ。

 以前にも手紙で似たような相談をしてきたでしょう!!

 その時に私「手出し無用、やめておけ」って返事を書いたわよね?

 

 気持ちは分かるけどねぇ……

 現在のルキアさんも霊術院内でもほぼ主席みたいな四席と、立派な成績です。

 加えて彼女は今や"朽木家の縁者"と周囲にしっかり知られています。

 六番隊へ引っ張り込むのに、充分すぎるほどの理由があるのよね……

 

 でもそれをやられると、十三番隊が何だか恐いのよ!!

 

『さきほど注意を払っておくと言ったばかりでこの始末、はてさて……どうなることやら……でござる!!』

 

「えーと……私の意見としては……」

 

 ……もう、六番隊を薦めてもいっか……海燕さんには諦めて貰って……

 

「ルキアさんの実力は申し分ないですけれど、外から朽木家と縁を持った身です。突然引き込むと身内びいきで囲い込んだと思われる可能性もあるかと……なので、定番ですが、どこか他の部隊で少し実績を積ませてから六番隊に呼ぶ、というのは?」

「なるほど。ですが、どの部隊へ?」

「十三番隊――とか、どうでしょう? 副隊長は志波家本家の長男ですし、浮竹隊長も誠実で柔軟な方です。どんな出自の相手でも、臆することなく接して貰えると思いますよ」

 

 嘘です、諦められない弱い私を許して……何でもするから。

 

『何でもする!? で、では……このドスケベ水着を着てマットとローションで……』

 

 それ、もうやったネタだから駄目。またのご来店をお待ちしております。

 

『くっ! 残念でござる!! ……しかし、驚きの白々しさでござるな!! あらやだ、ひょっとして洗剤だけじゃなくて漂白剤も使ったでしょう!? と言わんばかりの白々しさでござる!!』

 

 ここで抵抗しても、何の意味も無いかも知れないんだけどね。

 まあそれでも、せめてこのくらいは予定通りになるように促したいのよ。

 あと下手な事してハリベルさんに手が届かなくなるのは困るのよ!!

 

『最後の言葉から本音がダダ漏れでござるなぁ……』

 

「なるほど、十三番隊ならば……やはり、相談に来て良かった……ありがとうございます!」

 

 白哉が我が意を得たり、みたいに納得してますけれど……

 本当に大丈夫かしら?

 

 なんだか余計なことしそうなのよねぇ……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ……そういえばさ、射干玉。愚痴を聞いてよ。ちょっと言いにくいんだけど。

 

『どうしたでござりますか? アロエでも食べますかな?』

 

 アロエ!? そうじゃなくて。

 どういうわけか今年に限って、少し暇なのよ。何でか知らないけれど、四番隊の皆が今年に限っては仕事とかよく代わってくれて。

 

『自由な時間があるのは良いことだと思うでござりますが?』

 

 うん、まあ……そうなんだけどね。

 なんだかちょっと恐い……なんでかしらね……?

 

『大丈夫でござりますか? おっぱいでも揉むでござるか?』

 

 っ……! 危ない危ない。一瞬同意しそうになった自分が悲しいわ。

 そもそも誰のを揉むのよ?

 

『それは勿論……』

 

 ちょ、胸元に湧いて来るなっ!! 

 




●檜佐木69
ひょっとしたら檜佐木って、飛び級だったんでしょうか?
……まあ、いいや。だって檜佐木ですし。そもそも不整合は起こりませんし。

●蟹沢ほたる
情報が無いので、よくわからない。
だから何番隊志望だったかもわからない。
この子、檜佐木のことを憎からず思っていたんだっけ?
……まあ、いいや。だって檜佐木ですし。

●青鹿
引率三人の中で、一人だけ名字しか判明していない子。
基本的には読者から「あの時、蟹沢と一緒に死んだ人」と思われている。
(後の小説版で生きてて四番隊にいる事が判明した)
四番隊にいるから、後々で数行くらいは出番があるかもしれない。


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第86話 卒業する者 入隊する者

 枝を見れば、待ちきれなかった蕾の一部が桃色の花を咲かせ始めています。もう少しすれば、残った桜たちも一斉に花を咲かせることでしょう。

 暦は三月、時期は春。

 この時期になると、毎年決まってこの行事が行われます。

 

「皆さん、卒業おめでとう」

 

 そうです。霊術院の卒業式です。

 一応私も講師の枠に入っている存在なので、卒業式や入学式には顔を出しています。基本的には毎回出席してるんですよ。

 

 そして講師側の立場なので、よく見えます。

 大講堂に集められた卒業生たちが、学長のありがたいお言葉を右の耳から聞いて左の耳で垂れ流しているのが。

 

 私が卒業するときも似たような状況でしたが、何年経ってもやることは同じですね。

 内容も「霊術院で学んだことを活かして」とか「次代の死神の模範となるように」とか「新時代を主導するような存在になれるように」とか、そういった事ばっかりですので。

 

 きっとほぼ全員が"面倒だからとっとと終われ"とか思ってるんでしょう。

 私も話なんて全然聞かないで、垂れ幕の文字とか見てます。

 もう二千期とか行ってるのよね。歴史あるわぁ……

 

「またな!」

「へへへ、十三番隊に入れたぜ!」

「いいなぁ……俺、どこにも引っ掛からなかったから……」

「げ、元気出せって!! 来年もあるからさ!! オラ、飲みに行くぞ!! 卒業祝いと景気づけだ! 吐くまで呑むぞ!!」

 

 卒業式も恙無(つつがな)く終わり、解放されるとそんな声があちこちから聞こえて来ます。

 別れを惜しむ者、死神としての未来に希望を抱く者、どん底の今を嘆く者、悲喜交々ですね。

 

 まあ、昔も言いましたが入隊試験は狭き門です。

 試験を何回も挑戦してやっと合格して、死神になれた。でも希望の隊じゃなかった。

 なんてのはいつも変わらず、枚挙に暇がありません。話のタネにもなりゃしない。

 

 ……あら? こんなこと、前にも思ったような……具体的には十八話くらいで。

 

「先生!」

「あら、皆。卒業おめでとう」

 

 なんとなくノスタルジーに浸っていたら、ルキアさんたちから声が掛かりました。

 言うまでもありませんが、彼女たちも卒業生です。前にも言いましたが、主席から四席までを総ナメしています。

 主席の子は壇上で卒業生代表の挨拶をしていたりと、すごく立派でした。

 

 こういう姿を見ていると、ちょっとジーンと来ちゃいますね……

 

『ワシが育てた!! でござりますな! もっと胸を張っても宜しいと思うでござるよ!』

 

 ……台無し。

 

「先生、今までありがとうございました!」

「どういたしまして。でも皆が卒業出来たのは、日々をちゃんと頑張ってたからよ。私はそれをちょっと後押ししただけだから」

「そんなことありませんよ!」

 

 あら、びっくり。

 吉良君が珍しく大きい声を出したわ。

 

「僕たちがここまで成長できたのは間違いなく先生のおかげです!!」

「そ、そう……? なら、嬉しいかな……」

 

 何があったのよ? ぐいぐい来るわね。

 ちょっと離れた場所にいる阿散井君は笑いを一生懸命堪えようとしてるし、何かあったのかしら?

 

「だから、あの……その……すみません。ありがとうございました」

 

 あら? さっきまでの勢いが突然急ブレーキ。

 しかも吉良君、がっくり肩を落としちゃったわ。

 ……ホントになんなの!? 阿散井君が今度は怒っているし。

 

「先生、今までありがとうございました。あの、これ。今までの感謝の気持ちを込めてのプレゼントですっ!」

 

 消沈した吉良君と入れ替わるように、今度は雛森さんが出てきました。

 しかもなにやら丁寧に包装された箱を私に差し出して。

 

「プレゼント……? 私に?」

「はいっ!!」

 

 実は私、卒業する皆へ個人的な卒業祝いの品として筆を贈っていたんです。

 ほら、お祝いに万年筆を贈る。みたいな流れがあったじゃないですか。

 アレを真似て、結構良い筆を一人一人に贈っていました。

 入隊すると業務日報とかも書きますからね。筆はあって困らないです。

 

 こんな立派なプレゼントを貰うなんて、何時ぶりかしら……ドキドキしてきた。

 

「ありがとう。開けてもいい?」

「どうぞっ!」

 

 中身は手絡(てがら)――もうこの言い方って古いわね。言い直します。

 中身は髪を結ぶ為のリボンでした。

 雛森さんの"桃"という名前にちなんでか、桜のような色合いで染められています。

 

「へぇ……ありがとう。似合うかしら?」

「はい、それはもう!」

「……綺麗だ……」

 

 射干玉(どっかのだれか)の趣味で、ツインテール強制ですからね私。

 軽く髪に当ててみせると、雛森さんが太鼓判を押してくれました。

 あと吉良君もぼそっと褒めてくれました。

 

「本当に? じゃあ、今度からこれをつけて業務をしようかしら」

「是非お願いします! そうして貰えると嬉しいです!」

 

 雛森さんもぐいぐい来るわねぇ。ものすごいニコニコしてるし。

 

「でも、こんな素敵な物をもらっちゃって、お返しの品が……」

「大丈夫ですよ。私たち、先生に色んなものを貰いましたから」

 

 やめて、そういうの……ほんと、涙腺に来ちゃうから……

 

「そう……ありがとうね皆。これからは同じ死神として、一緒に頑張って行きましょう!」

「「「「はいっ!!」」」」

 

 涙ぐみながら言うと、良い返事をしてくれました。

 うえーん、みんなすっごい良い子だよぉ……!!

 

 

 

 ……何かを忘れている気がするのは、何でかしら?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「副隊長、おはようございます!」

「おはよう。全員揃ってるかしら?」

 

 感動の卒業式から日は少し経ちました。

 そして今日は、新人隊士の子たちの入隊日です。

 

 ……新人って言っても、私には見覚えのある子ばっかりなんですけどね。

 

 とあれ今日は入隊の日です。

 新人たちの紹介も行う都合上、四番隊の子たちも集められるだけ集めています。

 

「はい、問題ありません」

「そっか。じゃあちょっと早いけれど、もう開始しちゃいましょう。隊長も、良いですよね?」

「ええ、構いませんよ」

 

 卯ノ花隊長も笑顔で了承してくれました。

 そして隊長の軽い挨拶の後で、今年の新人隊士の皆がぞろぞろと……

 

 ……えっ!?!?

 

 ひ、雛森さん!? 吉良君も!? なんで、なんでいるの!?!?

 

 え……あれ……今日は四番隊(ウチ)の新人が来る日、つまり……ええっ!!!

 

 ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って!! あなたたち、主席と次席でしょう!!

 霊術院の成績、上から一番目と二番目が揃って同じ隊って……大丈夫なの!?

 

「どうしました湯川副隊長。何か問題でもありましたか?」

「い、いえ、その……」

 

 二人の顔を見た途端に動揺を隠しきれませんでした。

 卯ノ花隊長は、問題なんて一切ありません。みたいな顔をしていますけれど……

 

「さて皆さん、この子たちが今年の四番隊新人隊士です。今年の隊士の中にはなんと、霊術院を主席と次席で卒業した子もいます」

 

 主席、次席の二人が揃っている。という言葉を聞いた途端、皆ザワつきました。

 

「しかも本人たちのたっての希望による入隊です。これも(ひとえ)に、霊術院の講師としても頑張っている湯川副隊長のおかげですね」

 

 いや、おかげですねって……そういう意図も確かにありますけれど!

 本人たちの希望って……その理由は、物凄く嬉しいんですけど!!

 

 ……あ! 隊長が私の方を見ながら、すごく良い笑顔をしてる!!

 

 …………そういうことなの!? 

 

 今年は、なんだか仕事の量が例年よりも少なかったのって!! いつもだったら私が仕切っていた新人隊士関連の仕事を別の人が担当していたのって、そういうことなの!? この日のこの瞬間のためだけに!?!?

 

 ……サプライズに力入れすぎですよ隊長……!!

 

 

 

 

 

「先生、また一緒ですね! えへへ……」

「改めてご指導を、よろしくおねがいします」

 

 入隊式も終わりまして、二人がやってきました。

 二人とも嬉しさの中にちょっとだけ"ごめんなさい"な感情を見せています。

 

「そっか……ごめんね二人とも。全然気付かなかったわ」

 

 というか、このサプライズ。

 私に黙っていたってことは、この二人も仕掛け人よね?

 いったい何時の間に……!? どこで、どのタイミングで連携を取ってたの!?

 というか、何をどうやったらこんなことができるの!? どんなパイプやどんな手段を用いれば実現できるんですか隊長!!

 かなり長い時間を一緒に過ごしてきたはずなんですが、卯ノ花隊長の底が未だにわかりません……

 

「でも二人なら、四番隊じゃなくても。他の部隊でもどんどん活躍できたと思うけれど……」

「そんなことありません! 先生の下で、もっともっと色んな事を知りたいんです!!」

「そ、そうなの……? でもあなたたちの実力だと、すぐにでも他の隊からお呼びが……」

「いえ! 僕が目指すのは先生ですから!」

「ありがとうね……吉良君……」

 

 ……二人がぐいぐい来てるわ……

 なんていうの、好感度がMAXになってるみたいな……どこにフラグがあったの!? いつフラグを立てたの私!?

 

 しかし、アレよね。

 いつも院生袴の姿ばかり見ていたので、死覇装の二人の姿は新鮮です。

 

 しかも雛森さんなんて、今日に限っては髪型を私と同じツインテールにしています。会話ややりとりの要所要所でチラチラ見せては「お揃いですね、えへへ……」みたいな顔を私に見せつけてきます。

 しかもリボンは卒業式に貰ったアレを彼女も付けてます。

 私も雛森さんから貰ったあの桜色のリボンを付けているので、すごくお揃いです。

 

 ……なにこの可愛い生き物!! なにこの可愛いアピール!!

 

 え、いいの!? この子、もらっちゃっていいの!? お持ち帰りしていいの!?

 

 うん、もういいわよね……藍染なんかに渡して使い潰されるくらいなら、私が貰っちゃっても、いいわよね……誰も困らないわよね……

 

 

 

 

 

 

 

 いけないいけない。

 雛森さんのあまりの可愛さにうっかり忘れるところだったわ。

 

 他の子たちの進路です。

 

 ルキアさんは当初の予定通り、十三番隊へ。

 事前の根回しや説明もしっかりしてあったので、十三番隊で腫れ物扱いされることもなく元気でやっているみたいです。

 朽木家の縁者といっても特別扱いは不要だという認識がちゃんとまかり通っているようです。

 

 阿散井君は十一番隊へ行きました。

 何でかしら……? 絶対、白哉が六番隊に引っ張ると思ってたのに。

 私がうっかり「私の次なら一角が強い」って言っちゃったから? そのくらいしか思い当たる(ふし)がないのよ。

 ストイックに強さを求めてる部分とかあったのかしらね。

 立身出世してアイツに誇れる自分になりたい! みたいな感じなのかも。

 

 そしてある意味、一番問題となっているのが四番隊(ウチ)の二人です。

 それも護廷十三隊の全体範囲レベルで問題になってます。

 

 なにしろ主席と次席が二人揃って集まるという、そこそこ前代未聞の状態ですから。

 他の部隊からの無言の圧力をヒシヒシと感じます。

 私が講師をやっている事もあって「上手いこと誘導して囲い込んだんじゃないのか?」とか「青田買いがお上手ですね!」みたいな視線が突き刺さります。

 

 ――卯ノ花隊長は、本当にどうやってこの二人を引っ張ってきたんでしょうか?

 

 当の本人たちは、入隊一年目ということもあって先輩に引っ付いて業務を覚えている真っ最中です。

 この二人ならあっと言う間に成長して実績を積んで、席官まで登っていくと思います。

 実際、物凄い手際が良いんですよ。

 

 ……コレを見ちゃうと、うん……他の隊に渡したくないなぁ。

 




卯ノ花隊長がお茶目すぎて困ります。

●入隊した子
イヅルは四番隊にいたことがあるので、ある意味で原作通り。
雛森は、卯ノ花さんがお茶目した部分(プラス本人の希望)で入隊。
(藍染より先に唾を付けられたので最終的にゲットです。交流の密度もこっちの方が多いですし。なるべくして来てしまった感じです)

この二人と同期で四番隊入った子は絶対比べられる……

●誰も困らないわよね
藍染は困ると思います。
が、内心どれだけ困っても「こ、これも計算のウチだから! 理由があるから!」って多弁になって強がってくれると思います。


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第87話 皆で一緒にお稽古しましょう……みんなで……

 それは、四番隊の隊士からすれば見慣れた出来事。だが、新人隊士である吉良イヅルにとってみれば初めて目にする光景だった。

 

「オイ、今回の予約だ。いつなら問題ねえ?」

「ああ斑目三席、えっと……今週はちょっと。十日後になりますね。それで良ければ、話を通しておきますよ」

「チッ! 仕方ねぇな。んじゃまあ、その日に頼むぜ」

「はい。承りました」

「あとコイツは差し入れだ。適当な時にでも食ってくれ。んじゃな」

「ありがとうございます! みなさーん、斑目三席から差し入れを頂きました!」

「おっ! 本当ですか?」

「やった! ちょっと嬉しい!」

「私お茶煎れますね」

「な……なんだあれ……」

 

 少し遠目からやりとりを眺めていた彼は、思わずそう呟いた。

 

「あの先輩! あれ、一体なんですか?」

「斑目三席だよ。十一番隊の」

「十一番隊……? なんで、十一番隊が? それに予約とか言ってましたけれど……」

「ん……ああ、そっかそっか。すまない。吉良君は初めて見たのか。うっかりしてたよ、四番隊の恒例行事みたいなものだから。皆知ってるとばかり思い込んでいた」

 

 どうして吉良が不審に思っていたのか、その理由にようやく思い当たった先輩隊士は、それから彼に簡単に説明をする。

 

「副隊長への挑戦……ですか……」

「もう結構な年月になっててね。何度もめげずに挑戦してくるのは流石というか何というか。それに時々だけど、今日みたいに差し入れを持ってくることもある。だからなんというか、奇妙な縁が出来ているんだ」

 

 確かに、と思わず納得する。

 勝手知ったるなんとやらではないが、斑目の姿を見ただけで四番隊の隊士たちはまるでそれが定められた動きのように、淀みないやりとりを繰り広げていたのだ。

 

「ああ、そうだ。こうなった時の瀞霊廷通信があるんだけど。吉良君も見てみるかい? なかなか面白いよ」

「そんな物まで!? そういえば、昔見たことがあったような……」

 

 先輩の厚意を素直に受け取り、吉良は当時の瀞霊廷通信に目を通す。

 一通り熟読を終えると、何か妙案を思いついたように伝令神機を取り出した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 あら、伝令神機が?

 

 はい、もしもし。どうしたの?

 ……予約をした? その話なら私も聞いた――え、そうじゃないの?

 場所と時間の変更!?

 開始日と開始時刻は変わらないけれど、場所がそこ。時間も丸一日!?

 それは流石に無理だってば! 一日休みとか隊長に怒られちゃうわよ!!

 

 は……? 隊長にも許可を取った? それはまた、準備が良いというかなんというか。

 わかってるわよ! それじゃあ、当日にね。

 

 ふむ……予約自体は毎度のことだけど、なんだか珍しいわね。

 当日は雨、どころか槍でも降ったりしてね。

 

 

 

 

 

 

 十一番隊に来るのも久しぶりねぇ。

 あの門も、殴り込みに来た時には叩き壊したっけ。懐かしいわぁ……

 

『とてつもなく物騒な思い出でござりますなぁ!』

 

 ということで本日はこちら、十一番隊の敷地内にお邪魔しております。

 本当なら一角が私に挑戦しに来る予定の日だったのですが、突然の電話連絡で予定変更となりました。

 丸一日の予定を抑えられてしまったとはいえ、多少は時間の余裕があったので、軽く四番隊に顔を出して指示だけ出してから来ました。

 

 それに、一日予定を埋められたからって、まさか丸一日ぶっ続けでやり合うなんてことは、まさか無いわよね。

 一応、万が一、午後まで掛かることに備えてお弁当も用意してきたけれど。多分、ここまでする必要はなかったわね。

 伝令神機で連絡を受けた時には「槍が降るかも」って思ったけれど、そんなことも全然無い良い天気だし。

 

 うん、なんだか今日は早く帰れそう!

 

『(藍俚(あいり)殿……それらの台詞全部がフラグ乱立させまくりだと気付いて欲しいでござるよ……)』

 

 何か言った、射干玉?

 

『いえ、拙者は何も!!』

 

 ……?

 

 とにかく予定の場所へ、十一番隊の訓練場へと向かいます。

 十一番隊の隊士って、相変わらず私の事を見ると"(あね)さん!"って呼んで頭を下げてくるのよね。どこぞのVシネマじゃないんだから。

 そんな挨拶を受けながら、目的の場所へ。

 そこには……あら?

 

「阿散井君に、吉良君も……!? なんでここに?」

 

 訓練場では二人が待っていました。

 しかし、十一番隊の阿散井君はまだ分かるけれど、なんで吉良君もいるの?

 

「あの、実はですね」

 

 尋ねると吉良君が口を開きました。

 彼曰く――

「一角が四番隊へ予約に来たのを見た」

「自分も参加したいと思い、一角と接点のありそうな阿散井君に連絡を入れた」

「そこから一角に話が伝わり、混ざることになった」

 ――とのことです。

 

 なるほどね。

 だから一角は場所と時間を変えたのね。

 

「挑戦半分、稽古をつけてもらいたいがもう半分――ってとこですかね」

「飛び入り参加なんですけれど、迷惑でしたか……?」

「ううん、驚いたけれど。それだけよ。それに私からしたら霊術院時代の延長みたいなものだから気にしないで」

 

 迷惑ではありません。

 でも、本当に。なんで吉良君はここまで熱心なのかしら?

 

『(藍俚(あいり)殿のおっぱいにやられて拗らせてしまった……んでござりましょうなぁ……ですがここまでというのは、近年希にミラーってもんでござるよ。おっぱいへの執念で拗らせた結果でござろう)』

 

「よう、来たか藍俚(あいり)

「あら、一角。変更したのってまさかこの二人の……くん、れ……ん……」

 

 首を捻っていると、後ろから声が掛かりました。

 振り向き、そして――

 

「更木、隊長……」

 

 ――絶句しました。

 一角だけだと思ってたのに、何故か一緒に更木剣八が!! 背中にはちゃんと草鹿副隊長も!!

 

「よお、藍俚(あいり)! 今日は楽しそうなことするんだってなぁ!!」

 

 いやそんな……私聞いてないですよ!?

 

「どういうことよ一角! 騙したのね!?」

「オイオイ、人聞きが悪いなぁ。俺は確かに言ったぜ? "隊長に許可を取った"ってな!」

 

 え!? あの時はえーっと……うん、確かに。

 隊長に許可を取った。間違いなく言ってるわ。

 

 更木"隊長"と卯ノ花"隊長"……なるほど、隊長違いね。

 そっかそっか、私は四番隊で一角は十一番隊だもんね……

 

 ……って馬鹿あああぁぁっ!!

 それで納得できるわけないでしょうが!! 一角も何を得意気な顔をしてんのよっ!!

 

「あの、更木隊長……? 今日は一角もそうですけれど、阿散井君たちの稽古も……」

「新入りに稽古をつけてやんのも隊長の勤めだろうが? 違うか?」

 

 新入りに、稽古……稽古ですよね!?

 ならどうして、いつも持ってくるあの頑丈な頑丈な木刀を持ってないんでしょうか?

 どうして抜き身の斬魄刀を肩に担ぎ、殺人鬼よりも恐ろしい笑顔を浮かべているのでしょうか??

 なんでもう、眼帯を外してやる気マンマンになってるんでしょうかっ!?

 

「なにより! おめぇと一角の奴が随分と楽しそうなことをやってるって聞いてなぁ! 木刀(アレ)も良いんだが、いい加減ちいっと飽きててよ。たまには斬魄刀(コイツ)もオツな物だぜ!!」

 

 ……それって早い話が、我慢できなくなって真剣を使いたいってことじゃないですか! しかも一角を相手にしてるときには斬魄刀使ってるから"木刀でお願いします!"って言い訳もできないし!!

 もうやだぁ!!

 

「オイ、新入りィッ!! よーく見とけよ!! 見る稽古って(もん)もあるみてぇだからなぁっ!!」

「……ッ!!」

 

 凄まじい殺気が放たれて、反射的に飛び退きます。

 続いて、つい一瞬前まで私のいた場所を更木隊長の斬魄刀が通り過ぎました。

 

 長刀ではあるものの、まるでナマクラのように刀身はボロボロ。手入れもせずに斬って斬って斬りまくれば、こんな風になるのでは? と思わせるような刃こぼれ具合です。

 ですが更木隊長の雰囲気と相まって……正直、めちゃめちゃ恐いです。

 

「相変わらず、良い反応してるじゃねぇか」

「……避けなかったら、死んでましたよ?」

「近頃、お前とは木刀(おもちゃ)で遊んでばっかりだったからな……馴れ合いに慣れすぎねぇためにも、今日ぐらいはいいだろう? それに、お前のとこの新入りもいるんだろ? だったら新入りに見せてやれよ……お前の本気をっ!!」

「くっ!!」

 

 殆どノーモーションから超高速の突きが飛んできました。

 一瞬でこれですよ! 刹那も気が抜けません!!

 

「くっ!」

 

 一撃目を避け、二撃・三撃と身を躱しつつ体勢を整えてから、斬魄刀を抜いて、四発目の刺突を剣で逸らしてやりすごします。

 

「……突きはちょっと。本当に死にますよ?」

「堅いこと言うんじゃねぇよ! 俺とお前の仲だろう?」

 

 そんな仲になった覚えもなければ、堅いことでもないです!!

 まあ、最大限に好意的な解釈をすれば"お前はこの程度じゃ死なないだろ?"と信頼してくれているんでしょうけれど……!!

 

 

 

「な、なんなんですか……アレ……」

「すっげぇ……ウチの隊長も……先生も……」

 

 遠くの方では、吉良君たちが呆然としている声が聞こえてきます。

 新人にはどう考えても刺激が強すぎるわよね、これって。特に吉良君とか、更木隊長と相性最悪よね。

 

「おーし、勉強になったな。んじゃ、お前らもやるぞ」

「え……あの、でも……!! せんせ……湯川副隊長は!?」

「あっちは隊長がお楽しみだ。阿散井と――あー……なんつったか、お前。阿散井の知り合い。二人ともいいから来い。実戦で鍛え上げてやっからよぉ!」

「う、ウッス!」

 

 一角っっ!! あんたはあんたで何を楽なことしてんのよぉぉっ!! せっかくの更木隊長との闘いよ!? ここで割って入って来ないの!? 何のための卍解よ!!

 吉良君も阿散井君も素直に頷かないで!!

 二人とも更木隊長を止めるのに協力し――なくていいわ!! 今の二人の実力じゃあ、ここに割り込んだ瞬間に斬り殺されかねないから!!

 その代わり一角はちゃんとボコボコにしておくのよ!! 私の代わりに!!

 

「剣ちゃーん! あいりーん! 二人ともがんばれー!!」

 

 草鹿副隊長はご声援ありがとうございますね!! 止めてくれたらもっと嬉しかったんですけど、無理な相談ですよねそうですよねっ!!

 だって、どこから持ってきたのか茣蓙(ござ)を敷いての完全観戦モードですものね!!

 

 

 

「おらああぁっ!」

「またですか!?」

 

 再び刺突が飛んできました。けれど流石にそれは甘い!

 

「うおっ!?」

「今っ!」

 

 剣を下から払い上げて、腹部を一瞬だけ無防備にします。

 そこへ横薙ぎの一閃を放ちました。

 普通ならこれでお腹が横一文字にパックリいく……はずなんですが……

 

「へへへ……やっぱり、いいもんだな……」

 

 少し筋肉を斬った程度でした。

 いえ、これは稽古ですし。そもそも同僚を斬り殺すとかありえないので、手加減はしましたよ。加減しましたが――それを差し引いても想像以上にダメージが少ないですね。

 というか、肌が硬い!

 今までは木刀だから遠慮無く打ち込んでましたけれど、斬撃に対してもこれだけ堅いの!?

 

「楽しくなってきたぜぇっ!!」

「うぐっ……!」

 

 血を流したことで余計にエンジンが掛かりましたね。

 更木隊長がガンガン攻め込んできます。

 まずい、これはまずいのよっ!! 受けに回ったら押し切られるのは今までの経験でわかりきってるのに!!

 

 でも、反撃の糸口が……!!

 

「てええいっ!」

 

 ――今! この瞬間なら……

 

「はっ! いい加減、そりゃもう覚えたんだよ!!」

 

 受けた!?

 って、そりゃそうよね! ちょくちょく強制的にやり合わされているんだもの!

 私の剣術くらい身体で覚えてるわよね!

 それなら受けや返し技くらい考えるわよね!

 

 ……この一手だけなら。

 

「それがどうかしたの!?」

 

 受けられた程度じゃ終わらない!

 即座に動きを変化させて、二の太刀を放ちます。狙うは更木隊長の腿!

 一刺しして動きを鈍くする!

 

「へっ! 本当に楽しませてくれるな!! けどよっ!!」

「がっ!!」

 

 顔面に蹴りを入れられたわ。

 痛い……鼻の頭がすごい痛い……! 一瞬意識が飛んだかと思った。

 油断してたわけじゃないのに、注意は払っていたはずなのに……!

 

「オラ、どうしたぁ!? もうおねんねか? そんなつまんねえことはねぇよな!?」

 

 私の動きが止まった途端に、猛烈な追撃が襲い掛かってきました。

 まずい、一瞬反応が遅れて……

 

「ぐぅっ……!!」

 

 斬られました。肩から袈裟斬りの一撃です。

 ほぼ無意識で回道を発動させたので傷はあっと言う間に治っていきますが。サラシも特別製なので切られても勝手に直っていきますが。

 それでも痛みは――焼けたような痛みだけはしっかりと残ります。おまけに乱杭歯みたいに不揃いな刃が傷口を滅茶苦茶にするから、物凄く痛くて治しにくい!!

 

「今日は無礼講だ、出し惜しみはしなくていいんだぜぇっ! 隊長命令だ。出して見ろよ、卍解をよぉっ!! 藍俚(あいり)ぃぃっ!!」

「おこと……わりよっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 少し特殊な歩法を使って攻撃を掻い潜り、そのまま相手の顎をカチ上げました。

 それも斬魄刀の柄頭を利用しての一撃です。

 

「相手が始解でもないのに、こっちだけ卍解なんて出来るわけないでしょう!」

「ク、ククク……ハハハハハハッ!! いいぜぇ、それ……! だからお前と()り合うのは面白ぇんだ!!」

 

 常人なら顎が砕かれるくらい危険な攻撃だったんですが――やっぱり無事ですね。

 それでもコキコキと音を鳴らしながら首を捻っているところを見るに、効果はあったみたいですが。

 

「だが、気を遣う必要なんてねぇ!! 持ってる力を全部見せてみろやぁっ!!」

「舐め……るなっ!!」

 

 ああもう!! だったらこっちもやってやるわよ!! 私に斬魄刀を抜かせたことを、ちょっとくらいは後悔させてあげるわ!!

 

『ちょっとくらい、というところが何とも弱気でござるなぁ……!』

 

 斬りかかる更木隊長に対して、私も防御を最小限にして捨て身で斬っていきます。

 お互いの刀が翻るたびに鮮血が飛び交い、私たちの身体のどこかに傷が一条ずつ増えていきます。

 どちらかと言えば、加減しているだけ私の方が傷が多いですね。

 

「斬り合いってのは本当に楽しいなぁ!! 斬って斬られて、なのにまだ向かってくる!! 斬っても斬っても倒れねぇ!! 楽しすぎて頭が馬鹿になりそうだ!!」

「なら、気付け代わりにこんなのはいかが!?」

 

 大満足の更木隊長の目の前で、私は瞬時にして姿を消しました(・・・・・・・)

 

「消えた!?」

幻影(げんえい)――!! ――龍尾返(りゅうびがえ)し!!」

「があああっ!!!!」

 

 一瞬で背後に回り込むと、その勢いのままに掛け寄って打ち下ろしの攻撃を。そこから勢いを殺さぬままに変化して切り上げの連続攻撃――龍尾返しを放ちます。

 背中へ斬撃を思い切り叩き込んだため、夥しい量の血が噴き出しました。

 

 このくらい負傷すれば、もう満足して――

 

「背中を斬られたのは……いつぶりだぁ? ちと覚えがねぇな。もしかしたら、初めてかもしれねぇ……まあ、んなこたぁどうでもいいんだがよ」

 

 ――貰えませんよね、やっぱり。知ってました。

 

「突然後ろに回り込みやがった。幻影とか言ってたな? 前に何度か使った、あのとんでもなく速い攻撃に似てた気がするんだが……イマイチわからねぇな……」

 

 この人、本当に勘が鋭すぎますよ!!

 

 更木隊長の考察の通り"幻影"は移動用の技です。

 以前見せた"光速剣"と同じく、一瞬だけ(ホロウ)化してその速度で背後に回り込むというもの。そこに砕蜂経由で知ってしまった、隠密機動の歩法を混ぜ込んであります。

 おかげで気配察知も霊圧知覚も誤魔化せる歩法――本来ならばそのはずなんですが。

 

 ……なんでこの人気付いちゃうのよ。

 斬る瞬間、ほんの僅かに前に出てダメージを軽減。本人の霊圧の防御力と相まって、一撃必殺の技をこうもあっさりと防がれるなんて!!

 今回のコレは頑張ったからバレないと思ったのに!!

 

「それだけじゃねえんだろ!? 木刀(おもちゃ)じゃ味わえない感触を、今日はとことん楽しもうや!! 安心しろ、殺しはしねぇからよ!! だからお前も死ぬんじゃねぇぞ、藍俚(あいり)いいぃぃっっ!!」

 

 あ、不味いです。

 楽しくなりすぎて更木隊長のリミッターが馬鹿になってる!! 今までは私に合わせたギリギリだったはずが、振れ幅が物凄い大きくなってる!!

 

 ……これちょっと、不味いわね……生きて帰れる、よね? ええい、ままよ!!

 

 ――破道の三十二! 黄火閃(おうかせん)

 

「破道の三十三! 蒼火墜(そうかつい)!」

 

 歌布と自力を同時に発動、二種類の鬼道を牽制代わりに放ってから飛び込みました。

 

 

 

 

 

「んー! 美味しいーっ!!」

 

 草鹿副隊長の呑気な声が聞こえてきました。

 茣蓙(ござ)の上に座り、重箱を広げ、その中身を一つ一つ味わって食べています。

 お味の程は……聞くまでもないですね。

 先程の心の底からの「美味しい」という言葉が、何よりも雄弁に語ってます。

 嬉しいです。

 

 だってそれ、私が持ってきたお弁当ですから。

 

 時刻は正午を少し過ぎた辺り。つまり、お昼ご飯の時間です。

 私の持ってきたお弁当、草鹿副隊長に勝手に食べられてます。

 

 予約時間が一日だったから、万が一に備えて用意してきたんですよ。

 しかも一角が多めに食べるかもって思ったから、三人前は量があるんです。なのに彼女ってば「その小さい身体のどこに入るの?」って勢いでもりもり食べてますよ。

 

「剣ちゃーん! お昼ご飯どうするー? あいりんのお弁当、すっごく美味しいよ!!」

「ああ、そりゃ美味そうだな!! けど飯も良いんだが、こっちも斬り合いで腹一杯でよ! 腹一杯のはずなのに、なのに餓えて餓えて仕方ねぇんだ!!」

 

 あー、あっちは楽しそうね……

 こっちは更木隊長と延々斬り合いを継続中ですよ。

 私は回道でどんどん治す。更木隊長は持ち前のタフさで傷も痛みも無視して斬りかかってくる。

 千日手ってこういう感じなんでしょうか!?

 

「うん、わかったー! じゃあ剣ちゃんの分もあたしが食べといてあげるね」

 

 私のお昼ご飯ーー!!

 

「あっ! コラ……! 俺も食う! よこせ!!」

「ちょ、草鹿副隊長!! 俺も食います! あんまり一人で食わないでくださいよ!!」

「先生の手料理先生の手料理お腹が裂けてでも食べるお腹が裂けてでも食べる……」

「吉良! おめぇはもうちょっと落ち着け!!」

 

 しかも一角たちはしっかりお昼の休憩を取ってるし!!

 まあ、あなたたちが食べるのは許す!! 元々そういう目的のお弁当だし!!

 でもなにかしら……聞いてるだけでイライラしてきたわ……

 

 

 

 ここは闘いが不利になってでも一言! 絶対に言っておかないと!!

 

 

 

「あんたたちっ!! 食べる前には手を洗いなさい!!」

「……ッス!」

「は、はい! ごめんなさい先生!!」

 

 阿散井君と吉良君が素直に言うこと聞いてくれたわ。

 嬉しい。

 だってさっきまで訓練場で大暴れしてたのよ。手を洗うのは基本!! このご時世、衛生は基本!! 四番隊副隊長としてこれは言っておかないと!!

 

「ははははっ!! よそ見するたぁ、まだまだ余裕があるみたいじゃねぇか!!」

 

 ああああっ!! 更木隊長がもっとやる気になったあああぁぁっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「うっし、そろそろ再開すっか!」

 

 お昼ご飯に食休み――私と更木隊長はそんなのありませんでしたが――を挟んだ後に、一角はそう言うと――

 

「よお、藍俚(あいり)!! 随分と楽しそうじゃねぇか! 俺もまぜろやあぁっ!!」

「い、一角!? ……くっ!!」

 

 ――私に向かって斬り込んできました。

 当然止めましたが、そのせいで更木隊長の一撃をモロに腕に受けてしまいました。

 痛い!! 血がどくどく流れ出てきます。回道ですぐに治るとはいえこれは……

 

「一角っ!! てめえ、割り込んで来てんじゃねぇよ!! 藍俚(あいり)は俺の獲物だ!!」

「隊長こそ、つれないこと言わないでくださいよ!! 部下にゆずるのも、隊長の勤めってもんでしょうが!! それに――」

 

 文句を言い合いながらも、まるで息の合った連携攻撃のように二人で私に襲い掛かってきます。

 かと思えば。

 

「――隊長にも、稽古の一つでも付けて貰いてぇんですよ俺は!!」

「……はっ! 面白ぇな!! そう言ったからには、つまんねえ姿を見せるんじゃねぇぞ!!」

 

 今度は更木隊長に斬りかかったわね。

 一角、あんた正気なの!?

 更木隊長もなんだか楽しそうにしちゃって……

 

 というか、なによそれ……さっきまで私と斬り合いしてたんじゃないの……?

 

「あーもう!! こうなったら二人も四人も一緒よ!! 阿散井君、吉良君も!! 遠慮は無用よ!! 掛かってきなさい!!」

「え……っ!?」

「む、無理っすよ!! そんなの!!」

「問答無用!!」

 

藍俚(あいり)殿!! いのちだいじに!! いのちだいじにでござるよ!!』

 

 いいえ! ここは勿論、ガンガンいこうぜ!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「死ぬ……俺、絶対死んだ……」

「生きてる……僕、生きてるよ……!!」

 

 新人二人が悟りを開いた、みたいな状態になっています。

 

 ごめんなさい、本当にごめんなさい!!

 なんだかテンション上がっちゃって……てへ。

 ちゃんと怪我は一つ残らず治したから許してね。

 

「クソがっ!! 今日も勝てなかったか!!」

「腹四分目ってとこか? まだまだ食い足りねえが、今日の所はこの辺にしといてやるよ」

 

 対して十一番隊の二人は……特に更木隊長はホントに元気よね。

 

 既に日は沈み掛けており、瀞霊廷には業務終了を告げる鐘の音が鳴り響いています。

 終業――つまり、今日はもう終わりです。

 元々一日の予定で入っていた予約ですからね。この時間になれば終了です。

 更木隊長もこういうところはしっかりしていて、ちゃんと言うことを聞いてくれます。

 

 それだけでも有り難いですよ、本当に……このまま一晩中斬り合おうぜ、とか言われなくて本当に有り難いです。

 

「ねえねえ、あいりん」

「?」

 

 全員の怪我も治し終えて、帰り支度をしていたところ。

 草鹿副隊長が話し掛けてきました。なにかご用でしょうか?

 

「あたしと結婚して!」

「……へ? あの、どういうこと……?」

「だって、あいりんと結婚したらあの美味しいお弁当毎日食べ放題なんだもん!!」

 

 ……あー……餌付け、されちゃいましたか?

 いや、だからって結婚してというのはおかしいですよね!?

 何て言って断ろう――

 

「剣ちゃんも、あいりんがいてくれたら大喜びだよ!!」

 

 ――って、そっちに話を振っちゃだめぇ!! 

 

「ククッ、そいつぁいいな。部下として引っ張ってくるよりも、よっぽど……」

「し、失礼しますね!! 本日はお招きいただき、ありがとうございました!! ほら、吉良君も帰るわよ!!」

「せんせい……僕、生きてますよね……」

「うんうん生きてるわよ。生きてるから帰りましょうね。今日はもうゆっくり休みましょうね」

 

 面倒な話に展開する前にさっさと逃げるに限ります!

 大急ぎで吉良君を背負い、脱兎のごとくその場を退散しました。

 

「おい一角、藍俚(あいり)のことを口説いてみたらどうだ? 上手くすりゃ、毎日斬り合いし放題だぜ?」

「はぁ!? アイツをですか!!」

 

 背中からそんな声が――

 

 聞こえない聞こえない、私には聞こえない!!

 




●裏話
ホントはこの話、剣ちゃんが来る予定無かったんですけどね。
一角と卍解でイチャイチャしてたから剣ちゃんが嫉妬しちゃって……

デートスポットがデッドスポットに一瞬で早変わりです。

(当初の予定では「一角・恋次・イヅルを相手に稽古して、お昼を食べて、食休みでイヅルに膝枕したりするだけのヌルい話」の予定……ですか稽古という目的は果たせたので)


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第88話 お泊まりデートと人は呼ぶ

「眠れない……」

 

 もう何度目になるのか分からないほどの寝返りを打ちながら、イヅルは虚空に向けてそう呟いた。

 彼が布団の中に入ってから、どれだけの時間が経過したのか。それすらも彼は自分では分からなかった。

 元気が有り余っていて眠くないだとか、お腹が空いていて眠れないだとか、精神を高揚させる薬を飲んだとか、そういうわけでもない。

 

 ただ、あえてこの不眠の原因を挙げるとするならば――

 

「先生の家……先生の寝間着……先生の布団……!!」

 

 ――恋の病、というやつかもしれない。

 

 

 

 

 

 日中、十一番隊での合同稽古――というべきか、はたまた合同の殺し合いと表現すべきかも知れないが――に参加し、命からがらイヅルは生き残れた。

 その後、藍俚(あいり)に背負われる形で帰宅することになったのは恥ずかしかったが、少々の役得もあってそこまで悪い気はしなかった。

 

 本来ならばそのまま帰るはずだったのだが、神の悪戯か。彼を背負っていた藍俚(あいり)がこんなことを言い出したのだ。

 

「疲れてるわね。このまま寮に戻っても辛いでしょう? よかったら、ウチに泊まる?」

 

 その提案を、イヅルは一にも二にもなく了承していた。

 

 

 

 藍俚(あいり)の家に案内されたイヅルは、藍俚(あいり)の手作りの夕飯でお腹を満たし、風呂で一日の疲れと汚れを綺麗さっぱり洗い流して、さあ後は客間に用意された布団で眠るだけ! という状況になったわけだが。

 事態は冒頭へと戻る。

 

「眠れない眠れない眠れない眠れない眠れるわけないじゃないか!」

 

 頭から布団を被り、亀のような格好になりながら叫ぶ――勿論、夜なので叫んだのは小声でだが。

 

 イヅルは藍俚(あいり)の事を慕っていた。

 初めこそ教師と生徒としてだが、その感情が男女のそれになったのも同じ日だった。

 霊術院で初めて彼女を見て、そして彼女の稽古を初めて受けた時から。

 

 目を奪われるような美人を前にして、そして彼女の胸元に目を奪われ続けながら。

 明らかに他の霊術院生よりも熱心に指導してくれるその姿に、彼はすっかり心まで奪われていた。

 

 そんな恋い焦がれる相手の家に泊まっているのだ。

 興奮して眠ってなどいられない。

 

 しかも今彼が着ているのは、藍俚(あいり)が着ている寝間着なのだ。サイズはイヅルよりも一回りは大きくて、少々持て余すくらい。

 しっかり洗濯をしているから汚くないと言っていたが、襟元に鼻を近づければ気のせいだろうか、とても良い香りがしているように思えた。

 まるで自分と藍俚(あいり)が同じ着物に袖を通しているように錯覚してしまう。

 興奮して眠ってなどいられない。

 

 布団は来客用だということだが、それでも藍俚(あいり)の家にあった物だ。それはつまり、藍俚(あいり)の空気をたっぷりと含んでいるということだ。

 その空気を含んだ布団に寝ているということは、これはもう藍俚(あいり)に抱き締められているのと全く同じ状態なのだ。しかも布団だから素っ裸の相手に抱き締められているのと同義という理屈である。

 興奮して眠ってなどいられない。

 

 この家は藍俚(あいり)が住んでいる家だ。それはつまり、藍俚(あいり)の色んなものが染み込んでいるということだ。

 その家の中にいるということは、もう結婚して夫婦でいると思ってよいくらいだ。

 興奮して眠ってなどいられない。

 

 着物の下りまではまだ分かる。

 だが布団と家に興奮する理由については、どういう理屈なのだとお悩みの方もいらっしゃるであろう。

 いらっしゃるであろうが、真面目に考えてはいけない。

 若くて健全な男性が、好きな女の家に泊まっているのだ。このくらいの妄想・煩悩まみれは当たり前である。

 イヅルのコレは奇行ではなく極めて正常。むしろ常識的で大人しい部類だ。

 これがもう少しアグレッシブだと、落ちてる毛を探したりしてもおかしくない。

 だからイヅルは間違いなく常識的で大人しい良い子。いいね?

 

 そんな悶々とした感情に苛まれ続け、枕に顔を埋め、掛け布団を簀巻きのように身体に巻き付けて悶え苦しんでいると――

 

 

 

 

 

 ――スーッと微かな音を立てて襖が静かに開いた。

 それから少し遅れて、誰かが室内に入ってくる気配がした。

 

 誰だろう? そう自問ようとして、イヅルはその無意味さに気付く。

 今この家にいるのは、自分ともう一人だけ。

 ならば、入ってきたのは……

 

「吉良君、もう寝ちゃった……?」

 

 相手を気遣うような控えめな声が聞こえ、イヅルの心臓はドキリと跳ね上がった。

 声の主は言うまでもなく藍俚(あいり)だ。

 だが、どうして彼女が今この部屋に来たのか。今度はそれがわからない。

 

 返事をするべきなのかどうか迷っていると、気配は再び動いた。

 

「……!?!?」

「あ、やっぱり起きてたんだ。ズルいな吉良君ってば。寝たふりなんかしちゃって……」

 

 その気配はイヅルの布団の中に潜り込み、彼の背中から抱きついていた。

 湯上がりなのだろうか? 背中から感じる温もりは熱を帯びて温かく、同時に言葉では言い表せないほどの柔らかさがあった。

 夕方に彼女に背負われた時に感じた感触、その百倍は柔らかく心地良い感触が背中から伝わってくる。

 

「吉良君……ううん、イヅル君。急にゴメンね、こんなことされても迷惑だよね」

 

 背中から伝わってくるのは、柔らかさだけではない。

 つい先程までイヅルが寝間着から必死で嗅いでいた匂い。それと同じ香りが数十倍の濃度で叩きつけられて、彼の脳を狂わせていく。

 耳元で囁かれる声、吐息もまた五感を擽り、彼の身体の中心を熱く昂らせていた。

 

「でも、イヅル君……どうしても言っておきたかったの。私、私……あなたのことが好き。霊術院で初めて見た時から、ずっとずっと……」

 

 愛の告白。

 それが告げられると同時に、背中から強く抱き締められた。

 密着面積が広がり、今までの比ではないほど強く藍俚(あいり)の存在を感じられる。

 イヅルの背中に豊満な胸が押しつけられて、柔らかく潰れる。

 

「イヅル君が雛森さんが好きなのは分かってるわ……でも、自分の気持ちにもう嘘は吐けないの! お願い、イヅル君……! 私を、あなたのお嫁さんにして……!」

 

 精一杯の言葉で囁き、ダメ押しとばかりに藍俚(あいり)がイヅルの耳に口付けを施した。

 それどころか彼女は片手を彼の臍よりもさらに下、男の最も熱く昂っている部分へと手を回し、ゆっくりと優しく撫でる。

 それだけでイヅルは腰が抜けそうな衝撃を受けた。

 

「あ……あ……せ、せん……」

 

 イヅルは勇気を振り絞って――

 

 

 

 

 

 ――叫んだ。

 

「先生! 僕も!! ……あれ?」

 

 気がつけばすっかり朝だった。

 チュンチュンと雀の鳴き声が障子の向こうから小さく聞こえ、日差しがいっぱいに差し込んできている。

 辺りを見回せば布団と枕が、まるで台風でも通ったかのように散乱していた。

 

「……ゆ、夢……だったのか……」

 

 すっかりと意気消沈したところに、外から声が掛けられた。

 

「おーい、吉良君。起きてるかしら?」

「あっ! せ、先生!!」

「入ってもいい?」

「は、はいっ! 大丈夫……大丈夫です!!」

 

 とりあえずイヅルは慌てて布団を被った。

 まるで何かを隠す(・・・・・)ように。

 

「それじゃあ入るわね……って、なんだか凄いわね。枕が合わなかったかしら?」

「いえ、その! 僕、寝相が悪くってそれで多分……!!」

 

 そう言い訳するものの、藍俚(あいり)の顔をまともに見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 イヅルは恋次と共に居酒屋に来ていた。

 話題は勿論、先日の合同稽古についてである。

 

「んで?」

「んで? って、何が……?」

「分かってんだろ! あの日のことだよ! 先生と一緒に帰ったんだろ! なんかあったんだろ! ほれほれ、隠してないで喋っちまえよ!!」

 

 酒が入っていることもあってか、普段よりも軽く陽気なノリで恋次は問い詰める。

 

「その、一緒に帰って……」

「帰って?」

「先生の家に泊まって……」

「おお!! やるじゃねぇか!!」

 

「……それだけだよ」

 

「……このヘタレがっ!!」

「なっ!! き、君にだけは言われたくはないね!! 霊術院の頃から、いやもっと前から朽木さんのこと…………!!」

「あーッ!! ワーッ!!! ワーッ!! きこえねーきこえねー!!」

 

 若い二人の大喧嘩が始まった。

 




●夢オチ
万能過ぎるから困る。
そしてイヅルはこういう扱いが似合うと思う。

●吉良の部屋に入った藍俚(省略されたその後)
「(くんくん)……! お風呂とか入る? 沸かすわよ? 遠慮しないで」

「(……懐かしい匂いがしたわ……それに、若い子って本当に"元気"よねぇ……)」

「あ、お布団。洗って干さなきゃ」


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第89話 マッサージ以外のことをしよう - 雛森 桃 -

「ズルいです!」

「な……何が……?」

 

 一角・阿散井君・吉良君・更木隊長と死闘を繰り広げてから数日後、雛森さんに突然詰め寄られました。

 壁を背にしているので逃げられず、しかも彼女は頬を膨らませて恨みがましい目で睨みながら"私不機嫌です"と目一杯主張しています。

 

『これが俗に言う壁ドンでござるな! なんでも代行のバイトもあるとか!!』

 

 ……それ、何か違うのが混ざってない?

 

「先生は先日、吉良君たちと一緒に稽古をしたと聞きました」

「え、ええ……」

「その後で、吉良君を家に泊めたとも聞きました」

「すごく疲れてて、寮まで持たなそうだったから……」

「ズルいです!!」

「何が!?」

「私も先生と一緒に稽古したりお泊まりしたいです!」

 

 ……え! それが理由なの!?

 

『ちなみに、先日藍俚(あいり)殿がイヅル殿を家に泊めた翌日! お二人は揃って出勤したのですぞ!! 若い隊士とベテラン副隊長が同伴出勤したので四番隊内では"もしかして副隊長が若い子を誑かして無理矢理手籠めに!?"や"いやいや吉良君が年上を口説いたのでは!?"と噂で持ちきりでござるよ!!』

 

 ……それ、私知らないんだけど。

 

『知らぬは亭主ばかりなり、と昔から言うでござります!!』

 

 えーと……とにかく、それが不機嫌の原因だったら……

 

「じゃあ、雛森さんも吉良君みたいに稽古する?」

「はい! お願いします!!」

 

 さっきまで不機嫌そうだったのに、一瞬で満開の笑顔になったわ!

 なにこの可愛い生き物!!

 やっぱり藍染なんかに絶対渡さない!! この子はウチの子!!

 曇った笑顔が似合うとかそんなの知らない!!

 

『異論は認めないというやつでござるな!! 拙者も応援させていただきますぞ!!』

 

 ええ、お願いね射干玉!!

 

『がんばれ♥ がんばれ♥ 藍俚(あいり)殿♥』

 

 ホントに応援だけ!?

 

 

 

 

 

 

 さて、吉良君のように稽古とは言いましたが。

 まさかあの更木隊長と一緒に楽しいお稽古なんて不可能です。この子には刺激が強すぎて気絶するかも知れません。

 なのでぐぐっとグレードを落として、私と一緒にお稽古です。

 場所も流魂街から離れた原っぱです。

 

「ごめんなさい。吉良君たちのと比べてなんだか貧相になっちゃって……」

「いえ、そんなことはありません!!」

 

 非番の日の予定を合わせて、二人だけのお稽古の時間ですよ。

 

「先生と一緒にいられるだけで、私幸せです!!」

「そ、そう……」

 

 私がいうのもなんですが、もっとこう……あるんじゃないですかね? 非番の日の過ごし方が。年頃の娘さんなんだからさぁ!!

 慕ってくれるのはとってもとっても嬉しいんですけどね。髪型もずっと私とお揃いにしてくれちゃって! ちょっと気恥ずかしいけれど嬉しいじゃない!!

 

「じゃあ、まずは基礎となる霊圧を向上させる特訓から。その後は――」

「その後は!?」

「鬼道や歩法を重点的に鍛えましょうか。剣や拳は、雛森さんは苦手な部類だからね」

 

 雛森さんに阿散井君と同等の剣術を覚えろ、みたいなのはかなり難しいです。そこまで到達は不可能ではありませんが、肉弾戦は体格も結構重要なので。

 

 ……四番隊の隊長(しょだいけんぱち)みたいな例外もいますけれど。あの人の剣、なんであんなに重いのよ……

 

 なので彼女には技巧面や正面からではない戦い方を伸ばしておきましょう。

 

 ただ、訓練メニューを告げた時になんだかちょっとだけ残念そうな顔をしたのは何故かしら?

 

 

 

「破道の三一 赤火砲」

 

 たった一つの詠唱で、十を超える火炎を撃ち出して見せます。

 空へ向かい放たれた無数の火球を、雛森さんは口を開けたまま呆然と見送っていました。

 

「どうかしら? これが、疑似重唱。鬼道に霊圧を編み込むことで、複数回詠唱したのと同じ効果を発揮させるのよ」

「……すごいです……」

「霊術院生には、危なっかしくて教えられないのよね。只でさえ霊圧の消費が大きくなるし、失敗すると暴発して最悪命に関わるから」

「そうなんですか!?」

「でも雛森さんは霊圧の制御も上手だし、そこまで難しくはないはずよ。じゃあ、まずは一桁台の鬼道からやってみましょうか?」

 

 そう告げると、素直に疑似重唱の練習を始めました。

 しかし流石ですね。これで今年霊術院を卒業したばかりとは思えないくらい上手よ。

 

 ……私、あっと言う間に追い抜かれないかしら?

 

 

 

「そうそう、そうやって歩法を」

「こ、こうですか?」

「うーん……ちょっと違うわね」

 

 続いて歩法の稽古です。

 砕蜂から流出した隠密機動の技術をちょっとだけ。気付かれにくくなるような歩法を教えています。

 こっちも鬼道や霊圧制御に関連する技巧なので、雛森さんにはそこまで難しくはない……はずなんですが……

 

「こうですか?」

「そうじゃなくて、こうやって……ちょっと失礼するわね」

 

 彼女に身体を密着させて、動きのお手本を教え込みます。

 ちょっと窮屈だろうけれど、我慢してね。

 

「こうでしょうか!?」

「それだと出掛かりで気付かれるから、もっと優しく……こうやって……」

 

 なんでこんなに失敗してるんでしょうか?

 

『失敗すれば密着して教えて貰えるでござるよ』

 

 ……え? それが狙いだったの!?

 この子ってば案外、したたかなのね。

 

 

 

「ほらほら、雛森さん。はやく治してくれないと私、死んじゃうわよ」

「はいっ! もう少々お待ちください!!」

 

 ついでなので、回道も実地訓練をさせます。

 やり方はとっても簡単。怪我人を用意して、それを治すだけですよ。

 卯ノ花隊長にさんざんやらされました。

 

 隊長の時と違って、怪我をするのは私ですけどね!!

 

 雛森さんをぶった切って「早く治さないと死にますよ」みたいな真似なんて出来るわけないじゃない!!

 自分で自分を斬って、怪我を治させています。

 

『自分の怪我を治せないと他人の怪我など治せないという理屈を無視しておりますし、あなたのせいで私は死んでしまうかも知れない。と精神的に追い立てているので、ある意味では藍俚(あいり)殿の方が鬼畜に見えるでござるよ!』

 

 ……なるほど。そういう捉え方もあるわね。

 だからさっきから、雛森さんは泣きそうな顔をしてるのね。

 大丈夫よー、このくらいで瀕死になってたら私、とっくの昔に死んでるから。

 

 

 

 

 

「もう日も暮れそうだし、今日はここまでにしましょうか」

「はい……」

 

 雛森さんは大分お疲れみたいね。

 

「……んー……ごめんなさい、雛森さん。ちょっとだけ、寄りたい所があるんだけど良いかしら?」

「寄りたいところですか?」

「疲れているところに申し訳ないんだけど、久しぶりに流魂街まで来たからついでに顔を出しておこうと思って。あ、雛森さんが嫌なら帰って貰っても全然構わ――」

「行きます!」

「――ないんだけ……そ、そうなのね……」

 

 ホント、ぐいぐい来るわね。

 

 ということで、疲れた身体を引き摺って移動する雛森さんを連れて北流魂街は一地区にある、おなじみのお店に。

 

「こんばんわ」

「……あっ!! 湯川のねーさん! 珍しいですね、来て下さるなんて!!」

「今日はちょっと流魂街に来ていたから。久しぶりに顔を出しておこうと思って。二人分なんだけど、席は空いてる?」

「勿論でさぁ!! ささ、どーぞどーぞ!!」

 

 皆さんは覚えてますかね?

 寄ったのは、私がまだ霊術院にすら入れなかった頃――尸魂界(ソウルソサエティ)に来たばっかりの頃にお世話になっていたあの居酒屋です。

 大将にも女将さんにも大変お世話になりました。

 

『まだ拙者が藍俚(あいり)殿のお腹の中にいた頃でござるな!!』

 

 お腹の中とか言わない!!

 

 ……こほん。

 とはいえお世話になっていたのはずーっと昔のこと。

 さすがに時間が経ちすぎていて、もうあの二人はいません。

 とっくに現世へ転生しました。

 ただお店だけはずっと残っていて、徒弟制みたいに弟子入りした方が代々継いでいってます。

 今のご主人は、私がお世話になっていた頃から数えて……八代目だったかしら?

 

 とにかくお世話になったお店なので、こうして死神になってからもちょくちょく顔を出したり出さなかったりしています。

 ただ、大将と女将さんの死に目というか、別れる時に立ち会えなかったのだけがちょっと心残りですね。流魂街の人が現世に行くのまでこっちには知らされませんから。

 

 ――ということを、雛森さんにも説明しました。

 

「先生の原点みたいなお店なんですね……」

「でも雛森さんにもあるでしょ? そういう場所が」

「そうですね。私は西流魂街の潤林安(じゅんりんあん)の出身ですし、なんとなくわかります」

潤林安(じゅんりんあん)ってことは、一地区ね」

「はい! 皆さん、良い方ばっかりで――」

「おおっ! ホントだ、湯川の姐さんだ!!」

「いいから来いって!! 湯川さんだぞ!!」

 

 彼女の話を遮るように、お店に続々と人が集まってきました。

 さっきも言ったようにちょくちょく来たり来なかったりしてるので、もうすっかり顔馴染みというか。私がいるとき限定ですが、死神を前にしても自然体で接して来ます。

 

「姐さん! 今日こそ俺の酒を呑んで下さい!」

「だから私はお酒はやらないって言ってるでしょ!」

「姐さん! 結婚してください!!」

「そういうのは他に相手を見つけてください!」

「ありがたやありがたや」

「拝むのならせめて私の目を見なさい!! 顔よりも下に視線が行ってるのが丸わかりなのよ!!」

 

 ……ね? 自然体でしょう??

 

「ごめんね雛森さん。うるさくしちゃって……」

「いえ、そんなことは――」

「ああっ! こっちにもべっぴんさんの死神が!!」

「ホントだ!!」

「ひっ!」

「はいはい、囲まない! この子は四番隊(ウチ)の新入りよ!! 手を出すと怒るわよ!!」

「おお新入りさんか! 頑張ってくれよ!! まま、お近づきの印に一杯!」

「ズルいぞ! 俺も一杯おごらせてくれ!! さあ遠慮せずに!」

「え、え……!?」

「コラっ! 無理に呑ませないの!!」

「いえ大丈夫です。せっかくですし、私も少しくらいなら……」

「良く言ったお嬢ちゃん! 湯川のねーさんは酒をやらないのだけが欠点だ!!」

 

 ……大丈夫かしら……

 

 

 

 

 

「えへへー……お空がぐるぐるしてます……」

「そうねー綺麗ねー」

 

 案の定、彼女はベロンベロンになってしまいました。

 完全に出来上がってしまった雛森さんを背負いながら、帰路に就いています。

 帰りしな、斷蔵丸師匠に「私の娘です」と冗談を飛ばしたらとんでもなく驚かれました。こんなこと言うなんて、私も雰囲気に酔っちゃったかしらねぇ……

 

『(お酒の匂いを近くで嗅ぎまくっていたので、それでかなり弱ってるだけでござるよきっと……)』

 

 そんなこんなで自宅に戻りました。雛森さんを背負ったままで。

 

「おーい、雛森さーん。起きてる?」

「ふにゃああ……」

 

 まだ正気に戻りませんね。

 

「これ、このまま寝かせるのも問題よね……女の子だもんね。大汗かいて、汚れたままっていうのは問題よね」

 

 昼間はずっと稽古してましたからね。汗がだくだくです。

 明日は普通に日常業務もありますし、そこで汗臭い子とか有り得ないわよね。

 だってウチは四番隊! 清潔でいる義務がある!!

 一応、稽古を終えてから川の水と手拭いで軽く洗いはしましたけれどね! ちゃんと洗わないとね!!

 

「だからこれは不可抗力! 上司として当然の行動よね!」

 

 ふふふ、ちゃーんと隅々まで洗ってあげるわね。

 

『グレーゾーンの匂いがするでござるなぁ……』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はい、まずは腕から洗うわね」

「ふぁい……」

 

 すっごく眠そうな雛森さんをお風呂場に連れ込み、身体を洗います。

 当然私も彼女も裸です。

 そしてちゃんとスポンジにボディソープで洗っていますよ。

 腕から肩、そして脇の下は特に念入りに。

 

「えへへ……くすぐったい……」

 

 敏感な脇の下を丁寧に洗っていくと、少しだけ恥ずかしそうに身を竦めました。

 そしてその振動で、胸元がふるんと揺れます。

 身体も小さめで幼い印象を受ける雛森さんですが、これでなかなか……

 おっぱいが大きいのよね。

 

 というよりも、大きく見える。と言うべきかしら?

 身体が小さいから、相対的にこう……

 乱菊や勇音は文句なしに大きい! でもそれとは違う、細身だからこその……こう……わかるでしょう? 言わんとしていることは!!

 

「はい、次は胸元よ」

 

 ほんのりと日に焼けかけた白い肌が、泡に包まれています。大事なところを隠すように泡にまみれています。けれども、見えないからこそ想像の余地があって、興奮を煽りますね。

 

 そんな想像でしか補えなかった部分に、遠慮なく手を入れます。

 正面から鷲づかみにするようにして……

 

 あら、あららら。

 見ていてわかったけれど、これは中々のボリューム。

 ふっくらとしていて、それに若い子特有の肌の張りがあるわ。

 

 これは汗をかいて汚れるわね!

 谷間とか! 下乳の部分とか!

 だからちゃんと念入りに洗ってあげないと!

 遠慮しないでね、サービスだから!!

 

「や……っ……! ふあ……あぁ……っ!! せ、先生……」

「ごめんなさい、力が強かった? 痛かったかしら?」

「そ、そうじゃなくて……ん……っ!!」

 

 え? 変なことをしてるんじゃないかですって?

 失礼ね! 天辺の辺りを指先で丁寧に洗ってるだけよ。

 垢や汚れが溜まると問題だから。

 

「それからおへそも綺麗にしましょうね」

「ひゃあっ……! やっ、先生……! そこは駄目ですってばぁ!!」

 

 本当にこの子、スタイルもいいわよね。

 お腹からおへそまでがすーっと一本線みたいになってて。

 腰周りも、肉付きは薄いんだけれどちゃんとあって、それがこの子の魅力を増大させているのよね。

 もう少しで女になるのが手に取るように分かるっていうか、男が「この()を女にしてやりたい」みたいに思っちゃうというか。

 

 ……結構この子、魔性よね。

 特に声が。

 なんでこんなにドキドキさせられるのかしら。 

 

「はい、次は足よ。指の間も一本一本丁寧に洗うから。くすぐったくても我慢してね」

「あはははははっ! む、無理です先生っ! く、くすぐったい!! あはははっ!!」

 

 なんだか胸の高鳴りを抑えられなかったので、一旦小休止の意味を込めて。

 足の指の間を丁寧に擦って、足裏は指圧も込みで綺麗にして気持ちよくしてあげて、そのまま臑から膝の裏、太腿へと手を伸ばします。

 

「雛森さんって、足が綺麗よね。こっちも丁寧に洗ってあげるわ」

「あ……だ、駄目です……先生、駄目ですってばぁ……っ!!」

 

 太腿もむっちりする直前――脂が乗って色気が出てくる直前というんでしょうかね。

 良い感じに太くて、それが逆に心に火を付けてきます。

 

 はいはい、こっちも丁寧に洗ってあげるからね。

 特に今日は歩法をみっちりやったから、足が随分疲れたでしょう? 指圧とマッサージ込みでよーく解しておいてあげるわ。

 

 手で直接触れるとまた一段とよく分かります。

 少女と女の中間みたいな感触が……それがこの吸い付くような肌と合わさって、ずっと撫で回したくなるわね。

 もうスポンジとか忘れて、素手でたっぷり洗ってやったわ。

 

 

 

 そして最後に……

 

「ふああぁ……っ……! せ、先生! そこ、そこは駄目、本当に駄目ですっ……! んん……っ!!」

 

 両脚の付け根の部分をゆっくりと撫でるように洗います。

 お尻はちょっと小さめだけど、ある程度の存在感があって洗っていると飽きなかったわ。

 そのままお尻から添うようにして、彼女のツルツルな――……うん、駄目ね。

 これ以上はアウトだわ。ちゃんと表現しようと思ったけれど、これはアウト。

 

 ただ、ちゃんと念入りに洗ったのだけは伝えておくわ。

 

 ん? これって……うん、これはボディーソープね。

 ちょっとボディーソープが漏れてきただけよ。

 

 

 

 さて、これで終了。

 雛森さんも疲れているみたいだし、お布団を敷いてさっさと寝ちゃいましょう。

 夜中に急に起きたら心細いでしょうし、万が一に備える意味でも並んで寝ましょうか。

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 

 夜半過ぎ、雛森は布団を頭まで被り声にならない声で身悶えしていた。

 

 よく「酔うと記憶を無くすタイプ」や「前後不覚なくらい酔ってもしっかり覚えているタイプ」がいると言うが、彼女の場合はどうやら後者だったようだ。

 

 風呂場でじっくりたっぷり念入りに洗われた、その一部始終をしっかり覚えており、酔いが冷めて意識がハッキリした途端、その時の感情が一気に襲い掛かってきたようだ。

 

「うう……どうしよう、もうお嫁に行けないよぉ……」

 

 同性――実情はともかく――同性相手とはいえ、あれだけ好きにやられたのだ。

 顔は耳まで夕日のように真っ赤に染まり、その時のことを思い出すだけで、恥ずかしさと同時に何故か得も言われぬ興奮が湧き上がってくる。

 ただ、同性として。目指すべき指標として憧れていただけなのに。

 この気持ちは一体なんなのだろう――そう自分に問いかける。

 

「せ、先生がいけないんですからね……! こ、このくらいは……」

 

 自己弁護のように自分に言い聞かせると、彼女は隣で眠る女性の頬に唇を押し付けた。

 まるでこの人が自分の物だと主張するかのように、強く強く。

 刻印を残すかのように。

 




酔った人間をお風呂に入れるのは止めましょう。
血行が良くなって更に酔います。

●雛森
休日なのに上司にしごかれて一日潰す。
休日なのに上司の行きつけのお店に連れて行かれ、酔い潰れる。
休日なのに上司の家に泊まらされる。
休日なのに上司に丸洗いされる。

……こうやって書くとロクでもないですね。

●雛森の声
単純に私が、なんかエロく感じたので。
(なんだったら乱菊とかよりもずっと)


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第90話 おめでとうございます

 今日は四番隊で普通にお仕事です。

 

「湯川副隊長!!」

 

 ……たった今、普通じゃなくなりました。

 

「朽木隊長……あの、いきなり四番隊に来てしかも私を名指しで呼ぶのは……」

「それについては申し訳ありません! ですが、妻が! 妻が!!」

 

 六番隊の隊長が血相を変えて四番隊に飛び込んできたので、隊士たちが「何事だ!?」とか「副隊長どうしたんですか!?」みたいな目で見てきます。

 しかも普段はクールで落ち着いている朽木白哉が、今にも発狂しそうなくらいの勢いで取り乱しているわけですからね。

 隊士たちは「え、これ見て大丈夫なの!?」という感じで慌てて視線を逸らしています。

 

 でも白哉って、緋真さんの前だと大体こんな感じなんですけどね。他人には見せられない顔、というやつです。

 

「落ち着いてください。緋真さんがどうかなさったんですか?」

「はい! 具合が妻のずっと少し悪く前から……!! どうしたら良いか……」

 

 まず近所のお医者さんに行ってください。なんで私の所に来たんですか?

 あと落ち着いてください。文章が滅茶苦茶になってますから。

 ちょっと前から緋真さんの具合がなんだか悪い、って言いたいのよね?

 

「え? もう定期検診を止めてから数年は経ちましたけれど、そんな簡単に身体を壊すような虚弱体質ではないはずですよ? 四番隊(ウチ)に飛び込むほどの病なんて……」

「ですが、ですが……!! 一体どうすれば良いのか!! どうか湯川殿に診ていただきたく!!」

 

 だから落ち着いてよ!! 人前なんだから!!

 威厳がすごい勢いで減ってるわよ!?

 

「わかりました、わかりましたから落ち着いてください。朽木家に行けば良いんですね?」

「ええ、是非ともお願いします!」

「そういうわけなので、三時間くらい留守にします。皆に伝えておいてください」

 

 近くの隊士にそう伝言だけしておいて、久方ぶりの朽木家に向かうとしましょう。

 

 

 

 ……の前に。

 

 

 

 朽木家へと向かう道すがら、気になっていたことを尋ねます。

 

「朽木隊長、一つ良いですか?」

「なんでしょうか?」

「伝令神機で連絡していただければ、もう少し手早く行動できたんですけど……」

「あ……そ、それは……」

 

 ツッコミを入れた途端「完全に忘れていた!」と言わんばかりの顔になりました。

 

「も、もうしわけございませぬ……」

「まあ……それを忘れるくらい、気が動転していたということですよね」

 

 なので急いで朽木家へ向かいましょう!

 万が一、本当に万が一にも"手遅れだった"なんてことのないように。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「緋真さんもお久しぶりです」

「まあ、先生。お久しぶりです。その節は大変お世話になりました」

 

 朽木家に着いて、緋真さんのところまで案内されましたが……

 別に一見した限りですが、具合が悪そうには思えませんね。極めて普通の状態――いえ、ちょっと調子が悪そうなくらいですね。

 

「ところで本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか……? 私は何も聞いては……」

「奥様のご容態がおかしいから診てくれと言われて」

「まあ!」

 

 用件を告げると彼女は、初耳だといった様子で驚きました。

 

「白哉様、以前にも申し上げたように緋真は何も問題ございません」

「し、しかし! どうしても不安だったのだ! まだ昔のようにお前が倒れてしまったらと思ったら! 今度こそ、取り返しがつかない事態に陥ってしまったらと思うと!! 気が気でなかったのだ!!」

「びゃ、白哉様……」

 

 ……この二人のやりとりを見ていると濃くて苦いコーヒーが欲しくてたまらなくなってくるのよね。

 

 愛情いっぱいの言葉に緋真さんの顔が一瞬で真っ赤になりました。

 白哉も、以前の体験がトラウマになってるみたいですね。だから、初期症状の段階で私を呼んだわけですか。手遅れになる前に。

 

 つまり今の状況は、私が白哉に頭突きをカマしたのが遠因ということか。

 

「そろそろ診察を始めますから、愛を確かめ合うのは日が沈んでからでお願いしますね」

「……ッ!!」

「い、いやこれはその!!」

 

 この二人、本当にウブよねぇ……

 

「それじゃあ緋真さん、朽木隊長も。具合が悪いと言うことでしたが、具体的にはどのような症状が?」

「それは――」

 

 問診の結果、夫婦の口から語られたのは大体こんな感じでした。

 

 微熱が続く。

 お通じが悪くなった。

 ときおり強い眠気に襲われる。

 腰痛や、お腹周り。下腹部が辛い。

 胸が張ったように痛い。

 頭も痛い。

 気持ちが不安定になることが多い。

 目眩や立ちくらみが起こりやすくなった。

 

 といった感じの軽いもので……ん? これって……まさか……

 

「すみません、ちょっと失礼します」

 

 一応よ、一応確認のために。霊圧照射で探って……

 

 あらら。

 間違いないわね。

 

「念のためお聞きしますが、行水(ぎょうずい)――なんて、もう言わないか。月の障りはありましたか?」

「月の……? ……あ! い、いえ。それはまだ……え!? あの、まさか……!?」

「そのまさかです」

「遅れているだけ、という可能性は……?」

「いえ、それはありません」

 

 ここまで聞けば、やっぱりわかっちゃいましたね。

 まあ本人の身体のことですから。思い当たるフシも皆無ではないでしょうし。

 

「あの、一体何がどうなったのでしょうか? 二人は納得しているようですが……」

「白哉様! そ、その!」

 

 と思ったら一人、理解してない人がいました。

 多分、私が教えてあげないと駄目ですよね。役割的にもなんとなくですが。

 

「朽木隊長、落ち着いて聞いて下さい」

「は、はい!!」

「おめでたです」

「はあ……あ、ありがとうございます……?」

 

 そういう意味じゃないの!

 まさかここまで察しが悪かったとは……

 

「いえ、そういう意味ではなくて。緋真さんは、妊娠しています。具合が悪かったのは、妊娠の初期症状ですね」

「……え!? あの、誰が、誰の……?」

「朽木緋真さんが、朽木白哉さんの、お子さんを、妊娠しています」

「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!」

 

 うるさっ!? 鼓膜が破けたかと思ったわ。

 屋敷中に響き渡らんくらいの大声で、白哉が叫びました。

 

「緋真! ありがとう、ありがとう!!」

「白哉様……そ、その……」

 

 と思ったら抱きつきましたよ。

 まあ、幸せそうだし。もう放っておきましょう。

 

 

 

 それにしても、ちゃんとヤることヤってたのねこの二人。

 確かにもう「孕ませて平気ですよ」って言いましたけれど。

 夫婦でマッサージしたら、そのまま夜のマッサージに突入ですか?

 銀嶺さんに、ルキアさんと阿散井君と、朽木家の使用人たちにもちゃんと報告するのよ。それと蒼純さんの墓前にもね。

 

 

 

「異常ではなかったので、今日はこれで失礼しますね」

 

 はー、まったく。

 大山鳴動してなんとやらじゃないですが、人騒がせな。

 

 それにしても妊娠、そして出産ですか。

 となるともう私の出番はありませんよね。

 本家当主、白哉の子供ですから。そんなのが産まれるとなればもう一大事ですよ。

 四番隊の出る幕じゃないです。

 

「あ、お待ちください湯川殿!!」

「あの……まだ何か? 正直、私にはもうこれ以上出来ることは……」

 

 これ以上出来ることと言ったら、酒もタバコも薬もやらないで激しい運動は控え、感染症対策に手洗いうがいとマスクを付けて人混みを避けろ。みたいな忠告くらいですよ。

 でもそのくらいは一般常識で皆さん知ってるでしょう?

 

「その、まだ気の早い話だとは重々承知しておりますが……」

「はい?」

「緋真の、お腹の子を、湯川殿に取り上げて頂きたく……その……」

「……はい?」

 

 ぶーっ!! え、私に!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください! それは流石に荷が重すぎて……それに朽木家ともなれば、専属の産婆くらいはいるのでは……!?」

「確かにおります。ですが、緋真のことは湯川殿以外にお願いするつもりはありません!!」

 

 駄目だってば!! そこまで踏み込ませると絶対どこかで不満が出てくるから!!

 

「その、私は産婆業は専門外ですから」

「まだ十月十日は猶予があります!! ですからその間にどうか勉強をして頂き――」

「いえ多分、一ヶ月以上は経過しているから、出産まであと九ヶ月くらい……」

「おお! そんなことまでわかるのですね!!」

 

 しまった! やぶ蛇だったわ!!

 

「そ、それに緋真さんも! 私なんかじゃ無理ですよね……!?」

「その……はい。私の命を救って頂き、妹にも再会させていただいただけでも大恩がございます。ですので、湯川先生にこれ以上を望むのはご迷惑かと……」

 

 ああっ! 何その言い方!!

 ズルいわよ!! 外側からチクチク責めてきてる!!

 それ「私以外に頼むのは嫌だけど、どうしてもって言うなら我慢して別の人に頼みますね」ってことじゃないの!!

 

「……わかりました」

 

 やってやるわよコンチクショウ!!

 

「おお! では!!」

「ただし、ちゃんとご家族や関係者全員と話し合って私が取り上げても問題ないと了解を取ってからです!! それと私も専門外ですから、隊長と相談してからお返事はさせていただきます! これが条件です!」

「はい! 何も問題はございません!!」

 

 ……以前、射干玉に「朽木家の好感度MAX」って言われたけれど、これは想定外だったわ……

 

『いやはや、拙者もここまでとは……事実は小説よりも奇なりとは、よくいったものでござりますなぁ!!』

 

「それと、もう一つお願いが……」

 

 まだ何かあるの!?

 

「出来れば、名前を……」

「いやいやいやいや!! それは駄目です、本当に駄目です! 絶対に駄目です!!」

 

 終わったと思ったら、もっととんでもない爆弾を投げてきたわねこの朽木白哉!!

 

「名前は父親となるあなたが決めて下さい。というかお願いするにしても、銀嶺様にお願いしてくださいよ!! 祖父ですよね!? お話を通さないのは問題が大きすぎます!!」

 

 ひ孫の顔はいつ見られますか!? って感じで、あの人、興味津々だったわよ!! ないがしろにされたら泣くわよきっと!!

 

「そこを何とか! 案、案だけで構いませんので!!」

 

 ええい! 裾を引っ張るな!! 駄々っ子かアンタは!!

 

「じゃあ……えーっと、白哉の"白"と緋真の"緋(赤)"から、合わせて桃とか桜の字を使う。というのはどうですか?」

「おお、なるほど!」

「あ、でもそれだと男の子だった時に字が可愛すぎるから少し問題ね。となると……似た表現に鴇色(ときいろ)というのがあったから、鴇の文字を使えばそこまで女の子っぽくは……なら……ない……」

 

 そこまで口にして気付きました。

 夫婦そろって笑顔で私を見ています。それも、さも「なーんだ、やっぱり名前を付けたかったのね」と言わんばかりの生暖かい目で。

 

「し、失礼します!!」

 

 なんだか恥ずかしくなったので、逃げるように朽木邸から退散しました。

 

 

 

 

 

 

 帰り道。

 私は大変な事に気付いてしまいました。

 

 桃だと、ウチの雛森さんと思いっきり名前が被っているじゃない!!

 

『気にするところそこでござるか!?』

 

 仕方ないじゃないの!! 名前被りは重罪よ!!

 

 それにどーせ、隊長に相談したら「絶対にやりなさい」って言われるに決まってるんだから……白哉もなんだかんだで全員を説得しちゃって、私にお鉢が回ってくるに決まってるんだから……

 

『や、やさぐれるのは良くないでござるよ!?』

 

 四番地区の図書館で、妊娠・出産や産婆に関係する本でも探しておこうかしらね……

 赤ちゃんを抱いたことあるけれど。ほら、志波さん家の岩鷲君。

 昔、遊びに行った時に抱っことオシメ交換したわ。

 でもあれとは違って新生児だもんねぇ……

 

 ちゃんと勉強だけはしておきましょう。

 万が一に備えるためにも。

 




朽木家メインが続きます。

●ソウルソサエティでの妊娠・出産
あの世の住人同士が子供作って人数増やすっていうのは、どういう理屈なのか。
産めや増やせやで、現世とのバランスが崩れないのかとても心配になる。
特に流魂街で「そういうこと」にならないかが、とてもとても心配になる。

ひょっとして「妊娠も霊力が無いと無理」みたいな設定なのだろうか?

多分、深く考えてはいけない。
(深く考えるとファンタジー世界の女冒険者とか大変なことになるので)

そしてルキア、伯母さん決定。

●鴇色
トキの風切羽の色のこと。
紫に近い淡いピンク色。

●行水
江戸時代の月経の隠語。


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第91話 準備は万端に

「うおおおおっ!!」

「はい、残念」

「ぐわああああっ!!」

 

 本日は霊術院で講師のお勤めです。

 講義も無事に終わり、そして終わったかと思えば一人の生徒が時間も場所も弁えずに挑みかかってきたので、一発で返り討ちにしたところです。

 

「根性は認めるけれど、それだけじゃ駄目よ。というか、時間と場所は弁えなさいっていつも言ってるでしょう?」

「う、うるせぇ……」

 

 この子、何度も何度もめげずに来るのよね。

 思い返せば、初日の新入生をシメるイベントの時から、やたらと私に向かって来てたわ。

 

 それから何度も何度も、隙があれば私に掛かってきて。

 そんなに飛び級で卒業したいの? それとも十一番隊志望なのかしら?

 

 でもこの子、入学した時からやたらと才覚を発揮していたのよ。

 あっと言う間に飛び級が決定して、卒業後は席官で入隊するのが確実なくらいなのよね。だからこんなことしなくても……

 

 あ、まさか私の身体を好きにしたいから!?

 だとしたら、とんだスケベ男だわ。でもその根性だけはもうとっくに認めてるわよ。

 

 ……え、この子について?

 

 別に知っても面白くはないと思うわよ。

 ただちょっと

 "髪が銀髪"

 "目が翡翠みたいな色"

 "天才児と持て囃されている"

 "背がやたらと低い、豆粒どチビ"

 というだけだから。

 あとやたらと「テメェが原因で雛森が……」とか言ってきました。何のことでしょう?

 

 名前? えーとね……ひ、ひつが……や……

 

 ……なんかムカついたから、もう一発殴っておきましょう。

 

 よく分からないけれど、あんたがちゃんと「雛森おねーちゃん好き好き大好き! 僕と結婚して! 僕が一生守るから!! あんな伊達眼鏡の優男のところなんて行かないで!! 僕が先に好きになったの!!」って言えば、あんなことにはならなかったんじゃないの!?

 全然よく分からないけれど!!

 

『がっつり理解した上で言ってるでござるなぁ……』

 

 あとこのくらいの天才、実は結構見てます。

 六百年近く死神やってるのは伊達じゃありませんよ!

 ちょくちょく出現するんですよね、天才児って。

 とはいえさすがにこのレベルの力を持っているのは希ですけれど。

 でもあんたの先輩、天才天才言われたおかげで自惚れて足下掬われて死んでいったわ。

 気をつけなさいね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ま、霊術院についてはどうでもいいんですよ。

 今日は別件で用事があるので、こんな日番谷冬獅郎(ミジンコおちびちゃん)を相手にしている暇なんてありません。

 急いで朽木家に向かいます。

 

 急ぎましたが、私が最後の到着でした。

 

「すみません、遅れてしまって」

「まあ、湯川先生。そんな、こちらの方こそ無理なお願いをしていたようで申し訳ございません」

「あ、先生。どうも」

「おお……」

 

 緋真さんは本当、いつでも丁寧ですね。

 そして白哉も無言で会釈を。阿散井君は私に気付いて会釈をしてくれましたが、ルキアさんはそれにすら気付かずに緋真さんのお腹をおっかなびっくり撫で続けていました。

 

「おい、ルキア……ルキア!」

「ひゃっ!! な、なんだ恋次! 驚かすな馬鹿者!」

「馬鹿者はどっちだよ。そうじゃなくて、先生が来てんだよ」

「む? お、おおっ! し、失礼しました!」

「まあまあ。お姉さんのことを自分の事のように心配しているみたいだし、気にしないで。阿散井君だって気になってるでしょう?」

「そりゃまあ、そうっすけどね……」

 

 ルキアさんと阿散井君、相変わらず仲が良いわよね。

 

 月日が経つのは早いもので、すでに緋真さんのお腹は大きくなっています。

 妊娠中期から後期、といったところですね。もうすっかり安定しているので、そこまで心配ではないのですが。

 

『ボテ腹プレイというやつでござりますかな?』

 

 そういう胎児をないがしろにするような発言は駄目! 絶対に駄目!! 怒るわよ!!

 

『も、申し訳ございませんでござる……』

 

 この時期なら一応、夜の営みもできるくらいではあるからね。間違ってるわけじゃないんだけどさ。

 でもね……ちょっと前までは、つわりが酷かったのよ。

 私、何度呼ばれたことか。

 やっぱりこの人、基本的には身体が弱い方なのかしら? つわりも個人差があるから一概には言えないんだろうけれど。

 だから今は安定してるんだけど、ぶり返さないかちょっとだけ不安。

 

 あ、そうそう。わざわざ言うまでもなく、予想されているとは思いますが。

 結局私が、緋真さんの出産まで立ち会うことになりました。

 

 卯ノ花隊長に相談したところでは「何も悪いことではないでしょう? 良い機会ですし、あなたの理想のためにも是非立ち会いなさい」と言われました。

 むしろ「なんでわざわざ私の許可を取ろうと思ったんですか?」とまで言われました。

 

 そして白哉の方――つまり、朽木家の関係者への説得ですが。

 こっちも白哉がちゃんとやってくれました。

 落とし所として、私以外にも元々専属担当だった産婆さんと一緒に。共同で取り上げる、といった形に落ち着きました。

 共同というのも名目上で、やっぱり私がメインで取り上げることになります。

 私も図書館の本とか産婦人科の勉強とかしてますけれど、やっぱり経験者がいるのは心強いですね。

 

 ということで久しぶりの緋真さん専属担当のお医者さんになってしまい、懐かしの定期検診が再開しました。

 今日は検診日なのでお邪魔しています。

 ついでだということでルキアさんと阿散井君も呼ばれています。家族の交流を深めているわけですね。

 

「おお! 動いた! 恋次、動いたぞ!!」

「そりゃ、腹の中で生きてるんだから動くだろ?」

「そのくらいは知っておる! 知っておるが、こうやって実際に触れるとまた違うのだ!! なんというかこう……違うのだ!!」

 

 ルキアさんはお姉さんのお腹に興味津々です。

 命が宿っているわけですからね。

 

「まあ、ルキアってば……そうだ、阿散井さんも触ってみますか?」

「お、俺がっすか!? え、ええええ遠慮しておきますッス!! なんか、壊しちまいそうで恐くって……」

「大丈夫だ恋次。緋真もお腹の子も、そこまでやわではない」

 

 白哉が得意満面の顔でそう言いましたが……

 私、知ってるんですよ。白哉も最初に触れる時は物凄くビクビクしてました。

 なんだったら今の阿散井君以上にビビりながら触れてました。

 まあそれは言わぬが花というやつで。

 

「そうですか? じゃあ、ちょっとだけ……おおっ! 暖けぇ……」

 

 震える指先で、触れるか触れないかくらいの距離で手を伸ばしたのですが。

 それでもわかるものなんですね。

 

「う、動いた! ルキア、動いたぞ!!」

「たわけ! それは私がもう言ったぞ!」

「うっせえな! なんかこう、違うんだよ!」

「それも私が言ったぞ!」

 

 感動してますね。混乱してますね。

 そのうち阿散井君とルキアさんでも、同じことをするのかしらねぇ?

 結婚式には呼んでね。ご祝儀は奮発するから。

 

 ……ああ、忘れるところでした。一応定番の台詞を言っておきましょう。

 

「これだけ元気だと、男の子かもしれませんね」

「「「「男の子!?」」」」

 

 おお、全員が食いつきましたね。

 特に白哉がすごい嬉しそうな顔をしています。

 

「そ、そうなんですか!? そういうものなんですか湯川殿!?」

「姉様の子供は男の子……つまり私に弟が……?」

「いや、弟じゃねぇだろ……お前、立場的にはおばさんだぞ?」

「フンッ!」

「ってぇ!! 何しやがる!!」

「うるさい! 馬鹿者っ!」

 

 うんうん、そうよね。立場上はそうだけど"おばさん"って言っちゃ駄目よ。

 せめて叔母で止めておきなさい。

 そのゲンコツは授業料として甘んじて受けておきなさい。

 

「男の子ですか……では、白哉様に似て凜々しい子に育つかもしれませんね」

「ん、んんっ!! 私はその、母子ともに健康でいてくれれば……」

 

 白哉が慌てて態度を取り繕いましたが、もう最初の食いつきを皆知ってますよ。

 

「いや、だがその……娘でも良いが、息子だともっと嬉しい……」

「そうですか。その願いはきっと叶いますよ」

「湯川殿! あの、本当に息子なのですか……!? もしそうならそうだと仰って下さい!!」

「さあ、どうでしょう?」

 

 その辺の結果は、神のみぞ知るということではぐらかします。

 実はもう、知っていますけどね。

 医療従事者舐めんなよ。

 霊圧照射をエコー代わりにして、お腹の子の性別なんてとっくに分かってますよ。

 

『教えてあげればよいのでは……?』

 

 出産予定日の一ヶ月前くらいになったら教えてあげるわよ。

 どっちかなってドキドキするのも、妊娠の醍醐味の一つでしょう?

 このくらいは必要経費ってやつよ。

 ……それにこの反応も楽しいし。

 

「まあ、産まれてくる子の性別はともかくとして。出産まではしっかり奥様を支えてあげて下さいね。お父様?」

「う、うむ! そうだったな! 緋真、安心してくれ!!」

 

 しかし白哉の「男女どっちでもいいから健康でいて欲しい」って言葉は、嘘偽りのない真実よね。

 緋真さんの弱っている姿を、多分最も間近で見続けた白哉だからこそ、恐くて仕方ないんでしょう。

 それに緋真さんは軽くトラウマ持ちですからね。ルキアさんと別れたときと同じ轍を踏まないように、白哉がちゃんと支えてあげてね。

 

 それと比べたら私の役目なんて簡単なものよね。

 取り上げたらそこまでですから。育児なんて産婆は関わらないから。

 

 

 

 

 

 と、これで話が終われば良かったんですけどね。

 

「そう言えば、湯川先生はご結婚はなされないのですか?」

 

 ふとした瞬間、緋真さんがとんでもない爆弾を投げ込んできました。

 

「え!? 私がですか……?」

 

 男の相手とかナイナイ。

 

アレ(・・)の扱いは下手な女性顔負けで長けているでござるよ!!』

 

 いやまあ、それは事実だけどさぁ……

 

「考えたこともありませんし、それ以前に考えられませんよ。私が結婚だなんて」

「そうですか……? そのようなことは無いと思いますが……」

「では、差し支えなければ自分が縁談をご用意しましょうか? そういった話もいくつかは……」

 

 白哉! ハウス!! いらん事はしないでいいから!!

 

「いえいえ、大丈夫です! 本当に大丈夫ですから!!」

 

 と言って、ちゃんと断ったんです。断ったんですよ!!

 なのに――

 

「いかがでしょうか? こちらは――……」

 

 ――なんで縁談話を持って来ちゃうかなぁ……白哉……

 

 しかも四番隊まで見合い写真を持ってきちゃうのはどうなのよ!!

 

 

 

 大体ねぇ! 四番隊(ウチ)には私なんかより卯ノ花隊長という――……

 

 ……ごほんごほん。あーあーあー、本日天気晴朗なれども波高し。

 

『行き遅れなどと言う言葉は、拙者たちの辞書には存在しませんぞ!! よって無罪! 無罪にござる!! 無知シチュ無罪!! 拙者は騙されていただけでござる!! ですのでどうか、お上の! お上の慈悲を!! 後生でござりますからあぁっ!!』

 

 なんでもありませんし、何にも言ってません。

 

 

 

 四番隊(ウチ)の隊士たちは、私の珍しい姿に興味津々。

 全員がお耳を象さんみたいに大きくして聞き耳を立てています。

 

「あの、朽木隊長。お気持ちは本当に嬉しいのですが――……」

 

 もういいや。面倒だから最後のカードを切って断ろう。

 

「――……自分よりも弱い相手と結婚するのはちょっと」

 

 言ってやりました。

 

 

 

 ……なんだか、雛森さんと吉良君のやる気が上がったらしいです。




剣ちゃん「ほほう」
烈ちゃん「ほほう」
藍俚「許して下さい、出来心だったんです」


●シロちゃん
映画で「霊術院に入ったのはルキアが朽木家へ養子に入ってから」な情報があった模様。
なので、本当だとこのタイミングで入学しているのはおかしいはずなのですが。
(雛森とかがまだ霊術院に在籍してた頃に入ってきていたのが正史?)

でも。

雛森と同じ所に通っていると「シロちゃん」って呼ばれて恥ずかしい。
雛森に「私の方が先輩なんだから、先輩って呼ばなきゃ駄目だよ」とか言われたくない&雛森先輩なんて呼びたくない。
(本当はどっちも凄く呼びたいし呼ばれたい。でも捻くれてしまった)
みたいな葛藤があって、入学タイミングをズラした。

くらいにでも気楽に考えてください。

●映画版
さすがにそこまで混ぜられない。
(小説版に氷輪丸の奪い合いな記述がありましたけれど)

●朽木白哉
よかれと思って(最後のシーンみたいなことを)しそう。
というか絶対する子。


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第92話 産声を上げろ

 今日は霊術院で講義の予定でした。

 ……が、すっぽかしました。

 

 冗談ですよ、ちゃんと事前に「今日は無理です」と言ってありますし、生徒たちに通告もしています。

 あの日番谷冬獅郎(ミジンコどチビ)も今日は私がいなくて悔しがってるかもしれません。

 

 四番隊の業務もしばらくは軽めにして貰っています。ただこれは私のワガママだからあとで埋め合わせをする予定です。

 

 だって今日は――

 

「すみません! 遅れました!!」

「ああ、湯川殿! お待ちしていました!」

「緋真さんは!?」

「いえ、まだですが……」

 

 白哉も気も(そぞ)ろというか、気が気でないというべきでしょうか。

 そわそわしてて一向に落ち着きません。

 まあ、仕方ありませんよ。だって――

 

 ――緋真さんの出産予定日です。

 

 予定日だから、必ずしも今日というわけじゃないんだけどね。

 白哉はこの数日は仕事を休んで緋真さんに付きっ切りみたいです。六番隊がちゃんと回っているのかどうか、とても心配です。

 

「じゃあ私もつきます。ただ、あくまで予定日なので。お腹の中の子はこっちの都合なんて考えてくれませんから注意を――」

「先生!!」

「姉様は、どうなりました!?」

「ルキア! それに恋次も!?」

 

 私に遅れること少し、二人も合流してきました。

 

「どうしてここに!?」

「今日が予定日なんで、無理言って俺たち早引きしてきました!」

 

 緋真さん愛されてるわねぇ。

 昔から、出産というのは一大行事でした。

 たとえば「大名行列を横切るのが許されるのは医者と産婆だけ」といったように。つまるところ、そのくらい大変なことなのです。

 ましてそれが五大貴族の出産なんてことになれば、大大大事件で大大大ニュースな出来事だもの。

 

 ……あれ? でも岩鷲君の時とか全然騒がれなかったわね。

 まあ、志波家はそういう風潮のお家だから。流魂街の皆さんでささやかにお祝いとかしてたのかしら。

 

 

 

 

 

 ということで、ルキアさんたちも連れて緋真さんのところへ向かいました。

 今回は出産なので、大広間を貸し切り状態で分娩室にしてあります。

 中に入ると、すでに戦場もかくやといった感じの緊張感に包まれていますね。お産婆さんがいて、そこに助手もついていて。

 一緒に入室した白哉とルキアさんが、思わずその空気に呑まれて動けなくなりました。

 

 ……あ、阿散井君は別室待機です。

 

 今日! ここに入って良い男性は夫のみ――つまり白哉だけです!

 まだ親戚でもない彼を立ち会わせるのはちょっと……

 

 なので、彼は別室待機です。

 

 行きがけにちょっと覗いたのですが、待機部屋には朽木家の関係者と使用人(男性限定)が所狭しと並んでいました。

 特に銀嶺さんが物凄い顔をして待っていたので、あそこで待つ羽目になった彼は物凄く居心地悪いと思います。

 

 軽く合掌。

 

 さて、大広間の方に視点を戻しますよ。

 室内は中心に布団が敷かれており、そこに緋真さんが寝ています。まだ陣痛も来ていないのですが、それでも彼女はやっぱりというか、緊張感に包まれてますね。

 ……これはちょっと不味いかもしれません。

 

「緋真さん」

「あ、湯川先生……」

「もしかしたらこの状況に気負っているかもしれませんが、気負う必要はありませんよ」

 

 この人、精神的にも脆いので。

 今の状況を見て「今日絶対に産まなきゃ! 産まなきゃ!!」とか思い込んで、自分を追い詰めているかもしれませんから。

 

「十ヶ月、あれだけ苦労してお腹の子を守ってきたのですから。だからこの数日くらいは、周りの皆は私のために苦労して当然。泊まり込んで備えるのも当然のことだ。私とお腹の子はそのくらい優遇されて当然……みたいに気楽に考えてください」

 

 なのでまずは、肩の力を抜かせます。

 気負いすぎて死産とか母体が危険な結果になった日には、笑い話にもならないからね。

 ここまで来てバッドエンドとか絶対にごめんよ。

 

「それと、想像はついていると思いますが。これから今まで以上に苦しくて大変なことになります。だから、この人たちも寝ずの番で備えて自分と一緒に苦しんで当然だ。くらいの気持ちで、どーんと行きましょう」

「……まあ」

 

 周りの人もお仕事ですし、何より朽木家から高い高いお給金を貰っているんですから。

 使い潰して当然くらいの考えで良いんですよ、今だけは。

 とはいえ狙い通り緊張はほぐれたみたいですね。

 私の言葉を聞いて、くすくすと笑い始めました。

 

「ふふふ……うっ! あううううっっ!!」

「緋真!!」

 

 笑っていたかと思えば、急に苦しみ始めました。

 

「緋真さん!? 来ましたか?」

「は、はい……」

「あの、これは一体……」

 

 白哉が完全にビビってます。

 

「陣痛よ」

 

 しかしこれは、予定日ピッタリとか両親に似て良い子ね。

 

 ではここからが私たちの仕事です。

 たっぷり霊圧を使って念入りに蝦蟹蠍(じょきん)しておきまして。ルキアさんと白哉、部屋の中の人たちも含めて念入りに消毒をしておきます。

 あと、お産婆さんたちとは事前に何度も綿密な打ち合わせをしているので、意思疎通もばっちりです。

 

「産湯の用意は!?」

「いつでも問題ありません!」

「清潔な布は!?」

「たっぷり用意してあります!」

「陣痛の間隔を測っておいて!」

「はい!!」

「分かってるだろうけれど初産だから、注意して!」

「あの、湯川殿……」

「なに!?」

「あの、私たちはどうすれば……」

 

 気がつけば、所在なさげに白哉とルキアさんがオロオロしていました。

 ……まあ、確かに。この二人はこの場では役に立たないわよね。

 でも「邪魔だから出て行け!」なんて言えないので。

 

「緋真さんの手を握って、励ましてあげて下さい。これは夫や家族にしか出来ないことですから」

「「はい!」」

 

 義兄妹なのに、やたら息ぴったりで返事したわね。

 ……あ、そういえば。ついでにやっておきましょう。

 

「誰か布で簡単な衝立(ついたて)を用意してあげて! 緋真さんのお腹から下を見えないように隠して!!」

 

 まあ、一応ね。

 出産に立ち会った夫が、産まれてくるところを間近で見て不能になるケースもあるって聞くし。白哉はまだ若いから大丈夫だろうけれど、一応ね。

 

 でも子供の頃に見ると、軽くトラウマになるわよねアレ。

 

「緋真さん。前にもお伝えしましたが、ここからが本番です。長丁場になると思いますが、気をしっかり持って下さい」

「は……はい!」

 

 さてさて、どのくらい時間が掛かるのか。

 こればっかりは神様にだって分かりゃしないわね。

 

 

 

 

 

「あぐっ!! 痛いっ!! 痛い!!」

「まだ、まだです!」

「これじゃまだ産めないよ! もう少し耐えて!!」

「緋真! 緋真!!」

「姉様!! 姉様!!」

「まだ……ですか……?」

「まだ! いきんじゃ駄目! 前に教えましたよね! ヒッヒッフーですよ! 今は耐えて!! 痛みを散らしてください!!」

「緋真!!」

「ああ、来た! 来たよ!! これなら」

「緋真さん、来ますよ! 息を合わせて!!」

「ああっ!! あああああああああああぁっ!!」

 

 

 

 

 

 ……数時間掛かりの大仕事でした。

 

 ですが、蓋を開けてみれば安産でしたね。

 酷い時には丸一日とか掛かるらしいので、それと比較すればすんなりでしたよ。

 ちゃんと頭から出てきて、お母さんに負担を掛けなかった良い子です。

 

「この子が……私の……」

 

 そして今、緋真さんは産まれたばかりの赤ちゃんをそっと抱き締めています。

 ほぎゃーほぎゃー泣いていますが、これは元気な証拠。赤ちゃんは泣くのが仕事です。

 

「そうだな……私たちの子供だ……」

 

 白哉は赤ん坊を抱く緋真さんに、なんとも言えない優しい視線を向けていました。

 

「緋真……ありがとう。私の子を産んでくれて……私を父にしてくれて……」

「白哉様……緋真こそ、白哉様の妻になれて、母になれて、感謝の言葉もございません……緋真は、幸せ者です……」

 

 おーおー、ラブラブね。

 周りにいる人たちのことなんて忘れて、完全に二人の世界に入ってるわ。

 

「それと湯川殿も、色々とありがとうございました。あなたがいなければ、私は妻も……この子も……」

 

 と思ったら、今度は私にお礼を言ってきたわ。

 よかった、空気にされたわけじゃないのね。

 

「まあ、色々ありましたけれど……お二人とも、苦い経験をしてきたわけですから。だから、その子の前では同じ轍は踏まないであげて下さい。親としてその子の命に責任を持って、人生を精一杯祝福してあげてください」

 

 そう言うとこの場の全員が、私のことを尊敬の眼差しで見てきました。

 特にルキアさんなんて、何だか私を教師を見るような目です。

 

『教師でござるよ!? お忘れなく!!』

 

 そういえばそうだったわね。

 

 しかし疲れたわぁ……

 

 

 

 ……あ、そうそう。いけないいけない、外の連中を忘れるところでした。

 

「もう入っても大丈夫ですよ。ただし、静かにしてくださいね」

 

 大広間の扉を開け、顔だけを出して。廊下で待機していた人たちにそう教えます。

 

 こちらに並んでいるのは、全員が元々別室待機していた人たちです。

 とはいえ緋真さんの悲鳴も赤ん坊の泣き声も全部が丸聞こえですからね。

 赤子の声が聞こえた時点でいてもたってもいられなくなり、部屋の前まで来てました。だってドタバタ足音がしてましたから。

 

「白哉! それに緋真さんも! おめでとう! よく頑張ってくれた!!」

「お爺様!!」

「銀嶺様!!」

「おお、おおっ!! 先生の言う通り男の子か!! いや、女の子でも構わぬのだが、やはりじゃな……」

「おめでとうございます! 銀嶺様! 白哉様! 緋真様!」

 

 入室の許可を出した途端、雪崩のように押し入ってきて。

 かと思えば銀嶺さんが嬉しそうです。

 ひ孫ですし、男の子だから跡継ぎ確定ですものね。

 一緒にいた使用人の人たちも上を下への大騒ぎです。

 

 嫌な言い方ですけれど、緋真さんは奥さんとして最高の仕事をしたわけです。

 これで二人目は女の子でもOKですね。嫌な言い方ですけれど。

 

「よし! 皆の者、今日は無礼講だ!! 宴の支度をせい!! 仕事なぞ忘れろ!! 明日の夜まで呑むぞ!!」

「「「「おおーっ!!」」」

 

 しかし、騒ぐなって言ったのに。

 速攻で破ってしかも大盤振る舞いですよ銀嶺さん。

 

 まあ、今日は仕方が無いですよね。

 

「な、なあルキア……どんなんだった……?」

「うむ……すごかったぞ……」

「いや、全然わかんねーよ……」

「なんというかその、姉上は母になったのだと強く実感させられた……産まれるまではとても苦しそうで、だが産まれてからはとても嬉しそうで……羨ましかった……わ、私もいつかは、子供を授かるのだろうか……?」

「んー、あー、まー、なんだ……そんときは俺も隣にいてやるからよ……」

「? 何を言っておるのだ……?」

 

 あらあら、ルキアさんと阿散井君はいつ見ても微笑ましいことで。

 俺が父親になる! くらいのことを言えるようになると良いわね、阿散井君。

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 緋真さんが母になったわけで、これで彼女には完全に女として先を行かれましたね。

 

 もしも私が男性と恋愛とか出産とかしたら「精神的にはホモ」みたいな注意文が必要なのかしら?

 

『気にするのはそこでござるか!?』

 

 ……いや、私もある意味では出産をしてるのか。

 ほら、卍解を覚える時に。

 

 …………。

 

 いやいや、アレはノーカウント!! 新品! 私はまだ新品!!

 



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第93話 出産後の顛末

顛末の列挙だけなので超短め。ごめんね。



「いやぁ……大騒ぎね……」

 

 今月号の瀞霊廷通信に目を通し、私は思わず呟きました。

 

 朽木家の長男誕生は、大ニュースになりました。

 瀞霊廷通信でも特集が組まれたくらいに。

 なにしろ五大貴族の一家の慶事――しかもそこの次期当主がほぼ確定でもある、男児の出産ですからね。

 

 ニュースにならないわけがない。

 

 あーんど。

 

 ニュースにしないわけがないのです。

 

 号外が出るほどではありませんが、かなりの大ニュースです。

 というか霊王様という最上位の方がいるので、号外を出すことは滅多にないのです。

 

 

 

 そして待望のお子さんのお名前ですが――

 

 朽木(くちき) 鴇哉(ときや) となりました。

 

 

 

 ……案だけって言ったじゃない!!

 

 まんま鴇の文字を使っちゃって!! そこに白哉の"哉"の文字を足した名前って!!

 親の名前から一文字取って、という名付けの王道じゃない!!

 

 まあでも、そこまでなら良いのよ。そこまでなら。

 

「すごいですね副隊長!! あの朽木家の嫡子の名付け親ですか!?」

「これは四番隊も鼻が高いですよ!!」

「副隊長、すごいです……」

 

 隊士たちがすごい目で見てきます。

 だって書いてあるんですよ、瀞霊廷通信に。

 

 朽木(くちき) 鴇哉(ときや) と言う名前になりました。

 その 鴇哉(ときや) という名前は私が考えた――って。

 

 なんで言った朽木白哉!! そこはせめて銀嶺さんに考えて貰った、とか言ってよ!!

 ……おかげで、いらない株が上がってるんです。

 

 ただでさえ、朽木本家に出入り自由ですし。外様の私が赤ん坊を取り上げたので、変な目で見られたりするのに。

 そこにダメ押しまでされたら、もうどうしろっていうのよ!!

 何か余計なオマケがついて来ないか心配で心配で……

 

『ですが藍俚(あいり)殿と拙者のコンビならば、向かうところ敵なし!(一部を除く)でござるよ!!』

 

 私のことはどうでもいいのよ。

 胴体真っ二つにされても復活できる程度の自信はあるから。

 物理的な暴力なら千人単位で来られても全部返り討ちに出来る(一部を除く)から恐くはないわよ。

 

 心配してるのは、四番隊(ウチ)の隊士なの!

 なにか貴族の変な事件に、とばっちりで巻き込まれないかが心配なの!!

 

 ただでさえ「私が取り上げると安産になる」って根も葉もない噂がもう立ってるの。

 そこに朽木家のお墨付き、みたいなものまで付いちゃうと。それをよからぬことに利用されないかって心配で心配で……

 

『なるほど……しかし隊士の皆様は……』

 

 チラリと皆の方を見れば。

 

「俺も結婚したら副隊長に取り上げて貰おう!!」

「お前の場合はまず相手を見つけるのが先だろ!!」

「でもあの朽木家の子供を取り上げた人だもんね! 絶対縁起が良いよ!!」

「副隊長、なんでも出来ますね!!」

 

『……大人気でござるな』

 

 あの光景を見ていると、こんな心配するだけ無駄なのかもしれないって思うけれど。

 

 でもまあ、内輪で笑い合ってくる位なら良いのよ。

 ほら、コレ見て。

 

『お手紙……でござりますか?』

 

 黒ヤギさんからいっぱい来たの。

 しかもこれ全部、さっき私が危惧した通りの内容なのよ。

 

『なっ!? 十通以上はございますぞ!?』

 

 同じ死神ならまだ良いけれど、中には貴族の手紙もあるの。

 絶対にハク付け狙いよこれ……

 どうしたものかしらねぇ……

 

 

 

 ぜーんぶ見なかったことにして、捨てちゃいましょう!!

 白ヤギさんに頼んで読まずに食べちゃいましょう!

 ――ってわけにもいかないわよね。

 

 ……もう全部、後処理は朽木家に押し付けちゃおっと。

 

 せめてこのくらいはして貰わないと!

 自分の所の影響力が全然分かってないわよね!

 

 この記事に触発されたのか、しばらくは各隊からほんのりピンク色な空気が漂うようになりました。

 



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第94話 都さんを嫁にしたい

困った時のアニメ版


 霊術院で"天才"と持て囃されていたあの小さい小さい小僧は、十番隊へ行きました。

 びっくりしたわぁ……アレって日番谷冬獅郎だったのね。そんなこととは露知らずに「アンタがもっとしっかりしてれば雛森さんはあんなことにならなかったんじゃないの!」とか思いながらシゴいちゃったわ藍俚(あいり)ちゃん失敗失敗テヘペロ。

 

『カケラも悪いとは思ってないでござるな……』

 

 

 

 

 ま、そんな子はどうでも良いの。

 

 

 

 

「十三番隊から緊急連絡です!! 隊士の一人が容態不明となり、直ちに応援に来て欲しいとのことです! 繰り返します! 十三番隊から――……」

 

 四番隊でお仕事をしていると、緊急入電のアナウンスが入りました。

 

 ……うん、ちょっと違和感を覚えるかも知れないけれどね。でも技術は発達してるので、こういう設備もあるんですよ。連絡が来て隊内に周知のアナウンスする設備とか。

 いつまでもずーっと江戸時代みたいな技術水準じゃないのよ。十二番隊だけが突出して凄い設備いっぱい持ってるように思うけれど、それ以外の隊も持ってるのよ。

 

 それはそれとしても。

 

「十三番隊、かぁ……」

 

 そろそろ当たり、かしらね?

 

 前にも言いましたが"海燕さんがなんだかこう、大変なことになる事件"が起きることだけは覚えていました。ですからこうして、十三番隊に異変が起きる度に注意を払っています。

 まあ、大概が外れ。

 海燕さんとは全く関係ない事件なんですけどね。

 

 ルキアさんに「海燕さんが危険そうな任務を請け負ったら連絡して」って言えれば楽なんですけどね。でもそんなこと言えるわけないじゃない!! それとなく「いつでも連絡してね」と伝えるくらいが関の山だったわ。

 なので小さい出来事であっても首を突っ込んで確認しています。

 

「出動はどの班? 私も行くわ」

「え!! 副隊長もですか!?」

「容態は不明なんでしょう? 万が一があってからじゃ遅いのよ?」

「わ、わかりました! おーい、副隊長も一緒に行ってくれるって!!」

「え!? 副隊長も!? じゃあ人数は少なくて良いな?」

「容態不明が一人って話だから、二人付ければいいか?」

 

 出動準備をしている子たちに声を掛けて、強引に同行を取り付けます。

 権力によるゴリ押しってやつですね。

 

「おや藍俚(あいり)、また出動ですか?」

 

 出掛けに卯ノ花隊長に呼び止められました。

 うーん……最近ちょっと出張るのが多くなってるから、不審に思われてますかね?

 

「はい。何もなければ隊士の子たちに任せてすぐに戻ってきますから」

「十三番隊といえば、あなたが気にしていた朽木家のあの子が入隊していましたね。月並みな言い方ですが、あまり特定の相手に入れ込みすぎるのはよくありませんよ?」

「……?」

 

 ……あ、そういうことですか。

 

 ちょっと前の"朽木緋真様ご出産おめでとうございます"からこっち、私は"朽木家に尻尾を振る犬"みたいな目で見られることもあったりしました。

 そんな時期に十三番隊へ多めに顔を出す――ルキアさん繋がりで、何かよからぬことを考えているのではないかと思われてもしかたないかもしれません。

 

 こういう忠告をちゃんとしてくれるのも、隊長なんだなぁって思います。

 

「別にそういうつもりはありませんよ。節度は弁えているつもりです」

「ならばよいですが……」

「ご心配頂き、ありがとうございます。それでは行って参ります」

 

 隊長らに見送られながら、十三番隊へ向かいます。

 外を見ると、もうほとんど日が沈みかけていました。何事もなくっても、戻りは夜になっちゃうかしらね。

 

 

 

 

 

「あれ、先生!? 先生が来て下さったんですか!?」

 

 十三番隊の隊舎へ行ったところ、ルキアさんが出迎えてくれました。

 

「容態不明と聞いていたので、万が一に備えて。それで、患者はどこに?」

「こちらです!」

 

 彼女に案内されて向かった先には――

 

「湯川、か? なんでここに!?」

「海燕さん。いえ、連絡があったので」

「なに!? 誰だ、四番隊に連絡を入れたのは!?」

「わ、私です……」

「まあまあ、浮竹隊長。そう怒らないであげてください。これも四番隊の仕事ですから。ルキアさんは何にも悪くありません」

 

 いや、本当に。怒らないで。

 彼女は最高に良い仕事をしてくれたんだから。

 

 思わず抱き締めてキスの一つでもしたくなる気分よ。

 なんだっけ、こういうときに言う言葉……エサクタ! だっけ?

 

『(exacta(エサクタ)は"正解"でござるなぁ……多分、suerte(スエルテ)を"ラッキー"と言っていたアレのことでござりましょう……)』

 

 

 

 一室に寝かされていたのは、志波(しば) (みやこ)さんでした。

 

 

 

 都さんとは、顔を合わせたことがあります。

 話もしたことがあります。

 なんだったら回道を掛けたこともあります。

 丁寧な喋り方と柔らかい物腰で、男だったら話をしただけで大抵はコロっと行きます。

 死神としても強くて、十三番隊の三席なんですよ。

 ルキアさんが「先生とは違うタイプですが凄い人です。憧れます」みたいなことを嬉しそうに言ってました。

 

 そして海燕さんの所に嫁入りしてます!

 奥さんなんですよ!! 人妻ですよ!! だから志波の姓なんですね!!

 くーっ! 同じ職場で同じ部隊で、しかも副隊長と三席とか!!

 なにそれ羨ましい。

 というか夫婦のイチャコラ現場を見せられる十三番隊の人、可哀想……

 

 そんな都さんですが!

 

 私……この人をマッサージしたことないんですよね。

 ほら、前に空鶴をマッサージした時を覚えてるかしら?

 あの時は最終的に、夜一さんと一緒に三人で正座させられてお説教されたでしょう? あれから海燕さんのガードが堅くなって。

 都さんとの接触は握手くらいが関の山でした。

 

 ……くっ!! あんな包容力と母性の塊のような人のおっぱいを揉めないなんて!!

 

『拙者も都殿を見ているとムラムラしてくるでござるよ!! ああ、海燕殿が羨ましい!! あのお尻を思う存分に揉んで揉んで揉み倒してやりたいでござる!!』

 

 と、こういうことを考えるから、警戒されてるんでしょうね。

 自分の嫁だもんね。自分で守らないとね。

 

「……要救護者は、都さんですか?」

「ああ、そうだ」

「えっと、何があったんでしょうか?」

「それについては俺が話そう。実はだな――」

 

 海燕さんに代わり浮竹隊長がお話してくださった内容によると。

 

 ちょっと面倒な(ホロウ)を見つけたらしく、都さんたちに先行偵察の任務が与えられた。

 今日の朝早くに出発して、異変が起きたのはその日の夕方。

 都さん一人だけが戻ってきた。他の者は不明だが、おそらく全滅したと思われる。

 十三番隊で医術の心得のある者が軽く都さんを診たが、怪我はしているものの命に別状はない模様。

 ただ意識不明で目を覚まさない。

 

 そこに"ルキアさんが一応念のためにと四番隊を呼んだ"の一文が追加されるわけです。

 彼女が四番隊(ウチ)に連絡を入れた時にはまだ都さんの容態は不明でしたし。

 

「なるほど」

「あの副隊長、なら僕たちは来なくてもよかったんじゃ……?」

「そうですよ。特に大きな外傷もないようですし、後は十三番隊に任せましょう」

 

 一人納得している私と対照的に、部下の子たちがおずおずと申し出てきました。

 

 ええ、気持ちは分かるわ。

 本来なら私たちの出番なんてないもんね。とっとと帰りたいわよね。

 

 でもね、偵察に出ていたのにこの程度の怪我で戻ってきたって変じゃない?

 都合良く意識不明っていうのもおかしくないかしら?

 

 仮に応援を呼びに戻って来たとしても、三席の彼女が来るかしら? 都さん、責任感も強いし上位席官よ?

 部下が応援を連れて戻ってくるまで残って時間を稼ぐとかしそうなんだけど?

 なにより強い(ホロウ)と戦ったなら、もっと酷い怪我くらいあるでしょう?

 

 つまり、端的に言って怪しすぎる。

 調べないという選択肢はありえないわね。

 

「一応、私も診ておくから。それから帰りましょう」

「何も無いと思いますよ」

 

 彼女を診た十三番隊の人がそう言いますが……

 さてさて、鬼と出るか蛇と出るか。

 彼女の身体を調べて……

 

 …………

 

 ま、まあ記念だからね。診察しつつ軽いお触りくらいはしておきましょう。

 彼女の胸元に手を翳して、霊圧照射で探りながら、ついでに軽く鷲づかみ……おお、これはなんと。大きさはそこそこだけど、なんとも上品なお山で……――って!!

 

「ッ!!」

「なんだ、どうした!?」

 

 しくじった!! 油断してたわ!!

 こんな分かり易い反応しちゃうなんて、私も人のこと言えないわね!!

 

 ……いたのよ、内側に。大きな異物が!

 (ホロウ)が潜んでいる!!

 気付いた瞬間、思わず電気に触れて弾かれたみたいな反応しちゃった。

 

「皆さん下がって!! 海燕さん、すみません!!」

「は? そりゃどういう……」

「縛道の三十! 嘴突三閃(しとつさんせん)!!」

「おい湯川!! おまえ何やって――」

 

 制止の声を上げながら私の肩を掴んで止めようとしてきましたが、それを無視して縛道を放って動きを止めようとします。

 

「ちぃっ!!」

 

 ですが今まで気を失っていたはずの都さんが勢いよく身を起こし、縛道から逃げました。

 その身のこなしと反応速度は、とてもではありませんが今この瞬間に意識を取り戻した人のそれではありません。

 もっと前から、外部の様子をつぶさに窺っていなければまず不可能です。

 

「都!?」

「都殿!?」

「なんだ!? 何が起こっている!?」

 

 十三番隊の面々は混乱の極みのような反応ですね。

 

「都さんは(ホロウ)に操られています……多分、体内に潜むような形で……!」

「馬鹿な! そんな痕跡どこにも!?」

 

 結果論だけどルキアさんが呼んでくれたのは超グッジョブね。

 十三番隊の診断した人には後でゲンコツをあげましょう。

 

「くっ! 女ッ!! どうやって気付いた!?」

 

 声色は都さんのもの。

 ですが口調や内容は、彼女が言ったとは思えないほど口汚いものです。

 多分コレは、潜んだ(ホロウ)が喋らせてますね。

 

「せっかくこのまま忍び込み、死神どもを殺し、喰ろうて遊んでやろうと思っていたのが、すべてパァよ!! 忌々しい真似を!!」

「テメエ!! 今すぐ都から離れろ!!」

 

 海燕さんを筆頭に、数名の十三番隊の隊士たちが抜刀して都さんを取り囲みました。

 

「ひ……ひひひひ……! ひひひひひひひ!!」

「何がおかしい!」

「あなた……やめて……」

「っ!! み、都!? 都なのか!? 正気に戻ったのか!!」

 

 都さんが突然しおらしい顔と表情を見せ、それを見た海燕さんの動きが鈍りました。

 

「馬鹿めがっ!!」

「う、おおおっ!!」

「ちっ!! そう上手くは行かぬか……!!」

 

 油断した隙を突いて、瞬時に刀を抜いて斬りかかってきた都さんでしたが、なんとか反応した海燕さんが打ち払いました。

 つまり今のは演技、彼女の記憶でも探ってるんですかね?

 情に訴えかけるとか、憎らしいけれど効果的ね。

 それにあの斬撃速度……三席は伊達じゃないですね。その肉体を自由自在に操っているわけか……ちょっとだけ問題ね。

 

「縛道の六十一! 六杖光牢(りくじょうこうろう)!!」

「おおっと!!」

 

 これも避けた!? 隙を狙ったはずなのに!!

 案外素早い!! それとも手加減しすぎたかしら……

 

「こんなところで捕まるわけには行かぬ!!」

「くそっ! 待てっ!!」

 

 部屋の壁を乱暴に壊しながら都さんは逃げていきます。

 

「うおっ!! なんだ!? 壁が砕けたぞ!!」

「志波三席!? どうしたんです!?」

「馬鹿! さっき連絡があっただろ、気を抜くな! 構えろ!!」

 

 遅れて外に出てみれば、十三番隊の隊士たちのそんな声が聞こえてきました。

 どうやらさっきの騒動を浮竹隊長が他の人たちへ事前に周知したみたい。

 でなければ、都さんの乱心を知らず、通り魔的に何人か斬られていてもおかしくなかったわね。

 やがて追手(おって)の気配を察知した都さんは再び逃走しました。

 

「都! 都おぉっ!! ……隊長、俺は追いますよ!! 止めても無駄ですからね!!」

「待て海燕!! 相手がどこにいるかも……」

「縛道の五十八 掴趾追雀(かくしついじゃく)! ……見つけました!」

 

 掴趾追雀(かくしついじゃく)は相手の居場所を捕捉する術です。

 さっきのドサクサで相手の霊圧まで覚えましたからね。

 このくらい見つけるのは軽い軽い。

 

「ありがてぇ! 湯川、どこだ!?」

「すぐそこです! 案内します!」

「待て! 四番隊のお前に首を突っ込ませるわけには……」

「もう私も立派に当事者ですよ。それに都さんの中に潜む相手に気付いたのは私ですよ?  場所を調べたのも私ですよ? お役に立てると思います」

 

 一気に追いかけて都さんを力ずくで捕まえちゃっても良かったんだけどね。

 ただ、それをやると海燕さんが泣くと思ったから自重してました。

 今回は出来るだけ裏方に徹しておきましょう。

 

「何より救護役は必要でしょう?」

「……くっ! わかった、だが俺も行く!!」

 

 こうして、私・海燕さん・浮竹隊長の三人で追うことになりました。

 他の人はお留守番と、万が一に備えて警戒とか戦闘指揮を取ることに。

 

「朽木、お前は残っていてくれ! 他の者たちと共に警戒を頼む!」

「はい! 隊長、海燕副隊長。どうかご無事で……!」

 

 ……あれ? この追跡部隊にルキアさんもいたような……?

 

 私の記憶だと、本当ならここで彼女が泣くような目に遭うはずなんだけど……

 

 

 

 あっれぇ!? なんで彼女は見送り側に立ってるの!?

 




●志波 都
ちゃんとアニメ(該当の話)を見ました(原作だと描写がないので)
すごい美人でした……海燕さん羨ましい……

そして……
彼女が三席だったことに書いてる途中に気付きました。
じゃあ清音と仙太郎は彼女が亡くなったから席が上がったの?

●アニメ版
このエピソードですが。
アニメ版は
・都(と他四名)でメタスタシアの先行偵察に行く。
・浮竹と海燕(とルキア)が「連絡ないね」とか言ってると、急報が入る。
・偵察隊が戻ってきた。都は(命に別状ないが)怪我で意識不明。他は全滅。
 都が意識を取り戻してから話を聞こうということでその場は落ち着く。
 (実際はメタスタシアに乗っ取られており、暴れるチャンスを待ってる)
・夜中、気絶していた都が起き上がり行動を開始する。
 近くにいた十三番隊の隊士たちを片っ端から斬っていく。血の海を作る。
・異変に気付いてやってきた海燕が声を掛けると都が止まり、その場から逃げる。
 (コレは相手を誘い込むための演技?)
・嫁さんのことなので、海燕が追う。浮竹とルキアも同行する。

といった感じの流れ(以降は漫画と大体同じなので省略)
上半身だけで戻ってきた原作と比べて、都さんが大暴れです。

アニメ版でないと絡められそうになかったので、苦肉です。

●相違点
・ルキアが一応連絡しておいた。
・乗っ取られに即気付いたので被害者が出ない。
・被害者がいないので、即座に追える。
・ルキアが追跡組にいない。

というか、原作はなんでルキアが同行したんでしょうか?

明らかにヤバそうな匂いがプンプンな案件ですよ?
(当時は多分まだ下っ端だった)ルキアを連れて行くのはどうなの!?
いくら海燕や浮竹の近くにいたとしても! ルキアが都を慕っていたとしても!!
荒事の予感しかしないのだから、連れて行くにしても清音とか仙太郎クラスを!!


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第95話 そんなどうでもいい事よりこっちが優先

 よく考えてみたら、ルキアさんが一緒に来る理由が無いわよね。

 だって現在の編成だけ見ても――

 

 海燕さん:自分の妻なので、そりゃ追う。自分で解決したい。

 浮竹隊長:逸る部下を諫める役目。しかも元気で健康面も問題ない。

 おまけ :ガッツリ治す。腕を失っても再生させる程度には治す。

 

 ――と、副隊長二人に隊長一人の三人パーティよ?

 ゲームで言うと勇者(男)と勇者(男)と僧侶(女)よ?

 しかも全員が高レベルなのよ? 魔王と戦えるくらいは腕前があるのよ?

 

 ……うん。

 

 ここにどうやってルキアさんをねじ込めばいいの?

 ルキアさんも優秀なんだけど、彼女が入り込む理由も隙間もないわね……

 そもそも相手は未知の(ホロウ)だもん。危険だからお前は待ってろって言われるわよね、普通に考えて。

 あの子、まだ若いし。

 

 一応「ルキアさんは都さんを慕ってる」という理由はあるけれど。

 でも、そもそも都さんは十三番隊だとかなり慕われてるから。慕ってるのはルキアさんだけじゃないから。皆さん慕ってるから。特別視する理由もない。

 そりゃ「お留守番しててね」って言うわよね……

 

『はじめてのおるすばん!?』

 

 何が!?

 

 

 

 

 

「湯川、場所は!?」

「もうです、もう見えてます! あそこ!!」

 

 ということで三人パーティで謎の(ホロウ)を追っています。

 相手が逃げてからものの五分と経たずに追跡を開始したので、距離なんてあってないようなものです。

 瞬く間に追いつきました。

 私が指し示した先には、都さん――の身体を乗っ取った(ホロウ)がいました。

 

「くっ!! もう来おったか死神共!!」

 

 抜き身の刀を手にしながら焦った様子で、こちらを恨みがましく睨んで来ます。

 

「どうします? 全員で一気に……」

「いや、待ってくれ湯川。俺一人で行く……いいですよね、隊長」

「……ああ」

 

 気持ちはわかります。

 奥さん相手ですからね。自分の手で何とかしてあげたいって気持ちがあるんでしょう。

 

 気持ちは分かりますが……

 

「海燕さん……危なくなったら、入りますからね」

「おーよ。そんときゃ頼んだぜ」

 

 自ら前に出て行く彼の背中に向かって声を掛けましたが、こちらを振り返ることすらせずに片手を上げただけでした。

 

「ひひっ! ひっ! まずはお前からか! え!? 小僧! 一人で来るとはよほどの馬鹿か!? 間抜けか!?」

「ざけんな!! 都の顔で! 都の声で! くだらねぇことをほざいてんじゃねぇぞ!! 都をこれ以上、弄ばれてたまるかよぉっ!!」

「いひひひひひっ!!」

 

 そりゃまあ、そうよね。

 相手からすれば三対一だと思っていたのに、一対一になってるんだもん。

 なら、それを逃す手はないわよね。

 挑発して、怒らせて、冷静な判断力を奪うのは当然。

 上手く捕まえれば人質が増えて、さらに有利になるんだから。

 しかも今は海燕さんの奥さんの姿をしているとなれば、そりゃ底抜けのバカでもない限りは有効活用するわよね。

 

「おおおおおっっ!!」

「ひひっ! ひひひひっ!!」

 

 怒りの声を上げながら斬りかかった海燕さんですが、その動きはどこか精細さを欠いており、都さんに容易に受け止められています。

 

「どうした? 剣が鈍いようだな? 遠慮せずに儂を斬ってよいのだぞ!?」

「くっ……!!」

 

 自分の奥さんを斬るなんて、旦那さんには出来ませんよね。

 どんなに理解していても迷いが生じて剣が鈍るのも当然です。

 

「わかっているぞ! この娘の中から儂だけを引きずり出す方法を考えておるのだろう!?」

「……ちっ!」

 

 海燕さんの顔が苦々しく歪みました。

 

「だがそれも無駄だ!! ほれえぇっ!!」

「うおおおっっ!?」

 

 うえええっ!? う、腕が変化して大量の触手を生み出したわよ!?

 グロい! 都さんが美人だから、ミスマッチしててなんともグロい絵だわ!!

 生み出された触手はそのまま海燕さんの身体に向かい濁流のように激突しました。強烈な衝撃に押し流されつつも、ですが触手を前にしても闘志は萎えていないようです。

 

 海燕さんは手にした斬魄刀で触手を攻撃しようとして――

 

「な……っ!」

「なん、だと……!?」

「斬魄刀が!?」

 

 ――消えた!?

 

「一夜毎に一度だけの能力だ! その夜、最初に儂の触腕に触れた者は斬魄刀が消滅する!!」

 

 なんという死神限定のメタな能力!

 私も浮竹隊長も海燕さんも、驚きを隠せません!!

 

 ……ん?

 そんな特定相手だけにメタすぎる尖った能力を普通の(ホロウ)が持つわけない、わよね……?

 (ホロウ)は同族の(ホロウ)や霊圧の高い相手を喰らって成長するから、死神だけに特化した能力を持つなんてこと、普通はありえない。

 

 え、じゃあまさかコイツって……!? そういうことだったの!? アレが関係してるの!?

 

「斬魄刀を失った死神が、はたして儂を倒せるかのぉ?」

「うるせぇっ!! 都の身体を斬らなくて済むだけ、素手の方がよっぽど都合が良いぜ!!」

 

 すっごい強がってます。

 

「ひひひひ! 馬鹿めが!! その考えがそもそも間違っておるのだ!!」

「あぁっ!?」

「人間の身体に入り込んだのとは訳が違うのだ!! 儂も霊体、この娘も霊体。霊体同士の融合だぞ!? 永劫、解けることはない!!」

 

 な、なんですって……!!

 

 

 

 融合……それも霊体レベルでの融合……!? それはつまり、人間でいうと細胞レベルで同化してるってことよね……

 

 そんな……そんなの……

 

『なんて羨ましいことをやってるでござるかあの(ホロウ)は!! ああ、あんな素敵な女性と拙者も合体したいでござるよ!! あなたと合体したい絶対!! なのにあんな素敵な女性があんな()ったない(ホロウ)がくっついているとは!! 勿体ない羨ましい勿体ない羨ましい!!』

 

 うわ、びっくりした!!

 でもまあ……ホントよね……その意見だけは賛成。

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!! あれ、あれ!! アレめっちゃ羨ましいでござるよ!! 拙者にもアレ、拙者にもアレを!!』

 

 私で我慢しときなさい、ね?

 

『ぐぬぬぬぬ……でござる!! 藍俚(あいり)殿、拙者アレめっちゃ許せんでござる!!』

 

 色々と文句を言いたいところはあるけれど、けど許せない気持ちは一緒よ。

 

 だからさ……アレ、面倒見られる?

 

『少々お待ちを……!! ふむふむ……あ、頑張ったらいけそうでござる』

 

 いけるの!? かなり無茶振りしたつもりだったんだけど!?

 

『当然でござるよ!! それよりなにより都殿という良い女を助けられないとか、それもうただの阿呆でござるよ!! ここで頑張らねば、いつ頑張るというのでござりましょうか!? ここでやらねばゴムボールの名が廃るでござる!!』

 

 そ、そうよね!!

 (……てか、あんたの自称はゴムボールでいいの!?)

 

『もしも拙者が都殿以外に頑張る時があるとすれば、それはピンチの相手が――乱菊殿か織姫殿かハリベル殿かバンビエッタ殿か夜一殿か空鶴殿か砕蜂殿か勇音殿か卯ノ花殿かリサ殿か曳舟殿か七緒殿か雛森殿か九条殿かたつき殿かネリエル殿かチルッチ殿か毒島殿かリルトット殿かミニーニャ殿かキャンディ殿かアウラ殿か――……』

 

 多い多い!! 物凄いたくさん機会があるわね!? あと、何人か知らない名前があったんだけど誰それ!?

 

『むう、まだ半分もいってないでござるよ……? というか、そこにお山(おっぱい)があったら命を懸けるのは当然でござるよ!! 小さなお山(おっぱい)でも良い!! ですが大きなお山(おっぱい)はもっともっともっともっと良い!! お尻も良い!! 太腿も良い!! おへそも良い!! 脇も良い!! 肘も良い!! 膝も良い!!』

 

 わかった、わかったから!! いけるのね?

 

『然り! それもこれも藍俚(あいり)殿が先程、おっぱいを揉んで下さったおかげでござる! ただ、もうちょっとだけお時間をくださいでござる』

 

 わかったわ。よし、行くわよ!!

 

 

 

「海燕さん、今行きま――」

「待て、湯川!!」

 

 行こうとした途端、浮竹隊長に止められました。

 ……なんで?

 

「海燕に、あいつにやらせてやってはくれないか……?」

「は? 何を言ってるんですか!? 海燕さんは既に斬魄刀を……!」

「それでもだ! あいつは今、誇りのために戦っている。妻の誇りのために、何よりも奴自身の誇りのために!! ……つまらん意地と思ってくれて、構わん……」

 

 ……うん、それはまあ……

 

「なるほど、わかりました……と言うとでもお思いですか?」

 

 ……わかるかそんなもん!!

 

「お、おいっ!」

 

 浮竹隊長の制止を無視して飛び出しました。

 それにしても浮竹隊長って、動きが鈍いのね。

 絶対、無理矢理にでも止めてくると思ったのに。あっさりと抜けられたわ。

 油断してたのかしら?

 

「破道の七十八! 斬華輪(ざんげりん)!!」

「な、今頃になって……!? うおおおっ!!」

 

 斬魄刀から円状の刃を生み出して、触手を切り落とします。

 そこにすかさず第二撃を放ちます。

 

「縛道の七十九! 九曜縛(くようしばり)!」

 

 九つの黒い玉を生み出して相手の動きを封じる鬼道です。

 これで都さんの身体の自由を少しの間、縛らせて貰いますよ!

 

「湯川!? 馬鹿野郎! 何しに来た!!」

「何って、助けにですよ?」

 

 私、ちゃんと言いましたよね?

 危なくなったら入るって。それを海燕さんは了承しましたよね?

 それになによりも。

 

「都さんの姿をした相手を討てますか?」

「そ、それは……! けど、お前がやることじゃねぇ!! それは、俺が……! 俺がやらなきゃいけねぇんだ! 手を出すな!!」

「斬魄刀を失い、相手を傷つけられない。海燕さんの敗北は濃厚、それでも他の人の手は借りたくないんですか? 死ぬと理解してもですか?」

「ああ、そうだよ! わかってんだ、つまんねぇ意地だよ! けどそれでも、都は俺一人の手で……俺一人の力だけで……!!」

「……都さん、助けたいですよね?」

「当たり前だろうが! でも、融合したものをどうやっ……――ッ!?」

 

 言い掛けて、海燕さんの動きが止まりました。

 そして「いやいや、まさか……嘘だろお前?」みたいな顔で私を見ているのは、今まで信頼を積み重ねた結果ですかね?

 

「できる、のか……?」

「それをこれから調査します。成功したら、一生恩に着てくれて構いませんよ?」

 

 さて、期待は裏切れないわよね。

 全力で行きましょうか、射干玉!!

 

「卍解……射干玉三科!」

 

 卍解を使い、黒一色の刀を手にします。

 

『いやぁ、(ホロウ)相手は久しぶりでござるなぁ! 最近はもっぱら、十一番隊の猛者を相手にしか戦っていなかったでござるよ!!』

 

 はいはい、行くわよ射干玉!

 まずは、下準備からね。

 

顕現(けんげん)黄泉比良坂(よもつひらさか)

「なんだ!? 闇が……!?」

 

 私の足下から生み出された闇が大地を覆い尽くし、周囲をドーム状に包み込んでいきます。その異様な様子は、海燕さんがビビるほどですね。

 

 と、大層な名前をつけていますが、やってることはただの目眩ましです。

 真っ黒な壁で四方を囲って、万が一にも"これからやること"を見られなくするために。

 現代風に言うならば、電波を遮断して監視機器を無効化する部屋を用意したってところかしら。

 

 多分監視していたであろう、どっかの誰か(あいぜん)さん対策のためにも、ね。

 

 そうしている間にドームは完成しました。

 今この中にいるのは、私と海燕さんと浮竹隊長。そして都さんと融合している(ホロウ)だけです。

 

「都さん、聞こえていますか? 四番隊の湯川です! これからちょっと手荒い真似をしますよ!!」

「すまねぇ……任せる! 頼むぞ!!」

「ぐ……娘が!! 何を、する気かは、知らん……!! が、無駄なことだ……!」

 

 へー。

 

 ふーん。

 

 そうなんだー。

 

 その態度、いつまで続くかしらね?

 

 

 

 

 

 射干玉、どう? 解析は済んだ?

 

『お任せ下され! ばっちりでござるよ!!』

 

 なるほどなるほど。

 それじゃあ行ってみましょうか!

 

 さて、ここで問題。

 コーヒーとミルクを混ぜるとカフェオレが出来ます。

 ではカフェオレをコーヒーだけにするには、いったいどうすればいいでしょう?

 

 前にもこんな質問したんだけど、覚えてる?

 尤もあの時はミルクとコーヒーに分けるにはどうすればいいか? だったけれど。

 

 今回はもう少し簡単な問題。

 グラスの中をコーヒーのみで100%に出来れば良いの。

 じゃあ、どうすれば実現出来ると思う?

 

 やり方は、色々あると思うけれど……今回の場合の正解はね……!!

 

「が、ぐ! おおおおおっっ!?!? な、なんだ!? 儂の、儂の身体が……!!」

「都!?」

「馬鹿な! 信じられん……湯川は一体、何をやってるんだ?」

 

 同じ成分のコーヒーをグラスの中にガンガン注ぎ込んで、ミルクの成分を全部外に押し流してやればいいのよ!!

 吹き飛びなさい!! いつまでも未練がましくへばり付いてるんじゃないわよ!!

 

「馬鹿な!! は、弾き飛ばされる……!?」

(ホロウ)が、引き剥がされていく……」

「無茶苦茶だ……だが、これなら……!」

 

 射干玉が都さんの細胞だけを解析して複製、増殖を繰り返す。

 続いて増殖させた細胞を元々存在していた都さんの細胞と再融合させていく。

 同時に、異物である(ホロウ)の細胞は邪魔者――異物と認識させることで体外へと吐き出していく。

 

 その繰り返しの結果、外からはまるで(ホロウ)の部分だけを引き剥がしているように見えているの。

 今回の場合、(ホロウ)の成分は全部捨てちゃっても一切問題ないからね!!

 

 とんでもない力技をしているってのは分かっているけれど、今回は時間も無いの!

 ぐずぐずしていたら相手が都さんの細胞と完全に融合して取り込で手遅れになったり、はたまた都さんを殺してまた別の相手に取り憑くかも知れない。

 だから一番手荒だけど即効性の高い手段を取らせて貰ったわ。

 

「お察しの通り、無理矢理引き剥がしてるのよ! 肉体レベルでしか融合できなかったのが仇になったわね!!」

「ば、馬鹿な!! 融合を無理矢理引き剥がすだと!? そんなことが、できるはずが……ぐがあああああぁっ!!」

「う……く、う……あ、あああああああぁっ!!」

 

 徐々に引き剥がされていく(ホロウ)、じわじわと正体を現していくそれは、まるで赤黒い筋肉の塊のような異形の存在でした。

 ただの肉塊のような見た目で、なにより(ホロウ)につきものの仮面が無い――その物はおろか、それらしき物すらまるで見当たりません。

 

 そして、(ホロウ)の絶叫と同時に都さんの悲鳴も上がりました。

 

 今さらながらこの方法、問題もあって。

 無理矢理引き剥がしているので、都さんも徐々に意識が覚醒していきます。

 しかし意識を取り戻しているということは、力ずくで身体を引き裂かれるような痛みも同時に襲ってきているということです。

 正直、とてつもない激痛だと思いますが、耐えて下さいね!

 

 ……私も今、耐えてますから!!

 

『おほおおおおっっ!! 気持ち悪いでござるよ!! この(ホロウ)の触手が、拙者の黒光りしないつや消しボディと絡み合って、絡み合って! これはこれで何かに目覚めそうでござる!!』

 

 引き剥がしの当事者たちには、かなりエグい光景が幻視できています。

 

 真っ黒い海がぶわーっと広がっていって。

 その黒い海に無数の触手があっと言う間に飲み込まれて。

 

 かと思えば触手が海面から天に向かって伸びて。

 その触手は真っ黒い油にでも塗れたみたいに、ヌルヌルのテカテカで。

 振り下ろされた触手が海面に叩きつけられるんだけど、そこがまた油と油のせめぎ合い。柔らかくしなる触手が、まるで身体中に油を塗りたくるみたいな動きをしていて。

 

 でもその海も意志を持ってて。

 にゅるりと音が聞こえそうな動きで触手に絡みつくと、そのまま触手を水底へ引き摺り込んでて。

 チラチラ見えるのは、多分この触手の根元。タコみたいな本体なんだけど。

 そのタコの内側に黒い海が潜り込んでいって、そのたびにタコが身悶えするの。

 

 何て言ったら良いのかしらね……南海の怪獣大決戦?

 

 内なる虚(ブラン)の時で耐性はついたから見てられるけれど……ちょっと……早くなんとかしないと! 私の精神がさきに参りそう……

 ……あ、そうだ。良い激励の言葉があったわ!

 

 射干玉! 今のあんた、都さんと一つになってるわよ!!

 

『……ッ!! そ、そうでござった!! ならば目的は九分九厘達成したも同然!! あとは残る邪魔者を排除すれば!! ここはパラダイス!! エロドラドはここにあったんだ!!』

 

 エロドラド……? ああ、エルドラドね……間違ってないわ。

 

『都殿の膝の裏側ペロペロでござる!!』

 

 すっごいマニアックな部分を攻めるわね……

 とと、いけないいけない。

 やる気になったお陰で形勢が傾いた! (ホロウ)が一気に剥がれ落ちたわ!!

 

「海燕さん! そろそろ剥がれます!! 仕留める準備を!!」

「お、おう!! 任せとけ!!」

「ぐががががががああああぁっ!! おのれ死神めが!! こ、こうなれば!!」

 

 激痛に耐えながら何をするのかと思えば。

 なんと(ホロウ)はまるで自爆するようにして、自ら肉体を切り離しました!

 このまま無理矢理引き剥がされるよりは、自分から抜け出た方がマシと考えたんでしょうか!?

 

「なにっ!?」

「海燕ッ!!」

 

 分離して、無数の肉の筋のようになった(ホロウ)が、今度はそのまま海燕さんに襲い掛かります!

 まずい! なんだか知らないけれどこれはまずい!!

 でも今の私は引き剥がし作業で手一杯!! 海燕さんは意表を突かれて反応が鈍いし、浮竹隊長はなんでまだ手伝ってすらいないの!?

 

「破道の、十二……伏火(ふしび)……」

「うおっ!? な、なんじゃとぉぉっ!?」

 

 伏火は霊圧を蜘蛛の巣のように伸ばして敵を捕らえる鬼道です。

 間髪入れずに唱えられたその術は(ホロウ)を縛り上げ、動きを封じ込めました。

 

「今のは……?」

 

 いえ、私が唱えたものではありません。

 海燕さんでも、勿論浮竹隊長でもありません。

 

 唱えたのは――

 

「はぁ……はぁ……お前は、さっきまで私だった……! なら、何をするかくらい、手に取るようにわかります!!」

「都っ!!」

 

 ――都さんでした。

 

 (ホロウ)が自ら支配を解除したことで、意識と自由を一気に取り戻したようです。

 そしてなけなしの力を振り絞り、海燕さんのピンチを救ってくれました。

 

「お前ごときに! 海燕はやらせない!!」

 

 肉体的にも精神的にもボロボロのはずですが、大見得を切ったその姿はなんとも美しく凜々しいものでした。

 お見事、これが内助の功! 妻の鑑ですね!

 

 緋真さんといい、妻って凄いわ……

 

「おのれっ! おのれぇぇぇっ!! 死神ごときがどこまでもっ! 食い残しの分際で、儂の邪魔をするなどおぉぉっ!!」

「あん……? テメー、今なんつった……?」

 

 蜘蛛の糸に捕らえられ、ゴロゴロと芋虫のように転がりながら怨嗟の言葉を吐き出す(ホロウ)に、今までにない怒気が叩きつけられました。

 

「都の身体を乗っ取って、挙げ句が食い残しだと……? 随分とまあ、偉いんだなテメーは……!! 覚悟は出来てんだろうなぁっ!!」

「ひ、ひひひひいいっ!!」

「……っ……ぅ……ょ……っ!」

 

 おや? 海燕さんがなにやら小さく呟いていますが……あ! この詠唱は……!!

 

「破道の九十! 黒棺(くろひつぎ)!!」

 

 怒りと共に放たれた鬼道によって、黒い柩が生み出されました。

 

「が! ぎ、あああ!! ぐ、ぶ、え、えええええぇっ!! だ、だじゅげ……!!」

 

 柩は(ホロウ)を包み込み、そのまま押し潰していきます。

 ですがそれも一瞬のこと。

 

「……終わりだ」

 

 すぐに柩は霧散し、悲鳴は聞こえなくなり、辺りは静寂を取り戻しました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「都! 都っ! 本当だな、本当にお前なんだな!?」

「ええ……正真正銘、私ですよ海燕……ただいま……それと、ありがとう……」

 

 既に黄泉平坂は解除しており、辺りは普通の空間に戻っています。

 夜の闇が辺りを支配する中、海燕さんと都さん。夫婦は互いが互いの無事を確かめ合うように抱き合っています。

 

「あの(ホロウ)の要素は全て取り除きました、問題はないですよ。もう操られることもないはずです」

「湯川……すまねぇ、お前には昔から……ほんと、すまねぇ!!」

「湯川副隊長、私からもお礼を言わせてください。助けて頂き、誠にありがとうございました」

「いえ、当然のことをしただけですから」

 

 そうは言いますが、実際はかなりの大仕事でした。

 残った細胞を全部浄化して、都さんを動けるようになるまで回復させて。

 短時間で無茶しましたからね。どこかに変な悪影響がでていないか心配です。

 

 緋真さんのときみたいに、経過観察が必要ですかね? 十二番隊に協力を依頼しても良いかもしれません。

 あの部隊って細胞の調査とか凄く得意そうだから。

 

「それと海燕?」

「お、おう?」

 

 あれ、都さんの言葉にちょっと怒りが混じってますね。

 海燕さんもそれに気付いているので、腰が引けてます。

 

「私のことを思ってくれたのは嬉しかった。でもね、それと同じくらい辛かったわ。私のために、もしかしたらあなたまで失ってしまうかもしれない。そう思うと、とてもとても恐かった……自分をもっと大切にして!!」

「け、けどよ! 俺は、お前のために……!」

「ええ、その気持ちは嬉しかったわ。でも、命を掛けるような真似は謹んで! 今回はたまたま上手く行っただけかもしれない。次に同じようなことがあったら、今度は失敗するかも知れない。それなら……生きる道を選んで欲しかったわ!! 生きていれば、立ち上がることもやり直すこともできたはずです! 死んでしまったら、誇りを守ることも新しい誇りを持つことも、何もできなくなるのよ!」

 

 悲痛そうに都さんが叫びます。

 

「……だそうですよ、浮竹隊長?」

「う、うむ……」

 

 要するに"誇りなんて後でなんとでもなる、まずは生きろ"と言ってるわけですから。

 先程の浮竹隊長の言葉を、なんと当事者が全否定です。

 聞いているだけでも針のむしろ状態です。なんとも居心地悪そうな表情でした。

 

 というか。 

 

 本当に、私がいなかったらどうなってたんでしょうね?

 私の代わりにルキアさんがいて。

 多分海燕さんが出て行って、でも都さん相手に攻めあぐねて、ピンチになっても浮竹隊長は「手を出すな。誇りを守ってやれ」って言ったんでしょうか?

 

 あ、そんなこと言ってたらなんとなく原作の流れを思い出してきました。記憶って、何かを思い出すと連鎖的に思い出しますからね。

 

 そうそう、こうやって海燕さんが乗っ取られて浮竹さんが咳き込んで最終的にルキアさんがトドメを……

 

 ……浮竹隊長……駄目でしょそれは。

 人間、生きてさえいればそのうち折り合いを付けられるものですから!

 海燕さんが死んだら空鶴と岩鷲君が可哀想じゃない!

 残された家族の気持ちはどうなるのよ!!

 事情を知らない志波家は、都さんと海燕さんを一度に失ったわけよね!?

 そりゃあ岩鷲君もやり切れないわね。

 しかもたしか、ルキアさんが志波家に行ってるわよね!?

 そんなことさせられたら病むわ!

 

「まあまあ、都さん。文句は山のようにあるかもしれませんが、それは後回しにして。今日はもう帰りましょう。十三番隊の皆さんも心配してるでしょうから、元気な顔を見せてあげてください」

「そうですね。すみません、お気を遣わせてしまって」

「た、助かった……」

「海燕と浮竹隊長には、日を改めてしっかり言わせていただきますからね」

「「いいっ!?」」

 

 どうやら諫言(かんげん)からは逃れられないようです。

 

 とまあ、そんなこんなで。

 ほっと胸をなで下ろしつつ、戻り支度を始めたところでまた別の事件が起きました。

 

「……斬魄刀がねぇ!!」

 

 海燕さんの悲痛な絶叫が夜空に響き渡ります。

 

「そういえば、さっきの(ホロウ)が消したとかなんとか!」

「嘘だろオイ! ね、捩花!? 戻ってくるのか!? こねぇのか!? 都、何か知らねぇか!?」

「ごめんなさい、私にもはっきりとは……ただ、多分だけどもう二度とは……」

「は、はは……マジかよ……」

 

 斬魄刀を消滅させる能力。

 ターン終了時まででも充分強力な効果なのに、よりによって永続効果ですか?

 一時的とはいえ乗っ取られていた関係上、ある意味で一番詳しくであろう都さんの言葉ですから、信憑性は高いでしょうね。

 ずっと消えたままですか……

 

「隊長、どうしましょう……」

「斬魄刀を失った死神……そんな前例、あったか? だがおそらくは、その……すまん、海燕……」

「死神は廃業……ッスかねぇ? はははは……まあ、いいか……都が助かっただけで丸儲けだよな……」

 

 そうは言いますが、がっくりと肩を落としています。相棒を失ったわけですから、そりゃ落ち込みますよね。

 私だって、射干玉がいなくなったらと思うと……

 

『拙者も藍俚(あいり)殿と離れるなんて嫌でござる!!』

 

 と思っていたら、都さんがそっと申し出てきました。

 

「海燕、その……もし良かったら。私の斬魄刀、使ってくれないかしら?」

「なにっ……!? いや、いいのか……!?」

「隊には副隊長のあなたが残った方がずっと良いでしょうし……それに、ほら。私はその……妻として家庭に入ってあなたを支えるのも良いかなって考えていたの……」

 

 ん? 都さん、今なんで一瞬私を見たの?

 

 私に何かあるとすれば……

 

 ……あ!

 

 まさかアレ!? 朽木家に続いてまた私が立ち会う羽目になるの!?

 

金剛(こんごう)もあなたの事、好きみたいよ。だからきっと、力を貸してくれると思うわ!」

 

 金剛(こんごう)!?

 都さんってば、おしとやかな顔をして斬魄刀はやけに男前な名前なのね!!

 

 ……いや、男前でもないか。

 ヴィッカースの跳ねっ返り娘とかが頭をよぎるわ……

 

『帰国子女デース!! ヘーイ! ヨロシクオネガイシマース!! でござるな!』

 

 もう金剛って聞くと擬人化(そっち)が先に出てきちゃうのよね。

 

「いいのか都……? というか、良いんですか隊長!?」

「まあ、良いんじゃないか? というか、良いことにしてみせる。今回、お前たちには何もしてやれなかったからな。せめてこのくらいはさせてくれ」

 

 浮竹隊長のギリギリ隊長っぽいお言葉でした。

 だって今回、良いところ無かったものねぇ……

 




●メタスタシア(アニメ版ではテンタクルス)
肉体レベルでしか融合できなかったことが敗因。
(乗っ取ってから元の姿に戻る模様。
 その際、融合した死神を喰って自分を再構築しているようなので。
 となれば自分を再構築して元の姿に戻れる以上、付け入る隙があると解釈)
この後、虚圏で再構築してアーロニーロに食われるはず。

●誇りはどうなる?
知らんがな、犬にでも食わせとけ(わんわん)

志波家(五大貴族)の本家の長男を結果的に見殺しにした形の浮竹さん。
まだ若い部下(ルキア)が全部泥を被る結果となった。
(志波家に謝りに行ったのもルキアでしたよね)

そりゃ後に白哉の「部下の見殺しは慣れてるだろ」な言葉も仕方なし。
お義兄ちゃんもキレますよ。

●斬魄刀を消す能力
永続なのか、一日(一晩)限りなのか? 色々詳細不明。
藍染ならずっと消す能力を作りそうなので、永続にしておきました。

●斬魄刀を受け継ぐ(&金剛と言う名前)
東仙が歌匡から斬魄刀を受け継いでいたし。

名前はこう……ノリ。
(艦これ・アズレン・アルペジオ・ぶちギレ金剛etcお好きなのをどうぞ)


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原作開始前 隊長時代
第96話 新隊長就任


 まずは前回の顛末からです。

 

 都さんですが、結論から言うとまだ死神やってます。

 一時期は大変だったんですよ彼女、ずっと監視が付いてたりして。

 何しろ一度「(ホロウ)に乗っ取られる」というとんでもないことになったので。

 そこを私が「全部除去しましたよ」と言っても「証拠を見せて」となるわけです。

 裏付けや保証に乏しいんですよ。

 証拠もないのに解放して、その瞬間また操られたらどうするんだ! と問題になったわけです。

 

 なので十二番隊が都さんの身体を調べて安全かどうかをチェックしたり、また操られないようにと延々監視の目が光ってたり。

 そういった窮屈な扱いを受けることで、なんとか無実を勝ち取りました。

 とはいえかなりの時間が掛かりましたし、責任ある立場は問題ということで席官を外されて雑用係みたいになりました。

 

 ですがそこは都さんというべきでしょうかね。雑用係だったのに"十三番隊みんなのお母さん"みたいな立ち位置になってたそうです。

 エプロン付けてお掃除するのとか凄く似合ってたそうです。

 ただ、料理は毒を仕込まれるかもしれないと禁止されていたようです。残念、お料理する都さんも見てみたかった……

 

 

 

 続いて海燕さんの斬魄刀ですが。

 結局、一晩経っても一週間経っても一ヶ月経っても戻ってきませんでした。

 なので都さんの斬魄刀を正式に受け継ぐことになりました。

 上の許可も得ました。

 浮竹隊長が頑張ったみたいです。ちょっとは隊長らしいところを見せられましたね。

 

 まあ、その浮竹さんも海燕さんも。

 あの事件の直後はちょっと……盛大に凹んでいる時期がありましたが。

 どうやら帰ってから都さんに盛大にお説教されたらしいです。

 

 

 

 あとは……

 あの十番隊の日番谷冬獅郎(ちっちゃいの)が隊長になりました。

 良いんじゃないですかね? 一心隊長は遊んでばっかりいたみたいだから。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

藍俚(あいり)、そろそろ出発しますよ」

「はい、隊長!」

 

 今日は隊長のお供で朝から一番隊へ行きます。

 ただ、何の用事かは聞いてないんですよね。ちょっと前に隊長から「この日は一番隊に行きますからあなたも来なさい」とだけ言われていました。

 まあ用事を言わないということは、私にとっては特に大したことじゃないんでしょう。

 

 道中、梅が花を付けていました。

 もう春ですものね。そろそろ霊術院も新入生が入ってきますし。四番隊にも新人が入ってきます。

 そっちの方の準備もちゃんとしていますよ。

 以前、雛森さんと吉良君のサプライズ入隊に驚かされましたからね。

 

 もう同じ轍は踏みません!!

 

 

 

 一番隊の隊舎に到着すると……あら、なんだか妙な雰囲気が。

 

藍俚(あいり)、こっちですよ」

「え? そっちは中庭では……?」

「良いのです。今日はこちらであっていますから」

 

 隊長に促されるまま、歩きます。

 てっきり隊首会か何かが予定されていると思っていたのですが。

 だから、いつもの部屋に隊長は向かうものだと。

 私のような副隊長は、控え室で待っているものだと思ってたのですが。

 中庭で何の催し物が……?

 

 ……ああ! そういえば総隊長が定例でお茶会を開いてましたね。

 私、参加したことなかったんですが。それですねきっと!

 マナーとか作法とか全然知らないけれど、大丈夫かしら……?

 

 そんなことを思いながら隊長に従い、中庭を進んでいくと――

 

「……え?」

 

 ――そこには卯ノ花隊長を除いた、各部隊の隊長全員が揃っていました。

 皆さんがそれぞれ一列に並んでおり、なんだか緊張感を漂わせています。

 えと……この空気は一体……?

 

「遅いぞ、卯ノ花」

「申し訳ありません。ですが、今日の主役ですから。このくらいは勘弁してあげてください」

「主役? ……あの、隊長? 何かあったんですか?」

「……まさかお主、何も詳細を伝えておらんかったのか!?」

「現世風に言うと"サプライズ"というものです。それにこの子の場合は、このくらいで良いのです」

「お主……」

 

 総隊長が何だか頭を抱えています。

 周囲にいる各隊長の方々も「冗談でしょう!?」みたいに驚いてます。

 

 そんな中、卯ノ花隊長だけが凄く良い笑顔をしています。

 

 あの笑顔知ってます……何度か見たことがあります……

 私が副隊長に任命された時とか、雛森さんたちが入隊してきた時とかに……

 この時点で、もう完全に嫌な予感しかしません!!

 

「まあよい……今さら無かったことには出来ぬからな。後の予定も詰まっておるし、儀は予定通り行うぞ」

 

 ……()ッ!? 何、何が起こるの!?!?

 

「それではこれより、新任の儀を執り行う」

 

 うわぁ、もう嫌な予感が限界突破してます。

 

「この場にいる各人は知っておるだろうが――」

 

 私、知りませんでしたよ。

 

「過日、四番隊隊長 卯ノ花烈およびその他の隊長たちから、四番隊副隊長 湯川藍俚(あいり)の隊長推薦を受けた」

 

 私、知りませんでしたよ?

 

「推薦を受け、その他の隊長たち過半数以上からの承認も得た。そもそも、当該の者は死神としての経験も豊富にして、実績・人格ともに問題なし。卍解に目覚めていることも同隊隊長より聞き及んでおり、その身に宿す霊圧も含めて申し分なしと決断した」

 

 私、知りませんでしたよ!?

 

「よって、ここに四番隊副隊長 湯川藍俚(あいり)の席次を繰り上げ、四番隊新隊長に任ずるものとする」

「……は!? え……!?」

 

 大事な儀の最中だとは理解しています、理解していますが……

 変な声を出してしまいました。

 

「どうかしたか? 湯川新隊長?」

「い、いえ……! 申し訳ございません。何しろ急な事で混乱しておりましたので……新隊長の任、謹んで拝命いたします!!」

 

 とりあえず当たり障りのないような返事と態度をしておきます。

 

 副隊長がそのまま隊長に繰り上がり、というのは、良くある事例の一つです。

 そこまで取り立てて珍しいことではありません。

 

 私が気になったのは"じゃあ今までの隊長はどうなるのか"です。

 

 普通ならば、現隊長が引退するから新隊長をお願いね。というのが一般的です。

 ですが、そんな一般的なことを卯ノ花隊長がするわけないんです!

 だって新隊長就任すらサプライズにしてくれたんですよ!?

 ならもう、これ以上のトンデモが控えているに決まってるじゃありませんか!!

 

 やだ、恐い……聞きたくない……帰りたい……

 

藍俚(あいり)……いえ、湯川隊長と呼ぶべきですかね? おめでとう。私も肩の荷が降りました」

「ありがとうございます……」

 

 卯ノ花隊長……元隊長というべきでしょうか?

 とにかく彼女の言葉を、どこか呆然とした頭で聞きます。

 次にどんな言葉が飛び出すことか……下手なびっくり箱顔負けの恐怖ですよ!

 

「あの……私が四番隊の新隊長ということは、卯ノ花隊長はどうなさるのでしょうか?」

「うふふ……いやですねぇ、湯川隊長。今の私は、隊長でもなんでもない。言うならば只の一隊士(いちたいし)ですよ?」

 

 一隊士(いちたいし)……その言葉がこれほど似合わない人もいませんよね……

 

「で、ではその一隊士(いちたいし)となった卯ノ花さんは一体どうするのでしょうか? 悠々自適な隠居生活、とかですか?」

「いえいえ、ようやく自由になれたのですから。心残りを片付けておこうと思いました」

「心……残り……?」

 

 隊長の証でもある隊首羽織を脱ぎながらそう答えましたが……

 心残りとは、一体何のことでしょうか? と首を捻った瞬間――

 

「……ッ!?」

「っ!!」

「らあっ!!」

 

 ――膨れ上がった濃密な気配に私は思わずその場を飛び退きました。

 気付けば卯ノ花さんは斬魄刀を片手に更木隊長に斬りかかっており、更木隊長も瞬時の反応で剣を抜き、その一撃を受け止めていました。

 

 何!? 何が起こったの!?

 

「十一番隊隊長、更木剣八! お待たせしました。ついにこの時が来ましたよ! その首と隊長の座、もらい受けます!!」

「……へっ!! つまんねぇ催しだと思ってたが、一気に面白くなりやがった!!」

 

 そう来ましたかぁ……

 

 二人の死神は、斬魄刀越しに凶悪な笑みを浮かべ合っていました。

 




卯ノ花さんがお茶目すぎて困る。
(今までで一番有り得ないのですが。ノリ優先ということで)

●え、卯ノ花さんそれ大丈夫なの!?
その辺は次回に。

●推薦を集める際の隊長の反応
??「私が推薦しました(ドヤ顔)」
??「むしろ今まで副隊長だったのがおかしいのだ! えへへ、これでお揃い」
??「妻子の命を救って貰った。それら含めて実力は申し分ない」
??「いいんじゃない? 強いしおっぱい大きいし。あと先輩だからねぇ」
??「あん、隊長だ? 腕っ節は強えし、何も問題ねえだろうが」
??「彼女には俺自身も含めて長く世話になってる。反対する理由がないよ」

??「霊術院での活躍など実績は沢山ありますし。僕としても色々興味があります」

??「ええんとちゃいます? 特に反対の理由もあらへんよ」
??「若い頃に儂も何度か世話になった。経験から踏まえても承認だ」
??「特に反対意見はない」

??「もう根回しも済んでおる。今さらどうしろと? 勝手にせい」
??「どうでもいいヨ。承認してやるから、無駄な時間を取らせないでくれたまえ」

??「絶対に反対だ!! アイツ背が高いし人をガキ扱いしてくるし! あと雛森……なんでもねぇ! とにかく反対だ!!」

(なおプライバシーを考慮して名前は伏せています)

●謎の数字
「4 2 6 8 11 13 5 3 7 9 1 12 10」


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第97話 剣八 対 剣八

「すごい……」

 

 卯ノ花さんと更木隊長の戦いが開始されました。

 互いに譲らぬ一進一退の攻防が続きます。

 続いていますが……あれ? 隊長の剣の速度が……私の知ってるそれの倍くらい速いんですけれど……

 気のせいかしら? それとも離れた場所で見ているから速度感覚がおかしいの?

 

藍俚(あいり)様……」

 

 あら、砕蜂。これで同じ隊長ね。お揃いね。

 とか今はそんなこと呑気に話していられません。

 

「もう少し離れましょう……巻き添えを喰らったら一溜まりもないわよ」

「は……はい……」

 

 なにしろすぐ近くでは、初代と当代――二人の剣八が斬り合っているのですから。

 その破壊力たるや、巨大な台風を人間サイズにまで圧縮したようなもの。

 

『剣八が二人……来るぞ!!』

 

 足らない足らない、全然足らないわよ。

 レベルは12までじゃ表現しきれないし、ライフポイントも8000じゃ風前の灯火よ。

 どっちもその千倍は持ってこないと、とてもじゃないけど耐えられないわ。ランクもスケールもマーカーも全然足らないわ。

 

 各隊長たちは巻き込まれないよう遠巻きになって、二人の戦いを見守っています。

 とはいえ戦っているのはどちらも、周囲のことなんて気にしないような人ですから。

 安全だと思われる距離まで離れていてもなお、観戦者たちは即座に逃げられるよう細心の注意を払ってます。

 それでも多分、レッドゾーンの境界線ギリギリ内側っぽい危険度ですが。

 

 そして今さらながら、どうして今回の新任の儀が外で行われているのか気付きました。

 これが後に控えていたから、私の隊長就任はお外で執り行ったんですね。部屋の中で戦った日には、どれだけ損害が出るかわかったもんじゃありませんから。

 

 こうなることを事前に知っていた――つまり総隊長も一枚噛んでいるってこと?

 

「速えな……強えな……! それでこそ、俺が"憧れた"あんただ!!」

「戦いの最中に"憧れ"を口にするのですか? ずいぶんと余裕ですね……!」

 

 卯ノ花さんの斬撃が更木隊長の身体を少しずつ切り裂いていきます。

 手数に任せた連続攻撃ですが、その一撃一撃が常人から見れば一撃必殺の破壊力を有しています。

 それを避けることもせず、身体で喰らいながら更木隊長は反撃の一撃を放ちました。

 

「どうしました? その程度ですか?」

 

 とはいえ流れはずっと卯ノ花さんにありますね。

 大振りの一撃を軽く受け流すとそのまま反撃に転じて――あっ! この動きは!!

 

「そりゃ藍俚(あいり)の奴で散々知ってんだよ!」

 

 私が何度も、更木隊長との手合わせで使った剣術です。

 初見でなければ当然、返し技や対処法の一つや二つは用意されますよ。

 卯ノ花さんの動きに合わせ、それを先読みしたように更木隊長は剣を振るい――

 

「……でしょうね」

「がああっ!?」

 

 ――卯ノ花さんはその更に上を行きました。

 迎撃する相手の動きに合わせて紙一重で攻撃を躱し、回避から攻撃へと流れるように移って相手の左腕に刺突を放ちました。

 切っ先は更木隊長の左腕、その二の腕をやすやすと貫いています。

 

「そうなるように、私が仕込んだのですから」

「どういう、こった……?」

 

 こっちも"どういうこった?"ですよ!

 何をどう仕込んだんですか? 私、何か仕込まれていたんですか!?

 

藍俚(あいり)には、私の剣術を叩き込んであります。つまり、彼女と戦えばあなたは私の剣術を自然と覚えることになる」

「ぐ……っ!」

 

 まあ、道理ですね。

 弟子の戦いから、師匠の剣筋を推測する。みたいなのは良くある話です。

 

 それよりも更木隊長ですよ。

 さっきからずっと剣を突き刺されたまま。それどころか卯ノ花さん、ゆっくりと手首を捻ってます。切っ先が捻れて傷口がじわじわ広がってて……

 そりゃ苦痛の声くらい上げます。

 

「防御方法や対処法を思いつけば、それはそのまま私への対策となる。そうすれば、少しはまともな戦いになるでしょう? 一方的な戦いでは、愉しめませんから」

 

 えーと……つまり。

 更木隊長に手の内を教えて鍛えるために私を当て馬にしたわけですね。

 相手に自分の手の内を教えて、対処法を考えられるくらいには時間を用意してあげて、その上で正々堂々と正面から打ち倒すためってわけですか。

 だから、近年はずっと「自分よりも更木隊長と戦え」って私に言ってたわけか。自分から更木隊長に教えちゃうと面白くないから。

 

 全ては来たるべき"今日という日"のために。

 うん、やっぱり頭おかしいです。

 

「理解できましたか? さあ、愉しい愉しい戦いの続きですよ!」

「ぐううっ!!」

 

 えげつない! 一気に手首を捻りながら剣を抜きましたよ!!

 あれやられると、筋肉とかがぐちゃっと攪拌されるから物凄く痛いんですよ。多分、神経系も傷がついてます。

 もうこの戦いで更木隊長の左腕は死にましたね。

 

「うおおおおおっ!!」

「「「なっ!?」」」

 

 剣を抜く動作に合わせて、更木隊長が追撃の一撃を放ちました。

 この動きにギャラリーから思わず声が上がります。

 

「どうしました? この程度で意表を突けると本気で思っていましたか? それともまさか、痛み程度で精細さを欠きましたか?」

「……チッ!」

 

 不意を突いたように思えたのですが、それでも卯ノ花さんは受け止めました。

 

「おらああああぁぁっ!!」

 

 ですが動きが止まったのはほんの一瞬のこと。

 すぐに更木隊長は動き続け、片腕で長刀を乱暴に振り回して攻撃を続けます。少し前に受けた連撃をやり返しているかのような、嵐のような激しい攻撃。

 それらを卯ノ花さんは冷静に――

 

 ――……ちょっとずつ、対応が遅くなってないかしら?

 

 更木隊長の攻撃がじわじわと鋭さを増していき、それと反比例するように卯ノ花さんが苦戦していっているように見えます。

 

「ふふふ、ようやく目が覚めましたか?」

 

 なのに彼女は、うっすらと笑みを浮かべています。

 

「はっ! はははははっ!!」

 

 釣られたように更木隊長も笑い出しました。

 なにこれ、なにこれ!?

 

「ああ! すまねぇな!! どうやらさっきまで寝惚けてたみてえだ!!」

「それはよかった。では、こちらも気遣いは不要ですね」

 

 二人の言葉はどっちも嘘じゃありませんでした。

 一撃ごとに爆発したような威力がぶつかり合い、戦いの余波が観戦者にまで容赦なく襲い掛かってきます。

 

「こ、これは……」

「汗……か?」

 

 何名かの隊長たちが額からこぼれ落ちた汗を拭い、それを信じられないといった様子で呟きました。

 無理もありません。

 離れた場所から見ているだけなのに、この二人に生殺与奪の一切を握られているようなものですから。

 実際私も、二人がこれだけ本気になっているのはちょっと経験がないです。

 

「入った!」

「この程度の傷がそんなの嬉しいですか?」

 

 更木隊長の剣が、卯ノ花さんの肩口を切り裂きました。

 ですが当人のいうように、それは軽症。彼女なら目にも止まらず治せます。

 

 しかし、その"毛の先ほどの傷"を与えたのが切っ掛けでした。

 

「ああ、嬉しいね!! 嬉しくて嬉しくて、愉しくて愉しくて仕方ねえんだ!!」

「……くっ」

 

 まるで攻守が入れ替わったように、更木隊長が優勢になっていきました。

 じわじわと卯ノ花さんに傷が増えていき、血しぶきが辺りを濡らします。剣が翻る度に赤い花が咲き、二人が動く度に鮮血が霧のように浮かび上がります。

 

「勝てねえと思った! 死ぬと思った! だが剣が届いた!! こんな素晴らしいことがあるかよ!!」

「それは重畳……」

 

 一瞬ごとに更木隊長の霊圧がどんどん上がっていくのが分かります。

 強さの限界を瞬く間に突破して行くようなそれに、卯ノ花さんは口でこそ余裕を装っていますが余力はどんどん削られているようです。

 私も似たような物を間近で体験したことがあるからよく分かります。

 相手にすると想像以上に精神を削られるんですよアレ。

 

 少し周囲の、それも足下に視線を移せば。各人の足下にほんの少しだけ引き摺ったような跡が刻まれていました。

 これは各隊の隊長たちが揃って無意識の内に距離を取ってしまった証左。

 それほどまでに二人の戦い振りは、恐ろしくて――

 

 ――そして、ちょっとだけ羨ましい。

 

 頭が馬鹿になってしまったんでしょうか? 私もあそこまで至れたら……心のどこかでそう思っています。

 見る者に恐怖と魅了を同時に与える存在、それが今の二人の姿でした。

 

「……ようやくあの頃にまで戻れましたか」

「あぁん!?」

 

 劣勢に立たされる最中、卯ノ花さんがぽつりと呟きました。

 ですがそれが何を意味した言葉なのか、理解出来た者はいませんでした。

 

「さあ、ここからが本番ですよ!」

 

 真意を理解するよりも早く、彼女が行動を起こしたのですから。

 

 

 

 

 

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

 更木隊長だけでなく、私たちも含めた全員が息を呑みました。

 だって卯ノ花さんが一瞬にして消えた(・・・)のですから。

 

 見失ったかと思った刹那、彼女は剣八の右足を切り裂きながら姿を現しました。

 あの傷だと、多分機動力が二割は削られましたね。

 

「見えませんでしたか?」

 

 多くの隊長たちは見えなかったみたいですね、ぽかんとした表情になっています。

 かくいう私も、からくりを知っているからなんとか見えます。ですがそれ以上に、単純に卯ノ花さんがもっと速く動いています。

 私との稽古をしていた頃が六か七くらいだとすれば、今の動きは……

 

 十五くらいありますよアレ!?

 

 更木隊長に傾いていた筈の流れが、一瞬にして引き戻されました。

 なにより、更木隊長の霊圧上昇が穏やかに……いえこれ、止まってません?

 まさか、限界まで達したの!? だ、だったらもう勝負は……

 

「ならばもう一度。今度は私をちゃんと見つけて下さいね、剣八」

 

 言っている台詞だけならば、恋人同士の甘い語らいにも聞こえなくはありませんね。

 そんな殺し文句を口にしながら、彼女は再び姿を消しました。

 

「くそっ!!」

 

 まだ見えていないのでしょう。

 野生の勘に任せて剣を振りましたが、そこじゃない!

 

「その程度で私に刃を当てられるとでも?」

「なっ!」

 

 今度は見えましたかね?

 卯ノ花さんは、空間を無尽蔵に飛び跳ねているんです。

 しかも曲線じゃなくて鋭角に曲がりながら。

 例えるなら、ミラーハウスの中で光を乱反射させたように。狭い部屋の中でゴム球を勢いよく叩きつけたように。

 空間を縦横無尽にガンガン飛び回っています。

 

 種明かしをすれば、あれは霊子を固めて足場にする技の応用です。

 足場にするんじゃなくて壁みたいに作り出して、それを蹴り飛ばすことで方向転換を無理矢理かつ自由自在にするという荒技です。

 蹴り飛ばしたら砕ける程度の足場を一瞬で作りだして、そして邪魔にならないように一瞬で消す。

 瞬間ごとの霊圧コントロールと壁を生み出す最適の場所を瞬時に判断し、即座に移動できるだけの瞬発力が合わさらないと、とても無理。

 刻一刻と状況が千変万化する実戦で使うのはかなり難しいのですが……

 さすがは卯ノ花さん、当たり前のように使いますね。

 

 私も教わりましたが、あれだけ縦横無尽に飛び回って使いこなすのは無理です。

 

「がああっ! くそっ! どこに――」

「随分と目が悪いようですね」

「ぐっ……!」

 

 そしてあの技は、攻撃する場所も角度もタイミングも選びません。

 斬撃を放った瞬間に壁を蹴って距離を取ってフェイントを掛けたり。

 かと思えば、上から肩を斬られた次の瞬間には足首を狙われる。

 なんて攻撃の組み立ても思いのままです。

 

 比較的小柄で軽い卯ノ花隊長が使うからこそ、これだけ縦横無尽に動けるんです。

 私や更木隊長のような大きい人間だと、どうしても動きに制限ができますからね。

 

 何より、これだけ使いこなせるのは彼女の剣術と霊圧と経験があってこそです。

 下手に真似しようとすれば一瞬で自爆します。

 

 そういう理由もあって私は、あんまり使わないんですが……

 

 そういえば砕蜂ならもっと使いこなせるかもね。もう見られちゃったし、今度ちゃんと教えてあげましょう。

 

「貰った!」

「馬鹿が!」

 

 反応した!? それとも偶然!? 更木隊長が動きに対応してきました。

 しかも――

 

「なんと……!」

「ひ、左腕を犠牲に!?」

「ハッ! どーせマトモに動かねぇんだ!! なら盾代わりになっただけでも有り難いと思えよッ!!」

 

 ――必殺の一撃を、自ら左腕を差し出し犠牲にすることで難を逃れました。

 

 たしかに動かないから仕方ないかもしれませんが!!

 うわぁ……只でさえ大怪我なのに、アレ大丈夫かな……

 左腕が根元近くから、今にも千切れて落ちそうなんだけど。皮一枚で繋がってるだけよアレ……

 滝みたいに出血してるし……これはもう勝負あったんじゃ……

 

「ああ! そうだな!! まだだ、たかが左腕一本だけだ!! まだ右腕もある、足もある! まだまだ戦い足りねえよなああぁぁっ!!」

「…………!」

 

 ……え? あの、更木隊長がなにやら叫んでいるんですが……アレって、まさか……

 ねえ、射干玉……ひょっとして……

 

『ざ、斬魄刀と会話してるでござるよ……』

 

 やっぱり!?

 だって卯ノ花さんもびっくりした顔してたもの!

 それにしても今、この土壇場でなんて! まさか、始解まで目覚めるの!?

 

「流石ですね剣八……そこまで到達できるとは予定外でした」

「アァァッ!!」

 

 ううっ! 更木隊長の霊圧が、さらに上がった!?

 とっくに天井まで到達したと思ったのに、斬魄刀と力を合わせたから更に伸びたのね!

 しかも反応も良くなってる! 消えた卯ノ花さんの動きに付いていって――

 

「……ですが、想定外ではありません」

 

 ――いえ、一手遅れてますね。

 彼女が姿を現したのは、更木隊長の丁度真正面。

 そして、彼女が姿を見せた瞬間に勝負は決しました。

 

「が……があああぁぁぁぁっ!!!!」

 

 胴体を真っ二つに両断しそうなほどに威力の込められた袈裟斬り。

 左腕の出血に負けないくらいの大量の血を噴き出しながら、更木隊長はどう(・・)と音を立てながら倒れました。

 

『ええええええええええええええええっっ!!!!』

 

 ……なんで射干玉はそんなに驚いてるのよ?

 

『いや、だって、卯ノ花殿が勝ち……い、いえ!! なんでもないでござるよ……』

 

 あなた、卯ノ花さんが負けるって思ってたのね。

 

「クソッ……身体が、もう、動かねぇ……!! こんな楽しいんだ……もっとだ! もっと楽しませろ!! ようやく、ようやく知ることが出来たんだ……! 戦わせろ!! この程度で死にかけてんじゃねぇよ!! だらしねぇ……!! まだだ!! まだ、これからだ……!!」

 

 俯せに倒れ、今にも死にそうなのにも関わらず、更木隊長は唸っています。

 ここだけ見ると、死にかけているとはとても思えませんね。

 ……って、そんなこと言ってる場合じゃない!!

 

「湯川隊長、お願いできますか?」

「当然です!」

 

 卯ノ花さんに言われるよりも早く動き、私は更木隊長に回道を使います。

 まずは胴体から、というか出血が不味いわね! 左腕も、下手すれば一生使い物にならなくなるわよ!!

 これはちょっと、一瞬も気が抜けない!! 射干玉、あんたも手伝って!!

 

『お、お任せをでござる!!』

 

 輸血! まずは輸血から!! 血が足りない! 時間も足りない!!

 こうなるって分かってるのなら、せめて治療道具一式くらいは事前に持ってこさせて下さいよ卯ノ花さん!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「湯川殿……」

「湯川様、大丈夫ですか……?」

「なんとか……」

藍俚(あいり)ちゃん、ご苦労様」

 

 自分の命を削る勢いで、なんとか更木隊長の治療は完了しました。

 疲れました。大仕事でした。

 霊圧を消費しすぎて辛いです。多分今の私、顔色が凄く悪いと思います。

 その甲斐あってか、一命は取り留められました。

 彼の回復力ならすぐにでも復活すると思いますが、今はまだ絶対安静です。流石に気絶してますし。

 

「ありがとね、あいりん」

 

 砕蜂や朽木隊長、京楽隊長に草鹿副隊長からお礼を言われました。

 ……あれ? なんで草鹿副隊長がここに?

 

「さて、これで文句はないかと思います」

 

 疑問に思いましたが、卯ノ花さん――あれ? 勝ったから卯ノ花隊長?――が口を開きました。

 

「前隊長を死の淵まで追い詰めたこと。そしてその死の淵まで追い詰められた前隊長を見事に治療して見せたこと。現隊長の皆さんは、新隊長の腕前を知ることが出来たかと思います」

 

 ……あ! なるほどね。そういうこと。

 

 これだけ重傷を負った更木隊長――負けたから更木隊士?――治療すれば、私の四番隊の隊長としての実力を、何より回道の腕前を全隊長の前で披露できます。

 そして卯ノ花隊長はといえば、剣の腕前をこれでもかとばかりに証明してみせました。

 

 つまり、デモンストレーションの場としても利用したわけです。

 余計な文句やケチを付けられないために。

 ……本命はご自身の戦いでしょうけれどね。

 

「これなら、異論も出ないでしょう?」

「……仕方あるまい」

 

 総隊長がなにやら、苦虫を大量に噛み潰したような渋い顔をしました。

 このやりとりから察するに、詳細は分かりませんが、絶対に何かとんでもない注文を卯ノ花隊長がしていたんでしょうね。

 そしてこの結果から、総隊長は渋々要求を飲まされたということでしょう。

 

「さて、更木剣八」

「……なんだ? 俺を殺さなくていいのか? 十一番隊の隊長ってのは、そういうモンじゃねぇのか?」

 

 うわ! もう意識を取り戻したんですか!?

 というか喋るだけでも相当痛いはずなんですが……なんでそんなに平然としていられるんですか!?

 

「まさか。私はあなたを育てるために、隊長になったのですよ? なのにどうして、あなたを殺さなければならないのです?」

「育てるだと……?」

「ええ、そうです」

 

 卯ノ花隊長は遠い昔を懐かしむように目を細めました。

 

「遠い昔、あなたと初めて戦った時には、私の未熟さからあなたの力に蓋をさせてしまった。それが不甲斐なくて不甲斐なくて、仕方ありませんでした。悔しくて悔しくて、ですがそんなある日、出会いがありました」

 

 そこまで言うと今度は私に視線を向けました。

 

「え……私、ですか?」

「ええ、そうです。とはいえ、初めは剣八の遊び相手にでもなれば程度にしか思っていませんでしたが」

 

 あ、酷い。使い捨ての駒にしか見て貰えてなかったのね。

 

「ですがあなたは、時間こそ掛かりましたが、私以上の回道の使い手に成長しました。そして、剣の腕も上達しました」

 

 すみませんねぇ、不肖の弟子で。

 

「あなたの剣の腕は、剣八の枷を少しずつ砕いてくれました。そしてあなたの回道は、どれだけの重傷を負っていても救ってくれました。どちらも、私の望み通りに」

「あ……ありがとうございます……?」

 

 どう反応すれば良いのよ?

 

「あなたがいれば、四番隊はもう大丈夫。そしてあなたがいれば、どれだけ傷を負っても問題ありません……私も、剣八も」

 

 ……ん? なにやら雲行きが怪しくなってきましたよ……

 

「剣八、あなたを"真の意味で"全力を出せるようになるまで鍛えてあげます。枷の全てを引きちぎり、斬魄刀を使いこなせるようになり、その身体の内に秘めた力の全てを思うがままに操って戦えるようになる、その時まで……私があなたを徹底的に殺し、そして藍俚(あいり)があなたを癒やします」

「え、あの……」

「その道のりの果てに、あなたは最強の死神と呼ばれるようになるでしょう。まあ、あなたは最強の称号なんてどうでもいいのでしょうが……」

 

 私の意志は無視ですか!? 

 いえまあ、同僚ですから死にそうになったら治しますけれども!

 せめて私に確認くらいは取って下さいよ!!

 

「ああ、興味ねえな……最強なんざどうでもいい、俺はあんたと戦いてぇ……まだまだ戦いてぇんだ!!」

「だから、戦えると言ってるでしょう? ……ああ。ひょっとして、最強になったら私を殺してしまう……そう思っているのですか?」

「…………」

 

 押し黙っているものの、奥歯を強く噛み締めているところから見て図星ですね。

 

「舐められたものですね。今の私は今のあなたよりも強い、それはもう証明してみせたでしょう? そして私は今よりももっともっと強くなってみせます。あなたを退屈させないためにも……あなたをより高みへと育てるためにも……」

 

 私のマッサージもありますからね。

 

「何より私にも意地があります。向こう百年はあなたの上でいてあげますよ。ですから、私の下で学んで強くなってくださいね。更木副隊長(・・・)?」

「…………」

 

 更木副隊長。

 そう呼ばれた途端、狐に抓まれたような表情を見せていましたが、やがてニヤリと笑みを浮かべました。

 

「へっ! 面白え!! 人から物を教わるのなんざ大嫌い(だいきれぇ)だが、今回ばかりは話が別だ! 乗ったぜ、その提案! いつつ……」

「よかったね剣ちゃん! 烈ちゃんもあいりんも手伝ってくれるって!」

「やちる! わかったから傷口に触るな!」

 

 草鹿副隊長――でいいの? 役職?――が更木副隊長をぺちぺちしながら嬉しそうです。

 しかし……私が手伝うことは確定なんですね……

 

 もういいです、死ななきゃ何でもいい。

 

 

 

 

 

 

「よ、良いのですか総隊長!? 剣八が二人存在するなど……!」

「構わぬ。既に中央四十六室からの許可も取り付けてある」

 

 少し離れた場所では、東仙隊長が総隊長に食って掛かっていますね。

 

「卯ノ花 烈が十一番隊隊長となり、更木 剣八を鍛えること。二人の剣八が存在することも含め、いずれも問題はない」

「しかし……!」

「くどい! 既に決まったことだ」

「くっ……!」

 

 そう言われて引き下がりましたが……

 あれ? なんだか東仙隊長にしては珍しいくらい感情を露わにしてますね。

 納得いかない表情のまま、狛村隊長に慰められています。

 

 総隊長も総隊長で、物凄い嫌そうな顔ですが。

 

 

 

 とあれ――

 

 この日、尸魂界(ソウルソサエティ)に二人の剣八が誕生しました。

 




藍染「何それ聞いてない」
一護「何それ聞いてない」
藍俚「何それ聞いてない」

烈「今、言いましたよ(にっこり)」


●隊長になりました

【挿絵表示】

ほら、隊首羽織を着た写真。ってなんで背中!? ちゃんと前を……

【挿絵表示】

前は向いてますけれど! なんでこんな写真ばっかり!?

●十一番隊隊長になる方法
本来ならば、十一番隊の隊士200人以上の前で現隊長を殺すのが習わしですが。

①全隊長の前で倒せば、護廷十三隊全隊士の前で倒したのとほぼ同じ。
②剣ちゃんと延々斬り合いして鍛えたいから隊長になるのに、殺すわけないだろ。
③私が初代だ。文句あるか? 文句あるなら剣で決着付けようぜ。

という卯ノ花さんの完璧な理論武装。

●剣ちゃんに稽古をつけるの? 四十六室が黙ってないよ?
卯ノ花「黙らせました。誠意を持って話せば通じるものですよ」

山本「(百年以上に渡って脅し続け、最終的に『自分と更木が時も場所も場合も弁えずに戦うぞ。巻き添えで何人死ぬかな?』と凶悪な笑みで告げるのは誠意など言わん……)」

卯ノ花「総隊長、何か?」

山本「なにも(そして立場上それに延々付き合わされた儂……いざという時には貴様も含めた全隊士で更木を抑えよと厳命されたわ……泣いていい?)」


一つ前で「根回しも済んでるから勝手にしろ」なやさぐれはこういう理由。
(こんなのどこで語れというのだ)

●つまりどういうこと?
烈お姉ちゃんと藍俚(多分年下)がずーっと面倒みてくれるってことだよ。
やったね剣ちゃん、両手に花だよ。

戦いの相手と剣のお稽古は烈お姉ちゃんがしてくれるよ。
基本的には烈お姉ちゃんが治してくれるよ。

でも、彼女が大怪我して治せなくなっちゃうかもしれないよね?
大丈夫!
藍俚(結構強くて超便利な治療道具)が絶対に治すから、やり過ぎても平気だよ。
二人ともギリギリ死なないで耐えていれば、絶対に蘇生してくれるよ。

え? 鍛えたらそのうち烈さんを超えて強くなって暇になっちゃう?
大丈夫!
マッサージ込みで追いついてくれるよ。母性マシマシでずっと面倒見てくれるよ。
(強い相手を鍛えると決意したけれど、そこで剣を納めるとは言っていない)

一角も今レベルアップ中だよ。
もう少しすると、オレンジ色の髪をした新しいオモチャも増えるよ。
毎日がウハウハだよ、やったね剣ちゃん!

●藍染が泣くのでは?
知らない、勝手に泣かせとけ。
だがそれでもお前は天に立て。


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第98話 とある霊術院生の決意表明

「……あっ!!」

 

 四番隊新隊長就任の儀と十一番隊新隊長就任の闘いが滞りなく終わり、一同解散となる直前、藍俚(あいり)は思い出したように叫んだ。

 

「た、隊長! ちょっとお聞きしたいことが……」

「おや、誰に向かってお尋ねですか? 湯川(・・)隊長?」

 

 少しだけわざとらしい言い方に、藍俚(あいり)は気付かされた。

 経過はともあれ、今の藍俚(あいり)は四番隊を率いる隊長となり、卯ノ花はもはや彼女直属の上司ではない。

 慣れ親しんだ間柄とはいえども、ある程度の線引きは必要だ。

 

「失礼しました、卯ノ花隊長。改めて、確認したいことがあるのでお聞かせください」

「なんでしょうか?」

「私が行っている霊術院の講師についてです。私の代わりに、誰か代理などは立てているんでしょうか……?」

「おや、何を言っているのです? あなたがそのまま続ければ良いではありませんか」

「いやいやいやいや! 無理ですってば!! 時間が足りませんよ!!」

「そこまで難しいですか?」

 

 きょとんとした顔で卯ノ花は問いかける。

 

「卯ノ花隊長が抜けて、副隊長だった私が隊長職に繰り上がりましたよね? この時点で副隊長に空きが出ますよね?」

「虎徹三席に任せれば良いのでは?」

「そうなると今度は三席に空きが出ます! 空きが出ないように全員を一つ上の席に繰り上がれば良いとお考えかも知れませんが、そんなことしたら席官全員の権限が大きくなります! 大多数の席官たちの仕事の範囲や責任が変わってくるんです! しかも事前通告なしで突然!! そんなの混乱するに決まってますよ!?」

 

 組織である以上、急に全員を一段階繰り上げるというのは、それはそれで問題になる。

 

「もう一つ、人数の問題もありますよ!? 上位の席官になるほど席が少ないんですから、全員を一律繰り上げるとなると定員の問題も出てきます! となると誰かがワリを食って昇進しなくなって、そうなると今度は"なんで自分は駄目だったんだ"というやっかみが出てきます! そもそも四番隊の人員構成が大きく変わりますよね!? その辺の周知や事前説明、相談なんかは四番隊の隊士たちにしていますか? 予想としてはしてないですよね!? だって隊長に推薦された当人ですら今日まで秘密にされていたんですから!!」

 

 いくらサプライズといえど、藍俚(あいり)が隊長になることを知らされたら、隠しきれず態度に出してしまう者が少なからずいる。

 だがそういった影を微塵も感じられなかったことから、藍俚(あいり)は自身の隊長就任を誰にも知らせていないのだと直感していた。

 

「そんなに面倒ですか?」

「だってどう考えてもその人事関係の仕事も私が片付けるんですよね!? 卯ノ花隊長は十一番隊に移動してそのまま残務仕事を担当せずに逃げるつもりなんですよね!?」

「あらひどい、そんな風に思われていたなんて……」

 

 よよよ、といった感じに羽織の裾で顔を隠す。

 だがそれは藍俚(あいり)の目には演技にしか見えなかった。

 

「じゃあ事務処理はしていただけますか?」

「私はもう十一番隊の隊長ですよ? 他隊の内部事情に口を挟むなど、恐れ多くてとてもとても……」

「ほらああああぁぁっ!! やっぱり逃げるんじゃないですか!!」

 

 一番隊の敷地内に、新隊長の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

「それで、結局何が問題なんですか?」

「さしあたって問題になってくるのは、霊術院の講師役についてです。いくら非常勤とはいえ、もう私も隊長なんですよ? しかも現在、問題が山積みなんですよ? 四番隊(じぶんのところ)の内情が落ち着くまではオチオチ顔なんて出せません。それに私、今日から隊長になるって知らされていなかったから、今年も副隊長のままだと思って霊術院側の予定も立ててるんです! その予定表に大きな穴を開けたとなれば、色々と責任問題や信用問題になるんです!」

 

 隊長である以上、自分が率いる隊のことを優先しなければならない。

 だがそうなると霊術院講師の役目が疎かになる。

 しかも既に予定は決定していて、新学期の開始は明日である。

 そんなタイミングで「ごめんねー、やっぱり無理だからキャンセルでー」などと恥知らずなことを言えるはずもない。

 

「そんなに問題になりますか?」

「なりますって! 新入生が来るのは明日なんですよ!? 続けるにしても辞めるにしても、せめて初回は顔を出しておかないとまた問題になりそうです! でもそれで四番隊のことをないがしろにするのはもっと問題です!!」

「ああ……あの、あなたが何も知らない新入生をシメることで有名な……」

「失礼なことを言わないでください! アレは、ちゃんと上下関係を躾けているだけです!!」

 

 藍俚(あいり)が新入生相手に講義を始めるようになってから、おおよそ百年近い時間が経過していた。

 現在、単純計算でも瀞霊廷内の死神の何割かは彼女に教わっていることになる。

 さらにその一割くらいは、彼女に初日にボコられている計算になる。

 

「躾け、ねぇ……」

「それに私、隊長ですよ? 隊長が教員として定期的に教えるのってそれはそれでどこかに問題が出てきそうなんですが?」

 

 隊長が軽々しく動くというのは、それはそれでどこかから文句が出てきそうで、それも藍俚(あいり)は危惧していた。

 何しろ隊長と副隊長では権限も責任もまるで違うのだから。

 

「……わかりました」

「え?」

藍俚(あいり)は四番隊の問題に集中してください。代わりの人物は、私の方で用意しましょう」

「え……え……?」

 

 あまりにすんなりと要求を飲まれたことで逆に不安になり、生返事を零してしまう。

 

「あの……その代わりの人物というのはまさか、卯ノ花隊長が……?」

「いえ、違いますよ。ですが、適任者には心当たりがあります」

「心当たり、ですか……?」

 

 誰だろうかと首を捻るが"これぞ!"という相手については特に思い当たらなかった。

 だが早急に代理を用立てて貰えるというのなら、乗らない手はない。

 

「と、とにかく分かりました。四番隊内の取り纏めやゴタゴタが片付いたら、私の方から改めて霊術院側とお話をしますので。それまではその代理の方にお願いします。貧乏くじを押し付けたようで申し訳ありませんが、その方によろしくお伝えください」

「わかりました」

 

 翌日、藍俚(あいり)はこのときの決断を悔やむことになる。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 あ、皆さん初めまして。

 俺の名前は――え、そんなことはどうでもいいから話を進めろ?

 

 分かったよ!

 

 とにかく俺は、今年霊術院に入ったばかりの新入生なんだ。

 ついさっき入学式も終わって、今は新入生全員が大講堂に集められている。

 

 基本的には緊張しているヤツが半分くらい。

 でも新入生の中には、そわそわと嬉しさを隠しきれない様子で待っているのもいる。

 もちろん俺も、そわそわして待ってる組だ。

 

 だってさ! これから凄い美人の先生が来るって話なんだぜ!!

 しかもその先生は、美人ですっごくおっぱいがおっきいって!!

 そんなの知っていたら、落ち着いてなんかいられないだろ!? だって美人でおっぱい大きいんだぜ!!

 

 なんでもこの制度は百年くらい前――あれ、もう少し短かったっけ? とにかく、そのくらい前から始まったらしくて。

 十一番隊志望かって聞かれて、手を上げるとぶっ飛ばされるらしいけれど。手を上げなかったら、その美人の先生に優しく稽古を付けて貰えるって話だ。

 最初のうちは霊術院の中だけの公然の秘密みたいな話だったんだが、人の口に戸は立てられないってやつさ。

 じわじわと噂が広がって、今じゃ結構な人数が知ってるんだぜ。

 

 勿論、俺も噂で知った組だ。

 

 しかもその先生は、護廷十三隊の死神。それもかなり高位の死神だって話だ。

 実力は確かで、教育者としての実績もあるらしい。

 おまけに上手くその人の目に留まれば、飛び級だって希望の部隊に配属だって、思いのままだってよ。

 だったら! なおさらしっかりアピールしておくっきゃないだろ!!

 

 周りでそわそわしているのも俺と同じ考えのヤツばっかりみたいで、腕前をアピールしたい奴もいれば、単純に美人の先生とお近づきになりたいだけってのもいるみたいだ。

 

 え? 俺はどっちだ? 俺は……こ、後者かな……?

 だって男なら、美人の先生って聞いたら仲良くなりたいだろ!?

 それに護廷十三隊には美人が多いって評判だしよ! その先生が駄目でもワンチャン、先生の友達とか紹介してもらえるかもしれない!

 美人の友達は美人! 常識だろ?

 

 あー……まだかなまだかな……

 

 そんな夢いっぱいの未来を妄想しながら、先生が来るのを待っていたんだ。

 そしたら俺の願いが通じたのか、大講堂の扉が勢いよく開いた!

 

「おう、新入り共。全員揃ってんな?」

 

 入ってきたのは、巨乳で美人の女教師という前評判とは似ても似つかない、とても恐そうな見た目をした男性の死神だった。

 

「俺は十一番隊の三席、斑目一角だ」

 

 じゅ、十一番隊!?

 なんで、戦闘集団と呼ばれた十一番隊の!! それも三席が来るんだよ!?

 おかしいだろ!?

 

「細けぇ話は抜きだ! 全員、オモテに出ろ!!」

 

 そうは言われても、俺たちの中で誰一人として外に出ようとした奴は……いや、立ち上がろうとする奴すらいなかった。

 全員、目の前の十一番隊の男に恐怖していたからだ。

 

 禿頭に加えて野性の獣みたいな鋭い目つきが、とてつもなく恐い。もう見た目からして泣きたくなるほど恐い。

 なのにその男から放たれる霊圧はとても強くて、同じ部屋にいるだけで息苦しくなってくる……!!

 

 恐い! この部屋から、この場所から、目の前の相手から全力で逃げろって、俺の中の本能が叫んでいる!!

 でもそれ以上の恐怖に身体が縛られて、指の一本も動かせない……

 泣くほど恐い……いや、涙くらいなら可愛いもんだ! 今にも漏らしそう……!!

 

「オラ、どうしたァ!! 駆け足!!」

「「「「「「はっはいっ!!!!!」」」」」」

 

 大講堂にいた全員が弾かれたように立ち上がった。

 緊張で身体をガチガチに固めていたところに、ドスの効いた大声で脅されて限界を迎えたんだろう。

 みんな、その場から逃げるように外に出て行く。

 

「おーし、外に出たな。それじゃ、お前ら全員ぶっとばしてやるからよ」

 

 俺が講堂から逃げだそうとした時に、三席の男がそんな恐ろしいことを言ったのが聞こえたんだ……

 

 ……殺される! 俺たちみんな殺されるんだ!!

 美人の女の先生なんていなかったんだ!! 畜生、騙された!!

 

 死神なんて……目指すんじゃなかった……話が、違うよ……

 

 

 

 

 

 

 それからおよそ二十分後。

 

「だ! れ! が!! 新入生を全員ボコボコにしろっていったのよっ!!」

「ぐおおおおおおっ!! 放せテメェ!!」

 

 外に出た俺たちは、斑目とかいう死神に全員ボコボコにされた。

 木刀とはいえ叩かれりゃ、そりゃ痛いよ。今まで体験したことないくらい痛くて、俺たちは一人一人順番に、あっと言う間に倒れていったんだ。

 

 そうやって全員が地面に倒れたところで、風みたいな速さで一人の死神が割り込んできたんだ。

 しかもその人は俺たちをボコボコにした三席の顔面を片手で掴むと、そのままぐっと持ち上げて動けなくした。

 

 信じられるか?

 仮にも相手は屈強な男なのに、まるで木の枝か何かを持ち上げるみたいに簡単にふわっと持ち上げたんだ!

 相手もその人の手首を掴んでなんとか引き剥がそうとしているけれど、ビクともしない。

 

 嘘だろ!? だってこの人、十一番隊の三席だぞ!!

 戦闘専門の部隊の中で、上から三番目に強い死神って事だぞ!

 なのに、まるで赤子の手を捻るみたいに簡単に無力化してる……

 それだけでも驚かされた。

 

 けれど何より驚いたのは、やってきたその死神は女の人だってことだ。

 隊長の証の隊首羽織を着て、長い髪を左右で括ってて、背が高いけれどスラッとしててすごい美人だった。あとおっぱいも大きかった。

 

 ……ひょっとしてこの人が、噂の美人教師なんだろうか?

 

「目が回るほど忙しい時に霊術院から緊急連絡が来て! 何かと思えばアンタが暴れてるから止めてくれって苦情だったときの私の気持ちが分かる!? こっちの不手際だからってことで引き継ぎやら状況説明やら新体制の説明やらをやっていたのを途中で中断して、泣く泣く霊術院まで来る羽目になった私の気持ちが分かる!?」

「割れる! 割れる!! それ以上(ちから)入れんな!! やめろおおぉっ!!」

「隊長に就任するのってもっとこう華々しかったり照れくさかったりしながらも、四番隊の皆に祝福されたりしながら所信表明とかするんだと思っていたのに! 蓋を開けたら山のような後始末が待ってて! これからの業務の割り振りやらでしばらくは忙殺されることが決定している私の気持ちが分かる!? こっちが無茶を言ってるのは分かっているから、部下の隊士が不手際を起こさないようにあちこちの現場にも走り回ることが決定している私の気持ちがわかる!?」

 

 な、なんだか物凄く呪いの言葉みたいなことを言ってるけれど……

 あの人、なにかあったんだろうか……?

 

「て、てめぇ! いい加減にしろ!! 大体だな、俺だって昨日突然言われたんだぞ!! お前の代わりにここで新入り共をビビらせてシメろ。話は付いてるから思い切りやれって言われたんだよ!!」

「はぁ!? どこの誰に!!」

「お前のところの元隊長だよ!!」

「は……?」

 

 あ、女の人の手から力が抜けた。おかげでようやく解放されてる。

 

 けど、なんとなく俺の予想は当たっていたみたいだ。

 本当はあの女の人が教師で、あっちの禿げてる人は代理……って事だろ? 話の流れからすると。

 

「卯ノ花隊長ぉぉぉぉっ!! せめてちゃんと説明してよぉぉぉぉっ!!」

 

 女の人は、頭を抱えながらうずくまった。

 

 

 

「はぁ、まあ……嘆いてばかりもいられないわよね……」

「痛ってぇな……ったくよぉ……!」

 

 たっぷり十秒くらい落ち込んでいたかと思えば、女の人が顔を上げる。

 男の方は頭に指の跡が付いてて痛そうだった。

 

「こっちだって、突然隊長が変わって大騒ぎだぜ? 更木隊長が負けたかと思えば、負かした相手は元四番隊の隊長だってんでよ。まあ、お前の師匠だと知って殆どの隊士は納得したが、それでも全隊長の前で戦って倒したって言われても、ピンと来ねぇよ」

「それはそうかもね。でも、私も現場にいたのよ。目の前で勝ったところを見てるんだから、断言も保証もしてあげる――って、そんな話をしてる場合じゃないのよ!」

 

 そう言うと女の人は俺の所に歩いてきた。

 

「君、新入生だよね? 一角が驚かせちゃってごめんなさい。立てる?」

「え……あ、は……痛ってぇっ!!」

 

 優しく差し伸べられた手を握ろうとして、全身に激痛が走った。

 

「大丈夫!? これは、肋骨……いえ、折れてはいない。(ひび)も無し。打ち身や打撲や擦り傷が多数……あ、これが原因ね。右腕に(ひび)が入ってた。動かさないで……すぐに治すから……!」

「オイ、俺も頭が割れそうに痛ぇんだが……あと首も……」

「アンタは最後! はい、君は動かないで。力を抜いて……」

 

 女の人が俺の傷口に手を翳すと、柔らかい光みたいなのが見えた。

 するとみるみる痛みが引いていって、怪我も骨折も嘘みたいに一瞬で治っていった。

 

「え……!? えぇっ……!?」

 

 驚いて思わず立ち上がったんだ。

 でも痛くない。

 さっきはちょっと手を伸ばしただけで泣きそうなくらい痛かったのに、今は全く痛くも痒くもない。まるであの痛みは夢だったんじゃないかって思うくらいだ。

 いつも通りに――いや、いつも以上に元気になってる!

 

「よし、大丈夫みたいね。それじゃ、治ったばっかりのところで申し訳ないんだけれど、他に倒れている子たちの面倒をお願いできる? 病院みたいに規則正しく列に並べてくれると、治療する側としてはとても助かるの」

「あ、はい……え、でも……女性もいて……俺なんかに触れられるのは嫌がるんじゃ……」

「あら、ふふ……紳士なのね」

 

 言われるままに動こうとして、女性もいることに気付いたんだ。

 だからどうしようかと思っていると、その人はとっても柔らかな笑顔を見せてくれた。

 俺のことを本当に思ってくれている笑顔だった。

 根拠はない、根拠はないけれど。でも俺は、その笑顔にドキッとさせられてしまった。

 俺よりも背が高いはずなのに、なんだか少女みたいな可愛らしい笑顔だった。

 

「大丈夫よ。だって医療行為のお手伝いなんだから。後で誰が何を言おうとも、文句は私が絶対に言わせない。だから安心して、ね?」

「は……はいっ!!」

 

 とてもとても力強い言葉だったんだ。

 だから俺は、その言葉を信じて夢中で手伝った。

 最初は"美人だったから"っていう気持ちもあった。

 でも途中から、この人の力になりたいって本気で思ったんだ。

 

 そうして、全員の救護が終わった。

 

「はいはい、一角も頭掴んで悪かったわよ。あんたもある意味じゃ被害者だったのよね……今度、何か一つくらいは言うことを聞いてあげるから。それで勘弁してちょうだい」

「その言葉忘れんなよ」

「あ、あのっ!!」

 

 最後のオマケとばかりに斑目って人を治してた時に、俺は思い切って声を掛けたんだ。

 

「あら、君は……ありがとう、君のおかげで助かったわ。そういえば自己紹介もまだったわね。私は四番隊隊長の湯川 藍俚(あいり)――隊長って言っても、昨日就任したばっかりなんだけどね」

「あ! はい、ありがとうございます! あの、そのそれで、お二人の……お二人の関係っていったい……?」

 

 名前を教えて貰って、ありがとうって言って貰えて。

 恥ずかしいけれど、俺の心は有頂天になってた。その勢いもあって、なんとか聞けた。

 

「関係? 私と一角の? うーん……同僚……かしら……?」

「……せめて"好敵手(ライバル)"くらいは言えよ」

「そう言って欲しかったら、まずは龍紋鬼灯丸を完璧に操れるようになってみなさい」

「んだとコラァ!!」

 

 そうやって喧嘩腰になれる姿を見ていると、同僚だけの関係とはとても思えなかった。もう少し仲の良い友人関係みたいな……

 でも、いいんだ。恋人とか夫婦とか言われるよりもずっとマシだ!!

 

 湯川隊長――この人と働きたい。この人の隣に立ちたいって思ったんだ。

 なんとなく死神になりたいってくらいの俺だったけれど、目標が出来た!

 

 この人が一番最初に俺に声を掛けてくれたのは、ただ単に俺が近くに倒れていただけにすぎなんだろう。

 でも俺にはそれが、月並みな表現だけど、運命の出会いにみたいに思えたんだ!

 

 四番隊か……ってことは救護とかだよな! その辺の授業も頑張らないと!!

 死神になって、この人の隣に立って!

 あと、あわよくばこの人を自分の物に出来たら……なんてな! なんてなっ!!

 

 

 

 けど悲しいかな。

 俺が湯川隊長と次に会えたのは、霊術院を卒業してからだったんだ……

 




卯ノ花隊長のお茶目っぷりに振り回された。
その尻拭い的なお話。

「どうやったら面白いかな?」と考えた結果。
後半部分を「名もなき新入生の一人称視点」にしてみました。
偶にはこういうのもいいかなぁ? と思って。

参考にしたのは「マユリに人間爆弾にされた新人隊士」の「独白」です。
(十四巻の「話が違うよ、涅隊長!」のあの子です。ちょいイケメンの)
(なので藍俚が来る直前の独白で「話が違うよ」と言っている)

というか、もうあの子でいい気がしてきました。
なのでここが彼の分岐点ですね。

四番隊に入れたら、人間爆弾ルートは回避出来ます。
しかも「憧れの雛森先輩」と同じ隊になれます。
(マッサージのおかげで)死神には美人がたくさんいます。
噂の美人教師は隊長の立場だけど色々教えてくれます。

……なんだ、彼ってば幸せになれるのね。


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第99話 偉くなると露出も増える

「お、お疲れ様……」

「はい……お疲れ様でした隊長……」

 

 隊首執務室にて、私と勇音が死んでいます。

 いえ、ちゃんと生きてはいますけれど。気分的には死んでます。

 

 原因は勿論、突然の隊長就任による影響です。

 

 新隊長になって、四番隊全体の隊士の立場やらなんやらが一気に変わりました。

 しかも組織というのはTOPが動かないと末端は動きにくいわけですからね。私が必死で割り振ったり新体制を整えたりしました。

 

 結局、基本的には"皆で一斉に階段を一つ上がろう"といった感じで。

 副隊長だった私が隊長に。

 三席だった勇音が副隊長に。

 みたいにスライドさせていくことで片付けました。

 新体制になって、各席官たちの最初の仕事は"自分が直前まで就いていた席次の仕事の引き継ぎ"でしたよ。

 そうやって"下の子に仕事を教えつつ上の人から仕事を教わる"という形で手間を減らさないと、いつまで経っても組織が回りそうになかったので。

 

 それでも仕事量は膨大でしたけどね。

 きちんと片付いて、スムーズに回り始めるまで、三ヶ月くらい掛かりました。

 その間ずっと、問題があったら私があちこち駆けずり回ってました。

 

 ……一応、一回だけ卯ノ花隊長に文句言いに行ったこともあるんですけどね。

 のらりくらりとかわされて、全然話を聞いてくれなくて。

 ここで押し問答を続けるよりも、自分で走り回った方が手っ取り早いなぁって。

 

 それと、隊長になったので他部隊の隊長に挨拶とかしに行ったりもしました……ほとんどの部隊で顔を覚えられていて「よーく知っているけれど改めてよろしく」な空気をちょいちょい味わったりもしました。

 涅隊長には「時間の無駄だヨ」と門前払いされましたが、いっそ清々しかったです。

 

 とにかく。

 そういうことを積み重ねた結果が、隊長副隊長揃ってのグロッキー状態な訳ですが。

 

 

 

 もう一つ、霊術院についてです。

 結論から言うと、非常勤とはいえ隊長(わたし)がそのまま講師を続けるのは問題になりそうだということで、一時凍結となりました。

 今までは"なんとなく上手く回っていた"ので特別問題にならなかっただけで。

 今年は代わりに出た一角が一発目から"大暴れ"したこともあってか、疑問視する声が出たみたいですね。

 上の方できちんと制度を整え直してから、改めて決めるということで落ち着きました。

 

 ……その決定に何年掛かるのかは知りませんが。

 

 とにかく、四番隊で忙しい時期に合わせて霊術院のスケジュールも組み直しが行われました。

 当事者なので私もスケジュール変更に参加させられました。

 

 

 

 そして、四番隊業務を優先する関係上、マッサージも臨時休業となりました。

 女性隊士たちが悲鳴を上げたそうです。

 

 ……まあ、一番悲鳴を上げていたのは射干玉なんですけどね。

 おさわり厳禁が続いていたから、その、ね……

 

 

 

 そうそう。

 そんなお茶目っぷりを遺憾なく発揮してくれた卯ノ花隊長――もとい、卯ノ花 烈 十一番隊隊長ですが。

 

 剣八の名を名乗ってはいません。

 本人曰く「同じ部隊に同じ名前が二人もいるのは紛らわしいでしょう?」とのことです。また「剣八はその内に、私を乗り越えて真の剣八になるのですから」とも言っていました。

 そして更木剣八隊長は更木剣八副隊長に。

 ですが彼は地位よりも愉しい戦いこそが生きがいなので、一切気にしてません。

 草鹿副隊長は、一つ下がって三席になりました。これからは草鹿三席と呼ばないといけませんね。

 同じ席次になったからか、一角が物凄く嫌そうな顔をしていました。

 

 あと、綾瀬川五席が物凄く微妙な顔をしていました。

 なんでかしら?

 

 他に十一番隊で変わったことと言えば「斬魄刀は直接攻撃系のみ」という謎ルールが、跡形もなく消えました。

 何しろ新隊長の斬魄刀からして、直接攻撃系ではありませんから。

 加えて初代剣八が「直接攻撃系だから強いのではありません。最後まで立っていた者が強いのです」という"とても熱の籠もった命令"をしましたから。

 

 そう言えば、刳屋敷隊長の頃はこんな阿呆な暗黙の了解なんてなかった気がする……

 いつ産まれたのかしら、この無意味な風潮……

 

 とあれ「鬼道も斬魄刀もガンガン使いなさい。勝てば官軍、負ければ賊軍ですよ。ただし、十一番隊の誇りを穢すような真似だけはしないように」という命令の下、色々と改革が進んでいるみたいです。

 

 文句ですか? そんなの出ませんよ。

 だって"卯ノ花隊長は私の師匠"だと知った時点で、十一番隊の大半がビビって矛を収めましたから。

 それでも根性のある一部の隊士は「姐さんの師匠だからって姐さんより強いとは限らねぇ」と息巻いていたらしいですが、見せしめとばかりに上位席官を何人か一瞬で沈めて、反対意見を完全封殺したらしいです。

 詳しくは知りませんけど。知りたくもないです。

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「ようやくこれで、明日から通常業務に戻れるわね」

「もう執務室に泊まり込んで寝ずの対応をしなくて済むんですよね!?」

「ゴメンね、勇音にも迷惑を掛けちゃって……」

 

 副隊長になった途端、勇音は私を献身的にサポートしてくれました。

 今までも充分に献身的だったんですけどね。でもそれが、もっと熱心になってて。

 この三ヶ月は彼女がいなかったら乗り切れなかったです。

 

「お礼と気分転換を兼ねて、今日は定時で帰って何か美味しい物でも食べに行きましょうか?」

「ええっ!! い、良いんですか……?」

「勿論、遠慮しないで。他にも何か望みがあったら言って頂戴。何でも聞いちゃう♪」

「え、えっと……そ、それじゃあ……」

「先生! 失礼します!!」

「きゃあっ!!」

 

 勇音が指先をもじもじとさせながら、口を開こうとしたところに、雛森さんが飛び込んできました。

 

「えーと、雛森さん? いきなり部屋を開けるのは駄目よ? ほら、勇音がびっくりしてるから」

「すみません、先生。反省します」

 

 この子も、流石というか何というか。ガンガン出世してます。

 もう四席なんですよね。才能あるわぁ……

 未だに私のことを「先生」って呼んでくれるのは、嬉しいやら恥ずかしいやらなんだけどね。

 

 ……あら?

 なんで勇音は雛森さんのことを文句を言いたげな顔で見ているの?

 なんで雛森さんは勇音のことをちょっと勝ち誇ったような顔で見ているの?

 なんでちょっとだけ背筋が寒くなるの?

 

「それで、何か用かしら?」

「ああ、そうでした。あの、九番隊の方がお見えです。今日、お約束をしていたと……」

「九番隊……? 何か約束していたっけ?」

「えーっと……ああっ!!」

 

 私のスケジュールを確認してくれた勇音が、やらかしの悲鳴を上げました。

 

「すみません隊長! 今日、九番隊の方が瀞霊廷通信の件で来る予定でした……」

「あら、そうだったのね……完全に忘れてたわ……」

 

 あれだけ忙殺されていたからねぇ……これは勇音を責められないわ。

 私だって忘れてたし。

 

「すみませんすみません!!」

「いいからいいから、気にしないで。丁度良いタイミングだったし、応対は可能よ。それで雛森さん、九番隊の方はどちらに?」

「応接室でお待ちです」

「ありがとう」

「わ、私も行きますっ!!」

 

 席を立つと、何故か勇音も付いてきました。

 

 ……失点を取り返したいのかしら? 別に気にしてないのに……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お待たせしてすみません」

「いやぁ、こちらこそ。お忙しいところすみません」

 

 部屋で待っていたのは、檜佐木(ひさぎ) 修兵(しゅうへい)副隊長――通称、69の子でした。

 この子も霊術院時代から知ってる相手ね。

 

「さて、それじゃ早速ですけど。本題に入らせてもらいますね。今日来たのは他でもない、湯川隊長誕生の件について、瀞霊廷通信で取り上げたいと思いまして」

 

 檜佐木君が取材用の真面目な顔で提示してきたのは、やはり私に関することでした。

 

「瀞霊廷通信で……? もう、就任から三ヶ月以上は経ってるからとっくに旬は過ぎてると思うんだけど……いいの?」

「そこはまあ、この数ヶ月はお忙しかったことはこっちも知ってます。隊の業務優先ですから、無理矢理割り込むような不躾な真似はしませんよ」

 

 その気遣いは正直、ありがたいわね。

 

「そこで、遅れた分も含めて隊長の記事を大々的に取り上げようってことになったんですよ!! 巻頭カラーで独占インタビュー! 写真もたっぷり使って、どうせならグラビアなんかも撮りましょう!!」

 

 前言撤回……なんで?

 

「またまた、私の記事なんて誰も読まないでしょう? だからこの話はお断りということで……」

「「ええーっ!!」」

 

 そう言うと勇音と檜佐木君が同時に声を上げました。

 ……なんで勇音まで? 私のことなんて知ってるでしょう?

 

「頼みます! ホントに頼みます!! もう編集後記で湯川隊長の記事を取り上げるって匂わせっちゃってるんスよ!!」

「それはそっちの責任でしょう? それに私より先に卯ノ花隊長が……」

「卯ノ花隊長はもう"新生十一番隊"ってことで記事にしました!!」

 

 そうだっけ? 丁度忙しかった時期だから読み忘れちゃったかしらね。

 

「それにほら、湯川隊長の記事を取り上げて欲しいって意見も来てるんですよ!! ほら、これが証拠ですから!!」

 

 なおも必死で食い下がる檜佐木君は、なにやら取り出して私の前に差し出しました。

 

「これって……?」

「瀞霊廷通信の読者からの要望の手紙っスよ! 見てください、こんなにいっぱい!!」

 

 取り出したのは、手紙の山でした。

 なるほどね……コレ全部、私への手紙なのね……

 あ、この手紙、差出人に砕蜂って書いてある。

 

「……なるほどね」

「納得して貰えましたか!? それにほら、湯川隊長は昔に朽木家の出産に立ち会ったりで有名になりましたし。十三番隊でもなにやら大活躍したって聞いてますよ! あと、霊術院の講師もやってましたし!! その辺も含めて!!」

「69……」

「それはもう勘弁してくださいよ!! あと俺、ちゃんと誇りに思ってるんスから!!」

 

 学生時代の苦い思い出よね……数字の意味を院生たちに教えたのは私だけど。

 あんな数字を背負っていた六車隊長が全部悪いということで。

 

「と、とにかく! こんな風に意見やら要望やらもいっぱい来てるんです!! ということで、是非! お願いします!!」

「良いじゃないですか隊長!! やりましょうよ!!」

「そうっスよ! ほら、虎徹副隊長もこう言ってますし!! お願いします、俺たちを――九番隊を助けると思って!! 前隊長の庇護から外れた記念ですよ!!」

 

 庇護、されてたの私? ちょいちょい(てい)よく使われていたり、遊ばれていただけな気もするけれど。

 

 それに、過去に何度か記事になったこともあるから。別に良いんだけどね。

 でも、ちょっとくらいは意地悪しちゃいましょう。

 

「インタビューは問題ないけれど、グラビアっていうのはちょっと……」

「な、何でですか!! 男性隊士にも人気があるんですよ!! 今の自分を記録して、皆さんに見てもらいましょう! 隊長、美人なんですから!!」

「私としてはようやく新体制でスタート出来た四番隊の皆を取り上げて欲しいんだけど……あと、グラビアって檜佐木君の趣味よね?」

「何を言ってますことやら!? 俺は別に! ただの民意っスよ! 何より、そういう意見が多かった……」

 

 ――ちら。

 

「……だけ、で……おおっ!!」

 

 ちょっと胸元を緩くしただけなのに。

 ガン見されました。

 目と口元が完全にだらしなく緩んでいて、鼻の下も伸びてます。

 

「……はっ! ひ、檜佐木副隊長!! 不潔です!! 隊長も隠してください!!」

 

 ねえ、勇音?

 なんで反応が遅れたのかしらね?

 なんで私は胸元に二人分の視線を感じていたのかしらね?

 

「ここでそういう反応をしなければ、もう少し説得力があったんだけどね……」

 

 わざとらしく嘆息します。

 でも反応しちゃうのは男のサガよねぇ、わかるわ。すっごく分かるわ。

 

「あああああっ!! すみませんすみません!! なんとか、そこをなんとか!!」

「じゃあ、四番隊の皆も取り上げてくれる? そうしたら協力してあげるわ」

「……ぐっ! そういうことですか……隊長もお上手ッスね……」

 

 まあ、このくらいの駆け引きはね。

 私だって伊達に長年色々とやってるわけじゃないのよ。

 

「えーいっ! わかりました、わかりましたよ!!」

「うん、交渉成立ね。詳細は後日に改めてから詰めるで良いかしら?」

「まあ今日の所はそれで……でもその、本当に協力してくれるんですか?」

「まかせて。言ったからには手を抜かないわ」

 

 

 

 ――後日、取材の日と撮影の日。

 

「ねえ、普通も良いんだけど……こういう感じはどうかしら?」

「おおおっ!! い、良いんですか隊長!?」

「手を抜かないって言ったでしょう? あ、こういう表情でとかはどう……? 需要はあるかしら……?」

「あります! ありまくりです!!」

 

 インタビューを終え、その後の撮影の時です。

 最初は向こうの言う通りに大人しくて、真面目な感じの写真を撮っていました。

 ですが、じわじわと過激な感じにしてあげました。

 オマケで男の好きそうなポーズや格好を、自分から提案してみました。

 これが現場で好評で――まあ、男の心とかよく分かりますからね。

 ついでに色々とそそるような表情も添えてあげました。

 これもサービスの一環です。

 

 

 

 さて、そうして出来上がった最新の瀞霊廷通信ですが。

 

 私の注文通りに"新生四番隊特集"と銘打って刊行されました。

 インタビュー記事も私の物を中心にしてますが、隊の他の子たちも載っています。他にも勇音や雛森さんといった美人の隊士たちは、個別に写真も掲載されています。

 

 あ、この雛森さんかわいい。

 自分の可愛い魅せ方を知ってるって感じがするわ。女って凄いのね……

 

 吉良君は……もうちょっと頑張って。せっかく写真撮って貰ってるんだから。

 でもちょっとマニア受けしそうではあるわね。庇護欲をかき立てられそう。

 

 勇音も、もう少し頑張りましょう枠ですかね? 緊張しちゃってる。

 でもこの慣れない恥じらいと初々しさは今だけだし、凄く可愛い。

 ギャップが良いのよねぇ……思わず抱きしめたくなるわ。

 

 ただ、残念なことに。

 私のグラビア写真は載っていませんでした。

 掲載されていたのは、インタビュー中の写真や普通に凜々しい写真だけでした。

 うーん、これは……東仙隊長が"待った"でも掛けましたかねぇ?

 

 そういえばあの人、盲目の筈なのにどうやって編集長をやってるんでしょうか?

 チェックとか出来ないですよね??

 

「まあ、こんな物よね。結構頑張って色んなポーズとか取ったんだけどなぁ……」

「そ、そうなんですか!?」

 

 隊首執務室で勇音と二人、瀞霊廷通信に目を通しながらそんなことを話していました。

 

「ええ、まあ。こう……肌の露出とかも多少多めにして。男性隊士がグッと来るような、男の期待に可能な限り答えたつもりよ」

「ぐ……グッっと来るような……」

「あら、興味がある? まあ、詳細は省くけれど、撮影現場はすっごい熱くなってたわよ」

「すごい熱く……ですかぁ!?」

 

 あら? どうしてこんなに顔を真っ赤にしてるのかしら?

 なんで今一瞬、生唾を飲み込んだの?

 

「す、すみません! 私、ちょっと出てきます!!」

 

 と思ったら急いで部屋を出て行ったけれど……何かしらね?

 

 ……あら? 瀞霊廷通信の最後に、何か記事が……これって……

 

 私の写真集を急遽発売? 今回の特集でお蔵入りになった写真が満載?

 フォーマル版とアダルト版の二冊を同時刊行?

 湯川隊長の魅力がこれでもかと詰まった垂涎の一冊?

 数量限定販売! 特にアダルト版は男性隊士は予約必須! 重版予定は一切無し!

 隊長に勝てない男性隊士諸君にこそコレを見てほしい!

 

 って書いてあるわ。

 

 ……え、まさかこれを予約しに行ったの? まさかね……

 

 

 

 後日、聞いた話ですが。

 どうやら売り切れたそうです、私の写真集。

 しかも「第二弾はまだか」や「重版を掛けろ」とか「見損なったぞ檜佐木修兵!」に「我々には知る権利がある!」で「この69が!」と「入れ墨通りのムッツリスケベか!」みたいな意見が殺到してるらしいですよ。

 

 ……私、しーらないっと。

 

 

 

 

 

 

 そういえば射干玉、あなた今回はやけに大人しかったわね?

 

『ハァハァ……藍俚(あいり)殿の写真集ハァハァ……おおっ!! こ、これは隠されているからこそ妄想が! ですが下を知ってる拙者には丸見えスケスケでござるよ!! ピンク色! ピンク色が!! これが(いそ)(あわび)の片思い!!』

 

 ……見なかったことにしましょう。

 




(感想からネタを拾ってしまったのですが、これでいいのかしら……?)

●写真集
アダルト版はきっと

【挿絵表示】

とか

【挿絵表示】

な写真がてんこ盛り。フォーマル版は普通に凜々しい写真。
(これを見せたかっただけだろ、と言ってはいけない)

●写真集2
(日番谷の(隠し撮りした)写真集が完売とかしてるらしいので)
藍俚も人気があってもいいと思う。
まず死神として在任歴が長い。
100年くらい先生やってる。
ので、凄く顔を知られてるはず。

●磯の鮑の片思い
一方は無関心なのに、一方は恋い慕っている状態のこと。

決して、なんだかスケベな意味の言葉ではない。


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第100話 隊長と副隊長、初めてのお稽古

 檜佐木君に瀞霊廷通信の取材の依頼を受けた、次の日。

 隊首室にて、日常業務を片付けようとした時のことでした。

 

「あの、隊長……今、よろしいですか?」

「ん、どうしたの? 何かあった?」

 

 やけに思い詰めたような顔をする勇音にすこしだけ面を食らいます。

 

「き、昨日のことです!」

「昨日……? ああ、お願い事があれば何でも聞くってあれ?」

「はいっ! そ、その実は前々からずっとお願いしたいことがあって……わ、私にも稽古をつけてください!!」

 

 一体どんな無理難題が飛び出すのかと思えば、彼女の口からは極めて普通の言葉が出てきました。

 

「そのくらいならお安いご用よ。そうね……昼からでも訓練場で……」

「あの、そうじゃなくて! その、隊長が時々他の人にやってみるみたいに、一日中ずっと! つきっきりで! ああいうのをお願いします!!」

「……うん。勿論いいわよ」

「や、やったぁ……! えへへ……」

 

 くっ! 必死に頼み込んで来たから何かと思えば、さらっと可愛いおねだりと可愛い反応を……!!

 

「じゃあ、次の非番の日にでも――」

「大丈夫です! もうこの日に休暇申請をしておきましたから!」

 

 そう言って見せてきたのは、予定表でした。

 そこには私の非番に併せるようにして、勇音が休暇申請をしています。

 

「よ、用意がいいのね……」

「はいっ! だって私、副隊長ですから!!」

 

 すっごい、わんこが尻尾をぶんぶん振って「褒めて褒めて」って言ってる姿が幻視できるわぁ……

 

「じゃ、じゃあその日にね」

 

 ……てことはその日は、三席の伊江村(いえむら)君が忙しくなりそう。

 だって隊長も副隊長もいなくなるんだもの。最高責任者が三席になっちゃうんだもの。

 ごめんね。

 

『卯ノ花殿はこういった部分も上手に回していたでござるよ』

 

 まだまだ前隊長には及ばないわねぇ……

 

 

 

 

 

 

「そういえば、さ」

「はい?」

 

 日は流れて、勇音に稽古をつける日がやってきました。

 修行場所はいつも通り、流魂街の外れ。人のいないちょうどいい平原です。

 

「勇音は、卯ノ花前隊長に稽古をつけてもらってるって聞いていたんだけど……」

「はい、そうですよ?」

 

 稽古を始める前に、いい機会なのでずっと気になっていたことを尋ねます。

 

「単刀直入に聞くけれど、大変じゃなかった?」

「え……? いえ、そこまで大変では……」

「嘘ッ!! そうなの!?」

 

 あの"卯ノ花隊長との稽古"を"そこまで大変じゃない"と言い切れるなんて……

 この子、とんでもないわね……更木副隊長くらいの才能を持ってるってこと!?

 

「延々と殺されかけたり、斬られた傷を自分で治して回道の特訓とかって、普通のことだったのね……」

「ええっ!! そ、そんな怖いことしてませんよぉ!!」

 

 遠い日の記憶を思い出して思わず遠くを見ていたところ、勇音は心外だと言わんばかりに慌てて叫びました。

 

「……ん? どういうことなの?」

「卯ノ花前隊長との稽古で、回道の練習とか鬼道の練習とか、剣術の指導とかしてくれましたけれど、普通のことでしたよ?」

「前隊長に延々と斬られ続けて、自分の傷を延々と治し続ける練習ってしなかったの?」

「してませんよ!? 霊圧の扱いとかを教えてもらっただけです!!」

 

 あら……? なんだか雲行きが怪しいんだけど……??

 

「け、剣の稽古は!? 隊長と戦って実戦で覚えろって言われなかったの?」

「隣に並んで"こんな風に剣を振れ"って見本を指導してもらったりとか……あ! 時々"姿勢が乱れてる"って軽く叩かれることはありましたけれど……」

「血とかは……流れないの……?」

「はい……そうでした……」

 

 うわぁ……なにそれ、すっごい優しい。

 

 その後も話を聞いたところ、明かされたのは"卯ノ花隊長が勇音に与えたのは、私との時とは比べものにならないくらい優しかった"ということでした。

 戦いの中で、血で血を洗いながら覚えなさい。

 というようなことはせず、普通に口頭やお手本を見せて反復練習をさせるといった至極まっとうなやり方でした。

 

「なるほどねぇ……」

 

 卯ノ花隊長……私もそのやり方がよかったです……

 

『ですがそのやり方では強くならないと思われたからこそ、乱暴な手段になったのではござりませぬか?』

 

 うっ! そう言われると……返す言葉もないわね。

 

「でも、その……実は理由があって……」

「理由?」

「はい! 卯ノ花隊長が仰ってたんです。いつか、湯川隊長が隊長になるから。そのときになったら、隊長にみっちりと教えてもらいなさい――って!」

 

 へぇ……そんなことを言っていたのね。

 

「私、四番隊に配属された最初の年に見た隊長の姿に感動して、隊長みたいになりたいってずっと思ってて!! それで、だったらって卯ノ花隊長が! 湯川隊長に教えてもらった方がいいでしょうって! でもそのときに隊長の隣に並べないと困るから、最低限は成長しておきなさいって!! それで……」

 

 なるほど。

 つまり、勇音は私の色に染めていいという、卯ノ花隊長からのお墨付きなのね。

 だからあえて、ゆっくりと育てていったわけだ。

 

『私の色に染める……なんとも心が躍る言葉でございますなぁ!!』

 

 でも百年くらい待たせちゃったわね……ごめんね勇音。

 そこは本当にごめんね……

 

『そのゆっくりした育て方でも、副隊長まで上り詰められたわけでござるが? もしも仮に勇音殿も藍俚(あいり)殿と同じ修行を行っていたら、今頃は立場が逆転していた可能性が……』

 

 あーあー、聞こえない聞こえない。

 

「いい、勇音……良く聞いて」

「は……はいっ!!」

「あなたの気持ちはよくわかったわ。それじゃあ、私なりのやり方であなたを鍛えるけれど、いいわね? ついて来られる?」

「頑張ります!」

 

 いい返事だわ!

 今日から私が鍛えてあげるからね。

 待たせた分も含めて、たっぷりみっちりねっとりと……ね。

 

「ちなみに私は、卯ノ花隊長よりも……甘いわよ」

「覚悟の上で……ええっ!?」

 

 返事を仕掛けて、肩すかしを食らったように声を上げました。

 

「あの、こういうのって普通は"もっと厳しい"って言うんじゃ……?」

「……アレよりも厳しくしたら、誰もついて来られなくなると思うから……」

 

 私は思わず目を逸らします。

 こればっかりは、体験しないとわからないですから。

 

「そんなことよりも、早速始めましょう! まずは勇音の今の実力を知りたいから、私と手合わせしてみて」

「わかりました!」

 

 そう言うと勇音は斬魄刀を取り出して、構えます。

 

「鬼道も白打も、始解も使っていいわ。とにかくどれだけできるかを正確に把握したいから。だから全力でお願いね」

「はい!!」

 

 そして彼女は私に挑んできました。

 

 

 

 

 

 さて、突然だけどここで問題よ?

 みんなは勇音の斬魄刀って、どういうものかご存じかしら?

 

 解号は「(はし)れ」

 名前は「凍雲(いてぐも)

 

 始解すると鍔が六角形になって、刀身が三枚に増えるという形状変化をするの。

 

 そして肝心の能力なんだけれど――

 

 

 

 その名の通り、刀身から雲が発生して、その雲に触れた人や物を凍り付かせるという。

 つまり氷雪系に分類される斬魄刀。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていた子、怒らないから手を上げて。

 

 うん、うん……あんたら全員、危機管理が甘いわ!

 罰として全員ベアハッグの刑よ!!

 

 そんな分かり易くて単純な能力のわけないじゃない!!

 

 

 

 いい!? ヒントは山ほど出ていたの!!

 

 まず斬魄刀の名前だけど、凍雲――これは"いてぐも"とも"とううん"とも読むけど。

 意味は「寒々と凍り付いたような雲。寒々として曇っている冬空」など。

 

 そして解号は"奔れ"――これには「素早く移動する」みたいな意味がある。

 

 大きくまとめると、刀の名前は「ゆっくりと遅いイメージの言葉」なのに、解号は「速い・勢いが良いなどのイメージの言葉」になっている。

 

 つまり、名前と解号でイメージの持つ意味が逆なのよ。

 

 そしてもう一つは、始解した時の斬魄刀の形状ね。

 これはもう、変化した部分をよーっく見れば、気づけるわよ。

 だって、答えそのものなんだから。

 特に刀身が三つになった意味を考えてみて。

 

 

 

 

 

 

 ここまで言えば、なんとなく分かったかしら?

 

 

 

 え? わからない? 降参? 答えを教えてくれ?

 

 ……仕方ないわね、正解は――

 

 

 

 

 凍雲は"斬りつけたものの時間の流れを操る"能力の斬魄刀なのよ!!

 

 

 

 

 始解したときに三つに増えた刀身は、それぞれ長針・短針・秒針を意味する!

 

 鍔が六角形になるのは、本来なら十二進数にちなんで十二角形の予定だった!

 ただ、始解だから半分の六角形にしかならなかった! けど六角形もオシャレだから何の問題もない!! あと氷雪系というミスリードにもなる!!

 

 形状変化はどちらも時計に関係しているのよ!

 

 そして極めつけは勇音の「これ以上、背が高くなりたくない」という想い!

 この気持ちが斬魄刀に作用して"成長を遅くする → 時間を遅くする"という能力になったの!

 

 解号が「加速」で、斬魄刀の名前が「遅く」のイメージを持っているのは、勇音本人の"もう背が伸びて欲しくない"という気持ちから!

 つまり、遅くする方が強力な想いを込められていたから斬魄刀もそういう名前に!

 

 解号からわかるように加速能力もあるけれど、そっちはオマケ。

 スロー化こそが本命の能力な斬魄刀!!

 

 

 

 

 一分の隙もない、完璧な理論よね。

 

 

 

 

 さて、それじゃあ説明も済んだところで……

 

 自分で自分をベアハッグします。

 そうよ! 私も氷雪系だと思ってたわよ!! 危機管理が甘かったのよ!!

 

 甘かったから……――

 

「ハァ……ハァ……ッ……!!」

「だ、大丈夫ですか湯川隊長……?」

 

 勇音の攻撃は、なんとかいなしました。

 ですが意表を突かれたことに動揺して呼吸が乱れ、額にはうっすらと汗をかいています。

 決して油断していたわけじゃないんだけれど、どこかに慢心があったみたいね。

 

「大丈夫! 平気だからどんどん来なさい!」

「はいっ! 行きます!!」

 

 素直な返事で勇音は攻めを再開しました。

 

 彼女の剣術は、卯ノ花隊長の影響を受けているだけあってか、私にしてみれば捌きやすい攻撃です。

 剣の動きもほぼ読めますし、単純な霊圧も私の方が高いので身体能力だけでも余裕で対処できます。

 

 ですがそこに、凍雲の能力が関わってくるんです。

 

 普通の斬魄刀――それこそ、吉良君の侘助(わびすけ)のように重くする能力――ならば、避けたり空振りすれば効果は発動しません。

 ですが凍雲は、時間の流れを操る能力。

 空振りしてもその刀身は空間に触れており、その空間の時間の流れを遅くします。

 

 つまり、空中に目視不可能な減速させられる空間が生まれるわけです。

 

 うっかり動きの遅い空間に入ってしまうと、反応が遅れてしまいおもわぬピンチに陥ったりします。

 さっき驚いていたのも、これが原因なんです。

 突然反応が鈍くなってすごく驚かされました。これはかなりの初見殺しです。

 

 まだ使いこなせていないようですが、それでもとんでもない斬魄刀です。

 氷雪系(笑)みたいに思い込んでいて、本当にごめんなさい。

 

『氷雪系最強(笑)の悪影響でございますな!』

 

 ほら、他の子も謝って!

 この斬魄刀の能力をうまく使えば、たとえば重傷患者が複数人いて手が足りないときに、遅くしておけば一人一人をじっくり治療とかもできるのよ!

 

 かなりとんでもないわよコレ!

 なにより時間を操るとか、普通ならボス級の敵が持ってる能力よ!?

 

「やあああぁぁっ!」

 

 勇音本人もこの能力を理解しているから、こっちの自由を奪おうとする戦法をとってきますね。

 じわじわと切り裂いてこっちが自由に動ける範囲を少なくしてくる。

 狙いはいいのよ、狙いは。でもね――

 

「悪くはないわね。でも狙いすぎてて相手にバレやすいから。斬魄刀の能力だけに頼りすぎないようにしてもう一回やってみましょう?」

「うう……すみません」

 

 罠に嵌めようとする意識が強すぎてて、肝心の剣術がおろそかになってるの。

 だから、指で掴んで動きを止めることも簡単にできちゃう。

 基礎的な部分は優秀だけど、駆け引きはまだまだね。

 

「えいっ! えいっ!!」

「そうそう……慣れてきたかしら? こっちを殺すつもりでやりなさい。訓練でそのくらいできないと、いざ実戦で気後れするからね?」

「はいぃっ!!」

 

 少しずつだけど、刀に殺気が籠もってきています。

 動きも少しずつ堅さがとれて、柔軟になってきています。

 

 とりあえず、腕が動かなくなるまで続けさせてみましょう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうね。参考になったわ」

「は、はいぃ……ありがとうございましたぁ……」

 

 とまあ、そんなこんなで。

 勇音の動きを見続けて、今さきほどようやく終了したのですが……

 

 うん。剣を落とすまで続けさせたのは、私のミスだったわ。

 完全にグロッキー状態だもんね。

 

 でもね、勇音も悪いのよ。

 この子ってば、私が声を掛けるとちゃんと反応して応えてくれるんだもん。

 だからついつい、その気になっちゃって。

 動いている途中でも、どんどん口を出しちゃって。

 

 霊術院で生徒たちを指導している時を思い出すわぁ……

 あの子たちはまだまだ未熟だったけど、この子は既にある程度磨かれている宝石だもの。こっちの期待にしっかりと高いレベルで応えてくれるから、楽しくて。

 卯ノ花隊長も、こんな気持ちだったのかしらね?

 

「じゃあ、疲れているところ悪いんだけど。次は鬼道を見せて?」

「ええっ!!」

「疲れているからって相手は待ってくれないわよ? ほらほら! 破道の一、衝!」

「ひうぅっ!?」

 

 鬼道で弱い衝撃を飛ばします。

 勿論、当てません。軽く攻撃することで相手を煽るのが目的です。

 

「わ、わかりました!! 破道の七十三! 双蓮蒼火墜!」

 

 七十番台を詠唱破棄、それでもこの威力なら大したものだわ。

 炎の勢いもかなり強くて、制御もしっかりしている。狙いも申し分ないわね。

 

「縛道の八十一・断空」

 

 とはいえ受け止めるわけにもいかないので、防壁を張って消し去ります。

 続けて――

 

「縛道の四・這縄(はいなわ)

「きゃあっ!?」

 

 ――鬼道で縄を生み出して、勇音を縛り上げます。

 突然縛り上げられ身動きがとれなくなり、彼女はほとんど受け身も取れないままに倒れ込みました。

 

「な、なんでですか隊長……?」

「相手の鬼道への対応するのも、訓練のうちよ。ほら、這縄くらいなら解けるでしょう?」

「そんなぁ~……無理ですよぉ~……」

「ほらほら、頑張って。抜け出せたら、お昼ご飯にしましょうね」

 

 鬼道の縄で縛り上げられ、地面の上でモジモジとしながら恨みがましい視線を向けてくる勇音を尻目に、私はお昼ご飯の用意を始めました。

 今日もお弁当を作ってきていますよ。

 

『おおっ!! 長身巨乳美女の緊縛拘束プレイでござるな!! これはまた、縄が食い込んで……たわわな形がなんともくっきり浮かび上がり……!! ふ、服が皺になっちゃうでござる!! 縄の痕がついてお風呂に入るときに恥ずかしいでござる!! 見ちゃいやーんでござる!!』

 

 あんたはいつでも元気いっぱいね。

 

『でも目はもっと離せないでござるよぉぉっ!!』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「わ、私……もうダメです……」

「――っと、危ない危ない。大丈夫?」

 

 ふらつきが限界を超え、倒れそうになった勇音を慌てて抱き留めます。

 

 あの後、お昼ご飯と食休みを挟んでから、残りの白打と歩法を見ました。

 白打の方は、四番隊ということもあってそこまで重視しなくても問題ありません。

 

 ですが歩法は重要です。

 瞬歩(しゅんぽ)をより効率的に使えれるようになれば、怪我人の元へも素早く向かえますから。

 そのため、こちらも剣術と同じくらい熱心に指導をしてしまいました。

 

 その結果が、今の状況です。

 私の胸の中で、勇音は力なくだらんとしてます。

 

 ですが、ぶっ倒れるくらいまで頑張ってくれた甲斐はありましたよ。

 この子の今の実力ですが、かなり高いことがわかりました。

 

「あ……っ! すみません、隊長……」

「いいからいいから、無理に動かないで」

 

 慌てて離れようとした彼女の動きを封じるように掴んで、そのままの姿勢でいるようにしてあげます。

 ついでに回道で霊圧治療もちょっとだけしておきます。

 今のままだと辛いでしょうからね。

 

『今の状況、なんとラッキースケベ状態でござるよ!!』

 

 あら、そう言われればそうね。

 勇音の頭を抱きしめているわけだし

 

 ……今度私も、勇音にやってもらおっと。

 

『拙者も!! 拙者も是非に!! 勇音殿にやってもらいたいでござる!!』

 

「だ、大丈夫です! もう大丈夫ですから!!」 

「そう? 遠慮しなくていいのに……」

 

 彼女もそれに気づいたのか、慌てて逃げるように私の手の中から離れました。

 離れた後の顔が真っ赤だったので、多分気づいてると思います。

 

「そろそろ夕方だし、今日はもうこのくらいにしましょ。どこかで汗を流してから、夕飯でも一緒にどう?」

「あの、隊長! そのことで一つ、ご相談があって……」

 

 沈みつつある太陽を目にしながら提案すると、勇音がおずおずと口を開きました。

 

「今日誘ったのは私ですし……その、もしよろしければ、お礼の意味も込めて、私の家でおもてなしさせてください……」

「あなたの家で?」

「はい! あの、い、嫌とか用事があったらいいんです! でも、その……」

 

 恐る恐る聞いてくる勇音がすごく可愛いです。

 何この可愛い生き物!!

 

「そうね。せっかくだし、ご厄介になろうかしら?」

「厄介だなんてとんでもないです!! どうぞ、こっちです!!」

 

 そう言った途端、今までの疲れはどこへやら。

 大ハリキリで先頭に立って案内してくれたんだけど……

 

 気づいてる? 今はまだ流魂街よ?

 




オレンジ髪が一瞬も出てこないのに、気付けば3桁突入……
多分、あと10話くらいすれば出てくる……はず……

●勇音
お待たせ、このあとマッサージするから。
準備しておいて。

●凍雲(妄想能力)
この子は、こういう能力だとずっっっっっっっと信じてました。
(原作で結局明かされなかったので、嬉々としてこの能力にしました)

「雲を生み出して凍らせる」だけの能力とか……なにそれつまんない。
(氷雪系とかいう負けフラグ満載の塊は要らないです)

使いこなせると、野菜を保存したり、お酒を熟成させたり。
発酵とかも超簡単にできそう。
便利、超便利。


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第101話 マッサージをしよう - 虎徹 勇音 -

「ここです!」

 

 勇音が胸を張りながら紹介してくれたのは――

 

「あら、ここって……」

「はい! 実は、隊長が前に住んでいたところなんです」

 

 ――私にとってはある意味、慣れ親しんだ場所でした。

 

 自宅でもてなしてくれるということで勇音に案内されながら瀞霊廷を進みながら――その途中、どう見ても見覚えのある場所を幾つも目にしながら――到着したのが、前に住んでいた家でした。

 

「こんな古い家じゃなくても、新しく建ててもらえばよかったのに」

 

 お忘れかもしれませんが、平隊士は基本的に寮暮らし。

 席官になるともう少し待遇が良くなって、上位席官になるとアパートの一室みたいな部屋を支給してもらえるようになります。

 そして副隊長や隊長になれば、一軒家を支給してもらえるくらい優遇されます。

 

 私は隊長に就任したときに新しく家を支給してもらいまして、それまで住んでいたところから引っ越したわけです。

 その空いた家に、勇音が引っ越してきた形になるわけですね。

 

「そうなんですけど……隊長が住んでいた場所がよかっ――あ、そうじゃなくて! 新築の家ってなんだか勿体なくて落ち着かないって言いますか、その……」

「……まあ、使い込んだ家の方が風情がある場合もあるからね」

「そ、そうですよね! そういうことなんですよ! さあ、どうぞお入りください!」

 

 私にしてみると、古巣に戻ってきたって感じなんだけどね。

 それでも勇音の好意を無碍にするわけにもいかないし。

 

「それじゃあ、勝手知ったるなんとやら。お邪魔させてもらうわね」

 

 ということで、なんだか元我が家へ足を踏み入れました。

 

 

 

 

 

 

「へえ、これ……美味しいわね」

「はいっ! 頑張って作りました。お口に……合いますよね?」

 

 お風呂で汗を流して、今はお夕飯をごちそうになってます。

 勇音の手作りご飯なので否応なしに嬉しくなりますね。

 

「んー、辛めで濃い味付けだけどいける♪ ご飯が進むわ♪」

 

 ご飯にお魚とか和え物とかお漬物とかですが、とっても美味しいです。

 さっすが四番隊(ウチ)の副隊長! やっるぅ!

 

「いっぱい稽古をした後なので、このくらいの味でも平気かなと思ったんです」

「懐かしいわねぇ。まだあなたが入隊したばっかりの頃に、指導をしてあげたっけ」

「お料理とかお洗濯とかお裁縫とか、やらされましたよね」

「あれ、私も入ったばっかりの頃はやらされたのよ。それでも、ある程度の経験はあったから結構評判が良くて……」

 

 そんな思い出話も肴にしつつ、夕食は進み――……

 

 ――……やがて何事もなく終了しました。

 

「本当に手伝わなくていいの?」

「大丈夫ですよ、隊長はごゆっくりなさってください」

 

 夕飯の片付けを手伝おうとしたら断られましたよ。

 なのでお言葉に甘えちゃいましょう。

 それにしても、黙っていてもご飯が出てきて、おまけに片付けてもらえる。

 これってなんて素晴らしいんでしょう。

 幸せだわ……

 

 あ、終わったみたい。

 

「あの、隊長……」

「ん-? なあに?」

「わ、私! 今日、頑張りましたよね……?」

「そうね、すっごく頑張ったわ。花丸をあげましょう」

 

 遠慮がちに聞いてその姿が可愛かったので、思わず抱き寄せながら頭を撫でてしまいました。

 

「わわわっ……! あ、ありがとうございます。でも、そうじゃなくて……」

「ん?」

「もう一つだけ、我が儘を言っても良いですか?」

「勿論よ! 一つと言わず十でも二十でも、どんと任せなさい!」

「はい! あの、実は――」

 

 

 

 

 

「――それで、これが我が儘なのね」

「はい! えへへ……」

 

 勇音が口にした我が儘というのは、私にマッサージして欲しいということでした。

 

「夢だったんです……今日みたいに昼間は隊長に稽古をつけてもらって、夜は隊長に、わ、わた、私のカラダを……!!」

「そんなの、いつでも言ってくれればよかったのに……」

「それじゃ駄目なんです! 副隊長になった私が、隊長に、二人っきりでないと! 卯ノ花隊長に言われてから、ずっと憧れていたんです……」

 

 ああ、私と卯ノ花隊長の関係を見ていて、それに憧れたって感じなのかしら?

 だから同じことを隊長(わたし)副隊長(いさね)という立場で実現したかったのねきっと。

 する方とされる方が逆だけど。

 なんにせよ、嬉しいことを言ってくれます。思わず抱きしめたくなるわ!

 

 ということで、勇音にマッサージをしますよ!

 しかもこの子は今、全裸ですよ全裸!

 素っ裸でお布団の上に寝そべっています。

 うつ伏せですよ、うつ伏せ!!

 

 ちょっと上半身を見れば、柔らかそうに潰れたおっぱいがはみ出してます。

 体格が良いので、それに比例してかこの子もムチムチした良い身体をしてるのよ。

 全身はほんのりと丸くて、でも出るところは出ていて、反対に引っ込むところは引っ込んでいる。

 姉妹で並ぶと、妹さんが嫉妬するくらいにはエロい身体してます。

 

 お尻や太腿もむっちりしていて、しかも足も長いのよね。

 くびれた腰からお尻までの起伏に富んだラインがすっごく目に眩しいわ。

 この足で踏んで欲しいとか、顔の上に座って欲しいだとか、もっと単純に蹴り飛ばして欲しいだとか。

 そういう欲望がかき立てられるのも、これを見ていたらよくわかっちゃう。

 

 どこを触れても柔らかそうで、おまけに丈夫そうだから、男の欲望を思いっきりぶつけられそうな安心感があるのよねきっと。

 しかも上背があるから、すっごい甘やかしてくれそうだし。

 あと控えめな性格だから、男の三歩後ろを着いて来そう。

 昼間は淑女のように、そして夜は娼婦のように。なんていうけれどさぁ……

 

 ……なにこれ、この子は理想の女性だったの?

 

「はぁ……勇音も本当に美人よねぇ……」

「ふぇっ!! た、隊長!?」

「正直な感想よ。勇音って、男性隊士からモテるでしょう?」

「そ、そんなことありませんよぉ! 私、そういうのに全然縁がなくって……」

 

 反応から見ると、謙遜抜きで言ってるようですね。

 

「何言ってるのよ! ちょっと背が高くても、こんな美人を放っておく方が見る目がないの!!」

「ほ、本当ですかぁ……?」

「勿論! 私だったら即日に求婚してるわよ!!」

「じゃ、じゃあ……隊長、私のこと、貰ってくれますか?」

「当然よ! 駄目だったらいつでも私のところに来なさい!!」

 

 こんな可愛い子が副隊長のはずがない!

 

「……(えへへ、やったぁ……)」

 

 なにかボソッと呟いたようですが、良く聞こえませんでした。

 だって――

 

「さて、それじゃあ……」

「ひゃんっ!」

 

 ――これからマッサージをして、勇音をもっといい女にしてあげなきゃいけないんだから! 些事なんて耳に入らないわ!

 ふふふ、男が放っておかなくなるように、腕によりを掛けるわよ!

 

「あらら、敏感なのね……羨ましい」

 

 指先でそっと、彼女の背中を撫で上げただけなのに、勇音はとても良い声を出してくれました。

 そのままゆっくりと、背中から肩、腕を中心にゆっくりと揉んでいきます。

 

「ん……っ……あっ……!」

「痛かったかしら?」

「そうじゃないんです……っ! ただ、気持ちよくって、その……」

 

 揉むたびに喘ぐような息づかいが断続的に耳に入ってきて、なんとも身体に悪いわ。

 こっちまで当てられちゃうじゃないの。

 

「声は我慢しなくていいわよ。今は私しか聞いてないから」

「あ……あう……(そ、それが一番恥ずかしくって、でも嬉しくって……)」

 

 また何か小さな声で言ったみたいだけど、なんて言ったのかしら?

 勇音は顔を真っ赤にしながら、結局吐息を漏らしていました。

 

「ん……あっ! そ、そこ……っ!」

「気持ちいい?」

「はいっ! ちょっと痛いんですけれど、痛いが気持ちよくって……んんっ!!」

 

 ゆっくりと背中から肩に、そして首回りに掛けての筋肉をほぐしていきます。

 

「勇音も胸が大きいからねぇ。肩も凝るでしょう?」

「それは……っ、んっ!」

「隠さなくてもいいのよ。私が触ってるのって、肩こりに関わってる部分だから。ここが張ってるってことは、凝ってる証拠なのよ」

「……はい……あっ……ふぅ……っ……」

 

 これ以上何を言っても無駄と思ったのか、勇音は素直に声を上げ始めました。

 最初の内こそ強張っていたハズの表情も今ではとろんとぼやけており、すっかり私に身を任せています。

 首回りを一通り終えると、そのまま腰からお尻へと手を伸ばしました。

 

「ひゃっ……!! あ、あの隊長……」

「ん? どうかしたの?」

「な、なんでもないです……」

 

 軽くお尻を撫でると、勇音が跳ね起きそうなくらい反応しました。

 けれども、あらかじめ何をされるかは知っていたんでしょうね。すぐに静かになりましたよ。

 

「うんうん、おっきくて立派なお尻よね。これなら安産間違いなしでしょうね」

「~~っ……!!」

 

 お尻を撫で回しながらそう言うと、耳まで真っ赤になっているのがわかりました。

 ちょっと前に産婆役も経験したから、ついそんなことを言っちゃうのよね。

 

 でも本当に、勇音は良いお尻をしていますよ。

 染み一つない白い肌に、きゅっとしたお尻はボリューム満点。

 つきたてのお餅みたいに温かくって、もちもちしてて。揉むのが大変なくらい。

 

「……っ……!! ……っ……!!」

 

 十指を懸命に使って揉みしだき、お尻に指を食い込ませていきます。

 お尻の奥に凝りがあるので、それをきちんとほぐすように。大きなお尻を全体的にたっぷりと揉んで。

 勇音も気持ち良いんでしょうね。

 先ほどから声にならない声を何度も何度も上げています。

 

 お尻も良いんですが、そこから伸びるすらりとした足にも目が離せません。

 特に太腿の触り心地は最高です。揉んでいくとしっとりと手に吸い付いてきて、ここで膝枕が出来る人は幸せですよきっと。

 その二つの大きな太腿でピタリと閉じた内側へ、指を滑り込ませます。

 

「身体の中の流れが良くなってきてるわね。今までよりももっと肌の色が良くなってきてるわ。勇音もわかるでしょう? 身体が火照ってきてるのが」

「あ、あの……は、い……」

 

 太腿の内側を、下から上へゆっくりと揉んでいきます。

 敏感な部分に触れられてか、ちょっとだけ落ち着きなさそうな様子ですね。

 多分ですけれど清音(いもうと)さんからだって何をされるかは聞いているでしょうに、そこまで戸惑わなくてもいいのに。

 

「やっぱり座り仕事が多かったからかしらね? 足もずいぶんとむくんでるわ。ごめんなさいね、勇音。こんなになるまで付き合わせちゃって」

「い、いえ……そん、な……平気! です……っ……!」

 

 平静を装っているけれど、身体は正直よね。

 声は随分戸惑ってるみたいよ?

 落ち着かなくてむず痒くって、でもどうしたらいいのかわからない。そんな感じの心境なのかしらね?

 

 あら、そう思っていたら、ちょっとずつ足が開いていったわ。

 今までは恥ずかしそうに両足をきつく閉じて擦り寄せていたのに、今では受け入れるみたいになってる。

 ほんの少しだけ視線を変えると、太腿の奥に隠された部分が丸見えで。

 誘ってるのかしら? いけない子なんだから。

 

「……あっ……」

 

 勇音の口から、残念そうな声が上がりました。

 

 一体どうしてそんな声を出したのかしらね?

 私はただ、もう太腿は十分だからふくらはぎや足の裏のマッサージを始めただけなのに。

 何をそんなに残念に思ったのかしら?

 

 不思議だわ。

 

 

 

 

 

 

「はい、次は鎖骨周りから始めるわよ」

「え、え……?」

「前よ、前。ちゃんと予習しているんでしょう?」

「うう……そ、それはそうなんですけれど……」

 

 知っているのと実際に自分でやってみるのとではまた違うからか、勇音はモジモジとしています。

 

「それに勇音は胸が大きいから大胸筋周り――つまり胸を揉まないと効果が薄いのよ」

「む、胸を……」

 

 なんで今一瞬、生唾を飲み込んだのかしら?

 

「うつ伏せだと施術できないから、仰向けになってね。今まで按摩を体験した子たちも、全員やってるのよ」

「は……はい……」

 

 少し俯きつつも、やがて勇音は頬を真っ赤に染めながら身体を反転させました。

 

「うわぁ……」

「へ、変でしょうか?」

「ううん、そんなことないわよ。とっても綺麗で素敵だわ」

 

 思わず声が出ちゃったわ。

 

 でもだって、仕方ないじゃない!

 胸も股間もむき出しなんだもの!! 

 大きくて形の良い胸がツンと上を向いていて、その山頂はピンク色の突起があって。

 お腹は無駄な肉がなくて腰回りはくびれているのに、お尻から太腿に掛けてはまた柔らかそうな曲線になってて。

 足の付け根の辺りなんて、男を誘うような輝きとフェロモンを放ってるの。

 

 これで反応をするなって方が拷問よ!

 

「それじゃ、まずは首回りからね」

「あ……っ!」

 

 首回りを軽く撫でて、指先でカリカリと浅くひっかくようにすると、勇音は嫌がるような、それでいてたまらないように身をよじらせました。

 まるで生娘のような反応に、思わずマッサージにも力が入っちゃうわね。

 

 そのまま鎖骨周辺へと指を這わせ、ゆっくりと指を下へと移動させます。

 

「ふ……ん、あ……っ……!」

 

 山のように大きくて柔らかな膨らみ、その外周部をなぞり円を描くようにしてゆっくりと揉みほぐして行きますよ。

 

「うんうん、思った通り張ってるわね。まあ、背中があれだけ凝っていたんだし」

「ん……っ! ひぅ……っ……!」

 

 脇腹や肋骨を伝っていくように指を動かしていき、最終的にはお腹にたどり着くと、こんどは真ん中を通っていきます。

 山の裾野を揉んでいるだけですが、大きくて張りがあって、これは片手じゃ確実に持て余すサイズですね。

 指先で触れているだけなのにぷにぷにとした柔らかさがあって。

 ずっと触っていたくなります。

 

「くすぐったいだろうけれど、もうちょっとだけ我慢してね」

「は、はひ……っ……ふああぁっ……!」

 

 大胸筋から脇に掛けてをゆっくりゆっくりと何度もなぞりながら、マッサージをしていきます。

 最初は大きな円を描くように、少しずつその円を小さくするようにして。

 

「ん……ふ……っ……あ、ん……っ……」

 

 私が手を動かすたびに勇音は身じろぎをして、じわじわと身体に汗の粒を生み出していきました。

 蕩けた表情で瞳の端には涙を浮かべ、汗で上気した雰囲気と相まってなんともいえない妖しい気配を醸し出しています。

 言葉にするなら、この"女を無茶苦茶にしてやりたい"とでも言うんでしょうかね?

 加虐心というか誘い受けの最上級というか。

 

「はいはい、落ち着いて。力を抜いて。深くゆっくり深呼吸をして」

「ひゃいっ! ふーっ……はーぁ……っ……」

 

 素直に深呼吸をしてくれるので、胸元が大きく上下に動きます。その動きに合わせて柔らかな巨山がふるふると切なそうに揺れ動きました。

 

「ちょっと形を整えるから、我慢してね」

 

 その動きを手の平で感じながら、私は胸に下から手を当ててすくい上げ、全体を包み込むように鷲づかみにします。

 

「~~~っ~~~っ!!」

 

 さすがにちょっと刺激が強すぎましたかね?

 勇音は思わず両足をピンと突っ張らせて、弓のように身体も反らせました。

 でも文句は何も言ってきません。

 黙って私のマッサージを受け入れ、指の動きにされるがままになっています。

 

「はい、我慢しないで。施術とはいえ、そういう部分だから。我慢できなくなったら声をだして」

「そんっ、なっ……! む、無理で、す、よぉ……っ……!! だ、だって、恥ずか……は……あぁ……っ!!」

 

 マッサージをしていくたびに、勇音の身体がどんどん熱を帯びていくのがわかります。

 心臓がドキドキと早鐘を打っているのが手の平から伝わってきます。

 お山のてっぺんが、物足りなそうに自己主張をしています。

 ときどき胸から手を放し、お腹をなぞり上げてゆき、真下まで来てからグッと揉みます。

 

 それらの刺激一つ一つに身悶えしながらも、勇音は私の言うことに従おうと必死になっていました。

 

 なにこの可愛い子。

 この子も私が貰っちゃって良いのかしら……?

 

「はい、こんなものかしらね。どう、勇音。凝りはほぐれたかしら?」

「ふ……ふえぇ……?」

 

 ゆっくりと何度も揉み続けてから、やがて私は手を放しました。

 突然刺激から解放された勇音は、それまで夢見心地の気分だったのでしょう。寝ぼけたような返事をしてきました。

 

「あ、あの……もう終わり、ですか……?」

「勇音の場合は随分と肩とか上半身が凝っていたからねぇ。もう十分でしょう?」

「あ……あう……ぅ……」

 

 そう告げると、目に見えて肩を落とします。

 眉をきゅっと寄せて、何かを訴えるような瞳で私を見つめ、朱色の唇をツンと尖らせていました。

 

「た、隊長……い、嫌ですぅ……」

 

 やがて意を決したように、けれど恥ずかしいのか小さな声が聞こえてきました。

 

「私……ずっと待ってました……だから、その……隊長! さ、最後までお願いしますっ……!」

 

 座り込んで、精一杯訴えかけるような表情でした。

 

 

 

 あ。

 これもう無理。

 こんな可愛い姿を見せられたら我慢できない。

 

 そこで私の意識は途切れました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「うう……何これ、頭痛い……」

 

 再び意識が戻った時は、もうすっかり朝になっていました。

 しかも頭痛がしています。

 

 ああ……この痛みは知っています。

 最近はすっかりご無沙汰でしたので忘れかけていましたが、二日酔いの痛みです。

 

「でもなんで? お酒なんて一滴も……あら?」

「すぅ……すぅ……」

 

 ふと気がつけば、私の隣で勇音が寝ていました。

 つまり、一緒のお布団で……二人で一緒に……

 

「い、勇音!?」

「ふにゃ……さ、ささかまぼこ!!」

 

 笹かまぼこ!?

 

「……あ、隊長……おはようございます」

「はい、おはようございます」

 

 挨拶は大事よね。

 

「じゃなくて! え、と……勇音? なんで私の布団に?」

「あ、あはは……その、夕べ寂しくなっちゃって……それで、つい隊長のお布団に……」

 

「駄目、でしたか……?」

「そんなわけないじゃない!」

 

 思わず脊髄反射で答えました。

 

「いや、そうじゃなくて……あのさ、夕べって……何があったんだっけ……?」

 

 記憶が飛んでるのよね。

 勇音にマッサージをしたところまでは覚えているんだけど……

 

「隊長に按摩をしていただいて、それが終わったら寝ましたよ。忘れちゃいましたか?」

「そうだっけ……?」

「そうですよ! もう、忘れちゃったんですか!?」

 

 最後に覚えている記憶からだと、どう考えても繋がりそうにないのですが。

 口を尖らせて文句を言ってくる勇音が可愛いので、もうそれでいいです。

 

「あの、隊長! 夕べはありがとうございました。それと、もう一つだけ我が儘を聞いてもらえますか……?」

「なに?」

「これからも、時々でいいんです……一緒のお布団で、寝てもらえますか……?」

 

 一にも二にもなく了承しました。

 

 なので、私も勇音も一緒の布団で裸で寝ていたのも気にしないことにします。

 




●お夕飯のメニュー
粕漬け・奈良漬け・南蛮漬け など (+ 辛めの味付けや副菜)
(アルコール分入り + 濃い味付け + 酔いやすくする)

●サブタイトル
うちの副隊長がこんなに全力で仕留めに来て既成事実を作るわけがない

酔い + 既成事実 = 責任を取ってください

自分のところの隊長がお酒に弱いって知ってるから……

●暗転時に何があったの?
続きはそのうち「私以外の誰かが書いてくれることでしょう」。


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第102話 四番隊隊長の華麗なお仕事の日々

「あの、隊長。少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 隊首執務室でお仕事中、外から遠慮がちに声が掛けられました。

 あら、この特徴的な渋い声は……

 

「どうぞ、お入りください」

「はい、失礼します」

 

 入室してきたのは予想通り、伊江村三席でした。

 

 ……え? 皆さんご存じありません?

 四番隊(ウチ)伊江村(いえむら) 八十千和(やそちか)三席です。

 撫でつけた髪型と、眼鏡を掛けていない方がカッコいいんじゃないかと噂されています。あと声が渋くてカッコいいです。

 性格は至って真面目で、失礼な言い方をすると"中間管理職がかなり似合う"隊士です。

 

 とまあ、変な言い方こそしましたが。

 三席に選ばれるだけあって霊圧も高いですし、回道も得意なんですよ。

 一応、四番隊全体で見ても回道が三番目――いえ、雛森と吉良(あの二人)がかなり成長してるから――……色々と込みで総合的に判断して……

 

 うん、三番目くらいに上手です。

 

「伊江村三席、何か異常でもありましたか?」

「いえ、そういうわけではなく。ただ、隊長に許可をいただきたくて」

「許可?」

「はい……実は、戸隠(とがくれ)八席から要望が上がってきていまして」

「あの子から?」

 

 戸隠ちゃんかぁ……

 登場したのって、ずいぶん前よね……私が昔、探蜂さんの大手術をしたときに一緒にいたメンバーの一人なんだけど、もう絶対に覚えてないわよね……

 あの頃は十八席だった彼女も、出世して八席になっています。

 

 伊江村三席が班長を務める救護隊の、副班長を務めているのが彼女です。

 

『全然関係ない話でござるが!!』

 

 わっ、ビックリした!! なに、急にどうしたの!?

 

『現在の三番隊では、戸隠(とがくし) 李空(りくう)という名の隊士が副隊長をやっているでござるよ!! 今さきほど話題に上がった四番隊の戸隠(とがくれ)八席とは、遠い遠い親戚という扱いでござる!! これは決して、当時ちゃんと調べていなくて、最近になって"やっべーこんな名前の死神いたんだ"と気づいたからではないでござるよ!! 絶対に違うでござるよ!!』

 

 やめて! 言えば言うほど泥沼だから!!

 

 まあ、良い機会だから紹介しておきましょう。

 射干玉が言ったように、吉良君が四番隊(ウチ)にいるから、全然知らない子が三番隊の副隊長になってるのよ。

 彼は私が霊術院で教師やるより前に死神になってたから、あんまり知らないんだけど。

 

 だって私の場合は、三番隊の副隊長って聞くと未だに 射場(いば) 千鉄(ちかね)さんを思い出すくらいだもの。

 七番隊の射場副隊長のお母さんよ。

 体調が悪くなって死神を続けられなくなったの。勿論、私が治療に担ぎ出されました。体調不良そのものは治したけれど、そうでなくても、かなりのお歳でしたから……

 

 ――とと、話が逸れちゃったわね。

 

「それで、何の話なの?」

「その……彼女が四番隊の敷地内に薬草園を作りたいと……」

「薬草園!? まあ、彼女らしいというか何というか……」

 

 戸隠八席は、薬学系の知識にかなり明るいからねぇ。

 あの子はちょこちょこ、新薬を調合したり既存の薬の配合比率を変えて効果を向上させたりとかしています。

 薬学系の知識だけなら、私も舌を巻くほど。霊圧はちょっと低めだけど、この一芸だけで上位席官にまで上り詰めたほどよ。

 

「でもなんで今頃になって? 作りたいなら、卯ノ花隊長の頃でも問題なかったと思うけれど?」

「それがどうやら、最近になって新種の薬草を見つけたとかで……」

 

 なるほど。つまり――

 

「……その新種を実験したいから、四番隊の敷地で実験したいってこと?」

「い、いえ……その、それは……」

 

 ほんの少しだけ霊圧を強めに放ちつつ、真剣な目つきで尋ねれば、伊江村三席はたじろいだように一歩下がりました。

 

「四番隊の敷地内で実験するから、あわよくば費用も四番隊の予算から計上しちゃおうって魂胆かしら?」

「あ……うあ……」

「卯ノ花隊長だと断られそうだから、私が隊長になったタイミングで話を通そうとしたってことよね?」

「ちょ、ちょっとお待ちください隊長!!」

 

 泣きが入ったわね。まあ、このくらいにしておきましょう。

 

「冗談よ、冗談」

「……へ!?」

 

 それまでまとっていた霊圧を霧散させ、にっこり笑顔で手を振ります。

 

「戸隠八席の薬学知識は四番隊なら誰だって知ってるから、断る理由も特にないわよ」

「お、驚いた……勘弁してくださいよ隊長……」

 

 恐怖でずり落ち掛けた眼鏡を直しつつ、ハンカチで額にびっしり浮かんだ汗を拭いながら、彼は安堵の息を大きく吐き出しています。

 

「大体、私を含めた隊士の中には、隊長が十一番隊に行った当時のことを克明に覚えているのも多いんですから……その隊長に詰め寄られるなんて、本気で殺されるかと思いましたよ……」

「あら、半分くらいは本気よ」

 

 途端、汗を拭う手がピタリと止まりました。

 

「戸隠八席の知識は評価しているけれど、薬草園を作るとなれば話は別よ。四番隊に益が出るとわかれば、予算を計上するのもやぶさかではないわ。だからまずは、彼女にしっかりとした計画書を作って持ってくるように言って。それを見て、私が判断するから」

「は、はいっ!」

「趣味の延長で終わるのか、それともちゃんとした隊の活動になるか。彼女がどのくらい本気で考えているかも含めて、それとなく気にしておいてね」

「ご指導、ありがとうございます!!」

 

 そう言うと彼は退出していきました。

 

 

 

「…………驚きました……」

「あら、何が?」

 

 同じ部屋の中で仕事をしていた勇音が、目を丸くしながら私を見ています。

 

「その、なんというか……」

「真面目なことを言ったから?」

「はい……あ、いえ、そうじゃなくて!!」

 

 思わず頷きかけてから、慌てて否定する副官が可愛くて仕方ありません。

 

「いいのいいの。今までは大体が私個人の責任でなんとかなる範囲の話だったから、笑って済ませていたのよ。ただ四番隊の敷地を使うとなると、ちょっと話が違ってくるから。対応も真面目な物にならざるを得なかったの」

 

 各部隊の敷地には、隊長の権限で好きな建物を建てたりできます。

 

 なので隊長権限で"エスティックサロン"な設備をドカンと建設しても問題ありません。

 まあ、あくまで建設できるだけで、あまりに私的で横暴なことをすると怒られますけど。

 

 逆に言うと"隊長権限で大きくて立派な戦闘訓練施設を建てる"とかは、その隊に所属する隊士たちにも利があるので容易に受け入れられて、上も怒りません。

 

「今回は、ちょっと業務にも関係してきそうだったから厳しめにしただけ。これが"個人の趣味で家庭菜園を作りたい"とかなら、そこまで目くじらも立てないわ」

「家庭菜園、ですか?」

「ちゃんと面倒を見て、世話をするのならね。新鮮なお野菜が取れるなら、悪い話でもないし――……」

 

 トマトとか良いわよね、ビニールハウスも作って。

 鶏小屋とかも、新鮮な卵が手に入りそうで良いかもね。

 

 そんなことを勇音と話しながら、執務を続けました。

 

 

 

 後日、薬草園は無事完成しました。

 

 が、その隣に野菜園もできていました。

 まさか本当に実現する子がいたなんて……

 誰!? トマト育ててる子は!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ぬ、射干玉……生きてる……?

 

『もう……へとへと、からっからでござるよ……藍俚(あいり)殿……お、お願いがあるでござる……』

 

 ……なに?

 

『あ、甘い物を……何か甘い物をプリーズ、で、ござる……』

 

 カボチャの煮付けでいい?

 

『マジでござるか!! やった! カボチャの煮付けでござる!! そ、その、できれば天ぷらも!! サツマイモの天ぷらもお願いするでござる!!』

 

 ……あんたって……ちょっと安くて本当に可愛いわよね。

 

『ですが、大学芋も捨てがたいでござるな……ホクホクのお芋にアイスクリームを乗せて……熱いのと冷たいのが合わさって最強に見えるでござる! プラスとマイナスが合体して極大が消滅してしまうでござる!! 超たまらんでござる!!』

 

 いい加減、なんでこんなことになっているのか説明をしないと駄目ですよね。

 

 

 

 原因は簡単です。

 卯ノ花隊長と更木副隊長のお稽古が原因です。

 

 お二人が全力で激突しあった結果、どちらも死にかけるような大怪我を負いました。

 なので霊圧を全力全開で必死に治しました。

 力を使いすぎて私たちは干からびました。

 以上。

 

 という、とてもとても簡単な理由です。

 

「……お二人とも、稽古をするなとは言いませんが……せめてもう少し、なんとかなりませんか?」

「そうは言っても、十一番隊は戦うのが仕事。四番隊は治療が仕事ですから。ならば十一番隊隊長として、部下の隊士を鍛えるのは当然のことでしょう?」

 

 いけしゃあしゃあと卯ノ花隊長が言いました。

 

 くっ! この人、治療を考えなくて良くなったからって、自由奔放になりすぎでしょう!!

 私を"どんな傷を与えても死ななきゃ完全蘇生させる便利な回復アイテム"だって思いすぎてますよね!?

 気兼ねなく殺し合いをしすぎなんですよ!!

 以前からちょくちょく思ってましたけれど、この人はちょくちょくぶっ飛んだ考えをするんですよ!!

 

「こんな楽しい戦いなんだ。我慢しろって方が無理だ」

 

 更木副隊長……は、こういう人でしたね。

 今は毎日が楽しくて仕方ないんでしょうね……きっと……

 

 というか。

 

 この二人の大稽古、隔週くらいの頻度で起こってるんです。

 一番酷かったときは隔日で起こってました。

 そのたびに、私が呼ばれて、ぶっ倒れるくらいに霊圧を消費して回道を使う……

 もう勘弁して欲しいんですよ……日常業務に支障が出るんですよ……

 

 しかもこの二人、十二番隊に依頼して十一番隊の敷地内の地下に、広大かつ強固な戦闘用の空間を作らせたんですよ!

 周りに被害が出ないようにって!

 

 その気遣いを! 三分の一で良いから! 私にも向けてくださいよ!!

 

「せめて頻度をもう少し下げていただけると、助かるんですけど。なんとかなりませんか?」

「と、言われても……」

 

 卯ノ花隊長はチラリと更木副隊長を見ます。

 彼は――というよりも、どちらもやる気満々の表情をしていました。

 

「断る! 言い分を聞くだけの理由がねぇ!」

 

 やっぱりそうなりますよね……

 くううぅ! 何か、良い策があれば……あっ、閃いた!

 

「本気のぶつかり合いは一年に一度、とかにしてもらえません? 一年間、お互いに力を溜めて牙を研ぎ続けて、決められたその日にすべてをぶつけ合うんです。少し期間が開くからこそ、新鮮な発見も多くなるんじゃないですか?」

 

 丁度七月だったので、七夕(たなばた)つながりで、年一回を提案してみました。

 

「……なるほど。それ少しは面白そうですね」

「一年くらいなら……まあ、我慢できなくはねぇだろうな。色々と新しい発見もできて、面白えかもしれねえ」

 

 あら、意外に素直で好感触。これは、聞き入れてもらえるかもしれない。

 

「今月は七の月でしたね? では揃えて七の日を決行日としましょう」

「覚えやすくていいじゃねぇか。乗ったぜ」

 

 ……あら?

 

 いえ、織姫と彦星からヒントを得たのはそうなんですが……

 

 どうやらこの世界では、毎年七月七日には血の雨が降るようです。

 

 なんて恐ろしい天の川なんでしょうか。川が真っ赤に染まりますよ……

 

 しかも地下の空間で戦ってるから雨天中止はありません。

 

 

 

 

「せっかく来たことですし、湯川隊長。あなたもちょっと戦っていきなさい」

「……え?」

「そいつぁいいな。お前と戦うのも、そんなに嫌いじゃねぇんだ」

「え、え……!?」

「あなたもいい加減、下手に隠さなくていいですよ? あの奇妙な力、一度くらいはちゃんと見せてみなさい」

「アレか! あの速くなって強くなるヤツか! いいじゃねぇか、遠慮すんなよ! 俺とお前の仲だろ?」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

 ……え、まさか(ホロウ)化は卯ノ花隊長にも気づかれてるの!? この二人、戦いに関する嗅覚が本当に突出しておかしい!!

 

 

 

 この日はこれ以上、四番隊の業務ができませんでした。

 二人掛かりには勝てませんでした。

 




日常業務回。
(ちょっと隊長っぽい姿、ときどき、血の雨)

戸隠(とがくし) 李空(りくう)
バズビーに一瞬でやられた子。
元が三席でイヅル不在だから副隊長に繰り上がった。

●伊江村 八十千和
四番隊三席。
回道の腕前は勇音に匹敵する。でも目立たないというか不遇ポジション。
後々、射場さんに声を掛けてもらって七番隊の副隊長になった。
(しかし後の読み切りで「輪堂与ウ」が七番隊副隊長になっていた。
 彼はどこに行ったの? 三席に降格? 四番隊に出戻り?)

●薬草園と野菜園
アニオリ(刀獣編)で、そんな描写があったので。
(正確には野菜の栽培と鶏小屋くらいでしたが)

あの回はハゼを釣ったり、一軒の食堂に昼食を依存してる描写も欲しかった。
(誰がわかるのよ、このネタ)


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第103話 冷戦のようで実は共同戦線

「本日はお招きいただき、ありがとうございます……と言っても――」

 

 そう言うと砕蜂はチラリと視線を飛ばしました。

 

「――どうやら一部の方には、あまり歓迎されていないようですが」

「そんなことありませんよ。ねえ、副隊長?」

「そうですよ砕蜂隊長。雛森さんの言う通り、考えすぎです」

 

 勇音と雛森さんは、笑顔でそう返事をしました。

 ……笑顔なんですけれど、見ていてどこか背筋が寒く感じるのは何故でしょうか?

 

「ま、まあまあ。それじゃあ、時間も勿体ないし……早速始めましょうか?」

「「「はい!」」

 

 私がそう言うと、まるで気の合う仲間同士のように息ぴったりな返事が返ってきました。

 ですがこの息ぴったり具合が私にとっては逆に怖いです。

 

 

 

 

 

 ――ことの起こりは少し前まで時間が遡ります。

 

「お久しぶりです、藍俚(あいり)様」

「あら、砕蜂隊長?」

 

 四番隊でお仕事をしていたところ、突然彼女がやってきました。

 

「急にどうしたの? 誰か怪我人でも……?」

「いえ、そうではなくて。ただ、藍俚(あいり)様が隊長になってからしばらくはお忙しかったようで、お祝いも出来ませんでしたので……」

 

 お忘れかもしれませんが、私の隊長就任時には前隊長のお茶目をしてくれましたので、人事関係など含めて三ヶ月くらいはずっと忙しかったんです。

 砕蜂などの親しい隊長の中にはその状況を見かねて「手伝いましょうか?」と申し出てくれた方々もいました。

 

 ですが、忙しい中身がこれまた問題でして。

 何しろ自分の部隊の人間関係まで含むことだったので、他の部隊の方を下手に関わらせることもできなくて。

 それらの申し出は結局「お気持ちだけいただいておきます」に落ち着きました。

 

 砕蜂はあのときの忙しいことを知っていたので"隊長就任のお祝いをしたかったものの、気を遣って今日まで後回しにしていた"ということですね。

 

「私のときにはあんなに良くしていただいたのに! こんなに日が過ぎてしまったのはとても申し訳なくて!!」

「砕蜂隊長、落ち着いて」

「その砕蜂隊長というのも、もうおやめください! 既に同じ隊長という立場ですし、昔のように……できればその、砕蜂と……」

 

 顔を赤らめながらおねだりしないで……抱きしめたくなっちゃうから。

 

「わかったわ、砕蜂」

「はい! ありがとうございます!」

 

 名前を呼んだだけで、すっごく嬉しそうですね。

 

「……はっ! そ、それでですね。本日伺ったのは藍俚(あいり)様のために――」

「――湯川隊長!!」

 

 またきた!! 今度は何!?

 

「また一緒に稽古をお願いしてもいいでしょうか!?」

 

 やたらと良いタイミングでやってきたのは雛森さんでした。

 

「えっと、雛森さん? 部屋に入るときはちゃんと外から声を掛けて入室の許可を――」

「だ、駄目ですよ雛森さん! 隊長は今、お忙しいんですから!」

 

 今度は勇音が口を挟んできました。

 忙しいわね。

 

「十一番隊での隊長副隊長の治療に追われてるんです! それがなければ、先日のように私にもお稽古をつけて貰っていたのに……」

「ええっ! なんですかそれっ!!」

 

 何やら凄い剣幕で勇音に迫ってます。ちょっと怖い。

 

「副隊長ズルいです!! 私だって、隊長に――」

「稽古とはどういうことですか藍俚(あいり)様!!」

 

 また砕蜂が大声を上げました。

 

「酷いではないですか! でしたら私にもどうか稽古を! 最近、お付き合いしていただけなくて寂しいです!!」

「砕蜂まで!? というか、最初に言っていた"お祝い"の話はどこに行ったの?」

「それはそれで日を改めて行います! ですが私にもどうか!」

「駄目ですよ砕蜂隊長!」

「む、なんだ貴様は?」

「四番隊副隊長の虎徹勇音です! それと隊長は十一番隊に頻繁に呼ばれているので、それも無理です! 私だって我慢しているんですから、砕蜂隊長も我慢してください!」

 

 ……何かしらね?

 三人がグイグイ来てるのよ……見ていてすっごく背筋が寒くなるんだけど……

 射干玉、どう思う?

 

『仲良きことは美しきかな、というでござるよ。ここは一つ、藍俚(あいり)殿の魅力で三人まとめてハーレムをでござるな……』

 

 うん、ありがとう。

 とても参考にならなかったわ。

 

 それとね。

 十一番隊の問題はもう解決してるのよ、七月七日という記念日が出来たの。

 

「あのね、勇音。十一番隊の件は先日解決したんだけど、言ってなかったかしら? まあ年に一度は丸一日潰れるのが確定なんだけれど、それ以外の日だったらある程度は自由に――」

「でしたら隊長! 次のお休みの日に私も予定を合わせますから!」

「何でですか!? 隊長の予定に私も合わせます!!」

「勇音も雛森さん落ち着いて!?」

 

 すっごい食いついて来たわ!! なんなのこれ!?

 

「では私も予定を合わせます! 二番隊と四番隊の隊長同士、交流を深めて隊の連携を図るということで……」

 

 砕蜂まで!?

 

「あの、じゃあ……みんなで同じ日に合わせるのは……駄目、かしら?」

 

 おずおずと手を上げながら、折衷案を伝えます。

 ……なんで中心のハズの私が怯えなきゃならないのかしらね?

 

「同じ日、ですか……?」

「致し方ありませんね」

「わかりました、では隊長と雛森さんも予定を合わせるようにしますので。あ、砕蜂隊長はご自身で日程を調整してくださいね」

「わかっている!」

 

 どうにかこの場は収まったみたいです。

 

 

 

 そして、冒頭に続くわけです。

 

 

 

 ちなみに余談ですが、後日にこの大騒ぎを知った吉良君が参加しようとして、思いっきり断られたみたいです。

 ……まあ、彼も四席だし。上位席官が同じ日に揃って抜けるのも問題だもんね。

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

「じゃあ、えっと……」

 

 さて、みんなで一緒にお稽古の日まで視点が戻ってきたわけだけど。

 

 どうしよう?

 三人同時に稽古をつけるのは、実力も得意分野も差がありすぎて非効率的だし。

 となると、個人個人を見ていくしかないのかしら?

 

「三人をそれぞれ個別に見る形になるけれど、それで良いかしら?」

「はい」

「問題ありません」

「わかりました」

 

 みんな、返事は良いのよね。

 

「じゃあまずは、砕蜂から。私が見られない時間は、個人で修行をお願いね」

 

 ということでお稽古がスタートです。

 

 

 

「砕蜂は、やっぱり卍解を?」

「はい……なかなか扱いが難しく、練度を高めるのも難儀するので……」

「仕方ないわよね。地道にやっていきましょう」

「よろしくお願いします。卍解、雀蜂雷公鞭」

 

 卍解を発動させましたが、相変わらずの大きさですね。

 小柄な砕蜂だと相対的にものすごく巨大に見えます。

 

 あら、勇音も雛森さんも稽古の手を止めて砕蜂に注目しています。

 まあ卍解は、珍しいですからね。

 

「ふふん」

「く……っ……」

「わ、私だって……きっともうすぐ……」

 

 注目を浴びているせいか、ちょっと得意げな表情を覗かせた砕蜂が可愛いです。

 それを"煽られた"と思ったのか、二人は悔しそうに見ていました。

 

 え……勇音は、もう卍解に到達しちゃうの?

 

「じゃあ、失礼するわよ」

「は、はい……っ!」

「「あああああぁぁっっ!!」」

 

 砕蜂に後ろから抱きつくと、二人が悲鳴を上げました。

 

「な……隊長、なんですかそれ!?」

「なんで抱きついて……!!」

「ふふん、仕方なかろう。私の卍解は、迂闊に使うと反動で吹き飛ばされてしまうのだ」

「「ぐぬぬ……」」

 

 だからがっちりと固定しないとまともに使えないのよね。

 その辺の反動とかもある程度は調整は出来るようになってきてるんだけど、まあ安全策ということで私が支え役をずっとやっています。

 

 でも、砕蜂はなんでそんなに得意気なのかしら?

 

「では行きます……雀蜂雷公鞭――発射!!」

 

 朝の空に花火よりも巨大な爆発が描かれました。

 その破壊力を間近で見たおかげか、ぐぬぬ顔をしていた二人は一瞬で驚きの表情になりました。

 

「はぁ……はぁ……」

「やっぱりまだ辛い?」

「そ、そうですね……せめて一日一発くらいには鍛え上げたいのですが……」

 

 疲弊する砕蜂に霊圧を注ぎ続けながら、彼女の卍解特訓は続きました。

 

 

 

 

 

「――じゃあ、次は勇音ね」

「はい、隊長! お願いします!」

 

 砕蜂の分の時間も終わり、続いては勇音を見る時間になりました。

 

「勇音は、前に稽古をつけたときみたいな感じでいいかしら?」

「お願いします! ……あ、でも、砕蜂隊長みたいに私も卍解修行をしてみたいです……!!」

「卍解は自分を鍛えて斬魄刀と意思疎通をしていれば、そのうちに至れるから。焦っちゃ駄目、まずは基本からじっくり鍛え上げましょう。」

「うう……はい……」

 

 なんだかちょっとがっかりしている勇音に、まずは剣術のお稽古からです。

 

「うん、やっぱり勇音とだとやりやすいわ」

「え……本当ですか!?」

「目線の高さとか体格が似てるからね。私が気をつけていることはそのまま勇音に教えられるし。すっごくやりやすいの」

「えへへ……ありがとうございます」

「どういたしまして……あ、ちょっと待って!」

 

 指導を中断して、彼女の身体に少し触ります。

 

「そこの動きはもっとこうやって、腰の捻りを意識してみて」

「腰の捻り……こうですか?」

「うーん、ちょっと違うかな? こうやって腰を」

「こうですか?」

「そうそう、その調子よ」

 

 やっぱり教えやすさは勇音ですね。

 実例を見せるだけでどんどん吸収して行ってくれますし。

 

「私、背が高くて少しだけ良かったかもしれません。だって、隊長とこうやって肩を並べて、同じ目線で考えられますから」

「「くっ……」」

 

 砕蜂と雛森さんがなんだか悔しそうな顔をしているのは、見なかったことにしましょう。

 

 

 

 

「――じゃあ、最後は雛森さんね」

「異議ありです!」

 

 いきなり挙手されました。

 

「砕蜂隊長は、砕蜂。虎徹副隊長は、勇音。なのにどうして私は"雛森さん"なんですか!! 納得できません!!」

「え……」

 

 そう言われればそうね。

 でも別に深い意味なんてないし……あえて言うなら、霊術院時代の名残り?

 

「じゃあ、桃……って呼んで良いの?」

「は、はいっ!! や、やったぁ……」

 

 雛森さん――ああ、桃は小さくガッツポーズをしました。

 

「……はっ! そ、それなら藍俚(あいり)様! 私のことは梢綾(シャオリン)と……!!」

「わ、私も……!!」

「二人とも落ち着いて!?」

 

 なんで砕蜂も勇音も食いついてくるんですかね?

 

「砕蜂は昔に"もう梢綾(シャオリン)と呼ばないでください"って言ってたじゃない!? それと勇音はもう名前で呼んでるのに、これ以上どうすればいいの!?」

「……くっ、そ、そうでした……」

「あうぅ……」

 

 なんだか三人とも妙なテンションになってるわよね……

 

「じゃあ桃、稽古を始めましょうか」

「はい!」

 

 ということでお稽古ですが――

 

「こうしていると、なんだか霊術院時代に戻ったみたいです……」

「大げさねぇ」

「大げさなんかじゃありませんよ!」

「そ、そうなの……?」

「入学初日に見た隊長の動きも、その後の稽古も、私にとってはすっごく衝撃的でした!! あれは運命の出会いなんです!!」

 

 そう言ってもらえると、講師をやっていた人間としてはすっごく嬉しいわねぇ。

 

「「くうぅ……」」

 

 で、なんでそこの二人は羨ましそうに見てるのかしら?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「さて、と……それじゃあ、今日はそろそろ切り上げましょうか」

 

 なんとか三人それぞれの稽古も終えました。

 終えましたが、無性に疲れました。気のせいか、普段の三倍――いえ、三乗くらいは疲労感がずっしりと重くのし掛かってきます。

 

「で、でしたら隊長……あの、私の家で――」

藍俚(あいり)様! 久しぶりに兄様の屋台で――」

「あの、隊長! 私、あそこに行きたいです! ほら、前に隊長に連れて行ってもらった、流魂街の! 隊長がすごくお世話になった居酒屋に!!」

「「――ええっ!?」」

 

 三人とも忙しいわねぇ……

 

「あ、藍俚(あいり)様……! なんですかそのお店は!?」

「隊長が昔お世話になった……? 雛森さん、なんでそんなこと知ってるの!?」

「隊長が副隊長だった頃に、なんどか連れて行ってもらったことがあったんですよ。私は知ってましたけれど、あれ? お二人はご存じなかったんですか……?」

「「ぐぬぬぬ……」」

 

 何かしらね……

 もう、一周回って面白くなってきたわ。

 

「隊長!」

藍俚(あいり)様!」

「「そこに是非行きましょう!!」」

「え、ええ……まあ、良いけれど……」

 

 私が当事者でなければ、笑ってられるんだけどね。

 

 

 

 

 

 ということで、お馴染みのお店に行ったわけですが。

 

 死神が四人も――しかも全員が女性で、半分は隊長だということで、店内は今までにないくらいの盛り上がりっぷりになってしまいました。

 私たちを一目見ようと次から次へとお客さんがやってきては「奢らせてくれ」だと「一緒に呑まないか」などと喧噪はいつまで経っても止まりません。

 そうやって雲霞のごとくやってくる酔っぱらいを必死に注意して、砕蜂たちに手を出さないように気を張っていますが…

 

「はぁ……」

 

 人がいっぱいで、お酒の匂いも立ちこめてて……正直に言って、かなり辛いです。

 

「隊長、大丈夫ですか?」

「勇音? うん、まあなんとか」

「あのこれ、良かったどうぞ。お顔も赤いみたいですし」

お冷や(お水)かしら? ありがとうね」

 

 勇音がくれた飲み物を一口呑んで……って、これお酒――

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍俚(あいり)殿が意識を失ってしまったので、ここからは不肖にして不詳なこの射干玉が! 務めさせて貰うでござるよ。

 とは言いましても、もうそれほど大したことは残っておらんでござる!!

 

「あ、隊長……すみませんでした」

「なんと、藍俚(あいり)様が意識を! これは大変だ、急いで介抱しなければ!」

「では私の家にどうぞ! 同じ隊の副隊長ですし、不自然ではありませんから!」

「かたじけないな、虎徹副隊長!」

「では私は先導しますね!」

「雛森さんお願いしますね」

 

 とまあこんな感じで、藍俚(あいり)殿はお持ち帰りされたでござるよ。

 その後で、何があったかは……

 

 藍俚(あいり)殿の名誉のためにもヒミツでござる!

 

 

 

 ただまあ、一つだけ確実に言えることがあるとすれば――

 

 藍俚(あいり)殿の斬魄刀をやっていて良かった!!

 

 ――と心底思ったでござる!!

 




こういうドタバタっぽい感じで頭の悪い話をちょっとやってみたかった。


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第104話 女性死神協会ってどんなところ?

「女性死神協会?」

「はい!」

 

 隊首執務室でお仕事をしていたところ、勇音にそんなことを言われました。

 

「隊長はずっと入会していませんでしたし、隊長になったこれを機に是非にと思って!」

「女性死神協会ねぇ……」

 

 つぶやきながら思わず中空に視線を投げます。

 

 女性死神協会については、話だけは知っていましたよ。

 その名の通り、女性死神が活動する団体です。

 活動内容は……

 

 ……あら?

 改めて言われると、よく知らないわね……?

 

 協会という名称が付いているのだから、女性死神のための組織よね。

 男性の立場だけしか考えていない物や規則なんかを、女性向けになるように働きかける。みたいな感じのことをやるのかしら……?

 

 ……あ! そんなこと言ってたら思い出した!

 

 義魂丸って知ってる?

 肉体から魂を強制的に抜き取る丸薬で、一護とかが死神になるときに使ってるアレよ。

 アレの名前を「可愛くない」ってクレーム入れて"義魂丸"から"ソウル*キャンディ"に変えたのよ!!

 

 作ったのは曳舟隊長だけど、その頃はまだ義魂丸って呼ばれてたのよ。

 改名されたのは、彼女が零番隊に行った後だからね。

 自分の作った義魂丸がそんなラブリーな名前にされたって知ったら、どんな反応するのかしら?

 

 ……絶対、思いっきり受け入れるわね。

 嬉々として「ソウル*キャンディかぁ。可愛いじゃないかい!!」みたいに言ってる姿が目に浮かぶわ……

 

 とと、話がそれたわね。

 とにかくそんな風に、女性死神のための活動を行う集まりってわけ。

 

 ちなみに私は、ずっと加入していませんでした。

 

「あの、何か問題があったりとか……?」

「ううん、そういうわけじゃないのよ。ただ、今まで加入していなかったのに、今更顔を出しても良いのかなぁってちょっと思って」

 

 加入しなかった理由?

 色々忙しかったの。仕事とか修行とか、あと稽古とかマッサージとかマッサージとか。

 だからそっちまで気が回らなかったっていうか……

 あとほら、私って中身は男だし……ちょっと申し訳ないっていうか。

 

 "義魂丸"って名前が可愛いのか可愛くないのか、一切気にしなかったし……

 "ソウル*キャンディ"に改名されたって聞いても「そうなんだ」くらいにしか思わなかったし……

 

「大丈夫ですよ! そんなの全然気にしませんから!!」

「そ、そうなの……?」

 

 何故かやたらと気合いの入った勇音の姿に、私の方が面食らってしまいました。

 

「へっちゃらです! だって私、こう見えても理事ですから! えへへ、女性死神協会内ではちょっと偉いんですよ!」

「そうなの……!?」

 

 理事だったのね、それは知らなかったわ。

 

「はい! ちなみに理事長は卯ノ花隊長ですよ!」

「そうなの!?」

 

 あの人、知らない間に何やってるの!?

 

「ということでお願いしますよ隊長~!」

「わかったわ。毎回顔を出すとまでは言わないけれど、勇音の顔も立てて……」

「ありがとうございます!!」

 

 何故か勇音に手を握られ、ぶんぶん振られながら感謝されました。

 

「実は最近ずっと『隊長を連れてこい』って会長から言われていたんですよぉ……これでようやくなんとかなりました……」

「会長……って、誰なの?」

「十一番隊の草鹿やちるさんですよ?」

「そうなの!?!?」

 

 あの子が会長やってるの!?!? ホント、どういう組織なのよ……

 

「ま、まあいいわ。それより、入会するのは良いんだけどまさか今から協会に行けとか言わないわよね?」

「それなら大丈夫ですよ。次の会合が、えーっと……六日後にありますから。そのときにご紹介させていただきますね」

 

 予定表と軽くにらめっこをして、教えてくれました。

 

「六日後ね、わかったわ」

「はい! 案内はばっちりお任せください!!」

 

 今だけは勇音がやたらと頼りに見えますね。

 

 それにしても六日後かぁ……手ぶらで行くのも失礼かしらね?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――六日後。

 

「ねえ、勇音……何、これ……?」

 

 女性死神協会のアジトに行く――まずアジトってなんなの?――というので、勇音に案内してもらったところ、連れてこられたのは真央区のとある建物でした。

 ここで開催するのかと思っていましたが、どうやら違ったようで。

 その建物内のとある一室に案内され、その部屋の中には手のひら大くらいの大きさをした四本の杭があるだけでした。

 

「何って……アジトに向かうためのワープ装置ですよ?」

「ワープ装置!?」

 

 なにそれ聞いたことないんだけど……

 

「ちょっと待って、理解が追いつかない……えと、まずなんでアジトなの? それに何で、アジトに向かうのにワープ装置が必要なの? 普通にどこかの会議室とかを借りるんじゃ駄目なの?」

「うーん……それは……まあ、入ってみてくださいよ。そうすればわかりますから」

「あ、ちょ……!」

 

 混乱する私を尻目に、勇音は私の手を取るとそのまま部屋の中――より正確にいうならば、四本の杭で囲まれたその内側――に連れて行きました。

 そして気がつけば――

 

「はい、隊長。到着しましたよ」

「どこ……ここ……」

 

 ――ワープ装置の名の通り、一瞬にして見知らぬ場所へと移動していました。

 

 ここはどこかのお屋敷の中? その一室でしょうか?

 やたらと広くて、けれどもすごく立派な作りで。

 室内には、先に来ていたであろう女性隊士たちが既に何人も並んでいます。

 

 ……あら?

 

 私、ここ知ってるような気がするわ。

 この空気というか、なんと言ったら良いのかしら? 慣れ親しんだ匂いっていうか。感覚が覚えているっていうか……

 

 そんな場所、一つしかありません。

 

「……まさかここって、朽木家?」

「はい、そうですよ」

 

 思わず呟くと、勇音がさも当然と言ったように答えてくれました。

 ちょっと待って!? どういうことなの!?

 

「あーっ! あいりんだーっ!!」

 

 そう尋ねようとするよりも早く、草鹿三席の嬉しそうな声が聞こえてきました。

 

「来てくれたんだねあいりん!!」

「はい、会長! 私、やりました! ちゃんと隊長を連れてきましたよ!」

「うむ! よくやってくれたぞ、いさねん! 大儀である!!」

 

 いさねん、ね……また彼女のあだ名が炸裂してるわ。

 いや、そうじゃなくて!!

 

「あの、草鹿三席?」

「だめーっ! ここに来たなら、あいりんもちゃんと会長って呼ばなきゃだめなの!」

「……で、では会長。いくつか質問があるんですが」

「うむ! なんでも聞いてくれたまえ!」

 

 会長と呼ばれたからか、やたらと偉そうな態度を取ってますね。

 ちょっと可愛いかもしれません。

 

「なんでアジトって呼んでいるんですか? なんで場所が朽木家なんですか? なんでワープ装置――」

「あーっ!! あいりん、なんか持ってるーっ!! くんくん……おいしそうな匂い……」

 

 何でも聞いてくれとはどこへやら? 完全に流れをぶった切ってくれました。

 彼女の鼻が探し当てた通り、私は手土産を持って来ています。

 お菓子みたいなものなんですけどね。

 ですが重箱に入れて、風呂敷で包んで持って来てたのに、よくわかりま――

 

「もらったー!!」

 

 ――こっちが何か言う前に、あっという間に奪われました。

 気がついたら取られてて、もう蓋まで開けられています。

 目を輝かせ、よだれを垂らしながら、重箱の中身を覗き込んでいました。

 

「うわーっ! 何これ何これ!! すっごいおいしそう!!」

「差し入れに作ってきました、ふっくら玉子焼きです。皆さんでどうぞ」

 

 やってることは厚焼き玉子の兄弟みたいなものですが、玉子をたっぷり使いじっくり時間を掛けて焼いた、カステラとかケーキみたいな料理です。

 甘めに作ってあるので――

 

「んんーーっ!! 甘くておいしぃ~っ! ()あわせぇ~!!」

 

 ――お味のほどはご覧の通りですね。

 草鹿会長がリスのように口いっぱいに頬張って、顔を蕩けさせています。

 

「ああっ! 会長ずるいですよ!!」

「湯川様の手料理!! 私も是非!!」

「あら、これはなかなか……」

「ああっ! 七緒(ななちん)砕蜂(ふぉんふぉん)も烈ちゃんもずーるーいーっ!!」

 

 既に到着していたみんなも集まってきて食べてますね。

 多めに作ってきたんだけど、足りるかしら……?

 

 そして、私の疑問に答えてくれるのは誰もいなくなった、と。

 

「お答えします」

「きゃっ!」

 

 そう思った瞬間、見計らったように声を掛けられました。

 

「ビックリした……涅副隊長?」

「はい。お久しぶりです、湯川隊長」

 

 声を掛けてきたのは、十二番隊の(くろつち) ネム副隊長でした。

 涅隊長の作った人造の死神ですね。

 黒目黒髪で無表情なクールタイプの美人さんです。

 ぱっつん前髪と一房(ひとふさ)の三つ編みがよく似合ってます。

 

 特筆すべきは、おっぱいが大きいこと。

 あと袴が短すぎて、ミニスカートみたいになってること。すらっとした生足が非常にそそられます。

 

『ちょっと動いただけでパンツが見えそうな点も高ポイントでござるよ!! 平時は無表情なだけに、ときおり見せる感情の乗った顔がなんともたまらんでござる!! なによりも醸し出すようなエロスの香り!! こいつを作ったヤツはとんだ変態でござるよ!!』

 

 あんたもあんまり人のことは言えないけどね。

 

 なお悲しいことに。

 彼女に触れる機会がないんですよね、涅隊長のガードが堅くて。

 娘が「マッサージに行く」と言っても、パパが許してくれないんですよ。

 いつか機会があったら、マッサージしてあげるからね!

 

「それで、お答えって何を?」

「まず、アジトという呼称についてです」

 

 ああ、さっき私が聞こうとした疑問のことね。

 

「会長曰く"その方がヒミツっぽくて格好いいから"とのことです。また、朽木家の一室を利用していることも、アジトと名乗るのに一役買っています」

 

 カッコいいからだったわ……

 

「第二に、朽木家の利用ですが。ここが広くて立派で居心地が良いから、とのことです」

「……無許可、よね?」

「いえ、違います。以前は仰る通り無許可でしたが、家主の許可は取りましたので」

 

 えっ!! 白哉が許可したの!? よく首を縦に振ったわね……

 

「ああ、丁度いらっしゃいました」

「丁度?」

「皆さん、遅れてしまって申し訳ございません」

 

 彼女が向いた方向に視線を向けると、まるで忍者屋敷のようにどんでん返しの扉から緋真さんがやってきました。

 

「……え? まさか緋真さんも女性死神協会に?」

「はい、お察しの通りです。少し前に彼女に見つかってしまいまして、場所を提供する代わりに自分も加入させて欲しいと言われました」

 

 ……そりゃ、白哉も許可を出すわよね。緋真さんの頼みだもん。

 緋真さんも緋真さんで、近くにいる隊士たちに挨拶してます。完全に慣れ親しんでますね。案外、同性の友達が増えて楽しんでいるかもしれません。

 

「第三の質問は、ワープ装置についてのことだと推察しました。あの装置は、マユリ様に用立てていただいたものです。女性死神協会の皆さんが、手軽に会場まで移動できるようにと、私が設置しました」

 

 ……手軽に移動する以外に、見つからずにこっそり侵入するためよね。絶対に。

 

「他に何かご質問があればお答えしますが?」

「ううん、ありがとう」

 

 そう返事をすると涅副隊長は"仕事は終えた"とばかりに一礼をして去って行き、卵焼き争奪戦の輪に加わりました。

 

 答えは得られました、得られましたけれど……

 結果だけ見れば、勝手に朽木家を使ってて、家人を巻き込んだ結果占領してるのよね。なんでそれがOKになってるの!? 何これ!? 疑問に感じてる私がおかしいの!?

 

「女性死神協会って、すごいところだったのね……」

「あっ! 湯川のお姉ちゃん!!」

「えっ、鴇哉(ときや)君!?」

 

 まったく心が安まる暇がないわね!

 

 続いてやってきたのは、少し前に朽木家に生まれた長男の鴇哉(ときや)君でした。

 

「わーいお姉ちゃんだ! お姉ちゃんも参加しにきたの?」

「ええ、そうよ」

「やったー! お姉ちゃんもいっしょだー!!」

 

 鴇哉(ときや)君はまだまだ幼児くらいの背丈、幼稚園児くらいですね。

 ですが見た目は白哉に似ていて。彼を柔らかくした感じっていうのかな? とにかくこれから先、大きくなればイケメン間違いなしの男の子ですね。

 子供らしく元気いっぱいで、私も何度か遊び相手を務めたことがあります。

 

 時折、朽木家からお呼びが掛かるんですよ。お前が取り上げた子が成長したぞ、見ろ! と言わんばかりに。特定の記念の日に呼ばれます。

 そうやってお邪魔したときに、何度か一緒に遊びました。

 ルキアさんや阿散井君も一緒に呼ばれて、この子の遊び相手をしてますよ。

 

 私は呼ばれるたびに、健康診断したり問診したりが主な仕事になってますけど。

 鴇哉(ときや)君が立って歩いた記念で呼ばれたときは、いろんな意味で泣きそうになりました。嬉しくはあるんですけどね。

 あ、そのときにお祝いだと言うことで食べたお赤飯は凄く美味しかったです。

 作り方を教えてもらったので、どこかで機会があったら振る舞ってあげたいわ。

 

「ねえねえお姉ちゃん! かたぐるま! かたぐるまして!!」

「はいはい、お安いご用よ。でも気をつけてね」

「やったー! たかーい!!」

 

 鴇哉(ときや)君は肩車が好きなんですよ。

 高いところから見下ろせるから嬉しいんでしょうか?

 でも、それなら私より阿散井君の方が背は高いんだけど……彼にはせがまないのよね。なんでかしら?

 

「まあ、湯川先生。いらしていたんですね」

「緋真さん、どうも。ええ、今日から入会する形になりまして」

 

 肩車して騒いでいるのを聞きつけたようで、緋真さんもやってきました。

 

「あのね、ボクもきょーかいに入ってるんだよ!」

「へえ、そうなんだ。じゃあ先輩なのね」

「うん! えへへ、せんぱい!!」

 

 えーっと……女性死神(・・・・)協会よね?

 

「……鴇哉(ときや)君は男性だけどいいの?」

「大丈夫! だってとっきー可愛いんだもん!! ねー?」

「ねー!」

 

 いつの間にやってきたのか、卵焼きを食べて満足したのか草鹿会長も来てました。

 鴇哉(ときや)だから、とっきー、かしら。

 

「ま、まあ……保護者同伴だし……いいのかしらね……?」

 

 そういえば緋真さんだって死神じゃないのに入会しているし、もう深く考えたら負けと思うことにしましょう。

 

 それにしても、紅一点ならぬ黒一点。

 女性隊士の中に男の子一人だけですか。きっとこの子、色々可愛がってもらってるんでしょうね。

 

『なんと羨ましい!! この歳にしてもうハーレムでござるよ!! ハーレムの主でござるよ!? くっ、さすがは朽木家の跡取りということでござるか……拙者たちとは生まれ持った格が違うでござるな!!』

 

 ……ねえ、一応言っておくけれど。ハーレムって言っても保護者(ははおや)同伴よ? 変なことはできないわよ?

 

『む……! それはちょっと……萎えるでござるな……』

 

「あの卵焼き、すっごくすっごくおいしかった!! あいりん! やっぱり十一番隊に来てよ! お料理作って~! 剣ちゃんも烈ちゃんもいるよ! ねーってばぁ~!」

 

 烈ちゃんって……卯ノ花隊長をそう呼べるのはあなたくらいよね。

 

「えーっ! やちるちゃん何それ! ボクも食べたい!!」

「あいりんが作って持ってきてくれたの! とっきーも一緒に食べよ? こっちこっち」

「うん!」

「あ、ちょっと!」

 

 会長にひっぱられ、私も輪の中に参加させられました。

 ひょっとしたら、新入りの私を気遣ってくれたのかもしれませんね。

 

 ああ、それから。

 肝心の女性死神協会の活動ですが、結局この日は卵焼き食べてお茶飲んで話をしているだけで終わりました。

 

 仲良し集会じゃないんだから! それでいいの!?

 

 ですが、他隊の女性死神と話をすることができました。

 普段関わりの薄い子と接点を設けることができたり、マッサージの予約をもう少しなんとかできないかと懇願されたりと、結構実入りはありました。

 

 

 

 後日、瀞霊廷通信に"ふっくら卵焼き"が紹介されていました。

 あの場にいた九番隊の誰かが取り上げたみたいです。一時期、四番隊に問い合わせが殺到して、大変でした。

 もっと大変だったのは、次回以降の会合でずっと私に"差し入れ"を期待され続けたことです。

 

 そんなにレパートリーないのに!!

 




のほほん回。

●女性死神協会
尸魂界や死神にやたらと大きな影響力を持つ組織。

会 長:草鹿 やちる
副会長:伊勢 七緒
理事長:卯ノ花 烈
理 事:砕蜂・虎徹 勇音・松本 乱菊・涅 ネム・虎徹 清音

という豪華なメンバー。

●女性死神協会のアジト
朽木家がアジトなのは公式……という扱いで良いのでしょうか?

●ワープ装置
小説 BLEACH WE DO knot ALWAYS LOVE YOU にて登場。

特定の二点間を一瞬で移動できる、双方向に転移可能なゲートみたいなもの。
総隊長に「そんなモン使って敵に攻め込まれたらどうする!」と怒られた。

基本的には浦原の作った道具。
だがマユリが同じような物を作って、瀞霊廷中をガンガン移動していたり。
大前田が大金払ってマユリから買っていたり。
女性死神協会のアジトに行くためにネムが設置していたり。
と、こっそり普及しまくっている。

本文中でも(ネムが設置した)アジトへ行くために使用。

●ワープ装置の設置場所について
あくまで自分の中のイメージですが瀞霊廷って

【挿絵表示】

のような感じになってるのだと思っています。
なので(各隊士の交通アクセスしやすさを鑑みて)一地区に設置してみた。
(瀞霊廷の各地区の公式資料がないから仕方ないんです)

●ソウル*キャンディ(義魂丸)
この名前に変えさせたのって……やちるがメインと考えていいのかしら?

●肩車
こう、股の間を首筋に押しつけられる。
それと足が胸元に当たって良い感じに感触を堪能できるかもしれない。
(お母さんも叔母さんも控えめな体型をしているので。男の子はおっきなおっぱいが好きだから)

だから肩車が好きなんだろ、と思った子はきっと心が汚れている。


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第105話 モッフモフにしてやんよ

「もうやだぁ……おうちかえれないぃ……」

 

藍俚(あいり)殿! お気を、お気を確かにでござるよ!! ほ~ら、真っ黒ゴムボールでござるよ!』

 

 射干玉があやしてくれますが……私の心はそのくらいでは癒やされません。

 

 え? 何かあったのか? そうですね……あったんですよ、色々……

 何から話せばいいでしょうか……

 

 まず、朝一番に某お宅へ定期検診に向かいました。

 朝早くからっていうのもどうかと思ったんですけどね。でも、前後にいっぱい用事を入れちゃってて。

 ここしか予定が空いてなかったんです。

 時期をずらしても良かったんですが、可能な限り検診はしたかったんです。

 

 だって相手は妊婦ですから。

 

 そうなんです、再び産婆をやることになりました。

 朽木家の出産騒動からこっち、ずっと丁重にお断りを続けていたんですが……

 どうしても断り切れずに、一件だけ引き受けました。

 先方には、とある一件である程度は私も関係しているので、可能な限り気を遣ってあげたいという気持ちもありまして。

 

 先方にもちょっと無理を言って検診の時間を朝一番に回して貰いました。

 

 

 

 そして検診を終えたら……重い足取りで十一番隊に向かいました。

 今日は何日? 七月七日だよ♪

 

 そしてお忘れかもしれませんが、毎年七月七日は十一番隊の卯ノ花隊長(おりひめ)更木副隊長(ひこぼし)が全力で戦うと決めた日です。

 ……なのでお二人は、一年分の想いをこれでもかと言わんばかりにぶつけ合ってくれました。

 お二人が何度も何度も死にそうになっているのを必死で回復させて……

 さらには私も巻き込まれて……

 

 それ何ですか更木副隊長!! 野晒(のざらし)って何!? えっ!? 始解!?!? もう始解を覚えたの!?!? ちょ、ちょっと待って!! 何ですかその大きさは!! 何ですかその破壊力はっ!?!?

 射干玉! こっちも始解して摩擦を滑らせて防御を……ひいいいっっ!!! なんであなたも普通に突破してくるんですか!! 痛い痛い死ぬ死ぬ!!

 ちょちょちょちょっと! 卯ノ花隊長も参加するの!? 駄目ですって、ホントに死にますから!! ああもう、破道の九十一! 千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)!! ……って、九十番台の破道なんですよ!! なのに普通に斬りかかってくるのやめてもらえませんか!?

 

 とまあ、こんな具合が一昼夜続いて……気がついたら七月八日になってました。

 

 こんなのに付き合わされたら、心も体もボロボロになるに決まってるじゃない!!

 

 

 

 なんとか解放されて、今はおうちに帰ろうと瀞霊廷をとぼとぼ歩いているのですが。

 完全に家に帰るまでの気力も体力も足りません。

 今の私はまるで酔っ払いみたいに、頼りない足取りで歩いてます……

 時間帯も丁度朝だし、酔って朝帰りしたみたいになってるわね……

 

 うう……副隊長時代に無茶振りされ続けてたり、隊長就任して最初の三ヶ月よりも疲れたわ……

 もうこのまま溶けてしまいたい……

 

 ――ヒャン!

 

 ……ん?

 

 ――ヒャンヒャン!!

 

「この声って……」

「ヒャン!!」

「わわわっ!?」

 

 突如聞こえた動物の鳴き声に思わず足を止めたところ、正面から見知らぬ犬が飛びかかってきました。

 飼い主が丁寧にブラッシングをしているのでしょうね、白い毛並みがとても艶やかで、それだけでもこの子が大事に扱われているのがわかります。

 大きさは普通の犬――よりちょっと大きいくらいですかね? このくらいなら十分可愛いサイズです。

 ですが何より――

 

「ヒャンヒャン!!」

「あはははは!! く、くすぐったいってば……!!」

 

 ――なんだかやたらと人なつっこいですね。

 勢いよく飛びかかってきたかと思えば、そのまま顔をペロペロと舐められています。

 すごくくすぐったくって……あはははは!!

 尻尾をぶんぶん振ってますし、気に入られているんでしょうか?

 

「五郎! 急にどうしたと……むっ! そなたは……!?」

「……あ! 狛村隊長……あははははっっ! こ、こらっ! だ、駄目だってばぁ……!!」

 

 ワンちゃんの後を追うように現れたのは、七番隊の狛村(こまむら) 左陣(さじん)隊長でした。

 九尺五寸(288センチメートル)という死神でもトップクラスの巨躯でありながら、虚無僧のような鉄笠を被り手甲を装着するなど、徹底して肌の露出を隠す格好をしていること。

 極めつけに渋い声も相まって、新人隊士などには彼を怖がっている人もいます。

 

 まあ、実際は全然怖い人じゃないんですけどね。

 

「こら五郎、やめぬか! 湯川隊長も困っているであろう! ……どうした? 話してみよ」

 

 この犬、五郎って名前なのね。

 五郎が何やら一鳴きしたかと思えば、狛村隊長が神妙な反応を見せました。

 

「ふむ、そうなのか? そういうことならば……だが、せめて儂に言ってくれれば……」

「あの狛村隊長……? この、五郎ちゃんの言っていることがわかるんですか?」

「まあ、そうだ」

 

 うーん、さすがですね。

 私にはキャンキャン言ってるようにしか聞こえません。

 

「ちなみになんと?」

「お主が見ていられないほど憔悴しており、心配になったそうだ。そのため、散歩の途中であったが思わず駆け寄り、元気を出せと言っておる」

 

 ああ、だから狛村隊長は片手を所在なさげにわきわきさせていたんですね。

 さっきまではその手にはリードを握っていたのに、気がついたらスルッと抜けてたら、なんとなく手が寂しいですものね。

 

「なるほど……ありがとうね、五郎ちゃん。おかげで癒やされたわ」

「ヒャン!!」

「でも、もうちょっと撫でていい……?」

「ヒャンヒャン!!」

「……構わない、だそうだ」

「わーい!」

 

 お許しが出たので、五郎ちゃんに思いっきり抱きつきます。

 

 ああ、もふもふ……毛並みがもふもふだわ……

 ささくれ立っていた心が癒やされていく……これがアニマルセラピー……

 回復するのに四番隊なんていらなかったのね……

 犬が一匹いればいい……

 

 五郎ちゃんのふかふか毛皮……

 しかも狛村隊長ってば、この子をちゃんと洗ってあげてるのね。

 変な匂いとか全くしないわ……

 私が抱きついても嫌な反応一つしないで、それどころかこっちに身体をこすりつけてくるし……すっごく良い子よこの子……

 あ、駄目……これは墜ちる……もふもふに、もふもふに墜ちる……

 

藍俚(あいり)殿ぉぉぉっ!! そんなもふもふよりも拙者の!! 拙者のヌルヌルボディもご賞味くだされ!! 真っ黒でござるぞ!! テカテカでござるぞ!? ぬちょぬちょでござるよ!!』

 

 ああ、もふもふ……

 

『聞いてくれねぇでござる……つーん! でござる……』

 

 ……はっ! いけないいけない。

 ごめんね射干玉。

 だいじょうぶよ…… わたしは しょうきに もどった!

 

『それは"行けたら行く"よりも信用ならねぇ言葉でござる……』

 

「あの、ところで狛村隊長はどうしてここに?」

「どうして、と聞かれてもな……五郎の散歩の最中に偶然出会った、としか言えぬ。そもそもここは七地区――七番隊の管轄だぞ? 儂がいるのは当然であろう」

「七地区!?」

 

 まさかの答えが返ってきました。

 

「え……? あの……ここ、四地区では……?」

「七地区だ」

 

 五郎ちゃんを撫でながらもう一回聞きましたが、同じ答えが返ってきました。

 あっれぇ……? 普通に四地区に戻ろうとしていたはずなのに……?

 道がわからなくなるとか、どれだけ消耗していたのよ私……

 

「むしろお主がどうして七地区におるのだ? 何か用事もでもあったのか?」

「それは……話せば短くなりますが……」

「ヒャン!」

「む? ……まあ、そうだな」

 

 五郎ちゃん、なんて言ったの?

 

「五郎が散歩の続きをしたいそうだ。何か用事がなければ儂は戻るが、良いか?」

「……じゃあ、私も一緒に行って良いですか?」

「それは構わぬが……何か用事があったのではないのか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 用事は昨日で終わってますから。

 あと、どうせ今日は使い物にならないだろうから、既に非番に調整済みです。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ねー、五郎ちゃん。かわいいでちゅねー」

「ヒャン!!」

「……まさか七番隊の隊舎まで着いてくるとは思わなかったぞ」

 

 あの後お散歩を一緒にして、そのまま隊舎までご厄介になりました。

 五郎ちゃんのリードも握らせて貰いました!

 かわいかったです。お散歩、超楽しいです。

 

 七番隊に行ったら、皆さんから奇異の目で見られました。

 自分の隊の隊長と四番隊の隊長が揃って戻ってきたら、そりゃ驚かれますよね。

 

「すみません、可愛くって可愛くって……」

「まあ、五郎も嫌がってはおらぬ。しばらくは遊び相手でもしてやってくれ」

「ヒャン!!」

 

 五郎ちゃんも嬉しそうに鳴きました。

 そういえば……

 

「狛村隊長は五郎ちゃんと話が出来るんですよね?」

「ああ、そうだが?」

「それってやっぱり、その笠の下の……」

 

 既に隊首執務室に入っているというのに、笠を一向に取ろうとはしません。

 早い話が室内でも日傘を差しているようなモノですから、違和感しかないですね。

 

「ああ、そうだ。お主も儂の正体は知っておろう? 儂の姿を白日の下に晒すのは無用な混乱を招くことにしかならぬからな」

 

 狛村隊長の正体は人狼です。

 この笠の下には狼の顔があります。

 というよりも顔も身体も被毛に覆われています。

 当然、マズルも完備です。

 適当に獣耳と獣尻尾さえ生やしときゃそれでOKだろ? みたいなケモノとはひと味違う正統派タイプのケモノですよ。

 

 ですが彼は「自分の姿は人間と異なってて怖がられるだろうから隠しておこう」と、自ら率先して気を遣ってこっちの都合に合わせてくれたとっても良い人です。

 なので笠やら手甲やらで隠して外部からケモノ属性が見えないようにしてるわけです。

 あと、人狼という種族なので人の言葉も犬の言葉もわかるってことです。

 

 これが、バイリンガル……私なんて日本語と落語しかわからないのに……

 

「顔を見せても、そこまで大事(おおごと)にはならないとならないと思いますけど」

「それはお主が既に儂の正体を知っているからであろう?」

 

 死神という危険な仕事をしていて、ずっーっと正体を隠し続けるとか不可能です。

 (ホロウ)に襲われて覆面が破れて正体が露わに!

 なんてある意味当たり前ですよ。

 ましてや四番隊は、各部隊の隊士が怪我したら治療しますからね。

 死覇装をまとっていると「治療の邪魔だから!」って具合で脱がすので、知る機会はあります。

 

 幸か不幸か、私もその機会に恵まれたんですけどね。

 

「吹聴せずにいてくれるのは助かっておるが……それを差し引いたとしても、儂の姿がそう容易に受け入れられるとは思っておらん」

「そんなことはないと思いますよ」

 

 それまで五郎ちゃんを撫でていた手を止めて――

 

「えいっ!」

「ぬっ!? 何をする!!」

 

 ――狛村隊長が被っていた鉄笠を奪い取りました。

 

「ほら、やっぱり怖くなんてありませんよ。ねえ、五郎ちゃん?」

「ヒャン!」

 

 笠の下では、狼の顔で困惑の表情を浮かべていました。

 

「毛並みも立派ですし」

「や、止めぬか!」

 

 そっと頭の周りを撫でると、五郎ちゃんにも劣らないふさふさでもふもふの感触が。

 あ、これは良いわぁ……五郎ちゃんよりもたっくさんのもふもふが……

 

「この先、狛村隊長と同じように人狼族の子が死神になるかもしれませんよ? そんな場合に備えるためにも自ら率先してアピールしておく、なんて手段もあるんじゃないですかね?」

「それは……確かに、一族にそういう者もおるやもしれぬが……」

「ほらほら、このもふもふした毛並みは立派なチャームポイントですって! ああ、肌触りが抜群……五郎ちゃんも甘えたら? ご主人様の毛並みよ?」

「ヒャン!」

 

 私が促すと、五郎ちゃんも待ってましたと飛びかかりました。

 

「こら五郎! 止めぬか!!」

 

 そのまま狛村隊長をペロペロと……これが、グルーミングってやつね!!

 なにこれすっごく尊い(てぇてぇ)光景……

 他の死神たちだって、この姿を見たら全員が一瞬で受け入れるわよ! 絶対に! 間違いなく!! 超癒やし系じゃないの!!

 

「ああ……右手に五郎ちゃんのもふもふ、左手が狛村隊長のもふもふ……これが究極の癒やし……」

「湯川隊長! お主、わかっておるのか!? 儂は男だぞ!! 女の身であるそなたが、こういう誤解を招くような行動をだな――!!」

「うわぁ……ダブルもふもふ……超幸せ……」

「み、耳を撫でるな!! そこに指を入れるでない!!」

 

 気が済むまで、もふってやりました。

 

 

 

 騒ぎを聞きつけた七番隊の隊士がやってきて、この痴態を見られて、軽い騒動になりました。

 ですがそれはまた別のお話。

 




感想返信で安易に「何でもしますから」と言った結果、生まれた話。
まあ、狛村隊長と親交を深められたので結果OK。
(5徹ルートは私の未熟さ故に話が広げられなかった)

●五郎
七番隊(の裏)で狛村が飼っている犬。
毛並みは白。
大きさは普通くらい?
性格は優しくて気遣いの出来る子。
(狛村が)朝に散歩させている。
おうち(犬小屋)は射場さんのDIY。

五郎と話せる狛村隊長かわいい。

●顔を隠していた頃の狛村
どう考えても、延々と隠しきれるものじゃない。
(荒事をメインとする仕事だし、怪我とかするだろうし)
だから一部の隊士は正体をがっつり知っていたと思う。
四番隊に現地で「治しますよ。あ、笠邪魔だから外しますね」みたいな感じか、往診制度みたいな感じで事情を知ってる人が専属で担当するとか。


狛村とは「十一番隊に振り回されて大変だな」とか「更木は御せそうか?」とか。
そういう話もさせる予定だったんですが……もふもふに負けました。


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第106話 こっちも面倒を見ます

「こんにちは、お役目お疲れ様です」

「これは湯川殿! 良くいらしてくださいました!」

 

 出迎えに出てくれた銀彦(しろがねひこ)――でいいのよね? 白い服を着てるから――に挨拶をします。

 

「検診予定日だったので、伺わせていただきました」

「ありがとうございます! ささ、どうぞ奥へ! お待ちかねですぞ!!」

 

 促されるままに志波家へ上がります。

 通されたのは――

 

「まあ、湯川隊長。わざわざありがとうございます」

 

 ――海燕さんの奥さん、志波 都さんのお部屋でございます。

 

「どうですか、具合のほどは?」

「体調などは特に問題ありません。それと――」

 

 ――微笑みを浮かべながら返事をすると、彼女は自分のお腹を軽く撫でました。

 

「この子も順調みたいですね」

「それは良かった。ですが、ちょっと失礼しますね」

 

 問診だけでは自覚症状が無い場合に怖いので、霊圧で都さんの身体を検査していきます。

 もう自分一人の身体ではないので念入りに……特に念入りに……

 

「おっ! 湯川……隊長、来てたんだな」

「海燕さん……違和感しかないなら、隊長ってつけなくてもいいですよ?」

「いや、そういうわけにもいかねぇだろ……示しがつかねぇよ」

 

 だったら敬語か丁寧語くらいは使ってもらえませんかねぇ……

 

 都さんの身体検査の途中で部屋へとやってきた海燕さんとそんなことを話しながら、一通り診て回りました。

 

「うん、問題ありませんね」

「ありがとうございます、湯川隊長」

「いつもすまねぇな」

 

 異常なしと告げると、二人はホッとした顔をしました。

 何事もないとわかっていても、やっぱりお墨付きは重要ですからね。

 

「よかった、この子ともうすぐ会えるのね……」

 

 彼女は大きくなったお腹へ愛おしそうに視線を下ろしながら、それでも少しだけ不安げに呟きました。

 

 なにより都さんは、以前に(ホロウ)に乗っ取られ掛けたこともあったので、何か起こらないかと志波家全員も私もドキドキしています。

 十二番隊の調査や長年の監視もあって「問題なし」と判断されこそしましたが、それでもどこか目に見えない悪影響が出てくるんじゃないかという不安がついて回っていました。

 

 なのでこの定期検診は、彼女にとって欠かすことの出来ない大事な日なんです。

 何も問題なく順調に成長していることが分かるのって、大切なんですよね。

 

「そうだぜ都。なにしろこっちには湯川……隊長がついてんだ。朽木の家の時みたく、どーんと任せりゃいいんだよ! そうすりゃなんも問題ねぇよ!」

「ふふ、海燕ったら……でもそうですね。お願いします」

「勿論ですよ、お任せください!」

 

 どんと胸を張って、彼女を安心させます。

 

 

 

 ……というわけでございまして、ここまで来ればもうおわかりかと思いますが。

 

 朽木家に続いて、志波家でも都さんがご懐妊しました。

 そして私が取り上げることになりました。

 

 前話で「定期検診が何たら」と言っていた正体はこれなんですね。

 (ホロウ)に乗っ取られ掛けた都さんを引っ張り出したのは私ですし、そこを盾に迫られると嫌と言えませんでした。

 現在は都さんは妊娠八ヶ月くらい、あと二ヶ月くらいで生まれる計算です。

 冬の寒い頃に産まれるわけですね。

 

 ……え? 朽木家(まえのとき)と違って随分あっさりと了承してるって?

 

 仕方ないじゃない!

 ようやく隊長職も落ち着いて来たかと思ったら、海燕さんに連絡貰ったの!!

 どうしてもって頼み込まれたの!!

 その頃にはもうお腹が四ヶ月くらいになってたの!!

 

 だったらもう首を縦に振るしかないじゃない!!

 

 あと、志波家はちょっと騒動があったから心配だったというのもありまして。

 というのも、十番隊の隊長をしていた分家の志波(しば) 一心(いっしん)さんが現世から帰ってこなくなり、その責任から志波家は五大貴族から外されました。

 それ以外にも"海燕さんが斬魄刀を消失したこと"や"都さんが乗っ取られ掛けたこと"なども合わさって、その責任を取らされた結果というが上の発表した理由です。

 

 色々ときな臭さしか感じない理由ですよね……

 

 ちなみに。

 五大貴族を外されたものの志波家の皆さんは特に気にした様子もありませんでした。

 元々が流魂街に居を構えるような人たちですから。

 都さんだって、海燕さんが五大貴族の人だから選んだわけではないとのこと。気にした様子なんて微塵も見せませんでした。

 

 まったく、羨ましいですねぇ海燕さんってば!!

 

 ちなみに都さんは死神としてのお仕事はもうほぼ引退みたいなもので、この志波家で海燕さんらと一緒に暮らしています。

 旦那さんの実家で暮らすというアレですよ。

 

「おう藍俚(あいり)! 来てくれたか!!」

「どうも! 藍俚(あいり)の姉さん!!」

 

 そんなことを考えていたら、空鶴と岩鷲君の二人もやってきました。

 

「しかし、お前も本当にマメだな……」

「マメっていうか、定期検診なんだから定期的に来るのは当たり前でしょう? まさか一回や二回はすっぽかしても問題ないとか思ってないでしょうね!?」

「…………」

「おい、空鶴……」

「姉ちゃん、そりゃねぇよ……」

 

 無言で目をそらした空鶴に、兄と弟がツッコミを入れました。

 

「将来、空鶴が妊娠するような機会があったらその時にも検診に来てあげようと思ってたんだけど……何回かうっかり忘れても問題なさそうね……」

「なっ! ば、バカ! おれはいいんだよ! そんな予定も相手もいねえからな!! ってか藍俚(あいり)! その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ!」

「私は岩鷲君がもらってくれるからいいの」

「ええええっ!!」

 

 からかうような口調で言うと、岩鷲君がやたらとビックリしたような反応をみせました。

 

「あ、藍俚(あいり)の姉さん……?」

「子供の頃にそう言ってくれたじゃない、忘れちゃった?」

「い、いいいいいやその……」

「おーおー、そういや言ってたなそんなこと。言われるまで忘れてたぜ」

 

『具体的には75話、空鶴殿の腕を治したときのことでござるよ!! ショタの性癖がどうとか言ってた時の話でござる!!』

 

 あの頃と比べると、岩鷲君も成長したわよねぇ。

 身体もがっしりしてて、もうすっかり青年って感じで頼りになるわ。

 

 海燕さんに稽古でもつけて貰っているのか霊圧も高いし、志波家秘伝の術を何やら色々覚えているみたい。

 見た目もそうだけど、頼りになる兄貴分って感じよね。

 

 けど顔は姉にも兄にも似てなくて……ワイルドなタイプの顔立ちよね。

 でもこの顔って……どこかで見たような……?

 

 あ、そうか! 一心さんにちょっとだけ似てるのね。

 分家とはいえ、祖先の血って凄いのね。

 

『それで藍俚(あいり)殿? 本当に結婚するでござるか?』

 

 ……私より弱い相手はちょっと……(めそらし)

 

「まあ、そうだったの岩鷲君!? ごめんなさい、私ったらちっとも気づかなくって……」

「護廷十三隊の隊長を射止めるたぁ、我が弟ながらやるじゃねぇか! なぁ!?」

「くくく……よ、良かったじゃねぇか岩鷲! あーあー羨ましいなあオイ!!」

「姉ちゃん! 兄貴に都姉さんも! からかわねぇでくれよ!!」

 

 笑いを必死で堪える空鶴と、何やらものすごく焦っている岩鷲君です。

 

「からかってなんかいねぇだろうが!! 大体おまえ、時々部屋に一人で籠もっちゃ藍俚(あいり)の名前を叫びながら――」

「だーーっ!! わーーっ!! 何言ってんだよ姉ちゃん!! 俺は別に何も、んなこたぁ……!!」

 

 ――すみませーん!!

 

「おーっといけねぇ!! 来客だあぁっ!! ちょっと出てくるぜ!!」

 

 外から聞こえてきた声に誰よりも早く反応した岩鷲君は、そのまま逃げるように部屋を飛び出していきました。

 

「逃げやがった、詰まらねぇの……」

「……空鶴」

「なんだ?」

「気づいてても見なかったことにしてあげなさいよ」

「ん、善処するわ」

 

 それ、絶対に善処しない返事よね!?

 海燕さんは見事な苦笑いを浮かべていて、都さんはなんだか微笑んでいます。きっと「仲の良い姉弟(きょうだい)だな」くらいに思ってるんでしょうか。

 

「兄貴、姉ちゃん! お客さんだぜ!」

「……は? 客だぁ?」

 

 そんなことを話していると、岩鷲君が戻ってきました。

 彼の後ろには、何やら数名の人たちがいます。

 

「どうもどうも海燕殿、都殿」

「オウ! おっちゃんじゃねぇか。今日はどうしたんだ?」

「都殿が少しでも栄養がつけばと思って、持ってきました」

「おおっ! 本しめじじゃねえか!! すまねぇな!!」

 

 本しめじだけではありません。

 その後ろの人たちも様々な秋の味覚を持ってきています。

 

「いつもありがとうございます」

「いやいや、都殿」

「そうっスよ! 都殿のためならこんなこと!」

「元気な子を産んでくださいよ!!」

 

 これ、流魂街の人たちなんです。

 そしてこの人たち全員、都さんのファンです。

 

 元々志波家は、流魂街の顔役みたいな立ち位置でした。

 この家の人たちは全員が、大なり小なり街の頼れる兄貴分みたいな性格してますからね。

 ただ、空鶴の作るオブジェが原因でちょっと疎遠になっていたわけですが……

 

 そこに綺羅星のごとく現れたのが都さんです!!

 

 おっとり優しいお姉さんタイプの登場に、流魂街の人たち(大多数は野郎が多い。勿論、純粋に優しい人柄に惹かれた女性も多いですが)は一瞬にして骨抜きにされました。

 加えて今までは空鶴という姉御肌な女性しかいなかったところに、都さんです。

 そのギャップもあってか、人気が一気に燃え広がりました。

 なんせ「都さんと話すと健康になる」とか「都さんに微笑んで貰うと寿命が延びる」とかいう与太話まで広がっている始末です。

 

 空鶴の作った"よく分からないオブジェ"なんて、なんぼのもんじゃい!! とばかりに男たちは何かにつけて理由を作っては、志波家に来ています。

 その相乗効果で、志波家の人気も一気に上がりました。

 都さんの人柄と人気にあやかった結果、一気に人が集まるようになりました。

 

 ということを、西流魂街の人たちから教えて貰いました。

 

「あらら、今日もすごい人気っぷりですね都さん?」

「ええ、皆さん本当に親切な方々ばかりで……感謝の言葉もありません」

「そんな、当然のことですから!!」

「都さんには元気でいて欲しいだけですから!!」

「志波家にはお世話になってますから!!」

 

 私がちょっと声を掛ければ、都さんが頷いて。

 その数倍の勢いで男たちの声が上がりました。

 

「……ちっ」

 

 おーい、あんたたち? 空鶴が拗ねるからその辺にしておきなさいね。

 

「検診も終わりましたし、お客さんも来ましたし。お邪魔でしょうから、そろそろお暇しますね」

「ん、そうか? わりいな湯川隊長」

「いえいえ。それじゃあ次回の検診日にまたお邪魔させていただきますから」

 

 と、海燕さんに断ってから、一つ思い出しました。

 

「あ、そうでした。海燕さん、忘れるところでした。お伝えすることがあったんですよ」

「ん? どうした急に?」

「都さんのお腹の中の子は女の子でした。ちゃんと可愛い名前を考えてあげてくださいね」

「な……っ!?」

 

 全員に聞こえるくらいに大きな声でそう告げると、海燕さんは大きく目を見開いたまま固まりました。

 

「では検診も済んだので、失礼しますね」

 

 そんな海燕さんを尻目に、私は志波家を後にします。

 

 とはいえ、その場の全員に聞こえるくらい大きな声で言ったので、その話は全員が聞いていたわけで――

 

「まあ、女の子ですって……海燕、どうしましょう……?」

「へえ……よかったな兄貴!!」

「おおっ! 都さん娘かっ!! こりゃ流魂街のみんなにも知らせないと!!」

「湯川! お前どうしてそんな大事なことを……ちょ、オイコラ! 待てっ!!」

 

 家族やら流魂街の人たちやらの喧騒が聞こえてきて、その中には海燕さんの声もありましたが、それらを背中で聞きながら私は帰路についたのでした。

 



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第107話 お祝い事にはお赤飯を

 すっかり寒くなってきました。

 日が落ちるのも日に日に早くなっていき、身を切るような寒さがじわじわと襲いかかってきます。

 まあ、冬来たりなば春遠からじとか言いますし。

 暖かくなってから何をやるかでも考えておきましょう。

 

 ということで。

 

「こんにちは」

「む、湯川殿!? これはどうも!」

 

 玄関に入り声を掛けると、奥から出てきた金彦(こがねひこ)――でいいのよね? 山吹色の服を着てるから――が出てきました。

 

「ですが本日は一体……?」

「海燕さんが今日は非番でお休みだと聞いたので。それと、少し顔を出せていなかったのものあって、心配だったので来ちゃいました」

「ははは! そうでしたか。いやいや、湯川殿であれば皆様も文句は言いますまい! ささ、どうぞお上がりください! 全員、居間に集まっておりますので」

 

 よそ様のお宅にお邪魔するときは大抵、事前に約束をするか相手から誘われるかしてるんですけど、今日は珍しく事前予約をしていなかったんですよ。

 だって誘われちゃったんですもん。

 仕方ないんですよ。

 

「皆様! 湯川殿がお越しですぞ!!」

 

 一足先に戻った金彦に遅れることちょっと、私も居間へと向かいます。

 

「おっ! 湯川……隊長!」

「まあ、隊長。ようこそいらっしゃって下さいました」

 

 海燕さん夫妻がそう言ってはくれたものの、二人の視線が私に向いたのは一瞬のこと。

 すぐに視線を元に戻してしまいました。

 

「どうも、海燕さん。都さん。それと――」

 

 まあ、それは私も同じなんですけどね。

 二人の視線の先を追うようにして、私もそこへ視線を向けます。

 

「――元気にしてた、氷翠(ひすい)ちゃん?」

「あーぅー」

 

 そこには、産まれたばかりの赤ん坊がいました。

 

 

 

 ということで。

 居間で家族の視線を独り占めしているのが、この子です。

 海燕さんと都さんの愛の結晶、氷翠(ひすい)ちゃんです。

 

 まだ産まれたばっかりなのに、すっごく可愛いです。

 ちなみに女の子ですよ。

 顔立ちは、どっちかというと都さんに似てますね。

 つまり、もう将来は美人間違いなしってことですね。

 

 ああ、それにしても可愛いわぁ……

 

『そして大きくなると藍俚(あいり)殿にマッサージされるわけでござるな!?』

 

 今はそういうことは言わないの。

 

「そうね、氷翠(ひすい)も隊長が来てくれてありがとうって言ってますよ」

「そうなの? ありがとうね氷翠(ひすい)ちゃん」

「あー♪」

 

 なんだか楽しそうに笑ってくれました。

 

「ところで湯川、隊長。今日は何でまたウチに来たんだ?」

「ああ、それはですね」

 

 少しの間、赤ちゃんを見ていたところで、海燕さんが切り出してきました。

 

「岩鷲君から連絡を貰ったんですよ。今日は海燕さんも非番で全員家にいるから、どうですかって? ね、岩鷲君?」

「あ、へへ……そうなんですよ藍俚(あいり)の姉さん……」

「都さんの出産からこっち、色々と忙しくてきちんとお祝い出来ていなかったのもあったので、せっかくだから……少し日が過ぎちゃいましたけれどね」

「いやいや、もう氷翠(ひすい)のヤツを取り上げて貰ってるのに、これ以上は悪いぜ……」

 

 と、海燕さんが謙遜する一方で――

 

「へー、岩鷲! お前やるじゃねぇか!!」

「姉ちゃん!?」

 

 照れくさそうにしている岩鷲君へ、酔っ払いのように空鶴が肩へ手を回しながら絡んできました。

 

「いっちょ前に色気付きやがって……おい、聞いてんのか岩鷲!?」

「姉ちゃん……ちょ、お、落ち着いて……」

「っていうか空鶴……あなたお酒呑んでるの!?」

「ったりめぇだろうが!! 兄貴の子供も無事に産まれたんだ! こんなめでたいのに、呑まずにいられるかってんだ!!」

「(ねえ、岩鷲君……ひょっとして毎日呑んでるの……?)」

「(ほぼ毎日……ですかねぇ……たまに二日酔いで一日中寝てますけど、それ以外は大体……)」

 

 こっそり小声で聞いてみれば、とんでもない答えが返ってきました。

 ええぇ……もう出産から一ヶ月くらいは経ってるのよ……

 

「海燕さんも都さんも、大変ですねぇ……」

「――ったく、本当だよ。俺が何度言っても耳を貸さねぇんだ」

「ま、まあ……私たちのことをお祝いしてくれているのですから……」

 

 さすがの都さんも、ちょっとだけ顔が引き攣っていました。

 まあ、海燕に限っては大丈夫でしょうけれど。万が一にも赤ちゃんがお酒を誤飲した日には洒落になりませんし。

 

 仕方ないですね。

 ここはちょっと、冷や水を浴びせますか。

 

「空鶴ってば、随分とご機嫌なのね」

「おーよっ! ったりめぇだろ藍俚(あいり)!!」

「都さんの出産の時にはあんなに可愛かったのにね」

「――――」

 

 一瞬にして酔いが冷めたような表情に戻り、空鶴の動きが止まりました。

 

「どういうことだよ、姉ちゃん?」

「…………」

 

 岩鷲君が首をひねりますが、空鶴は黙ったままです。

 

 さてさて、あの日に何があったのか。

 時間がちょっとだけ遡ります。 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 都さんの出産ですが……

 出産予定日には産まれませんでした。

 陣痛も来なくて、その日は何事もなく終わりました。

 予定日だったので、私も海燕さんも仕事を休んで志波家で待機していたのですが。特に何もなかったのでちょっと肩すかしを食らった感じでしたね。

 

 とあれ出産は水物(みずもの)、産まれるかどうかはお腹の中の赤ちゃん次第ですから。予定日はあくまで予定日なので、早くなったり遅くなったりするのは当然だ。と都さんに伝えて、その日は帰ったのですが……

 

 彼女が産気づいたのはその数日後でした。

 海燕さんも私もその日はお仕事をしていて留守で、しかも間の悪いことに家には空鶴しかいないという有様だったんです。

 

藍俚(あいり)! 助けて、助けてくれ!! 姉貴が……都の姉貴が大変なんだよぉぉっ!!』

「なに!? 急にどうしたの空鶴!!」

 

 仕事中に伝令神機が鳴って、何かと思ったら開口一番がこれでした。

 空鶴の泣きそうな声が聞こえたときは何があったのかと思いました。

 

 大急ぎで志波家に行けば、相変わらず泣きそうな空鶴と産気づいて苦しそうな都さん。

 他は誰もいないのですから、私も大慌てで準備を整えましたよ。

 とにかく泣きそうな空鶴を怒鳴って無理矢理動かしながら、産湯やら布やら流魂街で産婆の経験がある人の手配やら、海燕さんへの連絡やら。

 

 いちいち全部を命令してやらせました。

 

 良い機会だったので、そのまま都さんの出産も手伝わせました。

 その頃になれば、産婆を呼びに走らせたりしたので多少は落ち着いてました。まあ、それでもおっかなびっくりだったんですけどね。

 やがて、連絡を受けた海燕さんも帰宅して都さんの出産の立ち会いに。

 そして無事に出産となったわけです。

 

 ですがその日は、出産してからも大変だったんですよ。

 

 お仕事中に海燕さんが連絡を受けたものだから、十三番隊全員に知れ渡って。

 なので十三番隊の隊士が、隊長から平隊士まで含めてほぼ全員が志波家に来ちゃったんですよ。

 そのまま志波家の前で、呑めや歌えやの大宴会を始めちゃいました。

 おまけに流魂街の人たちも集まってきて、そのまま死神たちと流魂街の住人で類を見ないほどの馬鹿騒ぎになりました。

 

 他にも赤ん坊を見たさに都さんの部屋まで押しかけてきた隊士たちを、海燕さんが一喝して黙らせていたり。

 ルキアさんが泣きながら喜んでいたり。

 浮竹隊長が祝いの酒を呑まされすぎて倒れ、清音さんと仙太郎くんがこれはチャンスとばかりに介抱しようとしていたり。

 

 後日、騒ぎすぎたので総隊長に十三番隊全員が怒られたり。

 

 あの日は色々あったわけですが。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 前述のような状況でしたので"空鶴が都さんの陣痛にビビって泣きそうになっていた"のを知っているのは、私と都さんだけです。

 海燕さんや岩鷲君が戻って来たときには、ある程度落ち着いてましたからね。

 

 普段は男勝りで怖い物なんて無い! みたいな雰囲気全開の空鶴が珍しく見せた弱みみたいなものですので、私も都さんも黙っておこうと決めていたのですが……

 

 さすがにちょっとやり過ぎなので、お灸を据える意味でもこうしてちょっとだけ小出しにして牽制しておきます。

 

「お、おおおいぃっ藍俚(あいり)!! 何言ってんだお前!!」

 

 効果は覿面(てきめん)だったようで、大慌てで私に突っかかってきました。

 

「はいはい。それじゃ空鶴、これをみんなに配って」

「あん? なんだこりゃ?」

「ちょっと遅くなっちゃったけれど、出産祝いのお赤飯よ。朽木家で作り方を習ったから、味は保証するわ」

 

 そう言いながら、持ってきたお土産――重箱を空鶴に手渡します。

 

「なっ、なんでおれが……!?」

「伝令神機で助けてって――」

「よーしわかった! オメエら! この空鶴様が今すぐ配ってやるから大人しく待ってろ!!」

 

 ちょっとあの日に、空鶴が連絡してきたときの真似をしてみれば……

 うわぁ、効果覿面ね。

 

「なあ、姉ちゃん……ひょっとして……」

「うるせぇ!! 黙ってろ!!」

 

 ぷりぷり怒りながら、乱暴な手つきながらもお赤飯を配っていきます。

 

「(都さん、次からは何かあったら……)」

「(ふふ、そうですね……目に余るようでしたら……)」

 

 都さんに小声でアドバイスをしておくのも忘れません。

 

「おっ! ホントだ、美味(うめ)えなコレ!」

藍俚(あいり)の姉さんの手料理……美味い……!!」

「くそっ……けど美味え……また作って持ってこいよ藍俚(あいり)! 今度は酒に合うヤツだぞ!」

「あら、本当ね。すっごく上品な味……隊長、これどうやって作ったんですか?」

「これはね……」

 

 どうやら全員に好評だったみたいです。

 しっかり作り方を聞いてくる辺り、都さんはさすがに主婦ですね。

 

 こうして志波家の皆さんは平和に……

 

 

 

 ……あ、ちょっと待って。

 

「ねえ、岩鷲君。ちょっと聞いてもいい?」

「なんスか藍俚(あいり)の姉さん?」

「海燕さんは死神になったけれど、岩鷲君は死神になるの?」

 

 良い機会なので、思い切って聞いてみました。

 確か一護と一緒に行動して瀞霊廷に入っていたはずですし、どうするのかなって。

 

「死神、か……」

「一応は海燕さんとかに稽古をつけて貰ってるんでしょう?」

「それは、そうなんですけど……」

「霊術院には問題なく入れるだろうし、海燕副隊長の弟となれば引く手数多(あまた)だと思うわよ?」

 

 引く手数多(あまた)、と言った途端に岩鷲君がピクリと反応しました。

 

「本当に!?」

「え、ええ……霊術院での成績次第だろうけれど……」

「じゃあ、藍俚(あいり)の姉さんとか、兄貴の部隊にも!?」

「多分ね」

 

 なんだかすっごくやる気になってますね。

 実際は、身内が同じ隊にいると情が沸くから忌避されることが多いんだけど。

 

「うーん……けどよぉ、都姉さんに子供が産まれただろ? せめてその子がある程度成長して、手が掛からなくなるくらいまでは手助けをしてやりてぇんだ……俺……」

「おっ! なんだ岩鷲!! えれぇ(偉い)じゃねぇか!!」

 

 海燕さんが弟の肩をバンバン叩いてます。

 ですが前向きに検討するって感じですね。

 

 ……ってことは、岩鷲君も死神になっちゃうんでしょうか!?

 




個人的イメージですが
・朽木家は色々面倒を見てあげないと怖い。
・志波家は面倒見なくてもガンガン行く。

なので、朽木家に比べて志波家はあっさりめになっています。

●海燕さんのお子さん
名前:氷翠(ひすい)
性別:女の子
解説:陸or海or空 + 鳥の漢字 = 志波家の名前 の法則に従って名付け。

   カワセミを意味する漢字の「翡翠」から。
   (翡翠は「翡:オスのカワセミ」と「翠:メスのカワセミ」を表す。
    (鳥の名前の方が先で、宝石の翡翠は後から付いたらしい))
   女の子なので「翠」の漢字を使用。

   海燕の子供なので、海系(青系)の名前を使うのはほぼ確定。
   「氷」は「海→水→氷」の連想。
   「翠」は「青羽を持つ鳥の意味」とかもあるらしいので。
   あと冬に産まれた子なので、寒々しさが名前とマッチする。

●キャラ追加
・朽木さん家の鴇哉(ときや)君(男の子)
・志波さん家の氷翠(ひすい)ちゃん(女の子)


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第108話 寒い日には暖かい物が食べたくなる

「はぁーっ……まだまだ寒いわねぇ……」

 

 思わず手に"はぁっ"と息を吹きかけて、暖を取ろうとしてしまいます。

 海燕さんの家へ遅い出産祝いを届けてからこっち、どんどん寒くなっていきますね。

 年の瀬もじりじりと近づいており、日々の業務も忙しくなっています。

 

 今日もようやく仕事が終わりましたが、気づけばもうこんなに遅い時間です。

 まっすぐ帰っても良いんですが、こんな寒い日はお蕎麦でも食べて帰りましょう。

 

 ということで、探蜂さんの屋台へ。

 

「探蜂さん、こんばんわ。一杯お願いします……って、あら?」

「よお」

「……一角?」

 

 何の気なしに席に座ったところ、隣に一角がいました。

 どうやら私よりも結構先に来ていたらしく、すでに丼の中のお蕎麦が半分以下になっています。

 

「いらっしゃいませ湯川殿、何になさいますか?」

「あ、はい。しっぽくで」

 

 とりあえず注文はしておいて。

 

「珍しいわね、こんなところで会うなんて」

「そりゃこっちのセリフだ。四番隊の隊長サマがなんだってこんなところにいるんだよ?」

「そっちだって、十一番隊の三席でしょう? ま、私がいる理由は、ここは私が出資したお店だからかしらね」

 

 そう言った途端、一角がゴホゴホと咳き込み始めました。

 

「しゅ、出資だぁ!? おい、オヤジ! 本当かよ!?」

「ええ、そうですよ。この店を始めるのに、湯川殿には大変お世話になりまして……」

 

 開店資金とか全部出してあげました。

 

『その辺の詳しい流れは69話参照でござる!! あと最近、拙者の出番が少ないでござるよ!!』

 

 そこは本当にごめんね。

 

「で、その縁もあって来てるってわけ」

「毎回御代(おだい)は結構だと言っているのですが……」

「こんなに美味しいお蕎麦なんだもの、お金を払わないなんて冒涜よ。だから、遠慮しないで受け取ってね」

「はは……ありがとうございます……」

 

 探蜂さんに出資したという形にこそなっていますが。

 私からすれば、あれらのお金は全部"あげたもの"だと思っています。

 あのくらいのお金で砕蜂たちが幸せになるなら安い物ですよ。

 

「はぁ……しかし、出資ねぇ……俺はてっきり、料理が下手だからここで済ませているとばっかり……」

「むっ! 失礼ね!! 四番隊の病院食とか、誰が指導してると思ってるのよ!? それにあんたと稽古をするときだって、よくお弁当を作ってたでしょうが!!」

「あぁー……そういや、そうだったかな……」

 

 一角が薄ら笑いを浮かべています。

 これはどうやら、分かっててわざとからかってますね。

 

「お客さん、あんまり湯川殿をいじめないであげてくださいよ。私がこうしていられるのは、全部この方のおかげなんですから……あ、できましたよ。お待ちどうさまです」

「わぁっ、来た来た!」

 

 うーん……湯気が立ってて、これだけでも暖まりそう。

 湯葉に竹輪、お麩や卵焼きに椎茸も乗ってて……寒いから七味をタップリ入れて……

 

「んんーっ♪ 美味しい、しあわせ……あ、ゆずも入ってたのね♪」

「おーおー、幸せそうに食いやがって」

「美味しいんだから仕方ないでしょ! それとも、こんな美味しいお蕎麦を食べている時に辛気くさい話をしたいの?」

「いや、別に……」

「十一番隊はどうなってるか聞いた方が良い?」

「止めろ!」

 

 ちょっと本気のトーンで一角が怒りました。

 そんなお馬鹿なやりとりをしていたときでした。

 

「おお、今日はこんなところでやっておったのか」

「ん?」

「あら?」

 

 外の方から聞こえてきたのは、しわがれた声。

 思わず私も一角も反応して声のした方を向けば――

 

「おお、なんじゃお主たちか」

「「総隊長!?」」

 

 一番隊隊長にして、護廷十三隊総隊長でもある山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)が顔を見せました。

 予期せぬまさかのビッグネームの登場に、私も一角も思わず立ち上がってしまいました。

 

「ああ、よいよい。座っておれ。公の場でもなければ、儂もお忍びで来ておる。野暮な礼儀は不要じゃよ」

「「は、い……」」

 

 そうは言われましてもねぇ……

 

「なあ、大将……もしかして、総隊長もこの店の常連なのか?」

「ええそうですよ。いやぁ、最初にご来店いただいたときには、たいそう驚きましたよ。ああ、山本殿はいつもので構いませんか?」

「ああ。お願いするぞ」

 

 探蜂さんが山本殿って呼んでるわ……

 しかも"いつもの"で通じてる辺り、ものすっごい常連よね。

 私も知らないくらい……というか下手したら、私よりも通ってるんじゃ……?

 

「あの……総隊長はこのお店に良く来るんですか?」

「まあ、そうじゃのぉ……ちょくちょく顔を出しておるかの」

 

 真っ白な髭を一撫でしてから、総隊長は何かを懐かしむように言いました。

 

「なにせこの屋台の蕎麦は美味いからの。以前たまたま見つけてからは、贔屓にしておる」

「……藍俚(あいり)といい総隊長といい、この店の客層はどうなってんだ……?」

 

 うん、それは私もそう思う。

 

「そういえば湯川、ここはお主が金を出した屋台と聞いておるが……?」

「はい、そうです」

「良い店を出してくれたの。儂からも一つ、礼を言わせてくれ」

「それは……ありがとうございます……?」

 

 お礼を言われた!? 何これ、どう反応すればいいの!?

 

「何しろこの店は蕎麦も(つゆ)も上質でのぉ! 和風で実に儂好みの味なのじゃよ!! 長次郎(ちょうじろう)はどこでかぶれたのやら、洋風の物ばかり好んでおるがアレはいかん! 挙げ句、儂にまで勧めてきよる!!」

 

 長次郎って、一番隊副隊長の雀部(ささきべ) 長次郎(ちょうじろう)さんのことですよね、多分……

 私が死神になった頃から既に一番隊で副隊長やってる凄い人のことですよね。

 確か二千年くらい死神やってるって聞きましたけど……

 

「まあまあ、山本殿。愚痴はそのくらいで……はい。お待たせしました。天ぷらと玉子落としです」

「おお! これこれ、コレがまた美味いんじゃよ! 天ぷらそのものの味も良いが、(つゆ)の染みこんだ味もまた捨てがたい……」

 

 すっごい嬉しそうに食べ始めました。

 私も一角も、思わず手を止めて眺めてしまうくらいの食べっぷりです。

 あ、玉子を潰してかき混ぜ始めた。

 総隊長は後半になってから潰して食べる派なのね。

 

「そういえばお主は、確か十一番隊の三席の……」

「お、押忍! 斑目一角です!」

 

 しばらくして、総隊長が思い出したように一角に矛先を向けてきました。

 

「十一番隊はどのような案配かな? 新隊長になって体制も色々と変わったじゃろう」

「ああー……そうっスねぇ……まあ、今のところは無事にやってますよ……」

 

 そりゃあまあ、気になるわよね。

 だってあんな無茶苦茶なことして、新隊長になったんだもの。

 

「それについては、四番隊(ウチ)の前隊長が申し訳ございません」

「よいよい、お主に非はない……というよりも、お主も被害者みたいなものじゃろう?」

「あはは……そうですね……」

「儂もさんざんと手を焼かされたわ! まったく、卯ノ花のやつめ! あやつは昔からそうじゃ! 四番隊となって少しは大人しくなったかと思えば、何かと理由をつけては最前線へと出たがる!! あの悪癖だけは何千年経っても治らぬ!!」

 

 おっと! なんだか総隊長がヒートアップしてきましたよ。

 

「この前の湯川の隊長就任にしてもそうじゃ! あやつが更木剣八を下にして剣術の稽古をつけさせるのを四十六室へ認めさせるまでに、儂がどれだけ無用な被害を受けたことか!!」

「やっぱり、そういうことがあったんですか……?」

「なんじゃお主、聞いとらんのか!? あれは今から百年ほど前からのことじゃ……四十六室へ行っては、直談判で許可を求めおって! そのたびに儂もついて行かされたんじゃぞ!!」

「そ、それは申し訳ございません……」

 

 百年前から!? 何やってるんですか卯ノ花隊長!?

 

「ええい、ご主人! 酒じゃ、酒をくれ!!」

「だ、大丈夫なんですか……?」

素面(しらふ)でいられるか!! もはや呑まねばやってられんわ!!」

「あ、総隊長。でしたら私がお注ぎしますから」

「おお、美人の酌なら酒も進むわい!」

 

 なんだか総隊長がかわいそうに思えてきたので、せめてもの罪滅ぼしです。

 お酌くらいじゃ大した贖罪にもならないでしょうけれど。

 

「……ふーっ、美味い。染み入るわ。さて、どこまで話をしたかの? そうそう、四十六室じゃったな? あやつと来たら、何度断られても同じことを言い続けおってな。そのたびに儂にやれ"監督不行き届き"だなんだと文句を言われるのじゃ!」

「それは、大変でしたね……」

「大変でしたで済むような話であれば、これほどにはならんわ! よいか!? お主も知っておるじゃろうが、かつての剣八である刳屋敷や痣城も色々と言われておったが、更木のやつはそれ以上じゃったわ! なにしろ四十六室が直々に"これ以上力をつけるのを止めろ"と言ってきたのじゃぞ!!」

「ええっ!!」

「そ、それって本当ですか!?」

 

 私も一角も、これにはビックリです。

 

「嘘ではないわ。更木の霊圧は底知れぬほどじゃからな。万が一にも反旗を翻せば、自分たちの身に危険が及ぶと言われてのぉ!」

「へ、へへ……そうでしたか……おい藍俚(あいり)! 酒だ! 俺にも酒を注げ!!」

「はいはい。で、なんでそんなに嬉しそうなのよ?」

「嬉しいに決まってんだろうが!! 俺はあの人に憧れて死神になったんだぜ! そんな相手がこんなに評価されてるとなりゃあ、嬉しいに決まってんだろうが!!」

 

 そう言うと一角は一気にお酒を呑み干しました。

 あーあー、そんなに一気に呑んで大丈夫なの?

 

「おお! やるではないか斑目!! 良い飲みっぷりじゃな!! よし湯川、儂にももう一杯じゃ!!」

「こんな感じでよろしいですか?」

「うむ、良いぞ!! ご主人、ついでに何か摘まめるような物もくれぬか!?」

「総隊長! 俺も蕎麦食って良いですかね!?」

「構わんぞ!! 今日は儂のおごりじゃ!! 派手にやらんか!!」

 

 酔ってる……すっごい酔ってるわ……

 

「あの、摘まめる物って、こんな物で良いですかね?」

 

 そう言いながら恐る恐る探蜂さんが差し出したのは、いなり寿司やらお蕎麦の具に使っていた物やらでした。

 

「おお! よいではないか!!」

 

 いいんだ……

 

「すみません、これ……何の騒ぎですか……?」

 

 さらに騒ぎを聞きつけてきたんですかね?

 ひょっこりと顔を現したのは――

 

「むっ! 藍染ではないか! 良く来たのぉ! まあ、ここに座れ!」

「あれ!? 吉良君も!? なんで……?」

「あ、僕は藍染隊長と偶然出会って……」

「え、あの、ちょっと!?」

 

 うわぁ……有無を言わさずに総隊長が藍染を引っ張り込みましたよ。

 

「湯川! 何をしておるか! 酒じゃ!!」

「はーい! はいどうぞ、藍染隊長。吉良君もね」

「あの、何がどうなって……」

「なんじゃこやつは!?」

「四番隊の期待の隊員、吉良イヅル君です。まだ若いですけれどもう四席という優秀な隊士なんですよ」

「おお! そうかそうか!! お主のような者がおれば、護廷十三隊の未来も明るいというものじゃのぉ!!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 バンバン肩を叩いていますけれど、吉良君は完全に萎縮してる。

 

「それと湯川! お主にも期待しておるぞ!!」

「え……ええっ!?」

「何しろ更木たちが何かしたらば、よく知るお主が止めるという約束まで取り付けたからこそ、四十六室は最終的に許可を出したのじゃ!!」

「何ですかそれ!? 私聞いてませんよ!?」

「ええい藍染! 何をそんなに景気の悪い呑み方をしておるか!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい……!!」

「天ぷら蕎麦もう一杯!!」

「まいど!」

 

 そんな感じで、無茶苦茶な夜は更けていきました。

 




日常回(酔っ払い)

●しっぽく
しっぽく蕎麦のこと(うどんもある)
お蕎麦の上に、湯葉や三つ葉、お麩や竹輪や蒲鉾、椎茸などを乗せたもの。

落語・時そばで「花巻にしっぽく」とか言われているアレ。

長崎の卓袱料理(しっぽくりょうり)を真似て、蕎麦の上に乗せて出したものが発祥。
(乗せる具に明確な決まりはない。雑に言えば具だくさんのお蕎麦)


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第109話 今更になって一番隊と交流を深める

「総隊長、いかがですか? もう少し強めの方が……?」

「む……そうじゃのう。すまぬが、もう少し強めで頼むぞ」

「はい……このくらいで……!?」

 

 総隊長の注文通り、指先に力を込めて腰を強く指圧します。

 

「おおぉ……こ、これは……!! なるほど、女隊士がお主の所へ通い詰めていると……話には聞いておったが……うなずけるわい……!! たまらぬ!!」

 

 すっごく気持ちよさそうな声を出してますね。

 気分はお爺ちゃんに肩たたきとかしてるような感じですが。

 

藍俚(あいり)殿……さすがに拙者、嫌でござる……もう帰っていいでござるか……?』

 

 ああ、もう寝てていいわよ。

 これは私が全部やるから。

 

『かたじけないでござるよ……』

 

 さしもの射干玉もちょっと無理だったみたいですね。

 それも仕方ありません。

 

 総隊長へのマッサージというのは、あの子にも辛かったみたいです。

 私は……ちょっと楽しいかもしれません。

 だって――さっきも言いましたけれど――お爺ちゃんに肩たたきする延長だと思えば特に何かを思うこともありませんから。

 

 ……え? ……なんで冒頭から山本総隊長のマッサージをしてるのか?

 

 少し前に(まえのはなしで)総隊長と一緒にお蕎麦を食べましたよね?

 あのとき、酔った総隊長から「儂も最近腰や背中が痛い。揉んでくれぬか?」と依頼されました。

 だから整体をしに来ただけです。

 あと……卯ノ花隊長のことで随分とストレスを溜めていたようだったので、せめてもの罪滅ぼしという意味もありますけど。

 

「お気に召していただけたようで、恐縮です」

「いやいや……これは……もっと早く頼んでおくべき……じゃったわ……」

 

 罪滅ぼし、してよかったかもしれません。

 なんだか総隊長は色んな所がお疲れのご様子でした。

 やっぱり卯ノ花隊長に振り回されて疲弊しっぱなしだったのかしらね……?

 

 あ、勘違いされるかもしれませんが。

 射干玉は逃げちゃったので。これは本当に、純粋に整体ですよ。

 筋肉の凝りをほぐして、血行を良くして、調子を整えているだけです。

 

『まるで……不純な整体があるような……口ぶりでござるなぁ……』

 

 ツッコミのためなら無理してでも出てくるその根性だけは立派だわ……射干玉……

 

 この一見すれば枯れ木のようなボディは、どこからどう見ても老人のそれにしか見えません。ですがこの奥底には、下手な若手隊士顔負けの筋肉が眠ってるんですから。

 しかも高密度に絞り込まれた、超高性能の筋肉です。

 どうやってこれだけの肉体を作り込んだことやら……

 

 純粋だ不純だを別にしても、この肉体の作り方には興味があります。

 

 ……はっ!! これってひょっとして、バトルジャンキーな考え方なんじゃ……!?

 

「背中から腰まではこんなもので大丈夫でしょうか? ご要望なら、もう少しだけ続けますけど」

「いいや……今にも天にも昇りそうな心地じゃよ……極楽極楽……」

「でしたら続いて足の施術に移りますね」

 

 こんな感じで、腕から肩から背中に腰、足の裏まで一通りマッサージしました。

 

 

 

「いやぁ……まるで五百年は若返った気分じゃわい……!!」

 

 マッサージを終えると、総隊長は自分の身体の調子を確かめるように軽く身体を動かしながら、満足そうに呟きました。

 

「ご満足いただければ幸いです。ただ、次からはその……」

「ああ、分かっておる。儂も少々無理を言ったわ。次からきちんと順番を待たせて貰うわい」

 

 今回の場合、酒の席で強引に頼み込まれた結果、引き受けただけですからね。

 初回サービスと前隊長のお詫びというやつです。

 

「はい、そのときにはよろしくお願いしますね。それでは、失礼いたします」

 

 そんなこんなで、私は総隊長の隊首室を後にしました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「おや、これは湯川隊長」

「どうも、雀部副隊長」

 

 慣れぬ一番隊の隊舎を歩いていると、廊下で偶然にも雀部副隊長に出会いました。

 私が死神になった頃からずっと副隊長をやっているという、経験値だけなら下手な隊長顔負けの大ベテラン死神です。

 銀髪で口髭――いわゆるカイゼル髭ってやつですか?――を生やした、一見すると西洋人みたいな容姿をしており、おまけに死覇装の上に外套のようなマントを羽織っています。

 このマントが隊首羽織に似ててちょっとだけ混乱するんですよね。

 昔は雀部さんが隊長だと思っていた時期もありました。

 

「一番隊に何かご用事でしたか?」

「ええ、少し。総隊長に按摩を頼まれまして、つい先ほど終わったところです」

「なんと! 元柳斎殿にご無理を言われましたかな?」

「いえいえ。酒の席での我が儘でしたが、約束は約束ですから」

「義理堅いですな」

 

 ふむ、といった感じで私のことを見ながら、やがて申し訳なさそうに口を開きました。

 

「……湯川殿、もしよろしければ……私の我が儘も聞いていただけますか?」

「我が儘……ですか?」

 

 えー、もう帰りたいのに……

 

「内容にもよりますが、とりあえずお話は伺います」

「よかった。断られたらどうしようかと思いました。ささ、少々込み入った話になりますので副隊首室までご案内します」

 

 そう言いながら先導するように雀部副隊長が歩き出しました。

 さてさて、隊長に続いて今度はどんな無茶ぶりをさせられることやら。

 

 

 

 雀部副隊長の私室ですが、なんとも洋風に凝った感じでした。

 カーペットやら暖炉やらソファやらがあって、シャンデリアにスタンドライト……うわぁ、印象派? みたいな油絵に彫刻まであります。ちょっと間違ってる気がしないでもありません。

 そして肝心の無茶ぶりの内容ですが――

 

「……茶葉って……紅茶とかの……?」

「はい、その茶葉です。時々現世から仕入れてくるのですが、どうにも上手く育たなくて……一体何が悪いのやら……」

 

 嘆息を吐き出しながら、軽く頭を掻きます。

 副隊長の我が儘というのは「紅茶が上手に育てられない。どうにかならないものか?」というものでした。

 

「そう思っていたところ、四番隊で薬草園を作り始めたという話を聞きまして。ならば、何か妙案の一つでも得られないかと思った次第で……」

「薬草園ですか。確かに育て始めましたけれど……そこまでお役に立てますかねぇ……?」

 

 まさか、戸隠ちゃんの意見からこう繋がってくるとはねぇ。

 それに雀部副隊長の西洋かぶれは私も聞いていましたが、まさか茶葉を栽培しようと思っていたとは…… 

 

「こうして一人で悩むよりかはずっと建設的かと思いまして。それに、湯川隊長は霊術院で現世学の教鞭も取っていたと聞きます。なにかお知恵を拝借出来ればと……」

「うーん……気持ちは分かりますけれど、茶葉かぁ……」

「それともう一つ」

 

 まだあるの!?

 

「先日、瀞霊廷通信で紹介されていた卵焼きです」

 

 女性死神協会に顔を出した時に、お土産代わりに持って行ったアレですか?

 

「アレを見て、私は思ったのです! 私のお茶会に、ああいった食べ物を提供したいと!!」

「お茶会……ですか……?」

「はい! 元柳斎殿が月例で茶会を開いているのはご存じかと思います」

 

 総隊長って月に一度、隊士から参加者を募っては自分で立てた抹茶を振る舞ってるんですよ。

 しかも園庭に面した立派な茶室もあって、そこでお茶を立ててるんです。

 長年やってるので良い腕前だと聞いたことはあります。

 

 ……そういえば私、一度も茶会に参加したことなかったわ。今度、機会があったら一度くらいは参加しておきましょう。

 

「あの茶会を自分でもやってみたい! 私が育てた茶葉で入れた紅茶を振る舞ってみたいのです! その際、西洋では軽食も振る舞うとのことですので、そちらについてもお力添えを得られないかと思っています」

「えっと、それは……いわゆるティータイムをやってみたいということですか……? スコーンとかの?」

「おお! 流石に博識ですな!! まさにその通りです!!」

 

 ちょっと興奮した様子で喋ってますね。

 理解者を得たからでしょうか?

 

「元柳斎殿は和食派でして、洋食や紅茶にあまり理解を示してくれませんのです! ならば一度ティータイムを開催して他の隊士からの理解を得たい……その時に湯川隊長のように博識な方がいらっしゃれば、まさに竜に翼を得たる如し!!」

 

 竜に翼とは、またカッコいい言い回しをしますね。

 なんだか異様に持ち上げられてる気もしますが……

 

「えー……まとめると"自分の育てた茶葉を育てたい"ので"茶葉の育て方に詳しい人が欲しい"ということ。そして"その茶葉でお茶会を開いてみたい"から"私に紅茶に合う軽食やお菓子を作って欲しい"……ということでしょうか?」

「その通りです!! ご協力、お願い出来ませんでしょうか!?」

 

『またとんでもない難問が降りかかってきたでござるな』

 

 あら起きたのね射干玉。

 

『それで、どうなさるおつもりでござるか?』

 

 うーん……まあ、このくらいなら協力してもいいかなって。

 それに、紅茶や洋菓子なら女性受けしそうだからね。

 

『なるほど! まさかそっちを狙っていたとは……さすがは藍俚(あいり)殿でござる!! いよっ! 大統領!!』

 

 やめて、照れる……

 

「わかりました。どれだけお力になれるかは分かりませんが、できる限りは」

「おお! ご厚情、恐れ入ります!!」

 

 感激のあまり私の手を取って上下にぶんぶん振り回しています。

 

「と言っても、茶葉の育成は時間が掛かりそうなのですぐに結果は出せませんよ」

「それは仕方ありませんな」

「とりあえずは、今までの育て方でどんな失敗をしたのかの資料とかありますか? それを見てから四番隊(ウチ)で薬草園を担当してる子の――……」

 

 そんな感じで話を煮詰めていきました。

 




一応、書いている人は「紅茶も緑茶も、茶葉としては同じ」程度の知識はあります。
発酵の度合いが違うんですよね。


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第110話 不思議の国(ソウルソサエティ)でお茶会を

「本日は私の主催したお茶会にご参加いただきまして、誠にありがとうございます」

 

 そこへ一歩足を踏み入れた途端、雀部副隊長は優雅な所作で一礼しました。思わず見惚れてしまうほどに似合っています。

 

 一番隊で総隊長と副隊長の相手をしてから、しばらく時間が経過しました。

 その間、チャノキの成長について専門家を交えて話し合ったり。お茶会のためのお菓子については試作品を作っては「ああでもないこうでもない」と雀部副隊長と話し合いを重ね……

 

 そして今日、ある程度納得出来る形になったので、お試しのお茶会を開催することとなりました。

 言ってみれば、本番の前のリハーサルみたいなものです。

 

 とはいえお披露目はお披露目。

 主催者である雀部副隊長は少しだけ緊張した面持ちで。ですが落ち着いた物腰で対応をしてくれました。

 きっと今の姿は、彼が理想としている英国紳士のそれなのでしょうね。

 

 そして内装も、この日のために借りた一番隊の一室に椅子とテーブルを何組か。それをおもいっきり洋装に飾り付けてあります。

 テーブルの上も既に準備万端、お茶の用意が整っていますよ。

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「これは湯川隊長、ようこそいらっしゃいませ」

 

 招待状を片手に挨拶を返せば、丁寧なお辞儀をしてくれました。

 こういう所を、ちょっと凝ってみました。

 本家のティータイムとはちょっと違うかもしれませんが、それっぽいですよね。

 この招待状も万年筆による流麗な筆致で書かれてて、実にそれっぽい作りになってます。

 

「ほ、本日はお招き、ありがとうございます!」

「虎徹副隊長も、ようこそお越し下さいました」

 

 私の後に続いて、勇音が真似をするようにして入ってきました。

 幾分緊張している彼女に向けて、副隊長は同じように応対します。

 

 せっかくのプレオープンですし、人数がいた方が良いと思ったので。

 何人かの知り合いに声を掛けてみました。

 なので勇音に続いて入ってくるのは、清音さん・伊勢さん・砕蜂・桃など、女性死神協会繋がりの子たちです。

 できるだけ落ち着いた子を選んでみました。

 

 雀部副隊長もリラックスした様子で一人一人を応対していって……

 

「こんにちはーっ!!」

 

 ……ええっ!?

 

 な、なんで草鹿三席もいるの!?

 呼んだ覚えはないのに……

 

「おや、失礼ですが招待状はお持ちですか?」

 

 今日来る面子は事前に知らせてあるので、雀部副隊長も彼女は来ないことは知っているのですが……

 流石ですね。困惑しつつも、落ち着いた対応をしています。

 

「招待状……? ないよ!」

「でしたら今日は……」

「ええーっ! いいでしょいいでしょ!! すっごく美味しそうな匂いがするの!! たーべーたーいっ!!」

 

 ああ……駄々っ子状態です。

 

「むむ……仕方ありませんね。特別ですよ」

「わーいっ!!」

 

 泣く子と地頭には勝てぬ、ですか……

 

 ともあれ、こうしてお茶会は厳かに――

 

「うわーっ!! これひょっとしてあいりんが作ったヤツ!?」

 

 ――始まるわけありませんよね。草鹿三席(このこ)がいたら。

 

 彼女はテーブルの上に並んだお菓子や軽食に興味津々です。

 

「いえ、こちらは湯川隊長に作り方を教わり、私が作った物ですよ」

「ええっ!! そーなんだー!! 食べていい!? 食べてもいい!?」

「仕方ありませんな……ですが、どうか落ち着いて……」

「わーい!!」

 

 ああ……予想通り、全部を言い終わらないうちに食べ出しました。

 ちなみに並んでいるのは、アップルパイとかタルトとか、それっぽいものです。

 

「……はぁ。まあ、良いでしょう。皆さんもどうぞ、お試し下さい。今、紅茶の用意をいたしますので」

 

 茶葉の育成こそ上手く行かない雀部副隊長ですが、紅茶の入れ方については長年の研究していて、所作も手慣れたものです。

 それこそ思わず見入ってしまうくらいに。

 

「こちらは、オレンジペコの――……」

 

 入れながらも彼の舌は止まりません。

 ブレンドした茶葉の説明や入れ方について説明を嬉々としてしています。

 大勢の人たちに聞いてもらえるのが嬉しく仕方ないんでしょうね。

 

「さあ、まずはご賞味ください」

 

 ということで、促されるままカップを手に取って……

 良い香りね。

 うん、味も茶葉が開いているっていうのかしら? 何度か味わったけれど、今日のは特別良い味が出てるわ。

 

「へえ……これが紅茶……」

「初めて飲みましたけれど、緑茶とはまた違った味わいですね……」

「落ち着いた味で良いかも……」

 

 招待客の皆さんにも好評の様子で……

 

「うーん!! 美味しいーっ!!」

 

 ……まあ、一人だけお茶よりもお菓子を夢中で頬張っていますが。

 

 

 

「ほほう、そんなに美味い茶ならば儂にも一杯もらえるか?」

「……え?」

 

 入り口から聞こえてきた声に、思わず私はカップを取り落としそうになりました。

 この声って……

 

「……元柳斎殿」

 

 気づけばこの場に総隊長が姿を見せていました。

 雀部副隊長だけでなく、この場の全員が――某一名は除きますが――思わず手を止めて総隊長に視線を向けています。

 とはいえその当人は視線など意に介していませんが。

 

「なんじゃ? それとも儂には茶も入れられぬか?」

「いえ……どうぞ」

 

 予期せぬ来客に、彼は自分用に入れていた紅茶を手渡しました。

 

「それと、もし良ければこちらも……」

「む! これは……!!」

 

 さらに特製の一品を総隊長に差し出します。

 その正体は――

 

「なんと、どら焼き!?」

「ええ、よろしければどうぞ」

「……ふむ……」

 

 胡乱げな瞳で手にした紅茶とどら焼きを何度か見比べた後、やがて紅茶を一口。続いてどら焼きを食べると再度紅茶を口にして、その後にたっぷりと十秒ほど熟考してから口を開きました。

 

「……うまし」

 

 たった三文字の言葉。

 ですが総隊長の口から出てきたその言葉を聞いた途端、雀部副隊長の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちました。

 

「儂は洋は好かぬ。じゃが、この茶と餡子(あんこ)が不思議と良く合ったわ」

 

 紅茶と餡子って結構相性が良いんですよ。

 なので、最初は洋菓子を提供して。その後の隠し球として出すはずだった物です。

 ですが雀部副隊長はどうやら、総隊長のことを思って真っ先に出したみたいですね。

 そしてどうやら、総隊長のお口にも合ったようで。

 

「これだけの茶を入れられるのならば……長次郎よ。儂の代わりに、ときどきじゃが、茶会を開いてみるか?」

「……恐縮です」

 

 あらら。

 副隊長の両目から涙があふれ出ました。

 

「おめでとうございます。雀部副隊長」

 

 それを見ていた私は、思わず拍手をします。

 だってこれは、総隊長に認められたってことですから。

 私の拍手に続くように、参加者たちからも拍手が鳴り響きました。

 

「皆さん……ありがとうございます……」

 

 こうしてティーパーティは、誰も予想していなかった不思議な……

 けれど心温まるような終わり方をしました。

 

 

 

 

 後日。

 

 瀞霊廷通信で雀部副隊長の紅茶が特集されました。

 紅茶の入れ方の基本やら、お菓子の紹介。それと少ないながらも紅茶を使ったお茶会を開くことの告知などの記事が掲載されています。

 

 なんというか、副隊長本人よりもお茶の方に紙面を割いていますね……

 とあれこの記事とお茶会がきっかけとなり、雀部副隊長は若い女性死神からの人気が上がったそうです。

 今まで地味だったのが、渋くて素敵なオジサマって感じで見直されてるみたいですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「湯川隊長、ちょっと良いですか?」

「卯ノ花隊長……? あの、何か……?」

「雀部副隊長のお茶会ですが、どうして私を呼ばなかったのでしょうか?」

 

「え……いや、あの。それは……」

「まさかとは思いますが。私が会場で暴れるとでも思いましたか?」

「いえいえ!! まさかそんなことは!!」

 

「ええ、勿論。私も信じていますよ。信じていますから、ちょっと私とお話をしましょうね……」

「ちょちょっと……待って下さい!! 卯ノ花隊長!! 誤解です!! 勘ぐりすぎですってば!!!」

 




普通にお茶会やって終わるだけの予定だったのに……
なんでしょうこの話?

あとなんなんだこのオチ……


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第111話 季節の行事っぽいことをしてみる

『ここ最近の話で冒頭に"寒い"と言っていたように!!』

 

 きゃっ!! ビックリした!

 何、射干玉!? 急にどうしたの?

 

『現在、季節的には冬でござる!! 寒い中で、志波家の娘が産まれたり! 総隊長と飲んだりお茶会したりしてたでござるよ!!』

 

 うん、それは私も当事者だから知ってるけれど、それがどうかしたの……?

 

『ということで今日は冬の行事の一大イベント!! 元日にござる!!』

 

 そうね……気がついたら一月一日になったわ……

 

『盆と暮れの聖戦も終わり、おこたでまったり出来る時期でござるよ!! 藍俚(あいり)殿!! あけましておめでとうございますでござる!!』

 

 はい、あけましておめでとう。

 長い付き合いだけど、今年もよろしくね。

 

『当然でござるよ!! めがっさよろしくお願いするでござる!!』

 

 

 

 

 

 

「四番隊のみんな、あけましておめでとう」

「「「「おめでとうございます!!」」」」

 

 ということで、新年になったので。

 四番隊の隊士たちに向けて、このように年始の挨拶を行います。

 

 ……え?

 年始の挨拶はいいけど、隊士たちは正月休みもなく四番隊に来ているのか? それとも正月休みを返上させて集めたのか?

 ――ですか?

 

 いえいえ。

 各隊の隊舎は寮もあるので、(そこ)にいる隊士たちを集めて挨拶しただけですよ。

 職場に来るのなんてすぐですから。

 

『職場と寮がくっついているとかww やったでござる!! これでいつでも働けるでござるよ!!』

 

 そう言われると、途端にブラックよね……

 まあ、油断すると(ホロウ)に殺される職業という時点で、十分ブラックかもしれないけれど。

 

「新体制の四番隊にもすっかり慣れたかと思うけれど、慣れてくると不注意を起こしやすくなるから、気を引き締めてね」

「「「「はい!!」」」」

 

 みんなの返事の声が頼もしいわね。

 

 新体制――初年は前半が人事やら調整やらでてんてこまい。二年目は手探り状態ということもあって慎重になってくれていたけれど。

 そろそろ緩んでくる頃だからね。注意だけは促しておきましょう。

 

「……と、堅苦しい話はこのくらいにして。みんなにお待ちかね、お年玉よ」

「やったー!!」

「今年もだ!!」

「ありがとうございます!! 隊長!!」

 

 言った途端、隊士たちから歓声が湧き上がりました。

 

 そうです。元日といえばお年玉です。

 隊士たちが新年早々集まったのには、こういう理由もあったりするはずです。

 

 そしてこのお年玉ですが、独断でやってます。

 多分、他の隊はやってないんじゃないですかね? 今まで聞いたことありません。特定の隊士へ個人的に渡す、というのが関の山ですね。

 私が隊長になった初年、隊士たちを激励する意味も込めて始めてみたんですけど。喜んでくれる顔を見るのが嬉しくてついついやっちゃってます。

 

「はい、それじゃあ順番に受け取りに来て。額は去年と一緒で申し訳ないんだけど」

「そんなことありませんよ! 隊長、ありがとうございます!!」

 

 ちなみに。

 このお年玉の予算ですが、私のポケットマネーから大半を――ちょっとだけ四番隊の予算の予備費からも捻出していますが――出しています。

 自腹切ってるんですよ。

 なので額はちょっと少なめですが……

 まあ、仕方ないわよね。

 今の私って、四番隊の隊長で一番年長者でもあるんだから。

 

 ……私より年上だった人もちょっと前にいましたけれど……貰ったっけ?

 

「それと、どう使おうとも自由だけど。時間のある子は今日出勤の子とちょっとで良いから代わってあげてね」

 

 死神には正月休みがありますが、(ホロウ)側にはそんなものはありません。暴れるときは、盆でも正月でも遠慮無く暴れます。

 なので、何かあったときに備えて人を残しておく必要があるんです。

 少数なので確率は低いはずなんですが……それに当たった子はご愁傷様。

 

 そして私の話を聞いているのやらいないのやら、お年玉を受け取った子たちは嬉しそうに「何に使おうか?」なんて話を同僚たちとしています。

 完全に気もそぞろですね。

 

 あ、これから仕事の子が恨めしそうな目で見てる。

 交代……してあげてね……小一時間でいいから……

 

 

 

 

「やれやれ、ようやく終わったわね」

「お疲れ様です隊長」

「はい、じゃあ最後は勇音の分ね。あけましておめでとう」

「えへ……ありがとうございます!!」

 

 全員に配り終えると、最後は勇音の分です。

 去年もそうなのですけど、この子が一番喜んでくれるような気がします。

 だから嬉しくなっちゃうんですよね。

 

 これで正真正銘、全員に配り終わりました。

 

「んんーっ……さて、それじゃあ次は……年始の挨拶に行ってくるわね」

 

 まだまだ新米隊長なので、一応こういったお付き合いもしておきます。

 初年は就任したばかりということもあって皆さんが祝いに来てくれましたましたが、二年目からはそういうわけにもいかず。

 

「お供します、隊長!!」

「……え?」

 

 出発の準備を整えようとすると、勇音が意気揚々としていました。

 

「大丈夫よ? 無理しなくても……」

「大丈夫です! それに去年はお供できませんでしたから、今年こそは!!」

「そ、そうなの……? じゃあ、お願いね……」

「はい!」

 

 ということで今年は勇音を伴ってのご挨拶です。

 

 ですが特別、何か変わったことをするわけでもありませんよ。

 各隊に挨拶に行ったり――ちょっと十一番隊は引き留められそうになりましたが――瀞霊廷でお世話になった人に挨拶をしただけです。

 なので、とりたてて特筆すべき部分なんかもありません。

 

 そして――

 

「さて、次はここよ」

「ここって……」

 

 勇音の顔がちょっとだけ険しくなりました。

 不思議よね、彼女はいつも来ているはずなのに。

 

「朽木家よ、行ったことあるでしょう?」

「それはそうですけど……あ、あれは女性死神協会の集まりだったから……」

「むしろ女性死神協会の集まりとして行くのは平気で、正面から堂々と行くのに困るって心理の方がよく分からないんだけど……」

「だって! こんなに立派なお屋敷なんですよ!?」

 

 もう見慣れましたけれど、朽木家は本当に立派よね。

 まあ私も初めて見たときは目を疑ったけれど。

 

「大丈夫よ、呼ばれているから」

「よ、呼ばれているんですか……!?」

「そうよ。ついでに言うと、今日は長くなるわよ」

「え……な、何が起きるんですか!?」

 

 ちょっと脅しを掛けてみれば、狙ったように怯えた表情を見せてくれます。

 

「それは行ってのおたのしみ」

 

 ということで。

 

「こんにちは」

「これは湯川隊長殿、新年あけましておめでとうございます」

「清家さんも、おめでとうございます」

 

 朽木家へ乗り込んだところ、まるで狙ったかのようなタイミングで清家さんが出てきました。白哉の付き人という職業に正月休みはないんですね。

 

「新年のご挨拶に伺いました。それと、今年は四番隊(ウチ)の副隊長も一緒です」

「初めまして! こ、虎徹勇音です!」

「これはご丁寧に。白哉様にお仕えしております、清家(せいけ)信垣(のぶつね)と申します」

 

 あら、この二人って初対面だっけ?

 

「ところで、朽木隊長はどちらに? ご挨拶をしておきたいので」

「大広間におられます。ただ、ご案内いたしたいのはやまやまですが今は――」

「ああ、そうでしたね。毎年のことですが」

「お姉ちゃん!? お姉ちゃんだ!!」

 

 あら? この会話を遮って聞こえてきた幼い声は……

 

鴇哉(ときや)君。あけましておめでとうございます」

「おめでとうございますー!!」

 

 やはり白哉と緋真さんのお子さんの鴇哉(ときや)君でした。

 彼は私を見かけるなり、子供らしい全力疾走で駆け寄ってくるとそのまま抱きついてきます。

 

「わ、とと……」

 

 この全力ダッシュダイブ、会う度にやられるんですが……じわじわ強くなってます。子供の成長速度って凄いわよねぇ……

 受け止めたものの、ほんの少しだけよろめいてしまいました。

 

鴇哉(ときや)君はいつでも元気いっぱいね。はい、お年玉」

「ありがとう!!」

「ははは、相変わらず鴇哉(ときや)様に懐かれておられますな。羨ましいことです」

 

 清家さんはのんびり好々爺みたいな反応をしてますね。

 

「ねえねえ、藍俚(あいり)のお姉ちゃんも来てよ。ルキアお姉ちゃんも恋次お兄ちゃんもいるよ!! 一緒に遊ぼう!!」

「仕方ないわね。また、小さい広間に集まってるの?」

「うん! そうだよ!! お母様も一緒なの!!」

 

 子供ならではの強引さでグイグイ来るわよね。

 

「あの、隊長。小さい広間というのは? それに、朽木隊長にご挨拶は……?」

「……え? ああ、そうか。勇音は知らなくても仕方ないわよね。実はね――……」

 

 話の流れに完全に置いてけぼりを喰らっていた勇音が不安そうです。

 なので簡単に説明しますと。

 

 白哉はあれで朽木家の当主ですから。

 新年ということで分家や親戚筋の人たちが集まり、大広間でご挨拶の会合みたいなことをします。毎年恒例の儀式みたいな物ですね。

 私は良く知りませんが、席の場所とか決められていて、厳粛で面倒な物みたいです。

 そんな会合に、親戚でもない私がノコノコ顔を出すのはちょっと……

 いくら隊長とはいえ「空気を読めよ」という雰囲気になります。

 清家さんとの会話中に難色を示されたのも、これが原因ですね。

 

 そしてもう一つ。

 朽木家は大きくて広いので、大広間の他にも中広間や小広間とでも言うべき場所が幾つもあります。

 その小広間の一つに、白哉の個人的な知り合いが集められます。

 例を挙げれば、阿散井君とかの立場にいる子です。

 

 さらに。

 鴇哉(ときや)君はまだ小さいので、会合の最初に顔を見せて簡単に挨拶をすればそこでお役目終了。

 後は小広間で緋真さん(おかあさん)仲の良い親戚の人(ルキアや恋次)と一緒に遊ぶのがお正月の恒例行事になっています。

 なので鴇哉(ときや)君は「ルキアも恋次もいる」や「小さい広間に集まっている」といった会話が先ほど繰り広げられたわけです。

 

「――……というわけなの。朽木隊長の所へ顔を出すにしても、もう少し後になる。だから鴇哉(ときや)君と遊んで待っていなさいってこと」

「そうなんですか……大変、なんですね……」

 

 そんな話をしていると、小広間が見えました。

 中からは楽しそうに談笑する声が漏れ聞こえてきます。

 

「母様! 藍俚(あいり)のお姉ちゃんが来ました!!」

 

 あらら、さすがは子供よね。

 外から声を掛けたりすることもなく、ガラッと一気に障子戸を開けて入っていきました。まあ、話が早くて助かるんですけど。

 

「まあ、湯川先生」

「あ、先生。おめでとうございます」

「どうも」

「緋真さん、ルキアさんに阿散井君も。あけましておめでとう」

「おめでとうございます」

「おわっ! 今年は虎徹副隊長も一緒っスか!?」

「本当だ! そういえばちゃんと挨拶をしたこともなかったような……朽木ルキアです!」

「阿散井恋次っス!」

「ご丁寧にどうも」

 

 という感じで、中に入ればあっという間に騒がしさが増しました。

 同じ死神同士なので、勇音もさっそく打ち解けてますね。

 

「わぁ……なんですかこれ!? お、おせち料理……?」

「おっ、気がつきました? これ、見た目の期待を裏切らない味っスよ」

「ええ。私も初めて食べた時は、こんな食べ物があるのかと思ったほどです」

 

 初めて来た勇音が、さっそくおせち料理に目を奪われています。

 四大貴族の家だけあって、お料理も豪勢なんですよ。私も初めて見たときは度肝を抜かれました。

 

「俺なんか、一年分の栄養を毎年のこれで補ってますから」

「まったく恋次は、何を情けないことを言っておるのやら……」

「ルキア! オメェだって最初の頃は怖がって箸もつけられなかったじゃねぇか!!」

「そ……それを言うな!」

 

 ましてや流魂街で極限生活から抜け出したばっかりの頃のルキアさんたちがこんな物を見た日には……もう推して知るべしって状態でしたよ。

 

「ふふふ、そうなんですね。お二人は本当に仲が良いみたいで」

 

 じゃれ合っている二人を、勇音が微笑ましい感じの目で見ています。

 本当にこの二人、早くくっつけば良いのに……

 

「そ、そういえば先生! 鎌鼬(かまいたち)という称号をご存じですか!?」

 

 勇音の生暖かい目から逃れたかったのか、ルキアさんが唐突にそんなことを言ってきました。

 いや、話題の転換が下手な子か!

 

「鎌鼬? あら、随分懐かしい称号ね」

「知ってんですか!?」

 

 おや、阿散井君も食いついてきました。

 

「鎌鼬っていうのは、最強の飛び道具使いに対して呼ばれる名前よ。最初にそう呼ばれたのは、八代目の剣八――痣城 剣八だったわ」

「八代目の……?」

「剣八が……?」

「飛び道具使い……?」

 

 ルキアさんと阿散井君だけじゃなくて、隣で話を聞いていた勇音まで一緒にぽかーんとした顔を浮かべました。

 

「こう言ってはなんですが、その……剣八が飛び道具を……?」

「そうよ。でも多分、みんなが想像しているのとはちょっと違うわね」

「というと?」

「最強の飛び道具使いの剣八じゃなくて、飛び道具も使える剣八だったってこと。彼に付けられた渾名の一つが鎌鼬だったってこと」

 

 あの人、剣八として隊長をやっていたのって一年くらいでしたからね。

 でもそんな短い間に色々と伝説を作ってたわ。

 

「最終的に痣城 剣八は罪人として無間に収監されちゃったの。だから表の記録からはかなり情報を制限されたり抹消されているけれど、それでも彼の渾名がこうして称号になって伝わっている。それだけでも凄いこと――凄い剣八だったわ」

 

 刳屋敷隊長をどうやって倒したのかすらよく分からないのよね。

 

「ところで、どうして鎌鼬なんて聞いてきたの?」

「ああ、それは。鴇哉(ときや)が自慢していたのですよ。なんでも兄様が鎌鼬の称号を襲名される予定だったのを辞退したとか」

「そうなの鴇哉(ときや)君?」

 

 ルキアさんの返事を受けて視線を動かせば、彼は何やら納得のいかない表情を浮かべていました。

 

藍俚(あいり)のお姉ちゃん……お父様は、そのなんとかって剣八よりも強いよね? 負けないよね?」

「え……?」

「カマイタチだって、お父様が名乗った方がもっとずっと良いはずだよね?」

 

 ……ああ、そういうこと。

 私が痣城 剣八を持ち上げてるのが子供心に面白くなかったわけか。この子の中では、朽木白哉は誰にも負けない最強でカッコいい死神になってるわけね。

 

「そうよ。お父さんは凄く強くて誇り高いから、鎌鼬の称号を断ったの。当時の剣八よりももっと凄い死神になるために、鎌鼬よりももっと強くて凄い名前で呼ばれるためにね。分かる?」

「はい! お父様は凄いです!!」

 

 勝手に白哉の心を代弁しちゃったけど、大丈夫かしら?

 まあ、この子の機嫌が悪くなるよりはずっとマシよね。

 

「そうだわ。どうせなら、鴇哉(ときや)君が考えてみる? お父さんがなんて呼ばれるのが一番ふさわしいかを」

「お父様を!? え、えっと……」

 

 自分の方から話題を振っておいてなんですが。

 なんだか、とんでもないセンスの呼び名が飛び出してきそうで怖いです。

 

 ですが彼の口から言葉が出てくるよりも先に、緋真さんが割って入ってきました。

 

「まあまあ鴇哉(ときや)。考えるのはその辺にしておきましょう。湯川先生、もしよろしければこちらを」

「あら、お雑煮ですね」

 

 おせちと並ぶお正月の定番、お雑煮が出てきました。

 朽木家は白味噌を使った上品な一品に仕上げられていて……ん?

 

「これ、朽木家の物とは違いますよね?」

「はい。実は、恥ずかしながら記憶を頼りに自分の知る味を再現したもので……」

「え!! じゃあこれ、緋真さんの手作りですか!?」

「ええ……お口に合えば良いのですが……」

 

 なるほど。だから見た目からして全然違ったわけですね。

 おもむろに一口食べてみれば、これは海鮮系の味付けですね。朽木家の伝統の味とは違うのでしょうが、これはこれで風味があって深い味わいです。

 というかお雑煮とかって極論、家庭の数だけ味があるものだから。美味しければなんでもいいんでしょうね。

 

「美味しく出来てますよ、大丈夫です」

「ボクも手伝ったんだよ!!」

「そっか、だからこんなに美味しいのね」

 

 えっへんと胸を張っている姿が子供っぽくてなんとも可愛いです。

 

「湯川殿!」

 

 と、ここで白哉の登場です。

 

「知らせを受け、お爺様に場を任せて急いでこちらへ来ました……来ているなら来ていると言っていただければ、即座に伺ったのですが……」

「いえいえ、お付き合いも必要でしょうから。それと、あけましておめでとうございます」

「兄様!」

「どうも、朽木隊長!」

「おお、ルキア。それに恋次も。すまんな、なかなかこちらに顔を出せずに」

 

 清家さんが伝えたんでしょうかね?

 押っ取り刀で駆けつけた感じが満載で、後から慌てて挨拶を付け足しています。

 

「あけましておめでとうございます、朽木隊長」

「む、こちらは確か……四番隊の」

「副隊長の虎徹勇音ですよ。お供したいというので、連れてきました」

「そうでしたか。ご挨拶が遅れてしまったようで」

「い、いえいえそんな!!」

 

 やたらと腰の低い白哉の姿に、勇音の方が焦ってます。

 そんなやりとりが終わったかと思えば、今度は緋真さんがおずおずと、白哉へお椀を差し出しました。

 

「あの、白哉様……これを……」

「おお! これが緋真の思い出の味か!?」

「はい。朽木家で出される物と比べれば、稚拙な物かと思いますが……」

 

 見た途端に白哉が満面の笑みを浮かべました。

 対照的に緋真さんは不安半分、恥ずかしさ半分という感じです。

 

「ですが先ほど、湯川先生からも問題ないとお墨付きを頂きましたので。味に問題は無いと思います」

「ははは、緋真は心配性だな。今までも納得できる味になるまで秘密だと言って、なかなか食べさせてもらえなかったが……どれ、いただこう」

 

 ゆっくりと箸を入れ、口の中で何度も何度も味わうように咀嚼すると、ようやく飲み込みました。

 夫のそんな様子を、妻は呼吸すら忘れたかのように見入っていました。

 

「うむ! 美味い!! これほど美味い雑煮を食ったのは初めてだ!!」

「よかった……」

 

 緋真さんがホッと息を吐き出します。

 

「ルキア、恋次。お前たちも食べてみろ。美味いぞ」

「兄様!?」

「ちょっ、朽木隊長!?」

「ああ、そうだ。これだけの味ならば、お爺様や家中の者たちにも振る舞うべき……いや、家宝にすべきか……!?」

「白哉様!!」

 

 うわぁ……思い立ったが一直線みたいに、白哉がガンガン行動してる。

 そんな白哉に向けて、緋真さんは顔を真っ赤にしながらも止めようとしています。

 

 そんな仲の良い夫婦の幸せな絡みを見せつけられながら、朽木家での正月は過ぎていきました。

 




(書いてる時期が秋なので)
「あけましておめでとう」とか違和感が凄い。


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第112話 季節の行事っぽいことはもう少しだけ続く

「やれやれ、昨日は大変な目にあったわ」

 

 結局あの日、白哉の「妻の料理は美味いから食え!」攻撃は身内とごく近しい者たちだけに留まりました。

 そもそも全員に振る舞うほど大量に作ってなかったですからね。

 ですがその後も朽木家に――というよりは鴇哉(ときや)君の我が儘で――留められ続け、帰れたのは夜になってからでした。

 

 まあ、こうなることを見越して朽木家は最後にしたんですけどね。

 

「今日は早く帰れると良いんだけど……」

 

 ですが、挨拶回りそのものはもうちょっとだけ続きます。

 昨日は瀞霊廷を中心に行脚していたので、今日は外――流魂街を中心に向かうことにします。

 なのでそちらに向かって歩いているところなのですが――

 

「……あら?」

 

 ――ふと、すれ違った相手が気になって足を止めてしまいました。

 

「今のって……」

 

 足を止めて振り返り、すれ違った相手の背中を見つめます。

 とはいえ相手は、何の変哲もない家族でした。

 こちらも年始の挨拶回りでもしているのでしょうか? 父母を筆頭として子供に祖父祖母もいるという、ごくごく普通の家族に見えます。

 

 少しだけ違う点があるとすれば、やたらと年老いた女性――曾祖母あたりでしょうかね? ――がいることくらいですが。

 その相手に見覚えがありました。

 

「小鈴、よね……」

 

 私の霊術院時代の同級生でもあった、蓮常寺小鈴さん。

 最後に見たときからもさらに年老いており、顔には幾つもの皺が刻まれているものの、それでも持って生まれた雰囲気とでも言いますか、彼女が身に纏う空気の感覚でなんとなくですが分かりました。

 家族に囲まれて、良いおばあちゃんをやっているんでしょうね。

 背中からでも幸せそうな気配が漂います。

 

「…………」

「……ぁ……っ」

 

 じっと背中を見つめる視線に気づいたんでしょうか。

 彼女はハッとしたように後ろ――つまりこちらを振り返ると、にっこりとした笑顔を浮かべながら軽く会釈をしてきました。

 それを見て、私も反射的に頭を下げます。

 

 たったそれだけのやりとり。

 その後すぐに彼女は子供の相手に戻ってしまいました。 

 遠くから風や街の喧騒に紛れて"あれは隊長"や"昔の知り合い"と言った言葉だけが耳に届いて来ます。

 

『青春の一コマみたいでござるなぁ……!』

 

 良いじゃない! 彼女はああやって幸せに暮らすの!

 

藍俚(あいり)殿もああやって暮らせれば"二人は剣八 デンジャラスハード"に振り回されずに済んだかもしれぬでござるな』

 

 うっ……! それはちょっと魅力的かもしれない……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「こんにちは、あけましておめでとうございます」

「おう、藍俚(あいり)か」

「その反応は酷くない?」

 

 本日お伺いしたのは、みんな大好き志波家です。

 珍しく金彦(こがねひこ)銀彦(しろがねひこ)もおらず、玄関で声を掛けてみれば空鶴が出てきました。

 ですがせっかく顔を出したというのに、反応はいつも通りです。

 新年なんだしもうちょっとこう……あるでしょ何かが!

 

「で、何の用だ?」

「年が明けたからご挨拶に来たのよ。それと、都さんと氷翠(ひすい)ちゃんの様子も気になってたから見に来たの」

「お前もそれかよ……ったく、面倒だな……」

 

 がしがしと軽く頭を掻きながら、彼女は吐き捨てるように呟きます。

 

「何かあったの?」

「そう言うわけじゃねえけどよ。ただ、朝から流魂街の連中がウチに集まってんだよ。都の姉貴と氷翠(ひすい)のお祝いだって話なんだが、(やかま)しくて仕方ねぇ……!」

「まあまあ、コレをあげるから機嫌を直して」

 

 懐からポチ袋を差し出します。

 

「なんだこりゃ?」

「お年玉よ、空鶴の分」

「はぁっ!? なんだってこんな……」

「いらないなら返して」

「いらねぇとは言ってねぇよ!!」

 

 サッと私の手から袋を奪うとそのまま胸元へしまいました。

 うん、こういう所は素直で可愛いですね。

 

「おれが聞きてぇのは、なんで急にこんな……大体、今までそんなことしなかったじゃねぇか!!」

「おーい。玄関で騒ぐなよ空鶴……っ!?」

 

 この口論を聞きつけたようで、奥の方から海燕さんが顔を出してきて、私の顔を見て固まりました。

 

「湯川、隊長……!? なんでウチに……!!」

「海燕さんも、あけましておめでとうございます。はい、お年玉」

「ああ、どうも。おめでとうございます。ご丁寧にどうも……って、違うだろ!! なんかこう、違うだろ!!」

 

『おお、ノリツッコミでござるよ!!』

 

「嫌なら返して」

「そうは言ってませんけどね……」

 

 海燕さんもしっかり懐にしまってます。

 こういう所、血が繋がってるわね……

 

「強いて言うなら、隊長になったからかな? それは四番隊(ウチ)の隊士にも配ってる物だから気にしないで。それで都さんたちは? 様子を見に来たんだけど」

「奥にいますよ、案内します」

 

 やれやれ、やっと話が進むわね。

 

 ……ああ、そうそう。忘れるところでした。 

 ここに来る前に一度北流魂街に行って、大将と女将さんの居酒屋に顔を出して来ましたよ。軽くご挨拶と差し入れだけして帰りましたけど。

 新年だからって朝から呑んでる人たちで大変でした。酔っ払いに絡まれました。

 

 その後に志波家まで来ました。

 北流魂街から西流魂街なので、移動がちょっと面倒でしたけどね。

 

『門から門まで歩くと十日は掛かる!? 細けぇことはいいんでござるよ!!』

 

「こんにちは。皆さん、あけましておめでとうございます」

「まあ、湯川隊長」

「わっ! 藍俚(あいり)の姉さん!?」

「おーっ!! この間の死神の姉さんだ!!」

「どーぞどーぞ、こっちが空いてますよ!!」

 

 奥へと行けば、そこは広間みたいなところでした。

 さすがに朽木家と比べれば狭くて慎ましやかな部屋ですが、それは比較対象が間違ってます。一般の家として見れば十分に広い場所です。

 中には海燕さんらの話通りに都さんと氷翠(ひすい)ちゃんがおり、さらには流魂街の住人の人たちが集まって酒盛りをしています。

 

 岩鷲君は割烹着に三角巾を頭に付けてるから御三どん(おさんどん)――台所仕事でもやってたんでしょうね。

 多分、金彦(こがねひこ)たちも。

 つまり仕事を押しつける相手が手一杯だったから、空鶴が出てきたと。

 

「岩鷲君も都さんも、はいお年玉」

「え……!? あぁ、こりゃどうも……姉さん……」

「あの……よろしいんですか?」

 

 岩鷲君は驚きつつも素直に受け取ってくれました。

 そして都さんは、目をパチパチさせて驚いています。そんな妻に、旦那さんが小声で耳打ちを始めました。

 

「(都。忘れてるかも知れねえが、この人は浮竹隊長よりも長く死神やってんだぞ……)」

「まあ! そういえばそうでしたわ」

「そういうことです。あと隊長になりましたから、遠慮無くどうぞ」

 

 都さん、案外素直に受け取ったわね。

 

「ええーっ! 俺たちには無いんですか!」

「死神の姉さんからお年玉貰いたいですよー!!」

「自分から催促するような図々しい子にはあげません」

「そりゃねぇっすよーっ!!」

 

 流魂街の人たちの分までなんて用意してませんよ。

 文句を言っても駄目です!

 

「残ってるのは氷翠(ひすい)ちゃんの分なんだけど……」

 

 少し視線を落として、都さんの胸元に抱かれてすやすやと眠っている赤ん坊に目を向けましたが……

 

「……まだ早すぎるわよね」

 

 この子は産まれたばかりですからね。

 まだ自分の名前どころか言葉もちゃんと言えません。そこまで育ってません。

 重ねて言いますが、産まれたばっかりです。

 

 当然、お年玉なんて渡されてもそれがなんなのかすら分かりません。

 

「おっ、ならおれが預かっといてやる――」

「オメエには任せられねぇよ。俺が預かっとく」

「ってぇ!! 殴ること無いだろ兄貴!」

 

 空鶴銀行に預ける案は、計画破綻が目に見えているということでパパの手によって却下されました。

 

「ふえぇ……おぎゃあ! おぎゃあ!」

 

 あらら、そんな漫才を繰り広げていたからかしら?

 寝ていたはずの氷翠(ひすい)ちゃんが泣き出しちゃったわ。

 

「あらあら、どうしたの? お腹がすいたのかしら?」

 

 と思えばさすがはお母さん。

 都さんが着物の襟元を開いて、赤ちゃんの口元にその大きめのおっぱいを――

 

「だああああぁっ!! テメエらは見るな!! 後ろを向いてろ!!」

 

 海燕さんが大慌てで、力尽くで流魂街の人たちの視線を遮っていきます。

 具体的にはこう、片っ端から男衆の首を掴んで後ろを向かせるという超荒業です。

 

「いや、むしろ目を潰す!! 隊長がいればそのくらいは治せるだろ!?」

「落ち着いて!」

 

 いくら何でもそれは乱暴すぎる!!

 

 とまあ、そんな海燕さんを尻目に都さんは氷翠(ひすい)ちゃんに授乳中です。

 赤ちゃんが乳首に吸い付いて、そのまま顎を使って上手に母乳を飲んでいます。

 

 すっごく尊い光景ですね……見てるこっちも姿勢を正したくなってくるような……

 

『ああぁぁ~……拙者の自慢の真っ黒ヌルテカぼでぃが、浄化されていく~……でござる……』

 

 あら? ウチの真っ黒ゴムボールにも効果があったみたい。

 凄いわね、都さんのお姉さん(ちから)って。すべての物を浄化しそう……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……都さんのおっぱい揉みたい。あのおっぱいを揉んで、母乳をまき散らしたい。

 

『拙者も!!』

 

 全然浄化されてないじゃない!!

 




●西門から近くの門まで歩いて10日はかかる
九巻にて夜一さんが言っていた内容。
徒歩を時速5キロ。
一日に12時間移動(夜は危険なので日の出から日の入りまで)
と仮定して……
10日で600キロ移動!?

……細けぇことはいいんですよ!!


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第113話 そろそろ時間切れ&新しい展開が始まる

 光陰矢の如しとはよく言ったもので。

 気がつけば結構時間が流れました。

 

 その間、色んなことがありました。

 

 特筆すべきは……そうですね……

 

 阿散井君が六番隊の副隊長になりました。

 白哉に可愛がられていたものね。そのうち義理の義理の兄弟になるのかと思います。

 とはいえ白哉からのコネで副隊長になったわけではなく、彼本人もかなり努力した結果でもあります。

 十一番隊でも一角の次くらいに強くなって、しかも卍解まで到達しました。ルキアさんももう後一歩くらいなんですけどね……卍解……

 先を越されたことをかなり悔しそうにしていました。

 嬉々として白哉に卍解を披露していた彼は、とっても無邪気で可愛かったです。

 

 

 

 続いて一角……というか十一番隊ですが。

 隊長と副隊長が引き締めたおかげか、かなり底上げされたみたいですよ。 

 なにしろ初代剣八が――更木副隊長のついでとはいえ――鍛えてくれますからね。強くならないと殺されかねないという、切実な理由があります。

 

 そのおかげでしょうか。

 この間、初めて負けました。

 一角に。

 相手が卍解をかなり使いこなしてきましたからね。龍紋鬼灯丸は勿論、その先も使いこなされると、流石に始解だけでは対応しきれませんでした。

 

 あと。

 綾瀬川五席が、なんだか知らない始解で襲いかかってくることもありました。

 あの植物の蔓みたいな能力!! あれ反則でしょう!? 霊圧を吸うって、初見殺しもいいところじゃない!!

 驚きつつも、一気に駆け寄って殴って気絶させましたけどね。

 能力発動から完成までにタイムラグがありすぎるのよ、アレ。

 

 肝心の更木副隊長ですが。

 現在、卍解への準備をしているとかしていないとか。そんな感じらしいです。

 女性死神協会に参加したときに、草鹿三席が楽しそうに教えてくれました。

 彼女は更木副隊長が強くなってくれるのが嬉しくて仕方ないみたいです。

 

 

 

 

 

 そしてルキアさんですが。

 なんと現世に行ったようです。

 これが歴史の強制力ってやつでしょうか?

 

 詳しく理由を聞いてみたところ、何でも「現世駐在員の交代要員の関係で行け」と上から命令されたみたいです。その際には「必ず朽木ルキアが行け」みたいに厳命もされたみたいですよ。

 色々と不満や不審に思いつつも、彼女は従って現世へと出発していきました。

 

 ただ、出発前――辞令が下った時から色々と相談されましたよ。

 ……白哉から。

 詳細な内容もそのときに聞きました。白哉から。

 

 泣きそうな白哉から相談されつつ、私は思いました。

 

 ルキアさんが現世に行く。

 

 

 ――つまり。

 

 

 そろそろ、事件が起こるってことですね。

 そして、織姫の山を登る(おっぱいをもむ)ことも出来るようになるってこと!

 

 よーし!! 

 私たちの戦いはこれからだ!!

 

藍俚(あいり)殿の次回作にご期待下さいでござる!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……って感じで終わらせて良いじゃない。もう100話超えてるのよ……?

 いい加減、飽きられてるって。終わらせちゃいましょうよ。

 

 え? 駄目なの……!?

 

「はぁ……それにしても……」

 

 私は天を仰ぎながら呟きます。

 

 

 

「東京の空……久しぶりに見たけれど、こんな感じだったっけ? なんだか、つまらないものね……」

 




(短くて)すまぬ……


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原作開始後 尸魂界篇
第114話 原作が始まりました


(空座町は東京都)



「東京には空が無い……本当の空が見たい……だっけ?」

「あの、なんですかそれ?」

「ん? ああ、ちょっと……現世の文学の一節よ。それをなんとなく思い出しただけ」

 

 思わず口に出た言葉を阿散井君が聞いていたようで。彼は不思議そうな表情で私を見てきました。

 

「へぇ……やっぱり先生って先生なんですね。現世学の講師とかやってただけありますよ」

「ふふ、なにそれ? 褒めてくれてるの?」

「えっ!? ええ、勿論スよ!! 現世の文学とか、俺にはよく分かりませんし……てか空なんて、そんなに違いがあるんですかねぇ?」

 

 慌てて取り繕ったようなその言葉は、なんとも阿散井君らしいものでした。

 

「勿論、空に違いなんて無いわよ。これは、空という言葉で別のことを象徴しているの」

「へ……? 空が、象徴……? えーっと……つまり……?」

「空という言葉を"郷愁"とか"寂しさ"や"心細さ"みたいな意味として使ってるってこと。慣れ親しんだ地を離れて、見知らぬ場所に移り住んだ。そこには顔見知りもいないし、新参者だからかどうにも疎外感を感じてしまう。この言葉は、そういう心の機微を表現してるの」

「何ですかそれ!? なんでそんな面倒なこと。なら"寂しい!"ってはっきり言えや済む話じゃないですか」

 

 文学や風情を理解出来ない粗雑な性格というべきか、それともわかりやすくてこの上ない素直な性格と評するべきかしら? 判断に迷うところね。

 

「まあ、そうなんだけど。そういう小難しい言い回しが持て囃されたりする場面もあるってこと。それに……」

「それに?」

「寂しさとか心細さって、今のルキアさんも少なからず感じてると思わない? 今まで全然連絡が取れなかったんだし」

「……ッ!?」

 

 そう告げた途端、阿散井君の表情が引き締まりました。

 

「……そうスね」

「さてそれじゃあ、探すとしましょうか。霊圧もまるで感じられなくなってるから、大急ぎでね」

「え、まるで……ってことは、分かるんですか! ルキアの霊圧が!?」

「まあ、なんとか感じ取れるってところだけどね」

「マジっスか……? 俺なんて全然わかんねぇのに……」

「それじゃ、行くわよ。着いて来てね」

「ウッス!! お願いします!!」

 

 私と阿散井君は、東京――空座町にて活動を始めました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 遡ること一日前。

 

「四番隊湯川隊長! 言伝(ことづて)を持って参りました!!」

 

 四番隊でお仕事をしていたところ、隠密機動の人が急に現れました。

 そして"言伝(ことづて)"と言ってたことから、この人は隠密機動第五分隊・裏延(りてい)隊に所属している人ですね。

 

 裏延(りてい)隊は連絡員といいますか、隊士間での情報伝達を行う隊です。

 ですが……伝令神機が開発された影響で今では割と人員数は多少なりとも削減されています。携帯電話やスマートフォンなどの発達で、手紙の数が減ったのと同じ現象ですね。

 それでも、伝令神機を介さない――通信記録を残さないような連絡などのために、一定数は残っていますけど。

 

 そして伝令神機ではなく裏延(りてい)隊からの言伝が来たということは、そういう記録に残すのに適さないようなことを伝えられるわけでもあります。

 嫌な予感しかしませんね。

 

「言伝ですか、ありがとうございます。それで、内容は?」

「はっ! 総隊長 山本元柳斎重国様からです。今すぐに、一番隊の隊舎まで来て欲しいとのこと! 以上です!」

 

 ……え?

 

「い、一番隊の隊舎へ行け、ですか……? 総隊長から? 他に細かな内容はありませんか?」

「いえ、自分はそれ以外のことは何も聞いておりません」

 

 そうですよね。

 必要なこと以外は教えてもらえないんですよ、彼らって。

 

「……わかりました。言伝、確かに受け取りました」

「では、自分はこれで失礼します」

 

 "一番隊へ行け"という言伝のためだけに依頼されて走らされる彼らも大変よねぇ……というか、この内容なら伝令神機でも問題ないでしょうに……

 去って行く隠密機動の人の背中を見ながら、そんなことを思ってしまいます。

 

「そういうわけだから、今から行ってくるわね」

「あ、はい」

 

 近くにいた勇音に一声掛けてから、私は一番隊の隊舎へと向かいました。

 

 

 

 

 

「失礼します。四番隊、湯川藍俚(あいり)。参上しました」

「おお、来たか湯川――」

「湯川殿!! どうか、どうかルキアを助けてください!!」

 

 ということで一番隊隊舎へ向かい、総隊長のお部屋に伺ったところ。

 先客がいました。それは――

 

『厄介ごとはいつだってこの男から!! みんな大好き、僕たち私たちの朽木白哉の登場でござるよおおおおぉぉっっ!!』

 

 ……うん、ありがとうね。

 

「く、朽木隊長……落ち着いて。総隊長、何があったのでしょうか?」

「うむ。話せば――」

「ルキアは、妹はそんなことはしていません!! 私自ら、中央四十六室に!!」

「ええい! 落ち着かんか朽木! そなたはしばらく黙っておれ!! ……こほん、話せば長くなるのだが……――」

 

 一瞬、嵐のような賑やかさになりましたが……まあ、それはそれとして。

 気を取り直した総隊長から語られたのは、ルキアさんについてでした。

 

 ――曰く。

 今年の春、駐在任務で現世に行ってから行方が分からなくなった。

 けれど先日、東京の空座町に大虚(メノス・グランデ)が現れた。

 同時にルキアさんを発見した。

 この時点で彼女は"滞外超過"――いわゆるずっと無断欠勤をしていた罪になります。

 それに加えて"人間への死神能力の譲渡"という重禍違反を犯していることが判明。

 尸魂界(ソウルソサエティ)はこれらを重く見て、彼女を極囚と認定。極刑に処すことが決定された。

 

 という、いわゆる"原作の最初の方"の死神側の事情を教えて貰いました。

 

「――というわけじゃ」

「そんな……ルキアさんがそんなことに! 信じられませんよ!!」

「そうは言うがな。これは既に四十六室が決定したことじゃ。覆ることは無かろう」

 

 四十六室が決定したことは、決して覆らな――ものすごい極端な例外(更木剣八と卯ノ花烈の事件)を除いて、覆ることはありません。

 それを知っているが故か、総隊長もどこか残念そうに語ります。

 

 しかしこの決定って、藍染の策略でしたっけ?

 

「……あの、ルキアさんのことは分かりましたけれど。それでどうして私が呼ばれたんでしょうか?」

「それは――」

「それは私から説明します!!」

 

 あ、総隊長の言葉を遮って白哉が出てきたわ。

 

「湯川殿もご存じでしょうが、本来であればルキアの件は刑軍の管轄です。ですがルキアが朽木家の縁者であることを考慮したのか、護廷十三隊に話が回ってきました」

 

 この"こっちに話が回ってきた"というのも藍染の策略なのかしらね? 本物の死神と戦わせる、みたいな狙いがあったとか?

 

「命令はルキアの捕縛……その役目を、どうか湯川殿にお願いしたいのです!!」

「え……えっ!? なんで私に……?」

「本来であれば、家族である私が行くのが筋なのでしょう……ですが、私はこれから四十六室に裁定の再考を訴えかけようと思います。ルキアがそんなことをするはずがないと、せめて刑罰を軽くするだけでも出来ないものかと!!」

 

 あぁ……自分で捕まえに動くんじゃなくて、お上に訴え続けるわけね。とりあえずは正攻法で攻略しようってわけか。

 

「でも、それならルキアさんの捕縛に私を呼ばなくても……」

「そんなことは出来ません!! 妹を捕縛するという大役だからこそ、自分が最も信頼する湯川殿に託したいのです!! 大事な妹をどこの馬の骨とも知れぬ輩に託すなど、出来るはずがありません!!」

 

 ちょっと反論したら、予想の十倍くらいの勢いで訴えかけられたわ。

 

「……こういうわけじゃ。何を言おうとも朽木は頑として首を縦に振らぬ。下手なことを口にすれば刃傷沙汰を引き起こしそうでな。ほとほと困り果て、お主を呼んだ次第じゃよ」

 

 ため息を吐きながら、もの凄く疲れた様子で総隊長が補足してくれました。

 ルキアさんのことを聞いたときも、白哉がもの凄く暴れたんでしょうねきっと。

 

「すまぬが、引き受けては貰えぬか?」

 

 

 

 

 

 

「ご無理を言ってしまい、申し訳ありません」

「気にしないで下さい。その気持ちは私にもわかりますから」

「ですが、引き受けていただき誠にありがとうございます」

 

 結論から言えば、依頼は受けました。

 というか、総隊長のあんな疲れた顔を見たら、もう「はい」と言う以外に選択肢なんてありませんよ。

 

 ということで一番隊での話し合いも終わり、今は朽木家のとある一室へと場所を移して二人っきりで話し合いをしています。

 

 しかも会場となったこのお部屋、中で何をやっているのかは滅多なことがない限り外部から知ることが出来ないと、貴族御用達のお部屋です。

 ましてや朽木家ですから、滅多なことが十回くらい連続して起こらない限りは分からないという凄すぎるお部屋だったりします。

 

「湯川殿には重ね重ねご迷惑を……もはや一生を費やしても返しきれぬほどの恩が……」

「その話は後日、ゆっくりとお聞きします。それよりも今は――」

「そうでしたね。ルキアのことが何よりも先決です」

 

 とりあえず、白哉と行動の方針を決めておきましょう。

 

「それで朽木隊長。まず四十六室に訴えかけるというのは……本気ですか?」

「本気です」

「ですが、今まで彼らが下した決定が覆ったことは……」

「分かっています!!」

 

 悲痛な叫び声が聞こえてきました。

 なまじ四大貴族として上からの決定についてを肌で知っているだけに、自分の選択がどれだけ困難なことかをご存じのようです。

 

「ひょっとしたら無意味に終わるかもしれません。ですが自分はもう……もう家族を失って後悔するような真似は二度としたくありません! たとえ、この手を汚そうとも……!!」

 

 おっと。

 もの凄く剣呑な雰囲気が漂ってきました。

 最悪の場合は四十六室全員を斬り捨てることも厭わない、という恐ろしいまでの覚悟が伝わってきます。

 

「……それは最後の手段にしましょう」

「はっ! し、失礼しました……自分としたことが……」

 

 覚悟キメキメなのはある意味でもの凄く頼もしいですけどね。

 

「次に、基本方針を決めましょう」

「基本方針……ですか?」

「ええ。私はルキアさんを捕まえて尸魂界(ソウルソサエティ)まで移送する。朽木隊長は、四十六室に訴え続ける。ここまでは問題ありませんよね?」

 

 白哉が首肯したのを確認してから、続きを口にします。

 

「問題は判決が覆らず、処刑が決まってしまった場合です。慣例から逆算すれば、およそ三十日は間を置くはずですから。その間の動きを決めましょう」

「やはり、直接乗り込んででも力尽くで……」

「それは最後の手段にしましょうって言いましたよね? 処刑の当日か、前夜くらいまでは粘ってみましょう」

「で、ですがそれではルキアが捕まってしまうことに! 妹をそんな目に遭わせるくらいならばいっそ……」

 

 なんだか白哉が凄く物騒になってますね。

 

「ですからそれは最後の手段ということで。直前までは正攻法で行きましょう。私もなんとか、少しでも減刑されるように考えてみますし。あと、十三番隊も巻き込めるかと思います」

「なるほど! 浮竹隊長も加わってもらえれば……!! となれば他にも協力者は見込めるかもしれませんね!!」

 

 確か原作だと、白哉は浮竹隊長に辛辣な言葉を浴びせていたような覚えがあるんですが……変わりましたねぇ……

 

「ですが、それでも駄目だった場合を考えないといけません……最後の手段を実施する以外に、もう手が無くなった場合を……」

「…………」

「……もう一度、確認しますよ? 四十六室の決定に逆らい、極囚を助けるのは大罪になります。それ以前に、こんなことを話し合っている時点で尸魂界(ソウルソサエティ)に叛意ありと判断されてもおかしくありません。それでも……」

 

 私は一度、言葉を句切ります。

 

「……本当に……実行しますか?」

「当然です」

 

 返事は即座にやってきました。

 

「確かに、死神の力の譲渡は重罪です! ですがそれだけで極刑になるというのはどう考えてもおかしい!! ならばこれは、四十六室が間違っていることになります!! 誤った判断に従い家族を失うくらいならば、私は朽木の名を捨てても惜しくありません!!」

 

 はっきりと、そう宣言する白哉の姿からは怯えや後悔などは微塵も感じられません。

 覚悟、ここに極まれり――って感じですね。

 

「……となると、ルキアさんは何が何でも助けないといけませんね」

「え? あの、それは一体どういう……?」

「流魂街にでも身を隠しますか? ああ、現世に逃げるのも良いかもしれません。どちらにせよ、詳しいルキアさんの助言は必須でしょう? 朽木隊長は、身を隠すような暮らしは不得手でしょうから」

「……湯川殿!! ありがとうございます!!」

 

 何が言いたいのか、どうやら分かってもらえたようです。

 私だって、協力は惜しみませんよ。

 

「なので私は、これから準備をして現世に向かいます。それと、六番隊の阿散井君を貸してもらえますか?」

「恋次を、ですか?」

「ルキアさんと一番付き合いが長いんですから、連れて行ってあげないとスネちゃいますよ」

「はは、なるほど。そういう理由であればどうぞ、存分にお使い下さい」

 

 ということで、まずは六番隊へ。

 阿散井君に簡単に事情を説明――総隊長に言われたように罪状と捕縛の任務についてだけを簡潔に伝えて、一緒に現世へ行く約束を取り付けました。

 

 その後、四番隊へ行って隊士たちへ「現世に行ってくるのでしばらく留守にします」と説明をしておいて。

 後は……てっきり白哉が行くと思ってただけに、これはちょっとチャンスよね。

 考えつく限り、色々と準備をしておきましょう。

 ルキアさんを捕縛する任務だけじゃなくて、後に繋がるようなネタを少しでも仕込んでおくべきよね……となると……

 

 ああっ! 駄目!! 全然思いつかない!! 何かあったかしら……

 

 

 そんな感じで冒頭へ――阿散井君と一緒に現世にやってきたわけです。

 

 しかし……

 これ、私が一護を刺さなきゃいけないのね。

 だってそうしないと、多分だけどルキアさんの死神の力を取り返せないし……

 

 ま、なんとかなるでしょ!!

 

 

 

 

 

『現世でござるよ藍俚(あいり)殿!! 久しぶりの現世でござるよ!!』

 

 そうね。

 

『現世では今は、どんな性癖が流行っているのでござりましょうか!? 拙者は、神田とか! 秋葉原とか!! その辺りの書店を巡りたいでござるよ!!』

 

 いやいや、そんな時間は無い……いや、あるかも。

 上に不審に思われない程度に時間を潰して、刑の執行までの時間を遅らせるって方法もアリ、かな……?

 

『おおっ!! 言ってみるものでござるな!!』

 

 でもここは西東京だから、東京駅近くまで行って戻ってくる程の時間は無いと思うわよ? あと地理とか覚えてないし。

 

『(´・ω・`) 』

 

 そんな顔しても駄目なものは駄目!!

 近所の古本屋とかで我慢しておきなさい!!

 

『で、ではせめてコインランドリーに行きたいでござる!!』

 

 コインランドリー……? なんでまた、そんなところに……?

 

『なんと!! ご存じないでござるか!? コインラン(淫乱)ドリーでござるよ!! 話に聞いてから何度夢にみたことか!! 拙者、一度行ってみたかったでござる!!』

 

 ……うん、そうね。

 夢を持つのは大切よね……

 




実際にコインランドリーへ行って絶望してました。
でもその後すぐに「下着の取り違えから始まる恋があるのでは!?」とか復活してました。


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第115話 とりあえず織姫だけは凝視しておく

「ああ、いたいた」

「え!? ど、どこに……」

「ほら、あの建物。右から……ひーふー……」

「ん? んんっ!? あ、本当だ。いた……先生、凄いっスね……」

 

 穿界門(せんかいもん)を通って現世に着いたのが、朝の十時くらい。

 そこからルキアさんのか細い霊圧を頼りに、気取られぬように。現世に変な影響を与えないようにゆっくり移動することしばし。

 ようやく彼女を見つけました。

 

「てかアレ、義骸……ですよね? なんでアイツ、義骸になんて……? それに何スか、あの建物。ガキ共が集まって何かやってるみたいですけど……?」

「あれは学校っていう、現世の子供が学問を学ぶための施設よ。霊術院みたいなものね」

「なるほど! ……ってことはルキアのヤツ、また院生みたいな真似してんのか……難儀なヤツだな……」

 

 見つけたときの時間が時間なので、丁度授業中でした。彼女は大勢の生徒に混じって授業を受けています。

 そうそう、こうやって高校生のフリをしていたんですよね。

 制服なんて着ちゃってて、すっごく可愛いです。

 白のワイシャツにグレーのミニスカートが良い感じに似合ってます。

 

「でも、ルキアさん。可愛い格好してると思わない?」

「え……ええっ!? 何言ってんスか!!」

「現世は本当に、尸魂界(ソウルソサエティ)にはない刺激に満ちてるわよね。上はあんなに薄いシャツを着てるし、下なんてちょっと風が吹いただけでめくれ上がっちゃいそうだと思わない?」

「い、いや、その……それは……」

「今の時期は暑くなるから、汗ばんだ肌に着ている物が張り付いて。しかも白で薄手だから、透けちゃって……」

「かっ! からかわないでくださいよっ!!」

 

 あらら。阿散井君が顔を真っ赤にしてる。

 

 でも本当にそうなんだもの。

 制服って、実にけしからん格好だと思わない? こんなの襲ってくれって言ってるようなものじゃない。

 

 あと、ルキアさんの確認もそうだけどもう一人。

 記憶が確かなら、主要な人たちは全員同じクラスでまとめられていたハズだけど……あっ! いたいた!!

 

 あれが井上(いのうえ) 織姫(おりひめ)

 私がずっと昔から願っていた、登ってみたいお山(揉んでみたいおっぱい)の持ち主の一人ね。

 

 うん……これはすごい。

 茶色の長い髪に柔らかそうな表情がすっごく似合ってる。

 そして少し視線を下に動かせば、そこには規格外のおっぱいが!!

 ちょっと胸を張ったらボタンが全部弾け飛んで、シャツが破けてはち切れそうなほどの大ボリューム!

 

『うわああああ!! なんとけしからんおっぱい!! そこにけしからん制服が合わさってあれはもう危険物指定待ったなしでござる!! あれが! あれこそが今回の目的でござりますな!! あのおっぱいをお持ち帰りして、四番隊の隊士にするのが今回のミッションでござるよ!! ささ、いざ参りましょう!! 真の楽園は目の前でござるよ藍俚(あいり)殿!!』

 

 落ち着け!

 いや、私もちょっとうっかり実行しそうになったけれど!!

 でもそっちは後回し!! 今はルキアさんが最優先!!

 

「先生……? どーしたんスか?」

「ううん、なんでもないの。それよりも今は監視だけに留めておきましょう。実際に接触するのは日が落ちてから。いいわね?」

「了解しました!」

 

 見つけたとは言っても、まだ日も高いので強硬手段に訴えるのはちょっと問題です。

 それにどうやら、ルキアさんの表情を見る限りだとこっちの存在になんとなく気づいているみたいですし。

 なにより今から下手に暴れると……浦原と夜一さんが出てきそう。

 

『つまり、今から暴れればあのドスケベ褐色爆乳を久しぶりに堪能できるというわけでござりますな!! よーし……』

 

 だから落ち着きなさい。

 

「ところで先生……そろそろ教えてもらえませんか」

 

 少し会話が途切れた頃を見計らい、阿散井君は深刻そうに切り出してきました。

 

「現世に行ってルキアを捕縛する任務ってことは、朽木隊長からも聞きました! だからこうやって現世まで来ました! でも! なんで! どうしてルキアが捕まえられなきゃならねーんスか!! なんでその任務に先生が出向いてるんですか!! 朽木隊長はどうして先生に任せたんですか!! 俺、訳が分かんねぇスよ……」

 

 ずーっと腹の中に抱えていた不満をぶちまけてきましたね。

 まあ、そういう詳細説明を省いて連れてきちゃったから、不満があるのも当然なんですけども。

 

「その訳は、後で話すわ。手間を省く意味でも、ルキアさんと合流するまで待って貰って良い? こっちの都合で申し訳ないんだけど……」

「……分かりました。先生に限って変なことを企んでいるハズは無いって、信じてます」

「ありがとう。じゃあもう一つ、朽木隊長のことも信じて貰えるかしら? 誓って変なことは企んでいないわ。ただ、あっちはあっちで今回の任務について動いているの。それも、私なんかよりもずっと精一杯に」

「…………」

 

 目を閉じて私の言葉に耳を傾けるその姿は、何度も反芻して自分に言い聞かせているようにも見えます。

 

『誓って変なことは企んでいません……でござるよ!! ただ拙者たちは、織姫殿を思う存分、指が擦り切れるまでマッサージしたいだけでござる!! それとあの性格なら強く押せばそのまま疑うことなく信じるはずでござるので、夢の無知シチュを実現出来るやもしれぬでござる!! うっはww  夢がひろがりまくりんぐww やる気がめがっさ満ち溢れてキターーー!!』

 

 おだまんなさい!!

 

「わかりました、信じます。てか考えてもみりゃ、朽木隊長は絶対にそんなことしませんから」

 

 やがてゆっくりと目を開け、納得したような表情で頷きました。

 

「この間だって隊長、鴇哉(ときや)のヤツにですね――……」

「え? 何その話、私知らない。何があったの? 詳しく教えて」

 

 監視はまだまだ続きますが、そこはそれ。

 視線は緩めませんが、話題は六番隊の隊長が息子に振り回される話にシフトしていきました。

 

 え? そんな話をしていたら他の人にバレないのか?

 大丈夫ですよ。

 縛道で二人の姿と気配を可能な限り薄くしていますし。

 それに何よりも、私たちは今は空中にいますから。

 足下の霊子を固定して足場代わりに使っているんです。

 上への警戒って、なんとなくおろそかになりがちですし。

 

 なので安心して監視任務を続けられます。

 

 ……まあ、一部の実力者にはバレてるんでしょうけどね。

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろいい頃合いかしらね?」

「んあ……よーやくですか……? 待ちくたびれましたよ……」

 

 下校するルキアさんを追い、クロサキ医院に入り、やがて暗くなってからこっそりと抜け出してきた彼女の背中を目で追いながら、阿散井君に声を掛けます。

 言葉通り彼はすっかり監視に飽きており、しゃがんだままうつらうつらと船を漕いでいたほど。

 性格的にもこういう任務って向かないわよねぇ……阿散井君は……

 

「てかルキアのやつ、人通りの少ない方に行ってません? まさか、誘ってる?」

「というよりも、こっちに気づいた上で万が一にも他人の迷惑にならないように人気(ひとけ)の無い場所に移動してるんでしょうね」

 

 そう言うところはきちんと気を遣いますね彼女は。

 こっそりと逃げていく彼女を追うことしばし……ああ、この辺なら問題なさそうね。

 "一人を除いて"誰もいないし。

 

 ……どうやら、近くで様子を見ているのがいるみたい。

 

「そろそろ良い頃合いよ。阿散井君が声を掛ける? それとも私が話した方がいい?」

「いえ……俺が行きます……」

 

 覚悟を決めた男の表情を見せながら、阿散井君はルキアさんを追い抜くように加速して彼女の前まで回り込みました。

 

「いよぅ! ルキア!!」

「ぬおっ!! ……む! お、お主……恋次か……!?」

「ったりめーだろうが!! 他の誰に見えるってんだ?」

「脅かすな馬鹿者ッ!!」

 

 そのまま一気に飛び降りて、ルキアさんの前に着地します。

 彼女はといえば、突然目の前に男が降ってきたことに驚き、続いてその相手が幼なじみだったことに気づいて二度驚いています。

 

「……いや、待て! ということは、今朝から感じていたのは……」

「ああ、そうだ。お前がガッコウ? とかいうところでお勉強してた時からずっと見てた。すっげー退屈だったぞ!」

「な……っ!! そんな時からだと!? い、いや。今はそんなことはどうでもいい! 恋次、お主が……追手なのか?」

 

 顔見知りが出てきたことで緊張感が薄れてしまい、精神が日常会話モードになりかけていましたね。

 ですがそこをグッと堪えて、気を引き締め直してます。

 

「……ああ、そうだ。けど、俺だけじゃねぇぜ。もう一人いる」

「ッ!?」

 

 あ、呼ばれたわ。

 じゃあせっかくだし、インパクトを重視するためにも後ろから。こう肩にポンと手を置いてから……

 

「こんばんは、ルキアさん」

「せ、先生!?」

 

 大慌てで後ろを振り返り、私と目が合って彼女はさらに驚きを増します。

 

「朽木隊長じゃなくてごめんなさいね。本当なら彼が来る予定だったんだけど……私が代理を任されることになったの」

「い、いえ……そんなことは……」

「それじゃあ、薄々察しは付いているとは思うけれど、私たちが現世に来た理由を説明するわよ」

「……はい」

 

 しょんぼりと項垂れるルキアさんと、そんな彼女を阿散井君は苦しそうな目で見つめています。

 

「ルキアさん、あなたは"人間に死神能力の譲渡"および"無許可で滞外超過"を犯しました。四十六室はこれを重く見て、あなたへの極刑を決定したわ」

「ッ!!」

「な……っ!!」

 

 聞いてません、といった様子で二人が大仰に反応しました。

 阿散井君にすらここまでは教えてませんから、仕方ないんですが。

 

「私たちはルキアさんを捕縛して尸魂界(ソウルソサエティ)に連れ帰る任務を受けているの。大人しく、従ってもらえるかしら?」

「……はい」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ先生!!」

 

 そりゃ阿散井君は口を挟みますよね。

 

「確かに能力の譲渡は重罪ですけど、極刑ってのはおかしいでしょう!?」

「残念だけど、上が決めたことよ」

「……くっ!!」

 

 ギリギリと歯を食いしばり、納得いかないと顔中に書いています。

 ですが一応は引き下がってくれました。

 

「そしてもう一つ。ルキアさんの死神能力を譲渡された人間から、その力を取り戻さないといけません」

「ッ!!」

 

 今度はルキアさんが顔を青ざめさせる番でした。

 

「その人間はどこかしら?」

「あ、そうか! それもあったのか!! オイ、ルキア! そいつはどこにいる!? 最悪の場合は斬り殺してでも……ッ!!」

 

 軽く刀に手を掛けた瞬間を狙ったかのようにして、霊子の矢が飛んで来ました。

 ですがそこは阿散井君、軽く身体を捻り余裕を持って避けました。

 

「あら懐かしい。今のって滅却師(クインシー)の攻撃ね。確か……神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)……だったかしら?」

「ご名答」

 

 通り過ぎる矢を見ながら呟けば、声が聞こえてきました。

 

「死神にも知られているなんて驚きだね」

「何者だ、てめぇ……!」

「ただのクラスメイトだよ。死神嫌いのね」

 

 姿を現したのは黒髪で眼鏡を掛け、片手に霊子兵装を。もう片方の手には……え? ビニール袋!? なんでそんなもの持ってるの!?  お買い物帰り!?

 ううん、ルキアさんと接触する少し前から気配があったからそれはないわね……ってことはその手に持ったビニール袋は自前なの?

 あとそのシャツは何!? なんでおっきく十字架を描いたようなデザインになってるの!? 趣味!? そのデザインは趣味なの!?

 ああっ! なんだか一つ気になるともう全身ツッコミを入れたくなってきちゃう!!

 

 けどそんな気持ちはグッと堪えて。

 確かこの男の子、ルキアさんの知り合いよね。名前は……い、いし……

 

「石田……貴様、どうしてここに……」

 

 そう! 石田君だわ!! 石田……ウルルン……だっけ?

 あら、何かが違うような……半分くらいは合ってる気もするんだけど……

 えっと……確か……ウルルン……いえ、ギョロ……?

 

石田(いしだ) 雨竜(うりゅう)だ。よろしく」

 

 そうよ! 雨竜だったわね!!

 ――って、あら?

 ちょっと考え事をしていたら、なんだか石田君と阿散井君が一触即発の雰囲気になってるわね……なんで?

 

「いかに死神とはいえ、自分を倒した相手の名前ぐらいは知っておきたいだろうからね」

 

 ああ、なるほど。

 ちょっと見てない間に、挑発みたいなことをしてたのね。

 そういえば石田君は基本的に"死神が嫌い"ってスタンスだったわね。がっつり絡んで仲良しこよしのイメージしかなかったから、すっかり忘れてたわ。

 何より滅却師(クインシー)なら、死神と敵対する態度でも当然なのよね。

 で、その挑発を受けて阿散井君が……あら……?

 

「……っく、あはははははっ!! 俺を倒す? 現世にも面白い冗談を言えるヤツがいるんだな」

 

 怒るかと思ったけど、少し意外ね。あっさり笑って余裕で受け流したわ。

 とはいえ実力差を冷静に鑑みれば、そういう反応にもなるわね。

 

「教えてやるよ、上には上がいる。残念だがてめぇじゃ、逆立ちしたって俺には勝てねぇ」

 

 堂々と言い放つと阿散井君は徒手空拳のまま構えます。

 

「……何のつもりだい? その腰の刀は飾りかな?」

「お前相手に斬魄刀を抜いちゃ、弱い者いじめになっちまう。せめてこのくらいは手加減しとかねぇと釣り合いが取れねぇだろ?」

 

 にやりと笑いながら言い放ちました。

 

「阿散井恋次だ。よろしくする気はねぇが、名前だけは覚えとけ」

「……へぇ」

 

 おっと、若干石田君が苛立ったみたいですね。

 眼鏡をクイッとしながら、レンズの奥に見える双眸を若干細くしました。

 

「よせ! 恋次!! 相手は現世の人間だぞ!! 石田!! 逃げろっ!!」

 

 ルキアさんが悲痛に叫びます。

 ……まあ、そうですよね。阿散井君の実力を知っていれば、この戦いは手合い違いどころではありません。

 いくら霊圧を制限されているとはいえど。

 

 そして、彼女の制止の声もむなしく、阿散井君は瞬歩(しゅんぽ)で一気に間合いを詰めるとそのまま下段蹴りを放ちました。

 

「……なにっ!?」

 

 鍛え上げられた彼の瞬歩(しゅんぽ)は、下手な隠密機動顔負けです。きっと石田君の目には、相手が瞬間移動して接近してきたように見えたでしょう。

 反応も出来ぬまま、無防備に一撃を食らっています。

 ですがこの一撃は体勢を崩すのが狙い。

 間髪入れずに本命の一撃が放たれました。

 

「シッ!!」

「ぐっ……!?!?」

 

 顎の先を擦るような一撃。

 その攻撃で頭を揺らされ、彼は一瞬にして倒れました。

 

「が……あ、ぐ……っ……!!」

「言わんこっちゃねぇ。この程度の攻撃も避けられねえ相手に、どうやって負けろってんだ? 昼寝でもしてりゃいいのか?」

「く……くそっ……!」

 

 石田君はまともに立つことも出来ず、コンクリートの道路に倒れたままそれでも阿散井君をにらんでいます。

 意識を失わずにいるのと、この執念だけは褒めても良いかもしれません。

 

「ま、わかっちゃいるとは思うが。さっきの攻撃でテメェを殺すことも出来たんだ。見逃してやるから、とっととお家に……帰れ!」

 

 さらにダメ押しとばかりに片足を上げると、そのまま石田君の顔のすぐ横を目がけて踏みつけました。

 ストンピング(踏みつけ)ですね、それも脅しが目的の。

 顔面スレスレを狙うことで恐怖心を。情けを掛けることで屈辱感を。それぞれ何倍にも倍増して相手に与えます。

 

「何してんだテメェぇぇぇっ!!」

 

 そんな阿散井君の行動を見て、この場に文字通り飛び込んできた男が一人。

 

「な……!? 何だ、テメーは!?」

「黒崎一護! テメーを倒す男だ! よろしく!!」

 

 お約束通りの流れよねぇ……

 




オレンジ色の高校生、やっと登場

●ギョロとウルルン
スターオーシャン・セカンドストーリーより。
(雨(ウルル)って名前のキャラもいるので微妙に紛らわしい)


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第116話 負けイベントは派手にいきましょう

 ふむふむ……ようやく出会えた、とでも言えば良いのかしら?

 

 黒崎(くろさき)一護(いちご)

 頭髪がオレンジ色をしていることと、子供の頃から霊が見えて、現在は死神代行をやってることを除けば、ごく普通の男子高校生。

 「なん……だと……」や「チャドの霊圧が消えた」のような名言を生み出す、ツッコミ体質の我らが主人公――ってところかしら。

 

 戦場に飛び込んできた彼は、その勢いのまま斬魄刀を叩き付けるようにして、阿散井君に襲いかかりました。

 ですが、不意打ち気味の攻撃であってもその程度の技量では通用しません。

 

「死覇装……!? テメェ、何番隊の(もん)だ!? いや、何番隊だろうと関係ねぇ……失せろ! この件は俺たちが任されてんだ!!」

 

 攻撃こそ余裕で避けたものの、けれど突然の乱入者に阿散井君は少しだけ驚いているようです。

 死覇装を纏っている――つまり相手は死神。

 となれば、ルキアさんの代わりにこの地区に派遣された者が襲いかかってきたか、それとも私たちとは別枠で動いている死神がルキアさんを処刑しに来たとでも思ったでしょう。

 仮に後者だったら、相手を力尽くでも止めてやる。

 そんな風に思っているんでしょうね。

 

「てかオメー、なんだそのバカでけぇ斬魄刀は……!?」

「なんだ、やっぱりデカいのかコレ。ルキアのと比べて随分デケーとは思ってたんだけどな……何しろ今まで、比べる相手がいなかったからよ!」

 

 ふと気づいたように漏らせば、一護も意外そうに。そして少しだけ自慢するように呟きました。

 そして――

 

「……っ……く……っ……!」

「ん?」

「……ぷっ! だっはっはっはっ!! だ、駄目だ!! 我慢出来ねぇ!!」

 

 ――流れかけたシリアスな空気は、阿散井君の大笑いで瞬時に霧消しました。

 

「オ、オメー本当に死神か!? そんな、そんなバカでけぇ斬魄刀なんざ担ぎやがって!! ハッタリかますにしても、もっと他にやり方があるだろ!! は、腹痛ぇ!! ひーひー!!」

「な、なんだよ……何がおかしいってんだ!?」

「何が? 何が、と来たか! オメーそれ本気で言ってんのか!?」

 

 ゲラゲラと笑い転げる阿散井君の様子に、一護は怪訝な声を上げます。

 そんな様子を見ながら、私は少しだけ安堵していました。

 

「よかったわ、阿散井君」

「はい?」

「もしも彼の持ってる斬魄刀を見て焦りでもしたら、もう一度霊術院からやり直させなきゃって思ってたから」

「ちょ! 先生、勘弁してくださいよ!! ちゃんと気づきましたから!! てか、先生に叩き込まれましたからね!」

 

 さっきまでの笑いもどこへやら。

 慌てて取り繕ってきます。

 いやいや、ちゃんと気づいたんだから、そんなことはしないってば。

 

「あん? なんだオメェ先生って!? 教師同伴で来てんのか!? 今日は社会見学か何かかコラァ!!」

「何が社会見学だ!! てかテメー、先生のこと知らねぇのか!? よっぽどの新入りかコラァ!!」

 

 と思ったら一護がツッコミを入れてきました。

 ホント、この子は切れ味が良いツッコミ入れるわね。

 それはそれとして。

 

「それとルキアさん?」

「は、はいっ!」

「あの斬魄刀……彼に教えてあげなかったの?」

「そ、それはですね先生!! 一護は私が力を回復させるまでの一時的な協力者だと思っていたので、そこまで言う必要はなかったと言いますか! 協力者とはいえそこまで話すのも内規に反するかと思っていたためにですね……! その……なんと言いますか……」

 

 理由を並べていきますが、どんどん尻すぼみになってますね。

 

 さてさて、ここでおさらい。

 斬魄刀というのは、持ち主の霊圧でサイズが変わります。

 なので強力な霊圧を持つ者が斬魄刀を手にすれば、今の一護みたいに身の丈サイズの巨大な物にもなります。

 ええ、なります。

 なりますけども、それを突き詰めていくと一軒家やビル程にも巨大な刀になってしまい、取り回しが悪くなります。

 なので基本的に死神は、霊圧をコントロールして扱いやすいサイズになるよう調整しています。その際、密度も調整しています。

 見た目は通常の刀サイズであっても、硬くて切れ味抜群! 取り回しも楽々! というのが斬魄刀の理想です。

 

 以上を踏まえて、一護の斬魄刀をもう一度見てみましょう。

 確かに大きいです。すごく……大きいです……

 

『やらないか?』

 

 ……。

 ですが大きいだけで、密度がスカスカなんですよ。

 縁日とかでビニールで出来た大きな刀とかトンカチみたいなオモチャって見たことあるかしら? 印象としてはあれと同じなの。

 見た目は確かに巨大でインパクトはあるものの、内部はスカスカ。

 ちゃんと教育を受けた死神がちょいと霊圧を探れば、手にしているのが見かけ倒しのハリボテなのはすぐに分かります。

 

 それに気づいたからこそ、阿散井君は笑いを我慢出来なかったわけで。

 ルキアさんも理解していたみたいですが……一時的な協力者でしかないと思っていたのなら、鍛錬方法や霊圧の扱い方を教えなかったのも頷けますね。

 何よりペラペラ喋るのもどうかと思いますし、状況から考えても情状酌量の余地はアリです。補習は無しにしてあげましょう。

 

「なんだ、ルキアも先生呼びか? てかオメー、宿題忘れて言い訳してる生徒みたいだったぞ今の」

「うるさいぞ一護!! というかお前のことでもあるのだ!!」

「その死神と随分仲が良いのね、ルキアさん。ひょっとして彼が、能力を譲渡されたって人間かしら?」

「「ッ!?」」

 

 まあ、分かってることではあるのですが一応口に出せば、二人は息を呑みました。

 

「そ、そうです……」

「へぇ、コイツが……なるほど、ならその情けねぇ斬魄刀も納得だ」

「情けねぇ……だと……? そりゃどういうことだ!!」

「そんなこともわかんねぇから、情けねぇって言ってんだよ!!」

「はいはい、阿散井君。喧嘩しないの」

 

 ある意味で息ぴったりの舌戦を始めた二人をなだめながら、全員を牽制するように一歩前へと出ます。

 

「機会を思いっきり外しちゃったけれど、自己紹介させてもらうわ。私は護廷十三隊、四番隊隊長の湯川藍俚(あいり)。この子は、六番隊副隊長の阿散井恋次君。よろしくね、黒崎一護君。それと、そこに倒れてる滅却師(クインシー)の石田雨竜君も」

「お、おう……」

「ぐ……誰が、死神なんかと……」

 

 まだ起き上がれないのに、石田君は意地っ張りねぇ。

 

「私たちが来た理由は、ルキアさんの捕縛。それと黒崎君、(キミ)が持ってるルキアさんの力を返して貰うこと」

「捕縛……!? そりゃ、どういうことだよ!!」

「聞いての通りよ、彼女は大罪を犯したの。人間に死神の力を譲渡するというね……だから尸魂界(ソウルソサエティ)に連れ帰って極刑に処すことが決まったのよ」

「極刑……だと……」

 

 一護の顔が愕然としたものになります。

 

「ま、待ってくれ! ルキアが死神の力を失ったのは、俺にも責任があるんだ! 仕方がなかったんだ!! 必要なら証言? のために、尸魂界(ソウルソサエティ)まで行ったっていい!! 罰するなら俺が代わりになる!! だから、なんとかならねぇのか!?」

 

 おーおー、必死ねぇ。

 ルキアさんは無実だって、彼女がやったことは不可抗力だったって証言してくれるってわけね。

 

「その気持ちは尊重したいんだけど、もう決まってしまったことなの。それに、君が持っているルキアさんの死神の力を取り返すのも任務なの」

「じゃあ、じゃあ俺がルキアに死神の力を返せば、ルキアは無罪にならねぇか!?」

「ふむ……」

 

 死神の力を返す、ねぇ……

 

「それ、どうやってやるか分かる?」

「え!? そりゃ……えっと……どーすんだルキア?」

「私に聞くな! 貴様、全くの無計画(ノープラン)か!!」

 

 ……勢いだけで言ったのね。

 まあ、その威勢だけは買うけれど……

 

「ルキアさん。どうやって彼に力を譲渡したの?」

「それは、一護に斬魄刀を突き立てて死神の力を注ぎ込みました……」

「それだ!! なら俺も同じように死神の力を……どーやって注ぐんだ? やり方がさっぱりわかんねぇ……」

 

 答えを聞いて目を輝かせかけましたが、一瞬にして顔が曇りました。

 

「……鬼道って、分かる?」

「キドウ……? ……ああっ! たまにルキアが使う魔法みたいなやつだろ!?」

「その鬼道を、上位の鬼道を唱える時の要領っていうのが、一番近いやり方なんだけど……あなた、鬼道は使える? 霊圧を込められる?」

「鬼道……ってのは、どーすりゃ使えるんだ?」

 

 あらら、やっぱり。

 刀を使った肉弾戦には長けてても、それ以外はからっきしか。

 イレギュラーに死神になったし、この頃はこんなものよね。

 

「……残念だけど、こっちも暇じゃないの。あなたが鬼道を使えるようになって、上位鬼道を操れるようになるまで修行して、ルキアさんに力を注ぐ。それを待っていられるほど、上も気は長くないわ」

「なっ……お、おい待て! じゃあ――」

「……先生……もういいじゃないスか……」

 

 なおも何かを言おうとした一護でしたが、それを遮るように声が響きました。

 

「恋次!?」

「要するに、コイツがいたからルキアは極囚にされちまった……コイツが余計なことしなけりゃ、今回の騒動は起こらなかった……そうでしょう?」

 

 地の底から響くような声色に、ルキアさんが思わず身を震わせます。

 なにしろ阿散井君の言葉には、強い強い後悔や悲しみ、怒りといった感情が入り交じっていましたから。

 

「なら、テメェは! テメェだけは殺す!! ルキアから奪った力、何が何でも返して貰う!! そんでテメェは死んで詫び続けてろ!!」

「よせっ! 恋次!! 一護は……!!」

「くそっ! まだこの人と話をしてんだろうが!!」

 

 阿散井君は斬魄刀を抜くと怒りに身を任せたように振り回し、一護を攻撃していきます。

 感情が昂ぶりすぎてるので、普段よりも精細を欠いた力任せで単純な太刀筋ですが、それでも今の一護が受けるには荷が重すぎたようで。

 必死で受け止めようとするものの追いつかず、じわじわと刀傷を増やしていきます。

 

「話だぁ!? 何も知らねぇくせに、生意気なことほざいてんじゃねえよ!!」

「なんでだよ!? やってみなくちゃわかんねぇだろうが!!」

「分かるんだよ! 四十六室が決定したことは覆らねぇ!! テメェが何をしようと、全部無駄に終わる!!」

「だからって"はいそーですか"って頷けるわけねぇだろうが!!」

 

 おや?

 阿散井君の言葉で怒ったのかしら? それとも覚醒でもした? どちらにせよ、一護の霊圧が少し上がったわ。

 強くなった勢いのまま防御から反撃に転じようとしたみたいだけど、でもそのタイミングは大失敗ね。

 

「馬鹿が! 見え見えなんだよ!!」

「ぐああああぁっ!!」

 

 カウンター気味に切り上げられた刀が、一護の身体を逆袈裟に斬り裂きます。

 そんな攻撃を食らえば当然、へたり込んでしまいました。

 斬魄刀を杖の代わりにして倒れるのをなんとか防いでるものの、もはや満身創痍にほど近い状態ですね。

 

「テメェになんとか出来るんだったら、最初(ハナ)っから俺が何とかしてんだよ。テメェに出来ることがあるとすりゃ、とっとと殺されてルキアに力を返すことだけだ」

「……ざ……な……」

「あん?」

「ふざけんな!!」

 

 痛いでしょうに、それを無理矢理押さえつけながら身体を動かすと、座り込んだ体勢のまま一撃を放ちました。

 今の攻撃って、さっきの阿散井君のカウンターを真似たもの……でしょうね。だって、動きが他のと全然違ってたもの。

 

「チッ……テメェ……!」

 

 阿散井君も反応して躱したはずなんですが、避けきれずに彼の腕を掠めていました。ダメージは皆無でしょうが薄く血が滲んでおり、それに気づいて顔を顰めています。

 

「お前らは、ルキアの仲間じゃねえのか!? ルキアを見殺しにするような真似が、どうしてできんだよ!!」

 

 一護の霊圧がまた上がってる。

 さっきまでは絶対に届かなかったはずの攻撃を、次の瞬間には当ててくるとか……

 これが主人公補正ってやつ? 本当、嫌になるわね……

 

「仲間!? 見殺しだぁ!? 上等だコラァ!! テメェに何がわかんだよ!! この一撃、万倍にして返してやんよ!!」

 

 今までの比でないほどに殺気が膨れ上がっています。

 どうやら先ほどの言葉で、火に油が注がれちゃったみたい。

 もう爆発寸前、限界ね。

 

「はい、そこまで。交代よ、阿散井君」

「ッ!?」

「な……っ……!!」

 

 間髪入れずに阿散井君の前へ移動し、肩を掴んで動きを止めます。

 そうしないとこの子、怒りで一護を殺しちゃいそうだったから。

 

「なんでですか先生! 俺はまだやれます!」

「でも斬られたでしょう?」

「こんな怪我、かすり傷にもなりません! マグレで、蚊に刺されたようなもんです!!」

「仮に相手が吉良君の斬魄刀を持っていたら、そのマグレから逆転されるわよ?」

「そ……それは……」

 

 その言葉だけで急速に冷静になっていきました。

 流石に同期だけあって、吉良君の厄介さをよく知っているみたい。

 

「それにもう一つ。阿散井恋次は、尸魂界(ソウルソサエティ)でも上から数えた方が早いくらいの実力者だって私は思ってるわ。マグレ当たりなんて、絶対にありえない」

「ありがとう……ございます……?」

「だったら、その一撃を当てたのは実力ってことになる」

「んな馬鹿な!! ニワカ死神がそこまで強くなれるはずが……」

 

 なっちゃうのよねぇ、これが……言えないんだけど。

 

「見たところ、名前はおろか斬魄刀と対話すらまともにできてない。そんなニワカ死神が、かすり傷とはいえ阿散井恋次を斬ったのよ? これはちょっと、普通じゃありえないこと」

「で、でも……っ!!」

「それともう一つ。もしもあなたが四番隊の隊士だったら、ここまで過保護にはならないわ。でもあなたは六番隊、朽木隊長から部下をお借りしている立場なの。そんなあなたに、かすり傷とはいえ怪我をさせてしまった。これはこっちの落ち度、もうこれ以上の無理はさせられないのよ」

「……くっ! わかりました!」

 

 代理とはいえども任務を受けたのは私で、阿散井君は"他隊からの協力者"という立場ですからね。

 一護は今の時点では未知の相手なので、部下に無理はさせられません。

 

「ということで、選手交代よ。阿散井君が怪我をさせられちゃったことだし、不本意ではあるものの私も剣を取らせて貰うわ。けど、その前に一つ聞いて良いかしら?」

「…………」

 

 せっかくフレンドリーに尋ねたのに、返ってきたのは無言でした。

 

「嫌われちゃったわね、まあいいわ。あなた、志波って家名に心当たりはない?」

「シバ……? なんだそりゃ……?」

「うーん……じゃあ……一心(いっしん)って名前はどう?」

「ッ!! な、なんで……?」

 

 あらら、もの凄いわかりやすいリアクションね。

 

「先生……? 志波に一心って……まさか……!?」

「ルキアさんと阿散井君は、思わなかった? 彼、海燕さんに似てるって」

「海燕……ああっ! そうだ、そうだよ! そう言われりゃ確かに!! ルキア、オメェはどうなんだ!? 同じ十三番隊だろ!?」

「…………」

 

 尋ねられたルキアさんは苦々しそうな表情で声を絞り出しました。

 

「初めて目にした時から、似ているとは思っていた……だが、他人の空似だと……いや、自分でそう言い聞かせていただけかも……心の底では気づいていたのに、見て見ぬ振りをしていただけかも、しれぬ……」

「一心に海燕……ありえねぇ、そんなことありえるはずがねぇ……けど……コイツを見ていると……」

「お、おい! 海燕ってのは誰だ!? 俺に似てるって、なんだよそりゃ!? ルキア! どういうことだ!?」

 

 三者三様に混乱してるわね。

 見てて、ちょっと面白いかも。このままずっと眺めていたいところだけど――そうも行かないのよね。

 

「詳細は気になるけれど、今は話が別。任務は遂行させてもらうわよ。覚悟してね」

「……ちっ……」

 

 少しだけやる気を見せてみれば、小さく舌打ちされたわ。

 

「女が相手だと、やりにくい?」

「……ああ、正直な」

 

 まあ、そうでしょうね。

 こっちはやる気満々だけど。

 だって、主人公相手にイキれるのってこのタイミングくらいでしょう? だったらせめて、今くらいは強キャラ感を思いっきり出しておかなきゃ!

 せっかくの現世なんだし、このくらいしてもいいわよね……?

 

「けど、だからって手加減してくれるわけじゃねえんだろ?」

「あら、それは心外ね」

「ば、馬鹿! 一護!! 逃げろ!! 先生には絶対に――」

 

 ルキアさんの叫び声を合図に、私は駆け出しました。

 

 瞬歩(しゅんぽ)にて一護の背後まで瞬時に回り込みます。

 同時に居合抜きのように抜刀すると、相手の急所――魄睡と鎖結へ狙いを定めます。

 

 どうやらまだ、近くで見ているルキアさんたちも、狙われている一護も私が動いたことに気づいていないようです。

 

「――勝て――」

「な――」

 

 ルキアさんが持っていた死神の力は……ああ、ここね。

 

 定めた狙いに向けて斬魄刀を二度、突き刺します。

 邪魔する者のいない攻撃は吸い込まれるようにして、彼の身体を壊しました。

 

 このタイミングで、私が目の前からいなくなったことにようやく気づいたみたい。

 一護が驚きの声を上げ始めました。

 

「――ぬ――」

「に――」

 

 さて、最後の仕上げ。

 回道を使い、傷ついた一護の身体を――魄睡と鎖結を除いて完治させます。

 自分が刺してて、しかも治りやすいように注意して刺しましたからね。これなら治すのなんて一瞬ですよ。

 ついでに阿散井君が斬った怪我もサービスしておきます。

 

 そしてその相手ですが……

 突き刺された痛みはまだ感じていないのかしら? 声のトーンはそのまま、まだ驚きの声を上げている途中です。

 ルキアさんの注意を促す言葉も、まだ完全に言い終わってはいません。

 

「「――っ!?」」

 

 二人が言葉を言い終わりました。

 ですがそこには、驚愕の感情がありありと乗せられています。

 

『非常ぉぉぉぉぉっに、わかりにくかったと思うので拙者からご説明させていただくでござるよ!! ルキア殿が喋り終える前に藍俚(あいり)殿は移動し、一護殿を刺して怪我を治したでござる。一護殿が藍俚(あいり)殿が消えたことに気づいて"なにっ!?"と声を上げ、ルキア殿が喋り終わる頃には、すべてが完了していたというわけでござる! だから"絶対に勝てぬっ!?"と語尾が驚いたようになっていたわけでござるよ! 気付いたときにはもう終わっていた訳でござるから!!』

 

 やってる方からすると、まるでスローモーションの世界にいるみたいでした。

 

『いやぁ、速い速い。拙者でなければ見逃しちゃうねでござる!!』

 

 もう納刀まで終えてるから、知らない人が見たら私が一護の後ろに移動しただけにしか見えないでしょうね。

 さて、それじゃあ……セリフの続きを言いましょうか。

 

「こんなに手加減してるのに、そう思われていないなんて……心外だわ」

 

 そう言ったところで、聞こえているのか、いないのか。

 刺された傷は癒えても、衝撃までは消えません。一護はゆっくりと前のめりに倒れていきます。

 気絶はしてないみたいだけど、きっと何が起きたか分からず混乱してるでしょうから。聞いてても覚えてない、ってところかしら?

 

「手加減……アレで……? なんとか目で追えたけどよ……」

「せ、先生……今、何を……?」

 

 反応からすると、阿散井君は見えたけれどルキアさんはわからなかったみたい。

 

「鎖結と魄睡を壊したの。ああ勿論、傷は治したから命に別状はないわ」

「あ、あの一瞬で……」

「治療までしてたんですか……」

「目的はルキアさんの力を戻すことで、殺すことじゃないもの。彼はもう霊力を使えなくなり、ルキアさんの力も戻ってくることになる。霊力を失った以上、もう関わってくることもない……落とし所としては、こんな感じでしょう?」

 

 ……たしか、白哉がこんな感じのことしてたわよね?

 治療はしてなかったはずだけど、このくらいはサービスしてもいいわよね?

 

「さて、ルキアさん。もうこの子とは今生の別れになると思うけれど……どうする? 最後に何か伝えておきたいことはあるかしら?」

「よ、よろしいのですか!?」

「まあ、このくらいは。阿散井君は、嫌がるかもしれないけれど……」

「ちょ……!! 何で俺なんですか!!」

「で、では……」

 

 ルキアさんが倒れている一護へと視線を向けました。

 

「一護……お主と過ごしたこの数ヶ月、悪くはなかったぞ……だが、もうよい……もうよいのだ。お主は所詮、利害が一致して関係していただけのこと……お主に助けられる義理もない……だから、明日からは、普通の人間として生きろ……私のことなど、全て忘れて……な……」

 

 顔を伏せたままなのは、相手に表情を見られないようにするためでしょう。 

 彼女が口にしたのは、相手を巻き込まないようにするための精一杯の優しさと不器用な思いやりが含まれていました。

 

「さて、それじゃあ帰りましょうか」

 

 穿界門(せんかいもん)を開き、そして――

 

 ――治療は済ませました。後はお願いしますね。

 

 声には出さず、口だけそう動かして伝えます。

 

「何してんスか……先生……?」

「気にしないで。さ、行きましょう」

 

 ルキアさんを連れて、門をくぐります。

 

 今できるのはこれが精一杯。

 だから!

 後のことは、頼むわよホントに!

 

 

 


 

 

不定期連載 今日の一護

 

 

「驚いたっスねぇ……完全に気づかれてましたよ、アタシたち……」

「まあ、藍俚(あいり)ならそのくらいはするじゃろうな。ぬかっておったわ……」

 

 穿界門(せんかいもん)が閉じたのを確認してから浦原が口を開けば、夜一も頷いてみせた。

 二人とも――特に夜一は藍俚(あいり)の実力をよく知っている。

 だが姿を隠し霊圧を隠してもなお気付かれるとは、ましてやメッセージを投げられるなど流石に思いも寄らなかった。

 

「それにしても、あの湯川さんが隊長っスよ。情報としては知ってましたけど、こうして実際に目にすると……時間の流れを感じますねぇ……」

「ああ……それも"あの"卯ノ花を押しのけて、じゃぞ? やれやれ……何があったのか、詳しい経緯がわからんのが痛いわい……」

「おやぁ? そういう言い回しをするってことは、卯ノ花さんってどういう人なんスか?」

「む。まあ、あまり知られておらぬが昔、少しあったそうじゃぞ。じゃが、今話題にすることでもなかろう?」

「それもそうっスね。んじゃ、ちょっくら行ってきますわ」

 

 そして浦原は夜一から離れると、さも「今しがたやってきました」と言わんばかりの様子で一護へと近づく。

 

「どーも黒崎さん。お体の具合はいかがっスか?」

「ゲタ帽子……」

「おや驚いた! もう立てるんですか!? ちょっと失礼しますよ……っと」

「な、なにすんだよ!?」

 

 具合を確認するため一護の背中に軽く触れ、浦原は驚かされた。

 

「傷、治ってますね……思いっきり刺されたのにまるで新品みたいになってますよ黒崎さん! これは"まさか"と言うべきか"やっぱり"と言うべきか……どっちの方が良いと思います?」

「それ俺に聞いてんのか!? 知らねぇよ!!」

 

 華麗なツッコミが入ったところで、もう一人の男が弱々しく話に加わる。

 

「あいつらの言葉を信じるなら……刺した後に治したそうだ……」

「石田! お前、大丈夫なのか!?」

「ああ、軽く倒されただけで傷一つ負っちゃいない……とはいえ、それはそれで僕にとっては屈辱だがね……」

 

 後半の言葉は、自分に向けたものだった。

 滅却師(クインシー)である彼が、死神に戦闘相手にすら見られなかった――どころか気遣いまでされたのだ。

 そう思うのも当然だろう。

 

「まあ、無事ってことなら話が早い。どうですお二人とも、ウチに寄っていきません?」

「あんたの家に……?」

「ええ、そうですよ。立ち話もなんですし。それにほら、そろそろ雨も降ってきそうですよ? こんな日はさっさとお家に帰って、お茶でも飲みながらお話でもしましょうよ……話題は、そうっスねぇ……」

 

 ぺらぺらと陽気な口調で語ったかと思えば、そこでわざとらしく言葉を切った。

 そうすることで、聞き手が話に興味を持つことを知っているからだ。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)についてとか、どうです……?」

「……ッ!!」

 

 聞いた瞬間、一護の身体に電流が走る。

 なにしろ、目の前の相手が何を知っているのか、どこまで知っているのか。尋ねたいことが山ほどできたのだ。

 

「……わかった」

 

 一護は力強く頷いた。

 




●一護と石田
どっちも無傷(一護の鎖結と魄睡は除く)

●今日の一護
要するに「こういう変化がありましたよ」な描写を大雑把にまとめたもの。
(なおこの文体は今回限りです)


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第117話 悪巧みとネタバラシ

「さて、この中なら良いでしょう。待たせてごめんなさいね」

 

 穿界門(せんかいもん)を通り抜け、断界(だんがい)の中へ。

 そして門が完全に閉じ、外部との繋がりが絶たれたことを確認してから、私はホッと息を一つ吐きました。

 

「え、あの……それはどういう……」

「おっ! やっとですか先生!! 待ちくたびれましたよ!!」

 

 多少なりとも予め説明を受けていただけに、阿散井君もようやく表情を緩めてくれました。反対にルキアさんは何のことやらと困り顔をしています。

 

「実は、今回の任務にはちょっとウラがありました」

「ウラ……ですか……?」

「とりあえず、何があったのか最初から説明します。要所要所で詳しい内容を聞きたくなるかもしれないけれど、そこはグッと堪えて終わりまで聞いてちょうだいね」

 

 一言そう断りを入れてから、何があったのか――私が一番隊へ向かい、総隊長から任務を受けるまで。

 続いて任務を受けてから、白哉とどんなことを話したのか。

 といった内容について、一通りの説明をしました。

 

「――というわけ。だから私たちがこうしている今も、朽木隊長は四十六室に嘆願しているの。本当ならルキアさんのことを自分で迎えに行きたかったでしょうね」

 

「そんな……兄様……」

「なるほど……そーいうことだったんスか……」

 

 説明を聞き終え、二人は感動したような態度を見せていました。

 何しろ「家族のためなら地位だって捨てる!」と公言してるようなものですからね。

 

「でもそれならそうと、俺にも教えて欲しかったっスよ」

「それもゴメンね。何度か言ったように"説明の手間を省くため"って理由もあったんだけど、実は他にもう一つ、どこに監視の目や耳があるか分からなかったから、迂闊には言えなかったって理由もあったの」

「なるほど……そういうことっスか。断界(だんがい)の中なら、まあ、危険性は少ないでしょうね」

 

 現世と尸魂界(ソウルソサエティ)とを結ぶこの空間――断界(だんがい)の中は、通常の空間と比べて色々と不安定な場所です。

 特に顕著なのが時間の流れでして、外界よりも濃密な時間軸が働いています。

 この中ならば監視されないだろう――仮にされたとしても、発覚までは遅れるだろうという考えからのことです。

 こんな辺鄙な場所でもない限りは怖すぎて裏の事情なんて話せません。

 

「……ん? ちょっと待って下さいよ!! だったら、行きの時点で説明してくれてもよかったんじゃないスかね!? 現世に行くときだって、断界(だんがい)は通ってるんスから!! 話すタイミングくらいあったでしょう!?」

 

 あー、気付かれちゃったか。

 私はちょっとだけ目を逸らしながら、その理由も答えます。

 

「阿散井君はその……下手に教えるとボロを出して、裏の事情に気付かれそうだったから……」

「ちょ! そりゃちょっと酷くないですかねぇ!? 俺だって、予め知ってりゃ演技の一つ二つくらい――」

「よっ! 尸魂界(ソウルソサエティ)(いち)の大根役者!」

「ルキア! テメェ!!」

 

 絶妙のタイミングで凄い合いの手を入れてきたわ。

 ルキアさんも結構やるわねぇ……現世で鍛えられたのかしら?

 

「ごめんごめん、そんなに気を悪くしないで。むしろ阿散井君が何も知らないでちゃんと本気で怒ってくれたから、監視の目は多少なりとも緩んでいるはずよ」

「そ、そっすか……? なら、まあ……」

 

 監視の目がちゃんとあったのかは知りませんけど、多分見てるんでしょうね……

 藍染とか藍染とか藍染とかが。

 多少なりとも"素直に受け入れた"って信じてくれ……ないでしょうね、多分だけど。

 

「それと、ルキアさん。あなたが現世で知り合った、あの黒崎一護って子のことだけど――」

 

 さて、懸案事項その二です。

 

「怪我をさせてしまってごめんなさい。ああするしかなかったの」

「いえ、そんな……頭を上げて下さい先生!!」

 

 深々と頭を下げれば、彼女は慌てた様子を見せます。

 

「こういう状況になった以上、あの結果は仕方なかったかと思います。最悪、殺されるとまで思っていましたが……むしろ最小限の被害だけで済ませて頂いて、ありがとうございます」

「……ケッ」

 

 一護の話題を出した途端、阿散井君が不機嫌になりました。

 本当にわかりやすいわね。

 

「心配じゃないの?」

「正直に言えば、心配、です……あやつは、色々と、未熟で、ですが常識外れなところもあって……」

「情が湧いた?」

「ええ……えっ!?」

「なっ……!! お、オイ、ルキア! そりゃ、どういうことだ!?」

 

 生返事のように頷き、頷いた後で何をしたのか気付いたルキアさんが顔を真っ赤にしました。

 阿散井君もまた「それは聞き捨てならねぇ!」とばかりに身を乗り出すようにして会話に首を突っ込んできます。

 

「ち、ちちちち違います! あれはなんというか、無鉄砲でその、出来の悪い後輩の面倒を見るようなもので……!! 目が離せないというか……!!」

「でも、この数ヶ月は一緒にいたわけでしょう? それに、さっきまでのやりとりを見ている限りだと、随分仲が良さそうに見えたけど? 一緒に学校へも行ってたし、ざっと見た限りだけど彼の家に住んでいたんでしょう?」

 

 ちらりと阿散井君を横目で見ながら、そんなことを口にします。

 

「なにーっ!! お、お前ルキア!! 男女七歳にしてなんたらかんたらって言葉を知らねぇのか!!」

「なんだその"なんたらかんたら"というのは!!」

「知らねぇ!! けどなんかあっただろ、そういう言葉がよ!!」

 

 ――男女七歳にして席を同じゅうせず。

 子供でも七歳になったら男女の区別を自覚させて、同じ場所に座らせてはいけない。そんな意味の言葉よね。

 やっだぁ、阿散井君ってば超古風。

 たしか一護の部屋で一緒に暮らしてただけでしょ? ……普通に聞けば同棲か。

 

「だ、だとしても、なぜお主にそんなことを言われねばならぬ!!」

「んなもん、心配だったからに決まってんだろうが!!」

「一護は確かに男だが、まだ子供だぞ!! 何故そこまで!!」

「お前のことが好きだからだよ!!」

 

 あら!

 

「……………………な、なななななな……!!」

 

 言った方も言われた方も、一気に顔が真っ赤になりました。

 時間も場所もへったくれもわきまえない、勢い任せの大胆な言葉。

 でも偉いわよ阿散井君! よく言った!!

 

「何を言っておるかこの大馬鹿者ぉぉっ!!」

「う、うるせええええぇぇっ!! ああ、そうだよ!! 俺は大馬鹿だよ!! お前のことが好きだってずっとヘタレて言えなかった!! お前が極刑だって聞いても、逆らえなかった!! お前が死神の力を渡した相手だって、あんな野郎じゃなければこんな感情にはならねぇよ!! 名前も知らねぇような男がお前と一緒にいたってわかったから、こうなっちまったんだ!!」

 

 若いって良いわねぇ……

 

「れ、恋次……それは、その、つまり……」

「お前の減刑が叶わなかったら、そん時は俺もお前と一緒に逃げる!! 俺がお前を守ってやる!! 朽木隊長の案の尻馬に乗ってるようで心底情けねえとは自分でも思う! けど、俺のこの気持ちに嘘はねぇ!!」

 

 ルキアさんの両肩を掴み、まっすぐに瞳を見ながらの告白です。

 そのまましばしの間、無言の時間が流れ続け――

 

「ふ、ふん! 貴様が情けないことなど、流魂街にいた頃から知っておるわ!」

 

 ――先に動いたのはルキアさんでした。

 彼女は目を逸らし、怒ったようにそう言いました。

 ですが、それは照れ隠しの言葉だというのは誰の目にも明らかです。

 

「それと、その話の返事は、今回の事件に決着がついてからだ……どのような結末になるか、分からぬからな。お主とて、短期間で死に別れなどしたくはあるまい……」

 

 あらやだ! それってもう「生き延びたら付き合いましょう」って言ってるようなものじゃない!!

 

『えんだあああああああああああああ!! でござる!!』

 

 きゃあっ!! びっくりしたわ。

 ずっと大人しいと思ってたら急に……

 

『今回はこのまま、ただの説明回で終わるのだろうと思っていたところで、なんというサプライズが飛び込んできたでござろうか!! 恋の換気扇が音を立てて回りまくりんぐでござるよ!!』

 

 恋の換気扇って何!? どういう意味なのよ!? 風通しがよくなるの!?

 

『ルキア殿が一護殿と! 見ず知らずの男と三ヶ月も一緒にいたと聞けば!! そりゃあもう阿散井殿は気が気じゃねぇでござるよ!! たった三ヶ月目を離しただけでオレンジ頭の高校生にルキア殿の心も身体も奪われたかもしれぬでござるからなぁ!! そうと考えたら焚き付けられて突っ走ってしまうのも至極、至極当然でござる!!』

 

 表現については色々と言いたいけれど、気持ちとしてはまあ……そうね。

 同意出来るわ。

 阿散井君からすれば、現世でルキアさんと一護の関係性とかを知った瞬間から気が気じゃなかったでしょうね。

 

『トンビに油揚げをさらわれた気分とはまさにこのことでござる!!』

 

 そう思い込んでしまい、感情が爆発しちゃって気付けばこんなドタバタに……

 でもまあ、いい話じゃない。

 なんだかんだいっても、上手くまとまったみたいだし。

 

「お、おうっ!! 任せとけ!! この俺様がバッチリ守ってやるからよ!! だから絶対に生き延びるぞルキア!!」

 

 どうやら阿散井君にルキアさんの真意は伝わったようです。

 嬉しさを我慢しきれないような、情けない。けれども心底幸せそうな表情で胸をドンと叩きました。

 一組の男女の気持ちが通じ合った瞬間ですね。

 

『いやあああああああああああああ!! でござる!!』

 

 あんたのそれはもういいから!!

 歌いたいなら、豪華客船と一緒に海に沈みながら歌ってなさい!!

 

『なんと!! 拙者はローレライやセイレーンに生まれ変われるでござるか!?』

 

 ……もう突っ込まないわよ。

 

「……こほん。もういいかしら?」

「あ! す、すみません先生!!」

「申し訳ありません!! 恋次が妙なことを……」

「はいはい。恋人同士イチャつくのは後でたっぷりやってね」

「こっ! 恋、人……!」

「イチャ……!」

 

 えぇい、ウブな反応をしおって!! 恋人同士かあんたらは!!

 ……恋人同士だったわね。それもなったばっかりの。

 

「気を取り直して、各人のこれからの行動について決めておきましょう」

「これからの……?」

「行動……?」

 

 何を言いたいのか分からない、という表情を二人は浮かべます。

 

「ルキアさんはこれから囚人として捕まって貰います。大人しく罪を受け入れて、反省している態度を取っていれば、多少なりとも減刑が望めるかもしれないわ」

「……ああっ! なるほど、そういうことですか」

「分かってもらえたかしら? 私だって、ルキアさんを極刑に処すのは反対。確かに大罪を犯していても、この判決は絶対におかしい。だから、座して待つより少しでも何かしておきましょうってこと」

「じゃあ俺は……どうしましょうか?」

「阿散井君は、朽木隊長の代わりに六番隊を仕切っておいて。真面目に業務を遂行して目を欺きつつ、脱出経路の確認とかをしておいてもらえるかしら?」

「分かりました!!」

「一応、朽木隊長とは簡単にでも良いから打ち合わせはしておいてね。今のは、私が思いついた作戦で、あっちでも何か別案を思いついているかもしれないから」

 

 考えられるのは、こんなところよね。

 

「あとは私だけど……私は私で、色んな方向から訴えかけてみるわ」

「ありがとうございます!!」

 

 いーのいーの、ある意味では予定調和だから気にしないで。

 

「それと……さっきの話にちょっと戻るけれど、あの黒崎君って子がルキアさんを取り戻しに尸魂界(ソウルソサエティ)まで来てくれたら、話はもうちょっと違ってくるんだけどね」

「……は!? いやいや先生、それはちょっと……無理っスよ」

「流石にそれは……先生は"一護の鎖結と魄睡を砕いた"と……」

「ええ、そうよ。だからもう、彼が来ることはありえない。でも、仮に"全く関係ない外部からの闖入者が大暴れ"してくれたら、その混乱に乗じてルキアさんを取り戻すのにも随分と楽になるんだけどね……」

 

 ……大丈夫よね!? アレでよかったのよね!?

 一護、死神になって尸魂界(ソウルソサエティ)まで来てくれるわよね!?

 うわぁ……今になって心配になって来たわ……

 

「ごめんなさいね、変なこと言っちゃって。忘れてちょうだい」

「いえ……」

 

 阿散井君の大胆な告白を受けても、やはりまだ思うところはあるのでしょうね。

 ルキアさんの表情は晴れません。

 

「ルキア! そんな顔するくらいなら、なんとしてでも生き延びて、んで現世に行って、アイツにちゃんと事情を話せばいいじゃねぇか!!」

「恋次……?」

「そんときゃ勿論、俺も一緒に行ってやる!」

「あ、ありがとう……」

 

 下手な励まし方ねぇ……でも、なんていうか阿散井君らしいわね。

 

「じゃあ、そろそろ尸魂界(ソウルソサエティ)に向けて出発しましょうか」

「「はい!!」」

 

 話し合いを終え、断界(だんがい)の通路を私たちはようやく進みました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 断界(だんがい)の仲を歩くことしばし、出口の穿界門(せんかいもん)をくぐり抜けて、何事もなかったかのように尸魂界(ソウルソサエティ)まで帰ってきました。

 

「やれやれ、ようやく帰ってこれたぜ……って、何してんスか?」

「ちょっと朽木隊長に連絡をね」

 

 伝令神機を操作して、白哉に通話モードで連絡を取ります。

 

「……あっ、もしもし。朽木隊長ですか? ええ、湯川です。ルキアさん捕縛の件ですが、任務は恙なく終了しました。彼女も"事の重大さをしっかりと受け止めて反省しています"し、態度も大人しいものでした。戻ってくるまでの間に"自分が今、どういう状況にいるのかをしっかりと説明した"のが効いたんだと思います」

 

 まずはルキアさんの件。

 

「それとお借りしていた阿散井副隊長ですが、彼もすごく優秀でしたよ。朽木隊長の考えをよく知っていて"これからも隊長と一緒に働きたい。たとえ隊長が死神を止めてもずっとついて行きたい"と絶賛していたほどです。良く出来た副隊長で羨ましい限りです」

 

 続いて阿散井君の件を告げます。

 

「はい、ルキアさんは六番隊の獄舎へと収監しますので。はい、それでは失礼します」

 

 と、コレで伝わったわよね。

 

「あの……先生?」

 

 通話を切り、人差し指を軽く立ててナイショのポーズをして伝えます。

 

 一見すれば普通の業務報告ですが、知っている者が聞けば「二人に裏の事情を話した。阿散井君も全面協力してくれる」と白哉に伝えているわけです。

 伝令神機という、やろうと思えば簡単に通話内容を知れる道具で連絡したのもポイントですね。

 こうすることで「ちゃんと任務を遂行していますよ、上の命令に従ってますよ」というアピールにもなりますからね。

 こういう小細工、実は結構好きです。

 

「じゃあルキアさん、これから牢まで移送するわよ。窮屈でしょうけれど、頑張ってね」

 

 とはいえ、どこまで通じるかは分からないんですけどね。

 やらないよりはマシってことで。

 

 

 


 

 

 

不定期連載 今日の一護

 

 

「それで!? 尸魂界(ソウルソサエティ)についての話ってのはどういうことだ!!」

「まあまあ、落ち着いて下さいよ」

 

 無事に浦原商店へとたどり着いた一護君。

 ですが到着した途端、浦原さんの襟首を掴んで大声を張り上げました。

 おやおや、どうやら早く事情を知りたくてウズウズしているようです。

 

「落ち着いてなんていられるかよ! そんな暇あるわけねぇだろ!!」

「いえいえ、まずは落ち着く事が先決っスよ。だって黒崎サン、手加減されて負けてるんですよ?」

「ッ!?」

 

 一護君の手から力が抜けて、図星を突かれたようになりました。

 

「片方の死神からは反撃も出来ないくらいにボコボコにされて、もう片方の死神には反応すら出来ずに刺された挙げ句、怪我を全部治されてる。こっちは敵を殺すくらいの勢いで挑んだってのに、敵からは殺さないように心配されてるとか……うわー恥ずかしー。穴があったら入りたいってのは、こういうことですかねぇ?」

「なっ!! て、テメエ!!」

 

 本人も全くもって同意見でしたが、まだまだ子供の一護君。

 子犬のようにキャンキャンと吠えることでそんな弱い気持ちを隠そうとしています。

 

「今のキミじゃあどれだけ暴れても吠えても焦っても、何の役にも立ちゃしないんです。順番を間違えちゃ、出来ることも出来なくなりますよ?」

「……だったら、どうしろってんだ!?」

「そりゃ勿論、修行っスよ修行。通例通りなら、尸魂界(ソウルソサエティ)は極囚に刑を執行するまで一月の猶予期間を取りますから、少しだけ時間はあります。ですけどせっかく助かった命なんですから、ここで諦めるって道もありますけど……どうします?」

 

 浦原さんの言葉に、一護君は「やる」と男らしく答えました。

 

 

 

 

 

「あの店の地下にこんなバカでかい空洞があったなんてー!!」

「ウルセーな。わざわざ代わりに叫ばなくても十分ビックリしてるよ!」

「穴があったら入りたいとはまさにこのことだー!! 夢が叶ったぞー!!」

「ウルセーよ!! なんだそれ前に言った台詞じゃねぇか!!」

 

 とか。

 

 

 

「修行を続けりゃ、俺を刺したあの背の高い女の死神! あいつにも勝てるようになるか!?」

「いやぁ……湯川さんに勝つのは多分無理っスねぇ……諦めてください。逃げることもまた勇気っスよ……」

 

 とか。

 そんな会話を交わしつつ、一護君の修行は進んでいきます。

 




●今日の一護
地の文を変更。
「本日ご紹介するのは、東京都空座町の一護くん(オス 16歳)
 ちょっぴり鋭い目つきと、オレンジ色の髪が彼のチャームポイントです」
みたいな感じのノリを目指します。


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第118話 根回しは万全に

 ルキアさんの移送も完了して、報告も済んで。

 任務はコレで終わり! 帰宅!!

 

 ……と、言いたいところなんですが。

 任務は終わっても、まだ個人的にやらなきゃいけないことが多いんですよね。

 完全なお節介だと言ってしまえばそれまでなんですが……

 

「やるだけのことは、やっておきましょうか」

 

 正直、味方は一人でも多い方が良いからね。

 どこまで通じるかはともかくとして、打てる手は打てるだけ打っておきましょう。

 その中のどれか一つでも成功すれば儲けもの。

 

 ……って言ったのって、誰だっけ? 何か軍師みたいな人だったと思ったけど。

 

 とにかく、義理や立場的に考えてもまず一番最初に行くべきは――

 

「あそこよね。行くのは慣れてるけれど、ちょっと遠い……けど、真っ先に行くべきよね……」

 

 ああ、また四番隊の仕事が滞る……

 現世に行って捕縛して帰ってくるだけでも、結構な時間が経っているのに……

 

 ルキアさんを牢へと移送したその足のまま、軽く嘆きつつも瀞霊廷を進んで行きました。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、ようやく着いたわ」

 

 歩みを続けることしばし。目的地である、十三番隊の隊舎までたどり着きました。

 

 やはり、最初に向かうべきはここでしょう。

 なにしろルキアさんは十三番隊の所属です。自分たちと同じ部隊の隊士が極刑に処される――その知らせくらいはもう届いている頃でしょう。

 知れば当然次に思うのは「何故、どうして彼女がそんな重い刑罰を受けなければならないのか」といったところ。

 今頃、浮竹隊長らは気が気ではないでしょうからね。

 当事者として最新情報を届けてあげないといけません。

 

 それに加えて。

 

 海燕さんなら理由を説明すれば、まず間違いなくこっち側に着いてくれるだろうと思ったからです。

 味方を一人でも増やしておきたいという打算も込みでの選択です。

 

 というわけで。

 

「朽木ルキアさんの件について、ご説明に来ました」

「ああ、わざわざすまないね湯川隊長。だが、頼む」

 

 近くにいた隊士に来訪の目的を告げ、隊長に取り次ぎを頼み、十三番隊の隊首室たる雨乾堂(うげんどう)まで案内されたので、ようやく話が出来ます。

 私と対するのは、浮竹隊長・海燕副隊長・清音と仙太郎の三席コンビの計四人。

 むやみやたらと大人数に聞かせるのは、まだ現時点では早すぎるかもしれないという判断からです。

 

「まずは、ルキアさんの刑の内容と捕縛までの内容のついてお話します。それというのも――」

 

 四人に向けて、今回の表の内容――すなわち、総隊長から伝えられたことから、現世へ行って彼女を捕まえてきたことまで――を一通り説明しました。

 

「現在、彼女は六番隊の隊舎内に存在する牢に閉じ込められています。私は任務完了後、その足でお知らせに来ました」

「そうか……すまなかったね、湯川隊長」

「いえ、皆さんも同僚がこんな事態になり、心配だったでしょうから」

 

 私が一通りの話を終えると、まずは浮竹隊長がねぎらいの言葉を口にしました。

 まあ、隊長の立場だとまずはこういうやりとりですよね。

 

「……納得いかねぇ」

 

 そして、副隊長の立場だからか、それとも生来のものだからか。

 海燕さんは開口一番、一言で不満を口にしました。

 

「なんだそりゃ!! なんで朽木のヤツがんな重い刑罰になってんだよ!! 極刑だぁ!? どう考えてもおかしいだろうが!!」

「そうそう! 絶対おかしい!!」

「俺だって同意見ですぜ!! 隊長!! 抗議です、断固抗議しましょう!!」

「あっ、仙太郎!! 私だって抗議しますよ隊長!! 上訴しましょう上訴!!」

「お前たち……いや、気持ちは分かるが、ちょっと落ち着け」

 

 海燕さんら三人の猛攻撃に、浮竹隊長がたじろいでますね。

 というか清音さんは"上訴"なんて言葉どこで覚えたの……?

 

「俺だって、思うところはあるが……四十六室の裁定だぞ? どこまで覆ることやら……」

「…………チッ」

 

 悲観的な言葉を口にする浮竹隊長に、海燕さんは嘆息しつつ舌打ちしました。

 

「隊長! 確かにそうかも知れませんよ!! けどねぇ、だからって見殺しになんて出来ませんよ俺は!! 無駄かも知れなくても、動かなきゃならねぇ! アイツは同じ隊の仲間なんです!!」

 

 おおーっ、カッコいいですね。

 まるで主人公のような正論です。

 

「まあまあ、海燕副隊長。落ち着いて下さい。今回の話とは別なのですが、こんな物を持ってきました」

 

 彼の勢いの尻馬へ乗るようにして、胸元から一通の手紙を差し出します。

 

「ん? これは……?」

「どうぞ、まずはご一読ください。あ、皆さんも是非ご一緒に」

 

 手紙を受け取った浮竹隊長は怪訝な顔をしつつも封を開け、他の三人は後ろから手紙をのぞき込みました。

 ……清音さんと仙太郎君は、隊長の肩に顔を乗せて背中に張り付くようにして見てるんだけど、それってどうなのよ……?

 アピールにしてもやりすぎだと思うんだけど……

 

「何々……この手紙は声に出さ――……!?」

 

 冒頭の一文、その数文字を口に出して読んだところで、浮竹隊長は慌てて自分の口を押さえました。

 

 

 ええ、この手紙は現世への出発前に私がしたためた物です。

 内容は、今回の裏側の事情――つまり、ルキアさんの脱走計画について記載してあります。その中には白哉たちがどう動くのかも記載されているので、とてもではありませんがおおっぴらに声に出して読める代物ではありません。

 

 監視、盗聴の目を誤魔化すために手紙という形態で伝え、しかも冒頭には「手紙は声に出さずに読んで下さい」という注意書きもしてあります。

 

 そして、一通り読み終えたのでしょう。

 海燕さんは目に決意を宿しながら顔を上げました。

 

「隊長! やっぱり俺はやります!! 黙ってなんざいられねぇ!!」

「海燕……ああ、そうだな。俺も同じ気持ちだ」

「隊長、勿論俺だって同じですぜ!! 朽木は――ぐえっ!!」

「私も協力します!! あんな良い子が極刑なんて絶対におかしいですから!!」

 

 仙太郎君が喋っている途中で、彼の顔を押しのけるようにして清音さんが出てきました。

 あ、押しのけられたことで彼女に文句言いだしたわ。

 相手も相手で喧嘩を買っちゃうものだから……

 

「賑やかですねぇ」

「ははは……二人とも、俺のことを思ってくれてるんだけどな」

 

 フォローが薄いところを見ると、浮竹隊長も少し辟易してる部分がありそう。

 そんな二人の喧嘩を見て、大事なことを伝え忘れていることを思い出しました。

 

「そうそう、大変申し訳ありません。もう一つ……いえ、二つお伝えすることがありました」

「ん? まだ何かあるのか?」

「ええ。これは極秘中の極秘事項ですので、少しお耳を拝借します。ほら、清音さんたちも」

「なんだなんだ?」

「なになに?」

 

 私を含めて計五人、密談でもするかのように顔を近付けあい、内緒話をする体勢が整うのを待ってから、口を開きました。

 

「実は……六番隊の阿散井君がルキアさんと恋人同士になりました」

「「「「なにいいいいいいぃぃぃっ!?!?」」」」

 

 あら、びっくり。

 今日一番の大声が響き渡りましたよ。

 

「朽木がか!? あの朽木がなのか!?」

「きゃーっ!! え、マジマジ!? 本当なんですか湯川隊長!? 告白……え、告白なんですか!? どっちから!?」

「六番隊の阿散井って……アイツだろ!? あの赤い髪で変な眼鏡してる!! 流魂街で時々見たことあるぞ!! マジかよ! どーいう関係なんですか湯川隊長!!」

「お、おいお前たち……」

 

 若い三人は本当に、良い反応をするわねぇ……

 特に三席コンビはこういう話に対する食いつきが半端ないわ。

 浮竹隊長が完全に置いてけぼりになってるもの。

 

「ええ、まあ……ただ、詳しい話は後日、本人から聞いて下さい」

「本人からって……湯川、隊長……そりゃ……」

「なるほど、分かりました湯川隊長!! つまりは朽木さんを牢から出してあげればいいってことですね!!」

「なるほど、そういうことか!! っしゃああ!! 朽木ぃっ!! テメーの幸せのためにも絶対に俺がなんとかしてやるからな!!」

 

 本当に、この三席コンビは勢いが凄いわよねぇ……

 

「あー……まあ、そうだな。若い二人のためにも、年長者が気張るとすっか!!」

 

 そして海燕さんが締めてくれました。

 

 ……でも忘れてないかしら? 私は話が"二つ"あるって言ったのよ?

 

「それと、もう一つの内容ですが」

「ん? まだあったのか?」

「そういえば、二つあると言っていたな」

「はい。これも一つ目の話と似たような方向性の話なのですが……海燕副隊長!!」

「な、なんだよ……」

 

 ちょっと強めに問いかけると、彼は気圧されたように少しだけ下がりました。

 

「あなた、浮気してないわよね?」

「……はああぁぁっ!? 浮気!?!?」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような、そんな顔を見せてくれました。

 

「湯川!! そりゃどういうことだよ!!」

 

 焦ってるわねぇ。私を呼ぶときに隊長って言葉が抜けてるわ。

 

「実は現世へ赴いた際、副隊長そっくりの人間がいたの」

「はぁ! 俺にそっくりだぁ!?」

「ええ、その人間はルキアさんが死神の能力を譲渡した相手なんだけど――けどあまりにも似てたから、てっきり海燕副隊長の隠し子だとばっかり」

「隠し子だぁ!? ふざけんな!! 俺は都一筋だ!!」

「「おおーっ!!」」

 

 とっても男らしい海燕さんの言葉に、三席コンビが思わず歓声と拍手を上げました。

 

「けど副隊長、案外行きずりの女と若い頃にこう……ねぇ? あったんじゃないですか? 一回や二回の過ちが? 副隊長は二枚目ですからねぇ……」

「湯川隊長、それってどんな人間だったんですか!? え、本当にそんな人間いたの!?」

「仙太郎!! オメェ、俺に喧嘩売ってんのか!?」

「そうねぇ……海燕副隊長をもっと若くして、目つきを悪くして、髪は蜜柑色(オレンジ)なのが最大の特徴かしらね」

 

 私と清音さん、海燕さんと仙太郎君でクロストークになっちゃってる……わかりにくいかしら……?

 

「それと年齢は十六歳くらいだったので、海燕副隊長にその頃の心当たりがなければ――」

「あるわけねぇだろうが!! いや待て……十六、だと……!?」

「お! やっぱり一夜の過ちが……グブッ!!」

 

 仙太郎君が無言で殴り飛ばされました。

 

「今のはアンタが悪いよ仙太郎。同じネタ引っ張りすぎだっての」

「ぐ……ぐぐ……」

 

 ぴくぴくしてるところ悪いけれど、流石にこれは治さないわよ。

 

「まさか、分家の一心か……?」

「おそらくは。彼の名前を出した時に、反応がありましたから」

「一心って……まさか、十番隊の前隊長の!?」

 

 浮竹隊長も話に乗ってきました。

 

「あの人が失踪したのが、およそ二十年前ですから。一番可能性が高いのは……」

「なるほど。機会があれば話の一つでもしてみたかったが……けど、その人間は湯川隊長が鎖結と魄睡を砕いたんだったよな?」

 

 その問いかけに、私はゆっくりと頷きます。

 

「そうか……仕方がなかっただろうが……」

「……ん? ちょっと待て……一心のことを確認済みなら、なんで俺に"隠し子"だ"浮気"だなんて聞いたんだ湯川……!!」

「それはまあ……なんというか……」

 

 ふつふつと怒りを見せる海燕さんから目を逸らします。

 

「すみません! 私、もう行かないと!!」

「おいコラ湯川!! テメェ、完全にからかいやがったな!!」

「落ち着け海燕!!」

「そうですよ副隊長!! 怒らないで……ぷぷっ!!」

「奥さんに対する愛を確認できたから、よかったじゃないですか!!」

 

 ニヤニヤ笑いを見せる三席コンビに助けられながら、私は十三番隊を後にしました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「さて、次は――」

 

 十三番隊を逃げるように後にして、次に向かったのは十一番隊です。

 

 ……こっちは、ある意味で一番危険ですからね。

 

 たしか、瀞霊廷に入ってきて最初に一角と戦う。その後で更木隊長――今は副隊長ですけど――と戦うわけですからね。

 下手すれば一護がここで負けて終わります。

 だって……

 

 ついうっかり、一角を鍛えちゃったり。

 ついうっかり、更木剣八と戦って相手を強くしちゃったり。

 ついうっかり、卯ノ花隊長が十一番隊の隊長になって、更木剣八を自分好みに鍛えていたり。

 

『裏ダンジョンのボスクラスに襲われるレベルでござるよ!! こっちはまだレベル15くらいでござるよ!? 勝てねぇで勝てねぇでござる!! 助けて金髪幼女のTASさんでござる!!』

 

 そのくらいの危険性だからね。

 出会った瞬間に敗北からの即死ルート確定です。

 そんな状態になっている現状をどうにかして"何でもしますから命だけは助けて下さい"と言えば許される程度まで抑えるためにも、接触予定の人たちへ先に根回しをしておかないといけません。

 

 なので、十一番隊の隊舎まで来たのですが――

 

「留守ぅっ!?」

「ああ、そうだぜ。隊長も副隊長も仕事だよ、仕事」

 

 ――せっかく勇気を出してやってきたのに、いたのは一角だけでした。

 

「なんか急を要する用事か?」

「急……ではないんだけど……」

 

 まあ、当事者の一人はここにいるからOKとしましょう。

 

「じゃあ一角に教えておくから、二人が戻ってきたら伝えてもらえるかしら?」

「あん? なんで俺がそんなことを……」

「阿散井君が、現世で死神相手に傷を負ったわ」

「!?」

 

 とりあえず手短に、興味の引きそうな話題を提示します。

 

「どういうことだ?」

「詳しく言うとね――」

 

 さて、本日二度目の解説です。

 ルキアさんのことはともかくとして、こっちは一護のことを話題の中心に。

 それに加えて、十三番隊と同じように一護の特徴などを記した手紙も渡しておきます。

 

「――ってこと。でも信じられるかしら? いくら霊圧を限定されていたとはいえ、教育がされていなくて経験も無い、三ヶ月前に死神になったばかりの人間に、かすり傷とはいえ阿散井君が斬られたのよ?」

「にわかにゃ、信じられねぇな……だが、お前が嘘を言うとは思えねぇ……事実、なんだな?」

「ええ」

 

 思った通り、食いついてきました。

 基本的に十一番隊に所属している隊士たちは、強い相手や素質を十分に持っていた相手を餌にすれば簡単に釣れます。

 ダボハゼ釣りみたいなものですよ。

 

「けど、それならなおのこと残念だな。そんな面白そうな相手、一度戦ってみたかったぜ。なんで霊力を消しちまったんだよ勿体ねぇ!!」

「仕方ないでしょう! こっちの任務だったの」

「ちょいとそそったってのに、本当に勿体ねぇな……」

 

 一角はがっかりと肩を落としています。

 たしかに「逃がした魚は大きかった」と言われても、聞いている側にはどうしようもないものね。

 

「そうよね……でも、もしもその人間が霊力を取り戻したら?」

「あん? そんなことありえねぇだろうが」

「人間が死神の力を奪って、大虚(メノス・グランデ)を退ける――そんなありえないことをしたのよ?」

「…………」

 

 食いつきが大きくなってきました。

 

「その人間は、もしかしたら"死神の力を取り戻す"かもしれない。そしてルキアさんのために"尸魂界(ソウルソサエティ)まで乗り込んでくる"かも知れないわ」

「……本当かよ? 信じて良いんだな?」

「それは、確約はできないけれど……」

「それじゃ、話にならねぇな」

 

 一角が肩をすくめました。

 説得、失敗しちゃったかしら……?

 

「けどよぉ……三ヶ月で、まともに鍛えずにそれなら、まともに鍛えりゃどのくらい強くなるんだろうなぁ……」

「一角?」

「蜜柑色の髪をした死神、だったな? 一応、覚えておいてやる。隊長たちにも、この手紙も含めて伝えておいてやらぁ」

「……信じてくれて、ありがとう」

 

 よかった。

 十一番隊はこれで、多少なりともなんとかなりそうね。

 少なくとも瞬殺されて"めでたしめでたし"なエンディングの確率は減ったと思いたいわ。

 

 

 

 

 

 

 

「夜一様……が……?」

 

 さて、残るは二番隊の砕蜂です。

 彼女を食いつかせる餌は勿論、あの褐色爆乳の情報です。

 

「それは本当ですか!?」

「ええ、現世へ任務で行ったときに。実際に目にしたわけではなく、霊圧を感じた程度だけどね」

「そうですか……」

 

 彼女は落胆したような、けれどもどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情を浮かべます。

 

「ふふ……うふふ……」

「砕蜂……?」

藍俚(あいり)様、ありがとうございます。私、急用が出来ましたので……」

「いやいや、ちょっと待って!!」

 

 あ、これ……現地に乗り込んで行くパターンだわ。

 

「さっきも言ったけど、十三番隊の朽木ルキアさんの件があるの。砕蜂もそれに協力して貰いたいの」

「……あっ! そ、そうでした。申し訳ありません!!」

 

 思い詰めたヤンデレって、多分こんな感じなんでしょうね。

 背筋に氷柱を押しつけられた気分だったわ。

 

「それにもしかすると、夜一さんが尸魂界(ソウルソサエティ)に来るかもしれないの。霊圧を限定された状態で現世に行くよりも、どうせなら全力で……ね?」

「なるほど……手間が省けるかもしれませんね」

 

 うわぁ……すっごい悪い顔してるわねぇ……

 梢綾(シャオリン)って呼ばれていた頃は、あんなに天真爛漫で可愛いかったのに。

 

 今の砕蜂も可愛いんだけどね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 「疲れたわぁ……」

 

 さて、これで大体は根回しが済んだわよね。

 そろそろ帰ろうかしら……

 

 ……あ!

 

 朽木家そのもの――というか、緋真さんたちにはまだ話をしてなかったわね!!

 

 ……いえいえ。

 その辺は白哉がちゃんと話を通してくれているでしょう。

 アレだって朽木家の現当主で、緋真さんと鴇哉(ときや)君のお父さんだもの。

 

 大丈夫……よね……

 本当に……大丈夫……だよね……?

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「やっぱりちょっと心配だし、朽木家にも寄っておきましょう」

 

 ああ、我ながら心配性……

 

 それと最後に。

 寄っておいて正解だったことだけは記しておきます。

 




今日の一護はスポーツ中継延長のため休載です。


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第119話 仲間は増やしておきたい

「ルキア……すまぬ……」

 

 格子を挟んでルキアさんと対峙していた白哉は、開口一番にそう告げました。

 

「何度も働きかけたのだが……駄目だった……私は、無力だ……」

「そんな……兄様、お顔を上げて下さい……!!」

 

 無力感に打ちひしがれる白哉を前に、ルキアさんは必死に声を掛けます。

 

「くそおおっっ!! やっぱり駄目なのかよ!!」

「すまぬ、恋次……お前は……いや、お前たちはこれからだというのに……」

「隊長……!!」

 

 白哉の隣にいる阿散井君もまた、悔しそうに叫びました。

 阿散井君とルキアさんが交際を始めたというのは、白哉の耳にも届いています。義理の妹と義理義理の弟(予定)の幸せのためにと、

 

「第一級重禍罪により、朽木ルキアは極囚とする。これより二十五日の後に真央刑庭に於いて極刑に処す――か……」

 

 決定事項と記載された書面、その書面の内容を私は読み上げます。

 

 朽木家が大々的に、そして浮竹隊長と海燕副隊長の両頭を柱として十三番隊の面々が働きかけていましたが、決定が覆る事はありませんでした。

 それどころか罪(カッコカリ)から、括弧が取れてしまいました。

 

 ある意味、予定通りといえば予定通りなのですが。

 ですがそれを知っているのは尸魂界(ソウルソサエティ)広しといえども、私と藍染らくらいですかねぇ……?

 

「いや、まだだ! まだ諦めるには早い! 十三番隊とも連携して、なんとしてでも……」

「そうっスよ隊長!! もうちょっとだけ待ってろルキア! すぐにここから出してやるからな!!」

「やれやれ……男性陣はなんとも頼りになるわね。そう思わない?」

「え……!? ええ、まあ……確かに、そうですね……」

 

 そっと尋ねてみれば、彼女は困惑したような返事をしてくれました。

 

 ルキアさんが牢に入ってから、さらに数日が経過しています。

 

 その間、阿散井君は毎日欠かすことなく見舞いに来ては、ルキアさんに励ましの言葉と今日までの状況を話しているみたいです。

 

 私も、毎日ではありませんが彼女の顔を見に来ています。

 それ以外は、日々の業務の合間を塗って、他にも協力者を増やせないものかと各隊長にコンタクトを取っています。

 具体的に言うと八番隊の京楽隊長とか、七番隊の狛村隊長とかですね。

 

 白哉はといえば、上への訴えを止むことなく続けていて、ルキアさんに顔を見せたのも数日ぶりでした。

 十三番隊の面々も、何度も彼女の顔を見に来ているみたいです。

 

 こういった部分だけをピックアップすると、とてもではありませんが彼女が牢に入っているとは思えませんね。

 

『"123番! 面会だ、出ろ!!"と言われた十分後くらいに"また面会者が来たから出ろ! また来たぞ!"と連続で言われてるようなものでござるな! なんという忙しない囚人でござりましょうか!! 一度に全員来て欲しいでござるよ!!』

 

 ま、まあ……暇よりは良いんじゃない……?

 これだけ慕われているってことで、再考してくれる可能性も高まりそうなものだし。

 

 ……普通ならね。

 

 前述の通り、彼女への対応は変わらず。

 白哉が今日来たのは、この決定を直接伝えるためと、伝えてもなお抗い続けるという意識共有のためです。

 私も付き合わされました。

 

 嫌ではありませんけどね。

 

「でも本当に、最後の最後まで諦めちゃ駄目よ。特に阿散井君のことは、ちゃんと見ててあげてね」

「あ、う……恋次とは、その、まだ……」

「その"まだ"って言葉を消せるように、私も微力ながら協力させてもらうわね」

 

 にっこりと微笑みながら、私も及ばずながら彼女を元気づけてあげます。

 

 

 

 ……あ!

 そういえば、彼女の魂魄の中――だっけ!? に、崩玉っていう何でも願いを叶えてくれるタマが隠されてるのよね!?

 

 ……しくじったわ!!

 

 これ、ひょっとしたら断界(だんがい)にいたときに頑張ったら崩玉を抜き取れたかもしれな……

 いえいえいえ!! 駄目よ、そんなことしたらハリベルさんが産まれないかもしれない!!

 仮定に仮定を重ねても無駄!! ここは我慢、我慢のしどころよ!!

 

『褐色爆乳丸出し下乳な相手と知り合いになるためならば、拙者たちは泣いて馬謖を斬る覚悟で進むでござるよ!!』

 

 そうよね! なんのために頑張ってきたのよ私たち!! 初志貫徹!! 山を登る(おっぱいを揉む)ためならエベレストだって制覇できる! マリアナ海溝だって潜り抜けられる!!

 

『その通りでござる!! だからこそ登山家(ばしょく)に誓うでござるよ!! 同じ轍は踏まぬと!! 山を登って失敗した人から、山を登る(おっぱいを揉む)精神を学ぶでござる!!』

 

 そうよね! ありがとう馬謖さん!!

 

 ……でも、一応ルキアさんは拝んでおきましょう。

 

 崩玉さん崩玉さん、なんとなく良い感じに上手く展開が転がって行って、無事にハリベルさんと知り合いになれますよーに!

 あと良い感じに強くなって、ハリベルさんから信頼されて彼女のおっぱいを揉めますよーに!!

 

「あの、先生……?」

「なんでもないわ。ルキアさん、そろそろ牢が変わる時期だけど。でも気をしっかり持ってね」

 

 二礼二拍手一礼の代わりに、じーっと見つめましたからね。

 突然そんなことされたら、不審に思うのも当然よ。

 

 

 

 崩玉、御利益があるといいなぁ……

 ……柏手(かしわで)も、打っておけばよかったかも。

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 私は協力者捜しをなおも続けていました。

 

「――ということで、藍染隊長にもお力をお貸しいただきたいんです」

 

 今日向かったのは五番隊です。

 もっとはっちゃけて言うとラスボスに「助けてくれ、お前の計画を潰すためにお前の力を貸してくれ」って協力の要請に行ったわけですね。

 

 そりゃ、この人が眼鏡を握り潰して天に立っちゃう人だってことは知ってますよ。

 今回のルキアさん事件について、裏で糸をマキマキしてるんだって知ってますよ。

 

 でも普通に隊長やってる時の藍染の対外的な評価は超善人です。

 色んな死神から慕われて頼りにされる完璧超人です。

 それが仮面を付けた偽りの表情だとしても、利用しない手はありません。

 

 大体、私が霊術院で非常勤講師をやっていた頃も、彼を散々利用してやりましたからね。特別講義と銘打って、彼の持つ技術を何度となく吐き出させたものです。

 

 なので今回も。

 マッチポンプだろうと狐と狸の化かし合いだろうと、利用出来る物は利用してやります。

 そう簡単に身を隠して暗躍出来るとは思わないことね!

 

『立ってる物は親でも使え、の精神でござるな。なんとも藍俚(あいり)殿が頼もしいでござる!!』

 

「なるほど……そういうお話でしたか……いや、なんとも……答えにくい話ですね……」

 

 藍染は頬を軽く掻きながら、なんとも言いにくそうな様子でした。

 ――って、あれ?

 

「あの、藍染隊長……失礼ですが、お体の具合でも悪いのですか? なんだか顔色が悪いように見えますが……」

「いや特には……強いて上げれば少し眠れない日が続いているぐらいですよ」

 

 なんとなく藍染が疲れているというか、やつれている……?

 ちょっと弱っている感じでした。

 なんでかしら? あんなに偉そうに悪の親玉みたいな態度と言動をしてたのに、ひょっとして緊張して眠れぬ夜が続いてるのかしら……?

 だとしたら可愛いわね、遠足前日の子供みたいで。

 

「そうですか。話の腰を折ってしまい、申し訳ありません。何か不調を感じたら、四番隊にご連絡くださいね」

「そうさせて貰います。それと、先ほどのお話ですが……」

 

 おっと、藍染が声を潜めてきました。

 

「確かに、僕の目から見ても今回の事件は異常だとしか思えません。確かに彼女の罪状は重罪ではあるものの、極刑に処すほどではない。前例すらない」

「ですよね。私もそう思います」

「四十六室の決定とはいえ、異例づくめである以上は僕たちにも異を唱える権利はあるはずだ。できる限りだが、協力させてもらうよ」

「ありがとうございます!」

 

 まあ、眼鏡を掛けてる藍染だったら、立場的にこう言うしかないでしょうね。

 内心は「何でこんなことしなきゃいけないんだ!!」と(はらわた)が煮えくりかえってることでしょうけれど。

 

 と、ラスボスから協力を取り付ける言質を取ったところで――

 

「――西方郛外区(せいほうふがいく)歪面(わいめん)反応! 三号から八号域に警戒令!! 繰り返す――!!」

 

 瀞霊廷全域を対象とした緊急警報が発令されました。

 

「これは……!?」

「どうやら、何者かが尸魂界(ソウルソサエティ)までやってきたようだね」

 

 これ多分、一護たちが来たって事ですよね?

 

 よかった……諦めて高校生の夏を満喫しようぜって思考になってたら、どうしようかとずっと気になってたわ。

 

『作中の日付としては、八月になったばかりでござるからなぁ……まだまだ遊びたい年頃でござるよ……一夏のアバンギャルドぉ……』

 




今日の一護は、特に描写する部分がないので休載。
(タイミングとしては兕丹坊と戦うちょい前ですので)
多分、次話は大量になります。

●馬謖
山に登った(山の上に陣取った)ことで、やらかした。三国志の有名人。


●あっち側の裏側(※ イメージ)

??「朽木家から訴えが来ましたよ。あ、また来ました。あ、さらに来ましたよ。これ、処理しないと不審に思われるんとちゃいますか?」
??「またか!! 連日連夜、こちらの都合も考えずに……全く、面倒だが対応しないわけにはいかないだろうね……鏡花水――」
??「おや、今度は十三番隊からも訴えが来てますわ。連名で山のような書類が。あ、こっちは四番隊の隊長さんから」
??「もうやだ!! 限界!! 残った事務仕事は全部キミがやれ!!」
??「いやいや、ボクじゃ不審に思われますってば」
??「え、栄養ドリンクです……(←目が見えないので手伝えない)」

多分きっと、こんな感じ。


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第120話 緊急隊首会

ちょっと休ませてください。具体的には今月いっぱいくらい。


 旅禍襲来の報についてですが、現れたのは西流魂街――それも門の外側。

 西門の門番、兕丹坊が旅禍の相手をするものの、返り討ちにされる。

 その後、あろうことか兕丹坊が自ら門を開け放ち、旅禍を瀞霊廷へと招き入れようとするものの、三番隊隊長 市丸ギンがこれを阻止。

 門は死守され、旅禍は流魂街へと押し戻された。

 

 その後の旅禍たちの行方は不明ながらも、壁の向こう――流魂街へ閉じ込められ、瀞霊廷への侵入は無いと判断されたため、問題にはされず。

 襲来してきた旅禍たちについては、十二番隊の観測結果によれば五名。

 市丸ギン隊長の報告によれば「一人は萱草色(かんぞういろ)の髪をした死神だった」とのこと。

 他の四名については人相や風体などといった詳細も不明。

 

 また、兕丹坊の安否についても不明。

 ただし怪我を負ったことは確実――旅禍の瀞霊廷への侵入を阻止するため兼、旅禍を招き入れた罰として兕丹坊の片腕を切り落としたと、市丸ギン隊長は証言している。

 

 詳細および続報については、調査中。

 

 

 

「やれやれ……ルキアさんの事でも大変なのに、旅禍が来るなんて……忙しないわね」

 

 というのが、今回の旅禍襲来後の第一報。

 各隊隊長へと配布されたその報告書を、隊首室にて丁度目を通し終えたところです。

 

「……心配ですか?」

「そりゃあ勿論、今はルキアさんのことで頭も手も一杯よ」

 

 勇音の言葉に頷きます。

 

「彼女、なんとかしてあげたいのよ……もう予定日まで十四日を切ってるから……」

「十四日……あっ! そ、それって確か……!!」

 

 通例では、処刑日まで十四日を切ると、極囚は懺罪宮(せんざいきゅう)四深牢(ししんろう)へと移送されます。

 その牢は窓から双殛(そうきょく)と呼ばれる処刑道具が見えるように設計されており、毎日眺めることで己の犯した罪を悔いる――それが懺罪宮と呼ばれる所以だそうです。

 

 ……処刑道具を一日中見せつけることで「もう少しすると自分はアレで殺されるんだ……自分はなんて愚かな事をしたんだ……」と精神的に追い詰めるのが目的という、とんでもねぇドSな目的の牢獄ですね。

 私は入ったことありませんけれど。

 

 どうやら勇音も知っていたようで、それに気付いて顔を青ざめさせています。

 

「そう、懺罪宮よ。扉を除けば、中にあるのは窓のみの牢獄。でもその窓から見えるのは、自分の命を奪う時を今か今かと待っている処刑道具だけ……」

「うぅ……考えただけで気が滅入りそうです……」

 

 怯えるのも無理ありませんね。

 勇音が想像しただけでこれなんですから、今まさに体験しているルキアさんはどれだけの精神を摩耗させられていることやら。

 移送には阿散井君が立ち会ったらしいだったけれど、彼も彼で辛いでしょうね。

 

「……せめて、件の旅禍がもう少し粘ってくれたらねぇ……状況を混乱させてくれれば引っかき回す好機だって……」

「た、隊長!!」

 

 あら、いけない。

 うっかり口に出ちゃってたわ。てへ、藍俚(あいり)ちゃんってばうっかり屋さん。

 

 そんな私の呟きを耳にした途端、勇音が驚いたように声を張り上げました。

 

「私は……隊長のお力になりたいと常々思っています! 朽木ルキアさんの件についても、及ばずながら協力させていただきます! で、ですけど……い、今のは聞かなかったことにしますぅ!!」

「ふふ、ありがとう。頼りになる副隊長で嬉しいわ」

「えへへ……」

 

『さらーっと勇音殿の反応を窺い、味方に引き込むような真似をしてるでござるなぁ……藍俚(あいり)殿ってば本当に逞しくなられて――』

 

 ――カンカンカンカン!!

 

『な、なんでござるかなんでござるか!? 鐘の音が鳴りまくってるでござるよ!!』

 

 射干玉が真っ先に反応するの!? こういうのって私の役目でしょ!!

 

 ……こほん。

 

 こんな風に、四番隊の隊首室にて二人でお話をしていたところ、緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響きました。

 伝令神機も普及しているはずなのに、時々アナログなのよね尸魂界(ソウルソサエティ)って。

 

「隊長各位に通達! 只今より緊急隊首会を招集!! 繰り返す――」

 

 なおもアナウンスは切羽詰まった様子で続いていますが、それを気にしている余裕はもはやありません。

 

「隊首会!? それも緊急!? ということは、おそらく議題は……あれのことでしょうね」

 

 ちらりと、執務机の上に置いた報告書を一瞥します。

 

「さて、どうなることやら……ほら、行くわよ勇音も」

「あうぅ……い、行かなきゃ駄目です……よね……」

「緊急の隊首会よ? 副隊長も行かなきゃ駄目に決まってるじゃない」

「はいぃ……」

 

 隊首会は基本的に、隊長副隊長を伴って出席します。

 隊長が会議をしている間、各部隊の副隊長は側臣室(そくしんしつ)という部屋で待機をしているわけです。

 まあ、中には待機せずに抜け出して会議をこっそり聞いちゃう副隊長もいますが、基本的には待機です。

 

 で、勇音が嫌がっている理由ですが。

 

 ……ちょっと前の話になるのですが、隊首会が開催される度に各部隊の副隊長が疲弊しているという小さな事件が発生しました。

 原因は言わずもがなです。

 だってほら、思い出して下さい。十一番隊の副隊長……

 

『なんでも、同じクラスにやべー不良がいる高校生みたいな緊張状態になってるそうでござるよ! 休み時間でも自由に騒げない、シーンと黙って椅子に座ってるだけ! みたいなイメージでござる!!』

 

 別に、更木副隊長は相手を選ばず噛みつく狂犬ではないので、そこまで気にする必要は無いんですけどね。

 ですがそうと分かっていても、威圧的な容貌がどうしても……

 "絶対に噛まない、襲わない"と保証されていても、ライオンを撫でられる人間はそう多くはない。というわけです。

 

 卯ノ花隊長もそれを分かってか、少ししたら草鹿三席を一緒に出席させているみたいですよ。

 あと海燕副隊長も色々と気を遣ってくれてるみたいで、かなり改善されたらしいのですが……それでも勇音は未だに慣れないみたいで……

 

 というわけで、半べその勇音をあやしつつ、出発しました。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「朽木隊長、どうも」

「これは湯川隊長」

 

 隊首会の会場へと向かったところ、そこには総隊長と白哉が既に待機していました。

 二人だけで、他の隊長はまだいないようです。

 

 総隊長は、この隊首会を招集した張本人ですから先にいるのは当然。

 白哉はといえば、ここしばらくは仕事を休んで家でずっと「ルキアさんの処刑を再考して欲しい」と上申書を送り続けているので、来るのも早かったようです。

 

「少し、お疲れのようですが……」

「ええまあ……気がかりが多すぎて、眠れぬ夜が続いて……」

 

 ……あら?

 ちょっと前にもこんな話をしたような……

 

「――ごほん」

「「ッ!!」」

 

 総隊長が咳払いを一つした途端、私たちは背筋を正して口を噤みました。

 私語厳禁、ってことですね。

 

 でも、まだ三人しか集まってないんですからちょっとくらい良いじゃないですか……

 

 そもそも隊長の都合を考えない緊急の隊首会なんですから。

 隊長が尸魂界(ソウルソサエティ)の外れにいるかも知れないんですよ! その場合、開始までにどれだけ時間が掛かることやら……

 

 

 

「……来たか」

 

 案の定、全員が集まった頃には日が沈んでいました。

 私が来たのって、まだお天道様が上にいたんですよ……待ちくたびれました……

 長い時間を掛けて各隊長がポツポツと集まってきて、そして最後の一人がようやくやってきたところで、それを察した総隊長が重々しく口を開きました。

 

「さあ、今回の行動についての弁明を貰おうか! 三番隊隊長、市丸ギン!」

 

 姿を見せた市丸ギンを十二(つい)二十四の視線が貫きます。

 

『お一人は盲目ですので、二十四の視線にはならぬのではござらぬか?』

 

 ……それもそうね。東仙の分は勘定から外しておきましょう。

 

「何ですの? イキナリ呼び出されたか思うたらこない大袈裟な……」

 

 鋭い視線で睨まれているにも関わらず、市丸は飄々とした態度を崩すことはありません。不適な笑みを顔に貼り付けたまま、総隊長との受け答えを始めました。

 

 議題は、先日の一護たちを取り逃がしたという失態についてです。

 ついでに言えば単独行動をしたというのも問題になっていますが、そこは一護たちを捕まえれば相殺してお咎め無しになっていたでしょうから。

 なので「お前隊長だろ? なんで失敗したの? 説明しろ」というのが今回の隊首会の目的です。

 

「どうじゃい。何ぞ弁明でもあるかの……市丸や?」

 

 今回の招集目的を語った後に、ずいっと凄みを見せながら総隊長は市丸からの返事を待ちますが、けれども向けられた市丸は涼しい顔のままでした。

 

「ありません」

「……何じゃと?」

「弁明なんてありませんよ。ボクの凡ミス、言い訳のしようもないですわ」

「……ちょっと待て、市丸……」

 

 あっさりとミスを認める市丸と、その姿を見て藍染が何かを言いかけたところで――

 

 ――ガンガンガンガン!!

 

「緊急警報!! 緊急警報!! 瀞霊廷内に侵入者有り!! 各隊守護配置について下さい!!」

 

 日中、緊急隊首会を開く際に鳴ったそれよりも一段と重々しく激しい音色を立てながら警報音が鳴り響き、侵入者を知らせるアナウンスが響き渡りました。

 

「侵入者!?」

「まさか、例の旅禍では!?」

 

 各隊長たちは驚いています。

 

 けど、コレって確か一護たちがやってきた警告ですよね?

 

「……致し方ないの……」

 

 けたたましく鳴り響く警報に顔を曇らせつつも、総隊長はどこか納得しきれぬ様子で口を開きました。

 

「隊首会はひとまず解散じゃ! 市丸の処置については追って通達する。各隊、即時廷内守護配置に――」

「あの、総隊長」

「なんじゃ?」

 

 総隊長が口にしようとした言葉を遮って、私は口を開きます。

 

「言葉を遮ってしまったことは、申し訳ございません。ですが一つ考えがあるのですが……提案、良いでしょうか?」

「……申してみい」

「ありがとうございます」

 

 総隊長から許可を貰い、私は腹案を口にしました。

 

 

 


 

 

 

不定期連載 今日の一護

 

 

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)へとやってきた一護君とそのお友達のみんな。

 西門にて兕丹坊と市丸ギンとの戦いこそ乗り切ったものの、その後が大変です。

 侵入者がいるということで瀞霊廷内は警備が厳重になったことは想像に難くありません。

 

 そのため、にゃんこ姿の夜一さんは門以外から入ることを提案しました。

 

「長老殿、志波空鶴という者の所在をご存じか? 以前のままなら確か、この西方郛外区(せいほうふがいく)に住んでおったと記憶しておるのじゃが……」

「志波空鶴……ああっ! 都殿の妹さんですな!!」

「……は?」

 

 何故か少しだけ鼻の下を伸ばしたような表情を見せる西流魂街の長老の姿に、夜一さんは間抜けな声を漏らしました。

 

「おや、志波家のことはご存じなのに、都殿の事をご存じありませんでしたか? 海燕殿の奥方様ですよ」

「なんじゃと!! 奥方!? け、結婚しおったのか!! 海燕のやつがかぁ!?」

 

 どうやら長老の話は、夜一さんはどれも初耳だったご様子。

 声を裏返して悲鳴のように叫びます。

 

「あっ! また出やがったなその海燕って名前!! 一体誰なんだよそれ!!」

「喧しいわ!! ちょっと黙っておれ!!」

 

 一護君が耳聡く"海燕"の名前に反応しますが"よるいち の みだれひっかき! こうか は ばつぐんだ!"な結果になりました。

 「ぐおおおおおっ!!」と痛みに悲鳴を上げながら転がり回る一護君を無視して夜一さんは話を進めます。

 

「儂はそんなこと全然知らんぞ……いやまあ、状況を考えれば知らぬのも当然なのじゃが……ぐぬぬ、いったいどうなっておるのじゃ……?」

「その……にゃんこ殿……? 志波家の方が住んでる家ならば、知っておりますが……」

「む! 知っておるのか!!」

「ええ、勿論! というよりも、この西流魂街に住む者ならば誰でも知っておりますぞ!」

「……なに?」

 

 みんな知ってる、と言う言葉になんだか負けたように肩を落とす夜一さん。

 でも仕方ないよね。

 都さんの人気に流魂街の人たちは老若男女問わずにメロメロになってるなんて、現世じゃ知る機会もなかったんだから。

 さもシリアスなことのように尋ねた自分がバカみたいだって思ってしまっても、知らなかったんだから仕方ないよね。

 

 

 

 そうそう、それと一護君ですが。

 

「大丈夫か、一護……」

「な、治したほうがいい……?」

「……男前になったな黒崎」

「石田! これのどこが男前だ!!」

 

 みだれひっかきを喰らって撃沈していたものの、雨竜君の言葉にすかさず反応してしっかりとツッコミを入れる辺り、流石は主人公でした。

 

 

 

 

 その後は、夜も遅くなっており、慣れぬ夜道を歩くのは危険ということで長老さんの家に一晩ご厄介になってから、一護君たちは志波家に出発することになりました。

 

 ……あ、泊まった時に岩鷲君なんて出てきませんよ。

 

 海燕さんは生きてる。

 空鶴さんも隻腕になっていない。

 都さんという義理の姉もいる。

 藍俚(あいり)に子供の頃から気に掛けて貰っている。

 

 こんな状況の彼が「自称・西流魂街一の死神嫌い!」なんて言いながら出てくるなんてありえませんからね。

 巨大イノシシのボニーちゃんに跨がって、暴走族まがいのことをするようなひねくれた性格に成長するような下地すらありません。

 

「さて、地図だとこの辺なんだけど……」

「むぅ……おかしいの」

 

 志波家を目指して歩いている途中、夜一さんが怪訝そうな声を上げました。

 一体どうしたんでしょうか?

 

「本当に近くまで来ておるのか?」

「ええ、そのはずですよ。ほら」

「ならば……どうして旗持ちオブジェが見つからんのじゃ?」

 

 雨竜君の見せた地図を確認してから、さも不思議そうに呟きました。

 

((旗持ちオブジェってなんだーーっ!?))

 

 一護・雨竜の二人は心の中で激しくツッコミを入れます。

 

「ム……旗持ちとは、アレか……?」

 

 同じく話を聞いていた茶渡君が、めざとく何かを見つけたようで指をさします。

 その先には"志波空鶴"と書かれた、いわゆる"のぼり旗"が一本だけはためいていました。

 

「なんじゃ……? 今回は随分と貧相じゃのう……」

 

(旗持ちオブジェ……? オブジェなのかあれ……?)

(貧相ってことは、もっと派手な時もあったということか……!?)

「なんだかラーメン屋さんが開店したときみたい」

 

 なお旗の後ろには志波家があります。

 なので織姫ちゃんの表現も一理あったりします。

 

 とにかく。

 そのまま夜一さんの顔パスで金彦・銀彦のチェックを通り抜けて、志波家の中へと通されて空鶴さんとのご対面と相成りました。

 

「よう、久しぶりじゃァねぇか、夜一」

 

 空鶴さんのお部屋へと通された一護君に、空鶴さんが挨拶します。

 

「まあ、空鶴のお友達かしら? 初めまして、志波 都と申します」

 

 そして彼女の隣には、たまたま空鶴の部屋へと遊びに来ていた都さんが同席していました。

 

「お、おんなぁ!?」

「てか都って、流魂街で話題になってたあの!? この人が!?」

「じゃあこっちが空鶴って人か!?」

「そういえば妹だと言ってたような……」

「んな大事なことならなんでもっと早く気付かなかったんだよ石田!!」

「うるさいな黒崎! キミだって気付かなかっただろう!!」

 

 ツッコミ役の二人はギャーギャー騒いでいます。

 そして織姫ちゃんと茶渡君はというと――

 

「綺麗な人……」

「目のやり場に……困るな……」

 

 ――都さんと空鶴さんについて、感想をこぼしていました。

 女性でも見惚れてしまいそうな都さんから目が離せない織姫ちゃんと、露出度の高すぎる空鶴さんから必死に目を逸らす茶渡君なのでした。

 

「うっせぇぞガキ共!! ……ん? おい、そいつは……」

「あら? あらあら……?」

「な、なんだよ……?」

 

 空鶴さんと都さん、二人がそろって一護君を凝視します。

 

「兄貴!?」

「海燕!?」

「またその名前かよ!! どーなってんだよ尸魂界(ソウルソサエティ)ってのは!!」

 

 顔も知らぬよく似た風貌の相手に間違われ続けてストレスが溜まっていたのでしょうか? 一護君の魂が籠った絶叫が志波家に響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

「ところで空鶴、あの旗持ちオブジェは一体……?」

「ああ、あれは姉貴が派手なのを嫌がってな……あんなのぼり旗でも、認めさせるのに苦労したんだぜ……」

「そ、そうか……」

 

 なにやら人知れぬ苦労があったようです。

 




●夜一さんの知識について
現世に逃げてからここで登場するまでの間、尸魂界で起きた事件をどのくらい知ってるのか、の線引きについてのことです。

ちょっと悩んだ結果"面白くなればそれでいいや"と結論づけました。
(なので「結婚したのか!?」とか「都って誰!?」と驚いてます)


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第121話 立ってる者は親でも使えって、親が言ってた

すみません、ちょっとリアル生活的な方を優先させていました。



「七地区十二番、異常ありません」

「同じく十三番、異常なし!!」

「了解しました。引き続き捜索を行って下さい」

「「了解しました!!」」

 

 無線から報告が飛び込んで来ては、その結果が白地図上に反映されていきます。

 各部隊、各隊士の懸命な捜索によって書き込みがされていくものの、今のところは、白が七分(ななぶ)に黒が三分(さんぶ)と言ったところでしょうか。

 これだけでも瀞霊廷がどれだけ広いのか、それを改めて実感させられます。

 

「旅禍は西方郛外区(せいほうふがいく)に現れました。であれば、西側を重点的に調べるべきでしょう。そちらの様子はどうなっていますか!?」

「配置は済んでいますが、まだ報告は上がってきてません。慎重に調べているようです!!」

「わかりました……」

 

 藍染――いえ、今だけは藍染総司令(・・・)と呼ぶべきですかね?――の言葉に、一人の隊士が現状の報告を返します。

 その内容に藍染は思案顔を浮かべました。

 

「怪我人が出たような報告は?」

「いえ、今のところは皆無です!」

「隠密機動は各隊と連携して捜査に当たれ! 二番隊の各隊士は、仲立ちを務めるように!! いいな!!」

 

 私と砕蜂も、藍染総司令に負けじと指示を出していきます。

 色々と忙しいですよね。

 椅子に座ってふんぞり返っていればいいわけじゃありませんから。

 

 

 

 

藍俚(あいり)殿!! そろそろ説明を!! さっぱり理解出来ないでござるよ!! なんでござるかこの状況は!?』

 

 はいはい、分かってますって。

 それじゃあ、隊首会が解散する直前まで場面が一旦飛ぶわよ。そこから説明するから。

 

 

 

 

 

「言葉を遮ってしまったことは、申し訳ございません。一つ、考えがあるのですが……提案、良いでしょうか?」

「……申してみい」

「ありがとうございます」

 

 総隊長の言葉を遮る形で口を挟んだ私は、そのまま考えを口にしました。

 

「瀞霊廷内への侵入者というのは、あまり例がありません。そこで、各隊がバラバラに動くのではなく各隊が協力する体制を作るべきではないかと思います」

「ふむ……」

 

 その言葉に総隊長は髭に手を当てつつ思案顔を見せます。

 

「言うは易し。なれど、行うは難し。具体的にはどうするつもりじゃ?」

「一人、総司令役を用意します。その総司令の指示に、隊長を含めた各隊隊士は従うことで、組織だった動きや連携を行えるのではないかと意見します」

「…………」

「総司令の場所を用意し、そこが全体の動きを統括すれば対応も円滑に進むのではないでしょうか」

 

 結構、死神たちってバラバラですからね。

 今回のような場合、各隊は決められた地域を守るのですが、上に立ってしっかり指揮を執る。下の者はそれに従う。

 そういう組織的な動きって、苦手です。

 

 戦場だって、総司令部から指示を受けることで各部隊は動くわけでしょう?

 今までは、隊長というの名の現場指揮官がそれぞれ独自に動いて、それでも上手く行っていたわけなのですが。

 

「なるほどねぇ……この事件を利用してその組織的な動きの実戦訓練をしちゃおうってわけだ。こりゃまた、藍俚(あいり)ちゃんは凄いことを思いついたね」

「だが、今回の場合は効果的かもしれないな。侵入者がどこにいるかも分からない現状、横の繋がりと情報のとりまとめ役は必要だろう」

 

 意外にも、と言っては失礼ですかね。

 京楽隊長と浮竹隊長が好反応を見せてくれました。

 

「なんだそりゃ!? こんなときに悠長にそんな事してる余裕なんてあるのか? とっとと動くべきだろうが!!」

「慣れぬ試みゆえに、対応が遅れる可能性もある。旅禍相手に後手に回るのはあまり好ましくなかろう」

「拙速は巧遅に勝る場合もある。止めておくべきでは?」

 

 そして当然ながら、反対意見も出てきました。

 狛村隊長と東仙。あと何故かやたらとエキサイトして反対してくる日番谷隊長です。

 

「どうでもいいヨ。早く旅禍を捕縛させてはくれんかネ」

 

 ……涅隊長はブレませんねぇ。

 他の隊長たちは、特に賛成も反対も無しといった感じでしょうか? 

 

「ふむ、なるほど。各人の言い分はあれど、やってみて損はなさそうじゃな。して、肝心のとりまとめ役は誰が行う? 湯川、お主か?」

「いえ、その役目は藍染隊長にお願いしようかと思っています」

「……ええっ!? 僕がですかっ!?」

 

 突然の大抜擢に、藍染は目を丸くしています。

 

「ええ、そうです。藍染隊長とは、私が霊術院で講師をしていたときに何度と特別講義を依頼しましたし、そのときに見せた知識や考え方など、どれも素晴らしかったので。是非、お願いしたいんです」

「い、いや……それは……弱ったなぁ……僕には荷が重すぎますよ」

 

 案外、本気で困ってるのかもしれません。

 演技とは思えないくらいに、悩んでいます。

 

「それに、今回の侵入者ですが。十中八九は、件の旅禍だと思います。ですが、その旅禍を隠れ蓑として別の存在が来たという可能性もあります。藍染隊長ならば、そういった事にも気づけると思います」

「……なるほど。藍染の評価については、儂も聞いておる。問題はなかろう」

 

 納得したとばかりに総隊長はパンと手を鳴らしました。

 

「此度の件については、藍染を頂点とした動きを取ることを厳命する! 異例のことじゃが、そもそも瀞霊廷への侵入者というのもあまり例はない! そのため、各隊長は部下の隊士たちへと伝え、きちんと手綱を握っておくように。よいな!」

 

 総隊長の命令が下りました。

 こうなってはもう、逃げられません。

 

 普通ならば、こうも容易く決定することはないのでしょうが。

 藍染の優秀さと、それを知る者達の多さ。

 そして異例の事態に対応するためということが、総隊長の心を後押ししたのでしょう。

 

 ということで藍染は総指揮を取ることになりました。

 ですが、この話はここだけでは終わりません。

 

「藍染隊長、もう一つお願いが」

 

 切り出したのは、私と砕蜂を副指令とすることでした。

 

 隠密機動と二番隊という、いわゆる隠密的な動きをする者たちのトップである砕蜂。

 四番隊という、治癒や各部隊の後方支援をする者たちのトップである私。

 

 そんな二人が補佐としてつけば、全体の動きをよりスムーズにできるはず。

 ということで、この案も認められました。

 

 

 

 という顛末です。

 

 藍染は総司令となり、総司令部が大急ぎで建設され、彼はそこで指揮をとることになりました。

 総司令部には不定期に情報が飛び込んできており、加えて人の出入りも不定期です。

 

 誰がいつ来るのか、どんなタイミングで事態が動くのかも不明瞭。

 そんな状況になれば、いくら藍染といえども鏡花水月で死を偽装するような真似は出来ません。

 だって、誰にいつ見られるのか分からないんですから。

 なので裏で好き放題に暗躍することはできません。

 

 さらに彼の横には私と砕蜂がついています。

 補佐として基本的に行動を共にしているわけですから、姿を隠して事件を裏で操る暇なんて、そうそう出来ません。

 

 ついでに、総司令部には総隊長もいます。

 何か言うわけではありませんが、私たちの動きを無言で見ていて、なんとも言えないプレッシャーが全員に掛かります。

 一応名目上は「新しい形を試している以上、どこかで不都合が起きるかも知れない。その見極めのため」ということですが……うん、やりにくい。

 きっと藍染はもっとやりにくいことでしょうね。

 

 そしてなによりも。

 まだルキアさんから崩玉を入手していない以上、藍染は真面目に大人しく仕事をするしかないわけです。

 

 仮に私の目論見に気付いていたとしても、どうすることもできないわけです。

 

 どーせこの人、この騒動が終わったらいなくなっちゃうんですから。

 最後のご奉公です。思う存分に、使い倒してやりましょう!!

 だって藍染は、まだ善人の仮面を被ったままですから!!

 

 ビックリするほど有能な相手なんですから、こっちの味方だと公言している間は仕事を大量に与えて逃げられないようにしてやりましょう!!

 ほらほら、アンタの狙い通りに事態を動かせる盤面は作ってあげたわよ! 感謝しなさいな!! ここからどう動くのかしら!?

 

 というのが、私の狙いです。

 ついでに、ちょっとだけ嫌がらせ狙いでもありますけどね。

 

 

 

 

 

 というわけで――

 

「こっちの地区は!?」

「いえ、まだ何も」

 

 藍染総司令は今も必死でお仕事をしています。

 総司令部には通信機器が持ち込まれ、そこから現場の各隊士から矢のように情報が送られてきています。

 寝る間もないほどの忙しさです。

 

 仕事があって、監視の目もあって、私と砕蜂という両手に花もありますよ。

 良かったですね。

 

 そうそう。この状況ですが、白哉は抜けています。

 総隊長からも許可を取って、ルキアさんへの対応に集中することになりました。

 情にながされちゃいましたかねぇ……総隊長も……

 

「四番隊隊長、湯川から各隊士へ。侵入者が旅禍だった場合、その実力は少なくとも西門の兕丹坊を倒すほどです。発見した場合でも、無理はしないようにお願いします」

 

 と、私も注意を促すような指示を出しておきます。

 それと四番隊にも連絡を入れておいて、勇音に仕切らせるように指示しています。

 ちゃんとお仕事はしておかないと駄目ですからね。

 

 さてさて……どう転ぶかしら?

 

 

 

 

 

 ――結局、その日は発見の報告もありませんでした。

 休みなく一晩中お仕事をしていたので、司令部の面々も疲れの色が見え隠れしています。この辺、交代で休憩を取らせるしかありません。

 まあ、一部の人は休めませんけど。

 

 そんな感じで、交代のローテーションを決めようとしていた明け方頃、強烈な衝撃が瀞霊廷を襲いました。

 まるで大質量を持った何かがもの凄い勢いで衝突したような……

 

 ……あれ? これで一護たちが来たんだっけ?

 

 じゃあ、あのときに鳴り響いた侵入者の報告はなんだったのかしら……?

 

 え!? あれまさか鏡花水月!?

 

『オラァ! 催眠!! でござるよ!!』

 

 ひょっとして、射干玉も気付いてた……?

 




 ※ 今週の今日の一護は、特別拡大版を別枠で放送予定です

●藍染いじめ
このタイミングの藍染は(多分)本物なので、本物が拘束されて働かされています。
(原作だとこの頃の藍染は基本的に身を隠していた。
 隊首会の時だけ本物だったと言ってるので)

冷静に考えるとこんなことやらない方が上手く回ると思いますけどね。
(藍染への嫌がらせ"だけ"は特化してると思いますが……)

●総司令部の一コマ(想像)
「湯川隊長。僕、仮眠を取りたいんですが……」
「はいこれ、四番隊特製の寝なくても平気になる薬です」
「え……?」
「総指揮を取る人間が不在は問題なので、どうぞ。効きますよ」
「え、え……?」
「砕蜂隊長は、お先に仮眠を取って下さい。三時間くらい経ったら起こしますから」
「は! それではお先に失礼します」
「え、え……? え……!?」

 多分、現場はこんな感じ。
 藍染を使い潰せ!!

 ……こんなことしてると「カッとなってやった」って理由で刺されそう。


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第122話 今日の一護 ~拡大版~

 海燕という名前に振り回されていた一護君。

 ここに来て、ようやく都さんと空鶴さんから説明のチャンスを得られました。

 ですが、人生というのはそう上手くは回ってくれないもので……

 

「姉ちゃん! なんだよ今の大声は――!?」

 

 空鶴さんの部屋から聞こえてきた、志波家には少々似つかわしくない大声を聞きつけ、岩鷲君が様子を見にやってきました。

 

「母様、どうしたの?」

 

 そして彼の姪、氷翠(ひすい)ちゃんも岩鷲君に連れられて登場です。

 

 海燕さんと都さんのお子さん、志波 氷翠(ひすい)ちゃん。

 今までの登場シーンでは赤ん坊の姿でしかありませんでしたが、あれから時間は十分に経過しており、今や少女と呼べる程度の容姿に成長しています。

 見た目はお人形さんのように華奢で可愛らしく、特別にあしらえた小袖がよく似合っていて彼女の容姿をより魅力的な物にしています。

 志波家の者によく見られる、義理人情に熱い親分肌といった印象は薄く、どちらかといえば冷静でクールな印象が見られますね。

 

 加えて、やはり志波家に産まれたからでしょうか。

 小さな身体に似つかわしくない、強い霊圧を宿しています。

 まともな霊圧知覚を持っていたら、この子はとんでもない才能を持っているとすぐにわかったことでしょう。

 

 ついでにいうと、見た目はともかく実年齢は十歳を超えています。

 一護君とは、年の近い親戚という関係になりますね。

 

「なっ!?」

「え……?」

「また新しいのが来た!?」

 

 何の予備知識も無い状態で出会ってしまった、一護・岩鷲・氷翠(ひすい)の親戚。三人はしばらくの間、驚きのあまり固まったまま見つめ合ってしまいました。

 

「海燕の兄貴!?」

「父様……?」

「んで、またその名前か!! ……って、父様だと!?」

 

 そしてお約束の海燕に間違われるのに加えて、さらに父親と間違われています。

 ましてや氷翠(ひすい)ちゃんは、見た目だけで判断すれば小学校低学年くらいの幼女です。

 そんな子供から知り合いが父親呼ばわりされたとあっては、多感な時期の高校生たちは動揺を隠せません。

 

「黒崎……なるほど。隠し子がいたのか」

「く、黒崎君……駄目だよそんなの!! ちゃんと父親としての責任を!? え!? あれ……?? え、じゃあお母さんは誰……? 黒崎君に恋人がいたの……?? 私、そんなのしらない……」

「ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!! 俺がそんな無責任な男に見えるかコラァ!! あと井上!! 違うからな!! 俺はまだ誰にも手を出しちゃいねぇ!!」

 

 からかうような雨竜君の言葉と、本気で信じ込んで心配したり混乱したりしている織姫ちゃん。ましてや一護君に好意を抱いている織姫ちゃんは大混乱してしまい、つられて一護君も大混乱です。

 

「まだ……?」

「違う!! チャドもからかわねぇでくれよ!!」

 

 もうやめてあげて! とっくに一護君の精神はいっぱいいっぱいよ!!

 

「ううん、よく見たら違う……あなたはだぁれ? 父様のお友達?」

「だよな! 髪がオレンジ色だし、兄貴はこんなに凶悪そうなツラはしてねぇ!」

「誰が凶悪そうなツラだって!? てかオメェー初対面の相手になんてこと言いやがる!!」

「あぁん!? そっちこそ紛らわしい顔しやがって!! ウチの姪っ子が困ってるじゃねぇか!! とっととそのツラ整形して出直してこい!! てか、俺が顔の形を変えてやろうか!? この拳でよぉ!!」

「っるせーぞテメェら!!!!」

 

 一護君と岩鷲君、初対面のはずなのですが何故か異常なほど息の合った喧嘩を始めました。こういった所は、もしかしたら彼らが親戚だという証拠なのかもしれませんね。

 

 とあれ、いきなり険悪な雰囲気で口喧嘩を始めた二人に、空鶴さんの怒りのゲンコツがたたき込まれました。

 

「……うぐ……」

「姉ちゃん、ごめんなさい……」

 

 とりあえず二人仲良く地面を舐めることで、この騒ぎは一旦静まりました。

 

「岩鷲兄様、大丈夫ですか?」

「お、おう……なんたって俺は、兄貴みたいな死神目指して修行中だからな。この程度は、なんでもねぇよ」

 

 姪の心配に、岩鷲君は痛さを堪えて元気満点な姿を必死に見せます。

 年上としては情けない所は見せられませんからね。

 

「それとこっちの……」

 

 続いて氷翠(ひすい)ちゃんは、一護君の方も心配してくれます。

 ですが一護君を近くまで寄ると、彼女は相手を観察するようにじーっと見つめます。

 

「な、なんだよ……? 俺の顔に何かついてるか?」

「うん、やっぱり。父様じゃないけれど、どこか父様と同じ匂い……ううん、岩鷲兄様や空鶴姉様にも近いような……どうして……?」

「は……?」

 

 倒れている一護君の顔をのぞき込みながら、くんくんと犬のように匂いを嗅ぐ幼女の姿に、一護君も困惑気味です。

 落ち着いて! あなたたちは親戚なの! 今のところ、誰も知らないし気付いてもいないけれど!!

 

「あん? おれや岩鷲にも近い……? 氷翠(ひすい)、そりゃどういうこった?」

「空鶴姉様……ごめんなさい、よくわからないの……ただ、なんとなくそう感じて……」

「実は私も、なんとなくそう思ったの」

「都の姉さんもか!?」

「ほら、この子は海燕に顔つきが似ているし。氷翠(ひすい)がそう感じるのも当然かも知れないわね」

 

 志波家とは血の繋がりが無いからでしょうか、都さんもそう思っていたようです。

 

「……まさか!!」

「ん? どうした岩鷲」

「いや、さっきそっちで隠し子がどうとか言ってたから……いや! 海燕の兄貴に限って、そんなことはねえ!! ……と思うんだけどよ……」

「バ、バカかお前!! んなこと、思っても口に出すな!!」

 

 岩鷲君がさらっと、新たな火種になりそうな事を言いました。

 つまり"一護君は海燕さんの隠し子ではないか"と思ってしまったわけです。

 そんなことを奥さんのいる前で言うなんて、デリカシーがないぞ岩鷲君! そんなんじゃ、藍俚(あいり)さんに愛想を尽かされちゃうぞ!!

 

「あら、そんなこと……でも平気よ」

「え?」

「だって私は海燕のことを信じているから」

「「「おおーっ!!」」」

 

 さらりと言ってのけた妻として深い愛と信頼に、その場のほとんど――志波家側も現世組も含んだほぼ全員――が思わず拍手をしました。

 

「の、のう……空鶴。すまぬが、儂がここに来た理由を話したいのじゃが、よいか……?」

 

 ただ一人、話の流れとノリについて行けなくなっていた夜一さんだけが、申し訳なさそうにそう切り出しました。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、話は大体わかった」

 

 さて、気を取り直して。

 夜一さんは志波家まで来た理由を説明しました。

 

「仕方ねぇな……って、言いたい所なんだけどよぉ……」

 

 空鶴さんはちらりと横目で都さんを見ます。

 

 夜一さんは言ってしまいました。

 瀞霊廷内へ無許可で侵入するのに協力してくれと言ってしまいました。

 都さんたちもその場にいるのに、それも構わずに言ってしまいました。

 

「浦原も噛んでるなら、協力してぇんだけどよぉ……」

 

 空鶴さんが非常に歯切れ悪く呟きました。

 

 でも仕方ないですよね。

 都さんがかつて十三番隊で三席まで上り詰めた女傑だなんて、夜一さんは知らないんですから。

 これはつまり、元警官の前で「この屋敷に忍び込むのに力を貸してくれ」と依頼しているようなものです。

 しかも夜一さんたちは尸魂界(ソウルソサエティ)的には旅禍の立場ですから、密入国者が犯罪を犯そうとしている現場そのものです。

 

 でも仕方ないですよね。

 知らなかったんですから。

 

「夜一!! お前、頼むにしても時と場所を考えろ!!」

「む!? 何がじゃ!?」

「よりにもよって都の姉貴がいる前で! なんてこと言いやがんだテメェは!!」

「だから何がじゃ!? どういうことじゃ!!」

「あー……姉ちゃん? 俺、今の話は聞かなかったことにするわ。ほら、行くぞ氷翠(ひすい)

「あの、岩鷲兄様? 母様、今のお話は一体……?」

 

 危険を察知して、岩鷲君が氷翠(ひすい)ちゃんを連れて退席しようとします。

 退席というよりかは、避難と言った方が正しいかもしれませんね。

 氷翠(ひすい)ちゃんは何のことかキチンと理解出来なかったようで、頭の上に疑問符を浮かべています。

 

「待て岩鷲! もう聞いちまった以上は、テメェも同類だ!! 逃げたら俺が兄貴にチクる!!」

「ちょ……!! そりゃねぇよ!!」

「それと都の姉貴! 無茶言ってんのは百も承知だ!! けどよ、おれにも立場とか義理とかがあるんだ!! 頼む!! 目を零してくれ!!」

 

 岩鷲君の首根っこを掴むと、そのまま姉弟一緒に土下座をして都さんに懇願します。

 

「空鶴……? お主、一体……?」

「夜一! オメェも頭を下げろ!! 都の姉貴は、兄貴の嫁! 元十三番隊の三席なんだよ!! 実力は勿論強えし、下手すりゃ今すぐ兄貴に連絡されてお前ら一瞬で捕まるぞ!!」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 やっと夜一さんたちも、状況が飲み込めたようです。

 

「そ、それは……」

「どーすんだよ夜一さん!! 下手すりゃ俺たち、ここで終わりかよ!?」

 

 夜一さんに問い詰める一護君でしたが、そんな中で都さんに頭を下げる人がいました。

 

「あ、あの。私、井上織姫って言います! その、尸魂界(ソウルソサエティ)の法律からすると、私たちがやろうとしているのは悪いことだと思います。でも、朽木さんを助けたいんです! だから、お願いします!」

「い、井上……?」

 

 それは織姫ちゃんでした。

 都さんの前に座って、真摯に頭を下げています。

 

「そう、織姫さんって言うね……織姫さん。一つ、聞いてもいいかしら?」

「は、はいっ!」

「織姫さんは、どうして助けに行きたいの?」

「そ……それは……」

 

 織姫ちゃんは顔を真っ赤にして言いにくそうに口をもごもごさせていましたが、やがて小さな声で――都さんにだけしか聞こえないような小さな声で、答えました。

 

「く、黒崎君の力に、なりたい……んです……」

「そう……わかったわ」

 

 織姫ちゃんの恋する気持ちを悟り、都さんはにっこりと微笑みました。

 

「今回のこと、目をつぶってあげるわ。でもそれは、織姫ちゃんたちが瀞霊廷に入るまでの期限付き。それが終わったら、私は海燕に連絡する。これが、私にできる最大限の譲歩よ」

「ほ……っ……た、助かったぜ……」

「いや、姉ちゃん……結局兄貴に怒られるのは変わらねぇんじゃねえか?」

「いいや、お前はもっと怒られるんだよ」

「へ……っ!?」

 

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべるお姉ちゃんの顔に、岩鷲君は背筋が寒くなるのを感じました。

 

「何しろ、お前もコイツらと一緒に瀞霊廷へ突入するんだからなぁ!」

「なっ!? なななな何馬鹿なこと言ってんだよ姉ちゃん!! 俺の立場は知ってんだろ!?」

「おー、当然知ってんぜ。霊術院生だろ?」

 

 実は岩鷲君、現在は死神になるために霊術院に通っています。

 お兄さんや憧れの人が死神になってますからね。

 姪の氷翠(ひすい)ちゃんも大きくなって、お母さんの手も掛からなくなってきたので、霊術院に入学したわけです。

 元々の素養に加えて、海燕さんや都さんから手ほどきも受けていたので、今のところ大変優秀な成績を修めているそうですよ。

 入隊確実と評されていて、ちょっと天狗になっているみたいです。

 

 そんな岩鷲君。

 いつもは寮から霊術院に通っているのですが、今は夏。霊術院も夏期休暇中です。

 なので実家の志波家に戻っていた所でした。

 今日は久しぶりの帰省で久しぶりに再会した姪の氷翠(ひすい)ちゃんと遊んでいたところ、夜一さんたちが尋ねてきて、こんな風に巻き込まれてしまったというわけです。

 間が悪かった、というべきなんですかね。

 

「わかってんなら、なおさらだぜ! 霊術院生が旅禍に手を貸して瀞霊廷に侵入したなんて知られたら、退学どころじゃ済まねぇよ!! 下手すりゃ殺される!! 頼む姉ちゃん! 考え直してくれ!!」

「うっせーな! コイツらが悪さしねえように見張ってましたとでも言やぁ良いだろ」

 

 必死に懇願しますが、お姉ちゃんは聞く耳を持ってくれません。

 

「それにだ! 花鶴射法(かかくしゃほう)でコイツらを瀞霊廷にブチ込むにゃ、打ち上げ係以外にも細かい操作をする係が必要なんだよ!」

「やっぱり花鶴射法(かかくしゃほう)かよ! てか、それなら姉ちゃんが行けば良いだろ!! 俺は嫌だ!!」

「……あん?」

 

 苦し紛れに口にした言葉に、けれども空鶴さんは――

 

「なるほど……そいつはアリだな」

「へ……?」

「このところ刺激が足らねぇと思ってたんだ」

 

 ――ニヤリと物騒な笑みを浮かべました。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬふあああ……!!」

 

 志波家の練武場から、一護君の情けない声が聞こえてきます。

 

 霊珠核(れいしゅかく)に霊力を注ぎ込んで弾丸にして、花鶴大砲で打ち上げて瀞霊廷へ突入するという説明はとっくに済みました。

 そして今は一護君が霊珠核へ霊力を注ぎ込もうとしています。

 

 ですがニワカ死神の一護君、普通の死神なら誰でも出来ることが満足に出来ません。

 霊力を込めようとしているのですが、まるで駄目。なんだか隔壁っぽいものがなんとなくできあがるだけです。

 雨竜君・織姫ちゃん・茶渡君の三人は少し練習しただけで出来るようになったのに、これはちょっと情けないぞ一護君。

 

「駄目だっ!! ぜんっぜん上手く行かねぇ!!」

「オメー……いくら何でも下手すぎるぞ。霊術院の一回生だって、もう少し上手くやらぁ」

「う、うっせーな岩鷲!! 人には向き不向きってもんがあんだよ!!」

「あらあら……」

 

 一護のみっともない姿を見ているのは、岩鷲たちだけではありません。

 都さんと氷翠(ひすい)ちゃんも揃って見ていました。

 

「……黒崎さん、少し良いですか?」

「あん? あんたは確か……都さん、だったよな……?」

「ええ、それとこの子は娘の氷翠(ひすい)です」

「よろしくお願いします」

「お、おう。よろしくな」

 

 なんともクールな氷翠(ひすい)ちゃんの態度に、一護君は気圧されてしまいます。頑張れ一護君、君の方がお兄ちゃんなんだから!!

 

「それと、霊力の込め方ですが……」

「母様、あれ私もやってみて良いですか?」

「え? うーん……無茶はしないでね」

「はい」

 

 氷翠(ひすい)ちゃんは、一護君から霊珠核を受け取り霊力を込めます。

 

「おお……うめぇ……」

 

 一瞬にして綺麗な真円をした隔壁ができあがりました。その見事さは一護君も思わず目を奪われるほどです。

 氷翠(ひすい)ちゃんは死神同士から産まれ、しかも志波家という特殊な家で育っています。

 そんな彼女からすれば、霊力のコントロールなどは出来て当然なのでした。

 

「――はっ!! か、貸せ! そのくらい俺だって……」

「駄目です」

 

 しばらく見惚れていた一護君ですが、自分よりもずっと小さい女の子がいとも簡単に出来たことで、年長者として恥ずかしくなったようです。

 奪い取るように手を伸ばした一護君でしたが、彼から逃げるように氷翠(ひすい)ちゃんは距離を取りました。

 

「一護さん、やり方が間違っています。霊力を込めるのに、力は要りません。私がもう一度同じ事をするのでよく見てて下さい。こうやってイメージをして……」

「お、おう……イメージだな……」

 

 年下の女の子から説教されるようにして説明を受けつつも、一護君は必死でやり方を学んでいきます。

 氷翠(ひすい)ちゃんが落ち着いた物言いをしているためか、自然と言うことを聞いているようです。

 

「それと、一番大事なのは集中を切らさないことです。母様も藍俚(あいり)おば様もそう言っていました」

「ああ、わか……ん? 誰だよ、藍俚(あいり)おば様って……?」

「? 藍俚(あいり)おば様は藍俚(あいり)おば様ですよ?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

氷翠(ひすい)、黒崎さんは知らないでしょうから……その方は湯川藍俚(あいり)さんといって、四番隊の隊長のことです。私もこの子も、あの人には随分とお世話になっているんですよ」

 

 利発そうに見えても、やっぱり子供です。

 子供らしい問答巡りにお母さんが補足説明という助け船を出しました。

 ですがその名前を聞いた途端、一護君が眉間に皺を寄せます。

 

「ん……? その名前、四番隊……あっ! 俺のことを刺した死神じゃねぇか!!」

「え? まあ、そうだったんですか?」

「てことは何か!? 俺は自分のことを刺した死神から間接的に教えを受けてるわけか!? なんだよそりゃ……」

「むっ! 藍俚(あいり)おば様の悪口は駄目……!」

「いや、そういう事じゃなくてだな……」

 

 どこか、妹たちの世話をしている時を思い出しながら氷翠(ひすい)ちゃんへ必死に説明をする一護君でした。

 

 

 

 あ、霊珠核へ霊力を込めるのは、氷翠(ひすい)ちゃんの教えもあってすぐに成功しましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして諸々の準備も終わり、いよいよ打ち上げ――今はその直前と言ったところです。

 

「姉ちゃん……本当に行くのかよ……?」

「当たり前だろう? 中に入って操作するヤツがいなきゃ失敗するのは、お前だって知ってんだろうが」

 

 一護たちと瀞霊廷に突入する気が満々の空鶴さんに、岩鷲君は心配そうに声を掛けます。

 

「いや、そういうことじゃなくて! 俺は――」

「言うな岩鷲!!」

 

 なおも何かを言おうとした岩鷲君の口を、空鶴さんは物理的に塞ぎました。

 

「考えてみりゃ、お前じゃ瀞霊廷の死神にツラが割れてるかもしれねぇ。だったら、おれが行った方がまだバレねぇだろう? ま、この空鶴姉さんにドーンと任せておけってもんよ!!」

 

 片手で口を塞いだまま、もう片方の手で誇らしげに自分の胸を叩きました。

 

「だからよ、岩鷲。お前には、後のことを頼んだぜ……海燕の兄貴と都の姉貴、それに氷翠(ひすい)のこともよ……あと、一割くらいはお前が立派な死神になれるように祈っといてやるよ」

へえちゃん(姉ちゃん)……」

 

 岩鷲君は、今になって、その言葉を聞いてようやく理解しました。

 空鶴さんは決して、自分の楽しみだけで瀞霊廷に行くのではありません。

 

 岩鷲君を無理に同行させれば、弟の選んだ道に傷がつくかもしれません。

 下手をすれば、兄の海燕さんや都さんにまで迷惑が掛かるかもしれません。

 そんなことになるくらいなら、自分で選んで自分で責任を取って自分一人がやったと言い張る方が、ずっとマシだと思ったのです。

 

 そう判断したからこそ、彼女は自ら同行するという道を選んだのです。

 

「っしゃあ!! 行くぞテメェら!! 花鶴射法用意!!」

「おう!! 姉ちゃん!!」

 

 瞳に浮かんだ涙を腕で乱暴に拭い去ると、岩鷲君は打ち上げの用意を始めました。

 

 心の中で、無事に帰ってきて欲しいと願いながら……

 




この後、打ち上げられたわけです。

●志波 氷翠(ひすい)
とりあえず(名前の氷から)クール系の幼女として設定。
実年齢は12歳くらい。これでも一護と一番年齢が近い親戚。
(出自が出自なので、下手したらホワイトぽいのが産まれながらに同居してそう)

●空鶴さん参戦
原作だと、岩鷲が死神が嫌いだけど乗り越えて一護に協力したわけですが。
こっちの岩鷲にはそんな感情なんて無いですから。

じゃあ、もう空鶴さんが行くしかないじゃない。
(弟や兄の迷惑にならないように「今回のことは自分一人でやった!家も家族も一切関係ねぇ!!」と言い張る覚悟もできている。腹切るのまで覚悟の上)

……一角たちを「ハゲとオカマのコンビかよ!!」とか笑うんでしょうか?


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第123話 旅禍が空から降ってくる

「何! この衝撃は……!?」

「見て下さい、空が!! 不思議な光を……!!」

 

 総司令部の中が大騒ぎになりました。

 通信手として働いている死神の一人が窓の外を指さしたその先には、まるで放電現象のような奇妙な光を放つ"何か"が空中に存在していました。

 

遮魂膜(しゃこんまく)に激突したのが原因……ということか? だが、アレは一体……」

 

 遮魂膜(しゃこんまく)というのは、瀞霊廷の全域を覆う巨大な結界みたいなものです。上は天空から下は地中まで、グルッと巨大な球体のように張り巡らされています。

 そしてこの遮魂膜(しゃこんまく)、触れると霊力を分解してきます。

 何の備えも無しに触れると分子レベルまで分解されるわけでして、これがあるから瀞霊廷内には外敵も易々と侵入出来ないわけです。

 

「あそこに衝突しても消滅しないとは……どれだけの密度を持っているんだ……!?」

 

 あ、藍染が驚いてます。

 

 分解されると言っても、何でもかんでも一瞬で粉々にするわけじゃありませんからね。分解に耐えられるだけの高密度の"何か"で外側を覆えば、今みたいに遮魂膜(しゃこんまく)を突破しかねない勢いにも当然なります。

 

 ……そういえば空鶴が以前、そんな凄く硬い障壁を発生させる道具を作ってたわね。散々自慢されたわ。

 霊珠核、とか呼んでいたわね。

 確かにアレは硬かったけど……そっか、アレを使って突入したのね。

 

 なんとも乱暴なやり方よねぇ……

 

「見ろ! 光が……!!」

 

 そう思っていると、光が四つに分かれて弾け飛びました。

 それも都合の良いことに東西南北の四方向に分かれて。

 

 あの光が、一護たちってわけよね。

 えっと……織姫さんの霊圧は……あ、駄目だわ。わかんない。

 本人の霊圧と爆発したときの霊圧とがぐちゃぐちゃに混ざっちゃってて、どれがどれだかさっぱりだわ……

 霊圧が落ち着くまでのしばらくの間は、目視による確認しか出来そうもないわ。

 これじゃ、探すのに難儀するわけだ。

 

「……藍染隊長。四つに分かれたあの光って、多分ですけど兕丹坊を倒した旅禍たち……ですよね?」

「ええ、おそらくは」

「じゃあ昨日の隊首会の時に鳴った侵入者発見の警報……アレ、一体誰が侵入したんですか?」

「「「「……ッ!?」」」」

 

 疑問を口にした途端、場の全員が凍り付いたような表情で私の方を見てきました。

 

「報告によると兕丹坊を倒した旅禍たちは五名ということでした。先ほど飛んでいったあの四つの光に旅禍たちが一人ずついるとしても、一人分足りません」

「では、その一人が隊首会の時に見つかった侵入者だと!?」

 

 砕蜂が食いついてくれました。

 

「可能性はあると思います。でも、それならその一名が見つかった時点でこんな目立つ方法で突入してくるよりも、何か別の手段を取った方が良いと思う」

「外部と連絡が取れない、または取れなくなった。という可能性もあるのでは?」

「ええ、藍染隊長の仰った可能性もあります。ですがそれでも、あまりにも連携が取れていません。別の何者かがいると考えた方が自然だと思います」

 

 まあこの推理は、私が裏事情をある程度知ってるからこそ、こんなにも自信満々に言えるんだけどね。

 

「裏を返せば、私たちは"最初の侵入者がどんな相手なのか"の情報があまりにも無い――全員が"あの旅禍たちがやってきた"と思い込んでいたわけです」

 

 けれど、思い返す度に感じるわ。

 あの緊急アナウンスって、本当に絶妙なタイミングだったわね。

 

「ならば、別の存在がいるかもしれないというわけですか?」

「ええ。あの侵入者発見の報を鳴らしたのは誰か? その誰かは何を見て侵入者だと判断したのか? そこから調査しなおしですね」

「ならばそれは、二番隊にお任せください!」

 

 砕蜂が意気揚々と発言してきました。

 

「あの一報は誰が発信したのか、見事突き止めて湯川隊長にご報告させていただきます」

「えーと……その情報は私じゃなくて、全員に共有してね」

「はい!」

 

 私、役に立ちますよ!! だから頭を撫でて!! みたいな感情が透けて見えてるのよねぇ……

 

「ではその件は二番隊にお任せするとして。それと併せて、各隊士に"可能な限り旅禍を捕縛する"よう周知して下さい。仲間や協力関係などを調べます。いいですよね藍染隊長?」

「ええ、それは勿論。お願いします」

「はい!」

 

 一応、こう言っておかないと殺されかねないので。

 まあこう注意しても"勝手にやっちゃう"死神がいるんでしょうね……涅隊長とか。

 

「最後に、私も少し四番隊に戻っても良いでしょうか?」

「ええ、それは構いませんが……どうして?」

「あれだけ派手に突入してきたとなれば、血気に逸った隊士が群がりそうですからね。今後の方針や対処方法など、少し直接指示を出してきます」

 

 確かここからは怪我人が大勢出てきたはず。

 勇音が頑張って回してくれるとは思うけれど、トップが現場にいないのも問題だからね。

 

「なるほど、そういうことでしたら問題ありません。では、僕も五番隊に……」

「藍染隊長はこちらで総指揮を引き続きお願いしますね。何か用がある場合は、副隊長を通して指示をお願いします」

「え……? だめ、ですか……?」

 

 あんたはここにカンヅメ! そう決まってるの!!

 

『先生、今日中にあと300ページ書かないと原稿が落ちるでござる! という具合でござるな!!』

 

 うん、そんな感じ。

 

 

 

 

 

 

 

「勇音、状況はどうなってるかしら?」

「あっ! 隊長!! お帰りなさい」

「はい、ただいま」

 

 総司令部を抜けて四番隊へ顔を出してみれば、私を見た途端に勇音は顔をパッと明るくしました。

 助かった。という感情がありありと見て取れたわ。

 

「でもがっかりさせるようで悪いんだけど、ちょっと様子を見に来たのと指示を出しに来ただけ。またすぐに戻ることになるわ」

「そ、そうですか……」

 

 ごめんね、本当はこっちに集中してあげたいんだけど……

 あの藍染が気になって気になって。

 

「それで、夕べどうだった? 結果的に何も異変はなかったみたいだけど」

「はい。みんな、警戒していましたが何もなかったので。今は、交代で休憩を取っているところです」

「そう、なら良いわ。休憩組はできるだけぐっすり眠れるように気を遣ってあげて」

 

 異常があると知らせを受けたのに、何も見つからないままって時間だけが過ぎていくのって、予想以上に神経や精神がすり減るからね。

 しっかり休ませて気力を充填させないと潰れかねないから。

 

「あと、勇音も知ってるだろうけれど遮魂膜(しゃこんまく)に激突してきたのがいたでしょう? アレも侵入者みたい」

「ええっ! あれ、そうだったんですか!?」

「遠くからだったから、よく見えなかった?」

「はい……明け方だったので、みんなで"アレはなんだろう?"って言い合っていました」

 

 その現場、ちょっとだけ楽しそうね。

 私も参加したかったわ。

 

「どうやらあの光が本命みたいよ。これから事態は大きく動くことになると思うから、今のうちに薬や現場に派遣する人員の確保なんかをしておいて」

「わかりました!」

 

 一護たちが乗り込んできて、結構な数の平隊士がやられるのよね。

 だから…………

 

 ……あれ?

 

 一護って吹っ飛ばされた直後に一角と戦ったんだっけ……?

 頑張れ私の記憶!! ちゃんと思い出して!!

 今の一護じゃ、ちょっと特訓した程度じゃ絶対に一角には勝てない……主人公補正とか斬月が協力するとかそういうレベルじゃないくらい、一角は強くなってるもの……

 

 大丈夫! ちゃんとお願いしたから見逃してくれる……だ、大丈夫……よね……?

 

「大変です副隊長! あ、先生もいらしたんですね!?」

「ええ、ちょっと戻ってきたの」

 

 血相を変えた様子で慌ただしくやってきたのは雛森さんでした。

 

「それで桃、何かあったの? 勇音に用事があったみたいだけど」

「あっ、そうでした! 先ほど、緊急の連絡が入って!!」

 

 一護たちが暴れてるって連絡かしら?

 もしくは……たしか茶渡君も暴れてた……ような気もするけれど、その辺かな?

 

「怪我人が大量に出たそうです!!」

「……え?」

 

 怪我人が……大量に……?

 

「しょ、詳細は!?」

「なんでも、鬼道を受けたような怪我をしている者が多数いるらしいです! 規模や怪我人の詳しい情報は不明とのことです!」

 

 ちょっ、ちょっと!? 何それ、どういうこと!?

 あの子たちってそんなにアグレッシブだったっけ!?

 

「それって、件の旅禍が暴れているってことですか!?」

「ええ、副隊長。そうみたいです。瀞霊廷でも見かけない死神が暴れているとか……それ以外にも色んな援軍が大勢いるとかで、現場が混乱しているみたいで詳細な情報が……」

「わかりました! 至急、救護班を送りますから!」

「私もここに残って手伝うわ」

「ありがとうございます隊長!」

 

 流石にこの状況、見過ごせないものね。

 

 でも……一体何がどうなってるの!?

 




 ※ 今週の今日の一護も、特別拡大版を別枠で放送予定です


●初代護廷十三隊がアニメで公開(時事ネタ)
なにあの六番隊隊長……なんでツインテールが被ってるの!?
何なの不老不死って!? 教えて斉藤さん!!
そりゃ十一番隊の隊長(に出戻った人)も気遣うわよ!!

なんなの鹿取抜さん!!


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第124話 今日の一護 ~拡大版 その2~

「さて、どうにか突入は成功したな」

 

 無事に瀞霊廷内――その通りの一つへと無事に着地した空鶴さんは、油断なく辺りを見回しながら一人呟きました。

 

 花鶴射法によって霊珠核を打ち上げ、瀞霊廷に無理矢理侵入するという方法はなんとか成功しました。

 衝撃によって一護君たちはバラバラに分かれてしまいましたが、それはそれ。

 侵入には成功したので結果オーライです。

 

 かなり派手な侵入になってしまいましたが、幸いにも周囲に死神たちはいなかったようで、彼女は少しだけホッと胸を撫で下ろしました。

 

「しかし一護、お前本当に使えねえのな。おれがいなかったら落下の衝突で死んでたぞお前……」

「う、うるせえな!! そんなもん習ってなかったんだから仕方ねぇだろうが!!」

 

 なので続いて、一緒に行動することになった一護君へと目を向けます。

 なにしろ今の一護君に出来るのは、剣を振って戦うことが精々です。その戦いも、落下の衝撃を和らげるような器用な真似なんてできません。

 原作では岩鷲君が石波(せっぱ)という術を使って道路を砂に変えてくれたおかげでなんとか軟着陸出来たように、こちらでは空鶴さんが術によって落下の衝撃を相殺してくれました。

 おかげで砂まみれになることもなく、二人は無事に着地できました。

 

「てか空鶴さんよ、なんなんだよその格好は……」

「あん? 似合うか?」

「いや……まあ……似合うっちゃあ似合うけどよ」

 

 さて現在の空鶴さんの格好ですが、普段のような肌色を目一杯強調したお色気たっぷり目のやり場に困るような格好ではありません。

 潜入ということもあってか、肌の露出をできるだけ抑えたできるだけ地味な忍者のような格好をしています。とはいえ肌にぴっちり張り付いたボディラインが丸わかりの衣装をナイスバディの女性が着ているので、それはそれで目のやり場に困るわけですが。

 

「そのお面のせいで台無しだぞ……」

「へへへ、いいだろう?」

 

 そして顔には訳の分からないオブジェのようなデザインの仮面――お面? を被っていました。

 

「兄貴に迷惑が掛かるからな。正体がバレないための工夫だぜ」

 

 これはこれで、空鶴さんなりの"自分は志波家とは関係ない。海燕の出世にも、岩鷲の将来にも関係ない。自分が一人で暴れただけだ"という意思の表れだったりします。

 彼女なりの気遣いなわけで、決して正体を隠して楽しんでいるわけではありません。

 

「そうそう。今からおれの名前はシバ仮面だからな! 間違っても空鶴って呼ぶんじゃねえぞ一護!!」

「へーへー……」

 

 一護君に向けてビシッと指を突きつけながら、空鶴さんは楽しそうに宣言しました。

 

 決して正体を隠して楽しんでいるわけでは……あ、ありませんよ……

 

 とあれ、思春期の一護君がこんな型破りなお姉さんと一緒に行動するのは色々と悪影響が出そうですね。

 

「んじゃ、移動するぞ」

「移動……って、場所わかんのかよ!? てか、井上たちやチャドはどうすんだ!!」

「そいつらにはとっくに説明したぞ。朽木ルキアが捕まってる場所も、分かれた時の行動も含めてな」

「……へ?」

 

 あっけらかんと答える空鶴さんに、一護君は思わずマヌケ顔を晒してしまいました。

 

「な、なんで俺だけ聞かされてねえんだ!?」

「そりゃオメーだけ霊珠核で散々手こずってたからな。必死で居残り練習してる間に、他の奴らには話しておいたんだ」

 

 空鶴さんは比較的瀞霊廷との繋がりが薄い方です。

 ですが彼女の兄は現役の副隊長、兄嫁は元三席、弟は霊術院生ですから。内部情報を知る機会はたっぷりあります。

 なのでルキアさんが懺罪宮に捕まっている程度の情報は簡単に知ることが出来て、ついでに織姫ちゃんたちへの情報共有も済んでいます。

 ましてや打ち上げ係の空鶴さんが同行するわけですから、遮魂膜(しゃこんまく)と激突すれば最悪離ればなれになることも、その際には懺罪宮を目指すことで合流しようということもしっかり打ち合わせ済みだったりします。

 

 知らぬは主人公ばかりですね。

 

「な、なんで俺だけ……」

「オイ、落ち込んでる暇なんてねえぞ。さっさと進んで合流――!?」

 

 そこまで言いかけて、空鶴さんは険しい顔を浮かべます。

 

「ん? 急にどうし――?」

「シッ! 黙ってろ!!」

 

 一護君が疑問符を浮かべますが、その理由はすぐに向こうの方からやってきました。

 

「この辺か!?」

「多分な!! この辺に落ちたはずだ!!」

「探せ!! じゃねえと隊長副隊長に殺されっぞ!!」

「「「ウィッス!!」」」

 

 やたらドスの利いた声と荒々しい口調が目立つ死神たちの姿が見えてきました。

 

「あれは……!?」

「ま、そりゃ見つかるわな。おれのおかげで静かに着地できても、落っこちて来てる姿は地上の瀞霊廷から丸見えだしな」

「どうすんだよ!?」

「どうするって……そりゃ、一つしかねえだろ?」

 

 空鶴さんはそう言いながら懐から球形をした何かを取り出しました。

 それは、打ち上げ花火を見たことがある者なら誰でも知ってるような形状の――いわゆる二号玉とか三尺玉とか呼ばれるような、あの形をしています。

 ご丁寧に導火線まで付いているそれを見て、一護君は猛烈に嫌な予感がしました。

 

「ま、まさかそれ……」

「当然! こうすんだよ!!」

 

 術で一瞬にして導火線に火を付けると、そのままやってきた死神たちへ目掛けて投げつけます。

 

「ん? なんだ? 何かが飛んで来――」

「ちょ! それ……――」

 

 死神たちは反応こそしたものの、その正体に気付くことはありませんでした。

 何かが飛んで来たと思ったところでそれは大爆発を起こし、死神たちを吹き飛ばします。

 

「っしゃあ!! どうだ万花(ばんか)の味は!?」

「な、ななななにしてんだよアンタは!? そんな花火なんて投げたらバレるに決まってんだろ!!」

「ああん? なんだようっせえな……良いじゃねえか別に……」

「良くねえよ!! 俺たちは潜入してんだよ!! 相手に自分の居場所をわざわざ知らせるような真似をしてどうすんだって言ってんだ!!」

 

 一護君のお怒りはごもっともです。

 ですが、空鶴さんの考えは少々違ったようです。

 

「派手に暴れて居場所を知らせりゃ、お前の仲間たちの警戒はそれだけ緩むだろ? そうすりゃ救出も上手く行くってもんだ」

「な……っ……い、いやでもよ……」

「つーことだ! もう一発行くぜ!!」

 

 自分が目立つことで囮になり、敵を引きつける。そのために派手に暴れているんだ。

 という理由を聞いて納得しかけた一護君でしたが、その感情を飲み込むよりも早く空鶴さんが花火を空へと向かって打ち上げました。

 まるで花火大会の一幕のような火で出来た花が空に描かれます。

 

「はっはっは!! 派手に爆発するじゃねえか!! さすがはおれ特製だな!!」

「…………」

「ついでだからな、こっちの道にも仕掛けておくか。コイツらは導火線の長さを調節しておくぜ。こうすりゃ他にも仲間がいると思って混乱するだろうからな。キヒヒ!」

 

 ひょっとして、それも方便で好き勝手に暴れたかっただけなんじゃないだろうか……

 

 一護君は喉まで出かかった言葉を必死で飲み込みました。

 口に出しても詮無きことですからね。

 そして何より――

 

「なんだ今の爆発は!?」

「あそこだ!! あっちの方だぞ!!」

「見ろ! あそこだ!! 誰かいるぞ!!」

 

 ――騒ぎを聞きつけ、わらわらとやってきた隊士たちの姿に、それ以上の問答は無駄だと悟ったからです。

 

「おっ、来た来た。大漁だな」

「だあああっ!! ちくしょう!! やってやらあああぁぁっ!!」

 

 観念したように斬魄刀を構える一護君。

 こうして少年はまた一つ、大人になるのでした。

 

 

 

 

 

 

「おらああぁっ!!」

「ぐえっ!」

「吹き飛べ!! 破道の三十一! 赤火砲!!」

「ぎゃあああああ!!」

 

 一護君と空鶴さんの活躍で、集まってきた隊士たちはどんどん返り討ちにあっていきました。

 ですが二人がどれだけ倒しても、まるで雲霞のごとく次々にやって来ます。

 とはいえ、次々倒されていく仲間たちに隊士たちも怯んでしまい士気が下がっていく――なんてことは一切ありませんでした。

 

「つ、つええ……!!」

「怯むな! ここで怯んだら……隊長に……」

「いや、その前に副隊長に……」

「いやいや、その前に斑目三席に殺されるぞ!!」

「う、うおおおおっ!! あの人たちに殺されるくらいなら!! やってやらあああっ!!」

「旅禍がなんぼのもんじゃああああっ!!」

 

 はい。

 今の会話からわかったように、彼らは十一番隊の隊士たちです。

 どうやら一護君たちが落っこちてきたのは十一番隊の管轄だったようで、騒ぎを聞きつけた十一番隊の平隊士たちがどんどんやって来ます。

 

 そして、彼らからすれば一護君たちよりも怖い相手が大勢います。

 下手にビビって無様を見せて、後で卯ノ花さんたちからキツいお仕置きを受けるくらいなら、たとえ勝てなくても目の前の一護君に挑む方が何百倍もマシなわけです。

 

「な、なんだよコイツら……!?」

「へへ、面白えな。こんだけ倒しても全然ビビらねえ……護廷十三隊の死神ってのは根性あるんだな。甘く見てたぜ……」

「どうすんだよ空鶴さん!? これじゃじり貧だぞ!!」

「馬鹿! シバ仮面って呼べって言っただろうが!!」

 

 ですが、そんな裏事情を知らない一護君たち。

 彼らからすればどれだけ倒されても怯むことなく背水の陣で挑んでくる敵の姿に、むしろ自分たちの方が気圧されていました。

 逃げるにしても戦うにしてもどうにも苦労させられそうで、二人とも次の一手を決めかねています。

 

「斑目三席は!? まだ来ないのか!?」

「逆の方に行ってんだ! まだ時間が掛かる!!」

「よっしゃ!! ならもう少しだぞお前ら!! 十一番隊の意地を見せろ!!」

「「「「ういぃぃっっすっ!!」」」」

 

 そんな一護君たちを取り囲み、じりじりと迫ってくる平隊士たち。

 

 ですが、そんな状況に闖入者がやってきました。

 

「わっ、す……すいませ……あう! わっ、たっ、うわあっ!! あうぉふ!!」

「な、なんだ?」

 

 間抜けな声を上げながら一護君たちの前に転がり出てきたのは、背も低く幸薄そうな顔をした一人の死神でした。

 

「あいたたた……あ、あれ?」

「……っ!! なあ一護、良い作戦を思いついたんだけどよ。乗るか?」

「不本意だけど、仕方ねぇよな……」

「あ、あの……ここって一体……それにあなた達って、ひょっとして……」

 

 一護君と空鶴さん。

 二人はまるで示し合わせたかのように頷きました。

 さすがは親戚同士ですね、こういうときは息が合います。

 

「てめーらどけどけ!! コイツをぶち殺されてえか!?」

「道をあけろ!! じゃねえと怪我すっぞコラァ!!」

 

 転がり出てきた死神を捕まえると、彼を盾にします。

 やってることは完全に悪役ですね。主人公にあるまじき所業です。

 

「はっ、人質だぁ!? 何言ってやがんだ!! そんなもん俺たちには……――!?」

 

 そう言いかけて、彼は絶句しました。

 

「お、おい……アイツ。どこかで見たことないか……?」

「あん? 旅禍にとっ捕まった間抜けな死神だろ?」

「い、いや!! 俺も見たことあるぞ!! たしか、四番隊の死神だ!!」

「「「「なにいいいいぃぃぃっ!?!?」」」」

 

 四番隊(・・・)の死神。

 その言葉を聞いた途端、周囲にいた全員が驚きの声を上げました。

 

「ああっ!! 言われりゃ確かにそうだ!! 結構治療が上手かったぞアイツ!!」

「確か名前は山田……太郎だったような!!」

「いや、山田花子じゃなかったか!?」

「は、はい! 救護作業に来た四番隊の者です! ……あと、ぼくの名前は山田――」

「なんで四番隊なのに前に出てんだテメエは!? 死にてえのか!!」

「――ひっ! すみません!! ただ、迷っちゃって気がついたらいつの間にか……」

「なんてことしてくれんだテメエぇぇっ!!」

 

 やたらと怯えて狼狽して絶叫する十一番隊の隊士たちに、人質作戦を取った一護君たちの方がむしろ呆気にとられました。

 

「……なあ、くうか――シバ仮面さんよ。これ、チャンスだよな?」

「なんだかよく分からねえが……おーしお前ら!! コイツを殺されたくなかったら道をあけろ!!」

「くっ……」

「や、やめろ!! わかった! 道は譲る!! だからそいつは離せ!! なっ、なっ!?」

 

 十一番隊の隊士にとって、四番隊の名前はある意味では鬼門です。

 だって彼らは、過去に四番隊所属の藍俚(あいり)さんにぶっ飛ばされているわけですから。

 あの殴り込み事件を直接体験していない若い隊士であっても、霊術院で彼女にぶっ飛ばされたり、先輩から身をもって話を聞かされたこともあり、骨の髄まで刷り込まれていますからね。

 

 四番隊を舐めると大変な目に遭う――と。

 

 別段、四番隊へ仕事を回すのは問題ありません。

 そもそもが救護や補給などの後方援護を主任務とする部隊ですからね。裏方の仕事を振るのは全く問題ありません。

 

 問題となるのは、四番隊を軽んじたり無礼な態度を取ったときです。

 そのときは藍俚(あいり)さん直々にぶっ飛ばされて、その後は完璧に治療されてからもう一度、今度はシメられると評判なのです。

 

 そんな四番隊の隊士を、自分たちの都合で見捨てるような真似をしたらどうなるか……

 

 その先のことが容易に想像できるからこそ――護廷十三隊のどの部隊の隊士たちよりも一番理解しているからこそ。

 ついでに言うなら、今の十一番隊の隊長は元四番隊の隊長です。そんな彼女に、古巣の仲間を見捨てたなんてことが知られたらどうなるか。

 その先のことについて想像してしまい、なんとか人質を解放させようとする選択を彼らは自然と選んでいました。

 

「ほら、道はあけたぞ!! これでいいか!? よかったらさっさとその山田花子から手を離せ!!」

「あ、あのぼくの名前は――」

「っしゃあ!! 逃げるぞ一護!!」

「オウ!! オラそこ! 妙な真似はすんなよ!! この山田花子の命が惜しかったらなぁ!!」

「くっ……ここまで追い詰めておきながら……畜生!!」

 

 モーゼのように開けた道を通りながら、一護君たちは悠々と逃げていきました。

 

「――山田花太郎ですよぉ……」

 

 力なく呟かれた言葉を聞く者はいませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その一方で。

 

「ん? どうした……なにいいいぃぃっっ!?!?」

 

 伝令神機から届いた言葉を聞いた途端、彼は驚きの声を上げました。

 あまりに突然のその反応に、周囲にいた隊士が何事かと振り返ります。

 

「わかった、ありがとうな都。んじゃ、切るぞ」

 

 通話が切れたことを確認すると、ボリボリと頭の後ろを軽く掻きながら彼――海燕さんは遠くの方へと視線を移しました。

 

「……ったく。やってくれたな、空鶴……」

 

 お兄ちゃんが妹を叱るまで、あと少しのようです。

 




●空鶴(潜入スタイル)
多分、対魔忍のような格好してるのかな?

●一角
藍俚との出会いのおかげで、ある程度は真面目になってる。
なのでサボってない。

●山田花太郎
この世界では最高の人質。
(だって四番隊に所属してるから)

●海燕
(事前に言っていたように)都さんから連絡を貰う。
怒れるお兄ちゃん参戦決定。奇跡の出会いまであと少し。


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第125話 今日の一護 ~拡大版 その3~

「すげーじゃねえかお前!! まさか人質作戦がここまで効果的とはな!!」

 

 山田(やまだ)花太郎(はなたろう)君を人質として担いで移動を続けながら、一護君の機嫌はとても良さそうです。

 なにしろ道行く先で出てくる隊士たちはほぼ全員が、花太郎君を見た途端に驚いて道を譲ってくれるのですから。

 そうでない者も当然いますが、その場合は一護君や空鶴さんやシバ仮面さんがぶっ飛ばしていきます。

 なので概ね順調に移動出来ていました。

 

「この先も頼むぜ! 山田花子!!」

 

 なお、名前は未だに間違えて覚えているようです。

 

「あの……ぼくの名前は……」

「けどあんなに効くってことは……ひょっとしてコイツ、死神でも偉いヤツなのか!?」

「さあ? 少なくともおれは山田なんてヤツは知らねえな。兄貴や藍俚(あいり)の口から出てきたこともない」

 

 一護君の問いかけに空鶴さんは首を傾げました。

 ですがそれも当然です。

 だって彼らが恐れていたのは花太郎君ではなく、そのバックにいる人たちなのですから。けれども護廷十三隊の内部事情にそれほど明るくない空鶴さんでは、どれだけ悩んでも答えにはたどり着けません。

 これはひょっとして、勘違いが積み重なっていく予感!

 

「けど四番隊――藍俚(あいり)のやつの隊なら一目置かれてるかもしれねえな。おいお前、何席だ?」

「一応七席やってます……ぼくとしては、何かの間違いなんじゃないかって思ってますけど……」

「七席か……微妙なところだな」

「けど七席ってことはつまり、上から七番目に強いってことだろ?」

「そんな! ぼくなんて全然強くありませんよ!!」

 

 花太郎君が大急ぎで否定すると、再び空鶴さんが首を傾げました。

 

「でもお前、藍俚(あいり)の部隊なんだろ?」

「それは……確かに、三席とかは副隊長くらい強いですけど……」

「なん……だと……!?」

 

 ポロリと口にしたその内容に、今度は一護君が驚かされました。

 

「マジかよ!? 副隊長くらいってことは、恋次と同じくらい強いって事だよな!?」

「あの、恋次というのはどなたのことでしょうか……?」

「たしか……阿散井! 阿散井恋次って言ってたぞ」

「阿散――ええっ!! 阿散井副隊長ですか!?」

 

 恋次という名前だけではピンと来なかったのでしょう。

 名字を聞かされてようやく、花太郎君は思わぬビッグネームに気付きました。

 

「阿散井副隊長となら、大体同じくらい強いはずです。皆さん霊術院の同期だったそうで、たまに集まって稽古とかしてるみたいですから」

「副隊長クラスの連中がゴロゴロしてるってことか……とんでもねえな、四番隊って……」

「おれも詳しくは知らなかったが……藍俚(あいり)のところならありえるな……」

 

 副隊長クラスがゴロゴロしている。

 確かに嘘ではありません。

 ですがそれは極々一部だけ――具体的には雛森さんや吉良君といった、藍俚(あいり)さんが直接鍛え上げた死神にしか当てはまらない理屈なのですが……

 

 そういう込み入った事情を全く知らない一護君の中では、四番隊が最強の武闘派集団なのではないだろうか? と思い込みつつあります。

 なにしろ隊長である藍俚(あいり)さんに手も足も出ずに負けて治療までされ、稽古を付けてくれた浦原さんも言葉を濁していましたから。

 

 しかも間の悪いことに、空鶴さんは空鶴さんで藍俚(あいり)さんの実力は知っていますが、四番隊の内情については詳しく知りません。

 なので「藍俚(あいり)ならそういうこともあるだろう」と思い込んでいます。

 

 今この空間では、ツッコミ役が圧倒的に不足していました。

 

「まさか、恋次の野郎は副隊長の中でも弱い方……ってことはないよな?」

「そんなことは!! 阿散井副隊長は上から一二(いちに)を争そ――」

 

 そう言いかけた花太郎君の口が止まりました。

 何しろほんの十年くらい前に――特例処置ですが――副隊長になった元隊長がいます。

 書類上はアレも副隊長扱いであり、多分副隊長という枠組みの中ならばアレが最強だろうと思い直したからです。

 加えて。

 十三番隊の副隊長もかなりの実力者だという話はよく耳にしますし、なにより元五大貴族だった志波家の者です。

 一番隊の副隊長もここ数年で「目立たないけど実はかなりの強者なのでは?」と評価が見直されています。きっかけはお茶会ですけどね。

 

「いえ、副隊長の中では四番目くらいには強いです……多分ですけど……」

「なにっ!?」

 

 なので十一番隊(更木剣八)十三番隊(志波海燕)一番隊(雀部長次郎)の三人を上位に置き、その次くらいなら当てはまるのではないかと判断しました。

 九番隊(檜佐木修兵)が草葉の陰で泣きそうですね。

 

「あれだけ強くても四番目……しかもその副隊長と同じくらい強いのがまだまだいるってことか……やべえな、気を引き締め直さねえと……」

 

 一護君の表情から慢心が消えました。

 自らの斬魄刀を手にし、十日ほどとはいえ稽古をつけた結果、門番の兕丹坊を相手にしても瀞霊廷内で戦った死神たちも余裕で勝てたことで、少々緩んでいたようです。

 

 勘違いに勘違いが重なり合ってしまったわけですが、結果だけ見れば良い方向に転がったようで何よりです。

 

「見つけたぜ! こんなところにいやがったか!!」

「なんだ!?」

 

 そんな一護君の前に、一人の死神が姿を現しました。

 

「ああああっっ!! し、しししし志波副隊長……!!」

「知り合いか?」

「さっきぼくが言ってた中の、上から二番目に強いと思う人です……」

「なんだとっ!?」

 

 どうやら、決め直した覚悟を使う場面が早速やってきたようです。

 よかったね一護君。

 

 

 

 

 

 

「ひー、ふー、みー……ん!?」

 

 都さんから空鶴さんの事を知らされ、妹の尻拭いのために単独行動でここまでやってきた海燕さん。

 人数を指折り数えていたところで、その手がふと止まりました。

 

「そこのお前、どこかで見たことあんな……? 確か、山田……花太郎だったか? 四番隊の?」

「は、はい! そうです!! 花太郎です!! 四番隊の! 山田花太郎です!!」

 

 花太郎君、ここぞとばかりの猛アピールです。

 今まで説明する機会を悉く逃していたからね、頑張れ!

 

「花太郎!? 花子じゃなかったのか!!」

「なん……だと……!?」

 

 当然、今まで名前を間違っていたなど毛の先ほども思っていなかった二人からすればまさに青天の霹靂と言ったところでしょうか。

 でもだからって、そこまで驚かなくてもいいんじゃないかな? 一応男の子だよ? 花子って名前はおかしいでしょう?

 

「まあ、花子でも花太郎でもいいけどよ。お前、そこにいるってことはそいつらの味方になったってことでいいのか?」

「え……ち、ちちちち違いますよ!! ぼく、その、人質にされちゃいまして……」

「人質だぁ!? おい空鶴、お前なにやってんだ……?」

「おれ――い、いや私は志波空鶴じゃねえ! シバリアンハスキー仮面だ!!」

「おいおい……なんか犬の種類みたいになってんぞ……」

 

 予期せぬタイミングで、まさかのお兄さん登場。

 そしていきなり怪しくなった雲行きに、妹さんは思い切り動揺してしまったようです。それでも"おれ"の一人称を"私"と変えたのは流石かも知れません。

 

「とりあえず話がある、大人しくそこで待ってろ。逃げんなよ?」

 

 妹を叱るお兄ちゃんだけが放てる威圧感をたっぷり乗せられた言葉に、空鶴さんは無言でコクコクと首肯しました。

 

「んで、もう一人のお前が……なるほどな、湯川に聞かされた通りだ。似てやがるな、気味が悪いぜ……」

「あんたが散々話に出てきた海燕か……」

 

 一護君と海燕さん。

 よく知らない人からすれば双子だと言っても信じてしまう程によく似た二人が、ようやく奇跡の対面を果たしました。

 本来なら「親戚か! 遠いところよく来たな!」「初めまして! 親戚のお兄さん!」みたいにお互い笑って話せる関係にもなれたはずなのですが、今のところそんな雰囲気は全く感じられません。

 

「まあ、言いたいことも聞きたいことも色々あるんだけどよ……今のお前たちは瀞霊廷に侵入してきたお尋ね者だ。逃げられると思うなよ?」

「逃げねえよ。どうやらあんたを倒さなきゃ、先には進めねえみたいだしな。それに――」

 

 黒崎一護と志波海燕。

 二人の死神は斬魄刀を構えました。

 

「それに?」

「副隊長に勝てねえんじゃ、どのみち俺はここで終わりって事だからな! おらぁっ!!」

 

 先に動いたのは一護君でした。

 巨大な斬魄刀を軽々と振り回しながら、流れるような動きで海燕さんに攻撃を仕掛けていきます。

 

「へえ、常時始解型ってやつか? 初めて見たぜ」

 

 ですが海燕さんはその攻撃を余裕を持って回避していきます。

 受け止めもせず体捌きだけで避け続け、反撃もすることはありません。

 どうやら観察に徹しているようです。

 

「くそっ!! なんでだ、かすりもしねぇ!?」

「きちんとした教育も師匠もいなかっただろうにこれか。下手な三席四席が泣くぞ……いや、朽木が師匠代わりになってたのか? あいつが教育してたならこれくらいは……」

「なにをブツブツ言ってやがんだ!!」

 

 動きや霊圧の観察を続ける海燕さんに、一護君が苛立ちを露わにしました。

 怒りとともに放たれた一撃でしたが、海燕さんはそれを苦も無く受け止めます。

 

「ああ、悪ぃ悪ぃ。ちょっと気になっちまってな……確かに、戦いの最中にやることじゃねえよな」

「……ッ!!」

 

 観察から戦いへと、意識を切り替えただけ。

 ですがたったそれだけで、海燕さんから漂ってくる霊圧は一気に重々しくも恐ろしいものに感じ、一護君は反射的に距離を取りました。

 

稠密(ちゅうみつ)なるは櫛比(しっぴ)の如く、重畳(ちょうじょう)なるは波濤(はとう)の如し――金剛(こんごう)!」

 

 海燕さんが斬魄刀の名を呼べば、手にした刀は一瞬にして形状を変えました。

 

「槍!!」

「コイツは薙刀(なぎなた)ってんだよ!」

 

 金剛はかつて奥さん――都さんが使っていた斬魄刀です。それを槍と間違われるのは、夫として少々許せないようです。

 訂正の言葉を入れつつも薙刀を振り回して反撃が始まります。

 

「おらあっ!!」

「ぐ……っ……!」

 

 先ほどとはまるっきり立場が変わったような光景でした。

 海燕さんが攻撃を続け、一護君はそれを必死で防ぎ続けています。なんとか反撃を仕掛けようにも、その隙がまるで見当たりません。

 刀から薙刀へと武器が変わったことによって間合いも変化し、今までとは勝手の違う戦いに攻めあぐねているようです。

 薙刀の刃を何度も防ぎ損ね、彼の身体のあちこちに傷跡が刻まれていきます。ですが一護君の闘志は微塵も揺らぎません。

 

「けど槍なら、懐に入っちまえば!!」

「甘ぇんだよ!!」

「ぐ……ああっ!?」

 

 薙刀のリーチを逆手に取ってなんとか接近戦を仕掛けようとするものの、相手もそんなことは百も承知です。

 攻撃の隙間を縫ってなんとか近寄れたと思った途端、一護君は腹部に強烈な一撃を受けて弾き飛ばされてしまいました。

 

「な……なにが……!?」

「喰らってわかんなかったか? 無防備に近寄ってきたから、ちょっと石突の部分で殴り飛ばしただけだぜ」

「な……っ……!!」

 

 その言葉を、一護君は容易に信じることが出来ませんでした。 

 石突で殴られたにしては強烈すぎる(・・・・・)一撃もさることながら、彼を驚かせたのはそこではありません。

 

 ――無防備に、だと……!?

 

 一護君が必死こいて近寄ろうとしていたのに、相手からすれば無防備に寄っているだけにしか見えなかったわけです。

 それだけでも、一護君と海燕さんの間にどれだけの隔たりがあるのかがよく分かります。

 しかも、長い薙刀を振り回して石突で殴ったのに全然見えなかったというオマケまで付いています。

 

 ――嘘だろ……これで恋次と同じ、副隊長だってのかよ……

 

「……くっ!!」

 

 このまま何も出来ずに負けるかも知れない。

 思わず口からこぼれ落ちそうになった弱音の言葉を、一護君は歯を食いしばって必死で堪えました。

 

「だからって、見えなかったからって、負けられねえんだよ!!」

 

 続いて膝を突きそうになる自らを鼓舞するように雄叫びを上げます。

 

「うおおおおおっっ!!」

「へっ、その根性だけは認めてやるよ」

 

 力一杯、全力で斬りかかっていきます。

 一護君のその動きは海燕さんから見れば稚拙、簡単に対処できるものだったのですが、ですが海燕さんは動くことなく片腕を掲げました。

 どうやら攻撃を愚直に、それも腕で防ぐ事を選択したようです。

 

「おらああああぁぁっ!!!!」

 

 そこへ――海燕さんの腕目掛けて、斬月が振り下ろされました。

 

「兄貴ッ!!」

 

 遠くで見ていた空鶴さんが思わず叫び声を上げます。

 海燕さんに追い詰められたからでしょうか、一護君の霊圧は戦闘開始の頃よりもずっと上がっており、無防備に防ぎ切れるとはとても思えないほどの威力が込められていました。

 そのまま腕を切断して身体まで深々と食い込むと思われた一撃。

 

「な……っ!?」

 

 ですが次の瞬間、一護君の手へと伝わってきたのは想像していたのとはまるで違う感触――例えるなら硬い硬い金属(・・・・・・)を殴ったような感触でした。

 信頼していたはずの斬月の刃は、海燕さんの皮一枚すら切れずにいます。

 

「おらああぁっ!!」

「が……っ……!!」

 

 驚愕に動きを止めてしまったところを、海燕さんは一護君を素手で殴り飛ばしました。

 

 ――ちくしょう……これで終わり、かよ……!!

 

 無防備にところへ強烈な攻撃を食らい、一護君の意識が暗闇へと沈んでいきます。

 そんな彼が最後に見たのは、自分とよく似た容姿の――けれども自分よりも遙かに強い相手の顔でした。

 

 

 

 

 

 

「――ったく、大した威力だな。金剛の能力がなきゃ危なかったぜ」

 

 一護君が完全に気を失ったことを確認してから、海燕さんは呟きました。

 

 斬魄刀"金剛"の能力、それは圧縮です。

 霊圧を圧縮することで硬化させ、一撃を防いでみせました。

 

 それだけではありません。

 一護君はまったく気付いてはいませんでしたが、彼の傷口をよく見てみれば一切出血していないことが分かります。

 これもまた金剛の能力の一つ、凝固させることで止血させていたわけです。

 

「さーて、どーすっかなコイツ……」

 

 空鶴さんと花太郎君が心配そうに見つめる中、海燕さんはそう呟きました。

 




●親戚同士の楽しい語らい
海燕の勝利。
この時期の一護では実力差がありすぎますから。
(加えて殺すつもりがないのでホワイトさんも動かない)

●金剛(斬魄刀)
解号:稠密なるは櫛比の如く 重畳なるは波濤の如し
形状:薙刀
能力:圧縮

元々は志波 都が所持していた斬魄刀。
圧縮の能力によって、土壁や岩などをより強固にして味方を守る壁にする。みたいな感じで使っていたと思う。
(なおもっとエグいことも可能)

名前の由来は「金剛石(ダイヤモンド)」から。
(炭素を圧縮するとダイヤモンドに、という能力と合わせたネーミング)

(仲間も含む防御や補助に活用しやすい能力。(女性が持つので)薙刀に変化する。
 という感じのイメージから)

●解号の解説
稠密:密集している、ぎっしり詰まっている。
櫛比:クシの歯のように隙間がないこと。
重畳:幾重にも重なる
波濤:大波

ぎっしり隙間なく、何重にも重なった大波のようにできるよ。
みたいな意味。
早い話が「圧縮したるで!!」ということ。


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第126話 アッチもソッチも怪我人だらけ

「うわ、これは……」

 

 一護たちにやられて負傷したとおぼしき隊士たちが運ばれてきました。

 そんな彼らを見た途端、私は思わず絶句してしまいます。

 

 彼らの怪我は、いわゆる爆発を受けて負った怪我でした。

 刀傷とかも無いわけではありませんが、そのほとんどは「爆弾の直撃でも受けたのか?」と思わせるものでした。

 

 ……あれ? 一護ってこの時点じゃまだ鬼道なんて使えないわよね……? 確か斬術しか使えなかったはず。でもこの怪我は爆発とか火炎みたいなのを操れないと不可能。

 じゃあ誰がこの怪我を……?

 他に可能性があるとすれば茶渡君の能力……? というか彼の能力ってなんだっけ?? 彼については霊圧が消えることしか覚えてないし……

 残るとすれば岩鷲君、かしら……? でもあの子、今は霊術院に通っているはずだから手助けとかする……

 あれ、そうよね!! 今の岩鷲君って霊術院生よね!? なのに一護たちに協力ってするのかしら!? え、じゃあどうやってここまで来たの!? 

 

 ……ひょっとして、私が全然知らない第三者とか介入してるのかしら? まさかとは思うけれど、私みたいなのがあっち側にもいる……とか?

 

 射干玉、何か知ってる?

 

『申し訳ございませぬが、拙者は全く知らぬでござるよ』

 

 え? そうなの!?

 

『拙者は所詮、しがない派遣社員でござるよ……』

 

 ご、ごめんね……なんかその、本当にごめんね……

 

 ととと、いつまでもこんなことを考える場合じゃないわね。

 

「みんな! 爆発による負傷だから、外傷よりも身体の内側に注意して! 高熱の空気を吸い込んで体内に火傷を負ってる場合があるから!! まずは呼吸の確保から!! わかってるわね!?」

「「「はい! 隊長!!」」」

 

 とりあえず救護に当たっている子たち全員に、大声で注意を呼びかけます。

 肺が焼かれたり火傷で気道が塞がれて窒息したりとか、爆発の怪我とか火事の怪我とかって本当に厄介なのよね。

 まだ斬られた方が治療しやすいわよ……

 

「けれど、こんなに大勢の怪我人が出るなんて、思ってもいませんでした」

「そうですね、随分危険な旅禍みたいですし……救護に向かった伊江村三席は大丈夫でしょうか……?」

 

 勇音と桃が不安そうに顔を見合わせています。

 二人ともあんまり戦闘は得意じゃありませんからね、意気消沈してしまうのも仕方ないです。

 ……二人とも霊圧だけなら下手な副隊長よりずっと強いんだけどね。でもどれだけ強くても、気性が争いに向くとは限らないから……

 

「はいはい。そこも気になるけれど、ボーッとしてる場合じゃないわよ。私たちも治療に参加しましょう! 怪我してるみんなはもっと苦しいのよ?」

「あ、は、はい!」

「そ、そうでした!」

 

 二人も慌てて治療に加わります。

 

「手の空いている子は病床の確認と確保を! 患者が増える可能性もまだまだ高いはずだから、部屋割りの再確認もお願い! それと、できるだけ部屋には同じ部隊の隊士を入れるようにしてあげて! 顔見知りがいた方がいいから!!」

 

 私も適度に治療へ参加しつつ、指示を出していきます。

 

 ええ、適度に治療に参加よ。

 だって私が片っ端から治していくと、下の子たちが成長しなくなっちゃうからね。

 そうでなくても、治療班を率いて前線へ出向いた伊江村三席たちがある程度の応急手当はしてくれているので、今すぐ死んじゃうような状態の患者もいないし。

 適度に部下たちの緊張を煽りつつ、本当に危険な時だけはそっとフォローを入れるように周囲を見て回ります。

 

 そうして大半の手当が済んだ頃でした。

 

「隊長!! 急患の連絡が来ました!!」

「また!? 今度は何があったの!?」

 

 部下の子が急報を持って飛び込んできました。

 このタイミングってことは、一護たち関係の怪我人の追加よねきっと。

 

「いえ、別口です! 七番隊で負傷者が出たそうです!!」

「七番隊から?」

 

 え、七番隊……? 何かそんな事件があったかしら……??

 

「怪我人の数と規模は?」

「一名です。ですが深刻な負傷で、とにかくすぐに現場へ行って、隊長に直接診て欲しいとのことです」

 

 あらやだ。直接指名されちゃったわ。

 

藍俚(あいり)殿! 藍俚(あいり)殿! 七番(テーブル)からご指名でござるよ!!』

 

 ボトルとか入れて良い!? ……じゃなくて!!

 

「私が? 勇音とかじゃ駄目なの?」

「いえ、それが――どうやら鎖結と魄睡に傷を負ったとかで……」

「……えっ!?」

 

 鎖結と魄睡に傷を負った――それは、声を潜めながら伝えられました。

 まあ、おおっぴらに口に出せるような内容じゃないからね。

 

「なるほど、それなら話が別だわ。すぐに行くって折り返してあげて」

「はい!」

 

 四番隊(うち)の子たちに下手な動揺を広げるくらいなら、私がこっそり行った方がまだマシでしょうね。

 

「勇音は残って四番隊の指揮をお願い。私は七番隊に行ってくるから」

「はい、こちらはお任せください! だからその、お気を付けて!!」

 

 とりあえず往診用の道具一式を持って、七番隊へと急行します。

 

 その道すがら考えるのは、そんな戦いがあったのかということ。

 思い出せないわ……

 そんなエグい負け方した死神って誰かいたかしら……?

 

 言うまでも無いけれど、鎖結と魄睡っていうのはどっちも死神の急所みたいなもの。霊力の源となる部分で、ここを壊されると力を失っちゃうの。

 それも永久的に。

 基本的には治せない部位だからね。

 

 そんな急所を破壊するなんて……

 なんて酷いことを……! 誰がやったか知らないけれど、そんな酷いことをするなんて!!

 

『あ、藍俚(あいり)殿!? ブーメランってご存じでござるか?』

 

 知ってるけど、それがどうかしたの?

 

『いえ、何でもないでござるよ……』

 

 それっきり、射干玉は黙ってしまいました。

 何が言いたかったのかしら……?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お待たせしました!」

「ああ湯川隊長! お待ちしちょりました!! ささ、どうぞ。こちらです」

 

 七番隊へ到着した途端、射場副隊長に出迎えられて即座に患者の元へと案内されました。

 向かった先にいたのは――

 

「ああ、なるほどね」

 

 ――確認した瞬間、何があったのかを思い出したわ。

 

 大広間のような所へ寝かされていたのは、一貫坂(いっかんざか) 慈楼坊(じろうぼう)四席でした。

 七尺六寸(231cm)の巨体と、見た目に恥じないゴツい顔が印象的な隊士ですね。

 西門門番の兕丹坊の弟だということもあってある程度は名が知れていますけれど、これはお兄さんの兕丹坊の名前にぶら下がっているだけだし。

 尤も、近年は鎌鼬の称号を得たことで本人も少しは評価されました……けどねぇ……

 鎌鼬の初代と次代(当初の予定だった方)を知っている私から見れば――

 

 ――鎌鼬(笑)

 

 なのよねぇ。

 "桂馬の高上がり"とか"公卿の位倒れ"って、こういうときに使うんでしょうね。

 

 となれば一貫坂四席の相手は、順当に行ったら石田君よね。

 けど石田君って結構紳士的なイメージがあるんだけど? 鎖結と魄睡をぶち抜くような真似をする子だっけ? 滅却師(クインシー)だから死神が嫌いっていうのは分かるんだけど……

 

「湯川隊長、なんとかなりますでしょうか!?」

「ええ、ちょっと待って……もう少し……」

 

 さて、そんな考えをしながらも私は四席の傷の具合を診ていました。

 ふんふん……あー、これは……結構抉られてるわね。でも傷跡そのものは綺麗ね。

 これと比べたら昔に探蜂さんを治したときの方がよっぽど酷かったわ。

 アレよりも綺麗な傷で、あのときよりも回道の腕も上がってるわけだから。

 

「大丈夫。これなら治せますよ」

「本当ですかい!? 先生、よろしゅうお願いいたします!!」

 

 猛烈に感謝しながら頭を下げて感謝してくる射場さんを背にしながら、私は治療を始めました。

 

 

 

 

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ。霊力の方はどうですか? ついでに腕の傷も治しておきましたけど、突っ張ったり違和感を感じたりしますか?」

「お、おお……動く、動きますよ私の左手が! それに霊力も、感じる……感じますよ!! すごい!! まさかこんなに完璧に治るとは!!」

 

 治すのがとってもとっても難しい場所なのでかなり時間は掛かったものの。治療は無事に完了しました。

 一貫坂四席は左手の具合と霊圧の具合を確かめるように身体を軽く動かしています。

 

「湯川隊長! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

 

『死神としてぶっ殺されたと思ったら、藍俚(あいり)殿にぶっ生き返されたわけでござるな! いやいや鎌鼬殿も死んだり生き返ったり忙しいかぎりで!!』

 

 ぶっ生き返すって、何……?

 言いたいことは分かるけど……

 

「一応、三日くらいは安静にしててください。左手の傷はともかく霊圧は何か異常が発生するかもしれませんし、霊力に身体を慣らす時間も必要ですから一ヶ月程度は様子を見ますよ。綜合救護詰所の方に入院の手続きをしておきますから」

「そんな! そんなに長い時間を待ってなどいられません!! 私は今すぐにでも――もがっ!?」

 

 あらあら、やる気というか殺る気になってるわね。

 そんな風に血気に逸る一貫坂四席の口元を、私は砕かんばかりに握って黙らせました。

 

「今のあなたがやることは二つですよ。一つは大人しく入院すること。そしてもう一つは、あなたが負けた相手の情報を嘘偽りなくきちんと話すことです」

「ひ……っ! ひっ、ひっ……!!」

 

 卯ノ花隊長時代から続く伝統技法、にっこり笑いながらのお願いです。

 これをすると大概の隊士は素直に言うことを聞いてくれるんですよ。

 

 私のそんな純粋な願いが通じたのか、呼吸を荒くしながらも静かになってくれました。

 こうなると無力な子供みたいで可愛いですね。

 

『最後の意見だけはどうかと思うでござるよ……』

 

「お、おお! ほう(そう)じゃ、ほう(そう)じゃとも!! 慈楼坊! 何があった!? ちゃんと話さんかい!!」

 

『副隊長殿も藍俚(あいり)殿の怒気の余波を受けて汗だくでござるな! ネタは上がってるでござるよ!! さっさと白状するでござる!!』

 

「あ、あう……わかりました!! 話します! 全て包み隠さずお話させていただきます!!」

 

 こうして一貫坂四席は――

 ・男女二人の旅禍を見つけたこと

 ・手柄を独り占めするために報告せずに先走ったこと

 ・男の方は滅却師(クインシー)だったこと

 ・その滅却師(クインシー)に負けたこと。

 ――といったことを話してくれました。

 

 ですが、私はその滅却師(クインシー)と現世で会っています。

 なので話の途中で「それはおかしいんじゃない? その子、そんな性格じゃなかったわよ?」と少々チャチャを入れました。

 

 その結果、余罪として――

 ・基本的に女性の方を狙っていたこと

 ・それが相手の怒りを買って、鎖結と魄睡を打ち抜かれたこと

 ――がバレました。

 

 そっかそっか、だから石田君が怒って鎖結と魄睡まで破壊したのね。

 気持ちは分かるわ、気持ちは分かるんだけど……アレ治すの滅茶苦茶面倒だからもう止めてくれないかなぁ……

 

 ていうか、一貫坂四席!! アンタねぇ!!

 やるならちゃんと根性入れなさい!! 何を石田君にあっさり負けてるのよ!! 織姫さんを攻撃して、そのときに服をビリっとやって、お色気シーンの一つでも作ってみせなさいよ!!

 それすら出来ずに、ただ織姫さんに危害を加えるだけとか……もう、個人的には大罪人認定です。私の中ではこの瞬間だけは、藍染以上に大罪人ですよ!

 

 あくまで個人的には、ですけどね。

 

 その後ですか?

 射場副隊長の怒りの鉄拳が炸裂しましたよ。

 卑怯な真似をする、結局任務は果たせない、報告で隠し事をしていたで、堪忍袋の尾が切れたみたいですね。

 すごかったですよ「アホんだらぁっ!」って叫んで、映画みたいでした。

 おかげで一貫坂四席は、ちゃんと怪我をした状態で入院できました。

 

『怪我人は入院するのが当然でござるからな!!』

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 七番隊で治療を終えた帰り道にて、伊江村三席から連絡を受けました。

 

「もうしわけありません隊長! 何度も言いますが、情報が混乱していて、その……」

「それはいいから! 何があったのかをまずは話して!!」

 

 伝令神機からは謝罪の気持ちが痛いほど伝わって来ます。

 

「はいっ! 実はその――!!」

 

 報告されたのは、山田七席が旅禍に人質として捕まったということでした。

 でも、ある意味予定調和みたいなものよね。

 

「そんなことが……なるほど、分かりました。一度四番隊に戻り、詳しい内容を直接聞きます。その後、本部に情報を上げますから。いいですね」

「はい! お待ちしています!!」

 

 やれやれ、結構忙しいものね。

 

 とにかくこれで、旅禍たち――というか一護たちの大体の位置は把握できたわ。

 ……夜一さんを除いて。

 

 しかし、流石に元隠密機動のトップだけあって気配を隠すのが上手いわねぇ。

 多分、瀞霊廷のどこかにいるはずなんだけど……

 

 どうやって見つけようかしら……?

 

 夜一さんによっぽど注意をし続けてる人でもいれば、すぐに見つけられそうだけど……

 




●ブーメラン
お前が言うな。

●一貫坂慈楼坊
鎌鼬(笑)の人。
鎖結と魄睡を壊されたので原作の出番は以降皆無だった。
(某隊長が治せるので)死神に復帰したが、再登場は多分ない。

私見ですが、この人はあんまり尊敬されてなかったように思えます。
隊士たちから「あ、アイツ負けたんだ」くらいの認識されてそう。

●鎌鼬
初代:痣城剣八
次代(予定):朽木白哉
次代(決定):一貫坂慈楼坊(補欠合格)

そりゃ初代も怒る。

●桂馬の高上がり・公卿の位倒れ
実力を伴わずに不相応な地位へ上がって失敗することの例え
(桂馬は進み過ぎすると移動出来なくなり、コロッと取られる)
(官位ばかり高くて生活は苦しい)


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第127話 今日の一護 ~拡大版 その4~

「……はっ!!」

 

 おっと一護君、どうやら目を覚ましたようです。

 

「ど、どこだここ……?」

 

 目覚めるなり辺りをキョロキョロと見回しています。

 ですが無理もありません。なにしろ彼が最後に体験したのは、海燕さんに一方的にやられて気絶させられたわけですから。

 

 それが今ではどうでしょう。

 畳敷きの、どこか広いお屋敷の一室のような場所にいるわけです。しかもちゃんと布団の上に寝かされています。

 リアルに「知らない天井だ……」を体験できたわけですね。

 羨ましいぞ! 一護君!!

 

「あ、良かった……気付いたんですね……」

 

 ふとしたときに、一護君へ声が掛けられました。

 

「お前は確か……山田はな――」

「はい! 山田花太郎です!! ぼくのこと、覚えてますよね!?」

 

 どうやら花太郎君、先んじて名前を言うという技法を覚えたようです。

 よかったね、少しは成長できたゾ!

 

「あ、ああ……まあ、な。てか、ここはどこだ!?」

「ここですか? 説明しますけど、ちょっと待ってて下さい。順番があるんですよ」

「順番……?」

「すみません、花太郎です。目を覚ましましたよ」

 

 一護君の疑問に答える前に、花太郎君は声を掛けつつ隣室に通じる(ふすま)を開けました。

 そこには――

 

「だからお前はな……お、なんだ。ようやく気がついたか」

「よ、よう一護……」

「オイコラ空鶴、誰が喋って良いって言った?」

「…………」

「なんだ……こりゃ……?」

 

 一護君が混乱するのも無理はありません。

 彼の目に飛び込んできたのは、あの変な仮面を脱いで正座して項垂れている空鶴さん。その空鶴さんの前に立ち、彼女にお説教を続ける海燕さんの姿でした。

 あの傍若無人で泰然自若な空鶴さんが、まるで借りてきた猫のように大人しくなっている姿は、一護君から見れば信じられない光景です。

 

「えーと、一体――」

 

 何がどうなっているんだ? そう言おうとしたものの、その言葉を口にすることは出来ませんでした。

 なぜなら――

 

「目が覚めたって!? おお、動いてる! 動いてるぞ!! 見ろよ虎徹! 動いてるぞ!!」

「そんなん見りゃ分かるってば!! でも本当に似てるわよね……鏡の中から出てきたって言われたら、多分信じるわ……」

「――な!? なんなんだオメーら!?」

 

 また別の部屋から仙太郎君と清音さんが乱入してきたからです。

 どうやら二人も花太郎君から連絡を受けて、一護君の様子を見に来たのでしょう。

 

「喋った! 喋ったぞ!!」

「でも声は似てない!! リアクションは似てる気がするけど!!」

 

 訂正します。

 様子を見に来たと言うよりも、面白がってきたと言う方が正しかったようです。

 

 ですが、それも無理はありません。

 だって一護君と海燕さんって似てるんですから。

 

 そもそもこの何日か前、藍俚(あいり)さんから「現世で海燕さんの隠し子みたいに似ている相手と出会った」と知らされてからというもの、十三番隊の隊士たちの話題に"そっくりな二人について"たびたび上がった程です。

 一度で良いから見てみたいと思っていたところへ、本人がやってきたわけですから。

 食いつかないわけがありません。

 

「清音、仙太郎も。あまりからかわないでやってくれ」

「あ、隊長」

「すいませんっした!! 隊長!!」

 

 そんな二人に遅れて、浮竹隊長もやってきました。

 

「君は黒崎一護君だよな? 俺は十三番隊隊長の浮竹十四郎だ。朽木がいた部隊の隊長って言えば分かるか?」

「ルキアの!? そうだ、ここはどこだ!? あれから何日経った!? ってか十三番隊って……敵じゃねーか!!」

 

 朽木ルキアの名を耳にして、一護君はようやく状況を飲み込めたようです。

 なにしろ彼の知っている情報だけで判断すれば、浮竹隊長たちは敵としか思えませんからね。慌てて武器を手にしようとして、そこに何もないことに気付きました。

 

「斬月! 斬月がねぇ!?」

「探してんのはこれか?」

 

 海燕さんは、斬月を見せつけるように肩に担いでいました。

 

「ああっ! 返せ、俺の斬月!!」

「断る! ……ってか、お前は俺に負けてんだぞ? 武装解除されるのは当然だろうが。命があるだけありがたいと思え!」

「ぐ……っ……!」

 

 ぐうの音も出ない正論ですね。

 

「そう言われればそうだな……俺、なんで生きてんだ? 布団の上に寝かされてるし……」

「ありがたく思えよ、ついでに怪我も治してやったんだぞ……そこの花太郎がな」

「それは志波副隊長が治しやすいように攻撃してくれたからで……ぼくなんてそんな……」

 

 謙遜する花太郎君でしたが、その言葉は一護君には少々聞き逃せない内容でした。

 治しやすいように、ということはあの戦いの最中にすら、相手に気遣われていたというわけですから。

 

 気を失う直前から感じていた"相手との距離"は、自分が想像していたそれよりもずっとずっと遠かったということをまざまざと見せつけられてしまいました。

 こんなの、普通なら心が折れちゃいますよ。

 

「んでだ、話を戻すぞ。空鶴からも聞いたが、オメーは朽木を助けたいんだろ? そのために現世から尸魂界(ソウルソサエティ)までわざわざ乗り込んできたんだろ? 違うか?」

「……違わねぇよ、その通りだ」

 

 沈んだ顔でぶっきらぼうに頷く一護君でしたが、それを見た海燕さんはにやーっと笑いました。

 

「なら俺たちは協力出来るって事だ。そうですよね、隊長!?」

「ああ、そうだ。ここらで一つ、お互いの立場や事情についての話し合いをしようじゃないか」

「……え?」

「清音、すまないがお茶の用意を頼む。仙太郎は人数分の座布団を」

「了解しました!!」

「はいっ! お茶菓子も付けときますね!!」

「え、え……ちょ、どういうことだよ!?」

 

 話の流れに、完全に置いてけぼりとなってしまった一護君でした。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、あれから少しばかり時間は流れ。

 一護君と十三番隊の面々はとりあえずの情報交換を終えました。

 

 十三番隊の人たちは、一護君とその仲間たちについての情報ですが、これは皆さんご存じだと思うので詳細は割愛しますね。

 

 続いて一護君の方は、彼が気絶してからどうなったのかについてです。

 そもそもが藍俚(あいり)さんから一護君の存在について聞いており、都さんから「空鶴さんと一緒に瀞霊廷に突入した」と知っていた海燕さん。

 一護君をボコりこそしたものの、最初からトドメを刺す気はありませんでした。

 そして空鶴さんが事情を話したこともあり、協力出来ると踏んで彼を十三番隊まで連れてきた。

 そして目が覚めたので、十三番隊がルキアちゃんを助けようと考えて動いていることを伝えた、というわけです。

 

 ちなみに前述の会話でもわかるように、怪我は花太郎君が治しました。

 治療の最中、空鶴さんは海燕さんからずっとお説教をされていました。

 

「……つまりあんたたちと俺たちは、どっちもルキアを助けたい。協力できるってことでいいんだよな?」

「そーそー、私たちも朽木さんを助けたいんだけどさ」

「ったく!! これだから四十六室ってのは頭が硬いんだよ!!」

「……ってかお前らは誰だ!?」

 

 情報交換の場にちゃっかり同席していた清音さんと仙太郎君。

 おせんべいをボリボリ囓りつつ同意してくるその姿に、思わず一護君のツッコミが冴え渡ります。

 

「こいつらは十三番隊(うち)の三席だ。ま、いないものとして扱っとけ」

「ああっ! 酷いですよ副隊長!!」

「横暴だ! 権力の乱用だ!!」

「やかましい! お前らが茶化すと纏まる話も纏まらねぇんだよ!!」

 

 海燕さん、怒りの一喝。

 

「んで、話を戻すぞ。俺たちは同じ目的のために協力できる。お前もそれについては異論はねぇ――って考えて良いんだよな?」

「ああ、まあな……悔しいが、どうやら俺たちだけじゃルキアを救出できそうもねえ……力を貸してくれるなら、ありがてぇ……」

「んじゃ、この話はこれまでだ。後で細かい内容については決めるが、一旦置いとくぞ。もう一つの話をさせてもらう」

 

 納得したように頷くと、海燕さんは――ある意味では今までで一番深刻な表情を覗かせます。その真剣さは、一護君が思わず気圧されるほどでした。

 

「な、なんだよ……?」

「……お前、一心の子供ってのは本当か?」

「……は!?」

 

 思わず一護君の目が点になりました。

 

「湯川から話は聞いてたけどよ、まさかこんなやつがいたとは思わなかったぜ……おら、知ってること全部キリキリ吐け!」

「ちょ、ちょっと待て!! どういうことなんだよ!? さっぱりわかんねえんだよ!! 説明をしてくれ!!」

「チッ! 面倒だな……いいか、まずだな……」

 

 そう言いながらも海燕さん、志波の本家と分家の話を。

 そして藍俚(あいり)さんが現世で一護君と出会った時のことなどについて、お話をしてくれました。

 

「……マジかよあのヒゲオヤジ!! そんな大事なことを今まで黙ってたのか!!」

 

 お話を聞いた一護君、もう色んな感情が爆発したように叫びました。

 

「なんだお前、知らなかったのか? 湯川が一心との関係性について聞いたって言ってたぞ?」

「知らねぇよ! 何回か聞いたけどあのクソオヤジ、肝心なことは全っ然、口を割りゃしねぇ!! そうでなくともコッチはルキアのために時間が無かったんだよ!!」

「おい、今まで大人の対応で我慢してきてやったけどよ……いい加減、言葉遣いくらいは正せよ一護」

「あん? 言葉遣いが……い、いや、ちょっと待った!」

 

 ピキピキと怒りを含むセリフを飛ばされたことで一護君が冷静になりました。

 

「あんたのその話が全部事実だとしたら、つまり俺とあんたは……」

「誰がアンタだコラァ!!」

「わ、悪ぃ!! 海燕さん、って呼べばいいのか?」

「おう!」

「その、俺と海燕さんは……親戚みたいな関係でいいのか?」

「まあ本家筋と分家筋だけどな。考え方としちゃそんなもんだろ」

 

 まさかの親戚同士で喧嘩していた事実に、一護君は感心するやら驚くやら。感情が落ち着く暇がありません。

 

「ちなみに知ってると思うが、空鶴は俺の妹だ」

「まあな。お前からすりゃ、親戚のお姉さんってわけだ」

「親戚のお姉さん……確かにそうだけどよ……じゃあ岩鷲も俺の親戚って事か!?」

「そういや流魂街の志波家(ウチ)に寄ったんだったな。そういうこった」

「いやまてまて! となると都さんと氷翠(ひすい)も……」

「俺の嫁と娘だぞ? 都は家系図上、氷翠(ひすい)とは本当に親戚だな」

「マジかよ……」

 

 まさかの親戚の家にご厄介になっていたことを知って、さらに混乱する一護君でした。

 頑張って一護君!!

 君にはまだ"実年齢でも見た目年齢でも年下だった氷翠(ひすい)ちゃんから霊圧のコントロールを教わった"という事実を知って驚く役目が残っているのよ!!

 ライフポイントは残しておいて!!

 

「海燕、なんというか……奇妙な運命の巡り合わせだな……」

「そうっすね、隊長……しかも死神代行……なんつーか、見えない誰かの手のひらの上で踊らされてる気分っすよ……」

 

 一護君ががっかりしている最中、海燕さんと浮竹さんはそんなことを話し合っていました。

 行方不明になったはずの分家の者の子供が、死神代行として現れる。

 隊長と副隊長のどちらにとっても関係性が深いだけに、偶然とは考えにくい……見えざる何者かの手を感じずにはいられませんでした。

 

「あの、隊長……お話中のところ失礼します……」

「ん? どうした?」

 

 そんなシリアスな空気の中に割って入ったように、一人の十三番隊の隊士が遠慮がちに声を掛けてきました。

 

「海燕副隊長にお客様です。なんでも岩鷲と言えば分かると言っていて……」

「なにっ!? 岩鷲のヤツが!? すぐに通してやってくれ!!」

「はい」

 

 まさかの名前が出てきたことに驚く海燕さんでした。

 そして数分後、隊士たちに連れられて岩鷲君がやってきました。

 

「岩鷲! お前、どうしてここに!!」

「兄貴! 実は姉ちゃんのことが心配で……」

「岩鷲テメエ! なんで来やがった!!」

「……って姉ちゃん!! なんでここにいるんだよ!? てかよく見りゃ、一護まで!!」

 

 瀞霊廷の中で何があったのかを知らない岩鷲君、まさかの再会にびっくりです。

 

「まあ色々あってな、十三番隊まで連れてきたんだよ。それで岩鷲、お前はどうしてここに来た?」

「それは……もう姉ちゃんから聞いてるかも知れないけど、俺は打ち上げ係として家に残ってたんだ。けどどうしても姉ちゃんの事が心配になって、それで兄貴に直接話をして、なんとか力になって貰おうと思って……あっ! 勿論、都の姉さんには許可を貰ってるぜ!!」

 

 つまるところ「家族が心配だから自分も様子を見に来た」というわけ。兄姉(きょうだい)思いな岩鷲君なのでした。

 

「……ヘッ! 何をナマ言ってんだよ! オメエに心配されるなんざ、千年早え!!」

「ね、姉ちゃん! 止めてくれって!! ガキじゃねえんだからよ……!!」

 

 口では突き放すようなことを言うものの、空鶴さんは嬉しそうにして岩鷲君の頭を乱暴に撫で回していました。

 岩鷲君もまた、嫌そうなそぶりは口だけ。その表情には喜びが宿っていました。

 

「ああ、君が岩鷲君だね。海燕から話は聞いているよ。なんでも死神目指して今は霊術院に通っているとか……」

「あっ! う、浮竹隊長!! はい! そうです!! 岩鷲です! 今は霊術院にいます!!」

「いや、そのままで良いよ。家族が心配だったんだろう? なら責める理由はどこにもないさ」

 

 撫で回されているところで浮竹隊長に声を掛けられ、岩鷲君は姿勢を正そうとします。

 なるほどどうやら、海燕さんは弟の成長を楽しみにしているようですね。

 

「卒業したら十三番隊(うち)に来るかも知れないからね……そうだ! 今のうちに、みんなに紹介しておこうじゃないか。勿論、一護君も一緒にね」

「え……お、おいちょっと……浮竹隊長さん!? 何で俺まで……」

「なんでって、俺たちは朽木を助けたい仲間じゃないか。だから、親睦を深めるためにも……」

「いや、ちょっ、離せ……って、力強え!? 全然引き剥がせねえぞ!?」

 

 浮竹隊長の主導で、何故か大自己紹介大会が始まったのでした。

 




●海燕さんと一護が一緒
そんなの、見てる方は笑うに決まってるじゃないですか。

●岩鷲君参加
お姉さんの事が心配だったから来ちゃった。
というかこの世界の岩鷲君ならこのくらいは自然とやるはず。

なお「西門の兕丹坊が大怪我なのに瀞霊廷に入れるのか?」
という疑問を持ってはいけない。
(書いている人は「瀞霊壁って6000秒は閉じられないんだっけ?」とか混乱してたことはナイショ(6000秒は王鍵が無いと入れない結界のアレでしたね))


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第128話 今日の一護 ~番外編 今日の砕蜂~

 一護君が親戚のお兄さんに可愛がってもらっていたり、藍俚(あいり)さんが鎌鼬さんの聞き取り調査を行っていたりしたときのことです。

 砕蜂ちゃんは藍俚(あいり)さんの言いつけに従い、隠密機動の部隊を率いて調査を続けていました。

 調査の内容は勿論、以前藍俚(あいり)さんから依頼された「一番最初に侵入者発見の鐘を鳴らした者」の捜索です。

 

「ふむ、ここも違ったか……」

 

 ですが成果は芳しくありません。

 一応、隠密機動に所属している者たち――その中でも、こういった調査に詳しい者たちを引き連れて調べていますが、まるで雲を掴むかのようです。

 

「こんなところでグズグズしているわけには行かぬ! せめて手がかりだけでも見つけねば!」

 

 砕蜂ちゃんには二番隊隊長としての業務もあり、現在二番隊(そちらの)業務は大前田副隊長に任せています。

 が、どうにも不安で完全に任せる気になれずにいました。

 何か凡ミスをやらかしそうで、イマイチ信用できずにいるようです。

 

「もし空手(からて)で戻るようなことがあれば、藍俚(あいり)様に失望されかねん……」

 

 なのでさっさと情報の一つでも見つけて、報告に戻りたくてたまらないようです。

 藍俚(あいり)に「見つけました!」と言って褒められたくて我慢できないみたい。

 すっかり飼い主の気を引く子犬みたいな思考になっちゃってますね。

 可愛いから許しちゃう。

 

「あの、軍団長。差し出がましいのですが、これと思しき場所は既に一通りを調べて終えています」

「それに主要な隊士たちにも聞き込み済みです」

「にも関わらず、これだけ調べても見つからないということは……そんな者はいなかったか、何者かが嘘をついているかのどちらかではないかと……」

「ふむ……」

 

 そんな子犬みたいな感情を一切顔に出すこともなく、部下の隠密機動たちの言葉を聞いて思案顔を浮かべます。

 この姿だけを見れば、いつでも冷静沈着でとても仕事が出来そうに見えますね。

 

「確かに、現時点ではその可能性も……ッ!!」

 

 一理あると考えて調査を一度終了させようと思った、そのときでした。

 砕蜂ちゃんの霊覚が、とある霊圧を捉えました。

 それも、彼女が一瞬にして言葉を失うほどの霊圧です。

 

「あの、軍団長……?」

「……分かった。お前たちはもう一度だけ、各隊士たちに聞き込みをしておけ。虚偽の申告をしている者がいないかをチェックするだけで良い」

「はっ!」

「それと私は少し野暮用が出来た。少しこの場を離れるぞ」

 

 そう言うが早いか、砕蜂ちゃんはその場から姿を消しました。

 

「軍団長!?」

「も、もういない……!? 霊圧知覚でも、捉えられないぞ……!!」

「一体あの一瞬でどれだけの速度で動いたというのだ……」

 

 残された隠密機動の者達は、自分たちのトップの実力に恐怖すら覚えていました。

 まるで煙か霞のように一瞬にして姿を消し、どこまで遠くまで移動したのかまるで分かりません。皆さん、隠密機動に属する者として身のこなしや霊覚にはそれなりに自信があったはずです。

 そんな彼らが知覚すらできない。

 

「あれで、四楓院家の次期党首が就くまでの間の代理とは……なんと勿体ない……」

「ああ、俺もそう思うがな。昔からの慣習として決まっているから……」

「くだらないよなぁ……」

 

 つまらないしきたりに左右されることなく、きちんと名実共に軍団長となってくれればと思わずにはいられませんでした。

 やがて、一人の口から子供の遊びのような疑問が飛び出してきました。

 

「なあ……仮に、仮にの話だぞ。砕蜂軍団長と先代の軍団長、どっちが上だと思う」

「そうだな、どっちの本気も知ってるわけじゃないが……俺なら……」

 

 彼らは在籍歴も長く、先代の軍団長のことも知っていました。

 そんな彼らが判断した答えを聞いて――彼らは納得したように頷きました。

 

 

 

 

 

 

 さて、一人別行動を取った砕蜂ちゃん。

 彼女は今、瀞霊廷を猛スピードでひた走っていました。

 道無き道など何するものぞとばかりに、時には建物を足場として、時には空を掛け抜けながら、目的の場所目掛けて最短距離をまっすぐに直進していきます。 

 

 獲物を見つけた獣のような鋭い目で先を凝視しながら、文字通り"まっすぐ"に。

 

「見つけた! 見つけた! 見つけた!!」

 

 そして口からは押さえきれない歓喜の声を繰り返していました。

 信じられない速度で瀞霊廷を横断するように移動して、ついに彼女がたどり着いたのは――

 

「見つけましたよ!! 夜一様!!」

「ぬ……っ! 砕蜂か……」

 

 そこにいたのは、一見すればタダの黒猫でしかありません。

 ですが砕蜂ちゃんはその黒猫の正体をよく知っていました。

 

 可愛い可愛い黒にゃんこの姿は世を忍ぶ仮の姿。

 その正体は先代の隠密機動の軍団長、四楓院夜一さんです。

 

「よく、儂の場所がわかったな……」

「それはもう。夜一様の事は二番目によく考えていますから」

 

 長年探し続けていた夜一さんをようやく見つけられて、砕蜂ちゃんは嬉しそうに微笑んでいました。

 ちなみに夜一さんのことは二番目によく考えていると言いましたが、一番は藍俚(あいり)さん。そして三番目はお兄さんの探蜂さんです。

 砕蜂ちゃんは家族想いで仲間想いのとっても素敵な死神さんなのです。

 

 ですがそんな砕蜂ちゃんの心など知らず、夜一さんは心の奥底で大量の冷や汗を流していました。

 

 ――くっ! 儂としたことが、完全に気付くのが遅れたわ!! 霊圧を知覚したと思った途端、目に前まで現れよって……!! 砕蜂め、どれほど力を付けたというのじゃ!?

 

 突然、それこそ流れ星が目の前に降ってきたかのような速度と勢いで現れたわけで。それだけでも夜一さんと砕蜂ちゃんの現在の力量差が透けて見えてきます。

 

 なお、砕蜂ちゃんが移動を始めた場所から夜一さんが今いる場所までは、直線距離で考えても相当な距離がありました。

 霊圧知覚で居場所を捉えるだけでも、並の隊長クラスであっても不可能なくらい距離が離れていたわけですが、どうやら砕蜂ちゃんの常識からすればできて当然のようです。

 これも砕蜂ちゃんが夜一さんのことを慕っている証拠です。夜一さんってば、愛されていますね。

 

「それで砕蜂、どうやらお主一人で儂の元まで来たようじゃが……はて、どうするつもりじゃ? 反逆者として捕縛し、四十六室にでも突き出すつもりか?」

「いえ、そのようなことはいたしません。むしろその逆です!」

「逆……?」

 

 てっきり捕まえに来たと思っていただけに"逆"という返答は予想外だったようです。

 だけどね夜一さん、安心して。

 これからもっとビックリするから。

 

「私が夜一様の無実を証明します!!」

「なん、じゃとぉっ!?」

 

 まさか自分が想定していた内容とは真逆のことを聞かされてしまった夜一さん。

 可愛い可愛いにゃんこ姿なのにその表情は「なん……だと……」状態――いえいえ、にゃんこ姿なので「にゃん……じゃと……」状態ですね。

 

「強くなって、実績を上げれば隠密機動の軍団長にだってなれる! 無実を証明することだってできる!! 藍俚(あいり)様はそう仰って、私を励ましてくださいました!! だから私は、夜一様を捕まえて、無実を晴らします!」

「む、むう……?」

「そして、全部が終わったら、私の副隊長になってください!!」

「は……? 副隊長……? 儂が……か!? お主の……?」

「だって私の方が強いのですから、当然ですよね?」

 

 ――藍俚(あいり)ぃぃっ!! お主、砕蜂に何を吹き込んだ!?

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)にいた頃はイタズラ好きで仕事をサボって遊び回っていた夜一さんですが、他人の心が分からないわけではありません。

 慕ってくれていた砕蜂に黙って現世に行ってしまったのを気にしていました。とはいえ藍俚(あいり)さんがいたので、上手くやってくれるだろうと期待していたのも事実だったわけですが……

 

 それが、今やどうでしょう。

 

 純粋に慕っていてくれた頃の砕蜂ちゃんの姿は、どこにもありませんでした。

 まだ幼くも純情でまっすぐな志を持っていた少女は、立派に成長したみたいです。

 それに今だって、ちょっと「思ってたんと違う」かもしれませんが、夜一さんのことはちゃんと敬ってますから。

 

 どうしてこうなった、自分が悪かったのか、と今になって後悔の念が夜一さんの心をガンガン刺激していきます。

 

「もう二度と、夜一様はどこへも行かせません!! 逃げるようなら、絶対に捕まえてみせます!!」

「はぁ……もうよいわ……」

 

 色々と言いたいことをグッと全部飲み込んで、そう呟きました。

 多分、大蛇でも丸呑みに出来ないくらい大量だったと思います。すごいぞ夜一さん。

 

「理由や考えはどうあれ、儂はまだ捕まるわけには行かぬのでな」

 

 そう言いながら、にゃんこ姿から人間姿に戻ると同時に黒装束を身に纏います。

 

 あ、そうそう。決して――

 

 「その服はどこから取り出した!」

 

 ――とか

 

 「にゃんこ姿の時は全裸って裸族かよ!」

 

 ――とか言ってはいけませんよ。

 

「お主がそう来るのなら、儂も力尽くで応じさせて貰うぞ!!」

 

 衝突は避けられないと理解したのでしょうね。

 一瞬にして間合いを詰めながら、砕蜂ちゃんへと攻撃を繰り出しました。

 夜一さん自慢の俊足を存分に活かした、目にも映らぬほど高速の拳打です。

 

「はっ!」

 

 挨拶代わりと呼ぶには強烈すぎる攻撃でしたが、砕蜂ちゃんは腕ごと脇に抱えるようにして掴み取って見せました。

 

「なっ……!?」

「やぁっ!!」

 

 それどころかそのまま、抱えた腕を軸にして投げを放ちます。

 

「くっ! ……ぬおっ!?」

 

 とっさに流れに逆らうことなく動き、受け身を取った夜一さんでしたが、そこへさらに砕蜂ちゃんの追撃の一撃が放たれます。

 慌てて身を起こして距離を取ったものの、砕蜂ちゃんはその動きにピタリ追従してきました。

 どうにか振り切ろうと速度に緩急をつけたりランダムに動きを変化させるものの、まるで接着剤で身体と身体をくっつけられているかのように、離れることはありませんでした。

 視線を動かせばすぐそこにはいつでも砕蜂ちゃんの姿があります。

 

 それはつまり、夜一さんの動きに砕蜂ちゃんが対応している……見てから動く砕蜂ちゃんの方が素早く動いているということでした。

 瞬神と評されるほどの高速移動を得意としていた夜一さんでしたが、これには肝を冷やしたようです。

 

 ――戦場から離れていたとはいえ、ここまでついてくるか!!

 

 思わず心の中で舌打ちしてしまいました。

 

「離れんかっ!!」

「ふふっ、お断りです♪」

 

 相手の行動を妨害するような一撃を夜一さんは放ちます。

 完全に相手の死角から放ったはずですが、その動きを砕蜂ちゃんは一瞥することなく弾き飛ばしました。

 と同時に、夜一さんへの反撃の一撃を放っています。

 

「ぐっ……!?」

 

 ――なんじゃこれは!? 身体が……!!

 

 払われた同時にたたき込まれた一撃は、高速移動していたはずの夜一さんの身体をふわりと浮かせます。

 

「はああっ!!」

「ぐうっ!!」

 

 中空へと無防備に投げ出された夜一さん目掛けて、砕蜂ちゃんはついに本命の拳打を叩き込みました。

 

 ――まるで砕蜂に動きを支配されたようじゃ!!

 

 思わず防御すら忘れてしまうくらい見事な一撃。

 殴打された痛みに苦しめられながら、夜一さんはそんな事を考えていました。

 

「ふ、ふふふ……じゃが甘いのぉ。拳ではなく斬魄刀を使っておれば、勝負は決していたやもしれぬのに……」

 

 ですが年長者の意地でしょうか。

 すぐさま体勢を立て直して着地すると、さも平然とばかりの姿を見せました。

 さらに減らず口を叩くことも忘れません。

 

「そんな! 夜一様が徒手なのに私だけが刀を使うわけには参りません! それに、先ほど確信しました! 今の夜一様でしたら、斬魄刀を使うまでもありません!!」

 

 ですが砕蜂ちゃん。

 相手のそんな心に気付かず、むしろ良い笑顔でナチュラルに心を折りに来ました。

 

「ええい、言いおったな!! ならもう手加減はやめじゃ!!」

 

 ならばと夜一さん。奥の手を使う事に決めたようです。

 肩から背中に掛けての布を弾け飛ばしながら、瞬鬨を発動させました 

 決して挑発に乗ったわけではありませんよ。砕蜂ちゃんを油断ならない強敵と認めたからこそです。

 

「儂もそう簡単に捕まるわけには行かぬからな! 少々本気で痛めつけさせて貰うぞ!!」

「あっ! 瞬鬨ですね!! さすがは夜一様! すごい練度です!!」

 

 瞬鬨を纏った夜一さんの姿を見た途端、砕蜂ちゃんは無邪気に喜びつつも瞬鬨を発動させました。

 

「思わず見とれちゃいました。けど、私も出来ますよ」

「なん……じゃと……」

 

 今はにゃんこ姿ではないので「なん……じゃと……」状態です。

 

「瞬鬨!? 馬鹿な、どうやってそれを知った!? 」

「え? 藍俚(あいり)様から教えていただきましたよ」

 

 ――あああああぁっ!! 藍俚(あいり)ぃぃっ!! お主はなんちゅうことをしてくれたんじゃあああっっ!!!

 

 このまま全部を忘れて、頭を抱えてジタバタしたい衝動に駆られています。

 けれど夜一さんは同時に凄く納得していました。

 藍俚(あいり)さんは、夜一さんよりもずっとずっと前から死神をやっています。

 しかも四番隊の隊士として、様々な現場に出て色々な隊の隊士たちを見ています。

 そんな彼女ならば、当然のように様々な知識や経験も持っているはず。

 それこそ、隠密機動の軍団長だけに伝えられる秘技・瞬鬨について知る機会があったとしても、不思議ではないのだろう。

 

 夜一さんはそう結論づけました。

 

 ――じゃ、じゃが存在を教えただけではこうはならん! 瞬鬨の仕組みを解明しており、何よりも砕蜂にとてつもない才覚があったということか……!! 

 

 夜一さんの中で砕蜂ちゃんの評価が天井知らずに上がっていき、その勢いは留まるところを知りません。

 もはや手加減など考えていたら、逆に完膚なきまでに叩き潰されちゃいそう。

 

「な、なかなかやるのぅ……じゃが!!」

 

 思わず顔をひくつかせるものの、夜一さんにも先輩としての意地があります。

 

「おおおおおっっ!!」

「らあああああっっ!!」

 

 これで勝てば全てチャラ、とばかりに砕蜂ちゃんへと襲いかかりました。

 そんな夜一さんの行動を嬉しく思いながら、砕蜂ちゃんは迎え撃ちます。

 

 先代の軍団長と当代の軍団長とが、激しくぶつかりあいます。

 二人はまるで短距離の瞬間移動を繰り返しているかのように瞬時に場所を変えながら、超高速の攻撃を繰り出し合っていました。

 姿が消えたかと思えば相手の背後へ回っている。かと思えばさらに相手の背後へと回っている。

 強烈な蹴りを蹴りで打ち落とし、拳の一撃を打ち払って防ぐという途轍もない激戦。

 しかも瞬鬨状態のため、二人の手足には鬼道の力が乗っています。相手に掠っただけでも大ダメージ必死の中にあってなお、二人は怯むことなく戦い続けていました。

 互いに攻撃を繰り出す度に、相手の身体に決して小さくはないダメージが刻まれていきます。

 

 やがて、戦いの流れは徐々に砕蜂ちゃんの方へと傾いている模様。

 夜一さんはじわじわと砕蜂ちゃんに押されていきました。

 いったいどうしたんでしょうか?

 

 ――これはまさか……瞬鬨のエネルギーを利用しておるのか!!

 

 なんと砕蜂ちゃん、瞬鬨によって自ら纏った風のエネルギーを手足だけではなく、全身へと纏わせていました。風を破壊だけでなく、身体能力の後押しにまで使っているんですね。

 これは後に夜一さんの秘技である"瞬鬨(しゅんこう)雷獣戦形(らいじゅうせんけい)"と、多少規模は小さいものの原理としては同じです。

 

 藍俚(あいり)さんは雷獣戦形(らいじゅうせんけい)のことなど知らないので教えてはくれませんでしたが、さすがは砕蜂ちゃん! どうやら自分で編み出していたようです。

 

 ――押し負け……!!

 

「があああっっ!!」

 

 夜一さんの脳裏に、ちらりとでも弱音がよぎった瞬間に勝敗は決しました。

 相手の瞬鬨を打ち消してもなお余りある強さで放たれた一撃は、そのまま夜一さんを巻き込んで凄まじいダメージを与えました。

 

 大ダメージに吹き飛ばされる夜一さん。

 そのまま地面をゴロゴロと転がっていったかと思うと、やがて全てを諦めたような表情でむっくりと身体を起こします。

 

「あーもう! わかったわかった!! 儂も女じゃ、文句は言わぬ!! 降参じゃ、なんでもお主の好きにせい!!」

 

 両手を挙げての降伏宣言です。

 

 この瞬間、勝敗は決しました。

 

 瞬鬨の攻撃を受ければ、そのまま戦闘不能になっても不思議ではありません。

 ですが攻撃を受けてもなお夜一さんが五体無事で身体を動かせるというのは、砕蜂ちゃんに手加減されていたことの証明です。

 ここまではっきりと力の差を見せつけられては、夜一さんにもう打つ手はありませんでした。

 

「はい! 好きにさせていただきますね!」

 

 地べたにあぐらを掻いて座り込んでいた夜一さんを、砕蜂ちゃんは担ぎ上げます。

 

「お、おい砕蜂!? お主いったい儂をどうする――」

「違いますよ夜一様! 砕蜂隊長です!!」

「――いや、その――」

「砕蜂隊長です!!」

「――~~~~っ!! ええいっ! 砕蜂隊長殿! 儂をどこに連れて行く気なのじゃ!?」

「勿論、藍俚(あいり)様の元です」

「は……?」

 

 夜一さん一人を抱えながら風よりも速く駆け抜けていく砕蜂ちゃん。

 そして理解不可能な答えもあって、夜一さんは頭の中が?でいっぱいです。

 

「待て待て待て! ちょっと待たんか!! せめて猫の姿にならんと要らぬ混乱を招くことに……おい砕蜂!! いや隊長殿!! 儂の話を聞いておるか!? 置いていったことに対する意趣返しか!?」

 

 こうして――暫定的ながらも――副隊長の事を"様づけ"で呼ぶ隊長が誕生しました。

 

 事態はひっそりと、けれども確実に狂っているようです。

 




●にゃん、じゃと……
言いたかっただけ。

●砕蜂ちゃん
本来の素質・実力 + 藍俚の強化
((原作より)霊圧がずっと高い・瞬鬨の練度も高い。
 加えて変な体術まで覚えてる ⇒ 超やべー)
なによりこじらせ続けた想いがやべー。

●夜一さん
前線から遠ざかっていた弱体化状態で、やべー砕蜂を相手にする羽目に。
気がついたら砕蜂の後塵を拝しまくっていた。
それよりなにより(元部下・現暫定上司の)想いが重い。

●結果
力があればかつての上司を無理矢理部下にしても許される。
だって藍俚にそう教えて貰ったから。だから捕まえた。
力はいいぞ、欲しいものが手に入る。

●何故私を連れて行って下さらなかったのですか
(原作でもこっちでも)置いていったら凄い事になってた。


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第129話 謎の侵入者

 やれやれ、やっと終わったわ。

 

 四番隊に戻り、山田七席が誘拐されたときの詳しい状況とその下手人についての情報を受け取ってから、ようやく司令部まで戻ってきました。

 

 その場にいた隊士たちの証言からすれば彼を誘拐したのは、片方は一護でほぼ確定。

 でも、もう片方って誰なの……?

 なんだか覆面で顔を隠していた女性って話だったけれど、そんなのいたかしら?

 しかもそっちはやたらと好戦的だったとか、爆弾で被害を拡大させていたって話よ。こっちの状況を混乱させようとしている、ってところかしら?

 何にせよ、悪知恵に頭が回るみたいね……そいつのせいで怪我人が大勢運ばれてきたわけだし、用心はしておいた方が良さそう。

 

「湯川隊長、お疲れ様です!」

 

 司令部に入ったところ、近くにいた子が挨拶をしてきました。

 

「ええ、ようやく戻ってこられたわ。何か変わったことはあった?」

「旅禍たちが暴れているという情報は入ってきますが、目的・正体や捕縛したという情報は未だ……どうも旅禍たちはかなりの力を持っているようです」

 

 話から察するに、進捗は芳しくないといったところみたい。

 これ、多分だけど藍染が上手に"正解の二つ隣くらいのところを調査させる"みたいに状況をコントロールしているんでしょうね。

 じゃなきゃ、ここまで一護たちに振り回されるはずがないもの。

 

 瀞霊廷って死神の地元よ? ホームなのよ? しかも基本的には組織で動いているのよ? なのに相手は個人レベルで、しかも土地勘すらないのよ?

 普通なら、一人くらいはもうとっくに捕まって取り調べされてるはずよね。

 

『拷問でござる! とにかく拷問に掛けるでござるよ!! 拙者、織姫殿に服だけ溶かすスライムでヌルッヌルにする拷問を仕掛けたいでござる!!』

 

 はいはい、絶対に機会は作るから。それはちょっと待ってなさい。

 

 でも射干玉の言葉じゃないけれど、捕まえて拷問して口を割らせて仲間を芋づる式に、って状況にいつなっても不思議じゃないのよね。

 

「そうね。聞いてるかもしれないけれど、七番隊の四席がやられたから。相手は少なくとも三席以上の力を持っていると考えた方が良いと思うわ。用心しておいて」

「え、七番隊って……一貫坂四席ですか!?」

 

 あら、意外と有名なのね。

 

「万が一の時には注意してね」

「ご忠告ありがとうございます」

 

 まあ、相手はルキアさんの奪還が目的だから。

 ここに来るとは思わないけれど。

 

「一貫坂……鎌鼬でしたっけ?」

「ええ、そうよ……――って、砕蜂!?」

「はい、藍俚(あいり)様! 只今戻って参りました!!」

 

 彼女と別れて総司令室へと向かおうと思った矢先、声が聞こえてきました。

 何かと思えばいつの間にやら砕蜂が隣に並んでいるとか、こんなの驚くに決まってるでしょ。

 

「ただ申し訳ありません。警告を発した者は見つけることが出来ませんでした」

「そう……」

 

 となるとやっぱり、アレも陽動と混乱のための一手で間違いないか。

 

「隠密機動でも見つけられないとなれば、何か特別な理由があると考えるべきでしょうね」

「我々も同じ結論です。何者かが侵入しているのか、それとも隊士たちの誰かが虚偽の報告を行っているのかまでは、わかりませんでしたが」

「ううん、ありがとうね」

 

 さて……

 

 そろそろツッコミを入れてもいいわよね?

 

「ところで砕蜂、その猫って……」

 

 彼女とここで再会したときからずっと気になっていました。

 だってこの子、肩に黒猫を乗せてるのよ!

 それも"すごくどこかで見たことあるにゃんこ"だし! しかもそのにゃんこは"昔感じたことのある霊圧"を放ってるんだもの!

 

 ……何やってるのよ、夜一さん……

 

「はい! 先ほど私の部下になって貰いました」

「部下に……?」

「はい! 凄く暴れていたのですが、私一人でなんとか(しつ)けました!」

 

 なにそれ? そんなグイグイ来る展開知らないんだけど……??

 

 それに"躾け"って……?

 よーく見ると夜一さんも砕蜂もなんだか怪我しているし、しかもにゃんこは"私は不本意です"って顔に書いてあるし。

 

 ……状況から察するに、砕蜂が夜一さんを見つけた。

 戦った。勝った。

 その結果、力尽くで従わせた。

 みたいな状態なのかしら? そして夜一さんを連れてここまで戻ってきた、と。

 

 なにそれ、そんなアグレッシブな展開知らない……

 

 いえまあ確かに砕蜂とはちょくちょく一緒にお稽古とかしてるし、霊圧もどんどん高くなってるし、瞬鬨も教えたし、なんだかんだで瞬鬨はかなり使いこなしているし、それ以外の技も教えたんだけど……

 あれ? 勝てそうねコレ……いやでもだからって、まだ一護たちは侵入したばっかりよ!? なのにもう見つけて連れてきたの!?

 

「あ、痛っ! 止めて下さい!!」

 

 夜一さん、よっぽど文句が言いたいんでしょうね……

 まるで爪とぎをするようにバリバリと砕蜂の肌に爪を立てました。

 にゃんこ姿ですし、迂闊に喋るわけにも行かないだろうから、文句や不満を伝えるための苦肉の策なんでしょう。

 

「とりあえず砕蜂もそっちの猫ちゃんも、傷は治すわね」

 

 移動しつつ、まるで"一戦やりあってきた"みたいな怪我をしている二人の傷を治しておきます。

 外から見て分かる傷が残っていると、要らない騒ぎになりかねないのでそっちを優先しながら。

 しかし、怪我してるのに服が全く破けていないのは奇跡よね。

 

『砕蜂殿も夜一殿もちょっと破れただけで丸見えになってしまう格好でござりますからなぁ!! おっと、これは失礼! 拙者としたことが!! にゃんこ状態の夜一殿は全裸でござった!! ……はっ、これは消されるのではござらんか!? 星マークで隠せばセーフでござるか!?』

 

 ……星マークでも金塊(おたから)マークでも黒塗りでも十円玉を置くでも、なんでもいいわよ……

 

「――とにかく、後で事情は説明して下さいね」

「にゃあ」

 

 治療をしつつ、二人にだけ聞こえる程度に抑えて囁きます。

 夜一さん――この姿だと"夜一にゃん"って呼ぶべきかしら?――が鳴きました。多分「了承した」って返事してくれたんだと思います。

 

「なんにせよ、夢が叶って良かったわね砕蜂」

「はい、ありがとうござ――ッ!!」

 

 瞬間、猛烈な殺気が私たちを襲いました。

 彼女は途中で言葉を切り、一瞬にして戦闘体勢を取ります。

 それどころか夜一さんも砕蜂の肩から降りて、にゃんこ姿ながらも警戒体勢を取っています。

 あ、当然私も反応してますよ。

 いつでも対応できる様に斬魄刀へ手を掛けつつ、殺気の発生源――総司令室へと鋭い視線を向けます。

 

「これって……」

「はい。何者かはわかりませんが、敵がいるようです」

 

 総司令室の中からは、殺し合いでもしているかのような気配が伝わって来ます。

 気配を放っているのは一人だけのようですが、どうやらかなりの強者のようですね。うなじがチリチリとします。

 

「……私が開けるわ」

「では私が敵の相手をしますので。後詰めはお願いします」

「ええ、いくわよ……さん、に、いち……」

 

 砕蜂と二人で軽く打ち合わせを済ませると、戸に手を掛けてカウントダウンでタイミングを合わせます。

 

「っ!!」

「……ぇ!!」

 

 戸を開けると、鮮血の匂いが一気に鼻を突きました。

 室内では通信士として動いていた隊士たちが全員、真っ赤に染まって倒れているのが見え、私は思わず息を呑みました。

 続いて飛び込んだ砕蜂の呆けたような声が聞こえてきました。

 

「一体何が……っ!?」

 

 彼女に続いて部屋に入れば、そこには凄惨な光景が待っていました。

 むせかえるほどの血の匂いが充満しており、刃物で斬られたのでしょう隊士たちは全員が深手を負っています。

 

 そして、部屋の奥では――

 

「え……?」

「馬鹿な……! ありえん……!?」

 

 黒装束に身を包んだ夜一さんがいました。

 

 手にした斬魄刀を、藍染の胸元へと突き立てながら。

 

「……」

 

 その夜一さんは私たちの方へと顔だけを向けると、斬魄刀を乱暴に引き抜きました。

 支えを失い、藍染は口から血を流しながら倒れます。虚ろな目をしたまま、乱暴に扱われてもピクリとも反応しないその姿から、どうやら絶命しているようですね。

 

「……はっ! ま、待てっ!!」

 

 あまりに予想外の光景に、私も砕蜂も一瞬思考が停止していたようです。

 私たちの反応が鈍いうちにその夜一さんは一瞬にして姿を消しました。

 目にも止まらぬ速度で移動して姿を消すそれは、確かに夜一さんとしか思えません。

 

「はぁ……」

 

 なるほどね、こうやって逃げるわけか。

 

 少し離れた場所で固まっている黒猫を横目にしながら、私は少しだけ感心していました。

 




●?????
こうすれば私は自由だ!! これで仕事からも解放される!!

……え! なんで本物連れてきてるの!?

●藍染側の視点で考えてみる
浦原の助けで西流魂街に来てるし、夜一が来てるのも分かってる。

なら、その夜一が一護側の予定にない行動をしていたら?
夜一が死神側の隊長を殺した場面を目撃されたら?

死神側、一護側ともにでっかい混乱が起こる。
(死神側はすぐに混乱。死神経由で一護たちに伝わって向こうも混乱)
その結果、どちらの陣営も疑心暗鬼が大きくなる。

藍染は死を装っているので、自由に動けるようになった。
混乱が大きくなるので藍染はもっと動きやすくなる。

という(結構)良い手となる……はずだったのに……

●総括すると
??「私、何かやっちゃいました?」


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第130話 緊急隊首会(二回目)

「脈、眼球運動、呼吸……諸々なし」

 

 藍染が生きているかをサッと確認しましたが、生活反応が全くありません。完全に死んでいます。

 

 ――これが鏡花水月の完全催眠、なんて凄い……

 

 今までも何回も騙されてきたんでしょうけど、自分で「あっ、これ完全催眠に騙されているんだ」と確信した状態で体験したのはこれが初めてです。

 しかも死体一つを偽装させるほどの精巧さですよ。

 これでも私、四番隊の隊長ですよ。医者ですよ。

 頭では別人だと理解して触れているのに、全然全くこれでもかってくらいに違和感がないです。

 これは騙されますよ。

 今だってうっかり「やっぱり本物なんじゃ?」って信じそうになったもの。

 

『これが未来の世界のバーチャルリアリティー技術でござるな……時間停止だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてないでござる……』

 

 はいはい、ジャンピエールジャンピエール。

 ……似たようなボケとツッコミ、前にもやったわね。

 

『ネタの引き出しは狭いし、鮮度も古いから仕方ないでござるよ』

 

「くっ! どこへ行った!?」

 

 簡単に検査してる一方で、逃げ出した夜一さんっぽい姿の相手を探すように砕蜂が右往左往していました。

 私もそれに参加したいのですが、無理なんですよね。

 

「う……あ……ぁ……」

「大丈夫!?」

 

 この部屋の中にはまだ、血まみれで倒れている隊士たちがいます。

 彼ら彼女らは全員深い刃傷を負っているものの、かろうじて生きています。最後の力を振り絞って「死にたくない、助けてくれ」と訴えかけるか細い悲鳴があちこちから聞こえてきます。

 

「気をしっかり持って! 目は見える? 私のことが分かる?」

「う、ぅ……ゆ、か……隊長……」

 

 この声を無視して、怪我人を見捨てて追いかけるなんて私にはできません。

 

 犯人はおそらくこれを見越して、全員をちょっぴり生かしていたんでしょうね。

 大怪我を負わせるもののちょっぴり生かしておき、それを発見させることで救護を強制させる。私が治療に時間を費やせば費やした分だけ逃走時間は稼げますし、安全に逃げられますから。

 

「砕蜂手伝って! このままじゃ全員死んじゃう!! まずは人を呼んできて!!」

「はっ!!」

 

 大慌てで治療しつつ指示を出します。

 彼女は私の言いつけに従い、部屋の外へと人を呼びに行きました。

 

「もう、しわ……け……」

「大丈夫、喋らないで。今は絶対に生きることだけを考えなさい」

 

 かなりの大怪我ですから、苦痛で心も自然と弱くなります。

 精神的に脆くなってしまうと生存確率も下がってしまうので、とにかく励ましつつ治療を進めますが――

 

「……時間との勝負ね」

 

 ――怪我人の数は多く、全員が重傷。全員を治療できるかと聞かれれば「かなり分の悪い賭けになる」というのが精一杯です。

 

「呼ばれて参りました! ……なっ!! なんだこれは!!」

「良いところに来てくれたわね! 手伝って!!」

「は、はっ!!」

 

 砕蜂が呼んでくれたのでしょう。部屋の外が騒がしくなって何人かの隊士たちが来てくれました。

 彼らに必死で指示を飛ばしつつ、治療を進めていきます。

 

 そんな野戦病院となった部屋の片隅で、黒猫がひっそりと姿を消すのが見えました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「事態は想像以上の結果となった」

 

 藍染が死んだことはあっという間に瀞霊廷中に伝わりました。

 隊長一人が殺されたというのは大問題です。

 この問題についてどう対処するか、そしてこれからどう動くかをとりまとめるため、緊急の隊首会が再び開催されました。

 

「これは未曾有の危機と呼んでも差し支えぬだろう」

 

 合計十二人の隊長が集まる中、総隊長はそう切り出してきました。

 

「諸君らも知っての通り、五番隊隊長 藍染惣右介は逝去した」

「……」

 

 隊長の誰かが息を呑んだようですね。悲しむような気配を感じられます。

 

「それだけでも大問題だが、下手人はよりにもよってあの四楓院夜一とのことじゃ」

「……っ!?」

 

 再び息を呑む声が。

 それと今度は先ほど以上に大きな動揺が感じられました。

 

「若い隊長の中には馴染みがない者もいるやもしれぬが、あやつは百年前に尸魂界(ソウルソサエティ)から姿を消しておる。今までどこで何をしておったのか詳細な行方は知れぬままじゃったが、突如現れたかと思えばこのような大罪を犯しおったわ」

「その情報、誤りは無いのでしょうか……?」

 

 白哉が念押しをするように口を挟んできました。

 夜一さんは彼が子供の頃に遊ばれた相手とはいえ、悪人ではないことは肌で感じているでしょうからね。突然「藍染を殺した」と言われても信じられるはずがありません。

 

「事実じゃ。隊首会の開催までに少々時間があったのでな、裏付けは既に済んでおる」

 

 各隊長が集まるまでにちょっと時間が掛かりましたからね。

 その空いた時間で総隊長に色々働かされましたよ。

 

「此度の藍染惣右介殺害、二番隊の砕蜂と四番隊の湯川が目撃しておるわ。再度問うぞ、お主らが見たのは四楓院夜一で相違ないか?」

「……はい」

「夜一様がこのようなことをするとは思えませぬが……ですがアレは、夜一様の姿を……していました……」

 

 私と砕蜂は当事者ですからね。そりゃ直接取り調べをされますよ。

 私たちはアレが本物の夜一さんではないと理解しています。理解しているんですけど、だからといって"黒にゃんこ"を「これが本物!」と公開するのは現時点で危険すぎます。

 百年前の容疑すら晴れていないわけですから、下手すれば「ルキアと一緒に処刑しちゃえ」みたいな展開に転がりかねません。

 

 ……え? なら「藍染が藍染を刺してました! 藍染は二人いました! 私たちこの目で見ました!!」みたいな証言をすればいいんじゃないかって?

 とんでもない。

 

「加えて、現場には他の隊士たちもおった。彼らは皆、四楓院夜一の兇刃に倒れておったが、湯川の回道によって全員が一命を取り留めた」

 

 苦労しました。すっごい生死が綱渡り状態で危なかったです。

 

「その中でも比較的軽傷だった者たちにも、同じ取り調べをしておる。その全員が口を揃えて言っておったわ。あれは四楓院夜一であったとな」

 

 これがあるわけですよ。

 別の目撃者がいたわけですから、私たちが下手に嘘をつくわけにもいきません。

 多分藍染は、私たち以外に目撃者を意図的に残そうとしていたと思います。

 だって一人だけ、怪我は大きく見えるけれど比較的軽傷だったのがいましたから。

 他の全員は死んでも良いけど、コイツだけは生き残って「犯人は夜一さんだ!」と言わせる為だけに、良い感じに傷を調整していたんでしょう。

 

「あれ? ねえ、確か山爺も藍染隊長たちと一緒にいなかったっけ? そこで取り押さえればよかったんじゃないの?」

「……その場にいればそうしておったわ」

 

 京楽隊長の質問に若干の苛立ちを含んだ返事がやってきました。

 

「その少し前に、四十六室に呼び出されておって留守じゃったわ。内容は"七番隊の四席が旅禍に倒された"ことに対する叱咤であったが、なんとも間の悪い……」

「む、それは……我が部下が申し訳ない」

 

 狛村隊長が「部下が先走ってごめんなさい」してる。

 まだ意地で顔は隠してるんだけど、耳をぺたーっとさせてる姿が目に浮かぶようだわ。

 ……かわいい。モフりたい。

 

「七番隊の四席ネェ……それ、今はどこに? もう死んだのかな?」

「部下の報告では四番隊にいるとのことだが……?」

「ええ、そうです。少し前のことですが収容しました」

「なるほど……」

 

 あ、涅隊長が悪い顔してる。

 でも藍染を除けば、負傷した隊士の中で一番席次が高いですからね。

 食指が動くのも無理はないか。

 

「つまりはこういうことかい? 偶然にも、現場にいたはずの隊長たちは席を外していた。残ったのは藍染と隊士たち数名のみ。そこへ四楓院夜一が現れ、彼らを殺害。だが偶然にも現場を湯川隊長たちに見られた、と?」

「…………」

 

 浮竹隊長ってば"わざと偶然にも"って言ってるわね。

 それって「何か意図的な裏があるんじゃないか!?」って言ってるようなものじゃない。

 京楽隊長も理解しているみたいで、したり顔をしつつも何も言わないし!

 

「せやけど、百年も前に姿を消したはずの隊長がなんで今更? しかもなんでこのタイミングで来たんやろ?」

「……復讐、ということは?」

 

 市丸の疑問に、東仙が口を挟んできました。

 おっとこれは面子的に考えても、茶番開始かな?

 

「どういうことで?」

「市丸隊長は知らぬだろうが、四楓院夜一は元十二番隊隊長の浦原喜助と親交が厚かった。だが浦原は過去に魂魄消失事件を引き起こした張本人、その浦原が尸魂界(ソウルソサエティ)への復讐のために動いたのではないか、と思っただけだ」

「なにッ!?」

 

 途端に場がざわつきました。

 

「そうか、東仙。お主は前隊長を……! す、すまぬ!」

「いや、いいよ狛村」

 

 ……なるほどね。

 かつて六車隊長の部下だった東仙です。

 裏事情を知らない人から見れば浦原は東仙の仇になります。その東仙がこの推論を口にするのは「前隊長の無念を晴らしたい」みたいに見えるわけで。

 

「大昔の犯罪者が、逆恨みで復讐しに来たって訳ですか? 怖いなぁ……」

 

 ついでに当時はまだ若かった市丸がこういう役回りをすることで、色々と煽るわけか。

 

「ってことは何か? そんな下らねぇ復讐のために巻き込まれて藍染は死んだのか?」

「さて、どうでしょう。注意すべきとは思いますが、それでも推測の域を出ておらず本当に浦原喜助が絡んでいるのか……どう思いますか、涅隊長?」

「フン……知らんネ。まあ、あの男なら出来るだろうとだけは言っておくヨ」

 

 十・十一・十二番隊隊長の流れるような会話ですね。

 

「可能性があるのなら話は早え。全員とっ捕まえて口を割らせりゃ済むことだ」

「……少し待たれよ日番谷隊長」

 

 なんかやたらと日番谷隊長がエキサイトしてるのよね。氷雪系の斬魄刀なんだからもっとクールに行きなさいよ。

 

「湯川隊長が恋次を連れて現世に行った際、強い霊力を持った人間たちがいたとのことだ。おそらくは彼らが旅禍の正体だろうが、彼らは利用されているだけかもしれぬ……四楓院夜一も含めてだがな」

「それがどうした朽木! 藍染が殺されたのは事実だ! そんな相手に情けを掛けろとでも言いたいのか!?」

「しかし……!!」

 

 白哉は多少なりとも一護たちの事を知ってるからね。

 それに夜一さんのことも含めて、穏便に行きたいと思っているみたいだけど。

 ……というかホント、どうしたの日番谷隊長は? 親の仇でも見つけたの? すごい噛みついてくる。

 

「やめい!」

 

 ざわついた場に総隊長の一喝が飛びました。

 

「まずは東仙。その意見、十分に一考に値するものと判断する。目的は不明なれど、各員は浦原喜助が背後にいるやもしれぬことを念頭に置き動くこと。場合によっては、かつての大鬼道長が動いているかもしれぬ」

 

 うーん、まあその判断は仕方ないわよね。

 そもそも浦原って夜一さんの推薦で隊長になったし。夜一さんは浦原と一緒のタイミングで姿を消しているし。

 それに握菱さんも同時に消えてるから、まだ姿を確認されていないけれど動いているって思うのも無理はないわね。

 

「続いて朽木白哉。旅禍たちが浦原に利用されているやもしれぬと危惧していたが、藍染殺害の裏にその旅禍たちが関係している可能性もある。よって旅禍たちを発見した場合、可能な限り捕獲、背後関係を調査せよ。同時に朽木ルキアの警備を強化する」

 

 こっちはなんとかなるわね。

 これなら一護たちが見つかっても殺されないで済みそう。

 

 ……色々と危ないのが何人かいるけれど。

 

 調査・解剖したいから「二・三人くらい構わんヨ。どうせ"可能な限り"なんだからネ」みたいに考えていたり。

 その気は無くても「あん、この程度の霊圧で死んだのか!? せっかく手加減してやったってのによ……」みたいな結果になりそうなのがいたり。

 

「それと諸君らが揃う少し前、四十六室より改めて命が下されておったのだ。隊長一人を欠く結果となったのは、事態を甘く見て不慣れな体制を強行したためとのこと。よってこれより体制を以前に戻し、儂が指揮を取る。同時に戦時特令を発動する。よいな?」

 

 よいな? と聞かれても「嫌です」とは言えませんよ。

 とはいえこれは藍染がこっちの動きに対応させてきたってことですかね。

 今まで通りの体制って微妙に各隊の連携が怪しいですから、藍染としてもつけ込みやすいんでしょうねきっと。

 

「それと先ほども言ったが、浦原喜助が糸を引いているやもしれぬ。その場合、瀞霊廷の地理についても明るいと――何らかの手段でこちらの動きを読んでいるとすら考えられる。これまで以上に用心するよう各隊士へ厳命するように」

 

 浦原さんならGPS完備のナビゲーションシステムとか用意して地理を補完させててもおかしくないですからねぇ……

 そういう注意を促すのも仕方ないか。

 

「最後に、湯川へ藍染惣右介の検死を依頼する」

「検死ですか……?」

「うむ、どんな些細なことでも良い。次に繋がる痕跡がないか調査せよ」

 

 とまあ、こんな感じで。

 緊急隊首会は終わりました。

 

 各部隊の隊長が解散して去って行きます――……ッ!!

 

 ……え、何今の……? 強い視線と敵意、悪意よね多分……? そんなのを感じたんだけど……どこから飛んで来たの!?

 隊長の誰かだとは思うけれど、全員が同じ方に歩いてるから分からないわ……

 

「湯川隊長、少し良いかな?」

「っ!! な、なんですか浮竹隊長?」

 

 驚いた……

 探ってる時に突然声を掛けられたものだから、もう少しで悲鳴を上げるところだったわ。

 

「あとで十三番隊まで来てもらえるだろうか? ああ、勿論検死が終わってからで構わないよ。結構時間が掛かるだろうから、明日に回してもらっても問題は無い」

「は、はあ……それは構いませんけど、一体何が……?」

「詳しいことは来てくれたら話す。すまないが頼んだよ、忘れないでくれ」

 

 ……浮竹隊長?

 何か私に用事があったみたいですけど、何かあったのかしら……?

 



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第131話 等身大フィギュアを愛でるような感覚で

「何でも良いから、次に繋がる情報……ねぇ……」

 

 四番隊へと搬送された藍染の遺体を前にして、私は額に手を当てながら悩みます。

 さて、これを調査するとなると――

 

「まずは遺体の再調査ね。精巧な偽物という可能性があるから、その可能性を判断する。その後は損傷について調査するわよ」

「損傷、ですか……?」

「そうよ。創傷の具合から、成傷器はどんなものだったか。どの程度の殺傷力を持っていたか。そういったことを調べる。夜一さん――四楓院夜一が本当に犯人なら、創傷には隠密機動の癖が見えるはずだから」

 

 まあ、藍染のことだから疑われないように、そういう証拠もしっかり用意してあるんでしょうけどね。

 

「そういえば先生は二番隊の隊長とお知り合いでしたね……」

「ええ、そうよ。だから砕蜂の動きを基準として、隠密機動の特徴が見えるかを調査するの」

 

 簡単に言ってますがこれ、医者が暗殺者の戦い方を知ってるからこそ出来ることです。

 ……まあ本来なら卯ノ花隊長が検死していたわけで、あの人は私よりももっと刀傷に詳しいから……そういう癖とか瞬時に見抜いていると思います。

 

 つまり、医者になるには殺人術を習得していないと駄目ってこと……? 医大生って大変なのね……

 

「とりあえず、そこから調査しましょう。大変だと思うけれど、お手伝いよろしくね」

「はい」

 

 あ、そうそう。紹介がまだだったわね。

 検死の助手をなんと、吉良君が務めてくれています。

 勇音も桃もまだ忙しそうだったから。間が良いのか悪いのか、彼の手は空いていたからお願いしちゃったの。

 

 ということで、検死を始めま――

 

『拙者、知ってるでござるよ!! 検死医というのは科捜研の人に"念のために!"と無茶ぶりされて苦労するでござる!!』

 

 ……まあ、卯ノ花隊長に無茶ぶりされると考えれば当たらずとも遠からずよね。

 

 こほん。

 では改めて、検死を始めました。その後、一通り調査をしましたけれど――

 

「義骸や人形といった可能性は極めて薄い……というか調べれば調べるほど、医学的な見地は藍染隊長が死んだことを後押ししてくれるわね」

 

 ――完璧でした。

 

 頭のてっぺんからつま先まで、最後まで藍染たっぷりだったわ。

 よくもまあ、これだけのことを催眠術でやってのけるわね。

 

 それ以上に卯ノ花隊長が凄いわよ。

 あの人は予備知識もないのによくこれを「あ! これ瀞霊廷で大人気の藍染隊長等身大フィギュアだ!」と気付いたわよね。

 

 やっぱりあの人、おかしいわよ……

 

「はぁ……はぁ……」

「吉良君、大丈夫?」

 

 なんだか吉良君の息が上がっています。

 動揺していますし、なんだかちょっと顔色も悪いです。

 

「す、すみません……ちょっと気分が……」

「そっか……見知った人の遺体を調査だもんね、気分も悪くなるわよね」

「ええ。藍染隊長はたまに相談に乗ってくれて……僕だけじゃなくて他にも話を聞いてくれたり助言をしてくれたりして、なのに藍染隊長は死んでて、僕はそんな人の検死をしてるんだって思ったら……」

 

 相談? 何か碌でもないことを吹き込んでたのかしら?

 まったくこれだからあの眼鏡握りは! 油断も隙も無い!

 

『眼鏡を握りつぶすから、とうとうお寿司みたいな表現になったでござるな……』

 

「気をしっかり持って、今だけは集中して。心ここにあらずで挑んで、決定的な見落としなんてしたら、藍染隊長への冒涜になるわよ」

「は、はい! 先生、僕頑張ります!!」

 

『おお! 女隊長が年下の男性部下を元気づける、なんとも可能性を感じさせるシーンでござるなぁ!! これはフラグが立ったでござるよ!!』

 

 いや、そういうシチュエーションってあるけど……

 でも藍染の遺体がすぐ隣にあるんだけど……射干玉はそれでいいの?

 まあこれ偽物なんだろうけれど、それでも絵的にはかなりアウトよ?

 

「じゃあ元気が出たところで次は血液検査ね。それと同時に体表検査をもう一回行うわ」

「えっと、それはどうして……?」

「創傷からも判断出来るように、藍染隊長は何も抵抗せずに殺されているの。流石におかしいでしょう? 相手は部屋の中にいた隊士たちを全員斬って、最後に藍染隊長を刺してるのよ?」

 

 確か本来だと"仲間内に裏切り者がいるから一人で説得しに行く"みたいな感じだったのよね。

 

 でも殺された。

 しかも一撃で殺されてて、遺体を壁へ磔にする。

 みたいなこれでもかって位に死を強調する形で。

 

 その理由については「一人で向かったことに加えて、説得したいと思っていた相手だから油断していた。だから、抵抗も出来ずに一撃で殺されたのでは?」みたいに思われたんだっけ?

 よく覚えてないから、この辺はかなり推論込みの意見なんだけどね。

 

 ところが今回の場合、藍染以外にも人がいるからね。

 少し考えれば抵抗するだけの時間はあったのは誰でも気付く。

 なら抵抗出来なかった何らかの理由があったはずと、普通なら考える。

 

 となると当然その辺も調べておかないと給料泥棒って思われちゃうし、それ以前に普通に不自然だからね。

 案外卯ノ花隊長が気づけたのも、四番隊隊長としての知識からじゃなくて元十一番隊隊長としての直感――殺し合いの残り香が感じられなかったからかもしれない……

 

「あっ、そうか! それが本当なら抵抗する時間くらいはあったはず! 無抵抗なのは変ですよね!!」

 

 細かい部分で不自然な状況になってるから、この死の演出はアドリブ……?

 いや、これもそう見せかける計算なのかしら……?

 

「そういうこと。となると事前に薬で意識を朦朧とさせられていたかもしれない。そういう部分も調べていくわよ」

「はい!」

 

 ということでまだまだ検死は続きます。

 

 もう一度、藍染の頭のてっぺんからつま先までじっくりと見ました。

 それどころかお尻の穴まで確認したわよ。薬を直腸吸収とかしてるかなぁって。

 

『藍染の全身を調査でござるな!! それでご感想は!?』

 

 別に何も。というか、いちいち反応なんかしてられないわよ……

 あ、でも。多分だけど平均以上だったわ。

 

『何が!? 何がでござるか!!』

 

「特に何も無し、ですね……」

「となるとやはり何もせずに無抵抗で殺されたことになるわね」

「ですがそれはおかしい、そう思っているわけですよね」

「ええ、そうです。藍染隊長が気付くだけの時間は十分あったはずですから」

「前提が間違っているのでは? 最後に藍染隊長を殺したのではなく、最初に手を掛けたということは?」

「え、あの……先生?」

「遺体に創傷は一つだけでしたから、一撃で絶命しているのは間違いありません。私も現場にいましたが、周囲には重傷の隊士が倒れていて藍染隊長を刺していましたから、最後で間違いないでしょう。改めて話を聞く必要はあるかもしれませんけど」

「精巧な人形の可能性は?」

「あの、あの……」

「かなり低いですがまだ残されているというところです。ただここまで精巧な人形を作ったとなれば、技術局に記録が残っているかもしれませんね。他にあるとすれば……そういえば昔、十二番隊でそんな研究をしていたはずです。確か霊骸、だったかな……? そっちも併せて調査が必要かもしれません……ところで――」

 

 吉良君も困っているし、そろそろ突っ込んでいいわよね。

 

「――古巣とはいえ、無断で入らないでいただけますか? 卯ノ花隊長」

「あらごめんなさい。四番隊の子たちにお願いしたら、全員快く教えてくれたものだからつい」

 

 さらーっと入ってきて、さらーっと会話に加わられて、どうしたものかと思ったわ。

 

「まあ、それはもういいです。せっかく来たのですから手伝って下さい。十一番隊隊長としての見立てもお聞きしたいですから」

 

 どうせ文句言っても聞いてもらえないんだから。

 だったら戦闘集団のトップに立つ者としての意見も聞いておきましょう。

 

「あら、部外者を手伝わせて良いのですか?」

「傷については私よりもお詳しいでしょう? それにここまで足を運ばれたということは、反対しても強引に見るんでしょうから」

「そんなことはありませんよ。手塩に掛けて育てた可愛い部下の働き振りを見たいという、少しばかりの郷愁に駆られただけです」

「ありがとうございます。ですが視線を遺体の傷から離して仰られたら、その言葉も手放しで喜べました」

「あの先生、卯ノ花隊長も……穏便に……」

 

 吉良君が怯えてるわね。

 このくらいでビビってると潰れるわよ?

 

 こんな感じで、卯ノ花隊長と意見交換もしました。

 結論としては「これは藍染の遺体だが、その死には疑問が残る」という感じです。

 しかしこの検死、なんというか白々しいわよねぇ……

 

 ところで意見交換の最中、吉良君はずっと震えてました。寒かったのかしら?

 

 

 

 

 

 

「もう夜中じゃない……」

 

 あの後、解剖報告書を作成して総隊長のところまで届けました。

 報告書には「遺体は精巧な作り物の可能性がある」の一文も載せておきましたよ。

 

 作成して、提出して同時に報告もして、全て終わって帰る頃にはもうすっかり遅い時間です。

 

「十三番隊に行くのは明日ね……」

 

 浮竹隊長がわざわざこっそり話しかけてきたとなると、またぞろ面倒事が待ってるんでしょうねぇ……

 




●無茶ぶりされる検死医
風丘早月先生(科捜研の女)

●藍染の尻の穴を見る
がっつり凝視して、直腸温度も測ってると思います。
偽物(催眠)ですけど、きっと本物と寸分違わぬと思います。

……改めて見ると、凄い字ですね……

●卯ノ花隊長
絶対興味を持つでしょうし、絶対来ると思うわけで。
(しかも検死の責任者じゃないから気も軽い)
二人掛かりで調べられたら流石にキツい。


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第132話 つや消しブラックの塗料をご用意ください

 総隊長へと解剖報告書を送り届けてから、一夜明けました。

 一晩経っても瀞霊廷は旅禍は未だ捕まらず厳戒態勢――どころか藍染が原因で戦時特令まで出てます。

 そのせいか四番隊(うち)の隊士たちは浮かない表情をする者ばかりでした。

 山田七席が捕まってるからか、余計に身近な恐怖を感じちゃうみたいね。

 

 なので隊長として、朝から四番隊の隊士たちへビシッと指示を出して安心させておきました。

 その後は昨日依頼された通り、今日は十三番隊へ行きますよ。

 

 ……行く予定だったんですよ。

 

「あの隊長、少しだけよろしいでしょうか……」

「どうかしたの?」

「実は……」

 

 なんとも言いにくそうに切り出して来た子から、何があったのかを聞きました。

 ……ああ、なるほど。そりゃ言いにくいわよね。そりゃ私に話を持ってくるわよね。

 

「あまり勝手をされると困るのですが?」

「なんだ、もう来たのかネ?」

「ひ、ひいいいぃぃっ……!」

 

 綜合救護詰所の一室、そこには鎌鼬(笑)の一貫坂四席が入院している部屋です。

 その室内にいる涅隊長へと、私は声を掛けました。

 

「ここは四番隊の管轄ですし、彼は七番隊の隊士ですよ? 十二番隊の涅隊長が勝手な振る舞いをするのはどうかと」

「フン! どうせ傷はもう癒えているのだろう? 貴様たちがグズグズしているから、私が代わりに話を聞こうとしていただけだヨ」

「助け……湯川隊長! 助けて下さい!」

 

 さっきの子の相談は「涅隊長がやってきて一貫坂四席の部屋へと無理矢理案内させられた」というものでした。

 なので急いで病室へと向かい、こうしてネム副隊長を連れた涅隊長を発見したわけです。

 

 そういえば隊首会の時から怪しい反応を見せてましたからね。旅禍の犠牲者となった相手にこうやって直接話を聞きに来たわけですか。

 とはいえ……

 

「彼の報告については既に七番隊から上がっていますので、そちらを参照なされては? それに、話を聞くだけなら右手のそれは不要だと思いますが」

 

 涅隊長はなにやら怪しい液体の入った注射器を手にしており、今にも打たんとしていたところでした。私は間一髪それを手首を掴んで止めています。

 

 さっきから四席が叫んでいたのも、これが原因です。

 何やら怪しい液体を注射されそうになっていたとなれば、そりゃビビりますよね。

 

「報告については知っているヨ。だが私が知りたいのはそんな表面的なことじゃ無い。旅禍の手の内についてのもっと詳細なデータだヨ。それを今からコイツに教えて貰おうと思っていたところだと言うのに……」

「ですから、それは止めて下さいと言っています」

「まったく……せっかく喧しい卯ノ花が消えたと思えば貴様も随分と鬱陶しいことだネ」

 

 そりゃ、卯ノ花隊長じゃ無くても止めるでしょ普通……

 

「貴様が藍染の死体にやったことと大して変わらんことをするだけだというのに、何故こうも邪魔されるのか理解に苦しむヨ……そもそも四席なら代わりはいるのだから、負けた役立たずにはこのくらいは当然。むしろ負け犬を有効利用してやってるのだから感謝されても良いくらいだヨ?」

 

 すっごい理屈ね……検死と生体実験を同列に見ちゃうとか……

 

「まあいい、最低限必要なサンプルは確保したからネ。これだけでも調査は可能だヨ」

 

 私の手を強引に振り払うと、懐から小瓶を取り出しました。

 瓶の中には何やら液体が満ちていて、薄皮らしきものが浮かんでいます。

 多分ですがアレ、一貫坂四席の皮膚組織ですね。それも傷口近くの。

 傷口近くの皮膚片から霊圧を採取して調査する腹づもりなんでしょう。

 

「行くぞネム! グズグズするんじゃあないヨ!」

「はい、マユリ様……ご迷惑をお掛けしました」 

 

 それまで沈黙を貫いていたネム副隊長でしたが、去り際に軽く一礼してから涅隊長へと追従していきました。

 彼女とは女性死神協会で時々顔を合わせてますから、このくらいのコミュニケーションは取ってくれます。

 

「やれやれ……」

「た、助かった……ありがとうございます隊長!!」

 

 実験動物にされずに済んだ安堵感から一貫坂四席がもの凄い勢いで感謝してきます。

 

『マッドサイエンティストは怖いでござるからな!! 拙者もいつ捕まってアブダクションされることになるやら!! 変な金属片とかを埋め込まれるでござる!!』

 

 それ、昔からよくあるUFOのネタじゃない……

 

 というか出かける前にこれとか、重いわぁ……胃もたれしちゃう……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「すみません、浮竹隊長はいらっしゃいますか?」

 

 気を取り直して、十三番隊へとやってきました。

 

「ああ、湯川隊長。よく来てくれたね」

 

 入り口近くにいた隊士へ取り次ぎを頼んで待つことしばし。

 浮竹隊長が迎えに来てくれました。

 

「忙しいところすまない。けれど、今回はどうしても直接顔を合わせて話をしておきたかったものでね」

「いえいえ。それで、ご用件はいったい?」

 

 浮竹隊長に案内され、十三番隊の中を進みます。

 この方向は多分ですが雨乾堂(うげんどう)ではないですね。どこに向かってるのかしら……?

 

「ああ、それは……いや、直接見て貰った方が早いだろう」

「はい?」

「ここだ、入ってくれ。そうすれば理解出来ると思うよ」

「はぁ……?」

 

 やがて一室に到着しました。

 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。意を決して扉を開けました。

 するとそこには――

 

「おらああああっ!!」

「甘えんだよっ!!」

 

 ……出てきたのはまさかの一護だったわ。

 どういうわけか、海燕さんと実戦稽古してる。

 

 さらにその後ろでは――

 

「あははははっははははは!!」

「ぶははははは!! すっげー!! 一晩経ったら慣れると思ったのに、まだまだイケっぞこれ!! わはははははは!!」

 

 笑い転げる清音さんと仙太郎君。それ以外にも十三番隊の隊士たちがあちこちで笑いを堪えきれずにいますし――

 

「てめえら!! いい加減にしろ!! いつまで笑ってんだよ!!」

「いやいや副隊長! お言葉ですがコンテンツ力が高過ぎであります!!」

「うん、もうなんだったら一護君が動いてるだけで面白いもん!!」

 

 手を止めてぶちギレる海燕さん。

 ですがそれに対して二人はさも当然のように返答していて――

 

「俺はリアクション芸人じゃねえんだよ!!」

 

 最後に一護が渾身のツッコミを入れています。

 

 ……なにこれ? 誰か説明ぷりーず。

 

「ひー! ひーひーっ!!」

「…………っ!」

 

 あ、よく見たら空鶴と岩鷲君もいるわね。

 空鶴も清音さんたちみたいに笑い転げているし、岩鷲君は自分で自分のほっぺたを抓ってる。多分アレ、笑いそうになるのを必死で我慢してるのかしら……?

 

 ……というかなんで空鶴と岩鷲君までいるの!? なんで志波家の親戚が一同に介しているのよ!?

 

『海燕殿も大変でござるな』

 

 あんたは射干玉でしょ?

 

『そうでござるが?』

 

 ……!?

 

『……!?』

 

 ……ごめんね、なんだかそうツッコミを入れないといけない気がしたから。

 

『いやいや、かたじけのうござるよ』

 

「まあ、そのなんだ……こういう訳なんだ」

「えーっと……どういう訳でしょうか?」

 

 理解しろって方が無理でしょうが!!

 

「話せば長くなるんだが、昨日海燕のやつが一護君たちを捕まえてきてね。話を聞いたら、彼も朽木を助けたいと考え行動してるそうだ。湯川隊長から彼のことも聞いていたから、協力体制を結んだのさ。それで、湯川隊長にも協力出来ないかと思ってご足労願ったってわけだ」

「ああ、なるほど……」

 

 一護をここに連れてきたってのは、なかなかどうしてファインプレーですね。

 十三番隊の隊舎にいれば色んな霊圧に混ざって感知もしにくくなる。木を隠すには森の中って言うからね。

 

 しかしまさか、一角じゃなくて海燕さんが一護と戦っていたとは……しかも倒してたのね……

 あ! よーっく見たら山田七席もいる! 存在感がほぼ皆無だったから気付かなかった。

 

「大雑把な流れは分かりましたけど、細かい説明をお願いします」

「ああ、そう来るだろうと思ってたよ。おおい皆、すまないが一時中断してくれ」

「ああっ! 湯川隊長!」

「おう藍俚(あいり)じゃねえか! よく来たな」

「ようやく来てくれたか湯川……てか空鶴、お前な……」

「ん、なんだ……あっ、あんた!! 俺を刺したデカい死神!!」

 

 誰がデカい死神なのよ!! あんた(174cm)よりちょっと(11cm)背が高いだけでしょうが!!

 というか自己紹介はしたんだから名前で呼びなさい!!

 

『あの年頃から見れば十分に大きいでござるよ……でもそんな藍俚(あいり)殿が大好きでござる!!』

 

 はいはい私も愛してるわ。

 

「とりあえずあなたたち、なんでここにいるの? 説明して!」

 

 大説明大会が開催されました。

 

 

 

 

 

『大説明大会とは言っても、皆様はご存じ故にササッと割愛するでござるよ!! 説明が必要なのは一護たちのシーンが終わった部分から、藍俚(あいり)殿が登場するシーンまでの間! そこで何が起こったかでござるからな!』

 

 またそういうメタな事を平気で言うんだからこの子は……

 

 ……こほん。

 

 一護ですが、十三番隊と協力体制を結んだ後は「実力が足らない」ということで海燕さんと稽古をしていたそうです。

 というか海燕さんだけじゃなくて十三番隊で手の空いている隊士は大体が相手をしたそうですが、単純な戦闘力だけで判断すれば副隊長クラスを一護は持っているので。海燕さんくらい強くないと稽古にならないそうです。

 浮竹さんも少し協力したそうですよ。

 

 その成果があったのか、確かに強くなってるわね。

 現世で見たときとは本当に月とスッポン……こんな短期間で簡単に強くなって……

 

 浮竹隊長は一護を交えて話し合いをしたかったので、私を直接呼んだそうです。

 あとは岩鷲君にちょっとだけ、稽古を付けていたとか。

 

 清音さんたちは、動いて喋る一護を見て延々笑ってたそうです。

 海燕さんのコピーみたいで十三番隊で大受けだったみたいですよ。

 

 それと山田君は夕べからずっと救急箱代わりに使われてたそうです。

 

 とまあ、そんなこんなで一通りの説明は終わりました。

 その上で、まずやらなきゃいけないことが出来ました。

 

「なるほどねぇ……やってくれたわね空鶴……!」

「お、おい藍俚(あいり)! なんだよ、何を怒ってんだよ!」

「怒ってなんかないわよ」

 

 今の私は笑顔ですよ。

 

「ただね、あなたの爆弾が原因で何人か危険な状態になった隊士がいるのも事実なのよ……だからね……」

「あだだだだだだだだっ!! やめろ、おれが悪かったからやめろっ!!」

 

 ヘッドロックからこうゲンコツで、グリグリ~ッとやっておしおきです。空鶴の事情も分かるんだけど、それはそれよ。

 

「まあ仕方なかっただろうけど、湯川の立場からすりゃ文句の一つも言いたくなるよな……」

「つ、強え……デカいだけじゃなく強え……」

 

 長男コンビ(海燕と一護)がそんな事を呟きました。

 

「おい一護。さっきから思ってたんだが藍俚(あいり)の姉さんのことをデカいデカいってなんだその呼び方は!!」

「なんだよ岩鷲、別にいいだろ……」

「いいや断固としてよくねえ!!」

「さすがは兄弟だな……反応が似てる……」

 

 浮竹隊長が感心しました。何があったのかしら……?

 でも良いわよ岩鷲君、もっと言ってやって!

 

「じゃあ湯川さん、って呼べば良いのか?」

「そうね、そう呼んで。少なくとも女性を無遠慮に"デカい"って呼ぶのはマナー違反よ?」

「う、確かにそうだったな……すまねえ……」

 

 まあ、この話はこれでよしとしましょう。

 

「それじゃあ話を戻すわよ。再度確認になるけれど、黒崎君はルキアさんを助けたい。だから私たちと協力してくれる――って考えて良いのよね?」

「ああ、そうだ。ルキアにはでっかい借りも出来ちまったんだ……だからよ……」

「その気持ちはありがたいの。君たちが暴れてくれればルキアさんの方にも隙が出来て、なんとか出来る算段だったんだけど……ちょっと事情が変わってきちゃってね」

「事情?」

 

 軽く浮竹隊長と視線を合わせ、頷きます。

 

「昨日、五番隊の藍染って隊長が殺されたのよ。そのせいで厳戒態勢になってて」

「隊長が殺された……はぁっ!? なんだよそれ!! 隊長って、みんなアンタや――」

「オイコラ一護!!」

「――湯川さんや浮竹さんみたいに滅茶苦茶強いんだろ!?」

「しかも容疑者は夜一さんよ」

「はあああぁぁっ!? 夜一さんが!? しかも隊長を殺した……!?」

 

 一護は目を白黒させています。

 

「あの夜一さんが……え、いやちょっと待て! 夜一さんってそんなに強いのか!? それともまさかその藍染って隊長はとんでもなく弱いのか……?」

「いえ別に弱くはない――というかかなり強い方よ」

 

 ……ん? なんで弱いって思ったのかしら??

 

「いやだって、猫にやられたんだろ……?」

 

 …………………………ああっ! なるほど!!

 

「「「「ぷ、わはははははっ!!」」」」

「なんで笑ってんだ!? いや何がおかしいんだよ!!」

 

 私・浮竹隊長・海燕さん・空鶴の四人で思わず吹き出してしまいました。

 そっかそっか、一護ってまだにゃんこ状態しか知らなかったのね。

 

『にゃんこの爪に切り裂かれて、血塗れで沈む藍染でござるか……すっげー面白い絵でござるなそれ!!』

 

 止めて! 想像させないで!!

 

『眼鏡に爪痕が幾つも刻まれて……死覇装もボロボロで綿がはみ出てて……』

 

 射干玉! 本当に止めて!!

 

「ご、ごめんなさい……でも夜一さんは猫の姿は仮の姿なのよ」

「……はぁ!?」

「正体は女性、それも空鶴みたいな美人なのよ」

「はああぁぁっ!?!?」

「さらに元二番隊の隊長と隠密機動の軍団長を兼務していたの。現世風に言うなら"忍者の頭領"とか"CIAの長官"みたいな仕事をしていたって言ったら伝わるかしら?」

「なん……だと……!?」

 

 なんだと顔、いただきました!

 

「いや待て! 夜一さんが強いのは分かった! けど、そんなことあるわけないだろ! 夜一さんとは短い付き合いだけど、そういうことを企んでるようには見えなかったぞ!!」

「ええ、あるわけないわよ。だってそのとき、私と砕蜂が夜一さんと一緒にいたもの」

「うん……? ちょっと待ってくれ湯川隊長。それは一体どういうことだ?」

「ああ、そのことなんですが――」

 

 かくかくじかじか。

 

「――というわけです」

「護廷十三隊の隊長ってどいつもこいつも無茶苦茶なんだな……」

「俺、知らなかったよ……死神、なれるのかな……」

 

 姉弟コンビが驚いてます。

 いや砕蜂のこれは、よっぽど特別な例だから! 普通じゃないから!!

 

『そうでござるな。四番隊から十一番隊の隊長に出戻りして、その隊長を副隊長にするとか普通のことでござるよ』

 

 卯ノ花隊長のそれも大概ありえないことだからね! わかってて言ってるでしょ!

 

「なるほど、だから隊首会で二人とも口を濁していたのか……何か一護君たちとは別の第三者が動いている可能性……となると下手に朽木を外に出すのも危険かもしれないな……」

 

 浮竹隊長は本当に冷静で頼りになるわね。

 

「ええ。そんな状況に加えて、四十六室の命令ですからね。山本総隊長はほぼ確実に敵に回るはずです。総隊長を思いとどまらせるだけの"材料"があればまた別かもしれませんが……だから黒崎君、一つ質問するわ」

「な、なんだよ?」

 

 さて、そろそろ一護には自分の運命を選んで貰いましょうか。

 

「今の状況では、半端な実力は通用しなくなってるわ。何人かの隊長は協力してくれたり不干渉を約束してくれたけれど、それでも隊長クラスとの敵対はほぼ避けられない。私たちもできる限りフォローはするけれど……」

「……まどろっこしい言い方しなくてもいいぜ、湯川さん。つまり今の俺にはルキアを救い出すだけの力が足りないってことなんだろ……?」

「ええ、そういうこと。だから強くなって欲しいんだけど……覚悟はある?」

「上等だ!! どんな試練だろうと、なんでもやってやるぜ!!」

 

 あ、言っちゃった。

 

『なんでもやる、でござるか……これはもうウッキウキでござるな!』

 

「おい湯川、お前一護に何をやらせる気だ……?」

「いざとなれば十三番隊は協力を惜しまないが……」

「いえ、先ほどのお話を聞くに十三番隊では手に負えなくなってきてるようなので……虎の穴に入れるしかないと思います。虎穴には入らずんば虎児を得ず、とも言いますし」

 

『お前は虎だ! 虎になるんだ!! でござるな!!』

 

「虎の穴?」

「……っ!! 十一番隊、か……?」

 

 浮竹隊長はすぐに気付いてくれたので、返答代わりに首肯します。

 そういうことですね。それに十一番隊にも"現世で凄い奴がいた"って言っちゃいましたから、連れて行かないのは嘘でしょう?

 

「いや待て、さすがにそれは……まあ確かに、一番効率的かも知れないが……」

「清音さん、墨汁を用意してもらえる? あと紙と筆と、大きめの桶もお願いね」

「はーい、紙と筆と墨汁と桶ですね……って桶!? なんで桶なんか必要なんですか!?」

「ええ、ちょっと必要になるの」

 

 ぶつぶつ言いながら思考を続ける浮竹隊長を尻目に、清音さんへ少しお願いします。

 桶、という謎の依頼に首を傾げつつも、彼女は素直に言った物を揃えてくれました。

 

「まず黒崎君、この紙に君の名前と"これを持っている者は黒崎一護の協力者です"って旨を書いてもらえる? 君の仲間を見つけたときに説得がしやすくなるから」

「ああ、なるほどな。いいぜ、そのくらいならお安いご用だ」

 

 ということで、一護の手書きの色紙を獲得です。

 これで石田君や織姫さんを騙しやすくなったわね。

 

「あの、結局桶は?」

「ああそれはね……」

 

 首をひねり続けていた清音さんが聞いてきたので、答え代わりに一護の首根っこを掴むとそのまま――洗面器で顔を洗うときのように、空っぽの桶へ頭を突っ込みます。

 

「いてててて! なんだ、急に何すんだよ湯川さん!?」

「勿論、こうするの」

 

 続いて手にした墨汁を一護の頭にぶっかけました。

 

「うわっ!? 冷てぇ!!」

「ちょっと待てぇっ!! 湯川お前何やってんだ!?」

「何、って……それは勿論、この子に"海燕副隊長"になって貰うんですよ」

 




●慈楼坊から話を聞くマユリ
一角(三席)は負けていないので、慈楼坊(四席)から話を聞く。
原作マユリの「(一護に負けた)一角」から話を聞いて「(慈楼坊を倒した)石田」と戦うよりも「慈楼坊から話を聞いて石田を狙う」方が素直だと思ったので。

ただ「一角と慈楼坊のどっちが絵が映えるか」と聞かれたら、そりゃ一角です。
まがりなりにも一護と良い勝負をした一角を出しますよね。

●海燕殿も大変でござるな
「カイエン殿も大変でござるなwww」⇒「お前がカイエンだろwww」⇒「かたじけのうござるwww」が正しい流れ、でいいの……?
(説明放棄)

●一護の身長
この頃の一護は高校一年なので174cm。
高校三年になると181cmになる。

●一護 たす 黒 いこーる 海燕
※ 真似をしないで下さい。
  髪は墨汁ではなく専用の道具で染めましょう。


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第133話 これは一護ですか? いいえ、海燕です

「はい、志波海燕副隊長のできあがり」

 

 力尽くでの染髪作業はとりあえず終わりました。

 終わりましたが、そこには阿鼻叫喚――もとい抱腹絶倒が待っていました。

 

「あはははははは!! あっはっはははははは!! 鏡、本当に鏡から出て来た!!」

「すっげえええっ!! すげえッスよ副隊長!! まだまだコンテンツ力ありまくりじゃないッスか!! ぶははははは!!」

 

 笑い転げる清音さんと仙太郎君。

 

「くっ……」

 

 それどころかとうとう浮竹隊長も我慢出来なくなったようで、必死に堪えてこそいるものの、小さく何度も吹き出しています。

 背中を向けてますけど、その肩が小刻みに震えてもいますからね。

 

「おい黄色! 黄色い染料とか無いのか!? 逆バージョンも確認するべきだろこれは!!」

「姉ちゃん! そりゃいくら何でもまずいってば!! 少しは兄貴を気遣っ……ぷっ!!」

 

 志波家の姉弟(きょうだい)は、なんか凄いこと言ってるわね。

 後で長男に怒られても知らないわよ。

 

「なんでこんな真似すんだよ……」

「異議あり! 断固として否定する!! 俺はこんなツラはしてねぇぞ!!」

 

 当の本人(黒崎一護)と、真似されたご本人(志波海燕)は顔にでかでかと"不本意です"と書きつつ、文句を言ってきました。

 

「ごめんなさい。でもね、一応の大義名分や言い訳は必要なのよ。これで黒崎君は、志波海燕になった。志波海燕の言うことだから、十三番隊の皆は素直に従っていたのも仕方がない――ってわけ。ほら、こうすれば言い訳は立ちやすいでしょう?」

 

 名付けて「えー、このひとって、かいえんふくたいちょうじゃなかったのかー。だまされたー、てきのさくりゃくだったとはー」作戦です。

 

『聞いてる方からすると、ひらがなで言ってるのが滅茶苦茶腹立つでござるな。完全に理解した上でがっつり挑発しに来てるでござるよ……』

 

 まあまあ、そう言わないで。

 世の中には「甘い物は別腹」とか「ちゃんと運動したからご褒美に」とか「これ野菜たっぷりだからセーフ」みたいな言い訳って、よくあるでしょう?

 多少強引でも逃げ道を用意しておいてあげると、気も楽になって自分を騙しやすいの。

 

『このラーメン、油ギトギトでござるよ!! でも野菜たっぷりでござる!! よって相殺してカロリーゼロでござる!!』

 

 かなり強引だけど、そんな感じね。

 

「何よりその髪色がすごく目立つから、対応しないわけにはいかなかったの」

「だからって! もっと何かあっただろ……?」

「簀巻きにして問答無用で運んだ方が良かった?」

「……まあ、この頭で教師に目を付けられることも多かったし、理屈は分かるけどよ……」

 

 一護は簀巻きプレイはお気に召さない――っと。

 

『なんの記録でござるか?』

 

「あの、湯川隊長……ぼくはどうすれば……?」

「え? あ、そうね……」

 

 いけないいけない、山田七席のことはすっかり忘れていたわ。

 えーっと……どうしましょうか……そうだ!

 

「山田花太郎七席」

「は、はい!」

「旅禍に従わざるを得ない状況にあったことは重々承知しています。ですがあなたが、多少なりとも護廷十三隊の隊士についての情報を伝えたこともまた事実です」「うぅ……」

「諸々を考慮し、特別任務を申しつけます。この黒崎一護――もとい、志波海燕(・・・・)副隊長と共に十一番隊へ向かいなさい」

「え……? あの、それって……」

 

 まあ、こんなところでいいわよね。

 

志波海燕(・・・・)副隊長は自身の実力不足を感じ、これより十一番隊で特訓を行います。あなたはその補佐をし、特訓を万全で行えるように助力すること。いいですね?」

「それでいいんでしょうか……? もっとこう、投獄されたりとか……」

「そっちがいいの?」

「い、いえ! 特別任務、謹んで拝命します!!」

 

 その程度? と思ったんでしょうね。

 まあ、内容を聞くだけなら簡単に思えるわよね。回道使ってるだけでいいんだから。

 

 でもこれから一護は、十一番隊――それも三席とか副隊長とか隊長に可愛がってもらうわけだから……

 だから多分、ほぼ休みなく回復させる羽目になると思うから、覚悟しておいてね。

 

「さてでは浮竹隊長。これから志波海燕(・・・・)副隊長は十一番隊へと向かいます。なお四番隊は十一番隊の隊士とよく顔を合わせている関係上、私が仲介役として同行しますが、よろしいですね?」

「くくく……よくまあ、そんなことを言えるもんだ。大したもんだよ……ああ、わかった。十三番隊隊長 浮竹十四郎は、その行動を承認する」

 

 ホント、白々しい会話よね。

 浮竹隊長じゃなくても笑うわよこんなの。

 

「……姉ちゃん、俺たちどうしようか? 何か手伝いたいんだけどよ……」

「あん? そりゃ……兄貴、どうする?」

「そうだな……うーん……」

 

 出発の前に、志波家の面々がそんな会話をしていました。

 なので「黒崎君がまだどこかに潜んでいるように見せかけたらどうか?」とだけは言っておきました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「すみません。卯ノ花隊長か更木副隊長、斑目一角三席でも構いませんが、いらっしゃいますか? 四番隊の湯川が来たと伝えて欲しいのですが」

「はっ!! はいいっ!! ただいまぁっ!! 待合室までご案内いたしますので、そちらでお待ちください!!」

 

 志波海燕(黒崎一護)――って、もの凄い字面ねコレ――と山田七席を連れて、十一番隊の隊舎まで来ました。

 門番に要件を話せば快く引き受けてくれて、待合室まで通されました。

 隊長とはいえ他隊なのにやたらあっさりと、それでいて丁寧な応対に志波海燕(黒崎一護)と山田七席は落ち着かない様子です。

 現に待合室に通された今も、キョロキョロと辺りを見回しています。

 

「湯川さん、あんたすげーのな……いや、ここもそうだけど、来る途中も……」

 

 言っているのは、道中のことでしょうね。

 何しろ志波海燕(黒崎一護)として瀞霊廷内を顔を隠さず普通に歩いたものの、気付いた人はいませんでした。

 途中何人もすれ違ったんですよ? でも誰も不審に思わなかったわけで。

 まあ、彼には堂々とした態度を取らせていましたし。受け答えなんかは私がしてましたから、気付ける要因は少なかったでしょうね。

 

『一護殿が海燕殿と似ているなんて情報が無いから気づけぬでござるし、なにより現役の隊長がこんなことしてるとは普通思わんでござるよ!!』

 

 立派に反逆行為よね。

 スパイとか通り越してもうテロリストよ、こんなの。

 

「お待たせいたしました!! 隊長をご案内いたしました!! 隊長、湯川隊長です!!」

 

 とかなんとか思っていたら、卯ノ花隊長がやってきました。

 

「湯川隊長、一体何の用です? 昨日の検死のことで何かあった……おや?」

 

 あ、後ろの志波海燕(黒崎一護)に気付いたみたいね。

 視線が私から外れてるもの。

 

志波海燕(・・・・)副隊長ですね? 初めまして。十一番隊隊長をしています、卯ノ花烈と申します」

「お、おう……はじめ、まして……?」

 

 そのまま志波海燕(黒崎一護)にお辞儀をしながら軽く自己紹介をしています。

 というか卯ノ花隊長、察しが良すぎません? 一目で気付くとか……察しが良すぎて、むしろ一護の方が驚いてるわね。

 

「それで藍俚(あいり)、何を考えているのですか? 説明しなさい」

 

 呼び方が名前呼びになったわね。

 ということは隊長じゃなくて個人として話を聞いてくれるわけか。

 

 なので、かくかくしかじかと、経緯と目的を伝えました。

 

「……なるほど。斑目三席から話は聞いていましたが、彼が……」

 

 すぅーっと卯ノ花隊長の目が細くなり、相手を射貫くような、値踏みするような、もっと言ってしまえば"面白い物を見つけた"のような視線で一護を見ています。

 

藍俚(あいり)、分かっていますか? これは護廷十三隊への――ひいては尸魂界(ソウルソサエティ)への反逆ですよ? ましてや旅禍を強くするために力を貸して欲しいなど……私が断って報告したらどうする気だったんです?」

 

 口ではそうは言うものの、卯ノ花隊長の視線は一護から外れません。どうやらまだ値踏みの最中みたいですね。

 少なくとも即時通報みたいなことはなさそうです。

 

「ですが他ならぬあなたの頼みですし、引き受けましょう。私も此度の騒動は、少々思うところがありましたから」

「本当か!?」

 

 あ、卯ノ花隊長の口元がほんの少しだけ緩みました。どうやら一護の中の潜在能力みたいなのを感じ取ったみたいです。

 あの笑顔……怖いなぁ……昔を思い出す……というか現在も怖いなぁ……

 

 そして了承の言葉が出てきたので、一護は嬉しそうに叫びました。

 

「ありがとうございます。それと、ご迷惑をおかけします」

「いえいえ。どうやらこちらにも利はありそうですからね。良い刺激になるかもしれません」

 

 良い刺激、って……

 

『あー……おそらく更木殿、でござるか……?』

 

 でしょうねぇ……現世では大虚(メノス・グランデ)を撃退したし、尸魂界(ソウルソサエティ)でも兕丹坊を倒してる。手加減していたとはいえ、市丸の攻撃を防いでいる。

 海燕さんには負けたものの、普通なら死神になって三ヶ月程度でこれはありえないもの。

 

 コイツひょっとして、もの凄く強いんじゃないだろうか? と思っちゃうわよね。

 

「……卯ノ花隊長、できれば最初は一角と手合わせさせて様子見をさせるようにしてもらえますか?」

「斑目三席とですか? わかりました、では最初はそうしておきましょう。それと、お待たせしました黒崎さん。さっそく稽古に入りましょう」

「よっしゃあ、待ってたぜ!」

 

 何にも知らない一護が元気いっぱいです。

 

「それじゃあ私はこれで失礼します。山田七席、あとはお願いするわね」

「あ……はい」

「なんだ、湯川さんは帰るのか?」

「帰るというか、あなたのお仲間となんとか連絡を取ってみるわ。何のために"これ"を書いて貰ったと思ってるの?」

 

 懐から"これ持っている人は黒崎一護の仲間です"と書かれた例の手紙を取り出し、軽く揺らして見せつけます。

 ……手紙を取り出すときに、一護の視線が少しだけ胸元に動いたのは見なかったことにしましょう。

 

「あ、そっか……悪ぃけど、頼んだ」

「確約は出来ないのが歯がゆいところだけどね。それと最後に、黒崎君に一つだけお願いよ」

「な、なんだよ……?」

 

 さながらヒロインになった気分で、一護の瞳を正面からじっとのぞき込みます。

 

「死なないで」

「……え?」

「死ななければ、なんとかしてあげるから。だから、絶対に生きて、それでまた会いましょうね」

「お、おう……」

 

 それだけ告げて、私は十一番隊を後にしました。

 

 

 

 

 

 

『一護殿、びっくりしていたでござるな』

 

 きっと、心の中では「大袈裟だな」とか「そんなことあるわけない」とか思ってるんでしょうね。

 卯ノ花隊長ってば、優しくて親切な年上のお姉さんって感じの見た目だから。

 稽古をするにしても、そこまで大変なことになんてならない、って思ってそうだったし。

 

『開けてビックリでござるな! 一角殿というワンクッションを挟むとはいえ、更木殿と対峙した瞬間にショック死してもおかしくないでござるよ!!』

 

 むしろそのくらい追い詰められるんだから、危険察知と主人公補正で卍解にまで至ってくれないものかしら……

 

『一護殿は浦原殿とお稽古していたはずでござるが……そのお稽古が天国だったと開始三十分後には思っていそうでござるな!!』

 

 甘い甘い、十分後――いえ、五分後でも不思議じゃないわ!

 

 ――ピリリリリッ!!

 

 あら? 伝令神機が……砕蜂から?

 

「はい、湯川です。砕蜂、どうかしたの?」

藍俚(あいり)様! 夜――私の飼っていた猫を見ませんでしたか!?」

 

 一瞬、夜一って言いそうになったわね。

 

「猫? 確か昨日、藍染隊長の現場で逃げていくのを見たような……」

「ああっ! やっぱりそのときでしたか!! どこかへ行ってしまったことに気付いて、しばらく探していたのですが……」

 

 夜一さん、あのタイミングをこれ幸いと逃げたもんねぇ……

 そうでなくとも、あんな現場に遭遇したら逃げるわよね。

 偽物とはいえ自分がいたんだもの。

 

「なるほど、わかったわ。私も探してみるから。見つけたら連絡するわね」

「申し訳ございません。ですがどうか、お願いします!」

 

 通話を終了させてから気付きました。

 

 そっか、夜一さんもここに連れて来ないと駄目なのね……

 




●カロリーゼロ理論
サンドウィッチマンの伊達氏がかつて提唱していた画期的な学説(当然ネタ)
ネタではあるが、このように言い訳できる要素があると、人は誘惑に負けやすい。

●十一番隊
やべーフラグ満載。なお一護だけが理解していない。

●逃げた猫
逃げ出す理由はイッパイアッテナ……


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第134話 今日の一護 ~拡大版 その5~

 十一番隊の皆さんに可愛がってもらうことになった一護君。

 ですが、これから一護君が相手にするのは十一番隊でも上澄み中の上澄み。今まで戦ってきた平隊士の皆さんとは比べものにならない人たちを相手にするわけですが……

 はてさて、一護君の運命や如何に!?

 

「なんだ、ここ……?」

 

 卯ノ花さんに連れられて、やってきたのは十一番隊に存在する地下空間でした。

 

「ここは私と剣八が主に使っている特殊な空間です。本来なら余人を招き入れたくはないのですが……まあ、黒崎さんは事情が事情ですから。あまり目に付かないよう今回は特別に、この場所を使うことにしました」

「ふーん……」

 

 聞いているのやらいないのやら、一護君は広々とした地下空間を感心したように眺めています。

 さてこの地下空間ですが、皆さんにはおなじみですよね?

 

 ――そう! 卯ノ花烈と更木剣八が年に一度、激しく愛を語り合う(鍛えた剣技で殺し愛をする)場所、言うなれば二人の愛の巣です。

 まあ他にも、それぞれが稽古をしたり、外部に迷惑が掛からずに思いっきり暴れられる便利な場所でもあります。

 

 本当ならこの場所には――メンテナンスをする十二番隊を除いて――二人の激突に耐えられる程度の実力を持った者以外は入って欲しくない、と卯ノ花さんは密かに思っていたりします。

 乙女の純情ですね。いじらしい。

 

 そんな一見さんお断りならぬ、隊長格以下の霊圧しかない者はお断りな空間なのでしたが、一護君はまったく気付いていないようです。

 

「あー……そういや似てんだな、此処……」

「何に似てるのでしょうか?」

「ちょっと前に俺が修行していた地下空間があってよ、そこに似てんだよ」

 

 どうやら一護君、浦原さんが掘った地下空間を思い出していたようです。確かに似ていると言えば似ていますね。

 

 なお――

 

 

 

「む……っ!?」

「マユリ様、いかがなされましたか?」

「なんでもないヨ。ただ、なぜだか知らんが少しだけイラついただけだからネ……よくわからんが、非常に不本意な相手と比較された気分だヨ。全く忌々しい……」

 

 

 

 ――という会話が、瀞霊廷のどこかで交わされたようですが。ですが一護君たちにはそんなことは全く関係ありませんので割愛しましょうね。

 

「そうでしたか。ですが、そのような些末な事などすぐに気にならなくなると思いますよ」

「そりゃ一体……?」

「おー、いたいた。隊長、なんスか用事って!?」

「……ったく、俺は噂の旅禍と戦ってみてぇんだ。用事があるなら手短に……あん?」

「あーっ! なんだか知らない死神がいるよ!!」

「な……っ!?」

 

 卯ノ花さんに呼ばれて、剣八さんと一角が堂々の参加です。勿論、やちるちゃんは剣ちゃんと一緒ですよ。

 二人の姿を見た瞬間、一護君の動きは凍り付きました。

 

 一角だけでも海燕さんと同格かそれ以上の霊圧を感じるのに、その隣の剣八さんに至ってはもう見ているだけで霊圧に殺されそうな程です。

 

「よく来てくれました。彼は黒崎一護さん、今噂の旅禍ですよ」

「ほぅ……」

「なんだとぉ!? ってことはテメエがウチの平隊士共を倒したのか!? コラァ!!」

 

 旅禍と聞いた途端、剣八さんの口元が凶悪に歪みました。そして一角は、部下たちをボコボコにしてくれた相手だと気付いてちょっと怒っています。

 まあそのボコボコにしたのは、実は空鶴さんの方がずっと多いんですけどね。

 

「詳しいことは後で説明しますが、彼は少し前に藍俚(あいり)が話をしていた現世で見つけた有望株です。彼女の依頼もあって、十一番隊で……というよりも、私たちで鍛えることになりました。なので二人も彼の稽古相手になってください」

「ほう!」

「ほほう!」

 

 藍俚(あいり)さんの名前を聞いて、二人の目の色がさらに変わりました。

 彼女が見つけて推薦したのだから、面白い相手に違いないと確信したようです。

 戦闘狂の二人の頭の中は、一瞬にして"戦ってみたい"という感情で一杯になりました。

 

「面白ぇ! なら俺が――」

「なっ!! お、おいちょっと待て!」

「剣八、気持ちは分かりますが今回は抑えて。まずは一角からにして欲しいと、藍俚(あいり)からの要望もあったので」

「――はぁ! なんだそりゃ!?」

 

 乗り気だった剣八さんでしたが、卯ノ花さんにそう言われては仕方ありません。意外と素直に従い、近くの岩場にドカッと腰を下ろしました。

 

「ちっ、仕方ねぇな……おい一角! とっととやれ! んで俺まで回せ!!」

「何言ってんすか副隊長!? 負けるわけがないでしょうが!!」

 

 そして代わりに、指名された一角がずいっと前に出てきます。

 

「では斑目三席、お願いしますね。ああ、殺すつもりでやって構いませんよ。救護役は控えていますから」

「救護役……? あれ、オメエ……確か四番隊の山田、太郎だったか? 回道が上手いって評判だったな」

「ヒッ! あ、あの……」

 

 花太郎君もちゃんといますよ、救急箱代わりですけれどね。

 そしてやっぱり、回道の腕のワリにはイマイチ名前は浸透していないようです。

 

「コイツがいるなら、本当に殺しちまっても問題はねえわけだ」

「へっ、俺を殺すだと……!? ざけんな!!」

 

 口ではたいそうなことを言っていますが、身体は正直でした。

 海燕さんとの戦いの時にも感じた竦み上がるほどの殺気を受けて、一護君は本能的に斬魄刀を構えています。

 

「おいお前、一護って名前だったよな? 良い名前じゃねえか」

「そうか? 名前を褒められたのは初めてだぜ」

「――あぁ。名前に"(いち)"が付く奴ぁ才能溢れる男前と相場は決まってんだ」

 

 一護君が手にする斬魄刀を見て、一角はニヤリと笑います。

 

「十一番隊三席、斑目一角だ! (いち)の字のよしみで、殺さない程度には手加減してやるよ――ちょっとだけだけどなぁ!!」

 

 抜刀した斬魄刀を右手に、鞘を左手に構えるという一角独自の戦闘スタイルへ瞬時に移行すると、間髪入れずに襲いかかりました。

 

「ぐ……っ!」

「そらそらどしたぁ!? 遠慮はいらねぇぞ!!」

 

 変幻自在の太刀筋に翻弄され、一護は瞬時に追い込まれます。

 放たれる刃はその全てに本物の殺意が込められており、それに気圧されて防ぐのも避けるのも上手く行きません。

 ただでさえ霊圧で負けているのにこれでは、一護君に勝利はほぼ不可能です。

 

「こっ……のっ!!」

 

 なんとか反撃しようにも、攻撃に力が乗るよりも早く一角の鞘に止められてしまいます。

 いえいえ、止められるだけならまだ優しい方ですね。

 

「鈍いなオイ!!」

「ぎっ……!?」

 

 攻撃を止めるだけでは飽き足らず、そのまま鞘を操って一護君を殴ります。

 刀のように刃筋を立てる必要もない。当てればそのままダメージに繋がる一撃が、一護君の体力を容赦なく削っていきます。

 

「この程度でビビッてんのか!?」

 

 刀で斬られると思えば鞘で殴られ、鞘で防ぐと思えば刀で防がれる。それも、気付けば一瞬にして両手にしていた獲物が入れ替わっています。

 決して弱い訳では無い一護君なのですが、それでも一角の無形とも呼べる戦い方には翻弄されっぱなしでした。

 それでも海燕さんとの戦いなどではある程度の決まった型――流れの様なものがあったので多少なりとも予測が出来ましたが、一角が相手ではそれも通じません。

 無数の傷跡と打撲痕が全身に増えていくだけです。

 

 早い話が、まだまだ経験不足な一護君でした。

 

 

 

「うわぁ……うわぁ……!!」

 

 そんな二人の喧嘩を離れた場所から眺めていたやちるちゃん。

 一護君の戦いっぷりに思わず声を漏らします。

 

「だめだめだー! だめだめだよ剣ちゃん! あんなんじゃ、ザコザコのザコみかんだよ!!」

 

 やちるちゃんの基準は藍俚(あいり)さんの戦いっぷりです。

 それと比較されては護廷十三隊の隊士の九割は"不合格"を認定されるわけですが、それはそれとして。

 

 一角にすら押し負ける一護君に、やちるちゃんは不満ぶーぶーです。

 これでは大好きな剣八さんの遊び相手にもなれないと思ってしまったのですから、その反応も仕方ありませんよね。

 

「ま、最後まで見るだけ見てみようぜ……なあ、そう思うだろ?」

「ええ、そうですね。それに――」

 

 近くに来ていた卯ノ花さんに同意を求めれば、卯ノ花さんも同意してくれました。

 

藍俚(あいり)の最初の頃よりはずっとマシですから」

「へぇ。アイツにもそんな頃があったのか」

「それはもう、普通の実力でしたよ。あの子の成長と比較すれば、どうやら見込みはあるようです。ほら……」

 

 そう言いながら、卯ノ花さんは視線で促しました。

 

 

 

「おおおおおっ!!」

「ちっ!」

 

 一護君の強烈な打ち込みに、思わず一角は攻撃を受け止め損ねました。

 

「はっ! ようやく慣れてきたぜ!!」

 

 たった一回ですが、一角の動きを封じられたことで感覚を掴んだのでしょう。

 自在な動きに目が追い付き、対応できるようになった――そんな気がしました。

 

「ここからはコッチの番だ!!」

 

 その感覚を信じて攻撃を行ったのですが――

 

「慣れた? そりゃ……」

 

 一角からすればそれは、迂闊な攻撃以外の何でもありません。

 身を低くしながら大きく踏み込み、攻撃を避つつ悠々と懐まで潜り込みます。一護君からすれば、一瞬で接近されたように見えたことでしょう。

 

「何にだ?」

「な……っ!!」

 

 しかも、身を低くしながらの強烈な斬り上げのおまけ付きです。身体を跳ね上げて起こすほど強烈なバネを生かした攻撃に、一護君はざっくりと斬られます。

 激痛が腰から上へと駆け抜けていき、体勢ががくっと崩れます。

 

「死ぬんじゃねぇぞ一護!!」

 

 まだまだ、一角の手は止まりません。

 バランスを崩した相手に躊躇しているようでは、十一番隊の三席は名乗れませんからね。追い打ちの強烈な斬り下ろしを放ち、一護君の身体に深い傷跡を残しました。

 

「テメェ……本気出して、無かったのかよ……」

「あぁ!? なに勘違いしてやがんだ?」

 

 痛みと衝撃で膝を付き、一護君は恨みがましく呟きます。

 ですがその言葉は、一角にしてみれば心外でした。

 

「俺ぁ、最初っから本気だったぜ? ただ、全力じゃあなかったけどな」

 

 卯ノ花さんは殺しても良いよと言っていましたが、これは稽古です。

 稽古なのですから、一角は一護君に合わせるように、霊圧や戦い方を制限していました。制限こそしていましたが、制限された枠組みの中で手抜きは一切していません。

 

 これが全力を出していたなら、初手から卍解を使っていたでしょうね。

 

「くそ……また、負けんのかよ……」

 

 悔しそうにそう言うのが限界だったようです。

 どくどくと血を流してながら、力なく崩れ落ちました。

 

「隊長、こんなもんでいいんスかね?」

「まだ生きてますからね、まずはそんなところでしょう。ほら、山田隊士。何をしているのです? 黒崎さんが死にますよ?」

「あ……あっ! はい!!」

 

 目の前で繰り広げられたのは、非力な花太郎君では足を踏み入れることも許されないほどの激戦です。

 なのに二人はその戦いを「こんなもん」と評する。

 その意識のギャップに、置いてけぼりになっていた花太郎君なのでした。

 卯ノ花さんに言われなければ、動くことも忘れていたかも知れません。

 

「ありゃりゃ、やっぱりザコザコみかん……ってアレ、剣ちゃん? どうしたの?」

「…………」

 

 やちるちゃんは戦いを詰まらなさそうに見物していましたが、どうやら剣八さんは違ったようで、倒れている一護にゆっくりと近づきました。

 

「あ、あの……なにか……?」

 

 当然、近くには救護しようとしていた花太郎君がいるわけで。

 (ホロウ)より怖い剣八さんが近寄ってきたことで花太郎君は今にも泣きそうですが、剣八さんは気にも止めません。

 

 ただ斬魄刀を抜くと、倒れている一護目掛けて全力で――

 

「おらぁっ!!」

「どわあああぁぁっっ!!!!」

「「ッ!?」」

 

 振り下ろした瞬間、一護君が跳ね起きると斬魄刀を構えて攻撃を防ぎました。

 

「あ、あれ? なんだ……!? って、痛ええええっっ!?」

「ああ駄目ですよ! 動かないでください!!」

 

 自分に何が起こったのか。自分がどうして刀を構えているのか。

 まったく理解できない一護君でした。

 が、怪我しているのは変わらないわけで、そんな状態で動いたことで激痛に苦しめられることになりました。

 慌てて花太郎君が安静な状態にしようとしますが、一護君は痛みでそれどころではありません。

 

「なんだ、やりゃあ出来るじゃねえか……」

 

 反対に剣八さんは一護君の行動ににっこり笑顔です。

 完全に意識を失っていたはずなのに、本能で行ったのか自分の攻撃を防いだわけですから、嬉しいに決まってるわけです。

 オマケに一護君の霊圧が上がっているわけですから「これを繰り返せば遊び相手くらいにはなるかも!?」と期待してしまうのも無理はありません。

 

「少し――ほんの少しだけ、楽しみになったぜ」

 

 そんな剣八さんの独白を聞いていたのは、一護君の懐からこぼれ落ちた仮面だけでした。

 

 禍々しいデザインをしており、切り上げと切り下ろしによって二筋の傷跡が刻まれた仮面だけが。

 




●一角
"さん"付けも"君"付けも、なんとなく似合わないので。
(というかこの文体がもうダメダメな気しかしない)

●ザコみかん(あだ名)
原作と比べて基準が雲の上くらいまで上がってるので。
それじゃあやちるも「いっちー」とは呼んでくれないに決まってる。
強くなれば「温州ミカン」とか呼んでくれるよきっと。

●中の人
仮面でこっそり防がなきゃ一角の攻撃で死んでた……
剣八の攻撃、一瞬でもミスったら剣ごと斬られていた……
十一番隊怖い……

●チャドの霊圧
多分、時間的にはそろそろ消えてる(描写なし)


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第135話 人間二人と副隊長一人を拾う

 さてさて、一護のお仲間捜しの開始です。

 お仲間捜しと言っても、実際に探しているのは一人だけなんですけどね。

 

『織姫殿!! 織姫殿は何処にでござる!? いや、ここはもう姫様と呼んでしまっても差し支えはないでござるよ!! 姫様、姫様は何処に!? (じい)(ばあ)やがお向かえに参りましたぞ!!』

 

 婆や、って……私のこと? それとも射干玉が婆や?

 

『お気になさらずに!! 言葉の綾ちゃん夏美ちゃんというやつでござる!!』

 

 どこの誓約者の名前か知らないけれどさ……まあ、いいわ。

 それより射干玉の言ってることは事実だからね。

 

 一貫坂四席(入院中)は石田君に負けた。

 つまり彼が負けた位置を起点として調査していけばきっと、織姫さんと石田君が見つかる可能性は高いはず!

 という理論から、それっぽい場所を捜索中です。

 

『さあ、拙者たちも急ぐでござるよ!! 善は急げ! 悪はもっと急げ!! 拙速は巧遅に勝るときもあったりなかったりする!! 探してください佐賀!! と言いますからなぁ!!』

 

 というかあの二人がどこで戦ったとかどういうルートで移動したとか、そういう情報なんて一切覚えてないし。そもそもヒントになりそうな情報があったかどうかすら怪しいし。

 だから少しだけ、一貫坂四席が負けてくれてありがとうって気持ちもあるわ。

 アレがなかった居場所のアタリを付けるのすら難しかったんだもの。

 現世で石田君の霊圧は一応覚えておいたけれど、それでも今の状況だとなかなか探すのに難儀しちゃって……

 

藍俚(あいり)殿! はりーあっぷでござる!! ぐずぐずしているとあのマッドサイエンティストに横から獲物をかっ攫われてしまうでござる!! なにしろマユリ殿は鎌鼬殿を尋問しているでござるよ!! 本来よりも早く見つけていても不思議ではありませぬ!!』

 

 そうね、急ぎましょう!!

 

 

 

 

 

 さて……起点とした場所から判断すると、この辺よね。懺罪宮に向かうルートのこの道を通ると思うし……

 なんとか石田君の霊圧の痕跡だけでも探れれば……

 

「……ッ!?」

 

 渡りに船とはこういうことでしょうか?

 すごく派手で高濃度の霊圧を感知しました。

 しかもこの霊圧って石田君の――というか滅却師(クインシー)の基本パターンに近い感じみたい。

 目印が一気に見つかったわ!

 

「けど、なんでこんな目立つ真似を……? えっと確か、このタイミングだと……あっ、そうか! 涅隊長との戦い!! ……ってことは、急がなきゃ!!」

 

 石田君と織姫さんが逃げてるところに涅隊長が「モルモット見つけた」って感じでやってきて、でも卍解まで使うけど石田君に負けるのよね。思い出したわ!

 だったらこの高濃度の霊圧を目的に、一気に駆け抜けて――

 

「どわああああぁぁっっ!!!」

「えっ!?」

 

 猛スピードで通りを駆け抜けていたら、突然前から一人の隊士が現れました。

 もの凄い速度で走っていた私と、それなりの早さで移動していた向こう。どちらも予期せぬ登場に思わず悲鳴を上げてしまいました。

 このままではあわや、出会い頭の衝突事故となってしまうところでしたが――

 

「ひいいいっっ!!」

「わっ、っと……とと……」

 

 大急ぎでブレーキを掛けつつ大きく跳躍して、相手を飛び越えます。走り幅跳びみたいな感じで避けたので、なんとか衝突は回避できました。

 とはいえ相手の方は止まろうとしたときに足をもつれさせたのか、思いっきり転んでしまいましたけれど。

 

「ごめんなさい、大丈夫……って……!!」

「あいたたた……おいお前! いったいどこ見て走って……って、ててててててててていちょう(隊長)!?!?!?」

 

 私を見た途端、目を見開いてこの世の終わりが来たように驚く隊士。というか驚きすぎて「隊長」と言うところを「ていちょう!?」と噛んでいます。

 そんな彼には、見覚えがありました。

 

「あなた確か、荒巻君よね?」

「は、はいっ!! 十一番隊荒巻(あらまき)真木造(まきぞう)です!! 霊術院時代には先生に大変お世話になりましたぁっ!!」

 

 まだ私が霊術院で講師をやっていた頃に面倒を見た子の一人です。

 懐かしいわね。

 十一番隊希望だったけど不合格で、卒業時にはなんとか七番隊に入ったのまでは覚えてたんだけど……そっかそっか、十一番隊に異動できたんだ。

 

『面倒を見たというか、ここ百年くらいに入隊した隊士は全員が藍俚(あいり)殿の教え子みたいなものでござるからなぁ……ほぼ全員が頭が上がらないでござるよ』

 

「それと先ほどの暴言、誠に申し訳ございません!! ですがあれは全部、自分へ向けた諫言! 自戒を込めた言葉であって!! 決して、決して隊長に文句があったわけではありませんので!! 自分! なんで前見てないんだ!! オラ自分!! なんとか詫びてみろ!!」

 

 凄く土下座して謝ってきたけれど、今はあなたに構っている暇は無……い……って、ええっ!?

 

「ねえ、荒巻君。その隣にいる子は……?」

「はいっ! コイツは旅禍です! つい先ほど色々あって――で――に――」

 

 まだ何か話をしていましたが、もう耳には入りません。

 

 だって、だって……

 

 織姫さん!! 織姫さんよ!! ついに見つけたわ!!

 

『キターーーーーーーーーーーーー!!!! 大当たりでござるよ大当たり!! こりゃもう今年の運を全部使い切ってるでござる!! 富くじが一等から六等まで全部おんなじ番号だった時くらいの大当たりでござるな!!』

 

 でも彼女、なんだか気絶してるわね――気絶ぅっ!?!?

 

「そうですか……では、荒巻君」

「はい!」

「その子は私が預かります」

「……は? あの……えーっと……そのですね、一応自分が……その、捕まえたというか……託されたというか……助けられたというか……」

 

 何やらモゴモゴと口ごもっていますが……ええい!! 何か言いたいことがあるならはっきり言いなさい!! 聞くだけはしてあげるから!!

 

『聞いてやるでござるよ!! ですが反映は一切しないでござる!!』

 

「その子、見たところ怪我をしているようです。なので四番隊に連れて行き、治療と捕縛をします。いいですね?」

 

 気絶しているということは、怪我人。怪我人を診るのは四番隊の使命だからね。

 ちゃんとお持ち帰りしなきゃ……!!

 

「い、いやその……」

「いいですね!?」

「はいいいっっ!! ただその!! この嬢ちゃんには手荒なことだけはしないでくださいお願いしますから!!」

「当然です。君は私をなんだと思ってるの?」

 

 さて気絶している織姫さんを抱えて……柔らかい!

 何これ、何これ!? すっごいわね!! 抱えただけでも、何これ!? 言葉に出来ない!!

 今は気絶してるけど、それでも可愛い。

 なんで死覇装を着てるのかはしらないけれど、これも似合うわねぇ……美人は何着ても似合うから本当にお得よね! 髪もちょっとアップにまとめてて凄く可愛い!!

 

『これがJKでござるよ藍俚(あいり)殿……長い一生の中で基本、三年しか就くことの出来ぬ、超特別な存在でござる……!!』

 

 たったの三年!?

 三年っていったら……まだ霊術院も卒業できないじゃない!? 八十年生きるとしても……い、一割、以下……!! そんな……馬鹿……な……!!

 

『だからこそ、手で触れただけでもその希少価値が伝わってくるでござる! さながら月下美人の花のような希少価値でござるよ……』

 

 なん、ですって……!?

 

 

 

 ……このボケ、もう打ち切って良いわよね?

 

 

 

「はい、確かに受け取りました。では私は向こうへ――あの強い霊圧を感じた方へ行きますから。荒巻君は十一番隊へ戻って、卯ノ花隊長へ伝言をお願いします」

「伝言ですか!? いやそれよりも湯川隊長、その方向には……!!」

 

 石田君と涅隊長がいるんでしょ? わかってるわよ。

 

「私なら平気です。それよりも伝言、忘れないでくださいね。内容は"茶色の髪の少女を私が確保した"と伝えてくれれば通じるはずですから、いいですね?」

「え、あの……わ、わかりました……湯川隊長もお気を付けて! 失礼します!!」

 

 この場から逃げるように去って行った荒巻君でした。

 そして私は先を急ぎます。

 織姫さんを抱えている関係上、さっきよりも揺らさないように気を遣いながら。

 

『眠り姫のようでござるなぁ……王子様のキスで起きるのが定番でござる!!』

 

 一護がキスするのね、ちょっとだけロマンチック……

 じゃあ一護が虚化(カエル)になったら、織姫さんがキスして元に戻せばいいわね。

 

「ふにゃ……? あ、あれ……? ここ、どこ……?」

「あら、お目覚めかしら?」

 

 注意しながら運んでいたのに、振動で意識を取り戻したみたい。織姫さんが寝ぼけ眼を私に向けてきました。

 残念、一護のキスはお預けね。

 

「え!! あ、あの……あなたは一体……?」

「私は四番隊隊長の湯川藍俚(あいり)って言うの。あなたは井上織姫さんよね?」

「はい……あれ? でもなんで私の名前を……? それにその名前、どこかで聞いたような……」

 

 こっちは一護から聞いてるし、それ以前に知ってるけれど相手は私のこと知らないわよね。だからちゃんと説明したいんだけど……したいんだけど!!

 

「ごめんなさいね織姫さん。今からちょっとだけ息を止めてて」

「え? なんで……むぐっ!?」

 

 大慌てで止まると彼女を下ろし、混乱する彼女の口を手で無理矢理塞ぎます。

 

藍俚(あいり)殿! 相手の口を無理矢理塞ぐならここは一つ唇で……』

 

 それは一護の役目だって言ってるでしょ!! じゃなくて!!

 

「ちょっとこの先に毒が撒かれてるのよ。だから少しだけ待ってて、無毒化してくるから」

「むー」

 

 首をコクコクと降っているから「はい」って言ったみたいね。

 

「それと、待ってる間にコレを読んでおいて」

「むー?」

 

 ついでに一護に書かせた「味方だよ」のお手紙を織姫さんに渡しておきます。

 多分コレで信じてもらえるはずよね。

 

「さて……それにしても、また厄介なものを……」

 

 なんだか空気がうっすらと紫色に染まっています。

 これ涅隊長が撒いた毒ですよね、確か。

 軽く霊圧を放って成分を確認しましたが、これ普通の毒じゃないわね。

 真っ当な手段じゃ、解毒も無毒化も間に合わなそう。

 

「しかたない、強制的にやってしまいますか」

 

 下手に広がって犠牲者が増えるよりはマシよね。

 なので、霊圧の暴力で一気に蝦蟹蠍(じょきん)しました。毒素ごと一気に全部殺してやったわ。

 うん、新鮮な空気がふぁーっと通り抜けていくわね。

 

「さてこれで良し、っと。織姫さん、待たせたわね」

「あのあの! これ、黒崎君の字で、それでその!! 書いてあることが!! じゃなくて、それも驚いたんですけど!」

 

 ワタワタしながらやってきました。

 手紙を読んで内容を理解したみたいね。それに一護の文字をちゃんと覚えているのもポイント高いわよ。

 こういう細かい気づきができるのって、もう既に正妻のポジションよね。

 

「読んでもらえたかしら? 詳しい事情は後で説明するけれど、今は黒崎君と協力関係にあるのよ。だから、私の指示に従ってもらえる?」

「はい! けどそれよりも! この先には石田君がいるんです!! それでその、私を逃がすために!!」

「相手は涅隊長でしょう?」

「はい、そうなんです! え、分かるんですか……?」

「勿論よ。それぐらいできないと、隊長なんてやってられないわ。だから――」

「ふえっ!?」

 

 もう一度、織姫さんをお姫様抱っこします。

 

「急ぐから振り落とされないでね!」

「ふええええぇぇっ!?」

 

 残る距離を一足飛びで駆け抜けました。

 

 

 

 

 

「いた!」

 

 距離なんて微々たるもので、石田君はすぐに見つかりました。

 彼の近くには、ネム副隊長が壁を背にして座り込んでいるのも見えます。

 

「あっ! 石田君!!」

 

 そして、一瞬で移動したことで目が追い付かなかったのか。織姫さんもようやく見つけたみたいです。

 

「井上さん!? それにお前は……!!」

「湯川隊長! どうしてこちらへ……?」

「大丈夫だよ石田君! この隊長さん、悪い人じゃないから」

「偶然です。それよりもネム副隊長、その怪我の様子を見せてください」

 

『現場に割り込んだ瞬間繰り広げられる、顔見知り同士の会話でござるな! いやぁ、見てる方は混乱するでござる!!』

 

 まずはネム副隊長の傷を診ます。

 ああ、これは……かなり深いわね。放置しておくと確実に死んじゃう。治療をしておかないと。

 

「悪い人じゃない? 井上さん、何を言っているんだ! ソイツは現世に来て黒崎を刺した死神だぞ!!」

「え……えええっ!!!! でも、ほらコレ! 黒崎君からの手紙!! ここに"この人は味方だ"って書いてあるし……」

「そんなのいくらでも偽造できる! 騙されるな!」

「でもでもでも! これ、黒崎君の字なんだよ!?」

 

 後ろ、うるさいわねぇ……

 

「湯川隊長、私ならまだしばらくは大丈夫です……すぐに隊員たちも来ますので……」

「そんな事は聞いてないの。怪我人は黙って大人しく四番隊の言うことを聞いて」

 

 彼女の意見をピシャリと無視して、治療を進めます。

 

「どう?」

「ありがとう、ございます……楽になりました……」

 

 ……よし、怪我はこれでなんとかなったわね。

 けど、身体が全然動いていない……? なんでかしら……? ちょっと失礼……

 

 ……あ、これ毒ね。多分、涅隊長の始解の毒で動けなくなってる。

 うーんこれは、今この場では完全に解毒は無理だわ。

 空気中に漂ってるならまだしも体内に入ってるし、専門設備と薬が無いと厳しいわね。

 力尽くで解毒も出来るけれど、変な後遺症が残る可能性があるから安全策で。

 

「仕方ない、四番隊に連れて行って治療ね。勿論、そこの石田君もそこで治療を受けてもらうわ」

「誰が行くものか! お前は今度こそ、僕たちを殺しに来たんだろう!?」

 

 立っているのも辛いほどボロボロの状態なのに、石田君は霊子の矢を生成して私に向けています。

 まあ、現世ではああいう出会いだったからね。

 私のことを敵対視しても不思議じゃないか。

 あ! でも一貫坂四席と戦ってるのよね!! アレが卑怯な行動したから、ひょっとして不信感が強くなってたりする!?

 

 ……あとで思いっきり苦い薬を飲ませてやる。

 

「あのときには色々と事情があったの。それが今はもっと色々事情が変わって、あなたたちに危害は加えないわ。ちょっと捕ってもらって、話を聞いたりはするけれどね」

「そう言われて、はいそうですかと頷くと思うか……?」

 

 おっと、弓を引き絞りました。

 妙な真似をしたらすぐにでも撃つぞってことかしらね。なら……

 

「なにを、している……?」

「何って場所を変えてるのよ。あそこにいたんじゃ、万が一にもネム副隊長に当たる可能性があるから」

 

 石田君が、少し驚いたような表情を見せました。

 まさかそんなことを気遣うなんて思ってなかった、ってことかしら? だとしたら心外ねぇ……

 

「それにその霊圧、そんなに長くは続かないみたいだし……どうせなら言い訳もできない、悔いの無い一撃の方が納得するでしょう?」

「っ!! 舐めるな!!」

 

 おっと、撃ってきました。

 

「射干玉!!」

 

『了解でござる!! なんだか始解も久しぶりに感じるでござるなぁ!!』

 

「てぇい!!」

 

 斬魄刀を抜くと同時に始解させ、神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)の一撃を上空へと弾き飛ばしてやりました。

 けどこれ、かなり重くて強い一撃……涅隊長が苦労するのも納得ね。

 

「そん、な……」

「納得できた?」

「なぜだ、どうして……」

「どうしてって、どんどん霊圧が弱まっている今の君じゃ、当然の結果でしょう?」

 

 確か、凄く強力だけど長続きしない最終奥義みたいな強化をしてたのよね。

 滅却師最終形態(クインシー・レットシュティール)……でいいんだっけ? ちょっと覚えてないのよね……

 

「くっ……殺せ……」

 

『姫騎士! 姫騎士でござるか!?!?』

 

 違うってば!

 

 愕然としている石田君を肩で担ぎ上げます。

 

「なんの、つもりだ……?」

「だから殺さないわよ。その傷は治すし、その毒も解毒してあげる。四番隊で捕縛はするけれどね」

 

 さらに彼の耳元でそっと囁きます。

 

「私たちもルキアさんを助けたい。だから黒崎君とは協力することにしたの。君たちの身の安全のためにも、ここは従ってもらえる?」

「……!」

 

 そしてもう片方の肩にはネム副隊長を。

 

「いけません湯川隊長、私はすぐに十二番隊の隊員たちが……」

「いいから遠慮しないで。怪我人を放っておくのは四番隊の矜持に反するのよ」

 

 うん、ネム副隊長も本当に柔らかいわね。

 片方の肩が幸せだわ。

 

「それと織姫さん。もう席が一杯だから、申し訳ないんだけど私の背中に掴まってくれる?」

「あ、はい……」

 

 素直に言うことを聞き、ぴょんと背中に。

 

『おおおおっ! これはもう、肩と背中が幸せで一杯でござるな!! 今日は人生最良の日でござるよ!!』

 

 それは同意。二度と忘れちゃ駄目なおんぶ体験ね。

 だって、ぴょんと来たと思ったら、むにゅって音が鳴った気がしたもん。

 

 こうして三名ほどを連れて四番隊へと一旦戻ることになりました。

 

 

 

 

 

 

 

『ところで藍俚(あいり)殿」

 

 何かしら?

 

『荒巻殿はいわゆる、原作登場キャラでござるが……』

 

 またまたご冗談を。

 

『(あー、完全に忘れてたんでござるか……)』

 




●マキマキ
原作で「十一番隊十年目」と言っていたので当然のように教え子。
(「あの見た目なら合計勤続年数はもっと上なのでは?」と思い、別の隊で何年か働いてそれから十一番隊に異動した設定をなんとなく付与(意味は無いですが))

●金色疋殺地蔵の毒
解毒も出来ればジョキンも出来る四番隊のやべーやつが相手だったので出番無し。
(これ「吸ったら死ぬ毒」の想定でしたが、マユリなら「皮膚に触れてもアウトな毒」でも不思議ではないと今思いました)

●蝦蟹蠍
なんだか久しぶりの登場、除菌しまくりの鬼道。
今となっては霊圧にモノを言わせて、周囲にばらまかれた毒を全て無毒化とかする。

●キスするとカエルから人間に
グリム童話「蛙の王子」……だと思ってたのですが。
なんとなく気になって調べたら、どうやらそんなオチはないと知りました。
(蛙を壁に投げつけて王子に戻す――という斬新さ)


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第136話 マッサージをしよう - 涅 ネム -

「ただいま戻りました! それと急患を二名連れて来たので応対準備を!」

「隊長!? お、おかえりなさ……えっ、急患ですか!?」

 

 人間三名を抱えたまま、四番隊まで戻ってきました。

 とはいえ自部隊の隊長が隊士三名を連れて帰ってきたことになるわけで、近くにいた子たちが驚いています。

 しかも肩に一人ずつ、背中に一人背負ってるとなれば「なんでそんなことになってるんだ!!」と理解できずに困惑しても仕方ないですよね。

 

「二名とも涅隊長の毒で動けなくなっていますから、まずは毒の解析を。それと平行して解毒処置を行います。施術室の準備を」

「はいっ!!」

 

 ですがそれはそれ。

 治療のスペシャリストたる四番隊(ウチ)の隊士です。指示を出せばすぐさま動いてくれました。

 

「あの、石田君の怪我は私に治させてくれませんか?」

 

 背中からおずおずとした声が聞こえてきました。

 そう言われればそうでしたね。

 回復術が使えた……あれ? 回復じゃないって藍染がどこかで言ってたような……どこだっけ?

 

 まあ、織姫さんが回復出来る出来ないに関わらず、今だけは答えは決まってるけれど。

 

「織姫さんは回道が使えるの? でもね、今のあなたは旅禍の立場なの。助力は当然、何か行動を取らせるわけにもいかないのよ」

「そんな……」

「申し訳ないけれど、我慢してね」

 

 一応はまだ容疑者なわけで。

 そんな彼女に「おっけー! じゃあどんどん回復しちゃって!!」なんてことは現時点では口が裂けても言えないのよ、私の立場的にも。

 

 そりゃあ、彼女の能力は"事象の拒絶"だとかで藍染が驚くくらいだけど。多分、お願いすれば怪我も毒も一瞬で――

 

藍俚(あいり)殿?』

 

 なに射干玉? どうかしたの??

 

『今、サラーッと正解を口にしていたでござるよ……』

 

 ……ああっ!! そうよ! 事象の拒絶!! なにそのとんでもない能力!!

 

「隊長! 準備、完了しました!!」

「わかりました。すぐに施術に掛かります! 一人は十二番隊の涅副隊長、もう一人は件の旅禍ですので絶対に助けますよ!」

 

 あら、時間切れね。

 今は思考を切り替えて治療に専念しなきゃ。

 

「それとこの()も旅禍ですので、捕縛を。ただし、手荒な真似は厳禁! 誰か手の空いてる女の子はいる!? 後は任せるから!」

「はいはい!! なら私がその人の相手をします!」

 

 いつの間にやら桃が来ていました。

 ……ま、いっか。なんとなくだけど相性は悪くないだろうし。

 

「じゃあお願いね。他の子は施術に参加!」

 

 ということで、石田君とネム副隊長――いい加減、この呼び方も面倒よね――もとい、ネムさんの治療をすることになりました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 治療は当然、成功です。

 

 疋殺地蔵の毒はサンプルも取ったので――涅隊長のことなので成分は毎回変わるだろうことを鑑みると――症状の緩和くらいはできるであろう薬も作れそうです。

 これで万が一にも仲間が刺されても、なんとかなると思います。

 

 外傷もしっかり治癒しましたよ。ということで――

 

「ネム副隊長、具合はどうですか?」

「湯川隊長、ありがとうございます。皆さんのおかげで、肉体機能は完全に回復いたしました」

 

 個室のベッドに横たわるネムさんを問診します。

 見た感じですが、確かに完全回復してますね。顔色も良いですし、傷も全部治療していますから。

 

「そう、それならよかった……けれど、もう少しだけ診察させて貰って良いかしら?」

「診察……でしょうか? ですが私は既に回復しています。一刻も早く十二番隊に戻りたいのですが……」

「でもネム副隊長は涅隊長が義骸技術から造ったのでしょう? だから普通の死神とは違う部分があるかもしれない。それに今回みたいに、涅隊長たちじゃなくて四番隊が治療するしかないって事態が起きるかもしれないの。そんな時のためにもきちんと治療できるように、可能な限り調査したいから、もう少しだけ……ね?」

 

 尤もらしい理由はしっかり準備済みですよ。

 ……いえ、尤もらしいというか、これはこれでしっかりとした理由なんだけどね。ちゃんとデータとか取っておきたいっていうのも事実だから。

 

「なるほど……確かに一理あります。ただ、私の肉体はマユリ様に常に改良していただいており、いつまでデータが通用するかは不明だという点をご報告させていただきます。加えて可能な限りという限定条件も付けさせていただきますが、それでよろしければご協力させていただきます」

 

 よしっ! 言質は取ったわ!!

 

「勿論、そちらの都合が優先で問題ないわ」

「了解しました。では早速ですが、私は一体何をすれば良いでしょうか? 申し訳ございませんが、ご指示をお願いいたします」

 

 そう言った途端、無表情な瞳で淡々と聞いてくる……すごく従順で純粋よね。

 なにかしら……? こう、すごく悪いことをしている気分になってくる……

 

「じゃあまずは服を脱いでもらえるかしら? 体表と筋組織を確認しておきたいの」

「了解です」

 

 そう言ったかと思えば、あっという間に服を脱ぎ始めました。

 ネムさんは現在、死覇装ではなく患者衣――つまり浴衣のような衣を着ているだけなんだけれど、何にせよ躊躇いが無いのよね。

 小さい子供がガバーッと一気に脱ぐときみたいに、羞恥心が薄いというか……出自から考えると、自分はそんな感情を持つだけ無意味と思い込んでいるというべきなのかしら?

 変に恥ずかしがったり顔を赤らめたりしない分、こっちの方がなんとなく照れちゃう。

 

「いかがでしょうか?」

 

 でも羞恥心は無くても、肉体は大人なのよね。

 それも凄いナイスバディで性的な魅力に溢れてるから始末が悪い。

 

 瞬く間に全裸になったネムさんですが、本当にもう……本当にもうっ!

 

 白磁のように白い肌をしているのに、全体的な肉付きはしっかりしているのよね。

 死覇装もミニスカートみたいになってて、そこから覗くむちむちした太腿が目立っていたんだけれど、こうやって見るとまた一段と眩しいくらいね。

 腰からお尻、脚へと続くラインがね……ほっそりとむっちりのメリハリが完璧なのよ。

 一時間くらいは余裕で眺めていられるくらい……いえ、無理ね。絶対に途中で我慢出来なくなっちゃうと思う。

 そのくらい魅力に溢れてる。

 胸元も質感がたっぷりでずっしりしているのに、ふっくらと瑞々しい存在感を放ってるの。しかも全裸なのに全然型崩れとかしてないし、胸が重力に負けずにツンとしてるのよ。中身もたっぷり詰まってそう。

 

「すごいわね……」

 

 ……思わず生唾を飲み込んでしまいました。

 見ただけで本当によく分かる……涅隊長が技術の粋を集めて造ってる。

 

「それじゃあ、触るわよ?」

「どうぞ」

 

 そっと、まずは肩から腕周りに。そして指先から腰周りへと順に触れていきます。

 

 ……うわこれ本当に凄い。

 

 触った感触がもう、赤ちゃんの肌なのよコレ。

 ぷにぷにで柔らかくってすべすべで、日焼けとか全然してないから色素の沈着とかもなくって……下手すれば産毛もないのかしら?

 さっき「涅隊長が常に肉体を改良している」って言ってたけれど、それが理由なのかしら? 常に最新で新品になるように心がけているってことよね。

 

「すごく柔らかいのに、でもその奥には質の良い筋肉が備わってる。ネムさんの身体って凄いのね……」

「はい。ですが、私の肉体はマユリ様が用意してくださったものです。ですので、その評価はマユリ様にお伝えください」

 

 思わず口に出ちゃったけれど、けれども彼女は「それらは全部自分が褒められるような物じゃない。涅隊長のおかげだ」って否定してくる。

 まあ、これはこれで互いの信頼の証……なのかしら……?

 

「もう少し足の方も触って大丈夫?」

「構いません」

「じゃあ、横になってもらえるかしら。その方が楽でしょう?」

「了解です」

 

 ネムさんの声にいまいち抑揚がないからか、なんとも事務的なやりとりに感じられるものの、それでも彼女は横たわってくれました。

 ……うん、なんというか……手術直前の患者みたいな絵になってる……

 

「じゃあ……」

 

 多少気後れしつつも、そのまま腰から太腿へと指を伸ばします。

 

「…………」

 

 触れても無反応なのは、ちょっとだけつまらな……んんっ! なんでもありません。

 この太腿がまた……ムチムチの足をそっと撫でていくと、なんとも胸がドキドキさせられますね。

 なんとなくマッサージの時を思い出しながら、ゆっくりと。徐々に徐々に圧力を強くしていくように意識しながら、指の動きをじわじわと大胆にしていきます。

 

「…………っ!」

 

 何度か撫で回していると、ネムさんの口から微かな吐息が漏れたのが聞こえました。

 

「も、もうしわけ、ございません……」

 

 あら? どうやら彼女も意識せずに出してしまったみたいね。

 さっきまで無表情だったのに、今はほんのり頬が紅く染まってて、言葉も一瞬だけ詰まったし。

 ふふ……これって多分……

 

「平気平気。それにこっちは調査させて貰っている身なんだから、少しくらい動かれても気にしないわ」

「で、ですが、その……ん……っ!」

 

 うん、ちょっとだけ分かってきたわね。

 

 これはアレね、子供の肩を揉むとくすぐったがるアレみたいなものね。

 肉体的には常に最高潮をキープできるようにメンテナンスされてて、それに加えておそらくだけどこういう刺激に慣れてない。

 だってあの涅隊長がそんなことをするとは思えないし。

 だから我慢しきれなくなって、けれども調査だから動いちゃ駄目と思ってるからこそ、こんなカワイイ反応になってるわけか。

 

「い、え……っ! その、よう……な……っ!! しつ、失礼な……真似っ!!」

 

 そっと内腿や腰回りをじわじわと撫で回していきます。

 ネムさんは必死に平静を装うものの、ぞくぞくと背筋を震わせながら切なそうに囁いています。

 真っ白と冷たささえ感じていた肌がじわじわと身体の奥から熱を帯びていき、薄桜色に染まっていきます。

 

「お腹周りも凄いのね。腹筋周りとかも」

「ひ……っ!!」

 

 軽く脇腹をくすぐれば、背筋を反らせて身体を弓なりにさせました。

 なのでこれ幸いと、片手は脇腹をくすぐったままに。もう片方の手は背中側に潜り込ませます。

 

「あ、あのの……っ! そ、その……っ!! ひゃ……んっ……!!」

 

 お腹周りと同時に、背骨を沿うように撫でていきます。

 背中とお腹から同時にむずがゆさが襲ってきているようで、ネムさんから余裕がどんどん無くなっているみたい。

 

「お、おねが……お願いですっ! のでっ! ……あ、うっ!!」

 

 布団を両手でぎゅうっと掴んで懸命に堪えようとしていますね。両目もぎゅっと瞑ってて、声も漏らすまいと奥歯を噛みしめようとしているものの、でも耐えきれずに声が出ている。

 普段がお人形さんみたいに無表情だから、他の子よりも何倍も可愛く見えるわ。

 

「あ、背中は駄目だった?」

「あ……はっ……い、いえ……そういうわけでは……はぁ……ありま、せん、が……そ、その……もうし、わけありま……」

 

 一度手の動きを止めれば、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返しながら申し訳なさそうにコッチを見て来ます。

 ちょっとだけ泣きそうに見えて、それが瞳を潤ませながらおねだりしているみたいでゾクゾクして来ちゃう。

 

「じゃあ、別の場所にしましょう」

「で、ですから! 私の話……を……っ!! …………~~っ!!」

 

 背中は駄目なようなので、今度はお尻です。

 

 うわ、こっちも凄いわね。

 安産型の大きなお尻は肉付きも良くって、肌の具合も併せて色気がたっぷり詰まっています。軽く力を入れただけでも指がどんどん埋まっていって、でもその奥には弾力があって指をはじき返してくる。

 

「お尻も駄目だった? 足から腰に掛けての筋肉の動きとかを確認したかったんだけど」

「もうし、わけ……ござ……っ! で、です、がっ……んんっ!! そういう、わ、わけ……ではありませ……んんんんっ!!」

 

 こんな風にお尻を鷲づかみをされた経験なんて、間違いなくないんでしょうね。

 身体からあふれ出す汗の量が多くなってきて、室内には微かな匂い――独特の体臭が漂い始めて、そこで気付きました。

 

 今までネムさんに匂いを感じなかったんですよ。

 多分ですが、ほぼ体臭はゼロになるように造られていたんでしょう。それがじわじわ汗をかいたことでようやく、匂いが目立つようになってきた……そんな所だと思います。

 無臭にしていたのはひょっとして、涅隊長の趣味なのかしら……?

 

 股ぐらに思いっきり顔を突っ込んで匂いとか嗅いでみたいけれど、さすがにそれは自重しておきましょう。

 

 代わりに――

 

「じゃあ大丈夫よね?」

「~~~~~!!!!」

 

 脇腹から腰周りを撫でていてた手を下腹へ滑り込ませると、少し強めに押し込みました。

 人造の死神とはいえ、さすがに出産機能はついてないと――

 

 …………あ、ついてるわね。思い出したわ。

 

 確か十刃(エスパーダ)の誰かと戦ってる時に"出産"みたいな描写がでていたはず。

 ということは……ネムさんも、そういう内臓があるのよね……

 そこまで完璧に造った涅隊長が凄いのか。はたまたそんな性癖を能力というオブラートに包んで表現してみせた漫画家が凄いのか……

 

 と、ともあれ!

 下腹の上から子宮を刺激されたことで、とうとう声にならない声が上がりました。

 

「ひ……っ……は……あ、ぁっ……な、に……これ……っ……?」

「痛くしちゃったかしら?」

ひょ()ひょう(そう)、いう……わ、では……た、だ……もう、それ、以上……は、きん……そく……」

 

 額にじっとりとした汗を溢れさせ、腰を無意識に誘うようにして小刻みに震わせています。おそらくは初めて感じた刺激に頭を困惑させつつ、それでもネムさんは必死に言葉を紡ぎました。

 ただ、どうやら内臓に触れるようなのは駄目と判断したみたいですね。

 禁則って言われちゃいました。

 なのでこれ以上は駄目です。

 

「そっか、じゃあこっちね」

「あ、まだ……ああっ!?」

 

 ちょっと混乱している今が好機ですよね。

 両手で胸を鷲掴みのように触れると、再びネムさんの口からは可愛らしい悲鳴が聞こえました。

 

「ネムさんも胸が大きいのに、凄くいい動きをしているから。何か涅隊長から特殊な動き方でも教えて貰ったの?」

「い、え……っ! そ、れは、特に……はっ!!」

 

 そのまま胸をたっぷりと揉んでいきます。

 両手でも持て余すくらいの大きさなのに、凄い柔らかくて弾力もたっぷりです。左右の大きさも均等で、見ているだけで吸い付きたくなるような果実のようですね。

 ですがその()(じつ)は未成熟な内面を備えているという、とんでもない秘密を抱えています。

 

 初めての刺激に戸惑いつつも律儀に返答してくれるネムさんが、とても健気です。

 手の中の大きな山は心細さを訴えかけるようにぷるぷると震えていて、その頂には今までみたことが無いほど薄い桜色が可愛らしく自己主張していました。

 

「じゃあ元々の運動能力の賜物(たまもの)かしら? 私も昔は大変だったから、羨ましいな」

「ひ……あ、う……んん……っ……そ、そう、なの……です、か……ぁ?」

 

 軽くこねれば手の中の塊は可愛らしく形を変えて、ネムさんがそれに負けないくらい可愛らしい反応を見せてくれます。

 すでに頬は紅玉のように真っ赤に染まっていて、表情は困惑と気持ちよさで溶けています。無表情なネムさんの面影はどこにもありません。

 手の中の山は先ほどよりも強く訴えかけており、桃色が先ほどよりも濃くなっています。

 

「うん、こんなものかしらね。ありがとう、参考になったわ」

「ふ……あ……っ……?」

 

 もう一度全体を撫で回るように揉んだところで、私は手を離しました。

 

 多分だけど、このままなら勢いで最後まで押し切れるとおもうのよね。

 でもそうすると、ほぼ間違いなく取り返しのつかないことになりそうだから。

 

「あ、あの……もう、よろしいので……しょうか……?」

 

 だから、そう聞いてくるネムさんの言葉の中に潜んだ、どこか名残惜しそうな感情なんて見えない聞こえなーい。

 

「ええ、ありがとう。それとごめんね、無理を言っちゃったみたいで」

「いえ……その……こ、こちらこそ醜態を晒してしまい、申し訳ございません」

 

 ネムさんは何故かシーツで身体を少しだけ隠そうとしています。

 頼んだ時はそんな素振りを一切見せなかったんですけど、どうしたんでしょうか。

 

「それと、湯川隊長……その、お願いがあるのですが……

「うん?」

「マユリ様の許可をいただけたら、なのですが……今度はもう少し詳細に調べていただいても、構いませんので……」

 

 照れたような恥ずかしいような表情で顔を真っ赤にしながら、消え去りそうな声でネムさんはそんなことを言ってきました。

 

 あれ……ひょっとして、彼女の中の変なスイッチを入れちゃったかしら……

 




●ネム
お父さん(マユリ)の監視が厳しいので、多分このタイミング以外はまず無理。
(このタイミングのお父さんは液体になってるので)

●後日
お父さん(マユリ)が、娘(ネム)のメモリーを確認して卒倒してそう。
怒って疋殺地蔵で後ろから刺され……刺しても解毒されるのか……

●エスパーダと戦ってる時の出産みたいなワード
ザエルアポロの邪淫妃(フォルニカラス)受胎告知(ガブリエール)のこと。

相手に自分を孕ませて産ませる能力。
正確には「相手の臍に触手を打ち込んで自分の卵を産み付ける。母胎の全てを奪って口から出産する」というとんでもねーもの。
(アニメでは『色々とアレすぎた』ので「毛穴から入り込む。相手は口から煙を吐く。煙の中で細胞分裂して霊圧を吸収して復活」という設定になった)

マユリ相手に「倒せないだろ」と誇っていた(おそらく、お前を苗床にして復活できると考えていた)ので、男性でも産める……はず……子宮の有無は不問……のはず……


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第137話 旅禍三人と一緒に楽しいお話タイム

これが2022年の最後の更新。

皆様、良いお年を。


 さて、ネムさんの件はこれでひとまず終了。

 目的は果たしたので、もう十二番隊に戻らせても問題はないわね。

 じゃあ次は――

 

「あ、隊長。丁度良かった、お声掛けしようとしたところだったんですよ」

 

 隊士の子に話しかけられたので、足を止めます。

 けどよかった……ネムさんの病室にいる時に声を掛けられていたら大変なことになってたわ。

 

「何か用事?」

「はい。八番隊の京楽隊長がいらっしゃってます。湯川隊長にご用があるとか」

「京楽隊長が……? わかりました、すぐに向かいます」

 

 京楽隊長が四番隊(ウチ)に来てる……?

 はて? そんなイベントって何かあったかしら……?

 

「お、藍俚(あいり)ちゃん。いやぁ、ごめんね。わざわざ来て貰っちゃって」

「呼んだのは隊長ですよね……あ、湯川隊長。お疲れ様です」

 

 向かった先は玄関――綜合救護詰所の入り口でした。

 そこには京楽隊長と伊勢さんがいますし、他にも八番隊の隊士が何人か見えます。

 

「いえいえ。京楽隊長の方こそ、わざわざ直接いらっしゃったわけですから、何か特別な要件があるとお見受けしましたが……それと伊勢さん、最近は図書館にぜんぜん顔を出せなくてごめんなさい」

「いえそんなっ! 湯川隊長もお忙しいのは重々承知していますので……お気になさらずに……」

「あー、そういえば七緒ちゃんと藍俚(あいり)ちゃんは昔から読書仲間だったんだっけ? いやいや……――っと、いけないいけない。そんな話をしに来たんじゃなかったんだよ」

 

 思い出を振り返るような懐かしい顔を一瞬浮かべた京楽隊長でしたが、すぐに表情を引き締めました。

 いつもの笠を目深に被りなおして、表情を隠していますね。

 しかも普段ならそのまま伊勢さんのことを軽くからかうくらいは話すようなものなのに……

 

 ……あ、ひょっとして! リサのことを思い出して落ち込むんじゃないかと思って気を遣ったのかしらね。

 

『おお、なるほど!! ありそうでござるな!! かーっ!! イケメンムーブでござるなぁ!!』

 

「実はね。ボク、旅禍を捕まえたのよ。ただそこでちょっと色々あってさ、相手に大怪我させちゃったから四番隊(ここ)に連れてきたわけ。ほらここなら救護役はたくさんいるし、藍俚(あいり)ちゃんにも会えるからね……」

「……隊長? まさかそんな理由でここまで?」

 

 伊勢さんの眼鏡がキラリと光りました。

 口には出してませんが「それが本当なら何考えてんだよこの上官は」ってちょっとだけ苛立ってますね。

 

「あとは、八番隊(うち)の隊士も何人も怪我しちゃったから。ほら見てよアレ、ウチの三席なんだけど……まあ見事にノックアウトされちゃって……」

 

 京楽隊長が指さす方へと視線を動かせば、荷車に寝かされた三つ編みの大男がいました。表現通り、見事に気絶しています。綺麗な一撃が入って気絶させられたであろうことが、ここからでもよく分かります

 その彼と並ぶようにして荷車へ乗せられているのは……あ、この子って!

 

「で、彼の隣に寝かせてるのがその旅禍の子。ちょっと剣を交えただけなんだけど、彼ってばいい男なんだよ。うちの三席は後回しでもいいからさ、この子をちょっと最優先で治してあげてくれないかな?」

 

 そっかそっか、そうだったわね。

 茶渡君を倒すのって京楽隊長だったわ。有名な"霊圧が消える"アレの伏線よね。

 しかし茶渡君、本当に体格が良いわよねぇ……これだけ体格が良いから凄く強そうだし、かなりタフで簡単には倒せないって印象なのよね。

 そんな印象だから"敵の大技を受けて一撃で沈む"とか"ここは俺に任せて先へ行け"の役割が似合うこと似合うこと……

 

 ……あ!

 ということは今頃一護は「チャドの霊圧が……消えた……!?」って名シーンを再現してるわけよね?

 

『多分でござるが……そんな余裕はないと思うでござるよ……』

 

 なんで? ちゃんと「最初は一角で様子を見て」ってお願いしてきたわよ?

 

『……いや、だからでござるが……』

 

 ……なんで?? だって一角よ……????

 

「なるほど、そういうことなら了解しました。もう既に聞いているかもしれませんが、四番隊の牢には旅禍を二名ほど捕縛していますし」

「あれ? そうだったの?? やるねぇ藍俚(あいり)ちゃん、二人も捕まえたんだ」

「いえ、涅隊長が旅禍に手傷を負わせたところを湯川隊長が捕らえたそうですよ。通達があったはずですが……」

 

 伊勢さんが補足してくれました。

 

 まあ「旅禍を二人捕まえました」って連絡は既に上に上げてありますから。

 同時に「怪我してるので尋問は回復を待ってから。経過を見ても数日は掛かる」とも言ってあるので、織姫さんたちが今すぐにどうにかされるわけではありません。

 

 勿論「涅隊長が旅禍を追い詰めるものの、予想外の抵抗を受けて遁走。そこを捕縛しました」って報告もしています。

 

『(その言い方だと、マユリ殿が返り討ちにあった無能に見えるでござるなぁ……わざと!? わざとでござるか!?)』

 

「あれ、そんな通達あったっけ? ま、いいや。んじゃ、後のことはお任せするよ」

「承りました」

 

 このまま京楽隊長たちと一緒に楽しいおしゃべりをしたいところですが、まずはやることを済ませちゃいましょう。

 なので四番隊(うち)の子たちへ声を掛けます。

 

「はーい皆、また急患が来たわよ! まずはこっちの旅禍の子から大急ぎで! 次に八番隊の怪我人を! この三席の隊士は後回しで大丈夫よ、京楽隊長から許可も取ってるからね!!」

「はい!」

「え、また旅禍ですか!? って、大きいですねこの人!?」

「治療室の準備とかって出来てたか!? すぐに確認して、まだならすぐに準備しとけ!」

「はい先輩!!」

「……あれ、この人……円乗寺三席ですよ! ……え? 三席なのに最後に回して大丈夫なんですか……?」

 

 とまあこんな風に、一声掛ければ皆が即座に動いてくれます。

 昨日からこっち、急患が頻発してますからねぇ……嫌でもどんどん上手く回るようになりますよね……

 

 若干一名、三席を心配していますが大丈夫! 上手にやられているので、唾でも付けとけば勝手に治るから。

 

「――というわけなので、私も旅禍の治療に加わります。ですから、何かご用があるのなら手短にお願いしますね。あまり長くは引き延ばせませんから」

「ありゃ、やっぱり気付かれてた?」

「え、あの……隊長? 湯川隊長も……? いったいどういう……?」

 

 伊勢さんが困惑してます。

 

 だって、茶渡君の治療が目的なら救護部隊を呼びつければ良いから。この怪我なら、私を呼ぶのもちょっと不自然だからね。

 だから"旅禍は捕らえたが念のために隊長が護送に参加する"という名目で、私に何かを聞きに・言いに来た。

 ついでに言うなら、八番隊の受け持ちの外に出て"ちょっと寄り道"しても不自然じゃないような状況を作りたかった。

 そんなところでしょうね。

 

「んじゃ、簡単に。どうも今回の件、動きが妙に思えてさ。ちぐはぐっていうか、なんて言うんだろうね……そもそも四十六室の動きも気になるし、急にあの四楓院隊長が現れたのも気になる。なんであんな派手な真似をするのか、さっぱりわかんない」

 

 でしょうね。

 藍染を思いっきり使い倒してやろうと私が嫌がらせしましたから。

 だから藍染がその状況を逆に利用してやろうと思って……頑張ったハズなんですけどね。うん……

 

「その辺り、どう思ってるのかなって」

「そうですねぇ……」

 

 砕蜂があんなことをする(本人を連れてくる)から、逆に変なことになりました。

 ある意味ではすごくすごく混乱しました。

 ……って、おおっぴらには言えないわよね。少なくとも今この場所では。

 

「少し前に浮竹隊長(・・・・)とお話する機会があって、そこで興味深いお話(・・・・・・)を聞けましたので、顔を出してみると良いですよ」

「へぇ……浮竹のところ、ね……」

 

 十三番隊には大体の理由を話してあるから、問題ないです。

 むしろもう、浮竹隊長と京楽隊長の二人に全部お任せしちゃった方が楽なんじゃないかって気すらしてきました。

 

「わかった、ありがとう。帰りに顔を出してみるよ。んじゃ、行こうか七緒ちゃん」

「ちょっと隊長! ああもう、湯川隊長。ありがとうございました!」

 

 さっさと先に行ってしまった京楽隊長の後を、伊勢さんが小走りでついて行きました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 茶渡君の治療は無事に終了。

 かなりの大怪我だったけれど、傷そのものは刀傷だったし。多分伊勢さんがやったんでしょうね、手当もされていました。

 なので実際には私が治療に参加する必要はありませんでした。

 

 とあれ。

 

「まだ怪我している所申し訳ないんだけど、キミには牢に入って貰うわね。」

「ム……」

 

 茶渡君を牢へと連れてきました。隊長自ら移送するという破格の待遇です。

 

「そんな不満そうな顔はしないで。気に入って貰えるはずだから」

「…………」

 

 いや、そう言われても牢を気に入るわけないだろ。みたいな顔をされました……いえ、元々そんな表情なのかしら……? イマイチわかんないわ……

 でも気に入って貰えるのは本当だから、安心してね。

 

「ほら、あそ――」

 

 既に織姫さんと石田君を収監済みの牢が見えてきた頃でした。

 

「ええっ!! じゃ、じゃあ現世にはそんなのがあるの!?」

「そうそう! でね、私も学校の帰りなんかにはよく寄ってて!」

「いいなぁ、私も食べてみたい!」

「じゃあ今度食べにおいでよ! もうね、舌が蕩けそうで……!」

「一緒に先生も誘ってもいいかな!? あ、それと織姫さんがさっき言ってた黒崎さんも一緒に誘っちゃおう!!」

「ええっ!! く、黒崎君も!! 桃さんの気持ちは嬉しいけど、で、でででででもそれはちょっと……えへへ……ど、どうしようかな……」

「大丈夫大丈夫! 私も協力するから! ね、ね! ほら、みんなと一緒だと誘いやすいでしょう?」

 

「――こ……の、牢……? 牢……??」

 

 ものすっごい楽しそうな声が聞こえてきました。

 

 あれ? ここ、牢屋よね……? なんでこう、わいわいきゃーきゃーな声が途切れることなく聞こえてきてるのかしら……??

 全面石壁で寒々しい雰囲気のはずなのに、それを一瞬で吹き飛ばすくらいの女子オーラが放たれているのかしら……!?!?

 

『いつの間にか拙者たちは、放課後の女子校の教室にワープしていたようでござるな……』

 

 なんですって……!? ……いや、そう思っても仕方ない状況だけど!!

 

「ム、この声は……井上?」

「……え、ええそうよ。井上織姫さん。茶渡君のお友達、よね?」

「ああ、そうだが……待て! 何故、俺の名前を!?」

「その説明も含めて牢の中でするから、ちょっと待っててね……」

 

 茶渡くんが色々と困惑してる……でも私も混乱してるのよ!

 

「えっと、桃? それに織姫さん? ちょっといいかしら?」

「……あ、先生! 私、ちゃんと捕縛して牢に入れておきました」

「はい! 桃さんに案内してもらいました!」

 

 捕縛して牢に入れて、ってお願いはしたけれど……

 楽しそうに談笑しろとは言ってないのよねぇ……捕縛された方も凄く良い笑顔だし……

 

「そ、そうなの……仲良くなったみたいで、私も嬉しいわ……」

「先生聞いて下さい! 織姫さんってすごく良い人です!」

 

 うんそれ私も知ってる。

 ……おかしいわねぇ。一応、囚人と看守の関係のハズなのに、なんでこんな……囚人の方が「ちゃんと案内してもらいました!」ってニコニコ顔で言えるのかしら?

 まあ、協力できる立場だし険悪になるよりはよっぽど良いんだけど……

 

 そういえば茶渡君の治療の時に、桃の姿は影も形も見えなかったわね……ってことは、あのときからずっとおしゃべりしてたの!?

 さっきの話の盛り上がりから察するに、多分そうなんでしょうね……

 

「……んで……こ……な……ありえ……むり……りかい……」

 

 やたらと元気な桃と織姫さんがおしゃべりすること数時間。

 それをただ一人で聞かされ続けた石田君は――目が完全に死んでました。しかもなにやらぶつぶつ呟いていています。

 女性二人のパワーに圧倒されたみたいね……ちょっと合掌。

 

「その、それでもう一人連れてきたんだけど……」

「あっ! 茶渡君! よかった、茶渡君も無事だったんだね!」

「井上! いや、無事ではないんだが……」

「これが織姫さんが言ってたもう一人の?」

「そう茶渡君っていうの! 優しくて力持ちですっごく良い人なんだよ!!」

「あっ、黒崎さんじゃないのね。ちょっと残念。織姫さんの意中の人の顔を見てみたかったんだけど……」

「いちゅうの……う、うん……」

 

 あーもう!! 桃がスッと一瞬で話に入ってくる!!

 どれだけ相性良いのよあなたたち!! 良い友達が出来て良かったわね二人とも!! もう少ししたら織姫さんは自由の身になって待遇も良くなるはずだから、ちゃんと相互に連絡を取れるようにしておくのよ!!

 

『あー、なるほど……お互い、思い人がいる女性でござるからなぁ……その辺から仲良くなってあっという間に打ち解けたわけでござるか……』

 

「えーっと……とりあえず石田君、茶渡君、織姫さんの三人にはこっちの事情を色々説明するわね。まず黒崎一護は今のところ無事よ。それでこっちと協力して――」

「ほら茶渡君! 黒崎君の字で書かれた手紙だよ」

「ああ……確かに一護の文字だな……」

「これさっきも見せて貰ったけれど、男の子って感じの字だよね。それで織姫さん、黒崎さんの字を知ってるって事は――」

「ええっ! そ、それはその……」

「――試験の前とかに一緒に勉強とか稽古とかしたの!? もしかして二人っきり!?」

 

 やめて桃! 話が進まないじゃない!!

 

 

 

 この後なんとか、石田君たちに事情を説明し終えました。

 




●雛森と織姫の関係性
乱菊とは、破天荒だけど頼れる姉御(原作)
雛森とは、何故かウマが合う同級生(拙作)

織姫の一護ラブガチ勢の空気を感じ取った瞬間、仲良くなった模様。

●織姫
気がついたら石田と茶渡に恋心を知られていた。
だが二人とも一護に言うようなタイプではないので問題ない。
むしろ「やっぱり……少しくらいは手助けしよう」と思われていそう。

●一角
藍俚がすごく舐めていたように見えるが、これは「しっかり手加減して一護の実力を伸ばしてくれるはず」という信頼から。
(ツートップが危険すぎるだけともいう)


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第138話 六番隊には話を通しておいた

(年明け最初の更新なので、藍俚さんより皆様にご挨拶です)

新年、あけましておめでとうございます。
旧年中は評価・感想・誤字指摘と誠にありがとうございました。

今年は卯年ですね。
どうか一つ、本年もご贔屓にしていただければ幸いです。

あちらに四番隊で作ったお汁粉が……え? も、もうっ! 気が早いんですから……
ちょっとだけ、ですよ?
(つ「お年玉」)


 つ、疲れた……

 なんで普通に説明するだけなのに、こんなに疲れるのかしら……

 

 なんとか石田君、茶渡君、織姫さんの三名への説明を終えました。途中、桃がほぼ必ず食いついて織姫さんと会話するから、横道に逸れて逸れて大変だったわ……

 

 まあこれで、なんとか三人については一通り済んだはずだから。

 憂いは――桃がやたらと「あの三人の世話は私がします!」って張り切ってたのを除けば――なくなった、かしら……

 

 …………

 

 あ! 忘れるところだったわ!! 六番隊!!

 きっと白哉と阿散井君のことだからルキアさんの様子もちょいちょい見に行ってるはずでしょうし、それに一護が十一番隊にいるって情報も共有しておかなきゃ!

 妹が世話になった相手だから、白哉も直接お礼くらいは言うでしょうからね。

 

 そうと分かれば早速出発……

 

 …………ううっ、四番隊(ウチ)の子たちの「隊長、また外出ですか……? こんな状況なのに隊長不在でいろと……?」って無言の視線が痛い……

 

 ごめんねごめんね!

 でももう旅禍関係の怪我人は出ないはずだから!! 帰って来たら今の総員警戒態勢をもう少し楽にしてあげるから!!

 今が正念場なの! ここでミスすると絶対面倒なことになるから!!

 

 もうっ!! こうなったのも全部、藍染が悪い!!

 あんたが最初の隊首会の時にでも「あ、一護たちが来たのって全部自分が仕組んだことです。なんなら百年前の魂魄消失事件も全部自分です」とか言ってれば良かったのに!!

 

『後ろめたさを隠すためとはいえ、荒唐無稽なことを考えられるのはどうかと……』

 

 仕方ないでしょ。

 こんな馬鹿なことでも考えて自分を騙さなきゃ、外出できないわよ!!

 

『まあ、あとで隊士の皆様にはフォローをお忘れなくでござるよ。そうすれば大抵のことは思い出補正で勝手に解決してくれるでござりますから!』

 

 そこは勿論! 今だけ! この我が儘って、今だけだから!!

 なにより仕事はちゃんとやってるから!! どこかの二番隊とか十番隊の元隊長みたいに、仕事さぼって年中遊び歩いてるわけじゃないから!!

 

「……ん? あら……?」

 

 射干玉に思い切り言い訳をしたところでふと気付きましたが……この霊圧って……

 

「うーん……」

 

 上手く気配も霊圧も隠してますが、この距離まで近づけばなんとか分かりますね。

 立ち止まり、顎に手を当てながら下を向いて考え事をしているように見せかけつつ、相手の居場所を探ります。

 

 ……いた。

 

「あ、そうそう」

 

 ぱん、と軽く手を打ち、何か妙案を閃いたような演技をしたのを見せつけてから、瞬歩(しゅんぽ)で即座に移動します。

 演技のおかげで少しは油断を誘えたんでしょうね。

 相手が私が姿を消したことに気付いた頃には、もう既に背後を取っていました。

 

「こんなところで何をしてるんですか?」

「に、にゃー……」

 

 黒猫がわざとらしい声で鳴きました。

 

 ……夜一さん。

 それで騙せると思ってるなら……いえ、騙せるとは本人も思ってませんねこれは。

 だって鳴き声が思いっきり「にゃー」って平仮名ですし。そもそも私から思いっきり目を背けてますし。

 

『通ればワンチャン奇跡が起きるレベルの誤魔化しでござるな!!』

 

「はぁ……仕方ありませんね」

 

 黒猫は逃げようとしましたが、私の動きはその先を行きます。

 サッと首根っこを掴むとそのまま摘まみ上げ、動きを封じてやりました。

 

「選ばせてあげます。このまま素直に口を割るか、それとも今すぐ砕蜂に連絡をして――」

「わかった! わかったわい!! 観念して話せばいいんじゃろう!!」

「――……決断が早いですね」

 

 口を開いたので、手を放して自由にしてあげました。

 けどまだ二つ目の選択肢の途中だったのに、そんなに今の砕蜂には会いたくないんでしょうか……? 勿体ないわね。三つ目の選択肢として「射干玉に全身ヌルヌルにされる」も提示するつもりだったのに……

 

『ええっ!? 夜一殿! 夜一殿ぉぉっ!! 三番目、三番目が正解の選択肢ですぞ!! 騙されてはなりませぬ!! どうか拙者の声を! 届け! 拙者のこの想い!! そして……ぐふふふふふでござる!!』

 

 と、いくら叫んでも射干玉の声は夜一さんには届かないわけで。

 

「お主を探しておったのじゃ! 藍俚(あいり)! お主、砕蜂に一体何をした!?」

「何……と言われても……」

 

 砕蜂に、ですか……? 私がやったことと言えば――

 

「砕蜂を励ましたり稽古をつけたり食事をしたり……そのくらいですよ。何しろあの子、敬愛する隊長が突然いなくなって大変だったんですから」

「ぐっ……」

「それに夜一さん、多分ですけど私がいるから黙って消えても平気だってちょっとくらいは思ってませんでした? あの頃から私と砕蜂は仲が良かったですから、押しつけちゃえ……みたいの」

「ぐぬぬ……っ……」

「そういう意味では、砕蜂は強くて逞しくて、特例込みですが二番隊の隊長と隠密機動の軍団長を立派にやっていますよ」

「じゃ、じゃがアレはなかろう! 儂が手も足も出なかったぞ!!」

 

 ああ、やっぱりそうだったんですね。砕蜂ってば強くなったもんねぇ……

 

「瞬鬨はどーせお主が教えたんじゃろうが! いや、瞬鬨だけではなくあの妙な体術も!!」

「教えただけで使いこなせるわけではありませんよ。全ては砕蜂の努力の成果です。なので夜一さんはもう観念して、砕蜂の部下として……」

「断固として断るわい!!」

「じゃあやっぱり、今すぐ砕蜂に連絡を……」

「それもやめい!! 最初に選ばせたのはなんだったんじゃ!!」

「だって夜一さん、あの場面で逃げましたし」

「自分が他者を殺めている現場を自分で見たんじゃぞ! 逃げるに決まっておるじゃろうが!」

 

 そこまで大声でツッコミを入れたところで、夜一さんはぜーぜーと肩で息を始めました。にゃんこが疲労困憊でお疲れな感じというのも、面白い姿ね。

 

「まあ、あの場では驚きと余計な厄介に巻き込まれそうじゃったから逃げたが。じゃがあの不可解な現象には心当たりがある。まあ、お主は知らなくても当然かも知れぬがの」

 

 数秒後、呼吸を整えた夜一さんが真剣な雰囲気で口を開きました。

 あれこれってまさか、鏡花水月のネタバレ来ちゃいます? 私に教えてくれる感じですか?

 

「アレはおそらく、藍染の仕業じゃ」

「藍染隊長の……? ああ、斬魄刀の能力ですよね」

「なん……じゃと……!? お、お主! それをどこで知った!?」

 

 驚く夜一さんに向けて、私はにっこりと微笑みます。

 

「藍染隊長の斬魄刀――能力は霧と水流の乱反射で同士討ちを誘う流水系の能力――という話でしたよね?」

「あ、ああそうじゃ……儂もそう聞かされておったが……」

「ちょっと、疑問に思う時があったんですよ。それで気付きました……ひょっとしたら藍染隊長は、本当の能力を隠しているんじゃないか? あの斬魄刀はもっと強力な能力を宿しているんじゃないか……って」

 

 半分は漫画知識で知ってました。

 でもね、それ以外にも気づけたタイミングがあったんですよ。仮に私に漫画知識がなかったとしても「あれ? 何か変だな?」と思えた瞬間が。

 いつどこで、とは言いませんけど。

 

「く、お主というヤツは本当に底が知れんな……まあよい、その通りじゃ。藍染の斬魄刀の真の能力は、完全催眠とのことじゃ。五感も霊圧をも誤認させられるらしい。儂もあくまで話に聞いただけであって、検証などはしておらんがな」

「話に聞いた……ひょっとして平子隊長にでも聞きましたか?」

「ぶはっ!?!?」

 

 今度は猫が吹き出しました。これもまたレアな姿ですね。

 

「お、お主どうして……?」

「どうしてと聞かれても……夜一さんたちの過去の動きから考えれば、自然と想像できますよ……」

「う、うむ……その通りじゃ。百年前に平子らを罠に嵌めたのも藍染じゃよ、今は詳しい説明は省くがの」

 

 そういえば平子隊長たちを救出してますから、その流れで浦原などと情報は共有していたんでしょうね。

 一護たちに教えなかったのは……必要ないと思ったんでしょうか? 現時点の主目的はルキアさんの救出ですし……でも、藍染が死んだ時点でその辺も教えて良かったのでは……?

 それに、教えて貰ったのは嬉しいんです。嬉しいんですけど……

 

「どうじゃ? 値千金の情報じゃろう? これを公表すれば……って、どうしたんじゃお主? 頭を抱えて……?」

「いえ、その情報は信頼性が低いなぁと……」

「信頼性が低いじゃと! 儂の言うことが信じられんのか!?」

「そう言うことではなくて、出所(でどころ)の問題ですよ。平子隊長も浦原さんも夜一さんだって、尸魂界(ソウルソサエティ)では脛に傷を持つお尋ね者ですよ? 有益な情報なのは否定しませんけど、素直に上へ報告しても"裏付けはあるのか?"って言われて終わりです」

 

 これが問題なんですよ。信頼性の問題です。

 藍染は公的には"とってもとっても優秀な隊長"なんですから。自らの死を偽装したことだって"敵を欺くにはまず味方からと言います。離れた位置から観察したことで面白いことが分かりました"とか言われれば、逆転するだけの材料がない。

 

「む……っ! そ、それは……」

「現在は夜一さんが藍染隊長を殺害した最有力容疑者ですから"罪から逃げるために適当な嘘を吐いている"と言われて、握り潰される可能性もあるんですよ……」

 

 これを総隊長にありのまま報告するのはちょっと危険すぎます。よって仲間内で共有するまでが限界だと思います。

 

「けど確かに、重要な情報ではあります。なので、ちょっと私と一緒に行きましょうね」

 

 再び夜一さんの首根っこを摘まんで持ち上げます。

 

「お、おいお主! 何をする!」

「何って、元々は六番隊に行くつもりだったんです。丁度良いですから、夜一さんも一緒に来て下さい」

「六番隊……おいこら、放せ! 儂はそんなところに行くつもりなど……!!」

 

 はいはい、文句を言っても手は放しませんからね。

 一緒に六番隊へ行きましょうね。あなたも話し合いに参加するんですよ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「湯川殿! お聞きください湯川殿!!」

 

 六番隊まで出向き、白哉へ会いに来たことを告げたところ、応接室へ通されました。

 応接室でにゃんこと一緒に待っていたところ、白哉が入ってきたかと思えばこの調子でした。開口一番、肩を思い切り掴んできて嬉しそうに口を開いたの。

 

 一体なにがあったのかしら……?

 

「実はルキアのことですが、現在の旅禍騒ぎが決着して沈静化するまでは、刑を延期するという報が四十六室より届いたのです! いえ、それどころか再考も検討するとのこと! 我々の訴えは、どうやら無駄ではなかったようです!」

「え……っ!? そ、そう、なの……?」

 

 刑の執行を短縮するならまだしも、延期? 再考?

 一体何が狙い……?

 普通に考えるなら、私が原因で時間を浪費していたから、こっちで帳尻あわせをしてきた? それとも単純に朽木家の動きを抑えるため? 単純に外部との繋がりを断ちたかった?

 理由は色々、それこそ無数に考えられるけれど、どう考えても……

 

「……怪しい」

「じゃな。あの四十六室が決定を覆すことなどありえぬ」

 

 思わず独白した言葉に、隣のにゃんこ(夜一さん)が同意しました。

 

「はて? この声は……」

「久しいな白哉坊」

「むっ……貴様、化け猫! 何をしに来た!?」

 

 二人は知り合いでしたね。といっても顔を合わせるのは多分、百年ぶりくらいでしょうけれど。

 子供の頃に玩具にされていた年上のお姉さんとの久方ぶりの再会に、白哉は渋い顔をしています。

 

「何をしにとは御挨拶じゃのう。今日の儂は藍俚(あいり)のツレ、(れっき)とした客じゃよ」

「二番隊の砕蜂隊長の部下に昨日就任しましたけどね」

「こら藍俚(あいり)! それを言うではない!」

「ほう、二番隊の……ならばよくて副隊長。ふっ、隊長の私に対して、随分と無礼な口を利くではないか」

「にゃんじゃと!!」

 

 おっと白哉が勝ち誇ったように鼻で笑いました。それにしっかり乗っていく夜一さんも凄いですね。

 

「あの、隊長……先生もお知り合いみたいですけど……なんなんですかこの猫……? なんか、猫にしてはやたらと霊圧が高いみたいですし」

 

 そして完全に状況に置いてけぼりにされて所在なさげな阿散井君が、申し訳なさそうに私たちへ助けを求めてきました。

 そっかそっか、そりゃ知らないわよね。

 

「この猫は四楓院夜一さん。元二番隊の隊長で隠密機動の軍団長も兼務していたの」

「そして百年ほど前には罪人を逃がした最有力候補として嫌疑を掛けられており、現在は藍染隊長を害したお尋ね者でもあるがな」

「へっ……!? 四楓院……って、四大貴族の!? あれでも、百年前って言ったら……え、それに藍染隊長の? ……あの、ならなんで捕まえ……? えっ!? ええっ!?」

 

 阿散井君の「それってどういうこと!?」な初々しいリアクションです。見ていて楽しいわねぇ。

 

「ふふ……いや、すまぬな恋次。少々からかい過ぎたようだ。お前の想像通り、こやつは四楓院家の当主であった。罪人として扱われてもいるが、それにも色々と事情があったのだろう。捕らえる必要はない」

「なんじゃ、ずいぶんと物わかりがよくなったのう?」

「貴様には随分とからかわれたが、理由もなく罪を犯すような悪人でもない。そのくらいの分別はわきまえているつもりだ」

「お、お主……一体、何があったのじゃ……?」

 

 また挑発するような言い方をしたというのに、全然乗ってこない。さらりと受け流した白哉の態度に、夜一さんは目を丸くしていました。

 

「私のことなどどうでもいいだろう? それより、罪人として手配されているにも関わらず湯川殿と共に顔を出したのだ。何か話があるのだろう? 聞いてやる」

「う、うむ……」

「一応、私が六番隊(こちら)へ行こうとしたときに色々あって合流したんですよ。なので、それも含めてお話しますね」

 

 

 

 ということで、一護たちの目的や現在の状況。それに加えて夜一さんの知る限りの藍染らについての情報が共有されました。

 まあ、夜一さんが話してくれたのは「藍染の斬魄刀の能力」「百年前に藍染が何をしたか」くらいなんですけどね。

 

 

 

「……こんなところじゃな」

 

 一通りの情報共有が済んだあたりで、喋り疲れたとばかりに夜一さんが嘆息しました。

 

「喉が渇いたが、この姿では茶も満足に飲めん。元の姿へ――」

「あ、それは駄目です。少なくともこの場では絶対に止めて下さい」

 

 のんきに人間の姿に戻ろうとしたので、全力で止めます。

 

「なんじゃと? 別によかろう、減るもんでもなしに!」

「湯川殿の仰る通りだ。状況を考えろ」

「あ、やっぱり猫の姿は化けてるだけだったんスね……でも、なんで元の姿に戻すのは駄目なんですか?」

「……恋次、お前は見たいのか?」

「あのね阿散井君、夜一さんが猫の時は服を着てないのよ? それが人の姿に戻るって事は……ね? わかるでしょう?」

 

 素っ裸の女性が出てこられても……いや嬉しいのよ? 嬉しいんだけど……阿散井君たちの前だと少し問題があるから……

 

「しかも夜一さんは女性なのよ。だから、問題がさらに大きくなって……」

「はあ、女性……女なんスかこの人!?」

「そうじゃぞ小僧。どうじゃ、見たいと思わぬか? 自分で言うのものなんじゃが、なかなか良い身体をしていると思うぞ?」

 

 あなたのスタイルで"良い身体"程度の評価なら、世界中が大混乱を起こしますよ……

 

「い……いやいやいや! 俺は別に!!」

「そうよね。ルキアさんとせっかく気持ちが通じ合ったのに、ここで不誠実な真似は出来ないわよね」

 

 偉いわよ阿散井君! よく我慢したわ! けどまあ……

 ルキアさんと恋人同士になりました! でも白哉がいる前で「夜一さんの裸が見たいです!」とか言った日には……千本桜で全身を斬り刻まれても文句は言えませんよね。

 

「ふむ、まあ……そういうことなら仕方ないの」

「そういうことです。だから夜一さんも、誤解を招くような真似は慎んで下さいね。それに朽木隊長も同じ立場なんですから」

「お気遣い、感謝します」

「同じ立場……?」

 

 あ、夜一さんが食いつきました。

 

「なんじゃ白哉、婚約者でもおるのか?」

「いや、妻と子がいる」

「………………は?」

 

 そして夜一さんの動きが固まりました。

 

「なんじゃとおおおおおおおおっ!! お主もか!? 海燕に続いてお主もか!? 妻も子もいるのか!? なぜ儂は知らんのじゃ!! おかしいじゃろう!?」

「それほど驚くことでもなかろう。知らぬ理由は……それこそ知らぬ。尸魂界(ソウルソサエティ)から離れていれば、知る機会もないだろう」

「それはそうじゃが……はっ! 藍俚(あいり)! ひょっとしてお主もまさか……!」

 

 こっちに話を振らないで!

 

「いえ、私は別に」

「そ、そうなのか……? いや……すまぬ。なんというか……その……すまぬ……」

 

 とても珍しい、夜一さんが普通に素直に謝るシーンです。

 別に謝られる必要はないはずなんですけど……

 

「えと、話を元に戻しますね。といって、藍染隊長は何か考えがありそうなので注意する。黒崎君たちとは協力が出来るので力を貸す。くらいしか、今は出来ないというか……」

「じゃろうな。一護の奴を中心に騒ぎを起こして、その隙に目的を達成するのは変わらん。そういう意味では、今の硬直した状況は好機とも言える。協力者たちは足並みを揃えられるじゃろうし、一護も十一番隊で腕を磨ける。ならば成功する確率も上がろう」

 

 そう言われればそうですね。

 良い準備期間を稼げたと思うようにしましょう。

 

「それなら夜一さんも、十一番隊へ行って黒崎君を手助けしてあげてください」

「な……っ!? 儂がか!?」

「表立って出歩ける立場ではないでしょう? なら、身を隠せますし一石二鳥ですよ。それに、秘策の一つや二つくらいは用意してあるんでしょう?」

 

 卍解修行をしてましたよね、確か。

 なら、しっかり協力してあげてください。

 

「じゃが儂じゃぞ!? 今の姿では入れてはもらえぬじゃろうし、元の姿では捕まるわ!」

「ふむ、そう言うことならば私が力になろう」

 

 名乗り出たのは白哉でした。

 

「私が十一番隊へ向かうので、その際に同行すればよい。その姿なら袂にでも入れておけば気付かれん」

「袂!? いやまあ、確かにそれは一理あるが……」

 

 袂に隠すって……あ、これは絶対に「実力で忍び込めるだろ」って分かった上で、ちょっと意地悪しようとしていますね。

 子供の頃の意趣返しの一つでもやってやるって感じでしょうか?

 

「それに私自身、ルキアが――妹が世話になった相手なのだ。一度くらいはきちんと顔を合わせておきたい」

 

 こっちは本音でしょうね。

 

「恋次、お前も来るか?」

「え? ……まあ、そうッスね。現世でのこともありますし、わかりました! お供して、ちゃんと顔を合わせておきます!」

 

 どうやら白哉と阿散井君も一護の様子を見てくれるようです。

 やったね一護、展開の先取りだよ。

 




●2023年(時事ネタ&ボケ)
???「ウサギ年……閃いた! 今年は四番隊女性隊士は全員バニーガール姿で働くでござるよ!!」

●十一番隊が賑わう
白哉「妹が世話になったそうで」
恋次「オウ、久しぶり。お礼(意味深)に来たぜ」
一護「すンませんッした!!」

きっとこんな感じ。

●話しちゃう夜一さん
平子は鏡花水月の完全催眠を知ってる。
なら浦原に情報共有くらいはしてるはず。
なら夜一も完全催眠を知ってるはず。
(原作の砕蜂と夜一が藍染の動きを封じたシーンで、夜一は刀(柄頭)を抑えている。
 これはルキアと白哉を斬られないようにする以外にも「抜かせなければ完全催眠は発動できない」と想定していた(まだ鏡花水月の細かな条件が不明だったので)かもしれない)

ということに気づき、一足(四足くらい)早いネタバレです。
だって夜一さんなら教えるでしょ? ましてやあの状況ですし……

……おかしい、ここで知る予定なんてなかったのに……


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第139話 今日の一護 ~拡大版 その6~

「おらああぁぁっ!!」

「へっ!」

 

 一角による一護君の稽古は、まだまだ続いていました。

 十一番隊の特別地下室からは二人の喧騒と剣戟の音がうるさいくらいに響いています。

 巨大な刀なのにその重さを感じさせないほど軽々と操り続ける一護君の攻めと、片手に刀を片手に鞘を持って攻め続ける一角。

 刃と刃の激しい応酬が続きます。

 一見すれば互角の戦い――ですが当人たちは、否応なしに感じていました。互角に見える流れが、一方へ向けてじわじわと傾きつつあるのを。

 

「くそっ!!」

「らぁっ!!」

 

 焦りを感じた一方が強烈な一撃を放ち、それに釣られたかのようにもう一方も大ぶりな一撃を放ちました。

 同時に放たれた斬撃は、それぞれがそれぞれの相手の身体を切り裂きます。

 

「がぁぁっ!」

「ぐうぅっ!」

 

 互いに痛みで声を上げながら地面へと膝をつきました。

 どうやら、勝負ありのようです。

 勝負ありということで剣を振るう手は一旦止まりました。止まりましたが――

 

「……ちっ。本当、嫌になるぜ……もうここまで追いついて来てんのかよ……」

「そりゃ、こっちの、セリフだ、一角……」

 

 それでも流れ出る血も痛みも意に介していないようにすっと身体を起こす一角と、身体を動かすことも出来ずに座り込んだまま、呼吸を乱している一護君。

 結果こそなんとか引き分けに持ち込めましたが、それでも両者の間にはまだまだ高い高い壁があったようです。

 なによりも……

 

「テメェ、始解、まだ……使っ……ね……ぇ……」

「あー、いいからもう喋んな。おーい山田、治してやれ」

 

 そう。

 なんとか引き分けに持ち込むことこそ出来ましたが、それはまだまだ大幅な譲歩をされているという前提の上です。

 一角という強者との戦いの経験と、剣八さんに無茶苦茶乱暴にたたき起こされた事もあって、霊圧はどんどん上がっていく一護君でしたが、それでもまだまだ一角の始解を引きずり出すことすら出来ないようです。

 

「……ん? おい、山田?」

「…………」

「……山田隊士?」

「ッ!! は、はいぃっ! ねてません、ぼくねてませんから!!」

 

 一角の呼びかけと卯ノ花さんの優しい(・・・)呼びかけを受けて、停止していた花太郎君が再起動しました。目の下に隈をつくり、若干やつれた容貌になりながらものろのろと歩いて一護の治療を開始します。

 

「くぁ……んー……っ……」

「…………」

 

 少し離れた所では剣八さんにもたれかかりながら、やちるちゃんが船を漕いでいます。

 二人の戦いは、今日一日で既に十回以上も繰り広げられていました。

 ですがそれだけやってもまだまだ一護君は一角に届かないようで、その都度怪我を負っては花太郎君が治しているわけで。そんなことを繰り返せば、花太郎君だって疲弊してしまうわけなのですが……

 でも仕方ないですよね。

 恨むのなら一護君と空鶴さん――に捕まった自分を恨みましょう。

 

「山田隊士も頑張っていますが、今ひとつですね……やはり、藍俚(あいり)の教育が悪いのでしょうか……?」

 

 そう呟いていますが、卯ノ花さん? 流石にこれは一般的に見れば疲れてぶっ倒れても仕方ないレベルですよ? それに教育というのなら藍俚(あいり)さんより卯ノ花さんの方が隊長として長く花太郎君に接していたはずなのですが……

 

「……なにか?」

 

 いいえ全く何にも全然問題ありません全部あのツインテールが悪いんです。

 

「それに黒崎さんも、伸びてはいますがこのままでは……」

 

 花太郎君もそうですが、どうやらそれ以上に卯ノ花さんは一護君の成長ぶりが気になっているようです。既に半日ほど経過しているというのに自分が見立てた強さまで登っていないのがご不満のご様子です。

 卯ノ花さんの見立てでは一護君は原石であり、もっと伸びると思っていたのですが……

 

「見込み違い、だったのでしょうか……?」

 

 いえいえ決して見込み違いではありませんよ、むしろ一護君はよくやっています。

 ただ今回の場合は、何より時間が無いわけですから。

 一護君の目的を果たすためには一秒でも早く、そしてわずかでもより強くするべきであり、そういう意味ではまだまだお眼鏡に適わないようです。

 

 なにか別の一手を打つべきなのかもしれない、と考え始めていたときです。

 

「おーおー、やられてんな一護」

「ん? お前、恋次! なんでここに……!?」

「ああっ、動かないで下さいよ! まだ傷が……」

「あだだだだだ!! ()ってええぇぇっ!!」

 

 座り込んで治療を受けていた一護君の元へ恋次君が姿を現しました。

 突然の来訪者に驚いて反射的に立ち上がろうとしたところ、治療中の傷口が開いて悶え苦しみます。

 

「寝てろ寝てろ。斑目さんが相手だろ? こっぴどくやられんのも当然だ」

「ぐ、くそ……」

 

 痛みに苦しむ一護君の姿を恋次君は、にやにやと笑っています。それを見たことで一護君の機嫌は、どうやらもう少しだけ悪くなったようです。

 

「何しに来たんだよ……」

「何ってまあ、手伝いだな……それと、一言詫びにも来た」

「……詫び?」

 

 意外な言葉に驚いていると、恋次君は深々と頭を下げました。

 

「現世でのことは、すまなかった」

「お、おう……まあ、なんだ……そっちの事情も浮竹さんや海燕さんから聞いてるからよ。そんなに気にしないでくれ」

「悪いな、そう言ってもらえるとこっちも助かる」

 

 と、このように。一通りの謝罪と交流が済んだところで。

 一護君にはまだもう一人、顔を合わせなければならない相手が残っています。

 

「それと、隊長も一言お前に言いたいそうだ」

「隊長?」

 

 そう言うと、今まで後ろに控えていた白哉君が恋次君と入れ替わるように前に出ます。

 

「黒崎一護、で相違ないか? お初にお目に掛かる。六番隊隊長、朽木白哉という」

「お、おう……」

 

 突然現れた、格好・立ち振る舞い・雰囲気に至るまでが、いかにも"貴族です。上流階級です"といった白哉君の存在感に、どちらかと言えば一般庶民の一護君はたじたじです。

 

「妹が世話になったことで、礼を言いに来た」

「妹……? あ、朽木……っ!? え、じゃあまさか、あんたルキアの兄貴かよ……!!」

 

 そんな相手が頭を下げたことと、妹というワードから関係性に気付いた一護君。どうやら奇跡的に、今まで白哉君の存在についてはスルーされていた様です。

 

「……あんま似てねぇな」

「そりゃルキアとは義理の兄妹(きょうだい)だからな。朽木隊長と結婚したのが、ルキアの姉さんだ」

「ふーん……」

 

 納得してるけど一護君? キミも妹が二人いるお兄ちゃんだぞ? 遊子(ゆず)ちゃんと夏梨(かりん)ちゃん。

 でもどっちもそんなにお兄ちゃんには似てないんじゃない? まあ、妹の夏梨(かりん)ちゃんの方はちょっとは似てるかもだけど。

 

「それと黒崎一護。(けい)には一つだけ尋ねたい」

「ん? なんだ?」

「ルキアのことだ……まさかとは思うが、手を出してはおらぬだろうな?」

「は……?」

「た、隊長……?」

 

 治療のために座っている一護君と目線の高さを合わせるために白哉君もしゃがみ、かと思えばそんなことを言ってきました。

 一瞬何のことか分からなかった一護君でしたが、それに構わず白哉君は相手の肩を掴んでヒートアップしていきます。

 

「ルキアとはこの数ヶ月、寝食を共にしていたと聞く! 交際関係にも至っていない男女が同じ屋根の下でという時点で大問題だが、緊急事態故にそこには目を瞑ろう! ルキアは世話になった恩は確かにあるが、よもやその恩を盾に関係を迫ったりしておらぬだろうな!!」

「ちょっ、おい!」

「隊長!? 隊長、やめてくださいって!! こっちまで恥ずかしいですから!!」

「何を言うか恋次! お前も気にはならぬのか!? 信頼せぬわけではないが、本人の口からも確証が欲しいのだ!」

「してねぇ! なんもしてねえよ! 少なくともアンタが心配するようなことは何一つやっちゃいねえよ!!」

「大丈夫ですって! コイツがそんなド畜生だったらルキアの様子はもっと落ち込んでますから! それにほら、俺がその辺はもう確認しましたから!!」

 

 どうやら白哉君の"よそ行きの仮面"が外れて、ぽんこつモードが顔を出したようです。

 でもしかたないよね。ルキアちゃんってば、緋真さんと顔が似てるんだもの。こういうのって自分を基準で考えがちだから。

 そうでなくてもお兄ちゃんは心配性だから。妹のことを考えちゃうから。

 

 あとこの瞬間、一護君の中で白哉君の評価が色々変わりました。

 具体的に言うと"偉そうでとっつきにくく見えるけど、実は凄く親しみやすくて良い奴"って感じでしょうか。あと、家族想いだというのも高ポイントでした。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「しかしおめえら、よく俺がここにいるってわかったな」

「先生、ってもわかんねえよな……湯川隊長に聞いたんだよ」

 

 さて先ほどの馬鹿騒ぎも終わりまして。話は真面目モードに切り替わっています。

 

「またあの人か……つーかあの人、めちゃめちゃ動いてんのな」

「それは……おそらくは私の所為だろう……」

 

 また藍俚(あいり)さんの名前が出てきたところで、再び"よそ行きの仮面"を被り直した白哉君が口を挟みます。

 

「湯川殿には緋真を……我が妻の命を救っていただいた恩と、ルキアと巡り合わせていただいた恩がある。そして私がルキアを捕縛せよという命を受けた際にも、湯川殿は快くお引き受けくださった。その縁と責から、誰よりも率先して動いて下さるのだろうな……本来ならば私自身が誰よりも先んじて動かねばならぬというのに……」

 

 そう恩義に感じる白哉君でした。

 まあ真相は「織姫ちゃんのおっぱい」と「ハリベルさんのおっぱい」につなげる為に頑張っているだけであって、一護君辺りはその副産物みたいなものなんですけどね。

 知らぬが仏とはよく言ったものです。

 

「そう感じた故に、今日はここまで出向かせて貰った。黒崎一護、(けい)に少しでも協力するためにな。それとついでだが、此奴を連れてきた」

「夜一さん!?」

 

 白哉君は夜一さんを取り出しました……前話で話題にしていたように、袖の袂から。

 

「こら白哉! もっと丁寧に扱わんか!」

「知らんな。それよりも袂が抜け毛で汚れたぞ? 責を取ってもらおうか」

「ふん! そんなもんは後で熨斗を付けて返してやるわい!」

「ああ、待っておこう。期待は一切しておらぬがな」

 

 軽口をたたき合うという、なかなかどうして珍しい光景です。

 

「あら四楓院隊長。お久しぶりです」

「む! 卯ノ花か」

「やっぱり夜一さん、卯ノ花さんと知り合いなのか」

「ええ、まあ。昔のよしみですよ。それよりも皆さん、黒崎さんにご協力くださるということで良いのでしょうか?」

「ええまあ、そういう事っス」

 

 恋次君が頷くと、卯ノ花さんはにっこりと微笑みます。

 

「丁度よかった。猫の手も借りたいところだったんですよ」

 

 

 

 

 

()えろ、蛇尾丸(ざびまる)!」

 

 さてすっかり傷も回復した一護君。

 卯ノ花さんの計らいで、今度は恋次君とのお稽古です。どうやら色んな相手から、色んな刺激を受けた方が良いだろうと判断したようですね。

 

「それがお前の始解かよ……!」

「ああ、カッコいいだろ?」

 

 その目論見はどうやらあたったようで。

 刀身に幾つもの節を持つ形状へと変化した恋次君の斬魄刀に、どうやら一護君は興味津々のご様子です。

 そして同時に、始解した死神から漂ってくる手強さが嫌と言うほど叩き付けられていました。

 

「現世でやり合ったときには見られなかったからな……! けどよっ!!」

 

 とはいえ一護君も、ここで無意味に一角に負け続けていたわけではありません。

 臆せずに剣を構えると、恋次君に向かっていきました。

 

「斬月の方がもっとカッコいいぜ」

「それがお前の斬魄刀の名前かよ? なかなかイカすじゃねえか……蛇尾丸には及ばねえけどな!!」

 

 とはいえそこは初めて見る斬魄刀です。

 蛇尾丸は刀身が自在に伸び縮みする――いわゆる蛇腹剣の特徴を持っています。そのため恋次君の間合いは近距離から中距離までに及び、イマイチ攻めきれません。

 一角とはまた違う、距離を選ばぬ戦い方に苦戦させられます。

 

 それでもなんとか接近に成功したものの――

 

「わざわざありがとよ!」

「いいっ!?」

 

 ――容易に迎撃されました。

 中距離戦も得意ですが、接近戦はもっと得意な恋次君。伸ばした蛇尾丸を引き戻した際の隙への対処法の五つや(とお)くらいは、たたき込まれています。

 

 これはこれで良い刺激と経験になっているのですが……

 

「阿散井副隊長!!」

 

 ダメ押しとばかりに、卯ノ花さんが叫びます。

 

「せっかくの機会です。黒崎さんにもう一歩先を体験させてあげてください」

「もう一歩先……って! まさか!? いいんですか!?」

 

 それだけで"何をさせたいのか"を理解した恋次君。

 ですが一護君にはさっぱりです。

 

「あ? 先……? なんだそりゃ……?」

「ええ、構いませんよ。そのくらいの刺激は必要でしょうから。それに……阿散井副隊長は使えるんでしょう?」

「はぁ……敵わねえっスねぇ……」

 

 喧伝した覚えはないのに見抜かれていることに軽い恐怖を覚えつつ、恋次君は一護君へ剣を向けます。

 

「おい一護! 見て驚けよ! 腰を抜かしても構わねえし、こればかりは逃げても笑わねえからよ!! ……卍解! 狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)!!」

「ば……卍解……?」

 

 未だに始解までしか教えられていなかった一護君、卍解という聞いたこともない言葉と斬魄刀の変化に度肝を抜かれています。

 しかも卍解したことで霊圧は何倍にも膨れ上がっています。

 さらにさらに! なんと一護君、今まで"現世に行く際には隊長・副隊長は限定霊印(げんていれいいん)で霊圧を刻まれる"ということを知る機会がありませんでした。

 

「おーよ! これが斬魄刀の真の姿だ!」

「な、なんだよこれ……」

 

 この限定霊印は「副隊長以上は霊圧が高すぎて現世の霊などに影響を及ぼすから」ということで刻まれるもので、付けると霊力を本来の二割に抑制します。

 なお印は各隊の隊章を模したデザインというオシャレさもあったりしますが、それはさておくとして。

 

「こんなのに、勝てるわけねぇ……」

 

 今の恋次君は限定解除状態に加えて卍解です。

 よって一護君からすれば「限定解除で五倍! さらに卍解で(最低でも)五倍! お前の知る二十五倍の霊圧だ!!」と感じているわけです。

 そんなの「勝てるわけないよぉ……」と思っても無理はありません。

 

「いくぞ一護! こっちも全力で手加減してやっからな!!」

「あ……ああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」

 

 卍解により骨だけの大蛇のような形状へと変貌した斬魄刀が一護君へと襲いかかります。

 ですがこれはあくまで稽古、殺し合いではありません。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」

 

 狒狒王蛇尾丸は一護君をわずかに掠めただけに終わりました。とはいえ、その掠った一撃ですら、一護君にとっては魂魄を磨り潰されんばかりの衝撃だったわけですが。

 知らない人が見たら「着衣で泳いだのかな?」と思わんばかりに全身をびっしょりと汗で濡らしていて、呼吸と動悸が一向に静まりません。

 

 我らが主人公がそんな臨死体験をしている一方で――

 

「おっ! なんだ阿散井! テメエも随分強くなったみてえじゃねえか!!」

「ざ、更木隊ちょ――副隊長!?」

「それが終わったら少し遊ぼうぜ! なに、同じ副隊長同士なんだ! 遠慮はいらねえ!!」

 

 今まで退屈だったおかげか、もの凄い食いついてくる剣八さんの姿がありました。

 

 

 

 

 

()れ、千本桜(せんぼんざくら)

 

 ですが、一護君の苦難はまだ終わりません。だって協力者はもう一人いるんですから。

 「こんどは オラが やる!」とばかりに選手交代、白哉君が相手となりました。

 強者特有の余裕たっぷり悠々とした姿は、先ほど刻み込まれた"卍解ショック"もあって一護君を恐れさせるのに十分でした。

 

「安心しろ、黒崎一護。私は卍解は使わん」

「何……?」

 

 千本桜の能力は、刀身を目に見えないほど細かく分裂させるというものです。

 無数に枝分かれした細かな刃の一枚一枚が光を反射することで、まるで桜吹雪が舞い散っているかのような幻想的な光景が広がっています。

 

(けい)はやがて、隊長格と戦う時が来るだろう。そのときに備え、わずかでも経験を積ませるのが目的の一つ。そしてもう一つは――」

 

 刀身が消えて、柄と鍔だけとなった斬魄刀を軽く振るいます。千本桜の刃たちは主の命に従って、一護君へと襲いかかりました。

 

「なっ……!?」

「――始解といえど、極めた者はここまで戦えるということだ」

 

 無数の刃はその全てが、一護君に一滴の血も流させることなく、薄皮だけを切り裂いていました。

 ……死覇装にも一切の傷を付けることなく。

 

「う、嘘だろ……?」

「無論、こんなものは実戦では役に立たぬ大道芸に過ぎぬ。だが、極めてわかりやすいはずだ」

 

 皮膚の皮一枚だけを斬られたむず痒い感覚に全身を包まれながら、けれど一護君の心はゾッとするほど冷え込んでいました。

 

 厳密に言えば、一護君は藍俚(あいり)さんと戦ったことがあるので、隊長との戦闘経験が無いとは言えません。

 ですが本人からしても、アレを戦闘とは呼べません。だって歯牙にも掛けられず、一方的にやられただけですからね。

 

 卍解だけなら、先ほど恋次君に見せて貰いました。

 ですが卍解を使える者が隊長なのではありません。隊長として副隊長以下全員の隊士たち全員を率い、命を背負うという覚悟が伴って初めて隊長としての格が産まれるのです。

 

「いくぞ」

「う、うわああああああああぁぁっ!!」

 

 真の意味での、隊長との初めての戦いが始まりました。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……まさか藍染隊長はそんな能力を持っていたんですね。あの死体には疑問が残っていましたが、これで心のつかえが取れました」

「いや、儂としては遺体を怪しいと思った時点でお主らも十分おかしいのじゃが……」

 

 一護君が色々と大変な頃、夜一さんと卯ノ花さんは思うところがあったようでお話中でした。

 

「となると四十六室の件も?」

「儂が知る限りじゃが、あやつらなら"このような状況であろうと実施する! 尸魂界(ソウルソサエティ)の威信はこの程度では揺らがない!"とでも言いそうなもんじゃ」

「ええ、確かに」

 

 そう確認しあったところで、卯ノ花さんが視線を動かしました。

 

「……あら? そろそろ黒崎さんが危険ですね。それにどうやら山田隊士も限界みたいですし……お話の途中で申し訳ありませんが、仕方ありません。私が対応してきます」

「う、うむ……」

 

 二人が話し合いをしていたその横では、とうとう精魂尽き果てて死んだように眠っている花太郎君がいました。

 




●一護フルボッコ(だが霊圧は超上昇中)
一角:始解なし、手加減されてる
恋次:卍解を見せる
白哉:始解だけだが、隊長格の恐ろしさをたたき込む

剣八:恋次も白哉も結構楽しそう。斬り合ってみたい。

●限定霊印
説明通りなら、隊長・副隊長しか付けない。
一角は……?


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第140話 頑張って下さい! あのこれ、差し入れです!

 結局昨日は、六番隊でお話をした後は四番隊に戻りました。

 

 決して、決して! 隊員の子たちの縋るような視線に負けたわけじゃありませんよ。違いますからね!

 一晩経ったので四番隊の朝の業務連絡や直近で裁可の必要な業務を済ませてから、炊事場へと向かいます。

 場所柄、入院患者さんたちに出す食事を作るために働いている隊士()たちがいるので、その邪魔にならないよう隅の方で作業開始です。

 

「……うん、ばっちり。問題なさそうね」

 

 続いて昨日、戻ってきてから仕込んでおいた料理を軽く味見、お肉もお魚も問題がないことを確認します。

 よし、準備は万全。

 さっさと作っちゃいましょう。

 

 何を? ……って、お弁当ですよお弁当。

 多分大変なことになっているであろう一護への差し入れですよ。せめて美味しい物くらいは食べさせてあげようと思って。

 なので、曳舟さんから教わった霊圧を取り込む技術で拵えたお料理を作ってます。

 食べると身体が丈夫になって強くなれる例のお料理ですよ。

 

『女の子の手作り弁当でござるな! いやぁ、一護殿が羨ましいでござる!!』

 

 女の……子……? ……??

 ……あ! 私の事か。

 

藍俚(あいり)殿!?』

 

 ごめんごめん。

 てっきり織姫さんのことだと思ってたわ。というか主人公的には、そっちが作る方が正解なんでしょうけどね。

 でも彼女、今は一応は捕縛されている身だし……解放されたらお腹がパンクする位の量を作って貰ってね。

 

「……あれ? どっちだっけ?」

 

 一晩寝かせて味を染みこませた油揚げに寿司飯を詰め込んでいる最中に気付きました。

 

 そういえば織姫さんって、料理が得意系ヒロインだっけ? それとも嫁の飯が不味い系ヒロインだっけ……?

 ……えーっと……私の記憶だと……

 

『ネギ! バター! バナナ! 羊羹(ヨウカン)!』

 

 なにそれ!? 急にどうしたの射干玉!?

 

『織姫殿の買い物リストにござる』

 

 え? それで何を作る……って思い出した! 織姫さん買ってたわね!!

 

『どれも単品として考えるなら美味しそうでござるよ!! ……あくまで"単品"として見ればでござるが……』

 

 そうよ、言われてもうちょっと思い出した。

 食パンと餡子を「お弁当」って言ってたような気もする……え、じゃあ彼女は嫁の飯が不味い系ヒロイン……?

 

 ……強く生きてね、一護……

 

『ですが織姫殿を嫁に出来るならそのくらいはチャラになるのではござりませぬか!?』

 

 それもそうか。一護、やっぱりなんでもなかったわ。

 ちゃんと更木副隊長に気に入られるような立派な死神になってね。卯ノ花隊長にも気に入られるともっと素敵よ。

 

「男子高校生って食べ盛りだし、もっと量が多くてもいいわよね……きっと他の人も食べるでしょうから、いっそ……」

 

 それはそれとして。

 足らないよりは良いかとお重に料理をせっせと詰め込んでいた時でした。

 

「隊長……少しだけ、お時間良いでしょうか……?」

「あら、勇音」

 

 背後から声を掛けられて振り向けば、勇音がいました。

 しかもなんだか思い詰めたような、とっても深刻な顔をしていますね。

 

「良いところに来たわね。はい、あーん」

「ふえぇっ!? あ、あーん……」

 

 輪切りにした太巻きを一つ、勇音の口の中へ運びます。

 

「美味しい?」

ほいひいれしゅう(おいしいです)ぅ……」

 

 うん、とっても幸せそうな顔をしてる。これなら大丈夫よね。

 太巻きって良いわよね……中には卵にキュウリに干瓢(かんぴょう)に椎茸。穴子とウナギも入れたわ。

 疲れた身体にはお酢が効くし、一護もきっと気に入ってくれるはず。

 

「この太巻き、いっぱい作っておいたから。お昼にでもみんなで食べて」

ふぁい(はい)! ふぁりふぁほうふぉざいましゅ(ありがとうございます)!!」

 

 あとはデザート代わりに甘い物も。

 抹茶のプリンにしてみたわ。雀部副隊長のお茶会でこの前に出してみたんだけど好評だったし、きっと気に入ってくれるわよね

 

藍俚(あいり)殿がまるで恋人にお弁当を持って行く乙女のようでござるなぁ……』

 

 そ、そんなんじゃないんだからねっ! 勘違いしないで!!

 でも(ホロウ)化をイメージした白玉とか用意しても良かったかしら……?

 

「……はっ! ほ、ほうじゃひゃりまひぇん(そ、そうじゃありません)! ほんなんら(こんなのじゃ)ほまかはれまひぇんから(ごまかされませんから)!」

「口の中口の中、食べ物がまだ入ってるから」

 

 幸せそうに噛みしめていた勇音が、突然興奮してきました。

 一体どうしたのよ? お行儀が悪いわよ。

 思わずほっぺをツンツンしてやりました。うん、柔らかい。

 

「んぐんぐ……ふう。ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした。太巻きはそっちに、お稲荷さんと一緒に蠅帳(はえちょう)をかけてあるから、お昼前には皆に知らせてあげて」

「はい! ……じゃないです!!!!」

 

 ちゃんと言葉が聞き取れるって素晴らしいわね。

 

「隊長……私、私不安なんです……例の旅禍が隊長を傷つけるんじゃないかって。それにその旅禍は、十三番隊に身を寄せていたんですよね?」

「え、ええ。そうよ……」

「もしかしたら、清音にもう何かされているのかもしれないって、そう考えたら不安で……隊長にも何かされるんじゃないかって……」

 

 ああ。遅効性の毒を盛られたとか、そういう心配をしているのね。

 優しい顔をしているのはあくまで演技で、その裏で各死神へちゃくちゃくと仕込みをして利用するつもりなのかもしれない。

 そんな風に思い詰めちゃって、いてもたってもいられなくなった訳ね。

 

 ……あら? そんなことしてる死神がどこかにいたような?

 

『眼鏡を掛けた五番隊の隊長なのか、ツインテールの四番隊の隊長なのか。果たしてどちらのことでござろうか……?』

 

「それだけじゃなくて……その旅禍は百年前の、浦原さんの恨みを晴らそうとしているんじゃないかって噂もあるんですよ! もしもそれが本当だったら……隊長に何かあったら、私……心配で心配で……」

 

 うん、それ知ってる。隊首会でも話題になってたわね。

 そっかもう隊士の噂にまでなってるのか……

 

 ……でも、おそらくは桃もその噂を知ってるはずでしょうに、なんで織姫さんとあんなに打ち解けていたのかしら……?

 相性? それとも織姫さんの持つ天然な空気がなせる技なのかしら……?

 

「そっか、ごめんね勇音。心配掛けて……」

「あ……た、隊長……」

 

 桃のことは一旦置いておきましょう。まずは勇音のことを安心させてあげないと。

 なので、彼女の心を落ち着かせるようにそっと抱きしめます。

 ……あ! 勿論、手は拭いて綺麗にしてますよ。

 

「でもね……今だけ、もう少しだけだから……私の我が儘に付き合ってもらえるかしら? ね? お願い……」

「あ……んんっ……は、はい……ぃっ……でも、もう少し、だけですよ……?」

 

 続けて顔をのぞき込みながら、彼女の頬をそっと撫でます。

 私の方が勇音よりほんの少し(2cmほど)背が低いのが難点ですね。ちょっとだけ格好が付かないのが悔しいわ。

 ですが効果は絶大だったようで、勇音は顔を真っ赤にしながら力なく頷いてくれました。

 

「あの……隊長……もしも、もしもですよ? 私が、ルキアさんみたいなことになったら……助けてくれますか?」

「勿論よ。何を言ってるの? もしも勇音がそんな目にあったら四十六室を全滅させて、懺罪宮と双極を粉々に粉砕してでも助けてあげるから」

「ふえ……っ……」

 

 勇音が耳まで真っ赤に染まりました。

 白かった首筋も火照ったように朱に色づいていて、抱きしめているおかげで彼女の鼓動も伝わってきます。

 

 とあれ。

 この説得のおかげで、勇音にも許してもらえました。

 

『やってることが完全に、女性をたらし込んでいる間男のようでござるな……嗚呼、あの純粋で可憐だった藍俚(あいり)殿は一体どこへ行ってしまわれたのか……よよよでござる』

 

 あと、場所が場所だったわけで。作業中の隊士もこの現場にいたわけで。その子たちに一部始終を見られちゃったわけで。

 軽くピンク色な噂が立ったらしいですけど、多分問題ありません。

 

 それじゃあ、一護の様子を見に行くとしましょうか。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

ゆがわだいちょう(湯川隊長)っ! ぼぐ(ぼく)ぼぐ(ぼく)もうむりでず(です)……!!」

 

 山田七席がゾンビみたいな容貌ですがりついてきました。

 普段目立たないこの子がここまで自己主張するとか、よっぽどだったみたいね。

 

 顔を出した途端にこれとか、テンション下がっちゃう……

 

「ごめんね。でも、もうちょっとだけ頑張ってもらえるかしら?」

()ぞんな(そんな)っ……!!」

 

 あ、気絶した。

 

「湯川隊長? あまり部下に無理を言うのはどうかと思いますよ?」

「申し訳ありません、卯ノ花隊長。彼ならやってくれると思っていたのですが……どうやら見通しが甘かったようです」

 

 そう言いながら視線をチラリと別の場所へ向ければ、そこには一角と良い勝負を繰り広げる一護の姿がありました。

 とはいえ一角はまだ始解もしないままですが、少しだけ焦ってますね。霊圧は全力と比較して七割くらいで相手をしている――ってところかしら? 今なら、現世の時の阿散井君と凄い良い勝負が出来そう。

 

 ……見通しが甘かったわね。まさかこんなに早く成長するなんて……

 

『見通しって、そっちのことでござりましたか……花太郎殿、哀れなり……』

 

 山田七席なら一護が失った霊圧を何度か補充しても平気だと思ってたんですけどね。まあ、仕方ありません。彼にはもう少しだけ泣いて貰いましょう。

 

「それよりも、差し入れを持ってきたので。そろそろ休憩しませんか? 黒崎君がどうなったのかも聞きたいですし」

「あら、良いですね。ではそうしましょう」

「えっ! なになに!? ひょっとしてあいりんのお弁当!! やったー!! やったよ剣ちゃん!! お弁当だよ!! 美味しいよ!!」

 

 食べ物の話をした途端に草鹿三席が食いついてきました。

 待ちきれないって気持ちは分かるけれど、まだ開けないでね。

 

「おーい、一角! 黒崎君も!! 差し入れを持ってきたから、休憩にしましょう!」

「おっ、藍俚(あいり)じゃねえか。いいねぇ、助かるぜ。よーし一護、ちょっと休みにすっぞ」

 

 手を止めた一角でしたが、けどどうやら一護はまだまだやる気みたいね。

 

「はぁっ!? 何言ってんだよ! やっとお前と戦えるようになってきたんだぜ! これから――」

「いいから来い! オメエも飯を食うんだよ!」

「――だぁぁっ!! いててててて!! 離せ! わかったから髪を掴むな!!」

 

 あーあー、散々動き回ってたから汗で墨が流れちゃって、もうほぼオレンジ色が丸出しになってるわね。

 そんな髪を掴んだものだから、一角の手も黒く染まってるわね。

 

「はい、一角。手が汚れてるからこれで洗って! 黒崎君も、手ぬぐいを濡らしておいたからこれで身体を拭いて! 草鹿三席、まだ早いです。二人が手を洗ってから!」

「おう」

「へ、あ、どうも……」

「ちぇー……お腹すいたー、もういいでしょあいりん!」

 

 ということで全員の準備が整ってから、はい。ご開帳。

 

「「「おおおおおぉぉぉっ!!」」」

「相変わらず、剣術以外は見事ですね」

「へえ、いつにも増してウマそうじゃねぇか」

「そういえば藍俚(あいり)の料理は随分と久しぶりじゃのう」

「うう……食べたい……でも食欲が……お腹は減ってるのに……」

 

 こうやって喜んでもらえると、作った甲斐が本当にあるわよね。

 夜一さんもひょっこり参加しました。十一番隊にいることは、昨日白哉から「猫を置いてきた」と連絡を受けたので知っていましたが。

 あと山田七席? 食べないと四番隊に担ぎ込まれる羽目になるわよ?

 

「量はたっぷりあるはずなので、どうぞご遠――」

「いただきまーす!!」

「あっ、テメェ! それは俺が狙ってたんだ!!」

「えへへー、つるりん遅ーい! 早いもの勝ちー!」

「そのアダ名はやめろ!」

「――慮なく……って言うまでもなかったわね」

 

 二人が凄い勢いで食べ始めました。

 その勢いに押されてか、一護が硬直してるわね。さっきはあんなに「うおおおおっ」って喜んでくれてたのに。

 

「はい、黒崎君。どうぞ。現世の男の子はこういうのが好きだと聞いていたので」

「あ、ああ……すまねえな湯川さん。確かに好物ばっかりだな……てか、普通に美味そう……」

「身内びいきに聞こえるかもしれませんが、味の方も保証しますよ。ほら、見て下さい」

 

 卯ノ花隊長が指をさした先は――

 

「んんんんーーーっっ!! お口が幸せ---っ!!」

「あっ、これ美味え! 藍俚(あいり)、もうこれ無いのか!?」

「むう……美味い……今までの食事とは雲泥の差じゃ……」

「なるほど、納得したぜ。俺も食う!!」

 

 草鹿三席と一角――と一匹の姿を見て、手を止めているのは無意味と気付いたようです。食べ物争奪戦に飛び入り参加者がまた一名。

 あーあー、美味しそうに食べてくれるのはとっても嬉しいんだけど、できればもうちょっと味わって食べてくれないかしら……

 そのお肉とか、圧力鍋で頑張って作ったのよ! すっごく味が染みてるんだから!!

 唐揚げが! 天ぷらが! 煮物が! 照り焼きが!

 そのサラダはトマトを器にしてるのよ! しかもトマトは四番隊の自家製だからちゃんと味わって!! わき芽を頑張って摘んで甘くしたのに!!

 

「さて、では私たちもいただきましょうか? 剣八」

「ああ」

「ぼ、ぼくも……」

 

 という感じで、用意したお重があっという間に空にされました。今のを見る限りは、この倍は用意しても問題なさそうね。

 

「黒崎君、お味はいかがだったかしら?」

「ああ、すっげー美味かった」

 

 現在は、食後のデザートの真っ最中です。

 ……ああっ! だから草鹿三席! 一気に食べないで!! あなたの分はその五つしか用意してないんだから!! 他の人のを取っちゃ駄目よ!!

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ。でも味はそうですが、効果も保証しますよ?」

「効果……? なんだそりゃ?」

「そりゃ一護は知らねえよな。コイツの料理はな、食うと強くなれるんだよ」

「はああぁっ!! んなお手軽便利グッズが尸魂界(ソウルソサエティ)にはあんのかよ!?」

「実際あるんだから仕方ねえだろ。作るときに霊圧をどうたらすると、傷も治すし補強もしてくれるんだとよ」

 

 一角が大体言ってくれました。

 けど、お手軽便利グッズとは失礼な!! これでも曳舟元隊長から教わった凄い技術を昇華させたんですからね! 手間暇と霊圧が掛かってるんだから!

 

「んなに驚く程のことでもねえだろうが」

 

 と思っていたら、更木副隊長が口を開きました。

 

「腹が減ったら飯を食う。食った飯を血肉に変える。そうすりゃ強くなって、もっと面白え斬り合いが楽しめる。何にもおかしくねえだろうが」

 

 言ってることは非常にマトモです……斬り合いの部分を除けば。

 不適な笑みを浮かべるその姿は、血に飢えた獣みたいな――というか、本当に血に飢えてません? フラストレーションが爆発寸前、みたいな印象が……

 

「つーわけだからよ、テメエもとっとと飯食って強くなれ。んで、あのときみたいなのをいつでも出来るようになって、俺を楽しませろ」

「お、おう……」

 

 ……あ、これは予想が当たっていそうですね。

 

 まだ今の一護じゃあ自分の相手が出来ない。でも強くなっていく一護を見ているだけで我慢が大変。そんなところだと思います。

 多分、彼のプリンはもう草鹿三席がとっくに完食済みで、それが原因で苛立っているわけじゃないと思います。

 

「そうですねぇ……黒崎さんには一刻も早く強くなっていただかないと、私も……」

 

 ……あ、ここにもいた……ちょっと爆発しそうな人が……

 

「夜一さん、卍解とかって教えてますか?」

「一応は、と言ったところじゃの。存在は身体にたたき込まれたはずじゃし、合間を見て斬魄刀と対話をさせたりはしておるのじゃが……」

 

 うーん……卍解修行を優先させるべきか、それとも地力を向上させるべきか……悩ましいところよね……

 

「……ところで藍俚(あいり)。これはどういうつもりじゃ?」

「え、見てわかりませんか? 大丈夫です、これ伸縮性抜群ですから」

「そういうことを聞いておるのではない!!」

 

 考えながら夜一さんに首輪を付けていたんですが、どうやらお気に召さなかったようで。

 何が悪かったんでしょうか……?

 デザイン?

 色?

 それとも「二番隊副隊長です。拾った方は砕蜂までご連絡を」と首輪に書いてあるのがマズかったのかしら……?

 

「砕蜂に"探してくれ"と頼まれたんですよ。だからです。それとも今すぐ連絡を――」

「まあ、仕方あるまい。邪魔にはならんようじゃし、好きにせい」

 

 納得してくれたようです。

 ではもう一人にも、納得してもらいましょう。

 

「ふー、食った食った。すっげー美味かったぜ! ありがとな湯川さん!」

「いえいえ、お粗末様でした」

 

 お腹いっぱい幸せいっぱい。満足感に満ち溢れた様子の一護です。

 

「ところで黒崎君。美味しそうに食べてくれたところ、とっても言いにくいんだけど……」

「な、なんだよ……?」

「四番隊の食事って、護廷十三隊以外には無料じゃ食べられないのよ……有料になるんだけど……お金、ある?」

 

 深刻そうに切り出した途端、一護の動きが固まりました。

 

「金!? 金なんて持ってねえぞ!!」

「やっぱり、そうよね……じゃあ、身体で払って貰うしかないけど……大丈夫?」

「えっ、かっ、身体ァっ!?」

 

 四つん這いになって顔を近付けながらそう尋ねたところ、何故か一護は顔をピンク色に染めていました。

 




●差し入れ
有料

●もしかしたらの未来
一護「うめええぇっ! けど湯川さんの料理の方が美味かった……か?」
曳舟「あはははは! そりゃアタシの料理は藍俚(あいり)ちゃんに教わったものだからね! どうやら味の勝負じゃまだ敵わなかったみたいだけど、効果の方は段違いだよ!!」
恋次「はああぁっ!? 零番隊に料理を教えるとか、先生って本当に何者なんだよ!?」

(思いついただけなので、実現するかは不明)


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第141話 ご近所へ挨拶に行ったら脅された……

「身体って、こういうことかよ……」

 

 どこかがっかりしたような、げんなりしたような表情で一護が肩を落としています。

 不思議ねぇ……私はただ「身体で払え」と言っただけなのに、一体何を想像したのかしら……?

 正直に言ってごらん? ん? んん?

 

『そりゃあ勿論、ぐへへでござるよ! 藍俚(あいり)殿と二人っきりでマッサージをしてもらうことを夢見る少年の熱い熱いリビドーが全力全開で噴火寸前でござる!!』

 

 あ、そうね。後で軽く筋肉を解してあげましょう。少しくらいは強さの足しになるでしょうから。

 

『それはなんとも! 一護殿の斬月が一気に卍解してしまいそうでござるな!!』

 

 ……それは斬魄刀のことよね? 下世話な意味じゃないわよね?

 

 ということで。

 

 身体で払え――それは勿論"私と手合わせしろ"の意味です。

 一護も少しくらいは強くなったでしょうし、私も少しくらいはね……戦ってみたいじゃない? だから身体で払ってもらうだけだから。

 決して(やま)しい気持ちは一切ありません。

 

「あなたも悪趣味ですねぇ……」

「すみません、一度で良いから言ってみたかったんですよ。身体で払え、って」

 

 卯ノ花隊長にたしなめられちゃいました。

 でも、あなたが私にやった"突然副隊長任命"とか"突然隊長任命"とかに比べればカワイイ物だと思います。

 

「ククク……おい一護、残念だったなぁ……期待が外れたみたいでよ……ぷっ!!」

「っるせーな一角! 別に! 俺は何にも! 期待なんてしてねーし! 全然全く思っちゃいねーし!!」

「こう見えて藍俚(あいり)はとんでもねえ無茶を平気でやるからな。お前も精々殺されないように気をつけろよ」

「マジかよ……」

 

 なんだか凄く酷いことを言われました。

 失礼ね! 私が一角にしたことなんて……定期的に決闘してボコボコにしたり、龍紋鬼灯丸を無理矢理粉々にしたり、アイアンクローしたり……あら?

 

『どうやら至極真っ当な評価をされているようでござる』

 

 ち、ちがうもん! S評価だもん!

 

『ドS評価……?』

 

 ちがうもん!

 

「……んんっ! それじゃあ黒崎君、そろそろ始めても良いかしら?」

「っしゃあ! いつでも来いやコンチクショー!!」

 

 自分の頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直すと、一護は斬月を構えました。

 

「おっ! 始まるみたいですよ隊長、更木副隊長」

「さてさて、あの子は今度は何をやるのやら……」

藍俚(あいり)が何をやるのかは興味があん(ある)な、どれ」

「頑張れあいりーん! やっちゃえー!!」

「現世でも遠目には見ておったが……よもや、また一護を再起不能にしたりせんじゃろうな……?」

「…………うっぷ……」

 

 そして他の方々は見物モードです。

 ……約一名、食欲と空腹具合のバランスを間違えて食べたせいでグロッキーですけど。

 

「じゃあ、行きますね」

 

 と、一言きちんと断りを入れてから――

 

「ッ!!」

「あっ、凄い」

 

 ――瞬歩(しゅんぽ)で一気に背後に回って攻撃をしたのですが、どうやら今回は見事に防げたみたいです。

 

「へっ! そう何度も同じ手でやられてたまっかよ!」

「これが防げるってことは、本当に成長したみたいね」

 

 本当、成長スピードが腹立つ位早いですね。

 

「気付いているとは思うけれど、今のは現世で黒崎君を刺したときと同じ動き、同じ速度での一撃よ」

「やっぱりかよ! 道理で防ぎやすかったはずだぜ!」

 

 あのときの恐怖を思い出したのか、一護が軽く身震いしました。

 

藍俚(あいり)……お主まさか、一護が防げんかったときはまた同じように……」

「いえいえ、流石に今回はしませんって。その証拠にほら、今回は切っ先じゃありませんよ?」

 

 夜一さんは私をなんだと思っているのかしら……?

 軽く指さしてみせれば、そこには柄頭での一撃を斬月で受け止められていました。

 

『確かに刺さりはせぬでしょうが、この一撃は受ければ相当痛そうでござるな……硬い棒で突かれているのとあまり変わらぬでござるから……』

 

「それに怪我しても私が治しますから、何にも問題ないでしょう?」

 

 そう言うと一護が、私に宇宙人でも見るような目を向けてきました。

 

「……なあ、一角」

「どうした?」

「お前の言うこと、本当だったわ。疑ってすまねぇ……」

「だろ?」

 

 それは一体どういう意味かしらねぇ……

 

『完治させる保証があっても、ボコボコにされたい者は少ないということでござりませぬか?』

 

 ああ、なるほど……そう言われればそうだったわ……私ってば散々、卯ノ花隊長に(しつ)けられてきたから……

 もう普通の女の子には戻れない……

 

「うん、とりあえずの実力はわかったわ。ここで一角たちに相手をしてもらっていたのは伊達じゃなかったってことね」

「おい! なんで止めちまうんだよ? この一撃だけで良かったのか?」

 

 斬魄刀を鞘へと納めると、一護が慌てました。

 どうやらこれから血で血を洗い、喉の渇きを相手の血を舐めて癒やすような戦いが始まると思っていたようですが、違います。

 だって私がやりたいのって、それじゃないですし。

 

「戦闘経験を積ませてあげたいって気持ちもあるけれど……どっちかって言うと、黒崎君の霊力に興味があるの」

「は? 俺の霊力……? それ、そんな大層なもんなのか?」

「ええ、勿論」

 

 自分のことは自分では気付かないものだからでしょうか。

 一護がもの凄くとぼけた顔をしています。

 

「どうも黒崎君の霊圧が、現世で感じたときとは少し違うのよね。だから、それが気になっちゃって……さっきの攻撃も、半分くらいは霊圧の違いを再確認するのが目的だったの」

「いや、けどよ。現世ではルキアから貰った死神の力だけだったんだぜ? 湯川さんはそれを感知してたから、今の俺の力と比較して"違う"って感じてるだけじゃねえのか?」

 

 ……ん?

 

「斬月のおっさんも"俺自身の死神の力"を湯川さんが見落としたって言ってたし、それに俺の親父は元死神だって聞かされたぜ? ルキアの力から"俺自身の力"に変化した以上、違ってて当然じゃねえのか?」

 

 ああ、なるほどね。そう理解したわけ。でも違うのよ。

 私が言ってるのは(ホロウ)のことだから。

 

「うん。それもあるんだけど、私が言ってるのはもう少し根本的な部分の話」

「根本的……? って、お、おい! 何すんだよ!?」

 

 一護の顔を軽く掴んで、瞳を――その奥底まで目掛けてじーっと覗き込みます。

 なんだかちょっと一護が照れてますけど、気にしていられません。

 

「ルキアさんの霊圧じゃなくてあなた自身の霊圧だから違うとか、そういう事じゃなくて。死神って大きな枠組みで比較して、霊圧がちょっと違うのよ」

「どういうことだよそりゃ……!? あ! もしかしてあれか、お袋が普通の人間だからか!? 死神と人間のハーフってことなら、違うんじゃねえのか!?」

 

 ……え? お袋……母親、か……そういえばそうね。

 一護の母親って……人間……なのかしら? 絶対何か秘密がある……? いえ、母親は普通の人間だからこそ逆にアルティメットな強さを手に入れる場合もあるし……?

 そういえばこの霊圧、どこかで感じたパターンに似てるのよね……

 (ホロウ)ともまた違う……なんだっけ? えーっと……

 

「それもあるかもしれないわね。でも、私が感じてるのはそういうのじゃないの。だから、ちょっとだけ(きみ)の魂魄に尋ねるわね」

「魂魄!? 俺の!? 何をする気だよ!?」

 

 ……よし! 今は考えない!

 

 私自身の霊圧を、一護の中へとゆっくり浸透させていきます。

 仮面は出さない程度に、ほんの少しだけ(ホロウ)化して、一護の中の(ホロウ)に話しかけてみます。

 出来るかどうかはわからない――というか、多分無理だと思うんですよ。

 でも少しでも、(ホロウ)化の切っ掛けに繋がれば御の字ですから。

 

 なので。

 

 ほらほら、お仲間ですから私。

 私も(ホロウ)化できるんですよ。だからね、もうちょっとだけ。ほんの少しだけで良いんです。

 一護に力を貸してあげてはもらえませんかね? できるだけ万全を期しておきたいんですよ。

 

『拙者もいるでござるよー! 今ならブラン殿もセットで……』

 

 ――なんだ、テメェは……?

 

 ッ!!

 

『んひいいいぃぃっ!? なんでござるかなんでござるか!?』

 

 あれ、今の声って……!!

 

 ――まあ待て、どうやら一護が無意識に受け入れただけのようだ。それに、敵意は感じられぬ。

 

 ――チッ! 甘いぜ、面倒なことにならねえウチにとっとと排除しちまえよ。

 

 ――駄目だ! 一護がそれを望んでおらぬ。少なくとも此奴には、恩義を感じておるようじゃからな……

 

 これ、これって……まさか、一護の中の斬月と(ホロウ)の力……? それが会話してるの!? うわ……あんな方法で出来ちゃうなんて……

 

 ――勘違いするな死神。これはあくまで特例、例外に過ぎぬ。本来ならば、近寄ることすら許されぬのだ。

 

 ――てかやっぱり消そうぜコイツ。なんか、ろくでもねえこと考える気がするんだよ。

 

『あ、あっわあわあわわああわっわあわわ! 駄目でござるな、これは駄目でござる!』

 

 そうね! この二人、普通に話しているだけなのに、その奥で馬鹿みたいに強すぎる霊圧を感じるし……というかもう、強すぎて相手を感じ取るのが希薄になってるくらいだし!

 一護はこんなのと一緒にずっといたってこと!? これだけの力を持ってたの!?

 

 お……お邪魔しました!!

 

 ――待て、死神。

 

 はい! なんでしょうか! なんなりと!!

 

 ――過度な干渉は迷惑だ。この言葉の意味は「分かる」な?

 

 はっ! 誠に申し訳ございませんでした!!

 

 

 

 

 

「…………っ!! はぁ! はぁ!」

「ゆ、湯川さん!? どうした! なにがあったんだよ!?」

「え……ここ……」

 

 よ、よかった……十一番隊の地下だ。戻って来ることが出来た……

 でもアレは夢、とかじゃないわよね……絶対に……

 心底震えるわよあんなの見たら……また呼吸も震えも止まらないし……

 

「俺の霊圧の違い? ってのは何か分かったのか!? いや、何があったんだ……!?」

「そ、それは……」

 

 一護が私を掴みかかって尋ねてきますが……言えるかぁ!!

 

 直前に「余計な干渉は迷惑だ!」って怒られたばっかりなのよこっちは!!

 

『いやぁ……凄い貴重な体験だったでござるなぁ……』

 

 射干玉は何でもうそんなに暢気(のんき)にしていられるのよ……というか、一護になんて言えば良いのよ……!?

 

「わ、私のことはいいから。それよりも黒崎君の方よ」

「お……おう。てか、本当に大丈夫なのか……?」

 

 えーっと……気! 気の利いた何かを……!!

 

「そうね。少し違ったみたい。でも、悪いものじゃないわ。あれは君の力で、絶対に君の味方だから……だから安心して」

「はぁ……? そう、なのか……」

「あとは、そうね……――」

 

 このくらいは、言っても良いわよね。

 

「――難しいかもしれないけれど、もうちょっとで良いから。信じて、優しくしてあげて。私に言えるのは、そんなところね」

「信じて、優しく……ねぇ……? アレをかよ……」

 

 そう呟くと、一護が黙り込んでしまいました。

 難しい顔をしているのは多分、自分の中の斬月や(ホロウ)の力について思考を巡らせているんでしょう。

 

「終わったか、藍俚(あいり)?」

「更木副隊長……ええ、まあ。私が稽古をつけなくても、問題はないでしょうから」

「んじゃ、ちょっと付き合え」

 

 ガシッと――いえ、違うわね。グワッ! って感じで力強く肩を掴まれました。

 

「昨日、ちょいと面白いのを見せられてよ。我慢がそろそろ限界なんだよ」

「更木副隊長……?」

 

 あ、これ駄目なやつだわ。

 

「斬り合おうじゃねえか! なあ!!」

「え……っ!? あ……いえ、そうですね……わかりました……! でも時間制限付きですよ?」

「なんだ、今日はやけに乗り気じゃねえか! 嬉しいぜ!!」

 

 やる気を見せている私の姿に凄く喜んでいるみたいですが、なんてことはありません。

 先ほどの一護の中を覗いたことで、ちょっと危機感を煽られただけです。

 なので、もうちょっとくらいは……と思ったんです。

 

「射干玉……今日はちょっと、本気で行くわよ……?」

 

 私が始解をして戦闘態勢を整えている一方、卯ノ花隊長が一護に話しかけていました。

 

「黒崎さん、この戦いは是非見て、そして目に焼き付けておいて下さい」

「え? 湯川さんと剣八とを……か……?」

「うむ。一護よ、見て学ぶのもまた修行じゃぞ」

 

 周りが何やら好き勝手を言ってますが……でも、間違ってはいないからね。

 見たけりゃ見せてやるわよ!! 御代は結構、穴が空くほど見て帰りなさい!!

 

 

 

 さて……今日はちょっと、気張りますか。

 




●御挨拶
すいませーん、湯川ですけどー
まーだ((ホロウ)化)時間掛かりそうですかねー?

あ、大変失礼しました! 自分、お邪魔でした!

……うん、もうちょっと修行しましょう。

(ちょっと(ホロウ)化の手助けしようとしたら、若い陛下に凄く怒られた)

●御挨拶なんて出来るのかな?
転神体で引っ張り出せるなら、逆に中に入るくらいできるわよ。
こちとら医者よ? 何百年他人に霊圧を注ぎ込んで回復させてると思ってるの?

それに加えて。

「二人には死神・(ホロウ)化という共通点がある」
「一護が滅却師(クインシー)の力(外の霊子を集める能力)で仲立ちした」
と、取って付けたような理由もあります。
(仲立ちは「霊圧の調査」と聞いていたので一護が無意識で受け入れていた)
この程度の「それっぽい理由付け」があればいいんですよ。


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第142話 これ、差し入れです! 大丈夫ですよ、今回は無料です!!

 夕べは結局、日が沈むまで剣八と斬り合いをする羽目になりました。

 それどころか興が乗った卯ノ花隊長まで参戦しました。一角も殴り込んで来ました。三つ巴ならぬ四つ巴で、全身ボロボロにされました。

 

 全部終わって帰る時、一護が「違いが凄すぎてよく分からなかった。けど、見て損はなかった」と言ってくれました。

 いやいや、あなた……何を言ってるのよ……?

 アレ(一護の中)を見た身からすれば、私なんて雑魚も良いところでしょう?

 というか見たからこそ、こっちも危機感を煽られるんですよ。逆に言うと「あれくらい力を持っていないと危険なんじゃ?」って思ってしまって。

 

 でもやっぱり慣れないことはするもんじゃないわね。

 

「うーん……流石に昨日の今日じゃまだちょっとキツいわねぇ……」

 

 昨日と一番違う点は「これは余計なことじゃない、誰だってお腹が減るんだ」と自分に言い聞かせてることくらいですね。

 身体的には正常でも、精神的にはちょっと重く沈んでいるのを感じつつ、昨日に引き続き今日も差し入れのお弁当作りに励んでいます。

 

『過干渉は厳禁でござる!! 身をもって知らされたでござる!! いわゆる"わからせ"でござるよ!!』

 

 何度も言うけどこれは余計なことじゃないから! 食べるのも修行なんだから!

 

「確か、昨日から卍解の修行もするって言ってたから……となると消費も多くなってそうだし、味付けは少し濃いめくらいが良いわよね……じゃあ……――」

「あの先生!」

 

 おむすびを握っていたときに、声を掛けられました。

 あら? この声は……

 

「ボ、ボクもお手伝いさせて下さい!」

 

 振り返ればそこには、予想通り吉良君がいました。

 どうやら手伝う気が満々らしく、すでにエプロンと三角巾を付けて準備万全の姿です。

 

 でもこの子、今日は確か休憩日の予定のはずだったんだけど……休まないで平気?

 

「手伝ってくれるのは嬉しいけど……でもいいの? これを誰が食べるのか、想像は付いているんでしょう?」

「……はい。でも、それでもボクは……どうか……」

 

 なんでそんなに必死になってるのかしら? やることはただの料理なのよ? 四番隊の炊事業務と変わらないのよ?

 

「そう、ありがとね吉良君。それじゃあまず、野菜の下ごしらえからお願いしていいかしら?」

「わかりました!」

 

 そう言うと彼は、近くにあった包丁を手に取りました。

 本当、やる気満々ねぇ……

 

「量が多いけど気をつけてね。特に大きさは、揃えるように注意して」

「はい!」

「あと手は切らないように注意してね。でも切ったらちゃんと言って、処置するから」

 

 こうやって吉良君に指導するのって、なんだか懐かしいですねぇ……

 この子は――桃もそうでしたけど――優秀ですぐに席官まで上がっちゃって、お料理とかお裁縫とかはあんまり経験しなかったんですよ。

 だからでしょうかね? 手つきがどこか危なっかしく感じます。

 

「……あ、それは逆に大きさを不均一にするの。そうすると食感が変わって面白いのよ」

「え、そうなんですか?」

「単調にならないように、ちょっとだけ……ね?」

 

 時折そんな会話をしつつ、料理は進んでいきます。

 昨日の彼らの食べっぷりを見たときも思いましたが、今日は昨日より大量に作る予定だったので、正直に言ってお手伝いが増えるのは嬉しいです。

 

「あ、そういえば吉良君。阿散井君の話って聞いた?」

「え……いえ、多分聞いてないと思いますけど……何の話ですか?」

「阿散井君がルキアさんに告白したって話」

「……え!?」

 

 ――ざくっ!

 

 いえ、実際にはそんな音はしませんが。動揺したんでしょうね。

 そんな音が鳴ったと錯覚するくらい、吉良君は思い切り手を切っていました。

 

「ああああぁぁぁっ!!」

「あーもう! だから気をつけてって言ったのに! ほら、貸して」

 

 うわ、結構ざっくり行ってる!

 さっと消毒して、治療して、はいおしまい。

 

 マンガだったらこう、切ったところを咥えたり舐めたりするシーンなんだけどね。こう、指をパクッとやって「んむっ」とか小さく喘いで、相手が顔を真っ赤にしたりするのが王道なんだろうけどね。

 

『ヒロインムーブでござるな! やはりここは絵的にも指をぺろぺろするべきでござるよ!! いや、ですが吉良殿からすれば藍俚(あいり)殿をぺろぺろしたいのでは……!?』

 

 それ、もう完全に違う意味になってるわよね?

 

 だって回道で治せちゃうから舐める必要が無いのよ。

 それに自分で舐めるならまだしも、他人が舐めるのはちょっと……立場的にも変な細菌を感染させるような真似は出来ません。

 

『それが許されるのは布団の中だけ……』

 

 お黙んなさい!

 

「あ……先生、ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 傷口の処置も終わったので、料理を再開します。

 そして、先ほど一瞬だけ赤く染まってしまった阿散井君とルキアさんのことについて、続きを話してあげました。

 とは言っても簡単に馴れ初めを説明しただけなんですけどね。

 

「そうですか……阿散井君が」

「だから、なんとかしてあげたいのよね。二人は吉良君とも同期だし、できるだけ協力してあげてね」

「……はい」

 

 そういえば藍染は、何かを仕掛けてくるんでしょうか?

 今の所は小康状態ですが、これが長く続くのもそれはそれで相手にとっては面白くなさそうですし……

 昨日は丸一日なんにも動きがなかったわけですが、これは逆に「嵐の前の静けさ」や「何かを仕掛けるための準備段階」のようにも取れるわけです。

 

 うーん……考えられることがあるとすれば……

 あ! 危ない危ない、魚を蒸しすぎてパサパサにしちゃうところだったわ。

 料理中に余計なことを考えるのは駄目ね。

 一通り終わってからにしましょう。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あいりんのお料理が二日続けて……! しあわせー!!」

「ええい! 食事は行儀良く、しっかり味わって食べろ! まったく美しくない!!」

 

 昨日に引き続いて今日もお弁当を差し入れに十一番隊まで来ました。

 昨日に引き続いてなので、もう向こうは勝手が分かってると言いますか……差し入れに顔を出した瞬間、草鹿三席が重箱を強奪して食べ始めました。

 それはもう凄い動きでしたよ。気がついたら取られてましたから。

 

 そんな草鹿三席に苛立ちをぶつけているのは、綾瀬川五席です。

 昨日はいなかったんですけど、今日は顔を出していますね。一角もいれば隊長副隊長もいるわけですから、考えてみればいても不思議ではないです。

 

「なんの騒ぎだ……? おっ、今日もかよ! ありがてぇ……って勝手に食うな草鹿! 俺も食う!!」

「儂も貰うぞ! いい加減、腹が減っておったんじゃ!」

「ごはん……隊長の、ごはん……」

「湯川さんの料理か……また今日も有料とか言わないよな?」

 

 なんともまあ……欠食児童(はらぺこ)の集まりみたいな光景になってるわね……

 

『ですがこうも歓迎されると、やはり作り手側は悪い気はせんでござるなぁ!!』

 

 卯ノ花隊長たちも集まって昼食休憩(ランチタイム)となりました。

 

「今日はもう有料とかケチなことは言わないから、ほら黒崎君も思う存分食べてね」

「本当だよな? 信じて良いんだよな?」

 

 一護に疑われています。もう昨日みたいなことしないってば。

 

「お口に合うかしら?」

「色々と思うところはあるが、料理の腕前は美しいと認めている」

「そ、そうなの……? ありがとう……」

 

 綾瀬川五席に面と向かって褒められたのって初めてかもしれないわね。

 

「今日は一段と量がありますね」

「もう少し辛い物が欲しいんだが、ねえのか藍俚(あいり)?」

「ごめんね。一応、黒崎君が好きそうなのを中心にしてるから。それと昨日の食べっぷりから、もっと量が多くても平気だと思って。吉良君にも手伝ってもらいました」

「あ……どうも……」

 

 今日は量が多かったので吉良君も一緒に十一番隊まで運んでくれました。お料理の手伝いも込めて、あとで何かお礼をしないと駄目よね。

 あんまり絡まない人たちが多いせいか、吉良君ってば今日は一段と大人しいわね。

 

「あいりんのお料理がお腹いっぱい、まだ食べられる! キミもありがとうね!」

「いえ、そんな……」

 

 吉良君が草鹿三席に完全に圧倒されてます。

 

「吉良君もお腹減ったでしょ? 一緒に食べましょう?」

 

 ほら、山田七席なんて物も言わずに食べてるわよ。

 

『昨日のゾンビ状態が健康的と思えるような憔悴っぷりでござるな……花太郎殿はここで限界まで詰め込まないと明日が拝めないと無意識に悟っているようでござる……』

 

 さ、流石に交代させた方がいいかしら?

 

 

 

 

 

「そういえば、黒崎君の成長度合いはどうですか?」

「昨日、少し手を合わせたが……まあまあだな」

 

 なんとなく聞いてみたところ、更木副隊長が返事をしてくれました。

 ……え!?

 

「更木副隊長と戦ったの!?」

「ああ……手加減されてるのが丸わかりだったのに、それでもまるで歯が立たなかったぜ……生きた心地がしなかった……」

 

 その時の様子を思い出したんでしょうね。一護が身震いしています。

 

「そういえば、私も少しだけですが手合わせしました」

 

 ……は? マジで? 卯ノ花隊長とも?

 

「く、黒崎君……大丈夫だったの……?」

「…………あぁ」

 

 へ、返事がない……目が死んでる……更木副隊長の時にはまだ恐怖があったのに……

 吉良君まで「え、何コイツ……? マジで二人と戦ったの……?」って顔してる。

 

「まさか、綾瀬川五席も黒崎君の相手を?」

「……ふっ」

「カッコつけてんなよ」

 

 あ、もういいです。一角のその言葉でなんとなくわかったから。

 直接斬り合いするタイプじゃないからねぇ……始解すればまた話は違うんでしょうけど。

 

「ところで夜一さん……隊長たちとの戦い、止めなかったんですか? まだ時期尚早だと思うんですけど……」

「斬魄刀ではなく、木刀だったのでな。死ぬことはなかろうと思っていたのじゃが……」

 

 木刀……ああ! 更木隊長時代から愛用していた"硬くて壊れない木刀"ですね。私もあれでよくぶっ叩かれました。凄く痛かったです。

 確かに、死ぬことはないですけど……見誤りましたね?

 

「ば、卍解修行の方は……?」

「少々特殊な方法を用いて、昨日から行っておる。じゃが、芳しいとは言えぬな」

 

 特殊な方法? 具象化と屈服の手助けになる便利アイテムの――転神体とかいう道具を使ってるんですかね?

 でも確かそれって、日数に期限があったような……

 

 どっちにしても、一護の身体はボロボロよね。仕方ない、もう一肌脱ぎますか。

 

「黒崎君、ちょっといい?」

「あん? どうしたんだ湯川さ……――って、うおおっ!?」

 

 一護が驚きの声を上げました。

 何もそこまで驚かなくてもいいでしょう?

 

「ななな何してんだよ!?」

「何って、診察よ。どうも少し念入りにしておいた方が良さそうだから」

 

 直接肌を見たいからちょっと着ている服を脱がせただけなのに、大袈裟よね。

 どれどれ……? と、そのまま顔を胸元に埋めるくらい近付けながら傷や筋肉・骨の具合などを入念にチェックしていきます。

 

 こんなことなら、診察用の道具も持ってくればよかったわ。

 診察の間、一護は大人しくしててくれました。ただ、無駄に全身に力を入れているのは止めて欲しいなぁ……

 んー……ここも治療、こっちもね。あら? ここなんて、応急処置程度じゃない。

 

「おおう……そ、そうだ湯川さん! 井上たちはどうしてる!?」

 

 治療中の無言に耐えかねたのか、必死でそんなことを聞いてきました。

 

「織姫さんたち? 名目上は旅禍だから牢には入れているけれど、それ以外は可能な限り不自由のないように気を遣ってるわ」

「そっか……ってことは、あいつらも修行してんのか?」

 

 ……そうか。そうよね。

 織姫さんたちも鍛えていいのよね。どうも「一護だけが滅茶苦茶修行する」って固定観念に囚われすぎていたわね。

 

「あ、でも石田君は……」

「石田が!? アイツ、どうかしたのか!?」

「ええ、実は……」

 

 隠しても仕方ないので、霊力が消えたことを伝えました。

 

「……くそっ! 石田のやつ! カッコ付けすぎなんだよ……!!」

 

 あ、一護の霊圧がちょっと上がったわ。

 こんなのでも強くなれるのね……羨ましい……

 

 

 

 

 

 お食事と治療も終わったので、私たちは十一番隊を後にしました。今日は更木副隊長との斬り合いはお休みで、そのまま四番隊に戻る予定です。

 更木副隊長との戦いを連日続けていると隊の業務も回らなくなりそうだし、あと織姫さんたちも少しでも鍛えてあげたいからね。

 なので丁重にお断りしておきました。

 

 ……その分、明日の差し入れに注文を付けられましたけど。

 なんと「甘い物を多めに入れろ」でした。

 

 でもそれを言ったときに一瞬だけ草鹿三席を見ていましたから……優しいですね。

 

「今日は手伝ってくれて、本当にありがとうね吉良君」

「いえ……そんな……そんなことは……」

 

 私が先を、吉良君はその後を着いて来ているので顔は見えません。ですが後ろから聞こえてきたのは沈んだ声のトーンと、歯切れの悪い言葉でした。

 

「あ、そうそう。言わなくても分かってるかも知れないけれど」

 

 なので振り返って直接顔を合わせて、元気づけるように笑顔を浮かべます。

 

「今日のことは秘密ね?」

 

 

 

 

 

「へぇ……一体何が秘密なんだ?」

 

 吉良君の隣には、日番谷隊長がいました。

 




●織姫たちの修行をするなら
石田:今は霊力消えてるから無理。やる必要がない。
茶渡:拳からビームを放つ関係上、広くて堅固な場所が必要そう。
織姫:盾と治療だけなら狭くても平気。むしろヒーラーは何人いてもいい。

……よし、織姫につきっきりで修行できる。

●133cmと185cm(某隊長と某隊長の身長)
??「声はすれども姿は見えず……あ、下にいたのね」
???「テメェ……いい度胸だ……」


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第143話 容疑者が一番何も知らない

「日番谷隊長……? 何か御用でしょうか?」

「用があるからここにいるんだよ」

 

 やだ……すっごいぶっきらぼうな態度……嫌われるわよそういうの。

 

『虫の居所が悪いようでござるな』

 

 そりゃ私は"隊長としては"新人だけどさぁ……日番谷隊長に確実勝ってる所なんて"背の高さ"と"年齢"くらいよ?

 

『そういう所ではござりませぬか?』

 

 全然まったく、ちっともさっぱり身に覚えがないんだけど……? 面と向かって「今の四割増しくらい背が高く(186cmくらいに)なって私の背丈を追い抜いてから来いよチビ」なんて、言った覚えないわよ?

 

『それ本人相手に面と向かって言えたら一周回って尊敬するレベルでござるよ』

 

 とりあえず誤解は解いておきましょうか。

 

「日番谷隊長、何を怒っているのかは知りませんが――」

「動くな!」

「――ッ! 急に何を?」

「黙ってろ。お前は口を開く権利はねえんだよ」

 

 あらやだ!

 剣を突きつけられたかと思えば、辛辣なセリフまで。なんて強い拒絶なのかしら。

 

『仲間に剣を向けられれば、藍俚(あいり)殿とて心にクる(・・)ものがありましたか』

 

 仲間……? ……あっ、そ、そうね仲間……そーよそーよ日番谷隊長も立派な仲間! みんな地球の仲間たち!

 

『仲間意識うっすいでござるなぁ!!』

 

 薄くないから! 今は織姫さんのことで頭がいっぱいなだけだから!!

 

「おい吉良」

「…………」

 

 呼びかけられたのに、吉良君ってば俯いたままね。

 

「吉良ッ!!」

「ッ!? は、はいっ!!」

「ったく、しっかりしろよ……んで、どうだった(・・・・・)?」

 

 吉良君の煮え切らないような態度に業を煮やしつつも、日番谷隊長が尋ねます。

 

「……それは……日番谷隊長の言った通りでした」

「やっぱりか……これで確定したな」

 

 確定? そりゃまた……

 

『状況と合わせて猛烈に嫌な予感しかしねぇ言葉でござるよ!!』

 

「一体何のことでしょうか?」

「黙れっ!!」

 

 あら危ない。

 日番谷隊長が斬りかかってきました。ですがこのくらいなら、避けるのは簡単です。下手すれば今の一護の方が攻撃は鋭いでしょうね。

 

「ととと……いきなり斬りかかるなんて、どういう了見ですか? 事と次第によっては上に報告を――」

「上に報告だと!? 今のお前にそんな権利があると思ってんのか!!」

 

 続く二刀目の斬り払いも、距離を少し取って躱します。

 でも今の言葉、ちょっと聞き逃せませんね。

 

「――……どういう意味ですか?」

「ネタはもうあがってんだよ!」

 

 あ、駄目だわ。話を聞いてくれない。

 三度目の刺突を横に動いて捌きつつ、相手の腕を掴んで止めます。

 

「どういう理由かは知りませんが、誤解です」

「まだ言うか! だったら教えてやるよ!!」

 

 物理的な距離は近くなったのに、心の距離は離れたままですね。

 もの凄く怒った目で私をにらみつけてきています。

 

 それはそれとして、一体何を教えてくれるのかしら?

 

「テメエが浦原と組んで、この事件を裏で操ってるんだろうが!!」

「……え?」

 

 なにそれ知らない。

 あまりに予想外な返答を聞いて思わず力を少し緩めてしまい、その隙に日番谷隊長に逃げられました。

 

「俺は当事者じゃねえからよくは知らねえ。だが浦原喜助って奴は百年ほど前にとんでもねえ罪を犯したそうじゃねえか」

 

 魂魄消失事件に端を発したあの事件ね。

 結局、浦原が(ホロウ)化の研究をしていたのが原因で起きた――と公的にはそうなっている(・・・・・・・)だけで、実際は藍染が罪を全部被せたんだけど。

 

「だが四十六室の判決を受けた直後、何者かの手引きで姿を消した」

 

 夜一さんが議事堂に乗り込んで奪還したのよね。

 

「その後、浦原喜助の居場所は知れぬままだった」

 

 現世に逃げたからね。そりゃ尸魂界(ソウルソサエティ)をどれだけ探しても見つからないわよ。

 

「だが、浦原喜助は判決を不服としていた。テメエの研究を邪魔されたことを恨み、現世へ逃げ延びて牙を研ぎつつ、復讐の機会を窺っていたんだ」

 

 おっと!

 一気に雲行きが怪しくなったわね!!

 

「あるとき浦原喜助は朽木ルキアが双極で処刑されると知り、それを利用して尸魂界(ソウルソサエティ)全土を滅ぼすことで復讐を成し遂げると決めた」

 

 やだ、とんでもなく物騒なことを考えていたのね。

 全然知らなかったわ。

 

「その協力者がテメエだ! 湯川藍俚(あいり)!!」

「……え?」

 

 なにそれ知らない。

 

「浦原と縁を持っていたテメエは密かに連絡を取り合い、尸魂界(ソウルソサエティ)側の情報を流し続け、復讐に協力していたんだろ!?」

「ちょ、ちょっと待って! 違うわよ!」

「とぼけるな!」

 

 まったくとぼけてないわよ!

 

「隊の垣根を越えて、多数の隊長・副隊長の信頼を得ていること!」

 

 それ、何が悪いの……?

 

「霊術院の講師に就き、多数の新人隊士をその支配下に置いたこと!」

 

 それって卯ノ花隊長が突然持ってきた話なんだけど……? 私は一言も「教師になって年下をたぶらかしたい」なんて言ってないわよ!?

 あ、でも確かに、舐めた態度を取る新人をシメて上下関係をたたき込むのが目的だったから、支配下に置いたと言えなくもないわね……

 

「四大貴族の朽木家と元大貴族の志波家に近づき、多大な恩を売ってその信頼を得たこと!」

 

 朽木家も志波家も夜一さんが紹介してくれたんだけど?

 

「浦原と友好関係にあった四楓院夜一ともテメエは通じていた!! おおかた、他の大貴族へ取りなして貰うために近づいたってところか!?」

 

 それは探蜂さんの命を救ったのが発端で、そこから夜一さんと知り合ったんだけど?

 夜一さんに退院祝いで呼ばれたから知り合いになったんだけど!?

 夜一さんと知り合ってから、浦原とも知り合ったんだけど!?

 

 順番滅茶苦茶よ!!

 ちゃんと調査して裏取ってから発言してる? これが推理モノだったら今頃「シロちゃん(爆)」って言われてる頃よ?

 

「これらは全て、浦原喜助の復讐のための下準備なんだろうが!!」

 

 何故かしら、すっごい頭が痛くなってきたわ……もう今日は寝たい……

 

 でも見ててすっごく面白いのも事実なのよね。だからもう少し黙って聞いていようかしら?

 

「朽木ルキア捕縛の任を引き受けたのは、現世に直接赴いて浦原喜助から復讐計画に必要な何かを受け取るためにだ……詳細な予定が書かれた計画書か、この事態に対応するための秘密兵器でも受け取ったか? 隊長格が現世に行くなんざ、そうそうあることじゃねえからな。元教師の立場を利用したってわけだ!」

 

 いえ、白哉に泣いて頼まれたからです。

 

「その後お前は計画に従い、死神としての立場から状況をコントロールしていた……旅禍たちが現れたあの日にテメエが進言した体制、あれも自分で便利に状況をコントロールするための策なんだろ?」

 

 藍染にフリーハンドを与えるのは面倒なことになりそうだし、どーせそろそろ抜けるんだから監視付きで使い潰してやろうと思っただけですよ?

 

「けど残念だったな! 四十六室は"狙いは双極にある"と気付き、処刑の一時保留を命じた! 同時に一時保留を公布することで、今までとは違った動きを見せるマヌケを炙り出す目的もあったってわけだ」

 

 マヌケって誰のこと……あ、私のことか。

 

 でもなるほどね、そういう理由もあったんだ。

 藍染が「処刑はとりあえず保留!」って我が儘を言って、仕事量を減らしたかったわけじゃなかったんだ。

 

処刑が延期になったのを知った回(138話)の更新時期が正月頃でしたので、てっきり藍染殿も正月休みを取りたかったとばっかり思っていたでござるよ』

 

 メタ過ぎるツッコミはちょっと……

 

「旅禍たちは浦原喜助の復讐に巻き込むために間違った情報を吹き込まれた人間……真実に気付かせねえために、四番隊と十一番隊という古巣に閉じ込めている。四楓院夜一もおそらくは同じ……いや、元十二番隊の隊長なんだ。百年前の時点で洗脳して操っている可能性もあるが、まあそこまでは知らねえがよ」

 

 夜一さんと一護たちは、浦原に都合の良い嘘を吹き込まれただけ。

 善意の第三者として見ているわけね。

 でもその場合、一護たちはどんなとんでもない嘘を言われたのかしら……? 気になるわねぇ……

 

「旅禍の一部は居場所が分からなかったが、マヌケが動いたおかげで目星はついた! さっきの吉良の証言のおかげで確証が持てたぜ! お前こそが裏切り者、獅子身中の虫だってことがな!! どうした! 何か言って見ろ!?」

 

 えーと……コメンテーターの射干玉さん、ご感想をどうぞ。

 

『コントとして見ればなかなか楽しかったでござるよ。そんなことよりおなかがすいたでござる。おうどん食べたいでござる。いや、かき氷の方がいいな。だからとっとと氷輪丸殿を働かせるでござるよ!!』

 

 うん、そうね……そうね……えーと、そうね……その、そうね。そうよね……

 

「じゃあ、言わせて貰うわ。確かに当時、私は浦原喜助とは知り合いだったけれど。彼が姿を消してからどうやって連絡を取り合っていたっていうの?」

「はっ!」

 

 思いっきり鼻で笑われたわ。

 

「テメエは浦原喜助本人から"なんとか"って小屋を貰ってるそうじゃねえか! あれでいつでも連絡が取れるように仕込んでるんだろうが! それも周りから気付かれずによ!! その小屋で連絡を取り合い、浦原喜助に尸魂界(ソウルソサエティ)の情報を流していた! 浦原喜助が朽木ルキアが極刑となり双極を使う事を知ったのもそこでだ!」

 

 なんとか……? ……ああ! 霊圧遮断部屋のことね!!

 あの中ならちょっとやそっとじゃ中で何が起きているか分からないし、秘密裏に連絡を取り合えるって考えられなくもないわね。

 

「あれには連絡装置なんてありません! 調べていただいても結構です!」

「どーだか……どうせもう連絡を取り合う必要はねえんだ。いつ調べられても良いように、とっくに壊してんだろうが?」

 

 あ、駄目だわこの子。

 もう端っから疑って掛かってるもの。これじゃ何言っても信じてくれないわね。

 仕方がない……こういう場合は、ちょっと矛先を変えてみましょう。

 

「……吉良君も、私のことを疑っていたの?」

「っ!!」

 

 ここで名前を呼ばれると思ってなかったんでしょうね。

 もの凄い「ドキッ!!」とした反応を見せてくれたわ。顔も真っ青になっている。

 

「あ……あの……先生、僕は……僕は……」

「当然だろうが! だからこそ吉良は今日、お前に従った! 自分の目で、決定的な証拠を確認するためにな!!」

 

 割って入ってくるな! こっちは四番隊同士で話をしてるのよ!!

 そういうのは身長が五尺六寸(170cm)を超えてからにしなさい!!

 

『そういうことを言うと炎上するでござるよ?』

 

 なんで?

 桃の身長が五尺(151cm)で、男女の身長差としては五寸(15cm)くらいが理想ってよく言うでしょう?

 だからちょっとオマケして五尺六寸(170cm)くらいの身長なら、二人が並んでも格好がつくだろうって思っただけよ?

 

『日番谷殿は四尺四寸(133cm)なので、五寸(15cm)くらいの差は既にありますな! 男の方が低いでござるが些細な違いなので何も問題なし!! 現在の世相を慮っておくでござるよ!!』

 

 あ、そう言われればそうね。じゃあ割って入ってきてよし!

 

「吉良、俺はお前に感謝してんだ……おかげで、雛森と藍染を利用していた奴をこの手で討てるんだからな!!」

「なっ……!! 日番谷隊長!! それじゃあ約束が……!!」

霜天(そうてん)()せ、氷輪丸(ひょうりんまる)!!」

 

 約束? 吉良君が何やら止めようとしていますが、日番谷――もうこれ、日番谷って呼び捨てでいいわよね? コレに隊長を付けるの馬鹿馬鹿しくなってきたから――は始解して襲いかかって来ました。

 冷気を纏った刀身が私を刺し貫かんと放たれます。

 

「なんで、どうして!? 藍染隊長はともかく、雛森さ――桃まで利用していたことになるの!?」

 

 藍染は分かるんですよ。

 話の中にも出てきましたし、なんだったら今までの流れから「私が"今コイツ手薄だぞ"と絶好の殺害タイミングで指示を出した」みたいに想像できるのは当然でしょうから。

 でも桃は!?

 今までの説明の中で、桃の"も"の字も出てこなかったわよ!?

 

「裏切り者が! 雛森のことを! その名前で呼ぶんじゃねえええぇぇっっ!!」

 

 今までで一番激昂しながら斬りかかってきました。おかげで大振りすぎて隙だらけ。

 右へ左へ力任せに振り回される斬魄刀なんて、楽々避けられます。

 

「テメエは! こんな! つまらねえ復讐計画のために! 大勢の死神を利用した! 霊術院時代! 雛森に目を付けて! 引き込んだのも! お前の計画の一部なんだろうが!!」

 

 あーあー、まったくもう……

 大声で怒鳴りながら刀を振り回すから……あっという間に息が切れてるじゃない……

 

 それに私は桃に「四番隊においで」とか言った覚えないわよ? そりゃ、繋がりは欲しいとは思ったけれど、どっちかって言うと向こうから寄ってきたし……

 というか卯ノ花隊長が引っ張り込んだのよ……

 

 でもこれが、日番谷の本音よね。

 桃を利用するんじゃねえ! って気持ちが最初にあって、そこから理由が組み上がっていった、と。

 

『ついでに雛森殿を"桃"呼びしているのも仲良さそうに見えて苛立ち満点! 怒りで頭が沸騰しまくり大噴火でござるよ!!』

 

 ……うわぁ……なんていうか、日番谷……うわぁ……

 

「くそっ! 剣術じゃあ、長年死神やってるテメエ(ババア)に一日の長があるってわけかよ……!」

 

 あら? 今何か……とんでもない事を言われたような?

 具体的には二、三十発くらい殴っても許されるような言葉を。

 

「吉良! お前も手伝え!!」

 

 あ、勝てないからってついに吉良君まで助っ人に呼んだわ。

 

 ……もうコレのことは"シロちゃん"呼びでも良い気がする……

 




●シロちゃんの言ってたことまとめ
・この事件の黒幕は浦原喜助。目的は100年前の復讐。
・浦原は現世で身を隠しつつ、牙を研ぎ続けながら復讐の機会を狙っていた。
・そんな時に、朽木ルキアが極囚となる(双極で処刑される)と知る。なので双極の力を利用して尸魂界(ソウルソサエティ)を滅ぼそうとしている。

・実は藍俚は浦原とはずっと繋がっていて、連絡を取り合っている。
・藍俚が協力するのは浦原と懇意だったから。その縁で浦原に協力している。
・その昔、浦原に「霊圧遮断部屋」を作って貰ったが、あれが連絡用の道具。霊圧を遮断して外から感知できなくするので、条件にピッタリ。
・浦原がルキアのことを知って双極の利用を画策したのも藍俚が連絡したから。
尸魂界(ソウルソサエティ)側の情報を知らせるための獅子身中の虫の役目)

・藍俚は一護たちが尸魂界(ソウルソサエティ)に来てからの状況を操っている。
・藍俚は各隊の隊長・副隊長と仲が良い。
・藍俚は四大貴族と仲が良い。
(朽木家からは超VIP扱い。四楓院家は夜一と仲が良いし、現在は砕蜂を通して味方に引き込める。凋落しているものの志波家もかなり恩に感じている。
(つまり大貴族の五分の三を味方に引き込んでる))
・(浦原がいなくなってから突然)霊術院の講師を始めたのも、この復讐計画の一部。新人隊士を手駒として取り込みやすくするため。
・これらの立場を築き上げたのは、復讐実行の際に動きやすくするため。だから積極的に他隊と繋ぎを作っていた。

・ルキアを現世へ捕縛に行く役目を代わったのは、現世で浦原と直接連絡を取るため。
・旅禍襲来時、藍染を中心とした体制を進言したのは、自分の権限を使って状況を有利にコントロールするため。

・一護たちは騙されて先兵にされている。夜一さんが動きやすくするための囮。
・用済みになった藍染は夜一さんに暗殺させることで状況をさらに混乱させた。
・その夜一さんと一護たちを庇っているのが、何よりの証拠。
・他部隊へ積極的に赴いて情報交換をしているのも状況をコントロールするため。

・それら陰謀に気付いた四十六室は先手を打ち、ルキアの処刑を一時保留にした。
・あとは証拠を固めて裏切り者を処断すればいい ← シロちゃんが今ココ

藍俚「私、そんな大それたことをやっていたのね……知らなかった!」
射干玉「こりゃまた、希代の大悪人でござるよ!」


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第144話 おねえさんとショタがプロレスごっこする話

「そ、そんな! 先生に手を出すなんて出来ません!!」

 

 日番谷の言葉を、けれども吉良君はきっぱりと断りました。

 

「そもそもここでは先生を捕縛するまでだったはずです! 勝手に処刑をするなんて、許されることじゃない!! 下手をすれば……――」

「うるせえっ!!」

 

 捕縛、ねぇ……まあ普通はそうよね。

 捕まえようとしたら相手が抵抗して暴れたから、こっちも手荒な真似をした。みたいな言い訳が立たないわけじゃないけれど、私は別に抵抗してないから。

 

「そんなもん"湯川が暴れたからコッチも刀を抜いた"とでも報告しときゃいいんだよ!!」

「そんなことできるわけないでしょう!!」

 

 ……シロちゃん!? あなたいつからそんな残念な考えになったの……?

 そもそもあなたは一番最初、説明もせずに斬りかかってきたでしょうが!

 それに引き換え、吉良君のツッコミが正論すぎて偉いわね。後で頭くらいは撫でてあげましょう。

 

「ちっ、役に立たねぇ……おらあああぁぁっ!」

 

 直接戦闘は分が悪いと思ったみたいで、斬魄刀から水と氷の竜を生み出しぶつけようとして来ました。

 凄まじい勢いで襲いかかってくる青い竜の突進ですが、でも多分このくらいなら……

 

「先生っ!?」

「はああっ!!」

 

 竜と激突する瞬間、全身から霊圧を放出してその一撃を受け止めました。

 瞬く間に、芯まで凍えそうな冷気が身体中に襲いかかってきます。しかも受け止めただけでは竜の一撃は止まりません。

 なにしろ水と氷で出来た竜ですから、形状を変化させる位は簡単です。そのまま水の氷の塊のようになって、さらに私を押し潰そうとしてきます。

 

「さすがに、少し冷えるわね」

「……化け物が」

 

 化け物呼ばわりとか、失礼ね!

 青い竜の一撃を正面から全て受け止めただけじゃない! 冷気のせいで死覇装とか髪とかの一部は凍っちゃってるけど、ノーダメージで耐え切っただけじゃないの!!

 まったくもう! 暴れる竜を押さえ込むの、凄く面倒だったのよ!

 

 でも次からはちゃんと避けたい。

 だって、冷え性になっちゃうもん……

 

『かき氷が作れるでござるな!』

 

 氷輪丸が作る氷って、空気中の水分とかが原料でしょう?

 そんなもの食べたらお腹壊すからだーめ。

 煮沸消毒くらいはちゃんとやらないと。

 

 というか、日番谷も良い度胸よね。

 ここ、少し離れたとはいえ十一番隊の隊舎の近くなのよ?

 こんな場所で仕掛けた挙げ句に斬魄刀まで使うなんて、戦いの匂いを嗅ぎつけた剣八が来ても知らないわよ?

 

「まったく、何を考えているのやら……私が押さえ込まなかったら、吉良君や周辺にも被害が出ていたところですよ?」

「……あ! そ、そうか……!」

「テメェ……!」

 

 軽く指摘してあげると、吉良君は「そう言われれば!」とばかりにハッとした表情を。日番谷の方は、とんでもなく冷たい目でこっちを睨んできます。

 おー、こわいこわい。

 

「それと、そろそろ私の番ですよね?」

「な……っ!! うおっ!?」

 

 瞬歩(しゅんぽ)で即座に接近すると、頭部と足下を同時に払って一回転するように崩してやります。ちょうど、おへそを中心にして車輪を回すような感じですね。

 くるりと半回転したところで勢いを失った日番谷は、そのまま地面を舐めることに。

 

「ぐあっ!」

 

 その隙を逃さずに片手を踏みつけて、手にしていた斬魄刀を無理矢理引き剥がします。

 シロちゃんって小さいから、本当に楽で扱いやすくて助かるわ。

 

「ぐ、テメェ……湯川……!」

「いきなり襲いかかられたら、そりゃあ抵抗くらいはしますよ」

 

 ほらほら、踏みつけてる手をグリグリしちゃうぞ♪

 

「うぐ……っ!! く、この……」

 

 痛みで顔を歪ませますが、まあこのくらいはしてもいいよね?

 日番谷も日番谷で必死に腕を伸ばそうとしてますけど、無理無理。

 ちょっと特殊な体重の掛け方をしているからね。実際の体重はともかく、受けてる方は想像よりもずっと重いように感じてるはずよ。

 

「がああ……こ、このデブ女……」

 

 あー、そんなことを言うと……グリッ☆

 

「があああああああああぁぁっ!」

 

 良い声で鳴くわね。

 なんとなく、日番谷の霊術院時代を思い出すわ。

 あのときも私が講師で、下で踏んでるのが生徒だったっけ……懐かしい……

 

「ぐ、お、おらああぁっ!!」

「……っと、危ない危ない」

 

 あら、シロちゃん頑張ったわね。

 空いてるもう片方の手で地面を殴ることで反動をつけて、なんとか踏みつけられてる手を脱出させたわ。

 そのまま斬魄刀を回収――しないで私を攻撃しようとしてる!?

 いやいや、その勇気は買うけど……もう少し冷静になりなさいよ……

 

「はい、残念」

「おぐっ……!!」

 

 今度は両肩を手で押さえつつ、片膝を背中に突き刺して地面に縫い付けます。

 さっきよりも状況が悪くなってるけど、シロちゃん……そろそろギブアップしてもいいのよ?

 

『ショタを地面に磔状態でござるな!! ここから濃厚なおねショタが始まるでござるよ!!』

 

 シロちゃんは、もう私のこと「おねえちゃん」って呼んでくれないの? 残念だなぁ……ちゃんと良い子で「おねえちゃん」って呼んでくれたら、もーっといっぱい、色んな事してあげるつもりだったのに……

 

 具体的にはドラゴン・スクリューとか垂直落下式のDDTとかブレーンバスターとか、いっぱいしてあげちゃう♥

 

『地面の上では痛そうでござるなぁ……』

 

 じゃあ|ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック《S・T・F》ね! ぎゅううううってしてあげる♥

 

「ぐ……吉良! なにしてやがる!! コイツを引き剥がせ!」

「ぼ、僕は……その……」

 

 え、また吉良君頼りなの?

 でもまあ、この状態だとシロちゃんは自力逆転はかなり難しいだろうし。仮に鬼道を唱えようとしたら、その瞬間に頭を叩き付けて妨害するつもりだから。

 正しいといえば正しいんだけど。

 

「捕縛対象が暴れてんだぞ! 何をためらってやがる! お前らも!!」

「でも、でもそれは……」

 

 いやいや、こんなの吉良君じゃなくても「その理屈はおかしい」って思うわよ?

 困惑する吉良君と私の下で悶え苦しむ日番谷の間に緊張が走ります。

 

 ……って、"お前らも"……?

 

「その辺にしとき。いくら隊長かて、他隊の部下にそない無茶なことは言うもんやないで」

「市丸……隊長……」

 

 その均衡を破ったのは、市丸の声でした。

 吉良君は市丸の登場にどこかホッとしたような表情をしています。

 

「それに湯川隊長も。その辺でもう許したってや。じゃないとボクも――ボクらも参加せなあかんから」

 

 ボク()も。

 そういった途端、市丸に続くようにして東仙と狛村隊長が出てきました。

 なるほどね、だから複数形だったわけか。

 

 うーん……というか、この面子は……

 どう考えても、藍染が絡んでますね。

 

 せっかく休みが取れたんだから、一週間くらいバカンスとか行きなさいよ!

 今日はこれから四番隊で、織姫さんと二人っきりで特訓をする予定だったのに!! とろ~り濃厚な個人授業をするはずだったのに!!

 

『い、一応はチャド殿も特訓対象でござるよ……? 消して良いのは霊圧だけ! 存在まで消しちゃ駄目でござる!!』

 

「わかりました。こちらも争うつもりはありませんし」

 

 隊長三人――あ、私の下にもう一人いたわね――隊長四人を相手に大立ち回りをするつもりはありません。

 なので日番谷をとっとと解放しました。

 それにこれだけ人数がいれば、日番谷も暴れ出さないでしょうし。

 

「ところで、狛村隊長たちまで何か御用ですか?」

「それは……」

「いややなぁ、湯川隊長。とっくに想像はついとんのやろ?」

 

 狛村隊長に話しかけたのに、なんで市丸が割って入ってくるんですかね。

 

「そこの日番谷十番隊長さんと同じ理由やね」

「そこの、ちょっと茶色で汚れた日番谷隊長さんと……?」

「……っ!!」

 

 地面に転がったからね。

 ちょっと土の色が付いちゃって、純粋なシロじゃなくなっちゃったわけですよ。

 この例えに日番谷は"イラッ"としたようで私に殺意の籠もった視線を向けてきます。

 

「そのくらいにしておけ、日番谷。湯川も、不必要な挑発は慎め」

 

 あらら、東仙に注意されちゃいました。

 

「湯川隊長は四十六室に呼ばれとるからねぇ……ちょっと喧嘩するくらいならともかく、処断まですると大問題になってまうよ?」

「……チッ。ちょっと痛めつけとく位が、この女には丁度良いんだよ……」

 

 続く市丸の言葉で、日番谷はなんとか怒りを飲み込んだようです。

 でもシロちゃん? そのセリフは負け惜しみを通り越してるわよ。

 

「……まあ、想像はついてましたよ。私を――隊長を捕縛するのに万全を期するためにも、複数の隊長で来た。そんなところでしょう?」

「そういうことやな。日番谷隊長が詰問役。吉良は内偵役。ボクらは、万が一のための戦力として待機しとったんよ」

 

 ……それつまり、日番谷と私のやりとりを全部見ていたわけよね?

 

「だったら、もう少し早く登場しても良かったのでは?」

「いやぁ……日番谷隊長なら自力で突破できると思っとったんやけどなぁ……」

 

 面白がって見てた、と。

 

「東仙隊長? 狛村隊長もですが……」

「そもそも最初に襲いかかったのは日番谷だ。それに斬魄刀も抜かず、相手は素手。痛める様子も見られなかったために、(けん)に回っていただけのこと」

「……すまぬ。東仙らにまだ早いと言われて……」

 

 言い方を変えてますけど、本質は面白がってみてるのと同じじゃないですかそれ?

 そして素直に謝る狛村隊長はちょっとカワイイですね。

 

「日番谷隊長がちょっと先走って暴れたんは問題やったけど、湯川隊長が四十六室に呼ばれとるんは、ほんまの事なんよ……せやから……」

 

 あら、怖い。

 ちょっとだけ、市丸が殺気を放ってきました。

 ここから先は抵抗したら本気で襲いかかるぞ、と言外に語っています。

 どうやら東仙も同じご様子。先ほどから少しだけ体勢を変えており、いつでも戦える準備が整っています。

 日番谷は言うに及ばず。

 

 狛村隊長は……戦う姿勢は見せてないわね。まだ迷ってるのかしら? 私への嫌疑については、理屈はわかるけれど強引すぎるって思ってくれてるのかもね。

 一緒にモフモフした時間で育まれた絆は無駄じゃなかったってことか。

 

 最後に吉良君は――って、うわぁ……何コレ、顔が真っ青になって俯いてる。

 今にも自害しそうなくらい落ち込んでるわよ……

 

 ……あら? 誰かが吉良君に意識を向けているような気配が……

 

「名前、吉良クンやったよね? そんな落ち込んだ顔はせんとき。ボク、キミとは気が合いそうに思うててん。これが終わったら、ゆっくり話し合いでもしようや」

 

 私が気付いたことに相手も気付いたみたいね。

 市丸が吉良君へ親しげに声を掛けてます。

 これは私への牽制と、吉良君をさらに動き難くするのが狙い……かしら?

 

「はぁ……わかりました」

 

 仮に抵抗した場合、間違いなく戦いになるわね。

 市丸と東仙は強いし、そこに日番谷も加わってくる。狛村隊長は……良くて双方不干渉くらいかしら? 

 となると三対一。

 しかもこっちは吉良君を庇う必要まである……流石に勝ち目は薄そう。

 

 それともう一つ、理由があります。

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ず! 何を企んでいるのか、飛び込んで確かめてやるわよ!

 こう見えてもね、しぶとさだけなら自信があるんだから!!

 

『乗るっきゃねぇ! このビッグウェーブに!!』

 

「元々抵抗するつもりもありませんでしたけどね。どうぞ、捕まえて下さい」

 

 私は観念したように両手を差し出しました。

 




●タイトル
お姉さんもいるし、小さい男の子もいる。
プロレスも出てきている。
よって何も偽りはない。

●捕まるルート
キチと出るし、(キョウ)と出る。


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第145話 連行、なう

 ……なう、とかもう古い言い回しよね。誰も使ってないってば。

 

 というわけで現在は絶賛で護送され中です。

 

 何があったかと言いますと――

 

 

 

 

 

 

「失礼」

 

 差し出した両手の手首に、鈍い音を立てながら手錠が嵌められました。

 

「手錠って初めて嵌めたけど、案外重いのね」

 

 私は軽く腕を動かして、手錠の具合を確かめます。

 手錠って初めて掛けられたけど、こんな感じなのね。少し横に引っ張ってみたけど、なかなか硬くて外れなさそう。

 でも拘束プレイみたいでちょっとだけドキドキするわ……

 

「当然です。湯川隊長も、この手錠についてはご存じでしょう?」

 

 そう言ってくるのは、隠密機動の隊員です。

 多分、警邏(けいら)隊か檻理(かんり)隊に所属してるんでしょうね。こういう罪人捕縛みたいな任務はその辺りの隊の管轄ですから。手錠を掛けるときの手慣れた動作からも、その一端が見受けられます。

 

 彼らは、私が降参の意思を示した後で現れた隊員たちです。

 人数は十名ほどですが、状況から推測すると砕蜂に話を通さずに市丸たちだけで無理矢理に引っ張ってきた隊員ってところかしら? 緊急事態だから上への報告を後回し、とか、報告についてはこっちでやっておくから、みたいなことを言って連れてきたんだと思います。

 

「そうね。話としては聞いていたけれど」

 

 そしてこの手錠は罪人を牢へと閉じ込める際に使うものでして、通常の手錠と同じように短い鎖で両手首を結ばれているので自由に動かせないのは勿論、なんと霊圧を封じる効果まであります。

 この効果のおかげで、霊圧の高い犯罪者でも安全に収監させられるわけです。

 だって霊圧を自在に操れたら、そのまま力尽くなり鬼道を使うなりで簡単に脱獄できちゃいますからね。

 尸魂界(ソウルソサエティ)ならではの機能を持った便利な手錠です。

 

 基本的にこの手錠――というか霊圧を封じる機能を持った拘束具――は投獄された者ならば誰でも付けられます。

 織姫さんたちも当然ながら、この霊圧を封じる手錠を……

 

 あっ! いっけなーい!! そんな封印とか全然してなかったわー♪

 私ってば超うっかりさん!

 これじゃあ万が一の時に逃げられても仕方ないわよねー♪ てへりんこ♪

 

 ……うん。

 いざというときには自力で逃げられるし、桃が全面協力してくれそうだから、ある意味あの子たちの安全は問題ないわね。

 

「それと、はい。私の斬魄刀も渡しておきます」

「お預かりします」

「触らないで!」

 

 腰から鞘ごと斬魄刀を引き抜いたところで、隊員の一人が受け取ろうとしました。が、私はそれを強い口調で否定します。

 

「な、なにをっ!?」

「勘違いしないでください、預けないとは言ってません。ただこれは、狛村隊長。あなたにお預けします」

「む……儂に、か……?」

 

 刃物を相手に渡すときのお約束は、刃の方を自分で持って柄の方は相手に向けること。

 なので私もそれに倣い、狛村隊長へと斬魄刀を差し出します。

 

「はい。狛村隊長は、最も義と信に厚い方だと信じていますので」

「むぅ……」

 

 困ったようなうなり声を上げつつも、そう言われて悪い気はしないのでしょうね。

 ゆっくりとではありますが、斬魄刀を受け取ってもらえました。

 

「なんや、酷いなぁ。隠密機動が信用でけへんの?」

「狛村隊長なら最も信用できる、そう思っただけですから」

「ふーん……そうなんか……」

 

 市丸が何やら糸目を意味深に歪めています。

 けどだって、市丸や東仙には渡せないでしょう?

 死神にとって斬魄刀は相棒です。渡すなら信頼出来る相手じゃないと。

 

「それと、隊首羽織も……あ、死覇装も脱いだ方がいいですか?」

「なななななっ!?」

「い、いやいや! 斬魄刀だけで構わぬ! 儂が確かに受け取った! それにもう手枷を付けているのだ! 隊首羽織を脱ぐのも手間であろう!?」

 

 ついでなので纏っている物も脱ごうとすると、周りからもの凄い勢いで止められました。

 それに、そう言われればそうですね。手錠付きじゃ服を脱ぐのも一苦労です。

 一瞬ストリップを見れるのではと期待したような声を上げた隊員の子と、慌てて止めに入った狛村隊長が可愛かったです。 

 

「下品な……」

 

 東仙がボソッと、そんなことを呟いてきましたが……恭順を示すならこのくらいやってもいいでしょう?

 

「なんや、湯川隊長は案外おもろかったんやね」

 

 市丸がまた……って、あら?

 

「それにしても吉良クン、残念やったね。同じ四番隊やのに、狛村隊長の方が信頼されてるんやて」

「…………」

 

 ああっ! また吉良君が落ち込んでる! さっきのがドン底だと思ったのに、まだ二番底があったのね!!

 な、何か声を掛けた方が良いわよね!? でもなんて言えばいいの!?

 

 ――モフモフが気持ちよかったら狛村隊長に渡したの。

 

 いやいや、これじゃ駄目! えーっと……

 

 ――市丸と一緒だと吉良君、凄く信用できなくて。

 

 って、トドメを刺してどうするのよ!! そうじゃない、そうじゃなくて!

 

「では湯川隊長の移送を始めます。本来ならば牢へと収監されるのですが、今回は四十六室からの特命もあり、中央議事堂へと向かいます」

 

 ええっ! もう時間切れ!? もうちょっと時間を! 延長を! アディショナルタイムを!!

 ああっ! 日番谷が「とっとと連れて行け!」みたいな目をしてるわ!!

 

「ま、待って下さい!」

「吉良三席、どうしました?」

「僕も! 移送に僕も参加します!」

 

 あらら。

 突然、大胆なことを言ってきたわね。

 

「し、しかしそれは……!」

「ええやん、行かせたりよ」

「市丸隊長……ですが……」

「吉良クンは自分の所の隊長さんを捕まえるのに協力してん、もう覚悟は出来とるやろ。それに、これが最後かもしれんから。お別れくらいはさせてやり」

 

 うーん……これは、親切心から……なのかしら?

 それとも何か狙いがあって、同行させようとしている??

 くっ! 読めないわね……

 

「わ、分かりました……では移送には、吉良三席も付いて貰います」

 

 

 

 

 

 

 ……――と、こういうことがあったわけですね。

 

 なので、現在は絶賛連行され中です。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 四方どころか六方向を警邏(けいら)隊だか檻理(かんり)隊だかの隊員に囲まれています。無言が重苦しいです。

 

「………………」

 

 そして私の隣では吉良君が、これまた無言です。

 

 もしもここから逃げだそうとすれば必然的に七対一に……いえ、吉良君はもしかしたらもしかするとしても六対一になるわけで。

 しかも手錠で霊圧が封じられているので苦戦は必至です。逃げるとしたら、苦労しそうですね。

 

 何よりも問題なことは、斬魄刀が無いこと。

 つまり、射干玉がいないんです。

 

 うう……寂しいわ……

 でもね、私よりももっともっと寂しい人がいるの。その方の心の声をお聞き下さい。

 

 

 

『射干玉殿おおおおぉぉぉっっ!! なんで、どうしていなくなってしまったでござるか!! 拙者と藍俚(あいり)殿は一心同体! 鉄よりもダイヤモンドよりも硬い、ヌルヌルでネバネバした絆で結ばれていたではござりませぬか!!

 それがたかが、斬魄刀を物理的に手放した程度で!! 離れてしまうなんてあんまりでござるよぉぉぉぉっ!!

 射干玉殿! 拙者は、拙者はずっと射干玉殿のことを何でもできる超イケメンで超美女で超美少女で超美形ショタっ子だと信じていたでござるのに……裏切ったでござるな! 拙者の純粋な気持ちを裏切ったでござるな!!

 こんな超素敵すぎるどこからどう見ても1ミリメートルどころか1フェムトメートルすら誤差が存在しない超完璧な球形ボディ!! こんなの世界中の名だたる芸術家も裸足で逃げ出すでござるよ!

 ああっ、クンカクンカ! スーハースーハー! 射干玉殿の真っ黒ゴムボールボディをクンカクンカしたいでござるぉ! あっ、間違えたでござる! モフモフ、ヌルヌル! べちゃべちゃぁっ!! きゅんきゅんきゅぃっ!!

 ……え? 射干玉殿に拙者の想いが届いてるでござるか……!? ならばもっともーっと聞かせてやるでござるよ!! 心の叫びは心の叫びで答えてやるでござる!!

 拙者は今日!! 伝えたい事があるでござるー!!

 なーにー!?

 三年B組の射干玉さーん! 拙者と一緒に! 黒とブラックを混ぜ合わせてシュバルツをつくりませんかー!!

 ごめんなさーい!!

 しませ――

 ごめんなさーい!!!!』

 

 

 

 はい、お疲れ様。

 

『途中から自分でも何を言ってるのか、ワケが分からなくなったでござる』

 

 いやぁ、これがやりたいが為だけに射干玉はずーっと黙ってたのよね。

 

『斬魄刀を手放した程度で拙者の出番が消えるなどありえませぬな』

 

 まるで落語の"粗忽長屋"みたいなことになってたわね。

 

『拙者アレ、あのネタのわけわかんない感じが大好きでござる!!』

 

 というか下手したら射干玉は、狛村隊長に変なちょっかい掛けてたかもしれないから。それを考えると、今のこの状態はむしろアリよね。

 射干玉と一緒で良かった。他の人に迷惑を掛けなくて良かった。そう、心から思える。

 

『おおおおおっっ!! それはひょっとして愛の告白でござるか!!』

 

 はいはい。いつだって、どんなときだって一緒だからね。

 本当に、頼りにしてるのよ。だから……これからもよろしくね。

 

『あ、藍俚(あいり)殿おおおぉぉぉっ!! 拙者は! 拙者は!!!! もうそっちに完全実体化――』

 

「あの、先生……」

 

 あ、ごめんねちょっと待って。

 吉良君が何か言ってるから。

 

『――あああっ! タイミング! タイミングが悪いでござる!!』

 

「吉良三席、私語は……」

「これは僕の独り言です。だから返事もいりません」

 

 隠密機動の子に注意されたのに、強引に押し通したわね。やるじゃない。

 

「前にも言いましたけど、藍染隊長は僕や日番谷隊長とか、他の隊士の相談によく乗ってくれていたんです。僕のことも本当に……本当に親身になって話を聞いてくれて……」

 

 無言で中央議事堂へと進む道すがら、吉良君は消沈しながらもポツリポツリと喋り始めました。

 

「だから、だからそんな藍染隊長が殺されたと知って日番谷隊長は……感情の制御が上手く出来なくなっているんだと思います。本当に、日番谷隊長は本当に藍染隊長のことを信頼していて……だからあんな、乱暴な手段に走ってしまったんだと……」

「………………」

 

 何か言ってあげたいんだけどね。

 ほら、今の私って捕まってる身だからね。私語は慎んでおくわ。

 

「少なくとも僕は、僕は……先生の事を信じてました。絶対に、そんなことを考えてなんかいないって……そう信じていたからこそ、先生の無実を証明したいって思っていたからこそ……こんな変な疑いを、二度と掛けられないようにするために……って! でも、でも……」

 

 なるほどね。

 吉良君は吉良君で、思うところがあったのね。

 ふむふむ、これは……舞台裏がちょっとだけ見えてきた感じ。

 

「……信頼されなくなっても、当然ですよね……先生から見れば、僕のやったことは裏切りにしか思えないでしょうから……でも、それでも僕は……僕は……」

 

 あっ、さっきの斬魄刀を狛村隊長に預けた時の下りが尾を引いてる! せっかくちょっと顔を上げてくれたのに、また俯いちゃった!

 気にしちゃ駄目! 気にしちゃ駄目だから!!

 

『同じ四番隊なので疑われるかと思って預けるのを躊躇ったとか。他隊の、それも隊長がいたから、関係性の薄い相手に渡すのを優先しただけとか。そういうことを言えれば良かったでござるな』

 

 本当にそうよね! 言いたかったのってそれなのに!

 ああいう場面って意外と焦って言葉が出ないのよ!

 

 ……くっ! やはり何か声を掛けてあげるべきよね。

 たとえ周りから怒られても、殴られてでも言葉は止めない!

 

「吉良君、それは……」

「湯川隊長、私語は慎んで下さい!」

「わかっています! ですけど……!」

「もうすぐ中央議事堂へと到着しますので」

「え……」

 

 ええっ!! もう!? 早いわよ!

 いや、ここまで来るのは長かったんだけど! 時間は確かに掛かったんだけど!

 

「もうじき……到着か……」

 

 それまで下を向いていた吉良君が、不意に天を仰いだわ……

 あ、上を向いたまま腰の斬魄刀に手を掛けた。 

 

「先生……すみません!!」

「えっ!?」

 

 吉良君はそのまま、斬魄刀を一閃させました。

 




粗忽(そこつ)長屋(ながや)(古典落語)
粗忽(うっかり)者が身元不明の行き倒れを見つけ「これは自分の知り合いだ」と言い張って、その知り合いを連れてくる。
知り合いも抜けているので言いくるめられて「これは俺だ! こんな姿で死ぬなんて!!」と信じてしまう。
そんなトンチンカンさが面白いお話。

●相談に乗る藍染
???「雛森がよぉ……ずっと四番隊だ湯川だって言ってて……」
藍染「まあそう気を落とさずに。ささ、飲みなさい」
??「あの、藍染隊長……僕も先生――いえ、湯川隊長のことが……」
藍染「そうなのかい? でも彼女は色々と競争率は高そうだよ(隣をチラ見)」
???「雛森いいいぃぃぃっ」
??「で、でも四番隊に入れたので、脈はあると思うんですよ」
藍染「ふむ、そうだね……なんとか吉良君と湯川隊長が結ばれるように手助けしてあげたいところだけど……」
???「そうだ吉良! お前なんとかして湯川とくっつけ! そうすれば雛森も目を覚ますはずだ!! 隊長命令だ!! 絶対にやれ!!」
??「えええっ!? あ、藍染隊長! どうかお力を! アドバイスを下さい!!」
???「そうだぞ藍染! お前も手助けしてやれ!! 隊長命令だ!!」
藍染「これはまた……困ったなぁ……」

――こんな一幕があった模様

……この記述を本編に落とし込めないから、私は駄目なんですよね。
(ここで説明するんじゃなくて本編中で表現しろよ)


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第146話 休み明けは元気になるから

「これは……?」

 

 吉良君が斬魄刀を一閃させましたが、その狙いは私の手錠――それも両手首の輪を繋ぐ鎖の部分でした。

 元々かなりの腕前を持っている吉良君です。

 彼の手から放たれた刃は鎖などまるで意に介さずに切断してしまいました。

 

「はあっ!」

 

 さらに返す刀が走れば、今度は切っ先が腕輪へ縦の切れ込みを深く入れました。

 このくらい深く切れ目が入れば、壁などに叩き付けるか最悪子供の力でも無理矢理壊して枷を外せるでしょうね。

 しかも手首そのものには全く傷がついてない。

 さすがは吉良君! 良い腕してる!

 

「吉良三席!?」

「一体何を……!!」

「ご自分が何をしているか、おわかりですか!?」

 

 驚くのは周囲をとり囲んでいた隊員の方々です。

 そりゃそうですよね。ちょっと前まで従順だと思っていた相手が独り言を呟いたかと思えば、突然暴れ出して私の手錠を破壊したんですから。

 

『おまっ! 突然何を考えてんだよ!! ってツッコミの一つも入れたくなるでござるよ! 相手はようやく仕事が終わると思ってたんでござるよ!? しかも隊長なんて危険物の移送でござるよ!? 宮仕えの苦労も少しは分かって欲しいでござる!!』

 

「ああ、分かってるさ……自分がどれだけ馬鹿なことをしたのか……」

 

 なんでこんな馬鹿なことをしたのかはともかく緊急事態になったわけで、隊員さんたちは全員抜刀して吉良君を囲みます。

 そんな彼らに対して吉良君もまた平然と斬魄刀を構えつつ叫びました。

 

「先生、逃げて下さい!」

「え……っ!?」

 

 いやそんな、急に逃げろって言われても……信じてくれるのは嬉しいんだけどね

 手枷なんで既に片腕は壊しちゃったし、もう片方は無傷だけど霊圧を操れるようになったからこれなら素手でも破壊できると思うわ。

 だから逃げるのは簡単なんだけど――

 

「吉良君! どうしてこんなことを!?」

「今日、朝から先生と行動を共にして! 先生の話を聞いて! 日番谷隊長のことを見て! 改めて思ったんです! 先生が捕まるのは、絶対に間違っているって! こんな遅い決断ですみません!」

 

 あー……吉良君、ずっと悩んでいたものねぇ……

 それが今になって、駄目な方向に覚悟がガン決まりしちゃったの!? 

 

『あと拙者が思うに、藍俚(あいり)殿が今朝方に"恋次殿が告ったよ"と教えたでござろう? アレが原因でせっかく決めていた覚悟が揺らいでしまったのではござらぬかと……囚われの姫を助けるというのは王道でござるよ!!』

 

 あー、阿散井君の告白。そういえば話をしたわね。

 ……えっ! アレが原因だったの!?

 

『お尻に火が付いたんでござろうなぁ……』

 

 そうなのね……男心は複雑怪奇だわ……

 

『(焦って藍俚(あいり)殿に良いところをみせようとしたんでござろうが……今のこの状況は、冷静に見ればただのマッチポンプでござるよ……)』

 

 射干玉、何か言った?

 

『いやいや、何も。それよりほら、吉良殿が何か言ってるでござるよ?』

 

「せめて、ここは僕が引き受けます! だから先生! 逃げて下さい! 早く!!」

「そんなこと、出来るはずがないでしょう!」

 

 逃げろと叫びつつも、吉良君は周りの隊員たちに斬魄刀を振るっています。

 始解もしないままではあるものの、どうやら実力は吉良君の方が圧倒的に上のようで。

 一合もするかしないかの間に即座に相手の懐まで入り込むと、見事な横薙ぎの一撃を決めました。

 

「応援だ! 応援を呼べ!」

「議事堂も近いのだ! すぐに連絡を……!」

「させない!!」

 

 この場から離れようとする相手を優先的に狙い、一刀で倒していってますね。

 おまけに刃ではなく峰を強く叩き込んで、行動不能にするだけに留めています。相手からすれば、鉄の棒でぶったたかれるか刀で斬られるかの違いでしかないわけですが。

 斬られて出血するよりかはマシよね。

 

 そんな吉良君の大立ち回りを、私は足を止めて眺めていました。

 ……いや、ホント……どうしろっていうのよコレ……? 逃げて、って本人には言われたけれど、ここで見捨てて逃げられないでしょう!

 それに下手に逃げたらどうなるか……

 多分どこかで監視してるんでしょうね、眼鏡をたたき割ってやりたいあの男が。

 

 なので、とりあえずは準備から。まだ残っていたもう片方の手枷を外しておきました。

 え? どうやって……って、当然こう、力尽くで引き千切ってよ? 霊圧を操れるようになればこのくらいはできるもの。

 

 そんなことをしている間に、あっという間に戦いは終わってしまいました。斬魄刀を鞘へと納めながら、吉良君が心配そうにこちらへと寄ってきます。

 

「先生、どうして逃げなかったんですか……!?」

「どうしてって……吉良君を置いていけるワケないでしょう?」

「それは……でも、僕は先生を裏切る様な真似をしたんですよ!! 心配されるような資格は……」

「吉良君がこんな行動をするとは思わなかったけれど、でも私のことを思ってしてくれたんでしょう?」

 

 辺りを確認しつつゆっくりと吉良君に近づいていきます。

 自惚れかもしれないけれど、そろそろアレが来るでしょうからね。

 

 可能性があるとすれば、近くで倒れている隊員たちに化けているってところかしら。

 それとも、この吉良君が既にすり替わっている? いえ、それはあり得ないわね。さっきの戦いは見ていたから、すり替わっていたなら気付くはず……

 流石に今日の最初から入れ替わっていたらお手上げだけど。

 

「そうだねぇ……私としても、君のこの行動は想定外だったかな?」

「ッ!!」

「え……っ! そんな……この、声は……」

 

 不意に聞こえてきた声色に、私も吉良君も思わず身構えます。

 そっかぁ……そう来たかぁ……

 

 私が相手なら、小細工も必要ないってことかしらね。

 

「久しぶりだね、湯川隊長。吉良三席」

「藍染……隊長……どうして……!?」

 

 吉良君が信じられないものを見たような顔を浮かべます。

 

 大物感たっぷりのゆっくりとした動作と余裕タップリ影の黒幕フェイスを浮かべながら、藍染惣右介が登場しました。

 




区切りが良かったのでここで切りました。
ごめんなさい。


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第147話 藍染先生のぱーふぇくと解説教室(抜け漏れと嘘がいっぱい)

「生きて、いたんですか……?」

「おや? 酷いな吉良君は。私の生死については君たち四番隊が"生存の可能性もある"と結論を出したじゃないか。もう忘れたのかい? ねえ、湯川隊長?」

「……ええ」

 

 私は絞り出すように頷きました。

 だって、この"もう善人イケメンの仮面を被るのは終わりだ!"とばかりの不敵な表情に加えて一人称も"私"になってるんですよ!?

 もうこれは藍染が隠す気がない証拠ですね。

 

 それにしても藍染は、どこに隠れていたんでしょうか?

 どこかから出てきたのなら、気づけそうなものですが……ああっ!

 倒れていた隊員の数が一人分足りない!!

 

 え? ということは最初からいたの?

 もの凄い近くでずっと張り付かれて監視されていたってこと……!?

 くっ! 分かっていたとはいえ、こうやって実体験させられるとその恐ろしさを改めて思い知らされるわね……!

 

『しかも、吉良殿に"わざと負ける"というサプライズ演出付きでござるよ! サービス精神旺盛といいますか、演技派と言いますか……かーっ!! これだからイケメンは!! でござる!! 何をしても絵になるでござるなぁ!!』

 

「ですが、藍染隊長……生きていたのならどうして今まで姿を隠していたんですか?」

「それは勿論、君の動向の監視と確認のためだよ。湯川隊長。日番谷隊長が説明しただろう?」

 

 ああ、あのトンデモ理論ですか。

 ……ということは、あの筋書きを考えたのも藍染ってことかしら。

 

「この事件、何か裏で動いている者がいるのではないか? 糸を引いている者がいるのではないか? そう考えた私は、自分そっくりの人形を作り、死を偽装することで自由に動ける立場を手に入れた」

「僕たち全員を欺いて、ですか……!? けれど、どうしてそこまでする必要が!?」

「敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう? 自由に動けるようになってからは、この議事堂に潜みつつ監視と調査を行っていた。ああ、当然だが四十六室の許可は取っているよ。彼らに迷惑を掛けるワケにはいかないからね」

 

 迷惑を掛けない、ねぇ……

 

『相手はもう死んでるから迷惑もクソもないでござるな!!』

 

「だがどうやら、湯川隊長。君は私の説明に不服のようだね。今の話を聞いても"最初っから何も信じていない"と顔に書いてあるよ」

「当然でしょう? 身に覚えが全くないんですから」

「ふふふ……良い声だ。けれど、申し開きは四十六室の前でするといい。さあ、こっちだ。案内してあげよう」

 

 まだその無意味な演技を続けるのね。

 

「だ、駄目だ!」

 

 怪しげに手を差し出してきた藍染から私を守るように、吉良君が立ち塞がりました。

 

「理解しているのかい? 自分が何をやっているのかを?」

「わかっています! それでも、それでも僕は……!!」

 

 叫ぶ吉良君の姿に、藍染は額に手を当てると軽く嘆息しつつ一度天を仰ぎました。

 

「はぁ……唯一想定外だったのは吉良君、(きみ)の存在だよ」

「え……なに、を……?」

「君の性格ならば、湯川隊長を素直に差し出すと思ったが……まさかここまで共に来るとはね。君の打算にはとても驚かされたよ」

「打算……ち、違う僕は……」

 

 打算? 何のことかしら?

 でもなんだかよく分からないけれど、吉良君が藍染の想定を上回ったみたい。凄いわよ! 吉良君ってば!! 流石私の教え子!!

 

藍俚(あいり)殿の教え子ならいっぱいいるでござるよ? それこそ、あの荒巻殿だって教え子でござるが?』

 

「四十六室に引き渡す直前で裏切り、彼女を救出する……か。なかなかどうして、悲劇性と印象をより強くする素敵な演出じゃないか」

「違う!」

 

 あ、打算ってそういうことね。

 

「このような場所で解放すれば、彼女が逃げてもすぐに追いつける。さほど強くもない相手を自ら蹴散らすことで信頼感を得られ、逃避行を共にすることで自然と寄り添えると考えたわけだ」

「違う!!」

「ああ、ひょっとして君がこの計画に協力した時点で、このような青写真が既に頭の中にあったのかな?」

「……ッ!! それは!! あなたが!!」

 

 ちょっと藍染! 流石にそれは言い過ぎ!! 吉良君はそんな子じゃない――いえ、まさか! 逆上させるのが狙い!?

 

「まったく……恋というのは度しがたい。君のような好青年が、このような下劣で低俗な考えを抱いてしまうのだからね。君の相談に乗った自分が馬鹿みたいだよ」

「それ以上! 言うな!!」

「駄目ッ!!」

 

 激昂した吉良君が藍染へ斬りかかろうとしますが、私は彼を掴んで止めます。いえ、止めるだけではなく一気に後ろへと跳躍して距離を取ろうとしました。

 ですが――

 

「三席が隊長に刃を向けたとなれば、それは反逆罪だよ? そしてこれは正当防衛だ」

 

 藍染の刃はそれよりも早く動き、吉良君の身体を深々と切り裂きました。

 

「あ、あああああああああああああっっっっ!?!?」

「落ち着いて! すぐに治すから!! ――ッ!!」

 

 一拍遅れて激痛が走ったのでしょう。吉良君の口から悲鳴が上がりました。

 彼を落ち着かせるべく声を掛けつつ回道を使おうと――

 

「大丈夫だよ。湯川隊長ほどではないが、吉良君も四番隊の優秀な隊士だ。そのくらいの傷なら自力で治療出来るはず。すぐには死なないよ」

 

 ――したところを、藍染の攻撃に邪魔されました。

 しくじりましたね。殺意の籠もった強烈な一撃に、思わず身を引いてしまいました。

 藍染は私と吉良君の間に立ち、こちらを威圧しながら淡々と語ってきます。

 

「なにしろ、そうなるように調整したのだから」

「……二度は言わないわよ。どきなさい」

「断る。何しろこれでようやく、あなたと気兼ねなく話が出来るのだからね」

 

 こちらも殺意をぶつけてみたのですが、藍染はそれをさらりと受け流します。

 そして……え!? 私と話?

 

『なんか藍染殿が変なことを言い出したでござるよ?』

 

「そこの吉良君は痛みで話を聞くどころではない。無粋な隠密機動にも先ほど(とど)めを刺しておいた。誰に憚ることもないだろう?」

 

 トドメを!? ああもうっ! なんで不必要に血を流すのよ!!

 吉良君は……よし! なんとか回道を使い始めた! これなら助かるわね!

 

「なんでこんなことをするの!? さっぱり意味がわからないわ!! 用や話があるなら私だけを素直に呼び出せばいいでしょう!?」

「それをして君が無為無策で来てくれるなら、私だって喜んでそうしたよ。だが君は、そうするタイプではないだろう? 故に、こうでもする必要があった。いや、こうでもしなければ君は素直になってくれない(・・・・・・・)……そうだろう?」

 

 素直になって"くれない"って……?

 

「単刀直入に聞こう。湯川隊長、君はどこまで知っている(・・・・・・・・・)?」

 

 ――!!

 

「おや、表情が少し変化したね。四楓院夜一と接触して何かを聞いたか? それとも、もっと前から気付いていたのかい? たとえば――」

 

 

 

 

 

「――君が、平子真子の部下だった頃の私を"藍染隊長"と呼んだときから、かい?」

 

 

 

 

 

 気付かれてた!! あんな時から!!

 私がうっかり平子隊長の前で「藍染隊長」って口に出しちゃった時の事を!!

 あの後毎回毎回同じボケを続けて必死で笑いのネタにして誤魔化してたのに!!

 

『あー、やっぱりアレは危険だったのでござるな……とはいえあの時点では"疑いの目を向けられた"くらいの危険度だったのでしょうが。ですが"ターゲット・ロック!"されたのは間違いないでござるよ!!』

 

 ああ、もう!!

 アレは百年前の事件の後で「冗談で言ってたのに、本当に藍染隊長になっちゃいましたね」ってしんみりしたシーンを挟んだことで完全に帳消しになったはずでしょう!!

 なんでまだ覚えてるの!! 根に持ってたの!?

 

「まさか、それを聞くのが狙いだったの? そのために日番谷隊長たちを操ってまでこんな面倒なことを!?」

「今度はとぼけるのかい? ああ、でも確かに日番谷隊長には少しだけ悪いことをしたよ。私としては、彼の話を少々聞いて助言(・・)をしていただけなのだが……思った以上に懐かれてしまってね。どうやら"とある人物の目"が"どこかの誰か"に向いているのが、よほど面白くなかったらしい」

 

 とある人物って……桃よね、絶対に。

 彼女の気を引いちゃって、しかも何故か四番隊まで入っちゃって。それが回り回って、こんな面倒な目になったってこと!?

 でも、それだけであんな短絡的な行動を起こすかしら?

 

 ううん、でも藍染は"助言"って言ってた。

 ならそこから言葉巧みに操ってる可能性も加味すべきよね。

 

藍俚(あいり)殿が日番谷殿を甘やかしていれば、もしかしたら結果はまた違っていたかもしれんでござるな』

 

 そんな"たられば"の話をされても困るってば!!

 

「それに"自分だけの特別扱い"というのは、思った以上に効果があるようだ。それは日番谷隊長といえども同じだったようで、驚かされたよ。ただ少し"顔を合わせて"説得しただけなのだけれどね」

 

 顔を合わせて? ……あっ! そういうこと!?

 

『どういうことでござるか?』

 

 多分だけど、藍染は自分が生きていることを明かしたのよ。

 死んだと思っていたハズの相手が実は生きていて、ついでに「君にしか頼めないことなんだ」みたいな殺し文句も添えたんでしょうね。

 

『なるほど、確かに。それなら特別扱いされていると思ってしまって、舞い上がりそうでござるな!』

 

 元々交流をしていたらしいから、そういう下地は十分に出来ていたんでしょうね。

 

「さて、そちらの質問には答えたよ。今度はこちらの番だ。ああ、そうだ。答えにくいなら手助けをしてあげようか?」

「ぐあああああああ!!」

 

 回道に集中していた吉良君の足を、藍染は斬魄刀で刺し貫きました。

 

「吉良君っ!! やめなさい藍染!!」

「ふふ……」

 

 どうやらやるしかないようです。

 藍染を止めるべく飛びかかれば、相手は即座に刃を引き抜き私へと向けます。

 

「そうか、本人の身体に直接尋ねるという手もある。迷うね」

「くっ……!」

 

 切り上げの一撃を身をよじって躱しましたが、相手の攻撃はそれだけでは止まりません。

 切り下ろしから横薙ぎへと変化する斬撃をなんとか見切り、動きに合わせて回避します。

 

 ですが、さすがは藍染。認めたくはないですが、剣の腕も大したものです。

 

『認めたくないものでござるな……』

 

 今はチャチャ入れないで!!

 

「う……っ……」

「おや、集中が途切れたね。何か気になることでもあったかい?」

 

 射干玉のボケにツッコミを入れた瞬間、わずかに避け損ないました。

 頬を薄く切られ、同じく刃から逃れきれなかった頭髪が数本はらりと宙を舞います。

 

 でも集中が途切れたって……まさか、射干玉のことまで気付いてるの?

 

『ええっ!! せ、拙者もついに銀幕デビューでござるか!? 困ったでござるなぁ……』

 

 んなわけないでしょ!

 藍染が一瞬だけ視線を動かしたから、多分吉良君に注意を向けさせようとしているはず。そっちのことよ、多分。

 

『残念、吉良殿のことでござったか……』

 

 あっちはあっちで危険なの! さっさと治さないと命が危ないのに!!

 なのに藍染は邪魔してくるし! そもそも斬魄刀が無いから大変なのよ! 私の戦い方って基本的に武器ありきなんだから!

 

 でも、無いものねだりしてる余裕はないわよね!!

 

「このっ!!」

 

 斬撃に合わせて拳を放ち、(しのぎ)を打ち払いつつ懐まで飛び込みます。

 剣術と比べれば稚拙ですが、これでも白打の心得だってあるんですよ!!

 狙いはその顔面! 一発くらい殴ってやる!!

 

「ほう? 流石だね」

「……くうぅ……惜しい……!」

 

 相手に手で受け止められたわ!

 悔しい!! 絶対に殴ったつもりだったのに!!

 

「けどっ!」

「ぐっ!?」

 

 そこで動きを止めるわけにはいきません。防がれたならそれはそれ! 

 受け止められた体勢はそのまま、倒れ込むようにして肩での一撃を放ちます。

 どうやら意外と有効な手段だったようで、藍染もこれは防ぎきれませんでした。

 

『藍染殿-! 拙者をうけとめてー!! スタイルでござるな!!』

 

 今だけは茶化さないでって言ってるでしょう!?

 

 相手が姿勢を崩したところで、もう片方の手で掌底を放ちます。

 狙うは腹! 衝撃を送り込んで内部から揺らしてやるわよ!! ゲロの一つや二つ、覚悟しなさい!!

 

「せいっ!」

「むっ!!」

 

 嘘でしょう!? 後ろに飛んで逃げられた!!

 当たったけれど、これじゃあほとんどダメージが出ないじゃない!!

 いえそれ以上に間合いが広がったのが問題なのよ!!

 

「怖い怖い、さすがは霊術院で新入生たちを指導していただけのことはある。思わず背筋が震えたよ」

 

 軽口を叩ける程度には余裕を取り戻したみたいね。

 でも実際、これでまた大幅に不利になったわ。

 斬魄刀がないから大幅に戦力はダウン。

 白打は出来るけれど、藍染に何度も通じるかと聞かれたら疑問。

 鬼道なら可能性はあるけれど、下手をすると吉良君を巻き込みかねない。タイミングを要・調整ってところね。

 

 他に何か、戦闘手段になるもの……は……――

 

 

 

 ――あっ!!

 

 

 

 ある……

 

 けれど……

 

 まさか!?

 

 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!?

 

 アレが目的だったの!?

 私にアレを使わせたいために、こんな面倒をしたの!?

 

 いえ、でも確か藍染の目的って……その一つに……じゃあ、まさか……!?

 

 確証はない……でも、多分……間違い、なさそう……

 

「……ああ、なるほど。そういうことだったのね」

「おや、どうしたんだい湯川隊長?」

 

 そういえば藍染は「誰に憚ることもない」って言ってたものね。

 アレの言葉もヒントだった。途中の迂遠な行動も並べ立てた言葉も全部、私を追い詰めるためだったわけか。

 

「ようやくわかりましたよ、あなたの狙いが」

 

 でもまさか、そのためだけにこんな回りくどい方法を取ったなんて……

 私が評価されたと思うべきか、それとも舐められたと思うべきか……

 

 いいわよ! 乗ってやろうじゃない!!

 

「狙い? なんのことかな?」

「吉良君、聞こえる!?」

 

 藍染の言葉を無視して、吉良君へと声を投げかけます。

 

「ちょっと前に君に"今日のことは秘密ね"って言ったでしょう? あれ、今も継続中だから……だからこれ(・・)も、秘密にしてね……はあああぁっ!!」

 

 ――(ホロウ)化。

 左手を顔の前へと翳し、内なる霊圧を身体全体に纏っていけば、それだけで変身は完了です。

 

「ほう……」

 

 藍染が一瞬、満足そうな薄笑いを浮かべたのが仮面の下から見えました。

 

 どうやら私の推測は当たっていたようです。

 




●日番谷と吉良
藍染に行動を操作された子。

●虚化
かなり回りくどいことをした藍染の狙い。
藍俚に「見せて」って言っても絶対に見せてくれない。
周りに人がいたらそもそも絶対に使ってくれない。

なら「周囲に無関係な人間はいない」「人質(吉良)もいる」という「本気を出さざるをえない」状況を作り上げればいい。
(それが現状になります。
 邪魔する相手も気にするような相手もおらず、斬魄刀もない(作中では藍俚が自分から差し出したが、本来は誰かが取り上げる予定だった)ので卍解もない。残るは鬼道ですが、強い鬼道は周囲を巻き込むので使い難い(吉良を巻き込みかねない)
 直接藍俚(あいり)を呼びつけた場合は最悪「付き添いで来ました(剣八二人)」があり得るので、泣く泣くこういう形を取った)


崩玉を手に入れるつもりはあるものの、それはそれ。
行きがけの駄賃として、虚化の力を見たい(データを取って自分の配下と比較したい)
あわよくば、崩玉を使わないで虚化する方法を知りたい。

という考えから。


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第148話 少しぐらいキレてもこれは仕方ないと思う

「あ……ぜん、ぜい(先、生)……」

 

 吉良君の驚いた声が聞こえてきます。

 ごめんね、驚かしちゃって。お詫びにすぐに、コイツの眼鏡は殴って砕くから!

 その後で――

 

「――ちゃんと手当してあげるから、もうちょっとだけ頑張って」

 

 仮面越しとはいえ、優しい言葉を投げかけてあげたおかげでしょうか。吉良君からはどこかホッとしたような気配が漂ってきました。

 

 そしてもう一方。

 

「ほう、その姿……実際に目にするのは初めてだよ」

 

 (ホロウ)の仮面を通してなお、薄笑いを浮かべる藍染の表情はなんとも恐ろしいものがありました。

 目を見開き、狂喜と驚愕の感情を同時に発露させているような、そんな容貌を。

 

「やはり、これが狙いだったわけですか」

「ふふふ……君が聡明で嬉しいね」

「あら? 伊達に霊術院に何度も特別講師としてお呼びしたわけじゃないんですよ? 忘れちゃいました?」

 

 余裕たっぷりの態度を見せる藍染に、こちらも余裕たっぷりの態度で返します。

 

 ――引くな! 臆するな! この場の主導権は私が握れ!

 

 心の中でそう自己暗示を続けながら。

 

「はあああああああっ!!」

「く……ぐっ……!!」

 

 霊圧で強化した拳で思い切り藍染を殴りつけてやりました。

 斬魄刀で受け止められましたけど。

 とはいえ拳と刀で拮抗状態です。(ホロウ)化した甲斐は確実にありました。

 

虚閃(セロ)!!」

「っ!」

 

 そのまま至近距離で虚閃(セロ)を放ちます。

 死神状態ではなく、(ホロウ)化状態の虚閃(セロ)の威力はひと味違いますよ?

 

「ぐ……っ!」

「まだまだっ!」

 

 反応が早いですね、霊圧を鎧代わりに放出されて塞がれました。

 ですがまだですよ! 追撃の拳を喰らいなさい!!

 

「縛道の七十九、九曜縛」

「っ! 虚閃(セロ)!!」

 

 反撃とばかりに藍染が生み出したのは、動きを封じる九つの黒い玉です。

 

『拙者のことでござるか?』

 

 違うから。

 その黒玉へと力一杯虚閃(セロ)を放ち、霊圧の暴力で強引に打ち消しました。

 やはり虚閃(セロ)虚弾(バラ)は瞬間的に放てるのが利点ですね。

 

「ほう……!!」

 

 無理矢理かき消したことに藍染が驚きの声を上げていますね。

 さて、今のうちに――

 

「……むっ」

「よしよし、よく頑張ったわね。もう大丈夫だから」

 

 ああもう! もう気付かれた!

 藍染が一瞬だけ守勢に回った隙を利用して吉良君に近寄り、回道を使ったんですが……ここまで早く気付かれるとは計算外です。

 ほとんど一瞬で気付いているじゃない!!

 でもせっかくのチャンス! せめてこの致命傷までは治しておかないと……!

 

「素晴らしいな。(ホロウ)化の力は何時、どうやって身につけた? 君が同期と共に任務へ行った日かな? それにその練度、その技術。どれほどの時間を掛けて練り上げた? 何より、この状況で私を無視して他人を助けに行くその度胸が素晴らしい」

 

 と思っていましたが、どうやら藍染は追撃してきませんでした。

 おかしいわね? 普通なら絶好の好機のハズなのに……私だって一回二回くらいは斬られるのも覚悟の上だったのに……

 探りを入れてるのかしら?

 

「ごめんね吉良君、この辺が限界。後は自分で頑張れるわよね?」

「はい……」

 

 けど、この時間はありがたいわ。

 なんとかして怪我を――吉良君が自力で回復し続ければなんとかなる程度まで治療したところで手を止め、藍染へと向き直ります。

 

「残念ですが教えてあげません。それに、次は私の番でしたよね?」

「何がかな?」

「次は私が答える番だったじゃないですか。もう忘れましたか?」

「ああ、なるほど。そういえばそうだったね」

 

 仮面の下でくすくすと笑ってみせれば、藍染は微笑で応えてくれました。

 

「何からお答えしましょうか? 例えば……その斬魄刀――鏡花水月の"本当の"能力のこととか?」

「おや、残念だがそれは私の聞きたい答えではないな。四楓院夜一から聞いているんだろう? 人から教えて貰った答えでは傾聴には値しないよ」

 

 少しだけ興が冷めたような表情を見せてきました。

 

「夜一さんですか? ああ、彼女とは答え合わせをしただけです……気付いてましたよ。それよりずっと前から」

「ほう?」

 

 相手の眉がピクリと動きました。

 どうやら興味を引けたようです。

 

「重ねて言います。私が何度、霊術院時代にあなたを特別講師として呼んだと思っているんですか? 私が何度、鏡花水月が始解するところを見たと思っているんですか?」

「おかしいね。常に同じ幻影を見せていたつもりだったのだが」

「確かに同じに見えましたが、ほんの少しだけ乱反射に違いがあったんです。そこから気付いたんですよ。ああ、この能力は嘘だと。相手に何か都合の良い幻影の様なものを見せる能力なんだって。まさか完全催眠とまでは思いませんでしたけどね」

 

 特別講師として藍染を呼んだときには、彼が始解をする度に差分がないか探し続けてましたからね。

 試行回数という名の暴力です。

 もしくは長年の間、間違い探しを続けていたようなものですよ。

 

『昔の雑誌の巻末とかによくありましたな! 間違い探し!!』

 

「ふふふ……それにしても、あはははは! 藍染隊長ってば、そんな"自分は全知全能だ"みたいな態度を取っておきながら、こんな単純ミスにも気付かなかったなんて……案外、カワイイところがあるんですね」

「…………」

 

 あ、藍染の額に一瞬だけ「ピキッ!」って青筋が走った。

 苛ついた顔が少しだけ見えたわ。

 

「それにその言動……ひょっとして、そちらが()の顔でしたか? そっちはそっちでよくお似合いですよ。いかにも裏で何かを企んでいそうで……思わず、思い切り殴りつけたくなりますよ」

「なるほど。私の能力に気付き、そこから推論を組み立てていった……四十六室へ嘆願を続けさせたのも、私を総責任者に付けることで動きを封じようとしたのも、私のことを危険視したその結果――ということかな?」

 

 いいえ。

 どっちかといえば、ただの嫌がらせよね。

 だから間違ってないけど。でも素直に認めるのも癪だし、ここは思いっきり――

 

「いえいえ、優秀な藍染隊長ならこのくらいの仕事は平気で片付けてくれると思っていただけですよ?」

 

 ――挑発してやるわよ!

 

『おおっ! 攻めるでござるな藍俚(あいり)殿!! け、けど大丈夫でござるか!?』

 

 というかもう、相手はこっちを殺しに来てるのはほぼ間違い無いでしょう!? だったらこっちも必死に迎え撃たないと殺されるわよ! ならちょっとでも怒らせて、判断ミスにでも繋げられたら儲けものでしょう?

 

「あ、でもそんなことを仰るなんてまさか……ごめんなさい。藍染隊長にも出来ないことがあったんですね。ちょっと多めに仕事を振っただけなのに……残念ですが、見込み違いだったようで」

「君は本当に……いちいちどうして、私の神経を逆なでしなければ気が済まないようだね!!」

 

『あ、ぶち切れでござるよ藍俚(あいり)殿!!』

 

 そりゃあんだけ仕事回せばキレるわよね。

 

 それにしても……ひええ、すっごい霊圧! 怒りの感情と霊圧を同時に迸らせるその姿は、まるで憤怒の化身のようです。

 溜まりに溜まった愚痴や不満を全部吐き出してやると言わんばかりに襲いかかってきました。

 

「君のその余計な進言が原因で、私がどれだけ無駄な時間を使ったか! 想像が付くかね!?」

「ぐ……ううぅ……っ!」

 

 藍染が斬魄刀を振り回します。

 怒りに身を任せているようでいて、どうやら頭は冷静さを失っていない模様。その攻撃はとても緻密で、隙がありません。

 光が糸状に走ったかと思った次の瞬間にはまた新しい斬撃が飛んで来ます。

 こちらも霊圧を高めつつ、さらには血装(ブルート)もどきまで同時発動させて全体の能力を向上させているものの、それでも防ぐのが精一杯ですね。

 

「どうした? ここまで手間を掛けさせたのだ。もう少し、その力を見せたまえ」

「ぐううっ!!」

 

 マズいですね。腕を切られました。

 防御をしてもこれですか!? 傷は深くはないけれど浅くもない。けれど確実に戦力が削り取られる攻撃です。

 ……普通なら。

 

「超速再生、かな?」

 

 一瞬で腕の傷を治したのを見て、藍染が少しだけ顔を顰めます。

 超速再生は通常の(ホロウ)なら普通に持っている能力ですからね。名前の通り、もの凄い早さで傷を治すという、四番隊要らずの能力です。

 ただ残念なことに、確か破面(アランカル)になるとこの能力が失われるんですよね。

 この時期だと、藍染はとっくにそのことは知ってるはずですから。となれば藍染が驚いたのは「死神が(ホロウ)化すれば超速再生が出来るのかと勘違いした」とかそんなところでしょうか?

 

「残念ですが、これは――回道です!」

「ちっ!! 厄介な!!」

 

 治した腕を振り子のように動かして、遠心力を加えた強烈な回し蹴りを放ちます。

 藍染は斬魄刀を構えて蹴りへの防御に使いますが、構いません。刀身を目掛けて強烈に蹴り飛ばしてやります。

 

「……ぅっ!」

「まさか、そう来るとはね……」

 

 刃物を蹴ったわけですから私自身も多少なりともダメージを受けます。

 ですが、気にしてはいられません。何より刀ごと蹴り飛ばした攻撃は、藍染の意表を突くことができたようです。

 

「お褒めの言葉、どうも!」

 

 微かに動きが鈍った瞬間、相手の死覇装の襟を掴み取ります。そのまま一気に担ぎ上げる要領で――

 

「投げか!!」

 

 ――気付かれた! というか、そりゃ気付かれますよね。

 けどもう遅い! このまま地面に叩き付けて動きを封じてやる――ッ!!

 

「ぐううっ!?」

「おっと、危ない危ない」

 

 せ、背中に猛烈な痛みが……!! 斬られた!? 投げの瞬間に!?

 いえこれは、私と藍染の間に斬魄刀を挟み込んだのね。

 そのまま体重が乗って圧し斬られたってところかしら!?

 くうううっ!! よくもまあ、あの一瞬でそんなことを……!!

 

(ホロウ)化の力と速度で投げられるのは、少々痛そうだったのでね。不格好で悪いが、遠慮させてもらったよ」

 

 私は予期せぬ痛みに投げの姿勢が崩れ、地面に膝を突いてしまいました。背中からはぬるりとした血が流れ出し、地面にポタポタと赤い染みを作っていきます。

 なのに藍染は、軽く飛び跳ねるように移動して投げと崩れから逃れています。

 

「さて、そろそろ私の番かな?」

 

 あ、私を斬って血を見られたからか、少しだけ溜飲が下がったみたい。

 さっきまでの怒りがどこへやら、また冷静な仮面を被ってるわ。余裕そうなその態度がなんとも頭に来ます。

 傷はもうとっくに治しましたけど、斬られた背中が疼くわぁ……

 

「私の番……?」

「そうさ、色々と教えて貰ったよ」

 

 また質問合戦? それに何か教えたっけ?

 

「時には直接刃を交えてみるというのも良いものだ。戦闘狂たちが口にする"戦いを通じてわかり合う"というのも、案外馬鹿にならないものだね」

 

 ……あっ! (ホロウ)化の時の戦闘力!!

 うええ……つまりさっきの戦いでデータ収集されていたのね……ということはまだ藍染は実力の底を見せていない……?

 嫌になってくるわね、本当に……

 

『くうう……せめて拙者がいれば……!!』

 

 あのときは私が自主的に斬魄刀を預けたけれど、そうでなければ取り上げられていただろうし。純粋に、(ホロウ)化の強化がどの程度かを知りたかった……ってところ?

 

「尤も、肝心な部分は分からなかったが……まあ、もうじき不要になる答えだ。かまわないよ」

 

 肝心な部分……? でも、不要になる?

 普通に考えれば、(ホロウ)化に繋がるヒントか何かを探していたってところよね? でも不要になるということは……

 

「さて、次は私が答える番だ。何を聞きたい?」

「……そうか! ルキアさん!!」

 

 藍染が尋ねたのとほぼ同じタイミングで、私は反射的に叫んでいました。

 

「驚いたよ。まさか、いったいどうやってその答えにたどり着いたんだい?」

「…………」

 

 いや、何を言えって言うのよ!?

 

「だんまりかい? まあ、いいさ。その通り、私は彼女を狙っていた。だがそれももう終わる――」

 

 そこまで口にすると藍染はチラリと視線を上へ――天へと向けました。

 一体何を見たの?

 

「そろそろ刻限だからね」

「刻限……?」

「勿論、処刑の時刻ということさ」

 

 ……えええっ!?

 

「なぜ!? だって彼女の処刑は……!!」

「君が捕まってから、四十六室は改めて命令を出したのさ――此度の混乱は湯川藍俚(あいり)が原因。その首謀者が捕まった以上、これ以上の遅延は不要。尸魂界(ソウルソサエティ)の威信のためにも、速やかに朽木ルキアの処刑を開始せよ――とね」

 

 私を捕まえてから命令を出した!? 

 

「え……!?」

「勿論、君の捕縛についても大々的な通達が出ているよ――騒乱の首謀者たる湯川藍俚(あいり)は四十六室による審議の後、処刑を執り行う――とね。さて、困ったな。朽木ルキアと湯川藍俚(あいり)、果たしてどちらを選べば良いのだろうか?」

 

 くうううっ! 楽しそうに言ってくれちゃって……!!

 でもそれってつまり、同時進行……!?

 

 

 

 ……まさか藍染!

 

 今日で一気に風呂敷を畳みに来たってこと!?

 




●ルート分岐
ルキア救出ルートと藍俚救出ルート。
どちらかを選択できます。
どちらに向かいますか?

(なおフラグの状況によっては、この選択肢が出現しないこともあります)

●鏡花水月は使わないの?
アレは「何も無い場所に都合の良い幻影を見せる」ようなことはできません。
あくまで催眠を被せる何かがないと駄目ですし、催眠を被せてもその相手がそれっぽい動きをしないとすぐに見破られます(平子があの禿頭死神に騙されたように)
オマケに催眠を操るのに集中する必要まであります。

早い話が「藍染だからあそこまで超万能な能力」にできたわけです。
(極端な話、藍染は大根一本握ったって強くなるんだ)

今回の場合は一対一ですし、虚化の能力を確認する(自分で直接感じ取りたかった)狙いもあるので使いません。


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第149話 同時進行の裏側で

 湯川藍俚(あいり)の捕縛と朽木ルキアの処刑。

 ほぼ同時に発令された二つの事柄は、尸魂界(ソウルソサエティ)の各所に衝撃と混乱をもたらした。

 

 

 

 

 

 ――十一番隊の場合。

 

「大変だ!!」

 

 始まりは、綾瀬川弓親の叫びからだった。

 黒崎一護が鍛錬を続けている地下空間へと全速力で飛び込むと、彼はあらん限りの大声で叫び、異常事態が発生したことを知らせる。

 その鬼気迫る様子は、一護が思わず手を止めてしまうほどだった。

 

「なんだなんだ?」

「どうしました綾瀬川五席? 騒々しいですよ?」

「ああ、隊長……って、そんなことじゃないんですよ! 大変なんです!!」

 

 大急ぎで駆け込んできたため、軽く息切れする自らの身体を無理矢理平静に戻しながら弓親は続く言葉を口にした。

 

「湯川隊長が先ほど捕まりました」

「なんですって!?」

「なんじゃと!?」

「はぁ!? どういうことだよ!?」

「ええーっ!?」

「おい! そいつぁ、どういうことだ!?」

 

 その衝撃的な内容に、その場にいた全員が一斉に弓親の方へと振り向いた。剣八など、彼へと掴みかかったほどだ。

 

「ぼ、僕に言われても詳しいことは……!!」

「待ちなさい剣八。その手を放して、詳しい事情を聞きましょう」

「ん……ああ、そうだな」

 

 卯ノ花にたしなめられ、剣八は素直に手を放す。彼女の諫めが無ければ、手に込められていた力は弓親を握り潰さんばかりだったのだ。

 なんとか解放され、弓親は咳き込みながら続きを口にする。

 

「よし、話せ」

「ゴホゴホ……あ、ああー……よし、声は出るね。捕まったと言いましたけど、僕もあまり詳しいことは聞いてません。ただ――」

「ただ!? なんだよ!?」

「――ただ、十一番隊の隊舎から離れた場所で小競り合いがあったらしい。ほら、平隊士から"いざこざがある"との報告を受けて、僕が様子を見に行っただろう? アレがそうだったのさ」

「ああ、そういや……湯川さんのメシを食った後でアンタ、どこかに行ったよな?」

 

 子供のように続きを強請る一護に、弓親は自分がこの空間に不在だった理由を説明する。

 

「アンタ……ま、まあいい。その騒動こそが、彼女を捕まえていたようだ」

「おや、それは不思議ですね。そんな騒ぎがあれば、私が気付かないはずは……――」

 

 騒ぎがあった、という説明に卯ノ花が首を傾げる。

 控えめに評しても、彼女の霊圧感知は下手な隊長とは比べものにならないほど群を抜いている。

 その卯ノ花が気付かないとなれば……そこまで思考を巡らせた後に、彼女は軽く手を叩いた。

 

「――……もしや、誰かが隠していたとでも?」

「そこまでは……ただ、近くの者の話では四名の隊長がいたそうです」

「隊長四人がかりで取り押さえですか……霊圧知覚を乱すような小細工をしてでも……あの子もようやく一端(いっぱし)になってきましたね」

「い、いっぱし……? って、そう使う言葉だっけか夜一さん……?」

「儂に聞くな……」

 

 卯ノ花独自の評価基準に未だ慣れぬ二人が頭を抱えているが、それはそれとして。弓親は一護たちを一瞥した後に、卯ノ花と更木へ伝える。

 

「それともう一つ悪い知らせです! 上に、彼らを匿っていることがバレました」

「なん、だと……!」

「儂らのことが……いや、藍俚(あいり)のことから考えれば当然かもしれぬな」

 

 その言葉に夜一はさもありなんと頷いた。

 精力的に動き回っていた彼女の動きは、他者からすれば異質に映ることもあるだろう。むしろ今までが上手く行きすぎていたとすら思えてしまう。

 

「既に四十六室からは旅禍への最後通告の文書が来ています。読みますよ?」

 

 そう前置きしてから、弓親は書面へと顔を落とした。

 

 ――通告。

 件の旅禍を十一番隊が匿っていることは既に判明している。

 だが首謀者 湯川藍俚(あいり)は既に捕らえ目的も割れた。

 もはや旅禍を捕縛し、尋問して目的を探る意味もない。

 よって十一番隊に告げる。

 その旅禍たちを殺せ。

 自らの手で嫌疑の汚名を濯ぎ、死神としての誇りを証明してみせよ。

 それが為されない場合は、十一番隊を反逆者と見なし実力行使も辞さないものとする。

 理性ある行動を求める――

 

「――だそうです」

 

 抑揚なく、さながら機械のように無感情で読み上げられたその文面。

 それを真っ先に笑い飛ばす者がいた。

 

「はっ! 理性ある行動と来たか!! よりにもよって、俺らによぉっ!!」

「一角!? 急にどうしたんだい!」

「どうしたもこうしたもねえよ! 用事があるから来たんだ!」

 

 彼の記憶では、今日は十一番隊の指揮を取っていたはずだが一体どうしたのだろう。

 突然の襲来にそう驚く弓親を尻目に、斑目一角は真剣な表情を見せる。

 

「……隊長、悪い知らせと悪い知らせがあります」

「いや、どっちも悪いのかよ!!」

「黙って聞いてろ一護!!」

 

 思わずツッコミを入れてしまったが、一角のその態度に茶々を入れるような場面ではないと悟り、一護もまた表情を引き締めた。

 

「聞きましょう。何がありました?」

「まず一つ目は、藍俚(あいり)が捕まりました。罪状はまあ……旅禍を利用したとか尸魂界(ソウルソサエティ)を滅ぼそうとしてるだとかいう、これがまた頭の悪いっていうか、こんなものを信じる奴はいねえような、到底ありえねえモンなんですがね……」

 

 この知らせもまた、各隊に書面にて知らされていた。

 一応、現在の現場最高責任者であった一角は書面に――流し見程度だが――目を通しており、その時のことを思い出して思わず鼻で笑う。

 

「問題はそこじゃなくて。藍俚(あいり)の奴は四十六室にとっ捕まって、審問の後に死刑だそうです」

 

 そう告げた途端、周囲がざわめき始める。

 

「馬鹿な、性急すぎるぞ!!」

「夜一さん、やっぱりコレっておかしいのか!?」

「当たり前じゃ……む、とは言い切れぬ、か……? 百年前のことを考えれば……むむむ……じゃ、じゃがやはり異質……何か裏が……?」

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 

 なまじ百年前の浦原たちの事件で似たような体験をしているため、思わず夜一は考え込んでしまい、それを見た一護は思わず肩を落とす。

 

「それはそれとして置いておきましょう。それで、もう一つの悪い知らせというのは?」

「こっちはどっちかって言うと一護、お前たちに関係する方だ」

「へ? 俺たちに……か……?」

 

 突然槍玉に挙げられ、一護が思わず気の抜けた返事を返す。

 

「ああ。朽木ルキアの処刑が再決定した」

「なっ……どういうことだよ!? だって、ルキアの件については一時延期したって白哉と恋次が……!!」

「その延期の原因を捕まえたから、再開すんだとよ。しかもご丁寧に、今日これから刑を執行するとまで言ってきやがった」

「っ!?」

 

 その言葉に一護は今度こそ言葉を失った。

 

「クセえな……」

 

 だが一護とは対照的に、剣八はにやりと凶悪な笑みを浮かべる。

 

「ええ、そうですね。ここまで意図的かつ作為的なものを堂々と見せてくるとは……」

 

 卯ノ花もまた、剣八の意見に同意する――柔和だが、どこまでも底冷えするような笑みを浮かべながら。

 

「ねえねえ剣ちゃん。あいりんのこと助けに行こうよ」

 

 そして草鹿やちるだけは、剣呑な空気の一切を無視して気の抜けた声を上げる。

 

「あいりんを助ければ、貸しがいーっぱい! そうすれば、お菓子もいーっぱいもらえちゃうかもよ!!」

「貸し、か……なるほど。言われりゃ確かにそうだ。せっかく藍俚(あいり)が昨日からやる気を出してんだ……こりゃあ、またとねえ絶好の好機って奴だな……」

「そうだよそうだよ剣ちゃん! だから行こう! ねっ、ねっ!?」

「いいですねえ。草鹿三席の言うとおりです。それに――」

「それに……なんですか?」

 

 もったいぶった言い方をする卯ノ花の言葉に、一角が恐る恐る尋ねる。

 

「――四楓院さんの説明からすれば、藍染隊長とも刃を交えられるかもしれませんから」

「おおっ! そりゃあいいな!! ちょいと得体の知れねえって話を聞いてから、一度斬ってみてえと思ってたんだ!!」

 

「は、はは……すっげー頼もしいのな……」

 

 始祖の剣八と当代の剣八。

 最強の二人が意気投合して藍染を狙うその姿に一護は思わず度肝を抜かれていた。

 一護は四十六室のことなど何も知らなければ、藍染惣右介という死神の顔も知らない。

 だが彼は、そんな顔も知らぬ相手のことをほんの少しだけ同情していた。

 

「すまねえ、一護。俺も藍俚(あいり)の方に行く! 本当ならお前を助けてやりてえんだが……俺もちょっとばかし、思うところがあってよ……」

「お、おう。気にしないでくれ一角」

「そうじゃな。剣八の助力を得られぬのは残念じゃが……少なくとも六番隊と十三番隊は協力してくれるじゃろう」

 

 そう頭の中で算盤を叩く夜一であったが、一護はそれをきっぱりと否定する。

 

「何言ってんだよ夜一さん! 俺は一人でもルキアを助けに行くぜ!!」

「むっ! そうじゃったな。儂らは元々、その腹づもりでここまで来ていたのじゃ。今更臆すなど愚の骨頂か」

 

 そう語り合う二人の横では。

 

「勿論、僕も一角と一緒に行くよ」

「無理しなくてもいいんだぞ、弓親」

「わーい! みんなでおでかけ!!」

 

 みたいなやりとりが行われていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 ――十三番隊の場合。

 

「はぁ!? なんだそりゃ!!」

 

 十三番隊隊舎内に、志波海燕の怒声が響き渡った。

 

「おかしいだろうが! 絶対におかしいだろうがよこんなの!!」

「あ、兄貴?」

「一体何が……?」

「どーしたんですか、副隊長。あんまり怒ると早死にしますよ?」

 

 事の起こりは十三番隊へ届いた二通の書類だった。

 それを浮竹十四郎が目を通した後に、海燕が目を通したかと思えばこの反応なのだ。

 近くにいた岩鷲や部下たちが驚くのも当然だろう。

 

「読んでみろ!」

「わ、っとと……えーと、何々……」

 

 彼らの反応に海燕は「説明するのも面倒だ」とばかりに書面を投げつけた。

 それを慌てて受け取ると、彼らは車座になってしばしの間読みふける。

 

「あ、兄貴! これって……!!」

「ああ、書いてある通りだ」

「じゃあ本当に、藍俚(あいり)の姉さんが!?」

「こっちには朽木さんがこれから処刑されるって書いてあるわよ!?」

「なんだとぉっ!? そんなことが書かれてんのか!?」

「……いや仙太郎、あんた読んでなかったの?」

「俺はまだそっちは読んでねえんだよ! あ、こら!! 馬鹿を見る目で見るんじゃねえよ!」

 

 途端に始まる大騒ぎだったが。

 それはそれとして、浮竹と海燕は神妙な面持ちで相談を始める。

 

「時間的にはほぼ同時だ。本来ならば両方とも回りたいところだが、それは不可能だ。つまり、手助けするにはどちらかを見捨てなければならない」

「そうっスよね……」

 

 海燕は額に皺を寄せ、軽く悩んでから答えを口にした。

 

「ま! 湯川なら、自力でなんとか出来るでしょ? 俺にはあいつが死ぬところは想像出来ねぇや。ねえ、隊長?」

「ああ、そうだな。見捨てるようで心は痛むが、俺たちの目的は朽木だ。そこを取り違えるわけにはいかない」

 

 どうやら二人の心は既に決まっていたようだ。

 悩んでいたのはほんの数秒だけのことでしかなかった。

 

「それに、俺たちが向かわなくとも彼女のことだ。おそらくは……」

「ああ、そうっスね。アイツの――」

 

 だが二人が即決出来たのは、何も彼らが藍俚(あいり)の事を見捨てたワケではない。

 自分らが手を貸す必要などないことを、彼らは熟知していたのだ。

 

「――尸魂界(ソウルソサエティ)で一番の剣八世話係って異名は伊達じゃねえよ」

 

 それは、どこからともなく。いつからか、人々の口から自然と語られるようになった呼び名だった。

 曰く、十一番隊の剣八を御せるだけの存在がいる。

 曰く、剣八に振り回されつつも同時に振り回せるだけの実力を持っている。

 曰く、剣八の遊び相手をいつでも務められる者。

 

 そんな噂が、この十年ほどの間に瀞霊廷内でまことしやかに広まっていたのだ。

 そんな噂をされるような相手に、下手な心配など無用――いやむしろ邪魔にしかならないかもしれない。

 

 故に、二人の心は決まっていたのだ。

 

 ――十三番隊は朽木ルキアの救出に向かう。

 

 それはこの場の全員の心でもあった。

 

 

 

 

 

「あの、兄貴……俺、藍俚(あいり)の姉さんを助けに……」

「まーまー岩鷲、ちょっと考えてみろ。いいか、元々おれたちは夜一からその朽木ルキアを助けるために動いてただろ?」

「あ、ああ……」

「つまり、朽木ルキアの方に向かうのは初志貫徹! 一度決めたことを曲げるのは男じゃねえよな? 藍俚(あいり)だってそんなお前を見れば惚れ直すだろうぜ?」

「ほ、惚れ直す……っしゃあ! わかったぜ!!」

「ちょっれー……我が弟ながら、ちょっれー……」

 

 この姉弟も参加するようです。

 ……なんだか騙されてるような気もしますが……

 

 

 

 

 

「そうだ副隊長! ものは相談なんですけど……」

「あん? って、清音! お前――」

「ぶはははははははははっ!!」

 

 出立直前、謎のやりとりもされたようですが……

 

 

 

 

 

 

 ――六番隊の場合。

 

「隊長、朽木隊長!」

「どうした恋次? 騒々しい」

 

 隊首室の戸を蹴破るほどの勢いでやってきた阿散井恋次の様子を、朽木白哉は落ち着いた声色で出迎えていた。

 

「どうしたじゃありませんよ! ルキアと先生が……!!」

「ああ、そのことか。それならば、既に知っている」

「え……?」

 

 そこまで告げられて、恋次は気付いた。

 白哉の格好が、普段よりも物々しいのだ。

 平時こそ上級貴族としての模範たるような衣姿と佇まいをしているものの、今日はどこかが違う。

 身につけているものに何か大きな違いがあるわけでもないのだが、はてどうしたことかと首を傾げてしまう。

 

「行くぞ恋次」

「行くって……どこへです?」

「無論、ルキアの所だ――妹を助けねばならぬからな」

「……はいっ!! お供します!!」

 

 恋次はようやく理由を悟った。

 覚悟が違ったのだ。今の白哉はさながら、戦場に赴いて絶対に生還してみせる。とでも言わんばかりの決意に満ち溢れていた。

 その決意に負けじと、恋次もまた闘気を心の中で燃え上がらせ――ようとしたところで、はたと気付く。

 

「ですけど、その……先生の方はいいんでしょうか?」

「湯川殿か……無論、気にならぬわけではない。だがおそらくは、湯川殿本人がそれを望まないだろう」

「そう……スね。下手に先生の方に行ったりしたら、逆に叱られそうです」

 

 思わず恋次は頷いていた。

 人は誰しもが、譲ることのできない優先順位というものがある。ここでルキアを選ばないということは、彼には不可能なのだ。

 加えて、なんとなく見えていた。

 仮に――本当に仮に、藍俚(あいり)を選んでいたならば……きっと烈火のごとく怒られるだろうと。

 

「あと――先生のところには俺たちよりも、もっと頼りになる人たちが行きそうで……」

「そうだな。尸魂界(ソウルソサエティ)で最も剣八の扱いが上手い――その代名詞は、決して偽りでも無ければ誇張でもない。純然たる真実なのだから」

「裏を返せば、下手に手を出すと卯ノ花隊長と更木副隊長を敵に回すってことですからね……おっかねぇ……俺なら絶対に嫌です」

 

 最も剣八の扱いが上手い……どうやらそんな風にも呼ばれているようです。

 

 

 

 

 

 

 ――四番隊の場合。

 

「副隊長! こんな書面が届きました!」

「それに、四十六室からもこんな通告が!!」

「え、えええっ!? ど、どうしよう……」

 

 突如として隊士たちから告げられた内容に、虎徹勇音は完全にパニック状態になっていた。

 だがそれも当然だろう。

 

 自部隊の隊長が消えたかと思ったら捕縛、かと思えば処刑。

 それとほぼ間を置かずに、捕まえている旅禍を殺せと言われているのだ。

 

 しかもその旅禍はその渦中の隊長が連れてきた者であり、彼女の取りなしもあって隊内には大小差こそあれど受け入れられている。

 総責任者たる湯川藍俚(あいり)が不在のまま、副隊長の彼女がそれらを採決せよというのはかなり荷の重いことだった。

 

「これって、織姫さんたちを手に掛けろってことですよね! 私、そんなの絶対に嫌です!!」

「いや、そうは言うけどねぇ、雛森君……上からの命令だよ。下手に逆らうのは」

「じゃあ伊江村三席はこのまま見殺しにしろってことですか!? 織姫さんたちも! 隊長も!!」

「そうは言ってませんが……ど、どうしますか副隊長……」

「うう……えーと、えーと……」

 

 勇音は霊圧こそ高いものの、気の弱い性格ゆえにこういった"ビシッと仕切って決める"ような事は苦手である。

 そこに強硬論と慎重論とがぶつかり合い、頭の中はもはや爆発寸前だった。

 何を選んでも誰かに角が立つのではないか? そんな相手のことを汲みすぎる心根が、決断を鈍らせ続けてしまう。

 

 ――こ、こんな時、隊長だったら……

 

 そう考えた瞬間、彼女の心は決まった。

 

「よ、四番隊は!! 湯川隊長をシンジします!」

「あの、副隊長……シンジしますというのは……?」

「あ! ま、間違えました! 信じます!!」

 

 開口一番こそいまいち決まらなかったものの、それでも勇音は必死で言葉を紡いでいく。

 

「私は、まだ自分が新人隊士だった頃に隊長が必死に仲間を救うその瞬間を見ました! あれを見たから、私は隊長のお役に立ちたいって思いました!! そんな隊長が間違ったことをするはずがありません!! だから四番隊は、こんな命令には従いません!!」

 

 さらには決意の証とばかりに、通告の書面を破ると床にたたきつけてみせた。

 

「それと縫製室担当のみなさん! 死覇装を三人分用意して下さい!! 男性用を二つと、女性用を一つ! あ、男性用の一つは特大サイズでお願いしますっ!!」

 

 男性用を二着と女性用を一着。

 その注文が何を意味しているのか、この場にいる者たちは全員が理解していた。

 

「織姫さんたちは隊士に変装させて逃がします! 雛森さんは護衛についてください! 私は隊長を助けに行きます!! これは隊長代理として、副隊長の私が出した命令です!! だから、全責任は私にありますっ!!」

「「「「はいっ!!」」」」

 

 勇音の決死の覚悟にも命令にその場の多くが返事をする一方、雛森だけが頭を抱えて悩み続けていた。

 

「わ、私も隊長を助けに……うう、でも織姫さんを見捨てるのも……うう……」

「あの、雛森さん……?」

「……わかりました! でも副隊長! 抜け駆けは駄目ですからねっ!!」

 

 何やら葛藤があったようです。

 

 

 

 

 

 

 ――二番隊の場合。

 

 

 

 

 

 

 ……? あれ、二番隊は無し?

 

 

 

 え、静かにしろ? 遠く離れた場所からそっと覗いてみろ……?

 

 

 

 

 

「ああああああああっっ!!!! 藍俚(あいり)様が四十六室に囚われただと!? しかも此度の事件の首謀者!? 本来ならば藍俚(あいり)様の所へ向かうべき……だが、同時に朽木ルキアの処刑もされるという!! 事前に知らされた情報から判断すれば、あの旅禍は救出に向かうはず! となればおそらくは夜一様もそちらにいる可能性が高い!? 夜一様を再び捕まえるまたとない好機なのでは!?」

 

「あの~隊長……?」

 

「だが、そうなれば私は藍俚(あいり)様を見殺しにすることになってしまう!! どうすれば、どうすればいいのだ!! 考えろ、考えるのだ砕蜂!! 夜一様か藍俚(あいり)様か!? 藍俚(あいり)様か夜一様か!? 駄目だ!! 答えが出ない!! なぜ、どうして私には身体が二つないのだ!! 身体が二つあれば……藍俚(あいり)様にお仕えしつつ、夜一様とも一緒に過ごすことが出来る……!? そんな、そんな夢のようなことが本当に出来て良いのか!?!? くっ! 鬼道衆はなぜ、二人に分身出来るような鬼道を開発しなかったのだ!! それがあれば、絶対に会得してみせたというのに!!」

 

「この朽木ルキアって極囚の処刑をするんで、各隊の隊長副隊長は参列せよって命令が来てましてね……駄目だこりゃ、聞いてねえ……」

「聞いているぞ!! 大前田三席っ!! 聞こえているから悩んでいるのだ!!」

「ひいいいっ!! す、すみませんすみません!! あと、ちょっと前からちょくちょく三席呼びなのはどうしてなんですかねぇ……俺、副隊長なんですけど……」

「新しい副隊長が決まったからだ! ああ、夜一様……副隊長……」

「そりゃねえっすよぉっ!! え、なんで急に降格!? 本人に一言の話もなく!?」

「騒ぐな!! 騒々しい!!」

 

 

 

 ……もたらしていますね……衝撃と混乱……これでもかってくらい……うん……

 

 




●剣八のお世話係だ扱いが上手いだ
??「なにそれしらない」

●剣八二人の動き
本編中でも書きましたが二人は「「藍俚の方に行く」」ルートです。
(一護側に諸手を挙げて協力するほどではない(藍俚の方に天秤が傾く)
 他の部隊がルキア救出に動くのを知っているからなんとかなるだろう。
 といった理由があるので、勝手にそっちへ行きます))

そして。
更木さんは藍染が警戒しまくっていた相手です。
ですがそんな狂犬を引きつけるのに、便利な餌(藍俚)がいるわけで。
餌がここにあるよ、とアピールすると狂犬を引きつけられるわけです。

(ホロウ)化の力を確認したかったというのも勿論目的の一つ。
でも本命は崩玉の奪取ですから。
なので「餌をぶら下げれば」ルキアルートの戦力を削れる(他の連中も上手くすれば引っ張れる)だろうという目論見がありました。

結果的に戦力を良い感じに分散させられて藍染もにっこり。



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第150話 十番隊包囲網を破れ

「くそっ! 急がねえと!! 夜一さん、道はコッチで合ってんだよな?」

「うむ! じゃが急げ!! 今のお主の足では正直、移動に集中せんと間に合わん!!」

 

 一護と夜一。

 共に高速移動している二人は、怒鳴るような言葉で道順の確認を取りあっていた。

 十一番隊へ世話になっている際に朽木ルキアの処刑が行われることを知った二人は、別の道を行く卯ノ花らと別行動を取ることを選んだ。

 とはいえそれは、元々の目的が――優先順位が違っていただけのこと。

 ルキア救出のために尸魂界(ソウルソサエティ)まで来た一護と、一護の助力が目的の夜一では卯ノ花らと優先順位が異なってしまうのは仕方ないことだった。

 

 彼らは簡素に別れを済ませた後、それなりに長い時間世話になった地下空間を抜け出すと誰にも気付かれぬように十一番隊の敷地を後にしていた。

 何しろ二人の公的な扱いは未だにお尋ね者――それも上からは"殺せ"と命令されるような立場である。

 そんな彼らが堂々と大手を振って外へ出て行けるわけもなく、また世話になった十一番隊へ無駄に迷惑を掛けるわけにもいかないため、泥棒か隠密のようにこっそりと出て行くことを選ばせた。

 こうやってこっそりと逃げ出せば、少なくとも"匿っていた旅禍は恩知らずにも暴れて逃げた"と言い訳の一つも出来るだろうという目算からである。

 

 そうして抜け出した二人は、瀞霊廷を全力で駆け抜けていた。

 二人が向かうのは、朽木ルキアの処刑場――双殛の丘と呼ばれる場所である。

 

「つまり全力でもっと急げってことだろ!? 上等だ! この数日で体力と度胸だけは嫌でもアホみたいに鍛えられたからな!!」

「ほう……」

 

 半ば己を鼓舞するように、半ばヤケクソで叫びながら、一護は走る速度を一段階あげた。その速度は、夜一が思わず感嘆の声を上げるほどだ。

 走りだけとはいえその速度は、彼女がかつて所属していた隠密機動の隊員と比べても遜色がないものだった。

 たった数日でここまでの成長を見せる一護の才能に、感心と若干の恐怖すら覚えてしまうほどに。

 

「けど夜一さん! なんかこう! もっとガーッと移動できるような便利な道具はねえもんかな!? 一瞬で目的まで移動出来る(ふすま)とか! 身につけると空を自由に飛べるような蜻蛉(とんぼ)とか!」

「なんじゃ? もうへばったか?」

「いいや全然!! けど、そういうのはないもんかと思っただけだし!! 別に全然平気だけどよ!!」

 

 明らかにやせ我慢をしているのだが、それでも弱音を吐くことなく強がってみせるその精神を、夜一はほんの少しだが評価に加算していた。

 だが、それはそれとして……

 

「あるぞ」

「マジでか!?」

「四楓院家の秘宝には空を飛ぶ道具もある。あと浦原が好きな場所へ転移できる道具を作っておったな」

「んな便利な道具があるならさっさと――」

「じゃが空を飛ぶ道具は別の場所まで取りに行かねば使えんし、転移の道具は事前に目的地へ設置しておく必要がある。時間制限の押し迫る今では走った方が早いの」

「――な……んっだよそれっ!! 一瞬でも期待した俺が馬鹿みてえじゃねえか!!」

「かかか、すまんすまん」

 

 それはそれとして、からかわずにはいられなかった。

 これもまた夜一という人間の持つ魅力の一つなのかもしれない。

 

「それよりも道はあってんだよな!? 夜一さんが知ってる頃と町並みって変わってる気がすんだけど、本当に大丈夫なんだよな!?」

「問題はないぞ! 多少道順は変わっても場所そのものまでは変わらぬからな! 方角さえ合っておれば仔細はなかろう!?」

「へへ、そりゃまあそうだな!!」

 

 死神として、霊圧を操って移動できる二人からすれば、行く手に少々の障害物が待ち受けていても何ら問題は無い。

 霊圧で強化された身体能力で回避することもできれば、霊子を固めて足場とすることで擬似的に空を駆けることもできるのだから。

 そのため"方角さえ分かれば問題ない"という夜一の意見は、一護から見ても驚くくらい単純で納得出来る理屈でもあった。

 

「よっしゃあ! このまま全力で――」

「行かせねえよ」

「――っ!?」

「一護ッ!!」

 

 気合いを入れ直そうとした瞬間を見計らったように、一護の視界に何者かの影が映り込んだ。

 その影は明確な意識と殺意とを放ちながら攻撃を仕掛けて来ていた。

 夜一の叫ぶ声すら遅く聞こえるような瞬間の最中、斬魄刀を抜くのは間に合わないと即座に判断した一護は自ら足へ霊圧を圧縮して込め、その影を迎え撃つように蹴りを放つ。

 

「うおおおっ!!」

「ちっ!」

 

 蹴り足から伝わってきたのは、何やら硬い手応え。

 同時に影から聞こえる舌打ち。

 それから――

 

「ぐっ!! なんだこりゃ!?」

 

 最後に片足から異様な冷たさが伝わり、思わず悲鳴を漏らしてしまう。

 

「……って、これは……」

「よお、旅禍。初めまして、だな」

 

 襲撃に足が止まり、視界が開けた。

 そこにいたのは、一護よりもかなり背の低い――それこそ彼の妹たちと比べる程度の背丈と雪のような髪色をした死神。

 

「んで、さよならだ」

 日番谷冬獅郎の背後には、さらに十番隊の隊士たちが控えていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ちっ……面倒じゃな……」

 

 思わず夜一が吐き捨てる。

 まさに待ち構えていたとしか思えないほどの陣を敷いていた十番隊の隊士らの偉容は、一秒でも早く先へ進みたい

 

「儂らを待ち構えていた、というわけじゃな……?」

「当然だ。ネズミを捕まえるにはまず巣穴から叩き出さねえとな」

 

 日番谷は不敵な笑みを浮かべる。

 

「よし! 十番隊、旅禍を捕まえるぞ!!」

「えー、隊長~……本当にやるんですかぁ……」

 

 威勢良く命令を下した途端、乱菊が心底面倒くさそうに声を上げた。

 

「なんだ松本! 文句があるのか!?」

「だってぇ~……だってほら、変じゃないですか?」

「何がだ!」

「そんなに怒んないでくださいよ」

「お前が怒らせてる原因だろうが!!」

 

 既に斬魄刀を抜いて気合い十分な日番谷に対して、乱菊は(つか)に手すら掛けていない。

 それだけでも苛立ちを覚えてしまい、日番谷の語気がさらに荒くなっていった。

 

「ほらほら、私って湯川隊長によくお世話になってるじゃないですか。私だけじゃなくて、護廷十三隊の女性死神は全員お世話になってると思うんですけど……別に湯川隊長って、悪い人じゃありませんよ」

「悪人に見えない悪人なんざ大勢いる! 根拠は話しただろうが! それにこれは四十六室からの命令もあるんだ!」

「それそれ! その隊長の言ってる根拠もおかしいですよ。乱暴すぎるっていうか、無理矢理信じ込もうとしているっていうか……いくら上からの命令だからって、ねえ……みんなもそう思うでしょう?」

「それは……」

「いや……でも……」

「どう思う……?」

「だが……命令……」

「……上が……」

 

 最後の言葉は部下の隊士たちへと投げかけられていた。

 訴えかける演説のような問いかけに、この場にいた一般隊士たちに動揺が走っていく。

 漏れ聞こえてくるひそひそとして話し声からも、どうやら心底納得してこの場にいるのではないことが伝わってきた。

 

「い、今のうちに逃げられるんじゃねえかな……夜一さん?」

「それは、あやつがいる間は少々難しそうじゃの……」

「やっぱりかよ……」

 

 夜一が視線で示すその先は当然、日番谷冬獅郎だ。

 姿形こそ小柄だが、一護はもはやその程度では相手を侮らない。

 隊首羽織を身につけている――つまり、相手は隊長なのだ。幸か不幸かここ数日、何人かの隊長と手合わせしたおかげでその手強さは身に染みるほどの知っていた。

 

「テメエら! 何をモタついてやがる!!」

「ですから隊長……あら?」

 

 一護たちが緊迫している一方で、日番谷は浮き足立つ部下たちへ活を入れる。

 さらに苦言を口にしようとしたところで、乱菊はふと動きを止めた。

 小さく口を動かしながら、まるで自分で自分に言い聞かせる――自己暗示を掛けるように、何事かを呟いていたのだ。

 

「そうだ、俺は間違ってない……命令もあったんだ……雛森のためにも……なによりも、俺を信頼して任せてくれたんだ……だから……」

「隊長?」

「だから……藍染……だから……」

「藍染って、五番隊の藍染隊長のことですか?」

「ッ!!」

 

 藍染――その言葉を聞き返した途端、日番谷は弾かれたように乱菊の顔を見た。

 そして、動揺を隠すように強気な姿を無理矢理取り戻す。

 

「なんでもねえ! それよりも行くぞお前ら!」

「あっ! ちょっと……隊長ってば!!」

 

 日番谷は一護を目掛けて突撃を仕掛ける。その背中にはもはや乱菊の声など届いていなかった。

 

「くそっ! やっぱりこうなるのかよ!」

 

 仕掛けてきた日番谷を一護は迎え撃つ。

 先ほどの不意打ちまがいの一撃とは違い、今回は斬魄刀を抜くだけの余裕もある。背負っていた巨大な斬魄刀を構えると日番谷の攻撃を受け止めていた。

 

「一護!」

「唸れ、灰猫(はいねこ)!」

 

 加勢しようとした夜一の足下に、細かな灰が降り注いだ。

 瞬間、嫌な予感を覚えた彼女は一瞬にしてその場から飛び退く。わずかに遅れて降り注いだ灰は、つい一瞬前まで夜一が足場としていた箇所へ刀傷を刻みつけていた。

 

「むむっ!?」

「ごめんなさいね。私も乗り気じゃないんだけど、隊長が先行しちゃった以上は……ねえ?」

 

 乱菊の言葉、そして彼女が持つ"刀身の無い"斬魄刀を見て、先ほどの一撃が彼女の仕業なのだと夜一は理解する。

 

「乗り気ではないなら、見逃してもらえると嬉しいんじゃがの!?」

「隊長が乗り気な上に何の理由も無いんじゃ、そういうわけにもいかないのよ。こういうのが"宮仕えの辛さ"っていうのかしら……ねっ!!」

 

 灰猫の一撃が再び放たれた。

 

 

 

 

 

「おい旅禍。お前も湯川の駒に使われて可哀想になぁ……」

「く……っ……! 駒、だと……?」

 

 一護と日番谷の戦いは、じわじわと日番谷が優勢になっていった。

 

 元々が隊長を任されるほどの実力者が相手なのに加えて、日番谷は背が低い。

 一護からすれば慣れぬ下からの攻撃を受ける羽目となるのに対して、日番谷から見れば自分より背の高い者を相手にするのはいつものことだ。

 実力差以上に慣れぬ戦局に苦戦を余儀なくされる中、日番谷がぽつりと呟いた。

 

「何も知らないとはいえ、罪は罪だ。俺は容赦はしねえ……」

「……!?」

 

 その言葉を聞いた途端、一護は言い知れぬ違和感を覚えた。

 状況からすれば間違いなく目の前の相手へ、一護へと話しかけているのだろう。だが、話しかけているように思えて話しかけていないような……

 まるで別の何者かに語りかけているような、そんな違和感を感じていた。

 

「容赦は……しねえええっ!!」

「うおおおっ!?」

 

 相手の霊圧が突如として膨れ上がり、一護を吹き飛ばす。

 

「そうだ……容赦なんざしねえ……」

「なんなんだよコイツ……」

 

 鬼気迫る表情で睨む日番谷の形相に一護が気圧され始めたときだ。

 

 ――チッ!! 仕方ねえなぁ!!

 

「な、なんだ!?」

 

 ――あのデカい女死神に乗せられたようで、腹立たしくて癪だけどよぉっ!!

 

 一護の頭の中、というよりももっとその奥――心の底から聞こえてきた声に、なにか本能的な恐怖のような感情を覚える。

 同時に霊圧そのものが塗り潰され、内側から変えられていくような……そんな言い知れぬ感覚が微かに走り始めた時だ。

 

「で、伝令いいいいいいいいいいいいぃぃぃぃっっ!!!!」

 

 戦場そのものに割って入るような突拍子もない大声で叫びながら、一人の隊士が現れた。

 

「向こうの通りに、オレンジ色の髪をした死神が現れました!! その者は自らを"旅禍だ"やら"朽木ルキアを助けに行く"などと叫んでおりまして……」

「「……はぁ!?」」

 

 その報告内容に一護と日番谷、二人は仲良く同じ声を上げる。

 何しろ早い話が「黒崎一護が向こうにいます!」という報告を聞かされているのだ。突然そんな間抜けな報告をされれば毒気を抜かれるのも無理はないだろう。

 

「馬鹿か! そんなの偽物に決まってんだろ!! いいからとっとと……――」

「おっ! 海燕の兄貴じゃねえか!! こんなところにいたのか!!」

 

 とっとと追い払おうとする日番谷の言葉を遮って、さらに別の者が現れた。

 

「な、なんだテメエは!?」

「おれかい? んじゃ、耳の穴かっぽじってよく聞きな! おれの名は志波空鶴! そこにいる志波海燕(・・・・)の妹だぜ!!」

「「「「……………………」」」」

 

 突拍子も無い一言に、その場の時がわずかに止まった。

 数秒の後、一番早く動き出したのは乱菊だった。

 

「あ、なーんだ。その人って十三番隊の志波副隊長だったんですね。それじゃあこの場は、私たちの勘違いで解散って事に……」

「出来る訳がねえだろうが!!」

「えー、でも向こうの通りにいるのが本物だって話ですし。それに妹が"この人は兄だ"って行ってるんですよ? 家族が見間違いますかねぇ? だからこの場はもう無かったことにして……」

 

 降って沸いたように飛び込んできた"理由"をこれ幸いにと、いけしゃあしゃあと言い放ちつつ乱菊は場から離れようとして、日番谷に噛みつかれる。

 

「そうじゃぞ。そやつは海燕の妹の空鶴じゃ。儂が保証する。ほれほれ、志波海燕(・・・・)の相手などしておらんと、向こうへ行った方が良いのではないか? ん?」

「ほら隊長、この人もそう言ってますし。もう帰りましょうよ」

「敵の言うこと素直に信じる馬鹿がどこにいんだっ!!」

 

 そんな内輪揉め――状況を完全に理解したわけではないもののなんとなく察して悪ノリで参加する夜一さん込み――を繰り広げている間に、空鶴は一護の隣までこっそりと近寄っていた。

 

「(あの、空鶴さん……? これは……)」

「(馬鹿! お前を逃がすための囮に決まってんだろ!! そのくれえ理解しろ! 空気を読め!)」

 

 日番谷たちへの視線は外さずに警戒したまま、二人は小声で会話を続ける。

 

「(んで、だ。この場はおれが抑えておいてやる。だからお前はとっと先に行け!)」

「(す、すまねえ)」

「(なあに、カワイイ親戚の頼みだ。礼なんざいらねえよ。その代わり絶対に助けて戻って来い) おらっ、今だ! いけっ!!」

「ああ、恩に着るぜ!!」

 

 景気づけのように空鶴は一護の肩を勢いよく叩く。

 まるでその勢いに乗って加速したように、一護は軽い足取りで飛び出していった。

 先ほどまでの恐れの感情はどこへやら、日番谷の横を一瞬にして通り抜けて突き進んでいく。

 

「あっ! 待て!」

「おいおい、まあ待ちなガキンチョ。お前の相手はこの空鶴姉さんがしてやるよ」

 

 慌てて一護の後を追おうとする日番谷。だが、そんな日番谷の行く手を遮るように、空鶴が回り込んでいた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 その頃、一護たちのいる場所から少し離れた通りでは――

 

「テメエら聞いてるかぁ!? 旅禍、黒崎一護とは俺のことだっ!! 朽木ぃっ! 今助けに行くからなぁっ!!」

「あ、兄貴……」

 

 岩鷲が少しだけ嘆くのも無理はありません。

 そこにはヤケクソな精神状態で大暴れしながら、大声で自己アピールをしまくる一人の死神の姿が――

 

 髪の毛をオレンジ色に染めた黒崎一護(志波海燕)の姿がありました。

 




●黒崎一護(志波海燕)
オレンジ ⇒ 黒 をやった以上、逆もまた然り。

●黒崎一護(本物)
墨汁で染めたので、もうとっくに色は落ちてます。
それを入れ忘れた……!


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第151話 雪にも負けず 氷にも負けず

 それは十三番隊の面々が出発する直前の出来事だった。

 

「副隊長……私、思うんですよね」

「あん? どうした清音」

 

 清音が海燕に対し、そう切り出す。

 滅多に見ない部下の真剣な表情に、海燕も思わず不安顔で何事かと返す。

 

「ほら、私たちって朽木さんを助けに行くじゃないですか」

「ああ」

「ということは、以前十三番隊(ウチ)にいたあの一護君とも合流すると思うんですよ」

「ん、まあ……だろうな。目的は同じはずだし……」

 

 何が言いたいのか分からず、軽く頬を掻きながら海燕は戸惑う。

 

「そこでものは相談なんですけど。そうなると、私たちは一護君の手助けもする必要があると思うんですよ!」

「そりゃまあな……アイツとは知らない間柄でもねえんだ。見捨てるつもりもねえし、できる限り手伝ってやるつもりだけどよ……」

 

 そこまで口にした途端、いかにも「その言葉を待っていた」と言わんばかりに清音の瞳が輝いた。

 

「ですよねですよね! じゃあ副隊長! 髪の毛を染めましょう!!」

「……はぁ!?」

「ほらほら、一護君がここから出発するときに髪の毛を黒くして偽装したじゃないですか!! あれと同じですよ!! こんどは副隊長が一護君のフリをして注意を引くんです!!」

「おおっ! 何かと思ったらそういうことか! やるな清音!」

「でしょう? まあ、私は仙太郎とは頭の出来が違うからね!!」

「なるほど……って! 出来るかっ!! そんなことっ!!」

 

 場が(にわか)に喧しくなり、出立前の緊張感が完全に吹き飛んでしまう。だがそれでも清音の口は止まらない。

 

「あっれ~? おかしいなぁ? 出来ることなら手伝うってさっき言ったじゃありませんか? ちょーっと髪を染めるだけですよ! ほらほら~」

「……なるほど。策としてはアリかもしれんな」

「ちょ、ちょっと隊長まで!! なんでですか!?」

「いや少し、な。湯川隊長が彼を十一番隊まで連れて行った時も、なんだかんだで騒ぎは起きなかった。ならば逆もありえるだろう? こんな状況だ、打てる手は打っておくに超したことは……ぶふっ!!」

 

 心底真面目な表情で有効性を訴えていた浮竹であったが、我慢しきれずに思い切り吹き出してしまった。

 

「隊長!! 最後なんで吹き出したんスかっ!! それがなけりゃ、俺……俺!!」

「まーまー兄貴、そう嫌な顔すんなって。隊長さんもそう言ってんだから、そろそろ観念しときなって。オラ岩鷲、お前も手伝え! 我が儘な兄貴を押さえつけるのも家族の役目だぞ!?」

「ちょ、姉ちゃん!? ……ええいっ!」

「空鶴! 岩鷲! お前らもか!?」

「ほらほら副隊長、動かないでくださいね。こんなこともあろうかと私、昨日のうちに謎の訪問販売員から黄色の染料を買っておいたんです! これを使えばチョチョイのパッパでアッという間に終わります!! それに天然成分たっぷりで頭皮にもダメージを与えないって言ってましたから!!」

「やめろ……やめろおおおおおおおぉぉっ!!」

 

 絶叫が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

「ぶはははははははっ!!」

「く……く……っ!!」

「…………! …………っ!!!!」

「畜生……笑いたきゃ笑え……」

「いやぁ、私も身銭を切った甲斐がありましたよ」

「い、いいじゃねえか兄貴……これも親戚を助けるためと思えば……ぶふぅ!」

 

 数分後、そこには立派な黒崎一護になった志波海燕がいました。

 周りの反応は――皆さまのご想像通りです。

 ですがあえて言葉にするならば「なんということでしょう。一瞬にして"笑顔の絶えない明るい職場"へと生まれ変わりました」といったところでしょうか。

 

「ええええいっ!! テメエら! これで文句はねえだろうが!! とっとと行くぞオラァッ!!」

 

 開き直って今の姿を受け入れると、海燕は謎のリーダーシップを発揮しながら「黙って俺について来い」とばかりに先陣を切って突き進んでいった。

 その後、道中で一護の霊圧を感じ取った空鶴は一時離脱。

 一護を海燕と言い張り、海燕を一護だと主張することで場を引っかき回す役目を買って出たのだった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 そして舞台は一護たちのいる場所へと戻る。

 

「おっと、一護――もとい、海燕が行ってしまったのぉ。これは儂も同行せねばならんな。というわけで、さらばじゃ!」

「あー、こらまてー、かってにいくなー……ということで隊長! 相手を取り逃がしてしまったので私も後を追いますね」

 

 一護が抜けていったのを確認すると、後に続けと夜一も駆け抜けていった。

 その後ろ姿を眺めながら"都合の良い理由が出来た"ことで完全にやる気のない声を上げると、乱菊は夜一を追いかけようとして足を止めた。

 

「と、いけないいけない。忘れるところだった。ほらほら! あんたたちはあっちにいる旅禍の対処に行ってきなさい! 副隊長命令よ!」

「勝手に動くな! 隊長命令……――」

「それに私たちがいると気にしちゃって、隊長が斬魄刀を使えないでしょう? だから早く行っちゃいなさいな」

 

 そこまで告げると"明後日の方向"目掛けて乱菊は駆け出していった。

 

「副隊長命令なら、なぁ……?」

「それに俺たちがいたら……」

「氷輪丸に巻き込まれる……」

 

 残された隊士たちはそんなことを言いつつも、それらしい理由が出来たことで消極的にその場から離れていった。それぞれ思うところがあるのは当然として、どうやら「氷輪丸に巻き込まれる」というのが予想以上に効果があったようだ。

 

 ――志波空鶴、だっけ? ごめんね、隊長を押しつけるような真似をさせちゃって。でもこっちもこれ以上、隊長の無茶に部下を付き合わせたくないのよ……

 

 駆け出したと見せかけて足を止め、少し離れた場所で様子を見守っていた乱菊は部下たちの行動に少しだけ胸を撫で下ろすと、心の中で謝罪する。

 

 ――それにあっちにいるのが志波海燕副隊長だったら、きっと隊長を止めてくれるはず! 妹だって言ってたものね……正直、本気で暴れる隊長は私じゃ止められないだろうし……もうっ! こんなことしか出来ない自分が嫌になってくるわね!!

 

 無力さを嘆きつつも、いざとなればすぐにでも割って入れるような位置に立って様子を観察する乱菊。

 厄介ごとを押しつけてしまったのは彼女本人が一番理解しているのだ。

 もしもこの場をお互い無事に切り抜けられたら、全員に酒の一杯でも奢ってあげようと彼女は密かに決意しながら、悲壮な表情で視線の先を睨んでいた。

 

 

 

 

 

「……覚悟は、できてんだろうな?」

「へへへ、何のことかな?」

「とぼけてんじゃねえよ! 霜天に坐せ、氷輪丸!!」

 

 良いように状況を引っかき回され、それでも巫山戯た態度を崩すことのない空鶴目掛けて、日番谷は斬魄刀を解き放つ。

 それを見た空鶴は、内心では二段階ほど強く相手を警戒しつつも余裕の態度を崩すことはなかった。

 

「おー、怖ええ怖ええ。見た感じ、氷の斬魄刀かよ」

「それが……どうした!」

 

 斬魄刀から膨大な水と氷が生み出され、空鶴へと襲いかかる。だが囮役の彼女はそれを避けようとせず、むしろ派手に笑い飛ばしてみせた。

 

「はっ! シケてんなぁ! もっとこう、景気良く派手に行こうぜ!! 破道の七十三! 双蓮蒼炎墜(そうれんそうかつい)!!」

 

 真正面から襲いかかる形なき冷気を、両手で蒼炎墜を放ち向かえ打つ。高熱と低温とが激突し合い、凄まじい爆発を生み出した。

 

「効かねえんだよっ!!」

 

 けれどもその程度では氷輪丸の冷気は止まらない。多少の勢いを殺されたものの、爆煙を切り裂きながら氷の竜が飛び出していく。

 その煙の切れ目、わずかに開けた相手への視界から日番谷は気付いた。

 空鶴が、まるで弓矢を放つような格好をしていることに。

 

「志波式射法――点破(てんは)!!」

「ちっ!?」

 

 煙越しに互いの目が合った瞬間、空鶴はその弓矢(・・)を放つ。

 だが飛び出して来たのは矢ではなく、一条の光だった。鬼道にて放たれる光線のようなその光を、日番谷は顔を傾けることで難なく躱す。

 

「不意打ちか? けど、狙いが甘いんだよ」

「うっひょ~……冷える冷える! ったく、こんなに冷えると熱燗でもやりたくなるじゃねえか!」

 

 そして空鶴はといえば、術を放った代償は大きかった。連続して攻撃を行ったために冷気の一撃から逃れきれず、彼女の身体のあちこちは氷に包まれている。

 普段の露出の多い格好ではなく、多少なりとも対刃や耐衝撃・耐術性を持った肌着を身に纏うことで防御力を高めてこそいるものの、日番谷の攻撃はそんなものを軽々と突破してくる。

 骨の髄まで突き刺さるような冷気に苛立ちつつも、だがそれでも空鶴は軽口を止めない。そんな余裕の態度が、日番谷を苛立たせる。

 

「ふざけんなっ!!」

「志波式術法(じゅつほう)――泥刻(でいこく)

 

 さらに攻撃を重ねようとする日番谷の動きへ空鶴は即座に反応すると、冷気に苛まれて悲鳴を上げる肉体を無視しながら地面へと手を叩き付けた。

 

「なにを……うぉぉっ!?」

 

 今度はどんな攻撃かと日番谷が警戒を強めようとした瞬間、足の裏から壮絶な違和感が伝わってきた。

 その違和感に反応する間もなく、日番谷は足を取られて盛大に滑り姿勢を崩す。

 今にも転びそうになりながらも体幹で必死に耐えつつ、彼は何が起きたのかを理解した。

 

「泥か!」

 

 先ほどまでは舗装された道だったそこが、一瞬にして底なし沼のような泥炭状態へと変貌していたのだ。

 そんなぬかるみに、通常通りに――硬い足場だと疑うことなく足を着けばどうなるかは、自明の理でしかない。

 転びそうになるのを必死に耐えつつ周囲の霊子を固めて足場を作り出すと、自由な手足をそこへ思い切り叩き付け、さらには身体の反りまで利用して無理矢理上空へと跳躍する。

 

「くそっ、こんな子供だまし……」

「そうだよなぁ……普通は倒れるか、そうでなけりゃそうするよな。なあ、ガキンチョ」

 

 そこが空鶴の狩り場だと気付かずに。

 

「ッ!?」

「志波式射法――爆燎(ばくりょう)!!」

 

 飛び上がったばかりの無防備な日番谷を目掛けて、空鶴は術で生み出したバレーボール程度の光球を叩き込んだ。

 標的にぶつかった途端、光球は凄まじい爆発と衝撃、そして光を放つ。それはさながら、点火した打ち上げ花火をそのまま相手に投げつけたような様相だった。

 

「へへへ、油断したな?」

 

 足を滑らせれば転ぶか、そうでなければ無理矢理にでも飛んで避けるか。そのどちらかの行動を取るのが普通だ。

 ましてや相手が多少なりとも怒って視野が狭まっていれば、相手の術中に乗るまいと意固地になって避けようとする確率はさらに高まる。

 そんな不安定な状態を自ら曝け出すなど、空鶴からすれば「どうぞ狙って下さい」と言われているようなものだ。

 目論見通りすぎる結果に、冷気の痛みすら忘れて空鶴はほんの少しだけニヤける。

 

「けど、まあ……っと!!」

「で? 大道芸はもう終わりか?」

 

 飛びかかってきた日番谷の斬撃を、空鶴は横に飛んで避ける。

 

 ――チッ! 爆燎をマトモに喰らっても防いだ上にコレかよ。やっぱり隊長ってのはどいつもコイツも並じゃねえんだな……

 

 思わず苦虫を噛み潰す。

 先ほどの攻撃は多少なりとも自信のあった一撃だった。

 身近に副隊長(海燕)隊長(藍俚)がいるおかげで、その霊圧の高さについては身に染みて知っているつもりだが、それでもダメージくらいは与えられるはずだったのだ。

 だが――相手の様子から察するに、おそらくは咄嗟に氷壁を生み出し鎧のように纏って防いだのだろう。その証拠に、日番谷の髪や裾の先端がわずかに凍りついている――ほぼ無傷というのは、想定外だ。

 

 それでも空鶴が笑みを崩すことはなかった。

 

「……けど、おれが負けるのはもっとありえねえ」

「はぁ? 何がうあっ!?」

「姉ちゃん! 無事か!?」

 

 背後から、日番谷の首を思い切りラリアットして吹き飛ばしながら岩鷲がやってきた。

 

「よう岩鷲。いいタイミングだったぜ」

「けど、けどどうしよう……お、俺……隊長をぶっ飛ばしちまったよ……」

「なーに、心配すんな。隊長をぶっ飛ばせるなら将来有望ってことだろうが。逆にそれで売り込んじまえばいいんだよ」

 

 慌てる岩鷲を落ち着かせようと声を掛けたのは、空鶴――ではない。

 岩鷲の後を追うように現れた一人の死神が、良い笑顔を浮かべながらもっとポジティブに考えろと悩みを笑い飛ばす。

 

「そう思わねえか? なあ、日番谷隊長?」

「志波……海燕……!」

「しばかいえん? 誰だそりゃ、俺は黒崎一護だぜ?」

 

 もはや完全に開き直った様子で、むしろオレンジ色に染めた頭髪を見せつけるようにしながら黒崎一護(志波海燕)は堂々と胸を張る。

 

「お前は向こうで暴れてたはずじゃ……」

「さーて、なんのことやら? どこかで合図でもあったんじゃねえのか?」

 

 合図――そう言われ、日番谷は一つ思い当たった。

 

「あれ、か……っ!!」

 

 空鶴が放った点破という名の攻撃。その正体は"光線を放つ"ものだった。

 首を少し傾けるだけで容易に躱せたので意識から外れていたが、あれがもしもダメージではなく合図を目的としたものだったら――

 

「隊長相手に一人でなんとかなると過信するほど、おれは自惚れちゃいねえよ」

「ぐ……っ!!」

 

 完全に翻弄されていたことを悟り、思わず歯がみする。

 

「さて、そんじゃ交代だ。今度は十番隊の隊長を足止めできるなら、この頭も役に立ったってわけか」

「テメエ志波! わかってんのか!? 自分が何をやっているか……」

「へへっ、さーてねっ!!」

 

 平気そうに見えるが、空鶴が冷気で受けたダメージは決して軽い物ではない。

 そんな妹をこれ以上戦わせられないと、海燕は斬魄刀を抜きながら前に出ると、日番谷へと挑みかかった。

 

「あいにく俺は"旅禍の黒崎一護"なんでね! そういう難しいことはよく分かんねえのさ!!」

「てめえええっ!!」

「お互い霊術院をとっとと卒業した者同士、ちょいとチャンバラでもしようじゃねえか! 後輩!!」

「てめえはどっちの立場なんだ!!」

 

 ――とはいえ、どうしたもんか……

 

 海燕もまた、胸中では複雑だった。

 この場に来る途中、乱菊から簡単に――本当に簡単にではあるが、日番谷の様子がおかしいことと彼を止めて欲しいという願いを聞いている。

 とはいえ仮に彼女に頼まれなかったとしても、海燕には日番谷を倒すつもりなど毛頭なかった。明らかに精彩を欠いている相手を問答無用で成敗できるほど、彼は非情でも人でなしでもない。

 適当なことを言ってなんとか日番谷を食いつかせているが、それでも隊長を相手にするには厳しいものがあることを彼もまた知っており、心の中で一筋の冷や汗を流す。

 

「おい、岩鷲あれやんぞ」

「あれ? って姉ちゃん、まさか!?」

 

 海燕が戦い始めたのと同時に、空鶴は天を指さしながら弟に協力を促していた。

 一瞬何のことか分からずにいた岩鷲であったが、すぐに姉が何をしようとしているのかを悟り顔を青ざめさせる。

 

「行くぞ――」

「ちょっと姉ちゃん! ああ、もう――」

「「――志波式術法――天呼(てんこ)」」

 

 姉と弟。

 二人は息を合わせて、特殊な術を発動させた。

 

 といってもその術は、発動したからといっても即座に効果が出る類いのものでは無い。

 その術の効果を知る海燕だけは、姉弟(きょうだい)が使った術に思わず笑みを零す。

 

「コイツは!! へっ、兄思いな奴らめ。泣かせてくれるじゃねえか!!」

「なんだ!? これは……天が! 氷輪丸!?」

 

 天呼の術はゆっくりと、だが確実に効果を及ぼし、氷輪丸が生み出した冷気を緩和していった。

 まるで真綿で首を絞められるように少しずつ、けれども確実に冷気を操れなくなっていくその感覚に、日番谷は戸惑いの声を上げていた。

 

 ――志波式術法・天呼。

 その術は、一時的に天候を操るものだった。

 天相従臨(天候を操る)とまで呼ばれる氷輪丸と比較すれば小規模かつ消費も大きいものの、この術は文字通り天候を自在に操る。

 晴れも曇りも雨も、雪や風すらもお構いなしだ。

 氷雪にて天を従えようとする氷輪丸の力を陽光によって打ち消し、気温を少しずつ上げていくことで斬魄刀を無力化していく。

 

「これならイケるぜ!! 隊長といえど聞き分けのないガキにはちょっと荒っぽい躾けになるぞ! 覚悟しな!!」

 

 それは、戦いの天秤がわずかに海燕たちへと傾いた瞬間だった。

 




●謎の訪問販売員のひみつ(大嘘)
?原?助「カレー粉いかがっスか~」
清音「ください!!」

●志波式XXX
オリジナル。
鬼道のみでも良かったんですが、なんとなく空鶴に特殊な術を使わせたかった。
(元五大貴族ですし。そういう凄い術とか知ってそうだから)

・XXX射法:大雑把に攻撃系の術とか投げる系の分類
・XXX術法:それ以外の術や技の分類
(原作だと「石波法奥義」とか「射花戦段」とか色々あるんですが。
 使い方を理解できなかったのでわかりやすく二つだけの分類に)

・点破:一点集中のレーザーを撃つ術
・泥刻:周囲を泥沼に変える(砂にする石波のバリエーション)
・爆燎:凄い炎と光と爆発を起こす(原作岩鷲が弓親に使った花火の術版)
・天呼:一時的に天候を操る高難度術(花火の打ち上げは晴れの日にしたい)

●志波家兄弟とシロちゃんの戦い
原作の「一角と射場さんの戦い」みたいな感じの予定です。
(幻の大技「トライアングル・シバーケ」さえ出せれば海燕らの圧勝なんですが)

●最後まで迷っていたこと
夜一・空鶴コンビの方が良かったかもしれない……


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第152話 狼虎、相対ス

「こっちです! 遅れないで着いて来て下さい!」

「ありがと! 桃さん!!」

 

 雛森を先導役に、織姫たちは処刑場への道中を必死で移動していた。

 彼女らは四番隊にて変装用の死覇装を用立てて貰っており、それを身につけている。以前追い剥ぎ同然に手に入れた際とは違い、襟に縫い付けられた刻まれた隊章も四番隊の証である竜胆(りんどう)である。

 これなら例え疑われたとしても押し通せるだけの材料は揃っている。

 

 ――尤も四番隊三席である雛森が先導しているのだから、疑いを掛ける物好きな死神はいないだろうが。

 

「石田君たちも平気!?」

「ああ、問題はない。だが井上、あまり声を上げない方が良い……目立つのは避けるべきだと思う……」

「そ、そっか! ごめんね」

 

 茶渡が言葉少なめにそう返せば、織姫は軽く反省しつつ前を向き直った。

 

「すまない、茶渡君……」

「気にするな」

 

 雨竜は茶渡の背中越しに思わず呟くが、彼はまるで気にした素振りを見せなかった。

 なにしろ現在の雨竜は霊力を全く操れない状態であり、そのため身体能力は一般人と変わらない。

 だが今は少しでも急ぎたい時である。そのため少しでも早く移動するため、茶渡が雨竜を背負って走っていた。

 男子高校生一人を背負って走っているのに速度を落とすこともなければ、息一つ切らさない茶渡の身体能力は驚愕の一言に尽きるだろう。

 

 ――うう……でも……

 

 そんな状況にあって、先頭を行く雛森は軽く頭を悩ませていた。

 

 茶渡、織姫の両名とも十分に早く走っている。

 護廷十三隊の隊士と比較すれば、上位席官と遜色ない。一部の隊を覗けば三席だってやっていけるだろう。

 

 だがそれでも雛森の基準からすれば「遅い」と言わざるを得なかったのだ。

 

 ――もっと急ぎたい! でも多分、これ以上の速度では間違いなく着いてこれない……!

 

 自隊の隊長が危機に陥っている現状、その場所へ一刻も早く駆けつけたいという気持ちをグッと堪えて案内役を引き受けたのだ。

 ならば雛森の役目は"織姫らを無事に、そして遅れることなく送り届ける"ことである。

 

 ――あまり急がせると、たどり着いても動けないくらい疲弊しちゃう……だったら私が癒やす? ううん、それでもどこかで無理が出るかもだし……それ以前に移動の途中で潰れかねない……むしろ遅れるかな……?

 

 頭の中で織姫らの能力と余力、移動距離と移動時間を必死で計算し続けながら、彼女は大通りをひた走る。

 織姫らが信じて着いていく中、だが先頭の彼女は急に足を止めた。

 

「止まって!」

「え、何!?」

「む……」

 

 突然の静止指示に戸惑うものの、織姫らはなんとか互いに激突せずに止まれたようだ。

 とはいえ一体何事かと思い始めたところで、横道から二人の男がぬうっと姿を見せる。

 

「すまぬが、この道は通行止めだ」

「七番隊……狛村隊長……射場副隊長も……」

「よお、雛森の嬢ちゃん。久しぶりじゃのう」

 

 現れたのは、どちらも雛森からすれば見上げるほどの巨躯を誇る相手だった。

 しかもここに現れて雛森らの前に現れたということは――藍俚(あいり)から狛村にも打診だけはしていたと聞いていたが、どうやら敵対は避けられないと悟る。

 

「んで――その後ろにおるんは四番隊の新入りか?」

「……ッ!!」

 

 射場にそう尋ねられた瞬間、雛森は斬魄刀の柄に手を掛けていた。

 心体とも瞬時に戦闘準備を整え、何があっても即座に対応して動けるように身構えると、腹の底から声を張り上げて織姫らに逃げるように促す。

 

「皆さん! 逃げて下さい! ここはなんとか、私が食い止めます!! だから皆さんは、早く……!!」

「はぁ……そがあな態度を取るんいうことは、やっぱり、そうなんけえな……」

 

 今のような状況に備えて、全員に処刑場の場所と道順については簡潔ではあるものの周知済みだ。

 隊長と副隊長がそれぞれ一人ずつ。

 自分が必死になって抑え続ければ、なんとか三人が逃げ切れるまでの時間稼ぎが出来るだろうという目算もあった。

 そんな雛森の行動に、射場は思わず嘆息する。

 

「けどわかっとるんか? 嬢ちゃんがそがあな態度を取るんいうことは、儂らも引けんくなるいうこっちゃ……そうでしょう、隊長?」

「…………」

「う……く……っ……!」

 

 水を向けられた狛村は、雛森へ無言で殺気を放つ。威圧、と呼んでも良いだろう。

 そんな目に見えぬ圧を感じ取り、彼女は小さく呻き声を上げる。気を抜けば今にも押しつぶされそうな重圧に必死で耐え、それでも戦闘態勢を崩さずにいた。

 

「駄目だ」

「……え……? さ、茶渡さん!?」

 

 そんな雛森を庇うように、茶渡が前へ出た。

 狛村にも負けぬ巨体が割って入ったことで彼女を視線から遮り、拳を握ることで戦意を示す。

 雛森が一瞬だけ背後へ視界を向ければ、石田は下ろされており織姫が支えているのも確認できた。

 

「ここは俺が引き受ける。だから、皆は先に行ってくれ……」

「そんな、ここは私が! それに皆さんは目的が……!!」

「道案内は、必要だ。それに俺は足が遅い。あんたが本気で先に行った方が、きっと早いはずだ……」

「……!!」

 

 思わず雛森は息を呑んだ。

 確かにそう思っていたが、態度や表情はおろか雰囲気を匂わせることすらしないように注意していたはずだ。

 それがまさかこうも的確に言い当てられるとは思ってもみなかった。

 

 そしてそんな茶渡の言葉は相手の興味をも引いたようで、狛村は雛森へと放っていた威圧の向かう先を変更する。

 

「ふむ……自ら犠牲となる、か……」

「…………っ…………く……」

 

 数日前、京楽と相対した時に感じたのと似た重圧に、茶渡の息が詰まりそうになる。

 だが彼にすれば、今回で二度目だ。一度感じたことならば、身体が対処法を覚えている。

 放たれる重圧に怯むことなく、茶渡は強靱な意志を持って立ち向かう。

 

「だがお主、わかっておるのか? そこの雛森三席が時間を稼ぐと言っておるのだ。お主らからすれば、願ってもないことではないのか?」

「かも……な……」

「ならば何故!?」

 

 その問いかけに、茶渡は自信を持って答えた。

 

「一護のためだ」

「その者はお主の友……か?」

「ああ、そうだ」

 

 再び彼は、一切迷うことなく頷いてみせる。

 いつの間にか狛村から発せられていた重圧は霧散していた。

 

「ふっ……わっはっはっはっはっ!! そうか、友のためか!!」

「む……?」

「た、隊長……!? どないしたん、ですかいの……?」

 

 狛村の笑い声が響く度、それまで張り詰めた糸のようだった周囲の空気が、ゆっくりと緩慢なものへと変わっていく。

 剣呑な雰囲気が完全に消失しており、むしろ茶渡らが拍子抜けするほどだ。

 

「鉄左衛門!」

「はっ!」

「引き上げるぞ!」

「は……? そりゃ、いったい……?」

「此度の命について、元柳斎殿と四十六室へ今一度確認に行く。儂も湯川隊長については、まんざら知らぬわけでもない。その湯川殿が匿っていた旅禍たちだ。なんらかの理由はあろう。それを確認せねば、万が一ということもありえる!」

「その、隊長……ええんですかい!?」

「不服か?」

「いえ……その、隊長! 儂は、一生隊長について行きますぜ!!」

「そうか。好きにするがよい」

 

 そこまで告げると、この場所にもはや用はないとばかりに狛村はさっと身を翻した。

 

 言うまでも無いことだが、本来は再確認に戻る必要などないのだ。

 死神にとって上の命令は絶対にも等しい。たとえ総隊長の山本とて、四十六室から命ぜられれば従うしかない。

 隊長である狛村がそんなことを知らぬわけがない。

 ならばこれは、婉曲的に見逃すと言ってるに等しい。

 だが狛村の言葉はそれだけでは終わらなかった。

 

「ああ、そうそう。雛森三席。それと旅禍の者たちよ。お主たちも来るか?」

「え、あの……狛村隊長、それはつまり……」

「勘違いはせんでもらおう。儂はあくまで確認に向かうだけだ。確認が取れた後は、再びお主らの敵に回るかも知れぬぞ?」

 

 伝え忘れたとばかりに、一度向けた背を再び翻すと雛森に尋ねる。

 その申し出は、処刑場までの道中を護衛してやると言外に述べている。そうでなければ態々「敵に回るかも知れない」などと告げる必要も無いだろう。

 

「お願い、します……狛村隊長」

「承知した、雛森三席」

 

 僅かな逡巡の後、雛森は頷いた。

 だがそんな彼女の行動など気にも止めず、続いて狛村は茶渡へと視線を移す。

 

「儂は七番隊隊長、狛村左陣だ。お主、名は何という?」

茶渡(さど)泰虎(やすとら)

「泰虎……虎か。良い名を貰ったのだな」

「ああ……」

 

 ただお互いに、自らの名を名乗っただけ。

 だが二人は、不思議と満ち足りたような感覚を味わっていた。

 




●七番隊二人
一時加入

●四番隊の隊章(竜胆(りんどう)の花)
花言葉は「正義」「貞節」「誠実」「的確」「悲しみに暮れるあなたが好き」
(最後の言葉よ(苦笑))

●狛村隊長とチャド
原作では全然交流とか無かったけど、実は案外仲良くなれると思う。
(一緒に五郎(犬)の散歩とかしそう)

 ……自分で言っておいて何ですが、この二人が一緒に犬の散歩してるのって凄く似合いそう……めっちゃ見てみたい……


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第153話 タイムリミット

「くっ……!」

 

 藍染の言葉を聞き、思わずうなり声を上げてしまいました。

 

 なにしろ敵対している相手が相手です。

 何かしらの手を打ってくるとは思っていましたが、まさか同時進行で来るとは……これはさすがに想像もしてませんでした。

 それが狙いだったってわけね。

 

 マズいわね、これはちょっと……下手すると戦力が半減しそう……

 

『今の二人の剣八殿では、ノータイムで一護殿を手助けするほど友好的ではありませぬからなぁ……比較すれば藍俚(あいり)殿の方へと天秤が傾くでござるよきっと!』

 

 自惚れじゃなければ、自分でもきっとそう思うわ。

 今ならまだ一護より私の方が強いし、積み重ねてきた物もあるからね。心配してこっちに来てくれるのは嬉しいんだけど……!

 あとは、四番隊(ウチ)もこっちに来てくれる……かしらね。

 あっ、でも! 来てくれると気分的には嬉しいけれど、戦略的な面からだとアッチに行って欲しいって思っちゃう……

 

ヒーラー(回復役)にごっそり抜けられたら、勝てる戦いも勝てねえでござるよ!!』

 

 しまった……こんなことならもう少し酷い扱いをしておくんだったわ……

 

『具体的には?』

 

 え? えーっと……えーっと……その、なんかこう、酷いことするのっ!

 そんなことよりも!!

 

 反対に、一護の方へ確実に行ってくれそうなのは……まず白哉たち六番隊よね。

 それと多分だけど、十三番隊。

 浮竹隊長が行くなら、京楽隊長も期待できるわね。

 

 ……あとは……

 

『二番隊でござりますか?』

 

 うん……砕蜂はどうするのかしら?

 せっかく手に入れたのに逃がしちゃった副隊長の猫さん(夜一さん)を捕獲できそうな一護の方に行くのかしら? それとも私の方に来てくれるのかしら?

 

『憧れの褐色巨乳か、それとも辛いときに支えてくれた年上巨乳か……どちらを選ぶか、悩ましい限りでござるな……嗚呼!! これが二週目、三週目ならばハーレムルートの選択肢が出てくるというのに!! ――という感じで悩んでそうでござるな』

 

 いやいや射干玉、砕蜂よ? そんなコメディみたいなことがあるわけないでしょ。

 

 それより敵対側は――市丸と東仙は確実よね。

 総隊長は立場的な問題で無茶やヤンチャは出来ないから、積極的ではないだろうけれど邪魔はしてくるはず。

 多分ココまでは確定。

 

 狛村隊長は、あの時の様子を見た限りだと迷ってる印象よね。

 何かもう少し決め手があればなんとかなりそうなんだけど。

 

 そして最後に――

 

「考え事とは余裕だね?」

「うっ!?」

 

 ちょっと思考に気を取られすぎたみたいね。

 藍染の斬魄刀を避けきれず、胸元を薄く傷つけられました。

 

『モノローグ中の攻撃はNGでござるぞ!!』

 

 それ、万国共通のルールだったら良かったんだけどね……

 

「……あんなことを言われたら、さすがに驚くに決まってるでしょう?」

「おや、そうかい? どうやら私は、ようやく一本取り返せたようだ」

 

 優位なのが分かってるようで、藍染は微笑を浮かべたままです。

 

「それに先ほどまでの驚いていた表情も、なかなか見物だったよ。私も知恵を絞った甲斐があったというものだ」

「そりゃあ、まさか私の処刑まで同時に行うなんてね……!!」

 

 言葉と同時に手刀で襲いかかりますが、斬魄刀で打ち払われました。

 

「意外だったかい? なら、楽しんでもらえて何よりだよ」

「楽しいわけないでしょう!!」

 

 払われた衝撃で手が浅く傷つきましたが、そんな怪我は一瞬で治せます。

 なので斬られるのを構わずに攻撃を続けて行きます。

 

「呼び出したいのなら、私だけを呼べば良いでしょう! どうして吉良君たちまで!?」

「なんだ、そんなことを聞きたかったのかい? 簡単な話さ」

 

 何度かの打ち合いの後、今度は藍染が攻撃を受け止めました。

 まるで刀同士の鍔ぜり合いのような状態に持ち込まれたかと思えば、あっさりと。さも当然のことのように口にしてきました。

 

(きみ)、普通に呼び出しただけでは来ないだろう?」

「……っ……!」

(きみ)(ホロウ)化という特異な能力を身につけている。それを身につける前からも、どうやら私に何らかの懸念を抱いていた。そんな相手が、素直に呼び出しに応じるとは思えなかったのでね」

 

 なるほど、さすがによく見ていますしよく考えています。

 下手に呼び付けるのは逆効果、一人でノコノコ来るような馬鹿だとは思っていない。

 有無を言わさずに連れて行くだけの切っ掛けが欲しかったということですか。

 

「だから、吉良君たちを利用したっていうの? 私を呼び出す為に!?」

「その通り。元々、六番隊の阿散井君や君の所の雛森君、それにそこで転がっている吉良君もだが。何かに使えそうだとは思っていたんだ。だが惜しくも君に――いや、当時の君の上司に取られてしまってね」

 

 あれは本当に、卯ノ花隊長は何をどうやったんでしょうかね……?

 

「とはいえ"手に入るならばよし。入らぬならば仕方なし"と、その程度にしか思っていなかったのだが……君が雛森君らを引き込んでくれたおかげで、それよりもっと面白い相手に接触することが出来たよ」

 

 もっと面白い相手、ですか……

 

「それが、日番谷冬獅郎……」

「ふふふ……なかなかどうして、彼の心の中は鬱屈かつ混沌としていたよ」

 

 この会話を続けている最中でも、私と藍染は小競り合いを続けています。

 相手の放つ鬼道を虚閃(セロ)で相殺し、斬撃を徒手で受け止めて反撃を繰り出しているのですが。

 なのに藍染にはまだまだ余裕がありますね。

 

「君にお気に入りの相手を取られたのが相当腹に据えかねていたらしい。少し突いてやれば簡単に接触できたよ。加えて十番隊の前隊長が都合良く消えたこともあって、彼の信頼を得るのは非常に容易だった。何しろ私は一般的には"人の良い隊長"で通っているからね」

 

 前隊長……志波一心ですか。

 同じ隊長としての立場を上手く利用したってこと。

 なるほど、本当に上手いことやるわね! 日番谷って若い天才枠だから実力はあるし、でも若いから対人関係の経験は少なそう。

 海千山千の藍染なら、丸め込めても不思議じゃない……わね。

 

『基礎能力が高く、経験値倍率が常人より高いとしても、経験値そのものを得られなければどうすることも出来ませぬからな』

 

「とはいえ付き合わされるのも、なかなかどうして苦痛ではあったよ。何の益体もない相談を何度も何度も繰り返し……しかも噂が広がり他の男性隊士まで寄ってくる始末だ。あれだけ無意味な時間を使わされた挙げ句、わざわざ彼に死を偽装したことまで伝えてやった。日番谷君には少しくらいは役に立ってもらわねば割に合わんよ」

 

 うわぁ……ちょっと苛立ってるわね。

 実感の籠もった藍染の言葉に、思わず攻撃の手を止めてしまいました。

 でもそう言われれば"桃が日番谷に何かアプローチを受けました"みたいな話って聞いたことないわね。

 私も立場が立場だし、その手の話はすぐに伝わるだろうから……

 

 それともう一つ、今"死を偽装したことを告げた"って言ったわよね……? 

 

『全死神の中から選ばれた、特別な貴方だけにスペシャルなお知らせでござる!! 実は藍染殿は生きていて、裏切り者をこっそり探していたでござる!! 日番谷殿だけにしか頼めないでござる!! ここで活躍すれば君は英雄でござるよ!! ……とまあ、こんな感じではないかと……』

 

 ……案外、引っかかりそうね。なんだかんだ言っても根っこはまだ子供だし……

 

「まあ、それでも仮に収穫があったとすれば……私が"頼れる兄貴分"という仮面を被るのには向いていないことを改めて認識したことだね。やはり慣れぬことはするものではないな……ああ、そこの吉良君もそうだったね。日番谷君と二人で、結論のわかり切っている議論を何度も何度も……まったく度し難いことだ」

「ッ!!」

 

 あ、吉良君に飛び火した。

 

「丁度良い、彼女に伝えたらどうだ? それとも私から伝えてやろうか? 君が霊術院の初日から恋い焦がれ、伴侶にしたいと常に下心を持って接していた――」

「う、うわああああああああああっっ!!」

「吉良君っ!?」

 

 まだ治療途中にもかかわらず、吉良君が斬魄刀を手にすると藍染へと向けて斬りかかりました。

 

『そりゃ、心の内を他人に思いっきりバラされたら恥ずか死は待ったなし、大暴れで襲いかかるでござるよ! 登校したら掲示板にラブレター張り出されてるようなもんでござる!!』

 

 うわ、それは恥ずかしいわね。

 

「藍染隊長――いや、藍染!!」 

「やれやれ……君の役目はもう終わっているんだよ」

「させない!!」

 

 今度は間に合いました!

 藍染と吉良君の間へ強引に身体を割り込ませると、片手で吉良君を突き飛ばして距離を離し、もう片方の手は藍染目掛けて拳を繰り出します。

 

「うわあああっ!?」

「ぐっ……」

「ご、ふ……っ!」

 

 三者三様、悲鳴が上がりました。

 吉良君は私に突き飛ばされた驚きと、治療途中に無理に動いたので傷口が開いた痛みとショックがまぜこぜになった声を。

 

 私は無理矢理ねじ込んだために攻撃を避けられず、藍染の斬魄刀に腹部を刺し貫かれた痛みと衝撃の声を。

 内臓も傷ついてますねこれは……口の端から血が溢れ出たのが分かります。

 

 そして藍染はというと――

 

「これは少しだけ、想定外だったかな?」

 

 ――あくまで余裕の態度は崩そうとせずに呟きました。

 

 何が"少しだけ想定外"よ! 思いっきり異常事態でしょうそれ!!

 

 殴りました、殴ってやりましたよ!

 藍染の頬に拳を叩き込んでやりました!

 眼鏡は半分ほど叩き壊され、殴られた衝撃で遠くに吹き飛んで行きました。

 本人も殴られるとは思っていなかったんでしょう、軽く仰け反りながらたたらを踏み、怪我の具合を確認するように頬を軽く撫でています。

 

「まだまだ(ホロウ)化は底が知れない――いやこれは、当人の能力の高さによるものかな? もう少し詳しく知りたいところだが……ああ、残念。そろそろ時間のようだ」

 

 絶対に痛いはずなんですが、まるで顔を顰めることもせずに。

 一瞬だけ遠くへ視線を投げると藍染はそう口にしました。

 

「湯川隊長、(きみ)のその(ホロウ)化は確かに素晴らしい。出来れば謎を解き明すことまでしたかったよ」

「な、何が……?」

 

 お腹を貫かれた傷の治療のせいで、少しばかり動くのに遅れましたね。

 その隙に藍染は懐から白い布のようなものを取り出すと、放ちました。まるで布そのものが意思を持っているかのように蠢き、竜巻か何かのような動きで広がっていきます。

 

「さようなら」

 

 布が藍染を包み込んだかと思えば次の瞬間、強烈な発光が起きます。

 それが消えた時にはもう、藍染の姿はどこにもありませんでした。

 

 逃げられた!! 

 ルキアさんが目的だったはずなのにずっとココにいるから、どうするのかと思ってたけれど……藍染ってばこんな手段も持ってたのね!!

 

 

 

 ……あっ! しまった!! 肝心なことを聞くのを忘れていたわ!!

 

『な、なんでござるか!? 急に一体、藍俚(あいり)殿は何を……!?』

 

 検死の時に計測したサイズ! あれが原寸大だったのかを確認したかったのに!!

 

『え……い、いや確かに! それはそれで気になる情報でござるよ!! 藍染殿ーっ!! カムバーック!!』

 

 

 

 

 

「消え、た……?」

 

 藍染が消えたのを見ていたのでしょう。吉良君がそう、力なく呟きます。

 

「多分あれは、転送装置の一種ね。やられた……あんな物まで用意してあったなんて……」

「て、転送装置!? そんな物があるんですか!?」

「そこまで驚くことはないでしょう? 以前、浦原さんや涅隊長が作った同じような物を作っていたし。最悪、どこかから盗んできて使ってるだけかも知れないけれど、でも使うだけだったら誰でも出来るし……あれ、ひょっとして吉良君は使ったことない?」

「ありません……」

 

 ……あ、そうか。

 私が知っている転送装置って、女性死神協会の会場(朽木家)に行く物だから吉良君は知らないわよね。

 女性死神は大体皆が知ってるのに、男性死神はごく一部しか知らないとか……ま、まあおおっぴらに広めて良い物でもないだろうから……

 

 

 

 それにしても、嫌というほどに感じるこの霊圧……なるほどね。

 これを察知したから、藍染は逃げたわけか。

 この場にいたら、霊圧と数の差で押し切られていたでしょうね。

 仮に鏡花水月を使ったとしても「勘」という理不尽な一言で突破されそうですし、そりゃまあ、逃げますよね。

 私が逆の立場なら絶対に逃げます。

 

「卯ノ花隊長! 更木副隊長!」

 

 やってきた二人。元凶たる霊圧を放つ二人に、私は軽く手を振って合図しました。

 




●格好つけて逃げる
「この二人まで同時に相手にするとか無理……いや、ホントに……」

●問題
「変身(虚化)を解除する描写」……しましたっけ?
答え:ない(解除してない)


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第154話 証拠は後付けで

「あら、湯川隊長……ですよね?」

「ん、誰だお前……?」

「あいりん……だよね……?」

 

 卯ノ花隊長と更木副隊長――それと彼の背中にくっついている草鹿三席――は、やってくるなり私を見ながら怪訝な表情をしました。

 まるで私のことが誰か分からないような、初めて会ったときのような反応です。

 なんでかしら……?

 

 ……あっ! まさか今の私って、鏡花水月で藍染の姿にされているとかじゃないでしょうね!?

 もしもそうだったらとんでもなくマズいわよ! この二人相手に真剣勝負とかどう考えても無理……

 

「あの、先生……仮面……」

「……あっ!!」

 

 吉良君がこっそり教えてくれたおかげで、ようやく気付きました。

 そうでした、(ホロウ)化してたんですよね私。

 

『慣れすぎにも程があるでござるよ!!』

 

 うう、射干玉の言う通りだわ……でも、戦ってたからテンション上がっちゃって……(ホロウ)化しててもそれが当然だと感じられる程度には慣らしていたのが仇になったわね……

 

『あーあー、これは……やってしまったでござるな……』

 

 慌てて(ホロウ)化を解きましたが時既に遅し。

 死神の姿へと戻った私を待っていたのは、子供のように瞳をキラキラと輝かせている卯ノ花隊長たちの姿でした。

 

「あらあら。藍俚(あいり)、それがあなたの奥の手ですか? なるほど、ようやく目にすることが出来ましたが……良いですね、実に良いです。是非、手合わせを……」

「はははははははっっ!! 良いじゃねえか良いじゃねえか!! 藍俚(あいり)、お前まだそんな強さを隠し持ってやがったのか!? 斬っても斬っても減らねえ奴とは思っていたが、さっきの姿はマジで斬ってみてえ!!」

「すっごーい!! あいりん、今の何!? 今の何!? 白い仮面がビューって消えて!! でも仮面の時の姿はすっごく強そうだった!!」

 

 うわぁ……大歓迎されてる……今まで以上に目を付けられたわね……

 

『流石は"三度の飯より斬り合いが好き"だったり"茶をしばくより剣でしばくのが得意"な方々でござるな……』

 

 この反応が嫌だったから、今まで必死で隠していたのにぃっ!!

 

「よし、藍俚(あいり)。とりあえずさっきの仮面をもう一回付けろ。んで、斬り合いするぞ。加減は……いらねえよな?」

「剣八、何を言ってるんですか? ここは隊長権限で私が斬り合い――もとい、検分を行います。あなたは下がっていなさい、隊長命令ですよ」

「なんだと!? いくらあんたの命令でも、今回ばかりは聞けねえな……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 一触即発の剣呑な空気が流れたので、大急ぎで割って入ります。

 

「お二人はその、私と戦うために来たわけじゃありません……よね……?」

「「…………?」」

 

 そこの剣八二人! なんでそろって頭にハテナマークを浮かべてるのよ!! まさかもう目的を忘れてるんじゃないでしょうね!?

 

「ああ、そういえば……」

「そうだな……」

「あいりんが処刑されるとか、だめーって思ったんだったよね」

 

 良かった、思い出してくれた……

 

「けどなあ、藍俚(あいり)。テメエも悪いぞ? あんな斬り甲斐のありそうな霊圧を見せられたら……我慢なんざ出来なくなるだろうが……」

「そうですね。あれは……うふふ……」

 

『いやぁ、藍俚(あいり)殿……大人気でござるな……』

 

 こんな人気、いらない……

 

「おい、大丈夫か!? ……って、なんだ藍俚(あいり)。お前、元気そうだな……?」

「処刑されるという話だったけれど、変だね……? まさかとは思うけれど、湯川隊長? 四十六室を全員斬って脱走でもしてきたのかな?」

 

 卯ノ花隊長たちから遅れることしばし、一角たちがやってきました。

 

「そんな訳ないでしょう!? ……良いですか、ここで私が知ったことを全てお伝えします……」

 

 とりあえず、藍染の事について色々と情報共有をしておくことにします。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 何があったのかを一通り伝え終えると、その場の全員が神妙な面持ちになりました。

 

「なるほど……何やら妙だとは思っていましたが……」

「全部が全部、仕組まれていたってわけか……」

「それも藍染隊長が、ねぇ……」

 

 それぞれが思い思いに感想を口にする中、草鹿三席が何やら絶望的な表情をしながら唸っていました。

 

「うーっ…………うーっ…………!!」

「あの、どうしたの?」

「これってつまり、あいりんは騙されてただけってことでしょ?」

「え、ええ……そうなるわね……」

 

 見るに見かねて思わず声を掛けてしまったところ、そんな風に叫んできました。

 

「それじゃあ、あいりんを助けてお返しがもらえないの!? お料理作ってもらえないの!?」

「お、お返し……?」

 

 お返しって何のこと?

 

「お返しの意味が分からないんだけど、お菓子とか甘味で良ければ作っ――」

「本当!?」

「――ってあげ……え、ええ……」

 

 間髪入れずに聞き返されました。もの凄い反応速度ね。

 

「私のことを心配して助けに来てくれたことには違いないからね。そのくらいで良ければ、お返しをさせてもらうわ」

「やったーっ!!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねて、大喜びです。

 これだけ見ると、本当に可愛いんですよね。

 

『あー……あの、藍俚(あいり)殿? もう取り消しは不可能でござるよ……?』

 

 取り消し……? お菓子とかお弁当を作れば良いんでしょう?

 

『いえ、そうではないでござるよ……』

 

「良いことを聞きました。ねえ、剣八」

「そうだな。なら、俺たちにも借りを返してもらわなきゃ不公平だな」

 

 ……あ、そういう……こと……?

 

 やる気満々のお二人の姿に、ようやく私は"自分が迂闊な事を口にした"のだと痛感させられました。

 射干玉が言っていたように取り消しはもう不可能……みたいですね……

 

「……わかりました、わかりましたよ!! お二人にも、一角も綾瀬川五席にも、何らかの形でお返しはちゃんとさせていただきます! ただし! ここまで来た以上は、最後までつきあって貰いますからね!! 今の事態にちゃんと決着がついた後です!!」

「その言葉、忘れんなよ?」

 

 ニヤリと犬歯をむき出しにして笑う更木副隊長の姿が、とても怖かったです。

 

「勿論、協力はしますよ。では早速、もう片方の……朽木ルキアさんの方へ向かえば良いのですか?」

「けど隊長。今から全力で向かっても、間に合うかどうか……ちょいと距離がありますぜ」

「いえ、まずは証拠を集めます」

「証拠?」

 

 一角たちが首を傾げながら聞き返してきました。

 

「藍染隊長がココに身を隠していたのなら、その痕跡が残っているはずです。四十六室を意のままに操っていた証拠などを探してもらえますか? 計画書、みたいなのがあればもっと良いんですが……流石にそんな物は無いでしょうけれど……今からルキアさんの所へ向かうよりは建設的なハズです」

 

 四十六室を皆殺しのシーンって、まだ消化してませんからね。

 丁度良いので、十一番隊に見つけてもらいましょう。死体があれば、そこから命令が不当なものだという証拠にもなりますから。

 総隊長や狛村隊長が納得できるだけの"理由"を提示してあげないといけません。

 

「なるほど。わかりました」

「チッ、面倒くせえ……」

「まーまー副隊長、そう言わずに付き合ってやりましょうぜ」

「探検♪ 探検♪」

「探検気分でいられるとは思えないけどね」

「すみませんが、よろしくお願いします」

 

 色々文句を言いつつも、更木副隊長たちは証拠を探しに行ってくれました。

 そんな彼らを見送っていると、卯ノ花隊長が不思議そうに口を開きます。

 

「おや? 藍俚(あいり)、あなたはどうするんです?」

「私は……吉良君の治療をしますので……」

「彼の……?」

 

 一瞬だけ視線を向けて、吉良君の様子を観察します。

 

「見たところ、自力で治療をしているようですが……わざわざあなたが治療する必要はないのでは?」

「いえ、ちょっと……私でないと見られない傷がありまして……」

「……わかりました。ですが、あまりやり過ぎないように。男性というのは、単純ですが意外と脆い部分もあるのです。注意なさい」

 

 これだけで、卯ノ花隊長には分かっちゃいましたか……

 私が見るのは、吉良君の心の傷です。

 

 早い話が、慰めてあげるということです。

 

『それはひょっとして! いわゆる慰めック――』

 

 はい! アウト!! それは口に出しちゃ駄目なワードだから!

 

 

 

 ……こほん。

 

 

 

「吉良君、怪我はもう平気? ごめんね、後回しになっちゃって……」

「あ、先生……」

 

 私が十一番隊と話し合いをしている最中も自己治療を続けていたため、どうやら刀傷の方はもう問題ないようです。

 

「うん、こっちの(・・・・)傷はもう平気ね。でも……」

 

 それでも傷口を軽く視診だけして問題のないことを確認し終えると、私は吉良君を優しく抱き寄せてあげました。

 

「せ、先生……!?」

こっち()の傷は、まだ開いたまま……かしら……?」

 

 抱きしめながら耳元でそっと囁けば、吉良君はしばらくの間呆然としたまま。けれどやがて、大慌てでそこから逃れようと暴れ出しました。

 

「だっ、駄目です! 放して、放してください!! 僕は、先生を……」

「うん……そうだよね。こういうときは、本当はそっとしておいて欲しいって思うもの、だよね……」

 

 でも放しません。

 逆にもっと抱きしめてあげます。

 

「でも今の吉良君は、放っておけないから……自分のことを責めて、潰れちゃいそうだから……」

「…………」

「吉良君は、私のことを思って行動してくれたんでしょう……?」

「……は、い……」

 

 力ない返事が聞こえてきました。

 

「じゃあ、それでいい。結果的にこうなっちゃっただけだから。もう私は気にしないから、ね?」

 

 抱きしめたまま、そっと頭を撫でつつ囁くと、吉良君はガバッと顔を上げます。

 

「そんな! だって僕は――!! んぐっ……!?」

 

 彼の口に指を押し当てて、言葉を遮ります。

 

「今の君は自責の念に囚われちゃってて、冷静に考えられなくなってるから……だから、落ち着いてちゃんと考えて、自分で自分を見つめ直してから、その言葉を聞かせて? それまで待ってるからね……イヅル(・・・)君」

 

 

 

 

 

藍俚(あいり)殿が魔性の女に見えてきたでござるよ……』

 

 下手に落ち込むよりは、スケベ心込みでも前向きにやる気を出せる方が良いでしょう?

 

 

 

 

「隊長!! よかった、ご無事だったんですね!!」

「おい、藍俚(あいり)! 中はとんでもねえ事になってたぞ!!」

 

 吉良君のやる気を出させ終えた辺りで、勇音たち四番隊がやってきました。

 それと同時に、十一番隊も調査を終えて戻ってきたようです。

 

「丁度良かったわ。何があったのか、もう一度摺り合わせましょう。それと勇音は、聞いたことを天挺空羅(てんていくうら)で全死神へと通達して」

「え、あの……天挺空羅ってどういうことですか……? それに十一番隊の……中って一体……?」

「詳しい話はこれからするから、よく聞いてちょうだい。それと、天挺空羅をお願いするのは、私じゃあ伝えても信じてもらえないかも知れないからなの。お願い勇音、今はあなただけが頼りなの!」

「わ、わかりました! 隊長の頼みとあれば!!」

 

 こうして皆さんもよく知った流れで伝達を終えると、私たちは処刑場――双殛の丘まで向かう事になりました。

 

 でもこればかりは……間に合うわけ、ないわよね……

 




●身バレ
剣ちゃんと虚化状態でド突き合うことが確定しました。

●吉良
名前で呼ばれたら、効くと思います。
抱きしめられたら、悩みも吹っ飛ぶと思います。
男の子の大体の悩みはおっぱいで解決します。

●??
私は許そう。だが彼女たち(アイツら)が許すかな?


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第155話 双殛の丘にて その1

 双殛の丘。

 

 普段は閑散としており、何人(なんぴと)もこの地に近づかない。

 だがそれは当然だ。

 ここは処刑場。

 処刑場が賑わいを見せるとすれば、それは刑が執行される時だけだ。

 

 そして、現在の双殛の丘は幾ばくかの賑わいを見せていた。

 

 急遽、それも大幅に予定を繰り上げて強行されることとなった朽木ルキアの処刑のために護廷十三隊の各代表者たちが集まっていたのだから。

 

「ふむ……集まりが、悪いようじゃな……」

 

 この場に集った各隊の面子を眺め、山本は軽く目を閉じた。

 

 やって来ているのは三番隊・八番隊・九番隊の隊長と副隊長。それと――

 

「……やはり……あちら……選択……失敗……決断……」

「隊長……? あの、隊長……?」

 

 ――俯いたままなにやらボソボソと小声で呟き続ける二番隊の隊長と、それを心配し続ける副隊長もいる。

 これに自ら指揮する一番隊を加えても、合計十名だけ。十三隊の全隊長副隊長に招集を掛けたにも関わらず、半数にも満たない。

 

「ですか、それも仕方がないでしょう……」

「その気持ちも分からぬではない」

 

 雀部の言葉に山本は嘆息しつつ応じる。

 

 四番隊・五番隊・十二番隊は隊長不在のため仕方ない。

 七番隊・十番隊は別件で動いており、その影響で十一番隊も不在だとしても仕方ないだろう。

 

 問題は六番隊と十三番隊だ。

 朽木ルキアの助命と減刑のため、この二隊が特に熱心に動いていたことは山本も知っている。

 片や肉親、片や部下として朽木ルキアに接してきたのだ。

 そんな思い入れのある相手の処刑など、見たくもないと思うのもまた感情の正しいあり方だろう。

 

「じゃが、護廷十三隊の死神――それも隊長じゃ。そのような甘えが許されるわけがなかろう。四十六室の命とあれば、従わねばならぬ」

「……ですが」

「くどい。もはやどうにもならぬ」

 

 そう理解しつつも、山本は断じる。

 決して揺らぐことなどないとばかりの言葉に、雀部は続く言葉を完全に失っていた。

 

 ――じゃが……

 

 静寂に包まれた丘にて、これ幸いと山本は思索にふける。

 

 ――長次郎の懸念も理解できる。如何な理由があろうとも、これはやり過ぎじゃな。強権が過ぎるわい。四番隊、十一番隊の影に隠れておるが、六番隊と十三番隊も何やら動きがあるとの報告もある。それでなくとも四十六室が四番隊に、もとい湯川藍俚(あいり)へあれだけの命令を下すか……? 卯ノ花の剣八騒動が片付いてから、まだ十年程度しか経っておらぬ……喉元過ぎればと言うが、あれだけの熱さを忘れるにはまだ早すぎる……

 

 長きに渡り総隊長を務めてきた男は、これまでと現在の四十六室の対応の差に違和感を拭いきれなかった。

 処刑をせずとも一時捕縛や監視などで問題はないはずだ。

 何者かの意思を――それと同時に急がねばならぬ何らかの理由が見え隠れしている。

 

 ――じゃが、どのような理由があろうと。死神は命を果たすまでよ。

 

 片手を顎へ当てながら、そう結論づけたときだった。

 

「……む」

「来たようですな」

 

 双殛の丘に、新たな人影が姿を見せる。

 それは官吏に連れられてやって来た、朽木ルキアの姿だった。

 

 獄中生活は多少なりとも堪えたらしく、幾ばくかやつれている。表情にもどこか生気が抜け落ちており、肌も極囚の纏う白の装束とそう変わらぬ色をしている。

 首元には霊圧を封じる特別製の輪を嵌められ、一切の抵抗を許さぬよう彼女の周囲は官吏が囲んでいる。

 

「朽木ルキアを、連れて参りました」

「うむ――」

 

 ――ご苦労。そう続きを山本が口にしようとしたときだった。

 

「吼えろ! 蛇尾丸!!」

「なっ!?」

「なんだ!! これは……!?」

 

 遠方から巨大な刃が、鞭のようなしなりを見せながらルキアの側に叩き付けられた。

 その衝撃に周りの官吏たちは狼狽え、彼女から僅かに離れてしまう。

 

「まさか……これは……」

「まだまだっ!!」

「ぐわっ!!」

「ぎゃあああ!!」

 

 地面に叩き付けられた刃は、続いて生き物のように跳ね上がると官吏たちを一瞬にして弾き飛ばしてしまう。

 その刃の動きを、その斬魄刀を、ルキアが忘れるはずもない。

 

「ひゅー、危ねえ! ギリギリか!?」

「恋次!!」

「悪ぃ、ルキア! コイツら変な道順を通ったみたいで見つけるのに手間取った!! 本当なら移送途中で見つけるハズだったんだけどよ……」

「まったく……来るのが遅いぞ、馬鹿者……」

 

 後ろから、ほんの少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべながら阿散井恋次が現れた。隣へと並んだその姿に、ルキアは瞳を潤ませる。

 

「無事か、ルキア!!」

「兄様……!!」

 

 続いて、彼女を庇うように現れた白哉の姿にルキアはとうとう堪えきれず、大粒の涙を流し始めていた。

 

 

 

 

 

 一方、双殛の丘へ集まっていた死神たちには動揺が走っていた。

 処刑の執行直前での騒動もだが、彼らを何よりも驚かせたのはその騒動の主に朽木白哉の姿があったからだ。

 死神たちの模範となり規律を守る朽木家の現当主とは思えぬ突飛な行動は、その場にいた全ての者達が思わず動きを止めるほどだった。

 

「なんと!!」

「へえ……意外やなぁ……」

「ま、こんなとこだろうね」

「よもや、自らこの場に来るとは」

 

 各隊長が口々に感想を漏らす中、山本は闖入者たる二人に向けて話しかける。

 

「……六番隊、朽木白哉。および副官の阿散井恋次。お主ら、自分が何をしておるのか分かっておるのか?」

「無論だ。ルキアを、我が妹をむざむざと殺すような真似はさせぬ」

「それが我らに、ひいては四十六室と尸魂界(ソウルソサエティ)に弓を引く行為と分かっておるのか?」

「無論だ!」

 

 圧を掛けるように殺気を放ちつつ山本は問いただす。

 だが白哉はその気配をはね除け、むしろより強く堂々とした意思と口調で続きを語る。

 

「ルキアは確かに罪を犯した。だが罪に対しての罰があまりにも大きすぎる」

「じゃが、既に決定したことだ」

「その決定に対し、我らは何度も嘆願し続けた。だが訴えは聞き入れられず、あまつさえ今回のような乱暴な結果を強行したのだ。それは決して認められるものではない!」

 

 そう叫ぶと、白哉は微かに悔いるように目を伏せた。

 

「私は、私の行いが罪であると理解している。いかなる罰でも甘んじて受けよう……此度の騒動にて、罪と罰が誠に適切であったならば、だ。私には、どうしてもそうは思えなかった」

「……お主の今の姿、銀嶺が見ればどう思うじゃろうな」

「私の行いは確かに我が祖父に、そして我が父に対して恥ずべき行為かもしれぬ……」

 

 親族たる祖父の名を出され、微かに動揺したのだろう。

 白哉はさらにもう少しだけ瞳を伏せる。

 

「だが、もしもこのまま処刑の執行を許せば、それは悪しき前例となりかねぬ。それは後に続く若き死神たちに、いらぬ不安と懸念の種を産むこととなりかねん! それでは法に従う死神にこそ育てども、良き死神には育たぬ!」

「はっはっは!! 言うじゃないか朽木隊長!!」

 

 白哉の言葉に即座に反応したのは京楽だった。

 

「全くだ、彼の言うことも一理あるよ。山じいも、そうは思わないかい?」

「ふむ……」

 

 山本に考え直すように話を振る。

 だが山本の意見は変わらなかった。

 

「朽木白哉、阿散井恋次の両名は直ちに極囚、朽木ルキアから離れて処刑の列へと加われ」

「山じい、そりゃないよ……」

 

 思わずがっくりと肩を落とし、編み笠を深く被る。

 だがそれは見た目だけのことだった。

 その笠の奥から覗く眼光は遠く離れた場所――白哉のさらに背後に向けられている。

 

「ほらほら、山じいが頑固だからもう一人、聞き分けのないのが来たみたいだよ?」

 

 その視線が指し示すように、とある一団がこの場に躍り込んできた。

 

「すまない朽木、遅くなった!」

「朽木ィ! 生きてっかぁ!? って、なんだ! もう救出されてるじゃねえか!」

「浮竹隊長……! 小椿三席と虎徹三席も!」

「ごめんね朽木さん! ウチの副隊長様が途中で勝手に離脱しちゃったから!! 文句は海燕副隊長に言ってね!」

 

 十三番隊の浮竹、仙太郎、清音たちである。

 やってくるなり口々に騒ぎ立てるその姿に、阿散井は思わず薄笑いを浮かべていた。

 

「相変わらず騒がしいっつーか……へへ、でも来てもらえると嬉しいもんだろルキア」

「あ、ああ……恋次……」

「んじゃ、絶対に逃げて生き残って礼を言わねえとな」

「そうだな……後でしっかりと礼を言わねばならぬ」

 

 二人が頷き合うその一方、京楽と浮竹もまた軽口をたたき合う。

 

「まったく、遅いよ浮竹。もうちょっとで僕一人で時間稼ぎしなきゃならないところだったんだから」

「そう言うな京楽! 緊急事態に加えて対双殛用の宝具を持ってきたんだ! 遅くもなる!」

 

 二人の間では、既にある程度の打ち合わせが済んでいた。

 万が一にも双殛が使用される場合に備えて浮竹が対策を用意し、京楽は現場で時間を稼ぐという予定だった。

 

「だがどうやら、必要はなかったようだな」

「だねえ。それに朽木隊長、すごくカッコいい事を言ってたんだよ? 浮竹ももうちょっと早く来れば聞けたのに、勿体ないなあ。ねえ、七緒ちゃん?」

「ええ、そうですね。もう少し早くいらしていただければ……」

 

 事実、白哉らが間に合わなければ京楽は一人でも身体を張る覚悟だった。

 だがその計画は幸いにも崩れ、おかげでこうして悠々と軽口を叩ける。

 無論これは京楽の副隊長である伊勢も承知の上であり、彼女は内心で京楽の出番がなかったことをこっそりと安堵していた。

 

「いいかげんにせい!!」

 

 だが浮ついた空気でいられたのもそこまでだった。

 山本の一喝に、周囲はシンと静まりかえる。

 

「そこまでじゃ。それ以上の狼藉は儂も看過できぬ。ゆるりと手を放し、持ち場へと戻れ。今ならまだ間に合うぞ?」

「お気遣い、申し訳ない。だが、我が心は既に決まっている!」

「そうか……ならば容赦はせぬ」

 

 その言葉に返事をしたのは朽木白哉だった。

 既に覚悟の決まった表情に、山本はもはやこれ以上の言葉は不要と悟る。

 

「全員、朽木白哉らを捕らえよ! 殺しても構わぬ!!」

「はっ!」

 

 山本の命令を受け、真っ先に動いたのは雀部だった。

 彼は真っ先に朽木ルキア――正確には彼女を抱き寄せている阿散井目掛けて襲いかかる。

 

「おおっと! 邪魔はさせねえよ!!」

 

 雷のような俊敏な動きに反応した阿散井は、刀を抜いて受け止めた。

 即座に自身の身体を前に出してルキアを庇ってみせると、攻撃を受け止めたまま正面から視線を切ることなく叫ぶ。

 

「逃げろ、ルキア!!」

「恋次!!」

「オラ朽木ィ! 逃げるぞ!!」

「早く! こっちはもう脱出ルートも合流地点も決まってるんだから!!」

「あ、ああ……っ!! 恋次! 死ぬな!!」

「当然だ! 俺も適当な所で逃げるからよ!!」

 

 戸惑うルキアを尻目に、仙太郎と清音の二人はルキアの肩を掴むとまるで強引に引き連れてその場から去って行く。

 

「あらら、逃げられてまうね。しゃあない……それじゃ、ボクらも行こうか?」

「命とあれば、やむを得ん」

 

 逃げ出すルキアらの行動に反応して、市丸と東仙の二人がゆっくりと動き出そうとして、思い出したように口を開く。

 

「あかんあかん、忘れるとこやった。あっちの副隊長の相手をしとき。副隊長同士、丁度エエやろ」

「こちらも同じだ。協力して確実に対処しろ」

 

 そう告げると、二人の隊長が今度こそ動いた。

 そして、残された砕蜂は――

 

「くっ……どうすれば……!!」

「あの、隊長? 俺たちも加勢した方が……」

「動くな! 口を開くな! 気が散る!」

「そりゃねえっスよ……」

 

 ――まだ迷ってたようです。

 

 

 

「……はっ!!」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「朽木、十四郎。それに春水もか……覚悟は出来ておろうな?」

 

 雀部が阿散井へと向かったのと時を同じくして、山本は白哉へ。そしてその協力者たる浮竹と京楽へと声を掛ける。

 達観したようなその表情は、ともすればこの状況の一切に動じていないようにも見えるだろう。

 けれどその穏和な様相は偽りに過ぎない。

 被った仮面の奥底から、抑えきれぬほどの怒気がゆっくりと漏れ出してきているのが誰の目にも明らかだった。

 

「元柳斎殿……!」

「まあまあ、山じい。仕方ないでしょう。朽木隊長はあれだけ覚悟を決めて啖呵を切ったんだ。何よりこの結果を避けるために、朽木隊長が――」

 

 そこまで口にしてから、京楽はふと言葉を止める。

 朽木白哉が瀞霊廷のどの死神よりも熱心に動いていたのは間違いないだろう。だがその陰に隠れて尽力していた者もいた。

 まるで黒幕が暗躍するかのようなその働きを鑑みて、彼は自然と言の葉を紡ぎ直した。

 

「――もとい、色んな隊長がどれだけ尽力していたことか。知らないわけじゃないでしょう? こうなるのは、ある意味では必然だったってわけじゃないの?」

「そうじゃな、それは予見出来なかった。じゃが、この事態を収めるのが儂の役目よ」

「そっか……じゃ、仕方ないね」

 

 嘆息したように肩を竦めつつ、浮竹・白哉・伊勢の三人へ一瞬で目配せをする。相手が応じたかまでは分からなかった。

 確認する余裕などなく、下手に時間を掛ければ気取られる恐れもある。

 

「それっ! 逃げろっ!!」

 

 目配せが済んだと同時に叫び、瞬歩(しゅんぽ)で一気に駆け出す。

 どうやら目で語ったのは伝わったらしく、全員がそれに反応して動いた。

 

 三名、ではなく――四名(・・)の死神が。目の前にいた、最も気付かれてはならぬ相手が。

 

「……流刃若火(りゅうじんじゃっか)

「ッ!?」

 

 逃げ出した京楽たちの行く手を遮るように炎の壁が生み出され、彼らは思わず足を止めた。止めてしまった。

 

「春水よ、一つ言い忘れておった」

 

 その後ろから、魂を震わせるような声が聞こえてきた。

 

「悪戯を企む洟垂(はなた)れ小僧の考えならば、容易に予見できるぞ? 昔で散々に慣れたのでな」

「あちゃあ……それはどうも、参ったねこれは……」

 

 近づくだけで消し炭になりそうな熱気を放つ炎を前にしながら、背筋に汗が流れる。それは驚くほど冷たく感じられた。

 

 

 

 

 

 

「適当なところで逃げる、とは……随分と大きくでましたな」

「へっ! ああでも言わねえと、ルキアが安心して逃げられねえからな」

 

 雀部の言葉に阿散井はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「けど安心してくださいよ。音に聞こえた雀部副隊長を相手に、手を抜くようなことは決してねえっスから」

「ほう……それは驚きました。私のことをそこまで評価しているとは」

「当然!!」

 

 きっぱりと言ってのけるその内心で、彼は大量の冷や汗を流していた。

 相手の実力が見切れないのだ。底知れないと言っても良いだろう。

 

 阿散井は無能でも馬鹿でもない。

 藍俚(あいり)の教えを受け、斑目に叩き上げられ、そして白哉の元で更なる研鑽を積んでいる。

 その実力と霊圧の高さは、隊長クラスと呼んで差し支えない。

 

 なのに、実力差が読み取れない。

 

 その戦闘力を直接目にしたことこそなかったものの、藍俚(あいり)から雀部の話を聞いたことはあった。

 彼女曰く「自分が死神になった頃からずっと一番隊の副隊長を務めている」と――その経験と年月によって叩き上げられた実力は、下手な隊長よりもずっと強大だと。

 その言葉が心底理解出来たのは、実際に刃を交えた瞬間だった。

 

「好きな女の前で、カッコ悪い姿なんて見せられねえんですよ!!」

 

 自分が卍解を使えることなど、何の利点にもならない。

 そんな確信めいた悪寒が脳裏をよぎり、それを心から追い出すために必死で声を張り上げて己を鼓舞する。

 

「相手によく見られたい。その気持ちは分かる。だが、この現実をどう乗り切る?」

「まさか霊術院時代からの後輩を斬らなきゃならねえとはな……」

 

 だがそんな鼓舞を無に帰すように、さらに二人の声が聞こえてきた。

 

戸隠(とがくし)副隊長……檜佐木副隊長……」

「逃れられるとは思わんことだ」

「こっちも隊長命令なんだ。悪く思うなよ」

 

 三番隊副隊長、戸隠(とがくし) 李空(りくう)。それと九番隊副隊長、檜佐木修平である。

 二人もまた自らの所属する隊長の命を受け、阿散井の相手を務める。

 

「……へっ! 上等!! 同じ副隊長だからってだけで、俺の相手が務まると思ってんじゃねえぞ!!」

 

 腹の底から声を張り上げ、阿散井は斬魄刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

「仙太郎! あんたもっと速く走りなさいよ!!」

「っるせーな虎徹! こっちは人一人(ひとひとり)抱えてんだよ! 文句言うなら代わってから言え!!」

 

 ――仙太郎と清音。

 二人はお互いに文句を言い合いつつも、だが丘から距離を取るべく必死で走っていた。

 

 あの場には最低でも副隊長格の実力者が揃っていた。

 そして最も実力の劣る二人が出来ることは、脇目も振らずに逃げることだけ。

 追っ手を足止めするには実力が足りず、足止めどころか障害物にもなれない公算が高い。

 ならば自分たちに出来るのは、息が続く限り逃げ続けることだけだ。

 

 それを理解しているからこそ、二人は逃走を必死で全うしようと走っていた。

 

「あの、下ろしてください! 私は自分で走りますから!」

「馬鹿言ってんじゃねえよ朽木ィ!! いいからお前は黙って背負われてろ!!」

「そうそう! 朽木さん、この馬鹿が潰れたら今度は私が背負ってあげるからね! 乗り心地は期待していいわよ!」

 

 やりとりに心を曇らせたルキアが思わず口にすれば、二人は先ほどの口喧嘩よりも強い勢いで彼女のことを叱る。

 獄中生活で弱っており、さらには霊圧を封印する装置まで付けられているルキアでは、仮に自分の足で走ったところで満足に動けるわけもない。

 清音も仙太郎もそれを理解しているため、担いで移動しているのだ。

 

 加えて運び手が二人もいる。

 ならばまずは仙太郎が潰れるまでルキアを運び続け、潰れれば清音がその後を引き継ぐという方法も取れる。

 もしもこの逃走劇のどこかでルキアが自らの足で逃げるようなことがあれば、それはもはや失敗と同義だとすら認識していた。

 

「まあ、それで正解やろね」

「重要人物を戦場から少しでも遠ざけ、安全の確保と残る者の負担を軽減する。逃走手段は最低でも二つ用意する。常套手段ではあるが、有効だろう」

 

 その声に思わず二人は足を止めた。

 いや、思わずというのは語弊があるだろう。

 

 逃げられないと悟り、本能的に足が止まってしまったとでも言うべきだろうか。

 

「う、あ……」

「あああっ……!!」

「そんな……」

「スマンなあ、お二人さん。けどボクらの相手、誰もしてくれへんかったんや。ご自由にお通りください言われたら、こうなるのもしゃあないわな」

「鬼ごっこはここまでだ」

 

 絶望の声が自然と絞り出てきた。

 市丸・東仙の両隊長が、手を伸ばせば届く程の距離に立っていたのだから。

 

「ああもうっ! 海燕副隊長がいれば……」

「仕方ねえだろ……あの人、あっちの方に行っちまったんだから……」

 

 思わず苦虫を噛み潰す。

 だが仮にこの場に海燕がいても逃げ切れたかどうか。

 数の差だけ見れば優位に立てるだろうが、隊長二人という質の差は想像以上だ。

 

「……朽木、逃げろ!」

「え……?」

 

 ぎりぎりと奥歯を噛みしめた後、仙太郎は背中へとそう呟いた。

 

「俺たちが時間を稼ぐ、その間に……」

「そんな」

 

 無謀だということは言っている本人が一番理解している。

 ついぞ先ほどに「朽木ルキアが自分の足で逃げるような事になればそれは失敗と同じ」だと断じたばかりだ。

 しかしこの状況ではもうそれ以外に方法もない。

 

「その覚悟は立派やなぁ……けど、それは無理や」

「そうだな。無理だ」

「ッ!?」

 

 市丸の言葉に、彼自身予期せぬ場所から同意の声が聞こえてきた。

 それに驚きつつも彼は慌ててその場を飛び退く。と同時に刃のような鋭い手刀が市丸が先ほどまでいた空間を通り抜けていく。

 

「わあっ……っとと、危ないなぁ……砕蜂隊長さん」

「二番隊の……! 一体どういうつもりだ」

「今の行動を見て、まだ説明が必要か?」

 

 ルキアらと市丸らの間へと瞬時に降り立った砕蜂は、挑発するような声でそう告げる。

 

「邪魔しに来た……ってことでええん?」

「む、無茶ですぜ砕蜂隊長! ありがたいが、二人を相手に一人じゃ……」

「……ふんっ」

 

 仙太郎の言葉を鼻で笑う。

 

「いらぬ心配だ。お前たちはさっさと走れ! それに、一人ではない」

「え……?」

「むっ……!」

「あらら……」

 

 その言葉に導かれたように、二人の死神がこの場へ躍り込んできた。

 

「なんだよ畜生! 察するに大遅刻じゃねえか!!」

「じゃが間に合ったんじゃ。よしとせんか!!」

「一護!!」

 

 一護と夜一の二人である。

 久方ぶりに目にした一護の姿に、ルキアは思わずその名を叫んでいた。

 

「よお、ルキア! 久しぶりだな! けど、のんびり挨拶もしてられねえみたいだな……」

「うむ。間に合ったが、どうやら紙一重のようじゃ。用心せい、一護!」

「こういう訳だ! 行けっ!!」

 

 砕蜂の激に、仙太郎たちは再び全力逃走を再開していた。

 

 

 

 

 

 

「あれは……!」

 

 双殛の丘の辺りから突如として、天をも焦がさん程の勢いで炎の柱が立ち上る。

 それを見た途端、狛村は思わず叫んでいた。

 

「元柳斎殿の流刃若火……一体何が起きているのだ!?」

「隊長! よくはわかりゃしませんが、急いだ方がええんとちゃいます!?」

「うむ」

 

 射場の言葉に頷くと、彼は連れ立つ者達へ声を掛ける。

 

「聞いたな、お主たち。急ぐぞ! 儂の後ろを(しか)とついて参れ!」

 

 その言葉に頷くのは雛森たち。

 

 かくして彼らもまた彼の地へと集まる。

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

「おや、ここは……? ふむ……」

 

 藍染惣右介もまた、この地に姿を現した。

 




気がつくと砕蜂がすぐコメディ要員になっちゃう……でもカワイイ。

●ちょっとだけ解説
(市丸と東仙が動いたちょっとあとの)
「……はっ!!」 (← ここで気配を感じ取って動くことを決意)


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第156話 双殛の丘にて その2

「どうやら、少々予定と異なる場所に出てしまったようだ」

 

 ――双殛の丘には違いないが、やや離れた場所……と言ったところか

 

 周囲を僅かな時間だけ観察した後に、藍染はそう結論づけた。

 辺り一帯の光景は無論、その周辺の植生や地質。そればかりか霊子の質――空気の匂いとでも例えれば良いのだろうか? それら情報からの総合的な判断である。

 

 何より、遠くに見える炎の柱がこの場所がどこかを雄弁に語っていた。

 

「流刃若火……なるほど、アレが原因か……」

 

 どこか物見遊山のような雰囲気すら纏いつつ、猛火を眺める。

 本来ならば双殛の丘へと転移する予定だったのが、現在はややズレて離れた位置に出てしまっている。

 その要因となったのが、あの炎なのだろう。

 尸魂界(ソウルソサエティ)最強最古の炎熱系斬魄刀――その力が空間にまで何かしらの影響を与えていたとしても、特段不思議なことではない。

 位相に変化が出たか、はたまた空間が不自然にねじ曲がったのか。詳細な原因こそ不明なものの、おおかたそのような事なのだろうと納得していた。

 

 そして、流刃若火が使われているということは"処刑が予定通りに進んでいないこと"を意味している。

 何者かの妨害があったと考えるのは当然、自明の理というものだ。

 それも誰か、強力な死神が動いているのだろう。

 でなければあの山本元柳斎が斬魄刀を始解させるなどあり得ない。

 

「だがまずは、現状の確認からだ」 

 

 つい先ほどまで遠く離れた場所にいた藍染は、果たして今この場所で何が起きているのか、その詳細がわからない。

 自分がこれからどう動くかを見定めるためにも、彼は現場へと――業火が猛り躍るその舞台へと急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

「こちらだ! 足場が悪い、転ぶなよ!」

 

 自ら先導する狛村は、足場や周囲の様子を確認しては後に続く者達へと声を掛けて注意を促し続けていた。

 

「ありがとうございます!」

「すまない」

「気にするな!」

 

 律儀に返ってくる礼の言葉を狛村は「無用だ」とばかりにばっさりと斬り捨てた。そしてこの反応は一度目ではない。既に何度か、こういったやりとりをしていた。

 狛村が注意を促しては、強引に話題を切り上げるそれは、一見すればなんとも乱暴な様にも感じられるだろう。

 だが真実は少々異なっていた。

 

 そうやって他の者達を気遣い続けなければ、彼は内なる情動に身を任せて今すぐにでも全力で駆け出していただろう。

 急いて逸る気持ちを、他者への気遣いに置き換えることで必死に耐え続けていた。

 

「隊長……何でしたらご無理をなさらんと……儂らのことは……」

「言うな! 鉄左衛門」

 

 さすがは副隊長と言うべきだろうか。

 ただ一人、射場だけはそんな狛村の心中を慮り、そう声を掛ける。

 

「言われれば儂は、今にも駆け出してしまいそうになる……」

 

 ギリリと音が鳴りそうな程に歯を食いしばり、必死で心の奥の感情を押さえつけながら、彼は心の中で再び自問自答を繰り返す。

 

 ――元柳斎殿が流刃若火を使うなど……何が起きているというのだ……!?

 

 総隊長たる山本が斬魄刀を解放したということは、裏を返せば"斬魄刀を解放しなければならない程の非常事態が起きた"ということでもある。

 

 この時ばかりは、藍染惣右介と狛村左陣。

 二人の考えは奇しくも一致していた。

 

 そして――

 

 

 

「おや?」

「むっ!?」

 

 

 

 ――それは果たして偶然か必然か。

 心中が同じ者同士、無意識に合流したのか。

 出発地点は違えど、同じ場所を目指しているが故に当たり前だったのか。

 

 藍染と狛村らは出会い、そして足を止めた。

 

「藍染!」

「お久しぶりですね、狛村隊長」

「生きておったのか! 四番隊から死は偽装の可能性が僅かにあると聞いておったが……いや、待て!」

 

 平然と、人の良い藍染惣右介隊長の仮面を即座に被ると、さも当然のように挨拶する。そのあまりにも普通すぎる様子に、狛村は湧き上がり掛けた感情を必死で抑えつけた。

 

「お主、誠に藍染……か?」

 

 この事件の裏に潜む真意について、狛村は何も知らない。

 あえて言うならば「何かがおかしい。確認と慎重な行動をするべきだ」と思っているくらいだろう。

 その感情だけならば、彼はここで相手を無条件に信じていたかもしれない。

 だが今の彼は、背に多くの者たちを連れている。友の為にと自らの身を張ろうとした相手との出会いが。

 加えて道中続けていた、自らの心を押し殺してまでその者らに注意を促し続けたことが、どうやら狛村の思考をもう一段階ほど疑り深くしていたようだ。

 

「それはおそらく、眼鏡を掛けていないからでしょう。普段身につけている物がなくなったり髪型を急に変えると、印象が変わると言いますから」

「ならば、眼鏡はどうした? 」

「少々やんちゃ(・・・・)な目に遭いましてね。壊されてしまったんですよ」

やんちゃ(・・・・)、か……」

 

 どこか藍染らしからぬ物言いに、狛村が眉をひそめたときだった。

 

「狛村隊長、何か……ああっ! 藍染、隊長……!!」

「やあ、雛森君。それと――お友達、かな?」

「ひっ!!」

「……っ!」

 

 どうやら気をつけたつもりでも、急ぎすぎていたのだろう。追い付き、何事かと顔を覗かせた雛森と、彼女の周囲の織姫らにも藍染は柔和な笑顔を浮かべる。

 だが雛森らはこぞって怪訝な反応を見せていた。さながら蛙が蛇に睨まれたような、そんな反応を。

 それを見た狛村は、一つの覚悟を決める。

 

「実はな、藍染。儂は湯川隊長から、斬魄刀を預けられた」

「……それが何か?」

「彼女の斬魄刀が、儂の斬魄刀を通して語りかけてくるのだ。藍染、お主こそが――」

 

 最後まで言葉が紡がれる事はなかった。

 藍染が斬魄刀を抜き放ち、狛村を切断しようと振るう。とはいえ相手もそれはある程度予測済みだ。

 なんとか致命傷は避けたものの、両腕に浅くはない傷を負う。

 

「――ぐっ!! やはりか、藍染……!!」

「隊長!!」

「まさか斬魄刀を通じて知らせるとは……やはり、あの女は油断ならない」

 

 射場が叫ぶ中、この惨状を引き起こした当人は一切気にした素振りを見せなかった。それどころか、遠く離れた明後日の方角――その先には中央議事堂が存在する――を眺めながら、忌々しげに言い放っていた。

 

「残念だが、それは見当違いだ! 先の問いかけは、儂がお主を試しただけのこと!!」

「おや、それは意外だね」

 

 藍俚(あいり)から預けられた斬魄刀は、狛村が一度隊舎へと持ち帰り隊首室にて厳重に保管している。そのため、仮に"本当に射干玉が斬魄刀を通じて相手に情報を知らせる"という能力を有していたとしても、現状では知ることは出来ない。

 全ては狛村自身の機転によるもの、雛森らの反応を見たことと自らの直感から咄嗟に吐いた虚言でしかなかった。

 

「まさか君が、そんな頭を使うことが出来たとは」

「おどりゃあああぁぁっ!! 隊長に何をさらしとんじゃああああぁぁっっ!!」

「鉄左衛門!!」

 

 単純に怪我を負わされたこと。そして侮辱されたことに怒り、射場が斬魄刀を抜いて斬り掛かる。

 だがその突撃に、謎の横やりが入った。

 

「きゃあああっ!!」

「どおおおっ!?」

「なんじゃああああああぁっ!?」

 

 射場目掛けて激突した何か(・・)は、彼を巻き込みもみくちゃになりながら団子のような塊になっていく。

 

「あいたたた……な、何があったのだ……?」

 

 その団子状態からいち早く抜け出てきたのは、朽木ルキアだった。

 どうやら清音らが彼女を連れて逃げていたところ、前方不注意で激突した結果がこの大惨事のようだ。

 狛村はおろか藍染すら"ぽかーん"と驚愕させるほどの、ある意味では史上最大級の珍プレーである。

 

「朽木さん!」

「む、雛森か? ではここは!?」

「近づくな!! 離れろ!!」

 

 周囲を見回し現状を把握しようとしていたルキアの背後に、藍染が忍び寄る。雛森や狛村が叫ぶが、全ては遅かったようだ。

 

「これはこれは、なるほど。運などと言う言葉は信じていなかったが、案外馬鹿にならないものなのかもな」

「なっ……藍染隊長……!? う、ぐうううっ!!」

 

 彼女の肩に手を掛けながら、思わず自嘲していた。

 仮に今の様な珍事件がなかったとしても、見つけ出すのは藍染に取っては容易いこと。どこに逃げようともどれだけ離れようとも、確実に捕獲できるだけの自信も備えもあった。

 だがまさか、このような予期せぬ展開になるなどとは、当人ですらまったく予想だにしていなかった。

 ルキアの肩を握る手に、力も入ろうというものだ。

 

「いででで……ああっ! 藍染隊長! ってか何してんだあんた! 朽木から手を放せ!」

「いったーい……仙太郎、もっと前をちゃんと……って、えええっっ!? なんで!?」

「ええからさっさとどかんかい!! わりゃ、何時まで人の上に乗っかっとる気じゃ!?」

 

 どうやら少し遅れて残りの三人も目を覚ましたようだ。

 口々に痛みや文句を訴えつつもルキアと同じように周囲を見渡し、驚愕した。

 

「こ、狛村隊長!?」

「なんで!? なにがあったの!? どういうこと!?」

「十三番隊の二人! 説明は後だ! 詳しくはわからぬが、藍染に何らかの謀反の疑いがある!! 藍染! そやつを離せ!! 人質を取るなどという下衆な真似は許さぬ!」

「朽木!」

 

 叫びつつ狛村は斬魄刀を抜く。

 茶渡も彼の隣へと並びながら、右腕に鎧を纏うような姿へと転じていた。

 

「は、はいぃっ!」

「なんだかわかんねーが……藍染隊長! 朽木は返して貰いますぜ!!」

「いちちち……」

 

 続いて清音・仙太郎・射場の三人がさらに藍染を囲むように並ぶ。

 その間、藍染は無言で俯いたままだ。

 危険性に気付いたのは、包囲に参加していなかった雛森だった。

 

「……っ!! いけない! 逃げてくださ――」

「縛道の七十五、五柱鉄貫(ごちゅうてっかん)

 

 悲鳴にも似た叫び声は、巨大な柱の降り注ぐ音にかき消された。

 

「あ……ああ……」

「ぐ……」

「うぐぐ……」

 

 五柱鉄貫は五本の柱を相手へと打ち込み、五体の全てを地へと縫い付けるという強力な縛道だ。

 詠唱破棄で瞬時に放たれたこの鬼道に反応出来た者は五名の中に皆無であった。各人が、計十本(・・・)もの柱に押しつぶされている。

 

「疑似、重唱……」

 

 それは霊圧を注ぎ込むことで複数回詠唱をしたのと同じだけの効果を生み出すという、鬼道の高等技術である。

 この効果によって疑似重唱によって一度に都合十回、五柱鉄貫を発動させたのと同じ効果を生み出していた。

 疑似重唱の技術こそ知っていても、これだけの効果を生み出したとなれば雛森が戦慄するのも無理はないだろう。

 

「やり過ぎ――」

 

 周囲を柱の山に囲まれたまま、藍染が呟く。

 まるでその声が届いたかのように、その中の何本かがピシリと音を立てながら亀裂が走っていく。

 

「卍解! 黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)!!」

「――ということもなかったか」

 

 柱の山をまるで積み木の山を崩すかのように軽々と吹き飛ばしながら、中から鎧兜を纏った巨人が姿を現した。

 よく見れば足下には、巨人と同じ姿勢をした狛村の姿もある。

 巨人を呼び出し、自身の動きに連動させて操る――これこそが狛村の卍解・黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)の能力だった。

 彼はその強大な力を発揮し、五柱鉄貫を力尽くで跳ね返す。

 

 いや、力尽くというのならもう一人忘れてはならないだろう。

 

「ぐ……ふんっ!!」

 

 狛村に負けじと、茶渡が鉄柱を投げ飛ばしながら現れた。

 こちらは単純に筋力だけで、五柱鉄貫を打ち破った……ようだ……

 実際は右腕に発現させた能力によるものなのだろうが、どう見ても筋肉によるものとしか見えなかった。

 

「なんという馬鹿力……」

 

 戦う力を失ってしまったので少し離れた場所にいた雨竜が、これを見て思わずそう呟いてしまったのだが、決して責められないだろう。

 

「藍染! 覚悟!!」

巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)――!!」

 

 狛村の卍解と、茶渡の右腕。それらの攻撃が届くよりも早く――

 

「破道の九十、黒棺」

 

 ――藍染は再び、鬼道を発動させた。

 

 重力の奔流によって相手を囲み圧砕するその術は、余人が見ればまさしく黒い棺に閉じ込めれたのと同じ光景を生み出していた。

 だがそれも一瞬のこと、棺の蓋はすぐに開く。

 

「が……は……」

「……ぐ……」

 

 全身を押しつぶされたように、血を吐き出しながら中の二人は倒れ込んだ。

 

「ま、まだ……」

「……っ……く……」

「丈夫なことだ。いい加減、寝ていたまえ」

 

 黒棺を受けてもなお執拗に藍染へと手を伸ばす狛村たちの姿に、藍染は嘆息しつつ斬魄刀を抜いた。

 

「あああああああああああっっ!!」

「桃さん!」

「良い打ち込みだね。やはり、(きみ)がいればもう少し上手くやれたかもしれない」

 

 させじと、これまで織姫らの護衛に徹していた雛森がついに動いた。

 多少なりとも不意を突いたはずの行動だったが、けれどもその程度では藍染に通用するはずもない。

 

「今となってはやはり……残念だ」

「あぐ……っ!」

 

 渾身の打ち込みをあっさりと払うと、未練を断ち切るかのように彼女の顔面を蹴り飛ばした。

 そして、残った織姫と雨竜へと視線を向ける。

 

「四楓院夜一からか、湯川藍俚(あいり)からかは知らないが、私のことは聞いていたのだろう? 勝てぬ相手には逆らわない。それでいい、それが弱者の賢い選択だよ」

「な……っ!」

 

 絶対に勝てないのだから見逃してやろう。

 そう告げられた途端、織姫は椿鬼を呼び出していた。

 

孤天斬盾(こてんざんしゅん)! 私は拒絶する!」

「……む?」

 

 放たれたのは、藍染からすれば弱々しい一撃だった。彼の意思一つで如何様にも対処出来るだろうその攻撃を、けれども彼は興味深そうに見つめながら躱す。

 

「朽木さんは、渡さない……!」

 

 決意を込めて叫ぶが、だが藍染の耳にはまるで届かなかった。

 ただ黙ったまま何かをじっと考え続け、やがて結論を出す。

 

「興味深くはあるが、今は少々立て込んでいるのでね」

「あっ!」

 

 そう叫んだときにはもう遅かった。

 織姫の反応に藍染は薄く笑いを浮かべると、ルキアを捕まえてどこかに消えてしまった。

 藍染の姿が見えなくなり、その霊圧が遠ざかっていくのを感じ取ながらも、移動術を持たない織姫にはどうすることも出来ない。

 今の彼女に出来ることがあるとすればそれは――

 

「あ、あああああああああああっっ!!」

 

 ――泣き声を上げることだった。

 

 後悔と無念さに苛まれ、自らの足下が崩れ落ちていくような感覚を体験する最中、そんな彼女の肩へそっと手を置かれた。

 

「桃、さん……?」

「駄目だよ、織姫さん。泣いてるだけじゃ駄目。まだ、頑張らなきゃ!」

 

 雛森本人とて藍染に蹴り飛ばされ、決して浅くはない怪我を負っている。それでも織姫を気遣い声を掛けてきたその姿に、少女もまた涙を拭う。

 

「うん!」

「まずは、皆を……――」

 

 残った二人の女性が、その能力を用いて怪我人を治療していく。

 

「……」

 

 その光景をただ見ていることしか出来ない。

 悔やんでいるのは雨竜もまた同じだった。

 




●ルキア捕まえるのギャグすぎじゃない?
崩玉「だって119話で『なんとなく良い感じに上手く展開が転がって――』って願われたから、仕方ないんや!」


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第157話 双殛の丘にて その3

「おらああああぁぁっ!!」

 

 既に始解済みの蛇尾丸を振り回しながら、阿散井は雄叫びを上げる。

 無骨な程に巨大であるはずの蛇尾丸は、まるで風に棚引く吹き流しのような軽やかな動きにて三名の副隊長たちへと襲いかかった。

 

「はああっ!!」

「うおっ!?」

「く……っ!!」

 

 複雑なうねりを見せながら襲いかかる蛇尾丸の攻撃を、雀部は手にした斬魄刀にて見事に防ぐ。

 だが戸隠、檜佐木の二人はといえば、その場から大きく離れて攻撃範囲から逃れることでなんとか回避していた。

 

「なるほど、お見事! これほどまでに斬魄刀を操るとは……」

「へっ、そいつぁどーも!!」

 

 攻撃を防がれたのと、躱された。

 たったそれだけの違い、たったそれだけのやりとり。

 だがそれだけのやりとりでも雀部の練度の高さがよく分かるというものだ。

 褒め言葉の返礼代わりとばかりに、阿散井はさらに蛇尾丸を暴れさせる。

 

「ならばこちらも遠慮は不要!」

 

 今度の攻撃は防がれることはなかった。

 雀部もまた大きく距離を取るように飛び退くと、斬魄刀を手にしたまま祈りを捧げるような姿勢を取る。

 

「穿て! 厳霊丸(ごんりょうまる)!」

「巻きて昇れ! 春塵(しゅんじん)!」

「刈れ! 風死(かぜしに)!」

 

 雀部の動きに同調したかのように、戸隠、檜佐木の副隊長たちも、さながら示し合わせたかのように始解を同時に発動させる。

 

 雀部の手には、刺突に特化した――いわゆるレイピアと呼ばれる形状へと変化した斬魄刀があった。

 戸隠は長大な鎌へと変化した斬魄刀を握りしめる。

 檜佐木もまた斬魄刀を鎌へと変化させたが、彼の手にあったのは少々特殊な形状をしていた。

 戸隠の持つ鎌は長い柄と片刃の大鎌であるのに対して、檜佐木の持つ鎌は両刃の大鎌――それも、まるで風車のようにそれぞれの刃が逆向きで付いており、そんな少々異様な形状をした大鎌をそれぞれの手に一本ずつ握っている。

 

「ここからが、本番って事か……」

「そういうこった!!」

 

 最初に動いたのは檜佐木だ。

 彼は手にした大鎌の片方を阿散井目掛けて力強く投げつける。

 

「やっぱりそう来たか!」

 

 大鎌同士は鎖で繋がっているため、ただ振り回すだけでなく鎖鎌のように投擲して扱うことも可能だろうということは見た目から推測できた。

 予想通りの檜佐木の攻撃を打ち落とそうと、蛇尾丸を操る。

 

「甘えんだよ、阿散井!!」

 

 蛇尾丸の動きに呼応したように檜佐木は鎖を握り、強く引く。それだけで繋がれた先端の大鎌の軌道が変わり、まるで蛇尾丸から逃れようとするかのように動いた。

 

「そりゃコッチのセリフっスよ!!」

「なっ……!」

 

 しかし阿散井もその程度は想定済みだ。

 真の狙いは大鎌そのものではなく、二振りを結びつけるその鎖。それを絡め取るなり断ち切るなりしてしまえば、相手の攻撃力は半減する。

 今まで愚直に大鎌に食らいつこうとしていた蛇尾丸の刃が不規則に動いたかと思えば、鎖を狙う動きへと変わる。

 

「浅慮なり!」

 

 蛇尾丸が鎖に食いつこうとしたその寸前、戸隠が春塵を大きく振るった。だが、春塵が如何に長柄であろうとも、そこは蛇尾丸から大きく離れている。

 どれだけ手を伸ばそうとも、柄の下を握ろうとも絶対に届くことのない距離。

 よって影響はない――はずだった。

 

「う、おおおおっっ!?」

 

 春塵の軌跡をなぞるように、突風が吹き荒れた。

 猛烈な勢いと風圧によって風死の鎖は蛇尾丸の顎から逃れ、蛇尾丸そのものもぶつけられた風圧によってコントロールを失う。

 それどころか風は阿散井のいた場所まで届くと、彼の身体を強烈に叩いた。

 蛇尾丸が制御を失ったかのよう暴れていることもあって、バランスを崩してしまう。

 

「厳霊丸!」

 

 その隙を、雀部は決して逃さない。

 刀身から雷を生み出すと、阿散井目掛けて即座に放つ。

 

「があああぁぁっ!!」

 

 今にも倒れそうになっている身では、その攻撃に反応することすらできなかった。

 いや、そもそも雷という超速の攻撃では、放たれる前に反応できなければそもそも回避すら不可能なのだろうが。

 とあれ高電圧の一撃により、口から絶叫が迸った。

 肉体が内側から焦がされるような痛みに、意識が飛びそうだ。

 

 ――まだ……まだだっ!!

 

 激痛に悲鳴を上げる身体を無視して阿散井は蛇尾丸を引き寄せると――

 

「っ、だらあああぁぁっ!!」

「むっ!!」

 

 ――そのまま伸ばすことなく叩き付けた。

 その一撃は厳霊丸の刀身へとぶつかり、攻撃を受け止める。

 

 遠距離攻撃によって一時的な足止めをした後に、接近して本命の刺突を叩き込む。雀部が狙ったのは、それだけのことだった。

 それだけのことを阿散井もまた看破し、斬魄刀にて攻撃を受け止めただけだ。

 

 とはいえ、雷撃に焼かれる中でそれに気づき、稲妻と比べても引けを取らぬほどに鋭い雀部の刺突を防いだだけでも十分に賞賛に値するだろう。

 

「隙だらけだぜっ!」

「はああっ!!」

「ぐっ……! うおおおおっっ!!」

 

 息つく暇もなく、檜佐木と戸隠の二人もまた斬り掛かってきた。

 

 三対一の不利を覆せぬまま、阿散井はじわじわと押されていく。

 

 

 

 

 

 

「あらら、逃げられてもうた」

 

 清音らが逃げていくのをその狐のような目で追いかけながら、さして残念そうでもない様子で市丸は呟いた。

 

「しゃあないなぁ……ほな、キミたちの相手をせんとボクらが怒られてまうやん」

「貴様らを倒し、後を追わせてもらうぞ」

 

 二人は斬魄刀を抜き放つと、一護らに向けて構える。

 

「正気か? 数はこちらが上じゃぞ?」

「そう易々と通すと思うか?」

「行かせねーよ!」

 

 そして一護らもまた、それぞれ斬魄刀を抜き放つ――夜一のみ徒手だが――と、闘志を高めていく。

 

「確かに、数だけならばこちらが不利だな。だが、その程度の差など覆す方法はいくらでもある」

「ボクら二人を相手にするんは、少しばかり実力が足らんのがおるようやけど?」

「……ッ!」

 

 チラリと向けられた視線に、一護は思わず息を呑んだ。

 

 この数日、十一番隊にて鍛えられた。

 そして卍解の修行も始めた。

 だが卍解は未だ会得には至らず、そして実力についてもイマイチ自信がなかった。いや、間違いなく強くなってはいる、成長しているのだ。

 ただ、彼が少し前に見た"剣八と藍俚(あいり)の戦い"が、その自信をグラつかせていた。

 

 藍俚(あいり)は、一護に初めて巨大すぎる壁を見せた相手である。

 現世で出会ったときには何も出来ず――本当に何も出来なかったばかりか、怪我の治療までされた程に実力差が開いていた相手だった。

 そんな相手が、剣八を相手に必死の戦いを繰り広げていたのだ。

 隊長の強さとは? 自分はどれだけ強くなっているのか? 彼の中の"そういった認識の物差し"が壊れてしまっていたとしても、不思議ではない。

 

 卍解が出来ぬという負い目と、強さの基準の混乱という二つの要素。

 そして、そんな要因を二つも抱えていることはこの場では致命的だった。

 

「敵は弱いのから倒せ、が鉄則やからねえ。悪く思わんとき」

「うおおおっ!!」

 

 市丸はそんな一護の心を易々と見抜き、襲いかかってきた。

 正面から叩き込まれた強烈な斬撃をなんとか受け止めるものの、市丸の強烈な一撃に押されて大きく後退せざるを得なかった。

 

「一護!」

「行かせん!!」

 

 一護の事を気に掛けていたのは夜一も同じだ。

 ならば二人掛かりで片方を相手にしようと考えていたところ、その目算を崩されて少しばかりの動揺が走る。

 動こうとする夜一に先んじて、東仙が動いた。

 

「卍解」

「な、なんじゃこれは!?」

「む……!?」

 

 東仙の持つ斬魄刀――その鍔を飾る輪が巨大化したかと思えば、一瞬にして無数に分裂して周囲を囲んだ。

 かと思えば次の瞬間にはそれぞれの輪の内側から黒の奔流が溢れ出し、夜一と砕蜂の二人ごと周囲を一瞬にして覆い尽くす。

 

鈴虫終式(すずむしついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)

 

 黒で覆われた空間に、東仙の言葉だけが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「――と、言っても……既に見えも聞こえもしないだろうがな」

 

 自嘲するように東仙は呟いた。

 

 周囲はまるで黒いドームテントのような物で覆われており、なんとも薄暗い。

 だが決して見えないほどに暗いわけでもない。広々としたこの場所ならば、小さな音でもよく通るだろう。

 

 だが――

 

「な、なんじゃこれは……!? 見えぬ……聞こえぬ!? 儂の声を、儂自身が聞けぬということか……!?」

 

 ――予期せぬ現状に夜一は珍しく慌てていた。

 だがそれを責めることなど誰が出来ようか

 

 一定範囲の空間を形作り、その空間の中に存在する者の視角・聴覚・嗅覚・霊覚の四つを封じる――鈴虫終式・閻魔蟋蟀の能力だった。

 有象無象の区別はなく、敵味方の区別もつかない。

 ただ空間内に存在するものは全員が同じ状態へと陥る。

 

 例外はたった一つ、斬魄刀鈴虫の本体へと触れた場合のみ感覚が元へ戻る。

 

 音も光も、匂いも霊圧感知すらまともに出来ない状態へ突然陥っては、さしもの夜一とて混乱するのは当然だった。

 

 そして、それは当然――

 

「夜一様!!」

 

 同じく囚われた砕蜂もまた、同様の状態に陥っていた。

 だが彼女はといえば、どうやら夜一よりは随分と落ち着いているようだ。

 

「ふむ……音は聞こえず、目も見えず、か……これが東仙の卍解なのだろうな……」

 

 確認するように再度口を開き、そしてやはり言ったハズの言葉が聞こえなかったことに満足すると、彼女は自らの手の甲に軽く歯を突き立てた。

 

「味はする、痛みもある……なるほど」

 

 その結果に、ほんの少しだけ口元を歪ませる。

 皮膚を舐めた感触と歯を突き立てた痛み、そして口の中に軽く広がった血の味にて、彼女は卍解の能力をほぼ完全に看破していた。

 

「さすがだな砕蜂。既に私の卍解を見極めたか、だがっ!!」

 

 冷静に現状を分析し続ける砕蜂の方を先に脅威と見なしたのだろう。

 闇の中、東仙は刃を振るう。

 攻撃の気配を感じて反射的に身を引くものの、だがその一撃は彼女の肩を切り裂いた。

 

「……っ!!」

「理解したところで、見えぬという結果は変わらぬ! 私の動きにはついてこれぬ!!」

 

 再び放たれた攻撃が、彼女の頬を切り裂いた。

 

 ――今、一瞬だけだが感覚が戻った。ならば、斬られる……斬魄刀に触れることが能力解除の条件と見た!

 

 ダメージを受けながらも、さらに情報収集と分析を続ける。

 ここに来て、どうやら彼女は卍解の能力を完全に見切ったようだ。

 

「ならば」

 

 砕蜂は自ら目を閉じた。

 攻撃を受けた瞬間だけ感覚が戻るのだからこそ、闇と光に翻弄されてしまい余計混乱する。ならば最初から目など見えぬ方がマシだと考えた。

 光を持たぬ東仙は砕蜂のその行動に気付かぬまま背後へと回り込み、彼女の背中へ目掛けて刃を放つ。

 

「ちっ!」

「なんだと……!?」

 

 その一撃は、彼女の薄皮を一枚切り裂いただけに終わった。

 まるで東仙の動きが見えているかのように砕蜂は動き、攻撃を躱して見せたのだ。

 

「そこか!」

 

 それだけではない。

 攻撃後の隙を目掛けて、彼女は斬魄刀を振るった。

 当たりこそしなかったものの、その動きは東仙の心を大きく動揺させる。

 

「違ったか……? どうやら、まだ少し甘いか」

 

 呟きつつ彼女は自らの肩を斬魄刀の峰でトントンと叩く。その動きはまるで、何かを調整しているようだった。

 

 砕蜂は決して見えているわけでも聞こえているわけでもない。

 攻撃を察知できるのはたゆまぬ訓練による気配の察知。

 そして居所を察知しているのは触覚――空気の動きを肌で感じ取っていた。

 

 表に出ることなく、裏方にて任務を遂行する隠密機動。そこに属するものは皆、目を塞いでも戦えるように訓練を受けている。

 ましてや彼女はその隠密機動の頂点なのだ。

 普段通りの実力こそ出せぬものの、大きな障害にはなり得ない。

 

「くっ!」

「おや、今度は当たりだな」

 

 再び繰り出した攻撃からは、刃先が何かを掠めた感触が伝わってきた。

 それと同時に空気が動く感覚、これは東仙に間違いない。動きに迷いがない。

 

「聞こえているのだろう? 確かに、他の者ならばこの闇は効果的だ。だが私を誰だと思っている? 音と光を奪った程度では私は止められん!」

 

 彼女は無明の闇に向けて、自らも聞けぬ声を放った。

 

 

 

 

 

 

「そういえばキミと最初に戦こうたんは、ボクやったね」

「ああっ!?」

 

 市丸と一護。

 二人が斬り合いをしている最中、市丸はふと懐かしいことを思い出したように口を開く。

 

「あの頃と比べて、随分と強うなっとる思うてな。たいしたもんや」

「ざけんな!!」

 

 まるで世間話をしているかのようなその様子と口調が、一護の神経を逆撫でする。

 自分からすれば必死で戦っているというのにまるで相手にされていないようで、感情の任せるままに叫んでいた。

 

「俺が最初に戦ったのは恋次! 次が湯川さんだ! 兕丹坊も加えりゃ、テメエは四番目だよ!!」

「ああ、そうやったん? ……ん、四番目……?」

 

 四番目という言葉に何かが引っかかった様な物言いをする。

 

「そうかぁ、ボク四番目なんかぁ……」

「何を……っ!?」

 

 勿体ぶった態度に苛立ちが抑えきれなくなった瞬間だった。

 

「神鎗」

「うおおおっ!?」

 

 隊首羽織で隠すようして刀身が伸びた神鎗の突きを、一護は仰け反るようにしてなんとか回避する。

 避けられなければ間違いなく胴体のどこかを貫かれていただろう。

 

「油断禁物やで」

「テメエ……!!」

「まあ、四番目やと本気で思うとんなら……そらそれで幸せかもしれへんな」

「だから、さっきから何を……」

 

 怒声は最後まで紡がれなかった。

 

「おや、これは偶然だ」

 

 朽木ルキアを担いだ藍染が、そこにいた。

 




●厳霊丸(ごんりょうまる)
みんな大好き長次郎の始解。
能力は(原作では不明)アニメにて「刀身から雷を放つ」と設定された。

なお卍解とか、千年前の戦いがやべー斬魄刀。

●春塵(しゅんじん)
一瞬だけ登場した三番隊の戸隠の斬魄刀。
死神の鎌みたいな形状に変化する。それ以外の描写が無いので詳細不明。

なので好き勝手やりました。

「春塵」の名前や「巻きて昇れ」の解号から「いわゆる風を操る系」の能力に設定。
(安易と思われるかも知れませんが、ちょいと妄想にお付き合いくださいませ)

バズビーに一瞬でやられたあのシーンで、他の二人も始解しています。

吾里(ごり) 武綱(たけつな):(吹鳴らせ)虎落笛(もがりぶえ)
 長方形な刀身をした大剣に形状変化する。
 峰の側には、規則的に並んだ穴が空いているのも特徴。

片倉(かたくら) 飛鳥(あすか):(打消せ)片陰(かたかげ)
 刀身が音叉のようなUの字の形に変化する。
 (刀身を限界まで肉抜きしてる安全ピンみたいな形状に変化してる、
  と言う可能性もちょっとだけあるかもしれませんが)

この二人も形状変化以外は描写されていないので、さらに能力を妄想。

・ゴリさんの斬魄刀
 解号や名前からアレは笛と認識。振り回すと穴から音が鳴って効果発動。
 音色で味方を強化・援護するのか、敵を攻撃・弱体化するのかは知りませんが。

・アスカの斬魄刀
 解号と刀身から察するに、能力は振動波を操る。
 敵の攻撃に逆位相の波をぶつけることで相殺させる、カウンター防御系能力。

と、それぞれ妄想。

この二人の能力に加えて、戸隠の風の能力で音を放てる。
(風を吹かせて虎落笛や片陰を外部から鳴らしたり、増幅したりする)
いうならば斬魄刀の相性がとっても良い三人。

さらに「ローズの金沙羅舞踏団と合わせてオーケストラ状態」も夢ではない……んじゃないかなぁ……と妄想。

ということで「風を使う」なのです。


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第158話 双殛の丘にて その4

「ルキア! 何でここに……!? それにアンタ……いや、お前は……!?」

 

 思わず一護は叫んでいた。

 とはいえ、安全な場所まで逃がしたはずの朽木ルキアが一体どうしてこんな場所にいるのか、それを鑑みればその反応も当然だろう。

 まるで物か何かのように小脇に抱えられた彼女の姿に驚き、続いてルキアを抱えて現れた死神の姿に驚いた。

 

 一護本人は、彼の姿を見たことはない。

 だが夜一ら数名の死神から、彼については知らされていた。

 藍染が、どのような容姿をしているのか。

 藍染が、百年前に何をしたのか。

 

 そして藍染が、この事件の裏で何かを画策して動いていることを。

 

「テメエ……ルキアから手を離せ!!」

 

 そこまで思い出すと、一護は斬魄刀を藍染へと向けた――が。

 

「珍しいなギン。君がまだ手こずっているとは」

「すんません。相手が相手だけに、下手に手ぇ出すんもアカン思いまして」

「なるほど……」

 

 その一方。

 刃を向けられていることなど歯牙にも掛けず、二人は会話を続けていた。

 ここが戦場だということを忘れてしまいそうなほど、普通の調子で。さながら日常業務の定期連絡か何かのように、淡々とした口調で言葉を交わす。

 

「……あら、その顔……どないしたんです? それに眼鏡も……」

「ああ、これは……少し、厄介な相手にじゃれつかれただけだ。気にすることはない」

「なるほど……なるほどなるほど……」

「気にすることはないと言っただろう?」

「別に気にしてまへんって。心外ですなぁ」

 

 明言を避ける言い回しに何があったのかを察し、市丸はニヤニヤ顔を崩さない。

 

「無視してんじゃねえよ!! 聞こえなかったのか!?」

「ならば、掛かってくればいいだろう?」

 

 そこまで叫ぶとようやく、藍染は一護へと視線を向けた。

 

「私は先ほどまで、君のことを無視してギンと会話をしていた。隙も機会も十分あったはずだが……? ああ、不意打ちは卑怯などと言うつもりは毛頭無い。こちらの都合を考えることも遠慮も、それら一切が無用だ」

 

 言外に、動かずにいたことを恐れによるものだとあざ笑いつつ、掛かってくるように促してみせる。

 

「ああ、それとも……朽木ルキアがいるから攻撃が出来ないのかな? なら、ギン」

「はいな」

「……ひっ!」

 

 抱えていたルキアを下ろすと、市丸の方に向けて背中を押す。

 自由になったはずのルキアであったが、だが逃げ出すことはおろか抗おうとする動きすら見せず、市丸に受け止められた。

 

「あらら。ひょっとして、藍染隊長の霊圧に当てられてたん? ま、そやったら逃げようとも思わんわな」

「う、あ……あ……っ……」

 

 首輪を掴みながら彼女の顔を覗き込む。

 その恐ろしさと異質さ、そしてルキアが抱いていた市丸への苦手意識から何度も恐怖の声を漏らし続ける。

 

「さあ、これで言い訳の要素は無くなったぞ? それともまだ何か理由を付けて諦めるか? そうだな……今日は日が悪いから止めておく、などは――」

「おおおおおおおおっっっ!!」

 

 繰り返される挑発を受けて追い込まれたように、一護は雄叫びを上げて襲いかかった。

 

「そうそう、やれば出来るじゃないか……だが」

 

 その動きを満足そうに見つめながら、藍染は――

 

「もう、君の出番は終わりだよ」

 

 ――手にした斬魄刀で一護の腹を刺し貫いた。

 

「い……一護ッ!!」

「が……は……っ……」

 

 それだけでは飽き足らず、藍染は柄を握る手をグイッと捻り上げた。

 

「があああああああぁぁっっっ!?!?」

 

 刃に貫かれた傷口が円を描くように広がり、空いた隙間から空気が入り込む。

 自らの腹部を刺し貫かれた痛み。

 身体の中に異物を差し込まれた痛み。

 腹の中を無遠慮に傷だらけにされ、臓物を攪拌される痛み。

 それらが一気に襲いかかり、一護は口から大量の血を吐き出しながら悲鳴を上げた。

 

「さようなら」

 

 斬魄刀が引き抜かれる。

 傷口に刀身が走る痛みに、一護は更なる絶叫を上げながら倒れ込む。

 そこには真っ赤な絨毯が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「あらら……けど、ええんですか?」

「構わないさ。さて、まずは"やるべき事"を済ませてしまおう」

 

 一人の人間の腹に大穴を開けた直後だというのに、気にした様子は微塵も感じられない。

 そんなことは些事だと言わんばかりに、藍染はルキアに付けられた首輪を掴む。

 

「けどそれやったら、藍染隊長がその()を捕まえはった時にちゃっちゃと済ましてもうたら良かったんとちゃいます?」

 

 思わず口から出た市丸の疑問に、藍染はちらりと視線を上に向けながら答えた。

 

「多少は目立つ場所にいなければ、見つけられぬ恐れもあるだろう?」

「……ああ、なるほど」

 

 その視線は空へ――いや、その向こうに存在するとある世界(・・・・・)と、そこに住まう異形の住民(・・・・・)達へと向けられている。

 なるほど、万が一にも彼らが見失うようなことがあれば笑い話にもならないだろう。

 それに気づいた市丸は、得心したように手をポンと鳴らした。

 

「それに先ほどまでは邪魔者もいた。妙な横やりを入れられて、最後の最後で下手を打つような無様な真似は避けたかったからね。ただでさえ今回は、予期せぬ邪魔が多かった。もはやのんびりとは構えていられる程の余裕はない。迅速かつ正確に、目的を済ませてしまおう」

 

 邪魔者というのは、ついぞ先ほど蹴散らしてきた狛村たちのこと。

 予期せぬ邪魔というのは、藍俚(あいり)の悪巧みと妨害のことを。

 そしてのんびりと構えていられないとは、剣八たちのことを指している。

 自らの身を餌としてまで、乱暴で強引な手段を強行してまで、邪魔される事の無いように十一番隊を引き離したのだ。

 ここまで来て失敗しては目も当てられない。

 

「これを探すことすら、いらぬ苦労を掛けさせられたからね」

 

 妙に感慨深い口調で呟きながら、藍染は懐からとある道具を取り出した。

 それは紫色をした万年筆のキャップのような形状をしており、一見しただけではその用途がまるで分からない。

 

「だがそれも――」

「あ……なに……がっ……!?」

 

 その上部にあるボタンを、藍染は周囲を見渡すと注意深く押す。

 すると奇妙な音を上げながら地面から六本もの奇妙な円柱が、ルキアの周囲へ生み出された。

 まるで地中から生えてきたようなそれらは、緑色をしていることもあってまるで竹が突然生えてきたようにも思えるだろう。

 だがこれは指――彼女を狙わんとする悪魔の鉤爪だ。

 その証拠に、藍染の片腕は――先ほどの道具が変化したのだろう――緑色の長手袋を付けたようになっていた。

 

「全てはこの時のために」

 

 緑色の腕をルキアの胸元へと突き刺す。

 まるで手刀によって貫かれたような光景が浮かんだかと思えば、その手を引き抜く。そこには奇妙な物体を掴んでいた。

 

「これが崩玉(ほうぎょく)……ようやくこの手にできた……」

 

 それを確認し、驚き混じりの声を藍染が上げる。

 透明な正多面体の中に、黒みがかった真円球が収められているそれは、正確にカットされたダイヤモンドが結晶体を包んでいる、とでも表現すればよいのだろうか。異様な気配を放ち、藍染の手の中で怪しく輝く。

 

「な、なんだ……そりゃ……」

「おや、知らなかったのかい? 浦原喜助から聞いていたとばかり思っていたよ」

 

 傷の痛みすら忘れたように崩玉を見つめ、思わず零した一護の言葉を藍染が拾い上げる。

 

「その表情……いいだろう。何も知らずに死ぬというのも、寝覚めが悪いだろうからね」

 

 何のことだか分からぬといった表情を見せる一護に、藍染は自らの行いを浪々と語り始めた。

 

 全ては、崩玉を手に入れるためだった。

 (ホロウ)化することで死神の限界を突破した存在となる手段を模索するために様々な実験を行ったこと。

 だが藍染でも独力ではその方法を見つけられなかったこと

 浦原喜助がその方法を実現する道具――崩玉を作りだし、それを朽木ルキアの魂魄の奥底へと封印したこと。

 その崩玉を手に入れるために、ルキアの魂魄に埋め込まれた異物を取り出すために双殛を利用しようとしていたこと。

 そのためにこの状況をコントロールしていたこと。

 結局、目論見は上手く行かずに次善策を――魂魄に埋め込んだ異物を直接取り出す方法を調べ上げ、その手段を以て崩玉を取り出したことまでを。

 

「とはいえ、もう少しだけ時間を掛けたかったのもまた事実だがね」

 

 全てを語り終えた後に、藍染はそう口にした。

 

「湯川藍俚(あいり)……一体何をしたのやら……調べ尽くしてみたい気持ちはあったが……崩玉(これ)が手に入った以上はもはや無用だ」

「湯川さん、が……?」

 

 一体なんのことか、こればかりは一護は理解できずにいた。

 とはいえこれは流石に理解できずとも仕方ない。

 凡人故の膨大な時間と修練の果てに、そして斬魄刀との相性によって独自に(ホロウ)化へと至れたのだが……そもそも彼女が(ホロウ)化出来ることを一護は知らず、その方法は藍染にとっては理解の外の事柄だったのだから。

 

「さて、少々喋りすぎたようだ。朽木ルキア、君ももう用済みだ。守人役、今までご苦労だった」

「なっ……!!」

 

 その言葉に一護の顔が青ざめる。

 おしゃべりと知らぬ事実を一方的に語られ続けたことで意識の外に追いやっていたが、なるほど確かに。藍染からすれば、もうルキアに価値などない。

 処分しようと考えるのは当然だ。

  

 ――くそっ! 動け! 動けよ俺の身体! 

 

 魂魄を強制的に抜き取られた衝撃があまりにも大きかったのか、ルキアは未だピクリとも動かずまるで死んでいるかのようだ。

 人形のように動かずにいる彼女に向けて、藍染の刃がゆっくりと迫る。

 

 ――なんのために! 何の為にここまで来たんだよ! 何のために、尸魂界(ソウルソサエティ)のみんなの世話になったんだよ……!!

 

 声にならぬ声を上げながら、一護は必死で手を伸ばす。

 そして――

 

 

 

「ならばどうする、一護よ?」

「ん……? おわっ!! ここ、斬月の中か!?」

 

 気がつけば、斬月が目の前にいた。

 同時に、自分がまるで違う場所に――けれども霊圧を取り戻す際や始解に目覚める際などに、幾度か訪れた内面世界にいることに気がついた。

 長髪に髭面、サングラスに似た眼鏡を掛ける壮年の男性――斬月の存在と相まって間違いないと悟る。

 

「そうだ。お前があまりにも強く、私に呼びかけるのでな」

「そうか……だったら話は早え! 斬月のおっさん! 俺と一緒に戦ってくれ!!」

 

 その訴えを、斬月は首を横に振り応える。

 

「私は既に、始解してお前と共に戦っているではないか。これ以上どうしろというのだ?」

「分かってんだろ!? 卍解だよ、卍解! このままじゃルキアが殺されちまうんだ! だから頼む!」

「……正気か一護? お前は未だ、卍解を会得していない。既に教えられただろう、卍解には斬魄刀の屈服が必要だと」

「分かってる! んなことは分かってんだよ!!」

 

 まだ卍解まで至れていない。

 それは、口にしている一護本人が痛いほどよく分かっている。

 

「けど、今ルキアをどうにか出来るのは俺しかいねえんだ! だから……頼む!!」

「なるほどな……だが、たとえ卍解を会得したとて、お前では目の前の相手には決して勝てはせぬ――」

「そんなことはねえっ!!」

 

 斬月の言葉をきっぱりと遮ってみせた。

 

「恋次に! 湯川さんに! 白哉に! 海燕さんに! 浮竹さんに! 剣八に! 卯ノ花さんに! 強え死神たちを俺は見てきた! 全員、斬魄刀を使いこなして信頼しあっていた!! 単純にすげえと思った!」

「…………」

「でもあの人たち以上に、斬月はもっともっとすげえ斬魄刀なんだって俺は理解してんだ! お前と一緒なら、恋次も! 湯川さんも! 白哉も! 海燕さんも! 浮竹さんも! 剣八にだって、卯ノ花さんだって超えられる!! 短い付き合いかもしれねえが、それでも俺は心の底からそう信じてんだ!!」

「……ほお」

 

 

 

 ――仕方あるまい! ならば一護よ! 叫べ!! 我が名は――

 

 いつの間にか、意識は元の世界へと戻っていた。

 藍染がルキアを手に掛けようとしているのがはっきりと目に映る。

 身体の内側、奥底から聞こえてくる声に従い、一護は叫んだ。

 

「卍解! 天鎖斬月!!」

「たいしたもんやなぁ……ホンマ、たいしたもんや。けど……」

 

 一護の想いに、彼の斬魄刀は応えた。

 自らの想いに応えてくれた斬魄刀への感謝を感じながら、一護は動く。

 

「土手っ腹にも(ひと)つ穴ぁ開けたら、流石に無理やろ?」

「が、は……っ……!」

 

 だが――想いだけでは通じない事など、山のようにある。

 

(ちから)も、手段も覚悟も、キミには何一つ足りてへんよ」

 

 誰にも聞こえないほど小さな声で市丸は囁く。

 神鎗の刃は瞬時にして伸びゆき、一護の身体にもう一つの風穴を開けていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「春塵!」

「うおおおっ!?」

 

 戸隠の春塵による風圧を受けて、阿散井は大きく吹き飛ばされた。

 乱気流に流されるその姿は、まるで洪水の河に浮かんだ笹舟の様だ。方向も規則性をも無視して、上下前後すら分からぬほど強烈に

 

 ――けど! 助かったぜ!!

 

「……っ! いけません、その攻撃は……!」

 

 風で揉みくちゃにされて吹き飛ばされる中、阿散井はニヤリと笑う。

 その笑顔が浮かぶのと同時に雀部もまた狙いに気付き、思わず苦言を口にするが、全ては遅かった。

 三人の副隊長たちによる息の合った連携攻撃に押され続けていた阿散井は、今まで思う様に戦うことが出来ずにいた。

 狙いの悉くを潰され続けていたところで、その強敵たちから距離が離れるという千載一遇の好機を得たのだ。この瞬間を利用しない手はない。

 

「くっ……! 厳霊丸よ! 敵を射貫け!!」

 

 もはや間に合わぬがせめて一太刀とばかりに、雀部が刀身より強烈な雷撃を放つ。直撃すればそれだけで戦闘不能に陥るであろうその一撃は、だが容易く無力化された。

 

「卍解……狒狒王蛇尾丸!!」

 

 阿散井の握る斬魄刀――その刀身より伸びたる大蛇が、獲物を丸呑みするが如く雷を飲み込んでいたからだ。

 その光景は、雀部らの動きを止めるには十分すぎた。

 

「馬鹿な……副隊長が卍解……だと……!?」

「あの噂、マジだったのかよ……!」

「なんと……まだまだ稚拙ではあるものの、なかなかどうして……」

「そらあああああぁぁっ!!」

 

 三者三様の感想を口にする中、阿散井は斬魄刀を叩き付けた。

 始解から卍解へと変じようとも、彼の持つ基本的な戦闘スタイルは変わっていない。鞭を操るかの様に、相手を攻撃するだけだ。

 強烈な一撃を、三人は別々の方向へと避けることで対応しようとしていた。

 

「まだまだ――ッ!?」

 

 身を躱した相手への追撃を仕掛けようとしたその瞬間、阿散井は。いや、全員が同じタイミングで動きを止めた。

 

 その場の四人の死神たちへ、勇音の天挺空羅が――真実が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 ――同じ頃。

 

「あらら……こりゃまた……驚いたねえ……」

 

 天挺空羅は、京楽らにも当然届いていた。

 猛火の壁が作り上げる戦場の最中にて、京楽はおどけた口ぶりでそう感想を漏らす。

 

「どうやら今の、事実みたいだし……となると、山じい? もう僕たちが争う理由ってないんじゃない……?」

「元柳斎先生!!」

 

 京楽の言葉を後押しするかのように、浮竹もまた叫ぶ。

 教え子たちの声にしばらくの間、山本は思案顔を浮かべていた後に――

 

「……よかろう」

 

 その意思を示すかのように、周囲の壁がふっと消滅した。

 と同時に白哉がガクリと膝を突き、大きく息を吐き出した。

 山本との戦いにより、精魂尽き果てたのだろう。体中に大粒の汗を浮かべ、荒い呼吸が止まらない。頬は紅潮しており、顔色もやや悪い。流刃若火の影響によって死覇装はボロ布のようになっており、火傷もあちこちに負っている。

 

 尤もそれは白哉だけに限らず、浮竹もまた同じような状態だ。

 長年に渡る治療と体質改善を続けていなければこの瞬間に倒れてしまい、挙げ句何日も寝込んでいたとしても不思議ではないだろう。

 

 そして――

 

「た、隊長……」

 

 京楽の背中からは、か細い声が聞こえてきた。

 

「ありがとうございます……」

「なーに、心配ないって。七緒ちゃんの笑顔が見られるなら、(ぼか)ぁ元気百倍だよ」

 

 本来ならば戦いになった瞬間に逃す予定だったのだが、山本があまりにも手早く炎の包囲を敷いたため逃げ遅れ、京楽は彼女を庇いつつ戦わざるを得なくなった。

 彼が身を挺して守り続けてきたおかげで、伊勢はほぼ無傷だった。

 無論、その分だけ京楽の負担は重く、この場で一番の怪我人といえるだろう。

 

 ――ま、でも……これはこれで……かな?

 

 とりあえずの一時休戦が締結されたことと、自らの副官を守り抜けた。それらの結果に、京楽は安堵の息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おおおおおおおっっ!!」

 

 天挺空羅により齎された情報を聞きつけて、狛村は全身の痛みを無視しながら身を起こした。

 体中が苦痛の絶叫を上げながら、筋繊維や傷口が開くのが伝わってくるが、彼はそれら全てを無視して立ち上がる。

 

「だ、駄目です狛村隊長! まだとても立ち上がれるような状態じゃ――」

「構わぬ!」

 

 満身創痍の狛村が動くなど、雛森からすれば到底看過できることではない。というよりも、彼女の常識からすれば立ち上がっている時点であり得ないのだが……とあれ彼女は必死で制止しようとするが、相手は聞く耳を持たない。

 

「お主も聞こえたであろう!? これが本当ならば、儂は這ってでも行かねばならぬのだ!!」

「……うぅ……っ!」

 

 そう言われれば、雛森とて強く出られなかった。

 狛村の想いもよく分かる、行かせてやりたいという気持ちもある。

 だがここで悩むのは下策中の下策、時間を浪費すれば浪費するだけ状況は悪くなってしまう。

 

「わかりました。ただ、私に十秒だけ時間を下さい! その間にせめて動いても問題無い程度には回復させてみせます!」

 

 言うが早いか、彼女は全身全霊で回道を唱え始めた。

 その隣に織姫がそっと並び、彼女もまた自らの能力で狛村の傷を癒やし始める。

 

「桃さん、私も手伝います! 二人でやれば少しは……」

「……っ! ええ、お願い!」

 

 それは、たった十秒間の出来事。

 だが当事者たちには、永遠に等しいほど長い時間だった。

 




ようやく区切り……

●卍解の屈服(口説き落とす)
つい許しちゃう、中の人の激々甘々っぷり。
「心の底から思ってる」とか言われたら狂喜乱舞しちゃう。


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第159話 双殛の丘にて その5

「ぐ……っ!!」

 

 砕蜂の強烈な蹴りを受け止め、東仙は小さく喘ぐ。

 まさか自らの卍解を物ともしない――無明の世界にこれほど対応できる者がいたことは、彼にとって誤算だった。

 想定外の事態に彼が心を切り替えるよりも先に砕蜂は動き続け、攻撃を繰り出している。

 その動きは通常の世界にいるそれとまるで違いが無いように――いや、むしろ通常時のそれよりもよほど苛烈だった。

 見えぬ聞こえぬが故に今の砕蜂は、仮に相手が絶命したとしてもその死骸を容赦なく破壊し尽くしかねないだろう。

 それは相手の状態を感じ取れぬ状態で勝利する以上は当然の帰結であり、なまじ聴覚が残っている為に東仙にはその狙いが手に取るように分かってしまった。

 

 ――どうする……いや、まだだ! まだ私の方が有利……!

 

 卍解を解除することも頭をよぎったが、その考えを即座に捨てる。

 如何な理由があろうとも、今はまだ己の方が有利な状況に変わりが無い。

 そう考えた時だ。

 

「はい……はっ、いえ……了解いたしました」

 

 余人には聞こえぬ空間の中で返事をすると、続けて東仙は卍解を解いた。

 

「むっ!?」

「お……おおっ!? 見えるぞ、聞こえるぞ!」

 

 色が、音が、匂いが。今まで封じられていた感覚が突如戻ったことに戸惑い、砕蜂は足を止める。

 彼女の視線の先には、立ち尽くす東仙の姿があった。

 彼女が肌で感じ脳裏の思い描いていた場所と寸分違わぬ位置に立っており、殴打による負傷と疲労を隠そうともしていない。

 

「……やめだ」

「貴様、何の真似だ……?」

「もうお前たちの相手をしている時間は終わったということだ」

 

 一方的にそう告げられ、砕蜂は訝しむ。

 ダメージを受けすぎて卍解を維持しきれなくなったのかと考えたが、どうやらそれも違うようだ。

 東仙はそこまで口にすると「こうして話している時間すら惜しい」とばかりに、瞬歩(しゅんぽ)にて一瞬で姿を消した。

 

「くっ……ハァ! ハァ……!」

「砕蜂!」

 

 すぐさま後を追おうとしたが、息が切れてしまった。膝が笑い、思わず砕蜂はその場にへたり込んだ。

 見えぬ聞こえぬ空間での戦いは、どうやら想像以上に彼女を疲弊させたようだ。

 訓練で慣れているとはいえ、隊長格を相手に。しかも夜一の居場所までも気遣いつつの激闘を続けていれば、力尽きてしまうのも無理はなかった。

 全身を極度の疲労に悩まされながらも、砕蜂は東仙を追おうと手を伸ばす。

 

「まだ、です……追う……」

「それは儂に任せろ! あやつ程度ならば、お主を背負ってでも追いつけるわ!」

 

 砕蜂の身体を持ち上げ、夜一は軽々と背負う。 

 予想外の出来事と肌の感触に、彼女は思わず惚けた声を漏らす。

 

「……え……?」

「まあ、乗り心地の保証はせんがな」

 

 そう一言だけ告げると、夜一は駆け出した。

 自分で口にした通り、なるほど大した速度だ。それに「乗り心地は保証しない」と口では言いつつも、背中の砕蜂を揺らさないように気遣っているのが走り方でよく分かる。

 

「良い部下を持てて……私は幸せです……」

「だ、誰が副隊長じゃ誰が! 言っておくがの! 儂はお主の一方的な取り決めなど決して認めんからな! こら! 聞いておるのか砕蜂!!」

 

 先ほどの卍解――閻魔蟋蟀の空間内では、ほとんど役に立たなかったのだ。ならばせめて、少しくらいは彼女に報いてやりたい。

 口ではなんだかんだと文句を言ってはいるものの、そんな気持ちも夜一の中にはあった。

 

 天挺空羅の情報が伝えられたのは、そんな時だった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「これは驚いた」

 

 ルキアに向ける刃すら思わず止めて、藍染は一護のことを凝視していた。

 先ほどまで始解までしか至っておらず、腹に穴を開けて動けなくなっていたはずの相手が、突如としてこれだけの動きを見せれば、藍染でなくとも驚くのは当然だ。

 

「卍解、それもこの一瞬で屈服を済ませた、ということかな? だが……」

「さすがに卍解(コレ)見過ごすんはアカン思たんで、つい手ぇ出しました」

「いや、構わないよ」

 

 再び大怪我を負わされてどうやら完全に折れたらしく、一護は倒れ込んだままだ。

 それでも市丸は油断などなく、一護の背中へ神鎗の刀身を撫でつけるようにして、動きを封じている。

 そこへ東仙が現れた。

 

「遅れての参上、申し訳ありません」

 

 だがどうやら、一目で分かる程の怪我を負い、息を切らしているその様子が市丸の興味をそそったらしい。

 

「おやおや? どうやらそっちも、ちょいと手強かったみたいやね」

「気にすることはないよ、(かなめ)。それよりも、よく戻ってきてくれた」

「はっ!」

 

 それでも申し訳ないと東仙が頭を下げる。すると――

 

「貰ったぞ!」

 

 風のような速度で躍り込んできた砕蜂が、藍染の手からルキアを奪い取ってみせた。

 

「一護!」

「よ、る……い……さ……」

「喋るな! じっとしておれ! 儂とて、回道の心得くらいは持ち合わせておる!!」

 

 続いて夜一は一護へと駆け寄り、怪我の治療を始める。

 二人がそれぞれ見せた動きは見事であり、思わず藍染は空になった手を数秒眺め続けたほどだ。

 

「なるほど、君が相手だったのか……要が手を焼くわけだ」

「ああ、少し苦労させられたぞ」

 

 ルキアのことを庇うように抱きしめつつ砕蜂が得意げに言えば、東仙は微かな苛立ちを顔に浮かべた。

 

「だがもうお前たちはこれで終わりだ」

(じき)に他の死神たちもやってくるわい。貴様らの悪行、その全ての責を取らせてやるわ!」

「終わり? なるほど、君たちにはそう見えるのか……視野が狭いことだ」

 

 確かにそう見えるだろう。

 砕蜂の言う通り朽木ルキアは取り戻され、夜一の言う様に他の死神たちが――双殛の丘へと集まっていた全ての死神たちが、この場所へと集結しつつあるのが分かる。

 

「藍染!」

 

 気が早ければ足も速い死神の一部など、すでにこの場所へとやって来ていた。比較的近場にいた山本らや雀部らである。

 彼らはいずれも隊長・副隊長ばかりであり、尸魂界(ソウルソサエティ)でも最強の者たちと言えるだろう。

 それどころか、遠くまで霊圧知覚すれば中央議事堂へと置き去りにしてきた者達が凄まじい速度でやって来ているのまで分かった。

 

「やはり、多少無理をしてでも予定を早めて正解だった」

「……?」

 

 その言葉の真意を測りかね、誰かが疑問の息を吐いた瞬間にそれは起きた。

 天から光の柱が降り注ぎ、それは藍染を中心とした結界のように彼を囲む。

 

「あ、あれは……」

「莫迦、な……」

 

 その光の柱の先――空の一点が、僅かに裂けていた。空間そのものがゆっくりと切り開かれて行き、その奥から白い指が。その白い指は空間を一気に押し広げる。

 

大虚(メノス・グランデ)だと!?」

 

 広がった先には黒い空間と大量の最下級大虚(ギリアン)の姿があった。さらにその奥、闇に覆い隠された先に、何者かの姿があるのも見える。

 そして光の柱が伸びたのは藍染だけではない。

 市丸・東仙もまた同じように光が包み込むと、彼らをゆっくりと持ち上げていく。

 

反膜(ネガシオン)……」

 

 光の正体を山本が口惜しそうに呟いた。

 それは大虚(メノス)が同族を救う場合に使用される能力。光の内と外を干渉不可能な隔絶空間とするものだ。

 つまるところ光に包まれた瞬間から、藍染たちには何者も手出し出来なくなったことを意味していた。

 その事実を頭では理解していようとも、ただ黙っていられるほど死神たちも穏便ではいられなかった。

 

大虚(メノス)と手を組んだ……いや、従えたと言うべきか? だが……何の為に?」

「高みを求めて」

「……地に墜ちたか、藍染……!」

「……傲りが過ぎるぞ浮竹。最初から誰も、天に立ってなどいない。君も、僕も、神すらも。だがその耐え難い天の座の空白も終わる。これからは――」

 

 

 

「――私が天に立つ」

 

 

 

 決意の現れか、はたまた自ら被り続けた仮面を完全に捨て去るための決別の証か。

 藍染は下ろしていた髪を掻き上げると、隊首羽織を脱ぎ捨てた。

 

「さようなら、死神の諸君。これが、君たちの未来だ」

 

 その行動に山本が真っ先に反応を見せた。

 眉間に深く皺を刻むという、傍目には大した事の無いように見える動きであったが、彼の胸中は烈火すら生温い怒りが湧き上がっていた。

 

 藍染が「もはやこれは不要」とばかりに脱ぎ捨てた隊首羽織を縦に引き裂いたのだ。背に刻まれた隊番号が丁度半分に分かつように、この場の者達へ見せつけるようにしたその行動は、なるほど確かに未来を暗示しているとも宣戦布告とも言えるだろう。

 

 もはや豆粒程度の大きさにしか見えなくなった敵たちへ、忌々しげに視線を向けることしか出来なくなった程になった辺りで、狛村がやってきた。

 

「東仙!」

 

 空の上にいる友と信じた者へ向けて叫ぶ。

 

「貴公、何故だ……どうして……」

 

 だがもはや声は聞こえない。いや、届いているのかもしれないが、相手が何かを言っているかも聞こえない。そもそも姿を認識することすら困難なのだ。

 それはもはや一方通行とすら呼べないだろう。

 やがて藍染らの姿は空の向こうへと消えてゆく。

 

「うおおおおおおおおっっ!!」

 

 悲哀の遠吠え。

 それは風に乗り此度の事件の終息を瀞霊廷中へ告げていた。

 




●閻魔蟋蟀
原作ではドームが壊れてましたけれど、こっちは自己解除。
というかアレも壊れたら直らない物なのか、ふと疑問。

●隊首羽織
もう眼鏡たたき割っちゃった(物理的に無い)
隊首羽織を無くした時に山じい凄く怒ってたし(挑発効果抜群)
虚圏に行ったら藍染は着替えるし(お色直し)
なら、もういいかな……って……

●私が天に立つ
(こんな仕事やってられっか! 独立起業して社長になる!!)


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第160話 尸魂界の中心でアイを叫んだなんたらかんたら

前回のあらすじ

藍染「死神辞めて企業する! ホストクラブ経営する!(天に立つ)」


 瀞霊廷並び護廷十三隊全ての死神たちを巻き込んだ騒乱は、首謀者・藍染惣右介らの逃亡によって幕を下ろした。

 朽木ルキアの処刑から端を発した、中央四十六室の全ての命令は藍染による虚偽の命令である。そのため――死神たちには大小の混乱の差こそあれど――身内同士・仲間同士でいがみ合う必要は無い。

 今必要なのはこの事態の詳細な情報と背景、そしてこの事件で傷つき壊れてしまった全ての存在の回復と立て直しこそが急務である。

 

 護廷十三隊総隊長・山本元柳斎はそう発令した。

 早い話が「内乱は終わり、死神同士でいがみ合うのは御法度。今は全員で藍染によって引っかき回され歪められた全ての事柄を元通りにして、同時に藍染対策を行いましょう」ということである。

 

 そのため激戦区であった双殛の丘には大勢の死神たちが集結し、事件の後処理に追われていた。

 特に後方支援を主任務としている四番隊などは、目が回る程の忙しさになる。

 

「狛村隊長! 大丈夫ですか!?」

「ああ……すまぬな……」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません……私がもっと手早く、上手に……先生みたいに回道を使えていたら……」

 

 現場の最も近くにいた四番隊の隊士は、雛森桃である。

 彼女は狛村の治療を自ら買って出たのと平行して、やってきた四番隊の隊士たちへも矢継ぎ早に指示を出していく。

 

「雛森三席! こちらはどうしましょう!?」

「重傷者を優先してください! 十番隊の方たちは皆さん怪我をされていますから、そちらも忘れずに!」

「あ、あのな……」

 

 負傷者の数で言えば、十番隊と十三番隊が最も多いのだろう。

 二つの隊はぶつかり合ったため、半数以上の隊士たちが多かれ少なかれ負傷を負っている。そして現在この場では四番隊の隊長、副隊長とも不在だ。

 つまり今は雛森が責任者である。

 

「その……」

 

 雛森もそれを理解しているため、普段よりも凜とした態度を意識してとっていた。

 

「へえ……藍俚(あいり)の所の部下って話だけど、大したもんだな」

「ナリは小さいけど、あれでとんでもなくしっかりしてるんだぜ。三席なのは伊達じゃねえよ」

「なるほど……岩鷲、お前さんよりずっと頼りになりそうだな」

「姉ちゃん! そりゃねえよ……!」

 

 海燕の言葉を聞いた空鶴が、岩鷲をからかう。

 十番隊の相手をする必要もなくなったため、志波家の兄弟たちもまたこの場所へとやってきていた。

 そして――

 

「ひ、雛森……?」

「…………」

「雛森……三席……?」

 

 ――彼らがいるということは、日番谷冬獅郎もまたこの場にいるわけである。

 日番谷は丁寧に――もの凄く言いにくそうに、そしてもの凄くもの凄く丁寧に相手の様子を窺うような声音で、目的の相手に話しかける。

 

「何か御用でしょうか、日番谷隊長(・・・・・)

「う……」

 

 返ってきたのは、感情の一切無い声と瞳だった。

 言葉遣いこそ丁寧ではあるものの、口調は事務的そのもの。それと相まって、まるで無関心を体現したかのようだ。

 

 日番谷と雛森、二人は流魂街で暮らしていた頃からの知り合いである。

 そのため当時の癖で日番谷のことを「シロちゃん」や「日番谷君」と呼んでしまうことが雛森には時々あった。

 その癖は彼が隊長になっても続いており、ここ数年は雛森が昔のように呼ぶ度に「日番谷隊長な」のように訂正するというやり取りが度々あった。

 

 先ほどのは確かに日番谷が望んだ呼び方だ。

 だが違う。

 こんな結果は望んでいない。

 

「いや、そのな……あれは……」

 

 日番谷たちがこの場にいるということは。

 事態が終息したということは。

 つまりは"何があったのかを雛森が全て知った"というわけである。

 

「見ての通り、今は忙しいので。用事がなければ後にしてもらえますでしょうか」

 

 彼女が敬愛する藍俚(あいり)に手を上げた――それを知った瞬間から、雛森の心は決まった。

 とはいえ日番谷にも言い分はあるのだが、理屈と感情はまた別物。簡単に言ってしまえば"一線を越えてしまった"わけだ。

 となれば当てつけのような態度を取られても仕方ない。

 

「その、だって……あれはな……」

「要件を言えないということは"用事はない"と解釈させていただきますね」

 

 狛村にひとまず問題がないまでの治療を終えると、彼女はすっと立ち上がる。

 

「では失礼します、日番谷隊長。まだ仕事がありますので」

「あ……っ……あ……っ……」

 

 それは氷雪系最強の斬魄刀を持つ日番谷が底冷えするほど冷たい声だった。

 去って行く雛森の背中に向けて、届かないと知りつつゆっくりと手を伸ばす。

 

「ひっ……雛森いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ようやく口を開いたとき、彼女の姿はすでになかった。

 




●アイ


●タグ
「ごめんねシロちゃん」のタグが本当の意味で仕事を始められました。

●叫び
「い」を50個。
「ぃ」を30個。
「っ」を20個。
「!」を20個。

合計120文字を贅沢に使用した、渾身の叫び。


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第161話 弐泣決着

 ――雛森いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――

 

「うわ……すごい声……」

 

『しかも悲しみとか無念とかこんなはずじゃなかったとか、そういう感情をこれでもかと詰め込まれた悲鳴でござるよ……録音して"絶望"という言葉のお手本にしたいくらいの、見事な叫びでござる。ある意味国宝レベルでござるな』

 

 風に乗って流れてきた無念の叫び声が、私と射干玉の心を抉りました。

 なによりも射干玉が「!」を付けてない時点で、心に直接訴えかけてくるというか何というか……コレ、大丈夫なの……? というか、何があったのかしら……?

 

 

 

 ということで中央議事堂から走ることしばし、私たちもようやく双殛の丘までたどり着きました。

 途中、吉良君があまりにも遅かったので担いで走りました。

 今になって思えば、卯ノ花隊長の肉雫唼(みなづき)に乗せて貰えばよかったかも知れないと気付きましたが……気付いたのは到着後なのでもう遅いです。

 到着して、総隊長や京楽隊長らの治療をしつつ簡単に事情だけは聞きました。

 色々と細かな違いこそあれど予定通りというか、ちゃんと虚圏(ウェコムンド)に行けたようで良かったです。

 

 ただ、藍染の「私が天に立つ」をナマで聞けなかったのだけが心残りよね。

 

『仕方が無いでござるよ藍俚(あいり)殿。所詮、拙者たちと藍染殿たちでは歩んでいる道が違うのでござる。(とも)に天を(いただ)かず――世話になったことも、共に戦ったこともあるでござる。ですが、同じ天を戴けぬと知った以上は別れもやむなしでござるよ。愛別離苦、会者定離……この世とはなんと儚くも無情なもの。こうなることはむしろ必定、運命だったでござるよ……』

 

 ……うん。

 偉そうなことを言ってるけれど。

 三国志で言う劉備と曹操みたいな関係で語っているけれど!

 何か急に仏教の言葉とか持ち出してきたけれど!!

 目指してるものが違うだけだからね? こっちは天じゃなくて(おっぱい)を目指してるだけだから!!

 

『これがホントのお前は天に立て! でござるよ!! 拙者達には特に関係なーし!! よし! タイトル回収した以上、いつ打ち切ってもOKでござるな!! エタり上等!』

 

 しないから、絶対にしないからね!

 

 ……えっと何の話をしようとしたんだっけ……?

 

 ……あっ! そうそう!!

 

「すみません、四番隊(ウチの隊)と怪我人が気になるので。これで失礼します」

「そっか、まあ気になるよね……あの声とか……それじゃ藍俚(あいり)ちゃん、またね」

 

 頭を下げつつ一言断りを入れると、そんなことを言われました。

 京楽隊長も、あの叫び声が気になってるみたいですね……というか京楽隊長だけじゃなくて、他の人たちも何やら気もそぞろと言うか……

 

『雛森って聞こえたし、四番隊絡みだからお前行ってこい。と目で訴えられているでござるよ……』

 

 ええ、行くしかないわよね……

 おっかなびっくり、この場を離れました。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 ということで現場にやってきたのですが……事態は想像以上にとんでもないことになっていました。

 思わず声に出しちゃうくらい。

 

「……っ! ……ひ……っ!! ……ぐす……っ……!」

 

 泣いてるんですよ、あの日番谷が。

 下を向いたまま目には大粒の涙を一杯浮かべて、所在なく立ち尽くしたまま。

 ぐすぐす鼻をすすり、ひっくひっく嗚咽を漏らしています。

 近くには十番隊の隊士とかもいるんですけど、もうどうして良いのか分からないんでしょうね。皆さん、遠巻きで近寄らないようにしています。

 腫れ物を扱うようにっていうか……見て見ぬ振りを続けているっていうか……単純に怖くて声を掛けることも出来ないっていうか……

 

 本当に、何があったの……!?

 

『泣く子と泣く子には勝てぬ、とはよく言った物でござるよ……』

 

 泣いてる子しかいないじゃない! 泣くと無敵なの!?

 

「いやぁ……アレはちょっと、ねぇ……」

「松本副隊長?」

 

 私も思わず立ち尽くしていたところ、乱菊さんが声を掛けてきました。

 

「私もちょっと前に来て、何があったのか教えて貰ったのよ。んで、隊長のせいで間に合わなくなっちゃったから、文句の一つでも言ってやろうと思ったんだけど……」

 

 何があったのか教えて貰った、ですか……確か市丸と良い仲、だったんでしたっけ?

 となると十番隊と十三番隊でやり合っていた以上、足止めされてしまった彼女は去り際の会話どころか顔を合わせることもマトモに出来なかったということに……

 なるほど。

 文句の一つくらいは言っても(ばち)は当たらなそうよね。

 

「アレを見ちゃうと、文句を言う気も失せるっていうか……隊長も子供だったのよねって再認識したっていうか……」

 

 毒気の抜けた表情でそんなことを言っています。

 でも「文句の一つでも言おうと思って来てみれば、相手が本気で泣いてた」とか言われたら、確かにそりゃあそんな気にもなりますよねぇ……

 

「もうちょっと、隊長に優しく接しようかしら……?」

 

 うわ……あの乱菊さんがそんな健気なことを言ってる。

 ぽつりと呟かれた声に、思わず我が耳を疑ってしまいました。

 

『母性本能が擽られまくりという奴でござるかな?』

 

 そこまでは分かんないけど……

 

「とりあえず松本副隊長……ご自分の隊の隊長が関係していますし、どうぞ」

「……え? い、いやいやいや無理よ私には! 治療関係は四番隊にお任せするから!」

 

 心の傷は専門外なんですけど……! 卯ノ花隊長にも精神科医とかカウンセラー的な指導は一切受けてないんだけど!!

 

『卯ノ花殿は鬼も仏も斬るタイプでござるからなぁ……悩んでいる暇があったら斬ればわかるさ! でござるよ!!』

 

 いや、心が無いわけじゃないのよ……射干玉の意見も否定はしないけど!

 

「あとさっき雛森の名前も出してたし、だからこれは四番隊の担当案件! ね、ねっ!? 十番隊(ウチ)を助けると思って! お願いよぉ、湯川隊長~!」

「あ、ちょっと――!」

 

 なにやら色っぽい猫撫で声を上げながら背中をグイグイ押して来ては、強制的に私を矢面に立たせてきます。

 

「……あ」

「そういうわけだから、後はお願いね」

 

 押しつけてきたかと思えばそのまま本人はそそくさと人混みの中に隠れてしまいました。

 ……くっ、覚えてなさいよ! 次のマッサージの時に倍は揉んでやるんだから!!

 

「……ぐすっ……」

「えーと……」

 

 困惑する私をよそに、日番谷は上目遣いで睨んできました。

 私の方が上背があるので見上げる形になるのは仕方ないとしても、涙たっぷりで親の仇を見るような目を向けて来ます。

 

あんだよ(なんだよ)……どーぜ(どうせ)おばえもぼれを(お前も俺を)ばらいにきたんだろ(笑いに来たんだろ)……」

 

 あ、コレ駄目なパターンだ。

 

『完全にイジけモードに入ってるでござるな。おそらく、何言っても聞かないタイプでござるよ』

 

 放っておくと死ぬまでココに立ってそうよね。

 

『ストライキの亜種みたいなものでござるな。あと、何を話しかけても"そんなの興味ねえし"とか"死んでもいらねえ"とか延々言い続けそうでござる!』

 

 これがもっと小さくて普通の子供だったら「ケーキ作ったけど食べる?」「わーい」「ごめんね」「ううん、こっちこそ」で解決しそうなんだけどね。

 変に大人びてるっていうか、精神的に成長してる途中だから扱いが難しくて……なんとか拳の落とし所をコッチから用意してあげないと……

 

 よーし……出たとこ勝負だけど、やってみましょうか!

 

「日番谷隊長、とりあえず涙を拭いて下さい」

 

 小さい子供への基本応対! しゃがんで目線を合わせてから、懐の手巾(ハンカチ)をそっと差し出します。

 

びらべえ(いらねえ)……」

「まあまあ、そう遠慮なさらずに」

「ぶっ!」

 

 どうせ断られることはわかってましたから。

 有無を言わさず顔面に押し当てて、まずは表情を隠してあげます。

 

()……はにふん(なにすん)……――」

 

 当然暴れてその場から逃げようとするので、相手に身体を抱きかかえて固定するのも忘れません。

 

「とりあえず、今溜まってるものは全部出してスッキリしちゃいましょう」

 

『た、溜まってるモノを……だ、だ……す……!?』

 

 涙とか鼻水とかね。

 

「はい、チーンしてください。そうやって鼻をすすっているのも気持ち悪いでしょう? 大丈夫、今は誰も見てませんよ」

「…………」

「それが終わったら、気が向いたらで良いですから、胸の奥につかえているモヤモヤも聞かせてください。私は気にしてませんし、なにより当事者なんですから聞く権利くらいはありますよね?」

「………………」

「……理由がわかったら、取りなしに協力くらいは出来ますから。ね……?」

「………………(びいいいいっ!)」

 

 最後だけ小声で耳打ちするとやっと観念したのか、手巾(ハンカチ)(はな)をかみ始めました。

 

『情と利の両面攻めでござるな』

 

 このまま延々立たせて「双殛の丘のシンボル・シロちゃん像(生身)としてこれからは生きていきます」ってわけにも行かないでしょう?

 多少強引にでも事態を動かさないと。

 

 そのまましばらく洟をかむ音や嘔吐(えず)く音だけが響き、数分後にようやく止まりました。

 おかげで手巾(ハンカチ)がビチョビチョです。

 

『シロちゃんエキスが一杯詰まったハンカチでござるな……』

 

 気色悪い言い方しないの!

 

「落ち着きましたか?」

「…………(こくり)」

「じゃあ、話を聞いても平気ですか?」

「…………(こくり)」

 

 手巾(ハンカチ)から顔を離したところ、泣き疲れて目を真っ赤にしながらも素直に頷いてくれました。

 

「俺、藍染に色んな相談してて……恩があって……でも、藍染が死んだって、殺され……たって……聞いて、それで……どうしたいいかって……そしたら、藍染が、生きてて……俺に、教えてくれて……湯川が悪いって……雛森を、守れ、る……って……! だか、ら……俺……雛森、のこと……雛森は、湯川のこと、ばっかりで……ひぅっ……」

 

 あらら、話している間にまた泣き出してきましたね。

 喋っている内容も、理解できなくはない。みたいな感じになってます。

 

「だから……ひぐっ! 湯川を……ぐすっ! そうすれば、雛森、守れる……! おかしくないって……これは正しいことだって……すんっ! 自分に、言い聞かせて! 自分は、間違って、ないって……うぐっ……ひぐぅ……!!」

「日番谷隊長は悪くありませんよ、私は許します」

「うっ……うう……うああああああああああぁあああああああっ!!」

 

 とうとう大声で泣き出しました。

 

「だから、桃もその……出来れば許してあげて……ね?」

「……ずずっ……ぶえ……? ぼぼ()……びなぼり(雛森)……?」

 

 慌てて周囲を見回し、日番谷も気付いたみたいです。

 遠巻きに見ている人混み、その最前列にいる桃の姿に。

 そりゃまあ、これだけ大騒ぎしてれば気付いて様子を見に来るくらいはしますよね。

 

「うっ、うう……びなぼり(雛森)……びなぼり(雛森)いいぃぃ……っ! ごべんなぁ! ごべんなざいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいいぃっ!!」

 

 

 

 

 

 

「あー、その……なんだ……湯川……?」

「………………」

「――ッ!! ゆ、湯川隊長! すみませんでした!!」

 

 (こわ)ぁ……見た、今の?

 私のことを「湯川」って言った途端、桃が"すっごい良い笑顔"で日番谷を凝視したの。そしたらあの反応よ?

 目は口ほどにモノを言うって言葉の意味を再認識させられたわ……

 

 あの涙の青空謝罪会見のおかげか、桃もちょっとは態度を軟化させたみたいね。

 本当に"ちょっとだけ"みたいだけど……まあ、切っ掛けは出来たし……以降は当人の努力に期待、ということで……

 

「もうっ! 二度とこんなことしちゃ駄目だよ! シロちゃん!」

「あ……う……す、すまねえ……ごめんなさい……」

「先生は許してくれてるけど、それに甘えちゃ駄目だからねっ!」

 

 やたら素直に頭を下げてきますね。

 

『……藍俚(あいり)殿、お気づきでござるか?』

 

 え……? 何を……?

 

『雛森殿でござるよ……彼女、一度も"許す"とか"考え直す"と言ってないでござる……』

 

 ……あっ!

 

『これはもう、日番谷殿は多分、ずっと尻に敷かれ続けることに』

 

 そういえばさっきも「シロちゃん」って呼んでたわね。それに一瞬反応して訂正させようとしたけれど、その気持ちがすぐに萎えてた。

 指摘するだけの気力なんてもう完全に消え失せてるってことかぁ……

 つ、つまり……これって……

 

『本当の地獄はここからだ!! ……で、ですが雛森殿のお尻なら潰されて本望と言う可能性も……!?』

 

 女の子って怖いわね……

 

「あら、どうしたの吉良君? 顔色が悪いみたいだけど……」

「い、いえ……その……」

 

 気付けば近くに吉良君がいました。

 ただ、表情が真っ青なんだけど……何かあったのかしら……?

 

「大丈夫? 具合が悪いなら……」

「平気です! 大丈夫ですから! お気遣いありがとうございます!!」

「そ、そう……? ならいいんだけど……」

 

 変には思いつつも、特には気にしませんでした。

 

 

 

 その後しばらくしてから、吉良君が土下座しているシーンを見かけました。

 何をしてたのかしら……?

 

 

 

 あと、これは後日談なんだけど。

 吉良君が四番隊の皆の分の雑用を片付けている姿を、時々見かけるようになったの。

 隊士に頼まれている事もあれば、他の子から率先して雑事が無いか聞いてる時もあって。

 なんていうか「ヒエラルキーがちょっと下がった扱い」みたいって言えばいいのかな?

 あの子、三席なのに……どうしたのかしらね? まあ、同じ隊の仲間の仕事を回しているという点では高評価なんだけど……

 

 四番隊では"駆け回る吉良君"の姿は"点数稼ぎに来る日番谷隊長"と並んで、少しだけ名物行事みたいになっています。

 




●泣
こまっしゃくれたガキはガチ泣きする姿が一番カワイイと思います。

シロちゃんは犠牲になったのだ……書いている人の性癖の犠牲に、な……

(一番年下だし、このくらい泣いても(泣かせても)いいじゃない)

●土下座
地に這いつくばり、詫びるかのように頭を差し出す
故に――


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第162話 黄昏の結末

 日番谷周りはまだまだイジり足りない気持ちはあれど、ずーっとかまっている訳にはいきません。

 

『いやぁ、それはそれで需要はありそうでござるよ?』

 

 うんまあ、それはそうなんだけど……その辺りばっかり描写しちゃうと「他の人たちはどうなったんだ?」とか「お前は仕事しないのか?」って事になっちゃうからね。

 ということで――

 

「雀部副隊長たちの治療はもう済んだのね? なら、あなた達も十三番隊の対応に回って。あと手の空いている子は綜合救護詰所への移送と準備の手伝いも!」

「「はい!」」

 

 ――四番隊本来の役目である救護業務に精を出しています。

 

 指示を出しつつ、茶渡君の治療も平行して行っていますよ。

 だって遅れて来たんだし、その分だけ頑張るのは当然よね。桃も頑張ってくれてたみたいだし、ここでその頑張りを無駄にするなんて出来ないもの。

 

「湯川隊長。勝手を言う様だが、どうかこの者を……泰虎のことを……」

「ええ、わかっています。かなりの重傷ですが、絶対に助けてみせますよ」

 

 それにしても茶渡君、何があったのかしら? 桃たちが応急処置をしたって話だけは聞いたけれど……でもこの怪我って、多分だけど……

 黒棺を受けたのよね、きっと……

 傷の具合が斬術や白打とは違う、凄い力で押しつぶされたような感じだから。

 

 ん……? ということはこの子、藍染と戦ったの!? よく、生きてたわね……生命力が半端じゃないわよ……

 

 やたらと肩入れしてくる狛村隊長の様子も併せて、すっごく気になる……何があったのか、後でちゃんと事の顛末を聞いておかないと。

 回道を使いながらそんなことを考えていたところ、彼が突然動き出して私の手を思い切り握ってきました。

 

「えっ!?」

「お、俺……よりも、一護を、先に……」

「喋らないで! 今は自分の身体を休めて回復させることだけを考えて!」

 

 口を動かすだけでも辛いでしょうに……そこまで、一護のことが気がかりなのかしら?

 

「それと、安心して下さい。黒崎君なら今、織姫さんが治療中ですよ。あなたの治療が終われば、私もそっちに回ります。絶対に助けますよ」

「井上、が……? そうか……よか……った……」

 

 そう言うと茶渡君は、ゆっくりを目を閉じて――

 

「泰虎あああああぁぁああぁぁっっ!!」

 

 ――って、うるさい!!

 

「大きな声を出さないで下さい。気を失っただけです」

「むっ! ……す、すまん……」

 

 注意すると狛村隊長の獣耳が申し訳なさそうにペタンと倒れました。

 かわいい。撫でたい。

 

「茶渡君には桃が手当をしていましたし、元々の生命力も凄く強いみたいですから。処置を終えてから経過観察を含めて……一日もあれば、といったところです」

「一日か……良かったな、泰虎……」

 

 ホッとしている狛村隊長ですが……本当に、何があったのかしら? もの凄い気に入ってるみたいだけど。似たような立ち位置の二人だから、意気投合したのかしらね?

 

『案外相性も良さそうでござるよ』

 

「それと狛村隊長? あなたもですよ」

「儂も、か……?」

「ええ。動ける程度には回復したとはいえ、怪我人には違いないんですから。暴れないでくださいね」

「……すまん」

 

 一応狛村隊長も現在は四番隊(ウチ)の伊江村三席が治療中です。

 私が来るまでは彼が茶渡君の治療をしていましたが、怪我の具合が酷いということもあって交代しました。

 

「それにしても……」

 

 ちらりと織姫さんの治療の様子を覗き見ます。

 アレが噂に聞いた"事象の拒絶"という能力ですか……こうして実際に目にするのって初めてだけど、とんでもないわね。

 一護の怪我の具合についても聞いていたけれど、結構エグい傷が多かったのに一心不乱で治療をしているその一途な想いも良いわよね。

 そういえば、織姫さんが一護の治療をするのは桃が許可したって話だけど……そっかそっか、想いをもう知ってるものねえ。

 好きな相手には尽くさせてあげたいわよねぇ……

 

『一護殿が羨ましいでござるなぁ……』

 

 ホントホント。

 でもあの能力って、ちょっと怪我を治すのには一長一短っぽいのよね。

 

『ふむ、と申されますと?』

 

 事象の拒絶――つまり「ぜーんぶ無かったことにしちゃえー」ってことだから、傷や毒に対しての抵抗力や免疫力を得られにくくなりそうで。

 筋肉痛にあの能力を使うと「痛みがなくなる代わりに筋肉の超回復もしない」みたいな結果になりそうなのよね。

 運動する前の状態に戻しちゃいそうで。

 

 でも、自分の能力について正しく自覚すると、その欠点も無くなるんでしょうね……純粋に"怪我だけ拒絶する"という便利な能力にきっとなっちゃうはず……

 ちょっと嫉妬しちゃう。

 

 とまあ、そんなことを考えている間に治療も終わりました。

 

「う……俺、は……こ、こは……」

「泰虎! 無事か!?」

「あ……っ」

 

 茶渡君が目を覚ましたのを見て、狛村隊長が彼の肩を掴みます。

 あーあー、また勝手に動くから伊江村三席が困った声を出してるわね。

 

「伊江村三席、もう狛村隊長の治療はいいですから。移送の準備の方をお願いします」

「隊長……はい、わかりました」

 

 嘆息しつつこの場を去って行く伊江村三席でした。

 動き回る患者だもんねぇ……ため息の一つも吐きたくなるわよねぇ……

 決してあなたの治療の腕が悪いわけじゃないから、安心してね。

 

「これで動くだけなら問題ない程度には回復させましたよ。もう起き上がれますよ」

「な……っ!?」

 

 私の言葉に茶渡君は跳ね起きました。

 その後、自分の肉体の様子を確かめるように軽く肩を回しています。

 

「本当だ……痛みが、ない……」

「一応それでも経過観察の意味で綜合救護詰所に入院させますよ。拒否は不可能です」

「う……わ、分かった……」

「それじゃあ、行きましょうか?」

「行く……どこにだ?」

 

 そこでどうして首を傾げるんですかね?

 ああもうっ! ギャップでちょっとだけ可愛く見えちゃうじゃないですか!!

 

「黒崎君の様子を見に、ですよ」

「ああ、なるほど……すまない……」

「お気遣いなく。さ、行きましょう」

 

 狛村隊長は"おあずけ"の命令――ではなく、茶渡君の事を気遣って向かわないようです。

 お友達との語らいに、良く知られていない立場の自分は無粋と思ったんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

「…………っ…………ぅぅ…………っ……!!」

 

 さてこっちは終わったので一護の方の様子を見に行ってみれば、織姫さんが一心不乱に回復中でした。

 幾つもの汗の粒を額と言わず頬と言わず腕と言わずに浮かべており、集中によって頬が紅潮していています。

 

『入浴中みたいで色っぽいでござるよ!! 艶やかでござる!! 湯煙温泉女子高生一人旅!! ポロリもピッコロもあるよ!! でござる!!』

 

 そのノリはともかく感想はちょっとだけ同意するわね。

 

「石田、一護の様子はどうだ?」

「見ての通りだよ。さっきから井上さんが必死で治療中だが、どうやら思った以上に傷が深いようだ」

 

 そう返事をするのは石田君です。

 どうやら無事だったらしい彼は、近くで治療の様子を見ていたみたい。

 

 でもたしか一護の傷って、内臓に大怪我って報告を受けていたんだけど……

 普通だと外傷治療だけじゃ追い付かないから、手術して内臓治療から始めないと完治は難しいハズなんだけど……

 一護の顔色が良くなってるわよね……これが織姫さんの力かぁ……近くで見ると本当に凄いわねぇ……

 

「それより、そっちこそ大丈夫なのかい?」

「ああ……湯川さんに助けてもらった」

「そ、そうなのか……すまない」

「気にしないで。それしか出来ないんだから」

「それしか……ねぇ……」

 

 現世でのやり取りがあったからか、かなり訝しげな目で見てきますね。

 でもあのくらいなら、他の隊長でも程度の差こそあれ出来るわよ? あの頃はまだ一護たちもそこまで強くなかったから。

 

『それが一ヶ月もしないでこれほど強く……藍俚(あいり)殿など始解までで百五十年……』

 

 言わないで! それは言わないで!!

 

「はぁーっ……! はぁーっ……!!」

 

 と、そんなやり取りをしていたら、織姫さんが不意に精魂尽き果てたような大きな息を吐き出しました。

 見れば回復術もいつの間にか止まっています。

 

「井上……?」

「黒崎君……?」

 

 なるほど、どうやら一護がまともに応対出来る程度までには回復したみたいね。

 それを見て安堵しちゃって、今まで極度の緊張状態で治療を続けていたのが解放されちゃって疲労が一気に襲ってきた――と、そんなところかしらね。

 

「よかった、よかったよぉ……!!」

「お、おい井上!? あだだだだだだだっ!!」

 

 疲れ切っちゃってるから行動の歯止めが利かなくなってるのか、それとも桃との会話で恋心を擽られたのが原因なのか。

 ともあれ感極まった様子の彼女は、勢い余って一護に抱きつきました。

 ただ、怪我そのものが完治したわけではないので痛みに耐えきれずに悲鳴を上げているのがちょっとマイナス点かしら?

 そこは痛みを全力で我慢して熱い抱擁を受け止めるシーンでしょうが!!

 

「はーい、イチャついてる所で大変申し訳ないんだけど。選手交代の時間ね」

「おおっ!! ゆ、湯川さん!? いや、イチャついてなんざ……てか、井上! お前も……井上……?」

「すぅ……すぅ……」

「寝てるわね」

 

 この場所に来る前にも怪我人の治療をしていて、その後はずっと一護の治療を続けていた。それだけ働けば、そりゃあ疲れ果てて寝ちゃっても仕方ないわよね。

 彼女を起こさないようにそーっと動いて、一護の治療を引き継ぎます。

 

「それじゃあ黒崎君は彼女を起こさないように抱き締めておいて。さっきまで頑張ってたんだから」

「お、おう……いや、抱き締めって……その……」

「しーっ」

 

 軽く霊圧を当てて怪我の様子を確認していきますが……あ、凄い。内臓はほとんど治ってるわね。これなら私は外傷治療だけで済むから。

 明日には元気に「月牙天衝!!」って叫べるわね。

 

「一護! 気がついたのか!?」

「お、ルキア! お前も無事だったか!」

 

 騒がしくなった事に気がついた様で、ルキアさんが現れました。

 彼女もちょっと色々あったので、四番隊(ウチ)の女性隊士が異常が無いか診断していたって報告は受けていたけれど……この様子を見るに、元気そうね。

 まあ、獄舎暮らしが祟って少しやつれているのを除けば、だけど。

 

「おっ! 一護も気がついたか!」

 

 続いてやってくるのは阿散井君です。

 

「お前がいなかったらルキアが死んでたかもしれねえって聞いて……ありがとうよ!!」

「あ、ああ……けどな、恋次……もうちょっとその……声を……」

「ルキア! お前も元気そうで……良かった、本当に良かったぜ!!」

「れ、恋次……や、止めぬか馬鹿者! 人前だぞ!?」

「それがどうした!?」

 

 ルキアさんが無事だったので、阿散井君は泣いて喜びながら熱い抱擁をしています。

 人前で思いっきり抱きついているので、やられているルキアさんの方が顔を真っ赤にしていますね。

 でも口では「止めろ」と言っていても顔はまんざらでもない様子ですね

 

『やめろと言われてももう遅いッ! やめろと言われてももう遅いッ! 二回言ったのには特に意味はござらん!!』

 

「ルキア……! よかった、無事だったか……」

「に、兄様!?」

 

 さらにこの場に白哉まで来ましたよ。

 

「黒崎一護、礼を言う。そなたがいなければ、おそらくルキアは……」

「いや、そんなことは……」

「謙遜するな、妹の命を救ったのは紛れもない事実だ。日を改めて礼をするが、この場は口頭のみで礼を言わせてくれ……ありがとう」

「あ、ああ……」

 

 良かったわね、きっと朽木家総出で歓迎してくれるわよ。

 

『一護殿が朽木家に呼ばれる話を書くという伏線でござるな! なんとわかりやすい!!』

 

「それと、恋次……恋次!」

「恋次! おい恋次! いい加減止めぬか!!」

「んだよウッセぇ……た、たたたた隊長!!!!」

 

 それはそれとして。

 流石に見咎めたのか、白哉が阿散井君に声を掛けます。

 けれども気分が有頂天だったのが災いしてしまい、誰に声を掛けられたのか即座に気付かなかったようで。

 そりゃルキアさんも焦って注意を促しますよね。

 ようやく気付いた時には顔を真っ青にしながら即座に正座をしました。

 

「この様な行為はするな――などと狭量な事は私は言わぬ……だが、もう少し節度と秩序をだな――」

「すんません! すんません!!」

 

 お説教と謝罪が始まってしまいました。

 なんてカオスな空間なんでしょうか。

 

 しかし、これだけ騒がしくなったのに起きない織姫さんは凄いわね。

 

「………………ッ!!」

 

 あ、違う。もうとっくに起きてるわね。

 でも幸せな状況だから必死で寝たふりしてる。

 夕日にでも染められたみたいに、首筋まで真っ赤にしてるし。

 

 まあ、指摘するのも野暮ってものだし。

 思う存分、寝たふりを続けさせてあげましょう。

 




●ちゃんと書いてなかったかも知れないと思ったので、ここに記載
四番隊の三席は
『伊江村』
『吉良』
『雛森』の三人体制になっています。

え? 三席が三人とか大丈夫なのか?
元隊長が副隊長に引きずり下ろされて「剣八二人の某隊」よりはマシだから……
(あと剣八の相手が出来る数少ない人材だし、この程度の無理は通るハズ)


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原作開始後 虚圏突入まで(アニオリ含む)
第163話 修学旅行の初日みたいな感じで


 一護たちの扱いが"お尋ね者"から"賓客待遇"になりました。

 

 というのもですね。

 ルキアさんの捕縛命令を始まりとして、それ以降に四十六室から出された命令は全て藍染が捏造した偽りの命令――すなわち尸魂界(ソウルソサエティ)からの正式な命令ではないということです。

 よってこの事件の全ては無かったこと扱いになり、今は死神の皆で一致団結して事態の収拾と回復に努めましょうという流れに――

 

 ……え? もう知ってる? なんで??

 ねえ射干玉……私、この説明したっけ……??

 

『いえいえ、してないでござるよ。ですが! 目を通している皆様はおそらくご存じかと思います!』

 

 そう、よね……!

 決して「雛森いいいいぃぃぃっ!」の絶叫だけ覚えてて、それ以外は記憶から吹き飛んでる。なんて事は無いわよね!

 

 ――というわけで。

 

 乱暴な言い方をしてしまえば「全部藍染(アイツ)が悪い。責任の全部を押しつけてしまって万事丸く収まりました。だから、さっきまでは争っていたけれど仲良くしようぜ!」という、少年漫画的な展開でお約束通りに落ち着きました。

 

 その影響で「一護たちは被害者、むしろ彼らがいなかったらルキアが殺されていたかもしれない」ということで、大切に扱われることが決定しました。

 ほんのちょっとだけ「尸魂界(ソウルソサエティ)での便宜を計るから、今までのことは許してね」という思惑も、あったり無かったりするわけですが……

 

 とあれ、こうしてお客様待遇となったわけです。

 

「はい、それじゃあ皆さん。四番隊へようこそ」

 

 そして、一護たちは怪我人です。

 

「怪我が治るまでは、四番隊(ウチ)の病室を自分たちの部屋代わりに使ってもらって構わないわ。シーツと部屋の清潔さは他のどんな隊よりも上だから安心してね」

 

 怪我を負わせたままだったり、何もせぬまま帰すのは面子が立たないということもあって、しばらくの間は尸魂界(ソウルソサエティ)に滞在することになりました。

 ちなみに宿泊宿は四番隊(ウチ)の病室です。

 病室と言っても、貴族用の良い部屋を特別解放してます。

 一人一部屋、個室ですよ。快適ですよ。ロイヤルサルーン――は言い過ぎだけど。

 

 織姫さんたちを捕まえて(泊めて)いたり、私が一護を匿っていたりしたので「そんなに縁があるなら、お前のところで面倒を見ろ。現世学も教えていたんだし、現世の人間の相手は得意だろ?」と命令されました。

 けどこちらとしても願ったり叶ったりというか、うふふ……

 

「それと、一応案内役も用意しておいたから。身の回りの事とか分からないことがあれば、この二人に何でも聞いてね」

「よろしくお願いします……」

「よろしくね、織姫さん!」

 

 さらに大盤振る舞いは続きます。

 四人のお世話係として、吉良君と桃を用意しました。

 吉良君は男性を、桃は女性――といっても織姫さんしかいないので専属みたいなものですが――を担当します。

 ちょっと担当人数差で吉良君が大変かもしれませんが。でも同性の方が気も楽でしょうし、同性だから気付く事もあると思ったんですよ。

 

 別に誰かに頼み込まれたわけではありません。

 

「うん! こっちこそよろしくね、桃さん! なんだか、お泊まり会みたいで楽しそう!」

「あっ! じゃあ私、織姫さんの部屋に泊まりに行っちゃう!」

「本当!? えへへ、嬉しいな……」

 

 ……重ねて言います。決して、桃に頼み込まれたからじゃないんだからねッ!

 

「……なあ、石田。なんで井上はあんなにフレンドリーなんだ……?」

「黒崎、色々あったんだよ……」

「お、おう……」

「……よろしく」

「よ、よろしくね……」

 

 一方男性陣は、ちょっと及び腰ですね。

 でもこの子たちは面識ないから仕方ないわよねぇ……

 

『吉良殿が茶渡殿にちょっとビビってるでござるな』

 

 見た目はちょっと怖いかもだけど、一番善人なのにね。

 仕方がない。ここは私が一肌脱ぎますか。

 

「ごめんね吉良君、三人も押しつけちゃって」

「あ、先生……いえ、その……」

「この子は吉良 イヅル君。しっかり者で責任感も強いし、三席だから腕も立つわよ。ただちょっと遠慮がちな所があるから、黒崎君たちは遠慮しないで話しかけてあげて」

「そっか、よろしくな! 吉良! 俺は黒崎一護! ……って、もう知ってるか?」

「石田雨竜だ。短い間だが、よろしく」

「茶渡、泰虎……よろしく」

「こ、こちらこそ! 改めて、吉良イヅルだよ。皆、よろしくね」

 

 とりあえず、ファーストコンタクトはこんな所かしら?

 えーっと、次は……

 

「失礼します! 隊長、お客様です」

 

 突然部屋の外から声を掛けられました。

 え? お客? もう日も暮れているんだけど? 誰かしら?

 

「急を要する要件でしたので、勝手ながらこちらまで案内させていただきました」

「失礼する」

「狛村隊長!?」

 

 部下の子を押しのけるようにヌッと入ってきたのは、ふさふさ毛並みが自慢の狛村隊長でした。

 双殛の丘で皆に姿がバレたことが切っ掛けでようやく開き直れたので、今はもうケモノ要素がふんだんな姿をしていますよ。

 

「どうしたんですか?」

「夜分遅く、すまぬ。礼儀を失していることも理解しているが、一刻も早く"これ"を返したかったのでな」

「あ……」

 

 差し出されたのは、私の斬魄刀でした。

 そういえば、手ぶらだったわね。

 

『ね-、でござるな。拙者も気付きませんでしたぞ』

 

 いやアンタは気付きなさいよ!

「すみません。わざわざ届けていただき、ありがとうございます」

「気にするな。おそらく、一刻も早く斬魄刀を取り戻したいのではと思ったのでな」

 

 ……射干玉なら、案外自力で戻ってきそうよね。

 

『刀に手足が生えて勝手に大脱走するレベルでござるな! 夜中に穴掘って逃げるでござる!! トムは駄目なのでハリーから逃げるでござる!!』

 

 また古い映画の話を……

 

「いえいえ、お気遣いありがとうございます。それよりも、桃――雛森三席や織姫さんたちを守っていただいたそうで、ありがとうございます」

「む!? いや何、大したことはしておらぬ。それに守ったといえども、結局儂は藍染に敗れてしまった……あやつの狙いであった朽木ルキアを連れて行かれ、それどころか……東仙よ……お主は一体どうして……」

 

 何があったのか、大凡は桃から聞きました。

 そっかぁ……東仙との友情を感じていただけに、別れの瞬間に間に合わなかったのはショックよね……

 それで、一護と茶渡君の関係を自分と東仙に重ねて気になってるんだなってことも、なんとなくですが分かりました。

 

 自分が気落ちしていることと、私の視線に気付いたようで。狛村隊長はわざとらしく咳払いを一つすると話題を変えてきました。

 

「そ、それとだな! 泰虎らの怪我の具合はどうだ?」

「もうすっかり良くなりましたよ。明日か明後日くらいなら、一日中走り回っても問題ないです」

「そ、そうか。うむ、ありがとう。邪魔したな。また後日、厄介になるぞ」

 

 そう言うとそそくさと帰っていきました。

 ただ「また後日」とさりげなく約束を取り付ける辺りは流石よねぇ。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました!」

「ど、どうぞ。口に合えば良いんだけど……」

「おかわりもあるから、遠慮しないでね」

 

 狛村隊長が帰って、歓迎会という名のお食事会を開催しました。

 人数が少ないと寂しいので、四番隊の隊士もできるだけ参加させて少しでも賑やかな感じにしてみました。

 勿論、言い出しっぺは私ですから準備から調理まで頑張りましたよ。

 

「おっ! 待ってました!!」

「やったーっ! 隊長の手料理だ!!」

 

 ウチの隊士たちがもの凄い喜んでいますね。

 

「な、なんでこんなに活気が!?」

「あーっ……石田は知らねえのか。ま、良いから一口食ってみろ。そうすりゃわかるぞ」

 

 ちなみに今回の献立は「さっぱりうどん」と「ネギ塩やきそば」と「あんかけ豆腐」に「野菜サラダ」です。

 今現在は夏ですから、できるだけさっぱりして食べやすいメニューにしました。

 うどんはさっぱりあっさり風味に。反対に焼きそばはボリューム感も味わえるようにしています。

 バイキング形式ですので、各自のお腹具合を考えて後はお好きにどうぞ。

 

「……むっ! こ、これは……」

「うまい」

「だろ?」

 

 一護が何やら得意げになってますね。

 考えれば、お弁当の差し入れで食べる機会があったわけだから。私の味を知っている立場からすればそういう態度にもなるわね。

 

「これも、よかったら……僕が作ったものだけど」

「へえ、これ吉良が作ったのか! どれどれ……美味え!!」

 

 うんうん。

 どうやらなんだかんだで馴染みつつあるみたいね。

 それと、もう一方は――

 

「ふわわわわっ!? なにこれ、美味しいよぉ……」

「そう、良かったぁ……これ、私が味付けしたんだ。先生の腕に負けてないと良いんだけど……」

「ええっ!! 桃さんが作ったの!? うわー……いいなぁ……すごいなぁ……」

「そんなことないよ! 私もまだまだ先生の腕には……」

 

 ――こっちは気にするまでもなかったわね。

 

 そんな感じで、お食事会と歓迎会の夜は更けていきました。

 途中で一護たちに「現世のことを教えて」という話の流れになったところ、隊士達から出るわ出るわ質問の数々。

 反対に一護たちからも「尸魂界(ソウルソサエティ)のことを教えてくれ」と言われたので、できる限りこちらも答えておきました。一護たちが、浦原のことを死神だと思っていなかったのが少し意外でしたね。

 ところで「だから四番目とか言ってたのか!」って怒ってたけど、何のことだったのかしら……?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 ――翌日。

 

「湯川さん湯川さん!」

 

 夕べはあれだけ大騒ぎをしたのに一切の疲れた素振りすら見せることなく、一護がやって来ました。

 

「朽木家ってどこだ!?」

「え、朽木家? 六番区だけど……どうしたの?」

「六番区か! ……六番区ってどこだよ!?」

 

 何やら片手に紙を握ったまま、エキサイトしています。

 

「落ち着いて。何があったの?」

「それが、朽木家からの使いってのが来てよ。お礼をしたいから屋敷まで来てくれって言われたんだけど……」

 

 説明しつつ手にしていた紙――招待状を私に見せて来ました。

 

「あら、そういうこと……じゃあ、一緒に行きましょうか?」

「え?」

「私も貰ってるから」

 

 笑みを浮かべながら、一護に私宛の招待状を見せてあげました。

 




●この辺の日程
原作だと藍染が「わたてん」してから一週間後くらいに現世に戻っている。
(8月21日位に現世に戻っているようです)
つまり自由行動は一週間くらい。
この間に色んなイベントを少しだけ挟む予定です。

(9月3日にウルキオラとヤミーが来て、その約40日後には虚圏へ……)

●トムだハリーだ
映画「大脱走」より。
収容所の捕虜が逃げるときに使ったトンネルの呼称。

……前にこのネタ使いましたっけ……?

●狛村隊長
あのときのモフモフ事件と、チャドと相性が良さそうと思ったばかりに。
出番がちょいちょい増えてる。

●だから四番目とか言ってたのか! という台詞
非常に分かりにくかったと思うので、追記です。

ちょっと前の話で市丸が「ボク、四番目なんやね(ニヤニヤ)」という描写がありました。

そして、一護が死神相手に戦ったのは順番に

恋次・アイリ殿(現世で戦った相手)
兕丹坊・市丸(尸魂界に来て最初と二番目に戦った相手)

になります。
だから市丸を「四番目」と認識していました。

ですが、ここで問題発生。
一護が「蒲原喜助が死神だと、イマイチちゃんと認識していなかった」のです。

その結果。
本来なら「市丸って五番目に戦った死神じゃねえか!!」という気づき。
市丸に「自分を四番目に挙げるとか(浦原のこと気づいてないんだ(笑))」と、遠回しに馬鹿にされたこと。

という、上記二点に気付いて「だから四番目とか言ってたのか!」と怒っていたわけです。


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第164話 みんなで朽木家に集合な

「あっ、それ! その招待状! なんで湯川さんも持ってんだ!?」

「それはまあ、私も貰ったから」

「なんで!?」

「なんで、って言われても……理由は朽木家に聞いてね」

 

 手の中で招待状をヒラヒラと弄びながら、からかうような口調で告げます。

 この招待状は簡単に言うと「朽木ルキア()が世話になったから、お礼がしたいです。朽木家に来て下さい」という内容でして、あの場にいたり現世でルキアと交流のあった人たち全員を招待しているそうです。

 私も貰いました。

 

 ……まあ、私はちょっと違う理由で呼ばれているんですけどね。

 

「それより、その招待状を貰ったってことは朽木家に行くんでしょう?」

「あ、ああ。そうなんだよ。それにコレを持ってきた奴も『わからなかったら湯川さんに聞け』とは言ってたから、こうやって聞きに来たんだけどよ……」

「あらら、信頼されてるのね」

 

 しかし、招待状を持ってきた人間にそのまま案内させるんじゃなくて、私に案内を任せるなんて……朽木家からの信頼が厚いわねぇ……

 

『激アツでござるな! 確変待ったなしでござるよ!!』

 

「とにかくすぐに準備を終えちゃうから、そうしたら一緒に行きましょう。お友達にもそう伝えておいてね」

「おう! ……って、準備って何の準備だ……?」

 

 威勢良く返事をしてから、一護は小首を傾げていました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「うおっ! な、なんだよココ……流魂街と全然違え……本当に同じ瀞霊廷の中なのか!?」

「うるさいぞ黒崎。往来で叫ぶな、こっちが恥ずかしい」

「けどよ石田、こんなの驚くに決まってるだろ!? 時代劇の超豪華なセットっていうか、超高級住宅街っていうか……! こう、あんだろ!?」

「田園調布に家が建つって……こういうことだったんだ……!」

「シロガネーゼ……」

 

 あらあら、不安になってる不安になってる。

 ルキアさんと阿散井君を初めて連れてきた時を思い出すやり取りよねぇ……

 

 石田君は確かお金持ちだったからある程度は耐性があるみたいだけど、他の三人は……

 一護はわかりやすく驚いてる。

 茶渡君は、また随分古い表現を……あ、でも時代的には合ってるのかしら……?

 

『連載時は2002年でござるからなぁ……そしてシロガネーゼは1998年に作られた造語でござるよ!』

 

 そっちはまだわかる、わかるんだけど……織姫さん!? 星セント・ルイスのギャグは流石に古すぎないかしら!?

 

『俺たちに明日はない! キャッシュカードに残は無い!』

 

 でも織姫さんなら、こんな古いネタを使ってもなんとなく納得しちゃうのよねぇ……

 

「はいはい。みんな、気持ちは分かるけれど今から驚いていると、身が持たないわよ? 今からあそこに向かうんだから」

「あそこ……?」

 

 軽い口調で目的地を指し示せば、全員が釣られたようにそちらを眺めて――

 

「あそこって、あのものすっごくおっきいお屋敷……のこと……?」

「なん、だと……?」

「…………」

「ム……」

 

 あらら、全員絶句しちゃった。

 まあ朽木家は大きなお屋敷が建ち並ぶ貴族街の中にあっても一際大きいから、その反応も当然よね。

 

「アレが朽木家よ。わかりやすいでしょう?」

「わ、わかりやすいっつーか……」

「一目瞭然、だな……」

「あれだけ目立つなら、案内はいらなかったんじゃないか……?」

「待って石田君! 私、ここに一人で行けとか言われたら怖くなって間違いなく辿り着けない自信がある! 湯川さんが案内してくれて本当に助かってるもん!!」

 

 とうとう石田君まで驚いたわ。眼鏡が真っ白になってる。

 あと織姫さんの言うことも分かるわぁ……慣れないと場違い感が凄いから、萎縮しちゃうのよね。

 

「そんなに怖い場所じゃないから安心して。それじゃ行くわよ、ちゃんと着いて来てね?」

「はい、よろしくお願いします!!」

「迷わないように……見失わないように……」

 

 一護たちがやたらと(しゃちほこ)張りながら着いて来ます。

 引率の先生みたいね私ってば。

 

『そのネタ、前にもやったでござるよ? 具体的には81話でござる!』

 

 しーっ! しーっ!! 使い回しだなんて言っちゃ駄目!!

 

 

 

 

 

 

「おお一護! それにお主たちも! よく来てくれたな!」

 

 朽木家に到着して門番に来訪を告げたところ、知らせを聞いて出てきたのはルキアさんでした。

 ですが、出迎えに出てくれた彼女の様子に一護たちは再びぽかーんとしています。

 

「ル、ルキア……だよな……?」

「当たり前だ馬鹿者! 偽物だとでも思ったのか!?」

「いや、なんつーか……その、格好がな……」

「朽木さん、凄い綺麗……! 昔話のお姫様みたい!!」

 

 今のルキアさんはきちんと仕立てられた着物に加えて、髪もしっかり整えられています。 オマケに朽木家に入ったこともあって立ち振る舞いや所作も一通りは学んでいるので、本当に「貴族のお嬢様」という感じです。

 一護たちが驚くのも無理はありませんね。

 彼らが知っているのは「学校の制服」や「死覇装」を纏った姿くらいで、立ち振る舞いもそれに準じたものでしかない――要するに「今まで知らなかった一面を突然見た」わけですから、こういう反応にもなります。

 

「うんうん、似合ってるわよルキアさん」

「先生、ありがとうございます」

「それに体調も取り戻しつつあるみたいね。肌を見ればわかるわ」

「はい! 兄様や姉様、それに朽木家の皆様には本当によくしていただいて……」

 

 二週間くらい獄中生活してましたから、どうしても即座に元の調子には戻りません。ですがたった一日でもこれだけ回復しているというのは、朽木家の皆さんが本当に心配して気遣ってくれているという証拠でもあります。

 

藍俚(あいり)のお姉ちゃんっ! いらっしゃいっ!!」

 

 ルキアさんの健康状態を視診していたところ、鴇哉(ときや)君が奥からやって来たかと思えばそのまま私に飛びついてきました。

 

「あらら、鴇哉(ときや)君こんにちは」

「こんにちは!」

「なんだ……!?」

「子供……?」

「可愛い! 何この子!?」

「ん、この子供……どっかで見たことあるような……」

 

 一護たちは何やら怪訝な表情を……あっ! そうか!! 鴇哉(ときや)君のこと知らないのよね!!

 ルキアさんのお嬢様対応だけでも驚かされていたところへさらに新キャラを追加されたら、こういう反応にもなっちゃうわよね。

 私は私で平然と鴇哉(ときや)君を抱っこしてるし。

 

「まあ、鴇哉(ときや)ったら。湯川先生を困らせてはいけませんよ。それにルキアも、お客様がいらっしゃったのですから、きちんとご案内をなさいな」

「姉様……申し訳ありません!」

 

 あ、さらに新キャラ入りました。

 

「うおっ、なんだルキアが二人……じゃねえな?」

「いやさっき姉様と言っていただろうが! 聞いてなかったのか!?」

「姉、か……確かに似ているな……」

「言われりゃ確かにルキアよりも成長してるっていうか……」

「ええっ! 朽木さんのお姉さん!?!? 美人……それに上品……」

 

 あーあー、混乱してる混乱してる。

 

「黒崎 一護様、石田 雨竜様、茶渡 泰虎様、井上 織姫様ですね? 初めまして。朽木 白哉の妻、朽木 緋真と申します。妹が現世で大変おせわになったそうで、是非お礼をと思いまして」

 

 混乱してる四人の反応とは対照的に、マイペースな自己紹介が始まりました。

 

「妻ぁ……!? 白哉の!?!?」

「いや別におかしくはないだろう」

「は、はじめまして! 井上織姫です! 本日はお招きいただきましてありがひょう(とう)ございましゅ()!!」

「茶渡泰虎です……」

 

 あ、噛んだ。可愛い。

 

「それとこの子は、息子の鴇哉(ときや)です。ほら鴇哉(ときや)、御挨拶を」

「朽木鴇哉(ときや)です。ルキア叔母様を助けていただきまして、ありがとうございます」

 

 私の胸元から降りると、礼儀正しく挨拶をします。

 鴇哉(ときや)君、昔は「ルキアお姉ちゃん」って呼んでたんだけど、いつの間にかこんな風に呼ぶようになったのよね。

 初孫で猫可愛がりされていたんだけど、礼儀作法の教育でもされたんでしょうか?

 ……でもその割には、私の呼び方だけは変わらないのよね。なんでかしら?

 

「おばさま!?」

「井上、姉の子供だから叔母だ」

「あ、そっか」

「白哉の子供か……なるほど、父親に似てるわけだ……」

「なんだろう……このやり取りだけで十年分くらいは驚かされた気分だ……」

 

 石田君が眼鏡を上げつつ軽く天を仰ぎました。

 怒濤の新情報ラッシュを受け止めきれずに精根尽き果ててるようです。

 でもこの程度で十年分も驚いていたら身が持たないわよ? 特にこれ以降の展開。

 

「お久しぶりです緋真さん。体調はお変わりありませんか?」

「まあ、湯川先生ったら……ふふ、ずっと元気なままですよ。なにしろ先生に診て頂いたのですから」

「それはよかった」

「いえいえ、それと本日はよろしくお願いしますね」

「勿論です。お任せ下さい」

 

 こちらはこちらで挨拶をしておきます。

 

「では皆様、お待たせしてしまい申し訳ございません。ご案内させていただきますね」

 

 というわけでようやく中に入れるようで――

 

「うわ……これ玄関かよ……広い(ひれぇ)……」

「ここだけで、私の家よりもおっきいよぉ……」

 

 ――訂正。もうちょっと掛かりそうです。

 

 

 

 

 

 

「おっ、藍俚(あいり)ちゃんいらっしゃい。先に始めているよ」

「やあ湯川隊長」

 

 廊下を歩いている途中も一護たちの"朽木家ってすげー"話が続き、やっとのことで広間へと案内されました。

 入室した私たちをまず出迎えてくれたのは、京楽隊長と浮竹隊長のお二人です。

 

「あっ! 浮竹さん! どうも」

「やあ、一護君。それと後ろにいるのはお友達だね。初めまして、十三番隊長の浮竹 十四郎だ」

「僕は八番隊の京楽 春水、よろしくね。特にそこの可愛いらしいお嬢さんとは仲良くしたいなぁ」

「えっえっ!?」

「京楽隊長、いきなり口説こうとしないでください。織姫さん困ってますから。まずは朽木隊長に挨拶をしてからです」

 

 突然口説かれて戸惑う織姫さんを庇う様に前に出て、一言注意します。

 

「そっか、そりゃ残念。それじゃ織姫ちゃん、またね。今度はお酌とかして欲しいな」

 

 そう言って、入り口近くにいた二人とのやり取りを切り上げます。

 見渡せばどうやら私たちは呼ばれた中で一番到着が遅かったらしく、既に何人かは"すっかり出来上がっている"ようでした。

 

「やはり、儂の様な者がいるのは場違いなのでは……」

「隊長! 何を言うちょりますか(言ってるんですか)! そげんことは(そんなことは)ありゃせんて(ありませんよ)!!」

「そうれふよ狛村隊長! もっろろーろーと(堂々と)しててくりゃはいな!! あのひょき(とき)、隊長にたふけられた(助けられた)のはほんろーに(本当に)感動しらんれふ(したんです)からっ!!」

「そうそうっ! 虎徹の言う通りですぜっ! さすがは狛村隊長! ウチの浮竹隊長の次に素晴らしい!!」

「なんじゃワレぇッ! ウチの隊長にケチ付けるいうんか!?」

「鉄左衛門……その、なんだ……おちつけ……」

「なーに言ってんですか! 自分の所の隊長が一番に決まってるでしょうが!」

「そーだそーだっ!」

「射場副隊長だって、狛村隊長が一番でしょうが!!」

「そーだそーだっ!」

「当然じゃああっ!!」

「鉄左衛門……」

 

 うわぁ……出来上がってるわねぇ……すっかりと……

 

「これがカラミ酒って奴か……」

「僕たちが来るまでの間にもうここまで酔ったのか……」

 

 子供たちがヒいてるわ……

 

「えーっと……お酒は呑んでも飲まれないでね。あと、年齢制限も守ってね」

「お、おう……」

 

『お酒は二十歳になってから! 選挙権は二十五歳から!! 被選挙権は……えーいっ! 出血大サービスで六歳からでどうでござるか!?!?』

 

 変なボケかまさないで。

 タダでさえ部屋の中にお酒の匂いが充満しててちょっとキツいんだから。

 

 背後から聞こえてくる「狛村隊長を十三番隊の副隊長に!」という絶叫を無視して、ようやく白哉のところまでたどり着きましたよ。

 

「朽木隊長、お招きいただきありがとうございます」

「おお、湯川殿! いえ、こちらこそ。ご無理を言ってしまったようで」

「よう一護、ようやくご到着か?」

「ああっ! 恋次じゃねえか! お前もここにいるのか!」

「緋真。お前まで出迎えに行かせてしまい、すまなかった」

「そんな! あの子(ルキア)が世話になった方々と直接お話をしたいという緋真の我が儘を叶えていただき、ありがとうございます」

「いて悪いか?」

「そういうことじゃねえけどよ。しかしここ、すげえ広いのな」

「だよな。俺も初めて来たときは遭難するかと思ったぜ」

「わあ、凄い……ルキアさんのお姉さん、なんだか夫婦っぽいやりとりしてる……」

「石田も、現世じゃ悪かったな」

「……そっちも色々事情があったんだろう? 聞いているし、君に負けたのは僕が修行不足だっただけだ」

「おや……? 湯川殿、もう一人招待したはずなのですが……」

「実は桃――雛森三席は、ちょっと外せない用事があったので。お招きいただいたのに窺えないのを悔やんでいました」

「そうでしたか。であれば、後で何かお礼の品物を贈らせていただきます」

 

 うん、あっちこっちで会話してるから分かりにくいわねぇ……

 

 だって「私・白哉・緋真のグループ」と「阿散井・一護・石田のグループ」で会話をしていて、さらに織姫さんがボソッと感想言ってるから分かりにくいことこの上なし。

 本当ならこれにオマケして、酔っ払いが騒いでる声まで聞こえてくるからね。ノイズキャンセリングしてコレだからね。

 

 ということで、以降この場は私の方だけに集中させていただきます。

 

「ところで、宴の場でこういったことを言うのは恐縮なんですが……もう一つの要件の方を先に……」

「ああ、そうでした。緋真、ルキアはどうしている?」

「黒崎様たちを出迎えたあとは、部屋に戻らせました。いつでも問題ありません」

「そうか――では湯川殿、申し訳ありませんが……」

「はい、勿論ですよ。そのための道具も一式準備してきましたから」

 

 そう言いながら、片手に持っていた鞄を見せつけるように持ち上げます。

 

「親馬鹿――もとい、兄馬鹿と笑って下さい。ですが、長い間獄舎で生活していたルキアの身体のことがどうしても気がかりで……緋真のようなことになったらと思うと……」

「大丈夫ですよ。お気持ちはお察しします」

「私は、先の事件で瀞霊廷に混乱を与えた償いすら、未だ済んではおらぬ身です。本来ならば、このような無理をお願いなどとても出来ぬ立場のですが……」

「そんな! あの事件に関する罪はもう問わないとお達しが……!」

「それでも罪は罪です。これから少しずつでも償っていこうと思っています」

 

 はぁ……本当に真面目ですねぇ……

 

「わかりました。では朽木隊長の憂いを無くす意味も込めて、しっかり検診と施術をさせていただきます」

「よろしくお願いします!」

「湯川先生、私からもお願いします。どうか妹を……!」

「お願いします!」

 

 夫婦揃って――いえ、鴇哉(ときや)君も含めた三人揃って頭を下げられました。

 

 お話を聞いていて分かったかと思いますが、ルキアさんが現在不調です。それを気にした朽木家が「私に診て貰おう!」と依頼をしてきたわけですよ。

 なので鞄の中には診察道具と……マッサージ用の道具も完備です。

 

『何しろ藍俚(あいり)殿は奥方の命を救った英雄でござるからな!! 此度の件と併せてると、もう向こう三代くらいは貸しを作ってるでござるよ!!』

 

 いやだわ、射干玉ったら。そんな大袈裟な事を言っちゃって。

 それに私はルキアさんを揉めれば満足だから。

 

 大騒ぎの広間をそっと抜け出すと、ルキアさんの部屋へと足を運びます。

 




久しぶりにマッサージするわよー


●懺悔という名の忘れ物
本当は雛森も出す予定でした。
が、全部書き上げてから「アレ、いない!?」と気付きました。

なので大慌てで「用事があって不参加です」の一文を入れました。
ごめんね雛森。


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第165話 マッサージをしよう - 朽木 ルキア -

 陽光が差し込む長い廊下を一人歩ながら、ルキアさんの部屋目指して移動中です。

 しかしこの家、本当に広いこと広いこと……

 何度も来たことあるし、ルキアさんの部屋にも行ったこともあるから案内役もいらずに一人で行き来できますけれど、知らないと家の中なのに確実に遭難するわね。

 

「えっと、確かあの部屋だったはず……」

 

 若干自信なさげな記憶を引っ張り出しながら、ようやく目的地に到着しました。

 

「ルキアさん、湯川です。入っても良いかしら?」

「あっ、先生! お待ちしていました!」

 

 一応間違いがあってはいけないと外から声を掛ければ、室内から障子が開けられてルキアさんが出迎えてくれました。

 玄関の時のような着物姿から就寝前のような白くて薄手の襦袢に着替えており、ついでにあの短時間で湯浴みも済ませたようです。

 普段は真っ白のはずの彼女の肌も、お湯に浸かったことで今だけはほんのり朱色に染まっており、ついでに石鹸と入浴剤か何かでしょうか? 良い香りが漂ってきます。

 

 言ってしまえば「既に準備は万端」ですね。

 

「はい、お待たせしました。それじゃ、早速始めるわね?」

「お、お願いします!」

 

 室内へ足を踏み入れれば、すでにお布団まで敷いてありました。

 本当に準備万端です。

 

「じゃあまずは診察から。そこへ横になって」

「こうですか?」

 

 布団の上で素直に横になってくれました。

 なのでそのまま彼女の腕を軽く取って脈拍確認からです。手首を軽く抑えて異常が無いか、そのまま腕を軽く押し込んだり指を滑らせたりして、肌や皮膚・骨の様子を確認します。

 

「うんうん、ちょっと痩せてるけれど十分正常ね。それじゃあ次は……」

「きゃあっ!?」

 

 胸元をはだけさせると、可愛らしい悲鳴が上がりました。

 

「あ、あの先生!?」

「ん? ああ、ごめんなさい。心臓や内臓系も見ようと思ったの」

「あ……は、はい……」

 

 一言声を掛けることもなく胸元を開かれれば、そりゃあ驚きますよね。

 私の説明で納得はしたものの、それでもまだルキアさんの顔が恥ずかしさと戸惑いで赤く染まっています。

 

「ふんふん、どれどれ……」

「ん……っ……ぅ……っ……」

「うーん、ちょっとだけ呼吸が荒いかしら? 緊張しないでね?」

「は……っ、はいっ!!」

 

 そうは言う物の、緊張しているのが丸わかりですね。

 呼吸のたびに胸元が大きく上下して、可愛らしいお山が心細そうにぷるぷる震えています。肌の色は雪のように白いのに、頂点はほんのり桜色でした。

 

「鼓動、よし。心音に雑音なども無いわね」

「ん……ぅっ……!」

 

 胸に聴診器を当てて心音を聞きながら、同時に触診します。

 首筋から鎖骨、胸元から脇へと流れるように触れていくと、彼女はぎゅうっと目を瞑りながら押し殺した声を漏らします。

 

「こちらも骨も肌も筋肉も問題なし。ただ、ちょっと衰えてるから鍛え直しは必要そうね」

「な……は、は……い……」

 

 そのままお腹、脇腹へと診断箇所を移していきます。

 肉付きが少ないけど、その代わりにお腹周りはすっきりしてるわね。すらっとしたお腹の中心に、つんとしたおへその穴が見えています。

 そんな穴の周りを中心に、ゆっくりと円を描くようにしながら指を滑らせていきます。

 ……あ、これ診断中ですからね。

 

「内臓も……ちょっと弱ってるくらい。でもこれは普通に生活していればすぐ元に戻るから問題なし、と……」

「にゃうぅっ!?」

 

 軽く脇腹を突いてやれば、強い刺激に驚いたらしくビクンと身体を跳ね上げさせました。

 腰から下へも順番に触れていきます。

 

「腰回り、骨盤の辺りも健康そう……よかったわね、ルキアさん」

「は……はあ……あの、何が良かったのでしょうか……?」

「それは勿論、ねえ……? 阿散井君と恋仲になったんでしょう? じゃあいずれは、子供が出来るかもしれないし……?」

「……ッ!!」

 

 顔がリンゴのように真っ赤になりました。

 ここまで説明してようやく、私が何を言いたかったのか気付いたようです。

 

「わ、私は別に……!」

「照れない照れない、あと診断もまだ途中だから動かないの」

 

 身を起こして否定しようとするのを無理矢理押さえつけて、今度はうつ伏せにします。

 

「はい、今度はお尻よ」

「ふわあああぁぁぁっっ!?!?」

 

 両手いっぱいでお尻を掴むと、戸惑いの声が上がりました。

 うんうん。こっちも肉付きは少ないけれど、ハリは良い感じですね。

 

「な、な、な……!?」

「思った通りね」

「え……?」

「牢獄は床も寝床も硬いでしょう? 座り心地も寝心地も悪かったから、お尻とか背中が疲弊するのよ」

「そ、そうなのですか……?」

「そうなのです。オマケに部屋そのものは狭いし動けないから、運動不足になるの。ほら、足とか腿が緩くなってる」

 

 文句を言わせる暇を与えずに理由を説明しながら、腿から足を撫でていきます。

 こっちもスベスベね。

 

「というわけで総評すると、身体のあちこちにまだ見えない疲れが残っている。だから、これからそれを解消していくわね」

 

 さて、ここまでは前哨戦。直前の戯れみたいなものです。

 そしてここからが本番。

 中途半端に残っていた襦袢を剥ぎ取ると、射干玉(しるし)の特製ヌルヌルのオイルを取り出し、まずは足へ垂らします。

 

「わひゃああぁぁっ!? な、なんですかこれ!? ヌルヌルした……油……?」

「特製のオイルよ。凄く良い物だから、気にしないで」

「は、はい……」

 

 私の言うことだからか、素直に聞くわね。

 そのままヌルヌルになった手で、ヌルヌルになった太腿をゆっくりと揉んでいきます。

 

「あ、あの……これは、本当に……?」

「勿論、効果は実証済みよ」

「うう……そ、そう言われれば確かに……仲間の隊士なども、言っていた……んっ……! よう、な……うくっ……!!」

 

 喉の奥を鳴らすような嬌声を漏らし、ルキアさんは思わず身体をくねらせました。

 

 繰り返します。

 さっきまでは診察です。

 診察なので、触ることはあっても疚しい気持ちは一切ありません。努めて冷静に状態を確かめるために触っていただけです。

 

 ですが今はマッサージです。

 マッサージである以上は、心を込めて気持ちよくなって貰わないといけません。

 

 つまり「診察の時の無機質で弱い刺激」に慣れたルキアさんの肉体が「マッサージの時の心を込めた強い刺激」を突然受けたことで、快感の処理が追い付かなくなっていることでしょう。

 

 さて、さらにここでトドメのダメ押しを。

 

「大丈夫大丈夫、緋真さんも通った道よ。これで健康になったんだから」

「ね、姉様が!?」

 

 本当は健康になってからマッサージしたから順番は逆なんだけど、誤差よ誤差! 卵が先か鶏が先か! みたいなものだから!

 健康になるのは間違いないから、何にも問題はないわ!

 

 緋真さんも経験した、という言葉はどうやらルキアさんに効果抜群だったようで。

 口を真一文字にきゅっと閉じて食いしばりながら、決意に満ちた表情を浮かべました。

 

「……お、お願いします!!」

「お願いされます」

 

 ということで再開です。

 

「ん……んん……く……っ……」

 

 太腿を撫で回して、さらにその腿の内側を指でなぞっていきます。

 内腿を指先でほぐすようにじっとりとマッサージしていくと、彼女の口からは蕩けた吐息がぽつぽつと零れ始めました。

 

「う……うう……んっ……!!」

 

 指先でぎゅうっと押し込めば、ルキアさんはうつ伏せのまま背中を反らして反応を見せてくれました。

 そのままゆっくりとゆっくりと指を腰の方へと寄せていくと、彼女の身体がゾクリと震えました。

 

「あ、あの……! 足だけでは……?」

「うーん? そんなこと、一言もいってないわよ?」

「え、あ、そ、と、ということ……はわわわわっ!?!?」

 

 説明しながら腰からお尻周りを掴みます。

 先ほども触れましたが、お尻の肉付きはそれほどでもありませんね。ボリュームが足りない、と言ってしまうのは失礼でしょうか。

 ですが腰回りはやはり女性ということでしょうか、男を惑わせるような色香を放ちつつありました。

 こうして直接素肌に触れるとよく分かります。

 

「あー、やっぱりお尻が凝ってるわね」

「おおおおお尻!? 凝るものなのですか?」

「当然よ」

「~~~~ッッ!!」

 

 小ぶりのお尻をがっしりと指で掴み、円を描くように揉んでいきます。

 股関節を強引に割り開くような動きをされて、ルキアさんの口から声なき悲鳴が上がりました。

 あら? これはひょっとして……ちょっと奥の、股の間に影響がでちゃったかしら?

 

「もう少しだけ我慢してね」

「もうすこ……しっ……!? ん、は、あ……ぅっ……!! む、無理で……すっ……!」

 

 お尻を揉みくちゃにされた衝撃のためか、反射的に足を閉じようとしてきました。さらには膝を曲げて足の指を使うことで、なんとか私の指を退かそうとしてきます。

 そういうことされると、ちょっとだけ意地悪したくなるのよね。

 えいっ!

 

「んひいいっっ!! こ、んな……はあぁぁ……っ……!」

 

 途端、背筋から足の爪先までもをピンッとエビの様に仰け反らせて反応してくれました。

 切なげな、それでいて少しだけ湿った声が部屋の中に響きます。

 

 ただ、ちょっと背中をくすぐっただけなんですけどね。

 

「あらあら、背中が弱点かしら? じゃあ……」

「んっ、んひいっ! だ、だめ……で……先生! 許し、て……っ! ふあぁぁっ!!」

 

 背中を強めにマッサージすると、切羽詰まった声が上がりました。

 その過程で一つ、気付いたことがあります。

 

 腿からお尻、腰を経て背中までがオイルに塗れててらてらと淫靡な輝きを放っていて、その魅力がすっごいの!!

 これを見てグッとこない男はいないくらい!!

 なにこれ! エロすぎないかしら!?

 阿散井君に今の姿を見せたら、間違いなく理性が飛んで襲いかかってるわよ。

 

 そっか……ルキアさんってお尻から背中のラインがチャームポイントだったのね。

 

「はぁ……はぁ……ふあぁ……」

 

 ですがどうやら少しやり過ぎたようで、ぐったりとうつ伏せになって精根尽きたような姿勢になっています。

 

「お疲れのところ悪いんだけど、まだ半分しか終わってないのよね」

「ふえぇ……はん、ぶん……?」

 

 あ、駄目ねこれ。声が蕩けきってる。

 私が何を言ったのかもきっと理解出来てないわ。

 ちらっと私の方を見ていますが、その表情には普段のような覇気がありません。

 身体中にじっとりと汗を掻いており、むわっとした女の匂いが部屋中に広がっています。

 いつもは凜としていた瞳の目尻が垂れ下がっていて、焦点もどこかぼやけています。唇は半開きになっていて、夢見心地です。

 

「あっ……」

 

 なので仕方ないとばかりに、こちらで勝手に彼女の身体を表に返しました。

 

「あとは、こっち」

「あ、あああぁっ……!?」

 

 ルキアさんの控えめなおっぱいを掴みました。

 うんうん、やはりちょっと控え目よね。桃と比較しても、どうにも物足りないっていうか……

 

 でもその分だけ、逆にイケないことをしてるみたいで興奮するわ! まだ肉付きの薄い子供を相手にしているみたいで!! 

 腰回りは引き締まっているし、オイルが流れていったことでお腹周りの陰影もはっきり浮かび上がってきたの。

 おかげでうっすらとした腹筋が見えて、それがまた魅力的に映るのよね……

 

「ん……は……あ……っ……! せ、んせい……どうして……?」

「んー? ああ、これは特別サービスよ」

「とく、べ……ああっ!」

 

 おっぱいは小ぶりでボリュームも少なくて、ちょっと指を強く押し込むだけで底まで到達しちゃうんだけど……

 でもその分だけ形は良いというか、体型にマッチした均整の取れたサイズね。

 控えめな盛り上がりがふるふると震えて、先っぽも小さくて可愛いの。薄桜が小さな自己主張をしているってところかしら?

 

「さっきも言ったけれど、阿散井君と恋仲になったでしょう? その時に、もう少しくらい大きくても……って思ったことはないかしら?」

「え、あ……きゃ、んんんっ!」

 

 手のひらを余すところなく使って、ゆっくりと胸全体をほぐしていきます。下から上へと、揉み上げるようにしていくと、ルキアさんが身悶えするように身体をくねらせます。

 

「そ、そんな……こ……んん~~っ!!」

 

 全身を引き攣らせながら、意地を張るように否定の声を上げてきました。

 

「本当かしら? でもこれはね、大きさを上げるだけじゃなくて形を整えて血流を良くする効果もあるから、もうちょっとだけガマンガマンね?」

「も、うちょっ……無理! 無理です先生っ! む……りいいぃっ!!」

 

 仕上げとばかりに胸全体をすっぽりと包み込み、指でむにゅっと掴みます。さらには手の平で胸の頂を擦るように動かすと、ルキアさんの口から一際甲高い声が上がりました。

 

「どうせだからこっちもね」

「ひぃぃぃんっ!」

 

 胸から片手を離して、下腹の辺りをねっとりと撫でてあげます。

 具体的にいうと赤ちゃんのための部屋ですね。

 はい、こっちも刺激してあげますよ。元気な子供が産まれますように。

 

「だめっ! だめです……! そちらは、本当に……! よく、わからな……あ、ああっ!」

 

 と、ルキアさんの声が限界直前まで上がったところで手を止めました。

 

「はい、これでおしまい。どうだった?」

「は……ふあぁ……お、わり……?」

 

 寝ぼけ眼でありながらどこか物足りなさげな欲望を奥に宿らせた瞳で、彼女はこちらを見てきます。

 

「ええ、終わりよ。お疲れ様」

「あ、あの……」

「ベタついて気持ち悪いでしょう? お風呂で汗と一緒に流すといいわよ」

「おつかれ、さまです……」

 

 私の言葉を聞き、がっかりと肩を落としました。

 なんでかしらね?

 

 よく分からないけれど、多分きっと阿散井君が解消してくれるんじゃないかしら? 後でこっそり誘ってみたらいいんじゃない?

 

 そのまま機敏という言葉とは正反対な、のろのろとした所作でルキアさんはゆっくりと身体を起こしていきます。

 脱いだ襦袢を再び纏おうとすると、隣の部屋からお付きの侍女が出てきました。

 

「ルキア様、それは私がいたしますので」

 

 名前は……なんだったかしら……? 聞いた覚えがないのよね。

 とにかく侍女の子はさっと出てくると手早くルキアさんに襦袢を着せると、どこか頼りない様子の彼女をすっと支えました。

 

「では、失礼いたします。ルキア様を湯殿へと案内いたしますので」

「お願いしますね。私は先に大部屋に戻っておきますから」

 

 連れ立って出て行く二人を見送り、さて部屋の中をもう一度見渡します。

 

「あらら、お布団がびしょびしょね」

 

 わざとらしくそう呟きました。

 さきほどまでルキアさんが寝ていた布団には彼女のぬくもりと、それと彼女の身体から流れ出た液体がたっぷりと染みこんでいます。

 汗とオイルが人の形をうっすらと浮かび上がらせていて。

 あと足の付け根の部分に……濃いシミが……

 

 ………………

 

 射干玉……これ、吸い取れる?

 

『ひゃっっっはああああぁぁっ!! お任せ下され!! ご褒美でござるよ!!』

 

 数分後。

 そこには染み一つ無い綺麗なシーツがありました。

 

 

 

 

 

 

「そ、その……遅くなりました……」

 

 私が大部屋に戻ってから、さらにたっぷり四十分くらいは経ったでしょうか。ルキアさんがようやくやって来ました。

 

「まあ、ルキア。お疲れ様」

「わあ! 朽木さん元気になったね!」

「そ、そうだろうか……? 自分では今ひとつ、よく分からなくて……」

 

 遅れてやって来たルキアさんを、全員が取り囲んで歓迎します。

 真っ先に話題に上がるのは、当然ですが彼女の顔色について。ですが皆さんの言葉を聞くに、全員高評価ですね。

 よかったよかった、私もたっぷりとマッサージした甲斐がありました。

 

「おお、朽木! よかった、どうやらもうすっかり良くなったようだな」

「そうだねえ。というか、なんだか以前よりも美人になったような……どう、八番隊(ウチ)に移籍しない? 歓迎するよ」

「京楽……お前、俺の前で……」

「硬いこと言わないの。ほら、僕と同じ事を思ってる子がいるみたいだよ」

 

 お猪口を片手に軽く顎で視線を促した先には、いつの間にやら阿散井君がルキアさんと真正面から向き合っていました。

 

「ルキア……」

「恋次、その……ど、どこか変だろうか……?」

 

 ルキアさんが顔を真っ赤にして、ちょっと視線を逸らしました。

 すると阿散井君は彼女の肩を掴んで自分の方へと強引に向き直らせます。

 

「いや、そんなことねえよ! 惚れ直したぜ……すげえ、美人になった……」

「れ、恋次……お主……ば、ばか……もの……て、てれるではないか……」

 

 一瞬にして二人の世界が出来上がりました。

 

 あらら、耐性のない一護とか顔を真っ赤にしてる。

 織姫さんや石田君なんかも似たような反応ね。

 逆に清音さんなんかはキャーキャー言いながら、それでも一瞬たりとも目を離すことなく凝視してます。

 

「ルキア……」

「恋次……」

 

 二人の距離が少しずつ縮まって――

 

「んっ! んんんんんっ!!!!」

「「……ッ!」」

 

 ――いくと思ったら、白哉がもの凄く大きな声で、わざとらしい咳払いをしました。

 

 その声に反応して大慌てで離れましたが、時既に遅し。

 

 

 二人は今日の宴席中ずっと、からかわれ続けていました。

 まあ、格好のネタになっちゃうわよね。

 




●ちよ(ルキアの部屋付き侍女)
隣の部屋で最初からスタンバってました! 興奮しました!


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第166話 なぜか朽木家とセットになってる感がある

「なあ、みんな……」

「なんだ、黒崎……?」

「どうして俺たち、ここにいるんだろうな……?」

「あはは……で、でもほら! 楽しいから……」

「井上、無理はするな……」

 

 一護たちが諦めてるわねぇ……

 まあ、気持ちは私も一緒なんだけどね……

 

「オラ! 聞いてっか藍俚(あいり)!?」

「はいはい、聞いてる聞いてる」

「だからな! おれがいなかったら、あの()っちぇえ隊長相手に兄貴だって苦戦してたってわけだよ! わかるか!?」

「そうね、空鶴の言う通りだわ」

「別に腕っ節が弱いとか、そう言うわけじゃねえんだよ!」

「わかるわかる、私も分かるわ」

「だよなぁ!!」

 

 酔っ払い相手には逆らわないのが一番です。

 

「だいたいお主な! 前から聞きたかったが、この百年で何をしたんじゃ!? 砕蜂はあれだけ強くなっておるし、そもそもお主も剣八と斬り合っておるし! 順序立てて説明せんか!!」

「はいはい、夜一さんの言う通りだわ」

「確かに儂とて実戦から離れておったが、アレはないじゃろう!! 瞬鬨を平気で使いこなしおって! しかもあやつ、斬魄刀無しじゃぞ! 分かるか、あの時の儂の気持ちが!?」

「そうね、私も分かるわ」

「じゃろう!!」

 

 酔っ払い相手は逆らわないのが一番です。

 

「「よし! 分かったら呑め!!」」 

「それはお断りします」

 

 前言撤回、逆らう時もあります。

 

『いやぁ、空鶴殿と夜一殿……両手に花! これはなんと羨ましいハーレムでござるな!!』

 

 代わってくれるならいつでも代わってあげるわよ。

 

『いやいや、拙者は藍俚(あいり)殿の身体を通して感じられる、このおっぱいの感触だけで……』

 

 はぁ、まったく……

 

 ……あ、なんのことかわからないですよね? ご説明しますね。

 

『一旦回想シーン入ります、というやつでござるよ!』

 

 と言っても、説明が必要な程に細かい事情なんて無いんですけどね。

 

『すみませーん! 回想シーンキャンセルでお願いするでござる!!』

 

 朽木家での歓迎会の翌日、私と一護たちが志波家に呼び出されました。

 どうやら空鶴が昨日の朽木家での出来事を聞きつけたようで「ならウチでもやるぞ!」と強行したようです。

 まあ一護たちは志波家の皆さんにお世話になったことだし「無事になんとか終わりました」という意味合いを兼ねてなら、分からなくもないんですけどね。

 

 ……だったら一護たちだけで良かったんじゃないの? なんで私まで呼んだの?

 しかもなんで私だけは「酒と食い物を持ってこい」って注文を付けたの? こういう催しって歓待側が基本的には用意してくれるんじゃないの!?

 おかげで樽酒二つ背負って、食材抱えて歩く羽目になったわ……

 あと、行ってみたら夜一さんもいるし……

 また逃げ出したのかしら? 終わったら砕蜂に言いつけておこうっと。

 

 ――とまあ、そういうわけなの。

 

 酔っ払いが二人もいれば一護たちが萎縮するのも当然よね。

 

「……ったく、おいお前ら! いい加減にしとけよ!!」

「なんじゃ海燕! ケチくさいのぉ!!」

「そーだそーだ! だいたい兄貴が、朽木の所の飲み会を断ったのが悪いんだろうが!!」

「そうじゃそうじゃ! ちなみに儂は招かれんかった!」

 

 あなた、子供の頃の白哉をからかって遊んでたじゃない……因果応報よね。

 

「アレは隊長の事を気遣ったんだよ! 京楽隊長も呼ばれてるって聞いたから、知り合い同士でゆっくりさせてやろうと思ったんだ!」

 

 その気遣い、清音さん達の馬鹿騒ぎで随分と破綻していたけどね。

 

「なにより、俺がノコノコ出向けば呼ばれてねえお前たちまで一緒になってついてくるつもりだったんだろうが!!」

「だからこうして我慢してタダ酒呑んでるんじゃねえか!」

 

 ……朽木家に招かれる、四楓院家と志波家の当主か……

 

『オマケに陰の関係者と一部界隈で大注目の藍俚(あいり)殿までいるでござるよ! こりゃ、何か企んでるんじゃねえのか!? と疑われること間違いなしでござる!!』

 

 当人たちは気にしなくても、政敵とか他の家から見れば身構えそうよね。

 海燕さんの行動には、そういう気遣いもあったのかしら……?

 

「タダ酒ってお前……それも湯川に用意させたやつだろうが!」

「持ってくるの大変だったわ」

「嘘を吐かんか! お主ならこの程度、お猪口を持つようなものじゃろう!!」

 

 夜一さんは私のことを何だと思ってるのかしら……?

 

「わかったら呑まんか!」

「おっ、いいぞ夜一!! 藍俚(あいり)は付き合い悪ぃからなぁ……!!」

「ちょ……!?」

藍俚(あいり)の姉さああぁぁん!」

 

 どこからか用意した大きな杯にお酒をなみなみと注ぎ、目の前に突き出して来ました。

 アルハラ反対! と思ったら台所から岩鷲君が駆けつけてきて、杯を奪い取ります。

 

「俺が呑む! ………………っ、ばあああっ!! の、呑んだぞ……!」

「あ、ありがとう岩鷲君……」

 

 助かったけどカラ酒の一気呑みは身体に良くないから控えてね

 

「い、いえっ! 不肖・志波岩鷲! 藍俚(あいり)の姉さんのためなら――」

「おい岩鷲! つまみが全然来ねえじゃねえか!」

「ちょっと空鶴、やめなさい! 岩鷲君だって十番隊との戦いとかで頑張ってくれたんでしょう!? 浮竹隊長も褒めてたって聞いたわよ?」

「それはそれ、これはこれだ!」

「だ、だだだだ大丈夫だってば姉ちゃん……も、もう来るから……」

 

 空鶴に胸ぐらを掴まれて若干息苦しそうになりながらも、そう返します。

 続いてその言葉の通り、お盆に大量の料理を載せて運んでくる都さんたちの姿がありました。

 

「お待たせいたしました」

「空鶴姉様、どうぞ」

「おっ、悪いな氷翠(ひすい)! うんうん、お前は良い子だ」

 

 目の前に並んだ御馳走(食材は私の持ち込み)に気を良くしたらしく、氷翠(ひすい)ちゃんの頭を撫でつつも「もう待ちきれなかった」とばかりにもう片方の手は箸を握りしめていました。

 

「おお、なんじゃこの美味そうな料理の山は! どれ、儂も……」

「食え食え! 遠慮すんな!」

 

 夜一さんも食事に参戦します。

 配膳を終えた都さんたちは「君子危うきに近寄らず」とばかりに、そそくさと離れていきました。

 

「痛ててて……」

「大丈夫? ごめんね岩鷲君」

 

 空鶴に放り投げられた岩鷲君を軽く介抱します。

 

「岩鷲! 何やってやがる! お前も呑め!」

「はいいぃっ! 姉ちゃん!!」

 

 うーん……

 

 ……もういい加減、この酔っ払い側の描写はしなくていいわよね? それにほら、向こうで海燕さんがなんだか真面目な話を始めたから、あっちを注視しましょう。

 

 

 

「うおっ! 美味そう……!」

「遠慮せずに召し上がって下さいね。湯川隊長からたくさん差し入れをいただきましたし、足りなければまだまだ作りますから」

「……美味い」

「本当に、美味しいです」

「うわぁ……これ、美味しいよぉ……」

 

 目の前に並んだ御馳走を我慢出来ず、一護たちは食べ始めました。

 

「おう、遠慮すんな! 前にウチに来たときにゃ、きちんと持てなしも出来なかったそうじゃねえか!! 都の料理は世界一だぜ!! 食ってけ食ってけ!」

「父様、私も手伝いました!」

「おう! そうだな!! 氷翠(ひすい)もちゃーんと頑張ったもんな!! 偉いぞ!!」

「えへへ……」

 

 海燕さんが娘の頭を撫でてる……子煩悩なシーンだわ……

 

『あとサラッと「嫁の料理は世界一」と言ったでござるよ! よい旦那さんしつつ惚気までするとは……!!』

 

「えっ! これ氷翠(ひすい)ちゃんが作ったの!?」

「はい……」

「うええ……すごい……私、こんなに上手に料理できないよぉ……」

「お母様と、藍俚(あいり)おば様にも教えて貰いました」

 

 私なんて大したことは教えてないんだけどね。

 親からの遺伝と、教育が良かっただけだと思うわ。都さんの遺伝子って凄い……

 え? 志波家の遺伝子? 知らないわね。

 

 ……て、あら? 今、一瞬だけ織姫さんと目が合ったわ??

 

「まあ、食いながらで良い。一護、忘れないうちにお前にコイツを渡しておく」

 

 盛り上がっている向こうで、海燕さんは懐から封書を取り出して一護に渡しました。

 

「手紙……?」

「ああ、ソイツはお前の親父……一心宛てだ」

「親父に!?」

 

 おお! 海燕さんからのお手紙ですね!!

 

『本家の長男から、分家の者へと宛てた手紙……厄の匂いがプンプンするでござるよ!!』

 

「お前には前にも話したが、一心は二十年ばかり前に突然音信不通になっちまった。死んだ、なんて言う奴もいたが、あの一心が簡単にくたばるなんざ俺には信じられなくてよ。それがこう月日が流れて、一心のガキと膝突き合わせて話すことになるとは……人生って、わかんねえもんだな……」

「海燕さん……」

「そんな顔すんじゃねえよ、前にも言っただろうが。親戚だ、ってよ!」

 

 本来なら海燕さんは墓の下ですもんねぇ……それを考えれば、人生って不思議です。生きててよかったよかった。

 ……あら……? 織姫さんたちがなにやら不思議な表情をしているわね?

 

「……え? ええっ!! く、くくく黒崎くんって……そうなの!?」

「親戚……だと……!?」

「今の話の流れからすると……黒崎の父親は……!?!?」

 

 なるほど、あの三人は知らなかったのね。

 

「あん? なんだ、お前らは知らなかったのか? 仕方ねえな……」

 

 面倒くさそうなポーズを取りつつ、海燕さんは織姫さんたちに説明を始めました。

 その横では都さんが、海燕さんの時とおなじく一護に封書を渡しています。

 

「私も一心様に宛てて、一筆啓上させていただきました」

「都さんもか!?」

「一心様とは何度か顔を合わせたこともありましたので」

 

 同じ死神だったからねぇ……

 オマケに親戚だし、そりゃあ顔を合わせる機会も多かったでしょうね。

 

「わ、私もお手紙を書きました……」

氷翠(ひすい)もかよ!?」

「はい。一心おじ様とお会いしたことはありませんが、気持ちはたくさん込めたつもりです」

「は、はは……こりゃすげえな。よし、あの親父の首根っこを掴んででも連れてきてやるよ!!」

 

 手紙を大事そうに仕舞うと、一護は力強く宣言しました。

 その言葉を聞いた氷翠(ひすい)ちゃんは、少しうっとりとした表情を浮かべます。

 

「どんな方なんでしょうか……きっと父様みたいに素敵な方なんだと思います……」

「いや……悪いがあの親父はそんな立派な人間じゃ……」

「一護さん! 駄目です、ご自分の父様のことをそんな風に言ってはいけませんよ!」

「す、すまねえ……?」

 

 あー……海燕さんが父親で、その親戚だから……年上の男性に変な憧れを持っちゃってるのかしら?

 

「それと、最初にお話を聞いたときからずっと気になっていたのですが……」

「あん……なんだ?」

「一護兄様とお呼びすべきでしょうか?」

「いやそれは……好きに呼んでくれ……」

 

 ――というやり取りを、酔っ払い二人に挟まれながら眺めていました。

 

 ……あ、そろそろ岩鷲君が限界っぽい……

 だ、大丈夫!? ギブアップは早めにね!?

 

『そういえば……藍俚(あいり)殿! この数百年間、ずーっと疑問に思っていたでござるが……』

 

 なに? この状況を切り抜けられる逆転の秘策!?

 

『お酒から酒精(アルコール)だけを消し去る鬼道とか、開発なされば良いのでは? ほら、あの除菌する鬼道のように……』

 

 ……何でもっと早く言ってくれなかったの!! 射干玉の馬鹿ぁっ!!

 

『す、すまんでござる!!』

 

 でも大好き!!

 

『拙者も!!』

 

 

 

 

 

 

「うおっ! 湯川さん酒くせえ……!」

「私は一滴も呑んでないんだけどね……」

 

 志波家での宴会もなんとか終わり、私たちは帰路の途中です。

 瀞霊廷の大通りを歩いています――歩いているんですが……

 

「ほら、あの人……」

「なるほど、あの死神が……」

 

 すれ違う死神や住人は、一護を見ては何やらヒソヒソと囁いていました。

 当人は全く気付いていないのですが、一体何を話しているのやら……

 

「アレが十一番隊に殴り込んだっていう……」

「それどころか、そこの副隊長と斬り合った猛者らしいぞ」

「いやいや、十番隊の隊士たちを何人も蹴散らして、日番谷隊長も圧倒したらしいですよ」

「自分の名前を大声で叫んで、助けに行く相手の名前も叫んでたって」

「えっ!! その相手って十三番隊の朽木ルキアさんでしょ!? 男性が女性の名前を叫んだってことは……」

「恋人同士だったってこと!?」

「まさかあの騒動って、恋人を取り戻しに来たのが発端だったの!?」

「ロマンチック……」

 

 ……これは。

 なんだか、変な噂が広まってる……

 

オレンジ海燕殿(くろさきいちご)ブラック一護殿(しばかいえん)の話が混ざってるでござるな!! 尾ひれどころか手足まで生えてカオスになってるでござる!!』

 

 ま、まあ実害はないから。放っておきましょう!

 




親戚同士のほのぼの交流会
(なおプロットは「海燕が一心宛の手紙を一護に渡す」としか書かれていない)

……なんだろうこの話……??


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第167話 ソーイングと白玉ぜんざい

「――引き継ぎと連絡事項は以上ね? それじゃあ、本日の業務も頑張って……って、あら?」

 

 藍染が瀞霊廷に混乱を招いてから三日が過ぎました。

 世間も落ち着きを取り戻しつつあり、四番隊も平常業務に戻りました。

 ……というより、隊長が二日続けて他人の家に呼ばれていて留守でもちゃんと回って四番隊(ウチ)の隊士たちを褒めてあげたいわね。

 勇音に負担を掛けちゃって……本当にごめんね……また明日、負担掛けちゃうんだけどね……本当にごめんね……

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 定例になっている朝のミーティングも終わり、さあこれから業務開始だ! というタイミングで石田君がいることに気付き、思わず声に出してしまいました。

 

「どうしたの? そんなところにいないで、遠慮せずに入ってきなさい」

「すまない。少し、その……声を掛けにくいタイミングだったので……」

 

 隊長の私が変な行動をしたので、隊士たちも思わずそれに倣って石田君のことを見てしまい、その結果たくさんの視線が彼に集中することに。

 注目を集めて進行を止めてしまったのを申し訳ないと思ったらしく、彼はおずおずとしつつも入ってきました。

 

「大丈夫、もう終わるところだったから。あ、みんなは業務を開始して。それと夜勤明けの子たちはお疲れ様、ゆっくり休んでね――はい、これで大丈夫。何の用事かしら?」

「実は、縫製施設を借りられないかと思って」

「縫製施設?」

 

 予期せぬ言葉に思わず聞き返したのは、隣にいた勇音でした。

 

「それなら一階にありますよ、私がご案内しますね。いいですよね、隊長?」

「勿論。ちゃんと断りを入れに来てくれたし、使用は問題ないわ。でも、吉良君は教えてくれなかったの?」

「それが、彼は今日は茶渡君を案内して流魂街の方へ行っていたので。他の方に聞こうかと思っていたところ、声が聞こえてきたので……」

 

 流魂街へ案内にねぇ……知り合いでもいたのかしら?

 

『(おそらく、インコのシバタ殿のことでござるな……藍俚(あいり)殿は覚えてねえでござるよ……)』

 

「ところで、あなたが使うんですか?」

「ええ、現世へ戻るときのために、みんなの服を作っておこうと――」

「えっ! もしかして洋服作れるんですか!?」

 

 きゃっ! びっくりしたわ……勇音が食い気味に言いました。

 ずいっと身を乗り出して聞き返すその姿は、なんというかちょっとこの子らしからぬ反応よね。

 

「ええ、まあ……」

 

 石田君、自分より背の高い相手だからかちょっと圧倒されてるわね。

 

「じゃあじゃあ、あの……一つお願いがあるんですけど……いいですか?」

「待ちなさい、勇音。ほら、石田君も困ってるからあまり無茶なことは……」

「いえ、僕に出来ることなら。使用料代わり、ということで」

「ほら隊長! 石田さんもこう言ってますし」

 

 なんだか勇音が嬉しそうな反応をしてるのよね。一体何を頼む気かしら……?

 

「それでお願いなんですけど……わ、私にも洋服を作ってもらえますか!?」

「なんだ、そんなことですか。お安い御用です」

「本当!?」

 

 了承の返事を貰った途端、胸に手を当てながら飛び上がらんばかりに喜んでます。

 

「じゃあ、すぐにご案内しますね! こっちです!!」

「お! あ!? ちょ、ちょっと待っ……てっ……!!」

 

 石田君の腕を掴むと、振り回さんばかりの勢いで縫製室へと駆けていきました。

 

「うーん……ま、まあ良いか……」

 

 勇音にはちょっと迷惑掛けていたからね。このくらいは許容範囲よ。

 一応後で様子を見に行くくらいはしておくけれど。

 

 でも「洋服が欲しい」なんて、勇音も女の子よねぇ……

 

藍俚(あいり)殿も女の子でござるよ?』

 

 あっ! いっけなーい、藍俚(あいり)ちゃんってば、ついうっかり!

 

『てへぺろ! てへぺろでござる!!』

 

 ……馬鹿なことやってないで仕事するわよ。

 今日は副隊長の分も片付ける勢いでやらなきゃいけないんだから。

 

『と、さりげなく副隊長に気を遣う藍俚(あいり)殿でござったそうな……』

 

 

 

 

 

 

「んっ……! うーん……!」

 

 隊首室にて一人、息を吐きながら大きく伸びをして肩の凝りをほぐします。

 あれから二時間くらいが経過しました。

 真面目に仕事を続けたので、なんとか。直近で終わらせる必要のある分までは全て終わらせましたよ。

 勿論、勇音の分も片付けました。急患や医療関係の業務はまた別ですが、書類仕事だけならばこれで問題ありません。

 

「んー……そろそろ縫製室の様子を見に行きましょうかね……」

 

 外を見れば、太陽は中天の少し前くらい。ちょっと早いけれど、お昼ご飯に誘っても良いかもしれないわね。

 と、そんなことを考えていたときです。

 

「あのぉ~、隊長。よろしいでしょうか?」

 

 部屋の外から声が聞こえてきました。

 この遠慮がちな声は、おそらく……

 

「山田七席ですか? 勿論、大丈夫ですよ」

「はい! 失礼します!!」

 

 予想通り、山田花太郎七席でした。

 ただし、大きな風呂敷包みを胸に抱えながらの入室です。

 

「それは?」

「はい? ……あ! そうなんです! この荷物についてなんですよ!!」

 

 言いながら風呂敷包みを足下に下ろし、包みを解いていきます。

 中に入っていたのはリュックサックでした。

 ただ、彼の所作などから察するに中身は空っぽみたいですね。

 

「実はこれ、朽木ルキアさんが持っていた物だそうです」

「ルキアさんの?」

「はい、なんでも彼女が現世からこっちに連れ戻されたときの所持品だったそうで……」

 

 ……ああっ! そういえば!! こんなリュック背負ってた!!

 私見たもん! この目で見たもん! だって当事者だもん!

 

「それがどうして四番隊に? まさか、盗んできたの?」

「ちちち違いますよ! 実はコレ、技術開発局から回ってきたんです!! 朽木ルキアさんに返して欲しい、って」

「技術開発局から?」

 

 あそこは変人ばっかり――頭にマッドが付く人たちの巣窟なのに、そんな感傷的な行動が取れる人がいたのね。

 

「でも、どうしてこれだけが?」

「なんでも衣類とか履き物とかは処分されちゃったらしくて、でもこの鞄だけは保管……えっと、保管というよりかは……秘匿、かな……?」

「秘匿?」

霊波計測研究所(れいはけいそくけんきゅうじょ)壺府(つぼくら)さんという方がいるそうで、その方が処分されるはずだった鞄をこっそり引き取って……秘匿して……私物化して……?」

 

 表現に迷ってるわねぇ……

 

「なんでも、中に現世のお菓子が入っていたとかで。それが食べたくてこっそり保管していたらしくて……」

 

 聞いた瞬間、思わず「あちゃー」という顔をしてしまいました。

 

『もうそれ私物化ってレベルじゃねえでござる!! 横領でござるよ! 完全なるやらかしでござるよ!! めっちゃ怒られるやつでござる!!』

 

「で、それが露見しちゃったから面倒事を四番隊(ウチ)に押しつけたってこと?」

「そうみたいです。持ってきた方が『副隊長に頼まれなけりゃ、こんなことしないのに……』ってボヤいてました」

 

 でも副隊長ってネムさんよね。

 あの子こそ、そんなことに対応するような子には思えなかったんだけど……

 ……あ!

 あのマッサージ以降、ちょっとだけ反応が良くなったから、まさかその影響で!?

 

『おっぱいを揉めば感情も宿るでござるな!! また一つ、世界の(ことわり)を書き換えてしまったようでござる……!!』

 

 ま、まあ何にせよ気遣ってくれたのは良いことだわ。

 

「そういうわけで、でも一応は隊長にご報告をと思ったので。なにしろ、鞄だけとはいえ現世の物ですし慎重に扱うべきかなって……」

「そうね、ありがとう。でも後のことは私がやるわ。ルキアさんとは知り合いでもあるし、私が返しておきます」

「ええっ! わ、わかりました。じゃあこの鞄はお預けしますね。では、失礼します」

 

 用事は済んだとばかりに、そのまま退出していきました。

 さて、じゃあさっさと要件は済ませてしまいましょう。

 リュックサックを片手に伝令神機を取り出し、そのままルキアさんに通話連絡です。

 

「……あ、ルキアさん? 湯川です」

『せ、先生!? 先日はありがとうございました。おかげさまで身体も軽く、羽の生えたようです!!』

「それならよかったわ。ただそのことじゃなくて、今ちょっと良いかしら?」

『はい、今は問題ありませんが……何かありましたか?』

「実はね――」

 

 かくかくしかじか、と要件を伝えます。

 

「――ということであなたの鞄、リュックサックを四番隊で預かっているの」

『な、中身は! 中身は無事ですか!? 』

「それが……さっきも説明したけれど……」

『そんな……』

 

 声だけでも彼女の項垂れる姿が伝わってきますね。

 

『現世の……美味しい物が……』

 

 ……あれ? この子、一応は尸魂界(ソウルソサエティ)に連れ戻されるの覚悟していたのよね? 割と悲壮な決意をしていたような気がしたんだけど……

 なのになんで、鞄一杯に食べ物を詰め込んでたの?

 

『あわよくば、こっちで食べようとしたのでは? もしくは家族へのお土産というか……』

 

「ご愁傷様……あ、ちょっと待って。まだ何か入ってる」

『おおっ! な、何が!?』

 

 軽かったので当然中身は全部食べ尽くされていると思い込んでいたのですが、覗き込んでみたらまだ一つだけ残っていました。

 

「これって……白玉粉……?」

『あ、それは現世にある布袋屋という甘味処の最高級白玉粉です! それがあればいつでも美味しい白玉がたくさん食べられますよ!!』

 

 ……それを買うお金はどこから捻出したのかしら? というか、割と非常事態だったのに白玉粉をチョイスする辺り、やっぱりどこか思考がおかしくない……?

 

『いやいや藍俚(あいり)殿! ルキア殿は"好きな食べ物:キュウリ・白玉"と公式設定されているでござるよ! よって当然の行動でござる!! おおおおおオフィシャルでございますぞ!!』

 

 そっかぁ……オフィシャルじゃあ仕方ないわね。

 

「白玉粉はともかく、この鞄は届けに行くから――」

『いえ、でしたら自分で受け取りに伺います! 身体の調子もすっかり良くなりましたし、運動がてら外で走り回りたいと思っていたので!』

「そう? じゃあ四番隊で待ってるわ……あ、そうそう。美味しい餡子(あんこ)も用意しておくから」

『……え?』

「え? ……って、作るんでしょう? 白玉ぜんざい。あ! あんみつも良いわよね」

『……え?』

「え? お姉さんやお兄さんに振る舞うために買ったんじゃないの?」

『……あ!』

 

 あ! って……この子まさか、独り占めする気だったの!?

 

『とととととにかく今からそちらに向かいますので!』

 

 そう言って通話が切れました。

 

 …………縫製室に行きましょう。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、これは……」

 

 縫製室を覗き込んだところ、普段とはまるで違う華やかな雰囲気に包まれていました。

 勇音が見慣れぬワンピースを身体に当てながら心底嬉しそうに微笑んでおり、彼女の周囲を縫製室勤めの女性隊士が「似合ってます」「可愛いです」といった事を言いながら、羨ましそうに眺めています。

 女性隊士がキャーキャー言ってるので、なんとも賑やかですね。

 あ、石田君はミシンの前に座ってます。

 

「あ、隊長!!」

「ちょっと様子を見に来たんだけど……それ、ひょっとして……」

「はい! 石田さんに作って貰いました! ありがとうございます!」

 

 えーっと……作成開始から二時間くらいよね……?

 ワンピースって、そんな簡単に作れるものなのかしら……?

 

『百巻超えても完結してないでござるよ』

 

 そっちのワンピースじゃないから! マンガじゃなくて、上衣からスカートまで一繋がりになってる服の方だから!!

 

「そ、そうなのね。可愛いし、よく似合ってるわよ」

「えへへ……ありがとうございます」

「石田君も、この子の我が儘に付き合わせちゃってごめんなさい。でも、ありがとうね」

「よして下さい。そんな、お礼を言われる程のことじゃ……」

 

 顔を真っ赤にして、照れ隠しのように一度眼鏡を押し上げると彼は作業に戻りました。

 

「でも、本当にとっても嬉しいんですよ! 尸魂界(ソウルソサエティ)には現世風のデザインの服を売ってるお店もあるんですけど……サイズが合わなくて……うう……」

 

 しょんぼりする勇音ですが、こればかりは私にも無理です。

 服の補修とか型紙とかがあればまだなんとかなるんだけど、いかんせんデザインセンスが古いのよね……

 私に作らせるくらいなら、まだ若い隊士の方が良い物を作ります。

 

「ああ……じゃ、じゃあもう一着……」

「本当ですか!!」

 

 あ、さっきまで落ち込んでたと思ったのにもう笑ったわ。

 

『あれが策略でござるよ。石田殿はまんまと策にハマったでござる! 女性は皆女優、男はああやって貢いでしまうでござるよ……』

 

「そうだ! どうせなら隊長も一着作って貰いましょうよ!」

「え! 私も……?」

「そうですよ! 隊長ってば、そういうのに疎いんですから……着飾るチャンスですよ!」

 

 別に着飾るつもりはないんだけど……

 

「ああっ! 副隊長ズルいです!」

「だったら私も! 私にも一着!」

「抜け駆け禁止!」

「それなら私だって!!」

「私にもお願いします!」

 

 勇音の一言を引き金として、さっきまで遠慮がちに見ていただけの女性隊士たちが堰を切ったように集まり、瞬く間に蜂の巣を突いたような大騒ぎへと発展しました。

 

「さ、流石に全員分はちょっと……それに、現世のみんなの分を先に仕上げたいんだけど……」

「「「「ええぇ~~~~っ!!」」」」

 

 息ピッタリの不満の大合唱ね……ってなんで勇音まで叫んでるのよ!

 

「じゃ、じゃあ型紙だけなら……」

「「「「キャーーーーーッ!!」」」」

 

 続いて歓声が上がりました。

 

「大変ね、石田君……はい、これ。差し入れよ」

「ありがとうございます、なんですかこれ……お茶? ……あ、美味しい……それに、なんだか疲れが取れていくような……」

四番隊(ウチ)特製の、疲労回復効果があるの。漢方薬とかを配合しているから、気のせいじゃなくて本当に回復してるわよ」

「……つまり、これを飲んで頑張れと?」

「……ごめんね」

 

 なんというかもう、謝ることしか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 

「先生! 織姫さんが折り入って頼みがあるそうです!」

「頼み?」

 

 縫製室での騒ぎから一抜けし、所変わってここは炊事場です。

 その片隅を借りて小豆を煮ていたところ、桃から声を掛けられました。

 

 え? なんで小豆を煮ているのか? だってまず渋抜きをしないと……

 

 ……え? だから、これから餡子を作るのよ。

 さっきルキアさんとの話の中にも出ていたでしょう? "白玉ぜんざい"だか"白玉あんみつ"だかを作るって。

 だからその準備をしてるの。

 白玉団子だけならそんなに時間も掛からないし、そこだけでもルキアさんが作れば「手作り料理」と胸を張れるもの。

 

 あと、あわよくば「白玉粉をわけてもらえないかな」って思いもあるんだけどね。一応駄目だったときの為にこっちでも用意してるから抜かりはないわよ。

 隊士のみんなにも、石田君たちにも振る舞ってあげましょう。

 

「湯川さん! 私に料理を教えて下さい!」

「料理を? それはいいけれど、どうして急に……」

「それは! 毎日のご飯も凄く美味しくて……この前に行った空鶴さんの家で、氷翠(ひすい)ちゃんも凄く料理上手で……湯川さんが教えたって言ってたから……」

「つまり、美味しい料理を作って黒崎さんに食べさせたいってことよね?」

「ええーっ!! ちょ、ちょっと待って桃さん! わ、私まだ……」

「まだ! 聞きましたか先生! 織姫さんってば、まだって言いましたよ!」

「や、やだなぁ……桃さん、やめてよぉ……恥ずかしい……」

 

 うーん、微笑ましいやり取りよねぇ……

 でも教えるのは良いんだけど、確かこの子って料理は出来るはずよね? 細かい部分はともかくとして、とりあえずは料理が出来たはず……

 

「教えるのは構わないわよ。でも織姫さんはどのくらい料理ができるのかしら?」

「ど、どのくらい……えーっと……」

「たとえば、最近作った料理とかって何かある?」

「……あ! ありますあります! ココアパウダーと味噌ペーストで……」

 

 ちょ、ちょっと待った!!

 

「え……!? それで何を作ったの……?」

「ボルシチです」

 

 ボルシチ!? その材料でボルシチを作るつもりだったの!?

 

『伝説の料理が出来そうでござるな……中佐が大喜びでござるよきっと!!』

 

「き、基本からやりましょうか……?」

 

 織姫さん……なんでキョトンとしてるのかしらね……

 

 その後、ルキアさんがやって来たので四人揃って白玉ぜんざいを調理中です。

 といっても、私は後ろで口出ししているだけなんですけどね。料理だけなら桃が一人でも十分に出来ますし。

 

「それじゃあ白玉粉と水を混ぜるんだけど、水は控えめにね。こねて変だったら、少しずつ水を足していくこと」

「「はい! 先生!!」」

 

 ルキアさんと織姫さん、二人揃って白玉団子を作り始めました。

 どことなく不慣れな手つきで、一生懸命に白玉粉を練っています。

 

「よく言われているんだけど、生地は耳たぶくらいの固さにするのがコツよ」

「耳たぶくらいの固さ……」

「耳たぶ……耳たぶ……?」

 

 生地をこねこねしつつ、時々手を止めては二人揃って自分の耳たぶを触っています。

 

『拙者も! 拙者もお二人の耳たぶをプニプニしたいでござる!!』

 

 私も!!

 

「なんだか、霊術院で一緒に修行をしていた時みたいですね」

「そうねぇ……なんだか懐かしいわ……」

 

 桃が小豆の鍋と格闘しつつ、そんなことを呟きました。

 

「む! ならば雛森、久しぶりに稽古をしないか!? 私もここしばらくの身体の錆を落としたいと思っていたのだ!」

「あはっ! それ、いいかもしれない! 織姫さんも一緒にどうかな?」

「わ、私も……!?」

 

 白玉粉と格闘していた織姫さんが、慌てて顔を上げます。

 

「でもいいの……?」

「遠慮しないで!」

 

 良いわねぇ……じゃあ、私も……

 

「じゃあ明日なんてどうかな?」

「私は構わんぞ!」

「私は、桃さんにお任せかなぁ……?」

 

 ……えっ! 明日!?!?

 

「先生もいかがで……先生!? どうしたんですか……?」

 

 桃が私の顔を見るなり驚きました。

 多分、その時の私は、この世の終わりみたいな表情をしていたんでしょうね……

 

「なんでもないわ……それと、ごめんね。明日は先約があって……」

「そうなんですか……?」

「ごめんね……本当にごめんね……せっかくの機会なのに……でも、また誘ってね……」

 

 外せる予定なら外してるわよ!! 真っ先にそっちを優先してたわよ!!

 うう……世界が憎い……

 

 

 

 あ、白玉ぜんざいは無事に完成しました。

 ルキアさんはそれを持ってすぐに朽木家へと蜻蛉帰りです。氷で冷やしてあるから、鮮度も問題ありません。

 きっと家族揃って、美味しい甘味に舌鼓を打つんでしょうね。

 

 それはそれとして。

 

「……お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

「疲労回復には甘い物よ」

「ありがとう……ございます……」

 

 よく冷えた白玉ぜんざいを、机に突っ伏したままの石田君の目の前に置きます。

 本来なら、縫製室で飲食は非推奨なんですけどね。

 でも今日だけは許します。

 

 少し視線を動かせば型紙用のロール紙が著しく減っており、綜合救護詰所のあちこちからは女性隊士たちの嬉しそうな声が漏れ聞こえてきます。

 噂が噂を呼んで人が集まってきて、その全員分の対応をする羽目になったようで。

 型紙を書いただけとはいえ作業量と疲労度は相当な物でしょうね。

 

「隊長権限でこれ以上は絶対に増やさないことを約束するから、それ食べて今日はもう休みなさい」

「ありがとう……ございます……」

 

 力ない手でぜんざいを口に運んでいく石田君でした。

 

 お疲れ様。

 




●元ネタ解説
小説 BLEACH THE HONEY DISH RHAPSODY より。

藍染の乱から数日、ようやく落ち着きを取り戻した尸魂界。
怪我をした白哉を見舞うべくルキアが料理を作るが、それが護廷十三隊を巡るドタバタな展開に……

というのが、上記小説の大まかなストーリー。

その作中に
・白玉ぜんざいを作るルキア
・洋服を作る石田
があるので、この世界ならこんな感じかな? と落とし込みました。

(徳利最中とかまだ使えそうなネタもあるんですよね)

●ボルシチ(ココアパウダーと味噌ペースト)
フルメタルパニックより。
なんかネタを使えと降りてきた。

●その後の白玉ぜんざいの行方(妄想)
・朽木家
「美味い! 贔屓の和菓子屋にも引けを取らぬな」
「これをルキアが作ったの!?」
「はい! 頑張りました!(謎の自信満々)」

・織姫
「どうかな、黒崎君……?」
「いやコレすげえ美味えぜ! 特にこのぜんざいが美味え!」
「あはは……(ホントはお団子しか作ってないのに……)」

・雛森
「な、なあ雛森……その、白玉ぜんざい……」
「んー?」
「……ぜ、ぜんざいとか食べに行かねえか!?」
「え、本当! みんな、シロちゃんが奢ってくれるんだって!」


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第168話 虚化 対 始解

前回のあらすじ:絶対に外せない予定がここにある



 どうしても外せない予定ってありますよね。

 例えば――

 

 ――大切な人との約束、とか。

 

 ――自分が行かないと後々で大変なことになってしまう、とか。

 

 ――今を逃すとこれっきり、とか。

 

 ――進退に関わる重要な要件、とか。

 

 そうそう! そもそも「先約があるから」っていうのも十分な理由ですよね。

 

 ……うん、大体当てはまっているのよね……

 

 

 

「よお、待ちくたびれたぜ」

 

 十一番隊の敷地内に存在する地下空間――技術開発局が心血を注ぎ込んで完成した、剣八が暴れても大丈夫なあの場所――へと赴けば、更木副隊長は開口一番そう言い放ちました。

 ……凶悪な笑みを浮かべながら。

 

「約束しましたからね。逃げ隠れはしませんよ」

 

 そう告げると、凶悪な笑みがますます凶悪になりました。

 もうその表情だけでこの空間が、夢と希望と鉄錆の味が満載な決戦のバトル・フィールドへと早変わりです。

 

『……拙者、逃げてよいでござるか……?』

 

 ……逃さん…………お前だけは……

 

『ひいいいいいぃぃぃぃっっっ!!』 

 

 ということで。

 以前に約束した「お返し」のために、十一番隊へ訪れています。

 

『具体的には154話にあった、アレでござるよ! そして剣八殿の望むお返しは、言うまでもござらんが"(ホロウ)化状態の藍俚(あいり)殿との斬り合い"でござる!! うっはぁ!! 燃え尽きるでござるよ!!』

 

 ……前話の時点で、日程含めて予約が済んでいたんです……

 ああっ! こんな約束がなければ、今頃織姫さんのおっぱいを堪能――もとい! 織姫さんの稽古とかしてたのに!!

 

「がんばれがんばれ(けーん)ちゃん♪ がんばれがんばれあーいりん♪」

 

 くっ! 草鹿三席は気楽でいいわね……!

 

「あー……んっ!! んん~~~っ!! 幸せぇ……なにこれ、ほっぺが溶けちゃうよぉ……」

 

 心の中で苦悩する私とは対照的に、彼女は適当な応援を済ませると目の前のお菓子へ荒々しくも勢いよく齧りつき、にっこり破顔しました。

 こちらも想像は付くと思いますが、アレは彼女への「お返し」です。

 なにしろ注文が大量のおやつだったので、頑張って作りました。

 昨日(前話)の白玉粉を使った白玉あんみつとか、クッキーとかケーキとかフィナンシェとかブリュレとかババロアとかを、重箱が七段になるまでこれでもかと詰め込んだ力作です。

 暑い時期なので冷たい系も良かったんですけどね。

 

「美味そうなもん食ってんのな……」

「だめーっ! あげないよ! コレ全部あたしのなんだから!!」

「別に取りゃしねえよ!」

「その甘味、どれも美しく輝いているというのに……なぜそんなに汚い食べ方を……」

 

 草鹿三席の隣には、一角と綾瀬川五席もいます。

 一角のお返しはまだなんですが、綾瀬川五席の方は「私が更木副隊長と戦って負けるところを見たい」とのことです。

 ……どういう願いなのかしら? まあ、そういうことなのでこの場に同席しています。

 

「なあ、夜一さん……俺、なんで呼ばれたんだ?」

「儂に聞かれてものぅ……儂も藍俚(あいり)に呼ばれたクチじゃ」

「さあ? ですが藍俚(あいり)にも何か意図があるから、お二人を呼んだのだと思いますよ」

 

 そうそう! 忘れるところでした!

 一護と夜一さんも呼んでます。

 狙い? そんなの、一護に(ホロウ)化を見せつけるために決まってるじゃない。後学の為にも。

 

「黒崎君は、是非見ておいた方が良いと思ったので呼びました。それと夜一さんは、万が一の時に備えるため特別にお呼びしました」

「万が一じゃと……? 一体なにを……む!」

 

 夜一さんの目を見てから、続いて一護のことを見ます。

 万が一、一護が暴走したりしたら止めてくれ。という意思表示ですね。

 

「お願いしますね」

「うむ……大体わかったわい」

「あと、ちゃんと仕事をしてくれたら今日だけは砕蜂に報告しないでおきますから」

「本当じゃな!!」

 

 一番良い返事が来ました。

 

「座興はそのくらいで十分でしょう? ではそろそろ……」

 

 頃合いを見計らって場を取り仕切るのは、勿論卯ノ花隊長です。

 そういえば卯ノ花隊長の「お返し」も「(ホロウ)化した私と戦う」で、ただ日を改めて……ということだったんですが。

 この戦いの最中、我慢出来るのかしら……?

 

「――始めッ!」

「おおおおおっっ!!」

 

 開始と同時に、待ちきれなかったとばかりに更木副隊長が飛びかかってきました。

 私たちの間に多少なりともあった距離が一瞬で消滅し、すでに刃が届く間合いです。手には当然斬魄刀が握られ、振りかぶり終えています。

 

「やああっ!!」

 

 勢いよく振り下ろされた斬魄刀を、こちらも斬魄刀を抜いて受け流します――いえ、受け流そうとしました。

 

「くっ! 重い……!!」

 

 想像以上の鋭さと重さで放たれた斬撃に、受け損ないました。

 腕に強烈な痺れが走りますが、それは回道で瞬時に癒やしてカバーします。

 

「ははははははははははっっ!! 嬉しい、嬉しいぜ! ちょっと前からお前が本気になってくれてよおっ!! これでますます、斬り合いが楽しくなりやがった!!」

「それは……どうも!!」

 

 リア充のような嬉しそうな表情を浮かべながらの攻撃を、こちらも攻撃を合わせることで潰します。

 

「あ゛ぁ゛ん!?」

「らああああぁぁっ!!」

 

 斬魄刀同士を打ち合わせて攻撃を弾き飛ばし、弾いた勢いを乗せたまま反撃に転じます。おかげでなんとか一太刀、浴びせる事に成功しました。

 

「まずは一手」

「へへ……いいぜ……乗ってきたな」

 

 とはいえこの程度の傷では、更木副隊長にはかすり傷以下です。

 むしろこの一撃で、さらに相手の霊圧が上がりました。

 

「けどよ……なんで、あの力を使わねえんだ!?」

 

 いや、イキナリ斬り掛かってきたのはそっち……

 

「そうだよあいりーん! 使ってあげてーっ!! 剣ちゃん今日が楽しみで、昨日はなかなか寝られなかったんだから!!」

「遠足前の小学生かよ!」

 

 ……なんだか、外野から気の抜ける声が聞こえてきましたね。

 

「別に、焦らすつもりは無かったんですけどね……なら!」

 

 ――虚閃(セロ)!!

 

「はっ! なんだこりゃ!?」

 

 無言で光線を放ち相手の動きをなんとか押さえ込もうとしましたが、相手は斬魄刀を地面へ叩き付けるように打ち下ろして、それを弾き飛ばしました。

 剣圧とそれによって発生した霊圧による衝撃波で瞬時の障壁を張って打ち消した、というところでしょうか。

 まあ、防がれても構いません。

 (ホロウ)化する一瞬がどうにも隙があるように思えて、それを防ぎたかっただけですから。

 

「仮面よ!」

 

 左手を眼前へ翳し、そのまま内なる霊圧にて全身を覆えば(ホロウ)化は完了。そして、ここからが本番ですよ!

 

「ようやく……ようやくか!! 勿体ぶりやがって!!」

「更木、剣八……いくわよッ!!」

 

 (ホロウ)化により全体的な能力を向上をフル活用しながら、お返しとばかりに斬魄刀を振るっていきます。

 こちらも相手も、未だ始解すらしておらず素の斬魄刀のまま――つまりは純粋な技術と肉体能力だけでの斬り合いです。

 ならば今が好機!

 

「そこっ!」

「ぐおおっ!!」

 

 何度かの打ち合いの後に、それまでよりも大きく踏み込んでの一撃を放ちました。

 渾身の斬撃は(ホロウ)化を加味したことでより破壊力を増し、更木副隊長の鋼鉄の肉体をも易々と切り裂きます。

 ですが、身体から出血しながら更木副隊長は嗤っていました。

 

「速ええな! それに剣も(おめ)えっ!! なんだよ、愉しいじゃねか!!」

「まだまだああっ!!」

 

 どれだけ愉しめても、ダメージは蓄積する! 傷を積み重ねれば動けなくなる!! だから、ここが正念場!

 

「おっ! でやがったか!!」

「やったーっ!! あいりんかっこいーっ!! ……えーっと、マスク・ド・あいりんとか呼んだ方が良いかな?」

「止めておけ……情けがあるなら……」

 

 ――全力の斬り合いを繰り広げる一方、観戦者たちは大喜びでこちらを見ています。

 まあ、私の(ホロウ)化のことを知らない数名は例外ですけどね。

 

「な、なんだよ……ありゃ……!?」

「あれが彼女の切り札――ですよ。どうですか黒崎さん? ご覧になったご感想は?」

「わかんねえ……さっぱりわかんねぇよ……ただ、あれは……まるで……」

「まるで……なんでしょうか?」

 

 卯ノ花隊長に聞かれても、一護は呆然と私たちの方を眺めているだけでした。

 ただ、その視線はどこか恐ろしい物を見ているような……

 

藍俚(あいり)め……お主……どういうことじゃ!! まるで訳がわからんぞ!!」

 

 あらら、夜一さんはわかりやすいわね。

 

「おかしいじゃろ……絶対におかしいじゃろ……この百年、一体何があったというのじゃ……」

 

 多分だけど、平子元隊長(・・・)やリサが(ホロウ)化できるのは知ってるはずだから、その辺の知識が邪魔して余計に驚いているんでしょうね。

 あとは……単純に、霊圧に格差がありすぎて驚いてる、とか……?

 うーん……わかんない。

 

 

 

「おおおおおっ!!」

「せいっ!!」

 

 戦いは、私が(ホロウ)化してもまだ一進一退感が拭えない、と言ったところです。

 有効な斬撃が放てるようになったとはいえ、その程度では一瞬たりとも安心できません。むしろ手強い相手だと再認識したことで、更木副隊長の霊圧がますます上昇していくんですから!

 元々「手加減……なんだそりゃ?」な人でしたが、それでもある程度は自分で自分の霊圧を抑えられるようになっていたんです。

 

「くううううっ……!」

「があ……っ……! ははははははっ!!」

 

 ですが、そんな枷は私の(ホロウ)化を見て完全に吹き飛んでいます。

 文字通り「身体で覚えた」卯ノ花隊長仕込みの剣術と、本人の野生の勘による戦い方を、感情の赴くままに放ってくるわけですから。

 

 なんとか必死に刃を受け止め、受け流し、隙を見ては反撃をして、そして相手に斬られる。そんなことの繰り返しです。

 周囲の地面は戦いの余波で抉れ、掘り起こされ、爆撃でも受けたような様相へと変貌しています。

 

虚弾(バラ)!」

「なんだそりゃ!!」

 

 鍔迫り合いになりかけたところを強引に崩して振り払い、片手で生み出した一撃を相手の顔面目掛けて放ちました。

 ……ですがなんとビックリ、軽い頭突きで相殺されました。でも良いんです、これは目眩ましですから。

 

虚閃(セロ)!!」

「おおおおおっ!!」

 

 先ほどと同じく、虚閃(セロ)による一撃です。

 ですが今回は叫んでいる――つまりは威力が上がっており、加えて今は(ホロウ)化もしています。

 元々が(ホロウ)の操る技なのですから、今回放ったそれは先ほど放ったのよりも速度も威力も段違いで効果的な一撃に――

 

「……さっきよりも威力が上がってやがる」

「ま、そうなるわよね……」

 

 ――なるはず、だったんだけどねぇ……

 姿を現した更木副隊長は、それでも多少のダメージはあったのでしょう。口から血塊をペッと吐き捨てると冷静に呟きました。

 

「その光を放つ技、時々使ってやがったが……なるほど、その仮面の姿の時が本調子ってことか……」

「さすが……戦いに関することだけは本当に理解が早い……」

 

 嫌になっちゃう。もうバレちゃった。

 

「こんだけ暴れられりゃ、出し惜しみすんのも失礼ってもんだ!」

「……ッ!?」

 

 相手の急激に霊圧が高まってる!! ということは……来るッ!!

 

()め! 野晒(のざらし)!!」

「くっ……! (まみ)れろ! 射干玉(ぬばたま)!!」

 

 相手の始解に合わせるようにして、私もほぼ無意識に始解していました。

 

「の、のざらし……!? あれが、剣八の……!?」

「ええ。アレがあの子の始解ですよ」

「見ておいた方が良いって……こういうことかよ湯川さん……」

 

 一護が顔を真っ青にしています。

 私も顔を真っ青にして、できればそのまま逃げたいです。

 

『拙者も!! 拙者も逃げたいでござる!! 暖かいお布団で寝たいでござるよ!!』

 

 それが出来ないから、今こうしてるのよ!

 

「出た……わね……」

 

 思わずゴクリと生唾を飲み込みました。背中に一筋、嫌な汗が流れたのを感じます。

 

 それにしても……野晒、久しぶりに見たわね……初めて見たのって、もう何年か前……だったわよね……

 改めて、野晒へと視線を向けます。

 

 その形状変化により、手にしていた斬魄刀は斧へと姿を変えています。

 戦斧、と呼ぶのが正しいようなのですが……ただ、果たしてこれを斧と呼ぶべきか?

 斧の範疇に当てはめて良いものなのかしら……?

 

 全長だけでも、十三尺(4メートル)はあります。更木副隊長が肩に担いでなお、持て余すほどの巨大さです。

 信じられる? 六尺六寸(2メートル)の上背の大男が小さく見えるくらい、馬鹿でかい斬魄刀なのよ!!

 そして当然ながら、その巨大さに恥じないだけの破壊力を兼ね備えてる!

 

『オマケにボロボロに刃こぼれしたギザギザ刀身だから、ビジュアル的にもメッチャ怖えでござるよおおおぉぉっ!!』 

 

「なんだ。その変な仮面被ってても、始解できるんじゃねえか! ケチケチしてんじゃねえよ!!」

「そっちこそ……野晒を使ったのは随分久しぶりね」

「あぁん? 前に見せたときにゃ、逃げられちまったからな。逃げられるくれえなら、使わない方が斬り合いを愉しめると思ったんだ。だがよ――」

 

 動いた!!

 

「――今のお前なら、コイツを使っても愉しめんだろ!!」

「ぐううううううううっぅぅぅぅっっ!!

 

 まるで一瞬消えたかと思うほどの速度での攻撃。

 とはいえ始解しているわけだから、単純に基礎能力も上がっているわけで。そこに野晒による質量と破壊力による暴力的な攻撃が叩き込まれるわけです。

 

「う、で……が……折れたかと思ったわよ!」

「はっ! 何度斬ったと思ってんだ! お前の腕がこの程度で折れるわけねえだろうが!!」

 

 なにその嫌な信頼感!!

 折れてたわよ! あ、正確にはヒビだけど、でももう治したし!

 あと受け止められたのもかろうじてだし! 受け止めた斬魄刀も下手すりゃ刀身全部吹き飛んでたわよ!!

 

『拙者の身体はもうボロボロでござるよ……』

 

 耐えなさい!! 後でギュッてしてあげるから!!

 

「おらあああぁぁっ!!」

 

 長大な柄を両手で握り締め、軽々と振り回しているように見えます。

 が、どうやら更木隊長はそれでも野晒を持て余している様子。

 武器に振り回されている、とでも言えば良いでしょうか? 攻撃と攻撃の間のつなぎ目が大きいですね。

 こちらとしてはそこが反撃の狙い目なんですけど……

 

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

 反撃に転じる余裕がありません。防御で精一杯です。

 乱暴に振り回すだけで攻撃力に押しつぶされそうで、振り回す余波だけで消し飛びそうになります。

 これ、振り回しただけで弱い(ホロウ)なら一瞬で霧消してますね。

 

「どうしたぁ!? やけに大人しいじゃねえか!!」

 

 そうしている間も相手の攻撃は続きます。

 刀の時と違い、ブンブン振り回すのを主とした乱暴な攻撃ですが……反撃できない!!

 受け止めるだけで、身体中がミシミシと嫌な音が鳴ってるわ……これ、蓄積した衝撃で腕とか足とか取れたりしないでしょうね!?

 

「これで終わりなんて、つまらねえ結果だけは勘弁してくれよ!」

「安心……しなさいっ!!」

 

 それでもようやく受け止められるようになってきたわ!

 相手の一撃に逆らわず後ろに飛んで距離を開けると、瞬歩(しゅんぽ)で一気に近寄って切り裂きました。

 腕を斬ったからこれで少しは威力も落ちるはずだけど……期待しない方がいいわね。

 

「その調子だ! それと、あの滑る能力を使っとけ! 遠慮すんな!!」

「どうせ無力化されるし! それにこの戦いにはちょっと無粋でしょうが!!」

「はっ、違えねえ!! 藍俚(あいり)、お前やっぱいい女だ!!」

 

 斬り合いの最中でなければ、思わずキュンとしちゃいそうな殺し文句ですね! ちょっとだけ嬉しいじゃない!!

 

「なら、コイツがお礼だ!!」

「……ッ!!」

 

 担いだ!? そんな大ぶりの攻撃したら……!!

 

「らあああああぁぁっ!!」

 

 大きく担ぎ上げて、そのまま勢いよく振り下ろして地面まで叩き付ける。

 斧を使った攻撃では、多分一番シンプルで強力な攻撃方法だと思います。

 

 ――ただそれを更木副隊長が、野晒で、遠慮無くやったらどうなるか……?

 

 そう判断した瞬間、私は身体を無理矢理操り強引に距離を取りました。

 

「わ、わああぁぁっ!?」

「うおおおおおっっ!?!?」

「きゃーっ! 剣ちゃんすっごーい!!」

 

 地面に叩き付けられた途端、まるでそこに爆薬でもあったかのような強烈な衝撃が生み出されました。

 ――巨大な隕石が衝突したとしても、多分もっと控えめなんじゃないか?

 そう思わせるほど、無茶苦茶な一撃です。

 衝撃に地層が地中深くから掘り起こされて間欠泉のように吹き上がり、地表には幾重もの亀裂が走りました。

 単純に打ち付けた衝撃だけでもまるで地震が発生したみたいで……

 

 これ、周辺の建物とか大丈夫なのかしら……? 倒壊してないわよね……?

 

「ブ、血装(ブルート)!!」

 

 離れた場所の一護たちでさえ戦慄するような攻撃となれば、爆心地間近の私なんて被害をモロに受けます。

 直撃こそ避けましたが、下手すればそれでも死にますよ。

 少しでも防御の足しにと血装(ブルート)モドキを発現させつつ、必死で衝撃から身を躱して次への一手を開始します。

 これだけの大技となれば、反撃のチャンスでもありますから。

 

「射干玉! 油を!」

 

『了解でござる!』

 

虚閃(セロ)!!」

 

 それまで控えていた粘液の分泌を解放して斬魄刀の刀身にたっぷりと塗りたくり、さらに刃へ虚閃(セロ)を放ち、粘液と混ぜ合わせます。

 言うなれば、月牙天衝や斬華輪のような技を刀身に留めておきながら、同時に強烈な斬撃を叩き込む荒技ですね。

 

「はあああぁぁっ!!!!」

 

 仮称・閃光虚斬(せんこうこざん)――とでも呼びましょうか。

 王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が霊圧に自分の一部を混ぜ込んで威力を上げる技なんだから、射干玉の油でもきっと効果はあるはず! だって私と一心同体だもん!

 

『照れるでござる!』

 

 これで斬れば――!

 

「はっはぁーーっ!!」

 

 ――爆煙を切り裂きながら、更木副隊長が姿を現しました。

 その手には柄を逆手に握り締め、私の攻撃に合わせるように野晒を振り上げています。

 

「吹き飛べっ!!」

「ぐぐぐぐ……うがあっ!!」

 

 激突の瞬間、閃光虚斬のエネルギーが解放されて相手へ襲いかかります。

 攻撃そのものは野晒で受け止められましたが、その奔流までは止めきれません。ほんの一瞬だけグラリとフラついたのを見逃しませんでしたよ!

 

「能力は、使わねえんじゃなかったのか!?」

「滑らせるのには使ってないでしょうが!!」

「はっ! なるほど納得したぜ!!」

 

 正直に言って、こちらも受け止められた衝撃で身体が……

 これ、どこか折れてるか出血してますね。凄く痛い! でも止まったら確実に死ぬ! ここは攻め続ける!!

 

「木の葉落とし!」

「ぐううっ……!」

 

 よし、これなら……!

 なまじ巨大な野晒だけに、細かい攻撃を受け止めるのには適しません。だからここからは瞬時に隙の少ない連続攻撃を放てば――

 

「え……っ!?」

「へっ! アテが外れたか?」

 

 ――なんで! どうして受け止められ……!? 違う! 野晒じゃない!! あれって……!!

 

「始解を解除した!? そんな……」

 

 そんな"らしくない方法"を取るなんて……

 いえ、違う! 目の前の相手は"斬り合いを愉しむため"なら、なんだってする……だったら、この行動は……!!

 

「最も……更木剣八らしい方法……!」

「止まってんじゃねえよ!」

 

 思わず動きを止めてしまいました。そこへ相手の一撃が飛び込んできます。

 駄目ッ!

 受けも回避も間に合わない!! 出来るのは、こっちも玉砕覚悟の一撃だけ!

 

「ぐううううっ!!」

「ははははははははっ!!」

 

 お互いに、相手の身体を深々と切り裂く結果となりました。

 戦闘不能どころかこのまま死んでもおかしくない重傷なのに、更木副隊長は哄笑しています。ただそれでも傷の影響は無視しきれないようで、どこか動きが変ですね……

 

 けどこっちも、まずい……これは……内蔵が、出血が……今までの蓄積も一気に来てる……うう、見たくないけど感覚で分かっちゃう……

 片腕が曲がっちゃ駄目な方向に曲がってる……呼吸するだけで、身体の中が悲鳴を上げてるわ……

 ううう……もうこれは、使うしかないかしら……!

 

「卍、か――ッ! え!? この霊圧は!!」

「あん……なんだ、ありゃ?」

「ウオオオオオオオッッ!!」

 

 突如として外野から強烈な霊圧が放たれ、私たちを刺し貫きました。

 二人してその出所の方を向けば、まるで(ホロウ)化したような姿の死神が……ってあれ、一護じゃない! (ホロウ)化してる……というか、暴走してる!?

 身体が半分くらい(ホロウ)になってるわよ!? なんで!?

 

『ああ、これはアレでござるな。ムラムラしすぎて我慢出来なくなったでござるよ』

 

 はぁ!? 欲求不満じゃないんだから!? ……え、欲求不満??

 

藍俚(あいり)殿の(ホロウ)化の力と、更木殿の単純な超パワーを見続けて、一護殿の心が思い切り影響を受けてしまったでござる。お二人の戦い振りに、我慢がリミットブレイクしたでござるな』

 

 なるほど、欲求不満……考えてみれば十六歳だもんね。

 変な方向に影響を受けちゃったかぁ……

 

『ついでにいうと、一護殿の中の人がパワフル全開してしまったでござるな。大丈夫、お前ならそのくらい出来るから。だからちょっと行って「一緒にあーそーぼっ♪」って言ってきなさいって……』

 

 ちょっと! そっちは止めなさいよ!!

 ――って、来てる来てる!!

 

「なんだオイ、よく見りゃ一護かよ!! お前もそのお面被れたのか!! いいぜ、飛び入り大歓迎だ!!」

「ガアアアアッ!!」

 

 更木副隊長が受け止めてくれました。

 事態を一瞬で大体理解してもう斬り合っているし!! 身体も痛いだろうに、よくやるわよ本当!!

 暴走している一護も一護で、なんかちょっと嬉しそうね……

 

「って、感心している場合じゃない!」

 

 確かアレの対処方法は――

 

「――仮面を! 割る!!」

「ギャアアアッッ!!」

 

 柄頭を顔面に叩き込んで、粉々に砕いてやりました。更木副隊長が相手をしてくれていたので、とっても簡単でした。

 

「あ……? お……? もどった……?」

「はぁ……はぁ……あーもう! 身体痛い!!」

 

 少年的な反応に戻ったので、どうやら成功ですね。

 

「んだよ藍俚(あいり)! 今から面白くなるところだろうが! 何を勝手に切り上げてんだ!!」

「どう見ても暴走していましたからね。乱入はともかく、そっちは見過ごせません! ……というか卯ノ花隊長! 近くにいたんですから止めて下さいよ!! 夜一さんも!!」

 

 たしか二人とも、一護の隣で見てましたよね!?

 

「おやおや……すみません、ちょっと二人の戦いが……羨ましかったもので」

「儂、もう要らんじゃろ……」

 

 ……夜一さんが完璧に落ち込んでる……

 

「一護! お前、さっきの仮面もう一回付けろ! んで、藍俚(あいり)と三人で続きやんぞ!」

「はああああぁぁぁっっっ!?!? 無理無理無理無理無理だって!! だいたい何がどうなったか分かんねえんだよ!!」

「あら、それは駄目ですよ剣八」

 

 卯ノ花隊長が"良い笑顔"で割って入ってきました。

 

「ここからは私も参加します」

「ええっ!? あの、卯ノ花隊長は後日だって……」

「参加します」

 

 有無を言わせてくれません……

 

「待て待て待てぇっ! 俺も参加するぜ!!」

「一角も!? あなた、まだ考え中だって……」

「今決めた! こんな面白そうな祭り、見てるだけなんざ詰まらねえんだよ!!」

「くはははは!! いいぜ一角! よく言った!!」

 

 うわぁ……大混乱の予感……これ、絶対に一護も無理矢理参加させられるのよね……

 私はそろそろ倒れそうだし、庇いきれない可能性が高そう……なんとか被害を少なくする方法を……

 

 あ! そうだ!!

 

「じゃあ、こうしましょう。決め事を設けるんです」

「決め事だぁ?」

「ええ。自由参加で、期間は仕切り直しから業務終了の鐘が鳴るまで」

 

 護廷十三隊は一応業務時間が決められているので、終了の鐘が鳴るの。

 

「鐘が鳴ったらどんなに良い時でもそこで終了、鳴ったときの姿勢で止まって動かないこと。で、その時に頭が一番高い位置にある人の勝ち……でどうですか?」

 

 単純に言うと、時間が来たときに最後まで立っていた人の勝ちです。

 他にも「倒れている相手は狙わない」とか「そもそも相手を殺さない」とか、細かいルールを付けましたけどね。

 

「なるほど……要は、全員ぶっ倒して這いつくばらせりゃ勝ちってわけだな」

「身長だけで考えれば私が一番不利ですが……ですが、このくらいは手合割(ハンデ)ですね。なにしろ、疲れているのが二人ほどいますから」

「乗った!」

「え……俺も参加するの……?」

「儂、帰る……」

「逃がしませんよ。実力不足を嘆くなら、ここで少しでも鍛えましょうね」

 

 逃げようとする夜一さんを掴んで地獄に引きずり込――参加させます。

 

「じゃあ、みんな準備はいいよね!? よ~~~~い…………スタート♪」

 

 何故か草鹿三席がスタートの合図をしてくれました。

 

 

 

 とりあえず、死人はでませんでした。

 




●野晒(のざらし)(剣八の始解)
拙作中ではチラ見せ程度(105話)で、ちゃんと描写したのはこれが初めて。
原作では隕石ぶち壊したりする凄い破壊力。これで始解……

 藍染「……え? 二ヶ月後にコレの相手しないと駄目なの……?」
 陛下「……え? 一年半の間にコレの対処考えるの……?」
夢想家「……え? 一年半後にコレと戦うの……?」

●リア充
り合(・・)いが()実している――よってリア充。

●閃光虚斬
早い話が王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)

●弓親は?
夜一さんが捕まってる間に逃げました。


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第169話 織姫と(チャドを)トレーニングする話

「もうこれはいらない、っと……よかったよかった」

 

 隊首室の書き物机、その一番上の引き出しに忍ばせておいた手紙をビリビリと破りながらホッと胸を撫で下ろします。

 

 表題に書かれているのは遺書――

 

 ええ、そうです。万が一の為に予め書いておきました。

 (ホロウ)化して更木副隊長と斬り合うんですから、タダでは済まないことは予想していました。なのでこのくらいの準備は当然です。

 これが他人の目に触れることなく、結果的にゴミにできたのは喜ばしい限りです。

 

『パソコンのハードディスク、中身は見ないで処分して下さい。と書いていたでござるな!?』

 

 積み荷を燃やして……

 

『大丈夫、みんな燃えたわ』

 

 ほっと息を引き取る。

 

 ……このネタ、多分通じないわね……

 

 ……え? あの戦いがどうなったのか、ですか……?

 勝者は、草鹿三席でした。

 終了の鐘が鳴る直前――どうやったのか分かりませんが――彼女は更木副隊長の頭の上に移動しており、鳴ったと同時に頭の上でふんぞり返ってました。

 最終的に彼女の頭が一番高い位置にあったので、彼女の勝ちです。

 しかもそれまでは「我関せず」とばかりにお菓子を食べていたこともあって、誰も相手にしていませんでした。

 

「漁夫の利って、ああいうことよね……頭良いわ」

 

 私や剣八二人がいるのに、無傷の勝利です。

 微妙に納得出来ないんですが、最終的には押し切られました。というか、私が味方して認めさせました。

 だって下手な相手に勝たれると「じゃあまた明日やるぞ」とか言われかねないんだもん! 連日は無理なの!! それに今日は予定があるの!!

 

 それと、勝利者権限で「今度は倍のお菓子を持って来て」って言われました。

 昨日は重箱で七段だったから……十四段!? 食べ切れるのかしら……?

 

「まあ、リハビリだと思えばいっか」

 

 昨日の戦いで身体がボロボロになったから、修復した肉体を動かすよい機会だと思いましょう。

 それに、あれだけ好き放題暴れられるのは、それはそれで非常に得難い経験でもあるのですが……あるのですが。

 去り際に卯ノ花隊長が呟いていた「卍解を使いこなせるように特訓……」という言葉が怖くて仕方ありません。

 はてさて、一体誰の卍解を特訓するのかしらねぇ……

 

「次はコンポートとか……うーん、アイスやシャーベット系は溶けちゃうから食べるには呼びつけないと駄目ね。保冷にも限界があるから……」

 

 次に一護ですが、十一番隊で一角とお稽古してるみたいです。

 昨日は色々とやらかしましたからね。阿散井君にも頼み込んでいて「まずは卍解を文句なく使えるようにする」と言っていました。

 吉良君にもフォローするようにお願いしておいたから、怪我や疲労は気にしなくても良いでしょう。それに暴走しても彼の斬魄刀なら動きを封じられるし、腕前もあるから最悪の場合でも仮面を叩き割って無理矢理リセットもできる。

 

「とにかく、今日は平和な一日~♪」

 

『そして次の予定の日でござるな!!』

 

 そう! そうなのよ!!

 実はね、今日も織姫さんが修行したいって言ってたの! それで今日は私もお付き合い出来ることになってたの!!

 一緒に修行しようねって約束したの!!

 いやぁ……昨日頑張った甲斐があったわ……斬魄刀を杖代わりにしながら這ってでも帰ってきた甲斐があったわ……

 

「でもまずはお仕事からね」

 

『ガクッ! でござるよ!! ええっ、このまま一気に過程を全部吹っ飛ばしてマッサージをするのではないでござるか!?』

 

 タイトルを見なさい! どこにも「マッサージをしよう」って書いてないでしょうが!

 今日はこれからお仕事なの! それを終えてからなの!!

 

『働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!!』

 

 私も!!

 だからさっさと書類仕事を片付けるわよ!!

 

 

 

 

 

 

「……あ、もうこんな時間なのね」

 

 気がつけばお昼を過ぎていました。

 ただ私が約束したのは午後からだったので、時間的には丁度良い頃合いですね。

 なのでそろそろ向かいます。

 

 修業場所は、昔はおなじみだった四番隊の訓練場です。

 思えばここで、色んな事がありました。

 一角と戦ったり一角と戦ったり一角と戦ったりしたわねぇ……

 

『思い出がオンリーでござるか!?』

 

 冗談冗談、そんなことよりも……ああ、いたいた。

 

「待たせてごめんなさい、織姫さ……ん……??」

 

 現場についてみればそこには、彼女を含めて三人分の人影が。

 しかもその内の二つはやたらと大柄です。私よりも大きい(185cm以上)です。

 しかもその片方はモフモフです。

 

「おお湯川隊長! 事前説明も無しにすまぬ」

「場所、借りてます……」

「はいご丁寧にどうも。じゃなくて! 狛村隊長!? 茶渡君も!? なんで!?!?」

「ごめんなさい、私が茶渡君にお話したんです。そうしたら狛村さんにも話が行っていたみたいで……」

 

 頭を下げる織姫さんの言葉から、大体の事情は察せました。

 そういえば一日時間がありましたから、仲間を誘ったらさらにその知り合いまで来てしまった、というのもあり得る話です。

 

 あり得る話……なんですけど――!!

 

「こ、狛村隊長……いえ、お貸しするのは構いませんが。それにしても、茶渡君のことを随分と気に掛けているようで……」

「む……! 確かに、現世の者にあまり肩入れしすぎるのも問題であろう。だが儂は、泰虎の男気と信念が気に入ったのだ。すまぬ……」

 

 マジかぁ……マジで、マジだわ……

 狛村隊長、茶渡君のことお気に入りにし過ぎでしょう!!

 

 ……あ! あそこで射場副隊長が隠れて見てる。

 サングラス越しで表情もよく見えないけれど、なんとなく嬉しそう。

 

『あれだけ見ると、某スポ根野球漫画(巨人の星)お姉ちゃん(星 明子)みたいでござるな』

 

 陰から見守ってるからねぇ……

 

「それと……儂と東仙の様な擦れ違いを起こして欲しくはないのだ……そのための一助(いちじょ)となれるならば、儂は喜んで(とき)を割こう」

「左陣……すまない、ありがとう……」

 

 ……え? さじん??

 

 ……あ! 左陣って狛村隊長の名前じゃない!

 ……ということは、もうこの二人って名前で呼び合ってる仲ってこと!? 急接近しすぎでしょう!? 

 

『相性メッチャ良いでござるな!!』

 

 タイプが似てるからねぇ……さもありなん、ってところかしら……?

 

「なるほど……そういう理由でしたら、こちらも特に異論はありません。ですがその、もしかして朝から稽古を……?」

「うむ。雛森三席もおったのだが、業務があると昼前には帰って行ったぞ」

「そ、そうですか……」

 

 桃もビックリしたでしょうね……いきなり狛村隊長と茶渡君が来たら……

 

「ではここからは私が引き継ぎますね。戦闘訓練も、治療も任せて下さい!」

「おお、頼もしいな!」

「よろしく頼む」

「お願いしまーす!」

 

 ということで開始です。

 

「ふん!」

 

 茶渡君の右腕から放たれた霊圧の一撃を素手で受け止め、そのまま力尽くで押し潰してかき消しました。

 

「……ム」

「なるほど、結構強いわね」

 

 これは確かに、隊長クラスでも油断したら大火傷を負いそうです。すごい攻撃力ですね。一般隊士が蹴散らされていたのも頷けます。

 

「私は拒絶する!」

 

 少し遅れて、織姫さんの攻撃が飛んで来ました。

 飛んで来たその一撃を、霊圧をたっぷりと込めた片腕で受け止めます。

 

「くそっ! 離しやがれ!」

椿鬼(つばき)くん!」

 

 私の手の中では、実体化した小さな人間が暴れながら文句を言ってきます。

 これは彼女の盾舜六花の能力の内の一つ、攻撃担当の子ね。ちょっと暴れん坊な性格ってところかしら。

 能力としては悪くないんだけどね。

 

「ふむふむ、こっちもそこそこ強いけれど……担当の子を実際に射出するから、こんな風に無力化されやすいのが難点ね」

「そ、そうなんです……前にもそれで……」

 

 指摘すると少しだけ落ち込んだ表情になりました。

 どこかで死神相手に同じ様な経験があって、手痛い一撃でも受けたのかしら?

 

「技の性質は仕方ないにしても、でもそれ以前に……遠慮して撃ってるでしょう?」

「え、そ、それは……」

「荒事が苦手なのは分かるけれど、これは稽古よ?」

「う……そ、その……」

「本気で攻撃しないと、椿鬼だっけ? この子にも迷惑よ?」

「あう……」

「というか、茶渡君も遠慮してるわよね? 私を傷つけたくないと思ったの?」

「…………」

 

 あら、二人とも黙っちゃったわ。

 

「はぁ……仕方ない……」

 

 ――久しぶりに、先生モードになりますか。

 

「稽古で本気を出せないのに、本番で本気を出せると思ってるの?」

「……ッ!!」

「が……ぐ……っ!?」

 

 少しだけ大袈裟に霊圧を解放して二人へ向けて叩き付けます。

 それだけで驚きながら息を吐き出し、怯えの混じった瞳でこっちを見てきます。二人が纏う雰囲気は、今にも全身を押しつぶされそうなのを必死で堪えている、と言ったところでしょうか?

 

「ほら、どうしたの織姫さん? あなたの椿鬼は私の手の中よ? 大事なお友達なんでしょう?」

「つ、ばき……く……」

「ぐ……ッ! てめ、え……はなせ……」

 

 見せつけるように手の中の椿鬼を手の中で弄べば、彼女は取り返そうと必死で手を伸ばしています。

 私の放つ霊圧に耐えながら、どうにか動こうとしていますが……まだ足りませんね。

 

「そうだ! このまま握り潰したらどうなるのかしら? 元に戻るのか、それとも二度と使えなくなるのか、試して――」

「オオオオオッ!!」

 

 先に動いたのは茶渡君でした。

 右腕を全力で振り抜いて霊圧を放つその姿は、私を絶対に倒さんとばかりの覚悟がありました。

 その様子を見て、私は手の力を緩め(・・・・・・)ます。

 

「へえ……」

 

 軽く口元を歪めながら、今度は斬魄刀を抜いてその一撃を天へ受け流します。

 さて、もう片方はどうかしら……?

 

「孤天斬盾! 私は拒絶する!!」

 

 私が攻撃を受け流しているその後ろで、織姫さんが椿鬼を放ちます。

 今回は動けない私を背後から狙った、決意たっぷりの一撃です。

 

「おっと……あら?」

 

 その攻撃を身を捻って躱しつつ再び椿鬼を掴み取ろうとしたところ、今回はさらりと見事な軌跡を描きながら逃げられてしまいました。

 

「うん……まあ、ひとまずは及第点かしら」

 

 二人の反応に満足しつつ、私は霊圧を放つのを止めてにっこりと微笑みます。

 

「ごめんね、驚かせちゃって」

「ッ!?」

「え……?」

 

 急激な対応の変化について行けなかったようで、二人は目を白黒させました。

 

「狛村隊長も、すみません」

「……お、驚いたぞ。演技か……」

「どうも少し、身が入っていなかったようだったので。それだと稽古をする側も受ける側も為になりませんからね」

「そういえば、霊術院の講師もしておったな……忘れていたぞ」

「はい。新入生の気を引き締める大役を、毎年やらせていただきました」

 

 懐かしいわねぇ……全員シメてたわ……

 

「……新入隊員が下手な席官よりも湯川隊長の言うことを守っておった理由が、よくわかったわい……」

 

 全てを察したような表情をしましたが、多分ご想像の通りです。

 十一番隊希望の子たちを重点的にシメてたけど、やっぱり他の部隊でも似たような反応だったんですね。

 

「……湯川隊長が在籍していた時代に当たらなかったのは、運が良かったのか悪かったのか……」

 

 なにかブツブツ呟いていますが、気にしません。

 

「今のは演技……ということか……?」

「よ、よかったぁ……」

「驚かせちゃってごめんね。でも稽古だから、現在の限界はどのくらいかを知らないといけなかったの。そこを基準にして成長しないと意味なんてないでしょう?」

 

 こうやってちゃんと説明したところ、二人ともどこかしゅんとした表情で視線を下に向けました。

 

「それと、狛村隊長も悪いですよ」

「わ、儂もか!?」

 

 突然槍玉に挙げられて、驚いていますね。

 

「そうです。午前中は一緒に稽古をしていたそうですけど、何をしていたんですか?」

「む、そうだな……霊圧の操り方や、二人の操る力について再検討などだ」

 

 ああ、まだその程度の段階だったんですか。

 となると、私もちょっと悪かったですね。性急に事を進めすぎました。

 

「二人の力といえば、そうそう! 直接受け止めてみて分かったんだけど、その力って本当に特殊なの!」

「え……?」

「なにか、違うのか……?」

「死神や滅却師(クインシー)が操る力ともまた違う……あえて言うなら、(ホロウ)に近い……のかしら……?」

 

 この力ってなんなのかしらね……?

 正体がきちんと分からず首を捻っていると、聞いていた狛村隊長が反応しました。

 

「それは一体どういうことか!? まさか、泰虎たちは……」

「落ち着いて下さい! あくまで分類すれば(ホロウ)に近いというだけですし、そもそもちゃんと生きてる現世の人間ですから!」

「だ、だが……」

「もし疑問でしたら十二番隊に"研究対象です"と言って渡せば数日で解明されると思いますけど――」

「いかん! それはいかん! 絶対にいかんぞ!」

 

 人の形をしなくなってる可能性が高いですからねぇ……

 

『駄目でござるよ! まだおっぱい揉んでないでござる!! このおっぱいをホルマリン漬けなど世界の損失でござるよ!!』

 

「ということで、手探りになっちゃうわけだけど。まずは茶渡君からね」

「あ、ああ……」

「君の力、凄く強いんだけど……どこかまだ遠慮しているのよね」

 

 そう告げると、不審な顔を見せてきました。

 

「遠慮……? いや、そんなつもりはないが……」

「表現の仕方が悪かったわ。攻撃に慣れてない、と言う方が正しいかしら」

「慣れていない……?」

 

 再び茶渡君が首を傾げます。

 そんなつもりはない、と自分の中では思っているようですね。

 

「ええ、死神で例えるなら"斬魄刀の峰で斬り掛かっている"みたいな印象だったのよ」

「峰打ちか……? だが、ありえんだろう」

「普通はそうなんですけど……まあ、あくまで私の印象ですからね。だから"頭の片隅に"くらいのつもりで覚えておいて」

 

 たしか茶渡君、いつの頃だったかは忘れましたが両手で殴ってましたよね?

 となると、そっちに近付けるようなアドバイスの方が良いと思うから……

 

「なにより戦いに向いた力なのは間違いないから……だから、狛村隊長と少し試合でもしてみて。何か掴めるかもしれないから」

「ム……わかった」

「狛村隊長は、できるだけ茶渡君の力を引き出すような立ち回りを意識してみてください。ただ、まだまだ謎の力ですから十分に注意もしてくださいね」

「心得た」

 

 とりあえず、この二人はこれで良いかな……?

 って、いけないいけない。忘れるところだったわ。

 

「あとこれは、お詫びの品物ね」

「う……な、なんだこれは……!?」

 

 茶渡君の身体に手を当てて、霊圧を注ぎ込み回復させます。

 

「こっちの都合で力を使わせちゃったからね、補充をしてるの。どこか変に感じる所はある?」

「いや……なるほど、確かに力が漲ってくる……」

 

 霊圧が補給されて、なんだかやる気に満ちた表情になった、気がします。

 

「準備は良いか泰虎! では行くぞ!!」

「……ああ!」

 

 あっちでお稽古が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 ということで私は残った織姫さんの相手です。

 

「次は織姫さんなんだけど、まずさっきの攻撃は良かったわよ。後ろから狙ってたし、捕獲を避けるような動きも高評価ね」

「あ、ありがとうございます! なんとか頑張ったら出来ました!」

「うんうん。ただ一直線に撃つだけじゃ簡単に対策されちゃうから、そうやって試行錯誤をするのは良いことよ」

 

 野球だって、ストレートだけじゃ対応されますからね。

 カーブとかスライダーとかフォークボールとか、多少は球種がないと。

 

 ……直線軌道でも、避けられないくらい速ければそれはそれでアリだけどね。

 

『デッドボール専門のピッチャーとかいやでござるよぉ……!』

 

「ただやっぱり、威力を求めるのは難しそうね」

「うう……す、すみません……」

「別に謝らなくても良いわよ。織姫さんは回復術を使えるようだし、そっちを伸ばした方が良い――」

「で、でも!」

 

 私の言葉を遮って、彼女は叫びました。

 

「あのとき、私、朽木さんを助けられなかったんです……だから、私……」

「……何かあったの?」

「その、実は……」

 

 織姫さんが教えてくれたのは、双殛の丘での出来事でした。

 藍染を前に怯えてしまって、ルキアさんを助けられなかったから……って! ちょっと待った!! アレを相手にして勝てるのって、世界中探してもそうそういないからね!!

 

『でも藍俚(あいり)殿が相手だった時は逃げたでござるよ?』

 

 アレは卯ノ花隊長たちを引きつけるためだから! 本気で戦ってないから!!

 え? 本気でやり合ったら……うーん……勝て、ないわよねぇきっと……

 

 ととと、私のことなんてどうだっていいのよ!!

 

「うん、その気持ちはとても尊いものだけど、だからって何も相手を打ち倒すだけが方法じゃないでしょう?」

「え……?」

 

 性格的にも能力的にも、敵をビシバシ倒すのは向いてないでしょうからね。

 なので矛先を変えます。

 

「例えば、そうねぇ……相手を足止めし続けて、援軍が来るまで耐える――とかはどう?」

「え、で、でも……」

「他にも――守りたい対象と自分は絶対に守る結界を張って防御に徹するとかは? さっきのと似てるけれど」

「あっ、それなら」

 

 少し表情が明るくなりました。

 

「それとも……仮に、仮によ? 仮に五百年くらい鍛えれば、どんな相手でも蹴散らせるようになるかもしれないけれど……やってみる?」

「あ、あうぅ……それはちょっと……」

「でしょう? だったら自分が得意で、出来ることを伸ばした方が良いと思うわ。それが結果的に、良い道に繋がると思うの」

「は……はいっ!」

「うん! 良い返事ね! それじゃあまずは――」

 

 斬魄刀で、自分の手に傷を付けます。

 

「え、ええっ!? な、なんで……こんな……!?」

「まずは織姫さんの能力を間近で体験したいと思って。この傷、治せるかしら?」

「治せます、治せますけど……でも、まさか自分の身体を傷つけるなんて……」

 

 驚きつつも盾舜六花の能力を使い、傷を消してくれました。

 その様子を私は凝視して、さらには霊圧まで解析していきます。

 

「ふむふむ……」

「あ、あの……そうやって見られているとちょっと恥ずかしくって……」

 

 口ではそう言っていますが、回復の手を抜かないのは高評価ですね。

 

「ああ、ごめんなさい。回道以外の術だったから、参考にできるかなと思って……でも、どうやらこれは参考にはならないみたい」

「す、すみません……下手な回復で……湯川さんみたいにできなくて、私って上手じゃありませんよね……」

 

 あらら、落ち込んじゃいました。

 

「違う違う、そうじゃなくて! そもそもこの術は、回復じゃないのよ」

「……え? ええっ!? ど、どういうことですか!?」

 

 突然こんなことを言われたら、そりゃ驚くわよねえ。

 

「観察と体験して分かったんだけど、これって回復というよりは、傷そのものを無かったことにしてるみたいね」

「無かったことに……って……?」

「言葉通りの意味よ。斬られても、斬られなかったことにしちゃう。骨が折れても、折れなかったことにしちゃう。怪我は嫌だから、無かったことにしちゃおう。ってことよ」

 

 軽く説明したところ、何やらおでこに手を当てて考え事を始めました。

 

「……あ! そういえば舜桜たちが"拒絶する力"って言ってた気がします!!」

「でしょうね。詠唱にも"私は拒絶する"ってあるし」

「なるほどーっ!」

 

 納得したように軽く手をポンと叩いたかと思えば、再び表情が不安げなそれになりました。コロコロ変わって、見てて面白いわねぇ。

 

「でもそれが分かったからって、何か変わるんでしょうか?」

「勿論、大違いよ!」

 

 織姫さんを安心させるべく、力一杯太鼓判を押してあげます。

 

「そ、そんなに違うんですか……?」

「自分の力を正しく理解すれば、それだけ無駄がなくなって扱いやすくなり、効果も大きくなるの。これだけでも大成長よ」

「大成長……」

「それとさっき気付いたんだけど、傷を治したときにどうも"傷を負ったという事実"まで消してるから、まずはそれを調整できるようにしましょう。そうやって使いこなせるようにしていけば、拒絶できる範囲も増えて速度も上がるはずよ」

「え、え……あの傷を受けた事実も消えるってどういうことですか!?」

「ああ、ごめんなさい。突然言ってもわからないわよね」

 

 軽く謝りつつ、事象の説明をしてあげます。

 

『忘れた方はお手数ですが、162話を再度目を通してくだされ!!』

 

 読み返すのが面倒な人は「全部拒絶しちゃった結果、免疫や耐性もまとめて消えちゃう」とでも認識しておいてね。

 

「そんなことになってたんだ……知らなかった……」

 

 説明を聞き終えた彼女は「想像もつかなかった」とばかりに呟きます。

 

「今までは知らなかったから仕方ないわよ。これからゆっくり練習していけばいいわ。死神の鬼道に近い力だから、霊圧の高め方も含めてじっくり教えてあげるわね。それと、できる限り防御や回避といった戦闘訓練もね」

「はい! よろしくお願いします!!」

 

 目的がはっきりしたからか、織姫さんはとっても可愛い笑顔でした。

 

 

 

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「ふう……今日はこのくらいにしておきましょうか」

「ああ、そうだな」

 

 いつの間にかお日様は地平線に随分と近くなり、周囲を真っ赤に染めています。

 頃合いを見計らって声を掛ければ、狛村隊長も同意してくれました。

 その一方では――

 

「お、終わり……ですか……」

「ハァ……ハァ……」

 

 生徒二人は息も絶え絶えです。

 仕方ありませんよね、小休止を挟みつつとはいえ数時間ぶっ通しでお稽古ですから。

 死神の私たちは鍛えているからまだ余裕はありますけどね。

 

 なんだったら私は、小休止の度に二人に霊圧を補充し続けていましたから、消費は私が一番大きいです。

 でもへたり込んでいるのは織姫さんたちです。

 若い子だから、仕方ないわよね。

 逆に言えば、まだ伸び代があるわけですから羨ましい話です。

 

 そして、頑張った甲斐はありました。

 

 織姫さんは霊圧が抜群に高くなりましたし、盾舜六花たちの扱い方も上手になりました。

 初歩的な段階とはいえ身のこなしも覚えてきましたので、相手に襲われても怪我を減らせるはずです。

 運動は苦手そうな見た目――特に大きなおっぱいを持っているから――ですが、そこを差し引いても大したものですよ。

 

 茶渡君は戦い方がかなり上手くなりましたね。

 攻撃は勿論、防御とか小回りを使った対応とかを叩き込まれていました。

 なにより特筆すべきは、右腕が進化していたことです。

 この分なら、明日にでも左手を使えるようになるかしら?

 

「二人ともお疲れ様、狛村隊長も今日はお疲れ様でした。ご迷惑でなければ、四番隊で汗を流していって下さい」

「む、それは……だが、良いのか?」

「ご遠慮なさらずに。汗で汚れたまま帰す方が失礼ですから」

「そうか……では、お言葉に甘えよう」

 

 柔和な笑みを浮かべながら、狛村隊長は頷いてくれました。

 

「それと、よければお夕飯もいかがですか? なにかお好きな料理があれば、ご希望に沿いますよ?」

「好物か……泰虎、何か好物はあるか?」

「……トマト」

 

 あら意外、茶渡君ってトマトが好物なのね。

 てっきりお肉とかだと思ってた。

 

赤茄子(トマト)か。ふむ、わかった。湯川隊長、すまぬが……」

「ええ、お任せ下さい。それと織姫さんも、汗を流してきてね」

「そんな! お手伝いします!」

「大丈夫大丈夫。お手伝いはまたの機会に、ね?」

 

 ということで、三人がお風呂に入っている間に夕飯を作りました。

 トマトが好きということで、カプレーゼ・ミネストローネ・ピリ辛サラダ・冷製パスタとトマトづくしです。

 

「美味そうだな……」

「これはまた、豪勢な」

「うわっ、すっごい! お料理が輝いてる!!」

 

 準備が終わって少し経った頃、三人は食堂へとやって来ました。

 

「さあ、どうぞ。おかわりもありますよ」

 

 よっぽどお腹が空いていたんでしょうね。

 私が勧めるよりも先に席について、食べ始めました。

 

「美味い」

「酸っぱくて、冷たくて、いくらでも食べれそうだよぉ……!」

「これが現世の、泰虎たちの食べている物か」

 

 お味の程は……聞かなくても良さそうですね。

 

「あ、狛村隊長。少し動かないでください、毛が……」

「む……ゆ、湯川隊長……!?」

「お風呂上がりだからって、油断しちゃ駄目ですよ。ちゃんと整えますからね」

 

 近くの子から借りた櫛で、毛並みを丁寧に()かしていきます。

 ちゃんと洗って乾燥も済んでいるからか、ふわふわの毛並みですね。うーん、手触りも良くて最高!

 

「はい、男前になりましたよ」

「……すまぬ」

 

 どうしたことか、狛村隊長もちょっとだけ尻尾が揺れてました。

 

 あら? なんで織姫さんたちは私たちのことをちょっと感心するような目で見てるのかしら?

 別に、かいがいしくお世話とかしてるわけじゃないのに……?

 

『(周りからは「お似合いの二人」とか思われているのでござろうなぁ……)』

 

 

 

 そして狛村隊長が帰る間際に――

 

「左陣……今日はありがとう」

「なに、気にするな。儂が好きでやったことだ」

「いや、そういうわけにもいかない。だから……今度は、そっちの好きな料理を教えて欲しい……」

 

 茶渡君がそう告げると、狛村隊長はフッとニヒルな笑顔を浮かべました。

 

「そうか……ならば次は、儂の行きつけの店にでも連れて行こう」

「ああ、楽しみにしている」

 

 そう言葉を交わすと、狛村隊長は帰って行きました。

 

「それじゃあ二人も、今日はもう寝ちゃいなさい。疲れたでしょう?」

「そう、だな……」

「ふぁい……」

 

 汗を流してお腹もいっぱいになったからか、すごく眠そうです。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「失礼する……」

「おやすみ、なさい……」

 

 ということで、二人は部屋に戻って行きまし――

 

『……って! 逃がしてどうするんでござるかああぁぁっ!!』

 

 ――はっ! そういえば!!

 

 途中から完全に忘れてたわ!!

 お稽古してお料理作ってお持てなししてブラッシングしたら満足しちゃった……!!

 

 これがアニマルセラピー……

 




●積み荷を燃やして
ナウシカ。

●トマト
チャドの好きな食べ物(検索したら出てきたので多分正解)
なので、トマト料理を出しました。
漢字で書くと「赤茄子・珊瑚樹茄子・唐柿・小金瓜・蕃茄」と五種類あるようです。
(文中は、一番読みやすいであろう「赤茄子」で押し通しました)

ちなみに中国だと「西からきた紅い柿」で西紅柿(トマト)だそうです。
(なお蕃茄は、中国読みでもトマトになるというややこしさ)

●狛村隊長をブラッシング
ねじ込みました。この位しかタイミングがなかったんです……

●狛村隊長の好きな食べ物
好物はお肉だそうです。
……ジビエとかかしら……?


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第170話 織姫とお医者さんゴッコする話

 前回はまんまと逃げられたけれど、今回はそうはいかないわよ!

 

『いや、あれは藍俚(あいり)殿の自爆では……?』

 

 違うわよ、アレは作戦! 作戦だから! 織姫さんを信頼させて警戒を解くための作戦だから!

 全部計画通りだから! 孔明の罠だから!!

 

 ということで、今日こそは織姫さんを落とします。

 具体的には揉みます! 揉んでみせます!!

 

『意気込みはわかりますが、その、タイトルが……』

 

 あーあー、聞こえない聞こえない!

 

 というわけで。

 

「それじゃあ、朝の引き継ぎ会合(ミーティング)を始めます」

 

 夜勤組と早番組の勤務交代の時間となったので、ミーティングを行います。

 四番隊にしてみれば、これはいつもの光景――

 

「けど、その前に。みんなもう気付いてるとは思うけれど、今日はいつもと少しだけ違います」

 

 ――のはずでした。

 夜勤組も早番組も、というかこの場の全員の視線はいつもと違う……というか、ある一人に注がれていました。

 

「みんなには改めての説明は不要だと思うけれど……まあ、一応ね。彼女は井上織姫さん、知っての通り現世から来て色々な理由で一時滞在してるわ。今日は彼女の希望もあって、四番隊の仕事を手伝って貰うことになったの。短い間だけど、仲良くしてね」

「井上織姫です! よろしくお願いします!」

「「オオーッ!」」

「「キャーッ!!」」

 

 ぺこりとお辞儀をすると、周りから歓声が上がりました。

 まあ、織姫さん可愛いからね。

 女性は良い仲間が出来たと思うでしょうし、男性はもっとわかりやすく……うん、わかりやすいわね。美人が増えたら単純に嬉しいもの。

 オマケにその美人がスタイルも良いと来たら……何人かは彼女の胸元に視線が釘付けになってる……ま、仕方ないわよね。

 

藍俚(あいり)殿も同じ穴のムジナでござるからな』

 

 そういう射干玉もね。

 

「一応は私が付き添うつもりだけど、目が届かない場面もあるかもしれないから。だから今期入った子も、もう先輩の子たちも、ちょっと早い後輩が出来たとでも思って接してあげてね」

「「はい!!」」

「うん、良い返事。それじゃあ、引き継ぎを始めます。まずは夜勤組のみんなから――」

 

 という感じで織姫さんの紹介も終わりまして、続いてミーティングの開始です。

 

 

 

 さて、突然織姫さんが四番隊の仕事を手伝うことになったわけですが、これは私の差し金です。

 そして目的は勿論、拒絶の能力の練習のためです。

 

 私、思ったんですよ。

 「なんだかよく分からないけれど、拒絶したら傷が治る」よりも「身体は骨や筋肉、神経などは正常な場合はこうなっている。でも今はこんな傷がついているから、この傷の部分だけを拒絶して治す」と明確にイメージ出来た方が、効率が上がりそうだったので。

 ほら、パズルだって完成形が分かってる方が作りやすいでしょう? それと同じ理屈が当てはまるんじゃないかと思ったんですよ。

 

 ついでに、もう一つの課題だった「傷だけを拒絶して耐性はそのまま残す」も出来ないかと思ったので。練習を積ませてあげたいと思ったんです。

 

 そして、怪我といったら四番隊(ウチ)です! 何しろ怪我人には事欠きません!

 色々なパターンの怪我人がいるわけですから、色んな怪我の経験を詰めるわけです。しかも運が良ければ病人だっていますからね!

 外傷とはまた違う、ウィルス性や内臓疾患なんかも抑えておけば、応対の幅がさらに広がることになります。

 実技が足らなかったら、座学で直接教えても良いですし。

 ほら私って、一応霊術院の講師をやってましたから! 先生でしたから! 教えるのに最適ですよ!!

 

 ……え? 新入生を圧倒的な実力差でボコボコにしてただけだろ……?

 ち、違いますよ! 現世学と医学も教えてたんです! 適材適所ですよ!!

 

「はい、じゃあ引き継ぎ事項はこれで全部ね。他に周知しておくことはある? ……ないみたいね。それじゃあこれで引き継ぎは終了。夜勤組のみなさん、お疲れ様でした。早番組のみなさん、それと……」

 

 説明している間に情報共有も終わりました。なので最後のシメです。

 一応、一瞬だけ言葉を切って織姫さんに視線で合図を送ったんだけど……気付いてないわねコレは……

 

「織姫さんも、今日も一日頑張っていきましょう」

「「「はい!」」」

「……あ、は、はい!」

 

 案の定、ちょっと遅れていました。

 

『かわいい!』

 

 かわいい!

 

 

 

 

 

 

 さて、こうして織姫さんの職場体験が始まりました。

 死神の世界での新入りは、通例通りであれば先輩に付いて回って一通りの仕事を覚えるわけですが、何しろ滞在は長くても今月(八月)いっぱいまで。

 すぐに帰ってしまいますので、悠長なことは言ってられません。

 飛ばすところは飛ばして、要点だけをさっさと進めましょう!

 

 ――ということで。

 

「はい、じゃあまずはこの患者からね。見ての通りある程度は治療が済んでるから、あとは回復を待つだけなんだけど、怪我の具合は……」

 

 説明しながら包帯を解き、傷口を露わにします。

 

「傷つけた(ホロウ)が乱ぐい歯だったみたいで、傷口が不均等なのよ。こうなると治療に手間も掛かるし、しかもタチの悪いことに妙な毒素も持ってたみたいで、ほらここ、皮膚の色が変わっているでしょう?」

 

 微かに響いた「……っ」という声は聞こえなかったフリをして、さらに続けました。

 一通りの説明を終えたところで、彼女に水を向けます。

 

「この場合、織姫さんならどうやって治すかしら?」

「えーと、だから……まずはその毒素を除去するところから始めて……」

 

 コメカミを抑えながらぶつぶつと呟き、手順を導き出そうと必死になっていますね。

 ご覧の通り、実地訓練の真っ最中です。

 ちゃんと四番隊用の死覇装を纏っており、長めの髪はできるだけ一つにまとめておくというしっかりとした医療従事者スタイルですよ。

 

 ナース服が手に入らなかったのが悔やまれますね。ピンク? 白? オーソドックスに白かしらね。

 

 ……あ、勘違いしないで下さい。

 コスプレを楽しもうとしているわけではなく、まずは形から入らせているだけです。

 

 それともう一つ。

 この実地訓練は、事前に相手から「あなたの怪我を練習に使わせて下さい」という許可と、「織姫さんが治療しますが大丈夫ですか?」という許可は取っていますよ。

 見世物にされるのが嫌だったり、上が許可してても正規の死神教育を受けていない相手に治療されるのを嫌がる相手もいますからね。

 ちゃんと許可を取った中で、面倒な怪我人を選び、訓練用の教材になっていただいています。

 

「――……という順番です!」

「うん、問題はないわ。それじゃあ、その手順を意識してやってみて」

「はい! よかったぁ……」

 

 OKを出されると安心しますからね。

 私が許可を出したことで彼女は喜び勇んで、それでも慎重になることを忘れずに盾舜六花にて治療を開始しました。

 

「あ、あの……湯川隊長……許可はしましたけれど、本当に大丈夫なんですよね……?」

「ええ、勿論。彼女の能力は私も確認しましたし、手順も問題ありません。退院が少し早くなる、くらい気楽に考えていただければ問題ありませんよ」

 

 治療の最中、小声で尋ねられたので同じく小声でそう返事をします。

 すると相手はホッと胸を撫で下ろしました。許可は出していても、やっぱりどこか不安になりますからね。

 

「うんうん、良い感じね。肌の色が健康的になってきてる。その調子で続けて、でも他の部位に下手な影響は与えないように注意して」

「は……はい……!」

 

 時折そんな注意を入れつつ、治療は終わりました。

 

「じゃあ次はこの患者よ。彼の場合は――」

「……うっ……」

「はいはい、気持ちは分かるけれどちゃんと見る! 目を逸らさない! 患者はもっと辛い想いをしてるのよ! 彼の場合は皮膚の欠損が……――」

 

 ですが、終わったのはまだ一人目。

 前述しましたが、四番隊(ウチ)は怪我人に事欠きません。終われば次の患者、また次の患者、そのまた次の患者……と、彼女には経験を積ませていきます。

 

 ちょっと……花の女子高生に見せるにはグロテスクなのが多いんだけどね。

 

『グロ耐性が付いてしまうでござるな!』

 

 織姫さんって案外根性が座っているし、なんとかなるわよきっと……うん、きっと!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あうぅ~……」

「お疲れ様」

 

 時刻はそろそろ夕方へと差し掛かろうという頃、食堂のテーブルに織姫さんが突っ伏していました。

 結局あれから、延々と治療を続けさせてしまいました。

 お昼の休憩も挟むことなく。

 

 だって織姫さんってば、筋が良いからつい……教えたことをちゃんと聞いてすぐに取り入れてくれる良い子なんだもん……

 

『たしか校内テストで3番とかでしたな!』

 

 えっ! そうだっけ!? なるほど、基本的に秀才だったのね……だったら納得だわ。

 

 ……でも何故かしら?

 彼女は学業の成績が良い、と聞いてもどうもピンと来ないのよね……他の人にはよく分からない理論を展開していそうで……なんか怖い……

 

「遅くなっちゃったけれど、お昼……どうする? 食べられそう……?」

「いえ、その……あんまり食欲が……」

 

 突っ伏した体勢のまま顔だけ起こして答えましたが、顔色が少し悪いですね。

 まあ、慣れないと精神をガリガリ削られるような物ばっかり見てたからねぇ……

 

「ごめんなさい、織姫さんが優秀な生徒だったからつい……ちょっとやりすぎちゃったわね……」

「あっ! そんなことは……その、とっても勉強になりました! だから大丈夫です!」

 

 少し沈んだ表情を見せれば、彼女は慌てて身体を起こしてくれました。

 良い子だわ……本当に、良い子だわ……

 

「本当に? 今日はこの後、座学も予定していたんだけど……本当に続けて良いの?」

「あ……あの……あはは……ごめんなさい」

「いいのいいの。私もちょっと詰め込みすぎたから」

 

 流石にギブアップでした。

 まあ、彼女が「受けたい!」って言ったとしても、もう今日は切り上げるつもりだったから問題は無いんだけどね。

 

「それに、今日は本当に助かったわ。あれで二週間は退院が早まったみたいだし、みんな感謝してたわよ」

「そんな……でも、そう言ってもらえると……嬉しいです……」

「うんうん。織姫さんには、できればずーっと四番隊にいて欲しいくらいだわ」

「え……?」

 

 ぽかんとした表情の彼女の手をぎゅっと握り、彼女を正面から見据えます。

 ……あ、ちっちゃくて柔らかい。

 

「お世辞じゃなくて、本気よ。どうかしら? 今は確か、高校生よね? 卒業したら、四番隊で正式に働いてくれない? 上位席官で迎え入れるわよ」

「え……ええっ!! あのその……き、気持ちは嬉しいですけど……で、でも私……」

 

 頬を真っ赤に染めて、目を白黒させながらあわあわと泡を食った様子です。

 さて、どう返事をしてくるかしら?

 

「あ……あの……やっぱりごめんなさい!! 無理です!」

「ふふ、まあそうよね」

 

 握っていた手をパッと離しました。

 断られるのは、言ってしまえば想定内です。高校卒業後の進路にまさか「尸魂界(ソウルソサエティ)」って書くわけにも行きませんからね。

 なにより愛しの一護と離ればなれになっちゃいますから、断られるのは確定です。

 

 ですが可愛い姿を見ることができたので、私的には大満足です。

 あと、こっちとしても現世の人間を雇い入れるのは問題になりそうなので。

 

「でも気が変わったらいつでも言って。それにこの経験は、現世で医者とか看護師の資格を取る勉強に役立つ……かどうかは分からないけれど、実習という意味でなら足しになるはずだから」

「お医者さんに、看護師さん……かぁ……でも、どうしてですか?」

「え、だって……黒崎君の家の看護師になるんでしょ?」

「……え? えええぇぇっ!!」

 

 あらら、顔まで真っ赤――ううん、耳まで。首筋まで真っ赤になったわ。

 

「な、なんっ……でっ……」

「現世に行ったとき、クロサキ医院ってあったからてっきり……ああ、そっか。家が医者だからって、必ずしも子供が継がなきゃならないって考えちゃうのは、前時代的だったわね」

「そんな……私が、黒崎君とだなんて……えへへ……!」

 

 あ、ちょっと妄想している。

 あーもう、可愛いわねこの子!! おっぱい揉みた――もとい、おっぱいマッサージしてあげたい。

 

「じゃあその代わりに、一つ良いことを教えちゃおうかしら」

「え……なんですか、良いことって!」

「按摩とか整体とか……ああ、現世風にいうとマッサージよ」

「マッサージ、ですか……?」

「そう、意中の相手の身体の疲れを取ってあげるの。これなら絶対に無駄にならないでしょう? だって、疲れない相手なんていないんだから」

 

 そうやって言葉巧みに勧誘したところ、織姫さんは目をぐるぐる回しながらしばらく考え込んでいました。

 ですがやがて――

 

「……お、お願いしますっ!!」

 

 ――釣れたわ!

 

「ええ、それじゃあ場所を移しましょうか?」

 

 柔和に笑いながら頷き、彼女を隊首室へ連れ出しました。

 




本当はこの話、前話と合わせて1話まるごとの予定でした。
それが気がついたら、チャドと狛村隊長が出張ってきて……

とあれ、実地訓練もしているので実力は高くなっているはず。

そして次話は……(両手をワキワキ)

●織姫の学業
3位なのは原作通り。
ですが彼女のノートには、よく分からない図形は絵が所狭しと並んでいて余人には理解不能らしいです(小説ネタ)
(チャッピーを描くルキアも読み取れないので、多分本人以外は理解出来ないと思う)

●医者になるんだっけ?
原作終了後の一護の職業は翻訳家(読み切り)
織姫はパンとケーキの店の正社員(小説版)

それらの未来を知らないので「父親が医者だし」と適当なことを言う藍俚。


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第171話 マッサージをしよう - 井上 織姫 -

「お、おじゃましま~す……」

 

 隊首室へと招き入れたところ、織姫さんはおっかなびっくりといった感じで入室していまいました。

 

「別にそんな、かしこまらなくても大丈夫よ」

「で、でもやっぱり、偉い人の部屋って緊張するっていうか……校長室に入るときみたいな……」

「そんなに大したところじゃないわよ。隊首室って言っても、早い話が各隊長が好き勝手に使っている私室なんだから。お友達の部屋に遊びに行った、くらいの認識で大丈夫だって」

「は、はい……でも……」

 

 リラックスさせるために軽い口調で説明しましたが、やはりそう簡単に緊張はとけないみたいですね。

 織姫さんは部屋の中を視線だけでぐるーっと見回すと、感心したような声を上げました。

 

「わあぁ……凄い、なんだか書斎って感じがして……大人の部屋みたい……」

「そんなに良い物じゃないのよ」

 

 本棚に色んな本が並んでいるので、一見すれば書斎のようにも見えるんですけどね。

 でも中身はジャンルはバラバラです。

 昔使っていた医術書とか、緋真さんの時に丸暗記するほど読んだ出産に関する本とか、色んな料理のレシピ本とか、雀部副隊長ための紅茶にあうお菓子のレシピとか、霊術院の講師をやっていたときの参考書とか、瀞霊廷通信のバックナンバーとか、伊勢さんにお薦めされた本とか、リサと情報交換しあったスケベ本とか……

 ねっ? バラバラでしょう?

 

「さ、それよりもさっさと始めちゃいましょう。そこに寝てね」

「え……寝るんですか?」

「ええ。教える前にまずは体験してもらおうと思って。場所が私が普段使っている寝床なのは申し訳ないんだけど……」

「そそそそんなことないです! お邪魔します!!」

 

 ぴょんとお布団の上に飛び乗るとぽふんと軽く音が鳴り、ペタンと座り込みました。

 なにこの子? おとぎの国から来たの? 動作がいちいち可愛いじゃない!!

 

「あら? まだ緊張してるみたいね。駄目よ、身体をほぐすんだから弛緩させて? リラックスリラックス♪」

「……あっ……」

 

 後ろに回り込みつつ優しくそう言うと、まずは彼女が纏っている死覇装をそっとはだけさせました。

 うわぁ、うなじから背中が丸見え……これで白くて肌の質感がこの距離でもよく分かるわぁ……あ、ピンク色のブラジャーつけてる。でもそこから今にもはみ出そうなくらい、ボリュームたっぷりで……

 一言でいうなら「窮屈そう」かしらね? 今すぐ救助してあげたくなるわ。

 

 彼女の首筋から肩に掛けてを指先でそーっと軽くなぞって行けば、彼女は小さく声を上げました。

 肌が敏感な証拠ですね。若い子の特権です。

 

「ああ、やっぱり。肩の筋肉が硬くなってるわね。まずはここから……」

「んんっ……!!」

 

 両肩に手を当て、ゆっくりと揉んでいきます。

 なにしろマッサージですからね。ちゃんと体験してもらわないと。

 

「織姫さん、肩凝ってるでしょう? こんなに胸が大きいんだから」

「え……あ、あの……は……はい……」

「恥ずかしがらなくていいのよ。私のところにも、似たような悩みの子は結構来るのよ?」

「そ、そうなんですか!?」

 

 弾かれたように首だけ後ろを向けてきましたが、それを前へと向き直らせます。

 

「勿論。個人的なことだから誰だと名前は出せないけれど、結構な人数がいるのよ……」

「あ……そ、そういえば……死神のみなさんって、スタイルの良い人が……く……ううっ!」

 

 肩を揉まれるだけで気持ち良い様で、あえぎ声を漏らしながら身じろぎをします。

 

「それに、私も同じような頃があったから」

「はわわ……ゆ、湯川さんも……そうなんですか……?」

「そうよ。だから、恥ずかしがってちゃだーめ♪」

「わ、私、別に恥ずかしがってなんて……きゃんっ!!」

 

 油断したところで少し強めに力を込めると、口から大きな声が溢れ出ました。

 

「うんうん、良い感じよ。気持ちよかったら気持ちいいって言わないと施術してる側も不安になるんだから、我慢しちゃ駄目よ」

「そ、そうなんで……あんっ……ッ!」

 

 自分の口から漏れた声に自分で驚いて、彼女は慌てて手で口を塞ぎました。

 恥ずかしいんでしょうね、後ろから見ている私でも分かるくらい耳が真っ赤です。

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいのに……そういうことすると、ちょっとだけ意地悪しちゃうわよ?」

「……っ! ……ぅぅっ! ……ぁっ! ~~~~ッッ!!」

 

 声を抑えるのならばとそれはそれと、肩から背中、腰周りを重点的にマッサージしていきました。

 織姫さんはその都度声にならない声を上げて、最後には無言で息を吐き出しながらぐったりとしてしまいました。

 

 うん、実際に触ってみるとよく分かるわぁ……すべすべでプニプニなのよ!

 特にこの腰回りは凄いわ! 実年齢と不釣り合いなくらい女らしさが満点!! 見てるだけで頭がおかしくなりそう!

 しかもちょっと力を入れたら折れそうなくらい細いのに、そこからちょっとだけ移動するだけで上にも下にもムチムチでいっぱいです。なんて贅沢なのかしら!!

 

「あ、そろそろ下半身の施術もするからちょっとだけ腰を浮かせてね」

「ふぇ……え……っ? えええっっ!!」

 

 腰を浮かせて、という言葉を理解するのに時間が掛かったのでしょう。

 反応から数秒遅れて、小さく悲鳴を上げました。

 

「あ、あの……そ、そこまでするんですか……!?」

「勿論そうよ。腰や足なんて、特に疲れる部分でしょう? そっちもちゃんとやらないと」

「あう……ううぅぅ……っ……」

 

 抗議の声に一切怯むことなく、淡々と冷静に諭していけば、織姫さんは口をぱくぱくとさせながらもやり込められてしまいました。

 ……私が言うのもなんだけれど、この子って本当に大丈夫かしら……? 悪い男に騙されたりしないか心配だわ……

 

「それに、ここからはこの特製の香油も使うの。汚れるといけないから下着も脱いでね」

 

 懸念はどうあれ素直に頷いてくれた今がチャンスです。

 ということで、特製のマッサージ用オイルも取り出し彼女へと見せつけます。射干玉(ぬばたま)(じるし)の超高級・超高品質な代物よ。

 

「し、下着もですかぁっ!? それって裸に……!! それに、その……お、オイルって……」

「あら? 現世にだって、似たようなマッサージがあるでしょう? エステとか、ローションオイルとか。それと同じ、普通のことよ」

「え……あの……あれ……?? あうぅ……」

 

 逃がしませんよ。

 一気に畳みかけて、絶対に押し切ります。

 

「(わ、私がおかしいのかな……? そう! これはマッサージ!! 普通のこと普通のこと! それに言われてみればテレビとかで見たことあるし、変に恥ずかしがることなんてないないっ! ないんだからっ!!)」

 

 決意を固め直すように口の中で呟いているけど、全部聞こえてるのよね。

 

「わかりました! い、今から脱ぎますね……」

 

 そう宣言すると織姫さんは死覇装を脱ぎ捨てて、続いて下着に手を掛け――

 ……あ! パンツも上とおそろいの色なのね。

 どっちもデザインはちょっとだけ野暮ったい、飾り気が少ない感じなんだけど……でもそのマイナス補正を余裕で打ち消すくらい、実がたっぷり詰まってる。

 どっちにしても、今にも弾け飛びそうなボリュームですね。

 

 そんな爆発寸前の肉体を押さえつけていた下着が、ゆっくりと……

 すごい、今絶対に音がした。マンガみたいな音が聞こえたわ。ぷるんって柔らかそうな音がしたかと思えば、続いてゆさって揺れる音も。

 

 あ、でもちゃんと下着とかはまとめて畳んで一カ所に置いてる。こういう所はすごく良い子よね。

 

「そ、それじゃあお願いします……ぅぅっ……!」

 

 そうしてお布団の上へ戻ると、大慌てでうつ伏せになって顔を隠してしまいました。

 やっぱり恥ずかしいんでしょうね、さっきまでは耳までだったのに今では首筋まで真っ赤に染まっています。

 あと見えないから隠していると思っているんでしょうけれど、うつ伏せなのでおっぱいが脇からはみ出してます。潰れてちょっと形を変えた柔らかそうなお肉が……

 

 ……これ、大丈夫かしら?

 

「それじゃ、準備も出来たようだから続きをやるわよ」

「…………」

 

 返事はありませんでしたが、その代わり僅かに首肯で反応してくれました。

 

「じゃあまずは、腰回りからお尻に掛けてね。香油を塗るから、ちょっとだけ我慢してね」

「……ひゃううぅっ……っ!!」

 

 ゆっくりとオイルを垂らせば、驚いて身体がビクンと震えます。おかげで大きなお尻もぷるんっと波打つように揺れました。

 うわぁ、柔らかいって今のを見ただけで分かるわぁ……

 

「じゃあ、腰からお尻。あと太腿の辺りのマッサージをするわよ。この辺は座ることが多いから、集中してよく覚えておいてね」

「ふあ……っ! んんっ……ううっ……や、ぁ……っ!」

 

 オイルを手に絡め、ねっとりと塗り広げながら揉んでいきます。

 やわらかなお尻は手に掴んでも余るくらいボリュームがたっぷりで、しかもずっしりとした重さを感じます。

 これは中身がいっぱい詰まっている証拠かしらね。

 しかも少し強めに指を食い込ませても、瑞々しい弾力ですぐに元の形へと戻ります。うっすらと付いた指の後が、すーっと消えていきます。

 そしてお尻全体に塗り広げられたオイルが光を反射して、ぬらぬらといやらしい輝きを放ちます。

 お尻の膨らみに沿ってじっとりと滴り落ちていくオイルが、続いて太腿に塗れていきます。こちらはほどよくお肉が詰まっていて、真っ白な肌が少しずつ汚れていく……

 

 嗚呼、なんて欲望を刺激する光景なのかしら!

 なのに当の織姫さんは私の事を信じて、身じろぎするのを必死で我慢しています。小さなあえぎ声を何度も漏らしながら、少しずつ少しずつ吐息を大きく吐き出しながらも懸命に我慢しています。

 

 ……これ、もう私の物にしちゃってもいいわよね!? もう後のこと全部忘れて、私のものにしちゃっても……いいわよね……!? 

 大丈夫! ちゃんと責任取るか――

 

「きゃあぁぁっ!?」

「え……? どうかしたの!?」

 

 危ないところでした。彼女の叫び声がなければ、どうなっていたことか。

 

 ……いえ、私じゃないですよ? 私はまだ(・・)なんにもやっていません。

 普通にお尻から腰、そして太腿をマッサージしていただけです。

 むちむちの若い身体を楽しんで――もとい、揉みほぐしていただけです。

 

「な、なんだか……オイルに身体を掴まれたみたいな感触が……んっ、さっ、さわっちゃ……だめぇ……! そこは、ダメなのぉ……っ!!」

 

 うつ伏せのまま、誘うように腰をくねらせています。

 なんとか逃げようとしてはいるものの、身体に力が入らなくて上手く行かない――そんな感じでしょうか?

 

 うーん、これは……射干玉が軽く暴走しているわね……

 我慢しきれなくなっちゃったかぁ……いつもはちゃんとオイルの役目を果たしてくれるんだけど、この織姫さんを相手にしたら……ねぇ……?

 でも逆に考えれば、御馳走を前にして今までしっかり我慢出来たってことよね。

 偉いわよ! こんな美味しそうなのを前にして良くココまで我慢したわ!

 

 じゃあ、ここからのフォローは私の役目ね!!

 

「ああ、それはね。体温に応じて――つまり熱によって、粘性が少し変化するの。だから今の織姫さんの身体は血流が良くなってる証拠なのよ」

「そ、そう……なん、です……かぁ……?」

「そう。血の巡りが良くなって身体がどんどん元気になるし、黒ずみや老廃物なんかも排出していくの。肌の感覚も赤ちゃんみたいに敏感になってるから、きっと勘違いしたのね」

 

 このくらい言っておけば信じて貰えるわよね?

 

「え……やんっ! で、でも……んっ……! だめぇぇ……っ……!!」

「ほらほら、今私は触っていないわよ。なにより、香油が勝手に動くなんてありえないでしょう?」

「……っ! そ、それは……」

 

 織姫さんから見えてはいませんが私は一度両手を離して、刺激をストップさせます。

 あ、今オイルがちょっとだけ動いたわ。きゅうっ、って感じでお尻に吸い付いてる。(はた)から見ると結構分かるものなのね。

 もっと上手くやりなさい!

 

「はぁ……はぁ……これは気のせい……これは気のせい…………んっ……!」

 

 小声で、必死で自分に言い聞かせていますね。

 

「落ち着いた? それじゃあ次は、股関節周辺を行くわよ」

「あっ……やぁ……ッ!」

 

 うつ伏せのままの太腿、その間に手を突っ込みます。

 あら凄い、指先が両側からみっちりとした感触でいっぱいね。潤滑油もあるし、このまま指を奥まで突っ込んだらすっごいことになっちゃいそう。

 

「はい、少し足を開けるわよ」

 

 それはそれで嬉しいんだけど、でもやり過ぎちゃダメだからね。

 潰れた蛙か平泳ぎのように両脚をがに股気味に割り開かせると、そのまま股の付け根を指先でマッサージしていきます。

 

「こうすると、股関節が柔らかくなるの。血流も良くなって、脚が綺麗になるのよ。黒崎君が放っておかなくなるんじゃないかしらね?」

「え……っ! あ……ん……ッッッ!!」

 

 指先でさらに付け根から下腹辺りを、円を描くように刺激を与えていきます。

 よっぽど気持ちが良いようで、両足に思い切り力が入っていますね。ほら、太腿がびくびくと小刻みに震えていますし、爪先なんてピンッと張っています。

 

 ところで、何故か彼女は下腹の辺りをしきりに床に押しつけようとしているんだけど、なんでかしら? もぞもぞとイモムシみたいに身体をくねらせて、まるで何かから逃げようとしているみたい。

 まさか、気持ちよさから逃げようとしてる――なんてことはないわよね、うん。

 あとなんだか布団のシーツにいっぱいシミが出来ているけれど、これはオイルが垂れたからね。間違いないわ。

 

「お腹周りのお肉とかは……うーん、織姫さんにはまだまだ早いかしら? でも、今からでもやっておくと将来スラッとするから、損はないわよ」

 

 今度は両脇側から手を突っ込み、お腹周りを揉みます。

 胸やお尻にはこれでもか! ってくらいあるのに、この辺には無駄なお肉は全然ありません。スラッとしてて、でも薄く脂肪が乗ってて適度に柔らかいです。

 簡単にいうと「抱きしめたときに丁度良い感触になる」ってことです。

 

「下腹周りは油断するとすぐお肉がついちゃうから、ちょっとだけ念入りにするわよ」

「んん~~~~ッッ! あ……ぁっ……は、ぁ……っ……ふぅ……っ……」

 

 お腹の下の方……うん、この辺ね。

 その周辺を、ちゃんと安産になるように祈りながらマッサージします。

 なんだか声にならない悲鳴が聞こえたような気がします。

 

「それじゃあ最後に――」

「あ、あ……っ! や、やだぁ……っ!!」

 

 仰向けにひっくり返すと、慌てて手で顔を隠しました。

 ですが、私は見逃してませんよ?

 

 閉じもせず開きもせず、だらしなく中途半端に開けたままの口元と、そこから止めどなく流れ出る吐息は、靄のように色づいています。

 頬は真っ赤に染まり切っていて、流れ出た汗は織姫さんの顔にほんのりと淫蕩な化粧で彩っています。

 眉尻は下がっていて、半開きでとろんと蕩けた瞳からは、快感とほんの少しだけの物足りなさが入り混じったような感情が見え隠れしていました。

 

 こんなの、男が見れば一瞬で理性が吹き飛びますね。

 

「――胸回りを整えるから、もうちょっとだけ我慢してね」

「い、いいですっ! もういいですからぁ……っ!!」

 

 遠慮の声を無視して、香油に塗れた両手で胸を掴みます。

 

 ……うわぁ……なにこれ、うわぁ……

 重いわね、すっごく。ずっしりしてる。片手じゃ――ううん、両手でも掴みきれないくらいのボリューム。

 むちむちで柔らかくって、なのに指を掛けるとすごい弾力で跳ね返してくる。

 しかも人肌の温度だから……こう、温もりがほんのりと指先から伝わってきます。

 

「少し恥ずかしいかもしれないけれど、左右の形を整える効果があるのよ。それに血行も良くなって、間接的に胸筋を鍛えられるから肩凝りも楽になるのよ。だから、ちょっとだけ我慢我慢」

「ふ……あっ! ああ……っ!」

 

 胸全体をゆっくりと揉みほぐします。

 どんな風に触ってもむにゅむにゅと形を変えていき、かと思えばすぐに元のハリのあるおっぱいへと戻っていきます。

 

「やだ……っ! また、オイルが……オイルがぁっ……! やんっ、ダメ……ダメな、のおおおっ!!」

 

 あら、またね。

 我慢しきれなかったみたいで、オイルがねっとりと絡みついて……うわぁ、すごい。

 二つのお山の間に、粘液の橋が出来てる。

 ちょっとダマになったオイルがまた良い感じに肌をテカらせて……

 

 これは、私も負けていられないわね。

 なので指先ですりすりと、ほんのりと赤く充血したお山の頂を転がします。

 

「ひぐぅ……ッ!! はや……終わ……終わってぇ……っ!! はやく、終わってぇ……っ……!!」

 

 すると今日一番、感情を揺さぶる悲鳴が上がりました。

 

 ふぅ……良い仕事したわ。

 

 このびっちょりと体液で濡れたお布団は、きちんと保管して家宝にしましょう。

 

 えーっと、時間停止の鬼道は……っと……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あ、あの……湯川さん……」

「あら、お疲れ様」

 

 マッサージも無事に終わり、フラついた織姫さんに肩を貸しながらお風呂へと連れて行きました。

 その後、隊首室の掃除をしていたところ、どうやら戻ってきたようです。

 湯上がりということもあって髪がほんのりと湿っており、微かに火照った身体からは湯気とも色気とも付かない何かがうっすらと醸し出されています。

 

「それとごめんなさい。織姫さん美人だから、ちょっとやり過ぎちゃったの」

「わっ! あわわわ……あ、頭を上げて下さい! 大丈夫です、大丈夫ですから!!」 

 

 即座に頭を下げれば、彼女は慌てて大丈夫だと言ってくれました。

 ホント、この子ってば良い子よねぇ……良い子過ぎて心配になるわ……

 

「そ、それに……あの、その……き、気持ち……よかった、です……から……」

 

 かと思えば、続けてそんなことを言われました。

 視線を外して目を泳がせ、頬を真っ赤に染めて遠慮がちにそんなことを言うとか……この子、天然よねぇ……どれだけ心を擽ってくるのよ!!

 

「その……今回だけじゃ、よくわからなかったので……もう一度……」

「え……?」

「ダメ、ですか……?」

「大丈夫! ちゃんと時間も日付も都合をつけるわ! 任せて!!」

 

 上目遣いでお願いされたら断れるわけがありません。

 即答しちゃいました。

 

 

 

 スケジュール調整……上手く行くかしら……? 明日また別の予定があるのよねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、これはほんの少しだけ未来のお話。

 マッサージも無事に終了し、さらに日は流れて全員が無事に現世へと帰った後。

 お風呂上がりのとある一場面である。

 

「え……? 嘘! やだ! ブラのサイズが合わないよぉ! もしかして……ふ、太ったのかな……?」

 

 慌てて体重計を取り出し、恐る恐る足を掛ける。

 数秒後、メーターに表示された数値を確認した彼女はしきりに首を傾げていた。

 

「あれぇ!? でも体重は変わって……ううん、減ってるのに……なんでぇ!?」

 

 ――数日後。

 ブラウスのボタンを止める時にも同じ疑問にぶつかることを、彼女はまだ知らない。

 




多分、ワンサイズくらい上になってる。


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特別編 その1 匿名掲示板はいつの世も大賑わい

気がつけば(大体)一周年(くらい)なので。
お礼と言いますか、記念と言いますか。

とにかく気楽で頭の悪いネタを一本。
では、どうぞ。




藍俚(あいり)殿! 藍俚(あいり)殿!! 大ニュースでござる!!』

 

 何、急にどうしたの? ……というか珍しいわね、射干玉の方からこうやって騒動のタネを持ってくるのも。

 

『いえいえ、拙者はやれば出来る子とご近所でも評判どころか、ご近所を冒険した挙げ句物語になってしまうレベルでござるよ!!』

 

 そ、そうなんだ……

 それで、一体どんな厄介ごとを持ってきたの?

 

『はっ! そうでござりました!! 藍俚(あいり)殿、掲示板はご存じでございますかな?』

 

 掲示板って……お祭りのお知らせのポスターでも張るの?

 

『あーっ、惜しい! 惜しいでござるよ!! ニアピン賞でござる!! そちらではなく、ネット上の匿名掲示板でござる!!』

 

 ああ、そっちの方ね。

 それがどうかしたの? 十二番隊が○ちゃんねるでも作ったの?

 

『いえいえ、もっと狭い界隈でござるよ! その名も、転生者掲示板!!』

 

 てんせいしゃ……けいじばん……? なにそれ……?

 

『読んで字の如く!! 転生者たちが雑談したり情報交換したりするふれあいの場でござる! ネタバレ・メタネタ・協力・抜け駆け! なんでもありで思いをぶちまけまくれるでござる!!』

 

 そ、そんなのがあるのね……でも急になんでそんな機能を……?

 

『ちょっと興味本位でLANケーブルをしゃぶっていたところ、気がつけば双方向通信していたでござる!!』

 

 ……なんでもアリよね射干玉って……うん、わかってたんだけどさ……

 

『世はまさにブロードバンド……テレホタイムを気にすることなく常時接続の時代でござるよ!! これがIT革命……! 拙者はもはやAIB○を超えた!』

 

 デジタルペットって存在は夢があるわよね。

 「自分でブログを書く」とか「電池が減ると自動で充電に行く」みたいな機能も当時としては凄かったみたいだし。

 再登場版のaib○は仮面ライダーとコラボとかやってるし。

 

『拙者のAIB○は凶暴です!』

 

 うん、わかったから落ち着いて。落ち着こう、ね?

 

『お礼は三行で!』

 

 落ち着きましょう! 本当に落ち着きましょう!!

 てか、そのネタ分かる子って多分いないから!

 

 

 

 

 さて、落ち着けたわね?

 

『すごく落ち着いたでござる』

 

 じゃあ話を戻すけれど、そんな面白機能があるのに今まで気付かなかった……教えてくれなかった。ずーっとハブられていた……って認識でいいのよね?

 

『いえいえ!! 六回目の誤解でござるよ!! 拙者もこんな機能があるとはついぞ知りませんでしたぞ!!』

 

 ふーん……ま、いいわ。

 それに、興味もあるし……見てみる?

 

『見たいでござる!』

 

 じゃあ、やってみましょうか! どれどれ……えーっと……

 

 いっぱいスレッドが立ってるわね、どれが良いのかしら……? あ! 最初だしこれなんて良いかもしれないわね。

 

『おやおや、どれでござるか……?』

 

 

 

【初心者】転生したら書き込むスレ Part587【歓迎】

 

13:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ひまー

だれもこなーい

 

14:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ま、もう新入りは打ち止めだな

 

15:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てすと

これでいいのかな?

 

16:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

テスト、だと……これは……

 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 新入りキターーーーーーー!!!!

 

17:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

新入りだ! 囲め囲め!!

逃がすな! 貴重な新入りだ!! 

 

18:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

丁重にお祝いしてやるぜー!!

 

19:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

輪形陣でお祝いだ! ヒャッハー!!

 

20:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てめーらどっから沸いて出てきた!! 暇人共が!!

散れ散れ!!

 

21:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

え、あの……ごめんなさい、なにか間違ってましたか?

迷惑なら消えます。

 

22:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

全然間違ってません!

 

23:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

コイツらが悪いんです! 俺は悪くねえ!!

 

24:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

今すぐシメとくから帰らんといて!! さみしいの!

 

25:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

新入り少ないの! もう話題がないの! お願いだからここにいて!!

 

26:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

新入りさんですよね?

書き込みが成功したなら、ここじゃなくて下のスレに移動で。

一緒に話そうぜ!

 

↓↓↓↓↓

 

http://~~~

 

27:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>26

ありがとうございます。そっちに移動しますね。

 

それと皆さん、反応していただいてありがとうございます。

 

28:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ええこや……

 

29:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

こころがあらわれるようだ・・・

 

30:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

こころちゃんシャロですよー!

 

31:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

お前らは遊んでろ!

おれは新入りと楽しくお喋りしてくる!

 

 

 

 藍俚(あいり)ちゃん移動中

now タブ切り替えてスレッド移動ing...

 

 

 

【ネタバレから】転生者雑談スレ Part8098【ガチ悩みまで】

 

453:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

sage

 

454:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

期待age

 

455:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ageんなks

 

456:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

sage

 

457:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ageてからsageても意味ねーからな

 

458:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

おめーら遊んでる場合じゃねえぞ! 新入りだ! 新入りが来たぞ!!

 

459:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

嘘乙

 

460:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

もう出尽くしてんだよ

 

461:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

エイプリルフールはもう終わったぞ

 

462:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

いいなあ、エイプリルフール

ウチの世界はそんな行事ないぞ

 

463:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

こっちの世界なんて1年が1461日だぞ

4月なんて1500日に一度だ

 

閏年なんてなかったんや!

 

464:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

このスレでいいんですよね?

 

はじめまして。

 

465:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ちょww 待てww この反応ってww

 

466:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なんて初々しい・・・まさか!!

 

467:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

おい見ろよ! 文末に。とか付けてんぞ!!

てことはだ・・・!!

 

468:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

き、ききききききキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!

 

469:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

我々は3年待ったのだ!!

 

470:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

8歳と9歳と10歳のときと! 12歳と13歳の時も僕はずっと! 待ってた!

 

5年待ったから俺の勝ち!

 

471:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

馬鹿野郎! こっちなんて10年待ってんだぞ!

オーガニック風情とテロリスト風情が舐めんな!!

 

472:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

じゃあ俺は100年待ったし

 

473:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(゚Д゚)ハァ!?

こっちは12000年前から待ってましたけど!?

 

474:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

でもあなた、飼ってた犬ですよね?

 

475:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

待つのは9年でいい

 

476:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>475

けんきょだなー あこがれちゃうなー

 

477:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

新入りとか嘘乙

どーせ誰かのなりきりだ!

騙されんぞ!

 

478:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

待てや!(下水道ピエロ)

ところがどっこい! 夢じゃありません!! これが現実です!!

 

証拠のログ

http://~~/~~/15-27

 

479:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん・・・だと・・・

 

480:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

マジかよ・・・ID一緒だ!!

 

481:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

反応が初々しい!

 

482:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

しかもなんか、性格よさそう!

 

483:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

お付き合いを前提に結婚してください!

それが駄目なら結婚だけしてください!!

それも駄目なら足を舐めさせて下さい!!!

 

484:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>481

新参ですので。

ひょっとして半世紀くらいROMっておくべきでしたか?

 

>>482

そんなに性格良くないですよ?

 

>>483

ええっ!? お友達からでお願いします。

 

485:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まてまて! 新入りさんが戸惑ってらっしゃる!!

いつものノリは控えろ!!

 

あとロムらなくておk

 

486:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ロムちゃんprpr

ラムちゃんもprpr

 

487:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>483

てか、ふつーに考えて男だろ

男に求婚していいのか?

 

488:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>487

愛があれば!

 

489:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>487

何か問題でも?

 

490:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>487

かわいくてスコれれば性別なんて関係ない!

魏志倭人伝にもそう書いてある

 

491:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>487

むしろ付いてる方がお得まである

 

491:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

新入りニキ(;´Д`) ハァハァ

 

492:名も無き素敵なゴムボール XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:????

>>487

残念ながら藍俚殿は女性でござるよ!

よってニキではなくネキと呼ぶでござる!!

 

493:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん、だと・・・

 

494:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ネキ!? マジで!!

 

495:名も無き素敵なゴムボール XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:????

マジでござるよ! これが証拠ログ

【画像】

 

496:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(  Д ) ゚ ゚

 

497:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!

 

498:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!

 

499:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

( ゚∀゚)o彡゚おっぱい!おっぱい!

 

500:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

待て待て待て! 

ネキだったのは嬉しいが、そこじゃない!

 

>>492

お前誰だ!!

 

501:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

よく見たらIDが????の件

 

502:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん、だと・・・!?

 

503:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まさか、これがスーパーハカーの仕業……!?

 

504:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

寺生まれのTさんの仕業かもしれん!

 

505:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

やっぱり、もう帰りますね。

なんだか私がいると混乱の種になりそうなので。

 

506:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まってええええ!!

 

507:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

帰らんといておくれやすううぅぅぅっ!!

 

508:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あと元々は男です。

なので皆さんのご期待に沿えないかと……

 

509:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

元男だと……!?

 

(*´Д`)ハァハァ

 

510:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(*´Д`)ハァハァハァハァ

 

511:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(*´Д`)ハァハァハァハァハァハァ

 

512:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(*´Д`)ハァハァハァハァハァハァハァハァ

 

513:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

(*´Д`)ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ

 

514:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

増えた!

 

515:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

このHEN★TAIどもめ!!

 

516:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まあ、ニキでもネキでもいい

来てくれたのは本当に嬉しい

 

新入りネキの事が知りたい

どの世界に転生したの? 状況とかどんな感じ?

 

517:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

そうそう、それが言いたかったんだ

 

518:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

さすが! 俺たちの代弁者だな

 

519:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

BLEACHの世界ですね。

尸魂界で死神やってます。

ちょっと前に藍染が「わたてん」しました。

 

ところで、

みなさんはどんな感じですか?

 

520:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

鰤だ!

 

521:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん、だと……

 

522:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

鰤かー、以前はいたんだけどなぁ……

鰤ニキどうなったんだっけ?

 

523:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

派手に動きすぎてヨン様に実験台にされてたよ

それ以降は知らん

 

>>519

どうも、モビルスーツ乗ってます

 

524:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

世紀末の世界でヒャッハーしてます

 

525:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

死滅しなかった方の世紀末でヒャッハーしてます

 

526:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

カードゲームで戦ってます

 

527:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

勇者の家庭教師やってます

 

528:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

提督です

 

529:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

召喚術で世界を救ってます

 

530:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

ギャルゲでヒロインの好感度とか教える系ポジションやってます

 

531:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>530

お前その情報悪用して主人公♂と親友♂を結ばせたじゃねーか

 

532:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>531

純愛だからセーフ! ハッピーエンド!!

 

533:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>532

ヒロイン勢からすればぜーんぶバッドエンドなんだよなぁ……

 

534:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>519

男だったけど肉体改造(物理)で女の子にされてアイドルやってます

そういう意味では鰤ネキと同じかな?

 

てか死神なのな

何番隊?

 

535:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

四番隊です

毎日お仕事したりお料理作ったりしてます

 

536:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

卯ノ花さんの下か

あと四番隊って仕事大変だって聞くけど、どうよ?

十一番隊にイジメられたりしてない?

 

537:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

いえ、今は私が隊長です。

十一番隊も大体シメましたから、険悪ではありませんよ。

関係は良好です。

 

538:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ちょっとまった!

私が隊長だと!?!?

 

539:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん、だと・・・

 

540:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

卯ノ花さんは!? 卯ノ花さんはどうした!?

あとあのでっかい副隊長はどうなった!!?!?

 

541:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

卯ノ花隊長なら十一番隊で隊長やってます。

それと勇音ですよね? あの子はウチの副隊長やってますよ。

 

542:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

十一番隊!?

剣ちゃんはどうなった!?!?

 

543:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

十一番隊の副隊長やってますよ。

卯ノ花隊長に鍛えられてるみたいです。

 

私も少し前に野晒と戦って死にかけました。とんでもなく強いです。

 

544:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あれ? 時系列はヨン様がわた天したくらいって言ってたよな?

なのに野晒??

 

545:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まてまてまて!

剣八を鍛えて大丈夫なのか!! 上が黙ってねーぞ!!

 

546:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

そういえば、言い忘れていました。

>>495とかで画像を上げてるのは、私の斬魄刀が原因です。

お騒がせしました。

 

547:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

斬魄刀が原因!!

どういうことだ! 答えろルドガー!!

まるで意味がわからんぞ!!

 

548:名も無き素敵なゴムボール XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:????

藍俚殿! 仕事内容におっぱい揉んでるのを忘れてるでござるよ!?

あれは藍俚殿のライフワークでござる!!

 

549:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

おっぱい!?

 

550:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てか藍俚殿って名前なのか

なんて読むんだ? らん、り、でん……?

 

551:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

藍俚(あいり)です。

殿は敬称なのでお気になさらずに

 

552:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

サラッと個人情報が流出してる件

 

しかも隊長ネキの言葉を信じるなら、自分の斬魄刀が率先して流してる件

 

553:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

隊長ネキの情報量が多すぎる件について

 

554:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

いつの間にか鰤ネキから隊長ネキになってるww

 

555:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

詳細を! 詳細プリーズ!! 何があって11番隊の隊長が代わった!?

 

556:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あと、斬魄刀が書き込んでるってのも説明を!!

 

557:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あと、おっぱい揉んでるって部分も教えてくれ!!

 

558:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>555

詳細ですか? えーと……

 

●私

・原作開始700年くらい前に四番隊入隊した。

・卯ノ花隊長直々に鍛えて貰い、10年前くらいに隊長になる。

 (卯ノ花隊長から譲られた形になります)

 

●卯ノ花隊長

・当初は私のことを「更木剣八の遊び相手になればいいや」程度に考えて鍛えていた。

・だけど想像以上に治療の腕が伸びたので、四番隊を任せようと思い直した。

(卯ノ花隊長は「自分よりも回復の腕が高い相手が出来たので、治療をそれに任せれば自分はずっと戦いを愉しめる」と吹っ切れました)

・思い直した結果、自分のやりたいことを優先で行動した。

 

●その後

・原作開始10年くらい前に「四番隊隊長の座を譲る ⇒ 更木剣八と一対一で決闘する ⇒ 勝利 ⇒ 十一番隊隊長になって更木剣八を副隊長にする」という計画を実行。

・上には「許してくれないと暴れるぞ」って脅して許可をもぎ取ったとのこと。

・計画が実現したので、毎日のように副隊長を鍛えている。

 

という感じです。

なので始解(野晒)を会得しています……あと……多分卍解も(こっちは未確認)

 

559:名も無き素敵なゴムボール XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:????

>>556

拙者が斬魄刀の中の人! 名前は射干玉(ぬばたま)でござる!!

基本的には藍俚殿のおっぱい揉んだり女性隊士のおっぱい揉んだり、卍解してるでござるよ!! デュフフフフフ!!

 

なんで斬魄刀が書き込めるかという問いにはですな! こう考えましょう!

「いつから斬魄刀が書き込めないと錯覚していた?」と

 

世はAIがおっぱい絵を描く時代! 斬魄刀だって書き込みくらいするでござる!!

 

560:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>557

マッサージが趣味なんです。

女性隊士が少しでも美人になってくれればと思って。

だから、揉んでます。

おっぱいとかお尻とかを。

 

561:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なん、だと……?

 

562:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

隊長ネキと斬魄刀の息の合った回答コンビネーションww

夫婦かww

 

563:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

予想以上に卯ノ花さんがはっちゃけてる件ww

 

564:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

隊長の座を譲ってから隊長の座を奪うとか、これもうわかんねぇな

 

565:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てかそうなると、ヨン様とエスパーダはあの化け物剣八と戦う羽目になるんだな

しかも原作時以上にやべー状態の剣ちゃんを相手せにゃならんとか……

 

ヨン様泣くぞ

 

566:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

フルブリンガーもな

 

567:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

クインシーもな

 

568:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ヨン様は強いから剣ちゃんの危機感が煽られる

しかもエスパーダ片付けた後は、さらに2年くらい鍛える時間がある

 

あとはわかるな?

 

569:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

月島さん終わったな

 

陛下も終わったな

 

570:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てか、おっぱい揉んでるって……

そういえば隊長ネキは最初の方で元男って言ってたな、つまり……

 

571:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

変態だー!!(AA略

 

572:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

普通にセクハラの件

いや、マッサージをしているだけだからいい、のか……?

 

573:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

うまいことやりやがって!

乱菊さんのおっぱいはどうでしたか!? 夜一さんのおっぱいは!? 織姫のおっぱいは!? ハリベルさんのおっぱいは!?

 

574:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

>>573

乱菊さんは、おっきくて重かったです。

 

夜一さんは、褐色の肌がテカってすごくえっちでした。

 

織姫さんは、ぴちぴちでむちむちでした。若いって素晴らしいです。

 

三人ともスタイルがすごくよかったです。

 

ハリベルさんは、まだです。

 

575:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

……ふぅ

ちょっと死神になってくる

 

576:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

待って! 実は俺も鰤世界に転生してるんだけど!!

 

577:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ここで外野から衝撃のカミングアウトww

 

578:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あ、まだ鰤ニキいたのか

なんで秘密にしてたん?

 

579:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

聞かれなかったし……あと言い出さなくてもいいかなって……

 

しかもワイってばアランカルやで……

隊長ネキの話を信じると、最悪フルパワーの剣ちゃんと烈さんが来るってこと!?

 

580:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あっ……(察し)

 

581:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

さよなら、今のうちにやれることはやっとけ

 

582:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

未練とご飯は残すんじゃないぞ

 

583:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

た、多分ですけど、大丈夫だと思います……

 

584:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

おお、隊長ネキのありがたいお言葉!!

でもなんでそう思うん? 根拠は??

 

585:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

さきほど「ヨン様の実験台にされた」という書き込みがありましたけど、

そういった方と接触したことがありませんでしたので。

(私みたいなのがいたら、多分「お前は誰だ!?」と接触してくると思うので)

私自身も、そういった死神と会った記憶もありませんし。

 

だから、世界が違う……っていうんですか? そういう感じで……

影響はないと思います。

 

586:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

また別の世界線って奴だな

 

587:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ワールドトリガーってやつだな

 

588:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なーるほど・ザ・ワールドってやつだな

 

589:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

パラレルワールドだろjk

ワールドしか合ってない件

 

590:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

……つまり、俺は大丈夫なんだよな!?

フルパワー剣ちゃんに斬られたり、フルパワー烈さんに斬られたりしないんだよな!?

 

ヨン様に使い捨てられても頑張れば生き残れるんだよな!?

 

591:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

そこはハヴォック神を信じろ!

 

592:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

クトゥルフ神を信じるのです!

 

593:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

フジウルクォイグムンズハーも信じておけ!

 

594:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

なんだその神様はw そいつは信じられても困るだろww

 

595:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

てかその十一番隊含めて死神側どうなってんの?

教えて隊長ネキ

 

596:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

あ、ごめんなさい。桃が呼びに来たので、もう落ちますね。

みなさん、今日はありがとうございました。

 

597:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ありゃざんねん

おやすー

 

598:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

おやすじゃねえや、おつかれ

また来てね隊長ネキ

 

599:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

まって! 桃って誰だ!?

 

600:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

雛森さんですよ。四番隊の仕事の関係で呼ばれました。

ほら、私って隊長ですから。

 

ではまた、機会があればおしゃべりしてくださいね。

ノシ

 

601:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

え? ちょっと待って!?

雛森がいるの!? しかも四番隊に!?!?

 

602:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

ヨン様がわたてんしたんだよな!?

なら雛森はヤンデレ闇落ちしてる頃じゃないのか!?!?

五番隊はどうなったんだ!?!?!?

呼びに来てるってなんなんだ!?!?!?!?

 

603:名も無き転生者 XXXX/XX/XX XX:XX:XX ID:○○○○

隊長ネキ! 戻ってきて!! 説明してええええっ!!

 




●なにこれ?
一度やってみたかった掲示板ネタ。
当然ながら、本編には関係ありません。内容も本編ともリンクはしません。

ただただ、一度やってみたかったんです。
(なお文中の「エイプリルフール」という言葉のためだけに、4月1日(11:59)に投稿しています)

ところで掲示板形式ってこういう書き方でいいのかしら?
(テンプレの使い方とかも知らないから全部手書き)

次があるとすれば、もしかしたら来年(の四月馬鹿の日)
(もしくは節目が終わった後くらい)

●フジウルクォイグムンズハー
クトゥルフ神話に登場。ツァトゥグァの叔父。
超温厚な性格で、ものぐさで人間嫌い。
基本的に「やべー奴ばっかり」の同神話の中で、びっくりするくらい無害。
(人間に信仰されるのが面倒で、逃げ隠れしちゃうくらい無害)


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第172話 虚化に興味津々

「なあ、湯川さん……突然ですまねえんだが、ちょっと相談に乗ってくれねえか……?」

「……? それは大丈夫だけれど、どうかしたの?」

 

 織姫さんのおっぱいを思う存分堪能した翌日、お仕事中に執務室へやって来るなり開口一番、一護はそう切り出しました。

 なにやら思い詰めたように深刻な顔をしており、それだけで悩みの度合いがひしひしと伝わってきます。

 ですので仕事の手を止め、とりあえず彼を応接用の椅子へ座らせました。

 

「はい、どうぞ。粗茶ですけど」

「あ、ああ……ありがとう」

 

 長話覚悟でお茶も出したので、準備は万全です。

 さて、なにを聞かれるのかしら……? 

 

『それは勿論! どうやったら自分も織姫殿のおっぱいを揉めるかでござるよ!!』

 

 それは……ないと思う……多分だけど……

 

『では愛の告白でござるな!!』

 

 それもないと思う……

 

「その、ここ二日ほど一角と恋次に稽古を付けて貰ってただろ? その時から、感じるようになったんだ……」

「感じるようになった……って、なにを?」

「分かってんだろ……! 俺の中の力……(ホロウ)の力だよ……」

 

 あらら、ついに来たのね。

 おめでとう! 今日はお赤飯を炊かなきゃ!!

 

『一皮ムケた男になれるでござるよ!!』

 

 実際には被るんだけどね。お面を。

 

「――信じてやれ、優しくしてやれ」

「……ッ! その言葉……!!」

 

 と射干玉と二人で盛り上がっていると、どこかで聞いたセリフを言われました。

 具体的には30話くらい前にどこかの誰かが言ったような……

 

「ああ、そうなんだ。前に湯川さんから言われた言葉だ……けどよ! 信じろって言われても、いったいどうすりゃいいんだ!? 俺はアイツに乗っ取られちまうんじゃねえかって……そんな風に思っちまうんだよ……」

 

 目の前のテーブルをバシンと叩き、身を乗り出すようにしてこちらに迫ってきました。

 

「だから頼む! 俺にも、あの変な仮面の被り方を! あの力の使い方を教えてくれ!!」

「…………ずずず」

「茶ぁなんか飲んでないで! 頼む!! この通りだ!!」

 

 現実逃避気味にお茶を一口飲んだら、一護はさらに興奮してきました。

 とうとう床に正座して頭を下げています。

 

 ……さて、どうしたものかしら?

 

 (ホロウ)化って、ここで全部教えても良い物なのかしらね?

 えーっと、確か本来の流れだと……どうなるんだっけ……確か平子隊長が……

 

 ……ま、いいか。

 

「教えても良いんだけど、出来る?」

「本当か!! 何をすりゃいいんだ!? なんだってやってみせるぜ!!」

 

 現金なもので、そう言った途端に立ち上がって食いかかるように私の肩を掴みました。

 

『ん? 今なんでもするって……』

 

 ややこしくなるからやめて!

 

「まずあの面を被るのは、(ホロウ)化って呼んでるわ。そしてやり方は至極単純、内なる(ホロウ)を屈服させることよ」

「屈服させる……そうすりゃ、俺もその(ホロウ)化ってのが出来るようになるのか!?」

「そうなんだけど、もう一度確認するわね。"本当に出来るの?" 聞いたところによると、卍解も満足に使いこなせていない様だけど?」

「……ッ!!」

 

 その指摘に、一護は絶句しました。

 私の肩から手を離し、痛い所を突かれたとばかりに奥歯を噛みしめています。

 

「以前、私と更木副隊長との戦いを見学していたときに暴走しかけたでしょう? 屈服に失敗するとああなるの。理性を失って暴れ出すかもしれない――ううん、最悪の場合は(ホロウ)になってしまうかもしれないの。だから、色々と危険なのよ」

「また、(ホロウ)になるかもしれないってことかよ……!」

 

 なんとも複雑な表情が浮かびました。

 

 そういえば一護は以前にも、(ホロウ)になりかけたことがありましたね。

 死神の力を取り戻すために因果の鎖を切られたんでしたっけ? ……あらやだ、そういう意味では私にも遠因がありますね。

 

「私の場合は一晩でなんとか屈服できたけれど、黒崎君の場合も同じように上手く行くとは限らないわ。下手をすれば、私たちはあなたのことを"瀞霊廷に沸いて出た(ホロウ)"として処理(・・)しなきゃならないの……そんなことになったら、色んな子が泣くことになるから」

「そうだな……すまねえ、湯川さん! 少し、焦りすぎてたみてえだ!!」

 

 両手をパンと合わせながら頭を下げてきました。

 

「そんなに気にしないで。焦るのも当然だし、それにまあ……やり方もあるといえばあるのよ……」

「あ、あるのか!? 教えてくれ!!」

「そんなにがっつかなくても、教えてあげるから」

 

 さっきまで多少すっきりした顔をしていましたが、私の一言に食いついてきました。

 焦っても碌な事にならないのは事実ですが、解決策が欲しいのもまた事実ですからね。

 相手を落ち着けるためにくすくすと笑いながら、続きを話してあげます。

 

「まず、暴れても良いように結界を張るの」

「結界だぁ!?」

「そう。その結界の中で、内なる(ホロウ)を屈服させるのよ。内在闘争って言うんだけど、斬魄刀と対話するでしょう? あれと似たような感じよ」

「あー、アレか……」

 

 そういえばこれって以前に脅された「過度な干渉」に抵触しちゃうのかしら……?

 だ、大丈夫よねきっと! だってこれは一護の方から聞きに来たんだからセーフ!!

 こっちから「一緒に(ホロウ)化しようぜ♪」って誘ってないからセーフ!!

 

 ……ここは殴ってでも止めるのがお前の役目だろ! とか難癖付けられたらどうしようかしら……?

 ええい! ままよ!!

 

「ん? じゃあなんで結界が必要なんだ……? 今の話じゃ、特に暴れ出すような要因はねえんじゃねえのか?」

「ああ、それは卍解取得と同じ理由よ」

「同じ……って……?」

 

 一護が首を捻っています。

 なんで分からないのかしら。

 

「卍解を会得するためには、斬魄刀の本体を具現化して屈服させるでしょう? その時に、外部に影響が出るの」

「ああっ! なんだ、そういうことかよ!! 斬月のオッサンと戦ったアレみてーなもんか!」

「多分、想像しているそれで正解よ。ただ今回は相手が(ホロウ)だから、どんな影響が出るかはわからない。だから結界を張っておくの」

 

 たしか、そんな感じで一護を結界に閉じ込めていましたよね。

 

「あと前にも体験したはずだけど、(ホロウ)化は面を破壊することで外部から強制的に解除することもできるわ。だから、最悪の場合はそれで無理矢理止めることもできる――はず」

「はず!? ハズってのはどういうことだよ!?」

「どうなるかが、誰にもわからないからよ。仮面を割れば何度でも挑戦できるのか、それとも一度しか挑戦できないのか。はたまた仮面を割っても止まらないのか、そういうのを全部ひっくるめて情報が足らないのよ」

 

 私に言える事なんて、原作知識と微々たる実体験だけなんだもん。

 それを理解してもらえたのか、一護は申し訳なさそうに頭を掻き始めました。

 

「あ、ああ……そっか、すまねえ……」

「それともう一つ。今の黒崎君ってかなり強いのよ? 卍解まで会得した死神が、(ホロウ)化状態でさらに強化されて暴れてるの。そんな相手の仮面だけを壊すのって、かなり大変なのよ」

 

 かなり強い、と言われてちょっとだけ「まんざらでもない」といった表情になりました。

 十一番隊の頂点付近と稽古してたら「俺って弱いんじゃ……?」って思っちゃっても仕方ないからねぇ……

 

「まあ、それでも平時に影響が出る可能性もあるかもしれないから……その時は吉良君に頼みなさい。あの子なら鬼道で結界も張れるし、仮に暴れても能力で押さえつけられるわ。荒事の腕前もあるから、仮面もなんとか割れるわよ」

 

 吉良君に頼め、と言ったら一護がなんとなく拍子抜けした顔を覗かせました。

 

「え……吉良にか? アイツ、強いのか……」

「あのねぇ……あの子、阿散井君の次くらいには強いのよ」

「恋次の次に!?」

「そのくらい、霊圧を感じ取れば分かるでしょう? なんだかんだで一緒にいる時間は多かったのに……」

「いや、その……そういうのはどうも苦手で……」

 

 吉良君は見た目がちょっと、頼りなさそうな部分があるからねぇ……

 でもまあ、そこが可愛いんだけど。

 

「他にも、茶渡君や織姫さんも頼れると思うわ。二人とも、色々と思うところがあるみたいで足掻いてるわよ。うかうかしてると、追い越されちゃうかもね」

「チャドと井上が!?」

 

 あら? その辺は知らなかったのかしらね。

 意外そうな顔で「初耳だ!」って反応をしてる。

 

「あと現世に戻ったら、一心さん――お父さんにも聞いてみるのもいいかもね」

「ああ、それは当然、っていうか親父は絶対シメる。シメて聞き出してやるぜ! ……しかし、あの親父に聞くことがガンガン溜まっていくな。ヤミ金の利息じゃねえんだから……」

 

 シメるだなんて物騒ねぇ……

 

 ……え? 自分も霊術院の新入生をシメていただろうって……?

 あーあー、きこえなーい。

 あ! ヤミ金で思い出したわ。 

 

「そういえば現世にはあの子が……」

「まだなんかアテがあるのか!?」

「うーん、でもこれは内緒」

 

 平子隊長のことまでは流石に黙っておくとしましょう。

 放っておいても向こうから一護に接触してくるだろうし……あ! でも一筆くらいは助力してあげましょうかね。

 でも今はまだ内緒。なので指を一本立てて、秘密を表すポーズを取ります。

 

「それよりも今は自分を少しでも高めた方が良いと思うわ。自分を正しく律せるようにして、内なる(ホロウ)にも負けないくらい強くなるようにすれば――」

 

 と語っていたところで、外の方からドタバタとけたたましい足音が聞こえてきました。

 誰かしら、廊下を走っているのは? ……あ、止まった。

 

「た、たたたた隊長! 大変です! 大変なんですよぉっ!!」

「なっ!? なんだなんだ!?」

 

 扉を勢いよく開けて入ってきたのは勇音でした。

 身体を目一杯使って「緊急事態です!」と表現しているその姿は、慣れぬ一護を驚かすには十分みたいですね。

 私はなんというか……慣れたもんです。

 

「あらら、一体どうしたの?」

「その、涅隊長が来たんです! それで、隊長を出せって……!!」

「……はぁ!?」

 

 涅隊長が!? しかも私に用事!?

 全然身に覚えがないんだけど……!! 一体何かしら……?

 

「よく分からないけれど、どうやら私が行った方がよさそうね」

「お願いしますっ!」

 

 覚悟を決めつつ、私は執務室を後にしました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ああ、ようやく来たのかネ。まったく、遅いのだヨ」

「ずいぶんと御挨拶ですね、涅隊長」

 

 慌てて四番隊の玄関先まで出向いてみれば、こちらの姿を確認した途端に涅隊長が文句を言ってきました。

 

「それに、突然の来訪である以上は待たされることも想定出来るのでは?」

「フン! この私がわざわざ尋ねてやったのだ。無駄な予定など切り捨てるべきだヨ」

 

 相変わらずですねぇ……態度が本当に、唯我独尊って感じで……

 

「……まあ良い。こんな問答、それこそ時間の無駄だネ。とっとと要件を済ませるとしよう……」

 

 そういうと涅隊長は隊首羽織を脱ぎ捨てて……いえ、さらに死覇装を上半身まで一気に脱ぎました!

 えっ、えっ、何!? なんなの一体!? 何をする気!?

 

「さあ、私にマッサージをしてみたまえ!!」

「……は?」

 

 突然どうしてそんなことを……

 と思っていると、涅隊長の背中からほんのりと頬を赤らめたネムさんがこっそりと姿を表しました。

 

 あ! ものすっごく身に覚えがあった!!

 

マッドサイエンティスト(パパ)感づかれた(バレた)でござるよ!!』

 

 というか、まず服を着て!

 玄関先で上半身裸の男と会話しなきゃならないとか、どういうプレイよこれ!!

 

「聞こえなかったのかネ!? ネムに施したあの施術を、私にもしろと言っているのだヨ!! 早くやりたまえ!!」

「いえ、それは分かったのですが……一体どうして?」

 

 なんとなく理由は察しが付きますけど、一応尋ねておきましょう。

 

「なんだ、そんなもわからんのかネ? お前がネムの治癒を行ったと聞いて、データを取り直したんだヨ。その結果、どうにも肉体の反応が良くなっていてネ」

 

 あー、やっぱりソレですか。

 

「聞けばお前は、女性隊士をマッサージしているそうじゃァないか。美容に良いだとか、つまらん御託を並べて盛況だそうだが、特に興味など無かった……だが、データを見て興味が沸いてね。肉体の再生と活性化を促すにせよ、その数値はあり得ないものだ」

「……それで、ご自身で体験をしに来られた、ということですか?」

「そういうことだヨ! わかったら、さっさとやりたまえ!!」

 

 どうでもいいですけれど、叫ばないでもらえませんかねぇ……

 半裸の男が女性に向かって「俺をマッサージしろ」っていうのは、絵的には完全にアウトなのよ!!

 

「なんだなんだ……? って、うおおっ!?」

「あれって、技術開発局の……」

「涅隊長よね?」

「なんで脱いでるんだ……?」

 

 ほらああぁぁっ!! 騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきたじゃないの!!

 これ絶対に変な誤解されるやつじゃない!!

 

「……とりあえず、今日はもう帰ってくれませんかね……」

「どういうことだネ!? この私がこうして出向いているのだヨ!!」

「だからですよ!! 大したことはしていませんし、あの技術も大したものではありませんから、諦めて下さい!」

 

 ……本当は、かなり大したものなんだけどね。

 射干玉の執念がたっぷり含まれた粘液みたいなものだから。

 

『いやぁ、照れるでござるなぁ!! そんなに褒められると!!』

 

「フン、まあいい。そっちは"ついで"だ」

 

 強く断って強硬姿勢を見せていたところ、涅隊長は露骨に顔を顰めながらも矛を収めてくれました。

 

 って、ついで!? まだ何か用事があるの!?

 早く帰ってくれないかなぁ……

 

「……(ホロウ)化」

「ッ!!」

 

 狙いはそっち!?

 

「アレはいったいなんなんだネ?」

「……どこでそれを?」

「あの地下空間を作ったのは技術開発局(ウチ)だヨ? 気付かれないとでも思っていたかのネ?」

 

 なるほど、納得。

 筒抜けだったってことね、迂闊だったわ……

 もう十一番隊の地下を使うの、止めた方がいいのかしら?

 

「お前の霊圧についてはデータも取得済みだ。その能力、是が非でも解析させてもらうヨ」

「……まずは採血くらいで勘弁してもらえませんか?」

 

 降参だ、とばかりに片腕を差し出します。

 ここで抗っても仕方ありませんからね。

 

 力尽くで撃退することは可能ですが、そうなると後が怖い――というか面倒くさい。

 技術開発局を下手に敵に回せば、口に含む物まで全てを……それこそ空気すら疑ってかからないと、命が幾つあっても足りません。

 

「いいネェ……協力的な態度を取るのなら、コチラとしても強引な手段は取らんヨ。用意してきた捕獲道具が全て無駄にはなったがネ」

 

 そんなもん用意してたんかい!

 ……あ! よく見たら、あちこちに仕掛けっぽい雰囲気が漂ってる!!

 使われなくて良かった……

 

「あの、湯川隊長……私も少しだけ、よろしいでしょうか?」

 

 どこからか注射器を取り出した涅隊長が私の血を抜いている途中、ネムさんが話しかけてきました。

 

「先日、四番隊で洋服を作ったと聞きました」

「それって石田君のことだと思うけれど……」

「はい、その件です。それで、その……出来れば私にも一着、(しつら)えて貰えるように、頼んでいただけませんか……?」

 

 周囲を気にしながら遠慮がちに頼むネムさんは、もの凄く可愛かったです。

 

「任せて頂戴!」

 

 だから、思わず全力で引き受けてしまった私は悪くありません。

 




●マユリ
血液を貰ってとりあえず満足。
剣ちゃんとのバトル映像と霊圧データもあるので、研究が捗る。

●ネム
このあと、雨竜お手製のワンピースを貰えてご満悦。
ただ勿体なくて着れず、私室に飾っている。

●一護
虚化についてマユリに協力を頼もうかと一瞬考えるが、無事踏みとどまる。


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第173話 真面目に会議するだけの話

「まったく! こうも面倒とは……!」

「心中、お察しします」

「口ばかり達者の癖に、こういう時に意気地がない!」

 

 山本総隊長の愚痴を笑顔で肯定しながら、肩をマッサージしていきます。

 

「まあ中には気骨のある者もおるが……む、もう少し下を頼む」

「……あ、ここですね。ここなら、強さももう少しくらい――」

「おお! そこじゃそこじゃ! くぅぅ……たまらん!」

「お疲れの証拠ですね。ご迷惑をおかけします」

 

 ということで、現在は総隊長をマッサージ中です。

 年齢に加えてここ数日の慣れぬ応対もあってか、背中と言わず肩と言わず腰といわず、なんなら全身に妙な力が入っているので、そこもほぐしていきます。

 いえ、この様子だと神経系以外に内臓系にもダメージが来てるわね。

 

「とあれ、新体制が発足するまで数ヶ月は掛かるじゃろう……それまでの間、すまんが何度か頼むわい」

「……仕方ありませんよね」

 

 ……はぁ……織姫さんのマッサージがしたいわ……

 なんで半裸の老人男性を揉まなきゃいけないのかしら……しかも一番隊の隊首室で、二人っきりです。

 男の人と二人っきりで部屋の中……でもムードも何もあったもんじゃない。

 

 でもまあ、仕方ないわよね。

 急な依頼を受けちゃったし、それに総隊長の様子も見ていられなかったから。短期集中で施術に来ましょうか。

 

 ……あ、ちょっと聞いて下さいよ。

 実は数時間前に、こんなことがあったんです。

 

 

 

 

 

「どうやら……各人、揃ったようじゃな」

 

 山本総隊長がそれまで伏せていた眼を開ければ、辺り一帯の緊張感がじわりと重くのし掛かりました。

 白眉がふわりと僅かに揺れ動いただけで、この圧力です。

 鷹のように鋭い視線で、部屋中を一度射貫くように見回してから、そう呟きました。

 

 ただ、声に少々張りがありません……お疲れ、なんでしょうね。

 でなければ、私にあんなことを言わないと思います。

 

「ではこれより、隊首会を始める」

 

 太陽が中天から西の空へと傾き始めた頃、隊首会の開会が宣言されました。

 

「さて、改めて説明するまでもじゃろうが……事前の通知の通り、此度の議題は先の藍染惣右介の一件についてじゃ」

 

 そう告げれば、周囲が僅かにざわつき始めました。

 いえ、言葉を発したり動作を伴うような反応があるわけではないんですよ。

 ただこの部屋に集まった全員の気配――まとう雰囲気とでも言うんでしょうかね――が、大なり小なり変化しているのが、なんとなく分かるんです。

 喜・怒・哀・楽。それに加えて困惑や動揺など――雑多な感情が、隊首会室には渦巻いています。

 

 ……なんで喜と楽があるんでしょうか? どうして「新しい相手を斬れるかもしれない」ってワクワクしてるんですか某隊長……

 

『それは勿論、彼女が十一番隊の隊長だからでござるよ!!』 

 

 知ってた。

 

「護廷十三隊より隊長が――三名もの"元隊長"が、尸魂界(ソウルソサエティ)より離反し(ホロウ)たちの側へとついた。これは重大な事件である。本来ならば即座に隊首会を招集し、護廷十三隊の動向を決めるべきじゃ。が、藍染は中央四十六室の全員を排除しておった。そのため――」

 

 この話は長くなるので、要点をまとめておきますね。

 

 つまり――

 

 ・藍染たちが裏切りました。

 ・すぐに会議して死神全体が「こうやって動くぞ」と決めるべきだった。

 ・けれど、意思決定機関がもう藍染に潰されていた。

 ・なので全体の音頭を取る相手が誰もおらず、動き出すのに時間が掛かった。

  それこそ今回の隊首会のように、会議一つ行うのも数日掛かっちゃう。

 

 ――というわけです。

 

「その為、現在早急に四十六室の新たな人員選定が行われておる。じゃがそれらは早くても半年は掛かる見込みじゃ。そのため暫定的な措置ではあるが、決定までの間は四十六室に代わって儂が尸魂界(ソウルソサエティ)の意思決定を執り行うこととなった」

 

 この辺が、冒頭で愚痴っていた内容に繋がるわけです。

 

 まず、中央四十六室に所属しているのは貴族です。

 ですがその貴族が全員殺されました。

 ポストが大量に空いたと言えば聞こえは良いですが、その全員が死んでいる――というより暗殺されているわけですよ。

 

 だから「自分も同じように殺されるんじゃないか」と貴族の腰が引けているそうです。

 今まで「自分たちは尸魂界(ソウルソサエティ)で一番偉いぜ! しかも死神が守ってくれるぜ」といった背景もあったのに、その安全神話が崩れたわけですからね。

 元とはいえ死神に殺される。しかも相手は完全催眠なんて能力を使うわけですから、察知することすら難しい。

 

 逆に「そういう逆境だからこそ!」みたいに奮起してる貴族もいるようですが、真摯に尸魂界(ソウルソサエティ)のことを思っているのではなく、復讐に燃えているだけ。死神たちを道具としか見ていない――という人も多いようですよ。

 特に殺された四十六室の旧メンバーの身内に。

 

 さらには総隊長が四十六室の代理となるのも、身内の面々や他の貴族からも難色を示されたそうで。

 それでも「世界の一大事だから、統一された意思で藍染と戦うだけの力が要る」と言い切ってなんとか押し通したそうです。

 

 以上、マッサージ中に散々聞かされた裏情報からの補足でした。

 

「へえ、山じいがねぇ……こりゃ大出世だ」

「元柳斎先生が……! その、何か手伝えることがあれば俺にも言って下さい」

「そのつもりじゃ。この火急の事態を乗り切るため、お主らにはこれまで以上に働いてもらうぞ」

 

 総隊長の話に、先ほどとは違う意味で周囲が騒がしくなりました。

 勿論「良い意味で」ですよ。

 

「うむ、その意気やよし。では早速、藍染の動き――狙いについてじゃが……これについては、まず助っ人を呼んでおいた。その者に解説してもらうぞ。入れ」

「や~れやれ、やっと儂の出番か……待ちくたびれたわい……」

 

 ブツブツと文句を言いながら入室してきたのは、夜一さんでした。

 その姿に三度、部屋の中が騒がしくなります。

 

「よ、よよ夜一様!?」

「あら? 確か彼女は百年ほど前に……」

「あらら……山じいってば、大胆だねぇ……」

「皆の中には、知っている者も多かろう。前二番隊隊長であった、四楓院夜一じゃ。そして貴様らの懸念も当然だが、此奴は藍染たちの目的を知っておる。それこそ百年前の件の事件についても、な……」

 

 口ぶりや反応から察するに、いつの間にやらちゃんとした協力体制を結んだ様です。

 ……まあ「二番隊の副隊長にさせられた」わけですから、自由奔放というわけにはいきませんよねぇ。

 

「あー、分かっておると思うがの。これはあくまで特別協力の一環に過ぎぬ。儂()については正式な決定事項というわけではないことを、まずは念頭に置いておけ」

 

 儂()、ですか。

 つまりは言外に浦原たちも含んでいますね。

 

「それと例の件じゃが、よろしく頼むぞ!」

「……わかっておる。そのくらいの便宜は図ろう」

 

 あら? 何か密約でも交わしたんでしょうかね?

 

「うむ、ならばよい。では説明するぞ」

 

 ということで夜一さんが、藍染のことについて知っている限りの説明をしました。

 そして語られたのは――

 

 ・(ホロウ)化の技術を求めていたこと。

 ・百年前の事件の黒幕だったこと。

 ・今回の狙いであった崩玉についてのこと。

 ・(ホロウ)の側についたということは、死神化した(ホロウ)を……破面(アランカル)を作り出しているのだろうということ。

 

「――とまあ、こういったところじゃな」

 

 そう言って話を締めくくったわけですが……

 

 あれ!? 平子元隊長らの情報がありませんね。

 状況的に考えても、接触してて顔見知りのハズですが……

 あっ、そうか!! 意図的に伏せてるのね!

 

 考えれば、仮面の軍勢(ヴァイザード)まではバラせませんよね。

 いくら知り合いだったとしても、事前に許可も取らずに喋るなんて愚の骨頂です。

 よかれと思っての行動が、大きなお世話になるかもしれない。

 そういう判断からでしょうね。

 

「自分を高次の存在とでも思ってるのか……?」

「そんなことの為に……俺は……」

「東仙……」

「死神の力を持った(ホロウ)……破面(アランカル)ですか。腕が鳴りますね」

 

 改めて目的を知らされて、各員が思い思いの感想を口にしています。

 

「死神の(ホロウ)化……フム、面白そうだネ。是非とも研究してみたいヨ。こちらにも面白いサンプルもあることだしネ」

 

 ゾクッとさせられました! 涅隊長がこっちを凝視しています!!

 やめて! まだ公にするのは早すぎると思うの!!

 

「それと、藍染の実力についてじゃが……これについては、より適任者がおる。その者に語ってもらおうとしよう」

「……え?」

 

 総隊長の視線が、それに釣られて全員の視線が私に集まりました。

 

「湯川、そなたが藍染とやりあった事は聞いておる。お主の目から見て藍染の強さはどうじゃった?」

「え、えー……そうですね……」

 

 そう言うことを言わせるんだったら、話をまとめる事前準備の時間くらいはくださいよ! そっちは「この程度ならアドリブで平気だろう」って思ってるんでしょうけど!!

 

「まず皆さんもご存じの通り、藍染は霊術院の特別講師としても評判でした。そこでは効率が良くて、より効果的な手段を幾つも。それこそ惜しげもなく紹介していました。霊術院の教本には、藍染が提案した訓練法が幾つも載っています――それだけ斬拳走鬼の造詣が深いんです」

 

 物事を教える場合、相手の三倍は理解していないと伝わらない。

 なんて表現がありますが、藍染の場合は三倍どころじゃないですからね。

 

「つまり単純に基礎能力だけを見ても、強いです。というか、実際に手強かったです。相手は様子見と時間稼ぎだけが目的だったのに、私は終始押されっぱなしでした。なので『総隊長に匹敵する実力を持っている』くらいで考える必要があると思います」

「……あれ? 藍俚(あいり)ちゃん、斬魄刀はどうだったの? ほら、なんだっけ……完全催眠とかいうやつ。それは使われなかったの?」

 

 京楽隊長が思い出したように質問してきました。

 

「ええ、戦いの最中では使ってきませんでした。様子見だった、というのもあると思いますが……でもおそらく、使う意味が無かったんだと思います」

「というと?」

「藍染の話を信じるなら、催眠といっても()(ゆう)にすることは出来ないようです。なので多対一ならば騙す対象が増えるでしょうが、一対一だと騙してもあまり意味が無いのだと」

 

 そう言うと京楽隊長は納得したように頷きました。

 

「なるほどねぇ……目の前の相手の姿が突然親友や恋人に変わったとしても、それじゃあすぐにバレちゃうもんね。使いどころは考える必要があるってことか」

「おそらくだが、化ける相手を真似る必要もあるんじゃないか? 催眠で姿や声は真似られても、思考や仕草に癖が違えば疑われそうだ」

 

 浮竹隊長が口を挟んできましたが……さすが、これだけなのによく分かっている。

 と思っていたら、夜一さんが手をポンと叩きました。

 

「ああ、そういえばそうじゃったな! 百年前には、藍染が自分そっくりの演技をするよう仕込んだ死神がおったとか……」

「何! それは本当か!?」

「誰なのか調べれば、何か他の情報も探れるかもしれぬな」

「ならば隠密機動に調べさせよう」

「その者を調べるのも良いが、現時点では情報がない。考えてもみよ、その者が男か女かすら分からぬのだぞ?」

「あ……」

 

 ……いやぁ、生きてないんじゃないかしらね?

 下手に証拠を残すくらいなら、とっくに始末されてそうに思うけれど。

 

「じゃが、ある程度のことは割れた。なればこそ、儂自らが藍染の相手をするのが良策と見た。その際、他の者は被害が広まらぬよう注力せよ」

 

 総隊長が、そう結論づけました。

 実際にそれが正解でしょうね。

 最強の実力者が一人で吶喊して、無差別に攻撃する。これが一番確実だと思います。

 

 ……あら? 何か忘れているような……なんだったかしら……えっと……

 その作戦には危険な要素があったような無かったような……

 

「さて、次の議題じゃ」

 

 考え事をしていたら、話題が変わっていました。

 

「三名もの隊長が抜けた穴はあまりにも大きい。そのため、空となった隊長の席を埋めることも考えておる」

「なっ!」

「ええっ!?」

「ふむ……」

「性急すぎるのでは?」

「元柳斎先生! そうは言っても、当てはあるのですか!?」

 

 本当、今日は騒ぎになることばかりね。

 ですがこれはまた別のベクトルで大事件です。なにしろ新隊長を、それも三人も決めるわけですから。

 しかもただ埋めるだけじゃなくて、藍染との戦いで活躍出来るほどの相手じゃないと意味がありません。

 

「かつての十番隊は何十年も隊長不在でしたし、今回もそれで良いのでは?」

「まあ、待たんか。お主らの懸念は尤もじゃが、儂にも一人当てがある」

 

 当て……って誰なのかしら……?

 全然想像つかないわ……あ! 一角かしら!?

 三番隊、五番隊、九番隊のどれかだとしても……ギリギリ三番隊かしらねぇ?

 ……ううん、やっぱり無理そう。別の人選よね。

 

「儂は嫌じゃぞ!」

「わかっておる! 何より、即座に全ての席を埋めるつもりもない。平行し、候補者の選定を進めていくということの周知に過ぎぬ。お主らの知り合いに、誰ぞ適任者がおればそれでも構わぬぞ」

「そういうことでしたら」

 

 すっと優雅な仕草で挙手をしたのは、白哉でした。

 

「我が隊の副隊長を……阿散井 恋次を候補としてやりたいのですか……」

「ふむ……阿散井か……」

 

 ええっ! 意外というか何というか……

 そっかぁ……白哉も、阿散井君のことを認めてるのね。

 

「確かに、先の騒乱の折りに卍解を使っていたと……ふむ、実力は申し分なしか」

 

 総隊長も髭に手を当てつつ、思案顔です。

 ですがどうも、悪い推薦ではないようですね。というか、結構乗り気です。

 

 しかしこの話は結局、この時点では保留に。

 能力はあれど、まだ阿散井君本人の意思を確認していないことなどありましたので。

 

 ……おかしいわね。

 私の時には事前説明もなしに突然一番隊に連れてこられたかと思えば、隊長にされていたんだけど……?

 隊長になるのって、そういうものじゃないの??

 

 そんな感じで、隊首会は進んでいきました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ふむ、相変わらずお主の按摩は良く効くわい」

 

 と、回想シーンを挟んでいたらマッサージが終わりました。

 総隊長は相変わらず半裸のままですが、腕や肩を回して調子を確認すると満足そうに頷いてくれました。

 

「ご満足いただけましたか? では、最後にこれをどうぞ」

「……なんじゃこれは?」

 

 出したのはお茶です。

 ただ、ちょっとだけ色が違いますけどね。

 

「薬湯です。要らぬ気疲れが積み重なっているとのことでしたので、内臓に良い効能のある漢方を混ぜていますよ」

「む……じゃが……」

「どうぞ」

 

 明らかに苦そうですもんね。

 でもダメです、ちゃんと飲みましょうね。

 

「う……ぐ……っ……!」

「飲みながらで良いので、少しだけ話を聞いていただけますか?」

「な、なんじゃ……」

 

 薬湯に悪戦苦闘している総隊長に向けて、先ほどの回想で気付いたことを伝えます。

 

「藍染惣右介の対策についてです。総隊長がお一人で倒すとのことでしたが、考え直してみれば藍染がそれに気付かないとは思えないんです」

「ふむ……」

「同じ死神であったのですから、総隊長の強さは知っています。ならば、総隊長への対策を――流刃若火への対抗策はあると思っておいた方が良いかと」

「……確かにな。炎への対策か……考えておこう」

 

 神妙に頷いています。

 手にした薬湯がまだ三割くらいしか減っていないことを除けば、完璧ですね。

 それ、一気に飲み干しちゃった方が楽ですよ? ほらほら、ちょっと離れた場所に置いて「これは見なかったことにしよう」ってしてもダメですからね。

 

「それともう一つ、藍染の鏡花水月の対策についての別案です」

「別案? なにかあるのか?」

「はい。と言っても、その場しのぎみたいな考えなんですけどね」

 

 実際、なんどか実行すると藍染にはすぐに対応されそうですが。

 でも手段を多く用意しておくには超したこともありませんし。

 

「技術開発局が映像や音を記録したり飛ばす機械を作っています、それを利用するんです。藍染の戦いの際に、機械が映し出した映像を見て催眠か本物かを判断し、それを音声で各死神に伝えるんです」

 

 早い話が「現場の方と中継が繋がっています。現場の●●さーん」とニュース番組でやるアレみたいなものです。

 藍染との戦場をカメラで映して、それを見たディレクターが指示を出すわけです。

 指示出しをしているのが誰かなんて藍染には分からないでしょうから、ある程度は効果があると思います。

 

「さすがに機械にまで催眠が及ぶとは思えませんから」

「……やりたいことはわかった。じゃが奴は、瀞霊廷の全ての死神に催眠を掛けたと聞くぞ? 指示を送る者が騙されれば――」

「ええ、ですから流魂街の住人を使います」

「な……っ!!」

 

 驚かれました。そんなに変な案だったでしょうか?

 総隊長はしばらく瞑目していましたが、やがて口を開きました。

 

「……理には適っておるな……十二番隊に打診だけはしておこう」

「ありがとうございます」

「ついでじゃ。儂からも一つ、お主に聞こう」

 

 え? 何かありましたっけ……?

 

「黒崎一護……その親についてじゃ」

「……あ!」

「混乱を避けるため、あの場ではあえて話題とはせんかったが……」

 

 あちゃぁ……そうでしたね。

 

「はい。その口ぶりですと、総隊長はもうご存じだとは思いますが……」

「志波 一心か……」

「まだ直接確認したわけではなく、あくまで息子の――黒崎一護の口からだけですが。可能性は限りなく高いと思います」

 

 そこまで告げると、再び総隊長は少しの間だけ口を閉ざしていました。

 

「お主が黒崎一護とその友たちを鍛えているのも、それが理由か?」

「え?」

「五大貴族より除籍された志波家であるが、その影響力は無視出来ぬ。貴族たちの要らぬ権力闘争に巻き込まれぬ為の、自衛の力を付けさせている。過去、朽木の家の面倒事に絡んだことのあるお主らしい考えじゃな……違うか?」

 

 あー、なるほど……そういう見方も出来ますよね。

 私はただ「どうせこの後も破面(アランカル)だ藍染だと敵に狙われるらしいから、先んじて鍛えておこう」程度の考えなんですけど。

 ですがそういった事前知識がなければ、そうなりますよね。

 

 だって一護は死神"代行"でしかありません。

 今現在は協力関係にあって友好的ですが、それでも藍染との戦いにむやみに巻き込むのはNGと考えるのも仕方ありません。

 なにより霊術院も卒業していない子供を戦場に出さなきゃならないのはねぇ……一応、死神側の面子もありますし。

 一護(子供)に「お願いだから助けて!」とは、なかなかどうして言いにくいです。

 

「いえ……いえ、そうですね。そのようなところです」

「ふむ、そうか……まあ、よい。黒崎一護らへの支援体制もきちんとした形で整ったのだ。長らく窮屈な生活を強いたが、ようやく彼奴らを現世へと帰してやれるわ。その辺り、お主から伝えてやれ」

 

 そこまで口にすると、総隊長は離れた所にある湯飲みを掴みました。

 

「実際、貴族の中にはそれを仄めかす者もおったわ。じゃが全ては事実無根、仮に関係者であったとしても尸魂界(ソウルソサエティ)とは関係が無いと言い切ったがの……まったく、どこで聞きつけたのやら……」

 

 そのまま湯飲みを口元に――って、それは!!

 

「……ぶふううぅぅっ!!」

 

 ああっ! 苦いのに覚悟しないで飲むから!!

 

 でも効果は抜群なので、私が帰る頃には総隊長はすっかり元気になっていました。

 

 

 

 

『……拙者の出番がねえでござるよおおおおぉぉぉっっ!!!!』

 

 あら、本当だわ。

 




もう2話くらいで、一護たちを(ようやく)帰らせます。

さー、破面(アランカル)殴る準備するぞー。


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第174話 瀞霊廷通信の表紙を飾るオレンジ髪の男

「ああ、いたいた。みんな、食べながらで良いからちょっと聞いて」

「「「「……?」」」」

「あ、先生!」

「隊首会、お疲れ様でした」

 

 隊首会も総隊長への按摩も終わり、四番隊へと戻って来たときにはもう日没に近い頃でした。

 まだ季節が夏なのでお日様も長く顔を出していますが、時間を見ればそろそろお夕飯の頃です。

 なのでここにいるかなと思って顔を出したところ、予想通り食堂で夕食を取っていた一護たち――仲良くなった桃と吉良君も一緒に食事中――へ話しかけます。

 

「今までお待たせしちゃってごめんなさいね。ようやく、現世に帰る許可が出たの」

「ようやくかよ!」

 

 今日も一護のツッコミが冴え渡ります。

 隊首会後の総隊長との会話でもチラッと触れましたが、一護たちを現世へ帰す許可を取るのに時間が掛かっていました。

 何しろ一護は、伊達に「連絡も無しに死神を辞めた一心の子供」で「分家とはいえ志波家の血を引く者」じゃないですから。

 あの争乱で受けた傷なんてとっくに治っていますが、この事実が貴族連中に難色を示させたそうです。

 

 この事実が無ければ、きっともっと早く帰れたんでしょうね。

 ……あ、その事実を広めた原因は私だわ。

 

『なお、いわゆる"原作では"一護殿たちの怪我が完治するまでの間、およそ一週間程滞在していたでござるよ!! ですので八月の上旬にやってきて、下旬にはお家に帰れたという日程でござる!!』

 

 それだけ聞くと、お友達との楽しい旅行をしていたみたいね。

 

「よかったぁ……! このまま夏休みが終わっちゃったら、どうしようかと思ってたの」

「あーあ、織姫さん帰っちゃうのかぁ……寂しくなるなぁ……」

「……あ! ご、ごめんなさい桃さん! そういう意味じゃなくて……」

「ふふっ、嘘々。やっぱり、家に帰れるのって嬉しいものね。でも、現世に行っても私のこと、忘れないでね?」

 

 あらあら、こっちは本当に仲良くなってるわね。

 

『病んデレな雛森殿など、どこ吹く風といったように逞しく生きているでござるな……』

 

 ねー、本当にね。

 

『(藍俚(あいり)殿に似たのでは? と、言うのは自重しておくでござるよ!! 拙者、気遣いの出来るゴムボールでござるからな!! HAHAHAHA!!)』

 

「吉良、ありがとな。その、色々とよ」

「世話になった……」

「まあ……面倒を見て貰ったからな。礼は言っていくよ」

「黒崎君、石田君、茶渡君。君たちと過ごしたのは数日間だけど、とても良い経験になったよ。また遊びに来て……は、難しいな。なんとか機会を作って、今度は僕の方から顔を出せる様にするさ」

「あー、そうだな……なら来たときには、街の案内くらいはしてやるぜ」

 

 こっちも仲良くなってるわねぇ。

 男同士の友情って感じよね。

 

『吉良殿がこんな会話をするなど……うーむ、原作からすればありえんでござるな!!』

 

「ということで、早ければ明日。遅くても明後日には帰る手筈は整うの」

「ええーっ!!」

「明日……明日だぁ!?」

「それはまた、急な話だな」

「いえいえ、準備だけよ。勿論、みんなが望むなら明日にでも帰ることは出来るけれど、どうする? まだ夏休み、だっけ? その日にちは残ってるのよね?」

 

 唐突な帰還日程を聞かされれば、そりゃあ不満の一つも出るわよね。

 なので、ちょっとだけですが日程は柔軟に出来るように調整済みです。

 なにより帰るだけなら、四番隊の穿界門(せんかいもん)を使えばすぐなので、準備なんてあってないような物なんですけど。

 だって許可出すの私ですし。

 

「そりゃまあ、な。明後日くらいの方が嬉しいっつーか、ありがたいっつーか」

「ていうか湯川さん、夏休みとか知ってるんだ……」

「一応、こっちにも夏期休暇はあるんだよ織姫さん」

 

 霊術院の夏期休暇のことね。

 

「まあ、そういうわけだから。予定は明後日に帰るってことでいいわよね? それじゃあ明日は帰りの準備とか、お別れの挨拶とか、お土産の準備とかを――」

「ああっ! いたあああぁぁッ!!」

 

 引率の先生よろしく、そうやって話を締めようとしたところで、食堂に大声が響き渡りました。

 その大声に私も、そして一護たちも――なんなら食堂にいた全員が――一斉に振り向きます。

 

「――って、何? あら、檜佐木君じゃない」

 

 声の主は、九番隊の檜佐木君でした。

 

『69の人! 69の人でござるよ!!』

 

 彼が四番隊に来たということは……ああ、多分アレ(・・)関係ねきっと。

 

「ああ、どうも先生。夜分遅くすいません。ただ、ちょっと現世から来た黒崎一護たちに相談がありまして……」

「瀞霊廷通信の取材でもするの?」

「はい! その通りです!! 実は『現世から来て瀞霊廷に大きな爪痕を残した存在について取り上げて欲しい』って要望も来ていまして……なので、取材のお願いをしに来ました!!」

 

 まあ、檜佐木君って言ったら話題に上がるのは瀞霊廷通信(コレ)関係よね。

 私や桃なんかは「ああ、またか」って反応ですが、一護たちはぽかーんとしています。

 あら? ひょっとして知らないのかしら……?

 

「今を逃すと現世に帰ってしまうって聞いたので! なので、お願いします! この通り!!」

「私に頭を下げられても……ていうか、耳が早いわね。黒崎君たちが帰るって話は、どこから聞いたの?」

「いや、実は総隊長からでして……」

「え?」

「ほら、先生が総隊長と話をしていたじゃないですか? その時、俺は別室で待っていたんですよ。黒崎一護たちのことを取り上げて良いか、総隊長から許可を取ろうと思って」

 

 隊首会は、基本的に隊長副隊長がセットで一番隊へ行く。

 隊長は、会議に出席する。

 副隊長は、会議が終わるまでの間は別室で待っている。

 と言う形です。

 

 が、今日の場合は隊長のみが出席する形式でした。

 となれば檜佐木君は、副隊長の自分だけで一番隊まで行って、隊首会が終わって私の按摩も終わるまでずーっと待っていた。ということに……

 

「あらら、それはそれは……待たせちゃったわね。それで、ここにいるってことは、許可は取れたの?」

「いえまあ……待つのは別段いいんスよ。待つのも仕事の内、みたいなもんなんで……んで、許可の方は、はい! 取れました! なもんで、こうして次は本人たちに許可を取りに来ました!」

 

 しかし、よく許可が取れたわね。

 まあ尸魂界(ソウルソサエティ)的には、藍染のあの事件は無かったことにするには大きすぎました。無かったことにしてしまうと、あっちこっちに大規模な歪みが生じます。

 なので、公的に扱いつつも瀞霊廷通信で一護たちのことを取り上げて矛先をずらそうとか、そういう狙いがあるのかしらね。

 

「つーわけで、お願いします! 取材を!!」

「いや、お願いしますって言われてもよ……まず、瀞霊廷通信? ってのはなんなんだよ……」

「えっ!? 黒崎君、読んだことないの?」

「僕でも、一度は目を通したぞ?」

「面白かったぞ……」

「なっ……井上も石田もチャドも知ってんのか……!? 知らねえのは俺だけかよ!!」

 

 知らないのは一護だけでした。

 結構、振り回されていたからねぇ……他の三人と比べて、時間的な制約が大きかった弊害かしら?

 

「簡単に言うと、瀞霊廷で出回っている新聞――いえ、情報誌って言った方がきっと伝わり安いわね」

「情報誌? んなもんまで出てるのかよ……」

「官報のような予定やお知らせも載っていたが、着こなしとか雑学とか、あとは各隊長の連載などもあったぞ。気楽な読み物だよ」

「あたしのオススメはねぇ……やっぱり、双魚のお断りかな」

「ああ……アレは良いな。面白かった」

 

 浮竹隊長の連載小説よね。アレ、本当に人気があるのよね。

 痛快でわかりやすいのがウケてるのよ。

 石田君すら、織姫さんの言葉にうんうんって頷いてるもの。

 

「マジかよ……ちょっと読んでみてえ……」

「なら、後で休憩室に案内してあげるよ。あそこなら、直近の号から一年分くらい前まで保管してあるから――」

「おっと! その必要はねえぜ! そういうこともあるだろうと思って、こっちで用意してきたからな! ほら、最新号だ! どーんと見てくれ!!」

「――どうやら必要ないみたいだね……」

 

 吉良君が提案しかけたところで、横から割り込むようにして檜佐木君が懐から瀞霊廷通信(今月号)を取り出すと、手渡し……いえ、あれはもう押しつけてます。

 

『絶対に読ませて、許可をもぎ取ってやるという熱意を感じるでござるよ!! 記者魂でござるな!! あのくらい図々しくないとやってられねえでござるよきっと!!』

 

 熱意も行き過ぎると「これだからマスコミは……」なんて言われちゃうんだけどね。

 

「ふーん……本当に、軽いな……内容……」

 

 無理矢理渡された雑誌をパラパラとめくったかと思えば、ぽつりとそんなことを呟きました。

 そういえば、今月号の巻頭特集って確か――

 

『乱菊殿の"できる上司と上手に付き合う方法"でござるよ!! いやぁ、拙者も乱菊殿のお尻に敷かれたいでござる!! 転生したら座布団だった件!! とかなんとか、出来ないでござるか?』

 

 ああ、思い出したわ。それなら一護の反応も納得ね。

 

「まあこのくらいなら俺は別に、問題はねえ……かな?」

「あたしも、良いですよ」

「同じく」

「僕は遠慮させて貰うよ。死神の広報誌に滅却師(クインシー)が載るなど、あり得ないことだからね」

「なあっ!? い、いやその……出来れば参加してくれねえか!?」

 

 三人が許可を出す中で、あらら。石田君だけは難色を示してるわ。

 一人だけ参加しない宣言に檜佐木君がちょっと困ってる。

 それじゃあ、ちょっとだけ助け船を出してあげましょうか。

 

「でも一人だけ不参加ってなると、石田君のことが面白おかしく書かれるかもしれないけれどいいの? 火のないところに煙が立っても知らないわよ?」

「……ッ! し、仕方ないな!! 取材はNGだが、監修はさせて貰うよ! 滅却師(クインシー)の名誉の為にも!!」

「難儀な奴……」

 

 一護がボソッと呟きました。

 

「えー……とにかく、全員OKってことで良いんだよな!? ありがてぇ!! んじゃ、明日の朝に改めて取材に来るから、ちょっと待っててくれ!」

「ん? ここ(四番隊)で待ってりゃ良いのか?」

「へへ、まあな。こっちから取材をお願いしている立場なんだから当然だろ? なので先生、四番隊の応接室を……」

「それなら勿論許可するわ、使って頂戴。でも明日には全員がそれぞれの予定もあるんだから、あんまり長い時間質問攻めにはしないであげてね」

「分かってますって! そんじゃ、失礼します! お前ら、明日はよろしくな!! はぁ……忙しい忙しい……!」

 

 言いたいことを言い終えて約束を取り付けると、すぐさま帰って行きました。

 去りながら口にしていた内容から察するに、これから取材の準備とか整えるのかしらね? 急な出来事だったから、まだ準備が整ってないんでしょうねきっと。

 

「うわー! どうしよう桃さん! インタビューだって! 取材だって!! お、オシャレとかした方がいいのかな……!?」

「大丈夫ですよ。私も取材を受けたことありますけれど、そんなに肩肘張る物じゃないから」

「ええーっ、でもでも~……」

 

 一方、織姫さんは桃とそんな感じでウキウキしてます。

 

「それに瀞霊廷通信の取材だったら、先生に聞くのが一番手っ取り早いから」

「私が? でも過去に何度か特集を組んで貰ったくらいだから、そんなに大したことじゃないわよ? 人に心得を説明できるほどじゃ……」

「またまたぁ! ほら、先生が隊長になったときの記事とかあるじゃないですか!」

「他にも先生は、時々お菓子の作り方(レシピ)を紹介していたりもするんだよ」

 

 ここぞとばかりに桃と吉良君が私のことを持ち上げてきますね。

 

 お菓子のレシピは、一番隊のお茶会です。ほら、雀部副隊長主催のアレですよ。

 紅茶に合わせた洋菓子を中心に紹介しています。

 締め切りさえなければ、楽しい作業なんですよ……締め切りさえなければ……

 

「そういえばそうね。アレも檜佐木君に依頼されて原稿を……あっ! ……そういえば、檜佐木君って自己紹介してない……わよね……?」

「……あ!」

「ああっ!!」

 

 私に続いて、桃と吉良君も声を上げました。

 ようやく気付きましたが、一護たちは檜佐木君が"何番隊か?"とか"なんで取材を申し込んでいるんだ?"といった裏事情を知らないわけです。

 そりゃ、ぽかーんとした顔にもなるわよね。

 

「それじゃあ、僭越ながら私から説明するわね。彼は、檜佐木修平君。あれでも九番隊の副隊長なの」

「副隊長!? ってことは、恋次や海燕さんと同じかよ!!」

 

 更木剣八も副隊長だけどね。

 

「それと九番隊は、瀞霊廷通信の刊行も業務なの。現世風にいうと、あの子は出版社の編集長よ」

「編集長!? 途端に偉い人に見えてきたぜ……副隊長で編集長……うーん……??」

 

 なんだか一護の中で死神の位置づけが変な事になってないかしら?

 

「ちなみに彼は、顔に69って素敵な数字の墨を入れたことでも有名なのよ」

「……ぶふっ!!」

「「……」」

「……?」

 

 一護が吹き出しました。

 織姫さんはぽかんとしています。

 他の二人は無表情を装っていますが、無表情を装う(・・)ということで、なんとなく理解していますね。

 

「い、いやアンタ急に何を……」

「以前の九番隊に六車拳西って隊長がいてね、()()番隊ってことで隊首羽織の背中に69って数字を染め抜いていたの。それに憧れて、彼は死神になったし入れ墨も入れたのよ」

「あ、ああ……そういうことかよ。けど六車ねぇ……」

 

 多分、もうちょっとすると会うことになるはずだから覚えておいてね。

 それで、思いっきりツッコミを入れてあげなさいな。

 

「他にも九番隊は、写真集とかも出しているんですよ」

「勇音!?」

 

 いつの間にやら、勇音が会話の輪の中に入ってきました。

 

「各隊の隊長の写真集とか、人気なんですよ。見てみますか?」

 

 用意が良いわね。

 各隊長の写真集なんかも持って来ていて、もう配って……あら? 私のもあるわ。

 

『あのドスケベ写真集でござるな!』

 

 ドスケベ言わないの!!

 

『ですが、未成年に見せるのは問題で――おやおやおやぁ? 面白いことになってるでござるよ!!』

 

 え、え? 何が?

 

「え! ちょ、ちょっと待った……!! これアンタか!? うわ……」

「え……ええッ!! く、黒崎君は見ちゃダメーっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 織姫さんが大慌てで一護の目を塞ぎました。

 あらら、自分だけを見て欲しいっていういじらしい乙女心かしら。

 

 そんなこんなで夜は更けて翌日、一護たちはきちんと取材を受けたそうです。

 私はその場にいなかったので詳細は分かりませんけどね。

 

 

 

 ――ですが、詳細を知る機会はきちんとあります。

 

「こうやって見ると男前よねぇ……」

 

 九月も少し回ったある日、瀞霊廷通信の特別増刊号――つまり、一護らの特集記事をまとめた号――が発行されました。

 表紙を飾る一護らの姿はなんとも凜々しい物ですね。

 流石は主人公たちです。

 

 結構人気も出て、増刷したみたいですよ。

 

 ただ……

 

「先生! 現世についてもう少し詳しく教えて下さい! 特にバイクについて!!」

 

 一護たちから知ったのでしょう。

 檜佐木君が現世の文化に触れて、興味津々です。

 どうやらバイクとかギターのような、パンクな感じ……って言うんですか? そういった雰囲気の物に、もの凄く食いついたご様子。

 

「また? 私、そこまで詳しくないんだけど……」

「良いじゃないですか!! ねっ、ねっ! この通りっスから!! 最新の情報を! どうか!!」

 

 勤務時間内なのに、押しかけられるのがちょっとだけ困りものです。

 




次話でようやく帰りますよ。

●作中時間
原作だと、現世に戻ったのは8月21日のようです。
拙作だと、現世に戻れるのは8月25日以降になりそうです。

夏休みの宿題……大丈夫なんでしょうかね……?


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第175話 さよなら尸魂界

 アッという間に一日は過ぎて、とうとう一護たちが現世に帰る日となりました。

 彼らの為に正式な穿界門(せんかいもん)も用意されました。霊子変換器も組み込んであるので、生身でも出入り自由の高性能な一品です。

 そして門の周囲には、一護たち現世に帰る組は当然として、それ以外にも彼らの見送りの為に多くの死神が集まっていました。

 

「じゃあな、一護君」

「現世でもしっかりやれよ。あと、一心にもよろしくな」

「今度会うときは、もう少し強くなっておけよ。じゃねえと少し斬り合いが愉しめねえ」

「お、おう……」

 

 そんな感じのやり取りをしているのは、一護たちです。

 お世話になった十三番隊と十一番隊の面々、それに志波家やら朽木家の人たちも集まっています。

 一番大人数ですね、流石は主人公です。関わった人の数が多いこと多いこと。

 ……更木副隊長はいつも通りですね。

 

 

 

「泰虎、友を大切にするのだぞ」

「左陣……」

 

 こっちは茶渡君です。

 狛村隊長と射場副隊長が来ていますね。

 そういえば彼は、流魂街に知り合いがいたらしいんですが、どうやらその相手もここまで来ることは出来なかったようです。

 

『隊長格が集まっているものの、門を通って逃げられる可能性もありますからなぁ……!! 流魂街と瀞霊廷とを隔てる壁は、未だ厚く硬いでござるよ!!』

 

 でも昨日のうちに挨拶は済ませたみたいよ。

 

「ありがとう。そちらも、上手く行くことを願っている……」

「ああ、すまぬな……」

 

 これは多分、東仙のことよね?

 仲良かったみたいだから、また肩を並べて一緒に戦えるように祈っている――そんな感じでしょうか。

 

「それと……出来ればまた、五郎の散歩がしたいな……」

「……ッ! あ、ああ! 任せておけ! いつ来ても構わぬぞ!」

 

 五郎って、七番隊で飼ってる犬のことですよね? 私ももふもふしたことがあります。

 

 ……え!? また!? 今"また"って言ったわよね!?

 ということは最低でも一回は、散歩をしているのよね!? それも話の流れから察するに狛村隊長と茶渡君の二人で!?

 

 うわぁ……見たかった、その光景すっごく見たかったわぁ……

 射場副隊長がうんうんと神妙に頷いているのがまた、雰囲気を出していました。

 

 

 

「あ……あの、お洋服ありがとうございました」

「ああ、いや……大したことじゃないよ」

 

 そして石田君なんですが、勇音がお礼を言っています。

 勇音だけじゃなくて、四番隊の女性隊士たちもちょっとだけ集まっています。仕事の都合でここに来られたのは数名だけなんですけどね。

 

 滅却師(クインシー)だからと、あまり積極的に関わってこなかった石田君ですが……なんだかちょっとホッとしました。

 ぼっちになるところだったわね。

 

『ですが、洋服を作ったという利害関係が無かったら結局集まらなかった気がするでござるよ? 詰まるところ、これはお店とお客の関係、仕事上の付き合いでしかないのでは!?』

 

 ……うん、まあ……でもいいんじゃないの? 滅却師(クインシー)だし。

 

 

 

 そして最後に。

 

「織姫さん! また遊びに来てね!」

「桃さん! うん……うんきっと!!」

 

 この二人、本当に仲良くなったわね。

 でも、気軽に遊びに行ったり来たりしちゃうのも、それはそれで問題なんだけど……出来れば遠慮して欲しいわ。

 それと、石田君のところにいた四番隊の子たちはこっちにも参加しています。というよりも、織姫さん(こっち)が本命で石田君(あっち)はついでっぽいのよね。

 

 

 

 ……ととと、いけないいけない。

 みんなのお別れのシーンを見ている場合じゃないわね。

 私も、次のための伏線を張りに動かなきゃ!

 

『確かにそうなのでござるが……言い方ァ!! でござるよ藍俚(あいり)殿ェ……』

 

 しらなーい。だって本当のことだもん♪

 さてまずは、一護の方から。

 

「じゃあ私からはこれを、黒崎君に」

「これ……手紙ですか?」

 

 ちょうど浮竹隊長が死神代行戦闘許可証を手渡していたところでした。

 そこに後から追加するようにして、私は手紙を渡します。

 

「ええ、そうよ。君が現世に戻った後でもしも『黒髪三つ編みで眼鏡を掛けてて、関西弁を喋る、真面目そうで性格も厳しそうな学級委員長みたいな雰囲気の子』に出会ったら『私から』って言って、渡して欲しいの」

「なんだそりゃ!? ってか、そんな相手なら結構いそうなんだが……名前とかは知らないのか?」

「相手の名前は"矢胴丸 リサ"よ。忘れないように一応、手紙の表題にも書いてあるから」

「やどうまる……りさ……? 知らねぇ名前だなぁ……」

「お、おい湯川! その名前は……!!」

 

 浮竹隊長が名前を聞いた途端、激しく反応をしました。

 まあ、仕方ないわよね。

 本当なら百年前に(ホロウ)になって処理されたとされる死神の名前なんだもの。

 一護みたいな相手に名前を出しただけでも、色々と問題があるのも当然よね。

 

「私は生きているって――きっとどこかにいるって信じてるの。それに、可能性があるとすれば黒崎君が一番ありそうだからね」

「し、しかしだな……」

「少なくとも、死神代行戦闘許可証より幾らかは役に立つはずよ。アレは法律としてきっちり明文化されていないから、知らない死神の方が多いでしょうし……」

 

 死神代行関連については何年か前に急遽制定された掟――というよりも「こうやって対応しましょう」ということを明記したマニュアルみたいな物だから。

 制定時には私も霊術院講師を辞めた後だし、多分教えてないわよね。

 

「何より代行証(それ)は――」

「すまないが、そこまでにしてくれないか。俺もいっぱいいっぱいなんだ。頼む!」

 

 あらら、頭をさげられちゃいました。

 代行証って確か、万が一のための監視アイテムでもあったから……

 

 ああ、そういうことなのね!

 面と向かって代行証については説明出来ないから、遠回しに気付かせようとしている――そんなところかしらね。

 となると、言い方をちょっと変えて……

 

「――代行証(それ)を出して、ダメだったら浮竹隊長や私の名前を出して対話を試みる、くらいはできるはずよ。ちょっと便利なお守り、くらいに考えておいて」

「お守りねぇ……まあ、代行証(これ)手紙(これ)も、どっちも確かに受け取ったぜ! 手紙(こっち)の方は、渡せるか自信はねえけどな……」

 

 ちょっと一悶着あったけれど、まずこっちの方はこれで終了。

 一護がちょっと手紙を見たまま「関西弁、学級委員長っぽい……うーん……」と首を傾げています。

 

 ……やっぱり、平子隊長宛にすべきだったかしら……でも、あの中で一番仲が良かった相手はリサだし、彼女宛の手紙にするのが一番自然よね、きっと……

 

『やはり、むっつりスケベという特徴も教えておくべきだったのでは……?』

 

 一見するとスケベ(そう)とは見えないから、あの子はちょっと厄介なのよね……

 

 

 

 さて、次は織姫さんです。

 

「織姫さんには、これを渡しておくわね」

「ありがとうございます……え、あれ……? これって、携帯電話……ですか……?」

「ああっ! 先生それ、伝令神機じゃないですか! しかも新型! いいなぁ……」

 

 伝令神機を渡したところ、隣にいた桃の方が良い反応をしてくれました。

 

「伝令神機……? それって確か、死神のみんなが使っている……」

「そう。現世の子の認識としては、携帯電話で問題ないわ。わかりやすくいうと、尸魂界(こっち)現世(そっち)で通話もメールも出来るの。これで、桃と離れても寂しくないでしょう?」

 

 あえて説明しませんでしたが、居場所を探せる発信器のような機能も付いています。

 でもGPSとかあるからそれほど珍しい機能でもないわよね。

 

「ええええっ!! で、でもこんなの、貰えませんよぉ! それに、料金だって……」

「ああ、料金なら私が払うから大丈夫よ」

「ええええええぇぇっ!?」

 

 ココだけ聞くと、まるで織姫さんに首輪を付けているみたいね。

 

『目に見えぬ電子の――もとい、霊子の鎖でござるな!!』

 

「うわぁ、織姫さんいいなぁ……ねっ、ねっ! 早速番号交換しようよ!! いいですよね、先生!」

「勿論よ。ついでに使い方も教えてあげて」

「はい! あのね、まずはここを……次に……――」

 

 うきうきしながら桃がレクチャーを始めました。

 でもまあ、若い子だから使い方なんて教えなくてもすぐに理解するでしょう。

 操作方法も簡単になってることだし。

 

『cd ero_gazou_folder2002

ls -l

mkdir backup_20020825

cp yukawa_airi_erogazou_20020825_072.jpg backup_20020825

eog --fullscreen backup_20020825/yukawa_airi_erogazou_20020825_072.jpg』

 

 そうそう、昔はパソコンもCUIでそんな感じだったから……って、UNIX!?

 あとコマンド適当すぎでしょう! もっとちゃんと整理しなさい!! 階層とかもちゃんと考えて!!

 ……って、なにこの画像! いつこんなの撮ったのよ!!

 

 

 

「じゃあな、みんな!!」

 

 とあれ、一護たちは現世へと戻っていきました。

 ……あれ? なにか忘れているような……??

 

「夜一様! 夜一様がいないっ!?」

「どうしたの砕蜂? 夜一さんなら、一護たちの案内をするって一緒に穿界門(せんかいもん)に入っていたけれど……」

「えええっ!! に、逃げられました……」

 

 門の向こう側を凝視しながら、彼女はがっかりと肩を落とします。

 

「かくなる上は私も! 後を追って現世に!!」

「ちょ、ちょっと! やめて、落ち着きなさい!!」

 

 今にも門へと飛び込もうとする砕蜂を羽交い締めにしながら、必死で説得しました。

 

 その日の夜には「織姫さんから『無事に家に帰りました』と知らせが来ました!」と騒いでいる桃が可愛かったです。

 




UNIXのコマンド、間違っていたらごめんなさい。


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第176話 現世に戻ったので

一護の必要そうなイベントだけ消化(描写)
ここはサクサク行きますよ。



「悪ィな。明日になったら文句ぐらい聞いてやるからよ」

 

 代行証を当てて自らの身体からコンを追い出すと、摘まみ上げた義魂丸を見ながら一護はそう口にした。

 

「やれやれ、やっと帰ってきたな……」

 

 ようやく静かになった自室。

 そのベッドに腰掛け、一護は誰に向けるでもなく呟いた。

 思わず寝転びたくなったが、外はまだ明るい――というよりもまだ朝の時間帯だったため、なんとなくそれは止めておいた。

 

「長かったような……短かったような……」

 

 見慣れた天井を眺めながら、彼は尸魂界(ソウルソサエティ)での出来事を思い返す。

 

 自分の親戚――ほぼ間違いなさそうだがまだ確証は取れていない――に出会ったこと。

 卍解を会得したこと。 

 (ホロウ)化という事象について教えられたこと。

 藍染惣右介のこと。

 やたらと世話を焼かれた、四番隊の隊長のこと。

 

 そして――ルキアが尸魂界(ソウルソサエティ)に残ったこと。

 

 それらの出来事を一つ一つ思い返すと、思わず溜息がこぼれ落ちた。

 

(……てか、コレ全部コンに話さなきゃならねえのか? 俺の身代わり役でもあるから、知らせてもいい気はするんだが……)

 

「面倒くせェ……ん? 何の音……?」

 

 思わず口から言葉を漏らしたときだ。

 まるでそのセリフをかき消すように、部屋の外からドタドタと下品な音が喧しく響いてきた。

 思わずドアの方向に目をやると――

 

「グッッモーーーニン! イッチゴーーーーッ!!」

 

 ――父親がドロップキックで突進しながら部屋へと乱入してきた。

 ご丁寧に自室の扉を蹴破るオマケ付きである。

 

「……ああ、そうだったな。親父に聞かなきゃならねえ事が山ほどあったんだわ……危ねえ危ねえ、思い出させてくれてありがとよ……」

「お……おう、一護……どーしたぁ……? よくわからんが、父さんも役に立てたみたいでうれしいぞぉ……」

 

 ドロップキックを自らの身体で受け止めつつ、鬼の様な形相で睨んでくる息子(一護)の姿に、父親こと黒崎一心は乾いた笑顔を浮かべる。

 

 息子の言動から嫌な予感がする……というよりも、嫌な予感しかしない。

 それもとびっきりの悪寒なのだ。

 

「すまん、父さんは塾の時間だからこれで。あ、ドアは後で直しておく……」

「待てやコラァッ!」

 

 大急ぎで誤魔化しながら逃げようとするが、当然そんなことが通じるはずもなく……

 一護に肩を掴まれ、そのまま胸ぐらを締め上げられた。

 無理矢理正面を向かされたかと思えば、そのまま一護は一人の名を叫ぶ。

 

「志波海燕!」

「……ッ!!」

「表情が変わったな? やっぱりかよ、親父……海燕さんたちから聞いたぜ、あんたの昔のこと(・・・・)を」

「……なるほどな」

 

 真剣な眼差しで見つめてくる息子の姿に、一心はこれ以上逃げられないと悟り、両手を軽く挙げて降参のポーズを取った。

 それを見た一護も締め上げていた手を離す。

 

「やっぱりアンタは死神なのか!? ならなんで霊が見えねえんだ!? 俺は死神から産まれたのか!? 答えろ!!」

「ああ、一護。それはな……」

「それは……?」

 

 普段は飄々としており、巫山戯た言動ばかりしている父親ではあるが、時折こうした真摯な様子を見せるときがあった。

 だが今回見せたそれは、今まで一護が見たどの瞬間よりも真に迫る雰囲気を放っている。

 ゴクリ、と思わず生唾を飲み込みながら、次の句を待つ。

 

「……お前にはまだ早い!」

 

 が、サムズアップしつつ精一杯のお茶目な笑顔を見せて言い切った姿に、全部ぶち壊された。

 落差で思わずギャグ漫画のように一護が転ぶ程にである。

 

「な、なななな……」

「夏休みの前にも言っただろうが。お前にはまだ早いの。そういうのは、俺が話をしても良いと思った時まで待つ! ってな」

「あーわかったよ! そういう態度を取るならアレだぞ、こっちも湯川さんに言いつけてやっからな!!」

「なにいいいいぃぃっ!?」

 

 てっきり自分の正体について教えられると思っていただけに、その落差は大きかった。

 売り言葉に買い言葉、ではないが。

 頭に血が上った一護がヤケクソ気味に叫ぶと、一心が分かり易いくらい分かり易く動揺する。

 

「ななななななななあ一護? いいいいい今、誰に言いつけるって……?」

「あン? 湯川藍俚(あいり)さんって、四番隊の隊長さんだよ。尸魂界(あっち)じゃ随分と良くして貰っ……た……?」

「隊長……隊長だと!? 副隊長じゃなくてか!?」

 

 副隊長? と一瞬疑問に思ったが、副隊長から隊長に出世するくらいは普通にあることだろうと、一護はその疑問を飲み込んだ。

 ……実際は、そんな簡単な物ではないのだが。

 

「あの人、まさか隊長になってたのかよ……いや、隊長にならないのがおかしいとは思っちゃいたがそれって他の部隊ならまだしも……マジかよ、おいおい……それじゃ前の卯ノ花隊長はどうしたんだ? まさか自力で隊長まで上り詰めたのか……? 副隊長時代でも散々やられたのに……いやアレは俺がサボっていたからだが……けど本家の都さんを助けたってこともあって頭上がらねえし……ぐぐぐぐぐ……」

「おいヒゲ。モノローグっぽくして誤魔化そうとしてっけど、全部聞こえてっからな?」

 

 頭を抱えながらブツブツを呟く――しかも呟きながらゆっくり離れて逃げている――父親の姿に、一護も釣られたように頭を軽く抑える。

 

「……やっぱり、あの人に全部聞くべきだったな。そういや井上の奴が連絡を取れる道具を貰ってたからちょいと借りて――」

「ちょちょちょちょちょっと待った一護!? 織姫ちゃんがなんだって!?」

「あん? 伝令神機、だっけか? 携帯電話みてえなアレだよ。アレを井上が湯川さんから貰って――」

「何を渡してんだあの人おおぉッ!!」

「お、おう……」

 

 さっきから藍俚(あいり)の名前を出す度にテンションの乱高下を見せる父親の姿に「もういっそ面白い」とすら思っていた。

 なので「次からは何かあったらこの手でいこう」とも思ったとか思わないとか。

 

「……ええい、わかった! 一護、特別大サービスだぞ!! ……俺は死神だったんだ」

「それはもう分かってんだよ! 尸魂界(あっち)で色んな死神から聞いたわ!!」

「いいから聞け! 死神だった(・・・)んだ!」

「だった……?」

 

 だった、という遠回しな表現に首を傾げれば、一心は力強く頷いた。

 

「ああ、そうだ。二十年前に、ちょいとした事件があってな。俺は死神を辞めることになった」

「……まさかそれって!」

「ああ、そのまさかだ。母さんと出会ったからだ。そこで色々あってな、俺は死神の力を失った……いや、今まで失っていたんだ」

「じゃあ、俺は……死神と人間との混血ってことか? 遊子(ゆず)夏梨(かりん)も!? マジかよ……いや、なんとなく想像はついちゃあいたんだけどよ……」

 

 自分と、双子の妹たちの出生の秘密を知らされ、一護はへたりと座り込んだ。

 尸魂界(ソウルソサエティ)で何度となく父の話を聞けば、そうなのだろうということは嫌でも想像できた。

 当然、覚悟もできていたつもりだったが、だが実際に父親から話を聞くのは想像以上に心が動かされるものだった。

 

「でもそれじゃ、なんで死神の力を失ってんだよ? それが、お袋と何か関係があるのか!? いや、さっき失ってたって言ったよな!? 戻ったのか!? 戻るような特訓でもしたのか!?」

 

 だが一護の疑問は尽きない。

 というか、一つの答えを聞けばその何倍もの疑問が一気に湧き上がるのだ。

 さながら餌を求める動物のように、もっともっとと問い詰めてしまう。

 

「おっと、今話せるのはこの辺までだな。続きは、お前が酒でも呑めるようになってからだな」

「はぁ!? なんだよそりゃあ……」

「なんと言われようと、駄目な物は駄目だ」

 

 だが一心は「これ以上は話せない」とばかりに、意固地な態度を崩さなかった。

 その様子に、もうこれ以上は食い下がっても無理そうだと一護は矛を引っ込め――ようとしたところで思い出した。

 

「じゃあ、もう一つだけ聞くぞ? (ホロウ)化って、知ってるか? これも湯川さんから聞いたんだけどよ。(ホロウ)みたいな、変な仮面を付け……ん?」

「あの人、本当になにやってんのおおおぉぉぉッ!?!?」

「……ッ!?」

 

 気付けば、一心が床の上で悶えていた。

 イモムシのような体勢でぐねぐねと不気味な動きをしつつ、頭を抱えている。

 父親の情けない姿に、一護は何も言えなかった。

 

 だがその気色悪い動きもピタリと止まり、一心は能面の様な無表情でスッと立ち上がる。

 

「一護……父さん、頭痛いから今日はもう休むわ……」

「お、おぅ……」

 

 そのまま音もなく部屋を出て行く姿に、一護は頷くのが精一杯だった。

 嵐の様な勢いが去り、ようやく静かになった部屋の中では――

 

「あ、やべぇ! 海燕さんからの手紙!! 渡すの忘れてた!!」

 

 一心のノリとテンションに翻弄されすぎて、頼まれていた重要な要件を完全に忘れたことに気づくと、慌てて父の後を追う。

 

「おい! ちょっと待った親父! 手紙だ!! 海燕さんから手紙を預かってんだよ! あと都さんと氷翠(ひすい)からも!!」

「……なんだ一護? 父さんもう休むって……ってなんだとぉ! 手紙だぁ!? てか、氷翠(ひすい)って誰だ!?」

「娘だよ! 海燕さんの!! そんなことも知らねえのか!?」

「娘!? ってことは子供が産まれてたのか!? い、いいいい一護どうしよう!? 挨拶くらいには行った方が良いかな!?」

「知らねえよ!! とにかく手紙は渡したからな!!」

 

 その日、黒崎医院には「誠に勝手ながら、都合により今日・明日は休診とさせていただきます」という張り紙が貼られていたそうな。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 やがて日は過ぎ、夏休みが終わり二学期が始まった。

 

 黒崎一護は、本来は高校生である。

 学生生活と死神代行という二足の草鞋に生活を振り回されつつも、なんとか両立させていた九月二日に、事件は起こった。

 

「黒崎一護、死神代行だ! ほれ、代行証」

 

 代行証からの「(ホロウ)出現」の知らせを受け、死神となって出撃した夜半。

 ルキアの代わりに空座町の担当になったというアフロヘアの死神――名前は車谷(くるまだに) 善之助(ぜんのすけ)というらしい――と出会った一護は、何者だと誰何の声を上げてくる車谷に向けて、代行証を掲げていた。

 

「な……なんだそれは!! 代行証!? そんなの見たことも聞いたこともないわッ!!」

「はぁ? なんだコレ、全然役に立たねーじゃ……あ!」

 

 だが、効果が無い――どころかむしろ相手の怒りすら買う羽目になった結果に、代行証という物の存在に疑問を感じ掛けた瞬間、一護は思い出した。

 出立直前、代行証を渡された際に藍俚(あいり)から教えられた内容を。

 

「えーっとな、コレは一応、浮竹さんや湯川さんも認めていた正式な物らしくてよ。出来れば話を……――」

「ゆ、ゆゆゆ湯川さん、だとぉっ!? ま、まさか湯川隊長のことか!?」

「あー、そうそう。四番隊の」

「あ、ああああああああっ!!」

 

 湯川藍俚(あいり)の名前を出した途端、車谷が全身を緊張させた。まるで借りてきた猫のように大人しくなっている。

 まるで先日の、自分の父親も似たような反応をしていたことを彷彿とさせる光景だ。

 

 車谷善之助は、死神である。

 死神ということは、霊術院を卒業していることになる。

 つまり……藍俚(あいり)の教え子の一人である。

 入学直後、まだ若かった彼は「十一番隊もいいな」と考えていた。意外と血気盛んであったのだ。

 その後、当然シメられた。霊術院名物、初日の歓迎会である。

 それでも根が真面目な彼は、時々藍俚(あいり)に稽古を申し出て、その都度ぶっ飛ばされたという苦い経験を持っている。

 藍俚(あいり)の名を聞けば、そういう反応をするのは至極当然なのだ。

 

 ――余談ながら。

 原作での彼は、始解が出来る程度には斬魄刀との対話も済ませている。

 そういう意味ではエリートに属している。

 斬魄刀の能力が「地面やコンクリートをボコッとさせる」くらいしか見せ場が無くても、始解が出来る時点でエリートと言えなくもない。

 ルキアに代わって急遽現世の駐在任務に就くよう選ばれているので、もしかしたらエリートかもしれない。

 

 ――さらに余談だが。

 原作でもその程度にはエリートである彼が、この世界では藍俚(あいり)に多少なりとも鍛えられている。なので、土で壁……いや、襖か障子くらいは作れるようになっていたりもする。

 サンドアートコンテストとか土器コンテストみたいな催し物があれば、きっと彼は活躍できるだろう。

 なお披露する機会は多分無い。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「わ、わかった! 代行証! 多分きっと効果があると思います!! 保証します、私が!」

「明らかに代行証の力じゃねえよなコレ……湯川さん何やったんだよ……」

 

 代行証(湯川の名前)は効果が抜群だったようです。

 その適用範囲は、車谷だけに留まらず……

 

「……はァ!? ちょい待ちぃや!! 藍俚(あいり)ちゃん、隊長になってんの!? それも四番隊の!?!?」

「うおおおっっ!! って、てめえは平子……!?」

 

 後ろから聞こえてきた絶叫……というかツッコミというか。

 驚いて振り向けば、そこには一護のクラスに転校してきた平子真子の姿があった。しかも何やら驚いた反応をしている。

 だが驚かされたのは一護も同じだ。

 一護と車谷のやり取りを聞いていたであろう言葉の内容も気になるし、片手に斬魄刀を握っているのも気になって仕方がない。

 先日の、父親との会話の疑問ですらまだまだ混乱しているというのに。

 

 (平子)味方(一護)もツッコミどころだらけだった。

 

 

 

 気を取り直した平子真子が「コレ、何や?」と(ホロウ)化の仮面を見せてから、一護に「あ、それ! (ホロウ)化じゃねえか! お前も湯川さんと同じ力を使えるのか!?」と返事されてツッコミを入れまくるまで、あと二分五十七秒。

 




●一護の母親の呼び方
気を抜くと「母さぁぁんっ!!」って書きたくなります。
……ブロックワードが発動しちゃう。

某ガンダム(SEED DESTINY)パイロット(アウル)(声優繋がり))

●アジトに帰った後の平子
平子「なんか、藍俚ちゃんも虚化できるんやて……黒崎一護が言うとったで……」
ひよ里「はぁ!! 嘘やろ!?」


次は、ヤミー戦かな。
この辺はチャドと織姫も出てくるので、一旦話を切ります。

●追記(2023/04/15)

166話で、一心宛の手紙を海燕から貰っているのを完全に忘れていたので。
その部分周辺の描写を追加。
(ラスト部分に、ねじ込みました)


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第177話 現世に戻ったので その2

ヤミー戦の前にちょっとだけ絡みがあったのを忘れてました。



「オウ、一護。待っとったで」

「平子!?」

 

 夜半に起きた"代行証ってすごい"事件の翌日。

 一護が登校するなり、まるでそれを待ち受けていたかのように平子が姿を見せた。

 

「お前、昨日は結局なんだったんだよ? 湯川さんが隊長だってことに驚いてたかと思えば、今度は(ホロウ)化でも驚きまくって、ようやく落ち着いたかと思えば何にも言わずに帰りやがって」

「しゃあないねん!! てか、突然あんなん聞かされたら誰でも驚くわボケェッ!!」

 

 予備知識の差が如実に出た瞬間であった。

 平子真子、朝から渾身のツッコミである。

 

「……まあ、それはもうどうでもええねん」

「いや、明らかに"どうでもいい"状態じゃねえ――」

「どうでもええねん!!」

「お、おう……」

 

 ぜいぜいと肩で二、三度息を整えてから、平子はようやく本題を切り出した。

 

「昨日の挨拶で理解できた思うが、オレは仮面の軍勢(ヴァイザード)。オマエの同類や」

「……ん? 同類……?」

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)という名前には聞き覚えはなかったが、同類と言う言葉が妙に引っかかった。

 記憶が刺激され、連想ゲームのようにある言葉を思い出す。

 尸魂界(ソウルソサエティ)にて、仄めかすように教えられた言葉を。

 

「ひょっとして、湯川さんが言ってた現世の当てってのはお前のことなのか!?」

「……はぁ!?」

「なんだ、違うのか? (ホロウ)化出来るし、知り合いなんだろ? いや俺も『結界を張って、内在闘争をして内なる(ホロウ)を屈服させる』って、説明は受けたんだが……」

「ちょぉぉぉっ! もう堪忍したってや!! こっちの段取り全部パーやないかい!! どないすんねんコレ!!」

 

 昨夜からツッコミ入れまくりの平子であった。

 

「お、おいどこ行くんだよ……」

「……早退」

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)側の事情を知らぬ一護は、首を傾げつつその背中を見送っていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……あァ!? なんだお前ら?」

 

 有沢(ありさわ)竜貴(たつき)を蹴り飛ばそうとしたヤミーの一撃を、寸でのところで茶渡は割り込み受け止める。

 そして魂吸(ゴンズイ)を受けて意識が混濁している彼女を庇うように、織姫もまたこの場へと姿を現していた。

 

「……井上。話した通り、有沢をつれて退がってくれ……」

「うん……無理しないでね、茶渡君……」

 

 ヤミーの言葉に返事をすることはなく、二人は事前の打ち合わせ通りに行動することを再度確認する。というより、そう口に出さなければ忘れてしまいそうだったからだ。

 二人とも、対峙したヤミーの霊圧に気圧されかけていた。

 目の前の相手は明らかな実力者――それも、格上の相手だと一目で分かる。

 ましてや攻撃を受けた茶渡からすれば、その実力は文字通り肌を通して伝わってくる。

 

「ウルキオラ! こいつか!?」

「そうだな……当たらずとも遠からずといったところだ。だが、潰して問題はない」

「へえ、そうかい! なら――」

 

 ――来る!

 

 ウルキオラの評価にヤミーは嬉々として拳を振り上げ、思い切り振り下ろした。

 だがチャドも黙ってやられはしない。

 時間こそ短いものの、尸魂界(ソウルソサエティ)にて鍛えられたのだ。

 狛村左陣という、良き理解者と過ごした時間は。

 湯川藍俚(あいり)によって、引き締められた己の霊圧は。

 

 伊達ではない。

 

「おおおおおっっ!!」

 

 迫り来る拳に向け、異形と化した己が右腕をアッパーカットのように振り上げる。

 拳と拳――それらには霊圧が込められている――が激突し合い、周囲には衝撃波のような波紋が走った。

 

「ぐおっ!?」

「くっ……」

 

 ヤミーと茶渡、二人とも衝突の反動により二人とも弾き飛ばされて体勢を崩す。

 

「なんだぁ、オイ! 当たりじゃねえかウルキオラ!!」

「言ったはずだぞ、ヤミー。当たらずとも遠からず、だとな」

 

 歯ごたえのある相手の出現に喜ぶヤミーであったが、ウルキオラの評価は変わらずのままだ。

 弾かれたヤミーの拳は、多少の傷がついただけ。

 対して茶渡の腕には、罅のような裂傷が数本走っている。

 

 相打ち――と呼ぶには、少々厳しい結果だ。

 なるほど「ゴミではないが、当たらずとも遠からず」という評価も頷けるものだと、ヤミーは理解する。

 

「精々が、玩具(オモチャ)ってところか! ハハハハハッ!!」

「双天帰盾! 孤天斬盾! 私は、拒絶する!」

 

 高笑いの隙を狙い、織姫が盾舜六花の能力を発動させる。

 椿鬼は狙い澄ましたようにヤミーへと突き進み、そして――

 

「あん? 何だこりゃ、蝿か? うおっ!?」

 

 ――叩き潰そうとしたその手をかいくぐり、逆に相手の腕へ一筋の傷を刻んでみせた。

 

「や、やった……!」

「チッ! だがこんなもん――」

 

 椿鬼が付けた傷は、ヤミーからすれば軽く引っかかれた程度。怪我と呼ぶのもおこがましいものだ。

 だが、その一撃に注意が逸れたのもまた事実である。

 椿鬼による攻撃で注意を引きつけ、同時に発動させた舜桜とあやめで茶渡の傷を癒やす。

 織姫は一度に三人を操り、二つの事を同時にやってのけた。

 

「後は任せろ! 井上!!」

「コイツ、腕が……!?」

 

 その意図を、茶渡もまた正確に理解する。

 ダメージはあるが、まだ治療が必要な程の傷でもない。なのに織姫が傷を癒やしたのは、茶渡に全力を出させるため。

 万全の状態でなければ、相手にダメージを与えるのは困難だと判断したからだ。

 

「うおおおっ!」

「ぐおっ!」

 

 全力で放たれた拳は顔面に深々と突き刺さると、そのまま殴り抜かれた。

 強烈な一撃を頭部に叩き込まれ、そのままヤミーはどうと倒れる。

 右腕から伝わってくる感触に手応えと、想像以上の堅さに対する驚きを同時に感じつつも、だが効果はあったと確信していた。

 少なくともこれなら、簡単に立ち上がることは出来ないはずだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「あ~……痛ってぇ……クソがッ!!」

「なっ……!」

 

 ――相手が人間ならば。

 

「クソがッ! ガキがッ!!」

 

 頬は衝撃で真っ赤に膨れ上がり、鼻や口の端からは血が流れ出ている。

 視界の半分も、おそらくだがまともに見えてはいないだろう。

 

 だがそれでもヤミーは立ち上がる。

 口汚く罵り声を上げ、全身から激怒を迸らせながら。

 

「もう構いやしねぇっ!! まとめて消し飛べええええぇぇっ!!」

「マズい!」

「三天結盾! 私は拒絶――きゃああああぁっ!!」

 

 大口を開け、全力の虚閃(セロ)を放つ。

 反応した二人はそれぞれ防御を試みるが、その全てを無視したかのような膨大な霊圧の奔流が二人を飲み込んでいった。

 

「……チッ、まだ生きてやがる。本当にしぶてぇな!!」

 

 光と土煙が晴れた後、そこには倒れる二人の姿が確認出来た。

 だが大怪我を負いつつもなんとか立ち上がろうとしているその様子に、ヤミーは舌打ちしつつトドメを刺そうとする。

 

「テメエ!! チャドと井上に何してやがる!!」

 

 そこへ、黒崎一護が乱入すると同時にヤミーへと奇襲を仕掛けた。

 怒り染まる彼の心は、不思議と内なる(ホロウ)と共鳴したかのようだった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――二日後。

 

 黒崎一護は塞ぎ込んでいた。

 

 先日現れた破面(アランカル)――ヤミーとウルキオラの二人に、知り合いを傷つけられたからだ。

 そして肝心の破面(アランカル)は、浦原喜助と四楓院夜一の介入もあって追い返すことには成功したが、もっと早く助けに入ることはできなかったのかという自責の念に苛まれていた。

 せっかく内なる(ホロウ)に打ち勝ち、克服する方法が存在することも教えて貰ったというのに、相手は修行の完了を待ってはくれない。

 周囲の尽力もあって、織姫と茶渡は半日ほどで支障ない程度には快復したのが救いだが、一護の心を慰めるまでには至らなかった。

 

 いっそ、平子真子が口にしていた仮面の軍勢(ヴァイザード)とやらにこちらから接触して、(ホロウ)化をしっかりと会得すべきなのだろうか。

 織姫から伝令神機を借りて尸魂界(ソウルソサエティ)と連絡を取り、仲介役をお願いすべきかもしれない。

 いやそれよりも――今ひとつ不得意ではあるが――自分で霊圧を探って見つけ出す方が良いだろうか?

 

 どこか冴えきらぬ頭でそんなことを考えていたときだ。

 

「どこの教室だっけか?」

「えっと、メモによるとだね……」

「一年三組だよ、忘れちゃった?」

「おっ、流石だな。頼りになるじゃねえか」

「それより霊圧を探れば見つけられるんじゃないかな?」

「いや、俺コレ入るの初めてで、なんか上手く行かなくて……」

「そういえば霊術院時代からずっと、霊圧のコントロールとか下手だったよね」

「そういえばそうだったね。それにこの建物、霊術院を思い出してなんだか懐かしい……」

「けどよ。この服、窮屈過ぎねえか?」

「じゃあ僕たちみたいに裾を出せばいいのに」

「馬鹿言え! んなことしたら腰ヒモに木刀差せねえじゃねえか!!」

「いやその……木刀も本当は駄目って先生が言ってましたよ……」

「法律とか条例とかで、怒られるそうですよ」

「イミわかんねえよ! なんだよそれ!!」

「いやいや、こっちの世界に迷惑掛けるのは駄目ですってば!」

 

「……ん?」

 

 教室のドアの外からどこか懐かしさを感じるような声が聞こえ、一護がなんとなくそちらを向いた時だ。

 

「おーっす! 元気か一護!」

「れ……恋次! 一角! 吉良! 弓親! 雛森さん!」

 

 扉が開き、そこから現れた懐かしい顔ぶれに一護は度肝を抜かれる。

 そして――

 

「……ルキア」

「……久しぶりだな、一護」

 

 恋次たちがいたことから、もしかしたらと思っていた相手――朽木ルキアの存在に、一護は思わず表情を緩ませた。

 

「よっ! なーに辛気くせえツラしてんだよ」

「かっ、海燕さん!?」

 

 かと思えば、即座に引き締まった。

 




さて、一護側はこんなもんで。
次は死神側の描写を。

●学校で再度驚かされた後の平子
平子「なんか、藍俚ちゃんが全部バラしとる。オレらの事もバレとるで……」
ひよ里「はぁ!! 嘘やろ!? ……てか、それなら手間ぁ掛からんでええやん。とっとと黒崎一護を連れて来いやボケぇッ!!」

●先遣隊メンバー
志波海燕・阿散井恋次・朽木ルキア・雛森桃・吉良イヅル・斑目一角・綾瀬川弓親

これだと、志波先遣隊です。
(恋次も副隊長だけど、年期の差で海燕がリーダーに(阿散井副隊長)
 あと、原作の日番谷(隊長)がいないので、人数で戦力バランスを整える)

(……勢いで海燕さん入れたけれど、大丈夫かな? ま、なんとかなるだろ)

●十番隊の二人は?
詳細は次回。

●原作のこの辺の日程(自分の認識)との摺り合わせ
9月1日:新学期
9月2日:一護が車谷と会ったり平子の仮面を見たり、一心が死神になったり
9月3日:ウルキオラとヤミーが来る
9月9日:日番谷先遣隊とグリムジョーたちが現世に来る

ヤミーらが来たのが、9月3日の放課後。
そして劇中の「織姫が5日も学校を休んだ」という千鶴の台詞。

よって4・5・6・7・8日の5日間休んで、9月9日に登校したと推測。
(登校した日はまずシロちゃんたちが、夜にグリムジョーたちが来ることに)

上記原作の日程を踏まえた上で。

・三日程度とはいえ鍛えているので、織姫とチャドが善戦&復活も早い
色んな(書いてる人の)都合で、死神たちが来るのも早い(9月5日)
色んな(書いてる人の)都合で、シロちゃんたちはいない。

(同期の仲間も上司もいるからルキアも安心)

●この後
一護「そういやなんでルキアも海燕さんも、窓から登場してるんスか?」
海燕「あ? そういう物だって朽木から聞いたんだが……違うのか?」
一護「いや、窓からは入らないですって……常識で考えて」
海燕「……朽木?」
ルキア「(びくっ!)……いや、その……登場シーンには気を遣うものだと……」


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第178話 君だけの先遣隊メンバーを作りだせ!

176話に「一心宛の海燕の手紙を渡すシーン」をちょっとだけ追加しました。
完全に忘れてました。



 一護たちが現世に戻ってから、尸魂界(こちら)でも一週間ほど経ちました。

 暦の上では、もう九月です。

 尸魂界(こちら)はと言えば、藍染と(ホロウ)たちを相手に戦うべく、その準備に追われています。

 瀞霊廷中がどこか慌ただしい雰囲気に包まれている、とでも言うんでしょうかね。

 

 四番隊は直接戦闘をする可能性こそ低いものの、それでもいざとなれば危険な最前線まで出て治療をしなければなりません。

 ですので、各隊士の最低限の戦闘技術の底上げや、万が一のための治療薬や解毒薬などの開発、量産に追われています。

 しかも日常業務と平行してです。ごめんね、隊士のみんな……

 勿論私も御多分に漏れず、執務室にて仕事中でした。

 

「始業式も終わって、授業が本格的になってる頃よね……大丈夫かしら?」

「はい……? あの隊長、何か仰いましたか……?」

 

 仕事の合間になんとなく呟いただけ、窓から見えた空を眺めながらふと口から出てしまった言葉だったのですが、どうやら勇音に聞かれていたようです。

 あらら、ちょっと恥ずかしいかな?

 

「ううん、何でも無いの。ほら、昨日の織姫さんからのメールが来たでしょう?」

「ああ! アレのことですか!!」

 

 織姫さんは現世に帰ったその日から、伝令神機でメールをいっぱい送ってくれます。

 流石、現役の女子高校生です。

 パワーが違いますね、若い活力に振り回されそうです。

 ですが、こんなに使って貰えると伝令神機を渡した甲斐がありました。

 

『全国の女子高生のみなさ~ん!! お待たせいたしましたでござるよ!!』

 

 ポチッとな、した方がいい?

 

「そう。あのメールの文面から、なんとなく思い出しちゃって。この頃だと、現世の学生は長期の休みが終わって学業に専念し始める頃だから。ちゃんと元の生活に戻れているのか、少し気になったのよ」

「あ、わかります! 私も霊術院の長期休暇の後とかは、生活のリズムを取り戻すのが大変で……」

「あら、勇音の頃もそうだったの? やっぱり、いつの時代も変わらないのね」

 

 そんな当たり障りのない会話をしていますが、私の頭の中は「転校生が来ました」という文面の事でいっぱいでした。

 平子隊長――元を付けた方が良いかしらね?――が、無事に一護に接触したみたいです。

 よかった、どうやらちゃんと(ホロウ)化を会得して生き延びられたみたい。

 

 まだあの時のメンバー全員が無事かどうかまでは分かりませんが、これなら後のことは平子"元"隊長らに任せておけば問題ないでしょう。

 むしろ一護なんか、自分から率先して首を突っ込みそうようね。

 

「――さて、お喋りはこのくらいにしましょう。私はちょっと新薬の様子を見てくるから、その間はお願いね」

「はい! お任せ下さい!!」

 

 明るい態度で敬礼しながら、部屋を出て行く私を見送ってくれました。

 ……敬礼なんてどこで覚えたのかしら?

 

 

 

 

 

 

「うむむ……よもや、隊首会の最中にこのような事態が起こるとは……」

「まあ、敵さんはこっちの都合なんて考えちゃくれないってことだよね」

 

 どうも、藍俚(あいり)です。

 現在、隊首会の絶賛真っ最中です。

 

 昨日の夜、破面(アランカル)が現世に――それも空座町に来ました。

 どうやら技術開発局通信技術研究科霊波計測研究所によると――

 

『……もう一回!』

 

 え? だから……技術開発局(ぎじゅつかいはつきょく)通信技術研究科(つうしんぎじゅつけんきゅうか)霊波計測研究所(れいはけいそくけんきゅうじょ)よ。

 

『ビックリしたでござるよ……急に早口言葉か何かかと……』

 

 その場所には尸魂界(ソウルソサエティ)から現世に向けたレーダーみたいなものがあるの。

 十二番隊が現世を監視していて、敵の動きを見張っているのよ。

 

 そこの研究所が昨夜、強めの(ホロウ)の反応を確認したそうで。

 よくよく解析してみたところ、これは破面(アランカル)なのではないか? ということが判明したそうです。

 警戒網に引っかからなかったのは、霊圧が低かったから。つまりは「破面(アランカル)を想定して設定した基準値以下だった」から、警報なども鳴らなかった。

 とのこと。

 

 しかもすぐに倒されたみたいで。

 後々になって詳細に解析してみたところ、異常が見つかったので上に報告をした。

 その報告を受けての緊急隊首会が開催された。

 勿論議題は「昨日の夜に現れた破面(アランカル)(もどき)」と思わしき(ホロウ)について。

 だったのですが……

 

 ここでさらに事件発生です。

 隊首会の最中に、破面(アランカル)の反応がありました。

 それも、昨日のまがい物とは違う強力な反応です。

 すぐさま報告が上がり、その情報は隊首会にも飛び込んできました。

 

 そして、冒頭に繋がる……というわけです。

 

「詳細なデータがあがって来たヨ。解析前の、オマケに観測値でしかないというのにこれだけの数値……なるほどなるほど、実に興味深いネ」

 

 涅隊長がデータとにらめっこしながら、にやぁ~っと笑いました。

 うう、なんて凶悪な笑み。

 

「いや、ちょっと待ってくれ! この情報によると、一護君たちが危険だ! 破面(アランカル)に……それも成体となった破面(アランカル)に襲われることになりかねない!」

「ッ! 確かに!! 総隊長、今すぐ私に現世まで出撃の許可を頂きたい! 妹を助けてくれた恩人を見過ごすような真似は……」

「いえいえ、でしたら十一番隊が出ます。こちらにも黒崎さんの知り合いはいますから……」

 

 浮竹隊長と白哉が、一護の事を案じています。

 卯ノ花隊長は……うん、自分の楽しみを優先しているのが透けて見えてますね……

 だって舌なめずりしてるもの。

 

『獲物を前に舌なめずり……(相手の)死亡フラグでござるな』

 

 このタイミングって確かアレでしょ?

 ラッキー(スエルテ)! とか言ってたアイツでしょ?

 もしも、もしもよ。もしも卯ノ花隊長が相手にいたとしたら、そんなこと口が裂けても言えないわね。

 

不幸だ(マラ スエルテ)! といったところでござるよ!! うっは、パねえでござる!! そうだったら十の刃が一瞬にして、九枚になっちゃうでござるな!!』

 

「案ずるな! 既に手は打ってある」

「と申すと?」

「……未だ非公式の扱いではあるが、浦原喜助に協力を依頼しておる。四楓院夜一を通して、じゃがな……」

 

 僅かに苦々しい表情を見せつつたのは、総隊長としても思うところがあるようですね。

 ……あっ! だから夜一さん、一護と一緒に逃げたのかしら??

 

「一応、黒崎君たちは尸魂界(ソウルソサエティ)に滞在時、万が一に備えて多少なりとも鍛えています。加えて、元二番隊と十二番隊の隊長であった二人が協力すれば、この場を切り抜けることは可能のはずです」

 

 とあれ、私も一応は援護射撃をしておきます。

 問題だったら、仮面の軍勢(ヴァイザード)や一心さんも出撃する……してくれるわよね……??

 

「なにより今から隊長格が出撃しても、間に合わないかと思いますので……ここは彼らと、現地に駐在している死神を信じましょう」

 

 あら、でも……現地を担当してる死神って誰だったかしら?

 えっと……思い出せないわ。そもそも管轄が違うし……確か十三番隊の隊士の誰かだったはずだけど……

 

『(アフさん……アレ? イモ山さんでござったかな……??)』

 

「うむ。湯川の言う通りじゃ。心苦しいが、今は耐えよ。藍染らの動きが予想よりも早く、それを見抜けなんだ儂の落ち度じゃ……なれど同じ轍を踏みはせぬ! こちらからも先遣隊として人員を出し、黒崎一護らの支援と最前線での防備を担当させることとする!」

「総隊長! ありがとうございます!!」

「ならば、自分を……!」

「いや、儂に行かせてくだされ!」

「戦闘であれば、十一番隊(ウチ)など――」

「時には陰となる必要もあります。ならば二番隊(わたし)が――」

 

 各々、欲望が透けて見えてるわねぇ……

 一護の身を案じている者もいれば、別の相手の身を案じている者も、それ以外の人(夜一さん)狙いもいるみたい。

 

「いや、既に一名は決定しておる。朽木ルキアじゃ」

「ルキアが、ですか……?」

「うむ。現世にて黒崎一護との親交も厚かったようじゃ。見知った者がいた方が、何かとやりやすかろう」

 

 まあ、この辺は当然よね。

 心情や状況的な部分でもそうだし、漫画的にも今まで一緒に行動していたんだから、選ばれるのは当然といったところかしら。

 

「であれば、我が隊の阿散井恋次も推薦させていただきます。戦闘能力は勿論ですが、ルキアとはその……恋仲でもあるので……」

 

 あ、白哉が最後にちょっと恥ずかしそうだったわ。

 相変わらず、色恋沙汰は不得手よね。

 白哉の推薦理由に、総隊長は髭を撫でつけながら思案していました。

 

「阿散井……ああ、先の騒動にて双殛の丘で暴れておったな。なるほど、長次郎らを前にしても退かぬあの腕前ならば、問題も無かろう」

 

 まあ、ルキアさんが選ばれるならこっちも当然よね。

 そういえば、阿散井君は白哉が隊長にも推薦してたっけ。

 となると、この任務でハクを付けてあげようって狙いもあったりするのかしら? 

 

「では朽木ルキア、阿散井恋次の二名は決定とする。他の人選については、両名から選ばせよう」

「ならば――」

「ただし隊長格、並び更木剣八は例外! それ以外の者からの選抜のみとする!」

 

 先んじて、総隊長が釘を刺しました。太い太い釘を。

 

「朽木白哉、浮竹十四郎の両隊長は自隊へと戻り、該当者と共に先遣隊任務の準備を進めよ! 他の者たちは、それぞれの任務に加え、即座に現世に対応出来るよう体制を整えておけ! これを以て、隊首会を終了とする」

 

 やれやれ、ようやく終わったわね。

 これでようやく日番谷先遣隊が出来上がるのね……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……え? 僕を?」

「私も?」

「うむ! その通り!!」

 

 隊首会も終わって四番隊へと戻り、勇音たちに会議の結果を――先遣隊任務について話をしていた時でした。

 ルキアさんと阿散井君が突然訪ねて来たかと思えば、吉良君と桃を先遣隊のメンバーに加えたいと申し出てきました。

 

 ……まさか、こう来るとはねぇ……

 

「一応、理由を聞いても良いかい?」

「そりゃ、二人とも強えからだよ」

 

 阿散井君は当然のことのように答えます。

 

「吉良も雛森も、二人の腕前は俺もよく知っている。その腕っ節に加えて、お前らは回道も使える。破面(アランカル)を相手に、いつ大怪我しねえとも限らねえ。だから、どっちか一人……出来れば二人とも、一緒に来ちゃくれねえか!!」

「先遣隊の話は、私たちも先生から聞いたけれど……」

「まさか阿散井君から話が回ってくるとは……」

 

 二人とも困惑しています。

 ですが、言っていることは理に適っているんですよね。

 確か本来のメンバーって……

 

『このお二人に加えて、シロちゃん殿、乱菊殿、一角殿に弓親殿でござるよ』

 

 そうそう、そんな感じの組み合わせだったのよね。

 

『ヒーラーがいねえでござる!! こんなパーティでダンジョンに入ったらジリ貧からの全滅コースでござるよ!! あとは罠対策でシーフ職も必要でござるな!!』

 

 罠って……地下十階までアミュレット取りに行くんじゃないんだから……

 

『おおっと!』

 

 やめて!!

 

 ま、まあそういった事を考慮すると、吉良君たちを頼るのも十分アリかしら。

 支援、回復が出来て腕も立つから、この二人は適任だもの。

 

 おっぱい成分がちょっと少なくなったのだけが問題だけど……まあ、そこは目を瞑りましょう。

 

「せっかくだし、受けてあげたら?」

「先生!?」

「良いんですか……? その、業務とか……」

「二人ともルキアさんたちとは同期で仲も良いし、業務ならこっちでなんとか回しておくから。なにより……二人とも、行きたいでしょう? 知らない相手でもないんだから」

「「う……」」

 

 痛いところを突かれた、みたいな表情になりました。

 二人とも一護たちとは友達ですからね。

 特に桃なんて、織姫さんと凄くメール交換してるの知ってるのよ?

 

 それに――

 

「吉良君は今、ほら……ちょっと忙しいでしょう? 重要な現世任務を達成したとなれば、威厳も回復するんじゃないかしら? 少し距離を置けば、騒ぎも静かになるでしょうから」

「あ……」

 

 こっそり吉良君にだけ、耳打ちします。

 今ちょっと、吉良君のヒエラルキーが低くなってるからね。汚名返上の一助にでもなればという狙いもあって、二人に参加を勧めます。

 

「わかったよ。阿散井君、僕で良ければ……」

「私も! よろしくね、朽木さん!」

「ありがてえ! こっちこそ、よろしく頼むぜ!!」

「二人が来てくれれば百人力だな!」

 

 ゲームなら、パーティ結成の効果音が鳴っているところね。

 

「あっ、いたいた」

 

 と、せっかく話が纏まったところに乱菊さんがやって来ました。

 なんだか嫌な予感しかしません。

 

「聞いたわよ、現世に行くんでしょ?」

「ええ、まあ……耳が早いっスね乱菊さん……」

「誘ってくれないなんて、水くさいじゃない! 私も行くわよ!」

「「「「「「……はい?」」」」」」

 

 この場にいた全員――乱菊さんは除く――の目が点になりました。

 

「だって、現世に行って自由に行動できるのよ!? こんな面白そうなこと、行くに決まってるじゃない!!」

「いやあの……コレは別に遊びに行くわけじゃないんですよ?」

「ええ~っ! いいじゃないの、ケチケチしなさんなって。ねぇ……? いいでしょう……?」

 

 ある意味でブレないっていうか、なんて言うか……

 あ、だからって色仕掛けは駄目ですよ色仕掛けは。阿散井君には恋人がいるんだから。

 ほら、その恋人がちょっと不機嫌になってる。

 ほっぺたを"ぷくーっ"ってしてる。

 

「えっと……どうしましょうか?」

「阿散井君、一つ良い? 先遣隊の人員はどのくらい決まっているの?」

 

 個人的には参加させても良いとは思うんです。

 思うんですが……

 "見ていて可哀想になった"のと"桃も困っている"ので、ちょっと遠慮してもらいたいんですよね。

 ということで、諦めて貰うべく助け船を出します。

 

「はっ、えっ! 人員っスか!? えっと、この場の四人以外には、まず十一番隊の一角さんと弓親さんです! もう許可も取ってます!」

 

 あら、そっちはもう交渉が終わってるのね。

 一角は強いし、元十一番隊だった阿散井君からすれば当然よね。

 

 ……ん? ……まず?

 

「それと十三番隊から、海燕副隊長にも同行していただくことになりました!」

 

 ……はあぁぁっ!?!?

 

 ルキアさんがやたら良い笑顔で教えてくれました。

 え、でもちょっと待って、大丈夫なの!? それ本当に大丈夫なの!?

 

『いえいえ、ですが冷静に考えれば至極順当な人選かと思うのですが? ルキア殿と同じ十三番隊でござるし、副隊長なのですから不思議ではないと……』

 

 ううん。どっちかっていうと、一心さんが大丈夫なのかなぁ……って……

 

『あ、なるほど。激しく納得でござるな!! これはすなわち、本家と分家の夢の共演でござるな!! うっはぁ!! 夢が広がりまくリング!! 思わず草生えるでござるよ!!』

 

 しかもこれって、多分私が遠因よね。

 私が「志波一心って知ってる?」って一護に話をしちゃって、それを海燕さんに話とかしたもんだから巡り巡って……

 

 つまり、海燕さん同行はほぼ確定! ある意味ではルキアさん以上に適任者!! 関係性もバッチリ!

 口が裂けても「それ駄目です」なんて言えるわけないじゃない!!

 

『もうどうにでもな~れ! 状態でござるな!! 盛り上がってきたでござる!!』

 

 えっと、落ち着きましょう……奇数と偶数と自然数を数えて落ち着くのよ!

 

 ……そういえば手紙を渡してたわよね、一心さん宛ての。

 あれ結局無駄になったわね。

 だって本人が行くんだから、顔を合わせる機会なんて嫌でもあるでしょうし。

 

「あら、海燕さんも同行するの? まあ、当然といえば当然かしらね。ということは……吉良君たちも含めて、合計七人!? それに後方支援もあることを考えると、人数も強さも十分なんじゃないかしら?」

「そうっスよね! やっぱり先生もそう思いますよね!? なので、乱菊さん。すいませんが、定員いっぱいってことでこの話はもう――」

「ええ~っ!! やだ! もう一人くらい良いじゃないの。ねぇ恋次ぃ、お願い……」

 

 この程度の理由では素直に引き下がってくれませんよね、知ってました。

 でも色仕掛けは本当に止めてあげて。

 

「あのね、乱菊さん。その、ちょっとあそこを見てください」

「え? 一体何が……げっ!」

 

 視線と最小限の動作だけでとある方向へと視線を促します。

 乱菊さんは私の誘導に従って目を向けて、そして絶句しました。

 

「隊長……」

 

 ちょっと離れた柱の陰に、日番谷がいます。

 じーっとコッチを見ていますが、これは乱菊さんの注意というよりも、お目当ての相手に熱い視線を送るためなんですよね。

 だって乱菊さんが来る前からあそこにいましたし……

 

 そしてこれが先ほどチラッと言った「桃が困っている」の理由でもあります。

 日番谷が四番隊に出没してるんですよ。

 点数稼ぎに必死なのは理解出来ますが、ずっといられるとそれはそれで困るんです。

 なので、彼女にはなんとかして日番谷抑えに回って欲しいんですよ。

 

『このままではシロちゃんダークノワールブラックシュバルツになりそうでござるな!』

 

「知っているかとは思いますが、日番谷隊長はよく四番隊に来ては桃を――もとい、仕事を手伝って下さるんですが……」

「……ええ、知ってるわ」

「となると今回、桃と少し距離が離れることになるので、日番谷隊長の熱も少しは冷えると思うんですよ。上手くやれば、ですけど……」

「…………はぁ」

 

 乱菊さんはしばらく思案していましたが、やがて溜息を吐きながら阿散井君から離れました。

 

「わかったわよ。こっちも隊長があんなんじゃ、おちおちサボってもいられないし……なんとかやってみるわ」

「え、あ……どうも。わかって貰えたみたいで、なによりです……」

 

 よかった、なんとか誘導できたわ。

 これで少しでも四番隊に来る頻度が下がって、正気に戻ってくれると良いんだけど……

 

 それと阿散井君!

 そこでちょっとでも未練がありそうな素振りを見せちゃ駄目だから!! 匂わせるのも駄目! きっぱり言いなさい!

 ほらルキアさんが怒るわよ!? もう少しで氷漬けにされるわよ? そうなったらどうせ溶かすの私なんだから、やめてよね。

 

「んじゃ、隊長! 帰りますよ!」

「はぁっ!? ま、松本!? いや、オレハ、ベツニ……」

「はいはい。言い訳は十番隊に帰ってから聞いてあげますから」

 

 乱菊さん、上手くやってくれますかねぇ……?

 他隊の隊長にこうまで入り浸られると、流石に迷惑でもあったので。なんとか正常に戻るように説得なり何なりして欲しいところです。

 

『逆に物理的に距離が離れすぎて、余計にこじらせる可能性もありそうでござるが……?』

 

 祈りましょう、神に。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで先遣隊メンバーも決定。

 選抜された七名は、翌日には諸々の準備を終えて現世へと出発していきました。

 

 一応、桃と吉良君には私から特別に色んな物を渡しておきました。

 役に立ってくれると良いんですが……

 

 あふぅ……眠いわ……

 

 ……あ、そうだ。忘れないうちに。

 

『FROM:湯川 藍俚

 TO:井上 織姫

 

 もしかしたら、もう桃から連絡が行っているかもしれないけれど。

 こちらから現世に応援の人員を出すことになりました。

 

 気心の知れた相手ばっかりだから、仲良くしてあげて。

 勿論、桃もいるわよ。

 

 ただ、対応が遅くなってしまったことは、本当にごめんなさい。

 織姫さんたちの危機に駆けつけられなかったけれど、これからは

 どんどん頼って。

 

 それと、みんな現世の常識に疎いと思うの。

 私もできるだけ教えたり、事態に備えたつもりだけど、

 織姫さんからもそれとなくフォローしてあげて貰えると助かります。

 

 かしこ』

 

 ……っと。

 メール送信、これでよし。

 

 先日、破面(アランカル)が来たことはメールで知りました。

 怪我したらしいけれど、織姫さんは大丈夫なのかしらね……?

 「教わった救護術のおかげで無事怪我も治せました」とは書かれてあったけれど。

 

 まあ、このメールは桃も知っているし、後はあの子たちに任せましょう。

 

 さて、明日また一番隊の隊舎まで行かなきゃならないのよね……

 今日は早めに休もうっと。

 




●この辺りの尸魂界の動きの流れ
(※ 前話の簡易スケジュールをご参照ください)
9月2日に、グランドフィッシャー(ちょい破面状態)が来る。

マンガはその後で「隊首会を執り行う」の描写があるので。
おそらくは「破面が来たよ。敵が動いたよ」という議題の隊首会を(翌日(9月3日)の日中に)行っている。

ただ9月3日はヤミーらが来る日(研究所の「反応ありました!」な描写もありますし)でもあります。
ということは「昨日の事で隊首会をしている最中に、十刃が来た」と騒ぎになった。

みたいな感じの流れだったのかなぁ? と推定しました。

その結果、今話のような展開にしました。

●シロちゃんと乱菊
ちょっとシロちゃんの雛森熱を冷まさせる(距離を取らせる)方がいいんじゃないか?

乱菊の「ちょっと隊長に優しくしよう」という気持ち。

その結果、この二人はお休み。

(決して「8人とか捌ききれない」と思ったからではありません)

●12番隊
え、2日で義骸を7人分作れ!?
(多分準備に時間が掛かったから、原作は5日くらい掛かったんだと思います)


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第179話 現世暮らしのあいうえおッティ

「これが現世か……」

「俺が現世に行った頃とは、全然違う光景だな」

 

 穿界門(せんかいもん)を通り抜け、飛び込んできた光景に死神たちは思わず驚嘆の声を上げていた。

 無論、彼らは全員最低でも一度は現世に行ったことはあるのだが、その頃の記憶と目の前の風景が違いすぎたのだ。

 瀞霊廷の貴族街か、はたまた十二番隊の近所を彷彿とさせるように発展した街並みに、彼らは目を丸くする。

 

「そういや阿散井は、ちょっと前にも来たんだろ? なら、頼りにさせて貰うぜ」

「イイッ!? いやぁ、でもあのときは湯川隊長の後について回ってただけなんで……そこまで詳細に覚えちゃいないっていうか……何しろあのときはルキアのことで頭がいっぱいだったもんで……」

 

 海燕の言葉に、恋次は申し訳なさそうに頬を掻く。

 実際、あの時の彼の立場からすれば現世観光のような気楽な気持ちなど、これっぽっちも持てなかっただろう。

 

「……ってことは、この中で現世に一番詳しいのは朽木ってことか!?」

「はい! 任せて下さい副隊ちょ――」

「あ! 忘れるところでした!」

 

 名前を呼ばれたルキアが得意げに胸を張ろうとした瞬間、雛森が声を上げる。

 

「実は先せ……湯川隊長から、こんな物を貰ったんです」

「なんだそりゃ? 本……だよな?」

「表紙に書いてあるな……現世のしおり、だと……?」

「普通に考えれば、現世での注意事項をまとめてあるんだろうね」

 

 鞄から取り出した一冊の本に、その場の全員の注目が集まった。

 そこにあったのは、彼らの独白通りの本である。

 しかも紐で頁を綴じて製本されているという、手作り感いわゆる一冊。表題には一角の言葉通り手書きで「現世のしおり」と書かれている。

 

 これこそ現世に行く吉良たちの為に藍俚(あいり)が用意した、現世での注意事項や暮らし方を纏めた手引き書である。

 これを読めば、コンビニで「手にぎりおむすびって怪しくねえか? ウラで糸を引いてる奴がいるんじゃねえの?」などと思っても、すぐに疑問が解消できるぞ!

 他にも細かい注意点とか、現世での便利な暮らし方が満載だ!

 やったね!!

 

 なお、頑張って徹夜で書いた物なので、この一冊しかないのだけが欠点である。

 

「さすが湯川! 現世学の講師もしていただけの事はあるな!! んで、ソイツにはなんて書いてあるんだ?」

「えっと、ちょっと待って下さい。私もまだちゃんと目を通していなくて……えっと……」

 

 出発直前に渡されたこともあってまだ現世のしおりを読み込んでいないため、雛森は大慌てで(ページ)を捲っていく。

 探しているのは、藍俚(あいり)から事前に聞いた「まず現世に到着したら行動すべき事を纏めた章」である。

 

「あ! ありました! えっと……――」

 

 どうにかこうにかお目当ての(ページ)を見つけると、彼女はその部分を読み上げ始めた。

 

「まずは、現世での活動拠点を借りろ。って書いてあります」

「活動拠点、だと……?」

「はい。先生が言うには……まんすりーまんしょん? とか言うのがあるそうなので、駅の周りの不動産屋さんを訪ねて交渉してみろ。できれば日単位で借りられて、即日入居可能な物件が良い……って書いてますね」

「まんすりーまんしょん? なんだそりゃ?」

「あ! ここに書いてあるよ。賃貸契約可能な住居のこと、長屋などと同じ……だそうです」 

 

 聞き慣れない単語に一角が首を捻れば、雛森の横から本を覗き込んでいた吉良が注釈に気付き、そう答える。

 

「へえ……現世にゃ、便利な物があるんだな」

「というか一角。活動拠点を借りろとか、即日入居とかいう言葉があったんだから、なんとなく想像は付くんじゃないのかい?」

「うっ、うっせえな弓親! とにかく、そのなんたらカンタラに行けばいいんだな!? よっしゃ! 行くぞ!!」

「待て待て斑目! 殴り込みに行くんじゃねえんだぞ!!」

「えっと、駅前の場所は多分朽木さんが知っているから案内してもらえ、って。それと交渉の際には志波副隊長に任せること。現金を多めに積んで融通を利かせて貰うこと。それと一角は外で待っていろって――」

「ああん!?」

「ひいっ! だ、だって本にそう書いてあるんですよ!!」

藍俚(あいり)! テメエ、帰ったら覚えとけよ!!」

 

 天に向かって吼える一角を見ながら、吉良は自分の鞄から札束を取り出していた。

 

「うおっ! そ、それはなんだ吉良!? 現世のお金ではないか!! 一体どうしてそんな大金を!?」

「……ん? ああ、これは先生から預かった活動資金だよ朽木さん。現金を多めに積むって言ってたから用意しておこうと思って」

 

 なお、どこぞの隊長のポケットマネーである。

 拠点を借りろと指示した以上、このくらいの金額はポンと出すのだ。勤続年数が長いので、貯金もいっぱいあるぞ。

 

「すっげーな……なあルキア! これ、幾らくらいあんだ?」

「馬鹿者! これだけあれば、何でも買い放題だぞ!」

「か、買い放題……だと……?」

「……いや、二人とも。これは共用のお金だからね?」

 

 ――このお金の束がもう二つあることは、黙っておこう。

 

 二人の様子に、吉良は思わず心の中でそう決意する。

 

「てか、お前ら! そろそろ出発すんぞ! 日の高いうちに要件は済ませるからな!」

 

 騒がしくなりつつある一行に海燕が声を掛け、全員を引き締める。

 

 何しろ彼等は現世に来たばかり、まだ義骸に入ってすらいないのだ。

 だというのにこれだけ騒げるのは、頼もしいやら残念やら。そんなことを思いつつも、海燕は隊長の責務を果たそうとしていた。

 

 そして彼らは向かう。

 

 不動産屋に。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お、おい……今、窓から入ってきたぞ……」

「何だアイツら……?」

「おーい黒崎ー。それみんな、あんたの知り合いー?」

 

 空座(からくら)第一高等学校 一年三組の教室は、ちょっとした騒ぎになっていた。

 何しろ見知らぬ一団が現れたと思ったら、続いて二名の男女が窓から登場。

 しかもその全員が黒崎一護の知り合いといった雰囲気なのだ。

 制服を着ているものの全く見たことがない男女がこれだけ登場したとなれば、騒ぎにもなろうというものである。

 

「つーか、あの赤髪とスキンは何だよ……?」

 

 中でも生徒たちの目を特に引いていたのは恋次と一角だった。

 両者とも長身に加えて頭部が特徴的すぎる。見てしまうのも当然だろう。

 

「金髪もいるぞ……」

「え、でもあの金髪の人、ちょっとイケメンじゃない? 陰があるっていうか……」

 

 容姿が良い方であるためか、金髪なれど吉良は女生徒にウケていた。

 

 そして――

 

「あの窓から来た片方って……黒崎に似てるよな……?」

「まさか兄弟とか!?」

「でも髪が黒いぞ? 兄弟はありえねえだろ?」

「いや俺知ってるけど、アイツの妹の片方は黒髪だったぞ。だから可能性はあるんじゃ……」

「なるほど! 見た目は大人っぽいから、兄なんじゃねえのか?」

 

 海燕が違う意味で目立っていた。

 

「はー、ったく……頭痛くなってきたわ……」

「まあまあ、副隊長……ここは我慢ということで……」

「いや、騒がしいのは良いんだよ。清音と仙太郎で慣れてるからな。むしろ現世(こっち)でも一護と間違えられることがよ……なんかもう帰りたくなってきたわ……」

 

 辟易したように嘆息する海燕の姿に、ルキアが慌てる。

 

「いえその、今帰るわけには……」

「わかってるよ! つーわけだ。一護、ちょいとツラ貸せ」

「え……?」

 

 その言葉に、教室中が再びザワつき出した。

 

「ツラを貸せって……」

「やっぱり不良……?」

「赤い髪にイレズミだぞ? おっかねえ……」

 

 どうやら、ワードのチョイスが問題だったようである。

 

「なんだか、騒がしくなってますね……」

「気にすんな恋次。人間共の戯言(たわごと)だ」

「あー……そのなんだ、ちょいと込み入った話があるからな。人目につかねえ場所に移動したいんだよ。だから、ツラを貸せって言っただけで……」

 

 男、志波海燕。

 必死で笑顔を作り、騒ぎにはしたくないし、何も問題は無いのだと教室内へのアピールである。

 

「人目につかない場所ってことは……」

「やっぱりヤキを入れられるってことなんじゃ……?」

 

 だが、やっぱり逆効果だったようだ。

 

「…………ッ!」

「駄目です副隊長! 抑えて下さい!!」

 

 思わず手が出そうな気配を出したところを、ルキアが飛びついて止める。

 だがその動作にまた教室内が騒然としかけたときだ。

 

「わあ! 桃さん!! 来てくれたんだね」

「織姫さん! うん、そうなの!」

 

 それまでの殺伐とした空気が一瞬にしてぶち壊れた。

 織姫と雛森は、そんな雰囲気などどこ吹く風といった具合で、手を取り合って再会を喜んでいる。

 

「え……何? ヒメの知り合いなの……?」

「うん、そうだよ千鶴ちゃん」

「可愛いわね……しかもヒメと並ぶと……これはセットでお持ち帰りしたい……」

「おい、本匠が……」

「いつものことだ、ほっとけ」

「てかあの一団、井上の知り合いでもあるのか……?」

「なら、安心か……?」

 

 教室内が再び別の意味で騒がしくなる。

 

「コラー! オレ抜きでそんなテンション上げてんのはどこのどいつだ!? この……」

「え……?」

「か、可憐だ……清楚だ……可愛い……」

 

 一護のクラスメイト、浅野啓吾が騒ぎを聞きつけて教室へと突入する。

 かと思った途端、織姫と並んだ雛森の姿に目が釘付けになっていた。

 

「なんかよく分からんが、今のうちに場所を変えるぞ一護」

「あ、ああ……んじゃ、外にでも……」

「その辺は任せらぁ。それと、茶渡に井上。お前らも来い」

「え……? うん」

「ム……」

 

 注意が逸れて多少なりとも空気が弛緩したのをこれ幸いとばかりに、死神たちは一護らを連れて教室から退散して行く。

 

 ……あ。

 浅野さんは、ちゃんと一角に睨まれてビビりました。

 乱菊がいなかったので張り倒されずには済みましたが、腰が抜けて立てなくなりました。

 

 

 

 

 

 

「話は聞いたぜ一護。大変だったそうじゃねえか」

 

 とりあえず校舎裏へと場所を移し、周囲に関係者以外がいなくなったことを確認してから海燕は口を開いた。

 

破面(アランカル)だけでも大変だってのに、(ホロウ)化とかいうのにも困らされてんだろ?」

「え、ええまあ……てか、耳が早いっスね……」

「まあな。ちらっと程度だが、俺も話は聞いてらぁ。けどな、その程度で落ち込んでんじゃねえよ。安心しとけ、都だって(ホロウ)に乗っ取られ掛けたが、なんだかんだで助かったんだ。だから、今度は俺が助けてやらぁ!」

 

 励ますようにバンバンと一護の肩を叩きつつ、海燕はさも当然のように言ってのける。

 そのどっしりとした態度に、一護もまた安堵したように表情を綻ばせていた。

 

「ありがとうございます……その言葉だけでも、救われるっていうか……」

「なーに気にすんな! 知らねえ間柄じゃねえんだからよ!!」

「はは……そうっスね……ところで、どうして現世(こっち)に? それにさっきの、破面(アランカル)ってのは一体……?」

「うむ! それは私が教えよう!! それはだな――」

 

 一護の疑問の言葉に、ルキアが胸を張って"ずいっ"と前に出る。

 そして、大虚(メノス)破面(アランカル)のこと。

 死神たちがどうして現世にやってきたのかについての説明がされた。

 

「――とまあ、こんなところだな」

 

 ……なお、口頭説明に補足するようにして雛森がスケッチブックで絵を描いていたため、非常に分かり易かったらしい。

 

「あー、だから吉良たちもいるんだな」

「そういうことだよ。尸魂界(ソウルソサエティ)でもそうだったけれど、二人とも改めてよろしくね」

「おう!」

「……よろしく」

 

 見知った顔である吉良がいることで、一護と茶渡は安心していた。

 

「そっかぁ……じゃあ、今度は現世(こっち)で桃さんと会えるんだね」

「そうなの! それでね、まんすりーまんそん? とか言うのを借りたの!」

「え、マンションを!? すっごーい!! ねえねえ、遊びに行っても良いかな?」

「勿論! 大歓迎だよ!!」

 

 そして、もはや説明不要とばかりに嬉しそうに会話を繰り広げる二人であった。

 

 ちなみに住居は無事に借りられました。

 男部屋と女部屋で区切っているので、男部屋がちょっと手狭ですね。

 

「それと、だ。一護、少し頼まれちゃくれねえか?」

「え……何をですか海燕さん?」

 

 話も終わり、教室へ戻ろうとしていたところで声を掛けられた。

 それまでの明るい雰囲気から一点、真面目な顔を見せた海燕に、一護も思わず緊張した面持ちで返事をする。

 

「放課後って言うのか? この学校ってのが終わってからで構わねえんだ。お前の家に案内してくれ」

「俺の家ですか? そりゃ構わねえですけど……?」

「海燕副隊長! 一護の家なら私も知っています! 案内出来ます!!」

「ん、そういやそうか。なら朽木、案内頼めるか?」

「お任せ下さい!」

「あー……まあ、ルキアなら適任か……」

 

 やたらと張り切った様子を見せるルキアの姿に若干の不安を覚えて声を掛けようと思いつつも、結局一護は任せることにした。

 

「んじゃ、一応俺の知り合いが家に行くって連絡だけは入れておきますよ。けど、ウチに何か用でもあるんですか……?」

「ああ。ちょいとお前の親父と話し合いに、な……」

 

 不敵な笑みを浮かべる海燕の姿に、一護は思わず父親の無事を祈っていた。

 二秒くらい。

 




●マンスリーマンション
月単位で借りる短期賃貸マンション(週単位、日単位もアリ)です。
古くは1970年代に原型が、1980年代にはウィークリーマンションも出来て正式なビジネスになったようです。
ですので(連載時の年代を考慮したとしても)十分アリ。

長期任務なのに、仮宿も無しに現世に放り出される死神たちも、これで安心ですね。
家具付きなので居住性もきっと良いぞ。

ただ、現実的に考えると即日入居は条件が色々と厳しそうではあります。
それに加えて、身分証とか緊急連絡先とかも必要になるはずです。
なのでその辺を、現金という名の暴力で解決しています。

海燕さんなら見た目は大人ですし、保証金として多めに払えば融通も聞かせて貰えるでしょう。多分。

●現世のしおり
某隊長が一晩で書き上げた、現世での暮らし方の手引き書。
これを読めば自動改札だってへっちゃら。

●お金
一角がコンビニのオニギリを外で食べたりしてるから、死神たちも自前のお金はあるはず。
なら、お金くらい支給してもいいよね。

●一護たち
授業をサボるわけにもいかないから。


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第180話 おやぢたちのばんか

「ねっ……ネエさぁぁぁーーんっ! ……おぶをぁ!?」

「久しぶりだなコン」

 

 一護の部屋に入るなり飛びついてきたぬいぐるみ――コンをルキアは無表情で蹴り飛ばし、続いて後頭部をグリグリと踏みつける。

 絵面だけみれば、少女がぬいぐるみを虐待しているそれだ。

 

「ああ、ひと夏越しの再会にも関わらず一片の迷いも無いこの踏みつけ……これぞまさしくネエさん……! オレは、オレは幸せっス……! ネエさん……!!」

 

 だがまあ、ぬいぐるみの中の人が幸せそうなので虐待では無い。

 断じて違う。

 

 あと、ルキアは高校の制服を着ていて、制服はミニスカートで、うつ伏せのコンが必死で頭を上げてどうにか視線を確保しようとしているが、特に意味はない。

 ないったらない。

 

「てか、急にどうしたんスかネエさん? たしか一護から聞いた話じゃ、ネエさんは尸魂界(ソウルソサエティ)に残ることにしたって……はっ! まさかオレとの別れが寂しくなって戻ってきてくれたのでは……! そうか、きっとそう……! そうなんスよねネエさん!?!?」

「いや、違うぞ」

「ガーーーーン!!」

 

 踏みつけから脱出し、それまでのやり取りなどまるで無かったことのようにやり取りを続ける二人であった。

 

「お前も知っているだろうが、一護は破面(アランカル)に狙われておる! その護衛のために再び現世まで来たというわけだ」

「仕事っスか……そう、っスよね……でも良いっす! それでも全然嬉しいっス! こうしてまたネエさんと一つ屋根の下で暮らせるんスから!!」

「ん? いや、黒崎医院(ここ)には副隊長の付き添いで寄っただけだぞ? 二人だけで話し合いたいからと、私は席を外すことにしてな。待っている間は暇だったのと、懐かしくなってこの小部屋につい寄っただけのことだ。もうこの家に厄介にはならぬ」

「え……」

 

 コンの目が一瞬にして死んだ魚のように輝きを失う。

 

「じゃ、じゃあもう一護の部屋には泊まらない……ってことっスか!?」

「当然だろうが。もう"なんとかまんしょん"という部屋も借りておる。それに……」

「そ、それに……?」

「い、いくら一護が年下のガキとはいえど、他の男と同じ部屋で寝泊まりするのは、その……恋次の奴に不義理であろう……? 男女七歳にして席を同じゅうせず、とも言うからな。あやつに要らぬ心配は、掛けたくないのだ……え、ええいっ! 言わせるな!!」

 

 もじもじと、まるで年頃の花も恥じらう乙女のような仕草を見せながら、この部屋には泊まれない理由を口にする。

 どうやら恋次と正式にお付き合いをすることになったことで、彼女の中に意識の変化が色々と生まれたようだ。それと、断界(だんがい)の中で恋次から言われたこともなんだかんだで気にしていたらしい。

 端的に言ってしまえば「彼氏がヤキモチ焼くから無理」ということである。

 

「そんな……!! ネエさんが……ネエさんが、男に誑かされている……!! おおおおおお落ち着いてくだせえネエさん! お気を確かに!! 今すぐこのオレが真実の愛で目を覚まさせて――ぐばあっ!?」

「しかし、海燕副隊長は大丈夫であろうか……? いや、むしろ一心隊長殿の方が心配……か……?」

「ネエさんが……オレの、オレだけのネエさんが……こ、これが寝取り……オレがしっかりしてなかったばっかりに……こんなバッドエンド……セーブポイントは一体どこに……」

 

 ベッドに腰掛け――そのついでにコンを再び蹴り飛ばし、踏みつけて黙らせながら――ルキアは、階下の二人のことを気に掛けていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ここか」

「はい、ここが一護の家です」

 

 さて、ここで時間は少しだけ過去へ戻る。

 具体的には、丁度ルキアと海燕が黒崎医院の前へと到着した頃に。

 

 ちなみに。

 学校にて一護らに一通りの説明を終えた後、他の者たちは拠点の準備やら周辺の地理を頭に叩き込むやら、それぞれやることをやっている。

 海燕だけが私用で別行動を取っており、ルキアは案内役として付き添っていた。

 

「それで、用があるときは門の前にあるこの"いんたぁほん"というのをですね――」

 

 ――ピーンポーン!

 

「と、この様に押します」

「なんだこりゃ? 呼び鈴みたいなもんか?」

 

 副隊長に知識を披露できて得意げなルキアであったが、海燕はというと鳴り響いた耳慣れぬ電子音に胡乱げな表情を見せるだけだった。

 ちなみにインターフォンという名称の場合は通話が出来ることになるので、音を鳴らして来客を知らせるこれは"呼び鈴"や"ドアチャイム"という方が正しいだろう。

 

 それはそれとして。ドアチャイムの音が鳴り響いてから待つことおよそ百秒。

 黒崎医院の扉が内側からゆっくりと開き――

 

「……はい」

 

 ――続いて一心が覗き込むようにそーっと姿を現した。

 

「よお、久しぶりだな一心。その様子からすると、どうやら色々と覚悟は決まってるみてえだな」

「は、はい……」

 

 現れた頭を鷲掴みにすると、海燕はそのまま強引に一心を引きずり出す。その間、一心はと言えば捕らえられた獲物のように無抵抗のままだった。

 

「うっし! んじゃ、ちょっとお話すんぞ。ああ、朽木。案内ありがとな」

「え、あ……いえ! まだ副隊長は現世に不慣れでしょうし、帰りまで案内させていただきますから!」

「ん、そうか? なら頼まぁ。なーに、そんなに長い時間を掛けるつもりはねえからよぉ!」

「ッ!!!!」

 

 どうやら海燕が掴む手に力が込められたらしい。

 無言のまま、けれど身体をビクッとさせるがそれでも一心はそれ以上の抵抗を見せなかった。

 

「で、では二階の一護の部屋にでもいますので、終わりましたら声を掛けて下さい!」

「おう!」

 

 勝手知ったるなんとやら。

 家主である一心の頭を掴んだまま、海燕を先頭にして中へと入っていく。

 どこの誰とは言わないが、気分は処刑台へ送られる死刑囚のようだった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず言いたいことはあるが、まず言っておくぞ」

 

 お説教場所として選ばれたのは黒崎家のリビングである。

 海燕が椅子に座り、一心がその前で正座するという極めてオーソドックスなお説教スタイルで始まった。

 

「お前さ、俺が現世に来たことは霊圧で分かっただろ?」

「はい」

「んじゃあさ、そっちから出向くことくらいは出来たよな?」

「……はい」

「あわよくばこのまま、見過ごされたらいいなぁ……とか思ってたか?」

「……あの、少しだけ……思ってました」

 

 そこまで聞くと、海燕は大きく溜息を吐き出した。

 その動作に、一心は反射的に身体を震えさせる。

 

「次の質問だ。お前、俺たちの手紙は読んだか?」

「よ、読みました……」

「んじゃ、氷翠(ひすい)の事も知ってるよな?」

「はい……一護からも、話だけは……本家の跡取り――海燕の娘だって……」

「俺は別に、分家だから本家に来いとか堅苦しい事は言わねえよ。けどよ、それでも親族として通すべき義理や礼の一つや二つはあると思うんだよ。なあ、一心よぉ?」

「…………」

 

 そう言われても未だ、一心は無言のままだった。

 ただ伏して――要するに土下座してじっと耐えているだけである。

 

「二十年前、お前が現世で謎の(ホロウ)を撃退したかと思えば、突然行方不明になってんだぞ? 都も随分心配してたわ。覚えてんだろ、都のことは」

「はい……とってもお淑やかでお上品な、お姉さんって感じで思わず口説きたくなる美人でした……」

「お前、人の嫁をそういう覚え方してんのはどうなんだよ……」

 

 一心の「間違ってはいないがその表現の仕方はどうなのよ?」と思わずツッコミを入れたくなる言い回しに、海燕は本日二度目となる特大の嘆息を吐き出した。

 思わずもう何もかんも投げ出したくなるのを気力を振り絞ってグッと堪え、代わりに壁へと視線を移す。

 

「んで、これがお前の嫁さんか?」

 

 壁には特大のポスターが張られており、一人の女性が印刷されていた。

 優しく微笑んだ表情に、優しく波打った髪型がよく似合っている。茶色がかった髪色も、彼女の柔らかな雰囲気を醸し出すのに一役買っているのだろう。

 

「はい、真咲(まさき)……黒崎真咲っていいます……」

「ああ……これ見ればなんとなく名前は分かるわ……」

 

 なおポスターには「真咲フォーエバー」と書かれている。

 

 そしてこの女性であるが、海燕の目から見てもなるほど、美人である。この女性に惚れて現世に住み着いたのだろうか? などと、なんとなく思っていたときのことだ。

 

「んで、彼女は滅却師(クインシー)です……」

「……なっ!!」

 

 油断していた所に、特大の爆弾を投げ込まれた。

 驚きのあまり思わず椅子から転げ落ちそうになったところを身体操作術で無理矢理引き戻して立ち上がり、頭を下げたままの一心を強引に引き起こす。

 

「ちょっと待て! そりゃ一体どういうことだ!? お前死神だろ! なんで滅却師(クインシー)と繋がりがあるんだよ!? ……ッ!」

 

 そこまで口にして、さらに新たな事実に気づき絶句する。

 

「……いや待て! ってことは、一護は死神と滅却師(クインシー)の合いの子ってことかよ……」

「そういうことです」

 

 肯定する一心の言葉に、海燕は再び。力なく椅子へと座り込んだ。

 

「……話してみろ」

「え?」

「いいから、まずは現世で何があったか話してみろ!」

「は、はい! えーっと……」

「あとその気持ち悪ぃ喋り方ももういいわ。昔みてえに話して構わねえよ」

「お、おう……んじゃ、改めて――」

 

 今までは怒る側と怒られる側だったので一心も敬語を使っていたのだが、尸魂界(ソウルソサエティ)にいた頃の二人は互いに遠慮の無い、いわゆるため口で話し合える仲であった。

 本家分家というのに頓着がなく、そういうことを気にしない二人だからこそである。

 

「――あれは二十年前のことだ」

 

 調子を取り戻した一心は、過去について語り始めた。

 

 己が現世に行った際に、奇妙な(ホロウ)と戦ったこと。

 その戦いの際に、黒崎真咲という滅却師(クインシー)と知り合ったこと。

 そして――真咲の(ホロウ)化を食い止めるために、死神を辞したことを。

 

「なるほどな……しかしこいつぁ、どうしたもんか……」

 

 全てを聞き終えると、海燕は思わず頭をかきむしっていた。

 どう判断したものかと、必死に頭を回転させる。

 

 ――俺にも覚えがあるからな……

 

 一心の話を聞いて連想したのは、妻の都のことだ。

 彼女もまた、(ホロウ)に身体を乗っ取られたことがあった。

 その時は仲間たちに助けられてどうにか事なきを得たが、もしも海燕一人だけだったならば、果たしてどうなっていたことか。

 そう考えると、一心のことを露骨に責める気持ちは霧散してしまう。

 

「しかし……志波家の男は揃って疫病神にでも祟られてんのかねぇ……」

「ん……? ああ、そうか。都さんは……」

「まあ、な……」

 

 二人とも似たような境遇だけに、そんな言葉少ない会話だけでも互いの気持ちがなんとなく読み取れていた。

 事情は分かった。

 尸魂界(ソウルソサエティ)に連絡する余裕など無かったし、下手に連絡すれば一瞬で捕縛・処刑されてもおかしくない。

 

「だがよ、話はコレで終わりじゃねえんだ……」

「まだ……あるのか……?」

「ああ、忘れもしねえ。あれは七年前の六月十七日……真咲を失った日のことだ――」

 

 苦々しい表情の一心の口から語られたのは、黒崎真咲が死した日のこと。

 幼い一護が見つけてしまった(ホロウ)を撃退すべく戦おうとしていた彼女に対して、最悪のタイミングで行われた滅却師(クインシー)の王の行動について。

 

聖別(アウスヴェーレン)……?」

「そうだ。それが原因で、真咲は力を失って命を落としちまった……」

 

 ぎりり、と一心が拳を強く握り締める。

 爪が食い込み、うっすらと血が流れ出すがそれを気に止める者はいない。

 

「かぁーっ……なるほど、コイツはもっと言えねえわな……」

 

 話を聞き終え、海燕は思わず天を仰いだ。

 

滅却師(クインシー)と結ばれて子供が出来てて、しかもその滅却師(クインシー)(ホロウ)になりかけてて、本人は死神の力を失ってましたなんざ、どうやって報告したもんか…………あん?」

 

 状況を整理するように要点を口に出していたところで、ふと気付く。

 

「一心、お前は死神の力を失ったんだよな? けど、俺が『霊圧に気付いていたか?』って聞いたときにゃ『はい』って答えたよな? そりゃなんでだ?」

「ああ、そのことか。それはな、一護が原因だ」

「一護が?」

 

 平然と答える一心の言葉だが、海燕には今ひとつピンと来なかった。

 

「アイツが自分の死神の力に目覚めた以上、俺が死神の力で守ってやる必要はねえからな。お役御免で二十年ぶりに力が戻ったってワケだ。そうなりゃ霊圧だって感じ取れるぜ」

「……おい。ってことは一護の奴は……」

「そういうことだ。(ホロウ)の力も持っている」

 

 真剣な顔で頷く一心の姿に、海燕は思わず頭を抱えた。

 

「……チッ! そうか、そういうことか……ようやく全部合点がいったぜ! ロクでもねえ理由だったら、ぶん殴ってでも連れ戻そうかと考えてはいたが……」

「すまねえ、海燕……けど、俺だって勿論考えてはいたんだ。だけどよ……」

「あーもう! わかったわかった! 皆まで言うな!! とりあえずこのことは、浮竹隊長だけには報告させてもらうぞ。聞いちまった以上は俺にも立場があるし、あの人なら悪いようにはしねえだろ」

「ああ、それは仕方ねえだろうな。恩に着る」

「それと都たちにゃ、お前の無事だけは伝えておくぞ」

 

 そこまで告げると、海燕は背もたれに身体を預けた。

 体重が掛かりギシッと軽い音がなるのも気にせず、腕を組んで考えを纏めていく。

 

 ――この状況、下手すりゃ俺が同じ場所にいてもおかしくねえんだよな……ん、まてよ? ってことは、下手すれば氷翠(ひすい)(ホロウ)の力を持っているかもしれねえってことか……?

 

「……技術開発局は検査で問題ねえって言ってたが……備えておくか」

「ん? どうした海燕?」

「なんでもねえよ! ……事情はよくわかった。たしかに軽々と一護にも人様にも言える話じゃねえ。けど俺は聞いちまった。なら、やることは一つだ!」

 

 身を乗り出すような姿勢で一心と向かい合うと、海燕は軽くガッツポーズのような姿勢を取ってみせた。

 

「まずは藍染から一護を守る。んで、その滅却師(クインシー)の王にも警戒を怠らねえでおく。それでいいよな?」

「海燕……すまねえ。けど良いのか……?」

「なーに、気にすんなよ。俺たちゃ親戚だぜ? なにより、ガキを守るのは親の仕事だ。そうだろ?」

「ああ、そうだな……」

 

 ニカッと頼れる海燕の微笑みに、一心も釣られるように笑うと、どちらからともなく二人は腕を組んだ。

 子供を持つ親同士だからこそ通じ合えた、わかり合えた結果だろう。

 

「それはそれとして、だ。どっかで隙を見つけて、一度尸魂界(こっち)に来い。氷翠(ひすい)に顔くらいは見せてやりてえんだよ。お前のことだ、こっそり忍び込むツテくれえはあるんだろ?」

「ああ……それは、その……そのうちに、な……」

 

 なお氷翠(ひすい)の手紙には、純粋に一心の身を案じる内容と、親が海燕なので一心のことがやたら美化されて期待されまくっていた内容が書かれていた。

 なお本人は、手紙を読んだ時にはそのピュアさで罪悪感を刺激されてしまい、会ったことすら無い親戚の娘に若干苦手意識があったりする。

 

「あー、そうそう。一応、伝令神機で写真もとっておいたんだぜ。えーと……ほら、コレだ」

 

 歯切れの悪い返答には気付かず、海燕は機械を操作して一枚の写真を呼び出した。

 そこには、現世への出立直前に撮った都と氷翠(ひすい)の姿があった。

 

「どーだ、可愛いだろう?」

「……たしかにな。だが――!!」

 

 写真を見て納得したように頷いたかと思えば、しゅばっと距離を取る。

 

遊子(ゆず)夏梨(かりん)の方が、もっと可愛い!!」

 

 そしてどこからともなく、二人の娘が映し出された写真を見せつける。

 

「それに、都さんよりも真咲の方が美人だ!」

「あぁんっ!? あんだとテメエ!! 氷翠(ひすい)と都の方が美人に決まってんだろうが!!」

「いーや! そこだけは譲れねえ!!」

「そりゃコッチの台詞だ!!」

 

 ――わーわーぎゃーぎゃー……!!

 

 静かだった黒崎医院が、俄に騒がしくなったようです。

 




●おやぢ
二人とも父親ですから。
多分、頑張ったらここに白哉も入る。

●黒崎姉妹
遊子「家に帰ったら、何か知らない人が父親と喧嘩してる……」
夏梨「おにいちゃんにちょっと似てるね」

●二階
ルキア「し、下でなにやら凄い騒ぎが!? と、止めに行くべきだろうか」
コン「ああ……ネエさん、もっと踏んで……」


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第181話 働く先遣隊

 志波先遣隊の面々が現世へとやって来てから、丸一日ほどが過ぎていた。

 彼らは――実質的なリーダーである志波海燕の統率によって、極めて合理的かつ効率的に任務を送っていた。

 

「しかし、こうも大型の販売店があるとは未だに信じられないな」

「本当だよね。個人商店もあるんだけど、色々揃っていて便利だからつい来ちゃうんだよね」

 

 そんな会話を交わすのは、吉良と雛森である。

 二人は近所の大型スーパーにて、日用品や食料品の選定・購入に勤しんでいた。 

 

 繰り返しになるが、四番隊は救護や後方支援を担当する部隊である。

 そして此度の任務は、何時、何処で敵が現れるのか予測も出来ない中で、一護たちを守らなければならない。

 例えるならば、最前線での護衛任務を命じられたに等しい。

 十分な補給もバックアップも約束されていない上に、土地勘も無い場所であっても、先遣隊の面々へしっかりと支援を行う。

 それこそが、四番隊の役目なのだ。

 

「へえ、外国の調味料か……買ってみようっと」

「シャンプー、ボディソープ、化粧品……うわぁ、すっごいいっぱいある……どれが良いか、織姫さんに聞いてみようっと……あ、このパジャマかわいい!」

 

 だから決して、昼間から近所の大型スーパーで買い物を楽しんでいるわけではない。

 これは補給作業、後方支援のために必要な物資を揃えているだけなのだ。

 

 お金があるからついつい、ちょっと気になった物を買ってしまっているわけではない。

 現世の見たこともない商品の数々に目移りしてしまい、ショッピングを楽しんでいるわけでは、決してない。

 

 これはこれで四番隊の役目なのだ。いや、本当に。

 戦闘で怪我をした相手の救護は当然、後方支援なのだから同行者たちの日常生活のサポートもまた、お仕事なのである。

 栄養満点で美味しいご飯を用意したり、消耗品や日用雑貨を揃えて暮らしやすくするのもまた、お仕事なのである。

 いうなればこれは、買い物という名を借りた立派な補給業務なのだ。

 

 とはいえ――

 

「キャベツが安売りしてるね」

「さっき豚肉も安売りしてたから、お夕飯はお好み焼きとかどうかな?」

「いいね。でも鉄板がないから……」

「あっ、そっかぁ……じゃあ、何か別の献立にしなきゃ……」

「栄養バランスが崩れやすくなるから、野菜は多めに――って、先生から言われてもいるから……」

「うーん、そうなると……」

「となると、鉄板も買っておくべきかな……」

 

 口元に手を当てたまま、野菜売り場にて思案顔を浮かべる二人。

 やり取りの内容もあって、その光景は知らない人が見たら「ひょっとして若い恋人同士?」「新生活を始めたのか?」「微笑ましい……」などと勘違いされそうなほどだ。

 当人たちに恋愛(そういう)感情は一切ないのだが。

 

 

 

 

 

 雛森たちが熱心な補給業務へ勤しんでいるその一方では――

 

「あちらの方角が一護の家で、こちらの方角が一護たちが通っている学校です」

「ほーほー」

「それとあの河を挟んだ向こうは鳴木市と言って、空座町の外になります」

「ん……ああ、アレか」

 

 ビルの屋上から周囲を見渡しつつ、ルキアの説明に海燕が頷いていた。

 一通りの説明を聞き終えると、彼は大きく息を吐く。

 

「やっぱ、こうして俯瞰で見ても駄目だな。全然頭に入らねえわ」

「そんなことは……すぐに慣れますよ」

 

 海燕が行っているのは、街の地理の確認である。

 全く土地勘の無いこの空座町のことを少しでも知るために。一護や茶渡、織姫の家の場所を覚えておくことで有事の際には即座に駆けつけられるようにと、地形を頭に叩き込んでいた。

 

「そうは言うが……見慣れねえ建物ばっかりでなんとも……」

 

 だが、どうやらまだ物珍しさが勝っているらしく、難儀しているようだ。

 「降参だ」とばかりにしゃがみ込んでしまったのがその証拠である。

 

「そういや、朽木はどうやって覚えたんだ? 短い期間とは言え、この街にいたんだろ?」

「わ、私ですか? そうですね……やはり、実際に動いて景色を覚えるしか……」

「はぁ……やっぱ、それっきゃねーか……仕方ねえ!」

 

 再び一つ嘆息すると、海燕は勢いよく立ち上がる。

 

「俺はとりあえず、グルッと回って道を覚えてくる。朽木はどうする? ついてくるか?」

「はい、お供します!」

 

 二人の地形確認は、どうやらまだ続くようだ。

 

 

 

 

 ――そして。

 

「……暇だ」

「俺らの任務を考えたら、暇なのは良いことなんスけどね……」

「だからといって、こうも何も無いのは流石に退屈だよ」

 

 空座(からくら)第一高校の屋上では、恋次・一角・弓親の三人が暇を持て余してボヤいていた。

 とはいえ彼らも別にサボっているわけではない。

 言うなれば彼らは、護衛任務中である。

 

 前回の――ウルキオラとヤミーの二人の行動から察するに、敵は霊圧の高い相手を狙ってくるだろうと公算を立てていた。

 そのため最も狙われる可能性が高いのは一護・茶渡・織姫の三人である。

 敵がいつ現れても即応出来るようにと、彼らは屋上で待機を続けていた。

 

 ついでにこの学校にはとある人物(・・・・・)の影響からか"一般人よりも霊圧の高い者"が何名か在籍しているので、それらも可能なら護るための三名体制なのだ。

 尤も――

 

「ま、退屈なのも今日までの辛抱だよ」

「そりゃ弓親さんだけでしょうが! 俺は明日も明後日も当番ですよ!」

「明日まで当番か……長えな……」

 

 ――との会話からも察せる様に、護衛は当番制による一日交替の持ち回りである。なお海燕が決めたことのため、文句も言えない。

 

「暇なら仮眠でも取ったらどうだい? まだ先は長い――」

「――おっ! 一護たち動いたぞ」

「え……? ああ、ありゃ昼飯の時間だからっスね」

「お昼休憩ってわけだね。やれやれ、ようやくか……うー……んっ……!!」

 

 誰も襲ってこない退屈な護衛任務に辟易しながら、弓親が大きく伸びをする。

 

「……僕たちもお昼にでもしようか?」

「だな」

「そっスね。何もしなくても腹は減りますから」

 

 余談ながら、お弁当は吉良と雛森が作った物である。

 これもまた四番隊の仕事なのだ、多分。腹が減っては戦は出来ぬと言うし。

 

「ああっ! いたっ!!」

「「「……?」」」

 

 各々が弁当を広げ始めたところで、屋上に予期せぬ闖入者がやって来た。

 

「あんたたち、どこのクラス!? 朝からずーっと屋上でサボってたのは、ばっちりこの目で見てたんだからね!! ほら、さっさと白状……し……ろ……」

 

 現れたのは、茶色がかった髪を後ろで束ねた女性だ。制服を着ていることから、この学校の生徒なのは言うまでもないだろう。

 彼女はなにやら、やたらと威勢の良い、強く厳しめの口調で一角たちを問い詰めようとしていたが、途中で一瞬にしてその勢いが消える。

 獲物を睨むような鋭い目をしていたのも最初だけで、今では豹変したように柔らかくも熱い眼差しを一角へ(・・・)向けている。

 

「な、なんだ……?」

「あの……私、浅野みづ穂って言います。この学校の生徒会長をしていて、その……学年とクラスとお名前は……?」

 

 やたらと媚びたような、柔らかな物腰を向けられて戸惑う一角であったが、みづ穂は意に介さずに詰め寄っていく。

 なぜなら彼女は、坊主頭が大好きなのである。

 

「生徒会長……?」

「あー、たしか寮長みたいな役職だったはずですよ」

「というか一角、彼女に何かしたのかい?」

「一角って言うんですね……素敵な名前……素敵なボウズ頭……」

「……はぁ?」

「でも彼はウチの学校の生徒……生徒会長として、サボっている生徒を見逃すというのは……ああっ、でもでも……!!」

 

 何やら頭を抱えて悶えるみづ穂であったが、彼女がこうなるのもちゃんと理由はある。

 

 まず、原作では現世にてずーっと制服を着ていた恋次たちであったが、この世界ではそんなこともない。

 現世のしおりにも「日中や深夜に制服を着ていると怪しまれるから、学校に行くとき等の必要な時だけ着用するように」との注意書きがされているほどだ。

 なので、雛森たちや海燕たちはそれに従い私服で動いていた。

 

 だが彼らは違う。

 学校で護衛をするので目立たないように制服を着ていたのだが、屋上でずーっと待機していたことから「サボりの学生だ」と誤解された。

 サボりの学生を生徒会長がシメに来たところ、好みのボウズ頭を発見。悪印象を与えてでも注意すべきか、それとも見逃して好印象を与えるべきか。

 責任と恋心の狭間で、乙女心はまるで天秤の様に揺れ動き続ける。

 

「なんかわかんねぇが、今のうちに逃げるぞ」

「「賛成」」

 

 だが一角相手には全然届いていなかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――その日の夜。

 

「うわぁ! お好み焼きだぁ!」

「えへへ、凄いでしょう? みんなで食べると良いかなって思ったんだ」

「……ホットプレート……買ったのか?」

「そうだよ。現世のしおりにも『無駄にならない』って書いてあったからね」

 

 先遣隊が拠点としているマンションの一室は、賑やかな喧騒に包まれていた。

 というか、部屋には吉良・雛森・海燕・ルキアに加えて、織姫と茶渡までいるのだから、賑やかなのも当然だろう。

 

「桃さん、誘ってくれてありがとう」

「そうだな。感謝する」

「ううん、こちらこそ。来てくれてありがとう」

 

 二人とも雛森に「夕食を一緒に食べないか?」と誘われ、こうして拠点までやって来ていた。

 とはいえこのご招待は純粋な善意ではなく、少々の裏もあったりする。

 学校内であれば一カ所に纏まっているが、放課後――帰宅後はそうもいかない。

 ならば"護衛対象をできるだけ一カ所に集めておこう"という狙いが、この夕食会にはあったりする。

 そのため、死神たちにはちょっとだけ申し訳ない気持ちもあったりするのだが――

 

「これは……どうやってひっくり返せば良いのだ……!?」

「なんだ朽木、やり方知らねえのか? ……ん? ほら、見てみろ。いい手本があるぞ」

「じょ、上手だね?」

「ああ……」

 

 織姫たちはそんな死神たちの裏事情など知らず、夕食を普通に楽しんでいた。

 それに彼らの招待も、決して好意がないわけではないのだ。

 

「そういえば……人数が少なくないか……?」

「あっ、そういわれると……!」

 

 食事の最中、茶渡がふと気付いて漏らす。

 

「ああ……お前らは気にすんな」

「え、で、でも……迷子とか……」

「いや、そうじゃねえよ。アイツらは見回り中だ」

「当番だからな。コレばかりは仕方ない」

 

 日中の護衛役は、そのまま夜の見回りまで継続して行う。

 見回りとして街の各地に散ることで、夜襲に際しての即応性を上げる狙いがある。

 これまた当番制として決定しており、死神たち全員は遅かれ早かれ担当するのが決定していたりする。

 ある意味地獄の三連勤である。

 

「な、なんだか申し訳ないような……」

「そうは言うがな、これも仕事だよ仕事。それよりも――ッ!!」

 

 内情を説明されて苦笑いを浮かべる織姫へ海燕は当然だとばかりに返すと、話題を変えようとしたときだ。

 

「――ッ! 副隊長! この霊圧は!」

「ああ……どうやら来やがったみたいだな」

 

 霊覚を強烈に刺激される感覚に、一筋の汗を浮かべつつ海燕は頷いた。

 

 

 

 ――同時刻。

 

「ああっ! 昼間の!」

「げえっ! なんでオマエここにいるんだよ!」

 

 一角が、破面(アランカル)たちに気付くと同時に、みづ穂に見つかっていた。

 




●浅野みづ穂
浅野啓吾の姉。空座第一高校の二十四代目生徒会長。
ボウズ頭が大好き。なので一角が好み。
(原作の出番は少ないが、アニメだとオリジナルで一角との絡みが増えている)

後に石田雨竜を(見た目が凄くそれっぽいという理由で)次の生徒会長に任命する。

●私服
海燕さんは甚平(じんべい)とかも似合いそう。


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第182話 熱烈歓迎! グリムジョー御一行様!!

「あ、ああっ……!」

「この、感覚は……」

「織姫さん落ち着いて!」

「茶渡君!!」

 

 海燕らに少し遅れて、織姫と茶渡が怯え混じりの渋面を作る。

 どうやら似たような霊圧を感じたことでヤミーに蹂躙された時の記憶がフラッシュバックしたらしい。

 

「テメエら狼狽えてんじゃねえ!!」

「ひっ!」

「ッ!!」

 

 心を落ち着かせる様に雛森らが声を掛けるが、その効果が出るより先に海燕が檄を飛ばした。

 

「安心しろ! こういう時のために俺たちが来たんだからよ!!」

「あ……」

「……すまない」

 

 伊達に"面倒見の良い兄貴分"と"頼れる副隊長"という二枚看板を背負ってはいない。四番隊の"癒やし"とは真逆の"上に立つ者"という才覚を十分すぎるほど持っている。

 その効果は絶大だったようで、二人の怯えは即座に消えて冷静さを取り戻していた。その反応に、海燕もまたニヤリと力強く笑う。

 

「よし、落ち着いたな」

「すみません、副隊長……」

「気にすんな! それよりも破面(アランカル)の方に集中しろ。この反応は……朽木!」

「はい。全部で六体です!」

「一体は特別強大な霊圧を持っています!」

「前回の動き通り、どうやら霊圧を探っているみたいです!」

 

 ルキアの言葉を吉良と雛森が補足する。

 その報告内容が、自身が感知した動きと相違ないことを確認すると海燕は窓の外をにらみつけた。

 

「つまり、今回も霊圧を持つ者を狙って来るってことか……ったく! 備えておいて良かったぜ」

「……あ」

 

 織姫が声を上げるが、それに反応する者は死神たちの中にはいない。

 

「敵の霊圧、動きました! 散っています! やはり霊圧の高い者を狙っているみたいです!!」

「阿散井と斑目と綾瀬川は外だ、なら霊圧も高いから即応できるだろ! こっちで上手く連携するぞ! それと茶渡と井上、お前らはここで待ってろ。吉良と雛森、護衛は任せた! 一護は――」

 

 矢継ぎ早に指示を出していたかと思えば、海燕は一瞬だけ言い淀んだ。

 

「この霊圧は……ッ! 仕方ねえな、俺が行ってくる!」

「わ、私も行きます!」

「分かった! 援護は任せるぞ!!」

 

 義魂丸を取り出しつつ、二人は全力で外へと駆け出していった。

 

「僕たちも動こう」

「うん!」

 

 残った二人、吉良と雛森もまた義魂丸を使い死神の姿へ戻ると迎撃に動こうとする。だがそれを織姫が引き留める。

 

「ま、待って!」

「織姫さん? どうしたの」

「あの、さっきの……備えておいてって、ひょっとして……」

「……あ……っ……」

 

 その疑問の言葉だけで、彼女が今日の夕食会の"意図"に気付いたのだと二人は悟る。

 

「……ああ、そうだよ――想像通り、高い霊圧を持つ者は一カ所に集めた方が護りやすくなるからね」

「吉良君!?」

「雛森さん、井上さんは気付いているよ。なら、下手に隠すのは逆効果だ」

 

 かぶりを振りつつ肯定する吉良であったが、その姿はどこか苦しそうでもあった。

 

「でも、覚えておいて欲しい。今日、君たちを呼んだのは決して任務だからじゃない。交流を深めたかったというのも、本当の気持ちなんだ」

「あ……う……うん……」

「……行こう、雛森さん」

 

 どこか迷うような返事であったが、今はそれで十分だ。そう自分に言い聞かせながら、二人の死神は外へと出て行く。

 

「なら……なら、せめて俺たちも!」

「う、うん! そうだよ! 一緒に協力すれば……!!」

「ありがとう。でも、その気持ちだけ頂いておくよ」

「私たちだって、強いんだから!」

 

 頼もしい応援を貰いながら、二人は戦場へと出て行った。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「おっ、死神じゃねーか。大当たりィッ! てかぁ!?」

「ッ!!」

 

 外に出た途端、まるでそれを待ち構えていたかのように手刀の一撃が飛んで来た。

 奇襲じみたその攻撃を、けれども吉良は身を捻って躱す。

 

「へえ、避けたか……けど、よく見りゃ陰気な男にチビの小娘。こりゃハズレだな」

「人をいきなりハズレ呼ばわりは、あまり感心しないね」

「ハッ! それがどうしたんだよ!」

 

 攻撃を放ったのは、金髪とギザギザの歯が目立つ破面(アランカル)の男だった。

 男は吉良の言葉を鼻で笑う。

 

「そんならテメエら二人を殺した後でもう一度言わせて貰うぜ! やっぱり大ハズレでしたってなあ!!」

「ふんっ!!」

 

 再び襲いかかる徒手の攻撃を、今度は斬魄刀にて打ち払う。

 だが相手は意にも介さず、さらに素手にて乱打を放ってきた。突風のような拳を防ぐ最中、二人の動きが一瞬止まる。

 

破面(アランカル)No.16(ディエシセイス)、ディ・ロイだ」

「四番隊、吉良――」

「あァ!? 四番隊、四番隊だァ!?」

 

 その瞬間、相手は自らの名を名乗った。ならばと吉良も名乗り返そうとしたところで、ディ・ロイはけたたましい哄笑を上げ始めた。

 

「ハハハハハハハハハッ!! コイツは傑作だ!!」

「何が……おかしいんだい?」

「知ってんだぜ! 四番隊(・・・)!! 治療しか出来ずに戦場から逃げ回ってる腰抜け共の集まりなんだろ!! そんな腰抜けがこの俺の相手とはな!! ハズレもハズレ、大ハズレだ!! ヒャハハハハハッ!!」

 

 ゲラゲラと腹を抱えながらディ・ロイは笑い転げる。

 その姿を、吉良イヅルは感情の抜け落ちた瞳で見ていた。

 

「……雛森さん。二十、いや十秒間だけ、そっちの相手(・・・・・・)をしてもらって良いかな?」

「うん、わかった……その十秒で、しっかり教えてあげて」

「勿論だよ。骨の髄――いや、魂魄の奥底にまで刻み込むつもりさ」

 

 雛森は、吉良とは背中合わせとなっていたため、聞こえてくるのは声だけだ。

 だがその声色だけでも、恐ろしいほど良く伝わってくる。

 

 吉良の瞳と同じように感情が抜け落ちているのが。

 巨大な感情を爆発させようとしているのが。

 

「ハッ! 馬鹿なことを!! この俺を十秒で倒すってのか? 出来るモンならやってみな! 腰抜けの死神ィ!!」

 

 吉良の言葉を"侮られた"と捕らえたのだろう。それまでの素手から一転、手にしていた刀を抜いて斬り掛かってきた。

 

 ――さて、どうするか……

 

 迫り来る刃を見ながら、吉良は冷静に考える。

 先ほどのやり取りだけを思い返しても、攻撃速度や体術は中々どうして侮れるレベルではないことは分かっている。

 特に皮膚の硬さなど、手刀を刃で受け止めたのに傷一つ無いのだ。

 となれば――

 

「やっぱり、こうするべきかな?」

「な……ッ!?」

 

 放たれた刃の攻撃を、吉良は己の斬魄刀をぶつけて軌道を逸らすと同時に相手へ向けて刺突を放ってみせた。

 一つの動作で回避と攻撃を同時にやってのけるという、高等な剣術である。

 洗練された技術に、ディ・ロイは思わず歯噛みしていた。それが己の寿命をさらに縮めることになるとも知らずに。

 

「さて、皮膚は硬かった様だけど……ここはどうだい?」

「が、がばああぁっ!?」

 

 そのまま斬魄刀は狙い通り相手の口内へと滑り込んでいく。切っ先が舌を切り裂き、喉を貫いたところでようやく止まる。

 

「外側は硬くても、内側はそこまで硬くない……か……」

 

 破面(アランカル)鋼皮(イエロ)と呼ばれる強固な外皮を持っている。素手で斬魄刀と渡り合えたのも、この鋼皮(イエロ)の恩恵によるものだ。

 だが硬い皮膚を持つ者であっても、比べれば内側は脆い。

 想定よりも強固でこそあったものの、どうやらその読みは正しかったようだ。

 

「が、ががががっ!!」

「驚いた。普通なら致命傷だよ」

 

 破面(アランカル)の圧倒的な生命力が為せる技なのか。血の泡を口から大量に零しながら、それでもディ・ロイは抵抗の意思を見せる。

 ならばと吉良は次の一手を放った。

 

「破道の五十四・廃炎(はいえん)

「がばっ!?」

 

 放たれた円形の炎が顔面へと迫り、そのまま焼き尽くしていく。

 喉を貫かれて動きを止められ、怪我で霊圧の下がっていたディロイにはどうすることも出来なかった。

 なんとかしようと藻掻くのが精一杯の抵抗だ。

 

「剣術も炎も、前に先生が――四番隊の隊長がやっていたことの真似だけどね。けれど、君にはふさわしいだろう?」

 

 やがて、破面(アランカル)は動かなくなる。

 

「四番隊を甘く見るから、こういうことになるのさ」

 

 刀身に絡みつく血と残り火を振り払って落としながら、吉良は呟いた。

 

 

 

 

 

 

「初めまして。破面(アランカル)No.11(ウンデシーモ)、シャウロンと申します」

破面(アランカル)No.14(カトルセ)、ナキームだ」

「四番隊三席、雛森桃」

 

 吉良に「そっちの相手をしてくれ」と言われた直後、それを見計らったかのように雛森の前に二人の破面(アランカル)が現れた。

 シャウロンと名乗ったのは、理知的な雰囲気を漂わせる頬のこけた男。ナキームと名乗った方は、おかっぱの髪型をした肥満体の男だ。

 

「あなたも四番隊ですか」

「不満?」

「先ほどまでは、そう考えていました。ですが、あなたは私たちの存在に気付いていた。強い霊圧が多く集まっていたので、先走ったディ・ロイが良い目くらましになればと考え身を潜めていたのですが――」

 

 その瞬間、二人の破面(アランカル)の姿がかき消えた。

 

「どうやら、当たりのようだ」

「だが!」

「ッ!? きゃあっ!!」

 

 正面からはシャウロンによる斬魄刀の攻撃が、背後からはナキームによる拳撃が、雛森へと襲いかかる。

 即席の連係攻撃であろうその動きを、彼女は翻弄されつつもなんとか防ぐ。

 

「それでもたった一人、それも三席程度で私たちの相手を出来るとは思わないことです!!」

 

 斬魄刀による鋭い一撃と拳による鈍い連撃。

 質の違う二種類の攻撃に、雛森は苦戦を強いられていた。

 

「はぁっ!」

「くっ……!」

 

 シャウロンの刃が翻り、それを見た雛森は半歩下がると、その場所を刃が通り過ぎていった。

 ギリギリの間合いで一撃を避けたものの、敵の攻撃はそれで終わらない。

 

「甘い」

「あぐうっ……!!」

 

 避けた先を見計らって放たれたナキームの拳に、彼女の身体は捉えられてしまう。

 防御こそ間に合ったものの、軽く小さな彼女はその衝撃に堪えきれなかった。

 打ち抜かれた勢いそのままに吹き飛ばされ、それでも受け身を取ってなんとか体勢を維持してみせたのは流石だ。

 

「軽いな。まるで木の葉のようだ」

「ええ。その小さな身体でここまで耐えたのは少々驚きました。ですが、それももう終わりです」

「く……!」

 

 二人の破面(アランカル)の言葉に、雛森は渋面を浮かべた。

 相手に言われるまでもなく、斬り合いをするならば小さな身体よりも大きな身体の方が利点は大いに決まっている。

 そんなことは彼女自身が一番よく知っている。

 

 だが、彼女は同時に知っている。

 それもまた、やり方次第なのだということを。

 

「はっ!」

 

 雛森の姿が突如、微かな残像を残して消える。

 だが破面(アランカル)たちは特異な反応を見せない。

 

「確か、瞬歩(しゅんぽ)と言うのでしょう? 我々も使えますよ。名前は違いますが」

「……響転(ソニード)

 

 相手への示威行為だろうか。

 わざわざ名前を口にしつつ、ナキームもまた雛森を追うように姿を消す。

 同じ高速移動の技術を用いて、消えた雛森を追いかけたのだ。

 シャウロンの瞳が、二人の動きを追うように動き回る。だが、それも数度のこと。

 

「……ッ! そんな……!!」

「終わりだ」

 

 駆ける雛森に追い付いたナキームは、そのまま彼女へ向けて攻撃を放つ。

 まさか追い付かれるとは思っていなかったのだろう。絶望にも似た表情を浮かべる雛森を押し潰さんばかり勢いで拳を振り下ろされ――

 

「……ッ!?」

「なっ……消え、た……!!」

 

 確実に捉えたはずの攻撃が、むなしく空を切った。

 その結果に、シャウロンすら目を見開き絶句する。

 

「一体何処に……!?」

 

 キョロキョロと周囲を見回し、雛森の行方を探すナキーム。だがその気持ちはシャウロンもまた同じだ。

 

 ――遠目から見ていたハズの自分までもが見落とした!? 馬鹿な!! あの死神の小娘は確かに先ほどまで、あの場所にいた! 霊圧とて感じ取っていたはず……

 

 そこまで考えたところで、彼は叫んだ。

 

「――ッ! ナキーム!! 上だ!!」

「弾け! 飛梅(とびうめ)!!」

 

 シャウロンの警告よりも、雛森の動きの方が早かった。

 彼女は斬魄刀を始解させると、そのまま垂直落下の要領でナキームの身体に斬魄刀を突き立てた。

 鋼皮(イエロ)を持つ破面(アランカル)とて、落下の勢いが加わった刺突には耐えきれなかったようだ。

 飛梅はナキームの肩口から突き刺さり、刀身の半分ほどが胴体へと埋まる。

 

「ぐあああっ!? こ、この……死神……!!」

 

 冷たく複雑な形状の刃に身体を刺し貫かれる激痛に苦しみつつも、ナキームの闘志は未だ折れることはなかった。

 動きを止めた死神を打倒せんと手を伸ばす。

 しかし雛森の動きはそれより速い。

 

「はあああああぁっっ!!」

「ぐっ! がっ! ぎゃなあああぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 彼女は飛梅の能力を操り炎を生み出すと、相手を内側から(・・・・)焼き尽くす。

 

 吉良と雛森。

 二人の死神が選んだ鋼皮(イエロ)の攻略法は、奇しくも同じ「体内」という部位。そして「炎」という手段であった。

 

 ナキームに出来ることは、中から焼かれるという激痛に絶叫することだけだった。

 

 

 

 

 

 

「馬鹿、な……」

 

 目の前で雛森が消えたこと。同胞が倒されたこと。

 二つの事象に、シャウロンは狼狽の声を上げる。

 彼は未だ、雛森がどうやって姿を消したのかすら理解出来ていなかった。ならば、同じ手を再び使われたならば……

 そこまで考えたところで、彼は思わず明後日の方を向いた。

 

「これは――!」

 

 死神が目の前だというのに視線を逸らす。それがどれだけ危険なことかは分かっている。それでも彼は向かずにはいられなかった。

 

 ――あの方角は……! まさか!!

 

「吉良君、遅いよ! もうとっくに十秒は過ぎてるんだからね! 先生に言いつけちゃうよ!」

「ごめんごめん。でも、十秒で倒したのは本当だよ。それにあの霊圧、どうやら僕の行動も無駄じゃなかったみたいだ」

「ッ!!」

 

 後ろから聞こえてきた声に驚き、シャウロンは再度振り向く。そこには傷一つ負っていない吉良の姿があった。

 

「仕方ない、か……それじゃ、ここからはこっちが二対一だよ。卑怯とは、言わないよね? だって私もさっきまで同じ条件だったんだから」

「傷が……!!」

 

 先ほどまでナキームと二人掛かりで負わせた怪我が瞬く間に治っていく光景に、彼は冷や汗を流す。

 

「お仲間が言ってただろう? 四番隊は治療する、ってさ」

「そうか……そうだったな……」

 

 得意げな表情を見せる吉良の姿に、シャウロンはギリリと奥歯を噛みしめた。

 (ホロウ)であった頃ならば超速再生という回復手段があった。だが破面(アランカル)へと変じる途中でその能力は失われている。

 目の前の死神とて無尽蔵の回復は不可能だろうが、根比べはどう考えても分が悪い。

 

 ――ならば長期戦はむしろ不利! こちらの最大戦力で即座に叩き潰す!

 

 斬魄刀を構え直し、シャウロンは叫んだ。

 

()て、五鋏蟲(ティヘレタ)!」

「なっ……!?」

「そんな……!!」

 

 目の前の破面(アランカル)の姿が、突如として異形の者へと変じた。

 人型の基本はそのままに、だが上半身は白い鎧を纏ったような姿へと。背中には背骨がそのまま伸びたような尾が生え、先端には鋏が備わっている。

 五指も同じように伸びており、その一本一本が刃のような鋭さを誇っていた。

 

「驚いたかな? これが私たち破面(アランカル)の斬魄刀解放だよ!」

「ぐううっ!!」

「きゃああぁっ!!」

 

 シャウロンが軽く手を振るう。

 それだけで吉良と雛森、二人の身体に複数の斬撃が刻み込まれた。身体が切り裂かれ、鮮血が吹き出していく。

 苦痛混じりのその表情に、彼はようやく一矢報いたと微笑を浮かべた。

 

「これで終わりなどと思わないことだ! 傷を癒やす暇など与えはしない!!」

 

 口元の薄笑いを少しずつ大きくしながら、シャウロンはさらに攻撃を続行する。

 瞬間、雛森を庇うように吉良は前に出ると、その斬撃を受け止めようとした。

 だがシャウロンの攻撃は一撃一撃が下手な斬魄刀顔負けの威力を持っており、それが指の数と同じだけ――つまり一度に五つの斬撃が繰り出されることになる。

 

「くっ! ぐううっ!!」

 

 如何に修練を積んだとはいえ、慣れぬ攻撃を前にしては二つ三つを受け止めるのが今の吉良には精一杯だったようだ。

 加えて相手は五つの斬撃を、両手からそれぞれ放てる。

 じりじりと押されていき、全身が傷ついていく。

 

「これで終わりだ!」

「なっ……!」

 

 斬撃を放つのではなく、シャウロンは両腕を振りかぶり吉良へと襲いかかった。

 直接斬りつけることで決着を付ける腹づもりだろう。

 

「吉良君!」

「甘い! 見逃しはしませんよ!」

「あううっ!!」

 

 ならばと雛森が動くが、シャウロンはそちらにも注意を払っている――いや、むしろ雛森の方にこそ、重点的な注意を払っていた。

 先ほどの姿を消す技を警戒しているのだろう。

 攻撃は彼女の機先を制すように斬撃を飛ばし、雛森の身体に一筋の傷を刻みつける。

 

「今だっ!」

「そちらも見えていますよ」

「うっ……!」

 

 注意の逸れた隙に動こうとした吉良だが、シャウロンの尾が眼前へと迫っていた。片腕を両断しようとする鋏の動きを、彼は身を退いて躱す。

 

「飛梅!」

「くっ……!」

 

 追撃を仕掛けようとしたところ、火球が飛んできた。

 片手で払い落としたものの、おかげで追撃は断念せざるをえなかった。

 

「小娘……!!」

 

 ギロリと鋭い視線が雛森へと向けられる。

 それを確認した瞬間、吉良と雛森。二人は互いに頷き合う。

 

「……雛森さん!」

「うん!」

「む……?」

 

 大きく動いたのは雛森だった。

 彼女は瞬歩(しゅんぽ)による高速移動を繰り返しつつ、飛梅から無数のつぶてを連続して放っていく。

 様々な角度から連射されるその攻撃は、さながら炎の雨のようだ。

 

「こざかしい真似を……」

 

 口では忌々しげに言いつつも、けれどシャウロンは雛森の動きから目を離さない。

 派手な攻撃を仕掛けているものの、その全てが決定打には至らない事は霊圧から容易に推し量れた。

 なにより飛梅による炎の攻撃は先ほど防いでいるのだ。どれだけ連射したところでその効果はたかが知れている。

 

 ――ならば、これは目くらまし。どこかで本命の一撃が来るはず。それを潰せば良いだけのこと。

 

 火球を打ち落としながらそう考えると、雛森の動きをつぶさに凝視し――ついでに奇襲に備えるべく、吉良の霊圧も探り位置だけは確認しておく。

 やがて、雛森の動きが遅くなった。

 

「そこだっ!」

「ああっ……!」 

 

 それこそが本命の攻撃へと転じる瞬間だと直感し、シャウロンは全力で斬り掛かる。

 両腕を大きく振りかぶると、五爪を目一杯に広げて隙間無い一撃を放った瞬間、過ちに気付いた。

 

「これは…………抜け殻!!」

 

 先ほどのナキームの時と同じように、雛森の姿が消える。だが同時にその正体も気付く。

 雛森は、霊圧を誤認させていた。

 瞬歩(しゅんぽ)による移動で残像を交えさせつつ、霊圧だけを自分と似たように形造って用意しておく――言うなれば、分身に匂いを付けたような代物だ。よく見れば即座に看破できるし、相手の霊圧を一瞬誤魔化す程度が限界でしかない。

 

 けれどもそれを、瞬歩(しゅんぽ)響転(ソニード)による追いかけっこの最中に使われたらどうだろう? 無数の火による雑音(ノイズ)に紛れ込んでいたらどうだろう?

 結果は、見ての通り。

 シャウロンが抜け殻と評したのも納得だ。

 

「ならば本命は……やはり上か!?」

 

 一度見ていたことが裏目に出たようだ。反射的に上へと視線を切ってしまい、一瞬とは言え彼は致命的な隙を自ら作り出してしまった。

 

 ――吉良イヅルを前にして。

 

「はああっ!!」

「くっ……!」

 

 無防備になったシャウロンに、吉良は斬魄刀を振り回し無数の斬撃を当てていく。

 その一撃一撃は彼の五爪へしっかりと叩き込まれ、ようやく誘われたと気付くとシャウロンは軽く距離を取る。

 

「フム、そこまでは見事! だが軽いんだよ、浅いんだよ!! その程度の攻撃、たとえ百回二百回当てた(・・・・・・・・)ところで私の鋼皮(イエロ)には傷一つ――うぐうっ!?」

 

 突然、信じられない重さを感じて、彼は両腕をだらんとぶら下げた。

 両肩が外れそうな程の重量に襲われ、混乱したように自らの手を見る。

 

「う、腕が……いや、指が!?」

「僕の斬魄刀――侘助の能力は、斬り付けたものの重さを倍にする。地味な能力だろう?」

「……お前の仕業か死神ィ!!」

 

 憎々しげに叫ぶものの、吉良の耳には届いているのかいないのか。

 彼は僅かに恍惚とした表情で、コの字に変形した己の斬魄刀を見つめている。

 

「けれど先生は、僕の能力をとても褒めてくれたんだ。複数回斬りつけなければ効果が薄いから、とにかく当てるために、随分と訓練を積んだよ」

「私が囮になったんだから、感謝してよね!」

「勿論。後で何か奢らせて貰うさ」

 

 その会話から、裏側が推し量れた。

 雛森という小柄な少女を派手に動かせて囮に使い、吉良という本命の姿を隠す。

 火球を操ることで目を引きつけ、抜け殻で緊急回避も可能な雛森は、なるほど囮役にはピタリだ。

 

 吉良の能力も、何度も斬りつけねば効果は得られない。

 だが斬りつければ重くなり、能力も相手にバレて追撃を警戒される。回避に徹されるか、はたまた遠距離攻撃に徹されるか。とにかく、動けなくなるまで能力を累積させるような真似は期待できなくなる。

 

 互いの持ち味を上手く組み合わされた結果だった。

 一対一ならばこうも上手くハマることはなかっただろうと、シャウロンはマトモに動かすことも出来ぬ腕の重みに苦戦しながら結論付ける。

 

「終わり、だね」

「覚悟!」

「馬鹿な……! この霊圧で三席だと……!?」

 

 ――グリムジョー……! すまない……

 

 瞬間、膨れ上がった二人の霊圧量。

 それが、シャウロンが最後に知覚した物だった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……手強かった……」

「本当……最初から全力だったら、危なかったね……」

 

 勝敗は決し、二人は大きく息を吐き出す。

 

「この距離、この数……危険なのは阿散井君だな。僕はそっちに向かう!」

「じゃあ私は、斑目さんの方に行くね!」

 

 だが勝ったのはあくまで、この戦場だけでしかない。

 即座に霊圧を感じ取り仲間の状態を確認すると、二人は示し合わせたように別れ、駆け出していく。

 

 そんな二人の姿を、織姫と茶渡は見送ることしか出来なかった。

 




●ナキーム(乱菊が倒した奴)とディ・ロイ(ルキアが倒した奴)
この二人は帰刃(レスレクシオン)も不明。よって「かませ」役決定。
(ナキームなんて原作では「響転(ソニード)だ」くらいしか台詞が無い。
 ペッシェやドンドチャッカくらい個性出してよ)

●義魂丸
雛森の義骸も「ピョーン♪」とか言ってるのでしょうか?
(女性死神で一番人気の義魂丸のチャッピー)

アニオリだと、やちるのイタズラで変な義魂丸ばっかりになってましたね。
(やる気無いシロちゃん。語尾が「べし」のスケベな乱菊。にゃんこそのものな恋次。弱気な一角。ブチギレ系弓親)

●アランカル側の四番隊の評判
??「教えてビビられると困るから黙っておこう」


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第183話 もっと歓迎! グリムジョー御一行様!!

「探したのよダーリン!!」

「だあああっ! ウルセえな! こっちは今それどころじゃねえんだよ!!」

 

 海燕たちが破面(アランカル)らの気配に気付いたのと同じ頃、一角は色んな意味でピンチになっていた。

 弓親とコンビで夜回りに出ていたのは良いが、その途中で浅野みづ穂に見つかっていたのだ。

 

「一角! 遊んでいる場合じゃないよ! このままだと……」

「んなこたぁわーってんだよ弓親! こんだけの霊圧垂れ流してりゃ、入隊一期目の新入りだって気付くわ!!」

 

 しかも間の悪い事に、現世にやって来た破面(アランカル)たち――その一体が、一角たち目掛けて迫まりつつある。

 このままでは彼女を巻き込んでしまうのは火を見るよりも明らか。立場上、現世の一般人を巻き込むのは避けたいところ――避けたいところなのだが……

 

「こんな時間に外で遊んでいるなんて校則違反よ! 生徒会長の立場として見過ごせないから、このままウチに拉致――連行――監禁――えーっと、保護! 保護するから!」

「オイ! なんかコイツどさくさ紛れにとんでもねえこと言ってんぞ!?」

「四番隊の隊長さんといい彼女といい、一角は個性的な異性に好かれる星の下に産まれてきたのかな?」

「ウルセえ! ってか弓親! この女引き剥がせ!! アレ(・・)は俺が相手をする!!」

「はいはい、わかったよ。ということで、ほら行くよ?」

「あーっ! ちょ、なによアンタ!? ちょっとイケメンでおかっぱだからって調子に乗ってんじゃないわよ! これは拉致なんだからね! ちょっとおおぉぉぉっ……!!」

 

 みづ穂は弓親に強引に引き摺られながら――ついでに怨嗟の声を上げつつ――この場から離れていく。

 

「さて、これで問題ねえな」

 

 夜の闇の向こうに二人の姿が消えていったことを確認すると、彼は義魂丸を口に含んで死神の姿へと戻る。

 そのまま闘争本能の赴くまま、迫り来る破面(アランカル)へと突撃――

 

「……お前はどっか見つからない場所に隠れてろ。特にあの女には絶対に見つかるなよ!」

「わ、わかりました……」

 

 ――する前に。義骸へと厳命を下してから、ようやく戦いへと赴いた。

 

 

 

「おお、俺の相手は死神か!」

 

 一角の前へと現れたのは、左右非対称な髪型が特徴的な巨漢の破面(アランカル)だった。

 自身よりも巨大な――六尺六寸(2メートル)はあるだろうか――相手に、彼は気を引き締め直す。

 と同時に、遠くの方で一つの霊圧が消えた。

 

「……あん?」

「これは……そうか、ディ・ロイがやられたか」

「ディ・ロイ? テメェの仲間か?」

 

 仲間がやられたというのに何の感情も見せないどころか、笑みすら浮かべながら相手は答える。

 

「まあ、な。けど、誰かは知らねえがアイツと当たった奴は運が良いぜ。アイツは破面(アランカル)だってのが信じらんねえ位の出来損ないだからなぁ……それに引き換え、テメエは運が無えな! 俺に当たったばっかりに、ここで転げ回って死ぬしか無えんだからなァ!!」

「ハッ! 仲間に随分と冷てえじゃねえか!!」

 

 その評価に見知らぬディ・ロイへと少しだけ同情を送りつつ、一角は斬魄刀を引き抜くと相手へと斬り掛かっていった。

 

 

 

 

 

「いい加減にしなさいよ! とっとと放しなさい!!」

「はいはい、悪い悪い。けどね、あの場所にいたら危険なんだよ」

 

 その一方で。

 弓親はみづ穂の首根っこを掴みながらまだ移動を続けていた。

 破面(アランカル)を相手に一角が戦いたがるのは分かっていた。そして戦いが始まれば、周囲に気を配る余力は無くなるかもしれない。

 そんな戦いに人間を巻き込むようなトラブルは避けるべく、彼は距離をとり続ける。

 本音を言えば「無視して一角の戦いっぷりを間近で見たい」のだが、どうやら死神としての仕事の方を優先させたらしい。

 

「はぁっ!? 何が危険なのよ!! 不良のヤリ(ピー)ン男どもが集まってきてマワされるとでも言うの!?」

「げ……下品な……」

 

 年頃の女性が口にするにはあまりにもな内容に、一瞬弓親のコメカミがヒクついた。

 一瞬「もうこのまま見捨てていいんじゃないだろうか」という考えが過るが、弓親はその意見を気合いでねじ伏せる。

 

「……そういう意味じゃなくてもっと単純に、生死に関わる意味で危険なんだよ。君だって、まだ死にたくはないだろう?」

「あそこで殺し合いでも始まるっていうの!? バカバカしい、つくならもっとマシな嘘を――」

 

 その言葉を、みづ穂は最後まで言い切ることが出来なかった。

 

「始まったか」

「な、なに……あれ……」

 

 霊感を持たない彼女には、何が起きているのかはさっぱり分からない。だがそんな彼女でも、理解できることが一つだけある。

 それは、強烈な殺気――戦いの匂いとでも言えば良いのだろうか?

 たまに街中や校内で喧嘩を見かける時があるが、その時の雰囲気を何万倍も濃くしたような"何か"が、引き摺られてきた方角から放たれている。

 

「これでわかっただろう? ここからは、君が踏み込むべきじゃない」

「何言ってるのよ! ってことはダーリンがあの場所にいるんでしょ!? 助けに行かなきゃ……!!」

「勇敢だね。けど、君の出番はここまでさ」

「は……? あうっ……!」

 

 知ってなお一角の場所へ戻ろうとするみづ穂の様子に少しだけ驚きつつも、弓親は彼女の目の前でライターのような道具を使う。

 ボムッと何かが小さく爆発したかと思えば、彼女は意識を失いゆっくりと倒れた。

 

「その勢いは嫌いじゃないけどね。正直、知りすぎた。ゆっくりお休み」

 

 記換神機(きかんしんき)――人間の記憶を差し替える道具である。

 死神と(ホロウ)に関する記憶を忘却させるこの道具を使えば、彼女は今夜の事を思い出すことはない。

 関わり合いにならない方が、両者の為にもきっと良いのだろう。

 

「さて、急いで戻らなきゃね……」

 

 とりあえずみづ穂の身体を大通りまで運び、壁にもたれるような格好で座らせると、弓親は元来た道を大急ぎで戻っていった。

 その三十秒後。

 

「うわぁ……なんか変な爆発みたいな騒ぎが起きてんだけど……アフさんにも無視されるし……夜は暗いし……こええよ……って姉ちゃん!?」

「ん……ううん、ケイゴ……?」

「何こんな道ばたで寝てんだよ!? まさか酒でも飲んだのか!?」

「……あっ! ダイバダッタ! ダイバダッタは!?」

「は? お台場、だった……? ……なにが?」

「さっきまでいたのに! どこ、どこに行ったの!?」

 

 なお記換神機(きかんしんき)で差し替えられる記憶はランダムなため、ありえないシチュエーションの記憶になることもあるという。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「おらぁっ!」

「らぁっ!」

 

 霊圧が込められた張り手を、一角は片手の鞘で受け止めると同時に、もう片方の手で握る斬魄刀で斬り掛かる。

 その攻撃は相手の胸元を浅く切り裂き、何筋目か刀傷を刻んでいた。

 

「ちっ! やるじゃねえか死神ィ!」

「テメエもな破面(アランカル)!」

 

 とはいえ一角も初撃を腹部に一撃を喰らい、ダメージを負っている。

 それ以降は上手く避けているが、どちらも決定打とは言いがたい。

 一発だけ重い一撃を受けた一角と、軽い傷を多く受けた破面(アランカル)。互いの負傷具合は半々と言ったところだろうか。

 

「……そういや名をまだ聞いてなかったな、デカいの」

「オウ、俺か!? 俺は破面(アランカル)No.13(トレッセ)――」

 

 そこまで口にしたところで、破面(アランカル)は動きを止めた。

 

「――いや、止めだ。これから殺す奴を相手に、名なんぞ名乗るだけ無駄だろう」

「……そうかよ」

 

 相手の反応に、一角は若干冷めた瞳で応じる。

 

「どうやらテメエは俺とは流儀が違うらしいな。"殺す相手には名を名乗れ"ってのは、俺が戦い方を教えた奴に――必ず教える最後の流儀だ。戦いに死ぬと決めた奴なら、自分を殺す奴の名ぐらい知って死にてえハズだからな」

 

 そこまで口にすると、一角は再び闘志を燃え上がらせた。

 

「更木隊――あー、もとい――卯ノ花た……十一番隊第三席! 斑目一角だ!!」

 

 が、ちょっとだけ締まらなかった。

 

「テメエは名乗る必要は無え! 俺の名だけをよく覚えておきな! テメエを殺す男の名だ!!」

「そうかよ死神ィ!!」

 

 苛立ったように拳が振り下ろされるが、一角はそれを鞘で受け止める。

 

「ついでにもう一つ覚えておけ! その腰の斬魄刀、そろそろ抜いとけよ!」

「あぁ!? 何を馬鹿なことを言ってやがる!」

 

 鋼皮(イエロ)の強固さに任せ、一角の斬撃を素手で強引に防ごうとした刹那、一角の殺気が一段階濃くなった。

 

「ぐ、あっ……!!」

「だから、抜いとけって言っただろうが」

 

 強烈な踏み込みによる一撃は、鋼皮(イエロ)の鎧をバターのようにあっさりと切り裂いてみせた。

 それまで斬撃を受け止めていたはずの片腕に斬魄刀が深々と食い込み、傷口からどくどくと血が流れ出ていく。

 

「て、テメエ……今までのは遊びか……?」

「まあな。せっかくの機会だ、ちょいと楽しませて貰ったぜ。けど、ここからは本気だ。もうちょっと遊びてえんだが、それであの女に笑われるのはもっと我慢出来ねえんで――なぁッ!!」

「チィ……ッ!!」

 

 強烈な斬撃を一角は放つ。

 両腕を巧みに操り、時に攻防を入れ替えて、時に鞘すらも攻撃へと利用する戦い方は、なるほど当人の言葉通りこれまでの戦いが遊びとしか思えないほどだ。

 

「オラどうした! 全力で来いよ! 命を賭けた戦いってのも、いいもんだぜェッ!!」

「ぐ……!」

 

 二撃、三撃と放たれる斬魄刀を前にして、破面(アランカル)は自身の霊圧を高めて鋼皮(イエロ)をぶ厚くすることで防いでいく。

 だがそれで防げるのは一撃にも満たない。強固にしたはずの鋼皮(イエロ)は一撃目で半ばまで斬られ、二撃目では確実に食い破ってくる。

 防御を固めてなおもそれを上回る攻撃力に、じわじわと追い詰められていく。

 

「チンタラ守ってばかりじゃつまんねえだろうが!! 男らしく――」

 

 ――いかんッ!

 

「――攻めてみせろッ!!」

 

 見せつけるかのような大ぶりの一撃を放とうとした瞬間、破面(アランカル)の本能が警告を発していた。彼はその本能に従い、腰の斬魄刀を抜くと一角の攻撃を受け止め防いでいた。

 

「はははっ! 抜いた、抜いたな!」

 

 渾身の一撃を受け止められたものの、悲壮感などカケラも見せることなく一角は敵の間合いから一旦距離を取る。

 一方相手は、信じられないような。だがどこか当然のような表情で自ら手に握る斬魄刀を眺めていた。

 

「……まさか、斬魄刀抜くことになるたァ……思ってもみなかったぜ……」

「そう言うなって。出し惜しみして負ける方が、よっぽどみっともねえぞ。俺ァ良く知ってるからよ」

「……?」

 

 若干苛立ちを混ぜながら呟いた一角の言葉の真意を掴めきれず、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべる。

 

「やれやれ……急いで戻ってきたおかげで、どうやら間に合ったみたいだね?」

「おう、弓親! あの女はどうした?」

「安全な場所まで連れて行ったよ」

「よっしゃ!」

 

 と同時に、弓親が戻って来た。

 短いやりとりを交わすと、彼は少し離れた場所――ある意味特等席で一角の戦いを見届けようとする。

 

「さて、ここからが本番ってわけだ。次は解放まで引きずり出してやるよ」

「いや、その必要はない」

 

 傷ついた手を刀身へと添えると、霊圧を高めていく。

 

「――破面(アランカル)No.13(トレッセ)、エドラド・リオネス」

「あん?」

「つれねえな。お前の流儀なんだろ? 殺す相手に名を名乗るのはよ。そしてコイツが、俺の斬魄刀だ――()きろ、火山獣(ボルカニカ)!」

 

 エドラドの肉体に変化が起き始めた。

 肩から腕にかけての部分が巨大化し、強固な鎧を形作るように隆起していく。その姿は、見る者に今にも噴火する直前の火山を想起させる。

 

「この二つの名前を覚えて、死んでいけ」

「……上等だ」

 

 一角は歓喜していた。

 エドラドから伝わってくる強大な霊圧に、これほどの強敵と戦える喜びに、身体中が打ち震えている。

 深々と腕へ切り込んだはずだが、相対する相手からは怪我の様子が伝わってこない所を見るに、どうやら解放することで傷も治るようだ。

 

「これでようやく互角ってところか? こっちも行くぞ! 延びろ! 鬼灯丸!!」

 

 ならばこれは仕切り直し。文字通り、ここからが本番だ。

 一角もまた斬魄刀を始解させると、エドラド目掛けて切り込んでいく。

 

「わかってねえ、みたいだな死神ィッ!」

「ぐ……ああっ!?」

 

 突進する一角に合わせて、エドラドは肩から炎を噴射して迎え撃つ。

 それは道一つを、通りの向こうまで焼き尽くさん程の勢いで放たれた業火に、自ら突っ込んでいったのと同義だ。

 一角の全身が炎に包まれ、死覇装もろとも肉体を焼いていく。

 

破面(アランカル)の斬魄刀は、俺らの能力の"核"を刀の姿に封じたモノ! 死神の斬魄刀とは全くの別モンだ! 真の力と真の姿を解放した俺に、勝てるワケがねえんだよ!!」

 

 だがエドラドの攻撃はそれだけでは止まらない。

 炎に焼かれ、放射の勢いによろめく一角目掛けて飛び込み、拳を放つ。その勢いは、先ほどまでのゆうに数倍の速度と威力を誇っていた。

 

「どうだ!! 斬魄刀を解放すれば戦闘能力もハネ上がる! 受け止めることなど――!」

「ハハハッ! ちょいと驚いたぜ!! たしか、高温滅菌とか言うんだろ!? あの女が時々言ってやがったな!」

「てめえ……」

 

 炎の幕の向こう側、オレンジ色に染まった空間の向こう側から、一角が姿を見せる。

 高熱によって所々焼け焦げてこそいるものの、どうやら戦闘に支障を来すほどのダメージは受けていないようだ。

 衝撃で折れぬよう槍の柄を微妙にたわませてエドラドの拳も受け止めていることから、焼かれても意識を失うことなく冷静に戦局を見ていたようだ。

 

「んで、そうやって炎を出すだけか? ならもう勝負はもう決まったな」

「お前の負けでな! 死神ッ!!」

 

 挑発に対し、エドラドは両肩から渾身の火炎を放つ。

 単純計算だが、先ほどの倍の熱量と火勢を誇る一撃だ。

 

「おらあああああぁぁっっ!!」

「な……っ……!?」

 

 対して一角は、手にした鬼灯丸を勢いよく振り上げた。

 それだけで空気が割れ、炎が切り裂かれていく。まるで炎が意思を持って一角を避けて通っているかのようだ。

 

「よお、それで終わりか?」

「くっ! 舐めるなァッ!!」

 

 炎を切り裂いたのは賞賛に値するが、それだけだ。

 一瞬度肝を抜かれたものの、エドラドは再び炎を放つ。

 再び両肩からの猛火、それも先ほど以上の霊圧と勢いが込められた一撃だ。その威力は闇を舐めつくさんほどだが――

 

「ば~か! オラッ!!」

「ッ!! ぐッ!!」

 

 炎が延びる先に一角の姿は無かった。

 いつの間に移動したのやら、エドラドのすぐ隣に現れたかと思えばそのまま彼の胸元を切り裂いた。

 

「い、いつの間に……!?」

「いつまでも同じ場所で呑気に待ってると思ってんのか!?」

 

 さらに飛び上がり、手にした槍を勢いよく回転させるとそのままエドラド目掛けて叩き付ける。

 落下による勢いと回転によって威力を増した攻撃だ。

 なんとか身を捻るものの避けきれず、肩から延びた火山が三分の一ほど切断される。

 

「遅えんだよ!!」

火山獣(ボルカニカ)ァッ!!」

 

 着地したかと思えば今度は地を這うように姿勢を低くしたまま動き、下顎めげて槍を切り上げてきた。

 だがエドラドもされるがままではない。

 伸び上がる槍ごと一角を押し潰そうと、炎を纏った拳を振り下ろす。肩から炎を噴射する勢いを加えた、強烈な打ち下ろしだ。

 

「ぐあ……ぁっ!!」

 

 拳と槍――鬼灯丸と火山獣(ボルカニカ)とが激突し、その痛みと衝撃にエドラドは思わず数歩よろめき苦痛の声を漏らす。

 一角の切り上げは直前でその軌道を変えると、彼の火山獣(ボルカニカ)の鎧ごと肉体を――彼の手首を下から貫いていた。

 

 どれだけ強固な鎧であっても、肘や肩といった関節部分は薄くせざるを得ない。

 それは破面(アランカル)とて同じ。鋼皮(イエロ)であっても、真の姿へと変じたとしたにせよ、関節がある以上は逃れられない。

 

「し、死神ィ……ッ!!」

 

 理屈ではそうだが、攻撃の直前で軌道をズラしたのははたして狙ってやったのか。それとも偶然なのかはエドラドには分からない。

 分かるのは、手首から伝わってくるのは無視出来ぬほどの激痛。そして――火山獣(ボルカニカ)を貫く程の強大な霊圧を、一角が放っているということだった。

 

「貴様……この霊圧、俺よりも……」

「知らねえな! 霊圧の差なんざ大して興味もねえよ! だがよ、面倒な相手との戦いの経験ならテメエより積んでるつもりだぜ! 不本意ながらよおぉっ!!」

 

 エドラドの片腕を潰しても、一角の動きは止まらない。

 先ほどの切り上げの際、少なくは無い火炎を受けてダメージを負っているはずだ。それは焼け焦げた死覇装が何よりも物語っている。

 

「おらっ!」

「くっ!」

 

 なのにそれを感じさせぬ動きで、突きを放った。

 一見すればただの鋭い一撃にしか見えないものの、だが先端は小さな円を描くように蠢き、突き刺さった瞬間に傷口ごと抉り取るような動きをしていた。

 その攻撃を、エドラドは傷ついた片腕で受け止める。腕が深々と切り裂かれて痛みがさらに走るが、もはやしったことか。

 

 手首を貫かれた片腕は、もはや攻撃の役には立ちそうもない。

 ならば使い捨てるつもりで防御に用い、その間に無事なもう片方の腕にて全力で一角を叩き潰す。

 そのために片腕へと霊圧を集中させていたところ――

 

「ひゃっはぁっ!!」

「な……っ!!」

 

 一角はエドラドの肩へと取り付くと、そのまま躊躇うことなく槍の穂先を火山獣(ボルカニカ)の中へ――正確にはその表面に存在する、火炎の噴出口へと突き刺した。

 それは内圧の高まった空間に大穴を空けられた様なものだ。

 

「こんな馬鹿でけえ弱点丸出しにしてるなんざ、狙ってくれって言ってる様なもんだぜ!!」

「て、テメエ! 狂ってやが――」

 

 逃げ場を求めていた炎たちは、空いた穴へと我先に殺到し―― 

 

「オオオオオオオオォォッッ!!」

「ぐうううううぅっぅっ!!」

 

 ――主であるエドラドごと大爆発を巻き起こした。

 

「斑目……一角……」

 

 周囲が爆煙に包まれる中、エドラドは呟く。

 半身は衝撃に耐えきれず円形状に抉られ、彼の身体は半分しかない。

 

「お前と戦ったのが……俺の不運……か……」

 

 そこまで口にすると、彼は血を吐き出しながら事切れた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、一角」

「……オウ」

 

 弓親は道を少し歩くと、その先で座り込んでいる一角へ軽く手を上げる。

 

「また、無茶をしたねぇ……」

「チッ! 仕方ねえだろうがよ。下手すりゃ負けてたかもしれねえ。負けても仕方ねえって思ってんだけどよ……」

 

 ボロボロになった鬼灯丸で地面をカンカンと叩きながら、不本意そうに彼は吐き出した。

 

「あの女に負けたまま死ぬのは、どーにも腹の虫が治まらねえ!」

「まったく、その通りだね。今度勝負するときは、僕も手伝うよ。けど――」

 

 うんうんと首肯しつつも、弓親は遠くへと視線を投げる。

 

「今はその傷を治す方が先だね。ほら、どうやら来てくれたみたいだよ」

 

 未だ姿は見えないが、その先からは死神の霊圧が感じられた。

 どうやら雛森がコチラに向かって来ているようだ。

 

「チッ!! あー、腹が立つぜ……! 不本意だが、大人しく治療されてやるとするか……!」

 




(本当はグリムジョー戦まで入れる予定だったんですけどね……
 前話くらいの文字数があったから……)

●タイトル
何も浮かばなかった結果。

●更木隊もとい卯ノ花隊もとい十一番隊の発言
どうしても四番隊がチラついて恥ずかしくなって「卯ノ花隊」と言えなかった。

某隊長「卯ノ花隊と呼んで良いのですよ?(にっこり)」
某三席「ちょ! やめてくださいよ!」
某副隊長「卯ノ花隊(平然)」
某ちっちゃい子「卯ノ花隊だよねー♪(誇らしげ)」


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第184話 またのお越しを! グリムジョー御一行様!!

「くそっ! なんだよこの霊圧は……!! この間襲ってきたヤミーにウルキオラって奴と同じような霊圧がこんなに……!!」

 

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、一護は通りを全力疾走していた。

 破面(アランカル)らが現世に来たことまでは感じ取れた。だが未熟な――戦闘能力は隊長クラスであっても、霊力を操る基礎的な技術に欠けている――一護の知覚では、破面(アランカル)が来ても"それが何体いるのか"や"何をしようとしているのか"という詳細な情報までは感じ取れなかった。

 そのため、代行証を用いて死神の姿にこそなったものの、明確な目的や狙いがあるわけでもなく、ただ最寄りの霊圧目掛けて急いでいるに過ぎなかった。

 

 ――狙うとすりゃ、俺かチャドか井上……後は海燕さんたち辺りか……!? 畜生……! 間に合ってくれ……!!

 

 多少なりとも破面(アランカル)との交戦経験がある一護は、その強さを知っている。ならば、戦いには自分がいなければ危険と考え、さらに急ぐ。

 そして――

 

「な、なんだよこりゃあ……」

 

 ――そこで、彼は見た。

 

 

 

 

 

 

「まさか、いきなり、地理確認が、役に立つ、とは、思いませんでした!」

「だろ? 何事もやっとくもんなんだよ!!」

 

 死神の姿となった海燕とルキアの二人は、目的の霊圧へと――まるで狙いを定めていたかのように、まっすぐ黒崎一護へと向かう敵の霊圧目掛けて移動している。

 その相手へと追い付くために、彼らもまた空座町の夜空を全力で駆け抜けていた。

 

 ……とはいえ、力量差からかルキアの方が若干遅れ気味だったが。

 

 ――チッ! どうする? 朽木に合わせて間に合わなけりゃ本末転倒だ! けど、下手に単独行動させてまだ伏兵がいりゃ、それはそれで厄介だ……!!

 

 彼らが追いかけているのは、現世へと現れた六つの霊圧の内で最も強い力を放っている相手だ。

 下手に一護と鉢合わせになって、万が一にも殺されるようなことになれば悔やんでも悔やみきれない。

 なにより敵が六体だけとは限らない。彼らが囮という可能性を捨てきれず、海燕は判断を決めあぐねていた。

 

「……よぉ」

「ッ!」

「な……に……っ!?」

 

 そんな折、二人が追いかけていたはずの霊圧が突如として消えた――いや、消えたというのは少々不正確だ。

 消えたと思った瞬間、二人の目の前に姿を現していた。

 そう表現するのが、最も正しいだろう。

 

「死神か……ん、テメエは……」

「あ……?」

 

 目の前の男は突然何かに気付いたように氷のような冷酷な、そして殺気立った瞳で海燕を睨み付けた。

 それを受けた海燕もまた、鋭い瞳で相手を睨み返す。

 

「こ、これは……」

 

 二人が視線を交錯させるのを、ルキアは冷や汗を流しながら見ていた――というより、見ていることしか出来なかった。

 水色の短髪をリーゼントのように後ろへと撫でつけた、二枚目ではあるが人相の悪い男。猫背でポケットに手を突っ込んでいることもあって、一見街の不良と錯覚しそうだ。

 

 だが、腹に空いた大穴と、なにより放たれる霊圧がそれを完全に否定していた。

 凡百の死神では、それこそ副隊長クラスであったとしてもとても太刀打ちできそうにない程に強力な霊圧を放っている。 

 その霊圧に気圧され、ルキアは下手に動くことが出来なかった。

 

「ウルキオラの奴が報告してた死神か……! ククク、いきなり当たりかよ!」

「ッ! ……ウルキオラ? 誰だそりゃ……?」

 

 ――ったく、一護と間違えられるのがこんなところで役に立つたぁよ……

 

 どうやら目の前の相手が一護と自分を間違えていることに気付くと、内心では「またか」と思いつつも、特に否定するでもなく話を合わせ始めた。

 

「あぁん? ちょいと前にヤミーと一緒に現世に来ただろうが? まさか、もう忘れちまったのか?」

「おーおー、アイツか。そういやいたなそんな奴も!」

 

 狙いは、敵の情報を少しでも引き出すこと。

 そのために海燕は時に惚けて、時に大袈裟な演技をして、相手が口を滑らせるのを虎視眈々と狙います。

 

「んで、お前は誰だ? 何しに現世に来たんだ? まさか、藍染の命令であの二人の仇討ちにでも来たか?」

「ハッ! 敵討ちだぁ!? 笑わせやがる! 藍染なんざ関係ねぇ!! 俺はただテメエらを殺しに来ただけだ!!」

 

 ――藍染は関係ない、か……なら、これ以上の増援はなさそうだな。

 

 その口ぶりから、海燕は判断を下す。

 

「それと、二つ訂正してやるよ。忌々しいが、ウルキオラは俺よりもNoが上だ。敵討ちなんざ、当てはまりゃしねえ。ま、十刃(エスパーダ)にゃそんな微温(ぬり)ィ感情を持つ奴なんざ……チッ!」

「……?」

 

 相手が突如、苛立ったように吐き捨てた。

 何か嫌なことでも思い出したのかと考えつつ、彼は十刃(エスパーダ)という言葉やNoの制度を頭に叩き込んでいく。

 

「やめだやめだ! こんなお喋りなんざ、俺の性に合わねえ……!!」

「チイッ!!」

 

 もう少し情報を引き出したかったのだが、相手からの殺気が濃くなったのを感じて海燕は斬魄刀を即座に引き抜いた。

 

「お前らが生きていられたのは、ウルキオラが成長性だなんだと妙な理屈を付けてただけに過ぎねえんだよ! だが俺は違う! 全員、皆殺しにしてやるよ!!」

稠密(ちゅうみつ)なるは櫛比(しっぴ)の如く、重畳(ちょうじょう)なるは波濤(はとう)の如し――金剛(こんごう)!」

 

 それだけでは飽き足らず、一気に斬魄刀を始解させる。

 薙刀を構えて戦闘態勢を取る海燕の姿に、相手は訝しげに目を見開いた。

 

「……あん? ソイツは……テメエはたしか、デカい刀を……まさか!!」

「ハッ! 今頃気付いたのか? 俺は黒崎一護じゃねえ! 志波海燕ってんだよ!」

「テメエ……」

 

 ようやく担がれていたことを悟り、相手の額に青筋が浮かぶ。

 

「どうやら十刃(エスパーダ)ってのも、ロクなのがいねえみたいだな! んで、お前は何番なんだ? こんだけ察しが悪いって事は十番か、二十番か?」

「ざけんな! 俺は第6十刃(セスタ・エスパーダ)! グリムジョー・ジャガージャックだ!!」

「うおおおおっっ!!」

 

 ――第6(セスタ)! ってことは、コイツの実力が一つの試金石かよオイ!! 

 

 十刃(エスパーダ)という名前と第6(セスタ)という番号から組織図を推測し、目の前の相手は6番目、すなわち上位と下位の境目であると理解する。

 このグリムジョーを相手に何処まで戦えるのかが、死神側の目安の一つとなるだろうと考えながら、金剛――薙刀を一閃させる。

 

「ハッ!」

「……く!」

 

 だがその一撃をグリムジョーは手の甲一つで受け止めてみせた。それどころか――

 

微温(ぬり)ィんだよ!!」

「うおっ!?」

 

 手首を軽く返すと、薙刀ごと海燕を吹き飛ばした。

 単純な力に加えて、弾く瞬間に霊圧を放つことで威力と衝撃を爆発的に増大させる。単純な技術だが、操る霊圧の量が桁違いだ。

 

「やりやがるな……」

 

 吹き飛ばされこそしたものの、海燕は空中でくるりと猫のように身を翻すと音も無く着地してみせ、即座に次の攻撃へと移ろうとする。

 

「な、なんだよこりゃあ……」

 

 一護がこの場所へ現れたのは、そんなときだった。

 

「一護!?」

「ルキア!? なんだこりゃ、どーなってんだよ!?」

「よお、一護! 来てくれたのは嬉しいけどよ、お前はそこで黙って見てろ。コイツは俺の仕事だぜ?」

「テメエは……そうか、テメエが本物か!!」

「は……? ほ、本物……?」

 

 先ほどのグリムジョーと海燕のやり取りを知らない彼は「本物」という言葉の意味が理解出来ず、頭の上にハテナマークを浮かべる。

 

「いやその……き、気にするな! 後で教えてやる!」

「お、おう……」

「後で、じゃねえんだよオレンジの死神ィ! コイツを殺したら、次はテメエの番だ!」

「ぐ……な、なんて霊圧だよ……」

 

 苛立ちと殺気の混じったグリムジョーの霊圧に、一護は思わず身を竦ませてしまう。それでも背負った斬月を抜こうとするが、彼を庇うように海燕が前へと立つ。

 

「おいおいグリムジョー、お前の相手は俺だろう? 目移りしてっと、意中の相手にスネられっぞ。それと一護! お前がいなくてもこの程度の相手なんざ、俺がとっとと片付けてやるよ! だからお前は安心して、その身体の中のヤツを制御するアテに頼ってこいや!!」

「海燕、さん……?」

 

 背中越しに語られた言葉を、一護はどこか懐かしい想いで聞いていた。それは今よりももっとずっと幼い頃に感じた、何よりも立派だった親の背中を見ているような想い。

 

「ハッ! そんな吹けば飛ぶ程度の霊圧で俺を倒すだぁ!? 笑わせやが――」

「そうでもねえさ」

 

 続いて、笑い飛ばそうとしたグリムジョーの言葉を遮ると、海燕は胸元に刻まれた待雪草(まつゆきそう)の印に触れながら叫んだ。

 

「限定解除!!」

「――なッ……!!」

「うおッ……! なんて、霊圧だよオイ……!!」

 

 途端、海燕の霊圧が爆発的に膨れ上がった。

 一瞬にして数倍の霊圧を放つ相手の姿は、グリムジョーすら困惑の声を上げる。

 

「限定解除か……」

「おいルキア、なんだよそりゃ!?」

「隊長・副隊長は現世の霊に余計な影響を及ぼさないよう、霊圧を八割ほど制限されているのだ」

「八割!? ってことは、今まで残り二割で戦ってたってことかよ!?」

「うむ! だが、それもたった今解除された。しかし、一体どうやって……? 副隊長が尸魂界(ソウルソサエティ)に連絡を取っていた様子など……」

「なあ、朽木……お前の同期は気が利くな。湯川に仕込まれただけはあらぁ!」

「む……! そ、そうか! そういうことか!!」

 

 その言葉でルキアは理解する。

 限定解除には尸魂界(ソウルソサエティ)側からの許可が必要となるのだが、その手続きは吉良が行っていた。ディ・ロイを撃破後。連絡を入れていたのだ。

 その後、限定霊印を打ち込まれた者に天挺空羅を使い許可が下りた報を入れていた。

 だから雛森への加勢に少し遅れていたのだ。

 

 無論、ルキアにはそこまで細かな事情は分からないが、海燕の口ぶりから何が起きたのか程度は推測できる。

 見れば別の方角でも、海燕と同じように霊圧が膨れ上がっているのが確認できた。おそらく、恋次も同じ様に連絡を受けたのだろうと悟り、彼女は思わず胸を撫で下ろす。

 

「ハッ! 死神ってのはどいつもこいつも面倒なことをしてやがんだな! まあ、いい。これだけ霊圧が上がりゃ、少しは愉しめるってもんだ!」

「愉しむ暇がありゃ良いけどな!」

 

 霊圧を十全に操り、海燕は即座に攻撃を仕掛けた。

 それまでの動きがまるで亀の歩みと錯覚しかねないほどの、高速移動からの斬撃だ。遅い動きに慣らされていたグリムジョーの目では、その動きに慣れるまで僅かな時間を要した。

 

「く……ッ!」

 

 躱しきれず、攻撃を受け止める。

 だが今回の攻撃は、グリムジョーの肉体を切り裂いていた。攻撃速度だけでなく、攻撃力もが増している。

 

「オラオラッ! 行くぜ行くぜ行くぜぇッ!!」

 

 薙刀が振るわれる度に、グリムジョーの肉体に傷が増えていく。だがそれはどれも浅手、転んで擦りむいた程度のものだ。

 海燕の何度目かの攻撃に合わせ、グリムジョーはカウンター気味に蹴りを繰り出した。

 

「調子に……乗ってんじゃねえッ!!」

「うおっ!?」

 

 薙刀と蹴りとが激突しあい、両者とも僅かに仰け反りあう。

 

「上等だ! そろそろこっちの番と行くか!!」

 

 手応えに笑い、グリムジョーは腰の斬魄刀を引き抜こうと動いた。それを見た刹那、海燕は叫んだ。

 

「破道の七十九! 氷河征嵐(ひょうがせいらん)!!」

 

 冷気の渦が走り、グリムジョーを包み込む。

 仮にも七十番台とはいえ、詠唱を破棄した鬼道だ。破面(アランカル)を相手にまともなダメージを与えられるかは怪しいだろう。

 だがそんなことは、術を放った海燕が一番よく分かっている。

 

「チッ! なんだこりゃ!? 剣が……!」

「オラァッ!!」

 

 狙ったのはグリムジョーの斬魄刀と鞘。そこを凍り付かせ、抜刀を一瞬でも送らせるのが狙いだった。

 直感でしかなかったが、グリムジョーに抜かせるのは危険すぎると海燕は本能で察知しそれを封じる動きをさせていた。

 加えて、海燕の仕込みはそれだけではない。

 

「ぐ……ッ! 抜けねえ、だと……何をしやがった死神ィ!!」

「はっ! 教えるわけねえだろうが!!」

 

 凍り付いた部分を狙って金剛を走らせ、能力にて圧縮する。

 氷結箇所がより強固に押し固められ、グリムジョーの膂力を持ってしても容易には抜けぬほどの封印を施す。

 

「なら、かまいやしねえ! このまま――」

「おっと! そろそろ気をつけた方がいいぜ! お前、天気予報見てねえだろ?」

「天気予報だぁ!? 何を……ぐああああぁぁっ!?」

 

 突然の言葉に怪訝な反応を見せるものの、凍り付いた剣を諦めて素手での攻撃を続行私用とするが、それは敵わなかった。

 突如としてグリムジョーの周囲は黒い重力の奔流に覆われ、彼の肉体は押しつぶされていく。

 

「今夜の天気は快晴、所により黒棺。ってかぁ!?」

「馬鹿な! こんな術、一体いつの間に……!? ぐあああぁぁっ!!」

 

 黒棺による高密度の重力の嵐を、だがグリムジョーは耐えきって見せた。

 

「はぁ……はぁ……死神ィ!! テメエは! テメエだけは生かしちゃおけねえ! 今この場で、絶対に――」

「手痛い一撃を食らったようだな、グリムジョー」

「東仙……!」

 

 苦痛を怒りへと変換し、なおも海燕へと襲いかかろうとする。

 だが、そんな彼の首下に刃が突きつけられた。

 いつの間に現れ、割り込んできたのか。東仙要がグリムジョーの動きを封じている。僅かでも動けばその瞬間に喉元を掻き切られるという威圧を浴びせられ、グリムジョーは動きを止めた。

 

「よお、東仙隊長……いや、もう隊長なんて呼んじゃいけねえんだったな」

 

 東仙の乱入に驚いているのは、海燕もまた同じであった。だが彼はその動揺を見せぬままに、言葉を紡ぐ。

 

「んで? 苦戦してる部下を助けにでも来たってか?」

「いや、その逆だ。命令違反者を連れ戻しに来た。わかっているだろう? 藍染様はお怒りだ、グリムジョー」

「……ちっ! ……わかったよ……」

 

 藍染様。

 その単語が口に出た瞬間、グリムジョーから闘志が消えていた。

 彼は東仙の言葉に素直に従い、海燕へと背を向ける。

 

「おいおい、逃げるってのか? 俺を殺すんじゃなかったのかよ?」

「……はっ! 確かにテメエは強えよ。だが、テメエに解放状態の俺は倒せねえ。それを理解しているから、あんな小細工をしやがったんだろうが」

 

 挑発の言葉を、グリムジョーは犬歯をむき出しにしながら笑い飛ばす。

 

「だが死神、テメエは殺す! この俺が確実に殺す! 志波海燕! このグリムジョーの名を覚えておけ!! この名を次に聞くときが、テメエの最後だ死神!!」

 

 黒腔(ガルガンダ)への向こうへと姿を消しながら、グリムジョーは叫ぶ。それは自らに傷を付けた男への宣戦布告だった。

 

「はーっ……帰ってくれたか……しかし、とんでもねえのに目を付けられたもんだぜ。それによ……」

 

 敵の気配が完全に消えたことを確認すると、海燕は大きく息を吐き出した。

 そして――

 

「……ったく、余計なことしやがって。ま、一応礼は言っておくぜ」

 

 誰に向けるでも無く、親指を立てて感謝の意を示す。

 それを物陰から眺めつつ、とある男もまた同じポーズ取っていた。

 




イールフォルト? アイツは良い奴だったよ……

●タイトル
何も浮かばなかったので、もう旅館の挨拶みたいな感じで押し通しました。

●微温ィ感情を持つ十刃
ハリベルとかネリエルとか。

待雪草(まつゆきそう)(スノードロップ)
十三番隊の隊花。
花言葉は「希望」「慰め」「切ない恋愛」

●氷河征嵐(ひょうがせいらん)
アニメオリジナルの斬魄刀異聞録で登場した術。
多分鬼道のハズですが、詳細が不明なので。とりあえず鬼道にしておきました。
(番号の七十九というのも適当です)

●晴れ時々黒棺
こっそり海燕を手助けしちゃう元十番隊隊長さん。


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第185話 反省会だよ! 先遣隊!

「海燕さん!」

「副隊長!!」

「一護、それと朽木も。どうやら怪我はねえみたいだな」

 

 グリムジョーらが消えたのを見て、二人は海燕の所へと駆け寄ってくる。

 

「申し訳ありません! 本来ならば、私が……」

「あーあー、気にすんなって。あのグリムジョーってヤツは、かなり強かった。少し間違えりゃ、俺だって負けてたかもしれねえ。限定解除の許可が早めに降りて来て助かったぜ……」

 

 ルキアは寄りつつすぐさま頭を下げた。

 グリムジョーの霊圧に気圧されてしまったことを悔いていたようだ。だが海燕は何でも無いとばかりにぱたぱたと手を振る。

 

「つーわけでだ、朽木ィ! 今日の事を悔いてる暇があったら、鍛え直すぞ。じゃなきゃ、俺たちは勝てねぇ……あれで上から六番目の腕前ってことは、てっぺんは下手すりゃ隊長たちだって勝てねえかもしれねえんだ……わかんだろ?」

「う、それは……はい……」

「うっし、んじゃ反省はここまでだ。まずは仲間の状態の確認! それが終わったら相手の情報の共有! 上への報告! 対抗策の練り直し! 俺たち個人の鍛え直し! やるこたぁ山ほどあるんだからよ! 落ち込んでる暇なんざねえぞ!!」

「は……はいっ!! ではまずは、恋次たちの状況確認からします!!」

「おう! 任せたぜ!!」

 

 邪気のない笑顔に、いつの間にかルキアは釣られて頬を綻ばせていた。

 気を取り直したように霊圧を探り、伝令神機にて仲間と連絡を取り始める。

 

「さて、朽木はアレでいいだろうな……んで、次は一護。オメーの番だ」

「あ、ああ……その……」

 

 言い淀む一護の頭を、海燕で片手で掴むとそのままグリグリと乱暴に撫で回す。

 

「なーにをグジグジ悩んでんだよ!」

「わっ、わわっ! 何すんですか! やめ……っ……!!」

「なんだオイ、ガキがいっちょ前に俺たちのことを心配してたか? 破面(アランカル)相手にすんのに、自分がいなきゃ勝てないって本気で思い込んでたか? ばーか! ガキが気ィ遣いすぎなんだよ!!」

 

 にやにやと笑いながら一通り撫で回し続ける。

 一護の髪型が崩れ、ぐちゃぐちゃになってもお構いなしだ。

 

「今日の事で、俺たちでもなんとか出来るってこたぁわかっただろ? だったらテメーはとっとと、自分の用件を片付けてこい。んで駄目だったら、俺と一心に泣きついてこい。そんときゃ、力尽くででもなんとかしてやるよ」

「ち、力尽くって……」

 

 なんとも乱暴な物言いだったが、髪ごとぐちゃぐちゃにされるのも含めて、不思議と悪い気はしなかった。

 

氷翠(ひすい)はアレで優等生だからよ。お前みたいにヤンチャで手の掛かるガキじゃなくて力が余ってんだよ」

「はは……ノロケっスか?」

「違えよ。コイツは……意地みてえなもんだな」

「意地、ですか……?」

「オウ! ま、お前もそのうち分かると思うぜ」

「ありがとう……ございます……」

 

 一護は深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 この日から、現世は動き始める。

 

 

 

 

 

 

「え……? 修行を付けて欲しい……?」

「僕たちに……?」

「お願い!」

「頼む! この通りだ!!」

 

 伏して頭を下げる織姫と茶渡の姿に、吉良と雛森は困惑していた。

 

「その……君たちを守るために僕たちが来たわけで……」

「わかっている……それでも、だ。頼む!」

「昨日の戦い、私たちずっと見ていたの……そうしたら、なんだか置いてけぼりにされたみたいで……」

「これは我が儘だと理解している……! だが、このままでは一護の隣に立てなくなりそうだ……」

 

 二人の言葉から、昨日の破面(アランカル)たちの襲来が原因だということは理解出来た。

 そして実力の開きから不安を覚え、知り合いである雛森たちに助力を請いに来たのだということもわかった。

 

「えっと……どう、しようか……?」

「と、とりあえず志波副隊長に連絡と許可を取ってみるね!」

「修行をするにしても場所が……穿界門(せんかいもん)の使用許可を取って、尸魂界(あっち)で修行を付けるべきかな……?」

「あ! じゃあ先生にも連絡してみる!」

 

 

 

 

 

 

「恋次……頼む、一生のお願いだ!!」

「な、なんだよルキア……! どうしたんだ!? んな改まって……!!」

「私に稽古を付けてくれ! 卍解を、教えてくれ……!」

「……はぁ!?」

 

 ルキアの姿に恋次は困惑していた。

 

「お前まさか、昨日の戦いで役に立たなかったのを気にしてんのか……?」

「そ、そうだ……」

「いや、だからって卍解は一朝一夕で出来るもんじゃねえぞ!? それに稽古なら志波副隊長にだって……!!」

「そ、それはそうだがその……れ、恋次……お主が良いのだ……」

 

 うつむき、頬を赤らめながらルキアは口にする。

 その姿を見た恋次は、思わず耳まで真っ赤に染める。

 

「し、しししししょうがねえーなー!! ま、俺様に任せとけって!!」

 

 

 

 

 

 

「ああっ! いたあああぁぁっ!」

「ゲッ! テメエは……おい弓親ッ! ちゃんと記憶は書き換えたんだろ!?」

「……? ああ、そうか! 書き換えたのはあの場の記憶だけだからね。だから、学校の屋上で見つかった時の記憶はノータッチだよ」

「それじゃ意味ねえだろうが!! チッ! 逃げんぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「よお、一護。なんや、仮面の軍勢(オレら)の仲間ンなってくれ……ちょ! どこ見とんねん!?」

 

 空座町のとある区画。

 廃棄された倉庫の一つへと乗り込んだ一護であったが、出迎えとばかりに声を掛けてきた真子には目もくれず、視線は別の方を向いていた。

 

「真子、一護のヤツお前のことちっとも見とらんで。なんや知らんが、リサの方をじーっと見とる」

「ハァ!? おいおい、お年頃ってことかいな!? そら、リサは見た目だけはええけど……ん? どないしたん?」

「ああっ!! その格好! リサって名前!!」

 

 ひよ里と真子の言葉を聞きながら、やがて思い出したように叫ぶと一護は大急ぎでポケットを漁る。

 

「持って来といて正解だったぜ……おい、アンタ! そこのセーラー服着てるアンタだよ!!」

「……あたしか?」

「そうだよ! アンタ、矢胴丸リサって名前なんだろ!?」

 

 矢胴丸リサ。

 その名前を口にした途端、真子たち全員がざわついた。

 

「おい、なんで知ってんだ……?」

「まさかストーカー?」

「ま、リサは見た目は良いからな。可能性はあるだろ」

「一目惚れかよ……」

「見た目だけちゃうわ! 中身もええ女や!!」

「なにがだ! てか、誰がストーカーだ!! ちげーよ! そうじゃなくて、アンタに手紙を預かってんだ! 湯川藍俚(あいり)さんか……ら……?」

 

 藍俚(あいり)の名を出した途端、先ほどとは別の意味で仮面の軍勢(ヴァイザード)たちがざわつき出した。

 そしてリサだけは、その名を聞いた途端に風のように動き、一護の手から手紙を奪い取っていた。

 

「湯川……うわぁ、懐かしい名前だな」

「真子が言ってたことって、嘘じゃなかったんだな」

藍俚(あいり)ちゃんホンマどういうこっちゃ!? なんでリサに手紙だしとんねん!!」

「あー……名前聞いたら、あいりんのご飯食べたくなってきた……!」

「あんたら静かにしぃっ! 喧しくて手紙に集中でけへんやん!!」

「お、おう……」

 

 一喝して仲間たちをも黙らせると、リサは手紙へと視線を落とした。

 彼女はしばらくの間熟読を続けていたが、やがて勢いよく顔を上げる。

 

「……さすがや師匠……やっぱり師匠は奥が深い……」

「……は? なにが……?」

「よっしゃ一護! 今からアンタのことは全力で鍛えたる!! ハッチ!! 今すぐ結界張りぃ!! 内在闘争始めるで!!」

「は、はいデス!!」

「ちょちょちょちょちょい待ちィ! なんや、何でイキナリやる気出しとんねん!!」

「ええからさっさとヤルで! 時間が惜しいんや!!」

「話がはええのは良いんだけど……何書いたんだよ、湯川さん……」

 

 一護本人を置いてけぼりのまま、何やら急ピッチで事態は動いていた。

 

 

 

 

 

 そんな最中――

 

 

 

 

 

「まさか、また現世に来られるなんてねぇ……」

『やったでござるよ藍俚(あいり)殿!! 今度こそ薄い本を買い漁るでござる!!』

 

 一人の死神が、現世にやって来たようです。

 




●手紙の中身
リサへ
これを読んでいるってことは、ちゃんと虚化できたのね。
ちゃんと生きているって、信じていました。

それと、百年前のあのとき、助けられなくてごめんなさい。
今更何を都合の良いことを言うのかと思うかもしれないけれど、謝らせて。
色々と書きたいこと、語りたいことはあるけれど、それはきちんと時間が取れてから、改めて二人で話しましょう。

もう分かっているかもしれないけれど、黒崎君の中には虚がいます。
虚化については、私が実例を踏まえて前提となる知識は大体与えておきました。だから、遠慮は無用です。
内在闘争まで含めて、ある程度は知っています。
なので最初から、全力でやってあげてください。

この戦いが終わったらまた尸魂界(こっち)で伊勢さんと一緒に本を読みましょう。

かしこ。

湯川 藍俚

追伸
現世では男の娘というのが流行っているそうですね。
ですがアレは、恥じらいを捨てたら可愛くないと思います。
自分は男なのに、女性の格好をしている。女性扱いされている。それが恥ずかしくて、でも嬉しいという二律背反の間で悶える姿が至高なんだと思います。

だから完全に受け入れたのなら、きちんと性転換までするのが正しいと思うんだけど、リサの意見はどうかしら?

●BBA無理すんな

【挿絵表示】

現世に行くから……仕方ないんだ。
……女医の方が良かったかもしれない。


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特別編 その2 もしも彼女が先遣隊を率いていたら

日番谷先遣隊でも志波先遣隊でもない!
現世に出るのは、この湯川藍俚だ!!

というだけの妄想をぶちまけたネタ。
なおこの話だけは台本形式です(タマにはいいですよね?)

だって今日(2023/5/10)で、丁度一周年です。
あと5月10日は誕生日なんです……

平子真子の。

ということで。
こんなネタですが、許してください。なん(ry



~ 現世に到着した直後 ~

 

藍俚(あいり)「ルキアさん、阿散井君、勇音、一角、綾瀬川五席。全員いるわね?」

 

三人「「「はい」」」

 

一角「オウ」

 

弓親「ああ」

 

藍俚(あいり)「よし、全員いるわね。じゃあまずは……拠点を借りるわよ」

 

一角「借りるって何だよ?」

 

藍俚(あいり)「だから、マンスリーのマンションを借りるの。それともみんな、野宿とかしたかった? なら止めないけれど……」

 

全員(ブンブン! と首を横に振る)

 

藍俚(あいり)「じゃあ、満場一致ということで。駅前の不動産屋で聞けば見つかるでしょ。多分、本当なら専門のサイトとか見た方が良いんでしょうけれど……」

 

恋次「なあ、ルキア……先生、何を言ってんだ?」

 

ルキア「わ、私に聞くな! わからん!!」

 

藍俚(あいり)「家具とか寝具付きを二部屋でいいわよね? 男女別で……あ! 阿散井君とルキアさんだけは一緒の部屋の方がよかった?」

 

ルキア「え……ええええぇっ!!」

 

恋次「いいいっ……!? い、いやいやいや! 大丈夫っスから!! 男女別で全然問題ありませんから!!」

 

藍俚(あいり)「そう? あ、もしも我慢出来なくなったら言ってね。私と勇音は三時間くらい外に出ておくから、その間になんとか……」

 

恋次「なにがっスか!!」

 

勇音「はわわわ……(察して顔が真っ赤)」

 

藍俚(あいり)「換気だけはちゃんとしておいてね」

 

一角「あー……あの二人ってそうなのか……」

 

弓親「下品な……」

 

藍俚(あいり)「……てか、一角! ずーっとスルーしていたけれどそれは何!?」

 

一角「あん、これか? 斬魄刀に決まって――」

 

藍俚(あいり)「駄目! 持ち歩くのは絶対に駄目!!」

 

一角「なんでだよ!?」

 

藍俚(あいり)「法律でそう決まってるの! 要らぬ騒ぎを起こすから仕舞いなさい! はいこれ!」

 

一角「なんだこりゃ?」

 

藍俚(あいり)「竹刀袋ってやつよ。合わせて三本くらいは入るサイズだから、それに入れて持ち歩きなさい!」

 

一角「お、おう……」

 

この後、ちゃんとマンスリーマンションを二部屋借りました。

(生活拠点がちゃんとする死神一行)

 

 

 

~ 学校で登場するシーン ~

 

恋次「おーーす! 元気か一護!」

 

千鶴「なっ! なにこの子!!(藍俚(あいり)と勇音のおっぱいを見ながら) 黒崎! あんたの知り合い!? 紹介して!! てか、おっぱい触らせて!!」

 

勇音「きゃあっ! た、隊長!!」

 

藍俚(あいり)「はいはい、ごめんなさいね」

 

千鶴「あだだだだだっ!!(藍俚(あいり)に関節技を決められる)」

 

(この間に、ルキアが現れて一護を連れて行く)

 

浅野「おーい! なんの騒ぎだ!? オレ抜きでそんなテンション上げてんのは……」

 

(浅野、教室に乱入)

 

浅野「……デカい!」(藍俚(あいり)と勇音の背を見て)

 

浅野「……デッッッッカい!!」(藍俚(あいり)と勇音のおっぱいを見て)

 

勇音「うー……」(身体を隠して猫背になる(背の高さと胸を見られて恥ずかしい))

 

浅野「おねえさーーーんっ!! なんてけしからん胸を……ぐはぁっ!!」(一角にぶっ飛ばされる)

 

一角「悪ィな、つい手が出ちまった」

 

藍俚(あいり)「んー……まあ、仕方ないかな? それじゃ、今は黒崎君の後を追うわよ。色々説明とかしなきゃいけないから」

 

千鶴「あだだだだだっ! 痛い痛い! でも幸せ!! 織姫以外にもこんな巨乳がいたなんて……!! 私は諦めないからねっ!!」

 

 

 

~ 一護に事情説明するため黒崎医院へ ~

 

藍俚(あいり)「こんにちは、一心先生」

 

一心「ゲゲゲーッ!! お、お前は……!!」

 

藍俚(あいり)「お前?(にっこり)」

 

一心「い、いや! 湯川副隊長!! なんでここに!?!?」

 

藍俚(あいり)「十年程前に隊長になりました。あと、ここにいるのは任務です。なので、少しの間だけ、ご子息の部屋をお借りしますね」

 

一心「ど、どうぞ!!」

 

藍俚(あいり)「ああ、それと……あとで少し、大事な話がありますから、汚れても平気な服に着替えて病院の裏で待ってて下さい」

 

一心「よ、汚れても良い服って……!?」

 

藍俚(あいり)「だって、回道じゃ傷は治せても血痕は消せませんからね(にっこり)」

 

一心「ひいいいいいっっ!!」

 

(一護のお部屋)

 

死神たち「(現世にやってきた事情説明中)」

 

一護「いや、話は分かったが……なんで湯川さんも来てんだよ!? さっき隊長格以外で選ぶとか言ってただろうが!!」

 

恋次「ああ、本当なら虎徹副隊長にサポートをお願いしたかったんだが……副隊長が『現世が怖くて不安だ』って言い出して……」

 

勇音「だ、だってぇ……(ビクビク)」

 

藍俚(あいり)「そこで仕方なし、私も行くことになりました」

 

一護「ピクニックかよ」

 

死神たち「(破面(アランカル)のことを説明中)」

 

藍俚(あいり)「――というわけで、ヴァストローデ級が一番強いの。甘く見積もっても隊長格くらいの強さがあるわ。実際に何体いるのか、その数は不明だけど。もしもそんなのが十体もいたら……」

 

一護「いたら……?(ごくり)」

 

藍俚(あいり)「卯ノ花隊長と更木副隊長が、すっごくワクワクしてるわ! いますぐ戦いたいって!! だから備えは必要にせよ、そこまで深刻にならなくていいわよ」

 

一護「あ、すっげー納得したわ」

 

(自由時間)

 

コン「藍俚(あいり)の姐さん! 藍俚(あいり)の姐さん!!」(胸元で悶える)

 

藍俚(あいり)「はいはい、コンちゃんは元気ね」(ぎゅっとする)

 

コン「おおっ! おおっ!! ここが、俺のエルドラド……すまねえ、ルキアのネエさん……」(全身をスリスリさせる)

 

一護「てか、いつまでいるんだよ? いつ帰るんだ?」

 

藍俚(あいり)「聞いてなかった? 現世での長期任務になるのよ。下手すれば数ヶ月になるわね」

 

恋次「だからもうマンション? とか言うのを借りたぜ」

 

ルキア「うむ! これが拠点の場所を書いた地図だ!! 時間があれば遊びに来るといいぞ!!」

 

一護「あん? どれど……れ……(とっても個性的でわかんにゃい地図)お前、これ……」

 

勇音「あ、これ! 住所を書いたメモです! どうぞ」

 

一護「うわ! すっげー綺麗な字! どっかの誰かと違って分かりやすっ!!」

 

ルキア「ほほう(ぐりぐり)」

 

一護「あだだだだだだ!!」

 

藍俚(あいり)「それじゃあ、そろそろお暇するわね。みんなは先に帰ってて、私はちょっとだけ……志波一心元隊長と大事な大事な『お話』があるから」

 

ドアの外「ガタッ!!(ビクッ!!)」

 

 

 

~ 引っ越し後のお部屋準備中 ~

 

藍俚(あいり)「結構色々揃ってるのね……他に何か欲しい物ってあるかしら? あったらメモしておいてね、後でまとめて買いに行くから」

 

勇音「そうですね……えーっと……あ! お掃除用品がありません!」

 

ルキア「というか、生活消耗品が無いですね……多分、隣の部屋も……」

 

藍俚(あいり)「じゃあ、男部屋で必要そうな分も聞いてくるわ」

 

 

(野郎たちの部屋)

 

恋次「現世って、結構立派な部屋なんスね……」

 

弓親「部屋については文句はないよ……ただ、三人部屋というのはちょっとだけ気になるね。手狭だ」

 

一角「たまにゃ、いいじゃねえか! 入隊したての頃を思い出すぜ!!」

 

コンコン、ガチャ

 

藍俚(あいり)「みんな、いる? 手が空いてるなら、何か必要そうな物を書き出しておいて。後でまとめて買ってくるから!」

 

一角「お前! ノックしたら返事まで待てよ!!」

 

恋次「必要な物って……茶碗とかですか?」

 

藍俚(あいり)「その辺りはいらない……っていうか、コッチの部屋でまとめるわ。どうせ三人とも料理なんてしないでしょう? まとめて作るから食べに来なさい」

 

一角「舐めんなよ! そのくらい――」

 

藍俚(あいり)「結構長丁場になりそうだけど平気? 外食ばっかりも問題よ。近くのお店の場所とか知ってる? 毎食同じものばかり食べてると飽きるわよ? お金はあるの? 現世のお買い物のやり方ってちゃんと知ってる?」

 

一角「――御馳走になります(土下座)」

 

弓親「一角!?」

 

一角「ところでよぉ、どこからそんな予算が出てんだよ……?」

 

藍俚(あいり)「上に申請して、出して貰ったのよ。滞在費とか含めて六人分をね。足らなきゃ私が自腹を切るから、安心して」

 

恋次「そーいや、現世学も先生が担当でしたもんね……頼りになるわけだ……」

 

藍俚(あいり)「そうそう、だから安心してね!」

 

恋次「んじゃ、浦原さんって人の場所もわかりますか? 俺、一度会っておきたくて」

 

藍俚(あいり)「それは多分、ルキアさんの方が知ってるんじゃない? 私も霊圧を探れば分かるけれど、でもそれは明日にでも……って! この霊圧は!!」

 

一角「へっ! どうやら早速来たみたいだな!!」

 

 

 

破面(アランカル)たちと戦う死神たち ~

 

藍俚(あいり) VS シャウロン

 

シャウロン「初めまして。破面(アランカル)NO.11(ウンデシーモ)、シャウロンと申します」

 

藍俚(あいり)「四番隊隊長、湯川藍俚(あいり)よ」

 

シャウロン「四番隊……はあ、ガッカリです。どうやら私は一番のハズレのようだ……」

 

藍俚(あいり)「あら、どうして?」

 

シャウロン「知っていますよ。四番隊は救護や後方支援を担当とする部隊、戦闘は専門外ということを。いかに隊長であろうと、期待出来ませんね」

 

藍俚(あいり)「ふーん……(怒)」

 

(十秒後)

 

藍俚(あいり)「はぁ……破面(アランカル)ってこの程度なんだ。ガッカリね」

 

シャウロン「くっ……ば、馬鹿な……」

 

藍俚(あいり)「NO.11だっけ? どうやら破面(アランカル)ってのは、どんなに頑張っても隊長以下みたいね……これじゃあ藍染も苦労するでしょうね。役立たずばっかりなんだから」

 

シャウロン「くっ……だが、甘く見るなよ死神! その認識が通じるのは"NO.11(わたし)以下に限っては"の話だ! 十刃(エスパーダ)は次元が違……がああああぁっ!?!?」

 

藍俚(あいり)「へえ、奇遇ね。死神も隊長副隊長は現世に不要な影響を与えないように、霊圧を八割ほど制限してるのよ。二割以下でも、ただの破面(アランカル)ならそんなに驚異じゃないみたいね」

 

シャウロン「馬鹿な……!! 帰刃(レスレクシオン)した私が、始解すらしていない死神に敗れる……!? ぐ、ぎゃああああぁぁっ!!」

 

藍俚(あいり)「どうやら、私は一番のハズレを引いちゃったみたいね……この程度だなんて……あら? もう聞こえてないか。それより、他のみんなは無事かしら……? ちょっと様子を見に行こうっと」

 

藍俚(あいり)、シャウロンに限定解除も不要で圧勝。

藍俚(あいり)の霊圧 * 0.2 > シャウロン)

 

 

 

勇音 VS ナキーム

 

ナキーム「馬鹿な……動きが……時が……っ!! 遅い……っ!?」

 

勇音「わ、私だって! 四番隊の副隊長です! そう簡単にはやられません!!(始解して能力を使って、必死で食い下がる)」

 

ナキーム「舐めるなよ死神! その程度で……」

 

勇音「来ました! 限定解除!!」

 

ナキーム「なんだっ! 急に霊圧が……!!」

 

勇音「お願い! 凍雲!!」

 

ナキーム「あ、ぐああああっ!!」

 

勇音「はぁ……はぁ……な、なんとか勝てました……」

 

(大体原作通り(てか原作の描写が少なくて困る))

 

 

 

藍俚 VS グリムジョー

 

藍俚(あいり)「いい、黒崎君。ケモノの躾は最初が肝心なの! まず徹底的に上下関係を叩き込む!」

 

一護「お、おう……」

 

グリムジョー「テメェ……死神ィ……!!」

 

藍俚(あいり)「ほら! 弁えなさい!! 藍染が怖くて命惜しさに従ってるようなのが、王になる? アンタはいいとこ弓兵!!」

 

グリムジョー「ふざけるな! なにが弓兵だ!! 俺は……!! ぐえぇぇっ!!」

 

藍俚(あいり)「最初はちょっとだけ手こずったけれど、アンタなんて卯ノ花隊長と比べればまだまだ格下よ? 限定解除した今なら、負ける要素なんてないわよ? まだ卍解が控えてるんだけどどうする? なんなら(ホロウ)化もしてあげましょうか? それを全部打ち破らなきゃ、私は屈服させられないわよ?」

 

グリムジョー「殺す! テメエだけは絶対に……」

 

藍俚(あいり)「殺す、とか言ってる時点でもう負け犬根性が染みついてるのよね…… ほら、少しは良い声で鳴いて媚びてみなさい! 気が変わるかもしれないわよ?」

 

一護「なんか、同情するわ……」

 

藍俚(あいり)「あと東仙がアンタを追って現世に来てるみたいだけど、どうする? 引き渡して良いかしらグリムジョー? 多分、間違いなくアンタを始末すると思うけど」

 

東仙「(ビクッ!!)」

 

藍俚(あいり)「東仙に始末されてここで終わるか、それとも屈辱に耐えて何とか生き延びようとするか。好きな方を選びなさい?」

 

グリムジョー「……ぐっ! ぐおおおおおおっっ!!」

 

 

 

~ 現世で色々用事を済ませる編 ~

 

――チャドの家

 

チャド「……ム! アンタは、湯川さん……?」

 

藍俚(あいり)「怪我したって聞いたので、治療に来たわよ」

 

チャド「だが、俺は……」

 

藍俚(あいり)「大丈夫大丈夫、今からだって追いつけるわよ。弱音を吐いてると、狛村隊長に失望されるわよ?」

 

チャド「それは困るな……(ニヒルな笑い)」

 

 

――織姫の家

 

勇音「どうも、井上さん」

 

織姫「ええっ! 虎徹さん!? どうしてウチに……?」

 

勇音「勿論、引っ越しの御挨拶です! もうお聞きかもしれませんけど、私たちも現世にお部屋を借りたんですよ! えっと、まんすりーまんしょん……でしたっけ?」

 

織姫「そういうのって借りられるんだ……」

 

勇音「えへへ……実は全部隊長にお任せだったんですけどね」

 

織姫「(なんでマンションの借り方とか知ってるんだろう……??)」

 

勇音「あ、これ住所です! もし良かったら、遊びに来て下さい!」

 

織姫「いいの!? じゃあ、行きますね! うわぁ……お泊まりセットとか持って行こうかな……!!」

 

 

――浦原商店

 

夜一「いやじゃあああああっ!!」

 

藍俚(あいり)「大丈夫ですよ。ちょっと、砕蜂の副隊長にふさわしい程度には鍛え直す程度ですから」

 

夜一「だからそれは断ると言っておるじゃろうが!!」

 

藍俚(あいり)「もう決まったことなので、諦めて下さいね」

 

浦原「あの~、アタシも修行するんでしょうか……?」

 

藍俚(あいり)「浦原はもう十重二十重に策を練ってるんでしょう? なら不要です」

 

夜一「う、裏切り者おおおぉぉぉっ!!」

 

藍俚(あいり)「ほらほら、傷の治りも甘いみたいですし。全快させますからいっぱい修行できますよ」

 

恋次「な、なあコレって……」

 

浦原「お気になさらずに」

 

チャド「なあ……俺も、鍛えてくれるか?」

 

 

――仮面の軍勢(ヴァイザード)のアジト

 

藍俚(あいり)「お邪魔しまーす」

 

平子「邪魔するんなら帰ってー」

 

藍俚(あいり)「ほな、帰るわ……ってなるわけ無いでしょうが!」

 

平子「そらコッチのセリフじゃボケぇっ!! なんで藍俚(あいり)ちゃんが現世におるねん!!」

 

藍俚(あいり)「それはね、かくかくしかじか、というわけなの」

 

ラブ「それは分かったが、ココに何のようだ?」

 

藍俚(あいり)「それは勿論……((ホロウ)化) 皆さんの腕試しとお稽古ですよ」

 

平子「な……っ!?」

 

藍俚(あいり)「さあ、行きますよ? 私に勝てないようじゃ、藍染を倒すなんて夢のまた夢ですから……!!」

 

(戦闘中)

 

藍俚(あいり)「どうしました? 多人数でこの程度ですか? ほら、もっと全力で来て構いませんよ?」

 

平子「ちょ、ちょおお!! 待ちいやっ!! なんで藍俚(あいり)ちゃん、こないに強いねん!?」

 

藍俚(あいり)「あ、もう仮面が消えましたね。この程度の時間しか(ホロウ)化を維持出来ないのは問題ですよ? その甘えた根性、私がたたき直してあげます」

 

ひよ里「舐めんなボケぇっ! この程度で……ぎゃあああ!! ちょ、リサ! お前もなんとか言ったりや!!」

 

リサ「いや、ウチは師匠の味方やから……」

 

藍俚(あいり)「久しぶりねリサ。再会祝いに、新作の情報(エロネタ)を教えてあげるわよ?」

 

リサ「ウチは昔から全面的に師匠の味方や! あんたら全員、覚悟しときィ!!」

 

平子「だーっ! もう、なんやねんコレ!!」

 

白「とーっ!!」

 

ローズ「諦めよう……」

 

拳西「だ、だがこれは成長の機会!」

 

藍俚(あいり)「あ、六車隊長! あなたの悪影響で顔に69って問題ある数字の入れ墨を掘った子がいるんです。責任取って下さいね?」

 

拳西「……はっ!? いや、ちょっと待て! それは関係ないだろう!!」

 

リサ「69……拳西! なんっちゅースケベな数字を教えとんねん!!」

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)、決戦前にちょっとだけ強化される)

 

 

一護「あのさ、これって俺はどうなるんだ……?」

 

ハッチ「なるようになりますよ」

 

藍俚(あいり)「安心して、私がついでに心の底から鍛え直してあげるから。暴走してからが本番よ」

 

 

 

~ 現世でまったり編 ~

 

織姫「遊びに来ちゃいました!」

 

藍俚(あいり)「いらっしゃい、今日はゆっくりしていってね」

 

織姫「……あ! 朽木さんもいたんだ!!」

 

ルキア「井上か! あまり持てなしは出来んが、まあくつろいでくれ」

 

四人「わーわー! きゃーきゃー!!」

 

(隣の部屋)

 

恋次「あっち、賑やかっスね(もぐもぐ)」

 

弓親「まあまあ。人は人、我は我だよ(もぐもぐ)」

 

一角「事前に騒ぐって断りを入れてるし、ちゃんとメシ作ってコッチに持ってきてるからなぁ……文句は言えねえよ……(もぐもぐ)」

 

 

 

~ ルピら襲来編 ~

 

藍俚(あいり)「あら、あなた十刃(エスパーダ)ね? この間の相手とは霊圧が違うわ」

 

ヤミー「オウ! よく知ってんじゃねえか!! 破面(アランカル)NO.10(ディエス)、ヤミーだ!」

 

藍俚(あいり)「ご丁寧にどうも。四番隊隊長の湯川藍俚(あいり)よ」

 

ヤミー「四番隊!! そうか、テメエが藍染様がチラッと言ってた野郎か!!」

 

藍俚(あいり)「あらら……私も有名になったものねぇ……そう思わない!?(と言いつつ攻撃)」

 

ヤミー「ぐおおっ! 俺の腕に傷を!! テメエぇぇッ!!」

 

ルピ「ヤミー、そっちのおねーさんもボクに譲ってよ。面倒だから、一気に4対1でやろーよ」

 

ヤミー「……チッ! 仕方ねえな、譲ってやるよ!! 俺の狙いはあの女たち(夜一と浦原)だからな!! そっちは譲らねえぞ!!」

 

ルピ「ありがと。んじゃやろうか?」

 

勇音「くっ!(斬魄刀を構える)」

 

ルピ「(くび)れ、蔦嬢(トレパドーラ)! 行けぇっ!!」

 

藍俚(あいり)「(攻撃を受け止める)あらすごい、結構強い攻撃なのね。始解しておいて正解だったわ」

 

ルピ「止められたのはショックだなぁ……でも今の攻撃が、8倍になったらどうかなァ!?」

 

藍俚(あいり)「できるものなら、やってみなさい?」

 

ルピ「はっ! 生意気ィ!! だったらやってやるよ、おねーさん!! 特別大サービスだ!!」

 

藍俚(あいり)に攻撃が集中するが、全部滑ってノーダメージ)

 

ルピ「なにぃっ!?」

 

藍俚(あいり)「残念だけど、さっきの間に射干玉の粘液を塗っておいたわ。これでもう、あなたの触手は意味を為さない……で? 8倍がどうかしたの?」

 

ルピ「くっ……!! まだだ! まだボクの攻撃はこんなもんじゃない!!」

 

(触手の先からトゲを生やす)

 

一角「おらああっ!!」(触手を一本切り落とす)

 

勇音「はああぁっ!!」(触手を一本切り落とす)

 

ルピ「な、どうして……!? 滑るって……!!」

 

藍俚(あいり)「滑るも滑らないも自由自在。今は引っかかるようにしてるから、よーく斬れるわよ? ……こんな風にね!!」(本人を斬る)

 

ルピ「ぐああああぁぁっ!!」

 

藍俚(あいり)十刃(エスパーダ)NO.6(セスタ)って言っても、この程度なのね。卍解は不要かしら……?」

 

ルピ「ぐ……がああっ……こっ、コイツ……殺すッ!!」

 

(ネタが尽きたのでここまで! 終わり!!)




この辺で終幕です。

……ぶっちゃけ、ココでこの話を挟むべきではない気がしますが……
なんかこう、書いてしまったんです。ノリで。
(最近暑くなってきましたから。暑くなってくると脳内にそういう成分が分泌されて奇行に走りたくなるんです)

あと前述の通り、記念でもあるので。

この後どうやって繋げればいいのかとかは考えてません。
妄想の赴くままに書いただけです。


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第186話 三番隊新隊長! ……天貝繍助って誰?

 昨日言ったとおり、今日は朝から隊首会が行われます。

 なのでこうして各隊の隊長が一番隊舎に集まっています。

 

 ……え? お前は現世にいったんじゃないのか……って、ええっ! わ、私現世に行ったの!?

 

 なになに? グリムジョーを撤退させた次の展開を描写するんじゃないのか? 一護の(ホロウ)化修行はどうなった? 織姫さんたちの修行はどうするんだ?

 

 ……? 何を言ってるの??

 昨日、志波先遣隊の出発を見送ったばっかりなのよ? 無事に現世に着いたって連絡は受けたけれど、まだグリムジョーら破面(アランカル)の動きは確認されてないわよ? 今頃ルキアさんたちは現世の生活基盤を整えてる頃じゃないかしら……??

 

『ということで、少し過去に時系列が遡るでござる!! 具体的に言うと、178話の続きから! 先遣隊に"現世のしおり"を渡して「お国のために死んでまいります」した後からの描写でござるよ!!』

 

 頑張って書いた現世のしおりが恤兵(じゅっぺい)扱いされてる!!

 

『なお恤兵とは、戦地に届けられた寄付金や日用品などの慰問品のことでござるよ! 軍歌"雪の進軍"の歌詞に出ているので多分有名でござる!! 某戦車のアニメで秋山殿とエルヴィン殿が歌ってたアレでござるよ!!』

 

 アレは著作権が切れてるから、色々と合法なのよね。

 

 

 

 ――ということで。

 

 

 

 隊首会が開催されるわけですが、なんと三番隊に新隊長が就任することになりました。

 今まで戸隠副隊長が纏めていましたが、やはり隊長がいないと大変ですからね。

 とはいえ実際に誰が就任するのか、正式発表はこの隊首会の場です。

 

 すでに大広間には十人の隊長――三人ほど虚圏(ウェコムンド)に行きましたからね――が集まっており、厳粛な雰囲気が周囲に広がっています。

 

『なお各隊長の並びは総隊長を真ん中にして、両脇が二・四・六・八・十・十二と、三・五・七・九・十一・十三でござるよ! 片列は全員いるのに、もう片方は三名しかいねえでござる!!』

 

 三人逃げちゃったからねぇ……ちょっと寂しい。

 

「おほん!」

 

 総隊長が咳払いを一つしました。どうやら始まるようです。

 

「昨日、長きに渡る遠征を終えた部隊が無事帰還した。一人の犠牲者もなき帰還である。この功績は大きい。現在、三番・五番・九番隊においては隊長不在であり、護廷十三隊としてはこれをいつまでも放置しておくわけにはいかぬ状況である」

 

 遠征部隊ですか……隊士の仕事としては時々あるんですよ。

 

 部隊単位で尸魂界(ソウルソサエティ)の僻地まで行って、(ホロウ)を退治して回るという過酷なお仕事です。

 仮に強い(ホロウ)が出て救援要請をしても援軍は間に合いませんし、食料やら医薬品といった物資も潤沢にあるわけではない――補給は届けられますけど、輸送担当が途中で(ホロウ)に襲われたりする――ので、全体的に死亡率はお高めです。

 遠征途中のストレスでやられちゃったりもするそうですよ……

 

「よって昨日同隊責任者を召喚し、この山本、並びに二名の隊長列席の下で隊長資格の有無を検分。申し分なしと決した」

 

 なのに一人の犠牲者も出さずに帰還したということは、部隊長はかなりの実力者です。

 単純な戦闘能力は当然として、部下を率いて過酷な任務を達成させた、その統率能力は目を見張ります。

 申し分なしと判断されるのも当然のことです。

 

「よってここに、市丸ギン前隊長に代わり諸君らに新隊長を引き合わせる所存である。護廷十三隊、三番隊新隊長――天貝(あまがい) 繍助(しゅうすけ)! 入れ!!」

 

 総隊長の言葉に私たち全員の視線が入り口へと向けられると、扉がゆっくりと開いて一人の男性死神が入ってきました。

 全員が――勿論私も興味津々で、上座へと歩いて行く新隊長を観察しています。

 

 瀞霊廷に戻って新調したらしく、死覇装も隊首羽織も真新しいです。縫製の仕方から察するに、貴族街の店に作らせたのかしら。

 懐から覗く懐紙(かいし)もなんとなくオシャレですね。

 

 そして腰には斬魄刀と……なにアレ……? 包帯か何かに巻かれてよく見えませんが、西洋剣……? みたいなのを斬魄刀とは逆側へ、ベルトのような革紐で吊しています。

 ……まさか、斬魄刀を二振り持ってるってこと!?

 

 容姿ですが、一言で評するなら「ちょっとくたびれた感じの男性」でしょうか。

 藍色の髪を一応整えてはいるものの、ぼさぼさなのが隠し切れていません。浅黒く焼けた肌には無精髭が生えています。

 遠征部隊に所属していた影響からか、身だしなみにそれほど頓着していないんでしょうか? 髭を剃ってる隙に襲われるとかありそうですし……

 

『総合的に見ると、ギリイケメンといったところでござるな!! 拙者も判断が難しいラインでござる!!』

 

 二枚目ではあるんですけどね。

 

「あー……天貝です。精一杯務めさせて貰います。若輩者ですが、よろしくお願いします」

 

 天貝隊長は少し不安げな口調で、そう自己紹介をしました。

 優しげな感じの声色は威厳が無いと取るべきか、それとも親しみやすいと感じるべきか――って、あら? まさかこの人って……!?

 

「……あっ!!」

「なにか異論かな? 湯川」

「い、いえ! 申し訳ありません。なんでもありません」

 

 驚きのあまりつい、口に出してしまいました。

 総隊長にジロリと睨まれ、慌てて頭を下げつつ謝罪します。これ以上は、隊首会が終わるまで我慢ですね。

 

 

 

 

 

「隊長職は格式張った所もあるけれど――」

 

 あの後、総隊長が締めの言葉を口にして隊首会は恙なく終了しました。

 それと最後に「教育などは浮竹に任せる」と付け足して命じたので、浮竹隊長は天貝隊長に口頭説明を行っている真っ最中です。

 

 他の隊長たちはといえば、とっとと帰る者もいれば、新隊長の実力について仲間内で話し合う者もいたりと、様々ですね。

 しかし、新隊長と三番隊の隊士たちはコミュニケーションが取れるんでしょうか? 実力はともかくとして、ちょっと不安です。

 

「あの、藍俚(あいり)様。先ほど声を出されていましたが、どうかなさいましたか?」

「え? ああ、あれのこと? ちょっと昔を思い出しちゃって……」

「昔、ですか……?」

「そう、だからちょっと行ってくるわね」

 

 砕蜂が話しかけてきたのにそう答えつつ、天貝隊長へと近づきます。

 

「お話中の所、申し訳ありません。天貝隊長」

「あ、これはどうも」

「突然ですけれど、私のことは覚えていますか?」

「え……?」

 

 初々しい態度で頭を下げてきた天貝隊長に、私はにっこり笑顔で質問します。すると相手は困ったような表情を浮かべながら、頭を掻きました。

 

「えーと……すみません、どこかでお会いしましたっけ……?」

「ふふっ。まあ、覚えていなくても仕方ありませんよね」

 

 その返事は想定内です。

 というか、普通は覚えてないです。

 

「ほら、天貝隊長が一番隊に入ったばかりの頃――訓練のやりすぎで倒れて、何度か四番隊に担ぎ込まれてましたよね? あの時に、治療を担当していた者です。覚えてますか?」

「あ……ああっ!!」

 

 そこまで口にすると、顔がパッと明るくなりました。

 

「こ、これはとんだご無礼を……当時はありがとうございました」

「いえいえ、百年は前のことですから忘れているのも仕方ないですよ。あの後、色々あって隊長になりました。湯川藍俚(あいり)と申します。何かありましたら、四番隊までお気軽にどうぞ」

「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。湯川隊長」

「ええ、ではまた。浮竹隊長、お話を遮って申し訳ありませんでした」

 

 と、そうやって挨拶を済ませると彼らから離れます。

 

「あの……ひょっとして、先ほど声を上げたのは……」

「ええ、そうよ。昔の患者だったのを思い出したら、つい声に出しちゃって」

 

 説明すると砕蜂が目を丸くして驚いています。

 何か、変なことを言ったかしら……?

 

「まさか、患者を一人一人覚えているんですか……?」

「勿論。医者(こっち)から見れば大勢の患者の一人かもしれないけれど、患者(あっち)からすれば、医者は一人だけだもの。ちゃんと覚えてるわ」

 

『1対nでござるな!! 正規化するでござるよ!! 外部キーで繋げるでござる!!』

 

 データベースの設計でもするの?

 

「なんと……! さ、流石は藍俚(あいり)様……!!」

「――って、胸を張って言えたらカッコよかったんだけどね……流石に全員は無理、精々六割くらいかしら? さっきの天貝隊長だって、思い出すのに時間が掛かっちゃったから……」

「そ、そうなんですか……!? ですが六割でも相当な人数に……やはり、凄い……」

「あはは、ありがとう。でもね、それとは別にもう一つ気になってるの」

「……と言いますと?」

「天貝隊長を見たときから、別の誰かの顔がチラつくのよね……」

 

 顔を見た瞬間、連想して記憶が浮かんできたんです。

 死神なのは間違いないんですけど……ただ、肝心な相手の名前が全然思い出せなくて……何番隊だったかも全く……えーとえーと……

 

「……藍俚(あいり)様……?」

「これ、誰だったかしら……? うーん、思い出せない……」

 

 結局、思い出せませんでした。

 コメカミをトントンと叩いて記憶を引っ張り出そうと悪戦苦闘しつつ、天貝隊長の背中を眺めるのが精一杯でした。

 

 

 

 

 

 

 ……というか、三番隊の隊長っていつ決まったんだっけ……?

 

 

 

 

 

 

「隊長! 三番隊の新隊長が来たって本当ですか!?」

「ど、どんな人ですか!?」

「まさか戸隠副隊長がそのまま繰り上げに……!?」

 

 四番隊へと戻ったところ、待ち構えていたかのように隊士たちに囲まれて質問攻めを受けました。

 みんな、新隊長の情報に興味津々ですね。

 

天貝(あまがい)繍助(しゅうすけ)って名前の男性よ。なんでも(ホロウ)討伐の遠征部隊の隊長をしていたみたいで、瀞霊廷に戻って来るのも久しぶりみたい」

「へえ……」

「遠征部隊ってあの!?」

「うわ、すげえ……」

 

 遠征部隊のことは、そりゃみんな知ってるわよね。名前を聞いただけで、全員が思い思いの反応を見せます。

 

「新隊長が気になるなら見に行っても良いけれど、今日は三番隊で顔合わせとか色々手続きとかあるでしょうし、明日以降にしてあげてね。はい、それじゃあ業務に戻っ――」

「……隊長?」

 

 そこまで口にしたところで、とある考えが浮かびました。

 これ、頼んじゃっても良いのかしら……? 業務に全く関係が無いから、ちょっと職権乱用になるのかしら……??

 うー、でも……ああっ! もういいわ! 頼んじゃおう!!

 

「――ねえ、手の空いてる子っているかしら? もし余裕があるなら、ちょっと別の仕事を頼まれてくれない? お手当(バイト代)も出すから」

 

 試しに提案してみたところ、お手当(バイト代)が効いたのか半分くらいの子たちが挙手してくれました。

 ……みんな結構仕事に余裕があるのかしら……?

 い、いえこれは、みんなが慕ってくれているから! 無理してでも手伝おうとしてくれてるだけ! きっとそうよね!!

 

「あらら、結構いるわね。それじゃお願いしちゃうけど、やって貰いたいのは診療記録を探して欲しいの。大体百五十年前から三百年前くらいで、私が担当した記録を全部ね。それを隊首室まで運んでくれる?」

「え……?」

 

 湧き上がっていた隊士たちの動きが一瞬にして固まりました。

 

 そりゃまあ、そうよね。

 百五十年分の診療記録(カルテ)を持ってこいってだけでも、大仕事だもの。

 しかもこれだけ古い記録となると、隊舎内には置いていません。四番地区の図書館に纏めて保管してあります。

 なので、図書館に行って、診療記録(カルテ)を探して、年代を調べて、担当医師を調べて、四番隊まで運ぶ。というすっごい面倒な仕事になります。

 

「面倒なことを頼んでいるってことは自分でも分かっているから、お手当は人数制限なしで一人辺り二万出すわ。時間給じゃなくて成果給だから、三十分で終わらせても一日掛かっても同じ額になる――」

「台車持ってきます!」

「私、寮に行ってきます! 今日が非番の子たちに声を掛けてくる!!」

「たしか年代別で管理してたよな!? なら先に行って運びやすい所に並べとく!」

 

 ――早く終わらせるとお得よ、って言おうと思ったんだけど。

 

 あらら、すっごい団結力。

 こうして四番隊の皆の結束の力(おかねのちから)によって、およそ二時間後には一通りの診療記録が運び込まれました。

 うず高くそびえる診療記録の山は、見る者を圧倒しますね。

 

『結果的に時給一万のバイトでござるか……拙者もやりたいでござる!!』

 

「す、凄く集まりましたねぇ……あの、隊長? これ、どうするつもりなんですか……?」

「もちろん、探すのよ」

「えーと……何を、でしょうか……?」

「名前、かしら……?」

「え……?」

 

 勇音が困惑するのも無理はありません。

 ですが、ここからは私にしかできないので。

 一つ一つ診療記録を調べて、あの時の――天貝隊長を見た瞬間に出掛かった人物の名前を探します。

 

 雲を掴む様なことをしている自覚はあるわよ? でもそれ以外にやり方が思いつかなくって……

 年代は間違ってないはずだから、後は根気の勝負! だってヒントとなるワードが自分の記憶の中にしかないんだもん! 具体的なことが全然思い出せないんだもん!!

 

『終わりのない総当たり戦でござるなぁ……』

 

 記憶に引っ掛かってるってことは、私が担当した患者の誰かのハズだからいいの! 名前を調べていればそのうち見つかるわよ!

 

『そして見つかったときには「やったぞ! やったぞ! やっ……!!」と叫ぶでござるな?』

 

 なんで!?

 

「なので勇音、悪いんだけどここからの業務を仕切って貰って良いかしら……?」

「は、はい! がんばります!」

 

 ……ごめんね。本当にごめんね。

 

 

 

 ということで、探すこと数時間……

 

 

 

「無いわねぇ……」

 

 もう空が赤くなっています。

 昼頃から数時間、診察記録の山と睨めっこをしていたので、さすがに目が痛くなってきました。ずっと座っていたから、腰もちょっと……

 

『マッサージでござるか!? 拙者、大得意でござるよ!!!!』

 

 ありがとね……後でお願いするわ……

 

『ええーっ!』

 

 気持ちは嬉しいけれど、今日中に片付けちゃいたいのよ。

 根拠は一切ないし、徒労に終わる可能性の方が高い。

 タダの勘でしかないってことは、十分に自覚しているんだけど。

 なんとなく、思い出せなくって気持ち悪いのよ。

 

 なにより、新隊長がこんな時期に決まっていた記憶がないんだもん! てか新隊長っていつ決まったんだっけ!? 何かのフラグだったら怖くて仕方ないのよ!!

 だからこうやって一生懸命――

 

「隊長! 大変です!! 断界(だんがい)内に大虚(メノス)が十三体も現れて、三番隊に出撃命令が下りました!」

「――何ですって!!」

 

 勇音が緊急事態の報を持って部屋に飛び込んできました。

 その内容を聞いて、思わず反射的に立ち上がってしまいました。衝撃で机の上から診療記録の山が崩れ落ちましたが、気にしてはいられません。

 

「四番隊もすぐに出られるように準備して! 怪我人が出るだろうから救護班と……あああぁぁっ!!」

「た、隊長……?」

 

 床に落ちて散乱する診療記録紙たち。

 その一枚が視界に入った途端、指示も忘れて叫んでしまいました。即座に拾い上げ、思わず書類を抱きしめて小躍りしてしまうくらい。

 

「これよ! やった! やったわ! やっ……はっ!!」

 

『どうやら拙者の予言が当たってしまったようでござるな!!』

 

「……こほん。四番隊はすぐに準備を!」

「はい!!」

 

 見なかったことにしてくれました。

 勇音は本当に優しいわね。

 

 

 

 三番隊ですが、結果だけ言うと怪我人は出ませんでした。

 

 そもそも断界(だんがい)内で大虚(メノス)がこれだけ発生したっていうのが、妙と言えば妙なんですけどね。

 それと、申請に不備があったようで。

 三番隊が断界(だんがい)にいたときに拘流(こうりゅう)が発生して、拘突(こうとつ)がやってきたそうです。

 

 ……あ! 拘突(こうとつ)って覚えてますか?

 

 断界(だんがい)内部を掃除するために、七日に一度走ってくる列車みたいなアレです。アレが拘突(こうとつ)です。

 その拘突(こうとつ)大虚(メノス)退治の最中にやってきたそうで、危うく全員が犠牲になるところだったとのこと。

 気がついたら線路の上にいて、危うく列車と衝突しかけた――って凄く怖いですね。

 

 でも……そういう事故を防ぐために、断界(だんがい)へ向かうときには事前に申請しておくんですけど、不思議ですね……

 申請がちゃんと通っていなかったんでしょうか……?

 

 最終的には天貝隊長が拘突(こうとつ)を破壊して全員助かったそうですけど……けどアレってそう簡単に破壊出来るような物じゃないはずなんですよね……

 隊長の実力が群を抜いて高いからだ、って言われたらそれまでなんですけど。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「総隊長、遅くに申し訳ありません」

「構わぬ。まだ業務時間中じゃからな」

 

 外を見れば、そろそろお日様が沈みそうです。

 三番隊が全員無事だったという報告を受けた後、その脚で一番隊へと向うと総隊長への面会を申し込みました。

 ――手に、一枚の診療記録を持って。

 

「それで湯川、一体なんの用じゃ?」

「はい、天貝新隊長のことです」

「ふむ……なにか、問題でもあったか? 就任早々、断界(だんがい)にて大虚(メノス)の群れを撃退したとの報告ならば儂も受けておるが」

 

 確かに、そこだけ見れば優秀なんですけどね。

 気付いていない? それとも、考えすぎていただけだったのかしら?

 内心不安に思いつつも、私は総隊長の前へ診療記録の用紙を差し出します。

 

「総隊長は、如月(きさらぎ) 秦戉(しんえつ)という隊士のことを覚えていますでしょうか?」

「…………はて? 誰かなそれは?」

「お忘れですか? 随分昔のこととはいえ、一番隊の隊士だった死神ですよ。私も、四番隊の隊士として彼の治療をしたことがあります」

 

 この反応は、おそらく演技ですね。

 名前を出した途端、総隊長の眉がピクリと動きましたから。

 

「そうじゃったか? して、その如月がどうかしたのか?」

「顔立ちがよく似ているんですよ、天貝隊長と。丁度彼のお子さんが成長すれば、あんな感じになるんじゃないかと思う程度には」

「…………他人の空似ではないか?」

 

 それだけたっぷり溜めていたら、惚ける意味がないと思うんですけど……

 

「ええ、それならそれで問題はありません。ですが私は、四番隊の隊士として多くの死神たちと接してきました。二代、三代と死神を続けている方とも、会ったことがあります。皆さん、どこかに親の面影があるんです」

 

 極々(まれ)に、例外もいますけどね……

 大前田副隊長――あれ、三席でしたっけ?――の妹さんとか。

 

「もしも、もしもですよ。天貝隊長が本当に如月さんのお子さんだったとしたら、どうして素性を隠しているのでしょうか? 何か後ろ暗い狙いがあって偽名を名乗っていて、護廷十三隊や瀞霊廷を危機に陥るような事になったとしたら……それが不安なんです」

 

 考えすぎだと言われたら、それまでなんですけどね。でもですよ。

 

 遠征から呼び戻されて、隊長に抜擢されました。

 就任初日に事件が起こったかと思えば、颯爽と解決して実力を見せつけました。

 名前は違いますが、昔よく似た隊士がいました。

 

 ――なんて、出来過ぎな気がするんですよ。怪しいんです。

 

『いわゆる「メタ読み」というやつでござるよ!!』

 

 ……こちとら隊長就任の初日は、一角にアイアンクローをカマしてたってのに!!

 

『霊術院の新入りの前でカマしていましたなぁ……』

 

 それに総隊長の反応もです。

 こんなの「確かによく似てるよな! でも考えすぎだよ、あははは!! 儂なんてお前よりも前から死神やってるんだぞ? たまにこういうことってあるから! よくあることよくあること!」で終わる話なんですよ?

 

 あれだけ勿体ぶるのは「何かあるぞ」「気付いているぞ」って言ってるのと同じです。

 現在の対応が「引っかかっているだけ」なのか「確証を持って泳がせているだけ」なのかは、分かりませんけれど。

 

「ですが、総隊長に何もお心当たりがないのでしたら、それで構いません。出過ぎたことを口にしてしまい、申し訳ございません。失礼いたします」

 

 とはいえ、こちらも明確な確証はありません。なんとなく気になっただけです。

 なので、とりあえず報告をしておくくらいが関の山です。

 必要な事を告げ終え、退出しようとしたときでした。

 

「待て、湯川……お主は、獏爻刀(ばっこうとう)という物を覚えておるか?」

獏爻刀(ばっこうとう)、ですか……?」

 

 呼び止められたかと思えば、妙なコトを訪ねられました。

 獏爻刀(ばっこうとう)……獏爻刀(ばっこうとう)……どこかで聞いたことが……あっ! 思い出しました!! ありましたねそんなの!!

 

「詳しくは覚えていませんが、確か……どこぞの家が秘密裏に鋳造していた刀……でしたよね? ただ、危険な技術で四十六室から禁止の厳命が出たはずですが……」

「覚えておったか……ふむ。ならばこれは良い機会……いや、定めやもしれんな……」

 

 えっと……その反応はどう受け止めれば良いんでしょうか?

 総隊長は何やら満足げに髭を撫でています。

 

「湯川、すまぬが――いや、今日はもうよい。明日の朝一番で構わぬ。天貝を呼んできては貰えぬか? あやつに話があるのでな」

「……? わかりました。では、本日はこれで失礼します」

 

 この反応、ひょっとして私何かやっちゃいましたか?

 ひょっとして大当たりですか!?

 

「それと明日じゃが、これも何かの縁じゃ。天貝を呼んだ後はお主も同席せい」

 

 ど、同席!?

 私も関わるの確定なんですか!?!? すっごい嫌な予感しかしないわ……!!

 




●天貝繍助編(天貝編)ってなに?
こちらは大人の事情で生まれた「アニメオリジナルエピソード」です。
概要を記載しますと――

・時間軸は藍染らが護廷十三隊を離反後の設定。
・虚退治の長期遠征に出ていた部隊を呼び戻し、その隊長(天貝)を三番隊長へ。
・新隊長の誕生で三番隊は無論、護廷十三隊全体にも色々と波紋が広がる。
・同じ頃、一護たち現世組は尸魂界から来たとある貴族の争いに巻き込まれる。
・現世と尸魂界、それぞれで起きる事件はやがて絡み合っていく。

――みたいな感じの展開です。

ですがこのエピソードの一番凄いところは
「一護たちが虚圏へ行って、グリムジョーを倒した次話に放映した」
だと思います。
激戦終了後、前話の繋がり等を一切無視して新ネタが始まる(苦笑)
(無論、このエピソード終了後はグリムジョー戦後の続きから再開というシュールさ)

状況的には「藍染らが離反して一護らが現世に戻った後」の時系列なのですが
・ルキアだけ現世にいる(日番谷たちは尸魂界にいる)
・一護が虚化できる(でも仮面の軍勢は出てこない)
・雨竜が滅却師の力を取り戻してる(なので普通に戦える)
・チャドが両腕で暴れる(両腕を使うのは虚圏で習得した)
といった感じ。

つまり「時間は藍染らの離反後すぐ。強さはグリムジョー戦。面子はいつもの」
といった、いいとこ取りの状況(いわゆる映画版時空)です。

●天貝 繍助(あまがい しゅうすけ)
見た目は無精髭を生やした優男。
長期間の虚討伐遠征に出ていて、現場たたき上げの実戦的な強さを持つ。
隊長に就けるので当然、卍解も出来る。

朗らかな雰囲気(頼りなさそうとも言える)や、今まで外に出ていたので人柄をよく知られていないこともあって、三番隊の隊長になった当初は隊士から信用されなかった。
だが、やるときはやる面や、協調性を重んじる(死神たちの連携を重視)面などで、次第に皆に認められていく。
お酒に物凄く弱いところがチャームポイント。
(劇中ではお酒の匂いだけで酔って潰れていた)
堀内賢雄さんの声が似合う。

だが、悲しいかなアニオリキャラ。
三番隊隊長という要職に就いたのと相まって、登場した瞬間にフェードアウトが確定していたのは誰の目にも明らかでした。
(アニオリで隊長就任させて、そのまま継続して原作から剥離とか出来ない)

多分だけど、藍染の鏡花水月を見ていないはず。
(長期遠征に出てて、催眠を掛ける機会が無かったのでは? と思われる)

●なんでネタにしたの? 出てきた女の子なんて瑠璃千代くらいでしょ?
天貝隊長が好きだから。

●バウント編は?
知らない子ですね。


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第187話 半年予定なんて二日に圧縮してしまえ

「あの、総隊長……自分に用事とのことですが、俺なにかやってしまいましたかね……? あ! ひょっとして昨日の件ですか!? 申し訳ありません、あれは……」

「いや、今日呼んだのはそのことではない」

 

 翌日。

 朝一番に三番隊隊舎へと訪れると、天貝隊長を連れて一番隊へ。

 昨日の命令通り、総隊長の前まで連れてきました。

 とはいえ肝心の天貝隊長は、なんだかおっかなびっくりの態度を取っていますが……さて、いったいどんな話を聞かされるんでしょうか……?

 

『どんなことに巻き込まれるか、の間違いではござりませぬか!?』

 

 うるっさいわね! そんなのはもう分かっているのよ!!

 

「お主と、少し昔話がしたくなってな……如月(きさらぎ)繍戉(しゅうえつ)よ」

「……!」

 

 あら? なんだか半分くらい聞いたことがある、知らない名前が出てきましたよ。

 まるで"如月(きさらぎ)秦戉(しんえつ)"と"天貝(あまがい)繍助(しゅうすけ)"を足したみたいな名前ですね。

 

藍俚(あいり)殿!?』

 

 ……なんてボケかまして現実逃避してる場合じゃないわよね。

 まさか、本当に偽名を名乗っていたの!? 如月さんのお子さんだったの!?

 

「えーっと……それはどなた、でしょうか……? 俺は天貝――」

「その顔、かつての如月と――如月秦戉とよく似ておる。一目見て気付かなんだは、儂の落ち度か……」

 

 あ、なんだか天貝隊長の気配が強くなりました。

 総隊長はもう完全に確信しているみたいですね。否定しようとする天貝隊長の言葉を遮って、なんだか遠い目になっています。

 

「偽名を名乗ってまで近づこうとする以上、お主の狙いは獏爻刀(ばっこうとう)であろう?」

「……ッ!!」

 

 あ! 一気に天貝隊長の殺気が膨れ上がりました。このままではマズいわね!

 

「元柳斎ィッ!!」

「ま、待ちなさい!!」

 

 天貝隊長が刀に手を掛けようとするのが見えました。

 その動きに先んじて動き、彼を背後から羽交い締めにします。さらに首の後ろを両手で押し曲げてやりました。

 いわゆる、レスリングのフルネルソンの状態で動きを封じます。

 

「動かないで! 動くと首の骨を折ります!!」

「くっ……! 放せ、放せ女ぁっ! 俺は……俺は……ッ!!」

 

 両手にはそこまで力を入れていませんが、羽交い締めで腕の動きだけはしっかり封じています。なので抜刀はなんとか防ぎました。

 ついでに「下手に動くとこのまま頸骨をへし折るぞ」と脅しを掛けて、物理的にも心理的にも動きを封じます。

 

『……ああっ! 藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿! 交代、交代でござるよ! 拙者に同じ技を……! 同じ技を掛けて下されッ!! 後生でござるからああぁぁっ!!』

 

 なに? 急にどうしたの??

 

『背中から、背中からおっぱいをぎゅーっと拙者も押しつけられたいでござるよ!!』

 

 ……そう。

 

「俺の親父を殺した貴様を……ッ!! 親父の仇を……!!」

「は……!?」

 

 今、なんて言いましたか? 親父の仇って、まさか総隊長がですか!?

 それに総隊長は総隊長で、また獏爻刀(ばっこうとう)って言ってるし!

 

「ど、どういうことですか総隊長!! 天貝隊長と獏爻刀(ばっこうとう)に、一体なんの関係が!? それに、仇って一体……!?」

 

 私も獏爻刀(ばっこうとう)については調べ直しました。

 

 霞大路(かすみおおじ)家という上流貴族がいます。

 この家は昔から儀典などに使う宝剣を打つお役目を持つ、有名な家でした。

 ですがあるとき、この宝剣鋳造の技術を悪用して獏爻刀(ばっこうとう)という刀を作ろうとしました。

 研究を進めることで犠牲者を何人も出したため、護廷十三隊も本腰を入れて調査をしようとしました。

 

 ですが、そこに待ったを掛けたのが当時の四十六室です。

 霞大路家は、儀典用の武器を打つというお役目があることから治外法権的な立場を持っており、四十六室としても強い態度が取れなかったとのこと。

 

 最終的には、四十六室の命令によって霞大路家は獏爻刀(ばっこうとう)の製造を禁じられ、同時に死神には霞大路家への手出しが禁止されました。

 両成敗で決着が付いたから、これからは遺恨なく仲良くやっていきましょうね。

 という幕引きになったそうです。

 

 ざっと調べ直したところ、背景はこんな感じでした。

 ですが……こんなの、隠れて研究を続けてるに決まってるじゃない!

 

 続いて肝心の獏爻刀(ばっこうとう)の性能についてですが。

 どうやら持ち主の霊圧を吸い取って強くなる武器だったようです。

 しかも誰が持っても同じ能力を発揮するという、いわゆる"斬魄刀ガチャ"は無し。

 持ち手が強ければ強い程、さらに強くなる武器――という代物らしいです。

 ただ、最終的には剣が持ち主を食い殺してしまうという欠点もあったようで……

 

『いわゆる「ちょっと昔のマンガに出てくる意識を持って持ち主に寄生する武器や鎧」のイメージでござるよ!!』

 

 びっくりした! 急に出てこないでよ!!

 

 ……まさか射干玉も私を食い殺して乗っ取ろうとかしてないわよね?

 

『それが狙いなら、もうとっくにやってるでござるよ? 拙者と言葉が通じなかったあの頃など、まさに狙い目でござる!!』

 

 そういえばそうね。

 

『あの頃の藍俚(あいり)殿は本当に初々しくて可愛らしかったのに……』

 

 い、いいでしょ別に! 私だって成長するのよ!!

 

「仇、か……なるほど、それは無理もないことじゃな……」

「総隊長!?」

 

 自分だけで納得しないで! 説明を、説明をして!!

 天貝隊長がもの凄い勢いで暴れてるから、押さえ込むのが大変なのよ!!

 

「確かに、お主の父を……如月秦戉を斬ったのは儂じゃ」

「認めたな元柳斎!! 霞大路家と繋がった貴様を殺すために! 親父の仇を取るために俺は――」

「じゃが、ヤツは獏爻刀(ばっこうとう)に操られておった」

「――何!?」

 

 あ、動きが一瞬だけ止まりました。

 でも本当に一瞬だけです。すぐまた大暴れが始まりました。

 

「ふざけるな! この期に及んで何をぬかす……!! そんなデタラメ、俺が信じると思っているのか!!」

「嘘ではない。そもそも儂は霞大路家と繋がっておらぬ。全ては貴様の勘違いよ」

「勘違いだと! まだそんなことを口にするのか! 俺は調べたんだ! あの時に何があったのか、その真相を! そして確信した!! 貴様が霞大路家と結託して邪魔になった親父を殺したのだと!!」

 

 あの、総隊長? 申し訳ないんですが、言うならズバリ正解を言ってもらえません!?

 結構押さえ込むのも大変なんですよ!

 天貝隊長って凄く力があって、油断したら一瞬で振りほどかれそうで――危ないっ! 遠征部隊あがりは鍛え方が違うわね……!

 

「その真相は、事実ではない」

「ならば何が事実だ! 答えてみろ!!」

「……四十六室の命により霞大路家への検分が不可能となった折り、自ら潜入捜査を志願したのが如月であったのだ」

「な……なにっ!」

 

 あ、今度こそ動きが止まりました。

 

「じゃがそれは危険すぎた。既に四十六室によって霞大路家への手出しは禁じられておったからな。発覚すれば、秘密裏に消されることは想像に難くない。運良く逃げ延びたとしても、四十六室の命を破ったことで厳罰は免れぬ。如月とて、それは理解しておった……全て理解した上で、志願したのじゃ」

「う、嘘だ……! 俺が調べたのは……!」

「そこからはお主にも想像が付くじゃろう? 如月の潜入は発覚し、獏爻刀(ばっこうとう)の実験台とされた。命令した者を――儂を殺すように命じられてな。儂には如月を救うことはできなかった……出来たのは、彼奴を獏爻刀(ばっこうとう)の呪縛から解放してやることだけじゃった……介錯、でな……」

「…………」

 

 天貝隊長の全身から力が抜けました。

 糸の切れた人形のようになっており、私が羽交い締めしてなかったら座り込んでいましたね。

 

「極秘裏に獏爻刀(ばっこうとう)の研究を続けていた霞大路家。極秘裏に霞大路家へと潜入した護廷十三隊。どちらも四十六室の命に背いておったのじゃ。そのためこの件は公には出来ず、表向きには関係を修復させた……いや、させる他になかったと言うべきか……」

 

 えーと……つまり……

 

 非常に高度な政治的判断によって、手出しが出来なくなった組織があります。

 部下が違法な潜入捜査をしていたら、バレて洗脳されて逆襲されました。

 なので泣く泣く斬りました。

 その部下には息子がいます。

 息子は独自調査で勘違いして、総隊長を父の仇と思い込みました。

 総隊長と霞大路家が繋がっていると思いました。

 どっちも復讐しなきゃ!

 

 ……いやいやいやちょっと!!

 そこは当時の時点で霞大路家を全力で潰さなきゃ駄目でしょう!? 四十六室も治外法権とか言ってる場合じゃありませんってば!!

 総隊長も家族くらいには真実を伝えてあげてよ! なんか、こう……あるでしょう!? こっそり伝える方法の一つや二つ!!

 

『しかし藍俚(あいり)殿、空気でござるな』

 

 空気にならざるを得ないわよこんなの! 私、全然関わってないんだもの!! ずーっと天貝隊長を羽交い締めにしてるだけよ私!!

 

「馬鹿な……ならば、あの言葉は……死の間際の"獏爻刀(ばっこうとう)に気をつけろ"という言葉は……」

「そんな言葉を残しておったか……おそらくは、息子のお主に自分と同じ轍を踏ませたくないと、忠告の言葉だったのじゃろうな……」

 

 最期の言葉がまた意味深ね……

 そりゃあ、息子さんも変に勘ぐって調べちゃうわよ……

 

 ――っていうか、なにこれ?

 

 引き出しを開けたらすっごいエピソードが出てきたんだけど……まさかこんな話を聞かされる事になるとは思わなかったわ……

 上手く転がせば、半年くらいはこのネタで引っ張れそう。

 

『なかなかお目が高いでござるな!』

 

 え!? 本当に!? 本当に半年引っ張ったの!?

 全然記憶にないんだけど……!? 何巻!? 何巻の話!?

 

 というか、天貝隊長が就任してからまだ二日よ!? 就任二日目の朝なのよ!? 盛大なネタバレがされてるわよ!? どうやってこれを半年も引っ張ったの!?

 

「湯川よ、もうよい。放してやれ」

「え……い、いいんですか?」

「構わぬ」

 

 まあ、心ここにあらずというか、もの凄く脱力してますから。放した途端に襲いかかるということもないでしょうね。

 総隊長の言葉通り、それでも一応ゆっくりと拘束を解きました。

 

「さて、天貝――いや如月と呼ぶべきか? これが、あの事件の真相よ。誓って嘘は口にしておらぬ。じゃが、お主が信じられなければ……構わぬ。儂を斬れ」

「総隊長!?」

「どちらにせよ、こやつの父を斬ったのは儂じゃ。そして、如月の死を今日この日まで無駄にし続けておったのもな……」

 

 まあ、確かに。

 天貝隊長の立場からすれば「真相を知っていたなら、なんとか動けよ! その貴族の家が全部悪いんだろ!!」って思わなくもないですから。

 

 ……いや、でも駄目ですって!! まだ藍染が残ってますよ!? 藍染相手の準備の真っ最中なんですよ!?

 ここで斬り殺されちゃ駄目でしょう!!

 

「じゃが、まだ命まではやれぬ。反逆者、藍染惣右介らの対処が残っておるのでな。それが終われば改めて斬りに来い」

 

 あ、よかった。

 その場のノリと勢いで「殺せ!」って言ってるのかと思ったわ。

 

「いえ、俺に……俺にそんな資格は、ありません……」

 

 天貝隊長は、腰からゆっくりと刀――じゃないわねコレ。

 斬魄刀とはまた別で腰に差していた剣……? 音叉のような形をした剣を引き抜くと、執務机の上に置きました。

 

「これは、俺が手にした獏爻刀(ばっこうとう)です……」

「お主……!」

「俺は、霞大路家へ接触していました。総隊長を殺すために、獏爻刀(ばっこうとう)の力を得て……実力をつけるため遠征隊に参加して……昨日の件も、俺が仕組んだことです。隊士たちの信頼を手っ取り早く得るために……」

 

 神妙な表情を浮かべながら、ポツリポツリと告白を始めました。

 今までの勘違いから推察するに――

 

 間違った真相にたどり着いたから、総隊長と霞大路家に復讐するぞと決意した。

 復讐のために、父の仇である剣の力に手を染めた。

 何か大規模な計画を予定していて、その計画で総隊長も殺そうとしていた。

 

 でも、私が気付いて総隊長に進言してしまった。

 呼び出されて本名までバレたので「こりゃもう無理だ」と悟った。

 自暴自棄でせめて一太刀でも! というところで衝撃の真相が明らかに!!

 打ちのめされて「刑事さん、俺がやりました……」と自白する。

 

 ――というところ?

 

 ……でも、総隊長に勝てるの?

 斬魄刀も強いし、そもそも霊圧だけでも化け物クラスよ?

 復讐計画には、総隊長を弱らせる手段も織り込んでいたのかしら?

 

「儂の言葉を、信じたということか……?」

「……はい」

「貴様を謀ろうとしているとは思わなかったのか?」

「この状況で、俺を騙す理由がありませんよ……」

「そうか……」

 

 邪魔になったら消せば良いものね、お父さんみたいに。

 反逆者として始末すれば一瞬で済む話なのに、それをしなかったということで総隊長の言葉を信じたみたいです。

 

「俺は、駄目な男ですね……勘違いで、総隊長を殺そうと考えていました……いや、護廷十三隊そのものを利用する腹づもりでした……親父を見殺しにした組織も、霞大路家も、全て報いを受ければ良いと思っていた……挙げ句、親父の仇である力に手を染めて……それが全部空回りで……俺は、何をやってたんでしょうか……」

 

 あらら、すっごい自己嫌悪しているわね……

 無理もないでしょうけれど。

 

「総隊長……」

「む?」

「真実を……教えて戴き、ありがとうございました!」

 

 そう告げると一瞬で斬魄刀を抜き、そのまま自らの喉を貫こうとしました。

 

「いかん!」

「駄目ッ!! ……くっ!」

 

 ですがなんとか、間に合いました。切っ先を掴んで刀の動きを止めます。

 当然素手で掴みました。なので当然、手が斬れました。血が滴り落ちて床に赤い染みが出来ました。

 痛い、凄く痛い……これは骨まで食い込んでいるパターンの痛みね!!

 

「な、何をしている! 手を放せ! その指、切り落とされたいか!!」

「やれるものならやってみなさい!!」

 

 は? 指を切り落とす? そのくらい、とっくに経験済みよ!

 その後の治療まで含めて、もう何百回もやったわよ!!

 なんだったら腕も脚もイケるわよ!?

 

藍俚(あいり)殿は経験豊富でござるなぁ……』

 

「なぜ止める!? 俺にはもはや、生きる資格など……」

 

 あらら、私の前でそんなこと言っちゃいますか?

 

「ふざけないで! 死ぬ!? この私の前で、自害出来るものならやってみなさい! 百回死のうが千回死のうが、絶対に蘇生させてやるから覚悟しなさい!!」

「え……あ……?」

「それに何より! あなたはまだ何もやってないでしょうが! 総隊長に真実を教えて貰ったんでしょう!? だったら今度こそ、ちゃんと正しく復讐しなさい!! 悲観して自害するなんて千年早いわよ!!」

 

 そこまで叫ぶと、天貝隊長は戸惑ったような驚いたような、そんな表情を浮かべます。

 

「…………ぷ、くくく……はははは……あーっはっはっは!! 正しく復讐、か……確かに、そうだな……その通りだ……考えてみりゃ、俺はまだ何もやっちゃいない……死んでる場合じゃなかった」

 

 憑き物が落ちたような顔で笑いながら、彼は斬魄刀から力を抜きました。

 それを確認して、私も手を放します。

 

 うわ……予想通り深い傷……

 

「総隊長、申し訳ありませんでした……早まった真似を……」

「うむ、そうじゃな……如月よ。長い間打ち明けてやれず、本当にすまなかった。そしてお主のその力、今度こそ護廷十三隊の為に役立ててくれるか? かつての如月のように……」

 

 虫の良い話じゃが――と、最後に総隊長はぽつりと付け足しました。

 

「勿論です! ただ、俺の名前は天貝でいいです。如月よりそっちで呼ばれる方が、もうずっと長くなっていますので……」

「む、そうか」

 

 本名よりも偽名を名乗る方が長い人生、ですか……

 その裏には色々と複雑で壮大なドラマがありそうね……

 

藍俚(あいり)殿も大体同じ立場でござるよ?』

 

 ……そういえばそうだった! 私、偽名みたいなものだわ!!

 

「では改めて伝えよう。天貝よ、長きに渡る遠征任務……並びに、霞大路家への極秘裏の潜入調査の任、誠にご苦労であった」

「え……?」

「お主の証言に加え、獏爻刀(ばっこうとう)の現物も手に入った。これだけの証拠があれば、霞大路家を――いや、雲井(くもい)尭覚(ぎょうかく)を処断することも容易かろう」

 

 あー……そういうことですか。

 天貝隊長がやったことをぜーんぶ、秘密の任務だったことにしちゃいましたね。

 任務だから、お仕事だから仕方ないの。だから責任も処罰も一切無し。

 

 まあ、計画は立てていたようだけどまだ何もやってないから問題なし。

 護廷十三隊としてもせっかく新隊長を決めたのに、ここで突然失うわけにもいかないでしょうからね。

 色々ひっくるめて、手柄と相殺でトントンってことで。

 大人ってズルいわよね。

 

 というか、なんだか知らない名前が出てきましたよ?

 雲井(くもい)尭覚(ぎょうかく)って誰?

 話の流れからすると、多分黒幕――霞大路家で悪さをしていた人物でしょうね。

 

「総隊長……ありがとう、ございます……」

 

 同じタイミングで天貝隊長も気付いたみたいですね。

 ゆっくりと頭を下げました。目に、うっすらと涙を浮かべながら。

 

「……礼ならば儂ではなく、湯川に言ってやれ。お主と如月が似ていることに真っ先に気付いたのは此奴よ。儂は言われて漸く、お主が如月の倅だと気付けた……湯川がおらねば、お主とこうして話し合うことも出来ずに、お互い誤った道を歩んでおったじゃろう……」

「そうですか……湯川隊長、ありがとうございました!」

「いえ、そんな……! 私は何にもしてませんよ」

 

 さっきよりも深々とお辞儀をされました。

 いや、私は本当に何にもしてませんよ? 会話シーンだけでなんだか重要そうな事件が解決しちゃったのよ?

 

「そういえばさっき……! 手、手は大丈夫ですか!?」

「え? ああ、あの程度の傷なら平気ですから――」

「平気なわけないでしょう!! ちょっと見せて下さい!」

 

 強引に手を取られました。

 そのまま彼は私の手をじーっと見つめます。

 でももう傷はありませんよ。だってとっくに治療済みですから。

 あるのは血痕くらいです。

 

「これは、傷が……あっ! そういえば四番隊でしたね」

「ええ、そういうことです。言ったじゃないですか、千回死のうと蘇生させるって」

「あははは……そういえば言われましたね。こりゃ死ねそうにはないな……せめて、血だけでも拭かせてください」

 

 懐紙を取り出すと、私の手を握りながらゆっくりと拭いてくれます。

 本質的には良い人なんでしょうね。

 

「あなたのような人が、遠征部隊にいてくれたらどれだけよかったか……」

 

 え……? 遠征部隊に参加……!?

 それは御免だわ……! マッサージが出来なくなっちゃう……!!

 

『ですが、男性死神に囲まれる毎日でござるよ? きっとモテモテでござる!! 面子は固定ですがな!!』

 

 工業高校に進学した女子高生みたいな感じかしらね?

 

『オタサーの姫という可能性も……』

 

 でも蓋を開けたら、救急箱扱いが関の山でしょうね。

 衛生兵みたいに、きっと色んなお世話をすることになるんだわ。

 

『男性隊士たちに色んなお世話をすることについて詳しく!!』

 

「……そうだ、忘れるところでした! 総隊長、獏爻刀(ばっこうとう)ですが俺以外にもう一人、手にした死神がいます……いや、計画のために俺が与えた、と言うべきなんですけど……」

「なに!? して、その者の名は?」

貴船(きぶね)です。ウチの隊の」

 

 また新しい名前が出てきましたが、今度は一応知ってる名前です。

 貴船(きぶね) (まこと)と言って、天貝隊長の遠征部隊に所属していたそうで、そのまま引き抜いて三番隊の三席に任命したとのこと。

 名前だけで、容姿とか人柄とかについては全然知りませんけどね。

 

 口ぶりから察するに、部下も復讐計画に巻き込んでいたということですか。

 

「貴船の分も回収してきます。証拠は多い方が良いでしょう?」

「そうか、わかった。じゃがこの後、緊急の隊首会を行うのでな。あまり時間は掛けぬように」

「勿論です。すぐに戻ってきますよ」

 

 緊急隊首会……

 隊長を集めて霞大路家を急襲するんですね、わかります。

 

「それで、あの、湯川隊長」

「はい?」

 

 一人納得していたら、声を掛けられました。

 

「すみませんが、一緒に来て貰えます?」

 

 ……なんで?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 なんで……?

 

 疑問に答えてくれる者もなく、そのまま一緒に三番隊まで来てしまいました。

 

「あ、お疲れ様です隊長。ところで総隊長に呼ばれたとのことでしたが、何の用だったんですか?」

「貴船か、ちょうどよかった。お前に用事があるんだ」

 

 天貝隊長を出迎えたのは見たこともない死神――いや、見たことあるわね。たしか、治療したことがあったはず。

 これが貴船(きぶね) (まこと)ですね。

 肩くらいまでの髪を後ろに撫でつけていて、アンダーリムが特徴的な眼鏡をしています。二枚目で、一見すれば柔和そうに思えるんだけど、その裏でどこか冷酷そうな気配がうっすら透けて見え隠れしているっていうか……

 多分だけど、コイツ絶対性格悪いわよ。

 

「私に用事、ですか……? 一体何でしょう?」

獏爻刀(ばっこうとう)を返せ」

「……ッ!」

 

 あらら、どストレートな物言い。

 言われた方も一瞬で顔が青くなりました。

 

「もう一度言うぞ、獏爻刀(ばっこうとう)を返すんだ。今ならば、なかったことにできる。俺からも総隊長に釈明してやれる! 計画は全て中止だ! あれは使うもんじゃない! 俺が間違っていたんだ!」

「……ふ、ふざけるな!」

 

 と思えば一瞬で激怒して、斬魄刀を抜きました。

 その騒動に、三番隊の隊士の子たちが集まってきます。

 

「今更何を言う! これは俺の物だ! 俺の獏爻刀(ばっこうとう)だ!! これが俺の力だ!! 荒れ狂え! 烈風(れっぷう)!!」

「なっ!!」

「貴船三席!! 一体なにを……!?」

 

 隊長に向けて刀を向けてますし、一人称も俺になって口調も荒々しくなりました。そのあまりの豹変具合に、周囲にいた子たちが驚いています。

 極めつけに、始解です。

 手にした刀は一瞬にして形状が変わり、身の丈ほどもある双頭槍へと変わりました。 

 

 もはや逃げ切ることは不可能、けど獏爻刀(ばっこうとう)を手放したくない。ならば目の前の相手を倒してでも!! みたいな思考かしらね?

 破れかぶれの行動なんでしょうけど、でもいくら何でも短絡的すぎる。

 

「仕方ない……だが、これは俺の責任だ。せめて命だけは助かるようにしてやる……! 断ち切れ! 雷火(らいか)!!」

 

 負けじと天貝隊長も始解です。

 こちらは形状こそ刀のままですが、切っ先が鉤爪のように弧を描いています。柄には貝殻のようなナックルガードが増えているのも特徴ですかね。

 

「私も――」

「いえ、大丈夫です! 藍俚(あいり)さんは、そこで見ていて下さい!」

「わ、わかりました!」

 

 斬魄刀を抜こうとしたら、天貝隊長に止められました。

 まあ、部下ですからね。自分の手で介錯してあげたいんでしょう。

 私はしぶしぶ、柄に掛けた手を放します。

 

 その間に、貴船は動きました。手にした斬魄刀を――

 

「おおおっ!!」

「えっ!?」

 

 投げました!

 手にした斬魄刀――烈風を。あのでっかい槍を。

 まさかアレって、槍じゃなくてでっかいブーメランだったの!?

 

「無駄だッ!」

 

 投げつけられた烈風に対して天貝隊長は雷火を振るいます。

 二振りの斬魄刀が衝突し合い、けれど支えのない烈風は地に落ちる――はずでした。

 

「無駄? はははははっ!! それはこっちの台詞だ!!」

 

 ですが予想を裏切り、烈風は地に落ちることなくそのまま空中へと飛び上がり、再び天貝隊長へと襲いかかりました。

 

「どうだ! 俺の力は!! これがあれば俺は誰にも負けない! 隊長に……いや、総隊長にだって上り詰められる! 全ての死神が俺の力の前にひれ伏すんだ!! ひゃはははははははっ!!」

 

 持ち手の意思で自在に飛び回り、攻撃を行える。

 おそらくこれが、烈風の能力なんでしょう。

 なんだかもの凄く小物っぽい発言をしているのが気になりますが……

 と思っていると――

 

「うわ! な、なんだアレ!?」

「き、貴船三席……?」

「化け物だあぁっ!?」

 

 ギャラリーの隊士たちから悲鳴が上がりました。

 彼らの視線の先は皆、貴船の左手に注がれています。

 見れば、彼の左手が何か別の生物に寄生されたように変貌していました。肩の辺りには巨大な目玉がギョロリと蠢くその姿は、貴船の容姿と相まって悍ましいですね。

 

「まさか、アレが!?」

「ええ、アレは獏爻刀(ばっこうとう)――その核です!」

「核!? 核って一体……いえ、それよりも私も援護に――」

「平気ですよ!」

 

 平気そうには見えないんだけど大丈夫!?

 絶対、ヤバイ生物よアレ!!

 

 ……いや私、もっとヤバイ生物知ってる。

 

『マユリ殿でござるかな?』

 

 うん……そうね……そうよね、射干玉……

 

「貴船……なんだかんだ、お前とは長い付き合いだ。できれば助けてやりたかった。同じ隊の仲間として、肩を並べたかったよ……」

「何を世迷い事を――」

「ウオオオオッッ!!」

 

 迫り来る烈風に向けて、天貝隊長は全力で斬魄刀を振り下ろします。

 その強烈な一撃は、烈風を真っ二つに断ち切りました。

 

「ぐあああっっ! く、だが……まだ……」

「……もういい、寝ていろ」

「が……っ!」

 

 斬魄刀を破壊された途端、貴船が苦しみました。というか、左手のナマモノもなんだか苦しそうに蠢いています。

 そこへ追い打ちで柄で殴りつけることで、貴船の意識を刈り取ってみせました。

 ついでに宿主が意識を失ったおかげか、ナマモノもすっかり大人しくなりましたね。先ほどの寄生侵食っぷりが嘘のように、普通の左腕に戻っています。

 

「さて……コイツだな」

 

 天貝隊長は貴船の身体をまさぐったかと思えば、そこから何かを毟り取りました。

 それは肉塊に目玉が付いたようなようなナニカ。しかも生きているようで、手の中にあってもまだ弱々しく鼓動しています。

 

「な、なんですかそれ……?」

「これが、獏爻刀(ばっこうとう)の核です。これがなければ、もう機能はしません」

「核……?」

「コレを寄生させることで、獏爻刀(ばっこうとう)は効果を発揮するんです。貴船は己の斬魄刀に寄生させていたんですよ」

 

 えーと、つまり……このナマモノが本体!?

 しかも斬魄刀に寄生させるって……

 

 あれ? 宝剣を打つ技術を悪用したとか言ってなかったっけ……?

 刀鍛冶って極めるとこんなバイオテクノロジーの極北みたいなことできるの!?

 

『錬金術師だって極めれば、何でもぶっとばす爆弾とか究極の回復アイテムとか作り出すでござるよ?』

 

 うにー……

 ……たーるっ♪

 なるほど。専門職って凄いのね……

 

「寄生させていた……? じゃあ、烈風って……?」

「ああ、本来の烈風は投げるだけです。自在に操っていたのは、獏爻刀(ばっこうとう)の力によるものですね」

 

 本当にブーメランだった!!

 

「そ、それは凄いですね……」

「ははは、でしょう? ちなみに俺が持っていた物には、斬魄刀の力を封じる効果もあるんですよ。ま、もう使いませんけどね」

「え……ええっ!?」

 

 なるほど、そんな能力があれば総隊長に勝てるって思うわけだわ。

 下手したら、そんな武器が量産されるかもしれなかった……

 ……割とピンチだったんじゃ?

 

「さて、用事は済みましたし。戻りましょうか、藍俚(あいり)さん」

「え、あの……せめて三番隊の子たちに説明と指示はしましょうよ!」

「あ……そういえば、そうですね」

 

 この後、三番隊には「貴船は禁制品に手を染めていたので、処罰した。後々沙汰があるから、捕らえて隊舎牢に入れておけ」という説明をしておきました。

 

 ……ってあら?

 

 いつの間にか私、名前で呼ばれてるわね?

 




山本が天貝の正体に気付いていたのかが、未だに分からない。
ラストシーンの言動を見ると、気付いてなかった感がある。
でも気付いた上で黙ってて、天貝を優遇してたような描写もあって……

●天貝の本名
明かされていないので、勝手に命名しました。
父親の「秦戉」から1文字を、偽名の「繍助」から1文字を。
それぞれ取って「如月 繍戉(しゅうえつ)」と命名。
(もう出ない名前)

●獏爻刀(ばっこうとう)
アニオリ話の天貝繍助編に登場する刀。
霞大路家という貴族が造った。端的に言うと禁忌で危険が危ない武器。
刀に持ち手の霊圧を食わせて力を発揮する。
が、やりすぎると持ち手が武器に食われて消える。
(いわゆる「人に寄生して力を発揮する武器」の定型な認識で問題ナシ)

剣から触手みたいなのが生えて所持者と同化する形で所持者となる。
武器を媒介とした寄生生物と考えるのが、一番正しい認識かもしれない。

利点として、誰が持っても同じ能力を発揮できる。
(斬魄刀ガチャでハズレ能力に悩まされることはない)
当然、霊圧が強い者が持つ方が能力もより強くなる。

天貝は「死神の力を抑える」能力の獏爻刀を持っていた。
これは(アニオリとはいえ)流刃若火を封じるくらい、やべー性能。

●貴船 理(きぶね まこと)
天貝の遠征部隊に所属しており、引き抜かれて三番隊の三席に任命した。
見た目は眼鏡を掛けた真面目そうな男。
実際、部下に優しくて人の話を良く聞いて、隊士たちの人望を集めていた。

が、それは仮の姿。
本性は冷酷で、役に立たない者や邪魔者を容赦なく切り捨てる。
自分は優秀だから活躍するのが当たり前、周囲は自分の踏み台。みたいな考えを持っていたので、四十六室に危険視されて遠征部隊に飛ばされた。
(遠征部隊に飛ばされたことで、その考えがさらにねじ曲がった模様)
獏爻刀を得たことで、さらに増長する。
狡猾に立ち回ることで三番隊で絶大な信頼を得るが、最終的に吉良に倒される。

担当声優は緑川光さん。
なので、CVグリリバの裏切りそうなキャラを想像すると大体イメージ通り。

(性格的に拗らせすぎてて、更生は無理と判断したので退場です)


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第188話 ちょっと乙女になった日

 速報! 霞大路家、護廷十三隊全員に襲われる。

 

 ……いえ、本当に。そうなっちゃったんです。

 三番隊で貴船をたたきのめした後、私と天貝隊長はとって返して一番隊へ。

 

 総隊長が緊急隊首会を招集したかと思えば、全員総出で霞大路家を強襲です。

 四十六室から「手出し無用!」と言われていましたが、それは"当時の"四十六室であり、現在は総隊長が代理を務めていますので、お上公認なのです。

 藍染に「ちょっとだけ良いことをしてくれた」と感謝した瞬間でした。

 加えて犯罪の証拠は「これでもか!」と揃っています。

 よって、障害は何もありません。

 

 しかもです。

 天貝隊長は元々「霞大路家を利用して瀞霊廷に混乱を起こし、利用するだけ利用した後で自分の手で潰す」という計画を考えていました。

 そのため「いざ決行!」の瞬間に備えて、敷地内全体の地図やら見取り図やら隠し通路などをしっかり調べていたんです。

 

 よって――

 

 獏爻刀(ばっこうとう)という力を持っていても、まだ数が揃っていない。

 敵に地形や手の内を知られている。

 奇襲されたのでそもそも迎撃準備が整っていない。

 

 ――という、防衛側絶対不利な状況で攻城戦がスタートです。

 

 それでも、敵は頑張りましたよ。

 

 死神を迎え撃つべく、獏爻刀(ばっこうとう)を持った部下を迎撃に出しました。

 貴族お抱えの暗殺部隊を出してきたんです。

 出してきたんですが……十一番隊の隊長副隊長が一瞬で倒しました。斬った後の顔には思いっきり「つまらない。逆にストレスが溜まった」と書いてありました。

 暗殺部隊という似たような立場の相手が出てきたので、二番隊も頑張ってました。

 

 悪事が露見しないように、獏爻刀(ばっこうとう)を生み出す工房には特殊な結界を張って隠していた……らしいんですが。

 涅隊長が割とあっさり解除しました。

 結界破りの技法というのを使ったらしいんですが……それよりもむしろ、工房を見た十二番隊がナニカしそうで怖いです。

 

 皆さんの奮戦もあり、霞大路家は一時間持たずに陥落。

 首謀者、雲井(くもい)尭覚(ぎょうかく)――これが「いかにも悪役です」といった風貌の爺でした。霞大路家の筆頭家臣にして、現当主の後見人でもあるとのこと――は、あっさり捕縛されました。

 

ぶりっつくりーく(電撃戦)! というやつでござるよ!!』

 

 その雲井ですが。

 捕縛される前には顔半分が変形するくらい何発も殴られていたんですが、お縄についた時には綺麗さっぱり治っていました。

 不思議ですね。

 まるで「父の仇を前にして怒りを抑えきれずに殴った新隊長」と「証拠が残らないように治療した美女隊長」と「現場にいたけれど偶然にも見ていなかった総隊長」が口裏を合わせたかのようです。

 法の裁きは受けますが、十発くらい殴られても仕方ないと思います。

 

『白々しいとはこういう時に使う言葉でござるな!!』

 

 霞大路家は、現在は当主不在――瑠璃千代(るりちよ)という次期当主の少女がいるそうですが、幼くてまだ家を継いでいない――のため、雲井が仕切っていました。

 そんな状況ですから、お約束通りのお家騒動の勃発です。

 その背景には、天貝隊長が「俺も協力するから獏爻刀(ばっこうとう)の力で貴族の頂点に立っちゃえよ」と唆したとのこと。

 その結果、雲井は「当主になって、貴族の頂点にも立つ!」と動いたそうです。

 

 ……天貝隊長は提案しただけ。さらには任務なので無罪でセーフ。

 大人って汚いわね。

 

 家臣の謀反を知った次期当主は現世へと避難――をしたのが昨日。その後、この騒動を知って今日戻ってきました。

 滞在時間は半日くらいなので、ちょっと視察に行ったようなものですね。

 戻ってきたときには下手人は完全に捕縛されており、責任は雲井一派に。

 霞大路家そのものは、お取り潰しはまぬがれたものの「家臣の手綱くらいしっかり握っておけ!」と色々怒られていました。

 こっそり白哉が口添えしたらしいです。

 

 ということで。

 これまでの情報と、射干玉が言っていた「半年くらい」を組み合わせると――

 

 現世に行った次期当主が一護と知り合い、お家騒動に巻き込まれる。

 尸魂界(ソウルソサエティ)は天貝隊長を中心に騒動が起きる。

 二つの騒動が重なることで大規模な混乱を生み出し、そのドサクサで雲井を殺害。

 さらに総隊長も殺すことで復讐を完遂させる予定だった。

 けど一護が絡んだことで、なんやかんやで解決しました。

 

 ――と、こんな感じのストーリーでひっぱる予定だったのかしら……?

 

『せ、拙者はシランでござるよ……』

 

 ……まあ、もう終わっちゃったし。

 作中時間で二日、話数にしても三話で片付いちゃったわ……

 

藍俚(あいり)殿が気付いてしまいましたからなぁ……気付かなければ半年引っ張れたでござるよ?』

 

 いやだって、アレは気付くでしょう!!

 

 ……え、総隊長気付かなかったの!?

 

『しかも今話に至っては語りだけで全てが終わってしまうという省エネっぷり!!』

 

 本当に一瞬だったのよ? 特筆すべき事なんて何にもなかったの。 

 四番隊(ウチ)は救護班として参加したけれど、怪我人なんてほとんど出なかったし……あと、日番谷隊長がなんだか張り切ってたのは覚えてるわ。

 

 ……そういえば、なんで私最前線で参加させられたのかしら……?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「いやあ、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 

 霞大路家強襲事件、少しだけ経ちました。

 結局あの事件は、後始末の方が時間が掛かって面倒でした。

 しかも「当事者だから手伝え」と言われてしまい、天貝隊長と二人で後始末をすることに……三番隊と四番隊の協力作業です。

 勿論、普段の業務と並行してやってました。

 

 巻き込んでゴメンね、みんな……

 漸く終わったから許してね……

 

 なので今は、天貝隊長と二人で打ち上げ中です。

 打ち上げと言ってもまだ日中ですし、場所も茶店ですよ。

 軒先に並んで腰掛けて、お茶とお饅頭でささやかな乾杯です。

 

「そういえば、四番隊の業務を引き受けて頂いて、ありがとうございます」

 

 意外だった――と言っては失礼なんだけど、三番隊が四番隊の雑務を手伝ってくれるようになりました。

 他隊の雑用を進んで引き受けることで、三番隊の立場を回復させる狙いとのこと。

 なにしろ前隊長が裏切っちゃいましたからね……

 なので「悪いのは市丸だけ! 三番隊は違うよ!」ということを証明する、という狙いが一つ。

 

「アレはなんというか……部下に対する償い、みたいな面もあって……俺自身が進んでやらなきゃ駄目ですから……」

「償い、ですか……」

 

 多分、就任初日の事を言ってるんでしょうね。

 天貝隊長の初日、三番隊が拘突(こうとつ)に襲われたことがありました。アレは天貝隊長が遮断要請を無効にしたのが原因です。

 ピンチを救うことで隊長としての力を見せつけ、隊士たちから手っ取り早く尊敬と信頼を集めるための自作自演だったので。

 

 色々と真相を知った今となっては、そんな手段を取ってしまった己を恥じており、きちんと白状と謝罪をしたそうです。自作自演しちゃってごめんなさい、と。

 なので現在の天貝隊長は、部下から強い懐疑の目を向けられています。

 

 先ほど雑務を引き受けてくれてると言いましたが、それは天貝隊長自らが率先して雑務を引き受けてくれています。

 反省していることを態度と行動で示したいそうです。

 

 洗いざらい事情を話せれば一番楽なんですが、そうなるとまた別の面倒が出て……

 なので三番隊はもうしばらく、冬の時代が続きそうです。

 

「それとなく悪評が消えるように、私も及ばずながら力になりますよ。事情も知っていることですし」

「あはは、ありがとうございます。本当に、藍俚(あいり)さんにはすっかりお世話になってしまって……」

 

 まっすぐに見つめて来たかと思うと、天貝隊長は私の手を握ってきました。

 

「……え?」

「思えば、俺が道を誤らずに済んだのは藍俚(あいり)さんのおかげですよね……あなたが親父のことを気付いてくれたから、俺は真相を知ることが出来た……自刃しようとしたときには、自らが傷つくのも顧みずに俺のことを想って叱ってくれた……」

「あ、あの……? 天貝、隊長……?」

 

 すっごい真剣で情熱的な瞳で見られています。

 こ、これってまさか……

 

「正直に言います。藍俚(あいり)さん、俺と結婚を前提にお付き合いをしていただけないでしょうか……?」

「え……ええええぇぇっ!?」

 

 う、うわぁ……まさかとは思いましたけれど……

 私今、耳まで真っ赤になってるのが自分で分かります。

 

 ど、どうしよう……!? いやだって私、特に何にもしてないわよ!? どこに惚れる要素があったの!?

 

『いやいや、悔しいですが天貝殿が先ほど言ったとおりの理由でござるよ?』

 

 またまたご冗談を……え、冗談じゃないの?

 

『自分が誤った道を進もうとしたとのを、ギリギリで止めてくれた。命を張って思いとどまらせてくれた。オマケに亡き父親の事を覚えていて、真っ先に繋がりに気付いたでござるよ? そこまで大切に思ってくれてるならば、相手からすれば感謝感激雨アラレちゃんガッちゃん!! 運命感じまくりでも仕方ないでござるよ!!』

 

 う、嘘だぁ!!

 

『おそらく刃を掴んで説得した辺りで、墜ちていたでござるよきっと。でなければ貴船殿の所へ藍俚(あいり)殿を連れていったり、霞大路家で藍俚(あいり)殿を一緒に連れて行ったりしないでござる! 良いところを見せたかったんでござろうな!! そして今、一緒にお茶をしているから"これはイケる!"と思ったでござる!!』

 

 あれそういうことだったの!?

 

『あああああぁぁっ!! 藍俚(あいり)殿が藍俚(あいり)殿が!! イケメンの毒牙に掛かってしまうでござるよ!! 拙者は止めたい! 止めたいでござるが!! けどメスの顔をしている藍俚(あいり)殿をもっともっと見ていたいでござるよ!! 拙者、悔しい、悔しいでござる!! けど心を許しちゃう!! だって拙者はNTR(ネトリ)NTR(ネトラレ)も美味しくいただけてしまう性癖でござるよおおおぉぉっっっ!!』

 

 捨ててしまいなさいそんな性癖!!

 

『くっ! 心は許しても、藍俚(あいり)殿の身体は拙者のものでござるよ!!』

 

 アンタ、それでいいの……?

 

「い、いやあの……私、その、年上ですし……」

「それは知ってますよ。けど"年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ"とも言いますし、俺は気にしません」

「た、隊長ですし……」

「俺も隊長ですよ? 三と四、お隣の隊同士仲良くやっていきましょう」

「背だって高いですし……」

「俺の方が少しだけ高いです」

「お、男の人と付き合ったこともありませんし……」

「恥ずかしながら、俺もです。親父が死んでからずっと、そんなことに気を配る余裕なんてなかったので……なんだか俺たち、気が合いますね」

 

 あああああぁぁっ! 駄目だわ、全部逃げ道が塞がれてる!!

 他に何か、他に何か……えーっとえーっと……!!

 

『どうやら雌墜ちルート確定でござるな! 録画の準備をしておくでござる!! 永久保存版でござるよ!! クラウドに保存して無料公開もするでござるよ!!』

 

 お黙り! ……えっと……!!

 

「お、お酒が飲めないんです! 一杯くらいが限界で! だから――」

「凄いですね! 俺なんて一杯呑んだら潰れるくらい弱くて……下戸同士なんて、ますます気が合うなぁ! 今度、一緒に美味い店にでも行きませんか?」

 

 これも駄目なの!? というか、プラスに働いちゃったわ!!

 

「あ、あああああのっ! ま、まだ仕事がありますのでこれで!! 先遣隊のみんなから連絡とか貰っていて、その対応もしないといけないので!! これ、私の分です! し、失礼します!!」

 

 必死で仕事を言い訳にして、この場から逃げることにしました。

 

『うっひゃあ!! ダセえでござるよチキンでござるよ藍俚(あいり)殿!! おめめグルグルで耳どころか全身真っ赤にしてるのですから、もう「あなたの色に染めてッ!」って叫びながら抱きつけば楽になれるでござるよ?』

 

 し、仕方ないでしょう!!

 

「よーく考えて下さいねー! けど、俺は諦めませんからー!」

 

 逃げだした私の背中に、天貝隊長の声が掛けられました。

 

 

 

 

 

 

 ……し、繍助さん……とか、一回くらい呼んでみても……いいのかしら……?

 

『すっげー雌の顔してるでござるよ!!』

 




書き終えると「誰が得するんだ?」と不安になる……

●天貝編の大雑把なあらすじ(全体)
・天貝、父の仇について間違った結論に達してしまい復讐計画を誓う。
 霞大路家と山本を殺そうと決意する。
・雲井をそそのかし、派手に動かすことで討伐させるための大義名分を作る。
・隊長としての立場を利用して動き、信頼を得ると同時に死神の戦力を測る。
 (各隊との合同演習とか企画してた)

・現世に行った次期当主、一護と知り合う。だが次期当主には暗殺者が差し向けられており、流れで一護たちが戦うことに。
・その縁で首を突っ込み、結局見捨てることなく守る為に動く。

・なんやかんやで獏爻刀の存在が知れ、霞大路家を攻める死神たち。
 天貝、その騒動の中で雲井を殺害。山本と、ついでに次期当主も殺そうとする。
・一護が関わっているので、次期当主を守るために天貝と戦うことに。
 最終的に天貝は真相を知らされて、自害する。

と言うのが本来の流れ。
なのですが、やらかす前にどっかの誰かが真っ先に気付いてしまった模様。
年長者はコレだから……

他にも「白哉が協力して貴族的な圧力で潰す」とか「二番隊が全面協力して事前に証拠を集める」とか、そういうルートも出来そうです。

なお「幼女に化けて襲いかかる暗殺者」を出せなかったのが、心残りです。
(旧アニメの173話より)

●現世のどこか
ローズ「え、あれ……? 隊長……あれ……??」


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第189話 たまには男もいいもんだ

「まさか、また現世に来られるなんてねぇ……」

『やったでござるよ藍俚(あいり)殿!! 今度こそ薄い本を買い漁るでござる!!』

 

 一人の死神が、現世にやって来たようです。

 

『それはそれとして……天貝殿はどうなさるおつもりで!! とりあえず逃げたものの、どこかで答えを出さないといけないでござるよ!? それによって拙者の準備も変わってくるでござるよ!?』

 

 それは……え、ちょっとまって! 射干玉が何を準備するの!?

 

イケメンにリードされる(天貝ルート)のか、年下の部下を手玉に取る(吉良ルート)のか、他にも同性と同棲してしまう(勇音・砕蜂・雛森ルート)というのもアリでござるよ!! ルート選択によって、拙者もその……心の準備というものが……』

 

 モジモジしないの!!

 

『い、イケメンに押し倒されるとか……照れるけれど憧れでござる……拙者の心の中のヌバタマちゃんがキュンキュンしちゃうお年頃でござるよ!! 好き好き、大好きっ♥』

 

 やめて!!

 

 

 

 ……あ、ごめんなさい。

 ということで私たち――というか、私と射干玉は現世にやって来ました。

 

 先遣隊がグリムジョーたちと交戦して、なんとか全員撃退に成功しました。

 ですが、成功したものの死神側の被害も結構大きいものでした。

 特に、個人単位で別れて行動してしまうと吉良君と桃だけじゃ回復が不安だ。

 下手すればそこで各個撃破されるのではないか。

 

 という意見があったので――

 

『そこで藍俚(あいり)殿が助っ人に!!』

 

 ――じゃなくて! 薬を届けに来たの! 傷薬を!!

 それもすっごい効き目が良くて、使うとケアルガくらい治るお薬なのよ!

 

 ただ一個だけ問題があって、薬に持ち主の霊圧を馴染ませることで完成なの。

 だから"特定の個人専用の特効薬"になっても"万人に使える特効薬"にはならないのが、この傷薬の欠点なの。

 あと、覚え込ませるのに時間が掛かるから、前もって準備しておかないと役に立たないのもマイナス点かしら?

 重傷者を前にして「今から薬を馴染ませるからちょっと待ってて!」じゃ無意味だもの。

 

 ということで。

 各個人に薬を届けて、ついでに霊圧を馴染ませて完成させるために、こうして現世までやって来たわけです。

 え? それなら勇音にでも任せれば良いだろう……? そ、それは……

 

『チキンハートだから仕方ないでござるよ!』

 

 ち、ちがうもん! 馴染ませるのも私が一番上手だから来たんだもんっ!!

 

 ――と、ということで! 空座町までやって来ました。

 以前と違い、今回は義骸に入ってます。ちゃんと制服を着た女子高生スタイルです。

 乱菊だって制服着てましたし、これくらいは良いですよね?

 

『白衣を着た女医スタイルや、スーツを着た秘書スタイルもいいぞ! とどこからか聞こえてきそうでござるな!!』

 

 ……そっか。

 ちょっと立場が変わったら、卯ノ花隊長が制服着てるようなものだからね。そういう大人っぽいのもアリよね。

 けれど、着て来ちゃったからには仕方ないので。

 今回はこのまま行きますよ。

 

「おい、アレ……」

「ああ……」

「……? うぉっ! あんなの犯罪だろ……」

 

 なんだか周囲が騒がしいような……?

 しかも、視線が胸や脚に集中してるような……?

 

『ああ、尸魂界(ソウルソサエティ)では慣れられてしまいましたからなぁ……! 皆さん、藍俚(あいり)殿のおっぱいや生足を穴の空く勢いで凝視中でござるよ! 視姦というヤツでござる!!』

 

 あ、そっか……

 

 ……ねえ、射干玉?

 

『なんでござるか?』

 

 こうやって見られるのも、結構良い物ね……

 

『ふひひひ! それは勿論!! 藍俚(あいり)殿は今、とっても良いことをしてるでござるよ!! どうでしょう!! ここはさらに善行を積むべく、一枚くらい脱いでみるというのは!?』

 

 それも良いわねぇ……ちやほやされそう……

 

 ……だけど、そろそろお仕事片付けなきゃ。

 だから、それは後回し。そこそこ堪能したし、薬の件を先に片付けるわよ。

 

 えーっと、一番近くにいる霊圧は……あら、一角ね。

 しかもこの場所……高校にいるのかしら?

 

『むう……仕方ないでござるな。仕事が終わったら、ドスケベ配信で稼ぐでござるよ!』

 

 そんなことしないから!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 一角の霊圧を探知して、空座(からくら)第一高校までやって来ました。

 やって来たのは良いんですが……

 

「何してるの、一角……?」

「おっ、藍俚(あいり)じゃねえか! ……いや、お前こそなんで現世――じゃねえ、ここにいるんだよ?」

 

 何故か袴姿に防具を着けて竹刀を握っており、いかにも「剣道部です」と全身で主張しているような姿の一角がいました。

 ついでに――

 

「ダーリン!! 誰よこの女!? はっ、まさかもう浮気……!?」

「誰が浮気だ誰が!!」

 

 なにやらポニーテールな女子高生が一角の隣にいて、私に刺すような視線を放ってます。

 さらには――

 

「あ、ああああのっ! お姉さん、一角さんとどういうご関係っスか!? あっ! 自分は浅野啓吾って言います! よろしくお願いします!!」

 

 なんだか檜佐木君とよく似た声の男子高校生もいました。

 こっちは、熱い熱い視線を私の胸元に注いでます。というか、チラッと顔を見たかと思えばすぐ胸に視線が移動しています。

 若いわねぇ……

 

「本当に、なにやってるのよ一角……? 説明をして頂戴……」

「あー、実はな……」

 

 一角から説明されたのは、こんな感じでした。

 曰く――

 

 空座(からくら)第一高校剣道部は、近々他校との親善試合を控えている。

 だが剣道部の面々は負傷しており、元気なのは一年生の五人しかいない。

 そこで一角は「稽古を付けてくれ」と頼まれて、稽古の真っ最中である。

 

 ――ということでした。

 そこまでなら良いんです、そこまでなら。

 

「ただ特訓が厳しすぎて四人の一年生はリタイアで、人数が足らない。そもそも部員が怪我したのは、その相手校の闇討ちが原因だから返り討ちにしてやろうと試合を組んだ……?」

 

 聞いてるだけで頭が痛くなってきました。なにそれ……?

 

『ふつーにポリスメン案件でござるよそれ。相手校と国家権力にチクれば一瞬で済む話でござる!』

 

 そうよね、絶対にそうよね!!

 

「ってわけで、頼む藍俚(あいり)!! 助っ人として出てくれ!」

「いや、無理でしょうそれ……というか、親善試合とはいえ男女混合はちょっと無理でしょ……?」

 

藍俚(あいり)殿が真っ白い袴を履いて、髪を後ろに括って、剣術小町とか呼ばるわけでござるな!!』

 

 それじゃ緋村さん家の薫殿と被ってるじゃない。

 

『おろ? いえいえ、夏色の方の』

 

 そんなの誰も知らないから!!

 

「だから、普通に通報すればこの件はこれで……」

「えーっ! そんなの駄目! 絶対に駄目ッ!! 舐められたまんまでいられるわけないでしょうが!!」

 

 なにやらもの凄い剣幕で、みず穂さん――お互い自己紹介はしたので名前くらいは知っています――が噛みついてきました。

 

「……というか、なんで一角はそもそも引き受けたの?」

「いや、その……ちょっとこの女につきまとわれてな……この件が上手く行ったら離れるって言うもんだから……」

「そ、そう……」

 

 一角も変な苦労しているのね……

 

「もう諦めて、現世(こっち)に永住すれば?」

「出来るかンなこと!!」

「てか、湯川さんだっけ!? あんたはなんなの!? ダーリンとどういう関係!?」

「そうっすよ藍俚(あいり)さん!! その辺は俺も詳しく教えて下さい! お願いします!!」

 

 この姉弟、なんだかハイテンションだわ。

 けど、私と一角の関係って……えっと……角が立つことなく納得できるような説明をするとなると……

 

「私と一角は、その……同じ職場で働いているの」

「バイト先の仲間ってことっスか!?」

「そうそう、そうなの! 色んな役目の人が集まっててね、一角は力仕事を任されてるのよ!! ちなみに私は医療スタッフなの!」

「それってひょっとして、遊園地みたいな……?」

「そうそう! カヌーとか漕いでるから力はあるわよ!!」

「なるほど……だからダーリンってばあんなに……」

 

 勢いで言っちゃったけれど、なんとか納得してもらえたみたいね。

 一角はなんとなく顔をヒクつかせているけれど、気にしない方向で。

 

「あ、あの! もう一つ、藍俚(あいり)さんにもう一つだけ質問があるんですけど!!」

「な、なにかしら?」

 

 納得したと思ったのに、啓吾君の方がまた挙手してきたわ。

 

「その、藍俚(あいり)さんのむ……む……ね……いえ、服っ! 服のサイズを……教えて下さいッ!!」

「え……服のサイズ……?」

 

 そう懇願する啓吾君の視線は、私の胸元に釘付けのままでした。

 ……ああ、なるほど。そういうことね。

 

『日和った挙句、ある意味遠回しにすっげー勇気を出したでござるな!!』

 

 そうね。じゃあ、ちょっとだけサービスしてあげましょうか。

 

「サイズなら、えっと……ひーふーみー……」

 

 わざとらしく口に出し、指を折りながら数を数えます。

 そのまま十を過ぎた辺りで動きを止めて――

 

「ねえ、啓吾君。アルファベットの順番ってN・M・Lだっけ? L・N・Mだっけ?」

「むはああぁっ!!」

 

 ――と何気なく尋ねたとろ、感極まったように倒れ込みました。

 至福の表情を浮かべている所を見るに、どうやら満足してしまったようです。

 

「名前、名前で呼んで貰えた……LかMか、はたまたNか……」

「私、背も身体も大きいでしょう? だから着る物に困っちゃって……啓吾君、どこか良いお店って知らないかしら? 一緒に行って、見立てて欲しいな」

「よ、喜んでェッ!!」

 

 一瞬にして身体を起こすと、敬礼してきました。

 まあ、このくらいサービスしてもいいわよね。

 

藍俚(あいり)殿はサービス満点でござるな! 若い男ならこれでしばらく困らなそうでござるよ!!』

 

 頭の中はきっと、ピンクの妄想でいっぱいになってるわよね。

 喜んでもらえてなにより。

 

『天貝殿にもそれくらい積極的に……』

 

 そ、それはまた今度!!

 

「ちょっと待って! あんた、さっき医療スタッフとか言ってたわよね!?」

「はい、そうですよ」

 

 弟のターンが終わったと思ったら今度はお姉さんが首を突っ込んで来ました。

 

「だったら部員の怪我、なんとかならないかしら?」

「え? 怪我をですか……うーん、診てみないことにはなんとも……」

 

 言いましたよ、診ないとわからないって、言いました。

 言いましたけども!

 

「はい! 思う存分見て頂戴!!」

 

 まさか言った途端に部室まで連れて行かれて、怪我人の面倒を見る羽目になるとは思いませんでした。

 しかも一瞥しただけでわかるくらい、どなたもこなたも結構な重傷です。

 擦過傷、打ち身、ねんざ、骨折……喧嘩後の代表的な傷のオンパレードですね。

 

「これは、結構大仕事になるわね……ところで親善試合っていつなの?」

「明日です」

「そうですか、明日……明日っ!?」

 

 なんとも男臭い部室の中で、各人の怪我の具合をチェックしつつ質問したところ、予想外の答えが返ってきましたよ。

 あと診察している間、剣道部の皆さんは鼻の下を延ばしていました。

 

「明日、明日かぁ……そんな短い期日なのに、無茶な特訓で怪我させるとか……まさか一角、自分が出るために厳しくしたとかじゃないわよね?」

「う、うるせえなっ!! んなわけあるかっ!!」

 

 その反応を見るに、当たらずとも遠からずってところかしら?

 

「とりあえず明日、試合が出来ればいいのよね?」

「え、ええ……そうだけど……まさか、できるの!?」

「大仕事だけどこれならなんとか、助け船は出せますよ」

 

 カヌーだけに、なんちゃって。

 

『審議中……審議中……』

 

 はいはい! 私が悪かったわよ!!

 

 

 

 

 

「それじゃあ、剣道部員の子たちを借りるわね。ちょっと門外不出で秘密の治療をするから、二人は外に出て貰えるかしら?」

 

 そういうが早いか藍俚(あいり)は一角とみず穂を外へと押し出すと、戸締まりと窓のカーテンを締める。

 あっという間に部室内は外から一切見えなくなってしまった。

 

「ねえ、ダーリン……頼んだ私が聞くのも変だけど、あの湯川さんって大丈夫なの?」

「いやまあ、治療の腕は確かではあるんだが……」

 

 残った二人がなんとなく相談を始めた時だった。

 

「んほおっ!!」

「らめえっ!!」

「ごめんなさいごめんなさい!!」

「そんなの無理、無理ぃっ!! そんなの入らないからぁっ!!」

 

 部室内から複数の悲鳴が――しかも全部男の悲鳴が、聞こえてきた。

 

「壊れちゃう! 身体壊れちゃう!!」

「許して、もう許してぇっ!!」

「死んじゃう、死んじゃうううぅぅっ!!」

「殺して、殺してぇっ!!」

「……ぉっ! ……ぉぉっ!」

「ちょ、ちょっとなんなのコレ!? 開けなさい! 一体何やってるの!?」

「あいつ、何やってやがるんだ……!?」

 

 あまりにもな悲鳴の内容にみず穂がドアを開けようとするが、当然鍵が掛かっており開くことはなかった。

 そうしている間にも、室内からは悲鳴――悲鳴……? 嬌声……? なんかこう、よく分からないが、多分、おそらく悲鳴のような"何か"が響き続ける。

 

 ――それから十分後。

 

「お疲れ様。どう、身体の調子は?」

「最高です!」

「むしろ怪我の前より良いくらいです!!」

 

 扉が開くと、中からまず藍俚(あいり)が出てきた。

 続いて部員たちが、無茶苦茶健康そうに肌をテカらせながら姿を現してくる。

 

「ちょ、ちょっとあんたたち! 大丈夫なの!? 怪我は!?」

「それならもうばっちりです!」

「ほら、この通り!!」

「そ、そう……」

 

 みず穂の問いかけに、やたらとキレの良い動きを見せて答える部員たち。彼女が困惑する間にも、剣道部たちは大声で叫ぶ。

 

「心配掛けたな一年! 明日は俺たちのことをよく見ておけよ!」

「はい! 勉強させて貰います!!」

「俺の仇は俺が取る!!」

「これが青春だあああぁっ!!」

「よーし! 明日の試合、絶対に勝つぞ!! 怪我のお礼をたっぷりしてやれ!!」

「「「「おおーっ!!」」」」

「…………うん。問題なさそうね!」

 

 みず穂はいつの間にか、考えることを止めていた。

 彼女の頭の中にあったのは「よくわからないけれど、元気になったし上手く行きそうだからヨシ!!」の精神のみである。

 良い子も悪い子も見習ってはいけない。

 

「お前、なにやったんだよ……」

「別に? ただちょっと、特別なマッサージで身体をほぐしてあげただけよ」

 

 なぜか軽く舌なめずりをしながら、藍俚(あいり)は答える。

 その様子に恐怖を感じ、一角はそれ以上何も追求することはなかった。

 

 

 

 翌日。

 

 親善試合は、空座(からくら)第一高校の圧勝で終わった。

 なにしろ闇討ちしたはずの相手が数日で完治しており、それどころか目に見えてやたらとパワーアップしているとなれば、相手からすればたまったものではない。

 レギュラーたちが参加することを差し引いても、勝負は試合前から決していたのだ。

 

 加えて「せっかくの親善試合なんだから、ケチケチせずに全試合やろう」というみず穂の提案が運営側にも受け入れられ、大将戦までがっつり実施。

 全員が相手を圧倒的に打ち倒しての勝利に剣道部員たちは沸き立ち、みず穂の溜飲も大いに下がるという最高の結果であった。

 

「これ、使えるわね……!!」

 

 一晩で白星の山を築けるまでになってみせた剣道部の姿に、みず穂はほくそ笑む。

 どうやらもう一波乱ありそうだ。

 




マッサージしただけです。

●元ネタ
アニオリ話、日番谷先遣隊奮闘記シリーズより。
「133話 一角、熱血剣道物語」です。

(大体本文と変わりませんが)全体のあらすじとしては――

・空座高校の剣道部が闇討ちを受けて、部員の多くが怪我をする。
(このとき、襲撃側は自分たちの高校名をしっかり名乗っている)
・怪我したから地区大会は辞退しようと落ち込む部員たち。
 だが生徒会長のみず穂は「親善試合を組むからその高校にやり返せ!」と命令。
・無傷なのが一年しかいないので、みず穂は一角に鍛えてくれと頼む。
 一宿一飯の恩があるので引き受ける一角。
・無茶な特訓が祟り、部員たちは(一名を覗き)ダウンしてしまう。
 なので、日番谷・阿散井・浅野啓吾・残った部員・一角で試合をすることに。
・日番谷、阿散井に加えて、残った部員が意地で一本を取り、試合に勝利。
・が、出番がないのが不満な一角が大暴れするドタバタでオチ。
 ついでに相手の主将はみず穂を振った元彼なので、個人的な恨みも晴らせました。
 めでたしめでたし。

という、よくわからないアニオリ回。

ただ、現世に絡むのには丁度良かったので、ここで使いました。

●タイトル
いいもんだ ⇒ 良い揉んだ

●夏色の方
夏色剣術小町、というゲームがあるそうです。
(詳細は知りません)

●カヌーを漕いでる
一角の声優さんが、某ネズミの国のバイトでカヌーを漕いでいた。
(同じ場所で、浦原の声優さんはお掃除お兄さんをやっていた)


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第190話 マッサージをしよう - 有沢 たつき - (と国枝鈴と本匠千鶴)

『我が世の春がキタアアアアアアアアアァァッ!!!!』

 

 のっけから射干玉が叫んでいますが、私も同じ意見です。

 

 昨日、前話でネタにしていた剣道部の親善試合が行われました。

 その試合、私も見学しました。

 なにしろ部員の子たちを治療した身なので。万が一にも変なことにならないように、大事を取って試合が終わるまでは現世に残って見守ることにしたんです。

 結果は皆さんご存じの通りに圧勝だったわけですが、問題はその後です。

 

 何しろ大怪我やら疲労やらを一瞬で快癒させた挙げ句、剣道部員全員を鬼のように強くしてしまったわけです。

 その実績を見ていたみず穂さんに――

 

「どうせなら空座第一高校(ウチ)の運動部員全員をマッサージして!!」

 

 ――と、依頼されました。

 

 当然――

 

「任せて!!」

 

 ――と、二つ返事で了承しました。

 というか気がついたら返事が終わっていました。

 

 考えるより先に身体が動くって、こういうことなのね……

 

 私が了承した途端、みず穂さんに「生徒会長権限で明日、運動系の部活の生徒を揃えておくから、全員パワーアップさせて頂戴!」と言われました。

 実に生徒想いの生徒会長ですね。

 その後で「上手く行けば運動系の大会を総なめ……こりゃ生徒会長としての実績に繋がるわね……!!」という発言が無ければ、純粋に感心出来ました。

 

 ちなみに今日は土曜日で、明日は日曜日です。

 なるほど。日曜日に学校へ集まって部活の練習をするのは普通だし、日曜日なら学校の設備をある程度使っても問題はない。

 一般の生徒は日曜日の学校なんて来ないから、迷惑が掛かることもない。

 理に適ってますね。

 

『なるほど、SUNDAYじゃねーの! でござるな!!』

 

 突然イケメン声で喋らないでよ! てか、ここ回想シーンだから!!

 

 ……なので、依頼を受けたら速効で勇音に連絡を取りました。

 「現世でやることが出来たから、帰るのがもう一日遅くなります」――って。

 電話越しで勇音に泣かれました……

 ごめんね勇音! 私にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるの!!

 背中を向けるなんてありえないの!! 隊長として!!

 

 

 

 ……ということで!! 朝から学校に来て、いっぱい揉んでいます!!

 揉み放題ですよ、揉み放題!!

 しかも施術場所として保健室を提供してもらいました!

 学校の保健室、しかもベッドの上で運動部の女子高生をひたすらマッサージ出来るとか……!! こんなの、エロ漫画くらいしかあり得ないわよ!!

 

 ……はっ!

 ひょっとして私、いつの間にかエロ漫画の世界に迷い込んでいた……!?

 

『まあ、そこまで都合が良いわけではありませぬがな』

 

 そうなのよね。

 

 なにより問題なのは、一人当たりの時間が少ないこと。

 テンポ良く行かないといつまで経っても終わらないから、趣味と実益のバランスが難しいのよ。

 まあ、おっぱいだけは欠かすことなく絶対に揉んでるんだけどね。

 

 あと、剣道部の例を出すまでもなく、男子高校生もいます。

 だって共学の学校ですから。

 なので、女の子だけではなく男の子もちゃんと揉んでいます。

 

 案外、野郎の引き締まった身体に触れるのも良いものよ?

 この堅い身体を触っているとね、女子高生の身体が数倍は柔らかく感じられるの! これが終わったら、柔らかいのが待っているって思うとやる気も出るの!! 自分の存在意義を再認識できるのよ!!

 

『サウナの後の水風呂の理屈でござるな!! その後でキンキンに冷えたビールを一杯!!』

 

 もしくはカレーとかに砂糖をちょっとだけ加えて、辛さをより引き立てる原理かしらね? 真逆の味があるからこそ、メインの味わいがより強調されるのよ。

 そういえば総隊長や浮竹隊長に時々施術をしていたけれど、アレにはこういう効果もあったのね……今更ながら気付いたわ。

 

 しかし、いくら生徒会長だからって"保健室貸し切り"とか"日曜日に生徒を招集"とかを平然とやってのける……生徒会ってそんなに権限強かったっけ?

 

『漫画の世界では常識でござるよ!!』

 

 まあ、今の私にはその権限に感謝しかありません。

 だってその権限のおかげで、公認で思いっきりマッサージできるんですから!!

 

『お上公認でござるよ!! ヒャッッハーーーーッ!!』

 

 

 

 

 

 

 ――ということで。

 

「はい、もう少しだけ我慢してね。全身をしっかり弛緩させる必要があるから」

「……っ! ん……っ! ふ……ぅ……っ……!!」

 

 保健室の中に、女子高生の甘い吐息が響き渡ります。

 必死で声を押し殺している姿が、なんとも言えませんね。

 

 今お相手をしているのは、国枝(くにえだ) (りょう)さん。

 黒髪ロングで泣き黒子がチャームポイントの真面目そうな印象の子ですが、なんと陸上部一年のエースにして今年のインターハイにも出場したとのこと。

 なるほど、やっぱり筋肉の付き方が他の陸上部の子とは違うわよね。

 

「陸上部だって聞いてたけれど、この脚なら納得ね」

「そ、そう……です……か……?」

 

 すらりと長く延びた脚には、無駄なお肉が一切ありません。

 引き締まった脚に太腿、それは胸回りも同じでちょっと膨らみは残念かしらね。

 さっきちょっとだけマッサージをしましたが、まだ未成熟というか。柔らかかったもののボリュームという点ではちょっと物足りない感じでした。

 でもちゃんと年頃の女子らしく、触れるとふっくら柔らかい感触です。

 

「腰回りから下半身を、もう少しだけ重点的に施術するわね」

「お、おねが……いっ……! んん……っ!!」

 

 お尻周りを揉んでいますが、伝わってくる感触はなんともいえません。

 お尻全体を撫で回すようにしていくと、そこからゆっくりと腿を撫でます。

 内腿に手を這わせると、驚いたように肩が跳ね上がり腰が浮かびました。

 

「痛かった?」

「い……いえ……その……だ、大丈夫です!」

 

 真面目な性格の子みたいだから、声を必死で抑えてるのよね。

 下手に声を上げると迷惑だって思っているっていうのかしら? だから、こっちもちょっと楽しくなってきて、意地悪したくなっちゃうの。

 

「じゃあ、もう少しだけ強くするわね? 痛くはないはずだから」

「……んあっ!」

 

 太腿の感触をたっぷりと堪能しながら、軽く股の付け根辺りを撫で回します。触れるか触れないか程度の刺激に、彼女は可愛らしい声を聞かせてくれました。

 

 

 

 

 

 

「はい、次の人」

「ういーっす」

 

 あの後、下半身から足の裏までたっぷり解してあげて、施術は終わりました。

 なので次の順番の子を呼んだところ――

 

「あら、あなた……!」

「ん? どこかで会ったことありましたっけ……?」

 

 たつきちゃん! たつきちゃんだわ!

 織姫さんのお友達の! あと一護の幼馴染みでもあるのよね!!

 短髪で運動が得意。見た目通りに男勝りっていうか、サバサバした性格だけど情に厚い子だったって、私の記憶が言ってる。

 そういえばこの子、空手部だっけ? 完全に忘れてたわ……

 

 とはいえそう言った情報は、私が一方的に知っているだけ。お互い初対面のはずなのに思わず反応しちゃったからか、彼女は怪訝そうに眉を顰めました。

 マズいわね、誤魔化さないと誤解されちゃう。

 

「その腕、骨折から治ったばかりでしょう? 違うかしら?」

「え……! ええ、そうです。ちょっと前に……けどなんで……!?」

 

 思わず右腕を掴む姿を見ながら、私は心の中でニヤリと笑いました。

 

「左右の腕の筋肉のバランスを見れば、分かるものよ」

「すっげー……そういうのって分かるんだ……わざわざ呼びつけられた甲斐くらいはありそう……」

 

 思わず素の口調で呟いてますね。

 さっきまでは初対面だったからか慣れない敬語でしたが、でも彼女はこっちの方がいいわよね。

 

「そうそう、そうやって砕けた口調でいいわよ。えーと……」

「そう? あ、あたし有沢(ありさわ)たつき。空手部所属なの」

 

 知ってるわ。

 

「空手? じゃあ、腕とか足とかを中心に施術をするわね」

「ッス! お願いします!」

「うん、良い返事。じゃあ、さっそく服を脱いでね」

「……は!? ふ、ふふふふふ服を!?」

 

 途端に顔が真っ赤になりました。

 

「な……なんっ……! い、いや別に服くらい……」

「肌の具合を直接見たいの。今までみんな脱いでるし、すぐに終わるから。我慢してね」

 

 あ、ちゃんと野郎も脱がせてますよ。

 趣味込みとはいえお仕事ですから、その辺はしっかりとやってます。

 むしろ男の子の方が恥ずかしがって嫌がる率が高かったので、有無を言わさず無理矢理ひん剥いてやりました。

 

「あ、あう……」

「それじゃあココに横になってね」

 

 さて、たつきさんも無事服を脱いでくれました。

 

 彼女も十分に良い身体をしています。織姫さんと比べるのは酷ですけどね。

 とはいえ年齢相当には膨らんだ胸に、引き締まった小さなお尻。

 肉体そのものは空手の稽古のおかげで引き締まっていて、まるで女性スポーツマンという言葉を体現したかのようです。

 外で走り込みなどはするでしょうが、基本的には室内練習の空手部だからでしょうか? うっすらと日に焼けた肌の色と、彼女本来の白い肌との淡いコントラストが魅力を引き上げています。

 

「それじゃあ、右腕から行くわね?」

 

 横になった彼女の身体にしっかりとオイルを垂らすと、まずは腕を。

 骨折して調子が崩れた身体を労わるように、そのまま肩をほぐしていきます。

 

「ふあぁ……きもちいい……極楽極楽……」

 

 とろりとしたオイルを身体に塗ることで、保温と保湿の効果があります。

 熱を帯びたようにじんわりと暖かくマッサージされる感覚を受け入れてくれたようで、彼女はリラックスした表情を浮かべました。

 さて、こうやって警戒心を薄くしたところで……

 

「はい次は脇腹を」

「ひゃああっっっ!?」

 

 両手を脇腹に当てて、そのまま上へと揉み上げます。

 

「む、むむむむ胸……ッ!! さ、さささささわ……っ……!」

「はいはい、動かないでね。身体も硬くしちゃ駄目よ?」

「う、うう……」

 

 軽く注意すると大人しくなりましたが、身体は硬いままです。全身に力を込めたみたいに、ギュウウッと目を瞑って耐えようとしています。

 あらあら、そういうことをされると――ちょっとコッチも強情になっちゃうのよね。

 さらに横腹から脇の下目掛けて、両手で優しくマッサージしていきます。

 脇の下まで持ち上げる度に、ちょっと胸元に手が当たっちゃうけど我慢してね。

 

「……ひっ! ん……っ……ふ……っ……」

 

 手を動かす度に、ぽよんとした感触が返ってきました。脇腹を撫でるようにマッサージしているから、そのたびに手の平が白いお山を撫でてしまいます。

 そうすると、たつきさんがしゃっくりするみたいに小さな吐息を漏らしました。

 今までのやり取りからは考えられないくらい可愛らしくて、蕩けた声色。その声が漏れる度に胸が上下していて、まるでお山が健気に自己主張をしているかのようです。

 

 大きさは控えめだけどちゃんと膨らんでいて、片手ですっぽり収まるくらい。

 それから、本当にまだ汚れを知らないって言葉がピタリの綺麗なピンク色です。白いお山のてっぺんで、恥ずかしそうに小さく震えています。

 何度かほぐし終えたところで、その頂に軽く手を置いて訪ねてみました。

 

「そうそう。バストアップのマッサージとかも出来るけれど、やってみる?」

「ふぇ……ふぇっ!? ば、バス……ト……あっぷ……」

「たつきさん美人だし、男の子からモテるでしょう? だから、もっと魅力を上げて悩殺するくらいに――」

「い、いらないいらない!! てか、おっきくなると邪魔だからいらない!!」

「あらら、残念」

 

 両手を振って、精一杯の意思表示です。

 顔を真っ赤にしながら、もの凄い早口で断られました。

 でも、本心はちょっとだけ違うかしらね? だって私が手を放したら、少しだけ名残惜しそうな表情を見せたから。

 尤もらしい理由で断ったけれど、本当はちょっとだけ試してみたかった……みたいな? だってお年頃だもん、色気づくわよね。

 

「それじゃあ、次は脚の方ね」

「あ、あし……!?」

 

 こっちも、絞り込まれているけれどスラッとしてて健康的で綺麗な脚です。

 その太腿からふくらはぎに掛けて、じっくりと撫で回していきます。

 

「あ、脚ってこういう……んっ……く……」

「あら、何か別のことでも想像したの?」

「え……ち、ちがっ……! ちがうもん……」

 

 ちょっとからかい過ぎたかしら? 拗ねちゃったわ。

 

 うーん……

 時間があればこの機嫌を直してから、もっとたっぷりじっくりマッサージしてあげられるんだけど……そろそろ限界、時間切れかしら……?

 

 名残惜しいけれど、仕方ないわよね。じゃあ――

 

「最後に、腰回りね」

「んっ……!」

 

 足の指まで揉みほぐし終えたところで、下腹の辺りをキュッと押し込みます。

 途端、今までで可愛らしくて色っぽい女の声が漏れ出ました。

 気のせいか、部屋の中の空気がちょっとだけ濃くなったような気もします。

 

「は、あ……だ、だめ……っ……!」

 

 さっきのバストアップを拒否したときと同じくらい――ううん、それ以上に顔を羞恥で赤く染めながら、否定の言葉を必死に呟いています。

 これは、自分でも気付いているんでしょうね。

 

 声と反応が、明らかに性的な疼きを訴えていることに。

 自分の身体から、強烈な女としての匂いを分泌し始めていることに。

 

「はい、ここまで」

「……えっ……! なんで……あ……ち、ちが……っ……」

 

 と、良いところで手を放せば、彼女は慌てて自己否定を始めました。

 一体何が違うのかしら? ちゃんと言ってくれないとわからないわね。

 

「ごめんなさい。施術する人数が多いから、一人ずつの時間って短めなの。ただ、効果は間違いなくあるから、そこは保証するわ」

「う、うう……」

 

 申し訳なさそうに手を合わせて謝れば、彼女は物足りなさそうに……というか、欲求不満そうに身体を起こしました。

 

 帰り際に「アレは違う……アレは違う……」って必死に呟いていたけれど、何のことかしらねぇ? わからないわ。

 ああっ! 返す返すも時間が短いのが惜しい! あと三十分――いえ二十分あれば! 自分からおねだりさせられたのに……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はい、次の人」

「はーい……ったく、なんでわざわざ日曜に学校に来なきゃああああああぁぁっ!!!!」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら入ってきたかと思えば、彼女は私を見た途端に歓喜の歓声を上げました。

 

「なにこれ、なにこれ! すっごい巨乳! まさかあたしがヒメ以外の女に心を奪われるなんて……! ああっ、ごめんねヒメ!! 浮気じゃないの! あたしの心の●●●が反応しちゃって勃起しただけなの!! どっちも本気なの!!」

「えーっと……」

 

 どこかの真っ黒ゴムボール(ぬばたま)を彷彿とさせるようなハイテンションね。

 それにこの反応と容姿は見覚えがあります。

 たしか、一護のクラスメイトで織姫さんを狙ってるガチの子……だったはず……

 

「あたし、テニス部の本匠(ほんしょう)千鶴(ちづる)っていうの! あなた名前は!?」

「ゆ、湯川藍俚(あいり)です……」

藍俚(あいり)! つまり、(ラブ)(ことわり)なのね!!」

 

 字が違うんだけど……

 

『元ネタはアイスクリームでござるからな』

 

「こんな良い子にマッサージしてもらえるなんて、これは運命……! つまり(あい)(ことわり)! 今すぐマッサージを――いいえ、あたしがトロトロの本気汁を分泌しまくるまでマッサージしてあげるわぁっ!!」

 

 襲いかかってきました。

 じゃあ、抵抗してもいいわよね?

 

「――って、あら?」

 

 飛びかかってきた千鶴さんを軽く受け止めると、そのままベッドの上に押し倒して動きを封じます。

 あっさりと組み伏せられたことで理解が追い付かないようで、彼女は大きな疑問符を浮かべました。

 

「どうやら千鶴さんには、そっちのマッサージの方が良いみたいね」

「あの……愛理(あいり)さん?」

「トロトロの本気汁を分泌させまくってあげますから、安心して下さいね」

 

 にっこりと微笑みかけてあげてから、彼女の胸を鷲掴んで揉み上げました。

 

 あら、大きめ。

 それにこの感触、日頃から自主訓練を欠かしてないみたい。

 

「ああっ! だ、だめ……ちが……あたしが、せめ……あんっ!! だめっ、だめえええぇぇっ……!!」

 

 

 

 

 

 ……あ、後日談なんだけど。

 この三年間、運動部は軒並み大活躍したそうよ。

 




●計算
一人10分として、一時間で6人。
12時間ノンストップで働いても、一日72人。

1クラス30人と仮定、クラス数を8つと仮定して……
(5巻にて、クラスが8まであることを確認。つまり最低でも8クラス)
30人*8クラス*3学年=生徒数720人
(なお全国平均で約600人。東京だと約700人(2022年データ))

運動部所属が全体の3割と仮定しても……
720*0.3=216人÷72人=3日の大仕事!?

●有沢 竜貴(ありさわ たつき)
織姫の親友で一護の幼馴染み。
空手のインターハイで二位になっちゃう凄い子。
(車にハネねられて片腕骨折しても、準決勝で勝っちゃう子)
黒崎さん家の夏梨ちゃんに「高校入ってちゃんとエロい体になってきてるよ」と評される程度には、エロい体の子。

そういえばたつきちゃん、崩玉と合体した藍染の霊圧を感知してますよね。
(相手と差がありすぎると感じられない設定なのに)
……めっちゃ才能ある。下手な死神顔負けですね。

●国枝 鈴(くにえだ りょう)
一護のクラスメイト。
黒髪ロングで左目に泣き黒子がある。真面目でクールな子。
クラスの委員長。テストの点は一年全体で二位。
陸上部所属で、インハイにも出場した。
コンを追いかける際に「100mは12秒フラット」と発言している。
(なお日本女子高生の100m最速は11.43秒(2022年データ))

……この子もめちゃ優秀……なにあの高校……魔窟かなにか?

●本匠 千鶴(ほんしょう ちづる)
一護のクラスメイト。織姫が大好きで、真性レズな子。
発言がアウトな子。アニメ版で台詞が大幅カットされるくらいアウト。
女子テニス部に所属している模様。
(14話で「女テニの部室で弁当食ってろ」と言われていたので)

似たような性癖の二番隊隊長は人気だけど、彼女は出番少ないですね。


夏井(なつい)真花(まはな)を揉めなかったのが心残りです。
(一護のクラスメイト。織姫の次にエロい身体をしてる。
 夏服の時に胸元を開けており、深い谷間が見えてる(6巻(52話)))

彼女が運動部に所属しているという情報を特に見つけられず、断念。


あと、小川みちるも出ませんでしたね。
(一護のクラスメイト。石田にぬいぐるみを直してもらった子)


……あ、越智先生もか。


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第191話 駄菓子屋さんでお買い物

「まさか、また明日も現世に残るとは思わなかったわ……」

 

『そうぼやきつつ、顔は笑みを隠し切れてないでござるよ!?』

 

 射干玉にバレたわ! でも、バレるわよねぇ……

 だって明日になれば、女子高生揉み放題よ!? 男子高校生もいるけれど!

 

 ということで、今回のお話は時系列的には前話よりも前の時間になります。

 具体的には、剣道の試合が終わってマッサージの依頼を受けた後ですね。

 

『前話でチラッと言っておりましたが「土曜日にマッサージを依頼する ⇒ 日曜日に生徒が集まってくる」という流れでござるからな!! つまり、空いた時間が出来てしまったわけでござる! 今回はその間のお話でござるよ!!』

 

 ……あ! 仕事しろって言うのは無しよ?

 ちゃんと現世に来た当日に、全員分の薬は渡してるんだから!

 具体的なスケジュールとしては――

 

 現世に来て、

 剣道部員を揉んで、

 薬を届けて、

 海燕さんたちが借りてる拠点で一泊させてもらって、

 親善試合を見届けて、

 マッサージの依頼を受けて、

 ちょっと時間が空いてるの。

 

『イマココ!! というやつでござるな!!』

 

 ということで空いた時間なんだけど……何しようかしら?

 

『やはりココは薄い本を厚くいたしましょう!! 具体的には男の娘関係などいかがでござるかな!?』

 

 そういえば、乙子って言葉があるのよね。

 読み方は"おとご"だけど"おとこ"って読むときもあって、意味は"末の子供"のこと。

 乙子月って言葉もあって、旧暦の十二月のこと。

 どっちにも"末"って意味があるのよね。

 特殊な界隈だと、男装してる女性って意味で使われたりもするんだけど……

 この字を使って「私は男ではなく乙子です!」みたいなネタって、ありそうよね。

 

 と、適当なネタでお茶を濁して射干玉の意見は煙に巻くとして。

 

『そ、そんな……ッッ!!』

 

 電車に乗って聖地に行って薄い本買い漁ったり、お台場でユニコーンなモビルスーツ見に行ったりしても、需要無いでしょ!!

 

『モビルスーツも急に撤去される可能性があるでござるからなぁ……やはり連邦は悪! テテニス様とベル様こそ正義でござるよ!! 木星万歳(ジーク・ジュピター)!!』

 

 クロスボーンなガンダムが好きなのね……

 

 そろそろ真面目に考えましょう。

 こういう場合って、何か関連のある場所に行って引っかき回すのがお約束よね、

 

『では黒崎家に行きましょうぞ!! 遊子(ゆず)殿と夏梨(かりん)殿に、合法的に触れ合うチャンスでござるよ!! あと一心殿が飾っているポスターも見るでござる!! 奥方の真咲(まさき)殿の鑑賞会を! 出来れば一枚くらい持って帰るでござる!!』

 

 黒崎家に……?

 私が行くの??

 もう既に海燕さんが行ってるどころか協力体制まで取り付けてるのに???

 今更私が行くの????

 

『駄目でござるか?』

 

 もう絡む余地が残っていないし……

 そもそも私が行ってもロクな結果にならないと思うのよねぇ――

 

 

 

 

 

「こんにちは、一心さん」

「お、おわあぁっ!? 湯川副隊長……? あ、そういや隊長になったんでしたっけ……? あの、今日はなんでまた……?」

「ちょっと現世に来たので、御挨拶に。お邪魔でしたか?」

「い、いえ……その……邪魔というか……いやあの、今仕事中ですし……」

 

 一心さんが困ったような顔をしています。

 

「まあ、海燕さんが必要な事は全部言ったと思うので。ただ顔を見に来ただけですから……そういえば、娘さんもいるのよね? その子にも御挨拶くらいはしておこうかしら……」

「ちょ、ちょっと待ったーーっ!!」

「駄目ですか?」

「いやあの……」

「私、泣きますよ? お子さんたちの前で、思いっきり泣きますよ? 『一心さんがお腹の子を認知してくれないの』って言いながら泣きますよ?」

「ちょっとおおおおおっっ!! 止めて、本当に止めて!! ウチの娘タダでさえ思春期入って来てるんだから!! 多感なお年頃なんだから!!」

「きゃー、おかされるー」

 

「「「「……あ」」」」

 

 お子さん二人がご帰宅したようです。

 

「……最低」

「お父さん! 酷いよ、お母さんが可哀想だよ!!」

「じゃ、そう言うことで」

「ちょっとおおおおっ!! 誤解を! せめて誤解を解いてからに!!」

 

 

 

 

 

 ――とまあ、こんな感じになっちゃうんじゃないかと思うの。

 

『ビックリしたでござるよ!! 妄想シーン!? 今の妄想シーンだったでござるか!? てっきり訪問して家庭崩壊してしまったのかと……!!』

 

 一応生物学的には女の私が一心さんに会いに行くとなると、こんな風に誤解を招くんじゃないかと思って。

 お子さんの教育にも悪影響を与えそうだし。

 

『むむむ……仕方ないでござるな……』

 

 だからここは、極めてオーソドックスな場所に行きましょう。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「こんにちは」

「おや、こりゃどうも湯川サン。おひさしぶりっスね! 百年ぶりですか?」

握菱(つかびし)大鬼道長も、お久しぶりです」

「これはどうも。しかし、その呼び方はくすぐったいですな。ご存じの通り、今はこの様な立場ですのでお気遣いなく」

「でしたら、握菱さんと呼ばせて貰いますね」

 

 ということで、浦原商店へとやって来ました。

 我ながら実にオーソドックスな場所ですね。

 

 お店の前では小さい子が二人遊んでいました。

 私が顔を見せた途端に浦原の後ろに隠れちゃいましたけれどね。

 えっとこの二人って……名前は……

 

「ほら、(ウルル)もジン太も。別にこの人は悪人じゃありませんよ」

「オウ……」

「こ、こんにちは……」

 

 そうそう、そんな名前だったわね。

 二人とも浦原に促されて顔だけ出すと、一応挨拶してくれました。

 

「あら? 嫌われちゃったかしら」

「いやぁどうスかねぇ? ウルルは普段から割とこんな感じですけど、ジン太はただビビってるだけだと思いますよ」

「だ、誰がビビって――」

「まあ、それは置いておくとして。なにか御用ですか? アタシの今の立場については、湯川サンもご存じだと思うんですけど……」

「――オイコラ!」

「わ、割り込んじゃダメ……」

 

 なにやら微笑ましい漫才が繰り広げられそうですが、それは置いておくとして。

 

 現在の浦原の立場は、誤解も解けてかつての罪は消えた状態です。

 なので本来なら大手を振って帰れるはずなのに、現世に残って商売を続けているといる有能だけど変わった男――ということになります。

 漫画的には「一護や本筋と絡み易くするために現世に残っている」ってことなんでしょうけれど。

 

 今はある程度暇ですが、これがもう少しすると、尸魂界(ソウルソサエティ)側から正式に「藍染との戦いに備えた準備をしてくれ」って依頼が出るはずです。

 繰り返しますが、今はまだ依頼が出ていません。ある程度は暇な状態です。

 なので。

 

「ちょっとまた、以前のように作って貰いたい物があるので依頼に来ました」

 

 個人的に欲しい物を依頼することにします。

 大昔も、夜一さんに紹介してもらったときに電化製品を作って貰いましたし。

 

「アハハ、懐かしい話っスね」

「あの時の冷蔵庫も洗濯機も、とっても助かりました」

「となると今日は何を? 電子レンジでも作りましょうか?」

「そうではなくて――」

 

 わかっててボケてるわよね?

 

「個人でも虚圏(ウェコムンド)に移動する手段と、虚圏(ウェコムンド)と通信出来る手段よ」

「……へえ」

 

 聞いた途端、頭の帽子を目深に被り直しました。

 ですがその下の視線は、一瞬にして鋭くなりました。

 

「浦原さんのことだから、どうせそのくらいは予想していましたよね?」

「いやいや、買い被りすぎですって」

 

 軽い調子で受け流そうとしてますが、その目のままじゃ説得力は皆無よ?

 「考えてました」って公言してるのと変わらないもの。

 

「こちらから攻め込むのか、それとも迎え撃つことになるのか。それは分からないけれど、そうなったときの手立てが欲しいの。通信が途絶して連携も取れず、逃げる手立ても無いなんて、最悪でしょう?」

「……それは、尸魂界(ソウルソサエティ)からの正式な依頼ってことでしょうか?」

 

 私は首を横に振りました。

 

「まだそこまでじゃないけれど、その内に正式な依頼が行くと思うわ。行かなかったとしても用意しておいて損はないだろうし、なにより私が個人的に欲しいの」

「……え? 個人でも欲しいんスか? 上からの命令ってならともかく、湯川サンが虚圏(ウェコムンド)に行く用事なんてないでしょう?」

「ちょっとね……」

 

 理由を聞かれたので、思い詰めたような表情で言葉を濁しました。

 

 だって、絶対に必要になるのがわかり切ってるんだもん!!

 なんとか虚圏(ウェコムンド)に行けるようにして! 絶対にハリベルさんとお友達になるの!! そしてマッサージするの!!

 

 そのために道具が必要なの!

 自由に行き来できるようにして、定期的にマッサージするの!!

 あとハリベルさんと連絡を取り合うためにも、電話が必要なのよ!

 

 そのためなら、単身で虚圏(ウェコムンド)へ乗り込んで無双する覚悟よ!! 十刃(エスパーダ)も半分くらいまでなら、勝つ自信しかないわ!!

 

 でも、そんな事は当然言えないので――

 

「随分昔のことなんだけど、虚圏(ウェコムンド)まで(ホロウ)を追いかけていった死神がいたんですよ……もし、またそんなことが起きたらって思ったら……」

「おお、懐かしい話ですな。聞いたことがあります。確か……アシド殿でしたかな?」

 

 その昔に虚圏(ウェコムンド)まで突撃していった死神のことをダシに使ってそれっぽい理由を口にします。

 十一番隊の狩能さんって死神のことなんだけど……

 まさか握菱さんが知ってたなんて驚いたわ。二百五十年くらい前の話なのに。

 

 ……虚圏(ウェコムンド)で二百五十年……生きてる、かしら……?

 そういえば刳屋敷隊長は生きてるって信じて疑ってなかったわね。それどころか「最上級大虚(ヴァストローデ)の王様だって倒してそう」って笑いながら言ってたけど……あの人の腕前ならやりそうだわ……

 

「なーるほど……わかりました、ご協力しましょう! アタシもまあ、そういうのは考えていなかったわけじゃありませんからね。ただ、ちょっとコレが必要になりますが」

 

 どこからか扇子を取り出しつつ、手でOKマークを横に倒した形――いわゆる円マークのサインを出してきました。

 

「お高いですよ? 払えます?」

「そうね……」

 

 普通にお金でも良いんだけど、ここはもうサービスしちゃいましょう。

 

「じゃあ、御代はこれでいいかしら?」

「「……ッ!!」」

「なんだ……この女……!!」

「ヒッ……!!」

 

 浦原と握菱さんは目を大きく見開きながら息を飲みました。

 ウルルちゃんら二人は、こちらを警戒するように見つめてきます。

 

 まあ、この反応も当然ですよね。

 だって(ホロウ)化したんですから。

 

「な、なんで湯川サン(ホロウ)化してるんスか!? ありえないっスよ!! え、だってアタシ、湯川サンに崩玉は使ってない……見せたこともない……えええええぇぇっっ!?!? 一体どういうこと……!?!?」

「て、店長! 落ち着いて下さい!!」

 

 あらら、驚かせちゃったわね。

 でも浦原のこんな反応を見ることができたのなら、実演した甲斐もあるわね。

 

「ちょちょちょちょちょちょーっと! 最初から、何があったのか最初っから話してください!! それとサンプル! 解析もさせて下さい!! てか、なんで教えてくれなかったんですか!? それが分かれば、あの時に平子サンたちを救えたかも知れないのに!!」

「お、落ち着いて! 話す、話すから! えっと、あれは……――」

 

 ということで、浦原に"何があったのか"を教えました。

 サンプルも渡しました。

 

 ……百年前の時に教えられなかったのは、ごめんなさい。

 だって下手したら、ハリベルさんが誕生しなくなっちゃうかもしれないんだから!!

 あの褐色下乳は絶対に外せないでしょう!?

 

「――ということなの。あ、涅隊長もコレは知ってるわよ。サンプルはあっちにも渡したわ」

 

 あれから少しだけ場所を移動して、現在は浦原商店の中にいます。

 結構長い話だったし、解析もしてみたいということだったので。

 話を聞き終えると同時に解析作業も一段落したようで、浦原は手を止めると「はぁーっ」と大きく溜息を吐き出しました。

 

「湯川サン……あの、失礼ですがなんで生きてるんですか?」

「なっ……! 失礼ね!!」

「いやいや、そういう意味じゃなくて……!! 本来ならあり得ないんスよ! 間違いなく身体がぶっ飛んで崩壊してるはずなんです!!」

「え……それ本当……?」

「マジです。てか、大マジっスね。アタシ、嘘言わないっスから」

 

 その後、浦原から解析結果と「ぶっ飛ぶはず」の詳しい理由を聞きました。

 

 ……なにそれ? 早い話が、本来なら肉体も魂魄も崩壊するところを無理矢理固めて生きてるってこと?

 卯ノ花隊長に鍛えられてなかったら……それ以前に射干玉がいなかったら、とっくに死んでたってこと……?

 

 ……射干玉ありがとう!! 愛してる!!

 

『拙者も!! お礼はハリベル殿の下乳で構いませんぞ!!』

 

 勿論! 確約してやるわよ!!

 

「コレ多分、涅サンも同じ結論に達してると思いますよ……貴重なサンプルであることには間違いないんスけど、他人への利用が難しいっていうか……」

「そんなに?」

「湯川サンにお酒を一気呑みさせるみたいな感じっスかね?」

「あ、それは無理ね」

 

 すごく分かり易く説明してもらいました。

 

「というわけで、有効活用できるかは難しいんですが……ま、良い物と良い話は聞かせて貰いました! 御代は勉強させてもらいますよ!!」

 

 勉強させてもらうってことは、タダにはならないのね。

 まあ、仕方ないか……

 

 

 

 ……あ、そういえば。

 

「話を変えて悪いんだけど、夜一さんっていないのかしら?」

「え、夜一サンですか?」

 

 ここにならいると思ってたんだけど、顔すら見せなかったので。

 どうしたものかと尋ねたところ、浦原はちらりと時計に視線を向けました。

 

「あー……今頃ならまだ、特訓中のハズですね」

「特訓中? 夜一さんが??」

 

 なんでまた急にそんなことを……?

 原因は……あ! まさか!! あるわね、おっきな心当たりが!!

 

「ええ、まあ。尸魂界(ソウルソサエティ)から戻ってきたかと思ったら、急に猛特訓をし始めまして……アタシも時々付き合わされて大変なんですよ」

「ちなみに私も付き合わされたことがありますぞ!!」

 

 握菱さんまで巻き込んでる!?

 しかもその時期から特訓開始したってことは……間違いなさそう。

 

「けど、先日の破面(アランカル)襲撃の時には夜一さんが特訓していたおかげで、結構なんとかなったんスよ。手強かったのは事実ですが、鍛え直したおかげで大事には至らなかった、みたいな? けど、特訓の理由を聞いても教えてくれなくって……湯川サン、何かご存じありませんかね?」

 

 理由を言わない……どうやら間違いなさそう。

 

「それはね……負けたからよ」

「……え? なんスかそれ? どういうことです?」

尸魂界(ソウルソサエティ)に来たとき、夜一さん砕蜂に負けたの。それどころか捕まって無理矢理副隊長にさせられてたから。それ以外に考えられないわね」

「………………」

 

 さらりと教えてあげたところ、浦原の動きが止まりました。

 

「……なんスかそれ!? しかも砕蜂って、あの子っスよね!? あの小さかった子が成長して、夜一さんを倒して、副隊長にされて! それが悔しくって特訓してるってことスか!! あははははは!!」

 

 数秒後、再起動したかと思えば腹を抱えて笑い始めました。

 さっきの驚いてた姿もだけど、こんな風に笑い転げている姿も新鮮ね。

 

「ひー……ひー……いやぁ、夜一サンも人の子っスねぇ。まさか、今になってこんな可愛い一面を見られるなんて……くくく……」

「一応、本人は隠したがっているみたいだから……」

「もーちろんっスよ!! アタシが言うわけないじゃないスか!! あ、良いネタ教えて貰ったんで、先ほどの依頼の件はロハにさせていただきますね。毎度どうも!!」

 

 うわぁ……すっごい良い笑顔だわ……

 

 ごめんなさい夜一さん……

 




●アシド殿
正式には「狩能 雅忘人(かのう あしど)」という名の死神。
十一番隊所属。
アニオリ「メノスの森編」に登場。
その昔、仲間たちと虚を追って虚圏まで行き、ずっと戦い続けている。
ルキアや一護と遭遇するが、最終的に残ることになった。

余談ながら。
刳屋敷が彼を話題にしたシーンで「数年前に行った」と書かれている。
なので250年以上もの間、敵地で虚と戦い続けていることになる。

腕前はアニメ登場時、アジューカスを簡単に倒すくらいは強い。
刳屋敷の口ぶりだと、当時からヴァストローデを倒してても不思議じゃない。

●その日の夜(妄想)
浦原「夜一さん、アタシも少し特訓に参加してもいいスかね?」
夜一「何じゃ急に? 儂は構わんが……」
浦原「いやぁ、他意はないんですけどね。万が一にも年下の女の子に負けたりしたら恥ずかしいやら悔しいやらで夜も寝られないっていうか――」
夜一「ッ! 誰から聞いた!! 言え!! 正直に吐かんかぁっ!!」
浦原「なんのコトっスか? 嫌だなぁ、言ったじゃないスか。他意は無いって」
夜一「~~~~~~~~~~っっっっ!!!!」(顔真っ赤)

●次は?
K(仮面の軍勢)
B(ビックリ)
S(させる)
って感じで。

やっちゃいます、やっちゃいましょうよ。


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第192話 切り札の一枚くらい切っておけ

「まだまだ暑いわねぇ……」

 

 九月に入ったとはいえ、高温多湿がなんとも気持ち悪くて。

 行儀が悪いと分かっていても思わず制服の襟元をこう、パタパタと扇いでしまいます。

 

『谷間が! 谷間が見えてるでござるよ!! こんなの道行く男の視線を独り占めでござる!! 拙者はいつでも凝視しておりますが!!』

 

 そう……

 いいかげん暑くって、反応する気も起こらないわ……

 

 前回浦原商店で発注をしましたが、注文を終えてもまだ時間は持て余しています。

 そろそろおやつの時間、といったところでしょうか?

 

 暑いし……このまま帰ってクーラーの効いた部屋でのんびりしたいんだけど……

 

「やっぱり……顔は出しておくべきよね……」

 

 手紙、出しちゃったんだけどなぁ……こんな機会が得られるなんて、思ってもいなかったから……

 でもこういうタイミングなら、顔は出しておくべきよね。

 

『イクでござるか!? イっちゃうでござるか!?』

 

 行きましょう! リサたちの所に行って、ちょっと激励してくるわ!!

 

『おおーっ!! 久方ぶりの登場でござるよ!!』

 

 でもそのまえに、ちょっとコンビニにでも寄りましょう。

 何か冷たい物でも飲まなきゃやってられないわ! あ、あと手土産も必要よね! コンビニのお菓子も美味しいんだけれど、やっぱりちゃんとした洋菓子店じゃないと先方に失礼だから――

 

藍俚(あいり)殿のお気遣いが発動でござる!!』

 

 って、あら? アレって……!?

 

 

 

 

 

 

「あったあった、ここね」

 

 コンビニで飲み物を買って一息ついてから、色々と手土産も買いました。

 その後、空座町全体の霊圧を探ることしばし。

 

 ようやく見つけました。

 本当にもう……こんな厄介な結界張ってくれちゃって!! 意識や認識から逸らすってどういう結界よ!!

 お土産の保冷剤が溶けるところだったわよ!! この時期は食べ物が痛みやすいんだから!!

 ケチらずに「二時間分でお願いします」って注文しておくべきだったわね……

 

『保冷剤マシマシでお願いするでござる!! ドライアイスだったら後で水に漬けて遊ぶでござる! ジェル状だったら冷凍庫で入れておいて再利用でござるよ!! 熱が出たらおでこに当てるでござる!!』

 

 でも確かこの場所って、なんだかんだで織姫さんが探し当てていたし。

 頑張ればなんとか見つかるものね。

 さて次はこの結界を――壊しちゃマズいわよね? ということは、すり抜ける?

 ……できるかしら……?

 

 ……あ、案外いけそう!

 術式に(ホロウ)の要素が入っているから、だったらここから逆算して……ここで死神の鬼道をアレンジしてるわね。ということは……あ、これ違うわね。こっちが起点なの!? うわぁ、最初っから計算し直しじゃない……!!

 

 ふう、ようやく通れたわ。

 本当にもう……こんな厄介な結界張ってくれちゃって!! 保冷剤がもう限界よ!!

 

『二度目でござるよ!! 藍俚(あいり)殿、テンドンは三回までOKでござる!!』

 

 もうやらないから! 三回目なんて絶対に御免よ!!

 まだあったら次からは全力で破壊してやるんだから!!

 

 苦労して結界を通り抜けて、倉庫みたいな建物の中へ。

 中に入ったところ、何やら地下から霊圧が漂ってきていたので、さらに階段を下ります。

 ……なんで倉庫の中にこんな階段あるの!?

 

 その先には――

 

「師匠おおおぉぉっっ!! お久しぶりです!!」

「あら、リサ。久しぶりね、元気にしてた?」

 

 霊圧を感じ取ったようで、リサが飛びついてきました。

 両手が塞がっているものの、なんとか彼女を受け止めます。

 

「そのセーラー服、似合ってるわね。ドキドキしちゃう」

「師匠もそのブレザー……すごくお似合いです!」

「お、オイあれって……」

「湯川だよな……四番隊副隊長の……」

「そりゃリサが飛び出すわけだね。仲良くしてたのを覚えているよ」

「あー! あいりんだー!!」

 

 そんな私とリサのやり取りを、四名ほどが遠巻きに見ていました。

 どれも懐かしい顔ですね。

 

 ……というか、久南副隊長も私のことを"あいりん"って呼んでたのね。

 

『もうすっかり、やちる殿しか浮かばないでござるな!!』

 

「愛川隊長、六車隊長、鳳橋隊長、久南副隊長も。皆さん、お久しぶりです」

「あの、ワタシは……?」

「有昭田副鬼道長も、お元気そうで。これ差し入れです。皆さんでどうぞ」

「ア、これはご丁寧にどうも」

 

 危ない危ない、忘れる所だったわ。

 誤魔化しながら、彼に手土産を渡します。

 

「やったー! あいりんのお菓子だー!! ねえねえ、何作ってきてくれたの!?」

「あ、ごめんなさい。今回はお店で買ってきたヤツなの」

「ええーっ! あ、でもお店のも美味しいよね! ハッちん、お茶いれてお茶!!」

「はいデス」

「あ、このお店のケーキなの!? これ美味しいよねーっ!」

「待て待て待て待てェッ!! おかしいだろ!! なんで普通にケーキ食おうとしてんだよ!!」

 

 六車隊長の渾身のツッコミが入りました。

 

「ぶー、拳西はそういうところがダメなんだよ!! あ、何か雑誌も入ってるよ? えっと……ジャンプ?」

「何ッ!? けど今週号ならもう読んだぞ?」

「ちょっと待ったラブ! 今週号、あんな表紙だったっけ?」

「いや、違うぞ。表紙が違う……先週号でもない……まさか、来週号だと……!? 馬鹿な、今日は土曜日だぞ!?」

「たまたま立ち寄った個人商店で売ってたんで、つい買っちゃいました。よかったら差し上げますよ」

「本当か!? 湯川、ゆっくりしていけ」

 

 愛川隊長が優しく微笑んでくれました

 

 ……よかったわ。誰かがジャンプを読んでたのだけは覚えてたのよね。

 あの時、道ばたでジャンプを後生大事に抱えている子供を見かけて本当にラッキーだったわ。

 

「なんの騒ぎや!? ……って、あああっ!!」

「お、なんだ湯川さんか」

「なんやなんや……って、藍俚(あいり)ちゃんかい!!」

 

 訓練をしていたであろう一護たちも、騒ぎに気付いてやって来ました。

 

「死神が何しにきたんや!」

藍俚(あいり)ちゃん、ホンマもう勘弁してや……俺、一護に話を聞いたときからイッパイイッパイやねんて……」

「黒崎君、修行はどう? 進んでる?」

「え? あ、まあなんとか。湯川さんの手紙のおかげってところかな?」

「みなさん、お茶が入りマシタ」

「わーいケーキ!!」

「甘いモンだからな、コーヒーはねえのか?」

「――って、お前ら全員やかましいわボケェェッ!!!!」

 

 猿柿副隊長、渾身のツッコミ。

 流石に静かになりました。

 

『収集がつかないでござるよコレ……』

 

「ハッチ、お前の結界が張ってあったちゃうんか!? なんで入ってきとんねん!! そんでお前らは何で受け入れとんねん!! コイツ死神やぞ!! 最後に湯川ぁ! お前、なんでここに来とんねん!! よーノコノコと顔出せたなぁ!! ここで会ったが百年目や!! 覚悟しい!!」

「いや、だって師匠やし」

「結界をすり抜けられたのは驚きマシタガ、知っている霊圧でしたノデ」

「ケーキ持ってきてくれたし」

「ジャンプ買ってきてくれたし」

「せっかく現世に来て時間もあったので、激励に来ました」

「はあ!? 激励!? 何ぬかしとんねん!!」

「……ねえ真子、ヒヨリはなんであんなに怒ってるんだい?」

「あー、ローズは知らんかったか? 藍俚(あいり)ちゃん、桐生サンに気に入られ取ったからな。それが好かんらしいで。もう随分昔のコトやのにホンマいつまでもガキみたいに……」

 

『胸が小さいと、心も狭いでござるよ』

 

 射干玉、それは言っちゃダメ――

 

「誰が胸も心も小さいやと!?」

 

 ――!?

 

『――!?』

 

「ひよ里、そんなん誰も言うてへんぞ?」

「あれ? 誰や知らんが確かに言うとった……まあ、そんなことはどうでもええねん!」

 

 ぬ、射干玉の声が聞こえたのかしら……?

 

「激励!? そんなんいらんわ!」

「まあまあ、猿柿副隊長も落ち着いて下さい」

「誰が副隊長や! うちらはもう死神とちゃう!! なのになんでまだ副隊長とか付けとんねん!!」

「そーそー! ひよりんはひよりんだし、拳西は拳西って呼んで良いんだよ!」

「オイ(ましろ)、なんで今俺の名前を出した? てかお前はもっと敬え!」

「なら、そう呼ばせてもらうわね。ひよ里さん、同じ藍染を敵とする者同士、協力は出来ると思うんだけど? (ホロウ)化だって、自ら望んで手に入れたわけじゃないでしょう? 今の尸魂界(ソウルソサエティ)なら、受け入れる土壌は十分にあるわよ?」

「はっ! (ホロウ)化のこと何も知らんやつが……いや、ちょい待ち……オマエ、たしか……」

 

 追い払おうとしたところで、気付いたみたいですね。

 ひよ里さんの目つきが真剣なものになりました。

 

「正解です。私も(ホロウ)化できますよ。なので、正解したひよ里さんにはコレを差し上げましょう」

「なんやこれ?」

「私の飲みかけのカフェオレ」

「いるかボケぇっ!! ゴミの処理押しつけただけかい!!」

 

 ペットボトルを手渡すと、思いっきり地面に叩き付けられました。

 あ、衝撃で潰れて蓋が開いて中身が……

 

「まだ半分くらい入ってたのに。食べ物を粗末にすると、罰があたるわよ?」

「やれるもんならやってみい! シバくぞコラ!!」

「……言ったわね? もう取り消しは不可能よ」

「ッ!!」

 

 少し殺気を放てば、ひよ里さんが大慌てで距離を取りました。

 背負った斬魄刀の柄に手を掛けて戦闘準備が完了しているのは流石ですね。

 私はその動きを義魂丸を口にしつつ見ていました。

 死神の姿に戻り、義骸に待避するように命じてから、続きを口にします。

 

「私、藍染惣右介とは少し戦った事があるの。結果はまあ、上手く利用されたってところなんだけどね」

「それが……どないしたんや……?」

「……つまり、私に勝てないようじゃ藍染を倒すなんて夢のまた夢。激励に来たっていうのは、少し稽古を付けに来たってことでもあるの。有昭田さん、結界をお願いできますか? うーんと分厚いのを」

「はいデス」

 

 私とひよ里さんを囲むようにして結界が張られました。

 ……頼んだ私が言うのもなんだけど、素直に従ってくれるのね。

 

「それじゃあ、まずは論より証拠……(ホロウ)化」

 

 顔の前に手を翳して(ホロウ)化します。

 仮面を被った途端、結界の外から歓声が上がりました。

 

「なんや、ホンマにできるんかい……」

「しかも見たかいあの速度? ボクらよりも洗練されてるよ」

「つまりは俺たちよりも力を使いこなせているってことか……」

「ねーあいりーん! それ、どうやって覚えたの?」

 

 (ましろ)さんってば、なんて直球な質問かしら。

 まあでも、気になるわよね。

 周囲の男たちが「よく聞いた!」みたいな表情をしてるもの。

 

「昔ちょっと、親友を助けたときに(ホロウ)に喰われてね。ただ、おおっぴらに言えるものじゃなかったら、ずっと黙っていたの。ごめんね」

「師匠……けど、そういう理由ならしょうがないやん……」

「ありがと、リサ」

 

 真の理由はハリベルさんのおっぱい揉むため、なんて言えないからね。

 ごめんねリサ。あとで感想教えてあげるから!

 

「あ、そうそう黒崎君?」

「……なんだ?」

「確か破面(アランカル)と戦ったのよね? だったら知ってると思うけれど……もう一歩、先があるの。今日は君は見学だけになると思うけれど、よーく覚えておいて」

「な、何をする気だよ……?」

 

 結界越しとはいえ、ただならぬ雰囲気を感じ取ったんでしょうね。

 黒崎君が息を呑みました。

 良い勘してるわ。

 

「……刀剣解放(レスレクシオン)墨染奈落(ネグロ・パンターノ)

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「な……んや、その姿……は……」

 

 喉の奥から、ひよ里は声を絞り出した。

 それは幼い子供のように頼りなく、震えた声だった。

 

 (ホロウ)化については、自分たちこそが熟知しているとい自負していただけに、その根底を覆されたときの衝撃は尋常ではなかったようだ。

 未知の物に対する恐怖、というものだ。

 

 湯川藍俚(あいり)(ホロウ)化できるということは、仲間を通して知っていた。

 実際に見たのは今この瞬間が初めてだったが、台形を基調とした不細工な仮面を見たときには驚きつつも同時に「この程度か」と思ったほどだ。

 

 だが、これは何だ? こんなものは知らない。こんな姿があるのか? こんな姿になれるものなのか!? どうやって知った!? どうやって()った!?

 

 箱を被ったような不細工な面は、いつの間にか獣を思わせる意匠へと変わっていた。

 身体にも面と同じく体毛のような物が生えており、狐や狼などに代表される獰猛な獣が二足歩行をすれば、きっとこのような感じだろう。

 

 一護は、今の彼女の姿を狛村左陣の親戚のようなものかと一瞬だけ考え、そしてすぐに否定した。

 似ているのは形だけだ。

 彼の隊長は、ここまで禍々しくはない。

 決して、ここまで圧倒的ではない。

 

 ではこれは何だ? これは誰だ?

 一護の身体の奥底が、ぞくりと反応した。

 それは恐怖からか、それともまた別の感情からか。

 

「なにって……(ホロウ)化の先、とでも言うのかしらね? 破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)で本来の姿を取り戻すでしょう? これも似たようなものよ」

「に、似たようなもの……だと……」

「全然ちゃうやん……」

「なるほど……彼女の(ホロウ)化が洗練されていると感じた理由が、今ならよく分かるよ……」

(ホロウ)化どころの騒ぎじゃねえぞ、これ……!」

「う、うあぁ……」

 

 結界の外にいても、なおその霊圧に圧倒されているのだろう。

 ケーキに齧りついていた(ましろ)ですら動きを止め、変貌した藍俚(あいり)の姿から目を離せずにいた。

 

「な、なめんなや! うちらかて――」

「遅い」

「――ッ!!」

 

 斬魄刀を抜いて斬り掛かろうとするひよ里よりも先に、藍俚(あいり)は動いた。

 抜刀しかけた手を掴んで止め、同時に片足で蹴り飛ばす。

 防御はおろか悲鳴を上げることすら忘れ、ひよ里の身体は吹き飛んでいった。

 

「が……あが……っ……!!」

 

 飛ばされた先でようやく苦痛の声が上がる。

 それを藍俚(あいり)は、ひよ里を見下ろしながら耳にしていた。

 なんということはない。吹き飛ばしながら、彼女を追って移動しただけだ。

 

「お、恐ろしいデス……」

 

 結界を維持しながら、有昭田が呟く。

 藍俚(あいり)が少し動いただけで、結界全体がビリビリと震えていた。術者である彼には、それが手に取るように分かった。

 張った結界は、(ホロウ)化の内在闘争用にも使う強固な代物だ。

 容易には突破不可能であるはずのそれが、動いただけで震える。ならば本気で暴れれば、果たして結界は何時まで保つのか。

 今更ながら藍俚(あいり)が「うんと分厚いのを」と頼んだ理由――その真意を悟り、彼は結界の維持に全力を尽くすことを決めた。

 

(ホロウ)化はどうしたの? 使わないの?」

「う、あ……」

「回復はいる? その傷を完治させて――」

 

 途中で言葉を切り、藍俚(あいり)は動く。

 その場所を少し遅れて、巨大な槍が通り過ぎて行った。

 

「良い攻撃ね、リサ」

「おおきに、師匠」

 

 少しだけ視線を動かせば、(ホロウ)化したリサの姿があった。

 攻撃を避けられたのを気にすることもなく、再び構え直すと油断なく藍俚(あいり)を見つめる。

 

「リサ!? オマエ、なにしとんねん!!」

「何って、稽古やん! 師匠も言うとったやろ!!」

 

 真子の言葉を怒鳴り返しながら、リサは藍俚(あいり)へ攻撃を仕掛ける。

 

「こない格上と手合わせできる機会、そうそうないわ! そんならこの場は、精一杯利用したる! 師匠の期待におもいっきり応えたるわ!!」

「――ッ!!」

「嬉しいわ。リサは本当に良い子……ねッ!」

 

 感謝の意を口にしつつ、藍俚(あいり)は徒手の一撃を放つ。

 

「えええいっ!!」

 

 だがその一撃を、躍り込んできた(ましろ)が蹴り飛ばして防ぐ。

 彼女も既に(ホロウ)化しており、やる気は満点だ。

 

「もう一発!」

「それは甘い」

 

 続く攻撃を放とうとするが、その一撃まで藍俚(あいり)は許さなかった。

 

「うえっ、尻尾ぉっ!? そんなの聞いてないよ!!」

「言ってないからね」

 

 尾の一撃ではたき落とされつつも、(ましろ)はどうにか着地する。

 

 伊達や酔狂で獣のような姿へと変貌したわけではない。

 姿が変わるのは、それだけの理由があるのだ。

 分厚い毛皮は攻撃を防ぐ役目があり、その気になれば――未だ用いてはいないが――手足の爪による攻撃も出来る。

 それでいて人型が基本のため、刀を操ることも鬼道を放つこともできる。

 知恵を持つ猛獣――今の藍俚(あいり)は見た目にそぐわぬ怪物といえる。

 

「ならその尻尾、切り落としてでも! 断地風(たちかぜ)!」

天狗丸(てんぐまる)!」

「く……っ……! ふふ、いいですよ。その調子」

 

 拳西とラブの連携攻撃を、藍俚(あいり)は身を捻って躱す。

 (ホロウ)化状態の二人の連携攻撃に、思わぬ苦戦を強いられることとなった。

 思わず腰に差したままの斬魄刀を抜こうとしたが、その腕に黄金色の鞭が巻き付いた。

 

「させないよ、金沙羅(きんしゃら)

「力比べですか? ……ふんっ!」

「うわっ! え、ちょっと……!?」

 

 ならばと藍俚(あいり)が腕を引けば、まるで一本釣りのようにローズの身体が飛び上がった。

 そこへ追撃を仕掛けようとしたところで違和感を感じ、彼女は動きを止める。

 

「はーい、そこまでやで藍俚(あいり)ちゃん」

 

 真子の声が聞こえてきた。

 反射的にその方向へと視線を向けたが、誰もいない。驚き反対の方を向けば、そこでようやく奇妙な刀を手にする真子の姿を目視できた。

 

「これは……? 感覚が……?」

藍俚(あいり)ちゃんには教えたことなかったやろ? これが俺の斬魄刀、逆撫(さかなで)や」

 

 柄尻に大きな輪が付いた刀を真子は見せつけるように回す。

 途端、藍俚(あいり)の視界――その天地が逆になった。

 

「どや? 逆様の世界も中々オモロイやろ?」

「視角情報を逆に……いえ、さっきの感じなら音も!?」

「流石に鋭いなぁ、そういうこっちゃ」

 

 真子はニヤリと笑いながら頷く。

 

「上下左右前後まで逆、見えてる方向も逆。音の聞こえる方向も逆やし、しかもこの能力は自由に切り替え可能や。慣れてきた思たところで、急に認識が正常になったら? どや、どんだけ強いヤツかて、まともに戦えるわけないわな」

「なるほど……それが藍染への対策ってわけね……」

 

 感心したように呟きながら、藍俚(あいり)は両手を上げる。

 

「そういうこっちゃ。頭ン中で何が逆かをイチイチ考えて戦い続けるなんて、どんな達人かて不可能や」

「でも、私が戦った藍染惣右介ならこのくらいは対応してくるわよ? それにこの能力だって無敵じゃない。例えば……こんなのはどうかしら?」

 

 両手に霊圧を集束させ終えると、なぎ払うように動かした。

 

虚閃(セロ)

「うおおおおぉぉっ!?」

「ぎゃあああああ!!」

「し、死ぬ……!!」

「結界が……結界が、壊れそ……うデス……!!」

 

 やったことは、周囲を無作為に攻撃しただけだ。

 光線のように延びる虚閃(セロ)の奔流が有象無象の区別無く周囲を破壊していく。結界が無ければ、この一帯が吹き飛んでいただろう。

 

「な……なんちゅーことすんねん!!」

「身体の動かし方までは変わらないし、細かい場所は分からなくても近くにはいる。だったら、周囲全てを面攻撃してしまえば絶対に当たる」

「そら、そうやけど……」

「だったら、対策の一つも考えておかないと。総隊長の斬魄刀みたいに周囲一帯を灼熱地獄にされなかっただけでも有り難いと思ってね」

 

 ギリリと思わず奥歯を噛みしめる真子であったが、だが内心どこかで藍俚(あいり)の言葉に納得していた。

 無差別攻撃のことはともかくとして、藍染が対応してくるかもしれないという言葉に異様な説得力を感じていたのだ。

 百年前のあの日、自らの前に現れた愛染惣右介の姿を――あの暗い瞳を思い出し、その言葉を否定できなかった。

 

「ありえへんことが、ありえへん……ちゅうコトか……」

 

 何か対策の一つや二つでも講じておくべきかと、真子は密かに決意する。

 

「あらら、ラブさんにローズさん。(ホロウ)化が解けてますよ? まだまだ稽古の時間はたっぷりありますから」

「ちょ、止めろ! 来るな!!」

「さっきの虚閃(セロ)を避けられませんでしたか? 怪我もしているみたいですから……大丈夫、ちゃんと治します。治してから、また修行をしましょうね。でも――」

「ええ加減にせい!」

 

 ようやく復活したのか、完全に不意打ちの形でひよ里が斬り掛かるが、藍俚(あいり)はその攻撃をほとんど見ることなく掴み取って止めた。

 

「まずはひよ里さんの治療からですね。大丈夫、この姿でも回道は使えますから」

「ちょ、やめろ! 回復すんなや!」

「どうせなら、マッサージもしておきますか? もう少しは色っぽくなりますよ?」

「ぎゃあああああああぁぁっ!! なに人の胸を揉んどんねん!!」

 

 アッという間に回復させたかと思えば、さらにはジャージの裾から手を突っ込んで胸まで揉む藍俚(あいり)

 やりたい放題のその光景は、どこか未来の姿を予感させるものでもあった。

 藍染惣右介相手にはどれだけ準備を重ねても、足らないということはあってもやり過ぎという言葉には遠く及ばないのではないか、と。

 

「おらあああぁっ!!」

 

 そんな予感が頭を過った途端、真子は動き出していた。 

 (ホロウ)化しつつ、藍俚(あいり)へと斬り掛かる。

 

「バカ真子! なんや、うちのこと助けたつもりか!?」

「ええやんけ! 藍俚(あいり)ちゃん、俺らを心配して来てくれたんやろ!? せやったらこっちもトコトン、ケツの毛まで毟り取るつもりで利用したるわ!!」

「ええ、そういうことです。全力で来て下さい! 怪我の心配は、するだけ無駄ですよ!!」

 

 藍俚(あいり)の仮面、その奥の瞳が爛々と輝いた。

 

「いくで! 鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)!」

「うちかてやったらぁっ! 馘大蛇(くびきりおろち)

 

 真子の熱が伝播したように、リサたちもまた藍俚(あいり)へと挑んでいく。

 

 

 

「くそっ……! 俺はまだ、あそこには至れてねぇってことかよ……」

 

 ただ一人、一護だけはその光景を見ていた。

 参加できぬ苛立ちを感じつつ、ほんの一瞬も見逃さずに己の糧としてやろうと目を見開きながら。

 

「いや……俺も、俺だって……! 少しくらいは!!」

 

 有昭田に結界を開けて貰い、一護もまた激戦区へと飛び込んでいった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ふう、我ながら良い仕事をしたわ。

 しかしまさか、一護まで乱入してくるとは思わなかったわね。ちゃんと「待っててね」って言ったはずなのに。

 高校生じゃ、我慢なんて出来ないのかしら……?

 

 ……そういえば高校生で思い出したけれど、織姫さんたちの修行について桃たちから相談を受けていたわね。

 どうせならこの場所、借りられないかしら?

 

 全員分の食事を桃たちが作ります――とか言えば、無碍にはしないだろうし……桃たちだって、私が事前に紹介しておけば変に喧嘩することも無いでしょう。

 

『四番隊の料理は美味しいと評判でござるからなぁ!! 実際、ここの皆様は食事などは当番制でござるよ! あとお弁当買ってきてるシーンとかもあったので、美味しいご飯ならほぼ間違いなく釣れるはずでござる!!』

 

 訓練相手には事欠かないだろうし……よし! 頼んでみましょう!

 

「でもそれは……みんなが立ち上がってからよね……」

 

 精魂全て尽き果てて、死屍累々と横たわる仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんの姿を見ながら、私は「やり過ぎ注意」という言葉を胸に刻んだのでした。

 

 ……あ、有昭田さんは結界の維持だけで倒れました。

 




●墨染奈落(ネグロ・パンターノ)
藍俚(あいり)の刀剣解放。
(それぞれ「ネグロ:黒」「パンターノ:沼」という意味。皆で一緒に、射干玉ちゃんの深淵に沈もうね)

解放時の姿は、狐や狼・ジャッカルなどを連想させる獣人系の姿になる。
狛村隊長とお揃いだよ、やったね。これでケモノプレイができるよ。

それぞれの姿はZガンダムのバウンド・ドックがイメージだったりします。
虚化の姿:箱を被ったような面(MA形態(モノアイ周りだけ)
解放の姿:獣人な感じで、ケモノっぽい毛皮を纏う(MS形態

●少年ジャンプが土曜日に売っている
昔はそういうのがあったみたいですね。
個人商店とかが、こっそり早く売ってしまう。

現代だとコンプラ的な問題でアウトですよねきっと。

●あいりん
呼び方が、(ましろ)とやちるで被ってることに今気付い……

違います、ネタだから。ふ、伏線だから。
藍染編片付いたら、お菓子で餌付けされた二人が張り合う予定だから。

●入れようとして入れられなかったネタ
(義魂丸を飲んで死神に戻って、義骸に命令する藍俚(あいり)のシーンより)

「危ないから離れていてね」
「了解でござるよ!!」
 ……え!? ぬ、射干玉……!?!?
『なんでござるか?』
 あれ、いるわね……? え、じゃあコレなに……?
 義魂ってこういう性格だったっけ……?


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第193話 斬魄刀異聞篇、始まるといいな

 現世での仕事を終えて、尸魂界(ソウルソサエティ)へと戻ってきました。

 大仕事だったけれど……でも、アレは実に有意義なお仕事だったわ……

 

『女子高生に合法的にセクハラし続ける仕事とか、無いでござるかねぇ……』

 

 そんなのあったら私が就いてるわよ!!

 

 一応、仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんも「時々で良ければ、一護のついでのついでくらいで良ければ、見てやらないこともない」というツンデレな協力を取り付けました。

 多分一番の決め手になったのは「食事の差し入れ」という鼻薬(わいろ)でしょうね。

 

 というわけで、四番隊へと戻ってきて溜まった仕事を片付けているワケですが。

 

 なんだかちょっとだけ、妙な噂を耳にしました。

 なんでも斬魄刀の調子が悪い子が多いとかで……それまで仲が良かったのに、突然非協力的になった。

 なんて話を最近、良く耳にします。

 

 射干玉は……平気よね?

 

『……ナ、ナニがでござるか? 拙者はナニがナニで知らナイでござるヨ!!』

 

 ……実はまた、現世でマッサージしてくれないかって頼まれてるんだけ――

 

『今すぐいくでござるよ!! 今度こそ、今度こそたつき殿を乙女にするでござる!! 勝ち気なスポーツ少女が顔を真っ赤にしながら可愛らしくお強請りする姿を永久保存するでござる!! あ! "お強請り"って漢字を使うよりも"おねだり"って平仮名表記の方が可愛いでござるな!! おねだり!!』

 

 ……大丈夫そうね。というか、この子が不調になるところとか、考えられないわ。

 

 あと、マッサージの件は嘘なんだけど――

 

『なんということを!! どうして藍俚(あいり)殿は純情可憐な拙者の心を弄ぶでござるか!! 鬼! 悪魔! 死神!! アンタからは血の匂いがするわ! でござるよ!!』

 

 いや私、死神だし。

 午前中に急患の患者の治療したから、まだ血の匂いが残ってるのかしら?

 それに、四六時中私と一緒にいるんだから、そんな依頼受けてないことは分かっているでしょう?

 

『そういえばそうでござるな』

 

 ということで、お仕事を片付けるわよ。

 でも……もう夕日が沈み掛けてる……今日もまた、日が沈む……

 残業の時間が始まるのね……あ、そろそろ交代の時間だから引き継ぎのミーティングに顔を出さないと……

 

「隊長、失礼します!」

 

 腰を上げたところで、地獄蝶を片手に勇音が入室して来ました。

 

「総隊長から緊急招集の連絡が来ました!」

「緊急招集……? それも、こんな時間に?」

「はい。それと、どういうわけか場所も一番隊ではなく、別の場所で……」

「別の場所……? それってどこなの?」

「それが――」

 

 

 

 

 

 ――指定された場所は、なんと双殛の丘でした。

 集められたのは、各隊の隊長副隊長――それに加えてなんと、先遣隊のメンバーまで呼ばれています。

 

『メタな言い方をすると、名前のある死神ばっかり集めたというわけでござるな!!』

 

 わかりやすさ優先だと、その表現の通りなのよね。

 モブ死神以外は全員がここにいるっていうか……卯ノ花隊長と更木副隊長までここにいるのって、大丈夫なの?

 しかも先遣隊のメンバーまで呼ぶとか、総隊長は一体どうしたのかしら?

 穿界門(せんかいもん)で現世に戻るとしても、ちょっと時間が掛かるわよ? 緊急事態に対応できるのかしら……?

 

「しかし、どうしてこんな場所に……京楽隊長は何か聞いていませんか?」

「いや、全然。七緒ちゃんは知ってる?」

 

 集まった面々の話題は当然、此度の緊急招集についてでした。

 全員が思い思いに話し合っています。

 私も近くにいた京楽隊長に声を掛けてみましたが、やはり何も聞いていない様子。

 隣にいた伊勢さんも無言で首を横に振りました。

 

「いえ……どうやら誰も知らないようです」

「海燕さんたちまで呼び戻してるのも、不可解なのよね……まあ、桃と吉良君の顔を見られたのは嬉しいんだけど……」

「何だろうね、このメンツは……そういや山じい、中々来ないよねぇ……こんな時間に呼び出しておいて、何をやってるんだか……」

 

 全員が集まるまで時間が掛かったので、今はもうすっかり夜も更けました。

 今宵は満月、月光が周辺を青白く照らし出しています。

 

「ちっ……霧が出てきやがった……」

 

 阿散井君が呟きました。

 周囲がうっすらと霧に覆われ、視界が悪くなって……

 いかにも「これから何か出ますよ!」という感じです。

 

『サプライズ演出と言うヤツでござるな!! ……まさか、どなたかのお誕生日会!?』

 

 そんなことを考えていたら、気配が一つ増えていました。

 霧の向こうからうっすらと人影が見えます……でもこの霊圧、知ってるわね。

 

「雀部副隊長、ですよね? どうかしまし――」 

 

 声を掛けたと同時に気付きました。

 

「――いけない! これは!!」

「副隊長! どうしました!?」

「なに、どうしたの藍俚(あいり)ちゃん!?」

「隊長!?」

 

 気付いた瞬間、私は人影に向かって飛び出していました。

 京楽隊長や勇音の声が聞こえますが、反応している余裕はありません。

 この気配、この霊圧……間違いありません。

 

 一足飛びで近づけば、そこにいたのはやはり雀部副隊長でした。

 よろよろとした足取りの彼を急いで支え、患部に手を当ててダメ押しの確認をします。

 

「やっぱり、心肺停止状態! 勇音、手伝って!! 蘇生させるわよ!!」

「は、はいっ!!」

 

 勇音も大慌てで駆け寄ってきて、二人で蘇生術を始めます。

 とはいえ、これならすぐに息を吹き返せますね。後遺症の心配も不要でしょう。

 他の死神たちは、状況こそ分からないものの緊急事態だということは理解したようで。瞬時にして戦闘態勢を取りました。

 

「……ふっ。総隊長は、ここには来ない」

 

 蘇生を続けていると、耳慣れない声が聞こえました。

 風が吹き霧の晴れたそこには見慣れぬ男が一人、月光に照らされながら悠然と立っていました。

 

 赤銅色をした短髪に色白い肌をした冷たい印象の美形、といったところでしょうか。

 特徴的なアイシャドーをしており、純白のフェザーコートのポケットに両手を突っ込んでいます。

 

 誰……? 

 こんな洋風な格好している時点で、死神じゃないわよね。(ホロウ)……? 似てるけど、ちょっと違うような……

 

『なんというか、ビジュアル系のコスプレみたいでござるな……かー、ぺっぺっ!! 失せろ! でござるよ!!』

 

「誰だ、テメエ……?」

 

 近くにいた日番谷が思わず声を上げました。

 続けて数人の死神が警戒するように抜刀します。

 

「総隊長は来ない、と言ったな……貴様、元柳斎殿に何をした!?」

「隊長!!」

 

 ですが彼らに先んじるように、狛村隊長が進み出ました。

 謎の男の前へと立ち、今にも爆発しそうな様子で問いかけています。

 

 ……私の位置からだと、背中しか見えないんですけどね。

 狛村隊長の陰に隠れちゃって、相手の表情とか全然見えないの。

 

「……答えぬと言うのか。ならば、その身体に聞くまで!!」

 

 見えないんですが、相手の態度に苛立ったのでしょう。

 狛村隊長は斬魄刀に手を掛けると、即座に一閃させました。ですが相手はそれを宙返りで避けると、大きく距離を取りました。

 しかもポケットに手を突っ込んだままとか、舐めてるわね……あ、手を抜いた……ってコイツ、爪が長いわね! それってカギ爪みたいな武器なの!?

 そのまま手をこちらに向けたかと思えば、風が吹き付けてきました。

 

 とはいえ所詮はただの風。

 強風ではあるものの、何か影響があるわけでもないわね。精々髪型が崩れるくらい?

 

『んー……そんなことはないでござるよ?』

 

 え? これ、何かの特殊能力なの?

 確かに妙な霊圧は感じられるけれど、特に影響は……あら? 何かがおかしいような?

 私じゃなくて、周りが変な感じね。

 そういえばこれ、知ってる気がする……昔どこかで……なんだったかしら――

 

「卍解! 黒縄天譴明王!!」

 

 悩んでいる間に、狛村隊長は卍解を発動させました。

 自身と連動して動く巨大な鎧武者が姿を現し、月明かりを遮ります。

 

「元柳斎殿の行方、話して貰うぞ!」

「……貴様の攻撃は、私には届かん」

「ほざくな! うおおおおおおぉぉっ!!」

 

 明王は刀を大きく振りかぶると、そのまま――

 

「危ない!!」

 

 ――狛村隊長目掛けて振り下ろしました。

 

 幸い浮竹隊長の声が届いたおかげで間一髪身を躱すことに成功しましたが、もしも直撃していたら……

 ……治療が大変ね。ちゃんとした設備が欲しいわ。

 

『治せないとは言っていない! でござるな!!』

 

「隊長! ご無事ですか!?」

「なんだ、今のは……」

「斬魄刀が主を襲った、だと……」

「一体どうなってやがる……!?」

「……面白いじゃないか」

 

 周囲は口々に叫んでいますね。

 ……約一名、楽しそうな声が聞こえましたが。一体どこの十二番隊隊長なのかしら?

 

 というか思い出しました。

 斬魄刀が裏切るこの現象、私は心当たりがあります。

 

「まさかこれ、朽木響河(こうが)村正(むらまさ)の能力!?」

「……ッ!!」

 

 あ、相手の顔が目に見えて歪みました。

 ということは、どうやら間違いなさそうね。

 

「あれ、藍俚(あいり)ちゃんコレ知ってるの?」

「湯川、なんだそれは!? 教えてくれ!!」

 

 浮竹隊長と京楽隊長が揃って反応しました。

 いや、ちょっと……なんで二人とも知らないの!?

 

「覚えてませんか? ほら、三百年くらい前に――狛村隊長!! 気をつけて!!」

 

 説明をしようとしたところで、明王が爆発しました。

 周囲一体に一際強烈な風が吹き荒れ、それが止むと――

 

「なんだ、貴様は!?」

 

 ――赤鬼か、はたまた不動明王を思わせる大男がそこには立っていました。

 

 上背は狛村隊長が見上げるほど。

 返事の代わりに口の端から炎を漏らしつつ、鋭い目つきで見下ろしています。

 

 まあ、普通に考えればこの男は……

 

「……もしや、天譴!? ぐっ!!」

 

 ですよね、斬魄刀の中の人ですよね。

 天譴は無言のまま刀を振り下ろしましたが、狛村隊長は戸惑いつつもそれを受け止めました。

 

「やっぱり! ということはまさかこれ、卍解の能力なの!? 卍解まで覚えてたなんて話、聞いたことないわよ!?」

藍俚(あいり)、何の話ですか? 説明をしなさい」

 

 ええっ!? 卯ノ花隊長も気付いてないの!?

 ちゃんと時事ネタ覚えておいてよ!! 当時結構な話題になったのに!!

 

「だからあれは多分、朽木響河の斬魄刀の能力です!! 始解すると相手の斬魄刀を意のままに操っていて、かなり有名でしたよ!! 昔のことですけど、本当に覚えてないんですか!?」

「ああ、そういえば……」

「ありましたね、そんなこと……」

 

 京楽隊長と卯ノ花隊長が、のほほんと言ってますが……

 

 狛村隊長を助けてあげて!!

 天譴が攻撃を続けているから!! なんだか縄みたいのを投げて、狛村隊長の動きを封じてるから! しかもその縄、燃え上がってるから!! ちょっとピンチになってるから!!

 

 ああ、もうっ!! 気持ちは分かるけれど全員ボーッとしすぎでしょう!!

 

「破道の三十二! 黄火閃!!」

「――ッ!!」

 

 破道を放ち天譴を攻撃しますが、あっさり躱されました。

 とはいえ横槍を入れたおかげで狛村隊長は拘束から抜け出せました。

 

「す、すまぬ……助かった……」

「隊長……すんません! 泡ぁ喰っちまいまして……湯川隊長も、えらいすんません!!」

 

 射場副隊長が謝ってます。

 本当ならあなたが手助けしなきゃ駄目なのよ?

 

「待て湯川……朽木、だと……!? つまり、白哉の!!」

「兄様の……まさか、お父様……!?」

 

 浮竹隊長がなんだかシリアスな表情をしていますが、それ勘違いです。

 ルキアさんも、なんだか変な勘違いをしています。

 

 ああもう! 揃いも揃って!! 当時は大スキャンダルだったんですよ!! 浮竹隊長も全然覚えてないの!?

 

「ルキアさん、それは違うわよ。朽木隊長のお父様は蒼純さんって言うの。響河は入り婿で、蒼純さんのお姉さんと婚約する予定だった。ただ、謀反を起こして封印されたの。当然、婚約も破談になってて、当時の朽木家は色々と大変だったみたい」

「い、入り婿……!?」

 

 ある意味で阿散井君は他人事じゃないわよね。

 

「ほう……覚えている者がいたか……」

「けっ! 詳しい話は後だ! 今はコイツを叩く! 蒼天に坐せ! 氷輪丸!!」

 

 しかし なにもおこらなかった。

 

「始解、出来ねえ……!?」

 

 ……シロちゃん、私の話聞いてた?

 私言ったよね? 斬魄刀を操る能力があるって、言ったよね!? しかも狛村隊長の天譴が反旗を翻してたのも見てたよね!?

 なんで自分だけは違うって思ったの!?

 

「尽敵螫殺、雀蜂……やはりこちらも同じか」

 

 砕蜂は試すように口にしましたが、やはり何も起きませんでした。

 

「どうなってやがる……!? 斬魄刀に霊圧が感じられねえ!」

「なんで……飛梅!?」

「侘助!?」

「君たちの斬魄刀は、既に君たちと共にない。私が、死神共から解放したんだ」

 

 他のみんなも同じ様に斬魄刀を始解させようとしていますが、一向に反応しません。

 村正はその様子を眺めながら、自己陶酔するかのように前髪を掻き上げると自信たっぷりに言い放ちました。

 ですがその言葉に、ニヤリと笑って反応した死神がいたのを私は見逃しませんでした。

 

「へえ……そいつぁ、どうかな? 卍解! 雷火(らいか)業炎殻(ごうえんかく)!!」

「呑め! 野晒!!」

「あ、ちょっと……!! 卍解! 射干玉(ぬばたま)三科(さんか)!!」

「なにッ!?」

 

 天貝隊長と更木副隊長が弾かれたように動きました。

 

 天貝隊長の卍解ですが、柄が巨大な貝殻を模したような盾へと変化しました。刀身は形状こそ雷火のままですが、こちらも巨大な刃へと変じています。

 全体的には盾と剣が一体化したそうな形状、とでも呼べば良いのでしょうか?

 

 更木副隊長は……いまさら言うまでもありませんよね。

 巨大な斧を片手に、村正目掛けて襲いかかります。

 

 そして肝心の村正ですが、私たちが斬魄刀を使ったことに驚き目を丸くしています。

 

業炎龍牙(ごうえんりゅうが)!!」

「ぐあああぁっ!?」

 

 雷火を操ると同時に炎が吹き上がり、村正――とついでに天譴も――を取り囲みました。炎の壁に囲まれ、苦悶の声が上がります。

 

「おらああぁぁっ!!」

金剛壁(こんごうへき)玉鋼(たまはがね)!!」

 

 そこへ更木副隊長が切り込みましたが、私が壁を生み出して守ります。

 いえ、ちょっと語弊がありますね。

 村正そのものを埋め込むようにして壁を生み出して、相手を拘束するのが目的の行動でした。守ったのはあくまで結果論にすぎません。

 

 しかし、相当な霊圧を込めて強固な壁を作ったのにもうヒビが……いや、これは逆に一撃耐えたことを褒めるべきかしら……?

 

「ぐ……っ……う、動けん……」

「チッ! 藍俚(あいり)! 斬り合いの邪魔すんじゃねえ!」

「だから! それは待って下さいって! アレは斬魄刀が実体化した存在です! それもおそらくは卍解の能力! 斬魄刀の本体を実体化させて操る能力です!」

「だからどうした!? 斬っちまえばいいだろうが!」

「この能力を解除させて、全員の斬魄刀を元に戻す必要があるんですよ!! それまでは迂闊に手出しできません!! 卍解も出来ない相手と斬り合いなんて、つまらないでしょう!?」

「あー……なるほど。そりゃ、つまんねえな」

「剣ちゃん、えらいえらい」

 

 いつのまにか草鹿三席が背中に現れて、頭を撫でてます。

 

 と、とにかくこれで一安心よね?

 迂闊に倒すとずーっと斬魄刀が空っぽのまま、みたいなことにはならないわよね?

 

「ホホウ。検体を捕獲しておいてくれるとは、中々気が利いてるじゃないか」

「く、涅隊長……!?」

 

 落ち着いたかと思ったら、今度はマッドサイエンティストが来た!?

 

「だが、まだ足りないネ。厄介な動きをせぬよう、モルモットはしっかり拘束せなばならんヨ……疋殺地蔵」

 

 斬魄刀を始解させて……って、あら?

 今更だけどなんで? 天貝隊長たちもだけれど、斬魄刀を使ってるの?

 

藍俚(あいり)殿も大変でござるな?』

 

 射干玉もなんでいるの?

 

『拙者と藍俚(あいり)殿は永遠のぱーとなーでござるよ!! 幾久しく、というやつでござる!!』

 

「斬魄刀のその感覚……涅隊長、あんたやっぱり……」

「フン、新参の隊長が偉そうに吼えるんじゃないヨ。この私のような天才の手に掛かれば、あんな欠陥品も多少は使える様になるからネ」

「貴様……!!」

 

 天貝隊長が歯ぎしりしつつ睨みました。

 

獏爻刀(ばっこうとう)を! その力を、俺の前でよくも……!!」

「私を恨むのは筋違いというものだヨ。これだから野蛮人は」

 

 あ……あー……

 研究、しちゃったのね……そりゃあ、するわよね……

 涅隊長だもの……研究しないわけがないわ。

 

 ……でもこれで大体分かったわね。

 

 私は(ホロウ)化。

 この二人は獏爻刀(ばっこうとう)

 斬魄刀に不純物が混ざっていると、村正の能力は発揮出来ないってところかしら。

 

『では更木殿は?』

 

 ……あれはもう、存在そのものが規格外だから……

 

「天貝隊長、落ち着いて下さい。腹立たしいでしょうが、どうやらその獏爻刀(ばっこうとう)のおかげで、能力から逃れられたみたいですから」

「……分かりました。今は引きましょう……」

「安心したまえ、あんな不細工なモノはもう産まれんヨ。この私がもっと有効活用してやるからネ」

 

 喧嘩売らないで、頼むから……

 

「んで、コイツはどーすんだ?」

「ぐっ……!」

 

 頭だけ出した状態で拘束されている村正ですが、その顔を更木副隊長が軽く叩きつつ聞いてきました。

 

「……涅隊長に任せましょうか? 能力の解明と解除方法の模索、あと総隊長の居場所を聞き出すのまでお願いしていいですか?」

「ホホウ! いいとも、任せておきたまえ!!」

「待て!」

 

 悲鳴にも似た懇願の声と共に、無数の人影が姿を現しました。

 純白の着物を纏った女性、鎖によって互いに繋がった男女、甲冑を纏った鎧武者、妖精のような小さな少女……等々、バリエーションに富んだ面々です。

 

「……誰?」

 

 新たな乱入者の出現に、場は一層混乱しました。

 




始まりました(なお半分くらい既に終わってる)
……どーせ、斬魄刀とキャッキャウフフする方がメインだから。

●斬魄刀異聞篇ってなに?
天貝編同様に、こちらもアニオリ話。
ただ、放映タイミングが天貝編よりも無茶でして。
なんと「一護とウルキオラが戦う ⇒ アニオリ放映 ⇒ 戦いの続き」という豪快さ。
(次回予告で「戦いはちょっと休憩。終わったら続きやるぞ」とネタにするくらい)

大雑把なあらすじとしては――
・斬魄刀(の中の人)が突然実体化して、持ち主たちに反乱を起こす。
・事件の首謀者は、村正という斬魄刀(コイツも実体化してる)
 この事件を起こした目的を「斬魄刀による死神の支配」だと語る。
・斬魄刀が反乱してるので始解すら出来ない。かといって自分たちの相棒である斬魄刀を倒すことも出来ずで苦戦する死神たち。
・斬魄刀たちは大暴れして、瀞霊廷を破壊し死神も害していく。どうする死神たち!?

――みたいな感じで展開する物語です。

普段は描かれない斬魄刀の中の人たちが出てくるので、その辺はワクワクします。
(流石に剣八の斬魄刀の中の人は描写されませんでしたが)

(このエピソードは「小説 BLEACH Can't Fear Your Own World」を見るに、実際に起きた事件として認識してよさそうですね)

●なんでネタにしたの?
斬魄刀をマッサージする機会を見過ごすなんてありえない。

●村正(むらまさ)
斬魄刀の中の人。
赤髪にクール系の容貌。白いコートを着ている。

能力は「他者の持つ斬魄刀を操る」という死神キラーな斬魄刀。
始解で斬魄刀を操り、卍解で中の人を実体化させて操る。

村正の名前は始解。
卍解は「無鉤条誅村正(むこうじょうちゅうむらまさ)」

●四人が平気だった理由
天貝:獏爻刀(ばっこうとう)の影響で斬魄刀がちょいと特殊なので。
マユリ:同上。自分の斬魄刀で実験してたため。
剣八:やちるが剣ちゃん以外の言うこと聞くわけないだろ。
藍俚:まずおっぱいを持ってこい。話はそれからだ。

●鼻薬(はなぐすり)
鼻薬を嗅がせる(ワイロを送る)って意味の言葉があってぇ・・・


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第194話 刀と和解せよ

「おお、お前たち!!」

「村正はやらせん!」

「そうだ! 死神による斬魄刀の支配は今宵終わる! 同志たちよ! 今こそ斬魄刀が死神を支配する世を作るのだ!!」

 

 現れた相手と村正の反応を見るに、あれも斬魄刀の中の人たちですね。

 仲間が助けに来たからか、村正が何やら強気になっています。

 

『なお現在の村正殿は、全身壁に埋まった状態で顔だけ出しているでござるよ!! 身動き取れぬ状態でカッコ付けてもダセェでござる!!』

 

「死神の支配からの解放が目的なの? 朽木響河は斬魄刀と随分仲が良かったと記憶しているんだけど」

「それも昔のこと! 私は悟ったのだ!! 死神など必要ない!!」

「その通り!」

 

 村正の言葉を肯定するかのように、さらに斬魄刀の中の人が増えました。

 日番谷の近くから現れた緑髪の男性は、氷輪丸でしょうね。

 白哉の近くからは鎧武者のような男が。あれが千本桜かしら。

 

 そして乱菊さんの近くから現れたのは……ね、ネコマタ!? 魔獣ネコマタにそっくりだわ! コンゴトモヨロシク! って言わなきゃ!!

 

『拙者! 悪魔合体したいでござるよ!! ランクアップさせてバステトを作るでござる!! あー、サキュバスもいいでござるな! リリムも捨てがたい! いっそ、キクリヒメやアメノウズメにするでござるか!?』

 

 いやまあ、アレが灰猫なんでしょうけど……なんてケモノな見た目かしら。

 

『アリスちゃん! 拙者が黒おじさんでござるよ! ぐへへへへへへ……一緒に真っ黒でヌルヌルのプレイをするでござる!!』

 

「あたし、あんたのコト大っ嫌いなのよね。ワガママだし気まぐれだし、正直もう付き合ってらんないっていうか」

「はぁ!? なんですって!! アンタの方がよっぽど性格悪いじゃない!!」

 

 灰猫……持ち主と気が合うわね。

 

「ひ、氷輪丸……戻ってこい!」

「……」

 

 こっちは無視されてるし。

 

「なんだなんだ? オイオイ、コイツら全員斬っちまっていいのか?」

「剣ちゃん、それは駄目ってさっきあいりんに言われたでしょ!」

「ちっとくれえなら問題ねえだろ? 藍俚(あいり)が治せば何も問題はねえよ」

「うーん……それもそっか!」

 

 それもそっか! じゃないってば!!

 

 あーもうどうするのこれ!?

 敵の総大将はコッチが捕まえているから優位なのは間違いないけれど、敵はどんどん増えるし! かといって下手に倒すと斬魄刀ごと壊れそうだから手が出せないし! 藍染問題があるから困るのよ!!

 

「……そこまでにしておけ、村正。それが貴様の本心では無いことは、この私がよく知っている」

 

 困っていた所、口を開いたのは白哉でした。

 

「た、隊長……?」

「あらら、朽木隊長……どういうことだい?」

「何か知っているのかい?」

 

 この場の全員の視線が集中する中、白哉はゆっくりと頷きました。

 

「村正よ、お前の真の狙いは朽木響河の居場所……そして、封印を解く方法を探すことであろう?」

「ち、違う! 私は……!!」

「祖父から響河と村正のことは聞いている。斬魄刀へ強烈な暗示を掛け、持ち主を自滅へと追い込むことが出来る、と。おおかた、その能力で斬魄刀たちへ反旗を翻すよう命じたのだろう?」

 

『あー、その通りでござるよ。拙者も誘われたでござる』

 

 うわぁ、軽い肯定だわ。

 ……一応聞くけれど、どういう感じなの?

 

『ヘイユー! 持ち主に不満くらいあるだろう!? 死神なんて忘れて俺と一緒に楽しくハジけようぜ! レッツパーリー!! ヒーハー!! ……って感じでござるな』

 

 うわぁ……なにそれ……うわぁ……

 

「えっと、その……射干玉――私の斬魄刀も同意してます。どうも、斬魄刀が持つ不満を煽ることで洗脳した、みたいですね」

「馬鹿な!」

「暗示……だと……洗脳されたというのか!?」

「死神の言葉など信じられるか!!」

 

 あらら、斬魄刀の中の人たちが一斉に文句を言い始めました。

 

「不満だと!?」

「藤孔雀! どういうことだい!?」

「だからボクをそんな美しくない名前で呼ぶな!!」

 

 死神側も、なにやらいきり立っています。

 

「出来るはずよ。私は朽木響河が実際に敵の斬魄刀を操って、同士討ちや自傷させるところを見たことがあるもの」

「あのー、藍俚(あいり)さん。つかぬ事を伺いますが、敵の斬魄刀っていうのは?」

 

 ああ、そうか。知らないわよね。

 

「昔、尸魂界(ソウルソサエティ)で大規模な反乱があったの。朽木響河はその時に反乱分子を次々に制圧したのよ、その斬魄刀の能力を使ってね。功績を上げたことで銀嶺元隊長の娘婿になり、朽木家次期当主も確実だった……んだったけどね」

「なるほど、反乱……そんなものがあったのですね……」

「内乱鎮圧にはうってつけの能力、そりゃあ評価もされるわけか」

「それだ!」

 

 納得したように呟く天貝隊長の言葉に、村正が激しい怒りを見せました。

 

「貴様らのその誤った評価が! 無能な死神たちの妬みが! 響河の心をどれだけ苦しめたか!! それが原因で響河は私の声が――」

「あらら、その反応……朽木隊長たちの言葉は真実って考えて良いのかな?」

「……く……っ!!」

 

 我慢出来ないとばかりに叫びましたが、それが決定打と言いますか。

 主を悪く言われるのが我慢出来なくて、口を挟まずにはいられなかったんでしょう。

 ですがその行動は、致命的でした。

 

「ま、まさか……」

「本当に……」

(わたくし)たちのことを……謀っていたのですか!?」

「…………」

 

 斬魄刀たちが問い詰めますが、村正は口を閉ざしたままです。

 

「となると、なぜ村正はこんなことを引き起こしたんだ? 居場所を探すだけならば、当時の記録なりなんなり調べれば――」

「ありませんよ」

「……え?」

「当時の記録は全て破棄されましたから」

「ええ、その通りです。ちなみに、響河の討伐には祖父も参加しましたが、その祖父ですら封印された場所は知りません。知っているのは総隊長だけです」

 

 結構有名だったはずなんだけどなぁ……

 なんだか、覚えている自分の方が間違ってる気がしてきたわ。

 

「つまり。この村正くんは、どこかに幽閉されているご主人様を助けようと健気に頑張っている、ってところかい?」

「だ、だが! 元柳斎殿はこの場におらぬぞ! まさか……!!」

「いや、それはありえないだろう。下手に元柳斎先生を害する様な真似をすれば、封印の場所は永遠に分からなくなる」

「多分だけどさ、山じいに逃げられたんじゃないの? だって当時のことを知っているってことは、村正くんのことも覚えてる。下手すりゃ斬魄刀と同士討ちだよ? 流刃若火を敵に回すかもって考えると……こりゃ笑えないからね」

「となるとこの騒動は元柳斎先生の居場所を探すための時間稼ぎ……いや、俺たちに居場所を探させるのが目的か……?」

「おそらく、それで間違いないでしょう」

 

 情報が出揃って来たかと思えば、浮竹隊長と京楽隊長がもの凄い勢いで推理を始めました。しかもすっごく腑に落ちます。

 そこに当事者の孫が補足していくので、推理がどんどん強固になっていきます。

 斬魄刀たちも身に覚えがあるのか、顔色が蒼白になっていきますね。

 

「仮に総隊長が口を割らなくとも、流刃若火ならば封印の情報を知っている……だから身を隠した?」

「湯川隊長の推測で合っていると思います。祖父から聞いた話ですが、自らの心を閉ざすことで村正の支配から身を守る事が出来たそうですから」

 

 あ、ちゃんと攻略法あるのね。

 いわゆる「心を無にする」ってパターンかしら?

 

「やれやれ、山じいもご苦労なことで。そういえば、お花とお狂に会いたいんだけど……どこにいるのかな?」

「京楽、お前な……」

「浮竹だって気になるでしょう? 双魚理のこととかさ」

 

 確かに、それっぽいのはいませんね。

 

 ……一歩間違ったら、この場に真っ黒でヌルヌルの変態がいたかもしれないのよね……本当によかったわ……

 

『いやあ、照れるでござるな』

 

「しかし湯川隊長、当時のことをよくご存じでしたね」

「大きな事件でしたから、よく覚えていただけですよ。それに当時も関わっていましたし……なにより、蒼純さんとそんな話をしたこともあったので……」

「なんと……いえ、そういえばその様なことを仰っていましたね……」

 

 白哉に驚かれました。

 けど、あれだけの大事件を忘れるなって方が難しいですよ。なにしろ四大貴族の一家のスキャンダルですよ!?

 覚えてるに決まってるじゃない!

 

「むしろ、個人的にはどうして卯ノ花隊長や京楽隊長がご存じなかったのかと……」

「まあ、うふふ……」

「ほらボクは、女の子が絡んでないとどうも記憶が、ね……」

 

 笑って誤魔化されました。

 

「と、とにかく! 斬魄刀の皆さんはどうやら騙されていたようですが……どうします? 村正の言葉に従って、戦いますか? 今ならまだ間に合いますよ!?」

 

 固まっている斬魄刀たちに向けて問いかけます。

 そもそも敵対する意味は、既にありませんからね。

 話し合いを聞いている内に真相を知って衝撃を受けたのか、みんな考え込んでいます。

 

「持ち主に対する不満があっても、本当は仲良くしたいですよね? 死神のみんなもそうでしょう? 斬魄刀と仲良くしたいわよね?」

「「はあ!? 誰がこんな奴と!!」」

「「そうよそうよ!! いっつもワガママばーっかり言ってくるんだから!!」」

「息ピッタリじゃねえか……」

 

 あれは綾瀬川五席と、乱菊さんね。

 思わず一角がツッコミ入れてるわ……

 

「あの! あなた、飛梅だよね? ……あの、その……」

「侘助……! 僕に悪い点があれば、遠慮無く言ってくれ! 直すよ!」

「天譴……! お主、儂の何が不満なのだ……!?」

「氷輪丸!!」

「蛇尾丸! お前……いや、お前()か? とにかく戻ってこい!! 悪いようにはしねえ!!」

 

 とはいえ、死神側は概ね好印象といいますか。受け入れる姿勢ですね。

 騙されていただけってことは、もう十分証明されましたから。

 

「……まったく、つまらんネ。こんなことなら、斬魄刀を改造するのではなかったヨ。でなければ今頃、思う存分実験が出来たというのに……」

 

 自分の斬魄刀を握り締めながら呟くこの人のことは見なかったことにして。

 

「……我が主よ」

「ッ! 千本桜、お前なのか……?」

 

 ちょっと目を離した隙に、斬魄刀側の方から歩み寄ってきました。

 鎧武者が白哉と対峙しています。

 

「俺は、あなたに言いたいことが……たった一つだけ、言いたいことがあります!」

「な、なんだ……?」

 

 やたら真剣な雰囲気を漂わせる千本桜の姿に、白哉も思わず息を呑みました。

 

「……して……」

「む……? き、聞こえぬぞ……?」

「どうしてなのです!!」

 

 今度ははっきり、誰の耳にも聞こえました。

 千本桜の悲痛な叫びが。

 

「どうしてご子息のお名前に"桜"の文字を付けてくださらなかったのですか!? 白と緋を合わせたのであれば鴇の文字よりも、桜の文字こそがふさわしいと思いませぬか!?」

「す、すまぬ……」

「俺はずっと、ずっと信じて待っておりました! 奥方殿がご懐妊なさった事を知り、ご子息には桜の一文字をつけてくださるのだと!! 俺は主の斬魄刀として! 共に戦う者として!! 次代を担う者として!!」

「すまぬ……」

「いえ、わかります! わかるのです!! 確かに湯川殿は主にとって大恩あるお方!! その方の言葉を無碍には出来ぬでしょう! ですがそれでも、それでも私は……!! 湯川殿があの時仰った"桜"の案を採用なさると信じておりました……!! 信じておりましたのに……!!」

「……すまぬ」

 

 ああ、それは……不満爆発して裏切りもするわよね……

 白哉も平謝りするしかないわ……

 これはもう、もう一人作って名誉挽回するしかないわね。

 

『女の子がいいでござるよ!! 桜たん(*´Д`)ハァハァでござる!!』

 




●朽木 響河(くちき こうが)
元六番隊三席。文武両道のイケメン。
朽木の姓を名乗っているが、血縁関係はない。婿養子。
有能な死神だったので銀嶺の娘婿になって朽木家の人間になった。
(朽木の当主も期待されていたらしい。蒼純は身体が弱かったから?)

●千本桜(中の人)
仮面を付けた若武者、といった出で立ち。
無愛想で傲岸な性格。

「桜の文字を付けて!」は感想から使わせて頂きました。


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第195話 俺の名前を付けてくれ

「くすん……くすん……」

「せ、千本桜よ……その、すまぬ……」

 

 千本桜、泣いてます。

 面頬を付けているので表情までは分かりませんが、なんというかこう……雰囲気で泣いてるってわかります。

 しかし全身鎧を纏った若武者が泣いている姿って……なんだか不気味ですね。

 

 白哉もどうしたものかと、オロオロしています。

 千本桜たちの醜態が伝播したようで、死神たちも斬魄刀たちも「どうしたものだろうか……?」と唖然としています。

 

 ……そして鴇哉(ときや)君は、まさか自分の名前が原因でこんなことになるなんて夢にも思わないでしょうね。

 

「なんというか……その……名については次の機会があった時に一考を……」

「本当ですか!?」

 

 あ、復活した。

 

「ありがとうございます! その言葉を聞ければ百人力……いや千人力!!」

 

 千本桜だけに?

 

「俺は今このときより、再び共に歩みとうございます!」

「あ、ああ……」

「ということだ。村正よ、短い間だが世話になったな。だがもうお前には協力できぬ」

「ちょっと待てえええぇぇっ!!」

 

 誰かが猛烈にツッコミ入れたわ。

 多分、斬魄刀側よね……真っ黒な姿の死神みたいな格好だけど誰かしら……?

 

藍俚(あいり)殿も皆様も死神でござるよ?』

 

 あ、そうよね。

 西洋風の死神っていえば良いのかしら? ローブみたいな格好で小さな鎌を持ってる――あ! あの鎌ってまさか!?

 

『命を刈り取る形をしているでござる!!』

 

 あれ風死なのね……

 ――ということで、風死がツッコミを入れました。

 

「お前それでいいのか!?」

「何か問題でもあるのか? 俺の不満はそこだけだ! 他に不満などない!」

 

 ある意味で潔いというか、空気が読めない天然ボケというか……

 

「そして、次に産まれてくる子供に"桜"の文字を付けて下さると我が主は約束してくれたのだ!!」

「ちょ……! ま、待て千本桜!! そのような約束はしておらぬ……!! その、子供というのは授かり物でな……どれだけ望んでも、出来ぬ時には出来ぬ物で……」

「第二子には俺の始解を見せながら『お前の名は、この美しい桜から名付けたのだ』と語って下さると約束してくれた!!」

「――いや、待て……それは聞いていないぞ……!? そもそも約束も……」

「斬魄刀にとってこれに勝る喜びは無い!! ならば、お前たちと肩を並べる意味も無いと言うことだ!!」

「…………」

 

 自信満々に言い放つ千本桜と、モゴモゴと口ごもる白哉……なんだけど、どうして白哉は最後に私を見たのかしら? 助け船でも出して欲しいの?

 緋真さんならいつでも二人目イケるから心配いらないわよ? 頑張って二人目を作ってあげなさいな。

 朽木家としても、直系の跡継ぎは多い方が良いでしょう? どっかの志波の分家なんて三人も子供作ってるのよ?

 だからもう諦めなさい。

 

 ――それはそれとして。

 

「あの……千本桜? ちょっとだけ良いかしら?」

「む! そなたは湯川殿!! 主がお世話になっております」

「は、はい。こちらこそお世話になっております。あと、名前の件はごめんなさい……」

「いえ、もう済んだことです。お気になさらずに」

 

 流石は白哉の斬魄刀よね、礼儀正しいわ。

 でもなんだか違うような……

 

「して、俺に何か?」

「たしか斬魄刀は村正の能力で洗脳されている筈……よね……? あなたはもう平気なの?」

「はい、もうまったく。元々、村正の真の目的を耳にした頃に半分ほど目覚めていたようなものです。そして主が約束してくださいましたので、今はなんともありません」

 

 ……なるほど、確かに。

 元々、不満を煽られて反抗するように仕向けられたわけだから、不満が無くなれば正気に戻るのも道理よね……

 

 ……道理なんだけど、なんだか素直に喜べないっていうか……

 

『過程が過程でござりますからなぁ! もう少しドラマチックさやヒロイックな感じが欲しかったでござるよ!!』

 

 本当にね……そこは全面的に同意するわ。

 

「ぶ、無事に正気に戻れて良かったわね……創作物でよくある試練みたいに『持ち主が斬魄刀を打ち倒してみせろ』みたいなのが必要かと心配してたのよ……」

「流石のご慧眼ですね。その通りです」

 

 ……ん? 今、なんだか凄い大事なことを言ったような……?

 

「さあ! お前たちも目を覚ませ!! 各々不満は大小あれど、主と共に生きたいという心は嘘ではないはずだ!! この千本桜に続け!!」

「いや……」

「だが……」

「えーと……」

「袖……いえ、これは少し不自然。となればやはり、白か雪ですね……」

 

 聞き返すよりも先に、千本桜が勝手に音頭を取り出しました。

 他の斬魄刀たちは全員がソワソワしてます。

 

 ……約一名、もの凄くソワソワしている斬魄刀がいます。

 純白の着物に色素の薄い銀髪という雪女を彷彿とさせる美しい女性。

 おそらく彼女は――

 

「ルキア様! お子様には白か雪の文字を是非!」

「なっ!! そっ、袖白雪!? お主、突然何を……!?!?」

 

 ――やっぱり、ルキアさんのところの相方でしたか。

 

 しかもこの反応……千本桜にすっかり毒されてるわね。

 義兄妹の持つ斬魄刀同士だから、仲も良いのかしら……?

 

「良いではありませんか! 千本桜殿という前例もあります。ならば、(わたくし)も少しくらい自己主張をしてみたいのです!! ですから、是非とも白か雪の文字を!!」

「い、いやその……しかしだな……! こ、子供というのは……さ、授かり物……コウノトリが……」

 

 ルキアさん? 今の時代にコウノトリが運んでくるのは無理があるわよ?

 

『では藍俚(あいり)殿!! 赤ちゃんはどこから来るでござるか!? 説明を! 講義をお願いするでござる!! 実演込みで!!』

 

 ……大豆を煮立ててにがりと混ぜて固めると出来るのよ。

 

『なるほど、ではさっそく……なん、だと……何故豆腐が!? コレは一体……!?』

 

「だいたいルキア様はもっと前に出て行って活躍するべきです! あなたの力は(わたくし)がよく知っているのですから! なにしろ……――」

 

 そこまで言うと袖白雪は、一瞬だけ視線を動かしました。

 

「――相手がアレですから、自分からもっと目立つくらいで丁度よろしいかと。いえ、ルキア様の選んだのであれば文句は言いませんが、やはりアレですから……」

「「ちょっと待てコラあああぁぁっ!!」」

 

 二人分の抗議の声が上がりました。

 

 一人は赤い髪に蛇の尻尾を生やした少年。

 

 もう一人は、阿散井君に負けない長身の女性でした。

 腰より長く伸びた髪と全身を覆う緑色の毛皮がなんとも目立ちます。しかも彼女、胸元からおヘソに掛けては毛で覆われていないので、大きな胸元や谷間が丸見えというとってもエッチな格好です。

 ……あ、胸元にホクロがある! すっごくエッチだわ……!!

 

 それと二人は、互いの身体を鎖で繋ぎ合っています。

 反応や姿形から察するに、この二人って多分――

 

「確かにウチの主は弱いけどよ! お前に言われたくはねえんだよ!! なあ、猿の?」

「うむ、蛇のの言う事には賛成だ。ヘタレであることには全面的に同意するが、それを他の者に言われるのは業腹じゃな」

「オイコラ蛇尾丸!! テメーら言うに事欠いてご主人様に何てこと言いやがんだ!!」

 

 ――やっぱり蛇尾丸だったのね。

 

 ……あれ? 鎖で繋がれているとはいえ、なんで二人いるの?

 まさか蛇尾丸も、京楽隊長とかと同じタイプの斬魄刀の可能性が……!?

 

「はあ!? まったく、何が"ご主人様"じゃ……お主がそのような情けない死神だから、儂らもいい加減腹を立てたというのに……」

「そーそー! オイラたちに頼ってばっかりだし!」

「テメエら……遺言はそれでいいんだな……?」

「ハッ、おっもしれーの。やってみな!!」

「ぶっ飛ばーーすっ!!」

 

 あっちでは喧嘩が始まりました。

 

 ……蛇尾丸、結構強いわね。

 運動能力が高いし、サルとヘビで斬魄刀を瞬時に持ち換え可能って地味にエグい。とおもったら今度は鎖を使ってヘビを直接投げてるし……

 阿散井君、苦戦してるわ……でも本気の殺気じゃないから止めなくていいわね。

 気が済むまでやらせておきましょう。

 

 他の斬魄刀たちも、袖白雪と蛇尾丸に影響されてか、色々悩み始めてます。

 そもそも千本桜の言葉を信じれば、ほぼ洗脳解除されてるようなものみたいだし。

 

「あー……ところで村正くん、ウチのお花とお狂はどうしたんだい? いや、無事でいてくれればいいんだけどさ……」

 

 と思っていると、京楽隊長が村正へと詰め寄りました。

 いつも通りの飄々とした表情――いえ、ちょっと違いますね。

 怒気です。

 穏やかな表情の下には、底冷えする程の怒りが込められています。それを見た更木副隊長が思わずニヤリとするほどの。

 

「……ッ!」

「もしも害していたならば……僕は君を絶対に許せなくなっちゃうよ」

 

 固められたままの村正――彼の鼻先に斬魄刀を突きつけつつ、冷たい声が響きます。

 そのまま数秒ほどの時間が流れ、彼は切っ先を下ろしました。

 

「だから、教えてくれない? それにほら、君の目論見はもうバレちゃったんだから。ここからの巻き返しは難しい、なら意固地になることもないでしょ? 僕たちからも山じいに頼んでみるし、封印されて結構な時間が経っているんだ。案外、その響河くんも過去の行いを反省して改心しているかもしれないよ?」

「響河……そう、だろうか……?」

 

 説得にどこか心惹かれるものがあったようで、村正がぽつりと零しました。

 

「もしそうだったら、是非ともその響河くんにも手伝って貰いたいんだよね」

「京楽!? お前……!」

「堅いこと言いなさんなって、浮竹。響河くんはもう罰は十分受けた。なら、そろそろ許されても良い頃だ。それに藍染惣右介を相手にするには、切り札は何枚あったって足りないくらいさ。響河くんと村正くんの力があれば、もっと確実になるんじゃないかな?」

「確かに、鏡花水月に対する切り札となるだろうな……」

「だろう? 山じいだって賛成してくれるはずだよ。そんで上手く活躍できれば大手柄、過去の罪と相殺してもお釣りが来るだろうね」

 

 あー、上手ですね。

 相手の心を上手く突いて説得しています。

 どうやら効果も抜群みたいで、村正の表情がちょっと穏やかになっています。

 

 ……でも、許して貰えるかしら……?

 当時、響河はかなりの数の死神を斬ってたから……藍染を討ち取ってもキツいんじゃないかしらね……

 

『そうでございましたか? 拙者、あまり詳しくは覚えておりませぬが……』

 

 射干玉も覚えてないの?

 反乱分子の鎮圧に活躍してたんだけど、突然仲間を斬って投獄されたの。

 しかも、どうやったのか不明だけど脱獄して、さらに罪を重ねていったのよ。捕縛に動いた死神まで次々に斬って……

 どんなに軽くても無期懲役が精一杯だと思うんだけど……

 

 今は説得中だから、そんなこと言えないけれど。

 

「手柄……それがあれば、皆が響河を認める……か……?」

「だろうね。もう一度、しっかりやり直そうよ」

「だが私は……私は……」

 

 しばらくの間、葛藤するように歯を食いしばっていた村正でしたが、やがて諦めたように眉間を緩めました。

 

「……お前たちの推察通りだ。本来ならば山本元柳斎の記憶を読み取り、響河を封印から解放する予定だった……だが、ヤツは自ら結界を張り私の能力を拒んだ……結界を解く手段を探すための時間が必要だったのだ……斬魄刀を死神から解放するというのは、方便でしかない……」

「結界!? なら、元柳斎先生は……!?」

「我々が拠点としている洞窟、そこに封じている。お前たちの斬魄刀――花天狂骨、双魚理、肉雫唼を護衛に置いてな……」

「あら、肉雫唼もでしたか……見かけないから、何処に行ったのかと思えば……」

 

 卯ノ花隊長……? のんびりしすぎてませんか……?

 

「……ん? ちょっと待った。なんでその三人の斬魄刀を選んだのかな?」

「強いからだ。長年隊長職を務める者の斬魄刀があれば、山本元柳斎が暴れたとて対抗できると考えた」

「それじゃ、藍俚(あいり)ちゃんは? 彼女、隊長としては新参だけど死神としては僕たちよりずーっと長いし、霊圧も高いはずだよ?」

 

 京楽隊長、それ聞いちゃいますか?

 そろそろ全員にバラさなきゃ駄目かなぁ……

 

「当然、私もそう考えた。湯川藍俚(あいり)のことも当時から知っていたからな。だが、どういうわけか操ることはできなかった……故にの人選だ」

「そりゃまたどうして?」

「知らん」

 

 分からないわよね、そりゃ……

 それに操れなくて良かったと思うわよ? ヌルヌルテカテカのイケメンが出来上がってた可能性の方がよっぽど高いと思うから。

 

「てか、天貝隊長や更木副隊長なんかも大丈夫だよね? さっきの口ぶりから、天貝隊長と涅隊長は例のイケナイ刀の影響みたいだけど……二人はどうして?」

「さあな。興味もねえ」

「ふむ……剣八は分かりませんが、藍俚(あいり)はおそらく以前見せてもらった(ホロウ)化の影響では?」

(ホロウ)化……? 湯川、それは一体……」

「はぁ……まあ、仕方ありませんね」

 

 どこかで申告する必要があるとは思ってましたけれど、まさかこんなタイミングとは。

 肩を竦めつつ、(ホロウ)の仮面を被りました。

 

「なっ……!」

「ええっ……!?」

 

 周囲の皆さんから口々に驚きの声が上がります。

 まあ、そうなりますよ。

 

「随分昔、(ホロウ)とやり合ったときに色々とありまして……操られなかったのはこれの影響だと思います」

「……ま、なんだ。見なかったことにしよう」

「浮竹!? お前がそんなこと言うなんて……ズルいな、そういうのは僕の役目だよ?」

「仕方ないだろう? なにより、湯川の事を問うのは今じゃない。元柳斎先生を助けてからゆっくり考えていこう」

「その力……その霊圧……」

 

 私の(ホロウ)化を見て二人が議論するその傍らでは、村正が驚いたような声を上げました。

 

「その力があれば、山本元柳斎の結界を破壊できるかもしれん!」

「破壊……!?」

「ちょちょ、ちょいと待った! それは最後の手段ね。まずは僕たちで呼びかけてからにしようよ。ほら、乱暴な方法だとどんな影響が出るか分かんないし」

「……わかった。だが、口にした以上は山本元柳斎を絶対に目覚めさせろ」

「それは勿論。こっちにも都合ってものがあるから」

 

 京楽隊長が頷きます。

 

「んじゃ、方針も決まったところで……村正くん。案内してもらえるかい? 君たちの拠点へ――山じいが捕まってるところまで、さ」

「お前も行くのか?」

「勿論。だってお花とお狂がいるんだよ? なら、僕が行かなきゃ誰がいくのさ」

「なるほど、確かに。俺も双魚理を迎えに行くか」

「私も行こう。朽木家も無関係ではないからな」

「当然、俺もお供します」

 

 ……これ、私も行かなきゃ駄目よね? 村正が「破壊できるかも」って言ってるし。

 

『万が一のためにも仕方ないでござるよ』

 

「つまり……もうここで斬り合いは起きねえってことだよな?」

「ええ、そうなりますね。私は肉雫唼を迎えに行きますが、剣八はどうします?」

「……帰って寝るわ」

「じゃーねー、みんなー! またあしたー!!」

 

 戦いの気配がないことを察して、更木副隊長は帰っていきました。

 本当に、マイペースなんだから。

 

「それじゃ、藍俚(あいり)ちゃん。悪いんだけど、村正くんを封じ込めてるコレ……どうにかしてくれるかな? 彼には案内してもらわないといけないからさ」

「あ、すみません。今すぐにやります!」

「……てかもの凄い堅いんだけど……何コレ?」

 

 コンコンと軽く叩いて硬度を確認してます。

 ……これ、思いっきり堅くしちゃったから、壊すのに時間掛かりそうだわ……

 

 

 

 

 

「――っしゃあ!! 俺の勝ちだ!!」

「「むぎゅううぅ……」」

「おおっ! いいぞ恋次!」

「まあ、そのくらいはしていただきませんと」

 

 私が壁を解除しているその一方、阿散井君が斬魄刀相手に勝利していました。

 




●悩む者たち
??「梅……飛……やはり梅。桃だから梅……うん、合う」
??「侘は名前に使えないから……助で……」
??「雀でなんとか……うーん……」
??「凍……雲……うう……」

●洗脳解除
基本的には「持ち主が斬魄刀を倒して再度屈服させる」が解除条件でした。

ですが真相を知った斬魄刀が、村正に攻撃してるシーンがあったので。
つまり、騙されていたと自覚すれば大体解除されるのだと思います。

(なお最終的には、マユリ様が洗脳解除の技術を確立して全部解決させていた)

●ここまでの斬魄刀異聞録の流れ(原作)
封印された響河を助けようと、村正が山本を襲う。
響河封印の際の情報は全て破棄されており、山本以外は誰も知らない。
なので山本の記憶を読もうと(斬魄刀を介して記憶を読み取ろうと)したが、失敗。
山本は当時のことを知っているので、心を閉ざして結界を張る。

目覚めさせようとするが駄目だったので、ニセの反乱計画で時間を稼ぐ。
ルキア、必死で現世に行って一護に知らせる(一護らも参戦する)

紆余曲折あって死神たちは山本を見つけて結界を破壊する。
だが封印破壊こそが村正の目的だった。
(虚化した一護の月牙天衝を利用して結界を破壊した)

村正、覚醒した山本の記憶を読み取り、響河の封印を解きにいく。
(お茶会でコンロ代わりに使われてプンプンの流刃若火が敵に回る)


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第196話 呼び出して説得すればなんとか

「ここだ。この洞窟へ、山本元柳斎を運び込んだ」

「へえ……こんな穴蔵があったんだね……」

「この奥に、元柳斎先生が……」

 

 村正の案内によって総隊長が囚われている場所までやって来ました。

 原始林や樹海の中にある洞穴――風穴(ふうけつ)って言うんでしたっけ?

 入り口は張り出した木の根やシダ・コケといった植物に覆われていて、まさに自然洞窟といった雰囲気を醸し出しています。

 ……あ、村正は頑張って引っ張り出しました。

 

 それと今この場にいない、残った面々には「斬魄刀と交流を深めておいて。それと瀞霊廷で他の死神たちに異常が起きていないか確認を」と言っておきました。

 洗脳も解除されたみたいですし、今頃はなんだかんだ仲良くなっていることでしょう。

 

『ちなみに藍俚(あいり)殿は、どの斬魄刀がお気に入りでござるか? 拙者はやはり灰猫殿でござるな!! あの生意気そうだけどスケベな体がたまらんでござるよ!! いや、正統派和服少女といった飛梅殿も捨てがたいでござるが……でゅふ!! でゅふふふふふ!!』

 

 何言ってるの? 射干玉が一番に決まってるでしょ。

 

『あ、藍俚(あいり)殿!! 拙者が、拙者が間違っておりました!! やはり藍俚(あいり)殿は神! 神推しでござる!!』

 

「なるほど、確かに感じるね。山じいの霊圧……それとこれは、お花とお狂のものかな?」

「この感じは結界、か……? 双魚理……無事でいてくれ……」

「肉雫唼……どのような姿なのでしょうか……気になりますね」

 

 ……約一名、気にしてる方向が違う気がするんですけど……ちらっと闘気が漏れ出てたんですけど……!

 というか、卯ノ花隊長の斬魄刀だと言う時点で、厄の匂いがプンプンする。

 

「この奥だ。付いて来い」

「はいはい、従いましょう」

「うっかり足を滑らせそうですね……」

「まあ、藍俚(あいり)ってば。仮にも隊長が、そんなことするわけないでしょう?」

 

 ……変なこと言うんじゃなかったわ。

 バランス崩しただけでも大変な目に遭いそう……

 

 洞窟の中は天然の迷路でした。

 鍾乳石や地底湖、突き出た自然石などが行く手を阻みます。

 なるほど、これなら隠れ家としては最適かも。

 だって内部構造を確認するだけで一苦労だもの。

 

 そんな中を無言で歩き続けることしばし、開けた空間に出ました。

 そこには――

 

「村正!?」

「……」

「あれー、どうしたの? 忘れ物?」

 

 ――五つの人影がありました。

 

「おや、お花じゃないか。こうやって顔を合わせるのは初めてだね。それにお狂も。はじめまして……って言った方がいいかい?」

(ぬし)……一体、どういうことだい?」

「……」

 

 アレが花天狂骨ですか……

 

 お花と呼ばれた方は、胸元を大きく開けた着物に、今にもこぼれ落ちそうなほど豊かな胸をしています。

 眼帯やドクロを模した装飾品がなんともパンクというかロックというか……

 一言で言うなら「ファンキー花魁」といった感じでしょうかね。

 妖艶さは今までで一番です。

 ほんの一言二言喋っただけなのに、思わずクラッとするような色香が漂っています。

 

 そしてお狂と呼ばれた方は……クノイチ少女ですね。

 片目を隠したおかっぱ髪に、忍者のような装束をしています。

 可愛いけどダウナー系な雰囲気ですね。

 

「そこの二人は……ひょっとして双魚理、かな?」

「あー、もうバレちゃったー!」

「ちぇー、つまんないのー。色々脅かそうと思ってたのにー!」

 

 そしてこっちの二人が双魚理ですか。

 神社や大社といった神道系の神官みたいな格好をした、双子の少年です。

 無邪気な美少年って感じの容姿で、ショタっ子万歳――って感じの姿ですね。

 

 ということは。

 

「……」

「……」

 

 あのローブを目深に被っているのが肉雫唼……ということになるのね……

 

 ……いやおかしいでしょう!? ローブの奥が真っ暗で何も見えないんだけど!? 体型すら分かんないんだけど!?

 しかもなんで、斬魄刀も持ち主も何にも喋らないの!? 互いに見つめ合ってるだけでいいの!? 前の二人みたいに、なんかこう……あるでしょう!!

 

『ここは拙者も出るべきでござりますかな? さながら斬魄刀の同窓会のように……』

 

 やめて!

 

「お前たちの役目は、もう終わりだ。主の元へ帰れ」

「……それは一体、どういうことだい?」

「言葉通りの意味だ。私はお前たちを騙し、利用していた。それだけだ」

「ッ!!」

 

 事実ではあるんだけど、あんまりな物言いにお花さんが村正を睨み付けます。

 それどころか、どこからか太刀を出現させました。

 アレは京楽隊長の花天狂骨――のうちの一本ですね。その太刀を村正へと突きつけながら、彼女は叫びます。

 

「その言葉、わっちたちを侮辱していると考えて良いんだね?」

「先ほどからそう言っているだろう? 私はお前たちを騙し、持ち主を裏切らせた。だがもはや続ける意味もなくなった。それだけだ」

「……ッ!!」

 

 その言葉で堪忍袋の尾が切れたのでしょう。

 お花は村正へと襲いかかりましたが、京楽隊長が即座に反応すると、彼女を抱き締めるようにして動きを止めました。

 

「まーまー、落ち着いてよお花。そんな怖い顔してちゃ、綺麗な顔が台無しだよ?」

「放せ! 放しておくれ! この男に騙されて……! あちきは(ぬし)を……(ぬし)に刃を……!!」

 

 うわぁ、凄い光景……修羅場ってこういうヤツよね……

 このままウッカリ心中しそうな雰囲気だわ。

 

『この男を殺して私も死ぬ! でござるな!! 刃傷沙汰でござる!! 殿中でござるよ!!』

 

 ここ、洞窟の中よ?

 

「別に実害があったわけじゃないし、僕は気にしてないよ。それに、お花がそんなに気にしてるんなんて男冥利に尽きるってもんさ」

「そ、そうもんかい……? (ぬし)がそう言うんなら……」

「まだ気に病んでるなら、今度一緒に呑もうよ。それで全部チャラってことにしようじゃないか?」

「……わかったよ」

「……」

 

 あらら、上手くたらし込んだわね。

 お花さんは頬をほんのり赤く染めながらしおらしく頷きました。

 その隣で、お狂ちゃんも無言で頷いています。

 

「それと村正くんも、あんまり煽るようなこと言わないでよ。ウチの子たちはデリケートなんだから」

「事実を言ったまでだ」

 

 村正は冷たくそう言い放ちますが、間違いなく狙ってやってますね。

 自分を恨ませることで、後腐れを無くそうとしているような感じです。

 

「じゃあもうボクたち自由なんだよね!?」

「だよね!? じゃあ遊んで! 一緒に遊ぼうよ!!」

「あ、はははは……良いよ、何して遊ぼうか?」

「かくれんぼ!」

「えー、かくれんぼは駄目だよ! ボクたち離ればなれになっちゃうもん!」

「そっか! そうだよね! やっぱり鬼ごっこ!」

 

 ……こっちは微笑ましいやり取りよね。

 むしろ浮竹隊長が圧倒されてるわ。お子様パワーって凄いわよね。

 

『これはこれで素晴らしい光景でござるよ!! 浮竹パパでござる!! 振り回されてる姿が……なんとも尊い……いや、てえてぇ……!!』

 

 言い方はともかく、滅多に見られない光景なのは納得。

 双魚理は二人とも仲良しみたいね。

 ほら、あそこ。常に二人で手を繋いでいるし、離れたくないからって隠れんぼから鬼ごっこに変更とか、可愛い。

 

「……」

「……そうですか」

 

 あーあー、見えない聞こえない。

 何か二人が通じ合ってるけれど、私は何にも気付かなかったわ。

 

「えーと……浮竹隊長? 遊ぶのは良いんですが……」

「あ、ああそうだな……二人とも、済まないが先に元柳斎先生の件を片付けてからでいいかい? それが終わったら、思いっきり遊んであげるから」

「本当!? 嘘ついたらハリセンボンだよ!?」

「ボク知ってるよ、案内してあげるね! こっちこっち!!」

 

 双魚理が駆け出していきました。

 私たちも慌てて後を追います。

 その先には――

 

「ほら、あそこ!」

「ね?」

「ああ、ありがとう二人とも」

 

 ――五角錐の結界と、その中で座り込む総隊長の姿がありました。

 

「あらら、山じいったら……こんな場所に一人なんてまあ……」

「あの結界……倒山晶(とうざんしょう)? いや、違うな……」

「どうやら、命に別状は無いようですね」

「意識も……しっかりしているようですね」

 

 私たちがやって来たのに気付いたのでしょう。

 それまで瞼を伏せていたのが目を見開き、視線をこちらに向けてきました。

 射貫くような鋭い目からは、私たちがどうしてここに来たのか。その真意や意図を探っているかのようです。

 

「おーい、山じい! もう出てきてもいいよ」

「聞こえますか元柳斎先生!? 聞こえたら御返事を!!」

「総隊長! 村正とはある程度話が付きました!! 少なくとも今ここで手出しはさせません!!」

 

 その叫び声が聞こえたのか? それとも私たちが村正や実体化した斬魄刀たちと共に来たことが決め手となったのか。

 結界はゆっくりと消えていきました。

 

「お主たちか……じゃが、これはどういうことじゃ? よもや村正と共に来るとは……」

「元柳斎先生! 大凡の事情は聞きまし……ん?」

「ねーねー、もういいでしょ~!」

「遊んで遊んでー!」

「こ、コラお前たち……!」

「良いじゃないの浮竹、遊んであげなよ。話はコッチで進めておくからさ。てことだよ、双魚理くん。色鬼でも高鬼でもだるまさんが転んだでも、好きに遊んでおいで」

「「やったー!!」」

「お、おい……京楽……!?」

 

 双魚理が浮竹隊長をぐいぐい引っ張って行きます。

 というかその遊び、京楽隊長が言うと物騒にしか聞こえないわね。

 

『始解してしまうでござるよ!! 拙者と一緒に"大人のお風呂屋さんごっこ"の遊びをするでござる!!』

 

「てことで、山じい。大体の事情は朽木隊長と藍俚(あいり)ちゃんから聞いたし、この村正くんの狙いも聞いた」

「……なるほど。朽木は当然として、湯川なら覚えておっても不思議ではないな」

「ええ、まあ。あの当時に六番隊を少々手伝ったこともありましたから」

 

 総隊長にしげしげと見つめられたので、頷きながら答えました。

 

「それで僕たちとしては、朽木響河はもう十分反省しただろうし、解放しても良いんじゃないかってことで一時休戦としたんだけど……山じいとしてはどう?」

「響河の解放、か……」

 

 一瞬、村正へと視線を走らせたかと思えば、総隊長は軽く頷きました。

 

「確かに。村正が儂に仕掛けてこんところを見るに、ある程度は信用して良さそうじゃ……じゃがその前に。お主らは朽木響河が何をしたのか知っているのか?」

 

 その問いかけに、京楽隊長たちの視線が私に集まりました。 

 

「確か、謀反を起こしたと藍俚(あいり)は言っていましたが……」

「謀反か……間違いではないが……湯川は覚えておるか?」

「……ある程度は。ですが私よりも、朽木隊長の方がよくご存じかと」

 

 結局私が知っていることなんて、現場で錯綜した情報のレベルだからね。

 一番詳しい人に聞くのが、最も確実でしょう?

 

「……自分も、祖父から聞いただけですが――」

 

 そう前置きをしてから、白哉は朽木響河について語り始めました。

 

 

 

 響河は強い死神でしたが、心が未熟で生き急ぎ過ぎていたそうです。

 己の力を過信し、スタンドプレイが目立っていた。当時の銀嶺さんはそれを危惧していたそうです。

 そんな銀嶺さんの不安は的中しました。

 

 ある時、響河は味方の死神を斬ってしまった。

 それは実際には罠――響河の活躍を疎み、自らの派閥の影響力低下を恐れた一部の貴族が、任務に乗じて響河を始末しようとしたのを返り討ちにしたらしいのですが……

 

 真偽はともあれ響河は斬った。斬ってしまった。

 これ幸いにと裏切り者に仕立て上げられ、捕縛されてしまったそうです。

 

 響河は投獄された後、刑罰を言い渡されたそうですが……

 刑が執行されるよりも前に実体化した村正の手引きによって脱獄、罠に嵌めた貴族たちを惨殺したとのこと。

 

 これには銀嶺さんもビックリしたそうです。

 身内であり娘婿であり、何より罠に嵌められただけです。

 なんとか助けてあげようと銀嶺さんが動こうとしていた矢先、そんな短絡的な行為に及んでしまったわけで……

 完全にやらかしました。もう言い逃れは不可能です。

 

 その後は銀嶺さんが逃げた響河を見つけて説得したものの、聞く耳を持たず。

 それどころか逆に銀嶺さんにまで刃を向ける始末。

 

 

 

「――祖父の言葉に耳を貸すことなく、むしろその逆……祖父をも敵と見なした。己が優秀だから疎ましく感じていたのだと、思ってしまった……朽木響河のことを誰もが憎んでいるのだと思い込んでしまった……そして響河は多くの者を手に掛けた。仲間であったはずの死神を……そればかりか、流魂街の住人までを――」

 

 そこまで話すと、白哉はひとつ息を吐き出しました。

 

「その後は皆さんも知っての通り、封印されました……これが、自分が祖父から聞いた話です」

「あー……その、朽木隊長……聞いてて思ったんだけど、それってつまり……朽木家にとってはあまり知られたくないって言うか……その、なんだ……」

「はっきり"不名誉だ"と言って下さって構いませんよ、京楽隊長」

 

 無表情のまま答えたかと思えば、今度は私の方をちらりと見ました。

 

「なにより、自分が話さなくとも湯川隊長が話していたでしょうから」

「いえ、そこまでは細かくは知りませんでした。やはり朽木隊長にお願いしたのは正解でした」

「ご謙遜を」

 

『当時のことをリアルで知ってる死神でござるからなぁ……』

 

 銀嶺さんより年上だからね! そりゃ知ってるわよ!!

 

 ……しかし、改めて聞くと……これ解放していいの?

 藍染対策としてはかなり優秀だと思うんだけど……罪が重すぎるような……

 

「朽木の言葉、儂の知ることと相違なしじゃ……して、村正よ。何か異論はあるか……?」

「……本当、なのか……?」

 

 総隊長の問いかけには答えず、村正は白哉のことを見ていました。

 

「本当は、響河は……あの時、助かったはずなのか……?」

「……無罪放免となったかまでは分からない。だが、朽木響河を苦々しく思い、(はかりごと)に掛けた者がいたのは事実だ。ならばその証拠を見つけだし、祖父が減刑を訴えればあるいは……」

「では……私は……間違っていたのか……? 私が……響河を牢から出したのは……間違い……響河の本能の赴くままに……それこそが、響河の願いだったはず……それこそが、斬魄刀である私の役割だったはず……」

 

 青白い顔のまま、村正は膝から崩れ落ちました。

 主を思ってやったことが実は完全に逆効果だったと知らされれば、こうもなるわよね。

 

「響河……響河……! 私は、私は……」

「もうよせ、村正」

 

 頭を抱えて発狂しそうな村正の肩を、千本桜が掴みました。

 

「斬魄刀であっても、死神に全てを合わせる必要などない。不満をぶつけ、我が儘を口にしても良い……他ならぬお前が、俺たちにそう言った。ならばお前も正々堂々、主に不満をぶつければいい」

「そうだな……千本桜の言うとおりだ……」

「千本桜……朽木白哉……」

 

 微妙に納得いかない様子で頷く白哉でした。

 

『知らぬ間に第二子に桜を見せながら名前の由来を語ると約束させられれば、ああいう顔もするでござるよ』

 

「でも……不満をぶつけるにしても、朽木響河を解放しても良いものかどうか……」

「……良かろう」

「え……っ!?」

 

 案外あっさりと、総隊長が頷いてくれました。

 

「ほ、本当か……! 山本元柳斎、本当に……」

「村正よ。お主のその姿、その想い……偽りでは無かろうな?」

「当たり前だ! 私は響河の為に……響河が呼んでくれれば……!! いや、違うか。響河の声を聞きたい……そして今度こそ、間違わない……やり直してみせる……!」

「うむ……その言葉、しかと受け取った。己が誇りに掛けて、全うしてみせよ!」

 

 なんだか良い話っぽく纏まってますけれど…… 

 

「よ、良いのですか? いえ、私も信じたくはありますけれど……」

「湯川の心配も尤もじゃ。よって、封印した朽木響河を尸魂界(ソウルソサエティ)まで連れ帰り、厳重な結界で囲んだ状態で解放する」

 

 なるほど、それならばなんとかなりそうですね。

 万が一暴れ出しても結界の中なら、それほど脅威とはならないでしょう。

 

 なによりココで下手をすると、村正がまた暴走しかねない。

 となれば、この辺りが落とし所かしら。

 

「その上で……村正よ、解放した響河にお主が声を掛けよ」

「なに……!?」

「長きに渡る封印の間に、響河がどうなっているかは誰にも分からぬ。自らの罪を認め、村正と共にやり直すと誓えばよし……じゃが逆に、非を認めねば――」

「そんなことない! 私が絶対にさせない! だから……!」

 

 総隊長の言葉を遮って、村正が叫びました。

 まあ、こう叫ぶしかありませんよね。最悪の場合は処刑決定です。

 結界で囲んで流刃若火で焼き尽くすとか、そんな感じでしょうね。

 

 どう転んでもこの話はコレで終了。

 ……ひょっとして今回も半年案件だったのかしら?

 

『違うでござるよ?』

 

 違ったの!?

 

『今回は十ヶ月案件でござる!!』

 

 増えてた!?

 

「よかろう。では、封印した朽木響河の召還は……朽木、それと湯川に命じる。他の者たちは解放の準備に掛かれ!!」

「「「はい!」」」

 

 あらら、私と白哉が封印を運んでくる役目なのね……

 まあ、関わりが深いと言う意味では仕方ないのかしら?

 

 

 

「ところで、その封印というのは何処にあるのでしょうか?」

「現世の重霊地(じゅうれいち)……空座町じゃ」

「……えっ!?」

 

 それは知らなかったわ……

 




●花天狂骨
最初にアニオリでデザインされて、原作に逆輸入された。
斬魄刀異聞録で登場する中でも数少ない「精神世界と実体化で同じ姿」をしている。

●双魚理
双子のショタっ子。
とても仲が良くて息がピッタリで、やたら手を繋いでいる。大きいお姉さん歓喜。
浮竹と並ぶと美形パパと双子美少年なので思わず鼻血を出すレベル。

●肉雫唼
布で全身を隠しているので、顔も性別も不明。そもそも喋らない。
いわゆる「大人の事情」で正体不明にされたと思われる。

予想としては、多分女性。
なんかこう、全身血塗れが似合う女性。
ヴァンパイア系とか、そういう血を啜る感じ?

●朽木 響河(くちき こうが)
有能だった。
が、有能すぎてイキりすぎてしまい、他の貴族連中に睨まれる。
結果、罠に嵌められた。
自分は優秀なのになんで認めてくれないんだ……とブチギレ。
しかも投獄された時に村正が手助けしちゃったのがダメ押し。
逆恨み的に暴走。力ある者が正しい。自分たちを妬むこんな世界なんて不要だ。
と思い込んでしまう。

周りへの根回しや潔白の証明って大事。
偉い人ほど大事。

●十ヶ月案件
斬魄刀異聞録(斬魄刀が敵になる話):約半年
刀獣編(斬魄刀と死神で協力する話):約三ヶ月

なので約十ヶ月。


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第197話 終章・斬魄刀異聞篇

 朝靄が周囲を白く染め上げて、どこか幻想的な雰囲気を漂わせています。数メートル先も見えない――とまではいいませんが、視界の悪い森。

 そんな中を私と白哉、そして千本桜の三人は並んで歩きます。

 

「この街に、こんな場所があったのね……行楽で来ることが出来れば、気楽だったんだけど……」

 

 周囲は林のように木が生い茂り、小動物や昆虫の気配がうっすらと感じ取れます。

 さながら自然公園のような景観に、思わず感心して呟いてしまいました。

 

「もうしわけありません。元を正せば当家の問題だというのに……」

「いえいえ、気にしないで下さい。それよりほら、見えてきましたよ」

 

 面目なさそうに瞳を伏せる白哉を励ましつつ、先を指さします。

 先にあるのは大きな湖――その中心に浮かぶ小島が、目的地です。島には、狭い大地に不釣り合いなほどに幹の太い樹がそびえ立っていました。

 

「あの場所に、朽木響河が……」

「……そのようですね………」

 

 ということで、総隊長からの命令通りに朽木響河の回収に来ました。

 しかし……夜中に総隊長を救出したと思ったら、そのまま早朝に現世に行くことになるとか……忙しない話よね……

 

 驚かされたのは、こんな広くて自然溢れる場所があったってこと……さっきも言ったけれど、ハイキングとかで来られたら楽しそう……

 でも今はお仕事お仕事、さっさと終わらせて――って、あら……?

 

「あれ……あの小島……まさか……!?」

「……あの、何か?」

 

 思わず目を擦り、二度三度瞬きをしてから再度凝視します。

 ……うん、やっぱりそうだわ。

 

「あの大木、結界ですね」

「あれが結界……!?」

「なん……だと……!」

 

 白哉と千本桜が驚いていますが、私だって驚いています。

 湖に浮かぶ小島、そこに生えた大樹そのものが幻影……まやかしです。

 霊力の無い人間では疑問に思わないように、霊力がある者が触れてもそれと分からないような細工が施されているみたいですね。

 

 こうして近寄って見ても、事前に知っていなければ気づけたかどうか……

 幹に軽く手を当ててみたのですが、これはちょっと分かりませんね。流石は総隊長、といったところでしょうか。

 

「では、この大樹……いや、結界を……」

「朽木隊長、ここから先はお願いします。私は一応、周囲を見ておきますで」

「俺も警護に付こう」

「わかりました。そちらはお任せします」

 

 白哉が少し緊張したような面持ちで大樹の前に立ちました。

 空座町は重霊地なのに加えて、これだけ大きな結界を解除するわけですから、なにやら良くないモノが呼び寄せられる可能性も高いわけです。

 

「黒き天より来る……――封印の怨霊に……――太古より……――」

 

 私と千本桜が周囲を警戒する中、白哉はゆっくりと詠唱を始めました。

 やがて詠唱が終われば空間に無数の亀裂が走り、そして砕け散りました。

 まるでガラスが割れたようにして大樹は姿を消し、代わりに黒い祠のような物がそこにはありました。

 いえ、これは棺ですね。

 人間三人は閉じ込められそうなほど大きな棺に、四本の槍が刺さっています。

 

「これが、封印……この中に、朽木響河が……」

 

 白哉が複雑な視線を向けています。

 まあ、お家の恥みたいな相手でもあるので、色々と思うところはありますよね。蒼純さんも銀嶺さんも苦労していましたから。

 

「朽木隊長、お気持ちは分かりますが堪えてください」

「あ、ああ……もうしわけありません」

「いえいえ。さあ、邪魔が入らないうちに運んでしまいましょう!」

 

 遠くの方から(ホロウ)の気配がしてるんですよね……だから早いところ逃げましょう!

 やって来た(ホロウ)については、現地の担当死神に任せましょう。

 

『イモ山殿……頑張って下され!!』

 

 え、そんな名前の隊士なんていたかしら……?

 

 

 

 

 

 

 無事に封印の棺を持ち帰ることが出来た後は、急ピッチで作業が進みました。瞬く間に準備が終わり、朽木響河の解放の用意が整いました。

 

「響河……この時をどんなに待ちわびたか……感じる、響河の霊圧を……!!」

 

 ――双殛の丘。

 先日村正に呼び出されたこの場所に、私たちは再び集まりました。

 

 とはいえ今回はこちらが待ち受ける側。

 周囲には既に結界を十重二十重に張り巡らせており、術者は全員が鬼道衆の中でも高位であったり、上位席官の中でも鬼道を得意とする者ばかり。

 加えて万一にも結界を破壊された時に備えて、各隊の隊長や十一番隊の腕っこきがスタンバイ済みです。

 

 そして結界の中にいるのは、まず当然のように村正。

 続いて当事者なので総隊長と白哉が。

 万一の荒事に備えて卯ノ花隊長。

 

 最後に、回復役として私です。

 

 ……なんで……?

 

『ですが、そんな藍俚(あいり)殿の疑問に答えてくれる方はおらんでござるよ!! というか当然の配置でござる!!』

 

 卯ノ花隊長は、割と後ろに下げられていたのに……

 

『あの方は最前線で回復役をさせておいても、気がつくと斬魄刀を片手に戦場に躍り込むので仕方ないでござる!! 全員斬れば回復の手間も省けるって考えが根底でござるからな!! 扱いやすい藍俚(あいり)殿なら最前線でもちゃんと回復してくれるから仕方ないでござるよ!!』

 

 うう……今日も救急箱代わりの生活が始まるわ……

 

「では、始めるぞ。村正よ、準備は良いな?」

「ああ、いつでも構わない! 響河よ、ついに……ついに……」

四槍血封(しそうけっぷう)……(かい)ッ!」

 

 そんな私の心情など知らず、残った封印が解除されました。

 総隊長が開封詠唱を唱え上げれば棺を覆う枷や鎖が外れていき、続いて棺そのものが吹き飛びます。

 刺さっていた四本の槍が地に刺さり砂煙が舞う中、朽木響河が姿を現しました。

 

「響河……!!」

 

 村正が歓喜の声を上げますが……朽木響河、随分印象が変わりましたね……

 長年の封印で肉体的に衰弱したらしく、肉体には骨と皮が目立つ――というよりも、まるで老人のような姿になっています。

 しばらく瞳を伏せたままでしたが、やがてゆっくりと目を開けました。

 

「む……っ!」

「この霊圧……!」

 

 目が開くと同時に、強烈な霊圧が吹き付けてきました。

 これはまた、大した霊圧ですね。弱っていたとは思えないくらい強烈です。

 具体的に言うと、十一番隊の隊長副隊長が目を爛々と輝かせるくらいに。

 

 ……更木副隊長? その結界壊して乱入とか絶対に駄目ですからね!

 

「響河……私はどれだけこの時を……いや、違う! 響河よ! やり直そう! あの時の私は……いや、我々は間違っていたのだ! 朽木銀嶺が語っていたように、耐えるべきだったのだ! 私はあの時の愚かさを教えられた! 死神たちは、愚かだった我々にこうしてやり直しの機会をくれたのだ!!」

「村……正……」

 

 今にも抱きつかんばかりに近寄っていく村正。

 そんなかつての相棒の声が届いたのでしょう。響河は低く呟くと――

 

「えっ!?」

「なんと……っ!?」

「貴様……っ!!」

「……あら」

 

 ――彼が手にしていたのは、半ばから折れた斬魄刀。それを村正の腹部へ深々と突き刺しました。

 

「が……ああぁ……っ!! な、なぜ……!? なぜだ……!」

 

 腹を穿たれた痛みもあるでしょうが、それ以上に主に刺された事が何よりも衝撃的だったのでしょう。

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべて崩れ落ちかけながら、それでも村正は響河へ向けて懸命に手を伸ばしました。

 

「……お前、応えなかったろう?」

 

 ……? 何が?

 

「封印されそうになった時、お前を呼んだのに。お前は応えなかった」

「呼ん、だ……私、を……? その声は、届かなかった……嘘ではない! お前の声は無かった! 私は、お前に呼ばれるのをずっと……お前に呼ばれれば私は……いついかなるときだろうと……全身全霊……」

 

 なんだか二人の間で食い違いが起きてますね。

 

「……やはり、か」

「朽木隊長、何かご存じで?」

「朽木響河封印の際、彼奴は確かに斬魄刀の名を呼んでおった。じゃが、どういうわけか村正は現れなかった。あの時に村正が加勢に来ておれば、はてさてどうなっていたことやら……」

「自分も祖父より、その時の話は聞いていました。村正を使えなかった。まるで、斬魄刀から見放されたようだったと……」

 

 総隊長と白哉が補完してくれました。

 なるほど、封印の際にそんなことがあったんですね。その時のことを響河は根に持っていた、と? ずーっと??

 というか第一声がこれって、もう響河を仲間に引き込むとか無理よね……

 

「はっ! 俺が必要な時にいなきゃ、意味がねえんだよッ!!」

 

 響河は斬魄刀を握る手に力を込めて――って、いい加減見ている場合じゃないわよね!!

 

「お前の力を呼んだのは、死神であるこの俺だ! お前は俺の言うとおりにさえ動いていれば、それでいいんだ!! それが言うに事欠いて、やりなおせだと!? 俺と対等――いや、俺の上に立ったつもりか!? 道具ごときが自惚れるな!!」

「ぐあああぁっ!!」

「村正!!」

 

 刀を引き抜くと同時に村正を蹴り飛ばしました。

 それを大急ぎで駆けつけ、受け止めます。くっ、刀を抜いたから出血が激しい……しかも条件が悪すぎるわよコレ……!!

 

「ん……? お前、どこかで……ああ、思い出した。あの時、四番隊にいたな」

「……覚えていてくださって、光栄です。知り合いの縁で、ついでに大人しく降伏していただけるとありがたいんですが」

「降伏……?」

 

 私の言葉に視線を一周させると、響河は――

 

「よく見りゃ、大層なお出迎えの準備だな? 俺の復活を死神総出で祝ってくれてるってワケか!? ひゃははははははっ!! コイツはいい!! しかもだ! 山本元柳斎! まさかお前までいたとはな!! 俺を封印してくれた礼をしなきゃならねえな……!!」」

 

 上機嫌に笑い出しました。まるで狂気を帯びたように。

 

「どうやら……長き年月を経ても反省することは無かったようじゃな……」

「ええ、仕方ありませんね。では、処分を……」

「ま、待て……まだ、私は……響河を……!」

「喋らないで!!」

 

 総隊長と卯ノ花隊長がやる気を見せたのに反応して、村正が暴れ出します。

 やめて! 今のあなたの状態は危険なんだから!! 怪我を忘れてでも説得を続けたいって気持ちはわかるけど!!

 

「朽木響河よ。過去に積み重ねた大罪。そして今、己が分身とも言うべき斬魄刀を切り捨てるという死神にあるまじき行為……その罪、重いと知れ! 卯ノ花、行くぞ!」

「無論」

「お待ち下さい!」

 

 斬魄刀に手を掛けた二人の動きを遮るように、白哉が前に出て来ました。

 

「此度の出来事、元を正せば当家の問題。響河の相手、どうか私に」

「総隊長……どうなさいますか?」

「よかろう。銀嶺の苦悩、そなたの手でしかと晴らして見せよ! じゃが、苦戦と判断すれば儂らは躊躇うことなく手を出すぞ……それでよいな、卯ノ花?」

「まあ、仕方ありませんね……」

 

 二人とも仕方ないといった様子で下がりました。

 とはいえこれは仕方ないですよね。朽木家の恥ですから、朽木家の者が始末を付けたいというのもよく分かります。

 

 ……というか、白哉。その腹づもりならさっさと名乗り出ておきなさい。

 総隊長と卯ノ花隊長がやる気になったら、響河も十秒持たないから。

 

「貴様、朽木家の者か……」

「朽木家二十八代当主、朽木白哉。響河よ……これに見覚えがあるか?」

 

 そう言いながら白哉は懐から何かを取り出しました。

 

 あれって、牽星箝(けんせいかん)ですね。

 上流貴族しか着用が許されない髪留めで、アレ一つでお屋敷が買えるほどお高い。

 ……でもアレ、どこかで見たような覚えがあるんだけど?

 

「我が祖父から貴様に贈られ、そして貴様が捨てた物だ……!!」

 

 ああっ! だから見覚えがあったのね!!

 以前、六番隊の三席だった頃の響河は髪の左側に牽星箝を付けていたっけ。

 

「それがどうかしたか?」

「伯母はお前が変わってしまったことを嘆き続けた……祖父はお前を正しく導けなかったことを悔いていた……朽木家の誇りを穢し、死神の誇りを穢し、自らの斬魄刀まで穢した……もはや看過出来ぬ! 貴様を斬る!!」

 

 手にした牽星箝を強く握り締めながら、白哉は叫びました。

 家族を、当時の朽木家に暗雲を齎した相手が許せないんでしょう。おそらくは銀嶺さんから「いざというときはお前が斬れ」程度のことは伝えられていたかもしれません。

 

「はっ! その傲岸不遜な物言い、間違いなく朽木家の者だな! だが、貴様程度が俺に勝てると思っているのか!?」

 

 ……仮に白哉を倒しても、このメンツに勝てるの?

 総隊長も卯ノ花隊長も、勿論私も容赦しないわよ? 仮に勝ててもまだ更木剣八が控えてるのよ??

 

 

 

 ――っとと、いけないいけない。

 あっちばっかり見ているわけにも行かないのよね。

 

 こっちはこっちで暴れる村正を押さえつけながら、必死で治療に続けます。

 

「放せ、死神……! 私は、まだ……響河……!!」

「動かないで! ただでさえ斬魄刀の治療なんて経験が少ないことをやってるんだから!! ましてや混ざった霊圧(・・・・・・)を持った相手の治療なんだから、集中させて!! 暴走するわよ!?」

「……ッ! 死神、お前気付いて……」

「当たり前でしょう?」

 

 村正の中には、(ホロウ)の霊圧が感じられました。

 おそらく、主が不在の状態でも長時間活動するために(ホロウ)を喰らってエネルギー代わりとしていたのでしょうね。

 

 それが現在は逆効果になっているというか、なんというか……

 傷とショックで今にも(ホロウ)を吐き出しそうな状態です。もしも(ホロウ)を吐き出せばどうなるのか、想像も付きません。

 

 ただ霊圧を垂れ流がすだけで済むのか、(ホロウ)がそのまま出てくるのか、はたまた喰らった者と(ホロウ)とが融合してもっと厄介な"何か"になるのか……

 

「悪いんだけど、当初の約束通りに響河は処刑させてもらうわ。あなたもそれで納得したはずでしょう? 何より、今の響河はあなたを拒絶した……それでも声を届けようとするその姿勢はとても立派よ……」

「何故だ……どうして……もう、私の声は届かないのか……私はお前の声を聞くことができないのか……」

 

 私の言葉が聞こえたのか、多少なりとも村正の動きが落ち着いてきました。

 よかった、これで治療に専念出来そう――

 

 

 

「こんな不安定な刀など、もはや邪魔なだけ。貴様を殺すのは、俺の力だけで十分だ」

 

 ――と思ったら、響河が手にしていた斬魄刀を邪魔だとばかりに叩き折りました。

 

 なにやってんの!?!? そんなことしたら……!!

 

「があああああぁぁっ!!!!」

「村正、しっかりして!! 総隊長、卯ノ花隊長! 砕けた斬魄刀をこちらに運べますか!? なんとか復元させてみます!!」

 

 本体でもある斬魄刀を破壊されたことで、村正の暴走度合いが一気に高まりました。

 いえこれは、今までで最も強烈な拒絶を受けた衝撃が引き金ですね。

 霊圧がコントロール出来ず、今にも破裂してしまいそうなほどです。必死で押さえ込みますが、これは……一瞬も気が抜けそうにない……

 

「はっはっはっ! 苦しめ苦しめ! お前のような出来損ない、代わりはいくらでもいるんだよ!! それに復元だと? そんなこと、させるかよォ!!」

「愚かな……行くぞ、千本桜!!」

「御意!」

 

 千本桜が斬魄刀へと戻り、白哉の手の中に収まりました。

 一方の響河は、近くに突き刺さっていた封印の四槍――その一本を掴むと、迎え撃つように構えます。

 

「何のつもりだ?」

「言ったはずだ! 斬魄刀など不要、俺の力だけで十分なんだよ!!」

 

 白哉と響河、二人の戦いが始まりました。

 

 刀と槍というリーチの異なる武器同士の戦いですが、白哉にしてみればその差はあまり意味を持ちません。

 なにしろ死神が持つ斬魄刀は千差万別、槍はおろか鎖付き鉄球や鞭剣なんて物にまで変わります。

 リーチ差を物ともせずに斬り掛かる白哉に対して、使い慣れてはいないであろう槍で渡り合う響河を褒めるべきかもしれません。

 

 刀と槍が高速で繰り出され、二人はめまぐるしく位置を変えながら、結界内を縦横無尽に飛び回り戦い続けています。

 それは当人たちよりもむしろ、周囲で見ている後詰めの死神や結界を張っている者たちの方が圧倒される程の激戦でした。

 

 これでは砕かれた村正の破片を拾いに行くのは難儀しますね。不可能ではありませんが、白哉の戦いの邪魔をしてしまう。

 それが分かってしまうから二人とも手を出しあぐねており、私も催促はできませんでした。ただ、村正の霊圧を必死になって押さえつけ続けるだけです。

 

 やがて――

 

「もらった!」

「いかん!」

 

 白哉が響河の後ろを取った瞬間、総隊長が叫びます。

 本来は決定打となるはずの背後からの一撃。

 けれどもそれは相手の遙か手前で放たれ、むなしく空を斬りました。

 空振りという大きな隙を突いて反撃しますが、白哉はそれを受け止めると一旦仕切り直しとばかりに距離を取ります。

 

「目測を間違えた……? それにしては様子がおかしいような……」

「あれは、響河の持つ能力だ……相手に霊圧を送り込み、その五感を狂わせることが出来る……その能力を持っているから、私が産まれたとも言えるだろう……」

 

 卯ノ花隊長の疑問に村正が答えます。

 そんな能力まであるのね……相手の五感を支配する…… 

 逆撫や鏡花水月と似てるけれど、斬魄刀に頼らないのは便利よね。

 

 ……ちょっとだけ、練習してみようかな……

 

藍俚(あいり)殿!? お気を確かに!!』

 

「村正ァ!! テメエはどこまで俺の邪魔をすれば済むんだッ!! 牙気烈光(がきれっこう)!!」

「縛道の八十一、断空」

 

 アドバイスすら苛立つらしく、響河は無数の光線を放ち黙らせようとするものの、卯ノ花隊長が庇ってくれたおかげで無傷で済みました。

 

「チッ、まあいい……まずは朽木の当主、お前からだ! 既にお前の全身の感覚は俺の手の中。目の前にいる俺の姿すら、まともに認識することはできん! 尤も、銀嶺のように心を閉ざして戦えれば、この技は通用しなかったがな! 自らの未熟さを恨め!! フハハハハハッ!!」

「心を閉ざせぬのではない。心を閉ざさぬのだ」

「……ハァ!?」

「心を閉ざせば封印することは出来ても、倒すことは出来ぬ。私は心を開き、貴様を斬る!」

「この状況で良くもそんなことを……だったらやってみろォッ! もはやお前の目も耳も鼻も、全ては俺の思うがままだ!!」

 

 心を閉ざすことなく戦い、勝利する。

 その物言いが癪に障ったらしく、響河はもう一本の槍を手に取り二刀流――二槍流……?――で白哉に襲いかかります。

 

「主よ! 俺が目となり手足となって戦おう!」

「……千本桜!」

 

 実体化した千本桜が僅かに顔を覗かせたかと思えば、始解しました。

 刀身が無数の花弁のように分裂し、響河へと襲いかかります。

 響河も五感を狂わせているのでしょうが、今は千本桜が戦っているためそれらは全て徒労でしかありません。

 

「……羨ましいな」

 

 そんな戦いの最中、村正が呟きました。

 

 ああ、なるほど。

 本来ならば死神自身と斬魄刀、その両方をそれぞれが操ることで容易に打開出来たはずなのに、今はそれが出来ない。

 死神と共に戦える千本桜の姿が、どうしようもなく羨ましいのでしょうね。

 

「チッ、邪魔だ! 氷牙征嵐(ひょうがせいらん)!!」

「ぐ……ッ!?」

 

 無数に舞い散る桜の花びらに業を煮やしたのでしょう。

 冷気の渦を放つと千本桜と白哉もろとも氷漬けにしました。

 

「いいザマだな朽木の当主! 貰った――ぐおあっ!?」

 

 動きを封じた所を確実に仕留めようと一歩、盛大にスッ転びました。

 それも、戦闘中とは思えないほどに。

 

「な、なんだ……俺の足が……何故だ、何故動かん……ハッ!? これは……!!」

 

 全く動かなくなった己の足を睨み付けていたかと思えば、やがて何かに気付いたかのように私のことを睨み付けると激怒しました。

 

「結構、簡単にできたわね」

「四番隊の!! テメエエエェェッ!!」

 

 響河の操る五感支配の技術、つい使っちゃいました。

 突然真似されて横やりまで入れられれば、そりゃ怒りますよね。

 

『……藍俚(あいり)殿!? なにやらサラッと新技を会得しているようですか!?』

 

 だって、やっていることはいつもと大差ないんだもの。

 

 回道で相手に霊圧を送って回復させる。

 相手の霊圧を送り込んで五感を支配する。

 

 どちらも基本は同じ。

 

 これ多分四番隊の隊士なら、基本はすぐにマスターできるはずよ。

 どこまで影響を及ぼせるかまでは、各人の努力次第だろうけど。

 

『頑張れば相手の行動を封じられると?』

 

 相手の霊圧に上手く同調させて、流れを操ればそのくらいはね。結局のところ、五感を操るのだってその延長線上でしかないもの。

 

 とはいえ無粋な手出しはこれ以上は不要。

 仕切り直しとばかりに五感支配を解除します。

 

「ごめんなさい、朽木隊長。つい余計な手出しを……」

「ええ、まったく……手出しは無用と言ったはずです。なにより、私には無用でした。」

「減らず口もそこまで……――ッ!?」

 

 立ち上がり構え直す響河でしたが、その言葉は最後まで紡げませんでした。

 千本桜を封じ込めていた氷塊に細かな亀裂が無数に走ったかと思えば、粉々に。当然、白哉も自由を取り戻します。

 

「卍解……千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)!! 終景(しゅうけい)白帝剣(はくていけん)

「く……お、おのれええッ!!」

 

 周辺全てを、空間全てをも支配せんとする舞い散るのは無数の桜の花びら。その全てが突如として突風でも吹いたかのように舞い上がり、白哉の手元に集まります。

 億をも超える千本桜の刃たち。その全てを圧し固め、一振りの刀とする。

 白夜の持つ最も強力な攻撃手段です。

 

 千本桜景厳の美しさに見とれ、そこに秘められた殺傷力を恐れたのでしょう。

 響河は二本の槍を手にしたまま、全力で襲いかかってきました。

 

「勝負!」

「がはあァァッ!!」

 

 交錯はほんの一瞬。

 白帝剣は二本の槍ごと響河の身体を切り裂きました。

 胴体に深々とした裂傷を負い力なく倒れる相手へと、白哉はさらに刀を向けます。

 

「ま、待て! 待て待て待てッ!!」

「終わりだ」

 

 大きく振りかぶる白哉でしたが、ですがそれは振り下ろされませんでした。

 振り下ろすそうとしたその矢先、村正が響河を庇うようにして白夜の前へと立ち塞がっています。

 

 傷は塞いだし、霊圧も落ち着かせましたから現在は安静を保っているものの、殺し合いの現場に割り込めるような余力なんて残っていないはずなんですが……

 

「村正よ……何の真似だ?」

「は、ハハハハハッ! そうだ村正! それでこそ俺の道具だ! 俺を守れ! それでこそ道具の――ガフッ……!?」

 

 白哉の問いかけには答えることなく、かといって今更になって調子の良いことを並べる響河に文句を言うわけでもない。

 村正は無言のままに響河を抱きしめると、その身体に手刀を突き刺しました。

 

「むら……まさ……テメェ……!」

「響河……すまない。あの時、本来ならば私はお前を諫めるべきだった……間違っているのは自分たちだと教えられた……お前に刺され、不要だと捨てられても……声が聞こえなくなっても……それでもお前を見捨てられなかった……だが、これ以上お前を暴れさせるわけにもいかぬ……」

 

 口から血を吐き出しながら射殺すような目で睨み付ける響河でしたが、白帝剣のダメージは大きく、身体はまともに動かせないようです。

 

「朽木白哉! 私もろとも響河を斬れ!」

「……承知した!」

「ふざ、け……」

「はあああぁぁっ!!」

 

 振り上げたままの刃が、漸く振り下ろされました。

 

「ありがとう、朽木白哉……千本桜よ、主と仲良くな……そして響河……全てを清算して、初めからやり直そう……そして出来れば……また、お前の斬魄刀……今度こそ……間違、え……ず……」

 

 村正は優しく、諭すように語っていました。

 血に塗れ、愛しい相手を抱きしめながら、ゆっくりと目を閉じました。

 

 あまりにもあっけない、というべきでしょうか? それとも、すれ違ってしまった斬魄刀と死神との悲壮な結末、とでもいうべきでしょうか?

 

 白哉も私も、そして周囲に備えていた全ての者達も、何も言うことができませんでした。ただ無言のまま時が過ぎ――

 

「……見事じゃ、朽木白哉! 千本桜! そして……村正よ!!」

 

 ――総隊長がそう叫んだ瞬間、私たちは思わず拍手をしていました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 こうして。

 斬魄刀実体化事件は、首謀者たる村正の死を以て終焉を迎えた――

 

 

 

 

 

「奥方様、初めまして。俺は千本桜と申します。主共々、お世話になっております」

 

「初めまして。ルキア様の斬魄刀の、袖白雪と申します。ルキア様のお姉様であれば、(わたくし)にとっても姉のような方。ふつつか者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」

 

「ああ、それと鴇哉(ときや)。もうすぐお前に弟か妹が出来るはずだ。俺と同じ、桜の文字を名付けられる。どうか兄としてしっかりと守ってやって欲しい」

 

 

 

 

 

 ――はずだったんだけどなぁ……

 




やっと次回から、斬魄刀とキャッキャウフフができます。

●朽木響河(復活時)
がっつりと拗らせており、もはや性格矯正は不可能。
本編でも村正に「お前は俺の道具なんだから言うことを聞いてろ! 道具風情が!!」とか言っちゃう人。

ただし強さは前評判通り。
復活した直後の衰弱した状態でも強大な霊圧でルキアをビビらせ、白哉を苦戦させた。

(アニオリDVDの初回特典ドラマCDで、若い頃の響河の内面描写があるらしいのですが。
 流石にそこまでは手が出せませんでした)

●村正
持ち主不在で行動していたので、エネルギーを補うために虚を喰っていた。
主に捨てられたショックで虚を抑えきれずに暴走する。

・始解:囁け(ささやけ) 村正(むらまさ)
・卍解:無鉤条誅村正(むこうじょうちゅうむらまさ)
・能力:始解で斬魄刀を操る
    卍解すると斬魄刀の中の人を実体化させる

(無鉤条虫という寄生虫がいるけど、元ネタなのかしら?)

●五感支配
響河が使う能力。白哉相手に使用し、苦しめた。

それをサラッとコピーしちゃうどっかの人。
(年中回復で相手に霊圧を送り込んでいるから、仕方ないのだ)


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第198話 斬魄刀とキャッキャウフフしていこうぜ

「…………」

「…………」

 

 緋真さんも鴇哉(ときや)君も、ぽか~んとした表情をしています。

 でも、そりゃあこんな表情にもなるわよね。

 

 朽木響河は倒れ、村正もまた響河と共に逝くようにして消滅。

 それに伴い、実体化していた斬魄刀たちも消えた――はずでした。というか、死神たちはそういう認識でした。

 

 だって実体化させていた元凶の村正が消えたんですから。

 術者が倒れれば術もまた消えるって考えるのが、当然でしょう? 何より村正の消滅と同時に実体化した斬魄刀たちも姿を消したんです。

 

 それがどういうわけか、前触れもなく急に姿を現せば驚くしかありません。

 

 あ、忘れるところでした。現在の状況ですが。

 響河を斬ったことを報告すべく、白哉は朽木家へ戻ることにしました。

 ルキアさんと阿散井君も、身内ということで一緒に朽木家へ。

 私も、響河にはちょっとだけ関わっていたので"一言だけでも"と思って、同行させて貰いました。

 

 そして朽木家に着き、緋真さんたちが出迎えてくれたと思ったらコレですよ。

 千本桜と袖白雪が突然実体化したかと思えば、我先にと自分を売り込んだわけで。

 事情を知らない緋真さんたちでは、呆然とするしかありません。

 

 だってこの二人は、まだ斬魄刀が実体化したことすら知らないはずですから。

 

「千本桜!? 突然何を……!?」

「袖白雪!? 姉様に何を……!? い、いや待て! お主たち、どうして……!?」

 

 突然実体化して自己紹介を始める斬魄刀の言動に、二人とも焦っています。

 

「どうするよ猿の? オイラたちも挨拶しておくか?」

「蛇のよ、我らは後で良かろう。今あの場に加われば、余計に混乱させるだけじゃ」

「あー……よく我慢したな。気配りの出来る斬魄刀で俺も鼻が(たけ)ぇわ……」

 

 阿散井君のところもいつの間にか実体化していますね。

 

『ちなみに前回もご紹介しましたが、蛇尾丸は実体化すると"サルの女性"と"ヘビの少年"の二人になるでござるよ!! お互いに相手を「猿の」「蛇の」と呼び合う間柄でござる!! 蛇尾丸は(ヌエ)でござるからな!!』

 

 鵺って猿の顔・狸の胴体・手足は虎・尾は蛇だっけ? で、頭の猿と尾の蛇がそれぞれ独立して存在してるってところかしら。

 

『元々蛇尾丸は、猿と蛇で別々の人格として描かれているでござるよ? お忘れでござるか?』

 

 ……お忘れしてたわ。

 

『拙者としてはやはりあの、猿殿の身体を!! あの毛むくじゃらの身体をヌルヌルのベトベトにして、ババア言葉を出せなくさせるくらい素に戻してやりてぇでござるよ!! ふひひひひひっ!!』

 

 私はちょっとだけ、あの蛇の子を涙目にさせたいなぁって……

 

藍俚(あいり)殿!? ま、まさかそちらにお目覚めに……!?!?』

 

 生意気な男の子が泣きそうになってるのを歯を食いしばりながら必死で堪えているのって、興奮してこない?

 

『……完全に同意でござるよ!! 大丈夫でござるよ! 怖くないでござる! 怖くないでござるから! ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから「おねえちゃん」って言うでござる!! 漢字は使っちゃ駄目でござるよ!! 全部ひらがながジャスティスでござる!!』

 

 そうね、その通りだわ。でもそろそろ状況を進めましょう?

 とりあえず、二人に状況の説明を。

 

「あの緋真さん、鴇哉(ときや)君。この二人は千本桜と袖白雪で、それぞれの斬魄刀が実体化した姿なんです。急にこんなことを言われても困惑するのはわか――」

「まあ、そうでしたか! 実体化……そのようなこともあるのですね。あなたが千本桜殿……白哉様を助けて頂き、ありがとうございます」

「い、いや俺は……」

「あなたがいなければ、白哉様が危険な目にあっていたかもしれません。命を落としていたやもしれません。肩を並べて戦いに赴いてくださった方にお礼を言うのは当然のことです」

「――りますけど……」

 

 さ、流石は緋真さん。

 アッという間に受け入れて、千本桜にお礼を言ってるわ。

 

「それに袖白雪様も。ルキアを守っていただき、感謝の言葉もありません」

「千本桜……父様の? それに、ルキア叔母様の……?」

「ああ、そうだ。それにもうすぐお前は兄になるのだ。強くなり、守ってやれ」

「こうやって会話をするのは初めてですね。初めまして、鴇哉(ときや)殿」

 

 鴇哉(ときや)君も緋真さんの子供よね。

 ちょっとおっかなびっくりだけど、受け入れてる。

 

「兄に……なる……? あの、母様……どういうことでしょうか?」

「そういえば、千本桜殿が仰っていましたが……あの、白哉様? 私、身に覚えが……」

「す、すまぬ! 私は先にお爺様へ報告を済ませたいのだ……失礼!」

 

 大慌てで言い訳染みたことを口にしつつ、白哉は逃げました。去り際にチラリと私にアイコンタクト――というよりも、泣きそうな目で訴えながら。

 

 ……その視線はまさか、私に説明しろってことなのかしら?

 千本桜がこうなったのは、白哉が悪いと思うんだけど?

 

 でもやっぱり説明しなきゃ駄目よね……

 

 あ、そうそう。銀嶺さん、まだ生きてます。

 と言ってももうすっかり老け込んでいて、身体にも随分とガタが来ています。

 ひ孫パワーでかなり頑張ってはいるんですけどね。

 今回の響河の件で思い残すこともなくなって、そろそろ危険かも知れません。

 頑張って! ひ孫がもう一人産まれるかも知れないから!!

 

「えーっと……千本桜、少しだけ鴇哉(ときや)君の相手をしてもらえるかしら? 緋真さん、ちょっとお話よろしいですか……? 実は、かくかくしかじかで、だから千本桜は兄になると言っていまして……」

「……まあ! そういうことでしたか!!」

 

 こっそりと緋真さんに伝えたところ、予想外の好感触です。

 恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、喜色を浮かべていますね。

 

鴇哉(ときや)も一人では寂しいかもしれませんからね。そ、それに……白哉様がお望みでしたら……その……やぶさかでは……」

「……体調については問題ありませんので、今夜からでも構いません。ただ時期などはご夫婦でよく話し合って決めて下さいね」

「そうですね。その時にはまた、湯川先生にもお願いいたします」

 

 え? また私が産婦人科するの!?

 鴇哉(ときや)君の時でも相当面倒ごとが増えたのに!?!?

 

「か、考えておきます……」

 

『そうやって曖昧な返事をしてしまうから、なし崩しに巻き込まれるでござるよ? 今回ばかりは「前回手助けを~朽木家の伝統が~」とか理由を付けて断れたでござる……考えると言った時点で、ほぼ確実に白哉殿が相談に来るでござるよ?』

 

 ……あ。

 ですが、気付いたときには後の祭りでそんバラピーにゃん。

 

『まあ、そんなチョロいところが藍俚(あいり)殿の魅力でござるよ!!』

 

 チョロくないもん!

 

「湯川殿!! ありがとうございます! 奥方様とお子様の件、よろしくお願いいたします!! それと名前の件も是非に!」

「せ、千本桜……!?」

「いやはや、湯川殿にお任せすれば成功を約束されたようなもの。赤子にまで今のように接することまでは適いそうにないが、ようやく肩の荷が降りた気分だ……」

 

 いつの間にか千本桜がやって来て、私の手を握りながら感謝しています。

 外堀が……! 外堀がアッという間に埋まっていく……!!

 

『だから言ったでござるよ?』

 

 うう……泣きそう……って、あら? ちょっと待って??

 今、聞き捨てならないことを言ったわよね!?

 

「あの、千本桜? さっきの『今のように接することはできそうにない』って言葉だけど……ひょっとして実体化には制限があるってことなの?」

「ああ、その通りだ」

「ええっ!?」

「な……そうなのか蛇尾丸!?」

 

 私が訪ねたところ、あっさりと肯定する千本桜。

 その様子に、むしろルキアさんたちが驚いていました。

 

「ええ、そうです。そもそも(わたくし)たちが実体化できるのは、村正の能力によるものですから」

「本来なら村正の消滅と共に消えるのじゃろうと、儂らも思っておった。じゃが、彼奴が消滅しても霊圧は残っておったのじゃろうな。おかげでほれ、この通り」

「ま、細かい理屈なんてどーでもいいぜ! こうやって好きな時に外に出て遊べるってんだから、オイラは結構気に入ってんのさ!!」

 

 袖白雪らが後を引き継ぐように説明してくれました。

 なるほど、術者が倒れてもしばらくは残り続けるタイプの術だったのね。

 術者が消えたショックで一時的に姿を消したけれど、霊圧が残っているから本体が望めば実体化している……そんなところかしら?

 

「じゃあ、今頃は他の斬魄刀も実体化を?」

「おそらくは。持ち主の死神の方々と、交流を深めていると思いますよ」

「ちなみにその霊圧って、どのくらい保ちそう?」

「んー……まあ、二週間くらいは保つんじゃねえの?」

「儂も蛇のの意見に賛成じゃ。まあ、あくまで感覚の話で保証は無いがの」

 

 ということは……

 

 雀蜂も!

 飛梅も!!

 袖白雪も!!

 灰猫も!!!!

 蛇尾丸も!!!!

 花天狂骨も!!!!

 

『なんともクレッシェンド(だんだん大きく)な並び順でござるな』

 

 みんなまだまだ実体化していられるってこと!? 

 一夜の夢だと思って諦めていたけれど、チャンスはまだまだあるってこと!?

 

 さっき射干玉が「蛇尾丸の毛並みをヌルヌルにしたい」って言ってたのは、こういうことなの!?!?

 

藍俚(あいり)殿……気付いていなかったでござるか?』

 

 ごめんなさい、全く気付かなかったわ! でも、今気付いた!! 気付いたからには動くわよ!! まずは下準備から!! 料理もおっぱいも、下準備が大事!!

 

「千本桜、ちょっといいかしら?」

「む、何を……!?」

「すぐに済むから」

 

 戸惑う千本桜を押し切って彼の胸元に手を当てて、そっと霊圧を流し込みます。

 回道を使う時や響河の五感支配と同じような感覚でゆっくりと、それでいて相手の霊圧に合わせるように意識して、ゆっくりと。

 けれども確実に。

 

「……ふう、一先ずはこんなところかしら。どう、千本桜? 少し霊圧を補充してみたんだけど、分かる?」

「ああ、わかる……多少だが、身体が軽くなった」

「よかった。とりあえずは成功ね」

 

 千本桜の反応は、予想通りの物でした。

 彼は自分の身体の具合を確認するように手足を軽く動かすと、確証を得たように口にします。

 

「先ほど蛇尾丸が二週間と言っていたが、これならばもう数日は実体化を維持出来そうだな」

「なんだってぇっ!?」

「千本桜殿、そ、それは誠ですか!?」

「ほほう、それはそれは……なかなか愉快じゃな」

 

 斬魄刀たちが思いっきり食いついてきました。

 

「さ、流石は先生……」

「え……マジっすか……? まさかコイツら、このまま永遠に実体化し続けるんじゃ……?」

「流石にそれは無理よ。村正の能力と霊圧の両方が残っているから実体化しているの。霊圧だけ補充しても、能力の効果が消えたらそれでおしまい。あくまで本来よりも"もうちょっとだけ"長びくだけよ」

 

 でもとりあえずは実体化の延長には成功したわね。

 じゃあ次は――

 

「ねえ、鴇哉(ときや)君。千本桜や袖白雪と、もっと長く一緒にいたいよね? お父様の斬魄刀に稽古を付けて貰ったり、ルキアさんの斬魄刀と一緒に遊んだりしたいよね?」

「うんっ! もっと千本桜や袖白雪と一緒にいたい!」

「そうよね、私も同じ気持ちだわ。それにルキアさんだって阿散井君だって、二度とない機会なんだから斬魄刀たちともっと交流を深めたいでしょう?」

「それは、まあ……」

「確かに……」

 

 ――よし! 言質は取ったわ!!

 

「だから、私にも協力させて。斬魄刀が少しでも長く実体化し続けていられるように、全力で協力するわ。それに四番隊の隊長としても、色々調べておいて万が一に備えたいの」

「なるほど、そういうことなら」

 

 大義名分もゲットしたわよ!!

 これで実体化の延長という名目で、斬魄刀に触れられる!!

 あとは時間との勝負!!

 

『負けられないアディショナルタイムがココにあるでござるよ!! 主審権限で90分延長するでござる!!』

 

「差し当たってまずは――」

 

 この場にいる斬魄刀たち、それら全員に視線を動かします。

 そうね、ここはやっぱり……

 

「――袖白雪さん、協力してもらえる?」

(わたくし)ですか? 構いませんが、一体何を……」

「大丈夫、ちょっとした健康診断みたいなものだから」

 

 私はにっこりと微笑みました。

 




それっぽくてで良いから、ちゃんとしっかり、理由を付ける。
まずは袖白雪から(わきわき)

●後の祭りでそんバラピーにゃん
特に意味はありません。
後の祭りでピーヒャララとか書こうとしたら、何故かこうなりました。

●クレッシェンドな並び
多分これが一番エロいと思います。
あと、だんだん文字数を多くするところを頑張りました。


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第199話 健康診断とマッサージをしよう - 袖白雪 -

「さて、と……」

 

 二人が入室したのを確認してから、障子を閉じました。

 

「ごめんなさい。無理に頼んじゃったみたいで……でも、了承してもらえて嬉しいわ」

「いえいえ。突き詰めればルキア様の為になることですから。お気になさらずに」

 

 少しだけ申し訳なさそうに両手を合わせながら告げれば、袖白雪は柔和な笑みで返事をしてくれました。

 

 彼女からは先ほど「健康診断を受診します」と快諾してもらえましたので、善は急げとばかりに朽木家の一室をお借りしました。

 なのでこれから、彼女の健康診断を始めます。

 

「すまぬ、袖白雪。私のために……」

「そんな……(わたくし)はルキア様の斬魄刀として、当然の選択をしているだけですから……」

 

 一応、持主の特権ということでルキアさんもこの場に同席しています。

 

 しかしこうして二人が並ぶと、袖白雪の方が正統派の美人とでも言いますか……清楚な色気が漂ってきますね。

 ルキアさんだって勿論美少女ではありますが、大多数の男にとって分かり易く美人なのは間違いなく袖白雪です。

 白い肌に長く美しい髪が揺れ、切れ長の瞳は見つめるだけで男を惑わせる――とでも言いましょうか。

 民話や怪談で男が雪女に入れ込み過ぎてしまい、自ら望んで氷漬けになるのってこういうことなんでしょうねきっと。

 

「さて、それじゃあまずはそこに座って貰えるかしら?」

「ええ、了解です」

 

 二十畳はある広い部屋の中には、お布団がぽつんと敷かれています。

 検査をするわけなので畳の上に直接寝かせるわけにもいきません。なので部屋を借りた時に、予め依頼しておきました。

 袖白雪は私の言葉に従い、お布団の上に優雅な動作でゆっくりと腰を下ろします。

 

「じゃあ、まずは――」

「あ……っ……あの……?」

 

 私も彼女の前に座ると、着物をゆっくりと脱がしていきます。

 反物は上質の素材なのでしょうか? 手触りがなんともなめらかで、肌に引っかかることなくするりと(はだ)けます。

 白い着物の下からは、これまた雪のように白い肌が露わになりました。

 

 雪のように白い胸元は、まるで雪山です。

 大きすぎもせず、かといって決して小さくはない。なんとも上品な膨らみが、そこにはありました。

 肌が白いおかげで、その山の頂で彩る桜色もまたよく目立ちます。

 まだ穢れを知らぬおっぱいと乳首は、まるで一つの芸術作品を相手にしているかのような錯覚に陥りました。

 

 というか、ルキアさんよりも確実に大きいです。

 

「まずは肌の具合から確認ね」

「ん……っ……」

 

 手の平から腕、そして肩から胸元へと。順番に手を当てて感触を確かめます。

 

 今更ですが、袖白雪は尸魂界(ソウルソサエティ)で最も美しい斬魄刀と呼ばれています。

 そして実体化した彼女の姿もまた、その名に恥じぬものでした。

 容貌は言うに及ばず、肌もまた触れただけで柔らかく、指に吸い付くようです。

 ただ、氷雪系だからでしょうか? 体温は平均よりも低めのようで、触れているとやや冷たく感じられます。

 

「筋肉は……? なるほど、こうなっているのね……」

 

 もう少し、とばかりに指先に力を込めます。

 華奢に見える袖白雪の肢体ですが、なるほどどうして肉体そのものはしっかりとしています。

 表面上の冷たさの奥には、ほんのりとした体温――暖かさが感じられました。

 触診に加えて霊圧照射を行い、筋肉組織や骨の状態を確認――

 

 ――そういえば、五感支配って実体化した斬魄刀にも効果があるのかしら?

 ちょっとだけ……ちょっとだけ試してみましょう。

 

「あ……っ……ん……く……」

「袖白雪? どうしたのだ?」

「あ、い、いえ! なんでもありません!」

 

 ……効果、あるみたいね。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ感触を敏感にしただけなのだけれど。袖白雪の口元からは、雪をも溶かしそうなくらいに熱く艶めかしい吐息が漏れ出ました。

 

「ごめんなさい、痛かったかしら? でも、もう少し続けるから我慢してね」

「は……い……っ、んく……ふ……ぁ……」

「そ、袖白雪……?」

「い、いえ……ルキア様、お気になさらず……にっ……!」

 

 触診は今や、胸元近くにまで進んでいます。

 鎖骨や脇の下、横腹から鳩尾のようにお山(おっぱい)の周囲をそっと撫でていくと、それに伴って彼女の呼吸が少しずつ荒く、余裕のないものに変わっていきました。

 白い肌は吹き出した汗でゆっくりと濡れていき、まるで降ったばかりの新雪のように光り輝いて目に痛いほどです。

 刺激にあわせてふっくらとしたおっぱいが心細そうにぷるぷると震えています。

 

 そんな袖白雪の様子を心配したようにルキアさんが声を掛けますが、彼女は健気にも「何でも無い」と言って平静を演じています。

 下手なことを言って主に心配を掛けるわけにもいきませんし、なにより健康診断中に「感じています」なんて恥ずかしくって言えませんから。

 

 白い頬を真っ赤に染め、瞳を潤ませていることから、普通の状態ではないのは丸わかりなんですけどね。

 

「ごめんなさい。痛かったかしら?」

「そ、その……い、痛くは……ないのですが……ぁぅ……」

「少しだけ霊圧を込めて反応を確認しているから、痛かったら痛いって遠慮無く言って頂戴ね」

「ぃ……ぃぇ……」

 

 俯きながら言おうか言うまいか必死で悩んでいる姿がとても可愛いです。

 

「もしかしたら、初めてのことだから不安になっているのかもしれないわね……そうだ! ルキアさん、袖白雪の手を握って貰えるかしら?」

「て……手をですか?」

「ええ。斬魄刀なんだから、手を握って貰うのは柄を握られるようなものでしょうし。安心できそうでしょう?」

「なるほど! そういえば出産の時に、兄様が姉様の手を握っていたような……よし、袖白雪! 私に任せろ!!」

「あ、ああああああの!? ルキア様!?!?」

 

 ふらつく袖白雪を後ろから抱きしめ支えるようにしながら、手を握り締めました。

 

 あらら、やっぱり斬魄刀なのね。

 ルキアさんに抱きしめられて握り締められた途端、心拍数が跳ね上がったわ。オマケに体温も、アッという間に熱いくらいになってる。

 困惑しつつも身体は正直ね、大喜びだわ。

 

 これで文句はないでしょう。

 ということで。

 

「次はこっちね」

「ふあぁっ!」

 

 袖白雪のおっぱいを両手で掴みます。

 それぞれ片手にぴったりと納まる程度の大きさで、今は体温も高めで良い感じですね。まるで温い水風船を掴んでいるよう。

 

「やっ……そ、その……湯川殿……っ!? ど、どうして……?」

「ごめんなさいね。どういう構造になっているのか、できるだけ把握しておきたいの。万が一にもあなたが大怪我をして、治療できなくなったら困るから」

「そ……そういう……こ……っ……とでし……たらっ!!」

 

 指に力を入れて沈み込ませると、奥の方が少しだけ硬いですね。芯がある――というか、雪玉を固めたときみたいな感覚なのかしら?

 ほんの少し力を込めるだけで簡単に形が変わり、そのたびに袖白雪の口から切なそうな声が聞こえて来ます。

 

 感触を確かめるように何度か揉んでいくと、やがて彼女の体温がもう少しだけ高くなったようです。

 まるで身体の奥底から欲望という名の熱が湧き上がってきたようで、それらが指先から伝わってきます。

 冷たさがじわじわと熱くなっていき、肌がじんわりと汗を帯びて指先へより密着してきます。

 この柔らかな感触をずっと味わい続けたいのですが、そうも言っていられません。

 

「はい、ありがとう。もう良いわよ」

「~~~ッ!!」

 

 切り上げつつ、最後に指先でお山の頂を軽く擦ります。

 そこは既に何度も刺激を与えられたことでぷっくりと、けれども恥ずかしそうに頭部が自己主張をしていました。

 ツンと上目遣いをしているかのような乳首を擦り上げられ、袖白雪から声にならない声が上がりました。

 

 感情と身体の火照りを落ち着かせようとしているらしく、彼女は呼吸を必死に整えようとしています。

 呼吸音が聞こえる度に、おっぱいがぷるぷるとマシュマロのように上下していました。

 

「さて、次は……――」

「あ、あの……お手柔らかに……その……うぅぅ……」

 

 そのまま触診は下へと降りていきます。

 お腹は無駄な肉が一切ない、見事なくびれを見せています。けれども腰回りはほんのりと肉付きがあり、これがまた男を誘っているかのようですね。

 

 そしてやがては、下腹から足の付け根へ。

 

「なるほどねぇ……これはまた立派な足だわ。これなら今日副隊長に任命されても活躍できそう……」

「……ぁ……ぅ……っ……」

 

 太腿をゆっくり撫でていくと、ほんの少しだけ身じろぎしていました。

 

 今の袖白雪はほとんど寝転んだような姿勢になっており、ルキアさんに背中を預けている状態です。

 そこへ私が、足の間に陣取って顔を近付けながら診察しているわけです。

 彼女からしたら股ぐらに顔を突っ込まれているのに等しいですね。

 

 ……違いますよ? 研究熱心なだけですから。

 足の付け根よりももう少しだけ中心よりの辺りが、じっとりと濡れていますが……雪解け水かしら?

 体温が高くなっていたから、そういうこともあるわよね。

 

「脚の造りも死神と同じ……ふむふむ……」

「あ……っ……やぁ……っ……は……ぁぁ……っ!」

 

 太腿を撫で回しながら、同時に軽くマッサージもしておきます。

 痩身な印象が強い袖白雪ですが、太腿はややむっちりとしていますね。むちむちぷにぷにで、揉んでいくと彼女の脚がビクビクと震えます。

 切なそうな嬌声が何度も漏れ聞こえ、既に身体全体がピンク色に染まっているかのようでした。

 

 身に纏う雰囲気は、今更強調する必要が無いほどにピンク色ですけどね。

 

 一通り爪先までを調べ終えると、ひっくり返して腰からお尻へと指を這わせます。

 

「あの湯川殿!? そ、そこまで必要なのでしょうか……!?」

「何があるかわからないから、一応ね。大丈夫、すぐに済むから」

「は……っ……あう……っ……!」

 

 お尻は太腿と同じくらいの肉付きでした。ですがきゅっと引き締まっており、だらしなさはまったく感じられません。

 撫で回していくと、白桃のようなお尻のお肉がぷるぷると揺れ動き、まるでこちらを挑発しているかのようです。

 

「ん……ぁぁっ……ひっ!?」

 

 ぐっと力を込めて掴んでみると、むにゅりと深く沈み込みました。

 途端、彼女の口からは驚きのあまり短く小さな悲鳴が上がります。

 

「ごめんなさい、痛かった?」

「いえ、その……で、できればもう少しだけ優しく……あ、あの……その……いえ、つ、強くても構わないのですが……」

 

 ルキアさんを気遣い、心配させまいと必死で言葉を選んでいます。

 ですが、自分の欲望もほんの少しだけ顔を出してしまったようですね。

 そのままお尻から太腿に掛けて何度か撫で回し揉んでいくと、袖白雪は背筋をぞくぞくとさせながら何度も喘いでいました。

 

 大きく顔を伏せていたのは、きっと今の自分がどんな表情をしているのか、自分が一番よく分かっていたからでしょうね。

 そしてそれをルキアさんには絶対に見せられないことも。

 本当に健気な性格なのね。

 

 じゃあ、最後に――

 

「あとは、身体の中を少しだけ調査させて貰うわね」

「はぁ……はぁ……え……?」

「聞こえなかったかしら? 身体の中よ」

 

 一度腰回りから手を放し、袖白雪へ声を掛けます。

 彼女は肩越しに半分ほど振り向き、私の方を見てきました。

 濡れたような瞳に表情はすっかり上気していて、何を言ったか理解しているかは怪しいところですね。

 なのでもう一度、聞こえるようにはっきりと口に出します。

 そのついでとばかりに、彼女のお尻――より正確にはその窪みに指を置きながら。

 

「か、身体の中……? まさか、え……あ、あの……まさかとは思うのですが……?」

「何があるかいけないから、一応ね。大丈夫、すぐに済むから」

 

 この言葉だけで何をされるか分かったのでしょう。途端、袖白雪が暴れ出しました。

 

「ごめんなさいごめんなさい! 無理です、それだけは無理です!!」

「待て袖白雪! 先生はお主の身体のことを……」

「それでも無理です! 絶対に無理です!! ルキア様のお言葉でもそれは無理です!!」

「大丈夫、ちょっと直腸を触診するだけだから安心してね」

「ほらぁ! やっぱりそうなんじゃないですか!! そんなのは絶対に嫌です!! 逃げさせていただきますからね!!」

 

 それまでの蕩けたような表情から一変、大慌てで逃げだそうとします。ルキアさんが必死に押さえつけようとしますが、それすらもはね除けようとしているくらいです。

 

「はーい、私のことは恨んでもいいから。ルキアさんのことは嫌いになっちゃ駄目よ」

「ひっ……!」

「力も抜いておいた方が楽よ。下手に暴れると余計に苦しくなるからね」

 

 なので私も、彼女の脚の上に乗って重し代わりに。さらにもう片方の手で可能な限り動きを封じながら、もう片方の手を――その指先を患部へと押し当てます。

 既に射干玉印のオイルも塗っていますので、準備は万全。

 

 まるで全てを拒むようにきゅううっと絞り込まれた窄み目掛けて、指を押し込みました。

 

「ひいいいいいっっっ……!! ……んっ……ふぁ……あああっ……!!」

 

 悲鳴の後に、ちょっとだけ甘い吐息が響きました。

 

 

 

 ……あ、そうそう。

 全身すこぶる健康体でしたよ。腸内も問題なしでした。

 




斬魄刀は刀です。

でも刀だって、鞘さんサイドの気持ちを体験しても良いんじゃないかなって……
――なんて狙いは全くありません。

ただの健康診断、ただの直腸検査です。
やましいこととかぜんぜんまったくかんがえてますん。


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第200話 せっかくだから知り合いに見せておこう

 消えたと思っていた斬魄刀たちが再び実体化したことで、尸魂界(ソウルソサエティ)はちょっとだけ混乱しました。

 ……ええ、本当にちょっとだけ。

 

 村正の斬魄刀実体化能力は広範囲に及んでおり、一般隊士たちの斬魄刀もその影響を受けていました。

 なので「お前消えたんじゃなかったのか!?」という驚きの声が、瀞霊廷のあちこちで聞こえた程度です。

 とはいえそんな驚きの声も一日経てばすっかり聞こえなくなるわけで。

 

 ですが今日、そんな驚きの声が久しぶりに聞こえてきました。

 

「ほ、本当に実体化してる!!」

「むぅ……これは、凄いな……」

 

 織姫さんと茶渡君が目を丸くして驚いています。

 

「こうしてお会いするのは初めまして、ですよね。飛梅です。桃さん共々、よろしくお願いしますね。織姫さん、茶渡さん」

「侘助だ……よろしく頼む……」

 

 飛梅と侘助は、そんな二人に慣れた様子で挨拶しました。

 

 前にも言いましたが、実体化した飛梅は和装の可愛らしい少女です。

 天女のような羽衣を身につけており、その両端には大きな鈴が付いています。桃によく似たおしとやかな性格の子で、二人が並ぶと姉妹のように見えます。

 

 そして実体化した侘助ですが……

 見た目は長髪の男性で、俯いているとはいえ顔も二枚目です。

 ただ、その……格好が、ですね……

 石壁を背負い、左肩に鉄球を担ぎ、手足には枷となる鉄輪を嵌めています。しかもその枷と鉄球は鎖で繋がっているという……修行者でもここまではやりませんよ! ドMか何かですか!? という感じの格好なんです。

 

『しかも上半身は裸、身に纏っているのは腰布だけでござるからな!! こいつぁトンだ変態でござるよ!! こんなモンが実体化してくるとは、吉良殿も大変でござるな!!』

 

 しかも性格も暗いというか、ボソっとちょっとだけ喋るんですよ。声自体も

 まあ、侘助の能力を考えると、らしいといえばらしいんですけどね。

 

「あら、実体化のことは二人ともルキアさんたちから聞いたはずじゃ……? なんだったら、斬魄刀が実体化した姿も見せて貰ったって聞いたけれど?」

「そ、そうですけど……でも、桃さんたちの斬魄刀は初めて見たんですよ!? それもこんな可愛い子だったなんて……!!」

「もう、織姫さんってばお上手なんですから……」

「確かに飛梅は良い子ですけれど……織姫さん!」

 

 なんだか心に来るものがあったのか、織姫さんは思わず飛梅の手を握っていました。

 まんざらでもなさそうに微笑む飛梅と、相棒を取られると思ったのかちょっとだけ不機嫌な桃が可愛いです。

 

 そうそう、先遣隊の面々ですが。

 とりあえずは現世に再び戻りました。ですが実体化した斬魄刀のこともあるので、今は当番制になっています。順番に現世に行ったり尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ってきたりしています。

 実体化した斬魄刀の調査とかもありますからね。

 

 ですが桃と吉良君は後方支援の要になるので、早めに調査は済ませておくということになっており、まだこっちに残っていました。

 そこに「織姫さんたちと一緒に修行する予定」が重なってしまい、なので二人はこうして現世から尸魂界(ソウルソサエティ)まで来ています。

 

『早い話が、実体化した斬魄刀を織姫殿と茶渡殿に見せて、話に絡ませたかっただけでござるよ!! そのための"それっぽい理由"が説明されたわけでござる!! 刀獣編なんて無かったでござる!!』

 

 身も蓋もない説明ありがとうね。

 でもその通りだから、一切文句が言えないわ。

 

 あ、ちなみに私も修行に誘われました。

 修行の後で、侘助と飛梅の調査もする予定です。

 

「……重くないのか?」

「平気だ……」

 

 茶渡君は侘助を見つめています。

 そりゃ、その格好は気になるわよね。

 

「おお、泰虎!」

「左陣!」

「久しいな。壮健であったか?」

「ああ!」

 

 そして、今日のゲストの登場です。狛村隊長もやって来ました。

 茶渡君がいるから、当然ですね。

 ……なんでかしら? 元々呼んではいましたが、呼ばなくても嗅ぎつけて来そう。

 

「それと、もう聞き及んでいるだろうが儂の斬魄刀も実体化しておってな。天譴、お主も挨拶をしておけ」

「…………」

「これが……!」

 

 天譴も姿を現しました。

 狛村隊長よりも背の高い、見上げる程に大きな相手の登場に茶渡君も思わず声を漏らしています。

 

「茶渡泰虎だ、よろしく」

「…………」

「……?」

 

 茶渡君が疑問符を浮かべるのも無理はありません。

 何しろ天譴は無言のまま、口から炎を軽く吐き出したのですから。

 

「まったく、お主という者は……ああ泰虎、気を悪くせんでくれ。此奴は極度の照れ屋でな。言葉を口にする代わりに、先ほどのように炎と仕草で意思を表現しておるのだ。主の儂とて、まだ数える程しか天譴の声を聞いておらん」

「そ、そうなのか……?」

「すまぬが、慣れてくれ。儂はもう諦めた」

 

 ……そうだったのね、知らなかったわ。

 キリッとした表情で火を噴いていたから、何事かと思ったわ。

 

 しかし、諦めたって……狛村隊長!? いえ、無理強いするのも問題よね。

 そういえば、刃禅している時の天譴ってどんな感じなのかしら……? 恥ずかしがり屋だったら、始解するのも苦労してそう……

 

『男同士の交流に言葉は不要ということでござるよ!!』

 

 そういうことにしておきましょう。

 

「そういえば、現世で破面(アランカル)とやりあったと聞いていたが、どのような相手であった?」

「それは――」

 

 あ、これ話が長くなりそう。

 

「狛村隊長、茶渡君も。積もる話があるのは分かりますが……」

「おお、そうであったな。すまぬ」

 

 なので少々強引に話を切ります。

 

「それじゃあまずは、天譴の霊圧を補充しますね」

「頼むぞ」

 

 天譴のお腹辺りに手を当てて、霊圧を流し込みます。

 これをやっておかないと、あっさり消えかねませんからね。天譴だって、一緒に茶渡君に稽古を付けたいでしょうから。

 

「……よし、こんなものでどうかしら?」

「…………!!」

 

 相変わらず無言ですが、何やら好調そうな様子で炎を吐いてくれました。

 なので多分、問題は無いと思います。

 

「それじゃ、そろそろ修行を始めましょうか? 茶渡君は狛村隊長にお任せすると――」

「いや、少々待ってくれぬか?」

「――して……え? どうしました??」

 

 せっかくお気に入りの茶渡君を任せようと思っていたところ、当の本人である狛村隊長から待ったが掛かりました。

 

「今日は湯川隊長、儂はお主と手合わせがしたい」

「私と……ですか……? それは構いませんけれど、突然どうして……?」

「正確には、先日お主が見せてくれた(ホロウ)化……であったか? あれの力を見せて欲しいのだ」

 

 ああ、なるほど。

 村正事件の時に、卯ノ花隊長に勝手にバラされましたからね。今では各隊の隊長や副隊長にまで知られています。

 ならばこうして、実力を知りたいという相手がいても不思議ではありません。

 

(ホロウ)化……?」

「何ですかそれ……?」

「二人とも、それはね――」

 

 知らない織姫さんたちに、桃が説明を始めています。

 ところで、あの二人が知らないってことは、まだ仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆とは交流がないのかしら?

 

「先日そなたが(ホロウ)化した際に、ふと思ったのだ。破面(アランカル)とはこういう相手なのか、とな。であれば、似たような相手と戦い経験を積んでおくのもまた必要だと思ってな。なにより――」

 

 そこまで口にすると、狛村隊長はチラリと横に視線を向けます。

 

「ここには破面(アランカル)と直接刃を交えた者たちがおる。その者らの意見も聞ける今が好機だと考えてな」

「なるほど。お話、よく分かりました。そういうことでしたら、喜んで協力させて貰いますよ」

「かたじけない」

 

 私はゆっくりと、吉良君たちから距離を取るように少しだけ歩きます。

 これから暴れるからね。少しでも逃げられるようにしておかないと。

 狛村隊長もこちらの意を汲んでくれたようで、彼らから距離を取りつつ私と向かい合ってくれます。

 

「それじゃみんな、感想をお願いね。では、いきますよ……(ホロウ)化」

 

 顔を前へと手を翳し、仮面を被ります。

 ついでに霊圧を軽く放っておきました。これでみんなも、比較がしやすいでしょう。

 

「むう……この霊圧……!! これが、破面(アランカル)を相手にするということか……!!」

「おそらくは、ですけどね。このくらいはしてくるはずです。それで、どうですか狛村隊長? (ホロウ)化と向かい合ったご感想は?」

「事前準備の時間があって有り難い……今日ほどそう思った事は無かった」

 

 険しい顔をしつつ、狛村隊長が抜刀しました。

 武人としての血が騒いでいるのでしょうか? 今にも飛びかかってきそうです。

 

「まあまあ、落ち着いて下さい。まだ感想を聞く相手が残っているんですから……それで、織姫さんや桃はどうかしら? 実際に出会った破面(アランカル)と比べた結果は」

「似ています……でも、せ、先生の方が、もっと強い……!!」

「ぼ、僕たちが戦った相手が、平隊士に思えてきます……!!」

 

 死神側の二人は、そんな感じなのね。

 

「あ、あう……」

「俺たちは、十刃(エスパーダ)と戦ったが……これは……わからん……」

 

 織姫さんは圧倒され過ぎて言葉を失っているし、茶渡君は判断が付かないみたい。

 んー、ということは……私の今の実力がなんとなく見えてくるわね。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。飛梅と侘助の二人はどうかしら?」

「ひっ!!」

「く……ぅっ……!!」

 

 あらら、斬魄刀たちを驚かせちゃったわ。

 でもその反応で、大体分かるわ。

 

「大体感想も聞き終えたことですし、そろそろ始めましょうか?」

「ああ……参る! 轟け! 天譴!!」

 

 戦闘開始の合図と共に狛村隊長は始解を発動させ、同時に剣撃を放ちました。

 

「くっ! これが、天譴の威力……!!」

「まだまだ行くぞ!!」

 

 天譴は、自身の攻撃動作に合わせて巨大な剣や拳を具現化するという能力です。

 大雑把に言ってしまえば攻撃の巨大化――もっと大雑把に言ってしまえば、黒縄天譴明王の腕だけを呼び出して攻撃しているようなものですね。

 

 ……コレ、始解の方が多分便利よね。

 

 こちらは素手のまま一撃を受け止めましたが、その程度では攻撃は止みません。

 持ち主の剣の動きや拳の動きに合わせて巨大な一撃が放たれます。巨大ゆえに攻撃力も高く、巨大さゆえに回避も一苦労です。

 本当に、大したものですよね。

 

 ……攻撃だけなら。

 

「ふッ!!」

「ぐおっ!?」

 

 何度目かの攻撃を防ぐと、相手の攻撃に合わせて前へと出ました。

 一気に距離を詰めて肉薄すると、相手の胴体に手刀を叩き付けます。強烈な一撃に耐えきれなかったらしく、狛村隊長は思わず片膝を突きました。

 

「どうでしたか、(ホロウ)化の攻撃は?」

「あ、ああ……想像以上だ……! 攻撃力も、速度も……」

 

 手を差し伸べながら尋ねれば、その手を取って立ち上がりながら答えて来ます。

 

「それに、防御力もだ。その速度ならば攻撃を避けられたであろうに、わざわざ気を遣わせたようだ。すまぬ」

「いえいえ、稽古ですからお気になさらずに」

 

 あらら、バレちゃいましたか。

 まあ、斬魄刀も抜かずにいれば当然かしらね。

 

「それで、少しは東仙や藍染の対策は立てられそうですか?」

「ッ!! ……気付いておったか」

 

 さらりと聞けば「なんでバレた!?」のような表情を浮かべています。

 

「なんとなく、ですけどね……? 藍染は破面(アランカル)を生み出している。だったら死神の(ホロウ)化もしているんじゃないか? もしかしたら、その力を東仙が身につけるんじゃないか? そう思ったから、(ホロウ)化の対策として私を利用した……そんなところですかね?」

「その通りだ……そなたには本当に驚かされる」

 

 実際は、原作知識からの逆算ですから。驚かなくても大丈夫ですよ。

 

「儂は未だに東仙のことを気に掛けておる。あやつを説得したいと考えておる……だが、相容れぬ事態になるやもしれぬからな。ならばその時に備えておくのは当然のことだ。湯川隊長、お主を利用したような形になってしまったことについては、申し訳ない」

「大丈夫ですよ。そういう理由なら、私のことをどんどん利用してください」

「フッ、ならばお言葉に甘えるとしよう! 卍解! 黒縄天譴明王!!」

 

 あらら、本当に遠慮が無いわね。巨人を召喚してきましたよ。

 

「卍解ですか……じゃあ、私ももう少しだけ本気でお相手しますね」

「本気だと……? そういえば未だ斬魄刀を抜いておらぬが、それか?」

 

 そういえばそうでした、まだ徒手のままでしたね。

 ですが残念、それじゃありません。

 

「いえいえ、(ホロウ)化の先です。ひょっとしたら、相手もここまで到達しているかもしれませんから」

(ホロウ)化の……先、だと……? それは一体……」

「……刀剣解放(レスレクシオン)墨染奈落(ネグロ・パンターノ)

「なっ……!!」

 

 狛村隊長が、驚愕のあまり目を見開きました。

 

「いきますよ狛村隊長! しっかり糧にしてくださいね!!」

「ぬ……ぬうううんっ!!」

 

 一切の手加減なく振り下ろされる明王の大剣。

 それを片腕で受け止め、さらにはお返しとばかりにもう片方の拳を刃へ叩き付けます。ビシリ! と金属が軋んだような音が聞こえましたが、どうやら罅すら入れられなかったようですね。

 さすがは卍解、硬い。

 

「さて、次はこちらの番ですね」

「ぐうぅっ!!」

 

 苦しげなうなり声を上げつつ、明王は第二撃を放ってきました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「お疲れ様でした」

「手間を取らせてしまい、申し訳ない」

 

 刀剣解放(レスレクシオン)と卍解の激突は、私の勝ち……だと思います。

 斬魄刀も抜かず、素手で圧倒してやりましたので。

 相手も必死で反撃してきましたが、それを受け止めてカウンターしてやりました。というか、やりたい放題やってやりました。

 

 まあ狛村隊長も、刀剣解放(レスレクシオン)した姿は初見でしたから。驚きのあまり動きも鈍くなっていたように思えます。

 次の機会があれば覚悟も決まっているでしょうから、もっと苦戦すると思います。

 

 そして現在は(ホロウ)化も解いており、治療まで済ませたところです。

 卍解が壊れても本人を治療するだけで修復されるから、天譴はそういう意味では便利ですよね。

 

「だがこれで、少しは先が見えた……そう思えるのだ……感謝する」

「そう言ってもらえると、私も相手をした甲斐があります」

 

 なにやら良い笑顔でお礼を言われました。

 

「さて、それじゃあ次は……織姫さんたちの番ね」

 

 そう口にしながら視線を動かせば、今まで蚊帳の外とばかりに見学していた四人と二振りが、揃ってドキッとした反応を返します。

 そりゃあまあ、あんな戦いを見た後じゃあそうなるのも仕方ないわよね。

 

「大丈夫、もう(ホロウ)化はしないから――」

「いや、この者たちにも(ホロウ)化との相手は体験させておくべきであろう」

 

 安心させるように声を掛けたところ、なんと狛村隊長がそんなことを言い出しました。

 

「この先、藍染との戦いがどうなるかは分からぬ。常に最悪に備え、少しでも経験を詰んでおくのは決して悪いことではない」

「なるほど確かに、一理ありますね」

「ついでだ、稽古には儂も参加しよう。お主の(ホロウ)化程の圧には足らぬだろうが、な」

 

 完全回復したおかげか、狛村隊長は嬉々とした様子で斬魄刀を構えています。

 え、つまりこれからこの子たちは二対一で稽古をするってこと!?

 仮にこのくらいの頃の私だったら泣いてるわね……

 

 同じ事を考えたらしく、あの茶渡君ですら困ったような表情を浮かべています。

 そんなお通夜ムードさながらの中、真っ先に踏み出してきた子がいました。

 

「せ、先生! 狛村隊長! よろしくお願いします!!」

「あら……?」

「ふむ、よい心構えだ」

 

 意外、というか何というか。

 吉良君が我先にと名乗りを上げてきました。

 

『なんだか珍しいでござるな』

 

「それじゃあ、(ホロウ)化状態でいくわよ。遠慮はしないでね」

「お、お願いします!! うわああああああぁぁっ!!」

 

 吉良君が斬魄刀を構え、飛びかかってきます。

 その横には侘助の姿もありました。

 




●刀獣編
斬魄刀異聞録の後日談的なエピソード。
実体化した斬魄刀の中に持ち主を倒してしまった者がおり、それらが暴れ出す。
主を失い暴走した斬魄刀は刀獣(とうじゅう)(マユリ命名)と呼ばれ、死神たちは刀獣退治に奮闘する――と言った感じのストーリー。

早い話が「死神と斬魄刀で交流するエピソードを描こうぜ」ということである。
イケメン刀獣に絆される灰猫の話とか、蛇尾丸が千本桜に振り回される話とか。
風死が赤ん坊の子守したり、お狂と一緒にいる七緒ちゃんの話とか。
(いいよねアレ)

なおこの世界では、刀獣は多分いない。
(持ち主を倒す程の時間がほとんど無かったと推測される)

●飛梅
かわいい。
アニメでは、洗脳時には割と腹黒な面があったり。
灰猫と仲が悪かったり、でも一緒に氷輪丸を取り合ったりしていた。
でも今は正気状態なので普通に雛森と仲良くやってる。

●侘助
アニメでは、剣八にあっさり折られた子。
ぼそっと一言二言喋る程度なので、扱いに困る。
声優がイヅルと一緒だったりする。
(他には大前田と五形頭が該当)


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第201話 健康診断とマッサージをしよう - 飛梅 -

 結局あの後、全員の相手をしました。

 ……今にして思えば、別にあの面々は(ホロウ)化の経験――ひいては対破面(アランカル)の経験を積まなくても良かった気がします。

 

 だって全員、既に戦闘経験があるんだもの!

 

 なんというかこう、狛村隊長の勢いに押し切られた感じよね。

 しかも全員の稽古の後、もう一回狛村隊長の卍解を相手にする羽目になったし……

 今回は可能な限り戦いを長引かせて、色んな経験が多く積めるように立ち回ったつもりよ。虚閃(セロ)虚弾(バラ)も撃ったし、超速再生も教えたわ。

 

 ……アレってやっぱり、東仙を意識してるんでしょうね。

 東仙は……えっと……どうなったんだっけ? いえ、死んだのは覚えているんだけど……最期がいまいち思い出せないっていうか……

 あの辺の戦い、ごちゃごちゃしてるからね。記憶だって摩耗するわよね。

 

「あの、湯川さん。よろしいでしょうか?」

 

 そんなことを考えていたところ、部屋の外から遠慮がちに声を掛けられました。

 顔を上げたところで、少しだけ驚かされました。

 

「あら、飛梅……だけ?」

 

 診察の準備をしていたのですが、どうやら来たのは飛梅だけのようです。

 自分の斬魄刀のことだから一応付き添う場合もあれば、私の事を信頼してくれる子は付き添わない場合もあります。

 けど今日の診察は、桃も付き添うって話だったはずだっだんだけど……?

 

「桃はどうしたの?」

「それが、先ほどの訓練で精根尽きてしまったようで……今は織姫さんが桃さんの面倒をみてくれています」

「それは……ごめんね、やっぱりちょっとやり過ぎだったかしら?」

「いえ、お気になさらずに。桃さんも分かっていますから」

 

 あらら、やっぱりちょっとオーバーワーク過ぎたかしら。

 申し訳なさそうに頭を下げれば、飛梅が気にしないように言ってくれます。

 

「それじゃあ、一人で心細いかもしれないけれど。診察を始めます。まず、そこに座って貰える?」

「はい、よろしくお願いします。それでは失礼しますね」

 

 前回と違って綜合救護詰所の一室ですが、今回もお布団は敷いています。

 診察のためにと軽く手で促しながら腰を下ろすように勧めれば、彼女はちょこんと座りました。

 

 ……私の膝の上へ。

 

「え?」

 

 なんで……??

 いえ、先に正座してたのは私ですけれど、だからってなんで膝の上に!?

 

「え、えと……」

「ふふっ、一度湯川さんとこうしてみたかったんです」

 

 困惑する私をよそに、飛梅は背中を預けつつ顔半分だけ振り返ります。

 こうやって近くで見ると、彼女の可愛さが際立つわね。

 

「だって桃さん、よく湯川さんのことを言ってるんです。せっかくの機会なんですし、私だって少しくらいは良いじゃないですか」

 

 火の玉を放つ斬魄刀だからでしょうか?

 飛梅が乗っている辺りや背中は、なんだかほんのりと温かく感じられます。

 子供は体温が高いっていいますし、それでしょうか? このままギュッって抱きしめたい気持ちがむらむらと湧き上がってきます。

 

「それに、斬魄刀のみんなの間でも湯川さんのことは結構噂になってるんですよ」

 

 そして腿からは、彼女のお尻の感触が伝わってきます。

 今の飛梅の座り方は正座ではなく横座り――いわゆる足をぺたんと横に崩して座るアレです。

 お尻に体重が掛けられているおかげか、形まで分かりそうなほど。

 肉付きは少し足りないくらいのスレンダーさ、だけど少女のような柔らかさか感じられます。

 飛梅も緊張しているのでしょうか? どこか落ち着きなく少し身体を揺らしているので、脚に押しつけられるお尻の感触が次々に変化していて……

 

 今日はもうこのままずーっと正座していようかしら?

 いえ、抱きしめちゃってもセーフ……!?

 

 ……え? 私って斬魄刀とも噂になってるの???

 

「へえ……それって、どんな風に? どうせロクでもなく言われているんでしょう?」

「そんなことありませんよ? ちょっと大変だけど、とっても気持ちよくて効果は抜群だって評判なんですから」

 

 なるほど、どうやら正しく評価されてるみたい。

 

「だから私、今日は楽しみだったんですよ? いつも桃さんばっかりでズルいなぁって……ずっと思ってて」

「そうだったの? それはなんていうか、ごめんなさい」

「ふふ、冗談ですよ。今日は私の番だから仕方ありませんけれど、桃さんはこれからもよろしくお願いしますね♪」

 

 なんとなく上機嫌そうです。

 それにしても、なんだか飛梅の桃推しが強いわね? なんでかしら……

 

「それでは今日は、よろしくお願いします」

「えっと……このまま?」

「はい、駄目ですか?」

 

 まさか飛梅を膝の上に乗せたまま診断できるなんて、そんなの――

 

「別に良いわよ。やってみましょうか」

 

 ――断る理由なんて皆無よね。

 

 ということで。

 

「じゃあまずは、少し胸元から失礼するわね」

「あ……っ……」

 

 裾に指を差し込み、ゆっくりと脱がせていきます。

 飛梅の白く健康的な肌がじわじわと露わになっていくたび、対照的に彼女の頬が赤く染まっていきます。

 

「少し緊張してるのかしら? もっと全身の力を抜いてね」

「ひゃっ……!」

 

 表着を全て脱がせれば、白い薄手の襦袢だけを纏った姿となりました。

 緊張しているのでしょうか? 飛梅の全身には力が込められ、襦袢から透けた肌はうっすら熱を帯びたように見えます。

 そんな緊張を解すように彼女の首筋を軽くくすぐり、優しく肩を揉みます。

 

「ふふ、桃を思い出すわねぇ……」

「そう……なんですか……?」

 

 飛梅の背丈体格は桃とどっこい程度……いえ、ちょっとだけ飛梅の方が小さいでしょうか?

 肩を揉む手をそのまま二の腕へとスライドさせていけば襦袢の下の小さな膨らみが揺れ、可愛らしい口からは「ん……っ」という小さな嬌声が漏れてきました。

 

「気持ちいい?」

「は、はい……」

「それじゃあ、もう少し身体を調べるわね」

 

 うっとりとした表情で頷いたのを確認してから、襦袢の裾に手を差し込みます。

 先ほどと同じように脱がせれば、下からは絹のように白い素肌が露わになりました。

 

「ふむふむ、健康的な肌ね。もう少し触るわよ」

「やん……っ……!」

 

 まずは脇腹。

 そこを指先でじんわりと撫で回していく。

 痒いようなくすぐったい様な刺激に飛梅は甘い声音を響かせながら身体をくねらせ、悶えています。

 しかもそれは私の腕の中で行われているわけですから。

 

「んぁ……っ、はぁ……はぁ……っ……!」

 

 思わず湧き上がってきた、飛梅に襲いかかりたいという欲求を必死で押さえ込みながら、彼女の胸元へと手を伸ばします。

 

 こちらは彼女の見た目に違わぬ、控えめな膨らみ。

 ですが肌は白く輝き、頂の桜色もまた清らかな彩りを見せていました。

 

 下からすくい上げるようにして指をお山に密着させれば、それだけで手の中にすっぽりと納まり隠れてしまいました。

 大きさこそ物足りませんが、柔らかな感触と若々しい肌の張りが両手いっぱいに広がります。

 

「い、や……ぁ……っ……」

「あ、ごめんなさい。嫌だった?」

 

 手の平をくぼませて、丸みに沿うように。まるで形を整えるように、周囲をそっと揉んでいけば、否定にも似た声が上がりました。

 

「そ、そういうわけでは……あっ、あの……うぅ……つ……続けて、くだ……さい……」

 

 両掌から伝わってくるのは、早鐘にも似た鼓動の感触。

 俯くようにそっと顔を伏せてしまい、前髪が飛梅の表情を隠そうとします。

 ですがその程度では隠し切れないほど、彼女の顔は――それどころか、首筋から耳まで真っ赤に染まっていました。

 心の底から決意を絞り出すようにして紡がれた言葉を聞き、私は手の動きを再開させました。

 

「ん……っ……は……ぁっ……!」

 

 円を描くように少しずつ、徐々に興奮させるように指を動かしていきます。

 両手の中でお山(おっぱい)がゆっくりと形を変えていき、その都度飛梅の声も艶っぽさが増していきます。

 手の平のくぼみの中には、じわじわと存在感を強調するように硬くなっていく感触がありました。

 今ここで手を広げれば、紅梅のように自己主張した頂が見えることでしょう。

 

 飛梅も気持ちが良いのでしょう。

 肌から伝わる温度はどんどん高くなっていき、抱きしめている私も暑いほどです。

 彼女は私の腕の中でしきりに嫌がるような、けれども誘うように身体をくねらせ、甘い吐息を何度も何度も零しています。

 

「ふふ、桃の仕込みが良いのかしらね? 飛梅の胸も、これなら問題なさそう」

「ふぇ……そ、そうですかぁ……?」

 

 一通り揉んだところで手を放せば、少しだけ残念そうな声が聞こえます。

 案の定、彼女のお山(おっぱい)の頂点には、小さいながらもぷっくりと充血したような膨らみがありました。

 

「それじゃあ、次は下半身ね」

「は、はい……」

 

 軽く断りを入れて、手を下へと動かします。

 

 均整の取れた、無駄な脂肪の無いくびれた腰つき。ただやはり、少々ボリュームには欠けるものの、それでも決して男が放っては置かないだろう色香が漂っています。

 お腹を撫で回しますが、こちらにも無駄なお肉はなし。すっとへこんだおへそに指を入れれば、うっすらと掻いた汗の湿り気が感じられました。

 

 そのまま腰回りから背中を軽く触診したところで、飛梅に尋ねます。

 

「後は脚なんだけど……やる? それともやめておく?」

 

 今の二人の姿勢は変わらずのまま。

 つまり私の上に飛梅が座っている状態で、私が彼女を後ろから触っています。

 

「お、お願いします……」

「やっぱりこのままなのね。まあ、良いけれど……」

 

 今の体勢だと脚は難しいから、降りて欲しかったんだけどね……

 なので仕方ありません。袴の裾から両手を突っ込みます。

 

「あっ……! んっ……く……っ……!」

「ごめんなさい、もうちょっとだけ耐えて」

 

 見えないまま手を突っ込まれたからでしょうか?

 心臓に悪い声が上がります。

 

 見えませんが。

 崩して座る太腿、その表面を滑らせるようにして撫でていきます。

 こちらも肌はすべすべとしており、柔らかさは十分に感じ取れます。むにゅむにゅとした感触が指先に伝わり、袴の中では太腿がぷるぷると揺れるのがよくわかります。

 重ねて言いますが見えていません。

 

「す、すみません……私……もう……」

 

 飛梅が限界とばかりに両手を前に、床へと着けました。

 いわゆる騎乗の位のような格好です。

 

「すこしだけ……ゆる、して……ください……」

 

 うっとりとした表情ではぁはぁと吐息を吐き出しているその姿は、儚げな見た目からは想像もできないほどの色気がありました。

 

「もうこの辺りで止めておく? とりあえず触診は終了だけど、まだどこか自分で不安があったら聞くわよ?」

「あ……その、その……出来ればで、良いのですが……ここを、もう少しだけ……おね……がい、です……」

 

 両手を袴の下から出しながら尋ねたところ、彼女はおもむろに自分の手を私の手に重ね、恥ずかしそうにゆっくりと胸へ押し当てました。

 羞恥と興奮で、飛梅の顔があり得ないほど真っ赤に染まります。

 

「あら、ここでいいの?」

「ひゃんっ! ん……その……わたしも、もうちょっと……女性っぽい身体に、なりたくて……あっ!」

 

 先ほど触れた時よりも強く、指を食い込ませるようにして揉めば、切なそうな声が上がりました。

 

「はい……っ……ど、どうか……お願い……しま……んんんっ!!」

 

 それどころか自ら胸を押しつけてきます。

 まるで「もっともっと」と、おねだりするかのように、彼女は自分が欲しい位置へ私を導くように肢体をくねらせていました。

 

「あ、その……そこ、そこを……おねがいです、もっと強く……っ!」

「ここがいいの?」

「あっ! ふぁっ! だめぇ!!」

 

 お山(おっぱい)頂点に存在する白と桜色の境目。そこをほんの二回ほど優しくなぞっただけで、飛梅の声は一気に余裕がなくなりました。

 

「それじゃあこの辺を、もうちょっとだけ……ね?」

 

 両手でしっかりと包み込みながら、親指と人差し指で摘まみ擦り上げるように。けれども決して力を込めすぎないように。

 飛梅のリクエストに応えるように、指を動かしました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はい。侘助の健康診断もこれで終了よ。お疲れ様でした」

「感謝する……」

 

 結局あの後、飛梅が満足するまで診断を続けました。

 どうやら彼女はたっぷり満足してくれたようで、その証拠に部屋の中は梅の蜜でいっぱいになったほどです。

 当然彼女を膝の上に乗せたままでしたからね。

 死覇装にはべっとりと大きな染みが出来てしまって……部屋の中も匂いが籠もってしまい換気が大変でした。

 

 ……死覇装は予備があるから着替えればいいわよね。とりあえず汚れた分は永久保存版として……ああっ! なんで空気を保存する技術が無いのかしら!!

 

 と、世の中の技術不足を嘆きながらも、飛梅は帰しました。

 帰り際に「桃さんにも教えてあげなきゃ」と上機嫌で口にしていたのが、少しだけ気に掛かりましたが……

 

 飛梅の診断後は、侘助の診断です。

 お待たせしちゃったからね。お詫びってわけじゃないけれども、手早く。けれどもしっかりと抜け漏れ一切無い診断をしてあげました。

 

「ありがとうございます、先生」

「吉良君もお疲れ様。ごめんね、待たせちゃって」

「そんな! 一番お疲れなのは先生なんですから! 僕なんて大したことは!」

 

 今回の診断は、吉良君も付き添いで参加しています。

 彼は真剣な表情で――本当に、思い詰めたように真剣な表情で、私の診断を見ていました。侘助がそんなに心配だったのかしら……?

 でも特に問題はなかったわよ?

 むしろあんなに重い物を持ってて何で骨も皮膚も筋組織も全く異常が無いのか不思議なくらい。

 

「でも、この後はまた現世に行くんでしょう? 当番制とはいえ、大変よね。せっかくこっちに帰ってきたんだし、せめて一晩くらいはゆっくり知り合いと親交を深めるとか……ねえ?」

「あ、そうですね……でも、僕はその……」

 

 たわいない世間話をしていますが、吉良君はどこか上の空というか。心ココにあらずというか。

 そわそわしてて落ち着きがない様子を見せています。

 緊張しているのか、手を忙しなく動かしながら、視線をあちこちに動かしています。

 

「……? 吉良君、どうかしたの?」

「イヅル……どうした……? 覚悟は、できているのではなかったのか……?」

「侘助……そう、だよね……よし!」

 

 私の声は聞こえているのかいないのか。

 その代わりのように侘助が吉良君に声を掛けると、彼は何やら決心した表情を浮かべました。

 

「あの、先生!!」

「は、はい?」

 

 そして私の前に立つと、まっすぐ私の目を見つめてきました。

 

「僕、僕……ずっと、霊術院で初めて会ったときからずっと、先生のことを慕っていました!」

「え……?」

「あの日、初日の稽古を受けたあの時から、厳しくも凛々しい姿の先生のことが、ずっと好きでした! その、出来れば僕とお付き合いを……いえ、結婚してください!!」

「え……ええっ!?」

 

 嘘でしょ? このタイミングで……ええええぇぇっ!?!?

 

「侘助に、言われたんです……僕に対する一番の不満は、本心を何時までも閉ざしたままなんだって……その、だから……突然なのは、自分でもわかっています! それに、三番隊の天貝隊長も恋敵だって知って……でも相手が隊長なら負けても仕方ないって諦めてて……そんなところを怒られて……だから、先生と二人きりになれる今しかないって思って!」

 

 あ、あう……あう……

 

「へ、返事はいつでも良いです! ただ、その……どうか、前向きに考えて貰えると嬉しいです! あの、失礼します!!」

「まったく、イヅルめ……失礼する……」

 

 そこまで一方的に通達すると、吉良君は逃げるようにこの場からいなくなりました。その後を追うようにして侘助も。

 

 ……え、えええっ!? 吉良君なんで私なの!? なんだったら私、あなたのご両親より年上よ!? 孫ほど年の離れた若い子に手を出すとか……いやでも死神だし……そういう気持ちが私に対してあるってことは、今まで通りの吉良君じゃなくて、イヅル君くらいには呼び方を変えるべきかしら……でも急に呼び方を変えると脈ありって思われていざ駄目だった時に逆に傷つけちゃうかしら? でもこんなこと言われて意識するなって方が無理というかそういえばそういえばイヅル君たちが四番隊に来たのってそういう理由もあったのかしら卯ノ花隊長がその辺の気持ちを汲み取ったってことなのかしらすごいわねさすがは卯ノ花隊長ド突き合いだけじゃなくてお付き合いもお手の物だったのかしら…………

 

『あーなるほど、こういうことだったわけでござるか……だから飛梅殿があんな風に意識させるような態度を取っていたでござるな……』

 

 え!? なにそれなんなの!? 飛梅も関係しているの!?!?

 

『侘助殿と同じでござるよ! 飛梅殿は自分を通じて雛森殿を意識させたかった、侘助殿は本体に活を入れて行動に移させた……だと思うでござるよ!!』

 

 ……あの、それが本当だと桃も同じなの?

 

『まあ、九割九分は。それはそれとして藍俚(あいり)殿!! どのルートを選ぶでござるか!?!?』

 

 ル、ルートって……? 何のルート??

 

『それは勿論! ビアンカ(天貝繍助)か! フローラ(吉良イヅル)か!? はたまたデボラ(雛森桃)か!? でござるよ!!』

 

 え……ええ……っ!?!?

 

『ああ、他にもルドマン(虎徹勇音)ゲレゲレ(砕蜂)を選ぶのもOKでござるよ!! いやいや! ここはマリア(ハリベル)ベラ(バンビエッタ)というのも捨てがたいでござるな!!』

 

 ちょ、ちょっと待って!!

 セーブ! 教会でセーブさせて!!

 




●ビ○ンカか○ローラか
ドラゴンクエスト5から。
ただ言いたかっただけで、配役に意味や意図は一切ありません。

でも砕蜂はゲレゲレ枠だと可愛いかもしれません。


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第202話 猿と蛇と仲良くしよう

「ちぃーっす、来ましたぜ」

「あら、阿散井君。いらっしゃい」

 

 隊首執務室でお仕事をしていたら、阿散井君がやって来ました。

 

 ……え? 阿散井君!?

 

「あれ!? もう約束の時間だっけ!?」

「そうっスよ? しっかりしてくださいよ、先生……」

「まあ、そう責めてやるな。斬魄刀の霊圧補充とかで四番隊全体がバタバタしているという話は、お主も知っておったではないか」

「そうそう、オイラたちみたいに暇じゃねーんだよ。ニシシシ」

「テメエら……!」

 

 猿と蛇にたしなめられて、思わず額に怒りマークを浮かべる阿散井君でした。

 

 ということで。

 四番隊の桃とイヅル君が先遣隊メンバーとして現世に行ったので、交代で阿散井君が戻って来ました。

 元々が「今日戻ってきて、このくらいの時間に来るから斬魄刀を診断してくれ」という予定は聞いていたのですが……

 

 以前にも言いましたが、実体化した斬魄刀たちはそのうち刀へと戻ります。霊圧補充はあくまで延命処置、先延ばしでしかありません。

 ですが「せっかく斬魄刀と一緒に過ごせる珍しい機会だから、もう少しくらい……」と思う人は結構いました。

 そのため、各人が持つ斬魄刀への霊圧補充を四番隊で請け負っているわけです。

 猿が言ってた「バタバタしている」というのは、そういうことです。

 希望者の人数が多くて、回すのが大変なんですよ。

 だから今日みたいに、予定が把握しきれなくなることもあります。

 

 ……勿論反対に「とっとと刀に戻れ!」という人もいますけれどね。

 あと「自分で補充します」という人もいます。

 こっちとしては楽で助かります。

 

『霊圧は体液に溶けやすいので、ベッドの上で接触して補充してるでござるよ!! 間違いねえでござる!!』

 

 そんなことないからね! どこの聖杯の戦争よそれ!?

 

「それじゃ、さっそく診察――と言いたいんだけれど、その前に。阿散井君も蛇尾丸も、ちょっと質問して良いかしら?」

「何スか?」

「なんじゃ?」

「なんだ?」

 

 三人揃って返事されるのって、なんだか不思議な気分。

 

 ……そう。

 初めて見た時から三人揃って(・・・・・)いるのが、ずっと気になってたのよね。

 

「蛇尾丸のことなんだけど、なんで二人いるの?」

「……!」

「ッ!」

「ありゃ? 先生には説明したことは……あー、なかったっスね」

 

 申し訳なさそうに頭を掻く阿散井君でしたが、蛇尾丸の二人は目を見開いて言葉に詰まっていました。

 この反応……ひょっとすると、ひょっとしたりしちゃうの……!?

 

「コイツらは、猿と蛇で別の人格があるんですよ。人格が別なら口も別で、おかげで刃禅した日にゃ五月蠅(うるせ)ぇのなんのって……」

「んだとコラァ!」

「貴様! 我らのことをそんな風に思っておったのか!? それは聞き捨てならんぞ!!」

「まあまあ落ち着いて、喧嘩しないで」

 

 仲良いわねぇ。

 

「例えば京楽隊長の花天狂骨や浮竹隊長の双魚理みたいな、二刀一対の斬魄刀だったら二人いるのはわかるんだけど、阿散井君の蛇尾丸は一刀だけでしょう? そこが気になってたから、つい聞いてみたの」

「あー、確かに。言われてみりゃ、そうっスね。知らなきゃそう思うのも当然か」

「でしょう? だから蛇尾丸もあの二人の斬魄刀みたいに二刀流になるとか、もしくはまた別の可能性があるんじゃないかと思ったの」

「ははは、そりゃないですって……」

 

 苦笑しながら否定する阿散井君でしたが、台詞が途中で止まりました。

 続いてギギギ……という音を立てそうなくらいゆっくりと首を横に動かすと、ジト目で蛇尾丸を睨みます。

 

「……オイ、ねえよな?」

「あ、当たり前じゃ!」

「そーそー、コイツと二刀流になるとかあり得ねえっての!」

 

 猿の方は分かり易く言葉に詰まりましたね。

 蛇はケラケラと笑い飛ばそうとしていますが、言い方が少し不自然に思えます。

 もう少しだけ、突いてみましょうか。

 

「"コイツと二刀流になるのはあり得ない"ってことは、別の形でならあり得るってことかしら?」

「……ッ!!」

 

 あらら、今度は言葉に詰まりました。

 

「オイ、その反応……まさかそうなのか!? 二刀流――かどうかは知らねえけど、まさかまだ何かあんのかよ!?」

「さ、さーなぁ!? なんのことやら! オイラは知らねえな! ってかオイ、診断だかするんだろ!? さっさとやっちまおうぜ!!」

「それで誤魔化せると思ってんのかコラァ!! まずはコッチの話が先だ!! てか、どういうことだ!? こっちは卍解まで会得してんだぞ!!」

「ヘヘン!! 卍解してるから何だって言うんだよ! 言っとくがなぁ、まだ完全に認め……て……」

 

 蛇がそこまで口にしたところで、一瞬だけ時間が止まりました。

 

「ああああッ! なし! 今のなし!! オイラは何も言ってねえからな!!」

「それで通ると思ってんのかコラァ!! どういうことだテメエ!? 俺に屈服させられたんじゃなかったのかよ!?」

「ハァ!? あの程度でオイラたちが屈服したと本気で思ってんのかよ!! ずいぶんとおめでたい頭してんだな!!」

「んだとコラァ!!」

「お主ら……」

 

 阿散井君と蛇の口喧嘩がヒートアップしていきます。

 二人の間に挟まれた猿は、情けないといった表情を浮かべながら頭を抑えました。

 蛇の方は、その否定と肯定を繰り返してる物言いで本当に隠す気があるの……?

 

『そもそもの原因は藍俚(あいり)殿でござるよ?』

 

 だってこんなの、気になっちゃうんだから聞くに決まっているでしょう!?

 それが蓋を開けてみれば自爆して自供してるし!

 私は悪くない!!

 蛇尾丸が全部悪いのよ!! 何が狒狒王蛇尾丸よ!!

 

 ……あ。

 

「そういえば阿散井君の卍解は狒狒王蛇尾丸って名前だったわよね? でも狒狒(ひひ)って猿を表す言葉だから、名前から察するに蛇の方はまだ認めていないって考えることもできるわけね」

「ああ、なるほど……ってことは、やっぱりテメエが悪いんじゃねえか!!」

「んだとコラァ!! ちょっとばかし持ち主だからって調子に乗ってんじゃねえぞ!! 三流死神が!!」

「アァン!? ならその三流に使われてるテメエはどうなんだよ!?」

「その、なんじゃ……煽るようなことは言わんで貰えるかのぉ……」

「……ごめんね」

 

 うっかり口に出したところ、ますますヒートアップさせてしまいました。

 

「あーもう、頭に来た!! 表に出やがれ!! 泣いて謝るまで屈服させてやる!!」

「泣いて謝るだぁ!? それはコッチの台詞だよ!! 本当に屈服させたかもロクに分からなかったヤツが、オイラに勝てると思ってんのか!?」

「上等だコラアァッッ! 先生、ちょっと訓練場借りますよ!!」

「え、ええ……」

 

 頭に血が上ってても、ここで始めたりはしないのね。

 

『仮に始めてたら、藍俚(あいり)殿に喧嘩両成敗されてそうでござるな』

 

 そんなこと……するわね。

 

「オラ、ついてこい!! 外で決着つけるぞ!!」

「望むところ――」

 

 阿散井君の後を追いかけて、途中でジャラリと鎖が鳴り響きました。

 二人は鎖で繋がってますからね。

 猿が鎖を腰に巻いていて、蛇の方は首枷みたいに繋がっています。

 なので片方だけで動けばそりゃ長さも足りなくなります。

 

「猿の! 猿の! これ、これ外して!!」

「蛇の、お主なぁ……」

 

 呆れつつも蛇の首から鎖を外しました。

 ……というか、それ取れるんだ……

 

「よっしゃ取れた! 待ってろオラァッ!!」

「えっと……なんだかごめんなさい」

「気にするな。どのみち、いつかは気付かねばならなかった問題じゃ」

 

 大急ぎで後を追っていく蛇を見ながら、私は猿に謝罪します。

 

「まあ不満があるとすれば、あやつが自発的に気付くのではなく、他人に気付かされたということが不満じゃがな」

「本当にごめんなさい」

 

 つい言っちゃったことが、こんなことになるなんて……

 

 ……まさか、射干玉も何か隠してたりしないわよね!?

 

『拙者にこれ以上何を晒せと!? もうパンツの中まで披露済みでござるよ!!』

 

 ……大丈夫そうね。

 

 

 

 

 

 

 阿散井君たちに遅れること数分、といったところでしょうか?

 猿と二人で訓練場に足を運んだところ――

 

「はあああぁぁっ!」

「だりゃああああぁぁっ!!」

 

 戦いはとっくに始まっていました。

 二人とも蛇尾丸――始解状態の斬魄刀を操り、激闘を繰り広げています。

 

 上背がある阿散井君の方が一見有利ですが、蛇の小さい身体を活かした戦い方をよく知っているようですね。

 蛇のように身を低くし、下からの攻撃を巧みに繰り出しています。

 

「ちィッ!」

「ヘヘンだ、どうしたよ?」

 

 足下から顔面へ向けて延びる刀身を、なんとか身を捻って直撃を避けました。

 ですが、ちょっとだけ甘かったみたいですね。軽く頬を斬られています。

 流石は斬魄刀本人というべきかしら? 蛇尾丸の扱いは阿散井君よりも一枚上手ね。

 

「舐めんなッ!」

「うわっ!?」

 

 ならばと身体能力で上回る阿散井君は、上から連続攻撃を仕掛けます。

 ですが小柄な身体でちょこまかと動き回り、時には蛇の尾まで利用して立体的な動きをしつつ紙一重で回避していました。

 

「おお、すごいすごい。上手ね」

「ちょっ、先生! 何でコイツの味方してんですか!!」

 

 思わず拍手しながら口に出してしまったところ、阿散井君に怒られました。

 

「別にどっちの味方ってわけじゃないわよ? ただ、今のやり取りだけみれば蛇の方が上手だったってところかしら」

「オイオイ、言われてんぞ二流死神。情けねぇの」

「があああぁっ! 言わせておけばこの野郎!!」

「ここまでおいで~♪」

 

 見え見えの挑発に乗った阿散井君は、斬魄刀を滅茶苦茶に振り回しながら蛇を追いかけています。

 蛇はくねくねと攻撃を躱していますが二人の距離はじわじわと狭まっていき――

 

「ぐあっ!? て、てめえ……!!」

「ひっかかってやんの、バーカ!」

 

 良きところで、頃合いを見計らったように尾を顔面に叩き付けました。

 衝撃と痛みと恥辱で真っ赤に染まった顔を片手で押さえつつも、さらにやる気と怒気は増したみたいです。

 

「もう許さねえ! 泣かす!! テメエだけは絶対に泣かす!!」

「涙目のヤツに言われても、怖くもなんともないね!!」

「んがあああああぁぁっ!!」

 

 なんでそこでさらに挑発に乗っちゃうのかしら……?

 あと、顔面を叩かれたら大体普通は涙目になるから……

 

『ここは「なら、お前も同じ目にあわせてやるってんだよ!!」みたいな台詞を言うべきだったでござるよ!!』

 

 あ、その言い回しは何だかちょっと良い感じね。

 

「……ところで、今更なんだけど」

「なんじゃ?」

「あなたはアレに加わらなくて良いの?」

「好きにやらせておくのが吉じゃな。儂には自ら醜態を晒すような恥ずかしい真似はできんよ」

「そう……」

 

 猿の方はなんだか達観しているわねぇ……

 

 

 

 その後も蛇と阿散井君の……喧嘩? 決闘?? お遊戯??? は続きました。

 優勢なのは蛇の方でしたが、タフなのは阿散井君です。中々決着が付かないままに二人はジリジリと消耗していき、やがて――

 

「ぐわっ!!」

「ぐえっ!?」

 

 ――まるで申し合わせたかのように、二人の攻撃が相手へと同時に当たり、二人とも目を回しながら倒れました。

 引き分けですかね。

 

「やれやれ、ようやく終わったか」

「あらら、相打ちね。それじゃ、助けないと――」

「いや、構わんよ。儂がやる」

 

 二人が倒れたところで救助に動こうとしたところ、猿が私を制するように動きました。

 面倒くさそうな雰囲気を醸し出しつつも、彼女はまず倒れている蛇の所へと向かったかと思えば、ひょいと担ぎ上げました。

 その際に腰の鎖を結び直すのも忘れてはいません。

 

「ほれ、蛇の。多少は不満をぶつけられたか?」

「う、うるへぇ~……オイラはまだ……コイツを……」

「うむうむ、そうじゃな」

 

 全て分かっているとばかりに二・三回頷くと、今度は阿散井君のところへ向かい……あらやだ! 阿散井君を抱き上げましたよ!!

 肩に蛇を担いでいるのに長身の阿散井君まで持ち上げるとか、猿は力が強いのね。

 

「お主も、今日のところはこのくらいにしておけ」

「お、おう……」

 

 聞こえているのかいないのか、目を回しながらも声に対してとりあえず返事はした。そんなところでしょうかね?

 情けない反応に、猿も思わず嘆息しています。

 

「この体たらくでは、儂が完全に認めるのも何時になることやら……」

「……え?」

 

 猿が小さく呟いた今の言葉……

 それが本当なら、まだどっちも完全には認めていなかったってことなの!? 蛇だけでもこんな大騒ぎなのに、この倍の騒ぎになるってこと!?

 

 ……頑張ってね、阿散井君。

 




●双王フラグ
卍解が狒狒王って名前なのに、大蛇しか出てこない。
つまりは「どちらも半分しか認めていない」って認識で良いはず。

でも次話は揉む予定です。


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第203話 健康診断とマッサージをしよう - 蛇尾丸 -

「すまぬな、待たせた」

 

 言葉通り、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながら猿の方の蛇尾丸が、蛇の方の蛇尾丸を抱えてやって来ました。

 

「まったく、こやつら……時も場所も考えずにおっぱじめよって……」

「気にしないで、もう本来の予定なんてあってないようなものだから」

 

 ご存じの通り、阿散井君と蛇との馬鹿騒ぎはダブルノックアウト(両者相打ち)という幕引きになりました。

 やかましいのが静かになったので、これでようやく本来の目的である健康診断(おやまのぼり)を行えます。

 喧嘩が長引いたので、もはや当初の予定なんてあってない様なものですけどね。

 

 ちなみに倒れた阿散井君は四番隊で引き取りました。今頃はベッドの上でぐっすり休んでいることでしょう。あとで熨斗付けて水引結んで、着払いで現世に送りつけてやるわ。

 

「それじゃあ、早速始めたいんだけど……その前に。その子、一緒で良いの?」

「む? 蛇ののことか?」

 

 猿がジャラリと音を鳴らしつつ、腰に巻いた鎖を持ち上げます。その先には、未だに目を回している蛇がいました。

 

「さっきの喧嘩のときには外していたから、てっきり別々だと思ってんだけど」

「別にいても問題は無かろう? そもそも儂らはどちらも同じ蛇尾丸じゃからな。何より、別々に診ていては時間も掛かるじゃろうが」

「その肝心の蛇の方はまだ夢見心地みたいだけど……まあ、いいわ」

 

 本人が良いと言うのなら、それでいいんでしょう。

 ええ、本人が言ったことなら仕方ないわよね。

 

「それじゃあまずは蛇の方から……」

「うむ! 思う存分診てやってくれ!!」

「あ、ありがとう……」

 

 思わず受け取る側が戸惑ってしまう程の乱暴さで、猿は蛇を鎖ごと渡してくれました。

 ずいぶんな扱いなんだけど、相棒じゃないの? その扱いで本当に良いの?

 

 まあ、先に蛇の方から始められるのは大歓迎なんだけどね。

 ……コッチとしても都合が良いから。

 

「じゃあまずは蛇から」

「うう……オイラはまだまだやれる……」

 

 何やら寝言? うわごと? を口にしている蛇をお布団の上に寝かせます。

 

 ……色白肌のショタっ子が寝てる姿も、良い物よね。しかも、お腹も生足も丸出しの格好なんだもの……うなされていることもあってか、見た目に似合わぬ妙な色気が……

 

 ――いけないいけない、自制するのが後一秒遅かったら涎を垂らしていたわ。

 

「一応、さっきの騒ぎの後だし霊圧も補充しておきましょう」

「うぅー……あぁ……」

 

 心なしか、蛇の表情が穏やかになった気がします。

 そんな様子を観察しながら、今の私は蛇の身体をさすっているわけですが。

 

「どれどれ、筋肉の付き具合は……ふむふむ……腕、胸囲、腹筋……こんな感じなのね」

 

 蛇の身体は予想以上にスベスベでした。

 鱗でザラザラしているのかと思っていたのですが、少年期特有の筋肉が出来上がっていない細い身体は触り心地が満点です。

 軽く筋肉をほぐす程度には揉んでいますが、そんなことは必要が無いくらい身体が柔軟性に富んでいます。

 

「脚は……」

「ふむ、その様なこともするのだな」

「そうよ。すこし柔軟性もチェックしておきたくて」

「そういうもの……なのか?」

 

 太腿から爪先までを、舐めるように撫で回し終えると、ついでとばかりに両足を抱え、ぐいっと大きく広げます。

 股割りですね。

 思わず出たであろう猿の呟きに、私は「これは普通のこと」とばかりに返します。

 

「あと一応、尻尾も……うわ、すごい……!」

 

 触れた瞬間、思わず感激してしまいました。

 なにしろ尻尾の部分だけは普通に蛇ですから。鱗があり、その奥は筋肉の塊です。

 そんなところを触れるなんて、これはこれで貴重な体験です。

 

「さて、こんなところかしらね」

「んあ……?」

 

 尻尾の先まで撫で回したところで、蛇が目を開けました。

 どうやら意識を取り戻したようです。

 

「ふああぁぁ……よく寝た……ってなんじゃこりゃ!? どこだここ!?!?」

「ククク、蛇の。気絶しておるお主の姿、中々見物じゃったぞ?」

「え……? あ、そっか。診断ってやつだな……って、なんでオイラのこと勝手に調べてんだよ!!」

 

 寝ぼけ眼で軽く伸びをしたところで、ようやく今の状況に気付いたのでしょう。蛇はキョロキョロと辺りを見回し、猿はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべています。

 

「安心せい、次は儂の番じゃからの。ほれほれ、見たければ気が済むまで見ていて良いぞ? お主に何かされたところで、痛くも痒くもないからのぅ」

「うぎぎぎ……」

 

 どういうことをされるのかを、蛇を実験台にして事前に知ったからでしょうか。猿は余裕たっぷりの表情です。

 

 まあ、その顔がいつまで保てるのかは知りませんけどね。

 

「それじゃあ、次の診断を始めるわね」

「うむ。よろしく頼む」

 

 猿は悠々と仰向けに寝転がりました。瞼を閉じ、完全にリラックスした状態です。

 ならば今のうちにとばかりに、マッサージオイルを手に溜めます。

 

「少しひやっとするわよ?」

「ひっ……!?」

 

 まずは右足のふくらはぎから。

 ぬめりを持った粘液がまとわりつき、彼女の肉体――正確には毛皮ですが――をべっとりと濡らします。

 

「な、なんじゃそれは……!?」

「ああこれ? これは整体用の特別な油よ」

「そんなもの、蛇のには一切使って――」

「せっかくだからサービスしようと思って。大丈夫、身体にはとっても良いから」

「――な! なぁ……っ!!」

「おっ、いいぞ! なんかよく分かんねえけど、やっちゃえやっちゃえ! オイラが許す!!」

 

 怯えの色が見えるからでしょうね。蛇が応援してくれます。

 応援してくれるのなら、期待には是非とも応えないといけませんよね。

 

「はい、次は左足も」

「ふ……っ!?」

 

 先ほどと同じ要領で、左足にもオイルを塗します。

 ふくらはぎから足首までを撫で回し、そのまま両足の太腿を丹念に揉んでいきます。

 彼女の方が運動中心なのでしょうね。

 毛皮の下から伝わってくる感覚は鍛え上げられた筋肉のそれ。ですが同時に、むっちりと柔らかな太腿の感触も伝わってきます。

 揉んでいくうちに毛がオイルで纏まっていき、下から素肌がうっすらと見えてきました。色素の薄い肌が油で濡れて、てかてかと輝いています。

 

「う……ん……ぁ……っ……!」

 

 毛皮を汚される不快感があるのでしょう。ですが同時に、マッサージによる気持ちよさも否定出来ないようで。

 野性的で勝ち気だった表情を困惑一色に染め上げながら、悲喜の混ざった複雑な吐息を漏らしていました。

 

「ちょ、ちょっとまて! そこ……ん……ぁっ……!」

 

 太腿を丹念にまさぐると、上半身が跳ね上がります。

 そのまま指先は内股の辺りへ。股関節の周りがビクビクと震えて、腰周りがモジモジと動いていました。

 私はそんな肉体の疼きをほぐすように、ぐっと力を力を入れて肌へ指を食い込ませます。

 

「お、おお……」

「みるな……みるなぁ……」

 

 最初こそ物見遊山気分で見物していた蛇ですが、今では猿の様子に夢中になって目を輝かせて凝視していました。

 猿は思わず視線から逃れるように顔だけを横へ向けます。

 

「もう少しだけ、脚を開くわよ?」

「はぁ……はぁ……あ、脚……じゃと!?」

「蛇の方はもうやったでしょ? それと同じよ」

「ちょ、ちょっと待て!  それは……!! ひゃああぁっっ!!!!」

「な、なんだ……なんだよこれ……」

 

 なんとか抗おうとしてきましたが、今の脱力しきっている猿では私には勝てません。

 両足を抱えてグッと大きく開脚させれば、股間の周囲が丸見えになりました。

 まあ、ここも体毛で覆われていて見えないわけですけどね。

 それでも効果は抜群のようで、猿の口からは可愛らしい悲鳴が聞こえました。蛇もますます混乱しています。

 

「どうやらあなたの方が肉体運動担当みたいだからね。こういう関節周りは重点的にやるわよ」

「ひっ、ああ……っ! や、やだ……やめっ! さ、さわるなぁ……っ!!」

 

 患部に顔を近づけながら、股関節の付け根をたっぷりとマッサージしていきます。

 粘液でねっとりと汚すようにして刺激を与えてやれば、じわじわと野性的な匂いが鼻を突いて来ました。

 揉んでいないのに、少しだけ毛皮に染みが出来ていますがこれは一体なんでしょうか?

 あれだけ余裕たっぷりだった猿が、今では表情を崩して少女のように取り乱しています。

 

「蛇の、蛇のっ! たすけ……たす……あ、ううう……っ!!」

「猿の……オイラ、オイラ……」

 

 隣の蛇に手を伸ばしかけて、猿はビクッと手を引っ込めました。

 あれだけ格好を付けていた手前、いまさら頼れない。とでも思っているのでしょうか? それともこれ以上恥ずかしい姿を見せたくないという感情でしょうか?

 猿が戸惑っている間に、蛇は蛇で両手を所在なさげに上げていました。

 

 ……良いことを思いつきました。

 

「暇なら、少し蛇も手伝って貰える?」

「ええっ!! お、オイラが!?」

「そうそう、こうやって」

「ふえっ!?」

 

 蛇の手を取り、有無を言わさず猿の太腿に押しつけます。

 

「身体の流れがこうだから、こうやって指で流れを整えてあげるように……」

「あ、ああ……」

 

 後ろから私も手を当てて実演しながら教えてあげますが……果たして聞いているやらいないやら。

 なにやらへっぴり腰でハーフパンツを膨らませながら、おっかなびっくり。けれども霧中で指を動かしています。

 

「へ、蛇の……なんでぇ……」

 

 猿が今にも泣き出しそうです。

 あら? ナニカされても痛くも痒くもないんじゃなかったかしら?

 

「はい、次は首回りね」

「んんっ!! な、な……ああぁっ!?」

 

 とろり、とオイルを塗しながら鎖骨から首筋を包み込めば、一際高い嬌声が響きました。手足がびくりと蠢いて、ピンと張り詰めています。

 この辺りは体毛に覆われていないため、粘液が直接肌に触れます。今まで下半身で慣されて来たのとは、刺激の度合いが違いますよ。

 

「ん……っ! や……っ! あ……んっ!」

 

 首筋から鎖骨の窪みまでを丁寧に刺激していき、やがて指は裾野までたどり着きました。

 外周部にほんの少し触れただけで、指先がむにゅんと沈み込みます。けれども押し込むのを止めれば、弾き返さんばかりの弾力で押し返してきます。

 

「そろそろ胸囲に行くわよ?」

 

 返事を待たずに、手の平全体で胸元の周辺を撫で回します。

 肌が軽くへこむ程度の力で指を這わせ手の平で圧迫を続けていくと、大きなおっぱいがふるんと心細げに揺れ動きました。

 

「んんんっ!!」

 

 続いてお山の下側に手の平を張り付かせ、掬い上げるようにして膨らみを鷲づかみます。大きな膨らみは私の手にも余るくらいで、指の間からお肉がこぼれて落ちました。

 

「あ……ふぁぁっ…………んっ!!」

 

 指を食い込ませ、お山全体にねっとりとオイルを塗り込んでいきます。

 張りと弾力に優れたおっぱいは私の指を何度もはじき返し、ぷるぷると揺れ動きながら粘液をその身に纏っていきます。

 浅黒い肌が油を反射して、てらてらと怪しく輝いていました。

 

「大きいけれど、とっても健康的な胸なのね。こんな大きな胸をしていたら、女性隊士たちが羨ましがりそう」

「そ、そのようなこと……はあぁんっ! い、いら……ぬ……ぅっ!」

 

 胸をこねるたびに背中をびくつかせ、艶っぽい嬌声が漏れ出ます。

 丸みにそって手を当てて、形を整えるように何度も丁寧に揉んでいくと、我慢出来なくなったのか彼女もまたぶるぶると震えだしました。

 肝心なお山(おっぱい)の頂点は毛皮で覆われていますが、掴んでいる私にはよく分かります。

 手の平に、硬いしこりの様な物が当たっていますから。

 

「そうなの? 勿体ない……」

「~~~~っ!?」

 

 そのしこりのような固まりを手の平で強く摩擦すると、声にならない悲鳴が響き渡りました。

 

「お、オイラも……」

「え?」

「オイラもやりたい!」

 

 脚を揉んでいた蛇ですが、どうやら我慢出来なくなったのでしょう。

 挙手したかと思えば返事も聞かずに猿の胸元に飛び込みました。身体の上に跨がり、待ちきれないとばかりに手を掛けます。

 

「こ、こうだよな? こうやって……ふへへ……」

「蛇のっ!? やめ……痛っ! よせ……よさぬかっ! あぐ……っ!」

 

 ですがどうやら本能と欲望の赴くままのようですね。

 

「あら、駄目よ。そうじゃなくて、もっと力を抜いて……こうやって……」

「こ、こうか……?」

「ふぁっ!! ……な、なんで……ぇ……っ?」

 

 なので私も蛇の背中に覆い被さり、先ほど太腿を揉ませたのと同じようにやり方を教えてます。

 二、三回指の動きと力加減を教えてやれば、すぐに猿の口から甘い声が漏れ出ました。

 

「……こう、だよな?」

「ええ、そうよ。上手上手」

「へへ、よーし! 大体わかった!!」

 

 むにゅりとお山(おっぱい)を掴んで変形させながら得意げに言い放ったかと思えば、もうそこからは夢中になっていました。

 両側から挟み込んでぶるぶると揺らしたかと思えば、優しく撫で回しています。

 

「くっ……んっ……! な、んで……どうして……蛇の、ごときに……ぃっ!」

「お、面白ぇ……へへ、どうだよ猿の? オイラの腕は」

「そ……そのようなガキの……ぉっ!? お遊……びぃっ!!」

 

 マッサージを必死で堪えようとしていますが、どうにも耐えきれないみたいですね。猿は強気な態度を取ろうとしますが、あっけなく崩されています。

 蛇も蛇で、相手の反応から次々に触り方を変えています。工夫していますね。

 

 あ、胸元のホクロをちょっと指で突いてる。

 分かるわ、アレちょっと押したくなるわよね。と思ったらそのまま谷間に手を滑り込ませてる。

 

「う……ふぁぁ……いや……じゃ……蛇の、になど……ひんっ!!」

 

 蛇が上半身をマッサージしてくれているので、私は残った部分を。

 ということで、脇腹からウェスト周りに触れています。目立ちませんが腹筋がしっかりとあり、そこをオイルでとろとろにしながら丹念に撫でていきます。

 横腹を擽られるような感覚が加わり、猿がさらに甘い吐息を吐き出しました。

 

「こ、このようなことで、儂は……っ! ん、くっ……あ、ああああぁぁっ!!」

 

 お腹周りからおへそ周りへ指を滑らせます。

 スッと縦に刻まれたおへその穴が目に眩しいですね。

 その穴を軽く指で撫でると、感極まったような悲鳴が響きました。

 

「診察は、こんなところなんだけれど……」

「猿の……」

「蛇のぉ……」

 

 一通り撫で回し終えたのですが、どうやら蛇はそんなことには全く気付かずにマッサージを続けていました。

 二人とも全身オイル塗れでてかてかになりながらも、情熱的に視線を絡ませています。猿の方なんてシナを作っているくらいですからね。

 完全に二人の世界が出来上がっています。

 

 仕方ありません。もう少しだけ、好きにさせておきましょう。

 

 

 

 ……これ、大丈夫よね?

 

 知らないうちに、阿散井君の斬魄刀が二刀流になったりしないわよね?

 




蛇って、おひんひんが2本あるんですよね。
(正確にはオス・メスとも左右一対の生殖器が存在している)


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第204話 ママとパパと斬魄刀と

「グラブジャムン……話には聞いたことがあったけれど、こんな感じで作るのね……」

 

 レシピ本と睨めっこの最中、思わず見つけた内容に声に出して唸ってしまいました。

 まさかシロップに漬け込むなんて……しかもシロップ自体も砂糖が多すぎるわよ。カップ1杯って……何コレ……?

 世界一甘いとは聞いたことあるけれど、想像以上だわ。そりゃ甘くなる筈よ。

 これならもう練乳を直接舐めるとかでもいいんじゃ……?

 

「……あ、こっちは良いかも。へえ、サツマイモで作るのね。甘さ控えめで美味しそう。コレは試しに作ってみようかな?」

 

 ちょっと前に織姫さんたちが尸魂界(ソウルソサエティ)に来ていたのは、まだ記憶に新しいと思います。

 その時にちょっと無理を言って、現世からお菓子のレシピ本を持ってきて貰いました。

 雀部副隊長の定例お茶会でも新作を出したいし、何かヒントにならないかと思って。

 

 なのでこうして、せっせと情報収集の最中です。

 場所も調理室ですから、すぐに試作も出来て便利なんですよ。今は人もいませんので、使い放題です。

 それにしても、織姫さんの感性に任せれば、きっと面白い本を選んでくれると思いましたが……ある意味で期待通りの本を買ってきてくれましたね。

 グラブジャブンどころかバクラヴァまで載ってるんだもの。

 

「名前は、えっと……カノム――」

「あ、隊長!」

「――え? ああ、勇音」

 

 声が掛けられ本から顔を上げれば、勇音の姿がありました。

 続いて顔を下に向けると、しゃがみ込みます。

 

「それと、凍雲もいらっしゃい」

「……うん」

 

 勇音の隣にいる凍雲――実体化した斬魄刀にも、忘れずに挨拶をしておきます。

 

 凍雲ですが、見た目は幼女です。

 ええ、そうです。少女を通り越して、幼女まで行っています。黒髪の可愛らしい幼女とでも表現すれば、良いでしょうか?

 長い黒髪に道士服のような格好をしていて、凄く可愛らしいんですよ。

 

 しかも背が低くて、なんと三尺三寸(約1メートル)程しかありません。

 全死神と比較しても最も低くて、勇音と並ぶと半分くらい。丁度勇音の腰の辺りに、凍雲の頭が来る感じ。

 二人で並ぶと、まるで母親と子供みたいに見えます。

 

「……何よんでたの?」

「ちょっと織姫さんに持ってきて貰ったお菓子の本をね」

 

 そして口調は見た目通りの、幼い喋り方をしています。

 性格も勇音に似たのか、恥ずかしがり屋で引っ込み思案。他隊の死神は勿論、四番隊でもよっぽど仲が良い相手じゃないと、恥ずかしがっちゃって勇音の後ろに隠れてしまいます。

 なので凍雲の声を聞いたこともないって死神も結構いるんですよ。

 

 ……あ、清音さんだけは別ね。

 勇音と姉妹だからか、凍雲も顔を真っ赤にしながら一生懸命にお喋りしてました。

 

「おかし! 食べたい!! パパ(・・)作って! ママも食べたいでしょ?」

「ええっ!? そ、それはそうだけど……っていうか、凍雲! その呼び方は止めてっていつも言ってるでしょう!?」

「どうして? ママはママだし、パパはパパだよ?」

「あはは……」

 

 どういうわけか凍雲は勇音のことを"ママ"と呼び、私のことを"パパ"と呼びます。

 初対面の時にも「パパ」「ママ」呼びだったおかげで、ちょっとだけ騒動になりました。ついに勇音に隠し子が!? みたいに盛り上がっていましたよ。

 その時の影響からか、勇音はママと呼ばれるのが恥ずかしいみたいです。凍雲が呼ぶ度に指摘しています。

 

『ですが勇音殿は顔を真っ赤にしつつも、まんざらでもない表情なのでござるよ!! 口では文句を言いつつも内心では「いいぞいいぞ! もっと言え!!」と思ってるに間違いなしでござる!!』

 

 え、私ですか? もう慣れましたよ……

 二人のやり取りに、乾いた笑いしか出せません。

 

 それにパパっていうのも、あながち間違っているわけでもないから。

 

『なんと! やはり勇音殿に"いや~ん!!"なことをして、凍雲が出来たのでござるか!? 素直に吐くでござる! そして実演するでござるよ!!』

 

 いやいや、そんなことしてないからね!?

 

『(時々騙されてお酒を飲まされてぶっ倒れてから、介抱という名目でまさぐられているでござるが……まあ、それは拙者の心の中のドスケベ小箱にしまっておくでござるよ)』

 

「まあまあ勇音も、そんなに怒ることはないでしょう? ほら、凍雲が怖がってるわ」

 

 勇音は背が高いですからね。

 口調は柔らかくても、上から言われているためか凍雲がちょっと萎縮しています。

 なので私は彼女を抱っこして、勇音と大体同じ目線にしてあげました。

 

 ……これでもまだ勇音の方がちょっとだけ視線が上なんですけどね。

 

「斬魄刀なんだし、仲良くしないと駄目よ」

「うん……パパ、すき……」

「あ、凍雲! もう……ずるい……私だって……」

 

 抱きかかえるなり凍雲は、まるで勇音の視線から逃げるように私の胸元に顔を埋めてきました。

 ぎゅうっと抱きついたまま、離れようとしません。

 

「パパのおっぱい……ふかふか……」

「ん、そうなの? 勇音に抱っこしてもらったことってないのかしら? 勇音もずいぶん大きいと思うけれど」

「え……あ、た、隊長……!?」

「うん、ママもおっぱいおおきいの……でも、パパもおっきくてすき」

「凍雲っ!」

 

 ちなみに抱っこしているわけですから、凍雲の体温がダイレクトに伝わってきます。

 子供特有のプニプニ感と高めの体温が! 胸は平らだし、お尻も太腿も全然お肉なんてついてないのに! ちょっとぽっこりしたイカ腹の感触が!!

 

「やぁ……パパ、くすぐったい……」

「あ、ごめんね」

 

 抱きかかえ直すふりをして、そっとお腹やお尻に手を伸ばします。凍雲は触られ慣れていないようで、けれども嫌がる素振りも見せることなく、むしろもっと抱きついてきました。

 も、もうちょっと触っても良いわよね……?

 

『……藍俚(あいり)殿? 流石に凍雲殿にそれ以上手を出すと犯罪でござるよ?』

 

 はっ!? ……法ってどこまで及ぶのかしらね?

 

「そういえば、勇音も凍雲を抱っこする? それとも私を抱っこしたい? なんて――」

「良いんですか!?」

「――冗談……のつもりだったんだけど……」

 

 話題逸らしのように尋ねてみたところ、思った以上の反応で食いつかれました。

 

「あ……あう……その……」

「よしよし、泣かないの。じゃあ凍雲、ちょっと降りてね。これから勇音――ママを抱っこするから」

「うん……」

 

 言ってから後悔したのでしょうね。

 顔を真っ赤にして涙ぐむ勇音を慰めつつ、凍雲を下ろします。

 

「ほら、おいで」

「あ……ああ……っ! し、失礼しますっ!!」

 

 軽く両手を広げてポーズを決めれば、勇音は数秒の躊躇の後に抱きついてきました。

 背丈は大体同じだから「私の胸に飛び込んでおいで」って出来ないのが少し残念。その代わり、首筋に頬をこすりつけるようにして甘えてきています。

 

「はぁ……はぁ……隊長の、隊長の匂い……」

「ふふ、勇音は甘えん坊さんね……」

 

 力一杯抱きしめられているので、勇音のおっぱいが押しつけられています。

 私のおっぱいに。

 

『おっぱいがおっぱいで潰されているでござるよ!! なんという有り難い光景!! これは永久保存版でござる!! 死覇装なのが惜しいでござるが、それはそれ!! 窮屈なおっぱい同士が今にもこぼれて飛び出しそうで……!! 藍俚(あいり)殿、次は布面積の少ない水着でお願いするでござる!! いや、バニーガール姿……いやいやここはやはりワイシャツ一枚だけで抱きしめ合うのが正義!?』

 

 射干玉が暴走していますが、仕方ありませんね。

 

 勇音の柔らかい身体と隙間無く密着しているので、どこもかしこも勇音の感触がたっぷりです。

 お肌が触れ合う部分からは彼女の温もりが流れ込んできて、甘い匂いが漂ってきます。

 私もかなり心臓がドキドキ鳴っていますが、同時に勇音の心臓が早鐘を慣らしているのも伝わって来ちゃって……

 きっとお互いに緊張してるのがバレてますね。

 

「うぅ……(あった)かい……私、寂しかったんですよ……すん……隊長ってば、あの藍染の事件からずっと忙しそうで……ぐすっ……すん……」

「よしよし」

 

 出番、無かったからねぇ。

 そっと頭を撫でてあげると、勇音が私の首筋を嗅いでいるのに気付きました。

 どさくさに紛れて凄いことしてるわねこの子……

 

『案外抜け目ねえでござるな』

 

「それと、あの……その……」

「ママ、がんばって……!」

 

 匂いは遠慮無く嗅いでいるのに、どうして言い淀むのかしら?

 凍雲の応援を背中に受けて、勇音は漸く口を開きました。

 

「さ、三番隊の新隊長に好意を寄せられているって聞きました! ほ、本当なんですか?」

「それ? ええ、まあね……ちょっと手助けして、その縁でちょっとだけ……」

「嫌ですっ!」

「え……? 勇音……!?」

 

 さらに力強く抱きしめられています。

 

「それに私、聞いたんですよ! 吉良君も雛森さんも、隊長に気持ちを伝えたんだって……!!」

 

 み、耳が早いわねぇ……

 ……あれ? 桃もだっけ? 飛梅を揉んでアピールしてきた覚えはあるんだけど。

 

「ズルいです! 隊長のことは私が一番最初に慕っているんです!! 私が、一番、最初なんです!!」

「えと、その……」

「変な気持ちなんだってことは、自分が一番よく分かっています! でも、この気持ちは誰にも負けたくありません!」

 

 あ、これガチのやつだわ。

 

「凍雲に"ママ"って呼んでもらって、隊長のことを"パパ"って言ってて、本当の夫婦になれたみたいでウキウキしてて……でも、隊長に迷惑なんじゃないかって心配で……そしたら凍雲からみんなの話を聞いて……私、どうしたら……うわああぁぁんっ!!」

「あ、勇音……!?」

 

 感情が昂ぶりすぎたようで、とうとう泣き出してしまいました。

 どうしたものかと戸惑う私の横で、袖の(たもと)がぐいぐいと引っ張られます。

 

「パパ、ママを泣かせるのは、めっ! だよ?」

「その、ごめんなさい」

「ママも、パパのこと、もっと信じて……ね?」

「うん……ごめんね凍雲……」

 

 凍雲に怒られました。

 かと思えばさらには勇音の袂も引っ張り、同じようにして慰めています。

 

 ……凍雲、幼いけれど予想以上に良い子ね。

 

「隊長、申し訳ありませんでした……」

「ごめんね、パパ」

 

 慰められたことで冷静さを取り戻したのか、まだ鼻を啜りつつも勇音は頭を下げてきました。

 その隣では勇音のまねっこをするように凍雲も頭を下げています。

 

 こうして見ると、本当に親子みたいよね。

 

『となると藍俚(あいり)殿もパパとしての責任を取るべきでござるよ?』

 

 それ、案外本当のことなのよね……

 

『ほらほら、もう堪忍してパパになるでござるよ!! 以前にルドマン(虎徹勇音)ルートと言いましたが、現実味を帯びてきたでござるよ?』

 

 そうよねぇ……勇音って、ずっと私のことを支えてくれたとっても良い子だし……

 いや! イヅル君や桃も良い子なんだけど……

 

 ……あれ? 射干玉はあの時にゲレゲレ(砕蜂)ルートについても言ってたわよね?

 

『そういえば、その様なことも言ったような……』

 

 まだ残ってるってこと!? いやいや、あの子は夜一さんでしょう!? 何のために捕獲して副隊長に据え付けていたのよ!? まだ満足してなかったの!?

 

『恋する乙女はワガママなのでござるよ……あっちもこっちも欲しくなってしまうでござる……』

 

 しみじみ言わないで!

 

『そのワガママを押し通すだけの力! 鍛え上げたのは誰だ!? なんとビックリ藍俚(あいり)殿でござるよ!? 責任は取らないと駄目でござる!!』

 

 そう言われると……

 

「……パパ、どうしたの?」

「ううん、なんでもないの」

 

 心配そうに見上げられてしまったので、安心させるように凍雲を抱き上げます。

 

「それと……あのね、勇音」

「は、はいっ!」

「もうちょっとだけ、待って貰えるかしら……? 色々と気持ちの整理がね、出来なくて……ただ、勇音のことは前向きに考える――」

「本当ですか!!」

 

 再び勇音に抱きつかれました。

 

「ママ、くるしぃよぉ……」

「えへへ……ごめんね、凍雲……」

 

 勢いそのままにくっついてきたので、二人で凍雲を挟んでいる状態です。

 より正確には、私と勇音、二人分のおっぱいに挟まれている状態。

 だからでしょうか? 苦しいと言いつつも、嫌そうな素振りは全然見せていません。むしろにっこりと微笑みながら、勇音に抱きつかれています。

 

『いやぁ、眼福眼福。こうして見ると本当に家族のようでござるな……てか凍雲殿が羨ましいでござるよ!! その場所、代わって下され!! 三百円、いやいや千円払いますので!! 延長料金も出すでござるよ!?』

 

「……ござる?」

 

 ……ッ!?

 

『……ッ!?』

 

「え? どうしたの凍雲?」

「うん……声が、聞こえたの……ござるって……」

「ござる……? 別に誰もいない――」

「凍雲! お菓子、食べたいでしょ? 作ってあげるわね!」

「うん!」

「私もお手伝いします!!」

 

 ……ビックリしたわ。子供って感受性が強いのね。

 




●凍雲(実体化)
※ アニメ斬魄刀異聞録編には実体化した凍雲は登場しないためオリジナルです。
  (なんかこう、頑張って考えました)

黒髪の幼女。髪は背中に掛かる程度の長髪。
立ち振る舞いや性格は丁寧だが、口下手で恥ずかしがり屋。
(黒と白を基調とした)道士服のような格好をしている。

身長は99cmなので、やちるより小さい。勇音と並ぶとほぼ倍の差がある。
ちっちゃいため斬魄刀を持つと振り回されてしまい、戦闘面での貢献は難しい。
(呪符みたいなのを投げて、それに当たると動きが遅くなる。みたいな援護はしそう)

基本的に性格は持ち主に似るので、控えめな子に。
勇音の「もう背丈はいらない」という影響を受けて、ちっちゃい子に。
勇音が入隊したばかりの頃の大手術(探蜂さんを治療したアレ)の経験から藍俚への強烈な憧れと慕う気持ちの影響されており、彼女のことをパパと呼ぶ。

●グラブジャムン
インドのお菓子。世界一甘いと言われる。
揚げたドーナツを砂糖たっぷりのシロップに30分くらい漬ける。

●バクラヴァ
中近東のお菓子。これもめちゃ甘い。
焼き菓子だがバターと砂糖を大量に含んでいて、濃厚に甘い。

●カノム・カイ・ノッククラター
タイのお菓子。屋台とかで売っている。
サツマイモの揚げドーナッツ。


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第205話 子供とハチは甘い匂いに寄ってくる

「パパ、こう……?」

「そうそう、その調子」

「凍雲はお料理上手ですね」

「えへへ……」

 

 私たちの言葉に凍雲は思わず作業の手を止め、顔を真っ赤にしてはにかみました。

 かわいい。

 

 ということで現在は約束通り、私と勇音と凍雲三人でお菓子を作っています。

 

『早い話が前回からの続きということでござるな!』

 

 そうは言ってもまだ作り始めたばっかり。調理場からはほんのりと甘い香りが立ちこめ始めている、といったところでしょうか。

 ちなみに凍雲に「何が食べたい?」と聞いたら「おだんご」というリクエストを頂きました。

 ですので現在は白玉粉と砂糖を混ぜて、捏ねている最中です。

 ヘラを片手にボウルに入った粉を一生懸命混ぜています。

 

 ――凍雲が。

 

 これがまた可愛いんですよ!!

 

 ちっちゃい子がエプロンと三角巾をして、背丈が足りないから踏み台に乗って、真剣な顔で作業台に向かって、ときどき「んしょ……んしょ……」とか言っているんですよ!!

 その様子を勇音と二人で見守っているんだけど、本当に夫婦みたいな気分ね。

 

『そこに夜のお相手になれば完璧でござるな!! 拙者が立候補するでござる!!』

 

 うん……そうね……射干玉なら出来るわよね……

 

 ……そういえばなんだか以前にもこんなことをやったような……

 あっ! アレだわ、ルキアさんたちに白玉ぜんざいの作り方を教えた時!

 

『具体的には167話でござるよ』

 

 でも今回はあの時と違って、なんというかこう……ほんわかしてるのよね。

 凍雲には任せても大丈夫な作業だけを――今みたいに捏ねたり、成形したりの作業だけをやらせているの。

 火や包丁を使う作業は絶対にさせないわよ! だって危ないもの!!

 

『あの、藍俚(あいり)殿……? 凍雲殿はその、斬魄刀でございまして……ある意味では刃物そのもので危ないのだから平気なのではないかと……むしろ過保護すぎるのではないかと拙者としては愚考するのでござりまして、その……』

 

 何か言ったかしら!?

 

『いいえ、拙者は何も!!』

 

 まったく……ウチの子が怪我でもしたらどうするのよ……

 

『(それもう個別ルート突入宣言なのでは……)』

 

「勇音、そっちの方はどう?」

「大丈夫です。隊長こそ、熱いから気をつけてくださいね」

「ありがと。でも何回も作ったことあるから」

 

 凍雲がお団子を捏ねている間に、私たちは別の作業を進めます。

 勇音はヨモギを茹でたり白ごまを炒るなどで、私は餡子(あんこ)と格闘しています。ヨモギ団子にごま団子、それに定番の餡子とみたらしの準備中というわけ。

 

 でももうちょっと種類があってもいいかもね。

 他に何か使えそうなのあったかしら……できれば凍雲に頼めそうなやつがベスト……あっ!!

 

「そういえば、カボチャがちょっと残ってたっけ。あれを――」

「わ、わわっ!」

 

 カボチャ団子に気を取られていた時です。

 「がちゃん!」と大きな音が鳴ると同時に、慌てふためく声が響きました。

 

 急いでそちらに目をやれば、そこには今にも踏み台の上から転びそうな凍雲の姿が!

 ボウルがひっくり返っているので、おそらくは力を入れすぎてバランスを崩してたんでしょう。

 

「ああっ!」

「凍雲!!」

 

 私たちは即座に反応し、凍雲が転ぶより早く抱き留めました。

 当然怪我一つありません。

 伊達で隊長副隊長やってるわけじゃありませんから。

 

「よかった……間に合いました……」

「怪我はない?」

「うん……でも……」

 

 私と勇音、二人の胸の中で、でも凍雲は目に大粒の涙を浮かべています。

 

「パパ、ママ……ごめんなさい……おだんご……」

 

 今にも泣き出しそうになるのをグッと堪え、おそるおそる視線を向ける先にはひっくり返ったボウルがありました。

 

「大丈夫ですよ、地面に落ちたわけじゃありませんから。それにこれは元々油で揚げる予定だから、全く問題ありません」

「そうそう。それに凍雲にはこれから、ヨモギ団子の分とカボチャ団子の分もお団子を作ってもらわなくちゃいけないだから、泣いてる暇なんてないわよ?」

「……でも私、しっぱい……しちゃった……」

「あら? でもこれは、凍雲にしか頼めない作業なんだけどなぁ……」

「ほらほら凍雲、私も隊長もお手伝いしますから。一緒にやりましょう、ね?」

「……うん!」

 

 よかった、ようやく笑顔になってくれたわ。

 

『(やってることが完全に夫婦でござるよ……これもう、ルート確定なのでは……? 射干玉はクールに訝しむでござる)』

 

 

 

 

 

 

「ようやく、完成したわね」

「それもこれも、凍雲が手伝ってくれたからですよ。ありがとう」

「パパ、ママ……うん!」

 

 軽く一波乱あったものの、お菓子作りは無事完成。

 お皿の上には色とりどりのお団子たちがまるで山のように並んでおり、凍雲の熱い視線が注がれています。

 

「でも私、こんなに食べられないよ……?」

「大丈夫。食べきれなかった分は、四番隊のみんなにお裾分けするから」

「勿論その時には、凍雲にも手伝ってもらいますよ」

「まかせて!」

 

 小さな胸を精一杯そらせて、凍雲がにっこり笑います。

 ……かわいい!!

 

「でもその前に?」

「そうですね。頂いちゃいましょう」

「いただきま――」

「ああーっ! なんだか美味しそうなのがある!!」

「いいなぁ、いいなぁ!」

 

 制作者の特権を発動させようとしたところ、それに待ったを掛けるように二人分の可愛らしい声が割り込んできました。

 この声、知っています。双魚理ですね。

 

 ……ということは。

 

「こら、二人とも! こんなところまで……あ、すまないね湯川隊長。少し所用で近くまで来ていたんだが、帰りしなに双魚理が突然走り出したんだ。何かと思ったんだが――」

 

 二人に続くようにして現れる浮竹隊長。

 

「――こういうことか……」

「ねえねえ、お団子!」

「ボクたちもお団子食べたい!」

 

 彼は私の姿に気付くと軽く謝罪しつつ理由を説明をすると、得心がいったとばかりにコメカミに手を当てます。

 そんな浮竹隊長の心境になど気付かず、二人はおやつをせがんでいます。

 

 しかしこれ、二人は匂いに吊られたってこと? 子供は甘い匂いに敏感よねぇ……

 

「だめだめ。これは彼女たちが作ったものなんだぞ?」

「ええーっ! やだーっ! 食べたい食べたい!!」

「帰りに茶店に寄ってやるから……」

「これがいい! だって美味しそうなんだもん!!」

 

 あ、これはテコでも動かないヤツですね。仕方ない。

 

「……二人とも、良かったら食べる?」

「「本当に!?」」

 

 息ピッタリで聞いてくる双魚理たちに、むしろ言い出したこっちが面くらいます。

 

「ええ、本当よ。たくさんあるから、遠慮しないで。凍雲もいいわよね?」

「うん……」

「「やったーっ!!」」

「ボクこの緑のやつ!」

「あーっ、ズルい! ボクも!!」

 

 あらあら、どうやら双魚理はヨモギ団子がお気に入りみたいね。

 二人ともいの一番に手を伸ばしました。

 

「ほらほら凍雲、早くしないとなくなっちゃうわよ。どれがいい?」

「えっと……あんこのお団子と、ゴマのお団子……」

「はい、これね」

 

 そして勇音たちはまったりマイペースで食べ始めました。

 当たり前のように取ってあげるところが、なんとも勇音らしいわ。

 

「すまないな、なんだか催促したみたいで……」

「いえいえ、お気になさらずに。数はいっぱいありますし、双魚理とも少しお話をしてみたかったので……あ、浮竹隊長もどうぞ遠慮なさらずに」

「いいのかい? なら、いただくよ」

 

 浮竹隊長が手を伸ばしたのは……普通に餡子(あんこ)でした。

 ちょっと意外ね。みたらし団子とか選びそうなイメージだったんだけど……

 

『浮竹殿は甘い物もイケるでござるよ?』

 

 そうだっけ? 今度清音さんにでも詳しく聞いておくわ。

 

「おお、これはいけるね。上品な味だ。双魚理たちが暴走した気持ちも少し分かる気がするよ」

「それはどうもありがとうございます。でもそれ、功労者は凍雲なんです。だからお礼は彼女にお願いしますね」

「そうなのかい? 凍雲さん、こんなに美味しいお団子をどうもありがとう」

「…………ん」

 

 浮竹隊長の言葉に、凍雲はそっぽを向きつつも小さく頷きました。

 

「ははは、嫌われちゃったかな?」

「大丈夫、凍雲は恥ずかしがり屋なので。アレでもかなり好かれてますよ」

 

 事実、勇音の影に隠れない時点で凄く好かれている証拠です。

 

『イケメンはお得でござるな』

 

「ほらほら、双魚理もきちんとお礼を言わないと駄目だろ?」

「「お団子ありがとう!!」」

「…………っ」

 

 あらら、今度は隠れちゃったわね。

 同年代の男の子が相手だと流石に恥ずかしいのかしら?

 

「「あれぇ? どうしたの?」」

「大丈夫ですよ、二人の気持ちはちゃんと凍雲に伝わってますから」

「そうそう、だから安心して。こっちの黄色のも美味しいわよ? 食べて感想、聞かせて欲しいな」

「「うん!!」」

 

 天真爛漫な双魚理だと、凍雲は相性がちょっと悪いので助け船です。

 しかしまあ、双魚理は本当に元気いっぱいですね。少し前に健康診断をしましたが、健康優良児って感じで、元気いっぱいです。

 なにしろ持ち主が持て余すくらいですからね。

 二人で仲良くお団子を食べている姿を、思わずほっこり眺めてしまいます。

 

「くんくん……あはっ! みーっつけた!!」

「きゃっ!? な、なんですかぁ……?」

「……ふぇっ!」

 

 と、そこに何かが飛び込んで来ました。

 急な乱入者に勇音が身を竦ませ、凍雲は彼女にしがみついて身を隠します。

 

「あ、ごめんね。驚かせちゃった?」

「あら、あなた……雀蜂よね?」

「そうそう! 覚えててくれたんだ!!」

 

 雀蜂は嬉しそうに、8の字を描くように空中を舞います。

 彼女が飛び回る度にキラキラと黄金色が尾を引き、さながら蝶の鱗粉のようです。

 

「でも突然どうしたの? 砕蜂が来るって話は聞いてないわよ? まあ、あの子なら来ても歓迎するけれど……」

「何って……こんなに美味しそうな匂いが漂って来てるのよ!! そんなの食べに来るに決まってるじゃない!!」

 

 ビシッ、と音が鳴りそうなほどの勢いで雀蜂が断言します。

 

『理由が双魚理(おこさまたち)と一緒でござるよ?』

 

 ま、まあ……雀蜂もハチだし。

 甘い匂いに吊られて来た……ってことよねきっと?

 

 しかし、前に見た時にも思ったけれど雀蜂は小さいわね。

 ゲームに出てくる妖精みたいだわ。

 

『ヘイ! リッスン!! とか言ってヒントを出してくれそうでござるな! あと一緒にいると精神コマンドが増えそうでござる!!』

 

「というわけで、いただきま~――」

「ああっ、駄目ですよ!! それは凍雲が作ったんですから!!」

 

 近くのお団子の一つを抱え上げると、そのまま齧りつこうとしますが、勇音がそれに待ったを掛けます。

 

「え、そうなの?」

「そうです! だから、凍雲の許可がないと食べさせられません!! あと、あなたが急に来て凍雲が怖がっています! それも含めてちゃんと謝って下さい!!」

 

 ……勇音がお母さんしてるわ。

 

「えーっと……あんたが凍雲、よね? 驚かせてごめんなさい。それとこのお団子、あたしもたべていい?」

「……っ」

 

 勇音の影に隠れたまま半身だけ覗かせると、凍雲は小さく頷きます。

 その瞬間、周囲の空気がふっと弛緩しました。

 

「はい、もういいですよ」

「えへへ、ありがと……ん~、美味しい!!」

「ようやく見つけたぞ雀蜂!!」

 

 雀蜂が顔を綻ばせたところで、砕蜂がやって来ました。

 

 ……あら? このパターンってついさっき見たような……

 

「ようやく来たの? (おっ)そ~い! そんなんじゃ、失望されちゃうんじゃない?」

「な……い、言わせておけば……!!」

「はい砕蜂落ち着いて」

「え、あ……藍俚(あいり)様!?」

 

 殺気を放とうとしたので、肩を掴み動きごと封殺します。

 

「はい、あーん……」

「あ、あーん……」

 

 そして先ほど作ったお団子を一串(ひとくし)差し出すと、彼女は顔を真っ赤にしつつも素直に口を開けてくれました。

 

「お味はどうかしら?」

おいひいれふ(おいしいです)ぅ……」

「ああっ! ちょっと湯川、あんまりこの子を甘やかさないでよね!!」

 

 蕩けた表情を浮かべる砕蜂とは対照的に、雀蜂は怒りを表現するように飛び回ります。

 

「ただでさえ甘い子なんだから!」

「だ、誰が甘いだと!?」

「アンタはもうちょっと厳しいくらいで丁度良いの! なによアレ! 捕まえて副隊長にしたのに結局逃げられてるし!! 湯川にはすぐデレデレしてるし!」

「ななななななんだとっ! に、逃げられてなど……っ!!」

「あはは……砕蜂隊長にも、こんな賑やかな一面があったんだね」

 

 二人のやり取りに浮竹隊長も思わず苦笑いです。

 

 しかしコレ……双魚理と同じパターンで登場……まさかまだ来るんじゃ!?

 

「あいりんずっるーい!! なんであたしのいないところでそんな美味しそうな物食べてるの!?!?」

 

 来たわ。

 

『甘い物あるところに、やちる殿あり! でござるな!!』

 

 使い回しとか恥ずかしくないの?

 

『天丼は二回まで! という名台詞もあるでござるよ!! よって今回まではセーフ! セーフでござる!!』

 

 ……まあ、甘い物を作っている時点で登場は不可避だったってことよね。

 

『ちなみに天丼とはお笑い用語で「同じボケや同じネタ振りを繰り返す」と言う意味でござるよ!! 語源は「天丼にはエビ天が二本乗っている」ことから転じて「繰り返しは二回まで」と言われるようになったでござる!!』

 

「ということで、このお団子いっただきぃ!」

「ああーっ!! 駄目なんだぞ!!」

「そうだぞ! ちゃんと凍雲に『ちょーだいっ!』って言わないと、食べちゃ駄目なんだからねっ!!」

「え、そうなの?」

 

 草鹿三席がお団子の山に飛び込もうとしたところで、双魚理が止めました。

 二人とも良い子ね……尊いわ……

 

「湯川さん。お探ししました」

「あら飛梅? どうしたの? あなたもお団子食べに来たの?」

「お団子ですか!? うう……あ、後で頂きます……あ、いえ! そうではなくて、実は――」

 

 お団子という言葉に一瞬の逡巡を見せた後に、飛梅はこちらによく見えるように片腕を掲げます。

 

「いい加減放してってばっ!」

「これ、灰猫……よね……?」

 

 そこに捕まっていたのは、灰猫でした。

 身長差は飛梅の方が小さい筈なのですが、それをものともしないパワフルさを見せると灰猫を私の前へと引きずり出します。

 

「ええ、そうなんです。綜合救護詰所の一室に隠れて……いえ、豪遊していました」

「……豪遊?」

 

 言葉の意味が分からず、思わず首を傾げてしまいました。

 

「だってぇ……四番隊(ココ)って綺麗だし、美味しい物がたくさんあるしぃ……あと、オバサンが来ないんだもん」

「お、オバサン……!? って、誰!? まさか……乱菊さん?」

「大正解! だってあのオバサン、イチイチ口うるさくて! あーマジ、チョームカつく!!」

「どうやら持ち主と喧嘩した後で四番隊まで逃げて来たようで。未使用の病室を占領していたので発見が遅れました。申し訳ありません……」

「そ、そうなの……」

 

 まあ、にゃんこだし……隠れるのは上手そうよね……

 

「しかも食べ物を漁りつつゴロゴロしていたみたいで、室内が汚れていました」

「それは悪かったってば! でも仕方ないじゃない。だってここの食べ物、本当に美味しいんだもの!!」

「灰猫さん、少しは反省してください!!」

「飛梅ってば口うるさいんだから! 少しくらい良いじゃない、減るモンでもないしぃ」

「減ってるんですよ! 食材が! 実際に!!」

 

 反省してないわねぇ……

 普通だったら灰猫には何らかの罰を与えないと駄目なんだろうけれど、どうしたものかしら……?

 

 まごついていたところ、凍雲がおずおずと前に出てきました。そして灰猫と飛梅それぞれにすっと一串(ひとくし)ずつお団子を差し出します。

 

「はい……」

「え? なにこれ、アタシに?」

「私にも、ですか……?」

「うん……私がつくったの……あげる……」

「ありがとーっ! なにかと思えばチビ助、良いとこあるじゃない!!」

 

 へえ……驚いたわ。まさかこの子がこんな行動を取るなんて。

 灰猫も感激しているらしく、凍雲の頭を撫でています。それを嫌がらない辺り、凍雲が心を許している証拠ですね。

 

 ……案外子供に好かれるタイプなのかしら灰猫って。

 

「だから、ちゃんと仲直りしないとだめ……ねっ?」

「ええっ! は、灰猫さんとですか……!?」

「うん。それと、灰猫は持ち主さんとも、仲直り……」

「う……それはまあ、そのうちに……」

「だめ……やくそく……」

 

 妙に強い口調でそう告げられ、灰猫は困ったようにお団子を一囓りしていました。

 

 ……とりあえず十番隊に通報した方が良いのかしら?

 




●謝罪
前話を書いて投稿した後で凍雲が可愛くて可愛くてしかたなかったんです。
もうちょっと書いてあげたいなって思って、こんな感じです。

(本来は今回、雀蜂を健康診断する予定でした)

……そしてごめんなさい。もう1話だけお付き合いください。


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第206話 ゆびきりげんまん

「……とりあえず、十番隊に連絡はするわね」

「ええっ! ちょ、ちょっと待ってってば!!」

 

 懐から伝令神機を取り出したところ、灰猫が大慌てです。今にも私の手から通話機をひったくりかねないくらいの反応を見せました。

 

「さすがに連絡しないわけにもいかないでしょう? 乱菊さんだって心配してるわよ」

「お願い! もう少しだけ! もう少しだけでいいから!! なんだったら仕事も手伝うからさ。ね、ねっ!?」

「何言ってるんですか灰猫さん! あなたにそんなこと出来るわけないでしょう!」

「飛梅こそ何言ってるのよ!! アタシだってそのくらいは出来るわよ?」

「あれだけ散らかしておいて良くそんなことが言えますね!!」

「けんかはだめ……!」

 

 ……俗に言う片付けられない女ってヤツかしら?

 飛梅がそこまで言うなんて……部屋の状況、逆に見たくなってきたわ……

 

『ベッドの上に服とかデパートの紙袋とかが散乱してそうでござるな!』

 

 とはいえ、このままウチで預かるワケにも行かないので。

 

「……あ、もしもし。乱菊さんですか? 湯川です。今少しお時間よろしいですか?」

『あら湯川隊長。何、どうしたの?』

「ああーっ! ちょっ、信じらんない!! 何勝手に連絡してるワケ!?」

 

 飛梅と文句を言い合っている隙に連絡を取っておきます。

 ですがその目論見は、あっさりと見つかってしまったワケなんですけどね。

 

『その声……まさか、ウチのバカ猫がそっちにいるんですか?』

「バカ猫……?」

「はぁっ!? 何、アタシのことそんな風に呼んでるの!?」

「そんな態度を取っていれば仕方ないのではありませんか?」

「そっちこそ何よ! 良い子ちゃんぶっちゃってさ!!」

「なっ! あなたが我が儘すぎるだけです!!」

「ママ……けんか、やめてくれないの……」

「よしよし、凍雲は頑張りましたよ」

「あーっ! それあたしが欲しかったヤツ!!」

「「ボクたちも食べたかったの!」」

「ははは、こらこら。喧嘩は駄目だぞ」

 

 電話中なんですけど? 静かにして欲しいんですけど?

 

「ええ、まあ。そう言うことです。お察しの通り、灰猫が忍び込んでいました。なので、引き取りに来て貰えますか?」

『あー、そのことなんですけど……明日でも良いですか?』

 

 ……は?

 

『今ちょっと、手が離せないっていうか……ごめんなさい!! 灰猫の面倒、お願いします!!』

「え、ちょっと……あの!? 明日!?」

『ついでに四番隊(そっち)でコキ使っても構いませんから!! とにかくお願いします!! ほら、隊長! なにやっ――』

「……切れたわ」

 

 通話の最後、なんだか聞き捨てならない台詞があったような気がするんだけど……

 

「湯川さん……どうなりました?」

「明日まで預かってくれ。ついでに灰猫はコキ使っても構わない――だそうよ」

「ええっ!! 反対です! 絶対に反対です!!」

 

『飛梅殿がめっちゃエキサイティングしてるでござるな!!』

 

 ねえ……やたら張り切ってるわよね……

 

「まあ、予定が予定だし。一日預かるだけなら良しとしましょう。それよりも……灰猫、少し質問していいかしら?」

「ん、なに? どったの??」

「そもそも、なんで喧嘩なんてしたの?」

「うげっ、それ聞いちゃう?」

 

 質問した途端、思い切り渋面を作りました。

 さらにお団子を串ごと咥えながら視線を背けます。

 

「……まあ、答えたくないなら答えなくても良いんだけど。でも、乱菊さんとは仲直りしてよね。それが、四番隊で預かる条件よ」

「んー……まあ、それはあっちの態度次第ってトコかなぁ……」

 

 そう答えるってことは、乱菊さん側が何かしたってことなのかしら?

 でも言動から察するに灰猫も悪いことをしたと思っていそうではあるのよね。

 

「ま、努力はしてみるわ。お世話になるんだし」

「本当にお願いね。あと乱菊さんから"コキ使え"とは言われたけれど、お仕事を任せるつもりはないから。そこは安心して」

「えっ、本当!? なーんだ、案外話せるじゃん!! んじゃ、景気づけにもう一本もーらいっと!」

「だからって少しは遠慮を……ああっ! もういいです、私も頂きます!!」

 

 仕事しなくて良いと告げた途端、それまでの渋い顔を嘘の様に破顔させました。

 コロコロと気まぐれに態度を変えるその様子に、飛梅も半ば八つ当たりのように手にしていたお団子を頬張ります。

 

『タダ飯は美味いでござるからな!!』

 

 下手に手伝わされると、余計仕事が増えそうだからこれでいいの。

 飛梅曰く「豪遊していた」という病室に明日まで閉じ込めておきましょう。

 

「あの、湯川隊長」

「あら? どうしたの?」

 

 とりあえず一件落着したと思ったら、今度は伊勢さんが話しかけてきました。

 ……え? 伊勢さん?? なんでこの子がここにいるの!?

 

「申し訳ありません!!」

「え、と……何が?」

 

 こちらが戸惑っている間に、彼女は勢いよく頭を下げました。

 と、同時に。

 

「あーっ! 何よアンタ!?」

「…………」

 

 雀蜂の叫び声が聞こえました。

 そちらに視線を移せば、覆面をしたクノイチのような格好の少女がお団子の山をじっと見つめています。

 

「あれって、京楽隊長の……たしかお狂だっけ?」

「はい、隊長の花天狂骨です。一緒に行動していたのですが、少し目を離した隙に姿が見えなくなってしまって……」

「それでようやく見つけたのがここだった、ということかしら?」

「はい。勝手に入ってしまい、申し訳ありません」

 

 なるほど、だから開口一番に謝ってたのか。

 しかし、今日は千客万来ね。みんなそんなにおやつが食べたかったのかしら?

 

『お子様に大人気でござるな!! 甘い香りに誘われまくりでござるよ!!』

 

「なるほど。そういうことなら気にしないで、一緒に食べましょう。勿論、お狂さんも一緒にね?」

「ありがとうございます」

 

 再度頭を下げると、伊勢さんはお狂の方へと寄っていきました。

 

「ほら、ちゃんと許可は貰ってきましたから。一緒に食べましょう」

「……ん」

「どれがいいですか? 私のお薦めは、やっぱりこの餡子(あんこ)がたっぷり乗っているのが……それが食べたいの?」

「……ん」

「わかりました。それじゃあ、はい」

「…………」

 

 お狂が選んだのはヨモギ団子でした。

 伊勢さんに渡された串を手にしたまま……そういえば彼女、どうやって食べるのかしら? 目から下を覆い隠すように覆面してるんだけど、脱ぐの? 脱いじゃうの?? 素顔が見れちゃうのかしら!?

 

『幼女がひた隠しにしている部分が白日の下に曝されると聞いて!!』

 

「美味しいですか?」

「……ん」

 

 って、あら?

 気がついたらもう半分くらいお団子が減ってるんだけど!? 誓って目を離してないわよ!! 精々がほんの一瞬、瞬きしたぐらいなのに……

 まさかその一瞬で脱いで食べて着け直したの……???

 

『花天狂骨恐るべしでござるよ!!』

 

「おだんご、すき?」

「そのお団子は、凍雲が頑張って作ってくれたんですよ」

「そうなんですか? 凍雲さん、ありがとうございます。ほら、あなたも」

「……――がと」

 

 二人とも凍雲にお礼を言っています。

 しかしこうしてみていると、なんだか伊勢さんとお狂って姉妹みたいですね。

 気まぐれな妹の世話を焼くお姉さん、みたいな。

 

『むふふ……』

 

 ん、どうしたの射干玉? 意味ありげに含み笑いなんてしちゃって??

 

『なんでもないでござるよ!! あの二人が仲良くしている姿に、拙者の真っ黒ヌルテカぼでぃが漂白され掛けただけでござる!!』

 

 そ、そう……

 

「パパ……」

「あら、凍雲?」

 

 気付けば凍雲が私に抱きついてきていました。

 

「よかったわね。みんな、凍雲のお団子美味しいって褒めてくれるわよ」

「うん……みんな、おともだち……」

「そっか、よかったね」

「ねえパパ、またパパとママと一緒に、おかし、つくろ……」

「凍雲……ええ、そうね」

「やくそく、だよ」

「ええ、約束」

 

 伸ばされた小指へ私も小指を絡め、指切りをしました。

 




●七緒ちゃんと花天狂骨(お狂の方)
出したかった。
旧アニメでも二人が一緒に行動して仲良くなるエピソードがあるの。
アレ好き。


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第207話 斬魄刀の立場、斬魄刀の考え

 昨日のお団子事件も終わりまして、今日は健康診断の日です。海燕さんの番です。

 なので四番隊までご足労頂いています。現世から来ているので、本当に遠いところをわざわざすみません。

 ということで海燕さんの斬魄刀――金剛を診るはずだったのですが……

 

「健康診断を始めたいんですが……」

「既に主には申し上げましたが、改めて宣言させていただきます。それはきっぱりと、遠慮させていただきます」

「すまねえな湯川隊長……金剛のヤツ、夕べからこの調子なんだわ……」

 

 診察室にて診断を開始しようとしたところ、開口一番きっぱりと断られました。

 そのあまりに一方的な突き放すような言動に、むしろ付き添いの海燕さんの方が申し訳なさそうに頭を下げるほどです。

 

 そうそう、実体化した金剛ですが。

 見た目は女性、それも都さんのように凜とした芯の強そうな女性でした。

 尼僧、といえば良いのでしょうか? 法衣(ほうえ)のような衣服を身に纏い、頭に帽子(もうす)を巻いているため髪型は分かりません。

 全身を緩やかに覆う法衣(ほうえ)は身体の線を隠しており、傍目にはどのような体型をしていることやらまったく窺えません。

 

 入室の際の立ち振る舞いや足の運びから察するに、戦闘能力はかなり高そうではありますが……

 

『戦闘能力も大事でござるが!! 皆様が知りたいのはその衣の下のおっぱいでござるよ!! 一部の性癖にぶっささりまくりの女性僧侶!! ふぇてぃしずむがたまんねえでござるよ!!』

 

 そ、そうね……

 

藍俚(あいり)殿! なんとかして説得を!! 拙者は金剛殿の意思を尊重するでござるが、皆様が待っているでござるよ!! だから仕方ないでござる!! その衣を一枚一枚ねっとりと脱がしていくでござるよ!!』

 

 まあ……やるだけやってみるけれど、意思は硬そうよ……

 

「その、金剛……? 理由を聞いても良いかしら?」

「構いません」

 

 眉間に皺を寄せるくらいの真面目な表情をしたまま、彼女は頷きました。

 

「そもそも(わたくし)は斬魄刀です。本来は表に出る筈のない存在、偶然にも村正の能力にて実体化する機会を得ることが出来ましたが、それは代わりません」

「ええ、そうね。でもせっかくの機会なんだから、少しでも長く実体化したいと思うんじゃないの?」

「その考えが間違っております」

 

 ぴしゃり、と言い放ちました。

 

「間違ってる、だと……? どういうことだよ金剛!? お前、俺や都と一緒にいたくねえのかよ!? お前を都たちと会わせた時だって、あんなに喜んでいたじゃねえか! あれは嘘だっていうのかよ!?」

「いえ、そういうわけではございません」

「じゃあ、どういうわけだ!?」

「海燕さん、落ち着いて!」

 

 言葉に出している内に感情が高まってしまったのでしょう。

 海燕さんは立ち上がり、今にも金剛の胸ぐらを掴んで捻り上げんばかりの勢いで問い詰め始めました。

 咄嗟に肩を掴み止めましたが、もう少し遅ければ間違いなく実行していたでしょうね。

 

「あ……すまねえな……」

「いえ、構いません。お怒りはご尤もですので」

 

 冷静になった海燕さんが両手を降参のように上げながら座り直します。

 金剛は感情を動かす事はありませんでした。

 

「落ち着いたところで改めて聞くけれど、どういうことなの? 都さんや海燕さんと会えて嬉しい。でも実体化の時間は延長はしたくない、ってことでいいの?」

「ええ、その通りです」

 

 ……????

 

「どういうことだよ?」

「都様や海燕様とお会い出来て、氷翠(ひすい)様ともお話が出来ました。それだけで(わたくし)はもう満たされています。それ以上を望むというのは、野暮というもの……実体化出来るようになったとて、それは泡沫の夢のようなものなのです……夢はいつか覚めるもの。いずれ夢から覚めたときに、(わたくし)は自らの存在を皆様の重荷にしたくはないのです」

「そんなことは……!!」

 

 海燕さんが反論しようとしますが、金剛はゆっくりと首を横に振ります。

 

「海燕様。金剛のことを誠に想って下さるのでしたら、どうか都様や氷翠(ひすい)様との時間を大切になさって下さい。皆様が同じ時間を共有なさるお姿が、(わたくし)にとっても至福の時間なのです」

「……ッ!!」

「金剛……」

 

 とても強烈な意思を瞳に宿しながら、金剛は海燕さんへそう告げました。

 

 これは……説得は無理そうね……

 

『そんな!! 藍俚(あいり)殿!! 藍俚(あいり)殿のお立場ならばなんとかなるのでは!?』

 

「そして湯川様。湯川様には感謝の気持ちしかありません。湯川様があの場にいらっしゃらねば、都様とは今生の別れとなったことでしょう。湯川様のおかげで(わたくし)は、都様と海燕様……お二人の斬魄刀という、特別な存在になることができました」

 

 あ、これはもう無理。

 

『そんな!!』

 

 いや無理よ。だってもう私、ちょっとウルって来てるもの! 海燕さんなんかもう、とっくに涙が一筋流れているわよ!!

 

「くそっ! 金剛、お前……良い子すぎんだろ!!」

「そうよ……もう少しくらい主張したって……いえ、それがあなたの選択なのよね?」

「はい。我が儘を言ってしまい、申し訳ございません」

「そう、わかりました。それならば、私からは何も言いません」

「お前の気持ち、確かに受け取ったぜ!! ちょいと都の所まで行ってくるとすらぁ! なーに、現世に戻るのは明日の予定だからな! 何にも問題はねえよ!!」

「ええ、お供いたします」

 

 海燕さんの言葉を聞き、金剛は初めて笑顔を見せてくれました。

 実体化を解除すると斬魄刀へと戻ります。

 

「湯川もすまねえな! なんだか巻き込んじまったみたいで……」

「いえいえ、それよりも早く都さんのところへ行ってあげて下さい。じゃないと金剛が拗ねますよ?」

「おっと、そうだった。それじゃあな!!」

 

 斬魄刀片手に、慌ただしく駆け出していく海燕さんでした。

 

 斬魄刀は所有者の魂の精髄が浸透し、やがて進化していくもの。

 都さんと海燕さんという二人の持ち主に恵まれて、その持ち主の近くにずっといて影響を受け続けたからこそ、ああいう考えに至ったのかもしれないわね……

 

 持ち主のことを常に立てて、持ち主の心に寄り添う……か……

 

 ……ああいう考えの斬魄刀もいるのね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ……ああいう考えの斬魄刀もいるのに。

 

「ああ、湯川隊長。わざわざ悪いわねぇ」

「いえいえ。元々はこちらの都合ですので、出向くのは全く問題ないんですけれど……」

 

 金剛の健康診断がキャンセルになったので、次の予定だった氷輪丸のところへ――こちらの都合なので事前連絡をして、十番隊まで出向きました。

 

 昨日、乱菊さんが「明日まで灰猫を預かってくれ」と言っていたのを了承したのは、こういう理由もあったわけですね。

 明日健診に来るわけだから、受け渡すのはその時でも問題ないという判断からです。

 まあ結果的には十番隊まで出向いたわけなのですが……その……

 

「いい加減に認めやがれ!!」

「笑わせるな!!」

 

 出迎えにやってきた乱菊さん。

 その後ろでは、二人の男が戦っている真っ最中でした。

 

 一人はみんな大好きシロちゃん。

 そしてもう一人は――

 

「氷輪丸ぅぅっ!!」

「今のお前を我が主など認められるか!!」

 

 氷輪丸でした。

 

 実体化した氷輪丸はシロちゃんよりもずっと背が高く、緑色の長髪に薄紫の着物を纏った二枚目の男性です。

 顔には×(バツ)印の傷跡が刻まれており、それが元々の風貌と相まって彼をより謎めいた存在に昇華しているかのようでした。

 とはいえ今の彼は斬魄刀を片手にシロちゃんと全力戦闘を繰り広げていますが。

 

「もしかして、まだ……?」

「ええ、そうなのよ。ウチの隊長ってばずっと氷輪丸に掛かりっきりで……」

 

 乱菊さんが嘆息しました。

 

 そうそう、氷輪丸ですが。

 どうやら彼はシロちゃんのことを持ち主と認めていないようなのです。

 彼曰く「あんな簡単に騙されて醜態を晒し続けているのが私の主のわけがない!」と言い張り、言うことを聞きません。

 村正事件が終わってからというもの、シロちゃんは自分を認めさせようとし続けて。氷輪丸はそれをつっぱね続けており、今や瀞霊廷のちょっとした名物になっています。

 

 一応は「十番隊隊長が自分を追い込み鍛えている」という説明はされていますが、誰も信じていません。

 なんだったら「この争いは何時まで掛かるか?」と、ちょっとした賭けの対象になっているくらいです。

 

『なお一番人気は「このままタイムアップ」でござる!!』

 

 まあ、シロちゃんの稽古にはなるからそれで良いんじゃない?

 

「しかもここ最近、特に激しくなってきて……おかげでこっちは隊長の分の仕事やら隊長の後始末やらに追われて、おちおちサボることも出来やしない……」

「ああ、だから昨日連絡したとき……」

「そうなのよ……」

 

 なるほど……いやいや、だからってサボっちゃ駄目よ!?

 

「となると健診は……どうします?」

「当日までには決着が付くだろうと思ってたんだけど、どうやらあたしの読みが甘かったみたいね……あーもう! 外れちゃったじゃない!!」

 

 ……賭けてたのね。

 

「そういうわけだから、隊長の分は今日は中止でお願い」

「わかりました。あ、一応怪我人が出たら四番隊までご連絡くださいね」

「もちろん、そっちの方は頼りにさせてもらうわね。それから、はぁ……――」

 

 そういうと彼女は再度溜息を吐き出しました。

 

「――『もうちょっと時間が掛かりそうだから、まだ構ってやれそうにないわ。そっちだって状況は分かってるんだから、ワガママ言わずにもうちょっとだけ大人しくしておきなさい』――それじゃ湯川隊長、またね」

 

 誰に向けるでもなくそう口にしたかと思えば、乱菊さんは背を向けてシロちゃんたちの方へと向かいます。

 

「……だそうよ?」

「ッ!!」

 

 彼女に倣って私も声を掛けると、建物の影から動揺したような気配が感じられました。

 




●他人の斬魄刀を持つ場合
公式で「基本的には上書きされるが混在する場合もある」と回答された模様。

つまりは
・剣八:拾った斬魄刀で、やちるが上書きして完全に個人の物になった
・東仙:歌匡の斬魄刀に、東仙の能力が混在している
という感じの認識でいいはず。

●金剛(実体化)
上記の内容を踏まえて考えたところ。
金剛は、都さんと海燕さんの両方のことを気遣うようになりました。

元々の持ち主は都さんなので、お姉さん。
ショートヘアの美人さんで、法衣を身に纏っている。
厳格な性格で、二人(都と海燕)のことを第一に考え常に二人を立てようとする。

実体化した自分の存在が志波さん家の輪を乱すと考えているので、霊圧補充を拒否する。
(刃禅で会えればそれでいいと考えている)


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第208話 健康診断とマッサージをしよう - 灰猫 -

「ア、アハハ……」

 

 誤魔化すように後ろ頭を掻きながら、灰猫がゆっくりと姿を現しました。

 

 実は十番隊に行く際、彼女と一緒に来ていました。

 乱菊さんに十番隊まで来て欲しいという連絡を受けた際、灰猫にも「一緒に行く?」と尋ねたところ「……うん」と、素直に頷いていましたからね。

 口ではなんだかんだ言いつつも、心の底から嫌というわけではありません。

 ただ直前になって「やっぱり怖い!」と言い出し、姿を隠してしまったわけです。

 

「なーんだ、気付かれてたんだぁ……」

 

 姿を隠していたのに乱菊さんにはバレバレだった挙げ句、それどころか気遣われてしまったことで、感情のやり場に困っているのでしょう。

 いつになく灰猫の元気がありません。

 

「良い方に考えれば、姿を隠していた灰猫にもちゃんと気付いていたんだし、それに事情もちゃんと説明してくれたんだから。だったらもう意地は張らなくても良いんじゃない?」

「あー、それはそうなんだけど……さ……やっぱりなんていうか、今更のこのこ顔を出しづらいって言うか……その……」

 

 気持ちが煮え切らないのか、両手の指をツンツンさせています。

 結局、乱菊さんが構ってくれなくて拗ねてるだけなのよね。

 

 ……さて、どうしたものかしら?

 

「別にそうやって黙っていても構わないけれど、どうするの? 私は四番隊まで戻るんだけど、一緒に来る? それとも十番隊(ココ)に残る?」

「ええっ!? あ、ちょ……待って! 置いていかないで! 行く、アタシも一緒に行くから!!」

 

 決断を促すように背中を向けて二、三歩足を進めたところ、灰猫が慌てて後から着いて来ました。

 やれやれ……どうやらまだ前途多難みたいね……

 

 

 

 

 

「とりあえず、灰猫だけでも健診します」

「……え?」

 

 四番隊に戻るなり灰猫を診察室へと引っ張り込むと、開口一番にそう告げてやりました。

 突然一方的に告げられたことで、目を白黒させながら聞き返してきます。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! それって持ち主が一緒じゃないと駄目なんじゃ……!?」

「基本はそうなんだけどね。でも乱菊さんが手一杯みたいだし、なによりこれ以上予定を崩されると困るのよ。だから――」

「きゃあぁっ!?」

「――だから、いつでも戻れるように要件は片付けておくべきでしょう?」

 

 ほとんど押し倒すようにして、灰猫を布団の上へと寝かしつけます。

 

「あら、これ耳じゃなくて髪の毛だったのね……」

「ん……ッ! やっ、ちょっと……だめ……っ……」

 

 まずは、ある意味で最も気になっていた猫耳の部分を撫でます。

 とはいえ残念なことに、これはただの髪の毛――膨らみ加減で猫耳のように見えていただけの髪型の一種だったわけですが。

 

「へえ、でもモフモフしてる。癖になりそう……」

「ふぁぁっ……!」

 

 それでも触り心地は絶品。

 まるで本物の猫の耳のように毛が柔らかくて、指を突っ込んでも全然引っかかりません。ふわふわもふもふの感触は、いつまでも触っていられそう。

 猫耳を撫でつつ時々頭も撫でていけば、灰猫は可愛らしい声を上げました。

 

「それでこっちに本物の耳がある、と……なるほどなるほど……」

「ほん、と……やめて……って、ばぁ……ひゃ……っ……!」

 

 ならばと顔の横に手を伸ばせば、そこには普通の耳が。

 形の良い耳を象る指先でそっとなぞると、こそばゆいのか抵抗の声がどんどん弱々しい物になっていきます。

 

「でもこっちは毛皮なのね」

「ん……」

 

 続いて二の腕、そして首元へと触れていきます。

 そこには猫耳に負けずにもふもふとした毛皮が生えており、それらを撫でているとまるで本物の猫を撫でているような錯覚を覚えますね。

 

「……ちょっとだけ」

「んんっ! あ……ん……やぁ……っ……!」

 

 ふとイタズラ心が芽生えてしまい、灰猫の喉元から顎の下を軽く撫でてみました。

 するとなんだか嬉しそうな声を上げながら、ゴロゴロと小さく喉を鳴らしています。

 

「ふふ、気持ちいい?」

「べ、別……に……ぃぃぃっ!!」

「隠さなくてもいいのに」

 

 そのまま顎の下から首回りを撫でつつ、開いた手では頭の天辺を撫でます。

 筋肉の凝りをほぐすようにゆっくりじっくりと揉んでいけば、我慢しきれなくなった嬌声がとうとう口からはっきりと漏れました。

 

 ……この反応、本当に猫よね。

 

 それと、直接触れていくうちに分かったのですが。

 灰猫はあちこち飛び回る活発な性格だったみたいですね。筋肉の付き具合からそれがよく分かります。

 ですが昨日今日と怠惰な生活を続けていたことが災いしてか、運動不足になっています。身体が動きたがっているって感じですね。

 

「身体中が随分と凝ってるみたいよ? 診断なんだから当然、これも解消してあげないといけないの。ね、わかるでしょう?」

「う、うぅ……ん……」

 

 指で首元をなぞりながら耳元で囁くと、顔を真っ赤にしながら頷きました。

 

「うんうん、素直な良い子ね。それじゃあ、さっそく……」

「な、何する気よ……!?」

 

 当惑する灰猫の背後に回ると、首の後ろから肩。肩甲骨から腕の付け根までを指先で軽く押していきます。

 

「ん……っ……あ、なに、これ……すっごい……」

「そう? ならよかったわ」

 

 首から肩を優しく指圧するようにして刺激を与えていき、背中は腰まで流れと整えるようにして軽く撫でてあげれば灰猫の目元がとろんと夢見心地に微睡みました。

 

「そうそう、力を抜いて……心に素直にしたがって……気持ちを楽にして……私の言うことをちゃんと聞いて……」

「う……ん……あ……ふ……ぅぅ……」

 

 意識が散漫になったところで耳元で囁けば、小さく頷き手足をだらんとさせました。全身からはすっかり力が抜けており、とても良い傾向ですね。

 と言っても軽く暗示を掛けて意識を誘導しただけなのですが。

 

 落ち着いてきた頃合いを見計らい、背中を優しくさすってあげると、その振動が灰猫の身体を伝わりおっぱいがぷるぷると小さく震えます。

 背中から覗き込んでいるので、その動きは私には丸見えでした。

 

「それじゃ次は腕周りをほぐすわね」

「ん……」

 

 しっかり聞いているのかいないのか、虚ろな返事を耳にしながら今度は二の腕から指先までをさすり下ろすようにしてマッサージしていきます。

 何度か往復させたところで、そのまま脇の下へと指を当てます。

 

「んっ……!」

 

 脇の下から横腹を揉みほぐしつつ、そっと胸元に――外側の部分へ指を当てます。

 そのボリューム感は、さすがは乱菊さんの斬魄刀と言ったところでしょうか。灰猫もまた彼女に負けず劣らずに立派なお山(おっぱい)をお持ちでした。

 軽く触れただけでも弾き飛ばされそうなほど弾力があるのに、たぷんたぷんと音を立てそうなくらいに揺れています。

 その迫力は、視線を逸らすのが難しくなるほどでした。

 

「このままお腹から胸回りをほぐすわよ?」

「あ……う……っ……」

 

 まずは脇腹からお腹周りをまさぐっていきます。

 腰からお腹には無駄な脂肪がまるでなくて、実にすらりとしていました。

 スッと縦に刻まれたおへそがまた色気を誘います。

 

「あ……にゃ……あぁ……」

 

 下腹部を少し押し込んでやると、焦れたような催促するような声が漏れてきました。

 背中から手を伸ばす私に灰猫は身体をくねらせ、背中からお尻をこすりつけながら「もっともっと」と無言のアピールをしてきました。

 

「ん? ここが気持ちいいの?」

「…………」

「そう。ちゃんとアピールできて偉いわよ」

「…………っ!」

 

 無言で頷くのを確認すると、彼女のリクエスト通り下腹部へのマッサージを続けます。

 

「は……っ……や……だめっ……あ……っ……!」

 

 絶妙な力加減で指先を押し込み、指圧の要領で何度も刺激を与えていくと、甘く蕩けるような嬌声が何度も響いてきました。

 むずむずとした感覚に襲われたように灰猫は身体を小刻みに痙攣させながら、もどかしそうに私に身体を擦りつけてきます。

 その様子は、私に何かを訴えかけているようでした。

 

「次は胸よ」

「ふああっ……! ちょ、ちょっと待って……!!」

 

 やがて、十分に下腹部へ刺激を与えたところでゆるゆると両手を這い上がらせ、巨大な膨らみを掬い上げます。

 すると流石に刺激が強すぎたのか、身体を大きく仰け反らせつつ全身を緊張させました。

 警戒するような眼差しで肩越しに私の方を睨んできます。

 

「どうかしたの?」

「だ、だって……む、胸……!!」

「ああ、そのこと? ちょっと形を整えるだけよ」

「かたち……ええっ!?」

「普通のことよ? 女性死神だったらみんな経験してるんだから」

「み、みんなって……嘘ッ、そうなの!?」

「それよりほらほら、全身に力が入ってるわよ……力を抜いて……大きく息を吸って、吐いて……」

「ふ、普通のこと……すう……はぁ……これは普通のこと……」

 

 予想外に素直に深呼吸をしてくれました。

 力が込められていたはずの四肢はゆっくりと脱力していき、先ほどの問答が嘘のように静かになっていきます。

 ひょっとして、少し前に掛けた暗示が続いていたのかしらね?

 

「それじゃあ再開するわよ」

「うん……あ……っ!!」

 

 お山(おっぱい)の裾野から頂きと登っていくように、やんわりと絞り上げていきます。巨大な膨らみは両手でも余るほどに大きく、指を放すのが惜しくなるほどの存在感がありました。

 それでいて手の中ではぷるぷると可愛らしく震え、指の隙間からそっと逃げだそうとしています。

 

「乱菊さんもだけど、灰猫も随分大きいわよね」

「え……んっ! そ、そう……かな……くぅん……っ!!」

 

 手の平を押し当てると、柔らかな感触が両手いっぱいに広がっていきますね。

 脇の下のお肉を集めてもっと大きくなるようにと指を動かし、下から上へと刺激を集中させていけば、灰猫の吐息がみるみる弾んでいきます。

 

「ええ、勿論。相手なんてよりどりみどりでしょう?」

「べ……べつに……ひゃんっ! そ、んなの……あ、いやぁ……っ……!」

 

 刺激と振動が頂点に集まっていく気持ち良さと、褒められたことの嬉しさが相まって感じているらしく、顔を真っ赤にしながら甘い鳴き声を漏らしています。

 背中が弓なりに反らしながら、それでも拒絶することなく私の指の動きを受け入れてくれました。

 

「だめっ……そこ、だめな……とこ……~~~っ!!」

 

 両方の人差し指で天辺の尖ったところを軽く擦ると、切なそうな声が上がります。

 せっかく脱力して消えていたはずの緊張の糸が再び身体を走り、ぞくぞくと背筋をびくつかせながら言葉を失いました。

 形の良い唇は半開きで震えており、ほんの僅かに飛び出た舌先が艶めかしく蠢きます。

 

「気持ちよかった? でも、もうちょっとだけ我慢してね」

「はぁ……はぁ……」

 

 ぐったりとした様子で深く呼吸を続ける灰猫に声を掛けながら、最後の一押しとばかりに片手を放すと腰の辺り――いわゆる尻尾の付け根辺りに指を這わせました。

 

「はぁ……ぁぁぁっ!! ひゃ、んんん~~~~ッ!! 」

 

 尾の付け根から尾の根元の辺りを少し強めに、トントンと叩くように触れていけば、一番の嬌声が上がりました。

 猫はこの辺りが神経が一番集まっている部分なので、もしやと思ったのですが……どうやら正解だったみたいです。

 まあ、背中を撫でていたときに軽く反応確認はしていましたけれど。

 

「やっ……だめ、う……んッ! あ……はぁ……ッ! く……っ……!! んんんんッ!!」

 

 尾てい骨の辺りを指圧されつつ、豊胸マッサージをされる。

 二つの強烈な刺激に灰猫は絶叫を上げつつ、とうとう意識を手放しました。

 

 

 

 

 

 

「あら、灰猫?」

 

 日番谷と氷輪丸の意地の張り合いという大暴れもようやく終わり、十番隊敷地内の後片付けをしていたときのことだ。

 作業の最中乱菊はふと気配を感じて、顔を上げる。

 

 そこには彼女の感じたとおり、実体化した灰猫が立ちつくしていた。

 両手を後ろ手にして、バツの悪そうに頬を染めて視線を逸らしながらも、決して逃げだそうとはせずに乱菊の視線を受け止めていた。

 

「どうしたのアンタ、四番隊で待ってろって言ったでしょう?」

「い、いいでしょ別に!!」

「はっはーん、さては迷惑掛けすぎて追い出されたんでしょう? それで仕方なく戻ってきたってところかしら?」

「違うってば!! ただ……その……」

 

 意地悪そうに薄く笑いながらそう告げる乱菊の言葉を強く否定すると、灰猫は乱菊へそっと身体をこすりつけた。

 

「……は? 何してんの」

「な、何って……それは……て……」

「て?」

「手伝いに来たの! あんた一人じゃ大変だと思って……!! それと……」

「それと?」

「……勝手にスネて逃げちゃって、ごめん……」

 

 そこまで必死に言い終えると、灰猫は耐えきれなくなったように乱菊から顔を背ける。

 とはいえ背けたのは顔だけだ。

 身体は未だに擦りつけており、それどころか先ほどよりもより強く密着させてくる。

 

「……あー、なるほどなるほど。そういうことね」

「……ッ!!」

 

 しばらく戸惑っていた乱菊であったが、やがて得心がいったとばかりニヤリと笑う。

 

 灰猫の行動。

 それは猫が飼い主にすりすりと身体を擦りつけるのと同じ。

 口では恥ずかしくて言えない「親愛」や「甘えたい」「寂しいからもっと傍にいて欲しい」といった感情を精一杯に訴えかけていたのだ。

 

 そんな内なる本心を見抜かれたことに気付き、「恥ずかしい」と思うと同時に「気付いて貰えて嬉しい」というごちゃ混ぜの感情で灰猫は顔を真っ赤にする。

 

「ほら、早く早く!! まだやること残ってるんでしょ!? アタシが手伝ってあげるから、ぱぱっと終わらせちゃおうよ!!」

「あ、コラ! 背中を押すんじゃないの!」

「良いじゃん別に!」

 

 そして好意と羞恥の入り交じった名状しがたい感情を隠すかのように、灰猫は急いで乱菊の後ろへ回りこむと急かすように背中を押す。

 押される乱菊も、嘆息しつつもまんざらでもないといった表情で笑みを浮かべていた。

 

 

 

「まったく、素直じゃないんだから……」

 

 そんな二人の姿を、藍俚(あいり)は物陰から覗いていた。

 健診終了後、まだ残っていた暗示を利用して灰猫へ「もう少し素直になるように」と促したのだが、効き目は想像以上だったようだ。

 乱菊と灰猫の二人が仲良く歩いている姿に、ようやく一仕事終わったと胸を撫で下ろす。

 

 さて、次は――

 

「――灰猫が占領していた病室の掃除、かしらね……はぁ……」

 

 あの荒れた部屋を思い出し、重々しい溜息を吐き出していた。

 




今回のコンセプトは「にゃんこを撫でる」ような感じです。

灰猫は猫耳じゃなくて、普通に耳があってアレは髪型でいいのよね……?


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第209話 健康診断とマッサージをしよう - 雀蜂 -

「おーい! 来てあげたわよっ!」

「あら雀蜂、何か用?」

 

 隊首執務室でお仕事をしていたところ、窓から実体化した雀蜂が飛び込んできました。

 なのでお仕事の手を止めて、彼女の言葉に耳を傾けます。

 

「ごめんなさい、今日はお菓子は作っていないんだけれど……」

「えっ、そうなのっ!? ……じゃなくて、ケンコーシンダンに来たのよ!!」

「……? ああ、健康診断ね」

「そうそれ! ちゃんと来たんだから、感謝しなさい!!」

「そ、そう……」

 

 私の顔の前で静止すると、雀蜂は小さな胸を大きく仰け反らせます。

 彼女は胸元が大きく開いた格好をしているので、そんな体勢をするとすぐにでもこぼれ落ちそうなんですよね。

 

 ……何がとは言いませんが。

 

「でもね雀蜂、言いにくいんだけど……その……あなたを診るのは私にはちょっと荷が重いかなぁって……」

「ええーっ! なんでよ!?」

「その、体格差が……」

 

 やろうと思えば片手で胴体全部を掴み取れる程度の大きさしかない雀蜂を相手に、自分の技術が通用するとは思えないの。

 いやまあ、あの時は勢いで言っちゃったけれどね。凍雲と交流して心が洗われたっていうか……その……

 

 だって雀蜂って小さいんだもん!

 言うなれば美少女フィギュアに興奮するみたいな……いやまあアレはアレで確かに興奮するけれども!!

 だからって手は出さないでしょう!?

 

「えー、やだやだ!! だってみんなやってるんでしょう!? だったらあたしも診てよ!!」

「う、うーん……」

 

 顔の前、空中で器用に駄々を捏ねています。

 その様子を見ていると、診察しても良いかなって思うんだけど……

 

 ただ、どっちかっていうと彼女の場合、昆虫採集セットとかの出番の気がするのよね……ピンセットとか、赤と青の注射液とか用意しておかないと。

 それこそ涅隊長の領分なんじゃないかしら……

 

「……わかったわ。一応診察はしてみるから」

「えへへ、やった! そうこなくっちゃ!! さ、お願いね」

「え、ええ……」

 

 そう告げれば雀蜂は態度を一変させ、机の上へと降り立ちました。

 そのまま机の中央を陣取ると「さあ来い!」とばかりにポーズを決めて視線をこちらに投げてきます。

 

 まさか、執務机の上で健診することになるとは思わなかったわ。

 まあ確かに、この体格だとむしろお布団の上より机の上の方が都合が良いんだけど……というか雀蜂もその場所でいいの!?

 座布団くらいは用意してあげるべきかしら……?

 

「じゃあ、いくわね」

 

 一言告げてから、彼女の身体に指で触れます。

 

 まずは腕から。

 腕と言っても親指と人差し指で全体を摘まめそうな程に細く、下手に力加減を間違えるとぽっきりと折れてしまいそうで。

 触れるこちらの方が気を遣ってしまいます。

 

 そうは言っても隊長格の斬魄刀。

 指先からは確かな力強さが感じられます。感じられますが、心情はまた別です。

 

「うん、平気みたい……だけど……」

「あはははは! くすぐったい!!」

 

 続いてむき出しのお腹を指先で擽ります。

 小さくへこんだおへその穴がセクシー……だと思います。

 

 ……無理だってばコレ! 絶対に無理!!

 

 だっておへその穴を見て最初に浮かんだのが「精巧」って言葉なんだもの!

 お腹をさすりながら胸元にも触れてるのよ!! でもイマイチわかんないの!

 たしかになんとなく柔らかいんだけど、雀蜂ってぺったんこなの! お山(おっぱい)の膨らみがないの!

 

 しかも雀蜂に触っていると、くすぐったいのか笑っちゃって。そんな気分になれないのよね。

 身体を硬くしているんだけれど、それは笑いからの緊張であって……

 

 

 

 見てる分には可愛いんだけど、手を出すには難易度が高すぎだったわ。

 みんな、ごめんなさい。

 私の手には余る案件だったわ……私はなんて無力なのかしら……

 

 

 

「……うん、大体わかったわ。霊圧も補充しておいたから、もういいわよ」

「えっ? もう終わりなの!?」

 

 それでも一通り撫でて診察を終えて告げると、驚きの声が上がりました。

 

「ええ、もう終わりよ」

「ええーっ!」

 

 続いて不満そうな声が上がります。

 だって物理的に面積や体積が少ないからすぐに終わっちゃうのよ!?

 私にどうしろっていうの?

 

「あの油はどうしたの!? あれは使ってくれないの!?」

 

 油というのは間違いなく、射干玉印の特製マッサージオイルのことでしょう。

 普通の女性死神相手だったら催促されるまでもなく自発的に使うんだけど、雀蜂が相手となると……ねえ?

 

「使わなきゃ駄目?」

「駄目! 絶対に駄目ッ!!」

「……どうして?」

「えっ……!?」

 

 なにやら意固地になってリクエストしてくるので逆に質問してみたところ、雀蜂は虚を突かれたように視線を逸らしました。

 

「それは……」

「理由を教えてくれないと、こっちもそう簡単には使えないの」

「うう……」

 

 頭を抱えてしばらく唸っていたかと思えば、再び空へと舞い上がり私と視線を合わせてきます。

 

「だって、砕蜂が悪いのよ」

「……? 砕蜂がどうかしたの?」

「アイツ最近また夜一夜一って言い出してるんだもの……せっかく卍解だって使ってくれるようになったのに……そんなの悔しいじゃない……」

 

 言葉にしている間に恥ずかしく、そして気持ちが消沈してきたのでしょう。

 口に出すにつれて再び視線が逸れていき、せっかく飛び上がったのに高度もじわじわと低くなってきました。

 

「だから、美人になるって評判の湯川のマッサージで、もう一度あたしの方を見て欲しかったの……!!」

 

 なるほどなるほど。

 蓋を開けてみれば、斬魄刀らしい。とても可愛い理由でした。

 

「なるほど。そういうことだったら、良いわよ」

「ほ、本当!?」

「本当だってば。ちょっと待ってて、今すぐに準備するから」

「うん!」

 

 やたらと上機嫌な視線を背中に感じながら、私はオイルの準備をしました。

 

 

 

「はい、お待たせ。まずはこの中に入ってね」

「何コレ? 金属の四角い……おぼん?」

「これは琺瑯(ほうろう)――いえ、バットって言った方が分かり易いかしら」

 

 机の上に置かれたバットをしげしげと興味深そうに見つめています。

 あ! ボールを叩く方じゃなくて、金属製の平たい容器の意味のバットですよ。

 

「これからマッサージ用のオイルを使うんだけど、雀蜂の場合は大きさがちょっと、ね……だから零しても問題ないようにしたの。窮屈だとは思うんだけど、良いかしら?」

「うーん……まあ、仕方ないわね」

 

 しぶしぶといった様子でバットの中に入ると、おもむろに寝そべりました。

 続いて感触を確かめるようにツンツンと底面を突きます。

 

「へえ、結構フカフカじゃない。悪くないわ♪」

 

 底には脱脂綿を敷いておきました。

 そのままだと冷たいだろうし、下手に怪我をされても困るからね。

 どうやら気に入って貰えたようで、ペタンと座り込んだまま上機嫌です。

 

「それじゃあ、オイルを掛けるわね。ちょっと冷たいかもだけど、そこは我慢我慢」

 

 準備が出来たところで、雀蜂の身体目掛けて上からオイルを垂らします。

 

「わぁっ!」

「ごめんね、少し多かったかしら?」

 

 普通の死神相手なら半分もない程度の量に留めたつもりなのですが、どうやら彼女の体格ではそれでもまだ多かったようです。

 流れ落ちた粘液がべっとりと雀蜂の身体にまとわりつき、彼女の全身を濡らします。

 

 粘ついた液体が髪に絡みつき、顔の上をでろりと流れ落ちていきます。

 凹凸の少ない肉体ではあるものの、座り込んだ姿勢のおかげか胸元の僅かな膨らみや、おへその穴へと粘液がダマになったように絡みつき、そして股の付け根の辺りにじわじわと溜まっていきました。

 

「……ヌルヌルしてる……こんなの、本当に効果あるの……?」

 

 ねっとりとした液体を全身に塗れさせながら、当人は顔に付いたその粘液を指先で掬い上げました。

 粘性が強いため、そのまま粘液は指先と顔との間に粘液の橋が架かります。

 

「ん……うぇっ、変な味……」

「ふふ、まあ舐めるものじゃないからね。味の保証はできないわ」

 

 そのまま指先を口に含んだかと思えば、即座に吐き出しました。

 鈍く輝く透明の橋が今度は口元にも架かり、やがて糸を引いて流れ落ちます。

 

「それじゃあこれからマッサージを始めるわよ。でも、大きさに差がありすぎるから、私の手じゃあなたのマッサージは無理なの」

「じゃあどうするのよ? まさかコレで終わりじゃないわよね!?」

 

 全身の半分近くをオイルで照り返させながら、不安そうに尋ねてきます。

 

「だから手じゃなくて、コレを使うわ」

「ええっ!? そ、それって……」

 

 取り出したのは筆と綿棒です。

 見た瞬間、何をされるのかわかったのでしょう。雀蜂の額に一筋の汗が流れました。

 

「だ、大丈夫なの……?」

「任せて。これでも四番隊の隊長なのよ。筆では文字をたくさん書いているし、綿棒だって使ったことはあるからね」

「そ……それって安心出来な……っ!! んんっ……!!」

 

 筆にたっぷりとオイルを染みこませてから、毛先でお腹を擽ります。

 すると雀蜂は、先ほどまでの指での反応が嘘のように艶っぽい声を漏らしました。

 

「はい、次は綿棒よ」

「やっ……だ、だめ……ぇっ! だめな……の……っ!!」

 

 身体の上に纏わり付いた粘液を絡め取らせると、綿棒をおへその穴に"ちょん"と押しつけ、何回か回転させます。

 すると我慢出来なくなったのか気持ちよさそうな声を上げながら倒れ込み、背中を着けました。

 

「やんっ……そこは……そっちも……ぉっ!」

 

 筆はそのままお腹から上に移動し、胸元を毛先で撫で回します。

 粘液に包まれているとはいえ毛先のチクチクとした感触がむず痒いらしく、雀蜂は筆から逃げるように身悶えています。

 

 筆と同時に綿棒も動かしています。

 こちらはお腹から下へ、身体の流れに沿ってなぞるように動かし、股の間まで来たところで腿の付け根をなぞるように刺激を与えていけば、まるで腰が砕けたようにくねらせ始めました。

 

「ちょ、ちょっと……まって……てば……っ!」

 

 刺激に耐えきれなくなったのか、胸元を覆う筆をなんとか押しのけようと。綿棒から逃れるように両脚を閉じようと。

 目の前の危機から逃れようと身体を丸めようとします。

 

「ちょっと力を入れすぎた? ごめんなさい、もう少し弱くするからね」

「そ、そうじゃ……ひゃああっ!!」

 

 逃れようとする動きから巧みに逃れ、筆の先が胸元に押しつけられました。

 オイルという粘液によって整った穂先がおっぱいの頂点を撫で回すように小刻みに動かされて、切羽詰まった声が上がります。

 

 筆から指に伝わってくるのは、微かな柔らかさの感触。

 撫で回すように動く毛先に、まるで「負けてなるものか」と奮起しているかのように頂が屹立しており、まるでピンク色の可愛らしい蕾が膨らんでいるかのようです。

 

「ん……っ! んん……っ!! あああっ!」

 

 綿棒も、閉じた両脚の付け根へと強引に押し込み、お尻から股の間を擦りつけるようにして動かします。

 こちらは筆よりも硬いため、感触がより強くわかりますね。

 痩身ではあるものの太腿から付け根辺りのぷにぷにとした感触が指先に伝わり、これ以上動かすまいと両腿でぎゅうっと綿棒が締め付けられました。

 なので再び回してやると、切なそうな声が上がります。

 

「や、やめ……わぷっ……!」

 

 その刺激から逃れるように身をよじったところで、雀蜂はバランスを崩し顔から脱脂綿に突っ込みました。

 とはいえ脱脂綿は柔らかく、十分に厚みを持たせているので怪我はありません。

 ですがマッサージオイルをたっぷりと吸ったそこへ顔を突っ込んだわけですから――

 

「うぷ……うぇ……うえぇぇ……っ……」

 

 当然、前髪から顔までべっとりと粘液で塗れることとなりました。

 とろりとした粘り気のある液体が顔を汚し、さらには倒れた際に口に含んでしまったようです。

 今にも泣き出しそうな表情になりながらも、舌を突き出してどろどろの液体を懸命に吐き出していました。

 

「……もう、止めておく?」

「そうするわ……うえぇぇ……べとべと……どうしよう……」

「すぐに清潔な布と、身体を洗う物を持ってくるから。ちょっとだけ待ってて」

「早くしてよね!」

「勿論」

 

 ぷりぷりと今にも怒り出しそうな雀蜂から逃げるようにその場から離れ――ようとして、ふと立ち止まります。

 

「……あ、それと雀蜂」

「何?」

「気のせいか、さっきよりもぐっと色っぽく見えるわよ」

「え……え……っ!?」

 

 そう告げると相手からの返事も待たずに部屋を離れました。

 主のいなくなった部屋の中からは「え、えへへ……」という声が、微かに聞こえたような気がしました。

 




500ミリのペットボトルを雀蜂に見立てて頑張りました。
(美少女フィギュアとかなら、もう少し妄想しやすかったのかな?)

アニオリの雀蜂さん割と言うタイプ(ド正論)なんですよね。
(こっちの世界はそれほどでもない設定)


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第210話 健康診断とマッサージをしよう - 花天狂骨(お花) -

「四番隊いうんは、ここでようござんすか?」

 

 自信と気品に満ち溢れた澄まし声が辺りに響き、みんなは一瞬仕事の手を止めて声の主の方に顔ごと視線を向けていました。

 男性隊士の中には見た瞬間に「おお……」と鼻の下を伸ばしている子もいます。

 

「おやおや、注目を浴びるいうんも案外悪くないものだねぇ」

 

 幾つもの視線を平然と受け止めながら、くすくすと笑みを浮かべます。

 それだけで、ほんの少し笑っただけで強烈な花の香りが周囲に立ちこめました。

 四番隊――より正確には綜合救護詰所の中では、あまり香りのする香水や化粧品は御法度です。衛生面や患者に無用な刺激を与えかねませんからね。

 そんな、言うなれば"消毒薬の匂いに慣れきった子たち"が何の前準備もなしに強烈な匂いを嗅いだからか、とうとう男女問わず彼女に見惚れてしまいました。

 

「花天狂骨よね? 待ってたわよ」

 

 やって来た花天狂骨の応対へ私自ら名乗りを上げます。

 

 ……本当はこういうのって、部下の子たちの仕事なんだけれどね。

 偶然私が玄関近くにいたからよかったものの、隊首室とかに引っ込んでいたらどうなってたのかしら?

 まあ、今の骨抜きにされている姿を怒る気にはなれませんけども。

 私も実際、ドキドキさせられていますから。

 

「けど予定の時間よりも少し遅かったけれど、もしかして迷わせちゃったかしら?」

 

 なにしろ花天狂骨は"粋"や"艶"という言葉が抜け出てきたような存在です。

 男の加虐心を煽るような色っぽい容姿と挑発的な態度に加えて、胸元を大きく開けた扇情的な格好をしているわけですから。

 

 ……仕方ないとはいえ、男性隊士の視線が一点集中しているのが傍目に丸わかりです。

 全員谷間を見過ぎ! 同僚の女の子たちに愛想尽かされてもしらないわよ!?

 それを分かった上で「見るだけで良いのかい?」とばかりに胸の前で腕を組んで谷間を強調している相手も相手なんだけれどね。

 

 自信たっぷりを超えてもう、なんていうか傲慢なのよ。

 傲慢なおっぱい、とでも表現すればいいのかしら? でも傲慢でも許せちゃうくらいの魔性を漂わせているのよね……

 

「そうさねぇ……なにしろあちきは今までずっと移動は人任せ、自分の脚で歩いたことなんてありゃしない。けどまぁ、禿(かむろ)がお使いに出たんじゃあるまいし……ねえ?」

「それはお疲れ様でした。それじゃあ診察室にご案内しますので、申し訳ありませんがあと少しだけご足労をお願いします」

「よろしゅうお願いしんす」

 

 普通に応対をしているだけなのに「隊長凄い……」みたいな声が小さく聞こえてきます。

 いや、あなたたちが率先して案内に出ていればお話くらいできたのよ?

 

 けどまさか、禿(かむろ)なんて言葉を使うとはねぇ。

 簡単に言えば「お姉さんの身の回りの世話をする小さい女の子」って事なんだけど、それが普通に口から出てくる辺りは流石というか何というか……

 

 ……とと、いけないいけない。

 隊士たちが骨抜きにされているから軽く引き締めておかないと。うっかり単純ミスでも起こされたら困るからね。

 

「それとあなたたちは、通常業務をお願いね。そういうのは業務終了まで我慢すること」

「はっ、はいっ!」

「すみません隊長!!」

「それじゃあお願いするわね」

 

 大慌てで頭を下げる男性隊士たちを尻目に、花天狂骨を連れて奥へと向かいました。

 

 ……しかし、繰り返しになりますが流石ですね。

 不安定な高下駄を履いているのにしゃなりしゃなりとなんとも上品な様子。

 彼女が一歩歩く度に香りがふわりと流れて鼻の奥を擽ります。それどころか廊下に匂いが染みこんでいくかのようです。

 そして忘れてはいけません、おっぱいはふるふると誘うように揺れています。

 

「そういえば、花天狂骨って呼べば良いの? たしか京楽隊長はお花って呼んでいたけれど、そっちの呼び方の方が良いのかしら……?」

 

 なんとなく気になっていたことを尋ねます。

 あ、道中無言というのも寂しいなって思っただけですよ! 決してここで間違いを犯しかねないと思ったわけじゃありませんからね!!

 

「悪いんだけどねぇ、そう呼ばれるのは心に決めた相手だけにしておきたいのさ。遠慮してくれるかい?」

「あら、だったらどう呼べば?」

「そんなもん、花天狂骨でいいじゃないか。それが嫌なら"太刀"でもいいさ。ちょいと艶やかさにゃあ欠けるけどね」

 

 京楽隊長、めちゃめちゃ愛されてますね。

 

 ……あら? そういえば京楽隊長の斬魄刀って……本当に二刀一対だったっけ? なんだか古い古い記憶が違和感を訴えているんだけど……

 具体的には私が霊術院にいた頃や、死神になって四番隊で下っ端をやっていた頃の記憶が頭の中をつんつんしてくるのよね……これ、なんだったかしら……?

 

「さ、着きました。どうぞ、お入り下さい」

 

 そんなことを考えているうちに到着してしまいました。

 障子を開けて花天狂骨を中へと促しますが、あと一歩で敷居を跨ぐというところで彼女の脚が止まりました。

 

「なんとも殺風景な部屋だねぇ。密通ってのは、もう少し華やかな場所でするもんだよ」

「え……」

「主の目の届かない小部屋で二人きりになるんだ。密通みたいなもんだろう?」

 

 そ、そんなこと言われるとは思わなかったわ。

 いや、そうじゃないから!

 

「そ、そういうのは良いですから! ここに座って下さい、診察を始めます」

「せっかちだねぇ、あちきじゃなけりゃ袖にされてもおかしかないよ」

 

 くすくすと、からかう様に笑いながらも花天狂骨は素直に従い入室してくれました。

 うう、なんだかペースを握られっぱなし……

 

「まずは体付きの確認からしていきますね」

「おや、だったら脱いだ方がいいかい?」

 

 自然な所作で横になると、そう言うが早いか躊躇うことなくはらりと着物を脱ぎ捨てました。微かな衣擦れの音と共に花天狂骨の肌が露わになります。

 白く透き通った肌に、くびれた腰。お尻から太腿にかけてのラインは抱きつきたくなるほど整っていました。

 そして肝心のお山(おっぱい)は、すごく大きいです。

 むっちりと膨らんだお椀型の胸はツンと自信満々に上を向いており、これはもう凶器と呼んでも差し支えないほどでした。

 

「おいおい先生、あちきの身体に見惚れちまうのは仕方ないけれど、早く始めとくれ。このままじゃあ風邪をひいちまうよ」

「す、すみません……!」

「くれぐれも、痛くしないどくれよ。ぶたれて喜ぶような趣味は無いんだからさ」

 

 余裕の態度を崩さない花天狂骨に急かされるようにして、霊圧補充と身体構造の検査から始めていきます。

 肌の具合と筋肉の付き方を確認していくように丁寧に。

 

 すごい……お肌がツルツルだわ。

 肌の上に指を滑らせているんだけれど、引っかかりが全然ないの。しっとりと濡れたような艶やかな感触で、触れた部分が吸い付いてくるみたいです。

 それでいて、花天狂骨のあの太刀を振り回せるだけの筋肉が柔肌の奥にしっかりと備わっているのがわかります。

 

 そうでなくても、花天狂骨の肉体はムチムチでボリューム満点です。

 少し触れただけでもあちこちがたゆんと小さく揺れると、そこから女の匂いが漂ってきました。花盛りならぬ、女の盛りというところでしょうか。

 触れた指先にまで香りが移って来ているような気さえします。

 

「くすぐったいねぇ……そんなにあちきの身体が珍しいのかい?」

「ええ、まあ。これだけ扇情的な身体の持ち主は、女性隊士にも滅多にいませんからね」

「ふふふ……嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

 素直な褒め言葉にくすくすと笑ったかと思えば、すうっと目を細めながら私の方を見つめてきました。

 

「けどねえ、先生の噂も耳にするのさ。なんでも色んな女を泣かせているとか……」

「えっと……泣かせて、ですか? 特にそんなことは……」

「おいおい、今更惚けるのは野暮ってもんだよ。女が骨抜きにされると噂の手練手管、一つ試してみせちゃあくれないかい?」

 

 ……コレ私、口説かれているんでしょうか? 普通にマッサージのリクエスト、ですよね……??

 ま、まあ……せっかくですから……

 

「分かりました。では、そこにうつ伏せになってください」

「あいよ」

 

 挑発的な表情を見せながら、うつ伏せになりました。

 大きな胸がむにゅりと潰れて形を変えるのを視界の端に捉えながら、マッサージオイルを手に取ります。

 

「それじゃあ、始めますね」

「はてさて、鬼が出るやら蛇が出るやら……」

 

 手に溜めたオイルを、まずは両脚へと塗り広げていきます。

 

「ん……っ……」

 

 ふくらはぎから足の裏、足指の間の一つ一つを丁寧にもみほぐしていくと、花天狂骨は一瞬だけ甘い声を上げました。

 艶やかな黒髪と頭が小刻みに揺れ動き、その振動が丸いお尻まで伝わってふるふると震えます。

 

 そのままふくらはぎから太腿へと撫で回していきます。

 太腿はむっちりとしていて脂がたっぷりと乗った、触り心地の良い太腿です。この太腿で膝枕なんてされたら、さぞ良い夢が見られそうですね。

 

「はぁ……そうそう、その調子だよ。なにしろ今日はずいぶん歩かされたからねぇ……ふぅ……」

 

 再び熱く艶めかしい吐息が吐き出されました。

 よほどリラックスしているらしく、組んだ腕に顎を乗せて今にもうたた寝をしそうです。

 落ち着き払ったその姿は、全ての刺激を受け入れて楽しんでいる節さえありますね。 

 

 それならそれで好都合。

 たっぷり時間を掛けてマッサージを行い、太腿の感触を堪能させていただきました。

 ほんの少しだけ隙間の開いた太腿の内側へぬるりと指を滑り込ませ、まさぐるようにしてマッサージをしていきます。

 

「ふふふ、なるほど。噂は本当みたいだね……これじゃあ、小娘どもは一溜まりもないだろうさ」

 

 楽しそうに口にすると、私の指の動きに合わせてじりじりと両脚が開いていきました。

 どうやら、挑発されているみたいですね。

 ならばとさらに指を腿へ這わせます。

 外側と内側をたっぷりと撫で回し終えると、今度はお尻へとオイルを垂らします。

 

「そんなところまでやるのかい?」

「ええ、そうですよ」

 

 垂らしたオイルの上へぐちゃりと手の平を乗せ、そのまま塗り広げるようにしてお尻を撫で回していきます。

 肉付きが良くて、けれども弾力がたっぷりのお尻は指を押し込んでも内側から弾き飛ばすかのようです。

 

「ふぅ……ふふ……」

 

 腿からお尻へと続く曲線に指を滑らせると、くすぐったいのか気持ちいいのか、腰をくねらせてきました。

 

「痛かったですか?」

「さて、どうかねぇ……」

 

 口ではそう言うものの、腰の動きは止まっていません。おねだりするように腰はくねり、お尻がぷるんと揺れます。

 その期待に応えるように、下から上へ何度も揉み上げていきます。

 

「どうです?」

「血行が良くなった、とでも言やぁいいのかね。ほんのり温かくて、良い感じだよ」

 

 やがて、一通り下半身を終えたところで尋ねました。

 すると花天狂骨は寝転んだまま顔を傾けて、そして両脚をぱたぱたと扇ぐように動かしながら答えます。

 

「けど噂に聞く按摩ってのは、この程度じゃないんだろう?」

「勿論、全身たっぷりと施術をさせていただきますよ」

「そいつぁ楽しみだ。さ、続きを頼んだよ」

 

 早くしろと言わんばかりの様子に、私も施術の続きを施します。

 

「では次は背中から肩です」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

 

 オイルをたっぷりと垂らし、背中から肩をマッサージしていきます。

 背中も雪原の白く、染み一つありません。

 

 肩甲骨の辺りに力を入れたとき、跳ね返すような感触が返ってきました。

 どうやら胸に上から力が加わって弾き返され、その弾力を感じられたようです。

 肩や脇からちらりと覗き見える潰れた胸肉がまるで誘っているようでした。私のマッサージの動きに合わせて形を変え、今すぐ鷲づかみにしたくなるような色気を放ちます。

 

「ここ、少し重点的にやりますね」

 

 このまま胸へと手を回してしまいたいところですが、まだガマンガマン。

 不自然にならない程度に二度三度と指圧の要領で押し込み、背中越しの胸の感触を楽しませてもらいました。

 

 

「ああ、そこそこ……その部分は特に重点的にやっとくれ」

「ここですね」

「ん……っ……」

 

 肩をマッサージしているとき、リクエストを受けました。

 なのでその部分をたっぷりと揉みほぐしていきます。

 

「いいねえ、上手だよ。胸が大きいと肩が凝って仕方ないのさ……あんたもそんなナリをしているんだ。気持ちは分かるだろう?」

「まあ、わかりますね」

「けれど、その肩の凝る原因に男共は群がってくるってんだから。女としては嬉しい反面、複雑なもんさ……とと、寝物語にもなりゃしないような、詰まらない話を聞かせちまったねぇ。忘れとくれ」

 

 そう告げると花天狂骨は口を閉ざしてしまいました。

 やがて背中から肩のマッサージを終えると、彼女を仰向けに返します。

 

「次は胸元やお腹の施術するわね」

「おやおや、按摩ってのは胸までやってくれるのか。こいつは面白いねぇ……これ以上いい女になっちまったら、はてさてどうなることやら……いや、そいつも一興かもしれないねぇ……」

 

 くくく、と楽しげな含み笑いが聞こえると、彼女はくつろぐように両手を頭の後ろで組みました。

 まるで裸婦画か何かのようで、身体を隠すことなく頭の先から両脚までをすらりと伸ばしています。

 それはまるで私に見せつけているかのようで……本当に物怖じしないわねぇ……

 

 まずは柔らかそうなお腹から腰回りに両手を当てて揉んでいきます。

 お腹周りは脂肪がうっすら乗っており、触れた感触は硬すぎず柔らかすぎずといったところでしょうか。

 力を入れて押し込めば軽くへこむものの、心地よい弾力で押し返してきます。

 腰回りはもう少しだけ肉付きが良いといったところです。

 骨盤からお尻に掛けて男を挑発するように大きく膨らんでいますね。

 

「どうだい、わちきの腰は?」

「ええ、すごく整っていますよ」

「そうかいそうかい。けれど、先生の按摩でもっと良くしてくれるんだろう?」

 

 返事代わりに大きく首肯すると、今度は手を上へと撫で上げていきます。

 重力を無視するように上を向いたお山(おっぱい)は振動でぷるぷると揺れ弾み、まるで私に触れられるのを待っているかのようでした。

 

「ふ……っ……」

 

 そのたわわな膨らみを下から上へ、両手でぬるんと一撫でします。

 軽く撫でただけにも関わらず、柔らかなおっぱいはぶるんとワガママに揺れ動きます。

 花天狂骨の口から蕩けそうな甘い吐息が聞こえ、微かに腰が浮かび上がりました。

 

「もう少し、形を整えて流れをよくしますね」

 

 そう告げると、その大きなおっぱいを両手でしっかりと掴みます。

 

 ……うわぁ、何これ……!

 下手な相手だったらこの感触だけで骨抜きにされそう……!!

 

 巨大なおっぱいは手の中に収まらないほどで、しっかりと中身が詰まっていて重たいくらいです。そして力を込めれば指を弾きかえさん程の弾力に溢れていました。

 形を整えるように手を動かせば、たぷたぷと音を立てながらまるで液体のように揺れ動いて弾みます。

 もう少しだけ力を入れれば指の隙間からおっぱいのお肉がこぼれ落ちます。

 何度か捏ねていけば肌の色がほんのりと桜色に染まり、まるで照れているかのよう。

 

「ん……っ……いいねぇ……身体が火照ってきちまったよ……」

 

 それは花天狂骨も同じでした。

 相変わらず平静を装ってはいるものの、額には汗の玉をいくつか滲ませて、気持ちを落ち着かせるかのようにゆっくりと大きく息を継いでいます。

 深呼吸に合わせて胸元が上下して動き、おっぱいの先がぶるんと瑞々しく震えました。

 

「もう少しだけ動かしますよ?」

 

 おっぱいの外側に手を掛け、ぎゅっと内側に押しつけると、それはそれは魅惑的な谷間が出来上がりました。お山(おっぱい)のお肉同士が押し潰れて出来上がった、深く長い谷間です。

 表面に塗されたオイルが谷間に流れ落ち、とろりとその中に染みこんでいきます。

 下から指をその間にゆっくりと差し込めば、ねっとりとした密着感で思わず総身が震えるほどでした。

 

 二度ほど同じように繰り返すと、手を放して今度は胸の内側の方を捏ねていきます。

 谷間は「指が底まで届かないのでは?」と錯覚しそうな程に深く、その奥の胸板もまたお山(おっぱい)と同じように柔らかいものでした。

 内側から外側を通って、胸の頂きへと流れるように揉んでいきます。

 その流れに押し上げられたように、お山(おっぱい)の頂点が周囲ごとぷっくりと背伸びをしていました。

 

「ん……っ……たいしたもんだよ、すっかりのぼせ上がっちまった……もう結構、だよ……」

「そうですか? では――」

 

 これは実質、ギブアップ宣言ですね。

 ならば最後のダメ押しとばかりに、指先でその頂きを軽く擦り上げます。

 

「んんっ……!!」

「これで施術を終了しますね。お疲れ様でした」

「あ、ああ……」

 

 それまでの余裕の一切を崩したように、花天狂骨は顔を真っ赤にして頷きました。

 

 

 

「世話になったね……」

「いえいえ、道中お気を付けてお帰り下さい」

 

 施術は終わり、今は花天狂骨をお見送りです。

 玄関口で応対していますが、やって来た時の自信たっぷりの様子とは少々毛色が違ってどこか危なっかしい雰囲気を漂わせています。

 

 頬は紅潮し、瞳は微かに濡れたように輝いていて、身体からは男を誘うフェロモンを放っているかのように甘い香りが漂っています。

 だってほら、四番隊(ウチ)の男性隊士が仕事の手を止めて見送りに来てるもの。

 それに全員の目が花天狂骨が最初にやってきたときと違うわね。瞬きを忘れて食い入るような目で視線を注いでいるし。

 

「辛そうですね……もし良かったら、四番隊(ウチ)の誰かを送り役に付けましょうか?」

「え……!? い、いや、いいよ……遠慮しとく……」

 

 男性隊士の視線に気付いたのでしょうね。

 僅かに身じろぎして、視線から身体を隠すようにしながら断ると、花天狂骨は逃げるように帰路へと着きました。

 




今回のコンセプトは「手玉にとられっぱなし」です。
花天狂骨は傲慢すぎるくらいでちょうどいいと思う。


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第211話 斬魄刀とキャッキャウフフするのもこれで終わりです

『三話ほど拙者の出番がなかったでござるよ……』

 

 仕方がないでしょ、基本的にマッサージ話の時には射干玉の出番は無しのスタンスなの。

 ……あくまで、基本的にはね。

 

『ときどき我慢出来なくなって暴走してしまうでござるよ!! いやはやまったく、藍俚(あいり)殿は我慢出来ずにすぐおねだりしてしまうでござるからな……』

 

 ところで、誰が良かった?

 

『うーん……やはり花天狂骨殿でござるよ!! あんなスケベな肉体を好き放題できるなどと! 京楽殿も大変でござるな!!』

 

 ああ、確かに……凄い斬魄刀だったわね……

 

『いやもう本当に! あの二人は色々と(・・・)凄い斬魄刀なのでござるよ!!』

 

 …………色々と?

 

『ああっ! ですが袖白雪殿も捨てがたいでござるな!! 最も美しい斬魄刀と評判の相手を拙者の色に染め上げる!! 洗い立ての真っ白なシーツを泥で汚すような背徳的な快感!! とってもとっても綺麗で透き通るようなお水であっても、一滴の泥水が混ざればそれはもうただの泥水として捨てられる!! ……って誰が泥水でござるか!?』

 

 なんだか怪しいわね……強引に話題転換しようとしていない?

 

『なんのことでござるか? 拙者は別に藍俚(あいり)殿の知らぬことなど何にも言っていないでござるよ』

 

 うん、京楽隊長の斬魄刀は何か訳ありなのはわかったわ。

 その辺りも含めて、ゆっくり問い質したいところなんだけれど……

 

 

 

 残念ながら、もうお別れの時間なんです。

 

『なんと!!』

 

 と言っても「斬魄刀の実体化が期限切れ間近」という訳なんですけどね。

 予め実体化限界までの大凡の期日は各々に伝えていますし、斬魄刀の皆さんも「明日くらいが実体化の限界だな」というのは、感覚的に分かるんです。

 

 つまり、実体化した斬魄刀と同じ体験が出来るのは、今日まで。

 最終日――最後の時間をどう過ごすかは、それぞれの斬魄刀と死神の自由です。

 

 斬魄刀のワガママを聞くのもよし。

 普段と変わらずに過ごすのもよし。

 一緒に修行するのもよし。

 喧嘩し続けるのもよし。

 刃禅すれば会えるのだからと、ゆったり構えるのもよし。

 

『セクハラするのもよし! でござるな!!』

 

 ……重ねて言いますが、その辺は斬魄刀と死神の問題ですので。何をやるかは各人にお任せです。

 そして、ウチの場合はですね――

 

「っうわああああぁぁっ! かっっっっっっっわいいいぃぃっ!!」

「……っ!!」

「い、井上……その辺にしておけ……」

 

 実体化した凍雲を見るなり、織姫さんが喜色満面の感極まったような悲鳴を上げました。

 並んでいた茶渡君が引き攣った表情を浮かべながら諫めようとしていますが、はてさてその言葉は聞いているのかいないのか。

 

 凍雲はといえば完全に怯えてしまい、勇音の後ろに隠れてしまいました。

 

「駄目ですよ、織姫さん。凍雲ちゃんは人見知りなんですから」

「ええ、そうです。私だって同じ斬魄刀なのに、最初は全然……懐くどころか目も合わせて貰えなかったんですから……」

「俺は……まだ逃げられる……」

「あ、あはは……侘助、そう落ち込まないで……」

 

 ――ウチの場合は、最後の思い出作りをしようということになったの。

 斬魄刀実体化事件のことを知っている織姫さんたちを呼んで、先遣隊の桃とイヅル君らと一緒に送迎会みたいなことをすることになったんだけど。

 

 織姫さんが凍雲を見た途端にああなりまして……

 

「パパ……ママ……」

「よしよし、織姫さんは怖くないから」

「そうですよ。だからちゃんと、御挨拶しましょうね」

 

 凍雲は凍雲で、私たちの後ろで怯えながら今にも泣き出しそうになっています。

 とはいえこのまま隠れたまま挨拶もしないのは失礼すぎるので。私は凍雲の気持ちを落ち着かせるように背中をさすり、勇音はゆっくり前へと促します。

 私たちのそんな行動を、織姫さんが目を丸くしながら見ていました。

 

「うわぁ……なんだか湯川さんと虎徹さん、ご夫婦みたいですね……」

「えっ……!? わ、私と隊長が……ふぅ……そんな、えへへ……」

「…………」

 

 夫婦と呼ばれたことがそんなに嬉しいのか、勇音は自分で自分を抱きしめながらくねくねと動いています。

 ただまあ、その様子に機嫌を悪くした子もいるんですが。

 

「まあまあ……隊長と副隊長だからね、女房役とでも言えば良いのかしら? 勇音とも長いし……あ!」

「………………」

 

 そこまで言って気付きました。

 さらに機嫌が悪くなってます。

 

『具体的には三点リーダーが増えてるでござるよ!!』

 

 フォローじゃなくて、これじゃ逆効果じゃない!! 惚気てるのと代わらないわよこれ!

 うわぁ……どうしよう……

 

 心の中で頭を抱えていると、凍雲が自分から前に出て行きました。

 織姫さんじゃなくて、茶渡君の前に。

 

「……ム? な、なんだ……?」

「あのね、凍雲っていうの……」

「そうか……俺は茶渡泰虎だ。よろしく」

「うんっ」

 

 なんだか茶渡君には懐いているわね。

 

「うう……茶渡君、いいなぁ……」

 

 織姫さんの様子はもう、見なかったことにしようかしら。

 

「あのね、パパとママと一緒に、いっぱいおかし作ったの。だから、いっしょに食べよ」

「む、いやその、すまんが……この後は……」

「実は茶渡君、狛村隊長にも呼ばれているんです。約束した時間の関係で、四番隊(ウチ)に先に顔を出したんですけど……その、そろそろ時間で……」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げる茶渡君を庇うかのように、イヅル君が事情を説明してくれます。

 しかしまあ、七番隊(あっち)にも呼ばれていたなんて……本当に気に入ってるのね。

 

『人気者でござるな!!』

 

「だめ、なの……?」

「……すまない」

「まあまあ凍雲、そういうことなら仕方ないわよ。その代わり――と言ったら何だけれど、はいこれ。持って行って」

 

 瞳の端に涙を潤ませながら不安そうに見上げる凍雲に向けて、再度茶渡君は頭を深々と下げます。

 私はそんな二人の前に割って入ると懐から大きめの包みを二つ取り出し、押しつけるように渡します。

 

「……これは?」

「本当はお土産に渡す予定だったんだけどね。中身は凍雲が一生懸命に作ったクッキーよ。あっちで狛村隊長と一緒にでも食べて。凍雲も、それで良いでしょ?」

「うんっ」

 

 よかった、なんとか笑ってくれたわ。

 

『泣く子と泣く幼女と、泣く少女と泣く美女には勝てんでござるよ』

 

「それでは、すまないが……」

「あっ、僕も一緒に行くよ。まだ茶渡君はこの辺りの地理に不慣れだろう?」

「いいのか……? いや、すまない。助かった」

「そういうわけで隊長、申し訳ありませんが……」

「わかったわ。ちゃんと案内してあげてね」

 

 名残惜しそうに四番隊を去ろうとする茶渡君にイヅル君が付き添い、二人は四番隊を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 その後、茶渡君たち抜きの送迎会――実態はお茶会みたいなものだけどね――を始めました。

 送迎会と言っても、大したことはしていません。

 ただお菓子を食べてお茶を飲んで、他愛もないお喋りを続けただけです。

 

 そうやって、しばらく時間が経過した頃でしょうか。

 

「……っ!!  凍雲さん、そろそろ……」

「うん……」

 

 何かに気付いたように飛梅と凍雲は顔を見合わせ、どちらともなく頷き合いました。

 その様子に、この場の全員が気付きます。

 

 ……もうタイムリミットなのだと。

 

「皆さん、お世話になりました」

「パパ、ママ……ありがとう。とっても楽しかった」

「飛梅……ううん、私の方こそあなたにいっぱい助けて貰って……」

「凍雲……!」

 

 斬魄刀と、その持ち主の二人はまるで今生の別れのようにお互いに手を握り合い、別れを惜しんでいます。

 なんでかしらね……ちょっとだけ疎外感を感じるわ。

 

藍俚(あいり)殿には拙者がいるでござるよ!! 拙者なら手と言わず全身を余すところなく抱きしめてあげられるでござる!!』

 

 ……そうね。

 

「それと湯川さん。桃さんはとっても良い子なんです。だから是非、お願いしますね」

「パパ……ママのこと、きらいになっちゃだめだよ。めっ、なんだからね!」

「ええ、わかったわ」

 

 ええっ!?

 まさか最後の最後に、斬魄刀たちからこんなことを言われるなんて思わなかったわ。

 い、一応頷いてはおいたけれど……

 

『こうでも言っておかねえと、死んでも死にきれねえ!! って感じでござるな』

 

「ああ、もう本当に……時間、みた……い……」

「さよ……う……な……」

 

 私たちの目の前で、二人の姿がゆっくりと消えていきました。

 まるで春の淡雪のように、僅かな余韻だけを残しながら……

 

 

 

 今頃はきっと、他の斬魄刀たちも実体化が解けている頃でしょう。

 

 

 

 朽木響河から端を発した今回の事件も、これで完全に終息を迎えました。

 

 

 

 

 

 

「本日はお招き頂き、ありがとうございました。今日は本当に楽しかったです」

 

 織姫さんは笑顔でお礼の言葉を口にしています。

 その隣には桃が並んで立っていて、二人の後ろには穿界門(せんかいもん)がぽっかりと口を開けていました。

 

 送迎会も終わり、二人とも現世に帰ることとなりました。

 本当ならば一晩くらい泊めてあげたいのですが、織姫さんはまだ学生ですからね。日の高いうちに帰してあげないと。

 何か手違いがあった日にはこちらの責任問題にもなりかねません。

 

 なので四番隊の穿界門(せんかいもん)で現世へと送り返すこととなりました。

 勿論、付き添いは桃です。彼女の現世任務もまだ終わってませんから。

 きっと今頃は、七番隊で同じようなことになっているんでしょうね。狛村隊長が茶渡君と握手してたり、それを見て困った表情をしているイヅル君や射場さんの様子が目に浮かぶようだわ。

 

「それじゃあ、失礼します」

「隊長、行ってきます」

「ええ、それじゃあまたね」

 

 私たちが見送る中、二人は門の向こうへと消えていきました。

 

 

 

 織姫さんが姿を消したという知らせを受けたのは、そのしばらく後のことでした。

 




名残惜しいですが。
次からは虚圏突入編に、イクゾー! デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ! デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!


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原作開始後 虚圏突入篇
第212話 お別れ会をしている裏側で


 太陽が中天を通り過ぎてから、数時間ほど経過していた。じわじわと夕焼け色に染まっていく空を見上げながら、弓親が口を開いた。

 

「そろそろ、戻ってくる頃合いかな?」

「……ん? ……ああ、そうだな、そろそろだろ」

「……なんだ? ……なんだ、もうそんな時間かよ」

 

 弓親の独白が聞こえ、海燕と一角は集中を止める。続いて空の様子を眺め、何の事かを理解すると、小さく頷いてみせた。

 

「しかし、俺は良いんだけどよ。お前らは尸魂界(ソウルソサエティ)に戻らなくて良かったのか?」

「何を仰るやら。副隊長一人じゃ、万が一の時に困るでしょう?」

「今更、仲良しこよしでお別れ会するような間柄でもないんでね」

 

 三人が口にしているのは、斬魄刀たちの実体化の限界時間のことだ。

 湯川藍俚(あいり)の診断や本人からの申告により、実体化を維持出来るのは長くても今日の夕方程度までだということは、死神たちも知っていた。

 

 残った時間を思い思いに過ごす中にあって、現世にて任務を続けていた先遣隊の面々――その内のルキア・恋次・桃・イヅルの四名は尸魂界(ソウルソサエティ)に一時帰還して斬魄刀と交流することを望んだ。

 

 現世を完全に手隙(てすき)にするわけにもいかず、加えて斬魄刀自身が「その様な気遣いは不要」と宣言していることから、海燕が。

 同じく手隙(てすき)に出来ないという理由に加えて「湿っぽいのは苦手」ということから、一角と弓親が。

 それぞれ現世に残っていた。

 

「てか綾瀬川、お前も刃禅しろ」

「失敬な。してましたよ、ちゃんと」

 

 膝の上に載せた斬魄刀を鞘に納めながら海燕が言えば、心外だとばかりに弓親が返す。

 

 斬魄刀たちの実体化と、それに伴った不満のぶつけ合いは、決して悪いことばかりではなかった。

 刃禅以外にも交流する時間が増えたことで、それぞれが新たな一面を知る切っ掛けとなったり、もっと真摯に斬魄刀と向き合おうと死神たちが気を引き締めたりと、色々と良い傾向が生まれていたのだ。

 

 彼ら三名が行っていたのも、それと同じ。

 新たな一面を知った斬魄刀との対話を繰り広げていた。

 具象化できるとはいえ、基本は刃禅。そして対話なのだ。

 目指すは卍解。至れればその先へ。である。

 

「ちなみに成果はどんくらいだ?」

「……仲良くはしてますよ」

「仲良くはしとけよ……」

 

 まあ、劇的な成果が出るとは限らないが。

 

 目を逸らす仲間の姿を横目に、海燕は立ち上がると大きく背伸びをする。

 

 一時的に現世の戦力が半減するとはいえ、その時間は半日ほど。

 大事には至らないだろうし、何かあればすぐに戻ってくることを条件としていたこともあってか、気を張り詰めつつもどこかのんびりと考えていた。

 

「どうしたんだい一角? 」

「いや、雲がな……」

「雲? ……ッ!」

 

 空を睨み付けるように眺めていたことを不思議に思ったのだろう。

 弓親の問いかけに一角が答え、それに釣られるように海燕も空を見上げて、絶句した。

 

「ちぃ……ッ!」

 

 油断していた半日前の自分を恥じるべきか。

 それともこの瞬間を見極めた相手を褒めるべきか。

 

 まるで巨大な顎を開くように、空が裂けた。

 

 

 

 

 

 

破面(アランカル)……!? そんな、早すぎないか……」

「おいおい、冬に来るって話じゃなかったのかよ? しかも今日来るなんて……」

「詳しくは知りませんが、向こうにも何か理由があるんでしょ? 藍俚(あいり)のヤツも言ってたじゃねえですか。コッチの都合に合わせてくれるとは限らない。用心はしておけ――って」

「そりゃ、そうだが……」

 

 死神たちの予想では、破面(アランカル)たちが本格的に仕掛けてくるとすれば冬――崩玉が完全に覚醒し、手駒を本格的に揃えてからというのが共通認識だった。

 知識のある湯川藍俚(あいり)が「準備はもっと早く整えた方が良い」と警鐘を鳴らせども、その認識を壊すことは出来なかった。

 

 戸惑う二人に反して、一角だけは悠然とした態度を取っていた。

 慌てず騒がず、当たり前のように義魂丸を口にして死神の姿に戻ると即座に始解する。

 彼は藍俚(あいり)の言葉に「十分ありえる話だ」と考え、早い内から準備を始めていた。勿論、彼以外にも同じように考える者は一定数おり、そういう意味では彼女の忠告も無駄ではなかった。

 

「それよりどうします? 向こうは四人、こっちは三人。人数で負けてる以上、誰かが二人相手にしなきゃならねぇ……流儀にゃ反するが、俺がやりましょうか?」

 

 黒腔(ガルガンタ)が開き、解空(デスコレール)の向こう側から覗く四人の破面(アランカル)たち。

 知った顔が半分、知らぬ顔が半分という顔ぶれに、一角はこっそりと知らぬ顔二人の相手をしようと決める。

 

「本来なら、立場的には俺が二人相手にすべきなんだろうが……」

 

 一角の言葉に、海燕は苦々しい表情を見せた。

 額にうっすらと冷や汗を流しながら、彼もまた義魂丸を飲み込むと、空の上へ強く視線を向けた。

 

「すまねえ、お前ら二人で三人頼むわ」

 

 その視線の先では、一人の破面(アランカル)が、凄まじいまでの憎悪の表情で海燕を睨み付けている。

 

「任せといて下さいよ」

「……どうやら、尸魂界(ソウルソサエティ)に連絡を入れた方が良いみたいだね」

 

 海燕に遅れて一角たちもそれに気付き、激戦の予感に身を震わせる。

 

 

 

「オウ? い~い場所に出られたじゃねえか。三匹とはいえ、霊圧が高そうなのが揃ってやがる。こりゃ愉しめそうだ」

「何言ってんの、アレ死神だよ。アレが6番さんが言ってた『尸魂界(ソウルソサエティ)からの援軍』じゃないの? ね?」

 

 一方。

 空に開いた穴から地上を見下ろすヤミーは、すぐ近くに霊圧の高い者がいることに機嫌を良くしていた。

 にやけ顔を見せる彼を、黒髪をした中性的かつ少年のような姿をした破面(アランカル)――ルピ・アンテノールがたしなめる。

 続いて共に現世へ来たグリムジョーの方へと視線を向けると、自身の忠告内容を確認するかのように尋ねたかと思えば、さも"今気付きました"と言わんばかりの態度を見せた。

 

「……ア、ごめーん。"元"6番さんだっけ」

「……」

 

 グリムジョーは前回の無許可での現世侵攻の責任を問われて、第6十刃(セスタ・エスパーダ)の座を追われ、ルピはその後任として第6十刃(セスタ・エスパーダ)の座に着いていた。

 それぞれ思うところがあり、言うなればお互いがお互いを"気にくわない相手"と見ている関係だ。

 

 明らかに相手を馬鹿にした態度をグリムジョーへとぶつけるルピであったが、当のグリムジョーは何の反応も見せる事はなかった。

 というより「聞こえていなかった」というのが最も正しいだろうか。

 野生の猛獣のように犬歯をむき出しにしながら、眼下の一点を睨み付けている。

 

「ん? アレが"元"6番さんの殺したい相手?」

「そこに、いやがったか……志波海燕!!」

「あ!」

「おいグリムジョー!!」

 

 やがて我慢の限界だと言わんばかりに、海燕目掛けてグリムジョーは飛びかかっていく。

 ルピらが声を掛けるのも、お構いなしだ。

 手を伸ばせばすぐにでも届く場所に仇敵がいることに、いつまでも耐えられるような性分ではない。

 

「あの野郎! チッ、運の良い野郎だ……俺が殺してえ奴はあの中にいねえってのによ……」

「だったら、ここはゆずってよ」

 

 背中を眺めながら憎々しげに吐き捨てるヤミーへ、ルピが口にする。

 

「ア?」

「キミが殺したい相手はあの中にはいないんでしょ? でも少し待ってたら来るかもしれない。なら、アイツら二人は新入りのボクにゆずってくれてもいいじゃないか。順番だよ、順番」

「……ケッ、まあいいぜ。くれてやるよ」

 

 僅かな逡巡の後、一理あると判断したヤミーは腕を組んで待ちの姿勢を取った。先に行けという意思表示だ。

 

「ありがと、それじゃ行ってくるよ」

 

 薄ら笑い浮かべながら、ルピは一角たちのところへと向かっていった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「なーんだ、野郎が二人か。つまんないの。たしか、ちんちくりんだけど女の子が二人いるって聞いてたんだけどなぁ……」

 

 一角と弓親、二人の顔を見た途端、ルピは嘆息した。

 だがすぐに機嫌を直したかのように弓親の顔を眺め、そしてニヤリと笑う。

 

「けど、キミみたいに整った顔をグチャグチャに潰すってのも、それはそれで面白いかもね。そっちのハゲは……ま、ついでかな」

「……ハァ!?」

 

 続いて一角の顔をちらりと見て、興味なさげに口にする。だがその言葉が彼の怒りに火を付けた。

 

「オイ弓親ァ! コイツ、俺によこしやがれ!!」

「それは構わないけれど、そんなに怒ってて大丈夫かい?」

「あァッ!? 何の問題もネエよ!!」

 

 明らかに問題しかない言動をしながらも、一角は一人でグイグイと前へ出て行く。

 その様子に、ルピは二度目の溜息を吐き出した。

 

「はー、全く……何でわかんないかなぁ……ボクは二対一でやろうって言ってるのに。頭悪いの? ……ア、ごめーん。頭に栄養、行ってないんだもんね」

「テメエは俺一人で十分だって言ってんだよ!! あとこれは剃ってんだ!!」

 

 叫びながら肩に担いだ鬼灯丸を相手の顔面目掛けて一閃させる。

 その攻撃を、ルピは片手を上げて受け止めた。

 

「なっ……!」

「だから、言ったでしょ? そらッ!」

「ぐっ!!」

「一角!!」

 

 同時に、今の攻撃のお返しとばかりに相手の顔面目掛けてもう片方の手から虚弾(バラ)を放つ。

 超速で放たれた霊圧の塊を、冷静さを欠いていた今の一角は反応しきれなかった。

 さながら正拳突きを顔面に叩き込まれたかのような衝撃を受けて、苦痛の声を上げながら吹き飛んでいく。

 

「あー、そうそう。自己紹介もまだだったよね」

 

 弓親が吹き飛ばされた一角を視線で追うように振り向けば、その背後から声が響く。慌てて視線を元に戻し斬魄刀を構えれば、ルピはその反応に満足したように笑みを浮かべた。

 

「ボクの名前はルピ、第6十刃(セスタ・エスパーダ)だよ」

十刃(エスパーダ)! でも、その数字は確か……」

「あれ、知ってるんだ? そうだよ、キミの考えている通りさ。けどグリムジョーは、番号を奪われた。今ではボクがNo.6(セスタ)だ」

 

 右の腰に刻まれた6という数字を見せつけるようにしながら告げる。

 すると再び、弓親の背後から声が響いた。

 

「なーるほど、十刃(エスパーダ)だったか」

「……ッ! 一角!!」

 

 振り返れば一角が立ち上がり、槍を構えていた。

 とはいえ流石に虚弾(バラ)を顔面に叩き込まれては、無傷とは行かなかったのだろう。強い打撃を受けたような傷跡が残り、衝撃で切れたのか額や鼻、顔のあちこちから血が流れ出ている。

 

「へぇ……元気そうじゃないか……でも、これでわかっただろう? キミじゃボクには勝てないってことがさ」

「はっ! わかんねぇな!! ちょいと顔面に一発入れたくらいで、何を勝ち誇ってやがんだ!?」

 

 一足飛びにルピへと襲いかかると、受け止められたことを警戒してか、今度は連続して突きを放つ。

 それはまるで何本もの槍で一度に突かれているかのような速度だった。

 

「こわいこわい。でもさ、そんなに攻め込んできて良いわけ?」

 

 残像すら見えるその連続攻撃を、ルピは身を捻りながら躱す。

 片手に霊圧を集束させながら。

 

()――」

「おらぁっ!」

 

 何度目かの攻撃を避けたところで、ルピが片手を突き出した。

 同時に一角はその動きに反応し、手を蹴り飛ばす。

 

「――()ぐぅっ!? しま……ッ!!」

 

 一角のほぼ死角から、それも反応できる筈がない動きだった。

 だが一角はルピの予想を上回り、ほぼ勘に近い動きでそれを防いだ。

 発射直前で強引に狙いを逸らされた虚閃(セロ)は虚空へ向けてむなしく放たれ、加えてルピも体勢を崩された。

 

「読めてんだよ、その程度ならなぁっ!!」

「くっ!!」

 

 そこへ一角の槍が再び迫る。

 避けようのない攻撃にルピの表情が苦悶に歪む――

 

「……なーんてね」

「ッ!! ぐあっ!!」

 

 ――ことはなかった。

 

 鬼灯丸が身体へ突き刺さる直前、ルピの姿が消えた。

 次の瞬間一角は背中に強い衝撃を受け、思わず倒れ込みそうになる。踏ん張りつつ背後へと向き直れたのは日頃の鍛錬の賜だろう。

 

「ア、ごめーん。期待させちゃったかな? ボクに勝てるって、期待させちゃったかな?」

 

 そこにはルピがいた。

 どうやら直前で響転(ソニード)を用いて距離を取って躱し、背後から不意打ちしたのだろう。

 わざわざ危機を演出したり、斬魄刀を抜かずに攻撃したりと、言動の一つ一つから彼の性格の悪さが滲み出ていた。

 

「ちっ、テメェ……」

「ほらそっちの死神も、いつでも掛かってきて良いんだよ? 二対一なら、まだ愉しめそうだからさ」

「断る。一角がまだ戦っているからね」

 

 一角が睨み付けるが、ルピの視線は既に弓親の方へと向いていた。余裕を見せつけるように弓親を挑発するものの、けれど首を縦に振ることはない。

 

「はぁ、めんどいなぁ……このままじゃ殺しちゃうってのに……あ、そうだ! だったらさ、こうしようか」

 

 何かを思いついたようにポンと手を打つと、ルピは斬魄刀を引き抜く。それを見た瞬間、一角の表情が歓喜に歪んだ。

 

「解放かよ……いいぜ、来い!!」

「ホント、馬鹿だねキミ……(くび)れ、蔦嬢(トレパドーラ)

 

 敵が何をしようとしているのか、理解しているのにそれを防ごう試とみることすらない。一角の行動は、もはやルピの理解の範疇を超えていた。

 冷めた瞳を浮かべながら解号を唱え、本来の姿へと転じる。

 

「あははははっ! そらっ!!」

 

 帰刃(レスレクシオン)に伴いルピの周囲から爆発したように煙が吹き出し、中から一本の触腕が放たれた。

 矢のような勢いで伸びるそれは一角目掛けて一直線に襲いかかっていく。

 

「ヘッ! その程度……かよッ!!」

 

 その攻撃を、一角は鬼灯丸を突き刺して止める。

 縫い付けられたように動きが止まった触腕は、まるで不細工な標本のようだ。

 

「アハハッ! 止めたんだ、やるね」

「解放してこの程度とはな……以前やり合ったエドラドの方が、よっぽど強え一撃だったぜ?」

「あー……グリムジョーの部下の名前だっけソレ? 比べられると、ちょっとショックだよ。でもさ、今の攻撃が――」

「ッ!!」

「――八倍になったらどうかなァ?」

 

 薄れゆく煙幕の向こうからルピが姿を現す。その瞬間、一角たちは絶句していた。

 上半身は胸当ての様なものに覆われ、背中に亀甲のような円盤を背負っている。その円盤からは、一角が突き刺した以外に七本――合計八本の触腕が生えていた。

 イカの足を思わせるような白い触腕がうねうねと器用に蠢いている。

 

「そおらっ!!」

「うおおおっ!!」

 

 かけ声と共に七本の触腕が一斉に放たれ、一角目掛けて襲いかかる。

 どうにか防ごうとするものの、既に鬼灯丸は一本目の相手に使っている。残る七本を防ぐ手立てはなかった。

 触腕が激突したことまでを確認すると、ルピは背中を向ける。

 

「一角ッッッ!!」

「最初から言ったろ? 二対一でやろうって……ア、ごめーん。二対八、だっけ」

 

 一人残った弓親へ向けて、そう白々しく口にした。

 だがその言葉は、即座に鼻で笑われる。

 

「……ヘッ! 頭に栄養行ってないのは、お前の方じゃねえか」

「ッ!!」

 

 慌てて声のする方向を向けば、そこには斑目一角の姿があった。

 傷らしい傷も負っていないことから、触腕の攻撃を避けたのだということはルピにも理解できるる。

 問題はその方法だ。

 一本を食い止めるのがやっとの相手が、さらに七本もの触腕を相手にできるわけがない。

 

「馬鹿な……お前、どうして……いや、どうやった!!」

「手数が八倍になっても、八人に増えたわけじゃねえ。たかが剣を八本持ってるのと変わりゃしねえ。単調な攻撃が八つ来るだけだ。なら、避けるのはそう難しくはねえ……そう気付いただけだ」

「な……ッ! そんな、そんな馬鹿な……」

 

 七本の触腕が迫る中で「どこぞの女死神なら、あの倍は速く、強い攻撃を、もっと無数に放って来るだろう。それと比べれば、あの程度大したことではない」と気付き、気付けた瞬間には身体が自然に動き回避していた。

 ただそれだけのことであり、気付けなければ押しつぶされて戦闘不能――下手すれば絶命していただろう。

 

 言うなれば経験の差が勝敗を分けたに過ぎないのだが、そんなことルピに到底理解出来るわけがなかった。

 加えて一角は、さも当然のことのように口にしたかと思えばちらりと一瞬だけ遠くを眺め、そして嘆息する。

 

「そんなことも分かんなかったのか? ……ア、わっりい。気付けるわけねえもんな」

「てめえぇッ!!」

 

 お株の口癖を真似されたことで、どうやら怒りが頂点に達したらしい。

 激怒しながら触腕を操り、今度こそ一角の息の根を止めるべく攻撃を仕掛けてくる。反射的に一角も構え直した時、そこへ二つの影が躍り込んだ。

 

「ならこれで三対八かな?」

 

 触腕の一本が突如、急激に重くなった。

 

「んでこれで、四対八だ!!」

 

 続いて巨大な霊圧の砲弾が、触腕をもう一本焼き切る。

 

「な……なんだッ!?」

「オウ、ようやく来たか。時間通りだな」

「遅くなりました」

「これでも急いで来たんですよ」

 

 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする恋次とイヅルの姿を、一角はさも当然のように笑みを浮かべながら眺める。

 

「おっと。なら僕も参加しようか」

「くっ……死神め……っ!!」

 

 弓親が戦線に加わることを宣言し、ルピはギリギリと奥歯を鳴らした。

 




●人数差
実体化した斬魄刀とお別れ会してる連中がいるので。

●ルピ
結局、腕が増えただけ。本体は一人でしかない。
(なんなら二本腕でもっと怖いのを知っている)
だから怖くない(勝てる)理論。

せめて8人に分身できれば……

●ヤミー
この世界なら殺したい相手の中には、チャドも多分入ってる。

あと、そろそろ浦原が来て戦ってるはず。

●グリムジョー
前回、海燕さんに散々やられたから……

●ワンダーワイス
トンボもぐもぐ


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第213話 お別れ会をしている裏側で その2

「会いたかったぜェ! 志波海燕!!」

「チッ! グリムジョー!!」

 

 己に向けて一直線に襲いかかってくる相手を前に、海燕は少しだけ場所を移動する。遠すぎず、かといって近すぎない程度に仲間たちとの距離を保つことで、互いの戦いに邪魔することなく。

 それでいて何かあればすぐにカバーに入れる程度には近い。そんな絶妙な距離感を保つ位置まで。

 

 限定解除はとっくに済んでいる。あとはもう少しだけ距離を取るだけだ。

 

「……っし! こんなもんだろ!」

「なんだ、もう逃げねえのか!?」

「逃げたんじゃねえよ!」

「なら死に場所はここでいいってことだな」

「死に場所だぁ!? ……って、お前!」

 

 やがて適当だと思われる位置まで距離を取ると、戦闘態勢をとりつつ改めてグリムジョーを見やる。

 そこで気付いた。

 

「その腕、どうしたんだ?」

「捨ててきたんだよ。てめえを殺すのに、腕二本じゃ余計なんでな!」

「……ああ、そうかい! なら手加減は必要ねえな!!」

 

 斬魄刀・金剛を手に、グリムジョーへと斬り掛かる。

 しかしグリムジョーもまた斬魄刀を抜き、その攻撃を受け止める。

 

「手加減だぁ!? 前回のてめえは、小細工で仲間に助けられなきゃ俺には勝てなかったんだよ!!」

 

 薙刀の重さと一撃を、隻腕でありながら悠々と受け止める。

 グリムジョーの実力と執念を垣間見せられたようで、海燕は微かに動揺していた。

 

「ははっ! なんだ、ようやく気付いたのか!? けどあの場で気付いてなかったってことは、誰かお仲間に教えて貰ったってことか? 仲良しこよしで結構なこった!」

 

 けれど、そんな感情はおくびにも出さない。

 動揺を飲み込み、それどころか以前の時のように引き出せるだけ情報を引き出してやろうと精神を叱咤させつつ、薙刀を振るう。

 

「ほざけ!!」

 

 残念ながら二撃目もまた受け止められ、それどころか相手は刀身を巧みに操ると薙刀を上から押さえ込み、大きく口を開く。

 

 ――虚閃(セロ)か!!

 

 一瞬で集束していく霊圧。

 その霊圧の高密度さから次の手を予測し、海燕は叫んだ。

 

「縛道の三十九! 円閘扇(えんこうせん)! おらぁっ!」

「ッ!」

 

 縛道にて円形の盾を生み出すと、グリムジョーの顔面へ向けて蹴り飛ばす。

 それとほぼ同じタイミングで、虚閃(セロ)が放たれた。

 

「ぐおおおっ!!」

「がああっ!!」

 

 円閘扇(えんこうせん)に、それほどの強度は無い。

 破面(アランカル)の攻撃力からすれば、防御力は板一枚程度が精々だろう。仮に隊長クラスが完全詠唱で放っても、虚閃(セロ)を防げる程の強度は期待出来ない。

 

 だがそれでも、盾は盾だ。

 至近距離で放たれた虚閃(セロ)と激突させ、誤爆させるくらいはできる。避けられなければ、せめて諸共、ということだ。

 

 海燕とグリムジョー、二人とも爆発に巻き込まれ、苦痛の声が上がった。

 

 ――本当なら金剛の能力で固めて弾き返してやりたかったんだが、ああも見事に薙刀を押さえ込まれちゃあな……前回の戦いから、しっかり能力の対策されてやがる! ちっ! 藍染辺りに教えられたか……?

 

 いくら爆発させて威力を減衰させたとしても、至近距離で虚閃(セロ)を受けたのと同じだ。

 痛む全身に活を入れながら、今のグリムジョーの動きを分析していく海燕。

 けれど、そんな余裕はいつまでもなかった。

 

「痛ぇな……だがその怪我じゃ、もうこれ以上の小細工は出来ねえみたいだな?」

「けっ……そりゃそうだよな……」

 

 自分よりも軽傷で現れるグリムジョーの姿を見て、当然のことだと納得する。

 相手は技を放っている。

 爆発させて一時的に勢いを止めることは出来ても、相手の攻撃は続いている。その奔流が攻撃を相殺してしまうのだ。

 

 事実、身体のあちこちが焦げてはいるものの、グリムジョーの動き自体に淀みは感じられなかった。

 海燕の方は、立ち上がることすらキツいというのに。

 

「解放すら必要なかった! 小細工できなきゃその程度なんだよ! 志波海燕、これでテメエは仕舞いだ!!」

「くっ……!」

 

 手にした刀が、海燕の心臓目掛けて振り下ろされる。

 痛む腕で薙刀を掲げ防ごうとするが、到底間に合いそうになかった。

 

 ――ちくしょう、これまでかよ! 都! 氷翠(ひすい)! 空鶴! 岩鷲! 金剛! みんな、すまねえ!

 

 心の中で懺悔したときだ。

 

 グリムジョーの斬魄刀が、黒い刀身の斬魄刀に受け止められた。

 

「……一護?」

「オレンジの死神……?」

「海燕さん!」

 

 闖入者に視線が注がれる中、一護は海燕をその背中に庇う。

 

「はっ、今更なんの用だ死神!?」

「来てくれたのはありがてぇけどよ、見ての通り今は取り込み中でな――」

「海燕さん!!」

 

 目の前のグリムジョーへ向けて油断なく気配を配りつつ、背中越しに叫んだ。

 

「俺たち、親戚だろ? 海燕さんから見りゃ、俺はまだまだ出来の悪いガキかもしらねえけどよ……けど、ガキはガキなりに成長してんだ。だから、ちっとは信用してくれよ」

 

 立ち位置の関係から、海燕には一護が今どんな表情をしているのか、窺うことは出来ない。けれどもその声音から、背中から伝わってくる気配から、一護がどんな覚悟でこの場に割ってきたのかは手に取るようにわかった。

 

 ――そうだよな、誰だって成長するもんだ。しかもコイツは、とびっきりだ。

 

 くくく、と思わず身体の痛みすら忘れながら海燕は笑う。

 

「くっ、ははは……よし、分かった! んじゃ出来の悪いクソガキ! すまねえが、出来の悪い大人をちょいと手助けしてくれや!!」

「ああ、任されたぜ!!」

「勝手なことをぬかしてんじゃねえよ死神!! どけっ!!」

「だったら、どかしてみろ!!」

 

 霊圧が膨大に膨れ上がり、一護の顔に奇妙な仮面が生み出されていた。

 

 

 

 

 

「たしか、(ホロウ)化とか言ってたか……なるほど、こりゃ大したもんだ……いつつ……」

 

 奇妙な仮面を被った一護とグリムジョーの戦いを、海燕はほんの少しだけ離れた場所から見守っていた。

 多少軽減したとはいえ虚閃(セロ)の直撃を受けたのだ。激痛が全身を襲い、身体中から血が流れ出している。

 これでは邪魔になるだけと考え、痛む身体を引き摺るようにして動かして距離を取っていた。

 

 ちなみに、上級の隊士といえどもあの距離で虚閃(セロ)を受ければ無事では済まない。ましてやグリムジョーほどの霊圧を持った相手の一撃となれば、隊長クラスでも戦闘不能は避けられないほどである。

 それでもまだ五体満足で生きている辺り、海燕も並の死神ではない。

 

「しかし強えな一護のやつ……出来ればちゃんと守ってやりたかったんだが……」

 

 一護とグリムジョーとの戦いは、一方的だった。

 

 相手の虚を突くかのように、一護は即座に(ホロウ)化すると間髪入れずに月牙天衝を放つ。

 その一撃でグリムジョーは、戦闘力の大半を失った。

 もはや瀕死と呼んで差し支えないだろう。

 

 ぜいぜいと肩で息をしながら、それでも斬魄刀を手放さないグリムジョーに一護はさらに追撃を加えていく。

 苦痛も相まって本能レベルで身体を動かしているのだろう。

 グリムジョーは、なんとか致命傷だけは避けるのがやっとの様子だ。

 

 前回現世へと来た際、グリムジョーは海燕のことを一護だと誤認した。そのまま海燕と戦い、撤退していった。

 つまり、一護と剣を交える機会が今までなかったのだ。

 

 彼の中の黒崎一護の実力は、最初期のまま。

 ウルキオラとヤミーが現世へとやって来た時の認識のままだった。

 

 そこへ、(ホロウ)化による霊圧上昇からの一撃である。

 油断と慢心、相手を格下と考えていたところへ、それだ。不意を突いたことも合わさって、想定以上のダメージをグリムジョーへと与えていた。

 

 相手の準備が整っていない――もっと言えば、相手が慢心しているうちに有無を言わさず大技を叩き込むという戦い方。

 一護からすれば(ホロウ)化の制限時間という制約があるが故の選択だったが、この場においては最適解に他ならなかった。

 

「海燕副隊長!!」

「おう、朽木。やっと戻ってきたか」

 

 一護が戦い始めてから数秒後、海燕のところへルキアがやって来た。

 彼女もまた尸魂界(ソウルソサエティ)へ行っていた面々の一人である。

 今し方戻ってきたばかりなのだろう、彼女の背後には閉じて消えてゆく穿界門(せんかいもん)が確認できた。

 

「はい! 十刃(エスパーダ)がやって来たという報告を受けて……って、わああああぁっ!! どうしたのですかその傷は!?!?」

「ああ、ちょっと油断……したわけじゃねえんだけどな。グリムジョーの奴は、やっぱり強かったみたいだ」

 

 重ねて言うが、彼女は現世に戻ってきたばかりである。

 現状認識も甘いまま海燕が大怪我をしている姿を見せられ、思わず大声で叫んでしまう。

 

「強かったではありません! 雛森たちを呼ぶべきか!? それとも私自身で回復を……はっ! いや違いますよ副隊長!! 薬です!」

「薬だぁ?」

「そうです! 以前湯川先生に用意して貰ったではありませんか! お忘れですか!?」

「ああ、そういやそうだったな……」

 

 言われてようやく思い出し、海燕はごそごそと懐を探る。

 

 たしかに、以前湯川藍俚(あいり)が現世にやって来て、先遣隊の各員専用の薬を用意してくれたことがあった。

 だがその後は特に大きな怪我を負うこともなく、仮に怪我をしても桃やイヅルという優秀な四番隊士がいるため、すっかり忘れていた。

 

「あったあった、これだな。んじゃさっそく」

 

 忘れずに持っていた自分を内心褒めつつ、海燕は薬を傷へ塗布していく。

 途端に痛みは引いていき、傷口も塞がっていった。

 

「……とんでもねえ効果だな」

「ええ、本当に……」

 

 ――個人専用の薬だが、冗談みたいに効果がある。

 

 二人とも事前にそう聞いており認識もしていたが、実際に目にするのはまた別である。

 薬の効果も即効性も強すぎて、思わず引いてしまうほどだったようだ。

 

「けどこれなら動くのに問題はねえ! よっしゃ、これで俺も……なっ! なんだこの霊圧は!?」

「これは……なんだと、一護!! なぜ一護が!?」

 

 突然周囲に強大な霊圧が撒き散らされ、海燕たちは周囲を探る。

 そして、見た。

 

 仮面を失い、怪我を負った黒崎一護の姿を。

 さながら豹を思わせる姿へと変貌していたグリムジョーの姿を。

 

 

 

 

 

「仮面が!」

 

 朽木ルキアが志波海燕の元へとやって来た時のことだ。

 

 大技を放つことで大ダメージを与えたことを皮切りに、優位に戦いを進めていた一護であったが、どうやら時間内に仕留めることはできなかったらしい。

 

 だが一護に落ち度はない。

 むしろ賞賛すべきはグリムジョーだろう。

 不利な状況でありながら致命の一撃を避け続けた彼の戦闘と生存に関する本能を褒めるべきだ。

 

「死神いいぃィッ!!」

「ぐあ……っ!!」

 

 時間経過によって(ホロウ)化が解除され、霊圧が萎んだ瞬間をグリムジョーは見逃さなかった。

 幾重もの刀傷を身体に刻みもはや満身創痍にも関わらず、彼は即座に反応すると一護へ向けて斬魄刀を振るう。

 弱まってこそいるものの、その一撃は相手の胸元に確かな傷を与えた。

 

「くそ……その、妙な仮面……くそっ! くそっ! くそっ! 仕方ねえ!!」

 

 反撃のダメージこそ与えられたが、追撃に出ることをグリムジョーは自重した。

 あの仮面――(ホロウ)化こそ解除されたものの、敵が同じ事が二度出来ないという保証もない。

 今この傷で下手に攻撃に出て再び(ホロウ)化されれば、次は間違いなく殺されかねない。

 

 心の中の天秤を三度ほど揺らし、甚だ不本意ではあるものの彼は決断した。

 

(きし)れ、豹王(パンテラ)アァァッ!!!」

 

 帰刃(レスレクシオン)することを。

 

 

 

 帰刃(レスレクシオン)によって変貌したグリムジョーの姿は、凶暴な四足獣を思わせるものだった。

 頭髪は猛獣の(たてがみ)を思わせるように長く伸び、耳は獣のように尖る。口元からは鋭い牙が幾重にも並び、全身は白い鎧のような物に包まれていた。長い尾が生え、手足は豹を思わせるような姿に。

 その名の通り、豹が擬人化したような姿へと変じていた。

 

「その、姿は……!」

「解放だ。テメエだって知ってるだろうが!」

「ああ……」

 

 傷口を片手で押さえながら、一護は目を見開いていた。

 破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)というものは、海燕たちから聞かされてはいた。

 あの日、グリムジョーらが現世に来た際に、霊圧だけは感じ取っていた。

 

 だが実際に目にするのはコレが始めてだ。

 

 解放に伴って彼がせっかく与えたはずの傷は全て塞がってしまい、けれども未だ癒えることなく失われたままの左腕だけがぽっかり穴を開けている。

 それはまるで、怪我をして片足を失った猫を見ているようで、恐ろしさを感じると同時にどこか心苦しく思えてしまう。

 

「もう仮面を出そうが関係ねえ! お前はコレで――」

 

 一護に向け、迫り叫ぶグリムジョーの言葉は唐突に途切れた。

 

(つぎ)(まい)白漣(はくれん)

「破道の七十九! 氷河征嵐(ひょうがせいらん)!!」

 

 グリムジョーの帰刃(レスレクシオン)を見たのは、一護だけではない。

 ルキアと海燕の二人は察知した途端、即座に攻撃に出ていた。

 

 袖白雪による攻撃と、それを後押しするかのような冷却系の鬼道。

 二重の冷気に包まれたグリムジョーは全身を氷に覆われたかに見える。

 

「――はっ! また氷漬けかよ! 芸がねえんだよ、死神ッ!!」

「ぐあああぁっ」

「うわああぁぁっ!!」

 

 だが、解放した十刃(エスパーダ)はその程度では止まらない。

 凍り付いたとて、それは一瞬のこと。

 内側から力と霊圧に任せて氷壁を破壊すると、そのまま右腕を引っ掻くように振るう。

 それだけで斬撃が走り、二人の死神を深々と切り裂いていく。

 

 攻撃を受けて吹き飛ばされた海燕たちとは対象的に、攻撃を放ったグリムジョーは海燕の様子に首を傾げる。

 

「なんだ? どうして回復してやがる……死神にゃ回復術があるって話だが、それか? まあいい、これで終わり――!!」

 

 再び爪を振るおうとするグリムジョーであったが、その腕は突如現れた破面(アランカル)――ウルキオラの手によって止められた。

 

「ウルキオラ……!! テメエ、邪魔すんじゃねえ!!」

「まさか解放していたとはな……だが、任務完了だ。戻るぞ、グリムジョー」

 

 それは有無を言わさぬものだった。

 ウルキオラの言葉と同時に反膜(ネガシオン)が二人の破面(アランカル)を包み込み、その身を解空(デスコレール)の向こうへと送っていく。

 少し遠くへ視線を移せば、ルピやヤミーたちも同じように反膜(ネガシオン)の光に包まれている。

 

「……任務、だと……?」

 

 破面(アランカル)たちが戻る光景を見ながら、海燕は呟いた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「おい、全員いるか!? 生きてるかお前ら!!」

 

 破面(アランカル)らが完全に消えたのを確認すると、海燕は一角たちの所へと向かう。これでも先遣隊を纏めるリーダーなのだ。

 現状把握や怪我人の確認などもまた、大切な仕事である。

 

「ええ、こっちはなんとか」

「結構強かったな、アイツ……」

「何が八倍だあの野郎……今度会ったら十倍はボコボコにしてやる……」

 

 イヅルの言葉通り、怪我人こそいるもののどうやらルピの相手をしていた面々は無事なようだと、海燕は胸を撫で下ろす。

 

 朽木ルキア・阿散井恋次・吉良イヅル・斑目一角・綾瀬川弓親の五人は無事だった。

 

 ――待て、五人だと!?

 

「……足らねぇ! 一人足りねえぞ!!」

「え……!?」

「そうだ、雛森! アイツがいねえ!!」

「まさか……!!」

「緊急連絡! 尸魂界(ソウルソサエティ)に今すぐ確認を取れ!!」

「はい!」

 

 即座に命令を下し、イヅルが伝令神機を操作する。

 

「駄目です、繋がりません! 霊波障害が発生しているかもしれません!!」

「何だと!! くそっ!!」

 

 ウルキオラが口にした「任務完了」という言葉を思い出し、嫌でも結びついてしまう。

 

 最悪の予感が、彼らの胸を過った。

 




●藍俚が用意した薬
189話参照。
簡単に言うと「特定の個人だけに効果がある特効薬」

●グリムジョーが帰刃で回復する
してもいいかなって。

●ウルキオラ
女の子二人と楽しんでから来た


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第214話 覚悟の断界

「凍雲ちゃん、本当に可愛かったなぁ……」

「そうですよね。私も、まさか虎徹副隊長の斬魄刀があんなに可愛いなんて、思わなかったな」

 

 紫色のおどろおどろしい壁に、見ているだけで不安になる足下。

 そんな場所に似つかわしくない、二人の女性の楽しげな声が断界(だんがい)に木霊していた。

 

 話題の内容は、つい先ほどまで行われていた"実体化した斬魄刀へのお別れ会"についてである。

 送別会も無事に終わり、織姫と桃の二人は穿界門(せんかいもん)を通って現世へと戻る最中であった。

 

「だよねだよね! 虎徹さん、背が高くってカッコいいのに。なんであんなに斬魄刀は可愛いのかな?」

「副隊長、背が高いの気にしていたんだ」

「ええっ! そうだったの!?」

「うん、そうだよ。先生――隊長と知り合ってからは平気になったらしいんだけど、斬魄刀はその前から貰ってたから。その頃の影響を受けてあんな姿で実体化したみたい」

 

 あまり死神や斬魄刀に詳しくない織姫へ、桃が知識を補完して説明していく。

 

「湯川さんかぁ……そっか、あの人も背が高いものね……そういえば、湯川さんの斬魄刀ってどんなのなんだっけ?」

「あれ? 織姫さんには説明しなかったっけ? 隊長の斬魄刀は実体化してないよ。隊長は『実体化しなくて良かった……本当に良かった……』って言ってたけれど」

 

 お別れ会をすることも、断界(だんがい)を通って戻ることも、何も落ち度はない。

 もしも落ち度があるとするならば、タイミングだろう。

 

 断界(だんがい)の中という、尸魂界(ソウルソサエティ)との連絡が取りにくい場所の中にいたこと。

 現世へと戻るのを、夕方前の時間に指定したこと。

 そして何よりも。

 

「えっ、そうなの! なんで!?」

「それはね――」

 

 準備が終わり、瞬間を狙う者がいたこと。

 

「なんだ、護衛は一人だけか」

「「……!!」」

 

 桃の言葉を遮るように響いた聞き慣れぬ声に、二人は身体を強ばらせた。

 今いる場所は断界(だんがい)――現世と尸魂界(ソウルソサエティ)との間に存在する空間であり、特殊な方法を用いなければそう易々と侵入できるような場所ではない。

 にもかかわらず、誰かの声が聞こえる。

 それは何らかの異常が起きていることの証明でもあった。

 

「最も危険が高いのは、移動の時だということを知らんらしい」

「誰!?」

「この、声は……」

「ましてや護衛対象とのんびりとお喋りか。こちらから狙った瞬間とはいえ、死神というのは予想以上に無能だな」

 

 聞き覚えのある声に織姫は身を竦ませ、桃が斬魄刀を引き抜いて戦闘態勢に入る。

 互いに警戒しつつ声のする方へと視線を向け、織姫は瞳に恐怖を宿らせた。

 

「だが煩わしい拘流(こうりゅう)の動きが固定されていたのは都合が良かった。話をするのに時間を急ぐのは性に合わんからな」

 

 解空(デスコレール)の向こうから、破面(アランカル)・ウルキオラが無感情な瞳で彼女のことを凝視していたからだ。

 隣にいる桃のことなど歯牙にも掛けずに。

 

「あ、あの時の……」

 

 かつて現世へと現れた破面(アランカル)――名前は、一緒にいたヤミーが口にしていたが覚えていない――の姿に、織姫は心が恐怖で塗り潰されそうになる。

 

「あなた、破面(アランカル)……それも十刃(エスパーダ)ね!!」

 

 桃は、報告としては知っていたがまさか目の前の相手がそうだとは知らず、けれども霊圧の高さから十刃(エスパーダ)ではないかとアタリを付けていた。

 自分よりも格上の霊圧を放つ相手に心を折られそうになりつつ、必死で己を鼓舞しながら叫ぶ。

 

「……」

「まって! 桃さん逃げてええぇぇっ!!」

 

 桃の言葉を耳にしつつも、ウルキオラは無言で片手を振り上げる。

 たったそれだけの動作に猛烈な悪寒を感じ、織姫は叫んだ。

 

「くっ……!! う、うう……」

「桃さん……!! そ、それ……」

 

 叫び声が上がるよりも先に、ウルキオラは片手から虚弾(バラ)を放つ。

 桃を目掛けて放たれたその一撃を、彼女はなんとか察知し身を捻って躱す。だが、完全回避とまではいかなかったようだ。

 圧倒的な速度で放たれた虚弾(バラ)は、彼女の知覚を超えていたらしい。死覇装はズタズタに引き裂かれ、左半身から大量に出血していた。

 

「半身を抉り取るつもりだったが……無能だが無力ではないようだな」

「褒められても……ぜんっぜん! 嬉しくなんて、ない……っ! 弾け、飛梅!! はああぁっ!!」

 

 激痛に苛まれ、倒れ込んでしまいたい気持ちを精神力でねじ伏せながら、桃は斬魄刀を始解させた。

 同時に無数の火球をウルキオラへ向けて放つ。

 

「だが、なまじ力がある分だけ余計に苦しむこととなる」

 

 火球のつぶてが向かう先に、ウルキオラの姿はなかった。

 彼は瞬時に桃の背後へと回り込むと――

 

「……こふっ」

 

 ――手刀で腹を刺し貫いた。

 

「雛森、さん……?」

 

 両腕が力なくだらりと下がり、その手から斬魄刀がこぼれ落ちた。

 床に激突した刀身がガシャンと冷たい金属音を奏でる。

 

「いやあああああああああぁぁっ!!」

 

 織姫の悲鳴が響く中、桃の口から大量の鮮血が溢れ出した。

 

 

 

「騒がしいことだな。この死神はまだ死してなどいないというのに」

「な……!?」

「喋るな。動くな。言葉は『はい』だ。それ以外を喋れば殺す」

 

 生きている――ウルキオラのその言葉に、織姫は僅かに冷静さを取り戻した。

 大切な友人の命を守ろうと盾舜六花の能力を発動させようとするが、ウルキオラの言葉に行動を縫い止められる。

 

「"お前を"じゃない。まずはこの死神を」

「……ぅ」

「……!」

 

 血に濡れた片腕をウルキオラは見せつけるように揺らす。

 激痛が走ったのだろう、虚ろな表情の桃の口から小さく声が響く。生きていたことに安堵して叫ぼうとする織姫であったが、直前に投げ掛けられた言葉を思い出し必死にその言葉を飲み込んだ。

 

「よく我慢したな、叫んでいれば殺すところだった。コイツを……そして"お前の仲間を"」

「……っ!」

 

 空間内に映像が浮かび上がった。

 そこには黒崎一護、志波海燕、斑目一角……破面(アランカル)たちと戦う現世の織姫の知り合いたちの姿が映し出されている。

 

「何も問うな、何も語るな、あらゆる権利はお前に無い。お前がその手に握っているのは仲間の首に据えられたギロチンの紐、それだけだ。理解しろ女。これは交渉じゃない。命令だ。そして命令は一つ、俺と来い。それだけだ」

「ふ、ざけ……な……」

「ッ!!」

 

 一方的に告げられるウルキオラの言葉に、異が唱えられた。

 

「織姫、さ……にげ……」

 

 背中から腹を貫かれてなお、桃は力を振り絞る。

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)まで逃げ切れば、きっと織姫は助かる。

 ならば自分に出来ることは、彼女が逃げきるだけの隙を作ることだ。

 ウルキオラの腕を身体から引き抜き、斬魄刀を拾い上げ、腹の傷を塞ぎ、反撃する。それをするだけ。

 四番隊の業務と、時々行われる戦闘訓練を混ぜたようなものだ。

 普段行っていることと、ほとんど変わらない。

 

 ならば可能だと、自分に必死に言い聞かせながら。

 

「私が……がふっ!!」

「桃さん!! ……あっ!!」

 

 だが気力だけでどうにかできるほど、生半可な怪我ではない。

 口から盛大に血塊を吐き出す桃の様子に耐えきれず、織姫は叫んでしまった。

 慌てて口を押さえるが、もはやどうにもならない。

 

「喋ったな? それがお前の答えか――」

「待って!」

 

 桃の頭でも握り潰すかと、もう片方の手を後頭部へ掛けた時だ。

 織姫は椿鬼を呼び出し孤天斬盾をいつでも発動可能な状態へと持って行くと、それを自らの首筋に当てる。

 

「私を連れて行くつもりなんでしょ!? だったら、私が死んだら困ることになるはず!! だから今すぐに桃さんを放して!! 私はあなたと一緒に行くから!!」

「おり……や、め……」

 

 苦痛に表情を歪めつつも、桃は状況を把握しているのだろう。

 桃は必死で片手を上げて織姫を止めようとする。

 

「……良いだろう」

 

 数秒の思案の後、ウルキオラは頷いた。

 後頭部を掴んでいた手を放し、もう片方の手を乱暴に引き抜き投げ捨てる。

 

「げふぉっ……!!」

「俺にはお前を無傷で連れ帰れと命令を受けている。毛の先ほどの傷であろうとも付ければ、命を達成したことにはならん」

 

 地に叩き付けられ、桃の口から再び苦痛が上がった。

 溢れだした血泡が地面に流れ出して、ゆっくりと広がっていく。

 だがウルキオラの意識がそれらに向かうことは無かった。

 

「来い。お前は一度俺の言葉を破った。それ以外は何一つ認めん」

 

 ウルキオラが誘うように手を伸ばす。

 背後で空間が裂け、解空(デスコレール)が音もなく開いた。

 織姫はゆっくり頷くと、その手を取る。

 

 ――桃さん、治してあげられなくてごめんなさい……

 

 心の中で、そう幾度も謝りながら。

 「それ以外は何一つ認めん」と言った以上、目の前の相手は本当に桃の事を殺すだろう。それこそ「治療させてほしい」と口にしただけでも。

 今の織姫にできることは、ただ黙ってウルキオラに従うことだけ。

 それが、回り回って桃を救うことに繋がるのだと、己に言い聞かせながら。

 

 二人の姿が、空間の向こうへと消えていく。

 

「おり……ひ……さん……」

 

 視線の先で空間がゆっくりと閉じていく。

 桃に出来るのは、地に伏してそれを眺めるだけだ。

 

「だめ、泣いてちゃ……知らせなきゃ……!」

 

 やがて、完全に閉じてから一分ほど経過しただろうか。桃はよろよろと身体を動かし始めた。顔色も幾分かは良くなり、呼吸も落ち着いている。先ほどまでとは雲泥の差だ。

 

 地に叩き付けられた瞬間から、桃は回道を唱えていた。

 意識を必死に繋ぎ止めながら腹に開いた大穴を必死で塞ぎ、織姫を逃がそうと抜け目なく画策していた。

 とはいえその狙いは叶わなかったのだが、彼女にはまだやるべきことがある。

 

 近くに落ちていた己の斬魄刀を掴むと、それを杖代わりに身を起こそうとする。

 

「あぐっ!!」

 

 だが血を流しすぎたのか、おぼつかない足元は容易に取られてしまった。

 自ら生み出した血だまりに顔を突っ込みながら「歩くのは無理か」と悟ると、その場からゆっくりと這い出していく。

 

「知らせなきゃ……今の私に出来るのは……それくらいだから……」

 

 来た時とは真逆の、なんとも重々しい足取りで、桃は尸魂界(ソウルソサエティ)へ向けて懸命に進んでいった。

 




桃は頑張ったよ(現在は「止まるんじゃねえぞ」状態)

●原作のこのシーン
一緒にいたモブ死神二人
(一人は左半身が吹き飛んでる(心臓間違いなく止まってる)
 一人は胸元まるまる吹き飛んでる(心臓もその他内臓も吹き飛んでる))

を治す織姫って本当にチートだと再認識
(普通は即死、治しても出血過多で無理だと思う)

でもあの二人、生きて戻っても、もう戦えないだろうな……
死の恐怖が強すぎて心が病みそう。


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第215話 喧嘩を売られたのと同義

「さて、と……それじゃ、名残惜しいけれど、お片付けましょうか?」

「はい隊長! お手伝いしますね」

 

 桃と織姫さんが通った穿界門(せんかいもん)が完全に閉じたのを確認してから、私は思わず「ふぅ……」と息を吐き出しました。

 

 先遣隊が現世に行ってから、もう一ヶ月は経過しています。

 その間に藍染の目的も判明していて、死神にも一護たちにも周知済みです。

 また「崩玉の完全覚醒に三ヶ月は掛かるから決戦は冬になる」とのお達しも出ました。

 

 なので一応、異を唱えておきました。

 浦原だって「三ヶ月は掛かる」と報告していた、つまりは開発者のお墨付きの期間なわけですが、記憶の中で一護たちが冬に決戦していた覚えが無いんですよね。

 もう擦り切れてる記憶――

 

『なお、おっぱいのことだけはしっかり覚えてるでござるよ!!』

 

 ――なので、不安なんですが……って、今何か余計なチャチャが入ったわよね……!?

 

 と、とにかく! 「以前、私たちを出し抜いた藍染なので、冬を待たずとも準備を万端にしておく心構えは絶対に必要だと思います! 相手がこっちの都合に合わせてくれるとは限りませんから!!」と上に申し出ておきました。

 効果はどこまであるかは不明ですけどね。

 

 そもそも私の記憶の中には、斬魄刀が実体化しておっぱい揉めるような事件なんて一切ないので、となると知識が通じない危険性もあるし……

 

 それに確か、もう一回くらいは破面(アランカル)が来ていた筈なのよ。

 ヌルヌルの触手で乱菊さんがおっぱいを絞り上げられている記憶だけは残ってるの!

 

藍俚(あいり)殿!?!?』

 

 八倍よ八倍! 八倍の八目鰻でヌルヌルにされた乱菊さんが喘いでいた記憶だけは残っているの!! この記憶だけは絶対!!

 

『そ、そうでござるか……』

 

 ……八倍の八目鰻って何かしら? 三倍体のニジマスみたいに美味しそう……

 そんなことを考えていたら、なんだかウナギが食べたくなってきたわね。

 

「そうだ! 斬魄刀が実体化できなくなって、悲しんでいる子もいるでしょうし……明日のお昼ご飯は奮発してウナギでも食べましょうか? 全員分、奢るわよ」

「え、ええっ!! その、とってもありがたいんですけれど、お金は大丈夫なんですか……?」

「大丈夫、任せて……あら?」

 

 気付けばいつの間にか、近くを地獄蝶が飛んでいました。

 

 ――緊急連絡! 空座(からくら)北部に十刃(エスパーダ)と見られる破面(アランカル)出現!! 数は四、志波先遣隊と交戦状態に入りました!!

 

「え、ええっ!! 隊長、これって!!」

「ええ、そうね。藍染が部下を動かした、ってことでしょうね」

「ですけど冬になるまでは動かないって……!?」

「前にも言ったでしょう? 相手がこっちの都合に合わせてくれるとは限らない、って。予定が少し前倒しになったと思いなさい」

「うう……そんなぁ……」

「しかしまあ、タイミングが良いんだか悪いんだか……」

 

 涙目の勇音の頭を撫でながら、現在の状況を頭の中に思い浮かべます。

 

 現世に残っているのは三名。

 尸魂界(ソウルソサエティ)に戻って来ているのが、ルキアさんの同期ら四名。

 その内、桃はつい今さっき現世に出発した。

 

 残る三人がどうなっているかは分からないけれど、連絡はきっと受けているはず。だったらすぐにでも現世に戻るだろうから、劣勢は一時的なもの。

 しばらく持ちこたえれば、阿散井君たちがすぐにでも駆けつけてくる。相手の実力次第だけれども押し返すのは十分に可能なはず。

 

「こうなると、桃たちが先に穿界門(せんかいもん)へ入ったのが痛いわね」

「え……あ、そうですよ!! 断界(だんがい)の中じゃ……!!」

「連絡、ちゃんと行ってると良いんだけど……」

 

 断界(だんがい)の中は特殊な空間なので、霊波の繋がりが悪いんですよ。

 となると、現世の様子を知らないままの可能性があります。

 のんびりお喋りしながら帰って、外に出たら全部終わってました――なんてことになったら……二人とも絶対に心を痛める!!

 

「勇音、桃に連絡は出来る!?」

「やってみます!」

「お願い、繋がったらすぐに状況を伝えて!」

 

 続いて部下の子たちに、追加の医療物資を現世へ手配するように命じます。

 来たのが十刃(エスパーダ)なら、以前よりも厳しい戦いになるはず。医薬品と回復役は幾らあっても困らないでしょうからね。

 

「……え?」

 

 回復役……回復……!?

 

「あああっ!! しまった!!」

「た、隊長!?」

「どうしましたか!?」

 

 急に叫びだした私を部下の子たちが不思議そうに見てきますが、気にしている場合じゃありません。

 

 そうよ、なんで忘れてたの!!

 触手でおっぱい縛り上げてヌルヌルとか考えてる場合じゃないってば!!

 

『いえ、その妄想はとても素晴らしいものでござるよ?』

 

 ありがとね射干玉!

 

「今すぐ穿界門(せんかいもん)を開けて! 桃たちを追いかけて……いえ、私が直接行きます!!」

「隊長!? 何を……!?」

「伝令神機は繋がったみたいですけれど、その……」

「後からで良いから、何人かついて来なさい!!」

 

 私の行動の意図が読めずに困惑していますが、それも仕方ありませんね。

 ですが説明している時間も惜しいので。

 乱暴に命令を下しながら近くを飛んでいた地獄蝶を掴み取り、そのまま穿界門(せんかいもん)を蹴破り突入しました。

 

 そのまま薄暗い断界(だんがい)の中を、全力の瞬歩(しゅんぽ)で駆け抜けていきます。

 

 なんで気付かなかったのかしら!?

 私の記憶が確かなら、このタイミングで織姫さんが誘拐されるのよね……細かい理由は忘れたけれど。

 しかもその時に出て来るのは、十刃(エスパーダ)の……えっと、なんだっけ? 刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)する人! 四番目の人!!

 そんなのが出てきたら桃は絶対に狙われる。

 最悪、桃が死ぬ!!

 

「いたっ!!」

 

 無事でいて欲しい――と、逸る気持ちを抑えつけながら走ること数秒、倒れている桃の姿がありました。

 

「桃! 無事!? 生きてる!?」

「あ、せんせ……っ……」

「喋らないで!」

 

 近くで確認したところ、桃の容態は「酷い」の一言でした。

 死覇装はべっとり血に濡れていて、ただでさえ黒い色が不気味に淀んでいます。

 血だまりに顔を突っ込んだのか前髪は額に張り付いていて、可愛い顔も血で真っ赤に染まっています。

 さらに彼女の後ろへと目を向ければ、引き摺ったような血痕が帯のように伸びていました。どうやら離れた場所からここまで必死に這いずってきたみたいね。

 

 先ほど喋ろうと口を開いた際に口からまた血を吐き出したので、内臓を痛めているのだろうとは思っていましたが……

 霊圧を用いて軽く診察したところ、背中からお腹を貫かれた痕が見つかりました。

 多分、傷口を自分で無理矢理治療して最低限だけでも動けるようにした――そんなところかしら。

 

『多分……というか、間違いなく、やられたでござるな……』

 

 そりゃそうでしょ。

 でもこれ、背中から攻撃しているってことは桃の背後を取れる、格上の相手……

 実力で仕留めることも出来たのに、わざわざ手刀で刺し貫いている……苦痛を与えるのが目的、いえ、それ以上に織姫さんに見せつけるのが狙いかしら!?

 

『なんと!! しかし、雛森殿はなんと言いますか、こう……穴を開けられるのに縁がありますなぁ……』

 

 笑い事じゃ無いってば!!

 

 マズいわね、この怪我……特に内臓の損傷が酷い……回道だけじゃ治療は無理ね……

 それに出血も多すぎて足りない、下手をすると……

 

 いえ、考えている場合じゃない! すぐにでも治療しないと!!

 

「揺れるけれど、少しだけ我慢して!」

 

 横抱きに抱え上げると、今来た道を――揺らさないように全力で気を遣いながら――戻ります。

 すると向こうから何人かの隊士がやって来るのが見えました。

 

「よかった、追い付きましたよ隊ちょ……ひ、雛森三席!?」

「うわわっっ! 一体何が!?」

 

 そういえば「ついて来い」って命令していましたね。

 言いつけ通り後からやって来たところで、瀕死の桃に驚いています。

 

「今すぐに戻るわよ! 手術室の準備! 緊急で輸血の用意も! 遅れたら桃が死ぬわよ!! 襲撃現場はこの先のはずだから、手の空いてる子は仔細漏らさず調査を!! どんな些細な痕跡でも逃さず見つけなさい!!」

「はいっ!!」

「急げ急げ!!」

 

 今来た道のりを大急ぎでUターンしていきました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 結論から言うと、桃の命は助かりました。

 

 とはいえ死神が、それも三席ほどの実力者が断界(だんがい)の中で襲われたということで、戻った途端に四番隊中が蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。

 大騒ぎに混乱する中を必死で抑えつつ、大急ぎの手術です。

 

 桃の容態はかなり危険で、もう数分遅かったら手遅れだったかもしれません。

 治療は時間との戦いでした。

 

「ふぅ……」

「隊長、お疲れ様でした」

 

 疲労困憊の私の前で、桃はすやすやと規則正しい寝息を立てています。

 まだ麻酔が効いてるので、おそらくはあと一時間くらいはこのままでしょうね。

 繰り返しになりますが、手術は成功しました。

 傷は治しましたし、輸血も済ませましたので、命に別状は無しです。

 ただ少し強い薬を使ったので、それが抜けるのを考慮すると三日くらいは安静にしておかないと駄目ですね。

 

「ええ……勇音もありがとうね。色々仕切らせちゃって……」

 

 私の執刀中、勇音にはそれ以外のことをお願いしました。

 現場が断界(だんがい)の中だということは分かっていたので事件現場よろしく現場検証を任せたり、現世との連絡を取らせたりと……色々と手続きの部分を。

 

「おかげで、飛梅も回収できたし」

「飛梅も、悔しいでしょうね……雛森さんがこんな目に遭わされて……」

 

 桃が眠る枕元には斬魄刀――飛梅があります。

 現場検証の際に無事回収され、こうして持ち主の手元に戻って来ました。

 

 ……本当なら私が一緒に持ってくれば良かったんですけどね。

 それどころじゃなかったっていうか……ごめんなさい、これは私のミスです。

 

「あの、それと隊長。先ほど総隊長から、今回の件についてお話を聞きたいと連絡があったんですが……」

「勿論行くわよ。そう返事をしておいて貰えるかしら?」

「分かりました」

 

 さて。

 

 ここからの身の振り方は最重要よね。

 気をつけないと。

 




●三倍体
生物は通常、二組の染色体を持っている。
この染色体を三組持っているのが三倍体。

バイオテクノロジー的なもので応用すると「種なしスイカ」とか「デカくて美味しいお魚」とかが出来る。

※ 特に意味は無い


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第216話 異世界への登山宣言

「来たか」

 

 一番隊の隊首室へと入室した途端、総隊長から鋭い視線を向けられました。

 

「呼び出してすまぬな、湯川」

「いえ、こちらこそ。遅くなり申し訳ありませんでした」

「大凡じゃが話は聞いておる。責めることはせんよ」

 

 ここへは桃の手術後に、少しだけ休憩を挟んでから来ています。

 移動時間を含めると「すぐに行く」と返事をしてから二、三時間くらいは経過しているでしょうかね。

 

「さて早速じゃが、本題に入らせてもらうぞ」

「ええ、勿論構いません」

 

 今更改めて言うまでもありませんが、総隊長と顔を合わせる理由はコレです。

 

「単刀直入にご報告します。織姫さんが藍染に拉致されました」

「……」

 

 その言葉に総隊長は無言のまま、眉間に深い皺を刻みました。

 

「……その結論、間違いはないのか?」

「間違いありません。井上織姫は本日、所用により尸魂界(ソウルソサエティ)へ――招待したのは私ですが、来ておりました。用事を済ませた後に、四番隊の穿界門(せんかいもん)を通って現世へと戻りました。その姿は私も確認していますし、何より部下の雛森三席が彼女と一緒に現世へ戻っています」

 

 隊長である私自身が最後の姿を確認しているってのは大きいわよね。

 

「その後、地獄蝶より空座町に破面(アランカル)が出現したとの緊急連絡が通達されました。運悪く穿界門(せんかいもん)が閉じた後だったため、伝令神機を使って雛森三席へ連絡を取ろうとしましたが通じませんでした。胸騒ぎがしたので、私自ら二人の後を追ったところ、瀕死の雛森三席を発見。井上織姫の姿はありませんでした」

「ふむ……」

 

 とまあ、前回までのあらすじですよね。

 

『状況報告は大事でござるよ! ただまあ、胸騒ぎという部分だけが大嘘でござるが!!』

 

 そこは仕方ないでしょ? 本当のことを言ってもロクな事にならないだろうし。

 

『ところで胸騒ぎとは具体的にはどのような!? 拙者が藍俚(あいり)殿のおっぱいを触って確かめますので……ああっ、ゴショウでござる! ロクショウでござるよ!! ウマのマタにムシと書いて騒がしいという漢字の意味を体験させてくだされ!!』

 

 馬、又、虫……合体すると騒……勉強になるわねぇ……

 

「雛森三席の救護のため、私は四番隊に戻りました。部下が現場を調べたところ、(ホロウ)の霊圧が残っていたことを確認済みです。また、僅かですが戦闘の痕跡もありました。相手は三席を相手に僅かな痕跡だけで倒す程の実力の持ち主です。つまり――」

「――つまりは破面(アランカル)……十刃(エスパーダ)が現れたということか」

 

 あ、勝手に結論を取られました。別に良いんだけど。

 

「なるほど、確かに理に適っておる。現場からは雛森三席の血痕のみが発見されたことからも、それは頷ける。しかし、全く逆のことも言えるのではないのか?」

「逆……ですか?」

 

 何かあったっけ?

 

「すなわち井上織姫は破面(アランカル)と、藍染と繋がっておった。今回の件は、尸魂界(こちら)の戦力を削るための行動だった、ということじゃ」

「……え?」

 

 ゑ……?

 

「そ、それはありえません! 彼女の人柄は私もよく知っています! なにより――」

「わかっておる。じゃがな湯川、常に最悪の事態は想定しておくべきじゃ。それは四番隊の長として日々、生と死に関わっておるお主がよく知っておろう」

「……それは」

「儂とて本意ではない。もしも内通が事実だとすれば、お主の部下は首を刎ねられ確実に殺されておったろう。わざわざ生かしておく必要もあるまい。となれば、拉致されたと考えるのが自然じゃろう。じゃがその理由が分からぬ。たしかに霊力を持っておるが、されど井上織姫は一人の人間でしかない。わざわざ連れ去るほどの理由もなかろう……」

 

 なるほど、確かにそう言われればそうね。

 総隊長の立場からすれば、可能性は低くとも内通も視野には十分入る。

 

「いずれにせよ、襲われた雛森三席が意識を取り戻せばもう少し情報も得られるじゃろう。現時点では結論を急ぐことでは――」

 

 ……仕方ない、か。

 

「申し訳ありません、総隊長」

「どうした?」

「井上織姫の一件で、一つ報告していなかったことがあります」

 

 深々と頭を下げながら、続きを口にします。

 

「彼女は、事象を拒絶するという特異な能力を持っています」

「……なんじゃと! 事象を……拒絶!?」

 

 驚かれました。それはそうですよね。

 

「はい。負った傷を治すのではなく、無かったことにする。おそらく、藍染はその力に目を付けて彼女を欲したのだと……」

「何故それを黙っておった!? 知れておれば護衛は……」

「下手に広めてしまえば、利用しようとする者は後を絶ちません。また、下手に護衛を付ければ"重要な存在だ"と宣伝するようなものです」

「……むっ! それは……確かにそうじゃが……」

 

 だって! 下手に言えないでしょ!?

 涅隊長とか涅隊長とか涅隊長とか!!

 

『太陽サンサン、ぴかぴかぴかりん! なマユリ殿が狙ってくるでござるよ!!』

 

 ……時事ネタは止めましょうね。

 

「……もしや、その能力を用いて崩玉を覚醒させるのが狙いか!?」

「そのため、脅迫して懐へと引き込んだ。可能性はあると思います。勿論、織姫さんも崩玉については知識がありますから、従いつつも完全覚醒までの期間は引き延ばすとは思いますが……」

「いずれの覚醒は避けられぬ……冬を待たずとも……なるほど。その情報があれば、お主が"拉致された"と断言したのも頷ける。藍染がこれほど派手に動いた理由にも説明が付く」

 

 納得したように総隊長は頷きました。

 

「もう一つだけ、私見をよろしいでしょうか?」

「まだ、何かあるのか?」

 

 さて、ここからもう一手ですよ。

 

「今現在、霊波障害が発生していて、現世との連絡が取れません」

「それは聞いておるが……それがどうかしたか?」

「おそらくはそれも藍染が絡んでいると思います。通信を途絶させて、あえて時間を与えることで井上織姫が裏切ったと思い込ませるために。もしかすると、何か秘密裏に行動を起こさせるかもしれません」

「……なくはない、というところかの」

 

 難しい顔をしていますが、総隊長の顔には「さもありなん」と書いてあります。

 というか、絶対にするのよね。

 

 この後に「人生が五回あっても五回とも大好き!!」ってちょっと病んでて重いけれど言われると男の子としては嬉しい告白を。

 

『じゃあ拙者は十回生まれ変わっても藍俚(あいり)殿のおっぱいを揉むでござるよ!!』

 

 私はまだ二回目の人生だけど、そこまで言い切れないかなぁ……

 

「なので、尸魂界(ソウルソサエティ)は織姫さんが裏切り者だと判断した、という演技をしましょう」

「演技……?」

「はい。こちらは気付いてないフリをしておき、尸魂界(ソウルソサエティ)は守りを固める。先遣隊も現世から引き上げさせる。織姫さんを取り戻すこともない――通信が回復次第、黒崎一護たちへもそう知らせます」

 

『ただの原作通りでござるな』

 

 えっ、そうだったっけ!?

 なんかこう、一護たちが突入することしか覚えてなかったわ……

 

「ですが黒崎一護たちは、こちらの命令を無視して絶対に取り戻しに行きます。すでに一度、朽木ルキアの件という前例もありますので」

「……志波の血か……なるほど、こちらもその動きに合わせる……ということかの?」

「はい。付け焼き刃、かも知れませんが……事前に動くとわかれば、こちらも備えておけます」

「……状況次第じゃが、よかろう」

 

 そこまで告げると、総隊長はしばし考え込んだ後にそう言いました。

 

「では……!」

「じゃがその件については明日、隊首会を開く。霊波障害も解消しておらん。全てが終わってからじゃ。よいな?」

「はい!」

 

 よかった……じゃない! 最後にもう一押ししないと……

 

「それと総隊長……これだけはハッキリと言わせていただきます」

「……なにか?」

虚圏(ウェコムンド)には、私は絶対に行きますから!」

 

 だってそうしないと、チルッチを助けられないんだもん!

 

 そうしないと、おっぱい揉めないんだもん!!

 

 

 

 

 

 ……あ、あと桃を傷つけられた落とし前も付けにいくわよ。

 




●ぴかぴかのマユリ
少し前にアニメで出てきたので。

●じゃないとチルッチを揉めない
藍俚の中の人はマユリがお持ち帰りするのを知らない。
なので、ここで機会を失するとアウトだと思ってるため。


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第217話 虚圏に殴り込みたい人 この指とーまれっ!

 もう外はすっかり陽が落ちて、暗くなっています。窓の外も闇しか見えず、扉の外からは夜勤の隊士たちの気配が伝わってきます。

 夕方に桃の大怪我(あんなこと)があったからでしょうか、今日のみんなは少し緊張しているみたい。まだ明確に命令は出ていないというのに、決戦の日が近いと雰囲気で察しているのかしら。

 

「普段からこの程度は緊張しててもいいかもね……」

 

 電灯の明かりに包まれた病室の中でそんなことを考えていると、目の前の桃がゆっくりと目を覚ましました。

 

「あれ……ここ……は……?」

「気がついた?」

 

 (とこ)に伏したままの呟く桃の顔を上から覗き込むと、彼女は驚いたように数回瞬きを繰り返したかと思えば勢いよく身体を起こしました。

 

 ……麻酔はとっくに切れていたはずなんだけど、意識を取り戻すのに私の予想からさらに三時間かぁ……

 痛がらずに起き上がったってことは、施術も傷跡の治療も含めて問題なさそうね。

 ただやっぱり顔色が少し悪いし、動きも若干キレが悪い。麻酔は抜けているはずだから、疲労と出血多量に伴う体力低下、なにより精神的に弱ってるのもあるわね。

 

「……? ……ぇ! 先生!? ここは!? あれ、私たしか……? なんで……??」

「落ち着いて。自分の身に何があったかは思い出せる?」

「え、えっと……そうです! 破面(アランカル)に傷を……あれ……傷が……」

 

 まず最初に思い出すのがそこなのね。

 彼女は患者衣を乱暴に捲り上げると、自分のお腹を確認し始めました。

 必死で記憶を思い出そうとしているのか、はたまた記憶と実際の身体との齟齬に違和感があるのか、ゆっくりと傷口の辺りを撫で回しています。

 

『おおっ! 無防備に捲っているので雛森殿の可愛いおっぱいが丸見えでござるよ!! 患者衣なのでノーブラ! 丸見え! 見放題でござる!! 入院着というのも良い物でござるな!! この地味な格好がそそりまくりでござるよ!!』

 

「治したわよ。ああでも、まだ触っちゃ駄目よ」

「先生が、治してくれたんですか……? でも、どうして……私、あの場所で……そうだ! 織姫さん! 私、織姫さんのことを守り切れなくって……あ、ああっ!!」

「落ち着いて」

 

 撫で回している間に記憶が蘇ったのか、顔を真っ青にしながら頭を抱え始めました。なので、まずは落ち着けるように優しく抱きしめます。

 

「あ……っ……」

「何があったか、現場から大体察しは付いているわ。でもね、もう一度。桃の口からちゃんと聞きたいの。だから、ゆっくりでいいの。なにがあったか教えて貰える?」

「は、はい……実は……」

 

 胸の中で優しく抱きしめながら耳元で囁けば、桃は顔を真っ赤にしながら教えてくれました。

 

『まーた藍俚(あいり)殿が誑かしてるでござるよ』

 

 ということで桃への事情聴取は終わりです。

 

『もう終わりでござるか!?』

 

 現場検証で分かった事に加えて、原作知識もあるので。勝手知ったるなんとやら。

 何より、もうみんな分かってることだもの。

 今更「ウルキオラが現れて拉致しました。桃は頑張ったけれど負けて、それでも知らせようとしてくれた」なんて部分を長々描写してもねぇ……

 

『おや、名前を思い出したでござるか?』

 

 ……そう言われればそうね。アレ、ウルキオラって名前だったのね。よし、覚えたわ。三日くらいは忘れない。

 

「そう……桃、よく頑張ったわね」

「でも先生……私、私……織姫さんを……せっかく、せっかくお友達になれたのに……!!」

「よしよし」

 

 私の胸に顔を埋めながら涙を流し嗚咽を漏らす桃の頭を、ゆっくりと撫でます。

 

「その悔しい気持ちを、雪辱を果たしたいって思う?」

「ふぇ……? そ、それは当然です! でも、私……」

「だったら、今は身体を休めなさい」

「どういう意味……なんでしょうか……?」

 

 上目遣いで聞いてきますが、今はまだ詳細は教えられません。

 

「まだ確約は出来ないけれど、その機会は確実にあるわ。今のあなたに出来ることは一日でも……一分でも多く休んで、心身共に完調させること。できる?」

「はいっ! よくわかりませんけれど、分かりました!!」

「それじゃあ、今日はもうおやすみなさい。あ、これはお薬だから。ちゃんと飲んで休むこと」

 

 言えないわよねぇ……

 

 ――もういっそ虚圏(ウェコムンド)突入時の一護に仲間として阿散井君たちを加えちゃおうって考えてるなんて。しかもその時のメンバーは、海燕さんら先遣隊から選抜するのが一番確実。そこにねじ込むから完全回復しておけ――と考えてるなんてことは……

 

『やっぱりそうなるでござるな』

 

 人数余ってるんだし、いいじゃない。

 

『別に余ってるわけではないと思いますが……』

 

 

 

 

 

 

「おい湯川!! 雛森が大怪我したって、そりゃ一体どういうことだ!!」

「落ち着かんか日番谷!!」

 

 明けて翌日です。

 前日の取り決め通り朝から隊首会の開催――となるはずだったんですが。総隊長が開催の宣言をするよりも早く、シロちゃんが突っかかってきました。

 

 やっぱりこうなりましたか。

 おかしいわね……こうならないように、四番隊(ウチ)の子には翌日まで箝口令を敷いたのに……

 

『もう陽が明けてるから、誰かが喋ったのでは?』

 

 ……二十四時間って言うべきだったか……

 

「止めんな! コイツが……この女がもっとしっかりしてりゃ……!!」

「此度の議題は、まさにそのことについてじゃ。加えて渦中の雛森は昨日の深夜に意識を取り戻し、湯川が事情の聴取をしたと報告を受けておる。湯川よ、まずは説明せい」

「はい――」

 

 ということで、全員への現在の状況説明と、昨日総隊長と話した内容が共有されました。

 

「相変わらず藍俚(あいり)ちゃんは大胆なことを考えるねぇ……」

「はは、また随分と凄いんですね藍俚(あいり)さん」

 

 一通りの説明が終わると、そんな感想が出てきました。

 

「なるほど、湯川の考えはわかった。ということは、一護君たちと一緒に行く死神を選定したい――ということで良いんですか?」

「うむ。じゃがそれは先遣隊の面子からで問題なかろう。腕も立ち、人柄も互いに知っておる。連携も取りやすかろうて」

 

 浮竹隊長の言葉に総隊長は頷きました。

 

「なら、海燕たちに早速……」

「ちょい待った浮竹、その事情を説明するのは先遣隊を引き上げてからって話の筈だよ」

「あ……ああ、そうだったな。すまない」

 

 どこに目や耳があるか、分かりませんからね。

 こういった情報はできるだけ伏せて、極秘裏かつ少人数にだけ伝えるのが基本です。

 ……藍染相手に効果の程はともかくとして。

 

「部下たちを思うその心意気は評価しよう。じゃが議題はもう一つある。むしろ、それが本題と言って良かろう」

「もう一つ……元柳斎殿、それは一体……?」

「決まっておる。此度の黒崎一護の援護には、隊長格も送り込むということじゃ」

「「「「ッ!?」」」」

 

 ほぼ全ての隊長が、口には出さないものの息を呑むのが感じられました。

 

「それはつまり……」

「我々が虚圏(ウェコムンド)まで行く、ということですか……」

「ホホウ、それはそれは……面白そうだネ」

 

 卯ノ花隊長と涅隊長が、実にウキウキしています。

 

「その通り。敵地に乗り込む以上、現世での任務以上に危険が予想されるのでな。隊長格を出すのもやむなし、といったところじゃ」

「ではまさか本題と仰ったのは、その人選……ですか?」

「うむ」

 

 苦々しい顔で総隊長が頷きました。

 

 ……無理も無いわよねぇ……卯ノ花隊長とか更木副隊長とか、卯ノ花隊長とか更木副隊長とか、嬉々として「俺が、私が、行く!」って言い出すに決まってるもの。

 考えただけで頭が痛くなるわ……

 

「あのー、全員で向かって、そのまま敵の親玉まで倒しちゃう……っていうのは……」

「魅力的な案ではあるが、それはありえん。尸魂界(ソウルソサエティ)を空にすれば、その間に藍染らに襲われるやもしれぬ。同じ理由で重霊地である空座町にも睨みを効かせねばならぬ」

「それに以前、藍俚(あいり)様――もとい、湯川隊長を囮として十一番隊がおびき出された事があったのでな。今回もまた同じ事が起こらんとも限らん」

「ああ、そういえば……しかし、そんなことがあったんですね……」

 

 天貝隊長はあの場にはいませんでしたからね。知らなくても無理はありません。

 

『全戦力で仕留めに行くっていうのも、間違いではないでござるよ!!』

 

「砕蜂の言う通りじゃな。これもまた陽動と言う可能性も有り得るが……いずれにせよ看過することは出来ぬ。そのための隊長の選出じゃ。当然、尸魂界(ソウルソサエティ)の守りも考えねば――」

「では私が参りましょう」

 

 総隊長の言葉を遮って卯ノ花隊長が口を挟みました。

 

「十一番隊である以上、ましてその隊長ともなれば先陣を切るのは当然――」

「それは許可できぬ」

「――な……っ!!」

 

 お返しとばかりに、今度は総隊長が口を挟みます。

 

「卯ノ花よ、お主には守りに就いてもらう。これは決定事項じゃ」

「そんな……何故ですか!!」

「昨日、湯川は儂に『絶対に行く』と啖呵を切りおった。じゃがそれは問題ない。未知の敵地である以上、何か起こるか予測ができん。医療班の長である湯川が行くのは、当然のことじゃ」

「ならば私も……!!」

「四番隊の隊長と同じ程度の回道の腕前を持ち、加えて剣の腕も立つ。その様な者を両名とも虚圏(ウェコムンド)へ送り込むことは許可出来ぬ。万が一ということもあるのでな」

「くっ……」

 

『早い話が「回復役を二人とも手放せない!」ということでござるな!!』

 

 至極真っ当な理由なのよね。

 回復役を残しておきたいという総隊長の判断は、当然と言えば当然。

 

 だから卯ノ花隊長、そんな親の仇を見るような目で私を見ないで……怖いから。

 

「な、ならば十一番隊からは剣八を出しましょう!」

「ふむ、それは許可しよう」

「…………」

 

 まだちょっと納得出来ない、って顔してるわ。

 

「湯川よ、更木の手綱はお主が握るように」

「……え?」

 

 なにそれ、初耳なんだけど!?

 

「私も行かせてもらうとするヨ。言い方を借りれば、未知の素材の宝庫でもある。技術開発局として、是非とも足を運ぶ必要があるのだからネ」

「それも許可しよう。何が起こるか分からぬ場所じゃ、涅の知識が必要にもなろう」

「何があるのか、どのような標本を採取できるのか……ああ、考えただけで笑いが止まらんネ!! 脳内麻薬が溢れ出しそうだヨ!!」

 

『恐ろしい笑顔でござるな……』

 

 で、でもまあ、これほど頼りになる人もいないから……

 

「私も名乗りを上げさせて貰おう」

「むっ、待たれよ朽木隊長! もしやそなた、義妹が心配なだけではあるまいな?」

「失礼な。私はただ、未知の虚圏(ウェコムンド)へと行く者たちの身を案じているだけのこと……」

「ならば儂も名乗りを上げさせて貰うぞ!!」

 

 うわぁ……なんというか、その……

 

『魂胆丸わかりでござるな!!』

 

 二人の顔に「ルキアさんが心配!」「茶渡君が心配!」って書いてあるわね。

 

藍俚(あいり)様が行かれるのでしたら、自分も共に向かいたく思います」

 

 砕蜂、あなたもなの……!?

 

「隠密機動として、井上織姫の奪還を見事果たしてご覧にいれます!」

「何言ってやがる! 敵地に乗り込むのに違いはねえんだ! だったら、腕っ節の方が重要だろうが!! 俺が行く!! 俺が行って、藍染と雛森を傷つけた野郎を――ッ!!」

「俺も立候補していいですかね? ほら、三番隊としてはできるだけ汚名を返上したいので」

 

 シロちゃんと天貝隊長ね。

 

『どっちもちょっとだけ下心があるでござるな!!』

 

「……京楽、浮竹。お主らはどうじゃ?」

「え……?」

「俺たち、ですか……?」

 

 それまで黙っていたからでしょう。

 急に水を向けられて、二人は目を丸くしています。

 

「うーん……そうだねぇ……勘でしかないんだけど、残っておいた方が良さそうかなって……いや、どっちも大変そうではあるんだけどさ」

「俺も残りたいと思っています。何かあったとしても湯川、涅両隊長と更木がいれば、大抵のことには対応出来るはずだし、引き際を誤ることもないでしょう。守りを固めておく方が重要ではないかと」

「ふむ……」

 

 流石にこの二人は良い勘をしていますね。

 特に浮竹隊長の意見は尤もですね。

 慎重すぎる、といえなくもないですが。でもこのくらい慎重さも必要です。

 

 二人の意見に、顎へ手をやりながら総隊長は思案しています。

 場が沈黙に包まれる中、ふと電子音が鳴り響きました。

 

「おや、どうやら霊波障害が解除されたようだネ」

 

 涅隊長が懐から何やら機械を取り出しました。

 アレで計測していたんでしょうか……? それとも技術開発局から連絡が来たんでしょうかね?

 

「丁度良いというべきか。隊首会は一時休止とし、これより現世への連絡と決定事項の通達を行う。浮竹、湯川の両隊長は儂について参れ。他の者は再開の報あるまで待機とする」

「「「「「はっ!!」」」」」

 

 あらら、一時中断ですか。

 でもなんで私も呼ばれたのかしら? 通達だけなら総隊長一人で十分なのに……

 



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第218話 覚悟の準備をしておいて下さい

「――手を打っておいて良かった」

 

 総隊長のその言葉と同時に穿界門(せんかいもん)が開き、現世の光景が目に飛び込んで来ました。

 以前、薬を届けに現世へ行った時に見た――

 

『薬を届けにというよりも、アレは学校の生徒を揉みに行ったのでは?』

 

 ――いいの! 薬を届けに行ったの!! 

 

 とにかく以前現世へ行った時に見たのと同じ、賃貸のお部屋ですね。

 お部屋の中には海燕さんら先遣隊の面々と一護がいます。

 

 私と一緒に浮竹隊長も登場しています。

 現世の光景なんて久しぶりなんでしょうか? 平静を装っていますが、少しだけ物珍しそうに部屋の中を見ていますね。

 

 

 

 ……あ、急にこんなこと言っても分かりませんよね。

 

 隊首会の途中で霊波障害が除去されたことは覚えていると思います。

 なので丁度良い機会だからと、隊首会を一時中断して現世への通信を先に片付けることにしました。

 その際に私と浮竹隊長も呼ばれました。

 総隊長に「現世と通信をするから、穿界門(せんかいもん)で先遣隊を迎えに行け。その際に何か文句を言ったら力尽くでも連れて帰れ」と言われました。

 

 言われて思い出しましたが、コレって原作では白哉と剣八がやって来ていた気がします。アレの少しだけ変化球版とでも言いましょうか……

 

『つまりは良い警官と悪い警官! 浮竹殿が冷静かつ理知的に説得する後ろでは、藍俚(あいり)殿が大暴れして脅す役目というわけでござるな!?』

 

 きっとそうよね! 今回の私は暴力担当!!

 伊達に何年も霊術院の特別講師として新入生をボコボコにしてきてない……って誰が大暴れするゴリラよ!?

 

 先遣隊の責任者が海燕さんだから上司の浮竹隊長が! 先遣隊の面々全員に顔が利くから私が! それぞれ選ばれたの!! 多分だけど!!

 

『壊すも治すも自由自在……いえ、そういうことにしておきましょう』

 

「隊長……!!」

 

 突然現れた私たちに一護やらルキアさんやらは目を白黒させています。

 

「元柳斎先生から説明はあっただろう? 全員戻るんだ」

「限定解除は済んでいるし、力尽くでも連れ戻せって厳命を受けているの……だから、素直に従って貰えるかしら?」

 

 一応、待機中に総隊長と現世との通信内容は私も把握しています。

 

 織姫さんが破面(アランカル)に襲われて、その後に自分の意思で藍染らの所へと下っていった。その姿は四番隊(ウチ)の桃が確認済み。

 しかも一護にお別れの挨拶を言いに来ているなんて、捕まっていたら絶対に無理。だから裏切ったに違いない。

 同時に破面(アランカル)側の戦闘準備も整ったと考えられるので、死神たちは全員帰還して尸魂界(ソウルソサエティ)の守護につけ。織姫の奪還に行くのは許さない。

 

 ――という一方的な説明ですね。

 

「湯川さん! あんた、井上を色々教えて面倒見てくれたじゃねえか!! しかも雛森ってあんたの部下だろ!? こんな決定、本当に納得できるのかよ!?」

「……もう一度だけ言うわ。素直に従って貰えるかしら? それとも、無理矢理にでも従わせられたい?」

 

 一護の必死の訴えを、私は努めて感情を表に出さず冷酷になるよう意識して答えます。

 

 納得出来るわけないでしょうが!!

 ウチの桃が傷つけられてるのよ!? 一発くらいは殴る! 絶対に殴る!!

 でも今は駄目なの!! これは演技なの!! 少しでも破面(アランカル)側が油断してくれれば御の字なの!!

 どうせこの通信も傍受とかされてるはずなんだから、だったら囮は派手なくらいにしないと!!

 

「……そう、かよ……あんたも結局は……くっ!!」

 

 吐き捨てられました。

 (ホロウ)化とか教えたし、予想外に一護からの好感度って高かったのかしら?

 

『でも今は組織の犬を演じるでござるよ! わんわん!! ハッハッハッハッ!! クゥ~ン!! ペロペロ!! でござる!!』

 

 私の通告が効いたわけでないでしょうが、こうして尸魂界(ソウルソサエティ)側からの一方的な通知も終わり、先遣隊たちは全員引き上げました。

 去り際、穿界門(せんかいもん)が閉じる直前に見えた一護の背中はなんとも哀愁が漂うものでした。アレは本気で信じ込んでますね。

 ルキアさんを連れ帰るときも似たような演技をやってるんだけど……阿散井君も一護も気付かないものなのかしら?

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「さて、この中なら良いでしょう……って、前にもこんなこと言ったわね」

 

 穿界門(せんかいもん)を通り抜け、断界(だんがい)の中へ。

 そして門が完全に閉じ、外部との繋がりが絶たれたことを確認してから、私はホッと息を一つ吐きました。

 

「え、あの……それはどういう……ん? んんっ!?」

「なんかこんな台詞、前にもどっかで聞いたことがあるような……」

「そういえば湯川は以前、十三番隊(ウチ)の朽木を連れ戻すときにも似たようなことをしてたんだったな。なるほど、手慣れているわけだ」

 

 既視感を感じてか疑問符を頭の上に沢山浮かべるルキアさんと阿散井君。その横では浮竹隊長がクククと笑いを堪えています。

 

「え……!? ま、まさか……」

「先生……またですか!?」

「浮竹隊長、そこまで言うのは答えと変わりませんよ?」

「なんだなんだ? こりゃ一体どういうことなんですか!? 隊長! 説明してくださいよ!」

「おい藍俚(あいり)! お前どういうことだよ!?」

 

 経験者の二人は察しが良いわね。

 それに引き換え未経験者たちは「どういうことだ?」と思い思いに問い詰めてきます。

 

「はいはい、そう焦らないで。尸魂界(ソウルソサエティ)に帰る道すがら、ちゃんと説明するから……浮竹隊長が」

「俺がか!? いやまあ、構わないが……」

 

 急に話を振られて驚きつつも、浮竹隊長はちゃんと説明してくれました。

 

『案外藍俚(あいり)殿もズルいでござるな』

 

 だって、どっちが説明しても大して変わらないし。

 

『ですがここは発案者の責任として、藍俚(あいり)殿が説明するべきではないかと拙者は愚考するでござるよ!!』

 

 ――と、射干玉とそんな楽しいお喋りをしている間に説明は終了しました。

 

『ああっ!!』

 

「……つまりは、演技……?」

「そういうことだ。一護君の性格からして、一人でも井上さんを助けに行こうとすることは間違いないだろう。なにしろ海燕(おまえ)の親戚だからな」

「おお、なるほど!」

「朽木ィ!!」

 

 心底納得したように手をポンと叩くルキアさんに、強烈な突っ込みが入りました。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)は守りを固めて待ちの姿勢だから動くことはない。虚圏(ウェコムンド)へ向かうのは一護君だけ、増えるとしてもその友人二人程度。相手がそう判断して、警戒を少しでも薄くしてくれれば御の字だ」

「そうやって油断しているところに精鋭戦力で攻め込んで、引っかき回せるだけ引っかき回すってこと。その時には先遣隊の皆にも協力してもらうわよ? 黒崎君たちと一番息が合うのはあなたたちなんだから」

「っしゃあ!! そういうことか!! 腕が鳴るぜ!!」

 

 暴れられると聞いてか、一角が拳を鳴らしました。

 ……まさか、さっきまでの浮竹隊長の説明、理解してなかったんじゃ……

 

「あー……その、なんだ斑目……やる気になっているところに水を差すようで悪いんだが……」

「十一番隊からはもう、参加する死神は決定しちゃってるのよね……」

「ああぁん! なんだと!? 誰だソイツは!?」

「更木剣八副隊長よ」

「……!!」

 

 名前を聞いた途端、表情がスッと真顔に戻りましたね。

 さっきまで「誰が相手だろうと殴ってでもその権利を奪い取ってやる」みたいな態度を取ってたのに。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)の守りを固めるというのも事実なんだ。藍染が侵攻してくる可能性も考えられる。その時に十一番隊の隊士には最前線で守備に就いてもらいたい」

「卯ノ花隊長も残って指揮を執る、はず……だから……」

 

『なんできっぱりと言い切らないでござるか?』

 

 指揮を……うん、取ってくれるはずよ……

 自己判断で行動しろ、戦うなら勝て、負けるなら死ね。とか言った後で単機突撃とかしないわよね……隊長なんだし……

 

「だから、十一番隊は待機なの。これ以上は戦力を削れないわ」

「そ、そういうことなら仕方ねえか……」

 

 よかった、納得してもらえたみたい。

 

「しかしまさか、隊長クラスまで送り込むなんて……なんというか、大胆な……」

「イヅル君も頑張ってね。桃も選抜はされているんだけど、まだ傷が残っているから……もしかするとイヅル君一人に支援が集中することになるかもしれないの」

 

 本人も「絶対に行く!」って聞かないのよね。

 強めのお薬で無理矢理間に合うように調整してるんだけど、できればあと二日くらいは欲しい。明後日まで我慢……なんて出来ないわよね一護は……

 

「だからイヅル君。期待してるわ」

「先生……はいっ! お任せ下さい!!」

「現世での献身的な活躍も再評価されてるし、もう少ししたら隊長に指名とかされちゃうのかしらね?」

「え……ええっ!?」

 

『まーた藍俚(あいり)殿が男を誑かしているでござるよ』

 

 まだ席は残ってるんだし、良いじゃない。言うだけなら只よ。

 それに口に出して少しでもやる気を出して貰えれば、侘助だって喜ぶはずだし。

 

『(ひょっとしてそれは卍解フラグでござるか!?)』

 

「吉良だけじゃないぞ。一護君の援護に向かう者たちは全員、できるだけ準備はしておけ。すぐに救援に駆けつけられるとは限らないからな」

 

 浮竹隊長が全員に注意喚起をしたところで、尸魂界(ソウルソサエティ)へ到着しました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……忘れるところだったわ。浦原さんに連絡だけは入れておきましょう」

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)に戻った後は隊首会の続きを行い、それもようやく終わって四番隊まで戻ってきたところです。

 隊長室から眺める外はもう暗くなり始めていました。

 

 移動と会議だけで一日が終わっちゃったわ。

 泣く泣く今日の業務だけでも片付けておこうと思ったところで気付いたので、思わず独白しつつ伝令神機を取り出しました

 

 一護が頼れるのはもう浦原だけですからね。

 彼に頼んで虚圏(ウェコムンド)へ行こうとするのは、誰の目にも明らかです。

 なので一応、浦原に連絡だけはしておきます。

 

 どうせ浦原のことですから、こっちの事情も知っていることでしょう。

 なので「一護が早ければ今夜にもそちらに御願いをしに行くだろう」とか「こちらの事情も分かっているだろうからできるだけ協力して欲しい」とか。

 そう言った文面で送っておきます。

 

 ……これでよし、と。

 

 さて、と……仕事しなきゃ……

 

 ………………

 …………

 ……

 

「おい」

「……え?」

 

 誰もいないはずの隊首室から、私以外の声が聞こえました。

 

 ……射干玉かしら?

 

『呼びましたかな?』

 

 うん、呼んだわ。

 

『そうでござるか』

 

 あはははは!

 

 ……て、そうじゃないわよね。 

 

「突然、音も無く忍び込むのは止めて貰えますか? 夜一さん」

「し、仕方なかろう! どこで砕蜂のやつが潜んでおるか分からん!!」

 

 仕事の手を止めて夜一さんを見てみると、彼女はちょっとだけ落ち着きない様子で周囲を見回していました。

 

 夜一さんはいつもの格好ですが、その上に外套を一枚羽織っています。

 どうやらアレで霊圧を遮断しているみたいですね。じゃなければ、幾ら夜一さんが忍び込んできても気配の察知くらいは出来たはずなので。

 

 ……まだそんなに苦手なんですか?

 

「それで、急にやって来てどうしたんです?」

「届け物じゃよ」

 

 小さな風呂敷包みを一つ、手渡してきました。

 

「これは?」

「以前、お主が喜助に注文しておったじゃろうが――虚圏(ウェコムンド)との通話を可能とする装置じゃよ。忘れたか?」

 

 その言葉に思わず目を見開いて包みを凝視します。

 これが……??

 

 急いで結びを解くと、中には小さな機械が一つ入っていました。

 具体的言うと、外付けのHDDとかモバイルバッテリーみたいな印象です。

 

「なんでもそれを伝令神機に取り付けることで、虚圏(ウェコムンド)との通信を可能にするそうじゃ。とはいえまだしっかりと動作確認試験(テスト)はしておらんから、保証は出来ぬそうじゃがな」

「なるほど」

 

 外付けバッテリーみたいだと思ったのは、どうやら間違いではなかったみたいですね。

 外部装置で増幅させる、とかそんな仕組みなんでしょうか? それに伝令神機という既存のデバイスを利用できるのも高評価です。

 

「それと、移動手段についてはまだ出来ておらぬそうじゃ。尸魂界(ソウルソサエティ)からの依頼を優先しておったので、時間が足らんかったらしい。どうも状況がキナ臭くなって来たので、通信手段だけでも先に渡しておく――喜助はそう言っておったぞ」

「なるほど、助かりました」

 

 そういう目端、本当に利きますよねあの男は。

 とあれ、通信装置は入手しました。これで少しはなんとかなる……かもしれません。

 

「それと……じゃ……」

「え……?」

 

 一通りの説明を終えたかと思えば、夜一さんはギロリと鋭い目つきで私を睨んできます。

 

藍俚(あいり)!! お主、儂が砕蜂に負けたことを喜助に喋りおったな!! おかげであの日から連日、彼奴にからかわれておるのじゃぞ!! 責任をとらんか!!」

「そんな……!!」

 

 怒れる夜一さんの愚痴に、二時間は付き合わされました。

 とほほ……

 

 

 

 

 

 

 ……あっ!! 現世の仮拠点!! 賃貸契約の解除するの忘れてた!!

 

 

 

 

 



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第219話 砂埃対策にはマントがいいらしい

 浦原から連絡が来ていました。

 一護たちが虚圏(ウェコムンド)に行ったそうです。

 

 なんでこんな夜中に出発するのよ!! 親に隠れて夜遊びする高校生か!!

 

 ……高校生だったわ。

 

 まったくもう……夜一さんの愚痴に付き合わされて、気付くのに結構遅れちゃったわね……ってこれ、私にしか送信してないし!

 私が気付かなかったらどうするつもりなのよ浦原ァ!!

 

『気付いたから問題なしでござるな!!』

 

 そういう結果オーライ理論嫌い……

 

 ああっ! でも気付いたからには総隊長に報告しないと!!

 先遣隊の皆にも連絡を……

 

 そうだ桃ッ!! 夜だけど起きてるかしら? 体調は回復してるだろうけれど全快には遠いはずよね!? 本人の意思確認と主治医(わたし)の許可次第だけど多分「行く」って言うわよね……となると主治医(わたし)の判断次第かぁ……駄目そうだったら伊江村三席を代わりに行かせておこうかしら……

 

『やることいっぱいでござるな!!』

 

「誰か!! 誰か起きてる子はいる!? 一番隊に緊急連絡!! それと六番隊と十三番隊にも! イヅル君と桃も呼んで!!」

 

 ああもうっ! 夜中じゃなければもう少し楽だったのに!!

 

 

 

 

 

 

 というわけで。

 

 夜勤の子たちに手伝ってもらい、大慌てで各所に連絡を付けました。

 出発する元先遣隊のみんなには集まってもらっています。

 眠い中、ごめんね。

 

 総隊長には伝令神機で報告をしておきました。それと、援軍のみんなを先行で出発させる許可も既に頂いています。

 なので今、まさに出発直前なのです。

 

 集まっているみんなは、初めての虚圏(ウェコムンド)に緊張しているらしく、辺りを漂う雰囲気がピリピリしています。

 

「こんな夜中に出発するたぁ……一護の奴、親に隠れて夜遊びするんじゃねえんだからよ」

 

 海燕さん、それもう私が突っ込み入れましたから。

 

「桃、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、です……」

 

 そしてこの場には桃の姿もあります。

 最終確認とばかりに尋ねれば、決意に満ちた強い瞳で頷きました。

 

「私が、私のせいで織姫さんが……だから……絶対に行かなくちゃならないんです!!」

「気持ちは分かるけれどね」

 

 ですが身体は正直です。

 そこそこ回復していますが顔色は普段と比べると白いですし、立ち振る舞いも少々精細さを欠いています。

 全体的に覇気が今ひとつ感じられないというか、目を離した隙に意識を失って倒れてしまいそうな危うさが漂って来ているの。

 

「イヅル君、負担が増えるのを承知で言うんだけど……」

「先生……はい、わかっています」

「…………」

 

 視線を動かし言葉少なく頼めば、それだけで理解してくれたようで。イヅル君は深々と頷いてくれました。

 桃も、自分の体調のことは分かっているのでしょう。

 同僚に負担を強いらねばならぬことに忸怩たる想いを抱えてか、無言で下唇を噛んでいます。

 

「それと、海燕さん。これも持って行ってください」

「これは……?」

「治療や霊圧補充に使う薬です。突貫作業で仕上げました」

 

 出発の時間が近づいて来ました。

 なので、リーダー役の海燕さんに袋を渡します。

 

虚圏(ウェコムンド)で何があるか分かりませんし、黒崎君たちはこういう薬を持ってないでしょうから多めに入れています。使い方は……わかるわよね?」

「「はいっ!!」」

 

 桃とイヅル君、二人揃って頼りになる返事をしてくれました。

 

「ということです。何かあったら二人から説明を受けて下さい」

「おう……すまねえな、何から何まで……」

「お気になさらずに」

 

 こっちの都合でもあるからね。

 それにどうせ、ルキアさんや阿散井君は黙って行っちゃったし。この様子だと海燕さんも間違いなく一緒に行ってたと思うもの。

 だったら、公的に扱って堂々と支援できるようにしちゃった方がよっぽどマシよね。

 

「んじゃ、行ってくるぜ!」

「お気を付けて!」

 

 ということで、海燕さんたちは出発しました。

 

 

 

 

 

 

 さて、次は私の番――というか隊長たちの番……なのですが……

 

「まだか!?」

「もう少し待って貰えますかねぇ……」

 

 現在、浦原の調整待ちの真っ最中です。

 てっきりこのまま一気に出発して暴れられると思っていたのか、出鼻をくじかれて更木副隊長がカリカリしています。

 さっきから数分ごとに「まだか!?」って大声を出しています。

 

 というのも黒腔(ガルガンタ)がまだ安定していないんですよ。

 一護や海燕さんらは通せましたが、隊長格を通すのにはまだ不安定らしくて……というか……

 

「いやぁ……更木さんの霊圧がですね……なかなかどうして難しくって……」

「いいから早くなんとかしやがれ!!」

「全く、段取りが悪い男だネ」

「だったら手伝ってくれてもいいんスよ涅サン」

 

 ああ、そっかぁ……更木副隊長の霊圧、原作よりもとんでもないことになってますもんね……

 下手すると霊圧の暴発で黒腔(ガルガンタ)が内側から破壊されるとかもあるんでしょうか? もしもそうなったら……

 

『異次元にひとりぼっちでござるな!! ですが藍俚(あいり)殿!! 拙者はずっと一緒でござるよ!!』

 

 そうね、ありがとうね。

 

「まだか!?」

 

 結局待つしかないのよね……

 

 

 

 時間は掛かりましたが、やっと開通しました。

 霊子を固めた道を大急ぎで駆け抜け、一気に虚圏(ウェコムンド)まで出ます。

 

「ここが、虚圏(ウェコムンド)……なんて場所なのかしら……」

 

 トンネルを抜けるとそこは真っ白な砂漠だった――なんてね。

 

 知識としては知ってましたが、実際に見るとなんとも圧倒される世界よね。

 一面真っ白な砂漠のような世界に、石英の樹木らしきものがあちこちに生えています。

 

 勿論、虚夜宮(ラス・ノーチェス)も目視出来ます。

 

『ところで拙者の虚夜宮(ラス・ノーチェス)を見てくれ。コイツをどう思う?』

 

 すごく……大きいです……って何を言わせるのよ!!

 

 でも大きいのは本当なのよね。

 距離感がおかしくなるって誰かが言ってたけれど、本当に……

 これ、大きさ可笑しいわよ!? 虚圏(ウェコムンド)の何処にいても見えるんじゃないかしら……?

 

『自撮りするときとか、場所に相当気を遣う必要がありそうでござるな』

 

 ああ……一部しか映らないと見栄えが悪いもんね。

 

 そういえば……狩能さん、まだ生きてるのかしら?

 生存は多分無理だろうけれど、せめて遺品くらいは持ち帰ってあげたいわよね……探す暇があればいいんだけど……

 

「ホホウ、なんとも霊子濃度の濃い場所だネ!! これは面白い!!」

 

 涅隊長は本当に、どこでも変わらないわねぇ……

 ネムさんも無言で何やら機械を取り出して……アレは霊子の採集とかしてるのかしら?

 

「へへへ……戦いの匂いがあちこちからしやがる……おい、お前ら急ぐぞ!!」

「まったく、忙しないことだネ」

 

 更木副隊長の言葉に従い、私たちは先を急ぎました。

 




やっと虚圏まで行ったわ……

●この辺の時間軸について
夜に、一護たちが浦原の手を借りて虚圏へ行く

たたき起こされて機嫌が悪い十刃たちが描写されている
(あと藍染の「おはよう」もあるので。朝の4時とかそのくらい?)

「ルキアたちが消えました」の報告の際、青空が描かれている
(報告の際は朝の7時とか辺り?)

この描写を見るに、黒腔(ガルガンタ)の移動って結構な時間が掛かるのかな?

……あ、そうか。
チャドが遅いのか。瞬歩(しゅんぽ)飛廉脚(ひれんきゃく)も無いし。

他にも、
・一護の時は1回目。
・ルキアらの時は2回目。
・剣ちゃんたちの時は3回目。

データが増えるから、浦原の技術がどんどん洗練されていく。
移動に掛かる時間が短くなるし、黒腔(ガルガンタ)を抜けた先も良い感じの場所になる。そういった理由が付けられる。


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第220話 怪盗デザート三兄弟参上! ……え、違う?

「くそっ! 走っても走っても近づいてる気がしねえ……あの宮殿ホントにあそこにあんのかよ……? 蜃気楼とかじゃねーだろうな……」

 

 砂地へ五体を投げ出しながら一護は呟く。

 虚圏(ウェコムンド)へ訪れ地底路を抜け出してからというもの、虚夜宮(ラス・ノーチェス)目掛けて走り続けていた。

 けれども走れども走れども一向に到着せず、ついには精魂尽き果て倒れ込んでしまった。

 

「はぁ……はぁ……っ……」

「く……っ……」

 

 それは、共にやってきていた雨竜と泰虎の二人も同じだ。

 程度の差こそあるものの二人とも座り込み、肩で大きく呼吸を繰り返している。溢れだした汗が額を濡らし前髪がべっとりと張り付いているものの、それを気にする余裕もない。

 一護の言葉に口を挟む元気もなく、けれども心の中では二人とも「まったくだ」と大きく頷いていた。

 

「単純に、ものすげえデカいからな。そう思うのも無理もねえよ。けど、確実に近づいているぜ。霊圧で距離を探ってみりゃ、よく分かるぜ」

「霊圧で……距離を……? 俺……はっ……そんなのやったことないですよ海燕さん……はっ……はっ……はああぁっ!?」

 

 寝転んだまま、途切れ途切れの言葉で海燕へ弱音を返し終えたところで、一護は違和感に気付き大声を上げながら身体を起こす。

 

「よっ、一護。お疲れだな」

「なななななななななんで海燕さんがここに!?」

「なんだ、今頃気付いたのか? やれやれ……そんな調子では破面(アランカル)に奇襲されても」

「うるせえなルキア!! ……ってルキアまでいるのか!? よく見りゃ、恋次やら吉良やら雛森さんまで!? なんでここにいるんだ!?!?」

「ああ、そりゃ話せば長く……はならねえんだがな……――」

 

 

 

「――……ってわけだ」

「つまり、本当は協力するつもりだった……ってことか!?」

「うむ! 一護、お主は気付かなかったのか? 以前、私が尸魂界(ソウルソサエティ)に連れ戻されるときにも似たようなことがあったというのに……まったく……」

「いやルキア、俺たちも気付かなかっただろ……威張れねえって……」

 

 海燕の説明を聞き終えた一護は、驚きと怒りが入り交じったなんとも複雑な表情を浮かべていた。

 尸魂界(ソウルソサエティ)側はてっきり織姫のことを見限ったと思ってばかりいただけに、肩を落とせば良いのやら喜べば良いのやら判断がつかなくなっていた。

 ルキアが無駄に偉そうに胸を張って威張っているものの、それにツッコミを入れる元気ももはや無いくらいだ。

 

「ちなみにだ、この策を考えたのは湯川だからな。文句があるなら湯川に言えよ」

「海燕副隊長! それは違います!! 先生は……」

「そうです! 先生はそんな酷い人じゃありません! きっと全体のことを考えた結果、涙を呑んで……」

「あーあー、わかったわかった。俺だってあいつの性格は知ってるつもりだ。四番隊のお前らが言うなら、そうなんだろ」

 

 四番隊コンビ(イヅルと桃)の抗議の言葉を「しっしっ」と手を振り払う仕草をみせながら乱雑に頷く。

 

「良かったじゃないか黒崎、心強い味方が増えたぞ」

「あーもう、それでいいわ……真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた……」

「雛森、大怪我をしたと話だけは聞いていたが……大丈夫なのか?」

「ご心配ありがとうございます茶渡さん。でも、織姫さんは私の目の前で連れて行かれたんです……休んでなんていられません!」

「いざとなったら僕もフォローするよ。僕も似たような気持ちを味わったんだ、雛森君の気持ちも分かるからね……」

 

 ポンと肩に手を置かれつつの雨竜の言葉に、ドッと疲れた様子で一護は肯定する。

 その横では、泰虎が桃の容態を気遣っていたりしたが。

 

「おーし。おめーら、休憩も近況報告も済んだな? そろそろ出発――」

 

 その瞬間、付近の砂漠がまるで爆発でもしたかのように轟音を上げながら吹き上がる。

 

「な……!?」

 

 全員が音のした方向へ反射的に視線を向ける。

 まず目に付くのは砂中から飛び出してきた巨大なウナギのような生物。続いてローブを着た小柄な人影と、それを追う二体の破面(アランカル)と飛び出してきた巨大生物の姿があった。

 

「まさか、別の人間か!?」

「でもここ虚圏(ウェコムンド)ですよ!? そんな訳が……」

「考えるのは後だ! 助けるぞ一護!」

「おう!!」

 

 

 

 

 

 

 一分……いや、三十秒くらい後かな?

 

「ほんとーーーーーにっ! 申ス訳あるまスんでスたっ!!」

 

 追跡劇を繰り広げていた三人と一匹は、揃って土下座をしていた。

 

「ネルたつの無限追跡ごっこがまさか、そんな誤解を生むだなんて、つッとも思いませんで……いかんせん虚圏(ウェコムンド)にはゴラクっつうのがねえもんでハァ……」

「まあ、何事もなくて良かったよ」

「あれ? でもあなた、追いかけられてたときに泣いてたような……?」

「はいィ! ネルはドMだもんで、ちょっと泣くぐらい追っかけてもらわねえと楽スくねえんス!」

「「ガキになんつー言葉教えてんだ!!」」

「おばっ!」

「あぐっ!!」

 

 桃の疑問に答えると同時、一護と海燕が揃って二人いた破面(アランカル)の頭にゲンコツを落とした。

 それぞれ一児の父と妹二人の兄である。二人とも倫理観には厳しいようだ。

 

「そのネルって言うのが君の名前かい?」

「はいィ! ネルは破面(アランカル)のネル・トゥと申スまス!!」

「ネルの兄のペッシェです」

「その兄のドンドチャッカでヤンス」

「そんで後ろのデケえのがペットのバワバワっス!!」

「待て待て待て待て! 破面(アランカル)兄妹(きょうだい)とかペットとかあんのかよ!?」

 

 揃っての自己紹介が始まったところで一護が待ったを掛ける。

 どうやらそのツッコミはこの場の全員が同じ考えだったようで、うんうんと頷いていた。

 

「失礼な! あるスよそんくらい!!」

「バッタリ会ってあんまり可愛らしかったもんで、兄キになっちまったでヤンス」

「同じく!」

「えへへ☆」

 

 どう控えめに聞いてもアウトな内容を誇らしげに語るドンドチャッカとペッシェと、何故か照れたようにはにかんでみせるネル。

 三人そろって「てへへ」と呑気な反応をしているあたり、ある意味では相性が抜群に良いのかもしれない。

 

「だから兄妹(きょうだい)って言わねえだろそういうの」

「幼女誘拐ってやつか? ……許せねえなぁ……」

「ネルちゃん! その人たちと一緒にいちゃ駄目!」

 

 だが死神側は笑って済ませるわけにはいかなかったようだ。

 氷翠(ひすい)という娘を持つ海燕からすればネルの今の状況は到底看過できるものではなく、ペッシェたちへ殺気を迸らせる。

 桃もまた純粋にネルの立場を案じているようで悲痛に叫んでいた。

 

「ちょ、ちょっと待つでヤンス! 誤解でヤンスよ!!」

「いいや、誤解じゃねえ。言うに事欠いて、ばったり会って可愛かった兄貴になっただぁ?」

「え……い、いやあの……わ、わーっ! 違う違う!! 違うのだ!! 話せばわかる、話せばわかるっ!!」

「問答無用ッ!!」

「ひいいいっっ!!」

「ひいいいっっ!! でヤンス!!」

 

 たっぷりの殺気を叩き付けられ慌てて弁解しようとするものの、あいにくと相手は聞く耳を持っていなかったようだ。

 鞘から抜かれた斬魄刀の鋭い輝きにペッシェとドンドチャッカは互いに抱きつき合って悲鳴を上げ、身体を震わせる。

 そんな様子の二人を庇うように、ネルが立ち塞がった。

 

「違うっスよ!! 待って欲しいんス! 二人ともネルのことはとっても可愛がってくれたんス! ネルは何もされてねスから、二人を性犯罪者を見るような目で見ねえで欲しいス!!」

「あん……? んー……まあ、被害者がそこまで言うのなら……」

「そーだそーだ! 我々は何もしていないぞー!」

「たたた確かに、ちょっと妙な事を口走ってしまったかもしらねえでヤンスよ! んだども、オラたちはネルには何にもしちゃいねえでヤンス! 信じて欲しいでヤンスよおぉっ!!」

「その様な恥知らずな真似ができるかーっ! 名誉毀損だーっ、弁護士をよべーっ!! 我々には黙秘権と法廷で戦う意思があーるっ!!」

「あ゛ぁ゛ん゛!?」

「「んひいいいっ!?!?」」

 

 志波海燕、"あ"に濁点を付けながらガンを飛ばすほどの激怒である。

 あと被告人は余計な口を開かないように、裁判官の心証が悪くなりますよ。悪くなりすぎると斬魄刀でズンバラリンですよ。

 

「ま、まあその……志波副隊長……本人たちもああ言ってますし……」

「ここは怒りと斬魄刀を収めるということで……」

「む! 甘いぞ恋次! それに吉良も、そういう仏心を出すと犯罪者というのはどこまでも付け上がるものだと――」

「だーっ! 黙ってろルキア!! 話が進まねえんだよ!!」

 

 阿散井恋次、渾身のツッコミ。

 

「あーもう、わかったわかった。お前らは何もしてねえ! それでいいわ」

「よ、よかったっス……」

「寿命が百年縮んだでヤンス……」

「うむ! やはり誠心誠意話せば伝わるのだ!」

「……ったく、紛らわしい。なら家族として守ってるとか言やぁ、まだ……」

「それだぁっ!!」「それっスよ!!」「その通りでヤンス!!」

「なっ、なんだぁ!?」

 

 誰に聞かせるつもりでもなかった独白に大きく反応され、海燕は一瞬大きく動揺する。

 

「家族!! 家族スよ! ネルたちは家族っス!!」

「おおっ! なんとも良い響きでヤンス~!!」

「うむっ! 全く同意だな!! なんというかこう……希望の花が咲きそうだ!」

「どこまでも止まらずに進めそうな気がするっス!!」

 

 どうやら家族という表現がお気に召したようです。

 

「というわげで、改めまスて。ネルたちは家族っス。んで、今気付いたんスが、あんたたつは何者っスか?」

「そういえばそうでヤンス! いきなり刀を突きつけられて、オラ泣きそうだったでヤンスよ!!」

「私など若干チビり掛けたぞ!! だいだいそちらも悪いのだ!! 斬魄刀に加えて真っ黒な格好をするなど、まるで話に聞く死神……」

 

 口にする途中で気付いたのでしょう、破面(アランカル)三人が凍り付きました。

 

「あっ……あの……つかぬことさ聞くっスけども、あんたらのソノ、ご職業は……」

 

 震える手と表情で尋ねるネルたちに、一護ら全員は自己紹介をします。

 

「ぎゃああああぁっ!! ワルモノだぁ!! やっぱり死神だったスよぉ!!」

「わーっ、わーっ、殺されるーっ! しかもこんなに沢山いるなんて!!」

「ひーふーみー、たくさん! たくさん+1! たくさん+2! たくさん+3! たくさん+4! たくさん+5! たくさん+6! たくさん+7! あわわわ、数え切れないでヤンス~!!」

「おおおおお落ち着けドンドチャッカ!! まず自分まで数に入れて数えるのはやめるのだ!!」

「ていうか、どうしてネルたつまで勘定に入れてるんスか!! ならどうしてバワバワまで数えてあげなかったんス!! 仲間ハズレは可哀想でねえか!!」

「おお、その通りだぞ!! あと一つでバワバワの番だったのだ!! たくさん+8だ! さあ、言ってみたまえ!?」

「た、たたたたくさん+は、ははははは……! 駄目だぁ、オラ、言えねえだよ!!」

「「「「なんでだああああああああぁぁぁっ!!」」」」

「別に殺しゃしねえよ!! お前らは虚圏(ここ)で平和に慎ましやかに暮らしてたんだろうが!?」

「そもそもなんで7まで数えられてんのに、3の次に"たくさん"って言ってんだよ!?」

「身内を勘定に入れてる時点でツッコミ入れて良いだろうが! なんで仲間ハズレとか言ってんだよ!?」

「"はち"だぞ"はち"! あとたった一文字じゃないか! どうして言えないんだ!?」

 

 えっと……どうやら現場は混乱しているようです。

 

「ネル・トゥ!」

「ドンドチャッカ!」

「ペッシェ・ガティーシェ! 三人揃って……」

「怪盗ネルドンペ!!」「グレート・デザート・ブラザーズ!!」「熱砂の怪力三兄弟!!」

「揃ってねえぞ」

 

 と、馬鹿騒ぎをしている裏では――

 

「雛森、体調は大丈夫か?」

「そろそろ薬を飲んだ方が良いかもしれないな。まだまだ先も長そうだし」

「ありがとう、朽木さん。吉良君も」

「いざとなれば、俺が担いででも連れて行くぞ?」

「だ、大丈夫! このくらい、へっちゃらだもん!」

 

 ――桃が小休止できていたので、無駄ではなかったかもしれません。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 馬鹿騒ぎも終わり、何故か仲良くなった一行はバワバワの背に乗り虚夜宮(ラス・ノーチェス)を目指しました。

 途中、番人なのか砂を操る巨大な(ホロウ)が出てきましたもののそれを一蹴すると、宮殿の壁に穴を開けて強引に内部へと押し入ります。

 明かりのない、まるで洞窟のように薄暗い道を駆け続け――途中、鬼道の応用で海燕が明かりを作ってくれたので明るくなりましたが――やがて広間のような場所へと出ました。

 

「抜けたみたい、だね……」

「なんだここは?」

 

 空気の流れや音の反響から、通路を抜けたことは分かる。

 だが問題はこの部屋の大きさだ。

 海燕が作り出した光源は、二部屋くらいならば十分に照らせる程度の光量がある。にもかかわらず、この場所には闇があった。

 光が隅々まで行き渡っていないのだ。

 外観から虚夜宮(ラス・ノーチェス)の大きさは理解していたつもりだったものの、こうして内部へと入ってみれば改めてその巨大さが垣間見える。

 

「うっ……!?」

 

 まるで、きょろきょろと周囲を見回す一行に反応したかのように、突如として明かりに火が灯った。

 一瞬にして闇が晴れ室内全体が浮かび上がり、反対に闇に目が慣れていた者たちは突然の光に目を眩ませながらも周囲を確認していく。

 そこは予想通り、巨大な空間だった。

 一面を白い壁に覆われ、それ以外は何もない。なんとも寒々しい印象を受ける。辛うじて調度品と呼べるのは、明かりを放つ巨大な燭台程度だ。

 

「分かれ道……!」

「面倒なところに出ちまったな……」

 

 浮かび上がったのはそれだけではない。

 一護たちの進む先に、まるであつらえたかのように八つの通路が待ち受けていた。

 

「……ネル、やっぱりオマエらとはこの辺でお別れみてえだ……」

「……ふえっ!?」

「こっから先の霊圧は、オマエらが耐えきれる重さじゃなさそうだ」

 

 通路の先からは押しつぶされそうな程に強力な霊圧が、それも複数感じられた。実力を積んだ一護ですら萎縮しそうなほど強い霊圧を、指摘されたことでネルも感じ取ったのだろう。彼女は震えを隠すように外套の裾を強く握り締めた。

 

「八つの道か……なんともまあ、誘ってるみてえじゃねえかよ……」

 

 同じ霊圧と威圧感を感じ取っているからだろうか。

 それぞれの道を睨み付けながら海燕は決意するように一度、ゴクリと大きく唾を飲み込んだ。

 

「虱潰しに端から当たっていくしかないか……」

「いや、全員がバラバラの道を行く。ってことも出来んじゃねえのか?」

 

 その言葉に、全員の視線が恋次に集中した。

 

「何言ってんだ恋次! 相手は十刃(エスパーダ)だぞ!? 全員一緒に動いた方が良いに決まってんだろ!! 向こうだって一人で来るとは限んねーんだ! コッチがバラバラになったら――」

「お前こそ何言ってんだ一護? 見てみろあの道を! 俺たち八人に対して通路が八つ。都合が良すぎると思わねえか!?」

 

 そう言われ、一護は改めて通路を見つめる。

 暗く、先の見えない道が八つ。そして突入してきた人数は丁度八人。

 偶然の一致と呼ぶには少々出来過ぎている。

 

 この道が仮に"侵入者を惑わすための迷路の役割"であったならば、もっと大量の道を用意するだろう。

 だが、通路は壁の一面にしかない。部屋の大きさから考えても、無数の道を用意するのは十分に可能だというのに、だ。

 

「只でさえこんな馬鹿でかい建物こさえてんだ、からくり仕掛けの百や二百くらい備えてるに決まってら! なら『全員で同じ道を通っているのに気がつきゃバラバラになってる』なんてのがあるかもしれねえ! 全員で行動するのが間違ってるとは言わねえが、一纏めに潰される危険もあるってことだ! だったら最初っからバラバラの道を行く方がマシってもんだぜ!!」

「ぐっ……!」

 

 恋次の反論に一護の言葉が詰まる。

 

「お前が俺たちの命を気遣ってんのはわかる。けどよ、そりゃ余計なお節介ってもんだぜ」

「ああ、そうだな。私たちはお前の手助けのためにここまでやって来たのだ」

「その意見……僕は反対かな」

「吉良ッ!? どういうことだよ」

 

 おずおずと片手を上げて意見を口にするイヅルへ、恋次が激昂したように掴みかかる。

 

「命を気遣われる必要は無いっていうのは、僕も賛成だよ。霊術院の頃から、覚悟はとっくに出来ている」

「だったらなんで……!」

「でも僕は四番隊の隊士なんだ。全員バラバラに行動されたら、治せる怪我も治せなくなる。それでもし誰かが命を落とすようなことになれば許せないし、僕たちを信じて送り出してくれた先生にも顔向け出来ない」

 

 胸ぐらをギリギリと締め上げられながらも、イヅルは平然とした様子でそう答える。

 それぞれにはそれぞれの矜持があるのだと言わんばかりに。

 

「私も同じ意見、かな。私だって、織姫さんのことは今すぐにでも助けに行きたいと思ってる。自分の命が惜しかったら、まだ四番隊で休んでいるもの。そうじゃないから、私はここに来たの」

 

 恋次の手を止めるようにしながら、桃もまた口を開く。

 

「でもそれでみんなが大怪我してたら、きっと織姫さんは助かっても自分のことを責めちゃうと思うんだ。だから……」

「雛森……」

 

 覚悟が無いわけではない。

 ただ少しだけ、考え方が違うのだ。相手の強さをよく知っているからこそ、別の手段を訴えることもまた勇気なのだ。

 

「どうしましょうか?」

 

 今度は海燕に全員の視線が向く番だった。

 七対計十四の瞳に射貫かれる中、海燕は頭を掻きつつ決定を下した。

 

「……同じ道を行くぞ」

「海燕さん!?」

「副隊長!?」

 

 それぞれから思い思いの声が上がった。

 

「時間が掛かるのは承知の上だ。十刃(エスパーダ)の実力は俺だって知っている。バラバラになって進んでも各個撃破されるかもしれねえし、全員で行動しても纏めて潰されるかもしれねえ……それでもだ」

「だ、だったらせめて半分に別れる……とかは!?」

「それも考えたがな。ここは敵の膝元、何があってもおかしくねえんなら、まだ対処出来る人数が多い方が確実と判断した。それだけだ」

「くっ……!」

 

 どこか不満そうな声が上がる。

 そんな感情を軽くするべく、海燕は続く己の考えを口にした。

 

「そういう考え方もアリだ。けど半分にするくれえなら、全員バラバラの方がまだマシだろうよ。中途半端に半分にして対処するのは最悪だ。忘れんなよ、ここは俺たちにとって未知の場所なんだ。いくら後から隊長たちが来るからって、軽い考えは危険だぜ」

「わかり、ました……」

 

 

 

 

 

 

「……あっ! んじゃ、出発の前に一つ(まじな)いをやりましょうぜ!」

「まじない?」

「おー、アレか! 懐かしいなオイ!」

「あっ! まさかアレかい……? 阿散井君、よくそんなの覚えてたね」

 

 景気づけとばかりの恋次の言葉を辛うじて理解出来たのは死神たちだけだった。

 とっくに廃れてしまい実施している隊など存在しないのだが、かつて護廷十三隊には大きな決戦の前に行う儀式――決意表明のようなものがあった。

 多分、藍俚(あいり)に聞いたらとっても詳しく教えてくれるだろう。

 

 恋次の主導で全員円陣を組み、手を重ね合わせる。

 

「我等! 今こそ決戦の地へ! 信じろ、我等の刃は砕けぬ! 信じろ、我等の心は折れぬ! たとえ歩みは離れても、鉄の志は共にある! 誓え! 我等地が裂けようとも、再び生きてこの場所へ!!」

 

 絶対に全員で戻ってくる。

 決意を新たにしながら、八人は同じ通路へと駆け込んでいった。

 




ネルたちがいると多分、無限にボケられると思うの……

ルヌガンガ様はボケの犠牲になりました。

●家族になったとか言え。
某オルフェンズなガンダムより。
1期の名瀬と団長の会話でこんなのがあったので。
(脳が謎の連想をしました)

●通路が8つ
原作では5つでした。
でも回廊内部を操作できるなら、入り口増やすくらい余裕だと思います。
(そもそも5人に対してピッタリ5つの通路という時点で怪しさ満点)

●全員で行くぞ
海燕さん(一護を守る人)
四番隊(傷を癒やす人)

……気がついたら全員で突入してました。


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第221話 十刃落ち

「どこまで行っても道が続いてやがる」

「先が見えないし、どこまで進んでも薄ぼんやりと明るいままだ……」

「これ、本当にどっかに繋がってるのか?」

「ウルセぇぞテメエら!!」

 

 海燕の一喝が響いた。

 

 八つの中から無作為に選んだ一つの回廊を進んでいく八人であったが、進めど進めど代わり映えのしない光景に対して、暇を持て余したのか。それとも疑問と不安で胸が一杯になったのか。

 思わず口から胸の内が言葉となって溢れ出ていた。

 

「お前らの気持ちもわかるけどよ! ここはもう敵の膝元だって言ってんだろ! もう少し緊張感を――ッ!!」

「海燕殿!」

「海燕さん!!」

「わーってる! 破道の四、白雷!!」

 

 何かに気付いた様に海燕は途中で言葉を切り、視線を上に向ける。

 天井近くには何本もの(はり)が等間隔に並んでおり、まるで梯子を倒したように見える。その梁の上から、姿こそ見えぬものの何らかの気配が漂ってきていた。

 ルキアらが叫んだのはそれに一瞬遅れてのことだ。その時には既に海燕は鬼道を唱え終えると、彼らが感じた何者かの霊圧に向けて放っていた。

 指先から放たれた一筋の光がまだ姿の見えぬ相手へと一直線に伸びて行くが、同時に何者かが梁の上を素早く飛び跳ね続け、移動していく気配が伝わってくる。

 

「避けやがった!」

「逃がすか!!」

「こんな場所にいるってことは破面(アランカル)……まさか、藍染から刺客か?」

「ということは、僕たちの侵入は気付かれてたか。当然だろうけどね」

 

 何者かが鬼道を避けたことは全員が即座に感じ取り、それぞれが武器を構えて戦闘態勢を取りながら後を追う。

 全員が冷静に状況を見守る中、謎の気配はさらに天の梁を飛び跳ね続け――

 

「ぬをっ……!!」

 

 足を踏み外し――

 

「をををををををっっっっ!!!!」

 

 盛大に落下した。

 

「えっと……」

「敵、だよなコレ……?」

「こんな場所にいるんですし、破面(アランカル)なのは間違いないかと……」

 

 そのあまりに情けない落下ぶりに、思わず全員の手が止まった。

 天井から勢いよく落っこち、その衝撃で激しく土煙が巻き上がるその光景は、相手が誰であろうと思わず同情してしまう程に衝撃的だった。

 このまま攻撃してよいものかと互いに顔を見合って思案する中、土煙の向こうの影がゆらりと動く。

 

「ジャーーンッ!! ジャンジャジャン! ジャジャンジャーーン!! ジャジャ……ゲホゲホ! ゲッホ! ジャ……ゲーッホ! ジャ、ハーン……ヘイッ!!」

 

 勢いよく歌っているせいで煙を吸い込み盛大に咳き込み続け、何やら珍妙な踊りのようなことをしながら土煙を払い続ける。

 やがて煙の幕が完全に晴れた場所から現れたのは、奇妙なポーズを決める破面(アランカル)であった。

 

「「「「「「「「………………」」」」」」」」

 

 全員の目が遠くなったのは言うまでもない。

 

「ちょ、ちょっと待てえい! なんだそのリアクションは!」

「イヤだって……」

「なんだそのリアクションは!  なんだそのリアクションはーっ!!」

「ウルセーな何回も言うなよ」

「てか、人に指を向けんな。失礼だろうが」

 

 可哀想な物を見るような生暖かい視線を向けられ、全員を順番に指をさしながら抗議していく破面(アランカル)、その姿はなんとも……残念だった。

 

「このドルドーニ様の華麗な登場シーンを目にして――」

「おーし、わかった。お前、破面(アランカル)だよな? 俺たちを倒しに来た敵だよな?」

「尚! その様な……え?」

「お前ら、やるぞ!!」

 

 海燕の合図と同時に、五人の死神たちが一斉に始解した。

 

 

 

「な……納得出来るかああぁぁっ!!」

「ウルセーな、こっちは急いでんだよ。イチイチ消耗してられねえんだ」

 

 大体二分くらい後。

 

 破面(アランカル)――ドルドーニは、全身血塗れで倒れていた。身体中がボロボロになっており、とても立っていられないほどの大怪我だ。

 それでも彼は痛む身体を……より正確にいうと上半身だけをなんとか起こして、指をさしながら全力でツッコミを入れていた。

 

 その理由は至極簡単、戦いに敗れたのだ。

 

 八対一という数の暴力に加えて、その八人全員が下手な破面(アランカル)よりもよっぽど強いだけの実力を持っている。

 数と質の両方で遅れを取っている状態では、ドルドーニには万に一つの勝ち目もなかった。というかむしろ良く二分くらい耐えたと褒めるべきだ。

 刀剣解放だってしたが、無理なものは無理だった。

 

 当然「多対一の戦いはちょっと……」と忌避する者もいないわけではないのだが、今回に限ってはその様な甘っちょろいことを口にすることもなかった。

 全員が固まって行動しているため、どうしても時間的な遅れが出るのが避けられない。ならば短縮出来る部分は可能な限り短縮すべきなのだ。

 

 全員がそれらを理解しているが故の、この戦い……そしてこの結果であった。

 

「む、無念……」

「あっ、まだ気絶すんな! テメエにゃ聞きたいことがあんだよ! こら、起きろ!!」

「……ぃ」

「ん、なんだこの声? なんかどっかから変な声が聞こえてくるような……」

 

 戦闘は終わり、死神たちは刀を鞘に収めている。

 海燕は気絶したドルドーニを無理矢理起こそうとし、桃とイヅルの二人は全員怪我などしていないかを確認していたときのことだ。

 遠くから微かに妙な声が聞こえた気がして、一護は何の気なしに背後へ振り返る。

 

「~~~い゛っ……い゛い゛っ……い゛ち゛こ゛~~~~っ!!」

「ネッ、ネルっ!?」

 

 そこで彼は見た。

 回廊の分岐点でお別れしたはずのネルが、一護目掛けて猛スピードで突進してくるのを。

 

「お前何しに来たんだ! 帰れっ!!」

「会いたかったっス一護~~~!!」

「聞けよ!! ごぼっ!!」

「会いたかったっス一護! 会いたかったっス~~!」

 

 突進の勢いのままネルは一護へと飛び込む。

 なんとか受け止めようとするものの、それを上回る超加速を見せたネルは一護目掛けて身体まるごと体当たりをするようにして胸の中に飛び込むと、頬を胸元へ擦りつける。

 そのとんでもない様子に、全員の手が止まった。

 

「コイツ、なんでここに……?」

「黒崎がお別れだと言って置いてきたはずだよ……なのにどうして……」

「帰らなかったってことだよな?」

「……あっ! わかった! 黒崎さんの事が気に入ったから着いて来ちゃったんだよきっと! ネルちゃんだって女の子だもんね」

「え、えへへへ……い、いやぁ、改めで口で言われると恥ずかしいっスね……」

「はぁっ!? 何そうなのお前!? そんな理由で着いて来たのか!?!?」

 

 何故だどうしてだと一行が悩む中、桃が思いついたとばかりに言う。

 するとネルは、いかにも恥ずかしそうに両手で顔を隠しながらも、まんざらでもない表情を浮かべていた。

 

「そんな理由って……黒崎さん、ネルちゃんの気持ちも考えてあげて下さい!」

「お、おう……すまねえ……」

「でも、織姫さんを悲しませるようなことだけはしちゃ駄目ですよ?」

「何がだ!! てかこんな子供相手に何をしろってんだよ!?」

 

 桃に注意されて――それもなんだか下衆な勘ぐりにも似た注意をされた気がして、一護が盛大にツッコミを入れた。

 

 

 

「……てか、この人誰っスか?」

「たしか……ドン・パニーニだったか?」

「黒崎、なんだその名前は……ドルドーニだよ。破面(アランカル)No.103と名乗っていたね」

「103番~~? 何を言ってるんスか、数字を持ってるのは二桁までっスよ? 三桁なんて聞いたこともねえっス。コイツ、嘘ついてんでねえっスか?」

 

 倒れ伏すドルドーニの顔をつんつんと突きながら、ネルが声を上げる。

 

「でもなんでっスかね? ネル、この人を見てっと、なんだか不思議な気持ちになってくるっス。ぜんぜん知らねえ相手のはずなんスけど、んだどもどこかでネルと似てるっつうか……うーんうーん……」

 

 目を細め、不満そうな表情を浮かべながらも、彼女の視線はドルドーニへ熱心に注がれたままだ。

 全く知らない、見たこともない相手だと認識しているのだが、ネルの心のどこかで何かが引っかかっている。

 ペシペシとドルドーニの頭を叩きながら懸命に思いだそうと努力し続け、そして――

 

「……そっス!!」

 

 と叫ぶやいなや、ネルは自分の口の中へ勢いよく手を突っ込みのどちんこを捻り上げると盛大に涎を吐き出し、ドルドーニにぶっかけた。

 

「うわっ!」

「きゃあっ!?」

「な、なんだなんだ!?」

「ネル! お前何してんだ!?」

「ネルのヨダレには、ちっとばかりですけども傷を治す効果があるっス! んだから、こうしてのどちんこをこねて……」

「ちんことか言うな!!」

 

 その行動の真意が理解できず全員が悲鳴を上げる中、ネルは再び手を口の中に入れて涎を吐き出すとドルドーニへ大量にぶっかけてみせた。

 

「……む?」

「あっ!」

「目を覚ましたぞ!」

「本当に治癒効果があったのか……」

「だからさっきそう言ったっスよ! 信じてねかったんスか!!」

「我輩は……ってうおおおお!! なんだこれは!? びちゃびちゃになっている!! なんだこれは、我輩が気絶をしている間に何があった!? 死神よ、確かに我々は敵同士かもしれんが、だからといってこれはあんまりな仕打ちではないか!?!?」

 

 覚醒した途端、顔と言わず身体と言わず全身びちゃびちゃの涎塗れになっていれば、ドルドーニでなくても盛大に文句を言うだろう。

 

 それはそれとして。

 

「元十刃(エスパーダ)、か……なるほど、そんな仕組みがあったのか」

「結果的に全員で戦ったのは正解だったわけだ」

 

 意識を取り戻したドルドーニへ「三桁番号ってどういうことっスか!?」と一切臆することなく尋ねたネルの活躍により、彼らは十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の存在を知ることが出来た。

 なにしろ全員で掛かったときはそんなことを聞き出す間もなく倒されてしまったのだから、知らなくても仕方ない。

 

「何にせよ目覚めてくれたのなら都合が良いぜ。聞きたい事もあったからよ」

「な、何をする気だ……!?」

 

 まだマトモに身体を動かせず横たわったままのドルドーニを見下ろしながら、海燕はニヤリと笑う。

 

「教えてくれ、この道は当たりか? それとも外れなのか? 進んだ先は行き止まりか? それとも藍染のところまで通じてんのか?」

「……それを我輩が答えるとでも?」

「チッ、まあそうだよな……素直に答えてくれるとは思ってなかったけどよ」

 

 質問に、ドルドーニはプイッと横を向いて拒絶の意思を示す。

 

 ちなみに先ほどのネルが来る直前、海燕が「聞きたいことがあるから起きろ!」と言っていたのは、これを聞き出したかったからである。

 全員で固まって行動している関係上、問題となるのは時間だ。ならば正誤の判断は早めにできるに越したことはない。

 いざとなれば尋問、拷問してでも聞き出すつもりだった。

 

 ……そんな海燕の思惑の後ろでは「なるほど、その手があったか!」と納得しているオレンジ頭の死神代行がいたりするのだが。

 

「んじゃ、次の質問だ。お前、どうして逃げなかった?」

「どういう、意味かな?」

「そのまんまの意味だよ。八対一だぞ? まともにやりあおうって思えるような数じゃねえ。ましてやお前は十刃(エスパーダ)から落ちてんだ、実力が劣ってるって考えるのは当然のはずだ。なのにお前は俺たちの前に姿を現した。しかも馬鹿正直に正面切って、だ」

 

 正面切って……うん、正面から戦った。

 身を隠してたり、落っこちたりしたけれど、正面から戦った。

 

「どうした? こんくれえなら、答えられるだろ? 別に藍染が不利になるような情報でもねえはずだ」

「……大した理由ではないよ。十刃(エスパーダ)に戻りたかった、ただそれだけのことだ」

 

 海燕の問いかけに、少しの間を置いてからドルドーニは答え始めた。

 

十刃(エスパーダ)は藍染殿の忠実な下僕(しもべ)だ。そして藍染殿はその十刃(エスパーダ)を戦いの道具ほどにも思ってはいないだろう。それはわかっている……だが、一度高みに立った者はその眺めを忘れられぬものだ。あの場所は堪らなく心地よかった……」

「んで、俺らを倒せば藍染に認められて十刃(エスパーダ)に戻れるかも知れねえって考えた。そんなところか?」

「……それもある。我輩は、純粋に己の力を証明したかったのだ……我輩は所詮、古い破面(アランカル)だ。藍染殿が崩玉を手に入れれば、それ以前の十刃(エスパーダ)は用済みでしかない……心得ていたつもりだったのだ……だが、燻っていた我輩の心に火が付いた……もう一度、戦いたい……我輩は劣らぬのだと……」

 

 格好つけているが、ヨダレでびしょびしょである。

 

「……おい吉良。コイツ、少しだけ治療してやれ」

「わかりました」

「なっ……!?」

 

 海燕の言葉にイヅルは素直に従い、むしろドルドーニの方が驚くほどだ。

 

「ま、お前のその気持ちも理解は出来らぁ。意気揚々としてたら八対一ってのは、ちょっと納得出来ねえもんな。だからよ、お前の心はちょいと俺が預かる。傷を癒やしてから、今度は改めてやろうぜ? そうすりゃお前も少しは納得できるだろ」

「……甘いものだな。チョコラテのようだ……貴様(ウステ)もそれでいいのか?」

「僕のことかい?」

 

 なんとも甘いことだと嘆息しながら、続いてドルドーニは自身の治療を始めたイヅルに声を掛ける。

 

「ああ、そうだとも。敵を癒やすというその行動、納得しているのか?」

「僕は四番隊だよ。怪我人であれば、癒やすだけ。それが先生の教えでもあるからね。だから――」

 

 イヅルが突如、斬魄刀を勢いよく床に突き刺した。

 刀身から僅かに離れた位置にはドルドーニの腕があり、その腕の向かう先には彼の斬魄刀があった。

 

「……っ!」 

「――だから、それ以上動くのはやめてくれないか? 腕を落としてしまうと、治療が少し面倒なんだ」

「……見抜いていたのか?」

「先生の教えだよ。甘さはあっても油断はしていない」

こわいこわい(ケ・ミエード)……降参だよ(レンディーセ)……」

 

 寝転んだまま、降伏の証とばかりに両手を挙げると溜息を吐き出した。

 

「君たちのような死神に関わるのはもう御免だよ。とっとと先へ進みたまえ」

「……! ドルドーニ……?」

「私はもう君たちと戦うつもりはない。先に進み、十刃(エスパーダ)にでも藍染殿にでも、倒されてしまえ」

 

 ニヤリと笑いながらドルドーニは語る。

 それは、この道が先に続いているという遠回しな回答だった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ご報告申し上げます!」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の奥、藍染が座する部屋にて、一人の破面(アランカル)が声を上げる。

 報告の内容は、ドルドーニが撃破されたというものであった。

 藍染は特に表情を変えることもなくそれを受け取ると、逆に問い質した。「彼に葬討部隊(エクセキアス)を差し向けたのは誰だ?」と。

 

 報告の破面(アランカル)が震えて言葉に詰まる中、現れたのはザエルアポロだった。

 藍染のことを考えて独断で命令を出した。いかなる罰でも受ける覚悟はある――跪き頭を垂れながらそう述べるザエルアポロへ、藍染は「罪には問わない」と告げた。

 

「――ただ、報告はもう少し正確に頼むよ。ザエルアポロ」

 

 退出していくザエルアポロの背中に向けて藍染は声を掛ける。

 

「ドルドーニから採取した侵入者の霊圧記録は君の研究に役立ちそうかい?」

「……はい」

「そうか、何よりだ」

 

 全てを見透かされている。

 

 内心では苛立ちつつもザエルアポロは感情の一切が抜け落ちたような表情で振り返ると、そう短く告げる。

 部下のその反応に藍染は口の端をほんの僅かだけ釣り上げると、続く言葉を口にした。

 

「ついでだ。回廊操作の権限もあげよう。そうすればもっと役に立つだろう?」

「……よ、よろしいのですか?」

 

 それは彼にとって想定外の言葉だった。

 つい先ほど消し去ったはずの感情が顔に浮かび上がり、隠し切れない歓喜が表情の端から漏れ出ている。

 

「構わないさ」

「ありがとうございます!」

 

 ザエルアポロは再び頭を下げる。

 それは先ほどの、形ばかりの謝罪とは異なる、本心からの言葉だった。

 




●ドルドーニ
無理、勝てない(数と質の両方で)
チョコラテのように甘くなかったよ……

●ドルドーニから何かを感じるネル
元エスパーダだし、ネリエルの性格的に少しくらいは交流があったかもしれないなぁと妄想。

●スペイン語(あってるかは知らない)
・ウステ:貴方・貴女
・ミエード:怖い(関係代名詞のque(ケ)を付けている)
・レンディーセ:降参する

●回廊操作
藍染は一護を観察したい(だから団体行動は止めて欲しい)
ザエルアポロはデータや標本を集めたい(安全に集めたいので散って欲しい)

なら、こうすればバラバラになるよね。
(仮に原作で団体行動してても、こんな感じでバラバラになったと思う)
全員で突入した意味がない・・・


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第222話 ペア行動

「ん……? んんっ!?」

「どうスたんスか一護? 急に立ち止まったりスて」

 

 回廊を駆け抜ける最中、ふと一護は足を止めて周囲を見回す。

 小脇に抱えているネルが尋ねる中、彼は確認するように二度三度と周囲を見渡すと思わず頭をかきむしった。

 

「ちっ……くそっ! そういうことかよ……根性が悪いぜ!!」

「どどどどどうしたっスか一護!? ……あ! トイレっスか!? そうっスよね、この道ってばどこまで行っても道ばっかりで……」

「そうじゃねえよ!! 気付かねえのかネル? 周りを見りゃすぐにわかんだろ」

「ん……んんん……?」

 

 小脇に抱えられたままでは都合が悪かったのだろう。ネルは一護の身体に掴まったまま器用に肩まで登り切ると、言われた通りに辺りを見回す。

 

「ややっ、ホントだ!! ペッシェとドンドチャッカがいねえっス!!」

「そっちじゃねえよ!! ……ってか何!? お前アレ置いて来たんじゃねえの!? そっちも迷子なのかよ!! そうじゃなくてもっと先に気付くことがあんだろ!!!」

「ふぇ……? ……あっ! 誰もいねえっス! ……なんで?」

「それをこっちが聞きてえんだって……」

 

 頭のすぐ横でボケをカマされ、かと思えばつぶらな瞳で純粋に尋ねられる。どう対応したものかと思わず頭を抱えて落ち込んでしまう。

 

「多分だけどな、俺たちは強制的にバラバラにされたんだ。けど、ドルドーニが出てくるまではそんなことは無かった。てことはだ、強敵か厄介な相手と思われたのか……それとも何か敵側に都合が悪くなったか……チッ! 何にしても後出しはズリぃよな……」

 

 つい先ほどまでは全員で、ドルドーニの言葉を信じて先に進んでいたというのに、気がつけば一人だけになっていたのだ。

 道中で、何者かが襲ってきたり分断させる罠のような物があったなら、絶対に気付いていたはずだ。だが現実にはそのような前兆すら感じられなかった。

 一護からすればただ走っていただけなのに、気付けばいつの間にか一人になっていたという感覚だ。ネルがいるのは彼女を抱えていたからだろうから、何らかの空間が操作されたのだろうということまでは予測できるが……

 

 回廊に入る前、恋次が言っていた「全員で同じ道を通っているのに気がつきゃバラバラになってるかもしれない」と言う言葉を思い出す。

 人間の常識からすれば、隣を走っていた人間が急に消えるなどあり得ない。だが今回に限っては、その「あり得ないこと」が起きてしまった。

 それも、奥まで入り込んだ後でだ。

 

 まるで初めからこうする予定だったような、誘い込んだところで孤立させ、一人一人順番に刈っていくような。突然そんな得体の知れない底意地の悪さのような気配が感じられ、首筋がチリチリと苛立つ。

 

 ――なら次は……各個撃破か? 考えてみりゃ、十刃(エスパーダ)から落ちたのが一人だけとは限らねえ……ドルドーニみてえのが何人もいて、その相手をイチイチする羽目になったら……数に磨り潰されかねねぇ……!!

 

「……ッ!!」

 

 そこまで考えたところで一護は自らの頬を両手でひっぱたき、弱い思考を追い出しながら気合いを込め直す。

 

「一護?」

 

 ――何を弱気になってんだ俺は! 全員とんでもなく強えのは知ってる! しかも後からは隊長たちだって来るんだ!! 今は……

 

「信じて先に進むだけだ!!」

「おわあああぁぁっ! ちょ、ちょっと待つっス! お、おおおおお落ちる~~!!」

 

 決意を新たに駆け出し始めた時だ。

 

「……え?」

「ええっ!?」

 

 再び一護の足が止まった。

 

「雛森、さん?」

「黒崎……さん?」

 

 なぜなら、道の先から桃がひょっこりと顔を覗かせていたのだ。

 

 

 

「なんだこりゃ、こんな風に合流してんのか」

 

 桃が通ってきたルートを確認しつつ、一護は呟いた。

 そこはまるで、高速道路本線へ合流する加速車線のような造りになっていた。まっすぐ直線のように見えるが微妙に斜めの道となっており、そこを進めば自然に一本の道へ合流できるといった仕組みだ。

 

「でもこれ、危ないですよね」

「下手に走ってたら激突するかもしれねえよな。おっかねえ……」

 

 問題があるとすれば、本線に合流する直前まで壁があるので確認が出来ないことくらいだろう。

 一護の言葉通り、もしも二人とも急停止出来ないほどの速度で走っていたとしたら……

 

 結果は言うまでもない。

 通路は普通の一本道だと思い込ませるような造りになっているので、案外そういった事故の発生を狙って作られた罠の一種かもしれない。

 

「私もギリギリで気付いたんです。それで、誰か来てたら危ないなって思って覗き込んでみたら……」

「俺が来てた、と。サンキューな、そうしてくれてなかったら戦う前から大事故になってたところだったぜ」

「ふふ、もしそうなっても私が治療しますよ」

「そいつはありがてえな」

 

 まだ少しフラつきが感じられるものの、任せてくれとばかりに桃は胸を張る。

 

「……でもよ、俺は偶然にも合流できたけど、他の連中は……」

「そうですよね。急にみんなバラバラになっちゃうなんて……でも、きっと大丈夫ですよ! 怪我をしても絶対に探し出して治療します! 後から先生も来る予定ですし、それに先生が持たせてくれた薬もありますから」

「ああ、これか」

 

 そう言いながら懐へ手を当てる。伝わってくるのは小さな包みの感触。

 それは回廊に突入する直前、一護たち全員へと配られた支援物資だ。集団行動するとはいえ、恋次が言うように万が一があるかもしれないと、薬品の再分配をしていた。

 

「しばらくは、大丈夫ってことか」

「はい! でもこんな意地悪いことするなんて、きっともの凄く性格が悪いに違いありません!! 顔が見てみたいです!!」

「ははは……」

 

 

 

 一護が苦笑している頃。

 

「アがががががが!!!!」

「ぞわああああああああぁっ!!!!」

 

 同じように分断されたことに気付いて足を止め、周囲の様子を確認していたときだ。

 回廊の後ろから、絶叫を上げて号泣しながらやってきたドンドチャッカの様子に、阿散井恋次は思わず悲鳴を上げて逃げ出した。

 

「お、おまえさっきの! ビックリさせんな! 何してんだよこんなとこで!?」

「ネ……ネ……ッ!!」

「"ネ"!? ネがどうしたちゃんと言え!!」

「ネルっ! ネルを探してるでヤンス~~~!!」

「ハァッ!? ちょっと待てお前あの通路どこに入った!? 右から何番目の道だ言ってみろオイ!!」

「おっ、覚えてないでヤンスよ~~!!」

「アホかっ!! ははーん、最初に会った時から思ってたが、さてはお前馬鹿だろ!?」

「ば、馬鹿とは失礼でヤンス! 馬鹿って言う方がバカでヤンスよ!!」

「ネルってガキは確かに俺たちと一緒にいたけどよ、気がついたらはぐれてたんだよ道を飛ばされたみたいなんだよ!! この道の先にいるかもわかんねえんだよ!!」

「ええっ!? じゃ、じゃあネルはいったいどこに……!?」

「知るか! 俺が聞きてえっ!!」

 

 ――くそっ! 嫌な予感が当たっちまったぜ! まさかバラバラにされちまうとは……しかも三桁の元十刃(エスパーダ)なんてのまでいやがる! 他の奴らは大丈夫だよな? 

 

「ネ゛ル゛う゛う゛う゛ッ゛! でヤンス~~!!」

「ウルセえ!!」

 

 

 

 恋次が全力疾走している頃。

 

「それは勿論、左から――番目の道を……!!」

「残念だが、僕たちが進んだのは右から――番目の道だ」

「なっ、なにいいいぃぃっ!!」

 

 雨竜の指摘に衝撃を受けたペッシェが頭を抱えながら落ち込んでいた。

 恋次とドンドチャッカと同じように、こちらでも自分の選択ミスを嘆いている……どこを選んだのか覚えている分だけ、こっちの方がマシかもしれない。

 

「やはりか……やはり私があの時にチョキを出していれば……」

「じゃんけんか!? まさかじゃんけんで決めたのか!?」

「先に選択できたのに!!」

「順番決めの段階だったのか!?」

 

 ……前言撤回。

 八人全員が一つの道に行ったのに覚えてない時点でオツムに大差はない。ちゃんと覚えていたネルのみ合格とする。

 

「それよりもペッシェ、一つ聞きたい」

「む、なんだ一護。なんでも聞いてくれたまえ」

「だれが黒崎か!! ……いやそれよりもだ。君が道に入ってから僕に会うまで、どのくらい時間が経ったか教えて欲しい」

「なぜそんなことを……はっ! まさか私のストーカー!! 行動パターンを把握してから偶然を装ってさりげなーく出会いを演出して……ハンカチ落としましたよ? とかやって切っ掛けを作るつもりだろう!?」

「誰がするか!!」

「私だってイヤだ! 男などこっちから願い下げだ!! どうせストーカーされるならあの雛森という名の女性死神がいい!!」

 

 この世界のあの子、原作以上にちょっと色々と危ないんだけど……本当にいいの?

 

「そうじゃなくてだ! どのくらいのスピードでどれだけ移動したかが分かれば、今どのくらいの位置にいるのかが分かるだろう!?」

「…………???」

「なんでそんな反応をする!! 速さ (かける) 時間 = 距離だ! 小学生の算数レベルだぞ!?」

「なんだと! バカにしないでもらおうか! ……おおおお覚えてるとも! オアシスだな!」

「それは避難の時の原則だ!!」

 

 相方の大ボケにめげることなく、雨竜は少ない情報から必死で現在の位置関係を導き出そうとしていた。

 家が建ちそうなくらい建設的な意見である。

 回廊操作が可能な相手にそれがどれだけ役に立つかはともかくとして。

 

 ちなみに距離だけでいうならば、結構戻されている。

 ペッシェは一人だったので案外おっかなびっくり回廊を進んでおり、進みが遅かったからである。

 

 

 

 雨竜が華麗なツッコミを入れている頃。

 

「ぐ……が……」

 

 泰虎の強烈な一撃を受けて十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、ガンテンバイン・モスケーダは吹き飛ばされる。

 その一撃はそれだけにとどまらずに部屋の壁へと突き刺さると、そのまま壁を破壊してしまうほどであった。

 

「さすが、凄い威力だね。まともに相手にはしたくないよ」

「吉良がいるからな……ここまでの威力は、そうそう出せない」

 

 少し離れた場所で戦いを見守っていたイヅルが、壁の破壊痕を興味深そうに眺めながら声を掛ける。彼の力は尸魂界(ソウルソサエティ)での訓練などを通じて知っていたが、やはり訓練と実戦では受ける印象が桁違いだ。

 記憶の中にある威力の倍はあるのではないか? ――思わずそう疑うほどに。

 

 対して泰虎は、イヅルへ信頼の眼差しを向けていた。

 彼が後ろで待機しており、傷の治療や霊圧の補給をしてくれるのだから彼は気にすることなく全力を出せる。

 回廊を進む最中に突然一人になったときには驚かされたものの、泰虎とイヅルは一護と桃のときと同じように程なくして合流できたのも幸運だった。

 ガンテンバインとの戦いが合流後だったのも幸運だった。 

 だが合流出来なかった者もいるかもしれなければ、後々を気にしながら戦わなければならない者もいるかもしれない。それを考えれば自分は恵まれているのだろう。

 そう感謝しつつ、彼は自らが開けた大穴から外へ出て行く。

 

「……それにしても、どういう事だ……?」

「空、だよね……? 宮殿の中に入って、外に出たと思ったら空がある。でも中庭ってわけでもなさそうだし……」

 

 一先ずガンテンバインの命に別状がないことを確認してから、イヅルは泰虎に遅れて外へ視線を向け、同じように度肝を抜かれた。

 

「ああ、あの巨大な丸天井がない。それに、ここに入る前は夜空だった」

「ということは人工的な空を作って――茶渡君!!」

 

 注意の声が上がると同時に、泰虎は振り返りながら即座に戦闘態勢を整える。

 

「……よォ、オメーが一番乗りか?」

 

 巨大な霊圧を放つ破面(アランカル)と思しき男が薄笑いを浮かべながら、いつの間にか泰虎の背後を取っていた。

 

 

 

 泰虎が緊張に身を固くさせた頃。

 

「壁を、抜けてしまいましたね……」

「だな……」

 

 ルキアと合流した海燕は回廊を駆け抜け、やがて外へと出ていた。

 十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)が他にもいると聞いており、てっきり戦いになると思っていただけに、この結果は拍子抜けだ。

 突然現れた青空と合わさり、なんとも奇妙な感覚に襲われてしまう。

 

「しかし、急にバラバラになったと思ったら朽木と合流して、そのまま一戦も交えることなく外に出ちまうとは……こりゃ匂うな……作為的な匂いがプンプンしてやがる……」

「まさか我々を狙う何者かが!?」

「わかんねえけど、多分な……けど、無傷で出られたのは好都合だ。一護たちを探しに戻るぞ! 霊圧を探って……」

 

 仲間の居場所を確認しようと霊圧を探った途端、海燕は表情を引き締めた。弾かれたようにとある方角へ睨みを効かせ、滅多に見せない憤怒にも似た表情を浮かべる。

 

「海燕、殿……?」

「わりぃ、ちょいとヤボ用が出来ちまった。あと、たのんまぁ!」

「え、あ……あの、ちょっ……!!」

「それと、ついてくんなよ! 絶対だからな!! 副隊長命令だからな!!」

 

 思わず心配そうにルキアが顔を覗き込めば、海燕は途端に笑顔を張り付かせると返事も聞かずに走って行く。

 それだけならば普通のことのようだが、問題はその様子。身に纏う雰囲気だ。

 表情こそ笑顔ではあるものの、内面からはかつてないほどに真剣になっていることがルキアには分かってしまった。

 

「い、一体何が……」

 

 脇目も振ることなく駆けていく海燕を、彼女はただ見守ることしかできなかった。

 




●組み合わせ一覧
・桃苺(ネル)
・志波ルキア
・茶渡イヅル

・ドンドチャッカ恋次
・石田ペッシェ

……よし、完壁!(ペキではなくカベ

(恋次は卍解もできるし、霊圧解析で圧倒的に優位に立てるので、ザエルアポロが勝ちやすい獲物と捉えて上手く孤立させた。
 雨竜も同じ。滅却師はレアだから欲しいので狙いたい。

 本来なら全員孤立してたんだけど、その後でギンが回廊操作しなおして良い感じに組み合わせた。
 (なので、一度孤立したのに再合流する。という回りくどい結果になっている))

●ガンテンバイン・モスケーダさん
彼は犠牲になったのだ。
ペッシェとドンドチャッカのボケの犠牲に。
(どうせ原作でも噛ませだったし)

●原作のルキアのこの辺り
三桁の巣なんだから、あの3人以外の十刃落ちと戦っているはず。
でもそれらをすり抜けて、アーロニーロと戦った。
モロにギンが操作していますよね。


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第223話 霊圧が消えるにゃ早すぎる

 二人の前へと姿を現したのは長髪長身で細身の男性破面(アランカル)であった。

 筋肉質ではあるものの泰虎よりはひょろりとした体格をしており、けれどもそれとは対照的に背丈は泰虎よりも頭一つは高い。

 近場で向かい合う二人同士を反射的に比較して、イヅルは相手にそんな印象を抱いた。

 見た目で判断するのは愚策、下の下でしかないと師にキツく叩き込まれている。

 

 だがどうしても、ちぐはぐな印象が拭えなかった。

 腕力的には大したことがなさそうな――ともすれば、先ほどまで戦っていたガンテンバインの方がよほど腕力が強そうに見える――相手が、体格に不釣り合いなほど巨大な長柄武器を肩に担いでいることが。

 

「くっ……! 侘助!!」

 

 感じ取った霊圧の大きさは、目の前の相手が十刃(エスパーダ)級の力を有していると教えてくれる。

 イヅルは泰虎への警告の声を発しながら自身もまた斬魄刀を構え、斬り掛かる。

 先ほどのガンテンバインとの戦いの際、予め始解を済ませていたことが僅かながらも有利に働いてくれたことに小さな感謝をしながら。

 

「オオオオオッ!!」

 

 泰虎は雄叫びを上げながら悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)を全力で振るう。

 尸魂界(ソウルソサエティ)にて狛村左陣との修行にて目覚めた、攻撃の力を宿す左腕の一撃。その威力は、つい先ほどガンテンバインを一撃で打ち倒したことで十分に証明されている。

 

 ならば、現役の十刃(エスパーダ)にも通用するはずだ。

 相手が何者かまでは知らないものの、霊圧の高さから十刃(エスパーダ)だということを直感で理解した泰虎は、初手に全力を放つ戦術を選ぶ。

 

「くく……」

 

 不可解なことに、相手は何もしてこなかった。

 挑発するような笑みを浮かべながら両手を横に広げ、まるで泰虎が攻撃を繰り出すのを待っているかのようだった。

 その様子を一瞬だけ奇妙に思いつつ、彼は左腕を全力で放つ。

 

魔人の一撃(ラ・ムエルテ)ッ!!」

「……がっ……!」

 

 霊子を纏った強烈な一撃が腹部に叩き込まれた。

 予想以上の威力があったのか、相手は小さなうめき声を上げながら身体を"くの字"におり曲げ、一瞬動きを硬直させる。

 

「まだ終わらないよ!」

「ム……!」

 

 そこへイヅルが追撃を掛ければ、動きに反応した泰虎は邪魔にならないようにと瞬時に身を引く。同士討ちをするような未熟な腕前ではないものの、単純にありがたかった。

 すれ違いの最中、瞬時に侘助を三度ほど振るうと相手の両腕と斬魄刀を一度ずつ斬りつけると駆け抜ける勢いのまま距離を取る。

 

「くくく……何だよ死神、それが攻撃か? それに比べてそっちの黒い奴はまあまあ楽しめそうじゃねえか」

「茶渡君の一撃に耐える、か……ということはやはり君は十刃(エスパーダ)、で良いんだよね?」

 

 距離を取った二人の予想通り、と言うべきだろうか。

 相手は何事もなかったかのように身体を起こすと、歯をむき出しにした嘲笑うような表情でイヅルを見る。

 

「あん? ハッ、まさかそこの三桁(トレス・シフラス)と比較してんのか!? ククク、なら一つ教えといてやるよ」

「数字が……!」

「5、だと……」

 

 見せつけるように舌を出せば、そこには(クイント)の刻印が刻まれていた。

 その数にイヅルらは僅かに動揺させられる。彼らにとって十刃(エスパーダ)の基準となるのはグリムジョーだ。

 その彼よりも番号が上となれば、自然とより強く警戒せざるをえない。

 

「ノイトラ・ジルガだ。死ぬまでのちょっとの間だけ憶えてろ!!」

 

 自らの名を叫びながらノイトラは、泰虎に向けて斬魄刀を振るった。

 

「ぐ……っ! 重……い……っ!!」

 

 風圧だけで吹き飛ばされそうな錯覚を憶えながら、泰虎はその一撃を巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)にて受け止める。

 攻撃の力を司る左腕に対して、右腕は防御の力を司る。

 

 巨大な盾のような姿となった右腕に振り下ろされるのは、大鎌や斧槍を思わせる巨大な長柄武器。大質量同士が衝突しあった衝撃は、直接受け止めていないイヅルですら思わずタタラを踏みそうなほどだ。

 ならば直接受け止めた泰虎の受けた衝撃はいかほどのものだろう。

 イヅルがそう思って泰虎を確認すれば、彼もまた想定外の攻撃力に驚いたのだろう。膝を屈しかけてはいたものの、歯を食いしばってそれに堪えていた。

 

「……ん?」

 

 対して攻撃を打ち込んだノイトラは、なんとも言えぬ違和感を感じていた。

 斬魄刀を振るった感触が、どこかおかしい。なんら変わっていないはずなのに、何故か扱いにくくなっている。

 己の右腕と斬魄刀を交互に見比べながら、そう結論付けたときだ。

 

「今だっ!」

「なんだぁっ!?」

 

 不審に思って動きを止めた瞬間を狙い、イヅルは再び斬魄刀を振るう。

 狙いは相手の武器。むしろ受け止められるように攻撃を放ち、直角に曲がった侘助の刀身を長柄の刃に食いこませる。

 その光景は、まるで小指同士を絡めて指切りをしてるようだ。

 

「ぐ、おおっ!? こいつは……」

 

 侘助に二度斬りつけられて、違いを明確に感じられるようになったのだろう。重さに耐えかねたようにノイトラが武器を取り落とした。

 ズシン、と巨大さを強調するような音を上げながら長柄武器は地に落ち、地響きと砂煙を上げる。

 

「まさかテメエの仕業か死神ィッ!!」

第5十刃(クイント・エスパーダ)か……確かに強いみたいだけど、あんまり頭は良くないみたいだね。僕に自由な攻撃の機会を与えるなんて、先生だったらそんな隙は絶対にみせないよ!」

「ウオオオオッ!!」

 

 侘助の攻撃を受け止めること――その愚かさを自覚するものの、少し遅かったようだ。

 素手となり僅かに動揺した瞬間を逃さず、イヅルはノイトラの動きを完全に封じるべく四肢へ向けて斬魄刀を放つ。

 泰虎もイヅルの攻撃に合わせ、痛みを堪えながら左腕の一撃を放つ。

 性質の異なる二種類の攻撃がノイトラへと襲いかかろうとしたときだ。

 

「ノイトラ様!! 申し訳ございません!!」

「うわっ!?」

「テスラ!?」

「吉良ッ!!」

 

 それまで何処に潜んでいたのか、ノイトラの影から一人の破面(アランカル)が現れるとイヅルへ体当たりをしながら強引に距離を引き離す。

 侘助のことを警戒しているのだろう、片方の手はイヅルの手首を潰さんばかりに握り締めている。

 

「てめえ! 何してやがる!! 誰が手ェ貸せッつった!?」

「お叱りは覚悟しております! ですが……!!」

 

 横から割って入ってきたテスラという名の破面(アランカル)に向けて怒鳴るものの、テスラは謝りこそすれどイヅルを掴む手を放す事は無かった。

 その様子にノイトラはこれ以上の問答は無意味と断じ、思わず吐き捨てる。

 

「ちっ、まあいい! てめえはその陰気な死神の相手でもしとけ!」

「ぐ、ああああっ……!!」

 

 泰虎の口から悲鳴が上がる。

 横から割って入ってきたテスラという名の破面(アランカル)の存在に驚かされ、一瞬集中を切らしてしまった。戦闘においてそれは致命傷に等しい。

 その一瞬のうちにノイトラは泰虎の左拳を掴み取っていた。

 じゃんけんで、グーがパーに勝てないように。拳の一撃を掌で受け止めると、その上から相手の拳そのものを砕こうと握り込んでいく。

 

「放、せっ!!」

「あん? おーおー、わりーわりー。テメエの相手からだったな黒いの」

「ぐ……っ! はぁ……はぁ……」

 

 唯一自由な右腕で殴り付けるものの、ノイトラの力が緩むことは無かった。

 まるでその攻撃で泰虎の現状にようやく気付いたような態度を取ると、力を抜いて左拳から手を放す。

 

「何故だ……?」

「あん?」

「何故手を、放した……?」

「くくく……ははははっ!! なんだお前、あのまま握り潰されたかったのか!?」

 

 痛みで顔を僅かに歪ませながら問うものの、ノイトラはまともに取り合うことはなかった。問答に答えながら砂地に沈んだ自らの斬魄刀を拾い上げると、泰虎に突きつけながら宣言する。

 

「ただの仕切り直しだ。おおかた、あの死神の能力があれば勝てると思ってやがんだろ? そんなもんがあろうがなかろうが、俺には勝てねえ。くだらねえ希望をヘシ折ってから、叩き潰してやるよッ!」

 

 理解していれば、四倍程度の重量増加など枷にもならない。重さを感じさせぬ軽快な動きを見せながら、ノイトラは襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 テスラは、ノイトラ唯一の従属官である。

 

 端正な顔立ちの優男といった印象を受けるもののノイトラへの忠誠心は高く、命令されればどのような残虐な行為であろうとも厭うことはない。

 だがその忠誠心の高さ故に、ノイトラが攻撃を受ければその身を挺してでも護ろうとしてしまう。

 そんなテスラの目には、どうやらイヅルの持つ侘助の能力は"ノイトラへの脅威に値する"と映った。

 そのため、戦いの最中だというのに自ら割って入りイヅルをノイトラから無理矢理に引き離すという行動を彼に取らせた。ノイトラからどのような叱責を受けることになるかなど、一考にすら値しないとばかりに。

 

「あのノイトラの従属官、ってやつかな?」

「ああ、そうだ。名はテスラ・リンドクルツという。ノイトラ様の命により死神、お前の相手をする」

「死神って……一応僕には、吉良イヅルって名前があるんだけど……」

「不要だ、憶える必要などない!」

 

 自らの名を名乗りつつ抜刀すると、テスラは斬り掛かってきた。不用意としか言えないその行動を若干不審に思いつつ、イヅルは侘助にて受け止める。

 刀身同士がぶつかり合って甲高い金属音が鳴り響き、テスラの持つサーベルのような斬魄刀が音も立てずに重くなる。

 その重量変化を――手中から伝わる違和感から認識したのか、テスラは唇を僅かに釣り上げた。

 

「……なるほど。斬りつけた場所を重くする能力か」

「まさか、気付いていてわざと能力を受けたのかい?」

「ノイトラ様のご様子から察しはしたが、確証は無かった」

 

 倍の重さへ変化した斬魄刀の振り心地を確認するように、軽く振り回す。

 

「だがそれもこれまでだ。そうと理解すれば貴様の刃は二度と受けん!」

「似たような台詞は何度も聞いたけれど、最後まで実行出来た相手は数える程だったよ?」

 

 テスラは再び斬り掛かる。

 だが今回は侘助の能力を理解しているだけのことはあり、不用意に切り込むような真似はしない。

 攻めると見せて引く、追撃の好機でありながら攻め込まないといった、フェイントを巧みに織り交ぜながら、ゆっくりとイズルの体力を削るべく戦いを組み立てていく。

 

 とはいえイズルも慣れたものだ。

 侘助の能力を知る者との戦いは、自然とこうなることが多い。相手の攻撃を防げず、相手に攻撃を防がれるわけにもいかない以上、選べる戦術は狭まる。

 回避を重点にして確実な攻撃を繰り出すか、刃の届かない遠距離攻撃を徹底するか。

 そのどちらの対策も、彼はよく仕込まれている。

 

「ここだ!」

「なっ!?」

 

 相手の攻撃の虚実を見極め、相手が完全に隙を突いたと確信した攻撃に対応してみせる。

 確実に届くと思っていた一撃を見切られ、テスラの口から思わず悲鳴が上がったときだ。

 

「放てっ!!」

「くっ……!! なんだ!?」

「貴様は……ッ!!」

 

 戦場外から、二人に向けて――それでも一応は狙いを付けられている――複数の虚閃(セロ)が放たれた。

 寸前で発動に気付いたイヅルは迎撃を諦めてその場から離れ、テスラは霊圧を集中させて防御姿勢を取りつつ余波から身を守る。

 

 虚閃(セロ)の雨を降らせたのは、見たこともない一団だった。

 多くの者が全員が人の髑髏のような面を被っている中、一人だけ牛のような動物の頭蓋骨を象った仮面を付けている。おそらくはこの者がリーダー格なのだろう。

 多くの部下を引き連れて現れた援軍と思しき一団に、イヅルは警戒の度合いを高める。

 

葬討部隊(エクセキアス)、ルドボーンか! 何をしに来た!」

「そこで倒れているガンテンバインの採取に来たのですが……見るに見かね、ついお手伝いをしてしまいました」

 

 牛の頭蓋骨を被った男――ルドボーンが、慇懃な態度で答える。

 

「無用だ」

「そうですか? どうにも苦戦していると見受けられたもので……何よりガンテンバイン以外にも、こちらの侵入者二人の採取も命じられているのです。このままでは私は命令を遂行できません」

 

 苦悩する態度で隠してはいるものの「今のままでは負けるから手助けしてやったんだ。感謝してこちらを手伝え」という本音がありありと見て取れる態度だった。

 その言動にテスラは思わず眉間に皺を深く刻み込む。

 

「そちらの命令など知ったことではないな。まあ、死体漁りなら後で存分にするがいいさ」

 

 こちらも感情を言葉の端々に載せながら斬魄刀を構える。

 

「打ち伏せろ、牙鎧士(ベルーガ)

「……う……っ!」

 

 思わず弱気な声がイヅルの口から漏れた。

 

 帰刃(レスレクシオン)にて姿を現したのは、巨人だった。

 猪のような仮面を被り、体長も数メートルはあるだろう。彼が知る中で上背の高い人物といえば七番隊の狛村が真っ先に思い浮かんだが、それよりも遙かに巨大で筋肉質だ。

 解放前のテスラはどちらかと言えばひ弱な印象だった為か、解放後の姿が必要以上に巨大に感じられる。

 

「死体が残るかは、知らないけどね」

 

 巨人は、イヅル目掛けて突撃する。

 その勢いは文字通り猪突、野生の獣のような勢いを持っていた。

 

「残念だけど、死体になってあげるわけにはいかないかな」

 

 爆撃のような勢いを伴う突進を間一髪避けつつ、すれ違い様に巨木の幹のような足目掛けて侘助で斬りつける。

 強靱な外皮と分厚い体毛に覆われているためかダメージは皆無だろうが、それでも能力は付加できたはずだと、自らに言い聞かせながら。

 

「こう見えても僕、以前にグリムジョーって十刃(エスパーダ)従属官(フラシオン)を倒しているんだ。それに四番隊の隊士が真っ先に倒れるなんて、屈辱以外の何物でもないよ」

「……フン。ならばその屈辱を与えてやろう」

 

 かつて現世で戦った破面(アランカル)たちよりも、おそらくは強くて面倒な相手だ。

 相手の帰刃(レスレクシオン)はどうやら、単純に腕力や筋力が爆発的に増大しただけのようだ。だが、そういう相手がイヅルには一番やりにくい。

 多少斬りつけたところで怪力のために重量の影響が与えにくく、相打ち覚悟で突っ込んでこられては打つ手が限られる。

 

「それでも、負ける気はしない」

 

 その言葉を必死で飲み干しながら、イズルは斬魄刀を構える。

 ただ唯一、懸念があるとすれば――

 

「さて、どうしようか……」

 

 少し離れた所で戦局を見守っているルドボーンの存在だ。

 未だ動かぬこの者が、戦局にどのような影響を与えることになるのか。悠々と戦局を見渡している破面(アランカル)を気にしながら、イヅルは巨人の相手を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした黒いの!? 重くすりゃ勝てるんじゃなかったのか!!」

「ぐ……っ!」

 

 巨大な斬魄刀を、重さの変化などまるで感じさせぬ勢いのままにノイトラは振り回す。

 嵐のような風切り音を縦横無尽に鳴り響かせながら繰り出されるその攻撃を、泰虎は右腕に霊圧を込めながら受け止め続ける。

 

 ――大した攻撃だ……左陣に鍛えられていなければ、とっくにやられていた……

 

 遠く尸魂界(ソウルソサエティ)にて友誼を結んだ相手のことを思い出しながら、泰虎は機会を狙う。

 狛村の斬魄刀もまたノイトラのように大振りなもの――長柄と刀という差はあれど――であったことが幸いしていた。

 彼が右腕の防御に目覚めた時、強烈な攻撃に対する手段は叩き込まれているている。

 

「……そこだ!」

「ぐおっ……! しまった……」

 

 狙い澄ましたタイミングで左手の一撃を放ち、ノイトラの斬魄刀を弾き飛ばす。

 

 巨大な武器はその性質上どうしても攻撃と攻撃の間に継ぎ目、切れ目が生まれてしまう。戦法次第でその継ぎ目を可能な限り小さくすることも可能ではあるが、今だけは不可能だ。

 イヅルの持つ侘助により重くされた今では、どれだけ修正対応したとしても小さな切れ目が生じてしまう。

 泰虎が狙ったのはその小さな隙間、狙いは違うことなく効果を発揮したようだ。

 

「貰った!」

「……とでもいやあ、満足か?」

 

 僅かな動揺の間に渾身の一撃を叩き込もうと動いた泰虎を、ノイトラは耐えきれないとばかりに唇を愉悦へと歪めた。

 遅れて、連なった鉄の輪が泰虎の視界の端に映る。

 その連環の片端はノイトラの手の中に、もう片端は吹き飛ばした長柄の石突きに結ばれている。

 

「オラァっ!!」

「ウオオッ!?」

 

 ノイトラが片手を勢いよく振り下ろした。

 一拍遅れて、鎖に引かれた長柄が中空から凄まじい勢いで降り注ぐ。落下先は丁度泰虎が立っている辺りだ。

 

「ぐ……が……っ……」

「だから言ったろうが」

 

 空中を漂っていた所を怪力で強引に引き寄せられた長柄は、小さな隕石もかくやといった様子で砂漠へと激突した。

 もうもうと天高く立ち上る砂煙が、落下時の衝撃のすさまじさを物語る。

 衝突すればいうまでもなく即死。掠っただけでも大打撃は免れないだろう。

 

 煙幕の立ちこめる中、ノイトラは高らかに告げる。

 

「重くする程度、いてもいなくても変わんねえってなぁ!!」

「そうでも、ないさ……」

「あん……?」

 

 砂煙の向こうから泰虎の声が聞こえてくる。

 

「お前は一度、吉良の能力を受けている。両腕だけでも倍に重くなることがどれだけ不利になるか……俺が教えてやる」

 

 右腕の防御にて激突してきた長柄の全てを受け止めていた。

 勿論只では済まずに膝を屈しており、衝突の衝撃の影響からか全身のあちこちから出血している。

 だがそれでもなお瞳を不敵に輝かせながら、泰虎は告げる。

 




●ノイトラ
最初にチャドの前に現れるあのシーンですが。
どう見ても「オラ! 撃って来い!」なので。
(侘助相手に隙を見せるとか……)

小物っぽい言動の多いノイトラですが、
・十刃の5番ですし
・なんだかんだ殺し合いしていたので戦闘センスは磨かれているはずですし
・歴代で一番硬い鋼皮(のはず)ですし
・ネリエルに(人質込みで)勝ってますし
・一護を(グリムジョー戦で消耗していたとはいえ)圧倒してましたし
・剣八に両手を使わせてますし
強いはずです。

チャドも強くなってるけれども、一対一だと押し負ける。
イヅルのアシスト込みで辛勝。
くらいの位置づけかなと。
(逆に言うと、下位の十刃なら勝てると思う)

●テスラ
(主が重くされたら)しゃしゃり出てくると思います。

●ルドボーン
ドルドーニが終わったので来ました。
(ガンテンバインはお持ち帰りだけど、残り二人はどうしようかな……)


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第224話 夫婦の再会

「ここか……」

 

 回廊を抜けた先の、だだっ広い街並みのような空間。

 そこに無数に乱立する建物の中の一棟――塔や宮殿を思わせる建築物にアタリを付けた海燕は、身構えながらも呟いた。

 

 少し前、それこそ一護らと離ればなれになった辺りからだろうか。

 海燕はとある霊圧を感知していた。

 それは彼だけにしか捉えられない――というよりも、彼だけが捉えられるように相手が気を遣っていたというべきだろう。現に共に行動していたルキアは気付いた様子がまるで無かったのだから――微細な刺激で海燕の感覚を擽り続けていた。

 始めは指先で肌を優しく撫でるような小さな刺激だったそれは回廊の出口へと近づくにつれて激しさを増していく。

 

「……ったく、こんな面倒な連絡しやがって……」

 

 例えるならば、炎へと近寄っていくようなものだ。

 近くに炎があれば、人は熱を感じるよりも先にまず光に気付く。その光に近寄っていけばやがて暖かさを感じる。けれども近寄りすぎれば高熱に身を焼かれる。

 海燕が感じているのはまさにそんな感覚だ。

 

「こいつはいったいどっち(・・・)なのやら、じっくり聞かせてもらうからな」

  

 身を焦がすような霊圧を受け止めながら、それでも無視できずにいたのは、霊圧に覚えがあったからだ。

 それも、決して"この場では感じる筈のない"霊圧。そんなものをこの場で感じるとするならば――

 

「……できれば、あっちの考えだけは外れててくれよ」

 

 ――海燕の脳裏に浮かんだのは、二通りの可能性。

 

 その中の一つだけは外れていて欲しいと心底願いながら、宮殿の扉を開ける。

 

「うぉっ、暗いな……」

 

 重厚そうな造りの扉の奥は、闇が広がっていた。

 一条の光明すら差すことのない、完全なる暗闇に閉ざされた空間。今は扉が開いているので辛うじて光は入っているものの、その程度の光量では部屋の隅まで届いていないことから室内はかなりの広さがありそうだ。

 

「おーい、明かりの一つくらいねえのか? ……わざわざ旦那様(・・・)が来てやったんだからよ」

「あら、ごめんなさい。まさか本当に来てくれるなんて思わなかったから」

 

 室内に数歩足を踏み入れながら、闇の奥へ向けて声を掛ける。

 すると扉がひとりでに閉じ、奥からは返事が聞こえてきた。それは、海燕が最もよく知っている声音。

 

「はっ! 何言ってやがる、散々『来い来い』って霊圧を放っていたのはお前だろうが……都」

「ええ、そうよ。でもね、来てくれて本当に嬉しいのよ……海燕」

 

 壁に据え付けられていた松明が燃え上がり、闇を切り裂いていく。

 その先には、白い装束を身に纏い柔和な笑みを湛える志波都の姿が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり、か……

 

 突然現れた最愛の妻を、海燕は特別驚くことなく、むしろ納得した様子で観察する。

 何しろ回廊の途中から彼女の霊圧を感じ取っていたのだ。ならば姿を現すことは想像に難くない。

 

 問題は、この都が本物か否か(・・・・・)だ。

 

 ほぼあり得ない、最悪の可能性が、けれども海燕の脳裏を過る。

 眼前の志波都は"本物が洗脳されているのかもしれない"という可能性が。

 

 九割九分ありえないのだが、たった一分――いや、それ以下であっても可能性がある以上、迂闊に動く事が出来ない。

 

 かつて都が(ホロウ)に肉体を乗っ取られた時のことを、海燕は記憶の底から掘り起こす。

 できれば思い返したくない、苦い記憶だ。

 (ホロウ)と都とが霊体融合をして同一の存在となり、引き剥がすことは不可能だと思われた。

 その時は偶然同行(・・・・)していた某四番隊副隊長(当時は副隊長だった)のおかげで事なきを得たが、運命が少しでも狂っていれば、海燕は自らの手で最愛の女性へ引導を渡さねばならなかった。

 

 その時の記憶を思い出し、続いて今この場にいるのは自分だけ。ケリは自分の手でつけると決意を固めなおす。

 

「どうしたの海燕? そんなに怖い顔をしちゃって」

「……っ」

 

 だが固めたはずの決意が、声を聞いた瞬間僅かにグラついたのが自分で分かった。

 

「……なんで、ここにいんだ?」

「海燕は、私が(ホロウ)に取り込まれた時のことを憶えているかしら……?」

「当たり前だ! 絶対に忘れねえ……忘れられるわけがねえ!!」

「ふふ、嬉しいわ。心配してくれてるのね」

 

 怒りと慚愧を感じられたことに満足したのだろう。

 都はほっと胸を撫で下ろす。

 

「あの(ホロウ)はね、藍染の実験体だったの。破壊されると虚圏(ウェコムンド)に飛ばされて再構成される、そういう仕掛けが施されていたみたい」

「何ッ!? じゃあ、あの時に俺がトドメを差したせいで……」

「ええ、そうね。結果的にはそうなるの」

 

 あの時、海燕はメタスタシアを怒りに任せて倒した。完全詠唱の黒棺にて完膚なきまでに叩き潰したのだ。

 それが回り回って復活の引き金になるなど、予測出来るはずもない。

 

「その後、(ホロウ)は予定通り復活したわ。ただ、唯一予定外だったのは霊体を支配していたのは私の精神だったってことだけ……」

「都の、精神が……?」

「融合を無理矢理引き剥がした弊害だったのか、それとも再構築に何か不具合でもあったのか。理由ははっきりとは分からないんだけど……気付けば私は虚圏(ウェコムンド)にいたわ」

「嘘だ! そんなこと、ありえるはずがねえ!!」

 

 理由を聞いた途端、海燕は叫んでいた。

 

「どうして……? どうしてそんなことを言うの?」

「だってアレは、湯川が……融合した部分を引き剥がして補ったって……」

「ええ、そうね。湯川藍俚(あいり)のおかげ……でもね海燕、融合した組織の中には私を構成している部分だってあったのよ……それが溶け込んで、再構築されて生まれたのが私……私だって、志波都なの……!」

「だったら……だったらどうして俺を呼んだ! それもあんな霊圧で!!」

 

 ――コイツが……!

 

「海燕が虚圏(ウェコムンド)に来るって知って、どうしても会いたくなったの……霊圧については、その……ごめんなさい。今の私は(ホロウ)――破面(アランカル)なの。だから、死神を相手に無意識に威圧するような霊圧を放ってしまって……」

 

 ――コイツが、本物の都のはずがねえ……!

 

「ううん、そうじゃない……本当は羨ましかったの! 切り捨てられなかった私は、尸魂界(ソウルソサエティ)であなたと夫婦のまま! 一緒に暮らしている! じゃあ切り捨てられた私はどうなるの!?」

「それは……」

(ホロウ)として再構成されてしまったら、もう二度と……海燕には会うことも許されないの……!? 死神と(ホロウ)は、心を通わせ合ってはならないの!? そう考えたら、私の中の黒い感情が出てきてしまったの……」

 

 ――けど……!

 

「みや、こ……」

 

 ――本当、なのか……?

 

 瞳の端から大粒の涙を零し、肩を震わせながら訴える都の姿を、海燕はどうしても敵と見做すことができなかった。

 敵だと断じるにはあまりにも自らの知る妻の姿と似過ぎており、彼が知る都の姿と目の前で涙を流す相手の姿が重なって見えてしまう。

 

「海燕……」

 

 苦悩の表情を浮かべながらも、海燕は都の肩へそっと手を掛けた。優しく肩へと触れる手の上へ自らの手を重ねながら、都は微笑む。

 

「嬉しい、信じてくれたのね……?」

「…………」

「ねえ、もっと近寄ってもいい?」

「……ああ」

 

 海燕は、喉の奥から声を絞り出すようにしながら頷く。

 

「温かい、本当に温かいわ……ああ……っ! 海燕の温もりをもう一度、感じられるなんて……夢みたい……」

「そう、か……」

 

 胸元に顔を埋めながら、都は穏やかな表情で感慨深く呟く。

 その表情も、身体を通して伝わってくる体温も、そのどれもが海燕が知る妻のそれと変わらないように思えた。

 

「けどな、ここまでだ」

「……え?」

 

 肩に手を置いたまま少しだけ力を込め、相手を一歩だけ引き離す。

 

「お前は都かもしれねえ……けどな、お前は(ホロウ)で俺は死神なんだ。俺にとっては、尸魂界(ソウルソサエティ)で……家で待っててくれてる都こそが本物なんだ……」

「かい、えん……駄目、なの……私じゃ駄目なの……?」

「知らねえこととはいえ、寂しくさせちまってすまねえ……けど、これ以上は出来ねえ。これが精一杯、俺にできることだ。俺は都を裏切る事は出来ねえ!」

「そう……」

 

 真摯な顔のままそう告げると、都は切なげに顔を逸らせた。

 

「そう、よね……ごめんなさい海燕、これは私の我が儘なんだから……もう一度、あなたの温もりを感じられただけでも良しとしなくちゃ……」

 

 ――すん、と僅かに鼻を鳴らし、瞼の下を指先で軽く擦りながら都はもう一歩だけ下がり、海燕から離れる。

 

「でも、おかしいわよね……私がお願いしているのに、そのお願いを聞くと、私を裏切ることになるなんて……」

 

 くすりと小さく笑うその様子は、海燕には無理をしているようにしか見えなかった。

 

「すまねえな……」

「ううん、構わないわ……あ、でももう一つ。もう一つだけ、お願いを聞いて貰っても構わないかしら? それさえ聞いてくれたら、私はもう二度と我が儘は言わないわ」

「聞いてやりてえのは山々だがよ、聞ける物と聞けねえ物があんだが……」

「とっても、簡単なことよ。あのね、海燕……」

 

 

 

 

 

 

 

「――死んでくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

「があああああああああっ!!」

 

 腹部に激痛が走り、海燕は悲鳴を上げた。

 視線を下へと落とせば、斬魄刀が腹に突き刺さっている。

 視界の端では都がしっかり柄を握りしめながら、手首を軽く返すのも見える。

 

「ぐおおおおお……っっ……!!」

 

 同時に、さらに鈍い痛みが腹から伝わってくる。

 突き刺さった刃が捻られたことで傷口が抉られ、血管に空気が入って血が大量に流れ出てていく。臓物にも傷がついたらしく、鉄錆のような味が喉の奥から溢れ出てきた。

 激痛を味わいながらも海燕は都を突き飛ばすようにして後ろへと下がり、斬魄刀を引き抜く。

 

「何を……しや、がる……!」

「ねえ海燕、死んで。私のために、死んでほしいの。そうすれば藍染様は、あなたの肉体を再構成して(ホロウ)へと生まれ変わらせてくれるって約束してくれたの」

 

 口の端から血の泡を吐き出す海燕へ、都は瞳孔の開き切った瞳を向けながら言う。

 

「そうすれば私たち、ずっと一緒にいられるのよ! それって、とっても素敵なことだと思わないかしら!?」

 

 斬魄刀を手にしたまま、もう片方の手を自らの頬へと当てると、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら都は口にする。

 その光景は海燕の目には精神が狂気に犯されたようにしかみえなかった。

 死神としての精神を持ちながらも(ホロウ)へと転生した挙げ句、恐怖と寂しさから心が壊れてしまい、ありもしない妄言を都合良く信じ込んでいる――少なくとも海燕にはそう見えた。

 

「ふざ……けんな……! んなこと、出来るわけねえ……だろうがっ!!」

「あら、お願いを聞いてくれるって言ったじゃない……」

「んな約束、聞けるわけねえだろうがよおおっっっ!!」

 

 腰の斬魄刀を抜き放ち相手へ突きつけながら、海燕は叫んだ。

 

「お前が、お前が本当に、こぼれ落ちた都だったとしても……! 都はそんな弱い女じゃねえ! 他人を犠牲にするような女なんかじゃ断じてねえ!!」

「まあ怖い、斬魄刀を突きつけるなんて……」

「もしも心が病んじまったっていうのなら、他の誰でもねえ! 俺がお前を止めてやる!!」

 

 怪我を押して、目の前の都へと海燕は斬り掛かった。

 腹の傷口から血が溢れ出し、床に血がこぼれ落ちて道筋が刻みつけられる。

 

「ひょっとして、剣の稽古がしたいのかしら? 懐かしいわ、十三番隊の頃には時々だけど一緒にしたわよね」

 

 迫り来る海燕の攻撃を、都は手にした斬魄刀にて余裕を持って受け止める。

 互いの刀身がぶつかり合い、相手の呼吸の音が聞こえそうな距離まで迫ってなお、彼女は現実が見えていないかのように昔の出来事を懐かしそうに口にし始める。

 

「でもあなたの所にも私の所にも、すぐに他の隊士が来ちゃって指導になっちゃうのよね……」

「黙れっ!!」

「けれども今は、邪魔する者は誰もいない……ふふっ、今日はとことんやりましょう」

「その顔で……その声で……喋るんじゃねえ!!」

 

 彼女が口にしたエピソードには、海燕も覚えがあった。

 二人ともなまじ強くて慕われていただけに、周囲には人が絶えなかったのだ。ときおり二人きりになれたとしても、どこからともなく人が沸いてくる。意図的に身を隠さなければ、二人きりはおろか一人になるのも大変だったほどだ。

 

「ここで右、そして突き……ああ、懐かしいわ……本当に、あの頃に戻ったみたい……! 私の知る、海燕のまま……!!」

「くそっ……コイツ……!!」

 

 胸の内側から湧き上がる感情を必死で押し殺しながら毒づくように吐き捨てる。

 攻撃を続ける海燕であったが、状況はお世辞にも優勢とは言えなかった。 

 

 負傷しているのは当然のこととして、眼前の相手は海燕の攻撃全てをまるで事前に見切っていたかの様に防ぎ、そして反撃を繰り出す。

 その反撃もまた、海燕にしてみればよく知った太刀筋――海燕の記憶の中にある、志波都の動きそのままだった。

 

 互いが互いの戦い方を知っているためか、互角の勝負が続いていく。都の言葉ではないが、本当に稽古か何かを行っているかのようだ。

 となれば先に倒れるのは海燕の方、負傷は決して軽いものではない。許されるならば、このまま痛みに負けて倒れこみ、気絶して意識を失ってしまいたいほどだ。 

 

 ――仕方ねえ……!

 

 何度目かの打ち合いの後、始解すべく大きく下がる。

 

稠密(ちゅうみつ)なるは櫛比(しっぴ)の如く」

「……」

 

 聞こえた途端、都は目を細めた。

 

「「重畳(ちょうじょう)なるは波濤(はとう)の如し、金剛(こんごう)」」

 

 続いて解号の声が、斬魄刀の名を呼ぶ声が、まるで合唱のように二重に響く。

 

「金剛……懐かしいわね」

「……そりゃ、そう、だよな……知ってて、当然だよな……」

 

 腹の傷を手で押さえながら、海燕は顔を顰める。

 彼の持つ斬魄刀――金剛は元々、都が持っていたものだ。本来手にしていた斬魄刀が消失してしまったため、その代わりにと譲り受けたに過ぎない。

 ならば解号と名前くらい知っていても当然だ。

 

「それに何より、嬉しいわ……海燕、あなたが持っていてくれるんだもの……私が持っていた斬魄刀を、きちんと使いこなしてくれているんだもの……」

「そうかよ……けどよ、これでもうお前に勝ち目はねえぜ」

 

 薙刀――始解した金剛にて傷口を軽く撫で、圧縮させることで簡易的に傷口を塞ぐ。

 痛みはちっとも治まらないが、応急処置程度にはなったと思いながら仕切り直そうとしたときだ。

 

「でもね、海燕。私だって、無為に時を過ごしていたわけじゃないのよ。それにこの子(・・・)も、海燕には会いたがっていたの」

「まさ、か……」

 

 手にした斬魄刀を慈しむように軽く撫で上げたかと思えば、都は刀身を下に向け、そのままくるりと手首を一回転させる。

 

「水天逆巻け――」

「「捩花(ねじばな)」……」

 

 斬魄刀の名を呼ぶ声が再び重なり合う。だがその一方は、驚愕に彩られた声だった。

 

「さあ、行きましょうか捩花。私たちを捨てた相手へ、一緒に復讐しましょう?」

 




(やりたかったので、やって)やりました。


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第225話 金剛と捩花

 三叉槍へと変化した斬魄刀へ向け、愛おしそうに呼びかけながら都は構える。

 横一文字に最短で刺突を繰り出せる独特の高い構えも、彼女が手にするその斬魄刀も、海燕は見覚えがあるものだった。

 

 ――まるで俺、だな……

 

 腰ではなく胸の上まで上げて構えるのは、捩花を手にしていた頃の海燕が良く行っていた構え。

 穂先の青い房も槍に絡みつく流水も、海燕がよく知る捩花の姿と何一つ変わっていない。

 だが、同時にそれも当然かと海燕は納得する。

 

 捩花は都が危機に瀕した際、消失してしまった斬魄刀だ。(ホロウ)の能力によって消失したわけだが、その(ホロウ)討伐後に虚圏(ウェコムンド)にて再構成されていてもおかしくはない。

 そして捩花は、海燕との唯一の繋がりでもある。

 彼女が手に入れていても不思議ではない。

 

 加えて都が海燕の動きを憶えている事は、先ほどの解放前の斬魄刀にて戦っていた際にも明らかだ。

 となればそれこそ、始解状態であっても海燕の記憶を手本とするのもまた当然だろう。

 

「ふふ、懐かしいでしょう? 捩花も、私と一緒に虚圏(ウェコムンド)に来ていたの。最初は全然私に懐いてくれなかったんだけど……でも、ようやくここまで操れるようになったわ。やっぱり捨てられた者同士、相性が良かったのかしらね」

 

 ――捩花……!

 

 捨てられた者同士、という言葉に彼の胸がチクリと痛んだ。

 海燕からすれば捩花を捨てたつもりは毛頭無いが、結果的にそう思われても仕方ないかもしれない。

 死神の斬魄刀でありながら虚圏(ウェコムンド)に置き去りにされてしまえば、恨み言の一つも出るだろう。

 

一緒に(・・・)復讐しましょう」――先ほど都は、斬魄刀へそう告げていた。

 それはつまり、斬魄刀の本音を聞いたということだ。

 奇しくも実体化事件にて斬魄刀たちの本音を聞いていた海燕にとっては、少々耳の痛い言葉だった。

 ただの虚言・妄言ではなく、事実ではないのか? ほんの小さなトゲのように心へ引っかかり、疑って掛かってしまう。

 

「さあ、行きましょう捩花! 海燕が、海燕がようやく戻ってくる!! あなたも元の持ち主のところへ帰れるのよ!!」

「うおっ……!」

 

 狂気にも似た笑みを浮かべながら、都が捩花を振り回した。槍撃と共に大波が舞い上がり、槍の動きに追従するようにして襲いかかってくる。

 捩花は流水系――水を操る能力を持った斬魄刀だ。

 ただの水にしか見えないその波も相手を粉砕するだけの破壊力を誇る。

 

「舐めん……なッ!」

「あはっ♪」

 

 捩花の一撃を金剛にて受け止める。

 薙刀と三叉槍、二本の長柄武器同士が衝突し合い、甲高い金属音が鳴り響いた。

 一瞬遅れて捩花の生み出した波が砕け散り、ピシャリと音を立てながら床へと落ちる。金剛の能力にて一時的に固められ、捩花の影響下から外れたためだ。

 

「水を操る捩花を相手に、固めるだけの金剛だと……ちょっと厳しいかしら?」

「……言ってろ!」

 

 今度は海燕が攻める番だ。

 遠心力にて大きく勢いをつけながら振り回す横薙ぎの攻撃を、けれども都は捩花にて受け流す。

 

「まだまだぁっ!」

「ふふ……」

 

 受け流されたとて、攻撃は止まらない。攻撃の勢いを利用してそのまま今度は振り下ろしの一撃を放った。

 だが都はそれを予測していたらしく、三歩ほど下がって紙一重で避ける。

 

「隙あり、よ?」

「ねえ、よっ……!」

 

 攻撃が空振り流れに切れ目が生まれる。

 その瞬間を狙い都は捩花にて一文字突きを繰り出すが、海燕もまた反応していた。金剛を持ち上げると、三叉槍の隙間――叉の間に柄を差し込んで受け止める。

 

「そうかしら?」

「ぐっ!!」

 

 受け止められたと分かるや否や、都は手首を捻り捩花を手の中で半回転させた。

 さながらパスタをフォークで巻き取る時のような動きだ。回転の勢いに巻き込まれて支えきれず、海燕の手から金剛が弾かれ零れて落ちる。

 

「言ったでしょう? 隙ありだって……」

 

 片手で慌てて拾い上げるが、それは大きな隙を相手に晒すことになった。

 手の中で回転を続けながら都は再び突きを放つ。加えて今度は捩花の能力を併用している。海燕の目に映ったのは、銃弾のように螺旋を描きながら大質量の水が凄まじい勢いで襲いかかってくる姿だった。

 

「うおおおっ!!」

 

 全力で背後に向けて跳躍する。その際海燕は、鉄砲水の先端を金剛で斬りつける。

 能力にて圧し固められた水の先端はまるで壁のように変化して固定された。だが壁としての役割を果たせたのは一瞬だけだった。

 後から続く水流に押し流され、即座に砕け散ってしまう。

 それでもコンマ一秒程度の時間は稼げたらしく、なんとか直撃だけは避けられた。

 

「ほら、だから言ったじゃないの。金剛だと厳しいって……諦めて、私と一緒に虚圏(ココ)で暮らしましょう?」

「ハッ……! 何、言って、やがる……」

「強がっても駄目よ海燕。ほらその傷、とっても痛そう」

 

 再び高い位置で捩花を構えながら、都が指摘する。

 それは彼女が刺し貫いた腹の穴のことだ。簡易な手当こそしたものの、先ほどの鉄砲水で限界を超えたのだろう。

 再びどくどくと血を流し始めている。

 加えて痛みはまるで消えていないため、絶え間なく襲い来る激痛が海燕の動きにどうしても制限を設けてしまう。

 

「仕方ないわね……海燕は、こういう戦い方は嫌いだったけれど……」

「オイオイ……」

 

 にっこりと微笑みながら構えを解くと、代わりに捩花を天へ掲げる。

 穂先に瞬く間に水が集まっていき、やがてそれは巨大な塊となっていく。中空へと生み出される小さな湖のような水塊を眺めながら、海燕は都の言葉に少しだけ納得していた。

 

「痛いのなんてすぐに飛んでいくわ! ペチャンコになっても、海燕ならきっと平気よね!?」

「うおおおっ!!」

 

 巨大な水の塊が海燕目掛けて降り注ぐ。

 膨大な量をただ相手に向けて叩き付けるだけという、豪快すぎる戦法。確かに有効ではあるものの隙が大きく、なにより当たっても外れても周囲への被害が甚大なため、海燕はあまり好んで使わなかった技だ。

 

 とはいえ今は好き嫌いなど言っていられない。

 大質量に加えて広範囲のため、金剛の能力で防ぎきるのも難しい。最も確実なのは効果範囲から逃れることだ。

 瞬歩(しゅんぽ)を用いて全力で距離を取った数秒後、天から降り注いだ水塊が床を砕いていく。

 

「――んで、こうだろっ!?」

「あら?」

 

 効果範囲から逃れきると同時、背後に向けて海燕は金剛を振るう。

 捩花と金剛の刀身同士が再び衝突し合った。

 

「よくわかったわね」

「あんな派手な技、そうそう、当たるかよ……なら、次の一撃は絶対にある……決まってんだろ……」

「さすがね海燕! 私たち、お互いにお互いのことを分かっている……!! 本当によく分かっている!! ああっ、なんて素敵なのかしらっ!!」

「勝手なこと、ばかり、言いやがって……」

 

 攻撃を受け止められたというのに落胆もせず、むしろ歓喜の感情を見せる都の姿はなんとも不気味だった。

 相手の都合など一切考えず一方的に押しつけてくるその姿に身震いすら憶えながら、海燕は懐へと手を伸ばす。

 そこには虚圏(ウェコムンド)への出発直前に手渡された傷薬がある。疲労と激痛、出血の苦痛に加えて目の前の相手の毒気から逃れるためか、無意識に薬を求めたようだ。

 

「あら、何をしているのかしら海燕?」

 

 そんな動きすら都は見逃さなかった。

 尋ねられたことで、海燕もまた自分が何をしようとしていたのかに気付いた。

 

「……薬だよ。このまんまじゃ、ぶっ倒れちまうんでな」

「ふふ、おかしいわね海燕ったら……それを望んでいる私が、回復なんて許すと思う?」

「だよなぁ……」

 

 射貫くような視線を向けられ、懐に伸ばした手を渋々引っ込める。そしてわざとらしいくらいに大きな溜息を吐き出してみせた。

 

「ちっ、せっかく四番隊のあんにゃろから貰った特別品だってのに、出番は無しかよ……」

「四番隊の……ああ、湯川藍俚(あいり)が作ったのね。危ない危ない、そんな薬であれば、なおさら使わせられないわ」

 

 その言葉で誰が作ったものか、感付いたのだろう。せっかくの優位を崩されぬようにと海燕の懐を油断なく睨みつける。

 さらに強くなった圧を都から感じながら、海燕は口の端を釣り上げた。

 

「く、くく……あはは……あっはっはっはっはっ!!」

「な……何っ!?」

「だよなぁ……わかるぜ。アイツは副隊長時代が長かったからな、俺もつい癖で『湯川』って呼んじまう時があんだ。気持ちはよくわからぁ……」

 

 痛みが残っているのだろう、不格好ではあるもののニヤニヤと笑みを浮かべながら相手を眺めている。

 その言動の意味が理解出来ず、都は困惑していた。

 

「けど都はな、湯川のことを絶対にそんな風に呼ばねえんだ。アイツは細かい部分もきっちりしてっからよ……当時は湯川"副隊長"で、今は湯川"隊長"って呼ぶんだよ。それも必ずな!」

「……ッ!」

 

 そこまで告げられて、ようやく都は己の失言を笑っているのだと気付く。

 

「もしお前が寂しさで狂っただけの、もう一人の都だったとしても、だ。呼び方の癖までそうそう変わるもんじゃねえ……もしもお前が操られているだけなら、俺が都のことを見抜けねえわけがねえ……つまりテメエは、都でも何でもねえ! ただ姿形を借りているだけの偽物だ!!」

 

 最後に「呼び名の違いに最初に気付かなかったのは俺のミスだがよ」と自戒するような言葉を付け足しつつも、海燕はそう断じる。

 

「……ふふ、くくく……」「……フフ、ククク……」「あははははっ!!」「アハハハハッ!」

「な、なんだ……!?」

 

 返ってきたのは、笑い声だった。

 それも一つではない。

 似ているがどこか異なる二重に重なった嘲笑の声に海燕は周囲を見回し、やがて気付く。

 

「あーあ、もう少し遊べると思ったんだけどな……」「モウ、騙セナイミタイダ。ジャア仕方ナイ、隠ス意味モナイカラネ」

「この声……目の前のニセモンからかよ……っ!」

 

 偽者と断じられた都の顔が、どろりと溶けた。飴細工に超高温を近付ければ、おそらくはこんな風に溶けていくのだろう。

 溶けたその下を見て、海燕は絶句する。

 そこにあったのは、真っ赤な液体に満たされたカプセルだった。その中に鞠のような大きさの顔が二つ、浮かんでいる。

 

「自己紹介シテオクヨ……僕ラガ、第9十刃(ヌペーノ・エスパーダ)」「アーロニーロ・アルルエリだ!!」

 

 二つの顔が、交互に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「強え強えとは思っちゃいたが、十刃(エスパーダ)かよ……」

「そうさ。気付いていなかったのかい?」「ソレトモマサカ、本気デ志波都ダトデモ思ッテイタノカナ?」「もしそうならお前は実に滑稽だな」

 

 二つの顔が互いに喋るため聞き取りにくさを感じつつも、海燕は吐き出す。

 

「いや、どっちかってーと、テメエみたいなバケモン相手に一瞬でも気を許した俺自身に腹が立つぜ……!」

「ヤハリ顔ノ事ヲイウンダナ。ケレド」「この顔の感想は、とうの昔に聞き飽きている」

「だからこの顔と姿は、実に都合が良いのさ」

 

 カプセルの中に浮かぶ顔。その一つから肉が表面へと浮かび上がり、やがて再びアーローニーロの顔は都のそれへと戻った。

 

「あの化け物の様な姿とは違って、この姿はとても美しくてね、気に入ってるんだよ。それに女というのもありがたい。お前のように油断してくれる馬鹿が増える」

「……チッ」

「中々楽しかっただろう? 本物の志波都が死んでいてくれればもっと面白い芝居になったんだがな。生きている以上はアレが限界……あはっ! あはははははっ!! 傑作だった、実に傑作だったよ!! 笑いを堪えるのが大変だった!! まさか本当に、目論見通りに引っかかるなんて!! あははははははははっ!!!!」

 

 そこまで語ったところでアーロニーロはおもむろに俯き、小刻みに肩を震わせる。だがやがてそれも我慢出来なくなったのか、弾かれたように勢いよく顔を上げると盛大に哄笑を上げる。

 

「『ねえ海燕、近寄っていい? 刺していい?』 ……あははははははっっ!! あんな言葉に簡単に騙されるなんて……!! これだからこの姿は面白い!! オレの所まで来てくれて、本当に嬉しかったよ!!!!」

「抜かせ……テメエがあんだけ霊圧を放ってたから寄っただけだ……」

「その霊圧を感じ取っておきながら、信じ込んだのはどこの馬鹿だ? オレの言葉を信じて、疑いもせずに近寄って来たのか? 危険だと分かっていたのにか?」

 

 よほど面白いのだろう、志波都の上品な相貌を下品に崩しながら笑い声を上げる。

 それに対し、海燕は真剣な表情で答えた。

 

「アレが本当に切り捨てられた都の意思だったかもしれねえ……あの時点じゃまだ、極々低くても可能性が残っていた……なら、見捨てたら俺はきっと一生後悔していた……そんだけだ」

「そんな低い可能性に賭けた結果が現状だ!! (ホロウ)の世界じゃあ、考えられない!! 弱い奴、負けた奴は全員喰われるってのに!!」

「お前に喰われたあの(ホロウ)みたいに、か?」

 

 そう尋ねた途端、笑顔がピタリと止んだ。

 

「特定の(ホロウ)を喰らって力も記憶も、存在全てを自分の物にする――そんなところだろ?」

「なるほど、馬鹿だが馬鹿じゃないらしい」

 

 アーロニーロは見せつけるように左手袋を外す。その下からは、口の付いた触手のようなものが現れる。

 

「その通りだ、オレの能力は喰虚(グロトネリア)、死した(ホロウ)を喰らってその能力と霊圧を我が物とする能力! この姿はお前と戦って敗れたメタスタシアをオレが喰らって手に入れた! 志波都の記憶と肉片の残滓、そしてお前の斬魄刀! それらを持って還ってきたからなぁ!! 全てありがたく頂戴したよ!!」

「やっぱりか……」

 

 海燕は納得したように頷く。

 

「言葉も動きも、都の生き写しみたいだったぜ……あのメタスタシアって(ホロウ)がコピーしてやがったのか? けど、記憶は読み取れても完璧に自分の物にしたわけじゃねえ。俺を騙すことだけに熱心になってたあまり、それ以外の事にゃつい気を抜いて素を出しちまったってわけだ……案外、大したことねえ能力だな」

「ほざけ!!」

 

 そう口にした途端、アーロニーロは激昂する。

 

「なら、その大したことのない能力で葬ってやろう! ……喰らい尽くせ! 喰虚(グロトネリア)!!」

 

 帰刃(レスレクシオン)した瞬間、アーロニーロの下半身が爆発的に膨れ上がった。

 

「コイツは……」

 

 その姿は、歴戦の勇士である志波海燕すら反射的に恐怖を感じてしまうほどだ。

 巨大な肉の塊――蛸に似た何か――の上に、志波都の上半身が生えていると表現するのが最も近い言い回しだろう。

 ただ、問題なのはその大きさだ。

 高さだけでも海燕のおよそ十倍、幅に至っては海燕の二十倍かそれ以上はある。

 

「いい顔だ、恐怖しているな? もっと恐怖しろ! 今までオレが喰らった(ホロウ)の数は、三万三千六百五十!! 最下級大虚(ギリアン)でしかなかったオレはこれだけの数を喰らい、第9(ヌペーノ)の数字を与えられた! これがオレの喰らってきた全ての(ホロウ)の力だ!」

「マジかよ……」

「そしてオレの喰虚(グロトネリア)は喰らった(ホロウ)の能力を全て発現できる! 三万を超える(ホロウ)の大軍勢を相手に、一人で勝てるものか!!」

 

 ――三万。

 言葉にすればたった一言でしかないが、実際に目にすればこれほど絶望的なこともそうないだろう。

 

 だが海燕の胸中には、一片の絶望もなかった。

 

 ――コイツは都じゃねえ……それどころか、都の影を利用して好き放題に(けが)していやがるクソ野郎だ! だったら……

 

「もう遠慮はいらねえよなあああぁぁっっ!!」

 

 腹の怪我も痛みも頭の中から吹き飛んでいた。

 両手でしっかりと薙刀――金剛の柄を握り締めながら、海燕は斬魄刀を振るう。

 

「馬鹿が! 遠慮が不要なのはこっちも同じなんだよ!!」

「ぐおおっ……!!」

 

 薙刀の一撃を下半身から生える触手にて受け止めると同時、触手の一部分から(ホロウ)の仮面が浮かび上がるとそこから海燕目掛けて高温のガスが噴出した。

 即座に反応して金剛で斬りつけたものの、気体が相手では少々分が悪かったらしく、まともに受け止めてしまった。さらに高温に加えて腐食の性質も持っているらしく、身体中がビリビリと鈍く痛む。

 

「この姿に加えて、全ての能力を自由自在に扱える! わかるか!? もうお前に合わせて我慢する必要はない! お涙頂戴ごっこの時間は終わりってわけだ!! つまりは!!」

 

 四本の触手がアーロニーロの背後へゆらりと立ち上る。その触手の一面に(ホロウ)の仮面が、蛸の吸盤のように整然と浮かぶ。

 

「こういうこともできるってことだ!!」

 

 その並んだ仮面全てから、一斉に虚閃(セロ)が放たれた。何百にも及ぶ光線が列を為し海燕目掛けて殺到する。

 

「ぐ……おおっ……!!」

 

 再び金剛を振り回し、虚閃(セロ)の光すら固定しながらどうにか躱していく。だがどれだけ走り身を躱せども、虚閃(セロ)の追撃には終わりが見えなかった。

 避ける先を予測するかのように触手が蠢き、追加の虚閃(セロ)を放つ。飛び回り、転がり回るようにしながらも、海燕はどうにか直撃を避けていく。

 

「無様に逃げ回ってんじゃねえ! とっとと諦めて、オレに喰われちまいな!! そうすりゃ今度はオレが志波海燕だ!! 続きは本物の志波都とやってやるからよぉっ!!」

「……っざけんな!! 破道の五十四! 廃炎!!」

 

 その言葉は看過できなかったのだろう。

 片手で鬼道を操り、アーロニーロの上半身目掛けて円形の炎を放つ。

 

「はっ! その程度かよ!?」

 

 肉の塊となった下半身が蠢き、新たな触手が数本飛び出す。その一本一本が海燕の胴回りよりもずっと太く、巨木の幹のようだ。

 触手の壁に阻まれ、鬼道の炎は上半身に届くことなく肉塊を焼くに止まった。

 

「破道の八十八、飛竜撃賊震天雷砲!!」

 

 ならばとばかりに、海燕は再び鬼道を唱える。

 チマチマした攻撃では効果が無いと思ったのか、はたまたアーロニーロの全体を焼き尽くそうと思ったのか、放たれたのは極太の雷だ。

 目論見通り、アーロニーロの巨体であっても半分ほどは包み込めるだろう。

 

「わかんねぇのか!? 無駄なんだよ!!」

 

 今度は元々生えていた巨大な触手を数本纏めて持ち上げ、壁を作る。

 そこへ鬼道の雷が衝突した。ジュウジュウと肉の焦げる音と匂いを放ち触手を焼くものの、焼き切るまでには至らない。

 それどころかアーロニーロの上半身は全くの無傷だ。

 

「惜しかったなぁ! だが――」

「破道の七十三! 双蓮蒼火墜!! 破道の七十三! 双蓮蒼火墜!!」

 

 懲りずに海燕は鬼道を唱える。

 ならば今度はと、二重詠唱の要領で二つの鬼道を同時に放つ。二つの蒼い炎がアーロニーロへと迫る中、さらに海燕の声が響く。

 

「君臨者よ・血肉の仮面――蒼火の壁に双蓮を――万象――ヒトの名を冠す――」

「今度は後述詠唱で威力を上げようってか!? 馬鹿が! そういうのを、猿知恵っていうんだよ!!」

 

 一度放った術へ後から詠唱を口にすることで強化する後述詠唱。二つの炎は勢いを増して襲いかかるものの、やはり結果は同じだった。

 それぞれの炎は巨大な触手を一本ずつ焼くものの、焼き切るには至らない。

 

「破道の五十八! 闐嵐(てんらん)!!」

「はぁ? 闐嵐だとぉ!? く……っ」

 

 思わず訝しげな声が上がった。

 闐嵐は竜巻を放つ鬼道だ。風圧や真空の刃といった攻撃力はあるものの、直接的な威力は今まで放った術と比較すれば大きく劣る。

 風圧に圧されて多少なりとも動きは鈍るものの、今のアーロニーロは巨体である。その影響はほとんど無いと言える。

 ならば一体何が――そう考えていたときだ。

 

「ちぇええええぇぇぇぃっ!!」

 

 動きの鈍った下半身目掛けて、海燕が勢いよく金剛の刃を食い込ませた。その一撃は、先の鬼道による後押しもあって触手を大きく切り裂いていく。

 惜しむらくは、切断ができなかったことだろう。一撃で切り捨てるには、触手が巨大すぎる。

 

「ちっ! それが狙いかよっ!!」

「っっおおおりゃあああぁぁっ!!」

 

 周囲を駆け回りながら同じように金剛を振るっていく海燕の姿に、アーロニーロはその狙いを推測した。嵐は只の目眩ましと動きを封じるためのものでしかない。

 本当の狙いは――

 

「この喰らった(ホロウ)どもの肉体を固めて、動けなくすることだろうが!!」

 

 なるほど、金剛の能力を全開にすればそれも可能だろう。

 圧縮して固めてしまえば、筋肉の収縮が出来なくなる。柔軟性を失った触手などただの肉の塊、どれだけの質量があろうとも障害物に成り下がってしまう。ついでに奪った能力を発動させるのも難儀となり、全体的な戦力低下をも狙った作戦。

 アーロニーロが奪い取った志波都の記憶からも、それは可能だろうと推測する。

 

「そんなもん、お見通しだ――ぐおおおっ!?」

 

 看破した目論見を叩き潰してやろうとした得意げになって動いたその瞬間、空間が爆ぜた(・・・・・・)。凄まじい威力の衝撃波が生み出され、それは近くにあった触手の一本をもぎ取ってなお足らないとばかりにアーロニーロの下半身を円形状に抉り取る。

 

「ば、爆発……だと……こんなもの、一体何が……!?」

「そうだよなぁ……テメエじゃ絶対わかんねえよなぁ!!」

 

 狼狽するアーロニーロの表情を見てようやく溜飲が下がったようだ。海燕は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「貴様の仕業か、志波海え……ぐおおおおっ!?」

 

 にやけ顔に苛立ち、叩き潰そうとしたところで再びの爆発がアーロニーロを襲う。

 先ほどは左側の外縁部分の触手であったが、今度は右側だ。爆発が身体を肉ごと乱暴に毟り取る。

 

「おいおい、動きにゃ気をつけろよ。なんせその辺りは、爆弾の巣になってんだからな」

「爆弾の巣……だと……?」

「ああ、そうだぜ。嘘だと思うんなら、お前が奪った都の知識に聞いてみりゃいいじゃねえか」

「く……っ! まさか、金剛の能力なのか!? そんな馬鹿な……!!」

 

 ――まあ、絶対に知るわきゃねえよな。なんせコイツは、都に金剛を託されてからようやく使える様になったんだからよ。

 

 そう心の中で注釈を付け足す。

 

 爆弾の正体は単純明快、金剛の能力によって圧縮された空気だ。

 圧縮された空気はアーロニーロが触れた瞬間に解き放たれる。圧縮された力が大きければ大きいほど、解放された際の威力もまた大きくなる。

 火薬ではなく、圧縮空気の爆弾。

 逃げ回り反撃を繰り返すその裏で少しずつ空気爆弾を仕込み続け、アーロニーロを罠に嵌めた。

 ただそれだけのことだ。

 

 ――絶対に、教えちゃやらねえけどな!

 

「ぐおおおおっ!?」

 

 心の中の声に反応したかのように再びアーロニーロの肉体が爆弾に触れ、爆発が起こる。

 しかも今度は位置が悪かったらしく、本体となる上半身にも被害が及んでいた。衝撃に身体の一部を削り取られ、血が噴き出す。

 

「ぐ……おのれ、おのれ……っ!! なんだかよく分からないが、これなら!!」

 

 爆発を恐れているのだろう、触手を(たてがみ)を逆立てるように掲げて上半身を守護させながら、捩花を大きく振りかぶる。

 触手の壁の中、捩花を中心に大量の水が集まっていく。

 

「そりゃま、次はそう考えるよな」

「ほざけえぇぇっ!!」

 

 予想通りのその行動に、海燕は思わず嘆息した。

 先ほどの、志波都に化けていたときの戦いでは、金剛は捩花の能力を相手に防戦一方だった。

 ならば今回も同じだろう。

 この空気爆弾のことを理解できずとも、斬魄刀の能力相性を考慮すれば、悪くても引き分けには持ち込めるはず。

 自身が喰らった三万を超える(ホロウ)の能力を下手に使うよりも、優位に立った実績がある流水系の能力を無意識に選んでしまうのも、仕方のないことだろう。

 今のアーロニーロは、未知の恐怖に追われているのだから。

 

「この大量の水で全てを押しつぶしてやる! そうすればその妙な爆弾も使えないだろう!!」

「悪いけどな、こっちの準備はもうとっくに済んでんだよ!!」

 

 その言葉と同時に周囲が一斉に爆発した。

 なるほどこれだけの数の爆弾が仕込まれていたのかと感心する一方で、アーロニーロはどこか安堵もしていた。

 これだけの数の爆破と準備と言う言葉、ならばこの一斉爆破にて勝負を決するつもりだったのだろうと考える。だが残念なことにアーロニーロは健在だ。当然ダメージは負ったが、この程度ならば再生も容易い。

 

「なにが準備だがあああああああああああっっ!?!? あっ、熱いいいいいいいいいっ!!!!」

 

 圧倒的な水圧にて押し潰してやろうとしたところを、猛烈な熱がアーロニーロへ襲いかかった。

 それは、熱いなどという言葉で表現できるような生やさしいものでは決してない。

 

「アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイイィィッィッ!!!!!」「焼ける灼ける焼ける灼ける焼ける灼ける!?!?!!?」

 

 それまで被っていた志波都の皮を一瞬でどろりと融解させ、顔が浮かぶカプセルまでもを一瞬で跡形もなく融かし尽くしてしまう。内側に満たされていた液体などコンマ一秒も経たずに蒸発してしまい、膨大な熱がアーロニーロ本体の顔を炭化させる。

 

「おまおまえおまえのしわ海燕あづあつあやけしぬぬ死死死死死死死!!!!」「シバシバシバシカイエンンンガガアガガアアアアッガアアァッァッ!!」

「言ったろうが! もう遠慮はしねえってなあっ!!」

「ぐ、が、ぎゃあああああああああああああああああああっっ!!」「ガガガガガガガゥツゥッッッッッッッッッッッッッ!!!!」

 

 下半身とて同じ事だ。

 襲いかかる熱量に肉は炭となるまで焼焦げても足らず跡形もなく蒸発していく。

 その様子はまな板の上の鯉ならぬ、溶岩の上の肉といったところだろうか? 水分や脂肪などが熱で弾ける間すらない。再生しようのもその元となる肉体そのものが消えていく。

 

「……ざまぁ、みろってんだ……」

 

 大急ぎで張り巡らせた結界の中でその様子を眺めながら、海燕は毒づく。

 

 空気とて圧力が加われば分子運動が活発となり熱を生み出す。

 高熱化してもなお金剛の能力にて圧力を掛け続ければ、それはやがて物質の第四状態であるプラズマ――厳密な意味では違うのだろうが――にまで至る。

 アーロニーロを焼き尽くしたのは、この数千度にまで達したプラズマだ。

 鬼道にて熱を生み出し、嵐を生み出して目を眩ませる。

 爆弾を用いることで爆縮圧縮の一助としてまで生み出した、とっておきの大技だ。

 

 志波都が手にしていた頃の金剛では、この様な使い方はありえなかった。

 彼女はその能力を防御や補助といった、いわゆる仲間を護るために使っていた。勿論その使い方も間違いではない。

 だがそれも志波海燕が手にしたことで変わった。

 斬魄刀を使いこなしてやろうと様々な使い方を試し、人に相談することでやがて彼はこれらの利用法まで行き着いた。

 とはいえ生み出すまでの仕込みの大変さや、なにより威力が高すぎて全力で結界を張ってもなお術者がダメージを受けるという諸刃の剣でもあるのだが……

 

「……くっ……! くそっ、まだだ……湯川の薬がありゃ、もう少し……」

 

 激痛と出血で疲弊しきっていたところを高熱で焼かれ、フラつき意識を飛ばしそうになりながらも海燕は必死で身体を動かして治療を始める。

 

「……お……っ……」

 

 だが、どうにも限界を超えていたようだ。乱暴に、それこそ患部に薬を叩き付けたところで、海燕は白目を剥いて意識を失う。

 

 

 

 

 

 

 ――やれやれ。ようやく迎えに来やがったと思ったらこのザマか。頭ン中カラッポなんじゃねえのか? あんなのどう考えたって罠だろうが。

 

 ――ええ、私もそう思います。ですが九分九厘……いえ、十割罠だったと理解していても、手を差し伸べずにはいられなかった。それだけ都のことを想っていたという証拠でもありますよ?

 

 ――その結果がコレだぞ!? ったく、あの気持ち悪い(ホロウ)に付き合わされて虚圏(ウェコムンド)くんだりまで連れてこられて、その結果がコレ!! ……俺もお前も、どうやら主にゃ恵まれなかったみてえだな。

 

 ――そうですね。ですが、決して嫌いではありませんよ。なにより、あなたもそう思っているから……

 

 ――だーもう! わかったわかった! 皆まで言うんじゃねえよ! しかたねえな、やるぞ金剛。

 

 ――ええ、それでは……知らぬ間柄ではありませんが、改めて。これからよろしくお願いしますね、捩花。

 

 

 

 

 

 

 動く者のいなくなった空間の中。

 倒れ伏せた海燕の姿を、二振りの斬魄刀だけが眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そういやお前、実体化したんだって?

 

 ――羨ましいですか?

 

 ――べっ、別にィ! ただちょっと小耳に挟んだだけだし!!

 




●熱力学(みたいなもの)
なんかこう、そういうものだとおもってください
(「圧縮すりゃ温度が上がるんだよ」「すっごーい」くらいのお気持ちで)

●アーロニーロ(都さん(美女)バージョン)
今で言うバ美肉ですね。
原作では美男、こっちでは美女! 恵まれてるなコイツ。

(しかし、あの本体が本文中の台詞を言ってたと思うと噴飯ものである。
 しかも認識同期でネカマプレイ拡散


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第226話 黒と黒と白

「……この霊圧!」

「志波副隊長ですよ!」

 

 回廊を駆け抜け続け、出口が見えてきた頃だろうか。突如足を止め、明後日の方向へ向かって一護は勢いよく振り返る。

 それは桃も同じだった。彼女も同じように足を止め、霊覚から海燕が戦い始めたことを感じ取る。

 

「ふぇ、どうしたんスか!?」

「わかんねえのかネル!! 海燕さんが戦い始めたんだよ!」

「海燕って……あの一護みてえな格好した死神のことっスよね?」

「そうだよ! バラバラになっちまったが、その人が戦い始めたんだよ! くそっ……チャドも戦い始めたみたいだしよ……」

 

 海燕の霊圧を感じ取ったのと同じく、泰虎の霊圧も一護は感じ取っていた。

 戦っている相手が誰かまでは分からないものの、強力な霊圧を放っていることまでは感じ取れる。感じ取れてしまう。ゆえに焦燥感を感じてしまう。

 このまま敗れ、殺されてしまうのではないかという最悪の考えが頭を過る。

 

「茶渡さんのところには、吉良君が一緒にいるみたいですよ? だからまだ大丈夫です!」

「けどよ、いくら吉良がいても……」

「絶対に大丈夫です! 吉良君、ちょっと不器用だけど実力は本物ですよ? それに茶渡さんだって、先生や狛村隊長が目を掛けてくれてますから! だから絶対に大丈夫です!!」

「お、おう……」

「そ、そっスか……」

 

 強い口調でそう断じられ、ネルと並んで一護も素直に首を縦に振る。

 

「んじゃ、とっととココを出ちまおうぜ。それから応援に行きゃ間に合う――」

「大した言葉だな。信頼というものか?」

 

 一護の言葉を遮るように、別の声が回廊内に響く。

 

「て、てめえは……」

「……久し振りだ、死神」

 

 出口にいつのまにか、ウルキオラの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「テメエ……」

「お前ええええっ!」

 

 一護が相手の名を口にするよりも先に、雛森が飛び出した。

 

「な、なんだ! 雛森さん!?」

「お前はっ!! お前がっ!! 弾けっ、飛梅!!」

 

 狂乱したように叫び声を上げつつ斬魄刀を始解させると、凄まじい勢いで火の玉を放つ。

 

「なんだ、これは?」

 

 迫り来る火球に対しウルキオラは片手を向けると、そのまま掴み取り握り潰した。単純に強い霊圧を手に纏うことで火球を包み込み、圧壊させただけのことだ。

 

「どうしたんだ、落ち着け!」

「落ち着いて……落ち着いてなんていられません! だってこの破面(アランカル)は、私が負けた相手……」

「……え?」

「織姫さんを連れ去った相手なんですよ!!」

「なん、だと……!?」

 

 悲痛に叫ぶ桃の言葉に、一護は驚愕の表情を浮かべた。

 

「そうだ、俺がやった」

「テメエが、テメエを井上を……」

 

 事実を知らされ、憤怒の形相でウルキオラを睨み付けるその一方、桃は斬魄刀を構えたまま申し訳なさそうな表情を見せる。

 

「ごめんなさい黒崎さん……私が、私がもっと強かったら、織姫さんを連れ去られるようなことはなかったのに……!」

「雛森さんのせいじゃねえよ……」

「……ああ、思い出したぞ。お前、井上織姫を虚圏(ウェコムンド)に連行する時にいた死神か」

「ッ!!」

 

 歯牙に掛けられなかったどころか、今まで忘れられていた。その言葉を耳にした途端、桃の意識が瞬時に沸騰した。

 挑発の可能性すら忘れて、彼女は全力でウルキオラ目掛けて斬り掛かる。

 

「ふざけ、るなっ!!」

「まさか生きていたとは思わなかった。だが、また大穴を開けられたいのか? 実力の差は理解できたはずだ。それとも今度こそ死にたいのか?」

「うるさい!」

「ああ、そうか。四番隊、だったか? ならば納得だ。死に損ないにはふさわしい」

「うるさいうるさい!!」

 

 だが攻撃を、ウルキオラが素手で受け止めた。

 続いて何度も斬りつけるものの、その全ては余裕を持って受け止められていく。

 そもそも桃の動きは精細さを欠いていた。意図してやったことではないにせよ、ウルキオラの言葉は桃の逆鱗に触れたらしい。怒りに任せて荒い攻撃を繰り出すその様子は、相手から見れば隙だらけでしかなかった。

 攻撃を防ぎつつ、あの時の再現とばかりにウルキオラは片手に霊圧を込める。

 

「雛森さん!!」

 

 その動作に気付いたわけではなかっただろうが、期せずしてタイミングは同じだった。

 乱雑に斬りつける雛森の動きに合わせて飛び込むと、桃を掴まえると仕切り直しとばかりに一護は大きく距離を取る。

 その場に残されたのは攻撃の機会を失ったウルキオラだけだ。

 存外冷静な行動を取って見せた一護の動きを目で追いつつ、出番を失った片手を所在なさげに動かしていた。

 

「く、黒崎さん!?」

「すまねえ、けど落ち着いてくれ!! そんな乱暴な動きじゃ、勝てる戦いも勝てねえんだ!」

 

 少し離れた場所まで移動し終えると桃を少し荒く手放しながら、一護は叫ぶ。

 

「それに、俺だって同じ気持ちなんだぜ……井上を連れてったコイツは、俺だって許せねえ!!」

「う……そ、そうでした……! ごめんなさい」

「謝るこたぁねえよ。下手すりゃ俺が雛森さんの立場になってたかも知れねえんだ。むしろこっちが礼を言いてえくれえだ」

「あ……ありがとうございます! でもその言葉は、私じゃなくて織姫さんに掛けてあげて下さいね?」

「な、なんで井上が……! あ、いや……わかったぜ! なら――」

 

 背負った斬魄刀――斬月を構えながら、小さく礼の言葉を口にする。それが彼女を気遣っての言葉と理解した桃もまた飛梅を構え直すと、小声で軽く打ち合わせを始める。 

 

「話は済んだか?」

「まあな」

 

 事の成り行きを見物していたウルキオラが頃合いかと声を掛ければ、一護と桃の二人は彼を囲むように少しだけ離れた位置に並ぶ。

 

「悪いけどよ、俺たちどっちもお前を倒してぇんだわ。だから、二人掛かりで戦わせて貰うとするぜ?」

「今更卑怯だなんて、言いませんよね?」

「構わない」

 

 正々堂々と二対一を告げる二人へ、ウルキオラは感情を見せぬ瞳で頷いた。

 

 それが合図となったかのように一護は飛んだ。(ホロウ)の仮面を被りながら。動きに惑わされたか、一護の霊圧の変化に気付くのにウルキオラは若干遅れる。

 

「月牙! 天衝!!」

「……!」

 

 (ホロウ)化と同時に斬魄刀へ霊圧を集中させると、一護は全力で月牙天衝を放つ。身体全体から霊圧を絞り出し、真っ黒に染まった一撃を放つ。

 けれどもウルキオラは、先ほど飛梅のつぶてを握り潰したのと同じ要領で両手に霊圧を込めると月牙天衝の霊圧を両手で受け止める。

 

「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる――」

 

 その後ろでは、桃が一心不乱に詠唱を唱え印を結ぶ。己の霊圧を最大限に高めると、今から放つ鬼道へ向けて全力で霊圧を注ぎ込んだ。

 

「破道の九十! 黒棺!!」

「これ、は……!」

 

 月牙天衝を受け止め続けるウルキオラの周囲を、黒い棺が囲む。続けて重力の奔流が、棺の中の全てを圧砕せんと押し寄せる。

 

「……馬鹿な」

 

 黒の波に飲み込まれる直前、白い破面(アランカル)から聞こえたのは、どこか惚けたような、そんな一言だった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「うっし! やったな雛森さん!」

「え、ええ……なんとか、上手く行きましたね」

 

 月牙天衝と黒棺、二つの大技にウルキオラが飲み込まれたのを確認すると(ホロウ)化を解放して一護は叫ぶ。

 桃の方はといえば、九十番台の鬼道を完全詠唱にて放った疲労からか息を切らしているものの、一護と同じく喜んでいる。

 

 戦闘開始直前の簡易打ち合わせ、その内容は「互いの大技を放つ」というものだった。息を合わせ、互いの技の相乗効果にて一撃でカタを付ける。

 奇しくもドルドーニ相手に八対一の戦いを繰り広げたおかげで、タイミングはある程度掴めている。

 ならば後は実行するだけ、簡単な作業だ。

 

「す、すっげえ威力だったっスよ……大丈夫っスか?」

「へへ、まあな」

「ネルちゃんこそ大丈夫?」

「ネルは平気っスよ! でも、天蓋の(スた)でこんなトンでもねえ威力の技を使うなんていいんスか……」

「なんだそりゃ?」

「あり? なんでネルは心配スてるんスかね……?」

 

 二人の技の威力にネルが天を見上げながら、理由も分からずに首を捻っていた。

 

「……驚かされた」

 

 遠くから、声が聞こえた。

 その声に三人の動きが硬直する。

 

「危うく、禁を犯すところだった」

「ば、馬鹿な……」

「嘘……っ!!」

 

 全員の視線を一身に受けながら、ウルキオラが黒の力場の中から姿を見せる。

 それまで腰へ差していた斬魄刀を引き抜き構えていた所を見るに、黒棺と月牙天衝という二つの技を前に、素手で乗り切るのは難しかったようだ。

 そして、そうしてもなお無傷とはいかなかった。末端部分が軽くひしゃげ、身体のあちこちからは血を流してる。

 特に被害が大きいのは服だ。威力に負けて引き千切れ、手足や上半身が露出している。

 

 おかげで、胸に刻まれた、4という数字もよく見える。

 

「知らなかったか? ならば改めて名乗ろう」

 

 視線がどこに注がれているか、気付いたのだろう。

 

「俺の名はウルキオラ・シファー、第4十刃(クワトロ・エスパーダ)だ」

 

 動きの止まった二人の死神を、手にした斬魄刀で切り裂きながら名乗った。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、お前の進化は俺の目論見には届かなかった。ここまでだ」

 

 血溜まりに倒れ、聞こえているかいないのかは、判別が付かない。それでも一護目掛けてウルキオラは告げる。

 

「そこの女」

「……っ……は……っ……」

 

 感情の見えない目で桃を見下す。

 見下された桃は荒く息を吐き斬魄刀を強く握り締めるも、そこまでだった。

 元々彼女はウルキオラから受けた負傷から、本調子とは言えない。責任感から気丈にも虚圏(ウェコムンド)までやって来ても、精神的に乗り越えるのはまだもう少しの時間が必要だった。

 そこに、同じ相手に傷を刻まれる。

 屈辱から涙を流し唇を破れそうなくらい強く噛むものの、そこまでが限界だ。大技を防がれ、抗う意思が完全に折れ掛かけている。

 

「黒崎一護を連れて、とっとと去れ。出来なければそのまま死ね。どちらにしても、お前たちはここまでだ」

 

 一方的にそう告げ、ウルキオラは踵を返した。

 

 一護が倒れて動けなくなっているのに対して桃が生かされているのは、単純に彼女が傷を癒やせるからということ。何度傷を治し、再挑戦したとしても絶対に負けることはないという意思の表れなのだろう――彼女はそう解釈した。

 

「ぐ……ううううっっ! また、また私……っ!!」

 

 ウルキオラの姿が完全に見えなくなったところで、桃はようやく口を開く。

 意気込み、無理してここまでやってきたのに、無様なところしか見せられなかった。挙げ句、敵に見逃してもらうことで命を繋いだ。

 悔しくて悔しくて、どうしたらいいのかわからない。

 かんしゃくを起こして斬魄刀を床にたたきつけようとした時だ。

 

「だ、駄目っスよ!!」

 

 桃の腕をネルが掴み止める。

 

「怖くて、戦えなくて隠れてたネルがお願いスんのは、情けねえってわかってるんス!! でもお願いスるっス! 一護を助けて欲しいんス! あんたなら、できるんスよね!? なんとか番隊だって言ってたっス!!」

「あ……」

 

 そう告げられ、熱くなった頭が急激に冷めていった。

 四番隊隊士にとって最も屈辱があるとすれば、それは怪我人を癒やせないということだ。一護は死んでいない。ならば助けられる。

 もう少しすれば隊長たちもやってくるのだ。

 その時に無様な姿は決して見せられない。見せたくない。

 

「うん、わかった。でもネルちゃん……お手伝い、お願いしてもいい……?」

 

 すっかり血の気の失せた顔で無理矢理に笑顔を作りながら、桃はゆっくりと死覇装の帯を緩める。

 無骨な着物の下の柔肌が露わになった。

 




黒いのと黒いので、カッコいいかなって思いました。
たぶん、つよいとおもいます。だってくろいもん。

うっかり天蓋の下で解放させて防がせちゃうところでした

●雛森
意気込んでいても、メンタルはボロボロです。
(どこかでちょっとだけ、慰めてあげたい)


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第227話 アモール

「くっ……私は、私は……どうすればいいのだ!?」

 

 海燕と別れ、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中を一人動いていたルキアであったが、それがここへ来て一気に悩んでいた。

 当初は戦っている者の加勢に行けば良いと考えており、最も早く戦闘時の霊圧を感じ取った泰虎らのところへ行こうとした。

 だがそこから次々と各所で戦闘霊圧が放たれ始めた。早い話が、別れた各人が各所で戦い始めたのだ。

 自身が所属する部隊の副隊長でもある海燕の霊圧が。

 恋次の霊圧や一護らの霊圧が。

 まるで示し合わせたかのように強くなっていく。

 

「この道をまっすぐに戻れば……いや、だが"絶対に来るな"と仰られていた! しかしこの霊圧は……うう、恋次も一護も、吉良までもがとてつもない霊圧の持ち主を相手にしている……」

 

 優先順位をつけようにも霊圧の変化だけで判断が難しく、悩ましいことに距離までもがまちまちだ。それがまたルキアを悩ませる。

 

「選べぬ、選べぬ……!! ああっ……! 私は、私は一体、誰を選べば良いのだ……!!」

 

 忙しなくあちこちに視線を移動させながら、思わず頭を抱える。

 この部分の言動だけを切り取って見れば「食べ放題の店でどれを最初に箸をつけるべきか?」と悩んでいるように思えるかもしれないが、当人としては大問題であった。

 そうこうしている間にも各人の霊圧はめまぐるしく変化していく。

 

「……いや待て私、もう少しすれば各部隊の隊長たちが来る! ならばそれを見越して考えるべきだ!! 見越して……」

 

 と、そこまで口に出して思い出す。

 

「そういえば、途中でバラバラになっていたではないか! ど、どうする!? 霊圧の痕跡を辿れば我々が選んだ道は追えるだろうが、その後がどうなってしまうのか、全く予測が出来ぬ!!」

 

 回廊の途中で分断されたのだ。こうなると到着時間を予測するのも難しい。

 

「考えろ、考えるのだ……おそらくだが、私たちと同じ道を通るところまでは仮定すべきだな。となれば問題はバラバラに別れた際の動き……兄様や隊長たちが到着するのが最も遅くなる相手を選ぶべき……いや、それよりも吉良や雛森たちと連携が取れるように優先すべきだな……」

「なるほど、どちらも確かに合理的ですね。素晴らしい」

 

 親指の爪を噛みながら考えを纏めていたところ、横から声が聞こえた。肯定と賞賛の言葉に気を良くしたルキアは思わず胸を張る。

 

「そうであろう? 隊長たちが迷う可能性もある以上は、堅実な手を打つべき……だっ、誰だ貴様は!?」

「はじめまして」

 

 気分が良くなったところで聞こえるはずのない声の存在に気付き、斬魄刀の柄に手を掛けいつでも抜けるように身構える。

 いつの間にやらルキアの隣にいたのは、浅黒い肌をした禿頭の巨漢だった。

 筋肉質な肉体を誇っており、その霊圧の高さから目の前の相手が十刃(エスパーダ)の一人なのだと窺える。

 

 ――いや、それよりも……いったいいつの間に隣へ来たのだ!? そのような気配など、感じられなかったぞ!?

 

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルーと申します。貴女の霊圧を感じ取り、隣へとやってきたのは――」

 

 ルキアの不安な心中を読み取ったかのように、やたらと丁寧な口調で語りながら、ゾマリの姿が一瞬にして煙のように掻き消える。

 

「な……!?」

「――つい、数秒前のことです」

「……にぃっ……!?」」

 

 驚愕の声と、回答の言葉がほぼ同時に響く。

 それはつまりルキアの反応以上の速度でゾマリが動けるということだ。

 事実、消えたことに驚いてから、続いて全く別の場所――背後から声が聞こえてきた事に驚かされ、彼女は斬魄刀を迷うことなく引き抜き始解を始める。

 

「舞え! 袖白雪!!」

 

 現世にいた頃――もっと正確に言うならば、ルキアが尸魂界(ソウルソサエティ)に強制送還される直前――に、似たような経験がある。

 あの時も同じように、声を上げた時には一護が斬られていた。全てが終わってからようやくその事に気付けた……感覚としてはアレに近い。

 

 向けられる殺気は桁違いだが。

 

「初の舞・月白!!」

 

 刀で円を描きゾマリを氷漬けにせんとする。

 その目論見通り、円の内側全てをゾマリごと凍り付かせてゆく――

 

「冷却……いえ、氷雪系と呼ぶのでしたか?」

 

 ――その円の内側と外側の両方に、ゾマリがいた。

 

「まさか貴様、複数存在して……? いや、消えた、だと……!?」

「驚くことではありません。ただの響転(ソニード)です」

 

 円の内側にあった姿が掻き消えていく。

 先ほど、ルキアの背後を取ったのと同じ現象だ。

 凍り付かせたように見えたのは、ただの錯覚。高速移動にて生み出した、ただ残像でしかない。

 その残像を「捉えた」と思い込んでしまう。それはつまり、敵の動きを追いきれないということだ。

 

「理解はできましたか? 貴女の氷結速度は、中々のものでした。ですが私の響転(ソニード)の速度は貴女よりもずっと速い、ということです」

「う、く……あああっ!」

 

 破れかぶれに斬魄刀を振るう。

 このままでは速度に翻弄され続け、敗れると感じたからだ。

 攻撃を仕掛け続けることで相手の反撃を封じ、その間になんとか打開策を考える。少なくともこのまま受けに回るよりかはマシだと断じる。

 

「無駄なことです」

 

 けれどもその程度の攻撃では、ゾマリには届かない。

 響転(ソニード)にて一瞬で身を消すと、ルキアへと肉薄する。手にはいつの間にか斬魄刀を握っており、その刃が彼女の首筋へ僅かに食い込んでいる。

 

「そういえば貴女は先ほど、面白いことを仰っていたのを思い出しました。兄や隊長たちがやってくる、と」

「……なっ!」

「このまま首を刎ねるつもりでしたが、予定変更をしましょう」

 

 ルキアから離れ、ゾマリは奇妙なポーズを取った。

 胸の前へ斬魄刀を浮かべ、祈るように両手を合わせる。頸骨が折れたかのように首を真横へ倒すという、なんとも異質な格好。

 

(しず)まれ、呪眼僧伽(ブルヘリア)

 

 解号を唱えた瞬間、刀身は菱形を描くように折れ曲がった。切っ先から粘液が噴出すると全身を覆っていく。

 やがて現れたのは、巨大な南瓜のような下半身から生えるゾマリだった。

 身体中に無数の眼球が蠢いており、それら全てが瞬きをしているところを見るに、全ての瞳がそれぞれ独自に動いているらしい。

 

「あ……っ……な……っ!」

(アモール)

 

 ゾマリが片手を上げ、掌をルキアへと向ける。その掌中にもまた眼球があった。

 彼女の視線と、掌の上の瞳の視線が交錯する。

 

「あ……っ……」

 

 その瞬間、ルキアの意識が途切れた。

 何一つ意思を感じられぬ虚ろな瞳を浮かべながら、彼女はゾマリへ向けて跪く。

 

「さて、出迎えの準備をいたしましょうか。身内であれば、それはそれは丁重に持て成さねば失礼というものですから」

「………………」

 

 動き出すゾマリの後ろを、ルキアは無言のまま付いていく。

 その姿は王に従う忠実なる下僕のようだった。

 




●愛
??「(アモール)と呼んでいます」
??「ミーのために争わないで!」

……愛って偉大……


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第228話 進め! 隊長!!(己の為に)

「遠くから見ても大きかったですけど、近くで見るとまた……一段と大きいですね……」

 

 一護たちの移動した際の痕跡や霊圧を追って、私たちも虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外周部分まで辿り着きました。やっと辿り着きました。

 本当に、結構な距離がありました。移動時間だけでも大変なことになりました。

 

 ……けど、途中から先行組の足跡が無くなったのはなんでかしら?

 

 え? 砂漠みたいなところだし、足跡なんて風に吹かれて消えるだろ? ですって??

 ううん、そうじゃなくて。

 

 それまで自分の足で走っていたのに、急に足跡が消えてるの。

 代わりに、蛇みたいな生き物が這い回って移動した痕跡みたいなのが増えてるんだけど……これ、なんでかしら?

 

『いったい何処のバワバワ(ウナギ)の背中に乗って移動したので原因なのか……まったくさっぱり分かんねえでござるよ!!』

 

 え、ウナギ? 私は腹開きにするけれど……お腹空いたの?

 

『そうではなく! ほらあの、砂漠のデザート三兄弟が飼っていた……』

 

 砂漠(アラブ系)デザート(お菓子)が食べたいの? そうなると、クナファとかルゲマートがポピュラーよね。

 はちみつ、まだ残ってたかしら……あ! でもデーツ(ナツメヤシ)は無いから、そこは勘弁してね。

 

『……わーい、おやつだー!!』

 

 諦めたわね。

 

「ああ、そうだな。見上げているだけで、首が痛くなりそうだ」

「この奥に強えやつがわんさかいるんだろ? へへ、面白ぇ……なんせ道中にゃ、雑魚すら出てこなかったからな……」

「まったく、単純馬鹿は気楽なことだヨ……破面(アランカル)を倒すのは構わんが、くれぐれも生かしたまま、原形を留めておいてくれたまえ。いいかネ? 標本が」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)って大きい――と思わず呟いてしまった私の言葉に、首をほぼ真上にまで上げた浮竹隊長が同意してくれました。

 更木副隊長と涅隊長はなんていうか、本当に変わらないですね。

 

 ……え?

 ええ、そうですよ。同意してくれたのは浮竹隊長です。白哉じゃありませんよ。

 だってほら、白哉はその隣で無言で頷いてますから。

 

 え? なんで浮竹隊長がいるのか、ですか?

 いいですか?

 

 桃とイヅル君は、四番隊。

 阿散井君は、六番隊。

 海燕さんとルキアさんは、十三番隊。

 

 だったら、それぞれの隊長が来るのも当然ですよね。

 

『子供の喧嘩に親が出るのも当然、みたいな言い方になってるでござるよ? あとその理屈だと、十一番隊と十二番隊は参加資格無しになってしまうのでは!?』

 

 本当は、浮竹隊長の参加は総隊長がねじ込んだの。

 同じ部隊の部下がいるからって理由もあるけれど、それ以上に慎重に物事を考えて行動してくれそうだという判断からです。

 ほら、隊首会の時にも冷静な意見を言ってたでしょう?

 

『217話の時のアレでござるな!! 京楽殿と揃って「守りを固めるべきでは?」と自らの考えを口にしていたでござるよ!!』

 

 逆にそれが(あだ)となったっていうか、なんていうか……個性的な隊長たちのまとめ役に任命されちゃったの。

 

『なにしろ同行しているのが変態医師・シスコン・狂戦士・狂科学者という無茶っぷり!! いやぁ、浮竹殿も大変でござるな!!』

 

 浮竹隊長も長いからね。そういうの任されちゃうのよね。

 

『……藍俚(あいり)殿? 死神としての勤続年数だけなら藍俚(あいり)殿の方が上で、本来ならその取り纏め役の年長者というのも藍俚(あいり)殿が担うべきなのですよ? 四番隊や霊術院で様々な人物と交流してきた経験というのは決して伊達ではなくて、むしろ率先して行うくらいで丁度良いと思うのですけれど、理解していますか? 他人事でありませんよ?』

 

 ほっ、ほら! 私は下っ端が長かったから!! それに今は隊長だもん!! そんなこと言い出したら、雀部副隊長なんてどうなるのよ!!

 あとシスコンって言わないであげて! 白哉は普通に家族を大事にしているだけだから!! 義理の妹と義義理の弟が心配なだけだから!! この世界ではちゃんと奥さんも子供もいるんだから!! 良いパパなの!! ちょっと前の瀞霊廷通信に「奥さんとお子さんと一緒にお買い物している姿が可愛かったです」って投稿があったくらい――

 

 ……こほん。

 ということで、浮竹隊長も虚圏(ウェコムンド)まで一緒に来てくれました。

 現世の守護が甘くなる? 大丈夫、天貝隊長がいるわ。だから実質的には戦力増強してるのよ。

 

『ところで、ネム殿について全然全くこれっぽっちも言及しておられないのはどういうことですかな?』

 

 仕方ないのよ……そもそもが積極的に絡んでくる子じゃないし……そもそも涅隊長と一緒にいると素直に付き従うタイプだから……

 

「外壁が壊されているな。この霊圧、どうやら恋次が壊したようだ……」

「これはまた乱暴な手段……とも言えないな。入り口がどこにあるのか、俺にもさっぱりわからん。壁を破壊して侵入するのも仕方ないだろう」

 

 どうやら説明やら茶番やらに意識を集中しすぎたみたいですね。

 気付けばいつの間にやら、外壁の大穴を発見していました。そうそう、確かこんな風に穴を開けた……で良いんですよね?

 霊圧もこの奥に続いていますから……って! ちょっと待って!!

 

「追いましょう。どうやらこの先で、みんな戦っているみたいですよ!」

「ああ、そうだな。一気に霊圧が高まっている。急ぐぞ!」

 

 改めて霊圧を感知していたところ、どうやら複数名が戦いを繰り広げているみたいです。

 浮竹隊長もそれを感じ取ったようで、私たちは急いで中に入りました。

 

 ああ、そういえばそんな感じだった気がします。

 こんな風に中に入って、その後で道が分かれていて、バラバラになったところを各個で襲撃されるのよね。

 思い出したわ……って思ってたんだけど……

 

「え……なんで八つもあるの!?」

 

 進んだ先を見て、軽く絶望しました。

 だって道が八つに分かれているんですもん! あれぇ!? 五つじゃなかったっけ!?

 

「分かれ道、か……」

「ふむ、先行した人数と丁度同じか……妙だな」

 

 ……ああ、なるほど。増やしたわけなのね。

 ……って、増やせるの!? 入り口って増やせるものなの!?

 手間が掛かってるわぁ……

 

「ああ、そうそう。先行した奴らだがネ、全員同じ道を選んだヨ」

「えっ……!? 涅隊長、それはいったいどういうことだ!? どうしてそんなことが分かる!?」

「簡単なことだヨ。尸魂界(ソウルソサエティ)であの滅却師(クインシー)と戦った時、体内に監視用の菌を感染させた。その菌を通して観察しただけだヨ」

「なんだと……!!」

 

 ああ、浮竹隊長が怒っています。

 プライバシーの侵害ですもんね……人権無視っていうか……でもとっても涅隊長らしい行動だわ……

 

 え? ちょっと待って!? 全員が同じ道を選んだの!? あれぇ……? 全員バラバラで行こうって言ってた記憶があるんだけど……

 

『メンツも人数も違いますからなぁ……そのくらいのイレギュラーはあってしかるべきでござるよ!!』

 

 そ、そっか!

 四番隊(ウチ)の子が二人もいるし、バラバラだと治せなくなっちゃうから集団行動を選ぶ可能性は十分にあったってことか……あら? でもこれって……

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 全員で固まって行動しているはずなんですよね? でも霊圧は各所でバラバラに感じられますよ!? これは一体……!?」

「どうやら通路に細工がしてあったようだネ。移動の途中で分断させられていたヨ」

「なるほど、各個撃破の方が楽なのは確かだが……しかし、移動している相手にそんなことが可能なのか?」

「不可能ではない、とだけ答えておくヨ。十分な仕込みをしておけば、私でも再現可能な技術だ。とはいえ誰に気取られることなく分散させたのは大したものだ。時間があればこの宮殿の隅々に至るまで解析したいところだネ」

 

 通路に細工……?

 え、そんなことまで出来るの!?

 ……入り口増やせるんだから、そのくらいは楽勝かしらね。

 

「それはつまり、ルキアや恋次たちが通った道を選んだとしても必ず追いつけるわけではない、ということか?」

「その質問に私の回答が必要かネ?」

 

 あらら、白哉が心配してる。

 その隣では更木副隊長が「めんどくせぇ……」って顔をしています。

 

「へっ、どうせ道なんざわかりゃしねえんだ。なら、適当に選べばいいじゃねえか!! 俺はコイツに決めたぜ!!」

「じゃーねー……!!」

「な……っ! ちょっとまて更木!!」

 

 浮竹隊長が背中に声を掛けますが、時既に遅し。アッという間に走り去って、姿が見えなくなりました。

 しかし「適当に選ぶ」と言ってた割に、一番霊圧が高そうな相手に近いルートを選んでいる辺りは流石です。選んだ道が一本道なら、茶渡君とイヅル君が戦ってる所に出られるはずです。

 あと、小さくなっていく背中の上で草鹿三席が楽しそうに手を振っていました。

 ドップラー効果って言うんでしたっけ? 声も小さくなっていきました。

 

「ふむ、野蛮人の言うことにも一理あるね。現状では選択に足るだけの根拠もない。なら、私はこの道にしようか」

「了解いたしました、マユリ様」

「涅!?」

 

 あらら、今度は涅隊長もですか。

 適当に選んだ、らしいんですが……本当でしょうか? 絶対、何らかの裏があると思います。

 

「ああ、まったく……二人とも勝手なことを……!!」

「お察しします」

 

 ガシガシ頭を掻く浮竹隊長でした。

 問題児が二人もいますからね。

 

藍俚(あいり)殿も問題児枠でござるよ?』

 

 私が? 失礼ね、私のどこが問題児なの? こんなに素直で皆に気を配ってるのに。

 

『おやおや、拙者にそんなことを言ってしまってよろしいので?』

 

 な、なによ射干玉……何か企んでたりするの……?

 

『いえいえ。ですがほら、よーく観察してみるでござる。漂ってきてるでござるよ、戦闘の痕跡が。藍俚(あいり)殿も感じたことのある、独特の気配が……』

 

 ……ッ!!!!

 

「浮竹隊長! 先行したみんなが心配なので、私はこの道を行きます!!」

「ちょ、ちょっとまて湯川!!」

「大丈夫です!! 先遣隊だった面々には特製の薬も渡してありますから!!!」

 

 声が掛かりましたが、後ろを振り返ることなく駆け抜けていきます。

 

 だって、だってね……!!

 この道の先から漂ってくるのは、今にも消えてしまいそうな弱々しい霊圧と、滅却師(クインシー)が戦った際の特徴的な痕跡です!

 石田君が戦った際のもそうですが、それ以前に私は二百年前の滅却師(クインシー)殲滅作戦にも参加しています。

 だからわかるんですよ、私には!!

 

 見つけた、見つけましたよ!! 誰にも渡しませんよ!!

 待っててチルッチ!! 今すぐに行って助けてあげるからね!!

 

『さっすが藍俚(あいり)殿! 鼻が利くでござるなぁ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、湯川まで先走るなんて……!! 全員、好き勝手が過ぎるぞ!!」

 

 藍俚(あいり)の姿が完全に見えなくなってから、浮竹は盛大に頭をかきむしった。頭髪が何本も抜けて指に絡みつくが、そんなことを気にしている余裕など彼にはなかった。

 

「ここは敵の――藍染惣右介の本拠地だぞ!? どんな危険があるかわからない! おそらく海燕の奴もそう考えて、全員で一塊となって行動させるようにしたんだろう……それを、俺たち隊長がこうも軽々しく――!!」

「いえ、仕方ないことでしょう」

「朽木!?」

 

 お前までなんてことを言うんだとばかりに、浮竹は目を見開きながら白哉を見る。

 

「まず他の二人はともかく、湯川殿は仕方ないかと。ほら、感じませんか? ほら、この道の先から……」

「霊圧だな……それも、かなり弱った……」

 

 白哉の言葉に従い浮竹は藍俚(あいり)が選んだ道の先の霊圧を探り、通路の先から漂ってくる微弱な霊圧を感じ取ってみせる。

 その言葉に白哉は一つ頷いた。

 

「おそらく湯川殿は、この弱った霊圧の持ち主を助けに行ったのでしょう」

「だがこんな霊圧、俺たちは知らない。つまりこれは敵だ、弱った敵を治療しに行ったというのか!?」

「それが湯川殿です」

「……ッ! そう、だな……湯川なら、そうするか……」

 

 神妙な顔で頷き合う白哉と浮竹――って、いや、二人とも納得するな!

 今回ばかりは純度100%の下心なんだぞ!! 多分だけど今頑張れば、お持ち帰りされている最中のドルドーニとか助けられるタイミングかもしれないんだ!

 なのにそれを無視してチルッチの所へ真っ先に行ってるんだぞ!! 冷静になれ!! なんかこう「倒れた敵に手を差し伸べる美談」みたいなのと違うんだぞ!!

 倒れているのが男の破面(アランカル)とかだったら、ここまで必死になって助けに行かないぞ!! 間違いなく後回しにしてるぞ!! 騙されるなああぁぁぁ……

 

「なにより、我々は別々の道を選ぶだけの理由があります」

「ああ、わかっている……対応速度の差だろう?」

「ええ。湯川隊長もそう考えたからこそ、単独行動を選んだのかと」

 

 ――叫んだところで後の祭りである。

 

 このまま隊長全員で同じ道を進んだ場合、確かに安全かもしれない。だが安全な分だけ、各地に散らばった一護たちの危険度は跳ね上がる。

 ならば各人が別々に行動するというのも、決して間違いではない。

 

 と、藍俚(あいり)の行動を交えつつ、納得していた。

 

「付け加えるならば、我々は護廷十三隊の隊長です。破面(アランカル)十刃(エスパーダ)を相手に遅れを取るような無様は晒せません」

「……わかった」

 

 結局残る二人もまた、それぞれ別々の道を選び進んでいった。

 




●アラブ系のスイーツ
デーツとは「ナツメヤシの実」のこと。
(木に実を付けたまま自然乾燥する。天然ドライフルーツな果物)
これと「はちみつ」があれば、大体アラブ系のお菓子になる。
(アンコがあれば和菓子、くらい雑な理論)

●この後
(予想通り)各隊長が好き勝手します。

(でもまず(次話)は藍俚(あいり)になります。
 だって約10話ぶり(実時間で三週間ぶり)の射干玉ちゃんの出番なので。
 もう1話くらいは、いいよね?)


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第229話 The First Mountain in Hueco Mundo

虚圏(ウェコムンド)の最初のお山



 走る走る走る! 全力で、ただただ無心……無心じゃないわね、欲望垂れ流しで走っています!

 メロスもきっとこんな気持ちだったのかしらね。

 

『借金を返すために東奔西走する話でござるな!!』

 

 そんな話だっけ? ま、メロスが多重債務者だろうと移管されようと、私には一切関係ないんだけど。

 それよりもチルッチよ!! この先にいる、まだ生きてる!! このままなら間に合いそうね!!

 でも確かあの子、処刑部隊――だっけ? そんなのに倒されちゃうのよね!?

 

 そんな勿体ないことできるわけないじゃない!! いらないんだったら私に頂戴!!

 

『(藍俚(あいり)殿は千年血戦篇を知らないでござるからなぁ……ゾンビ復活を知らない以上、ここで絶対に救うと息巻くのも仕方ないでござるよ……)』

 

 というか絶対に貰うから!! 貰って私のものにするから!! だから急ぐのよ私! もっと速く動いて、私の身体!!

 

『(しかしゾンビ部隊にされてしまうと、マッサージする隙は皆無になってしまうでござるな……それは拙者にとっても損でござる! よって――)拙者もその意見に超同意しまくりんぐでござる!! 藍俚(あいり)殿! ここが踏ん張りどころでござるよ!! 女を見せるでござる!!』

 

 任せなさい!! ここでやらなきゃ女が廃る――

 

「――って、ああっ!!」

 

 思わず声に出してしまいました。でも仕方ないんです!

 だってこの先で、妙な霊圧が、チルッチと思しき霊圧に近づいているんですよ! 

 これ多分絶対に間違いなく処刑部隊だと思うの!!

 

『(葬討部隊(エクセキアス)が正しいでござるが……まあ、訂正するのも野暮というものでござるよ)』

 

「まだっ!? どこっ!? 見えたっ!!! そこの部屋あああぁぁっ!!」

 

『(何よりこの"やる気"に水を差すような真似は無粋でござるからな! ぬっはぁ! 頑張れ藍俚(あいり)殿!! 本命(ハリベル)も大事でござるが、対抗(チルッチ)もちゃんと登るでござるよ!! こっちのお山は大きいぞ、あっちのお山はもっと大きいぞ、でござる!!)』

 

 射干玉が何かを言っていたみたいですが、今の私の耳には届きません。

 届いていませんが、何故かやる気だけはマシマシになりました。

 

 視線の先にあるのは、倒れているチルッチ。それと彼女を取り囲む処刑部隊の面々。それらを確認した瞬間、私は己の限界を超えました。

 

「どきなさいっ!!」

「……!?」

 

 部屋に飛び込むと同時に抜刀して、周囲に立っていた髑髏仮面たちを切りつけます。

 

「死神ッ!? くっ……!」

 

 ちっ、生意気な! 一人、角付き髑髏だけは反応して直撃を避けたわね!

 でもその他は間違いなく斬ったわ。だってほら――

 

「が……っ!」

「……ぐ……っ!!」

 

 周囲の兵士たちは全員、糸の切れた人形みたいに一斉に倒れました。

 

「なんと……!」

「次はあなたの番、かしら?」

「……仕方ない」

 

 ただ一人生きている角付きへ刃を向けると、相手はあっさりと姿を消しました。

 随分と引き際が良いわね。もう少しくらいは粘ると思ったんだけど、なんでかしら? それに部下を残して自分だけ逃げちゃう辺り、情けないというか……戦術的には正しいと思うんだけど……

 

「な、なによアンタ……?」

 

 いけないいけない、忘れるところだったわ!!

 あんな髑髏よりもコッチが本命なんだから!! 最初の出会いは肝心よね!!

 

 チルッチは倒れたまま、けれど弱って不安そうな表情で私のことを見上げています。ゴスロリみたいな服装と化粧がまた似合ってて、なんていうか実にそそるわ!!

 

 けど、落ち着きなさい私。焦っちゃ駄目よ。

 彼女からすれば、突然現れたかと思えば処刑部隊を蹴散らして、でも死神だものね。

 トドメを刺す相手が変わっただけ、としか思わなくても不思議じゃない。

 だからここは冷静に対処して、バッチリ良い印象を与えないと!!

 

「私? 見ての通り死神よ。ただ、チ……ッ!」

「血?」

 

 (あっぶ)ない! チルッチって名前を出すところだったわ!!

 ココで名前を出したら怪しまれるわよね。

 

「血が出ているみたいだけど大丈夫? 少し診察させて貰うわね」

「な……なんだお前急に!? やめろ、触るな!」

 

 うつ伏せの彼女を仰向けに返して、診察を始めます。

 あら、案外おっぱい大きい。ドレスの上からでも隠せないくらいの存在感を誇ってます。

 しかし記憶ってアテにならないものよね、こんな生意気なおっぱいの持ち主だったなんて。憶えてたら尸魂界(ソウルソサエティ)裏切りルートも検討に入れてたのに!!

 

「この傷、かなり酷い……治すわよ?」

「話を聞けッ! 無駄なことしないでよっ!!」

 

 おっぱいに視線が行ったので、胸元の傷にも気付きました。

 打ち貫かれています。まずはこの傷を癒やさないと、安心してお喋りもできません。

 チルッチは暴れようとしますが、弱っているので力が全然入っていません。なので軽々と押さえつけられます。

 

 軽く胸元に手を当てて、回道を唱え――あら、なかなかよいおっぱいだわ。柔らかくて、けれど触れた瞬間にすごく弾力がある。これはじっくりたっぷり時間を掛けて揉まないと!!――回道を唱えて、傷を癒やし始めます。

 

「大体アンタ死神なんでしょ! どうしてあたしを治したりなんかすんのよ!!」

「どうして、って……自己紹介が遅れたわね。私は湯川藍俚(あいり)、四番隊の隊長よ。仕事は傷ついた者を癒やすこと。そこに、敵味方は関係ないわ」

「四番隊……」

 

 なんだか複雑な表情を見せましたね。

 藍染が四番隊への悪評でもバラ撒いているんでしょうか?

 

「それで、あなたの名前は?」

「……チルッチよ。チルッチ・サンダーウィッチ」

「そう。じゃあチルッチ、少しだけ良いかしら?」

「何……?」

「この服、脱がせるわよ」

「え……やっ、ちょっ……! きゃああぁぁっ!!」

 

 なんだか可愛い悲鳴が上がりました。

 

『心にグッと来る悲鳴でござるな!! テンション爆上がりでござるよ!!』

 

 それは私も同意。同意なんだけれど、今はそれどころじゃないのよね。

 

「やっぱり、鎖結を射貫かれている」

 

 みなさんご存じのように、鎖結は霊力発生の増幅器(ブースター)です。ここを破壊されると、霊力がまともに扱えなくなります。

 そのため彼女の霊圧は、本当に消えそうなくらい弱々しい物になっていました。

 それにしても、鎖結だけを綺麗に打ち抜いている……石田君、強くなったわねぇ……

 

 あと余談ですが。

 鎖結や魄睡は、人間と同じように胸元にあります。

 そして私は、傷を確認するために彼女の服を剥ぎ取りました。

 

 なので。

 

 紫色のブラジャーしてました。ガーターベルトとお揃いの色ですね。

 結構人を選ぶ色なんだけど、チルッチにはよく似合っています。しかも何やら扇情的なデザインですね。カップに包まれた白いおっぱいが……

 

 ……って、今は駄目! 治療に集中しないと!!

 

 あ、でもこれだけは言っておくわね。

 パンツも紫で、エッチなデザインだったわ!

 

「そうよ……あの滅却師(クインシー)にやられたの……」

「そっか、だからさっき『無駄なことをするな』なんて言ったのね」

「そうよ! 鎖結を壊されて、しかもトドメも刺されずに生かされるなんて……!!」

 

 横たわったまま、怒りで手を握り締めています。

 

「ふふ、あなた優しいのね」

「な、なにが!!」

「だって、治療しても無駄なんて普通は言わないでしょう? ましてや相手は死神、なら『無駄な治療をさせることで少しでも霊力を消費させてやろう』とか考えそうなものだけど?」

「そっ、それは……っ!! ……思いつかなかったのよっ!!」

 

 図星だったんでしょう。

 顔を真っ赤にして、ぷいっと視線を横に逸らしました。

 かわいい。

 

「それと安心して。壊された鎖結、私なら治せるわ」

「はぁっ! 何言ってるのよ! そんなことできる……わけ……」

 

 言葉が弱々しくなりました。

 自分でも気付いたんでしょうね。私が今、鎖結を修復しているんだってことに。

 

「これ、霊圧が高まって……なんで……? 修復不可能なんじゃないの!?」

「私は例外。経験があるのよ、治した経験がね」

 

『昔懐かしい話でござるな……あの頃の藍俚(あいり)殿はまだ未熟でござった……』

 

 探蜂さん――砕蜂のお兄さんを治したのよね。

 射干玉の言うとおり、ちゃんと治してあげられなかったのは今でも心残りだわ……でもそのおかげで、砕蜂や夜一さんと知り合えたから。

 戒めの意味でも、出会いの意味でも、とっても良い経験だったわね。

 

『一応、鎌鼬な一貫坂殿も治してるでござるよ? そっちはどうするでござるか?』

 

 あれは例外。

 

「治した経験って……信じられないんだけど……でも、信じるしかないみたいね……」

「ええ、だから安心して」

 

 素直に治療を受け入れてくれたので、そのまま回道を続行していきます。

 とはいえ、鎖結だけでも治療って大変なんですよね。

 しかも相手は破面(アランカル)です。私も(ホロウ)化できるので、似たような感じで治療は出来ますけれど、やっぱり面倒な部位なんです。

 

 なにより彼女、他にも治療な必要な部分があるのよねぇ……

 

「ねえ、チルッチ。一つ聞いて良い?」

「……なによ」

「あなたひょっとして、自分の身体を自分で傷つけた?」

 

 尋ねた途端、目を丸くしました。

 

「驚いたわ、なんでわかるの!?」

「わかるから、四番隊の隊長をやってるのよ。それで、何をやったの?」

「……帰刃(レスレクシオン)したまま、自分の姿を変えたのよ。でも勘違いしないで! 要らなかったから捨てただけだから!! あの羽根も腕も、邪魔だっただけで――」

「それも治して良い?」

「――はああぁっ!?」

「動かないで」

 

 驚きのあまり今にも掴みかかってきそうなチルッチを押さえ込みます。

 押さえつけられ、ぶすっと不満げな表情とふてくされた態度で彼女は口を開きました。

 

「あんまり適当な事言ってんじゃないわよ? 鎖結を治せるのはわかったけれど、調子に乗らないでよね」

「それで、治していいの? 駄目なの?」

「あーもう五月蠅(うっさ)いわねェ! 解放状態で捨てたら二度と元には戻れないの! どうやったって無理なのよ! それでも治せるってんならやってみなさい!!」

 

 そういえば、そうでした。

 彼女は石田君に勝つために「姿を変えて一点集中で勝負!」みたいなことをやっていた覚えがあります。

 けど、言質は取りましたよ。

 

「それじゃあ、ご依頼通りに」

「ん……っ……え、え……っ? なに、これ……あたしの、カラダの奥、が……っ……熱く、なって……るっ……んんっ!!」

 

 なんだか色っぽい声を上げながら、自分の身体を自分で抱きしめて身悶えしています。

 彼女の本体も一緒に治療しているので、その影響だと思います。

 今は開放状態ではないので、肉体の奥底に眠っている(ホロウ)としての力を刺激されて、くすぐったい様な感覚なんでしょうね。

 

 ……え? なんで治せるのか?

 彼女がやったことって、自分の身体を自分で切り捨てたのと同じだからね。その程度なら治せるに決まってるわよ。

 それにさっきも言ったけれど、私って(ホロウ)化も出来るからね。破面(アランカル)の治療はそれで十分応用可能なの。

 少なくとも、鎖結を治療するのに比べれば軽い軽い。

 ちゃんと教えれば、勇音や桃やイヅル君だって時間は掛かるけど彼女を治せるはずよ。

 

 けど、あんまりのんびりと治療しているわけにもいかないし……仕方ない、か。

 斬魄刀の柄を握り締めます。

 

「力を貸して……卍解・射干玉(ぬばたま)三科(さんか)

「え、ちょっ……何!? なんでアンタ、卍解してるのよ!?」

 

『お任せでござるよ!! ぐへへへへへ!! チルッチ殿の身体と拙者の身体が一つになるでござるよ!! 拙者が補いまくって、拙者無しでは生きていられない身体にしてやるでござる!! ふひ、ふひひひひひ!!』

 

 ……うん、言ってることは間違ってないのよね。

 

 能力でチルッチの肉体や本体と一体化、複製体を生み出すことで補って元の状態まで戻すわけだから、射干玉無しじゃ文字通り生きていけなくなるわけで……

 

「別にあなたを攻撃するわけじゃないから安心して。私の斬魄刀はね、治療に使える能力を持ってるの。このままだと時間が掛かるから、短縮のためにちょっとだけ我慢してね」

「え、え……?」

 

 刀身からどろりと溶け出した、真っ黒でものすごいヌルヌルの粘液。

 それを両手一杯に手に取りチルッチに見せつけます。

 

「大丈夫、痛くないから。ちょっと部屋の柱の本数でも数えてれば終わるわよ」

「いや……いやあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 無垢な少女が黒く汚される。

 多分、そんな感じの悲鳴が部屋中に響き渡りました。 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「どこか違和感はあるかしら?」

「いーえまったく、腹立つくらい絶好調よ」

「そう、なら良かったわ」

「そうね、ありが……とっ!!」

 

 治療は無事に終了しました。

 今は最終確認というか、彼女は立ち上がって調子を確かめるように軽く身体を動かしながら答えてくれました。

 その言葉ににっこりと微笑むと、チルッチは手刀を私の首筋に突きつけてきました。

 身長差があるので、精一杯背伸びしているみたいで可愛いですね。

 

「……アンタ、馬鹿なんじゃないの? あたしとアンタは敵同士よ? なのに傷の手当どころか、完全回復させるなんて……こうなるって、予想出来なかったわけじゃないでしょう?」

「ふふ……チルッチ、あなた本当に優しいのね」

「なっ、何がよっ!!」

「だって、寸止めしたり尋ねたりなんてしないで、そのまま突き刺せばよかったのに。それをしないってことは、やっぱり優しいんだなって思っただけよ」

「う……っ……!」

 

 顔が真っ赤に染まりました。

 彼女、肌が白いから表情の変化がよく分かって、見てて飽きないのよね。

 

「ねえ、チルッチ。どうせなら、少し私たちに協力してもらえないかしら? この建物の案内とかしてもらえると、とっても助かるの」

「はぁ!? 何馬鹿なことを言ってんのよ! あたしは破面(アランカル)! あんたは死神! 協力なんて出来るわけ無いでしょうが!! やっぱりアンタ、(アッタマ)おかしいわよ!!」

「そうなの? でもあなた、私がこの部屋に来た時に仲間から処刑されそうだったみたいだけど……?」

「っ!!」

 

 チルッチの手が震え、私から目を逸らしました。

 

「私の目には、あなたが死を受け入れていたようには見えなかった」

「……さい」

「だから、私が治療するときに拒絶しなかった」

「……るさい」

「開放状態を治すと言った時も、本当はどこかで期待していたから『できるものならやってみろ』って言い方に――」

「……っるさいって言ってんのよ!!」

 

 叫ぶものの、攻撃はなし、と……

 

「ええ、そうよ! あのまま終わるなんてクソ食らえだわ! 治るわけないって思ってたのに突然現れて、あっというまにあたしを治療して……あんた、なんなのよ……あたしに、どうしろって言うのよ……」

 

 震える手で隊首羽織を掴み、声を震わせながら下を向いています。

 俯いたままなので表情は読み取れませんが、おそらく……

 

 彼女が顔を上げたのは、たっぷり数分してからでした。

 

「あーもう、やめやめ。考えるだけ無駄だわ。あたしはあの滅却師(クインシー)に負けた挙げ句、あんたに命を救われた。その借りがあるから、少しだけ手伝ってやるわよ! いいわね!!」

「ええ、それで良いわよ」

 

 彼女のアイラインが少しだけ滲んでいたのは、見なかったことにしておきましょう。

 

「んじゃ、着いて来なさい。こっちよ」

「外に出るの?」

「この先に出てからの方が、あんたのお仲間との合流は楽なのよ」

 

 彼女の先導に従い、この回廊を抜けた先まで辿り着きました。

 

「ここからなら、霊圧を感じ取って合流できるでしょ? ああ、ここって空があるようにみえるけれどアレは……って、ねえちょっと、聞いてる?」

「……え、何?」

「あなた一体どうしたのよ? 外に出るなり、明後日の方向をじーっと見つめちゃってさ」

 

 明後日の方向……かぁ……

 

「そっちの方向に、あんたのお仲間は多分いないと思うわよ? そっちは十刃(エスパーダ)の宮がある方角だから――」

「そう」

 

 返事こそしたものの、それが生返事なのは自分でもわかりました。

 

 この先に、十刃(エスパーダ)の宮がある。

 そして、この霊圧……でも、チルッチはこの霊圧に気付いていない。今まで確認された霊圧のパターンでもないし、それにこの数……今の時間だったらまだ虚圏(ウェコムンド)に残ってるはずだから……

 

 賭ける可能性は十分にある!!

 

「ちょっと藍俚(あいり)! アンタ本当にどうしたのよ!?」

「……見つけた」

「は……? 何言って――」

「ごめんなさいチルッチ、ちょっと用事が出来たから私は行くわね」

 

 そう告げると、返事も待たずに私は駆け出しました。

 

「――ちょ、待って……おい――か――ない――!!」

 

 この霊圧の強さ! それに周りにいるのは多分従属官(フラシオン)! ということは、これはきっと……!!

 チルッチに間に合ったのは、きっとこのためだったんだわ!!

 

 上機嫌を隠そうともせず、砂漠を疾走し続けます。

 

 

 

 待っててね! 本命(ハリベル)!!

 すぐに行くから!!

 




●チルッチのお持ち帰りまでに間に合うの?
拙作中のルドボーンの動きとしては
・ドルドーニを回収する
(その後、一護たちがバラバラになった(ここで時間ロス))
・ガンテンバインが負けたので回収しに行った。
 だがチャド&イヅル組がいるので、ちょっと立ち往生。
 (戦闘に巻き込まれてるし、あと可能ならチャドとイヅルも回収したいと悩んでロス)

という具合で時間を浪費しています。

その後のタイミングで、石田がチルッチを倒しています。
順番的には一番最後ですね。
(ちゃんと222話で「結構戻されている」と書いているので、時間が掛かってます)

順番が後回しにされたから、後から来ても間に合った。というわけです。
(石田対チルッチがカットしてるので、分かりにくいですね。
 藍俚が倒して治す、でも良かったかもしれません)

●移管
基本的な意味は「管理・管轄を他に移す」こと。

本文中の移管は金融関係なので「借金の返済が滞った(期日までに入金されなかった)ので、債権の管理が"コゲつき専門の回収担当"に移されたこと」になる。


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第230話 一刀両断

「オラぁっ!!」

「ぐ……っ……!!」

 

 ノイトラの一撃に、泰虎の右腕――巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)はついに粉々に砕け散った。

 感覚としては、土器や陶器などに鈍器を思い切り叩き付けた様なものだろうか。腕に巻き付いていた鎧から無数の破片が舞い上がり、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の一部を、赤黒く染めていく。

 その光景にノイトラは、三日月のように口唇を釣り上げた。

 

「ぐあああぁぁっ!!」

「ハッ! その面倒な腕もようやく壊れたみてえだな!!」

 

 泰虎の苦痛の悲鳴も合わさって、ノイトラの笑みはますます深いものへと変わる。

 巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)も、泰虎の皮膚を媒介として発動する能力だ。

 その鎧が破壊されるということは、本体の腕へ直接ダメージを負うということになる。

 

 戦闘を開始してからこの瞬間まで、ノイトラの強烈な攻撃を幾度となく攻撃を受け止め続けた右腕には何本もの太い亀裂と無数の細かな罅が刻まれ、そして先の一撃でついに破壊されてしまった。

 

「これで右も左も終わりだな、黒いの? 次はなんだ、頭か? 兜でも被んのか?」

 

 左腕――悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)は、既に破壊されている。

 攻撃の起点となる左腕を破壊され、それでもなお右腕一本で戦い続ける。それだけでも賞賛に値するだろう。

 だが泰虎が両腕を犠牲にしてもなお、ノイトラを倒すには至らなかった。

 両腕や胸に腹、顔面などへダメージを与えており、痛みに顔を顰めてはいるもののそこまでが限界だ。

 

 それほどまでにノイトラの鋼皮(イエロ)は硬い。

 殴った方の腕が壊れるほどに。

 傷だらけとなった右腕を、同じく傷だらけの左腕で庇うように抑えながら、それを嫌というほど実感させられていた。

 

「まあ、そんなモンあったらとっくに使ってらぁな!!」

「ぐおおおおおっ!!」

 

 長柄を一振りして、泰虎の身体が切り裂かれる。

 

「茶渡君!!」

「…………」

「くっ!」

 

 泰虎の悲鳴の声にイヅルの注意が一瞬途切れた。

 その瞬間、髑髏頭の兵士が数体ほど襲いかかってくる。

 無表情にして無言、感情の一切を見せず一直線に襲いかかってくる髑髏の兵士たちの動きを慌てて目で追いながら、大きく距離を取る。

 

「砕けろ!」

 

 その空間へ少し遅れて、テスラが体当たりを仕掛けてきた。

 帰刃(レスレクシオン)によって姿を変えた今のテスラは見上げるほどの巨体を誇っており、只の突撃や腕を振り回すだけでも十分驚異となりえるだけの戦闘力を有している。

 

 とはいえ、それだけならば良い。

 イヅルならば一人でも対処できるはずなのだ。

 

「…………」

「「「…………」」」

「またこれか!」

 

 髑髏兵士の一人が、何やら腕を振り指示を出すような動きを見せれば、同じ髑髏兵士が即応してイヅルへと襲いかかっていく。

 反撃に転じ、切り飛ばしたくなる衝動をグッと飲み込みながら、イヅルは距離を取る。

 そこを――

 

「むんっ!」

 

 ――テスラの攻撃が通り過ぎていく。

 

 その攻撃は、髑髏兵士たちが巻き添えとなることを一切躊躇していなかった。勢いよく振り回される豪腕に、二体ほど纏めて髑髏兵士が吹き飛ばされる。

 ゴキ、ベキ、と折れ砕ける鈍い音を立てて吹き飛ばされながら、けれどもその兵士二人は何の痛痒も感じていないとばかりに立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……」

「ちっ……だが、速度も随分と落ちてきた。そろそろ、か?」

 

 その光景を、イヅルは横目で睨むことしかできなかった。

 額には汗の玉がびっしりと浮かんでいるものの拭い去る気力すら沸かず、荒い呼吸を必死で整えようとしているだけだ。

 テスラの独白を耳にしながらも、言い返す労力すら惜しい。

 先ほどからこれ(・・)の繰り返しなのだ。辟易もし尽くすといったところか。

 

 同じ仲間であるはずの髑髏兵士を囮として襲いかからせ、イヅルが隙を見せた瞬間をテスラが叩く。仲間が巻き込まれようとも気にせず全力にて叩く。

 これが敵の取った戦術だった。

 

 イヅルは知らないことだが、この髑髏兵士たちはルドボーンの髑髏兵団(ガラベラス)という能力によって生み出された者たちである。

 生み出された兵士たちは皆、ルドボーンの忠実な矛となり盾となる。

 あたかもチェス盤上の駒たちの如く、恐れも痛みも知らずに王の命令を遂行し続ける忠実にして愚直な兵士たち。

 その特性を最大限に有効活用しているに過ぎない。

 

 ならば王の駒――ルドボーン本体を叩けば良いかと言えば、それも難しい。

 そもそもテスラがそれを許すはずもなく、加えて現在ルドボーンの姿はこの場に無い。

 

 戦闘の序盤こそ、ルドボーン本体が駒たちを指揮してテスラとの連携を取っていたが、やがて彼は倒れたガンテンバインを採取して姿を消してしまった。

 現在は彼の代わりとばかりに一体の兵士が指揮を引き継いでおり、拙いながらも連携は継続している。

 

 ならば鬼道などで大規模攻撃を仕掛けて兵士たちを殲滅すればよいのだが、相手もその弱点は分かっており、妙な動きを見せた瞬間にテスラが邪魔をしてくる。

 基本は髑髏兵団(ガラベラス)を囮として襲いかからせ、テスラが先んじて動いた時だけは兵士たちは動きを止める。

 ルーチンワークのような戦いではあるものの効果は絶大らしく、イヅルはじわじわと追い込まれていた。

 そうしている間にも泰虎が不利になっていくのを感じ取り、けれどそれに注意を向けすぎれば襲いかかってくる髑髏兵団(ガラベラス)とテスラの対処に遅れてしまうため、気の休まる暇すらない。

 

 付け加えるならば、姿を消したルドボーンの存在もイヅルを焦らせる。

 侵入者の採取も命じられていると言っていた者が姿を消したということは、近くに誰か別の捕獲対象を見つけて、そちらを優先したということだ。

 

 それが誰なのか――同じく倒された三桁(トレス・シフラス)の誰かを回収しにいったのか、それとも仲間の死神の誰かが負けてしまったのか……

 悪い想像が、イヅルの心からじわじわと余裕を奪っていく。

 

「…………」

「「「…………」」」

 

 再び髑髏兵団(ガラベラス)の囮攻撃が開始された。

 「技量差で蹴散らしてやりたい」という気持ちを抑え込んで、狙いも動きも馬鹿正直過ぎる攻撃を避けて次の攻撃へ備えようとして、気付いた。

 

 攻撃が来ないのだ。

 

「おお、なかなか面白そうな相手じゃねえか!!」

 

 続いて背後から声が聞こえてきた。

 野性味の溢れる、凶暴な獣を連想させるようなこの声にはイヅルも聞き覚えがある。

 

「更木、副隊長……」

 

 慌てて後ろを向き、そして安堵していた。

 こと戦いに関してならば、更木剣八は他の追随を許さない。

 

 そして何より。

 彼が来ているということは、敬愛する隊長が来ていることの証明でもあるのだ。

 

 ……まあ、その意中のお相手は今頃チルッチの下着の色とか説明している頃なのだが……知らぬが仏、見るは目の毒というアレである。

 

 

 

 

 

 

 

「あん……? ちっ! なんだ、まだ斬り合いの最中かよ。わりいな、続けてくれや」

 

 イヅルの想いに反して、剣八は周囲を見回すと近くに転がっていた瓦礫の上へどっかりと腰を下ろした。

 背中にくっついていたのだろう、その隣にやちるも腰を下ろすと剣八を見上げながら首を捻る。

 

「剣ちゃん、いいの? どっちも強そうだよ?」

「馬鹿言ってんじゃねえ、まだどっちも戦えるだろうがよ。斬り合ってみてえが、まだだ」

「そっか、ちゃんとガマン出来るんだね! 剣ちゃん、えらいえらい」

 

 まだ戦える、という言葉に四人は耳を疑った。

 劣勢とはいえイヅルはまだわかるが、泰虎は違う。

 両腕をズタズタにされ、胴体にも斬撃を受けている。どう見ても戦闘継続など不可能だ。

 

「けどよ」

 

 奇異の視線を向けられながら、剣八は呟く。

 その背後から、髑髏兵団(ガラベラス)たちが迫る。

 新手の存在を驚異と判断したのだろう、指揮官役を含めた全ての兵士たちを攻撃へと差し向けていることからもその警戒度が伝わる。

 

「向かってくる奴は、別腹だ」

 

 気付けば、剣八は斬魄刀を引き抜いていた。

 周囲へ迫っていた髑髏兵団(ガラベラス)はその全てが粉々に吹き飛ばされていることから、反撃したということは理解出来る。それもおそらくは座ったままで。

 けれど、その瞬間が見えなかった。

 長尺の斬魄刀をいつ引き抜いたのか、どうやって攻撃したのかを認識できない。

 

「……」

 

 剣八が動き終えたと理解した途端、ノイトラは地面に指を突き刺した。

 これは捜指法(インディセ・ラダール)という技であり、霊圧を電流の様に相手へ流し込むことで力量を計ることが出来る。

 

「…………な、に……っ!!」

 

 大量の冷や汗が一瞬にして吹き出ていた。

 霊圧を通して伝わってきた情報は、相手の実力が己よりも格上だと告げている。

 髑髏兵団(ガラベラス)を一蹴した異質さも相まって、ノイトラはもちろんテスラも動くことを忘れていた。

 

「ざ、更木副隊長! 茶渡君がこのままだと危険なんです!! だからどうか……」

「なんだ、手ぇ出してよかったのか? なら、もっと早くに言えってんだ。おかげで詰まらねえ斬り合いをしちまったじゃねえか」

 

 髑髏の兵士たちを一振りでなぎ払う様を見て再起動したイヅルが懇願するれば、それを聞いた剣八は獣のように笑いながら立ち上がった。

「随分と諦めがはええんだな……」という言葉を呟きながら。

 

「てめえ、なんか変なモンくっ付けられてんな? オイ、四番隊の! てめえの仕業か!?」

 

 ノイトラへと狙いを定め近寄る途中、違和感を感じ取り叫ぶ。

 

「は、はい! 僕の能力です! 重くしてます!!」

「なるほど、藍俚(あいり)の奴の部下だけあって面倒な能力持ってんだな。けど外せ! んなもん付けてたら斬り合いが愉しめねえだろうが!!」

「え……」

 

 一瞬、何を言っているのかイヅルは理解出来なかった。

 確かに重さは、逆に武器として利用される危険もある。だがそれでも、手に馴染んだ得意武器が重く扱い難いというのは、戦いにおいてはアドバンテージとなるはずだ。

 それをわざわざ解除しろという思考が、彼には理解できない――理解は出来ないが、それでも言葉に従い能力は解除している。

 

「気、をつけてくれ……そいつの、ノイトラの皮膚は鉄よりも固い……」

「あー……聞いちまったじゃねえか」

 

 青色吐息になりながらも告げる泰虎の言葉にも、剣八は似た反応を見せた。

 抜き身の斬魄刀を肩で担いだまま、空いた手で軽く耳を掻きながら詰まらなそうな表情を浮かべる。

 

「そういうことを知っちまうと、いまいち純粋に愉しめねえんだ……けどよっ!!」

「…………!!」

「なるほど、評判通りに良い手応えだぜ!」

 

 一瞬にして移動し、袈裟懸けに剣を走らせたのだろう。ノイトラが視線を下へと向ければ、そこには剣八の斬魄刀があった。

 だがその刃は胸元で止まっており、被害といえば薄く皮が斬れ血がうっすら滲み出ている程度。

 そこまで認識したところで、腹の底から哄笑を上げた。

 

「は、はは……ハハハハハッ!! 大した剣の腕だ、それは認めてやるよ!! だがな、俺の鋼皮(イエロ)は歴代全十刃(エスパーダ)最高硬度だ!! てめえら死神の剣で斬れるわけが無えんだよ!!」

「……これは……」

 

 それは聞きようによっては、己へと言い聞かせているようだった。

 

 霊圧を測定し、自分よりも格上と察した相手。

 だが格上の相手でありながらも、自らの鋼皮(イエロ)を突破することが出来なかった。その事実を依り代に自らの精神を再構築しているような――剣八は無言で聞き流しているだけだったが、イヅルはどこかそんな印象を感じていた。

 

「満足したか? オラ、ノイトラっ()ったか? 次はてめえの番だ」 

「俺の番、だと……?」

 

 笑い声が止むまで待ってから、剣八はようやく口を開く。

 

「てめえ、舐めてんのか!! それとも『先に手を出したから対等に』みてえな、そんなクソみてえな理屈でもほざいてんのか!?」

「ちげえよ、そうじゃねえ。刀剣解放(レスレクシオン)だったか? アレで来いって言ってんだよ。じゃなきゃ面白くねえって言ってんだ」

「あぁっ!?」

「てめえの硬さ、憶えちまったからな。次は確実にぶった斬るぜ? それとももっと硬くなれんのか? だったら面白えんだが、ただ硬いだけじゃ斬り合いもつまらねえんだよ」

「~~~~ッ!!」

 

 一方的な物言いにギリギリと音を立てながら歯噛みする。

 要約してしまえば「お前と戦っても本気を出さなければ面白くない」といっているのだ。それを聞き流せるほど、ノイトラは丸い性格をしていない。

 情けを掛けられているように感じられ、脳の血管が何本もまとめてブチ切れそうなほど激昂する。

 

「死ねよ! 死神いいいいっ!!」

「はっ!」

 

 感情に身を任せ、長柄を両手持ちにて全力で叩き付ける。

 その攻撃を剣八は斬魄刀にて受け止めると、ノイトラへ向けてニヤリと笑う。

 

「やりづれえか? なら、俺からやってやるよ! 呑め、野晒!!」

「お、おおおおおおおおおっっ!?!? 祈れ! 聖哭螳蜋(サンタテレサ)!!」

 

 まずは始解が、それに少しだけ遅れて帰刃(レスレクシオン)が、それぞれ発動する

 

 剣八の手には肩に担いでなお余るほど巨大な斧のような形状へと変じた斬魄刀が握られ――

 

「うおおおっ!!」

「ははははっ! やりゃあできるんじゃねえか!! 良い霊圧だ!! 勿体ぶってんじゃねえよ!!」

「黙れええええええぇぇぇっ!!」

 

 手にした戦斧でノイトラの攻撃を受け止め、その一撃の重さに満足そうに笑う。

 その反応すら苛立ちを感じながら、残る五本の腕でノイトラはさらに追撃を仕掛ける。

 

 解放したノイトラは、三対六本の腕が生えた姿になっていた。

 その六本全ての手に巨大な大鎌を携えながら、けれども重さを感じさせない程に軽々と、かつ縦横無尽に超重量級の武器を操っていく。

 

「良いじゃねえか良いじゃねえか! こんだけの武器を振り回せるやつなんざ、尸魂界(ソウルソサエティ)にもそういやしねえ!! 俺の知ってるやつはどいつもこいつも両腕だけだからよ!!」

 

 その六本の攻撃を斧一本で受けきりながら、剣八は歓喜の声を上げる。

 新鮮で、実に楽しい戦い。もっと時間を掛けて、斬り合いをしたい。そんな想いが身体中を駆け巡る。

 

「ああ勿体ねえ!! 始めたくねえな!! けど、そう言うわけにもいかねえ!! なんせ俺は副隊長だからな!! 下っ端はいつまでも遊んじゃいられねえんだ!!」

「何を――」

「ノイトラ様あああああぁぁっ!!」

「おらああああぁっ!!」

 

 剣八は野晒を振りかぶり――

 

「言って――」

 

 ――振るう。

 

 六本の腕と大鎌全てを防御へと使ったのは、本能的な行動だった。

 無骨な刃が迫り来るのを感知し、無意識に全力防御を選択する。

 何を勘違いしたのか、従属官(フラシオン)のテスラが割り込んでくる。

 ノイトラが認識できたのは、そこまでだった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、剣ちゃん。たのしかった?」

「ああ。見てみろ、これ」

 

 やちるの言葉に剣八は笑いながら頷くと、顎をしゃくって肩に担いだ野晒の刀身――その一点を指し示す。

 

「ああーっ! なにこれーっ!!」

「この程度にゃ、強えやつだったってこった」

 

 やちるは思わず悲鳴を上げていた。

 野晒の刀身、その一部分が僅かではあるものの欠け落ちていたからだ。

 剣術や鬼道、斬魄刀の能力を用いて防ぐのではなく、純粋な防御力だけで受け止め、僅かとはいえども野晒の刃を欠けさせる。

 そんな、単純な力比べのような実力を持った相手と斬り合えたことに、剣八は満足していた。

 

「……畜生、勿体ねえ!! やっぱりもう少しだけ斬り合っておくべきだったか!? 次にやりあう時にゃ、あいつ絶対にもっと強くなってやがったはずなのによ!! いや待て、藍俚(あいり)!! お前ならまだ治せんだろ!?」

「剣ちゃん忘れちゃった? あいりんは一緒じゃないよ」

 

 ――前言撤回。未練たらたらだったようだ。

 

「あー、そうだったな。ならそこの四番隊! てめえならどうだ!! 治せるか!?」

「僕ですか!? む、無理ですあれはさすがに……!!」

 

 急に水を向けられ、泰虎の治療に回っていたイヅルは大慌てで首を何度も横に振る。

 あれは仮に隊長であっても治せないだろうと、心の中で呟きながら。

 

 ノイトラは半分だけだった。

 

 振りかぶった斧を、やや斜めに振り下ろす。

 その一撃は彼の上半身を切り裂き吹き飛ばすほどの威力を誇っていた。

 主の身の危険を感じてが割り込んだテスラを含め、二人の破面(アランカル)を纏めて切り裂いてなお防ぎきれぬほどの一撃。

 残ったのは二人分の下半身だけだ。

 奇跡的にバランスが保たれているのか、両脚だけのノイトラは地に立ったまま。

 テスラの場合は対照的に不安定な体勢だったため、大きく吹き飛んで転がっていった。

 

 そして上半身は――どこかへ吹き飛ばされたのか、それとも粉々に吹き飛んだのか。行方は、この場の誰も知らない。

 

「ちっ! 今から藍俚(あいり)を呼んで間に合うか……?」

 

 一縷の望みを賭けるように、剣八は藍俚(あいり)の霊圧を探す。

 彼女を見つけ、ノイトラを蘇生させて、再戦できないものかと、淡い期待を胸に抱きながら。

 やがて藍俚(あいり)の霊圧を感じ取り、そして面食らった。

 

「へえ、アイツが自分から剣を抜きやがった。珍しいこともあるもんだ」

 

 霊圧から感じ取れたのは、歓喜にも似た感覚だった。

 目的地は分からないものの、闘志と闘気をむき出しにしながらどこかへ向かって突き進んでいるのだけは分かる。

 丁度、剣八が斬り合いへ向かう時に近く、それだけに藍俚(あいり)の感情が手に取るように分かる。

 

「どうする剣ちゃん、あいりんの所に行く?」

「……いや、止めだ。こんだけ愉しそうな藍俚(あいり)を邪魔するような、無粋な真似はしねえよ」

 

 斬魄刀を始解前の状態へと戻し、明後日の方向を向きながら剣八は呟いた。

 

「あーあ、それにしても勿体なかったぜ」

 

 

 

 

 その独白は風に乗り、首だけとなった破面(アランカル)の元まで届いていた。

 




●ノイトラ(ノイ / トラ)
斬られて倒れる前に息絶えるどころの騒ぎじゃない。
(でも、野晒を刃毀れさせたから頑張った)

●テスラと髑髏兵団
囮攻撃からの、テスラが仲間ごと範囲攻撃でドーン!
テスラの能力(身体能力超強化)を活かすなら、こういう感じかなぁ?

どうせ囮はポコポコ産めるし、同士討ちも命令だから怖がらず遂行してくれる。
(ルドボーンいなくても指揮が執れるのか? と疑念ですが「一体くらい、指揮能力の高い個体もいるだろ」と妄想)

●ルドボーンの行動
「この戦い長引きそうだな」って思い、先にガンテンバインを回収した。
その後チルッチが負けたことに気付き、部下を残して回収へ向かった。
(指揮を部下の一体に引き継がせている)

(その先で変態四番隊長と遭遇。
 ビビって逃げる)


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第231話 お兄ちゃん怒る

 回廊を抜けたところで、白哉は一旦足を止めた。

 続いて意識を集中し直し、各人各所の霊圧と状態を探り直す。

 

「近くに一人。この霊圧は、志波海燕殿か。だが、かなり弱っている……」

 

 とある方角――海燕の霊圧が感じ取れた方向へ視線を向けながら、誰に向けるでもなく呟いた。

 多少距離はあるものの、瞬歩(しゅんぽ)を使えばそれほど時間も掛からずに到着出来る位置に、海燕がいる。

 激戦があったのだろう霊圧の感じから弱ってはいるものの、虚圏(ウェコムンド)には四番隊の隊士が数名来ていることや、事前に薬を渡されていることから、即座に救出に向かわなくても問題ないだろう――と、判断する。

 

 とはいえこの判断は、白哉が薄情者というわけでは決してない。

 

「ああ、丁度良かった」

「……ルキア、か?」

 

 海燕とはまた別に、よく知った霊圧が近づいており、その対応を優先したからだ。

 彼女は、白哉が来たのとは真逆の方角――虚夜宮(ラス・ノーチェス)の内部から外へと向かうルートでやって来たかと思えば、白哉の姿を確認して足を止める。

 その動きと言葉遣いに、白哉は強烈な違和感を憶える。

 

「ええ、ルキアです。それよりも、どうしてこちらに?」

「……海燕殿の霊圧を感じたのでな」

「私もです。霊圧を感じたので」

「…………」

 

 ――おかしい。絶対におかしい。

 

 簡単な応対をしながら、心の中でそう断言する。

 まるでオウム返しのような会話内容に、義妹らしさがまるで感じられないよそよそしい言葉遣い。加えて感情の起伏というものが極端に少ない。

 これで騙そうとしているのであれば、無能以下だろう。

 そう思いつつも、白哉はもう少しだけ会話を続ける。

 判断に足るだけの材料を探すために。

 

「ところでルキア、その額はどうした?」

「これですか? 少し怪我をしてしまって。大丈夫、もう血は止まっています」

 

 軽く髪を捲り上げて額を見せながら、ルキアは何でも無いとばかりに言う。

 白哉が口にしたように、彼女の額は血に染まっていた。

 血液がべっとりと髪や額に張り付いており、まるで赤い塗料を塗布されたかのようだ。

 

 ただ、血が止まっているというのは本当なのだろう。

 付着した血液は既に乾燥しはじめてカサカサになっており、どこか頭に傷を負っているようにも見えない。

 その事実には、少しだけ安堵できた。

 

「そうか……その血の下に、何かあるのだな?」

「……なんのことです? これは怪我を……」

「惚けるな」

 

 血のことを言われて一瞬驚きの表情を見せるものの、なおも下手な演技で食い下がろうとするルキアへ、白哉は斬魄刀を向ける。

 

「その程度の演技で私を騙せると本気で思っていたのか? 貴様はルキア――我が義妹などでは断じてない」

「ふふ、そう言われては仕方ありません」

 

 変わらず表情の抜け落ちたまま、口元に微かな笑みを浮かべながらルキアもまた斬魄刀を引き抜くと、白哉へ向けて斬り掛かる。

 

「最初に出会った相手が兄とは不運でした。その様な親しい者が相手では、騙せないのも道理ですね」

「……そうか」

 

 その攻撃を受け止めながら「本気で言っているのならば大したものだ」とどこか感心していた。最初に出会ったのが白哉以外の者であっても、虚圏(ウェコムンド)に来ている者ならば誰であろうと見抜いていた。

 むしろ「最初に出会えたのが自分で良かった」と考えている。

 

 ――擬態か? それとも操られているのか?

 

 今の白哉は、その判断に迷っていた。

 

 これが擬態……つまりルキアの姿へ変化しているだけの偽物であれば悩むことなく切り捨てていた。だが万が一にも本物が操られている可能性がある以上は、下手な手出しは出来ない。

 先ほどの"額の血"の件から、操られているのだろうとアタリはつけているものの、もう少しだけ決め手となるだけの確証が欲しい。

 

「ですがあなたには、私を斬ることは出来ない。なぜなら大切な妹が死ぬことになりますから」

「そうか」

 

 腕の振り方、足の運び一つとっても死神の物とは異なる。そんな戦い方で、ルキアは白哉へと斬魄刀を叩き付ける。

 白夜の目からすれば乱暴に映るそれを冷静に観察しながら、彼は溜息を吐き出した。

 

「もう茶番は結構だ……縛道の六十一、六杖光牢」

「っ!?」

 

 何度目かの攻撃を捌いたところで、詠唱を破棄した縛道をルキアへと放つ。

 六本の光の帯が突き刺されば彼女は一切の動きを封じられた。

 

「ルキア、すまんが少しだけ堪えてくれ」

 

 動きの止まったルキアの額に指を当て、軽く擦る。血糊が剥がれ落ちてゆくその下からは、黒い文様が浮かび上がっていた。

 

「なるほど、これが……助かったぞ袖白雪」

 

 ルキアの手の中で、斬魄刀がカタッと音を立てたような気がした。それが礼に対する返事のようで、白哉は引き締めていた口元を一瞬だけ緩める。

 

 ――斬魄刀本体と交流していた経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった……

 

 目の前のルキアを本物だと断じられたのは、言動もそうなのだが、何より斬魄刀が知らせてくれたからだ。

 袖白雪が千本桜へ斬魄刀を通じて状況を伝え、それを千本桜から白哉へと伝える。

 その結果、白哉はルキアの現在の様子を正しく知ることができた。

 

「さて……そこの者、出てこい」

 

 ルキアへと向けていた瞳から一転、厳しい表情で建物の影を睨みつける。

 

「貴様がそこに隠れていることは既に分かっている。それとも、よもや出られぬというのであれば、私手ずから引きずり出してやろうか?」

「それは困りますね」

 

 その言葉と共に、帰刃(レスレクシオン)状態のゾマリが姿を見せる。

 

「初めまして、名も無き死神。私は――」

「ゾマリ・ルルー。十刃(エスパーダ)の一人にして、他者を操る能力を持つ……か」

 

 自己紹介を遮るように白哉が口を開いた。

 その行動、そして名前をピタリと言い当てられたことでゾマリは思わず目を丸くする。

 

「――驚きました。どうやってそれを?」

「それを知る必要は無い」

 

 袖白雪から聞きました。

 などとは言わないし、そもそも説明する義理もない。

 

成程(なるほど)、確かにその通りですね。ですが、一つだけ間違っています」

 

 納得しつつも、僅かな違いに気付いたゾマリはニヤリと笑う。同時に、彼の全身に浮かぶ瞳――その一つが怪しく輝いた。

 

「我が"呪眼僧伽(ブルヘリア)"の能力は、その目で見つめたものの"支配権"を奪う能力。よって、そこの死神は操っているのではなく、既に私のものとなりました」

「支配か……なるほど、道理で。操れていれば、もう少しマシな演技も出来たであろう」

「ええ全く、貴方の仰る通り。ですが、良い経験となりました。次は貴方を支配することで、この教訓といたしましょう」

「……この私を? 笑えぬ冗談だ」

生憎(あいにく)と、冗談を言う趣味は持ち合わせてはおりません」

「ッ!?」

 

 突如、白哉の左腕が跳ね上がった。

 彼の意思を無視して動くと、自らの首へと手を掛け渾身の力にて締め上げる。その手の甲には、ルキアの額に刻まれいたのと同じ文様が浮かんでいた。

 

「この通り、我が"(アモール)"の前には無力です。理解しましたか?」

「愛、か……ならばもう一度言わせて貰おう。笑えぬ冗談だ、と」

 

 自らの腕で喉を締め上げながらも、白哉はなんとか声を絞り出す。

 だがやはり苦しいことには違いないのだろう。その手から斬魄刀がこぼれ落ち、ゾマリは笑みを一層強くした。

 

 それが白哉の狙いだとも知らず。

 

「卍解、千本桜景厳」

 

 斬魄刀が吸い込まれ、地の底から千本もの巨大な刀が桜並木のように立ち並ぶ。

 周囲には無数と評して尚足りぬほどの刃が、桜吹雪のように舞い散る。そのあまりの数の多さは日を陰らせ、夜が訪れたとではないかと錯覚させるほど。

 薄暗い中、光を反射して煌めく花びらには幻想的とも言える美しさがあった。

 

「な、なんだこれは……! これが、まさかこれが全て……!!」

吭景(ごうけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)

 

 白哉の命に従い、その全ての花びらがゾマリを覆い尽くすと全方位から襲いかかる。

 

「お、おおおお……おおおおおおおおぉぉぉっっ!! あっ、藍染様あああぁぁぁぁっ!!」

 

 視界の全てが桜の刃に覆い尽くされた中、断末魔の悲鳴が響く。

 同時に白夜の左腕から力が抜ける。文様は跡形もなく消失していた。

 

「愛、か……」

 

 桜吹雪もやがて散り、微かに残る肉片だけがそこにゾマリがいたことを告げる。

 湯が蒸発するように消えていく肉片を目で追いながら、白夜は言葉を投げ掛けていた。

 

「私にも愛はある。妻や子、妹を人質に取られれば、このような目にも会うのだ……愛と語っておきながら、貴様は何一つ理解していなかった……それだけのことだ」

 

 やがて、完全に肉片が消えたことを確認すると斬魄刀を鞘へと戻す。

 

「……お前は遠慮がちだったのだと、今少しだけ思ったぞ……千本桜よ……」

 

 斬魄刀が、僅かに鍔鳴りを立てた。

 




(退場が)十刃で最速

●吭景で倒すの?
別に問題ないし。強くなって攻撃力が上がってたのよきっと。

●ゾマリの愛の能力について
冷静に考えると、どこまで出来るのか不明な事に気付く。

例えば
(原作でも)ルキアの頭(脳)の支配権を奪ったが、喋り方や戦い方などは再現出来るのか? と言う疑問にぶつかりました。

だって支配権を奪っても、結局はゾマリの意思が絡んでるはずなので。

命令されているので、無意識的にそのまま元の人格で動くのか?
命令しているから、(戦法や喋り方は)ゾマリ流で動くのか?
 
 
前者だったら、獅子身中の虫として潜り込ませられる。
(喋り方やクセなんかもそのまま再現できる)

後者だったら、完全な操り人形でしかない。
(始解させるにも「脳を支配する ⇒ 斬魄刀の名前を言えと命令する ⇒ (名前を知ったので)その名前を口にして始解しろと命令する」みたいな面倒なことになる)

結局、拙作中では後者にしました。なんといいますか、機械に命令するように無機質で融通がきかないイメージがあったので。

他にも
・愛の能力は解放前でも使えるのか?
・一度愛で支配したら解放前の姿に戻っても支配は継続しているのか?
・支配後の命令は毎回個別に出さないと駄目なのか?
・支配後に対象が見えなくなっても命令は出せるのか?
・目で見るだけなら1kmくらい離れていても支配出来るのか?

とかの疑問が出まして……

あ、内臓を支配して「余計な栄養は吸収するな」って命令すればダイエットに使えそう。
 
 
……と、後書き中にて妄言を垂れ流しまくっていたところで
「(本文中のルキアを怪しいと気付いた段階で)本物でも偽物でも、とりあえず縛道で縛ればええやん……」
とか
「頭を見て脳を支配できるなら、胸を見て心臓を支配すればイチコロなのでは?」
とか、気付く。

なんで書き終えてから気付くのかしら……


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第232話 素数なんて数えても落ち着かない

 桃の両手に集中した霊圧が一護の体内へと染みこみ、全身へと周りながら刻まれた傷を癒やしていく。

 傷ついた肉体は術によって瞬く間に修復され、そこへ不足していた霊力が充填されていくことで万全の状態を取り戻していく。

 

「ふぅ……」

 

 そこまで確認すると、桃は額の汗を拭う。

 手の甲を見れば、そこにはねっとりとした汗が大量にへばりついていた。それだけで、自分がどれだけ疲弊しているのか、嫌というほど理解できた。

 もしもこの場に鏡があれば、桃は自分の疲弊具合をよりはっきりと理解しただろう。傷と疲労と霊圧不足で顔色は蒼白を超えており、可愛らしい素顔が今では重病人のようだ。

 

「アンタ、大丈夫っスか……?」

「うん……心配してくれてありがとうね、ネルちゃん……でも、もう少し、もう少しだから……」

 

 ウルキオラの攻撃にて意識不明となるほどの重傷を負った一護と、連れ帰るのに便利だからという理由だけで見逃された桃。

 桃にしてみれば二度目の苦渋ということもあってか、心が壊れてしまいそうなほどの屈辱だった。

 だが四番隊の隊士としての誇りと、ネルの「一護を助けて欲しい」という言葉が、ギリギリで彼女を踏みとどまらせる。

 

 自らもいつ倒れてもおかしくないほどの傷を受けながらも、桃はまず一護の治療を優先させた。回道にて一護を完治するまで回復させるべく、霊圧補充の薬品と気付け薬を噛み千切る様にして飲み込んだ。

 薬品大量摂取(オーバードーズ)なんてクソ食らえな行動である。

 

「そ、その薬……そんな風に飲んで大丈夫なんスか……?」

「……まだ、大丈夫、だから……」

 

 身体に悪いと分かっていても、飲まなければ霊力不足か気力不足で動けなくなりそうで。

 だから桃は無理矢理にも笑顔を作ると、心配してくれるネルへ優しく微笑み掛けた。

 

「もう少し……黒崎、さん……」

「う……く……っ……ぅぅ……」

「あっ! 一護!!」

 

 気合いと根性を入れ直して回道を再開させると、程なくして一護の口から声が漏れ出てきた。瞼がゆっくりと開くと、眼球が横に動いて――

 

「……どわあああぁぁっ!! なん、なんでだ雛森さん! なんでそんな格好……!」

「……え、あ……っ!! きゃ、きゃあああああああああああぁぁっ!! 見ないで、見ないで下さい!!」

「一護ッ! ダメっすよ、レデーの肌を勝手に見ちゃ! それは男として失格(すっかく)っス!!」

 

 ――大惨事になった。

 

 おさらいしましょう。

 先ほども述べたようにウルキオラに負け、一護は意識不明の重体に。桃もかなりの重傷を負わされた。

 桃は一護の回復を行うが、このままでは自分も気絶して最悪共倒れになってしまう。

 そんな最悪を回避するためには、一護を治療しつつ自分も治すしかないと考えた。

 けれど悲しいかな、二人の重症患者を同時に治療できるほどの腕前は、桃にはない。

 

 そこで代案として"桃が一護を治療しながら、ネルが桃を治療する"ことにした。

 

 幸いにも彼女ら死神は、藍俚(あいり)特製の"本人にだけやたら効果が高い傷薬"を所持している。この薬をネルに渡して桃を治療させることで、ドミノのように連携した治療を行うことが目的だった。

 ちなみにその薬はいわゆる軟膏の類いなので、患部へ直接塗りつける必要がある。

 そして桃は傷の治療のために死覇装を脱ぎ、肌を露わにしていた。

 

 ――ここまで言えば後は蛇足かもしれませんが、一応言っておきましょう。

 

 上半身裸の桃が治療していた最中に一護は意識を取り戻し、バッチリ目撃しました。

 慌てて両手で隠したものの、白くて肌と細くくびれた腰回りは未だ白日の下に晒されています。

 

「だああああぁっ! わ、わりぃ! まさかそんな格好で――」

「い、いいから目を閉じて! 見ないで下さいよおっ!!」

「――おおおおおおう! こ、こうでいいか!?」

 

 両手でお目々を隠す……それ本当に隠してる? 指の隙間からこっそり見てない? 

 

「ダメっスよ! 一護は(うス)ろ向いてるっス! まだ桃ちゃんの手当もスんでねえんスから!!」

「お、おう!!」

 

 ネルが大慌てで割って入り、身体全体を使って桃を視線から遮りました。

 ちっちゃくても女の子ですね。

 

「さて、一護は(うス)ろ向いたっスから、このまま治療を再開スるっスよ」

「うん! ありがとうね、ネルちゃん……あ、でももう黒崎さんは意識を取り戻したんだし、あとは自分で……」

「ダメっス! これはネルが頼まれた仕事(スごと)なんスから!」

「ひゃんっ!」

「でへへへへ……桃ちゃんの肌、スベスベで良いっスね……ずーっと触っていたいっス……」

「そ、そう……?」

「それにこのお薬も、なんだかヌルヌル()てて病みつきになりそうで……ネル()ってるっスよ! これ、大人のお風呂屋さんにあるやつっスよね!?」

「え……ええっ!! ち、違うよこれは……や……っ……!」

 

「……………………2、3、5、7――73――953――6011――55661――125311――!」

 

 一護は数字の世界に没頭していた。

 それからしばらくして――

 

「もう大丈夫っスよ」

「お、おう……」

 

 ようやく出たお許しに、一護はどこかやつれた印象の顔で振り返る。

 見ればなるほど確かにネルの言う通り、処置は完了していた。顔色や血色も先ほどよりかはずっと良さそうだ。

 傷つきあちこち破れた死覇装、その襟元や空いた穴の下からは包帯が覗いていて「あの衣擦れの音はこれか」と数字の世界へ没頭していた時のことを思い出して納得しつつ、一護はまず桃へ頭を下げた。

 

「すまねえ雛森さん! せっかく治療してくれたってのに! どんな事情があってもありゃダメだったよな……!!」

「そんな……私の方こそ、気付かなくって……本当にごめんなさい!」

「いや、だとしても悪いのは俺だ!」

 

 互いに思うところがあるようで、頭を下げあってしまう。

 

「二人とも……何を、やっているんだい……?」

 

 その光景を、遅れてやってきた浮竹が不思議そうな顔で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

「何にせよ、一護君たちが無事でホッとしたよ。間に合わなかったらどうしようかと不安だったんだ。只でさえ俺たちは遅れてきているし、なのに好き勝手に動いて……」

 

 簡潔ではあるものの"何があったのか"を二人から事情を聞き終えると、浮竹は胸を撫で下ろした。

 後発の援軍として来たのはよいものの、その半分以上が自分のことを優先している現状なのだ。これで「手遅れでした」となっていては、立つ瀬が無い。

 気を取り直して霊圧を探り直せば、どうにかまだ全員無事だったこともあってか、思わず愚痴を零す。

 

「いや、浮竹さんが来てくれて本当に心強えんだって! だから、そう落ち込まないでくれって!!」

「ははは、そうだね……ここからが俺たちの仕事だ」

 

 思わず口から出た一護の気遣いの言葉に、浮竹は顔を上げる。

 

「ところで一護君、これからどうするつもりだい?」

「決まってる! 井上を助け出すんだ!」

「やっぱりかい……? 俺としては、少し大人しくしていて欲しいんだけどね……」

 

 ――海燕のこともあるし。

 

 という言葉を口に出すべきか、少しだけ悩んだ。

 感じられる霊圧の中で、一番危険な状態なのが彼だ。道順の選択がマズかったのか、不幸にも浮竹が今から向かうには少々距離がある。

 近くに一護たちがいたので真っ先に向かったが、誰かの反応を感じられなければ海燕のところへ向かっていただろう。

 ……幸いにも近くには白哉の霊圧が感じられるので、救出に向かってくれるはずだと判断を下す。

 

「……よし、わかった! ここからは俺も一緒に行こう!」

「え……浮竹さんが……!?」

「そうそう一護君を危険な目には会わせられないからな……不満かい?」

「いやいやいや! それは全然!!」

 

 大慌てで首を横に振る。

 尸魂界(ソウルソサエティ)にて"手合わせ"をした経験があり、隊長ということもあってその腕前は下手な相手よりもずっと信頼できる。

 むしろ心強いことこの上ないくらいだ。

 

「よし! なら決まりだ。よろしく頼むよ」

「ああ、こっちこそ。よろしくお願いします」

「だったら、私も――」

 

 一緒に行く、と口にしようとしたところで、桃は膝から崩れ落ちた。

 

「――あっ、あれ……?」

 

 慌てて立ち上がろうとするも、足が言うことを聞かない。砂地の地面にぺたりと座り込んでしまったまま、満足に動けなくなっていた。

 

「雛森三席、無理はしない方が良い」

「でもっ! でも私……」

「俺は四番隊の隊士じゃないが、体調不良なんかについては人よりも詳しいと自負しているつもりだ。そんな素人に毛が生えた程度の俺の目で見ても……雛森三席、無理をしすぎている」

「そんなっ! 私、私……このままじゃ……!!」

「悔しい気持ちは分かる。でも、無理をしてもどうにもならないんだ」

 

 へたり込んだまま、それでも食い下がろうとする桃を浮竹はゆっくりと諭していく。

 

「どこかに隠れて少し休んで、動けるようになったら……そうだな、仲間たちの治療を頼めるかい?」

「治療を……」

「ああ、そうだ。湯川も今、怪我人を治して回っているみたいだ。なら、丁度良いだろう?」

「先生が……はいっ! わかりました!!」

「うん、良い返事だ」

 

 そこまで決まったところで、ネルがおずおずと手を上げる。

 

「あの~……ネルは、どうスたらいいんスかね……?」

「おや? 君は一体……」

「ああ、コイツは破面(アランカル)のネルって言うんですよ。俺たちの……仲間、っスかねぇ……」

 

 関係性を、はたしてどう語ったら良いものか。

 首を捻りながら一護はなんとか言葉を絞り出した。

 

破面(アランカル)がかい?」

ひゃ()ひゃい(はい)そうっス! ネル、一護のことが心配になって、ついてきたんスよ!!」

「はははは、そうなのか。一護君を護ってくれたんだね。ありがとう」

 

 敵であると思っていた死神の、それも隊長と真っ正面からの対面である。

 緊張しながらもネルがコクコクと頷けば、浮竹は人受けする優しげな笑顔でネルの頭をそっと撫でた。

 

「けど、これ以上先に進むのは危険なんだ。どこかに身を隠した方がいいだろう。大丈夫、一護君の面倒は俺が見るよ」

「そ、そっスか……残念だけど仕方(スかた)ねえっスね……」

 

 少しだけ俯きつつもそう言うと、ネルは桃の隣にちょこんと腰掛ける。

 

「だったらネルは、これからは桃ちゃんを守るっス! 桃ちゃん、イイ人っスからね! だから一護……絶対、絶対に戻ってきて欲しいっス!」

「ああ、約束だ。だからネル、雛森さんのことは任せたぜ」

「んだス!!」

 

 一護とネル、二人は小指同士を絡めて指切りをすると、それぞれ別々に動き出した。

 




●薬をいっぱい飲む雛森
この子、こういう行動も似合うと思う。
(原作四番隊もヤク漬けだって言ってましたし)

●ラッキースケベ的な部分
プロットにはですね。

部屋に入った途端、慌てた様子で息を切らせながらも出迎えてくれた。
何でも無い風を装いながらも、頬は上気したように朱色に染まり、服の乱れをそそくさと直している。
いつもは清楚で凜とした印象の彼女が、今日は別人のようだ。
見慣れているはずの格好も、なんだかとても似つかわしくないように見えた。

みたいなラッキースケベくらい攻めても良いかもしれない。
と書いていたのですが(何をしたかったんだ当時の私……)
シチュエーションとしては、学生姿のシロちゃんと雛森。シロちゃんが雛森の部屋に入った瞬間でお願いするでござるよ(雛森の隣に誰がいるかはお任せするでござる!!)

●で、率直に言って何色でしたか?
??「ハァッ!? べ、べべべっべべ別にぃ!? 何にも見てねえしぃ!!」

●でも素数を数えてましたよね?
??「あれは煩悩を払おうとしただけだしぃ!!! 全然ピンク色とか、まったく気にしてねえしぃ!!」


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第233話 決戦! グリムジョー!

「ってててて!! ったく、アーロニーロの野郎! やっぱりまだ殴り足りねぇ!! もう二・三発くらい殴っときゃよかったぜ!」

 

 アーロニーロの宮の中。

 闇の濃い広間にて気絶から目覚めた志波海燕は、ぶつぶつと文句を言いながら傷の手当てを行っていた。

 

「ってか、こういうのは四番隊がやるもんじゃねえのか……? 怪我人に薬やら包帯やら渡して『手当はご自分でどうぞ』ってのは、絶対(ぜってぇ)間違ってるよな……」

 

 手当をしようと身体を動かせば、それだけで痛みが全身に走る。それでも手当をしなければ待っているのは確実な死だ。

 それを理解しているからこそ、不平不満を零しながらも手渡された薬を患部へと塗り込み、器用に包帯を巻いて止血、治療をしていく。

 ぶつぶつと文句を言っているのも、自身に対する気付けのようなものだ。こんな風に小言を口にしながら、痛みや疲労で萎えてしまいそうな意識を繋ぎ止める。

 

「それにしてもまぁ……我ながらよく生きていたモンだぜ……」

 

 首を軽く捻って後ろに視線を投げ掛けながら、感心するように吐き出す。

 視線の先には、小さな水たまりのように血が広がっていた。いうまでもなく、海燕が流した血だ。

 

 アーロニーロに腹を貫かれ、重傷を負いながらも戦い抜いて勝利した証――といえば聞こえは良いかもしれないが、どんな理由があろうとも大怪我をしたことには違いない。

 明らかな出血多量。

 腹に穴を開けた状態で動き回り、止血もせずに気絶したのだ。意識を取り戻せたのを含めて奇跡に近い。

 改めてそれを理解して、思わず身震いする。

 

「早いとこ傷を治して最低限戦えるくらいにはしねぇと……やっぱ、もっとちゃんと回道を習っとくべきだったか……?」

 

 四番隊(ほんしょく)程ではないにせよ、こういった傷の手当の経験くらいある。

 とはいえその経験は、それほど大層な怪我ではない――俗に言う「ツバでも付けとけ」で括れるような範疇がほとんどのため、これだけの大怪我の治療は初めての経験である。

 回道にて治療が出来ればもう少しスムーズに戦線復帰できただろうかと考えながら、ふと思い出す。

 

「そういや、回道は朽木のヤツが結構上手かったな……無事に戻れたら、アイツにでも習うとすっか……」

 

 そこは四番隊(ほんしょく)に教えを請うべきなのでは?

 ――と思われるかもしれないが、海燕が最後に別れたのはルキアである。そのため今この場においては、回道から彼女のことを連想してしまうのも自然なことだ。

 

「てかアイツ、無事なのか……? いや、確かに"ついてくんなよ"って言ったのは俺だけどよ……律儀に守ってんじゃねえよ、こんだけ怪我してんだから気付くだろ……!! まさか、他の十刃(エスパーダ)に襲われたりしてねえよな……!?」

 

 一度気になり出すと、その不安は止まるところを知らない。

 ましてや虚夜宮(ラス・ノーチェス)は敵地、敵の懐のど真ん中だ。ルキアの腕前は知っているが、それでも悩みの種は尽きない。

 

「ちっ……俺、大怪我してんだぞ……!!」

 

 乱暴に治療を終えると、近くにあった斬魄刀――金剛を掴み立ち上がろうとしたところで――

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 ――広間の壁、その一面が轟音を上げながら崩れた。

 

 暗い室内へ外から強烈に光が差し込む。

 逆光を背にして現れた人影に、海燕は思わず舌打ちする。

 

「……よぉ」

「グリムジョー……」

 

 通算三度目の対峙ともなれば、辟易もするというものだ。

 間違いなく顔に出ていたのだが、グリムジョーは気にした様子もない。

 

「……何の用だ?」

「説明が必要か? ケリを付けに来たんだよ」

「ケリだぁ? んなもん、前回俺が負けて一護が――」

「あんなもんが決着であってたまるか!!」

 

 叫び声が全てをかき消した。

 

「ああ、確かに黒崎一護ともケリを付ける! だがその前に志波海燕、テメエが先だ! この俺をおちょくって二度も引っかき回しやがったテメエは! まずは真っ先に潰す!!」

「おーおー、おっかねぇなぁ……んで、俺が大怪我してんの知って急いできたのか? 怪我人相手なら絶対に勝てるもんなぁ?」

「あぁん!? 舐めたことぬかしてんじゃねえよ!!」

 

 グリムジョーは肩に担いでいた白い布包みを乱暴に投げ捨てる。

 

「おっ、織姫ちゃん!?」

 

 海燕は目を丸くした。

 その包みの中から出てきたのは、囚われていたはずの井上織姫だった。

 猿轡(さるぐつわ)をはめられ声は上げられず、両腕も手首を布で拘束された上から飼い犬のように鎖で繋がれている。

 

「治せ」

 

 猿轡を引き剥がすと、全てのことは終えたとばかりにグリムジョーは近くの瓦礫に腰掛ける。

 けれど海燕たちはそれどころではなかった。

 

「織姫ちゃんがなんでここに……いや、それよりも逃げろ! 一護たちがすぐ近くに――」

「海燕さん! その怪我、大丈夫なんですか……!? お腹を刺されて、あんな戦いまで――」

「うるせぇ!!」

 

 互いが互いを気遣うように叫ぶ中、グリムジョーの一喝に二人は言葉を失った。

 

「女、もう一度言うぞ。さっさとそいつを治せ。んで志波、テメエは黙って治されてろ」

「黙って治されてろ、ね……つまりはアレか? 完全な状態の俺を倒さねえと意味がねえって、そんなところか? だから織姫ちゃんを連れてきたんだろ?」

「えっ、ええっ!! グリムジョー! あなたそんな事のために……!!」

「はっ! よくわかってんじゃねえか!!」

 

 嬉々として叫ぶグリムジョーの姿に、海燕は再び溜息を吐いた。

 

「はぁ……織姫ちゃん、すまねえが治しちゃくれねえか?」

「え……でも……!!」

「いいから! ……さっきもチラッと言ったが、一護たちが来ている。もう少しすりゃ、隊長たちだって来る。俺がグリムジョー相手に時間を稼ぐから、逃げちまえ。んで、誰かに保護して貰え。囚われのお姫様ってのも大変だろ? ……だからさ! 頼んだぜ!!」

「は……はい……」

 

 グリムジョーに聞こえないように小声で伝えながら、見た目だけは回復を急かすように演技する。どこまで効果があるかは不明だが、やらないよりはマシだと思いながら。

 そこまで伝えることで、織姫はやっと、のろのろとではあるが回復を始めた。

 だがやはり迷っているのだろう。

 全力で戦うために治すということとも、自分を逃がすための足止め役として治すというのも、織姫にとって気持ちの良いものではない。

 加えて――

 

「で、でも海燕さん……その、大丈夫だったんですか……? お腹の傷もそうなんですが、あとその……都さんのこととか……」

「……は? なっ、なんで織姫ちゃんそのこと知ってんだ……!?」

「え、いえ……あの……な、なんでもありません! 海燕さんは優しい人です!! わ、私は素敵だと思いました! 月9のドラマみたいで!!」

 

 ――必死に気遣う織姫の姿に絶句する。思い当たるのは一つしかない。

 

 まさかと思いながら、グリムジョーを睨む。

 

「おいグリムジョー!! まさかテメエも知ってんのか!?」

「あぁん? 何が……あぁ、アーロニーロのくだらねえ小細工に騙されたことか? あれにはガッカリしたぜ」

 

 ニヤリと、挑発するように笑う姿に海燕は全てを悟った。

 

「アーロニーロのヤツにゃ、認識同期って能力があんだよ。アイツが知った情報は仲間全員に伝わんだ」

「認識、同期……」

 

 思わず愕然としてしまう。

 詳しい説明をされなくとも、その名前だけで十分に想像はついた。

 アレが全ての者たち――おそらくは十刃(エスパーダ)全員は当然、織姫が知っているのだから藍染らまでも――に伝わってしまったのだと。

 

「んなどうでもいいことグチグチと気にしてんじゃねえよ! 急いで治せ! 治されてろ!! いずれ気付いたウルキオラがここに来る! その前に――」

 

 その言葉は、さながら予言の言葉だった。

 唐突に現れた巨大な霊圧に、その場の三人が一斉に言葉を失う。

 グリムジョーは背後で膨れ上がった気配に目を大きく見開くと、即座に振り返ると身構える。

 織姫は不安そうに身を竦ませ、海燕は治療の最中にも関わらず立ち上がると即座に織姫を庇う位置へと移動して見せる。

 

「ウルキオラ……」

「……何をしている? グリムジョー……」

 

 視線を交錯させたまま、二人の破面(アランカル)が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「その死神を治そうと知ったことではないが、その女は俺が愛染様から預けて戴いたものだ」

 

 ――けっ! 知ったことじゃねえと来たか……

 

 ウルキオラの言葉に海燕は心の中で舌打ちする。

 副隊長の身分ゆえに低く見られるのも仕方ないと理解しているが、それでも気持ちの良いものではない。

 だが、そんな個人的な感情は今この場では別だ。

 二人の言動――それどころか一挙手一投足にまで気を配りながら、やり取りを注視する。

 

「渡せ」

「断るぜ」

「……何だと?」

「……どうしたよ? 今日はえらく喋るじゃねえかウルキオラ!!」

 

 先に仕掛けたのはグリムジョーだ。

 顔面を握り潰さんとばかりに伸ばした腕の動きを、ウルキオラは反応して受け止める。

 

「……わかってるぜウルキオラ……てめえは俺と()るのが怖えぇんだ……俺と潰し合うのがな!!」

「……ッ!」

「うおっ!!」

「キャアアアッ!!」

 

 片手を受け止められた体勢のまま、グリムジョーが虚閃(セロ)を放とうとする。それに気付いたウルキオラは受け止めたままの片手に霊力を集中して防御膜を張る。

 衝突は一瞬のことだった。

 密着状態で放たれた霊圧の奔流はウルキオラの手に衝突し、防御膜に弾かれて反射する。さながら水面に光が乱反射したかのようだ。

 暴走する破壊的な霊圧は室内をさらに破壊していき、海燕は己の怪我をも忘れて織姫を必死で庇う。

 

「はっ! 弾いたかよ! さすがに一撃じゃ――」 

 

 虚閃(セロ)を受け止めた衝撃で吹き飛ばされるウルキオラを目で追いながら、追撃を放とうとした時だ。

 グリムジョーの視界からウルキオラの姿が消える。

 

「――ッ!!」

 

 響転(ソニード)にて瞬時にグリムジョーの上を取ると、指を一本だけ、相手の脳天目掛けて向ける。その指の先には、先ほどグリムジョーが放ったとの遜色ないほどの霊圧が一瞬にして凝縮している。

 だがその頃にはグリムジョーもウルキオラの姿を捉えていた。

 感じ取った気配と霊圧に従い上を向くと、指先目掛けて掌底を叩き込む。

 

「ッ!!」

 

 ウルキオラとグリムジョー、二人の息を呑む声が重なった。

 指先一点へと集中して虚閃(セロ)を放とうとしたウルキオラに対して、グリムジョーは再び掌から虚閃(セロ)を放つことで迎撃する。

 破面(アランカル)二人の――それも十刃(エスパーダ)同士の霊圧によって放たれた虚閃(セロ)がゼロ距離で衝突し、大規模な破壊の嵐を生み出す。

 

「きゃあああああ!!」

「だあああっ!! くそっ、織姫ちゃんちょっとガマンしてくれ! しっかり掴まってろよ!!」

 

 その余波に、織姫と海燕も巻き込まれていた。

 重ねて言うが、ここはアーロニーロの宮の中である。四方を壁に囲まれた、堅牢な広間。

 海燕の戦いの余波であちこちがかなり痛み、グリムジョーがその四方の内の一面を破壊して入ってきたことで、崩壊寸前まで痛んでいる。

 

 そんな脆くなった建物の中で、二人の虚閃(セロ)がぶつかり合えばどうなるかなど、想像に難くないだろう。

 大量の土砂や瓦礫が降り注ぎ粉塵舞い上がる中を、海燕は織姫を抱き上げると大急ぎで避難する。

 

「…………」

 

 そうやって避難していく二人の姿を、ウルキオラは粉塵踊り瓦礫の舞う中で視界の端に捉えていた。

 逃げ出した織姫を、いつでも追いかけられるように。

 

 そしてもう一つ。

 この目眩ましに乗じて仕掛けてくるであろうグリムジョーを迎え撃つために。

 

「……くそっ」

 

 集中して気配を探る中、グリムジョーの腕が粉塵を切り裂くようにして現れる。

 胸ぐらを掴み捻り上げようとするその動きに、真っ向勝負が望みかと対応したところで、ウルキオラは己の判断を間違ったことを悟る。

 捻り上げると思っていたその腕は、紫色をした小さな正方形の物体を握り込んでいた。襟を掴む振りをしながら、喉元へと開いた孔へとそれを押し込む。

 紫色の閃光が帯状に伸びてウルキオラを包み込んでいく中、彼は小さく舌打ちする。

 

 光が消えた後に、ウルキオラの姿はなかった。

 

「い、今のは……」

反膜の匪(カハ・ネガシオン)だ」

「か、かは……?」

「どっかに幽閉する道具、ってところか?」

 

 わからないと疑問符を上げる織姫に代わり、海燕が口にする。

 

「勘が良いな。だが元々十刃(エスパーダ)用に作られた道具じゃねえ。ヤツの霊圧を考えると閉じ込めても精々二時間くらいってとこだろう」

「その怖い怖いお兄さんがいない間に、俺と一護にケリをつけようってわけか」

「……はっ! 何が怖いだ!? 俺がいつ、ウルキオラが怖えェなんつったよ!! ただ邪魔だから閉じ込めただけだ!!」

「わーった、わーったよ!!」

 

 威勢良く吼えるグリムジョーの姿に降参したように手を上げると、海燕は織姫の肩へそっと手を置いた。

 

「すまねえな、織姫ちゃん。俺の怪我、治しちゃくれねえか?」

「え……で、でも……」

「本当なら、とっとと織姫ちゃんを担いで逃げ出しゃよかったんだよ。けどよ、そうやって中途半端なことしてっと、あんにゃろはどこまでも追いかけて来るタイプだ。だからよ、一発キッチリとケリを付けなきゃならねえんだ……んで、戦いが始まったら――」

 

 そこまで言うと、気付いてくれとばかりに軽くウィンクで合図を送る。

 

「さっきも言ったろ? 上手いことやってくれよ」

「そ、そんな……!!」

「気にすんなって。アイツなら上手くやってくれらぁ! それに俺だって、伊達に副隊長やってるわけじゃねえんだからよ! 引き際くらい心得てんだから心配すんな」

 

 これ以上織姫を気遣わせぬように、わざとらしく軽い調子を演じる。

 気楽でひょうひょうとした態度を取りながら、申し訳なさそうに両手を合わせ、グリムジョーへ視線を向けた。

 

「んで、だ。あとついでで悪いんだが……そっちも治してやっちゃくれねえか?」

「……止めろ。てめえに情けをかけられる覚えはねえ」

 

 その視線の意味に気付き、苛立ち混じりに言うものの海燕の弁舌は止まらない。

 

「はっ! 情けと来たか。敵は万全じゃねえと嫌だけど、自分は不調だろうと構わねえのか? そんなんじゃ、勝ってもちっとも嬉しくねえんだよ」

「聞き間違いかぁ志波ァ!! 今の俺になら勝てるって聞こえたぞ!!」

「そう言ってんだよグリムジョー!! それとも後で言い訳できるように負け筋を残しておくかぁ!?」

 

 互いに一触即発にまで興奮して睨み合い、やがてグリムジョーはどっかと腰を下ろす。

 

「女ぁ! さっさと治しやがれ!!」

「はっ! はいぃっ!!」

 

 そんな剣呑な雰囲気に飲まれ、織姫は大慌てで治療を始めた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「っおおおりゃああ!!」

「はっ!」

 

 織姫の治療も終わり。

 互いに万全な体調となった海燕とグリムジョーは、どちらともなく戦いを始めた。

 

 海燕が始解にて金剛を薙刀へと変化させて斬り掛かるのを、グリムジョーもまた己の斬魄刀にて易々と受け止める。

 二人の霊圧がぶつかり合い、周囲の空気がまるでビリビリと音を立てているような緊張感が走った。

 

「ははははっ!! 万全状態でこの程度かよ!!」

「うるせぇっ!!」

「やっぱり俺の傷は残して置いた方がよかったんじゃねえのか!? そうすりゃ負けても言い訳が出来たぜ!!」

「黙れってんだよ!!」

 

 薙刀と刀、リーチの違う二つの武器が激突する度に、僅かずつではあるが海燕は気圧されていた。

 受け止める度に少しずつ体勢が崩れ、それをカバーしようと攻撃を仕掛けることで、また別の無理が出る。そうやって海燕の動きが少しずつ乱れ、金剛の刃が空や地を切り始めていく。

 

「しまっ……!」

 

 何度目かの攻撃のところで、金剛が大きく打ち払われた。

 地面へと縫い付けるようにたたき落とされ、海燕の足が一瞬止まる。

 

(しま)いだ!」

 

 その隙をグリムジョーは見逃さない。

 斬魄刀を腰だめに構え、鋭い突きを繰り出そうとしたところで彼は見た。

 海燕の表情――口の端が、僅かに歪んでいる。

 

「……なんてな! おらぁっ!!」

「くっ……!!」

 

 嫌や予感を感じ取り慌てて横に飛ぶのと、海燕が足を蹴り上げるのはほぼ同時だった。一瞬前までグリムジョーの頭があった位置へ、小石が吹き飛んでいく。

 その小石は何もない空を進み、やがて別の離れた位置の瓦礫と衝突するとそのまま突き刺さり、大きなヒビを走らせる。

 

「……く、くくく……」

 

 視界の端にそれを納め、グリムジョーは歓喜を隠し切れなかった。

 

 グリムジョーは知らないが、あの小石は元々は一抱えほどの大きさの瓦礫だった。

 攻撃が外れたように見せかけながら、金剛の能力にてじわじわと圧縮して作り出したものだ。石塊を小石サイズまで圧縮した物となれば、その質量たるや並大抵ではない。

 それを知らず、ただの小石だと舐めたまま攻撃を敢行していれば、今頃はどうなっていたことか……

 

「くははははっ!! そうだ! てめえのその小細工だけは、俺は認めてんだ!!」

「褒めてねえんだ……よっ!!」

 

 とっさの機転に上機嫌を見せるものの、海燕からすれば嬉しいものではない。

 単純に霊圧だけで圧倒して勝てるならば、まよわずそうしている。

 小細工に頼るのは、真っ向勝負では分が悪いと本能で感じているからだ。

 

 足の止まったところへ追い打ちを仕掛けようとした海燕であったが、グリムジョーは斬魄刀を投げ捨てると鬼道を放つように両手を掲げる。

 その掌に霊圧が集中しているのを確認し、海燕は大急ぎで防御態勢を取った。

 

虚閃(セロ)!!」

「うおおおっ……!!」

 

 両手から放たれる虚閃(セロ)の奔流に吹き飛ばされる。

 全身が焼かれるような感覚と激痛を再び味わいながら、海燕は宮の残骸へと叩き込まれていた。

 

「はははっ! どうした志波海燕、小細工はもう終わりか!? どんな手でも使ってこいよ! その全てを、俺が喰らい尽くしてやる!! それでやっと、俺はテメエに勝てるんだからよ!!」

「勝手なことばっか、言いやがって……」

 

 愉悦するグリムジョーの姿を、海燕は恨めしそうな目で見上げて呟いた。

 身体の大半は瓦礫に埋もれており、虚閃(セロ)と衝突のダメージとを合わせて再び全身が傷だらけだ。

 

「いちちち……くそっ、けど、どうすっか……」

 

 痛む腕を動かし、瓦礫を押しのけながらなんとか立ち上がろうとする。

 

 

 

 ――あーあー、ったく……まーたボロボロになってやんの……ホント、馬鹿だなお前。ひょっとして趣味か? 趣味なのか!?

 

「な、なんだ!?」

 

 瓦礫の上に手を着いた途端、周囲の景色が違って見えた。

 いや、景色そのものは変わっていないが、動いていない。まるで時間が停止したかのように、一切合切が微動だにしていなかった。

 

「まさか、これは……」

「よぉ、薄情者の死神サマ」

 

 どこからともなく現れたのは、黒く長い髪を一つに纏めた、精悍そうな顔つきの美丈夫だった。身に纏ったゆったりとした着流しがよく似合い、軽薄そうにも真面目そうにも、どちらの印象も受ける。

 

「捩花かよ……」

 

 ということはここは精神世界――いわゆる斬魄刀の本体が死神の精神に呼びかけているのだろうと気付く。

 

「捩花かよ、はねえだろうが。せっかく呼んでやったってのに」

 

 一方、捩花は不機嫌そうな態度を隠そうともせずに、ジト目で海燕へと抗議する。

 

「こんな態度を取られちゃあよ、やっぱり呼ぶんじゃなかったかな」

「お、おい待て! 呼ぶって……お前、どこにいんだよ!? 俺は別に……」

 

 問いかける海燕へ向けて、捩花は無言で下を指さした。

 

「……下?」

「そうだよ。お前が瓦礫の中から起きあがろうとしただろ? そんとき、瓦礫に埋もれてた俺を触ってんだよ」

「はぁ!? 本当かよ!?」

「本当だよ! じゃなきゃこんな風に呼びかけられねえだろうが!!」

 

 そんな接触の仕方で良いのかと思わず疑問が浮かぶが、他ならぬ斬魄刀本体がそう言っているのだ。ならばそうなのだろう。

 

「あのアーロニーロってのに良いように使われて、やっと解放されたと思ったら忘れられて、そんで今は瓦礫の下……しかも持ち主にゃ疑われて……助けるんじゃなかったかな……」

「まったく……素直じゃないですね」

「いい……っ! そ、その声は……!!」

 

 ふてくされた態度を見せる捩花を諫めるように、一人の女性が姿を現す。

 その女性の姿も、海燕は知っている。

 

「本当に嫌っていたら、ようやく触れてくれた機会に呼びかけるようなことはしないでしょう?」

「へーへー。けどよ、海燕だって悪いだろうが。あまりにも礼儀知らず過ぎんだろ?」

「や、やっぱり金剛かよ……!! でも、なんでだ……!? 別々の斬魄刀だろ、そんで今は捩花が呼びかけてるはず――うぶっ!?」

 

 海燕の口へ、金剛が指を押しつけて物理的に閉じる。

 

「それは置いておいて……今は意地っ張りな斬魄刀を迎え上げてください」

「い、いひっぱり(いじっぱり)って……ぶはっ! 捩花……もう一度、俺に力を貸してくれるのか……?」

「ん……まあ、な……」

「勿論、私も一緒ですよ」

 

 

 

 捩花と金剛、二人が頷いた瞬間から世界は再び動き始めた。

 それを認識した海燕は、自身が精神世界から解放されたことを認識すると瓦礫の中に手を突っ込むと、その下から伝わってくる手に馴染んだ感触に思わずにんまり笑みを浮かべる。

 

「よっしゃ捩花! もう一度一緒に頼まぁ!!」

 

 瓦礫の下から斬魄刀を引っ張り上げながら自身も立ち上がり、上空のグリムジョーを睨み付ける。

 

「悪いな、グリムジョー! こっからは、小細工抜きで行くぜ!!」

 




●認識同期
あの三文芝居が織姫まで拡散してたでござる。

反膜の匪(カハ・ネガシオン)
封印は、虚の孔に突っ込まないとダメなんでしょうかね?
だとすると、ザエルアポロに対して封印発動させるとかじゃなくて本当に良かったと思います。
(ザエルアポロの孔はカメさんの頭


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第234話 斬魄刀、二本 ★

「悪いな、グリムジョー! こっからは、小細工抜きで行くぜ!!」

「……!?」

 

 瓦礫の山の中から勢いよく立ち上がる海燕の姿に、グリムジョーは違和感を憶えた。

 決して細かな怪我を負っているだとか、血を流しているといったことではなく、もっと何か大きな部分が違う。

 そう感じた一秒後、気付いた。

 

「おい……なんだそりゃ?」

「へへ、いいだろ。羨ましいか? でも欲しいって言っても、絶対(ぜってぇ)にやらねえぞ?」

「いるかっ! ……いや、そうじゃねえ! てめえ――」

 

 海燕の両手を睨み付けながら、グリムジョーは吼える。

 

「――あの薙刀はどうした!? どうして斬魄刀を二本も持ってやがる!?」

「……へっ。運命の再会、ってとこだよ。ついでだ、てめえも祝ってくれよ」

「ふざけるなああぁぁっ!!」

 

 問いかけには答えず、にやりと笑うだけの姿に、グリムジョーは獰猛な表情をますます強くし、怒気を漲らせた。

 感情をむき出しにして斬り掛かってきた一撃を、海燕は二本の斬魄刀を十字に交差させて受け止める。

 

(あせ)ぇんだよ!!」

「ぐお……っ……!」

 

 だが三本の斬魄刀が拮抗していたのは、ほんの一瞬のことだった。

 受け止められたのも構わずにグリムジョーは右腕へさらに力を込めると、受け止めていた二本の刀を力任せに弾き飛ばした。

 力任せに吹き飛ばされ、海燕の体勢が思わず崩れる。

 

「そこだっ!」

「ぐ……っ……!」

「チッ!」

 

 さらに追い打ちとばかりに自由な左手で顔面へ殴りかかるものの、海燕は首を捻ってその一撃をなんとか躱す。 

 拳が頬を掠め、顔へ吹き付ける風を切る感触から威力が想像出来てしまい、思わず口からうめき声が零れ落ちる。

 

「だが、まだ終わりじゃねえ!!」

「へへ……だろうな!!」

 

 空振りに終わった左拳の勢いを利用し、グリムジョーは回転しつつ再び斬撃を繰り出す。

 遠心力が加わった横薙ぎの攻撃に対して、海燕は左腕を合わせる。一本を防御に回して受け止め、もう一本でカウンターを狙う算段だ。

 

(ぬり)ぃ!!」

「うお……っっ!! あぶねぇ……!!」

 

 だがその目論見は一瞬で崩れ去った。

 防御へ回した左腕に強烈な衝撃が襲い掛かり、手首に強烈な痛みが走る。攻撃を受け止めきれず、それどころか押し負けた刃が自分へと襲いかかるのを慌てて右手の刀で押しとどめつつ、後ろへ大きく跳躍して衝撃を受け流すことで難を逃れる。

 

「ちっくしょう! やっぱ隊長みたいにゃ、上手く行かねえもんだな!!」

 

 少しだけ距離が離れたことで心も余裕を取り戻したのだろう。

 息を吐きながら愚痴を零す。

 

「どうした志波!? 刀が二本ありゃ強えのか!? そう考えてんだったら、ガッカリだぜ!!」

「うるせぇな!」

 

 二刀流の死神といえば、浮竹と京楽の両隊長が真っ先に思い浮かぶだろう。

 それは御多分に漏れず、海燕も同じだった。

 ましてや彼は浮竹の部下である。隊長である浮竹の戦い方は良く目にしている。

 先ほどの一連の攻防は浮竹を真似てのことだったのだが、どうやらそう簡単に事は運ばなかったようだ。

 

 右利きの海燕にとって、左腕の一本だけでグリムジョーの攻撃を受け止めるというのは、この時点では至難の業だったらしい。

 そもそも二刀流と、一本の刀を左右それぞれの腕で操れるとでは、全く異なる。

 筋力や刀の操り方一つを取っても、全く別の技術が必要になってくる。

 よってこの結果は当然、有り体に言ってしまえば「二刀流で戦うには訓練が足りない」というわけだ。

 

 見ると聞くとは大違いならぬ、見るとやるとでは大違い――といったところだろうか。

 

「……まてよ、隊長の戦い方か……だったら、こんなのはどうだ!?」

 

 そこまで痛感したところで、一つ思い出す。

 通用する保証はどこにもないが、やらないよりはマシだろうと考えると、二刀の斬魄刀それぞれの切っ先を合わせ、刀身に霊圧の刃を形成していく。

 

「破道の七十九! 斬華輪(ざんげりん)!!」

 

 これは浮竹や京楽が取る戦術の一つだった。

 本来ならば一刀にて放つはずの鬼道を二刀にて放つことで、術の範囲と威力を高める――当然消費する霊圧の量や難易度も上がるが、そのリスクを補って余る程度には利点がある。

 

 合わせた二刀をそれぞれ左右へ勢いよく広げ、霊圧の刃を放つ。

 

「いけぇっ!」

「はっ! この程度かよ!!」

 

 勢い良く放たれた霊圧の刃を、グリムジョーは片手に霊圧を込めて受け止めた。

 

「……チッ!」

 

 そして、その予想外の威力に軽く舌を打つ。

 握り潰し、力の差を見せてやろう思っていただけに、この威力は予想外だった。

 

 グリムジョーにとって、志波海燕の斬魄刀は一振り――金剛だけだ。始解することで薙刀へと形状が変化して、圧縮を操る能力を持つ。

 これまでの戦いと集まった情報から、そう知っている。

 そんな相手が突然、二刀流――それも慣れぬ無様な戦い方を晒すとなれば、侮辱されているのだと考えてしまっても、仕方ないだろう。

 

 邪魔な片方をへし折ってでも、一本に戻してやる。

 一刀だけの志波海燕を倒さねば、意味がない。

 

 そう考えていただけに、斬華輪の威力には良い意味で驚かされ、思わず動きが止まる。

 叩き潰そうにも鬼道によって生み出された霊圧の刃は未だ勢いが衰えず、対応を誤れば肉体に深く食い込みそうなほどだ。

 

「まだ終わりじゃねえぞ!!」

 

 鬼道を放つと同時に、海燕本人もまた飛び掛かっていた。

 足を止めたグリムジョーの虚を突くように二振りの刃を器用に操ると、すれ違い様に彼の身体へ二筋の傷跡を刻みつける。

 

「はっ!! ようやくらしくなってきたじゃねえか!!」

「何がだっ!!」

 

 薄く刻まれた二条の線を思わず視線で追ったかと思えば、グリムジョーはニヤリと犬歯をむき出しにしながら笑う。

 未だ満足――納得出来るほどではないものの、動きが熟れて来ているのがわかる。

 

 これだ、こうでなくてはならない。

 歓喜のあまり、彼は左手を強く握り締めた。斬華輪による霊圧の刃が掌に食い込み、肉を突き破り骨にまで刺さるが、そんな痛みなど気にならない。

 

「けどよ、まだだ! まだ足らねぇ!!」

 

 膂力と霊圧の圧力にて左手に食い込んだ刃を粉々に握り潰すと、少し離れた海燕へ肉薄すると斬魄刀を叩き付ける。

 海燕は、今度は手慣れた右側の刃にてその攻撃をどうにか受け流しつつ、左手の刃を攻撃のために振るう。

 刃先はグリムジョーの脇腹に食い込むと、浅く切り裂いた。

 

「よっしゃ!」

「何がそんなに嬉しいんだ、あぁ!?」

 

 今回は上手くいった、と思うもグリムジョーの動きは止まらない。

 受け流されようが構わずに、彼は右側の刃を血に塗れた左手で掴み取ると、万力のような力で刀身を握り締めると、そのまま捻り上げる。

 

「しまっ……――」

 

 手の中で回転する柄の動きに握力が耐えきれず、海燕の手から斬魄刀がすっぽ抜けた。

 その結果にグリムジョーは微かに眉尻を下げる。

 

「失せろ!!」

 

 ダメ押しとばかりに、中空に飛んだ斬魄刀を蹴り上げる。

 空の上へと登っていく斬魄刀の姿に、海燕は思わず叫んでいた。

 

「――金剛!!」

「これで邪魔な一本が消えたな……はっ! あっちが正解かよ! 紛らわしいったらありゃしねえ!!」

「……あん?」

 

 グリムジョーは詰まらなそうに溜息を吐き出した。

 ようやく刀を一本に戻したかと思えば、弾き飛ばしたのはそれまで海燕が握っていた金剛だったのだ。グリムジョーからすれば徒労以外の何物でもない。

 当然、その言動が逆鱗を撫でる等しい行為だということにも気付くことはない。

 

「……訂正しろよ、グリムジョー!」

「……何がだ?」

 

 重ねて言うが、彼の知る志波海燕は"金剛を手にした姿"だけである。

 故に彼は理解出来ない。

 海燕の中で、怒りの感情が沸々と湧き上がっているのかを。

 

「水天逆巻け、捩花ァッ!!」

 

 解号を唱えると同時に、左手に持っていた斬魄刀が三叉槍へと変化する。グリムジョーからすれば予想外のその現象に、彼は目を見開いた。

 

「なんだァ!? そっちも始解出来んのかよ!!」

「ったりめえだ!! 捩花は元々、俺が持ってた斬魄刀だ!! 使いこなせるに決まってンだろうが!!」

 

 海燕は自然な動作にて捩花を両手で握ると、流れるような動きで攻撃を仕掛ける。

 その戦い振りは、金剛を手にしていた時とまるで変わらない――いや、むしろより洗練された動きにすら見えた。

 

「元々、だと……!? なるほどな、(どお)りで始解しねえわけだ」

 

 連続して放たれる突きを躱しながら、思わず納得した。

 動きの良さもそうだが、二刀流にて戦うという戦法を選んだことについてもだ。

 薙刀と三叉槍、どちらも両手で操る長柄の武器である。始解させてしまっては、片腕で扱える代物ではない。であれば、二刀流というのもまたやり方のひとつではある。

 

「甘えッ!」

「な……ッ!? 水流だと!! くっ……!!」

 

 薙ぎ払うように振るわれた三叉槍を斬魄刀にて反射的に受け止めた瞬間、海燕が叫んだ。

 それに一拍だけ遅れて、受け止めた側のグリムジョーも気付く。三叉槍の動きに追従するようにして、流水が尾を引くように襲いかかってきた。

 紙一枚ほどの厚みも持たないはずのその水が、空気を切り裂きながら押し寄せてくるのが本能的に理解出来た。

 背筋に僅かな恐怖を感じながらも、グリムジョーは全身から霊圧を放ってその一撃を堪える。

 

「どうだグリムジョー、ハズレ扱いしていた斬魄刀に苦戦する気分はよ?」

「……なるほど。その斬魄刀、カス扱いしていたことだけは訂正してやるよ」

 

 ダメージこそないものの、薄皮が切り裂かれた事実に思わず吐き捨てながら返答する。

 

 なるほど、金剛を持っていた時とは別の意味で厄介だ。

 武器の形状こそ似通っているものの、能力はまるで違う――正反対とすら言える。

 能力が異なれば、戦い方もまた違ってくる。となれば、グリムジョーが今まで想定していた海燕への対抗策もまた事情が変わってくる。

 まずは志波海燕を叩き潰し、続いて黒崎一護とのケリも付けようと考えていただけに、この状況は想定外だ。

 

「……仕方ねえ……」

 

 ギリリと不本意そうに奥歯を噛みしめると、グリムジョーは自らの斬魄刀の刀身を自ら握り締め――

 

(きし)れ、豹王(パンテラ)アァァッ!!!」

 

 ――滑らせる。途端、彼の姿は豹を擬人化したようなそれへと変貌していた。

 

 

 

 

 

 

「ありゃ、現世で見た……!!」

「ああ、そうだ。解放だ。黒崎()時に、テメエも見てたよな? なら、わかんだろ?」

 

 帰刃(レスレクシオン)したグリムジョーの姿と、対峙して初めて感じられる霊圧の強大さに、海燕は思わず息を呑む。

 そんな海燕の内心を知ってか知らずか、グリムジョーは平然と言葉を口にしながら――

 

「なっ!! 消え……っ!?」

「もう俺にゃあ、勝てねえんだよ!!」

 

 ――掻き消えたような速度で海燕まで肉薄すると、爪撃を放つ。

 

「ぐおおっ! くそっ、無事か捩花!!」

 

 辛うじて防げたのは、これまでの戦いによる経験則でしかなかった。

 消えたと認識できた瞬間、海燕は捩花を構えて防御姿勢を取っていた。そこへグリムジョーの爪が襲いかかった。

 偶然にも受け止められたものの、その衝撃は柄がへし折れそうになるほどだった。思わず斬魄刀へと声を掛けてしまうほどに。

 

「死ねよッ!!」

「く……ッ!!」

 

 だが敵の追撃は止まらない。

 辛うじて残像が見える程度の速度から繰り出される攻撃を、海燕は必死で防ぐ。

 

 ――くそっ! 攻撃が見えねえ! 金剛がありゃ……!

 

「せめて軽減くれぇ(くらい)は出来たってのによっ!!」

「どうした志波ァ! もう泣き言かよ!?」

「誰がッ! いい加減、目も慣れて来てんだよ!!」

 

 一瞬だけ見えた攻撃に合わせて、海燕もまた槍撃を放った。大量の波濤が巻き上がり、グリムジョーへと襲いかかる。

 

「効かねえな」

「な……にッ……!!」

 

 圧し砕かんと迫る大量の流水が、その両腕の爪にて全て切り裂かれた。一つの流れとなっていたはずの水が瞬時にバラバラになり、無害な只の水滴へと変化させられてしまう。

 無論、それだけで終わるはずもない。

 

「ぐおおおっ!!」

 

 グリムジョーは攻撃を仕掛けていたのだ。捩花に邪魔されて多少なりとも相殺されたものの、その威力は未だ健在。

 海燕の胸元には、五爪による裂傷が深々と刻みつけられていた。

 

「な……ろぉっっ!!」

 

 襲いかかる激痛に苦しめられ、捩花を取り落としそうになるのを必死に堪えながらも再度槍を振るう。地に向いた穂先を振り上げながら能力にて水を操り、間歇泉のように巨大な水の柱を生み出す。

 

「なんの真似だそりゃ?」

「はっ……さて、な……」

 

 仕切り直しの意味を込めての一撃だったが、あわよくばという淡い期待もあっただけに海燕は軽く肩を落とす。

 スコールを思わせるような無数の水滴が降り注ぐ中、グリムジョーが水霧の中から悠然と姿を現した。

 どうやら先ほどの一撃は完全に空振りだったようだ。

 傷らしい傷は何も負っておらず、ギラギラと剣呑な瞳を輝かせながら海燕を睨んでいる。

 

 ――どうしたもんかね……

 

 独特な構えを再度取って戦意を見せながら、頭をフル回転させていた。

 各隊長たちが遅れてやってくるのはわかっている。ならば援軍の到着を待ってから、死神としての確実な勝利を掴むのが最も確実なのだろう。

 それは理解できるのだが――

 

「……あん?」

「……? うおっ!?」

 

 そこまで考えていたところで、グリムジョーが不意に視線を上げた。

 予期せぬ動きに、視線を切るのが目的かと判断して警戒を一層強くしたところ、目の前を何かが通り過ぎた。

 鼻先を掠める程の近くを通ったそれを海燕は反射的に目で追い、そして気付いた。

 

「こ、金剛……?」

 

 その正体は、少し前にグリムジョーに弾き飛ばされた斬魄刀だった。それがどういうわけか、海燕の目の前へ落ちてきて地に突き刺さっている。

 不可解な出来事に理解が追い付かず、思わず首を傾げた。

 

 ――捩花、協力を了承した私が言い出すのも筋違いかと思いますが……もう十分でしょう? そろそろ限界ですよ?

 

 ――……ま、仕方ねえか……

 

「よっ、海燕。さっきぶりだな」

「おいおい、またかよ……」

 

 脳裏に響くのは、つい先ほども聞いた声。

 再び現れた捩花の姿に、海燕は溜息を吐き出すと思わずジト目で睨む。

 

「さっきぶりだな、じゃねえよ。今度は何の用だ?」

「申し訳ありません。まずは謝罪と、それから説明もさせていただきます」

 

 続いて金剛が現れたかと思えば、彼女は開口一番に頭を下げる。

 

「説明……って、何がだよ?」

「捩花の我が儘に、私が協力したことです」

「……はぁ!?」

 

 精神世界に、素っ頓狂な声が響いた。

 

「いや、我が儘って……一体何がどういうことだよ?」

「一言でいうなら、嫉妬ですよ。捩花は海燕の手から何十年も離れていましたからね。もう少しだけ、頼って欲しかった――自分だけを使って欲しかったんですよ」

「……フン」

 

 金剛が横目で睨めば、捩花は腕組みをして視線を逸らして鼻を鳴らす。

 

「私も気持ちはわかるので、少々協力をしたのですが……あのグリムジョーという破面(アランカル)のせいで、まさかこんなことになるとは思わず……申し訳ありませんでした」

「だから、お前をちゃんと引き寄せてやっただろうが!」

「あら? 私は自分の能力で海燕のところまで戻っただけですが……?」

「おい待て待て待て! 喧嘩すんな!!」

 

 何やら剣呑な雰囲気が漂ってきたところを、海燕が二人の間に割り込む。

 両手をバタバタと、空気を攪拌させるように振って場の主導権を握ると、軽く額を抑えながら尋ねる。

 

「えーっとだな……つまり、どういうことだ? 俺は捩花だけを使えば良かったってことか?」

「概ね、それで正解です」

「いやわかんねぇって……なら、ちゃんと説明してくれよ……」

「まあ! 心外ですね、私はちゃんと言いましたよ……『"今は"意地っ張りな斬魄刀を迎え上げてください』と……」

「わかるかっ!! それで通じるわけねえだろうがっ!!」

 

 片手で口元を隠しながら「よよよ」と涙を流すようなポーズを見せる金剛へ、内心「コイツ、こんな性格だったか?」と思いながら大声でツッコミを入れる。

 

「くそっ……てっきり、両方の斬魄刀を使えって意味だとばかり……二本とも始解させちゃ満足に戦えねえってわかってたから、二刀流でどうにかしようとしていた俺が馬鹿みてえじゃねえか……」

「……いや、その経験も決して無駄じゃねえんだよ」

 

 半目でブツブツと呪詛のように呟く海燕へ、捩花はそれまでのどこかふて腐れた態度から一転して真面目な顔つきを見せる。

 

「何しろ俺も金剛も、ちょっとだけワケありでな。そろそろ限界なんだわ」

「都から海燕の手に渡った私と、長い間(ホロウ)の手元にあった捩花が出会ったわけですから」

「限界って……まさか、消えるとかじゃねえだろうな……!?」

 

 ハッと最悪の事態を想定し、思わず青ざめた表情を見せる海燕であったが、だが二人の斬魄刀は揃って首を横に振るった。

 

 ――いいえ、そういうわけではありません

 

 ――ただ少しだけ、俺たちの在り方が変わるだけだ。だからそうなる前に、もう一度だけお前と一緒に、戦いたかったんだ……すまねえな、ワガママに付き合わせちまって……

 

「お……おいっ! 捩花、金剛……お前らの、声が……」

 

 少しずつ遠くなっていく声。

 

 少しずつ薄れていく姿。

 

 その全てが"別れ"を連想させてしまい、不安が膨れ上がっていく。

 

 

 

 ――いいか、一度しか言わねえから良く聞けよ。俺の……

 

 

 

 ――私の……

 

 

 

 

 

 

 ――名前は……!!

 

 

 

 

 

 

「――……ったくよぉ。こんなの引っ張る様なもんでもねえだろうが」

「あん?」

「捩花、お前本当に面倒な性格してんな。アーロニーロのところで、根性ねじ曲がったんじゃねえのか?」

 

 構えを続けたまま、突然げんなりとした言葉を吐き出す海燕にグリムジョーは怪訝な表情を見せる。

 だが海燕はそんな視線を受けたまま、足下に突き刺さった斬魄刀を引き抜いた。

 

「悪いなグリムジョー……解放までさせといてなんだけどよ、今回は俺の勝ちだ」

「……!?」

 

 三叉槍と刀。

 それぞれを左右の手でしっかりと握り締めると、おもむろにそれらを打ち合わせ叫ぶ。

 

「行くぞ捩花、金剛!! 卍解!! 金剛宝杵(こんごうほうしょ)天沼矛(あめのぬぼこ)!!」

 

 霊圧の嵐が吹き荒れた。

 




(もう海燕さんが主役で)いいんじゃないかと思うの……

始解飛び越してイキナリ卍解した斬魄刀(小説版)だってあるし
持ち主の実力は十分だから具象化と屈服をすっ飛ばしたって良いと思うの。

(本当はさっさと卍解までさせる予定だったのに)
離ればなれになっていたから、お別れだから、
寂しくって、ちょっとワガママ言っちゃう捩花。
(気がついたら文字数多くなってました)


――と、反省したところで。

なんと、支援絵という物を頂戴してしまいました。
こんな素敵なこともあるんですね。

挿絵表示
ノノフ様から戴きました、藍俚(あいり)殿です。
(重ねてになりますが、大変ありがとうございます)

(こういう支援絵を戴いた時には、タイトルをそれっぽくして分かり易くするのが暗黙の了解(?)ので、今回★がついています)


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第235話 卍解! 二対一刀の斬魄刀!

「卍解、だと……」

「へへへ……驚いたか? 切り札は、最後まで取っておくもんだぜ……!!」

 

 全く予期していなかった展開に、グリムジョーの額から一筋の汗が流れ落ちる。

 

 片手に槍を、片手に刀を手にしていたはずの海燕だったが、現在手にしているのは一本の槍だけとなっていた。

 基本的な形状は捩花と同じく三叉槍のまま。だが三本の穂の内、両端のそれはより鋭く斬撃に適したような刃に変わっており、それがどこか薙刀を――始解した金剛を連想させる。

 口金(くちがね)には幾つもの勾玉が連鎖して輪のように繋がっており、柄の部分に巻き付いている。

 一見すれば、捩花よりもずっとシンプルな形状――だが卍解の例に漏れることはなく、斬魄刀から漂ってくる霊圧は解放状態のグリムジョーが思わず手を止めてしまうほどだ。

 それを認められず、小さく舌打ちする。

 

「チッ……」

「……って言えりゃ、かっこよかったんだけどよ」

 

 捩花を手にしていた時と同じく、高い位置に構えたまま海燕は自嘲するように笑った。

 

「こうなるとは、俺も予測できなかったんだ。だからよ……ま、仕切り直すか?」

「ふざけんなッ!!」

 

 侮られていると感じ取ったのだろう。途端、弾かれたようにグリムジョーが動いた。

 それでも冷静な部分は残っていたようで、様子見のためか片手に霊圧を集めると虚弾(バラ)を放つ。

 

「見えてんだよ! オラッ!」

 

 卍解にて自身の霊圧も膨れ上がったおかげだ。

 先ほどまでは影すら見えなかったグリムジョーの攻撃――それも、最も早いとされる虚弾(バラ)の一撃も、今の海燕の目には十分に見て取れた。

 迫り来る霊圧の弾丸に天沼矛の穂先を合わせて刺突を放つ。

 一瞬、串刺しになるかと思われた虚弾(バラ)の弾丸は、けれども槍の穂の上を滑りながら逸れて行き、やがて海燕の後方へ着弾、爆発した。

 

「な、に……!?」

「なーるほど……」

 

 驚愕と感心、二人からそれぞれ違った反応が同時に飛び出す。

 

 虚弾(バラ)は、目標物と衝突すれば爆発する性質――正確に言えば、固めた霊圧がぶつかった衝撃で弾け飛んでいるのだろう――がある。

 剣で斬ろうが槍で突こうが、無策では爆発によるダメージは不可避。

 発射のタイミングを合わせ、回避する。

 同じように霊圧を放って、相殺する。

 霊子構成を解析して、無力化する。

 対処法は幾つもあれど、先ほどのように綺麗に受け流すとなれば、果たしてどれだけの者が出来るだろうか。

 

「こりゃ、便利だわ」

 

 三叉槍を肩で担ぎながら、海燕は虚弾(バラ)の着弾地点、続いて槍の穂先と順番に目を向け、最後にグリムジョーを睨む。

 

「てことは、だ」

 

 次に動いたのは海燕の方からだ。

 天沼矛を近くに転がっている瓦礫へと突き立て、引き抜く。

 すると穂先には無数の瓦礫の破片が絡みついていた。

 釉薬を幾重にも上塗りした陶器のように、あるいは餌に集まる小魚の群れのように、ごっそりと瓦礫が重なり合って穂先が棍棒のように膨らんでいる。

 大きさもまちまちだ。小石ほどの小さな物もあれば、大人数人でなければ動かせそうもない巨大な物までがくっついている。

 

「……な!?」

「おらァッ!!」

 

 膨らんだそれを――まだ五間(10メートル)は距離が開いているにもかかわらず――グリムジョー目掛けて振るう。

 かなりの重量があるはずのその槍は、視認出来ぬほどの速度で振るわれていた。

 槍が振り抜かれれば、絡みついていた瓦礫が一斉に弾け飛んでグリムジョー目掛けて襲いかかる。

 

「くっ、何をしやがった!」

 

 虚弾(バラ)を彷彿とさせる速度で迫り来る無数の瓦礫であったが、今のグリムジョーならば避けるのは容易い。

 単純な軌道を描いて飛んでくるそれらを横に動いて躱すと、その爪を振るう。

 

「そこだっ! ……って、ありゃ!?」

「見えてんだよ、志波ァっ!!」

 

 瓦礫の影に隠れ、直接攻撃を仕掛けようとしていた海燕だったが、どうやらそれは見破られていたらしい。

 グリムジョーの爪と天沼矛とがぶつかり合った。

 

「そう何度も、この俺を出し抜けると思うな!」

「しまっ――!」

 

 開いたもう片方の腕を振るい、爪を海燕の胸へと突き立てようとした。

 動きに気付き柄にて受け止めようとするものの、グリムジョーは槍の穂先を片手で掴み取って動きを強引に制限させ、防御を遅らせる。

 

「ぐおおっ!!」

「卍解にゃあ驚いたが、どうやらまだ扱い切れてねえようだな! だったらこの俺様が、負ける筈がねえ!!」

「がああああああっ!!」

 

 爪が相手の肉を裂き食い込んでいく感触が、指の先から脳髄へと瞬時に伝わった。その結果にグリムジョーは気を良くし、吼えた。

 突き立てた爪へさらに力を込め、肉をえぐり出して一気に決着を付けようとする。

 

「な、めんな……っ!!」

「うおおっ!?」

 

 だが海燕もただではやられない。

 手にした天沼矛を半回転――いや、四分の一。いやさ八分の一にも満たないほどではあるが回転させれば、グリムジョーの身体がつむじ風に巻き上げられた木の葉のようにぐるりと一瞬で回転する。

 

「ぐっ……! 妙な技を……だがなっ!」

「くそっ!」

 

 巻き上げられながらも抜群の感覚にて自身の状態を確認すると、回転する勢いのまま蹴りを繰り出してみせた。

 海燕は今度こそ槍の柄にてそれを受け止めるものの、けれど衝撃を受け止めきれず数歩ほどの距離を吹き飛ばされ踏鞴(たたら)を踏む。

 

「はぁ……はぁ……」

「チィ……なんだよ、そりゃ……」

 

 僅かに距離が離れたことで、二人は少しだけ呼吸を整え直す。だがグリムジョーの呼吸は中々整いそうになかった。

 回転の勢いを加えた蹴りをまともに受け止めたとなれば、吹き飛ばされていてもおかしくない。だが実際は数歩の距離が離れただけだ。

 多少なりともダメージを与えられ善戦しているものの、グリムジョーからすれば到底納得の行く結果ではない。

 卍解の影響による何か(・・)が原因なのは間違いないだろうが、理解が追い付かず単純に気持ちが悪い。

 

「もう少しだけ……試してみるとするか!」

「やべっ!」

 

 豹が雄叫びを上げるように、グリムジョーが顎を大きく開いた。口中は青白く染まった高濃度の霊圧が見て取れ、海燕は急ぎ天沼矛を構える。

 

虚閃(セロ)!!」

 

 放たれた破壊の霊圧に、再び穂先が衝突する。

 今度は虚弾(バラ)のときのように受け流されることはなかったものの、その代わりだと言わんばかりに乱反射していた。鏡の集合体に光を当てたように、上へ下へ斜めへと規則性もなく虚閃(セロ)の光が散り散りになっていく。

 無論、海燕自身にはダメージは無い。

 

「やっぱりか……なら、こうだ!」

 

 だが虚弾(バラ)の例があったように、グリムジョーにとってはある意味予想された結果の一つでしかなかった。

 まともに通らないのならば別の手段をと飛びかかり、天沼矛の口金(くちがね)――穂の根元辺りへ掴みかかる。

 

()――」

「そりゃ通らねえよ、グリムジョー」

「――うおっ!!」

 

 鷲掴み状態で虚閃(セロ)を放つ、俗に掴み虚閃(アガラールセロ)と呼ばれる技を使おうとしたものの、海燕は再び槍を軽く捻る。

 するとグリムジョーの身体が、今度は物理法則を無視したかのように真横に吹き飛んだ。

 

「なるほど……段々、わかってきたぜ……」

 

 とはいえ、ここまではある意味では想定内だ。

 吹き飛ばされながらも口元に笑みを浮かべ、手足の爪で地面を切り裂きながらブレーキを掛け止まると、そう呟いた。

 

「その妙な槍に触れると、吹き飛ばされるってわけだ。ある時は流されて、ある時は弾き飛ばされて、ある時は吹き飛ばされる――ってところか?」

「……間違っちゃいねえよ」

「なら、何も問題はねえな! さっきもてめえの身体を切り裂くことが出来た! 槍に触れずにお前を殺しゃ済むことだ!」

 

 響転(ソニード)にて高速移動を行うと、グリムジョーは瞬時に背後へと回る。即座に反応できなかったのか、海燕の無防備な背中を目掛けて爪を繰り出す。

 だがその爪の先が肉を引き裂く直前、海燕の背中から衝撃が吹き荒れた。

 

「な……なんだ今のは……!?」

 

 予期せぬ反撃に吹き飛ばされ、グリムジョーは反射的に両腕で防御姿勢を取っていた。海燕へ向けていたはずの視線が一瞬だけ途切れ、再び目を向けた瞬間には海燕は既に振り返っている。

 

「覚悟しろよグリムジョー」

「……!?」

「まだ俺は、天沼矛(コイツ)の扱いに慣れてねえからよ。死んでも文句言うんじゃねえぞ!!」

 

 再度放たれるのは、三叉槍による強烈な刺突の一撃。

 その攻撃を防ごうとして、グリムジョーは異変に気付いた。自身の身体が、槍に引き寄せられているかのように前のめりになっている。

 まるで自ら穂先へ突き刺さろうと身を投げ出しているかのようだ。

 

「なんだ、吸われ……ッ!?」

 

 それだけではない。

 グリムジョー目掛けて、先ほど打ち出された瓦礫の残骸が飛び出している。矢のように一斉に放たれた瓦礫たちは全て飛礫(つぶて)のように小さいものの、少し観察すればそれが高密度に圧縮されている。

 金剛の能力で圧縮された飛礫を避けた経験から、グリムジョーは瞬時に理解できた。

 

「ぐ、あ……っ! ぐ……っ!!」

 

 槍に吸い込まれそうになるという不自然な体勢であったが、それでもどうにか身を捻って刺突の直撃だけは避ける。けれど周囲の飛礫までは不可能だった。

 迫り来る飛礫は、解放にてより強固となったはずの外皮へと突き刺さり、鮮血を僅かに吹き出させる。

 

「まだ終わりじゃねえぞ!!」

 

 避けられども、伸びきったはずの腕を器用に操るとそのまま槍を叩き下ろす。

 不安定な体勢のグリムジョーへ更なる追撃を加えるつもりだ。やや前のめりとなったグリムジョーからすれば、上から三叉槍が襲いかかってくるように見えるだろう。

 だが、それとは別にもう一つ。

 地の底から土石流が吹き上がり、グリムジョーを下から狙う。

 

「ぐああああぁっっ!!」

 

 下からの突き上げと、上からの切り下ろし。

 二つの攻撃をまともに喰らい、さしものグリムジョーもついに悲鳴を上げた。

 

「はっ……はっ……はぁ……っ……」

 

 それでもなお、倒すには至らなかったようだ。

 必死に荒い呼吸を続けながらもどうにか天沼矛の刃から逃れると、先ほど能力のアタリを付けた時よりももう少しだけ深く笑う。

 

「ようやく、ようやくわかったぜ……てめえのその斬魄刀、流れを操ってやがんのか……」

「……ケッ! とうとうバレちめえやんの」

 

 その言葉に海燕は、憎々しげに舌を出す。

 けれどそれは、図星を突かれた証でもあった。

 

 押す。

 引く。

 弾く。

 集める。

 

 単純な動作の一つ一つを取っても、力の流れというものが存在している。

 捩花の様に「水流を自在に操る」ことや、金剛の様に「圧縮して力を内側に集める」ことにも流れがある。

 

 虚弾(バラ)を綺麗に受け流したのも。

 背後から衝撃を生み出したのも。

 槍を捻るだけでグリムジョーを吹き飛ばしたのも。

 逆にグリムジョーを引き寄せたのも。

 その全ては流れの力を利用しただけのこと。

 

 二振りの斬魄刀が発現した能力のどちらをも自在且つ高水準で操れる――それが金剛宝杵・天沼矛という卍解の真価だった。

 

 アーロニーロとの激戦を終えた後、出血死しかねなかった海燕が無事に意識を取り戻せたのも、この能力があってこそだ。

 二振りの斬魄刀がそれぞれ、血液が流れ出ていくのを抑え込み、血管が密着するように固めることで、海燕を死の淵から救ったに過ぎない。

 言うなればあの瞬間こそが、金剛宝杵・天沼矛が初めて発現した瞬間と言えるだろう。

 

「んでどうするよ? 降参かオイ!?」

「ハッ! つまんねえ冗談ほざいてるんじゃねえよ!!」

 

 グリムジョーは片手を掲げる。

 それは先ほど天沼矛の穂を直接掴み取った方の手だった。深々とした傷と赤く流れ出る血にも構わず向けられた掌に、海燕は疑問符を上げつつ最大限の警戒を見せる。

 

「流れを操ろうが、てめえ本体をたたっ切りゃ死ぬのにゃ変わりねえんだ……それともう一つ!!」

 

 掌から流れ出る血にグリムジョーの霊圧が混ざり合い、高密度の虚閃(セロ)が形成された。自分自身でも完全に制御しきれないのか、バチバチと弾けるような音を上げながら掌の先に莫大な霊圧が集中していく。

 

「こいつまで操れるもんなら……操ってみやがれ……!!」

「やべえ!!」

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!」

 

 それは自身の血を触媒として混ぜ込むことで爆発的に威力を高めて放つ、十刃(エスパーダ)だけに許された最強の虚閃(セロ)。ビル一つを飲み込んでなお余りそうなほどに巨大な霊圧の閃光が、海燕目掛けて放たれた。

 海燕一人など余裕で覆い尽くし、飲み干してしまうほどだ。

 

 そして威力もまた申し分なかった。

 周囲の砂漠や瓦礫は霊圧の余波によって粉々となり、丸く抉り取られたかのように消失している。強大すぎる威力は空間をねじ曲げ、不安定に歪めるほど。

 

「う、おおおおおおおっ!!」

 

 それだけの規模と威力を誇った一撃を、海燕は受け止めていた。

 自身の霊圧を限界まで引き出すと天沼矛の能力にて天へ向けて打ち上げる。だが如何せん、影響範囲も破壊力も今まで操ってきた流れとは桁違いだ。

 身体中からぶすぶすと焼け焦げるような嫌な匂いが立ちこめ、視界は全て蒼一色に塗り潰される。

 拮抗状態が数秒ほど続く。

 

「だああああああありゃああああぁぁっ!!」

 

 やがて、渾身の力を込めて王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を、余波を含めて天へと受け流しきった。

 天蓋は王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)にてぽっかりと真円のような大穴を開け、その穴の奥からは夜空と月が覗き込んでいる。

 

「へ、へへへ……や、やってやったぜ……」

「だろうな」

 

 ハァハァと荒く浅い呼吸を繰り返す海燕、その背後からグリムジョーの声が聞こえた。

 瞬間、緊張から全身に再び力が籠もる。

 

「てめえなら、これでも足らねえと思っていた」

「な……っ! いいっ!!」

 

 振り返ればグリムジョーは両手を天に掲げていた。

 まるでその構えに追従するかのように、十本もの巨大な霊圧の刃が彼の背後に立ち並び青白い光を放っている。

 

豹王の爪(デスガロン)!!」

 

 海燕が天沼矛で受けようとするよりも早く、グリムジョーの両腕は振り下ろされた。

 両腕の爪と同じ十本の刃が、霊圧にて(かたど)られた十爪の斬撃が海燕へ向けて一斉に襲いかかる。

 

「これで、終わりだ志波ァ!!」

「終わってたまるかよぉっ!!」

 

 ――馬鹿な!?

 

 完全にタイミングの裏を掻いたはずだったが、天沼矛が不自然な速度で持ち上がると豹王の爪(デスガロン)の刃を受け止めた。

 その現実にグリムジョーの表情が驚愕に歪む。

 だがこれは落ち度。

 自身の能力ならば、三叉槍そのものを自在に動かすことは造作も無い。それこそ、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を弾き飛ばすのとは比較にならないほど迅速に動かせる。

 

「行くぜ捩花! 金剛! 根性みせろよ天沼矛!!」

「なにぃっ!!」

 

 豹王の爪(デスガロン)が受け止められたかと思えば、その霊圧が三叉の矛へと瞬く間に絡みついていく。現世の人間から見れば「まるでパスタをフォークに巻き付けているみたいだ」とでも評したことだろう。

 受け止めるでも弾くでも、ましてや砕くでもない。

 最強の技を絡め取られ、グリムジョーの表情は焦燥感でさらに歪んでいた。

 

「てめえの技だ! 喰らって吹き飛びやがれ!!」

「ば、馬鹿な……っ!! これは、俺の――!!」

 

 全ての刃が絡め取られたかと思えば、海燕は天沼矛をグリムジョーを目掛けて振るう。

 その槍の先端からは合計十爪にも及ぶ霊圧の刃が放たれていた。

 

豹王の爪(デスガロン)……だ、と……」

 

 見覚えのある――自分が受けることは決して無いはずの攻撃。自身の最強技が跳ね返され、術者本人に襲いかかるという事実に、グリムジョーは完全に動けなかった。

 全ての刃が肉体を容赦なく切り裂いていき、グリムジョーは混乱と困惑の中で血に沈む。

 

 倒れ伏した敵の姿を見ながら、海燕はニヤリと笑った。

 

「名付けて、功罪相償(こうざいそうしょう)……なんてな」

 

 ――技の名前のセンスはイマイチだな。

 

 ――今度、都に考えて貰いましょう。

 

「へーへー、どーせ俺はセンスがねえよ……」

 

 今まで聞こえなかったはずの、斬魄刀本体の声が突然響き、その姿までもが海燕の目にうっすらと映る。

 

 捩花と金剛。

 二刀一対の存在となった二人は今や、夫婦のように寄り添っていた。

 




●海燕さんの卍解について

名前:金剛宝杵(こんごうほうしょ)天沼矛(あめのぬぼこ)
外見:三つ叉の槍
能力:流れを操る

・解説(妄想を多大に含む)

 元々が「三つ叉の槍ってカッコいいから、卍解したらこの発展かな?」とか妄想。
⇒ そういえば、天沼矛って三つ叉の槍だったような。
⇒ あ、これ素敵だな。

と言う感じで名前が決定。

 続いて能力。

 天沼矛は国生みに使った(日本神話にて「渾沌とした大地をかき混ぜたところ、矛から滴り落ちた物が積もってオノゴロ島になった」)もの。
⇒ かき混ぜるとか滴り落ちるって、捩花の水の能力っぽいな。
⇒ 積もって島になるなら、固定(凝固)も出来るよな

と言う感じで能力決定。

 ついでにいうと「捩花は、槍を振るうと湿気や水分が絡みついて、水を生み出しているように見える」だけなのでは? みたいに、脳内つじつま合わせ。

(そもそも捩花の能力は、作中でルキアが勝手に言ってるだけ。
 能力の本質全てを語っているとは限らない。
 海燕だって人に説明するときには「水を操ってんだよ」で十分通じるだろうし。
 (あと藍染の鏡花水月の自己申告みたいな例もあるし)

 そもそもブリーチが「勘違いしてた、全部知ってるつもりだけど実は中途半端でした、全部知ってるけれど一部しか教えない」で出来ている世界。
 だからこのくらいの考え違いは日常茶飯事ですぜ)

 と、自分を騙して
「進むも戻るも凝固も拡散も、自由自在! 流れを操りまくり! 何しろ島一つ作れるんだから!」と決定。


 金剛宝杵の部分については、天沼矛の別名である「天逆鉾(あめのさかほこ)」から。

 別名とはいうが「天沼矛とは別物なんじゃね?」という説もあって「神仏習合の影響で、天沼矛が天逆鉾に変質した」という解釈が主流らしい。
(習合の結果、逆鉾は破邪の神器としての側面を持ったとのこと)

⇒ 変質したなら「捩花と金剛の二本から一本になっても仕方ないな」とコジツケ。

(都さんが持っていた「金剛」の名前はここから。
 始めに「金剛宝杵・天沼矛」の名前があって、そこから逆算して命名。
 能力も「捩花が流れ(動)なので、金剛は集合(静)だな」と半分こ)

なにより「イザナギ・イザナミ夫婦の共同作業な槍なら、どっちも死神で夫婦の志波さん家にはピッタリだな」と安易に決定。
(朽木さん家は嫁さんが一般人なので不可)

死神同士が夫婦になって、片方の斬魄刀を受け継いで、二本それぞれに認められる。
加えて斬魄刀の中の人同士も認め合った状態であること。

だから卍解すると合体です。
通常時は斬魄刀二本で、卍解すると三叉槍になります。

多分コレが、一番正しい二刀一対だと思います。
(零番隊の某ラッパーさんもきっと思わずニッコリです)

始解は……「もう常時始解でいいんじゃね?」と諦めました。
ノーマル斬魄刀状態で、片方は捩花の能力を。片方は金剛の能力を。それぞれ使う。

隊長が二刀流だし、副隊長も二刀流でお揃いですね。


(……これ、気がついたら三本目の斬魄刀が産まれててもおかしくないですね)

●功罪相償
カウンター。
浮竹さんの双魚理と同じ。打ち返し技。


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第236話 再戦合意

「がっ……はっ……ぐ、ううぅ……」

「よう、グリムジョー……まだ、生きてっか?」

 

 倒れ伏し、砂と自ら流した鮮血とが混ざり合った泥に塗れながらも、グリムジョーの瞳は死んでいなかった。

 天沼矛を杖代わりによろよろと近づいて様子を見れば、吐血しつつも鋭い目つきで海燕のことを睨み上げる。

 

「俺が、負けるわけがねえ……俺は、志波……てめえを倒して、黒崎とケリを……」

「……驚いたな。まだ噛み付いて来んのかよ……」

「あたり、前だ……その妙な卍解を……がはぁっ!!」

「グリムジョー!!」

 

 だが、どれだけ不屈の精神を持っていたとしても、肉体的には限界だった。

 大ダメージの影響で開放状態の維持は既に不可能になっており、目に見えて弱っている。にもかかわらず無理矢理立ち上がろうとしたことで肉体はさらに傷つき、血が溢れ出した。

 

「動くんじゃねえよ! あー……ったく。ほら、コレ使え」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、自分でも何をやっているのだろうと思いつつも、海燕は懐から薬を取り出すとグリムジョーへ放り投げる。

 

「傷薬だ。そっちは誰にでもある程度は効果があるヤツだから、多分破面(アランカル)のお前でも大丈夫だろ……それこそ、俺が無理に回道使うよりかはよっぽどな」

「薬、だと……」

 

 眼前に降ってきた薬の容器を睨むと、グリムジョーは吼えた。

 

「志波ァ! 俺に、情けでも掛けたつもりか!?」

「はぁ!? 知らねえな! 俺は持ってきていた傷薬を落っことして無くしちまっただけだ! それがいつの間にかどっかの誰かに拾われて、どっかの誰かの怪我を治しちまったとしても不可抗力ってやつだろうが!!」

 

 一方的なことを言った後に「けっ」と悪態を吐くと、さらに海燕は背中を向ける。

 互いの関係上、表立って助力するのは何かと外聞が悪い。ならばこういった"言い訳"の一つでもあれば、幾らかでも緩和されるだろう。

 ついでに「後ろを向いて見ていなければ、相手の性格から考えても手を伸ばしやすいだろう」という海燕なりの配慮でもある。

 

「……おい志波、一つだけ聞かせろ」

「なんだ……?」

 

 後ろを向き視線を切っているため、海燕にはグリムジョーが薬を手に取っているかはわからない。

 それでもグリムジョーの方から話を振ってきたことを意外だなと思いつつ、海燕は話を続ける。

 

「最後の……俺の豹王の爪(デスガロン)を放った……あれは……」

「ああ……! ありゃ、隊長の斬魄刀の見よう見まねだ。お前の技の霊圧を受け止めて、跳ね返した。一応、多少なりとも威力の増幅やタイミングをズラしたりはしたんだけどよ……やっぱ隊長みてえに上手くはいかねえな」

「見よう、見まね……だと!?」

「ああ。だからお前のその怪我は、お前自身が"これだけ強え"って証でもあんだよ……あの王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)といい豹王の爪(デスガロン)といい、ホント死ぬかと思ったぜ……」

 

 浮竹の始解、双魚理を頭の中で思い描く。

 ついでに何故か、先日の斬魄刀実体化事件にて生まれた双子の少年に挟まれて満面の笑みを浮かべている浮竹のことも思い出しながら。

 

「……んで、どうすんだグリムジョー?」

「なにがだ……」

「一応、言い訳は出来ちまったぞ? ――卍解が出来るなんて知らなかった! だから今の戦いは無効だ! ――って具合に……」

「見くびんな!! 殺し合いで、奥の手の一つや二つ、出てくんのは当然のことだろうが!」

 

 砂に何か硬い物が叩き付けられたような、そんな音がした。

 後ろを向いている海燕からでは見えないが、おそらくはそれが激昂して拳を叩き付けたのだろうことは推測できた。

 

「……だからだ」

「あん?」

「今回だけは、引いておいてやる。てめえの甘さ、存分に利用させてもらう! 志波、次こそてめえを殺す!!」

「おーよ、いつでも相手になってやんぜ! 俺の目の黒いうちは、一護の相手なんざ絶対(ぜってぇ)させねえからな!!」

 

 

 

 

 

 

「海燕さ~ん!!」

「いいっ! この声……!!」

 

 そんな「素直になれない男同士の意地の張り合い」のようなグリムジョーとの会話も一段落したところで、遠くから声が聞こえてきた。

 覚えのあるその声色に、海燕は軽く肝を冷やす。

 

「織姫ちゃん!? まだいたのかよ……とっとと逃げちまえって言っただろうが……」

「だ、だけど……やっぱり海燕さんを置いて行くなんて、私できませんよぉ……」

「ですが、井上が下手に移動しなかったおかげで我々が合流しやすかったのも事実です! なので、あまり怒らないであげてください……」

 

 近くまでやってきた織姫の言葉に海燕が思わず嘆息すれば、ルキアが助け船を出す。

 

「いや、朽木……お前も、織姫ちゃん担いで逃げて良かったんだぞ? 虚圏(ウェコムンド)に置いておくよりかはずっと安全だろうに……」

「すまぬな、志波副隊長」

「いやいや! 朽木隊長に言ったわけじゃなくてだな……」

 

 朽木(ルキア)へ言ったつもりが朽木(白哉)が反応し、この場での会話のややこしさに海燕は軽く頭を抱える。

 

 二人の激戦も終わり、周囲は落ち着きを取り戻した。

 となれば、近くにいた織姫が海燕のところまで来るのは当然のことだった。

 

 そして、別れるまで海燕と共に行動していたルキアが近くにいたことも。ルキアを心配して真っ先に向かった白哉が近くにいたことも。

 戦闘終了の気配を察知した二人が、海燕の身を案じてやってくることも。

 全く以て、当然のことだった。

 

 そんなこんなで現在、この場は虚圏(ウェコムンド)全土でもそこそこの盛り上がりを見せていた。

 

「ところで志波副隊長、この男は……」

「こ、此奴は……!!」

「ああ……朽木は現世で顔を合わせてたよな? 十刃(エスパーダ)のグリムジョーだ」

 

 未だ起き上がれてはいないものの、それでも視線が集中するのは鬱陶しいのだろう。グリムジョーはルキアたちをにらみ返していた。

 

「その、コイツとは色々とあってな……出来れば見なかったことにして貰えねえか? 死神の言うことじゃねえっては、わかってんだけどよ……頼む! 朽木隊長!!」

「……私は何も見ておらぬ」

「たはは、すまねえ……」

 

 先ほど海燕がグリムジョーに行ったのと同じ理由で、白哉はグリムジョーに背中を向けて視線を切る。

 

「……そういえば志波副隊長。先ほどまでは気付かなかったのだが、その斬魄刀は……」

「ああ、捩花だ。ようやく取り戻したぜ!」

「え……あ、あああっ!」

 

 そして、下手な話題転換とばかりに海燕の腰に目を向けると、さも今気付きましたとばかりに二振りの斬魄刀を注視していた。

 ただ、白哉の言葉にルキアが本気で今気付いたとしか思えない反応を見せたのだけは、計算外だったようだ。

 白哉ばかりか海燕までもが軽く頬を掻く。

 

「あー……朽木は覚えてねえか? ほら、四十年くらい前だよ。都が危なかった時に、俺が斬魄刀をなくしただろ?」

「……おおっ! そういえば確かに!!」

「ルキア……仮にも自らが所属する部隊の副隊長と三席の大事件だったのだぞ? 忘れるなど……」

「いっ、いえ兄様! ただあの後、海燕殿は都殿の斬魄刀を受け継いでいたのでつい……」

「朽木さん! あのねあのね、海燕さん凄かったんだよ! 二本の斬魄刀で、こうビシッ! バシッ! シュゴオオオオッ! って感じで――」

「う、うむ……うむ……?」

 

 そこへ織姫が乱入してきて、事態はさらに混迷を極めていた。

 




●(原作でのこの辺の)グリムジョー
①ベリたんに負ける
②ノイトラに横からぶっ飛ばされる

(この間出番とか描写無し)

③2年後に再登場

なんですよね。
もう少しこう、アフターケアと言うか、その……
(そう思ったら1話使っていました)


次、ようやく湯川殿でござるよ
(;´Д`)


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第237話 ハリベルとの邂逅

「死神ども……あっちこっちで派手にやってやがる」

「あの霊圧、ノイトラだね……チッ、好き勝手に暴れてくれちゃってさあ」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の奥――正確には回廊を抜けたその先、最深部へと続く途中といったところ――にて、四人の女性破面(アランカル)たちがそれぞれの戦いを監視していた。

 見て学ぶと書いて見学と読むように、見聞きするのも大切な要素だ。

 どんな相手がいて、どのような能力を持っているのか。知っているのと知らないとでは雲泥の差となる。

 故に彼女たちは、遠く離れた戦場の様子を探っていた。

 塔と錯覚しそうなほど巨大な柱の上に立ち並び、探査回路(ペスキス)にて戦いの詳細をつぶさに観察し続ける。

 

「でしたら二人とも、混ざりに行けばよろしいのでは? オツムの中が同じレベル同士、きっと歓迎してくれますわよ?」

「「ンだとスンスンてめぇコラァッ!!」」

「落ち着け」

 

 スンスンと呼ばれた破面(アランカル)の毒舌に、ミラ・ローズとアパッチの二人は揃って反応していた。

 怒鳴り声に場が一瞬騒然となりかけたものの、その一言で三人は口を閉ざした。

 

「騒いでも構わないが、探査回路(ペスキス)はそのままにしておけ。見ることもまた戦いだ」

「……はい」

 

 金髪褐色肌の破面(アランカル)――ティア・ハリベルの言葉に、従属官(フラシオン)の三人は神妙な態度で頷く。

 先ほどの雰囲気はどこへやら、申し訳なさそうな表情で真面目に見学を続ける。

 

「しかし、どこも大盛況だな……」

「ああ、まったくだ……ん?」

「どうしたミラ・ローズ? なんか気になることでもあったのか?」

 

 アパッチの言葉に同意しかけたところで、ミラ・ローズが不思議そうに声を上げた。彼女の探査回路(ペスキス)が、何やら奇妙な霊圧を感知したのだ。

 

「いや、なんて言うか……なんだコレ?」

「あら、ミラ・ローズも感知しましたの?」

「スンスンもか?」

「ええ……ですが、これは一体……?」

「あ……? いや、何がだよ……? あたしにも分かるように言えっての」

 

 二人は顔を見合わせ、困惑したように頷き合う。

 霊圧は感知している……しているのだが、どう判断すれば良いのかがわからないのだ。

 一瞬だけ何らかの霊圧が反応するものの、その反応が一瞬にして消えてしまう。何らかの詳細な情報を得ようにも、正体を掴む暇すらない。

 コマ送りした映像の中に、一コマだけ別の映像が映っているような気持ちの悪さ。

 決してアパッチが鈍感なわけではない。そこにあるのだと認識した上で意識を集中させなければ、上位の十刃(エスパーダ)とて見落としても不思議ではない――そんな異質な反応だった。

 

「……お前たちの反応は正しい」

「ハリベル様!?」

 

 部下三人の言葉を肯定するように、ハリベルが再び口を開いた。

 先ほどまで胸の前で組んでいた腕を解き、いつでも動き出せるような姿勢を取りながら、とある方角を凝視している。

 その様子から、只一人蚊帳の外だったアパッチも何かのっぴきならない事態ということに遅まきながらも気付く。

 

「来るぞ、構えろ!!」

「来るって何が……この霊圧は!」

 

 ハリベルが叫んだ瞬間、周囲に突風が吹き荒れた。

 それは何者かが高速移動したことで巻き起こった風圧なのだが、その正体に即座に気付けた者はこの場にはいなかった。

 巻き起こった風圧に従属官(フラシオン)たちは思わず手で顔を庇い、身を固くする。

 

「……っと、ようやく到着できたわね」

 

 風が止んだそこには、死神――湯川藍俚(あいり)の姿があった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……ッ! 死神ッ!!」

「なんだテメエは!!」

 

 アパッチとミラ・ローズの二人が即座に動いた。

 どうしてこの場に死神がいるのか、その理由は分からないものの、藍俚(あいり)が死神だというだけで彼女たちが動く理由は十分だ。

 気付くと同時に、ミラ・ローズは手にした剣を抜き放ち斬り掛かり、アパッチは素手のまま殴りかかる。

 

「あらら、随分と好戦的なのね」

 

 左右から迫り来る二人の破面(アランカル)の姿に、藍俚(あいり)はにっこりと笑顔を浮かべた。

 続いて二人に油断ない視線を向けて観察したかと思えば、瞬歩(しゅんぽ)にてミラ・ローズへと接近する。

 

「なっ……!?」

「消えた……っ!?」

 

 ミラ・ローズからすれば、突然――それも互いの息遣いが肌で感じられるほど超接近されたことになり、アパッチから見れば襲いかかっていた筈の相手が消えたように見える。

 どちらも驚きの声が上がるのも当然だろう。

 だが藍俚(あいり)の動きはその程度では終わらない。

 

「ごめんなさいね」

「ぐ……っ!? あああっ!! が……っ!!」

 

 刃の軌道の内側に潜り込んだことでミラ・ローズの攻撃は実質無効化されたのだが、それはオマケ。

 本命はあくまで攻撃にある。

 相手の肩を掴んで押し込み、同時に足を払って姿勢を崩す。相手を後頭部から地面へ叩きつけるのが狙いの一撃。

 だが藍俚(あいり)はそこへ更に、相手の胸元に掌底を叩き込んだ。衝撃が加わったことで落下速度は更に加速し、強烈な勢いで地面に激突する。

 受け身も間に合わず、彼女は苦悶の声を上げながら床に縫い付けられた。

 

「ミラ・ローズ! てめえ……!!」

 

 仲間がやられたことに気付いたアパッチが声を上げるものの、その時は既に藍俚(あいり)の姿はなかった。

 彼女が殴りかかろうとするよりも速く、藍俚(あいり)瞬歩(しゅんぽ)にて再びその姿を消す。

 

「――どこに……!?」

「アパッチ! 後ろ!!」

「あら、あなた。素手かと思ったら手首につけた腕輪(ブレスレット)が斬魄刀なのね」

「うおッ!?」

 

 スンスンの叫び声と、藍俚(あいり)の感心したような声。その二つがアパッチの耳に同時に届いた。

 続いて藍俚(あいり)が腕を覗き込んでいることに気付き、彼女の心臓が驚きに跳ね上がる。

 

戦輪(チャクラム)、とかいうのかしら? 知らずに触ったら怪我するところだったわ……危ない危ない」

「て、てめえ!! ふざけんなッ!!」

 

 近寄っておきながら、何かするわけでもなく呟くだけ。

 侮辱されていると判断したアパッチは、藍俚(あいり)の顔面目掛けて拳を放つ。

 

「甘い」

「な……っ!?」

 

 その腕を両手で掴み取ると、瞬く間に背中に担ぎ上げ、勢いそのままに投げ捨てる。

 柔道の一本背負いだ。

 背負われた――アパッチはそう認識するのが精々だった。瞬く間に視点が地面へ、そして空へと忙しなく移り変わるのを、何もせずに眺めることしか出来ない。

 

「ぐえっ!」

虚閃(セロ)

「へえ、良い攻撃ね」

 

 背中から落とされ、蛙の潰れた様な悲鳴がアパッチの口から漏れる。

 地面へ衝突したのとほぼ同じタイミングで、スンスンが虚閃(セロ)を放つ。投げを終えて藍俚(あいり)の動きが僅かに鈍った隙を狙った――しかも背後からの一撃。

 避けにくいのは当然。それに加えて、倒れた仲間には絶対に当たらないように調節されている。

 ミラ・ローズとアパッチの二人が立て直す程度の時間を稼げる、中々どうして考えられた攻撃だった。

 藍俚(あいり)は再び笑みを浮かべながら、彼女の狙い通りにその場から飛び退く。

 

「っぅ……くっ……くそッ……!」

「死神ィ……!! やってくれやがったな!!」

 

 紫がかった虚閃(セロ)の光が通り過ぎた後、二人は痛みに顔を顰めながらもよろよろと立ち上がる。

 その様子を、藍俚(あいり)は少し離れた所から油断なく眺め、続いてスンスン、最後に未だ動かずにいるハリベルの順で視線を巡らせる。

 

 藍俚(あいり)の視線に気付いてか気付かずか、二人の破面(アランカル)は戦意を漲らせていた。

 それを見たスンスンは、嘆息しながら二人の前に出る。

 

「スンスン! 何の真似だ!」

「邪魔すんな!!」

「二人とも、少し落ち着きなさいな。その死神の姿を見て、何か気付きませんこと?」

「アァン!? この乳牛(チチウシ)がか!?」

「んなもん、あの馬鹿丸出しの髪型に決まってんだろ!! 歳考えろっての!!」

 

 その言葉に藍俚(あいり)がムッとした表情を浮かべる。

 一方スンスンは、同僚二人の言動に再び大きく溜息を吐き出していた。 

 

「……はぁ、まったく……そうではなく、その死神が羽織っているものです」

「羽織って……あっ!」

「つまりコイツは!!」

「今頃気付いたの!? その通り、その女は隊長です。決して舐めて掛かれる相手ではありませんわ」

「ええ、そうよ。私は四番隊隊長、湯川藍俚(あいり)。よろしくね、ミラ・ローズ。アパッチ。スンスン。それと――」

 

 首肯しつつ、これまでのやり取りから拾い上げた三人の名前を順番に口にし、そして最後にハリベルへと視線を向ける。

 

「――お名前、窺っても良いかしら?」

「……ティア・ハリベル。第3十刃(トレス・エスパーダ)だ」

 

 藍俚(あいり)の視線を真っ正面から受け止めながら、ハリベルは自ら名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ハリベルね」

「テメエ、気安くハリベル様の名前を口にしてんじゃネエよ!!」

「ってか、あたしたちの名前もだ!!」

「不本意だけど、私も二人の意見に賛成するわね……不本意だけど」

「「テメエはいつもいつも一言多いんだよ!!」」

 

 ギャーギャーと仲間内で喧嘩を始めた三人の従属官(フラシオン)たちを尻目にしつつ、藍俚(あいり)はハリベルへと話しかける。

 

「随分と騒がしいみたいだけど、放っておいて良いの?」

「構わん、いつものことだ」

 

 特に何かの反応を見せるでもなく、淡々と言ってのけるその姿に、藍俚(あいり)は思わずクスリと笑った。

 

「あなたの部下、ずいぶんと元気いっぱいなのね? それにあなたのことを凄く慕っている……見ていて羨ましいわ」

「ああ、自慢の部下だ」

 

 自慢の部下だ――その言葉が聞こえたのだろう。

 騒ぎ合っていたのが嘘のように静まりかえり、三人は頬を赤く染めながらハリベルに敬愛の視線を注ぎ込んでいる。

 

「でも自慢の部下って言う割には、手助けには入らなかったのね」

 

 その言葉に、今まで無表情だったハリベルの片眉がピクリと跳ね上がった。

 

「何か理由があったの? それとも見殺しにしても惜しくはなかったのかしら?」

「あれはアイツらから始めた戦いだ。易々と割って入っては無礼だろう?」

「……易々と?」

「そういうことだ。アイツらが無様な真似をしたり、あるいは貴様が卑劣極まりない真似をすれば、その限りではない」

 

 微かに殺気を強めながら、ハリベルは淡々と語る。

 だが淡泊に思えるのはポーズでしかない。その内には、アパッチら部下を気遣っているのだという気配がありありと漂っていた。

 口にこそださなかったものの、おそらくは三人が命の危機に瀕しても、彼女は飛び込んでいただろう。

 それをしなかったのは(ひとえ)に、藍俚(あいり)が相手を殺す程の殺気を放っていなかったに過ぎない――つまり、その程度は相手の力量を看破出来るだけの実力者だということでもある。

 

 それに気付き、藍俚(あいり)は嬉しそうに両手をパンと打ち鳴らした。

 

「……うん、やっぱりそう! ハリベル、あなたは私の思った通りの人物だわ!!」

「何が……?」

「ハリベル! 私に協力してもらえないかしら!?」

 

 数秒ほど、沈黙が場を支配した。

 

「……どういう、意味だ?」

「言葉通りの意味よ。尸魂界(ソウルソサエティ)は藍染惣右介は討伐する。そうするだけの対策と準備は進んでいるし、何より死神の意地に掛けても絶対に倒してみせるわ」

「……」

 

 藍染を倒す、と言ったところでハリベルが息を呑む声が聞こえた。

 だが口を挟むことはなく、藍俚(あいり)は説明を続ける。

 

「でも、問題はその後。頭がいなくなった組織は空中分解してしまうでしょう? 藍染が破面(アランカル)を何人作ったのかは知らないけれど、複数の破面(アランカル)に散発的に暴れられると尸魂界(ソウルソサエティ)としても困るのよ。それ以外にも、破面(アランカル)を下手に討伐し続けてしまうと、世界のバランスが崩れる可能性もあるの……だから――」

「だから私に、王になれと? 同胞全てを統治しろということか?」

 

 藍俚(あいり)は首を軽く横に振る。

 

「方向性としてはその通りだけど、そこまで重々しく考えなくても大丈夫よ。虚圏(ウェコムンド)(ホロウ)破面(アランカル)がやり過ぎない程度に、少し管理をして欲しいの。藍染がいなくなっても、十刃(エスパーダ)のあなたの言うことなら従う者は多いでしょうから。クラス委員長みたいなもの――って言って、分かる?」

「ああ、意味は分かる。貴様が私に何をさせたいのかも、そしてその言葉が十分な説得力を持っていることもな……」

 

 ハリベルは薄く瞳を閉じながら、言葉を吟味するように一度だけ頷き――

 

「――だが!!」

 

 そして強く見開いた。

 

「それは藍染様が負けるという前提になり立っている。私は藍染様を裏切る事はない! 故に! 貴様の言うことは聞けぬ!!」

 

 強い口調と共にハリベルから霊圧と殺気が吹き上がる。

 鋭い視線で藍俚(あいり)を睨み付けながら、背負った斬魄刀を今にも引き抜き襲いかかりそうな勢いだ。

 むき出しの感情を叩き付けるような勢いに、藍俚(あいり)は軽く身震いする。

 

「よって、この交渉は決裂だ。死神よ、私は貴様を倒さ――」

「ハリベル様!」

 

 全てを言い終えるより前に、アパッチが口を挟んだ。

 

「お願いします! どうか、この死神の始末はあたしたちに!」

「この死神に、舐められたままじゃ!! 腹の虫がおさまりません!!」

「私は別に手玉に取られた訳ではありませんが――ですが、この不遜な物言いは少々癪に障りますので。仕方なく手伝わせていただきます」

「……良いだろう。だが、自ら言い出したことだ。分かっているな?」

 

 数秒の逡巡の後、ハリベルは許可を出した。

 その言葉に三人の従属官(フラシオン)――特に二人が、破顔する。

 

「へへっ! 勿論です!!」

「このクソ死神がぁ!! そのデカい乳ぶった切って犬の餌にしてやるよ!!」

「……お下品ですこと」

 

 スンスンが顔を顰めるその一方で、藍俚(あいり)は落ち込んだ様子など一切見せずにいた。

 むしろ、どこか愉しそうな表情でハリベルら四人を見つめる。

 

「まあ、最初から上手く行くとは思ってなかったわよ。何より、そういう高潔な精神と誇りを持っているハリベルだからこそ、混乱した虚圏(ウェコムンド)を導く者として相応しいって思えるのよね」

「ハッ! その余裕ヅラ、何時まで持つかな!?」

「というか、尸魂界(ソウルソサエティ)はもう勝った気でいますのね……少々ムカつきますわ」

「テメエ、またハリベル様の名前を! しかも呼び捨てにしやがって!!」

 

 アパッチは手首の輪から刃を生み出し戦輪(チャクラム)とすると両手で掴み、ミラ・ローズは再び手にした剣を構え、スンスンは長い袖の下から(サイ)を構える。

 三人ともやる気は十分のようだ。

 少なくとも、先ほど藍俚(あいり)に良いようにやられたことを引き摺ってはいない。

 

「三対一、か……」

「今になって怖じ気づいたか!? けどな、手加減なんざ期待するだけ無駄――」

「……なら、こっちも抜かせてもらうわね」

「――だ、ぜ……ッ!?」

 

 今まで白打――素手にて戦闘を行っていた藍俚(あいり)であったが、自らの周囲を囲む三人の様子を確認すると斬魄刀を引き抜いた。

 その途端、周囲に殺気にも似た強烈な気配が周囲に立ちこめる。

 背筋に何か得体の知れない物が這い回っているような、そんな(おぞ)ましさを感じてしまい、アパッチの言葉が弱々しく尻つぼみとなってしまう。

 

「う、あ……」

「く……っ」

 

 アパッチだけではない。

 ミラ・ローズとスンスンもまた、それぞれの斬魄刀を手にしたまま"形容しがたい何か"を感じて、攻めあぐねている。

 せっかく敵を包囲して数の利を活かせる陣形なのに、これでは宝の持ち腐れだ。

 

「あら、どうしたの? 手番はそっちからだと思ってたけれど……それとも、私に譲ってくれるのかしら?」

「う……あああっ!! 舐めやがって!!」

 

 藍俚(あいり)もそれを感じたのだろう。

 斬魄刀を構えたまま、誘う様に微笑み掛ければ、一人が飛び出した。

 

「ミラ・ローズ!?」

「アパッチ! スンスン! アンタら、ビビったなら引っ込んでな!! 邪魔だよ!!」

「「誰が!!」」

 

 その言葉が刺激となったのだろう、残る二人もミラ・ローズから少し遅れて動き出す。

 

「ふふ、そうやってハッパを掛けてあげてるのよね」

「は、はぁ!? 考えすぎだよ!!」

 

 巨大な剣を鈍器のように大きく振りかぶり、勢いよく打ち下ろすものの、その強烈な一撃を藍俚(あいり)は片手で軽々と受け止める。

 それどころか、近くに寄ったミラ・ローズにだけ聞こえるように、小声でこっそりと褒めれば、彼女は頬を赤く染める。

 

「でも、戦い方はまだまだね」

「……えっ!?」

「なっ!」

 

 数秒ほど剣を受け止めたままでいたかと思えば、藍俚(あいり)は突如として受け流し、その場から離れる。

 それは一瞬の出来事、まるで煙が消えるような早技だった。

 今まで拮抗していたはずの力が急激に消え、ミラ・ローズは思わずつんのめった。その先では、アパッチが今まさに攻撃を加えようとしていたところだ。

 

「馬鹿ッ!!」

「くっ……!」

 

 慌てて軌道を逸らそうとしてももう遅い。

 アパッチの攻撃を、ミラ・ローズは不格好に腕を上げて防御したものの、浅くダメージを受ける。

 

「なるほど、長い袖の下に隠して間合いや軌道を読み難くしてるのね」

「え……っ!?」

 

 敵の姿が一瞬にして消え、二人の同士討ちを目にしたかと思えば、背後から藍俚(あいり)の声が突然聞こえてきた。同時に、袖の上から腕を掴まれる感触が襲ってくる。

 その驚きにスンスンの動きが鈍る。

 

「悪くはないけれど、でもその口元を隠す手はどうなのかしら」

「あぐ……ッ!!」

 

 次の瞬間、驚きも冷めぬまま背中に強烈な衝撃が襲ってきた。

 背中を蹴り飛ばされたのだと気付いた時には、アパッチらの姿が目前まで迫っている。もはや回避は不可能な距離だ。

 

「スンスン!? 馬鹿、よけ――ッ!!」

「きゃあああっ!!」

「うわっ!?」

 

 吹き飛ばされた先の二人と衝突し、三人は揉みくちゃになって倒れ込んだ。互いが互いにぶつかり合い、自身の現状把握にすら手一杯な状況だ。

 だが悲劇はそれだけでは終わらない。

 

「いてて……スンスン、テメエ……スンスン!?」

「あ、う……ううっ……」

 

 いち早く状況を認識したアパッチが、自分のことは棚に上げて、とりあえず吹き飛んできたスンスンへ文句を言おうとして気付いた。

 彼女は脇腹を押さえて苦しんでいる。

 よく見れば長い袖が出血で真っ赤に染まっており、その近くではミラ・ローズが手にしていた大剣が赤く濡れている。

 

「まさか、あたしの剣に!? なんで避けなかったんだよ!」

「よけ、られる、わけない、でしょう……!」

「……狙って、やったってのか……!?」

 

 不可抗力とはいえど、自分の武器で仲間を傷つけてしまった。

 その事実にミラ・ローズの顔が真っ青に染まる。

 

 一方、アパッチはこの状況を理解し冷や汗を流していた。

 自らを意図的に囲ませ、同士討ちを誘ったかと思えば、そこへ第三者を巻き込む。加えて相手の武器にぶつける事で更にダメージを――仲間を傷つけたことで心理的なダメージまで与える。

 狙ってやったとなれば悪魔の所業に近い。

 

 だが藍俚(あいり)は追撃の手を緩めない。

 

「破道の四、白雷(びゃくらい)

「ぐあああっ!」

「きゃああっ!!」

「うぐぅ……っ!!」

 

 指先から放たれた三本(・・)の光線を、動揺して動きが鈍っていた三人は反応しきれず、それぞれの肩が正確に打ち抜かれる。

 詠唱破棄、されど霊圧を操り疑似重唱の技術にて、複数回詠唱したのと同じ効果を発揮させて鬼道を放つ高等技術。

 

「そこの誰かが言ってたけれど、その通り。狙ってやったのよ」

 

 肩を押さえながらうずくまる三人に向けて、藍俚(あいり)が口を開く。

 

「ミラ・ローズが最初に動いて、アパッチの方がスンスンよりも勢いよく飛びかかってきた。だったら、この順番で対処すべきでしょう?」

「あたしらを、利用したってわけかよ……!!」

「多対一では囲まれるのが当然、だったら数の少ない方は戦い方に気を配るものよ。相手を利用して、可能な限り一対一に持ち込むように動く」

 

 ――昔、泣くほど叩き込まれたわ。

 

 最後に小さな声で呟いていたが、その言葉までは届いていなかった。

 まるで赤子の手を捻るように軽くあしらわれる屈辱、しかも相手はまだ始解すらしていないという事実。

 一矢報いようにも、肩を打ち抜かれては腕をまともに動かせない。万全の状態でも叶わなかったのに、片腕で抗うなど絶対に不可能だ。

 

「ちくしょうが!! 突き上げろ! 碧鹿闘女(シエルバ)!!」

「アパッチ!?」

「あなた何を!」

 

 忌々しげに叫びながら、アパッチは帰刃(レスレクシオン)する。額にヘラジカのような角が形成され、首から下は毛皮のように覆われる。

 突然の解放に仲間二人が異論の声を上げるものの、彼女は取り合わない。

 

「ミラ・ローズ! スンスン! てめえらも分かってんだろうが! もう出し惜しみは出来ねえ!! アレで一気に片付けるぞ!!」

「……チッ、仕方ないか」

「確かに、癪ですが同感ですね」

 

 二人とも心のどこかで同じ結論だったのだろう。

 

「喰い散らせ! 金獅子将(レオーナ)!!」

「締め殺せ、白蛇姫(アナコンダ)

 

 アパッチに倣うように、二人もまた解放する。

 

 只でさえ豊かだったミラ・ローズの髪が、獅子の(たてがみ)を思わせるほどに長く伸びた。長い黒髪の中に一房の黄金色をした髪が混ざり、全体的には女傑のイメージをより強調させた姿に、どこか荘厳さを加える。

 

 スンスンは、ラミアを思わせる姿へと変じていた。

 腹から下の全てが大蛇のように変貌しており、三人の中で最も異質さを放つ。

 

「ようやく帰刃(レスレクシオン)した、か……」

 

 それぞれが帰刃(レスレクシオン)した姿を、どこか達観したような目で藍俚(あいり)は眺めていた。

 何よりも彼女が注目していたのは、三人の肩だ。

 

「しかも傷が治ってる。便利よねぇ、羨ましいわ……でも、そうなると四番隊は不要かしらね? ……あら?」

 

 帰刃(レスレクシオン)した破面(アランカル)は傷が治る。鬼道で開けた穴も、同士討ちで刻まれた傷も、その全てが一瞬で完治してしまう。

 知識としては知っていても、これだけキチンと目にしたのは初のこと。

 思わずそんな、この場にそぐわぬ感想を口にした時だった。

 

 三人の従属官(フラシオン)たちは、それぞれが自らの片腕をねじ切ったかと思えば、絵の具のように混ぜ合わせる。

 

混獣神(キメラ・バルカ)

 

 三本の腕が組み合わさったそこには、一体の巨大な獣がいた。

 直立状態でも藍俚(あいり)の四倍はあろう巨体。

 ベースは人間のそれだが、鹿の角と蹄、獅子の(たてがみ)、大蛇の尾を生やすという異形の姿。

 放つ霊圧もその巨体に恥じぬほど大きく、解放した三人よりも強いとすら感じられる。

 

「行けッ! アヨン!!」

「なるほど、自慢するだけのことはあるわね」

 

 だが巨体よりも姿よりも霊圧よりも、漂ってくる気配の不気味さが何よりも際立つ。

 深淵を覗き込んだような寒々しさに藍俚(あいり)は思わず感心していた。

 

「だったら、こちらも手札を一枚使うわよ……(まみ)れろ、射干玉」

 

 斬魄刀が黒く染まる。

 




3獣神(トレス・ベスティア)とかハリベルのシーンって、結構途切れ途切れな部分があるんですよね。
(現世での戦闘シーンだけ見ても、場面があっちこっち行ったり来たりで、単行本の確認が大変でござる)

あとミラ・ローズって打つ際の「・」が地味に面倒。
(でもローズだと別人になっちゃうし、フランチェスカだと「誰?」ってなるし)

●ハリベル組の現状
32巻の、グリムジョーとの戦いを観戦している辺りに相当。
死神が来たので、情報収集や部下に見学させる意味などで外に出ていた。
(そこに変態が乱入してきたわけでござるよ)

●ハリベルに望むこと
絶対的なリーダーが消えて混乱するだろうから、引き締め役をお願いしたい。


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第238話 暴獣! アヨン!!

諸事情で、本日はもう1話更新します。
30分後(19:30)に予約済みです。



「始解、かよ……」

「……ッ」

「……」

 

 藍俚(あいり)の持つ斬魄刀、その刀身が真っ黒に染まる。それだけでアパッチの背中からドッと汗が噴き出していた。

 まだ何か動いたわけではない、始解をしただけ。

 にもかかわらず、アパッチの胸の中は無数の警鐘を絶え間なく打ち鳴らしている。

 そしてどうやらそれは、彼女だけではなかったようだ。

 ミラ・ローズとスンスンもまた、口には出さないものの額から滝のような汗を流し、息が上がっている。

 

「オ、オオ……ッ!!」

「……っ!? ア、アヨン!?」

「おおおおおおおおおオオオオオオッ!!」

「叫んでいる、だと……?」

「な、何もしていませんのよ!?」

 

 三人が悪寒に苛まれている中、最も過敏な反応を見せたのはアヨンだった。

 突如として両目を大きく見開き、口を引き裂けそうなほど大きく開くと絶叫を上げる。

 

 その反応は、彼女たちにとっても未知のものだった。

 彼女にとってこのバケモノは、意思を持たずに本能のままに暴れ、破壊と殺戮を繰り返すだけの存在――そういう認識だ。

 声を掛けても返事はおろか、反応一つ見せない。叫び声を上げることはあれども、それは強敵を相手にして重傷を負った時が精々。

 間違っても、対峙した途端に見せるような反応ではない。 

 

「ふふ、どうしたの……私が怖い?」

「オアアアアァァッ!!」

「あら、言葉が通じないのかしら?」

 

 獣のような叫び声を上げながら襲いかかってくるアヨンを前にして、藍俚(あいり)は余裕の態度を崩さなかった。

 凄まじい速度で飛びかかり、拳を放つ敵を前にして、彼女は斬魄刀を構える。

 

「不本意だけどね、あなたみたいなのを相手にするのは慣れてるのよ……不本意だけどね!!」

「オオオオオッ!!」

 

 並の死神では反応すら不可能な速度の攻撃を、藍俚(あいり)はギリギリまで引きつけると最小限の動作で躱す。

 さらには置き土産とばかりに、すれ違い様に手首へ斬撃を叩き込んだ。

 

「あらら、硬いわね」

 

 だが、鋭い一撃に反して手首には皮一枚傷を付けられなかった。

 元々の肉体的な頑強さもあるが、アヨンの手足は分厚い毛皮に覆われている。この毛並みがどれだけ鋭い刃であってもいとも簡単に跳ね返してしまう。

 狙うとすれば剥き出しの上半身や二の腕、顔面といった辺りだろうが、体格差が大きすぎるためそう簡単に攻撃は届かないだろう。

 

「は、はは、はははは……っ! いいぞ! やれ、アヨン! 殺せ!!」

「なんだあなた、虎の威を借る狐みたいですわね」

「何だとスンスン!!」

「あら、失礼。狐ではなくメス鹿でした」

「テメエェッ!!」

「……やれやれ、あっちは賑やかで良いわね」

 

 アヨンの後ろで盛り上がる従属官(フラシオン)たちを横目に見ながら、藍俚(あいり)は目の前の巨獣へ問いかける。

 

「ご主人様はああ言ってるみたいだけれど、どうする?」

「オオオッ!! ブオオオオオオッッ!!」

「まあ、そうよね」

 

 当然ながら返事はない。

 その代わり、雄叫びを上げながらアヨンは襲いかかってきた。

 先ほどは一撃で失敗して学んだのか、今度は両腕にて拳を打ち下ろすように放ってくる。

 

「残念」

 

 その攻撃に、藍俚(あいり)は再び真っ正面から対峙すると、今度は大きく跳躍してそれを躱す。

 空中に霊子を固めて足場を作り、多段ジャンプの要領で両の拳からヒラリと避けると、喉笛目掛けて斬魄刀を振るう。

 

「……おっと」

 

 その一撃が届く直前に、藍俚(あいり)は再び足場を作ると更に高く跳躍する。

 少し遅れて、藍俚(あいり)のいた空間を白い大蛇が喰らいついた。

 

「便利よね……尻尾って!!」

 

 即座に狙いを切り替えると、今度は角目掛けて刃を振るう。

 こちらは毛皮にこそ覆われていないものの単純に肉体よりも強固であったこと、加えて少々不安定な体勢だったこともあって、浅く溝を刻む程度が限界だった。

 

「バオオオオオオッッ!!」

 

 とはいえ、強烈な一撃であったことには間違いない。

 角を切り落とせずとも斬りつけた衝撃で、アヨンの首がガクンと大きく揺れる。普通ならばこれだけで頸骨が折れてもおかしくはないだろう。

 

「えっ……!?」

 

 衝撃に声こそ上げるものの、アヨンにダメージは見られなかった。

 元々が四足獣をベースに人型としているためか、その首は人間よりも遙かに太い。

 そもそも角は鹿などの獣にとって武器だ。その武器を振り回した結果、首の骨が折れて絶命しましたではお話にならない。

 相手にぶつけ、相手にぶつけられてもなお戦えるほどの強固さを秘めている。

 

 予想外のタフネスぶりに、藍俚(あいり)は思わず息を呑んだ。

 

「ブオオオオッ!!」

「ちっ!」

 

 そんな内心の動揺を感じ取ってか、アヨンは藍俚(あいり)を追うように両手を頭上へと伸ばす。

 それは蝿や蚊を空中で叩き潰さんとするような動きだった。

 両側から迫りくる都合十指に微かな焦りすら感じつつ、再び固めた足場を蹴って逃れる。

 

「……なるほどなるほど。大体、分かったわ」

「ガオオオッ!!」

 

 誰もいなくなった空間で、アヨンの両手が激突した。

 バチンと大きな音が鳴り響き、風圧が藍俚(あいり)を吹き飛ばそうとする。

 その勢いに「間違ってもまともに受けられないわね」と考えつつ地面へ着地する。

 

「オオッ! オオオオッ!!」

 

 アヨンの攻勢はまだ止まらない。

 逃げた藍俚(あいり)へ向けて、頭上で合掌状態だった両手をそれぞれ握り締め直すと、そのまま振り下ろして殴りつける。

 振り下ろす勢いに加えて身体全体で倒れ込むことで更に勢いを付けた一撃だ。

 

「その心意気だけは認めるけれど――」

 

 狙い澄ました強烈な攻撃を、藍俚(あいり)は一歩後ろに下がって躱す。

 それと同時に、目の前に隕石のごとく落ちてきた。足場代わりの塔はその衝撃に耐えきれずに巨大な亀裂を何本も走らせ、そして砕け散った。

 

「――でもね、次に繋がらない攻撃だったらしない方がマシよ? こうなるから」

 

 瓦礫と土砂が舞い上がる中、藍俚(あいり)は動きが止まったアヨンの両拳を斬りつける。両腕全体が浅く、けれども広範囲に切り裂かれて血が流れ出した。

 尤もアヨンの巨体からすれば、そのどれもが掠り傷のようなものでしかないが。

 

「ほらね? ……と言っても、聞こえてはいないでしょうけれど。でも、一応言わせて貰うわ」

「バモオオオオッゥ!!」

 

 倒れ込み、指先を切られても止まらずに動き続ける。

 それだけは賞賛に値する……値するのだが――

 

「もう、その攻撃は無意味なの」

「バボオオオオオオオォォォォォゥッ!?」

 

 身を起こし起きあがろうと手を付いた途端、アヨンは盛大に姿勢を崩した。

 両腕がそれぞれ、支えを失ったように真横まで広がっていき、胸から顔面までもを痛烈に殴打する。

 

「あーあ、だから言ったのに」

「オオオオオォォォォッ!!!!」

 

 先の一撃で脆くなっていた塔に、その一撃はトドメだった。

 巨大な亀裂が斜めに入ったように、塔はガラガラと音を立てながら周囲が一気に崩れ落ちていく。

 空中に足場を作った藍俚(あいり)や、離れていたアパッチたちは影響がないものの、アヨンはそうはいかない。

 自身に何が起きたのか分からぬまま、数十階建てのビルほどもある高さから無様に落下していった。

 

「流石、射干玉よね」

 

 その結果を満足した表情で眺めながら、藍俚(あいり)は斬魄刀の峰を軽く撫でる。

 

 斬魄刀、射干玉――その始解は摩擦を操る。

 数度の交錯の度に少量ずつ敵の肉体に特殊な粘菌を付着させて仕込みを続け、特定のタイミングで一気に摩擦を零にする。

 アヨンが身体を起こそうと手を付いた瞬間、摩擦を無くすことで無様に滑らせた。

 言ってしまえば、ただそれだけのことだ。

 

 だが、突然摩擦が変化すれば普通は対応しきれるものではない。

 先のアヨンのように狼狽し、対応が遅れるのも当然。落下するのも当然のことだ。

 

「そして、このくらいじゃ死なないのも想定通り」

「ブモオオオオオッッ!!」

 

 藍俚(あいり)の背後にアヨンが飛び上がってきた。

 落下の途中にて正気を取り戻し、同じように足場を作り戻ってきたのだろう。

 だがそれでも完全に無傷とは行かなかったようで、落下に巻き込まれた瓦礫や、塔の壁面に激突したのであろう細かな傷が全身に付いている。

 けれどもそんな傷など無意味とばかりに、アヨンは藍俚(あいり)に拳を振るう。

 

「バブォッ!?」

「言ったでしょう? その攻撃は無意味だって」

 

 放たれた右拳は寸分違わず藍俚(あいり)を狙い、そして衝突の瞬間一気に逸れた。

 これもまた、射干玉の能力によるもの。

 激突すれど摩擦が無ければ圧力は掛からずに散り、流されてしまう。

 

「あなた、さっきから物理攻撃しかしてこないんだもの。拳に触れても、何か悪影響があるわけでもないことも確認済み。だからもう、あなたは怖くない」

「バアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 とはいえアヨンの頭ではそれを理解できなかったのだろう。

 先ほどの現象は間違いだとばかりに、藍俚(あいり)へ向けて激昂したように何度も拳を叩き付ける。

 されど、既に射干玉の影響下にある拳では何の意味も無かった。

 全て受け流されるどころか、無理な体勢で拳を放った結果、滑らされてその身を再び無様に横たえる。

 

「ア、アヨン!?」

「うそ、だろ……」

「ありえませんわ……あの子が手も足も出ないなんて……」

 

 従属官(フラシオン)三名もまた、理解出来ずにいた。

 切り札として、ある意味で絶対の信頼を置いていた存在が、こうも容易く無力化されるなど、あってはならないこと。

 

「……ねえ、あなたたち」

 

 呆然と事態を見つめていた三名へ向けて藍俚(あいり)が声を掛ければ、途端に三人が身を竦ませる。

 

「あのアヨンって子はあんな状態なんだけれど、あなたたちは戦わないの?」

「……なにィ!?」

「だってそうでしょう? 私があの子と戦っている間に、少しは隙があったのよ? だからてっきり、あなたたちも攻撃してくると思ってずっと気配を探っていたのに……なんで攻撃してこないの!?」

「っざけんな! んなもんあたしらの勝手だ!!」

「そもそもアヨンはあたしらの言うことなんか……」

()……ッ! ミラ・ローズ!!」

 

 スンスンが慌てて言葉を遮るが、少し遅い。

 

「……へぇ」

 

 にやりと口元を歪ませる藍俚(あいり)の背後で、アヨンが立ち上がるのが見えた。

 

「だったら、こっちから行くわよ!」

「オオオオオオオオオオッッ!!」

 

 高みの見物とばかりの三人へ向けて、藍俚(あいり)は一気に疾走する。その後を追い、アヨンもまた走る。

 それは三人の側から見れば、藍俚(あいり)とアヨンが揃って襲いかかってきているような光景だった。

 

「や、やめろアヨン! 来るな来るなァッ!!」

「ブアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 まずはアパッチの眼前まで辿り着いたかと思えば、藍俚(あいり)はそこで一瞬立ち止まると瞬歩(しゅんぽ)にて一気に移動する。

 アヨンの目には敵が動きを止めた、絶好の攻撃の機会に映っていた。その奥にいるアパッチの姿までは、暴れる獣の瞳には映らない。

 

「ひいっ……!!」

 

 それでも距離があったおかげか、どうにか直撃だけは避けられた。

 巨大な拳が身体を掠め、解放の影響でアパッチの胸元に生えた体毛が一気に削り取られ、小さな悲鳴が口から漏れる。

 

「ほらほら、こっちよこっち!」

「ちょ! てめ――死神ィ! 何言ってんのよ!!」

 

 それまでのお嬢様言葉が崩れかかったのをギリギリのところで堪え、スンスンが叫ぶ。

 二人分の声に反応し、藍俚(あいり)を見失っていたはずのアヨンが振り返ると、目元から虚閃(セロ)を放つ。

 

「ああ、それもそっか」

「キャアアアアアアァッ!!」

 

 考えてみれば(ホロウ)の亜種のような存在、ならばこのくらいも当然か。そう納得しつつ、スンスンの尻を蹴飛ばして虚閃(セロ)の射線から逃れる。

 

「うう……あ、あの死神ィ!」

「ちょ、ちょっと待て!!」

 

 片手でお尻を抑えながらスンスンが怨嗟の声を上げる一方で、今度はミラ・ローズが驚かされる番だった。

 アヨンが放った虚閃(セロ)――その射線の先に彼女はいた。

 どうやら巧みに位置を調節して、気付かぬうちに一直線上に並ばされていたようだ。

 

「く……っ!!」

「ほら、隙あり」

 

 慌てて虚閃(セロ)の範囲から逃れるミラ・ローズだったが、藍俚(あいり)はそれを狙って奇襲すると斬魄刀を一閃させる。

 

「ぐあああああっっ!!」

「ミラ・ローズ!!」

 

 脇腹を深々と斬られ、苦痛の悲鳴が上がった。

 慌てて援護に入ろうとするも、既に藍俚(あいり)の姿はそこにない。

 

「二人目、かしら?」

「後ろ――ッ!?」

「アオギョオオオオオオオオッ!!」

 

 動き出そうとするアパッチの背後から、藍俚(あいり)の声が聞こえた。

 完全に出遅れたことを理解しつつ、無駄と分かっていながら食い下がろうとするアパッチであったが、それよりも藍俚(あいり)の方が早い。

 

 そして、藍俚(あいり)の奇襲に合わせるように、アヨンが飛んでいた。

 

 「理由は分からないが、拳で殴ってはダメージを与えられない。ならば体当たりだ」――そんな解釈でもしたのだろうか、身体を大の字にして弾丸のような勢いで飛びかかる。

 巨体が向かう先は藍俚(あいり)と、そしてアパッチがいる。

 

「チッ……! でもね!」

「おっ、オイオイオイッ!!」

 

 藍俚(あいり)は攻撃を中止して即座に離れ、アパッチは泣き言を言いながらなんとか必死で逃れる。

 

「ここも駄目かぁ……脇の下って、結構致命傷の筈なのに」

 

 少しだけ離れた場所に姿を現すと、藍俚(あいり)は不満そうに呟く。その視線の先ではアヨンが、脇の下から幾らか血を流しながらも器用に肘と膝だけで身を起こそうとしている。

 なんのことはない、回避と同時にすれ違い様に斬りつけただけ。両腕をいっぱいに広げて飛びかかってくる相手には、容易いことだった。

 

「仕方ない。もう一枚、手札を使いましょう」

「「「「……ッ!!」」」」

 

 嘆息しつつ左手を翳すと、面を被り(ホロウ)化する。

 その様子にアパッチら三人は当然、今まで(けん)に徹していたハリベルまでも息を呑んだ。

 

「その反応……まさか、知らなかったのかしら……? 変ねぇ、藍染の目の前でも変身して斬り合いもしたのに……」

 

 驚いたのは藍俚(あいり)も同じだ。

 自分の(ホロウ)化はてっきり周知の事実だと判断していただけに、ハリベルたちの反応は想定外でしかない。 

 

「……ひょっとして、情報規制でもされてるの? あなたたちが竦み上がらないようにって――」

「ギャオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 可能性の一つを口にしたところで、アヨンが再度飛びかかってきた。

 その瞳にはこれまで以上にハッキリと、コイツを殺すという明確な感情が浮かんでいる。

 

「残念だけど」

 

 襲い来るアヨンへ向けて、藍俚(あいり)は四度斬魄刀を振るった。

 一撃につき手足を一本ずつ切断していき、その全てを両断し終えたのを確認すると、彼女は胴体目掛けて片手を突き出す。

 

「もう終わりよ」

 

 虚閃(セロ)――

 圧縮した霊圧を放ち、残った胴体を消し飛ばす。破面(アランカル)たちからすれば、見慣れた技でしかないそれを放ち、見せつけるように敵を倒す。

 

「始解で終わらせるつもりだったのに……(ホロウ)化まで使うことになるとは、想定外だったわね……」

 

 あまりに一瞬の出来事に、アパッチたちは言葉を失っていた。

 相手との実力差に、もはや何かを言うことすらおこがましく思えてしまう。それでいてなお、相手には余裕があったのだ。

 戦いを続けようにも、心が負けを認めてしまっている。

 

「……なるほど、よくわかった」

「あら、認めてくれたの?」

「貴様は確かに強い……だが、それでも藍染様にはまだ届かぬ! そして、藍染様の障害になる貴様は、私が確実に倒す!」

 

 ハリベルが動き出した。

 




あー、好き放題に圧倒させられるのって展開考えるの楽だわぁ……

●アヨン
総隊長に「胸に穴を開けられる」「縦半分に斬られる」でも生きてる。
キルゲ・オピーに「血装(ブルート)の上から」ダメージを与える。

フィジカルだけでコレは、結構強いと思う。

ただ、射干玉との相性は最悪ですね(ほぼ物理攻撃なので)

とっとと叫ばせたのは「鳴き声も無いと文字として地味」というメタ理由から。
(漫画なら無言で不気味さが目立つが、文字だけだと難しいので諦めた)

あと「(死神相手の時も、滅却師相手の時も)なんでコイツらアヨンと共同戦線張らないの?」と疑問でした。
なので「ある程度言うことは聞くが、暴れると自分たちにも被害が出る(無差別範囲攻撃しか持っていない)」ような存在、肩を並べて戦うと自分たちも危険。と脳内解釈。

そんなの、利用して場を引っかき回すに決まってるじゃないですか。


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第239話 237話を振り返る

※ ネタの性質上、同日2話更新(19時と19時半)しています。
  19時半以降に「最新話」から見に来てくださった方は、
  お手数ですが1話前にお戻り下さい。

※ また、ネタの関係上237話がほぼ必読です。重ねてご了承ください



 いた! いた! いたわよ!! ほら、視線の先!! 射干玉も分かるでしょう!?

 

『……ん、んんっ!? どこでござるかどこでござるか……おっ、おおおおっ!! いたでござるよ!! あれは紛れもなく!!』

 

 そう! ハリベルよ!! 見てあの格好! 本当に大丈夫なの!?

 下乳丸出しじゃないの!! しかも金髪で褐色巨乳!!

 

『あれはもう立っているだけで犯罪か何かでござるよ!!』

 

 しかも周りにいる従属官(フラシオン)の子たちも!! そういえばあんな子もいたのよね!! ハリベルのインパクトが強すぎてすっかり忘れてたわ!!

 

 ……あ、ごめんなさい。

 説明しないと分からないわよね。

 

 今、私たちはチルッチと別れて一人で虚夜宮(ラス・ノーチェス)の奥を目掛けて猛スピードで突き進んでいる最中です。

 

『別れてと言うか、ハリベル殿らしき霊圧を感じてガマンしきれずに飛び出してしまっただけでござるが?』

 

 だって仕方ないじゃない!! 我ながらクズな行動だったって自覚はあるわよ!

 でもね、ハリベルよ!? じゃあ仕方ないでしょう!!

 

『まあ、なんと言いますか……でもやっぱりクズでござるよ?』

 

 分かってるわよ!! でもね、射干玉だって走っちゃうでしょう!? ここで機会損失(チャンスロス)するなら、私は何のために虚圏(ウェコムンド)くんだりまで来たと思ってるのよ!!

 

 ……って、あら?

 コレって……やっぱりそうね。この霊圧の感覚からすると、どうやら相手も私に気付いたみたい。

 まだ豆粒くらいしか見えてないはずなのに、良く気付いたものだわ。

 

『その台詞、そっくりそのままブーメランでござるよ?』

 

 このくらい気付けないと、卯ノ花隊長に殺されてたから……

 

 でも、気付かれたんなら仕方ないわよね! このまま一気に加速しちゃいましょう! 絶対に逃がさないわよ!!

 

『おおっ! 凄いでござるよ!! 景色がめまぐるしく変化していくでござる!! でも砂ばっかりだから詰まらないでござる!! 山とか湖とか見てえでござるよ!! 藍染殿は何で、この砂漠にも枯山水とか作らなかったんでござるか!! 怠慢でござるよ!!』

 

 枯山水、良いわよねぇ……私が知ってるのは朽木家のだけれど、アレは見ていて落ち着くわ。

 あと、外で石英を掘って枯れ木みたいなの作っていたから、案外気にしていたんじゃ……って、そんなこと言ってる間に!!

 

「……っと、ようやく到着できたわね」

 

『さて……どこかで聞いたような台詞と、そもそもタイトルでお気づきの方もいらっしゃったかと思いますが――というわけでございまして! 今回と次回は前二話を一人称視点しているだけでござるよ! 読み飛ばしても、全く問題はありません!!』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……ッ! 死神ッ!!」

「なんだテメエは!!」

 

 辿り着いたと思ったら、二人の女性破面(アランカル)に突然襲われました。

 ハリベルたちの所へ奇襲したようなものだから、当然なんだけれどね。

 

 一人は背の低い、けれど胸元をガバッと開けているので可愛らしい谷間が覗いています。しかもあら? この子ってオッドアイなのね。

 身長が桃と近いこともあってか、見ているとなんとなく彼女のことを思い出します。

 

 もう一人は背が高くて体格の良いタイプ。日に焼けた浅黒い肌と鍛え抜かれた体躯のおかげで、女戦士と言う言葉がよく似合いますね。ハリベルの隣だから目立たなかったとはいえ、こんな子もいたなんて……迂闊だったわ。

 三人の中だと一番お山(おっぱい)は大きいけれど、色気は最初の子の方がありそう。

 

 それともう一人。

 二人のせいで少し目立たないものの、長髪でお淑やかそうなタイプもいますね。切り揃えられたパッツン前髪が、なんとなくお嬢様を連想させます。

 手元が完全に隠れるくらいの長袖で、癖なのか常に口元を隠しているのも上品そう……

 でもお山(おっぱい)はこの中では一番小さいわね。

 

「あらら、随分と好戦的なのね」

 

 ――っと、今はこの子にまで注目している場合じゃなかった。まず襲いかかってきている二人の相手をしないと。

 片方は長剣、もう片方は素手……かしら? となれば、まず相手をすべきは――

 

「なっ……!?」

「消えた……っ!?」

「ごめんなさいね」

「ぐ……っ!?」

 

 当然、剣を持った方から。接近しちゃえば、素手よりも小回りが効かないからね。

 肌と肌とがぶつかるくらい近くまで寄って――あら良い匂い――から、ヘソを中心に肩と足を払って転ばせてやりましょう。

 

 ……でも、ちょっとくらい、いいわよね。敵同士だし。

 

「あああっ!! が……っ!!」

 

 ついでに胸に掌底を当てて、地に叩き付けます。

 感想としては、予想外に柔らかくて"ぽよん"っとした感触でした!

 

『ポヨンでござるか!? 案外、硬そうなイメージがあったでござるが……!?』

 

 そこはほら、人体の神秘よね! 

 掴んだ肩も払った足も、どっちも石みたいに硬いのに、胸だけは別物だったの!!

 ああ、勿体ない!! なんで私は掌底なんて叩き込んでいるのよ!! もっとしっかりと、胸ぐらを掴むべきだったかしら!?

 

「ミラ・ローズ! てめえ……!!」

 

 続いて素手で襲いかかってきた方を相手します。

 ですが今度は同じ失敗はしません。

 確実に、でもちょっと味見をする程度の絶妙な塩梅で――

 

「あら、あなた。素手かと思ったら手首につけた腕輪(ブレスレット)が斬魄刀なのね。戦輪(チャクラム)、とかいうのかしら? 知らずに触ったら怪我するところだったわ……危ない危ない」」

「うおッ!? て、てめえ!! ふざけんなッ!!」

 

 ――いけないいけない、思わず声に出しちゃったわ。

 

「甘い」

「な……っ!?」

 

 でも本当に、結構珍しい武器よね。事前に気付いて本当に良かった。

 丁度良く殴りかかってきてくれたし、そのまま手を掴んで背負い投げます。

 

 背中には、僅かな時間。けれどもむにゅっとした、確かな感触が伝わってきました。

 控えめだけど確実な自己主張をする淡い感触! ああっ、このまま投げ捨ててしまうのが惜しい! 時間が止まってしまえばいいのに!!

 

『時間停止したら、さわり放題でござるよ?』

 

 ……あ、じゃあやっぱり駄目ね。苦労してこそ、価値があるの。

 名残惜しいけれど、投げ捨てましょう。

 

「ぐえっ!」

虚閃(セロ)

「へえ、良い攻撃ね」

 

 私が投げ捨てた瞬間を見計らって、虚閃(セロ)の一撃が飛んで来ました。

 タイミングも良いし、仲間には当たらないようにちゃんと計算しているのも素敵ね。

 当たるわけにはいかないから避けたけれど、そのおかげで倒した二人が起きあがるだけの時間を稼がれちゃった。

 この前髪パッツンの子、よく見てるわ。

 

 オマケに、まだダメージが抜けきっていない二人の頭を冷やさせるために、自分から前に出て時間を稼いでる。

 この一瞬の動作だけでも、実に大したもの。霊術院生だったら、特別推薦枠決定ね。

 

「スンスン! 何の真似だ!」

「邪魔すんな!!」

「二人とも、少し落ち着きなさいな。その死神の姿を見て、何か気付きませんこと?」

「アァン!? この乳牛(チチウシ)がか!?」

「んなもん、あの馬鹿丸出しの髪型に決まってんだろ!! 歳考えろっての!!」

 

 ち、チチウシ!?

 いや、それは良いんだけどさ……

 

 馬鹿丸出しって! 馬鹿丸出しの髪型って言われた……!! 歳、考えろって……

 なっ、何よ何よ!! これは射干玉の呪いみたいなものなんだから仕方ないじゃない!! これでもブリーチ界で初のツインテールなのよ!!

 

 こんな髪型しているのは後にも先にも私だけなんだから!!

 

『いやぁ、それがでそうでもないわけでござりまして……』

 

 なに? 妙に歯切れが悪いみたいだけど、どうしたの?

 

『浦原殿の所の(ウルル)殿とか』

 

 ……あ!

 

『(あと他にも、藍俚(あいり)殿は御存じないでござるが、毒ヶ峰のリルカ殿も! ツンデレ良い子でござるよ!!)』

 

 そういえば、そっかぁ……ちょっとおこがましかったわね……

 

『(あと、初代六番隊隊長の斉藤不老不死殿も……眼帯ツインテールで狂戦士っぽいキャラとか属性多過ぎでござるよ!! 頭おかしくなるでござる!!)』

 

 となるとさっきの発言も、甘んじて受けるべきかしら……?

 

 でもね! これでも髪を結んでる手絡(リボン)、以前は友達――小鈴さんたちから貰った物をずっと付けていて、今は桃から貰った物をずっと付けてるっていう、可愛らしい設定があるの!! だったらちょっとくらい自惚れても良いじゃない!!

 

『(……ただ、あの方はおそらくおひんひんが付いてる説があるでござるよ。てか後出しとかホント止めて欲しいでござる。時間の流れ的に藍俚(あいり)殿は初代の皆様とお知り合いでもおかしくねえでござるから……伊達に七百年だか八百年だか死神してねえでござるからして……)」

 

 射干玉、聞いてる?

 

『……ふぇっ!? も、ももももももろもろちんちんかもかも聞いてるでござるよ!! 藍俚(あいり)殿の先ほどの「さっきの発言も」という独白が「殺気の発現」と一発変換されて、辞書が殺意に満ち溢れているという話でござるよ!!』

 

 あ、ちゃんと聞いてたのね。

 

 ってあの二人……!!

 ええっ! う、嘘でしょう!? 私が隊長だって気付いてなかったの!?

 スンスンって子に注意されてようやく気付いたみたい……

 

「ええ、そうよ。私は四番隊隊長、湯川藍俚(あいり)。よろしくね、ミラ・ローズ。アパッチ。スンスン。それと――」

 

 あっぶなぁい!! もうちょっとで名前を呼んじゃうところだったわ。

 落ち着け、落ち着きなさい……私たちは初対面、初対面……

 

「――お名前、窺っても良いかしら?」

「……ティア・ハリベル。第3十刃(トレス・エスパーダ)だ」

「そう、ハリベルね」

 

 良かった、名乗って貰えたわ。

 何やら従属官(フラシオン)の子たちがコントみたいなことしているけれど。

 

『これで拙者達の間に、エンゲージが出来たでござるな!! 後はこのままなし崩しにマッサージ話に突入でござるよ!!』

 

 私だってそうしたいわよ! っていうか、出来るなら間違いなくやってるわ!!

 でもね、悲しいけれど今の私たちは敵同士なの!! 

 だから、一手間加えるわよ。

 

『ほほう。ですが藍俚(あいり)殿、具体的にはどのような?』

 

 当然! ハリベルには虚圏(ウェコムンド)を統率して貰うのよ!!

 藍染がいなくなるんだから、混乱するに決まってるわ!! だからそれを抑えて貰うの!!

 理詰めで説得すれば、聞いて貰える可能性は高いはず!

 見た感じだけど、彼女は「暴れらればどうでもいい!」ってタイプじゃなさそう。

 真面目で清廉潔白なタイプよね!! だったら「秩序を守る」みたいなキーワードはきっと引っかかるはず!

 

「頭がいなくなった組織は空中分解してしまうでしょう? 藍染が破面(アランカル)を何人作ったのかは知らないけれど、複数の破面(アランカル)に散発的に暴れられると尸魂界(ソウルソサエティ)としても困るのよ。それ以外にも、破面(アランカル)を下手に討伐し続けてしまうと、世界のバランスが崩れる可能性もあるの……だから――」

「だから私に、王になれと? 同胞全てを統治しろということか?」

 

 さすが、理解が早いわね。

 世界のバランスって言葉も付け加えたから、説得力も増しているはず。

 

「方向性としてはその通りだけど、そこまで重々しく考えなくても大丈夫よ。虚圏(ウェコムンド)(ホロウ)破面(アランカル)がやり過ぎない程度に、少し管理をして欲しいの。藍染がいなくなっても、十刃(エスパーダ)のあなたの言うことなら従う者は多いでしょうから。クラス委員長みたいなもの――って言って、分かる?」

「ああ、意味は分かる」

 

 ……い、意外ね。クラス委員長って言われて分かるんだ……

 いや、勢いで言っちゃった私が言うのもなんだけれど……

 

『ですが、こんな下乳丸出しのクラス委員長がいたら男子生徒は風紀どころの騒ぎではございませんな!! まずは眼鏡を!! 続いてセーラー服を!!』

 

 金髪褐色眼鏡っ娘で、制服は今にもはみ出そうなくらいパッツパツ……

 

『属性がまた増えてるでござるよ!!』

 

「貴様が私に何をさせたいのかも、そしてその言葉が十分な説得力を持っていることもな……」

 

 となると体操服とかどうかしら?

 

『いえいえ、ここはブルマを! 今は無きブルマを!!』

 

 でもスパッツも捨てがたいわよ! 活動的な恰好は絶対に似合うからそっちの方向で……

 

 あ、ちょっとまって射干玉! 多分そろそろシリアスシーンだから!!

 

「――だが!! それは藍染様が負けるという前提になり立っている。私は藍染様を裏切る事はない! 故に! 貴様の言うことは聞けぬ!! よって、この交渉は決裂だ」

 

『あ、藍俚(あいり)殿!! 気付いたら交渉が決裂してるでござるよ!? アイテムかマッカかマグネタイトを払って機嫌を直して貰うでござる!!』

 

 個人的にはHPを吸われるのとか、インモラルな感じで好きなのよね。

 

 ……じゃなかった、落ち着いて。

 そもそも、あんなこと急に言われても「分かりました」って色よい返事を貰えるわけないじゃない。

 

 今この段階では、話を聞いて貰えただけでOK!

 そうなるかもしれないって思って貰っただけで十分よ。

 ハリベルの考えや人となりもある程度分かったし、何より藍染を裏切れないって言葉を引き出すことも出来た。

 これはもう、大収穫よ!

 

『そ、そうでござるか?』

 

 そうでござるよ。

 忠誠心の高さは、裏返せば誠実さの証でもあるの!

 だから藍染がいなくなれば、何の問題も無くなるわけだし。

 こっちが協力の姿勢を見せているのだから、乗ってくれる可能性は十二分にある!!

 今は協力関係が作れるだけの下地が出来ただけで十分!!

 

『な、なるほど……』

 

 そして!! そして何よりも!!

 

『!?』

 

 こっちが依頼した以上、協力しないというのはあまりにも無礼! だから、言い出しっぺの私が定期的に虚圏(ウェコムンド)に行くことで、自然に交流が持てるの!!

 死神が虚圏(ウェコムンド)に定期的に行く口実がコレで出来上がるわ!!

 

 そして、慣れぬ統率作業をするんだから、きっとハリベルたちは疲れるはず!! 疲労回復と言えば四番隊の藍俚(あいり)ちゃん!!

 となれば自然にマッサージまで持って行ける!!

 

 そして最後はバトル漫画のお約束!! 勝てばなんやかんやで丸く収まる!!

 

『今孔明!! 今孔明がここにいるでござるよ!!』

 

 郭嘉の方が好き。

 

「……良いだろう。だが、自ら言い出したことだ。分かっているな?」

「へへっ! 勿論です!!」

「このクソ死神がぁ!! そのデカい乳ぶった切って犬の餌にしてやるよ!!」

「……お下品ですこと」

 

 ちょっと目を離していた隙に、従属官(フラシオン)たちが「自分たちが行きます」と言い出していました。

 ハリベルも相手の気持ちを慮ってか、頷いています。

 

「まあ、最初から上手く行くとは思ってなかったわよ。何より、そういう高潔な精神と誇りを持っているハリベルだからこそ、混乱した虚圏(ウェコムンド)を導く者として相応しいって思えるのよね」

「ハッ! その余裕ヅラ、何時まで持つかな!?」

「というか、尸魂界(ソウルソサエティ)はもう勝った気でいますのね……少々ムカつきますわ」

「テメエ、またハリベル様の名前を! しかも呼び捨てにしやがって!!」

 

 あらら……ハリベルって呼ぶのそんなに駄目なの?

 でも、逆の立場からすれば破面(アランカル)が私のことを呼び捨てにして、それについて勇音が文句を言うようなシーンかぁ……

 

 ……そ、想像がイマイチ出来ないわね。

 こう「むーっ!」って感じで、ほっぺを膨らませながら不満げな表情を浮かべるくらいが限界な気がする。

 

 それにしても。

 

「三対一、か……」

 

 これは、ある意味で好都合! 大チャンスよね!!

 

「今になって怖じ気づいたか!? けどな、手加減なんざ期待するだけ無駄――」

「……なら、こっちも抜かせてもらうわね」

「――だ、ぜ……ッ!?」

 

 だからまずは、この三人を分からせてあげましょう。

 しっかり、たっぷり、ねっとりと。

 ハリベルだけじゃないわよ!! この三人だって、思う存分マッサージしてあげるから! だから今はちょっと待っていなさい!! すぐに泣いて謝らせてあげるから!!

 そうやって弱みを見せたところを……うふふふ……

 

『ぐふ、ぐふふふふ……でゅふふふふふふ……藍俚(あいり)殿、虚圏(ウェコムンド)の未来は明るいでござるよ!!』

 

「う、あ……」

「く……っ」

 

 斬魄刀を抜きながら、そんなことを考えていたら、何故か語気が弱くなっていました。

 どうしてかしら……?

 さっきまでは子犬みたいに元気いっぱいで吼えていたのに。

 

 ちょっとこの三人を、どうやってマッサージしてあげようか考えていただけなのに。

 

 なによりも!

 せっかく私を取り囲んだなら、さっさと攻撃してきなさいよ!! そこでビビってたら、卯ノ花隊長に怒られるわよ!?

 

「あら、どうしたの? 手番はそっちからだと思ってたけれど……それとも、私に譲ってくれるのかしら?」

「う……あああっ!! 舐めやがって!!」

「ミラ・ローズ!?」

「アパッチ! スンスン! アンタら、ビビったなら引っ込んでな!! 邪魔だよ!!」

「「誰が!!」」

 

 よかった、ようやく動いてくれたわ。

 でも、一人だけかぁ……それでもまあ、萎縮した状態から率先して動けたのは評価しましょう。

 

「ふふ、そうやってハッパを掛けてあげてるのよね」

「は、はぁ!? 考えすぎだよ!!」

「でも、戦い方はまだまだね」

「……えっ!?」

「なっ!」

 

 霊圧感知で他の二人との位置関係を確認して――ついでにハリベルの位置も把握し終えると、その場から一気に離れます。

 丁度、つんのめったミラ・ローズとアパッチとが同士討ちをするようなタイミングを狙って。

 

「馬鹿ッ!!」

「くっ……!」

 

 うん、想定通り!

 必死で足掻いたけれど避けきれず、軽く仲間を傷つけてしまいました。

 

 ……あれやっちゃうと、結構後々まで引き摺るのよね……

 

「なるほど、長い袖の下に隠して間合いや軌道を読み難くしてるのね」

「え……っ!?」

 

 さて、次。

 少しだけ余裕があるので、先ほどまで触れなかったスンスンの様子を観察します。

 

 なるほどなるほど。

 斬魄刀が(サイ)ってのも珍しいけれど、全体的にちょっとお上品すぎるかしら? 特に、口元に当てたその手はなんなの? 斬って欲しいのかしら?

 

「悪くはないけれど、でもその口元を隠す手はどうなのかしら」

「あぐ……ッ!!」

「スンスン!? 馬鹿、よけ――ッ!!」

「きゃあああっ!!」

「うわっ!?」

 

 お仕置き代わりに彼女のお尻をひっぱたきます。

 

『それで、お尻を触ったご感想は!?』

 

 うーん、もうちょっとだけ肉付きが良くても良いんじゃないかしら。

 スレンダーなタイプだから、ずっと眺めていたい、みたいな……?

 

「いてて……スンスン、テメエ……スンスン!?」

「あ、う……ううっ……」

「まさか、あたしの剣に!? なんで避けなかったんだよ!」

「よけ、られる、わけない、でしょう……!」

「……狙って、やったってのか……!?」

 

 って、あららら……味方の武器で怪我しちゃったわ。

 流石にこれは出来過ぎね。そうなったらいいな、くらいの意識しかなかったから。

 ぶつかり合ったところへ更に巻き込むのが目的だったんだけど……

 

『ですが、アパッチ殿の藍俚(あいり)殿を見る目が……』

 

 うわぁ……すっごい目で見られてる……

 これ、私が悪いの? 一応、私たちって敵同士よね……?

 

 ……よし、便乗しましょう!!

 

「破道の四、百雷(びゃくらい)

「ぐあああっ!」

「きゃああっ!!」

「うぐぅ……っ!!」

「そこの誰かが言ってたけれど、その通り。狙ってやったのよ」

 

 ついでに肩を傷つければ、剣を振り回すのにも難儀するでしょう?

 その怪我は後でちゃんと治してあげるからね! でも今は思う存分ビビりなさい!!

 

「ミラ・ローズが最初に動いて、アパッチの方がスンスンよりも勢いよく飛びかかってきた。だったら、この順番で対処すべきでしょう?」

「あたしらを、利用したってわけかよ……!!」

「多対一では囲まれるのが当然、だったら数の少ない方は戦い方に気を配るものよ。相手を利用して、可能な限り一対一に持ち込むように動く」

 

 ――昔、泣くほど叩き込まれたわ。

 

 ……やだ。知らないうちに涙が出てきたわ……

 

「ちくしょうが!! 突き上げろ! 碧鹿闘女(シエルバ)!!」

「アパッチ!?」

「あなた何を!」

「ミラ・ローズ! スンスン! てめえらも分かってんだろうが! もう出し惜しみは出来ねえ!! アレで一気に片付けるぞ!!」

「……チッ、仕方ないか」

「確かに、癪ですが同感ですね」

「喰い散らせ! 金獅子将(レオーナ)!!」

「締め殺せ、白蛇姫(アナコンダ)

 

 そっかぁ……まだその手があったか。

 変身すると完全回復ってズルいわよねぇ……それじゃあ、四番隊の仕事が……

 

 ……お食事作ったり、破れた死覇装を繕ったり、瀞霊廷のお掃除したり……

 

『花嫁修業か何かでござるか?』

 

 それはそれでアリかも。

 

 けどこの三人、それぞれ「鹿」と「獅子」と「蛇」をモチーフにしているのね。

 見ててドキドキしてくるのだけは認めるわ。

 

 アパッチのその格好……大丈夫なの!? 解放前もそうだったけれど、こぼれ落ちちゃわない!?

 ミラ・ローズのは正統進化って感じよね。色気よりも格好良さが出ちゃってる。

 スンスンは……ラミアかぁ……

 

『ラミアならもっとエッチな格好で! おっぱいももっと大きくても拙者は全然困らんでござるよ!!』

 

 そうね……

 

「ようやく帰刃(レスレクシオン)した、か……しかも傷が治ってる。便利よねぇ、羨ましいわ……でも、そうなると四番隊は不要かしらね? ……あら?」

 

 完治したと思ったら自分の腕を切り離すとか、何それ?

 この三人、そういう趣味でもあるの?

 

混獣神(キメラ・バルカ)

「行けッ! アヨン!!」

「なるほど、自慢するだけのことはあるわね」

 

 自分たちの片腕を生け贄にして強力なバケモノを生み出す能力か……

 内在している霊圧だけでも、この三人とは桁違いね。

 

 ……でもこれ私が味方だったら、腕を治して、切り離して、治して切り離してで、いっぱい出せそう!

 やっぱり四番隊は必要ね!!

 

 けどこれは……ちょっと、このままじゃあ厳しそう。

 よし! 射干玉、久し振りにやるわよ!!

 

『ガッテン承知でござるよ!!』

 

「だったら、こちらも手札を一枚使うわよ……(まみ)れろ、射干玉」

 

 

 

『あと、出来ればあのお三方のどなたかに拙者の体液を……』

 

 ……そこは頑張ってみるわ。

 




真面目一辺倒なんて無理に決まってるじゃない。

せっかくのハリベルさん関連だから、カッコいい雰囲気を出したい。
でも射干玉ちゃんとボケ倒したい。

……両方書こう。でもさっさと公開しちゃいましょう。
(その結果がコレ)

●アパッチと雛森
「雛森(151cm)」「アパッチ(156cm)」と、背丈が割と近い。
なにより声帯の妖精さんが同じ人。だから連想してしまった。

●不老不死さん
けっきょくおひんひんあるの? 無いの?
あの人は朽木家と関係あるの? 無いの?


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第240話 238話も振り返る

※ (1話前の注意書きと大体同じです)



「始解、かよ……」

「……ッ」

「……」

 

 え……?

 始解しただけでもの凄く恐れられているんだけど……なんで?

 

『それは勿論、拙者のこの真っ黒ヌルテカぼでぃが視線を独り占めしてしまうからでござるよ!! ほら藍俚(あいり)殿! ご覧下され!! 全員が拙者たちのことを凝視しているでござるよ!!』

 

 ……どっちかって言うと、この真っ黒な刀身が怖いだけなんじゃ?

 

『むむむ……そう言うこともあるかも知れないでござるな……』

 

 というかどう考えてもそれでしょう?

 私も少しだけ本気になっているから、それもあるだろうけれど……

 

『不思議でござるなぁ……拙者はただ、アパッチ殿の毛皮に絡みついてテカテカにしたり! ミラ・ローズ殿の鎧の隙間に潜り込んでからウゾウゾと蠢くことで必死でガマンさせたり! スンスン殿の真っ白な爬虫類ボディを真っ黒に染め上げたり! そういったことを全身全霊で考えているだけというのに……』

 

 あ、多分それが原因だわ。

 あの子たち三人揃ってドン引きしてるじゃないの!! 大汗かいてるわよ!!

 

「オ、オオ……ッ!!」

「……っ!? ア、アヨン!?」

「おおおおおおおおおオオオオオオッ!!」

「叫んでいる、だと……?」

「な、何もしていませんのよ!?」

 

 あの大きな獣、アヨンって名前なのね。

 ……まさか射干玉! あの獣にまで破廉恥な計画を!?

 

『いえいえいえいえ! 流石にそこまで考えている余裕はなかったでござるよ!! そこまで考える余裕があるなら、まずハリベル殿と姫騎士プレイが出来ないか考えるでござる!!』

 

 それもそうね。

 

 でもあのアヨンってのが暴れ出した原因が他にあるとすれば……私、かしら……?

 まだあんな風な反応を見せるほどの霊圧は見せていない、つもりなんだけれど……

 

『キメラの名を冠しているだけあって、内なる野生に反応したとか、その様な理由では?』

 

 いやいやそんな……あっ! まさか!!

 更木副隊長と斬り合いをした時の残り香で恐慌状態になったとか、そういう感じじゃないでしょうね!?

 

『……それ、一番有り得そうでござるな』

 

「ふふ、どうしたの……私が怖い?」

「オアアアアァァッ!!」

「あら、言葉が通じないのかしら?」

 

 ……くすん、返事してくれなかったわ。

 

 でも返事無しってことは、私を通して更木副隊長とか卯ノ花隊長を恐れてるって判断していいわよね!?

 ねっ!?

 

 ……って、なんで襲いかかってくるの!?

 ああもう! やるならやってやるわよ!!

 

「不本意だけどね、あなたみたいなのを相手にするのは慣れてるのよ……不本意だけどね!!」

 

 更木副隊長とか更木副隊長とか更木副隊長とかで!!

 

 このアヨン。

 動きそのものかなり早いけれど、戦い方は単調ね。ただ、肉体のスペックで圧倒しているだけみたい。

 これくらいの攻撃だったら、受け止めて相手がどれくらいの強さか計っても……

 

 ――やっぱり止めたわ!

 

 そう思わせておいて、実は面倒な能力持ちとか有り得るもの!!

 とりあえずその腕、一本貰うわよ!

 

 結果的にギリギリまで引きつけてから最小限の動きで攻撃を避けると、躱しざまに手首を斬りつけてやりました。

 斬りつけてやったんですけど……

 

「あらら、硬いわね」

 

 予想以上に硬かったです。

 少なくともあの体毛で覆われた部分以外を、じっくり腰を据えて斬れば大丈夫だろうけれど、普通の手段じゃダメージを与えることすら難しそう。

 一応刀身に触れたから射干玉の能力の影響は与えられたけれど、でも有効利用するにはちょっと時間が掛かるでしょうね。

 

 と、私がちょっと苦戦したことに気をよくしたのか、アパッチたちが突然盛り上がり始めました。

 あっちは気楽で良いわねぇ……

 

 というかあの子たち、ハリベルが出番を譲ってくれたって理解してる?

 そんな内輪揉めみたいなことして、後で怒られても知らないわよ?

 

「ご主人様はああ言ってるみたいだけれど、どうする?」

「オオオッ!! ブオオオオオオッッ!!」

「まあ、そうよね」

 

 返事の代わりに、今度は両手で殴られました。

 

「残念……おっと」

 

 毛皮に覆われていない場所――首筋でも斬ってやろうと飛び跳ねて躱し、斬魄刀を振るおうとしましたが、そこに割り込むようにして尻尾の大蛇が襲いかかってきました。

 

 マズいわね!

 なんとか躱したけれどちょっと体勢が崩れてる!

 これ、下手すると三人の追撃が……

 

 ……あれ? ……こない?

 

 なんであの子たち、動かないの……? さっきからずっと霊圧を探って様子を確認しているのに、動く気配すらない。

 何か一発逆転の秘策でも狙っているのかしら……?

 

「便利よね……尻尾って!!」

 

 まあ、今はこのアヨンです。

 首筋は無理だったものの、その代わり角を切り落としてあげましょう!

 鹿の角って漢方にもなるし、破面(アランカル)の鹿の角ならきっと効果も抜群よね!!

 

「えっ……!?」

 

 力一杯斬りつけたものの、切断出来ませんでした。

 不安定な体勢からの一撃だったとはいえ、刃を少し食い込ませるのが限界とか……

 我ながら情けないわ。

 

「ブオオオオッ!!」

「ちっ!」

 

 攻撃を受けたのにも構わず、蝿や蚊を両手で叩き潰すみたいに反撃してきました。

 この攻撃、油断したら一発でペチャンコにされたかもしれません。

 タフネスぶりと合わせて、更木副隊長と良い勝負ですね。機会があったら戦わせてみたいかも。

 

 でもこれは迂闊過ぎる攻撃です。

 押しつぶされそうになるのを上手く避けながら、ついでに斬魄刀を振るって射干玉の油を両手に飛ばします。

 ……うん、よし! ちゃんと射干玉塗れになったわね。

 

『なんだか照れる表現でござるなぁ』

 

「……なるほどなるほど。大体、分かったわ」

 

 ついでに斬魄刀で触れたことで、アヨンの攻撃に"変な特殊能力"がないことも分かりました。本当にこの子は、野生の獣みたいに身体能力だけで大暴れするだけなのね。

 余計なことを一切考えずに本能のままで暴れてるみたいだから、色々と使い難い場面もありそうだけど。

 

「ガオオオッ!! オオッ! オオオオッ!!」

「その心意気だけは認めるけれど――でもね、次に繋がらない攻撃だったらしない方がマシよ?」

 

 地面に逃れても、アヨンは追撃の手を止めません。

 両手を握るとそのまま鉄槌の様に、しかも身体ごと振り下ろしてきました。

 

 そこまでしなくても良いんじゃない?

 だって――

 

「こうなるから」

 

 軽くバックステップで攻撃を避ければ、アヨンが目の前で身体を横たえたような状況になりました。

 こうなったらもうコッチのものです。

 速度重視で何度も斬魄刀を振り回してダメージを与えると同時に、射干玉の粘液を腕全体へまんべんなく塗ってやります。

 

「ほらね? ……と言っても、聞こえてはいないでしょうけれど。でも、一応言わせて貰うわ」

「バモオオオオッゥ!!」

「もう、その攻撃は無意味なの」

「バボオオオオオオオォォォォォゥッ!?」

 

 仕込みは完璧!

 

 両掌はもう射干玉の粘液塗れですからね。踏ん張りなんて全く効きません!

 そうとは知らないアヨンが倒れた身体を起こそうと手を付けば、そのまま一気に滑って顔面を強打しました。

 

 それだけならまだ良かったんですが……

 

「あーあ、だから言ったのに」

「オオオオオォォォォッ!!!!」

 

 足場の全体が脆くなってたのよね。

 滑った勢いで塔が崩れて、そのまま雪崩みたいに巻き込まれて落ちていきました。

 それはもう、思わず落下していく様子を「じーっ」と凝視しちゃうくらいに見事な落ちっぷりでした。

 

 でもこれは、アヨンの自己責任ってことで。恨むなら自分かご主人様を恨みなさい。

 私は射干玉を褒めるから。

 

「流石、射干玉よね」

 

『照れるでござるなぁ……』

 

 なでなで。

 

『あっ……そこ、その耳の後ろを……』

 

 ここ?

 

『そっ、そこはお尻でござるよ!! 藍俚(あいり)殿ぉ……まだ日が(たこ)ぉござりまする……』

 

 虚圏(ウェコムンド)は大体夜よ?

 

『そういえば!!』

 

「そして、このくらいじゃ死なないのも想定通り」

「ブモオオオオオッッ!! バブォッ!?」

「言ったでしょう? その攻撃は無意味だって」

 

 ビルから落下したくらいで倒せれば、死神なんていらないのよね。

 

 重ねての説明になるけれど、アヨンの両手は射干玉の粘液塗れです。掌も、拳も、ベットベトのヌッルヌルです。

 たとえ千回殴られたって、もう掠り傷一つ与えられません。

 

 まあ、このアヨンにもう少し知恵があれば、射干玉の能力の上から攻撃してきたんでしょうけれどね……

 残念だけどあなたじゃ、卯ノ花隊長にも更木副隊長にも遠く及ばないわ。

 知恵の無い獣じゃ、私には勝てないの。

 

『おおっ! 藍俚(あいり)殿がめちゃめちゃ優勢でござるよ!! これは勝ったでござるな!! ちょっとサウナ行ってくるでござる』

 

 いってらっしゃい。

 

「……ねえ、あなたたち」

 

 さて。

 アヨンが無力化されたので、今度は従属官(フラシオン)の三人にターゲットを移します。

 

 本当に、あなたたちなんで攻撃してこないの!?

 私があのアヨンの攻撃を躱している時とか、割り込んでくるタイミングなんていくらでもあったでしょう!!

 片腕になった程度で諦めて観戦モードに入ってるんじゃないわよ!!

 私なんて片腕斬られたら即くっつけて闘えって叩き込まれたのよ!!

 

「そもそもアヨンはあたしらの言うことなんか……」

()……ッ! ミラ・ローズ!!」

「……へぇ」

 

 言うこと聞かないの?

 ……ううん。というよりも連携が出来ないって判断すべきね。

 私に襲いかかっている時点で、敵味方の区別はできるみたいだし。

 

 それなら、私のやることは一つ! 立ってるものは藍染でも使え!!

 

「だったら、こっちから行くわよ!」

「オオオオオオオオオオッッ!!」

「や、やめろアヨン! 来るな来るなァッ!!」

「ブアアアアアアアアアアッッ!!」

「ひいっ……!!」

「ほらほら、こっちよこっち!」

「ちょ! てめ――死神ィ! 何言ってんのよ!!」

 

 離れたところにいる三人を、乱戦に巻き込むように動き回り、場をかき回します。

 一瞬アヨンが私を見失ったようなので声を出して教えてあげれば、偶然(・・)目の前にいたスンスンが悲鳴を上げ、アヨンは私に気付くと虚閃(セロ)を放ちました。

 

「ああ、それもそっか」

「キャアアアアアアァッ!!」

 

 今までずっと肉体攻撃ばっかりだったけれど、虚閃(セロ)くらいは撃てて当然か。

 戦い方が単調すぎたから、警戒度合いがちょっと下がってたみたいね。

 

 心の中で反省しつつ、虚閃(セロ)の射線から離れます。

 

 ついでにスンスンのお尻を触って――もとい、蹴り飛ばして無理矢理射線から外します。この威力だと、たとえ解放状態であっても大ダメージでしょうからね。サービスです。

 お礼を言ってくれてもいいのよ。

 

 決して、せっかく接近したのにおっぱいに手を出せなかった腹いせではありません。

 

「うう……あ、あの死神ィ!」

「ちょ、ちょっと待て!! く……っ!!」

「ほら、隙あり」

 

 またしても偶然(・・)にも、虚閃(セロ)の射線上にミラ・ローズがいました。

 スンスンの時以上に距離があるので、虚閃(セロ)の範囲から逃げるのは簡単だけど、でもそんなに回避に夢中になってて良いの?

 

「ぐあああああっっ!!」

「ミラ・ローズ!!」

 

 油断してるから、そうなるの。

 刺されて一見大怪我に見えるかもだけど、これでも内臓は一切傷つけないように気を遣って刺してるのよ。

 それにあなた、一番頑丈そうだしこのくらいは平気でしょう?

 

『おおっ! 力強い女性というのもたまりませぬな!! このガチガチの腹筋に拙者も身体を擦りつけたいでござる!! はぁはぁ……はぁはぁ……!!』

 

 ……………………

 

 さて、続いて二人目。

 仲間がやられて動揺しているアパッチを刺して――

 

「アオギョオオオオオオオオッ!!」

「チッ……!」

 

 ――って、またあなたなのアヨン!! 今は空気読んで黙っててよ!! 

 

 ああもう! だったら黙らせてやるわよ!!

 私と従属官(フラシオン)たちとの、素敵なお説教タイムを邪魔した罪は重いわよ!!

 

 ――狙うは脇の下!

 

 ここを斬れば流石に黙る……ええっ! まだ駄目なの!?

 

「仕方ない。もう一枚、手札を使いましょう」

 

 はぁ……せっかく、帰刃(レスレクシオン)した破面(アランカル)を始解だけで圧倒して「これほどの強さが!?」みたいに、ハリベルに一目置かせるつもりだったのに……

 

 ここで(ホロウ)化かぁ……ハリベルとの戦いの最中が理想だったのに……

 

 ……あら?

 

「その反応……まさか、知らなかったのかしら……? 変ねぇ、藍染の目の前でも変身して斬り合いもしたのに……ひょっとして、情報規制でもされてるの? あなたたちが竦み上がらないように――」

 

 藍染!? 教えてあげなさいよ!!

 信頼っていうのはね、そういうところから崩れていくのよ!!

 

 ……あっ、やっぱり今の無し!

 もっとどんどん不審と不和の種を撒いて頂戴!! 私はそれを利用してハリベルと親密になるから!! なんなら今すぐ十刃(エスパーダ)全員切り捨てても良いわよ!! ハリベルだけは私が拾うから!!

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 ――って、アヨン!! いい加減、五月蠅いのよ!!!!

 

 怒り任せに四肢を切断してから、胴体を虚閃(セロ)で消し飛ばしてやりました。

 ……やってから気付きました。

 

 これ、引かれないかしら? 逃げられたらどうしましょう……

 

「……なるほど、よくわかった」

「あら、認めてくれたの?」

「貴様は確かに強い……だが、それでも藍染様にはまだ届かぬ! そして、藍染様の障害になる貴様は、私が確実に倒す!」

 

 よかった! なんとかなったわ!!

 よしっ! 次はハリベルが相手よね!!

 

 ここからが本番!!

 ここからが真の虚圏(ウェコムンド)篇のスタートよ!!

 




……なんだこれ?

(236~240話は、本来は2話(それぞれ1話ずつ)の予定でした)

(最初の2話は3日くらいで、後半2話は3時間くらいで書けました)


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第241話 ハリベルとの戦い

※ 今話も30分後に一人称視点版を更新します。



「ハリベル様!」

「あたしらは、まだ……まだやれます!!」

「駄目だ、下がっていろ」

 

 少し離れた場所から藍俚(あいり)とアパッチたちとの戦いを見守っていたハリベルであったが、彼女はようやく動いた。

 藍俚(あいり)の視線から隠すように前に立ち、背中で庇ってみせる。

 

 一方、驚いたのはアパッチたちだ。

 藍俚(あいり)と戦ったのも、元々は彼女たちから「やらせてください」と頼み込んだから。不遜な死神の魔の手からハリベルを守らんとするための行動だ。

 

 言い出しっぺが、守られる側に回されてしまう。そんな悔しいことがあるだろうか。

 アヨンを一方的に打ち倒され、心はとっくに折れていた。

 それでも彼女たちはハリベルの事を第一に考え、己を必死で奮い立たせて戦意をアピールするものの、だがハリベルは首を横に振る。

 

「そんな……!!」

「三人とも、よく闘った。だがこいつは格が違う……私はまだ、お前たちを失いたくはない」

「ハリベル……様……」

「お前たちが私の身を案じていたように、私もまたお前たちの身を案じている……だから、今は下がれ。悔しければ、もっと力をつけろ」

「……っ、く……っ……」

「は、い……」

「申し訳……ありません……」

 

 そう言われてしまっては、もはやアパッチたちは言葉が無かった。

 ハリベルもまた自分たちと同じ考えだったことや、身を案じてくれたことに対する喜び。

 ハリベルを守り切れなかったことと、何よりも自分たちの力不足に対する悔しさ。

 

 悲しみと喜びの感情が胸の中でごちゃ混ぜになって、それ以上何も言えなかった。

 ただ肩を落とし、落胆したように返事をしながら、それでもせめて戦いの邪魔にだけはならぬように。三人はその場から離れていく。

 

「……今回のことを気に病むなとは言わぬ。だが、気にしすぎるな。割って入ったのは、私のワガママでしかないのだからな」

「「「……はっ……! はいっ!!」」」

 

 離れていく部下たちへ、振り返ることはしないまでもハリベルは優しく声を掛ける。

 その言葉に、アパッチたちは大きく返事をしていた。

 

 

 

 

 

「生きてるか、ミラ・ローズ?」

「あの程度で……くたばるもんかよ……ぐっ! 痛っ……――」

「……無理すんな……」

「――くねぇな、こんな怪我! 死神にやられた傷なんざ、痛くも痒くもねえ!!」

 

 ハリベルたちから距離を取るために移動している最中、肩を貸しつつアパッチが尋ねれば、ミラ・ローズは痛みに顔を歪めながらも精一杯の強がりを見せていた。

 隻腕に加えて、彼女だけは藍俚(あいり)に斬られている。

 少し青くなった顔色とフラついた様子を見せながらも、それでも認めないとばかりに虚勢を張り続けている。

 

「……大人しく横になって休んでおきなさいな。その怪我が原因で死なれては寝覚めが悪いですし、なにより"失いたくない"というハリベル様のお言葉に反しますわよ?」

「……チッ! 仕方ねえな。今はその言葉に騙されておいてやるよ」

「……」

 

 なんだかんだ言いつつも、かなり辛かったのだろう。

 スンスンが溜息を吐きつつ苦言を呈すれば、ミラ・ローズは素直に聞き入れて身体を横にする。

 そんな二人の言動を、アパッチは少しだけ感心しつつ眺めた時だった。

 

「はぁっ……はぁっ……! や、やっと……やっと追い付いた、わ……なんで、あんなに足速いの、よ……っ……藍俚(あいり)のヤツ……っ!!」

 

 それぞれ身を休めようとしていたアパッチらの隣に、見慣れぬ一人の破面(アランカル)が並んだ。

 よほど無理をして、しかも長距離を駆け抜けてきたのだろう。彼女は「ぜいぜい」と肩で息をしつつ、額からは何本もの汗を流している。

 アパッチら三人の存在に気付くことなく必死で呼吸を整えようとしていることから、今の彼女がどれだけキツい状態なのかは容易に窺える。

 

「――って、何よあの仮面! アイツ、あんなことまで出来たの!?」

「……は?」

「え……?」

「……あら……?」

「……ん?」

 

 だがすぐに、乱れた呼吸でも構わぬままに大声を上げる。

 

 その大声が引き金となって、彼女とアパッチら三人の目が合った。

 互いに顔を見合わせると気の抜けた声を上げ、数秒ほど見つめ合っていたが、やがてアパッチが口を開く。

 

「……て、テメエは確か! えーっと……名前は知らねえけれど、3桁(トレス・シフラス)の! チラッと見たことあるぞ!!」

「はぁっ!? これでもアンタらの先輩よ、先輩! チルッチ・サンダーウィッチ!! 覚えておきなさい!!」

「何が先輩だ! 弱いから十刃(エスパーダ)から落ちただけだろうが!!」

「ええそうよ! けどね、それは十刃(エスパーダ)に求められる実力が無かっただけ! ここにいるってことはアンタたち、どこぞの十刃(エスパーダ)従属官(フラシオン)でしょう!? その程度の相手に負けるほど弱くはないわよ!!」

「なんだとテメエ!!」

「だったら今からでもやり合って証明してやろうか!?」

「……二人とも元気ですこと」

 

 チルッチ、アパッチ、ミラ・ローズの三人が一触即発な雰囲気を醸し出す。なお、スンスンだけは我関せずとばかりに口元を手で覆い隠していたが。

 そんな最中、ギラリと刃のように鋭い視線でやる気満々な二人を一瞥すると、そこで興味を失ったように視線を戻す。

 

「……いいえ、やらないわ」

「なんだと!」

「ビビったか!?」

「あんたたち三人とも、怪我してるじゃない。全員片腕がないし、そっちの色黒のは斬られてる。そんな相手に勝ったところで、自慢にもなりゃしない。何より、あたしはあたしで別の用事があってここまで来たの。だから、あんたたちの相手なんてしてられないのよ」

 

 片手をバタバタと振り「さっさと帰れ」と意思表示を見せる。

 そして、ついでとばかりに「ま、完全な状態でやっても負けないけれどね」と口にすることで、アパッチたちを煽ることも忘れない。

 その言い方に二人が再び機嫌を悪くするものの、何かを言い出すよりも前にスンスンが何かに気付いたようにハッとした様子を見せた。

 

「……そういえばあなた、先ほど"藍俚(あいり)"と口にしていましたわよね? 私の記憶が確かなら、それはあの死神の名だったはずですが……?」

「ええ、そうよ。あの死神に、少し借りがあるの」

「借りだと?」

「まさかテメエ、あの死神の仲間になったとかじゃねえだろうな……」

 

 あっさりと肯定するチルッチに訝しげな表情を浮かべる三人であったが、彼女は我関せずとばかりにハリベルと藍俚(あいり)が並ぶ場所を指さす。

 

「そんなことよりも。あっちの肌が黒いのが、あなたたちの主人かしら?」

「……ああ、そうだよ。ハリベル様だ」

「ふーん……彼女、まだ解放していないみたいだけど……でも、強いわね……腹立たしいけれど、あたしよりもずっと……」

 

 自分との実力差から、チルッチはハリベルのことを強いと素直に認める。

 

「はっ! 少しは身の程ってもんをわかってるじゃネエか! そうだよ! あの死神がどれだけ強かろうと――」

「でも、アイツには勝てないでしょうね」

「――んだとぉ!?」

「あんたたち、アイツの卍解をまだ見てないんでしょう?」

 

 続く文句をアパッチが言うよりも早く、チルッチが口を開いた。

 

「卍解……?」

「そういや、まだだった、よな……?」

 

 卍解という言葉に三人は思わず顔を見合わせる。

 始解で、自分たちの切り札をほぼ封殺されたのだ。

 ならば卍解を出されれば自分たちの主(ハリベル)すら危ないのではないか? そう危惧してしまうのも自然なことだった。

 

「つまりあなたは、その卍解に敗れたということかしら?」

「いいえ、私はアイツとは戦ってすらいない」

「戦ってないだぁ!? なんでそれで"勝てねえ"なんてことが言えんだよ!!」

「……見たら、分かるわよ」

 

 戦ってもいないのに、なぜそう言いきれるのか。

 理解が追い付かずにいるアパッチたちであったが、もはや話は済んだとばかりにチルッチは視線を藍俚(あいり)たちへと向ける。

 

 たしかに彼女は、藍俚(あいり)とは戦ってすらいない。

 だがそれでも"卍解の一端"には触れたのだ。

 死の淵にいた自分を、万全以上の状態へと回帰させるほどの力――その力が戦いに回されればどうなるかなど、見ていなくとも容易に想像が付く。

 

藍俚(あいり)……人のこと巻き込んだかと思えば一人で勝手に突っ走って……これで負けたら一生笑ってやるわ……」

 

 ――だから、負けんじゃないわよ。

 

 チルッチは最後の言葉を飲み込んだ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「……お話はもう終わり、で良いのよね?」

「ああ、待たせてすまんな」

 

 アパッチら三名の従属官(フラシオン)たちが離れていくのを見送りながら、藍俚(あいり)は改めて口を開く。

 ハリベルらが会話をしている最中、割り込んで攻撃をしようとすれば、いつでもできただろう。

 それをせず――仮にそうなっても対応出来るように気を張ってはいたが――ただ黙って待っていた藍俚(あいり)に、ハリベルは少しだけ感謝の念を送る。

 

「ふふ……いいのよ、別に。この程度の時間なんて、待ったうちに入らないから。それに、待つ時間っていうのも案外良いものなのよ?」

「そうか」

 

 だが、勝負については話が別だ。

 彼女は背負にした斬魄刀の鍔に指を掛け、一気に引き抜くと切っ先を藍俚(あいり)に向けて構える。

 

 その斬魄刀は、特異な形状をしていた。

 刀身は短く身幅の分厚いその形状は、山刀や鉈・段平(だんびら)といった刃物を連想させる。

 それでいて刃の内側はごっそりとくり抜かれており、(しのぎ)に相当する部分が見当たらない。

 取り回しだけを考えれば扱いやすそうだが、強度を考えれば不安になる――といったところだろうか。

 

 そんな不可思議な刀を構えたハリベルの姿に、藍俚(あいり)は仮面の下から覗く瞳に歓喜の色を輝かせていた。

 

「ほぉら、待った甲斐があった。さっそく面白そうな物が出てきたわ。それでどう戦うのかしら……ふふ、考えただけでもワクワクしちゃう」

「随分と……余裕だな……」

 

 ――見られている。

 

 藍俚(あいり)の言葉を聞きながら、ハリベルはそう直感する。

 

 対峙した瞬間から――いや、それよりももっと前。藍俚(あいり)ハリベル(じぶん)らの元へ移動していると感じた瞬間から――ハリベルは、はっきりとそう感じていた。

 まるで頬に触れられ、喉を撫でられ、全身をなめ回されているような感覚が止まらない。

 当然、藍俚(あいり)はまだ一歩たりとも動いていない。対峙した時からずっと、二人の間の距離は変わらぬままだ。

 手が届くはずもない。何かをしているわけでもない。

 

 錯覚だ。感覚が誤認しているだけだ。

 (ホロウ)化した死神の霊圧に、ただ慣れていないだけだ。

 

 わかっている、わかっているはずなのに。

 自分の身体の上を指が、舌が、這いずり回っている。無遠慮に身体を撫で回され、ねばねばとした何かが全身に絡みついているような――そんな感覚がずっと止まらない。

 

「さっきはあなたの部下たちに先手を譲ったし、今度はこっちの番から……よね!」

 

 そんなハリベルの内心の(おぞ)ましさを看過してか、藍俚(あいり)が先んじて動いた。

 お互いの匂いすら届くほど近くまで瞬時に寄ると、斬魄刀にて斬りつける。

 ハリベルはその一撃を斬魄刀にて受け止めると、一気に離れて距離を取った。

 

「あら、逃げられちゃった」

「その斬魄刀、能力は先ほど見せて貰った。長く組み合うのは危険と判断しただけだ」

 

 先ほどのアヨンとの戦いにて、藍俚(あいり)が持つ斬魄刀の能力は大凡とはいえど割れている。

 完全には分からぬ物の、それでも何度か斬りつけたことから、能力の発動に時間か回数か、何らかの条件が必要となる(たぐ)いだと、ハリベルは判断していた。

 

「まあ、さっき見せちゃったからね。バレるのも当然か……でも、どうするの? これから全ての攻撃を躱すのかしら?」

「それも良いが、少し戦い方を変えるだけだ」

 

 くすくすと喉の奥で笑いながら、藍俚(あいり)は少し離れた場所のハリベルに視線を向ける。

 その視線が、己の一挙手一投足を油断なくされているようで、彼女は軽く冷や汗を流しつつも、斬魄刀に霊圧を込めた。

 空洞であったはずの刀身に霊圧が流れ込み、まるで光が補充されたかのように眩い輝きを放ち始める。

 

「あら?」

波蒼砲(オーラ・アズール)

 

 ハリベルが突きを放つ。

 と同時に、刀身に溜まった霊圧が凄まじい勢いで撃ち出される。まるで刀身そのものを放った様に見えるが、それは霊圧が刀身と同じ形をしているだけのこと。

 その本質は、刀身サイズにまで圧縮された霊圧を放つ技だ。

 

「これ、結構厄介ね」

 

 隊長格でも容易には躱せぬほどの速度で放たれたその一撃を、藍俚(あいり)は身を捻って躱しながら軽く弱音を吐いた。

 例えるならば虚閃(セロ)虚弾(バラ)の速度で放つ、そんな所だろうか。しかも圧縮されている関係上、全身を焼くのではなく一点だけを鋭く貫く技――虚閃(セロ)よりもずっと厄介だろう。

 故に下手に受けることは危険と判断する。

 

 そう分析すると同時に、ハリベルが手にする斬魄刀へ一瞬だけ視線を走らせる。

 

 始解状態の射干玉の能力は、熱に弱い。

 波蒼砲(オーラ・アズール)が刀身を介して放つ技である以上、せっかく貼り付けた粘菌も先ほどの一撃で跡形もなく焼き尽くされている。

 (ホロウ)化状態ということを差し引いても、中々どうして相性が悪いようだ。

 

「まだだ」

 

 再び波蒼砲(オーラ・アズール)が放たれる。

 先ほど刀身をチラリと見たとき、既にハリベルが第二撃目の発射態勢へ入っているのは確認できた。

 己の身体を貫かんと迫り来る黄色の刃を、藍俚(あいり)は飛び退き避ける。

 

「もう一撃」

「三発目……!」

 

 その回避を狙い済ましたように、三度めの波蒼砲(オーラ・アズール)が放たれた。一瞥しただけで、込められた霊圧量が前の二発よりも明らかに多い。

 先ほどの二発はただのフェイント――攻撃を回避させることで隙を生み出し、本命の一撃を直撃させるための囮でしかない。

 だが最も驚くべきは、虚閃(セロ)以上の攻撃を容易く連射するハリベルの実力か。

 

「それで――」

 

 だがハリベルが如何に強者であっても、藍俚(あいり)はそれ以上の実力者に嫌と言うほど仕込まれている。

 再び迫る黄色の刃を己の斬魄刀にて受け流すと、油断なく正面を睨む。

 

「――次が本当の本命、よね?」

「ッ!」

 

 藍俚(あいり)の視線の先には、今まさに剣を振り下ろそうとするハリベルの姿があった。

 放った刃の影に隠れて近寄り、斬撃を直接叩き込む腹づもりだったようだ。三本目の刃が避けられても次の攻撃に続く――直撃すればそのまま追い打ちに繋がる――中々見事な攻撃の組み立てと言えるだろう。

 まさか看過されるとは思わずに微かな動揺を見せるものの、それでもハリベルは迷うことなく刃を振り下ろした。

 藍俚(あいり)は再び刃を受け流そうとして――

 

「あ」

 

 ――小さく呻く。

 

 次の瞬間、その声をかき消さんばかりの爆発が巻き起こった。

 

破裂蒼(ルプトゥラ・アズール)……ここまでは読めなかったようだな」

 

 霊圧によって巻き起こされた爆煙に包まれながら、ハリベルが呟く。

 波蒼砲(オーラ・アズール)が遠距離用の技とすれば、破裂蒼(ルプトゥラ・アズール)は近距離用。刀身に充填した霊圧を、放つのではなく衝突の瞬間に解放することで爆発現象を起こし相手を攻撃する技だ。

 ハリベルの刃を不用意に受けることは、この爆発の餌食になることを意味する。

 

「一応、気付いたわよ? 少し、ギリギリだったけれどね」

 

 爆煙の向こうから不意に声が聞こえた。

 

「でもちゃんと気付けたから、こうして反撃できるの」

「くっ……!」

 

 煙を切り裂きながら藍俚(あいり)が現れ、ハリベルへと斬り掛かる。

 その姿はなるほど本人が口にする通り無傷。多少煤けた様な傷が散見できる程度だ。

 仕留めたと思うほど自惚れてはいなかったが、まさかこうも効果が無いとも思っておらず、ハリベルの動きが一瞬遅れる。

 振るわれた刃は彼女の前髪、その一房を半分にしながら、額に傷跡を刻んだ。

 

「ちょっと浅かったかしら? なら――」

「ぐっ……が……ぁ……!」

 

 掠めた一撃に納得が出来ないのか、そのまま次々と流れるような動きで藍俚(あいり)は斬魄刀を振るい続ける。

 斬り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い。途切れることなく繰り出される攻撃を、ハリベルは必死で防ぐものの、完全には避けきれなかった。

 肩や腕、腹や胸などがじわじわと傷つき、少しずつ出血量が増えていく。

 

「このままで終わりかしら?」

「舐めるな!」

 

 実力差を見せつけるかのように、余裕を持ちながらハリベルの頭部目掛けて藍俚(あいり)は突きを放った。

 その突きを身を捻って避けつつ、お返しとばかりにハリベルも突きを放つが、これもまた藍俚(あいり)が横に避けて躱す。

 互いが互いに突きを放つ、まるでダンスか何かと見まごうような光景の中で、ハリベルは藍俚(あいり)を睨むように視線を横へ向ける。 

 

「甘い」

 

 彼女の握る斬魄刀、その刀身が再び爆発を巻き起こした。

 それも、爆風全てが真横へ――まるで逃げた藍俚(あいり)を追い詰めるかのように放たれる。

 爆発といえど、ハリベルの霊圧にて生み出されるもの。この程度の応用、出来て当然なのだろう。

 

「誰が?」

 

 だが藍俚(あいり)はその上を行く。

 そもそも、あの余裕ぶった突きそのものが罠だった。相手の突きを避け、わざと側面に身を晒すことで、再びの爆発を誘う。

 ハリベルの思考と行動を操れれば、対応することもまた容易い。

 

 爆発が起こるより前に大きく身を潜めることでやり過ごし、低い姿勢のまま水面蹴り――地を這うような足払い――を放つ。

 流石に反応しきれず、ハリベルは大きく足下をすくわれる。

 

「ぐ……っ……ぐああああっ!!」

 

 ぐらりと姿勢を崩したところで、藍俚(あいり)はハリベルの太腿目掛けて斬魄刀を突き刺した。

 刃が深々と、腿の半ばまで突き刺さり、そこから鮮血が溢れ出す。

 同時にハリベルの口から悲鳴が上がった。

 

「これで、機動力が大幅に失われたんだけど……」

「……ッ!」

 

 突き刺した斬魄刀を即座に引き抜きながら、藍俚(あいり)はどこか詰まらなさそうな雰囲気で口を開いた。

 

「ハリベル、帰刃(レスレクシオン)はしないのかしら? このままだと確実に押し負けるってことくらい、分かるでしょう?」

「…………」

 

 痛みと出血で僅かに顔を顰めながら、ハリベルは少しの間無言だった。

 藍俚(あいり)もまた特に攻撃などを行うことなく、彼女の返事を待つ。

 数秒の睨み合いの後、根負けしたようにハリベルが口を開いた。

 

「……第4十刃(クアトロ)以上の十刃(エスパーダ)は、天蓋の下での解放は禁じられている。強大過ぎて、虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものを破壊しかねないという理由でな。私は、それに従っているに過ぎない」

「あら、そうだったの? ……だったら」

 

 藍俚(あいり)が片手を天に向けて勢いよく上げた。

 その掌には圧縮した霊圧が込められ、今にも天蓋を貫かんと吹き上がる火山のように……少なくともハリベルに目にはそう見えた。

 

「っ!! 止め――」

虚閃(セロ)

 

 狙いに気付き反射的に叫ぼうとするが、遅かった。

 天蓋目掛けて、巨大な虚閃(セロ)が放たれる。

 先ほどの、アヨンを消し飛ばしたのと遜色のない一撃。打ち上げられた霊圧の閃光は、一瞬にして天蓋に円を描くように削り取っていく。

 

 やがて光が収まったそこには、巨大な穴があった。

 二人の周囲をすっぽり包み込んでなお十分な余裕がある程の巨大な空洞。そこから真っ暗な夜空が顔を覗かせている。

 まるで青空の一部分にだけ夜が訪れたような、歪な光景。

 

「ほら、これでこの辺りに天蓋は無くなった――天蓋の下じゃなくなったわよ? それとも、まだ足りないかしら?」

「……一つ、聞かせろ。なぜこんなことをする? 死神である貴様が私に全力を出させたところで、利など無いだろう……?」

 

 戦いに勝つだけならば、相手を倒すだけで良いならば、解放など不要。真の実力を出せぬ相手を一方的に打ち倒す方がよっぽど容易い。

 ハリベルからすれば当然の疑問に、藍俚(あいり)はさも当然のことのように言った。

 

「ただ勝つだけじゃ、意味なんてないのよ。こっちからお願いしている以上、全力のあなたを打ち倒して屈服させる……それが最低限の礼儀でしょう?」

「……貴様、正気か……?」

「勿論、正気よ。それともハリベルは、我慢できるの? 今からでも納得して、私の言うことを聞いてくれる? 自分よりも弱いかもしれない相手の言うことを、素直に従ってくれるのかしら? どうせ言うことを聞くのなら、せめて本気の自分よりも上の相手がいい……それってそんなにワガママかしら?」

「…………フッ。なんとも傲慢な理由だな」

 

 念を押すような問いかけに、ハリベルは鼻で笑って答える。

 

「藍染様、申し訳ありません。このティア・ハリベル、虚夜宮(ラス・ノーチェス)を破壊せんと暴れる死神を倒すべく、禁を破らせていただきます」

 

 何か覚悟を決めたように、上着のファスナーを勢いよく下ろすと胸元を一気に開け放つ。

 その下にあったのは、(ホロウ)だった頃を示す仮面の名残――口元から胸上部辺りまでを白い鎧のように覆い尽くしている。

 

「――討て」

 




●ハリベル(解放前)
解放前だと、水は操れないって事で良いんですよね?

波蒼砲(オーラ・アズール)
ハリベルが解放前に使っていた技。
(卍解シロちゃん相手に「隊長ってこの程度か……」と落胆時などで使用)

刀身の空洞に霊圧を溜めて、そこから刀身と同じ形状の霊圧を放つ。
多分やってることは「形を変えた強い虚閃(セロ)」なんじゃないかなと解釈。

ただ「蒼」が入ってるのに黄色なのはやっぱりおかしいと思う。

破裂蒼(ルプトゥラ・アズール)(オリジナル)
霊圧を溜めて放つのがアリなら。
霊圧を溜めて斬る(と同時に)爆発してダメージを与える。
そんな技(近距離用の技)があっても良いんじゃないかなと妄想。

破裂や断絶を意味するスペイン語、ルプトゥラより。

●天蓋
・海燕さんが王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を弾いて大穴開けた
藍俚(あいり)が霊圧放って大穴開けた
(・もう少し先で、ウルキオラも原作通りに穴開ける予定)

もう天蓋さんの身体はボロボロだよ……
大帝の「空の全てが屋根」理論は正しかったんだ。


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第242話 241話こそ振り返るべき

「ハリベル様!」

「あたしらは、まだ……まだやれます!!」

「駄目だ、下がっていろ」

 

 なおも食い下がろうとする従属官(フラシオン)たちを、ハリベルが上から強引に押さえつけて下がらせました。

 勿論、立場が上だからというのもありますが、それ以上にちゃんと部下の三人を気遣った上で、ちゃんと理由を説明して下がらせていますね。

 

 それにしても「私はまだ、お前たちを失いたくはない」なんて殺し文句よね……

 やだ、私……そんなこと言われたら惚れちゃいそう……

 

藍俚(あいり)殿はもはや言う側の立場でござるからなぁ』

 

 そうなのよね。

 勇音とか相手に言う機会が……来て欲しいような欲しくないような……

 

 あっ、でも! 虚圏(ウェコムンド)に来ているイヅル君と桃の二人相手になら、言う機会がありそうよね。

 あの二人、今どこにいるのかしら……??

 ちょっと霊圧を探って、居場所だけでも確認しておきましょう。

 

 でもまずはハリベルを屈服させてからよね!

 

 えっと、あの二人の霊圧は……あら、いけない。

 もうハリベルたちのお話が終わっちゃったわ。

 

「……お話はもう終わり、で良いのよね?」

「ああ、待たせてすまんな」

 

 私の前に、ハリベルが立ち塞がっています。

 三人の従属官(フラシオン)が離れていくのを、まるで背中で守っているみたい。

 まかり間違っても「あの三人を追撃などさせない」という強い意思の表れ……かしら? 別にそんなことしないのに……

 

『下手には倒せない、重くて複雑な事情がありますからな』

 

 そうなのよね。

 どう考えても、ハリベルの説得にはあの三人は必要だろうし。

 

『拙者的には、今の「待たせてすまない」という言葉も素敵でござるよ!!』

 

 あ、それ私も賛成!!

 こんなカッコいい声でそんなこと言われたら、仮に二時間待たされても「平気」って言っちゃうわよね!!

 

「ふふ……いいのよ、別に。この程度の時間なんて、待ったうちに入らないから。それに、待つ時間っていうのも案外良いものなのよ?」

「そうか」

 

 でも、あんまり待ちすぎるのも問題なのよね。

 料理だって、熱を加えすぎると硬くなったりするから。

 向こうもそう思ったみたいで、剣を抜きました。

 そろそろ戦闘開始――

 

 ――ええっ!?

 

 ハ、ハリベルの斬魄刀ってこんな形していたの……!?

 うわぁ……全然覚えてないわ……

 

 肉厚のナイフみたいな形で、刀身の内側がスッカスカになってる。

 プラモデルとかの肉抜き、って言うんだっけ? アレされたみたいね。

 

 軽くなったろうし目も引くんだろうけれど、でもその剣って本当に実戦で使えるのかしら……?

 攻撃したらポッキリ折れちゃわない!? 折れても私、責任取れないわよ!?

 

藍俚(あいり)殿! そちらが気になるのも分かります! 分かりますが……もっと、もっともっと、最も気にすべき部分があるでござるよ!!』

 

 あ……っ! そ、そうよね!! 今この場で一番に見るべきは、ハリベルよね!!

 

 ふわぁ……すっごい……

 

 さっきのミラ・ローズと比べるとちょっと弱々しいけれど、それでも鍛え上げられて均整の取れた肉体。

 背は私より三寸(10cm)程低いけれど、その堂々とした態度のおかげか、同じくらいの背丈に感じちゃう。

 今は剣を構えているから、さっきまでの腕組み姿とまた違って、胸元の見える角度が……コレ大丈夫!? 見えちゃうわよ!? 絶対にチラ見しちゃうってば!!

 下だって袴みたいなのを履いているくせに、脇が大きく開いているから太腿が丸見えになってるし!!

 

「ほぉら、待った甲斐があった。さっそく面白そうな物が出てきたわ。それでどう戦うのかしら……ふふ、考えただけでもワクワクしちゃう」

「随分と……余裕だな……」

 

 余裕なんて全然無いってば!!

 

 もう、戦闘とか止めてしまいたい……このまま全部カットしてしまいたい……

 全部無かったことにしてマッサージ話をしてしまいたいわ……

 

『せ、拙者もでござるよ……激しく同意! でござる!!』

 

 あの下半球を鷲づかみにしたい!

 あの無防備な隙間から手を差し込んで、太腿をマッサージしたい!!

 

 上から下まで、どこを見ても一瞬たりとも見逃せないわよ!!

 

『拙者は首筋とかうなじでござる!! あの上着のファスナーを一気に下ろして、鎖骨の辺りを重点的に!! あと脇の下も良いでござるよ!! ああっ! 藍俚(あいり)殿!! これが、これが待つのも良いという言葉の真骨頂でござるな!! 拙者は今! 全身全霊で理解したでござる!!』

 

 うん……そうよね……

 でも、やらなきゃいけないのが、隊長の辛いところなのよね……

 だから!!

 

「さっきはあなたの部下たちに先手を譲ったし、今度はこっちの番から……よね!」

 

 先手必勝、というわけではありませんが。

 斬魄刀の一撃を繰り出しましたが、上手く躱されてしまいましたね。

 刃同士を打ち鳴らしながらスッと下がって、ハリベルは攻撃の勢いを巧みに受け流しつつ距離を取りました。

 

「あら、逃げられちゃった」

「その斬魄刀、能力は先ほど見せて貰った。長く組み合うのは危険と判断しただけだ」

「まあ、さっき見せちゃったからね。バレるのも当然か……でも、どうするの? これから全ての攻撃を躱すのかしら?」

「それも良いが、少し戦い方を変えるだけだ」

 

 あぁ……

 ま、さっきあれだけ手の内を晒したんだし、この程度の用心は当然よね。

 

 けど、それにしても残念。

 組み合ってる隙に、上手く射干玉の粘菌を身体に付けてあげようと思ったのに。

 

『あ、藍俚(あいり)殿! でしたら脇を! いや、太腿……いえいえここは、やはりあの腹筋に! 出来ればおへその辺りを!!』

 

 善処はするわ。

 でも上手く行くかは……

 

「あら?」

波蒼砲(オーラ・アズール)

 

 ちょっと待って! なんだかハリベルの剣にエネルギーが溜まってる!

 パワーが充填されていく、みたいな感じになってるわよ!!

 

 あ、何か撃ってきた。

 刀身を飛ばしている……? じゃないわね、これは刀身の形をした霊圧を飛ばしているんだわ! 

 虚閃(セロ)に近い……ううん、虚閃(セロ)を自分なりに変化させた技、って感じかしら?

 速度は虚弾(バラ)と遜色ないし、一点集中型だから威力も相対的に上がってる。

 

 直感的に回避したけれど、避けて正解だったわ。下手に受ければ、止めきれなくて吹き飛ばされるか弾かれるかしてたかも。

 

 しかも刀身を使って放つってことは、射干玉の粘菌を貼り付けても焼かれちゃうわね。総合的に判断しても――

 

「これ、結構厄介ね」

「まだだ」

 

 もう二発目!?

 

 連射の可能性も想定していたけれど、こんなに早いなんて!! 虚閃(セロ)を基準に考えるのはこの際捨てるべきかしら?

 でもこのくらいだったら、まだまだ反応して回避は可能!

 

「もう一撃」

「三発目……!」

 

 うっ! さっきよりも刀身に込められた霊圧が多い!!

 読み違えた! 今までのが虚弾(バラ)で、こっちが虚閃(セロ)だったわ!!

 

 ……よし、認識修正完了!

 

 虚閃(セロ)だと考えれば、そこまで怖いものじゃない!! それに今のハリベルの動き! とすると、この一撃は刀で受け流して――

 

「――次が本当の本命、よね?」

「ッ!」

 

 来たっ!

 

 しかも技の影に隠れて真っ正面から!

 なるほど、だから三発目は霊圧を多く込めたのね! これなら身を隠すのも霊圧を誤魔化すのも簡単だもの!

 遠距離攻撃に意識を向けさせてからの接近戦、そういう戦い方って嫌いじゃないわ!

 

 隙を突くように繰り出された剣を、まずは受け流して――

 

「あ」

 

 この霊圧! 受け流しは間違いだったわ!!

 大急ぎでこの場から飛び退きたいんだけど、一瞬だけ間に合わないみたい!

 

 まず刀身同士が衝突した感触が指に伝わって来て、次に金属音が打ち鳴らされたのが耳に届きます。

 その刺激を合図にしたように、ハリベルの手にした斬魄刀――その刀身から爆発が起こり、爆風が私目掛けて襲いかかってきました。

 

破裂蒼(ルプトゥラ・アズール)……ここまでは読めなかったようだな」

「一応、気付いたわよ? 少し、ギリギリだったけれどね」

 

 爆煙の向こうから聞こえた声に、返事をします。

 

 それにしても、驚いたわ。

 霊圧を破裂させて攻撃してくるなんて。直前で気づけて回避したから良かったものの、まともに受けたら隊長クラスでもあっさり沈みかねないわよこれ!?

 しかも自分が操る霊圧だから爆破させたところで余波を受けることもない。

 

 射撃と斬撃に注意を払わせてからコレとか、本当に巧みよね。

 

「でもちゃんと気付けたから、こうして反撃できるの」

「くっ……!」

 

 爆風を煙幕代わりに奇襲して斬り掛かったんだけど、効果はあったみたい。

 前髪を一房、それとおでこにちょっとだけ傷を付けられたわ。

 

『その前髪! お持ち帰りはできますかな!? 家宝にするでござるよ!! あと藍俚(あいり)殿!! どうして額を斬ったでござるか!! 女性の顔を傷つけるなど最低でござるよ!!』

 

 今は戦闘中よ!

 それに考えてもみなさい。額を斬ったってことは、戦闘後に……?

 

『……はっ! 合法的におでこが触れるでござるよ!! いえ、合法的に触れる! これは言わば、マーキングのようなもの!? ……藍俚(あいり)殿! 拙者、藍俚(あいり)殿を全力で応援するでござるよ!!』

 

 まかせなさい!!

 

「ちょっと浅かったかしら? なら――」

「ぐっ……が……ぁ……!」

 

 自信のあった攻撃を避けられたのが原因か、ハリベルの動きが少し乱れていますね。

 その隙を遠慮なくついて、連続して攻撃を叩き込んでいきます。肩・腕・腹・胸と順番に少しずつ、刃の先を掠める程度に抑えながら。

 速度を重視した攻撃ですが、身体をゆっくりと切り刻まれていくようでハリベルからすれば恐怖と苛立ちを同時に感じるでしょうね。

 

 そこで最後に……射干玉! 準備はいい!?

 

『いつでもバッチコイ!! でござるよ!!』

 

「このままで終わりかしら?」

「舐めるな!」

 

 わざと速度を緩めて、彼女の顔目掛けて突きを放ちます。

 眉間に刃物――それも切っ先が襲いかかってくる恐怖というのは、どれだけ訓練しても根源的な物に近いから……ほら、避けた。

 

 しかも私が突きを放って少し攻撃の手が止んだものだから……やっぱり、お返しみたいに突きを放ってきた。

 この攻撃を横に避けて――

 

「甘い」

 

 ――当然、そう来るよね。

 

 先ほどと同じく、破裂蒼(ルプトゥラ・アズール)の爆発が襲いかかってきます。

 いえ、どっちかっていうと、刀身の穴から真横に向けて虚閃(セロ)を放った。って感じかしら?

 

「誰が?」

「ぐ……っ……」

 

 なので予め大きくしゃがんで、それを回避します。

 その体勢のまま足払いをして……硬いわね、足腰がしっかりしてる!! 最悪、足首が折れるんじゃないかってくらい強く放ったのに、転ばないなんて!!

 

 でもそこまで体勢を崩したら、どの道変わらないわよね。

 さて……射干玉、お待たせ。

 

『おまたされたでござるよ!!』

 

「ぐああああっ!!」

 

 姿勢を崩したハリベル、その太腿目掛けて斬魄刀を突き刺しました。

 血が流れ出して、彼女の口からは悲鳴も上がった……わけなんだけど。射干玉、ご感想は?

 

『太腿、すっごく鍛えられているでござるよ。でもそれを感じさせぬムチムチでござる! たわわ、たわわなふともも!! ああ、この褐色肌に拙者の粘液が塗り込まれていく……流れる血液と混ざり合っていくでござる……生きてるって感じがするでござるよ!!』

 

 生きてるって……まあ、言いたいことは分かるわ。

 

 さて、このまま押し切っちゃっても良いんだけど……

 

「これで、機動力が大幅に失われたんだけど……」

「……ッ!」

「ハリベル、帰刃(レスレクシオン)はしないのかしら? このままだと確実に押し負けるってことくらい、分かるでしょう?」

「…………」

 

 今の姿も良いんだけど、解放した姿も見たいでしょ!?

 それを見て、描写して! それを屈服させるのが一番の醍醐味でしょう!?

 だからお願い! 真の姿を白日の下に晒して!!

 

「……第4十刃(クアトロ)以上の十刃(エスパーダ)は、天蓋の下での解放は禁じられている。強大過ぎて、虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものを破壊しかねないという理由でな。私は、それに従っているに過ぎない」

「あら、そうだったの?」

 

 私も隊長だし、護廷十三隊にもルールはある。

 だから、それを破りたくないって気持ちは分かるわ。

 

「……だったら」

 

 でもそれって、緊急事態には適応外よね!?

 

「っ!! 止め――」

虚閃(セロ)

 

 ということで、一気に天蓋を吹き飛ばしました。

 

 我ながら、ぽっかりと綺麗な穴が開けられたわ。

 この天井って青空が描かれているから、穴を開けた部分だけ夜になっててちょっと不思議な光景ね……

 

 まるで夜の妖精が昼の世界に迷い込んだみたい!

 

『……藍俚(あいり)殿? 突然不思議ちゃんになったでござるか?』

 

「ほら、これでこの辺りに天蓋は無くなったわよ? それとも、まだ足りないかしら?」

「……一つ、聞かせろ。なぜこんなことをする? 死神である貴様が私に全力を出させたところで、利など無いだろう……?」

「ただ勝つだけじゃ、意味なんてないのよ。こっちからお願いしている以上、全力のあなたを打ち倒して屈服させる……それが最低限の礼儀でしょう?」

「……貴様、正気か……?」

「勿論、正気よ。それともハリベルは、我慢できるの? 今からでも納得して、私の言うことを聞いてくれる? 自分よりも弱いかもしれない相手の言うことを、素直に従ってくれるのかしら? どうせ言うことを聞くのなら、せめて本気の自分よりも上の相手がいい……それってそんなにワガママかしら?」

「…………フッ。なんとも傲慢な理由だな」

 

 傲慢結構!

 それでハリベルの本当の姿を見られるなら安い物よ!!

 何のためにここまで耐え難きを耐えてきたと思ってるの!?

 

「藍染様、申し訳ありません。このティア・ハリベル、虚夜宮(ラス・ノーチェス)を破壊せんと暴れる死神を倒すべく、禁を破らせていただきます」

 

 何か覚悟を決めたように、ハリベルは上着のファスナーを――

 

 えっ、ええええっ!! いいの、いいのそれ!? 見えちゃう! 見えちゃうわよ!?

 そんなに勢いよく下ろしたら、お山(おっぱい)(てっぺん)が見えちゃうわよ!! そうなったら描写するわよ!? ちゃんと描写するために穴が開くくらい凝視する――

 

「――討て」

 

 下にあったのは、(ホロウ)自体の名残の仮面でした。

 それが口元から胸の半分くらいまで、鎧みたいに覆ってました……

 

 

 

 ……くすん。




心配して追ってきてくれたチルッチに気付かないクズ。

(本当はこの話では、解放したハリベルと水遊び(意訳)の予定だったんです。
 ハリベル戦を終えてから、一人称視点を出す予定だったんです。

 でも書けなかったので、泣く泣く先に出しました。
 
 ・まともに書きたい
 ・ボケたい
 ・セクハラ描写したい
 ・射干玉ちゃんとふざけたい
 
 という気持ちがせめぎ合って、脳内が大変なことになってます)


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第243話 鮫は沼へと沈む

※ 今話も30分後に一人称視点版を更新します。


皇鮫后(ティブロン)

 

 斬魄刀の名を唱えた瞬間、ハリベルの背後から大量の水が生み出された。

 二枚貝を連想させる形状の水が、そのまま彼女を包み込む。まるで貝が獲物を捕食したかのようだ。

 すると今度は水そのものが回転を始め、まるで巻き貝のような姿へと変貌する。

 めまぐるしく形を変える水の貝。

 その貝を内側から切り裂きながら、解放状態となったハリベルが姿を現した。

 

 口元にあった仮面の名残は消えており、代わりに形の良い唇が覗いている。

 それでも名残そのものは完全に消えてはおらず、首元から胸元までをスカーフのように覆い隠していた。

 両肩にはショルダーガード、両腕には手の甲から肘までをガントレットで包むことで防御力を高めてる。

 腰に細いプレートを幾重にも並べることでラメラーアーマーのように覆い隠し、両脚はロングブーツのような防具で膝・脛・足首から爪先までを覆い尽くしている。

 背中には鮫のヒレを思わせる羽のような意匠もあった。

 身に纏う鎧はすべて白――白亜の女騎士とでも呼べば良いだろうか? それがハリベル本人の褐色の肌と合わさり、綺麗なコントラストを描いている。

 

 だが最も目を引くのは、彼女が手にする大剣だろう。

 鮫の頭部を模したであろう作りのその剣は、否応なく誰の目にも止まる。刃の身幅だけでも彼女の腰よりも広く、凶暴性というものをその一点に集約したかのようだ。

 帰刃(レスレクシオン)にて急激に上昇した霊圧、その恐ろしさを差し引いてもなお威圧感に溢れている。

 

「……それが、ハリベルの解放なのね」

 

 解放状態となったハリベルを、瞳を細めてじっくりと観察しながら藍俚(あいり)が感心したように口を開いた。

 続いて、誰に聞かせるでもなく小さな声で呟く。

 

「これは……壊れる、わね……」

 

 ――壊れる、か……

 

 独白にも似たそれはハリベルの耳にしっかりと届いていた。

 その言葉の意味を彼女なりに噛みしめながら、大剣を振り上げる。

 

「……だが、私にこの姿を取らせたのはお前だ。今更後悔をしても遅いぞ!」

 

 壊れる(・・・)

 そう口にした藍俚(あいり)の意図を、彼女は「解放状態で戦えば、なるほど虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものが破壊されてしまう。そのくらい強い相手だ」と認識していた。

 自分にこの姿を取らせたことを、今更になって後悔したのか? ――そう呆れながら、ハリベルは自身が得意とする技を放つ。

 

断瀑(カスケーダ)

 

 高圧の激流が生み出された。

 それは家一軒程度ならばすべてを飲み込んでしまいそうな程の水量を誇り、藍俚(あいり)目掛けてまっすぐに向かう。

 

「……っと!」

「逃すか!」

 

 すべてを押し潰さんと迫り来る水塊を、藍俚(あいり)瞬歩(しゅんぽ)にて一気に躱し、影響範囲の外へと逃れる。

 だがハリベルの攻撃はその一撃では終わらない。逃れた藍俚(あいり)へ追い打ちを掛けるように、再び断瀑(カスケーダ)を放った。

 

「また!?」

戦雫(ラ・ゴータ)

 

 驚きつつも先ほどと同じく瞬歩(しゅんぽ)にて逃れようとするが、それに先んじるようにしてハリベルが更に動いた。

 相手をその場へ縫い付けんと、大剣から刀身によく似た水の塊を放つ。

 

「なんの!」

 

 放たれた水塊を無言の虚閃(セロ)にて相殺しつつ、断瀑(カスケーダ)の効果範囲から再び逃れる。

 その動きをハリベルはしっかりと目で追い、油断なく切っ先を藍俚(あいり)の方へと向け続けている。

 

 ――気を抜けない。

 

 そう思いつつも一瞬だけ視線を動かすと藍俚(あいり)は口を開いた。

 

「水を操る能力……驚いたわ。まさかこんな、砂漠みたいな水気(みずけ)が一切感じられない場所でこれほどの激流を撃てるなんて……」

 

 少し離れた場所――丁度断瀑(カスケーダ)が直撃した位置――の地面を見れば、大量の水流が砂へと飲み込まれていくところだった。

 カラカラに乾いた砂地が大きく削り取られ、巨大な蟻地獄の巣のようになっている。

 蟻地獄の周囲は、未だ泥水のように茶色に見える。それはつまり、砂が水を飲み込みきれない――それだけ多量の水を瞬時に生み出しているということ。

 感心するのも頷けるというものだ

 

 その賞賛の言葉を、ハリベルは軽く鼻で笑う。

 

「言ったはずだ、後悔をしても遅いと。それと、貴様は一つ勘違いをしている」

「きゃ……っ!?」

 

 藍俚(あいり)の足下から水柱が吹き上がった。

 何の前触れもなく、突如として間欠泉のような勢いで噴出したそれは、藍俚(あいり)の全身を一瞬で包み込んでなお止まらない。

 まるで水で出来た竜巻のように螺旋の動きを描きながら、水柱の中の物を全て粉砕せんと立ち上っていく。

 

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――水を操るのではなく、支配しているのだ。天地四方全ての水は、我が意のままに動く従順な(しもべ)。上から下に流れるという固定観念を持っているから、そうなるのだ」

 

 聞こえるわけがないと思いつつも、水柱目掛けてハリベルが言葉を投げる。

 だが、彼女の言葉を否定するかのように真っ黒な柱が立ち上った。水柱の内側から現れたその柱は水の竜巻を塞き止めかき消しながら、力尽く勢いを弱めていく。

 やがて、水の噴出が完全に治まると柱に一本の線が入り、真っ二つに割れる。その中から無傷の藍俚(あいり)が現れた。

 

「な、に……っ!?」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)。少しだけ危なそうだったから、使わせて貰ったわ」

 

 ――とはいえ、少し濡れちゃったけどね。

 最後にそう付け加えたが、その言葉はハリベルの耳に届いていなかった。

 

 玉鋼とは藍俚(あいり)が使う防御用の技、金属板の壁を生み出す能力。

 これはその応用の一つ、罔象女命(みずはのめの)の名が付いているように耐水・耐圧に特化させた防御壁を生み出すもの。流水系の能力を持つ相手への対応策だ。

 

 無論、ハリベルはそんなことは知らない。

 知らないが、始解とは明らかに異なった能力。手にしていた斬魄刀が、全て真っ黒な刀へと変化していること。なにより霊圧が更に爆発的に膨れ上がったことから、何が起きたかは理解していた。

 

「……それが、お前の卍解か」

「ええ、そうよ。射干玉三科(ぬたばまさんか)って言うの。可愛いでしょう?」

 

 真っ黒な刀を見せつけるようにハリベルへ向けると、やがて戦闘態勢を取る。

 

「それにしても残念ね……水のない所でこれだけ強いんだったら、是非とも海の上で戦ってみたかったんだけど……そこまで贅沢は言えない、か……」

 

 藍俚(あいり)は、少しだけ残念そうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

「あれが、あの死神の卍解かよ……」

「は、反則すぎませんこと……!?」

「あんなの、あんなの……まるで……」

 

 離れた場所で戦いを見守っていた三人だったが、藍俚(あいり)の卍解を見た瞬間一斉にその表情を青ざめさせた。

 (ホロウ)化の時にも感じた、霊圧が爆発的に膨れ上がる感覚。それが今回はもっとずっと、圧倒的に大きい。

 見ているだけで全身を締め付けられるようにな、言い知れぬ恐怖のような物が藍俚(あいり)の全身から放たれている。

 

十刃(エスパーダ)より……ハリベル様よりも、ずっと強――」

 

 そう口にし掛けたところで、ミラ・ローズは慌てて自分の口を塞いだ。続いてブンブンと頭を横に振ることで、今先ほど出掛かった言葉を頭の中から必死で打ち消す。

 

 仮にそれ(・・)が事実だったとしても、自分たちが口に出すようなことは、決してあってはならない。それはハリベルのことを信じていないのと同じだ。

 そう自らに言い聞かせながら、話題転換だとばかりに隣の破面(アランカル)へ乱暴に尋ねる。

 

「おい、チルッチ! あれが、お前の言っていた卍解か!?」

「ええ……そうよ。あんたたち、よく見ておきなさい。多分『あの卍解の相手をしなくてよかった』って、心の底から思えるはずだから……」

 

 ――あの卍解の相手をしなくてよかった。

 

 幸か不幸か、チルッチの予言は成就することとなる。

 

 

 

 

 

 

断瀑(カスケーダ)!」

断瀑(カスケーダ)現身(うつしみ)

 

 警戒しているのか、先ほどよりもさらに勢いの増した激流が藍俚(あいり)目掛けて撃ち出された。

 だが藍俚(あいり)もまた、ハリベルと同じように激流――ただし、水ではなく真っ黒な粘液のような物体――を生み出すと、断瀑(カスケーダ)へとぶつけた。

 青い激流と黒い粘液。二つが衝突し合うと、互いに互いを打ち消しあうように勢いを失い、やがて地に落ちた。

 

「ほう……」

「別に物真似が得意ってわけじゃないのよ? ただ、少しやってみたかっただけ。こういうこともできるんだぞ――ってね」

 

 今度は戦雫(ラ・ゴータ)を真似たように、粘液の塊をハリベル目掛けて直接撃ち出した。フェイントも何もない、ただ放っただけのその一撃は容易に躱される――ように見せかけて直前で爆発した。

 飛沫がハリベルの胸や腰、腕や腿と満遍なく飛び散り、べったりと張り付く。

 ダメージなど一切ないものの、黒くベタついた粘液が張り付く不快感に彼女は小さくうめき声を上げてしまう。

 

「く……っ!?」

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――ハリベルの能力が水を支配するのなら、私の場合はそうね……地相侵食(ちそうしんしょく)、とでも呼ぼうかしら? 意味は……自分で考えて!!」

螺旋水陣(ピラー・トルナド)!!」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)!」

 

 怯んだ隙に斬り掛かろうと、刀を握り締めて飛びかかろうとする藍俚(あいり)であったが、そうはさせじと足下からは再び水柱が噴出した。

 先ほど藍俚(あいり)を閉じ込めたのと同じ現象に、彼女は足を止めて再度壁を生み出して耐える。

 

 ……ついでによく見れば、ハリベルの足下からもシャワーのように優しい水柱が吹き出ており、へばりついた粘液を洗い流していく。どうやらよっぽど気持ち悪かったようだ。

 

戦鞭(ラ・ラティーゴ)

 

 足を止めた藍俚(あいり)目掛けて、ハリベルが今度は剣を振るった。

 距離はまだまだ遠く、どう見ても剣が届く距離ではないのだが、そんなことはハリベルも承知のことだ。

 彼女が握る大剣――その刀身を、まるで鞘に収めるように水が覆っていた。そして剣が振るわれるのと同時にその水の鞘が鞭のように伸びて、藍俚(あいり)へと襲いかかる。

 粘性を高めることで飴状の水を叩き付ける、斬撃とはまた違うピンポイントな打撃を狙う技が戦鞭(ラ・ラティーゴ)の正体だ。

 霊圧が込められた水鞭の一撃を叩き込まれ、玉鋼の壁が大きく揺れる。

 

「もう一撃!」

「うそっ!?」

 

 再び鞭が、今度は柱の天井へと振り下ろされた。

 途端に黒い柱へヒビが走ったかと思えば、すぐさま砕け散る。それでも水鞭は止まることなく藍俚(あいり)目掛けて天から迫り来る。

 予想外の威力を持った攻撃に藍俚(あいり)が小さく悲鳴を上げつつも、手にした刀で鞭を切断しようと構えた時だ。

 

灼海流(イルビエンド)

「えっ!? (あつ)っ!!」

 

 水鞭そのものが一瞬にして解けると、代わりに熱湯の雨が降り注ぐ。

 

 灼海流(イルビエンド)――氷を溶かして水へと変えるという対冷気使いを想定しての技であったが、溶かすという性質上このように意表を突くことも可能だ。

 付け加えれば、先ほど射干玉の粘液を浴びせられた意趣返しという面もあるのかもしれないが。

 

 とあれ、予期せぬ熱湯のシャワーに藍俚(あいり)は狼狽えてしまった。

 死覇装やサラシに熱湯が染み込んで、反射的に声を上げてしまう。転がるようにして降り注ぐ雨の範囲から抜けて出て行く。

 それはハリベルにしてみれば絶好の隙だ。

 

「水を支配する、貴様も認めたはずだ……掃射豪雨(チュバスコ・ペネトラール)!」

「……っ! 木の葉落とし!!」

 

 再び大量の水がハリベルから放たれる。

 今度は断瀑(カスケーダ)とは違い、無数の小さな水の球が機関銃の様に襲いかかってきた。一発一発に高水圧が掛かり、掠っただけでも皮膚を抉らんばかりの威力だ。

 死のスコール――その雨粒を、藍俚(あいり)は刀を高速で振るい全て打ち落としてみせる。

 

「ふぅ、危なかった……さっきの熱湯は、驚かされたわ……」

「……」

 

 ギリ、とハリベルが奥歯を食いしばる音が聞こえた。

 卍解のせいで彼我の霊圧差は、更に大きくなっている。けれども、勝てない相手ではないはず。

 そう信じて放った技がこうもあっけなく防がれれば。

 雨粒を、一つ残らず斬ってみせられれば。

 こんな反応にもなろうというものだ。

 

「それに」

 

 一瞬だけハリベルから視線を外して地へと走らせ、すぐに戻すと藍俚(あいり)は片手を掲げ、振り下ろす。

 

山津波(やまつなみ)

「!?」

 

 その動きに合わせて、巨大な土石流が放たれた。

 土砂や岩石が大量の泥水によって押し流されながら、ハリベル目掛けて怒濤の勢いで襲いかかっていく。

 

「くっ!」

 

 大地をガリガリと削り取って突き進むその流れに飲み込まれる前に、霊子を足場にして空中へと逃れる。

 その動きに追従するように藍俚(あいり)も空へ飛びながら、次の技を放つ。

 

「逃げ切れるかしら? 擬態技(ぎたいぎ)武奈伎(むなぎ)!」

 

 空中へと逃れたハリベル目掛けて刀を振り下ろせば、その切っ先から真っ黒で細長い何かが無数に放たれた。

 それらはまるで空中を泳ぐように身をくねらせながら、獲物目掛けて襲いかかる。

 

「これは……!?」

 

 正体を見極めようと躊躇した一瞬の間に、その黒く細長い何かはハリベルの周囲に纏わり付いた。と同時に、彼女もその正体を理解する。

 その正体は(ウナギ)だった。

 

 射干玉の能力にて生み出された鰻たち。

 それらがハリベルの身体へと絡みつき、手足を縄のように締め付けて動きを封じようと蠢く。

  

「くっ! 気色の悪い真似を……っ!!」

「嫌がるなんて余裕ね」

 

 さしものハリベルとて、ヌルヌルとした鰻が身体の表面を這い回る感触には強い嫌悪感を抱いたのだろう。

 慌てて追い払おうとするところへ藍俚(あいり)が接近すると、刀を一閃させた。

 まともに回避も出来ぬまま鎧ごと肩口を切り裂かれ、浅く出血する。

 

「ぐあ……っ!! 卑劣な真似を……!!」

「あら、私はいたって真面目よ? あなたを相手の虚を突くんだから、このくらいはやらないとね」

 

 戦いを侮辱しているとしか思えない卑劣な技にハリベルは激怒するものの、藍俚(あいり)はそれを悪びれることなくケロリと受け流しながら更に刀を振るう。

 だがその一撃はハリベルの持つ斬魄刀にて受け止められた。

 

「言ったな!? ならば、後悔はするなよ!!」

 

 空中にて鍔迫り合いの形が出来上がった瞬間、ハリベルの斬魄刀から水が吹き出した。

 溢れ出る水は刀身全てを覆い尽くし、それどころか藍俚(あいり)の持つ刀までもを一瞬にして覆い尽くす。

 

「はあっ!!」

「きゃっ……!!」

 

 そのまま勢いよく剣を捻り上げれば、藍俚(あいり)の手から刀が弾き飛ばされた。

 粘着質の水で相手の武器を覆い、自身の斬魄刀と接着させることで武器を無理矢理手放させるという荒技だ。

 強引に手の中から刀をすっぽ抜かれ、小さな悲鳴が上がった。

 素手となった藍俚(あいり)目掛けて、ハリベルは捻り上げた剣を今度は勢いよく振り下ろして刺突を放つ。

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!!」

 

 振り下ろされた剣の刀身には、いつの間にか水で形作られた鮫の姿があった。おそらくは接着のために使った水をそのまま利用したのだろう。

 見た瞬間に分かるほど強い水圧と霊圧が込められた一撃必殺の剣技が、藍俚(あいり)へ襲いかかる。

 

「そのくらいなら……!!」

「逃さん!!」

 

 後方へ飛び退き刃から逃れようとするが、今度ばかりはハリベルが一枚上手だった。逃げた藍俚(あいり)を追いかけるように、刀身の鮫が放たれた。

 さながら、水上の獲物目掛けて跳躍する鮫といったところか。

 

 全てを噛み砕かんとばかりに顎を大きく開き迫り来る巨大な水の鮫。

 その口中目掛けて藍俚(あいり)は片手を突っ込んだ。

 

「ぐ……あああっ!」

 

 自ら飛び込んできた獲物目掛けて、鮫は勢いよく口を閉じた。刃のような牙が腕に突き刺さり、透き通った鮫の体表が赤く染まる。

 だが藍俚(あいり)はそれに構うことなく手を奥へと突っ込むと、やがて勢いよく引き抜いた。乱暴なその動きに、水の鮫は形を維持しきれずに朽ちる。

 

「返して、もらったわよ」

「難儀なことだな」

 

 そう口にする彼女の手には、先ほど奪い取られた真っ黒な刀があった。

 手傷を負いながら刀を回収する藍俚(あいり)の姿に、ハリベルはそう嘆息する。

 

 藍俚(あいり)が鮫の相手をしていた僅かな間に、ハリベルは己の身体に水を纏わり付かせていた。首から下を全身鎧のように包み込んだかと思えば、即座に解除する。

 身体を伝い滴り落ちる水に混じってウナギや黒い粘液が流れ出て行くことから、どうやら不純物を洗い流す技なのだろう。

 ハリベルの動きはそれだけでは終わらない。

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!」

山津波(やまつなみ)!」

 

 洗い流した水を再び剣へと集めると、再び水の鮫を放つ。藍俚(あいり)はそれを打ち消すように、再び土石流を放った。

 土砂の勢いに負けた鮫が飲み込まれ砕け散っていくのを見送りながら、ハリベルは唇を薄く緩ませる。

 

「その技は失敗だったな」

「何が?」

「こういうことだ」

 

 言葉を証明するように地面が揺れ、大気が震え始めた。

 地の底から水がうねりを上げて吹き上がったかと思えば、周囲の砂地は一瞬にして水に覆われる。

 眼下に見えるのは全てが水、そして僅かに点在する塔だけ。それはまるで、この戦域に突如として海が呼び出されたかのような異質な光景だった。

 

「周囲は水で満ちた……お前が水の技を使ってくれたおかげだ……」

 

 藍俚(あいり)がこれまでに放った技は、断瀑(カスケーダ)を真似て激流を放つ技や、土石流を発生させる技など。

 そのほとんどが水に関係する物ばかりだ。

 勿論ハリベルも意識して水を撒き散らしてはいたが、それらが後押ししたおかげもあって、周囲は十分過ぎる程の水気に満たされていた。

 たとえ虚圏(ウェコムンド)の砂漠であろうとも、これならば問題ないと思われるほどに。

 

「なるほど、鮫だけに鼻が利くみたいね」

「戯れ言を! 皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)!!」

 

 海の底から巨大な鮫が飛び跳ねた。

 その体躯は皇鮫后の牙(エストカーダ)の数十倍はあるだろうか。それほどの巨体でありながら、ハリベルが今まで放ったどんな技よりも素早い動きで藍俚(あいり)に向けてその牙で狙う。

 噛みつかれれば死神など一瞬で真っ二つに切り裂かれるだろうし、仮に躱したとしてもその巨体までもを避けきれるとは思えない。まず間違いなく突進に巻き込まれ、眼下の海へとたたき落とされることだろう。

 

「さあ、来なさい!!」

 

 鰐のように大口を開けながら飛び掛かってくる鮫に向けて、藍俚(あいり)は動じることなく待ち構えていた。

 傷ついた片腕――そこから流れ出た自らの血を指先で刃に塗りつけながら、巨大鮫を真っ正面から睨み付ける。

 迫り来る巨大な牙に己が握る刀を合わせ、そしてその身は鮫の顎の中に消えた。

 

 ――腹の中から攻略しようということか?

 

「無駄だ……我が鮫の一撃はどのような相手であろうと海の底へと沈める。慢心が過ぎたようだな、死神」

 

 飲み込まれた藍俚(あいり)への手向けの言葉のように呟く。

 

 皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)――その腹の中は、高圧の激流が無数に渦巻いている。そこに飛び込むということは、巨大な渦潮へ身投げするようなものだ。

 

 牙に食い破られるか、突進に弾き飛ばされるか、はたまた腹の中で粉々に砕かれるか。

 周囲に大量の水が無ければ使用することが出来ないという枷こそあれど、放つことさえ出来れば皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)に死角は無い。

 

 ――はずだった。

 

「なんだ……!? 何が起きている!?」

 

 藍俚(あいり)を飲み込んだ巨大な鮫、その内側が突如として強烈な輝きを放った。同時にビクビクと痙攣するように全身を震えさせ、ボコボコと断末魔の様な音を上げる。

 やがて光が目を開けていられないほど強く輝いたかと思えば、巨大鮫の腹が中から切り裂かれた。

 支えを失った大量の水が鮮血の如く溢れ出し、地へと吸い込まれていく。

 

閃光虚斬(せんこうこざん)……ご自慢の鮫さんも、内側からの攻撃には弱かったみたいね」

「馬鹿な……ッ! こんな、こんなことが……ッ!!」

 

 切り裂かれた内側から、藍俚(あいり)が現れる。

 その姿はびしょ濡れではあったものの、どこにも傷一つ付いていない。

 最大の大技を放ってなお倒せない敵の姿に、ハリベルの顔に明確な焦りが浮かんだ。

 

「残念だけど……私の勝ちね!!」

「ぐっ!!」

 

 鮫の腹の中からハリベルの眼前まで一瞬にして近寄ると、刀の峰を叩き付けた。

 強烈な一撃をまともに受け、意識が朦朧とする。集中が途切れたことで霊子の制御が乱れ、足場が崩れハリベルは落下していく。

 その下には、皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)の残骸とでも呼ぶべき大量の水がたゆたっていた。

 

「まだだ……まだ、私は……!!」

 

 消えそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、ハリベルは水面へと手を伸ばし再び水を操ろうとする。

 水をクッションの様にすることで自らの身体を受け止め、この大量の水で再び反撃を行う。残る霊圧こそ少ないがまだ逆転は可能だと、そう信じていた。

 だが水は受け止めることなく、彼女は落下の勢いのまま水中へと没する。

 

「なっ、なぜだ!?」

 

 落下の衝撃に身を軋ませながら、海面から必死で身を起こし叫ぶ。

 全身ずぶ濡れのまま再び能力にて水を操ろうとするが、やはり上手く行かない。

 

「馬鹿な!!」

「そして鮫の女王様も、住むところが変われば実力を発揮出来ない……」

 

 驚愕の事態に混乱している中、気付けば目の前に藍俚(あいり)の姿があった。

 ハリベルと同じように腰から下までを水へ浸けながらも、今まさに突きを放つ瞬間だった。引いた右手に刀を握りながら、ご丁寧に左手は照準を合わせるように前へと向ける。

 その左手の先にあるのは、ハリベルの心臓だった。

 

「私の、負けか……」

 

 全てを観念したように呟く。

 

 刀が放たれ、鮮血が散った。

 




(書いておいて何だけれど。
 ハリベル、これだけ暴れられるならシロちゃんを倒せる気がする)

●(インチキ)スペイン語講座
・ティブロン:鮫
・カスケーダ:滝
・ラ:その
・ゴータ:滴
・イルビエンド:沸騰する(の現在分詞)

・オセアノ:海洋
・ゴベルナンテ:支配者
・ラティーゴ:鞭
・ピラー:柱
・トルナド:竜巻
・チュバスコ:大雨、土砂降り、豪雨
・ペネトラール:貫く
・グラン:大きい
・エストカーダ:突き刺す、刺殺、とどめを刺す

・エンペラトリツ:皇后
・バイラール:踊る
・エスプーマ:泡
・エスペホ:鏡
・ネブラ:霧
・プリジョン:牢
・ムーロ:壁
・バンデリージャ:銛
・セルピエンテ:蛇

●(インチキ)日本語講座
・罔象女(みずはのめ):水の神様の名前(罔象女命(みずはのめのみこと)
・武奈伎(むなぎ):ウナギのこと(万葉集に出てくる言い方)

●ハリベルの技(オリジナル)
蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)
 シロちゃんの天相従臨に相当。
螺旋水陣(ピラー・トルナド)
 竜巻のように回転する水柱を発生させて相手を包む。
戦鞭(ラ・ラティーゴ)
 水を鞭のように操って攻撃する。
掃射豪雨(チュバスコ・ペネトラール)
 雨粒を機関銃の様に撃ち出す。
皇鮫后の牙(エストカーダ)
 水の鮫を放ち相手を食い千切る。または、剣に水の鮫を纏わせて突き刺す。
 遠近両用の必殺技。
皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)
 大量の水を使って皇鮫后の牙(エストカーダ)を放つ大技。
 (原作で狙ってた技はこんな感じかな? と妄想)

●藍俚の技
・○○・現身(うつしみ)
 相手の攻撃を真似る。それっぽい技を放つことで相手の動揺を誘う。
擬態技(ぎたいぎ)・○○
 動物や鳥などを生み出して攻撃する。
 (今回はウナギを相手に絡みつかせるという卑劣極まりない技)
罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)
 耐水、耐圧特化の壁を作って攻撃を防ぐ。
山津波(やまつなみ)
 土石流を放って攻撃をする。
・木の葉落とし
 瞬時に何度も刀を振るう技
閃光虚斬(せんこうこざん)
 以前、剣ちゃんと斬り合った時に使った技。王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)斬り。


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第244話 243話は絶対に振り返る

※ ネタの性質上、同日2話更新(19時と19時半)しています。
  19時半以降に「最新話」から見に来てくださった方は、
  お手数ですが1話前にお戻り下さい。


皇鮫后(ティブロン)

「……それが、ハリベルの解放なのね」

 

 来た来た来たっ!! これが、これがハリベルの解放した姿なのね!!

 解放するのは覚えていたけれど、こんな破廉恥な姿だったなんて全然覚えてなかったわ! ありがとう!! 新鮮な感動をありがとう!!

 

 とりあえず、穴が開くくらいじーっと見つめさせて貰うわよ!!

 

 まさにビキニアーマーの女戦士そのもの! って感じよね!!

 その肩とか腕とかは鎧を着けているのに、その胸は何!? お腹は何!? 太腿は何!? ぜーんぶ丸出しじゃない!!

 

 しかもミニスカートよミスカート!! あれ、何枚ものプレートを重ねてプリーツスカートみたいに見えるけれど、大丈夫なの!?

 私、今からアレと戦うのよ!? あの隙間からハリベルの見えちゃいけない部分がチラッと見えちゃうんじゃないかしら!?

 ドキドキとワクワクで胸がいっぱいだわ!!

 

 こんなの絶対におかしいわよ! ありがとう!! 帰刃(レスレクシオン)してくれて本当にありがとう!!

 

『やったでござるよ藍俚(あいり)殿!! これでもう虚圏(ウェコムンド)来ただけのモトは取ったでござるよ!! ぐふふふふふふ!!』

 

 モトどころかお釣りだけで億万長者になれるくらいよ!!

 

 しかも射干玉、さっきの見た!? 帰刃(レスレクシオン)の時の演出!!

 水が貝みたいにハリベルを包み込んだかと思ったら、その中から真の姿で登場!!

 憎い! 演出が神秘的で憎いわぁ!!

 

『ご心配なく!! 拙者も瞬き一切せずにこの目に焼き付けておきました!! 貝の中から現れるは、褐色巨乳の金髪美人!! これが! これこそが人魚姫の最も正しい姿!! アンデルセンの童話なんてクソ食らえでござるよ!! 今すぐ全ての絵本を置き換えるべきでござる!!』

 

 そんなことしたら絵本を読んだ小さな男の子の性癖がぶっ壊れちゃうじゃない!!

 

「これは……壊れる、わね……」

 

藍俚(あいり)殿!! 口、口に出てるでござるよ!! 自重を! ご自愛をお願いいたしますぞ!!』

 

 あらいけない。

 このやり取りだけは外に出さないように頑張ってたのに……

 

『仕方ありませぬな……あとはハリベル殿を屈服させるだけ! そう考えれば我慢も仕切れないでござるよ!!』

 

 そうよね! 絶対にそうよね!!

 

 ……落ち着いて、警戒はしておきましょう。

 舞い上がりすぎてここでミスなんてした日には、全部ご破算なんだから。

 

 見てよ、あの大剣。

 鮫の頭部を模してるけれど、漂ってくる雰囲気だけでもかなりの物よ? そもそも霊圧だって解放前とは比べものにならないくらい上がってる。

 油断してると、一撃で殺されちゃいそうね……

 

「……だが、私にこの姿を取らせたのはお前だ。今更後悔をしても遅いぞ!」

 

 え、何が!? なんでハリベルちょっと怒ってるの!?

 

断瀑(カスケーダ)

「……っと!」

「逃すか!」

「また!?」

 

 突然放たれた激流を、瞬歩(しゅんぽ)で躱します。

 ですが躱したかと思えば即座に二発目が放たれました。それも、移動先を予測した狙い撃ち。基本に忠実だけど、実に良い攻撃ね。

 でも、こっちにはまだまだ余裕があるわよ?

 

戦雫(ラ・ゴータ)

 

 二度目の瞬歩(しゅんぽ)を使おうとしたタイミングで、そうはさせじとばかりに今度は水の塊が放たれました。

 なるほどね、さっきの断瀑(カスケーダ)の激流との合わせ技か。

 どちらかを対処すれば、もう片方の対処が遅れる――そんな狙いかしら?

 

「なんの!」

 

 ――虚閃(セロ)

 

 掌から無言で虚閃(セロ)を放って戦雫(ラ・ゴータ)の一撃を相殺しつつ、瞬歩(しゅんぽ)断瀑(カスケーダ)から逃れます。

 今の虚閃(セロ)は目眩ましも兼ねた一撃だったんだけど、でもハリベルはしっかり目で追ってきていました。

 

 気が、抜けないわね……それに……

 

「水を操る能力……驚いたわ。まさかこんな、砂漠みたいな水気(みずけ)が一切感じられない場所でこれほどの激流を撃てるなんて……」

 

 虚圏(ウェコムンド)の砂漠に湿気なんて無いでしょうに、よくもまぁ……

 砂地が削り取られた痕跡を見ただけで、ハリベルの技の威力がよくわかります。

 

『水の無い所でこのレベルの水遁を!?』

 

 はいはい、わかったから。

 忍者を相手にしているのとは違うのよ。けれど、それはそれで真理なのよね。

 

「言ったはずだ、後悔をしても遅いと。それと、貴様は一つ勘違いをしている」

 

 勘違い? 一体何が――

 

「きゃ……っ!?」

 

 ――これは予想外ね! 足下からの攻撃だなんて!!

 

 水の竜巻、といったところかしら!? 高水圧で内側の全てを破壊する技みたいね。

 

『早い話が洗濯機でござるか?』

 

 それは……うん、そう言われると身も蓋もないわね……

 

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――水を操るではなく、支配しているのだ」

 

 なんだか竜巻の外からハリベルの声が聞こえてきたわよ!! しかも気のせいか、ちょっと怒ってるみたい!!

 家電製品と一緒にされたら、そりゃ怒るわよね!!

 

 水の出所(でどころ)は……そっか! さっきの激流!! アレを砂の下に潜ませてから、放ったわけね!!

 これだけの大技をこうもあっさり使うなんて……上位十刃(エスパーダ)、恐るべしってところかしら!?

 

 よし、だったらこっちも! やるわよ射干玉!!

 

『お任せあれ!!』

 

「卍解、射干玉三科!」

 

 卍解を発動させて、まずは刀を手に握ります。続いて能力にて壁を作り出し、水の竜巻から身を守ります。

 竜巻の勢いが完全に消えたタイミングを見計らって外に出れば、ハリベルが驚いた表情でこっちを見ていました。

 

「な、に……っ!?」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)。少しだけ危なそうだったから、使わせて貰ったわ」

 

 ――とはいえ、少し濡れちゃったけどね。

 

 ほら、袖とか胸元とか。

 

『サラシが! サラシが張り付いているでござるよ!! か、形が丸見えでござる!! 濡れ透けは偉大な文化……!!』

 

「……それが、お前の卍解か」

 

 そうよ、この濡れ透けが……じゃなかった。

 

「ええ、そうよ。射干玉三科(ぬたばまさんか)って言うの。可愛いでしょう?」

 

 ほら、見なさい。穴が開くほどよく見なさい。これがウチの子よ!

 

『て、照れるでござるよ……ああっ! ですがハリベル殿に睨まれるというのも……!! ハァハァ、この胸の高鳴りをどうやって表現すれば……!!』

 

 はいはい、その辺は戦闘中に機会があったらね。

 

 ……あ、機会があったらといえば……

 

「それにしても残念ね……水のない所でこれだけ強いんだったら、是非とも海の上で戦ってみたかったんだけど……そこまで贅沢は言えない、か……」

 

 水使い――いえ、水の支配者と戦うんだったらいっそ、そのくらいの舞台を用意してあげたいわね……

 水の無い所で放たれた水遁を突破するのではなく、水場の水遁を突破してみせる。

 そのくらいやってこそ、初めて相手を屈服させられるんじゃないかしら?

 

「…………」

 

 思わせぶりに尋ねてみたんだけれど、返事は無し。

 いえ、一瞬背筋を震わせた? 隠していたつもりなんだけど、気配が漏れ出ちゃったかしらね?

 

断瀑(カスケーダ)!」

 

 あらら、ちょっと焦った様子で激流を放ってきたわね。

 それもさっきまでよりも威力が高い……つまり、警戒して無意識に威力を高めてるってことかしら?

 だったらその動揺、利用させて貰うわよ! 

 

断瀑(カスケーダ)現身(うつしみ)

 

 刀の先から、ハリベルが放った激流そっくりの技を放ちます。

 ただ、色は黒だけどね。

 

 これは射干玉の能力で相手と同じ攻撃を放つというものです。

 けれど今回の場合、水ではなく召喚した射干玉の本体を放ちました。ほら、ネバネバでヌルヌルしてるでしょう? これをハリベルの激流にぶつけて相殺する……と。

 水同士が絡み合って、勢いがなくなって、砂に吸い込まれていく――ように見せかけて、こちらも砂の下でこっそりと準備を始めます。

 

 ハリベル、あなたの水を有効利用させて貰うわよ。

 

「ほう……」

「別に物真似が得意ってわけじゃないのよ? ただ、少しやってみたかっただけ。こういうこともできるんだぞ――ってね」

 

 この反応、まだハリベルは気付いていないみたいね。

 だったらもう少し派手に動けるかしら?

 

 今度は粘液の塊をハリベル目掛けて直接放ちます。

 とはいえ、こんな馬鹿正直な攻撃なんて普通は当たりません。だから、一工夫。

 

「く……っ!?」

 

 ハリベルが身を躱したところで、粘液の塊を爆発させます。

 ですがダメージ狙いではなく、粘液の拡散が目的。ついでに、ハリベルに射干玉を貼り付けてマーキングも兼ねていますよ。

 

『ハァハァ……せ、拙者の身体が……あの豊満な恵体の上を……ああっ! ねっとりと! ねっとりとしてるでござるよ!! ちょっと焦っているから、ハリベル殿が汗を掻いているでござる!! 拙者の身体に汗が! 汗が!!』

 

 ぬ、射干玉……!? 落ち着いてね……?

 

 まあ実際、広範囲に付着したからねぇ……頬とか、胸の谷間なんかにもへばり付いていますから……あ、谷間にくっついてるのがちょっとずつ動いてる。

 

 ……羨ましい。

 じゃないわ! ご、誤魔化さないと!!

 

蒼海支配(オセアノ・ゴベルナンテ)――ハリベルの能力が水を支配するのなら、私の場合はそうね……地相侵食(ちそうしんしょく)、とでも呼ぼうかしら? 意味は……自分で考えて!!」

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿? 地相侵食(ちそうしんしょく)ってなんでござるか?』

 

 さあ? 私も今思いついただけだし。

 でも、そのくらいのことは平気でやるでしょ?

 

螺旋水陣(ピラー・トルナド)!!」

罔象女命(みずはのめの)玉鋼(たまはがね)!」

 

 斬り掛かろうと思ったんだけど、先手を取られたわね。

 けれどさっきと同じ攻撃だったら、同じ手で防げるはず。それともう一つ、防ぎつつ仕込みの様子を確認しておきましょう。

 

戦鞭(ラ・ラティーゴ)

「うそっ!?」

 

 少し目を離した隙に、壁が打ち破られました。

 上から襲いかかってきたのは、水で出来た鞭――かしらアレは?

 チラッとハリベルを見ればなるほど、斬魄刀から水が伸びているわね。粘性を高めることで斬魄刀を蛇腹剣のように操って攻撃する。しかも斬魄刀と直結しているから、込められる霊圧は下手な遠距離技よりもずっと強い。

 

 これじゃあ、玉鋼の壁も破られるわけだ。

 

 けれどタネさえ分かれば、やりようはいくらだって――

 

灼海流(イルビエンド)

「えっ!? (あつ)っ!!」

 

 水の鞭を切断しようと意気込んでいたところ、鞭が突然バラバラになりました。無数の水滴へと変わったかと思えば、降り注ぐそれらは全て熱湯のように熱い液体。

 

 ちょ、ちょっと! これは聞いてないわよ!? ひょっとしてさっきの意趣返しのつもりかしら!?

 熱ッ! あっつぃ!! ああもう、死覇装まで染みこんでくる!! こういう熱湯の火傷って普通に火で焼かれるよりも厄介なのよ!!

 とりあえずこの熱湯の雨だけは避けないと!

  

「水を支配する、貴様も認めたはずだ……掃射豪雨(チュバスコ・ペネトラール)!」

「……っ! 木の葉落とし!!」

 

 今度は水滴の機銃掃射!? でもこれだったら対処は可能!!

 手に持った刀を瞬時に振るって、水の銃弾を全てたたき落としました。

 

 ……水を斬れる様になるまで、何年かかったかしらね……?

 

「ふぅ、危なかった……さっきの熱湯は、驚かされたわ……」

「……」

「それに」

 

 ハリベルが驚いているみたいだけど、このくらい出来ないと卯ノ花隊長にとっくに殺されてたのよ私……

 

 さて、相手が驚いている隙に砂の下の様子を一瞬だけ確認します。

 さっきの水の鞭も水の銃弾も、全部水を生み出してから放っていた。少しずつ少しずつ、周囲に水を増やしていってるわね。

 

 ということは、水気が満ちる時を狙っている。大量の水を利用した大技で一気に仕留めようって算段ね。

 その狙いを悟らせないように遠距離攻撃を主体にしながら、けれど私に隙があればいつでも仕留められる様に気を配っている……ってところかしらね。

 

 中々に巧みだわ……でもね!

 

山津波(やまつなみ)

「!?」

 

 片手を振り下ろすのを合図にして、凄まじい土石流を放ちます。

 

 ほらほら、水を増やしてあげたわよ? 有効活用してね。 

 

「くっ!」

 

 砂地を削り取りながら襲いかかる土石流に対して、ハリベルは空中へと逃げることで躱しました。それと同時に私の放った水を支配下におくことも忘れてはいません。

 忘れてはいませんが、ちょっと雑だったわね。そんなやり方じゃ、気付かれるわよ!

 

 それともう一つ。

 相手の狙いを逸らすには、このくらいしなきゃ駄目なの!!

 後を追うように私も霊子にて空中に足場を作り、ハリベルと同じ位置まで移動しながら、追撃の技を放ちます。

 

擬態技(ぎたいぎ)武奈伎(むなぎ)!」

 

 射干玉の能力にて何匹もの(ウナギ)を生み出しました。鰻たちは空中を自在に泳ぎながら、ハリベル目掛けて殺到していきます。

 これは本来は鷹とか獅子とか、強い生き物を生み出すんだけど今回は特別。色んな意味を込めて、鰻を生み出しました。

 

「これは……!? くっ! 気色の悪い真似を……っ!!」

「嫌がるなんて余裕ね」

 

 手足に絡みついて動きを止めようとするのもいれば、手甲や鎧の隙間から潜り込もうとする個体もいます。

 極めつけは、胸の谷間やスカートの中に潜り込もうとする個体まで!

 

 個性、出てるわねぇ……

 

 鰻のヌルヌルとした粘液がハリベルの肌に絡みついていきます。

 白濁した粘液が大きなお山を覆い、ぬらぬらとした輝きを放っていました。二つのお山の間にはねっとりとした橋が架けられ――

 

『おおっ! おおおっっ!!』

 

 ――って、そういう描写はマッサージまで取っておくわよ!!

 

「ぐあ……っ!! 卑劣な真似を……!!」

「あら、私はいたって真面目よ? あなたを相手に虚を突くんだから、このくらいはやらないとね」

 

 さっきも言ったけれど、今回の狙いはあくまで嫌がらせ。

 このぐらいすれば、私がハリベルを後押ししているなんて考えもしないでしょう? 狙いを逸らすっていうのは、ここまで徹底的にしなきゃ駄目なのよ。

 

 さらに本命を隠すべく、嫌悪感でいっぱいのハリベル目掛けて刀で一撃を加えました。肩当てごと肉体を切り裂きます。

 さらにもう一撃を放ちましたが、残念。今度は受け止められてしまいました。

 

「言ったな!? ならば、後悔はするなよ!!」

 

 ふふ、怒ってる怒ってる。

 さて次はどんなことを――

 

「はあっ!!」

「きゃっ……!!」

 

 思わず悲鳴を上げてしまいました。

 なんだハリベルったら、そういうこともできるのね。

 

 刀身に水を纏わせて私の持つ刀と接着させたかと思えば、そのまま刀を奪い取られました。力尽くで強引に武器を手放させられた、とでもいうのかしら。

 水を飴のように粘らせて絡め取るなんて、中々洒落ているじゃない。

 

『こういう強引なところもハリベル殿の魅力でござるな!!』

 

 けど、この使い方は"らしさ"に欠けますね。

 頭に血が上っている証拠、動きが荒くなってきています。

 自然体を崩した力任せの戦い方じゃ、長くは持たないわよ?

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!!」

 

 今度は突き技ですね。

 とはいえあの大剣では、ただ突きを放つだけでもかなりの破壊力でしょう。

 

 なのに刀身へ再び水を纏わせて、鮫を模した形状となっています。

 水の鞭を更に発展させて、攻撃力だけを突き詰めた技。みたいな位置づけかしら? 見ただけで強力だって分かるわ。

 

「そのくらいなら……!!」

「逃さん!!」

 

 飛び退いて躱せば、水の鮫が私を追うように放たれました。

 切り離して飛び道具としても使えるのね! いい技じゃないの!! それに鮫としての特性も持っているみたいで、今にも私を噛み千切らんとやる気に満ち溢れています。

 

 ……あ、口の奥に奪い取られた刀があったわ。

 

 ………………ええぃ! ままよ!!

 

「ぐ……あああっ!」

 

 回収のために口の中へと手を突っ込めば、当然噛まれました。鋭い牙が腕に食い込み、激痛が走ります。

 ここまでする必要はなかったかもしれないけれど、やっちゃった物は仕方ないわね。これも目眩ましに利用させて貰いましょうか。

 

 突っ込んだ手を喉奥目掛けて突き刺して、刀を掴み取ります。

 と同時に再度射干玉の本体を大量に呼び出します。許容量を超えた異物が体内で膨れ上がり、水の鮫は形を失ってあっさりと崩れ落ちました。

 

 あーあ、隊首羽織と死覇装に合わせて歯形が付いちゃったわ。尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ったら新調しないと。

 

「返して、もらったわよ」

「難儀なことだな」

 

 こっちが回収作業をしている間に、ハリベルも何かしていたみたいね。

 だって、身体に纏わり付いていた鰻が一匹残らずいなくなっているもの。

 とはいえ身体中に鰻を絡ませていたら、どんな状況だろうと滑稽そのもの。出来の悪い喜劇以外の何でも無いから仕方ないわよね。

 

 斬魄刀にまた水の鮫が絡みついているところを見るに、纏めてアレの餌にされちゃったかしら?

 ま、鰻だもの。鮫の餌になるのも当然といえば当然。

 

 

 

 でもねハリベル、知ってるかしら? 鰻の血には毒があるのよ。

 

 

 

皇鮫后の牙(エストカーダ)!」

山津波(やまつなみ)!」

 

 再び放たれた水の鮫を、今度は私も土石流で相殺します。

 鮫が朽ちたように崩れていくのを見ながら、ハリベルは唇を緩ませて微笑を浮かべました。ということは、そろそろかしら?

 

「その技は失敗だったな」

「何が?」

「こういうことだ」

 

 何が起こるのかと思えば、大気が震え始めました。

 砂の下へと密かに集められていた大量の水が一斉に湧き上がり、砂漠を一瞬にして飲み込んでいきます。

 この周囲だけを見れば、海のど真ん中にいるといわれても納得するほどですね。

 

「周囲は水で満ちた……お前が水の技を使ってくれたおかげだ……」

「なるほど、鮫だけに鼻が利くみたいね」

 

 私が生み出した水を利用するところまでは、気づけたみたいね。

 けれどそれ、本当に使って大丈夫?

 

「戯れ言を! 皇鮫后の極牙(グラン・エストカーダ)!!」

 

 海の底から、巨大な水の鮫が私目掛けて飛びかかってきました。

 

 さっきまでの鮫が鰯か鯖に見えるほどの巨体を誇る鮫。なるほど、これがハリベルの奥の手ね。

 これだけ大きいのに今までで一番早く襲いかかって来ているところを見るに、霊圧もかなりの量が込められているわね。

 

 下手な回避や防御は下策――ハリベルを屈服させるにはこれを正面から打ち破ってみせるわよ!!

 

「さあ、来なさい!!」

 

 剣のように巨大な牙、その一本に刀を当てながら口の中へと身体を滑り込ませます。

 こういう巨大生物は内側からの攻撃で仕留めるのがお約束よね。

 

 けど、そう簡単には事が運ばなかったみたい。

 鮫の体内は、先ほどの水の竜巻を更に強くしたもので暴れ狂っていました。

 こんな所に長居は無用、とっとと破壊してしまいましょう。

 

「はあああっ!!」

 

 先ほど鮫に噛みつかれた際に流れ出た血は、既に刀身へと塗ってあります。あとはそこへ虚閃(セロ)を混ぜ込み、大鮫の身体目掛けて思い切り斬りつけます!

 

 (えら)を少し通り過ぎた程度でしょうか? 

 その辺りから外に向かって刀を振り下ろせば、手応えは皆無のまますーっと刃が通り過ぎていきました。

 切り裂かれた瞬間大穴が開き、行き場を失った大量の水が溢れ出ていきます。

 

 うわぁ、びちょびちょになっちゃった……

 死覇装が肌に張り付いて、すっごく気持ち悪いわ……

 

閃光虚斬(せんこうこざん)……ご自慢の鮫さんも、内側からの攻撃には弱かったみたいね」

「馬鹿な……ッ! こんな、こんなことが……ッ!!」

「残念だけど……私の勝ちね!!」

「ぐっ!!」

 

 腹を切り裂いて、内側から出てくるのまでは想定外だったのでしょう。

 呆然としているハリベル目掛けて一気に近づくと、まずは一撃。頭部に峰打ちを叩き込んで、意識を刈り取ってやります。

 

 この一撃では気絶まではいかなったものの、集中は一気に途切れたみたいですね。霊子の制御が乱れて、足場が一瞬にして消え去りました。

 自由落下していくハリベル、その下には先ほど叩き切った大量の水の残骸がぷかぷかと浮いています。

 

 あら?

 足場も維持出来ないくらいハリベルは弱っているはずなのに、どうしてまだ水が残っているのかしら?

 砂に吸い込まれるんじゃないの? どうしてかしらね?

 

「まだだ……まだ、私は……!!」

 

 ハリベルが一矢報いようと水へ支配の手を伸ばしましたが、もはや命令に従う者はいません。

 まるで身投げのように水中へと沈んでいきました。

 

「なっ、なぜだ!?」

 

 答えは簡単、あなたの水に射干玉の本体を染みこませたからよ。

 ハリベルが全ての水を支配するのなら、私はその水の性質全てを塗り潰して、支配不可能な全く別の水へと変えてやるだけ。

 水位を上昇させて行く最中、水面下でゆっくりと少しずつ侵食させ、支配の手を広げていく。

 気付いた時には全て手遅れ。

 

 水の支配者が、その支配権を全て奪われる――これほど屈辱的なこともないでしょう?

 だから言ったのよ……鰻の血には毒がある、って……

 

 答えの分からぬまま、それでもハリベルは必死で藻掻き水中から身体を起こします。ですがそこにはもはや、鮫の女王たる毅然としたなど微塵もありませんでした。

 波濤に怯え、戸惑いながら右往左往する稚魚。そんなところでしょうか。

 

「そして鮫の女王様も、住むところが変われば実力を発揮出来ない……」

 

 鮫がその実力を発揮出来るのは、たっぷりの海水と広い広い大海原を自由に泳ぎ回れるからこそ。

 狭く黒い濁った沼の中では、無敵を誇る鮫といえども溺れて死ぬだけよ。

 

 戸惑い続けるハリベルの眼前へと回り込むと、胸に左手を当てながら右手を引き、突きの溜めを作ります。

 

「私の、負けか……」

 

 ハリベルの言葉を合図にして、私は刃を放ちました。

 




ハリベルにウナギを絡ませようなんて発想をするのは、世界に何人くらいいるんでしょうか?

……結構いそうですね


●オマケ

もしも突っ込んだ先にいたのが、ハリベルじゃなくてバラガンだったら。


バラガン「全ての物には、老いが存在する!!」

藍俚「卍解! 射干玉三科! 囲んで塗り潰せ!!」

バラガン「その程度で……なっ、なんだこれは!? 何故だ、何故朽ちぬ!? 何故滅びぬ!?」

藍俚「バクテリアって御存じ? 単細胞生物って基本的に老化しないのよ。老いて死ぬのは、世代交代を確実に行って種全体を進化させるためのシステム。なら逆に、種として進化が必要無い存在だったら? あなたの老いと射干玉の生、はてさてどっちが上かしらね」

バラガン「が……ぐあ……っ!!」(髑髏の全身を真っ黒に塗り固められる)

藍俚「無駄な時間だったわ……(ハリベルは! ハリベルはどこ!?)」


みたい展開になると思います。
(なんなら5000字くらいで部下も含めて全部片付けます)

(射干玉ちゃんが老いで滅びる姿が想像出来ませんでした。
 でもハリベル相手に大喜びで張り切りすぎて、カラカラに干からびて滅びる姿は容易に想像できました。

 ふしぎですね)


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第245話 出血大サービス

「ハリベル様!!」

「てっ、テメエ死神いいぃぃっ!! よくも、よくもハリベル様を!!」

「敵わないことは思い知らされましたが、それとこれとは話が別です!」

「……」

 

 刀を突き刺し鮮血が宙に舞った途端、それまで離れた場所で戦いを見守っていた従属官(フラシオン)の三人たちが一斉にいきり立ち、飛びかかってきました。

 

 まあ、その反応も尤もよね。

 どうやっても、自分たちが仕えている主が刺し殺されたとしか見えないんだもの。

 

藍俚(あいり)殿? なんでこんな勿体ないことをしたのでござるか!! ハリベル殿の珠のお肌に傷が!! キズモノになってしまったでござるよ!! こ、これはもう拙者が責任を持って買い取るしかないでござるよ!! そうなると、今住んでいる場所は手狭なのでお引っ越しを……』

 

 お引っ越し!? それって私の中から出て行くの?

 駄目よそんなの駄目っ! 大家権限で認めません!! あと責任は私が取るから!! 四番隊の隊首室なら広いからもう一人くらい問題なくねじ込めるわ!! 隊長だから一軒家だって支給されてるのよ!!

 

『いえいえ、ここは拙者が!! 拙者こそが!!』

 

「やめろ! お前たち!!」

 

 ハリベルが声を張り上げました。

 

「なっ……!?」

「こ、この声は!!」

「ハリベル様……生きて、おられるのですか……!?」

 

 この一喝に驚いて、飛びかかってきた三人が揃って動きを止めます。

 というか三人とも……まさか私がハリベルを殺したって思ってたの!? し、失礼しちゃうわ! そもそも発端は説得と協力をお願いしてたのよ!? なんで殺さなくちゃならないのよ!!

 

「ああ……いや、生き恥を晒している。というべきかもしれんが……」

「血! 血がそんなにいっぱい!!」

「今すぐに私が止血を!! あ、ミラ・ローズ。あなたはまだ寝ていなさい。アパッチはミラ・ローズの介助を。ハリベル様の傷の手当ては私がしますので」

「「スンスン!!」」

 

 ……あの子、傷の手当てを装ってハリベルのおっぱいを揉む気だわ。私には分かる。

 しかも邪魔な二人をサラッと押しのけるセンスまで持ってる……抗議の声を無視して隣までやって来ました。

 

「いや、構わない」

「ですがそんなに血塗れでは……」

 

 今のハリベルは、開放状態の姿のまま。

 けれども左胸から胸の谷間、お腹からおへそにまで血に濡れています。特に胸元は血の色が濃くて、一見すれば確かに大怪我です。

 一見すれば。

 

「これは私の血ではない。あの死神の血だ」

「は……? はぁ!?」

「死神の刃は私を貫いてなどいない、ということだ……忌々しいことだがな」

 

 そういうことです。

 ハリベルを貫く直前、覚えていますか?

 左手は照準を合わせるように前に出して、胸元に当てている――って言いましたよね? その状態で、引いた右手を前に出して切っ先を突き刺しました。

 

 ……自分の左手の甲に。

 

 掌まで貫いて、勢い余ってハリベルの胸にもちょっとだけ刺さりましたけどね。でも、針の先で突いた程度です。掠り傷みたいなものですよ。

 彼女の胸元を汚しているのは、全部私の血です。

 

『……なんでそんなことしたでござるか?』

 

 本当はね! 本当は寸止めのはずだったの!! それがつい、テンションが上がっちゃって……やっちゃった……えへへ。

 やっぱりこう、血の一つも流れた方が良いかなって思って……

 

藍俚(あいり)殿、本当のことを言うでござるよ……お上にも、慈悲はあるでござる……』

 

 ごめんなさい!

 左手で照準を合わせるフリをして、ハリベルのおっぱいを触りました! そうしたら力加減の調整をミスしました!!

 だって大きくて柔らかかったんだもん!! 弾力がすごったの!!

 

『まったく藍俚(あいり)殿ときたら、油断も隙もないでござるよ……いくらハリベル殿が! あんな破廉恥な格好で戦っていたとしても! 戦闘中にチラチラ見えたとしても!! 素敵なミニスカートの中身がチラッと見えてしまったとしても!! 我慢するべきでござるよ!!』

 

 うそっ! 見えたのアレ!?

 私戦闘に集中してたからそこまで気が回らなかったのに……

 

『何を仰るのやら分かりませぬな。こう見えても見た目通りに真面目な射干玉ちゃんは、そんなスカートの中なんて気にしてないでござるよ』

 

 ……ハリベルを水中にたたき落として溺れさせた瞬間について。

 

『アレは素晴らしかったでござるよ!! "濡れてもいいように"という理由であれだけの露出していたハリベル殿であれば、いっそトコトン濡らすべきでござる!! どうして原作はシロちゃん殿なんて氷使いを相手にさせてしまったのか!! 長年抱え続けていた不満が一気に解消された瞬間でござりました!! 水の上をぷかぷかと浮かぶハリベル殿の小麦色をした二つのお山は、眼福そのもの!! まさにフローティングベストならぬフローティングバスト!! しかも隣にはべちょべちょの藍俚(あいり)殿も! 濡れて張り付き身体の線が丸見えの着物姿と濡れてもなお誇らしげな水着姿!! ぬっはぁ!! なんという背徳的な組み合わせ!!』

 

 そ、そう……

 

 ちょっと突いたら、予想外の山盛りなお返事がやってきたわ。

 もうこれ以上は触れないでおきましょう。

 

「死神……いや、湯川藍俚(あいり)、だったな……最後、私は水を支配することができなかった。アレは、お前の仕業だな?」

「ええ、そうよ」

 

 取り乱して溺れかけてたのに、いつの間にか冷静になってるわ。

 部下たちの前ではそんな姿は見せられない、みたいな矜持かしら?

 

「やはり、か……冷静になった今ならば分かる。いや、何をやったのかまでは分からないが、それだけは分かった。こっそりと水を足し、最大技の手助けをした上でそれを破る。水の支配権まで密かに奪い取る。これ以上無い程の敗北だ……しかも、それらを気付かせぬようにわざと巫山戯た技で怒らせ冷静さを失わせるという念の入れよう……完敗だ……」

「さて、なんのことかしら……?」

「知らぬフリ、か……だが、今の私にはそれを責める資格もない……命まで庇われたとあってはな……」

 

 巫山戯(ふざけ)た技って……ウナギのこと、よね……絶対に……

 判断力を鈍らせるのが目的だったけれど、ごめんなさい。アレには趣味もちょっとだけ入ってるのよ……

 

藍俚(あいり)殿……拙者が言うのも筋違いかと思いますが……アレ、訴えられたら完全に負けでござるよ?』

 

 ……知ってる。

 

 というかハリベル、負けた途端にもの凄い理解力ね……

 しかもお山(おっぱい)に手を置いて刺したのを、命を庇うための行動だって思っているし……聞いてるこっちが心苦しくなってくる……

 

「湯川、戦闘前のお前の提案だが……完全に飲むことはできない。だが敗者として、前向きに検討はしよう。それと、今この虚圏(ウェコムンド)にいる死神たちにも、最低限の協力だけはすると誓おう。アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンも良いな?」

「…………」

 

 感情的には納得できないようですが、鶴の一声のように黙りました。

 あら? なんだかスンスンがすっごい顔してるわね?

 

「……はっ! そ、そうですわ! 死神!! アレは何――」

「死神ではなく湯川、もしくは藍俚(あいり)だスンスン。その程度の敬意は払え」

「――っ~~~~!!! 湯川藍俚(あいり)!!」

 

 ハリベル、部下にまで徹底させなくていいから……

 

「あの技はなんですか! いくら相手の虚を付くためとはいえ、やって良いことと悪いことがあります!!」

「そうよねぇ、あたしもそう思うわ」

 

 スンスンの意見を肯定するようにチルッチが現れました。

 いつの間にか来ていたのね。全然気付かなかったわ。彼女はなんだか、もの凄く腹立たしいって表情をしながらさらに続きを口にしました。

 

「でもね、どれだけムカついても負けは負け。命まで救われたんじゃ、文句は言えないわよ! 本当に、本当に腹が立つんだけど!!」

「お前は……確か、チルッチ・サンダーウィッチだったな」

「あら、あたしのことを知ってるの? 自分で言うのも何だけれど、3桁に落ちてんのよ? 現十刃(エスパーダ)サマってのは暇なの?」

「だが元とはいえど十刃(エスパーダ)だ。先達のことを知っておいても損はないだろう?」

「ふーん……ま、確かに。そう考えてる分だけ、アンタは従属官(フラシオン)たちよりずっと立派みたいね」

 

 チルッチ、一体どうしたのかしら?

 顔に「私もちょっと前にヌルヌルの汁に滑らされてもの凄い屈辱を受けたから気持ちはよくわかる!」とか「"あの卍解の相手をしなくてよかった"って言葉は間違ってもこういう意味じゃない!」って書いてあるわ。

 

『もの凄い具体的でござるなぁ……それよりも、ハリベル殿がチルッチ殿を御存じな部分の方が大事なのでは?』

 

 そっちも考えたんだけどね。

 でも、今の言葉で凄く納得しちゃったの。ハリベルの性格だったら"さもありなん"って感じなのよ。

 

「知ってるみたいだから自己紹介は省くけれど、あたしも一応そこの藍俚(あいり)……し、死神!!」

「どうした? 名前で呼ぶことに、特段問題など無いと思うのだが……?」

「死! 神! に!! 無理矢理協力させられた立場なの!! っていうか藍俚(あいり)ィ! アンタもアンタよ!! 協力しろって言って外に出た途端、あたしを置いて走って行くってのはどう考えても失礼でしょうが!! ここまで来るのにどれだけ大変だったと思ってんのよ!!」

「ご、ごめんねチルッチ……ハリベルの霊圧を感じたから、つい……」

「ハァ!? そうよね、3桁に落ちたのよりも現十刃(エスパーダ)の方がず~~~っと頼りになるものね! ふーんだっ!!」

 

 腕を組んで、ほっぺたを膨らませながら「ツン!」とそっぽを向かれてしまいました。

 かわいい!

 

 ……じゃなくて!!

 

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!! 協力者は多い方が良いと思って……」

「それとそこの従属官(フラシオン)から聞いたけれど、ハリベルには『藍染様がいなくなってからの虚圏(ウェコムンド)の面倒を見ろ』とか依頼したそうじゃない? なんであたしには言わないのよ!!」

「えっと、それは……その……あの時はまだ、そこまで言う暇が無かったって言うか……勿論、チルッチにもちゃんと依頼するつもりだったんだけれど、あの時のチルッチはまだ病み上がりだったし……」

 

 しどろもどろに説明する私を見ながら、ハリベルが「プッ」と吹き出しました。

 

「……くっ、ククク……アハハハハ!! 私を完膚なきまでに打ち倒し、敗北を叩き付けた死神がこうも手玉に取られるとはな。決して下に見ていたわけではないが、見直したぞチルッチ」

「ハリベル、あんたはもう少し文句言っても良いと思うわよ?」

 

 なんだか二人が仲良くなってるわね。

 そう思っていたところで。

 

 

 

 ――聞こえるかい? 侵入者諸君

 

 

 

 頭の中に声が響きました。

 




●フローティングベスト
救命胴衣(ライフジャケット)のこと。

これを「フローティングバスト」とボケたかったんです。
なので「どうにかしてハリベルを沼の底に沈めなきゃ!」と頭を捻った結果がアレです。

白状しますと今話は「これが言いたかっただけ」です。


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第246話 藍染の宣戦布告

 ――ここまで十刃(エスパーダ)を陥落させた君たちに敬意を表し、先んじて伝えよう

 

 この声、藍染ですね。

 ということはこれから、藍染たちが現世に向かう訳か。

 

 チラッと周囲を見れば、ハリベルたちにもこの声は届いているみたいですね。神妙な顔つきをしていることから、声に集中しているみたいです。

 

 ……十刃(エスパーダ)、予定よりも一人多く減ってるけれど大丈夫なのかしら? 本当ならハリベルってここで負ける筈じゃなかったはずよね? 私の記憶だと彼女たちは現世に行くはずだけど、今のところ動きも音沙汰もないし……

 

『やってしまった張本人が今更それを気にするでござるか!?』

 

 藍染が取り返しに来るとか、そういう気配も今のところ無いみたい。

 天蓋の下で解放を禁じる――って枷を付けていた以上、藍染としても上位四人は別格扱いなんでしょうし。

 だったら取り返しに来ても良いんじゃないの?

 

『(一応第0十刃(セロ・エスパーダ)もいる関係上、上位()人と呼ぶのが正しいのかも知れませぬな……藍俚(あいり)殿はすっかり忘れているようでござるが……)』

 

 そんな疑問を抱きながらも、頭の中では天挺空羅の声が響いたままです。

 織姫さんを餌にして、私たちを計画通りにまんまとおびき寄せて、その結果は四人の隊長を含む主戦力を虚圏(ウェコムンド)へ幽閉することに成功した。これは誇るべき成果だ――そんな風に得意げに言っています。

 

 と同時に、私たちが通ってきた黒腔(ガルガンダ)が封鎖されました。

 

「……え?」

 

 ちょっとまって藍染! それで大丈夫なの!? 一応こっちにはハリベルとチルッチが協力してくれているのよ!?

 私が彼女たちに「お願い、道を作って?」って頼んだらどうするつもりよ!?

 

 ――それともう一つだ。ハリベル、聞こえているのだろう?

 

「あ、藍染様!!」

 

 ――まさか第3(トレス)の君までもが敗れるとは思わなかった……いや、ただ敗れるどころか、命を庇われ軍門に降る程に愚かとは思わなかった。

 

「違います! 確かに私は敗れました! ですが決して……決して!!」

 

 ――どうやら君の力は、私の下で戦うには足らなかったようだ。実に期待外れだったよ。

 

「あっ! あああああぁぁっ!!」

 

 天挺空羅で声を届けている以上、この通信は一方通行。ハリベルの言葉が藍染に届くことはありません……いや、多分だけど別の手段でここも監視していそう。

 となれば、聞こえてはいるけれども藍染の耳には一切届いていないんでしょうね。聞く耳持たないを地で行ってるわ。

 それにしても、そんな言い方はないわよね! ハリベルも頑張ったわよ!!

 

 ……そういえばあの戦い、従属官(フラシオン)たちも含めて形式的には二連戦だったわよね?

 

『その通りでござるが? あ、アヨン殿を入れれば三連戦と言えなくもないでござるよ!!』

 

 まあ、ね……でもさ、二連? 三連戦だったはずだったのに、気分的にはその三倍くらい疲れてるのよね……なんでかしら? なんと言うかこう、同じ戦いを二回繰り返したみたいで……

 

『不思議なこともあるものでござるな……』

 

 ねー、不思議よねー

 

 あと今更ではありますが。

 戦いも終わったのでハリベルの姿はとっくに開放状態から戻っています。だからあの"露出度控えめだけど下乳がむしろ目立ってエッチ"な格好になっていますよ。

 

『脇のスリットから覗く太腿も忘れてはいけませぬぞ!!』

 

 はいはい。

 とにかく解放前の格好に戻っていて、元に戻った影響からか水中に落ちたのに服はすっかり乾いています。精々髪がしっとりしているくらいですね。

 

 ちなみに私は未だに濡れ鼠です。

 隊首羽織と死覇装とサラシと褌が水を吸って肌に張り付いて、気持ち悪い……髪もすっかりぺたーっとしちゃってるし……

 

 ――黒腔(ガルガンダ)には少し細工をしておいた。君たちは好きなだけ死神へと協力するがいい。だが、現世へと通じる門が開くことは決してない。

 

 あらら、残念。先手を打たれましたか。

 そんな風に個人を識別して鍵を掛ける、みたいなことも出来るんですね。

 ……藍染なら可能か。

 

 でもこのままだと、スタークとバラガン……だっけ? エスパーダの最上位の二人を引き連れて現世に行くんでしょ? 戦力足りる?

 あ、でも老化の能力みたいなのがとってもとっても強くて厄介だった気がするわ。あの能力だったら多少の数の差を吹き飛ばせそうって私の記憶が……

 

 じーっ……

 

『なんでござるか藍俚(あいり)殿? 拙者をそんなにガン見されると……こ、興奮して赤く染まってしまうでござるよ……!!』

 

 なんだか「お前が行けば一瞬で倒せるから行ってこい」って言われた気がしたわ。

 なんでかしらね? 

 

 そうこうしている間にも藍染の話は進みます。

 

 虚圏(ウェコムンド)には隊長が四人もいるし、しかも更木剣八までいる。尸魂界(ソウルソサエティ)の戦力は半減以下に落ち込んだと断言しよう。

 しかも湯川藍俚(あいり)までもを封じ込められたのは僥倖だ。おかげで継戦能力も半分以下となった。

 容易い、実に容易い……って何それ! 何で私の名前まで出したの!? 私がいなくても卯ノ花隊長がいるわよ!? 勇音だっているし、補給やら救護やらどんどんやるわよ!?

 

藍俚(あいり)殿? 素手で藍染殿とやりあったのをお忘れですか? 欠損部位を再生させたり、ここに来てからもチルッチ殿を完治させているのですが……? 敵から見れば真っ先に潰すべき相手でござるよ』

 

 なるほど、一理あるわね。

 

 ――君たちは全てが終わった後でゆっくりとお相手しよう。そして裏切り者の破面(アランカル)たち、君たちも同じだ。面倒だが、全てが終わった後で処分してあげよう……死神たちのついでにね。

 

「そん、な……ッ!!」

 

 ハリベルが膝から崩れ落ちました。

 従属官(フラシオン)たちも、顔が真っ青になっています。

 ただチルッチだけは、割と平然としていました。3桁だったりあの処刑部隊――だっけ? に仕留められそうになっていたことで「始末されても仕方ない」と覚悟が決まっていたのかもしれませんね。

 

「……たく、藍染め。また書類仕事を山ほど押しつけてやろうかしら……ハリベル、気にしないで」

「湯川……だが……」

「あなたはきちんと自分の務めを果たした。負けても譲歩は最低限だから、むしろ誇るべきだわ。それにほら、さっき私の名前も出てきたでしょう? そんな厄介な相手を抑えたんだから、もっと自信を持って!」

「そ、そうか……?」

「そうそう! それに繰り返しになるけれど、死神側だって藍染対策は十分にしてあるの!! もしも藍染がやって来たって、私が返り討ちにしてみせるから!!」

 

 なんでこんな風に元気づけてるのでしょうか?

 とにかくハリベルは多少なりとも持ち直したらしく、今は従属官(フラシオン)たちを元気づけています。

 

「とりあえず、藍染の企みを出来るところから壊してやりましょう」

「何それ?」

 

 懐から伝令神機を取り出せば、チルッチが興味深そうに覗き込んできました。

 背丈の差があるので、手元を覗き込まれていますね。

 

 覚えていますか? 浦原に頼んで作って貰った、虚圏(ウェコムンド)と通信可能――のはず――な伝令神機です。

 ほら、ここに来る少しだけ前に届けて貰ったアレですよ。

 

「知らない? 伝令神機って言って、死神が連絡を取る時の物なんだけれど。これで連絡が取れないかやってみるわ」

「あの藍染様よ? そんなの通るわけないでしょ」

「まあ、物は試しってことで」

 

 実際「テストはしていない」って話だったからね。

 さてさて、どうなることかしら……? 上手く連絡が付けば儲けもの、このまま浦原に連絡を取って黒腔(ガルガンダ)を開いて貰えれば……

 

「もしもし、私です。湯川です。聞こえますか?」

『あー……ザザッ、ザザザザー……ゆか……ザザッ……これ、駄……ザザッ……妨、害……ザザザザー……』

 

 ――プツン。

 と、そんな音を立てて通信が切れてしまいました。

 

「何コレ? 雑音ばっかりじゃない。壊れてるんじゃないの?」

「ううん、多分だけど通信出来ないように妨害されてるわね」

 

 一応最低限繋がりはしたんで、相手も認識はしたと思うんだけど……

 

 でもコッチの状況に気付いて、新しく通路を開けて、連絡を取って、そこに移動する。なんて連携が取れるとは思えないんですよね……

 しかも現世側にはこれから藍染が行くわけですから、そんな暇が果たしてあるかどうかも不明です。

 

 となると次に出来そうなのは――

 

「何よ? もしかしてあたしに黒腔(ガルガンダ)を開けって言ってる? やってもいいけれど、どこに出るか保証は出来ないわよ?」

「それは最後の手段にしておきましょう。それよりも今は、先にやるべき事があるから」

「やるべきことぉ? 何よそれ」

 

 チルッチの顔を見ているのに気付かれたようです。

 でもまさか、いきなりそんなことは頼まないわよ。物事には順番って物があるの。

 

「まずは、みんなにチルッチたちを紹介しないとね」

「紹介!? あたしたちを!? ……あんた、やっぱり馬鹿なんじゃないの? それってつまり、死神に紹介するってことでしょ!?」

「今は味方、もとい中立関係なんだからそれでいいでしょ? ハリベルたちも、それでいいわよね!?」

 

 尋ねたところ、無言で小さく頷いてくれました。

 全面同意はしていないけれど、今はやむなしと判断したみたい。

 

「それじゃあまずは、バラバラになっちゃったみんなを集め直しましょうか」

 

 いわゆる、部隊を再編成する。みたいな感じですね。

 一応みんなの居場所は霊圧を探ってある程度は突き止めていますから。

 

 そうして織姫さんを助けて。

 あとネリエル……だっけ? あの小さい子が大人になるタイプの破面(アランカル)! あの子たちとは是非とも接触を取りたいのよね!!

 

 

 

 

 …………あっ! ちょっと待って!! 私まだびしょ濡れのまま!!

 

 伝令神機、完全防水だったのね。知らなかった……技術が高いわぁ……

 




●同じ戦いを二回繰り返したみたい
多分、もう二度とやりません。

●藍染
よっしゃああっ! 一番狂ってるのを二人とも閉じ込めた!!


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第247話 憧れの隊首羽織

「確か、霊圧はこの辺りで感じたはず……」

 

 前回も言いましたが、まず藍染の「現世に侵攻するよ」宣言があります。

 その後、虚圏(ウェコムンド)に来た死神たちを集め直すことにしました。なので今は、チルッチもハリベルも従属官(フラシオン)たちも一緒に行動しています。

 

 多分みんな十刃(エスパーダ)と戦って怪我してるはずだから、そっちの治療もしないといけないでしょうし。

 

 私だって怪我したんだから、きっとみんなだって傷ついているはず。

 

『自分で自分の手の甲に刀をブッ刺した藍俚(あいり)殿には負けるでござるよ……』

 

 あ、アレは違うから!! あとハリベルの水の鮫の技でちゃんとダメージを受けてるから! 片腕を怪我しているから!!

 それも含めてもう全部治したから!!

 

 ……でも、アパッチたちの傷は治せませんでした。

 というより、治させてもらえませんでした。

 

 私が「その怪我を治します」って言ったのに、やんわりと丁重に断られました。

 なんだか怯えられていたみたいで……どうしてかしら?

 

 治療にかこつけて身体中を触るとか、そんなことは全く一切考えていません。

 

『本当でござるか?』

 

 当たり前でしょう!?

 あの子たち三人揃って片腕無くしているのよ!? 一人は私が斬っちゃったし、その辺含めて全部治療するのは当然のことでしょう!!

 

 まだ信頼度が足らないのかしらね……?

 

 でも、びしょびしょだったのはハリベルがなんとかしてくれました。こう、水を操る能力の応用って感じで、一瞬にして脱水してくれました。脱水後はちゃんと蝦蟹蠍(じょきん)しておきましたので、変な匂いもしません。ハリベルとの初の共同作業です。

 こんなコトしてくれるってことは、ハリベルとの信頼度は高いと考えて良いのかしら……?

 

「この霊圧……いたわ、桃!!」

 

 そんなことを考えながら捜索を続けて、ようやく一人見つけました。

 四番隊(ウチ)の桃です。

 霊圧がずいぶんと弱っているみたいだけれど、何があったのかしら……?

 

 それに桃の隣にいるこの霊圧って……誰かしら? 破面(アランカル)っぽいのだけは分かるんだけど……

 

「ん? この霊圧……どこかで覚えがあるような……」

「チルッチが?」

「んー……どこだっけ……?」

 

 並んで移動していたチルッチが何やら首を捻っています。

 彼女が覚えのある霊圧――当然、桃のことじゃないでしょうね。桃だったらまだ覚えているはずでしょうし。

 ということは、彼女が知っている可能性のある破面(アランカル)の誰かが、桃の隣にいるってことかしら……?

 

 ……それって、下手したら桃が大ピンチなんじゃないの!? チルッチの時みたいに、処刑部隊が迫ってるかもしれないってことよね!?

 

「ごめんねチルッチ、ハリベル! ちょっと先に行くわ!!」

「え、ちょっと藍俚(あいり)またぁ!?」

「桃が! 部下が危険かもしれないの!!」

 

 返事を待たずに、再び全力で駆け出しました。

 霊圧の感じから察するに、桃にトドメを刺そうとか、そういう気配は感じられないんだけどね。それでも何かがあってからでは遅いので。

 

 また置いていく事になるけれど、今回は十分視界に届く範囲だから。だから許してね、チルッチ。

 瞬歩(しゅんぽ)で一瞬にして間合いを詰め、桃のすぐ近くに着地します。

 

「いたっ! 桃、無事!? 生きてる!?」

「どわあぁぁっ! なっ、なんスかなんなんスか!? 急に空から振ってきたりスて!! あんた誰っスか!?」

 

 声を掛けつつ、いつでも抜刀出来るように気を配りながら確認したところ。

 桃の隣にいたのは小さな破面(アランカル)の少女でした。

 緑色の髪をしていて、頭に髑髏を被っていて、ローブみたいなのを身に纏っていて、訛った喋り方をしていて、今は何故か桃を庇うように立っている……

 

 ――ってこれ、ネリエルじゃないの!! なんで、なんで桃と一緒にいるの!?

 

「あ……せ、先生……!!」

「えええっ? 桃ちゃんの知り合いっスかぁ!?」

 

 地面に寝そべっていた桃が、ゆっくりと上体を起こしながら呟きました。その際、痛そうに少しだけ顔を顰めていました。

 隠そうとしていたみたいですが、私の目にはお見通しです。

 あちこちボロボロになっていることから、何らかの激戦を繰り広げたんでしょう。霊圧がかなり弱っています。

 傷の手当だけは済んでいるようなので、もう少し休んでいれば自力で完治もできるようになるでしょうね。

 

 ですが――

 

「ええ、そうよ。私は桃が所属している部隊の隊長なの」

「ああっ! そういえば桃ちゃんネルに話スてくれたっスよ! えーとたスか……湯川さんだったっス!! ネルは破面(アランカル)のネル・トゥと申スまス。隊長さんのことは桃ちゃんから聞いてるスよ」

「そう、ネルちゃんね。こちらこそよろしく。それといきなりで悪いんだけど、桃の治療をしたいの。いいかしら?」

「はい! どーぞっス!」

 

 ――そんな悠長な事は言っていられません。

 なので、さっさと治療と霊圧補充を済ませてしまいましょう。

 

「ほら桃、動いちゃ駄目よ。身体を楽にして、力を抜いて……」

「先生……」

 

 場所をどいてくれたので、桃への治療を開始します。

 開始しました。それは良いんです、何の問題もありません。ありませんが……

 

 ……おかしいわね? この子の名前って、ネリエルじゃなかったっけ……? 私の記憶違いかしら……?

 

『(あぁ、これは……微妙に勘違いしたままでござるな……)藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿』

 

 なぁに、射干玉?

 

『間違ってはおりませぬぞ。今のところは、ネル・トゥ殿でござるよ』

 

 ……今のところ?

 

 今のところ……ってことは――

 

 

 

 そっか、ご兄弟が揃わないと駄目なのね!!

 ペッシェ・ガティーシェと……ド、ドン……ドンドチャッカ……? がいないと!!

 三人揃ってなんとやら、って言うし!!

 

『……そうでござるな……(というか、何故片方はフルネームで覚えているでござるか……???)』

 

 

 

「うん、このくらい霊圧を補充すれば問題ないでしょう。ほら桃、立てる?」

「はい……あの、先生……」

「ん? どうし……桃!?」

 

 治療も済んで立ち上がらせたところで、桃が抱きついてきました。

 

「先生……先生、私……私……!!」

「桃ちゃん、どうスたんスか!? お腹痛いんスか!?」

 

 私の胸元に顔を埋めながら、肩を小刻みに震わせています。表情は見えませんが、おそらく泣いているんでしょう。

 背中から漂ってくる気配はなんともか弱く儚げで、力加減を僅かにでも誤ったらその瞬間に砕け散ってしまいそうな――そんな印象です。

 

 ……桃に一体何があったのかしら?

 

「桃、何があったの……?」

「私……私、ウルキオラに……また……負け……っ!! 黒崎、さん……守れ……大怪我……ううう……うわああああぁぁぁぁっ!!」

 

 優しく尋ねたところ、桃は声を絞り出しながら教えてくれました。

 胸の辺りが、じんわりと温かくなりました。どうやら大粒の涙を流しているみたいです。

 途切れ途切れな、単語だけの言葉。それだけでも、この子に何があったのかはなんとなく想像がつきます。

 

 そっか……そういうことかぁ……

 

「よしよし、桃。よく頑張ったわね」

「……ひっ! ……ひっ……く……!!」

 

 彼女の頭を優しく抱きしめ、そっと撫でます。

 涙でしゃくり上げる桃の声を耳にしながら、私は言葉を続けます。

 

「黒崎君が無事なのは、霊圧でわかる。でも今の桃の言葉から、彼は随分と危険な状態だったんでしょう? あなたが頑張って治療してくれたのよね?」

「……」

 

 声はありませんでしたが、小さくコクンと首肯しました。

 

「だったら、胸を張りなさい。四番隊の隊士として、あなたはしっかりと怪我人を治療した。それは誇って良いことよ」

「でも……わた、し……また同じ……ウルキオラ……役に、立て……っ!!」

 

 ああ、そういうことか。

 一度目は織姫さんを連れて行かれて、そして今回は黒崎君。

 同じ相手に二度も屈辱を味わう羽目になったら、こうも泣くわよね。

 

 でもウルキオラ相手だとねぇ……

 下手すれば隊長クラスでも負ける相手だし、そもそも雪辱を果たせるほど鍛えられてもいない。

 機会があるって言ったのは確かに私だけど、まさかこんなに早くなんて……

 

 忘れているかもしれないけれど、この子まだ病み上がりで本調子じゃないのよ?

 ウルキオラに勝てる要素なんて皆無……一護がいても、無理よね。

 

 ……あれ? でも一護ってウルキオラを倒してるわよね? あれ、順番ってどうだったかしら……??

 ……まあいいわ! それよりも今は桃!!

 

「そんなことは気にしないの。今は何も考えないで、身体を休めなさい」

「そうっスよ! 桃ちゃんがいなかったら、一護は……一護がどうなっていたことか……う、うう……うわあああぁぁぁっ!!」 

「ネ、ネルちゃん!?」

 

 あらら。

 桃に感化されたのか、今度はネルちゃんが泣き出しました。

 これはどうやら、緊張の糸が切れちゃったみたいね。

 私が来て、安心した桃。安心した桃を見て、安堵したネルちゃん。二人とも感情が爆発しちゃった――そんなところかしら?

 

 ネルちゃんの鳴き声を聞いて驚いたのか、桃が顔を跳ね上げました。

 

「どうしたのネルちゃん……?」

「だ、だって……桃ちゃんがいなかったら、ネルだけだったら、一護は助けられねかったっスよ……んだからホントは、ネルが……ネルが一番役立たずっス!!」

「そんなことないよ……だって、ネルちゃんがいなかったら私も……う、うわああぁぁぁんっ!!」

 

 あらら、両方とも泣き出しちゃったわね。

 

 ……仕方ないか。

 私は今まで袖を通していた隊首羽織を脱ぐと、そっと桃の肩に掛けました。

 

「ほら、桃。悔しいのは分かるけれど、いつまでも泣いていないの。可愛い顔が台無しよ?」

「……え?」

「それに、いつまでもそんなボロボロの格好だったら他の子の目にも毒よ。ちゃんと隠さないと」

 

 今の桃は別に大きく肌を露出しているとか、そういうわけではありません。なんだったら露出度はハリベル以下ですから。

 ただ死覇装がボロボロになっているから、それを隠すために。

 それともう一つ。

 こんな風にそっと羽織とかを掛けて貰えると、なんとなく嬉しいでしょ?

 

 私だって一応隊長だし「心配して貰えてる」とか「元気づけようとしてくれているんだ」みたいな気持ちはきっと伝わるはず!

 ……伝わるわよね?

 

「あの、これ……先生の隊首羽織……」

 

 肩に掛けられたそれを、桃はビックリしながらもぎゅっと大事そうに抱きしめました。

 

 当たり前だけど、この羽織は桃には大きすぎるわね。

 私だと丁度良いサイズだけど、桃が着るとぶかぶかです。肩に掛けただけで裾が(ふく)(はぎ)にまで届いていて、このまま歩くと踏んづけて転んでしまいそう。

 袖は通していないけれど、もしも通していたら手が完全に隠れちゃうでしょうね。

 

『いわゆる"萌え袖"というヤツでござるな!!』

 

「……あ、ここ……破れてる……」

 

 羽織を抱きしめたまま、桃が袖の穴を目聡く見つけました。

 

「ええ、そうよ。私も十刃(エスパーダ)の一人と戦ったの。それはその時に開けられた穴。隊首羽織を傷つけられるような強敵だったわ」

「そんな……! 先生が怪我を……?」

 

 なんだか驚いていますけれど、私そこまで強くは無いわよ?

 それとも桃の中の私は、常に無傷で敵を倒すってイメージとかなのかしら?

 と、とにかく!

 

「そんな強敵を相手に、桃は本当によくやってくれたわ。だから、次は私の番」

「先生の番、ですか……?」

「ええ! そのウルキオラを殴ってでも連れてきて、謝らせるから。だから、その隊首羽織を私だと思ってもう少しだけ待っててくれる?」

「……え……え……っ……?」

 

 ぽかーんとした表情を桃が見せています。

 それはそうですよね。連れてきて謝らせるとか、そんなこと言い出すなんて普通は予想できませんから。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)で約束したでしょう? 雪辱を果たす機会はあるって。でもこれじゃあ私、約束を破っちゃったのと同じだから……だからせめてもの罪滅ぼし、ね?」

「ぐすっ……よかったスね、桃ちゃん」

「ネルちゃん……うんっ!」

 

 二人ともようやく笑ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、先生。この隊首羽織、私が繕ってもいいでしょうか?」

「ああ、それ? そろそろ新調しようかと思って――」

「だったら私にください!!」

「え、ええ……」

「えへへ……着ちゃおうっと……」

 

 今日一番の笑顔を見せてくれました。

 




●三人揃って
・Perfumeになるかもしれない(某歌手)
・世界最強の化物になるかもしれない(某漫画)

(なおパフュームだったらもういる(アパッチたちのモデル的な意味で))

●メンタルケア
スポーツ選手のユニフォームとかを額に入れて飾るような、そんな感じ。
これで雛森も元気になる、はず……大丈夫、よね……?


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第248話 ネルにも穴はあるんだよな

「そうそう、ネルちゃんにもお礼を言わないと」

「ふぇ……? ネルにお礼スか……?」

 

 桃とネルちゃん。

 二人の感情がようやく普通になったときを見計らって、思い出したように口にします。

 

「ええそうよ。ネルちゃん、桃のことを守ってくれていたんでしょう? ありがとうね。隊長として、お礼を言わせて貰うわ」

「ふぇっ!? た、(たス)かにそうスけど……けどネル、そんなこと言ってねえスよ……?」

「そのくらい、ネルちゃんの行動を見ていたらわかるわよ。私がここに来た時だって、ネルちゃんは桃を守ろうとしてくれたでしょう? だから、お礼を言わせて貰うわ」

「そ、そんなぁ……照れるっスよ……」

 

 恥ずかしそうに、けれども満更でもなさそうに身体をくねくねさせています。

 かわいい。

 

 可愛いんだけれど、確かこの子って成長するのよね?

 成長しておっぱい大きくなって、一護を守ってたような、そんな覚えがあるわ。かなりうろ覚えだけど、でもあの明らかに際どい格好だけは覚えてる。

 

『正確には今が仮の姿でござるよ』

 

 元?

 ……ああ、なるほどね。この子、なんだか霊圧が漏れ出てるわ。

 多分、それが原因よね。だったら――

 

「話は済んだ?」

「ほげぇぇっ!? な、なんなんスかあんたらは!!」

「ッ! ネルちゃん、下がって!!」

 

 どうしようかと考えていたところ、チルッチたちが追い付いてきました。

 突然現れた五人の破面(アランカル)たちの姿に、事情を知らない二人は一気に身を固くしています。

 

 あら? それにしても。

 短い距離だったけれど、到着までに随分時間が掛かったわね? まあ、以前も言ったけれど目に見える程度の距離だったから、特別急がなかったのかしら?

 息切れとかもしていないから、きっとそうなんでしょうね。

 

 ……あるいは、私と桃の会話で邪魔が入らないように気を遣ってくれたとか?

 

『やだ……チルッチ殿ったらイイ女でござるな……拙者の中の射干玉ちゃんポイントがスリーナインでジャックポットでござるよ!!』

 

 スリーセブンじゃない辺り、微妙にケチってるわね。

 

『ではスリーストライクで』

 

 バッターアウトになってる!? え、何!? 射干玉ってチルッチのこと嫌いなの? ……いや、そんなことは絶対ないわよね。

 

「ああ、二人とも大丈夫よ。この人たちは破面(アランカル)だけど、今は一時的に協力してくれているの」

「あ、破面(アランカル)と協力……?」

「それってどういうことっスか!! そんなのありえねえっスよ!!」

 

 ネルちゃん……? それをあなたが言うのはどうなのかしら……?

 

「それをアンタが言うのはどうなのよ!!」

 

 あ、チルッチと被ったわ。

 

「……あ、そういえばそっスね」

「そっか……ネルちゃんみたいな破面(アランカル)もいるのよね」

「ちなみにだけど、あたしは3桁落ちの元十刃(エスパーダ)。それとそっちのは現第3(トレス)十刃(エスパーダ)よ」

「「えっ、ええええええぇぇぇっ!?!?」」

 

 明らかに二人の反応を見て愉しむために言ったでしょ、今の。

 ニヤニヤとイタズラっぽい顔で、わざと誤解させるような言い回しだもの。

 でもこの二人には効果抜群だったみたいね。

 

「せ、先生……!? 十刃(エスパーダ)って……それに第3(トレス)って……ほ、本当に大丈夫なんですか……!?」

「二人とも大丈夫よ。さっきも言ったけれど、色々あって今は協力して貰っているの。だからそんなに緊張しないで」

「け、けけけけけんども! まっさか十刃(エスパーダ)みてえなとんでもねえお方が協力されてるだなんて……ネル、頭がおかスくなりそっス……」

 

 二人のハリベルを見る目が尋常じゃないんだけど……

 ああ、そういえば。ウルキオラって第4(クアトロ)なのよね。第4(クアトロ)に負けて大怪我したと思ったら、私がその一つ上を引き連れて来たわけだから――なるほど、そりゃあ腰も引けるわけだわ。

 

『雛森殿の藍俚(あいり)殿を見る目が凄いことになってるでござるよ!! アレはガチで信じられねえものを見てる目でござる!!』

 

「……湯川も言っていたが、そう緊張しなくて構わない」

 

 今まで沈黙を守っていたハリベルが二人に向けて――いえ、違うわね。桃はオマケで、ネルちゃんに向けて語りかけました。

 

「先ほどの藍染様の言葉が聞こえていただろう? 現十刃(エスパーダ)とは言っても、私は藍染様から切り捨てられた身だ。そっちの口やかましいのも元十刃(エスパーダ)だからな」

「あっ! ちょっとハリベル! あんた口数が少ないと思ってたらそういうこと言うタイプだったわけ!? だったらあたしにも考えがあるわよ!?」

「お前が元なのは事実だろうが……」

「何よ! 文句があるんだったらあんたも一度くらい十刃(エスパーダ)になってから言ってみなさい!!」

「そんなもんやるかッ! あたしたちはハリベル様を慕っているんだよ!!」

 

 後ろ、いつ見ても賑やかそうね……

 

 でもさっきのハリベルの言葉、ちょっとだけ不正解なのよね。

 天挺空羅で伝えたから、ネルちゃんにまで会話を飛ばしたかまでは分からないのよ。

 ただ桃が一緒にいたことと、ハリベルの言葉に特に反応しなかったことから、桃を経由してネルちゃんに伝わっているでしょうね。

 

「ところで小さな破面(アランカル)……いや、ネルよ。一つ問いたい」

「ネルにスか? ……けんどもネルは、たいスた事は()らねっスよ?」

「お前は、元十刃(エスパーダ)ではないのか?」

「「「「……ッ!?」」」」

 

 ハリベルの爆弾発言が飛び出しました。

 その言葉にチルッチたち破面(アランカル)組も、桃までも驚いています。

 平静なのはハリベルと私くらいですね。

 

 ……あ、いけない! 私が無反応なのっておかしいわよね。不審に思われないかしら?

 

「いやいや、このチビ助が元十刃(エスパーダ)とか……いやいや嘘でしょ? あたしだって聞いたことないわよ?」

「かつて、私がまだ十刃(エスパーダ)に属するより前に、ネリエルという女性十刃(エスパーダ)がいたらしい」

 

 ハリベルはチルッチのことも知っていたみたいだし、知っててもおかしくないわ。

 ……でも、この小さな子と結びつけるのって厳しくない? むしろ良く気付いたわね。

 

「いやいやネルはネルっスよ? 名前はちっとだけ似てるスが、ネリエルなんて名前じゃねっスし。そんな記憶もねっス」

「そうか? だがお前を見ていた時に少しだけ、かつて調べ上げたネリエルの印象と重なったのだ。それともう一つ」

 

 あ、視線が私に向いたわ。

 なんだか嫌な予感しかしない。

 

「私が元十刃(エスパーダ)なのではないかと話をした時に、湯川だけは驚かなかった。何か、知っているのではないか?」

「……はぁ」

 

 ああ、やっぱりそうなのね。ちゃんと見てるのねハリベルってば。

 となると、下手な隠し事はできないわよね。

 小さく嘆息しつつ頷いてから、私は考えを口にします。

 

「ええ、そうよ。少し見ただけだけど、ネルちゃんは霊圧がちょっとおかしいの。だから、何かあったんじゃないかって思っていただけ。そういう心構えがあったから、驚かなかっただけよ」

「ええっ! そ、そうなんですか……?」

「桃が気付かなくても無理ないわね。長く時間が経って、不自然な状態が自然な状態になってるから、気付きにくいのよ。私だってチルッチたちの経験が無かったら見過ごしてたかもしれないくらいだから」

 

 自分が気付けなかったことに少しだけ責任を感じているみたいですが……桃、本当に気にしちゃ駄目よ?

 それとここまで来たら、とことんやっちゃいましょうか。

 

「だからネルちゃん。少しだけ、身体を調べさせて貰ってもいいかしら?」

「……ネル、どっかおかしいんスか? だ、だったら……すんげぇ怖いけんども、お願いスるっス!!」

 

 跪いて視線を合わせながら優しく尋ねれば、ネルちゃんは不承不承頷いてくれました。

 

 さて許可を貰ったので、検査開始です。

 といっても、どこが悪いかなんて見ていれば分かるんですけどね。

 

 ズバリ頭です。

 

『それだと、頭が悪いって言ってみるみたいでござるな』

 

 勿論、そんなこと言ってないわよ? 頭というか、被ってる仮面が傷を負ってて、それが原因ってこと。

 だからこの仮面をもう少し詳しく調べれば――

 

「あっ、あっ、あっ! やめてけれ、やめてくんろ! ネルってば初めてなんスから、もっと優スくスて欲しいっス!!」

 

 ――なんでちょっとだけ色っぽい声を上げてるのかしら? すっごく気が散るんだけど!?

 

「……ああ、あったあった。この穴が原因ね」

「穴、っスか? そりゃあネルは(たス)かに女なんスから、穴はあいてるっスけども……」

「ネルちゃん! そんなこと言っちゃ駄目!!」

 

『ギリギリでござるよ! 発言がギリギリでござる!! そんな言葉どこから覚えたでござるか!!』

 

 桃も即座に反応して諫めてくれたわ。

 よかった、本当に良かった……このままアウトな発言されたらどうしようかと思ったわ。

 ところで……ハリベルまで含めてちょっとだけ頬を染めているってことは、全員理解しているってことよねコレ……?

 

「ゴホンゴホン! えっと、話を戻すわよ。ネルちゃんの頭の仮面なんだけれど、穴が空いている……というよりも、誰かに穴を開けられ――もとい、傷を負わされたんでしょうね」

 

 なんだかさっきの発言が気になってしまって、思わず言い直してしまいました。

 

『ノイトラ殿に穴を開けられるネリエル殿でござるか……間違ってはいないでござるな! 思いっきり誤解はされるでござるが!!』

 

「それでこの傷から霊圧が流れ出ていて、それが原因で身体が収縮しているみたい。私もこんな現象は初めてだから、確実なことは言えないけれど」

「……えーと……てことはネル、穴が開いた風船みたいなもんスか?」

「んー、そういう認識で問題ないわ。ただ風船に穴が開くと割れるみたいに、普通じゃまずあり得ないの。よっぽど上手く、それこそ奇跡みたいな確率で傷ができたんでしょうね」

 

 普通ならそのまま死ぬもの。

 それが身体が小さくなるなんて不可思議な現象が起こるとか、どんな確率なのかしら。

 

「それでネルちゃん……頭の傷なんだけど、どうする? 塞ぐ?」

「ふ、塞ぐとどうなるんスか……!?」

「おそらくだけど、風船はまた膨らんで元の姿に戻ると思うわ。その元の姿が、ハリベルが言っていたみたいにネリエルなのか? それともまた別の誰かなのかまでは分からないけれど」

「……つーことは、ひょっとスたらそっちのハリベル様みてぇな、おっぱいボインボインのエッチなお姉さんになれるかもしれねえってことっスよね!?」

「え、ええ……もしかしたら、だけど……」

「…………」

 

 あ、ハリベルが無言でネルちゃんを睨んでるわ。

 言ってることは一切合切間違ってないんだけれど、言い方ってあるわよね。

 

『そのボインボインなお姉さんに抱きつかれるとか、一護殿も無茶苦茶羨ましいでござるな!!』

 

「……でへへ」

「ネ、ネルちゃん……?」

 

『蕩けきった顔をしてるでござるな。一体どんな姿を想像したのやらでござりますよ』

 

 ……あれ? ちょっと待って。

 なんでネルちゃん、ネリエルの姿じゃなくてハリベルを引き合いに出したのかしら……? だって確か、ネリエルの姿に戻って一護を助けたはずで、この場には桃もいる。

 だったら桃から聞いていてもおかしくないだろうから、引き合いに出すのも自分の姿を……まさか、ひょっとして……

 

「ねえ、桃」

「はい先生、どうかしましたか?」

「今更なんだけれど……あなたたちに何があったのか、簡単に教えて貰えるかしら?」

「ええ構いませんよ。えっとですね、まず虚圏(ウェコムンド)に来てから――」

 

 ……ふむふむ。

 

「――というわけです」

「そう、ありがとうね……」

 

 ネリエルの姿に戻ってなかったの!? だったらこの反応も納得だわ。突然やってきて「お前には本当の姿がある」とか言われても、混乱するわよね。

 

「えっと……お楽しみの所申し訳ないんだけど、ひょっとすると元の姿に戻ると今の記憶が消えるかもしれないわよ?」

「ふぇっ!? そ、そうなんすか……!?」

「あくまで仮定だけど、元の姿とか記憶の素振りって今までなかったみたいだから。別の人格になる――とでもいえば良いのかしら?」

「う、うー……そうなるとネルは、ネルは……」

 

 凄く悩み始めました。 

 

「悩むんだったら、今すぐに決断をしなくてもいいわよ?」

「ホントっスか!?」

「ええ、本当よ。治すのはすぐにでも出来るから、だから黒崎君やご兄弟のペッシェとドンドチャッカとも話し合ってから決めるべきだと思うの」

「……ああっ! そっスね。二人ならひょっとスて、何か()ってるかもっス」

 

 この反応って、まさか二人の事を忘れていたの?

 

「そういうわけだからハリベル、ごめんね。少し保留になったみたい」

「気にするな……というか、話を聞いていると厄介な傷のように聞こえたのだが、本当に治せるのか?」

「ええ勿論」

「そ、そうなのか……」

 

 伊達に長年死神を治療していませんし、(ホロウ)化した身体も知っていれば、虚圏(こっち)に来てから破面(アランカル)の身体だって診ましたからね。

 やろうと思えば五分か十分もあれば治療可能です。

 

 さて、ちょっと一悶着ありましたけれど。

 ようやく桃を回収できました。さて次は――

 

「この霊圧……!」

「ああ、藍染様が仰っていただろう? 第五の塔の方角だ」

 

 霊圧探知をすれば、よく知った霊圧たちが全員向かっている方角があります。ついでにその延長線上では、誰かが戦っている様な気配も感じられました。

 そして私の言葉を補うように、ハリベルが付け加えてくれました。

 

 これって確か、一護とウルキオラの戦いよね……? 間違いないわよね?

 桃の話を聞いた限りだと、浮竹隊長もいるみたいだけど。

 

「ほら、さっさと行くわよ藍俚(あいり)。そのために虚圏(ウェコムンド)まで来たんでしょう?」

「え……チルッチ?」

「どうせアンタのことだから、行くに決まってるんでしょう? もう慣れたわよ。アンタが行かないんなら、先に行くわよ?」

 

 ひょっとして、背中を押してくれたんでしょうか?

 一方的にそう告げるとチルッチはさっさと先に行ってしまい、ハリベルたちもそれに続きました。

 

「……あっ! ちょっ、ちょっと待って!」

 

 待って待って! あなたたちだけで先に行くと、他の死神たちと鉢合わせちゃうから! そうなったら最悪、戦いになるから! 更木副隊長が嬉々として斬り合いを挑んでくるから!!

 私が一緒に言って止めないとややこしい事になりかねないじゃない!!

 

「ああもうっ! ほら桃、それとネルちゃんも。私が背負って連れて行くから! 一緒に行くわよ?」

「え、あ……先生……!?」

「ふえ……お、おおっ!? 高いっス! ドンドチャッカの頭に登った時みたいっスよ!」

 

 二人を無理矢理担ぎ上げると、慌てて後を追いました。

 

 

 

 そういえば、現世の方もきっと戦いが始まってるのか……

 

 ……大丈夫……よね?

 




(こっそり意趣返しで置いていくチルッチ)

●今回のタイトル。
我ながら酷いですね。
(思いついて悪乗りしてしまった私が一番悪いんですが……)

でも原作で「のどちんこ」とか「ドMだから」とか言うなら、このくらい言わせてもバチは当たらないんじゃないかと思ったり思わなかったりします。

●ネリエル
いつでも元の姿に戻れるフラグは立てておきました。
(ノイトラもザエルアポロもいないので問題は無いはずですが、ネルの気持ちを慮るとワンテンポ挟むかなと思ったので)

そういえばネリエルって「作者が一番の巨乳と認識して描いていた」みたいですね。
(十刃としては3位止まりだったけど、おっぱいは作中ナンバー1)


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第249話 塔へ突入せよ

 今、虚圏(ウェコムンド)で最も話題になっている"第五の塔"の近くまでようやくやって辿り着きました。

 

 近くまで来た時点で、ハリベルら破面(アランカル)組には万が一のために待機して貰うことにしました。

 せっかく協力体制までこぎ着けたのに、襲われては誤解が生じますからね。

 事前にきちんと説明をして、待って貰う了承を得てから、塔へと近づきました。

 ちなみに桃は未だに背負ったままです。

 

 さて肝心の塔ですが。

 近寄っただけで内部と周辺、それぞれから戦いの気配が強烈に漂ってきました。

 

 内部からの気配はおそらく、黒崎君とウルキオラが織姫さんを賭けて戦っている物でしょうね。

 そして周辺の気配は――

 

「ちっ! つまんねえのに数ばっかりいやがる!」

「まったく……厄介な相手だよ!」

「蛇尾丸!!」

「オオオオオオッ!!」

 

 浮竹隊長、更木副隊長、阿散井君に茶渡君もいるわね。

 四人が相手にしているのは、無数の破面(アランカル)たちです。

 そのほぼ全員が人間の髑髏のような物を被っていますね。髑髏頭の背後には、まるで骨で樹木を組み上げたのような姿に破面(アランカル)の姿が――

 

 ……あら? この霊圧って、私がチルッチの元へ向かった時にいたあの破面(アランカル)じゃないかしら? 私が部下を一蹴したら逃げ出しちゃったあの処刑部隊の。

 

『(何度も訂正して大変申し訳ございませんが、葬討部隊(エクセキアス)でござるよ。藍俚(あいり)殿は覚える気が皆無でござるからして)』

 

 とにかく。

 あの部隊たちの姿がありますし、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中にいたんでしょうね。他の破面(アランカル)の姿もあります。

 それら破面(アランカル)は次々に撃破されていますが、敵も然る者。巨木の枝に実が生ったかと思えば、それが瞬く間に髑髏兵へと変じて戦線に加わっています。

 

 霊圧の流れから察するに、根から周囲の霊子を吸い上げて兵士を生み出す能力みたい。それだけでも厄介な能力だろうけれど、数と生産速度が何よりも問題ね。

 こちらが十体を破壊する間に、向こうは十一体も生み出している――そう思わせるくらいの生産速度なのよ。

 ミクロな戦いは得意でも、マクロな戦いはちょっと不得手な面々だからでしょうか。

 戦線はやや硬直気味です。

 総隊長の流刃若火とか、狛村隊長の天譴で薙ぎ払えればアッという間に片付くんでしょうけれど。

 

「浮竹隊長!」

「湯川! 湯川か!? 良く来てくれた! それに背中は、雛森三席か! 大丈夫なのかい!?」

「はい! ありがとうございます!!」

 

 乱戦の外から声を掛ければ、浮竹隊長が反応してくれました。

 同時に桃の事も気遣う辺り本当に良い人ですよね。

 

「おう! 遅かったじゃねえか! けど、随分と愉しんだみてえだな! へへへ、今度俺にも斬り合いさせろよ!!」

 

 対して更木副隊長は、手にした斬魄刀で髑髏兵たちを薙ぎ払っています。周囲の様子から察するに、参戦したばっかりみたいね。まだ始解すらしていないし。

 

 ……ところでこの"斬り合いさせろ"って、ハリベルのことよね? なんでバレているの?

 

『思うに、更木剣八殿を相手に戦場の匂いを誤魔化すのは不可能かと。あと同じシチュエーションならば卯ノ花殿も間違いなく気付くはずでござるよ』

 

 阿散井君と茶渡君は、更木副隊長よりも先に来たみたい。

 それと遠くからやってくる霊圧もあるわね。これは朽木隊長にルキアさんに海燕さんに、イヅル君も……?

 

 どういう組み合わせかしら?

 イズル君が治療に向かったのかもしれないけれど……でも今は気にしてる場合じゃないわよね!

 

「遅れてすみません! 私も今から参加しますので!」

「いや、ここは俺たちだけで十分だ! それよりも湯川は先に行ってくれないか!?」

「先にですか……!?」

 

 桃を下ろし、斬魄刀を引き抜いて目の前の髑髏兵士たちとの戦いに参加しようとしたところ、浮竹隊長から待ったを掛けられました。

 どういうことでしょうか?

 

「この先には一護君がいるんだ! 彼とはここまで一緒に来たんだが、色々あって先に行かせた! 俺はここで露払いをしてから合流するつもりだったんだが、予定が狂った!!」

 

 なるほど、黒崎君のお願いで先に行かせたって訳ね。王子様としては、織姫さんを自分の手で助けたいだろうし、その想いを汲み取ってあげたわけか。

 計算違いがあるとすれば、この兵力。浮竹隊長の顔に疲労の色が浮かんでるもの。

 

『ぶっ倒しても! ぶっ倒しても!! ぶっ倒しても!!! 状態でござるな。ルドボーン殿の能力を見誤ったでござるよ。袖白雪で固めないとこんな状況になって詰む可能性があったわけでござるな』

 

 それ以外にもおそらくだけど、この場所で待ち構えて兵隊も予め大量に量産していたんじゃないの? 私たちの狙いは此処だって分かっているわけだし、そのくらいの備えはしていてもおかしくないと思うの。

 

藍俚(あいり)殿が兵隊を一瞬で片付けたから、警戒レベルが急上昇しまくったのかもしれませぬな!! 高低差で耳キーン!! となったかもしれぬでござる!!』

 

 ……え、これって私のせいなの……?

 

「それに塔から漂ってくるこの霊圧、もしかすると危険かもしれない!! だから回道の使い手のお前に頼む! 一護君を助けてやってくれ!!」

「わかりました!!」

 

 頷くと霊子で足場を作り、髑髏の軍団の上空を一気に駆け抜けていきます。

 

「行かせるものか!!」

「飛梅!!」

 

 空中を掛けていく私へ向けて、そうはさせじとルドボーンが兵隊を繰り出してきました。同時に自身も枝の一本を鞭の様にしならせ、たたき落とそうと動いてきます。

 ですがその動きに対応してくれたのは桃でした。

 斬魄刀を始解させ、火球で迎撃していくその姿はなんとも頼もしい物でした。

 おかげで私は塔の中へ突入する事が出来ました。

 

 

 

 ……これで、だぼだぼの隊首羽織がなかったら完璧なんですけどね。

 

『それ藍俚(あいり)殿があげたものでござるよ!?』

 

 それとこれって、更木副隊長を先に行かせた方が絶対に確実よね。

 塔の中の全ての破面(アランカル)を斬ってくれるわよ。

 

『それをやってしまうと、一護殿の立つ瀬がねえでござるよ……因縁があるからこそ、自分の手で決着を付けさせてあげたいというお心遣いでござる』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 塔の中を一気に駆け上っていきます。

 事前に黒崎君が通っていったおかげで道が開拓されていますから、それに沿って進めば特に大きな障害などもありませんでした。

 

 一応あちこちから破面(アランカル)の霊圧をポツポツと感じられますが、特に襲ってこないところを見るに戦意を喪失しているのか、それとも戦闘用ではないのでしょうかね?

 そういう、身の回りのことを担当する破面(アランカル)もいたような気がしますし、きっと部屋の中で隠れているんでしょう。

 

 アッという間に先へ進み、直前まで来ました。

 戦場はこの上の階ね。しかも黒崎君が破ったんでしょう、天井に穴が開いてます。

 この穴を通れば――

 

「黒崎君! 織姫さん! 無事!?」

「あぁん……!?」

 

 ……えっと、何コレ?

 

 勢い勇んで飛び込んでみれば、黒崎君とウルキオラは鍔迫り合いをしていました。

 そして何故かヤミーもこの場にいました。私が飛び込んできたので、不思議そうな表情で顔をこちらに向けてきます。

 何故か破面(アランカル)の少女を今にも握り潰しそうなほど力強く掴んでいます。

 

 ……はぁっ!? なにこの子!? 

 

 解放をしているらしく、なんだかムカデみたいな姿をしていますけれど許容範囲。

 黒髪ツインテールの美少女で……あらやだ、お仲間だわ。

 ただ、容姿は凄く勝ち気で陰湿そうな印象を受けますね。一言でいうと、生意気そう。

 

 状況から察するに、ヤミーにやられたんでしょうか? 今にも事切れそうなくらい大怪我をしています。

 

 そして織姫さんが、ちょっと暴行でも受けたかのように服が破れて床に倒れて……

 

 …………

 

 ………………ああっ! 思い出した!!

 

 確かロリ・アイヴァーン! 相方はメノリ・マリア!!

 この二人って、織姫さんを思い切り傷つけてた!! 許せない!! 絶対に許せない!!

 

 

 

 でも助ける!! お山(おっぱい)に貴賤なし!! それが私の矜持!!

 

 

 

「ヤミーッ!!」 

「なんだ、死神……ぐおおっ!?」

 

 予め斬魄刀を抜いたまま走ってきたのが幸いしました。

 一瞬動きを止めたヤミーの右腕を切断せんとばかりに即座に、そして力一杯斬りつけます。

 

「ちっ、硬い……」

「……ってぇじゃねえか、死神ぃぃっ!!」

「あぐ……っ……!!」

 

 ヤミーの腕は下手な胴回りより太くなっています。

 それを加味しても十分切断出来るほどの斬撃を繰り出したはずなんですが、刃は腕の中程まで食い込んだところで、骨に阻まれました。

 まさか止められるとは思っても見ませんでした。鋼皮(イエロ)も含めて、予想外の強度です。

 いくら始解も(ホロウ)化もしていないとはいえ、ちょっと自信無くすわ……

 

「あの死神は……」

「湯川さんか!? すまねえが、井上のことを頼む!!」

「任せて!!」

 

 ウルキオラは私を興味深そうに眺めています。

 黒崎君は戦いに集中したいのでしょう、私に託してくれました。

 

 任せて頂戴! まずはこのヤミーを蹴落として、その後でゆっくりと二人の破面(アランカル)(しつけ)ればいいのよね?

 

 でもまずはヤミーから!

 

 切断はされずとも腕を半ばまで斬られ、相当痛いのでしょう。

 右手に掴んでいたロリを床へ乱暴に叩き付けて投げ捨てながら、私へ向けて殴りかかってきました。

 ちなみに叩き付けられたロリは、ぐちゃっと鈍い音を立てて動かなくなりました。

 

 ……い、生きてるわよね? まだ霊圧を感じられるから大丈夫だと思うけれど、でも早めに治療した方が良いわね。

 それと相方のメノリはどこに……あ、壁から霊圧が。コレ、かしら……?

 まさか、壁に埋まってるの……?

 

『壁……尻……閃いたでござるよ!!』

 

 はいはい、後で聞いてあげるから。

 

「ぶち殺す!!」

 

 巨大な拳が唸りを上げながら迫ってきました。

 

 ヤミー・リヤルゴ――以前、現世に現れた際に計測した霊圧よりも、随分と高くなってるわね。

 それに身体の大きさも変よね。技術開発局が観測していたデータよりもずっと巨大になっている。

 成長したのかしら……? それともそういうお年頃なのかしらね……?

 

 ……けれども。

 

「このくらいなら、なんとかなる……わねッ!」

「ぐああっ!? て、てめぇ……クソ女!!」

 

 迫り来る拳を斬魄刀の刀身にて逸らしつつ、腕を膝で蹴り上げてやります。

 丁度斬りつけたのと反対の位置に強烈な衝撃と激痛を受けて、ヤミーの腕が高く弾かれました。

 予想外の衝撃に足の力も抜けて止まり、肌からは骨や筋組織が軋むミシミシという音が伝わってきます。

 

「吹き飛びなさい!!」

「ぐぶっ!」

 

 ですがまだ攻撃の手は緩めません。

 足の止まったヤミーの腹を強く蹴り飛ばし、壁に目掛けて吹き飛ばします。

 かなり重かったのですが、なんとか狙い通り。よろめきながらもヤミーは後ろへと下がり、やがて背中が外周の壁に触れました。

 

「もう……一回!!」

「ぐ、おおおおおっっ!!」

 

 そこへダメ押しとばかりに、肩から飛び込んでの体当たりです。

 狙いはヤミーを塔の外へ弾き飛ばすこと。

 

 倒すにしても手間が掛かりそうだし、落ち着いて治療するにはこの場から排除した方が楽だからね。

 それになによりも。

 

 外には、斬り合いたいって人が鬱憤を溜めているから。

 だからヤミー、ちゃんと遊んで貰うのよ。

 

「くっ! そおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 体当たりの衝撃で壁に亀裂が入ったと思えば、次の瞬間には崩れ落ちていました。崩落していく壁に巻き込まれるようにして、ヤミーもまた塔の外へと落ちていきます。

 ちゃんと成仏するのよ。

 

『成仏させるのは藍俚(あいり)殿の仕事でござるよ?』

 

 ……は? 私は今から治療するから。だからそれ無理。

 

「黒崎君、これで織姫さんは無事よ! 後のことは私たちが持つから、思いっきりやってやりなさい!!」

 

 屈辱の声を上げながらヤミーが落ちていったのを確認してから、黒崎君へ声を掛けます。とはいえ彼は今ウルキオラとの激戦の真っ最中。

 反応は特にありませんでした。

 ただ、ほんの一瞬だけ私の方をみて笑顔を見せてくれました。なので私も、笑顔を返しておきました。

 

 さて、それじゃあ次の仕事をしましょうか。

 

「し、が……み……」

「大丈夫?」

 

 私はロリへ向けて、回道を唱えます。

 彼女は床の上で潰れた蛙のようになりながら、朦朧とした視線を向けて来ました。

 




●この辺の各死神たちの動き(虚圏に来てから、ヤミー戦の辺りまで)
(原作)
・マユリ:治療してから、資料保管庫を漁っていた(なので遅れた)
・ネム:マユリのお手伝い
・恋次:マユリに治療して貰ってから、一護の所へ
・雨竜:同上(恋次より遅く移動開始)

・ルキア:アーロニーロ戦の怪我を治してから、一護の所へ
・白哉:ゾマリ戦の怪我を治してから移動
   (ただ「ルキアを優先」「担当が花太郎(一番未熟)」なので遅れた)

・剣八:ノイトラの傷を治してから、一護のところへ
    (卯ノ花が来るまでのタイムラグで遅れた)
・チャド:卯ノ花に真っ先に治して貰ってから一護のところへ

・卯ノ花たち:色々と治療して回ってたので遅れた

と認識しています。
(剣ちゃんが大人しく治療を待つか? などの疑問は考えないこととする)


上記を踏まえて(拙作中の場合)

・マユリたち:原作通り

・ルキア:無傷(ただし、海燕を少しでも治療しているため遅れる)
・白哉:無傷(ただし、ルキアが心配なので待っていて遅れる)

・剣八:無傷(なので先行する)

・チャド:割と大怪我
・吉良:怪我してる(チャドを治療して、その後は海燕の治療へ向かう)
・雛森:大怪我
・海燕:かなり大怪我
・浮竹:一護と一緒に行動してた

海燕さんの負担が大きすぎる……
(あと、単騎で塔に突入させる辺りも理由としてちょっと厳しいですね)

●某四番隊隊長の動き
・チルッチを治して
・アパッチたちを(セクハラ)して
・ハリベルを(セクハラ)して
・雛森を治して
・ロリとメノリを治す ← 今ココ
・この後ネルを治す

ほぼ敵しか治療してない……なんだコイツ……?


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第250話 暴れろ、龍紋鬼灯丸

ここらで少し、現世側を



 虚圏(ウェコムンド)にて死神たちが戦いを続けているその一方で。

 現世でもまた、激戦が繰り広げられていた。

 第2(セグンタ)十刃(エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーンの従属官(フラシオン)四名が、東西南北の四方それぞれに設置された転界結柱を破壊せんと目論む一方で。

 総隊長山本元柳斎が配備した腕利きの死神たちが、それを防がんと奮戦していた。

 

 

 

「おう、来やがったな新手が。デケェな……随分と……」

 

 転界結柱護衛の任を命じられた内の一人。

 斑目一角は、眼前に立つ破面(アランカル)――チーノン・ポウの姿を眺めながら思わず呟いていた。

 なにしろ上背だけで一角より倍は高いのだ。

 首が痛くなるほどまで見上げる必要がある相手と戦うのは、(ホロウ)大虚(メノス・グランデ)を除けば数える程だった。

 纏う衣装の下からは巨体にそぐわぬ筋肉量も感じ取れる。

 なにより第2(セグンタ)十刃(エスパーダ)従属官(フラシオン)を務めているというだけでも、かなりの実力者と見て間違いないだろう。

 

 ――ここまでは合格ってところか。

 柱の頂上にて睨み合った後、胸中でそう独白しながら一角は不適な笑みを浮かべる。

 

「見かけ倒しじゃねェことを祈るぜ」

「祈る? 何にダ。貴様ら死神に神などあるのカ?」

「何に、だァ? ヘッ、決まってんだろうが!!」

 

 祈りを捧げる対象についてポウから尋ねられた一角は、肩に担いでいた鬼灯丸を構えながら至極当然のように叫んだ。

 

「テメエにだよ!! がっかりさせんじゃねえぞ!! 精々俺を愉しませてみせろやぁっ!!」

「……そうカ。ならば問題はナイ」

 

 ポウは拳を大きく振りかぶると、勢いよく振り下ろした。

 

「オマエが愉しむより前に、ワタシに殺されるのだカラ」

「ぐっ!! この攻撃……けっ! イイ根性してんじゃねえかよ!!」

 

 拳の一撃を鬼灯丸の柄にて受け止めながら、一角はポウの狙いを看破していた。

 

 ポウが受けた命令を端的に言うならば"柱の破壊"と"邪魔者の排除"である。だが最優先すべきは柱の破壊であり、一角の排除はそのオマケのようなもの。ならばそのどちらをも狙える行動というのは、ある意味では利に叶っている。

 自らの巨大な肉体を活かして柱と一角を同時に破壊せんとした攻撃だったが、その狙いに気付いた一角は攻撃を受け止め、そして吐き捨てる。

 

「この俺をついで扱いなんざ、良い度胸だテメエ!!」

「ホウ……そのくらいは分かるノカ」

 

 訛った喋り方で一角を見下しつつ、ポウはもう片方の腕を同じように振り上げ、そして振り下ろした。

 

「ぐあっ!」

「これでもカ」

 

 転界結柱を破壊されては困るため、振り下ろされた拳を一角は再び槍にて受け止める。

 柄がミシミシと今にも折れそうな悲鳴を上げ、槍から伝わる衝撃は一角の身体に強烈なまでに揺さぶっていく。

 そのまま膝を突き、押し潰されてしまいそうな圧力を文字通り血反吐を吐きつつも、それでも受け止めきってみせた。

 

「ぐおおお……(おめ)ぇんだよ! とっとと退()きやがれ!!」

「ム?」

 

 押しつぶされそうな体勢のまま力任せにポウの二つの拳を弾き飛ばす。

 下からの予想外の一撃にポウの身体がグラつき、柱の上から足を踏み外した。とはいえ霊子を固める事で転がり落ちる事は無いが、それでも退がらされたのは事実だ。

 

「オラアアァァッ!!」

「グ……」

 

 その隙を逃さんと一角もまた中空へと飛びかかり鬼灯丸を突き出すものの、その動きに合わせてポウは無造作に片手を突き出した。

 槍の穂先と手の平とがぶつかり合い、一瞬の拮抗の後に槍が勝った。手の甲までを貫かれた痛みと衝撃にポウは僅かに顔を顰める。

 

「もう一丁!!」

 

 すぐさま槍を引き抜くと、即座に二発目の突きを放つ。

 今度の狙いは相手の膝――巨大な相手だけに、足を破壊してしまえば鈍重な動きしかできなくなるだろうという魂胆からだ。

 

「な……ッ!?」

「少しだけ、イタかたよ禿頭」

 

 穂先が膝を貫かんとする直前、横から伸びた巨大な手が槍を掴み取った。

 慌てて引き剥がそうとするものの、引けども押せども槍はピクリとも動かない。見た目に違わぬ無茶苦茶な握力で握り締められているのだろう、鬼灯丸全体が今にも砕け散りそうな、断末魔のような音が鳴っている。

 

「でモ、少しダケ」

「ぐおおっ!!」

 

 片手で鬼灯丸を握り締めたまま、ポウが勢いよく引っ張った。

 柄を握り締めていた一角は、まるで綱引きの決着が付いた瞬間のように引き寄せられる。ポウから見れば一角が懐へ飛び込んで来たようなものだ。

 飛び込んできた獲物を地面へとたたき落とすように、もう片方の拳を胴体目掛けて放つ。

 引き寄せられている一角に、それを防ぐだけの余力は無かった。

 

「がああああああぁぁっ!!」

「……手、放さないカ」

 

 地面――正確には、転界結柱の天頂部分――へと叩き付けられても、一角は鬼灯丸を手放さなかった。

 歯を食いしばって痛みを堪え、意識を繋ぎ止めながら両腕に力を込める。

 

「だったラ、手放させてヤル!」

「ぐっ……!」

 

 地に伏せた一角目掛けて、ポウが再び拳を振り下ろした。

 その攻撃に反応した一角は慌てて身を捩ると、仰向けになりながら鬼灯丸を突き出してなんとか受け止めて見せる。

 だがその代償は少々大きかった。嫌な音が大きく響く。

 

「なにッ! ……くっ!!」

「逃げタか。マア、いいヨ」

 

 攻撃を受け止めると、即座にゴロゴロと転がりながら一角は距離を取った。

 本来ならば追撃必死の動きであったが、ポウはあえてそれをすることはなかった。追撃の代わりとばかりに、一角の両手に視線を向ける。

 視線の先には、中程から真っ二つに折れた鬼灯丸の姿が映っていた。一角の意思を折るよりも前に、鬼灯丸がポウの攻撃に耐えきれずに折れてしまったようだ。

 

「すまねぇ、鬼灯丸。無茶させちまったな」

 

 それぞれの手で折れた鬼灯丸を握りながら謝罪の言葉を口にすると、一角はゆっくりと立ち上がった。

 

「……なあ、オメエよ。エドラドって名前の破面(アランカル)、知ってるか?」

「エドラド……さて、聞いたことモないネ」

「そいつぁおかしいな? グリムジョーって十刃(エスパーダ)の部下だったヤツぜ」

「グリムジョー……?」

 

 記憶の底から情報を引っ張り出すように、ポウは逡巡する。数秒の後、合点がいったように口を開く。

 

「……ああ、アイツの従属官(フラシオン)カ。それじゃあ知らないわけダ」

十刃(エスパーダ)ってのはオメエらの上司だろ? アイツ呼ばわりはないんじゃねえのか?」

「バラガン様こそが王にして神ダ。それ以外はどうでもいいヨ。それデ? そのナも知らない破面(アランカル)がどうかしたのカ?」

「別にどうもしねえよ。アイツとやり合って勝ったんだが、あの時よりも今の方が苦戦してんだよ。それでどうもな、考えたんだ……」

 

 これ以上を口にするのは心の底から不本意だ――そう言わんばかりに、深い溜息を吐き出した。

 

「どうやらテメエは、アイツよりも強えってわけだ。下手すりゃ負けるかもしれねえ」

 

 続いて折れた鬼灯丸を強く握り締めながら、霊圧を集中させる。

 

「ホントはよ、こんなところで見せるつもりなんざなかったんだよ。隊長の席がまだ二つも空いてっからな。これだけの目があるんじゃ、もう誤魔化せねえだろうし。推薦とかされちまうんだろうな」

「……何ガ言いたイ?」

「けどよ、もうちょっとだけ考えたんだ。ここで負けたら、藍俚(あいり)のヤツに何を言われっか分かったもんじゃねぇ……そう思ったら、無性に腹が立ってきやがった。死ぬよりも我慢ならねえ!」

「……もういいネ」

 

 負けを悟り自暴自棄となったのだろう。

 訳の分からない一人語りを延々と続ける一角の姿をポウはそう判断すると、黙らせるべく再度拳を振り上げる。

 その間に、一角の準備はとっくに完了していた。

 

「卍解! 龍紋鬼灯丸!!」

「ッ!? 卍解、それガ……」

 

 折れていたはずの鬼灯丸が一瞬で繋がり、そして瞬時にその姿を変える。重々しい鉈を手にして構える一角の姿に、ポウは大きく口を開けて――

 

「ぽっ、ぽは……ぽはははははははははははっ!! ガッカリだヨ! 武器の形が変わるだけじゃア、怖くもなんともナイ!!」

 

 ――腹の底から笑った。

 

 とはいえコレは仕方ないことだろう。

 事実、ある程度の実力者であれば卍解しても一角の霊圧が全く増していないことにすぐに気付く。

 そして龍紋鬼灯丸とて、まだまだ相手を畏怖させるような霊圧を放っていない。

 現状だけを考えればポウの言葉通り、ただ武器が物々しくなっただけなのだ。

 卍解は死神の切り札、帰刃(レスレクシオン)と同じ様な物だと認識している破面(アランカル)からすれば、今の一角は精一杯の虚仮威しとしか見えない。

 これらは全て、龍紋鬼灯丸の持つ特性が原因なのだが……

 

「あー、そうかよ。だったらコイツの力、試してみろやぁっ!!」

「ぽ?」

 

 卍解直後は舐められるだろうことは、一角も十分に予測できていた。そのため嘲笑など意にも介さず、自ら突っ込んで行き龍紋鬼灯丸を振るう。

 襲いかかる超重量級の武器に、ポウは鬼灯丸の時と同じく拳を繰り出した。

 

 大鉈と拳とがぶつかり合う。

 鉈は拳に食い込み、片腕を深々と切り裂く。だが拳と激突した衝撃に耐えきれず、鉈もまた粉々に砕け散っていた。

 中央の刃に彫られた龍の紋が赤く染まる。

 

「言うダケのことはあるネ。武器一つを引き換えニ、ワタシの拳を……ぽははははっ!」

「何がおかしいっ!!」

 

 砕けた方とは逆――左手に握る鉈を力強く斬り上げるものの、その攻撃をポウは手の平で受け止めた。

 刃が手の平に食い込んで今にも片手を切断しそうだが、龍紋鬼灯丸の刃はそれ以上動かなかった。ポウが五指にて刃の動きを止めている。

 摘まむ力だけで、左の刃がミシリと音を立てて亀裂が走る。

 

「おかしいに決まってるネ。ワタシの鋼皮(イエロ)を切り裂いたのダケは、立派だたヨ。でモ、弱点だらけダ」

 

 ベキッという鈍い音が響いた。

 指からの圧力に龍紋鬼灯丸が耐えきれず、左の刃が中程から砕けて折れた音だ。刃の破片を地へと叩き付けながらポウは続ける。

 

「こんなに脆い武器デ、何を斬ル? デカくて重いカラ、動きも遅くナル。何ヨリ――」

 

 袖口に仕込んでいた斬魄刀をおもむろに取り出す。

 巨体のポウだが斬魄刀だけは通常の、それこそ死神たちが持っているのと同じサイズだった。本来ならば両手で掴んでもまだ余裕がある長さの筈の柄を片手で握るその光景は、刀ではなく短刀か脇差のようだ。

 

「――気吹(いぶ)け、巨腕鯨(カルデロン)

「……ッ!」

 

 サイズ差に目の錯覚を起こしそうな中、帰刃(レスレクシオン)にて開放状態へとその身を転じさせた。

 元々巨大だった肉体が更に大きく大きく膨れ上がり、瞬く間に数十メートルはあろうかという体躯へと変わる。さすがに転界結柱よりは小さいものの、一角と比較すれば圧倒的な巨体。

 その外見はどこか鯨を連想させる。

 

「でけぇな……」

「フウウウウウ~~~……これで傷モ、治タ。全部無駄ダッタナ」

 

 だるそうな声を上げ、一角を見下ろしながらポウが一歩進む。天井に足が掛かり、その重みで柱がズシンと大きく歪んだ。

 

「コレで終わり……ダヨ!」

「うおおおおっ!!」

 

 三度振り下ろされる拳。

 今度のそれは今までとは大きさも威力も桁違いだ。避ければ柱は間違いなく破壊されるだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 残った中央の刃を両手で掲げ、その拳を迎え撃つ。だが防御する気など毛頭ない。むしろ振り下ろされた拳を下から弾き飛ばさんと振り上げた。

 

「グウッ!!」

「おおおおおっ……らあぁぁっ!!」

 

 左右の刃が破壊されたことで、龍紋は全てが深紅に染まっていた。最大限の破壊力を発揮した龍紋鬼灯丸は、ポウの指を吹き飛ばし片手を深々と切り裂く。鋼皮(イエロ)による防御など始めから無かったかのようだ。

 とはいえ一角の方も無事では済まない。開放状態となった破面(アランカル)の拳と正面衝突したのだ。

 一角本人は受け止めた衝撃によるダメージが大きく、元々強度の無い龍紋鬼灯丸に至ってはとうとう中央の刃までもが粉々に砕け散っていた。真っ赤に輝いていた龍紋の破片が散らばり、周囲を血の涙のように染める。

 

「ググググ……まさか、まだこれだけの力があったトハ……でも、もう無理みたいダネ」

 

 潰れた拳をもう片方の手で押さえ、痛みに顔を引き攣らせながらもポウは勝利を確信していた。

 相手の武器である斬魄刀は既に完全に破壊され、死神本人もまた傷だらけだ。バラガンの従属官(フラシオン)の中でも高い戦闘力を持つポウの攻撃を何度も受ければそうなるのも当然のこと。

 後はこの死神を叩き潰し柱を破壊するだけ、そう考えていた。 

 

「あ~あ、ブッ壊しちめえやんの」

 

 だからだろうか、ポウは気付かなかった。

 周囲におびただしい霊圧が広がっているのが。その霊圧は、粉々に破壊されたはずの龍紋鬼灯丸――その欠片一つ一つから放たれ、一角へと集まっていることに。

 

「おかげでよぉ、ここまで見せる羽目になっちまったじゃねえか……俺が隊長にでもなっちまったら、責任取れんのかテメエええええええぇぇぇっ!!」

「ハッ、隊長? 何を言っているのヤラ……斬魄刀の無くなったオマエに何ガ――」

「来い!! 燭陰(しょくいん)!!」

 

 周囲の破片が、まるで意思を持ったかのように一瞬にして一角の手元へと集まった。破片たちはまるでそうなるのが当然のことのように寄り集まると、槍を形作る。

 それは何の変哲も飾り気すらない直槍。無機質とすら呼べるその槍からは、先ほどまで相手にしていた龍紋鬼灯丸と同量――いや、それを軽々と上回るほどの霊圧が感じられた。

 

「――ガ、ガガガ……ッ!? な、なんだそれハッ!?」

「あぁん? 龍紋鬼灯丸に決まってんだろ。さっきまでテメエが壊して楽しそうにはしゃいでたじゃねえか」

「ち、違ウ! あり得ナイ、同じハズナイ!!」

「違わねえよ」

 

 そう呟いた瞬間、一角の姿が消えた。

 

「な……がぐううぅぅっ!!」

 

 どこに消えたのか。

 ポウが感じ取るよりも先に、額に強烈な衝撃が叩き込まれた。あまりにも強烈な一撃はポウの頭を軽々と吹き飛ばして大きく仰け反らせるほど。

 解放して巨大な姿となった自分の、しかも最も高い位置にある頭に攻撃を加える。何が起きたのか混乱するポウの視界の端には、有り得ぬ程の速度で動く一角の残像だけが微かに映っていた。

 

「ボオオオオッッ!!!!」

 

 今度は片腕を切り裂かれた。

 龍紋鬼灯丸を殴り傷ついていた腕が更に切り裂かれ、肩口まで続く深々とした傷が一瞬にして広がっていた。

 これほどの傷では治療も不可能だろう、当然戦うことなど出来るはずもない。

 

「吹き飛べえぇぇっ!」

「ごぶアアァァァァッ!!!!」

 

 だが腕の痛みを感じるよりも先に、三度目の攻撃がポウを襲う。

 続いての衝撃は腹だ。鋼皮(イエロ)と脂肪と筋肉によって分厚く守られているはずの腹に強烈な刺突が突き刺さり、それどころか衝撃にて巨体が大きく吹き飛ばされた。

 転界結柱から強引に距離を取らされ、大地へとたたき落とされる。偽物の空座町の街並みを巻き込んでしばらく転がり続け、ポウはようやく見ることが出来た。

 

 先ほどまでの攻撃をしていたのは、やはり斑目一角だ。

 だが、これはどうしたことだろうか。先ほどまでとはまるで別人のように霊圧が高い。大人と子供――破面(アランカル)らしく言うならば最下級大虚(ギリアン)最上級大虚(ヴァストローデ)ほども差がある。

 

 ――龍紋鬼灯丸・燭陰(しょくいん)

 

 これこそが一角の持つ斬魄刀、龍紋鬼灯丸の真の姿だ。

 三つの刃全てが完全に破壊されることによって目覚め、その時までに解放されていた霊圧全てを持ち主の力とする能力。龍紋が最大まで赤く染まった状態で発動すれば、その霊圧は一般的な卍解の数倍、ともすれば数十倍にもなる。

 

 圧倒的なまでに上昇した霊圧は一角の身体能力全てを異次元の領域にまで高め上げ、文字通り目にも映らぬほどの速度で暴れ回れるようになる。持ち前の霊圧は物理攻撃は当然、鬼道や特殊能力などすらも弾き返し、仮に傷を付けられてもその霊圧にて一瞬の内に自然治癒してしまう。現に龍紋鬼灯丸・燭陰を発動させるそれまでの間に負っていた傷が、今ではすっかり癒えていることからもそれが分かる。

 

 一角が手に握る斬魄刀も、その姿を再び変えていた。

 長い柄とやや湾曲した幅広の刃が取り付けられた槍――その姿は、この暴力的なまでの霊圧を十二分に振るうための姿。余計な小細工など無用、ただ真正面から戦うのみと言外に宣言するかのような威風を堂々と放つ。

 唯一名残があるとすれば、色と僅かな飾り。真っ赤な柄とそこへ僅かに刻まれた龍の文様は深紅の龍が抜け出し一角へ力を貸しているようにしか見えない。

 

 もしも――仮にもしも更木剣八がこの場にいて今の一角の姿を見たならば、矢も楯もたまらずに全てを放り出してでも斬り合いを一方的に挑んでいたことだろう。

 

「ヒッ、ヒイイイイィィィッッ!!」

 

 吹き飛ばされた勢いが、無数の建物を巻き込んで転げ回りようやく止まる。

 自由になった身体のあちこちから襲ってくる信じられないほどの痛みと、なによりも信じられないほど強化された一角に恐れをなしたのか、ポウは柱に背を向けると一目散に駆け出した。

 

「あ、ああぁ……」

「なんだ……やっぱり見かけ倒しじゃねえか……」

 

 だがそれは叶わなかった。

 逃げ出したその先では一角が槍を肩に担ぎ待ち構えていた。いつの間に先回りしたのか、移動の影すらも感じ取れないほどの神速。

 

「祈って損したぜ、嘘つきヤローがよ」

 

 またしても一角の姿がポウの視界から消える。声が後ろから聞こえてきたことから、背後に回ったことだけは分かった。だがその動きが全く見切れない。

 動き出そうとした瞬間、ポウの左右の視界がズレた。

 

「オアアアアアアアアアアァァァッ!!!!」

 

 それが、自らの身体が真っ二つに切り裂かれたためだと認識したところで、彼の意識は無くなっていた。ただ本能のままに断末魔の雄叫びを上げながらその巨体が倒れ伏せる。

 

「ただまあ……コイツを使うと、霊圧の消費がデカすぎんだよな……」

 

 ポウの霊圧が完全に消えたのを確認しながら、一角は懐から丸薬を取り出す。それは四番隊謹製の霊圧回復用の薬だ。

 それを口へ放り込み、乱暴に噛み砕きながら呟く。

 

「こうならねえために、始解と基礎鍛錬を積んでたのによぉ……隊長なんざ、俺のガラじゃねぇってのに……あー、やだやだ。ホント、嫌になるぜ……」

 




ネタ仕込んだの74話です。
それから1年と少し経っています。

……ごめんなさい。引っ張りすぎてごめんなさい。
ちゃんと回収したから許してください

●一角の真の卍解(の妄想)
・名前
龍紋鬼灯丸・燭陰(しょくいん)

・発動条件
龍紋鬼灯丸が完全に破壊されること。

・外見
いわゆる青龍偃月刀(基本カラーは赤で龍の装飾がある)

・能力
単純に、アホほど霊圧が上がって強くなる。
(その倍率は、破壊された際の龍紋ゲージ量に比例する)
それ以外に特殊な能力はないが、小細工は圧倒的な霊圧で跳ね返す。
(霊圧が一気に上がるので本人が鍛錬不足だと振り回されてまともに戦えない)
再度卍解すると龍紋鬼灯丸から開始だが、完全に修復された状態になっている。
(発動させれば卍解の修復作業は不要)

(多分ですが、ゲージが大きいほど発動時間が短い。みたいな弱点がある)

燭陰(しょくいん)
古代中国の地理書「山海経」に記載された神様(龍)
北海の鍾山という山のふもとに住む。
人の頭部に似た顔と、千里に及ぶ赤い蛇の胴体が特徴。

目を開くと周囲が明るくなり、閉じれば暗くなる。
息を吸うと夏に、息を吐くと冬になる。
と言われるくらい凄い力を持つ。

(八岐大蛇でも良いんでしょうが……なんか嫌だった)

●チーノン・ポウ(決してチ○ポではない
訛った喋り方の巨漢破面(アランカル)
始解の一角には無傷で勝った。
その後、狛村に一蹴された。なので多分、バラガンの部下の中で一番強い。
(このシーンの一角の立ち位置は「狛村の噛ませ(ポウ)の噛ませ(一角)」だから一角ボロ負けは仕方ないかもしれませんが)

しかし柱を守る死神たちって、弓親も藤孔雀じゃ負けただろうし69だしイヅルも相手次第で負けてたと思う。
(この時の長次郎ってどこにいたんでしたっけ? 空座町の外?)


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第251話 湯川藍俚被害者の会

もうちょっとだけ、戦いシーンが続きます。



 ――虚圏(ウェコムンド)

 天蓋を破り虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外まで出たウルキオラを追いかけて、一護もまた天蓋の上へと降り立った。

 

虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の下で禁じられているものが二つある。一つは十刃(エスパーダ)の為に存在する虚閃(セロ)"王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)"。そしてもう1つが第4(クアトロ)以上の十刃(エスパーダ)の解放――」

 

 ただ蕩々と無味乾燥に語っていたウルキオラであったが、そこまで口にしたところで思わず言葉を切った。(ホロウ)化状態の一護はその意図が計りきれず、仮面の下の瞳を僅かに揺らす。

 

「……?」

「――どちらも強大過ぎて虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものを破壊しかねないから……藍染様よりそう厳命されていたのだが……」

 

 珍しく、彼にしては本当に珍しく、ウルキオラは溜息を吐いた。

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)の使用、第4(クアトロ)以上の解放――そのどちらも、既に禁は破られていた。腹立たしいという感情は、きっとこういう気持ちなのだろうな」

「そうかよ……なるほど。なんでわざわざ上まで登ったのかと思えば、ここなら確かに天蓋の外だもんな」

「ああ、そうだ。こうすれば禁を破ることもない……俺の前に解放した十刃(エスパーダ)は天蓋が破壊されたことで"ここは天蓋の下ではない"と認識していたがな」

 

 ――んな好戦的なヤツが、まだウルキオラの上にいやがんのかよ……!! 浮竹さんたち、本当に大丈夫なんだろうな……!?

 

 思わず救援に駆けつけた死神たちを心配する一護であったが、何を隠そう天蓋を破壊して解放を促した張本人はその死神である。

 だが悲しいかな、一護のその疑問に答えてくれる者はこの場におらず。そしてウルキオラもこれ以上わざわざ語るつもりもなかった。

 天蓋の上まで移動した目的を果たすべく斬魄刀を真一文字に構える。

 

(とざ)せ、黒翼大魔(ムルシエラゴ)

 

 解放した姿を、一護は鼻で笑う。

 

 

 

 

 

 

刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターパ)

 

 ウルキオラが姿を更に変えた。

 通常、解放は死神の卍解に相当するという。ならば第二段階の解放をした今の姿は卍解のその先――ただの死神では決して辿り着けぬ境地、とでも言うのが相応しいだろうか。

 放たれる霊圧は圧倒的、その一言に尽きる。

 今まで一護が感じた霊圧と比べても突出して強く・大きく・異質な何か。

 

 その霊圧を全身で受け止めながら、一護はウルキオラの姿を再び鼻で笑った。

 

「……忌々しいな。その目、この姿を目にしても未だ戦う意思がある……いや、負けぬと。勝てるとすら思っている。その根拠のない自信は一体どこから沸いて出てくるのだ?」

「へっ! 確かに強えが、その程度の霊圧なら俺にだって経験があんだよ!! 剣八やら湯川さんやらで、とっくに慣れっこだ!!」

 

 今のウルキオラの姿を見て最も強く思い起こしたのは、現世――仮面の軍勢(ヴァイザード)のアジトへ湯川藍俚(あいり)がやって来たときのことだった。

 あの時、彼女は今のウルキオラと同じように(ホロウ)化から姿を変えた。自分たちよりも格上だと思っていた平子たちが、赤子の手を捻るようにボロボロと破れていくその姿は、衝撃的だった。

 それと比べれば、よく似た予備知識があるのならば、対処は可能なはず――そう、一護は己に言い聞かせる。

 

 ――斬月のオッサン! それと俺の中にいる(ホロウ)もだ!! あんたらの力は俺が誰よりも知ってる!! だから悪いが力を貸してくれ!!

 

 

 

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 黒崎一護が虚圏(ウェコムンド)にてウルキオラを刃を交えている頃と時を前後して。

 

「東仙!」

「狛村……」

 

 東仙要と狛村左陣。

 因縁浅からぬ関係を持った二人が、現世にて再会を果たしていた。

 互いに斬魄刀を抜き、刃こそ交えているものの、だが戦いとしては序盤も序盤。それこそ、刃を一合打ち合わせた程度。表層を僅かに見せた程度だ。

 そんな殺気が高まりつつある空間へ、檜佐木修兵も割って入ってきた。狛村が東仙との因縁があるように、彼もまた東仙とは深く関わっていた。同じ部隊の隊士と隊長として、死神とはなにか。剣を握るとはどういうことかを教わってきた間柄である。

 

「狛村隊長! 俺も東仙隊長と――」

「ならぬ!」

 

 参戦しようとする檜佐木の言葉を狛村は一喝した。

 そして、僅かな沈黙の後に再び口を開き始める。

 

「すまぬな檜佐木。お主にも思うところがあるのは理解出来る。だがその想い、儂に預けてはくれまいか? 我が儘だというのは百も承知……なれどお主の想いと共に戦い、そして必ずや東仙を連れ戻すことを約束しよう」

「……わかりました。けど、無様を晒したら俺は遠慮無く割って入りますからね」

 

 引き下がれたのはきっと、狛村の言葉の裡に潜む圧倒的な決意を感じ取ったからだろう。

 隊長という役職に就いた者だけが纏う覚悟、自覚、責任……上手く言葉には出来ないが、そういった理屈ではない何かが、今の狛村から感じられた。

 

「いいのか? 檜佐木と共に戦えば、僅かでも勝率は上がっただろうに」

「生憎と、今の儂は貴様が知る昔の儂とは違う。下らぬ決めつけなどせず、本気になれ東仙」

「本気?」

 

 くっくっく、と東仙は低い声で笑う。

 

「本気になるのは当たり前だ。藍染様が自ら前線に立たれたのだ。ならば私も真の力を出すのみ」

「卍解……いや、今の貴様の立場を考えれば……もしや!」

「勘が良くなったな」

 

 片手を顔へと翳した瞬間、東仙を中心として霊圧が爆発的に高まった。その高まった霊圧の奥から、(ホロウ)化した東仙が姿を表した。

 被るは純白の仮面――いや覆面とでもいうべきなのだろうか? 装飾や文様などは一切無く、それどころか目鼻口などの穴すら存在しない真っ白な被り物。

 あるとすれば、顔を左右に等分するように一筋の線が入っているだけだ。

 

「あれは(ホロウ)化!! そんな、どうして……!!」

「……やはり、か」

 

 (ホロウ)化した東仙の姿を同時に見ながらも、檜佐木と狛村の反応は対象的だった。片方は有り得ぬとばかりに驚愕し、もう片方はさもありなんとばかりに頷く。

 この反応の差は、知識の差は当然として、実体験の差でもあった。藍俚(あいり)(ホロウ)化に触れたことが狛村の中で緩衝材となって、比較的柔軟な思考を可能としていた。

 

「驚かぬのだな」

「湯川隊長が藍染に狙われたと聞いた。そして破面(アランカル)の研究。それらを考えれば、可能性には自ずと至れる」

「ああそういえば、あの女も(ホロウ)化が出来たのだったな。とはいえ理不尽かつ不合理、非効率的の極致。例外中の例外のような存在だと藍染様は仰っていたよ」

「そうか」

 

 とんでもない言われようである。

 

「だが分からぬ。その(ホロウ)化は、貴公にとって本当に必要な力だったのか? 自ら望み、(ホロウ)へと近づかねば貴公の悲願は達成できなかったのか? 答えよ! 東仙!!」

「無論だ」

「な……東仙隊長……!?」

「そうか、やはり肯定するのか……得心がいった」

「……なんだと?」

 

 当然のような態度を見せる東仙に檜佐木は驚くものの、狛村はなお揺らぐことはなかった。(ホロウ)化を見せた時と同じように、静かに頷く。

 その反応はむしろ、返答をした東仙すらも動揺させた。

 

「以前、死神になる理由を問うたときに貴公はこう言った。世界の為に正義を貫く死神になるのだ――と。儂はその言葉に小さな嘘を感じていた。腹の底ではこの世界が憎いのだと。愛する者を奪った世界に復讐がしたいのだと! そしてその答えを聞いて理解が出来た! 死神の世界が憎いのだと! 復讐のために死神の力を得、そして自ら(ホロウ)の力までもを得たのであろう!! 違うか!?」

 

 喉の奥から叫び声を上げ、自らの魂を震わせつつ、狛村は斬魄刀を高く掲げる。

 

「卍解! 黒縄天譴明王!!」

 

 巨大な鎧武者が姿を現した。

 狛村自身の動きと連動する明王は、彼の動き通り手にした刀を突きつけつつ更に叫ぶ。

 

「道を誤れば儂が叱ろう! 過ちを犯せば儂が許そう! 力が足らねば儂が支えとなろう!! そのために儂は!!」

「卍解にて私を止める――とでも言いたいのか? 愚かなことだ……」

 

 東仙もまた闘気を漲らせていた。

 斬魄刀を構えると、瞬歩(しゅんぽ)を併用して瞬時に大きく踏み込み斬り掛かる。

 

「……むっ!」

「っ……!?」

 

 東仙が消えた瞬間に、狛村もまた反応していた。自らの身体を動かすことで明王を操り、その巨大な剣にて東仙の刃を巧みに受け止めてみせた。予想だにしなかった防御の動きに東仙は小さく息を呑む。なれどその程度では驚くに値しない。

 

「……ふん」

 

 腕を狙った攻撃が防がれたのならば、次に狙うは脚。

 明王はその巨体ゆえに攻撃を避けるのが難しい。動作も大きくなり、小刻みに飛び回る相手の動きに対処しきれなくなるからだ。

 一度攻撃を防がれたのには驚いたが、攻め方などいくらでもある。次の攻撃を確実に当てれば良いだけのこと。

 

「おおおっ!」

「なにっ!?」

 

 脚の腱を狙ったその攻撃を、明王は膝立ちとなり刀を垂直に立てることで受け止め防いでみせた。

 狙いが甘くなるであろう小さな標的、それも高速にて飛び回る相手からの攻撃を二度も防ぎ切ったのだ。

 もはや偶然ではない。狛村が、明確な意思を以て攻撃を防いでいるのだ。

 

「明王よ!」

 

 攻撃を受け止めた剣を、そのまま勢いよく払う。大きく薙ぎ払われた刃が東仙を掠め、その肉体に大きな傷を付けた。明王の破壊力ならば掠っただけでも皮膚が裂け骨が砕け散らんばかりの衝撃だ。

 

「先ほどの問いかけ、まだ答えておらなかったな」

 

 傷を受け、だが東仙は足を止め超速再生にてその傷を癒やしていく。二人の攻防が一瞬だけ途切れる。

 その隙間の様な瞬間を狙って、狛村は東仙へ向けて言葉を紡いでいく。

 

「卍解にて貴公を止めるのではない……儂はあの時からずっと、貴公の本当の友になろうと決めた! 世界を愛せなくなった貴公が、再び世界を愛せるようにしてやろうと決意したのだ!!」

「世界を愛せるように、だと……? 随分と傲慢な口を叩くようになったな」

「傲慢などではない。貴公の攻撃を防いだこと、それもまた我が決意の現れよ」

 

 ギリリ――と金属同士が擦り合う鈍い音を鎧から上げながら、明王が再び構えを取る。

 

「友のため。ただそれだけの為に足らぬ力を命で補い、覚悟と決意を見せた男がいた……その男と知り合い、儂は冷水をぶちまけられた気分であったよ。決して忘れていたわけではなかったのだが……おかげで初心を思い出させて貰った。覚悟と決意が足らぬのだと、思い知らされた。あやつに――泰虎と出会わねば儂は今頃、貴公に二度斬られていたであろうな」

 

 黒縄天譴明王は確かに強力な卍解だ。

 だがその巨体故に攻撃を躱すことはおろか防ぐことすら難しい。そして卍解と狛村は一心同体、片方が傷つけばもう片方も同じ傷を負う。

 ならばどうするか?

 

「卍解を以てしても一撃で倒せぬ相手も存在する。この数ヶ月の間に思い知らされた。そのような不完全な覚悟と決意で友の力になろうとなど考えていた……儂は自分が恥ずかしい」

 

 簡単なことだ、より高い練度で使いこなせるようになればよい。

 卍解を己の肉体と同じように扱え、己の肉体と同じように知覚できるようになるまで練り上げる。

 その程度の事が出来ずに、どうして友と名乗れようか。

 東仙要という男と肩を並べられようか。

 狛村は、遅ればせながらそう思い直していた。

 

「ふざけるな!!」

 

 だがその想いが相手へ届くとは限らない。

 

「それが傲慢でなくて何だというのだ! それともそれがお前の言う正義か!? 何も知らぬお前が――」

「知らぬ! 知らぬとも!!」

「――なに?」

「貴公は儂に何も語ってはくれなかった! 本心も真実も、その一切合切を!! それでは知ることなど出来ぬ!!」

 

 決意に満ちた瞳にて、狛村は東仙へと問いかける。

 

「故に儂は、この場にて今一度問う。東仙よ、貴公が死神となったのは友の為……亡き友の無念を果たし、憎き世界の全てへと復讐を果たす為……それこそが貴公が追い求めていた、貴公が貫かんとする正義……相違ないか?」

「そうだとも……私にはそれは決して許せぬことだった。目的を忘れ安寧の内に迎合していくことなど決して正義ではない!!」

「そうか……ありがとう、友よ。儂は貴公の言葉を聞けて満足している」

「満足、だと……?」

「ああそうだとも。儂の心は既に――」

「なるほど。疑問が解消し、斬る覚悟が出来たということか」

 

 (ホロウ)の仮面が真横に裂けた。

 大顎を開いたように新たな裂け目が生まれ、その下からは東仙本人の口元が覗く。

 

「――違う! 儂は!!」

「斬りたくば斬るがいい! この私の刀剣解放(レスレクシオン)を目にしても同じ言葉を吐けるならな!! 清虫百式、狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)!!」

 

 東仙の身体から得たいのしれない真っ黒な何かが吹き出した。

 斬魄刀はいつの間にか消失しており、昆虫を連想させる二対四枚の巨大な羽を背に携えている。合計六本の細い手足。全身を黒い体毛で覆われ、細く長い尾が揺れる。

 巨大な(ホロウ)の仮面ような頭部と合わさって、その姿は巨大な悪魔のようだ。

 

「……視える」

 

 閉じていた両の瞳。その相貌がゆっくりと開いていく。

 

「視えるぞ……! 視えるぞ狛村……! フ、ふはははははははははははっ!! 視える視える視える視えるぞ! これが空か! これが大地か! これが世界か!!」

 

 刀剣解放(レスレクシオン)の影響により、全盲であったはずの東仙の視力が回復していた。

 初めて見る、色のついた景色。

 それまでずっと音や匂い・触感や霊圧だけで知覚していた世界を初めて目にするという極上の美酒に東仙は酔いしれ、高笑いを上げる。

 そして最後に――

 

「それがお前か、狛村。思っていたより……醜いな」

 

 ――長らく肩を並べていた相手の顔を、そう嘲笑った。

 

 

 

 

 

「……醜い、か。なるほど確かに、貴公の目にはそうも映ろう」

 

 眉間に皺を寄せつつも、狛村はその言葉を肯定する。

 

「だが儂には、今の貴公の方がよほど醜く映るぞ?」

「フン、何を言うのかと思えば……皮肉のつもりか? それとも、お前には理解出来ないのか? この圧倒的な力が!!」

 

 確かに、今の東仙の姿は化け物そのものと呼んで差し支えないだろう。だがその言葉を皮肉か無知が故の言葉と断じ、真意を問い質さぬまま東仙は狛村へ襲いかかった。

 刀剣解放(レスレクシオン)は姿形だけに留まらず、肉体のサイズまでもを大きく変貌させていた。

 流石に明王と比べれば小さいものの、その大きさはゆうに明王の片手ほどもある。自らの片手ほどもある巨大な虫が、羽音を響かせ飛びかかってくる。

 

「速い!」

九相輪殺(ロス・ヌウェベ・アスペクトス)

 

 打ち落とそうと剣を振るうものの、不規則な軌道でそれを躱すと明王の胸元まで潜り込み、強烈な音波を発生させた。

 鈴の音色に似た特殊な波長を持つそれは、九つの波長にて増幅された破壊の波だ。

 必殺の確信を以て放たれたその攻撃を――

 

「ぬううううぅぅん!!」

「なんだと……!?」

 

 ――明王は避けた。

 その場から大きく飛び下がり、音波からその身を引いてダメージを軽減する。

 

「東仙よ、何度でも言おう。今の貴公は醜い姿をしている」

「またそれか? 一撃を躱した程度で随分と強気だな?」

「ああ、その一撃を躱せたことが醜さの証明なのだ」

「……ッ!?」

 

 予期せぬ言葉に東仙は言葉を失う。

 

「先ほどその姿になった時、貴公は"視える"と口にした。つまりその姿は、今この瞬間に初めて転じた物だ。一度でも試していれば、そのような感動を得られる筈がない。つまり貴公は、今初めて試した力をこの場で使っているのだ!」

「……」

「真新しい力に振り回され、儂のような鈍重な卍解ですら避けることができるほど稚拙な攻撃! そのような未熟な力を有り難がり、さも自信満々に、新たな玩具を手にした童子のように喜ぶ!! 儂の知る東仙要という男はこの世界を憎もうとも、決してその様な恥知らずな真似はしなかった!! それは手にした(ホロウ)という力に自ら泥を塗るに等しい行為よ!!」

「だ、黙れ!!」

「挙げ句、初めて目を開いた今の貴公は童子どころか赤子同然! その様な相手になど儂は決して負けぬ!!」

「黙れええぇぇっ!!」

 

 それは正鵠を得た言葉だった。

 感情に振り回され、使うつもりのなかった能力を使ってしまった。否定していた筈の相手からこれ以上ないほどに的を射た指摘をされ、怒りと焦りがさらに稚拙な攻撃を誘う。

 

「未熟!!」

「があっ!?」

 

 狛村を黙らせるべく両目から虚閃(セロ)を放とうとしていたところで、空中から明王の剣が襲ってきた。

 

「ぐ……狛村……」

「まだ分からんのか! 東仙!!」

 

 地面へとたたき落とされた東仙を、明王の巨大な腕が掴み上げた。

 このまま全身を握り潰されるのかと背筋を震わせるが、だが明王はそれ以上力を込めることはなかった。

 

「儂も一度だけ、お主と同じように刀剣解放(レスレクシオン)した死神と手合わせをしたことがある!! あの時と比べれば、あの完成度と比べれば今の貴公など羽虫に過ぎぬ!!」

 

 どうやら、一度どこかの変態隊長と戦った経験は決して無駄ではなかったようである。

 ……そこまで有用な経験だったのかな? 一緒にお稽古して、お夕飯食べて、お風呂上がりにブラッシングとかしていただけだよ? そこからどんだけ想像の翼を広げて経験値を得てるんだろうか? チャドと仲良くなるだけじゃ物足りなかったのだろうか?

 

「目が見えるようになったこと、儂も喜ばしく思う……だが貴公は、見える様になった事で多くの物が見えなくなっているのではないのか……? 少なくとも儂は、こうして本気で刃を交えたことで貴公と心からわかり合えたと思っている」

「なに……?」

「憎むなとは言わん。恨むなとも言わん。ただ、己を捨てた復讐などするな。貴公が失った友に対してそうであったように、貴公を失えば儂の心に穴があくのだ……」

 

 力の入らぬ明王の手の中――少し力を入れれば容易に抜け出せ、霊圧を操れば腕一本を破壊することも可能であろう、そんな状態でいながら。東仙は動くことはなかった。

 ついぞ先ほどに開いた目を閉じ、再び暗闇の世界に自らを置きながら狛村の言葉を反芻していく。

 

「儂は、儂の心は貴公を赦している」

 

 狛村は嘘や騙りを吐くような男ではない。長い付き合いで東仙はそれを理解している。加えて盲目だったためか東仙は人一倍感情の機微に聡い方だ。

 その全てが告げていた。

 狛村は本心から語っているのだと。

 

 ダメージこそあれど、東仙は未だ健在。手に持ったままの今ならば、容易く逆転は可能だというのに。なのにそれ以上何もすることもせずに東仙を信じ、手を差し伸べ、説得を続けている。

 未だ決着の付かぬ戦闘を放棄して訴えかけるだけの、大馬鹿者なのだと。

 

 そんな大馬鹿者になるほど、狛村は東仙に尽くそうとしているのだと。

 

「……狛村」

「東仙!!」

 

 ゆっくりと目を開ければ、その視界に狛村の姿が飛び込んできた。

 よほど心配していたのだろう。明王の手を開き、東仙を自由にしている。

 

「ありがとう、狛村……お前の言葉が聞けて、よかった……」

 

 自由を取り戻した東仙は、狛村の前へゆっくりと移動した。

 瞳に映る友の姿を脳裏へと焼き付けていく。続いて視線を少しだけ動かすと、檜佐木へと向ける。

 彼もきっと、自分のことを心の底から心配して此処へ来てくれたのだろう。そう考え、狛村と同じように姿を記憶に焼き付ける。

 

「それと、気にしないでくれ。お前は、悪くない……何も悪くないんだ」

「何を――」

 

 ――言いたいのだ? その真意を問い質すより先に――

 

 

 

 東仙の身体が、内側から弾け飛んだ。

 

 

 

「……な!?」

 

 鮮血が滝のように吹き上がり、狛村へと降り注ぐ。

 本来ならば即死、いかなる治療をしても助かることはないだろうが、(ホロウ)化による驚異的な生命力の影響なのか。

 肉片となりながらも東仙は僅かに声を発していた。

 

「藍、さ……ま……」

「藍……染……? 藍染なのか!? 東仙よ! これはまさか藍染の仕業なのか!?」

「じ……ひ……歌……ょぅ……」

「慈悲!? 慈悲とは一体何のことだ!? 東仙! 東仙!!」

 

 どれだけ名を繰り返し叫ぼうとも、答えは返ってこない。

 

「東仙!! おおおおおおおおおおっ!」

 

 狛村の絶叫が木霊していた。

 




●被害者
基準とか規則とかがぶっ壊れた的な意味で

●東仙
どう頑張っても、死ぬ運命なんですよね……
(生存フラグ的な物を頑張ってみたんですが、どう考えても死亡フラグが強すぎて)

そもそも東仙は小説版で藍染に
・藍染が天に立ったら「自分は新世界に相応しくないので自殺します」
・復讐を諦めると「それは自分が今までやって来たことの否定。ただの大量虐殺者で歌匡の正義を汚す。だから慈悲で殺してくれ」

と言っており、藍染もOKしている。

それを受けて「東仙が最後に弾け飛んだのは藍染の慈悲だった(仕えない駒の処分などではない)」に繋がるという……

つまり「藍染が目的達成したら自殺」「改心したら藍染が慈悲を与える」
どちらにせよ東仙は死。

藍染が自爆スイッチを押すのを躊躇うような状況を作ること。東仙が罪の重さで潰れないようにする(汚した正義を生きて償うように決意させる)こと。
ついでに東仙の真面目過ぎる性格も……相当頑張らないと生存ルートは不可能……

(狛村に少しでも伝えられたので、幾らかはマシな方だと思いたい)

●狂枷蟋蟀
見えるっ♪ って大喜びしてるから、ぶっつけ本番だと思っています。
あの感動っぷりと狛村の顔を見た感想から、多分きっと間違いなく初使用。
(多分東仙もあの場で使う気はなかったんでしょうね。狛村の言葉で逆上してつい使っちゃった。その結果69に刺されるので。やっぱり練習不足は駄目だと思います)


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第252話 その動き、光の如し

(話の順番、前話と逆な気もしますが、まあいいか)


 絶対の自信を以て繰り出した従属官(フラシオン)たち全てを死神に打ち倒され、バラガン・ルイゼンバーンは業腹だった。

 

 かつては虚圏(ウェコムンド)の神として君臨していたバラガンであり、藍染の配下となった今もその矜持は失っていない。その彼が配下として率いていた者たち全てがこうも容易く――決して容易くとは言いがたいのだが、バラガンの目にはそう映っていた――敗れたとあっては少々……

 

 誠に少々ながら神の沽券に関わるというものだ。

 そして受けた恥は、そそがねばらない。今この場に残っているのはバラガンだけだ。不遜な死神を自らの手で打ち倒すべく、彼は玉座から立ち上がり死神たちの相手を始める。

 

 バラガンの持つ能力は"老い"――触れれば花は枯れ、岩は朽ちて砂となり、肉は腐り溶け落ちて、全ての命は死に絶える。

 ただそこにいるだけで周囲の時間の流れすら鈍くするという、絶対の能力。

 そのはずだった。

 

「はっ!」

「ふんっ!」

 

 砕蜂の攻撃をバラガンは辛うじて防ぐ。

 放った突きが身体に突き刺さるまでは、あとほんの数ミリ。コンマ一秒でも遅れていれば、直撃を受けていただろう。

 

「妙だな……やはり、遅くなる……」

 

 攻撃をしくじったと悟った瞬間、大きく下がって距離を取る。余計な追撃などを受けぬためだ。

 離れた場所で、彼女は自分の手とバラガンとを見比べる。

 既に何度も、絶対の自信を以て放った攻撃があと一歩のところで防がれているのだ。

 相手に近寄った瞬間に自らの身体が遅くなるという強烈な違和感。その正体を看破しきれずにいた。

 

「くっ……死神風情が……」

 

 砕蜂が困惑するその一方で、バラガンは部下が敗れた時以上の苛立ちを感じていた。

 一瞬で、風のように現れ煙のように消える砕蜂の動き。それは老いの能力があってようやく対応できるということの証明。

 それが何よりも腹立たしい。

 

「不遜、じゃな。王たる儂の喉元に刃を向けるなど、あってはならぬこと」

 

 そのような輩は一切合切、灰も残さずに叩き潰さねばならない。

 

「朽ちろ、髑髏大帝(アロガンテ)

 

 自身の斬魄刀たる巨大な戦斧。

 その斧から闇のような霊圧が溢れ出し、バラガンはその身を髑髏へと帰刃(レスレクシオン)させる。

 

「……」

 

 解放した姿を見た砕蜂が僅かに息を呑む。同じ戦場にいる大前田などは、完全に怖じ気づくほどだ。

 王冠を被り荘厳そうなローブを纏った骸骨の姿は、見る者へそれほどまで強烈に"死"の一文字を連想させた。

 だがバラガンの帰刃(レスレクシオン)はこれだけでは終わらない。

 その身を変化させたと同時に、彼の周囲が急激に朽ちていく。一瞬にして数千年、数万年もの時を経たように。崩れ落ちて砂となり、その砂すら磨り潰されて消えていく。

 

「なるほど、これが奴の能力……風化、いや……まさか!」

「フン、ようやく理解したか」

 

 引き起こされた現象、それと我が身に起きた遅くなるという現象とが頭の中で噛み合って一つの答えを導き出した。 

 

「全ての十刃(エスパーダ)には、司る死の形というものがある。儂の司るものは"老い"。あらゆるものは儂の傍から老い、死に絶えてゆく」

「まずいっ!!」

 

 バラガンの霊圧が高まった。

 周囲の景色を老い一色に塗り潰さんとばかりのその恐ろしさを肌で感じ取った砕蜂は、叫ぶと同時にバラガンから更に距離を取る。

 

死の息吹(レスピラ)

 

 髑髏の口から漆黒の吐息が吐き出された。

 黒い息は逃げた砕蜂を追い詰めるように瞬く間に、恐ろしい程の速度で広がっていくものの、その程度は彼女も予測済みだ。

 全速力で動く砕蜂の影すら捉えられない。

 

「避けろ大前田ッ!!」

「え……あ、うぎゃあああああぁぁっ!!」

 

 だが避けられるのは砕蜂だけだ。

 吐息は同じ戦場にいた大前田三席――

 

 ……えーと、三席である。間違ってはいない。副隊長ではない。

 副隊長は夜一さんだと砕蜂の中では決まっている。書類的には許可が降りていないが、そんなことは知らない。今はちょっと逃げられているが、一度はとっ捕まえて約束させたのだから間違いない。ないったらない。

 

 ――その、三席にも襲いかかる。

 

「チイッ!!」

 

 警告の叫びを聞いた大前田は慌てて、それこそ恥も外聞も無く脱兎のごとく逃げ出すことで直撃だけは避けられた。

 予想よりも遙かに低い損害しか与えられず、バラガンが苛立たしげに舌を鳴らすその一方では。

 

「ひ、ひいいいっ! 腕、俺の腕が……!!」

「少し肉が削り取られただけだ、我慢しろ! 減量になって丁度良いだろう!」

 

 ――げ、減量って……!!

 

 声にならない抗議の声を大前田は上げていた。

 

 死の息吹(レスピラ)に触れた瞬間、彼の腕の一部は朽ち果てていた。

 触れた面積がほんの少しだけ、且つ、それに気付いた砕蜂が即座に周囲の肉ごと切り離したおかげで被害は最小限で済んだものの、直撃したり処置が遅れていれば影響はやがて身体中に及び、骨だけとなっていただろう。 

 それを鑑みれば、この程度で済んだのは十分に幸運だ。

 

「その程度の傷、四番隊で即座に治療が可能だ!」

「ですけどもぉっ!!」

「仮に両腕が朽ちたとて藍俚(あいり)様に頼めば一瞬で治療していただける! 片腕を怪我した程度で泣き言を言うな!! 一般隊士まで落とされたいか!!」

「……藍俚(あいり)?」

 

 傷口を乱暴でいて荒々しく縛り上げながら檄を飛ばし続ける砕蜂の言葉に、バラガンが反応した。

 予期せぬ相手の反応に砕蜂の動きが止まった。

 

「あいりアイリ……はて、どこかで聞いたような……」

「貴様、どうしてその名を知っている!?」

「おお、思い出した。藍染が言っておったわ。ハリベルの奴を倒し、自陣へと引きずり込んだ死神が、確かそのような名であったはず」

 

 やがて納得したように独りごちた。

 虚圏(ウェコムンド)にて藍染が死神たちへ演説する少し前、十刃(エスパーダ)たちへ簡易な説明をした際に、その名を口にしていたのを思い出したからだ。

 治療が得意だなどと言っており、ひょっとすれば老いて朽ちた肉体であっても癒やせるのかもしれないが、だがその心配は無用なこととバラガンは結論づける。

 

 しかしバラガンの考えは、全くの的外れだった。

 

「じゃが、そやつは今虚圏(ウェコムンド)にいる。この場におらぬ者を当てにするなど滑稽なことよ」

「ふ、ふふふふふふ……」

「た……隊長……?」

「なるほど。良い話を聞かせて貰ったぞ! ならば私も、これ以上無様は見せられぬ!!」

 

 大恩ある相手が、十刃(エスパーダ)の一人を下していた。それどころか部下にまで引き入れていたのだ。

 ならばその彼女に教えを受けた自分が、こんなところで手間取っているわけにはいかない!!

 キレッキレの思考で、砕蜂のやる気が限界を突破する。

 その声色は、大前田が思わず本気で心配するほど楽しそうなものだった。

 

「卍解! 雀蜂雷公鞭!!」

「卍解か……無駄なことを……」

 

 砕蜂の持つ斬魄刀が、巨大なミサイルのように変わる。

 それを見てもなおバラガンは余裕の態度を変えることはなかった。だがそれは砕蜂も同じだ。

 

「その形状から察するに、矢を放つ類いの力であろう? 残念だが……」

「言われずとも想像はつく! 貴様の老いの力は、向けられた攻撃であっても届く前に朽ちて果てる……そういうことだろう?」

「馬鹿ではないようだ……いや、やはり馬鹿か?」

 

 言動だけを見れば、老いの能力について正しく認識しながらも通用しない攻撃を放とうとしているのだ。馬鹿なのかと疑っても不思議ではない。

 

「馬鹿は貴様の方だ……私は、貴様が思っているよりも何倍も速い!!」

 

 雀蜂雷公鞭が発射態勢に入った。照準がバラガンへと狙いを定め、そしてあれだけ巨大だった砲弾が一瞬にして姿を消す。

 

「雀蜂雷公鞭・(せん)

「――」

 

 砲弾が消えた一秒後、砕蜂の声が聞こえてきた。

 何がしたかったのかと問い質すよりも先に、続いて何かが通り過ぎたような強烈な風切り音が鳴り響き、最後にバラガンの腹に激痛が走る。

 

「ぐがあっ!!」

 

 慌てて下を向き、そして気付く。

 いつの間にか、彼の腹には大穴が開いていた。

 大きさは大人の腕ほどもあるだろうか。身に纏っていたローブは向こう側が見える程に美しく真円が開いている。

 ローブの下には、本来あったはずの肋骨や背骨までもが全て綺麗さっぱり消えている。仮にどれだけ鋭利な刃物を用いたとしても、こうはいかないだろう。空間をまるごと切り取ったのではないか? そう思わせるほどに鮮やかさ。

 

 まさかこれが、攻撃だったのか?

 感知することも出来ぬほどの刹那の攻撃。音が後から聞こえてくるほどの速度で放たれ、能力にて朽ちるよりも速く通り抜けて目標へと穴を開けたのか。

 落下していく視界の中で、バラガンは悟った。

 

「ああぁぁっ!!」

 

 上半身と下半身を繋いでいた背骨が、その中程から消失したのだ。

 支えを失った上半身が崩れ落ち、髑髏が地面に衝突する。それでいて下半身は奇跡的にバランスを保ったまま立ち続け、上半身を見下ろしている。

 そんな異様な光景だった。

 

 雀蜂雷公鞭・閃。

 本来は砲弾を放ち、爆破することで周囲一帯の全てを薙ぎ払うだけであったそれは、長きに渡る鍛錬によって新たな力を身につけていた。

 これはその新たな力の一つ。

 全てを殲滅せんとするほどの破壊力を射出速度へと割り振ったものだ。音すらも置き去りにして、直線上に存在する全てを貫く閃光の一撃。

 

「す、すっげぇ……」

「副隊長の席に戻りたければ、このくらいはやってみせろ」

 

 難点があるとすれば、通常よりも消費が大きいということくらいか。

 全身にびっしりと汗を浮かべながら、それを感じさせぬ気丈さで砕蜂は告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おのれ……おのれ死神いいぃッ!!」

「いいいいいぃっ! ま、まだ生きてる!?」

「チッ、一撃では沈まぬか……もう少し気張れ雀蜂(すずめばち)

 

 上半身だけの姿となりながらも、バラガンは再び動き出していた。

 匍匐前進のように両手で上半身を引っ張りながら、砕蜂目掛けて進む。怒りと痛みで制御が甘くなっているのか、漆黒の吐息が漏れ出して辺り構わず周囲一帯に死を振り撒く。

 

 部下の悲鳴と敵の生命力。その両方に苛立ちながら、砕蜂は指先で雀蜂雷公鞭を軽く弾いた。

 鳴り響いた「キンッ!」という金属音が雀蜂の文句の言葉のように聞こえて、思わず笑いがこみ上げる。

 

「よくもこの儂を! 虚圏(ウェコムンド)の大帝たるこの儂に傷を……!!」

 

 これも能力によるものなのだろう。

 真っ黒に染まった巨大な戦斧――帰刃(レスレクシオン)する前に手にしていた物よりもずっと大きく禍々しい形状となったそれを片手に握りながら、よろよろと起き上がる。

 

 倒れ伏して地に這いつくばったままでいるなどプライドが許さないのだろう。

 霊子を固めて己の身を支えることでバランスを取っているらしく、バラガンは上半身だけで浮かび上がり斧を構えていた。

 砕蜂は再び雀蜂雷公鞭を構える。

 

「貴様、さきほど言ったな? 自分は大帝――つまり王であると」

「それがどうした!」

「そうか……残念だな。王では私には勝てぬ!!」

 

 霊圧を注ぎ込み、雀蜂雷公鞭の弾頭を装填する。

 

「世迷い事を! 儂の力の前ではあらゆる者は均しく平等!! 全て老いて朽ち果てるのみ!! 藍染とて同じ事! スターク亡き今、奴を倒して儂は奴に奪い取られた全てを取り戻してみせよう!!」

 

 ――スターク? 察するに、同じく現世へと現れた十刃(エスパーダ)の名か?

 

 問い質したいところではあるが、バラガンが撒き散らす老いの吐息が厄介だった。無差別に広がりあらゆる物を滅ぼし続けるながら襲いかかってくる相手に、遠慮など無用。

 

「老いを感じる間など与えるものか……今度は光より速いぞ」

 

 ――命中精度だけが難点だがな!!

 

「ぬかせええぇぇ……っ!!」

瞬閃(しゅんせん)!!」

 

 砲弾が再び消える。

 

「どこで知ったかは忘れたが……古来より、王の身辺には常に危険が差し迫っているそうだ。貴様が本当に王ならば、隠密機動の総隊長――暗殺者の頂点に立つ私を前に立たせるような真似など絶対にさせぬぞ? たわけが」

 

 バラガンの髑髏が、一瞬にして半分消えた。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!!」

「なにっ!?」

 

 顔面の半分以上を失い、残った半分をバラバラと砕け散らしながらも、バラガンは動きを止めなかった。

 執念と怨嗟だけを支えとし、砕蜂目掛けて手にした戦斧を叩き付けようとする。

 

 だがそれは叶うことはなかった。

 突如として現れた黒い棺にバラガンは閉じ込められ、その中からはボキボキと何かが砕け散っていく音だけが聞こえてくる。

 

「これは!!」

 

 ――鬼道、それも黒棺!! こんなことが出来るのは……!!

 

「ダモクレスの剣、か。中々面白い話を知っているようだ」

 

 バラガンがいたところよりもずっと後ろから声が届く。

 

「王が暗殺されるなど、恥以外の何物でもないだろう? ならばその前にこうして手を下すのも慈悲。これは名誉だよ」

「……藍染!!」

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 砕蜂とバラガンが戦いを始める、その少し前。

 

「……困ったなぁ。あんたみたいに強い相手とは、戦いたくないんだが」

「あら、そうですか? 私は楽しみで仕方ありませんよ。十刃(エスパーダ)が、それも藍染がこの場に連れてくるほどの者が、どれほどの力を持っているのか」

「あー……卯ノ花隊長、あんまり遊びすぎないようにお願いしますね」

 

 第1(プリメーラ)十刃(エスパーダ)コヨーテ・スタークは、卯ノ花と京楽――二人の隊長を前にして、腹の底から嘆息していた。

 




その逃げ足、光の如し

●ダモクレスの剣
栄華の最中にも危険は迫っている。
または常に身に迫る一触即発の危険な状態のこと。

●暗殺
秘密裏でなく、強襲して殺しても定義としては正解だからセーフ。

●王様と暗殺者
スパイは大将を倒せます(軍人将棋)

●雀蜂雷公鞭
元々の破壊力を速度と貫通力だけに振り直した、一点集中の超速攻撃。
速度に加えて霊圧がギチギチに詰まっているので対処も難しい。
(霊圧差が大きいのでバラガンの能力も無効化できた。
 なので実は速さはあんまり関係ない、とかだったら面白いかなと想定)

●スターク
……どう頑張っても善戦すら出来なさそうなのでカットします。


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第253話 藍染を打倒せよ

「それにしてもその卍解……フフッ、随分と難儀なことだ」

 

 雀蜂雷公鞭――バラガンを一撃で半壊させるほどの破壊力を秘めた砕蜂の卍解を眺めながら、藍染は口元を僅かに緩めた。

 

「護廷十三隊に籍を置いていた頃からある程度は知っていたが、霊圧の消費が多すぎる。あれだけの威力の物を二発も撃ってしまっては、もはや霊圧もまともに残ってはいまい。それでもまだ私を倒すつもりでいるのか?」

「……ッ!」

 

 遠くから聞こえてくる、全てを見透かしたような余裕の声に砕蜂は眉間に皺を寄せる。

 口にしていることが全て事実だったからだ。

 速度と貫通力に特化させて全てを打ち貫くようにしなければ、老いの能力と霊圧の守りを突破しきれない、そう判断していた。

 バラガンがもう少し弱ければ、もっと霊圧を温存して、雀蜂雷公鞭の消費を少なくして戦えたのだが……

 

「フン! 貴様に私の霊圧の底が分かるのか?」

 

 挑発的な笑みを浮かべながら、彼女は自身の中のその考えを否定する。

 結局は仮定でしかない。バラガンとの戦いは、アレで正解だったのだ――そう自分に言い聞かせながら、雀蜂雷公鞭を藍染に向ける。

 弱みを見せまいと、まだまだ霊圧は残っていて戦えるのだぞという、精一杯のアピール。示威行動だ。

 

「た、隊長!? あのすんげぇ卍解ってまだ撃てるんスか!? いや、撃てりゃ藍染だってイチコロでしょうけれど今の弱った霊圧じゃあ……」

「…………」

 

 なお大前田三席には伝わらなかった模様。

 オロオロし続ける部下を一切無視して、砕蜂は卍解に霊圧を込めてみせる。

 

「子飼いの破面(アランカル)が反応すら出来ずに貫ぬかれたのだ。貴様とて只では済むまい……?」

「止めときぃや、砕蜂ちゃん。休憩も必要やで?」

「お前は……平子、隊長……」

「おー、覚えてくれてたんやな。ま、こっちは砕蜂ちゃんのことは藍俚(あいり)ちゃん挟んで顔と名前を知っとったくらいやけども」

 

 急に現れた平子真子に、砕蜂は思わず動きを止めた。

 

「せやけど、その顔……疑問に思っとらんな? 俺たちがこの場に現れたことを」

「ああ、話だけは聞いていたからな」

 

 まだ砕蜂が幼かった頃に平子は隊長職に就いていたため、顔と名前くらいは当然知っている。一方の平子も幼い砕蜂が藍俚(あいり)と共にいる所を希に目撃しているため、多少なりとも覚えていたようだ。

 ついでに言えば、仮面の軍勢(ヴァイザード)のことも藍俚(あいり)を通してある程度は話が伝わっている。そのため、死神側には既に受け入れる程度の土壌が出来ていた。

 

「それで、我々と共闘すると考えて良いのか?」

「んー……ちょっとだけちゃうな。総隊長サンのところでも言ってきたんやが、敵の敵みたいなもんや。つまり……」

 

 斬魄刀を抜いた瞬間、平子の姿が消える。

 

「こっちで勝手に、やらせてもらうっちゅうこっちゃ!!」

 

 現れたのは、藍染の目の前だった。

 瞬歩(しゅんぽ)を用いたとはいえ、これだけの距離を一瞬で。砕蜂が気付くよりも速く動いてみせたことで、この場にいた死神たちは平子の実力を否応なく理解する。

 

 瞬間移動のごとく動いた平子は、そのまま藍染目掛けて手にした斬魄刀を振り下ろす。

 頭部を狙った攻撃に反応したのは東仙だった。攻撃の最中の平子の額を狙って斬りつけるその一撃を、大慌てで上体を仰け反らせることでなんとか回避する。

 

 その一瞬のやり取りの間、藍染は動くことはなかった。まるで、この結末が全てわかっていたと言わんばかりの余裕ぶりだ。

 

「外したか。左目から上を斬り落とすつもりだったが……」

「アホか! 見てみいコレ、男前が台無しや!」

 

 東仙の言葉に平子は自分の額を指さしながら答える。

 出血などはしていないものの、薄皮が一枚だけ切れていた。ついでに前髪が半分ほどばっさりと切り落とされている。つまり、もう一瞬反応が遅ければ頭を斬られていたということだ。

 

「残念ながら見えないものでな。お前の顔がどれだけ無残になろうとも知ったことではない」

 

 その事実を誤魔化すように軽口を叩くが、東仙の反応は冷ややかなものだった。

 斬魄刀を構え直すと冷徹なまでに平子へと追撃を仕掛けるものの、その攻撃に狛村が割って入る。

 

「狛村……!」

「すまぬが、少々故があるのでな! この男は儂が貰うぞ!!」

「あー、好きにしたらええよ……」

 

 表情と言葉のどちらからも平子を信頼しきっている。

 狛村から感じる謎の信用に少しだけ毒気を抜かれつつも、平子は再び藍染を睨み付けた。

 

「こっちの本命は初めから、藍染だけや」

「せやな」

「ハゲ真子、お前に言われんでもわかっとんのや」

 

 その言葉に同意するように、ひよ里とリサの二人が平子の隣へと並ぶ。

 

「なんやお前らだけかい」

「しゃあないやろ。他の奴らは周りのお手伝いしとるからな」

 

 彼らが戦場に姿を現す少しだけ前、大量の最下級大虚(ギリアン)を伴って破面(アランカル)ワンダーワイスがやって来ていた。

 平子らを除く者たちはそれらの殲滅へと向かっている。

 

「真子、とっととしいや」

「わぁっとる! 迂闊に近寄らんとけよ、特にひよ里!」

「……わかっとる! ウチかていらん煮え湯を飲まされたからな。慎重にもなるわ」

 

 藍染を睨みつけながら、じりじりと間合いを詰めていく。

 今にも飛びかかりたくなるのを我慢しつつ、平静になるよう心を落ち着かせながらひよ里は自然体になるように努める。

 その脳裏に浮かぶのは一ヶ月ほど前、仮面の軍勢(ヴァイザード)のアジトへと激励――という名目で暴れに来たとある死神のことだ。あれだけ好き放題暴れられては、実力不足を嫌でも理解する。

 その死神の口から「藍染はこの程度ではない」と言われ、仮面の軍勢(ヴァイザード)の面々は己の心技体を少しでも鍛え上げていくことに余念はなかった。

 

「流石、思いやりの深い言葉だ平子隊長。その言葉に免じて、私が相手をしてあげよう。だが、迂闊に近付けばとは……その言葉、滑稽に響くな。迂闊に近付こうが慎重に近付こうが、或るいは全く近付かずとも全ての結末は同じだよ」

「せやったら、アホみたいに近付いたらどうや?」

 

 淡々と語る藍染の言葉に横槍を入れる形で、平子が口を挟んだ。その手にはいつの間にか、始解した逆撫(さかなで)が握られている。

 

「面白い形の刀だな。だが、阿呆のように近付くとはどういう意味かな?」

「そら勿論、言葉通りの意味や。お前にはわからんやろ」

 

 三人が仮面を被り(ホロウ)化すると、藍染目掛けて襲いかかる。

 迫り来る三人を認識しながら、藍染は僅かに目を見開く。逆撫の能力の影響を受けたのだと気付いた時には遅かった。

 

「反応が遅ぉなったな!」

「今やっ!」

「ッ!」

 

 迫り来る三つの刃を躱しきれず、藍染は身体を切り裂かれる。

 傷そのものは深くはないが、決して浅くもない。どくどくと血が流れ患部が痛みを訴えるが、藍染にはそんなことは問題ではなかった。

 

「上下、前後、左右、見えている方向まで全てを逆にする能力か」

「はぁ……一発で気付くあたり、ホンマ可愛くないなぁ。けどま、その通りや。オマエの鏡花水月と比べたら格は落ちるかもしれんが、中々オモロイやろ?」

「確かに面白いな。一度きりの余興としてならば、そこそこ愉しめたよ」

「まあまあ、そんなつれんこと言わんともうちょいと付き合えや!」

 

 再び三人の攻撃が繰り出された。

 だが今回は藍染にも事前知識がある。逆撫の能力は目の錯覚に等しい。ならば一度体験して慣れてしまえば、なんということもない。

 頭の中で全てを逆にしながら三つの攻撃を捌こうとして――

 

「な……っ!」

 

 ――再び、斬られた。

 

 新たに増えた痛みから藍染は気付く。

 上下左右前後は逆だが、見えている方向だけがそのままだ。

 たった一つだけ、感覚が逆になってない。その違いが藍染の計算を狂わせ、二度目の傷を負わせるほどの結果に繋がった。

 

「全部が全部、ずーっと逆になっとるワケないやろ? どないオモロイ余興かて、なんぞ変化がないと飽きられるもんや。オマケに一対一やのぉて、三対一。どない慣れた言うても、限度っちゅうもんがあるわ!!」

「覚悟しぃ!」

「終わりや!」

「変化、か……なるほど、確かにそうだ。まさかまだ、あなたから学ぶことがあったとはね。平子隊長」

「ぬかせ!!」

 

 三度目の攻撃が繰り出される。平子たちが動き出すのを感じながら藍染は片手の指を二三度、軽く回転させると薄く微笑んだ。

 

「があ……っ……!?」

「な……っ……!!」

 

 リサとひよ里、二人が斬られていた。

 斬魄刀を握りながら藍染は悠然とその場に佇んでいる。その刀身が血に塗れているところから、彼が斬ったのは間違い無いだろう。

 だがその動きは誰も見えなかった。

 

「だが、この程度の変化に対応できないと思ったのかい? ほんの少し、確認するだけの時間を取れば良いだけのこと……確かに確認を終えるまでに隙はあるが、君たちが相手ならば確認を終えてからでも十分。隙など無いに等しいよ」

「く……っ……」

 

 ――なんちゅうバケモンや! 見積もり甘過ぎたか!?

 

 二人が倒れていくのと同じように、平子も血を流しながら歯噛みしていた。

 ほんの一、二回。指を動かしただけで現在の逆様の世界を認識し直すほどの感応力の高さにも驚ろかされたが、確認を終えてから三人を一瞬で斬り倒すほどの速さも問題だ。

 殺そうと襲いかかってくる相手に対して一瞬よそ見をしてからでも対応できる。

 それは単純に、藍染と平子たちとの実力の差へと繋がる。

 

「……おや? 要……しかたない……」

「東仙!? 東仙!! おおおおおおおおおおっ!」

「な、なんや!?」

 

 倒れる平子たちには目もくれず、藍染は急に遠くへと視線を投げた。

 そして、何かをした――それが何なのかは、目の前にいた平子ですら分からなかった。ただ、何かをしたというのだけは分かる。

 一瞬だけ、藍染がそれまで身に纏っていた雰囲気が変わったかと思った途端、狛村の悲壮な叫び声が周囲一帯に響き渡った。

 

 それは、藍染と東仙との間で交わされた契約。

 東仙が死神たちの許しを受け入れるようなことがあれば、苦しむ前に消し去るという絶対の約定。

 その盟約に基づいて、藍染は東仙を敗残者ではなく慈悲を以て手に掛けただけだ。

 許しを受け入れてしまった自分に絶望し、心が壊れる前に。

 

「おおおおおおっ!! 藍染!!」

 

 だが狛村は、そんなことは知らない。

 ようやく心のそこからわかり合えたと思った友――その親友を虫けらのように殺した、憎い憎い仇としか彼の瞳には映らなかった。

 

「今度は狛村隊長か。また私にやられたいのかな?」

「許さぬ! 許さぬぞ藍染!! なぜだ! どうして東仙を殺した!!」

「言ったところで理解などできないだろう。だが、あえて語るとすれば慈悲。要はああなることを望んでいただけのことだよ」

「ふざけるな!!」

 

 やや離れた位置から始解・天譴にて藍染へ攻撃を仕掛ける。

 怒りに任せて放った未熟な攻撃など容易く避けられるものの、だがその一撃で冷静さを取り戻したのか狛村は落ち着きを取り戻す。

 

「仮面の客人よ! 儂も加わるぞ!!」

「ざけ、んなや……」

「あたしらかて、まだやれんで……」

 

 リサとひよ里が立ち上がる。

 だが相当無理をしているのだろう。痛みに顔を歪ませ、口の端から血を滴らせている。動きものろのろとしているところを見るに、気力を振り絞っているに違いあるまい。

 

「その、今にも倒れそうな身体でかい? それとも平子隊長の能力を当てにしているのか? どちらにせよ、とんだ思い上がりだ」

「くっ……!」

 

 静観を続けていた藍染だったが、今度は襲いかかってきた。

 一瞬にして手の届く距離まで近寄られ、その場の全員に緊張が走る。

 

「うおおおおっ!」

「はあああぁっ!!」

「ちいっ! やったらぁ!!」

「くっ……」

「止めろ!! お前ら全員攻撃すんなっ!! 同士討ちだ!!」

 

 藍染目掛けて斬魄刀を振るう三名(・・)へ向けて、外から声が掛かった。

 同士討ちという言葉に平子たちは反応し、直前ギリギリでなんとか剣を止める。するとその寸止めの褒美だとばかりに、藍染の姿が掻き消える。

 

「は……?」

「い、いつのまに……?」

 

 三人が狙う剣の先にいたのは、狛村だった。

 尤も狛村本人だけは平子たちが完全催眠に陥っていると認識していたらしく、天譴にて防御を固めていた。

 このまま攻撃を受けたとしてもダメージは無かっただろう。操られていたという屈辱以外はだが。

 

「気をしっかり持て! 藍染の鏡花水月だ!!」

「ほう……よくぞ気付いたものだよ、日番谷隊長」

 

 小さな拍手と共に、どこからともなく藍染が姿を現す。こうなってしまえばもはや仕掛けは明白、驚きの表情を見せる者たちも事情を飲み込めた。

 鏡花水月の能力にて狛村を藍染と誤認させ、平子たちの同士討ちを誘ったのだと。

 そこまでは理解できる。

 

「……ホンマ、よぉ気付いたのぉ……そこの小っこい隊長」

「へっ、当然だ! 藍染!! もうお前の鏡花水月は効かねえ!!」

 

 日番谷が得意げに胸を張って――

 

「……って誰がチビだ!!」

 

 ――ちょっとだけ怒った。

 その漫才のようなやり取りを横目にしながら、藍染は瞳を細める。

 

「なるほど……その自信の源は、この場に最初から控えている"あの有象無象"たちかな?」

 

 周囲を簡単に見回せば、隊長・副隊長といった戦闘を主目的としている死神。四番隊の上位席官といった治療を主目的としている死神。

 それ以外にもう一組。何やら長方形の機械を手に持つ死神がいる。

 彼らは戦うでも援護するわけでもなく、ただ影や空気の様に存在感を消しながら戦場を俯瞰するように眺めているだけだ。

 とはいえ無意味にこの場にいるわけではない。彼らの仕事は、戦場を撮影すること。

 かつて藍俚(あいり)が挙げた、鏡花水月の完全催眠対策の案。

 カメラにて撮影し、その映像を別の――鏡花水月の影響を受けていないと確信できる――者が確認し、何か異変があれば音声にて戦闘担当の死神たちに知らせるという備えを、忠実に実行していた。

 

「さてな、何のことだか」

「隠すのならば、もっと上手くやりたまえ。その耳飾り、よく似合っているよ日番谷隊長」

「チッ……」

 

 惚けてみせるものの、藍染はむしろより一層の確信を持って断言してきた。

 

 まず、戦場で何もしないのであれば邪魔だから下がらせた方がよほどマシだ。だが居続けている以上は何か役割があるはずという疑問。

 続いて、死神たちは鏡花水月に気付いたようだが、仮面の軍勢(ヴァイザード)たちは騙されたままだったこと。

 最後に、死神たち全員が揃って同じデザインの耳飾り(音声受信機)を付けている。

 これらを考慮すれば、答えは自ずと導き出せるだろう。

 

 確かに気付かれることも想定していたが、とはいえこうもあっさりと気付かれては腹も立つ。

 日番谷は返事の代わりに、苛立ちまじりの舌打ちを返した。

 

「仮に我々が対策を講じており、貴様がそれに気付いたからといって、それがどうかしたのか?」

「砕蜂ちゃん! もうええんかい!?」

「ええ、私が霊圧を少々補充しましたので」

「なるほど、卯ノ花サンの仕業か……」

 

 少し前に下がったかと思えば、もう最前線へと戻ってきた砕蜂の姿に驚き。続いて砕蜂の横までやって来た卯ノ花の姿を見て平子は全てを納得する。

 ついでに「そういやアンタ今は十一番隊のトップって……ホンマ何があってん……!?」と心の中でツッコミを入れるのも忘れない。

 

「ハッチ、リサとひよ里を頼むわ。それくらいなら治せるやろ?」

「はいデス」

 

 忘れないが、それはそれだ。

 スタークを相手としていた死神たちまでもが加わった今、怪我を押してまで無理に戦わせ続ける必要もない。それを理解している二人は、口惜しそうな表情ではあるものの一旦下がる。

 

「あらら、藍染隊長ってば、なんや大人気で羨ましいわ。ボクもお手伝いしましょか?」

「不要、と言いたいが……そうだな。君の判断で頼むよギン」

「へえ……」

 

 次々と死神たちが集まり藍染へ敵意を向ける中、市丸の呑気な声が聞こえてきた。

 てっきり断られると思っていた提案を肯定されて、口にした当人が一番驚く。

 

「ええんですか? てっきり不要や言われる思ってたんですけど」

「せっかくの機会(チャンス)なんだ。君も少しくらいは暴れたいだろう?」

「ほな、邪魔にならん程度には」

 

 藍染の少し後ろ――いつでも援護に行くことも庇いに出ることも、逃げ出すこともできるような、そんな絶妙な位置へと市丸が動く。

 

「させるか!!」

「ぬううぅっ!!」

 

 日番谷と狛村、二人の隊長が動いた。

 それを皮切りに、更に別の者たちが動いて藍染へと波状攻撃を仕掛けていく。だが隊長数人がかりの攻撃全てを、藍染はたった一人で受け流し防いで反撃すら行う。

 

「自信満々だな日番谷隊長。私の鏡花水月を封じられたのがそんなに嬉しいのかい?」

「うるせえ! テメエは……テメエは!!」

 

 あまつさえ、敵に挑発の言葉を投げ掛ける余裕すらある。

 その挑発を受けた日番谷は、氷の弾丸を全力で生み出すと藍染へと雨の様に放つ。

 

「この程度では――」

「今だ! 天貝!!」

 

 それら全てを打ち払おうとしたところで、日番谷は叫びながら大きく身を引いた。

 

「雷火・業炎殻!!」

 

 そして、藍染の周囲が猛火に包まれる。

 氷の弾丸を一瞬にて蒸発させ、人を瞬く間に黒焦げにするほどの炎の中にありながら、藍染は動じない。

 

「ああ、なるほど。君が、私たちが抜けた後に護廷十三隊の隊長になったという」

「よろしくする気はねえから、自己紹介もしねえがなっ!!」

「なるほど。そういうことか」

 

 卍解した斬魄刀、その刀身に業火を纏わせて天貝は斬り掛かるものの、藍染は易々と受け止めた。

 そして顔を間近で見ながら、納得したように呟く。

 

「確かに君には鏡花水月をかけ損なった。機会に恵まれないまま長期遠征に行ったからね……だが、問題はないよ。要するに"瀞霊廷内に存在する死神"にのみ鏡花水月を掛けていれば、何も問題はなかったからね。君一人が正気だったところで、それがどうかしたのかい?」

「ほざけ……くっ!!」

 

 さらに追撃を行おうとするが、それを潰すように横から伸びてきた刃が天貝を襲う。市丸の斬魄刀、神鎗による援護攻撃だ。

 それを躱しつつ、天貝は攻撃の出所へ視線を走らせる。

 

「なんや、ボクの後輩なんやね……これは、はじめましての御挨拶代わりや」

「テメエ!!」

 

 元と現という違いはあれど、三番隊隊長同士ということで興味が沸いたのだろうか。

 二人の目が合った瞬間、市丸は挑発するような物言いを見せた。

 

「もう一つ、その斬魄刀は流刃若火にはほど遠い。風が吹けば消えてしまいそうな弱い火など恐るるにたりないよ」

「では、もう少し年期があればどうでしょうか?」

 

 炎の壁を切り裂きながら、卯ノ花が飛び込んできた。

 空気を切り裂き、音を置きざりにし、光すら断ち切れそうなほど鋭い一撃に、藍染の身体が切り裂かれる。

 だが致命傷ではなかった。

 彼女の斬撃は、紙一重ではあるものの、防がれていた。

 

「今度は卯ノ花隊長のお出ましか」

「ええ、そうです。というよりもむしろ、当然のことでしょう?」

 

 言うなれば、今までの全てはフェイント。

 鏡花水月の対策に機械を用意することで一時しのぎとして、さらに隊長の中で唯一完全催眠に掛かっていない天貝を本命にする戦術を組み立てた――ように見せかける。

 

 死神は鏡花水月封じに苦心しており、それを封じれば藍染など恐るるに足りないと考えている。そう思わせることで、注意を逸らす。

 十一番隊現隊長、最強の死神である卯ノ花烈を藍染と一対一で戦えるようにする。

 現に天貝は既にこの場にはおらず、市丸の相手を始めていた。

 

「この場にいるのが更木剣八であれば、驚異だったよ。だが初代剣八、貴方ならば取るに足らない」

「その言葉、後悔しませんね?」

 

 感情の抜け落ちた表情で、卯ノ花は語った。

 




とりあえずこのくらい描写すれば、必要な義理は全部果たしたはずだと思います。


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第254話 子供のしつけ

 今頃はきっと、現世でも戦いが繰り広げられているんでしょうね。

 

 ……だ、大丈夫よね……?

 一応色々と策は練ったはずだから。流刃若火が大暴れすると空座町以外が危険だから、そうなる前になんとかカタを付けられるとは思うんだけど……

 

『空座町は偽物でござるが、周囲の街は本物でござるからなぁ。下手に暴れると、近隣諸国や転界結柱にまで被害が及んでしまって、修理費でお財布ピーピーでござるよ!! 今期の予算が食い潰されるでござる!! そんなことになったら今月も来月も再来月もモヤシしか食べれないでござる!!』

 

 四番隊は薬品とか医療器具とかで、他の部隊よりお金掛かるから……それ、あんまり笑えないのよね……

 

 あ、転界結柱で思い出したんだけどさ。

 

 一角もあの柱の護衛に選ばれていたのは良いんだけど、負けてないわよね?

 厳しめに見てもかなり強くなっていたし、始解でも勝てると思うんだけれど……

 でもどうしてかしら? アイツ、卍解してフルパワーで暴れてる気がするわ。ううん、根拠はないけれど絶対に卍解してる!

 

『その意見、拙者も全く同意でござるよ!! "引っ張りすぎでござるし、いい加減そろそろ出しておかないとこのまま永遠にお蔵入りのまま、出番なしで終了してしまいそう。機会を失するくらいならここで卍解させておこう!"という、何かの裏事情的な気配を感じまくりでござる!!』

 

 やめて!!

 

 ……とまあ、そういうことを考えたり考えなかったりしながら、現在はロリの治療をしています。

 

『ロリの治療をしている、という言葉のなんと誤解を招くことか!! 字面だけ見れば性癖を矯正されているようにしか見えねえでござるな!! エッチな大人のお姉様たちに囲まれる治療でござるよきっと!! その治療、どこに行けば受けられるでござるか!? 保険適用外でも受けに行くでござる!!』

 

 あー……そうね……四番隊(ウチ)、来る?

 勇音と私でよければ相手するわよ? 

 

『では添い寝を!!』

 

 …………

 

 治療前は虚ろな眼差しのロリでしたが、少しすると焦点がハッキリしてきました。

 

「死神! ……あぐっ……!!」

「大丈夫? 目は覚めた? 自分の名前は言える?」

「え……ロリ・アイヴァーン……って違う! なんだお前は! あたしは確かヤミーの奴に……そうだヤミーは!?」

「はいはい、ロリちゃんね」

「誰がロリちゃんよ! 気安く名前を呼んでんじゃないよ死神ッ!」

 

 意識を取り戻す程度で治療を止めたので、動いたり喋ったりするだけでも痛いはずなのに。この子、よくやるわね。ツッコミ入れたりツッコミ入れたり忙しい子だわ。

 ロリですが、ヤミーにやられた痛みと意識を失いかけたことで開放状態が完全に解けています。なので最初に見た時のムカデの様な姿はどこへやら。

 今では完全に、ただのツルペタ少女です。

 胸板やらお腹周りやらおへそまで丸見えの格好に加えてミニスカートという挑発的過ぎる格好。太腿まで伸びるロングブーツとスカートとの間に生足がチラッと見える辺りは基本的だけどポイント高いわよ!

 

『ますます生意気そうなガキの感じがマシマシでござるな!!』

 

 そんな、ギャーギャーと五月蠅いロリを肩に担ぎます。

 

 ……うん、やっぱり肉付きが薄いわね。お山(おっぱい)ももう少しあると個人的には嬉しいんだけど、そうすると見た目とのギャップが大きすぎるから。やっぱりこのサイズが正しいのかしら? 

 

「放せ死神! 触るな担ぐな!! くそっ! 身体さえ動けば……!!」

「はいはい、文句は後で纏めて受け付けるわよ。それよりもう一人の治療を優先させてね」

「はぁっ!? もう一人ってまさか、メノリに何かしようってんじゃないでしょうね! コラ死神!! 黙ってないでなんとか言いなさい!!」

 

 無視無視……って思ってたら、織姫さんが来たわ。

 

「あ、あの湯川さん。その、もう一人いるんです。それで……」

「ええ、あっちの壁に埋まっている子でしょう? 大丈夫、そっちも私が治療するから。織姫さんは黒崎君を信じて待っててあげなさい」

「あ……はいっ!!」

 

 二人に襲われて怖い目に遭っているのに。今だって肩の辺りがビリビリに破かれていて、頬の辺りとかちょっと怪我しているのに。

 なのに自分のことを後回しにして「メノリも助けてくれ」って言ってくる辺り、この子、良い子過ぎるわよね。

 

「うん、良い返事ね。だけどその顔だと黒崎君が安心出来ないから」

「あ……」

 

 そっと頬に手を当てて、回道で怪我を治します。

 ほっぺた柔らかいわ……もうどうでもいい……このままずっと撫で回していたい……

 

「うん、美人になった。これでもう大丈夫ね」

「ありがとうございます!!」

 

 というわけにも行かないので、ぷにぷにのほっぺたから断腸の思いで手を放して織姫さんを送り出します。

 見れば黒崎君とウルキオラの戦いは、(ホロウ)化も加わってますます激しさを増していました。

 織姫さんの危険が無くなって、戦いに集中出来るようになったからでしょうねきっと。

 

 私も来た甲斐があるというもの……あら?

 気がつけばいつの間にやら、石田君が来ていました。そういえば彼は原作でもここまで来ていた気がします。

 

「石田君? どうしてここに?」

「ええ、どうも。少し前に塔へ到着したのですが、空からヤミーという名の破面(アランカル)が降ってきたので中の井上さんが心配になって……」

「それ落としたの私よ」

「……は?」

 

 目を丸くしてたわね。そんなに驚くことかしら?

 

「下には更木副隊長もいるし、問題は無いと思って」

「た、確かにそうかも……」

「でも君も来てくれたなら心強いわ。ちょっとだけ織姫さんをお願いできるかしら? 私はこの子たちの面倒を見なきゃならないから」

 

 言いながら肩を軽く揺らして、ロリの存在をアピールしてあげます。

 さっきから描写はしていませんが、彼女はずっと文句を言い続けています。

 ホント、これだけの文句がどこから出てくるのかしら?

 

「頼んだわよ!」

 

 軽く念を押しておいてから、残っていたメノリへと着手します。

 さて彼女ですが……

 

 うわぁ、これはキツいわね。

 顔の左半分が腫れ上がっています。

 まるで、顔面を思い切り殴られて、吹き飛ばされて、そのまま壁に埋まって気絶した――そんな感じの大怪我をしていますね。

 

『さすが、怪我の見立ては天下一品でござるな……』

 

 当たりだったの? でもそれだと骨折とかもしていそうよね。

 となると……

 まずはロリを下ろします。治療の邪魔になりそうだし。

 

「あだっ! ……あ、あんたねっ! 下ろすんならもっと丁寧に下ろしなさいよ!! 殺すわよ!!」

「まずは壁から剥がさないと……」

 

 次に、壁にめり込んでいるメノリを引き剥がします。

 ちょっと痛いだろうけれど我慢してね。

 

「うぐっ……!!」

 

 ちょっと引っ張っただけで、予想以上に痛そうな反応ですね。

 ということはやっぱり、骨が折れてる……いえこれは、内臓も痛めてるわね……口から血を吐き出しているもの。

 

「もうちょっとだけ我慢して!」

「うぐああぁぁっ!!」

「メノリ!!」

 

 ぐずぐずしているわけには行かなかったので、一気に引き剥がします。

 相当痛かったんでしょうね。苦痛で意識が覚醒したらしく、目が開きました。カッと大きく目を見開き、次に私に視線を向けたかと思えば瞳に怯えの色が宿りました。

 

『気絶したと思ったら無茶苦茶痛くて目が覚めて、気付いた瞬間に死神がいるとか破面(アランカル)からすれば死を覚悟するレベルでござるな』

 

「し、死神……!?」

「死にたくなかったら、黙ってジッとしていなさい」

 

 壁から引き剥がしたメノリをそのまま床に寝かせて、治療を開始します。

 あらら、これは酷いわね。まずは顔を治療して、次にひっぱたかれた痕跡のある上半身を治療です。こうやって胸元に手を翳して……

 

 ……ふむふむ、なるほど。

 

『ご感想をどうぞ!!』

 

 ロリよりはふっくらしてて、ちょっとだけ大きめね。

 

『ほほう!! それはそれはなんとけしからんお山(おっぱい)でござるよ!! ちなみにアパッチ殿やスンスン殿と比べてでは!?』

 

 難しいことを聞いてくれるじゃないの……

 個人的な意見だけどね、その中だったら――

 

 

 

 ――あ! そうこうしている内に、治療が終了しました。

 ロリ同様に完治はさせていませんけどね。痛むけれどもなんとか立ち上がれる程度に抑えています。

 

 だって、下手に暴れられると面倒なんだもの。

 

「……よし、これでひとまずは大丈夫」

「な、なによあんた……? なんで死神があたしを助けるのよ……?」

 

 痛みが引いたことで、多少は落ち着いたのでしょう。

 メノリが訝しげな視線を私に向けてきます。

 

「私は四番隊の死神だもの、治療するのが仕事よ。死神だろうと破面(アランカル)だろうとね」

「はっ! どうだか!!」

 

 せっかく落ち着かせようとにっこり笑顔で言ったのに、ロリが叫び声を上げてきました。

 ちなみに彼女、痛む身体を無理矢理起こして立ち上がっています。ちょっと休んだからその程度は回復したみたいね。オマケにどこから取り出したのか、短剣のように短い斬魄刀をこちらに向けて構えています。

 とはいえ足元がフラフラで手も震えていて、全く怖くないけれど。

 

「あんたもどうせ、あたしを殺しに来たんでしょうが! ふざけんな!!」

「そんなわけないでしょう? そのつもりだったら、ロリちゃんもメノリちゃんもとっくに斬ってるわよ?」

「うるさい! あたしたちの名前を気安く呼ぶな!!」

 

 あらら、敵対心でいっぱいです。

 困ったわ……どうしようかしら……?

 

 どうしたものかと悩んでいると、メノリが勢いよく身体を起こしました。 

 

「ロ、ロリ! まずいって!! この死神……! 良いから逃げて!!」

「はぁ!? こんな甘っちょろい死神がどうしたってのよメノリ! ちょっと怪我してようと、あたしたち二人で掛かれば――」

「忘れたの!? コイツ、ハリベルを叩きのめして仲間に引きずり込んだ死神よ!! 藍染様が仰ってたでしょう!!」

「――余裕で……え……?」

 

 ロリの表情が固まりました。

 いいわね、この流れに乗っておきましょう。

 

 膝を突いてしゃがんでいたのを、ゆっくりと立ち上がりながら、二人に向けて霊圧をじっくりと掛けていきます。

 

「ええ、そうよ。自己紹介、まだだったかしら? 湯川藍俚(あいり)っていうの。メノリちゃんの言った通りアパッチ、スンスン、ミラ・ローズの三人にアヨン。それとハリベルも倒したわ。そうそう、皇鮫后(ティブロン)って名前だったけど……」

 

 流石にこの二人じゃあハリベルの斬魄刀の名前までは知らないでしょうけれど、でも第3(トレス)十刃(エスパーダ)とその従属官(フラシオン)の名前くらいは知っていたみたい。

 だって一人一人名前を挙げていく内に、顔色がどんどん悪くなっていったもの。

 

「ああ、ごめんなさい。あなたたちじゃ、そこまでは知らないわよね。けどまあ、それはそれとして……」

 

 ゆっくりと語りながら立ち上がっていくと、ロリの表情が恐怖に歪みました。今にも泣き出しそうです。

 メノリも、表情は見えないけれど気配はかなり怯えています。

 二人とも「ハリベルよりも強い死神に喧嘩を売ってしまった」って、後悔してるんでしょうね。

 そこまで話し終えたところでわざとらしく言葉を切ると、瞬歩(しゅんぽ)で一瞬だけ姿を消します。

 

「――ッ!!」

「よろしくね?」

 

 再び現れたのはロリの背後。

 彼女の両肩に手を掛けながら耳元でそっと囁けば「ヒィッ!」と小さく息を呑んだまま、硬直してしまいました。メノリもガチガチと、歯の根が合わないほど震えています。

 

「お返事は?」

 

 その数秒後。

 ロリとメノリは無言のまま、激しく頷いて返事をしてくれました。

 

 やっぱり、ちゃんと誠意を持って話すのって大事よね。

 

『ところで藍俚(あいり)殿?』

 

 何かしら?

 

『先ほどハリベル殿らの名前を挙げていたでござるが……チルッチ殿の名前は出さないでござるか?』

 

 あの子3桁だし、多分知らないと思ったから省略したわ。

 

『可哀想なチルッチ殿でござるなぁ……よし! 今度拙者のまっくろ粘液で身体中をヌルヌルに……!!』

 

 それはマッサージする話まで待ちなさい!!

 

 

 

 

 

「さて二人には、一つ聞きたいことがあります」

 

 少し落ち着くまで時間を取ってから、改めて切り出します。

 

「どうして織姫さんの服が破かれて怪我をしていたのかしら? 二人は知ってる?」

「……っ!」

「それは……」

 

 せっかく落ち着いた二人の顔色が、また悪くなりました。

 でもロリは反抗的な目をしているけれども、メノリはちょっとだけ媚びを売る目をしてますね。

 

「藍染の命令で連れ去られたってことは分かってるから、てっきり大切に扱われていると思っていたんだけど、どうしてなのかしら? いったい誰が……」

「……あたしよ!」

「ロリ!!」 

「何ビビってんのよメノリ!! だって藍染様が仰ったじゃない!! あの女は"用済み"だって!! 用済みの女に何をしてもお叱りを受けることもない!! あんただってそう!! 偉そうにしたところで、すぐに藍染様が殺してくださるわ!!」

 

 あららこの子、ある意味すっごい度胸あるわね……

 

「そう? でもね、藍染の対策は死神だってしてるのよ。侵攻に合わせて万全の迎撃態勢を取っているの。だから」

「だから!? 藍染様が死神なんかにやられるっていうの!? あははははは! つくづくおめでたい頭してんのね!!」

「そうかもね。でも、今のあなたは誰が助けてくれるの?」

「え……」

 

 動きがピタリと止まりました。

 

「藍染は今、現世に行っているのよ? それで誰がどうやって私を止めるのかしら?」

「う……」

「そ、そうだよロリ! コイ――こ、この死神はヤバイって……!!」

 

 コイツって言いかけて、慌てて言い直したわね。

 

「少なくとも二人には、織姫さんを襲った罰を受けてもらわないと」

「ヒッ! や、止めろ触んないでよ!!」

 

 文句を言いますが、聞いてあげません。

 まずはロリを小脇に抱えます。

 次に――

 

「え……えっ!? な、なんで……あたしの身体が勝手に……ま、まさかっ!!」

「ええ、そうよ。それは私の仕業」

 

 ちょっと前に朽木響河が使っていた五感支配――霊圧を流し込んで相手の身体を操るというアレ、覚えていますか?

 アレを使ってメノリの身体を操っています。

 破面(アランカル)相手に霊圧を流し込むのはチルッチで練習済みですし、アパッチたちくらい強い相手だと霊圧で弾かれますが、彼女たちくらいだったら余裕です。

 小脇に抱えたロリと向かい合う位置までメノリを移動させます。

 

 さて、準備は整いました。

 

「ふぎゃあああああああぁぁっ!!」

「ごめんねごめんねロリ!! 違うの! あたしの意思じゃないの!!」

ひゃめろ(やめろ)! ひゃめろ(やめろ)ひにがみ(死神)ぃ!」

「聞こえなーい♪」

 

 ロリのお尻を平手で叩くと、泣きわめく声が聞こえてきました。

 ですがそれは、メノリが口の両端を左右へ思いっきり引っ張っているので、まともな言葉になっていません。

 

 これが、織姫さんを襲った二人への報いです。罪には罰を、当然ですね。

 罰の内容は、改めて言うまでもありませんが。

 私にお尻をひっぱたかれて、親友には両頬を思い切り引っ張られるというものです。身体は自由に動かないわ親友に辱められるわで、屈辱は今までの比ではないでしょうね。

 あとこれだけやれば、織姫さんを逆恨みすることもないだろう。その矛先は私に向くだろうという狙いも込みです。

 

ふぁんふぁ(あんた)ふぉろふ(殺す)! ふぉろひて(殺して)……」

「えいっ!」

「ひぎゃああああああああああああああぁぁぁっ!!」

 

 パシーンッ!! って感じの、なんとも良い音が鳴りました。

 あ、一応ちゃんとミニスカートの上からひっぱたいているから安心してね。その下には真っ黒な大人っぽいパンツをちゃんと履いてたわ。

 ただ、かなり攻めたデザインだから、お尻が真っ赤になったのが丸わかりなのよね。

 

 

 

「ロ、ロリ……大丈夫……?」

「ひっく……ひっく……殺す、あの死神絶対殺す……」

 

 だいたい三十発くらいはひっぱたいたかしら? その辺で解放してあげました。

 ロリは床の上で膝を抱えて横になっています。ただ両手をお尻に回して、必死で抑えているけれどね。

 

「さて、それじゃあ……」

「な、何よ……まだやる気なの……?」

「待って! ロリはもう……」

「ええ、そうよ。ロリちゃんの番は終了。今度は……」

「……え?」

 

 

 

ひっふぁ(いったぁ)あああぁぁい!!」

「メノリ!! ちくしょう死神!! アンタ、こんなことして只で済むと本気で……」

ふぉり(ロリ)! ふぉねがい(おねがい)ほっろひからぬいへ(力抜いて)……!!」

「じゅーいちー!」

「ふぁぎゃああああああああああああああぁぁぁっ!!」

 

 メノリも良い声で泣いてくれました。鳴き声の情けなさなら彼女の圧勝です。

 ただこの子、ボトムがパンツなのよね。そのせいで叩いても良い音が鳴らないの。そこだけが困りものね。

 

「じゅーにー!!」

「ふあああああああぁぁんっ!!」

「メノリいいぃっ!!」

 




しり、しりをひっぱたく


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第255話 こころおどる

「うう……おしり、いたい……」

「メノリ……! ああもう、死神め……っ!!」

 

 ロリとメノリ、二人のお尻をそれぞれ三十発ずつひっぱたいたところで"おしおき"は終了です。

 メノリは泣きべそをかきながら、しゃがみ込んでお尻を押さえています。順番が後だったから、まだまだ痛みが新鮮みたいですね。

 そんなメノリを、ロリが必死で気遣っています。

 自分もまだお尻が痛いでしょうに、それを押してお友達の心配をしているのはポイントが高いわよ。

 

『ですが、叩いたのは藍俚(あいり)殿でござるよ?』

 

 それはそれ! これはこれ!!

 織姫さんを襲って怪我させるとか、許せるはずないでしょう!?

 

「それはそれとして……」

 

 周囲を改めて見回します。

 見回しますが、もう誰もいません。一護とウルキオラも、石田君と織姫さんも。全員姿が見えなくなっています。

 

 どうやらお仕置きに夢中になりすぎてたみたいね。四人が移動したのに全く気付きませんでした。

 

藍俚(あいり)殿の行動にドン引きして、この場から全力で逃げ出したという可能性もあるのではないかと、拙者は愚考するでござるよ』

 

 そっか、まだ高校生だもんね。ちょっと刺激が強すぎたかしら……って、そんなわけないでしょう!

 ちょっと探れば、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の上からもの凄い霊圧が漂ってきてるってすぐに気付けますね。

 一護とウルキオラが戦いの場を上へ移して、織姫さんたちはそれを追って行ったに決まってるでしょう?

 

『…………』

 

 ……ち、違うから! 避けられたりとかしてないから!!

 

『ですが、場所を移動する際には一声くらいは掛けるのが礼儀かと……それが無かったということは、やはりドン引き……』

 

 違うもん!!

 戦いの規模とかウルキオラの霊圧とかが強すぎて面食らっちゃって、二人ともちょっと気遣いする余裕とかがなくなっていただけだもん!! シリアスモードに入っていただけだもん!!

 

『それほどの霊圧が放たれている最中にあって、それでも平然とお尻を叩き続けているというのもそれはそれで問題が……』

 

 あ、それはちゃんとした理由があるの。

 確かに強い霊圧だけど、このくらいならまだ大丈夫な範疇よ? 何より、霊圧が私に向かってきてないからね。

 それなら、そこまで警戒することもないから危機感知に引っかからなくても仕方ないかなぁって……

 

 それだけだから!

 

 決して、お尻叩くのに興奮して楽しくて夢中になってて、気付くのが遅れたワケじゃないから! 忘れていたわけじゃないから!! 今から挽回するから!!!

 

「これはもう……追う、しかないわね」

「は? 追うって……あんた、何を言ってんのよ……?」

「ロリちゃんもメノリちゃんも気付かないの? 上から漂ってくるこの霊圧に」

「上……? ……ッ!!」

「な、なにこれ……」

 

 私が促すと、二人もようやく気付いたようです。

 この霊圧は多分、ウルキオラと刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)と一護が(ホロウ)化してやり合ってるんでしょうね。

 

 ……ほら、二人もこれだけの霊圧に気付いてないでしょう!?

 これも全部、意識を別に向けていたのが原因なの! 別のことに集中しちゃうと、ちょっとだけ視野が狭くなるんだから!

 だから私はドン引きされないんだから!!

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ……!! "追う"って……まさか……」

「そのまさかよ」

 

 一旦下ろした二人をもう一度肩に担ぎます。

 

「なっ! ちょっと何してんのよ!? 担ぐな!!」

「何って……二人も一緒に行くのよ? 上まで」

「いやあああぁっ! 行きたくない! こんな恐ろしい霊圧の場所になんて行きたくない!!」

「メノリちゃんも我慢してね」

「いやあああああああぁぁっっ!!」

 

 あらら、とうとう泣いちゃったわ。

 まあ、仕方ないわよね。この霊圧のまっただ中に飛び込んでいくとか、下手すれば余波だけで死にかねないもの。

 破面(アランカル)としてはそれほど強くはないって自覚している――ロリの方は素直に認めなさそうだけど――だからこそ、これだけ強く拒絶もするわよね。

 

 でもね。

 

「いいの? ここに置いておいたら、ヤミーがまた来るかもしれないわよ?」

「……っ!!」

 

 そう聞くと、途端に泣き止みました。

 

「治療と連れてきた責任があるし、私と一緒に来るのなら守ってあげる。でも残るっていうのなら……残念だけど、責任は持てないわ」

 

 ちなみに二人の怪我ですが、まだ完治させていません。

 意識を取り戻して、ある程度受け答えとかは可能だけど戦うには辛い。その程度で止めています。

 そんな状況でこう言われてしまったわけで。

 メノリは現在、おそらく頭の中で必死で損得勘定を計算しているようです。ロリも苦々しい顔をしているから、認められずとも従わざるを得ないってところですかね。

 

『ちなみに本音をどうぞ!!』

 

 連れて行くと面白くなりそうだから。

 

「……残念だけど時間切れ。二人とも連れて行くわ」

「な……っ!」

「ちょ、ちょっと待って! もう少しだけ……!!」

「だーめ」

 

 抗議の言葉を無視して塔の横穴から外に出ると、天蓋が大きく壊れていました。四分の一程が何か強烈な力で削り取られたようになっており、一面青かった筈の天井に夜空がかなり混じっています。

 

藍俚(あいり)殿が壊して、海燕殿も壊して、ウルキオラ殿にも壊されて……天蓋殿のライフはもうボロボロでござるよ!! いつ崩落してもおかしくないでござるよこれはもう!!』

 

 そうよね、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中の人も大変……え? 海燕さんも壊したの?? というかあの人何をしてるの?

 ルキアさんたちの霊圧が近くにあったから平気だと思ってたんだけど……

 ……あっちも治療に行かなきゃ駄目だったかしら……? 

 

 そんなことを考えながら天蓋の上を目掛けて移動していきます。

 その途中、上から巨大な霊圧が降ってきました。

 

「えっ!?」

「ひいいっ!!」

「何よ、これ……まるで滝みたいに……」

 

 また一つ、天蓋に大きな穴が空きました。空の底が抜けたような光景、とでも言うんでしょうかね。

 おそらくは虚閃(セロ)なんでしょうけれど、霊圧の密度がかなりの物です。広範囲ではなく、ただ一直線に貫くことを意識した攻撃です。まともに食らったら一瞬で蒸発して消し炭すら残らないでしょう。

 

 ……この攻撃って、確か……!!

 

「急ぐわよ!」

「え、ちょっ……」

「きゃああああっ!!」

 

 記憶の片隅に、辛うじて覚えのある攻撃。それを目にした途端、全力で天蓋の上まで駆け上がって行きます。

 

 ……ロリとメノリの二人は加速に耐えきれずに泣き叫んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎君! 織姫さん! 石田君! 三人とも生きてる!? ……って!?」

「うえぇ……き、きもちわる……」

「お、おろして……」

 

 天蓋の上へと到着したところ、そこには大惨事という言葉が広がっていました。

 

 上から降ってきた虚閃(セロ)の一撃。その発射点はやはりここでした。

 天蓋が抉れて火口のようになっています。その周囲からは砂煙が辺り狭しと立ち上っており、噴煙の中心部には黒崎君が立っていました。

 ウルキオラを掴んで。

 記憶通りなら、あの滝のような一撃を受けたんでしょう。ウルキオラの下半身は完全に消し飛んでおり、左腕もほぼ千切れ飛んでいます。むしろまだ原形を保っていることに驚きです。微弱ながら霊圧もまだ感じられます。

 

 周囲を見回せば、石田君と織姫さんの姿もありました。

 こちらは霊圧で盾を張って余波を防いでいたらしく、一応生きているみたいですね。

 

 そして黒崎君ですが……(ホロウ)化が完全に進んでいます。以前にも、こんな感じになってましたね。ほら、私が更木副隊長と(ホロウ)化でやり合ってたとき。私たちの霊圧に当てられて勝手に(ホロウ)化したときの姿によく似ています。

 完全(ホロウ)化、って言うんでしたっけ?

 

 あ、それとロリとメノリですが。

 一瞬の加速だけで、あっというまにグロッキー状態です。なので本人たちの希望通りに下ろしてあげました。

 

 ……なにより、今の黒崎君相手に二人を担いだまま戦うとか絶対に無理だから。

 

「待ちなさい!!」

 

 掴んでいたウルキオラを投げ捨てると、斬魄刀を片手にトドメを刺すべく黒崎君が動き出しました。

 そこへ全力で割り込み、彼の動きを止めます。

 

「黒崎君、私が分かる!? 声は聞こえる!?」

「ア……グァ……モウ……ヤメ、ロ……」

「……?」

 

 正気を失っている……? いえ、違うわね。辛うじて意識は残っているみたい……

 その証拠に腕を掴んで止めたところ、黒崎君の力がちょっとだけ抜けました。多分ですが、今の状態に必死で抗ってるんでしょう。

 でもこの状態になると、もう完全に意識を乗っ取られたみたいになるんじゃなかったかしら? 織姫さん以外は全部敵! みたいな感じで大暴れしていた覚えが……

 

「湯川さん!?」

「石田君! どうしたのその腕!?」

 

 戸惑っていたら、石田君も参加してきました。

 私が黒崎君の手を掴んで止めているので、それ以上何かをしているわけではありませんが。それよりも彼の片腕が吹き飛んでいる事の方が問題よね。

 こ、こっちも治療しなきゃマズいかしら!?

 

「僕の腕のことはいい! それよりも黒崎を!!」

「力尽くでも止めれば良いのよね!?」

 

 それなら一度経験があるから任せて!

 ほぼノーモーションで裏拳を繰り出して、彼の仮面へ拳を叩き付けます。

 

「……っ! う、うそっ!?」

「なんだと……!?」

 

 完全に不意を突いた一撃、そのはずでした。

 ですが仮面を砕くには至りませんでした。(ひび)が一筋だけ入ったものの、それで止まっています。

 なんで!? 以前はこれで止まったはずでしょう……!?

 

『前の時には、更木殿が引きつけてくれましたからな。オマケにあの時の藍俚(あいり)殿は(ホロウ)化と始解状態で霊圧も上がっておりました。あと砕いた時には斬魄刀の柄頭を叩き込んでいたでござるよ』

 

 ……ああっ!! そういえば!!

 で、でも今回は不意打ちなのよ!? これだって効果は十分あるはず……

 

『ですが相手も完全(ホロウ)化状態ですからなぁ……防御力も上がっておりますので、不意打ちにも耐えてしまったようでござる。よってこの勝負! 差し引きの結果藍俚(あいり)殿の判定負けでござる!!』

 

 判定負けって何!?

 って、そんなツッコミを入れている暇もありません。

 

「う……っ!!」

「やめろ黒崎!! その人は味方だ! お前を止めに来てくれたんだぞ!!」

 

 黒崎君が斬魄刀を振り上げて私に斬りつけてきました。

 辛うじて半歩下がって回避できましたが、逃げ遅れた前髪が数本ほど宙を舞います。

 これ多分、完全に敵と認定されましたね。

 

「トメ……タノ……ム……」

「黒崎君!! 湯川さん、お願いします!! 黒崎君を止めて!!」

 

 あらら、織姫さんに頼まれちゃったわ。

 本人もなんとか力を振り絞って止めるように頼んできています。

 

「こうなったらかなり荒っぽく行くわよ!! まだ重傷患者が控えてるんだから!!」

「くっ……まったく……!!」

 

 瞬時に(ホロウ)化して、黒崎君へと接近戦を挑みます。

 

 石田君も片手に剣を持っています。魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)って名前でしたっけ? あの青い光の刃を持った剣です。

 ただ、振りかぶったまま隙を狙っているので、斬りつけるのではなく投げて援護をしようとしてくれているみたいですね。

 怪我してるのに本当、無理させちゃってごめんね!

 

「止まれ!!」

 

 狙うは速攻、まずは動きを止めます。

 速度に任せた斬撃を切れ目無く連撃で叩き込んで行きますが、相手も相手です。完全(ホロウ)化で強化された霊圧を利用した、ごり押しで対抗してきました。

 とはいえどこか動きが鈍い。おそらく黒崎君が必死に押さえ込んでいるんでしょう。

 

 この流れなら……ここっ!!

 

「……っ!」

「今だ!!」

 

 一瞬だけわざと体勢を崩したように見せかければ、相手は嬉々としてそこへ切り込んできました。

 誘い水とした攻撃――予想の倍くらい速かったですが――を身体を捻って躱せば、石田君が魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を投げつけました。

 片手なので矢として飛ばせず速度が少々遅いものの、このタイミングはお見事。

 無理に対処しようとすれば私がそれを潰しますし、かといって無視していれば少なからず手傷を負います。

 これなら――

 

「え……っ!?」

 

 ――と思ったら、攻撃の勢いを利用して飛び跳ねてきました。

 逃げられる!?

 

「世話が焼ける……」

 

 飛び上がった黒崎君に向けて、まるで最初から狙っていたように虚閃(セロ)の一撃が放たれました。

 威力は低く、牽制程度の効果しかありませんでしたが、それでも脚を止めるには十分過ぎます。

 それと同時に聞こえた、呟くような声。おそらくこの声は……いえ、気にしている場合じゃありませんね。

 

「歯を、食いしばりなさい!!」

 

 予想外の一撃に戸惑っている黒崎君――その仮面に向けて、再び拳を叩き込みました。

 今回は(ホロウ)化の霊圧を拳に一点集中させましたから、威力はさきほどとは比べものになりませんよ。

 軽く罅が入っていたことも幸いしてか、二発目の拳によって亀裂は更に大きく広がり、やがて(ホロウ)の仮面を完全に砕きました。

 仮面の下からは虚ろな瞳と表情をした黒崎君の顔が見えます。

 

「や……やったわ……」

 

 殴り飛ばされた衝撃でちょっとだけ吹き飛んでいますが、傷一つ付いていませんね。

 むしろ無理矢理(ホロウ)化を解除された影響からか、力なく倒れていますが……霊圧はしっかりしているので大丈夫みたい。

 

 それよりも!!

 

「ウルキオラ! まだ生きてる!?」

「……」

 

 黒崎君も気になりますが、あっちは織姫さんが担当してくれるでしょう。

 なので私は、倒れたままのウルキオラに駆け寄ります。

 言うまでもありませんが先ほど虚閃(セロ)を撃って援護をしてくれたのは彼です。

 ですが既に身体はボロボロで、再生に回す霊力すら残っていません。このまま放っておいても死んでしまうところを無理して更に援護したことで死期がさらに早まったらしく、末端部分がじわじわと朽ちています。

 

「無駄だ……」

 

 グズグズはしていられません。

 大急ぎで回道を唱え、霊圧を注ぎ込んで崩壊を食い止めていると、彼はそう呟きました。

 

「もう俺はここまでだ……何をしても助からん……」

「残念だけどね、まだ勝手に死なれるわけにはいかないのよ」

「なん……だと……?」

「雛森桃、この名前に聞き覚えはある?」

「…………」

 

 目を閉じ、数秒ほど逡巡してから再び口を開きました。

 

「悪いが、覚えがないな」

「……あなたが織姫さんを連れ去る時と、虚圏(ウェコムンド)に来てから黒崎君と一緒に行動していた死神の名前よ」

「ああ……あいつか……それがどうした?」

 

 やっぱり覚えてなかったみたい。

 まあ、ウルキオラの性格からすると知らなくて当然でしょうね。名乗る機会もなかったでしょうし。

 

「私はね、あの子と約束したのよ……"目の前に連れて行って謝らせる。二度も遅れを取った雪辱を絶対に果たさせる"……って」

 

 延命処置はとりあえず完了、霊圧を込めたからもう少しは問題なし。

 まずは吹き飛んだ内臓が問題よね。再生……超速再生って破面(アランカル)になると出来ないんだっけ? あれ、でもウルキオラは出来るんだっけ?

 どっちにしても今の霊圧じゃ無理でしょうね。となるとこっちで再生治療……いえ、それじゃあ間に合わない!

 

「そのために俺を助けるというのか……? 馬鹿な、そんなことのために……?」

「残念だけどね! 今の私はその"そんなこと"のために必死なのよ!!」

「そうか、勝手なことだ……だがどの道、無駄だ……死神の力では俺を癒やすことなど……出来るわけがない……」

「だったら! 治ったら私の言うことに従って貰うわよ!!」

 

 叫びながら卍解して、能力でウルキオラの内臓を補填していきます。

 霊圧がかなり異質だけど、伊達に虚圏(ウェコムンド)に来てからチルッチやハリベルの治療をしたわけじゃないのよ!

 とはいえ、欠損部分が多すぎて……持つ、かしら……? いえ、持たせてみせる!!

 

「ウルキオラ……」

 

 治療を続ける私の横に、元の姿に戻った黒崎君がやって来ました。

 怪我は完全に治っていますし、そもそも完全(ホロウ)化していた時の名残はどこにもありません。

 たしか、仮面を壊すと元に戻ってついでに超速再生で完全回復……で良いんだっけ?

 

「おぼろげだけど、覚えてるぜ……てめえの左腕と下半身、やったのは俺だよな……?」

「知ったことか」

 

 何やら会話を始めましたが……

 正直、そっちに気を回す余裕が無いのよね。治療で手一杯なのよ……

 

 ああもうっ! 何コレ、これが完全(ホロウ)化の霊圧なの!? 高密度の(ホロウ)と死神の霊圧が混ざり合ってて、それ以外にも何だか別の霊圧まで混ざってる……滅却師(クインシー)っぽいんだけど石田君も何かやったんだっけ!?

 これを解きほぐして臓器を再生させていくとか、並みの苦労じゃないわよ!!

 

(ホロウ)化してたとはいえ、俺の意識は少しだけ残っていた……あれも俺だって言えるのかもしれねえ……! けどよ……」

「だったらなんだ? 俺がお前の身体を切り刻めば満足なのか?」

「ああ、それで構わ――」

「黙りなさい!! 治療に集中させて!!」

 

 さすがに我慢の限界でした。

 

「黒崎君! (ホロウ)化だってあなたの力なの!! それを自分で認めてるんでしょう!? だから今回はあなたの勝ち!! 納得出来ないならもう一度再戦しなさい!! 今そのための機会を必死で繋ぎ止めてるところなの!!」

「お、おう……」

 

 よし、納得してくれたわね。

 次!

 

「ウルキオラ! あなただって完全に納得しているわけじゃないんでしょう!? じゃなかったら私の治療なんて受け入れないはずよ!! その程度の余力は残っているはずだもの!!」

「……」

「それとさっきも言ったけれどね! 私はあなたを桃の前に連れて行って謝らせるって約束したの!! そのためだったら柱に括り付けてでも生きてて貰うわよ!! それが終わったら私が殺してやるわよ!!」

 

 返事が無いって事は了解したって事よね。

 最後!

 

「織姫、手伝いなさい!! 拒絶で血液の補充は出来る!? 駄目なら臓器から!!」

「は、はいっ!!」

 

 拒絶の能力もあればもう少しだけ楽になるはず……だけど油断は出来ないわね。

 

 原作で塵になっていくウルキオラに、ただ手を伸ばして掴もうと……してたと思うんだけど、それも仕方ないってよく分かるわ。

 率直に言って、織姫さん一人だと荷が重すぎ。

 

 まず、治すよりも崩壊の方がずっと早いから止められない。

 仮に止められたとしても、このぐちゃぐちゃな霊圧が邪魔をする、

 加えてウルキオラという巨大な存在が拒絶を妨げて、さらに余計な時間が掛かる。

 それに手間取っている間に崩壊がどんどん進む。

 

 ああもう! ロリとメノリのお尻叩いてる場合じゃなかった――ううん! あれはあれで必要なこと! どっちもやり遂げてこそ、四番隊の隊長なの!!

 

『四番隊の業務に尻を叩くという項目は無かったと記憶していますが……』

 

 じゃあ射干玉は叩かない方が良かったの!?

 

『いいえ、まったく! アレは絶対に必要なことだったと心の底から信じているでござるよ!!』

 

 よし、よく言ったわ!

 

「女……忘れたのか、俺はお前を……」

「集中させて!」

 

 ウルキオラが織姫さんに何か言ったようですが、私も彼女も気にしていられないです。

 二人掛かりで必死で治療を続けて―― 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……な、なんとか一命は取り留めたわね……」

「そ、そうですね……」

 

 ――治療は無事に成功しました。

 

 終わった瞬間、私も織姫さんも思わずへたり込んでしまいました。霊圧を使いすぎてヘトヘト、身体中が汗でベトベト。目の前がチカチカしています。

 おそらくは織姫さんも似たような状態です。

 

「ウルキオラ……?」

「……まさか、生き残るとはな……」

「せ、成功したのか湯川さん!?」

「なんとか、ね……」

 

 ゆっくりと上体を起こすと、ウルキオラは自身の調子を確認するように手を握ったり開いたりしています。

 その姿に一護が驚いて「どうなんだ!?」と目で訴えかけてきたので、力を振り絞って力強く頷いてあげました。

 

 今回は時間との戦いでもありましたから、かなり無理をしました。

 臓器の再生に全力を注いで、欠損した手足は霊圧で無理矢理補わせています。見た目は完全ですが、見た目だけ。

 完全な状態にはほど遠いものの、とりあえず動くだけなら問題はありません。

 後は休んで霊圧を回復させて、帰刃(レスレクシオン)とかすれば完全回復するはずです。

 破面(アランカル)だから、元々の生命力は高いからね。

 

「なんとも言えない、妙な気分だ……敵であったはずのお前たちに命を救われ、生き延びたことを喜ばれる……忌々しくも、どこか悪くないと思ってしまう……」

「それはきっと、あなたの心なんだと思うの」

 

 握り締められたウルキオラの手に、織姫さんが自分の手をそっと掛けました。

 

「お帰りなさい、ウルキオラ」

 

 それは、思わず見惚れてしまうほど、素敵な表情でした。

 




●救って大丈夫?
この後で雛森にウルキオラを土下座させるイベントが残っているので。
隊長が部下に嘘をつくとかありえませんから。
(よって、語気が荒くなるくらい本気治療です)

●一護がちょっと意識があったのはなんで?
アドバイスを受けているので、原作よりも「一緒に戦おう」という意識があるため。


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第256話 一護、一抜ける

「何よ、あれ……なんであの状態のウルキオラを治せるのよ……おかしいでしょ!」

 

 藍俚(あいり)の治療を遠巻きに眺めていたメノリが、思わず吐き捨てた。

 四肢は腕の一本を残して全て消滅。内臓もごっそりと失っており、生きているのが不思議なくらいの大怪我――その状態でまだ多少なりとも動けたウルキオラも恐ろしいが、それを治療してみせた藍俚(あいり)の方がよほど、彼女の目には異形の存在として映ってた。

 

 織姫はまだ理解できる。藍染が自ら連れてくるように指示を出した相手であり、彼女の目の前でも不可思議な力を使って見せた。

 だがあの死神はそれ以上の化け物だ。

 ハリベルを下し、ウルキオラを圧倒したあの虚の様な死神(黒崎一護)の仮面を易々と砕いてみせた。壊すも治すも自由自在など、さながら神の所業。

 それを考えれば尻を叩かれたことなど温情。もしもアレがその気になっていたら、死よりも恐ろしい目に遭っていたのではないかと、メノリはようやく理解出来た気がした。

 

「メノリ……」

「ロリ! ロリもそう思うでしょう!?」

「グリムジョーにやられたメノリも、あのくらい酷かった……」

「……え?」

「それを織姫(アイツ)は治してた……」

 

 メノリと同じように、ロリもまた恐怖していた。

 今よりも幾らか前――丁度一護たちが回廊で分断された前後といったところか。今と似たように彼女たちは織姫にちょっかいを出したところを、グリムジョーに襲われた。

 圧倒的な力の差で蹂躙されて大怪我を負った二人であったが、織姫は癒やしてみせた。

 その時の記憶が、ロリの脳裏に鮮やかに蘇っていた。

 身体をガタガタと震わせながら、当時の状況を言葉少なく。けれども自身の身体と感情とで何よりも雄弁に語る。

 

「……もう、アレに関わるのはやめない?」

「それがいい、のかな……」

 

 五体満足――少なくとも二人の目にはそう映っている――となったウルキオラと、まだ誰か怪我人がいるのか再び治療らしき事を始めた藍俚(あいり)を眺めながら、ロリとメノリは小声で頷き合う。

 

 

 

 

 

 

 ……なんだか、化け物を見るような目で見られてる気がするんだけど。誰かしら?

 

 ウルキオラの治療も終わって、今度は石田君を治しています。こっちは片腕だけですし、織姫さんの能力があるからかなり楽でした。

 私の役目は、補充したくらいですね。

 ちょっと拒絶に回すだけの霊圧が足らなかったようなので、織姫さんの身体に霊圧を。

 

『……それ、藍俚(あいり)殿は治療していないということでは?』

 

 再生させるのって大変なのよ? それに傷口を整えて治療しやすくしたりとかもしたの! ただ遊んでいたワケじゃないんだから!!

 

「これでどう、かな?」

「ああ、問題ないよ。ありがとう井上さん」

 

 そうこうしている内に治療が終わったようです。

 石田君は生えてきた腕を軽く動かして調子を確認してから、そう答えました。

 

「それじゃあ次は黒崎君ね」

「え……俺か? でも、どこも怪我なんて……」

「傷は治っていても霊圧は消耗しているの。だから、私はそっちの担当」

 

 最後に、残っていた一護へ補給をします。

 これは織姫さんにはちょっと難しいので、私の担当です。

 手を当てて霊圧を流し込みながら、耳元で一護にだけ聞こえる声で囁きました。

 

「織姫さんじゃなくて、ごめんなさい。私で我慢してね」

「……ッ!! い、いやそんな……」

 

 ふふ、慌ててる慌ててる。顔を真っ赤にしてるわ。

 それどころか急な反応に疑問を持った織姫さんが、一護の顔を心配したように覗き込みました。

 

「黒崎君、どうしたの……?」

「べ、別になんもねえ……あーっ! それよりも湯川さん! 井上も! ウルキオラを助けてくれてありがとな!!」

 

『おやおや、必死で誤魔化してるでござるなぁ……』

 

 仕方ないわよ。

 今の織姫さん、ちょっと服が破れているから。ちょっと肌色面積が大きいからね。背徳感が増しちゃって、ちょっとエッチな目で見てしまうのもやむなし。高校生だもの。

 

「大したことはしてないわよ。四番隊は治療するだけだし、桃との約束もあったからね」

「私はそんな……」

「僕としては、これほど強力な破面(アランカル)を蘇生させるなんて考えられないのだけれどね」

 

 石田君はまたそんなことを……

 

「そうそうウルキオラも。勝負はもう付いたんだから、黒崎君とこれ以上の戦いは駄目よ? 私たちと協力しろとは言わないまでも、少なくとも不介入の立場をお願いね」

「ああ、わかっている」

 

 忘れないうちにウルキオラにも釘を刺しておきます。

 とはいえ本人も理解していたらしく「当然だ」といった表情で頷きました。

 

「それにお前は俺を治した。約束通り、お前の言うことに従おう」

 

 え……約束……? そんなことしたかしら……

 

 

 

 ――無駄だ……死神の力では俺を癒やすことなど……出来るわけがない……

 ――だったら! 治ったら私の言うことに従って貰うわよ!!

 

 

 

 ……あら、本当。

 割と必死だったから、こんなことを言っていたなんて完全に忘れてたわ。

 

 でもこれなら、不安は無い……と考えて良いかもね。

 

「それじゃあ治療も済んだことだし、みんなで下に降りましょうか? 特に黒崎君は、現世に戻るんでしょう?」

「……あっ、そうだった! ってか下のこと、浮竹さんに任せっぱなしじゃねえか!! 早く行こうぜ!!」

 

 忘れるのは酷くないかしら?

 

『正直、あんまり目立つ場面がありませんでしたからなぁ……』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 天蓋の上に上がったのと同じように、一護とウルキオラ・織姫さんと石田君・私とロリとメノリ――の三組で、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中へと戻りました。

 ウルキオラは本調子からほど遠いため、一護が気遣い肩を貸しての移動です。

 二人ともちょっと前までは殺し合っていたというのに。まさかこんなことになるとは、想像もしていなかったでしょう。

 

 それにしても。

 上から見下ろすと、また違った発見がありますね。

 

 ……ええ、本当に……行きには見られなかった、凄い光景が見られました。

 

「なっ! なんだありゃ!」

「大きい……とてつもない大きさの破面(アランカル)だ……」

「ええっ!? でもあの人って確か十刃(エスパーダ)の――」

「ああ、そうだ。ヤミーで間違いない」

 

 一護たちが驚いています。

 ええ、そうです。十刃(エスパーダ)のヤミーです。私が塔から叩き落としたあのヤミーがいました。

 巨大化していますが。

 

 高さだけでも六十六尺(20メートル)はあるでしょうか? いえ、もっと……九十九尺(30メートル)くらい? きょ、巨大すぎて目測が追い付きません。

 しかも巨体に見劣りしないほどの霊圧も備えており、暴れ回る姿は自然災害が意思を持ったかのようです。

 

「あれ、が、ヤミー……?」

「……う、あ……ああ……っ……」

 

 抱えている二人も絶句しています。

 二人が最後に見たのは、まだ人間サイズの範疇に収まっていた頃のヤミーですから。それがこんな、怪獣大決戦みたいな存在を見せつけられたら、恐怖ですね。

 

『しかし藍俚(あいり)殿? 塔から天蓋の上へと移動する際にコレに気付かないというのはやはり問題があるのでは……?』

 

 ……上のウルキオラと一護の霊圧に気が向いていたからね。

 それと、大急ぎで移動したから気付かなかったの! そうなの!!

 

「け、けどよウルキオラ! ヤミーって確か……もっとこう、小さかっただろ!? アレどうみても怪獣じゃねえか!!」

「多分それが、帰刃(レスレクシオン)の能力なんでしょうね。巨大化して霊圧も強くなる能力……何らかの条件がいるんでしょうけれども……」

「……考え方は間違っていない、とだけ言っておこう」

 

 一護の言葉を補足するように付け足せば、ウルキオラが言葉少なく頷いてくれました。

 まあ、ウルキオラの立場としてもこのくらいが精一杯でしょうね。一応は仲間ですし、全体としてみればまだ完全に決着が付いたわけでもない。

 となれば、どちらかが有利・不利になることは言えないわけです。だから、こんな風な言い回ししかできない。

 

 ちなみにヤミーの斬魄刀は、たしか憤獣(イーラ)って名前だったと記憶しています。

 解放すると下半身が白い蠍のように変わり、尾も生えます。ですが蠍といいましたが生える脚の数は百足のように無数。その脚一本一本も象のように太いという、十刃(エスパーダ)の中でも屈指の異形。

 個人的にはアーロニーロと良い勝負かなと思います。

 

 そしてヤミー最大の特徴といえば、肩に刻まれた数字ですね。

 この状態になると数字が10から0になるんですよ。十の位の数が消えるんです。

 「十体の十刃(エスパーダ)の持つ数字が1から10だと誰か言ったか? 十刃(エスパーダ)の数字は0から9だ」という台詞は、かなりロマンがあると思います。

 

『お前それがやりたかっただけだろ!! という激しいツッコミが入ること間違いなしでござるな!!』

 

 でも結構好きよこの演出。

 第0十刃(セロ・エスパーダ)って改めて名乗るところとかも。

 

『……普段は最下位だけど時々最上位になるとか、十刃(エスパーダ)の中の人も大変でござるな……』

 

 うん、本当にそう思うわ。

 でもこの様子から察するに、第0十刃(セロ・エスパーダ)って高らかに名乗りを上げるところはもう終わっちゃったみたいね……

 

「なんだよそれ……じゃあ、浮竹さんたちはやべえんじゃねえか!? すぐに加勢に……」

「大丈夫よ。戦場を、よく見てみなさい」

 

 慌てて飛び出そうとする一護を制します。

 だって、ほら。

 

「いいじゃねえか!! デカくて強ええなんざ最高だ!! しかもいくらでも斬れるってんだから文句の付けようもねえ!!」

「まったく、(けい)には呆れるな……」

「全員気をつけろ! コイツまだ大きくなっている!」

「マジですか隊長!! ったく、虚圏(ウェコムンド)に来てから化け物の相手ばっかさせられてる気がするぜ……!!」

 

 隊長・副隊長がそれぞれ二名ずつ、ヤミーの相手をしています。

 特に更木副隊長と来たら、野晒を片手に大暴れです。すっごいお気に入りの玩具で遊ぶ子供みたいに、心の底から良い笑顔をしています

 一護もそれを見て、私の言いたいことを悟ってくれたようです。

 

「あ、ああ……なるほど……」

「ね? だから、巻き込まれない程度に離れた場所に降りましょう」

 

 そう提案して、全員で少し離れた位置へと移動していたときでした。

 

「あん……ウルキオラ! テメエ、生きてやがったのか!!」

「……チッ」

 

 ヤミーに私たちの存在を気付かれました。

 こういう巨大なタイプは鈍感だと相場が決まっているんですが、どうやら今回は当てはまらなかったようです。

 四名の死神に翻弄されているのに、それを気にした様子もなくこちら――というよりもウルキオラを注視しています。

 

「オイ、なんだそのザマは! まさか死神にやられたってんじゃねえだろうな……?」

「……見ての通りだ」

「はっ! 散々偉そうな態度を取っておいてそれか!! ったく、どいつもこいつも使えやしねえ!!」

「う……っ……なんて、声だ……」

 

 石田君たちが耳を塞ぎました。

 巨大な身体のヤミーが怒鳴っているわけですから、その声量は推して知るべし。と言いたいところなんですが。単純な声にすら霊圧が込められているのか、ヤミーは声だけで私たちを揺さぶってきました。

 

「仕方ねえ! だったらウルキオラ!! コイツら雑魚どもと一緒に、負け犬のてめえも纏めてブチ殺してやるよ!!」

 

 うわ……ヤミーの身体がまた一回り大きくなりました。

 霊圧も上がっていますし……強化の上限って、まさか無いのかしら……?

 

 ブチ殺すと叫んだヤミーでしたが、それでも隊長たち四人はそう簡単に突破出来ないようで、マゴついています。全員海千山千の強者ですからね。

 ……あら? 海燕さんの斬魄刀って、あんな形状……じゃ、なかったわよね? ……ひょっとして卍解? え、まさか卍解したの!?

 

 うわぁ、凄く聞きたい! 何があったのか凄く聞きたいんだけども! それをグッと我慢して、まずは地面へと着地します。

 

「……っ!」

「きゃあ!」

「湯川さん!?」

 

 ですが足を付いた途端、膝から崩れ落ちてしまいました。

 腕の力も抜けてしまい、抱えていたロリとメノリの二人も落としてしまいます。

 

「……う、これは……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「平気よ……ちょっと疲れただけだから……」

 

 霊圧を、ちょっと使いすぎたようですね。

 考えてみれば虚圏(ウェコムンド)に来てからこっち、ほぼ休み無しで働いていましたから。チルッチ・ハリベルとその従属官(フラシオン)・桃・ロリとメノリ・ウルキオラ……頑張ったわね私。

 

『(ほぼ敵側なのは……いえ、拙者も異論はありませぬが……)』

 

 特にウルキオラの回復、アレの消耗が大きすぎました。それでもさっきまでは気を張っていたので平気だったんですが、最後の最後で気を抜いちゃいましたね。

 

 それでも心配はさせじと、顔を上げて笑顔を見せます。

 だって私隊長ですから! 弱音は吐けません!!

 

「せ、先生! 大丈夫ですか!?」

「あら、イヅル君……?」

 

 顔を上げたらイヅル君がいました。

 フラつく私を支えようとしてくれているのか、おっかなびっくり腕を掴んでいます。

 

「そっか、助けに来てくれたのね。ありがとう」

 

 塔の周辺まで集まってきているのは霊圧で感じていましたけれど、ちゃんと合流できたんですね。

 でも先ほどの四人の中にはいなかったから――

 

 合流してルドボーンと戦っていたところにヤミーが降ってきて、ヤミーが帰刃(レスレクシオン)して暴れて、それを見た更木副隊長が始解してもっと大暴れして、先遣部隊の面々は戦いの邪魔だから離れていた。ついでに結界を張って姿の見えなかった皆を余波から守っていた。

 

 ――そんなところかしら?

 

「迷惑ついでにもう一ついい? 私はいいから、黒崎君の手助けをしてもらえないかしら?」

「え……」

「彼、現世に向かいたがってるのよ。だから、イヅル君に同行をお願いしたいの。こっちの仕事は私が引き継ぐから」

「そ、それは構いません! ですが黒腔(ガルガンタ)はもう閉じてしまって……」

「……涅隊長よ」

「え?」

「涅隊長なら、もうとっくに調べているんじゃないの?」

「フン、耳聡いことだネ」

 

 私の言葉を肯定するように、涅隊長の声が聞こえました。

 

「それにしても、好き勝手飛び回っていた割にはまるで見てきたかのように言ってくれるじゃないか。もしも私が黒腔(ガルガンタ)を解析していなかったらどうするつもりだったんだネ?」

「まさか。未知の宝庫の虚圏(ウェコムンド)に涅隊長自ら足を運んでいるんですよ? そのくらいはとっくに済ませているって信じていましたから」

 

 嘘です、ごめんなさい。

 ザエルアポロの資料から、その辺のことができるようになるって知っていました。

 

「まあ、いい。今の私は気分が良いからネ。こうも早く黒腔(ガルガンタ)の検体志願者が出るとは思っても見なかったヨ」

「あ、あの隊長……検体、って……」

「大丈夫、涅隊長のアレはどこに出しても恥ずかしくない、絶対に自信の現れでもあるの。だから、失敗なんてありえない」

 

 不安がるイヅル君の肩に手を置いて、勇気付けてあげます。

 

「だから、頼んだわよ」

「は……はいっ!」

「うん、良い返事ね」

 

 よし、これで一先ず一護の方は終了。

 

 

 

 次は――

 

「なんだ……?」

 

 ――ウルキオラの番ね。

 




現世へ行ったら平子が「お前誰や!? 藍俚ちゃん連れてこんかい!!」とか言いそう。


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第257話 ごめんなさいが言いたくて

 涅隊長らが一護を現世へと送る準備を進めているのを横目に、こっちはこっちで残った問題――ウルキオラの件を片付けることにします。

 というかこのためにウルキオラを蘇生させた様なものですから。片付けなかったら私は一体何のために治療をしたんだってことになります。

 

 さて、桃はどこに…………いたわ。

 イヅル君が張った結界から更に後ろ、ハリベルたちと共にいます。ちょっと居心地が悪いのか、ネルちゃんの手を握っていますね。元気づけるために着せた隊首羽織にもそのまま袖を通しています。気に入ったのかしら?

 ですが、私が見ているのに気付いたようで。彼女もまたこっちに近寄ってきました。

 

「あ、先生……」

「お待たせしちゃってごめんなさい。ちょっと時間は掛かったけれど、でもちゃんとウルキオラを連れてきたわよ」

「あ、え……ええっ!?」

 

 再会の挨拶もそこそこにウルキオラを紹介したところ、桃は目を丸くして驚きました。

 

「ほ、本当に、その……」

「勿論よ。約束したでしょう?」

「い、いえあの、先生を疑っていたわけじゃありませんけれど、その……」

「…………」

 

 ワタワタと落ち着かない様子で、私とウルキオラの顔を交互に見比べています。

 ですが私はさも当然といった顔をしていて、ウルキオラは無言無表情で桃を見下ろしているものの大人しく従っているわけで。

 

『そんな光景を見せられては、雛森殿でなくとも困惑するに決まってるでござるよ。そもそも十刃(エスパーダ)をとっ捕まえて連れてくるとか、普通は無理でござる!』

 

 そうよねぇ……驚かせちゃったかしら?

 で、でもほら! サプライズって言うし!! ん? でもちゃんと「連れてきて謝らせる」って宣言しちゃったから、サプライズにはならないのかしら……?

 

『(うーむ、こういう面を見ていると……藍俚(あいり)殿はやはり、卯ノ花殿の弟子なのだと分からせられてしまうでござるなぁ……)』

 

「……ここへ連れてこられる前に、多少なりとも事情は聞いている」

「っ!」

 

 私がサプライズの定義について悩んでいたところ、何の脈絡もなくウルキオラが口を開きました。

 それを聞いた桃が思わず身構えます。反射的に腰の斬魄刀へと手を掛けて、いつでも抜刀出来る準備を一瞬で整えています。

 

「そこの女死神から『お前に謝れ。そして雪辱を果たさせろ』と言われた……確かにお前から見れば俺は邪魔な存在、排除したい相手なのだろうな」

 

 ですがウルキオラはそんなことは気にも留めていないようで。

 桃を見下ろしたままお構いなしに一方的に喋り続けつつ、無抵抗を示したつもりなのか両手を軽く左右に広げました。

 

「今なら簡単だぞ? 黒崎一護に殺されかけたところを、この女死神に無理矢理生かされている状態だ。お前からすれば俺は無傷に見えるだろうが、見た目だけだ。戦闘となれば出来損ないの破面(アランカル)にすら遅れを取るだろう」

「……なんですかそれ……」

「……? 聞こえなかったか? 今の俺ならば、お前でも容易に――」

「――! 馬鹿に! 馬鹿にしないで!!」

「っ!」

 

 我慢の限界だとばかりに、桃が叫びました。

 と同時に平手打ちです。

 感情を抑えきれなかったようで、刀の柄から手を放したかと思えば一瞬にして、腰の入った見事なビンタを繰り出しました。

 ウルキオラは避けられず――というか、避ける気もなかったのかしら? されるがままに打たれて、頬に真っ赤な手形を付けています。

 肌が病的に白いから、赤い紅葉が良く映えるわね。

 

「私でも勝てるくらい弱っているから殺せですって!? ふざけないで!! それってつまり、あなたは怪我してるってことじゃない!! 怪我人を倒して勝ちを拾うような恥知らずな真似なんて、出来るわけ無いでしょう!?」

「……理解ができんな。敵が弱っているのならば、それは排除の好機だろう? 現にお前は俺を憎んでいるはずだ」

「ええ、そうよ! 織姫さんを連れて行って、黒崎さんを傷つけたあなたなんて嫌い! 大っ嫌い!! でもそれは藍染から命令された、あなたの仕事だったんでしょう!? それに文句をつけるほど私は弱くない!! 謝罪なんて受け取る筋合いがないの!!」

「それは……」

 

 ……あら?

 織姫さんの誘拐は藍染の命令だったのは覚えてるんだけど、虚圏(ウェコムンド)で一護を襲ったのって命令……だったっけ……?

 

「だから! 私はこれからもっと強くなる! 実力であなたを上回ってみせます!!」

 

 記憶を思い出そうとしている間に、桃はウルキオラに指を突きつけると高らかに宣言しました。

 凜々しいその表情は、私があげた隊首羽織と相まって本当に隊長のように見えます。

 

「……そうか。だが俺は次に、黒崎一護と決着を付けろと言われている。仮にお前がどれだけ強くなったところで、まずはそちらを優先させてもらうぞ」

「ええっ! 黒崎さんも!? ううーっ! で、でも黒崎さんだったら……」

 

 それはつまり、まず桃の件が最優先だった。でも桃が断ったから終了したと判断した。だから次は一護の方が優先になった。今なら殺せるぞと言ったのも、あの時点ではまだ桃の件が最優先だったから……っていうこと?

 

 ウルキオラの思考に戸惑っていると、桃は次に私の方を向きます。

 

「あの、先生。ありがとうございました。私に踏ん切りを付けさせるために、ウルキオラを連れてきてくれたんですよね……? 自分がまだまだ実力不足だったのは本当に悔しいですけれど、おかげでスッキリできて……なんていうか、新しく出発できるような気分です!」

「え、ええ……お役に立てたなら光栄だわ……」

 

 ごめんなさい! そこまで考えてなかったの!!

 ただ連れてきて落とし前の一つでも付けさせればなんとかなるかなぁって、その程度の認識だったの!!

 

「やっぱり、先生は凄いですね……本当に……」

 

 やめて桃……その視線が痛い……!!

 

 

 

 

 

 

 

「話は終わったか?」

 

 桃の話が一段落するのを待っていてくれたのか、見計らったようなタイミングでハリベルたちもこちらに集まってきました。

 

「あらハリベル、チルッチも。待たせてごめんね」

「いや、それは構わん。それより、ヤミーだが――」

 

 遠くの戦いにチラリと視線を向けたかと思えば、ハリベルは私に向けて軽く頭を下げてくれました。

 

「――先に言っておこう。すまんが、私たちはあの戦いに介入することは出来ん」

「やっぱりそうなの? ウルキオラの様子から、無理そうとは思っていたけれど……」

「ああ、無駄だ。ヤミーの奴はウルキオラですら否定したのだぞ? 私はそれよりも前に、既に敗れたと知られている。今のアイツの耳に、私の言葉など届かないだろう」

「ううん、気にしないで。今みたいに不介入の立場を続けてくれているだけでも十分助かっているから」

 

 最初にヤミーのことを気遣っている辺り、ハリベルは十刃(エスパーダ)としての繋がりを色々意識しているんですね。

 そう思っていると今度はチルッチがおずおずと口を開きました。

 

「ねえ、藍俚(あいり)……ちょっと聞いていい?」

「どうしたの?」

「あのヤミーって奴、随分とでっかくなってるけれど……アンタまさか、アレも治すつもりなの……?」

「え?」

「だってアンタ、四番隊は傷ついた相手を治すのが仕事って言ってたじゃない。ということはさ、アレも……?」

 

 ええ、言いましたね。言ったけれども……

 

「あれはちょっと……難しい、かな……」

「やっぱりそうなの?」

「仮に治療するとしたら、多分四番隊の隊士総出じゃないと手が足らないでしょうね。でもそれ以前に戦っている相手が、その、ね……」

 

 更木副隊長が本当に楽しそうに斬り合いを愉しんでいます。

 アレじゃあ多分だけど、無理……よねぇ……生きていればどうにか出来ると思うんだけれど……

 

『ヤミー殿も降参とかするタイプには見えませぬからなぁ……意地の張り合いが死ぬまで続きそうでござるよ……』

 

 仮にあの場を治めるとするなら、圧倒的な力で全員纏めて屈服させるとかじゃないと無理よね。今の私じゃ絶対に無理。

 苦々しい笑みを浮かべながら曖昧な返事をする様子で察したのでしょう。チルッチもまた苦笑いを浮かべながらも頷きます。

 

「そっか……まあ、昔もいたわよ。ああいう頭がカラッポの奴」

「そもそもヤミー相手に中途半端は悪手だ。気絶させるまでやらせて、それでも生きていれば治してやってほしい」

「ええ、そうね……なんとか頑張ってみるわ」

「ああ、頼む。それとは別に、だ」

 

 そこまで言うとハリベルは、視線をウルキオラへと変えます。それは信じられないものを見るような眼差しでした。

 チルッチも釣られたように視線を動かすと、瞳を細めて疑うような目をしています。

 

「先ほど天蓋の上から感じた霊圧……あの黒く巨大な霊圧はウルキオラ、まさかお前の仕業……か?」

「ああ、そうだ。とはいえ、黒崎一護に負けたがな」

「はぁ!? う、嘘でしょう!?」

「嘘ではない。刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)までを用いたが、それでも俺は負けた。圧倒的な力で胸から下を消し飛ばされ、この女死神に治療された。それが天蓋の上で起きた事実だ」

「待て! 刀剣解放(レスレクシオン)……第二階層(セグンダ・エターバ)だと!? なんだそれは!?」

「そういえばウルキオラ、だっけ? あんたの霊圧、二回変化したわよね!? てっきり帰刃(レスレクシオン)の影響だと思ってたんだけど違うの!?」

「ん……? ああ、なるほど。そうだな、藍染様にも教えていなかったのだ。お前たちでは知らなくて当然だ」

「それはまさか、お前の方が私よりも番号が上、ということか?」

「ちょっと! それ教えなさい!!」

 

 あらら、一気に話が盛り上がったわ。

 でもやっぱり十刃(エスパーダ)同士、気になって当然よね。

 上手く習得できれば力関係が一気に変わるかもしれないんだもの。

 

『会得……するのでござりましょうか……?』

 

 さあ? そんな先のことを言われても分かんないわ。

 でもハリベルとかだったらあるいは……

 

『拙者としてはチルッチ殿に是非覚えて戴きたい!! 3桁になったからこその屈辱をバネにするとでも言いましょうか!! そうした這い上がりが燃えるのは世の常でござる!!』

 

 ああ、そっちもいいわね。

 

 

 

 そうそう、忘れるところだった。

 アパッチたちだけど、私じゃなくてロリとメノリの所に行ってるわ。

 ちょっと遠目だから何を言ってるかまでは聞き取れないんだけど、二人をからかってるみたい。

 

 とにかくこれで、ようやく一息つけるわ。

 ちょっとでも休んで、霊圧を回復させないと……

 

「…………」

 

 ……あら? 何だか視線を感じるような……

 

 ええっ!! あ、あそこにいるのってまさか――!!

 



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第258話 運命の出会い ~Black meets White~

普段の百倍くらい、頭の中をカラッポにしてからお読みください



 遠目から私を見つめる視線に気付いて、なんとなくそちらを見返した瞬間。その瞬間に、私は全身に電撃が走ったような衝撃を受けました。

 

 あの姿……間違いない! 絶対に間違いないわ!!

 今を逃したら、もう二度と会えないかもしれない……ううん! こんなことが出来るのはきっと今だけ! 今を逃したら絶対に後悔する!!

 だから――だからごめんねハリベル! チルッチ! それに桃も!! 後で謝るから許して!

 

『あ、藍俚(あいり)殿……急に何を……?』

 

 逃がさない! 絶対に逃がさない!!

 その想いだけで、視線の方向目掛けて一気に駆け出しました。

 向かう先は、建物の残骸で出来上がったと思しき物陰。その物陰に隠れてこちらの様子を窺っている相手にこそ、用があります。

 

「……へ?」

「な、ななななんでヤンスか!?」

 

 全力の瞬歩(しゅんぽ)を使えば、その距離なんて無いに等しいものでした。

 一秒にも満たない僅かな時間で近寄った先にいたのは、二人の破面(アランカル)。一人は大柄で、もう一人は痩身。

 

「や、やっぱり……」

「や、やっぱり……?」

「やっぱり! やっぱりそうだったわ……!!」

 

 思わず飛びかかりたくなる気持ちをグッと抑えながら、胸元に手を当てて気持ちを落ち着かせます。

 二度、三度と深呼吸をしてから、私は改めて尋ねました。

 

「あ、あのッ! ペッシェ……ペッシェ・ガティーシェさんですよね……!?」

「む? いかにも私はペッシェだが……はて、君は一体……?」

 

 間違いじゃなかった!

 それを理解した瞬間、もう感情が抑えきれませんでした。

 私は失礼なのを承知でペッシェの手を取ると、両手でギュッと握り締めながら叫びます。

 

「はじめまして!! 私、四番隊隊長の湯川藍俚(あいり)って言います! 私、貴方のファンなんです!!」

 

 言った……言ってやりました……

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、よいぞよいぞ! ついに、ついにこの私の時代がやってきたということだな!!」

 

 私の突然のファン宣言に最初こそ戸惑っていたペッシェ――あ、名前を呼び捨てで問題ないって許可を貰いました――でしたが、アッという間に受け入れてくれました。

 少し会話をしただけで信用してもらえて、もうすっかり友達です。

 

『あの~……藍俚(あいり)殿……??』

 

「いや、時代が私に追い付いたということか!? どちらにせよ今日はめでたい日だ!!」

「そうですね♪ 私も、今日は絶対記念日にします」

「ううう……なんでペッシェばっかり……ズルいでヤンスよ~……オイラは? 藍俚(あいり)はオイラのファンではないでヤンスか!?」

「フハハハハハ! 諦めろドンドチャッカよ!! 藍俚(あいり)は既に私のファンなのだ!! 彼女の両手は既に私の手を握って塞がっているのだよ!!」

 

 さっきからずっと、私はペッシェの手を握ったままです。

 なので文字通り手が塞がっています。

 だからごめんねドンドチャッカ、その気持ちには応えられないの……

 

藍俚(あいり)殿?』

 

「そういえば藍俚(あいり)は四番隊と言っていたな?」

「はい、そうですよ」

「ということは以前出会った、雛森という死神の……」

「そうです! 桃は私の部下なんです!!」

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!!』

 

 なに、どうしたの射干玉?

 

『ご説明を! いい加減ご説明をお願いいたします!! もう何が起こっているのやら、拙者にはさっぱりわかんないでござるよ!!』

 

 んもう……仕様が無いわねぇ……

 

 いい、この人はペッシェ・ガティーシェ。

 ネルちゃんと一緒に虚圏(ウェコムンド)で暮らしている破面(アランカル)の人よ。

 

『それは知ってるでござるよ……そうではなく、知りたいのは……』

 

 そして、そしてね!!

 この人こそ伝説の「触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!!」と言った人でもあるのよ!!

 

『………………っっ!?!?』

 

 いい? ブリーチの中で一番の名言と言われれば何と答えるのが正解かしら?

 

 なん、だと……?

 チャドの霊圧が消えた?

 私が天に立つ?

 あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ?

 憧れは理解から最も遠い感情だよ?

 百年後まで御機嫌よう?

 

 いいえ! 私の考えはそのどれも違う!!

 

 触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!! これこそが最も素晴らしい言葉なのよ!!

 

『えーと……ひょっして今回は拙者がツッコミ役でござるか!?』

 

 それを口にしたどころか、実際にやってのけたのよ!!

 つまりはペッシェこそが至高なの! これは……これだけは異論は認めないわ!!

 

『そ、そうでござるか……』

 

 そうなの! 

 

『(ああ、だから藍俚(あいり)殿は以前にペッシェ殿だけフルネームで覚えていたのでござるか……)』

 

「なんと! そうであったか!! いやぁ、あのような可愛らしい死神の上司が、まさかこれほど色っぽく美人の死神であったとは……あの時、彼女を助けたのはもしや運命!? 運命が私たちを引き合わせたくれたのかもしれぬ!!」

「運命……確かに、運命かもしれませんね……」

 

 運命って、良い響きの言葉ですね……

 何というかこう、不可能も可能にして次に繋がりそうで……

 

 ……そうよ! 運命、これは運命じゃない!!

 

『ななななんぞ!? 急に一体どうしたでござるか!?』

 

「あの、あのねペッシェ……その……実は……」

「ん、どうした藍俚(あいり)よ? 怖がらずに言ってごらん?」

 

 ペッシェが私の頬を優しく撫でてくれました。

 

『無視でござるか藍俚(あいり)殿……』

 

 ああ……もう駄目……言いましょう……もう、この抑えきれない気持ちを口に出してしまいましょう……!!

 

「一生のお願い!! お願いだから私に無限の滑走(インフィナイト・スリック)をかけて欲しいの!!」

「!?」

 

藍俚(あいり)殿ぉぉぉっ!?!?』

 

 私、何か変なことを言ったのかしら……?

 勇気を出して想いを口にした途端、ペッシェの動きが固まりました。

 

「あ、藍俚(あいり)……? 今、なんて……」

「だからその、貴方の無限の滑走(インフィナイト・スリック)が欲しいの!!」

 

 固まったポーズのままそーっと私から距離を取ったかと思えば、隣にいたドンドチャッカに話しかけています。

 

「なあ、ドンドチャッカよ? ひょっとして私の耳がおかしくなったのか? 彼女は今……その……」

「オイラも聞こえたでヤンスよ。ペッシェの無限の滑走(インフィナイト・スリック)を掛けて欲しいと言ってたでヤンス」

「おかしくないか!? 絶対におかしくないのか!? こう言ってはなんだがな、私のあの技はこう……その、何というかだな! うまく口で説明するのは難しいのだが……」

「大丈夫でヤンスよ! オイラも分かるでヤンス!! 言いたいことは全部伝わってるでヤンスから!!」

「おお、有り難いぞ! なのに自分から"かけてくれ"と言い出すのは……」

「そうでヤンスな……」

 

 当人たちはひそひそ話のつもりでしょうが、全部丸聞こえです。

 

 私、そんなに変なことを言ったのかしら……?

 

「あの~……」

「はうぁっ!! や、やややややあ藍俚(あいり)! どうしたんだい?」

「お話、終わりました?」

「それは……そ、そうだ藍俚(あいり)!! いったいどうしてその、私の無限の滑走(インフィナイト・スリック)を掛けて欲しいのだ!? よければ聞かせてくれたまえ!」

 

『拙者にも! 拙者にも理由を教えてくだされ!!』

 

「理由、ですか……特に理由はないんです。ただペッシェの名前を聞いて、存在を知ったときに、ふと憧れたんです。その憧れはいつしか、体験したいという想いに変わった……ただそれだけのことなんです」

「むむむ……いや待て冷静になれ私、確かに私ならば虚圏(ウェコムンド)に名前が轟いていたとしても不思議ではないかもしれないが、だからといって死神たちにまで名前が届くのであろうか……?」

 

 繰り返しになるんだけど、どうしてそんなに悩んでいるのかしら?

 ……そっか! きっと想いが少なかったのね!! だったら、もっと熱い気持ちを伝えればいいんだわ!!

 さっきちょっと、物理的に距離を取られたからもう一度。そっと近寄り、ペッシェの手をぎゅっと握り締めます。

 

「恐れないで! 怖がらないで!」

「へ?」

「ここで私たちが出会ったのは、運命!」

「……」

「運命の初めまして!!」

「お、おう……」

 

『なるほど……』

 

 ちょっと! なんでドン引きしてるのよ!!

 それにね射干玉!! これはあなたにとっても悪い話じゃないのよ!?

 

『そ、それは一体どういうことでござるか!?』

 

 考えてもみなさい!

 今のあなたは、誰もが知ってる真っ黒でヌルヌルな存在!! 言うなれば界隈の頂点! 真っ黒ヌルヌル界のトップアイドルなのよ!!

 

『やっぱりでござるか? 薄々そうではないかと確信していたでござるが……』

 

 でもそれは、あくまで真っ黒ヌルヌル界隈だけの存在なのよ!!

 けれど、けれどよ?

 もしもそこに、真っ白でヌルヌルが加わったら……果たしてどうなると思う?

 

『……ッ!! そ、それは……』

 

 ええ、そうよ!! 黒と白が一つになったら、もう怖いものなんて何にもない!! 完全無欠よ!!

 求肥(ぎゅうひ)餡子(あんこ)が合体したら、大福になる!! 黒を白で包めば黒星も白星に変わる!!

 クロとシロがいれば使い魔(ファミリア)にだってなれる!!

 

『つまりは……プリキュア!? 黒と白ということはもうこれは初代でござるな!! なんと……なんというご慧眼……拙者が、拙者が間違っていたでござるよ!!』

 

 それにね! それにね!!

 もの凄いヌルヌルにする汁って言われたら、一度くらいは体験してみたいでしょう!?

 

『それでしたらチルッチ殿と出会った時点で頼み込んで残り汁を……』

 

 あの時点のチルッチにそんなこと言えるわけ無いでしょう!?

 何より、出してから時間が経つと乾いちゃうでしょ! 一番搾りでないと意味が無いのよ!!

 

『そのためのペッシェ殿にお願いを……?』

 

 そういうこと!!

 

 

 

「む……むむむ……よ、よーしわかった!! 私も男だ! やってやろうじゃないの!!」

 

 何やら難しい顔をしたまま悩み続けていたペッシェでしたが、やがて覚悟を決めてくれました。

 拳を力一杯握り締めながら、私のことを見つめてくれます。

 

 これには私も、全力で応えなければなりません。

 

 かけやすいように膝を突いてしゃがんで、こぼさないように両手でお椀を作って、それから顎を上げて舌を出しながら……

 

ふぁい(はい)ひつれもろうぞ(いつでもどうぞ)

「…………ままままま待て! これはその、良いのか!? 絵的に問題ないのか!? 本当に大丈夫なのか!?」

 

 ……?

 ペッシェは一体何を心配しているんでしょうか?

 ただ私に、ものすごいヌルヌルにする汁をぶっかけるだけなのに……

 私は私で気を遣って、ぶっかけられても問題ないような姿勢で待ってるだけなのに……

 

『……ペッシェ殿も言っておりますが、絵的には多分完全にアウトでござるよ?』

 

「あーん……」

「ええい! ままよ!!」

 

 長い長い時間を経ましたが、ようやくペッシェは無限の滑走(インフィナイト・スリック)を出してくれました。

 仮面の先端の穴から、真っ白な液体が勢いよく噴出されます。

 

「ん……っ……」

 

 その白い液体は私の眉間の辺りに降り注ぐと、顔全体をねっとりと汚していきました。

 言葉通りに液体はヌルヌルとしていますが、けれども不思議な粘性を兼ね備えていました。私の顔にべっとりとへばり付いたかと思えば、自重に従ってとろりと流れ落ちていく白い液体たち。

 それらはとても重く感じられました。

 

「ちゅ……っ……る……っ……ごくっ……」

 

 大量の粘液は顔だけでなく、頬から顎を伝わって手の中に滴り落ちていきました。

 手の中で感じるのは大量のヌルヌルとした液体たち。指の隙間から逃げだそうとする白い液体を逃すまいと、一気に口の中へと流し込み嚥下しました。

 

「ん……変な味、なのね……なんだか生臭いような……でも、そこまで嫌じゃない……」

 

 喉を通り過ぎて奥へと流れ込んでいく液体。

 身体の中からヌルヌルとした感覚が湧き上がってくるようで、私は不思議な火照りを感じていました。

 ここには鏡がないので確認できませんが、間違いなく私の頬は真っ赤に染まっていると思います。

 それともまさか、無限の滑走(インフィナイト・スリック)の液体にはそういう効果もあるんでしょうか?

 嫌悪感と好奇心、好きと嫌いを同時に味わっているような……思わず「もっとぉ……」と甘い声を上げてしまいそうで、我慢するのが大変でした。

 

「れろ……っ……ん、ぱ……っ……」

 

 だってまだ、液体の残滓が手の中に残っているんですから。

 

 へばり付いた粘液も逃さないように、指を一本一本奥まで丁寧に咥え、じっくりと舐め上げていきます。

 白い液体をこそぎ取るために、舌先で指を絡め取るのも忘れません。

 

「んん~……」

 

 やがて、十指全てを舐め取り終えると、よく味わうように口の中で軽く攪拌してから飲み込みました。

 

 

 

『……はっ! あ、藍俚(あいり)殿……!? 一体何を……』

 

 何を……って、せっかく分けて貰ったんだから隅々まで体験しないと損でしょう?

 目・鼻・口・舌・指・耳! 五感をフル活用して余すところなく感じ取るの!! おかげでなんだかこう、不思議な気分になってきたわ!!

 飛び越えてはいけないラインのギリギリを攻め込んだような、そんな気分!!

 

『五感……? なにやら一つ多かったような……』

 

 それよりも射干玉! そっちはどうなの!?

 

『へ……? おお、言われてみれば確かに……何と言いますか、こう……ジョグレス? メガ? しそうな感じでござるよ!!』

 

 ね、そうでしょう!

 

『今の拙者たちなら、気持ち的には世界すら支配できそうでござるよ!! 気持ち的には!!』

 

 そうね! 絶対にできるわよ!! 気持ち的には!!

 あと気持ちだけじゃなくて実際に霊圧も完全回復しているし!!

 

 行ける、行けるわよ!

 




「触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!!」
は、ブリーチの"めいげんの中のめいげん"だと思っています。

あの1コマが無かったら、ここまで書けなかったです。
あの1コマに、どれだけ勇気づけられたことか。
むしろ前話までは、今回の前振りとすら言えるかもしれません。

……その結果がコレなんですけどね。

(なお、話的には全く進んでいないんですが、強化フラグなので問題ありません)


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第259話 穴を塞いで少女から大人へ ★

「ん……っ……ふぅ、ごちそうさまでした」

 

 ヌルヌルにする白い液体を、ようやく全て嚥下し終えました。

 それにしても、能力の特性上こんなに喉や舌に絡みつくとは思えないんだけど……どうしてかしらね? 

 本気になっていつもよりも濃いのが出ちゃったのかしら……?

 

 まあ、それはそれとして……っと。

 

 個人的にはもう少しくらい、ペッシェの無限の滑走(インフィナイト・スリック)を受け止めて素敵なヌルヌルを堪能したい――それこそ、カラッポになって赤玉が出るまで搾り取ってみたいところなんだけれど、そういうわけにも行きません。

 本来の目的は「ネルちゃんを治療して良い?」ってご親族に確認して、同意を取ることだもん。

 ウッカリ忘れて、ぶっかけを愉しんでる場合じゃなかったわね。

 

「ペッシェ、ドンドチャッカも。私のワガママに付き合わせちゃってごめんなさい。実は二人に聞きたいことがある――」

 

 ようやく正気に戻ったとばかりに、放置していた二人に声を掛けたところで、ふと気付きました。

 二人ともどういうわけか、中腰です。

 中腰のまま、さらに何故か股間を手で押さえています。

 

「――……んだけど……その格好、どうしたの?」

「い、いやぁ……何でもない! 別に全くもって何でもないぞ!!」

「そそそそそうでヤンスよ!! ただの生理現象でヤンス!!」

 

 うーん……中腰というよりも腰が引けているって表現した方が良いのかしら?

 それに股間も押さえているより、隠しているって方が正しい言い方かしら?

 

 とにかくそんな感じでした。

 顔も真っ赤になっていて、なんだか態度も大慌てって感じで……どうしてかしら?

 

『見られたくない物を見られてしまい、慌てて誤魔化す思春期の少年の心情でござるよ……見なかったことにしてやるのが優しさというものでござる……』

 

 ……??? ……ああ、そっか。ボッ――

 

藍俚(あいり)殿! お話を! お話を先に進めてくだされ!! 前話であれだけ好き勝手に心ゆくまでボケつくしたのでござるから!!』

 

 ――別に恥ずかしがることないのに……ただの生理現象でしょ?

 

 まあ、それはそれとして。

 

「そう? 二人がそう言うのなら、話を進めさせて貰うわね。それで話って言うのは、ネルちゃんのことなんだけど……」

「……ネル! はっ、そうだ!! ネルはいずこに!?」

「そうでヤンスよペッシェ!! オラたちはネルを探してここまで来たでヤンスよ!! どうして忘れてたでヤンスか!?」

「ええい、言うなドンドチャッカ! 忘れていた時点で我々は同罪だ!! 今からでも探しに行くぞ!!」

「呼んだスか?」

「「おおおおおっ!?!?」」

 

 ネルちゃんの名前を出した途端、二人のやる気が再起動しました。

 ……中腰のままなので、全く以て格好は付かないんだけどね。

 そのまま二人で元の使命を果たそうとしたところ、物陰からネルちゃんがひょっこりと顔を出しました。

 

「ネル! どうしてここに!?」

「心配したでヤンスよぉぉぉっ!! でもでもでも、会えて良かったでヤンス~~っ!!」

「いやぁ……ネルも近くにはいたんスけどね。そスたら遠くの方で叫び声やらネルの名前やらが聞こえたもんスから、気にさなって……」

 

 ペッシェとドンドチャッカから熱烈な歓迎を受けて、ネルちゃんは照れくさそうにしています。

 かと思えば続いて私の方へと向き直りました。

 

「隊長さんが見つけてくれたんスよね? ありがとうございまスた!」

「ううん、お礼を言われるほどのことじゃないから。気にしないで」

 

 そもそもの話。

 ペッシェとドンドチャッカが近くにいることに気付いた時点で、私がネルちゃんを連れて移動すれば万事解決、無駄な一手間を掛ける必要もなかったんだから……

 

『いやいや藍俚(あいり)殿!! あの無限の滑走(インフィナイト・スリック)ぶっかけは、絶対に必要なことでございました!! 例えるならばそう! 水と魚のように!!』

 

 そうよね!! 絶対にそうよね!! 私、絶対に間違ってなかった!! あれは必要なこと!!

 

「……あれ、隊長さん? なんかこう……うまく言ねっスけど、ツヤツヤになってる気がするっス。どしたんスか?」

「え!? そ、そう……!? ちょっと色々あったから、きっとその影響よ」

「…………?」

 

 やだ、もしかしてバレちゃった?

 残さず舐め取ったつもりだったんだけどなぁ……やっぱり、顔に出るのかしら?

 

 ネルちゃんは、私の言葉の意味を理解できずにきょとんと首を傾げていました。

 ペッシェとドンドチャッカは――あ、まだ腰が引けてる。というよりも、さっきよりも酷くなってる気がするわね。

 

「そんなことよりもネルちゃん。二人には今から"あのこと"を説明するわよ」

「あのこと……って、どのことっスか?」

「……頭の傷のことよ」

「……ああっ! そ、そうだったっス! 是非とも、是非ともよろスくお願いいたスまス!! どうかネルをボインボインのお姉さんにして欲しいっス!!」

「っ!! 藍俚(あいり)、頭の傷というのは……まさか!?」

 

 会話から察したのでしょう。

 ペッシェがスッと背を伸ばし、シリアスな声で尋ねてきました。

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、藍俚(あいり)はネルを治せるのだな?」

「ほへぇぇ……まさかネルが十刃(エスパーダ)だったとは……つーっとも()らなかったっスよ」

 

 そうして、お互いの間で簡易的な情報交換が行われました。その結果――

 

 ペッシェたちは、ネルちゃんの傷を治して元の姿に戻せるということを。

 ネルちゃんは、自分が元十刃(エスパーダ)で頭に傷を受けて力や記憶を失ったということを。

 

 ――それぞれ知りました。

 

「でもいいのペッシェ? ドンドチャッカも? あなたの話からすると、ネルちゃんを元の姿に戻すと……」

「……構わん! 既にノイトラもザエルアポロも倒されたのだ!! 加えて、ネル様が力を取り戻されるとなれば、これほど喜ばしいこともない!! どうして反対などできようか!!」

「で、でもペッシェぇ……オラ、今のネルとの気ままな暮らしも悪くねえって思ってるでヤンスよ……」

「ドンドチャッカ!! 貴様、どういうつもりだ!?」

「だ、だだだだってぇ! 元に戻るってことはまた十刃(エスパーダ)やら藍染やらの血生臭い戦いに巻き込まれることになるでヤンス! オラ、そんなの嫌でヤンスよぉ~~!!」

「……くっ!」

 

『全員で一緒に馬鹿騒ぎできる暮らしというのも、悪くないでござるよ』

 

 まあ、どっちの意見もわかるわよね。それも悪くないって思っているから、ドンドチャッカの反論にペッシェも呻き声を上げたんでしょうね。

 ちなみに射干玉だったら、どっちの意見を支持する?

 

『おっぱいが大きいからネリエル殿に戻すでござるよ!! 考えるまでもねえでござる!!』

 

 私も!! だから、ペッシェの味方をするわよ!!

 

「差し出がましいことをいうようだけど……そんなことにはならないと思うわよ」

「へ……どういうことでヤンスか……?」

「藍染は私たち死神が絶対に倒すし、残った破面(アランカル)の取り纏めと統率をハリベルに頼んでいるの。だから、血生臭いことや順位争いで足を引っ張り合うような真似は、もう起こらないはずよ」

「む、むむむむ……」

 

 悩むわよね、そりゃあ悩むわよ。

 

「それとネルちゃん。ネルちゃんはどう思う? 二人の話を聞いても、まだ戻りたい? それとも話を聞かなかったことにして、今のままでいたい?」

「うーん……そっスねぇ……」

 

 腕を組み、目を瞑って悩むことしばし。

 私たち三人が見守る中、やがてネルちゃんが目を開けました。

 

「やっぱりネルは、元に戻りてえっス」

「おおっ!」

「ネ、ネルぅぅ……」

「それに今まで、ペッシェとドンドチャッカがネルのことを守ってくれたんスよね? んだったら、今度はネルが二人を守る番っス! 今度こそ、二人には心配掛けられねえっス!!」

「ネルぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 決意の言葉に感極まったみたいで、ドンドチャッカが抱きつきました。

 あ、ペッシェもこっそり抱きついてる。

 二人でボロボロ泣いてるわね。

 

『すっごく、アットホームな雰囲気で良い場面でござるなぁ……』

 

 そうね、ずっと見ていられるわね。

 

 でも、それはそれとして。

 

「水を差すようで悪いんだけど」

 

 新しいお山(おっぱい)を取り戻すわよ!!

 

「さっそく治療をしちゃって良いかしら?」

「おおおおお願いするでヤンス!! どうか、どうかネルを! ネル様を!!」

藍俚(あいり)、私からも頼む! ネル様を……ネル様をッ!!」

「ええ、任せて」

 

 二人から拝み倒さんばかりの勢いで頼まれました。ネルちゃんもやる気です。

 それなら、さっさと治療をしちゃいましょう。

 

「ネルはどうすればいいんスか」

「そのまま立っててくれればいいわよ」

 

 緊張させないように優しく微笑むと、高さを合わせるために私の方からしゃがみます。

 ネルちゃんの頭部へと手を翳し、回道を唱えます。

 

 ゆっくりと、患部の傷を縫い合わせて塞いでいくように。霊圧が漏れ出ることの無いように、正常に流れていくように注意しながら。

 そうやって五分ほども治療を続けていた時でした。

 

 まるで破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)するときのように、ネルちゃんの身体から煙が巻き上がりました。

 同時にペッシェたちが声を上げます。

 

「これは!!」

「この霊圧は、紛れもない……ネル様!!」

 

 二人が反応していますが、私は目の前にいるわけです。なので変化は誰よりも如実に感じられました。

 まだ本調子ではないのかハリベルと比べて弱々しいものの、それでもかなりの力強さを感じられる霊圧。元十刃(エスパーダ)というのに十分過ぎるほどの説得力がありました。

 

「ええ、久し振り……になるのかしらね。ペッシェ、ドンドチャッカ」

 

 そして、煙の中からゆっくりと姿を現すネルちゃん――いえ、ネリエル。

 彼女は二人を見ながら、久し振りの再会ににっこりと微笑みました。

 

 微笑んだんですが……その……

 コレいいの!? 本当に大丈夫なの!?!?

 

 えーっと、まずね。彼女、ネルちゃんの時には緑色のローブみたいなのを着ていたの。ただ、それはネルちゃんの時にピッタリのサイズだったわけで。

 

 それが今、ネリエルの姿に戻ったわけだから……子供の服を大人が無理矢理着たみたいな格好なのよ。

 胸元と腰回りを、ボロ布で辛うじて隠しているだけの状態。ちょっとでも激しく動いたら、ズレちゃったり零れ落ちるのは間違いないわ。

 

 しかもね。

 彼女ってば、背丈が五尺八寸(176cm)はあるの。目測で、しかも私はしゃがんで見上げている状態だから、ちょっと不正確かもだけど。

 でもそのくらいの六尺(180cm)近くはあるのは間違いない。

 

 そんな格好の彼女を、私はしゃがんで見上げているわけで……

 

『早い話が下から覗き放題! 見放題の状態でござるよ!! ヒャッハアアアアァァァァッッ!!』

 

 仕方ないでしょ! これは不可抗力!!

 だから見えちゃうのも仕方がないことなの!!

 

 隙間から、ね……こう、太腿の付け根とか……裾の下からぷるんと揺れる下乳とかが……

 

 ……っ!! ちょ、ちょっと待って!!

 これ、まさか……

 

『どうしたでござるか藍俚(あいり)殿!?』

 

 射干玉は気付かないの!?

 ネリエルのお山(おっぱい)、多分だけど今までで一番大きいわよ……!!

 

『なん……だと……!?』

 

 た、確かめたい……! 今すぐにでも彼女を押し倒してマッサージしてしまいたいわ……!!

 でも、でもね……! 今そんなことをするわけにはいかないの!!

 

「ちょ、ちょっと待って!! これはちょっと予想していなかったわ!! とりあえずこれ! これで身体を隠して!!」

 

 私は大慌てで立ち上がると衿下(つました)――死覇装の腰帯から下の部分――を引き千切り、ネリエルへと押しつけるように手渡します。

 

『長いスカートやシャツを千切って、傷口を縛るアレと同じでござるな!! 今回の場合は肌を隠しているわけでござりますが!!』

 

 だって、こうでもしないと見えちゃうんだもん。

 こんなボロ布だけを纏った露出度の高い格好で、皆の前に出させるわけには行かないでしょう?

 

「あ、そうね。ありがとう湯川さん」

 

 幸い、ネリエルも理解してくれたのですぐに自分の身体を隠しました。

 ……ええ、隠したんだけど……

 

 なんか、これ……余計エッチな格好になってない?

 

『肌色の面積は減っているはずなのに、隠している部分が多くなることで脳内で補完されてしまうというアレでございますな!! 人の想像力というのは、誠に素晴らしいでござるよ!!』

 

 本当に、ね……これは一護に見せられないわ……

 健全な男子高校生には、目の毒だもの。

 

『そう言っている藍俚(あいり)殿も、現在はなかなかエッチな格好になってるでござるよ?』

 

 ふぇっ!? な、なんで……あ!!

 

『お気づきになられましたかな!? 着物を破いたことで、現在は生足を見せているでござるよ!! さながらネム殿のようなミニスカート状態でござる!! むっはあああぁぁっ!! 太腿がたまんねぇでござる!! その証拠に、ご覧下さい!!』

 

 ペッシェとドンドチャッカが、揃って顔を真っ赤にしながら私を見てる……!!

 でもなんで私だけ!? 隣にネリエルもいるのに……

 

『そこはそれ、お二人の忠誠心というやつでござるよ。仕えるべき主をエッチな目で見るなど、拙者を代表とした紳士淑女の皆様には……み、皆様には……ゴクリ!!』

 

 ああ、もうっ!! 期待通りの反応をありがとうね!!

 

 それよりも今はネリエルのこと!!

 

「うん、私のことを『湯川さん』って呼んだところを見るに、どうやら元の姿に戻っても記憶の問題はないみたいね」

「はい。小さかった頃の私が経験した記憶や思い出……そういった物は、今の私もちゃんと持っています。湯川さんのおかげです」

「ネル様! 私たちはようやく……ようやくううぅぅっ!!」

「よかった……よかったでヤンスよぉ~~っ!!」

「二人も今までありがとう」

「勿体ないお言葉です!!」

 

 ペッシェとドンドチャッカも納得しているみたいだし。

 やれやれ、これでようやく肩の荷が降りたわ。

 

「これで私も、一護の力になれる」

 

 従者の二人が歓喜の涙を流している中、主のネリエルは拳を握り締めながら呟くのが聞こえました。

 

 はぁ……ホント、こればっかりは一護が羨ましいわね……

 




ちょっとご紹介が遅れましたが。

X(旧twitter)へのリンク
(なので外部に飛びます)

踏文 二三様(壱丸二三様)から藍俚(あいり)殿の支援絵を戴きました。
大変ありがとうございます。無茶苦茶カッコイイです。

(リンク、ちゃんと出来てるよね……)


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第260話 そろそろお暇しますね

「むっ……! お前は……」

「一応、初めましてと言っておくわ。私はネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。元だけど第3(トレス)十刃(エスパーダ)だから、一応あなたの先輩にもなるの」

「そうか……やはり私の考えは間違っていなかったということか」

 

 元の姿に戻ったネリエルを連れて戻ったところ、さっそくハリベルが食いつきました。

 彼女は元々ネルちゃんを見て「ひょっとして……」と疑っていたこともあってか、その反応は上々です。

 強者を見つけた時のそれ、とでも言うんでしょうかね。

 

「コイツ、あのネルって破面(アランカル)……なんだよな……?」

「う、嘘だ……」

「信じられません……」

 

 アパッチたちは、信じられないといった目で見ています。

 それでも彼我の霊圧の差を感じ取っているのか、手を出すこともなく遠巻きに眺めているだけでした。

 

 そして、三人と同じように困惑しているのがもう一人。

 

「ネルちゃん……なんだよね?」

「ええ、そうよ」

 

 桃です。

 彼女からしてみれば、ちょっと目を離した隙に大人の姿になって戻ってきたわけで。事前に「そうなるかも」という話は聞いていたものの、俄に信じられないようです。

 おっかなびっくり、疑うような眼差しでネリエルのことを見上げていました。

 ネリエルはそんな桃の様子に、少しだけ悲しげな表情を浮かべながら切なそうな声で呟きました。

 

「――桃ちゃん」

「あ……っ! そ、その呼び方……!!」

「小さな私と一緒にいてくれて、どうもありがとう」

「覚えてる……の……?」

「ええ、勿論よ」

「ネルちゃん!!」

 

 桃が嬉し涙を流し始めました。

 短くも内容の濃い時間を一緒に過ごしていただけに、ネルちゃんに色々と思うところがあったようで。

 それでも共通の経験や思い出が失われたわけではないと分かり、一安心したようです。

 

 

 

 その後ろでは――

 

「ああーっ! アンタたち!!」

「お前は……まさか生きていたのか!?」

「ギクゥゥッ!! ……や、やあ久し振り! 元気だったかな!?」

「ええ……おかげさまでね。藍俚(あいり)に治して貰ったわ」

「それで? まさか僕に復讐でもするつもりかい?」

「フン! 今のアンタは見逃してあげるわ……アンタはね」

「ハハハハハ! なーんで私の肩を掴むのかな? 申し訳ないが今日はこれからジャパニーズ・カラーテの稽古に行かなきゃならないので……」

「何が無限の滑走(インフィナイト・スリック)よっ! アレだけは許さない!!」

「ぎゃあああああ!! お、お助けぇぇぇっ! 藍俚(あいり)! 藍俚(あいり)ーっ!!」

「何を気安く名前を呼んでるのよ!!」

「わーっ! わーっ! だって名前を呼んで良いっていったんだもん!! 本当なんだもん!!」

 

 ――…………うん。

 

藍俚(あいり)殿? なにやら物騒なことになっておりますが……』

 

 聞こえない聞こえない。藍俚(あいり)ちゃんにはなーんにも聞こえない。

 

 だって……

 

 

 

「まさか、生きてやがったとはな……」

「それはこっちの台詞だ」

 

 剣呑な雰囲気が漂っています。

 発生源はウルキオラとグリムジョーの二人からですね。

 

 今現在、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中にいる強者は全員がこの場に集まってきているわけです。なので、こういう顔合わせも十分ありえるわけですね。

 この二人の間にもある程度の因縁はあったはず。

 

 元々は一護を狙っていた相手同士……なんですけれど、確か今のグリムジョーって海燕さんにご執心だったはず……だから喧嘩するような事にはならないと思っていたんですが。

 この様子を見るに、どうやらそこまで単純でもないみたいですね。

 

 反膜の匪(カハ・ネガシオン)とかいうアイテムで、グリムジョーがウルキオラを閉じ込めていたはずですけれど……それが原因かしら?

 とにかく、一触即発の空気です。

 

「……チッ! テメエに関わってる暇なんざ俺にはねえんだよ!! まずは志波の奴からだ!!」

「奇遇だな。俺もお前に殺されてやるわけにはいかなくなった」

 

 と思ったら、そうでもなかったようですね。

 にらみ合っていたはずの視線が、あっさりと外れました。

 どうやらそれぞれ意中のお相手がいるから、内輪揉めしている場合じゃないみたい。

 

 何にせよ、もう戦いはお腹いっぱい。

 これ以上は本当に、ごちそうさまよね。

 

『あの、藍俚(あいり)殿……?』

 

 そういえば、反膜の匪(カハ・ネガシオン)ってハリベルも持ってるのかしら?

 持っていたら分けて貰えないかしらね。

 あの人(涅マユリ)とかあの人(浦原喜助)への良いお土産になりそう。

 

『残っている戦い、決着が付いたでござるよ』

 

 えっ! 本当に!?

 

 うわぁ……本当だわ……

 

 ヤミーが倒れてる。

 完膚なきまでに叩き潰されてるし、なによりあの巨体……治療は、ちょっと無理……ね……

 

藍俚(あいり)殿でも無理でござるか?』

 

 相手が巨大過ぎて、治療が間に合わない。

 

 なによりほら、ヤミーを見てごらんなさい。

 怪我の具合があり得ないもの。

 

 上半身には野晒で斬られた裂傷が、嫌ってほど走ってるの。

 あれ、塞ぐだけで一苦労なのよ。野晒の刀身ってある程度ギザギザしているから、普通よりも治すのに手間が掛かるの。

 それに加えて全身に、千本桜の細かな裂傷が無数に走ってるし。

 

 あの傷跡は多分、蛇尾丸でやられた傷ね。

 あっちは……アレって虚閃(セロ)の傷跡かしら? 浮竹隊長が跳ね返したんでしょうねきっと。

 海燕さんも、多分何かしらしたんだと思うけれど……

 

 と、とにかく! アレは無理!! あの巨大なサイズだからまだ生きているけれども、巨大なサイズだから治療が間に合わない!!

 けど普通のサイズに戻ったら、生命力が足らなくてすぐに力尽きちゃう……!!

 

 はぁ……無力ね、私って……

 こういう場合は想定してなかったわ。なにか方法を考えておかなきゃ。二度とこんな無様な想いをしないためにも。

 

 でも今は。

 

「お疲れ様でした、皆さん。お怪我はありませんか?」

「ああ、湯川。そっちこそお疲れ様。俺は大丈夫だけど、海燕たちを診てやってくれるか?」

「わかりました」

 

 ヤミー討伐を終えた死神たちの治療です。

 流石にあのサイズと霊圧は強敵だったみたいで、怪我をしていますね。

 そっちの治療を――

 

「あん? なんだ、まだ楽しそうな相手がいるじゃねえか」

「あっ! ちょっと更木副隊長!! ダメです! そこにいる破面(アランカル)はダメです!!」

 

 ――食指が動きかけた更木副隊長を、必死になって止めます。

 

 ハリベル・ウルキオラ・グリムジョー・ネリエル・チルッチと、十刃(エスパーダ)だった者たちだけでもこれだけいますからね。

 斬り合いをしたいと思うのも当然でしょう。

 

「ここにいるのは全員、暫定だけど私たちに協力してくれる相手です! 一応味方です! それと全員、予約済みです! それぞれ狙っている相手がいるからダメですよ! 絶対にダメぇ!!」

「なんだ……つまんねぇな……ちょいとつまみ食いするくらいは……」

「ダメです!!」

 

 せっかく生き延びたのに、ここでひっくり返されてなるもんですか!!

 いざとなったら全力を出してでも止めてみせるわ!! 主に私の為に!!

 

『その決意、仮にグリムジョー殿辺りを狙われた場合は見て見ぬ振りをしそうでござるな』

 

「湯川、お前も大変だな」

十刃(われわれ)と同じく、死神にも問題児というのはいるのだな」

 

 浮竹隊長とハリベルの二人から、ねぎらいの言葉を戴きました。

 

 

 

 とあれ全員の治療もして、説明もしました。

 

 これでやることは全部やれたわよね?

 

 現世の方も落ち着いたみたいだし、もう帰っても大丈夫……よね?

 

 うん! 大丈夫!!

 それじゃあ、ばいばい虚圏(ウェコムンド)! またすぐに来るからね!!

 




風呂敷畳んで、いったん帰りますよ。ということ。
(全部終わったらまた虚圏(ウェコムンド)に来て、ちゃんとマッサージします)

●ヤミー
(原作同様)こっちでも描写省略。
戦闘描写したり加入描写より、白いヌルヌルを優先した結果。


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第261話 鏡花水月が卍解?するようです

(ネタの性質上、30分後にもう1話投稿します(よって本日は2話更新です)
 ご了承ください)

今回は最初の3行だけ読めば全て片付きます。
それ以降は特に目を通す必要はございません。
(いわゆる「読むなよ? 絶対に読むなよ?」という物です)



 一護が藍染を倒しました。

 めでたし、めでたし。

 

 はい、今回はこれで終了よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……え? それだけか、ですって……?

 

 ええ、そうよ。それだけよ。

 私たち虚圏(ウェコムンド)突入組が現世に戻ってきた頃には、もう全部がすっかりサッパリきっちり終わってたの。

 私の出番なんて、一切無かったわ。

 

 出番が無いのに描写なんてするわけないでしょ。

 

 でも、まさかこんなオチがつくなんて思ってもみなかったわねぇ。

 ほら覚えてる? 私、破面篇のラストちょっと前くらいまでしかちゃんと読んでなかったから。そういう設定だから。

 だから、ある意味感動っていうか、貴重な体験っていうか……

 

 読む側じゃなくて、参加する側に立って知らされるなんてそうそうないもの! 話を聞いててワクワクしちゃった!!

 

 あっ! でもこの後で滅却師(クインシー)が襲ってくるのは知ってるの。

 ネットでちらっと見た程度だけどね。

 

 そういうわけだから、今回はもう本当にこれでおしまい。

 お疲れ様でし――

 

 

 

 ――……え? 何、どうしたの?

 ええっ!! 話せって言うの!? 何があったかを!? 私が!?

 

 なんで……?? なんでそんなコトするの????

 だって! 皆さんも知ってるでしょ!? なんだったら私よりもずっと詳しく知ってるはずでしょう!?!?

 一護がどうなったとか、藍染がどうなったとかを!!

 それを、まだちゃんとした情報を知らない私が語っても、面白くもなんともないでしょ!!

 

 あと繰り返しになるけれども、私の出番全然無いのよ!! なのに一人称視点でそれをやれっていうのは、どう考えてもおかしいでしょう!?

 

 …………

 

 ……やらなきゃ、ダメなの? どうしても……??

 

 ああっ、もうわかったわよ!! わかったから頭を上げて頂戴!!

 んもう……仕方ないんだから……

 

 は? チョロい……? って!! わ、私はチョロくないからねっ!!

 

 まったく……いい、一回しか言わないからちゃんと良く聞いててね!!

 

 聞いて後悔しても遅いわよ!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 現世に帰還した一護だったけれども、藍染の力は凄まじいものだったの。

 崩玉と融合した藍染の力の前には一護も、総隊長も、浦原や夜一さんたちも。誰も敵わなかったのよ。

 なす術もなく倒れていって、ついには本物の空座町への侵攻を許してしまったの。

 

 何故か藍染は、一護の友達やドン観音寺と追いかけっこを楽しんでいたみたいだけど。

 あと、乱菊さんのために市丸が奮戦したそうです。

 

 ともあれ。

 そんな絶望的な状況の最中、断界(だんがい)で修行を積んだ一護が藍染の前に立ちました。

 パワーアップした圧倒的な力で空座町から無理矢理引き離し、荒野まで場所を移動させました。

 周囲に何もない場所なら、どれだけ暴れても被害は出ませんからね。

 それはつまり、周囲に被害が出るくらい凄まじい戦いがこれから起こるということでもあるわけで……

 

 こうして、一護と藍染。

 二人だけの最終対決が始まりました。

 

 

 

「なるほど、理解したよ黒崎一護。だが、絶望するが良い。今の私には遠く及ばないという事を」

 

 一護がパワーアップしたことを認めつつも、藍染は右手の斬魄刀を構えました。

 藍染が殺気を放つ中、けれども一護は涼しい顔のままです。

 それが癪に障ったのか、それとも反対に諦めの境地に至ったのだと理解したのか。不敵な笑みを浮かべながら続く言葉を口にします。

 

「黒崎一護、君は不思議に思わなかったのかな? 私が今まで卍解を使わなかったことを」

「なに……?」

「君たちを相手にするのに、始解で十分だと侮っていた? それともまさか、卍解を使えないと思い込んでいたのかい? だとしても想定くらいはしておくべきだろう。滑稽を通り越して哀れにすら思えるよ」

 

 微かに、ほんの僅かにですが、一護の表情が曇りました。

 鏡花水月の――完全催眠の能力は始解に該当します。始解でこれほど強力ならば、果たして卍解はどれだけの物なのか。

 

「光栄に思いたまえ。この卍解は、今までこの私ですら扱いきれなかった……それほどまでに強烈なものなのだ。だが、真に崩玉の主となった今の私ならば十全に堪能することも出来よう!!」

 

 語っている内にテンションが上がったのか、藍染の言葉にも熱が入ります。

 

「味わいたまえ! 卍解! 鏡花水月(きょうかすいげつ)純米大吟醸(じゅんまいだいぎんじょう)!!」

「……は?」

 

 卍解が発動し、藍染の霊圧が一気に十倍近く膨れ上がりました。

 そして一護の口からは、間の抜けた声が漏れました。

 

「うぃ~……ひっく!!」

「うっ……!」

 

 それまでの真面目な表情はどこへやら、藍染の顔は真っ赤に染まっていました。

 目は虚ろに、足下はふらふら。オマケに吐く息は酒臭いことこの上なし――どころか、辺り一面にまで強い酒の匂いが立ちこめているようで。

 思わず一護が手で鼻を摘まむほど強烈です。

 

ろうらぁ(どうだ)……ひっく! ほれほほら(これこそが)ひょーひゃひゅいげちゅ(鏡花水月)の、らんらい(卍解)! はほり(香り)はみゃみ(甘み)ひれ(キレ)ゆーろうひら(融合した)、みごとな……実に見事な……ひぃっく!!」

「鏡花水月の卍解って、まさか酒かよ!? 持ち主が酔っ払いになるだけかよ!!」

ひょってらんかひない(酔ってなどいない)! ほれほそがろーりょく(これこそが能力)! ひゅーいひっらいほへーてーひょーらい(周囲一帯を酩酊状態)よほほほほほほほほほほほほ(にして酔い潰すのだ)っ!!」

 

 ……えっと、分かりにくいと思うからちゃんと解説入れるわね。

 

 まずこれが、鏡花水月の卍解。

 簡単に言ってしまうと、酔い潰す能力なの。

 

 その刃の光を一瞬見ただけでも。

 その刃が空を切り裂く音を刹那ほど耳にしただけでも。

 その刃の存在を肌で感じただけでも。

 

 瞬時にして酔い潰れてしまう。

 

 酩酊状態になった相手は、もはや五感にどんな刺激を受けても感じる事は無い。

 身体中を切り裂かれようとも、鼓膜が破けるほどの音を聞こうとも、スコヴィル値(辛さの単位)が1000万を超えた物を口に突っ込まれようとも。

 全て無反応。

 これこそが究極の五感支配。

 しかも酔っていた間の記憶は一切無い。

 

 ところが! この能力は無差別だったの!

 持ち主である藍染ですら一瞬で酔い潰してしまうほど強力だったのよ!

 

 崩玉と融合したことでようやく、今みたいに意識を保っていられようになった。

 スッキリとしたキレのある深い味わいを、純米大吟醸の豊かな味わいを、別次元の霊圧を手に入れたことでようやく、余すところなく堪能できるようになったのよ!

 

 ……それと、ここまで言えばもう想像が付いたでしょう?

 

 鏡花水月の始解は、実は完全催眠じゃなかったの!

 酔っ払って、見えてはいけないものが見えていただけだったのよ!!

 

 道ばたで顔を真っ赤にして寝てる人、いるでしょう?

 アレ全部、鏡花水月だから。

 

 頭にネクタイ巻いてお寿司の折詰を持っている人、いたでしょう?

 アレ全部、鏡花水月だから。

 

 たまに、電柱とか立て看板とかにぶつかって「気をつけろ!」とか「ああ、こりゃあどうもすみません」みたいに、無機物に本気で対応している人っているでしょう?

 アレ全部、鏡花水月だから。

 

 年末年始とか金曜の夜とかで道ばたに吐瀉物があったり、駅のホームとか電車の中で"おがくず"が撒かれている場所を、一回くらいは見たことあることでしょう?

 アレ全部、砕けろ鏡花水月された痕跡だから。

 

 鏡花水月が卍解したらどんな能力だったのか、時々ネタにされたりするでしょ。

 幻覚を真実にするんじゃないか? 無い物をある様に見せかけるんじゃないか? 認識すらも操ってしまうんじゃないか!?

 そんな考えが一般的だと思うんだけど、違うから。

 そもそも、出発点が間違ってるから。催眠じゃなくてただの酔っ払いだから。

 

 仕方ないわよね……斬魄刀の能力って、自己申告制だから……

 藍染が本当のことを言ってるかすら疑わないとダメだからね……

 だから間違っちゃうのも仕方ないことなのよ……

 

「…………オラァ!!」

「へぶっ!!」

 

 しばし無言だった一護ですが、ジト目をしながら藍染をグーで殴りました。 

 

ひょ、ひょんなぁ(そ、そんな)!! ろーひてひさまはひょっはらってひない(どうして貴様は酔っていないのだ)!? おろろろろろろろ(まさか私の卍解を無効化している!?)ろろろろろろろ(それほどの力があるはずがない)!!」

「馬鹿かテメエは!! そんな能力が効くはずがねえだろうが!!」

「っ!? にゃん(なん)……にゃにゃん(だと)……!?」

 

 卍解の能力範囲内にいながら酔った様子は一切見られません。

 驚愕している藍染へ向けて、一護は当然のごとく言い放ちました。

 

「俺は十六歳の高校生!! 未成年で学生なのに酒で酔っ払う描写なんざ、出来るワケねえだろうが!! そんなもんお天道様が許しても集●社が許さねえんだよ!!」

「ガーーーーーーン!!」

 

 コンプライアンスに厳しいご時世、ド正論でした。

 

「わ、私が……間違っていたのか……」

「おう! みんな、お酒は二十歳になってから!! 俺との約束だぜ!!」

 

 と、落ち込む藍染を背景に。

 一護はガッツポーズを決めながら、にこやかな笑顔で決め台詞。

 

 未成年者飲酒禁止法に抵触したことで、藍染惣右介はお縄となりましたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 ……いやいや、本当に驚いたわ。

 まさかこんなオチだったなんて、夢にも思わなかったもの。

 

 ね、みんなも知っての通りの展開だったでしょ? 本誌だったり単行本だったりアニメだったり、媒体は違ってもオチまでの流れは一緒なんだから。

 だから私がわざわざ解説するまでもないって最初から言った……

 

 ……あら?

 どうしたのその顔? お腹でも痛いの?

 え? 知ってる流れと違う? またまたぁ! 冗談が上手いんだから!

 

 冗談……じゃない、の?

 

 本当なら一護が斬魄刀と一つになって無月で圧倒して、最後は藍染が封印されて終わるはずだろ……?

 本誌も単行本もアニメもそうやって終わった、ですって……??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体いつから――自分(読む側)は鏡花水月に掛からないと錯覚していた?

 

 




だから「聞いて後悔しても遅いわよ!!」って言ったじゃないですか。
(思いついてしまったのでやりたかっただけ、ボケたかっただけです。
 なお微塵も後悔してません)

●鏡花水月
四字熟語。
鏡に映る花や水面に輝く月のように、目には見えても決して触れられないものの例え。

●純米大吟醸
アルコール添加なし。精米歩合50%以下。
米と麹と水だけで作ったその名の通りのピュアライスSAKE()

●卍解(妄想)
鏡花水月 ⇒ 鏡月 ⇒ お酒 という単純すぎる連想から。
転じて「美味いお酒なのに味わえない」という能力。

そりゃ藍染さんだって、全てを忘れて一人飲みたい日もあると思います。
(あと神話などで「強敵(八岐大蛇とか)を酔い潰して倒す」のは定番です。
 よって酒属性は、ネタでもガチでもイケるはず)

以下、もしもの展開の妄想。

・斬魄刀の中の人は、酔っ払ったオジサン。
・初回、刃禅したら中の人が赤ら顔のオジサンでがっくり肩を落とす藍染。
・酔っ払い特有の支離滅裂な会話の中から「鏡花水月」の名前を知る藍染。
・始解を「これ酔ってないから。完全催眠だから」と自己暗示する藍染。
・卍解の試練は飲み比べ(と言う名の宴会)で、色々と嫌になる藍染。
・その結果「私が天に立つ! 斬魄刀は不要!!」とキマる藍染。
・それはそれとして、便利だから始解だけは使ってしまう藍染。
・自己嫌悪で5リットル2000円の安酒で酔い潰れる藍染。

●おがくず(大鋸屑)
木材を加工するときに生じる目の細かい木くず。
(用法は色々とあるが、ここでは清掃用としての利用について)

「砕けろ鏡花水月」した場所に撒き、水分を吸収してから掃除をすると便利。
吸収・吸着・消臭・抗菌の効果を持っている。
粉状なのでデコボコの場所にも強い。安価というのも頼もしい。

(なお駅には「おかくず箱」という物がある。
 具合が悪くなる人のリバースの対応のため、おがくずは必須。
 また2017年には、おがくずに代わるアクセスクリーンという物も登場した)


●謝罪
書いてる人が感想返信とかしてる際は、ほぼ確実に鏡花水月の完全催眠に掛かった状態です
よって高確率で支離滅裂な内容になっており、毎回大変ご迷惑を掛けているかと思います。
ごめんなさい。


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第262話 破面篇これにて終了

本日は2話更新(こちらが2話目)しています。

……が、前話に目を通さなくても99%問題ありません。
(一部ネタが通じない程度です)



 ようやく私も――正確には虚圏(ウェコムンド)に乗り込んでいた死神たちや織姫さんたちも含めた全員ですが――現世まで戻って来ることが出来ました。

 

 虚圏(ウェコムンド)で知り合いになった破面(アランカル)のみんなとは、簡単な挨拶と再会の約束だけはしておきました。

 実際、この後で暇を見つけて虚圏(ウェコムンド)に行く予定なの。だからちゃんと「またね」って言ってから戻ってきましたので。

 

『つまり、ケリが付いて落ち着いてから言葉巧みにマッサージをする腹づもりでござるな!! くぅぅぅぅっ!! この焦らし上手め!! でござるよ』

 

 ……否定が一切出来ない。

 

 ということで現世、偽の空座町まで戻ってきたわけですが……

 さてさて、状況は一体どうなっているのかしら?

 こうして無事に戻ってこられた所から察するに、一護が上手いこと藍染を倒してくれたんでしょうけれど。

 でもどうやって倒したのかしら……?

 

 

 

 ……え? 純米大吟醸はどうしたんだ……ですか?

 

 なんの話? 私、お酒は苦手って言ったじゃない。そんなの呑んだら、すぐに潰れちゃうってば。

 未成年者飲酒禁止法? お酒は二十歳になってからに決まってるでしょ。

 あと、飲酒の強制は絶対にダメよ! 回り回って自分の首を絞めることになるんだからね!!

 

 卍解!? え、藍染って卍解したの!? まあ、するわよね……決戦だもんね。

 どういう能力だったのかしら……後でちゃんと聞いておこうっと。

 

 ……ねえ、なんでそんな不思議な顔をしてるの?

 

『なんでもないでござるよ(ということで! 前話は無かったことになったでござる! 未成年に酒を呑ませる酔っ払いなんていなかったでござるよ! それに伴って「なんであんなネタで1話使った!?」という疑問も無かったことになったでござる!! ストロングな完全催眠とは恐ろしいでござるな!!)』

 

 

 

「湯川隊長、お疲れ様で……おわっ!」

「そ、その格好は一体何が!? まさか、虚圏(ウェコムンド)とはそれほど危険な場所だったのですか?」

 

 さて現世に戻ってきたわけですが、来た早々出迎えてくれた四番隊(ウチ)の隊士たちを驚かせてしまいました。

 お忘れかもしれませんが、今の私は隊首羽織を着ていません。オマケに足は丸出しです。

 上は桃に上げちゃって、下はネリエルの肌を隠すのに使っちゃったので。

 

 普段はちゃんと着込んでいるだけに、今の私の格好は隊士の子たちにはギャップというか目の毒で驚かれてしまったというか。服がボロボロになるほどの激戦を繰り広げてきたと勘違いさせちゃったみたいね。

 

「ううん、そういうわけじゃないの。この格好は色々あっただけだから気にしないで」

「で、ですが……」

「そんなことより、現世の方の状況はどうなってるの!? 怪我人は!? 今からは私が指揮を引き継ぎます! まずは現状の報告!!」

「申し訳ありませんでした! こちらです!!」

 

 説明すると長くなりますし、恥ずかしがっている暇もありません。

 キビキビと指示を出して、まずは状況把握に務めます。場合によってはそのまま怪我人の治療まで私が担当しますよ。

 

「……ああっ! 雛森三席、その格好はまさか……!」

「えへへ、良いでしょう? 先生から貰っちゃったの」

 

 後から来た桃が、別の隊士の子と和気藹々していましたが。

 

 とあれ現状確認のため怪我人についての報告を受けたところ、そこそこ怪我人はいました。主立った患者は各部隊の死神だったり、仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんだったり、片腕を炭化させた総隊長だったりです。

 

 ……へ? 片腕を炭化!?

 

「大丈夫ですか!? 今すぐに治療――いえ、再生治療の術式を!!」

「ガタガタ騒ぐでない。この程度など、怪我の内にも入らん」

「いえいえ、大怪我ですってば!!」

「儂は後で構わん。先に他の者たちの治療を優先せよ、これは命令じゃ」

「……もうっ! わかりました、わかりました!! ですが、後でじっくり対応させて戴きますからね!!」

 

 総隊長!! なんでそんな態度を取っているんですか!?

 ですが「命令だ」と言われては仕方ありません。不承不承、他の怪我人の治療を優先することにしました。

 

 それにしても、片腕が炭化って……治すの、すっごく面倒なのよね……

 後で纏まった時間を取って、しっかり再生とリハビリをさせても、元に戻せるかしら……

 

 心の中でそんな一抹の不安を抱えながら、仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんを治療していきました。

 

「これでよし、と。このまま一週間くらい安静にしてれば、後は勝手に治っていくわ」

「師匠……ありがとうございます!」

「……ケッ! まさか湯川に治療されるとは、思ってもみんかったわ!!」

 

 治療したと言っても、元々いた四番隊(ウチ)の子たちが頑張ってくれたからね。私が改めて手を入れる部分はほとんどありませんでした。

 誰がどんな怪我を負って、その処置をどうしたのかの確認。それと診察くらいです。

 一人だけ、ちょっと危険だったので手を出しましたけどね。

 

「おおきにな、藍俚(あいり)ちゃん」

「いえいえ、怪我人を治すのは私たちには当然のことです」

 

 皆さんがホッと人心地を付けている中、平子隊長とお話です。

 

「それよりこちらこそ、お礼を言わせてください。藍染討伐へのご参加、ありがとうございました」

「そっちはまあ、藍俚(あいり)ちゃんに激励も貰うた(もらった)からな……結局、討ち取ることはでけへんかったけど……」

「手伝っていただいただけでも、大助かりですから」

 

 うーん……この口振りから察するに、劇的な特効薬とまでは行かなかった……と言う程度の活躍だったのかしら……?

 まあ、藍染だもんね……仕方ないわよ、そんなに落ち込まないで。

 

『そうでござるよ! 藍俚(あいり)殿なんて、虚圏(ウェコムンド)で好き放題やってただけでござるから!! ご存じでござるか!? 藍俚(あいり)殿は敵の大怪我ばっかり治していたでござる!!』

 

 そういうことは言わないの!!

 

「と、ところで。以前にもお話をしましたけれど、皆さんはもう死神に戻るつもりはないんですか?」

「んー、それはなぁ……俺らも話し()うたけど……なかなか難儀でなぁ……」

「今回の手助けもあるから積極的に受け入れてくれるとは思いますけれど、返事はなるべく早くお願いしますね」

「あん? なんでや……?」

「卍解を覚えた副隊長が、何人かいますので……」

「はぁ!?」

 

 阿散井君とか、海燕さんとか。

 藍染たちが抜けた穴、割と簡単に埋まりそうなのよね。

 

「そういうわけですから、意思決定はお早めに。グズグズしていると平隊士からやり直しになりますよ」

「ぐえぇ……それは、嫌やなぁ……」

 

 舌を出しながら苦々しい顔をしていました。

 

 

 

 

 

 

「あのぉ、隊長……少し、よろしいでしょうか……?」

「あら勇音、どうしたの?」

 

 治療を一通り――総隊長の炭化した腕は除く――済ませたところ、勇音が声を掛けてきました。

 ただそれは、なんとも遠慮がちで躊躇っている口調ですね。

 何かあったのかしら?

 

「ひょっとして、まだ怪我人がいるのかしら?」

「その、とても申し上げにくいんですが……」

 

 相変わらずの口調。

 やってしまったものの、どうしたものか自分でも決めかねている――そんな印象が、言葉の裏から感じられます。

 

「はい……それが、その……」

「……?」

「と、とにかく着いて来ていただけますか!?」

「ええ……まあ、それは……」

 

 勇音に案内されて偽の空座町の中心から少し離れた場所まで移動したところ、そこで思わず度肝を抜かれました。

 何しろそこには"半ばほどまで伸ばした長髪と薄い顎髭が特徴の精悍な顔つきの男性"と"ヘルメットのような仮面を付けたボーイッシュな少女"がいたんですから。

 

 二人ともかなりの大怪我をしており、簡素な布を一枚だけ敷いた上に寝かされている状態です。

 瞳を閉じているので意識を取り戻してもおらず、呼吸も苦しそうです。

 ただ、傷には最低限の手当がしてあります。

 

 そして肝心の怪我の原因ですが……私、この傷はよ~~く知っています。

 斬魄刀で斬られた傷跡です。なんだったら比較的多めに実体験した切り方の傷です。

 ……ん? でもそれ以外の切り口もありますね。

 

「この人って、確か……十刃(エスパーダ)の……」

 

 アレよね? 第1(プリメーラ)の……えっと名前……

 

「はい、スタークと名乗っていました」

「スターク……コヨーテ・スターク!!」

 

 そうそう、思い出した!!

 

「――ってことはこっちは、リリネット・ジンジャーバック……」

「はい。こっちの子はそんな名前だったと記憶していましたけれど……隊長、よくご存じですね?」

 

 あらら、またやっちゃったわ。

 どうも私、破面(アランカル)相手には失言が多くなっちゃうみたい。

 でも今回はちゃんとした言い訳を用意しているのよ。

 

「ああ、それはね。ちょっと理由があって、名前は知ってるの」

「ちょっとした理由……ですか?」

「そうなの。虚圏(ウェコムンド)で、十刃(エスパーダ)何人か(・・・)と友好関係を結んだのよ。その時に教えて貰ったの」

 

『何人か、でございますか……?』

 

 何よ、文句でもあるの?

 

ハリベル殿(NO.3)ネリエル殿(NO.3)ウルキオラ殿(NO.4)グリムジョー殿(NO.6)チルッチ殿(NO.105)……元も含めているとはいえ、半分()引きずり込んでいますな……』

 

 半分しか(・・)友好関係を結んでいないわよ?

 そういう台詞は、せめて過半数を超えてから言いなさい。

 

『まさに今ココに、過半数超えとなる相手がいるわけでございますが?』

 

 ……あっ! そう言われればそうだった。

 

「それより勇音、ひょっとして……」

「はい……多分隊長が今思っていらっしゃる通りです。戦いの最中にこちらのスタークさんが倒れていたところを、私が最低限の治療をしました」

 

 なるほど、言いにくそうにしていたのはそういう理由なのね。

 

 藍染と戦っている最中なわけだから、治療をするにしてもまずは死神たちを優先するって考えるのが普通のはず。

 敵対していた破面(アランカル)まで手を回す余裕なんて、そうそう無い。

 なのに、味方ではなくて敵を治療していた。それを怒られるんじゃないかと、怯えているってところかしら?

 

「ただ私だけではまだ分からない部分もあって、隊長に改めて治療を……その、お願いしたいんです。ダメ、ですか?」

「いいえ、全く問題ないわよ」

 

 恐る恐る尋ねてきた勇音を安心させるべく、まずはハッキリとそう告げます。それを聞いて表情が和らいだのを確認してから、二人の治療を始めました。

 

 ふむふむ……なるほど、上手に対処出来てるわね。

 でも、まだやっぱり慣れてない部分が多いみたい。もう少し経験を積めば、私がいなくても勇音一人だけで治療も出来たんでしょうけれど……

 それをするだけの時間も経験も、あと心の余裕もちょっと足らなかったんでしょうね。

 

 ……心の余裕、か……

 

「勇音、あなたのしたことは何にも間違ってないわ。四番隊は怪我人を治療して当たり前、そこに敵も味方もないの」

 

 気付いてしまった以上は仕方ありません。

 心の余裕を取り戻させてあげるべく、ゆっくりと声を掛けていきます。

 

「私だって虚圏(ウェコムンド)で、死神も破面(アランカル)を沢山治療してきたの。あなたと同じにね。だから、あなたが取った行動が間違いだなんて口が裂けても言わないし、言えない」

「隊長……ありがとうございます!」

 

 会話をしながら治療を続けていくうちに、あることに気付きました。

 

 この傷跡――もう、卯ノ花隊長が斬った痕跡って言っちゃって良いわよね?――ですが、途中から手加減されています。

 致命傷のギリギリ半歩手前で止まるようにしているというか……

 

 ……戦ってみたらそこそこ面白かったから手加減して、再戦できるようにした……

 コレ多分、そんな感じの太刀筋です。

 

 私も含めた誰も知らないところで、きっとそんな面白そうなやり取りがあったのね。

 

「……うっ! ぐ……っ、うあああっ!!」

 

 少し治療を続けていくと、まずはスタークが意識を取り戻しました。

 覚醒したと同時に痛みが走り、その痛みで反射的に身体を動かしてしまいまた痛みに苦しむ。そんな動作をしていますね。

 

「あっ、気がついた?」

「ここは……? 俺は、助かったのか……? いや、アンタ死神か……なら、助かっちゃいないみたいだな……」

「失礼ね、トドメを刺すつもりならこうして治療なんてしないわよ」

「……は? 治療?」

「それとこっちのリリネットも、ほどなく目を覚ますと思うわよ」

「リリネット! お前、リリネットに何を――ッ!!」

 

 あ、急激に動いた痛みで言葉を失ってる。

 

「落ち着いて。藍染は倒れているし、もう敵対する理由なんて無いの。だから……」

「スターク!! お前、スタークに何すんだ!!」

 

 今度はコッチ!? せっかく説得しようと思ったのに!!

 しかもリリネットの方は丁寧に治療してるから、痛みで行動制限されていないの。だから私に掴みかかってきたわ。

 けれど伸びてきた手をスルリと躱して、反対に彼女の首根っこを掴みます。

 

「リリネットも、話を聞いて貰える? まず二人を害するつもりなんて無いの」

 

 そう前置きしてから、二人に向けて状況説明を始めました。

 

 藍染が倒れたこと。

 戦いはもう終わったこと。

 二人を見つけて助けたのは、勇音だということ。

 そして、虚圏(ウェコムンド)ではハリベルたち十刃(エスパーダ)が数名生存していることと、彼女たちと一時的な協力関係を結んだことを語りました。

 

「――というわけなの。分かって貰えた?」

「んー……まあ、一応は信じるとするさ……」

「スターク、この死神たちには命を助けて貰ったんだぞ? その態度はちょっと失礼じゃないか?」

「いや、そうは言っても実際に自分の目で見て確かめてみないことにゃ信じられないだろ……?」

「確かにそうだけど! でもそんな嘘を吐く意味も無いだろ!?」

「治療したのは、俺たちをとっ捕まえて研究材料にするため。ただの延命処置だったらどうするんだ?」

「うぇ……!?」

 

 スタークの指摘に、リリネットの動きが止まりました。

 そしてギギギと音を立てそうなくらいゆっくりと首を動かして私を見つめてきます。

 

「ち、違うよな……?」

「ええ、勿論。そんな事私と勇音(・・・・)はしないわよ。ただ、死神の中にはそんな事(・・・・)をする人もいるから気をつけてね」

「えっ! い、いるのか……?」

「あはは……」

 

 勇音の乾いた笑いが響きます。

 リリネット程では無いものの、スタークも僅かに顔を顰めていました。

 

「ふふ……そんな怖い死神に見つからないうちに、二人とも虚圏(ウェコムンド)へさっさと引き上げちゃって。あとは私が上手く処理しておくから」

「けど、本当に帰ってもいいのか?」

「問題ないわよ」

 

 任せておけ、とばかりに強く頷きます。

 

「ただ、虚圏(ウェコムンド)に戻った後、スタークにもハリベルを手伝って欲しいの。出来る範囲で構わないから。あ、番号は上なんだしスタークが纏め役をやった方が自然かしら?」

「あー……けど俺は王なんてガラでもねえし……仕方ねぇ、手伝ってやるとするか……そうすりゃ文句も言われねえだろ」

 

 ボリボリと頭を掻きつつ、面倒そうに遠い目をしました。

 そんなに手伝いたくないのかしら?

 

「んじゃま、帰るとするわ。それと勇音だったか? 助かった。礼を言わせてもらう」

「ありがとうな」

 

 二人はまず勇音へと頭を下げて、続いて私に視線を向けます。

 

「……」 

「……?」

「いや、あんたの名前……?」

 

 ……ああ、そういうこと!?

 

「そういえば、名乗ってなかったかしら? 私はね、湯川藍俚(あいり)って言うの」

 

 とびきりのウィンクを一つしながら、自己紹介をしてあげました。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 二人が虚圏(ウェコムンド)に帰った後で、一護が意識を失ったと知らされました。

 

 しかも……昏睡状態になって、死神の力を失うとか……

 主人公がそれで大丈夫なのかしら……? ちょっぴり不安だわ……

 

 ようやく終わったと思ったのに、まだ暗雲が残ってるのね。

 




とりあえずこれで一区切り。

●スタークとリリネット
当初は「この二人は助けられないよなぁ……」と諦めていたのですが。
途中で「描写をボカせば、ノリと勢いで助けられるはず」と開き直りました。

開き直った結果、こんな風にしてやりました。
(原作のキャラだって「よくわからないけれど生きてた」なパターンもありますし)

……これ、自分で自分の首を力一杯絞めているだけなんじゃ……??


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原作開始後 破面篇終了から死神代行消失篇までの間
第263話 現状の整理をしましょう(尸魂界側)


 藍染が倒されました。

 

 いつもの日常が戻ってきました。

 

 めでたしめでたし――となってくれれば楽なんだけど、実際にはそうは問屋が卸さないわけで。

『そうは問屋が卸さないという慣用句も、今なら"フリマアプリで値引き交渉に応じてくれない"とか言うのでござりますかな?』

 

 さぁ、そんな言葉聞いたことないけれど……でもそれ、凄く言いにくいわね……

 

 と、それはそれとして。藍染が倒れても仕事は山積みなの! 日常を取り戻すのにも、色々と手続きとか作業があるのよ!!

 一護が「意識を失った時点で死神の力を失って、目が覚めると霊圧の残滓全てが消えて普通の人間に戻る」と浦原から教えて貰ったから、それについても調べたいんだけども! 元に戻す方法とか模索したいんだけども!

 

 仕事は待ってくれないの!!

 

 

 

 

 まず最も優先して片付ける必要があるのが、転界結柱の後始末について。

 みんなも知っての通り、アレを使って本物と偽物の空座町を入れ替えたわけで。その後、私たちが現世に戻ってきた日に再起動して、本物の街は無事に元の座標に戻ったの。

 

 ただ、戻りはしたんだけど、細かい部分で悪影響が出てるのよ。

 どうやら藍染やら十刃(エスパーダ)やらが暴れたせいで、歪みとか亀裂とか穴とかの細かい色んな傷が無数に出来ていたのが原因みたいね。

 大雑把に問題は無くなって、日常生活を普通に送れるようになったけれども、それはあくまで「現世で生きてる、特に霊力も持たない普通の人間からすれば問題なし」ということであって。

 尸魂界(ソウルソサエティ)や死神の観点からすると、色々と問題があるのよ。

 

『とはいえ、その不具合の補修を完全に解決するまで再転送を待つわけにもいきませぬからな! 現地の人々が困ってしまいますから!!』

 

 そういうこと。

 さっきも言ったけれど「霊力も持たない普通の人間」からすれば問題が無いわけで、それ以外の人には影響が出ます。

 具体的に言うと「(ホロウ)が寄ってくる」とか「亀裂に落ちて尸魂界(ソウルソサエティ)に転送されてしまう」みたいな事件も起こりかねません。

 

 なので――

 

「"ろ-五十二番"の不具合、修復完了しました」

「はい、ご苦労様。後で確認に行くわね」

「すみません! "に-七番"の不具合、もう少し掛かります!!」

「え、そうなの? どのくらい掛かりそうか教えて?」

「わかりました!!」

 

 とまあ、こんな具合に。

 尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ったと思ったら再び現世に、それも毎日のように現世へ赴いては、細かいアフターケア作業に駆り出されています。

 現世で指揮を執って、残務作業に追われています。

 

 ほらほら見て見て、今日も胸元(ここ)に限定霊印が打ち込まれているのよ。

 穿界門(せんかいもん)を通って現世に来ると、基本的には自動で打ち込まれる仕様だから当然なんだけどね。

 

『この竜胆の印も、なんだか入れ墨(タトゥー)のようで愛着が沸いてきましたな』

 

 本当にね……限定霊印をこれだけ打ち込んだ隊長ってのも、中々いないんじゃないかしら……?

 調べたことないから知らないけれど、多分私が暫定トップなのかもしれない……

 

「大変です! 新しい亀裂が見つかりました!!」

「えっ!?」

 

 そんな呑気なことを考えていたら、突然の報告が飛び込んできました。

 

「場所はどこなの? それと、もしも事故が発生したらどんな規模の影響が出そうかは確認した!?」

「はい、大凡ですが纏めておきました。こちらをどうぞ」

 

 伊勢さんが差し出してきた紙を受け取ると、無言で目を通します。

 えっと、この規模と予測範囲だと影響度と優先度は……

 

 ……?

 

 ええ、そうです。伊勢さんですよ、八番隊副隊長の。

 この仕事には彼女も参加しています。

 というよりも「十二番隊が主担当(メイン)、四番隊が補佐(サブ)。それ以外でも"鬼道が得意な死神"は隊を問わずに参加」しています。

 修復作業は思ったよりも工数が掛かりそうなので、役に立ちそうな死神を片っ端から駆り出している状況です。

 しかもこのお仕事は十二番隊がメインなので、本当なら十二番隊の隊長が仕切るべきなんですけど……涅隊長は逃げてます。

 

虚圏(ウェコムンド)という新しい玩具を見つけましたからな! 仕事なんざしてる場合じゃねえ、古戦場を周回するんだよ!! というノリでござるよ』

 

 そのせいで私が、現世に出張って来る羽目になってます……

 ちなみにこのお仕事ですが、一ヶ月くらいあれば終わるというスケジュールが組まれています。

 なのに私、四番隊の業務も平行して回してます……

 

『デス・マーチでござるな』

 

 ……まあ、良いんだけどね……のんびりやってたら、どんな悪影響が出るか分からないし……

 

「あの……湯川隊長?」

「え? ああ、ごめんね伊勢さん」

 

 ボーッとしていたら、心配そうな目で見られました。

 大丈夫、まだ疲れてない。

 

 

 

 

 

 と、私が馬車馬のように働いているその裏で。

 尸魂界(ソウルソサエティ)では藍染の裁判が行われていたそうです。

 構成員が揃って、中央四十六室も心機一転ようやくスタートですね。

 

 ……初仕事が、藍染の裁判って大変そうよね。私だったら絶対にやりたくない。

 結局藍染の刑は「第八監獄"無間"に二万年投獄」ということに落ち着いたそうですが。

 

 それと同じくらい問題になったのが、仮面の軍勢(ヴァイザード)の扱いについてでした。

 これについては総隊長が、鬼の居ぬ間になんとやらで、受け入れの準備を整えていました。後は当人の意思次第で復帰は可能な状態にしていたそうです。

 藍染の問題も片付いてますし、そもそも(ホロウ)化は自分で望んで引き起こしたわけではない。加えて隊長の座には空席がまだ残っている。

 なので、拒む理由もない……はずだったのですが……

 

 曰く――

 

「自ら望んだワケではないとはいえ、(ホロウ)化が可能な者を死神として復帰させて良いのか?」

尸魂界(ソウルソサエティ)と護廷十三隊の歴史と伝統から鑑みても、問題ではないのか?」

「その場合は湯川藍俚(あいり)も該当することになるが、死神から除籍させるのか? 剣八二人が暴れかねんぞ?」

「正式な辞令として通達すれば良かろう」

「その場合、誰が名を出すのだ?」

「中央四十六室の名で良かろう」

「それは御免被る。やるならば個人の名を出せ。厄介者たちに目を付けられたくはない」

「ええいっ! この様な事態の為に、総隊長がいるのだろう!?」

「だが当人は受け入れるつもりだったのだぞ!? 素直に従うわけがなかろう!」

「そもそも、(ホロウ)化が可能な者が既に十年以上も隊長職に就いているのだ。これは前例があると認めて良いのでは?」

「だがそれは伝統として問題があるのでは!?」

「となれば、湯川藍俚(あいり)も除籍するのか?」

 

 ――と、こんな感じで話し合いが続いていたみたいです。

 

『無限ループって怖いでござるな』

 

 本当よねぇ……同じネタで何回会議をするんだって思うわ……

 けど最終的には折れて、総隊長が整えた受け入れ体制のままで行く事に決まったそうよ。

 ただ「出戻り連中は私が面倒見ろ」って命令をされたのは納得出来ない。全員知った顔ばっかりだから、まだ良いけどさ……

 

『(ババの押し付け合いを続けた結果、疲れて藍俚(あいり)殿にお鉢が回ってきただけでござるな……)』

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)側は、こんな所かしら。

 あとは……藍染たちと相手に戦った際の反省点とか改善点の洗い出しのために、隊首会が予定されている程度ね。

 

 目新しい出来事も、もう無い……

 

 ……あっ! ごめんなさい!! 一つだけ、一つだけあったわ!! 絶対に忘れちゃダメなことが!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「え、返金は無しなんですか!?」

「そうなりますね」

 

 担当者の言葉に、私は思わず愕然としました。

 

「でもまだ月の半ば……」

「そうなんですが、こちらの契約は月単位の物でして。それに"途中解約時の返金は一切無し"と契約書にも明記されていますので」

「え……あ、本当だ……」

 

 差し出された賃貸契約の書類に目を通せば、そこにしっかりと記載されていました。

 

「海燕さん……どうしてちゃんと確認しなかったんですか!?」

「俺のせいか!? 俺が悪いのか!? 知らなかったんだから仕方ねえだろ!」

 

 恨みがましい視線を向ければ、何故か逆に文句を言われました。

 

 現在、マンションの退去手続きの真っ最中です。

 ほらほら、覚えていますか? 先遣隊のみんなに「拠点としてマンションを借りろ」って指示したわけですよ。

 ところが色々あって解約するのを忘れていて、しかも今までは退去手続きに出向くような暇も無かったわけで。こうして現在、ようやくの明け渡し作業を行っています。

 でもこの場にいるのは海燕さん(契約者)(出資者)、それにマンションの管理担当者の合計三人だけです。ルキアさんとかはいませんよ。

 

『拙者もいるでござるよ!!』

 

 はいはい、射干玉は良い子ね。

 

 それで話を戻すんだけど、さっきも言った通り退去作業中なのよ。

 ところが、期間契約だった上に途中解約しても返金は行わないということが分かって……それでも一応「なんとかならないの!?」と交渉してはいるんだけど……契約書を出されたらねぇ……

 

 ……うう、当初の予定は決戦は冬だったから、多めに「来年の如月(二月)まで」の賃貸契約になってるのに……なのに実際は神無月(十月)の終わり間際で退去……

 三ヶ月分損したわ……

 

 はぁ……まあ、仕方ないか……

 急な退去依頼で管理会社に無理をさせている負い目もあるし、そもそも仕事の合間に来ているから時間が勿体ない……

 ここは素直に従っておきましょう。

 

「返金については分かりました。それと私物の処理についてはどうなってます? 持ち帰れる物は持ち帰っても大丈夫? それとも処理費用が掛かります?」

「それは初期費用に含まれていますので、最悪全てを置いていっても問題ありません」

「部屋のクリーニング代は?」

「はい、そちらも同じく初期費用に込みですので問題ありません」

「仮に備品を壊していた場合、どこまで――」

「……何の話か、さっぱりわかんねぇ……」

 

 担当者の人と確認しながら退去作業を進めていく最中、海燕さんが置いてけぼりになっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ! 別途費用が掛かるんですか!? だってさっき初期費用に含まれているって……」

「はい。前の部屋は問題ないのですが、こちらの部屋は汚れと破損が目立っていますので――」

 

 ……あ、壁紙が破れてる……これはヘコみ?

 こっちの傷、多分コレ木刀の痕跡……

 

 女性部屋だけ見て、油断してた……こんなことなら、事前に掃除くらいしておくんだった!!

 

 ああもうっ! だったら私にも考えがあるわ!!

 現世で買い揃えた私物とか生活必需品、全部持ち帰ってやる!! 一角たちには返さないで四番隊(ウチ)で有効利用してやるんだから!!

 




●退去
218話の「契約解除するの忘れてた!」からの、ようやく手続き完了。


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第264話 現状の整理をしましょう(虚圏側)

「その件でしたら、湯川サンがご心配なさることはありませんよ」

 

 今日も現世で補修作業をしています。

 その合間、休憩時間の最中に少しだけ現場を抜け、浦原商店まで足を運びました。

 要件は勿論、一護についてです。

 

 一護が死神の力を失うってことは、どこかで復活イベントがあると考えました。

 そして、そういう技術的な面で頼りになる相手といえば浦原喜助か涅隊長のどちらか。一護の立場から考えれば、きっとおそらくは浦原がなんとかしてくれることだと思います。

 

 そう思ったので、こうして浦原商店まで来て「黒崎くんの霊力を取り戻す手段は何か無いのか?」と尋ねたところ、返ってきたのが先ほどの言葉だったわけです。

 

「それは、どういう……?」

「いやいや、言葉通りの意味っスよ」

 

 手にした扇子をパタパタと軽く扇ぎながら、軽い調子を続けています。

 

「実はもう、研究は始めているんスよ。黒崎サンが力を失った、あの瞬間から」

「え……?」

「といっても、まだ手探りも手探り。アタシの頭()中だけで、具体的な形には一切なってはいませんけどね」

 

 ……ああ、そういうこと? 

 心配しなくても、とっくにそのつもりだから。だから「心配する必要はない」ってことなのね。

 紛らわしいって怒るべきか、それとも手回しの良さを褒めるべきか……

 どうしたものかと思っていると、浦原の表情が少しだけ沈んで真面目な物になりました。

 

「そもそも黒崎サンが力を失ったのは、元を辿ればアタシが崩玉を作ったせいですからね……アタシが原因でこうなった以上、アタシがなんとかするのがスジってものでしょう?」

「浦原さん……」

「にしても、まさか湯川サンがそんなことを言い出すとは思ってもみませんでしたよ。アタシとしちゃ研究を完成させてから報告して、皆サンをびっくりさせようとか思ってたんですけどねぇ……はぁ、こんなに早く先を超されるとは思ってませんでしたよ」

 

 まだ黒崎サンが目覚めてすらいないってのに――そう言いながら、わざとらしく溜息を吐き出しました。

 うん、普通はそう考えるわよね。

 まだ自分たちの周囲の状況すら落ち着いていないのに、死神の私が気に掛けるってのは変な話よね。

 

「そこはほら、私は黒崎君に最初に土を付けた死神だから」

「ああ、こりゃまた随分と懐かしい話っスね! というかズタズタにしてから治療するとか、あんなの湯川サンくらいしか出来ませんって」

 

 まかり間違っても「アイツ主人公だから復活させるぞ」などとは言えませんからね。

 なので代わりに「それっぽい理由」を口にすれば、浦原が乗ってきました。なので意を得たりとばかりに、少し微笑みながら続けます。

 

「それに彼、なんだか放っておけないのよ。私以外にも心配している人が沢山いるって、知ってるの……だから、かしら……?」

「あははは、確かにそっスね。黒崎サンは人気者スから」

 

 浦原が両手をポンと、景気づけのように叩きました。

 

「アタシも心配する一人ですからね。必ず黒崎サンを元に戻してみせますよ……多少時間は掛かると思いますが……」

「ええ、期待して待ってるわ。何かあれば言って頂戴、何でも協力するつもりだから」

 

 力強く真摯な言葉に、私も強く一度頷きを返しました。

 

 

 

 

 

「んで、それとは別の話なんですが」

 

 一護の話も終わり、現場に戻ろうかと思っていたところ。

 浦原はそう切り出すと店の奥から小さな箱を持ってきました。

 

「いやぁ、お待たせしました」

「なにこれ?」

「どうぞどうぞ、まずは開けてみてください」

 

 訝しげに首を捻る私へ、けれども浦原は先を促すように箱を押しつけてきます。

 その勢いに負けて開けたところ、中にあったのは小さな珠でした。

 手の中にすっぽりと納まりそうなほど小さくて丸い石、宝石を連想するようにキラキラと光を反射しています。

 

「どうっスか? ようやく出来上がりましたよ。ご依頼のあった"個人で虚圏(ウェコムンド)への移動手段"です」

「えっ、これが……!?」

 

 思わず耳を疑いました。

 確かに注文はしていたけれど、まさか今ここで手に入るなんて思っても見なかったわ。

 それに、こんな小さな珠で移動なんて出来るの……?

 

「そっスよ。んで、使い方っスが――」

 

 そんな私の内心の不安を払拭するかのように、使用方法をレクチャーしてくれました。

 使い方だけど「とっても簡単でした」とだけ言っておくわね。

 

「それと、こちらもどうぞ」

「これって伝令神機……?」

 

 黒腔(ガルガンタ)発生装置――仮称だけどね――を感心しながら眺めていたところ、更に追加で伝令神機を三台ほど押しつけられました。 

 

「こちらも湯川サンがお持ちの物と同じく、虚圏(ウェコムンド)と通信が可能な特別製っス。これで連絡取り放題っスよ」

「ありがとう……でも、どうしてこんなものを?」

「どうして? って、移動手段を欲しがっている以上は、通信機も必要でしょう? それに湯川サンの性格も考えれば……ま、何を考えていたかなんて自ずと見えてきますよ」

 

 そう言いながら、ニヤニヤと笑っています。

 うう、なんだか見透かされているみたい……

 

「んで、御代の方ですけど――」

「お金取るの!?」

「移動用の装置が――で、追加の伝令神機はサービス込みで――このくらい――」

「――くっ! 良いお値段してるわね……!!」

「いえいえ、適正価格っスよ? こう見えても精一杯、勉強させて貰ってますから」

 

 

 

 

 

「毎度あり~♪」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 お財布は軽くなりました、心はウキウキです。

 具体的には、虚圏(ウェコムンド)の殺風景な景色を見ても「ロマンチックだわ……」と思っちゃうくらいですかね。

 

『その感性はちょっと問題がありそうでござるよ?』

 

 いいの! そのくらい良い気分なんだから!!

 

 

 

 浦原商店で黒腔(ガルガンタ)発生装置を購入した翌日、ちょっと無理を言って休み――半休だけどね――を貰い、試運転してみました。

 結果は大成功でした。

 前回から数えて、大体一週間ぶりくらいですかね? 虚圏(ウェコムンド)への帰郷ですよ。

 

『帰郷というのはおかしいような……』

 

 確かに、ちょっと変よね。言い直すわ。

 

 一週間ぶりのハリベル(褐色おっぱい)との再会です。

 

『なるほど! ぐうの音も出ない正しい表現でござりますな!!』

 

 でしょう!? でもね、ただハリベルに会いに来たわけじゃないのよ!!

 

 見てよこの大きな風呂敷包み!

 色々と詰め込んで持ってきたの!! お土産とか、道具とかを色々と(・・・)ね!!

 

『それはつまり……"ゴクリ"ということでござるか!?』

 

 当然でしょ!! "ゴクリ"に決まってるじゃない!! 待たせたわね!! 具体的には次話予定!!

 さあ、行くわよ虚夜宮(ラス・ノーチェス)!!

 

『おおーっ!!』

 

 

 

 

 

「え、藍俚(あいり)……!?」

「チルッチ! 久し振りね!!」

 

 霊圧感知を頼りに奥へと進んだところ、真っ先に再会したのはチルッチでした。

 私は、今にも抱きつかんばかりの勢いで相手の手を握りしめます。ですが彼女の方はというと、私を見た途端に目を白黒させています。

 

「良く来たわね……というか、死神が気軽に来て良いの?」

「大丈夫でしょ? 別に何かしに来たわけじゃないし」

 

『ナニはしに来ていますがな!!』

 

「まあ、アンタが良いならあたしは別にいいんだけど……そ、それより! 良く来てくれ――」

「この霊圧、もしやと思ってきてみれば……やはり湯川か……」

「ハリベル!! 元気だった!?」

「ああ、無論だ」

「話さなきゃいけないことが沢山あるんだけど、どこか落ち着ける場所を借りても良い?」

「落ち着ける場所? そうだな……」

「――……っっっっっ!!」

 

 会えた……会えたわ!! ハリベルに!! また会えた!!

 夢じゃない、これは夢じゃない!! よかった……死神やってて、本当に良かったわ……!!

 

 ……あら? なんでチルッチは無言で地団駄を踏んでるのかしら?

 

『じぇらしーでござるな……』

 

 

 

 

 

 なにはともあれ。

 ハリベルによって虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の一室、長机が設えられた会議室らしき場所まで案内してもらいました。

 ……ここ、アレよね? 十刃(エスパーダ)が集まって会議してる場所よね? 朧気な記憶だけど、こんな場所があったのは覚えてるわ。

 

「それじゃあみんな、集まってくれてありがとう」

「……ああ」

「……なんの用で来たのよ?」

 

 卓の上座――いわゆるお誕生日席――に座ると、まずは挨拶をします。

 返ってくる返事は冷たい物が多いですが、くじけません。

 

 この場には、私たちが関わった破面(アランカル)が集められています。

 具体的に名を挙げると、スタークとリリネット・ハリベルと従属官(フラシオン)三人・ウルキオラ・チルッチ・ロリとメノリ・ネリエルと愉快な仲間たちです。

 

 全員、ハリベルが気を利かせて呼んでくれました。

 

 ちなみにグリムジョーは欠席です。

 なんでも誘ったら「誰が行くか!」と半ギレされたとのこと。

 ……そういうことしてると、村八分な扱いされた挙げ句に海燕さんにも愛想尽かされるわよ? あのすっごい卍解でまたぶっ飛ばされるわよ?

 

「湯川さん、一週間ぶりね」

 

 ネリエルの存在が癒やしだわ……

 

「ところで一護は元気? 怪我とか、してないわよね?」

 

 あ、違う。一護の"ついで"扱いだわこれ。

 でもくじけない!!

 

「その辺のことも含めて、話をしに来たの」

「……その辺のこと、とはどういうことだ?」

「落ち着いて、まずは飲み物でも飲んで。お菓子もあるわよ」

 

 大風呂敷の中身は、いわゆる嗜好品です。

 マンション退去時に残っていた物の再利用なんですけどね。

 疑問符を浮かべるウルキオラを制しつつ、用意しておいたお茶を促します。

 

「まずは虚圏(ウェコムンド)の状況から確認させて貰える? こっちの事はその後で話をするから」

 

 ということで、ハリベルたちの聴取から行いました。

 聞き取った結果を大雑把に言うと――

 

 現在は、当初の交渉通りにハリベルが虚圏(ウェコムンド)を纏めてくれている。

 藍染の仇討ちとばかりに尸魂界(ソウルソサエティ)に攻め込もうとしたり、現世で暴れようとしている(ホロウ)破面(アランカル)もいない。

 なので認識としては、藍染が支配していた頃の小康状態に近い。ただ、あの頃よりは規律も緩くて、各々が好き勝手なことをしている。

 (※ 一部の破面(アランカル)を除く)

 

 ――という所でしょうかね。

 

 一部の具体的な部分は、グリムジョーがウルキオラに噛みついているとか、制御不可能な気まぐれな破面(アランカル)がいるとか、そういった物でした。

 

 そんな風に現状の聴取を終えたところで、ハリベルが頭を下げてきました。

 

「それと、スタークもお前が助けてくれたそうだな。湯川、私からも礼を言わせてくれ」

「……え? ううん、気にしないで。あれも仕事だったし、助けられたのは偶然みたいなものだから」

「それでも、だ。おかげで藍染が現世でどのような行動を取ったのか、知ることができた」

 

 ……ああ、スタークから聞いたのね。

 現地へ赴いて直接見聞きした人からの体験談ってのも、重要だからねぇ……虚圏(ウェコムンド)は情報インフラ、弱そうだし……

 

「ほらスターク! お礼を言わなきゃダメだろ?」

「いや、前に言ったろ?」

「それでもだ!」

「まあまあリリネット、お礼はもう貰っているからそんなに怒らないであげて。次は死神側(こっち)の話をするから」

 

 リリネットの微笑ましい様子に思わず釣られて笑顔を浮かべながら、私も死神側の状況を簡潔に語ってあげました。

 

 とはいえこちらも、言ってしまえば小康状態。

 藍染は倒されて刑を執行されたことで決着は付いている。

 虚圏(ウェコムンド)に積極的に仕掛ける予定も特に無し。そもそも藍染が引っかき回した事件そのものがようやく片付いたので、その後始末に追われている真っ最中ですし。

 

 虚圏(ウェコムンド)側への懸念があるとすれば、涅隊長くらいよね。

 あの人はあの人で勝手に虚圏(ウェコムンド)に行っては、何やら研究のためのフィールドワークとかしているみたいだから「そこは気をつけて」とだけ注意をしておきました。

 

 それから最後に。

 

「――ということなんだけど、もしかすると後始末が全て終わったら『破面(アランカル)を一掃しろ』なんて命令が出されるかもしれないの」

「まさか、それを黙って受け入れろって言うんじゃないだろうな!?」

「そんなわけないでしょう!! そんなことになったら私も全力で異を唱えるつもりよ!!」

 

 アパッチの疑問は尤もですよね。

 

「でも万が一ってこともあるから……だから――はい、これ。渡しておくわね」

「なんだそりゃ?」

「確か……死神が通信に使っている機械、ですわよね?」

 

 風呂敷包みの中から伝令神機を取りだして見せたところミラ・ローズが首を捻り、スンスンは気付きました。

 

「ええ、そうよ。もしもそんなことになれば、この伝令神機で私が連絡してあげる」

 

 と、口ではこのように「万が一に備える」なんてご大層なことを言ってますが、実際はそんなこと一切考えていません。

 私が考えているのは「これでいつでもハリベルと連絡が取れる!」ということだけです。

 

『連絡を取るために通信機器ごと強制的にプレゼントでござるな……ちょっと引くでござるよ……』

 

 なによ! 射干玉は嬉しくないの!?

 もしかしたら、すごく頑張ったら毎日お話ができるかもしれないのよ!?

 

『……ッ!! なるほど……』

 

「それと私の番号も登録済みだから、いつでも連絡してね。それにこの三台それぞれも番号を登録してあるから、上手く利用して。他に誰か連絡をしたい人がいたら言って頂戴。番号を教えてあげる」

 

 そんな風に、簡単な説明を織り交ぜつつ伝令神機を手渡します。

 とはいえ全員分は用意できていないので、それぞれのグループの代表者にでも渡しておきましょう。

 

「はい、チルッチ」

「ありがと」

「リリネット」

「へぇ、こんなのがあるんだな」

「それから、ハリベルも」

「……助かる。だがしかし、本当に良いのか? 湯川の言っていることは、つまりは尸魂界(ソウルソサエティ)への背信に繋がるぞ?」

 

 受け取った機械に興味津々の二人とは対照的に、ハリベルは伝令神機を大事そうに握り締めたまま心配するような目を私に向けてくれました。

 ……うわ、嬉しい……なにこの素敵な表情! 私のことをちゃんと心配してくれてる!! ハリベルの中の私の位置づけが、敵から仲間になってるのね!!

 

 ……え? 背信行為?? それ、何か問題がある???

 ハリベルと四十六室、どっちかを守れと言われたらどっちを守る?

 

『きくまでも なかろうよ! でござるよ!!』

 

 よし、意見は完全に一致してるわね!!

 

「それがどうかしたの?」

「いや……お前が良いというのなら、それでいい……」

 

 ほぼ素の状態で聞き返したところ、ハリベルは頬を赤らめながら視線を逸らしました。

 なにこれ……? なんでそんな反応をしたの……?

 

『(ああ、これは……自分たちのことを組織すら超えて心配してくれていると判断したでござるな。とっくに覚悟は出来ている、今更考える必要も無い。そんな決意を感じてしまい、ギャップから思わずドキッとしてしまったようでござる……)』

 

 なんでかは分からないんだけど、ハリベルは顔を真っ赤にしたまま伝令神機を――

 

 あああっ! ちょっ、ちょっと待って!! 今のシーン!! 今のシーンもう一回!!

 伝令神機を胸の谷間にしまったの!! あの下乳丸出しの格好のまま、下から突き入れるようにして!!

 谷間をかき分けるようにして滑り込んでいって、そのまま両側から押さえつけるよう挟み込んで、保持してる……みたいなんだけど……

 なんでそこに入れたの!? なんでそこに挟んで落ちないの!?

 

 ……いえ、あの弾力で挟まれたら落ちないわね。私も「お体に触りますよ」したから分かるわ……

 

「……ッ……ッ!!」

 

 あ、ペッシェが顔を真っ赤にしながら無言で悶えている。

 きっと、私と同じ事を考えたのね。

 

『録画、しておけばよかったでござるな……』

 

 本当よね……あ! 録画といえば……!!

 

「それからもう一つ、持ってきたの」

「まだ何かあるのか?」

「食い物か?」

「お下品ですこと……」

 

 そうは言うものの、スンスンもこっそり夢中で食べてます。

 現世のお菓子、気に入ってるようですね。また次に来る時も持ってこようかしら。それとも手作りの方がいいかな?

 別の事に頭を悩ませつつ、机の上にポータブルプレイヤーみたいな物を置きました。

 

「何コレ、小さなモニター?」

「どちらかというと、ロリとメノリのための物かしらね?」

「は、あたしたち……?」

 

 これまで我関せずとばかりの態度だった二人は、急に矛先を向けられたことで目を白黒させています。

 

「これは携帯用の映像再生機器なの。そこに録画した物があるから、見て頂戴」

「録画……? 一体何が……」

「……まさか!」

 

 あら、スタークは勘が良いわね。

 彼の予想通りかはわかりませんが、映し出されたのは藍染の現世での振る舞い――その一部始終でした。

 彼が現世に来てから、バラガンに慈悲を与え(切り捨て)たり、東仙を殺したりといったシーンが、余すところなく録画されています。

 

 ……そんなのいつ撮ったのか、ですか?

 あらら、もう忘れちゃった?

 鏡花水月の完全催眠、その対策の一環として「映像を撮り外部が確認し、現場に伝えることで完全催眠の真贋を見抜く」って案を出したでしょ。

 だから現場にはちゃんと、撮影スタッフがいたのよ。

 撮影した映像も全部残っているから、こうして外部に持ち出すことも出来るの。

 

 こんな風に使うことになるなんて、発案した当時は思ってなかったけどね。

 でもこの映像のおかげで、破面(アランカル)たちの目を覚まさせる事も出来るはず。藍染への忠誠心が残り続けた結果、奇妙な方向に歪んでしまって自爆テロみたいな事件が起きたら困るもの。

 

「これ……嘘でしょ……」

「いや、嘘じゃない。以前も言ったが、俺は現場で見ている」

 

 モニターの中の藍染の行動を、ロリは震える瞳で眺めています。

 事前に聞いていたスタークの話に映像という証拠が加わり、否定したくとも頭の中で否定仕切れないような、そんな状態になっているみたいです。

 

『映像メディアを使って、幻想をブチ殺しに来たござるな!! ひっでーことをしてるでござるよ!! ロリ殿とかは特に藍染殿への忠誠心といいますか、盲信のような状態でしたからな!!』

 

「……本当にバラガンを切り捨てていたとはな……仮定だが、この場にいたら私も斬り捨てられていたのかもしれん……」

「俺も、な……」

「う、あ……ああっ!! ああああっ!!」

「ロリ! 待って!!」

 

 ぐるぐるお目々のまま映像を眺め続けていたロリでしたが、やがて感情が昂ぶりすぎたのかプレイヤーを抱きかかえながら走り去ってしまいました。

 メノリもそれを追ってこの場から出て行きます。

 

「こればかりは、時間が癒してくれるの待つしか無いから……」

 

 そんな二人の背中を目で追いながら、私は呟きました。

 

『逆に暴走させる切っ掛けになったらどういたしますかな!?』

 

 その時はその時でしょう?

 そもそもスタークが既に話をしているんだし、大した差は無いわよ。

 

『映像のインパクトは大きいと思いますが……』

 

 

 

「湯川さん! 私からも一ついい!?」

 

 しんみりとしていたところ、これまで特に口を挟むこともなく成り行きを見守っていたネリエルが挙手しました。

 

「ねえ、一護は!? さっきの話の中には一護が出てきていないんだけど、元気でやってるのよね!?」

「あ、ああ……そうだったわね……」

 

 言われて気付きましたが、話題に挙げていませんでした。

 自分の中でも無意識で避けていたのかしら……?

 

「ネリエル、落ち着いて良く聞いて頂戴。黒崎君はね……」

 

 ゆっくりと、噛んで含めるように意識しながら、一護の現状と顛末について伝えます。

 

「……え……? じゃ、じゃあ一護は……」

「遠からず霊力を失ってしまう。そうなればもう、私やネリエルのことも見えなくなるわね……」

「そんな!!」

「そうか……それは少し、残念だな……」

 

 息を呑むようなネリエルの小さな悲鳴。そしてウルキオラがぽつりと呟いた言葉。

 言い方こそ違えども、そのどちらも落胆に染まっていました。

 

「い、行かなきゃ……待ってて一護!!」

「待ってネリエル!! 今行っても意識を失っているから!!」

「あそっか、じゃあ目が覚めてから……」

 

 私は首を横に振ります。

 

「それも止めた方が良いわ。霊力を失った一護の魂魄が、ネリエルの霊圧に耐えられる保証が無いから……」

「俺とヤミーが現世に行った時と同じか」

 

 そんなこともあったわね。

 その時と同じように霊圧の差がありすぎるから、下手すれば対峙しただけで魂魄まるごと潰されかねないの。

 仮にネリエルがどれだけ気をつけたとしても……

 

『虎は遊んでいるつもりでも、遊び相手がネズミだったら一溜まりもない理論でござるな!!』

 

 そういうこと。

 

「もしかすると魂魄の強度で持ちこたえるかもしれないけれど、でも霊力を失っている以上はネリエルの姿は見えないし声も聞こえないわよ」

「そんな……」

 

 へなへなと、ネリエルが力なく座り込みました。

 

「だったら私は……どうすれば……」

「安心して。今、別枠で霊力を戻せないか動いてるから。だから――」

「それ本当!?」

 

 尻餅をついていたかと思えば瞬時に起きあがると、私の言葉を遮るようにして手をぎゅっと握ってきました。

 落ち込んだり喜んだり、ネリエルの感情が忙しすぎる!

 

「え、ええ。本当よ。ただ時間が掛かるだろうから、今はじっくり見守ってて」

「ええ! 湯川さん、ありがとう!」

 

 なんだかやる気になってる……

 

「目指せ! 刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)!!」

 

 すっごいやる気になってる……!?

 しかも目指す方向ってそっちなの!! え、まさか全員にその辺の情報はもう周知されちゃってるの!?

 

 と、とにかく! これで一通り説明とかお土産の配布とかは終わったわよね!?

 あとやることがあるとすれば!!

 

「話は済んだか?」

 

 タイミングを見計らっていたのでしょう。話に決着が付いたところでハリベルが声を掛けてきました。

 

「ちょっと付き合って貰うぞ」

「ええ、喜んで」

 




●連絡手段
某四番隊の隊長は「これでいつでもお話出来る!」としか考えていない。

●具体的には次話
お待たせしました。本当にごめんね。
(およそ50話振り)


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第265話 マッサージをしよう - ティア・ハリベル -

「やはり……まだ届かないか……」

 

 互いに斬魄刀を向け合ったまま、警戒は怠らずに。けれどもハリベルだけは肩で息をしながら、悔しそうに呟きました。

 それでも最後の意地とばかりに私を一睨みすると、ゆっくりと斬魄刀を下ろし殺気を解きます。

 その段になってから、私も斬魄刀を納刀しながら彼女に倣って殺気を消します。

 

「付き合わせて、すまない。お前が尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ってから数日、私も少しは精進したつもりだったのだが……」

「ふふ、確かに研鑽したのはわかったわ。でも私にも少しは意地があるんだから、そんなに簡単に負けてあげない」

「数日の鍛錬でお前と肩を並べた、などと思い上がった事は言わぬ。この結果はむしろ当然、自分自身の位置とお前までの距離を再確認したかっただけだ」

 

 残念そうに、けれどもどこか「この結果は当然だ」とばかりに晴れ晴れとした表情をハリベルは浮かべていました。思わず見惚れてしまうほどに綺麗ですね。

 彼女の呼び出し、その用件は"手合わせ"でした。

 以前戦った際のような敵味方としての関係性ではなく、鎬を削って切磋琢磨しあう仲間とでもいうのでしょうか。

 そういった立ち位置でもう一度戦い、確認したかった――それが目的だったようです。始解に卍解、帰刃(レスレクシオン)も特に行わない素の実力だけをぶつけ合う戦い。

 事実、ハリベルの太刀筋からも真摯な感情がありありと伝わってきましたから。

 

 ……真剣な想いに押されてしまい、胸元や太腿を見る余裕は全然ありませんでした。

 

 そして、二人の気配が霧散したことでようやく、外野の方から未練がましそうな声が聞こえてきました。

 

「あぁ……!」

「くそっ!」

「口惜しい、ですわね……」

 

 彼女たちは見届け人、というより、野次馬と呼ぶべきかしら?  ハリベルが動く以上は、同じ場所にいるのも当然のことで。私とハリベルが試合っていたのを少し離れた場所でじっと見ていました。

 「なんで勝つんだよ」みたいな視線を私に向けてきます。

 

 ……つい数秒前まで、呼吸も忘れて食い入るように真剣に観戦していたんですけどね。

 

「だが、お前にも意地があるように私にも意地がある。精々背後に気をつけることだ」

 

 うかうかしていると後ろから追い抜くぞ。という、自分が後塵を拝しているという自覚を踏まえての冗談です。

 フッ、と鼻で笑いながら冗談めかすその姿は、驚く位似合ってます。おっぱいが付いたイケメンってこういうことを言うのねきっと。

 そのままハリベルは颯爽とこの場を後に……

 

 

 

 ……あ、ちょっと待って! 好機、コレは好機!! 逃がしちゃダメ!!

 

 

 

「ちょっと待ってハリベル! もう帰るの?」

「ああ、用件は済んだからな……まだ、何かあるのか?」

 

 呼び止めながらハリベルの手首を掴んで引き留めれば、戸惑いを見せてくれました。そのまま二の腕の辺りに指をそっと這わせながら続く言葉を口にします。

 

「鍛錬の後はね、身体をしっかり休ませて解さないと意味が無いの」

「ほぐす? 意味は理解できるが、どうやるんだ……?」

「そこは勿論、私に任せて!」

 

 知識がないのか、そもそもそういった発想自体が無いのか。

 何も知らない様子できょとんと首を捻るハリベルへ、私は任せろとばかりに胸を張って答えてあげます。

 そして次に、三人の従属官(フラシオン)を見ます。

 

「それとアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人も」

「あん? 何の用だ!?」

「後学のために、あなた達も見ておきなさい」

 

 彼女たちも巻き込んでおかないとね。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 場所を変えて、ハリベルの宮までやってきました。

 先ほどまでは戦いのために外にいたから、ギャップの激しさに目眩を起こしそう……でもね、砂だらけの景色から移動すれば誰だって混乱すると思うの。

 

「良い部屋なのね、質素だけど落ち着いて纏まってる」

 

 室内は大理石で出来た豪華な一室と言った感じの装いでした。

 華美ではなく、鼻につかない程度に。物は少ないけれども清楚な上品さが感じられる内装をしています。

 ……虚圏(ウェコムンド)でこんなインテリア、どうやって集めたのかしら……?

 

「私はあまり気にしていないが、あいつらがな……」

 

 なるほど、アパッチ達の趣味なのね。

 なんとなく趣味と言うより「ハリベルのイメージから逆算」して部屋の内装を飾ったようにも思えるんだけど……まあ、同じ立場なら私もこうしてたと思うから何にも言えない。

 

「それより、室内に戻って何をするつもりだ?」

「そうね、まずは……万歳(ばんざーい)して?」

「ば、ばんざーい!?」

 

 そんな注文をされるとは思わなかったのでしょう。

 私が軽く両腕を上げながら指示すれば驚いたように目を見開き、やがておそるおそるといった様子で彼女も両腕を上げました。

 

「こ……こうか?」

「えいっ」

「きゃああああぁぁっっ!?」

「おおっ!」

「なっ……!」

「ま……まぁ……!!」

 

 両腕を上げたところを見計らい、片手で胸元のファスナーを一気に外します。もう片方の手はハリベルの上着の裾を掴むとアッという間に捲り上げ、強引に服を脱がせました。

 締め付けから一瞬で解放されたことで、おっぱいがぷるんと飛び出てきました。目の前で堪能させてもらったんだけど……すごく素敵な光景だったわ……胸に刻まれた3の数字が、ちょっとたわんで……

 

 どのくらい素晴らしかったかというと、アパッチら三人が立場も忘れて思わず歓声を上げちゃったくらい、かしらね。

 三人とも心の中で「何してるんだ死神! それはそれとしてよくやった!!」とサムズアップしているのが見えたもの。

 

「と、突然、何をする!?」

「何をって、服を脱がせてあげようと思ったのよ」

「お、幼い子供ではないのだ! そのくらいは自分で出来る!!」

 

 突然上半身を裸にされた恥ずかしさから、顔を真っ赤に染めています。

 両腕で胸元を隠しながら背中を向けてつつ、子供のような抗議をするハリベル。その姿は、少し前に死闘を繰り広げた相手とは思えないくらい可愛いものでした。

 

 え、胸の谷間には伝令神機を挟んでいるんじゃないのか?

 そんなの、もうとっくにスンスンの手に渡っているわよ。私と手合わせする直前、落として壊したら困るから代わりに預かっててくれって。

 その時の「これをアパ……ミラ……いやスンスン、預かっててくれ」と言った時の三人の顔、見せたかったわ。

 壊しそうだと思われているんだと理解して悔しかったり、でもハリベルに文句は言えなくて、スンスンが無言でドヤ顔してて、それを察した二人がまた……

 あのやり取りだけでネタになるくらいだったわね。

 

 そうそう、忘れるところだったわ。

 服を脱がせたところ、なんと! ハリベルの首回りに仮面の名残がなかったの!! まるで帰刃(レスレクシオン)をした時みたいに、地肌がくっきり! 鎖骨周りもはっきり見えてたわ!!

 まさかアレって着脱式なの……? ともあれ、おかげで頬を真っ赤に染めて恥ずかしがるハリベルの表情を余すところなく堪能できたわ!!

 

「でもね、服を脱いでもらわないと困るのよ」

「なぜだ!?」

「言ったでしょう? 身体を解すって。それに少し汚れるから、素肌の方が都合が良いの」

「そ、そういうものなのか……?」

「そういうものなの」

「……わかった」

 

 よし! 信じてくれたわ!!

 残った袴のような衣服を、ゆっくりと脱いでいきます。

 お山(おっぱい)とお尻は豊満で、見ているだけで頭がクラクラしそうなほど。それでいて腰回りは引き締まっていて、けれども決して鍛えすぎているわけじゃない。ほどよい肉付きのウェストが身体的なメリハリを強調しているかの様で、褐色の肌がとても妖艶……

 

 ……えっ! ハ、ハリベルってば……!! あなた、孔がそんなところに開いてたの!? 下腹部、というかもうそこって子宮……淫紋みたいな感じで、孔が開いてる……

 

 なにこの子……タダでさえ褐色金髪爆乳なのに、どこまで属性てんこ盛りなのかしら……

 

「脱いだぞ」

 

 それに脱ぎっぷりが、堂々としています。

 同性だから恥ずかしがる必要もないと思ってるんでしょうけれど、思わず見ているこっちがドキドキしちゃうくらいの態度。

 

 ああ、そんな彼女を今からマッサージ出来るなんて……!! 

 

「あ、ありがとう。それじゃあ次は、そこのベッドに寝てちょうだい。最初は俯せでね」

「こう、か……?」

 

 片隅にあるベッドで横になるように促せば、ハリベルは素直に従って……うん、そうじゃないの。

 そんな直立姿勢みたいな俯せは望んでいないから。

 

「そうじゃなくて、こう……両手は顎の下にして……もっと力を抜いて……」

「なるほど……」

 

 軽く腕を掴んでみれば、硬直したように力が入っています。

 これは、ちょっとだけ不安になって緊張してるのかしら? となればあの男らしい脱ぎっぷりも緊張を隠す為のポーズに思えて、なんだかハリベルのことが一層愛おしくなります。

 

「それじゃあまずは、背中から解すわね」

 

 言いながら荷物の中からマッサージオイルを取り出します。ええ当然、こうなることを見越して持ってきていますよ。

 安心させるため、子供を諭すような柔らかい口調になりながら、手の上でオイルを伸ばしていきます。

 

「少し冷たいかもしれないけれど、我慢してね」

「ああ、わかった」

 

 背中に手を置いて、ゆっくりと筋肉をほぐしていきます。

 柔らかだけど指を押し込めば反発する、戦士の筋肉ですね。背筋がゆっくりとオイルに塗れていき、褐色の肌がオイルでテカっていく。

 色合いや筋肉の質感のせいか、夜一さんを思い出します。

 

「……ん……っ……」

 

 背中にかけてマッサージをしていくと、ハリベルが小さく息を漏らし始めました。

 筋肉の緊張がほぐれてきて、気持ちよくなってきているのが指先から伝わってきます。

 

「ふふ、どう? 筋肉をほぐすのが必要だって、よく分かるでしょう?」

「あ、ああ……そうだ、な……ふっ……!!」

 

 そのまま腰回りから脇腹の辺りを丹念に揉んでいけば、先ほどよりも蕩けた声が聞こえてきて、時々ビクッビクッと身体が震えています。

 普段の凜々しい声音からは考えられない柔らかな声に我慢できなくなったのか、少し離れた場所で見ていたアパッチら三人が口を挟んできました。

 

「ハリベル様、その……」

「その死神のマッサージ……そんなに良いんですか……?」

「見ている限りでは、そう特別変わった何かがあるわけとも思えませんが」

 

 疑問を口に出しつつも、三人とも視線はハリベルに釘付けです。敬愛する主の、滅多に見られない様相に目が離せないみたいですね。 

 

「あ、ああ……これは、凄いぞ……うぅ! か、身体の内側から……作り替えられていくような感覚、だ……ふ、ぅっ! ゆ、湯川! 今は手を止め……んんっっ!!」

 

 三人の言葉に返事をしながら、私のマッサージで我慢が出来なくなって声を上げてしまいます。それが恥ずかしいのか注意をしてきましたが、私は特に気にしません。

 腰回りから今度はお尻の周りを、手のひら全体を使ってたっぷりとほぐしていくと、切なそうな嬌声が漏れ出ました。

 

「ん、あ……ああっ!!」

「あ……あ……」

「ハリベル、様……」

「……っ! ……こ、こんな表情をなさるなんて……」

 

 今はマッサージに集中しているので、ハリベルの表情はわかりません。けれど、アパッチたちの表情はわかります。

 彼女たちの、まるで発情したようにうっとりとした表情を見れば、ハリベルが今どんな顔を浮かべているのか自ずと想像が付きますね。スンスンなんて生唾を飲み込んでいるもの。

 

「喜んで貰えているみたいで、私も嬉しいわ。お返しに、もっと腕を振るわないと」

「ひ、ん……っ! だ、め……!!」

 

 お尻はきゅっと引き締まっていて、指先で弾くと弾力があります。オイルに濡れたお尻はなんとも大迫力です。

 形を整えるようにお尻を揉んでいくと、耐えきれなくなったのかハリベルの腰が小刻みにくねり始めました。

 もっと欲しい、もっと刺激が欲しい……そんな風に訴えてくるような動きです。

 

「このまま腿から足の裏までを揉んでいくわね」

「あ……あぁ……」

 

 なんだかがっかりした様な声でした。

 その無意識のサインをしっかりと感じ取りながらも、あえて無視して両脚を揉みます。

 むっちりとした太もも――その内側にまで指を這わせれば、連動するように腰がひくひくと動きました。

 

 ふふ、気持ちは分かるわよ? でもまだダメ。

 まだ身体が刺激に慣れていないんだから、全身でゆっくりと気持ちよさを教えてあげるからね。

 

 それに太ももの感触もかなりのものだからね。

 むちむちだけど柔らかくって、でもその奥には芯が一本通っている。思わず顔を埋めたくなるような感触です。

 

 夢中になってマッサージをしていく内に、ハリベルの頭が下がったのが見えました。それと同時に見えたのは、アパッチらの微妙に残念そうな表情。どうやら俯き加減を強くして表情を隠しちゃったみたい。

 

「は……ぁ……ふ……ぁぁっ……!!」

 

 けれどそのおかげで吐息がくぐもって聞こえて、妙に想像力をかき立てられます。

 三人も同じ想いらしくて、先ほどの落ち込みっぷりがウソのようです。

 

「はい、これで背中側はおしまい。次はお腹側よ」

 

 そんな風に楽しみながら。

 手早く、けれどもしっかりと両脚を指の先まで揉むと、そのままハリベルの身体をひっくり返して仰向けにします。

 するとハリベルは、熱い吐息を吐き出しながら片腕で顔を隠そうとしてきました。

 

「……ぁ……は……ぁ……」

「はいはい、腕は下ろしてね。顔を隠しちゃダメよ?」

「あ……」

 

 表情を隠したかったのでしょうけれど、そうはさせじと下ろさせます。

 背中側だけで十分にほぐされ、力が抜けた今のハリベルでは抵抗も出来ずにされるがままでした。

 そして露わになった表情。

 興奮からか頬全体が真っ赤に染まり、瞳はとろんと蕩けています。呼吸を繰り返す唇はわずかに唾液に塗れて艶めかしく輝いていました。

 

「……おお」

「な、な……」

「ああ……ああっ!」

「お、お前たち……み、見るな……」

 

 最初の頃の、服を脱いだときの凜々しさはどこへやら。

 三人分の凝視に耐えきれなかったのか、ハリベルは今度は身体を丸めて視線から逃れようとします。

 

「ほらほら、隠しちゃダメだってば」

「ゆ、湯川!? 頼む、後生だ! せめてこの三人には……」

 

 うんうん、分かるわ。

 従属官(フラシオン)だもんね、あんまり恥ずかしい姿は見せたくないわよね。

 でもね――

 

「ダメ」

「そんな……」

「それにそこの三人には、私がいない間に代わりでマッサージをしてもらおうと思っているんだから」

「「「「なっ……!!」」」」

 

 初耳だ、とばかりにハリベルも含めた全員が声を上げました。

 

「私だってずっと虚圏(ウェコムンド)に来られるわけじゃないからね。(ハリベル)のお世話を従属官(さんにん)がするのは当然でしょう?」

「そ、それは……」

 

 言っていることは間違っていないためか、言葉に詰まりました。

 

「だから三人も、ちゃんと見ておきなさい」

「い、良いのか!?」

「良いも悪いも、私はちゃんと『後学のために』って言ったわよ」

 

 そこまで告げると今度はオイルを直接、ハリベルの首回りに垂らしながらマッサージをしていきます。

 ほんの少し動かせばお山(おっぱい)の外周に指先が届くような、そんな絶妙な位置を保ちながら、まずは首筋から鎖骨周辺をほぐしていきます。

 

「ほら、何してるの? そんな離れた場所で分かるのかしら?」

「ま! 待て湯川!! お前達もだ!!」

 

 そうやって煽ってやれば、三人とも凄い勢いで近寄ってきました。

 ハリベルは文句を言い出しますが、気にしません。

 

「申し訳ありませんハリベル様!」

「だけどあたしらは従属官(フラシオン)としての役目がありますので」

「お勉強、させていただきますね」

「う、あ……」

 

 あらら、三人とも今にも食いつかんばかりの至近距離で見つめているわね。

 むしろ見られる側のハリベルが恐怖しているくらいだわ。

 

「ほら、まずは首筋からよ。こうやって体内の流れを意識しながら揉みほぐしてあげるの」

「あ……ん……っ……!」

 

 肩から首回りをゆっくりとほぐしていきながら、指先は下に降りていきます。

 そしてついに、その大きなお山(おっぱい)(ふもと)に手がかかりました。

 前にも一度手で掴みましたが、こうして見ると存在感が違います。

 ふっくらと丸みを帯びた膨らみは、形が美しく整っています。張りも素晴らしくて、指先を少し押し込んだだけで弾き飛ばされそうなほどですね。

 

「このまま胸元をマッサージしていくわよ」

「……え……? どこ、を……」

「胸元よ」

 

 言いながら、鞠のようなお山(おっぱい)を手のひらいっぱいに掴みます。両手にオイルをたっぷりと塗しながら、二つの小さなお山(おっぱい)へとそれを丹念に塗り込んでいきます。

 両手で感じる感触はゴム鞠みたいで、指を動かすたびに手の中でお山(おっぱい)のお肉は反発するように形を変えていきました。

 

「あ……んん……っ! だめ、だ……湯川、そん、なに……っ!! そこ、は! ほぐさずと、も……!」

「何を言ってるのよ? 胸元には心臓部――つまり鎖結と魄睡があるのよ? それに女性の場合は胸の形を整えることでバランスも取りやすくなって魅力的になるの」

 

 そう言いながら何度も指を這い回らせて、ハリベルのお山(おっぱい)を揉んでいきます。

 そのたびに彼女は身体をくねらせて、艶めいた色っぽい表情を見せてくれました。

 

「ごく……っ……」

「ハ、ハリベル様……」

「お綺麗ですわ……凄く……」

 

 近くでそれを見ている三人も、ハリベルの熱気にあてられたようで。うっとりとした表情で凝視を続けていました。

 ですが、やがてその均衡を打ち破るのが一人。

 

「ああっ! もう我慢できません!!」

「スンスン!?」

「てめぇ何してんだ!!」

 

 スンスンは堪らずといった様子で、ハリベルの身体に手を伸ばしました。普段は袖の下に隠している両手をこれでもかとばかりに突き出し、両足のふとももを見よう見まねで揉み始めます。

 

「ひっ……! スンスン、か!? お前、一体――」

「良いわよ。見ているだけじゃなくて、実際に手で触れてみないと分からないこともあるからね。積極的な姿勢が素晴らしいわ」

「――な……!? そ、そういう、もの……なのか? ふあぁっ!」

「ええ、勿論。あとスンスン? その辺はもう私がやったから、あまりやり過ぎないように優しくしてあげて。それと股関節の辺りはもう少し重点的にやっていいかも」

「分かりましたわ、先生!」

 

 アッという間に呼び方が"先生"に昇格していました。向ける視線も、なんだかとっても素直なものになっています。

 

「く、くそっ! 負けるか!」

「あたしだって!!」

 

 そして一人が抜け駆けすれば、残る二人も負けじと続きます。

 アパッチがお腹周りを、ミラ・ローズは腕から肩と脇に掛けてをそれぞれ担当し始めました。

 

「あっ、ダメよアパッチ。お腹の周りにも内臓があるからもっと優しく、こう……」

「なに!? む、難しいもんだな……」

 

 アパッチの手の上に自分の手を重ね合わせて、導く様にマッサージをしていきます。

 指と指が絡んで、そこにオイルのヌルヌル感との一体感を感じながら、おへその中に指を入れます。

 

「くあ……ぅっ……!」

「お、おい!?」

「おへそは敏感だから、軽く撫でるくらいにね」

 

 そのまま両手を上へと移動させ、お山(おっぱい)を下から掬い上げるように掴んで揉み上げます。

 オイルに塗れたお山(おっぱい)はテラテラと輝いていて、その山を四つの手が余すところなく這い回っていきます。

 

「なっ!」

「お、おいっ!! これは……」

「う、羨ましい……」

「ほら分かる? ハリベルの心臓が動いているでしょう? この鼓動を、全身に行き渡らせるように意識してあげてね」

「ふっ……んっ! ……うっ!」

 

 大きく手を動かしてお山(おっぱい)を揉み上げられる感触に、ハリベルは背中を仰け反らせながら甘い吐息を吐き出しています。

 

「こ、鼓動……ハリベル様の……」

「ひ……っ! ああああっ!! な、なんだコレ、は……っ!?」

 

 あら……よく見れば、オイルがほんの少しだけ蠢いてるわね。

 どうやら射干玉も我慢しきれなくなったみたい。根元からきゅっと絞り上げるようにして、お山(おっぱい)のマッサージを手伝ってくれています。

 

 誰も触れていない部分を、触れていないように刺激される感触に驚いて、ハリベルは少女の様な声を上げました。

 その刺激が集まる中心――頂点の部分には、自己主張するように薄いピンク色が顔を覗かせています。

 ジンジンと、怖いもの知らずのように主張を続ける先端部分に、私たちの視線は自然と集まっていました。

 

「た、頼む……っ! 見るな! 見ないでくれ……っ! たの、む……っ!!」

 

 恥も外聞も無く、泣き出しそうな様子で従属官(フラシオン)相手にそう懇願するものの、彼女たちの視線は一瞬たりとも動くことはありません。

 その間に私は少し強めに絞り上げて、刺激と神経をさらに中心部分へと集中させます。

 

 そして、油断したところで先端を二つ同時に指先で摘まみ上げました。

 

「~~~~~ッッ!!」

 

 途端、ハリベルの口から声にならない絶叫が響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで一通りの施術は終了よ」

「……ぁ……は、ぁ……っ……」

 

 私の言葉に、精根尽き果てた様子のハリベルは虚ろな瞳で頷きました。

 衣服代わりにベッドシーツを身体に巻き付けたまま、ぐったりとしているものの意識はハッキリしているようです。

 別に特別なマッサージはしていません。強いてあげれば三人の後学の為にも一通り、ちょっと長めの施術をしただけなんですけどね。

 案外体力無いのかしら?

 

「本当ならこれで終わりで、後はお風呂やシャワーで汗や老廃物を流すんだけど……今日はちょっと、私は付き合えないの」

 

 そう言いながら、アパッチら三人の首根っこを掴みます。

 

「な……っ!?」

「何すんだてめえ!!」

「……ま、まさか……!!」

 

 本当にスンスンは良い勘してるわ。

 

「次はあなたたちの番よ?」

 

 怯えた子猫のような目を浮かべる三人へ、私はにっこりと屈託のない笑顔を浮かべながら教えてあげました。

 




●ハリベルの仮面の名残り部分
戦闘時はある。
こういう時は無い。

そういうことで良いと思うの。

(あと孔が子宮の部分なのは公式設定)

●アパッチたちの番
流れ的には「続きは次話で」なのですが、ちょっと別の話を入れます。
(連続してマッサージだとテンポが悪い気がして)


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第266話 狼の相談

「書類って、まだ残ってる?」

「いえ、これで最後です」

「ということは、もう一踏ん張りね……」

 

 部下からの言葉に気合いを入れ直すと、私は筆を走らせます。

 今日は現世ではなく、尸魂界(ソウルソサエティ)で溜まったお仕事を片付ける日です。なので朝の始業時刻から今までずっと、書類仕事をしていました。お山が三つだったから、まだ少ない方よね。

 

『……あ、そっちのお山(書類の束)でござるか』

 

 そうよ。何だと思ってたの?

 

『てっきり、お山(おっぱい)のことだとばかり……』

 

 私だって可能ならそうしたいんだけどね……このまま一気にアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの話に移りたいわよ!!

 でも放っておくと溜まっちゃうんだもん……そうなったら、自分で解消しないとダメでしょ?

 

『ということなので、あの三人の話はちょっとお待ちを! 大体この二話くらい後になる予定でござるよ!!』

 

 ちなみに現世には勇音が行ってるわよ。

 なので今、代わりに秘書役をやってくれているのは四番隊(ウチ)の――まあ、覚えなくていいわ。

 

「それが終わりましたら、新しく入院して来た隊士たちの回診もお願いします」

「……ああ、転界結柱の外で踏ん張ってくれた子たちね」

 

 一瞬何のことか分かりませんでした。

 

 柱の内側では激戦が繰り広げられていましたが、外側も大変だったんですよ。

 霊圧に惹かれて(ホロウ)が集まってくるので、下手をすれば本物の空座町に(ホロウ)が迷い込みかねません。

 それを決死の覚悟で防ぎ続け、結果的に役目は果たした物の病院に担ぎ込まれた隊士たちがいるので、それを診てくれという依頼です。

 

「わかりました。多分、昼の八ッ時(14時)くらいから始められると思うから、準備をお願いね」

「はい。では失礼します」

 

 そこまで告げると、臨時秘書役の子は「用事は済んだ」とばかりに一礼して去って行きました。

 ……現世(そと)にいても尸魂界(なか)にいても、お仕事いっぱいね。

 

「んんーっ……さすがに肩が痛くなってきたわ……」

 

 一旦筆を置き、肩を軽く揉みながら小休止を取ります。

 窓の外を見ながら「そろそろお昼かな?」なんて思っていたところ、部屋の外から声が掛かりました。

 

「隊長、失礼します。今よろしいでしょうか?」

「平気よ。何かあったの?」

 

 そっと障子が開き、隊士――さっきまで臨時秘書役をやってくれてた子とはまた別の子――がおずおずと入ってきました。

 

「あの実は、隊長にお客様が……」

「え? 誰が来たの?」

「狛村隊長です」

「わかったわ、すぐに向かいます。応接室にお通しして」

 

 ……そんな約束、していたっけ? 特にそんな予定は無かったはずなんだけど……

 疑問に首を捻りつつ、応対に出向きました。

 

 

 

 

 

「おお湯川隊長」

 

 部屋に入れば椅子に座っていた狛村隊長が立ち上がり、そして深々と頭を下げました。

 

「まずは急な来訪、申し訳なく思う。だが、しばらく忙しそうだったのでな。今日を逃せば次はいつ捕まえられるか分からなかった故……すまぬ」

「いえ、どうぞおかけ下さい」

 

 あはは……ごめんね、忙しくって……

 

「それで今日は一体、何の御用でしょうか? 先日の怪我のことでしたら……」

「いや、そうではなく……その、なんだ……相談に、乗って貰いたいのだ……」

「相談……ですか……?」

 

 一体何を話されるのかしら……

 

 それより個人的には、怪我の方が心配なんだけど。

 だって狛村隊長、現世で藍染にぶっ飛ばされて、四番隊(ウチ)の子の手当を受けて、そこから入院もせずに業務に戻っているんだもん。医者の診察も待たずに勝手に退院してるんだもん。

 

 だからほら見て、頬が少し()けているでしょ? 多分だけど、傷の影響が体調に現れているのよ。

 

『(頬が……?? わ、分からぬ! 拙者にはよくわからんでござるよ!! 藍俚(あいり)殿はどうして一目で見抜けるでござるか!?)』

 

「うむ、その……東仙のことでな」

「……なるほど」

 

 少しだけ顔を背け、やっとの思いで口から出てきた名前。

 それを聞いただけで、なんとなくですが察せました。

 

「湯川隊長は知らぬやもしれんが……」

「いえ、お気遣い無く。私も知っていますよ。といっても、録画した映像を見た程度ですが」

「そうか……ならば話は早いな……」

 

 ちょっと前にも言いましたが、鏡花水月の完全催眠対策のアレです。

 撮影者が気を利かせてくれたおかげで、録画された映像にはバラガンやスターク戦、そして勿論狛村隊長のシーンもありと多岐に渡っています。

 私も一通りは目を通しました。

 

 ちなみにこれらの映像、凄すぎるので「編集して売り出せば一儲けできそう」とか「霊術院の教育資料に使えそう」みたいなことが、水面下で画策されていたりします。

 

「儂は……儂はあの時、東仙とわかり合うことが出来たのだろうか……? いや、出来たはずなのだ! それは疑ってはおらぬ!!」

 

 あのシーンのことですね。

 ……そういえば狛村隊長! なんであの時、私を引き合いに出したんですか!? 東仙の刀剣解放(レスレクシオン)だって、かなりの力でしたよ!!

 あ、でも確かに。ぶっつけ本番だったのは、ちょっと"らしく"なかったわね。

 

「なればこそ、藍染の行動が許せぬのだ……藍染の行動を、東仙は受け入れていた。慈悲と言っておった……儂にはそれが分からぬ!!」

 

 ドン! と力強く、目の前のテーブルを狛村隊長が叩きました。

 ヒ、ヒビが……ヒビが入ってる……後で発注しなきゃ……

 

「何故だ! わかり合うことが出来たのならば、なぜ儂と共にやり直そうとはしてくれなかったのだ! なぜ藍染の与えた死を受け入れられたのだ!!」

「…………」

 

 悲痛な叫びを、私はただ黙って聞き続けます。

 

「……藍染は、あの男は……自らの部下をも手に掛けたのだぞ……それを! それをどうして受け入れられるのだ……!! 儂が……儂が間違っておったのだろうか……あの日から、儂はずっと……ずっと悩んでおる……だが、どれだけ考えても答えには辿り着けぬ……儂は一体……どうすれば良かったのだろうか……?」

 

 お、重い……相談内容が予想通りに重かったわ……

 

『狛村殿は真面目でござるなぁ』

 

 でもそこが狛村隊長の良いところでもあるんだから。

 

『それで藍俚(あいり)殿、どうお答えを?』

 

 うーん……これ、多分だけどサバイバーズギルトの症状……よね?

 

『サイバー・ギルド……でござるか?? ……あっ! ひょっとして!! エロサイトに入る時にいつまで経っても広告に飛ばされてしまうアレ対策の組織の名前が!?』

 

 そんなわけないでしょ!

 サイバーじゃなくて、サバイバー! Suivivor's(サバイバーズ) Guilt(ギルト)

 生存者の罪悪感って意味の言葉なの!!

 

 要するに、戦争とか災害に遭って奇跡的に生還した人が「周囲の人は死んだのに自分だけ助かってしまった……」って罪悪感を感じる事なんだけどね。

 

『それが何か?』

 

 このケースって「自分は他人を犠牲に助かったんじゃないか?」とか「あの時に自分はもっと他の人を助けられたんじゃないか?」みたいな自責の念で、潰れちゃうのよ。

 

『ああ、なるほど……言われればまさにソレでござるな!!』

 

 生き残ったのは恥だ。なんでお前も一緒に死ななかったんだ――そんな同調圧力、昔から良くあったからね。

 性格以外にその辺の社会性も加わって、個人に悪影響を及ぼしちゃうのよ。

 不眠とか鬱とか心的外傷後ストレス障害(PTSD)とかは、その典型的な症状ね。

 

 ましてや真面目な狛村隊長だと、思い詰めて最悪の方向に走ったとしても――

 

「同じ立場に立てば、少しは理解できるのだろうか……? 湯川隊長、(ホロウ)化とはどのようにすれば……」

 

 ――あっ! 進行が想像以上に早い!!

 

「落ち着いて下さい。それは最悪ですから、まずは落ち着いて」

「う、うむ……」

 

 危なかったわ……

 とりあえず落ち着いて貰ったけれど……さて、なんて答えれば良いの……

 うーん……この問題、未来ではどうやって解決したのかしら……けどもう頼れないんだし、私が自分でなんとかするしかない、わよね……

 

「まずその、東仙が死神を裏切った理由は一体何だったんでしょうか?」

「わからぬ……東仙は、彼奴は何も教えてはくれなかった」

「御自分で調べたりは?」

「無論、調べた! だが手掛かりは何も……いや待て!!」

 

 そこまで叫んだところで、ハッと何かを思い出したように口元を押さえました。

 

「東仙は最後に――()……う……――ハッキリとは聞こえんかったが、確かにそう言っていた……」

「となるとそれが、糸口になりそうですね。人の名前? それとも何か物事や事件の名前かしら……」

 

 か、う……ねぇ……途切れているから分かりにくいけれど、かきょう? かしょう? かりょう? かろう?

 どれもピンと来ない、と思うんだけど……ねぇ射干玉は何か知ってる?

 

『せ、拙者は知らないでござるよ!!』

 

 ……怪しい……

 

「ともあれ、その名前は調べておきましょう」

「うむ。儂の方でも心当たりが無いか、探ってみよう」

 

 納得したように頷きましたが……狛村隊長、調査とか苦手そう……

 

「それともう一つ。東仙への慈悲というのは、わからなくはないです」

「何!? それは一体……!!」

 

 あぁ、またテーブルが……すごい嫌な音が……ミシミシどころかバキッって……

 

「狛村隊長を初めとした死神を裏切ってでも、成し遂げたい"何か"があった。その何かを成し遂げる前にもう一度死神と手を取り合うのを、彼は許せなかったんだと思います。隊長時代、正義について自他共に厳しかった人ですから」

「なるほど……そう言われれば……」

 

 私の意見を聞くと、顎に手を当てながらブツブツと考え始めました。

 

「藍染が言っていた慈悲、アレはいわゆる介錯のような物と考えれば……儂と再び手を取り合うことは、東仙にとって苦痛……だったのか……? 一時的な物でしかなく、やがて覚悟と正義との狭間で苦しませることになるだけ、だったと……?」

 

 あ、また思考がマイナスの方向に進んでる。

 

「ならば、儂のしたことは……」

「余計なこと、ではなかったと思いますよ」

 

 なので言葉を勝手に引き継ぎます。

 

「結果としてはそうでも、あの瞬間だけは間違いなくわかり合えていた――私の目にはそう見えました。藍染と出会う前に狛村隊長と出会っていたら、あるいは東仙にもう少しだけ柔軟さがあったのなら、また違った結果になったのかもしれません」

「む……だがそれは……!」

「誰も悪くはない。あえて言うなら、機会が悪かっただけです。だから狛村隊長も、あまり思い詰めすぎないでください。狛村隊長が忘れない限り、東仙が貫こうとしていた正義は消えることもないと思います。だから、ゆっくりと……」

 

 そう告げれば眉間の皺がさらに深くなり、表情がさらに険しい物になりました。

 せ、説得失敗しちゃった……!?

 

「いや、違う……! 違うのだ! 確かに、機会も悪かったのだろう!! だが儂らは"東仙が死神を裏切る決意をした何か"について、何も知らぬ! 故にその結論を出すのはいささか早すぎるのだ!!」

「ええ、ですから……」

「すまぬな湯川隊長……その言葉、儂を気遣ってくれたのであろう? だが儂は東仙の最期を看取った者として、彼奴の苦しみを取り除いてやりたいのだ!!」

 

 あらら、そっちに行っちゃったかぁ……

 

『元気になったのですから、良いことなのでは?』

 

 そうなんだけど、同時に死者の意思に縛られている状態とも言えるのよ。

 悪い状態とは言い切れないんだけど……

 

「こうしてはおられぬ! 東仙の無念、その根本を突き止め、儂が果たさねばならぬ!」

「待ってください! もしも……もしもですよ? その原因を知って、取り除く為には死神を裏切らなければならないとしたら……狛村隊長はどうしますか?」

「む……!? そうだな……」

「それ以前に、その原因を突き止められない可能性だってあります。狛村隊長が無為に苦しむような事は東仙も望まないと――」

「そうなった時には、また湯川隊長に相談させてもらうとしよう」

「……っ!!」

 

 うわ、うわあぁ……!! 突然そんなイケメンなセリフはズルいですって!!

 私今顔が真っ赤になってる自覚があるもの!!

 

「お主ならば、儂を止めてくれるだろう? こう見えても、信頼しておるのだ」

「わ、わかりました……どれだけご期待に応えられるかはわかりませんが……」

 

 うう……表情を見られないように俯きながら返事をするのが精一杯です……

 なんでこうなっちゃったの?

 

『やはり藍俚(あいり)殿はチョロいでござるな!! さらっと協力を約束しているでござるからして……クソチョロでござるよ!!』

 

「では、失礼する。やることが山積みだということが、改めて分かったのでな……それと、机は申し訳ない。代金は儂に直接請求してくれ」

 

『おお! 去り際に弁償すると告げる辺りも好感度がアップっぷでござるな!! 笑うと負けてしまいそうでござる!! しかも自腹を切るとサラッと言っている辺りも倍率ドンでござる!!』

 

 本当にね……

 

 ああもうっ!

 少しだけ、顔の火照りが冷めるまでの間だけ、ココで休んでいきましょう!!

 

 しばらく狛村隊長はお腹いっぱいだわ……

 

『ですが、この件はこれで終わらないのでござるよ』

 

 ……え、ウソ!! まだ続くの!?

 




(この相談してる場面、某人は映像を見ながら腹抱えて笑ってそう)


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第267話 狼とポジョデモーレ

 前回、狛村隊長の相談に乗ってから十日ほどが経ちました。

 あれから特に、誰かがやってくるわけでもなく。私は現世と尸魂界(ソウルソサエティ)を行ったり来たりしながらお仕事を続けていました。

 

 よかったぁ……射干玉があんなことを言ったから、どうなることかと思ったけれど……

 別に何もないみたいね。

 即座に何か、こう「関連のある事件が起こって大騒ぎ!」なんて展開を想定していたから、むしろ拍子抜けって言うか……

 

 ううん、隊首室で粛々とお仕事できるのってとっても素晴らしいことよ。

 けど万が一に備えて用意した備蓄や薬、無駄になっちゃったわね。勿体ないから、これも使っちゃいましょう。

 四番隊(ウチ)の子たちに振る舞ってあげても――

 

「ごめんしてつかぁさい! 湯川隊長はおりますけぇの!?」

 

 ――あ、予定がぶっ壊れた音がしたわ。

 

『拙者の言った通りでございましょう?』

 

 うん……でもまさか、こう来るとは思わなかったわ……

 この声と口調って、射場副隊長(あのひと)以外ありえないわよね……ってことは……

 はぁ、行かなきゃ……

 

 遠くから聞こえてくる綜合救護詰所の入り口周辺のざわめきに憂鬱な気分になりながら、私は隊首室を後にしました。

 

 

 

「ああ、こら(これは)湯川隊長。ご迷惑をお掛けしてえらいすんません!」

「いえまあ、それは構いませんが……ひょっとして、狛村隊長の事ですか?」

ほう(そう)です! 隊長を、止めてつかぁさい!!」

「……へ?」

 

 止めて、って……何かしたの……? 

 

「なんでも湯川隊長とご相談したぁ聞きましたけん」

「ちょ、ちょっと!?」

「お願いします! もう頼れるんは湯川隊長しかおらんのです!!」

 

 現在、綜合救護詰所の入り口辺りです。

 そのため色んな人の目があります。そんな中、射場副隊長は私の両腕をしっかりと掴むと縋り付くような視線を送ってきました。

 普段は凜々しく男気溢れるだけに、今のなりふり構わない様子は奇異に映るようで。あっという間にざわざわと話し声があちこちから聞こえてきます。

 

『ちなみに、射場殿はサングラスを付けておりますが! グラサン越しでもなんやかんやで感じられる、ということでござるよ!! なんやかんやは便利でござる!!』 

 

「お、落ち着いて! 落ち着いてください!! とりあえずこっちの部屋でお話は聞きますから!!」

「ぬおぉっ!?」

 

 混沌とした状況に耐えきれず、思わず応接室に引っ張り込んでしまいました。

 力一杯引っ張ったので、射場副隊長がひっくり返っているのが視界の端に見えます。

 

「……あっ! それと皆は通常業務を続けてね!」

 

 最後に野次馬たちにそう告げると乱暴に戸を閉め、静かになったことを確認しながら息を吐き出しました。

 

「はぁ……ここなら、問題は無いと思うので。ゆっくり落ち着いて、最初からお話してください」

「えらい、すんません……」

 

 射場副隊長も自分が性急過ぎたと反省しているのか、頭を掻きながら口を開きます。

 

「何から話せばええのやら……発端となったんは、ウチの隊長が湯川隊長のところへ相談に行った日からです」

「相談、受けましたね。個人情報のこともあるので、内容はお話できませんが……」

「いえいえ、それについては儂も知っとりますけぇ問題ありません。隊長は『湯川隊長とお話して、自分がどうすれば良いのか。その指針を改めて自覚できた』言うちょりました」

「そ、そう……それは良かったわ……」

 

 ……うん? ということは、なにがあったの……??

 

「それはええんです! ただその日から隊長は、ロクに休みも取らんと仕事に調べ物、自己鍛錬にとぶっ続けでやっとるんです!!」

「は……っ!?」

「時間のある時にゃ流魂街に出向いとりますし、まるで自分を追い込んどるようで……儂ぁ(わしゃあ)、もう見とれんくなっちまいまして……」

 

 ああ……そういうこと……?

 

「それで、原因である私に責任を取れってこと? もう一度説得して、やめさせればいいの?」

「いやそれは……そういうんではのぉ(なく)て……」

 

 え、これも違うの!?

 

「隊長が苦しんどったことは儂らもしっちょります! じゃから、止めようとは思っちょりません(おもっていません)! ただ、今みたいな自分の身を削り続けるような真似はせんように上手く言っては貰えんもんか思いまして……」

「今のままで、でも適度な休憩を挟んで自分の身体を労るように誘導すればいいの?」

「はい! 仰る通りです!!」

 

 う、うーん……面倒な注文だわ……

 何より、それが目的だったら……

 

「手っ取り早く、総隊長に相談するのはダメだったの……? 定期的に"休め"と命令すれば、狛村隊長も……」

「そがぁな命令、隊長が聞くわけありません! 目が届かんのをいいことに、ここぞとばかりに倒れるまで働くに決まっとります!!」

 

 いやいや、精神状態どうなっているのよ狛村隊長!?

 

「じゃけん、もう湯川隊長のお力をお借りする以外に手があらぁしません(ありません)!!」

 

『言外に"おまえの責任だろ、なんとかしろ"って言われてるでござるよコレ』

 

 奇遇ね、私も同じ気持ちだわ……

 

「……分かりました。なんとかしてみます」

「本当ですか!? 恩に着ますけん!! ほんなら、お願いします!!」

 

 うわ……すごく良い笑顔……

 

 でも、引き受けたは良いけれど、どうしようかしら……

 狛村隊長を休ませるとするなら……

 

 あ、そうだ……!! うん、アレで行きましょう!!

 

『おお、何か思いついたでござるな!?』

 

 ベタな手なんだけどね。

 あとは、部下の子にちょっとだけ情報収集をしておきましょう。確か以前、話をしていたはずだから……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「五郎ちゃん、久しぶりー♪ 私のこと、覚えてる?」

「ヒャン!!」

 

 翌日。

 善は急げという事で、色々と無理を言って狛村隊長と再び会うことになりました。

 

「狛村隊長も、わざわざ八地区までご足労させてすみません」

「いや、それは構わぬが……」

 

 ただ場所は四番隊の隊舎や綜合救護詰所などではなく、八地区のとある一画です。

 約束の際には「五郎ちゃんも一緒に連れてきてください」とお願いしたので、こうして一人と一匹が同時に登場です。

 それにしても、五郎ちゃんとは久しぶりに会ったわね。半年ぶりくらいなのに、全然忘れずに頭を擦りつけながら懐いてくれています。

 

「なぜ五郎まで連れてこねばならなかったのだ? いやそれより、儂には果たさねばならぬ使命があるのだが……」

「すみません……実は今日は、私のワガママなんです。どうしてもココに行ってみたくて!!」

 

 そう言いながら、狛村隊長へ向けて一枚のチラシを差し出しました。

 ですが差し出された当人は、ぽかーんとしています。

 

「ドッグカフェです」

「ドッグ、カフェ……?」

犬と一緒の飲食店(ドッグカフェ)ですよ。四番隊(ウチ)で話題になってて、それで一度行ってみたくて。でも犬を飼っている知り合いが狛村隊長以外に思いつかなかったもので……」

 

 こちらのお店、いつの間にかオープンしていました。そのまんま現世のドッグカフェと同じです。

 元々ペットショップみたいなお店だったんですが、どこで知ったのやら愛犬と一緒に飲食を楽しめるお店になっていました。

 愛犬家同士が知り合えるらしいので、口コミでそこそこ噂になってるみたい。

 

「ご迷惑、でしたか……?」

「ぬぅ……」

 

 まさかこんなことで呼び出されたとは思っていなかったようで。狛村隊長が複雑そうな表情になっています。

 

『チベスナ顔とはこういうときに使えばいいのでございましょうか!?』

 

 多分ね、そんな感じだと思うわ。

 

「ほら、五郎ちゃんも最近狛村隊長に構って貰えなくて寂しいって言っていますよ?」

「キューン……」

「む……? ええい五郎、そのような顔をするでない! わかったわかった、確かに最近相手をしてやれんかったな。何よりここまで来てしまったのだ! 付き合ってやろう!」

「ありがとうございます! じゃあ、早速行きましょう!!」

 

 狛村隊長の気が変わらない内にと手を取り、そのまま引っ張っていきます。

 

『……なるほど、これが藍俚(あいり)殿の考えたベタな作戦でござるか?』

 

 そういうこと!

 五郎ちゃんをダシに使えば、嫌とは言えないでしょ? だから、どこか良い場所はあったかなって思っていたら、噂になっていたのを思い出したのよ。

 かこつけて、ゆっくり休ませてあげれば良いかなって! なかなか良い考えでしょ?

 

『ですがその方法では、その一瞬だけしか身体を休めないのでは……?』

 

 大丈夫! もう一つ秘策があるから!! それと併せて説得する予定よ!!

 

『秘策……? ああ、昨日(さくじつ)に四番隊で作っていた――』

 

 あーあー、ダメよ! それ以上は今はダメ! その通りなんだけど、今はダメ!!

 

『ネタバレ厳禁でございましたな! これは失礼を!!』

 

 うん、そういうことよ。出番があるかはまた別なんだけどね……

 さて後は、地図を頼りにドッグカフェまで……あら? なんだか周囲から視線が集まっているような……なんでかしら??

 

 

 

 

 

「いらっしゃいま……こ、これは護廷十三隊の狛村隊長と湯川隊長! 当店が何か、粗相でもいたしましたでしょうか……!?」

「いえいえ、今日は客として来ただけですのでお構いなく。普通に接してください。あ、二名と一匹ですけど、大丈夫ですか」

「はい、勿論。かしこまりました」

 

 お店に入った途端、店員の方からかしこまったご挨拶をされてしまいました。査察か何かだと思われたのかしら?

 

『別々の隊の隊長が二人、しかも一見(いちげん)さんでござるからな。慌てても仕方ないでござるよきっと』

 

 そう言われれば、通い慣れたお店にばかり行ってたわね……油断してたわ……

 

 そうそう、お店の事なんだけど。

 店内は綺麗で、いかにもカフェといった感じの作りになっています。洋風なインテリアとかがあって、でも落ち着いた構えですね。

 

「ほらほら、狛村隊長も。遠慮しちゃダメですよ?」

「むぅ……だが、こういった店はあまり馴染みがなくてだな……」

 

 私たちが入店すると、再び騒ぎが起こりました。

 すでにお客さんは何人もいましたが、やっぱり珍しいのか、全員が驚いたようにこっちを見ていますね。

 気後れしている狛村隊長の背中を押しながら店内へと入って席に座ると、とりあえず飲み物と食べ物を全員分――わからなかったので一番人気の物を――注文します。

 

「へえ、お野菜とお肉のグリル……それにこっちはハーブティ……凝ってるのね」

 

 しばらく後、出てきた料理に思わず感心していました。

 この辺、やっぱり現世の影響を受けているんでしょうね。愛犬に食べさせるのに考えられたメニューっていうか……

 

「の、のぅ湯川隊長? その、儂はここにいて良いのか……?」

 

 ……あ、いけないいけない。狛村隊長のことを忘れていたわ。

 

「当然ですよ。せっかく来たんですから、五郎ちゃんのためにも楽しまないと!」

「だ、だが……」

「ほら見てください、ドッグラン(運動場)もあるみたいですよ? 一緒にどうです?」

「ドッグラン……???」

「五郎ちゃんも、たまには走り回りたいわよね?」

「ヒャン!」

「うん、決まり! それじゃあ、早速行きましょう!」

「お、おい湯川隊長……!!」

 

 困惑する狛村隊長を振り回すようにして、外に連れ出します。

 

 そうして二人と一匹で遊び回っていれば、寄ってくる人もいまして――

 

「あのぉ狛村隊長……うちの子も一緒に遊んでもらって良いですか?」

「うちの子の頭、撫でてやってもらえませんか!?」

「俺も五郎と一緒に遊んでも良いでしょうか!? ほら、ボールもあるんです!!」

「あ、ああ……構わんぞ……」

 

 ――という具合に、愛犬を通して瞬く間に交流が深まっていきました。

 

「いつも散歩しているのを見てて、気になってて……!」

「そうだ狛村隊長、五郎ちゃんのトリミングとかどうです!?」

「とり……みんぐ……?」

「散髪ですよ、毛並みを整えるんです」

 

 時々こうして、分からない言葉をこっそり教えたり――

 

「うわぁ、五郎ちゃんふっかふかだね!」

「狛村隊長に可愛がってもらっているのね!」

「いいなぁ五郎ちゃん……じゃあ、私は狛村隊長を!」

「こ、こら! 湯川隊長!! 儂ではなく五郎をだな……」

「いいじゃないですか、ほらほら♪ 動いちゃダメですよ?」

「むぅ……」

 

 トリミング用のブラシで毛並みを整えたり――

 

「そういえば近くには、温泉施設もあるそうですよ?」

「温泉?」

「愛犬と一緒に遊んで出た汗を流すんだとか……あ、そこには混浴もあるそうです!」

「な……っ……!!」

「後で、一緒に入りません?」

「い、いや……遠慮しておこう……」

 

 混浴は混浴でも、犬と一緒にお風呂に入るって意味の混浴だからね。男女は別だから。

 そんな風に楽しんでいれば、アッという間に時間が過ぎていきました。

 

 

 

「……ふぅ。まったく、まさかこんなことになるとは思わなかったぞ」

「あはは……申し訳ありません。ちょっと調子に乗りすぎました」

 

 現在は再び席に戻り、お茶を飲みながらの小休止中です。

 湯飲み茶碗を手にした狛村隊長へ向けて、私は頭を下げます。

 

「だが、心地良い疲れだ……今日は、儂のことを気遣ってのことだったのだろう? 謝ることはない」

「あ……気づかれちゃいましたか?」

「最初から、少々不可解だったのだ。おそらく鉄左衛門あたりが気を回したのだろう?」

 

 あらら、全部バレていますね。

 じゃあもう、全部素直に話してしまいましょうか。

 

「ええ、そうです。隊長が根を詰めすぎていると相談を受けまして……そもそも狛村隊長がそうなってしまったのは、私の責任でもありますから」

「いや! そのようなことは決してない!! 問題があるとすれば儂の方だ!! 儂が少々気負いすぎ、軽率だったのだ。このようなことは控えると誓おう!」

 

 控える、か……

 

「控えるんじゃなくて、ちゃんと公私の区別は付けてくださいね。熱心なのは良いんですけど、もう狛村隊長一人の問題じゃないんですから!!」

「……肝に銘じておこう」

 

 東仙の問題を解決したいって気持ちが強くなりすぎてたけれど、これで良い感じにブレーキも掛かったことでしょう。

 射場副隊長ら七番隊の皆さんに心配されるようなことも、無いと思います。

 

 それじゃあ、最後に……っと。

 

「狛村隊長、まだお時間はありますか?」

「時間か? うむ、まだ平気だが……まだ何かあるのか?」

「ええまあ、でもそれは後のお楽しみですよ。さあ、行きましょう」

 

 唇に指を当てて「シーッ」のポーズを取り、いたずらっぽくウィンクしながらお店を後にします。

 あ、お金はちゃんと全額私が払いましたよ。

 

『ところで藍俚(あいり)殿、気づいておりますか……?』

 

 え、何が……?

 

『お二人の行動や言動は……いえまあ、気づかぬのならそれはそれで問題ありません……』

 

 ????

 

『(知らない人からすれば、どう見てもイチャついてる恋人同士でござるよ……またこれで一波乱なければ良いのですが……)』

 

 

 

 

 

 

「さ、どうぞお召し上がりください」

 

 続いてやってきたのは四番隊(ウチ)の食堂です。

 おとなしく座って待っていた狛村隊長の前に、手作りの料理を出しました。

 

「ふむ、あまり嗅いだことのない匂いだが……これは一体……?」 

「ポジョデモーレ、鶏肉を煮込んだ料理です」

 

 イメージとしては煮込みハンバーグみたいな感じかしら。

 ソースと一緒に煮込んであるから、柔らかくなってるわよ。

 

「ほら、以前に茶渡君と一緒に食事をしたのを覚えていますか? あのときは赤茄子(トマト)でしたけれど、今度は狛村隊長がお好きな物をと思って」

「それがこれか……どれ」

 

 スプーンを手に、一口食べてくれました。

 

「甘いが、ほろ苦い。それでいて肉の旨味もある……不思議な味だな」

「実はそれ、茶渡君の故郷の料理なんです」

「泰虎の!?」

 

 よし! 予想通りに食いついてくれました!!

 狛村隊長なら、絶対に食いついてくれると思ってたわ!!

 

「ええ、正確には彼のルーツとなった国……メキシコっていうんですけれど、そこのお肉料理の一つです。今度また茶渡君と一緒に食事をする機会があったら、そういう料理を食べたいんじゃないかなって思ったので」

「そうか、これが……」

 

 正体が分かったからか、狛村隊長は次々に口へ運んでいきます。

 

「茶渡君、現世でボクシングって格闘技を習い始めたそうですよ。自分の戦い方には、基本となるものが無い。だから基礎から鍛え直すんだって言ったそうです。彼は、黒崎君が倒れてもまた力になりたいって思ってるんですね」

「泰虎……!」

「そんな風に一歩一歩、茶渡君は基礎から頑張って積み上げ直しているんです。なのに狛村隊長がそんなに性急に事を運ぼうとしても、上手く行くわけ無いですよ」

 

 そこまで口にすると、料理を口に運ぶ手が止まりました……あ、もう全部食べちゃってるわね……

 

「そうだな……湯川隊長、すまぬ! わざわざ気を遣わせてしまって!!」

「気にしないでください」

 

 よし! これで説得は完璧ね!!

 

「それにしても、泰虎の近況などどうやって……?」

「偶然、織姫さんから伝令神機を通じて連絡をもらったんですよ。それで知ったんです……あ、そうだ! どうせなら狛村隊長も如何ですか? 茶渡君に伝令神機を渡せばいつでも連絡出来ますよ?」

「なっ!」

 

 興奮してか、思わず立ち上がりました。

 

「い、いやだがそれは……一体何を話せば良いのか……そもそも…………お?」

「……お?」

 

 悩んでいたかと思えば、不意に気の抜けた声が聞こえました。

 一体何が――

 

「おおおおおっ!?!?!?」

「狛村隊長!?」

 

 ――と思えば、瞬く間に倒れ込みました。

 しかも受け身をとらない、意識を失ったとき特有の倒れ方です! 一体どうして……

 

 そこまで考え、テーブルの上の空っぽのお皿を見て気づきました。

 

 

 

 ポジョデモーレ。

 鶏肉のチョコレート(・・・・・・)煮込みです。しかもソースにはタマネギ(・・・・)も使っています。

 

 

 

 ええっ! ま、まさかこれが原因!?

 確かにどっちも、犬に与えちゃダメな食べ物って聞くけれど!! これええぇぇっ!?

 

『どなたかお客様!! お客様の中にお医者様は!! お医者様はいらっしゃいませぬか!!』

 

 はい、私です! 私が医者です!! ……じゃなくて!!

 

「狛村隊長しっかりしてください!! 誰か! 手術室!! 緊急の治療の準備を!!」

 

 突然倒れたことで周囲が騒然とする中、大慌てで指示を出します。

 幸いにも四番隊(ウチ)まで戻ってきていたので、処置は手早く済みました。

 

 

 

 ……休ませようとは思ってたわよ。

 でもまさか、こんな風に休ませることになるなんて……

 

 違うからね! 狙ってやったわけじゃないから!!

 




●ドッグカフェ
狛村隊長が、愛犬を連れて、ドッグカフェに行く。

(多分、文字だけで面白いと思います)

●ポジョデモーレ
メキシコ料理。鶏肉のチョコレート煮込み。
(「ポジョ:鳥」「モーレ:ソース」という意味)
甘くてほろ苦いお味。
(煮込み料理なので、実際に作ると小一時間は掛かる)

煮込んだチョコと薄切りタマネギで、意中の相手を落としちゃえ!

●タマネギとチョコレート
どちらも「犬にあげてはいけない食べ物」として知られています。
(ザッと調べた限り「タマネギもチョコも、ガチらしい」ので。控えた方がベターです。チャレンジするくらいなら与えるな!! ワンワンの命が掛かってるんだぞ!!)

ただ、致死量は体重・体格に比例するので。
狛村左陣(身長288cm 体重301kg)という巨漢では、多少の量を食べても影響は微々たる物だとは思います。

倒れたのは、漫画的な表現のノリ。
もしくは、藍俚(あいり)殿のお料理に込められたパワーが強すぎた。
どちらでもお好きな理由をどうぞ。


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第268話 ルート分岐(セーブ推奨)

(年明け最初の更新なので)
あけましておめでとうございます。
旧年中は評価・感想・誤字指摘と誠にありがとうございました。

今年もその……どうか一つ、ご贔屓にしていただければ幸いです。

(今年中に終わると良いなぁ……)



 狛村隊長に"タマネギとチョコレート"を食べさせ、昏倒させてしまった件ですが。

 丁寧にお詫びを――当人は勿論、七番隊の全員にまで――して、解決した……んですが……!!

 

「隊長! 狛村隊長と逢い引き(デート)したって本当ですか!?」

「私見ました! 子犬と一緒に楽しそうに歩いていましたよね!?」

「八地区の飲食店(カフェ)で見たって友達が!!」

「え、えっとね……」

 

 その翌日には、四番隊(ウチ)の女性隊士に囲まれてしまいました。

 どうやら狛村隊長と私がお付き合いしていると勘違いされたようです。

 

 ……射干玉が言ってたのって、コレかぁ……!!

 そりゃあそうよね、アレって客観的に見たら恋人同士だもん。一緒にドッグカフェに行って、思いっきり楽しんでたもん。

 基本的に仕事仕事の私だから、きっと余計にそういう目で見られちゃうのよね。

 

「大騒動になりましたけれど、アレって狛村隊長のための手作り料理ですよね!?」

「とうとう隊長の特製料理が一人の男に向けられる日が来たのね!!」

「心と胃袋を一緒に落としちゃったわけですか!?」

「「「「キャーーーッ!!!!」」」」

「あのね、みんな落ち着いて……」

 

 アレはただ、依頼されただけだから……

 違うのって説明したいのに、全然聞いてくれない……くすん……

 

「大ニュース大ニュース!!」

 

 こ、今度は何!?

 

「九番隊の子が隊長の逢い引き(デート)を見てたんだって!! だから今度の瀞霊廷通信で特集する……って隊長!? あ、あれ!? どこに行くんですか!! 急に走り出して……!?」

 

 それはダメ! 絶対にダメ!! だって狛村隊長にまで迷惑が掛かるから!!

 

 声が聞こえた瞬間、隊の子たちは置き去りで九番隊に向けて全速力で駆け出しました。

 その後、直談判することで記事をどうにか差し止められました。

 

 はぁ……面倒だったわ……

 

 でもこうなったのも、私が原因なのよねきっと……

 そもそも以前に告白されたときだって返事を引き延ばしたままだし……そろそろちゃんと返事をしないとダメよね……

 

『ですが藍俚(あいり)殿は以前に"自分よりも強い相手が好き"と公言をしていますぞ!! よってお相手は自然と絞られるはずでは……???』

 

 それはそれ! これはこれ!!

 

 どんな形でも、ちゃんとお返事はしないとダメなの!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●天貝繍助のところへ行く

 

 

 

「天貝隊長、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」

藍俚(あいり)さん、ようこそ。けど、急にどうしたんですか?」

 

 三番隊の隊首室へと出向いた私は、開口一番に頭を下げました。

 ですが出迎えてくれた天貝隊長は「何のことかわからない」といった様子で、首を傾げています。

 

「その、以前に天貝隊長から受けた、その……こ、告白のことについてです……」

 

 自分で自分の顔が真っ赤になっているのが分かります。きっと耳まで赤く染まっていることでしょう。

 ただ返事をするだけなのに、とても勇気がいりますね……

 各部隊の隊士たちの命を預かっているのとはまた違った重圧が掛かっているのがよくわかります……

 

「ああ! あのことでしたか!! いやぁ、ずっと返事を戴けなかったからてっきりもう愛想をつかされていたと思っていましたよ」

「ちちちち違います! けどその、お返事が中々出来なかったことは申し訳ありませんでした……」

 

 やっぱり、そんな風に勘違いさせちゃっても仕方ないわよね。

 

「その、虫のいい話に聞こえるとは思いますが……あのときの言葉、お受けしても、よろしいでしょうか……?」

「あの……それはつまり……!?」

「はい……天貝隊長――いえ、繍助さん。ふつつか者ですが、よろしくお願いしま……きゃっ!?」

藍俚(あいり)さん!!」

 

 いつの間にか、繍助さんに抱きしめられていました。

 筋肉質な身体の感触が、肌を通して伝わってきます。それと同時に、体温と心臓の鼓動も……すごくドキドキしているのが、よく分かります。

 

「その、なんて言ったらいいか分かんないんですけど、すげえ嬉しいです!!」

「そんな! 私こそずっとお待たせしてしまって……あら?」

 

 抱きしめられたからでしょうか? 気づけば自然に、一滴の涙が溢れ出ていました。

 

「やだ、安心したら涙が……」

「はは……大丈夫、俺も同じ気持ちですよ。嬉しくって今すぐにでも大泣きしたいくらいです」

 

 頬を伝う涙を、繍助さんは指先で拭いながらそう言ってくれました。

 その仕草と台詞がとても絵になっていて、頭の中がクラクラしてくるのが分かります。

 

「よし、今日はもう仕事は終了!! これから二人で逢い引き(デート)でもしましょう!!」

「え……駄目ですよ! 仕事はちゃんとしないと……」

「いいからいいから! さあ、行きましょう!!」

 

 手を掴まれ、強引に外へと連れ出されてしまいました。

 大通りまで出たところで私はもう諦め、恋人の様に腕を組みます。

 

「あ、藍俚(あいり)さん!?」

「ふふ……これからよろしくお願いしますね、繍助さん」

 

 身体を押しつけながら、耳元でそっと囁きました。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●吉良イヅルのところへ行く

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 吉良景清・シヅカ

 

 二人の名前が刻まれた墓碑の前で、私とイヅル君は並んで手を合わせています。

 こういうの、ご両親への報告って言うんですよね?

 

 

 

 気持ちに応えようと考えたとき、自然と浮かんだのはイヅル君の顔でした。

 これがきっと自分の素直な気持ちなんだと思った私は、気づけばイヅル君に気持ちを伝えていました。

 他のみんなには勿論「ごめんなさい」と、一人一人丁寧に頭を下げてお詫びをして回りましたよ。

 

 そしてこれが最後。

 ご両親に「息子さんとお付き合いさせていただきます」という報告になります。

 

「……ふぅ」

 

 イヅル君は十分(じゅっぷん)ほど手を合わせていました。

 きっと報告することが山ほどあったのでしょうね。

 口を開いた時の彼の表情は、なんだかとても晴れやかなものでした。

 

「終わった?」

「はい。先生こそ、お待たせして申し訳ありません」

「いいのいいの。だってこれが、二人の最初の思い出になるんだから」

「あ……」

 

 そう告げると、イヅル君の頬が赤く染まります。

 

「だから、待っている時間も退屈じゃなかったわよ? イヅル君が今、どんなことを報告しているのかなって考えている間に、時間なんてあっという間に過ぎちゃった」

「…………」

 

 呆然と、けれども喜びを隠しきれないようで。

 イヅル君は落ち着きなさそうに視線をあちこちに向け始めました。

 

「ほーらっ、そんなみっともないことしないの。どっちかっていうと私の方がみっともないのよ? 景清さん(おとうさま)シヅカさん(おかあさま)も、若い頃に顔を合わせたことがある相手なのに、その子供とこんな関係になってるんだから」

「あはは……すみません、先生……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるイヅル君へ、私は指を突きつけて注意します。

 

「あと、その先生も禁止!」

「え……?」

「だって……せっかく付き合うことになったのに、先生なんて呼ばれるの嫌だもん……私だけ名前で呼んでいるのは、ズルいじゃない……」

「あ……!」

 

 プイっと顔を背けて頬を膨らませれば、さらに慌てた様子を見せてくれます。

 

「あ、あの……せんっ、じゃない! あ、ああ藍俚(あいり)さん!!」

「……なーに、イヅル君?」

 

 微笑みを浮かべながらイヅル君に視線を合わせれば、彼は全身が茹で上げられたように真っ赤に染まり、石像のように硬直して動かなくなってしまいました。

 

 あらら、これは……前途多難かしら……?

 

「もう……しっかりしてよね」

 

 額と額をコツンと合わせ、唇同士が触れ合うまで後一寸(3cm)も無い。そんな距離まで顔を近づけながら。

 私は、将来の旦那様へ困ったように呟きました。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●虎徹勇音のところへ行く

 

 

 

 終業の鐘が遠くから響いてきました。どうやら今日の業務も終了の時間ですね。

 とはいえ、我が四番隊は夜勤組もいるわけですが……

 

「はい、それじゃあ今日の業務は終了。お疲れ様。夜勤組のみんなはこれから頑張ってね」

「「「はい!」」」

 

 なので勤務交代の際のミーティングも終えて、注意事項や引継事項の共有も済ませて。最後の挨拶も終えたところで、ようやく自由の身になれました。

 あと残っているのは、隊士たちの業務日誌を確認するくらいです。

 

「お疲れ様でした隊長」

「勇音もお疲れ様」

 

 二人で隊首室に戻ると、砕けた言葉使いで声を掛け合います。

 

「もう勇音ったら、違うでしょう?」

「あ、そうでした……藍俚(あいり)さん」

「ふふ、勇音ったらまだ慣れないの? でも、そんなところも可愛いんだから……」

「あ……っ……」

 

 藍俚(あいり)と私の名前を呼ぶだけで、顔を真っ赤にしています。

 そんな勇音が愛しくて愛しくて、我慢できなくなって力強く抱き寄せてしまいました。

 抱き寄せた彼女はまるで少女の様に小柄に感じられます。

 

「ほら、勇音……んっ……」

「ん……ちゅ……っ……ぺろ……っ……」

 

 そのまま勇音を引き寄せると、口付けを施しました。

 最初は触れ合うようにゆっくりと。慣れてゆくに従って次第に激しく。

 唇から伝わってくる柔らかな感触に興奮してしまい、思わず舌を突き出して舐めてしまいます。

 それは勇音も同じ気持ちだったようで、私の舌に自分の舌を絡ませると大胆に吸い付いてきました。よほど興奮しているのか、いつもの控えめな彼女からは想像も出来ないほど激しい行為です。

 

「……んむ……ぅっ……ちゅ……」

 

 そればかりか、死覇装の中に手を入れてきました。

 胸元を探るようにそっと這い回っているその手を掴むと、私は「ここに欲しい」と言わんばかりに勇音の手を導いてあげます。彼女もそれを了承したように、先端部分を指先で優しく擦ってくれました。

 

 二人きりの隊首室の中。

 私たちは互いの気持ちを交換し合うように、激しく絡み合います。

 

 

 

 毎日繰り返される業務の中にあって、たった一つだけ増えた行動です。

 道ならないということは分かっているんです。

 でも、私は自分の気持ちにウソは付けませんでした。

 

 これが私の選んだ答え。

 私のことを慕い、ずっと着いて来てくれた勇音への気持ちです。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●雛森桃のところへ行く

 

 

 

「桃、私ね……あなたのことが好きなの」

「先生……! 私、私……嬉しいです!! 私も大好きです!!」

 

 私が選んだのは、桃でした。

 天貝隊長やイヅル君、勇音には丁寧にお詫びをしてから、桃を呼び出して気持ちを伝えました。

 彼女の喜びようは、見ての通りです。

 

 小柄な体格と幼げな容姿に不釣り合いなほど妖艶な笑みを浮かべながら、うっとりと私のことを見ています。

 こういうところを見ると、女の面があるのだと否応なしに理解させられますね。

 

「……でもね、ちょっと心配なのよ。女同士でこういう関係になるのって普通じゃないから……だからどうしたら良いか分からなくて……」

 

 ですが喜びもつかの間、私は次の言葉を桃に投げかけます。

 

「だから、思い切って聞かせて。桃は私と、どんなことがしたいの?」

「私が……先生と……したいこと……」

 

 訪ねれば桃は口元に指を当てながら「うーん」とうなり声を上げながら考え込み始めました。

 

「……あっ! 思いついた!!」

「なになに? 聞かせて」

「えへへ……実は……」

 

 

 

 桃と恋人同士になってから、数日が過ぎました。

 一緒に出かけたり二人きりで交流をしたりと、普通の男女の恋人の様な逢瀬の日々は重ねています。

 

 ですがそれは別に、彼女と私だけのヒミツができました。

 

「あ」

「あら」

 

 綜合救護詰所の廊下で、私と桃は出会いました。

 意図せぬ出会いですし、そもそもお互いに用事があったわけではありません。軽い会釈をしつつ、無言で通り過ぎます。

 

 ただ――

 

「…………」

「…………」

 

 ――すれ違う瞬間、私と桃は自身の死覇装の一部を指でそっと撫でます。

 その部分、その裏地には、お互いがお互いの死覇装に入れた刺繍がありました。

 

 私の死覇装の裏地には、桃が入れてくれた"桃の花"の刺繍が。

 桃の死覇装の裏地には、私が入れた"(あい)の花"の刺繍が。

 

 お互いがお互いに、自分の名前に入っている花の刺繍を施すことで、繋がりとする。

 おおっぴらに言葉を交わせない、今のような時には、その刺繍を入れたところを撫でることでお互いの気持ちを伝え合う。

 

 誰にも見せない、二人だけにしか通じない特別な行動。

 それが、桃が口にした"私としたいこと"でした。

 

 

 

 桃の花言葉は「私はあなたの虜」

 花言葉通りに、藍俚(わたし)(あなた)の虜になっちゃったみたい。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●誰のところへも行かない

 

 

 

「射干玉っ♪」

 

『おおっ!! せ、拙者でござるか!? てっきり今回は拙者の出番はもう無いと考えておりましたが……というか、一体どうしましたかな? 告白タイムだったはずでは?』

 

 ううん、それはもういいの。

 天貝隊長たちには悪いとは思ったんだけど「ずっと気になっている相手がいる」って言って、断って来ちゃった。

 

『なんと! ですがそれは一体――』

 

 えいっ!

 

「誰でございますかな!? 拙者には皆目見当が……ややややっ!! これは!!」

「卍解の時と同じように、具現化してみたの。どうかしら?」

「久しぶりにこうやって直接話をするのも良い物ですな!! ですが何故こんなことを……??」

 

 首……首ってどこかしら?? 射干玉は具現化しても真っ黒ゴムボールだから……と、とにかく首らしきものを捻って疑問符を浮かべている射干玉に、私は理由を説明します。

 

「考えたの。そうしたら、私には射干玉しかいないんだって分かったの」

「せ、拙者でございますかな!?!?」

「うん! 射干玉!!」

 

 真っ黒ゴムボールへと力一杯抱きつきます。

 

「おほおおおおおっっ!! なんだか久しぶりに藍俚(あいり)殿のハグが! おっぱいが当たっているでござるよ!!」

「射干玉、好き! 大好きなの!! ずっと傍にいてくれる!?」

「もちろんでござるよ!! 拙者と藍俚(あいり)殿は一心同体でござるから!!」

 

 真っ黒ゴムボールも抱き返してくれました。

 見た目は完全に、粘液と戯れているようにしか見えないと思いますが。

 

「ねぇ、射干玉……今日くらいは、いいでしょ? ずっと我慢してきたんだから……」

藍俚(あいり)殿、一体何を……」

 

 粘液に塗れながら、私は死覇装をゆっくりと脱いで素肌をさらけ出します。

 

「あなたの劣情を、ぜーんぶ受け止めてあげる……手加減しちゃ、嫌よ……?」

「あ……藍俚(あいり)殿おおおぉぉっ!!」

 

 

 

「んんっ! すごい、射干玉のがお腹いっぱい……!!」

 

 

「だめ……もうだめぇっ! バカになる! 頭バカになっちゃうからぁっ!!」

 

 

「ほら射干玉、休憩は終わった? まだ夜はこれからよ?」

 

 

「ん、じゅる……っ……すごい、まだこんなに出るのね……」

 

 

「え、もう朝? 大丈夫! 今日は休むって連絡入れたから! だからこのまま、明日の朝まで……ね?」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

●砕蜂のところへ行かない

 

 

 

「ごめんなさい」

「な……何故ですか!! どうして私は……」

 

 驚いている砕蜂に、私は理由を説明します。

 

「だって、夜一さんと両天秤に掛けられているんだもん……そういうのはちょっと……」

「はうあぁぁっ!!」

 




各自、好きな選択をしてください。
皆様が「これだ!」と思ったのが、選んだルートになります。
足らなかったら各自、脳内鏡花水月で補完してください。
(多分以降の話では、勇音ルートを選んだ前提で書くと思います(予定は未定))

(砕蜂をオチ要員にしか使えない私をお許しください)


●イヅル
ぶっちゃけ、この中だとイヅルが一番イジられ要員だから可愛い。
一番ネタになる子ですよね。

だから

「イズル君……もう、いいわよね……?」
「ま、待ってください! 僕、まだ心の準備が……!!」
「だーめっ♥」

「みんな、おはよー!!」
「お、おは……う……ざ、い……す……」
「ヒソヒソ……(おい、今日の隊長なんだか妙にツヤツヤしてるな……?)」
「ヒソヒソ……(反対に吉良三席、干物みたいにやつれてんぞ……?)」

みたいな感じとか

「あの、イズル君……重くないの? ほら私って背が高いから、お尻で顔に乗るのってちょっと抵抗が……」
「大丈夫です! もっと、もっと体重を掛けてください!! ああ……っ! 藍俚(あいり)さんの大きなお尻の感触が!!」
「えぇぇ……うわ、大きくなってる……」

みたいなちょっと特殊な性癖とか

何やっても大抵似合いそうだから困る。

●桃の花言葉
「チャーミング」「気立ての良さ」「私はあなたのとりこ」「天下無敵」

●藍の花言葉
「美しい装い」「あなた次第」


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第269話 マッサージをしよう - アパッチ & ミラ・ローズ & スンスン -

 ハリベルは休ませたまま。

 私は三人を連れて別の部屋――主が一人になりたいときなどに従属官(フラシオン)が待機するためのような別室に移動しました。

 十刃(エスパーダ)の宮に比べれば狭いものの、この部屋もそこそこの広さがありますね。だって四人いるのに手狭に感じないんだもの。

 

「うん、この部屋だったら問題なさそうね。それじゃあ、次はあなたたちの番よ?」

「ふ、ふざけんな!」

「……くっ!」

「まさか、そのような辱めを受けることになるだなんて……」

 

 予め、ある程度簡単に伝えているだけあってか。そう告げれば三人とも私を睨み付けてきました。

 ですがその感情を、私は笑いながら受け流します。

 

「あらら、嫌われたものね……でもね、考えてみて?」

 

 相手の思考を誘導するように、わざと興味をそそらせるように。問題を投げかけながら続けます。

 

「さっきも言った通り、あなたたちに三人には私がいない間のハリベルのマッサージをお願いしたいの」

「それはもうさっきやっただろーが! なんであたしらが――」

「甘く見ないで!!」

「――……ぅ」

 

 ビシッと指を突きつけながら反論は封殺します。

 

「あんな、ちょっと囓った程度で会得できたと思ってるの? 何度も練習して、さらには自分も体験することで施術される側の気持ちを知って、それでようやく一人前になれるのよ!!」

「……ぐっ……!」

「い、言われてみれば……そんな気もするような……」

「…………」

 

 スンスンだけ無言でした。

 口元に手を当てながら何か考えている様子、これって……?

 

「だから、あなたたちにも私のマッサージを受けてもらう必要があるの。教えもするけれど、こうやって体験しつつ盗みなさい。わかった?」

「なんか……納得できるけどしたくねえ……」

「死神! お前、そんなこと言ってホントはあたしやハリベル様の身体を調べるのが目当てなんだろうが!!」

 

 あら、鋭い。でも惜しい。

 あなたたちだけじゃなくて、ネリエルもチルッチもリルトットもロリとメノリも目当てなのよね。

 だから、ここで返す言葉は――

 

「そんな訳ないでしょう!! 私のことを馬鹿にしてるの!?」

「そうです! ミラ・ローズのそれは下衆の勘ぐりというものではなくて?」

「なっ……スンスン!?」

「てめえ、何のつもりだ!?」

 

 突然の裏切りと援護に、残る二人が驚いています。

 

「こんな分からず屋の二人は放っておいて、死神――いいえ、湯川先生。どうか私に奥義をご教授くださいませ」

「あ、うん……」

 

 何この聞き分けの良さ……? スンスンに何があったの??

 

「そしてハリベル様に『マッサージを頼むならスンスンがいい。残りの二人は不要』とお伝えくださ――」

「そういう魂胆かてめえええぇぇっ!!」

「一瞬でも驚いたあたしがバカみたいじゃねーかっ!!」

 

 何を考えているのかと思えば、そういうことか。

 自分を売り込んで、抜け駆けして、マッサージの権利を独占したかったのね。

 頭の中で色々天秤に掛けた結果、ハリベル専属のマッサージ師になる方が得だと判断したみたい。

 三人一緒にマッサージするとなれば、肌に触れる面積も三分の一しか無い。当たり前のことよね。しかも三人一緒が恒例になってしまうと「たまには私一人でやらせてください」みたいな提案もしにくい。

 だったら、私に取り入った方が利がある。私が「スンスンはマッサージが上手だから、彼女に任せるのが良い」と言えばハリベルもそれを信じて任せてくれるはず。

 

 最終的な総取り狙いか……この子、世渡り上手よね……

 

「だったらあたしもだ! ハリベル様をスンスン一人に任せるような真似が出来るか!!」

「あたしも同意見だ! さぁ、さっさとやんな!!」

 

 スンスンに触発されてか、二人ともものすごいやる気です。

 アパッチは叫びながら上着を乱暴に脱ぎ捨て、床にたたきつけました。ミラ・ローズも色気もへったくれもない粗暴な手つきで胸を露出しています。

 

「はぁ……私はハリベル様のお体のことを真剣に思っているのに、二人はハリベル様のお体に触れることしか考えていないなんて……」

「「てめえスンスンいい加減に――!!」」

 

 このまま放っておくと喧嘩にまで発展しそうだったので、顔を掴んで言葉と行動を強制的に打ち切ります。

 

「三人ともハリベルのことを慕っているのは分かったから、最初の予定通り三人ともマッサージを受けてもらう事で良いわよね? 文句は受け付けていないわよ?」

 

 ちょっと霊圧を込めながら説得すれば、三人とも素直に従ってくれました。

 

 

 

 

 

 

 説得も終わり、今は三人とも服を脱いで全裸です。部屋に備え付けられた簡易ベッドの上で大人しく横になっています。

 並んで仰向けになっているので、六つのお山(おっぱい)がそれぞれ並んでいます。

 あ、そうそう。前にも言ったかもだけど、降順だとミラ・ローズ、アパッチ、スンスンになります。

 特にミラ・ローズのお山(おっぱい)は、仰向けなのに形が崩れることなく堂々としています。張りがあって、つんと上を向いているのは立派です。

 ハリベルには負けるけれどね。

 

「んで、どうすんだよ?」

「勿論こうするの」

「……ひゃっ!」

 

 疑問の声を上げたミラ・ローズの胸を下から上へ、柔らかいお山(おっぱい)をほぐす様に指を這わせます。

 体温が高めなのか、肌の暖かさが伝わってきました。対してミラ・ローズは、突然胸を掴まれて驚いたのか小さな声を上げます。

 

「な、何を……っ!?」

「手足みたいな末端部分の施術については、あなたたち三人には既に教えました。だから今から体験してもらうのは、胸やお腹――内臓や鎖結、魄睡といった重要器官のある部分のやり方について学んでもらいます」

 

 目的を説明しながらも、手の動きは止めません。

 胸板そのものは鍛え上げられて堅いもののお山(おっぱい)だけはぽよぽよと柔らかく、指先をふにふにと弾き返してきます。

 刺激を受けたことで褐色の肌がほんのりと赤く染まり、ミラ・ローズは軽く身体をよじりながら声を漏らしました。

 

「あ……んん……っ……そこ……っ!」

「……え?」

「ミ、ミラ・ローズ……ですわよね……?」

 

 声のトーンが普段よりも高い、可愛らしく喘ぐ声。

 仲間のそんな声を聞いたことがないようで、二人は驚きながらミラ・ローズに視線を集中させています。

 

「お前、そんな声出せるんだな……」

「驚きましたわ……」

「み……みる、なぁ……っ……ひゃっ!」

 

 柔らかな刺激を受け続け、ほんのりと膨らみはじめていたお山(おっぱい)の頂点部分をさりげなく手のひらで擦ると、さらに可愛い悲鳴が漏れました。

 既に頬は真っ赤に染まっていて、歴戦の女戦士といった風貌はどこにもありません。表情をとろんと蕩けさせながら、切なげに身体をくねらせ続けます。

 それがまた二人の視線を集めてしまい、ミラ・ローズは羞恥で肌を赤く染めます。

 

「ほらほら。気持ちいいのは分かるけれど、こっちにも集中してね」

「くぅ……ん……っ……」

 

 手のひらと指先に神経を集中させてながら、お山(おっぱい)の全体を大きく掴んで揉み上げていきます。柔らかな感触をたっぷりと感じられて、思わず口元が薄く緩むのが止められません。

 

「こうやって形に添うように、身体の流れを整えるみたいに揉んでいくの」

「あ……ふぁぁ……っ……」

 

 両手で柔らかな胸を捏ねながら、再び手のひらで先端部分を擦り上げます。指の隙間から見えるそこは何度も刺激を受けてぷっくりと膨らんでいて、固い感触を返してきます。

 外側から内側へ、中心部に向けて刺激をゆっくりと与えていけば、やがて先っぽが痛いほど張り詰めていました。

 

「私たちみたいな女性の場合、胸は特に念入りにね?」

「……~~っっ!?!?」

 

 お山(おっぱい)の天辺で膨れ上がった突起を指先で摘まみ、軽く擦り上げるとミラ・ローズは口元を両手で塞ぎ必死になって声を抑えます。

 ですがそれでも完全に押し殺すことは出来ず、引きつった様な息づかいが部屋の中に響きました。さらには背中を大きく仰け反らせ、腰をガクガクと震わせながら反応しています。

 

 せっかく声を抑えたのに、これじゃあ台無し……よね?

 だって、誰の目に見ても明らかなんだから。

 その証拠にほら、アパッチとスンスンの二人は声を上げることも忘れて食い入るように見つめてる。

 知り合いが痴態を晒しているのに目を逸らせなかったみたいね。口元を軽く開けながら、どこか羨ましそうな表情をしている。

 

「……っは……っ……! はぁ……っ……!!」

「お疲れ様、どうだったかしら?」

「……ぅ……」

「まあ、無理に答えなくても良いわ。少し休んでいなさい」

 

 少女が息を呑んだような、そんな小さな吐息が聞こえました。満足したような、けれどもどこかまだ物足りなさを訴えるような。そんな遠慮がちの声が漏れたのを確認すると、私はミラ・ローズから視線を切ります。

 

 

 

「それじゃあ次は――」

 

 そう言いながら残った二人を見れば、次は自分の番だとようやく理解したのでしょう。悪戯を見咎められた子供のようにハッとした表情になりながら動きを止めました。

 

「い、いやあたしはもう……それにほら! もう見たし! だからいらねえ……」

「駄目よ」

 

 まるで慌ててその場を取り繕おうとするかのようです。どうにかして逃げようと画策しているアパッチを見つめながら、ぴしゃりと言い放ちます。

 

「言ったでしょう? あなた"たち"の番だって。」

「ひゃあああぁぁっ!!」

 

 ミラ・ローズを見ていたのですから、次はどうなるのかくらい想像できたはず。なのに逃げ出さなかったところから考えるに、二人とも逃げ出すのも忘れるほど見入っていた――というところかしら?

 頭の中でそんな推測をしながらアパッチの肩を掴み、逃げられないように動きを止めます。同時に鎖骨の内側、いわゆるリンパ節の部分に指を入れてマッサージしてあげれば、痛さと気持ちよさが入り交じったような悲鳴が上がりました。

 

「ミラ・ローズやアパッチみたいに大きな胸をしていると、戦闘中に影響が出る場合もあるのよ? だから、しっかりと揉んで形を整えてあげないと」

「ああっ……!!」

 

 そのまま首筋に指を這わせ、脇の下から手を入れてお山(おっぱい)をゆっくりと揉み始めます。

 力を入れることなく、固くなった身体の緊張をほぐすようにゆっくりと揉んでいきます。

 

「といってもアパッチの胸は、ミラ・ローズよりも形が良いわね。これならそこまで重点的にやらなくても問題ないかしら?」

「く……あ……っ! やめ……っ……!!」

 

 先ほどよりもお山(おっぱい)のボリュームは控えめですが、肌の質感はアパッチの方が上です。

 触り心地が良くて、柔らかな肉が手の中でぷるぷると形を変えていきます。肌の色も白いので身体が熱を帯びて桜色となっていくのがよく分かります。

 小さめな分だけ反応も良いのか、ゆっくりと揉んでいるだけでアパッチは身体をくねらせながら、私の手からなんとか逃れようと蠢きます。

 

「あら? アパッチったら逃げるんですの?」

「……な……ぁっ……!? は……ぁっ……」

 

 スンスンの言葉に、アパッチの動きが止まりました。

 胸元のマッサージを受けて、甘い吐息を吐き出しながら聞き返します。ですが答えたのはスンスンではありませんでした。

 

「そ、そうだ……あたしだって、我慢、した……んだから、な……」

 

 未だ刺激と快感に苛まされているのでしょう。身体を火照らせ、途切れ途切れになりながらミラ・ローズが挑発するように言います。

 

「く……っ! わ、わか……はああぁん! ま、まてっ! そこ、は……っ!! ひぅぅっ!!」

 

 ゆっくりと揉み上げ、刺激をお山(おっぱい)の周囲にだけ限定することで意識を持っていかせながら。

 アパッチが決意の言葉を口にした瞬間を見計らい、指先でお山(おっぱい)の先端部分を掻きます。

 引っ掻いたのは一瞬だけなのに、意識していなかったことでより強い刺激となったんでしょう。甲高い悲鳴が上がりました。

 背中を仰け反らせ、腰は完全に宙に浮いています。少し下半身に目を向ければ、つま先がピンと張り出されているのも見えます。

 

「アパッチはこのまま、お腹周りも少し覚えましょうか?」

「や、やめ……ひっ! ああっ! こ、声っ……! とまらな……っ!!」

 

 そのまま不規則に胸を揉み先端を指の腹で擦り上げたりしながら、片方の手でお腹から腰回りを撫でるようにマッサージしていきます。

 特に腰からさらに下、足の付け根の辺りを重点的にマッサージしていくと、顔を真っ赤にしながら喘ぎ声を上げ続けます。

 両脚がゆっくりと開いていき、身体が揺れるたびにお山(おっぱい)もふるふると小さく震えて、先っぽは充血したように赤く染まっていきます。

 

「……あたしもあんな風だったのか?」

「えぇ……」

「…………」

 

 アパッチの甘い嬌声に混じって、ミラ・ローズたちの会話の声が聞こえてきました。

 とはいえ、たいしたやりとりはしていません。短い肯定の言葉を聞き、無言で頷いただけです。

 ですが二人の顔は羞恥で真っ赤に染まっていました。

 

「……んっ」

 

 ミラ・ローズが両手をもぞもぞと動かし、背筋をブルッと震わせました。

 あらら、一体何をしたのかしらね? そんなところに指を当てるなんて……

 ひょっとして、頭の中でさっきのマッサージの感覚を思い出しながら自分でも気持ちよくなってるのかしら?

 

「あっ、ぐ……ぅぅっ! あああっ!!」

 

 内腿から股関節と胸元のマッサージを同時に続けていくうちに、耐えきれなくなったようにアパッチは甲高い声を上げました。

 全身を弓のようにしならせたかと思えば、続いてぐったりとしています。

 

「かは……ッ……ハァ……ッ……」

「はい、お疲れ様」

 

 挑発されて、マッサージを真っ向から受け止めようとしたんでしょう。

 目が虚ろになっていて、深く呼吸を繰り返しています。

 

「それじゃあ最後は――」

 

 

 

「き、来なさい!」

 

 残ったスンスンを見ると、彼女は覚悟を決めた目になっていました。

 ベッドの上で私を待ち受けているかのような、そんな雰囲気を身にまとっています。 

 

「言い出した手前、私が逃げるような真似は出来ませんもの」

「そんな決死の覚悟みたいな物は、いらないわよ?」

「やぁ……っ!!」

 

 緊張しているのか、スンスンは身体を強張らせていました。

 ですが強張っていても肉体のラインはそのまま。三人の中でお山(おっぱい)が一番小さく、身体の凹凸(おうとつ)も平坦に近いですね。

 ふんわりと控えめに膨らんでいて、お山(おっぱい)の頂点も小さな果実みたいです。

 腰回りもほっそりとしていて、触れただけで壊れてしまいそう。ですが肌の白さがその細さを際立てていて、思わず見とれてしまうほどでした。

 そっとお山(おっぱい)の上側――首筋辺りから撫でれば指に吸い付いてきました。引っかかりのない細やかな感触の奥には、確かな筋肉の張りが感じられます。

 三人ともそうですが、こういった力強さを確実に感じられる部分があるのはハリベルの従属官(フラシオン)っぽいですね。

 

「あ……あっ……! だ、だめです……もっと、もっと優しく……っ……!」

 

 小さなお山(おっぱい)を手のひら全体で撫で回しながらほぐしていくと、スンスンは自然と瞳を閉じながら嬌声を上げ始めました。

 

「え、もっと? これでもかなり控えめにしているつもりなんだけど……」

 

 嘘じゃありませんよ。

 ただ、手を押し当てればすっぽりと包み込める程に控えめなお山(おっぱい)なので、意識せずとも刺激が全体に行き渡っているんでしょう。

 それに小さい分だけ刺激を感じ取りやすくなっているのかもしれません。

 

「じゃあ、このくらい?」

「ふああぁっ!」

 

 問い掛けながら、もう少し強く指を押し込んで摩擦を強めに。そして動きを遅くします。

 先ほどよりも強めでねっとりとした刺激を、今のスンスンは感じていることでしょう。

 

「う、うそつきぃ……っ……! んあっ……!」

「あら、何が? 別に嘘なんて言ってないわよ」

 

 「このくらい?」とは言いましたが「弱くする」とは一言も言っていませんからね。

 

 堪えきれなくなったのか、身をよじりながら両腕を自分の身体を隠すように巻き付けて寝返りをうちました。

 私の手から逃がれようとしたのでしょうが、そうは行きません。その動きに合わせてお山(おっぱい)の先端を少し強めに捻れば、身体を仰け反らせながら硬直しました。

 

「ここがこんなに膨らんでいるってことは、気持ちよくなってくれているんでしょう? 施術をする者としては、嬉しい限りよ」

「だ、だって……こんっ、なのっ……しらな……っ!!」

「それにどうもスンスンは他の二人よりも肌が敏感みたいね。生理現象だから責める気は無いけど、こんなに反応してくれる子も、中々いないわよ」

「やめ……言わな……で……っ!」

 

 手のひらの中でぷっくりと膨らんだ先っぽを擦り上げ、その先端の周辺を指で円を描くようになぞりながら、スンスンの感度の良さを褒めます。

 するとその言葉に反応したのか、全身を羞恥で真っ赤に染めていました。

 

「…………」

「……ハァ……ハァ……」

 

 そしてアパッチとミラ・ローズの二人は無言のまま、けれども食い入るように見つめていました。

 二人とも今のようなスンスンを見たことがないのでしょう。刺激に悩まされ、言葉を受けて顔を真っ赤にしている彼女の姿を、夢中で眺めています。

 

 ……いえ、ただ指を咥えて見ているだけじゃないですね。

 二人とも自分の指を足の付け根の部分に押し当てていて、周囲は濃い女の匂いがほんの少しだけ――まあ、これは名誉のためにもこの辺にしておきましょう。

 スンスンも、ほぼ同じような状態だからね。

 

 それと、何となく察しが付いたんだけど。

 直前までハリベルのマッサージをしていたおかげなのか、まだ興奮が静まりきっていないみたい。スンスンのお山(おっぱい)まで揉んだけど、全員感度が良すぎるもの。

 でもその事実は意識していない。なんとなく興奮醒めやらぬままって感じかしら。

 

 ……これ、伝えたらどうなるのかしら?

 

「スンスン、アパッチ、ミラ・ローズも。三人とも気づいている?」

「……?」

 

 小さなお山(おっぱい)のマッサージを続けながら、そっと囁きます。

 

「私の手を通して、ハリベルの素肌と触れ合ってるのよ?」

「「「――ッ!!」」」

 

 間接的に裸のハリベルと抱き合っているようなもの。

 それを告げた途端、三人の様子が変化しました。

 

「んんっ!!」

「あああぁっ!!」

「……んっ……!!」

 

 甲高い嬌声を上げながら、背筋をゾクゾクと震わせます。

 けれども表情は恍惚そのもの、夢見心地でうっとりとしていました。

 

 ……これ多分、この三人にはマッサージよりもハリベルが抱きしめた方が何倍も効果あるわね。絶対に。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「みんな、お疲れ様」

 

 三人のマッサージも終わって宮へと戻ってみれば、ハリベルから「ついてこい」と誘われました。

 何があるのかと思いつつも素直に従ってみれば、なんと行き先は浴場でした。

 温泉施設を思わせる程度には整えられた広めの空間。湯船にはハリベルが能力で用意したというお湯が張られていて、ほこほこと湯気を立てているほど。

 私が「シャワーとかで洗い流して」と言ったのを聞いて「ならば従属官(フラシオン)の三人とも一緒に入ろう」と気を利かせてくれたんです。

 

 そこまで言われちゃ、断るわけにもいきませんから。

 当然のように了承して、今はハリベルたちと一緒にお風呂に入っています。

 うっすらと立ちこめた湯気が彼女たちの裸体を微かに覆い隠していて、お湯の熱で肌がほんのりと桜色に染まっています。

 全員の裸体を見ましたが、これはこれで素晴らしい光景ですね。

 

「それにしても本当……ここだけ見ると外の砂地と同じ場所とは思えないわね……施術の疲れもとれるわ……」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中にこんな施設を用意するなんて……

 ありがとう藍染! 今だけは感謝する!! おかげで裸のお付き合いができた!!

 でもハリベルには万倍感謝しちゃう!!

 

「…………」

「どうしたの、ハリベル?」

 

 お風呂に肩まで浸かりながら今日の体験を反芻していたところ、ハリベルが私のことをじっと見てきました。

 その視線は顔……じゃないわね。もう少しだけ下の、水面に近いくらい……?

 

「以前、刃を交えた時にも気になっていたのだが……」

「きゃぁっ!?」

 

 む、胸! ハリベルに胸を鷲掴みにされましたよ!?

 殺気とか気配が全然感じられなかったから、気付けなかった……それにまさかハリベルが突然こんなことするなんて……

 

「やはり、私よりも大きいようだ……それでいて、あの身のこなし。不思議だな……」

「あ……っ! ま、待ってハリベル……そんなに触られると……っ……!」

 

 んん……っ! あ、あんまり強く揉まないで……っ……!

 ハ、ハリベルは純粋に疑問に思っているだけって……分かっては、いるん……だけど……っ!

「どの様な修練を積んだのだ? それとも湯川の施術を受け続ければ、私もお前を超えられるのか?」

 

 ま、待って……! やめて……っ!!

 でも、子供みたいに純粋な気持ちで胸を揉んでくるから……強引に振りほどくなんて、できない……!!

 

「……なるほどな。おいミラ・ローズ、スンスン」

「それ以上言うな」

「ええ、多分全く同じ事を考えていますわ」

 

 な、なに……? なんだか三人が……

 

「ひゃああああぁぁっっ!!」

「死神の先生さんよ、あたしのマッサージの腕はどうだ? ちったぁ上達したか?」

「あんたにたっぷりと仕込まれたからな」

「私たちの勉強の成果、是非とも肌で感じ取ってくださいな」

 

 さ、三人が! 三人が一斉に!!

 駄目! そこは本当に駄目なの! 感じちゃうから!! そ、そっちはもっと駄目ぇっ! そんなところ、教えた覚えはないわよ!?

 

「駄目ッ! お湯が、お湯が汚れちゃうから……っ!!」

「気にすんな! そうなったらハリベル様が張り直してくださるさ! いいですよね?」

「……? あ、ああ。構わんが……」

 

 ハリベル分かってないの!?

 

「おお、すっげえな……」

「なんだこれ……」

「一体何を食べたら、ここまで大きくなりますの?」

 

 あ、ちょ……!!

 

 …………

 

 ……

 

 

「~~~~~~~~ッッッッ!!」 

 

 声にならない悲鳴を上げてしまいました。

 

 

 

 ……ああ、もうっ!

 仕返しに「三人ともまだ未熟だから施術を受けるのは控えて」とハリベルに告げ口してやりました。

 




(藍俚殿が少しくらいやられても)いいですよね?

……3人を纏めたのは失敗だったかもしれません。ボリュームといいますか、なんと言いますか……

(しっかりしろ私。まだロリとメノリのコンビとか残ってるんだぞ。バンビーズは絶対に個人個人でするぞ)


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第270話 返信と周知は大事

 一護が目を覚ましたそうです。

 そして、霊力を失ったそうです。

 

 両方とも事後報告で知らされました。

 

 ……まあ、何が起きるかは浦原から事前に知らされていたから特に驚くこともないんだけどね。疎外感っていうか……

 

『お見舞いとか、行きたかったんでございますかな!? ですが相手は意識がありませんぞ!!』

 

 そうね。

 寝ている一護の前で「意識がないんだから、間違いを犯しても気づかれないわよね……」とか言い訳しながら、ベッドの中に潜り込んで、服の下に手を……

 

 ……って! そんなことするわけないでしょ!!

 

 そうじゃなくて!

 きっと一護が目覚めて「ほどなくして霊力を失う」と告げて驚くシーンとか、いざ霊力が消える日に「ははは……もうお前の声が聞こえねえや……姿も、霞んでみえてやがる……」みたいなお別れのシーンとか。

 そういうのがあったと思うの! 

 そういうのにちょっとくらい、漫画的に言うなら一コマくらいは絡んでもバチは当たらないんじゃないかなって思っただけなの!!

 

 一護が目覚めた日も、最後のお別れの日も、私は結局別件で忙しくて出られなかったし! なのにルキアさんやら桃やらイヅル君やら海燕さんやらの"先遣隊メンバー"は大体が参加していたから!

 だからズルいなって思っただけなの! 私だって、少しくらい顔を出しても良いかなって思ったの!

 

『なるほど確かに……なにしろ一護殿の"初めて(戦った隊長)"は藍俚(あいり)殿ですからな!! 初めての相手というのは男児にとって、それはそれは特別な……』

 

 そういう誤解を招くような表現はしないの!

 

『でしたら藍俚(あいり)殿も行けば良かったのでは? 部下の雛森殿や吉良殿には融通を利かせたのですから、ご自身も少し抜けて見送る程度であれば……』

 

 うん、そう言われればそうなんだけどね……

 でもその頃って、面倒に面倒が重なって一番面倒で忙しい時期だったの。だから尸魂界(ソウルソサエティ)からあんまり離れられなかったのよ。

 

 それと一護が目覚めるのを待っている間は、織姫さんから逐一電子書簡(メール)が送られて来たから近況は大体分かっているし。あんまり疎外感は無かったかな?

 何度も言うけれど「ちょっとくらい良いかな?」って思っただけだから。

 

「まあ、何はともあれ。たとえ霊力を失っても、生きていてくれたのが一番よね……そうは思わない?」

「……せやね」

 

 私の質問に、リサはお茶を飲む手を止めて頷きました。

 

「黒崎一護のことやろ? あたしらも(ホロウ)化で死にそうな目にあったから、気持ちは分かるわ」

「さすがはリサ、耳が早いわね」

「耳が早いもなにも"黒崎一護の霊力が消えた"いう話題を振ってきたん、師匠やん」

「そういえばそうだっけ。ごめんね、リサが訪ねて来たところで織姫さんから電子書簡(メール)が来たから、話の繋がりがこんがらがっちゃって」

 

 苦笑いをしながら、お詫びとばかりに彼女の湯飲みに追加の一杯を注ぎます。

 

「そんで、そのメールにはなんて書いてあったん?」

「え? そこまで大したことじゃないんだけどね……」

 

 伝令神機の画面に目を落としながら返事をします。

 

「"黒崎君が霊力を失って戸惑っている。何か力になる方法はないか?"――簡単に言うと、そんな内容ね」

「それで、なんて返すつもりなん?」

「まだ考えてないんだけど、それよりも――」

 

 改めて、目の前のリサに向き合います。

 

「今日はどうしたの? ただ、茶飲み話をしに来たってわけじゃないんでしょリサが来るなんて珍しいじゃない」

 

 とりあえず解決すべきは、目の前のリサの来訪理由についてです。

 私が四番隊にいたところ急に訪ねてきて、お茶を出したところで織姫さんから電子書簡(メール)が来たのでそのまま一護の話になってしまい、うっかり流してしまうところでした。

 特に約束とかしていた覚えもないですけど。

 

「もしかして、護廷十三隊に戻る気になったとか!?」

「いや、そんなんとはちゃうねん」

 

 ちょっとだけがっかりするような事を言いながら、彼女は包みの中から一冊の本を取り出しました。

 

「これ、師匠に頼まれとった現世の本。届けに来たで」

「……あ」

 

 そういえば、そうだったわ。

 リサは時間と都合が自由になっているから、頼んでいたんだっけ。

 

『やはり通販の際に「おるかー?」と事前確認は必須でございますな!! もしくはコンビニ受け取りを!! でないと家族に見られてしまいます!!』

 

「そのついでに、師匠んとこに遊びに来たんやけども。もしかしてあたし、お邪魔やった?」

「ううん、全然そんなことないわよ。久しぶりに、何かお喋りでもしましょうか」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「先生! あの、織姫さんからの電子書簡(メール)についてなんですけど!!」

 

 リサと久しぶりに自由な時間を過ごした翌日。

 桃に、少し強めに問い詰められました。

 

 ……織姫さんからの電子書簡(メール)か……そういえば昨日、来てたわね。

 リサとお喋りしてて、返すの忘れちゃったわ。

 とはいえその件は浦原に依頼してあるから、気にしすぎることはないんだけど。

 

「織姫さん、黒崎さんのことで凄く悩んでいて! 黒崎さんの力になってあげられないかって悩んでいて、それで私心配になって!」

「うん……」

「連絡したら、今日は午前中までだから午後から尸魂界(こっち)に来ても良いかって聞かれて、それで!」

「落ち着いて」

 

 矢継ぎ早に聞かれる中に何やら聞き捨てならない内容があったため、いったん桃の言葉を遮って聞き返します。

 

「えっと、織姫さんが来るの? 尸魂界(こっち)に? 今日?」

「はい。それで、四番隊の穿界門(せんかいもん)を使う許可をいただきたくて……ダメですか?」

「それは問題ないわよ。ただ、ね……」

 

 はぁ、と思わずため息を吐き出してしまいました。

 

「ごめんね、心配させちゃって。今回のことは、私が悪いの」

「え……どういうことですか?」

「織姫さんの電子書簡(メール)、私のところにも来たわ――黒崎君が霊力を失って、今までの常識が全部ひっくり返って、元気がない。織姫さんが能力で元に戻そうにも効果が無くて、どうしたらいい――って内容のものがね」

 

 電子書簡(メール)の宛先には桃の伝令神機も含まれていたからね。

 内容に差異が無いことを確認したかのように首肯しつつ、視線で先を促してきます。

 

「それで肝心の……霊力を取り戻す方法についてなんだけど……実はもう、浦原さんに依頼済みなの」

「ええっ!!」

 

 そうよね……驚くわよね……

 私、全然周知してなかったからね……

 

『大喜びでマッサージをしていましたからなぁ……虚圏(ウェコムンド)やらなんやらで』

 

「でも、大丈夫なんですか……? その、具体的な方法とかは……」

「桃は詳しく知らないかもだけど、あの人こういう事は尸魂界(ソウルソサエティ)で一番頼りになるのよ。その浦原さんが"なんとかしてみせる"って言った以上、時間は掛かっても絶対になんとかしてくれるわ」

「じゃあ……」

 

 桃の表情がぱっと明るくなりました。

 

「なので……雛森三席! あなたにはこれより特別任務を言い渡します!」

「は、はいっ!」

「本日の業務は午前中までで切り上げて、午後からは織姫さんを出迎え、悩みを直接聞いた上で今の話をしてあげなさい!」

「わかりました!! 雛森桃、午後からの特別任務を拝命します!!」

 

 背筋をピンッと張った良い姿勢で、内容を復唱します。

 

「それと、炊事場は自由に使って構わないわ。一緒にお料理をしてもいいし、桃の手料理で出迎えてあげてもいいから」

「ありがとうございます! では、失礼します!」

 

 ニコニコ笑顔で去って行く桃を見送り、その姿が見えなくなったところで私はホッと息を吐き出しました。

 

 ……良かった。上からの命令というノリで、なんとか誤魔化せたわ……

 

『結局のところ、藍俚(あいり)殿が浦原殿に依頼したことを話していたり。最悪でも昨日のメールで今の内容を返信していれば、こんなことにはならなかったのですからな!!』

 

 ……でもでも! 一緒の時間を過ごすのも大事だから!! だから私は悪くない!!

 

 決して、昨日リサと一緒に遊んでいたことの後ろめたさがあるわけじゃないんだから!!

 



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第271話 復隊祝い

「細かい話は抜きにして……皆さん、おかえりなさい!」

「いやまあ、祝ってくれとるのに文句付けるんはアレやって、わかっとるねんけどな……」

 

 私の言葉に、平子隊長が開口一番文句を挟んできました。

 

「なあ藍俚(あいり)ちゃん、なんでこないな店やねん? 藍俚(あいり)ちゃんの給料やったら、もっとエエ店くらいナンボでも行けるやろ?」

「え、駄目でしたか?」

 

 その言葉を、きょとんとした顔をしながら聞き返します。

 

「風情があって良いでしょう? それに皆さん、現世では細々と暮らしていたようなので、いきなり高級なお店に連れて行くよりも段階を踏むべきかと思って……」

「あー……まあ、な」

「それとも今からでも行きましょうか? 貴族街にある、一見さんお断りで、目玉が飛び出るくらいの高級店に。案内しますよ?」

 

 一応、ツテはあるんですよ。

 朽木家が贔屓にしているような、お高いお高いお店なんですけどね。

 ですが、先ほど言ったように"突然高いお店"に行っても緊張するだろうと思って、もっと馴染みのあるお店を選びました。

 屋台みたいな小さなお店なんだけど、無理を言って貸し切りにして貰っているの。特別にテーブルも増やして貰ったのよ。

 だから今日は気兼ねなくイケます。

 

「まあまあ真子。今日は奢ってもらっている立場なんだし、文句を言うのは止めようよ。ほら、拳西もああ言ってることだし」

「せやな……いきなりそない店に行っても肩が凝りそうや。しゃあない、今はこの店で我慢しといたる」

 

 しゃあないって……そんなこと言うと、お店の人が怒るわよ!!

 本当に、ごめんなさい。こんな客を連れてきちゃって……

 

 ……あ、目で謝ったら軽く手を振って「気にするな」って仕草をしてくれた。相変わらず良い人だわ。

 

「師匠の奢りでタダ酒が呑めるんに、文句言うたらバチが当たるで」

「んー、この卵焼き美味しいっ!!」

「……お前らは気楽でええな……」

 

 男性陣の会話など知ったことかとばかりに、二人は呑んだり食べたりしています。

 良いでしょ? お薦めなのよ。他にも鴨焼きとか、馬刺しとかもあるから注文しちゃおうっと。

 

「すみません、追加で注文を――」

 

 

 

藍俚(あいり)殿が注文の真っ最中なので不肖、この射干玉ちゃんがそろそろ解説を入れるでござるよ!! と言っても、大方の皆様は予想が付いているとは思いますが!!』

 

 簡単に言うと、仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんが死神に戻りました。

 "(ホロウ)化が出来る者同士、お前が面倒を見ろ"と言われたので、私が復帰した皆さんの責任者にさせられました。

 なのでとりあえず、こうして歓迎会を開いています。という事です。

 

『ああっ! せ、拙者の出番が……!!』

 

 だって、引っ張るようなことでもないし……

 それに射干玉だって「大体予想は付いているだろう」って言っていたじゃない!?

 この面々が話し合っていれば、知ってる人は一瞬で想像がつくわよ。

 

 えっと……どこまで話しましたっけ? そうそう、仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんの復帰についてですよね。

 喧々囂々で色々とあったけれども、こうして死神に戻りました。

 と言っても全員じゃなくて、半分くらいだけどね。

 やっぱり「死神は信用できない。戻るのヤダ」って人も一定数いましたから。

 

 色々あったとはいえ、今こうして歓迎会の場にいるのは「尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ります」って言った人たちだけです。

 具体的に名前を挙げると、リサに平子隊長と六車隊長。久南スーパー(・・・・)副隊長と……鳳橋副隊長補佐(・・・・・)です。ちょっと少な――

 

『副隊長……補佐でござるか!? な、なにゆえに……!! ローズ殿は隊長だったはずでござるよ!?』

 

 ――え、ツッコむのはそっちだけ? "スーパー"にはツッコミを入れなくて良いの?

 

『そちらは別に……(ましろ)殿でございますからなぁ……』

 

 そう、よねぇ……久南さんだもんねぇ……

 

 ……あ、注文聞きの途中だったわ。

 

「それと、鳳橋副隊長補佐は――」

「――ブウウウッ!!」

「うわッ! 汚ったねぇな真子!!」

 

 あら、平子隊長が吹き出しました。

 目の前の六車隊長が慌てて身体を引いて、間一髪直撃を避けました。

 

「ちょ、藍俚(あいり)ちゃんその呼び方やめーや。俺、何度聞いても笑ってまうねん!」

「ですけど、そう決まっているので……」

「あはは……けど一応、権限は副隊長と変わらないんだ。だから呼ぶなら"副隊長"でお願いできるかい?」

 

 ちょっとだけ悲壮感を込めながら訂正されました。

 

 鳳橋副隊長――この言い方、慣れないわねぇ――ですが。

 尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ったは良いものの、古巣の三番隊はもう席が満杯という有様になっていました。

 

『おさらいをすると、五番隊が藍染殿から平子殿に変更。九番隊は東仙殿から拳西殿に変更したわけでござる!!』

 

 そうなのよ。

 どっちも元隊長で、隊としても古巣。加えて隊長の席が空のままだったから、ちょうど良くスライドして収まるところに収まったの。

 

 けど問題は三番隊。

 あそこにはもう、いるのよね……天貝隊長が。オマケに副隊長の席も戸隠君で埋まっているから、任せられる良い感じのポストがないの。

 でも元隊長で、実力は十分にある。遊ばせておくのは勿体ない。

 という判断の結果、古巣の三番隊に戻ることになったの。"補佐"の但し書きが付いているんだけどね。

 

 けどそのうち取れて正式に副隊長に任命されると思うわ。

 ……だって、戸隠君よりも強いから。

 

「やっぱり何度聞いても慣れんわ! ローズ、なんでお前だけ降格しとんねん!! しかも補佐て! ありえるかい!!」

「ボクだって好きで降格したわけじゃないよ!!」

 

 一つ文句を言ったものの、けれどどこかほんわかした笑顔を鳳橋副隊長は浮かべます。

 

「降格はちょっと不満だけど……まあ、気楽な立場なのはありがたいかな? おかげでキャンディスとも再会できたし」

「キャンディス……? ああ、あのバイオリンですか」

 

 懐かしいわね。

 三番隊の隊舎に行くと、大体いつでも鳴り響いていたっけ……

 

『キャンディス!?』

 

 きゃあっ! え、射干玉どうしたの? 急に大きな声を出したりして??

 

『なんでもないでござるよ……』

 

 そう? ならいいけれど……

 

『(……キャンディス・キャットニップ殿と名前が被ってるでござるよ……バイオリン、恐るべしでござる……)』

 

「でも、よくバイオリンが無事でしたね」

「喜助に特別なケースを作って貰ったからね。温度と湿度を常に一定に保つことで、ほとんど劣化することなく保存できるのさ」

「いえ、保存(そっち)ではなくて」

 

 百年以上も劣化なく原型を保っているのも十分驚いてるんだけど、私の懸念はそこじゃありません。

 

「よく"千鉄(ちかね)副隊長"に取り上げられませんでしたね、って意味ですよ」

「あはは……そっちのことか……」

 

 乾いた笑いが響きました。

 千鉄(ちかね)副隊長というのは、七番隊の射場副隊長のお母さんです。百年程前――平子隊長たちが現役だった頃――に、三番隊の副隊長をしていました。

 副隊長なので当然、隊長のお手伝いをしていたんですが……

 

 当時の鳳橋副隊長は、バイオリンを弾き始めれば止まることを知らず。仕事をサボって丸一日弾き続けるなんてこともしょっちゅうありました。

 そんな事があまりにも続いたせいで彼女を激怒させてしまい、ついに「これは預かっとくけぇ! 今日の仕事が終わったら返したるわ!!」とバイオリンを取り上げられていたくらいです。

 

『勉強しなさすぎてファミコンを親に隠される子供のようでござるな』

 

 ……ファミコンって……いや、言ってることは間違ってないんだけどね。

 

 とにかく、そんな背景があったので。

 そういう意味でも、バイオリンが無事だったと驚いているわけです。

 

「そっちも抜かりはないよ! 取り上げられるくらいなら自分で隠しちゃおうと思って、ケースと一緒に喜助にコッソリ専用の収納場所も作って貰ったんだ! 今は副隊長補佐ってことで大した仕事もないから、しばらくはキャンディスを好きなだけ弾け……あっ!!」

 

 気を良くしていたんでしょうね。

 そこまでペラペラと喋っていたところで、私のことを見て固まりました。

 

「なるほど……その辺のことは、千鉄(ちかね)さんに伝えておきますね。よーっく、ね?」

「ああああっ! 待って待って! まだメンテナンスも済んでないんだから!!」

「駄目です」

「ノオオオオッッ!!」

 

 悲鳴を上げながら真っ白に燃え尽きました。

 さてその話題に上がった千鉄(ちかね)さんですが……復隊しました。

 

 いえ厳密には復隊ではなく、あえて言うなら、監視役でしょうかね?

 元々お(とし)で霊圧も弱くなって護廷十三隊を退いていたのですが、鳳橋副隊長が復帰すると聞いてお目付役として戻ることにしたそうです。

 

『……おや? 千鉄(ちかね)殿はご病気だったのでは??』

 

 あら射干玉ってば、良く覚えてるわね。

 でもその病気は四番隊(ウチ)で完治させたわよ。

 

『そうなのでござるか!?』

 

 そっちこそ覚えてないの!?

 

 ……でもね、病気は治っても気持ちは沈んだままだったみたいで……なんだかんだ言っても、鳳橋さんが消えたせいで、張り合いがなくなっちゃったみたいなの。

 でも復帰すると聞いて途端「だったらウチも戻らにゃならんのぉ!」って、張り切っていたわよ。

 霊圧が弱まっていたから(ホロウ)との戦いとかには参加させらないけれど、事務仕事ならまだまだ出来るからね。

 

『あの、ところで藍俚(あいり)殿はどうしてそんなことを……?』

 

 どうしてって、彼女が副隊長の頃は私も副隊長だったから。顔見知りなのよ。

 それに、鳳橋さんが復帰するって話が出たときに連絡も貰って久しぶりに会ったから。だから、その辺のお世話もしたわよ。

 

『なるほど……で、そんな裏事情まで知り尽くしてる藍俚(あいり)殿の前でバイオリンのことをペラペラと喋ってしまったから……』

 

 当然、全部話すわね。

 

『可哀想なキャンディ殿……』

 

 ……あれ? 名前、キャンディだっけ……? 違ったような……

 

『…………(あ、ちょっとミスって未来の名前を言ってしまったでござるよ)』

 

「なんだ、その……ご愁傷様だ……」

「あはははっ! ローズってば可愛そう!!」

 

 がっくりと肩を落として絶望している鳳橋副隊長を、六車隊長たちが笑っています。

 

「そういうお二人はどうなんですか? 九番隊に復帰して、瀞霊廷通信を取り仕切るって聞きましたけど……」

「ああ、隊長にゃ戻ったけどな――」

 

 そこまで言うと六車隊長は、手にしていた杯をクイッと一気に呷りました。

 

「――編集長なんざ、やるつもりは一切ねえ!」

「うわ……それ、そんな大声で言っちゃいますか……? それに、元とはいえ編集長ですよね……?」

「あんな面倒なこと、全部修兵に代行させるに決まってんだろ!?」

 

 ……可愛そうな檜佐木君。

 今だって編集長代理やってるのに……新しい上司は仕事をやる気がないわよ……

 

「それにな、お前も言ったように"元"編集長だぞ? 今の流行りについて行けるわけねえだろうが。だからやらねえんだよ。全部修兵に任せんだ」

「はいはーい! あいりん、あたしはね! 瀞霊廷通信のお仕事するよ! 拳西と違って!!」

 

 駄目な方向に胸を張る六車隊長とは対照的に、久南さんが胸を張ります。すると六車隊長は、揚げ出し豆腐を口に運びながらやる気なさそうに言いました。

 

「あーそうだな。なんたって(ましろ)は"ウルトララジカルスクープエディター"だからな。期待してんぞ。俺に代わって頑張れよ」

「な、なんですかそれ……?」

 

 六車隊長が棒読みで何か言っていますが……

 ウルトラ……? え、何……? ごめんなさい、もう一回言って貰えるかしら?

 そんな私の願いが通じたのか、久南さんが自信満々に説明してくれました。

 

「ふっふーん、良く聞いてね? ウルトララジカルスクープエディターっていうのは尸魂界(ソウルソサエティ)と現世の二つを股に掛けて、また誰も見たことがない事件をお届けしちゃう、クールでマーベラスでスタイリッシュでファンタスティックでビューティフルでエキサイティングな究極の編集者のことなの!!」

「……わー、すごーい」

 

 とりあえず拍手をしておきます。

 

 えっと……ウルトラ(Ultra) ラジカル(Radical) スクープ(Scoop) エディター(Editor)……?? 直訳すると"めっちゃ過激な特ダネ記者"ってところ……???

 うんまあ、久南さんはこういうの好きそうだけど……

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿、もう一回英単語で考えてくだされ』

 

 Ultra Radical Scoop Editor.

 

『頭文字だけを繋げると?』

 

 U・R・S・E……うるせえ!?

 

正解(エサクタ)!!』

 

 その破面(アランカル)、出てこなかったわね。

 

 それよりもURSE(うるせえ)か、よく考えたものだわ……

 

「(九番隊にはもう普通に副隊長がおるからな。下手に(ましろ)に副隊長任せるんよりも、こうやって食いつきそうな役職でもやらせてといた方が利口ちゅうことや)」

「(ああ、やっぱりそういう裏事情があったんですね。三番隊とはまた違った面倒なことになってるようで……)」

「(せやろ? そもそも(ましろ)のヤツ、マトモに死神に戻ってへんねん。拳西の周りをウロチョロしとるだけ……スーパーなんたら言うんも、自称やで)」

 

 平子隊長がコソコソ話で裏事情を教えてくれました。

 ですが久南さんが得意になっているので気づいていないようです。

 

「そういうわけで、次の瀞霊廷通信からはあたしの連載も始まる予定なの! あいりんも楽しみにしててね?」

「へえ……楽しみにさせてもらいますね」

 

 そこまで言うと喉が渇いたのか、彼女も杯を呷ります。

 

「あ、(ましろ)テメエ! それ俺の酒だぞ!?」

「いいでしょこのくらい! 拳西のケチ!!」

「それなら俺だって!」

「あーっ! それあたしが頼んだ天麩羅!!」

 

 食べ物の取り合いを始めた二人を横目に、リサがぽつりと呟きます。

 

「……あたしの商売も、瀞霊廷通信に宣伝してもらえんやろか?」

「それは難しいんじゃない?」

 

 そう返すのが精一杯でした。

 リサですが。彼女は死神には戻らずに、けれども現世に残るわけでもない。両方を行き来するという気ままな立場です。

 西流魂街に家――というか尸魂界(ソウルソサエティ)側の仮拠点――を建てて、そこでYDM書籍販売という商売をしています。

 

『名前が怪しすぎるでござるよ!!』

 

 YDM(やどうまる)だもんね……

 でもね、宣伝方法はもっとすごかったのよ? 伝令神機に突然「現世で販売しているあらゆる書籍をお取り寄せ販売します」って感じの電子書簡(メール)が来たんだから。

 文末は「ご興味のある方はこの電子書簡をそのままご返信ください」って書いてあったし、詐欺か何かかと思ったわ。

 結局、普通に現世の本や品物を取り寄せ配送してくれるだけだけどね。

 

「そもそも別に、売り上げとかお金に困っているわけじゃないんでしょ?」

「せなやぁ……そもそもリサのところ、売り上げの九割九分はエロ本やん? 下手に大々的に知らせん方がエエと思うで」

 

 ちなみに配送ですが、浦原が作った"霊圧を完全に遮断する外套"を纏ってリサ自身が届けているそうです。おかげで男性死神は誰に気づかれることもなく、エロ本が買えるみたいですよ。

 私も利用して、現世のお料理の本とか(・・)買ってます。

 ええ……"とか"を買ってます。

 

『前話でリサ殿と一緒にお茶を飲んでいたのも、実はこれが関係していたでござるよ!! 配送のついでに遊びに来ていただけでござる!!』

 

 しかも儲かってるのよね。

 流魂街に家を建てて商売をするって聞いたから、ご祝儀と融資ってことで私がお金を出したんだけど……

 アッという間に半分くらい返ってきたわ。

 

『エロに賭ける執念は金になるでござるなぁ……』

 

 

 

 ……ところで、そろそろ起こしてあげようかしら?

 

「バイオリンのことを伝えるのは二日だけ待ってあげますから。その間にちゃんと隠すなり仕事をするなりしてくださいね」

「――本当かい!?」

 

 さっきからずっと倒れたままだった鳳橋副隊長に声を掛ければ、勢いよく顔を上げました。さっきまで泣いていたようで、目元が少し腫れています。ですがそんなことは気にせずに、私の手を掴んで喚起の言葉を口にします。

 

「ありがとう藍俚(あいり)! 本当にありがとう! お礼に干し柿を持って行くから!」

「それって三番隊……市丸ギンが作っていたヤツですか?」

「おや、まあ知ってて当たり前かな? そうだよ、ボクが抜けた後の三番隊(ウチ)で作っていたらしくて。もう恒例行事になっているしせっかくだからってことで今の天貝君が――」

 

 ……あれ、これひょっとして……鳳橋さんとイヅル君で、一緒に何かするイベントとかあったのかしら……? 本来は三番隊、になっていたと思うから……

 ふと疑問に思ったのですが、その疑問に答えてくれる相手はいませんでした。

 

「なんや、ローズのとこもかい。五番隊(ウチ)も藍染のヤツの匂いっちゅーんか? 残っとるわ。仕事のやり方とか書類の形式とか、ぜーんぶ藍染に似とったわ。拳西のとこはどないや?」

「俺のところか……覚えてねえな……」

「なんやねんそれ!?」

「まあまあ、有用な部分は取り入れていきましょうよ。私だって霊術院で講師をしていたときには、定期的に藍染を呼んで講義をして貰っていましたし。立ってる者は親でも使え、とか言うじゃないですか」

「そういえばリサの商売だけど、ジャンプは注文できるのかな? ラブはジャンプがリアルタイムで読めないのは困るってことで現世に残ったけれど……」

「どうせなら定期購読を受け付けたら? その方が仕入れは楽なんじゃないの?」

「せやなぁ……」

「ねえねえあいりん! ローズが言ってた柿ってまだある? あたしも食べたい!! ほら、いつだったか現世でケーキを買ってきてくれたでしょ? どうせならあたしが取材して記事にしてあげるよ?」

「お前それ、自分が食いてえだけだろ……」

 

 いつの間にやら話は盛り上がり始め、わいわいがやがやと言葉が飛び交いお酒が進んでいました。

 そこへ――

 

 

 

藍俚(あいり)! 酒を呑むなら儂も呼ばんか!!」

「ああ、夜一さん……どうも」

 

 ――もう一人の招待客が、遅れてやってきました。

 




書いている内容が、BLEACH The Death Save The Strawberryと大体変わらない……

……と見せかけてからの夜一さん。

●射場千鉄
七番隊の射場さんのお母ちゃん。ローズが現役の頃に副隊長していた。

イラストは、MASKED(オフィシャルキャラクターブック)で確認可能。
(文金高島田みたいに髪を結って、顔には皺がある。世話焼きのおふくろさんって感じの人)
台詞は、The Death Save The Strawberryで辛うじて確認可能。
(ローズの台詞中の「これがあるけぇあんたは仕事せんのじゃろう!」程度ですが)

原作だと、病気で伏せっています(なので、お給金のためにも射場さんは副隊長になった)のですが……
拙作中では、どっかの四番隊が治してしまいました。

よって
・「歳と病気で霊圧が弱って除籍(引退)」していた(肉体的には元気)
・ローズが戻ってきたので、尻を蹴っ飛ばすために復帰(パートタイマー的な扱い)
という扱いに。

何となくですが「ローズを叱る」のも、千鉄さんの元気の秘訣だったのかもしれませんね。
(それが虚化騒動でいなくなって、気落ちして病気になってしまった……とか?(そんな描写、無かった気がするので妄想ですが))

●キャンディス(バイオリン)
ローズが愛用しているバイオリンの名前。おそらく楽器に名前を付けたのだと思われる。
(元ネタは、チェザーレ・キャンディ辺りからか??)

キャンディス・キャットニップ(バンビーズの雷を降らせるお姉さん)と名前が何故か被っている。

●リサ
この頃は、原作でも死神に戻っていない。


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第272話 もっと復隊祝い

「どうも――ではないわ! 藍俚(あいり)、お主と言うヤツは……」

「え……? でも夜一さんも呼んだはずですよ?」

「なんじゃと!! 聞いとらんぞ!?」

 

 歓迎会の席に遅れてやってきた夜一さんですが、自分が呼ばれていないことに腹を立てているようです。

 なので「呼んだ」と教えてあげれば「そんな話は聞いていない」と驚いています。

 というか、お酒の席に加えて夜一さんも当事者なんですから、呼ぶに決まってるでしょうに……私、ハブるような女に思われていたのかしらね……?

 

 ……え? なんで夜一さんが呼ばれているのか……?

 

 前話で私、ちゃんと言いましたよ? 「尸魂界(ソウルソサエティ)に戻ります」と言った人たちだけだって。

 「死神になります」と言ったとか「仮面の軍勢(ヴァイザード)の人たち限定」なんて、一言も言ってないわよ?

 

『確かに……ですがその括り、リサ殿はちょっと厳しいと思いますが……』

 

 戻ってきているから良いじゃない。別荘みたいなものよ。

 それにリサだけハブるのも可愛そうでしょう? あと久南さんも、正式に死神に戻ったわけじゃないわね。

 あの子、勝手に居座っているだけだから。

 

『組織としてそれでいいのでございましょうか……』

 

 そんなことより今は夜一さんについてよ。

 

「聞いてない、ですか? 砕蜂経由で連絡はしましたが……」

「なっ! 藍俚(あいり)、お主は、またそういうことを……!!」

 

 がーっと文句を言いたそうに掴み掛かってきましたが、二の腕を掴んで動きを止めます。

 

「いいじゃないですか。もう一ヶ月以上も経っているんですし、そろそろ観念しましょうよ」

「ぐ……っ……」

 

 そこまで告げると夜一さんも観念したのか、お店のご主人に「儂にも酒と何か摘まめる物を頼むぞ!」と注文しつつ席に座りました。

 

『あの、藍俚(あいり)殿……夜一殿は一体どうしてこちらに?』

 

 射干玉は見てなかったっけ? 砕蜂が連れて帰ってきたのよ。

 

『……は?』

 

 藍染との戦いが終わった後でね、また砕蜂が捕まえていたの。

 ほら、一護たちが現世に戻る時のドサクサで夜一さんも現世に逃げちゃったでしょ? あのときは"藍染と破面(アランカル)の対応"って大義名分が一応あったから、砕蜂も中々動けなかったんだけど……

 でも今はその辺の問題も解決してるからね。

 尸魂界(こっち)に帰ってくるなり砕蜂が「今度こそ逃がさない。同じ轍は踏まない」って言いながら、外堀を次々に埋めていたわよ。

 

『外堀……!? ま、まさかケッコン――』

 

 死神としてしっかり籍を戻していたし、四楓院家に根回しに行ったり。

 ほら、百年前の(ホロウ)化事件では夜一さんも関与を疑われていたけれど、首謀者が捕縛されてその辺の問題も全部藍染に押しつけたからね。

 今の夜一さんは公的にも完全に自由の身なの。

 

『ああ、外堀ってそういうことでございますか』

 

 ただ、四楓院家はもう弟の夕四郎君が当主になっちゃったし。そこに夜一さんが戻っても今更だから……

 その辺の部分、砕蜂と四楓院家とで上手く収めたみたいね。

 

『四角い部分をまぁ~るく収めたわけでございますか……』

 

 仁鶴師匠!?

 と、とにかく――!!

 

「副隊長として頑張って砕蜂を支えてあげてください」

「……いやじゃ、働きたくない……」

「いや……もう観念しいや……」

「ちょっ! それボクの!!」

 

 中々最低の事を口にしながらも、夜一さんは鳳橋さんの杯をひったくりました。

 

「そうですよ。もう正式に副隊長にされてますし、認可までされています。四楓院家の許可も取ったと聞きましたから……嫌なら砕蜂に実力で訴えてください」

「それが出来れば苦労はせんのじゃ!!」

 

 きゅっと一口で飲み干すと、酒精の匂いを仄に放ちつつ文句を口にします。

 

「大体藍俚(あいり)! お主、喜助のヤツに密告(チク)ったじゃろう!? あれが原因で儂がどれだけからかわれたことか!!」

「でも、遅れを取ったのは事実でしょう?」

「……ぐっ!」

「しかも二回も」

「ぐおおっ! じゃ、じゃが次こそ……」

「二度あることは三度あるって言いますよ?」

「ぬおおおっっ!!」

 

 あ、ダウンしました。

 

「それとさっきも言いましたけど、この歓迎会については砕蜂に伝えるように頼んでおいたんです。砕蜂のことだからきっと"今日の分のノルマが終わった"ら教えてくれたと思うんですよ。でもそれを聞いていないということは――」

「……っ……っっ……!!」

「師匠の追い打ち……効果抜群やん……」

 

 突っ伏したまま、呼吸困難になったみたいに痙攣しています。

 

「あの、夜一サン……お疲れのところ悪いんだけど、四楓院家の雅楽隊ってまだ残っているかな? キャンディスのメンテナンスを頼みたいんだけど……」

「今の傷心したばかりの儂によくそんなことが言えるの!」

「ローズはそればっかりかい!」

 

 あ、起き上がった。

 ブレないわねぇ……バイオリンのことばっかりで……

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、いい加減諦めてください。じゃないと――」

「じゃないと……なんじゃ!?」

「瀞霊廷通信に夜一さんの特集を依頼します。昔のこととか普段の仕事ぶりとかをしっかりとアピールしてもらいますよ?」

「へえ……面白そうじゃねえか」

 

 六車隊長の目がちょっとだけ光りました。

 口ではなんだかんだ文句を言っておきながらも、ジャーナリストの魂が少しはあるんでしょうか?

 

「タイトルはそうだな――逃走幇助の罪に問われていた二番隊元隊長、その真実と高潔なる魂について――とかどうだ?」

「えー、ダサーい!! 拳西ってばセンスないよ!」

「んだと(ましろ)! じゃあテメエはどうなんだよ!!」

「あたしは特集しないから良いの!」

「「…………」」

 

 ぎゃーぎゃーと文句を言い合う二人を背景に、私と夜一さんは視線を合わせます。

 

「……これで何をするつもりじゃ?」

「……特集して美談にして貰えば、色んな人から神格化された目で見られる。そういう良いイメージを周りが抱いてくれれば、夜一さんもそれを壊すまいと少しは真面目になってくれる……と思ったんですが……」

「ふふん! この四楓院夜一、その程度で己の立ち振る舞いを変えるような容易い女ではないわ!!」

「他人の目を気にせぇへん鈍感女やんけ……」

 

 胸を張っていますが……その虚勢、いつまで続きますかね?

 

「特集されたら、四楓院家にも記事が届いて影響が出ますよ?」

「それがどうした!?」

「知り合いの期待を裏切るのって、結構心に来ますよ? ねえ探蜂(タンフォン)さん?」

「はは……湯川殿には適いませんな……」

「な……っ!? なああぁっ!?」

 

 懐かしい名前を耳にして驚いたのか、夜一さんが大慌てで振り返ります。その視線の先にいる人物――屋台の主人――を目にして、さらに驚きの声を上げました。

 

 それにしても……なんだかこの名前、久しぶりに呼んだ気がするわ!!

 

『名前だけは時々微妙に出たりしていましたがな!! このように直接会話をしたのは、なんとビックリ108話以来でござるよ!!』

 

 原作が始まっちゃうと、出番なんてないからね……

 

「お、お主……探蜂、なのか……?」

「ええ、お久しぶりです夜一様」

 

 おそらくですが、夜一さんの記憶にある探蜂さんの姿は刑軍の指南役として働いていた頃――まだ老いず、若々しい姿のはずです。

 ですが今の探蜂さんは初老のくらい。髪に白いものが混じっていて、落ち着きと風格や貫禄といったものが出ています。

 そりゃ、気づきませんよね。

 けど、ここに来て注文したときに顔を合わせているはずなんですけどね……

 

『砕蜂殿は割とすぐに気づいてくれたというのに……』

 

「か、変わったのぉ……」

「夜一様はお変わりないようで。あの頃のままですね……色々と(・・・)

「……ぐっ!」

 

 色々と。

 このたった一言の中に「精神的な成長していませんね」という意味が込められているのを感じてか、今日一番の呻き声が上がりました。

 

「は、謀りおったな藍俚(あいり)……」

「以前、黒崎君たちと一緒に尸魂界(こっち)に来た時に、こちらへは顔を出していないとお聞きしたので。それにもう現世に逃げることもないでしょうから、ちょうど良いでしょう?」

 

 そこまで告げて私も杯――あ、中身は番茶です。お酒が駄目なので――を軽く呷ります。

 

「どうしたんですか? 他人の目を気にしないとか言っていたじゃないですか」

「そ、それはじゃな――」

「夜一様! こんなところにいたんですか!?」

 

 俯き加減でモゴモゴと言い訳をしようとしたところに、今度は砕蜂の声が聞こえてきました。様子を見るにどうやら、逃げ出した夜一さんを追って来たようですね。

 

「駄目じゃないですか! 今日だけはちゃんと仕事は全部片付けてくださいってお願いしたでしょう!? 終わったら良いところへ連れて……いき……藍俚(あいり)様!? それに兄様まで!?」

「お疲れ様、砕蜂。ほらここ、座って」

「あ、はい……ありがとうございます……」

 

 私が席を立つと、砕蜂は素直に座りました

 どうやらここが目的の場所だと気づいていなかったようで、私や探蜂さんがいるのを見て驚いています。

 

『砕蜂殿……夜一殿の匂いを追ってここまで来たんでしょうか……?』

 

 さあ? それは分からないけれど……

 でも丁度良いわね。最初から、こうするつもりだったし。

 

「それじゃあ探蜂さん、久しぶりの夜一さんと話したいこともあるでしょうからごゆっくり。後は私が引き継ぎますね」

「お気を使わせてしまい、何から何まで申し訳ありません」

「な、なんじゃと……!?」

 

 聞いてないとばかりに夜一さんが目を丸くしていますが、言ってませんからね。

 知っているのは砕蜂だけです。

 

 このお店を選んだのは"気を遣わなくて良い"以外にも"夜一さんと会わせてあげたい"という狙いがあったんですよ。

 そこでこのように、歓迎会のお店でサプライズで再会させてあげようと企画しました。

 積もる話もあるでしょうし、昔話に集中したいでしょうと思って。

 

「良いですか夜一様。ご自身のお立場という物をよくお考えください。あのとき、自分たちは夜一様のご温情で――」

「うう……」

 

 さっそくお話が始まったみたいね、楽しそうだわ♪

 

 なのでここからは探蜂さんの代わりに私が料理を引き継ぎます! ちょっと味が変わって店主の味じゃなくなっちゃうかもしれませんが……まあ、なんとかなるでしょう。

 えっと……何があるのかな……あ、レンコンがある……

 

「ねえあいりん、ここのお店とどういう関係なの?」

「ああ、俺も気になった。なんで店主が夜一と知り合いなんだ?」

「せやな。俺も気になっとるわ」

「ひょっとしてここ、師匠が経営しとるお店なん? ……あ、もう一杯貰える?」

 

 これまで遠慮して声を掛けなかったのか。

 夜一さんたちが話し始めた途端、私の方で質問責めが始まりました。

 

「ここのご主人は夜一さんが隊長だった頃の隊士で、色々と目を掛けてもらっていたんですよ。ところが夜一さんが急に消えちゃって、それから大変だったんですけど――まあ、詳しい話はまたの機会ということで」

「なんやそれ!?」

 

 説明しながらリサにもう一杯おかわりを渡します。

 

「隊士だったってことは、昔の知り合いってわけか? それで、戻ってきたから気を遣って会えるように仕向けた……」

「あっ! まさか昔の恋人同士だったとか!? それが百年の時を経て運命の再会!? うわぁ……ロマンチック……それだったらあたしが特集したい!!」

「そういうのともまた違うんだけどね。けど、昔の知り合いっていうのは確かよ」

 

 キンピラをお出ししながら、久南さんの言葉は否定します。

 それにしても探蜂さんと夜一さんかぁ……

 

 アリね!

 

『アリでござるな!! 年上(見た目は)にリードされて焦る夜一殿!! ワガママを言っても包容力で包んでくれて、でもちゃんと叱ってくれる!! 今からでも焚き付けられねえでござるか……!?』

 

「昔の知り合い、か……七緒のところにでも顔を出しとこうか……」

 

 空を見上げながら呟くリサの姿が、印象的でした。

 

 

 

 ……そういえば。

 夜一さんはこの場所のことを知らなかったはずなのに、どうやって来たのかしら……?

 まさかお酒の匂いを辿って……!?

 




●夜一さん
もう尸魂界(こっち)側にガッツリ取り込んでも良いかなと思いました。

●探蜂さん
超が付くくらい久しぶりの登場。
このために、屋台みたいなお店と前話で書いていたりします。

ノスタルジーな感じで昔話をされて、色々と思うところがあって、夜一さんも最終的にもう少しは真面目になってくれると思うの。


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第273話 健康診断と治療を振り返ろう - チルッチ・サンダーウィッチ -

禁を破りました。



「はい、口を開けて」

「あー……」

 

 大きく口を開けるチルッチの舌を指で抑えながら、喉の奥の様子を観察します。

 特に問題はないですね。風邪とか炎症とかしていないので当たり前、そもそも診る必要のない部位なんですけど……ついやっちゃいました。

 動かない様に指で抑えているものの、それでも反射的に動こうとするチルッチの舌の感触が指先から伝わってきます。

 ぷにぷにとしていて、唾液でじんわりと温かくて、このまましばらく舌を指で玩びたく鳴る衝動に駆られます。

 

「はい、問題なし。じゃあ次は――」

「まだあるの!?」

 

 いい加減に痺れを切らしたのか、チルッチから不満の声が上がりました。

 

 今日も虚圏(ウェコムンド)に来ています。

 だけど今日の目的はハリベルのマッサージではなくて、チルッチの診察。

 ほら彼女って石田君に鎖結を破壊されて、さらに自分で自分の身体を切り離したじゃない? その治療後の経過観察が、今回の来訪目的なのよ。

 

 ハリベルたちには簡単に挨拶をしてからチルッチの宮――十刃(エスパーダ)じゃないから、本当なら彼女には専用の宮は無いんだけどね。でも虚夜宮(ラス・ノーチェス)内で部屋が余っているから、その一室を勝手に自分の物にしたみたい――を訪れて、診察を始めました。

 いきなり身体を診ても良かったんだけど、まずはってことで問診と体表観察。

 次に今やったみたいに喉の奥を診たの。

 ……そろそろ良いわよね?

 

「――当然でしょ、切り離した部分を再生してくっつけたのよ? あのときの処置は"失敗はしていない"と断言できるものだったけれど、でもどこで何が起こるかは分からない。だから入念な診察が必要なの」

「…………」

「さ、わかったら服を脱いでくれる?」

 

 真摯に説得すれば神妙な顔つきになって――その後、驚いたチルッチは聞き返すように私を二度見しました。

 

「……ええっ!! ぬ、脱ぐの……!?」

「ええ、そうよ。脱ぐの。それとも、あのとき(・・・・)みたいに私が脱がせてあげましょうか?」

「……うっ!」

 

 あのときというのは、最初に出会ったときのことです。

 かなり危険な状態だったから乱暴に、それこそ剥ぎ取る勢いで脱がせちゃったのよね。

 それを思い出したらしく、ちょっとだけ苦々しい顔をします。

 

 私も思い出すわぁ……とってもエッチなデザインをしていた紫色の下着……

 

「わ、わかったわよ! 脱げば良いんでしょう!?」

 

 一瞬迷っていたものの、ちゃんと自分から脱いでくれました。

 

 ……あ、今日は黒でした。

 

「これで……いいの……?」

「ええ勿論。それじゃあ、少し触るわね」

 

 診察なのに肌を晒すのが恥ずかしいのか、胸元を腕で隠しています。そのおかげでお山(おっぱい)がぎゅっと押し寄せられて黒いブラジャーが僅かに(たわ)み、深い谷間と小さな隙間が出来ていますね。覗き込みながら、その隙間に指を入れたいです。

 

 でもお仕事なので、ちゃんと診察しますよ。

 

「ふむふむ」

 

 手のひらから弱い霊圧を照射して、内部の感覚を確認します。

 まずは両腕、手から肩まで。そのまま背中をゆっくりと撫で回します。

 

「……んんっ!」

 

 うなじの辺りを指でくすぐると、チルッチはゾクリと背中を震わせました。

 この周辺は再生させたばっかりなので、まだまだ刺激に不慣れ。とっても敏感みたいですね。

 

「どうしたの、くすぐったい?」

「そ……そうよ! だからあんまり触わらな……~~~~っっ!!」

 

 両手でゆっくりと撫で回すと、声にならない悲鳴が上がりました。

 白い肌が一瞬で火照ったように赤くなり、指先から体温が伝わってきます。頬どころか耳まで赤く染め、蕩けた表情をしながらも声だけは必死に押し殺していますね。

 

「や、やめてって……言って……ひゃんっ!!」

「ついでに、鎖結の様子も確認しておきましょうか?」

 

 背中を撫でる手はそのままに、片方の手をチルッチの胸に当てます。

 ハリベルには負けるものの彼女のお山(おっぱい)も十分過ぎるほど大きくて、たっぷりと膨らんだ胸のお肉が指の間から逃れようとしてきます。

 そのままお山(おっぱい)の感触を確かめるように指を動かし、胸を揉みます。

 

「ちょ……ん、く……っ! こ、これ……本当に効果、ある……の……っ?」

「当然でしょう? ただチルッチは胸が大きいから、ちょっと確認が難しいの。もう少しだけ耐えてね」

 

 とってつけたような理由を口にしながら、さらに胸を揉んでいきます。勿論、背中を撫でるのも忘れません。

 胸を触れる動きは少しずつ大胆にしながら、背中はあくまでも優しく。触れるか触れないか程度の柔らかな刺激を与えて、じっくりと感度を高めていきます。

 

「ふっ……! ……ふうぅっ!! うっ……くぅぅ……っっ!!」

 

 前と後ろ、両方から身体の中心へと刺激を――それも異なる刺激を与えられる感覚に苛まれて身悶えしながらも、診察ということで懸命に耐え続けているチルッチの姿。

 その姿を見ながら、私は彼女と最初に出会ったときのことを思い出していました。

 

 ……あ!! 勿論ちゃんと診察もしていますよ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「いや……いやあああぁぁぁぁっっ!!」

 

 溢れんばかりの真っ黒でドロドロの粘液塊を両手いっぱいに抱えてチルッチに見せつければ、彼女は絶望にも似た悲鳴を上げました。

 ですがそんな悲鳴は、むしろ嗜虐心を煽るだけです。

 

『ぬはっ! ぬほほほほっ!! ああ、たまらん……たまらんでござる!! ぐへへへへ!! 大丈夫! 痛いのは最初だけ!! すぐに気持ちよくなるでござるよ!!』

 

 ……ね? 煽ってるでしょう??

 

 だけど、射干玉の気持ちも分かるのよ……だってチルッチの怯えた表情、見ているだけですっごくクる……お腹の下の方が「キュン……」ってしちゃうの……

 けがの具合確認と治療のために今のチルッチは今は下着姿だってこともあって……

 ハァハァ……!! 見た目と雰囲気が相まって素敵すぎる!! こんなの興奮するに決まってるじゃない!!

 

『おほほほほっ! 藍俚(あいり)殿もお好きですなぁ!! ああもう! 拙者も我慢の限界でござるよ!! 藍俚(あいり)殿! お願いします!!』

 

 任せて!!

 

 真っ白な雪を思わせるチルッチの肌――その背中へ、手にした黒い粘液をゆっくりと広げていきます。その途端、なんというか洗い立てのシーツを泥で汚すような背徳的な快感が指先から伝わってきました。

 

「ひいぃっ!! 気持ち悪いッ!! ヌルヌルしてる!!」

「気持ち悪いとは失礼ね、コレがチルッチの身体を元に戻してくれるのよ」 

 

 文句を封殺しつつ、卍解で生み出した射干玉本体の粘液を力尽くで塗します。

 白い肌が黒い粘液に塗れ、汚れていく。すぐに透き通って透明になるものの、一度でも黒で汚れてしまった肌はもう純白ではない……

 べっとりと塗れた濃い粘液がチルッチの肌を蝕んで、身体の中にゆっくりと浸透していって、内側から汚していきます。

 

『ああ……これがチルッチ殿のナカ……破面(アランカル)の身体……この真っ白を拙者が……ふひひひ……!! ふぅ……』

 

 早いわね。

 

『大丈夫! まだまだ全然イケるでござるよ!!』

 

「なにこれ……背中が、熱い……っ!!」

「うんうん、効いてきたみたいね」

「効いてきたって……あんた、一体……あたしに何、したのよぉ……?」

 

 涙目でぐすぐすと(はな)(すす)ながら、不安そうに私のことを見上げています。

 やっているのはただ、射干玉の粘液が身体に浸透して再生治療をしているだけなのですが、受けているチルッチからすれば未知の感覚みたいですね。

 

「だから、治療よ。痛くないでしょう? すぐに慣れてくるからね」

「いやぁっ! やだ、何これ! なにかが入ってきてる!! やめて、あたしのナカ、入ってこないでぇ……っ!!」

 

『嫌よ嫌よも好きのうち……ぐふふふふふっ!!』

 

「動いてる!? なにこれ動いてるっ!! 取って取って!! いやあああぁぁっ!!」

 

『駄目でござるよ!! 今だけは! 今だけは拙者とチルッチ殿は永遠のパートナーでござる!! ぬほほほほっ!!』

 

 射干玉も我慢しきれなかったみたいね。

 塗り広げた粘液はゆっくりと圧力を増しながら背中にへばりついて、勝手に広がっていきます。見えない背中でそんな風に蠢かれるのは、ミミズかナメクジが這い回っているように錯覚しているんでしょう。

 その感触にチルッチはさらに怯えて涙を流し、それがまた射干玉を煽っています。

 

『マユリ殿に持って行かれることのないように、拙者が大事に大事にしてあげるでござる!!』

 

 ……今、なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような……

 

「動いてるんじゃなくて、チルッチの霊圧に反応して粘性が変わってるだけ。()いてはそれが失った部分の再生に繋がるの」

「違う! これ絶対に違うからっ!」

「違わないわ、だから暴れちゃ駄目よ?」

 

 さらに手のひらに粘液を生み出すと、今度は肩から腕。そして胸周りに塗していきます。黒く濃厚な粘液がお山(おっぱい)に絡みついて、とろりとした糸を引きます。

 当然その液体も射干玉の分身体。

 私の指とお山(おっぱい)にまとわりつきながらきゅっと固くなり、胸の周りをぎゅうっと揉み上げます。

 

『ああ、これがチルッチ殿のお山(おっぱい)……!! 藍俚(あいり)殿には申し訳ございませんが、拙者がありがたく治療(堪能)させていただくでござる!!』

 

「あっ! いやあぁっ!! だめっ!! くすぐ……た……ぃっ!!」

 

 粘液がお山(おっぱい)の先の方に集まって来ました。じわじわと集まっていくむずがゆい感触にチルッチが悶えていたかと思えば、先端がゆっくりと大きくなっていきます。

 

『おぉ……固くなってきたでござるな……!! ならば拙者も固くなってしまうでござる!! 固いモノ同士で勝負でござるよ!!』

 

「ひいっ!!」

 

 いけない!

 刺激を受けて反応してしまった先端部分に、粘液が集まりました。一気に硬度を増してぎゅうっと指で握りしめたような刺激がチルッチを襲いました。

 さすがにこれは不自然すぎるので、それに合わせて私も胸元へ手を回して指先で摘まんでおきます。

 

「あ、あん……た……ねぇ……っ! ッ!!」

「うん? どうかしたの?」

 

 軽く惚けながら、射干玉の動きに合わせて指を動かします。

 チルッチは胸の先から刺激が走っているのか、ちょっとだけ憎々しげな目で訴えつつもそれ以上は何もしてきません。

 その間にも射干玉の粘液は蠢いて、チルッチのお山(おっぱい)を好き勝手に蹂躙していきます。私もその動きに合わせながら、不自然にならない程度に胸全体をマッサージします。

 

『はぁはぁ……藍俚(あいり)殿との合作でござるよ……!! はっ!? これは拙者まさか、百合の間に挟まっているのでござるか!? なんと……なんという大罪を……!! ですが挟まると売れるとも聞きます!! よってこれは無罪!!』

 

 あ、ちょっと射干玉! そんなに激しく動き回らないで!!

 

 なにやら自己完結してさらに動きを大胆にしてきました。

 寄り集まった粘液はチルッチのお山(おっぱい)を隙間なくびっちりと覆い尽くしていて、指を挟む余裕を確保するのも一苦労です。

 粘液の内側では張りのあるお山(おっぱい)がじわじわと形を変えながら、同時に内側に染みこんでいます。

 

「ひぃ……っ……もう、いやぁ……っ……」

「あら、駄目よ。動かないで」

 

 胸全体を粘液に包まれ、這い回られる感触に負けたのか、チルッチが逃げだそうとしました。

 ですがそれは片腕で肩を掴んで止め、同時にもう片方の手でお腹の辺りを抱え上げてこれ以上逃げられないようにします。

 

「もうすぐ治療が終わるから、あともうちょっとだけ我慢よ……ね?」

 

 小さな子供をあやすような口調で説明しつつ、そのままお腹周りを手で撫でます。

 この辺――特に腰回りは本当に細くて、こうして抱えているだけで折れてしまいそうなくらいです。

 きゅっとくびれた腰回りがまた……

 

『はぁはぁ……藍俚(あいり)殿……こ、こちらもよろしいので……!?』

 

 あ! こら駄目!! チルッチが肉体を失ったのは上半身だけよ! 下半身(そっち)は御法度!! わかるでしょう!?

 

『も、もうしわけございません……』

 

 おへそよりもさらに下まで蠢こうとしていた粘液ですが、その動きがピタリと止まりました。ですが当のチルッチは胸元に注意が行っており、どうやら気づいていない様子です。

 

『うう……』

 

 はいはい、そんなに落ち込まないの。

 代わりにもうちょっとだけ良いことしてあげるから。

 

『よ、良いこと!? それは一体……』

 

 ――それはね。

 

「おーいチルッチ、聞こえるかしら?」

「……ふぇ……?」

「夢中になっているところ悪いんだけど、もう終わりよ」

 

 終わりだと告げればようやく正気に戻ったみたいで、とろんとしていたチルッチの瞳に光が戻ります。

 

「え……お、終わりなの……」

「ええ、そうよ」

 

 既に手の動きは止めていますし、粘液も身体にしっかりと塗り込み終えています。なので施術そのものはもう"殆ど(・・)"終わりです。

 

「よ、よかったぁ……これ以上やられてたら、あたし……あたし……――」

 

 あたし、の後にはどんな言葉が続くのかしらね?

 興味は尽きませんが、今はそれよりも先にやることがあります。

 

「じゃあ最後に、この粘液を飲み込んで身体の中からも治療しましょうか」

「――え……ええっ!!」

 

『ぬほほほほほっ!! さっすが藍俚(あいり)殿は話が分かるでござるよ!!』

 

「じ、冗談でしょ……!? いやよ! そんなの飲みたくなんてないわ!!」

「悪いけれど冗談じゃないの」

 

 逃げようとしますが、逃がしません。

 一度離した手でもう一度捕まえなおします。

 

「はい、あーん……」

「んーっ! んーっ!!」

 

 再び手の中に現れた、溢れんばかりの黒い粘液の姿。それを見た途端チルッチは絶対に嫌だとばかりに力いっぱい口を噤みながら、首を何度も横に振ります。

 

「うーん……悪いけれど無理矢理にでも流し込むわよ」

「んんっ!?」

 

 なので仕方ありません。

 片手で頬を掴んで力尽くで無理矢理に口を開けさせます。

 

()や……っ! ()やぁっ……!!」

「大丈夫、身体に害は無いから」

「んんーーーっ!!」

 

 隙間が出来たところへ指を突っ込むと、そのまま粘液を流し込みます。

 ――ちょっと生臭いかもしれないけどね――と心の中で謝りながら。

 

 手のひらから指を伝わってチルッチの口の中へ、粘液がとろとろと流れ込んでいきます。口の中にゆっくりと溜まっていく粘液の感触が気持ち悪いのか、舌先を指と絡ませてどうにか排除しようと試みてきますが……

 

 ……指をしゃぶられているみたいで、結構良いわね。ドキドキしちゃう!

 

『せ、拙者も……粘液をナカに思う存分……ああああぁぁっ!!』

 

「――ッ!!」

 

 我慢の限界だったのか、粘液が勢いよく口の中へと飛び込んでいきました。その勢いのまま喉の奥まで流れていきます。

 と同時にチルッチの表情が苦悶にゆがみました。

 

「んぐぇっ!! ……げほっ! げほげほっ!!」

 

 あまりに勢いが良すぎて嘔吐(えず)いてしまったようで、大きく咳き込みながら口の中に残っていた粘液を吐き出しました。

 幸い私はその兆候に気づいて直前で指を引き抜きましたが、下手したら噛み千切られていたか、それとも窒息させていたかもしれません。

 

 口の端から流れ落ちる粘液はどろりと濃厚で、顎のラインに引っかかったまま中々垂れ落ちることはありませんでした。

 肌にべっとりと張り付いたまま、それでも重力に従い"つーっ"と一本の細い糸になりながら垂れ下がっていきます。

 

「う……うう……っ……ぐすっ……ひっく……」

「ごめんねチルッチ、ちょっとやり過ぎたかしら?」

 

 涙目になりながら嗚咽の声を上げるチルッチに、私は謝罪します。

 

 まあこの後、吐き出した分も合わせてしっかり飲ませたんですけどね。

 

 

 

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「はい、お疲れ様。問題なしね」

「そ、そう……」

 

 身体の隅々まで一通りの診察が終わりました。

 あれだけ念入りに治療を行った甲斐があってか、予想通り異常はどこにもありません。診察ついでにマッサージもたっぷりと行いました。

 ですが私と同じようにチルッチのあのときのことを思い出したのか、いつの間にか頬が真っ赤に染まっています。

 そのまま何か言いたそうに口をぱくぱくとさせていましたが、やがて意を決したように隊首羽織の裾を摘まんで来ました。

 

「……? どうしたのチルッチ」

「ねえ、藍俚(あいり)……診察が済んで、どこも異常がないってことは……もうあたしのところには、来てくれないの……?」

 

 ……かわいい。

 

「ふふ、そんなことないわよ。身体が完治して、帰刃(レスレクシオン)を使いこなせるようになっても、それでもちゃんとくるわ」

「そっ。ま、まあ、待っててあげる」

 

 私の返事を聞いた途端、ぱあっと花が咲いたような明るい表情を浮かべました。

 ですがそれも一瞬だけのこと、慌てて取り繕った様に視線を逸らしながら、ぶっきらぼうな声を作りながら言ってきました。

 

 

 

 ……明日も来たい……来ちゃ駄目なの……?

 




●回想シーン
229話で「チルッチにこんな治療をしました」という補完的なお話です。
行間で「すごい医療行為(こんなこと)」をしていました。

●「(前書きの)禁を破りました」の記述について
今まで「集中してもらう為、マッサージ回では射干玉ちゃんは喋らない」という縛りプレイを藍俚殿(なかのひと)はしていました。

今回、喋っちゃった(てへ)

(回想シーンだから。本編(229話)で出てきたから。という理由で喋らせました。結果はお察し)


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第274話 手を繋ごう

「いよいよ明日に迫りましたが、心と身体の準備の方はよろしいでしょうか? 一番隊の隊士はもとより、護廷十三隊の全ての死神が元柳斎殿の快気を心から――」

「ええい! そのような取って付けた文など読まんで良いわ!」

「では次にこちら、中央四十六室からの見舞い文を……」

「いらぬ!!」

 

 総隊長が苛立ちながら手を振り払うと、雀部副隊長が持っていた手紙が弾き飛ばされて病室内に散乱しました。

 紙が大量に空を舞って綺麗だわ……なんて、思わず現実逃避しちゃう……

 というか……掃除するのって最終的に四番隊(ウチ)の子だから……できるだけ清潔に使って欲しいって思うのはワガママかしら……?

 

 ……まあ、気持ちは分かりますけどね。

 入院してからまだ二日目だというのに、初日だけでもお見舞いの手紙やらお客様やらが途切れずに山ほど来ていたから……そりゃ、うんざりするわよね……

 だから気持ちは分かる……分かるけれど、怒らないで! 血圧上がっちゃうから!!

 

「それよりも長次郎、業務の方は滞り無かろうな?」

「はっ、万事問題ありません」

「……まあ、お主と沖牙がおるのだ。心配するだけ無駄というものか」

 

 さも当然のことのように「一切問題なし」と答える雀部副隊長の姿に、総隊長は指先で髭を撫でながら納得した様子で呟きました。

 

『大丈夫だ、問題ない――でござるよ』

 

 またネタが古いわね!!

 あとそれ、発言そのものが問題が起こるおっきなフラグだから止めて!! もうお腹いっぱいだから!! しばらく厄介ごとは要らない!! タダでさえ、あんなことがあったばっかりなんだから!!

 

「あの、お二人とも? 手術日も明日に迫っていますので、今日のところはそろそろ……」

「そうですね。申し訳ありません湯川隊長、元柳斎殿がご迷惑をお掛けして――」

「長次郎!!」

「ですから! 患者にそういう発言は止めてください!!」

 

 ジト目で睨めば、さすがに遊びが過ぎたと理解してくれたのか。雀部副隊長は真剣な表情で頭を下げてきました。

 

「――確かに、そうですね。申し訳ありません。湯川隊長、明日の手術はどうか! どうかよろしくお願いします!!」

「ええ。万難を排し、万全を尽くさせていただきます」

 

 続いて総隊長へと向き直ると、こちらにも深々と頭を下げます。

 

「元柳斎殿……万全な姿となって戻ってきてくださる日を、一日千秋の想いでお待ちしております」

「当然じゃ。担当はこの湯川じゃぞ? 何を心配する必要があるか。明後日には執務を再開してやるゆえ、しばし待っておれ」

「ははは、明後日ですか。となると退院祝いの準備を急がねばなりませんな。では、これにて」

 

 うわぁ……総隊長からの信頼が凄いことになってる……

 でも明後日は絶対に無理だから……

 

 退室しようとする雀部副隊長の後を追い、彼へ耳打ちします。

 

「(当人はああ言っていますが、一週間近くは掛かりますので)」

「(やはりですか?)」

「(当然です。それと、一応新作のお菓子を何点か作っておいたので。帰りしなに、調理場に顔を出して味見をお願いします)」

「(ありがとうございます!!)」

 

 最後の「ありがとうございます」が、今日一番良い声してたわね……

 ……あ、お菓子というのは雀部副隊長主催のお茶会に出すものです。昔、ちょっとした縁で提供するようになってから、今までずっと協力し続けています。

 

 ちなみに新作は、現世から取り寄せた本を参考にしました。

 やっぱり便利よね、YDM書籍販売。しっかり利用しちゃう。

 

『ですがお茶会の設定、殆ど生きておりませんな!!』

 

 だってアレ、普通にお茶会しているだけなんだもの。

 普通に「お茶美味しいね、お菓子美味しいね。このお茶、茶葉のブレンドが……」で終わっちゃうんだもの!

 話に挟みにくいのよ!!

 

 とまあ、そんなやりとりをしつつ雀部副隊長の見送り終えてから、総隊長の病室に戻ります。とりあえず、さっきの「明後日には復帰」の部分は誤解を解いておかないと。

 

「総隊長、雀部副隊長はお帰りになりました。それと明日の大事に備えて、もうこれ以上は見舞いの客や品物はすべて取り次がないようにします」

「うむ、そうしてくれ」

「それと、先ほど仰っていた『明後日には執務を再開』の件ですが、不可能です」

「……無理か?」

「主治医として、四番隊の隊長として、断言させて貰います。絶対に無理です」

「……お主ほどの腕前でもか?」

「絶対に無理です。なにしろ――」

 

 

「――喪失した腕の結合手術なんですから。機能回復訓練(リハビリ)を抜きにしても一週間は掛かります」

 

 

 

 藍染との戦いにて、総隊長が片腕を失ったことはまだ記憶に新しいと思います。

 現在、その腕の再生と結合手術のために総隊長は綜合救護詰所に入院しています。

 

 本来ならあの時、虚圏(ウェコムンド)から戻ってきた時点で、すぐにでも処置をして繋いでしまいたかったのですが。総隊長は「他の怪我人の救護を優先しろ」と仰ったため、やむを得ずそちらを優先。

 加えて、炭化させたとはいえ片腕を失っている訳ですから、腕をそのままにはしておけません。なので処置をして傷口を縫って塞ぎました。

 ですが、その後。

 色々と仕事があったことと、総隊長がさらに「儂のことは後で良い」と言って頑なに治療を受けようとしませんでしたので。

 その結果伸びに伸びて、気づけば一ヶ月以上も経過してしまいました。

 

 全部が終わって、尸魂界(ソウルソサエティ)もある程度の落ち着きを取り戻したところで、ようやく腕の再生について首を縦に振ってくれましたよ。

 後回しにすればするほど、再生治療が難しくなっていくから……出来ればもっと早く決心して欲しかったのよね……総隊長ってば、なんでこんなに後回しにしたのやら……

 

 一時的にでも自分が抜けると、屋台骨が揺らぐ――とか遠慮していたのかしらね……?

 

 入院のスケジュールについてですが。

 腕の再生培養と手術の準備のため、施術予定日の二日前に入院。

 ですが、総隊長が入院したということで――前述もしましたが――見舞い客や見舞いの品物が後を絶ちませんでした。以前、朽木家の蒼純さんが時折入院することがありましたが、それを思い出すような賑わいっぷりです。

 

『VIP用の病室が大活躍してたアレでござるな』

 

 アレはアレで大変だったわねぇ……

 でも、ある意味では今回の方がよっぽど大変なのよね……だって総隊長の腕の治療なんだから……万が一にも失敗とかしたら……

 なんだか、胃が痛くなってきた気がする……

 

 

 

「ままならぬ、ものじゃな……」

 

 退院まで一週間ほど掛かると告げたところ、総隊長は遠い目で天井を見上げながら呟きました。

 

「何しろ日数が経ちすぎていますから。一度喪失して、処置をした腕をもう一度切開して繋げるだけでも大手術になるんですよ? 再生させた腕だって、下手をすると拒否反応が出るかもしれませんし……」

「じゃが、儂の腕なのじゃろう? 自分の腕を繋ぎなおすのに、何の不都合があろうか」

「それはそうなんですが……どんな問題が起こるかは不明ですので」

 

 再度になりますが、総隊長の片腕は炭化して消失しています。

 

 なので今回、残った体組織から射干玉の能力で複製の腕を作り出して、もう一度くっつけるという処置をするわけです。

 もう一人の自分から、身体のパーツの一部を分けて貰うことになるので、拒否反応とかは出ない……はずなんですけど……ねぇ……

 

『おや藍俚(あいり)殿? どうして拙者をそのような目で見るでござるか? ……はっ! まさかこれはコイする乙女の視線!? 目が合うと魚になってしまうという……!?』

 

 コイって(こっち)じゃなくて(そっち)!? どこのメデューサ――いえ、目が合うと魚になるってことは髪がウミヘビなのかしら……??

 

 って、そうじゃなくて!

 

 射干玉もちゃんと頑張って仕事をしてねってこと!!

 

『なんと!? 空鶴殿が腕を失ったときにも拙者! めっちゃ頑張ったでござるよ!! 他にも都殿とかチルッチ殿とか、拙者はめちゃめちゃやる気に満ちあふれていたでござる!!』

 

 それは分かってるわよ!

 でも今回、総隊長は怪我をしてから一ヶ月以上経過しているし……あと、総隊長って……男性でしょう?

 これが女性だったら、射干玉の仕事を一切疑ったりしないんだけど……

 

『失礼な! 男性であっても仕事はちゃんとやるでござるよ!?』

 

 それも知ってる。

 でも女性相手の場合と男性相手の場合とで、やる気が違うのよね……

 そこだけがちょっと心配なのよ。

 

 どのみち、腕の複製を作った時点で射干玉の仕事はもう終わってるんだけどね。

 総隊長が入院した初日に、身体から情報をコピーして射干玉の能力で作りました。今は培養槽の中でプカプカ浮かびながら、出番を待っていますよ。

 

「それと、再生した腕と同じくらい総隊長のお身体も心配なんです。このひと月(ひとつき)、片腕が無い状態で総隊長は生活していました。身体がその状態に慣れたところで、突然腕を繋ぎなおすわけですから……」

「ああ、分かっておる。それについては今朝もお主に聞かされたわ」

 

 説明の途中なのに、総隊長は強引に話を切り上げるとゴロリと俯せになりました。

 まあ確かに、この話も三度目ですからねぇ……

 

「骨休めで湯治にでも来たと思って、大人しくしておくとするわい。ほれ湯川、暇なら腰でも揉んでくれぬか?」

「……はぁ、仕方ありませんね……他の業務もありますから、ちょっとだけですよ?」

 

 総隊長ってば、私と顔を合わせると大体整体(コレ)なんですから。

 嘆息しつつ死覇装の上から腰に手を当て、ぐっと力を込めてマッサージを始めます。

 

「ぬおっ……!! おお……おおおっ!!」

 

 静かになった病室内に、しわがれたよがり声が響きました。

 

 

 

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 明けて翌日、ついに手術日です。

 関係者へ事前の通達はしていましたが、告知はしていません。ですがどこから聞きつけたのか、朝から綜合救護詰所の建物周辺に多くの隊士たちが押し寄せてきました。

 皆さん、総隊長のことを心配しているのでしょうね。

 

 手術室の中にまで、外の喧噪が聞こえて来そうなほどです。

 

「では、これより総隊長――山本元柳斎重國の左腕縫合手術を行います」

「「「「はいッ!!」」」」

 

 執刀開始の宣言をすると、助手の子たちが力強く返事をしました。

 ですがどうやら――医療用のマスクで目元以外は覆い隠されていて表情を完全に読み取ることは不可能ですが――雰囲気から察するに緊張している様子です。

 

「外には大勢が押し寄せてきているみたいだけど……気にせずに私たちは私たちの仕事を行うのに集中すること。いいわね? 特に伊江村三席、第一助手なんだからしっかりね」

「は、はイッ!」

 

 緊張をほぐすために声を掛けたところ……うーん、返事は良いんだけど……声が裏返ってる……

 大丈夫かしらねぇ……

 

 ……え? 助手は勇音じゃないのか? あの子、今日は外に集まってる隊士たちの応対に出てるわ。桃やイヅル君もね。

 そもそも最初から、助手は伊江村三席の予定だったの。万が一にも、何か急患が来たときに隊長副隊長が揃って手を離せない様な状況は問題だもの。

 

「メス」

「……あ、はい!」

「グズグズしない!」

 

 強い薬と鬼道とで総隊長は完全に意識を失っていますし、今くらいの躓きなんて問題にするほどでもありませんが。

 でも手術が始まったんだから、ちゃんとやってね。

 手伝いの看護師から受け取ったメスを手にして、総隊長の腕へ処置を施していきます。

 

「まずは断端(だんたん)を切り開く」

 

 一度縫合して治療が済んだ腕。その腕の切断箇所をもう一度開けて、元の腕に再び繋ぐ。

 軽く言っていますが、実際はかなり頭のおかしいことをやっています。

 

「おお……」

「さすがは隊長……」

「そういうのは良いから、腕の準備は?」

「出来てます!」

「じゃあ繋ぐわよ! まずは血管から。輸血の用意は?」

「問題ありません!」

「繋いだら確認を忘れないで! そっちのチェックは任せるわよ!?」

 

 その後は神経、骨……皮膚……と順番に繋いでいって……

 

「施術、終了……問題は、なさそうね……お疲れ様」

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 朝一番で始めたんだけど、時間掛かった……

 やっぱり、かなり無茶な手術だったわね。一緒にいた助手の子たちも汗塗れ。私もかなりクタクタだもの。

 

「それと誰か、外で待ってる子たちに知らせてきてあげて。手術は成功、後は術後の経過を見守るのみ――って」

「わかりました!!」

 

 疲れているだろうに、看護師の子が笑顔で外に駆け出て行きました。

 

 

 

 

 

 

「……む?」

「覚醒も時間通りですか。凄いですね、総隊長……」

「湯川、か……?」

「あ、まだ身体を起こさないでください」

 

 起き上がろうとした総隊長の肩を掴んで、無理矢理寝かしつけます。

 今は手術が終わった翌日、総隊長からすれば意識を失ってから二十四時間後になります。

 ……確かに二十四時間意識を失う(そうなる)ように薬や術を調整しましたよ? でもだからって、ここまで時間ぴったりに目覚めるというのもどうかと思うんですよ。

 

 一応、まさかと思って様子を見に来ておいて正解だったわ。

 顔を見てたら急に目を開けるんだもの、ビックリしたわよ。

 

「安心してください、手術は成功しました。左腕の感覚はどうですか?」

「ふむ、どれ……おっ、おおっ!!」

 

 身体は横たわったまま、けれども総隊長の左手――その指先がピクピクと動いています。

 

「動く、動くぞ!!」

 

 反応があることに気を良くしたのでしょう。

 おっかなビックリだったその動きは次第に大胆になり、やがてゆっくりと手を握ったり開いたりするようにまでなりました。

 

「問題、なさそうですね。あとは、ゆっくりと慣らしていくだけです」

「ゆっくり、か?」

「はい、そうです。お忘れですか? 昨日までの約一ヶ月、ずっと片腕がない生活をしていたんですよ?」

 

 なんでこう、すぐに動きたがるんでしょうか?

 縫合部分は回道も併用したから問題はないはずだけど、でも繋がったばっかりなのよ?

 

「わかっておる。昨日、いや一昨日か? お主に言われた通り、一週間は休んでおくわい」

「そうしてください」

「じゃが一週間後、隊首会を開くぞ」

 

 ……は?

 

「隊首会、ですか? それも総隊長が退院後、すぐに……?」

「そうじゃ」

 

 出来ればそれも止めて欲しいんですけど……

 そう告げようとしましたが、総隊長の口から聞き逃せない単語が出てきました。

 

「お主も多少は聞き及んでおるじゃろう? 十三番隊の志波から報告のあった……」

「……ああ、そのことですか……」

「うむ。今までは尸魂界(ソウルソサエティ)の体制を優先させていたため延期しておったが、そろそろ滅却師(クインシー)の対策について話し合いをせねばならぬ」

 

 海燕さんが一心さんから聞かされたという話ですね。

 滅却師(クインシー)の王の復活が近いとかいう。私もちゃんと聞いたわけではありませんが。

 

「今までは目下、藍染の対応に追われていたわけじゃが、それも片付いた。ならば次は、滅却師(クインシー)の――ユーハバッハの襲来に備える必要がある」

 

 ゆーはばっは……? って、誰でしょうか……

 口ぶりから、きっとそれがボスの名前なんでしょう。

 

「じゃが安心せい。千年前、儂は彼奴を打ち倒しておる。再び来たところで、何の問題もない」

 

 ……え?

 なんだか嫌な言葉が頭の中で再生されました。

 大丈夫だ、問題ない……って……

 

「ましてやお主のおかげで、失ったはずの左腕も甦った。五体満足である今ならば、仮に万の軍勢で攻め込まれようとも尸魂界(ソウルソサエティ)は落ちぬよ」

 

 やる気が漲ったのか、左腕がグッと力強く拳を握りました。

 ……握ったんですけど……

 

『フラグが! でっかいフラグが立った音が聞こえたでござるよ!!』

 

 あ、やっぱりそうよね! 絶対にそうよね!!

 

 ……うわぁ、大丈夫かしら……

 私は心の中で頭を抱えながら、隊首会までの日を過ごすことになりました。

 




●腕の治療
空鶴だと、即座に治療。治療直後に振り回せるくらい完璧。
総隊長だと、事前に腕を作り出して、その腕を繋ぐ。その後一週間くらい安静が必要。

これが、やる気の差。

●両腕が健在ってことは、山爺はユーハ陛下に勝つの?
調整中です


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第275話 滅却師対策会議

「それではこれより、隊首会を執り行う」

 

 あの日から一週間後――隊首会は予定通りに執り行われました。

 ですが今回は、いつもと少しだけ雰囲気が違います。具体的に言うと、厳粛とした空気だったそれがどこか浮ついたような感じに変わっています。

 

 ……死神に復帰した、元仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんがいるから? いえいえ、そっちではありません。

 総隊長を除く計十二名――あ、私も除くから十一名ですかね――の隊長たちの瞳が、その全てが総隊長の左腕に注がれているからです。

 皆さん、治った腕に興味津々ですね。

 まるで治療後、初めて見たかのように……というか、実際に初めてみています。

 

 ……だって隊長が「各隊士には、無事を知らせるだけで良い。実際に見せるのは隊首会の場で良かろう」って言ったんだもん……

 それがなかったら、私だって隊長を優先して面会させていたわよ……!

 

 とまあ、そんなことがあったので。

 各部隊の隊長には、今日が初のお披露目となります。

 

 ついでにですが。

 手術完了後から退院までの間、総隊長にお祝いの手紙やら回復祝いの人々やらが再び押し寄せてきました。単純に手術成功を祝うものやら、術後の経過回復まで願ってのものなど色々です。

 四番隊(ウチ)で手紙は全て差し止めて、お見舞いの人数も制限しましたが……それでも多かったです……

 ゆっくり休んで、腕を身体に慣らして欲しかったんですけどね……

 それに巻き込まれて、隊長たちまで面会制限されてしまったという……

 

「始めるのは良いんだけどさ……山爺、その腕治ったんだねぇ……いや、話には聞いていたけどさ……」

「俺も驚きました。まさかここまで完全に治るとは……」

 

 口火を切ったのは京楽隊長、浮竹隊長がそれに続きます。

 前述した事情により空白の時間が生まれたことが原因なのか、想定よりもずっと驚いた表情をしていますね。

 総隊長はいつも通り、杖に両手を掛けていただけなんですけども。

 

「ふむ……その様子から察するに、皆には要らぬ心配を掛けたようじゃな……」

「心配したした、ボクなんか心配しすぎて夜も寝られなかったんだよ?」

「ホンマやで? 藍俚(あいり)ちゃん、なんで面会制限なんてしとったん?」

「すみません。けど、総隊長の御意向だったんです」

「湯川が口にした様に、それについては儂の判断じゃ。平子、それ以上責めてやるな」

「へーへー」

 

 そんな風に、総隊長の見舞いに行けなかったことを嘆く人もいれば――

 

「元柳斎殿の腕、対藍染の対策を練っていたあの頃のままとしか思えぬな……いや、気のせいかそれ以上の覇気が漲っているようにも感じられる」

「フム、見事なモノだね。オリジナルと遜色が見られない……複製などという域を超えているヨ」

「まあ、藍俚(あいり)ったら……良くやりました。うふふふ……」

「……こぇぇ」

 

 治った腕の様子を気に掛ける人もいます――

 

 ……あの、卯ノ花隊長? その笑顔はいったい……

 隣の六車隊長が引いてますから、抑えてください。その人(拳西)は、四番隊に所属していた頃の隊長しか知らないんですから……

 

藍俚(あいり)殿、遅くなりましたがお疲れ様でした」

「相変わらず、見事な腕前です」

「いえ、やるべき事をやったまでですよ」

 

 ついでに、両隣の隊長が小声で褒めてくれました。

 ちょっと嬉しい。

 

『拙者も頑張ったでござるよ!? 拙者に賞賛の声は!?!?』

 

 はいはい、射干玉が頑張ったことは私が一番よく知っているから。そんなに拗ねないの。あとでちゃーんと、二人っきりでご褒美をあげるから。

 

『約束でござるよ!! 約束破ったら、拙者泣くでござるよ!! 大声で、力一杯!!』

 

 分かってるから。

 

「……さて、儂の腕の事はそのくらいでよかろう。ではこれより、今隊首会の開催理由について述べる。お主らの中には、既に耳にしている者もおろう……"滅却師(クインシー)の王"についてじゃ」

 

 短いやりとりが出来る程度の僅かな時間を置いた後に総隊長がそう切り出せば、若干浮つき始めていた空気が一気に引き締まりました。全員が息を呑み、さながら戦場のような鋭い雰囲気が室内を包み込みます。

 

「十三番隊の志波からの報告によって判明した。近いうちに、彼奴が復活する。藍染惣右介の一件が全て片付いた以上、我々は次なる危機に総力を傾けねばならぬ」

「あの総隊長……凄く初歩的な質問なんですがね。滅却師(クインシー)の王って、一体なんなんでしょうか?」

「天貝は知らぬか? まあ、あまりにも昔の出来事ゆえ詳細に覚えておる者も少なかろう」

 

 恐る恐る挙手をしながら質問する天貝隊長に、総隊長は片目を開けつつ答えます。

 

「千年ほどの昔に光の帝国(リヒトライヒ)を建国し、現世の全てを制圧した男……それが滅却師(クインシー)の王じゃ。名はユーハバッハ。尸魂界(ソウルソサエティ)へと侵攻して来おった」

「懐かしい話ですね」

 

 卯ノ花隊長が感慨深そうに呟きました。

 ……あ、そっか! 当事者なのよね!!

 

「じゃが卯ノ花が口にした通り、千年前――初代護廷十三隊が返り討ちとした。奴が率いておった星十字騎士団(シュテルンリッター)。その悉くを打ち倒し、ユーハバッハ本人も儂が斬り捨ててやったわ。逃がしこそしたものの、全ては終わったとばかり思っておったが……」

「ああ、思い出したよ。山じいが卍解したってアレだ」

「なっ! 元柳斎殿が卍解を!?」

「そっ。何でも尸魂界(ソウルソサエティ)全土が大変なことになったらしいよ」

「……京楽、今はそのことは議論すべきことではない」

 

 卍解、総隊長のですか……

 炎系の斬魄刀……尸魂界(ソウルソサエティ)全土が大変なことに……

 あら? なんだかそんなお伽話をどこかで聞いたような……炎の化け物がなんとかって、そんな話を……

 それに卯ノ花隊長、またなんだかニコニコしているわね。

 ということは総隊長の卍解って、そんなに凄いの……? 卯ノ花隊長が笑うくらいに……??

 

「じゃが卍解を使う、という点においては相違ない。此度は逃がしはせぬ。再び甦る様なことの無いよう存在全て焼き尽くし、息の根を確実に止めてやる」

 

 そのために左腕を復活させた――とでも言いたげに、これ見よがしに。総隊長は左腕を軽く回しました。

 

『(……ああ、なるほど。こうやって話を聞いていると何となく理解できる気がするでござるよ)』

 

 ……あら? 射干玉が何か喋っているような……

 

『(海燕殿から情報が伝わり、四文字(ユーハバッハ)殿の復活が間近に迫っていると知った。過去に一度倒した相手とはいえ、今回は後れを取るかもしれない。何しろ直近で藍染殿を相手に煮え湯を飲まされているでござるからな。危険に思うのも当然でござる)』

 

 射干玉、おーい?

 

『(片腕を失ったのは、自身が驕った結果から。その戒めとして、原作では一年半もの間ずっと腕を治すこともなかったのではないかと……意地と言いますか矜持と言いますか……何しろ織姫殿やマユリ殿に代表されるように、腕一本くらいなんとでも出来そうなメンツは揃っていますからな……いえ、確か織姫殿だけは"人間をこれ以上巻き込みたくない"という理由で断っていた気もしますが)』

 

 ねえ聞いて? 何か喋っているの?

 

『(ですが今回の場合、事前に知ることができた。そして自らの気持ちと尸魂界(ソウルソサエティ)の危機とを秤に掛けたのでしょうな。天秤が傾いた結果、藍俚(あいり)殿の治療を受けることを了承した……つまりは個人の拘りをようやく捨てて護廷の鬼となりえたのだと認識すべきでしょうか……)』

 

 私も反応した方が良い?

 

『(反対に原作の場合は"急に滅却師(クインシー)が来たので"だったため、腕を治すだけの覚悟も時間も無かった。その結果が隻腕で四文字(ユーハバッハ)殿に挑んで、アレだったと……? 今回のように事前に知ることが出来れば、マユリ殿に腕の補完を頼むことでまた違った結果に――)』

 

 ……そろそろ泣くわよ?

 

『HAHAHAHAHA!! この紳士で淑女な射干玉ちゃんが藍俚(あいり)殿を無視するわけがないでござるよ!! ただちょっと、明日のオカズを……』

 

 タケノコの煮付けでいい?

 

『問題ないと思います!!』

 

「ところで元柳斎先生。そのユーハバッハですが、本当に侵攻して来るのでしょうか?」

「どういう意味じゃ浮竹?」

「千年も前に敗れたんですよね? そんな相手が再び攻め入ってくるなんて俺には信じられ――」

「……滅却師(クインシー)の王は九百年を経て鼓動を取り戻し、九十年を経て理知を取り戻し、九年を経て力を取り戻す」

「――それは?」

滅却師(クインシー)たちに伝わっておる、古い言葉だそうじゃ」

 

 遮るようにして語られた言葉に、浮竹隊長の表情が強張ります。

 

「あの男が諦めぬことは、儂がよく知っておる。故に断言しよう、必ず来る」

「……わかりました」

「話は済んだかネ?」

 

 引き下がった浮竹隊長と交代するように、涅隊長の出番です。

 

「先ほど千年前と言っていたようだが、それはつまり相手に千年もの準備時間を与えたに等しいのだヨ。滅却師(クインシー)たちにこの私ほどの天才はいないだろうが、それでも凡人どもでも千年も研鑽すれば私の足下くらいには近づけるからネ」

「回りくどいヤツやな……何が言いたいねん?」

「わからんのかネ? 千年の間に、死神を相手にできるだけの特異な技術が用意されている――そう考えて当然だと言っているのだヨ」

 

 まあ、そうでしょうね。

 一度破れた戦法を何度も使い回すとは思えません。

 

『一度見たワザは、このゴールド射干玉ちゃんには通じぬでござるよ!!』

 

「よって、千年前の資料や情報は有るだけ用意してくれたまえ。そこから可能な限り推察と対策を用意させて貰うとするヨ」

「…………」

「……なんだネ湯川、その表情は」

 

 ひっ! 思わず口を開けて見ていたら涅隊長に睨まれました!!

 ただ考えていた内容が少し無礼なので、軽く頭を下げつつ理由を言います。

 

「いえ、ただ……以前石田君を相手にしていた経験から、滅却師(クインシー)の解析は完了している――そんなことを仰りそうだと思っていたもので……」

「医術の腕は認めてやらんでもないが、キサマの頭の中はカラッポなのかネ? 考えてもみるがいい。滅却師(クインシー)は二百年前に掃討されている。数で劣る希少種どもが大軍を相手取るには、質を上げるしかない……当然の帰結だヨ」

「いや、ちょっと待ってくれないかな!」

 

 涅隊長の言葉に納得していた一方、京楽隊長が声を上げます。

 

「そうだよ、滅却師(クインシー)はボクたち死神が滅ぼしている。僅かに生き残ってはいるが、その全てには監視が付いている……じゃあ、その滅却師(クインシー)の王様は一体どこにいるんだい? それと護廷十三隊を相手に出来るだけの戦力や技術は、どうやって用意するつもりなのか……」

「「「……ッ!!」」」

 

 比較的若い隊長たちが息を呑みました。

 

「どこかに隠れて力を蓄えている。そう考えるのが自然、だろうな……」

「我ら死神の目を逃れて隠れ潜める場所……そのような場所が存在するのか……?」

「ではその調査は、我々二番隊にお任せください。潜伏場所、必ず突き止めてみせます」

「意気込むのは構わんがネ。例えばそこが断界(だんがい)の中であればどうするつもりなのかネ?」

「……そ、それは……」

 

 あらら、砕蜂が言葉を詰まらせました。

 

「そういった事も含めて、圧倒的に情報が足りていないのだヨ。まずは技術開発局に任せたまえ。お前たち刑軍の出番は、我々の解析が済んでからだネ」

「…………」

「(まあまあ)」

 

 ちょっと拗ねる砕蜂を小声で宥めつつ、もう一つ疑問に思っていることを尋ねます。

 

「ところで総隊長、先ほどの……九百九十九年を掛けて復活するという話ですが。それが事実だとして、具体的には何年何月何日になるのでしょうか?」

「……およそ、二年後といったところじゃ」

 

 一瞬だけ卯ノ花隊長と目配せしあいました。

 まさか、時間に自信が無かったんでしょうか……? でも、千年だもん……責められないわよね……

 

「理解はできたかの? 我らはこれより先、通常の業務と並行してユーハバッハらへの対策も同時に進めていくこととする。各自、部下への通達と対抗手段を講じよ。以上!」

 

 総隊長がシメの言葉を口にして、隊首会は終わりました。

 ……ただ……口にも態度にも一切出しませんでしたけれど、一つだけ気になっていることがあるんですよね。

 

 滅却師(クインシー)の王様なんて大きな情報、一護が関わってるに決まってるんですよ。だって友達に石田君がいるんですから。

 当然、巻き込まれることにもなるはず。

 

 その辺りの情報が――もっと具体的に言うなら、一護関連の情報が見えてこない。

 今日の隊首会、情報の出所は海燕さんです。ですが情報源を推測するに、出所(でどころ)は一心さんでしょう。

 ……だったら、一護も絡んでるに決まっています。

 

『メタ読みでござるなぁ……』

 

 意図的に情報が伏せられている、のかしら……

 丁度良いわ、このまま海燕さんにそれとなく伺ってみようっと。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「湯川」

「あら、海燕さん」

 

 帰り際――隊首会は基本、隊長と副隊長で参加します。ただし副隊長は会議が終了するまで別室で待機――に海燕さんを探していたところ、渡りに船とばかりに向こうから声を掛けられました。

 

「実は探していたんですよ。少しお聞きしたいことがあったので」

「なら丁度いい。場所を変えて話すぞ?」

 

 そう聞いてくるものの、態度は有無を言わさないそれでした。

 仕方ないのでそのまま海燕さんの後を付いていきます……あ、勇音にはちゃんと説明していますよ。

 ただ、海燕さんと一緒に行くということは当然、浮竹隊長も一緒な訳です。三人で連れだって向かった先は十三番隊の隊舎、その隊首室でした。

 

「付き合わせてすまねえな、湯川。ただ、一応お前には聞かせておいた方が良いと思ってよ」

「私には聞かせておいた方が良い……?」

「というより、もう湯川隊長は勘付いているんじゃないか? 海燕に用があると言っていたし」

 

 隊首室に到着して、促されるまま席に座れば。海燕さんの軽い謝罪から始まりました。それに続いた浮竹隊長の言葉で、どうやら自分の予想が正しかったのだと悟ります。

 

「ひょっとして、今日の議題にあった滅却師(クインシー)……黒崎一護と関係があるんですか?」

「……ああ」

 

 海燕さんが苦々しい表情で頷きました。

 

「その様子から察するに、お友達の石田君が滅却師(クインシー)だから――とかいう規模では済まない話、ですよね……?」

「……ああ、そうだ。一護君、彼の母親は滅却師(クインシー)だ」

 

 へえ、そうなの。

 お母さんが滅却師(クインシー)……え……???

 

「……は……? はぁっ!?」

 

 堪えきれず、珍しく素っ頓狂な声を上げてしまいました。ですが海燕さんたちは特に何かリアクションをするでもなく、好意的に頷いてきました。

 

「驚くのも当然だぜ。俺も一心から聞いた時にゃ頭を抱えたもんだ」

「俺も海燕から報告が上がってきた時には、久しぶりに胃が痛くなったよ」

 

 そりゃあ、そうでしょうね!!

 

 というか嘘でしょ!? 一護って滅却師(クインシー)でもあったの!?

 死神で、(ホロウ)で、滅却師(クインシー)って……なにその夢の欲張りセット!! 一粒で三度美味しい存在じゃない!!

 

『実は一護殿には、もうちょっとだけヒミツが……』

 

 えっ、まだ秘密があるの!?

 

『(祖父母とは……一心殿は純正死神でござるし、真咲殿は純正滅却師(クインシー)でござる故、宇宙人だ魔女だなどということはありえませんが……ですがここは訂正せずに黙っておく方が絶対(ぜってぇ)面白っぇ反応が返ってくるでござるよ! よって――)』

 

 ていうかこれ以上って何!? 祖父が宇宙人で祖母が魔女とでも言うの!?

 

『………………』

 

 そのイノセントな目は止めなさい!! ちゃんと言って!

 あ、ごめんなさいやっぱり言わないで!!

 

『実は、モヒカン刈りが……』

 

 わーわー!! 聞こえな……は? モヒカン……?

 

『それよりも、お二人が藍俚(あいり)殿のことを心配そうに見ているでござるよ?』

 

 くっ! 覚えておきなさい!!

 いつか、えーとえーと……ひどいことしてやる!!

 

「すみません、取り乱しました。そんなことより海燕さん。一心さんから話を聞いた……ということは、現世駐在の時に知ったってことですよね?」

「まあな」

「一心さんも知っていて、でも二十年近く黙っていたと……?」

「あー……それにゃ、色々と理由があってだな……実は――」

 

 さらに海燕さんから語られる、一護の出生の秘密。

 その内容に、自分の中で心がどんどん折れていくのを感じます。

 

「――って話だ」

「……えーと、一心さんは死神の力を失ってて、ユーハバッハは母親の仇で、浦原さんもこの秘密には関わっていて、あと石田君は親戚で……」

 

 あ、駄目……自分で列挙していても、頭がおかしくなりそう……

 とは言うものの、浮竹隊長らの"伏せる"という判断もわかります。

 

「確かにこんな話、総隊長(うえ)に報告できませんよね……」

「いや、俺も元柳斎先生に報告はしたんだ。けど今日の隊首会でも聞かされた通り、一護君に関しては伏せる方向で進めるようだ」

「それが良いと思います……下手に出生の秘密を広めると、ロクなことにならなそうですし……」

「そもそも一護のヤツは本来なら、現世で平和に学生やってるはずの人間だ。これ以上死神だ滅却師(クインシー)だなんざ厄介ごとに関わらせるべきじゃねぇんだよ! んなもんは、俺たちだけでやりゃいいんだ!」

 

 海燕さんの力説が続きます。

 お父さんですものね、子供は守らないと。

 

「ついでに言うなら、一護君の立場は色々と危ういものだと分かってしまった。しかも彼は霊力を失い、自衛すら困難な状況だからな。巻き込ませたくはなかったんだよ」

「力が無けりゃ、(ホロウ)がらみの事件が起きても気付かねえ。気付かねえなら、関われねえだろうからな。今の状況はある意味、不幸中の幸いってヤツだ」

「なるほど……」

 

 言い分はご尤も。

 仮に何か事件が起きても織姫さんや茶渡君、石田君がいれば、駐在の死神だっています。これだけ揃っていれば多分、なんとかしてくれることでしょう。

 少なくとも、藍染クラスの強者が突然襲いかかってこない限りは。

 

『(空座町の駐在はイモ山殿でござったような……大丈夫でござるかなぁ……)』

 

 なんか射干玉が不穏な空気を醸し出しているわね。

 そこまで心配するようなことでも――あっ!! 

 

「そういえば私、浦原さんに黒崎君の霊力を取り戻す研究を依頼しちゃいました!」

「なにっ!?」

 

 浮竹隊長が一瞬だけ驚いた顔をしますが、すぐに落ち着きを取り戻します。

 

「……いや、アイツなら放っておいても研究やってそうだな」

「そうですね。依頼した時には『もう始めている』って言ってましたから」

 

 どうやら私たちの中には"浦原喜助ならば絶対にやる"という共通認識があったようです。

 

「それと海燕さん? 関わりようがないっていう意見は、ちょっと違うと思います」

「なんだと?」

「だって黒崎君は海燕さんと同じ、志波家に関わっているんですよ? それに(ホロウ)についても知っているんです。仮に力が無いままだとしても、間違いなく関わってくると思います」

「なるほど、そう言われればそうだな。俺も色々と思い当たるところが……」

「ちょ! 隊長!?」

 

 海燕さんを横目で見ながら、しみじみと呟く浮竹隊長でした。

 

「とにかく、だ。一護君の対応はもう一度俺たちの方でも考え直してみるよ」

「そうですね。総隊長とも良くご相談をした方が……」

 

 話が纏まったところで、ふと思い出しました。

 

「そういえば海燕さん、捩花を取り戻したんですよね? 使い心地はいかがですか? 都さんに斬魄刀を返す――」

「……ゆ、湯川!」

 

 なんとなく話題を切り替えたところ海燕さんの目が爛々と輝き始め、同時に浮竹隊長が"余計なことを"とでも言いたげに視線で訴えてきます。

 

「おっ! その話か!? 聞きてえか? 聞きてえよな? 何しろようやく卍解が使えるようになってよ! 都にも話したし、それに氷翠(ひすい)のヤツは捩花とは初対面だからな!! 試しに見せたらよ、氷翠(ひすい)のヤツ大喜びでな! なんでだか知らねえんだけど、えらくお気に入りで! 『父様とお揃いの斬魄刀が欲しい』とかダダをこね出してもう大変でよ!! 今までそんなワガママ言うような娘じゃなかったんだが――」

「は、はあ……」

 

 ああ、浮竹隊長が言いたかったのはこのことだったんですね。

 自分の斬魄刀が戻ってきて、卍解も覚えて、娘からの評価もうなぎ登りになって……

 そりゃあ浮かれてベラベラ喋り始めますよね……

 

『遅い親バカ! 遅れてきた親バカでござるよ!!』

 

 結論だけ言うと。

 一護の件の倍の時間くらい、海燕さんの話を聞かされる羽目になりました。

 




●対策会議
でもコレ全部、滅却師(クインシー)らは監視してるんですよね……

●復活するまでの下り
具体的には「九年を経て力を取り戻す」の部分。

あの日(本編開始七年前、一護の母が力を取られた日)に聖別して力を奪って、それから九年掛けて力を完全に取り戻した。という解釈……で良いんですよね?
(聖別した時点で、力を完全に取り戻した。
 という解釈だと「藍染相手に死神たちが現世に行ってる時、滅却師(クインシー)たちは漁夫の利で瀞霊廷を襲っちゃえ」が出来てしまうわけで。
 なので「九年掛けて力をモグモグ、全部食べて完全復活したよ。完全回復して、一年くらい力の確認とかして準備が整ったよ。さあ最終決戦だ」の流れと認識しています)

(認識が間違っていたとしても、書き直すとは言っていない)

●千年前に陛下が逃げる際
総隊長の卍解に袈裟斬りにされて、逃げた(影の中に身を潜めた)
という認識なんですけど。

「これ(影の中に潜れる事実)」を、総隊長は知っていると認識していいんでしょうか?
ざっと描写を見た限り、知らない様子なので。
その方向で進める予定です。


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第276話 診察とマッサージをしよう - ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク -

 お仕事の合間を縫って、今日も虚圏(ウェコムンド)に来ています。

 今回の目的はですね――

 

「あっ! 隊長さん! 隊長さんでねえですか!」

「……え?」

 

 こ、この声ってまさか……!!

 

「あっれぇぇ、どうスたんスか隊長さん? そんなオバケでも見るような目でネルを見ねえでくれスよ」

「ネ、ネネネネネネ……」

 

 声が聞こえたかと思えば、ひょっこりと姿を見せてくれました。

 この声、この小さな背丈、このツルペタ幼女体型……間違いありません。

 

「ネルちゃん!?」

「んだス! ネルっスよ!!」

 

 ネルちゃんです!! 今、目の前にネルちゃんがいます!!

 格好こそボロ布を纏った姿ではなく何やら動物を模した姿ではあるものの、間違いなくあのネルちゃんです!!

 

 どうして!?

 私が頭の傷を治して、元の姿に戻れるようにしたんですけど……ネリエルの姿に戻ったはずなんですけど……なんで!? 何があったの!?

 やり直し!?!? コンティニューしたの!? だから小さいところからやり直しなの!? まさかキノコで大きくなったりするの!?!?

 

「あー、ひょっとスて誰かと間違えてたんスか!? ひょっとスて、ハリベルさんとかっスか? にへへへへ……あんな美人と間違えられるなんて、ネル照れるっスよ……」

「え……えっと……その、ね……」

 

 もじもじと身体をくねらせているネルちゃんを前に、どうしたものかと私も言葉を失っていました。ですがこのままずーっと黙っている訳にもいきません。

 

「ネルちゃんは、どうしてネルちゃんなの……?」

「おおっ! ネル、()ってるっスよ! それ、哲学ってやつっスよね!?」

「え、いや……そうじゃなくて……」

 

 えっと、どう言ったら良いのかしら……

 

「くふっ、くふふふふふっ……いやぁスまねぇっスよ隊長さん!! ちょっと遊びすぎたみたいっスね」

「いやいやネル、中々面白かったぞ」

「珍しい顔が見れたでヤンス」

「へ……?」

 

 ネルちゃんが笑ったかと思えば、ペッシェとドンドチャッカが物陰からひょっこりと現れました。

 

「「「いえーいっ!」」」

 

 そのまま三人は、息を合わせてハイタッチを――

 

「――ちょっと待って!? どういうことなの!?」

「それはっスね……」

 

 ニコッと笑ったかと思えば、ネルちゃんの姿が陽炎の様に揺らぎます。

 

「……こういうことよ」

 

 そして次の瞬間には、ネリエルの姿に変わっていました。

 

「え……へ、変身……!? どういうこと!?」

「さあ? 自分でもよく分からないの。ただ、湯川さんに治して貰って元の姿を取り戻した後も、小さな私のことが少しだけ気がかりで……」

「そんなネル様の悩みを知り、我々も協力したのだ! 大きなネル様と小さなネル、二人が同時に存在できる方法は無いものかと!!」

「いっぱい考えた結果、帰刃(レスレクシオン)みたいに変身できるんじゃないかという結論に至ったでヤンス~! おかげでネルとも時々、一緒に遊べるでヤンスよ!!」

「小さい私も寂しかったみたいだし……がんばったわ」

 

 が、がんばったわ……って……

 

「そして! ネル様が新たな帰刃(レスレクシオン)を身につけたことで藍俚(あいり)にもそれを見せて脅かせてやろうと思ったのだ!」

「ごめんね。ペッシェがどうしてもって言うから……」

 

 いやいや、破面(アランカル)帰刃(レスレクシオン)って確か、(ホロウ)の力を斬魄刀に封じてて、それを解放するって理屈だったはず……よね……!?

 その理屈だと、ネリエルの真の姿がネルってことになるんだけど!?

 帰刃(レスレクシオン)の要領で変身した結果が小さくなるって、どう考えてもおかしいでしょ!?

 何か別の要因が……

 

 まさかくしゃみ!? くしゃみがトリガーで大きくなったり小さくなったりしているんじゃないわよね!?

 あ、でもその場合は一護のくしゃみが変身のキーになるのかしら!?

 

 ……とまあ、冗談はさておき。

 おそらくなんだけど、ネルちゃんからネリエルの姿になるときの逆のことをやってるんでしょうね。

 霊圧を傷から垂れ流して小さくなった。でも霊圧の流出を押さえ込むことで一時的とはいえ元の姿に戻れる。

 だったら自分で霊圧を押さえ込んで垂れ流しと同じ状態にすることで、一時的に小さな姿に変身できる。

 しかもネリエルは、長い時間ネルの状態になっていた。身体がネルの状態とネリエルの状態のどちらも正常だと認識しているから、特に負荷や違和感もなくスムーズに変わる。

 多分きっと、こんな感じのことをやってるはず……だと思うの……

 

「まあでも……だったら丁度良いわ」

 

 ネリエルの手をガシッと握ります。

 

「今日はね、あなたの傷の具合と元の姿に戻ったときの異常がないかを改めて検診にきたの! でも変身できるようになっているみたいだから、そこも含めて徹底的に調査させてもらうわよ!! いいわね!?」

「えっ……? え、ええ……いい、のかしら……?」

「大丈夫、全く問題ないから。チルッチだって検診は受けている――」

「――チルッチ!!」

 

 あ、ペッシェがなんだか妙な反応をしたわ。

 

「あ、藍俚(あいり)! お前からも何か言ってやってくれ! チルッチ嬢ときたらだな、私と顔を合わせるなり攻撃を仕掛けてきて! しかも以前見たときよりも強くなっていて! 何度殺され掛けたことか!」

 

 確か……石田君と一緒に戦ったのよね……?

 ということは、無限の滑走(インフィナイト・スリック)でヌルヌルにされた屈辱を甚振ることで解消している兼、元に戻ってマッサージで強化された身体の確認をしている……ってところかしら?

 でも本気じゃない。本気だったらペッシェが無傷というのはあり得ないからね。

 以上のことから総合的に判断すると……

 

「生きているし傷も無いんだから、問題はありませんね」

藍俚(あいり)~~~っ!!」

 

 虚圏(ウェコムンド)の空に、ペッシェの泣き声が轟きました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「それでは、診察を始めます」

 

 場所を虚夜宮(ラス・ノーチェス)内のネリエルの宮――彼女ももう十刃(エスパーダ)じゃないから、空いている部屋を一つ勝手に占有しているだけなんだけど――へと移して、改めて身体を見ることになりました。

 

 なりましたが……

 

「あの湯川さん……? 診察はいいんだけど……」

「じー……」

「じー……でヤンス」

「なんでペッシェとドンドチャッカまで一緒にいるの!?」

 

 診察しようとする私たちの三尺三寸(1メートル)ほど横では、二人の従属官(フラシオン)が診察の様子を凝視していました。

 ええ、それはもう目を皿のようにしながら。血走った目からは、診察の瞬間を一瞬たりとも見逃すまいという熱い心意気(あわよくばチラ見)を感じられます。

 

「な、なぜですかネル様! 私たちは診察に立ち会っては駄目だと!?」

「オラたちもネル様のことが心配なんでヤンス~!!」

「だって診察よ!?」

「うーん……でもハリベルのところでも従属官(フラシオン)が一緒にいるのは普通だったわよ? だからネリエルも……」

「ハリベルのところは全員女性でしょ!! この二人は男性じゃない!!」

 

 別に個人的には見られても構わないので軽く援護射撃をしたところ、きっぱりと拒絶の意を示されてしまいました。

 ペッシェたちが愕然とした表情を浮かべます。

 

「そんな……私たちはただ、ネル様のお身体にもしものことがあってはと思って……」

「そうでヤンス! ネル様はまだ元の姿に戻ったばかりでヤンスから、オラたちもできる限りサポートしたいでヤンス!!」

「うーん……」

 

 そう言われると、ちょっとネリエルの態度が軟化しました。

 本当に、善意100%であれば、それでも問題は無いんですけどね。ただどうやっても、疑いの目で見てしまうようです。

 

「じゃあ、こうしましょうか?」

「え?」

「それっ!」

 

 一瞬の隙を突いて、ネリエルの服を剥ぎ取ります。

 

「きゃっ……!?」

「「おおっ!」」

 

 締め付けから解放されて、大きなお山(おっぱい)がぶるんっと揺れました。同時に男二人から歓声が上がります。

 

「えいっ!」

「あん……っ……!」

「「おおおおっっ!!」」

 

 そこへ間髪入れずにネリエルのお山(おっぱい)を片手で鷲掴みにすれば、さらに大きな歓声が上がりました。

 はい有罪(ギルティ)

 

「縛道の三十・嘴突三閃(しとつさんせん)

「「ぎゃああああぁぁっっっ!?!?」」

 

 鼻の下を伸ばしながらネリエルのお山(おっぱい)を見つめているので、二人とも隙だらけです。

 その間に縛道を放って、二人の身体を壁に縫い付け動きを封じてやりました。術の番号こそ低いものの、霊圧をたっぷりと注ぎ込んでいるのでそう簡単には破れませんよ。

 

「ふんぬぬぬぬ……う、動けぬ!?」

「全然駄目でヤンスよぉ~!?」

「え……え……湯川さん……?」

 

 ネリエルは混乱しながらも、どうにか抜け出そうと必死な二人と私とを交互に見ます。

 

「どうにも下心があったようなので、制裁です。ただ、ネリエルの事を心配する気持ちもあるようなので、間を取って動きを封じたまま。その状態で診察に参加することは許可します」

「大丈夫、なのかな……? ……んっ……」

「命に別状はありません」

 

 そう説明しながらも、片手はネリエルのお山(おっぱい)を掴んだままです。

 以前拝見したときにも思いましたが、手に掴むと改めて実感します。

 

 ……大きいです、すっごく大きいです。

 片手を限界まで広げても収まりきらない程の大ボリュームが、手の中でぷるぷると震えています。

 それでいてお山(おっぱい)の天辺の辺りは薄く淡い色をしていて、清純さがこれでもかと感じられます。

 感度については……言うまでもないようで。ちょっと触っているだけなのに、ネリエルは小さく何度も嬌声を上げながら身体を小刻みに震わせます。

 ついでに彼女が喘ぐたびに、ペッシェの歓声も聞こえてきます。

 

「なので改めて、診察を開始していきますね。まずは鎖結と魄睡の辺りから」

「や……っ! ま、待って湯川さん! 診察って、その……手でやるものなの!?」

 

 いい加減鷲掴みにされているのを疑問に感じたのか、おっかなびっくり尋ねてきました。その言葉に私は、大きく頷きながら答えます。

 

「そうよ。こうやって手から直接霊圧を照射することで体内の様子を確認しているの」

「そ、そうなの……? く……っ……!」

 

 ぐっと手のひらを押しつけると、押し殺したような声が漏れ出ました。

 おそらくは"診察だ"と断言されたことで、変な反応をするのは失礼だと考えてのことでしょうね。

 そうアタリを付けながら、私はゆっくりとネリエルの胸を揉んでいきます。手の中でむにむにと窮屈そうに形を変えるお山(おっぱい)の姿をしっかりと目に焼き付けて。指先から伝わってくる柔らかな感触と弾力に、顔が緩みそうになるのを必死で引き締めながら。

 そのままお山(おっぱい)の付け根、脇の下から脇腹へと手を動かしていきます。

 

 ……あ、ちゃんと診察もしていますよ。

 元々の原因は頭の傷ですし、鎖結も魄睡も内臓も特に異常は無し。ただ、変身能力を身につけた影響からか、体内の状態が少し疲弊していますね。

 解消すべきはその点です。

 

 というところまで調べ終えたところで、ようやく手を離します。ネリエルの口から、安堵のため息が聞こえてきました。

 ついでに遠くからは、残念そうなため息も……

 

「うん、大きな問題は無し。ただこれ、別に診察とは関係ない話なんだけど……」

「え? な、何か悪いところがあったの……?」

 

 不安げに尋ねてきたネリエルの胸を、再び揉みながら答えます。

 

「ネリエルの胸って、大きいわね。今まで見てきた中でも、多分一番……」

「え……や、やだぁ……っ……!」

「な、なにいいっっ!!」

 

 胸が大きいと言われて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするネリエル。ついでにペッシェが驚愕の声を上げます。

 

「大きいのか!? 藍俚(あいり)よ、今までで最大なのか!?」

「そうね。私も診察とか整体で目にする機会は多いんだけど……死神でも、破面(アランカル)でも、ネリエルは一番大きいと思うわよ」

「おおおおっ! ドンドチャッカよ、ネル様にお仕えしたのは間違いではなかったのだ!!」

「ペッシェ~~!! でヤンス~~!!」

「……虚弾(バラ)

「「ぎゃああああああああああぁっ!!」」

 

 あ、撃たれた。

 でも威力は全然本気じゃないみたいだし、お仕置き目的ってところね。

 

「湯川さんも! 変なこと言わないで!!」

「あはは、ごめんなさい。でもね、別に悪いことじゃないわよ。女性としての魅力の一つでもあるし、黒崎君も好きだから」

「……えっ!?」

 

 困ったときの一護です。

 こう言えば大抵、なんとかなります。

 

「一護も……?」

「勿論。黒崎君も若いから、こっそり見てるわよ」

「そ、そっかぁ……」

 

 ほら、効果抜群。

 アッという間に乗り気になって、まんざらでもない表情ではにかみながら頬を赤らめています。

 

「ぐはあああぁぁっ!! ネル様のお心が!! 独占されている!! 分かってはいたが……分かってはいたが……!!」

「駄目でヤンスよペッシェ!! オラたちはネル様にお仕えすると決めてるでヤンス!!」

 

 あなたたちは元気ね。

 ……っと、いけないいけない。ここは畳みかけるチャンス!

 

「それと診察結果の続きだけどね、小さな姿に変身できるようになったことで、慣れない変化に身体が疲れているの。だからマッサージして身体を慣らしておくわね」

「え……マッサージ……? それってハリベルたちもやっているっていう……」

「ええ、そうよ」

 

 そう頷いてから、そっと耳打ちします。

 

「スタイルも良くなって、魅力も上がるわよ」

「……ッ! お、お願いします!!」

「はい。お願いされます」

 

 即断してきたので、こちらも笑顔で了承します。

 

「それじゃ服を全部脱いで、そこの台の上に俯せに寝てくれるかしら? 最初は、末端部分から行くから」

「こ、こう……?」

 

 言われるがまま、けれども恥じらいを残しつつ服を脱いでいき――

 

「ネル様の! ネル様のお尻!! おお……なんと大きくも神々しくて、プリンのような……」

「オラ、生きてて良かったでヤンス~!!」

 

 ――あ、脱ぐ手が一瞬止まったわ。でも意を決して一気に脱いだわね。

 

「よ、ヨロしクおねがいしまス!!」

 

 見られている事を強く意識しちゃったのか、顔が真っ赤になってる。

 声も所々裏返ってるわね。それでも止めないのは……多分一護への想いかしら。

 

「はい、それじゃ少し冷たいかもだけど我慢してね」

「ん……っ……」

 

 用意しておいたオイルを、まずは腕から手や肩に伸ばしていきます。ネリエルの白い肌がオイルでテカって――

 

「なんと! 光を浴びて怪しく輝いているではないか!! ま、まだ腕だけだぞ……!?」

「はぁはぁ……でヤンスよ……」

 

 ――そんな感じです。

 続いて足を――

 

「太もも!! ネル様のあのむっちりとした太ももが!!」

「マッサージで震えているでヤンス!!」

 

 ――もう私、要らない子かしら。

 

「ペッシェ! ドンドチャッカ!! うるさい!!」

「そんな! あんまりでヤンスよ~ぉっ!!」

「ネル様それはあんまりなお言葉!! 私もドンドチャッカも、ネル様のことを真剣に心配しているのです!!」

 

 あ、ペッシェがカッコいい声を出しましたよ。

 

「そ、そうなの……?」

「そうです! だからこそ、御身が今どうなっているのか! 我々は口に出して確認する必要があるのです!!」

「……そうなの?」

 

 小声で私に聞いてきましたが……どう答えろと?

 えっと……ここで選ぶべき言葉は……

 

「……見られていることを意識すると、内面から変わっていくの」

「~~~~ッ! わ、わかりました」

 

 数秒の葛藤の後、ネリエルは頷きました。

 マッサージ再開です。

 

「ん……んん……気持ちいい……」

 

 変身しても身体に負担が掛からないように、じっくりと時間を掛けながら全体をほぐしていきます。

 太ももからつま先までを丁寧に――

 

「揺れた! 今ネル様のお尻が揺れたでヤンス!!」

「いやドンドチャッカ! あのつま先を見ろ!! ネル様の裸足など我々もお目に掛かったことが無い! ああ、あの御々足(おみあし)で踏まれてみたい……」

 

 ドンドチャッカがお尻に気を取られているみたい。

 だったら――

 

「ん……っ……!」

 

 そのままお尻のマッサージへ移行します。

 むっちりとした大きなお尻を両手いっぱいに掴んで、そのまま円を描くように揉みます。指を動かすたびに柔らかなお尻のお肉が揺れていきます。

 

「や……っ! 冷た……!?」

「ごめんなさい、ちょっと量が足らなくて」

 

 最初に垂らしたオイルの量では足らなくて、追加で塗したのですが。少し驚かせてしまったようです。

 軽い謝罪を入れつつ、お尻を撫で回してオイルを練り込んで行きます。

 

「あっ……だ、だめ……っ……!!」

「ハァハァ……オラ、オラ……頭がおかしくなりそうでヤンス……」

「わ、私もだ!! だが耐えろドンドチャッカ!! 耐えた先にはきっと、あのねっとりとしたお尻で椅子にして貰えるかもしれん!!」

「頑張るでヤンス!!」

 

 あなたたちって、そんな性癖だっけ……?

 お尻を揉まれたネリエルが甘い声で身悶えしているんだけど……全然集中できない……

 

「えっと、次は仰向けになって貰えるかしら……?」

「仰向け!? うう……えいっ!!」

 

 横目でペッシェたちを見て、ケモノのような目で凝視しているのを確認したものの、ネリエルは覚悟を決めて素早く仰向けの姿勢になりました。

 

「仰向け! 仰向け!!」

「ヤンス……ヤンス……」

「見えているかドンドチャッカ! あのおっぱいを! あれだけ大きいのに重力に逆らうかのように巨大な山を作っている! あれこそがネル様が我々の女神という証なのだ!!」

「オラ、オラ……」

 

 泣いてる!?

 

 ま、まあその通りなんだけど……

 仰向けになってもネリエルのお山(おっぱい)は形を保ったままツンと上を向いていて、でも彼女が恥ずかしくて身じろぎするたびに細かく波打って揺れているの。

 そんなお山(おっぱい)をじっくりとマッサージしていきます。

 

「ああっ……!!」

「指が! 藍俚(あいり)の指がネル様のおっぱいに!! 見ろあの指使いを! あんな風に揉むのだな!!」

「おおおーーっ!! でヤンスよ!!」

「えと、湯川さん……?」

「気にしないで」

 

 手に収まりきらないお山(おっぱい)をたっぷりと揉みほぐしながら、そっとお山(おっぱい)の天辺を擦ります。

 普通の人よりもネリエルの乳首は恥ずかしがり屋のようで、まだ隠れたままでした。そんな照れ屋を優しく呼びかけるように――

 

「なんと! ネル様のおっぱいはそうだったのか!? し、知らなかった……」

「なんだか膨らんできたでヤンス!!」

「アレはなドンドチャッカ! 陥没乳首というのだ!」

 

 ――もういいや。もう無心でやりましょう。

 ネリエルだって目をぎゅっと閉じて、外野の声は無いものって思い込んでるし。

 

「ハァハァ……! 顔を覗かせた乳首の、なんと初々しいことか!! 加えて藍俚(あいり)のあの優しげな手つき!!」

「凄いでヤンス! あんなに形が変わって! でもすぐに元の形に戻って……!! ネル様の顔がどんどん真っ赤になっていって!!」

「オイルがネチョネチョと音を立てているのが聞こえる! 胸の谷間に糸を引いているぞ!! ああっ! 私は何故アレに参加できないのだ!! ネル様の御身を支えてやることの出来ぬ我が身が恨めしい……!!」

 

 好き勝手言ってるわねぇ……って、ダメダメ! こっちに集中しなきゃ!

 ネリエルがスムーズに変身できるように。連続で変身してもどこもおかしくならないように、霊力とリンパの流れを意識しながら……

 

「むむむっ! あれはまさか藍俚(あいり)自身も興奮しているのではないのか!?」

「ほ、ホントでヤンス! 頬がちょっぴり赤くなってるでヤンスよ!!」

「つまり今の藍俚(あいり)は、ネル様のマッサージをしながら自分自身も興奮している……!? もしや、あのすまし顔の下では"ウッフン"で"アッハン"な欲望が渦巻いているとでもいうのか!?」

「"ウッフン"で"アッハン"ででででででヤンスか!? お、おおおオラもまざっても平気でヤンスか!?」

「駄目だーっ! "百"と"合"の間に挟まるのは禁忌だと業界の掟で決まっているのだ!!」

 

 ……

 

「そ、そんなぁ~……」

「だが安心したまえ! 手助けはギリギリ合法だ!! 受けよ我が洗礼!! 無限の滑走(インフィナイト・スリック)!!」

 

 ぶびゅるるるるっと、粘ついた液体が射出されたような音が――え!?

 

「きゃあああぁっ!?」

「ふえっ……! な、何どうしたの!? ……って、ええっ……!?」

 

 反応が遅れました。

 気づいた時には二人とも、白く濁ったヌルヌルの液体塗れになっていました。

 特にネリエルの場合、目を閉じていたところにコレですから。ねっとりとした液体が彼女の顔に降り注いで、つーっと音を立てながら垂れ落ちていきます。

 私も似たようなもので、胸元にべっとりと白い液体がへばりついています。ヌルヌルとした粘液が死覇装に染みこんで、サラシを伝って胸の中まで……んっ、ヌルヌルして気持ち悪い……

 ちゃんと事前に言ってくれれば良いんですけど、不意打ちは駄目ですってばぁ!! 

 

「さあ、藍俚(あいり)よ! 私からのささやかな援助だ! それも使ってネル様を是非とも……あ、アレ? ネル様……?」

 

 何故か自信満々だったペッシェの前に、いつの間にかネリエルが仁王立ちしていました。

 改めて言うまでもありませんが、今のネリエルは全裸です。立ち上がったことで身体の表面には無限の滑走(インフィナイト・スリック)の汁が流れ落ちていきますが、そんなことはお構いなしのようです。

 

「ね、ネル様その……お召し物を……」

虚閃(セロ)オォッッ!!」

「ギャアアアアアアア!!」

「なんでオラもでヤンスかあああぁぁっ!!」

 

 怒りの虚閃(セロ)が炸裂して、ペッシェたちが壁ごと吹き飛んでいきます。その様子を、私は谷間に流れた汁を指で掬い取って舐めながら眺めていました。 

 ……あ、この前のよりも濃密。

 

「二人ともしばらくご飯抜き!!」

「そんな殺生な!!」

「でヤンス!!」

藍俚(あいり)! 援護を! 手助けを!! ヘルプ! ヘループ!!」

 

 あーあー、聞こえないっと。

 




●ねりえる は 「特殊能力:小さくなる」 を おぼえた
基本はネリエルの姿。根性入れると、ネルになる(ある程度の意識も共有)
(原作で腕輪を使っていたことを、自力で出来るようになっただけ)

●くしゃみで変身する
昔懐かしい某ロボット漫画(ツインシグナル)

●今回のコンセプト
ハリベルと同じ、従属官に見られる。
ただこっちは従属官が男なので、色々制限を付けた。

当初の目標としては……こう……
「男に見られてる! でも相手は動けないから平気! でも凄く意識しちゃう!!」

「大切な相手が好き勝手される。でも動けなくて眺めることしかできない。悔しくって興奮する!」
という感じを目指したかったんです。

実現できませんでした。

(……普通に考えると、主に対する従属官の態度じゃないですよね。
 ペッシェたちだって、もっと厳粛な雰囲気でお仕えしていた気がするんですが……
 (ノイトラに仮面剥がされて「お守りするのだ!」の辺りとか))

全部ペッシェ島さんのせいです。


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第277話 名前は苺花にならない気もする

 総隊長からの「もう少しすると滅却師(クインシー)が来るはずだから大きな戦いに備えておけ」という発令によって、瀞霊廷全体が緊張感に包まれました。

 隊士たちは、千年前の情報を調べたり、攻めてくるであろう滅却師(クインシー)たちの対策を講じたり、単純に自己の実力を高めたりと。それぞれが思い思いに対策を立てています。

 

 ですが個人のそれとは別に、各隊ごとでも情報の共有なら対策を立てています。大規模な戦闘が予想されるので、各部隊同士の連携なんかも意識されていますね。

 

 そして我が四番隊の場合は、救護と後方支援に重点を置いた訓練をしています。

 怪我人の搬送や救護手順などに加えて、前線での治療方法などの講習をしたり。収容後のケアや気遣いなどについてももう一度見直しています。

 実際、通常時と戦時下とでは状況が異なるからね。気をつけなきゃいけない部分も色々と変わってくるから……

 二百年前の滅却師(クインシー)たちを殲滅させたあの事件では私も前線で救護に当たっていたのでその時の経験や、藍染の反乱での対応などを下敷きにしながら、色々と頭を悩ませているところです。

 

「……あ、白菜。これも買っておきましょう」

 

『色艶が良い感じでござるな!!』

 

「あとこれも、四番隊まで届けてください」

「はい、毎度!!」

 

 あとは……卯ノ花隊長に当時のことを聞いてみたいんだけど……

 なんだか、とんでもない返事が返ってきそうなのよね……笑顔で「あのときですか? 全員斬り捨てましたよ」とか平気で言いそうで……

 

「えっと、後は……」

「あれ、先生? どうしたんスか、こんなところで」

 

 色々と頭を悩ませていると、阿散井君に声を掛けられました。

 予期せぬ出会いに思わず足を止めようとしたところ、ここが大通りであることを思い出したので通行の邪魔にならない場所まで二人で移動してから、改めて話をします。

 

「こんなところって、買い物よ買い物。良い物が無いか探してたの」

「野菜を……ですか?」

「ええ。あ、当然だけど野菜だけじゃないわよ」

 

 不思議そうに首を傾げる阿散井君へ、私は胸を張って答えました。

 

「ほら、総隊長から滅却師(クインシー)対策のお達しがあったでしょう? それの一環よ。隊士のみんなは自分の霊圧を少しでも強くしようとするだろうから、そのお手伝いとしてお料理を……ね?」

「ああ! そういうことっスか!!」

 

 疑問が解消した、とばかりにパッと顔を輝かせました。

 

 お忘れかもしれませんが、私の作る料理――延いては四番隊全体もそうですが――は、食べると霊圧が補充されて強くなります。

 大昔、曳舟隊長から教わった技術の応用ですね。

 

 

 

 ……そういえば曳舟隊長、どうしてるのかしら……? 零番隊に行ってからは会う機会も無かったし……

 んー、でも零番隊が動かないってことは危機が迫ってないってことだし……

 

『(多分、二年くらいすると会えるでござるよ。ネタバレになるので言えねえでござりますが!!)』

 

 

 

 ――閑話休題(それはそれとして)

 

 普段は病人や怪我人の回復を主な目的としていたこの料理ですが、今回は大盤振る舞いです! なんと各隊の隊士に振る舞います!! 出来れば週に一回、全員に食べさせたい!!

 少しでも強くなって欲しいからね!! だから、これも立派な滅却師(クインシー)対策の一環ってわけ。

 食べれば強くなるんだから。

 それに、どうせ食べるなら美味しい物の方が良いからね。今もこうやって市場を歩いて食材を探していたところなの。

 そうしたら阿散井君とバッタリ出会って、今に至るってわけ。

 

『隊長自ら食材探しというのは……凝り性と言いますか……』

 

 いいでしょ別に!! ちゃんと自分の目で確かめたいの!! どうせなら美味しい物を食べて貰いたいでしょ?

 

「ところで、阿散井君はどうして市場(ここ)に? 何か用事があったの?」

「いやその……えー……なんつったらいいんスかね……」

 

 何気なく尋ねれば、照れくさそうに頬を掻き始めました。

 そんなに言いにくいことなのかしら……?

 

「その、ルキアのヤツにっスね……プレゼント、とかを……」

「え、ルキアさんにプレゼント……? それがなんで恥ずかしいの?」

 

 阿散井君とルキアさんはもう恋人同士みたいなものだし。

 誰に憚ることもないんじゃ……?

 

「いやその! ほら、なんて言うんスかね!! 俺、先生と一緒にアイツを現世から連れ戻した時に、その……そういう関係になったじゃないですか! けどその後は、藍染の事とか破面(アランカル)のこととか現世駐在の任務とかで、全然そういう……雰囲気? とかになれなくてっスね!!」

 

 ……ああ、そういうこと?

 恋人同士になったはいいけど、イチャイチャするタイミングが掴めなくて。そのまま三ヶ月くらい経っちゃったから――

 

『――これはマズイと考えて、今からでも一発逆転を狙えるプレゼント攻撃! 初々しい雰囲気を取り戻すための魔法のアイテムを探して色々と街を練り歩いていたら、いつの間にやら通りを離れ……そして気づけば藍俚(あいり)殿と遭遇(エンカ)! ということでござるな!!』

 

 阿散井君も大変ね。

 というか、個人的には影で隠れてコッソリとイチャイチャしてるんだと思ってたわ。現世に行ったときなんて、上の目も届き難いのを良いことに"そういうこと"の一つや二つくらいは……ねぇ……?

 二人とも真面目なのねぇ…… 

 

「なんで、ここで会ったのも何かの縁! 先生、俺と一緒にルキアへのプレゼント探し、付き合って貰えませんか!?」

「ええっ!?」

 

 な、なんで私が……!?

 剣術修行していたら指を切り落としちゃったんで、繋げてください――とかなら「任せて!」って二つ返事なんだけど……

 どう考えても人選ミスでしょ!?

 

「ほら先生、この間も狛村隊長と逢い引き(デート)してたって――」

「それは誤解だから! 違うから!!」

「――噂が……え、違うんスか……???」

 

 ……まだそのネタ引っ張られるのね……

 おかしいわね……ちゃんと瀞霊廷通信は止めたはずなんだけど……

 

『人の口に戸は立てられないでござるよ。いっそ発行させて記事にした上で、そういう関係では無いと公表した方が楽だったのかもしれんでござるよ』

 

 けどそれはそれで、碌でもない噂になってた気がするのよね……

 まあ、そのことは今は良いわ。

 

「うん、違うの。だから、私はあんまり力になれないと思うわ。期待を裏切るようで残念だけどね」

「いえそんな! 俺が勝手に期待してただけなんで……」

「ただ、あくまで私個人の意見として言わせて貰うのなら」

 

 とはいえガッカリさせてしまったようなので、年長者らしくアドバイスの一つでもしてあげましょう。

 

『役に立つかどうかは、完全に未知数でございますがな!!』

 

「同じような不安はきっとルキアさんも抱いていると思うの。だからちゃんと話し合って、心のズレを認識しあって、もう一度ちゃんと今日から始めようって言ってあげれば良いんじゃないかしら?」

「仕切り直しってことっスよね……?」

「そういうこと。あとは、不安にさせちゃったお詫びとしてルキアさんのワガママを二つ三つ聞いてあげるのも忘れちゃ駄目よ?」

「うっ! ……やっぱ、それも必要になりますよね……はぁ……」

 

 うん、これでなんとかなった……かな?

 

『うーん……駄目になりそうでござるな』

 

 え? そのくらいで喧嘩別れするようなヤワな関係性じゃないでしょう?

 

『(いえ、拙者が言いたいのは……二人のお子様の名前……もどかしい!! ネタバレになるので言えないでござるよ!! でも言えないので)そうでございますな』

 

 ……あ、そうだ! 期待を裏切るで思い出したわ!!

 

「そういえば阿散井君、隊長候補の件は残念だったわね」

「え……? ああ、あの事っスか?」

 

 藍染たちが裏切った事で、隊長の席が一時的に三つも空きました。

 なので「卍解が使えるヤツを入れて埋めておけ」という意見もでていました。

 阿散井君も卍解を使えたこともあって候補の一人でした。しかも「現世駐在任務の結果如何では隊長に格上げを!」なんて話も出ていたくらいです。

 

 ……結局、平子隊長たちが来たので話は流れてしまったんですけどね。

 本人の経験不足だとか、過去の過ちを認めて隊長に戻すことで尸魂界(ソウルソサエティ)の懐の深さをアピールするとか、そういう理由や思惑が原因で。

 

「ま、ちっと残念ですけど。けど俺、卍解をちゃんと会得していないことが分かったんで。結局隊長にゃなれませんよ」

「……え? 阿散井君、卍解を覚えていたでしょう……?」

 

 何を言ってるのかしら……?

 

「ええっ!! 忘れたんですか!? 斬魄刀が実体化したときに! 蛇尾丸たちが俺を完全に認めていないって見抜いたのは先生じゃないっスか!! ひでぇなぁ……」

「……あっ! ああっ!!」

 

 忘れていました。

 そうでした、結局半分しか認めていないって言ってたわね。虚圏(ウェコムンド)でハリベルと良い関係を築けた嬉しさで、完全に飛んでいたわ。

 

『ああ、それは仕方有りませんな! 拙者も忘れておりました!! (本来は和尚殿に教えて貰えることでございますからな……)』

 

 ね? 仕方ないわよね?

 

「ごめんなさい、すっかり忘れていたわ」

「ああ、頭を上げてくださいよ! 何より先生が教えてくれなきゃ、俺一人じゃずっと気付けなかったと思うんで! だから俺、今度こそ彼奴らを完全に屈服させるために――!!」

 

 卍解の完全取得に熱意を燃やす阿散井君を見ながら、私はあることに気づきました。

 

「……ひょっとしてルキアさんを放置していたのは、卍解の再修行も原因だったりする?」

「…………」

「はい、目を逸らさないの」

 

 頭を掴んで強引に目を合わせれば、今度は泳ぎ始めました。

 

「予定変更よ!」

「へ?」

「ルキアさんには、お詫びの品を持って謝ること! 私も一緒に探してあげるから、ついていらっしゃい!!」

「おわわわわっ!! ちょ、先生!?」

 

 阿散井君の首根っこを掴んで引きずりながら市場へと戻り、お詫びの品を購入。結局、そのあとルキアさんに謝罪するところまで面倒見てあげました。

 はぁ……我ながら余計なことしちゃったかしら……?

 

 でもまあ、これでこの件は解決――

 

 

 

 

 

 

 

「その、恋次のことでご相談なのですが……」

 

 ――しませんでした。

 

 阿散井君の世話を焼いてから三日後、ルキアさんが私のところまでやってきました。

 ただその表情は怒っているというよりも、思い詰めている。男の身を案じる女のそれですね。黙って見守っててあげたいような、けれどもどこか声を掛けて頼られたくもある。

 そんな切なげな感情が表情から読み取れます。

 

 思わず「……この子、本当にルキアさんよね?」と疑ってしまうくらいに。

 

「……何があったの? まさか喧嘩でもしたの??」

「いえ! 先日の恋次の件につきましては、先生にご迷惑をお掛けしました……その、おかげで恋次との(わだかま)りも……」

「だったら、もう問題は無いんじゃないの?」

「それはその、そうなのですが!」

 

 ガバッと勢いよく身を乗り出してきました。

 言い忘れましたがここは四番隊の隊首室です。仕事中にアポ無しで来るの本当に止めて欲しいなぁ……

 

「恋次の卍解が半分しか認められていないという件がありますよね? 先生に相談したと聞きましたが」

「ええ、そういう話もしたわね。それがどうかしたの?」

「恋次は斬魄刀に認められて欲しいのです……ですが同時に、そこまで無理をしないで欲しいとも思ってしまって……彼奴が今の自分で満足していないことは分かっています。ですが私のワガママで恋次の成長を止めてしまっても良いのかと……」

 

 ……また重い相談が来たわね。

 

『いじらしい乙女心でござるな!! 彼氏に無茶をして欲しくないものの、同時に道を邪魔したくないという相反する二つの心で揺れ動いているでござるよ!! 色々と知ってしまった結果、新しい欲が沸いて出てきたでござるな!!』

 

 今までは、なんだかちょっと疎遠になってたから自分の中の気持ちに気付くだけの余裕がなかったのね……

 でも今回は相手が阿散井君でしょう? だったら取るべき道は決まってるわ!

 

「そうね、私の意見としては……応援して、ついでにワガママも言っちゃって良いと思うわ」

「そ、それはつまり……りょ、両方ということですか!?」

 

 どちらかを選べ、と言われるのを予想していたのでしょう。私の言葉に驚いた顔をしています。

 ……そんなに驚く様なこと、言ったかしら?

 

「ルキアさんは阿散井君の恋人でしょう? 恋人の言うことは聞いてあげたいし、頼られたいって思うものよ。だから、どっちも力一杯やってあげなさい」

「そうでしょうか……?」

「ええ、勿論!!」

 

 ハッキリ断言します。

 

『野郎は悲しい生き物でござるな……』

 

 ねぇ……本当に……

 

「ですが、卍解の修行は結局のところ死神と斬魄刀との――むぐっ!?」

「ええ、それも分かってるわ。だから、それ以外の部分で力になってあげれば良いの」

 

 人差し指でルキアさんの口元を塞ぎながら、力説を続けます。

 

「修行の合間に手作りのお弁当でも持って行って、そこで阿散井君に『自分に出来ることはこのくらいしかない。応援している。でも、少しだけ寂しい……』みたいに囁けば、後は向こうでくみ取ってくれるわ」

 

『ああ、確かに……ちょっと色っぽくかつ不安げに、しな垂れかかられながら言われたら大抵の野郎はグッと来そうでござるな!』

 

 来年には結婚するくらいの勢いでやらせるわよ!!

 

『ケッコンでござるか!? (確か原作では、ユーハ陛下の撃退後……ちょい早い展開になるでござるな……ですがやはり名前は……変わりそうでござるよ……)』 

 

四番隊(ウチ)の炊事場を使って良いし、献立だったら勇音――よりも桃の方かしらね。あの子に相談しても良い。とにかくしっかり尽くして、支えて、適度なところで休ませてあげてね」

「はいっ! なんだかやれそうな気がしてきました!!」

 

 ここに来たときとは打って変わって、ルキアさんは輝く様な表情でガッツポーズを決めました。

 ……かと思えば、再び表情に不安の影が差し込みます。

 

「で、ですが! それでも無理をさせてしまったらどうしましょうか!?」

 

 心配性ねぇ。

 

「大丈夫。それで倒れたら、四番隊(ウチ)に連れてきなさい。手厚く看病してくれるから」

「先生が……ですか?」

 

 その問いかけには、首を横に振ります。

 

「いいえ、ルキアさんがやるのよ?」

「なっ! わ、わわ私が!?」

「恋人同士なんだし、四番隊(ウチ)の隊士が割り込むのはねぇ……野暮ってものでしょう? 大丈夫、静かな個室を開けておくから」

「ああああああの! そういうことでは……その……なぃ……」

「静かな病室で二人きり……それもルキアさんみたいに可愛い()が甲斐甲斐しく看病してくれる……阿散井君でなくとも、一晩で元気になっちゃわね」

「あうぅ……」

 

 そうやって煽ってあげれば、顔を真っ赤にしながら俯いてしまいました。

 ……やりすぎたかしらね?

 

『藍染殿のせいでイチャイチャできなかったでござるから、このぐらいの後押しは許容範囲でござるよ!! 多分!! いっそ結婚式と出産を同年でやらせましょう! ヤケクソでござるよ!!』

 

 一応朽木家の縁者なのに、それって大丈夫なのかしらね……?

 まあ、とにかく。

 

 これで今回の騒動は完全に解決――

 

 

 

 

 

 

 

「自分は、ルキアの義兄としてどうしてやればいいでしょうか……」

 

 ――しませんでした。

 

『テンドンは二回まででございますからなあ!!』

 

 いらない! それいらないから!!

 

 という私の心の声など届くことはありませんでした。

 ルキアさんから相談を受けた五日後、朽木家に呼び出されて朽木隊長と緋真さんの相談を受ける羽目になりました。

 

「ルキアと恋次が仲睦まじくしているのは、自分としてもとても嬉しいのです! ですが、年長者として気の利いた助言の一つも出来ない我が身が恨めしい……」

「白哉様……大丈夫です。二人とも強い子ですよ」

 

 悩む旦那の隣では、妻がそっと支えています。

 ……何コレ? 私が呼ばれる必要って無かったわよね……???

 

『頼られておりますなぁ……』

 

 だけどこれって、身内の悩みでしょ!? 私が口を出すのは完全におかしいわよ!

 このままだと「義妹(ルキア)の子を取り上げてください」とか言われかねな――あ、そうか。

 

『おっ! なにやら藍俚(あいり)殿が悪い顔をしているでござるよ!!』

 

「……ルキアさんたちの恋の進展が気になるのも分かりますが……朽木隊長の場合、千本桜との約束がありますよね?」

「うっ!」

 

 痛いところを突かれた! とばかりに、呻き声が上がります。

 

 数ヶ月前に起きた斬魄刀実体化事件。

 この事件の最中、朽木隊長は自らの斬魄刀――千本桜から「子供の名前には桜の文字を入れてください!!」と頼まれていました。

 私が"鴇"の字を推薦しちゃったからね……"桜"を使われなかったのが不満だったのよね……

 

 とまあ、そういう一騒動がありまして。

 その結果朽木隊長は、斬魄刀から常に無言の重圧(プレッシャー)を受け続けている訳です。

 

「あまり待たせすぎると、また不満が爆発しかねませんよ?」

「……い、いやそのそれは……!! さ、授かり物ですので……」

 

 なんとか弁明しようとする朽木隊長ですが、そこに緋真さんが割って入ってきました。

 

「白哉様……」

「ひ、緋真……」

 

 名前を呼びながら旦那の手をそっと握り、潤んだ瞳を向けます。それだけで朽木隊長は、全てを察した様に凜々しい表情になりました。

 

 ……うわぁ、さすがは人妻……口以上に目が物を言ってるわ……

 

『こちとらいつでもバッチコイだから遠慮すんな!! 藍染の件も片付いた今がチャンスだろうが!! という意思表示でございますな!!』

 

 しかも一瞬で二人の世界に入ってる!! よし、もう私は要らないわね!!

 

「では、私はこれで失礼します」

 

 帰り際、鴇哉(ときや)君に「もう少ししたらお兄ちゃんになるかもね」と伝えておきました。

 




双王蛇尾丸フラグ

……と見せかけた、朽木家の二人目フラグ。

(きっとこの後で「二人目も取り上げてください」って依頼が……)


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第278話 ……おや!? 斬魄刀の ようすが……!

 阿散井君ですが、色々とやる気に満ちているようです。

 斬魄刀に認められるために今まで以上に頑張っているみたいですよ。やはり、ルキアさんの支援でやる気が増幅されているみたいですね。

 

『単純でござるな!!』

 

 ……こほん。

 

 ねえ、射干玉……あなたしか頼れる相手がいないの……お願い!

 

『お任せくだされ!!』

 

 とまあ、こんな感じの精神状態よね。

 

 かといってルキアさんを(ないがし)ろにしないように気遣ってもいるみたいで。逢い引き(デート)とかしてちゃんと機嫌を取っているみたいです。

 

『かーっ! 初々しいでござるな!!』

 

 意外だったのは、ルキアさんも卍解会得に向けて阿散井君に稽古を付けて貰っているところでしょうか。

 虚圏(ウェコムンド)であまり活躍出来なかったことを気にしているみたいですよ。海燕さんも自分の斬魄刀が戻ってきて卍解まで進みましたし、後れを取り続けたくないと思ったんでしょうね。

 阿散井君も師匠を気取りつつも、丁寧に対応しているみたいです。

 

『ほほう! つまり、二人で一緒に朝も稽古、昼も稽古、夕方はお風呂で汗を流して、夜にまた汗を流すわけでございますな!!』

 

 そういう下世話な話は……

 

 

 

 あ、あとね!

 阿散井君とルキアさんの姿に影響を受けてか、桃が貪欲になりました。

 ウルキオラ相手に「今度こそ勝つ!」と雪辱を果たそうと息巻いています。まずは卍解から、と意気込んでいますよ。

 

 時々、私も付き合わされています。

 主に霊圧の補充とか、身体の使い方についての再確認とか。稽古後のマッサージとかしてます。

 

『最近は雛森殿に限らず、そういう女性隊士も結構おりますからな! 藍俚(あいり)殿も大変でござるよ!!』

 

 前にも言ったけれど、総隊長が対滅却師(クインシー)を言い出したからね。護廷十三隊の全体がそういうムードになっているのよ。

 

『そうでござるなぁ……敵が攻めてきてから剣の稽古をするよりも、今から少しでもやっておくべきでございますからな!!』

 

 そうそう。

 

 

 

 そんな感じで、死神は活気づいています。

 勿論、私もですよ。

 

 お忘れかもしれませんが、私も虚圏(ウェコムンド)でパワーアップしましたからね!!

 

『そうでございますな! ハリベル殿のお山(おっぱい)に! チルッチ殿のお山(おっぱい)に! ネリエル殿のお山(おっぱい)……』

 

 そっちもそうだけど!! ぶっかけて貰ったでしょう!?

 

『……おお! 無限の滑走(インフィナイト・スリック)!! あの謎のヌルヌルした白く濁った液体を、藍俚(あいり)殿は顔に掛けて貰ったでござるよ!!』 

 

 そうね……あれは得がたい貴重な体験だったわ……

 今思い出しても、身体の芯が……おへその下辺りがキュンってしちゃう……!!

 

 それにアレは、射干玉にとっても得がたい経験だったの!!

 死神のヌルヌルと、破面(アランカル)のヌルヌルの合作よ! 黒と白が合わさったのよ!?

 進化しているに決まっているでしょ!

 

『……はっ! そういえば拙者、ジョグレスな感じで進化していた気がします!!』

 

 そうよね!? だからそれを確かめるの!!

 しかも、しかもよ!? もしかすると滅却師(クインシー)にもヌルヌルの使い手がいるかもしれないわ!!

 

『(いましたかな……? えーっと聖文字(シュリフト)は……KとNが未確認でしたかな……)』

 

 もしかすると三人目がいるかもしれないのよ!?

 

『さ、三人目……! それはひょっとして、ハートがマックスになると追加登場するというアレございますな!! 追加戦士でルミナスがシャイニーするかもしれないのですな!!』

 

 そう! 前例はちゃんとあるの!! 希望は捨てちゃ駄目!!

 

 その三人目を迎えるためにも、今の射干玉の力をしっかりと確認しておくの! マックスなハートで挑んで、メガでキョダイでテラスタルな進化を遂げるのよ!! 

 

『ガッテン承知のスケベでございます!!』

 

 

 

 

 

 

 ――ということで、前振りが長くなりましたが。

 私たちは現在、射干玉の能力の確認のために尸魂界(ソウルソサエティ)の外れ――誰もいない山の中まで来ています。

 

『万が一にも、何か妙なことが起きると大変ですからな!! 他人に迷惑は掛けられません!! 気遣いの出来るじぇんとるめんでございますから!!』

 

 前にもこんなことしてたわねぇ……

 

 ……というか今更なんだけど、射干玉の自己申告で確認とか説明会とか出来ないの? 自分の能力なんでしょ?

 

『無理でござるよ!! さっぱり分かりません!!』

 

 そうなんだ……

 まあ、人間だって「どうやって歩いているんだ? 重量配分は? 筋肉の動かし方は?」とか尋ねられても説明できないからね……

 一つ一つ検証していくしかない、かぁ……

 

「じゃあ、確認作業を始めるわよ!!」

 

『いつでもどうぞ!!』

 

「まずは、始解から……(まみ)れろ、射干玉(ぬばたま)

 

 刀身だけが真っ黒に変化した斬魄刀を手にしながら、まずは表面の観察から。

 と言っても、特に変化はありませんね。

 (しのぎ)や切っ先を指先でなぞり、軽く能力も発動させてみましたが、こちらも何も変化がありません。

 

『仕方ありません。始解ですからな』

 

 そうよねぇ……

 元々が摩擦を変化する(ヌルヌルにする)能力だし……むしろ、これ以上何を進化させろって感じよね?

 

『ですな! それにこういう場合は、なんだかんだで卍解が強くなるというのがお約束です!!』

 

 やっぱりそっちかぁ……よし! やるわよ!!

 気合いを入れ直しながら大きく息を吸い込み――

 

「――塗り潰せ。卍解、射干玉(ぬばたま)三科(さんか)

 

『卍解なので別に解号は不要ですがな!!』

 

 そこはほら、ノリが優先なの。

 そもそも"塗り潰せ"は解号じゃなくて景気づけで言ってるだけだし。

 それはそれとして。

 いつも通りの手順で出現した真っ黒な刀を握りしめると、まずは軽く振り回して感触を確かめていきます。

 

「うーん……こっちも特に違いは感じられないわね」

 

『ですが、ここまではいつものことですからなぁ』

 

 続いて剣の(かた)を幾つか試します。

 死神の基本的な剣術を二つ、三つと行っていきますが――

 

「これも特に変化はなし。強いてあげれば、いつもよりも扱いやすかった? くらいかしら……?」

 

『誤差と言われそうでござるな!!』

 

 ですが逆に、この程度では違いが生まれなかったと証明できたわけでもあります。

 となるとやっぱり、きちんと能力を使うべきよね。

 

 でも……

 

「射干玉の能力を、これ以上何をどうしろって言うの?」

 

『大抵のことはできますからなぁ!! やれば出来てしまう射干玉ちゃんとしてご近所でも評判だったでござるよ!!』

 

「やれば出来るというか……出来過ぎ、なのよねぇ……」

 

 卍解の能力は、射干玉の本体を呼び出すというものです。

 ですがこの本体、有機物にも無機物にも化けて、お手本があればコピー出来て、さらにはどんどん自己増殖までしていきます。

 それぞれに私の霊力を消費するとはいえ、基本的には際限なしの天井知らず。

 極論すれば物体でも生物でもお構いなしで作り上げます。

 なので単純に分厚い壁を作ったり、毒を作ったり、総隊長の腕だけを複製したり……やりたい放題なんですよね。

 

 それが"これ以上"となると……

 

「うーん……思いつかない……」

 

『仕方がありませんな! もう今日は帰りましょう!!』

 

「えっ!? ちょ、ちょっともう帰るの……!?」

 

『もう冬ですし、今日は暖かいお鍋が食べたいでござるよ!! 勇音殿を誘って"身体も心もポッカポカ"にすれば、きっと良い考えも浮かぶというもの!! 湯豆腐とか好きでござる!!』

 

 そう、かしら……? でも現状、何も考えが無いし…… 

 でもこの確認のためだけにわざわざ時間を作ったのよね……何の成果も得られませんでした! という感じのまま帰るのは、ちょっと癪っていうか勿体ないっていうか……

 

『お食事が終わったらそのままお布団の中でお夜食会……!! お肌のぬくもりを交換……ぶふふふふふ!!』

 

 あ、こら! またそういうことを!!

 湯豆腐にちょっと心が動いちゃった自分がバカみたいじゃ――

 

「――いえ、お鍋……寒い日に温かい物……」

 

『……藍俚(あいり)殿……?』

 

 え、まさか……いえ、やってみましょう!

 えっとまずは……

 

「いでよ、吹雪!!」

 

『いやいや藍俚(あいり)殿……おやぁ?』

 

 できた、わね……吹雪。

 目の前で雪が舞って風が吹いてるわ……周囲の気温も低くなった気がする……

 

『これは……これはどういうことでござるか!?』

 

 そうよね、私もビックリ――

 

『吹雪と言ったら、駆逐艦! もしくは擬人化した方が出てくるとばかり!!』

 

 ――そっち!? 驚くところはそっちなの!?

 

「そうじゃないでしょ!! 今までは有機物にしろ無機物にしろ、作れたのは"物"だったでしょう!! それが今回は風っていう自然現象!! 空気の流れまで生み出しているのよ!!」

 

『ですが……』

 

「見てた!? 私が刀を振るったら、そこから射干玉(あんた)の本体の飛沫がぶわぁっと舞って、それが空中で溶けたと思ったら風になったのを!!」

 

『ですが藍俚(あいり)殿? 空気は気体! 気体は物質の状態の一つであって……』

 

「それは分かってるの!! でも今までは固体と液体までだったでしょう!! 以前に炎を放つ攻撃をやったこともあったけど、アレだって射干玉(あんた)を可燃性の高い液体に変化させて撒いた上で摩擦熱や鬼道で着火してたんだから!!」

 

『そういえばそんなことも……』

 

「あったの! ほら、コレ見てみなさい!!」

 

 そう言いながら、私は射干玉に向けて――えっと、射干玉は別にこの場にはいないのよね……だからえっと――と、とにかく! 手を突きつけます!

 その手の中では、マッチ程度の小さな火が揺らめいています。

 

「いきなり火がでてるでしょ! (これ)って物質の燃焼で発生する現象!! つまり出来ることの幅が広がってるの!! 多分もっと凄いこともできるはずよ!!」

 

『鬼道でポンポン炎や吹雪を出せる世界で、そのようなことを言われましてもなぁ……』

 

「あああああああ!!」

 

 思わず頭を掻き毟ります。

 確かにそうだけど! そうなんだけど!!

 そこにツッコミ入れちゃ駄目でしょ!!

 

「だ、だったら別の手段よ!! 必ず射干玉(あんた)をギャフンと言わせてやるんだから!!」

 

『がんばれがんばれ♥ 藍俚(あいり)殿♥』

 

 ……くっ! 見てなさい! こうやって作って……

 

「これ、ダイス!!」

 

『SAN値のチェックでもするでござるか?』

 

 Sanity(正気)か? って聞かれたら多分、今の私ってちょっと正気じゃない気がするけれど!!

 

『しかも六面体でございますか……拙者は四面体の方が……』

 

「そこはいいの! 問題なのはそっちじゃないから!! えいっ!」

 

 ダイスを振ると、出た目は(いち)でした。

 そのま二回、三回、四回、五回と振り続けていきますが、出た目は全て(いち)のまま。六回目も同じ目が出たところで、私は叫びました。

 

「やっぱり!!」

 

『イカサマ用のダイスでございますかな? 重心が偏っていて、誰が振っても同じ目しか出ないという……』

 

「違うから。じゃあ何か出して欲しい目を言ってみて」

 

『ふむ、では四でお願いします』

 

 任せて! 四が出ろと念じながらダイスを振って……出た目は四でした。

 

『おお! 出目の操作が可能なダイスでございましたか!! ですが藍俚(あいり)殿、イカサマは……』

 

「違うから! そう言うと思って、こんな物も作ってみたわ!!」

 

『これは……全ての面が(いち)のダイスでございますな。これが何か?』

 

「こうするのよ……六の目出て!!」

 

 叫びながらダイスを振ります。

 転がっていき、やがて出た目は――

 

『ろ、六!? どうして……!? 全部が(いち)になっていたはずでござるよ!? ですがいつの間にか一つだけが六の目に!? これは一体……確率操作!? 運命変転!? いえ、そんなチャチな物では断じてございませぬ!! もっとキモチイイ物の片鱗を味わった気分でござるよ……』

 

 キモチイイ物の片鱗……? 恐ろしいものじゃないの……?

 と、とにかく! これで大体見えてきたわね!!

 

 もう一つだけ確認よ!

 今度は同じ要領で、ダーツの矢を一本だけ作ります。

 

「そして、できたこれを……そうね。あの木に当てるわ」

 

 続いて視界の中にあった、適当な一本の木に狙いを定めます。

 そして後ろを向くと(・・・・・・)、足下めがけて思い切り投げます。

 

藍俚(あいり)殿! それでは絶対に……刺さっているでござるよ……何故!? 足下に刺さっていたはずでは!? それがどうして木の幹に!?』

 

「やっぱり!! これである程度の検証は出来たわね」

 

『あの、これは一体……』

 

 多分だけど、確率や概念にも干渉できるようになってるみたい。

 

 出せと言われたら、絶対にその目を出すダイス。

 当たれと念じながら投げたら、手から離れた瞬間対象に絶対に刺さっているダーツ。

 そんな風にね。だから多分このダイスも「七の目」と念じながら投げればきっと……

 

『な、七……!? 六面体ダイス振って七とか、初期の遊戯王くらいでしか見たことがないでござるよ!!』

 

 さすがにダイスが割れて二つになった! 一と六で七だ! ってわけじゃないけどね。

 全て(いち)の面しかなかったはずのダイスですが、そのうちの一つの面がいつの間にか"七"と漢数字が書かれたものに変わっていました。

 それだけでも、物理法則とかルールとかあったものじゃないわね。

 

 あぁ勿論、すり替えたりとかはしてませんよ。

 

『くっ! こうなれば拙者愛用の洗脳ダイスで……!!』

 

 やめて!! 魔王ゾークが復活しちゃう!! って初代遊戯王ネタ多いわね!!

 

「とにかく! この程度のことが出来るくらいにはパワーアップしたみたいね。でも『それで何が変わるんだ?』って聞かれても、今のところ答えられそうにないんだけど……」

 

 卍解を解除しつつ、肩をすくめて気落ちのポーズを取ります。

 

『そうなのですか!?』

 

 確率操作? 概念操作? 表現は分からないけど、それを実現させるのにすごく霊力を消費してるの。

 ダイス二つとダーツを一本を作っただけで、ちょっとクラッと来る程度には疲弊してるのよ? 普通に作るだけなら、この万倍でも余裕なのに。

 

『ダイスが二万個……問屋さんですかな?』

 

 ……作るのに消費が大きすぎるから、上手な使い道が思いつかないのよ。

 投げれば絶対に当たる矢を作っても、使う相手がいない――いえ、いることはいるんだけど。仮に使ってもそういった概念ごと叩き切って無力化してきそうなのよね……

 具体的には十一番隊の隊長副隊長とかなんだけど……

 

『ですが手札が増えたのは喜ばしいことでは?』

 

 そうね。

 そこは素直に嬉しい……って! 繰り返しになるけれどこれ、射干玉の能力でしょ!! なんで私が必死になって検証して説得とかしてたの!? コレ全部、射干玉(あんた)の為なのよ!?

 

『拙者のために必死になってくれる藍俚(あいり)殿は、やはり尽くしてくれるチョロい女でございますなぁ……!!』

 

 うう……なんだか釈然としない……

 でも、概念系(・・・)の力の使い方も練習だけはしておきましょう。どこで何が必要になるか分からないから……

 なにより私の場合、人の十倍は練習しないとマトモに出来ないから……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「やれやれ、ようやく戻って来れたわ」

 

 他にも細々とした検証を終えたところで山を下りて、四番隊まで戻ってきました。

 私がいない間に、何も無かったわよね? 伝令神機にも緊急連絡とか入らなかったから、多分大丈夫だと思うんだけど。

 

「オウ、藍俚(あいり)

「あら更木副隊ちょう……!?」

 

 門をくぐろうとしたところで、声を掛けられました。

 知っている声だったので特に気にすることなく振り向いて――

 

「い、一体どうしたんですかその怪我は!!」

 

 ――そこで絶句しました。

 

 更木副隊長の全身が血まみれになっています。

 まるですさまじい力で滅多打ちにされたような、とんでもない有様です。

 パッと見ただけでも擦過傷に打ち身、筋組織の断裂、ヒビや骨折もありますね。

 

 ……更木副隊長をここまで大怪我させるような何かが、あったってことですか……?

 え、まさかもう滅却師(クインシー)が来たの!? 一護はまだ霊力取り戻していないわよね!?

 

「この程度、大したことねえよ。ちょっとばかり、聞き分けのねえヤツと遊んでただけだ」

「遊んでいた……?」

 

 一体、何があったんでしょうか……? いえ、それよりも!!

 

「でもその怪我! 卯ノ花隊長なら治療して――」

「その隊長サマが、治療はお前にやらせろって言いやがったんだ」

「は……????」

 

 なんで私に……?

 それってつまり、卯ノ花隊長だって治せるけれど治さなかったってことよね?

 

 どういう狙いが……?

 

「なんでもよ、少しでも肌で感じておけ。だとか言ってやがったぜ」

 

 四番隊として経験をもっと積んでおけってこと……?

 でもなんだかおかしいような……と、とにかく治さないと!

 

 ……あら? この怪我、なんだかちょっとおかしいわね。

 卯ノ花隊長がやったとしたら、刀傷があるはず……そうでなくとも何か敵と戦ったら、それらしい痕跡があるはず…… 

 

「あの、更木副隊長? この怪我、一体なにがあったんですか?」

「なぁに……」

 

 私の問い掛けに、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら答えてくれました。

 

「卍解ってのも、案外おもしれぇもんだな」

 




●滅却師のヌルヌル
(書いておいてなんですが)いません。

(Nはヌルヌルの聖文字(シュリフト)……そんなわけ無いです)

●アレ
卯ノ花さんが10年くらい前に隊長になって、そこからちゃんと鍛えている。
(「最低でも10年は修行」という条件も満たしている)
ちゃんと知識がある指導者もいる。

時期的に、そろそろ良いですよね。

●今回やったこと(第三者視点)
・山の中で卍解した
・サイコロを作り、六回連続で同じ目を出した
・ダーツの矢を作り、足下にたたきつけた。
・上記の間ずっと、一人で漫才の様なことをやっていた


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第279話 下心を君に

今回、無駄に長いです。
面倒なら後書きだけ見てください。



「そんなはずない……そんなはずは、ない……!!」

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)内部、専用に用意された個室の中で、彼女――ロリ・アイヴァーンは同じ映像を何度も何度も繰り返し繰り返し眺め続けていた。

 薄ぼんやりとした明かりだけが灯る室内に、ロリが持つ映像再生機器から放たれる映像の光が彼女の顔をゆらりと照らす。

 

「そんなはず、ない……そんなはず無いのよ……!!」

 

 映像再生機器に映し出されているのは藍染惣右介――彼女が主と慕い仕えていた男の姿だった。

 

 藍染が現世の空座町へと侵攻した際、死神たちはこれを迎撃するために出撃。結果、空座町上空――厳密にはそこは、死神たちが用意したニセの街だったが――にて両者は激突することとなる。

 その際、藍染の持つ完全催眠の能力への対抗の一助として、映像機器を利用した遠隔からの監視と指示というが実施された。

 これにより、現世での藍染の行動は全て録画・保存されることとなった。

 

 ロリが見ているのはまさにそのときの映像。

 湯川藍俚(あいり)が、映像再生機器にて虚圏(ウェコムンド)へと持ち込んだ映像。

 

 藍染惣右介が現世にて、自らの部下たちを切り捨てた場面の映像であった。

 

「どこかに、どこかに加工の痕跡くらいあるはず……そうよ、そうでなきゃ……」

 

 その映像は、藍染が現世へとやってきてから穿界門(せんかいもん)を開いて尸魂界(ソウルソサエティ)へと移動するまで。

 まさに一部始終と呼べるものだ。

 

 その映像をつぶさに見直しながら、ロリは映像のどこかにおかしな点が無いかを探す。

 何度も何度も、呪詛のように独り言を繰り返しながら、探し続ける。

 だってそうだろう。

 

 そうでなければ――

 

「二人とも、気にくわないけど十刃(エスパーダ)だった……あの統括官は、藍染様が死神だった頃からの忠実な部下だった……」

 

 ――藍染がバラガンやスターク、東仙を手に掛けるはずがない。

 

 いや、十刃(エスパーダ)の二人は処罰されても仕方ないだろう。彼らは藍染が集めた有能な駒だ。

 その駒が敵である死神たちに敗れたということは、主の期待を裏切ったということだ。

 不要と切り捨てられても、劣勢時に見捨てられてもしかたあるまい。

 

 だが東仙は違う。

 あの狼のような死神(狛村左陣)に絆されたとはいえ、まだ戦うことは出来たはずだ。

 なのに藍染は、東仙を手に掛けた。

 どのような手段を用いたのかは映像では分からず、ひょっとしたらここに加工の糸口があるのではと考えて重点的に見返すものの、何の手掛かりも捉えられない。

 

 当然だろう。

 藍染が東仙を手に掛けたのは、事実なのだから。かつて二人の間で交わされた盟約により慈悲を与えたのだから。

 だがそれを知らぬロリの目には、藍染が東仙をも殺したとしか映らない。

 

「くそっ! ああっ、なんでよ! なんでどこにも見つからないわけ!? こんなときザエルアポロがいれば……」

 

 あの破面(アランカル)は、こういったことに長けていた。彼に頼めばロリが望んだ情報の解析など一日もあれば……

 いや、普段から大口をたたいていたのだ。一時間以内にやって貰わなければ困る。

 だが既にザエルアポロはいない。死神に討伐されている。

 

 無能な十刃(エスパーダ)め! ――心の中でそう悪態を吐きつつ、ロリは映像の確認作業へと戻る。

 彼女の目が、もはや何百回目かとなるバラガンが手に掛けられる瞬間を睨んだところで、部屋の扉が開いた。

 だが彼女は気づいていないのか、特に反応することはなかった。

 薄暗い部屋の中に浮かぶ背中へ向けて、遠慮がちな声が掛けられる。

 

「ね、ねえロリ……」

「ッ!! ……なんだ、メノリか? 邪魔しないでよ……」

「……!」

 

 声を掛けられた瞬間、まるで弾かれたようにロリは一瞬にして振り向くものの、相手がメノリだと分かるとすぐさま興味を失い再度映像へと意識を戻す。

 だが表情を確認した瞬間、メノリは絶句して動くことができずにいた。

 

 そこに浮かんでいたのは"鬼気迫る"といった言葉を体現したような表情だった。

 目は充血して血走り、頬は痩せこけていた。頬だけでは無く、お腹や手足なども同じように丸みが消え、骨が薄ら見えているほど。

 藍俚(あいり)がこの映像を持ってきてからというもの、既に一週間は経過している。

 その間、ロリはずっとこのまま――部屋に閉じこもったまま、寝食を忘れ、現実を否定するかのように同じ映像を繰り返し見続けている。

 

 勿論メノリとて、ロリがこのままで良いとは思っていない。

 彼女が閉じこもってから二十四時間後、どうにか説得して部屋から出そうとしたが、あえなく失敗。逆に拒絶させられ、大暴れされたほどだ。

 そこで萎縮したものの、ロリの事が心配だという心根は変わっていない。凡そ二日に一度の間隔でメノリは様子を見に来ていた。

 日に日にやつれていく親友を、ただ眺めて声を掛けることしかできないまま。ロリの変化も多少は見慣れたと思っていたが、顔を合わせるたびに驚かされてしまう。

 

「……あのね……」

「まだいるの? いいからもう帰って!」

「そ、そんなわけには行かないってば!」

 

 少し口を開けば、ロリから罵声が返ってきた。

 昨日までであればそこで折れて引き下がっていたが、今日は少しだけ勝手が違う。意を決したようにメノリは叫び返す。

 

「今日は、あの死神が来てるの……」

「……ッ!!」

 

 その言葉に、ロリは幽鬼のような表情を見せながら振り返る。

 瞬間、思わずその場から逃げ出したくなる気持ちをメノリは必死で押さえ込む。これが吉事か凶事かは分からないものの、けれどもロリがこれだけ反応を見せたことは初めてだったからだ。

 

「……アイツが?」

「そう、あの湯川って死神……あの女、ロリの事を聞いてきたんだ……元気にしているか……って……心配してた……」

「はっ! 元気にしているか……ですって!?」

 

 鼻で笑い、続いて勢いよく立ち上がる。

 藍俚(あいり)が持ってきた映像再生機器をその手で掴むと、それを床に叩き付けながら感情を爆発させたようにヤケクソ気味で叫ぶ。

 

「アンタが持ってきてくれたこのクソみたいな映像のおかげで、こちとら元気いっぱいよ!! この数日(・・)、元気すぎて寝る暇も無かったくらいだわ!! それが今更何を言ってんのよ!? 刺し殺してやりたい気分だわ!!」

「そう、本当にそのくらい元気なら良かったんだけどね……」

 

 ロリの怒声に、部屋の外から返事が返ってきた。

 当然、メノリではない。だが聞き覚えのある声から嫌な記憶を想起してしまい、ロリは反射的に身を固くする。

 

「でもね、あなたが没頭していたのは数日間(・・・)じゃなくて一週間(・・・)。日付の間隔がおかしくなるくらい追い詰められているのは、さすがに正常な状態とは判断できないわ」

「死神……ッ!!」

 

 扉の影から湯川藍俚(あいり)が現れる。

 その姿を見た途端、ロリは相手を睨み付けながら奥歯をギリリと噛み締めていた。だがそれも数秒のこと、言葉の中の違和感に気づいた彼女は僅かに力を抜く。

 

「……ちょっと待って、一週間……?」

「ええ、そうよ。前に私が虚圏(ウェコムンド)まで来て、あなたにその映像を引ったくられてから、今日で一週間。もういい加減、気持ちの整理もついたでしょう? そろそろ外に出たら?」

「みんな、ロリのこと心配しているよ? ハリベルだって、スタークだって、グリムジョー……は、知らないけど。それと、チルッチとネリエルだっけ? あの二人も……」

 

 藍俚(あいり)の言葉を引き継ぐように、メノリが口を開く。

 だがその発言は、逆効果にしかならなかったようだ。話を聞きながらロリは握りしめた拳をブルブルと震わせる。

 

「それが、それがなんだって言うのよ!!」

「ロリ……?」

「はっ! 藍染様に捨てられた連中が雁首揃えたところで何だっていうの!? 心配してた!? そんなもの、勝手に――」

「とりあえず、落ち着きなさい」

「――……ッ!?」

 

 忌々しそうに罵詈雑言を吐いていたところへ、藍俚(あいり)文字通り(・・・・)に割り込んできた。

 瞬く間にロリの目の前まで移動したかと思えば、彼女の頬を両手で包み込んで言葉と行動を強引に遮り、顔を覗き込む。

 

「な……なにふぉ(なによ)……?」

「目の充血、頬は痩せこけていて、肌の具合も悪くなってるわね……匂いも少しだけ……あんまり喋ってないからか、声もちょっと変だけどこれは許容範囲……」

 

 当然、ロリは頬を掴む手を払いのけようとして――だが出来なかった。

 以前藍俚(あいり)と相対したときの恐怖を思い出し、そのトラウマにも似た体験から身体が動かせない。

 出来たことといえば、文句を言うことくらい。とはいえそれも、くぐもった声になっていまい迫力などは微塵も無い。

 そんなどこか可愛らしい抵抗を受けながら、藍俚(あいり)は真剣な表情でロリの顔を見つめながら指先を軽く動かして肌の状態を、次いでまぶたを大きく開けて目の状態を診ていく。

 

「あのさ、何やってんの……?」

「見て分かるでしょう? 彼女の診察よ」

 

 メノリへ返事をしながらも手は止まらない。

 髪を指で軽く梳いたかと思えば、脇腹から肋骨の辺りを手で軽く撫でる。浮き出た骨の固い感触が伝わってきて、柔らかさがまるで感じられない。

 

「……!!」

「典型的な栄養失調と運動不足、それから過度の疲労と精神的なストレスってところね。特に目を酷使しすぎだし、さっきの言葉から判断するに日付感覚までおかしくなっている。よくもまあ、一週間でここまでボロボロになれたものだわ」

「う……うるさいわねっ!! アンタ、あたしのことを馬鹿にしてんの!?」

 

 お腹から腰回りを触れられ反射的に肌を隠しながらも、悪態は忘れない。

 だが藍俚(あいり)は何ら反応することなく、ため息を吐いた。

 

「……まずはこっちの面倒を見ないと駄目そうね……」

 

 独白したかと思えば、さらに小さな声で藍俚(あいり)は呟く。

 

「今の手持ちじゃ道具も準備も、何もかも足りない……この場で作るより、いったん出直すべきね……今日の予定は中止。仕方ない、か……はぁ……」

「……?」

 

 ちらりと中空へ視線を投げて考えを纏めたかと思えば、持参していた小さな包みをロリへ押しつけるように渡す。

 

「とりあえずそれ、食べておきなさい。食べたらぐっすり眠ること。いいわね? それと水分は多めに取って、あと忘れずによく噛んで食べること」

 

 困惑するロリをよそに、続けてメノリに声を掛ける。

 

「メノリ、後の面倒は任せるわ。ハリベルたちよりもあなたの方が気心も知れているし、言うことも聞くでしょうから」

「え……? あ、はい……」

 

 戸惑いつつも了承の意を見せたのを確認すると、ついでとばかりに映像再生機器を取り上げる。

 

「最後に、これは没収」

「あっ! か、返せ!!」

「返せって……これ、元々は私の物よ。勝手に持って行ったのはそっちでしょう?」

 

 慌てて取り返そうとするも、二人の間には背丈にも実力に歴然とした差がある。

 飛びかかってきたロリを軽くいなすと、そのまま部屋の外へと出て行ってしまう。

 

「それじゃあ二人とも、また明日(・・・・)

「うるさい! もう来るな!!」

 

 去り際、顔だけ覗かせながら挨拶をするもののロリはそれを罵倒で返す。

 そして扉が閉まり、姿が完全に見えなくなってからようやく思いついた様に近くのメノリへと声を掛ける。

 

「……メノリ! あんたも――?」

 

 言いかけて気づき、言葉を引っ込める。

 メノリは"珍しいものを見た"とでも言いたげげな表情で、藍俚(あいり)の事を視線で見送りながら立ち尽くしていたからだ。

 

「あの死神、また明日って言ってた……」

「――は? それがどうかしたの?」

「ううん、ただ……」

「ただ?」

「今日来たとき、仕事の合間を縫って来てるとか言ってた癖に、明日も来るんだって思って……」

 

 ――それがどうした?

 

 そう言おうとして、ロリもまた気づいた。

 藍染がまだ死神への敵対宣言をしていなかった頃のことだ。

 その頃の藍染は、誰にも気づかれぬように身を隠して秘密裏に虚圏(ウェコムンド)へと赴いていた。

 加えて死神たちの前では"優しく温和で優秀な理想の上司"の仮面を被ってたこともあって、下手に業務を滞らせるような真似も出来なかった。

 つまるところ、当時は藍染であっても連日虚圏(ウェコムンド)を訪れるようなことは滅多に無かったというわけだ。

 

 藍俚(あいり)もまた隊長であるため、似たような境遇なのだろう。なのに「明日も来る」と言った。

 ただの口約束だと笑いながら切り捨てることもできたが、何故かそれがロリの心にほんの僅かだが引っかかった。

 

「……ていうか、コレは何よ?」

「ああ、それ? 焼き菓子よ。スコーン、とか言ってた」

 

 話題を変えようと押しつけられた包みをうさんくさそうに摘まみ上げると、あっさりと答えが返ってきた。

 なるほど確かに、包みへ意識を集中させると美味しそうな匂いが感じられる――そう思ったところで気づいた。

 

「……中身、メノリは知ってたの?」

「うん、だってハリベルたちに振る舞ってたし……あと、あたしも食べた……」

「ハァ!?」

「だ、だってアイツ急に来たし! それにロリいなかったから!!」

 

 自分に無断で食べたことが癪に障ったとでも思ったのだろう。メノリは慌てて両手を振りながら言い訳じみた言葉を口にする。

 そんな小さなことで怒っていると思われ続けるのも、それはそれで腹が立つ。ロリが溜飲を下げて"気にしていない"のアピールをすると、メノリもそれを察して続きをしゃべり出した。

 

「あ、それとあの死神。紅茶も()れてた」

「ッ!! アイツまさか藍染様の……」

「違うってば、別の。あの死神が自分で持ってきてた。ポットからカップから、色々と持ってきてたよ」

 

 藍染が虚夜宮(ラス・ノーチェス)を建造した際、趣味嗜好用の道具なども用意していた。ティーセットもその一つだ。

 とはいえ、一護たちが虚圏(ウェコムンド)へ突入した時、会議の間に集まった十刃(エスパーダ)たちに振る舞うために使われたのが最後で、それ以降は誰も使おうとすらしていないのだが。

 まさかその一式を勝手に使ったのか!? と聞いた瞬間には思ったのだが、どうやら懸念だったようだ。

 

「自分で持ってきた?」

「ハリベルたちに振る舞ってた。あたしも、一杯だけ貰った……持ってくる?」

「……いらない」

 

 そこまで飲むのはなんだか自分の負けな気がして、ロリは突っぱねながら手の中の包みを開く。中にはメノリの言った通り、ふっくらと美味しそうな焼き菓子が入っていた。

 

「これって、まさか手作りってやつ……?」

「そう言ってたよ。あ、味も毒もハリベルたちで保証済みだから」

 

 保証済み、となんだか酷い事を言っているが、その言葉はロリの耳に届いていなかった。

 彼女の意識の大半は、お菓子に集中していたからだ。

 包みを開けたことで香りが一気に飛び出し、襲いかかる。空腹も相まって、それは抗い難い魅力を放っていた。

 見ているだけで涎が出そうで、それを気取られまいと唾を大きく飲み込む。

 

「フン! 馬鹿じゃないの!?」

 

 文句を言いながらも一つを掴むと、口の中へ乱暴に入れて当てつけのように噛み砕く。だが二回ほど咀嚼したところで、口の動きが止まった。

 

「そういえば水分は多めにって言ったよね? あたし、やっぱりちょっと行ってくる!」

 

 それを食べにくさからだと受け取ったのか、メノリはそう断ると慌てて部屋を出て行く。

 その後ろ姿を眺めながら、ロリは何度も咀嚼して十分に細かくなったところで飲み込んでから呟いた。

 

「……ま、食べられなくはない、か……」

 

 ケチを付ける言葉の内容とは裏腹に、ロリの手は一切よどむことなく新たな焼き菓子(スコーン)へと伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロリ、生きてる?」

「死神!! また来たの!?」

「勿論よ。だって『また明日』って昨日言ったでしょう?」

 

 翌日、藍俚(あいり)約束通り(・・・・)虚圏(ウェコムンド)までやってきていた。

 何やら大荷物を抱えて部屋に入ってくる藍俚(あいり)の姿を、嫌悪とほんの少しだけの驚きを抱きながら、相手を邪険にする言葉で出迎える。

 次いでメノリがばつの悪そうな顔でこっそりと入室してきた。

 

「メノリ! なんで止めてくれなかったの!?」

「だ、だってあたしじゃこの死神止められないし……」

「く……っ……」

 

 以前対峙したときに、二人の間の格付けはもう済んでいる。

 口では文句を言うものの、ロリが逆の立場であればメノリと同じ結果になっただろう。

 奥歯をギリリと噛み締めながら、手にした大荷物から何やら準備を始めている藍俚(あいり)を指差す。

 

「そ、それよりアンタ! 何なのよそれ!!」

「何って……土鍋よ」

「そういうことを聞いてるんじゃないの!! なんでそんな物を持ってきてるのよ!!」

 

 大きめの鍋を両手で持ったまま首を傾げながら答える藍俚(あいり)の姿に苛立ち、ロリは声を張り上げる。

 

「ああ、そういうこと? これはね、ロリに食べさせようと思って」

「あたしに……?」

「昨日診察して分かったんだけど、あなたは栄養失調なの。だから、まずは食べて栄養を付けることから始めましょう」

「ハァ!? 馬鹿じゃないの!! そんなもの、いらな――」

 

 ――グウウウウゥ!

 

「――!!」

 

 ロリは慌てて自分のお腹を押さえる。だが、腹の虫がそれで止まってくれるはずもない。

 ましてや無用だと突っぱねようと、死神の無知を笑おうとした瞬間にこれである。立つ瀬が無くて、顔を真っ赤にしながら思わず蹲ってしまった。

 

「……虚圏(ウェコムンド)は霊子が濃いから、呼吸をするだけでも栄養を得られる。だから極論、何も食べなくても問題は無い――それは知ってるわ」

 

 そんなロリの行動を、藍俚(あいり)は笑うわけでも気遣うわけでもなく、ただ淡々と――鍋の準備をしながら語る。

 

「でもどうせ食べても食べなくても一緒なら、美味しい物を食べる方が良いでしょう? ましてやそれが、呼吸で霊子を吸収することも忘れたような()だったら、なおさら放っておけないもの」

 

 どうやって調達したのか、簡易コンロの上に土鍋を置いて。取り皿や箸なども人数分並べながら。ロリの暴言を気にした様子もなく淡々と。

 

尸魂界(あっち)で準備してきたから、虚圏(こっち)では一煮立ちさせるだけで食べ頃よ? よく煮込んで柔らかくしてあるからお腹にも優しいし、栄養も満点だから安心してね」

 

 手際よく準備を終えたかと思えば、最後に小さな箱を軽く持ち上げて見せる。

 

「それと今日はアイスケーキを持ってきたの。良く冷やしてあるから、食後に楽しみましょう」

「……ッ!」

 

 アイスケーキ、と聞いてもロリにはどういう物かは想像が付かなかった。せいぜいが"冷たい食べ物"くらいが関の山だ。

 だが想像出来ない身であっても、彼女の脳裏には昨日食べた焼き菓子(スコーン)が連想されていた。

 あれも美味しかった――今のロリは素直に認めないだろうが――が、どちらかと言えば温かい食べ物だった。だが今回は冷たいものだ。

 はたしてどんな味なのか考えてしまい、小さな箱から目を逸らせなくなる。

 

「うわ……いい匂い……」

 

 一方メノリは、早くも鍋から漂ってきた匂いに心を奪われ始めていた。

 一煮立ちさせれば食べ頃と言っていた通り、煮込まれた様々な食材の香りが食欲を刺激する。

 それはロリも同じ……いやむしろ、空腹だった期間が長かった分だけ、彼女の方が飢餓感も強くなっているだろう。

 

「ほら、座って座って。取り分けてあげるから。はい、これはロリの分」

「……い、いらな……」

 

 ――グウウウウゥ!

 

「――!!」

 

 生唾を飲み込みながら断ろうとしたところで、再び腹の虫が鳴った。

 こらえ性のない自分の身体に業腹しつつ、差し出された器をひったくる。

 

「……上等じゃない! 精々けなしてあげるから覚悟しておきなさい!!」

「はーい、お手柔らかにね。それと、こっちがメノリの分」

「あ、どうも……」

 

 ロリの行動にハラハラさせられつつも、メノリは差し出された器を手に取る。その間にロリは器の中の食材たちを次々に口の中へと運んでいた。

 ……昨日の言いつけ通り、よく噛みながら。

 

「お味はいかが?」

「まあまあってところ」

「そっか、おかわりは?」

「……」

 

 無言で差し出された器を受け取り、藍俚(あいり)はたっぷりとよそって返す。

 その光景を、メノリは黙って眺めていた。

 ロリがこんなにも、死神の言うことに従って素直な態度を見せていることに驚きつつも、その驚きを胸の奥にしまい込んで。

 

「うーん……もう二日か三日ってところかしら……? けど、このくらいだったら……」

 

 食事も一通り終わり、後片付けまで済ませたところで、藍俚(あいり)はロリの顔を見ながら――正確には肌や栄養状態を診察しながら、そう呟くとスッと音もなく立ち上がる。

 

「今日はそろそろ戻らないと駄目だから、また明日。あ、さっきも言ったけれどデザートはそこにあるから。二人で仲良く分けて食べてね」

 

 持ってきた鍋やら簡易コンロやら食器やらを一纏めにして背負うと、部屋を出て行った。

 有無を言わせぬ行動に、二人が口を開いたのは藍俚(あいり)が消えてからたっぷり一分は経った後だ。

 

「帰った……ね……」

「あの死神、本当に何しに来てるのよ……?」

 

 二人からすれば、藍俚(あいり)はロリの世話を焼きに虚圏(ウェコムンド)まで来ているようにしか見えない。

 わざわざ死神が(ホロウ)の世話を焼きに、だ。

 魂魄量のバランスを取るという観点で考えればあり得ない話では無いが、それだって見逃す程度のことだろう。昨日今日のような上げ膳据え膳の好待遇など望めるはずもない。

 それが不気味で、だけど世話を焼きに来ている以外にコレと言った理由も思いつかなくて、なんとももどかしい感覚だ。

 

「そういえばあの死神が言ってたお菓子、どうする?」

「……食べる」

「っ! ま、待ってて! すぐに用意するから!!」

 

 呆気にとられて気を抜いたからだろう。

 ロリの口から出た素直な言葉がなんだか嬉しくて、メノリは大急ぎで箱からお菓子を取り出す。

 そして、それを口に含んだ瞬間表情を崩したのを確認すると、メノリは心の中で藍俚(あいり)へお礼の言葉を述べていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお鍋よ。だけど昨日とは食材も味も違って飽きないようにしてあるから、安心してね」

「そ、そう……」

「わ……美味しそう……」

 

 次の日もまた、藍俚(あいり)はロリの元にやってきた。

 今回も昨日と同じように大荷物を抱えながらの登場であり、慣れた手つきで食事の準備を始める。

 昨日と同じように美味しそうな香りが立ち上ったところで、藍俚(あいり)は大荷物の中から小瓶を取り出すとロリの背後に回り、そっと髪を撫でる。

 

「なっ! なにすんのよ!?」

「こっちは、早めに手を入れておこうと思って」

 

 勝手に髪を触られ、反射的に後ろを向きながら罵倒の言葉を放つ。

 だが藍俚(あいり)はそんな言葉など気にせずに、小瓶の中から透明の液体を取り出し手のひら全体に馴染ませていく。

 

「髪が、痛んでいたから。せっかく綺麗な顔をしているのに、痛んだ髪じゃ可哀想でしょう?」

「だからその変な液体で、あたしの髪の手入れをするってことかしら?」

「そういうこと。でも変な液体は酷いわね。この手入れ薬(トリートメント)、ちゃんと破面(あなた)の髪質に合うようにわざわざ調合したのよ」

 

 髪質に合うように――という言葉を耳にして、ロリは二日前の藍俚(あいり)の行動を思い出す。

 あのときも確か、今日と同じように髪を指で梳いていた。ならばそこから二日という僅かな期間の間に、分析から調合までを熟したことになる。

 

「……そう、わざわざ破面(アランカル)を相手に死神がご苦労なこと! それで? あたしは動かなければいいのかしら?」

「ああ、食事はしていて。私は勝手にやるから。メノリ、悪いんだけどロリに取り分けて貰える?」

「え、あ……はい」

「大丈夫、メノリの分の手入れ薬(トリートメント)もあるから。そんな心配した顔しないで」

「べ、別にそんなつもりじゃ……!!」

 

 嫌みたらしいロリの言葉を聞かされながらも嫌な顔一つせず、淡々と髪の手入れを始めた藍俚(あいり)の胆力に驚いていただけなのだが、どうやらそれを別の意味に取られたらしい。

 メノリは否定しながら慌てて下を向くが、心の底では嬉しくもあった。

 今までずっと、ロリの添え物のような扱いを受けていたような感じがして。でも自分のことも気にかけて貰えて。

 軽快な手つきで鍋を取り分け、ロリに渡す。

 

「…………」

「お味は?」

「……昨日よりも良い」

「あたしは昨日の味の方が好み……かな……?」

 

 そんな何気ない会話をしながら、藍俚(あいり)はロリの髪に触れていた。

 手に馴染ませた手入れ薬(トリートメント)を、時間を掛けながらゆっくりと髪に染みこませていく。

 ゆっくりと、けれどどこか洗練された手つきで髪に触れていくその仕草は、対面のメノリが思わず見惚れるほどだった。怪我人を労るように優しく、無理やストレスを与えることなく、それでいて的確に薬効を与えて痛んだ髪を整えていく。

 

「…………っ」

 

 メノリが思わず息を呑んだ。

 そうして何回も手が触れていくうちに、ロリの髪に変化が起きていた。くすんだ色が輝きを放つように、痛んでいた髪が見違えるように元気になっていく。

 

「どうかした?」

「ううん、なん――っ!?」

 

 メノリの変化を不思議に思い、声を掛けるロリに何でも無いと返そうとして、思わず声が裏返った。

 見上げた視線の先では、ロリが穏やかな表情をしていた。

 藍俚(あいり)に髪を撫でられるたびに、気持ちよさそうに。憑きものが落ちたような優しげな表情にへとゆっくりと変わっていく。

 

「なんでもない! なんでもないから!!」

「そう……?」

 

 とはいえ、そんなことを口にすればまた不機嫌になるだろうことは目に見えている。

 必死で取り繕うメノリの姿に、訝しがりながらもそれ以上の追求はなかった。

 

 

 

「はい、こんなところかしら」

 

 鍋の中身が殆ど空になった辺りで、そう言いながら藍俚(あいり)はロリの頭をポンと軽く叩く。

 

「どう?」

「ま、まあまあ……ね……」

 

 だが、軽くとはいえど叩かれたことに文句を言うこともなく、ロリは答える。

 手入かしながら。その行動が、何よりも雄弁にロリの心の内を語っていた。

 

「そっか、まあまあでもお役に立てたなら何より。はい、これはメノリの分」

「あ、ありがと……」

 

 小瓶を受け取りながらメノリはロリをチラリと横目で盗み見る。

 感触がよほど気に入ったのか、未だに自分れされたばかりの髪を、自分の手で何度も梳の髪に触れ続けるロリがなんだか羨ましく思えて。自分でも使ってみたくて、でもどうせだったら人に髪の手入れをして貰いたいような、そんな気持ちが自分の中で渦巻いていて。

 

「それと、残念だけど明日は来られないの」

「はぁ!? こな……くていいわよ!」

 

 ――来ないの!?

 

 そう言いかけて慌てて言い直すロリの姿を、微笑ましく思いながら藍俚(あいり)は後片付けを始める。

 

「だから明日の分のお弁当、ここに置いておくわね? 傷み難い物を選んで作ったつもりだけど、でも日が経つからそこは注意して。早ければ明後日には来るから……あ、髪の手入れは忘れないでね。今日、私がやったみたいにすればいいから」

 

 矢継ぎ早にそう言うと、荷物を纏めて慌ただしく帰って行く。

 その様子から、どうやら本当に忙しいのだろうということは二人も何となく理解できた。

 

 一人分の気配が消え、静かになった部屋の中でメノリは手に持っていた小瓶をロリに差し出しながら言った。

 

「あのさ、ロリ……これであたしの髪、手入れしてくれないかな……?」

「なんであたしが!? そのくらいメノリ一人で出来るでしょう!」

「だ、だって! やり方よくわかんないし……ロリは手入れして貰ったんだからわかるでしょう!?」

 

 その言葉は半分嘘で半分本当。

 ロリが髪の手入れをされるところをメノリは向かいで見ていたのだから、なんとなくは分かる。何より髪に薬液を塗り込んでいくだけなのだから、それこそ自分一人でも出来る。

 それらを理解しながら、メノリは手にした小瓶を差し出し続けていた。

 

「ああもう……っ! 一回だけだからね!!」

 

 根負けしたのだろう。

 小瓶を奪い取ると、ロリは手に馴染ませてからメノリの髪に触れる。

 藍俚(あいり)にやってもらったのを思い出しながら。

 

「ロリ……」

「何よ?」

「……ありがと」

「…………どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

「……うそつき」

「嘘なんてついてないでしょ? 早ければ(・・・・)明後日ってちゃんと言ったもの。それに死神としてのお仕事もあるんだから」

「…………」

 

 再び藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)を訪れたのは、五日後のことだった。

 顔を合わせるなり頬を膨らませながら嘘つき呼ばわりするロリのことを宥めつつ、藍俚(あいり)は彼女の頬に触れる。

 

「うん、予想通り肌艶も良くなってきてる。良かった、これなら次に進めそうね」

「次って……今度は何をする気よ?」

「何って、決まっているでしょう?」

 

 今回もまた大荷物を持ってきたかと思えば、その中から小瓶――髪の手入れ薬とはまた違ったデザインの物――を取り出すと二人に見せつける。

 

「今度は、肌のお手入れ。こっちを先にするから、今日は食事は後回しね」

「……え?」

「はい、ちょっと失礼するわよ」

 

 髪の手入れをしたときと同じように、だが今度はロリの頬へトロリとした薬液を塗り込んでいく。

 

「うん、こうやって直に触れるとよく分かるわね。ちゃんと持ち直してきてる」

 

 一週間ほど前に顔を合わせた時は、肌は荒れてボロボロの状態だった。

 頬も痩せこけて髑髏のようであり、身体は痩身を通り越して胸元に肋骨が浮かび上がるといった有様で、女を捨てていると言われても仕方ないほど。

 それが今では、顔も身体も丸みを取り戻しつつある。ロリがきちんと身体を休め、栄養補給をしていた証だ。

 自分が言ったことを、なんだかんだ文句を口に出しつつも守っていることに、藍俚(あいり)は思わず笑みを浮かべていた。

 

「……これもまさか、アンタの手作りってワケ?」

「ええ、そうよ。でも栄養状態を改善させないとあんまり意味が無いからね。だから最初は食べることに集中させていたの」

 

 当然のことのように答えながら、ロリの肌をケアしていく。

 

「それに、肌の状態が悪いとお化粧も上手く出来ないからね」

「化粧……? あたしが!?」

「ええ、そうよ。駄目?」

「駄目って言うか、別にそんなの要らない……ていうか死神! アンタ化粧なんて出来るの!?」

「あんまり本格的なのは無理だけどね。でも、薄く塗るくらいなら私もしてるわよ?」

 

 肌用の手入れ薬をロリの顔へ塗り終えると、頬を指先で軽く突いて容態を確認し、ため息を吐いた。

 

「うーん、でもまだちょっと早いわね……もう数日は肌を治すのに集中しないと、逆に肌が荒れちゃうから……」

「……そう」

「残念だった?」

「だ、誰が!!」

 

 慌てて反論するが、直前の反応は誰が見ても気落ちのそれでしか無かった。

 

「その代わり、メノリにやってあげる」

「あたし!? い、いらない! あたし、そんなの似合わないし……!!」

「遠慮しないで。そんなに濃くはやらないし、メノリだってロリとはまた違った美人なんだから、このくらいは普通よ」

 

 言いながら肌の色に近い白粉を選んで塗り、下地を整えると薄く紅をさして眉を整える。

 仕上げに持ってきた手鏡をメノリの前に差し出し、出来上がりを本人に見せる。

 

「どう?」

「え……あ……うん、あり……だと思う……」

「…………!」

 

 鏡に映る自分の姿を眺めながら、メノリは戸惑いつつもどこか嬉しそうに頷く。

 その反応を、ロリは自分でも気づかないほど微かな苛立ちを覚えながら眺めていた。

 

「よかった。それじゃあ化粧道具と肌の手入れ用の薬は置いていくから、ちゃんと使ってね。それとお化粧だけど、もっと知りたかったらチルッチを尋ねて。彼女、詳しいから」

 

 化粧落としの道具の使い方を教えながら、さらに荷物から追加の化粧品や装飾品を並べていく。

 一通り出し終えたところで、ロリが遠慮がちに切り出してきた。

 

「ちょっと」

「何?」

「その、さ……何か忘れてない?」

「え……? うーん……あっ! ひょっとしてお菓子?」

 

 遠回しな要求に僅かに頭を捻りつつも答えを導き出せば、ロリの仏頂面が一瞬にしてパアァッと明るくなる。

 

「ごめんね、今日は持ってきてないの」

「……ッ!!」

「ふふ、嘘々。ちゃんと持ってきてるわよ」

 

 続いて一瞬にして落ち込んだところで、荷物の中から甘い匂いのする包みを取り出す。

 

「……ッ! ……ッ!!」

「あいたたた……ごめんなさい、悪戯が過ぎたわね」

 

 無言で殴りかかってくるロリの拳を身体で受け止めながら、藍俚(あいり)は包みの中の菓子を切り分けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それからさらに二週間ほどの間――連日ではないものの――藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)へ通ってはロリとメノリの相手をしていた。

 元の状態に戻ったロリのことを満足そうに見ながら化粧を施し、健康状態を確認してはお菓子を振る舞う。

 それが続いたある日のこと。

 

「ねえ……アンタ、なんであたしたちのことを気に掛けてるのよ……?」

「……え?」

 

 慣れた手つきで茶会の用意をする藍俚(あいり)に向けて、ロリはそう尋ねた。

 

「アンタ、あたしたちの事嫌いでしょう!? だって、あたしたちは死神の仲間だった織姫のことを……」

「ロ、ロリ……?」

「メノリだってそう思うでしょう!? この死神からすれば、あたしたちは気にくわない相手! なのに、どうして……どうして、あたしたちの面倒まで見てるのよ……要らないなら要らないって、はっきり言いなさいよ……」

「ロリ……」

 

 藍俚(あいり)へと訴えかける姿は、不安な気持ちでいっぱいだった。

 それは、ロリが藍俚(あいり)のことを受け入れていると気づいたからこそ湧き上がった疑問だ。

 なまじ出会ったときの関係性が最悪だったこともあってか、自分たちのことを何故気遣ってくれるのか、藍俚(あいり)の考えが分からなくなってしまった。

 

 かつて――藍染から恩寵を受けていると思い込んでいた頃の彼女は、格上である十刃(エスパーダ)を相手にしても臆することなく高圧的な態度を取っていた。

 だがその幻想は、グリムジョーやヤミーの手で粉々に打ち砕かれた。

 

 その後、まだ残っていたはずの藍染への忠誠心は、藍俚(あいり)が持ってきた映像や証言などによって揺らぎ、一週間もの間不眠不休で続けていた映像の確認作業によってトドメを刺された。

 虚圏(ウェコムンド)を死神が訪れては我が物顔で歩く、それは虚圏(ウェコムンド)が藍染の手から離れたことを意味する。

 当の藍染は二万年もの長きに渡って投獄されたと、死神から知らされる。

 

 そうした積み重なりがロリの心を蝕んだところへ、藍俚(あいり)から手を差し伸べられたのだ。

 その手を取って良いのか、それとも再び裏切られる結果となるのか。

 端的に言えば、怖くなっていた。

 

「うーん、そうね……」

 

 そんな内面を抱えているとは察することもなく、藍俚(あいり)は少し悩んでから考えを口にした。

 

「ただ、傷ついている少女(ロリ)を放っておけなかっただけよ」

「え……?」

「せっかく可愛い顔をしているのに、痩せこけて骨と皮だけになって今にも倒れそうな姿になっているなんて、見過ごせなかったの」

 

 屈託のない笑顔でそう告げられて、ロリの心が僅かに揺らぐ。

 

「それと、あえて下心を言うなら……ハリベルに協力して破面(アランカル)たちの統率を手伝って欲しい、くらいかしら?」

「え……え……?」

「だってあなたたち、藍染の側近だったんでしょう? だったら多くの相手睨みをきかせたりとか、取り仕切ったりとか、そういう知識や技術・経験なんかは他の破面(アランカル)よりも持っているでしょう?」

「あ……その……」

「それは……」

 

 ――言えない。側近は自称でしかなく、ただ藍染の近くで命令を受けていただけ。精々が使用人に毛が生えた程度だなんて、言えない。

 

 二人の表情が僅かに曇ったのに気づいていないのか、藍俚(あいり)はそのままのトーンで話し続ける。

 

「だから、期待してるの」

「期待……してる……」

「あっ! でも無理はしないでね。難しそうだったらハリベルにでも、勿論私にだっていいから。ちゃんと相談して」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、メノリ……」

「なに、ロリ……」

 

 藍俚(あいり)虚圏(ウェコムンド)から去り、二人きりとなった室内。ロリとメノリの二人は、言葉を交わしていた。

 

「あの死神、あたしたちに期待しているって言ってたわね……」

「そうね……側近っていっても、別にそれらしいことなんて全然、していないのに……謝った方が良いのかな……?」

「別に、要らないでしょ? あっちが勝手に勘違いしてたんだから……」

 

 気にすることは無い――そう(うそぶ)くロリの表情は、どこか無理をしているようだった。

 

「でもさ、そうなるとあの死神、ガッカリする……かな?」

「…………」

「あたしさ、なんか嫌なんだ……あの死神が持ってきた物、どれも美味しかったし……期待を裏切るみたいで……」

「はぁ!? 別にそんなの……! 勝手に、裏切れば……いい、じゃない……」

 

 最初こそ強かった語気は、言葉が続くにつれてどんどん力を失っていった。

 それは藍俚(あいり)のことを裏切りたくないと、ロリが心のどこかで思っていることの証明でもある。

 

「……幻滅されたら、もうあのお菓子って食べられないのかな……?」

「知らないわよ。でも、いい顔はしないんじゃないの……? あたしだったら、そんな役立たずに餌なんてやらないもの……」

「役立たず、かぁ……でもあの死神だったら、何だかんだ言いながらも相手をしてそう……」

 

 自嘲するように呟くと、メノリはどこか覚悟を決めながら続く言葉を口にした。

 

「……藍染様とは違ってさ」

「ッ! メノリ!!」

 

 その言葉を聞いた途端、ロリはメノリの胸ぐらを掴み上げる。

 

「アンタ! アンタなんて事を言ってんのよ! あたしたちは藍染様の……!!」

「だ、だって! ロリだって本当は心のどこかでちょっとは思ってるでしょ!?」

 

 そう言われて、ロリの手から力が抜ける。

 その隙にメノリは掴み掛かる手から逃れ出ていた。

 

「……分かってたのよ……ええ、そうよ……スタークもハリベルもウルキオラもグリムジョーも、それから他の奴らだって……みんな、みんな藍染様のことを裏切った馬鹿ばかりだって思ってた……でも、本当に馬鹿なのはあたしたち……藍染様はもう虚圏(ウェコムンド)には戻ってこない……あたしらみたいな役立たずは、いらない……あの映像を見るたび、あたしは……」

「ロリ……」

「ねえ、メノリ……あたしたち……どうしようか……?」

 

 問い掛けながらロリは、自らの髪へ無意識に指を絡めた。

 指先は髪に引っかかることもなくスルリと通りぬけ、抜群の手触りを返す。今まで何度もしてきた行動だというのに、まるで自分の髪ではないようだ。

 

「そう、だね……」

 

 メノリもまた、返事をしながら指先を口元に這わせる。

 そこに残っているのは、最初に(べに)をさされたときの何とも言えないドキドキとした感触だ。

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、死神……」

「ん?」

「アンタ、私たちにマッサージしなさいよ……!」

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 豚は太らせてから食べるもの。

 

 そんな格言が、とある国にはあって。

 うんまあ、それに倣った……というワケでもないんだけどね。

 

 時間が解決してくれるのを待つしかない――藍染の映像を見てショックを受けていたロリに向けて、私はあの日そう言った。

 言ったけれど、それでもロリとメノリの様子が気になっちゃって……

 

 一週間ぶりに様子を見に行ったら、ロリが痩せこけてたの。

 顔も身体も、まるで鶏ガラみたいになってて驚いたわ。見た瞬間「すぐに治療しなくちゃ!」って思ったもの。

 

 だって、考えてもみて?

 同じマッサージをするにしても、骨と皮だけよりもこう……手応えがあった方がいいでしょう?

 だからね、その……

 

 

 

 ……ごめんなさい、認めるわ。

 "太らせて(餌付けして)から、いただこう(マッサージ)"って考えてたの。

 

 

 

 と、とにかく!

 コレはマズイと思って、食事を与えて肌や髪のお手入れなんかも教えてあげて、そこから面白くなっちゃって、他にも色々と教えてあげたわ。

 必死で虚勢を張るロリの姿が面白くって……

 

 で、そんなある日。

 虚圏(ウェコムンド)に言ったらロリに「マッサージをしろ」って言われたんだけど……

 

 なんで……???

 いや、確かに思ってたわよ!? ロリの身体も完全に元に戻って、それどころか少しだけ肉付きも良くなっていたから、そろそろ良いかなぁ……でもどう切り出そうかなぁ……とは思ってたのよ!?

 それが、どうしていきなり……!?

 

『ロリ殿とメノリ殿に、果たしてどういう心境の変化があったのでございましょうなぁ……ですがこれはチャンス! チャンスですぞ!!』

 

 そうよね! ここは畳みかけるところ!!

 




●今回のあらすじ
引きこもってたロリを餌付けして、髪と肌の手入れをして、優しくしてあげたらデレた。
具体的には「マッサージして」と自分から言い出すくらいにデレた。
コレでようやく、後腐れ無く揉める。
(約二万字使った内容がコレ)


●ロリとメノリ
「どうやって良い感じに持って行こうか?」に苦戦。
(特にメンヘラ小物女(ロリ)の方)

暴力や手枷、洗脳(思考誘導)・入れ墨などを使って無理矢理上下関係を叩き込む。
というのもアリなんでしょうが……
(でも「藍俚殿のキャラかな?」と考え断念)

なので
・暴力と洗脳 → 優しく接して美味い物を食わせる(食べ物に依存させる)
・入れ墨と手枷 → トリートメントや化粧を使い、目に見えないマーキングをする
・力ずく → 以前の尻叩きや、霊圧の差の認識などで格付けはもう済んでいる

という感じに。

優しくされて徐々に絆されていく感じにしたかったんですが……
上手くデレさせられましたかね……?

(つけ加えると。

虚圏の藍染様は「本性出しまくりのやべーヤツ」の顔で行動していました。
(基本、虚たちは「力と恐怖で支配」ですし)

となると、ロリとメノリへの藍染の認識も「自分から尻尾を振って来るが、戦力としては並以下。まあ多少便利なので使ってやっている」程度かなと。
(何しろ「(自称)藍染様の側近」の二人ですから)

(尸魂界の「優しくてイケメンで万能の藍染隊長」の顔だと、めっちゃ気遣いとかプレゼントとかをしてくれると思いますが。)

その辺もあって、優しくされて必要とされてじわじわ受け入れた感じ)


●ちょっとだけ補足
虚圏は霊子がいっぱいあるので、呼吸でもお腹は膨れる。
(人を襲って食べるとか不要)
ロリが空腹だったのは、そういう無意識的な補給すら忘れて引きこもっていたため。

藍染を信じて映像を何度も見返していた。
合成の映像に決まっていると思ってたのに、全然証拠が見つからず、徒労で思考が摩耗。
(精神が削れる)

そこを気遣われて、甘い言葉を囁かれて心のガードが緩み、信じてしまう。
(なお心がトドメ寸前まで追い詰めたのは誰かさんの持ってきた映像が原因)



とはいえ
「あのこじらせメンヘラ性悪ヒスクソ小物女がこの程度の訳がないだろ! 全然足らない!」
という考え(意見)も、あるにはあるんですけどね。


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第280話 マッサージをしよう - ロリ・アイヴァーン & メノリ・マリア -

※ 今回、同日2話更新(19時と19時半)しています。
  19時半以降に「最新話」から見に来てくださった方は、
  お手数ですが1話前にお戻り下さい。


「えーっと……理由を聞いてもいい?」

 

 虚圏(ウェコムンド)に到着して、ロリと顔を合わせるなり「私たちにマッサージをしろ」などと言われては、藍俚(あいり)でなくとも面を食らうだろう。

 ましてや「どうしてそういう結論に至ったのか」その課程を全く察することも出来ないのであれば、怪しむのは当然だ。

 

「それは……ハリベルから聞いたのよ……!」

「何を?」

「アンタ、お気に入りの相手にはマッサージをするんでしょ!?」

「え!?」

「だから、その……」

 

 何をどう聞いたら「お気に入りの相手にマッサージをする」という結論に至ったのか、じっくりと問いただしたいところではあるが。藍俚(あいり)がそれを聞くよりも早く、ロリとメノリは揃って頭を下げた。

 

「「ごめんなさい」」

「……?」

「その、アンタが前に言ってたでしょ……統率を手伝って欲しいって……」

「私たち、藍染様の側近だなんて言ってたけれど、本当はそんなこと全然なくて……」

「でもアンタは"期待している"って言ってくれた……それに"相談しろ"とも言ってくれた……だから……」

 

 そこまで告白されて、藍俚(あいり)もようやくこの件の背景が読めてきた。

 言うなれば、二人なりに筋を通したかったということだろう。

 期待していると告げられた際、即座に否定できなかったことへの後ろめたさの謝罪。

 それと、マッサージを受けることで贖罪の気持ちを表す――もしくは"お気に入りの相手には"という但し書きがあったことから、気に入られてなんとか許して貰おうというズルい事情も少しはあったのかもしれない。

 

 そしてもう一つ、藍俚(あいり)からでは絶対に読み取れないが。

 二人がそう口にしたのは、覚悟と決意の現れでもある。

 今まで藍染への忠誠心を誇っていたロリとメノリが、それを断ち切って藍俚(あいり)のことを受け入れたことを明確にする。禊ぎの儀式のような意味合いがあった。

 

 ――何はともあれ。

 

「そう……うん、良くちゃんと言ってくれたわね。そういう事情なら、問題なしよ」

「いい、の……?」

「ええ、勿論」

 

 頭を下げた姿勢のまま、二人は恐る恐る顔を上げて上目遣いに藍俚(あいり)の表情を読み取ろうとする。

 そこには穏やかな表情があって、ロリたちはホッと胸を撫で下ろす。

 

「けどそれとは別に――」

 

 一瞬で二人の背後まで移動すると、藍俚(あいり)はロリとメノリをそれぞれ小脇に抱えてみせる。

 

「え?」

「なに? なに!?」

「――マッサージ、受けたかったんでしょう? いいわ、二人とも"特別"にしてあげる」

「……ッ!」

「……ぁ……っ!」

 

 特別――その言葉に二人の胸が僅かに高鳴った。

 藍染の下にいた頃には感じることの無かった、特別な扱いという言葉の響きを耳にして、ロリは即座に叫んでいた。

 

「お、お願い!」

 

 実際は、藍俚(あいり)がこの機を逃すまいと半ば適当なことを口にしただけなのだが……知らない方が幸せなこともある。

 

 

 

 

 

 

 ロリとメノリを抱えて部屋まで移動する。

 既に何回も通った道だ。今の藍俚(あいり)なら目を瞑っても辿り着ける。

 迷うことなく入ったそこは、まるで高級なホテルの一室を思わせる広さの部屋だ。そこに最低限の物や家具・それにベッドが二台並んで置かれている。

 そこが、ロリとメノリへ虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に与えられた空間だった。

 

 二人をベッドの上へそっと寝かせると、着ている物を脱ぐように催促する。

 その指示に――互いに肌を見せ合うのが恥ずかしいのだろう顔を真っ赤にするものの――二人は意外にも素直に従っていた。

 二人が準備を進めるその間、藍俚(あいり)は余っていた白いシーツを用いて即席の仕切り(カーテン)を作ると、二人の間を挟むような位置へ設置する。

 

「それ、何……?」

「これ? お互いに姿が見えると恥ずかしいと思って、即席だけど仕切りを作ったの。これなら恥ずかしくないでしょ?」

「あ……うん……」

「そう、だね……」

 

 簡易的な物だが、無いよりはマシといったところだろう。

 そもそも突然依頼したのは自分たちなのだ。文句を言う資格などないと考えて、二人は頷いた。

 

「さて、準備はいいかしら? 急なお願いだったから十分な準備は出来なかったけれど……でもその分だけ特別に、腕を振るわせて貰うわね」

 

 開始の宣言をしながら、藍俚(あいり)は仰向けに寝ているメノリの肩に手を置いた。

 

「それじゃ、まずはメノリから。申し訳ないけど、ロリはちょっと待ってて」

「う、うん……」

「わかったわ……」

 

 ハリベルなどと比較すれば、メノリの身体はまだ少女のように華奢だった。

 それでも似たような体格の相手と比較すれば多少はがっしりとしており、肩幅も広め。そこからバスト、ウェストへと曲線を描きながら流れていく。

 引き締まった腰回りに比べれば、胸元は肉付きも良かった。大きいとまでは言えないものの、それなりの膨らみが二つ備わっている。

 それらに目で確認しながら、藍俚(あいり)はメノリの腰回りから揉み始める。

 

「ん……く……っ……」

 

 腰から骨盤、太ももの付け根辺りへと指を伸ばしていくと、メノリは身体を微かに震わせ始めた。

 他人に触れられ、ほぐされていくという刺激に彼女の身体はまだ慣れていない。肉体の底からじわじわと湧き上がってくる感覚に戸惑いながら、鼻を鳴らす。

 

「痛かった? 力、入れすぎたかしら?」

「そ、うじゃなくて……なんか、声が……」

「それはね、誰だって声が出るの。普通のことだから」

「ふつ、う……? ……んんっ!」

 

 色っぽい声を上げながら「これが普通のことなの?」と心の中で訴える。

 藍俚(あいり)に太ももを、それも内側の辺りを丹念に揉まれていくと、臍の少し下の辺りにゾクッとした痺れが走る。

 

「ぜったい、これ……っ! 普通じゃ……!」

「普通のことだってば。ハリベルたちもそんな感じだったわよ」

 

 「絶対に嘘だ」と思いながら、メノリは背中を僅かに仰け反らせて快感を堪えていた。

 

 

 

「メ、メノリ……?」

 

 突然、甘く蕩けるような声が聞こえてきた。

 今まで耳にしたことのないような嬌声に驚き、ロリは仕切り布(カーテン)越しにメノリの様子を窺おうとする。

 とはいえ、薄くとも一枚の布に隔たれているのだ。

 当然様子が分かるわけもなく、見えるのはカーテンに浮かぶシルエットだけだった。

 まるで影絵のように映し出される二人の姿。

 

「あっ、ああっ……!」

 

 藍俚(あいり)の影が微かに動くたびに、メノリの影がビクンと跳ねて喘ぐ声が聞こえてくる。

 その声を聞けば聞くほど、ロリの心臓は興奮したように鼓動を早くする。

 

「んっ……! くうん……ぅっ……!!」

 

 ――い、一体何をしてんのよ……!?

 

 穴が開くほどカーテンを見つめても、その向こうが透けて見えるわけもない。

 興奮と好奇心に導かれるまま、ロリはベッドの上からそっと降りる。

 

 ――ちょ、ちょっとだけ……

 

 続いて二人に見つからない様にと身を低くして、カーテンの端からそっと覗き込む。

 そして向こう側の光景に息を呑んだ。

 

 一心にメノリの太ももを揉みほぐしているのだから、マッサージには間違いないだろう。だがそれを受けるメノリの表情は、普段見ているそれとは明らかに違った。

 やや柔らかめな印象を受ける瞳は目尻が垂れ下がり、唇を半開きにしながら僅かに涎を垂らしている。

 弓のように身体を仰け反らせながらも必死に声を我慢しているその表情は、同性のロリから見ても蠱惑的で艶やかに感じられる。

 

 ――う、羨ましい……!

 

 一体、どんな刺激を受ければそんな表情ができるのだろうか。

 声を聞いて妄想し、影を見ながら膨らんだ妄想。けれどもそれは、実際に目にした方がよっぽど衝撃的な光景だった。

 眺めているだけで喉の奥がカラカラに乾いて、ロリは生唾を飲み込みながら食い入るように見つめ続ける。

 

 身を低くした体勢のまま、無意識に腰を床に押しつけながら。

 

 

 

「あっ……ああっ……!」

 

 ふんわりと、やや小さめではあるものの形の良い胸を手のひらで優しく掴まれて、メノリは嬌声を上げる。

 藍俚(あいり)の手の中にすっぽりと収まってしまうそれに指が絡みつくと、ゆっくりと沈んでいく。

 張りのある肌はその指を健気に押し返そうとするものの、力が及ばなかった。

 下から上へ揉まれていけば、メノリの身体の奥底がじわじわと疼いていく。

 

「そこ……っ! 絶対、関係……な、い……っ……でしょ!?」

「関係? 勿論あるわよ。こうやって形と身体の中の流れを整えるの。そうすると、胸も大きくなるのよ?」

「それ、本当……にいいっ!!」

 

 円を描くようにして揉まれて身体の中の疼きがさらに強くなり、胸の先から快感が走る。

 おとがいを大きく逸らしながら、メノリは疑問の言葉を忘れたように甲高い声を上げていた。

 

 ――う、うそッ!? こんな大きな声が出ちゃうなんて……!! ロリに、ロリに聞かれちゃう……!!

 

 刺激に苛まされて霞んでいく思考の中、自分の上げた声に驚いてメノリは必死に口を噤んだ。さらにベッドのシーツを強く掴んで何とか堪える。

 けれども、そんな耐えようとする気持ちなどお構いなしに藍俚(あいり)は胸元のマッサージを続けていく。

 丁寧に、けれども遠慮無く指が這い回っていく感触に自然と声が漏れてしまう。

 

 ――うう……き、聞かれてない……よね……?

 

 なんとかカーテン越しにロリの様子を窺おうとするが、そんな余裕はなかった。

 藍俚(あいり)のマッサージは胸の先にまでおよび、その先端にある膨らんだ突起を指先で摘まむ。

 

「ひゃあああぁっっ!!」

 

 それまでとは比べものにならないほどの快感が押し寄せてきて、メノリは両脚をつま先までピンと思い切り伸ばしていた。

 全身をゾクゾクと痙攣させる刺激に視界もおぼつかなくなり、全身をベッドに預ける。

 

 ――あれ……? いま、一瞬……

 

 腰が蕩けるような痙攣の最中、カーテンの端に一瞬だけ人影が見えたような。誰かと目があったような気がした。

 けれどもすぐに頭の中に靄が掛かり、その気付きは思い出せなくなってしまった。

 

 

 

「さて、メノリはこんなものかしら? それじゃあ次は、と……」

 

 満足そうな表情で、荒い呼吸をするメノリを見下ろしながら、藍俚(あいり)は呟く。

 誰に向けたわけでもなかったその言葉が響いた瞬間、カーテンの陰から焦ったような気配と慌てて何かが移動したような小さな音が聞こえてくる。

 目を凝らせば小さな水溜まりも出来ていた。

 

 

 

「あ……はぁ……はぁ……」

 

 痙攣から数十秒ほど経っただろうか。

 言い表せない快感と疲労感、それと心地良い脱力感にメノリは襲われていた。

 もう何も考えたくない、このまま眠ってしまいたいという誘惑に必死で抗いながら口を開く。どうしても、これだけは確認しておきたかったのだ。

 

「ロ……ロリ……ィ……きこえ、てた……?」

「み、見てナイ! ミてないから!」

 

 問い掛けた瞬間、間髪入れずといったタイミングでロリの声が返ってくる。

 だがその声はどうしたことか、緊張しすぎた時の様に所々で裏返り奇妙なアクセントになっている。

 

「あたし全然、見テいナいし! 聞こえテもいナいから!!」

「そっかぁ……」

 

 こうしてカーテン越しに会話をしているのだ、聞こえない筈がない。

 そもそも最初の「聞こえていたか?」という問い掛けに対して「見ていない」という返答は不自然だろう。

 

 ――よかった、ロリには聞こえてなかったんだ…… 

 

 けれど夢見心地な今のメノリでは、それがおかしいと感じられなかった。

 ただ、安堵したように安らかな表情で瞳を閉じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 自分のベッドの中に慌てて潜り込みながら、ロリは激しい呼吸を繰り返していた。

 先ほどのやりとりは、おかしなところはなかっただろうか? 気づかれていないだろうか? 気づかれたらメノリに嫌われてしまうのではないか?

 そんな思いが身体を緊張させ、けれどもそれが溜まらなく興奮してしまい、ロリは両脚の付け根の辺りへ手を伸ばす。

 

「ロリ、お待たせ」

「……ッ!!!!」

 

 下腹の辺りに指先が触れたところで、藍俚(あいり)が姿を現した。

 突然の登場にロリの心臓が跳ね上がり、思わずシーツを巻き付けながら身体を隠す。悪戯をした子供が、悪事の痕跡を隠すように。

 

「ごめんね、ちょっとメノリの汗とか拭いて後始末をしていたの」

「そ、そう……」

「床にも飛び散っちゃってたから時間が掛かっちゃって……」

「ゆ、床……!?」

 

 聞きたくなかった単語が飛び出して、額から一筋の汗が流れ出た。

 

「それじゃあ、ロリのマッサージを始めるわよ。ほら、そんなシーツなんて巻き付けてないで」

「……あっ……!」

 

 一瞬の早業で巻き付けたシーツを剥ぎ取られ、身体が露わになる。

 のぞき見で程よく興奮したロリの肉体は全身が薄らと桜色に染まり、ほんのりとした香りを放っている。

 見る者が見れば、彼女が何をしていたかは一目瞭然。

 けれども藍俚(あいり)は様子を変えることはない。

 気付いていないのか、それとも気付きながら見て見ぬふりをしているだけなのか判断が付かず、それがまたロリの心を緊張させる。

 

「じゃあまずは――」

「ひ……っ!!」

 

 ほんの少し、腿を撫でられただけでロリの腰が激しく浮かび上がった。

 期待と興奮と緊張に包まれ、焦らされ続けた肉体はそんな些細な刺激でも大きな波となってロリの身体を襲う。

 

「――あら? ずいぶんと敏感なのね。じゃあもう少し優しく……」

「あっ、ああああああっ!!」

 

 そんなロリを気遣い、藍俚(あいり)の手つきは更に優しいものとなった。肌にほんの少しだけ指先を押しつけ、揉みほぐしていく。

 そんな触れるか触れないか程度の刺激であっても、昂ぶったロリの身体は敏感に反応してしまう。

 

「これも駄目? でもこれ以上は無理だから、ちょっとだけ我慢してね」

「ひっ、あううっ……!!」

 

 ――なっ、何これ……なんでこんな、すごい……っ……!

 

 全身を撫でられるたびに、ロリの身体はゾクゾクと震えていた。

 ほっそりとした太ももをマッサージされると、足の中に電流を流されたような衝撃が走り、その衝撃は足の付け根――下腹の辺りを"きゅん"と疼かせる。

 腰から下に襲いかかる甘い痺れを、ロリはお尻に力を入れながら必死で耐える。

 メノリと同じように両脚をつま先までピンと仰け反らせながら、下半身をほぐされる快感を貪っていく。

 

「そろそろ(こっち)も、ね」

「~~っ!!」

 

 藍俚(あいり)はロリの胸へと手の平を押し当てる。

 平均よりも小さめ、僅かな膨らみしかないロリの胸は藍俚(あいり)の手にすっぽりと収まるどころか足りないくらいだ。

 自然と、手の平は胸の先端を強く擦り上げていた。

 ロリの口から声にならない嬌声が上がり、ゾクッとするような快感が胸の奥へ向けて走っていく。

 

「少しだけ我慢して」

「……っ! ……んんっ!!」

 

 押し当てた手が、ゆっくりと円を描きながら動く。

 そのたびに先端と手の平とが擦れあい、途切れ途切れの悲鳴が上がる。

 小さな山には指がしっかりと絡みついて、押し込んでくる指先に弾力を返していた。

 

「はい、最後はちょっと強めに行くわよ」

「んひぃぃぃぃぃっ!!」

 

 言葉通り、指に力が込められた。

 胸元を全体的に鷲掴みにされてマッサージされる衝撃に耐えきれず、断末魔にも似た悲鳴が上がる。

 

 ――メノリ、ズルい……っ……!! こ、こんなの……先に受けられたなんて……っ!!

 

 刺激に耐えきれずに口元が緩み、半開きになった唇から舌先が見え隠れしている。

 つり上がった瞳も垂れ下がり、温和な草食動物のようなだらしない表情を浮かべながら、ロリは何故かメノリに小さな嫉妬をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ――ロ、ロリの嘘つき……ッ!!

 

 その声をカーテンの向こう側で耳にしながら、メノリもまたロリのことを小さく恨んでいた。

 強すぎる刺激と疲労に負けて一時的に意識を失ったものの、隣から響いてくる悲鳴に彼女は意識を目を覚ます。

 意識がはっきりとしてくるに従ってロリの声が耳に届いているのだと気付き、そこから「何も見ていない、聞いていない」という言葉も嘘だと気付かされる。

 

 ――き、聞かれてたんだ……それにあれ! あのときロリと目が合ったのも、気のせいなんかじゃなかった……!! ロ、ロリのバカぁ……!!

 

 冷静になった頭で思い返せば記憶がはっきりと甦り、メノリは再び顔を赤く染める。

 そして、ロリがしていたことをやり返すように、メノリもまたカーテンの隙間から隣を覗き込む。

 そこに映っていたのは、普段の強気な表情からは想像もつかないほど緩み、今にも蕩けてしまいそうなロリの表情だった。

 

「あ、あたしもきっと……あんな顔してたんだ……」

 

 自分の身体を自分でギュッと抱きしめながら、メノリは覗きを続ける。

 

 

 

「そういえば、背中側がまだだったわね」

 

 胸周りのマッサージを終えたところで、藍俚(あいり)がそんなことを呟いた。

 

「せ……なか……ぁ……?」

「そう。ちょっと前、あなたたちのお尻を叩いたでしょう? だから、一応――」

「――……あ……!」

 

 マッサージの快楽に負け、身も心も蕩けきった声で聞き返す。

 だが藍俚(あいり)の「お尻を叩いた」という言葉に記憶が想起され、慌てて上半身を起こしながら断ろうとする。

 

「い、いらにゃ()い……っ! もう、ごめんにゃ()さい! あたしたちが、悪かったから……っ……! あやまるから……っ!!」

「遠慮しないで」

 

 だが藍俚(あいり)の中では、背中側のマッサージをすることは既に決まっていた。

 ロリの腕を掴むとそのまま有無を言わさず一気にひっくり返す。

 

 こちらも胸と同じく肉付きは薄かった。

 張りを取り戻した肌と少ないお尻のお肉がぷるぷると不安そうに揺れていた。

 ぽんと、お尻に手を当てれば、慎ましやかな膨らみが指先に弾力を返す。

 

「おっ……!」

「もう痛みは引いてるでしょうけど、手入れは必要だから」

 

 けれどもお尻に手を当てられた瞬間、過去の記憶が鮮明に甦った。

 メノリに頬を抓られながら藍俚(あいり)に尻を叩かれるという屈辱の記憶が、今のロリの不安定な状態と結びついていく。

 

 両手でお尻をマッサージされると、すさまじい快感が襲いかかってきた。

 記憶が痛みを思い出させ、快感がその痛みの記憶を別の記憶へと変換していく。

 お尻を叩かれるのが、たまらなく気持ち良い――身体はハッキリそう認識してしまった。

 

「も……」

「も?」

「もうちょっと……だけ……強く……」

 

 快楽に負けたロリは、恐る恐るリクエストを告げる。

 

「~~~~~~~~~っっっっ!!!!」

 

 返ってきたのは言葉ではなく、行動だった。

 ギュウウッと痛いくらい強めでお尻を揉みほぐされた途端、意識が吹き飛びそうな衝撃を受ける。

 俯せのまま反射的にベッドのシーツを強く噛み、必死に声を押し殺す。

 けれども隠せたのは声だけだ。

 両目は白目をむきながら涙をこぼし、大きく仰け反った背中はゾクゾクと絶え間なく震えていた。背中の震えと連動するようにお尻もガクガクと震える。

 

 ロリは今日最も強い"天にも昇るような気持ちよさ"を味わっていた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あら、もうこんな時間? そろそろ戻らないと」

 

 ロリはベッドの上でぐったりと、放心状態となっていた。

 そんな彼女の後片付けを済ませたところで、藍俚(あいり)が呟く。

 

「今日はね、渡したい物があって来たの。本当はちゃんと付けてあげたかったんだけど、ごめんなさい」

 

 そう言いながら藍俚(あいり)は、持ってきた荷物の中から手絡(リボン)を取り出すと、ロリの髪に軽く巻き付ける。

 

「似合うと思って持って来たんだけど……この分だと、聞こえてない……わよね?」

 

 自分の言葉通り、ロリは未だ夢見心地のままだ。

 

「仕方ない、か……メノリ、悪いんだけどロリが起きたら伝えてくれるかしら?」

「ふぇ……!? あ、はい……」

 

 なので背後、カーテンの隙間から気配を窺っていたメノリに声を掛ける。

 まさか気付かれているとは思っておらず、メノリは驚きながらも素直に頷いた。

 

「勿論メノリの分もあるわよ。それとこっちは、今日の分の差し入れ。よかったら食べて」

「ど、どうも……」

 

 その反応に、藍俚(あいり)は持ってきた荷物から更に追加で渡すとそのまま帰って行く。

 その姿をメノリだけが見送っていた。

 

 

 

 

 

 

「……あ……あれ……?」

「気がついた?」

 

 藍俚(あいり)が退室してから三十分ほどは経っただろうか。

 ロリの上げた声にメノリが反応し、心配そうに顔を覗き込む。

 

「あたし、いったい……っ!!」

 

 その表情を見上げながらゆっくりと身体を起こしたところで、ロリは思い出した。

 藍俚(あいり)のマッサージで痴態を晒し、堪えきれないほどの声を上げたことを。

 さらにはメノリの問い掛けに「何も見ていないし、聞いていない」と答えたものの、逆の立場になればそれが嘘だということは明白。

 

 メノリが意識を取り戻す前にロリのマッサージが終わったかもしれないという淡い期待を抱くものの、それは自分を見つめるメノリの表情にほんの少しの恥ずかしさが含まれていることから、無駄だと悟る。

 

「メノリ……あ、あのさ……声、とか……」

「だ、大丈夫! あたしも、何にも聞こえてないから! ね!?」

「う、うん! そう、そうよね!!」

 

 怯えながら尋ねれば、どこかで聞いたような答えが返ってきた。

 この瞬間、二人の間で"あのときのこと"は無かったことにすることが決定したようだ。

 ロリとメノリは、互いに確認するようにうんうんと首肯しあう。

 そうしているとロリの頭から、ハラリと何かが落ちた。

 

「ん……? なにこれ?」

「あ、それはあの死神がくれたの。ロリに似合うだろうからって」

 

 摘まみ上げながら疑問の言葉を口にすると、メノリが言う。

 

「……はっ! 今更ご機嫌取りのつもり!? こんなもん、いらないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 ――翌日。

 

「ねえロリ、その髪に結んでるのって……」

「い、いいでしょ別に! ただ、捨てるのも面倒だって思っただけよ! そういうメノリこそどうなの!?」

「あ、あたしは……あたしも……捨てるのも面倒だなって……」

 

 ロリの髪とメノリの手首には、それぞれ藍俚(あいり)がプレゼントした手絡(リボン)が結ばれていた。

 




今回、もっと上手く転がせた気がするんですよね。


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第281話 一日に二回はお茶を飲む

「これ、新作なんだけど……味はどうかしら?」

「美味い……だが、私はどちらかと言えばもう少し甘くない方が好みだ」

「そう? あたしはもっと甘くても良いくらいだけど?」

 

 ハリベルとチルッチから、全く真逆の意見が返ってきました。

 どうすれば良いのかしら……?

 

 ……よし! 今度は両方作って持って来ましょう!

 

「それにしてもさ、藍俚(あいり)って本当に変わってるわよね。わざわざお菓子作って虚圏(こんなところ)まで持ってきて、あたしたちに味見させるなんて」

「なんだ、不満でもあるのか?」

「べーつーにー、ただ"変わってる"って言っただけでしょ」

 

 ハリベルの言葉にツンとした顔を見せながら、チルッチはティーカップを手にして紅茶を口に含みました。

 

「おかげでこんな美味しいお茶とお菓子を食べられるんだもの。何か下心があっても、不満なんて消し飛んじゃうわ」

「当人には色々言いたいところですが、味については同意ですわね」

 

 スンスンがすまし顔で頷くものの、アパッチたちの反応はいまいちです。

 

「そうか? あたしはもう少し重くても良いくらいだ」

「ああ」

「……全く。あなたたち二人の頭には風情という言葉は無いのかしら?」

「「なんだとスンスン!!」」

 

 あらら、一触即発の雰囲気ね……いつものことだけど。

 どうしようかしら……

 

「そこまでだ」

「「「っ!!」」」

 

 ――と思っていたら、ハリベルの言葉に三人とも動きをピタリと止めました。

 

「わざわざ湯川が用意してくれた場だ。喧嘩をしたいのなら外でやれ」

「も、申し訳ありませんでした! ハリベル様!!」

「あはは……まあまあ……」

 

 三人が揃って頭を下げたところへ、私は「気にしていない」とばかりに割って入ります。

 

「それよりも感想を聞かせて貰える? 他にリクエストとかもあれば教えて欲しいの。重めの食べ物ってことは、次のお茶会には軽食も用意した方が良いかしら?」

「あっ、良いの!? じゃあ私は果物!!」

 

 ネリエルが手を上げながら要望を口にしてきました。

 はいはい、果物ね。何が良いかしら……?

 

『でしたら一護――もとい、苺がイイでござるよ!! 同じ名前ということで、ネリエル殿もきっと大喜び間違いなしでござる!!』

 

 なるほど! 一理あるわね!

 

『口の中でイチゴを玩ぶネリエル殿……! イチゴは抵抗も出来ずにされるがままに……!! か、考えただけで拙者興奮してきたでござるよ!! ハァハァ……!! つ、次のお茶会はまだですかな!? 明日、開催してくれますかな!?』

 

 いいと……いや、無理だから。

 基本は死神のお仕事があるんだから。早くても来月よ?

 

『そんな……ッ!!』

 

 まったくもう……

 

 ……あ、置いてきぼりにしちゃったかしら? 状況、よくわからなかったわよね?

 でも、別に大したことをしているわけじゃないの

 

 今日も虚圏(ウェコムンド)に来ています。

 ただ今日の目的は、お茶会。

 紅茶とお菓子を持参して、それからちゃんとカップやらポットやらも本格的なのを用意して雰囲気を出しているの。雀部副隊長に教わりました。

 こうやってお茶会をするついでに破面(アランカル)のみんなと交流を深めて、ついでに虚圏(ウェコムンド)で何か変わったことが起きていないかチェックしてるのよ。

 

『死神の業務内容に、そんなものは一切ないでござるよ?』

 

 こ、これも大事なお仕事だから!

 あと、雀部副隊長が育てている茶葉の試飲とか、雀部副隊長が開いているお茶会用のお菓子の新作を味見して貰ったりとか! そういう意味合いもあるの!

 

『と言ってもメンツは女性破面(アランカル)しかおりませんがな!! つまり、ただお茶を飲んでお菓子を食べて、女の子たちとキャッキャウフフしてるだけでござる!! 公私混同しまくりんぐ!! くっそ羨ましい身分でござるよ!! めっちゃ良い匂いが漂いまくってるでござる!! 拙者も参加してぇでござる!! 一緒に茶をしばきたいでござるよ!!』

 

 女性限定って言うけどさ……

 じゃあ射干玉は、ウルキオラとかグリムジョーを呼んだところでまともな感想を言ってくれると思う?

 

『……拙者が間違っておりました』

 

 綺麗な土下座ね……

 

 でもまあ、射干玉が言った通りです。

 この場には女性の破面(アランカル)しかいません。

 ハリベルたちとか、チルッチとか、ネリエルとか、あとは――

 

「あたしも、甘い方が好き……かな……?」

「うん、あたしも……」

 

 ロリとメノリの二人とか、それから――

 

「なあ、これってもう無いのか?」

 

 忘れちゃいけない、リリネットもいます。

 ……ってリリネット、もう全部食べちゃったの!?

 

「ごめんなさい。人数分しか作ってないの」

「そっかぁ……あ、じゃあ次はさ、もっと多めに作ってきてよ!」

「……善処するわね」

 

 持ってくるの、結構大変なんだけどね。

 

 私がリリネットの相手をしている横では、チルッチがニヤニヤとした目でロリとメノリのことを見ています。

 

「ふ~ん……」

「なっ、何よ……!?」

「べっつにー」

 

 興味の無い素振りを見せつつも、チルッチの視線は二人へ――正確にはロリと髪とメノリの手首に注がれていました。

 そこは手絡(リボン)が結ばれています。

 私がプレゼントしたアレです。

 よかった、ちゃんと付けてくれて。気に入ってくれたのかしらね?

 

『ロリ殿とメノリ殿をたらし込んだ結果でござるよ!! もうアレ、当人たちの中では忠誠の証レベルになってそうでござるな!!』

 

 それはさすがに言い過ぎ、考えすぎよ。

 とか思っていると、ハリベルが口を開きました。

 

「……大した物だな」

「何が……?」

「あの二人のことだ。特にロリは、藍染が健在だった頃からその振る舞いは高圧的だった。湯川も手を焼いただろう?」

「あはは……」

 

 その言葉に、思わず乾いた笑いを浮かべます。

 そっかぁ……ハリベルもそんな風に思っていたのね……

 

「ところで、その二人は今はどうしているの?」

「どう、と言われてもな……まあ、私を手伝おうとしてくれているぞ」

「へぇ……」

 

 あら意外。

 私が言ったこと、ちゃんと聞いてくれているんだ。

 

「とはいえ、そこまで大したことは任せていない。そもそも今の虚圏(ウェコムンド)には、血気盛んなヤツは殆どいなくなったからな。静かなものさ」

「そうなの?」

死神(おまえ)たちが暴れて萎縮したらしい。藍染を倒したというのは、それだけ衝撃的だったということだ」

 

 そっかあ……前は小康状態だとか言ってたけれど、もう落ち着いたのね。

 

『しかもその怖い死神の隊長が、定期的に虚圏(ウェコムンド)を訪れておりますからな!! 怖すぎて悪さなんてできねえでござるよ!!』

 

 ああ、涅隊長のこと?

 

『……いえ、現在虚圏(ウェコムンド)を取り仕切っているハリベル殿たちと仲の良い方でござるよ……』

 

 ……え、私?

 

十刃(エスパーダ)レベルの霊圧を持った怖い死神が、クラス委員長と仲が良くて、しかも定期的に見回りに(やって)来るとなれば、そう易々と暴れられねえでござるよ? いや、マジで』

 

 そっか……私が虚圏(ここ)に来るの、ちゃんと意味があったんだ……

 

「――あ、ハリベル。ちょっと待ちなさい。今のは聞き捨てならないわよ?」

「なんだ?」

 

 チルッチが割って入ってきたかと思えば、指を一本立てます。

 

「いるのよ、面倒なのが」

「何……!?」

「ま、アンタは知らなくても当然か。なにしろ3桁(トレス・シフラス)だからね」

 

 3桁(トレス・シフラス)ってことは、チルッチみたいな元十刃(エスパーダ)ってことよね?

 そっか。一護たちが遭遇しなかったってだけで、危険なのがいても不思議じゃない。

 どうやらハリベルも詳しく知らなかったみたいで、目を丸くしています。

 

「どんなヤツだ?」

「ヤツっていうか……ヤツ()?」

「ら?」

「そうよ、ら。まあ、気まぐれで行動なんて全然読めないから、心配するだけ無駄なんだけど」

 

 複数形で、気まぐれで行動が読めない……?

 それって――

 

「まるで小さな子供みたいね」

「あ、藍俚(あいり)正解」

「……え?」

 

 あっさりとした肯定の言葉に、思わずこっちが拍子抜けしました。

 

「そいつはピカロって名前の、ガキの集団なのよ」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ピカロって名前、知ってますか?」

「ピカロ……?」

 

 コーヒーカップを片手に、スタークが怪訝な顔を浮かべます。

 

「子供で、集団の破面(アランカル)だって聞いたんですけど……」

「……ああ、思い出した。アイツらか」

 

 そう呟くとコーヒーを一口、口に含みました。

 

「昔、藍染様が作った破面(アランカル)だ。なんでも元々は一体だったが、他の霊に自分の血肉を分け与えて増えたらしい。俺が見たときは、百人くらいの子供だったな」

「百人の子供……!? それが、一体の破面(アランカル)なんですか?」

「詳しくは知らないが、統一の意思みたいなものがあるらしい。個にして群、だとか言ってたな……」

 

 個にして群、ねえ……蟻とか蜂みたいな感じなのかしら……? 

 しかも百人の子供って……うわぁ、考えただけでも統率なんて取れなさそう……

 

『ちょっと目を離した隙に、二・三人消えてそうでござるな』

 

 幼稚園の先生とかって、大変な仕事よねぇ……

 

「けど性格も子供なもんで、まるで言うことを聞かない。どうなるか予測ができないってんで、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)にされちまったってわけだ。確か、ルヌガンガが管理に回されたような……」

「ルヌガンガ……?」

 

 どこかで聞いた様な……誰だっけ?

 一護たちが戦った3桁の誰かの名前、だったかしら……? なんだかこう"その辺り"で聞いたような名前なんだけど……

 私が記憶を辿っている横で、スタークはコーヒーを飲み干しました。

 

「ところでコレ、美味いな。もう一杯貰えるか?」

「気に入ってもらえました? 良い豆が手に入ったんですよ。カフェ・ブラックスターってお店の――」

 

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!!』

 

 何、どうしたの?

 

『たしか拙者たちは、ハリベル殿たちと一緒にキャッキャウフフしながら紅茶を飲んでいたハズでは!? それがどうしてスターク殿と一緒にいるでござるか!? しかも飲み物もコーヒーになっていますぞ!!』

 

 コーヒーだけじゃなくて、お茶菓子のバターサンドも用意してるわよ?

 

『なんと!? ……いや、そこではなくて!!』

 

 分かっているわよ、ちゃんと説明するから。

 

 ハリベルたちと一緒にお茶会をしました。

 お茶会が終わりました。

 今度はスタークたちと一緒にお茶会をしてます。

 

 ――というわけ!

 

『なるほど……完全に理解したでござる!! つまり、もう死語となってしまった女子会の後の男子会というわけでござりますな!!』

 

 一応男性破面(アランカル)の状況も見ておかないとね。

 ただ、ハリベルたちに出した食べ物はスタークたちの好みには合わないだろうから、こうやって変化を付けているの。

 コーヒーはあんまりツテがなかったから、浦原経由で現世から仕入れたわ。

 

 それとほら、原作で藍染が「紅茶、行き渡ったかな?」みたいな事を言ってたシーンがあったでしょう?

 だから、こういうお茶会にすればスタークたちも受け入れてくれると思って。

 

『あのシーン、どうみても紅茶を飲むカップではないでござるよ? ポットもコーヒードリップ用の物にしか見えねえでござるし……藍染殿には特命係のあの人を見習えと言いたいでござる!!』

 

 それは……ほ、ほら! 藍染も現世の文化にはあんまり詳しくなかったんじゃない……!?

 だからきっとそれっぽい感じにしただけで、あのお茶もきっと雀部副隊長の見よう見まね……って、なんで私が藍染のフォローしてるの!?

 

『軟水で抽出だとかジャンピングだとか、藍染殿はめっちゃ拘りそうでござるが……』

 

 そこは私も完全に同意するわ。

 

『それとは別に、もう一つ疑問があるのですが……どうして男女で分けたのでしょうか? 纏めて開催してしまえば色々と手間が減ったと思いますが?』

 

 ……ハリベルたちと一緒にキャッキャウフフしたいでしょう?

 

『確かに!! そのための手間を惜しんではなりませんでした!!』

 

「――ところでピカロのことだが、なんで俺に聞いたんだ? リリネットだって知ってるハズだろ」

「う……」

 

 スタークの言葉に、リリネットが渋面を浮かべます。

 

「……あんまり覚えてなかったんだよ」

「はぁ……そういうことか……」

「い、いいだろ別に!」

 

 そう言うとリリネットはバターサンドを食べ始めました。

 

「お前確か、ハリベルたちのところでも何か食ったって言ってただろ? 太るぞ?」

「仕方ないだろ! だって藍俚(あいり)のお菓子美味しいんだから!!」

 

 そうです。

 実はリリネット、女子会(あっち)にも男子会(こっち)にも参加しています。

 最初は「スタークとあたしは一心同体だから」みたいなことを言ってたんですけど、もう開き直ったのね……

 

藍俚(あいり)殿の料理に狂わされた幼女がまた一人……』

 

 人聞きが悪いわね。

 

「ウルキオラとグリムジョーはどう?」

「ああ、この苦みが良いな」

「……ケッ! ま、泥水よりはマシってところだな」

 

 そう言いながら、ウルキオラはぎこちない笑顔を見せてくれました。

 グリムジョーは……うん、口は悪いですがカップが殆ど空になっているところを見るに、気に入ってるみたいね。

 

 やっぱり私が見込んだ通り、十刃(エスパーダ)にはコーヒーがよく似合う!

 藍染もコーヒーを淹れてあげれば、あの会議だってもっと平和になってたと思うの。

 

『あの会議のシーン、誰も紅茶に手を付けていなかった気がしますな……ゾマリ殿くらいは飲むべきだったのでは!? キャラ的に!』

 

「文句があるのなら、お前は来なくても良いんだぞグリムジョー」

「なんだとウルキオラ! 俺だって来たくて来てるんじゃねえ!! ただ、コイツがいりゃ志波の情報を――」

「飽きねえな、アイツらも……」

 

 言い争いを始めた二人を、スタークがやれやれと言った顔で眺めています。

 

「暴れ出したら、スタークが止めてくださいね?」

「え、俺がかい? ……ま、美味い茶を淹れてくれた礼だ。そのくらいは協力するさ」

「というかスタークはサボりすぎなんだよ! ハリベルのことだって全然手伝わないし!」

 

 リリネットが声を上げました。

 そういえば十刃(エスパーダ)の序列としては、トップだものね。そのくらいの、協力というか誇りというか見栄というか、そういうのを見せたいのかしらねリリネットは。

 

「仕方ないだろ? 統率なんざ、俺にゃ向いてない。そういうのはリリネット(おまえ)に任せた」

「うー! スタークはいつもそうやって!」

「それにな、グリムジョーとウルキオラの面倒だって見てるんだぞ? ……一応は」

 

 一応!? ま、まあ……癖の強い二人だしね……

 

「けどそう言うってことは、ウルキオラとグリムジョーの近況について詳しいの?」

「まあな……けど、そんな言うほどのことは特にないぞ?」

 

 そう前置きすると、にらみ合っている二人にスタークは視線を向けます。

 

「ウルキオラは、しばらく前までは身体を休めていたんだが、最近になって修行みたいなことを始めたな。それと、少しだが表情が変化するようになったことくらいか?」

 

 へえ……

 さっきコーヒーの味を聞いたときもだけど、良い変化があったみたいね。

 最初の"休んでいた"っていうのは、身体が元の状態に戻るまで休息していたんでしょうけれど……修行ってことは多分、一護との再戦を意識しての行動よね?

 決着が納得いかなかったからってことで、再戦を約束してたし。

 

 でも下手に強くなられると桃が泣くから、ほどほどにしてあげて……

 あの子も一応、ウルキオラのことはライバル視してるんだから……

 

「グリムジョーは……ま、大人しくしてるよ。今のところは」

 

 但し書きがついたわね。

 内心では、海燕さんへの雪辱戦をやりたくてしかたないんでしょうね。でも、スタークが見張っているから大人しくしている、と……

 

『そのうち尸魂界(ソウルソサエティ)に来るのですかな?』

 

 でもノコノコやってきたら、隊長数人掛かりで押さえ込まれるわよ? その辺の分別はあるでしょうから、狙うとすれば海燕さんが一人で離れた場所にいる時とかかしら。

 

「話によると、死神に借りを返したいんだって?」

「ええ、まあ……色々とあったので……」

「……ま、せっかく縁が出来た仲間だ。もう少しくらい付き合ってやるか」

 

 ……?

 何か、スタークがちょっとだけやる気を出している……? なんで??

 

 

 

 

 

『ところで男子会のメンバーに、どうしてペッシェ殿とドンドチャッカ殿はおらぬのですかな? 女子会でも姿を見かけませんでしたが……』

 

 ……察して。

 

『あ、はい(……女子会など、嬉々として参加しそうでございますが……チルッチ殿が睨んだのでしょうか? 男子会はこのメンツですから、考えるまでも無く逃げたと分かりますが……)』

 

 

 

 

 

「なあなあ藍俚(あいり)、ちょっと良いか?」

 

 男子会も終わって、後片付けをしていたときでした。

 リリネットに呼ばれ、私は作業の手を止めて彼女に向き直ります。

 

「どうかしたのリリネット? お菓子のリクエスト?」

「あ、あのさ……」

「?」

「ロリとメノリにしたやつ、あたしもお願いしていいかな……?」

「……!?」

 

 予期せぬお願いに、思考が真っ白になったのを自覚しました。

 




●お茶会
茶を飲み駄弁りつつ、状況の整理をしている。

ところで、紅茶とコーヒー。
参加するならどっちが良い?

●カフェ・ブラックスター
特に意味は無い。ウルトラ的な意味も無い。

●ピカロ
なんとなく「スタークは最初からずっとNO.1だった」のイメージがありまして。
そのためピカロが破面になった時期も知ってて、教えてくれた。
(ハリベルは知らない。チルッチはお隣さんみたいなものだから少し知ってる)

という扱いにしています。
(この後、ハリベルたちも調べて知る)

(でもピカロは多分、私の実力ではマッサージ無理……)

●ペッシェとドンドチャッカが不在
この二人がいる状態で、ちゃんと話を進められる自信がありませんでした。

●リリネット
ちみっこ ほんとうに むずかしい
わたし しってる
でも がんばって もむ


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第282話 マッサージをしよう - リリネット・ジンジャーバック -

 突然のリリネットの言葉に、私はどうしたら良いのか分かりません。

 「ロリとメノリにしたやつ」って言ってるけれど、それって多分……アレ、よね? マッサージ、よね……?

 だってそれ以外に考えられないもの!

 

 でも、でもちょっと待って! 確認、一応確認しないと……!!

 

「リリネット、ちょっと確認させて貰っていい? ロリとメノリにしたやつって言うのは――」

「マッサージって言うんだろ? それを、さ……」

 

 知ってた! 間違ってなかった!!

 でもなんで、どうして!?

 こう言ったらもの凄く失礼だって分かっているけれど、リリネットって色気より食い気って感じの()じゃないの!?

 

 それがどうして、こんな風にモジモジと顔を真っ赤にしながらお願いしてるの!?

 

「ほ、ほら! 藍俚(あいり)はこの間からずーっと、ロリとメノリの世話してただろ? それでそのマッサージをしてから、二人ともなんかさ……素直になったっていうか……」

 

 そこまで語ったかと思えば、俯いて蚊の鳴くような小さな声で続きを口にしました。

 

「美人になったっていうか……だったら、あたしも……ちょっとくらいは、さ……」

 

 言いながら、自分の胸元をそっと手で押さえています。

 

 まさか、胸のサイズを気にしてるの!? ロリよりも小さいから……!?

 リリネットより下ってもう、破面(アランカル)だとネルちゃんくらいだから?

 その「有るか無いか」の慎ましやかな膨らみを、もう少しだけでもメリハリをハッキリさせたいってことなの!?

 

「そう……あ、でもスタークはこのことを知ってるのかしら……? 許可とかは?」

「スタークが!? アイツに言うわけないだろ!! ……知られるの、恥ずかしいし……うー、だからわざわざこうやって藍俚(あいり)が一人になったタイミングを見計らってるんだよ!」

 

 恥ずかしいから、スタークには知られたくないのね。

 可愛いところがあるじゃない。

 

 でもそれなら、怖い怖い狼さんは出てこないわけか。だったら問題なし。

 

「そっか、気がつかなくてごめんなさいね。その頼みは、勿論受けさせて貰うわ。ただ急なことだから完璧には出来ないけれど、それでもいい?」

「い、良いのか!? やったあぁっ!!」

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら、子供のように飛び跳ねて喜んでいます。

 しかし、こうやって改めて見るとリリネットって小さいわよね。

 ルキアさんと殆ど背の高さが変わらないくらい……目測だけど四尺六寸(142cm)ってところかしら?

 でも背丈は同じくらいでも、情緒面が……

 

 ま、なんとかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 スタークには知られたくないということだったので、場所を移動しました。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の空き部屋の一室を勝手に拝借、近場にあったテーブルの上へシーツを被せて簡易ベッドを作りその上で施術という、即席マッサージになってしまいました。

 ですがリリネットはそれでも良いと言ってくれました。

 

 ……どれだけスタークに気付かれたくないのかしらね。

 

「それじゃ、まずは服を脱いで裸に――」

「ぬ、脱ぐのか!?」

「――……ええ、そうよ? 素肌に直接施術をするから」

「うー……」

 

 難色をしめしていますね。

 と言っても、リリネットの今の格好なんて肌面積だけで言えば裸と同じようなもの。

 

 下は陸上競技の女性みたいな、ランニングショーツ。

 上は、一見すればぴったりと張り付いたレーシングトップみたいだけども、実は胸元が左右に開いていて、どっちかというと肌に張り付いたベストってところかしら。

 おまけに腿の半ばまであるロングブーツに、二の腕まであるロンググローブ。

 肩とかお腹とか腰回りとかは肌色が丸出しです。

 

 ……改めて見ると、攻めた格好してるわね。

 

「わ、わかったよ!」

 

 じーっと観察していたのを"急かされている"と感じて観念したのか、リリネットは服を脱ぎ始めました。

 とはいえ色気はありません。

 いそいそとブーツとグローブを外し、ベストとショーツも脱ぎ捨てます。

 

「こ、これでいいんだろ?」

 

 うん、ほとんど凹凸がないわ。

 むしろ元気いっぱいな少年って印象すら受けるくらい。

 

「ええ、じゃあこの上に寝そべって」

「こうか? ……わっ、冷たっ!!」

「準備不足なのはごめんなさい」

 

 肌に伝わる冷たさに驚きつつも、素直に俯せになってくれました。

 

「さて、それじゃ開始するわよ。痛かったら、教えてね」

 

 そう声を掛ければ、小さく首肯するのが見えました。

 それを合図に、まずは彼女の肩に手を当ててマッサージを――

 

「あっ、あははははははっ!!」

「えっ!?」

 

 ――ちょっと揉んだだけ……いえ、指を這わせたくらいなのに、リリネットが笑い出しました。

 その反応に驚きつつも、長年のマッサージで鍛えられた私の身体は動きを止めません。指先はそのまま彼女の肩から背中へと這い回っていきます。

 

「ご、ごめ……っ! く、くすぐったい……あはははっ!!」

 

 刺激から逃れるようにゴロリと半回転したところで、ようやくリリネットの笑いが止まりました。

 あと私の手も止まりました。

 

「あはっ……はぁ、はぁ……び、ビックリしたぁ……あんなにくすぐったいなんて……」

「私も驚いたわ。まさかリリネットがあんなに笑い出すなんて」

 

 これってつまり、肌が刺激に敏感ってことです。

 それともう一つは、身体が疲れていないということでもあります。

 肩や背中が凝っていないから、マッサージをしても気持ちよいとは思えない。それどころか、敏感すぎる肌が刺激を必要以上に強く受けてしまう。

 子供に肩揉みをしても、気持ちよく感じられないのと同じ理屈です。

 

「……困ったわね。このままだと、施術は難しいかも……」

「ええっ! そうなのか!? な、なあ藍俚(あいり)。なんとかならないのか!?」

「うーん……」

 

 マッサージオイル? アレは肌を敏感にする効果があるから、今回は無理です。今のリリネットに必要なのは、鈍感にする効果の方だからね。

 ……なんだか、どこかで「がーんっ!!」って泣き声が聞こえた気がするわ。

 

 とはいえ、そうなると……

 

「……我慢して」

「え……ええっ!?」

「くすぐったくても我慢して! 私もできるだけ刺激を弱くしてみるから! ロリやメノリみたいな変化、したいんでしょう!?」

「あ……ああっ! あたし頑張るよ!!」

 

 力押ししかありません。

 勢いで押し切って、マッサージを再開します。

 

 とはいえ。

 

「……ぅっ! ……く……っ……! うぷ……っ……!」

 

 背中から腰を撫でるたびに、リリネットの肩が震えています。

 口からは"ぷすぷす"と笑い声も零れ出て、なんとなく集中できないんですよね。

 はぁ……力も全然入れられないから、肌の具合もよく分からないし。

 

 しかたありません、このまま事務的に――

 

「ひゃっ!!」

 

 ――あら?

 リリネットのお尻を撫でた途端、なんだか今までとは違う声が聞こえました。

 身体と同じで、全然お肉がついてないスレンダーすぎる健康的なお尻です。別に撫でたところでそんな反応を見せるとは思えない……

 

「あひゃひゃ! ちょ、ちょっと待って藍俚(あいり)!! ストップストーップ!!」

 

 あらら、また逃げられちゃいました。

 

「……止めておく?」

「~~~~~っ!! やるっ!!」

 

 そんなこの世の終わりみたいに悩まなくても良いのに……

 

「じゃあ、もう一度……」

「ひゃあああっ!!」

 

 嘘でしょ!? ちょっと撫でただけよ!?

 あ、触った感じは薄かったです。

 

「やっぱり、止めておく?」

「……うん」

 

 悔しそうに頷きました。

 でもリリネットって、そんなにお尻が弱いのかしら……? 何かお尻が弱点になるようなことが……

 

 ……あっ!

 そういえばスタークがリリネットのお尻をゴリゴリやってたわよね!!

 そんなシーンがあったはず!! まさかそれが原因で!?

 

 ……スタークも罪な男ね。

 

「じゃあ次は仰向けになって――そうそう、それじゃ続きをやってくわよ」

「ん……っ……」

 

 今度はお腹と腰回りからです。

 この辺も、すっきりと引き締まっているというよりも肉付きがなさ過ぎる感触ですね。

 せめてもうちょっとお肉がついて、異性の視線を惹くようになってね。

 

 リリネットもこっちはまだ我慢できるみたいで、奥歯をグッと噛み締めながら唇を真一文字に結びながら耐えています。

 こうやって懸命に堪えて声を上げないようにしている姿は、ドキッとします。

 

「それで、最後は胸よ」

「おうっ!?」

 

 胸元に手を当てると、僅かに鼻に掛かったような声が出てきました。

 あら? これってひょっとしたら……

 

「リリネットも女の子だものね。もう少しくらいは、色っぽくなりたいわよね?」

「ん……っ……! あっ、ああ……っ……!」

 

 そう説明しながら、手のひら全体を使って胸回りを撫で回していきます。

 こちらも肉付きが薄くて、ぺったんこ。掴むどころか指を押しつけるのがやっとの弾力しかありません。

 ですが真っ白い肌は急激に赤く染まっていき、口の端からは可愛らしい吐息が漏れ始めました。

 

「ああ、なるほど。このくらいの力加減だったら……」

「ふああぁっ……!!」

 

 脇の下辺りからお肉を引っ張ってきて、中央まで寄せて上げるように意識しながらマッサージを続け、要望にあった胸が大きくなるように何度も揉んでいきます。

 ゆっくりと、力強さと繊細さを織り交ぜながらマッサージをしていけば、手の平に固い物が擦れるような感触を感じ始めました。

 手の中の小さな小さなお山(おっぱい)

 その山頂をよく見れば、小さな粒が真っ赤になりながら必死に顔を覗かせています。

 

「やっ……! だ、駄目……っ! 藍俚(あいり)、ちょっと待……っ!! あたし、なんか胸……変……ッ!!」

 

 どうやらリリネットも気付いたようです。

 身体の変化に戸惑い、そしてお山(おっぱい)の先の方からの刺激をどうやって受け止めたら良いのか分からないのでしょう。

 マッサージを止めるように懇願してきます。

 

「大丈夫よ、それは普通のこと。ただの反応でしかないんだから」

「嘘、絶対にそれ嘘……ッ!!」

「本当よ? ロリもメノリも、こんな感じだったんだから」

 

 ですが、ここで止めるわけにはいきません。

 最初に理由に使ったロリとメノリの名前を出して、リリネットの逃げ道を封じます。

 

「あの……ふ、二人ッ! ……も……っ!?」

「ええ、それにもう終わるから。もうちょっとだけ耐えて」

「が、がんば……んふぅぅぅっ!!!!」

 

 終了の合図代わりに、ちょっと指先で強めに摘まみ上げます。

 リリネットは体中をゾクゾクと震わせながら、一際甲高い声を上げました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「うー……これ、本当に効果があるのか?」

 

 マッサージ終了後、我に返ったリリネットは自分の胸元をペタペタと触りながら疑問の声を上げます。

 

「リリネットの場合、ちょっと身体が小さいからね。大きくなるのにも時間が掛かるの」

「そっか……残念……」

 

 しゅんと項垂れたかと思えば、続けて呟きます。

 

「もう少しくらい、強くても良かったのか……」

「……?」

 

 ……今のって、どういう意味だったのかしら……?

 




●リリネット
「リリネットが本体」説、割と好きです。

「弱くなりたい。それが無理ならせめて俺と同じくらい強い仲間を――」と原作(43巻)でも言ってたことから。

・強い仲間 ⇒ スターク(本体が、力の殆どを与えて生み出した)
・弱くなる ⇒ リリネット(自分は、ツルペタ幼女になりたい)

という形で、望みを叶えた。みたいな解釈ですね。
(ですので、そのノリ(解釈)が話の中に微妙に混ざっています)

(『ツルペタ幼女になりたいと願うのは仕方の無いことでござるよ(うんうん)』)
(「銃の姿の時にスタークにお尻を擦られてたのも、内心は大喜びで癖になったのね」)


●マッサージ
うまく でき なかた
くやし です


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第283話 あいりん×あいりん

『まるでどこかのハンター漫画のようなタイトルでござるよ!!』

 

 きゃあああっ!!

 び、ビックリしたぁ……まさか第一声が射干玉から始まるなんて……

 時々あったけど、今回は完全に油断してたわ……

 

『ちなみに現在(2024年2月時点)、まだ完結しておりません』

 

 アレまだ終わってなかったの!?

 ……まあ、仕方ないか。ずーっと休載してたし……

 そういえば現世でジャンプが売ってたけれど、この世界でもハンター漫画って掲載されていたっけ?

 なかった気がするけど、たまたま休載してただけなのかしら……?

 

『ところで藍俚(あいり)殿、今は一体何を? 厨房にいることは分かりますが……そのタマゴやら小麦粉やらは……?』

 

 今? 今はね、四番隊(ウチ)の調理場を借りてお菓子の練習中なの。

 ほら、前にネリエルから「フルーツが良い!」ってリクエストを受けたでしょ? だから、試作してみようって思って。

 

『なるほど! ではそのタマゴを使うわけですな!!』

 

 そういうこと!

 

「ま、やってみましょうか」

 

 現在は業務時間中なので、他の隊士の子たちも働いています。

 色んな子たちの注目の視線を浴びています。

 

『それはつまり、隊長自ら仕事をサボっているわけで……』

 

 この後、みんなに食べさせて口止めさせておくから大丈夫。

 ということで。

 

 卵とグラニュー糖を泡立てて、そこに小麦粉を加えて混ぜて――

 

「くんくん、くんくん……」

「なんだか美味しそうな匂いがする……あまーい、あまーい……」

 

 ――あら? なんだか、観客の数が増えてるわね。

 具体的には二人。それも女性。

 それも四番隊(ウチ)の隊士じゃない二人が。

 

「……あれって……」

 

 思わず手を止めて二人を見つめます。

 すると私の視線に二人も気付いたようで、ものすごい勢いで近寄られたかと思えば一瞬にして挟まれました。

 

「あーっ! あいりんまた何だか美味しそうなの作ってる!!」

「ねーねー、あいりんそれなに!? 取材! 取材させて!!」

 

 うわ……ステレオで喚かれるのってちょっと頭が痛くなるわね……

 周りにいた四番隊(ウチ)の隊士たちも、この二人のかしましさに食傷気味なのか、ちょっと距離を取っています。

 

 裏切り者!! ……とは言えないわよね。私も逆の立場だったら、こっそり逃げてそうだもの……

 

 あらかた予想は付いたと思いますが。

 忍び込んでいたのは、十二番隊の草鹿三席と九番た――もとい、URSE記者の久南さんです。

 

(ましろ)殿は死覇装も着ていますが、書類上は死神ではありませんからなぁ……ただ拳西殿の近くをウロチョロしているだけの自由人でござるよ』

 

 本当にね……なんで許されているのかしら……?

 

「これ? これはね、果物を入れた甘いオムレツなのよ。ちょっと要望(リクエスト)があったので、試作してみているところ」

「甘いの!?」

果物(フルーツ)!?」

 

 二人の目が同時に輝きました。

 

「「食べたい!!」」

 

 と、二人は異口同音すると――

 

「「……!?」」

 

 ――再び同じタイミングで顔を合わせました。

 

「ねえ、あなた誰?」

「あたし? あたしはね草鹿やちるって言うの。あいりんのお友達だよ! あなたは?」

「あたしは久南(ましろ)! あいりんの親友で、URSEなのだ!!」

「なにそれすっごーい!!」

 

 あ、久南さんの役職名に草鹿三席が食いついたわね。

 

『というか二人とも、藍俚(あいり)殿の呼び方が被っているでござるな』

 

 そうなのよね……

 

「そーだあいりん!! 柿、柿は!?」

「柿?」

「もー、忘れちゃったあ!? ほら、前に拳西たちと飲んだときに言ったじゃんかあ!! ローズのところの干し柿が食べたいって!!」

「柿!? 柿が入ってるの!? じゅるり……」

 

 言ってましたけど……ええ、言ってましたけどね……

 

「ごめんなさい、今回は用意していないの。特に考えてもなかったから」

「ええーっ! そうなのー!?」

「あいりんのいじわるー!!」

 

 どっち!? 今どっちが言ったの!?

 草鹿三席の口から流れ出ていた涎が一瞬で引っ込んだのは分かったんだけど。

 

「また今度ね。それに干し柿を使うとなると……クリームチーズとか……?」

「「何それ美味しそう!!」」

 

 あ、ちょっと案を出しただけで一瞬にして機嫌が直ったわね。

 

「仕方ないなあ! じゃあそれはまた次の機会にしておくね!!」

「うん! やくそくだよ!!」

 

 約束、した覚えはないんですけどね……

 そう言うと二人ともどこからか椅子を持ってくると、それに座って私の作業を眺めて――

 

「あの、お二人とも? どうしてそんなにじぃーっと見ているんですかね?」

「だってぇ、ここならあいりんのお菓子が出来たのすぐにわかるでしょ!?」

「そうそう! 出来たら一番最初に食べてあげるからね!」

 

 予想通り、食べる気満々だわ!

 

「それにあたし、URSEだよ? あいりんの新作のことも瀞霊廷通信でちゃーんと紹介してあげちゃうよ!? だから(ましろ)には食べる義務があるの!」

「あっ、だったらあたしも!!」

 

 思い出したようにそれっぽいことを言い出し始めた!

 久南さんは確か、現世の紹介を記事にするとか言っていた気がするんだけど……?

 

藍俚(あいり)殿……もう諦めた方が……』

 

 みたい、ね……野良犬にでも噛まれたと思って諦めましょう。

 そうしている間にも準備は着々と進め、焼いた生地の上に生クリーム塗って、果物を並べて形を整えれば――

 

「とりあえず、こんなところかしら?」

「できた!?」

「じゃあさっそく、あたしが味見してあげるね」

 

 うわ、手が早い……

 アッという間に取られたわ。

 

「ん~……甘くって、ふわふわ~……」

「うわぁ……何これ何これ!?」

 

 小さめに分けていた事もあってか、二人とも一口でペロリと食べてしまいました。

 もぐもぐと咀嚼しながら、蕩けそうな顔をしています。

 

 ……仮にも味見って言うのなら、もうちょっと感想とかはないのかしら?

 一応これ、外側の生地厚くしてふっくらするように気をつけたつもりなんだけど……そういう意見は……?

 

「おかわり!」

「あ、待って! 悪いんだけどこれってまだ試作品なの。だから一人一口までしか作ってない――」

「ええーっ! 駄目だよそれえ! もっとたっくさん作らないと!!」

「そーそー! しさく? だからって、手抜きはめっ! ちゃーんとお腹いっぱいになるまで作ってよー! ねーねーあいりーん! お願い!!」

 

 ……泣いていい?

 

『お上にも情状酌量の余地はあると思うでござるよ』

 

「みんな、ごめんね。また今度作るから」

 

 四番隊(ウチ)の子たちに頭を下げて謝ると、みんな仕方ないといった表情で不承不承離れていってくれました。

 二人はそれが「もっと食べて良いよ」という合図と勝手に受け取ってくれたようで、食べる手を再開します。

 

「もう食べながらで良いから、一つだけ聞かせて。どうしてお二人とも四番隊に?」

「……え? なんであいりんの所に……?」

「あたしはね! あいりんが何だか美味しそうな物を作ってる予感がしたの!!」

 

 うん、草鹿三席はそんなところだと思ったわ。

 今までも時々、そうやって野生の勘みたいな理由でお菓子をたかりに来ていた物ね。

 でも久南さんはなんだか首を捻ってます。

 

「あとね、剣ちゃんに美味しい物を持って行ってあげようって思って」

「更木副隊長に? そういえば卍解の修行をしていたはず……」

「そうなの! でも剣ちゃんいっぱい大変だから、差し入れ!!」

 

 差し入れ、ねぇ……

 

『(あら……? 確か、更木殿の卍解はアレで……鍛錬のレベルだとしても、やちる殿が消えてしまう……いや、再度具現化すれば問題ないですが。となるともう具現化は平気で行っている? ……そういえば時々藍俚(あいり)殿に治療をお願いしに来ましたが、アレはそのときの傷……? 卯ノ花殿による厳重な管理の下で行ったとしても……)』

 

「それでねそれでね! 剣ちゃんがちゃーんと卍解できるようになったら、あいりんと斬り合いしたいって!!」

「えええぇっ!?」

 

 無邪気な笑顔で、爆弾発言が飛び出しました。

 

「じょ、冗談ですよね……?」

「んーん、違うよ。約束だよ!」

 

 約束……えっ、いつの間に!?

 卍解ってアレですよね!? 時々怪我を治しにきているアレ! あの傷だけでも何となく想像は付くとはいえ、更木副隊長が"あんなこと"になるような性能を私に受けろと!?

 

『(ちゃーんと……つまりはアレを完全制御できるまで……いえ、更木殿のことですから"全力で暴れ続けても平気なくらい"という意味でしょうな……その場合藍俚(あいり)殿は、本気(虚化)全力(刀剣解放)かつ真剣(卍解)になれば……なんとか生存"だけ"は出来そうですな……)』

 

「あっ! そうだった!! あいりんのところに取材に来たんだった!!」

 

 油断していたところで久南さんが声を上げます。

 それ、つまみ食いしたいだけの方便じゃなかったのね……




●今回の二人
あだ名が被ったので(いつぞや予告したように)まとめました

ただこの二人……上手く差別化ができないんですよ……
気がつくと(ましろ)がやちるに引っ張られてしまって(口調とか性格とか)

(原作で「もうやだー! おなかすいたー!! おはぎたべたいー!! まわりにきなこついてるやつー!!」とダダを捏ねているので、同じ扱いでも良い気がしますが)


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第284話 マッサージをしよう - 草鹿 やちる & 久南 白 -

「取材?」

「うん、そうだよ」

 

 取材……ねぇ……?

 

「でも久南さん、現世について取り上げるって話だったような……」

「大丈夫! あいりんは現世のお菓子とかも作っているから、ちゃーんと現世のことを紹介する記事になってるのだ!!」

「そ、そう……なの……?」

 

 ふと浮かんだ疑問を口にすれば、そんな妙な理屈で押し切られました。

 

「でもどうせなら、最初はあいりんのマッサージについて取材しておこうと思ったの」

「……へ!?」

 

 び、びっくりしたわ。思わず変な声が出ちゃった。

 

「久南さん……? なんで……??」

「え? だってあたしまだ、あいりんのマッサージって受けたことないし」

 

 そうだったかしら……えーっと……

 …………あら、本当だわ。そういえば、久南さんってまだだったのね。

 リサは揉んでいたし、そうでなくてもあの頃は大体の女性死神をマッサージしていたから、久南さんも揉んだと思い込んでいたみたい。

 

「あの頃のあいりんの手作りお菓子、本当に美味しかったんだもん! だからマッサージとかいらないって思ってたんだ。でも九番隊でもあいりんのマッサージが話題になってたから、あたしも受けなきゃって思って」

「えーっ、なにそれなにそれ!」

 

 久南さんの言葉に興味を惹かれたのか、草鹿三席が食いついてきました。

 

 でもね久南さん。

 取材して記事にしても、もうみんな知ってると思うわよ? 知らない死神の方が少ないと思うの。

 だからおそらくだけど、自分が流行の波に乗り遅れていた不満からこんなことになったんでしょうね。

 

「やちるん知らないの!? あいりんのマッサージを受けると、美人になるって評判なんだよ?」

「ましましそれ本当!? だったらあたしもやるー!!」

「いいよ! それじゃあ、一緒に受けちゃおう!!」

 

 ……知らない間に、二人が何やらそれぞれにあだ名を付けてました。

 "やちるん"と"ましまし"ねぇ……

 

 やちるんの方は、久南さんらしい名付けよね。

 一方のましましって……あ、でもそういえばネムさんを"ねむねむ"って呼んでたわね。となるとこの呼び方も普通の範疇……なのかしら……?

 

 ……じゃないわよ! まさか、草鹿三席にもマッサージしなきゃいけないの!? 幼女は大変だって少し前に痛感したばっかりなのに……!!

 

「えーっと……久南さん、まさか今からマッサージしないと駄目なんですか?」

「うん、そうだよ! だから取材に来たの!」

「アポとかは……?」

「……? なにそれ??」

 

 平然と言われました。

 アポは無いけど、用はあるってこういうことかぁ……やられる側は迷惑極まりないわね。

 

「ねーねーあいりん! はやくはやくーっ!」

「取材取材取材ーっ!!」

 

 気がつけば両手を掴まれ、おねだりされています。

 まるでダダを捏ねる子供とその母親みたいな構図ですね。

 

 これってもう……諦めた方が良いわね……

 うう……気晴らしと慰労を兼ねてお菓子作っていただけなのに……まだ業務時間中なのに……午後の仕事もあるのに……

 

「もう! わかったわかりました。その施術、今から二人に行いますから手を離してください!」

「わーい! わーい!」

「やったあ!!」

 

 不承不承頷けば、二人とも諸手を挙げて喜んでいました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「最初に断っておきますけれど」

 

 場所を炊事場から隊首室へと移動し、簡単にマッサージの準備を整えたところで、私はそう切り出しました。

 

「急な依頼だったのと、取材の為の体験ということ。それから二人同時に施術するということで、一人一人にはそれほど念入りなマッサージは出来ません……それでいい?」

「うん、わかったあ!」

「へーきだよ!」

 

 二人とも返事だけは良いんですよね……

 

「はい、じゃあ服を脱いで。脱ぎ終わったら、そこに寝てください」

「はーい!」

「おー!!」

 

 私の指示に従って、躊躇うことなく久南さんと草鹿三席……もう心の中での呼び方は草鹿さんでいいわよね? ――は死覇装を脱ぎ捨てました。

 

 草鹿さんは、見ての通りの子供体型です。

 凹凸が殆ど見られない代わりに、身体全体から活力が漲っていますね。肌も白くて本当に柔らかそうです。見ているだけでぷにぷにしているのが分かります。

 

 久南さんも、凹凸は少なめです。ですが胸元には小さいながらも確かなお山(おっぱい)が膨らんでいました。浅いながらも谷間もしっかりと確認できます。

 肉付きの薄い身体の中で、小さなお山(おっぱい)だけがふるふると震えながら自己主張しているようです。

 

 そしてどちらにも言えることだけど、健康優良児の身体って感じですね。

 二人とも元気いっぱいの身体をしています。

 

「じゃあまずは、久南さんから」

「えー! ましましからなの!?」

「そんなに時間は掛からないから待ってて――」

「あはははは! 何これ何コレえ!?」

 

 草鹿さんの不満に答えつつオイルをトロリとお腹へ垂らしたところ、そのぬるぬるとした感触が面白かったようで。

 久南さんはオイルに手で触れると指先でぬるりとした粘液をオモチャの様に弄び始めました。

 

「うわあ、ぬるぬるしてる……! でも、何だか面白ーい!」

「ああっ! いいないいな!」

「はいはい、遊ばないでね。取材なんでしょう?」

「……あ、そっか」

 

 神妙な面持ちで呟きましたが、人差し指と親指の間には粘液の橋が出来ています。それを名残惜しそうに諦めながら姿勢を元に戻しました。

 

「それじゃあ力を抜いて、じっとしててね」

「は~い」

 

 まずはオイルを末端部分から塗り広げて、それと同時にマッサージをしていきます。腕から肩、それが終わると足の裏から太ももの順番で、手早く行っていきます。

 マッサージを受けている間、久南さんは目を閉じて気持ちよさそうな表情を浮かべていました。

 

「ん~……極楽極楽……噂通り……暖かくて、きもちいい……」

 

 身体の疲れが取れていく快感を、じっくりと噛み締めているのでしょう。

 

 ……そろそろいいわよね。

 

「それじゃあ、次の場所ね」

「……ッ!?!?」

 

 オイル塗れの手でお山(おっぱい)を掴んだところ、久南さんの身体がビクンと大きく跳ね上がりました。

 小さく息を呑む声が聞こえて、それまで弛緩していたはずの表情も一転、目を丸くしながら私のことを見ています。

 

「ああああああいりん!? そこ、おっぱい……だよ……?」

「ええ、そうよ。久南さんも女の子なんだから」

「えっ……! おかしいのってあたしなの……!?」

 

 顔を真っ赤にしながら「おっぱい」と口にして、精一杯の抗議をしてきます。

 ですがそんなものどこ吹く風というように断言しながら、私は胸周りのマッサージを続けます。さらに小声で抗議をしてきましたが、聞く耳は持ちませんよ。

 

「……ふぁ……っ……!」

 

 先ほども言いましたが、小さめではあるものの谷間が出来る程度には膨らみのあるお山(おっぱい)です。

 具体的に仮面の軍勢(ヴァイザード)で例えると、猿柿さんよりも大きくてリサよりは小さいといったところですね。手の中にすっぽりと収まってしまうくらい。

 なだらかな膨らみに手を当てて、ゆっくりと揉んでいきます。

 

「こうやって身体の中の流れを整えてあげると、大きくなるの。だから、くすぐったくてもガマンガマン」

「くす、ぐったい……わけ、じゃ……~~!!」

 

 ぬるぬるとしたオイルをお山(おっぱい)全体へ塗り込んでいきながら、ゆっくりと円を描くように指を動かしていきます。

 あまり重さを感じないものの弾力は強めで、お山(おっぱい)に食い込む指先を押し返してきます。小さなゴム鞠みたいですね。

 手の平全体でゆっくりと撫で回していくと、敏感な肌がゆっくりと上気していくのがわかります。

 ねっとりとしたオイルの感触と指で揉まれていく感触に耐えようと、久南さんは手足にぎゅっと力を入れて無意識に堪えようとします。

 

「あら、力を抜いてって言ったでしょ?」

「ひゃんっ!」

 

 胸元をマッサージする手を一瞬止め、片手を首筋に這わせて擽すぐります。

 突然の刺激に久南さんは背筋がビクッと跳ね上げたかと思えば、潤んだ瞳をこちらに向けてきました。

 

「ふぅ……こ、こんなの……はぁ……むりだよお……」

「はいはい、もう少しで終わるから」

「ひゃ……っ……!!」

 

 額にじっとりと汗を滲ませながらの訴えですが、止めることは出来ません。

 だってこれは取材ですからね。記者の方には一通り体験して貰わないと。

 なので、マッサージを続行です。

 

 小さなお山(おっぱい)を両手一杯に包み込んで、たっぷりと時間をかけて形を変えて整えていきます。

 指を動かせばぷるぷると弾んで、そのたびに久南さんの口からは切なそうな嬌声が漏れ出ていきます。

 だらんと伸びた手足が時折ぞくっと震えたかと思えば、小さなお山(おっぱい)の頂がぷっくりと膨らみ始めました。

 お山(おっぱい)のサイズに比例した、小さな薄桜色をした膨らみです。

 

「…………んっ……」

 

 久南さんが背筋を反らして自分から胸元を手のひらに押しつけようとしてきました。

 無意識かそれとも意識してなのかは分かりませんが、一瞬だけ漏れた切なそうな声から判断するにおそらくは――

 

 

 

「はい、こんなところかしらね」

「……え? ええええええっ!!」

 

 ――といったところで、私は手を放して終了を宣言します。

 続いて聞こえてきたのは不満と文句に満ちあふれた悲鳴でした。

 

「あいり~ん、もっとぉ……もうちょっとだけ、ねえってばあ……」

「駄目です。最初に"時間は短め"って言ったでしょう?」

「うー……あいりんのイジワルー……」

 

 ぷくーっと頬を膨らませながら上目遣いに文句を言ってきます。

 そこだけ見れば、可愛いんですけどね。けれど、これ以上は駄目です。

 試作品といえども、食べ物の恨みは恐ろしいんですよ?

 

 それにしても久南さん、自分が何を言っているのか気付いているのかしら?

 今までは「色気よりも食い気、楽しいこと最優先!」みたいな()だったのに、ちょっとだけ色を覚えちゃったみたい。

 

「さてと……草鹿三席、お待たせしました」

「うん、お願い!」

 

 軽く手を洗って汚れを落としてから、草鹿さんに向かいます。

 

 ……この子、隣で久南さんが何をされたか見ていたはずなのに全然動じないわね。

 ロリとメノリなんて、お互いがこっそり覗き見しながら自分を慰めていたのに……

 

「ねえねえあいりん?」

 

 そんなことを思い出していると、声を掛けられました。

 

「あたしもあいりんみたいに、ぼいんぼいーんになれるかな?」

「え……?」

「だって、さっきましましのおっぱいがおっきくなるって言ってたでしょ? それに見てたけど、すっごく効きそうって思ったから!」

 

 なるほど……草鹿さんもそんなことを気にするのね……

 正直に言って、意外でした。もっとこう「剣ちゃんの~~」みたいな事を言うのかと思っていたので。

 とはいえこの体型で胸を大きく、かぁ……

 

「……努力はしてみますね」

「おねがーい」

 

 可愛らしくお願いされてしまいました。

 

 さて草鹿さんですが、先ほども述べた通り幼児体型です。

 多分、私がマッサージをしてきた中でも一番の小柄。なにしろ身長だけ見ても三尺六寸(109cm)ですからね。

 用意した簡易な寝台(ベッド)の上に寝ていますが、それすらも大きく見えるほど。

 見た目にそぐわない柔らかそうな気配が、見ているだけでも伝わってきます。

 

「それじゃあ、まずは……」

 

 久南さんのときのようにオイルを広げようとしたところ――

 

「きゃはははっ! くすぐったーい!!」

「あ、ごめんなさい」

 

 ――こそばゆい刺激を受けて、草鹿さんが笑い出しました。

 

 いけないいけない、落ち着きなさい私。

 何のためにリリネットで失敗したと思っているの? あの経験を無駄にしちゃ駄目! 幼女をマッサージするときの力加減は覚えたはずでしょ!?

 

 軽く深呼吸をして息を整え直してから、再挑戦です。

 

「いきますね」

「うん」

 

 あのとき覚えた絶妙な力の入れ具合を反芻しながら、マッサージを始めました。

 本当に触れるか触れないか程度を意識しつつ、身体をほぐすだけの最低限必要な力を込めながら揉んでいきます。

 

「どう?」

「んん~……うん! これなら平気みたい!」

「そう。じゃあこれくらいの力加減で行くわね」

 

 よかった……お気に召して貰えたみたい。

 ホッとしつつも気を抜くこと無く、マッサージを続けていきます。

 

 ですが、その……なんと言いますか……すごいわね、この肌……

 どこを触ってもスベスベでぷにぷにだわ……本当に、赤ちゃんみたいな肌……

 柔らかいのに弾力があって、指先を押し込めばどこまでも潜っていくんじゃないかって錯覚しそうなくらい。

 ぷにぷにの腕も脚をマッサージしてリラックスさせたところで、次はお山(おっぱい)です。

 

「草鹿三席、それじゃあいよいよお待ちかねのおっぱいですよ?」

「うんっ!」

 

 胸元にオイルを垂らして広げながら揉んでいきます。

 ですが当然というべきか残念というべきか、お山(おっぱい)の膨らみはありませんでした。

 肩からお腹までの間も同じく、特にこれといった凹凸もないまま。私の手はスムーズに動いていきました。

 柔らかさもお腹と同じです。

 特筆するまでもないというか……

 

 と、いけないいけない。

 だからって手を抜いて良い理由にはならないわよね。

 草鹿さんのご希望通り、おっぱいの周りを丹念に揉んでいきます。大きくなあれ、大きくなあれと願いを込めながら。

 

「……ひゃあんっ」

 

 何回か撫で回してたところで、草鹿さんの口から今まで聞いたことの無いような色っぽい声が上がりました。

 あまりに意外な声色に、思わず私も手を止めてしまいました。

 

「くすぐったいよぉ、あいりん~」

「あ、ごめんなさい」

「でもでも、これがおっぱいが大きくなる感覚なんだよね? だからあいりん、もっとやって!」

「え、ええ……」 

 

 もっと、ねぇ……

 

 ……それって、久南さんみたいなことになるかもしれないってことよね?

 

 そうなると、最悪更木副隊長が殴り込んでくる可能性があるかもしれないってこと?

 

「でも今回は体験だから、控えめにしてくわね」

 

 ぷにぷにの肌を二回だけ揉んだところで、切り上げました。

 ……弱い私を許して……

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……おっぱい、大きくなったかなぁ……?」

「えーとえーと……記事……うーん、果物……じゃなくて、ふわふわの記事……じゃなくて……おっぱ……じゃなくて!」

 

 マッサージも終わり、二人は元の姿に着替え終わりました。

 草鹿さんは自分の胸をぺたぺたと触りながら、感触の違いを必死に探しています。

 久南さんは自分で言った通り記事にしようとしていますが、思い出すのはお菓子のことばかりみたいですね。

 ああ、そうそう。今のうちに注意しておかないと。

 

「二人とも。今回は特別に施術はしたけれど、次からはちゃんと予約してくださいね。じゃないと受け付けません」

「「はーい」」

 

 返事は良いんですよね……返事だけは……

 そう思っていると、草鹿さんがやってきました。

 

「あのねあいりん! 今から剣ちゃんのところに行ってくる!」

「更木副隊長のところに? またどうして?」

「なんだかあたし、今凄く調子が良いの! だから、剣ちゃんにもおすそわけ!!」

 

 お裾分け……?

 元気のお裾分け、ということかしら……??

 でも、なんだかニュアンスが違うような気もするわね……どういうこと???

 

「えへへ、待っててねあいりん! 今度は剣ちゃんと一緒に来るから!! そのときはちゃーんと剣ちゃんの相手をしてあげてね」

 

 ……えっ……!! 今なんて言ったの!?

 去り際にとんでもない爆弾発言を投げ込まれました。

 

 ……まさか卍解が……卍解で挑まれるの……!?

 

「どうしよう……」

 

 草鹿さんが去った後の空間に向けて、呆然と呟くことしかできませんでした。

 




刀に、油を塗って、手入れをする。

●久南(ましろ)
36巻(六車たちの過去)で、胸元をはだけながら涎垂らして寝てるシーン。
アレが一番おっぱいの参考になりました。

……そういえば、(ましろ)には妹の久南ニコ(技術開発局)もいることに今気付きました。
妹からマッサージのことを聞き、しかも妹は既に体験済みと知って慌てて自分も受けに来た。
みたいな理由もアリだったかな? と思いましたが、気付かないことでこの問題を回避します。
なぜならニコを揉む際のネタが何も無いからです


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第285話 護廷十三隊侵軍篇? アイツは良いやつだったよ……

「ああ、湯川隊長。お待ちしていましたよ」

「どうも学院長。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」

 

 真央霊術院の来賓室へと入るなり、学院長が頭を下げながら挨拶してきました。

 どうやら私が来るのをこの部屋で待っていたらしく、こちらも頭を下げつつ挨拶を返します。

 

「いえいえ、来訪予定時刻ぴったりでしたので……ああ、どうぞ。お掛けください」

「はい、失礼します」

「では私はこれで」

 

 席を勧められて腰掛けたところで、案内役を務めていた教師が退出していきました。

 霊術院内なんて私一人で――それこそ目を瞑ってでもどこにでも行けるくらい熟知していますが……今の私は一応部外者です。なので形だけでも案内役は必要なんです。

 

 ――と、そんな細かい事情はどうでもいいですね。

 お互い忙しい身の上ですし、とっとと本題に入ってしまいましょう。

 

「今回は、突然の無理なお願いを聞き入れて頂きまして誠にありがとうございました」

「いえいえ、その辺の事情は三ヶ月前に重々お聞きしています。それに霊術院側としても、それが仕事ですから」

「本当ならば私が直接教導できれば良かったんですけど……」

「湯川隊長は四番隊の業務もお忙しいですから、仕方ありませんよ。まあ霊術院(こちら)としても、十年前までのように特別講師として定期的な講義をお願いしたいという気持ちもありますが……」

 

 そこまで話を広げかけたところで、ハッと気付いたように学院長は頭を掻きます。

 

「おっと、申し訳ない。つい無駄話をしてしまいました。ご依頼の件ですが、書面で通知した通りです。いやいや、彼女は優秀ですね。死神としての基本的な技能は既に持ち合わせていましたので、主に知識面を補完しました。三ヶ月という短期間での促成栽培ではありましたが、一人前と判断するには十分すぎるほどですよ」

「そうでしたか」

 

 私からすれば知っていたことの再確認、といった所でしょうか。

 彼女(・・)なら、そのくらいは出来て当然の出自ですからね。

 ある意味で予想通り、当然の結果に満足しながら頷いていると、部屋の扉がノックされました。

 

「失礼します」

 

 ノック音に少し遅れて聞こえてくる声。

 その声を耳にしながら、三ヶ月ほど前のことを――藍染が倒され一護が意識を失った後のことを、彼女(・・)と出会った事件のことを思い返していました。

 

『というわけで、回想シーンに入るでござるよ!! つまり、もう始まってるどころか完結済み! 先ほどまでの会話シーンはオチの部分の早出し先出しというやつでございます!! 未来はもう決まってしまってひっくり返すのは不可能ということでござる!!』

 

 全部、射干玉が言っちゃったわね……

 ……え、えーっと……それでは回想シーン、どうぞ!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「はい、そろそろ今日の作業は終了よ。仕掛かり途中の物はちゃんと全部済ませて、終わったところは最後にもう一回確認してね。じゃないと現世にどんな影響が出るか分からないんだから」

 

 夕日が地平線に半分ほど身を隠したところで、作業中の死神たちに向けて声を掛けます。

 これが終われば今日の仕事が終了ということもあってか、みんなラストスパートを掛け始めました。

 

 現在、私たちは現世に来ています。そこで転界結柱や藍染たちの激戦やらの後始末をしています。

 大変な作業なんだけど、この対応をしないままだと現世に変な影響が出ちゃうからね。

 なので不具合対応のために、鬼道が得意な死神を集めて後始末を頑張っています。

 何故か私が現場の総監督を務めていますが、四番隊は支援も担当なので仕方ないんです。こういった作業は十二番隊が主軸となるハズなんですが、仕方ないんです。

 

 ……この事情、以前にも言った気がするわね。無駄だったかしら……?

 

『いやいや藍俚(あいり)殿! 大事なことは二回言う!! これは大事でござるよ!!』

 

 そう、よね……

 

『あとこれは回想シーンですからな! 簡単にでも良いので"こういう事情です"と説明するのは大事なことでござるよ!! 何しろ認識度合は個人によってムチムチプリンでございますからな!!』

 

 ……個人でまちまち、ね。一応ツッコんでおくけれど。

 

 えーっと、どこまで話をしたかしら……?

 ああ、そうそう。現世で激戦の後始末をしていたって話よね。

 後始末の作業だけど、全体の進捗は予定の半分を過ぎたくらいってところかしら。でも今日の作業はもう終わりなの。

 

「はい、全員揃っているわね? それじゃあ、今日もお疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

 

 と、こんな風に作業に加わった死神全員を集めて終わりの挨拶をすることで、本日の業務は終了です。

 何しろ作業場所が現世なので、下手をすると集合に遅れる死神がいるかも知れません。だから点呼を取る意味でも、開始と終了の際にこれをやっています。

 

「ふう、これで全員……と」

 

 穿界門(せんかいもん)が開き、隊士のみんながその中に入っていくのを見届け終えてから、私は軽く息を吐き出しました。

 重ねてになりますが、私はこの場の責任者です。しかも他の部隊の隊士も預かっているわけです。

 なので全員揃って帰ったことや、現世に変な影響が出ていないかの最終確認は欠かせないわけです。

 

『お仕事お疲れ様でございます』

 

 ありがと射干玉♪

 でも今日はこの後、綜合救護詰所に顔を出して軽く指示を出して、隊士たちの作業日報に目を通せば終わりだから。

 

『まだ仕事があったのでござるか……?』

 

 そういうこと。

 最終確認作業も終え、みんなに遅れて私も穿界門(せんかいもん)を通りました。

 

 

 

 

 

「……あ、先生! お疲れ様です!」

「イ、イヅル君……!?」

 

 穿界門(せんかいもん)を抜け、尸魂界(ソウルソサエティ)に向かって断界(だんがい)を少し進んだ先に、イヅル君の姿がありました。

 まったく予想していなかった相手の登場に、思わず目を丸くしながら彼のことを凝視してしまいます。

 

「どうしてここに? イヅル君は、今日の現世作業担当でもなかったでしょ?」

「その、先生が心配で迎えに来てしまいました……駄目、でしたか……?」

「ううん、そんなことないわ」

 

 軽く首を横に振ると、にっこりと微笑みかけます。

 

「ありがとう、イヅル君」

「あ、い、いえ……そんなことは……」

 

 するとイヅル君は顔を真っ赤にしながら視線を逸らし、照れ隠しをするように頬を掻きました。

 その微笑ましい様子は、どこか私の心をくすぐるものでした。

 

「でもまさか、イヅル君が迎えに来てくれるなんて思わなかったな」

「そ……そうですか?」

 

 二人並んで断界(だんがい)の中を歩きながら、そんなとりとめの無い会話をします。

 

「ええ、そうよ。だってまさか断界(だんがい)の中まで来てくれるなんて、思っても見なかったもの」

「そんなことは! ボクは先生のためだったら……!!」

「でも断界(だんがい)の中で待つのって、ちょっと危険なのよ? だから、次からは門の外でお願いね?」

「あ、すみませんでした……」

「それとイヅル君、今日は尸魂界(ソウルソサエティ)の方で仕事があったはずでしょう? そっちはどうしたの?」

「う……そ、その、それは……」

 

 視線を逸らしながら言い淀む姿に、私は何があったのかを何となく察しました。

 

「途中で抜け出して来ちゃったのかしら? もう、悪い子なんだから」

「すみません……」

「こーらっ」

 

 お説教と、オマケで頭の上へゲンコツをコンと軽く落とします。すると当人も悪く思っていたのでしょう、足を止めてしまいました。

 おかげで少しだけ距離が離れ、イヅル君が私の後ろに回る形になります。

 

「でもね、私はイヅル君に対してずっと真面目な印象を持ってたの。だから、良い意味で裏切られたっていうか……」

 

 振り向かず、顔を向けることもないまま言葉を続けてから――

 

「なッ!?」

「……本当に、こんなことをする子だなんて思ってなかったわ」

 

 ――即座に振り返り、彼の手首を掴み取ります。その手には何やら薬品が握られているのが見えました。

 おそらく、今のようにこうやって無理矢理にでも動きを止めなければ、この薬品をかけられていたことでしょう。

 

「くっ! 放せ!!」

「駄目よ!」

「ぐああああっ!!」

 

 手首を握る手に力を込めて痛みで動きと握力を奪いながら、もう片方の手で薬を奪い取ります。

 一瞬だけチラリと薬品に視線を走らせれば、それはよく知っている物でした。

 

「これは穿点(がてん)かしら? 撃ち込まれてたら、ちょっと危なかったわね」

 

 穿点(がてん)は麻酔の一種です。

 上位席官でも肌に触れただけで意識を失うという、結構強力な薬品ですね。四番隊(ウチ)の子たちならばそこそこ馴染みがあるお薬なので、イヅル(・・・)君が持っていても不思議ではありません。

 ありませんが。

 

「……それと、あなたは誰なのかしら?」

「何を言っているんですか!? ボクは吉良イヅル――」

「ええ、最初はそう思っていたんだけどね。でもこうやって直接触ってみるとよく分かるわ。ちょっとだけ……ほんの少しだけど、イヅル君とは霊圧が違うのよ」

「な……っ……!!」

 

 それまで私の拘束を振りほどこうとしていたイヅル君……もとい偽イヅル君ですが、そう伝えた途端に顔色を変えながら動きが止まりました。

 

「……いつから気付いていた?」

「そうね……いつからと聞かれたら、最初からかしら? イヅル君は真面目な子だから、途中で抜け出してくるなんてどうも信じられなかったのよ」

 

 まあ、一番不思議に思ったのは「イヅル君って、ここまで積極的に来る子だったっけ……?」という疑問なんだけどね。

 

『いやいや藍俚(あいり)殿! お尻に火が付いてグイグイ来るようになったかもしれませんぞ!?』

 

 ええ、その可能性も勿論あるわよ。そうやって、ちょっと突拍子もない行動に出るのも、十分にありえることだから。

 だから今まで、こうやって少しずつ探りを入れてたの。

 会話の中で反応を見たり、軽く叱りながら背中を見せることで隙を作ったりと、結構苦労していたのよ?

 

『……つまり藍俚(あいり)殿は吉良殿のことを信頼していないと……?』

 

 ち、違うから!

 イヅル君はちゃんと責任感がある真面目な子なの!! 他人に迷惑を掛けるような子じゃないの!! だから不思議に思っただけなの!!

 

 って、今は本物じゃなくて偽イヅル君の方よ!!

 

「何か理由があって、私にこんな風に接触してきたんでしょう? それとも実力行使がお望みかしら?」

「……原種が羨ましいですよ」

 

 え、今なんて言ったの? げんしゅ……って聞こえたけれど……

 

『原酒……? つまりお酒ですかな? なるほど、藍俚(あいり)殿の弱点を用意してきたわけでございますよ!!』

 

 お酒に弱いのは認めるけれど、その言葉は絶対に違うと思う。

 

『では厳守! 締め切り間近なのでしょうな!!』

 

 だから、そんなわけないでしょ! 普通に原種――オリジナルとか大本(おおもと)みたいな意味の言葉を言ったんでしょ!!

 

 ……って、えええ!?

 ということはもしかしなくても、このイヅル君はコピーなの!?

 しかも自分がコピーだと認識しているってこと!?

 その上で私を襲ってきたってことなの!?

 

「……しめた!」

「しま……っ! 待ちなさい!!」

 

 どうやら自分でも思った以上に考えごとに集中しすぎていたようです。

 拘束が緩んだ一瞬の隙を突いて、偽イヅル君は脱兎のごとく逃げ出しました。中々の身のこなしに思わず感心しつつ、私も慌ててその後を追います。

 

 全力で逃げていく偽イヅル君を追いかける内に気付いたのですが。この偽物、足が速いですね。

 逃げ足だけを比較しても、本物のイヅル君よりも身体能力が上です。私の拘束を振り切った時の身のこなしからでもそれは明らかです。

 

「……遅い」

「が……っ……!!」

 

 ですが隊長(わたし)から逃れるには、ちょっと力不足みたいですね。

 追いつくと同時に一撃をたたき込んで意識を刈り取り、さらにはダメ押しとばかりに穿点(がてん)を投与します。

 

「そん、な……」

「へえ……」

 

 思わず感心してしまいました。

 かなり強烈な一撃を与えたはずなのに、声を上げる余裕があるわけです。

 

「さて……」

 

 静かになった断界(だんがい)の中、意識を失った偽イヅル君を見下ろしながら思案します。

 

『このまま襲ってしまおうか、それともお持ち帰りしてしまおうかの二択というわけでございますな?』

 

 そうじゃなくて! この偽物がどこから来たかってことよ!!

 

 見た目は本物そっくり。

 受け答えや反応も、違和感は特になし。

 戦闘能力は本物よりも上。

 そんな偽物。

 

「……こんなことをしそうなのは……」

 

 真っ先に浮かんだのは技術開発局――というより、涅隊長でした。

 

「でも、違和感があるのよね」

 

 ですが浮かんだ考えを即座に自分で否定します。

 こんなことをする意味がないというか、複製体を作って一体どうするのか? その理由がさっぱりわかりませんでした。

 仮にネムさんの研究の産物だったとしても、私を襲う理由がわからない。

 百歩譲って涅隊長だったとしても、こんな場所で襲うのは考えにくい。涅隊長だったら、もっと詳細なデータが取れる場所を選ぶはずですから。

 

「まあ、駄目で元々。技術開発局を尋ねてみましょうか」

 

 そこまで考えて、偽イヅル君を肩に担ぎ上げたところで、思考の片隅に何かが引っかかりました。

 

「あら……? そういえば、こんな複製体の研究ってどこかで聞いたような覚えが……えーっと……何の技術だったかしら……あれは、確か……」

 

 独り言を呟きながら、記憶を必死に掘り起こします。

 

「……あっ! そうよ! アレだわ!!」

 

 悩んだ甲斐あってか、出口が見えたところでようやく思い出すことができました。

 

 さて、まずやるべきは――

 




●今回の元ネタ
大人の事情で生まれたアニオリエピソードの「護廷十三隊侵軍篇」です。
上記アニオリの概要を記載しますと――

・時間軸は藍染を討伐後(一護が霊圧を失う前)
・一護の設定を「意識を失う → 起きてるが徐々に霊圧を失う」に変更。
・一護は(霊圧を失うまで)代行の仕事を続けている。ルキアも一緒にいる。
・死神側は、激戦や転界結柱等の後始末で一ヶ月ほど現世を行き来している。

 ――という前提で、第一話は――

・後始末は無事に完了。勇音と七緒が一緒に穿界門を通って尸魂界に帰る。
・だが二人が行方不明に。なので捜索隊を出して穿界門の中を調べることに。
・捜索隊、穿界門の中で「一護の死神代行証」を見つける。
・どうしてこんな物が落ちていたのか不思議がっていると、勇音と七緒が戻ってくる。
・二人は無傷。それどころか「行方不明だった」自覚すらない。

・一方、現世ではコン(一護の身体に入った状態)が散歩していると、穿界門が開いて「親方! 空から裸の女の子が!!」となる。
・裸の女性を連れ帰るコン。当然そこで一悶着。
・一護、代行証が落ちていたことで尸魂界から呼び出される。

 ――みたいな感じで、ストーリーが展開していきます。

勇音と七緒に何があった!?
代行証は何故落ちていた!?
謎の裸の女性は何者だ!?

といった感じで、そこそこ楽しめると思います。

●なんでアニオリ挟んだの?
(上述した)裸のお姉さんを揉むためです。
(あと小説版で、マユリ様がチラッとこの事件のことを口にしていたので、一応挟んでおこうという魂胆もあります)
挟むのはおっぱいだけで充分

●(ここまでの説明を踏まえて)当初やろうと思っていたネタ
(※ 尸魂界で仕事中の藍俚に、勇音がいなくなったと知らされてから)

……えっ! 勇音が行方不明!!
ちょ、ちょっと待ってどういうこと!? 穿界門(せんかいもん)を通ったのまでは確認しているのよね!? そこから消息不明って……まさか拉致!? それとも誘拐!?

……あああっ! わかった、私わかっちゃった!!
きっともう少しすると、謎のビデオレターが届くんだわ!!
D・V・Dだかブルーなレイだか謎のURLだかが、送られてくるの!!

で、それを再生すると――

『隊長、見てますかぁ? 私、四番隊を辞めてこの人についていきますぅ。この人専用の副隊長にしてもらったんですよぉ。今から副隊長として初めてのお仕事をしますからぁ、ちゃんと見ててくださいねぇ……あんっ♥ も~、隊長ったらぁ♥ 今撮影している最中なんですから、イタズラしちゃ駄目じゃないですかぁ……やぁんっ♥ 甘えんぼうさんなんですからぁ♥』

――みたいな感じで、勇音が見知らぬ男の斬魄刀のお手入れを入念に……

藍俚「いっ、いやああああぁぁっ!!」
浮竹「落ち着け湯川! 部下が心配なのはわかるが……!!」
京楽「悲鳴がちょっとだけ色っぽく感じたのはボクの気のせいかな?」

(ここまで考えて「これ以上広がらない」と諦めました)


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第286話 黒幕が隠れる間が無い

「……あ、もしもしイヅル君? はい、お疲れ様。え? ええ、今日の現世の仕事は無事に終わったわよ。私は最後だったからちょっと遅れただけ。それでイヅル君の方は……うん、うん……そう、よかったわ。え? 別に何でもないの。ただちょっとイヅル君の声が聞きたかっただけ。あ、それと四番隊に戻るのがかなり遅れるかもしれないから、イヅル君から伝えておいて貰える? ……ええ、それじゃあね」

 

 そう言ってボタンを押し、伝令神機の通話を終了します。

 穿界門(せんかいもん)を通り抜け尸魂界(ソウルソサエティ)に到着するなり、即座に連絡を入れて確認してみたのですが、話を聞く限りどうやら本物は無事のようです。

 まずは一安心ですね。

 

『果たしてそうですかな? 実は入れ替わった偽物とやりとりをしていただけ。藍俚(あいり)殿がそれに気付かなかっただけ。という可能性も残っておりますが……?』

 

 やめてよ縁起でもない!!

 ……で、でもその可能性もまだちょっとだけ残っているのよね……やっぱりちゃんと自分の目で確認しなきゃ駄目かしら……!?

 こういうコピー物って、知らない間に要人を入れ替えて権力とか乗っ取られるのが一番怖いから……それこそ総隊長のコピーに「コイツは反逆者だから殺せ」とか言われた日には目も当てられない……

 藍染も似たようなことをやったけれど、やっぱり有効な手段よねぇ……

 

「けど、その前にこっちを片付けるのが先よね」

 

 私の肩には、未だ意識を失ったままの偽イヅル君がいます。少しずり落ちていた彼の身体をもう一度担ぎ直してから、私は足を技術開発局へと向けました。

 

 

 

 

 

「知らんネ」

 

 技術開発局へ着くなり涅隊長のところへと向かい、尋ねてみました。

 

 ……偽イヅル君を肩に担いだまま。

 おかげで通りを歩いているときも技術開発局の受付でお願いをするときも、奇異の目で見られっぱなしでしたよ。

 

『下ろせばよかったのでは?』

 

 でもこれ、証拠だから……

 

『つまるところ色々と衆目に晒されていたわけでござるからして、明後日辺りに変な噂をされてそうでござるな! 吉良殿と藍俚(あいり)殿は当然その渦中の中心でぐるぐる周りまくりんぐに! うっはぁ! 明後日辺り、どんな尾ひれが付いた噂が流れるのか今からすっげぇ楽しみでござるよ!!』

 

 ……あ、そっか……

 でももう遅いし……そ、それよりも今はこっちが優先だから!!

 

 先ほどのは「イヅル君のコピーを作りましたか?」と尋ねたところ返ってきた言葉です。

 しかも涅隊長は何やら研究中で、私に背を向けたまま。手を止めすらしません。まあ、らしいといえば「物凄くらしい」のですが。

 

「本当……ですか? 何か心当たりは……?」

「それらも含めて"知らん"と言ったんだヨ。そもそもそんな複製体を作って、一体何をしろというのだネ? ま、身代わり程度には役に立つだろうが、それならワザワザ他人を模倣する意味は無いからネ」

 

『馬鹿め! そっちは本体だ!! というアレをやりたいのでござるな!?』

 

 本体じゃ駄目でしょ! あくまで"当人のみがわり"だから!!

 

「ですがこれ、霊骸(れいがい)の技術で作られていますよね? それも――手前味噌な言い方ですけど、隊長の私が部下が偽物だと気付かないほど見た目も中身も精巧に出来ています。おそらくは改造魂魄(モッド・ソウル)かと」

「……ホウ」

 

 あ、研究の手が止まりました。

 ここはもう一押しするチャンスです!

 

「しかも、断界(だんがい)の中で襲われました。つまり、穿界門(せんかいもん)を利用して偽物を送り込めるだけの技術を持っている。となると、技術開発局の誰かが絡んでいると考えるのが自然です。なのでまずは涅隊長にお聞きしたのですが……」

「なるほど、それはそれは……少しだけ、興味が出てきたヨ」

 

 相変わらず背を向けたまま、けれどゆっくりと首だけがこちらを向いて、鋭い視線を投げかけてきました。

 精巧な偽物を作れること。断界(だんがい)を利用できること。

 そういう技術的な話なら食いつくと思っていましたから。

 

「それは良かった。でしたら、穿界門(せんかいもん)の利用記録を見たいのですが……構いませんか? まずはこの複製体を誰が送り込んだのか、その辺りから調べようと思って」

「その程度なら、勝手にやって構わんヨ。断界(だんがい)のことなら、十二番隊(ウチ)の因幡に聞きたまえ」

 

 因幡……? それって確か……

 

「十二番隊第七席兼、技術開発局断界研究科課長。因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)のことです」

 

 私が記憶を引っ張りだそうとしているのを察してか、ネムさんが教えてくれました。

 そうそう、そんな名前だった――

 

『ええっ!! ネム殿がいたでござるか!?』

 

 ――って、急にどうしたの!?

 ネムさんならいたわよ? 最初からずーっと。

 ただ、黙って部屋の隅で控えていたから存在感ゼロだったけれど。

 

 涅隊長がいるなら、ネムさんもいて当然でしょ?

 

『言ってくれなきゃ分からねえでござるよ……』

 

「今ならまだ研究室にいるだろう。ネム、案内してやれ」

「了解いたしました」

「ああ、それと。その複製体だがネ」

「ええ……分かっていますよ」

 

 相変わらず肩に担いだままだった偽イヅル君を、近くの研究台の上へに下ろします。

 傷を付けないようにそっと扱ったことが良かったのか、涅隊長がニヤリと笑いました。まるで「よく分かっているじゃないか」とでも言いたげに。

 

 複製体、それも本物と見間違うほどの複製品なんて、技術屋としては一度は見てみたいでしょうから。

 こっちとしても対価で差し出せるのは偽イヅル君(これ)だけです。

 つまり、こうなることは必然なんです。

 

「打撃で意識を刈り取ってから、穿点(がてん)を投与しています。なのでまだ目は覚まさないでしょうが、慎重にお願いしますね。何しろ当人よりも霊圧が高いので」

「ホウ! それはそれは……」

 

 うわぁ……笑顔が強くなったわ……

 当人よりも霊圧が高い、というところがお気に召したみたい……

 

「あの、くれぐれも! くれぐれも慎重で丁寧にお願いしますよ!! 複製体だとしても彼は……!!」

「喧しいヨ。さっさと行きたまえ」

 

 興味が完全に勝ったようで、視線は完全に偽イヅル君に注いだまま。しっしっとハエを追い払うように手を振られました。

 

「……では、ご案内いたします」

「ええ……お願いね……」

 

 といったことで、話は終わったとばかりにネムさんが口を開きました。

 こちらとしてもこれ以上は出来ることも無いため、案内されるまま彼女の後に続いて歩きます。

 そして進むことしばし、研究室へと到着しました。

 

「……は? 因幡、ですか……?」

「そういえば、どこにいった……?」

「おーい、誰か因幡のこと知ってるか!?」

「そういえば、最近よく早退してたような……?」

「まだ残っているか、探してみます」

 

 ネムさんが研究室内にいる隊士たちへ尋ねたのですが、この反応を見るにどうやら目当ての人物は不在みたいですね。

 

 因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)

 さっきも言ったけれど、十二番隊の七席ね。

 見た目はちょっと老けた感じで、髪の長い男性なの。しかも髪の半分は緑で、もう半分が金髪っていうかなり攻めた見た目だったわね。

 あと声が渋かった。

 性格は……軽く会話をしたことがある程度だけど、そのときの印象はとても腰が低くて冷静な死神……って感じだったかしら?

 

藍俚(あいり)殿、会ったことがあるのでござるか……?』

 

 そりゃあ、まあ……でも四番隊業務の一環として、くらいよ? それも一回だけ。

 そのときに抱いた印象だけで語っている、見た目以外は当てにならない情報だし。

 何より因幡七席って、何故か四番隊を避けていたのよね。当人曰く「健診などという無駄な行為で自分の研究時間を削られたくない」って話だったけれど……

 

 無駄って言われたのはちょっと傷ついたわ……

 でも十二番隊の隊士って多かれ少なかれあんな感じだったから……

 

「……あの、湯川隊長。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何?」

 

 そんなことを思い出していたら、ネムさんから質問をぶつけられました。

 

「先ほどの会話にも出てきた霊骸(れいがい)ですが、一体どのような技術なのでしょうか? 申し訳ありませんが、私は特に覚えが無くて……」

霊骸(れいがい)のこと? ああ、それは知らなくても仕方ないわよ」

 

 というか、全死神を対象にしても知っているのは少なめだと思うわ。

 

霊骸(れいがい)って言うのはね――」

 

 私たち死神が、現世で活動する時に使う仮の身体が義骸(ぎがい)

 それに対して、尸魂界(ソウルソサエティ)で活動するための身体が霊骸(れいがい)です。

 ここだけ聞けば「死神が尸魂界(ソウルソサエティ)で使用する身体なんて無意味だろ?」と思うかもしれません。

 

 当然ですが、霊骸(れいがい)を使うのは死神ではありません。

 改造魂魄(モッド・ソウル)です。

 

 先兵計画(スピアヘッド)って覚えていますか?

 死んで魂の抜けた人間の身体に、人造の魂を注入して(ホロウ)対策に当たらせようとしたアレです。

 具体的に言うと、一護のところにいるコンのことですね。

 

 アレの尸魂界(ソウルソサエティ)で使う版です。

 作った仮の身体に、作った仮の魂を入れて戦わせる――そんな手段も、先兵計画(スピアヘッド)にはあったんですよ。

 死神そっくりの義骸を作れる関係上、霊骸(れいがい)も同じように死神と同じ見た目のを作って、そこに改造魂魄(モッド・ソウル)を入れる研究などもありました。

 

「――とは言ったものの最終的に『尸魂界(ソウルソサエティ)ならば死神が戦えば良い』ということに落ち着いたの。先兵計画(スピアヘッド)については、義骸のこともあって名前が今も残っているけれど、霊骸(れいがい)については話題に上がることすら久しくなってすっかりと風化……あら?」

 

 以上のことをネムさんに説明していたところ、気付けば研究室にいた死神たちの殆どが聞き入っていました。

 全員がぽかーんとした表情をしていたところを察するに、知られていない情報だったみたいね。

 

「知ってたか……?」

「いや、知らなかった……」

「確かに、尸魂界(ソウルソサエティ)でしか使わないんじゃ用途が限定的過ぎるだろ……?」

「いや、使い捨てと考えれば……」

 

 そんな声があちこちからヒソヒソと上がっています。

 

「なるほど……先兵計画(スピアヘッド)は覚えていましたが、そのようなこともあったのですね。勉強になりました」

「ええ、そうよ。九十五年くらい前だったかしら? 由嶌(ゆしま)……由嶌(ゆしま)……」

 

 あら、何だったかしら……?

 私と名字が似ているから、名字は覚えてたんだけど……名前が出てこないわ……

 

「下の名前は忘れちゃったけれど、十二番隊の由嶌(ゆしま)隊士が改造魂魄(モッド・ソウル)霊骸(れいがい)といった技術を開発したの」

「「「ええっ!?」」」

 

 集まっていた隊士たちが再び騒ぎ始めました。

 

「ウチに由嶌(ゆしま)なんてヤツ、いたか……?」

「いや、覚えてない……」

「計画は廃止になったとはいえ、そんなヤツなら話題に上がる……よな……?」

 

 半信半疑な会話をしてるわね。

 まあ、それも当然よね。だってもう在籍していないんだから。

 

由嶌(ゆしま)隊士ならもう護廷十三隊のどこにもいないわよ。地下特別管理棟に収容されているし、そもそも当人はもう廃人になっているの」

「地下特別……ウ、ウジ虫の巣に!?」

「廃人!?」

「な、何があったんですか!? そいつに!!」

 

 あらら、また大騒ぎになっちゃった。

 

「知っての通り、改造魂魄(モッド・ソウル)は廃案になったからね。資料や技術は全て押収対象になった。全てを失うのに耐えきれなくなった由嶌(ゆしま)は自らの手で研究成果の全てを破壊し、最後に自分の心までを壊した――私の所見(・・・・)とはちょっと違ったんだけど、当時の四十六室はそう判断したわ」

「私の……所見……?」

「ええ、そうよ。廃人となった由嶌(ゆしま)隊士を診察したの。治せなかったけれどね」

「「「『えええええっ!!』」」」

 

 また、大騒ぎに……

 あら……? 今なんだか、射干玉も一緒に叫んでなかった?

 

『……呼びましたかな? 拙者は今、ネム殿の太ももを舐めるように凝視するのに忙しいのでござるよ?』

 

 ううん、何でもないの。

 

『(危なかった! 危なかったでござるよ!! なんで元凶を診てるでござるか藍俚(あいり)殿!! ああ、ダメダメ! ネタバレ厳禁でござるからして!!)』

 

「すみません、お待たせしました!! ようやく調査が終わりました」

 

 と、丁度話の区切りが着いたところで、奥から一人の隊士が小走りで慌てた様子でやってきました。

 

「まず因幡さんですが、局内に姿はありませんでした。おそらく既に帰っているのかと思います。それと断界(だんがい)内の通行記録ですが、こちらも特におかしな物はありませんでした」

 

 おかしな記録が無い……?

 

「変ね……じゃあ、あの複製したイヅル君はどうやって来たの? 無理矢理通ったとしても、どこか不自然な記録は残りそうなものじゃない?」

「そう言われましても……断界(だんがい)調査は因幡さんが第一人者で、自分ではこれ以上は分かりません……お力になれず申し訳ありません」

「となると……記録を改ざんされた? それとも通行記録(ログ)に残らない手段で断界(だんがい)を操作した? その辺は分かるかしら?」

 

 報告してくれた彼に尋ねますが、やはり首を横に振りました。

 

「すみません、どちらも自分には……」

「じゃあ、誰か出来そうな人物に心当たりは?」

「それこそ、どっちも因幡さんくらい……でしょうか……?」

 

 結局、そこに戻って来ちゃうのね。となれば当人に直接話を聞くべきかしら……?

 そう考えたところで、背後から声が聞こえてきました。

 

「面白そうな話をしているようだネ」

「涅隊長!?」

 

 突然の登場に、十二番隊の隊士たちが背筋を伸ばします。

 

「あの複製体、実に良く出来ていた。中の魂魄も、改造魂魄(モッド・ソウル)としてはあり得ないほどの精度だったよ」

「まさか……もう解析を終えたんですか!?」

「必要最低限の部分だけだがネ。それよりも今は、この複製体の出所(でどころ)についてだ」

 

 ひ、必要最低限の部分だけって……それでもまだ半刻(1時間)も経っていませんよ!?

 相変わらず仕事が早い……

 

 感心している私を余所に、涅隊長は近くの端末を操作すると物凄い勢いでキーボードを操作し始めました。

 私は勿論、近くにいた隊士たち全員がその様子を食い入るように見つめています。

 

 それから十分くらい経過した頃でしょうか?

 

「……見つけた、これだネ」

「え……! もう見つかったんですか!?」

「当然だヨ。何を驚いているのかネ? しかし随分とまあ、巧妙に隠しているじゃないか……中々大した物だヨ」

 

 巧妙に……ですか……

 その割には機嫌が良い様子なのは、相手の技術を賞賛しているからでしょうか?

 

「……その隠蔽、誰が行ったのかも分かりますか?」

「そんなものは調べるまでもないヨ。これだけの事が出来るのは、因幡以外はありえないからネ。必然的に、これをやったのも因幡ということになる」

 

 ――この私を除けば、だがネ。

 

 ニマ~ッとした笑みを浮かべながら、最後にそう付け加えました。

 ……これは、どういう感情なのかしらね?

 因幡七席の技術を下に見ている? ……いえ、それよりも新しいオモチャを見つけたという方が近いのかしら……?

 

「痕跡を隠蔽した以上、因幡が関わっていることは確実……いや、もしかすれば因幡があの複製体を作り上げたのかもしれんネ。どれ、もう少しだけ調べてみようじゃないか」

 

 そう呟きながら、再びキーボードを操作していきます。

 やがて端末のモニターには因幡七席がイヅル君を――おそらく複製体を断界(だんがい)へと送り出す際の姿を捉えた映像が映し出されました。

 




『マユリ殿が参戦とか、ネタバレを隠す間もねえでござるよ』

因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)
十二番隊の第七席であり、技術開発局断界研究科課長。
しかしてその実態は、護廷十三体進軍篇の黒幕である。

担当声優は、古川登志夫さん。
存在感溢れる演技と悪役の似合いっぷりから、マユリ様と似て非なる存在感で輝きまくる。
(あと旧アニメとしては作画が良い。特に一護と戦うシーン。
 そういう意味でも優遇されているかと思います)

(小説版にてマユリ様が「あれなら、うちにいた因幡の技術の方が遙かに~」と発言しているので、結構印象的だったのかもしれない)


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第287話 黒幕さん捕まえた

「ここが、因幡が最後に観測された地点だヨ」

「マユリ様、突入いたしますか?」

「いや、今回は不要だ」

「ですが……」

「勘違いするんじゃないヨ。お前が出る幕ではないということだ。こっちには使い減りしない便利な死神がいるじゃないか。手間賃代わり、というやつだヨ」

 

 ……好き勝手な事を言ってくれるわねぇ……

 否定が出来ないのが辛いし、お世話になったからそのくらいのことはするつもりだったけれど……

 でも一つだけ異議あり!!

 

「手間賃代わりというのならば、捕まえた複製体をお渡ししたハズですが?」

「おや、アレは迷惑料ではなかったのかネ? 何しろ技術開発局(ウチ)の機材や記録を私的な理由で使ったのだからネ」

「な……ッ!!」

 

 んべーっと舌を出しながら、いけしゃあしゃあと口にします。

 まったく! ああ言えばこう言うというか……!! 

 

「お察しします、湯川隊長……」

 

 ネムさんがぽつりとお気遣いの言葉を口にしてくれました。

 それだけが、この場の心の安らぎです。

 

 

 

 

 

 技術開発局にて、涅隊長の手腕によってアッという間に渦中の死神――因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)の居場所が明らかになりました。

 

『さすがは公式チートのマユリ殿でござる!! 味方にすれば頼もしいが敵に回せばこれほど厄介な相手も中々いないでござるよ!! もうヤケでござる!!』

 

 ねえ……本当にね……

 というか因幡七席がこの件の黒幕、もしくは重要人物ってことなのかしら?

 断界(だんがい)を操ったり通行記録を書き換えて痕跡を消したりと、明らかに怪しい行動をしていますからね。

 

 そのため現段階での因幡七席は協力者の立ち位置。

 霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)を作った、言うなれば"由嶌(ゆしま)の後継者"のような存在がいるかもしれないと踏んでいます。

 ……最悪の場合は、どちらも因幡七席がやったこと。という可能性もありますが。

 

 どちらにせよ、捨て置けないということですね。

 

 なので当然、彼を追ってその場所に向かうことになりました。

 総隊長への報告は十二番隊の隊士たちにお願いして、当人の所へと乗り込むつもりだったのですが……

 

 想定外なことに、涅隊長とネムさんが同行してくれることになりました。

 

 私の身を案じて……ではなく、複製体を作る技術が目当てだと思います。

 あわよくばその技術を自分の物にするとか、危なくなったら私を盾にして自分だけ逃げようとか。

 そういうことを考えているんですよ、絶対に!!

 

 ……まあ、いいです。涅隊長がいるのは、ある意味では物凄く心強いですからね。

 大抵のことなら備えているハズでしょうから。

 

「分かりました。私が先頭で踏み込む、ということで良いんですね?」

「当たり前だヨ。それともこの私にそんな肉体労働をさせるつもりだったのかネ? さっさとやりたまえヨ」

 

 くっ! ……我慢我慢……

 

 深呼吸をしてから、因幡七席の隠れ家へと飛び込みました。

 

「……なに、ここ……?」

「ホウ、中々良い趣味をしているじゃないか……」

「…………」

 

 飛び込んだ先に待ち受けていたのは、なかなかどうして想像を絶する光景でした。

 床にうち捨てられた無数の人間――おそらくは霊骸の失敗作なのでしょう――が積み重なりゴミのように広がっています。

 かと思えばその奥には縦長の巨大な水槽が何本も立ち並んでおり、中には肉塊のような何か(・・)が培養されています。多分アレも"元"なんでしょうね……

 

 あまりの光景に思わず絶句していたその傍らでは、涅隊長は普段通りの様子でそれらを興味深そうに眺めていました。

 ネムさんは……無表情ですね……

 

「これはこれは湯川隊長、それに涅隊長と副隊長までお揃いで。私に何か御用ですかな?」

「……因幡、七席……」

 

 周囲に気を取られていたことで気付くのが若干遅れましたが、気付けば因幡七席が奥から現れました。

 私たちが乗り込んできたというのに不適な笑みを浮かべながら、何事も無かったような態度を見せているなんて……これ、むしろ"待ち構えていました"って言っているのと同じよね?

 

「丁度良かった、お聞きしたいことがあってこちらまで窺いました」

「なるほどなるほど……ですが、私に答えられるかどうか……?」

「単刀直入にお聞きします。複製体を作って私を襲わせて、一体何が狙いですか? 因幡七席――」

 

 そう尋ねるものの、相手は眉一つ動かしません。

 むしろ「その程度のことは想定済みだ」とばかりに気を大きくしたように感じられます。

 ……なので、もう少しだけ踏み込んだ質問をしてみましょう。

 

「――いえ、由嶌(ゆしま)の後継者さん。と呼ぶべきかしら?」

「……ッ!!」

 

 半分はカマを掛けただけですが、効果はあったみたいです。相手は片方の眉を上げて、軽く息を呑みました。

 

「それにこの部屋……一体何を研究していたんですか? 納得の行く説明をお願いします」

「はははは、何を仰るのやら。その由嶌(ゆしま)というのはひょっとして、由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)のことですかな?」

 

 由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)……ああっ! そうそう、そんな名前だったわ!!

 でもフルネームをよく知っていたわね。やっぱりこの人って……!!

 

「古い資料を漁っていたところ、その名前を見つけましてね。調べたところ霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)の技術を見つけたのですよ。これは断界(だんがい)を直接調べさせるのに都合が良いと考え、畑違いではあるもののこうして研究を――」

「作り話はもう結構です」

 

 ぺらぺらと語り続けていますが、おそらくは予め用意しておいた時間稼ぎの為の話なのでしょう。

 なのでその流れを強引に遮ります。

 

「既に、うちの吉良隊士がこの場所から出てきたのを調査済みです。通行記録を改ざんして、断界(だんがい)に送り込んだ痕跡を隠蔽したのもあなたの仕業ですね?」

「…………」

 

 確信を持って問い詰めたところ、口の動きが止まりました。

 値踏みをするような目つきで私のことを上から下まで見回したかと思えば、突如として肩を震わせ始めます。 

 

「……ふ、ふふ……ふはははははははっ!!」

「何が、おかしいの……?」

「これが笑わずにいられようか!? どうやら特異点である貴様を甘く見ていたようだ! 貴様が私の計画において最も邪魔な存在だと理解していたが、捕縛などという生温い手段を選ぶのでは無く一思いに殺害しておくべきだったよ!!」

 

 特異点……って何? 私、何かやったの??

 あと射干玉が全然喋らないんだけど、ひょっとしてネタバレに配慮してる?

 

『あ、ここで拙者の出番でござるか!? いやまあ、その……その通りでござるよ。まさかあっさりとここまでたどり着くとは思わなくて……』

 

 口の挟みようが無かったのね……

 

「私のことを突き止めた事までは褒めてやろう! だが、何の策も無くここまで来たのは迂闊だったな!!」

 

 因幡七席が指を鳴らします。

 すると部屋の奥――影に隠れて見えなくなっていた場所から、複数の死神が姿を現してきました。

 

「あれは……!!」

 

 阿散井君に一角、綾瀬川五席に射場副隊長。檜佐木君なんかもいるわね。

 アレ全部、複製体……なのよねきっと……

 隊長クラスがいないのが、せめてもの救い……かしら……?

 

『それにしても、見事に野郎ばかりでございますな……いやいや、拙者は決して嫌ではありませぬ! ありませぬぞ!! ですが、もう少し花と言いますか!! 具体的には乱菊殿のおっぱいとか勇音殿のおっぱいとかはないのですかな!? 拙者は嫌ではありませんが、見ている人が文句を言いそうで!!』

 

 見ている人って……アンタね……

 

 って、それよりも!!

 イヅル君の時から察するに、全員かなりの強敵のはず!! 特に阿散井君なんて卍解まで使ってくるだろうから、それを考えて――

 

「卍解、金色疋殺地蔵」

「え……っ! ちょ、ちょっと涅隊長……!?」

 

 ――突然現れた巨大な生物が、周囲一帯を吹き飛ばしました。

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ……げほっ……と、突然何をするんですか涅隊長!?」

 

 改めて言うまでもありませんが金色疋殺地蔵は赤子のような巨大な生物を召喚する卍解であり、高さだけでも三十三尺(10メートル)程度はあります。

 そんな巨大な生物が室内に突然呼び出されれば、どうなるか?

 

 当然こうなるわけです。

 

 部屋は膨らんだ圧力に耐えきれずに瓦解して、中にいた私たちもその影響に巻き込まれて生き埋めのような状態になりました。

 そんな瓦礫の山を下からかき分けて、私は必死に顔を出しました。

 ですがようやく顔を出したものの周囲には埃や粉塵が舞っており、まともに息をすることすら困難な有様です。

 

「これが一番手っ取り早い」

「一番手っ取り早いって……ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

 瓦礫に潰され掛けた衝撃で忘れかけていたけれど、涅隊長の卍解って……!! いえそれよりも、この粉塵ってもしかして……!!

 気付いた瞬間、反射的に隊首羽織の袖で口元を抑えます。効果なんて殆どないでしょうけど。

 

「金色疋殺地蔵は確か、致死毒を周囲一帯に撒き散らす能力を持っていましたよね!?」

「それが?」

「それが? じゃありませんよ!! 周囲に誰かいたら……」

「イチイチ喧しいんだヨ。安心したまえ、何も問題はない。今回は毒の配合を全身麻痺程度に変えてある、周囲には我々以外は誰もいないことも既に確認済みだヨ」

「私がいますけど!?」

「お前はこの程度の毒など無力化できるだろう? だから言ったんだヨ。これが一番手っ取り早く、問題の無い手段なのだと」

 

 文句を言いますが、相変わらず聞く耳を持ちません。

 しかも私なら無力化できるから平気って……

 

 確かにまあ、なんとか出来ますけれど……! だからって無差別攻撃は止めて!!

 

『RPGで"炎属性吸収"の装備をしている味方キャラに、炎の攻撃魔法を放って回復させるみたいなことをされてるでござるな!! ですが確かに手っ取り早いでござるよ!!』

 

 ……私、次からゲームやるときには絶対にそんなことしない……

 

「ぐ、ぐは……っ!! お、おのれ涅マユリぃぃっ……!!」

 

 あ、因幡七席も瓦礫の下から這い出てきました。

 ですがその表情はとっても悔しそうです。

 ……分かるわ、その気持ち……今から複製体相手にバトルとかするんだって思っていたら、ステージ崩落と毒で一気に決着が付いちゃったんだもの……

 

 そういえば、戦う気が満々だった他の複製体たちは――

 

「処置、完了……処置、完了……」

 

 ――ネムさんが淡々と薬を撃ち込んで無力化してる。仕事が早すぎる……

 

「こ、こんな……こんなことでこの私が……っ!!」

「やあ因幡、ごきげんよう」

 

 麻痺毒に精神力だけで抗いつつなんとか立ち上がろうとしていますが、その眼前に涅隊長が立ち塞がりました。

 卍解こそ解除したものの斬魄刀は始解のまま、脅すように突きつけています。

 ただでさえ麻痺毒を受けているはずなのに、更に始解で斬られたら……ダメ押しここに極まれりって感じよね……

 

「こそこそと隠れて、随分と面白いことをしていたじゃあないか」

「く……涅……っ!!」

「仮にも隊長であるこの私を呼び捨てかネ? まあそれは構わんヨ。何よりそれだけ元気があるなら、あれだけの数の複製体を作り上げて一体何をするつもりだったのかも答えられるだろう? 聞いてやるから話してみたまえ」

 

 うわぁ……なんて怖い脅し文句なのかしら……

 

「ああ、話せぬというのならそれはそれで構わんヨ。その場合、聞かれたことだけをベラベラと喋り続けるだけの存在にお前を作り変えるだけだからネ」

「くっ……!」

 

 うわっ! 怖い!!

 しかも何やら懐から注射器を取り出して見せつけている!!

 アレ絶対、危険な薬よね……多分だけど、自白剤が可愛く見えるくらいの……

 

『意識を完全に失わせた後で、脳髄だけ取り出して電極を刺して――のような手術をされるのかもしれませんな!!』

 

 そっちも十分すぎるほど怖いわね……

 

 ……と、いけないいけない。

 私も驚いてばかりじゃなくて、仕事をしておきましょう。

 

「それなら、選びやすくなるように私からも一つだけ」

 

 そう告げながら見せつけるように鯉口を切ります。

 斬魄刀を鞘から僅かに抜くことで"いつでも抜刀出来るぞ!"という威嚇行動ですね。

 

「もしも妙な動きをしたり、まだ見せていない複製体を呼んでこの状況を解決しようとした途端、あなたの腕を斬り落としますからそのつもりで」

「う……っ……」

「良かったじゃないか因幡。悩みが少なくなったようだネ」

 

 因幡七席は私と涅隊長の斬魄刀へ交互に視線をやりながら唸り声を上げています。

 というか、時間を稼ごうとしているみたいですね。

 だけど、多分もう打つ手は無いわよ? グズグズしているとその注射器を打たれるわよ?

 処理作業を終えたネムさんが今度は残骸の中から研究資料を漁っているから、早くしないと全部持って行かれるだろうし……

 

「わ、わかった……話してやる……」

 

 状況を理解したのか、因幡七席はがっくりと項垂れながら語り出します。

 そして、色々なことが分かりました。

 

 なんと彼は由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)の複製体でした。

 由嶌(ゆしま)は計画廃棄が決まると研究情報を押収されるよりも早く、半ば断界(だんがい)へと投棄するような形で隠したそうです。

 続いて自らの魂魄を素材に改造魂魄(モッド・ソウル)を作成、霊骸(れいがい)も作成するとその分身とも呼べる存在に後を託したとのこと。

 

 ……なるほど、だから当人はあのとき廃人になっていたのね。

 

 その後、因幡(いなば)影狼佐(かげろうざ)として生み出された存在は、断界(だんがい)の研究を始めたそうです。

 断界(だんがい)内部に隠した研究情報を取り出す必要がありますからね。

 長年に渡る研究成果がようやく実り、情報を取り出して複製体の作成に取りかかったととのこと。

 

 そして肝心の目的は、復讐でした。

 元々由嶌(ゆしま)が目指していたのは、死神の霊子から記憶や精神を受け継いだ存在――言うなれば完全なるコピーと言うべき改造魂魄(モッド・ソウル)の作成。

 それを霊骸(れいがい)と組み合わせることで、本人以上の能力を持ったコピーを作ると言うものでした。

 尤も高い霊圧を持つ改造魂魄(モッド・ソウル)にはそれに見合った強力な霊骸(れいがい)を用意してやる必要もあり、それが原因で隊長クラスはまだ全部揃っていなかったそうですが……

 

 ともあれ当時の中央四十六室はこれを危険な技術と判断して計画廃棄を命令。

 それを受けた由嶌(ゆしま)は自分の技術を認めなかった尸魂界(ソウルソサエティ)に対する恨みを爆発させてたそうです。

 その恨みと記憶を引き継いだ因幡が暗躍、本人と複製体とを密かに入れ替えていくことで護廷十三隊全てを乗っ取ろうとしたとのこと。

 

 なるほど。

 折しも藍染惣右介との戦いの関係で、多くの死神が断界(だんがい)を行き来した。

 霊子を採取するのも容易だったでしょうし、事件の後も後始末で往来が盛んだったから入れ替えるチャンスも豊富。

 動き出すには絶好のタイミングだったってわけね。

 

 

 

 ……まだ何か隠していそうだけど、ひとまずはこんな所かしら?

 

 

 

「……フン、つまらんネ。どれだけたいそうなお題目が出てくるのかと思ってみれば、研究を潰された腹いせとはネ。興が削がれたヨ」

 

 ……涅隊長、あまりにばっさりと切りすぎです……

 

 ……ん?

 …………んん??

 

 ……ちょっと、ちょっと待って!?

 

「その話が本当だとして、どうして私を狙ったの? あなたはさっき"少しずつ入れ替えていく"と"隊長クラスはまだ作っていない"と話していたわよね!? だったら、まだ私に手を出す必要性はなかったはずよ? 各隊の副隊長や上位席官の全てを入れ替えてからでも遅くは――」

「……まれ……」

「え……?」

 

 何か小さく呟きました。

 ですが聞き取ることが出来ず聞き返したところ、因幡七席は勢いよく顔を上げたかと思えば怒鳴り声を上げます。

 

「黙れと言ったのだ! 貴様が、貴様が原因なのだ湯川藍俚(あいり)!! 貴様だけは改造魂魄(モッド・ソウル)霊骸(れいがい)も、何一つ作ることが出来なかった!!」

「……は?」

 

 ――私、何かやっちゃいましたか?

 




由嶌(ゆしま) 欧許(おうこ)
十番隊の隊士だったが「戦闘力が低いが頭が良い」と言う理由で十二番隊に転籍。
改造魂魄(モッド・ソウル)の開発者。
彼が目指していたのは「死神の霊子の一部からから本人の記憶や性格をコピーした改造魂魄」と「本人よりも強い力を持った霊骸」から本人以上の本人を作ること。

だが、研究内容が危険すぎたので上からの命令で計画は廃止になった。
研究が押収されることを恐れた由嶌は、研究情報全てを断界に投げ込む。
さらに自分の魂を二つに分けて改造魂魄を作成。
霊骸も二つ作り、その中にそれぞれの改造魂魄を入れる。

(自身は精神崩壊で罪を逃れ、分身である改造魂魄に後を任せた形になる)

因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)
由嶌の分身。彼から記憶と人格(復讐心や野心)を受け継いだ。
受け継いだ心に従い行動したかったが、前述したように研究情報は断界に捨てている。
そのため(情報を拾い上げるために)断界研究の責任者になった。
(拾い上げるまでは大人しく丁寧な性格を演じていた)

研究情報を回収したことで、本格的に行動を開始。
各隊長・副隊長の複製体を作って本人と入れ替え、いずれは全死神を入れ替えて支配するのが目的。

(実際はボッチを拗らせただけなのだが)

また、彼の作る複製体は本人よりも強い。
霊圧が高いだけでなく、斬魄刀も強化されている。
(例:偽イヅルの侘助「重さを倍にする → 重さを十倍にする」のように(どういう理屈かは不明))

複製体は、特殊な腕輪(霊圧を抑制する)を付けているのも特徴。
(また(おそらくは視聴者への配慮として)複製体は目が青く光る)

來空(らいくう)
因幡の持つ斬魄刀。
形状:両刃槍(ツインセイバー。石突にも刃のある槍みたいなアレ)
解号:狂え
能力:空間操作

解放した斬魄刀を、
・右回転させることで空間を切り取って記憶する。
・左回転させることで記憶した空間を自在に復元する。
という「またこんなワケ分からん能力か!」とツッコまれること請け合い。

大雑把に言うなら「切り取り(カット)貼り付け(ペースト)」の能力。
・相手の攻撃を切り取って、復元することでカウンターとして利用する。
・自分のいる空間を切り取って、ダミーとして使う。
などが出来る。
(なお「カットは直前の一つのみ」だが「ペーストは何回でもOK」のため
 「流刃若火をカットする→複数回ペースト」みたいなことも出来る)

ただし、拙作中の出番は無い。

●言い訳
本当はコピー死神との死闘とか、日番谷がコピー雛森たちハーレム(修羅場)体験してるシーンとか書きたかったんです。

でも來空の能力わけわからないし、誰がいつどのタイミングでコピーと入れ替わったのかもよくわからないし。
下手に悩んでグダグダになるくらいなら、それらを一切関わらせずに進めようとした結果がコレです。


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第288話 災禍の渦中にはヤツの影あり

「湯川隊長の複製体を作れない……? 霊圧を再現できなかった、ということでしょうか……?」

「フン……真っ先に思いつく仮説がその程度かネ? お前の知識ならばもっとマシな考えを捻り出せると思っていた私がバカだったヨ」

「申し訳ありません」

 

 私の複製を作ることが出来なかった!

 

 そう叫んだ因幡七席の言葉に対して十二番隊のお二人はそんな会話を交わしていました。

 ですがネムさんの考えも、分からなくはありません。

 強い相手は完全にコピーできないとか、コピーした途端に身体が持たずに崩壊するとかは、割とお約束のパターンですからね。

 

『なんと! それはつまり藍俚(あいり)殿が暗に「自分、パなく強えっスから!」とか言ってるでござるよ……成長しましたな。みんなのアイドル射干玉ちゃんも感激のあまり目からローションが溢れそうでござるよ……よし! ではその自信のままに更木殿と卯ノ花殿に喧嘩を売りに――!!』

 

 すみません、調子に乗りました!!

 自分クソザコです!! クソザコで粗悪品すぎてコピーできなかっただけです!!

 だからごめんなさい許して!!

 

 ……って、いいじゃない! ちょっとくらいは調子に乗っても!!

 コピー能力者に「お前はコピーできないんだよ!」ってキレられたら、ちょっとくらいは嬉しく思っちゃうでしょう!? 特別製だと思っちゃうでしょ!?

 

 あと、ちゃんとした理由も予想できてるから!

 どうせアレでしょ! (ホロウ)化できるからでしょ!?

 改造魂魄(モッド・ソウル)霊骸(れいがい)も、どっちも純粋な死神相手の研究しかしてこなかったから、異物の混じっている相手は保証対象外なんでしょ!!

 どうせ「一護もこの事件に巻き込まれたけれど(ホロウ)化できる関係上コピーできなくて目障りだ!」みたいな感じだったんでしょ!?

 もう私に対してネタバレ配慮とか良いから、さっさと全部素直に吐きなさい!!

 

『えっと……その、大体正解でござるよ。一護殿は再現不可でござる……』

 

 やっぱり! だって私のことを"特異点"とか言ってたし。

 あとネムさんの推測に対する涅隊長の反応が「期待外れだ」って雰囲気だったから、となればやっぱりある程度知られている(ホロウ)化が原因じゃないかと思ったの!

 

『ファイナルアンサー!?』

 

 いえ、ここはテレフォンで!!

 具体的には因幡七席の話を聞くわよ!! だって何か喋りたそうにしてるし。

 

「湯川だけ? 何を呑気なことを言っている、貴様もだ涅ネム!!」

「私……ですか……?」

 

 まさか槍玉に挙げられるとは予測していなかったようで、きょとんと首を傾げます。

 ネムさんのそんな反応にすら苛立ったのか、コメカミをピクピクとさせながら更に叫びます。さっきからずっと思っていますが因幡七席は「麻痺毒、何するものぞ」って感じの反応を見せてくれていますよね。

 

「貴様らだけではない! 二番隊隊長(砕蜂)! 四番隊(勇音)八番隊(七緒)十番隊(乱菊)の副隊長などなど!! どういうわけか女の死神(・・・・)霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)も悉く失敗するのだ!! どれだけ労力を割いても原種の半分程度を再現するのがやっとだ!!」

 

 ん……? んん……??

 

『おや……? おやおや……??』

 

 女性死神だけが……無理……?

 

『そのようでござるな。しかも偶然にも全員、藍俚(あいり)殿が丹精込めてマッサージをした方々でござるよ。これは一体……』

 

 ……なんでかしらねー? ふしぎねー?? ぜんぜん、まったく、これっぽっちもこころあたりがないわねー???

 

『不思議でござるな……不思議が当然!』

 

 フェアリーランド!! ……ネタが古すぎるわよ!!

 

『では、そのとき不思議なことが起こったで!!』

 

 いやいや、だからそうじゃなくて!!

 なんて言ったら良いのかしらね……ああもう、理由なんて一発で分かっちゃったけどそれを口に出したくない!!

 

 えーっと、その、だから……

 さっきの言葉から察するに、さっき出した(ホロウ)化って答えは、もしかしなくても間違ってる、わよね……?

 

『確かにそうでしたな! ですが女体の神秘を再現できないというのは、至極真っ当な理由だとしか思えないでござるよマジで。具体的にはあのおっぱいとかあの太ももなどなど、もう神の作り出した奇跡! ミラクル!! それを簡単に再現できるわけないでござる!! よってこれは(ホロウ)化よりもずっと分かり易い理由だっただけのこと』

 

 いや射干玉……あなたさっき"一護だけは再現不可"って言ってたでしょうが!!

 ということは逆説的に、本来なら女性死神も複製できたはず! それが何故かこうなっている以上、もう原因は一つしかないでしょうが!!

 今まで言いたくなかったから言葉を濁していたけれど、もう言うわよ!

 言ってやるわよ!!

 責任の所在を明確にしてやるわよ!!

 

『なるほど、つまり……』

 

 そう、つまりは……

 

藍俚(あいり)殿のマッサージが原因!』

 

 射干玉のヌルヌル体液ぶっかけプレイが原因!!

 

 

 

 …………

 

『…………意見が、割れましたな』

 

 不思議ね、こんなこともあるのね……

 

『どうしてこうなってしまったのか……? どなたか! どなたかこうなった原因が分かる方は! どなたか論理(ロジック)律動(リズム)を聴かせてくださる方はいらっしゃいませんか!?』

 

 もうボケ合戦は良いから! 諦めましょう!

 ええ、認めるわよ! 認めてやるわよ!!

 

 私が、射干玉の粘液(オイル)で、マッサージをします。

 すると射干玉の粘液が邪魔したのか、私の霊圧が邪魔したのかは分かりませんが、複製体を作るのが難しくなりました。

 それに加えて粘液の総本山かつ(ホロウ)化もする私に至っては、例外の例外に加えて保証対象外すぎて、どうやっても複製できませんでしたとさ。

 

 ――多分コレが正解の理由。

 調査とか検証とか一切していないけれど、多分間違ってないと思う。

 

『なるほど……まさかそんなことになっていたとは……となると、山本殿や浮竹殿も失敗している可能性が……!?』

 

 多分ね。

 でも隊長クラスは複製が大変みたいだから、きっと後回しにしていて気付かなかったんでしょ? だから話題に上がらなかった。

 

『その割には砕蜂殿の複製を失敗していたり、藍俚(あいり)殿に至っては失敗しまくっていたようですが……』

 

 それはほら私の場合、現世によく行ってたから。

 断界(だんがい)管理者でもある因幡七席からすれば、霊子のサンプル回収も簡単だったんでしょうね。

 そこから「大量にサンプル確保したから今度は隊長クラスを試作してみるか」とやってみたら「全然出来ないぞ!? どういうことだ!?」となって「よく調べたら女性死神が全滅してるぞ!!」になったんじゃないかしら?

 これなら無理のない理由の説明に……

 

 ……いやいや、なんで私は敵の状況を慮っているのよ……? 本人に尋ねればいいじゃない。

 

「――つまり、女性死神だけが複製できない原因を調査していたものの、不明のまま。そこで私を直接拉致・捕縛して解析――あるいは排除しようと考えた。囮役には四番隊(ウチ)の隊士かつ複製可能な中で最も強くて私の油断も誘えるイヅル君に白羽の矢を立てた……こんなところかしら?」

「……くっ!」

 

 頭の中で今まで纏めたことを列挙したところ、悔しそうに吐き捨てました。

 どうやら正解だったみたいですね。

 

 ……でも、やられる方は大迷惑よね。

 早い話が――複製した海賊版を作ろうとしたら、謎のコピーガードが掛かっていて複製が出来ませんでした。なので一番怪しい相手に文句を言いいます。ついでにその相手を捕まえて解析もします――ってことでしょ?

 

 まったく失礼な話よね。

 私はただ、女性死神(みんな)心身のケア(おっぱい)を思って山登り(マッサージ)をしていただけなのに、それがこんな結果になるなんて……よよよ……

 

『この時代に"よよよ"と泣くのはどうかと思いますなぁ! しかも思いっきり嘘泣きでございますぞ!! ほらほら、マユリ殿が何やら喋りますから聞きましょう藍俚(あいり)殿!!』

 

「随分と短絡的じゃないかネ、因幡?」

「……何ィ……?」

 

 その言葉に、項垂れた姿勢のまま視線だけを移して涅隊長を睨みます。

 

「未知の研究材料を発見するということは、新たな発展の可能性が増えたということだヨ。生まれた例外に悩み、自らの才にてそれ以上の物を生み出す。ままならぬからこそ、創造の余地が生まれる……わかるかネ?」

 

 その理屈はわかりますよ……わかるんですけど……

 

 それを私を横目で凝視しながら言わないで貰えますかね涅隊長!?

 心の中で何を考えているのかは分からないですけど、どんな気持ちなのかは分かりますよ! きっと「調査項目が新しく増えた」みたいに喜んでるんですよね!?

 

「次はもっと確実に、万全かつ慎重に行うべきだヨ……まあ、次がお前にあればの話だがネ……ああ、丁度来たようだ」

「何を言って――む! こ、これは……!?」

「いた! 藍俚(あいり)様!!」

 

 話を切り上げるように明後日の方を向いたかと思えば、そちらの方向やら複数人分の霊圧がやって来ました。

 続いて砕蜂の声が聞こえ、彼女がこの場へと姿を現しました。背後には隠密機動の面々も連れてきています。

 

「ご無事ですか!? 連絡を受け、急いでやってきたのですが……この惨状は一体……!?」

「ええ、私たちは無事よ。でも砕蜂、報告って……?」

 

 総隊長への報告だったら、出発前に十二番隊の隊士にお願いしました。

 でもそこから話が通って隠密機動が捕縛に動くには、少々時間が掛かるはずです。まだあの時点では確たる証拠などもありませんでしたからね。

 少なくともこのタイミングで砕蜂が来るとは思えない。

 それがどうして突然やってきたのか、理解が追いつかない頭で尋ねれば、彼女は涅隊長を横目で見つつ教えてくれました。

 

「そこの涅マユリから、この場所と状況についての連絡が入ったのです。過去に禁じられた研究を受け継いだ者がいて、このままでは藍俚(あいり)様が危険だと」

「なにそれ……?」

 

 連絡なんて、私は入れてないし……となればまさか!!

 どうやら同じ結論に思い当たったようで。私と因幡七席は同じタイミングで涅隊長に視線を移しました。

 

「隠密機動……まさか涅マユリ! 貴様、私の尋問の最中に!?」

「はて、ご想像にお任せするヨ……ただ――」

 

 ぎょろりと目を見開きながら、

 

「――霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)も解析し準備を整えたとはいえ、不確定要素は残っている。湯川藍俚(あいり)だけでは対処できぬ可能性を考えれば追加の手勢を呼ぶのは当然のことじゃないかネ? それもあの女と友好的な相手であれば、余るほどの人数を連れてくることは分かっていたからネ」

 

 そうですよね……涅隊長ですものね……絶対に勝てる戦いしかしないタイプですものね……

 事前準備は万端なのは予想が出来ていましたが、まさか私を餌にして砕蜂まで呼んでいたなんて……

 

 この発言で、半ば掌の上で踊らされたと気付いたのでしょう。砕蜂の目が刺すように鋭くなって涅隊長を睨みますが、それを向けられる当人は涼しい顔のまま。

 それどころか隠密機動の皆さんに向けて平然と言い放ち始めます。

 

「アア、二番隊の諸君。その男が下手人だヨ。我々はこの場の証拠品を押収するという仕事がまだ残っているのだからネ。さっさと捕まえたまえヨ」

「勝手に仕切るな! 何が押収だ! ええい、お前たち! その男はとっとと捕まえろ! 他の者は現場検証と押収を……あ、こら! 勝手に触るな涅ネム!!」

 

 さらにはネムさんが残った現場資料をどんどん運び始めました。

 あの資料、押収するんでしょうね……自分の懐へ……

 可哀想に……そうならないために研究結果を断界(だんがい)の中に隠したり魂魄を分けたりしたのに、結局持って行かれちゃうなんて……

 

「ま、何はともあれ。これにて一件落着ってところかしらね」

 

 慌ただしく動く涅隊長たちや隠密機動の皆さんを眺めながら、私はそう呟きました。

 残る問題があるとすれば、複製した死神をどうするかくらいでしょうかね? 結局、廃棄するしかないんでしょうけれど……

 でも、それでも何とか生かしてあげたいって思うのは私のワガママなのかしら……

 

『ああ、それならもしかするともしかするかもしれないでござるよ』

 

 えっ!? それってどういう……!?

 

「マユリ様、どうやら扉が隠されているようです」

「ホウ? どれどれ……」

 

 そんな私のセンチメンタルな気持ちと射干玉の言葉への疑問など一切お構いなしに――ついでに砕蜂の制止もお構いなしに――研究成果を漁っていたネムさんでしたが、どうやら資料以外に隠し部屋まで見つけたようです。

 ペタペタと壁に数回手を触れただけだったのですが、ネムさん良く見つけられたわね。

 私には何の変哲も無いただの壁にしか見えないんだけど、涅隊長が怒り出さないところを見るにどうやら偽装されていたようです。

 

 そして、隠し部屋があると聞かされて黙っていられなくなった人もいました。

 

「やっ、やめろ!! そこには手を触れるな!!」

「暴れるな!」

「大人しくしていろ!!」

「ぐわっ……! は、放せ貴様ら!!」

 

 因幡七席です。

 ……隠密機動に捕縛されて、さらに鬼道も掛けられているからほとんど芋虫くらいしか身体が動かせないはずなのに、まだアレだけ暴れられるのね……とはいえマトモに動けないのは変わらないので、隠密機動の方々に連行されています。

 

 ですがアレだけ分かり易い反応をみせたということは、見られたくない何かがあるのでしょう。

 涅隊長も同じ考えだったらしく、嬉々とした様子で壁に何やら触れています。

 どうやらピッキングのような解錠作業をしているらしく、数秒後には壁に長方形の切れ込みが入るとアッという間に入り口が出来ていました。

 

「開いたようだネ。さて……何を隠していたのやら、たっぷりと見せて貰おうじゃないか!」

 

 そういえば涅隊長、虚圏(ウェコムンド)でザエルアポロの保管庫を漁っていたっけ。となれば今回もそれに類する何かがあるのかしらね。

 涅隊長もそのときの事を思い出しているのか、口の両端を釣り上げながら入室していきました。そしてネムさんが後に続きます。

 

 ……わ、私もちょっと興味があるから入っちゃおうっと!

 

「これは……」

 

 室内は薄暗く、最低限の照明すら灯っていませんでした。

 狭く、けれども堅牢そうに作られた部屋の中には霊骸(れいがい)を作成していたのと同じような巨大な水槽があるだけです。

 あら、何かしら……? 水槽の中に人影が……

 

「これは!」

「コレが、因幡が隠したかった物かネ?」

 

 人影をきちんと目視できる距離まで近づいた所で、思わず大声を上げてしまいました。

 隣の涅隊長が水槽の中を睨みながら訝しげに呟くのも、気になりません。

 

「これって由嶌(ゆしま) 欧許(おうこ)!? いえ、違うわね……彼は男性だった。この中にいるのは女性……でも、顔はそっくり……一体どういうこと……?」

 

 水槽のガラスに手を触れながら、私はそう呟きました。

 




●マユリ様
あの短時間で解析して、複製体を無力化する毒を作って、因幡の居場所を調べて。
さらに万全を期すために(藍俚(あいり)のことを利用して)砕蜂も呼ぶ。

でもマユリ様ならこのくらいやるだろうと思う。

由嶌(ゆしま) 欧許(おうこ)因幡(いなば) 影狼佐(かげろうざ)
身体が弱くて他者から評価されず、劣等感を抱いていた。
それが原因で「仲間とか要らない! 孤独こそが真の強さだ!」とボッチをこじらせた結論に至っていた(複製体を作ったのも、この辺が要因としてあるはず)

元ネタでは一護や仲間との連携で追い込まれたり、複製体が誇りを取り戻して邪魔されたりと、リア充友情パワーの前に破れた。

(拙作中では理不尽という名の粘液と天才科学者に振り回された挙げ句「こう言えば砕蜂が全力で助けに来るだろ」という友情パワー(マユリ主導)を見せつけられるという、とても可哀想なネタ)


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第289話 新人死神誕生

由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)、ですか? ですがその者は因幡七席のことだと先ほど本人が話していたはずでは……?」

「ええ、だから私も不思議なの」

 

 思わず叫んだ言葉にネムさんが疑問を投げかけてきましたが、上手く返事をすることが私には出来ませんでした。

 培養液で満たされた水槽の中に浮かぶのは、由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)とよく似た顔立ちの女性なのですから。

 

 ……ええ、女性です。

 しかも培養液たっぷりの試験管の中にいるわけですから、当然のように裸です。

 

『詳しく! 詳しく描写を! 特におっぱいとかおっぱいとか、あとおっぱいについて!!』

 

 はいはい、落ち着いて。

 繰り返しになるけれど顔立ちは由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)を彷彿とさせる作り――って言ってもピンと来ないでしょうから。

 そうね……容姿はツリ目でクールな印象が感じられる女性ってところかしら。

 髪色は濃いめの緑で、肩に掛からない程度のショート。

 それで肝心のお山(おっぱい)だけど……

 

 ……控えめ、かしら。

 

 体つきは少女と大人の中間くらいで、その見た目に見合った大きさではあるんだけど。

 織姫さんとかハリベルで目が肥えちゃったかしら? どう頑張って見ても、動きやすそうなボリュームのお山(おっぱい)と評価するのが精一杯。

 

 ただね、脚が良いわ。

 

藍俚(あいり)殿?』

 

 さっきからずーっと、頑張っているんだけど……チラチラみちゃうのよ!

 評するなら「太ももがムチムチしてて、思わず抱きついて頬ずりしながら舐め回したくなる様な魅力を備えている!!」ってところかしら?

 

『ほほう、それはそれは……』

 

 はいはい、ちょっと粘液が漏れているから我慢して。

 今まだシリアスな場面だから。

 

「因幡七席が由嶌(ゆしま)の分身だというのなら、彼女は一体何なのか? どうして由嶌(ゆしま)に似た容姿をしているのか? 関わりがあるのは間違いないと思うんだけど……」

「フン。大方、予備の複製体か、そうでなければ由嶌(ゆしま)本人が復活するための器といったところだろう。もっとマシな物があると思っていたが……実につまらんネ」

 

 興味の大部分を失ったような雰囲気で涅隊長がそう吐き捨てると、培養槽に備え付けられた機械に触わり始めました。

 

「何よりこれ以上の推論はどれだけ重ねたところで時間の無駄だヨ。知りたければコレに直接聞けば良いじゃないか」

「え……ちょっと涅隊長!?」

「静かにしていたまえ手元が狂っても責任は持たんヨ」

 

 そう言いつつも淀みない手つきでコンソールが操作されます。おそらく、この少女を覚醒させようとしているのでしょう。

 やがて水槽から培養液が抜け、続いて周囲のガラスが緞帳のように上がり――

 

「おっと、危ない危ない」

 

 ――支えを失って倒れるより早く彼女を受け止めました。ついでに隊首羽織を脱いで肩へ羽織らせてあげます。

 さっきも言いましたけれど、全裸ですからね。このぐらいはしてあげないと。

 

『ここにいるのはマユリ殿たちと拙者たちくらいなので、全裸でも一向に構わないのでは? むしろ目の保養になるので拙者としては大助かりで!! まっぱだカーニバルを開催してしまっても一向に構わんでござるよ!!』

 

 私だってしたいけれど!! そうしたいけれど!!

 でもそれだと本人が目覚めたときの第一印象が変わってくるでしょう!? だから私も涙を呑んでこうやって肌色を隠し――

 

「こ、ここは……?」

 

 ――あら? 目が覚めたみたいね。受け止めた時の衝撃で意識を取り戻したのかしら? けど、コレはコレで好都合。話を聞いてみましょう。

 

「あなた大丈夫? 名前は?」

「名前……私は……九条(くじょう)望実(のぞみ)……だったはず……」

「そう、九条さんっていうのね。私は湯川藍俚(あいり)って言うの」

「ゆ、かわ……?」

 

 目覚めたとは言っても、どうやらまだ完全には覚醒していないみたいね。

 私の問い掛けに対して途切れ途切れになりながら答えたところから察するに、彼女はまだまだ正常な思考が出来ていないみたい。

 私の名前をオウム返しした途端、今まで虚ろだった彼女の目つきが急激に鋭くなっていきました。

 

「……ゆかわ……ゆしま……っ!! そうだ私! ここは!? それにアイツは……え、ああっ!?」

 

 そう口にして警戒するような眼差しで周囲を見渡したところで九条さんは自分の格好に気付いたらしく、動きが止まりました。

 続いて肩に掛けられた羽織に気付くと、不思議そうにそれに手を伸ばします。

 

「これは……?」

「それは私の隊首羽織よ。あなた裸だったから、応急処置ってところだけど一応ね」

「ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 俯いて顔を真っ赤にしながら、か細い声でお礼を言ってくれました。

 そう言いながらも彼女は背中を丸め、さらに羽織を両手でぎゅっと抱き込むことで必死で肌面積を少なくしようと奮戦していました。

 羞恥心と戦うその姿が、とても素晴らしいですね。

 

 ほらね射干玉、効果があったでしょう? こんな可愛い表情が見られたわよ!

 

『むむ、確かに……そうと知っていれば拙者の体液で全身を覆い隠していたというのに!!』

 

 それは駄目! それはまだ早いから!! もうちょっと待ちなさい!!

 初心者にはハードルが高すぎるから!!

 

「ところで……もしかしたら辛いことを尋ねるかもしれないけれど大丈夫?」

「……なに?」

 

 様子が落ち着いたところを見計らって、そう切り出します。

 

由嶌(ゆしま) 欧許(おうこ)――この名前に心当たりはあるかしら?」

「っ!!」

「どうやら、当たりみたいね」

 

 再び視線が鋭くなりました。

 驚きや警戒といった感情が入り交じった眼差しで、周囲を落ち着きなく見回します。

 

「あ、もしも因幡(いなば)影狼佐(かげろうざ)のことを気にしているのなら、安心して。彼は捕縛済み。もうあなたを捕まえたりはしないわ」

「え……!? ほ、本当か!? 本当に!?」

 

 九条さんの表情が、ようやく穏やかなものになりました。

 

「ええ、本当よ。だから九条さん、落ち着いて話して欲しいの。あなたが何者で、由嶌(ゆしま)とはどういう関係――」

「まどろっこしいネ。ほら、聞いてやるからさっさと喋りたまえヨ!」

「――ちょっと涅隊長!? 彼女はまだ……」

「いや、大丈夫だ」

 

 業を煮やした涅隊長がせっついて来たのでそれを諫めようとしますが、九条さんは力強い口調で言い放ちます。

 

「話させてくれ、私の知っていることを」

 

 そうして、彼女は昔話を語り始めました。

 

 

 

 ――とは言っても、因幡七席の言ったことの補足みたいな内容が大半でしたけどね。

 

 彼女もまた、因幡七席同様に霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)にて作られた由嶌(ゆしま) 欧許(おうこ)の分身でした。

 つまり、魂魄を二つに分けて二人の分身を作ったわけですね。そうすることで霊圧を変化させて誤魔化し、容易に発見できなくする狙いもあったとか。

 

 その後、来たるべき時が訪れた際には因幡と融合することで新たな由嶌(ゆしま)欧許(おうこ)へと生まれ変わるための存在でもあったそうです。

 ですが九条さんはそういった目的を嫌い、因幡と反目したとのこと。

 なんでも生み出された九条さんは、由嶌(ゆしま)の姿形や理性といった面を継承していたようで。仲間である死神を傷つけることを嫌ったようですね。

 

 ですが、どれだけ邪魔な存在であろうとも因幡にとっては真の姿に戻るための大事な片割れです。始末なんてできるわけがない。

 その結果、水槽の中で眠らせておいて必要になったら取り出して融合する――という処置に落ち着いたようです。

 

 眠らされて意識を失い、再び目覚めた時に見たのは――

 

「――私たちだった、というわけね」

「ああ……それに驚いた。まさか、私が意識を失っている間に全てが終わっていたなんて……」

 

 それについては、ねぇ……ご愁傷様としか言えないわ……

 ひっそりと狂気の計画を練り続けていた相手をどうにかしたいと思いながらも眠らされてしまいました。

 目が覚めたら全部終わっていました。

 なんて言われたらねぇ……どんなリアクションすればいいのか分からないわよね……

 

『こんな時にどんな顔をすれば良いのかわからんでござるよ!!』

 

 ……太ももを眺めて鼻の下を伸ばしておきなさい。

 

『ムチムチ! ムチムチでござるよ!! 下からのアングルでなめ回してえでござるよ!! 何故この世界はドラクエでないのか!? なめまわしの特技を今ここで覚えるでござるよ!! そのためのダーマでござる!!』

 

「やれやれ……わざわざ聞いてやればつまらんオチだネ」

 

 そんな九条さんの話でしたが、涅隊長の心には届かなかったみたいですね。

 近場の荷物を椅子代わりに腰掛けて話を聞いていたのですが、そこから立ち上がると興味の無い視線で九条さんを一瞥しました。

 

「結局、お前も因幡の作った偽物共と変わらんということだろう? わざわざ隠していた以上、どれだけ珍しい力を持っているのかと思っていたというのに……これなら、既に確保した偽物共だけで充分だヨ。さあ、帰るぞネム」

「承知しましたマユリ様。それでは湯川隊長、失礼致します」

 

 さっさと帰って行く涅隊長と、大きな荷物を抱えたネムさんがそれに続きます。

 そして残ったのは私たち二人だけとなりました。

 

 

 

 ……あっ! これってつまり、私が九条さんの面倒を見ろってこと!?

 だって彼女、今回の最重要人物だし。オマケに過去に廃棄を命じられた改造魂魄(モッド・ソウル)だし。

 涅隊長に面倒ごとを押しつけられたわ……!!

 

 だ、だったら私だってやってやるわよ!! こっちだって一応は隊長なんだからね!!

 

 

 

「……九条さん。あなたはこれからどうするの?」

「どう、とは……?」

 

 去って行く涅隊長たちの背中を眺めながら考えること十数秒。大まかな計画を決め終えたところで、そう切り出します。

 ですが私が何を言いたいのか分からないらしく、彼女はきょとんと首を傾げました。

 

「どう生きていくのかってことよ。計画を遂行していた因幡七席は捕縛されて、多分刑罰は確実でしょうね。でもあなたは関係ない。由嶌(ゆしま)によって作られたとはいえ、計画に否定的な立場だった以上は情状酌量の余地は充分にある。私も弁護するつもりだから、今回の件については不問になる可能性は高いと思うの」

 

 と、簡単にですがこれから起こるであろう出来事を簡単に説明します。

 さりげなく「自分は味方ですよ」とアピールするのも忘れずに。

 

「でもそれだけだと弱い。過去に違法と判断された改造魂魄(モッド・ソウル)である以上、それを理由に処罰される可能性は残っているの。だから、そう判断されないような……自分が過去の改造魂魄(モッド・ソウル)由嶌(ゆしま)・因幡とは違う存在だと主張する必要があると思うのよ」

 

 さらに、未来への恐怖を少しだけ煽ります。

 処罰から逃れるだけなら、流魂街に逃げ込むとかでも充分なんですけどね。

 でも、どうせだったら恩を売ってこっちに引き込みたいじゃない? この太ももを逃す手は無いって思わない!?

 

藍俚(あいり)殿が悪いことを考えているでござるよ……』

 

「違う存在、か……けど、私には何も……」

「そこは私に任せて!」

 

 不安そうに俯く彼女を力づけるように、私は胸をドンと叩きました。

 

 

 

 

 

 

 

 ――というのが、三ヶ月前。彼女と初めて出会った事件の大体のあらましなの!

 

『285話の最初に書いていた内容でござるよ!!』

 

 この間も色々とあってね。

 

 まず因幡七席――もとい、因幡さんはもう席官どころか一般隊士でもなくなったの。四十六室に処罰を受けて真央地下大監獄――藍染が送られたあそこって言った方が分かり易いかしら?――に収監されることになったわ。

 過去に禁止された技術を復活させて尸魂界(ソウルソサエティ)への復讐を企んでいたことから、かなり重めの判決が下ったみたい。

 

 彼が作っていた霊骸(れいがい)改造魂魄(モッド・ソウル)、研究成果なんかは……捕縛の際に大騒動があって大部分が消失しちゃったみたい。

 証拠となりえる部分は大丈夫だったから刑は執行されたけれどね。

 

 しらない、私はなんにもしらない。十二番隊と取引なんてしてない。

 

 続いて九条さん。

 九条さんについては「何も知らなかった」ことや「否定的な立場を取っていた」ことを考慮されて、今回のことについては目論見通りにおとがめ無し。

 改造魂魄(モッド・ソウル)であるという存在の是非についても、目論見通りに自分が尸魂界(ソウルソサエティ)に有用な存在であると証明し続けることで、条件付きとはいえ許されることになったわ。

 

 で、その条件というのが――

 

「失礼します」

「どうぞ」

 

 部屋の外から聞こえてきた声に、霊術院の学長が返事をします。

 一拍遅れて扉が開けば、そこには死覇装(・・・)を身に纏い、腰には斬魄刀(・・・)を携えた九条さんの姿がありました。

 

「へえ、見違えたわよ九条さん。どこからどう見ても死神だわ」

「あ、湯川隊長……ありがとうございます」

 

 素直な褒め言葉に、彼女は頬を赤らめながら軽い会釈をしてくれました。

 

 もう想像はついていると思いますが。

 条件というのは、死神となって尸魂界(ソウルソサエティ)に有用な存在であると証明し続けるというものでした。

 

 改造魂魄(モッド・ソウル)であっても死神になれるというのは、因幡の時点で証明されていますからね。

 ですが「有用な存在であると証明」するためには、まずは一刻も早く死神とならなければなりません。

 そのためにまず、三ヶ月以内という猶予を四十六室にみとめさせました。

 実際、かなり厳しい条件ではあったものの、九条さんは見事に期待に応えてくれました。短期間・促成栽培とは思えないほど立派な姿です。

 私も忙しい合間を縫って、時々彼女に指導した甲斐がありました。

 

藍俚(あいり)殿は四番隊の仕事をやりつつ、虚圏(ウェコムンド)でハリベル殿たちのおっぱいを揉みつつ、望実殿の教育までしてたわけでござるか……忙しすぎでござるよ!!』

 

 だって仕方ないでしょ! 時期が被っちゃったんだもの!!

 

 ……あ! え、えとですね!

 そしてもう一つの「証明し続ける(・・・・)」という内容についてなんだけど――

 

「九条望実さん。もう聞いているだろうけれど、あなたは一週間後に十三番隊への入隊が決定しています」

「はい」

「それと入隊後は現世駐在任務……正確には先に駐在している死神の補佐という立場になります。本来は一地区に一人の死神が原則ですが、今回は特例。補佐の死神を認めるほどその地区は重要視されているからです。心してくださいね」

「わ、わかりました!」

 

 少し緊張した面持ちで返事をしてくれました。

 

 ――とこのように、現世駐在任務のお手伝いです。四十六室と交渉して、この内容で認めさせました。

 裏工作とは脅しとかは……いっさいやっていません。

 

『誓って非合法な手段は使ってないでござるよ!! ただちょっと、認めて貰わないと十一番隊がハッスルした際に、気になって全力が出せなくなるかも……とか口にしたとかしないとかそんな噂が流れたらしいでござるよ!!』

 

 まったく、どこの誰がそんなことを言ったのかしらね?

 

「と、ところで湯川隊長。駐在任務というのは具体的にどこなんでしょうか……?」

「それはね――」

 

 

「――現世の重霊地、空座町よ」

 




同じ改造魂魄(モッド・ソウル)の仲間もいるし。

九条(くじょう)望実(のぞみ)
護廷十三隊進軍篇のヒロイン。因幡と同じく由嶌の分身。
彼女は由嶌の理性や容姿を受け継いだ模様。

「初登場時がすっぱだか(ボロ布は巻いてるけれど)」だったり
「やたら太ももを強調される描写がいっぱいある」だったり
「スケベ(担当声優は金元寿子氏)」と言う破壊力抜群の台詞があったり
色々と活躍の場に恵まれている。

退紅時雨(あらぞめしぐれ)
九条望実の持つ斬魄刀。
形状:十字剣(先端が十字架のようになっている西洋剣みたいなデザイン)
解号:降りしきれ
能力:相手の力を吸収し、それを自分の力にして放出する

能力は双魚理と大体同じと考えれば問題なし。
(あちらの「攻撃を受け流して反射」に対して
 こちらは「攻撃を受けて溜めて反撃」と棲み分けは出来ている。
 他にも「色々と攻撃を溜めて溜めて一気に反撃する」みたいな使い方も出来る)



アニオリだと因幡と九条で合体してパワーアップとかしていましたが、拙作では……
まあどっちも生きているし、やり直しとか和解の機会はある……といいな……


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第290話 マッサージをしよう - 九条望実 -

空座(からくら)……町……?」

「知らない? 夏の頃からこっち、度々(たびたび)話題に上がっていた場所なんだけど……」

「す、すみません……」

 

 九条さんに駐在任務の場所を伝えたところ、ポカンとした芳しくない反応でした。

 それどころか知らないことを己の失態と判断したらしく、申し訳なさそうに頭を下げてきます。

 

「大丈夫。あなたの場合は事情が事情だし、それに霊術院の座学でやる範疇でもないから。知らなくても当然よ……だから――」

 

 続いて横目でチラリと、別の方向に視線を向けます。

 

「だから学院長も頭を上げてください」

「い、いえ、しかし! 彼女が知らないということは講師の――延いては長である自分にも責任が――!!」

「いやいや、そんな責任ありません! ありませんからもう止めて!!」

「し、しかし!」

 

 そして何故か学院長も平身低頭です。

 というか「しかし!」って言わないで! 本当にあなたに責任は無いんだから!

 あとなんでそんなに、顔を恐怖に怯えさせているのかしら!? 私が特別講師をしていた頃だって、学院長はぶっ飛ばしたりしてなかったでしょ!!

 あの頃は新入生しかシメて……もとい、強めの指導はしてなかったから!!

 

 必死で宥め(すか)して、どうにか二人とも頭を上げてくれました。

 

「何はともあれ。九条さん、霊術院の卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「それと学院長も、色々とありがとうございました。それでは本日はこれで失礼します」

「はい。それでは後のことは、湯川隊長にお任せいたしますので」

「ええ、任されました。それじゃあ九条さん、行きましょうか」

「え……あ、はい。それでは失礼します」

 

 要件は済んだので挨拶を済ませて席を立てば、九条さんが私の後を追うように慌てて立ち上がりました。

 部屋を出て、先んじて廊下を歩きながら、後ろに着いてくる彼女の緊張をほぐすように声を掛けます。

 

「霊術院の講義はどうだった? 期間が短かったから大変だったでしょう?」

「……はい、確かに。けど湯川、隊長が言ってたように、私は私の存在を証明すると誓ったので……」

「そっか、偉いわね。成績を見るだけでも、その誓いが嘘じゃないことがよく分かるわ。本当に、素晴らしいくらいよ」

「それは、その……ありがとう……」

 

 ちょっとまだどこか固い口調ですね。湯川と隊長の間に一瞬の間があったりしていますから。

 ですが褒めれば顔を赤くして視線を外しつつもお礼を言う辺り、とても可愛い子です。

 そんな感じでもう少しだけ世間話を交えながら、ときどきからかいつつ、丁度良き頃を見計らって本題を切り出しました。

 

「そうそう、任務についてのことだけど。前にも言った通り、本格的に始まるのは一週間後から。もう少し細かく説明すると、一週間後の十三番隊への入隊と同時に現世駐在任務になります」

「その辺りは、私も聞いています」

 

 まあ、そうよね。というかその辺はもう既に確認済みだし。

 でもね、予定と実情はちょっとだけ食い違っているの。

 

「けれど実際には、隊の雰囲気に慣れるという意味で、予定の数日前から十三番隊へ行って貰おうって話が出ていて……あ、これは十三番隊(むこう)からの申し出だから、九条さんの意思で拒否することもできるけれど、どうする?」

「いえ、行きます。行かせてください」

 

 やたらと決意を込めた瞳で、そう断言されました。

 

「そう? じゃあ十三番隊(むこう)にはそう伝えておくわね。大丈夫、浮竹隊長を初めとしてみんな良い死神(ひと)たちばっかりだから。緊張する必要はないわよ」

「はい……ん?」

 

 返事をしたところで、九条さんは眉間に皺を寄せて考え込み始めます。 

 

「どうかした?」

「……数日前、から?」

「ええ」

「今から、ではなくて?」

「ええ、そうよ」

 

 偉いわね、ちゃんと話を聞いて気付けたみたい。

 彼女を安心させるように、にっこり微笑みながら頷きます。

 

「今から九条さんには、四番隊で少しだけ検査を受けてもらうわ。霊術院ではずっと詰め込みっぱなしで疲れたでしょうし……それにあなたはほら、少しだけ他の死神とは違うから、念のため直前にもう一回、ね?」

「な、なるほど……」

 

 ……仕方ないの。

 直前の資料を四十六室に提出しないといけないの……

 私だってこんな面倒なことしたくないわよ……

 

 そうやって説明すれば、微かに戸惑いつつも頷いてくれました。

 戸惑っている辺り、どこかモルモット扱いされるかも知れないと思っているのかしらね。

 

「大丈夫、下手な旅籠(はたご)なんて比べものにならないくらい設備は整っているから安心して! お布団はフカフカだし、お料理だって美味しい! 何より清潔さなら瀞霊廷でも一番よ!」

「あ……ふ、ふふ……っ……」

 

 そんな落ち込んだ気持ちを吹き飛ばすように力強く言えば、私の気遣いに気付いてくれたのでしょう。

 九条さんはやがてクスクスと小さく笑い始めました。

 

「じゃあ、お願いしますね」

「任せて! 怪我も疲れも、私が誠心誠意、力一杯癒やしてあげるから!」

 

 四番隊へと案内する道すがら、心の中ではガッツポーズを取り続けていました。

 

 ……射干玉が。

 

 私? 私は「言質は取った」としか思ってませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。検査、大変だったでしょう?」

「くぁ……あ! ど、どうも……」

「いいからいいから、そのまま楽にしていて」

 

 日はとっぷり沈み、夜特有の騒がしさもナリを潜め始める頃合いに、九条さんのところへようやく顔を出せました。

 彼女の方はといえば長時間の検査も既に終わっており、それどころか夕飯も湯浴みも済んでいます。今は割り当てられた部屋にてゆっくりと一人でくつろいでいる所でした。

 座布団の上に座り込み、完全に気の抜けた面持ちで大きく伸びをしていたところに来訪してしまいました。

 慌てて取り繕おうとする彼女を仕草で制しつつ、室内に入ります。

 

 ちなみに部屋は、少し離れた位置にある個室です。

 周囲の声を気にせず、落ち着いてゆっくり休んで貰える部屋として評判なんですよ。

 決して「大きな声を出してもここなら聞こえない」とか、そういう意図や狙いは一切ありません。

 ありませんったらありません。

 

「その様子だと、やっぱり随分疲れたみたいね」

「あ、いえ……そ、そんなこと……」

 

 あくびで少しだけ浮かんだ涙を指先で拭いながら否定しますが、その言葉を無視して私は彼女の後ろに回り込みます。

 

「言ったでしょう? 怪我も疲れも私が癒やす、って」

「ん……っ……!?」

 

 そして優しく肩を揉みます。

 まずは首回りから肩甲骨の辺りを目がけてゆっくりと、力を入れすぎずにコリを柔らかくほぐしていくように。両手をいっぱいに使いながら、マッサージをしていきます。

 

「それに私の按摩って、女性死神の間でも評判なのよ。だから、遠慮しないで」

「あ……っ! あっ……!」

 

 九条さんは今日はもう、寝るくらいしか残っていません。

 湯浴みの済んだ身体はほんのりと温かくて、石鹸の良い香りが漂ってきます。

 油断していたこともあってか寝間着はほんの少し着崩れており、緩んだ襟元の隙間からは微かに火照った胸元がチラリと覗けました。

 

「力を抜いて……私に身を任せて……」

「ちから、ぬく……みを、まかせる……」

 

 私の言葉に素直に従うように、九条さんは力を抜いて手足をだらんとさせていきます。

 ゆっくりと後ろへと倒して来た頭は、衝撃を殺しながら受け止めます。まるで私に身体を預けてきたかのようです。

 顔を覗き込めば、疲れと心地良さと眠気がごちゃ混ぜになったような、なんとも蕩けたような表情をしています。

 

 具体的に言うなら、このまま何をやっても気付かれないと確信できる。九分九厘の確率で全部夢だったで片付けられるような、そんな感じでしょうか。

 

「ほらほら、身体は正直よね。疲れている、もう休みたいって言ってるわよ。だからほら、そのままゆっくりと……」

「……ぅ……ん……っ……」

 

 受け止めた頭を優しく撫でながら、ダメ押しのように耳元で囁きます。それが効いたのか、とうとう九条さんの意識は完全に沈んだようです。

 

「九条さん? おーい、聞こえるかしら……? あらら、どうやら寝ちゃったみたいね」

 

 軽く呼びかけつつ呼吸のリズムを調べたりや霊圧知覚を併用した結果、完全に寝たことが確認できました。

 あらら、駄目よ。ちゃんと起きてないと。どうなっても知らないわよ? 

 

「それじゃ、このまま続けるわよ」

「ふ……ぁ……」

 

 まずはこのまま。

 すっかり意識と力を失った身体を布団の上に寝かせると、全身にマッサージを施していきます。

 眠りから起こすことの無いように、絶妙な手つきと力加減で集中しながら。

 

「さて、これで末端部分は問題なし。後は……」

 

 理由作りのためにも一通り終えたので……

 あ、駄目。口元がにやけるのが我慢できない。

 

 奥歯を噛み締めて真面目な表情を作りながら、寝間着を脱がせていきます。

 以前に一度、全裸状態の彼女を見たこともあるので、裸を見るのは今回が二度目です。ですが一度目は状況が状況なので、それほど(つぶさ)に見られませんでした。オマケに水槽のガラス越しです。

 

 ですが今回は違います。

 衣擦れの音を僅かに響かせながら、九条さんの身体に肌色の面積がゆっくりと広がっていくのをじっくりと確認できます。

 

 お山(おっぱい)は小ぶりで、手の中にすっぽり収まっちゃう程度。

 だけど太ももがむっちりとしていて、とっても魅力的。思わず抱きつきたくなるくらい! しかもこの三ヶ月の霊術院生活で鍛えられたみたいで、以前見たときよりも迫力が増してるわ!!

 身体全体が、以前よりも少しだけメリハリがついてて、全体のバランスが整ったからかセクシーさが大幅にアップしてるの!!

 

「なるほど……九条さん、本当に真面目に頑張ってたのねぇ……」

「……ん……っ……」

 

 そんな彼女の努力の成果を目の当たりにしながら、まずはお腹周りに触れます。

 無駄な脂肪一つない、スッと整ったお腹。

 けれども腰回りへと進むにつれて少しずつ肉付きが良くなっていて、指先から伝わる感触はふっくらと弾力のあるものへと変わっていきます。

 そのままもう少しだけ、寝間着を(はだ)けさせながら手を下に……

 

 ……あら? この感触って……

 

「そっかそっか、もう寝るだけだものね」

 

 思わず納得してしまいました。

 九条さん、パンツはいてません。

 

 けど死覇装は超ミニなんだから、普段はちゃんとはいておいてね。

 今はありがたいから問題ないけど。

 

「さて、それじゃあまずは上半身から」

「あ……っ……う、ん……っ……」

 

 いつものマッサージの時の癖で声を出しながら、両手を胸元へとあてがいます。

 お山(おっぱい)は手の中にすっぽりと収まって、少し物足りないくらい。

 そのまま傾斜を指先でなぞっていくと、眠ったままの九条さんの口から小さな嬌声が零れ出てきました。

 瞳を閉じたまま、けれども刺激を受けたことにゾクゾクと背筋を震わせます。

 

「はいそのまま、ジッと我慢しててね」

「ん……あっ……ああっ……」

 

 緩やかな曲線を指先で何度も撫で回していきます。

 身体に刺激を覚え込ませて行くようにじわじわと指先の力を強めていけば、その弾力がはっきりと感じられました。

 同時に九条さんの反応も少しずつ大きくなっていき、吐き出す吐息がゆっくりと激しくなっていきます。

 そうしている間にもマッサージは続き、やがてされるがままの彼女のお山(おっぱい)、その頂へと指が掛かりました。

 

「あっ……!!」

 

 九条さんの身体が一瞬ゾクリ、と大きく跳ね上がります。

 なにしろマッサージで充分に身体をほぐされ、血行が良くなった身体ですから。

 お山(おっぱい)の頂上は、その施術の成果を証明しているかのようにツンと屹立していました。

 身体は火照ったように桜色に染まり、指先でそっと触れると焼けた鉄のような熱が感じられます。

 石鹸の香りに混じって、汗の匂いが少しずつ強くなってきました。

 その汗の匂いの更に奥には、まるで隠し味のように、ほんの僅かに女性の香りも漂っています。

 

「ん……っ……スケ、ベ……あっ……!」

 

 されるがままに刺激を受け続けた影響なのか、九条さんの口から漏れ出た"スケベ"という言葉の中には、ほんの僅かな拒絶と、それ以上の期待の感情が込められていました。

 思わず、聞いて驚いちゃった。

 だって――まだ知り合って三ヶ月くらいだけど、こんな態度を見せるような子って印象じゃなかったのよね。どっちかといえば真面目で責任感が強い、潔癖なタイプって思ってた。

 

 ……つまりこれは、今だけ! 普段の彼女からでは絶対に聞けない、私だけの特権ってことよね!!

 

「あっ、あっ……あっああっ……! はぁぁ……っ……!!」

 

 特権という言葉を意識してしまったのか、ちょっとマッサージを強くやりすぎちゃったみたい。

 指先で頂点を擦られる刺激に、九条さんは更に甘い吐息を吐き出しました。

 その艶めかしい声音を聞きつつ、片手を下半身の方へと伸ばします。

 太ももの付け根辺りに手を添えて、脚全体をゆったりと撫で回すように指を蠢かせます。

 

「あ……んっ!」

 

 九条さんの太ももは、想像した通りの手触りでした。何度も凝視した甲斐があるというものですね。

 きめ細やかな肌はスベスベしていて、まるで上質な絹糸に触れているみたいで。

 けれどもその奥にはむっちりと柔らかな肉が詰まっています。

 弛みが全くない、ピンと張った太ももの感触がやみつきになりそう。

 

「や、め……ないで……ああっ……!! も……っと……」

 

 太ももを撫で回していけば、そんな声が聞こえました。

 ……これ、もう起きて……ない、わね……

 嘘みたい……そんなに寝付きがいいの……?

 

「脚のマッサージね? ええ、任せて」

 

 寝ている九条さんを起こさないように最新の注意を払いながら、太ももを何度も何度も撫で回しながらほぐしてあげます。

 そのたびに彼女は艶めかしい吐息を上げていました。

 汗の粒をいくつも浮かび上がらせ、自分の匂いを濃くしていきながら。

 

 

 そうして一通り、上半身も下半身もマッサージをしたのですが……

 

 ……まだ起きないわね。

 

 じゃあ、サービスでもうちょっとだけ指を中心の方に……

 

「あっ……! ああっ!!」

 

 うわぁ……トロっトロになってる……生暖かい……

 しかもなんだかねっとり蠢いてて、指先が吸い込まれそうで……

 

 

 

 ……うん、これ以上は駄目ね。

 名残惜しいけれど、もうおしまいにしましょう。

 

 布団の上に寝かせて、その上に掛け布団を……っと。これでよし。

 もう時期的には冬なんだから、風邪をひかないように暖かくしてあげないと。

 

「それじゃあ、おやすみなさい。ゆっくり休んでね」

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 九条さんの様子を見に行ったところ、部屋の中から――

 

「な、なにこれ……! ふ、布団がぐちゃぐちゃに……それに私、裸……まさか……!? ち、違う! 私はスケベじゃ……スケベじゃない……!!」

 

 ――と言う悲痛な叫び声が聞こえたような気がしましたが、気のせいだと思います。

 

 ちゃんと部屋の外から九条さんに声を掛けて入室許可を――何故か十分ほど部屋の外で待たされましたが――取ってから入りました。

 その後は「私は気にしていませんよ。何も聞こえませんでしたよ」という無言の意思表示をしながら、部屋の片付けをしました。

 

 片付けの間中、彼女は部屋の隅で体育座りをしながら顔を伏せていました。

 顔全体をこれ以上ないくらい真っ赤にしながら「気付かれていないだろうか?」と上目遣いでチラチラと私の顔色を窺っていました。

 

 その様子が、とても可愛くて可愛くて……もう一つオマケに可愛くて!

 

 ああもうっ! 何で私はあと四半時(30分)だけ時間に余裕を持たせて部屋に行かなかったのかしら!?

 そうすれば寝起きから楽しめたかもしれないのに!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「それでは、行ってきます」

「ああ、頼むぞ九条。困ったことや分からないことがあれば、先任の車谷に聞いてくれ」

「うむ! 一護たちのこと、よろしく頼むぞ」

 

 あれからアッという間に時は流れ、九条さんが現世に出発する日がやってきました。

 穿界門(せんかいもん)の周囲には十三番隊の隊士が大勢います。みんな、九条さんの見送りに来ているんですね。

 ほら見て、浮竹隊長が当然として清音さんとかもいますし。

 ルキアさんなんて空座町へ向かうのだからと、一護のことまでお願いしています。

 

 あ、私も知らない間柄ではないということで、お呼ばれしました。

 なので仕事を抜け出して来ました。

 

 ……あれ? 隊にいたのは一週間にも満たない短い期間なのに、その短期間でどれだけ友誼を深めてるの……? 熱烈歓迎されてて、なんだか私の方がアウェーにいるみたい……

 これが十三番隊の特色だと言われればそれまでなんですが……

 

 

 

 なにはともあれ、こうして九条さんは現世へと出発していきました。

 

 空座町には九条さんと似た境遇の、改造魂魄な同類もいることだし。

 同病相憐れむじゃないけれど、仲良くなれるわよね。

 絶対とまでは言い切れないけれど、普通の死神と話すよりはずっと共通の話題とかもあって打ち解けやすいだろうし。

 九条さんだって、共感しやすい相手がいた方が気も楽になるはず。

 

 だからきっと、何だかんだで上手くやって……

 

 

 

「やいやいやいやいっ!! 人の身体を散々好き勝手に玩んでいたかと思ったら、放置プレイを始めた挙げ句に叩き出すたぁどういう了見だよ!! 一護やルキアのネエさんだって、ここまでヒデェ扱いはしなかったぞ!! お前らにゃ血も涙もねえのか!? オイコラ、聞いてんのか!! オーイ、聞いてくれよぉぉっ!!」

 

 

 

 ……あれぇ!? なんで尸魂界(ココ)にいるの!?!?

 




コン、登場


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第291話 ボスタフ故郷に帰る

『ありのまま、今起こったことを話すでござるよ! 九条殿が現世に出発した翌日、道を歩いていたら声が聞こえたなぁと思ったら、現世にいると思っていたコン殿がいたでござるよ!! これは手品!? それとも魔法!? 進みすぎた科学は魔法と区別が付かないと偉大なるSF作家も言っていたでござる!!』

 

 はいはい、代弁ありがとうね射干玉。

 私が言いたかったこと、大体言ってくれたから助かったわ。

 

 ちょっとだけ訂正するなら、無目的に道を歩いていたわけじゃないわ。技術開発局に向かっていたところだったのよ。

 九条さんの事件については十二番隊にもお世話になったから、事の顛末くらいは報告しておこうと思ったの。それと、お礼の差し入れでもしようと思って。

 そうしたら、目の前に喋るヌイグルミが……技術開発局の門を叩きながら悲痛な叫び声を上げていたのが目に入って……

 直接目視したことは一切無いんだけど、知識としてはよく知っている相手がね……その……いたのよ……予想外かつ想定外にも……

 

『いやはやまったく、世界は驚きとワクワクでいっぱいでござるな!! これだから人間って……面白!!』

 

 いやいや、私が死神だから。あとアレは改造魂魄だから。この場には人間いないから。

 というかアレ、放置しておくわけにもいかないわよね……どう考えてもご近所迷惑だし……

 

「えっと……あのー……」

「新人か!? そんなに新人が良いってのか!? 新しいのが来たらもう古いのはポイってか!? チクショー、ふざけんなよ!! あ、けど"新人"って言葉を"若いお姉ちゃん"に置き換えたら、ちょっとだけ納得できちまった自分が嫌だ!! けどよぉけどよぉ、旧型には旧型で良いところあるんだぜ!! (ふる)きを(たず)ねて温故知新とかいうだろうが!! だからよ、おーい……采絵(トルエ)のネエさーん!! カムバーック!! あの素晴らしいおっぱいをもう一度っ!! いや、もう百! いやいや二百度くらいっ!!」

 

 ……どうしよう。関わり合いになりたくないって、ちょっとだけ思っちゃった……

 でも、九条さんの為にもココは勇気を出して声を掛け……

 

 …………あ。

 

 よく考えたら、こんな子の扱いって私が一番慣れてるのよね。多分だけど、現世・尸魂界(ソウルソサエティ)虚圏(ウェコムンド)を見渡したとしても。むしろ得意分野。

 うん、一気に気が楽になったわ。

 

『おやおや藍俚(あいり)殿、一体どうなされましたかな? なぜそんな晴れやかな表情を??』

 

「もしもし、そこのヌイグルミさん? あんまり大きな声で叫ぶとご迷惑になるわよ」

「ああん、うるっせーな!! 一体誰だ! オレ様の正当な抗議の訴えの時間を邪魔するヤツは!? 言っとくがこちとら、この件については最高裁まで争うつも――ほ、ほわああああっっ!!!!」

「え、え……?」

 

 私が声を掛ければ苛立ち混じりの表情で振り返ろうとして、その途中で動きが完全にとまりました。文句の言葉も途中から奇声に代わり、けれどそれもすぐに失って。まるで蛇に睨まれたカエルのようになりました。

 ただ、物言わず身動き一つ取らない状態になりながらも視線だけは元気でした。

 熱視線を猛烈な勢いで私に注ぎ込んでいます。

 

 具体的に言うと、胸の辺りに。

 

 なんだかこの反応、久しぶりな気がするわねぇ……

 尸魂界(ソウルソサエティ)じゃ、ここまで露骨におっぱいを凝視してくる子も少なくなってきたから……

 

『チラ見はまだまだたくさんいますがな!!』

 

 一瞬たりとも視線を動かすこと無く、じーっと見つめ続けていたかと思えば、やがてフルフルと身体を震わせ始めました。

 

「……お……おお……」

「……お?」

「おっぱいだああぁぁっ!! それも特盛!! いやメガ盛、ギガ盛り!? 井上さんにも勝るとも劣らない!?!? ッかああァッ!! なんだよなんだよオイ、話せるじゃねえか!! 地獄に仏たぁこのことだな!!」

 

 地獄に仏って……

 その言葉、世界観的にどうなのかしらね……?

 

「言っている意味はよく分からないけれど……あなたって黒崎君の所にいた義魂丸よね? ルキアさんから聞いているわ」

「おおっ、知ってんのかよ! それなら話がはええや! そうとも、オレ様の名前は――」

「ボスタフ、でしょ?」

(ネエ)さああああぁぁーーーーんっ!! どうしてその名前をぉぉぉっ!!」

 

藍俚(あいり)殿おおぉぉっ!? なんで、どうしてこの場でボケたでござるか!?』

 

 あ、ボスタフと射干玉の声がシンクロしたわ。

 

『シンクロとかエクシーズとかリンクとかではなく!!』

 

 だってぇ、見た瞬間にボスタフって名前が出てきちゃったんだもの。だからつい言っちゃった。

 

『まったくもう、ボケるのは拙者の役目でござるよ!! 大体最初に拙者が"コン殿"と言ったというのにボケるなど……あ! だから地の文含めてここまで一切"コン"という単語が出てこなかったわけでござるな!?』

 

 えへっ、ごめんね。

 

「冗談々々。コンちゃん、よね?」

「お、おう……なんでぇ冗談か……寿命が数年縮まった気分だったぜ……」

 

 そう言いながら、コンちゃんは額の汗を拭うような仕草をしました。

 加えて、テンションが乱高下したことで冷静になったのか私のことを改めて上から下まで見てきます。

 

「ってか、さっきまではそのご立派なお山(おっぱい)に気を取られてて気付かなかったんだが、その羽織……まさか、あの技術なんたらの中の一番ヤベーのと同じ……」

「え? ええ、そうよ。自己紹介がまだだったわね。私は四番隊隊長の湯川 藍俚(あいり)。よろしくね」

「はーいっ! よろしくお願いしまーすっ!!」

 

 隊首羽織を軽く見せつけつつ挨拶をすれば、一秒前の警戒心はどこへやら。猫なで声を上げながらコンちゃんは私に向かって飛びついてきました。

 具体的には胸元目がけて。ヌイグルミの身体全身を埋もれさせる勢いで。

 

『かーっ、ぺっ!! まったくこれだからヌイグルミは!! 小さい身体とヌイグルミ特有の見た目は愛らしいという特徴を存分に利用しまくってるでござるよ!!』

 

「コンちゃんが言っていたのは多分、十二番隊の涅隊長のことかしら? そんな警戒するような事をされたの?」

「ああ、柔らけぇ……暖けぇ(あった)……ルキアの(ネエ)さんすまねぇ……オレ様これから、藍俚(あいり)(ネエ)さん()の子になる……」

「あらら」

 

 聞いてないわね。完全に蕩けた顔で私に身を任せている。

 

「……まあ、とりあえず放ってはおけないし。詳しい話は四番隊(ウチ)で聞くわね。コンちゃんもそれでいい?」

「もうどうでもいい……このままずーっとこうしていたい……」

 

 ……うん、じゃあ問題ないってことで。

 

『ところで藍俚(あいり)殿、このまま帰るのですかな? 確か本来ならば、十二番隊の皆さんへのお礼のためにここまで来たはずでは?』

 

 あ! あー……その辺はまた今度で。

 報告とか受けても「ああ、そうですか」で終わりそうな性格の人ばっかりだし。改めてお礼の手紙でも出しておけばいいわよね。

 強いてあげれば差し入れの品物が無駄になったくらいだけど、それもこっちで処理するから実質被害は無し。

 

壺府(つぼくら)殿がちょっと泣くくらいでございますな。甘い物でしたから』

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あ、隊長お帰りなさい」

「おおっ、おおおっ!! なんとココにも美人のお姉さんが!! しかも藍俚(あいり)(ネエ)さんに負けねえくらいでおっぱいも大きくて……まさかココが理想郷だったのか!?」

「えええっ!? た、隊長なんですかそれぇ!? なんでヌイグルミが喋って動いて……せっかく見た目はちょっと可愛いのに、言ってることがぜんぜん可愛くないですよぉ……!!」

 

 コンちゃんを連れて隊首室まで戻ってきたところ、勇音が出迎えてくれました。

 そしてその勇音を見た途端、胸元に抱いていたコンちゃんが大喜びです。

 この子も美人だもんね。自慢の副隊長よ。でも、この子は私のものだから見るだけね。

 

「留守番、ありがとうね勇音。何も無かった? それと悪いんだけどお茶を二人分用意してもらえるかしら? あ、もしかして勇音も話を聞きたい? だったらもう一人分追加でお願いね」

「え、あ、はい、特に何もありませんでした。それとお茶ですか? すぐにご用意しま――って隊長!! そうじゃなくて説明を、説明をお願いします!!」

 

『おお、ノリツッコミでござるよ!! 勇音殿も成長しておりますなぁ……!!』

 

 ちゃんと「何も無かった」って報告してるのもポイント高いわね。

 

 

 

「――というわけで! オレ様は一護の身体に入っていたは良いんだが、気がつきゃ尸魂界(ソウルソサエティ)に来てたってわけなんでさぁ! 急に気を失った時にゃ焦ったぜ!! まあ、すぐに意識を取り戻すと勇敢にも辺りの調査を始めたんですけどね!!」

 

 勇音がお茶を用意してくれるのを待ってから、説明会を始めました。

 まずは私とコンちゃんとが出会うまでを。続いて、コンちゃんが黒崎さん家の居候(どういう立場か)という説明を勇音にしました。

 そしてようやく、コンちゃんによる「どうしてオレ様が尸魂界(ソウルソサエティ)にいるのかの説明」の番になりました。

 部屋に備え付けられた来客用のテーブルの上で熱弁を振るいだしたわけですが……

 

「これって……」

「はい、そうですよね……転界結柱の転送……」

 

 勇音と二人、ヒソヒソ話をします。

 コンちゃんは改造魂魄だし、空座町にいたわけだし。巻き込まれてしまうのも、その後で意識を取り戻すのも当たり前です。

 ただ、すぐに意識を取り戻したって辺りは嘘だと思う。自分で勇敢にもとか言ってるし。

 死んだふりでもしてたんじゃないかしら?

 

「そうして探索を始めたオレ様の前に現れたのが、あのナントカ開発局の面々だったわけで! 怪しい見た目だし強え連中だったわけですが、それをバッタバッタとなぎ倒しまして! ですがそのとき、素敵なおっぱ――お姉さんが登場しましてね!」

 

 今、おっぱいって言いかけたわね。

 勇音も気付いて、ちょっと怪訝な表情してるわ。

 

「オレ様、女は殴れませんから……それにそのお姉さんの話を聞いて、そのナントカ開発局へ行こうと心に決めたわけです!」

 

 多分その美人のお姉さんって、采絵(トルエ)さんね。

 見た目は熟れた美女って言葉が似合う、巨乳で色っぽいお姉さんなの。白衣の胸元をガバッと大きく開けてて、谷間を見せつけているのが特徴よ。

 でも、その谷間から巨大な手が飛び出して襲いかかってくるから油断は厳禁ね。何しろ彼女、技術開発局の研究素材捕獲科の科長だから。

 あの谷間に見とれていると、アッという間に無力化されるわよ。

 

 ……あ、でも感触は本物と変わりませんでした。

 

『アレは中々どうして、得がたい経験(かんしょく)でしたな!!』

 

「ところが! 行った先では人を人とも思わぬ人体実験の日々! いくらオレ様が改造魂魄だからってやっていいことと悪いことがあるだろうが!! チクショー! なにが『頭髪が全部真っ白になるくらい気持ちいい』だ!! とんでもねえ地獄にダンクシュート決めやがって!!」

 

 明後日の方向に向かって叫ぶヌイグルミ。シュールな光景ね。

 

 ……というかコンちゃん、自分が本来は存在しちゃいけない改造魂魄だってこと忘れてない? 本来なら、見つかったら破棄されるはずの存在なのよ?

 私も一応、気を遣って改造魂魄って言葉は口に出さなかったのに……自分で言っちゃったけどいいの?

 

「挙げ句の果てにゃ、散々人の身体を玩んだところで『もっと良い研究素材が手に入ったからもう帰れ』とか言いやがったんですよ!! ああっ、思い出したら腹立たしいやら悲しいやら助かって良かったと思うべきやら!!」

 

 感情のやり場に困ったのか、頭を抱えて苦悩しています。

 しかし、これでようやく謎が解けました。

 

 コンちゃんの言う「もっと良い研究素材」というのは……間違いなくアレよね、因幡の事件の時の……

 捕まえた時点のコンちゃんは改造魂魄という珍しい存在だったのに、その後すぐにもっと技術的に進んだ存在が大量捕獲出来たから、注目度が一気に下がって……

 最初に「放置プレイ」とか言っていたのは、実験されなくなって用済みで捨てられたってことでしょうね……研究素材として保管しておくにも維持費が掛かるし……

 

『その結果、九条殿とコン殿の奇跡のすれ違いが起こってしまったわけでございますな!! いやはや、拙者の群青(ぐんじょ)色の脳細胞を駆使しても分かりませんでした! 真実は今は一つ! 割ったら二つ!!』

 

 本当にねぇ……

 って、そうよ! 九条さんと引き合わせてあげようと思ったのに、なんですれ違っているの!?

 

「隊長……その、この子さっき改造魂魄って……ということは、九条さんの……」

「ええ、そうね。一応関係者ってことになるのよね……」

 

 そして再び繰り広げられる、勇音と私のヒソヒソ話。

 そんな私たちに気付かないまま、コンちゃんはひとしきり悲しみのポーズを取っていたかと思えばそれも飽きたのか、テーブルの上をトテトテ歩き始めました。

 

「あ-、話してたら喉が乾いた……あ、お茶頂きますね……って、オレ様ヌイグルミだから飲めねえっての!! 茶菓子も食えねえ!! でも用意していただいてありがとうございます!!」

「ど、どういたしまして……?」

 

 ちゃんとお礼が言える子なのね。

 いえ、そうじゃなくて!

 

「なるほど、コンちゃんが尸魂界(ここ)にいるのはそういう理由だったのね」

「そうなんスよ! ボロ雑巾みたいに捨てられるし! オレ様がいねえってのに一護のヤローは全然迎えに来ねえし! もういやだ! だからオレ様、これからはこちらにご厄介になろうと思います!!」

「「……え?」」

 

 私と勇音の声が重なりました。

 

「ここにゃ藍俚(あいり)(ネエ)さんもいますし、勇音の(ネエ)さんもいます! 他にも美人死神がわんさか! ここで働かせてください!」

「でもコンちゃん、基本は義魂丸でしょ? 尸魂界(ソウルソサエティ)じゃ出番が無いっていうか……」

「雑用でも何でもやりますから、ここで働かせてください!!」

「いや、だからね。任せられる仕事も無いし……」

「今日からオレ様、死神になりますから! ここで働かせてください!!!」

「わかったからちょっと静かにしてぇ!!」

 

『一回ずつ"!"を増やしている辺り、熱意マシマシでございますな』

 

 そんな熱意、いらない……

 というか私は、コンちゃんを現世に押しつけ――もとい、送り届けることしか頭にないわけで……

 

『一瞬、本音がスケましたな』

 

「隊長……まさか……」

 

 勇音もそんな顔で見ないで!! 雇わないから! というか雇うはずないでしょ!!

 

 ……えーっと……どうやって説得すべきかしら……

 コンちゃんの性格からすると……

 

「ねえコンちゃん。四番隊(ウチ)で働くのも良いんだけど、あなたに是非とも頼みたい仕事があるの」

「オレ様に!? 是非!? そ、そいつぁいったい……!?」

 

 食いついてきました。

 目をキラキラさせながら、食い入るように耳を傾けてきます。

 

『ヌイグルミなので、目も耳もよく分からんでござるよ』

 

 チャチャを入れないで!

 

「昨日、現世の駐在任務に赴いた死神がいるの。でも現世の事は不慣れだから、コンちゃんに補助(サポート)をお願いしたいのよ」

「あー、また現世ですかい? 確かにオレ様、慣れちゃいますが……」

「ちなみにこんな子よ。先輩として手取り足取り、ちゃんと教えてあげて欲しいの」

「是非とも行かせてください!!」

 

 アッという間に掌を返して、頼み込んできました。

 伝令神機に保存しておいた九条さんの画像を見せただけなんですけどね。

 

 ……うん。あのとき頑張って、色んな写真を撮った甲斐があったわ。

 太ももとか、それ以外とか。

 

 

 

 ……あ! 書類を提出しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、まだこの町に来るなんて思わなかったわ……」

 

 眼下に広がる都会的な町並みを眺めながら、そう呟きます。

 ヌイグルミを同伴しながら。

 




コンと出会って、現世に送り届けました。
おしまい。

やってることはそれだけなのに……どうしてこんな……

●ボスタフの名前
本文中で「ルキアから聞いた」と書いておいてなんですが。
多分(この世界だと)ルキアはボスタフの名を知らないと思う。
(原作だと、破面篇で黒崎家に正式に居候していた頃に知る機会がありそうですが。この世界だと恋次とイチャコラしてたはずなので)

●コンが尸魂界に来た理由。
本文中の通りです(そして原作通りでもあります)
詳しくは、単行本41~45巻(43は除く)のオマケページ参照。

それよりも。
(死神の力を失ったとはいえ)一年半くらいコンが不在だったのを一護は気に掛けなかったんでしょうかね?
(お盆篇では)一勇(かずい)の子守りまでさせてるのに……


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