呪術奇譚 柊姫 (秋野萌葱)
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わたあめをくださいな ~最強とお見合いした幼女〜

諸事情あってpixivからこっちに移籍しました。
恋愛だけでは語り切れない二人の奇譚を生暖かく見守っていただけたら嬉しいです。

アンチコメントはノーサンキューです。


❲意訳: お見合いに行ってきなさい。❳

 

 

 

 

 

グシャッ!!

 

 

 

当主命令が書かれた紙が手の中でつぶれる。

 

五条悟 16歳

 

この度実家から見合いに行ってこいと、当主命令と書かれた紙が速達で高専に届いた。

 

中身を見た瞬間、額の血管がいくつか切れた気がしたのは気の所為だと思いたい。

 

更に、付属した釣書に書かれた情報に頬を引き攣らせたのは同情してくれても良いと思う。

 

藤原銀樹

 

11歳

 

その部分を見たとき、絶妙に微妙過ぎる年齢差に色々頭を抱えた。

 

今は世間的に特に問題ないかもしれないが、自分が年を食えば事案になりそうな差でもある。

 

だが珍しい事に、この釣書は藤原から送られたものでは無く実家が自分の釣書を送って返答として帰って来たのがこれらしい。

自分は貰う側にある家だが、こちらから送るというのは何かがある訳だ。

 

行くか行かないかと聞かれれば行きたくないと声を大にして言いたい。

 

しかし実家が釣書を送ったとなれば、相手は相当な家柄となる。

 

幾ら最強の名を誇る自分といえど、無理を通す為に色々融通を効かせて貰っている以上、父親の命令には従わなければ後々面倒くさくなってしまう為、非常に不本意ではあるが…

 

「行くしかねぇか。」

 

嗚呼、今日はとんだ厄日だ。

 

 

 

京都と大阪の境にそびえたつ小さな山、それが柊山である。

其処は禁足地とされてあり許可証が無い者は立ち入る事が出来なく、山全体が、清浄な気で包まれている。

 

 

 

 

「ここか。」

 

五条の目の前にそびえ立つ大きな鳥居で、そこから上へ上へと長い大階段が続いていた。

 

「これを登れっていうのか。ハーっ、めんど。」

 

グチグチ、文句を垂れつつも、鳥居の内側へ足を踏み入れた次の瞬間。

 

『どなたですか!?』

 

幼児特有の幼い声が後ろから飛んで来た。

驚いて後ろを振り返ると、水干を着た女のガキがいた。

 

「はあっ!?何でお前俺の後ろにいるんだよ、今、気配無かったよな?」

 

「そんな事はどうでもよいのです。あなたはどなたですか?ここは禁足地、許可なき者は立ち入りできません。」

 

天下の五条のツッコミを物ともせず、マシンガントークの如く、ガキは矢継ぎ早に質問してきた。

 

「藤原銀珠(ふじわらぎんじゅ)ってやつの見合いに呼ばれたんだよ。で、その場所が此処ってわけだ。」

 

そう言うと、ガキは納得したという顔で口を開いた。

 

「成程、姫様のお見合い相手の方でしたか。失礼いたしました。それでは、総理大臣、もしくは呪術高専の学長殿の許可証はお持ちでしょうか?」

 

「これのことか?」

 

手に持っていた其れは、今朝、藤原銀珠の見合いに行くと、言ったら、慌てた夜蛾が学長から一枚の紙を貰ってきて、絶対に無くすなと念を押されて持たされた物だ。

 

それを投げて渡すと、ガキはざっと中身に目を通した。

そして、視線を紙から悟に戻すと。

 

「ようこそいらっしゃいました五条悟様。姫様のもとへご案内いたします。ついてきてください。」

 

そう言って悟の隣をすり抜けスタスタと階段を登り始めた。

 

 

・×・×・

 

「姫様!起きる時間ですよ!」

 

「ん…っ。」

 

私の朝は母代わりの銅(あかがね)の起床を促す大声から始まる。

 

そこから側仕えの金華が私の身支度を整えて三人で朝食をとる。

これが大体の朝の流れだ。

 

私は藤原銀珠。

 

はるか昔の平安の時代の藤原氏流れをくむらしいしがない神社の神主の血筋に生まれた娘だ。

生まれた時、龍神の加護を受けたらしく、常人にはない浄化の力を使う事が出来ると占いを扱う術師に言われた。

なんでも、200年に一度生まれるかの存在の為、私の希少性は高く、これまでも呪詛師や、呪術師、果ては、呪術界から恨みを買われ呪われたくない政治家が私を狙って何度も襲ってきた。

父も母も父に拾われ仕えてくれた人達もみんな必死に私を守ってくれた。

しかし、4歳の時に呪詛師の集団に襲撃され、父は銅に私を託し、母も、仕えてくれたみんなも死んでしまった。

 

銅は私をつれて各地を転々とすると、京都の郊外にあった柊山を見つけてそこへ移り住み元々、呪具師として生計を立てていた時のお金を使って小さな屋敷を建てた。

 

柊山は銅が作った様々な呪具によって守られてあり、時折害意があるものが侵入しても、屋敷にたどり着く事はなかった。

 

7歳の時に、山に捨てられていた金華を拾ったりしてそれなりに静かで穏やかな日々を過ごしていた。

しかし、8歳にの時にその穏やかな平穏は失われてしまった。

 

銅の張った呪具の結界をすり抜けて数体の呪霊が屋敷を襲撃した。

銅の不在を狙った襲撃だった為、私と金華は逃げるしかなかった。

 

銅に戦いの手ほどきをうけた金華も必死に応戦したが、屋敷の最奥まで追い詰められてしまう。

 

私が食い千切られるか金華が引き裂かれるか。

絶対絶命のその土壇場で、私が無意識に封じていた力が戻ったのだ。

金華を守る。その意思が込められた浄化の光は体から溢れ出し、呪霊を強制的に浄化し、結界の要であった呪具を破壊してしまった。

 

自分の体から溢れ出す力は、隠すに特化した銅の結界を破り、巨大な力の残滓は京都の呪術師に感づかれてしまった。

 

私に隠し切る事が出来なくなった銅は私に全てを話した。

父と母のこと、呪術の事、そして私の力のことを。

 

「姫様の力は余りにも強すぎるものです。これからも私は姫様をお守りしますが、全てを守りきれるかは保証できません。」

 

「どうか、庇護者を見つけてくださいませ。姫様が健やかに暮らすことが銅の望みです。」

 

銅は苦渋を飲み込んだ表情でそう言った。

 

呪霊の襲撃後、私は京都の呪術連総監部に呼ばれた。

事情聴取と教えられたけれど、どうやら私が彼らにとって有害か無害かを見極めたかったらしい。

 

ジロジロと私を眺めながら彼らは口々に言った。

 

「これが、一族を滅ぼした忌み子か。」

 

「我らに害をなすかも知れぬぞ。」

 

「なに。肚としての能力は未知数。子だけ産ませて取り上げれば良いだけだ。」

 

私に分からない言葉を使っていたけれど、悪意は肌で感じ取った。 

 

チクチクドロドロした視線が絡みつく悪意の視線に思わず目を伏せた。

 

気づいた時には、私の霊力で周りの人間を威圧して私に悪意を向けていた人間はその場に倒れていた。

 

後に銅に聞けば、私の霊力は龍神と繋がっているため、使い方しだいで人の呪いを祓う呪術師にとっては薬にも猛毒にもなるそうだ。

特に、呪霊操術を扱う呪術師は私が浄化の力を使うと、飼っている低級の呪霊は消し飛ばされてしまうらしい。

 

実際に試したことがないため本当かどうかは分からないが。

 

上層部にとっては危険極まりない力ではあるが、神子の力は貴重で有益。殺すにはデメリットが大きいらしい。

 

そこで、私と上層部は以下の縛りを結んだ。

 

一つ呪術師に私の力の提供し協力する事。

一つ危害を加えて来た者は例え呪術師であれ殺してもよいこと。

一つ呪術師は私を守ること。

一つ危害を加えない者を殺さないこと。

一つ危害を加えない限り、依頼にはできる限り応えること。

一つ呪詛師以外の殺しは例え幇助とはいえ手を貸さないこと。

一つ私に関することは私の意思を優先すること。

 

これらのことを記した紙を持ってはらはらとしながら私を待っていた銅の元へ戻ればとても喜ばれた。

頭をぐしゃぐしゃ撫でられて、

 

「ざまぁ!!クソジジイ共!」

 

とか、

 

「うちの姫様は最強だっつーの!」

 

とか

 

「姫様に負けるとかジジイどもとうとう耄碌したか!?」

 

とか普段の丁寧な言葉が大いに崩れていた。

 

その晩は普段甘いものを用意してくれない銅には珍しくフルーツの盛り合わせを用意してくれて、私はよく分からずに金華と大興奮して食べた。

 

それから暫くの日々は、銅から呪術や、呪術師について学び、教養を身に着けた。

華道や茶道に、学校という場所で習うらしい勉強を教えて貰ったり、体術で投げ飛ばされ星になったり。

(ちなみに、姫様の体力はハムスターと銅に評されるほど私に体術の才能は無いらしい。)

たまに銅が制作する呪具を金華や近隣の小さい子たちと一緒に遊んだり、依頼で呪術師のサポートをしたり、時折訪れる嫌味な人間を嫌味で撃退したりとそれなりに穏やかに過ごしていた。

 

そんな平穏が二度目の現在進行系でぶち壊されたのは、10歳になった時だった。

 

そう、お見合いフィーバーがやって来たのである。

 

やれ競りだといわんがばかりに、釣書が山のように届けられるようになり、一時期は一室を占領するほどの釣書の山に掃除をする金華が青筋を浮かべて

 

「焼き芋ができそうですね。」

 

と憤怒の表情をしていたが、待ったを掛けて釣書の山から幾つかをより分けた。

 

昔、庇護者を見つけてくださいと言った銅の言葉を思い出したのだ。

 

私は弱い。

まあ、物理的に弱いが主だか、人の悪意の攻撃をかわし切れる程の権力ちからを持っていなかった。

 

特別な神子様と呼ばれようとも私はただの小娘。 

銅と金華の命を守るのが精一杯で沢山の悪意の嫌がらせで二人には苦労を掛けてばかりだった。

だから、二人を守る為に沢山の男性とお見合いをした。

 

しかし、現実はどうにもうまくいかず、私のお見合いは難航した。

 

まず、私を侮った人は金華と銅によってバイバイキーンになり。

縛りを知らずに殺しに来た人物は問答無用であの世へGO。

術式の相性が合わずせっかくの良縁でも無かった事になったり。

単純に家格が低すぎて論外だったり。

銅と金華に負けるほど弱かったりと中々条件に合う人物が見当たらなかった。

 

上は二十五歳から下は5歳まで、よりどりみどりといえば聞こえが良いが、実質は過大評価が大半である。

 

やれ三国一の美男子だの

やれ心ばえが良いだの

やれ文武両道だの

 

蓋を開けてみればブ男やクズ男にバカ男ばかりである。

 

そんな見合いがそろそろ二十は越えそうになった11歳のある日、金華が興奮気味に教えてくれた。

 

「姫様!今度のお見合い相手って、あの五条悟ですよ!」

 

「あの、五条悟。」

 

オウム返しに問い返してしまったのは許して欲しい。

金華が言ったのはどういうあの五条悟だろうか?

 

たまに任務のサポートをする呪術師から聞く六眼と無下限呪術の抱き合わせの神童の事だろうか。

それともたまにご機嫌伺いに行く上層部の愚痴で聞いた煽り散らす男の事だろうか。

はたまた女性の補助監督から聞いた性格以外パーフェクト男の事だろうか?

 

「それ、全部同一人物です。」

 

「あ、声に出てた?」

 

「はい。まるっと全部。」  

 

「ひぇ、どんな人なんだろう五条悟。」

 

大いに不安はあるが、基準の大半を満たしているため、私と五条悟のお見合いが正式に決定された。

 

ここまでが朝ごはんをもぐもぐ食べながらの回想だ。

 

ご飯を食べながら銅が今日は見合い相手が来ると告げた。

 

成程、何やら東の方が騒がしいと思ったらあれって呪力だったんだ。

 

………え、、?ちょっと待った。

 

これだけ呪力の気配が強いってことはもう近くまで来てるってことだよね……

 

「金華。悪いけど麓まで行ってきて。銅、多分近くまでお見合い相手の方、来てます。桜枝垂れの間にいますので、おつきになられたら案内してください。」

 

そう言い残すと、大急ぎでお椀に残っていた雑炊をかきこみ、全速力で部屋に戻ると、自分の手持ちの中から一張羅に着替えると、庭にある桜の巨木によじ登った。

東から吹く風が頬をなでて目を細める。

ああ、癒し。この木に登って景色を眺めるのが実は私のストレス解消法の一つだったりする。

 

サワサワと揺れる風に身を任せながら春風の心地よさにウトウトしていると…

 

「おい。おまえが藤原銀珠か?」

 

はりのある聞き慣れない声に驚いて後ろを振り返る。

木の下に立ってこちらを見上げているのは、私よりも何倍も上背のある眉目秀麗な白髪の男だった。

 

長い石段を登った先にあったのはボロでも綺麗というわけでもないそんな屋敷の客間に通された。

 

藤原銀珠は何処かに姿をくらましたらしく、青い顔をしながら俺を連れてきた女は藤原銀珠を探しに行った。

 

俺は人生初、見合い相手に待たされるという経験をした。

謎の脱力感に包まれバックレてしまおうかとも思ったが鳥居を潜ったときから感じる山全体を包む結界の気配が妙に気にかかった為大人しく相手を待った。

 

すると、フワリと庭の方から何かの残滓が漂ってくる。

残穢というものでは無く白くてフワフワしていて、口に入れたら瑞々しく甘そう。

そんな食欲を掻き立てる残滓を追って庭に庭に出ると、そこには桜の巨木と。

 

「どなた?」

 

子供のハズキーな声に意識を向ける。

 

そこにいたのは真っ白でまるで何者にも染まってない。そんな不思議な力を放つ薄桃色の着物を纏った幼女だった。

 

「ええそうよ。その呪力の気配、あなたが五条悟ね。」

 

「は?わかんの?」

 

「うん。ぼんやりとだけね。量がわかるだけでそれがどんな性質なのかもわからないよ。」

 

「六眼の下位互換みたいなもんか。」

 

「そうね。下位互換といえばそうなのだろうけど、でもこんな特別なものを与えられるくらいなら、普通のそれこそ非術師として生まれた方がどれ程良かったことか。」

 

苦いものを噛みしめたような表情で銀珠は伏し目がちに俯く。

日本人特有の黒目は虚無に濁って何もうつしていなかった。

 

「お前さ、なんで死んだ目をしてんの?」

 

「·················え?」

 

驚いた表情で銀珠が俺を見る。どうやら無意識の図星をついていたらしい。

 

「なんか昔の俺をみたいですげー気持ちワリイ。腐ったミカンに毒されたじゃなさそうだけど、この世のことを知りませーーーんみたいで、面白くねぇ。究極の箱入りオヒメサマかよ。」

 

「失礼な!これでも街の食べ物を食べたことはありますよ。」

 

「んじゃどんなの?」

 

「わ、わたあめです!昔、まだ町外れで暮らしていた時に、銅が買ってくれたんです。」

 

それを聞いた途端、俺の腹筋は黒閃をくらった。

 

「·····ぶっはっっっwえ、もしかしてそれしか食べたことねーの?」

 

「ええそうですよ。。私、小さい時から色んな人に命を狙われていたからまともに街で買い物…?もしたことがないんです。」

 

「じゃあさ、今から街いくぞ。」

 

「え、でもここって結構街から離れてるってきいてますけど。」

 

「俺の術式の蒼で30分もすれば着く。それに俺、最強だから。お前一人くらい守れるっつーの。さっさとそこから降りて支度してこい。出かけるぞ。」

 

「!分かった!準備してくる。」

 

ぴょんと木から飛び降りて銀珠が屋敷の中へ走っていく。

 

銅ー!と呼ぶその横顔は、先程のらしくない姿とは打って変わり年相応のものだった。 

 

最初に通された客間に戻り手持ち無沙汰に待っていると、ガラッと勢いよく引き戸が空いた。

 

「誰だね。お前は。」

 

「あ?おっさんこそ誰だよ。」

 

成金趣味が服着て歩いているようなセンスのないものばかり纏ったハゲデブ親爺が円座に座る俺を見下ろしている。

こんなやついたっけ?いや、いねーな。ここに来るまでにこんなケバい気配はしなかった。てことは十中八九外から来た人間だろう。

 

「俺は一応、今日ここのオヒメサマとの見合いに来てんだよ。見たところおっさん、お前アポ無しで来たんだろ?だったら帰れよ。」

 

挑発するように、おっさんを睨むとビクッと肩を震わせ顔を歪める。

 

「いいのか?そんな口のきき方で。わしは大臣との繋がりがある。お前を豚箱にぶち込むことなど容易く出来るぞ?」

 

「ほざけ。誰にもの言ってんだよ。」

 

お互い睨み合い一触触発の空気の中、ハゲデブ親爺の背後に現れた気配と共に場に横槍が入った。

 

「これは三浦様。今日はお約束は無かったはずですが、そんなに慌てて如何なされました?」

 

冷ややかな幼い声が自分とハゲデブの耳に入ってくる。

驚いて飛び退くハゲデブの背後に立っていた銀珠が姿を現した。

薄桃色の着物から着替えたらしく、若草色のワンピースを纏って先程よりも幾分幼く見える。

 

「お、おお、待っていたぞ神子。結界石がそろそろ切れそうなのでな。お前との面会まではまだ日があるからわざわざこっちから出向いたのだ。」

 

「きちんと余裕を持ってお渡ししたはずです。それともまた呪詛師に屋敷を攻撃されるような恨みでも買われましたか?」

 

「なっ!」

 

「お帰りを。今日はご覧の通りこちらの方とのお約束があります。」

 

そう言って、銀珠がチラッと俺を見る。

口論の中で、あえて五条の名前を出そうとはしなかった。

 

「参りましょう。買い物、付き合ってくださるのでしょう?」

 

差し出された手を取ると、顔をわななかせるハゲデブを尻目に玄関に向かおうと銀珠の手を引いて部屋を出る。

 

「神子、本当に良いのか?ワシの庇護を失えばお前に伸びる手は見る間にお前を奪っていくぞ。」

 

ピタリと銀珠の足が止まった。

それを見たハゲデブの顔が満足そうに歪む。

 

「·················。」

 

「おおそうだ。ワシがこんな所に来るくらいならば、お前がワシの屋敷で過ごせば良いのだ。知っておるぞ。お前の力を込めた石ころよりもお前自身の方が何倍も効果かまあることを。」

 

「だからこそ。お前がわしの所へ来い。お前には不自由無い暮らしをさせてやるし、お前に仕える女どもよりも質の良いメイドも用意してやる。なに、お前は時折わしの相手をすればいいだけだ。悪くなかろう?」

 

言葉では取り繕っていても、その目が欲に塗れていることはすぐに分かった。

このおっさんロリコンかよ。オエッ。

 

「おい。おっさ_」

 

俺が何かを言う前に、銀珠がまくし立てる。

 

「お帰りを。私には他にも多くのパトロンの方々がいらっしゃいますので、私の一存で専属になることはできません。それに…」

 

「銅と金華を馬鹿にする方の元へは例え手足がもげようとも

参りません。あと、今後の石の取引に関しては少し考えさせていただきます。」

 

言い込められたハゲデブは、顔を忙しく赤くしたり青くしている。

 

「この!」

 

「やめとけよ。クソ野郎。」

 

手を振り上げて銀珠を叩こうとするハゲデブの腕をすんでで掴んだ。

 

「今は俺がこいつと話してんだ。あんまりぎゃあぎゃあいってっと、お前、呪われるヨ。」

 

「まっ、まさかお前、呪術師か!?」

 

「そ、呪詛師知ってんなら俺のこともちょっとは知ってんだろ?」

 

サングラスをずらし六眼でハゲデブを睨む。

すると、ハゲデブ青い顔は紙のように白くなった。

 

 

「ひっ、ごごご、ご、五条悟!」

 

「そ、ハジメマシテ。三浦サン?」

 

「ひいいいいいいィィッ!!!!」

 

脱兎の如くそのハゲデブはその場から走り出し、途中フラフラと柱に当たりながらも玄関へ逃げていった。

 

「手を貸して頂かなくても良かったのに。」

 

「うるせーな。結局助かったからどっちだっていいだろ。それにお前、俺の名前を使えばすぐにおっさんを追い出せたかもしれないのに、あえて出さなかっただろ?」

 

「名家の子息の方々は、勝手に名前を使われることを不快に思われる人も一定数いらっしゃいますので、それに庇護も何も無い状態では自分のもつ手札のみで相手しなければいけないので。」

 

「ふーん。オマエも案外考えたりするんだな。」

 

俺に擦り寄って来る女どもの大半は、大抵が家の権力を使ったゴリ押しだったり、家自慢だったり、媚びてきたり、権力を使って迫ってきたりと大抵碌なものじゃなかった。

 

 

でもこいつは、媚びない。

さっきだって、自分の手札を使って場を切り抜けようとした。

親の七光りで得た恩恵ではなく、自分自身を使ってだ。

 

「ふはっ、お前、おもしれーじゃん。」

 

「なんですか。急に笑わないでください。」

 

「お前のやり方が面白かったんだよ。俺が会ってきた中で、多分二番目くらいにはおもしれぇ。」

 

こいつなら、暫く婚約者としていても退屈しないだろうし、外野を黙らせることもできそうだ。

 

「いーよ。この縁談受けても。」

 

俺の言葉に、銀珠がじわりと目を見開いた。

 

「それは、婚約了承と受け取っても?」

 

表情を取り繕えているか分からない。

だってバクバクと忙しなく動いているのが顔に出てるかがとても気になって仕方ない。

 

性格は難ありだが、その他は申し分がない男、五条悟。

そんな大物が婚約を了承したのだ。

正直、ハナホジフェイスで私を馬鹿にして帰るものだろうと思っていたので、内心めちゃくちゃおどろいて転げ回ってる。

 

「そーだけど?」

 

「てっきり、ハナホジフェイスで馬鹿にして帰るものだと思ってたので了承するとは思いませんでした。」

 

「お前、俺のこと馬鹿にしてんの?」

 

「実際、私がつまらなければ帰っていたのではありませんか?」

 

そう言うと図星をついたのか五条はそっぽを向いてしまった。

 

不思議な人だ。

 

さっきみたいに大人びた一面をみることもあれば、こうして子供みたいなことをする。

 

うーん…これが世にいう思春期というものなのだろうか。

 

人通りがある商店街まで銀珠を小脇に挟み蒼を使って飛んだ。

 

銀珠はひいひいギャァギャァ文句を言っていたが、街に着いたときには少しグロッキーになっていた。

 

恨みがましい目で睨まれたが、無視してズンズンと先を進む。

 

銀珠は途中までついてきたが、力尽きて道端で倒れた為、流石にやばいと思い背負って近くの人の少ない甘味処へ運び込んだ。

 

店の主人は驚いていたが 、 事情を話すとボックス席に案内され 俺はそこに銀珠を寝かせた。

 

それから15分ほどで銀珠は気がついた。

 

「…何処ですか?ここ。」

 

不思議そうに 起き上がって辺りをキョロキョロと見回す。

 

「 甘味処。 甘いもん食べるとこ。 腹減ってるだろうし何か食うか?」

 

「良いのですか!」

 

メニュー表を 滑らせて渡すが、銀珠は それを手にとって首をかしげている。

聞けばメニュー表も知らないと言うから、簡単に説明してやると真剣な顔で 表をにらめっこした後に選んだのは、 ミニピックプリンアラモード。

 

でかくもなければ小さくもない無難なやつ。 けど、 意外といいチョイスだと思ったのはここだけの話だ。

 

しばらくメロンソーダを飲みながらふと思ったことを聞いた。

 

「お前、親は? あそこで見た限りはいなさそうだったけど。」

 

「五条さんのお察しの通り随分前に二人とも殺されました。」

 

「殺されたぁ?」

 

こいつの家系は資料の見た限り親は非術師らしい。呪術師を出すような所じゃなかったはず。銀珠も 呪術師についてはいくらか教わったらしいが、家系に関しては全くだそうだ。

 

「私の力を狙った呪詛師と呪霊の群れに殺されて、父に仕えてくれた人たちも銅を除いて全員死にました。私を逃がす時間を稼ぐ為に。」

 

「その仕えてたってやつらはどういった経緯で仕えてたんだ?」

 

「分かりません。そこは色んな人がいたそうなんで。ただ、銅は元々呪具師として活動していたそうなんですが、迫害されて父に拾われて仕えることになったそうです。」

 

「なんでお前の父親は呪術師と 関わりがあるんだ? 親って二人とも非術師だよな ?」

 

「分かりません。祖父や先祖が術師だったのか、はたまた呪術師と関わりがあったのかは家系図の焼けた今となってはもう分かりませんし、平安の藤原氏から分家して出来た数多の家の一つと教わっただけです。」

 

ドスッと、銀珠はストローをプリンアラモードに突き刺してアイスの部分を吸う。

お嬢様のはずがどこか庶民感のある食べ方をしている。

がっつきはせず、どこか豪快。

相変わらず見た目に合わないチグハグなやつだ。

 

『…………………』

 

しばらく無言で 俺と銀珠は食べ続ける。

無言破るように気になっていたことを口にする。

 

「 お前なんで婚約者探してんだ ?親の命令でもない。お前自身は人を避けて暮らしてるし、お前が見合いする意味が俺にとってはいまいちよく分からねぇ。」

 

六眼でも分からない変な力を持ってる女。

俺と似ていてどこが違う。

そんな微妙な違いに無意識にイライラしてしまう。

 

「好き 勝手をするためですよ。」

 

「…………………は?」

 

「庇護が欲しいのです。私、やりたいことがあるんです。私は人の世で自由に生きることができません。五条さんもご存知の通り数は少ないですが、人ならざる力を持って生まれた人の大半は呪術師になるのでしょうが、中には非術師の親に捨てられたり、異端の力を持つが故に呪術師に迫害されたり……五条さんも見たでしょう。部屋に案内した女の子。あの子も、術式を持って生まれた結果母親に捨てられて私に拾われました。」

 

「だからこそ、権力が欲しいのです。人の世で生きづらい子達の力になって悪意から守れるようにして、やがて一人でも歩いていけるようにしたい。私一人の力 では、 せいぜい私の側仕えが関の山です。 でも五条さん、あなたの力があればもっと選択の幅が広がる。」

 

「呪術高専に入るツテができてそこから呪術師になることもできます。人の世で働くことも可能です。五条さんはそれを可能に出来る権力があるんです。虐げられて呪詛師になるしかないと思うより、殺される心配がなく自由に生きることが出来る。そんな日々を送るための居場所を作りたいんです。数年前、助けを求められて取ることが出来なかった手を今度こそ離さない為にも。」

 

そっと伏し目がちに銀珠が下を向く。

何かを決意したようなそんな声音だった。

 

……これなら。

 

「契約しねぇか?」

 

「契約、ですか?」

 

俺の言葉に銀珠が虚を突かれた顔になる。

 

「唐突ですね。では、内容はどうするのですか?」

 

「……そうだな、俺からは3つだ。」

 

一つ 藤原銀珠は 五条悟の依頼に応えること。

一つ藤原銀珠は持ち得る技術を五条悟に提供すること。

一つ藤原銀珠は五条悟に愛を求めないこと。

 

「……分かりました。では私からも3つ。」

 

一つ五条悟は藤原銀珠の依頼に応えること。

一つ五条悟は藤原銀珠を守ること。

一つ五条悟は藤原銀珠の自由を縛らない。

 

「これだけ?」

 

「これだけです。あえて縛りの基準を決めない方が色々なことに適用されると教わりましたので。」

 

「ふーん。じゃ、契約成立だな。」

 

「ですね。」

 

言葉を交わすとすぐに魂が鎖に繋がった音がした。

静かな午後に結ばれた縛りは後々俺と銀珠の運命を大きく左右することになるのをこのときの俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

【人物紹介】

 藤原銀珠 

早くに親を殺されて全国を逃げ回った苦労人1。

ひっそり山暮らしを始めたのは8歳から。

この度、五条悟の婚約者になりました?

特殊な出生のため呪術師には数えられていないが、要請があれば普通に他の呪術師の任務サポートに同行する。断っても害はないがとあるプロヒモを飼っている為、金が欲しい。

非術師には害はないが、呪術師には使い方しだいで猛毒にも薬にもなる正のエネルギーを身体に宿している。反転術式の上位互換で使い方しだいでは攻撃にも転用できる。(ただし、プロヒモには攻撃は無効だって非術師だから(*ノω・*)テヘ)

 

面白いやつを見つけたGLG

いやいや行ったお見合いで年下ながら腐ったミカンジジイと対等に渡り歩いている銀珠を見て評価を上書きした。

まぁ、人形のように受け答えしかしない女よりかはと思い婚約を了承する。

ただ、恋愛対象かと言われてはそうでもないため、どうしたものかと思っていたが、カフェで銀珠の夢を聞き、応援する代わりに愛を求めないという縛りを結んだ。

多分次は硝子ちゃんを連れてくると思う。

 

幼い頃から五条とはまた別の異端視をされて来たため、五条以上に苦労人2。銀珠の父親に救われてからは藤原家に仕えて来たが、銀珠以外が殺された後は、若くして銀珠の保護者になる。五条と銀珠が生まれる前のゲスい時代を生き抜いた女傑。この人についてはもう少し掘り下げる予定。多分、30歳。 数多くの呪具を生み出し呪力を使わない呪具を発明した。その性能はプロヒモのお墨付き。

 

金華

呪力を糧に放つ怨炎呪法の使い手。呪力であれば無制限に吸い取り炎に変えてしまう。周りには非術師しかおらず術式の扱いがわからなかった為、何度も火事騒ぎを起こしとうとう母親にも捨てられ、山で死にかけたところを銀珠に拾われる。拾われた恩を返すため、研鑽を積みつい最近、一級術師になった。結構メンクイ。

 

 

 

 

 

 



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小咄1〜2

短いけど次につながる話。


小咄1 名字の呼びづらさ名前呼びの攻防。

 

「そういえば、おまえ五条サンって呼び方めんどくさくねぇか。」

 

「いいえ?そこまでは。」

 

「め・ん・ど・く・さ・く・な・い・か?」

 

「はい。メンドクサイデス。。」

 

「じゃ、今度から悟って呼べよ。」

 

「はい。五条さん。」

 

「悟。」

 

「悟さん。」

 

「サ・ト・ル。」

 

「・・・悟。」

 

「よし。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小咄2 婚約者?いえいえビジネスパートナーです。

 

「悟これをどうぞ。」

 

ポケットから何かを取り出した銀珠はずいっと差し出してくる。

開いた手のひらに小さな石が嵌め込まれた小ぶりのイヤリングが三つ自分より小さい手からこぼれ落ちた。

 

「これなに?」

 

「転送用イヤリングです。呪力登録をすることで、イヤリングの石を指で弾いたら私の屋敷まで転移でき、もう一度弾くと転送前の場所に戻ります。戦闘中などは使用に気おつけてください。緊急脱出に使えはしますが、戻るとしたら、戦場はどうなっているかはわかりません。不意打ちにあって死ぬ危険性もあるのでくれぐれも、使用には気おつけてください。」

 

「・・まぁ、受け取っとくわ。」

 

「一応、予備として二つ渡しておきます。呪力の上書きもできますし、信用なさっている友人方に渡してください。」

 

「へぇ。そこまで俺のこと信用してんの?おまえ?」

 

「信用してますよ。一応。でも信頼はしていません。」

 

酷薄な笑みを浮かべて銀珠は一口パフェを頬張る。

 

「婚約者だから?」

 

「まさか。大事なビジネスパートナーですよ。」

 

「つまんねーの」

 

不貞腐れながら、俺の手のひらに転がったイヤリングを握る。

チャリッと繊細な呪力で編まれたのであろう金属の擦れ合う音が鳴った。

渡されたイヤリングの一つを手に取り、少しずつ呪力を流して観察してみる。

 

紫紺に輝く黒曜石は落ち着いた色合いを持ち悪目立ちせず、作り手の呪具師がどのような場所でも使えるよう想定して作られた道具というのが分かる。

10面体にカットが施された黒曜石の内側には並の呪具師が専用の作成道具で作ったとしても再現できるかどうか怪しい程の複雑な紋様で術式が織り込まれており、作り手のレベルの高さが窺える。

金具の部分には更に細かく別の術式が刻まれていた。

等級を考えれば間違い無く特級。

 

(欲しいな。こんな呪具を作る呪具師。)

 

思わずこの小物一つで億単位の呪術的価値を生み出す銀珠が抱える呪具師を欲しがった自分に驚く。

確かに、ろくな所じゃない実家に比べれば建設的な思考を持つ傑や硝子、銀珠達と共にいる方が何倍も良い。

 

良い見合いが出来たと、いつもはいけすかない親父に少しだけ感謝をした。

 

 




次回ゴリラのお迎え。
ちょっと上がったゴジョーの機嫌は急降下。


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神子とゴリラのドキドキな出会い


暇なゴリラが、はよ姫様迎えに行ってこいとケツ叩かれて、迎えに来るの巻。


 

プリンアラモードの残りを食べていた銀珠はふとなじみの気配を感じ取る。

 

「迎えにきてくれたのね。甚爾。」

 

「ああ。金華が迎えに行ってこいと、煩かったからな。流石に晩飯抜きは腹に堪える。」

 

気配に気づいた五条も顔を上げると驚いた顔で目を見開く。

 

「おまえ、こいつって…」

 

「久しぶりだな五条の坊。ここで会うとは不思議なもんだ。」

 

五条と銀珠二人の前に立っていたのはニヒルな笑みを浮かべた壮麗な男、伏黒甚爾。

五条が驚くのも無理がなかった。なぜなら男の異名は呪術師殺し。

そんな男が何故ここにいるのかと、呪術師なら…

 

「俺が何故ここにいるのかって誰でも思うだろ?」

 

思考を読んだかのように甚爾が口角を少し上げて笑う。

全身が総毛立った途端に思わず五条は構えを作り、甚爾に飛びかかろうとした次の瞬間。

 

「うわっ!?」

 

甚爾と五条をを遮るように、銀珠が出した錫杖が伸びていた。

 

「やめてください悟。甚爾も無闇に煽るのはやめなさい。」

 

「ふざけんなよ。こいつが誘ったんだよ。なら答えんのが筋だろ?」

 

「おいおい。姫さんこいつが勝手にきただけだだぞ。俺の与えられた仕事は姫さんのお迎えだ。余計なことしてまた金華から飯抜きにされちゃあ溜まったもんじゃねぇ。」

 

二者二様に文句を言い、五条は渋々座り直し、甚爾は銀珠の隣に腰掛ける。

 

「姫さんなんか頼んでいいか?」

 

「悟が支払ってくれるから一つだけよ。」

 

「おい。俺はこいつの分まで払う気はないけど?」

 

不機嫌そうな目で五条は甚爾を睨む。

 

「ははっ。大丈夫さ。姫さんはそこのところはしっかりしているからな、姫さん。」

 

「ええ、甚爾の為の資金はちゃんとありますから後で甚爾の分の料金はお支払いします。」

 

五条は思いっきり嫌そうに顔を歪めてメロンソーダの残りを飲み切ると、席から通路に身を乗り出して奥の厨房に向かって声をかけた。

 

「すみません!メガビックプリンアラモード一つと、コーヒーを一つとジェラート一つお願いしまーす。」

 

「おいおい。まだ食う気か坊。糖尿病になるぞ。」

 

「うるせぇ。奢りだ。その代わりお前らの出会いを話せ、金よりそっちの方が断然良い。」

 

「お、んじゃぁ坊、これも良いk…」

 

「ふざけんな。一つだけだ。さっさと話しやがれ。」

 

「はいよ。んじゃ何処から話しますかね姫さん。」

 

甚爾の問いかけに銀珠は少し考え込むと、ポンと両手を叩く。

 

「あれにしよう。一番最初のあれ。」

 

「良いのかぁ?あれ、坊には刺激が強いんじゃねぇか?」

 

「でもあれしかないでしょう。出会いを話すとしたら…」

 

ひそひそと相談する二人に痺れを切らした五条がパシパシと机を叩く。

 

「ほら言え言え!さっさと話しやがれ。」

 

「ええぇ…もう、分かりましたよ…それじゃ話しますね。」

 

 

数年前、ちょうど上層部に初めて呼ばれて数日が経った日の出来事を。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

バリンッ!


昼食の席で響いた不協和音。

手からお膳の上に滑り落ちる茶碗。

即座に立ち上がると短刀を抜き放つ侍女2人。

 

「割れた。」

 

コロコロと転がる茶碗をぼんやりと見つめながらある一点に意識を集中させる。いくつもある結界の中で自分が霊力を流している要の一つが壊れて着物の裾に穴が空いたかのように妙に落ち着かない。

 

「割れましたね。」

 

何かを考え込み嫌な表情になる銅。二人は縁側から庭に飛び降りると。

 

「ちょっと見てきます。」

 

そう言って、割れた地点へ向かって禪院家の投射呪法も顔負けの速度で走り出した。

 

割れると言う言葉は古今東西さまざまな意味を指すが、ここでは最悪な意味を指している。

すなわち結界の破壊だ。

 

用心の為に私も懐から金剛杵を取り出すと、起動して錫杖に変える。

淡い光と共に、黄金色に輝く細身の武器がまだまだ小さい自分の手に収まった。

 

「ふーっ。」

 

思わずぺたんと腰が抜けてしまう。

昔から襲撃された時の誰もいない部屋は、どうにもニガテだ。

 

過去に一度、自分たちを頼ってきた呪術師の子供が屋敷を見つけるために故意に結界の要をずらしたこともあったがそれと今のこれとは別ベクトルの話だった。

 

多分、結界を破壊したと言うことは、十中八九敵だ。

 

トン。

 

「!?。」

 

「おい。お前が藤原銀樹か?」

 

ひたりと、背後から首筋に冷たい鉄の感触がする。

敵だ。敵がいる。

敵が私の名前を聞いている。

多分答えたら死だ。

 

どうする、どうすればいい。

 

ぐるぐると沢山考える。

 

「答えろ。答えなかったらまず四肢を裂いてはらわたを引き摺り出して殺す。」

 

ヒヤリと男の声に凄みが増す。

内心ビクビクしながら私は息を整える。

 

「そうよ。私が藤原銀樹です。あなたは何が目的なの?」

 

ふと、背後の男は黙り込んで逡巡すると、あることを私に聞いてくる。

 

「・・・お前、病を癒すことが出来るのか?」

 

病を癒すそれは龍神の神子が成せる究極の技。

生きている限り、どんな者も癒し、病を取り除くことができる神がかりな術。

それをこの男は求めるほど切羽詰まっているのだろうと分かる。

 

「出来ます。けれど、それを成すには多くの体力。そして、生き永らえたいという強い願いが患者さんに必要です。」

 

「・・・これらが出来ますか?」

 

これらが揃わないと例え、いくら私が患者の体に力を送ろうとしても患者が受け付けなければ何も始まらないのだ。

男の気配が少し逡巡すると、何かを決意したように私に答える。

 

「わかった。あいつにはなんとか体力をつけさせる。元々、生存率が低いと言われている末期癌で諦めていたんだ。なんとか説得してみせるさ。」

 

男の声はさっきとは打って変わって生きる気力に満ち溢れた力強さを持っていた。

多分この人は相当な手だれだ。なら、こちらに今後専属でつけていた方が何かと襲撃者対策で楽になるはず。

 

 

「取引しませんか?今回、あなたに来た依頼は十中八九私の死体をもってこいという依頼でしょう?最近、何を思ったのか私の力を過大解釈して私を呪具で殺してその死肉を食べれば不老不死になれるとかいう噂が多く出回っていて襲撃者を処理するのが大変だったんです。」

 

「・・・・・。」

 

私の急な質問に気配は何も答えなかったが、何かを迷っているようだった。

 

「あなたに依頼した方の報酬の倍をお支払いしましょう。そして、貴方が望む方の病も治しますし、そんなに額はありませんが、毎月一定のお給料を支払います。その代わり、屋敷の警備、情報収集、あと、私の命を現在進行形で狙っている人の首を獲ってきていただけたら別途で報酬も支払います。いかがでしょう?」

 

「よし乗った。」

 

首元から鉄が離れるとカチンッと気配が刀を鞘に収める音がした。

ふっと急速に殺気で包まれた部屋の空気がほぐれていく。

 

「・・殺さないの?」

 

殺気はもう無い。

ただ少し、まだ私の中には緊張感が残っていた。

 

 

けれど、一度刃物を向けられた以上私は警戒を解かなかった。

すると、男がはぁとため息をつく。

 

 

「やめだやめ。デメリットしかねぇ殺しよりも、実のある仕事の方をとるぞ。俺は価値があるものを選びたい主義なんでな。藤原の神子姫さんよ。」

 

 

ゆっくりと両手を下ろして後ろを向く。

そこに立っていた、猫目で癖のないサラサラした髪を持つ長身の男と目が合う。

 

 

「あなたのお名前は?」

 

名前を聞くと男は何かを考え込むように視線を泳がせて。

 

「・・・伏黒甚爾。」

 

ニヒルな笑みを浮かべてまたヘナヘナと床にへたりこんだ私を見て笑った。

 

 

 

 

 

伏黒甚爾

この度、銀珠の専属自宅警備員になったプロヒモ。

ハイと、刀掛けにあった短刀を頭金として渡され、あとで鑑定にかけたら約一億円、呪術的価値だと三億円で軽く目を剥いてしまった。

侍女二人と顔を合わせた時、実家の相伝顔負けの速度で、首を狙われた。

ちょっとビビったがそれでも、防いだ。

のちに妻の病気を治すために、昼は足繁く奥さんのもとへ通い夜は銀珠の命を狙う呪詛師、呪術師の首を狩る首狩りマシーンとなった。

銅から貰った呪力なしで使えるブーヒートラップが面白すぎて、時折実家にしかけては引っかかった人間を見て爆笑している。

金華の作るご飯が美味しかったので、よくおにぎりを包んで貰って奥さんのところへ持って行くようになった。風の噂では奥さんがよく笑うようになったとか。

すぐに殺そうとしなかったのは、奥さんの病を治せそうな噂の真偽を知りたかったから。

ちなみに、依頼者は甚爾がしっかりと害がないようにナイナイした。

時おり、暇潰しに体術の先生してる。

そのせいか、銀珠が星になる回数が増えた。

 

 




今後に色々影響が出そうなお方が出て来ました。

次回は五条から手紙で知る事となるオトナなおねーさんとの出会いか、銀樹の保護者の銅の回想録。


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回想録〜銅ク色ヅク我ガ人生〜

回想録その1 今回は保護者のお話。


異端の土蜘蛛の子・煙・

徹底的に貶められたこの呼び名は、かつての私の生家で大勢から呼ばれていた名前だった。

 

呪術師にとっての理解できない異常な人間で、虫けらの子と同等で、煙たい存在。

禪院家の末端の封建的な家に生まれたのが今で言う親ガチャとやらにしくじったとも言える。

 

けれども、昔親しくしていた侍女が言うには赤子の頃は下にも置かれないような身分だったそうだ。

絹の産着に包まれて、上等な食事を食べさせてもらっていたと。

今思い返してみれば、一人娘だった私は親だった人たちにとっては期待の跡取りだったのだろうと思っている。

 

5歳になった日から、呪術師になる訓練が始まった時に私にある事実が発覚した。

呪力を練ってアウトプットする事ができなかったのだ。

私自身は呪霊も見える。

呪力を流し、呪具に呪力を満たすこともできる。

 

ただ、アウトプット…五条家の蒼と赫のように高濃度の呪力の塊を体外に打ち出すことがどうしても出来なかった。

 

天与呪縛。呪力はあれど、呪具を扱わずに術式を扱う事ができない。

代わりに、世界は私に力を与えた。

呪具を作り、誰よりも上手く扱う無二の才能を。

 

8歳の時にミスをして蔵に押し込まれていた時に見つけた赤い玉と青い玉。

それで暇つぶしにボール遊びみたいなことをしたり、泥団子をこねるように、こねこねしてみた。

すると、徐々に球体の輪郭がぼやけていき、トロトロしたものに変化した。

びっくりして思わずスライムみたいになったそれを地面に叩きつける。

すると、溶けた一部が赤い球に混じり合い紫に変色した次の瞬間。

 

 

ドン!

 

紫の火花が目の前を煌めき、蔵中が大爆発を起こした。

 

「ゲッッホ!ゲホ!」

 

青い液体が混じり合った球から起こった爆発だった。

 

 

父親と母親、ジジイの軍団に叱られて分かったあの球の正体。

 

それは、何百年も前に異端の呪具師が作り上げた術を込める魂込めの宝珠というものだった。

二つの玉に入っていた術は五条家の相伝術式の応用、術式順転蒼 術式反転赫。

 

誰も扱うことができず、なんの因果かうちの家にながれついた結果。

 

私が玉の効力を溶かしてしまい、虚式・茈が意図せずに発動した。

特別なことをしたわけではない。知らず知らずただ遊んでいただけだった。

 

呪力をただ流しただけ、それだけのことをしただけで私の生活はまた一変することになった。

 

小さな角部屋を与えられ、そこに大量の呪具製作のための素材が運び込まれていた。

そして親から言われたのはここで呪具を作るようにという一言だけ、襖が閉じられ足音が徐々に遠ざかって行った。

微かに母屋の方から赤子の鳴き声が奥からこちらに流れてくる。

 

この屋敷に仕えている使用人は皆独身だ。

だとすれば、消去法で考えられるのは蔵に押し込まれたりしているうちに生まれた嫡子の誕生。

 

それを思いついた途端、私の心は一気に冷え込んでいった。

 

呪具を使われたわけでもないのに、私と親を繋ぐ縁がどんどんと消えていく感触がした。

好きの反対は無関心。

消えていった愛は今でも湧いてきたことはない。

 

 

 

17歳になったある日、使用人に呼ばれて母屋に赴くと、そこには父であった当主と、柔らがな相貌をした当主より幾分か若い男性が座っていた。

 

「お呼びと伺い参上いたしました。」

 

「おお!きたかそこに直れ。」

 

「こんにちは。お邪魔させてもらっているよ。」

 

横柄な当主の態度はいつものことだったが、若い男性は気遣うようにこちらを見ていた。

二人が座る上座から一段下がった板間に腰を下ろす。

すると、男性は自分の円座を腰から離し手に持つと、こちらに歩みよってきた。

 

「これに座りなさい。冬場の板間は冷え込むからね。」

 

「藤原殿。それは使用人です。情けをかけるべき存在ではないですぞ。」

 

「そちらこそ何を言われるのですか?方院殿。子供は誰であろうと、世の宝。等しく大切に扱うそれが大切なのです。」

 

「はぁ。そうですか。」

 

当主は奇特な物を見るかのように男性に呆れた顔をすると、円座に座り直した。

 

 

「これをお呼びになった時はいささか驚きましたが、本日はいかがな御用件でまいられたのでしょうか?」

 

私を見ることもなく、これと言った当主はそばに座る藤原様にあからさまにゴマを擦っている。

それを不快な表情を見せることもなく、藤原様はにこにこと穏やかな声で話し始める。

 

「実はですね。もうすぐ私の娘が生まれるのですよ。」

 

「おお!それはそれはおめでとうございます。して、その姫御前は例の予言にあった方でございますか。」

 

「いえ…そこまではまだはっきりとは、しかし、数代ぶりの女児が生まれるのですから、できる安全をしておこうと思いまして。」

 

「ほうほう。そうなのですな。」

 

「そこで、方院殿のご息女の煙殿を娘の傅役として、即金で300万円で買い受けたいと思い、こちらへまがりこしました。」

 

 

「「はぁっ!?」」

 

買い受けるという衝撃の言葉に、私も当主も口からおかしな調子で言葉が飛び出す。

 

「し!し!し!し!失礼でございますがこれは我が家の重要な資金源でございまして、いなくなられると非常に困るのですが…」

 

 

「足りないですか?ではこちらもつけましょう。」

 

男性の側にあった包みの結び目が解かれて中から一振りの刀剣と一つの鏡が現れる。

 

「こちらは、村正作の打刀。こちらは本物には劣りますが、私たちの技術で作り上げた照魔鏡。どちらも呪術的価値で言えば億を超えます。」

 

現れた宝物に当主の目がわかりやすく欲望に輝く。

その様に呆れてしまった。

人は欲のためならどんなこともできる。これが後に、世を渡り歩く時に役に立つ一つの学びとなった。

 

当主の手が、宝物に徐々に伸びてくる。

それを見咎めた男性がひょいと両手で二つを持ち上げると、図体のでかい当主は勢い余ってすっ転んだ。

 

「ーーーっふっ。」

 

笑いを堪えるのに必死になる。

それだけ、面白かったのだ。

 

「失礼。ゴム鞠がこちらに飛んできたもので、大切な品が壊れてはいけないと思い、持ち上げました。」

 

 

暗に馬鹿にされた当主は顔真っ赤にする。

しかし、自分自身を指摘されたわけでもないので言い返すことができなかった。

 

 

「ごっほん!そうでしたかすみませんしっかりと家のものに伝えておきますのでどうぞ平にご容赦を。」

 

「ええ。大丈夫ですよ。あなたはとても聡明な方です。なので、私の言いたいことも、わかりますよね?」

 

 

にっこりと、しかし有無を言わせない圧が当主に向けられる。

 

「はっ、はいいいいぃっもちろんにございます。」

 

当主はダラダラと冷や汗をかいて慌てだす。

使用人を呼び出して何やら耳打ちをすると、部屋を出ていき、何やら物を持って再度使用人とともに入ってくる。

 

使用人が持っていたのは私の衣服と仕事道具が詰められた鞄二つ。

当主が大事そうに抱えていたのは短刀が一振りだった。

 

「こちらで宜しいでしょうか?」

 

恐る恐る差し出したそれを藤原様はにこりとした表情で受け取ると

 

「では、私からはこちらを。」

 

脇に置いていた太刀と鏡を当主に渡す。

 

「確かに、お受け取り、しました。。」

 

 

今日この日、契約によって土蜘蛛の煙は死に、呪具師として新しく御館様から名を受けるまであと少し。

 

 

 

 

〜人物紹介〜

 

・銅(あかがね)

 

呪具師兼銀樹の保護者。

数えで多分夜蛾先生と歳が近い。

五条が生まれてくる前の時代に生を受け、甚爾ほどのレア度では無いものの珍しい天与呪縛を持つことから色々と注目されてた存在。

 

5歳の時に相伝術式を持っていながら、何をやっても術式を扱うことができなかった為使用人として生活していたが、8歳の時にどこからか流れ着いたガラクタ扱いになっていた五条家の術式が込められた蒼と赫を崩したことで虚式・茈が暴発した。

 

ガラクタ扱いだったけれど、誰にも扱えたことの無い呪具を扱ったことで呪具師の素養ありとみなされて飼い殺しが決定された。

 

けれども、部屋に押し込められてこれ作れと注文が来たり、無理難題が来たりで腕の上げようがなかったり、ちょこちょこ思い出されたかのように使用人の仕事を押し付けられたり、独学でなんとかやったりと10年余り、銅が預かり知らぬところで銅を寄越せだの養子にしてやるだの御三家からよく無茶振りが来ていたが、基本は金が得られない無茶振りだったので当主が全部ブロックしていた。

多分家宝を譲ってやるとかだったら、資産が得られるということで金にがめつい当主は喜んで銅を差し出してしまい、このお話自体が始まらなかった。

 

当主の元から脱出計画を練って数年。

思わぬ人物が銅を買い取り、自分の脱出計画もこれまでかと思っていたが、御館様について行った先は夢のような場所だった。

 

銀樹との出会いはまたいつか。

 

 

・御館様 藤原◽️■

 

銀樹の父親。

モデルは某あのお方。

娘のために自分が死ぬことを薄々勘づいている。

特に力を持ってはいないが、感がとてつもなく鋭い。

 

妻が妊娠したと知った時、多分自分は子供のために死ぬんだろうなと思い、娘の生存の為に元々仕えていた呪術師たちのつてを辿った結果、銅の存在が目に留まり、この子だと思って即座に財宝を持って凸。

無事にお買い上げとなった。

基本娘の為ならば死をも恐れない覚悟ガンぎまり人間。

 

 





ちなみに銅は普通に武道も出来ます。
剣道、弓道、柔道となんでもござれ。
自作の呪具なら出力は五倍になるのだとか。


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