カイドウ♀になった話 (ぼほの)
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1話



 


 新世界に位置するワノ国の城『オロチ城』の瓦上に、1人月を眺める女がいた。

 

 彼女は黒を基調として所々に紫の模様が入った和服を着ており、彼女の長く伸びた黒髪と恐ろしくも美しい一対の角も相まって、本来瓦上に人が居ては不自然に感じるはずなのに、その姿は非常に様になっていた。

 

 彼女の片手には酒壺が握られており、もう片手には満月のように丸い盃が添えられていた。

 彼女はその盃いっぱいに入った酒を一口で飲み干し、ふぅと一息。彼女の顔は酔っているのか少し赤くなっていた。

 

 彼女は一体何者なのか。

 彼女について語るならば、海賊として海軍及び四皇に挑み捕まること十数回。千を超える拷問を受け、数十回の死刑宣告。

 時にギロチン、時に串刺し、時に釜茹で。考えうる全ての処刑を体験し、五体満足で生き残り続けた。

 つまり、彼女の人知を超えた耐久力故に、誰一人として彼女を殺すことが出来なかった。

 

 しかしその逆は全くの別。

 市民はもちろん海兵も、海賊も、賞金稼ぎも。どれほど力自慢で名が轟いていようと、どれほど実力者だと囁かれていようと、彼女が相手となれば皆同じ。

 金棒で叩き潰され、刀で切り裂かれ、矢で弾け飛ばされ、槍で風穴が空けられる。

 ありとあらゆる武器で、方法で、迫る敵も逃げ惑う弱者も、彼女によって皆平等に死を迎える。

 つまり、彼女の果てのない武力故に、誰も彼女によって齎される死から抗う事は出来なかった。

 

 まさに最強の『矛』と『盾』。

 

 存在そのものが畏怖され、武力の化身と評される彼女の名は

 

―――『カイドウ』 

 

 新世界の頂点とも言える四皇の内の1人であり、陸、海、空、全てにおいて最強と名高い伝説の海賊。

 

 

 そんな人物が何故城の上で酒を飲んでいるのか。

 その答えは実に単純で、身近なもの。

 

 

 

 彼女は、娘の反抗期が原因でやけ酒をしていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 私は酒壺の蓋を開け、盃に酒を注ぐ。

 盃いっぱいに溜まった酒を覗いてみると、私の顔が写っており、その顔は浮かない表情をしていた。

 

 「はぁ……」

 

 私はその表情を見て、自身の心情とやらかしを認識して溜め息を出す。

 

 そうだ。娘は――ヤマトは、私のせいでグレてしまったんだ。

 立場的にも状況的にも殺らなければならなかった場面だったとはいえ、ヤマトの憧れの人をこの手で殺したのだ。

 嫌われるのも仕方ないだろう。

 そう、仕方ないのだ。

 仕方ない………の…だろうけど…。

 

 ショックだ。

 

 結構なショックだ。

 つい最近までは母親として慕ってくれていたのに、今では親の仇と言わんばかりだ。親は私なのに。

 

 なんとかして仲直り出来ないものか。

 おお、ヤマトよ、お母さんは悲しいよ。憧れの人を殺しちゃってゴメンよ、どうか許してくれないか。

 なんて言って許してくれるのならそれは仲違いとは言わないだろう。

 

 「…………」

 

 酷く落ち込んだような顔が水面に映る。

 私はそれと数秒見つめ合った後、その表情ごと酒を飲み込んだ。

 ふぅと息を吐き、直ぐに次の酒を入れる。そしてその酒を一口で飲み干し、間をとらず次の酒の盃に注ぐ。

 それを数回繰り返すと段々と注ぐのが面倒くさくなり、最終的にはラッパ飲みの形になった。

 

 幾らか酒を溢しながらもゴクゴクと飲む。

 これだけ飲めばベロベロに酔っ払う事を分かっていても、むしろそれを好都合だと思いながら、酒壺が空になるまで胃に流し込み続けた。

 

 「うぅ〜…ヒック」

 

 全く、どうしてこうなってしまったのか。

 空になった酒壺を投げ捨て、2本目の蓋を開ける。

 

 私は出来る限りヤマトに嫌われないようにした。

 いや憧れの人を殺しといて何を言っているんだと思われるだろうが、これでも私なりに努力したのだ。

 

 具体的に言うと、ヤマトの憧れの人――おでんを褒めまくった。

 自己犠牲の精神が素晴らしいだの、剣の扱いが上手いだの、実力が高いだの、顔がいいだのなんだの。

 頭のてっぺんからつま先の先まで、たとえ内容が似通っていようと、可能な限りおでんを褒めまくり、彼が何処か照れくさそうな顔を見せるまで二十分近く褒めちぎった。

 あの時あの場所に居たヤマトにも聞こえるように。

 

 そしてその後におでんを苦しませないように処刑した。

 

 こうすれば、ヤマトに“私は好きでおでんを殺したわけじゃない”ということを分かってもらえるんじゃないかと思っていた。

 実際、私は彼を褒めすぎたせいかちょっと情が移ってしまい、銃の引き金を引くのを躊躇った。それに、彼を褒めたいのは割と本心だったし。

 その様見ていれば、ちょっとは許してくれると思っていた。

 

 だが違った。

 

 私の考えが甘かったせいなのか、ヤマトは私を許すどころか、自分の事をおでんだと思い込むようになってしまった。

 これは原作と同じなのだから私のせいでは無いかも知れないが、それでも少なからず影響があると思うと過去の自分を殴りたくなる。

 

 まぁ娘に嫌われたくないのならそもそもワノ国を支配しなければ良い話なのだが。そうすればおでんと敵対することが無いので彼を殺さずに済んだのに。

 

 このことについて言い訳をするなら、原作の展開を忘れてるから仕方ない、だろう。

 この世に生まれて三十年近く、その間の生活が波乱万丈だったのも相まって主人公の顔も能力も覚えていない。もちろん、その他諸々もど忘れしている。

 

 しかしそんな私でも思い出す時がある。

 それは、その展開に直面した時だ。数秒前まで脳みその何処にあるかも分からなかった記憶が、いざその場面に出くわすと、急にGPS機能が働いたかのようにはっきりと映し出される。

 あれは漢字テストの分からなかった漢字の答えを見た時の感覚に似ている。試験中は部首すら思い出せなかったのに、答えを見た瞬間練習した記憶が鮮明に蘇るあの感覚。

 

 しかしこの“思い出し”は厄介な事に、些細なことでは反応してくれないのだ。

 必ず大きな出来事でなければ思い出す事が出来ない。そして、大きな出来事とは、大抵取り返しが付かない頃に起きるものだ。

 

 おでんの件はそれだ。

 ワノ国の住人にとって、海賊によるワノ国の支配は十分大事なのだが、私にとって些細な出来事だったらしく、思い出しのきっかけにならなかった。

 そして時間が経ち、おでんが現れて、彼との戦いの中私の身体に傷を付けられた時に思い出した。

 「ああ、そういえばこんな人いたな」と。

 ただその時にはおでんという男を思い出しただけで、彼が私達にどんな影響を及ぼすかは思い出せていなかった。

 結果、彼との戦いの最中に彼を罠にはめようとした老婆を真っ二つにするというハプニングがあったが、無事私の勝利。

 

 その後ワノ国の将軍であるオロチの指示で、彼とその仲間達である赤鞘を釜茹でで処刑することに。しかしおでんは仲間達を背負う事で負担を自分だけにかけるという、彼の性格を映したかのような方法で仲間達を救う。

 私はそれを見てカッコいいと思いつつ、人のおでんも食べ物のおでんも熱そうだなと下らないことを考えている内に“思い出す”。

 彼の死が、私達カイドウ家に多大な影響を及ぼすことに。ヤマトと仲違いする原因になることに。

 

 それに気付いた私は内心大慌てになり、なんとかして今からでもヤマトと仲睦まじいままに出来る方法を考えて、その結果おでんを褒めちぎることになり、現在に至る。

 

 

 何本目か分からない酒壺を投げ捨てる。

 やけ酒をする為に持てるだけ持ってきたが、酒壺のあるほうを見ると、どうやらあと一つしかないらしい。

 最後の酒壺を開け、その中身の3割ほど溢しながら、一気に飲み干す。溢れた酒で和服がビチョビチョだが、それを気にするほど正気ではない。

 

 「あ〜………」

 

 フワフワとした意識の中、上手く働かない頭を使って考える。

 何とかして今からでもヤマトと仲良くなれる方法を…。

 

 そして思いつく。

 

 

 そうだ、ビッグマムを訪ねよう。

 

 

 彼女なら子供と仲良くなる方法をしっているだろう。

 実際、彼女は子供達から恐怖混じりではあるが慕われているように見える。

 育児上級者の彼女の助言は、きっと役に立つ事だろう。

 よし、行こう。

 

 私は行き先を決めると獣型になり、目的の場所があるであろう方向へ飛ぶ。

 

 

 

 その晩、花の都上空にて数百mはあろう酔っ払った青龍が飛び回り、住人達は恐怖に身を震わせ、オロチは頭を抱えたそうな。

 

 

 

 





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2話



 


 新世界の大海原を、数百m級の青龍がその巨体に似合わない速度で突き進んでいた。

 その巨体とその速度の影響か、それが通ると海がせり上がって大波を作り出しており、もしそこに船があれば転覆は免れないだろう。

 

 この動くだけ災害を齎す青龍の正体は何か。

 

 

 私だ。

 

 現在、私はビッグマムの住処であるホールケーキアイランドに向かっている。

 

 向かう理由は、お茶会に誘われたとか、勝負を仕掛けられたとかではなく、彼女に子育てのノウハウを教えてほしいだけだ。

 確か今の彼女の子供の数は…………駄目だ分からない。会うたび会うたびに子供が増えているもんだから、前に数えた人数は当てにならないだろう。

 まぁ、それだけ産んでいるのだから子供に関して彼女の右に出る者はいないと踏み、こうして彼女のもとに私は向かっている。

 

 しかし、向かおうとしたところ少々予定が狂ってしまった。

 

 本来彼女の所には私1人で行くつもりだったのだが、このビッグマムへのアポ無し突撃に参加した者がいる。

 私はその者の方をチラッと見る。

 

 そこには、私の隣を大きな翼で飛ぶ全身黒スーツで覆われたプテラノドンが居た。

 彼の背後は燃えているが、これは自前である。その姿は部分的な火の鳥、彼を知らぬ者が見ればゾオン系幻獣種だと勘違いするだろう。

 

 彼の名はキング。

 私との付き合いが長く、百獣海賊団No.2の実力を持つ非常に優秀な配下である。

 ゾオン系の剛力と、彼の種族としての耐久力と炎を操る能力を兼ね備え、剣術も一流。特に炎を操るというのは殲滅力が高く、一定以上の実力が無ければ焼き殺されるのでかなり強い。

 彼と私がいれば、ホールケーキアイランドに大損害を与える事が可能だろう。

 しかし今回は別に戦争をふっかけにきたわけでは無いので、正直言って、彼はいらない。

 

 そもそも何故彼がついてきたのかというと、ざっくり言えば私が目立ちすぎたせいである。

 

 私はあの時、ビッグマムのもとに向かうおうとしたのだが、酒を何Lも飲んでベロベロになっており、思うように身体が動かせずワノ国中を飛び回っていた。

 その結果、私を探していたらしいキングに会い、鬼ヶ島に戻るよう言われる。

 しかし酔っていた私はそんなこと知るかと言わんばかりに、キングにホールケーキアイランドに行くことを伝え、またワノ国中を酔いが醒めるまで飛び回った。

 

 そして少し経って酔いが覚めると、私は頭を数回振ったあとに、ビッグマムの住む方へ正確に向かった。

 キングはそれに追従する形で来たのだ。

 

 

 何か言いたそうなキングを尻目に、私は空を翔けていく。

 

 鬼ヶ島に戻るように伝えてきたということは、そこで何かあったのだろう。しかし、私にとってそれよりもヤマトと仲良くなる方法を知る方が重要なのだ。

 

 

 

 

 

 目的地が見えてきた。

 

 ビッグマムがいる島『ホールケーキアイランド』

 

 それは建造物の殆どがお菓子で出来ているという可笑しな場所で、お菓子好きには堪らない島となっている。その逆に、お菓子嫌いからすれば発狂ものの島でもある。

 ちなみに私はほんのりぐらいの程よい甘さのお菓子が好きだ。あと酒に合うものも好き。

 

 突然の来訪な上に夜なので、きっと今頃ビッグマム海賊団はパニック状態だろう。皆仲良くぐっすり寝ていたら、四皇の一角が飛んでくるのだ。そうならない方が不自然というもの。

 なんといっても水平線の彼方から数百mはあろう龍が迫ってきてるのだ。もしこれで警戒しないのならそれは最早平和ボケ、いや、森羅万象全てが仲良しな世界の住人と化している。

 

 まるでたちの悪いドッキリのようだ、なんて思いながら近づいていくと、目先にある海岸の異変に気付く。

 

 

 誰も居ない。誰も待ち構えていない。

 それすなわち、誰も私を警戒していないのだ。

 

 

 あまりの衝撃に動きが止まる。

 横に居るキングは何処か失望したかのような雰囲気を漂わせている。

 

 いやいや、おかしい。

 罠か何かだろうか。いや、他の新参海賊ならまだしも、私が来たというのなら罠にかけようなど思う筈が無い。

 自分で言うのも何だが、たとえどんな罠を仕掛けられたとしても、私なら何事も無かったかのように打ち破る事が可能であると彼女らは知っているはず。

 罠なんて仕掛けるだけ無駄だ。

 

 となると、もしや彼女らは私の来訪に気付いて居ないのか?

 数百mもの龍が迫ってきたとしても気付かない何かが、たとえ気付いていたとしても対応する暇の無いほどの出来事が、この島で起こっているのだろうか?

 

 私はそれを確かめるべくより高度へ、そして島の中心に向かっていく。

 そしてすぐにその原因は見つかった。

 私はそれを見て、なるほど、と思った。

 

 

 そこには、街を破壊し闊歩するビッグマムの姿がいた。

 どうやら、彼女は食いわずらい発症中らしい。

 

 彼女が腕を振るうたびに、お菓子で出来た町が粉々になっていく。

 市民たちは逃げ惑い、彼女の部下らしき人達が避難指示を出していた。

 

 何てタイミングの悪い、と心の中で悪態をつく。

 彼女の癖というか性というか何というか、全く“食いわずらい”とは迷惑で面倒なものだ。

 

 

 「行きましょうか、キング」

 

 

 私はそうキングに呼びかけると、遅くない速度で我儘怪物おばさんへ直行した。

 

 ちなみに敬語なのは、まだ男の意識があった昔、女言葉を使うのに抵抗があったからだ。

 今や女言葉を使う事に何ら抵抗は無いのだが、昨日まで敬語だった奴が急にタメ口を使うのはどうかと思うし、私は“敬語を使うキャラ”だと定着しているので変える気が起こらない。

 あと敬語ってだけでなんとなく大物感が出るのでそうしているのもある。

 まぁ、こんなフワフワとした理由で丁寧な言葉遣いをする奴に大物感もクソも無いのだが。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 巨人族と見違うほど大きな純人間の女が、渇望を込めた足取りで街を破壊し回っていた。

 

 

 「セェムラァァァアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 人生の全てでもかけているのではないかと疑えなくもない執着心を糧に、ビッグマムは腹の底から轟くように今望むお菓子の名を叫ぶ。

 彼女の手には顔の付いた太陽が握られており、今まさに目前の建物に振りかぶらんとしていた。

 

 

 「ママ!止めようぜそんなこと!!」

 「無理無理聞いてないって」

 

 

 太陽は彼女に破壊行為を止めるよう叫ぶが、それに横槍を入れるように、これまた顔の付いた雲が諦めた様子で言う。

 実際、太陽の言葉は彼女に届いておらず、無情にも腕は振り下ろされた。

 

 目にも留まらぬ速さで飛んでいく太陽がお菓子で出来た建造物に衝突したかと思えば、次の瞬間、その建物だけでなくその周りすらも飲み込む程の大爆発が起きた。

 あまりの爆風に近くにいた人々は吹き飛び、少し離れた位置にいる者も一時的に動きを止めなければならないほどだった。

 

 爆炎が収まると、爆発に巻き込まれた建物はバラバラに吹き飛びその破片はドロドロ。

 巻き込まれずに済んだ物も熱の影響を受けて、そこら一帯が汗を掻いているかのように溶けていた。

 

 その光景を見て、彼女の子供達は冷や汗を掻く。

 

 

 「……まずいな。ここでこれ以上暴れられるのは非常にまずい…!」

 「で、でもどうしたら!?セムラの行方は分からないし、今から作るにしても時間がかかる!!」

 「しかもさっき入った情報によると、カイドウがこの島に来てるらしい!!!正直、にわかには信じがたいが…」

 

 

 そう彼が呟くと同時に、空が暗くなる。

 

 

 「呼びましたか?」

 

 

 突如響く女性の声。

 それは美しい音色をしていたが、その声を知る彼らにとっては心臓が止まる思いをするほどの恐怖を齎すものだった。

 

 彼らは目の前の惨状を忘れて、分かりきってはいるが分かりたくないの一心で、ゆっくりとその声の正体を見る。

 

 嗚呼、噂をすればなんとやら。

 

 

 街を覆うような青龍が空を独占していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 私を見た市民たちは阿鼻叫喚で、一部のシャーロットキッズも生まれたての子鹿のように足を震わせていた。

 しかし流石と言うべきか、ある程度歳を重ねたシャーロットキッズ達は僅かに怯えつつも私と向き合っている。

 

 私はそれを見てマムの子育ての優秀さを改めて実感する。

 確かに彼らとは何度も獣型で会った事があるが、初めて会った時も足を震わせながらも対峙していた記憶がある。

 うちの子でも同じ事が出来そうだが、マムはこれを何人もの子供に成功させているのだ。

 

 一人教育するだけで手一杯な私と、複数人を教育しても余裕がありそうなマム。

 実力では負けてないと自負しているが、こればっかりは天と地ほどの差を感じる。

 

 そう勝手に教育力の差に驚いていると、シャーロットキッズの中の一人――確か名前はカタクリが切羽詰まった様子で私に問いかける。

 

 

 「……何をしに来たッ!」

 「リンリンとちょっと相談事をしに来ただけですよ。そう警戒しないでください」

 

 

 彼らを安心させる為に、出来る限り穏やかなトーンで話す。

 これで何人か落ち着かせられたようだが、逆に警戒心を強める人もいた。

 しかしこれは仕方がない。猛獣が聖母のように接してきても罠かと怪しむだけだ。

 だからといってその者を安心させるような事はしないが。やろうと思えば出来るだろうが時間が無い。

 さっさと話を進める事にする。

 

 私は目でマムを指し、問いかける。

 

 

 「ところで、今回のお題はセムラのようですが、準備の方はどうなのですか?」

 「…お前には関係ない」

 

 状況を聞いてみるも突っぱねられる。

 私は所詮部外者、こういった対応をされるのは分かっていた。

 しかしここで引き下がっては来た意味がない。

 

 「いいえ、大有りです」

 

 私はそう言うと、彼らに顔を近付ける。

 私の顔は下手な家よりも大きいため、それが迫ってくるというのは普通ならば耐え難い恐怖を感じるだろう。

 

 さっきまで安心させようと接していたのに、今度は威圧してくる。数秒前までとは一転した態度に、彼らの表情が強張るのが見えた。

 

 「もう一度聞きましょう。準備の方はどうなのですか?」

 「……………………………今料理人に作らせている」

 「どれくらいかかりますか?」

 「3時間だ」

 「分かりました。では、その間私がリンリンを足止めしておきましょう」

 

 

 え、と意表を突かれたような声が耳に入る。

 私の言葉を聞いた全員が同じ顔をして驚いていて面白いなと思いつつ、私は追い打ちをかけるように「ただ」と言葉を続ける。

 

 

 「少々手荒な方法を取りますので、セムラが出来上がる頃には、ひょっとしたらリンリンの死体が出来上がっているのかも知れませんよ?」

 

 

 そう言って私は「はははっ」と一人で笑う。

 これは私なりのジョークなのだが、キングを含め誰一人として笑ってくれなかった。

 まさかのド滑り。これには酒を飲んでいないのに顔が赤くなりそうだ。

 

 私はコホンと一咳し、先程の醜態を誤魔化すように、マムに向かって高速で突撃。理性を失ったマムは当然それを避けられず、ヤバいと叫ぶ太陽と雲ごと空高くふっ飛ばされた。

 

 彼女の丸い体型と水玉模様の服が相まって、天高く舞い上がるマムはまるで巨大な風船。

 しかし彼女は風船では無いためある程度の高さまで行くと、打って変わって急降下していく。

 それに雲――ゼウスは「危ない!」と叫び、無抵抗で落ちていくマムを優しく受け止めた。

 

 そこに私は容赦なく熱息(ボロブレス)を放つが、マムに当たる直前に大きく膨れ上がった何かに吸収されてしまった。

 その正体は太陽――プロメテウスで、熱息を吸い込んだ後、ぷはーっと牛乳でも飲んだかのように息を吐いた。

 

 やはり一筋縄ではいかない。

 

 明らかな敵意を示すマムと目を合わせながら、私はそう思うのであった。

 

 

 

 

 




ビックマム(セムラが食べたいだけ)
      VS
カイドウ(子育て相談がしたいだけ)

海の皇帝達の戦いが―――

―――今、始まる。

 
予想以上に伸びててビックリした(小並感)

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3話


Q.毎日投稿とか……なさらないんですか?

A.駄文を頭から捻り出すのに時間がかかるから無理です。

 
 


 熱息(ボロブレス)!!」

 

 

 天上の火(ヘブンリーフォイア)アァ〜〜!!!!!」

 

 

 遥か上空にて。

 街を飲み込みそうなほど巨大な熱光線を放つ青龍と、空を焼き焦がすような激しい太陽を持つ女がいた。

 その者達が放った技は凄まじい速度で衝突しあい爆ぜると、身を焦がすような熱が、このホールケーキアイランドの首都であるスイートシティにまで届くようだ。

 

 その影響で建材であるチョコ等が溶け出し、建物の倒壊が所々で起こっていく。

 

 「逃げろー!!」

 「ここは安全じゃねぇ!!」

 「こっちだー!!」

 

 ホーミーズや幹部達を含むビッグマム海賊団は、まだ逃げ切れていない住人達の避難誘導を行い、少しでも被害を減らそうと尽力している。

 しかし―――

 

 

 「威国!!!」

 

 

 「雷鳴八卦!!!」

 

 

 そんなこと知るかと言わんばかりに、巨大な斬撃と莫大な打撃が激突し、衝撃音が雷鳴の如く轟いた。

 その衝撃波は――高空で発生したからか、空を覆う雲を吹き飛ばし、距離が離れていようともスイートシティを揺るがせた。

 それによって、建材の一部が溶けようとも何とか立ち続けていた建造物も次々と崩れ落ちていく。

 

 いずれ崩れるものが無くなり舞い上がった粉塵が晴れていくと、そこには昨日まで賑やかだった街は原型を留めておらず、後に残ったのはホールケーキ城と、ドロドロに溶けた建材と瓦礫だけ。

 

 そんな破滅的な光景を見て―――

 

 

 「話と違うじゃねぇか……」

 

 

 ―――と、カタクリは一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の残骸の上で海の皇帝達の戦いを眺めながら、キングは思う。

 

 どうしてこうなった、と。

 

 事は鬼ヶ島で騒ぎが起きたことから始まる。

 

 別に鬼ヶ島で騒動が起こることなど珍しい事ではない。

 酒を飲みすぎてバカになった部下達が、いきすぎたお巫山戯をする事など多々あるし、その他にも時折おでん関連の侍が攻めて来る事もある。

 そのため騒ぎが起こるなど日常茶飯事――とまではいかなくとも、皆が迷うことなく対処出来るほどには頻度が高い。

 

 しかし今回ばかりは特別な事例で、皆慌てふためいていた。

 

 何故なら騒ぎを起こしたのがカイドウの娘、ヤマトだったからだ。

 

 何故彼女が騒ぎを起こしたのか。聞けば彼女は「僕はおでんだ」と主張しながら暴れているらしい。

 その事について、「親の考えはよく分からないが、まさか娘がそれを上回るレベルの意味不明さとは…」、と後に大看板のクイーンは語っている。

 

 当然対応に困った。

 

 これは別に暴れた理由が“自身がおでんだから”という理解し難いものだからではなく――少なからずそれもあるかもしれないが、頭首の娘であるヤマトを傷付けるわけにはいかなかったからだ。

 もし暴れているのが部下や侍であれば再起不能か死で対処するのだが、相手はトップの娘。しかも様子を見るに彼女はカイドウに溺愛されているようである。

 そんなものに手を上げたら、一体どんな地獄を味わわされるのか想像もしたくない。殺すなんて論外だ。

 

 さらに厄介な事に、彼女は四皇の血を受け継いでいるからか、齢8歳にしてその力は成人男性を超えている上に、報告では彼女を抑えに行った者達がガクリと泡を吹いて倒れたらしい。

 そう、なんと彼女は覇王色の覇気を覚醒させていたのだ。

 

 並の者では触れることすら出来ず、強者であっては傷付ける恐れがある。

 

 これはカイドウに任せるしかない。

 

 そう判断したキングは彼女の部屋に向かうが、まさかの不在。

 訓練場に居るのではと思い行ってみるも、居ない。次に武器庫に行ってみるも、居ない。次にヤマトの部屋に、次に、次に………。

 そこまで探してもしやと思い、貯酒庫に行ってみるも、居ない。

 しかし収穫はあった。酒が幾つか無くなっていたのだ。

 

 どうやら彼女は、酒を持って何処かへ行ってしまったらしい。

 

 その事実にキングは溜め息を吐いた。それは諦めから来るものだった。

 

 彼女はいつも自由奔放で傍若無人、やりたいと思った事は我慢せずにやる主義だ。たとえそれが無茶苦茶な事でも、彼女の力と行動力なら成し遂げてしまう。

 一応組織のトップとして重要な場面ではそれらしく振る舞うが、その他についてはほぼ部下に投げ、自分のやりたい事にしか手を付けない。

 そしてそのやりたい事は、誰にも見られない場所ですることがある。実際、彼女は不規則的にこの鬼ヶ島含めワノ国から姿を消す。

 その際に彼女は大量の酒を持って行くのだ。

 

 そして今、彼女はこの鬼ヶ島から姿を消し、酒が幾つか無くなっている。

 こうなっては彼女の行方を探すのは困難を極めるだろう。

 

 このまま彼女が戻ってくるまで、それかヤマトの体力が尽きるまで、この騒ぎは止められないのだろうか。

 そう皆が諦めかけたその時、花の都上空にて青龍を見たという目撃情報が発生した。

 

 キングはその情報を耳にすると直ぐにそこへ直行し、ベロベロに酔っ払った頭首の姿を目にする事に成功。

 すぐさま鬼ヶ島に戻るよう説得を試みるが、彼女は全く聞く耳を持ってくれず「ホールケーキアイランドに行ってきます」と行ってワノ国中を回りだしてしまう。

 

 結局彼女の酔いが醒めるまで、彼の言葉が彼女の耳に届く事は無かった。

 いや、醒めた後も届いていないようなものだった。

 

 

 「カイドウさん、あんたの娘が今鬼ヶ島で暴れてるんだ。戻って対処してくれないか?」

 「ん?(やば、聞いてなかった)あー、そんなことより今から私は万国に行ってきますので、クイーン達にそのことを伝えてくれませんか?」

 「………いいのか?」

 「?……何かいけなかったでしょうか??」

 「いや、あんたがそういうのなら」

 

 

 

 意外にも放置を選択したカイドウにキングは戸惑いつつ、万国に向かう彼女を追う。

 それは、何でもない適当な島に行くのならまだしも、同じ四皇であるビッグマムの国なら最低でも一人や二人、傘下はついて行くべきだろうと判断しての事だった。

 

 そして万国に着き、気が付けばそこでビックマムの食いわずらいを止めるための頂上決戦が始まっていた。

 

 それはカイドウが気分でなのか、昔の(よしみ)でなのか分からないが、食いわずらいによるスイートシティの被害を抑えるべくして始めたものだった。

―――まぁ、その肝心のスイートシティは()()()()()()()()()()()で壊滅状態なのだが。

 

 

 しかし、キングには疑問があった。

 

 それは一体何のためにビッグマムのもとに行くのか、というもの。

 カタクリとカイドウの会話を聞く限り、どうやら相談をしにきたらしいのだが、一体それは何なのだろうか。

 

 ワノ国に関わることである可能性は低い。

 彼女とビッグマムの仲は四皇同士にしては良好な方だが、それでも自身が支配する国について相談するほどではないし、そもそもそれについて無関係の人に相談するような性格ではない。

 

 であれば一体何なのだろうか。

 四皇ビッグマムとわざわざ相談しに行く事といえば?

 あの果てしない武力を持つ彼女でさえも、後先考えず行動しがちな彼女でさえも相談を選択するものとは?

 

 キングはそこまで考え、ハッとする。

 

 

 まさかとは思うが―――『世界を巻き込むレベル』の()()()なのだろうか? 

 

 あの時、彼女が溺愛している娘が暴れていても放置を選んだのは、この相談事があったからなのでは…?

 彼女があの時「何かいけなかったのか」と聞いてきたのは、「海賊が世界を巻き込む事件を起こしては駄目なのか」という意味だったのでは…?

 

 もし本当にそうであるのなら、なるほど娘が暴れた事など()()()()()呼ばわりするはずだ。

 “世界を巻き込む”か“娘が暴れる”か。どちらの方が優先順位が低いのかは明白だ。

 

 一時期は酒を飲んで酔っ払った勢いでまた突拍子もない事を言い出したかと思ったが、全くあの人はとんでもないことを平然と言うものだなと感服する。

 

 より一層彼女へついていく事を決意したキングは、天高くで繰り広げられる人知を超えた戦いを見つめ―――

 

 

 「カイドウさん、やはりあんたこそ海賊王になる女だ」

 

 

 ―――と言葉を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この後カイドウ視点に移ろうと考えましたが、1話に内容がギチギチになりそうだったのでやめました。
あとその色が濃くなってきたので勘違いタグを追加しました。


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4話


描いて分かった。私戦闘描写ニガテ。
 


 正気を感じさせない目をしたビッグマムに、私は武器を持って対峙していた。

 

 その武器とは金棒―――ではなく、太刀と見違う長さの刀である。

 

 この刀の名は『村正』。

 不吉な名前が付けられているが、刀と言ったらこれくらいしか思いつかなかったのだ。それにあながちこの名前も間違ってはいないかもしれない。

 何故かというと、長年これを持って戦い続けたせいなのか、ここ最近刀から気配がするようになったのだ。

 さらに、前に刀を盗もうとした部下が居たのだが、刀に触れて少し経つと、その部下の様子がだんだんおかしくなっていくのを見たことがある。

 うん。これは間違いない。

 完全に愛刀が妖刀になっている。私に何か害があるわけではないのでさほど気にしてはいないが。

 

 刀を握っていると言ったが、今の私は人獣型である。

 そうである理由は主に二つ。

 一つは、ビッグマム相手に出し惜しみをするわけにはいかないから。

 二つは、武器を持つ事が可能かつ空に立てる形態が人獣型しか無いから。

 前者の説明は簡単だ。相手は自分と同じ四皇の座に君臨する者。当然その実力は拮抗している。相手が正気を失っている今、情を求めても無駄だろう。

 ならば本気で戦うまで。舐めプして勝とうなどと思わない。もしそれで勝てるのなら、とっくの昔に彼女らを傘下に置いているか排除している。

 後者はただ私が武器を―――刀を持って戦いたいだけ。

 しかしそのためには人の形をしてなければならず、かと言って人型では飛べず全力を出せる形態では無い。獣型は辺りに焔雲を出して、それを掴む事によって浮くことが出来るが、武器が持てない。

 でも、そのどちらも両立可能である。そう、人獣型ならね。

 

 

 

 「威国!!!!」

 

 

 

 ―――と、そんなこと言ってる場合じゃないな。

 

 絶賛食いわずらい発症中のビッグマムが、二角帽が変形して出来た巨剣を振るう。

 それによって、巨人族が二人で放つ『覇国』の一人専用バージョンである『威国』という規格外の斬撃を飛ばし、凄まじい速度で私へ迫ってくる。

 それは肉眼で捉えるには厳しく、とてもじゃないが「見てから回避余裕でした」とは言えたものではない。

 

 しかし見聞色で彼女が威国を放つ()()()()()()()ので、愛刀には既に武装色と覇王色を纏わせてある。

 後はこの大砲と見違う斬撃を斬るべく刀を振り抜くだけで対処可能だ。

 

 

 

 「………ン゛ッ!!」

 

 

 

 技名も何も付いていない、ただ刀を振るうだけの攻撃が威国を襲う。それだけで威国は真っ二つになり、私の両隣を通り過ぎていった。

 たとえ威国などと名前が付いていようと、その本質は覇気を纏えない斬撃。ある程度の力と技術があれば容易く切断する事が出来るのだ。

 今回は結構力ずくなところが多かったが、対処出来たのでヨシとしよう。

 

 そう自分を納得させ、今度は自分の番だと村正を握り直す。

 

 私は息をふぅと吐いてから刀を一度鞘に戻し、柄に手を添えながらビッグマムを見据える。

 彼女は巨剣に炎を纒わせ、その剣で私を切り裂かんとする殺意を放ちながら雷雲ゼウスに乗って迫ってきていた。

 雲に乗って移動する。字面だけならメルヘンチックだが、実際は火を纏いし(つるぎ)を構えた怪物おばさんが、雷雲に乗ってこちらに来ているのである。 

 

 そんな彼女が刀の間合いに入るまで、私はただこの世にも恐ろしい光景を見つめるのみ。

 

 ―――そして間合いに入った瞬間、一瞬にも等しい速度で刀を引き抜く。

 

 

 

 倶利伽羅(くりから)

 

 

 

 それは思いっきりぶった切る、それだけを重視した剣技。

 斬る事にだけ重点を置いただけあって、その切れ味はたとえビッグマムの皮膚を以ってしても防げない。

 

 彼女もそれが分かっているのか巨剣で防ごうとするが、時既に遅し。次の瞬間には、彼女の腹に一線の浅い切れ目が出来ていた。

 

 そう、()()切れ目である。

 斬る事にだけ重点を置いておいてそれだけなのかとツッコミが入りそうだが、これは私の想定した通りの結果である。

 

 そもそも私は何のためにここに来たのかを思い出してほしい。

 そう、私はビッグマムに子育て相談するために来たのである。しかし来てみたのは良いものの、彼女が暴走状態だったので足止めをしている、というのが今の私の状況だ。

 だというのに、相談相手に生死を彷徨うような状態にさせるのは本末転倒。

 だから私は浅く切れる程度に抑えたのである。あと単純に彼女の皮膚が予想以上に硬かった。彼女、本当に人間か?

 

 

 「カ〜イ〜ド〜ウ〜ッ!!!」

 

 

 何て考えていると、腹を切られた事にキレたビッグマムが真っ黒に変色した拳を振るってくる。

 私はそれを刀で受け止め、もう何度目か分からない覇王色の衝突を肌で感じながら

 

 

 「名前を呼べるのならもう正気でしょう!?セムラが出来上がるまでそこで正座しててください!!」

 

 

 と叫ぶ。

 しかしそれで言うことを聞いてくれるのなら苦労しない。

 

 彼女は黒化した手で刀を掴み、もう片方の手で太陽プロメテウスを持つ。そして刀を掴まれ動けない私に向かって叩きつけてきた。

 

 

 「!!」

 

 

 彼女の怪力による打撃とプロメテウスによる灼熱が同時に襲いかかる。

 普通であれば打撃によって骨を砕かれた後に全身を焦がされるという即死コンボなのだが、私にとっては顔を歪める程度のダメージでしかない。

 そんなことよりも、私としてはさっさと刀を離してもらいたい気分で一杯だ。

 

 そのため私はその不満をぶつけるように、そして早く正気に戻れよという微かな苛立ちを発散する為に反撃に出る。

 

 私は一旦刀から手を離し、腰にかけてあった金棒『八斎戒』を代わりに握る。

 そしてそれを両手で持ち、彼女の顔を破壊する気で思いっきり振りかぶった。

 

 

 「離しなさい!!」

 「!!!うぐッ」

 

 

 吹っ飛んでいくビッグマムを尻目に、私は彼女の手から離れた村正を回収する。

 覇気を纏わせてあったため心配は無用だろうが、一応刃こぼれしていないか確認し、問題が無いのを見てホッとする。

 

 やはり刀で彼女と戦うにはまだ鍛錬が足りない。

 見聞色の極致である未来視が毎回発動するわけではないのも改善点だ。その証拠に、あのとき彼女に刀を掴まれてしまった。

 

 次に彼女と戦う時までには未来視を安定させようと決意し、私は刀を鞘に戻した。

 

 

 

 ………そういえば、セムラの方はどうなっているのだろうか。

 というか、戦いを始めてからどれだけ経っただろうか。

 戦闘をしているとつい楽しくなって時間感覚を忘れてしまう。まぁ、今回は尋ねに来た要件もあってかいつもよりは楽しめなかったが。それでも時を忘れてしまう程度には楽しい。

 ここに時計は無いので分からないが、月の傾き加減を見るに3時間は経っていそうである。

 

 そう見積もりを立てると、懐に入れてある電伝虫が鳴った。

 一体誰からと疑問に思いながら電話に出る。

 

 

 『カイドウさん、俺だ』

 「おや、キング。どうしたのですか?」

 

 

 相手は、ワノ国以降ずっと何かを言いたそうにしていながらも、放ったらかしにし続けていたキングだった。

 いい加減俺の話を聞けとケチつけにきたのだろうか。

 

 

 『セムラが出来上がったそうだ。ビッグマムに食べさせるから連れてきてくれないか?』

 「おお、そうですか!あー、しかし―――」

 

 

 ビッグマムを連れてきたら街に被害が出るのでは?

 

 そんな事をスイートシティを見下ろしながら言おうとしたが、何とか原型を留めているホールケーキ城以外倒壊しており、お菓子と瓦礫の山ぐらいしか見当たらなかった。

 

 あれ、私の知らぬ間に街が壊滅してる。全然気が付かなかった。

 ……なら問題無いな!

 

 

 『何か問題でも?』

 「―――いえ、何でもありません。では、場所を教えてくれませんか?リンリンをそこに誘導します」

 『分かった。ビッグマムの子供(ガキ)が目印を立てるそうだからそこに向かってくれ』

 

 

 私はキングのその言葉を後に電話を切ると、その目印とやらが何処にあるのかを探す。

 すると少し経つと飴で出来た塔のようなものが突如としてそびえ立った。あら、分かりやすい。

 あれは確かシャーロットキッズ長男のペロスペローの『ペロペロの実』の能力。巨塔を作るぐらい造作もない事か。

 

 ならば後は吹っ飛んでいったビッグマムをあそこに連れて行くだけだ。

 さて、ではビッグマムは今何処に居るのだろうか。踏ん張りようの無い空中で思いっきりふっ飛ばしたので、結構な距離飛んでいるはずだ。

 まさか海に落ちているなんて事は無い……はず。

 

 何てことを心配していると、ふっ飛ばしたビッグマムが戻ってきた。しかもただ戻ってきただけでなく、髪が凄まじい業火に包み込まれていた。

 あれは太陽プロメテウスを髪に宿らせたもの。つまり、彼女も本気を出したという事だろう。ブチギレである。

 

 ただまぁ、あっちが食いわずらいを起こさなければこうはならなかったのだ。私は悪くない。

 相手の首都を壊滅させておいてそれとは、とんだド畜生女郎だなと言われても結構。もとより海賊とはそんなもんである。

 

 と、私は自分を正当化しながら、飴の巨塔へ鬼の形相をしたビッグマムを引き連れていく。

 食いわずらい発症から時間が経っているせいでビッグマムは痩せ細り、そのおかげか俊敏さが増していた。そのせいで何度か追いつかれそうになるもそのたびに加速して振り切った。

 

 巨塔の根本にはセムラの山が置かれており、ビッグマムの腹を満たすには十分な量があった。

 急接近してくる悪魔のようなビッグマムを見て、彼女の子供と部下達は震え上がっていた。いや、ひょっとしたら私を見てのことかも知れない。

 そんな彼らを無視しながら私はその場に降り立ち、セムラの山から幾つか取って、ビッグマムに向かって投げる。

 

 

 「セェムラァァァァァアアアアアアアア―――ッ!!」

 

 

 それらのお菓子はお菓子の名を叫ぶ彼女の口に向かっていき、すっぽりと入っていく。

 

 

 「ッッッ!!!!」

 

 

 目を見開いた彼女は少しの間硬直し―――

 

 

 「お……おっ……」

 

 

 小刻みに震えたかと思えば

 

 

 「お〜〜いし〜〜〜い♡♡♡」

 

 

 ―――と、その美味に笑みを浮かべた。

 

 心底嬉しそうな表情で目をハートにしながら、セムラの山にがっつくビッグマム。

 セムラがまるで濁流の如く彼女の口に流れ込んでいき、瞬く間にセムラは無くなってしまった。

 

 とても満足そうな彼女を見て食いわずらいが終わった事を悟り、緊張が解けたのかビッグマム海賊団の者達はガクリと座り込んだ。

 

 

 「はぁ〜終わったぁー……」

 

 

 誰が言ったのか分からないが、そんな言葉が聞こえる。

 それに皆はうんうんと頷き、私もそれに心の中で同意する。

 

 本当に。終わって良かった。

 やっと相談出来るよ。

 

 

 

 




オリジナル技
 『倶利伽羅』
 高い切断力を持つ技。刀版雷鳴八卦。


あまり戦闘描写を書くと文字数がえげつない上にテンポが悪くなるので結構省きました。

自分で書いておいてなんですが、今更ながらビックマムとカイドウを戦わせたのを後悔してます。

感想・評価よろしくおねがいします。


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5話

  




 ホールケーキ城のとある個室。

 

 そこで私とビッグマムは机を挟んで向かい合っていた。

 その机上には彼女にしては少量のお菓子が並んでおり、容量の多いティーポットが中心に置かれ、手前にはまだ中身を入れられていないティーカップが小皿の上に乗っていた。

 

 私は適当なお菓子を手に取り、口にしながら部屋を見渡す。

 

 部屋の壁や床、天井に至るまで所々ヒビが入っており、何か強い衝撃でもかかればあっという間に崩れてしまいそうだった。

 窓ガラスも割れていたのだがペロスペローが飴で直してくれたので、部屋の中で唯一そこだけが綺麗だ。しかし目線を下げて見ると、割れた窓ガラスの破片が僅かであるが散らばっていた。

 照明も壊れていて、時間が夜なのもあって真っ暗だ。

 

 

 「何でおれが……照明なんかに…」

 

 

 そのため、代わりに太陽プロメテウスが照明となっている。

 彼は出来る限り熱を出さないようにしているそうだが、火なのでそうはいかずちょっぴり暑い。

 

 どう考えても客人を迎える状態じゃない。しかし、この部屋をこんな惨状にしたのは他でもない私―――いや、()()なので文句は言わないし言えない。

 そもそもこの部屋は客人用の部屋で、決して相談室などでは無い。こういった話し合いは本来玉座の間でやるものだ。

 しかし彼女の玉座の間というべき場所は瓦礫がいっぱいで、とてもじゃないが話し合いが出来そうにない。そのため、この城で一番マシな部屋でこうして対面しているのだ。

 

 

 「悪いね。こんな部屋しか用意出来なくて」

 「いえ、十分ですよ」

 

 

 本当に。

 むしろ部屋を用意出来た事自体に驚きだ。

 あと少しでも戦いが長引いていれば、この城も倒壊し、下手したら島が沈んでいたのかもしれない。

 そうなれば部屋の用意するどころの話では無い。恐らく、適当な島を攻めてそこをお客様相談室にしていただろう。

 

 そっちの方が快適そうだと思いつつ、私はビッグマムに笑いかけると、彼女もそれに応えるように笑った。

 え、怖。

 私はなんとなく雰囲気で微笑んだだけなのだが、彼女のこの笑みは何なのだろうか。笑顔とは本来明るくて負の面のない感情なのだが、こうも理由の分からない笑顔を向けられると不気味である。

 

 もしや街が破壊された事を恨んでいるのだろうか。

 しかし彼女は食いわずらい関連の破壊には、記憶を失っているからなのか寛容だ。というより、興味が湧かず気にも留めようとしない。

 だからこそ、今のように首都が破壊されても何事も無かったかのように顔を合わせられているのだ。

 

 

 「で、カイドウ。お前はおれに用事があって来たんだろう?」

 

 

 彼女はそう上機嫌に問う。

 私はティーカップに紅茶を注ぎ、角砂糖を一粒入れて答える。

 

 

 「ええ。少し相談事を。これは、貴女にしか言えないことなんです」

 「!へぇ…」

 

 

 それを聞いた彼女はより一層笑みを深める。

 しかしその笑みは純粋なものではなく、何処か悪どさを感じた。

 私は言葉を続ける前に紅茶の水面を見た。

 そこには私の顔が映っており、その表情は不安そうだった。

 

 

 「実は―――」

 

 

 そこまで口に出すと言葉が詰まった。

 

 ああ、口に出すのが恐ろしい。それと同時に恥ずかしい。

 本気で悩んでいることなのに、それを口にするのを脳が拒む。

 あの子が私のことを嫌っているなんて信じられるだろうか。いや私がそうさせたのだが。いやでもあれは不本意で。いや私が不本意だろうとなんだろうと、ヤマトが私を嫌っているという事実が恐ろしい。

 それにこんな事で悩んでいるのを打ち明けるなんて、小恥ずかしくてたまらない。急激に顔が赤くなるのを感じる。なんというか、これを言ったら四皇としての威厳が終わる気がする。

 しかし、さっきまであんなに言う気満々だったのに、今更どうしたんだ私の口よ。何ためにここに来たんだ。こうもしなければ悩みは解消されないかも知れないのだぞ!

 そうだ。打ち明けなきゃ、解決なんて出来っこない!

 やるんだ。言うんだ!

 

 無意識に噛んでいた唇を離し、なんとか言葉を続ける。

 

 

 「―――その、娘が、反抗期なんです」

 「………………は?」

 

 

 困惑するビッグマムを置いて、私は口を動かす。

 

 

 「ですから、その……子育てを、教えてくれませんか?あの、コツを。その、反抗期になった時のを……です」

 

 

 そうたどたどしく聞き、彼女の反応を伺う。

 彼女は目を丸くしており、口も半開きだった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはこんな顔のことを言うのだろう。

 私はそんな彼女の反応を見るのが耐えきれず、つい窓へ目を逸らした。

 窓の奥には人々がせっせと街の復興工事を行っており、皆家が無くなったばかりだというのに滅気ずに力を合わせていた。

 少し見方を変えると、今度はその窓ガラスに写った私が目に入る。そこには角の生えた身長6mあまりの巨女が写っており、案の定と言うべきか顔は真っ赤に燃えていた。

 そんな自分も見てられず、最終的には壁に入ったヒビの溝を見ることにした。

 

 

 「…ハ」

 

 

 そんなふうに目を泳がせていると彼女は小刻みに震え出す。

 

 

 「……ハ…ハハ」

 

 

 それはだんだんと勢いを増していき

 

 

 「ハハ……マママ」

 

 

 だんだんと膨らんでいき

 

 

 「ハ〜ハハハハマママママママママママママ!!!!!」

 

 

 最後には爆発した。

 

 涙流して笑うビッグマムに、今度は私が豆鉄砲を食らったような顔をすることになった。

 あの一連の流れに、一体何処にそんな笑いどころが…?

 彼女が突然笑いだしたことに驚きながら困惑する私に、彼女は満面の笑みを浮かべながら

 

 

 「ハ〜ハハマママママ!!な〜んだそんなことか!いやぁおれはてっきり………ハハハ、良いだろう!教えてやるよ!!」

 「!!!…本当ですか!?」

 

 

 あまりに良い返事だったのでつい席を立ってしまう。

 それによって机が激しく揺れ、紅茶が僅かに溢れたが知った事ではない。

 

 

 「ああ、本当だよ!昔からの好だ!教えてやろうじゃねぇか」

 「ありがとうございます!!」

 「いやぁ良いよ。ほら、まずは席に座りな」

 「はい!」

 

 

 私は彼女の言うとおりに椅子に座る。

 今の私は『四皇』カイドウでは無い。彼女の言葉を有無を言わずに聞くイエスマンである。いやウーマンか。

 もはや私に四皇の威厳など無い。あるのは育児へ探求心のみである。

 

 

 「で、娘が反抗期だって話だったね。まず質問するが、何故子供は反抗すると思う?」

 「え」

 

 

 突然の質問に不意に声が出た。

 どうして反抗するのか、少し考え推測する。

 

 

 「自分の要求を聞いてくれないから、ですか?」

 「ああ、そうさ。自分のやりたい事をやらせてくれないから、やって欲しいことをやってくれないから、あいつらは怒るのさ。カイドウ、心当たりはあるかい?」

 「…………」

 

 

 心当たり…か。確かに、ある。

 しかし私は別に否定したわけじゃない。というより、こっちが否定されたというか。

 夕飯が出来たのでヤマトを呼びに行ったら、自分はおでんだと啖呵を切られて、あまりにショックでやけ酒した。それが昨日の話。

 私が原因とは思えないような…。

 ひょっとして、私があの子をヤマトと呼んだことが、彼女を否定した事になったのだろうか?

 だとしたら、なんて理不尽なのだろう。

 

 私はハァと溜息を吐き出し、ビッグマムの問いに答える。

 

 

 「……ありますね」

 「ハハハ……ならそいつを叶えちまいな。だが全部お前がやるなよ。あくまで補助する程度にだ」

 「それはどうして…?」

 「1から10までやっちまったら、何でも他人にやらせたがる駄目な奴になっちまうからだよ」

 

 

 おお、流石数十人の子供を産み育てた女。説得力が違う。

 

 そう感心する反面、私には疑問があった。

 

 それは本当に望みを叶えて良いのだろうか、というもの。

 ヤマトは光月おでんになることを望んでいる。それを補助しても良いのだろうか。

 というか、私の補助を望んでいるのだろうか。自分はおでんなのだから支援など要らんと一蹴されそうな気がする。

 そもそも彼女の考えるおでん像とは一体どんなものなのだろうか。

 彼女はおでんの処刑現場に居たはずだから、その時に彼の行った行為を見ているはず。それに、()()ではそれを見て憧れたと言っていた。

 恐らく彼女はおでんを『人々を救済した英雄』だと思っているだろう。

 

 ということは、もしそれを叶えるのならば、私は彼女に人々を救うよう誘導すれば良いのだろうか。

 いや、これは違う気がする。

 助けるのならワノ国の住人だが、彼らは私達によって傷付けられた人達だ。それを私の娘であるヤマトに助けさせるのは、それはマッチポンプでは無いだろうか。

 そもそも英雄は作るものでは無く生まれるもの。この案は却下だ却下。

 

 ではどうするか。

 頭をひねってみるが、中々思いつかない。

 

 そもそもの話、本当にあの子の望みを叶えていいのかどうかも分からないのだ。

 もしどうにかして叶えたとして、その後ヤマトはどうなる?

 十中八九、私のもとから離れるだろう。それは嫌だ。出来れば寿命が尽きるまで離れないでほしい。

 いやまぁ、いつか親離れもとい子離れをしなければならないのだろうが、それでもせめて大人になってからにしてほしい。

 ヤマトの今の年齢は8歳。どれだけ早く巣立ちするとしても、まだ12年は早い。

 

 私はうーんと唸る。

 

 仕方ない。ビッグマムに聞くことにしよう。しかし詳細まで話すのは内部情報の喋りすぎなので、少しぼかしておくことにしよう。

 

 

 「その、リンリン」

 「なんだい?」

 「質問なのですが、もしその願いが、私に不都合が生じる場合はどうすれば良いのでしょうか?」

 「ああ…!簡単だよ」

 

 

 そう言うと彼女はにこやかな笑みを浮かべてくる。

 

 

 「そんなもの……しつけちまえば良いんだよ!」

 

 

 そんな事を穏やかじゃない雰囲気で言ってくる。

 やはり歴戦の母親のような事言っていようと彼女は海賊。最後は暴力で落ち着くってわけか。

 

 私はそんな事を悟り、全く口に付けていなかった紅茶を一気飲みする。角砂糖を一粒入れただけなのに、その紅茶は甘ったるく感じた。

 私は空になったティーカップを小皿に置き、席を立つ。

 

 

 「ありがとうございます、リンリン。中々良いことを聞けました」

 「おや?もう出るのかい?」

 「もう……ってほどでも無いんですけどね」

 

 

 このホールケーキアイランドに来てから戦闘も合わせて5時間以上経っている。十分滞在しただろう。

 その証拠に窓から外を見てみると、地平線の奥が僅かに赤くなっていた。

 

 

 「それではリンリン。また」

 

 

 その言葉を最後に、私は彼女のもとを離れた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 部屋の扉を出たすぐそこには、手を組んで壁によりかかったキングが待っていた。

 

 

 「おや、キング。待たせましたか?」

 「いや、さっき来たところだ。ところでカイドウさん、ビッグマムと何を話していたんだ?」

 「ふむ……秘密です」

 「………………そうか」

 

 

 キングよ、申し訳ない。

 君の上司が子育てに悩んでいるなんて伝えたくなかったんだ。

 

 そう心の中で謝罪していると、私は彼に聞きたい事があったのを思い出す。

 

 

 「そういえばキング。貴方はずっと何か言いたそうにしてましたよね?あれは何だったのですか?」

 「!…気付いてたのか。あれは……いや、何でも無い」

 

 

 そんなキングの返答にむっとする。

 私は「キング」と彼の名を呼び

 

 

 「部下に隠し事されて良い気分になる上司は居ませんよ。どんなくだらない事でも構いません。言ってみてください」

 

 

 と、ついさっき部下に隠し事をした上司が言う。

 しかしそんな私にキングは困惑する事無く、自虐的な顔―――覆面で見えないが雰囲気で分かる―――で言う。

 

 

 「いや、俺はあんたの意図が分からず、ずっと暴れてる鬼姫を放置していて良いのかと問いかけたかっただけだ」

 「………………………え?」

 

 

 キングのきっぱりとした言葉に、私は目を丸くする。

 

 なにそれ私知らない。

 

 

 「暴れてる……のですか?ヤマトは」

 「…………え?」

 

 

 今度は私の震えた言葉に、キングは目を丸くした。

 

 言葉のキャッチボールが出来ていない。お互いに投げられてるボールの正体が分かっていないような奇妙な状態だ。

 

 沈黙が流れる。

 体感で言うなら2、30分はくだらないが、実際は1分もあるかどうかといったところだろう。それでも会話中に発生した沈黙にしては長い方だ。

 

 そして、その沈黙を破ったのは私だった。

 私は少量の汗を掻きながらキングに問う。

 

 

 「キング。私の聞き間違いだったかも知れませんので、もう一度言ってくれませんか?」

 「あ、ああ。俺はあんたの意図が分からず、暴れているお嬢を放置しても良いのかと―――「ストップ」……おう」

 

 

 私は彼の言葉を聞いて、頭を抱える。

 

 何ということだ…。ヤマトは暴れているのか!

 それは一大事だ。こんな事をしてる場合じゃない…!

 それを知っていれば直ぐにそれの対処に向かってたのに…!!

 ああ!もう!どうしてッ…!!!

 

 

 「ど、ど…ッ」

 「……ど?」

 

 

 「どうしてそんな大事な事を教えてくれなかったんですかぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

 

 

 私はすぐにホールケーキ城から飛び出し、人獣型になる。

 そして私の持ちうる最速で鬼ヶ島へ向かった。

 

 その余波でホールケーキ城は一部崩れてしまい、島中に轟音が響き渡った。それにビッグマムは少し苛立ち、住民達は恐怖に震えた。

 

 そしてその原因が消えた方向を見るキングは、何か理不尽極まりない目にあったかのようだった。

 

 

 

 




相談しに行ってまさか5話かかるとは……。


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6話


Q.どうしてちょっと遅れたの?
A.ゲームたのちぃ!
 
父親が母親になり、その性格も違うため、ヤマトくんのキャラがちょっと変わっています。
苦手な方は、お覚悟を。
 


 鬼ヶ島。

 

 そこは、かの大海賊『カイドウ』率いる百獣海賊団が本拠地とする場所。

 その島には、元々なのか人工的なのか分からないが、その名に恥じぬ一対の角を持つ鬼の顔があった。

 その異形の地形は、何も知らぬ者が見たら角の生えた超巨大な巨人が海面から顔を出しているように見えるだろう。

 

 さて、そんな鬼ヶ島だがいつもと変わらず非常に賑やかであった。ここに住まう彼らは頻繁に飲み会をするので、時間になると酔っ払いの笑い声が絶えず漏れ出るのだ。

 

 しかし、今回はそうではなかった。

 

 相変わらず迷惑なほどの声量が飛び交うが、それは笑いから来るものではなく、困惑と焦りから来るものだった。それに幾つか悲鳴も混ざっていた。

 そんな声を聞けば、まともな感性をしているのならお世辞にも楽しそうとは思えないだろう。

 四皇の根城である鬼ヶ島に一体何が起こったのか。

 

 

 「うぎゃああああああああああ!!!」

 

 

 そんな悲鳴を出しながら人が吹っ飛んでいく。

 その者は血を流しており、空を飛んでは撒き散らしていた。

 彼の少し凹んだ顔を見てみれば、出血の原因は鈍器による打撲であることが分かる。

 

 

 「落ち着いてください!鬼姫さばぶッ!!」

 

 

 鈍器を振り回す幼子を抑えようと近づいた者が居たが、頭を金棒で強打され数mほどふっとばされた。

 鬼姫と呼ばれた者はそんな彼を気にも留めず、ただただ母親がくれた金棒を彼らに牽制するように振り回していた。

 

 

 「違うッ!!僕は鬼姫なんかじゃない!!僕は『おでん』だッ!!!」

 

 

 額に赤い角を生やした幼子はそう叫ぶ。

 その瞬間、“覇気”が発せられ、その周りに居た人々は突如として泡を吹いて気絶した。

 一瞬の間に十数名あまりの人が倒れ伏し、彼女を取り囲むように人の絨毯が出来上がったのだ。

 その光景を見て、間一髪で覇気に晒されなかった者は恐れ慄く。それはこの光景を作り出した彼女とて例外では無かった。

 

 気絶した彼らを見る彼女の目は震えており、動揺が隠せない様子であった。

 大声を出したら大勢の人が倒れたのだ。そんなこと、彼女は体験した事は無いし、聞いたことも無い。

 彼女は自身の力に対して未知なる恐怖を覚えた。

 

 しかし、それも数秒程度の話。それくらい経った後には、これは好都合だと受け入れ、先程の静寂が嘘だったかのように暴れだした。

 その姿はまさに鬼の子。彼女の親を知る者は面影を感じずにはいられないだろう。

 

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

 

 「おー、おー、好き勝手にやりますね」

 

 

 突如としてそんな若い女性の声が響く。

 それはまるでこの状況を楽しんでいるかのようにも、娘の成長を喜んでいるようにも聞こえた。

 しかし何故だろうか。その声を、いや、台詞を聞いた者はもれなく筋肉質な天使を思い浮かべてしまうのは。

 

 声と想像のギャップが大きいあまりに、その場の者達はその正体を確かめるべく一斉に視線を集中させる。

 その声の正体を見て、彼女の部下達は驚愕、次にガッツポーズをして喜んだ。

 

 

 「おお!カイドウさんが帰ってきたぞ!」

 「やった!これで勝つる!!」

 「さ、やっちゃってくださいよ!」

 

 

 そんな三下地味た―――実際三下なのだが―――歓声を無視して、彼女は自身の愛娘に挨拶をする。

 

 

 「おはようございます。ヤマト」

 

 

 少女―――ヤマトはその挨拶を返す事が出来なかった。

 別に彼女が恥ずかしがり屋というわけでは無い。彼女は挨拶をされたら返すよう教えられており、実際に今までそうしてきていたので今更恥ずかしがる理由など無いのだ。

 彼女が返事をする事が出来ないのは、彼女の震えた手を見れば分かるだろう。その姿はまるで、親に悪戯がバレた子供のようである。

 

 ヤマトは今更ながら金棒『(たける)』を体で隠し、目を逸らす。彼女の頬には一粒の汗が垂れており、起こした事に言及しないでくれと頼むように体を揺らしていた。

 カイドウはただその様子を微笑んだまま見つめており、あれ以降言葉を続けようとしない。

 

 沈黙が流れる。

 

 それを破ったのは、この状況に耐えきれなくなったヤマトの方であった。

 といっても、それは酷くか細い声で。

 

 

 「お、お母…さん」

 「はい。元気そうで何よりです」

 

 

 そう言ってカイドウは笑う。

 その笑顔は、彼女の整った顔も相まって美しいものであった。しかし、相手がカイドウとなればそんな事を意識してられないだろう。

 さらに今は辺り一面気絶した部下だらけで、床も壁もボロボロな状況である。そんな中、彼女が何故笑っているのか。ヤマトはそれを考えようとするが、何だか恐ろしくなってやめてしまった。

 

 

 「随分とまぁ、壊しましたね」

 

 

 そう彼女は笑顔を貼り付けたまま、辺りを見渡して言う。

 そんな彼女を見て、ヤマトは弁明するべく声を上げる。

 

 

 「ち、違うの!お母さん!!全然違うの!!」

 「…違うのですか?」

 

 

 カイドウは笑顔のまま首を傾げる。

 表情は穏やかなはずなのに、彼女の身長が大きいからなのか、何処か威圧的だ。

 ヤマトはそれに一層汗を掻き、下手な事を言ってしまえば恐ろしい目に遭わされそうに感じた。カイドウは別にそんなつもりなど無いのだが、雰囲気だけが独りでにそう語っていた。

 そのため彼女は真実を話すことを強いられ、こうしてしまった理由を()()()()()()伝えるべく口を開く。

 

 

 「僕は、彼に―――おでんに成りたかっただけなの!!!」

 「………………………………?」

 

 

 それは弁明と言うのだろうか、とカイドウの脳内でそんな疑問が暴れる。

 

 彼女の理解不能な弁明らしきものに、カイドウの笑顔を剥がされてしまい、代わりに困惑に歪んだ。

 そして、カイドウは首を肩にくっつきそうなほど傾け、彼女の角が肩に触れた。もし彼女に角が生えておらずそれが代わりに肩に触れていなかったら、きっと耳と肩がくっついていただろう。

 それほどまでに、彼女にとってそれは摩訶不思議なものであった。

 

 ()()()()()()()とは言え、いざ耳にしてみると頭に浮かぶのはクエスチョンマークの嵐だ。こんな子供に育てた覚えなど無いのに、どうしてこうなった。

 百聞は一見に如かず。しかしこれだけは見たくは無かったと、カイドウは落ち込んだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 キングに言われ、猛スピードで帰ってきたら、娘がわけのわからない理由で暴れていた。

 何を言ってるのか分からないかも知れねぇが、私もわけがわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。憧れだとか洗脳だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

 

 いや、わけはわかる。何故なら彼女がこうやって暴れる事を私は知っているからだ。

 

 彼女は数日前に私が処刑した男“おでん”に強い憧れを抱いた。

 その憧れの強さは凄まじく、自分はおでんだと思い込み、性別すら偽るほど。

 自分を憧れの人だと思い込むのはまだ良い――いや良くない――が、性別すら変えてしまうのは何というか流石だと言うべきか。

 一応彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()というだけで、元々は心身共に女の子のものだったということを言っておく。

 

 しかし、どうしたものか。

 最初彼女を見たときは成人男性を軽々と吹き飛ばす怪力に成長を感じてしまい、つい上機嫌になってしまった。

 ただ悲しいことに、機嫌良くしてる場合ではないのだ。

 先程も言ったようにヤマトはおでんに憧れている。その憧れの人物を殺害した私を、彼女はどう思うか。

 良くて嫌悪、悪くて殺意。どちらにせよ、私にとって愛娘に嫌われるというのは、天と地が迫って挟まれるよりも恐ろしいことなのだ。

 

 ヤマトは私の前で黙っている。

 彼女の瞳は私を真っ直ぐ見つめつつも僅か揺らいでおり、先程の弁明モドキの反応を確かめている様子。

 まぁ、反応なら既に返している。この肩にくっつきそうなほど傾けた首がその答えだ。

 しかし彼女には伝わっていないのか、ただ不安そうに私を見続けている。

 

 これは、チャンスなのでは?

 

 今のところ彼女は私に嫌悪や殺意といった感情を向けている様子は無い。内側に隠しているのか、それともおでんをべた褒めしたのが響いてくれたのか。

 どちらにせよ、今の彼女ならば私の話を聞いてくれそうだ。

 

 私はリンリンの言葉を思い出す。

 『子の願いを叶えてやれ。しかし補助する程度にとどめておけ』

 これを守っていればいける。そのはずだ。

 

 よし、まずは理解を示そう。

 

 

 「…そうですか。ヤマトはおでんになりたいのですね」

 

 

 それを聞くとヤマトは目を輝かせて

 

 

 「うん!!」

 

 

 と元気よく頷いた。

 

 あらかわいい……ではなく、ワンステップ目は成功だ。

 

 次はヤマトの夢の補助。

 といってもこれは私の出番が無い気がしている。というのも、そもそもヤマトの夢は“おでんになること”であり、それすなわち“おでんの意思を継ぐ”という事でもある。

 そしておでんの意思とは、ワノ国の『開国』であり、そのためにはオロチや私の排除が必要である。

 

 もしこれを補助するというのなら、私が私の百獣海賊団の壊滅を手伝わなければならない事になる。

 流石の私も自分で自分の首を絞めるような事はしない。いくら娘の為とはいえ、自分の命を投げ打ちたいと思わない……わけでは無いかも知れないし有るかもしれない。

 …まぁ、なんにせよ、私の出る幕ではない。

 

 ならばどうするか。

 どうしようも無いんだな、これが。

 

 ………やっぱり、手伝おうかな。

 ワノ国の開国なんてヤマト一人では厳しいだろう。それに今の彼女は成人男性を吹っ飛ばせるだけで弱いし、これから強くなったとしても敵勢力を全員を相手取っては負けてしまうだろう。

 

 それにラスボスとして待ち構えるのは私だ。

 

 いっそのこと自分を滅ぼす存在をこの手で育ててみるのも良いかもしれない。なんて、負けを知らないラスボスっぽいことを考えてみる。

 しかし半ば冗談で考えた案だが、これは結構良いかもしれない。「実の娘に殺される、これも四皇の定めか」なんて言いながら押しつぶされるのも悪くない。

  

 

 「ヤマト」

 「なに?」

 

 

 私はヤマトと目線を合わせる。

 彼女と身長差がありすぎるせいで私がほぼ這いつくばるようになってしまっているが、構わず続ける。

 

 

 「おでんになりたい、とのことですが……承諾しかねます」

 「……え!?どうして!?」

 

 

 私の言葉に彼女は驚愕した。さっきは肯定的だったのに、いきなり否定してくるのだ。

 私の事を高性能ハンドドリラーだと勘違いしてもおかしくはない。

 

 なんて事を考えながら、認めない理由を話す。

 

 

 「それはですね―――」

 

 そう言って私はヤマトを触る。

 その体はまだ8歳だからか非常に細く、ちょっと力を入れてしまえばポッキリ折れてしまいそうだった。

 

 

 「―――ヤマトが弱いからですよ」

 「僕が……弱い…から?」

 「はい」

 

 

 実際弱い。

 おでんは私の体に傷を付けた。ならばおでんを名乗るくらいなら、それと同じことくらい出来るようになってもらわなければ困る。

 すなわち、覇気で言うところの内部破壊、流桜を習得してもらいたい。それに覇王色を持っているのならそれも纏えるようになって欲しい。

 

 

 「おでんになるというのなら、私の体に傷を付けてください」

 

 

 今の私はまるで、娘に自分を傷付けるよう頼むやべー親のようだ。いや、傍から見れば“よう”ではなくそれそのものだろう。

 

 

 「き、傷を?」

 

 

 恐る恐るといった様子で聞き返すヤマトに、私は「はい」と答えて

 

 「そうすれば、私はヤマトをおでんだと認めます」

 

 

 私の言葉にヤマトは目を見開いた。その目には迷いの感情が映っており、直ぐに返事が出来ない様子だ。

 

 正直、私には何故彼女が迷っているのか分からない。

 彼女にとって私は仇、それに傷を与えておでんに近づけるなんて一石二鳥のはずだ。

 なのにどうしてだろうか。

 

 希望を持って言うならば、ヤマトは私を嫌っていないからだろう。

 おでんに憧れてまだ数日。それまでに私は彼女に愛情を注ぎ続けたし、これからも注ぐつもりだ。彼女も鈍感では無い、自分は愛されている事を気付いてくれているはず。てか気付いてくれてなかったら泣く。

 そんな私の事を敵対視しようにも、これまでを思い出して踏ん張りがきかないのではないだろうか。

 だからこうして私と戦うか否かを迷ってくれているのでは、と私は考えている。

 

 もし本当にそうであれば、ちょっと泣きそう。

 

 

 「……った」

 「……ん、今なんと?」

 

 

 私は耳を傾け、もう一度言うように頼む。

 

 

 「分かった!!」

 「…………」

 

 

 選ばれたのは敵対でした。

 希望なんて無かった、あるいは今打ち砕かれた。

 

 ま、まぁ、でもこれは私が言い出した事だし、ヤマトは何も悪くない。そうさ、自分が言い出しっぺだってのに、なんでちょっと傷付いてんのさ。

 逆に考えるんだ。自分で判断出来るように成長したんだと。

 

 私はそう自分を鼓舞し

 

 「……………そうですか。ヤマトなら出来ますよ」

 

 と言って、出来る限り平然を装った。

 そして私は立ち上がり、今日もやけ酒しようと心に決めて、その場から去ろうとする。

 しかし、娘はそうさせるつもりは無いらしい。

 

 重い足取りで貯酒庫に向かう私に、背後から声がかかる。

 

 

 「ねぇ。今からでも良い?」

 

 

 振り返って見てみると、ヤマトは金棒を握りしめていた。

 それを見て、彼女が何に対して良いか聞いてきたのか、私には分かった。

 彼女は今から私と戦いたいのだろう。一秒でも早く自身をおでんだと証明するために。

 おでんと私、どっちが大切なの!?と、叫びたい気持ちになるなんて思いもしなかった。

 

 私はそれに溜息をつく。

 これはもう、私も覚悟を決めなければならない。

 彼女の今の発言が、母親とおでんを天秤にかけた結果であるのなら、私もそれ相応の対応を取らなければ無作法というもの。

 

 

 「ヤマト。貴女が望むのなら、今からでも問題ありません」

 「ほんと!?やっ「しかし注意事項があります」――なに?」

 

 

 私の割り込むような台詞に、小さく眉を顰めながら首を傾げるヤマト。

 その姿は非常に可愛らし―――ではなく愛らしい。そんな彼女に手を下さなければならないなんて、この世とは何と残酷か。

 

 私は出来る限り威圧しながら、その注意事項を教える。

 

 

 「戦闘の最中、私は貴女を敵と見なします。故に手加減をするつもりはありません。

 それでも、私に挑みますか?」

 

 

 普通なら腰が抜けるであろう強い威圧感と、お前を敵と見なすという注意という名の脅し。

 これに屈するようであれば、それは意思が弱いということ。意志が弱ければ覇気を習得する事が出来ない。つまり、たとえヤマトがどれだけ鍛えたとしても、意志が弱い限りおでんには成れないということだ。

 これは試練の前の試練だ。ステージに立つことが許されるか否かという一次試験だ。

 

 ヤマトはこの脅しに顔を青くしたかとおもえば、目を閉じ始め、そのまま少しの時間を置くと

 

 

 「…うん!!」

 

 

 と、力強く返事をした。

 

 やはりというべきか、私の子なのだから当然だというべきか、彼女はこんな安っぽい脅しに屈するような人間では無かった。

 今やさっきまでの子供っぽさは無く、そこにいるのは自分の選んだ道を突き進む覚悟を持った戦士だ。

 

 ………ここで手を抜いては母親として、カイドウとしての名が廃る。

 

 私は腰に下げた金棒を取り出す。

 

 「いつでもどうぞ」

 

 その言葉を聞いたヤマトは金棒を握り直し、一回深呼吸する。

 

 「それじゃあ……行くよ!!」

 

 そういって走り出した彼女に私は―――

 

 

 

 

 

 

 「雷鳴八卦!!!!」

 

 

 

 と、容赦のない一撃を叩き込んだ。

 

 

 少し経って。

 頭から血を流して気絶したヤマトが医療班によって担架に乗せられ運ばれていく姿を、私は眺めていた。

 

 そんな私を見て、たまたま一連の流れを見ていたクイーンはその丸い体を震わせ

 

 

 「ひ、ひでぇ……」

 

 

 と言葉を漏らすのであった。

 

 

 

 

 




即落ち2コマ。

次回ヤマト視点。

感想・評価よろしくおねがいします。

 


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7話


お気に入り2000超え。圧倒的感謝。

 


 「……知らない天井だ」

 

 目を覚ました僕はまずそう呟いた。

 何故そんな言葉が出てきたのは分からない。ただ、何となくそう言わなければならない気がした。

 

 ここは一体何処だろう。

 

 気になって周りを見渡してみると、傷を負った大人達がベッドに寝かされており、何人かがその痛みに悶えていた。

 見た感じ、どうやらここは医療室らしい。

 

 あれ…。

 

 どうして自分はこんなところにいるのか思い出せない。

 ここ最近の記憶が飛んでいる。僕に何があったのだろうか。

 

 よくわからないが、取り敢えずここを出るために体を起こさなければ。

 すると次の瞬間、頭がズキッと強く痛んだ。

 

 「ッ!!」

 

 痛みに悶え、頭を抑えてみるとそこには何かが巻かれているようだった。

 触ってみたところ、どうやらそれは包帯のようだ。一部少し湿気っていて、何かが滲み出ていた。

 

 どうやら僕は頭を強く打ったらしい。そのせいでその時の記憶が無くなっているのだろう。

 でも、一体何で頭を打ったのだろう、階段?いや、違う。もっと、別のなにかだ。

 何故かは分からないが、なんとなく誰かの仕業でこうなっている気がする。それも身近にいる、誰かによって。

 

 そんな予想をしているとやたら大きい医療室の入口から声がかかる。

 

 

 「ヤマト?起きてますか?差し入れに来ましたよ」

 「!…お母さん!!」

 

 

 そこから出てきたのは母親で、彼女の手には差し入れらしいフルーツの入った籠が乗せられていた。

 彼女の大きさのせいでその籠は小さく見えるが、子供一人満足させるには十分すぎる量だった。

 

 お母さんは元気そうな僕を見て安心したような笑みを浮かべ、()()()()()()()()()僕に歩み寄って来た。

 さっきまで気にしていなかったが、この部屋は縦にも横にも広い。その証拠に、彼女は身長6m以上あるのに身を屈める事なく移動出来ている。

 そういえばこの前、“ばりあふりー”がなんたらとか言っていた気がする。やたら入口が大きかったのもそれだろうか。

 

 何てことを思い出している間に、お母さんは近くに籠を置いて座っていた。

 そして籠に入っていたリンゴを手に取ると目にも留まらぬ速さで八等分にし、その一片一片は無駄に可愛いウサギの形をしていた。

 何その無駄な技術。

 

 

 「では、どうぞ」

 「あ、うん、ありがとう。ねぇ、何その技?」

 

 

 僕の質問に、お母さんは一瞬何を聞かれているのか分からないとでも言うように首を傾げ、「ああ」と思い出したかのように言葉を始める。

 

 

 「これはとある体術の『指銃』という技を応用したものです。本来指銃は刺突するものですが、それを斬撃に変えてリンゴを切りました」

 「何その無駄な技術」

 「無駄ではありません。有効活用です」

 

 

 そういってまるで僕を黙らせるかのようにウサギ型リンゴを口に詰めてきた。

 僕はそれに微妙な気持ちになりつつもそれを咀嚼してシャクシャクとした感触と程良い甘さを楽しむ。そして飲み込むと、それに合わせて次のリンゴが差し出される。

 4、5片ほど食べたあたりで一旦止めてもらい、さっきから気になっていた事を彼女に話す。

 

 

 「ねぇ、僕ってどうして頭を怪我してるの?」

 「え?あ、記憶飛んでましたか。それはですね、私に挑んだからですよ」

 「…………え?」

 

 

 僕が、お母さんに、挑んだ?

 何で?意味がないじゃん。あれ?じゃあ、おでんはどうしてお母さんに挑んだの?いやでもあれは聞いた話によるとオロチが悪さしたせいで…………ん?おでん?あっ

 思い………………出した!!

 僕はおでんになるんだった!!!そのためにお母さんと戦わなくちゃいけないんだ!

 確かおでんになるためには彼と同じようにお母さんに傷を付けなくちゃいけなくって……!!

 それで僕はお母さんに挑んで……………………雷鳴八卦。

 

 

 「お母さん」

 「はい」

 「………あれは、ずるいよ…」

 

 

 そう嘆くように言って僕は顔を手で覆う。しかし、指の隙間から見る限り彼女はまるでピンと来ていない様子。

 彼女の戦闘の辞書には卑怯の二文字は無いのだろう。それか、あの行為は卑怯では無いと思っているのか。

 どちらにせよ、ひどい。

 

 

 「ずるいって言われましても……彼ならば避けるか防ぐかしてましたよ。まぁ、ちょっと強くやってしまった事は反省しますが」

 「………………ちょっと?」

 「ええ、もし本気でやっていれば、掃除班の仕事が増えていたでしょうね。そんなの、私も含めて誰も幸せになりませんし」

 

 

 直接的な表現を避けているが、その言葉の意味が分かった気がした。

 

 それはさておき、彼女の言った事は一見すると言い訳のようだが、別に間違ってはない。

 僕はおでんの戦いを見たことがないので詳しい事は分からないが、お母さんがそう言うのだからきっと本当に雷鳴八卦に対処出来ていたのだろう。

 そうであれば、あれを避けられなかった僕は目標から大分遠い位置に立っている事が分かる。

 おでんを目指すのならば、彼女の攻撃の一つや二つ、いや、全てに対処出来るくらい強くならなければならないだろう。

 その壁はどうしようもなく高いように思えるが、そんなの関係無い。

 

 お母さんがおでんを撃ち殺したあの日、僕は彼の生き様と死に様に感激した。

 民を救うために馬鹿殿を演じ続けたこと、自分の身を犠牲にして家臣達を救ったこと、笑って辞世の句を詠みその生涯を終えたこと。

 そのどれもが筆舌に尽くしがたいほど素晴らしく、偶々見学しに来ていた僕の魂が震えるようだった。

 

 だからこそ、僕は彼を撃たんとするお母さんを()()()()()()()()

 もし彼女が何も言わず作業でもするかのように彼を撃っていれば、僕は親の仇の如く恨んでいただろう。この場合親が仇だが。

 しかし実際は違った。

 

 お母さんがおでんに向けて銃の引き金に指を置いた時。

 彼女は引き金を引かず口を開いた。

 

 

 「光月おでん、貴方は素晴らしい」

 「出来ることなら、この銃を握り潰して貴方を逃したい。ですが、貴方は既に死に体。ここで逃がそうにもその場から動けず、数十分以内に死んでしまうでしょう。本当に、惜しいです」

 

 

 僕が聞く限り、その声に偽りは感じられなかった。顔を見てみれば、何処か悲しそうで本当に彼の命を惜しんでいるようだった。

 本当に惜しい、その言葉を最後に彼女は引き金を引くかと思われたが、そうでは無かった。

 

 

 「貴方の功績は凄まじいものです。私のこの傷を見てください。広く、深く、未だにズキズキと痛んでいます。私にこれほどの傷を負わす者などそうそういませんよ。本当に素晴らしい剣術だと思います。これが我流なのだから、貴方はきっと天才なのでしょう。それだけではなく、武装色を高いレベルで扱い、覇王色を持っていることからもその卓越した才能を感じざるを得ません。それに貴方はただ武力を持っているのではなく、仲間思いなのも素晴らしいです。どれだけ力を持ったとしても、我が身可愛さで仲間を見捨てる輩がいるのです。そんな人達がいる中、貴方は仲間の為、民の為ならば身を捨てる自己犠牲の精神を持ち合わせている。その貴重な精神、称賛に値します。それに貴方のその髪型。何事にも囚われない独創性を感じます。正直言って真似したいとは思いませんが、その孤高の精神は見習いたいものです。それと体付きが素晴らしいです。上限の無い力と何事も解決してくれそうな絶対的な安心を感じます。一体どのような鍛錬を行えばそのような超人的肉体を手に入れるのか想像も出来ません。もし生まれつきのものであれば、貴方は天に選ばれし奇跡の人物。本当に、ここで散るのが惜しくて堪りません」

 

 「お、おう。ありがとな」

 

 

 おでんはほんのり顔を赤くし、突然べた褒めされた事に素直に礼を言った。

 何百度の高熱に耐えながら自身を褒める言葉を長く聞くことになっていた彼は、一体どんな気持ちで返事をしているのだろうか。

 僕はというと、そのあまりの出来事に絶句していた。

 突然お母さんが敵であるおでんを褒めちぎったこと、その全てが本音に聞こえたこと、引き金を引くのを惜しんでいたこと、彼が結構素直に称賛を受け止めたこと、そんな彼を羨ましいと思ったこと等など、沢山のことが一度に起きて言葉が出なくなっていた。

 ただ一つ言える事があるとすれば、その称賛が突然な上に長く、そして若干早口だった為か、その内容の殆どが聞けず何を言っていたのか覚えていない事だ。

 

 

 僕は鬼ヶ島に帰ったあとあの一時間を思い返していた。

 憧れの人が出来たこと、母も彼に憧れていたこと、そして母が彼を殺したこと。

 

 彼は僕の人生で初めて心の底から尊敬した人物だった。彼のようになりたいと、強く仲間思いな彼になりたいと熱望した。

 だからこそ、彼女が彼を撃ったとき、僕はお母さんを憎むはずだった。

 でも、どうしてか僕は彼女を憎めなかった。彼を殺したことに対しては怒っているし、許せない事だと思っている。だけどお母さんという存在を許せないわけでは無かった。

 むしろ同情すらした。

 彼女だって彼に憧れていた。あれだけ褒めたのだから、きっとそうなのだろう。

 だとすれば、彼を()()()()僕は悲しいけれど、彼を()()()お母さんはきっと酷く苦しいに違いない。

 その証拠に、彼女は彼を撃ったあと銃を握り潰していた。

 

 だからこそ、僕はおでんになることを決意した。

 きっとお母さんは彼を自分自身の手で殺めた事を気に病んでいるはず。ならば僕がおでんになって、彼女の気を少しでも紛らわせればいい。

 それに彼女の気が云々の前に、僕のおでんになりたいという欲望は健在だ。彼はカッコいいし、お母さんに褒められていた。

 お母さんを慰められて、僕はおでんになれる。これは僕にとってもお母さんにとっても一石二鳥なのだ。

 

 だからこそ、僕は直ぐに勝負を仕掛けた。

 自分の為、母の為に少しでも早く“僕はおでんだ”と認めてほしかった。

 なのに………。

 

 ………あれはきっと、お母さんなりの警告なのだろう。

 理不尽を叩きつけられて音を上げるのならば、この道は通らない方が良いですよ、と。

 私はどんな強固な決意であってもそれを砕くつもりでいる。数多の挫折と絶望を繰り返されると分かっていても、貴女は続けられる覚悟はありますか、と。

 

 そんなもの、あるに決まってる。

 一回即落ちされたぐらいで折れるほど、軟な精神は持ち合わせていない。むしろ目標の高さを見せてくれて感謝したいぐらいだ。

 もちろん、そのことに対する怒りだってある。せめて一発貰ってくれればと思う気持ちもある。

 でもそんな感情は“おでんになる”という目標の前では障害にもならない。

 お母さんが言っていた。「彼ならば避けるか防ぐかしていた」と。

 ならばそうしてみせよう。彼女の攻撃を避けて、防いで、反撃してやる。そしてお母さんにおでんと認めてもらい、強くなったねと褒めてもらうんだ。

 

 と、言いつつもそれが出来るかどうかの自信が持てない自分もいるのも確かだ。

 挑んだ時、あの一瞬の出来事で、僕はその壁の高さを知った。その壁の打開策がまるで浮かばないのだ。

 飛び越えても破壊してもいい。何か、この壁を突破する方法は無いものか…。

 

 

 「まだリンゴ食べます?」

 「え?」

 

 

 突然お母さんからそんな声がかかる。

 彼女の手には傷一つない綺麗なリンゴが添えられており、いつでも切れるよう準備されていた。

 僕は少し考えたあと、リンゴはもう食べたし良いかなと思い断った。

 

 「そうですか。では」

 

 そう言ってお母さんはさっきと同じようにリンゴを指で切った。それはさっきとは違い無駄に可愛いウサギの形はしていなかった。

 それを彼女はひょいと口に入れて、美味しそうに顔を緩める。

 

 そんな彼女を尻目に、僕は綺麗に分けられたリンゴを見ていた。

 何気なく見ていたが、よく考えれば恐ろしい技である。対象がリンゴだったからこそ平和に終わっているが、もしあれが人間だったらリンゴのように真っ赤に染まっていただろう。

 そこまで考えて、僕に電流が走った。

 そうだ、独学でおでんになれないのならば、教えてもらえばいいじゃないか。

 

 

 「ねぇ、お母さん」

 「? 何ですか?」

 「僕に技とか戦いとか……色々教えてくれる?」

 

 

 その言葉にお母さんは目を見開いたかと思えば、ふっと笑って

 

 「いいですよ」

 

 と快く頷いた。

 僕も快く頷いてくれた事につい嬉しくなって

 

 「ありがとう!」

 

 と言って笑った。

 

 

 

 




なんか普通に微笑ましい家族が出来てしまった。

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8話

 
書いたけどコレジャナイ→書いたけどコレジャナイ→動画オモシロイ→書いたけどコレジャナイ
を繰り返していたら一週間以上経っていた。

 


 彼女から修行のお願いが来て数日。

 

 私達は現在、新世界の海に人知れず浮かんでいる自然豊かな無人島にいた。

 この島は私が夜間散歩をしている時に偶然見つけたもので、他の勢力の領地では無かったので、ここを私達の修行場として選んだのである。

 最初は鬼ヶ島やワノ国の何処か適当な場所でやろうかと考えたが、ヤマトの修行も私の修行もやりたかったので、手の内は出来る限り見せたくないし誰も居ないこの島のほうが遠慮無く出来て都合がいいと思ったのだ。

 それにヤマトは外の世界に行ってみたいと漏らしていたのを耳にしていたのでそれも兼ねている。ただ、目的は冒険では無く修行のため、きっと彼女の思い描いた外の世界を体験させる事は出来ないだろう。

 そのことについて予め謝っておいたが、上陸当初の目をキラキラ光らせて辺りを見渡す彼女の姿を見る限り、杞憂だったと思う。

 

 

 「では、簡単な六式から覚えましょう」

 

 私は胸元で手を合わせ、まるで幼児に指示を出す保育士のようなトーンで言う。

 私の言葉にヤマトは気を引き締めた様子で頷き、拳を軽く握った。

 

 何故六式を教えるのかいうと、お手軽で便利な上に一部の技は覇気習得にも繋がるため身体や技術を同時に鍛えるのにもってこいだからである。流石政府や海軍が使うだけあって、中々合理的な体術だ。

 しかし、それは身体能力が極めて高い人のみの話であり、一般人は六式を覚えるどころか練習すら出来ないだろう。

 だが問題無い。見たところ、ヤマトにその才能がある。きっと彼女なら数年もしないうちに習得するだろう。私だってそれくらいで習得したのだ。ならその娘が出来ない道理は無いはず。

 

 「まずは『指銃』。対象を指で刺突する技です」

 

 そう言って私は見本として近くにあった岩に指を刺突させて見せた。指を抜いてみるとヒビ一つ無い綺麗な穴が空いており、その貫通力を強く示していた。

 それを見たヤマトは

 

 「……………まず?」 

 

 と不思議な表情を見せていた。

 私はそれを一旦無視し、次の技を教えるべく口を開く。

 

 「2つ目は『嵐脚』。足を振り抜き斬撃を放つ技です」

 

 私は足を振り抜いて斬撃を放つ。それは岩を真っ二つに斬り、その後も消えずに後ろの木々を斬り倒していった。

 

 「えぇ……」

 

 少し引いた様子のヤマトを置いて、次の技に進む。

 

 「3つ目は『剃』。一瞬で地面を10回以上蹴って高速移動する技です」

 

 言葉を終えると同時に剃を使って彼女の後ろに立ち、肩を叩いて驚かせる。つもりだったが、彼女は既に驚ききっていたようであまり良い反応を見せなかった。

 それとも早く次の技を見せろと思っているのか。恐らく後者だろう。

 

 「4つ目は『月歩』。思いっきり空気を蹴って宙に浮く技です」

 

 何回か飛んで見せ着地し、少し崩れた着物を直す。

 

 「………」

 

 ヤマトはもう何も言わない。

 

 

 「大体こんな感じですかね。あと『鉄塊』や『紙絵』といった技もありますが、これらは身体を硬くしたり攻撃を避けたりするだけなので一旦置いておきます」

 「…………僕が出来るとは思えないのだけど」

 「貴女なら絶対に出来ますよ。私が保証します」

 「…分かった。頑張る」

 

 

 あらやだ素直。

 一度信じられないような表情をしていたというのに、私が君なら出来ると一押しするだけでやる気を出してくれるなんて。

 チョロ………なんと愛らしい事か。

 こっちもより一層やる気が出てきた。本気で鍛えるとしようか。

 

 

 「では、試しに私に“指銃”してみてください」

 「え」

 

 

 そう言って差し出された手のひらを見ながら、一歩下がるヤマト。彼女の顔には何言ってんだコイツという文字が貼り付いていた。

 私は彼女の素朴な疑問に真摯に答える。

 

 

 「私の手に風穴が開く事を心配しているのなら、それは無用です。私の手のひらは非常に頑丈に出来ていて、巨岩が砕けるような衝撃にも耐えられるのですよ。子供が幾ら指を突き立てたところで傷一つ付きっこありません」

 「それは分かってるけど…………まぁ、良いや」

 

 

 彼女は諦めたような顔をして、指を立てて腕を引いた。

 そして私の生命線目掛けて刺突し、ピチッと音を立てて静止した。

 それにいまいちパッとしない表情を浮かべるヤマトを尻目に、私はその感覚を解析しその威力を導き出す。

 

 

 「ふむ、スイカに穴を開けられるぐらいですね」

 「それって凄いの?」

 「十分凄いと思いますよ。突き指もしてないみたいですし優秀です」

 

 

 始めは良好、将来性を感じる結果となった。きっとそう遠くない未来、彼女は岩を貫くなど朝飯前だと思うようになるだろう。

 この流れのまま他の技も使わせようとしたが、それは叶わなかった。

 というのも、『嵐脚』はただの回し蹴りになり、『剃』はその場で地団駄を踏み、『月歩』はただ空中でスタンプを繰り出しただけになったのだ。

 まぁ、こうなってしまったのは仕方ない。ただ指を立てて突くだけの指銃はたとえ力が無くても“それっぽい事”が出来てしまうのに対して、嵐脚等の技は超人的身体能力が無ければ“それっぽい事”すら出来ない。

 しかし、そんなものは鍛えて身につければ良い話なので深刻な問題では無い。

 

 さっさと次の修行に移ろう。六式よりこっちが本命だ。

 

 

 「それでは次に覇気を覚える修行をしましょう」

 「………はき?」

 

 

 そう言ってヤマトは首を傾げる。それを見た私はあっと声を上げた。

 そういえば覇気についての説明をしてなかった。新世界では覇気を知ってるのは普通だから、ついヤマトも知っているものかと。

 

 

 「…そうですね。覇気というのは簡単に言えば“意志の力”です。武装色、見聞色、覇王色の3種類が存在し、意思が強ければ強いほどそれらは強力なものになります。まぁ、詳しい事は追々説明しましょう」

 「意志の…力?」

 「ええ。ヤマトで言うなら“おでんになる”という意思ですかね」

 

 

 覇気において、というより“力”において、強い意思ほど直結する物は無いと思っている。

 ぶっちゃけ見聞色や武装色ならメンタルがクソ雑魚でも理論上高レベルまで鍛えることは出来る。しかし、それだといざその覇気が少しでも押し負けた時、敗れる事を恐れて「負けるかもしれない」という考えが過ぎってしまうのだ。

 もしそうなれば一巻の終わり。次第に覇気は弱まっていき、ある種の世界の摂理(挫折した者の覇気と肉体の弱体化)に晒される事になる。

 しかし強い意思さえ持っていればそれに抗う事が出来る。実際、私は人生の中で何度も敗北しているが、無駄に意思が強固なおかげで今日まで力を持ち続ける事が出来ている。

 力の有無は勝利や敗北の数ではなく意思の強さであると、私はそこそこな長さの人生で学んだ。

 

 

 「しかしこれら覇気は才能有っても十数年、無ければ一生かけても習得することが出来ません」

 「え、そうなの?」

 「大丈夫。ヤマトには才能がありますよ。それも天才と呼べるほどのものが。貴女ならきっと十年もかかりません」

 

 

 そう言うと私は一泊置き、懐に手を入れて「あ、そうだ」と話を続ける。

 

 「覇気を習得するためには修行が必要ですが、実は、もっと手っ取り早い方法があるんですよ」

 

 そう言うと私は金棒を取り出し、ヤマトの方へ向ける。

 傍から見ればホームラン宣言に見えなくもないだろう。しかし打つボールは人間である。

 

 

 「それは命の危険に晒されること。生きたい、生きねばならないと思うこと」

 「…………お母さん?」

 

 

 金棒を強く握りしめ、嫌な予感への心配と恐怖が混じった声で私を呼ぶヤマトを断腸の思いで無視する。

 許せヤマト。今まで覇気の修行なんて受けたことなかったからこれしか方法を知らないんだ。

 

 

 「ヤマト。これから私は貴女をボコります。貴女はそれに全力で抵抗し、生き足掻いてください」

 「……お、お母さん!?僕何か悪い事した!?」

 「いいえ、何も。むしろ良い事をしていますよ。だからこそ、私は貴女の夢に協力したいのです」

 

 

 慌てふためく彼女の姿を見据えて息を吐く。

 彼女の反応を見るにあの時の雷鳴八卦がトラウマ化しているようだ。しかしトラウマに屈していては強くなれないのだ。

 彼女は本当に嫌そうな顔をするが、私だってやりたくない。望んでDVするほど私はゲスでは無い。しかし、彼女の夢を叶えるためには仕方ないことなのだ。

 ……何だか弁明すればするほどあれこれ理由を付けて娘を虐げようとする母親になってしまう。手遅れにならないためにも、これ以上は止めておこう。

 

 

 「では、10秒後に始めます。その間に逃げ隠れしても良いですよ。その危機感と焦燥感が覇気を開花させますので。ではどうぞ。10……9……」

 「っ!!」

 

 

 その言葉に、私が本気である事を察知したヤマトはすぐさま後ろ向きBダッシュをして、あっという間に後方の叢に消えた。

 判断が速い!

 それにしてもあの動き……海賊見習い時代に白ひげを怒らせた時の私に似ている。まぁその後普通に追いつかれて頭を思いっきり叩かれたが。

 

 「8……7……6……5……」

 

 今思い返すと見習い時代は酷かった。

 味方に斬られたり撃たれたりビッグマムに威国を当てられたりシキに岩石ぶつけられたり白ひげの衝撃波を喰らったりして、その度に傷を負って死にかけたものだ。

 あれ、何で私はこんなにも味方の攻撃を喰らってるんだろう?

 

 「4……3……2……1……」

 

 ああ、思い出した。

 あの時の私は戦闘狂で、敵を見つける度に誰よりも早く突撃していたんだった。そのせいで味方の流れ弾に被弾しまくってたし、大幹部の彼らが攻撃しようとする敵にも突っ込んでいって巻き添えを何時も喰らってた。

 人生に於いて何度も敗北しているが、その原因の殆どがこれな気がする。まぁ、そのおかげで身体は頑丈になり、覇気も覚醒出来たのだが。

 だからこそ私はヤマトを鍛えるために彼女をボコす。

 

 「……0。さて、右斜め方向にいますね」

 

 私は見聞色で彼女の居場所を突き止め、そこ目掛けて疾走する。

 叢を抜け、木を掻い潜り、彼女と目が合う。その目は驚愕に満ちており、同時に恐怖が映っていた。

 私は金棒を握り直し、代名詞とも言える技の名を叫ぶ。

 

 「え、ちょ、ま―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――知ってる天井だ」

 

 医療室で目を覚ましたヤマトがそう呟く。またか、とでも言いたいような顔だ。

 私はそんな彼女の頭部に巻かれた包帯を取り替えて

 

 「この傷が治ったら言ってください。またやるので」

 

 と伝えた。

 それを聞いたヤマトは一瞬嫌そうな顔をしたかと思えば悩むような顔を見せた。しかしそれは長く続かず、数秒後には意を決したような面立ちをして

 

 「分かった」

 

 と言い放った。

 

 

 




やべぇよやべぇよ………もうネタがねぇよ…。

感想・評価よろしくおねがいします。


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9話

 
好きに書いたけど………なっが(文字数見ながら)
 


 私は酒が大好きだ。

 どれくらい好きかというと、命の次に大事なほど好きだ。

 まぁ、その命は大事なものランキングで3位くらいなので特別物凄く高いというわけではないが、それでも1日に20杯は飲まないと気がすまないくらいには好きだ。

 あまりに好きすぎてもう自分で酒を造ってしまうくらいだ。

 

 もちろん始めたばかりは上手くいかなかった。

 出来た物は最早酒というよりただただ不味い水でしかなく、酷く汚染された口内を洗い流すために酒を飲まなくてはならないほどだった。

 しかし改良に改良を重ね、そこそこ美味い酒が出来るようになった。

 出来る事なら他の人の感想も聞いておきたい。ドヤ顔で自信作の酒を出して、相手にクソ不味いと言われるのだけは避けたいのだ。

 私の感想だけでなく、何か具体的なデータとかを得なければ胸を張って美酒を作れるとは言い張れない。

 

 そんな思いでキングやクイーンに飲ませてみると良い反応を示してくれた。

 しかしいくら信頼出来るからといってたった二人だけの意見を鵜呑みにするわけにはいかないだろう。最高の酒を作るためにも、もっと多く人に飲んでもらわなければ。

 だからといって他の部下達に飲ませる気はあんまりない。私が怒るのを恐れて、お世辞を言われては困る。

 

 そのため私に遠慮無く文句を言える集団に飲ませるのが好ましい。

 となるとその集団は四皇と同格、またはそれ以上の実力者がいる組織で無ければならないだろう。さらに私が酒を持ってきて飲んでくれる、ある程度信頼してくれる人達で無くてはならない。

 なので海軍は論外。同業者である海賊かつ友で無くてはならない。

 

 そうなるとまず浮かび上がるのはビッグマム。

 しかし彼女とは最近会ったばかりな上にその時に首都を破壊し尽くしてしまったので、また顔を出すのは気が引ける。

 それにまた“食いわずらい”を起こされたら付き合ってられない。彼女を尋ねるのは止めておこう。

 

 となると残ったのは………白ひげか。

 彼はお酒が好きだろうし、私との面識がある。見習い時代に色々とお世話――主に攻撃の巻き添え――になったし、そのお返しも兼ねて試飲させるのも良いかもしれない。

 しかし少し心配なのが、彼と会うのが約20年ぶりだということだ。私は彼がどんな部下を従えているのか、その間何をしていたのかを殆ど知らない。

 一応部下に関しては手配書を見た事があるが、どんな性格をしているのかが分からない。彼の事だから肝が座っていて勇気ある人を集めていると思うが、もし船長の前で私に世辞を言うような奴だったらぶっ飛ばしてやろう。

 

 

 「そんなわけでこちらを飲んで欲しいのですが、どうでしょうか?」

 「どうでしょうか、じゃねぇよバカタレ」

 

 

 初手罵倒とは恐れ入った。いや彼らしいといえば彼らしいか。

 

 目の前で迷惑顔をするこの男こそが、かの『白ひげ』エドワード・ニューゲート。

 四皇の中の1人に数えられる者にして、ロックス、ロジャー亡き今“世界最強の海賊”と呼ばれる男である。

 

 彼は私の(一方的な)友人である。

 そのため、私の酒は有無を言わず飲んでくれると思っていたのだが、反応があまりよろしくない。

 一応安全であることを証明するために、一杯注いで飲んで見せておこう。

 

  

 「ふぅ……そう嫌がらずに飲んでみてください。きっと良い気持ちですよ」

 「……何が悲しくてハナタレが作った酒を飲まなきゃいけねェんだ」

 

 

 なんて言いながらも差し出された酒壺を受け取る白ひげは、きっとツンデレだろう。

 まぁ、無料で酒を飲めるというのはケチな彼にとっては嬉しい事のはず。たとえ彼の言うハナタレが作った酒でも、飲んでくれと頼まれたら飲むのだろう。

 それか私に対する信頼とかも、ちょっとはあってくれたりするのだろうか。だとすれば私をちょいちょい貶すその姿はやはりツンデレである。

 

 

 「…良いのかオヤジ?」

 「安心しろ、コイツは毒を盛るようなタチじゃねェ。おれを殺るつもりなら、今頃コイツは暴れてるだろうよ」

 

 

 失敬な、と言いたいところだが、悔しいが事実である。

 毒を盛るのが卑劣な行為だからというわけでは無い。ただ彼を殺るのなら実力のみでやりたいだけだ。

 それに、彼を殺す毒なんてこの世に存在するか怪しいし、もしあったとしても毒で死ぬ彼なんて見たくない。

 大物が命を散らすのは戦場か病床の上にして欲しい。

 

 なんて思いを巡らせながら、私は白ひげに感想を聞いてみた。

 

 

 「どうですか?私の一番お気に入りの酒を意識して造ってみたのですが……」

 「………………まァ、悪くねェ……」

 「……そうですか。それは良かったです。ああ、そうそう。出来れば他の方にも飲んでいただきたいのですが……」

 

 

 そう言って私は船内を見回す。

 そこには緊張して体が硬くなっている者もいれば、余裕の表情を見せる者もいた。

 皆私の言葉を聞いても何か反応を示すことはなく、私達を監視するかのように見守っていた。

 

 「…………お前らも飲んでやれ」

 

 そんな彼の一言で、さっきまで案山子のように動く気配が無かった船員達が動き出した。

 流石の信頼性。この一連の出来事だけで彼らの絆の度合いが分かる。

 船長が船員に慕われているのは当たり前だが、偶にその座を乗っ取ろうとする輩が居るのである。

 

 この船で言うならば、あそこの()()()を僅かに生やした丸っこい男だろうか。

 正直言って彼からは何も感じないのだが、何だろう、“記憶”が反応してる気がする。何となく白ひげに何かする気がするのだ。

 姿を見ただけでぼんやりとだが思い出すなんて初めてだ。いつの日かの未来、彼は一体何を仕出かすのだろうか。

 まぁ、こんなあやふやな理由で彼をふっ飛ばしたり、白ひげにチクったりはしないけど。

 

 私で言うと、少し前に私を倒して船長の座を奪ってやろうと目論む輩がいた。

 彼は私が就寝中にこっそり部屋に忍び込み、短刀で寝首をかこうとしたのだ。その結果、私の肌に傷一つ付くことはなく、むしろ短刀が折れた。

 それで目が覚めた私は彼を手刀で黙らせ、翌日彼に罰を与えることにした。

 百獣海賊団は実力主義なので別に襲ってくること自体は良いのだが、その時は良い夢を見れて気持ち良く寝れていたのに中断させられたので腹が立ったのだ。

 まぁ、罰といっても大したことはない。ヤマトの模擬戦相手になってもらうだけだ。修行だけでなく、しっかりと経験も積んでおかなければいけないからね。

 結果は彼のボロ負けだった。というか死にそうになっていた。

 大して覇気も覚えていないのにどうして挑んだのか、これが分からない。

 

 そんな風に最近の出来事を思い浮かべていると、ある程度酒が行き渡ったようで、皆嫌がる事なく飲んでいた。どうやら不味いなんて事は無いらしい。

 私はそれにホッとし、酒をラッパ飲みしている白ひげに視線を移す。私も盃に注いでゆっくりと飲みこみ、口を離して言った。

 

 

 「このまま酒を飲んで終わりなのも味気ないですし、ちょっとお話ししませんか?」

 「………ああ、いいぜ。ちょうどおめェに聞きてぇ事がある」

 「おや、それは一体…?」

 

 

 私が聞き返すと、白ひげは飲み干した酒壺を置いて答える。

 

 

 「何でおめェ敬語なんざ使ってんだ?」

 「!……それは」

 

 

 まさか強キャラっぽいから使っているなんて言えない。どうしよう。何て言うべきだろうか。

 そもそも彼がこうして聞いているのは、私が海賊見習いの時にゴリゴリの男口調で話していたせいだろう。

 

 あの時は若かった。大体前世の記憶があるせいだ。そのせいで私は物心つく前、それこそ赤ん坊の時から自我があった。

 それの何が悲しいって、私の生まれた国が戦争大好き国家だったのだ。そのせいで母親が数日と経たず消えてしまったのを覚えているし、天才だとか言われたせいで片手で数えられる年齢の頃には子供用の玩具では無く武器を握っていた。

 そっからは激的な悲劇の連続で、はじめてのおつかい(さつじん)や戦友の死が起こって私は精神的余裕があるなんてお世辞にも言えない状態になり、“男としての自分”を隠す暇が無くなった。

 そんな状態のままロックス海賊団に拾われ、途中で「変えた方が良いかな」なんて悩みながらも「でもこの口調キャラで定着したしな」と思い、その間もその口調を改める事無く独立。

 そして独立後、知り合いが誰も居ないのを良いことに口調を変えて()()()()()デビューをしようとして、今に落ち着いた。

 

 

 「………ロックス海賊団の壊滅は私にとって一つの区切りでした。だから……自分を変えたかったんです。戦闘狂の()ではなく………女海賊の()として生きてみたかった」

 「…………そうか」

 

 

 つい深刻な雰囲気を出してしまったが、ノリは進学して新しい事に挑戦しようとする学生である。それかヤンキーが心を入れ替えて立派になろうとするあれか。

 何にせよ、さほど重要な事では無い。戦闘狂から女海賊とか言っているが、前者の時も女海賊だったし今も狂うほどでは無いが戦闘は好きである。

 前と変わったのは口調ぐらいで本質はほぼ変わっていない。強いていうなら、娘が出来たのと、二十年近く歳を重ねた程度だ。

 

 

 「……それで、おめェは変わったのか?」

 「んーまぁ、変わった……と思いますよ?前は戦闘第一みたいな感じでしたが、今はそうではありませんし」

 「で、酒造りに没頭中ってか…?」

 「いいえ、それは第三くらいです。第一は育児ですよ」

 

 

 それを聞くと彼は珍しく目を見開く。

 

 

 「お前……ガキがいんのか……!?」

 「ええ、まぁ、娘が1人。これが可愛くて可愛くて。何をするにも愛らしく感じてしまい、少し困っちゃうくらいです」

 「……………()()()()()をしちまうなんて、前とはかなり変わったみてェだな」

 「おっと」

 

 

 つい緩んでしまった頬を手で抑える。そしてもう片方の手をパタパタと扇いで、酒のせいで赤くなってしまった顔を冷やした。

 少し扇ぐのが速かったせいか指から小さな斬撃が飛んでしまったが特に傷はない。

 私はそれを気にすることなく、話題を逸らすように「そういえば」と話し出す。

 

 

 「先程から気になっていたのですが、部下に“オヤジ”と呼ばれているのは一体なぜ?…ひょっとしてリンリンのように全員貴方の子供なのですか?」

 「あの女と一緒にするんじゃねェよ」

 

 

 そうきっぱり言いつつ、酒壺は2つ目に突入する。私の酒を割とお気に召しているのだろうか。

 

 聞いたところ、彼は身寄りの無く孤独な人を集めて義理息子大量生産しているらしい。

 私の勘がもうちょっと何かありそうだと囁いているが、彼はそれ以上に話さなかったので聞かないことにした。別にそこまで熱烈に知りたいだとか思っているわけでは無いし。

 それにしても“あの女とは一緒にするな”か。まぁ、白ひげはリンリンの事が嫌いだし、同族と思われるのは好ましくないだろう。

 彼の事情を知らない私から見れば、白ひげもリンリンも家族を増やしまくってるし皆のパパ・ママの立ち位置にいるしで、彼らが同じものに見えてしまう。

 違う点を言うならば、後者の方は血の繋がりが多い事だろう。

 そういえば白ひげは血を分け与えた息子とか作ったりしないのだろうか。孤独な人を息子と呼ぶくらい家族を欲しているのに不思議だ。

 

 なんて思いながらも私も2個目の蓋を開ける。そして自分好みの酒を楽しみつつ、予め多めに作ってといて良かったと過去の自分を称賛した。

 

 

 「ふむ、息子以外はいないのですか?例えば…娘とか」

 「いるが、戦闘に関わらせるつもりはねェ。……お前んとこのガキはどうなんだ?」

 「もちろん戦わせるつもりですし、その訓練もさせてます。というか、本人がそれを望んでます」

 

 

 打倒私を目標としてね。

 いや傷さえ付ければそれで良いのだから倒さなくても良いのだが、実の娘に倒されるのは私の本望。

 もしヤマトが私に勝てたら、その時に私が生きているなら称賛しよう。死んでいるなら安らかに眠ろう。何となくその後が気になって成仏出来ない気がしてならないが、その時は最善を尽くそう。

 

 そんな未来への不安を感じていると、白ひげが「後はアイツだな……」と少し憎たらしげに呟いた。

 今までの流れからしてリンリン以外で憎しみを感じるとは思わなかったので、私はその呟きがつい気になってしまった。

 

 

 「アイツ……とは?」

 「ん?ああ、聞いてやがったか…。おれの『弟』だよ」

 「弟………?」

 「ああ……」

 

 

 そういうと彼はグビグビと多めに酒を流し込み、昔を懐かしむように言った。

 

 

 「…アイツは自分の国が窮屈に感じたみたいでな、外の世界を旅したいが為におれの船に乗ってきた。もちろん、最初はおれもアイツの部下も拒否した。それでもアイツは引き下がらねェもんだから、『3日間、船の鎖を離さなかったら船に乗せる』なんつー試練を課した。そしたら、アイツは途中で抜け出して見ず知らずの女を助けやがったんだ」

 「……へぇ、面白い人ですね。それでその人をどうしたんですか?」

 「……乗せてやったよ。自分よりも他人を優先する、その人柄を認めてな」

 

 

 自分より他人を優先する、その言葉で思い浮かぶのはヤマトを狂わせた『光月おでん』。

 彼もまた、白ひげの弟と同じく自己犠牲精神を持っていた。

 今思い返しても素晴らしい。けど、子供に見せてはいけないな。変に影響されたら困る。ソースは私の愛娘。

 

 

 「その方は今どちらに?」

 「知らん。…ったく、ロジャーの野郎。一年後には返すとか言っときながら返さねェまま死にやがって……」

 「おや、貸したのですか?」

 「おれは納得しなかったがな………」

 

 

 そう彼は“しなかった”と過去形にしておきながら、未だに納得出来ていない様子。もしロジャーが存命だったら、今すぐにでも殴り込みに行ってそうな雰囲気である。

 というか貸してもらったのに返さず死んで、その居場所を貸した本人が知らないって相当極悪な事をしている気がする。いやまぁ、海賊なのだから悪なんだけども。

 流石に白ひげが可哀想だし、私もその人探しに協力するか。

 

 

 「良ければ私もその人探すの協力しましょうか?」

 「いらん。おめェには関係ねェからな」

 「まぁ、そうですね。…ですが特徴やお名前だけでも教えて下さい。もし見かけたらお知らせします」

 

 

 決して手をかけませんから。

 ニッコリ笑ってそう付け足して彼を見る。それに彼は疑心の目で返してきた。

 しかし、私が何も言わずただ彼を笑顔のまま真っ直ぐ見つめていると、それも次第に薄れていき、仕方ないといった様子でその特徴を話し始めた。

 

 「ハァ………二刀流で独特な髪型をしてる『ワノ国』の侍だ。確か次代将軍になるだとか言ってたっけな。名前は『光月おでん』、つー奴だよ」

 

 「……………………………………………………へ?」

 

 

 彼が口にした名を聞いて、私は素っ頓狂な声を出した。

 

 光月……おでん…?

 

 聞き間違いだろうか。聞き間違いであってくれ。

 でなければ私は、今、ここで、逃走か闘争の二択を迫られる事になってしまう。

 

 つい変な声を出してしまった失態を誤魔化すように、コホンと咳をしてもう一度聞き直す。

 

 

 「すみません、よく、聞こえません、でした。…もう一度名を言ってくれませんか?」

 「……ああ?しゃあねェな、また聞くことが無いよう耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。“光月おでん”だ。もう一度言わすなよ」

 「…………いえ、大丈夫です」

 

 

 何も大丈夫じゃない。

 なんてこったい。私にとっても、彼にとっても最悪の事態だ。誰も幸せにならない。

 ヤバい、どうしよう。光月おでんなら私、やっちゃったよ。探すどころの話しじゃないって。探せても遺骨ぐらいだよ。あっ、それ差し出せってか?そして弟が帰ってきましたねって言うか?サイコパスか何かか?

 なんて考えてる暇もない、ヤバいって。

 とりあえず落ち着こう。そして私が取るべき行動を明白にするのだ。よし、私の取れる選択肢は3つだ。

 

 1つ、正直に自白する。

 2つ、無言で逃走を図る。

 3つ、武器を取り出しながら「弟に会わせてあげます」と言う。

 

 私としては2番を希望したいところだが、一度彼に同情した身として、おでんはもう存命では無いと伝えず去るのは心が痛む。

 なら一番かと言われれば、これもまた避けたい気持ちがある。絶対戦闘になるだろうし、そうなれば勝てる保証も無い。それに数の利もあるので、圧倒的に不利なのは私。

 ここは『世界最強の生物』として戦うべきな気がするが、『世界最強の海賊』には敵わないのが現実である。海賊は生物の枠に入っていないのだろうか?

 3番は論外である。というか、1番とほぼ同じ結末を辿るだろう。実質、私に残された選択肢は2つだけだ。

 

 己の命か、良心か。天秤にかけられ傾いたのは己の命でした。

 

 私は腹をくくって、重く彼の名を呼んだ。

 

 

 「白ひげ」

 「貴方の弟である光月おでんは」

 「私が……殺しました」

 

 「「「なッ!!!?」」」

 「!!!!……………………てめェ…!!!!!」

 

 

 瞬間、凄まじい覇気が私を襲う。あまりの気迫に圧倒されそうになるも、平静を保ち続け、丁寧に武器を取り出す。

 その合間に彼は中身がまだ残った酒壺を投げ捨てて、側にかかっていた薙刀に手を伸ばした。

 

 「おめェ……!!ウチのもんに手ェだしたらどうなるかぐれェ知ってるよな……!!?」

 

 知らないわけがない。

 海賊見習い時代、彼の仲間に手を出して思いっきり頭をぶっ叩かれたのを、今でもはっきりと覚えている。

 叩かれるだけで留まったのは、私が子供だったからか彼なりに手加減してくれたのもあるし、一応同じ船に乗る仲間でもあったのもある。

 しかし、今は違う。私はもう良い歳した大人だし、仲間でもない。

 故に彼は手加減などしないだろう。これは仲間同士の喧嘩では無く、海賊同士の殺し合いなのだから。

 

 彼は薙刀を振りかぶる構えをし、私は金棒を振り抜く構えをした。互いの武器には桁外れの覇王色と武装色が纒われており、海の皇帝を名乗るに相応しい迫力を生み出していた。

 そして―――

 

 

 「やっぱりてめェは何も変わって無かったな………!!!」

 「それは、残念です……!!!」

 

 

 その言葉と同時に、空が2つに割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 人知れず始まった皇帝の戦い。

 それはやがて海風に乗って飛び、世界を驚かせる事になる。

 

 そんな中、海軍はざわめく。

 単独または少数で他の四皇のもとへ行き、その度激しい戦闘を行う女海賊に。

 

 「カイドウめ……!!一体何が目的なんだ!?」

 

 そんな男の声が、海軍本部で響いていた。

 

 

 

 




白ひげとカイドウの昔馴染み感を出すために色々考えていたら、白ひげの口調が分からなくなってしまった。多分こんな感じのはず……(自信無し)地震だけに(ボソ

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10話


短めで内容も薄め。ゆるして
 


 白ひげとの争いの後、私は医療室で全身の傷を癒やしていた。 

 

 私の容体は一言で言えば重傷である。所々肉が裂け、そこから血が漏れ出ており、少しでも動けば体中の骨が軋む。頭痛も酷い。

 これほどの怪我の為、今の私は全身に包帯が巻かれて半ばミイラ状態。そこに幾つかの点滴を繋げられていた。

 

 まるで生死を彷徨うような状態だが、実のところ結構ピンピンしている。

 肉が裂けていると言いつつもその殆どは既に塞がっており、僅かに残った傷から流血している程度。

 骨が軋むと言いつつもそれだけであり、元々頑丈だったのもあって歩くどころか回し蹴りで岩を砕く事も可能だろう。でも頭は変わらず痛い。

 この異常な耐久力と回復力は、覚醒したゾオン系の特権である。

 重傷を負ってもなお大したダメージにならないという矛盾を生み出せてしまうのは流石と言うべきか。

 あの時リンリンがこの実を差し出してくれたのは大恩だ。いつかお礼をしたいものだ。

 

 まぁ、こんな風に平然としているが、ここに帰ってきた時は騒ぎになったものだ。

 「まさかあの船長が傷を負うなんて」だとか「化け物に傷を与えられる化け物がこの世に居るのかよ」だとか、そんな感じの事を中心に騒がれていた気がする。

 和服が真っ赤になるくらい血を流しながらそれらを聞いていると、誰も私の身を心配していない事に気が付いた。なんということでしょう。

 まぁ、みんな私は死にはしないと信頼してくれているのだろう。それは嬉しいけれど、それはそれでもしかすると私に人望は無いかも知れないと思ってしまう。

 

 そんな中、私の事を心配してくれる人もいた。

 我が娘ヤマトである。

 

 現在彼女は私のベッドの横に心配そうな顔で座っており、すぐ近くの机にはフルーツの入った籠が置かれていた。

 奇しくも私と同じ見舞い方法である。これが血は争えないってやつか。いやこれがスタンダードな見舞いだった。考えすぎた。

 

 なんて事で残念に思っていると、私の容体を見てヤマトは心底意外そうに

 

 「お母さんでも怪我するんだな……」

 

 と呟いた。

 この日何度言われたか分からないその言葉を聞いて、私は呆れたような口調で言った。

 

 

 「…はぁ、みんな私を買いかぶり過ぎです。私だって貴方達と同じ血も涙も流れる人間ですよ」

 「そうなの?」

 「どうして疑問形なんですか?」

 

 

 一体私を何だと思っているのか。

 頑丈さが自慢ではあるが、だからといって人間性を失っているわけではない。いや龍に成れる奴が何を言ってるんだとなるけども。

 でもその理屈だとゾオン系は皆人間辞めてる事になるし…いやロギアもか。なんならパラミシアだって人間辞めてる。悪魔の実の能力は皆人間辞めてるか。

 

 まぁ、その自慢の硬さも、白ひげの前にはあまり意味をなさなかったようだが。流石最強の海賊、やっぱ強えわ。

 一応船上だったのもあって大規模な攻撃をしてくることは無かったが、その分破壊力が凝縮された一撃を放ってくるのでハンデにならなかった。

 それを防御しようにも覇気の鎧を突破される。反撃しようにも覇気の鎧に阻まれる。力も覇気の強さも敵わない。

 一応幾らか傷を与える事が出来たが、一、ニ本の骨折と切り傷ぐらいだ。対してこっちは全身傷だらけ。格の差を実感する。強くなりたい。

 私はまだ齢30後半。まだまだ伸び代があるはず。だからきっと、いつか彼に追いつける。

 

 包帯が巻き付けられた腕を見て、私はそんな風に、やんわりと決意した。

 

 するとヤマトは突然思い出したかのように視線を足元に移して

 

 「そうだお母さん!リンゴ食べる?」

 

 と言い、彼女はそこに置いていた籠を隣の机に置いた。その籠にはリンゴがぎっちりと詰め込まれていた。

 私はどうしてそんなにリンゴがあるのかという質問が喉まで出かかるが何とか飲み込み、彼女に手を出して「一つ欲しい」と言った。

 

 それを聞いた彼女は嬉々と籠からリンゴを取り出し、私に差し出さずに手元の包丁でその皮を剥き始めた。

 私は彼女へ伸ばした手を引っ込め、その作業を見守った。どうやら剝いてくれるらしい。

 しかし、彼女は滅多に包丁を手にしない為か苦戦。数分後に出来たリンゴは凸凹であり、まるで二十面体のようだった。

 思ったように上手くいかない事に不服顔のヤマトを見て、私はそのリンゴを摘み取って口に運んだ。

 

 

 「……うん。おいしい。剝いてくれてありがとうございます。良い子ですね」

 「!…えへへ」

 

 そう言って頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。

 それに微笑ましく思いつつ、私は彼女の今後について考える。

 

 修行を始めてから早数ヶ月。

 その内容がハードだったのもあってか、始める前とは見間違えるほどに彼女は成長した。筋力は勿論、六式の一部をまだ未熟ではあるが使えるようになっている。流石にまだ覇気を扱えるようになったわけでは無いが、その片鱗は見えてきている。

 というのも、ここ最近、彼女を攻撃しようとすると、まるで読んでいたかのように避けようとするのだ。これは見聞色からなのか経験則からなのか。

 それに頭を叩いた感触が段々と硬くなってきているように感じる。武装色で無意識に防御しているのか、それとも叩かれすぎて石頭と化しているのか。

 何にせよ、彼女は着々と力を付けていっている。

 

 なので、もうそろそろ航海に連れて行こうかと思っている。

 もうそこらの海賊に出会っても安易に返り討ちに出来るくらいには強くなっているのだ。目を離した隙に息絶えている、なんて事は起きないはず。

 

 何て考えていると、彼女の方から質問が飛んでくる。

 

 

 「ねぇお母さん」

 「何でしょう」

 「誰がお母さんをそんなに傷付けたの?」

 

 

 やはり聞いてきたか。その質問は想定済みだ。

 

 

 「友人です」

 「え!?友達が!?友達なのに?」

 「…まぁ、少々やらかしてしまいまして。多分絶交ですね、あれは」

 

 

 逆にあの後普通に接してきたら異常だろう。「やぁ」と来たら間違いなく偽物だ。

 

 いやしかし、これで私は1人の友を失ってしまった。海賊という職業(?)柄、友人を作るのは難しい。おかげでもう残りは片手で数える程度しかいない。

 部下はたんまりといるが、彼らを友人として見るにはちょっと…。

 かといって何処かへ行って作りに行こうにも、私の顔は手配書にデカデカと載っているし超危険人物扱いされているので、無知な子供でない限り一目見れば“あの”カイドウだと気付くだろう。

 そうなれば大騒ぎ。とてもじゃないが親交を深めるなんて出来やしない。

 まぁ、一応私の情報が行き届いてない場所もあるにはあるが。

 

 私の名が知られていない場所といえば偉大なる航路(グランドライン)前の海、東西南北の4つの海だろうか。

 その中でも最弱の海と言われる東の海(イーストブルー)は、確か噂では悪魔の実がおとぎ話や伝説の物と思われていたはず。

 そんな海では、当然私の名など轟いているはずもなく、もし知ったとしても伝説上の人物だと思われるだろう。

 いっそのこと、東の海(イーストブルー)に行って友人作るのも悪くないかもしれない。

 戦闘面は全く期待出来ないが、酒を飲み合う仲にでもなれればそれで良い。

 少しワノ国を後にする事になるが、そもそも私はワノ国の支配とかは全て部下やオロチ達にやらせているので特に問題は無いだろう。

 

 一つ懸念点を上げるとするならば、私が遠征中に四皇クラスが攻めてくる事だ。リンリンはありえないが、白ひげは少し怪しい。

 ただあれからまだ1日しか経っていないし、この友達作りは何ヶ月もかけるつもりは無い。それほど心配する事は無いだろう。多分。

 

 うん。行くか。東の海(イーストブルー)に。

 

 何て決意しながらヤマトの方を見てみると、私はあることに気付いた。

 

 

 「あ」

 「?」

 

 

 そういえばヤマト、ボッチだった。友達居ないじゃん。

 

 どうしてだっけ。少し考えて思い出す。ああ、そうだ。

 彼女は部下や私以外と一切の交流が無い。つまり、生まれてこの方特別な時以外一度も外に出していない、いわゆる箱入り娘だったからだ。

 これでは友人が出来る方が不自然というものである。

 

 彼女がそのことで嘆いている所を見たことは無いが、心の何処かで憧れる気持ちはあるだろう。これを機に、ヤマトの友達作りに協力してみるのも良いかもしれない。

 もしその友人がライバルになれるような人材であればベスト。ヤマトの修行が捗るし、可能であれば仲間に引き込んで戦力アップだ。

 もしそうでなくても、初めての友人というものは、彼女にとって良い経験になるはずだ。それによって精神的に成長出来る事を祈ろう。

 

 

 「ヤマト。少し遠い場所に行ってみませんか?」

 「え、どうしたの?急に」

 

 

 急な質問にヤマトは困惑した表情で返した。

 そして少し間を置き、「んー」と考える仕草をして

 

 「行きたい」

 

 と答えた。

 私はその返答に満足し、ニッコリ笑って

 

 「じゃあ、行きましょうか」

 

 と抑えられない興奮を言葉に乗せて言った。

 

 

 

 




ほのぼの

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11話※挿絵あり

 
夏休みだから時間があるやろと思っていたら2週間経っていた。
本当に申し訳ない。
 
 


 穏やかな気候。牧歌的な村。争いの“あ”の字も感じさせない平和な空気。

 

 ここは東の海(イーストブルー)に存在するゴア王国がある島の端っこに存在する村、フーシャ村。

 のどかという言葉を極限まで体現したのかと思わんばかりののどかさを誇る、とてつもなく平和な村である。

 あまりに平和過ぎて、村の警備らしき人がパッと見では見当たらないくらいである。

 

 新世界の島は基本、いつ海賊が襲ってくるか分からないので海岸に厳重な警備があるものだ。

 しかしこの村は来るはずが無いとでも思っているのか、それらしい人が非常に少ない。これでは、襲って下さいと言っているようなものである。

 まぁ、こんな小さい村を襲っても大した宝は手に入らないので、海賊としてあまり襲う意味が無いのだが。

 もしやこの村はそれを知ってこの体制なのだろうか?

 しかし、お宝目当ての海賊ならまだしも、殺戮目当ての海賊にあったらどうするつもりなのだろうか。

 もしそうなっても、簡単に返り討ち出来てしまうほどの切り札がこの村にあるのか。

 謎は深まるばかりである。

 

 そんなRPGで言う“はじまりのむら”に来訪した者――つい最近懸賞金が“37億5640万ベリー”に上がった私“百獣のカイドウ”。

 

 現在、私は村にある酒場の中…ではなく外で早速確保出来た飲み仲間と酒を楽しんでいる。

 

 

 「ねーちゃんよく飲むじゃねぇか!」

 「当たり前です。貴方達とは身体が違いますからね!」

 「ギャハハハ!!違いねぇ!!!」

 

 

 そんな汚くも気持ちの良い笑い声を聞きながら、私は酒を体に流し込む。するとそれに続くように彼らも酒を流し込んだ。

 彼らは何処から来たかも分からない私と飲んで顔を真っ赤にして笑って、今この瞬間を心底楽しそうにしている。

 そんな彼らを私は見下ろして少し滑稽に思いつつ、酒をもう一杯注文した。

 

 こうして見下ろしているが、決して私が立っているというわけではない。むしろ私は座っており、全員では無いが彼らは立っている。

 だというのに何故こうなるのかといえば、それは彼らと私の間に凄まじいほどの身長差が生まれているからである。

 彼らは3mどころか2mにすら届いておらず、対して私は6m。私が座ったところで埋められる差では無いのだ。

 

 何故酒場の外で飲んでいるのかというのもこれが理由である。私の大きさだと入口が脚の一本で埋まってしまいそうになる。バリアフリーがまるでなっていない。

 何故こうも小さいのか聞いて見ると、私のような人が存在するとは思っていなかったかららしい。

 にわかには信じ難いが、どうやらここらでは居ても2m強で、3m以上の人間が存在しないらしい。

 いくら小さな村とはいえそれぐらい一人は居ても良いと思うのだが、本当に居ないらしい。

 おかしいな。私の知る人類は3〜6m級なんてうじゃうじゃいるのだが。巨人族を知る者もあまり居ないし、どうやら彼らはファンタジーに生きているようだ。

 

 そんな中、私がこうも受け入れられているのは、簡単に言えばお酒のおかげである。

 それはつまりどういうことかというと、酒を飲んでいる彼らは酔っているおかげか「そんな奴もいるんだなぁ」と気にしなかったが、酔っていない人達は皆私を警戒しているのだ。

 遠目で監視していたり、少しずつ近づいていたり、その者を止めようとしていたり、驚きで思考停止していたりと、反応は様々。

 このままでは、私は良くとも、折角連れてきたヤマトが可哀想だ。こんな空気で友達を作れなんて無理ゲーにも程がある。

 

 彼女を手伝う為に私が居るのに、そのせいで不可能に近くなってしまっている。東の海(イーストブルー)に来たのは間違いだったのだろうか。

 かといってワノ国の方で作らせようにも、ヤマトが私の娘だと敵に知られているのなら、そいつらに攫われる可能性がある。

 そうならないように私も同伴すれば……て無限ループだなこれ。非常に良くない。

 それにさっきから酒を飲みながら思う台詞ではない気がする。これもまた良くない。

 

 頭を一度振ってループしそうな考えを吹き飛ばす。

 突然頭を振り出した私を周りは怪奇な目で見るが、そういった視線は慣れているので無視する。

 

 いいや、分かってる。

 実は私が、出来ればヤマトには友達を作ってほしくないと心の中では願っている事は分かっている。

 本当は、ヤマトに友人が出来ることで、また彼女が変わってしまうのでは無いかと、心配で、恐ろしくてたまらない。おでんの例がある以上、常識的な変化は期待出来ない。

 前回のは“記憶”があったからそれなりに対処出来たが、その次は分からない。

 覚えてないだけかもしれない。その時が来たら、またあの時と同じように“思い出す”かもしれない。

 でも、そんな不確かな状態で彼女を変えていいのだろうか。もし、“記憶”にも無く、それでいて取り返しもつかないような変化が彼女に起きたとしたら。

 

 

 「………」

 「ん?どしたねーちゃん。急に黙っちまってよ」

 

 

 私は直ぐ側に居るヤマトを見る。

 

 そこには私から背を向けてしゃがみ込んだ彼女の姿があった。

 こんなところでこんな状況に放り込まれて不安でいっぱいなのだろう。

 そう思ったのだが、しかし、よく見るとそういうわけではなかった。

 彼女の赤い角に、幼児のように小さな手が握られて居たのだ。

 それはまるで、その角が本当に生えているのか確かめるように、微動だにしない角をこれでもかと弄ろうと手を動かしている。

 

 そんな様子をしばらく見ていると、その視線に気が付いたのか、ヤマトが私の方に顔を向けた。

 その顔は彼女の心情を綺麗に表しており、困っていると一目見て分かるものだった。 

 それと同時に、私は彼女で隠れていた謎の手の正体を視認した。

 それは歳が2桁もいかないような男の子だった。

 その子の目は輝いていて、私達の角という未知への探究心を映し出していた。

 

 少年はヤマトの角を指先でツンツンして

 

 「かっけー!!!」

 

 とキラキラした目で叫んだ。

 突然目前で叫ばれたヤマトは少し驚いたような仕草を見せ、何かと初めて角を褒められたのせいなのか

 

 「そ、そうか」

 

 と少し照れていた。

 そしてそれを誤魔化すように彼女も、仕返しなのか咄嗟に出た言葉なのか分からないが

 

 「き、君もカッコいいよ」

 

 と慣れていないのを全面に出しながら相手を褒めた。

 すると少年はニカッと笑って「ありがとな!!」とお礼を言って喜んだ。

 そしてヤマトの手を握ったと思えば

 

 

 「にしし!おまえ良いやつだな!そうだ、おまえにおれの村を案内してやるよ!!」

 「えっ、あ、ああ…」

 

 

 彼女は突然引っ張られた事にどう対処していいか分からず、一歩二歩とつられつつ、振り返って表情で私に意見を求めて来た。

 

 「………ふふ」

 

 そんなやり取りを見て、私はさっきまでの悩みがバカらしくなってしまった。

 そうだ。別にヤマトが変わってもいいじゃないか。

 彼女を変えないということは、私の理想を押し付けているのと同じ。

 彼女は彼女であって、私ではない。だからこそ、彼女がどうなろうと、私はその背中を押すだけ。

 海賊はもちろん海軍でも、ただの農民でも漁師でも浮浪者でも、彼女が望むのなら私はその道を支持しよう。肩を持ちすぎない範囲で。

 

 私は困り顔のヤマトに和んだ顔で手を振って

 

 「行っていいですよ」

 

 と伝えた。

 するとヤマトは驚いたような顔をしたかと思えば視線を少年に戻し、その後振り返る事無く彼と共に小走りで離れていった。

 

 その様子を眺めていると横下から酒場の店主の声がかかる。

 

 

 「すみません、ご迷惑をおかけして」

 「いえいえ、マキノさん。迷惑だなんてとんでもない。むしろ喜ばしい事ですよ」

 「え?」

 「ああやって同じ子供と遊んでくれて安心しました。あの子は何て名前ですか?」

 「えと、ルフィです!」

 「……ルフィ」

 

 

 何だろう、物凄く聞き覚えのある名前だ。それも何千回も聞いたことがある気がする。

 今までに引っ掛かりを覚える事は幾らかあったが、今回は異常だ。思い出せない事が異様にもどかしい。

 私は彼が重要人物な気がしてならない。それも、私達に大きな影響を与える、無視してはならない者の気配が。

 

 「あの、どうしました?」

 

 店主が心配そうに聞いてくる。

 私は無意識に細めていた目を戻し、彼女と目を合わせる。

 

 「いいえ、何でもありません。少しお酒が効いてきただけです」

 

 そう言って、私はまだ少し中身が残っている酒樽を草の上に置いた。

 

 

 

 


 

次回はヤマト視点です。

 

カイドウ♀の大体のイメージ。画力とか気にしないで

 

【挿絵表示】

 

※あくまでイメージです。なんか違うと感じたら、前から想像していた貴方のカイドウ♀のままで大丈夫です。

 

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12話



 


 どうしてこうなった。

 

 見渡す限りジャングルな場所で、僕は頭を抱えた。

 

 事の始まりは数時間前、ルフィと言う名の少年に彼の村の案内をしてもらった時のこと。

 僕は目前の上機嫌な少年に手を引かれながら、彼の言うとおり村の案内をしてもらった。

 あそこにはあれがあって、あっちにはあれがあって。そんな風に指差し目差しで建物や本人曰くの絶景スポットを紹介され続けていた。

 そして村の大半を周り終わると、彼はまだ見せたい場所があると言ってきた。

 それは何なのか聞いて見ると、そこは自分だけが知っている所でありそこに秘密基地を建てているらしい。ただ、フーシャ村から少し離れた場所になるので少し時間がかかるそう。

 

 それを聞いて僕は少し悩んだが、ちょっと時間がかかるぐらいなら大丈夫だろうと思い承諾。

 ルフィにまたしても手を引かれながら、その秘密の場所とやらに僅かに期待した気持ちを持ってついて行った。

 

 それが間違いだった。

 

 どうやらこの少年は方向感覚がよろしくないらしい。彼自身幼いのも相まって、あっちこっち右往左往している内に迷ってしまった。

 僕は方向音痴というわけでは無いが、ここは僕にとって未知の場所。当然、土地勘などあるはずもなく、道案内を彼に任せたのも相まって、右も左も向かった先に何があるのか分からない。

 

 そんな状態で辺りを彷徨いている内に、気がつけば僕達はジャングルのど真ん中立っていた、というわけだ。

 

 「どうしよう…」

 

 そんな言葉がつい漏れ出る。

 僕の脳内は焦る気持ちでいっぱいだ。これは別に遭難した事自体に危機を感じているわけではない。

 お母さんが僕が居なくなっている事に気付くのが不味いのだ。

 

 何故なら、お母さんは僕を探す為に何を仕出かすか分からないからだ。

 見聞色で探して僕のもとに直行してくれるなら良いのだが、今お母さんはお酒に酔っている。もしかしたら、斬撃を使ってこの森を丸裸にするかもしれないし、想像したくないが、熱息(ボロブレス)で焼き払うかもしれない。

 そんなことされれば、僕は無事でもルフィが危ない。そうなる前にここを抜け出さなくては。

 

 そんな使命感を持って、僕はルフィの手を引きながら前へ足を進めていく。

 どれだけジャングルが深くとも真っ直ぐ進んでいけば、ここが島であるかぎりいずれ海に突き当たる。

 そうなれば後は海岸に沿って進むだけ。地道だが、そうすればフーシャ村に辿り着くだろう。

 後はそれまでにお母さんが気付かない事を祈るだけだが……。

 

 

 「はぁ、こんなことなら断っておけば良かった」

 「ええ〜〜!?あそこめっちゃ良い場所なのに〜!!もったいねぇーっ!!」

 

 

 僕の後悔を聞いて心底残念そうに反応するルフィに僕はムッとする。

 元はと言えばそっちが道に迷ったのが悪いだろうと言いたくなるが、踏みとどまる。

 相手は9歳も年下だ。ムキになっては大人気ない。

 そんな思いから僕は彼を優しく咎めた。

 

 

 「君も悪いからね?」

 「ごめん!!」

 

 

 すると意外なほど素直に謝ってきた。

 案外、心の中では自分に非が有ると思っていたのかもしれない。

 

 そんな会話をしながら木々を分け入って順調に進んでいると、僕の見聞色に反応が。それも、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 その正体を見極める為に一旦足を止める。

 急に足を止めた僕にルフィは疑問の眼差しを向けてきたので、僕はそれに小さな声で答えた。

 

 

 「この先に何かいる」

 「え?なんでそんなこと分かんだ?」

 「見聞色だよ」

 「けんぶんしょく?なんだそれ」

 「知らないの?」

 「しらねぇ」

 

 

 ルフィの全くもって聞いたことがないような顔に、僕は少し疑問に思ったが、直ぐに彼の年齢的に知らないかと思い直した。僕も7歳で知ったしね。

 そうこうしている内に反応がすぐそこまで来たので、僕は彼を一歩下がらせて庇うように前へ出る。

 一体何が出てくるのか、集中して木々の彼方を見据えていると、1つの黒く大きい物体が飛び出てきた。

 

 「!…危ない!!」

 

 僕はすぐ後ろのルフィを抱えて突っ込んできた黒い何かを避け、距離を取る。

 

 「グルルルル…!」

 

 それは全長4mはあろうかという巨熊であり、腹が減っているのか涎を垂らして僕達を睨んでいた。

 お前を殺す。そんな心意気が感じられるような眼差しだ。

 そのせいで腕の中のルフィは僕の服をギュッと掴んでガクブル震えている。その目は涙が溢れんばかりであり、怖えと言葉を漏らしていた。

 

 そんな彼を見て僕は決意した。必ずや、この大熊を撃退してやると。

 僕は熊を睨みつけながらルフィをゆっくりと下ろす。地に尻餅をついた彼は「え?」と短い声を出した。

 不安そうな彼を安心させるべく、僕はにっこり笑って声をかけた。

 

 「安心して。僕があいつを倒すから」

 

 そう言って僕は金棒を取り出し、全力で握りしめる。

 全身に力を込め、腕を引き、覇気を目一杯纏わせる。

 見聞色で相手の動きを監視、武装色で威力を底上げ、覇王色で威圧。

 狙うは泡を吹いた大熊の頭部。

 放つは尊敬すべき母親から受け継がれし必殺技。

 その名も―――

 

 

 「雷鳴八卦!!!」

 

 

 雷が如き速度で接近し、全身全霊の力を以って大熊の頭を強打する。

 すると次の瞬間には赤いものが弾け飛び、大熊の巨体が地に伏せた。

 

 「つええ…」

 

 そんな声が背後から聞こえてきた。

 

 手応えあり。

 そう思い「ふぅ」と息を吐いて金棒を肩に乗せる。そして振り返って見てみると、そこには頭が悲惨な事になっている大熊の姿があった。

 その結果に僕は安堵。これぐらいの敵なら倒せる事が分かった。いや、むしろやりすぎなぐらいだろう。

 

 僕は倒れたクマには目もくれず、奥で呆然としているルフィに歩み寄って行く。

 そして目の前まで来たところでしゃがみ込み

 

 「さぁ、行こうか」

 

 と言って手を差し伸べる。

 すると、まるで時が止まっていたかのように固まっていたルフィは動き出し、僕の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってフーシャ村。

 

 カイドウは1人酒を飲んでいた。

 周りには酔いつぶれた男達が散らばっており、パッと見れば死屍累々だ。

 

 何故こうなっているのか、答えは簡単で飲み比べをしたからである。ちなみに結果は彼女の圧勝。一人が酔いつぶれると次は俺と、次は俺と、と次々に立ちはだかり、それは最終的に最後の一人が酔いつぶれるまで続いた。男達の完敗(乾杯)である。

 しかし十数人と飲み比べしたため、いくら彼女が酒に強いからといってもベロベロに酔ってしまったようだ。

 それでも彼女は酒を飲むのを止めない。店の酒はとうに尽き、持参した酒を飲んでいる。

 

 

 「うぃ〜…ヒック……」

 「ちょっとカイドウさん!!飲みすぎですよ!!」

 

 

 横で女店主のマキノが静止にかかるが、そんなこと知るかとばかりに彼女の喉は止まる気配が無い。

 そんな時、カイドウはあることに気付く。

 

 「はれ?」

 

 見聞色で探知している人の数が、少し前と変わっている。

 1、2、3……明らかに多くなっている。しかも、現在進行系で。

 村の人数の異変に疑問に思っていると、村の誰かが叫ぶ。

 

 「海賊だあああああああああああーっ!!!」

 

 叫び声の方を見てみると、幾つかの人影がこちらに向かってきており、その奥には海賊船が停泊しているのが見えた。

 彼らに敵意は無いが自分を警戒している。そう感じ取るとカイドウは酒飲みを再開した。

 

 なんか来てるけど敵意が無いなら別に良いや。

 彼女は酒で頭が回らなかった。

 

 そんな彼女を置いて、接近してきた海賊団の船長らしき人物が落ち着いた口調で言う。

 

 「驚いた。まさか先客がいたとはな」

 

 その男は麦わら帽子を被っていた。

 その帽子の下には赤色の髪が揺れており、左目に引っ掻いたような傷痕があった。

 

 彼女は彼の名を知っている。

 『赤髪のシャンクス』――卓越した覇気で段々と名を上げてきている大物海賊である。

 彼の目は彼女を見据えており、どんな些細な仕草も逃さないようだった。

 そして、彼女の目も彼を見据えており、どうやって飲み仲間に誘うか、頭が良く回らないなりに熟考しているようだった。

 

 

 ここに、未来の皇帝と現役の皇帝が邂逅した。

 前者は警戒からか固い表情を浮かべ、後者は酔いからか崩れた表情をしている。

 片や身長1m後半、片や身長6m前半。

 実力は彼女の方が上。酒癖の悪さも上。

 

 血を流して倒れるか酔い潰れて倒れるか、最終的にこの地に立っているのはどちらなのか、二人の頭が衝突しようとしていた。

 

 

 

 




無駄に壮大。

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13話


また投稿が遅れてしまった。怖いねぇ。
シャンクスの性格が分かるようで分からん……。
 


 「だっはっはっはっは!!!何だお前結構良いやつじゃねぇか!」

 「あっはっはっはっは!!!そちらこそ!何故だかいつも不機嫌なイメージでしたよ!」

 「はっはっはっは!!何だそれ!初対面なのに!」

 「「あっはっはっは!!」」

 

 私と彼――シャンクスは笑い合う。

 つい先程まで戦争でも起きてしまいそうなほど睨み合っていたのに、酒を一杯渡すだけでこれである。

 やはり酒は正義。筋肉ほどではないがかなりどんなことでも解決してくれる気がする。

 

 赤髪のシャンクス。

 彼は懸賞金10億4000万ベリーという中々の大悪党である。

 彼については新聞で知っている。定期的に新聞に載っては懸賞金をメキメキと伸ばしている、今最も注目を集めている海賊団だ。まぁ、これは私の主観だが。

 彼の噂も聞いている。何でも、非能力者だが並外れた覇気で敵を圧倒するのだとか。

 でも正直、その噂は半信半疑だった。実際は何かの能力者で、覇気っぽく見えただけなんじゃないかと思っていた。覇気だけでそこまで成り上がれる人なんて、そうそう現れないものだから。

 しかし、こうして実物を見てみると、その噂は嘘ではない事が分かった。彼の実力は本物だ。

 

 しかし、何故彼ほどの人物がこの東の海(イーストブルー)にいるのか。

 ここの平均懸賞金は200〜300万だぞ。場違いにもほどがあるだろう。

 ひょっとして彼は雑魚狩りをしに来たのだろうか?もしそうならとんだ大悪党だな。

 まぁ、37億ベリーの奴が何を言ってるんだと言われればそれまでだけども。

 

 なんて事を考えてる間にも、彼との他愛もない会話は続く。

 

 悲しかったこと、楽しかったこと、つまらなかったこと。それらを適当に記憶から引っ張り出して、感情に任せて喋る。

 それぞれに関連性も無ければ、今後に関わってきそうなほど重要なものもない。当たり障りない、ただの酔っ払いの会話だ。

 

 そんな風なことをぽろぽろ話しながら酒を飲み干す。直ぐに酒を補充し、その半分を飲み込む。

 たとえ後で二日酔いに苦しむ事になると分かっていても、私は持ってきた酒が尽きるまで飲むのを止めない。その酒もまだ山のように残っている。つまり、そういうことだ。

 

 シャンクスとの会話を楽しみながら、私は彼の直ぐ側を陣取る一人の少女について思う。

 その少女はジュースの入ったコップを両手に、私を睨み続けている。まるで、大切な何かを奪った者に向けるような目付きだ。

 

 少女の名はウタという。

 シャンクスが言うには、自慢の娘らしい。

 

 これを聞いた時は驚いた。お前、結婚してたのかと。

 ただ、言われれば納得出来る。何故なら、この子の髪色は赤色と白色をしているからだ。

 その2色は真ん中で綺麗に別れており、両親それぞれの遺伝子を等しく受け継いで生まれた事が分かる。

 赤はシャンクスからで、白は奥さんのものだろう。しかし、赤髪海賊団を見渡してみたが、それらしい人物が見つからない。

 本拠地や故郷に置いて来てるのだろうか。海賊は危険だからその島でじっとしていてくれ、みたいな。全然あり得る話だし、実際にそうしている海賊を見たことがある。多分彼もそうなのだろう。 

 それだと妻だけを置いて子供を連れて行く理由が分からないのだが……まぁ、プライベートな話にはあまり関わらない方が良いだろう。

 

 しかし、ウタの後頭部にあるリング状の髪は一体どういう構造をしているのだろうか。

 彼に自慢の娘と言われてひょこっと反応した事から、彼女の感情と連動しているのは確かだ。

 髪の毛を動かせるとなると、ひょっとしたら彼女、生命帰還が使えるのか?

 

 しかし、彼女との初対面の時、彼女の髪の動きを見て、共通の技を見せれば親近感が湧くのではと思って髪の毛を触手のようにウネウネ動かして見せたら、普通に引かれた。

 彼女曰く、気持ち悪いらしい。結構傷付いた。ちょうどその時は泣き上戸だったので、大声出して泣いてしまった。

 あれはもう黒歴史だ。今思い出しても顔が熱くなる。

 おかげで酔いが醒めてしまった。また酔いそうだけども。

 

 ただ、彼女に睨まれてるのはこれが理由というわけではない。

 もしこれで私を嫌ったのではあれば、睨むのではなく距離を置くと思う。

 では、何故私を睨むのか。それはズバリ、嫉妬だろう。

 

 彼女とはほんの少しの付き合いだが、これまでの行動を見るに、彼女はファザコンだろう。

 シャンクスに自慢の娘と言われて胸を張ったり、自己紹介するときに自分はシャンクスの娘だと誇らしげに言ったり、ずっと彼の側に居たりと、もうベタベタである。パパ大好きか。

 そんな子の前で、大好きなパパと知らない女が酒を飲んで楽しそうにお話をしている。

 もう軽い寝取られである。ウタの脳が破壊されてしまう。

 

 そんなわけで彼女は私を睨みつけるのだ。所謂「この泥棒猫っ!」というやつである。

 

 この状況は私にとってあまり良いとは言えない。

 折角の子供だ。出来ることならヤマトとお友達になって欲しい。フーシャ村は限界集落なのかと疑うほど子供が少ないので、絶対に確保しておきたいのだ。そうすれば晴れて二人目の友人だ。

 それに10億の海賊の娘なのであれば、才能も相当のもののはず。将来的にヤマトとの張り合いも期待出来る。

 そのためにも、母親である私をウタがこうも睨んでいてはならないのだ。

 

 なので、私は彼女のご機嫌取りをすることにした。

 

 別に揉み手をしながら媚びへつらうわけではない。

 露骨過ぎるし、子供相手に伝わるかどうかも分からない。

 私の尊厳も危うい。

 

 これくらいの子供は褒めていれば好感度がどんどん上がっていくものだ。

 シャンクスの事が大好きっぽいので、そのことも交えて言ってみる。こんな可愛らしい娘を持って、シャンクスは幸せ者ですね、みたいに。

 まぁ、あまりやりすぎると天狗になったり教育上よろしくない事が起きるのだが、他所の子なので問題無し。その時はシャンクスが頑張ってくれ。

 ダメ押しにジュースも奢っておこう。

 

 褒められたウタは気前良くしたのか、自分の歌を聞かせてきた。ちょろい。

 しかし、歌とな。確かに自分のことを音楽家と言っていたが、あれは本当だったのか。見栄を張って嘘を付いたと勝手に決めつけていたよ。

 まぁ、子供の音楽家なんぞ、“子供にしては”上手いってだけで、実際は大した事は無いだろう。

 

 そんな風に考えていた時代が、私にもありました。

 

 子供だからと舐めていた。

 彼女の歌声を聞いて、自分でもびっくりするくらい心を揺さぶられた。歌でここまで感傷的になれるのは、“記憶”と合わせても初めてかもしれない。前なんて殆ど覚えてないけど。

 一曲聞いただけだが、音楽界の頂点に立てるレベルの才能を感じざるを得なかった。

 シャンクスはこんな子を海賊船に乗せているのか。割と本当に幸せ者だな。

 

 でも、ヤマトの方が可愛らしいし愛らしいのであまり羨ましくは無い。健気だし、私の事を思ってくれてるし。

 むしろそっちが妬め。羨ましがれ。

 

 歌を歌い終わったウタは私の下に駆け寄り、「どうだった!?」と聞いてくる。

 私はあまりに予想外の事だったので咄嗟に言葉が思いつかず

 

 「うん、まぁ、すごかったですね」

 

 と微妙な感想しか言うことが出来なかった。

 流石にそれはよろしくないので、私はそれを誤魔化すように高速で拍手を始めたが、そのせいで斬撃が発生してしまい私の顔が斬りつけられた。

 指で嵐脚を放つ練習をしすぎたせいだろうか。最近ちょっと速く動かすだけで斬撃が出てきちゃう。こんなところで練習の成果出なくて良いから。

 ちなみに私は無傷である。

 

 しかし、つい出ちゃった斬撃が攻撃と勘違いされたらしく、シャンクスに少し睨まれている。ウタは何が起こったのか良くわかっていないようだ。

 私は酒を一杯飲んでからシャンクスに事情を説明した。

 

 すると、割と気安く許してくれた。

 当たってなければそれほど問題にはならないらしい。

 案外懐が深い。もし私だったら間違いなく熱息(ボロブレス)が出ちゃうね。

 

 彼の娘自慢を聞いていると、だんだん私もやりたくなってくる。

 あの子のあれが良い、これが良い、あんなことをしてくれた、そんなことをしてくれた。一度口を開けば止まらない自信がある。

 だからといってやらない理由にはならないが。

 

 私は愛娘について語る為に口を開こうとするが、その直前で違和感に気付く。

 

 その違和感とは、この村に存在する気配の違和感。

 足りない。何かが足りない。

 いない。誰かがいない。

 

 私は目を閉じて集中する。見聞色のレーダーを辺りに行き渡らせる。

 すると、村の全てが手のひらにあるかのように、その形が隅々まで分かるようだった。

 

 分かった。違和感の正体が。

 あの子だ。あの子が居ない。

 ヤマトが居ない。気配がこれっぽっちも感じ取れない。

 

 目元が熱くなってくる。

 

 どうして?どうして、あの子は居なくなっているの?

 私、何か間違ってた?

 あの子の為に行動し続けていたつもりだったけれど、もしかして迷惑だった?

 

 そんなマイナスな考えが浮かぶ。

 でも、気の所為でなければ、私の行動に彼女は不満に思っているようには見えなかった。

 嬉々と協力してくる事だってあった。というより、そのほうが断然多かった。

 

 なのに、なのに、なのに。

 

 「う、うぅ うわああああああああああああああああああああああん!!!!

 「うお!?ど、どうした急に!?」

 

 考えたくもない想像に私の感情は爆発し、大粒の涙をボトボトと流しながら大声で泣きわめいた。本日二度目の大号泣に、またかといった空気が流れた気がした。

 手から酒壺が離れ、その中身を溢しながら地面に横たわる。手の甲で涙を拭くが、いくら拭いても溢れてくる。

 皮膚は鱗へ変化していき、見る見るうちに身体が肥大化していく。

 そして、天高くそびえ立つように龍の肉体が昇り、私は辺りで生まれた焔雲を掴むと、空中で静止した。

 

 止まらない涙をうっとおしく思う暇も無く、私は天を仰ぎ嘆いた。

 

 「ああ、どうしてヤマトは何処かへ行ってしまったのでしょう……私は私なりに彼女に尽くしたはずです…なのにどうして?」

 「耐久力テストとして大砲十門の一斉砲撃は流石にまずかったのでしょうか?ですが、その程度耐えてもらわねばおでんになど到底なれませんし…無事耐えてましたし…………はぁ、分かりません…………」

 

 そこまでぼやいて考えつく。

 

 「まさか誘拐?だとすれば……………許さない」

 

 まだ見ぬ誰かによる犯行にギリギリと歯軋りをする。

 きっと私の目は充血してるだろう。これは決して泣いていたからではない。

 

 私は彼女が居そうな場所を見つけるべく上空で島中を見回す。

 最初に目に止まったものはゴア王国。少し距離があるが、全然可能性はある。

 しかし、私の勘が言っている。そこではない、あそこにいると。

 それは煙を吐くゴミの山。

 誘拐犯がいるならあの場所だろう。ゴミはゴミ山に住み着く。

 あそこにいけば確実にヤマトを見つけられる。誘拐犯だって。

 

 私は地上に意識を集中させながらゴミ山に向かう。

 もし道中にヤマトが居て気づかなかったなんて事が無いようにするためだ。

 

 つい先程まで晴天だったが、今は暗い雲が空を覆っている。

 雷が鳴り響き、雨も降っていた。

 

 

 

 




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14話

 
Q.投稿間隔が広がってないか?

A.いやー…ほならね?私がアイディアをポンポン出せる人になれば良い話でしょ?私はそうなりたいですね(切実)



 


 ゴア王国。

 

 それは東の海(イーストブルー)のとある島に存在する『東の海(イーストブルー)で最も美しい国』の名。

 汚れ一つ無い綺麗な町並みに、清く正しい性格を持った善良な人々。東の海(イーストブルー)で最も美しい国と言われるだけあって、その美しさには感嘆せざるを得ない。

 しかし、その感情はそう長くは続かないだろう。表は確かに美しいが、ほんの少し裏を見てしまえば、その美しさを得るための犠牲を知る。

 そして気付くのだ。――汚れ一つない国など存在しないと。

 

 

 

 

 不確かな物の終着駅(グレイターミナル)

 

 そこは国の汚点とされるモノが集まる場所。ゴア王国のゴミ捨て場。

 ゴミの集まるここの空気は当然ながら酷く汚れており、さらに日光による自然発火によって絶えず煙を上げている。

 そこに住まう人々に秩序などあるはずもなく、殺しや盗みが横行し、ゴミの集まるこの場所に清潔さは当然無く、医者も存在しないため、皆何かしらの病気を患っている。

 ここに住む者たちは貧困層や犯罪者のみであり、明日食べるパンを求めて上級国民のゴミを漁る日々を送っている。

 彼らの目に希望の光は無く、彼らはただ生きる意味も分からず生きるために必死に足掻いていた。

 

 そんな彼らを見て王族貴族らは鼻で笑う。

 埃一つとして許さない清潔さを持つ町々と高貴なる精神を持つ我らがいるこの国に“汚れ”など存在してはならない。

 だから我らはこの場所(グレイターミナル)を作ったのだ。と。

 

 

 

 そんな場所を前にして、少年と少女は立ち尽くしていた。

 片や全く知らない場所に辿り着いたことへの驚きから。

 片や海に向かっていたはずなのに全然違う場所に辿り着いてしまったことへの困惑から。

 

―――まさかこの島にこんな場所があるなんて。フーシャ村とはまるで毛色が違う。

 

 僕は漂う酷い悪臭に顔をしかめながらそう思った。酷い臭いだ。思わず鼻を摘んでしまう。つい先程までの爽やかな自然の臭いが嘘のようだ。

 しばし立ち尽くした後、僕は考える。

 

 このまま直進するか、それとも道を変えるか。人にフーシャ村の方角を聞くのもいい。

 少し考えた後、僕は人に聞くことにした。ジャングルを抜けて、折角人を見かけたのだ。そうした方が効率が良いだろうと思ったのだ。

 

 僕はゴミ山に足を踏み入れることにした。

 先程までの土と落葉と落枝で出来た自然ものの地面とは違った、薄汚れたゴミで出来た凸凹な床を踏む。踏み心地を言うならば、出来の悪い足つぼマッサージのようだ。

 ルフィも僕に続いて足を踏み入れ、不安定な足場に一度転びそうになるも何とか立て直し、その後は何事も無かったかのように進んだ。

 

 少し歩くと、ゴミ山に男が腰掛けているのに気付いた。

 男は痩せ細っており、顔面蒼白で如何にも不健康そうだった。服もボロボロで酷く汚れている。

 僕はそんな第一村人に尋ねた。

 

 「ねぇおじさん。フーシャ村って知ってる?」

 「フーシャ村ァ…?知らねぇよンな場所!それより嬢ちゃん綺麗な服着てんなぁ、ちょっとそれくれよ!」

 「うわっ!?」

 

 そういって男は僕の服を引き剥がそうとしたので、僕は咄嗟に金棒を取り出し思いっきり殴り飛ばした。

 男は嫌な音を出しながら吹っ飛び、向かう先の障害物に身体の至る所を打ち付けながらゴミ山に隠れて見えなくなった。

 

 まさか突然襲いかかってくるとは。この反応は予想していなかったのでドキドキだ。胸を抑えて心臓の沈静化を図る。着崩された和服を整え、パッパと手で払う。

 声をかける相手を間違えたか。次はもう少し温厚そうな人を選ぼう。

 僕はそう反省し、それらしい人を探し回ることにした。

 しかし―――。

 

 「お前金持ってそうじゃねェ…ギャァッ!!?」

 「お前みてェなガキを売れば金にな…ブッ!?」

 「おい止まれ!ここはブルージャム様のナワバブッ!?」

 

 中々温厚そうな人が見つからない。

 場所が場所なので仕方ないといえば仕方ないが、それでも少しぐらいは居るだろうと思っていた。

 だがしかし、今まで会った住人は皆乱暴で、悪人顔。僕の理想としてはガーデニングでもしていそうな温和な顔を探しているのだが、それに当てはまる者は誰一人として居なかった。

 

 「僕って理想が高いのかな…?」

 「?」

 

 つい、そんな事を呟く。そんな僕の呟きに、ルフィは首を傾げた。

 

 その呟きは真実だ。

 先程言った通り、不確かな物の終着駅(グレイターミナル)は盗みや殺人が横行しており、病気も蔓延している。今日食べる飯すら十分に見つけられないのに、ガーデニングをしろというのは無理がある。

 

 ここは妥協をするべきだ。ヤマトはそう思った。

 

 温厚そうな人から、顔付きは兎も角、敵意があまり無さそうな人へハードルを下げ、再び人を探し回った。

 ハードルを下げたおかげで先程までが嘘かのように早く目的の人を見つける事が出来た。それも複数人。

 僕は内心嬉々として尋ねたのだが、なんとフーシャ村の事を知っている者は誰一人として居なかった。

 

 おかしい、と僕は思う。

 ポツンと一軒家が建っているわけでもないのに、どうしてフーシャ村を知る者が一人も居ないのか。まさか忘れ去られているとでもいうのだろうか。

 しかし、あの村も小さい訳では無い。港もあって、船も何隻か泊まっている。とても忘れ去られそうにない大きさだ。

 

 (いや、でも)

 

 こことフーシャ村は山で分けられている。フーシャ村の存在を確認するには、あの大きなジャングルを抜けなければならない。

 見渡す限り、ここらの人にそのようなことをする体力があるようには見えない。

 だとすれば、これ以上ここで聞いていても無駄だろう。 

 

 どうすれば良いのだろうか。またあの山に戻って探してみるべきか。

 この山を一直線に進んでいけば、フーシャ村に戻れるかもしれない。しかし、僕には方向感覚を保ったまま森を抜けられる自信が無い。

 またここに戻ってくるかもしれないし、全然知らない場所に迷い込んでしまうかもしれない。前者はまだしも後者は出来る限り避けたい。

 

 「うーん…」

 

 僕はゴミ山の向こうにある大きな壁を見やる。

 その壁は高く、その先にいる人達がここの住民を拒んでいる事を表しているようだった。

 その壁の奥には岩壁があり、その上に豪華な建物が顔を出していた。きっとあそこが国の首都だろう。

 

 ここらの人が分からなくても、あそこに住む人なら分かるかもしれない。

 首都ということは、偉い人がいるということ。お金にも体力にも余裕があるだろうし、この島の地図を持っていてもおかしくない。

 闇雲に探し回るより、あそこにいって聞きに行ったほうが良さそうだ。

 

 そう思った僕は、ルフィを背に乗せて壁の方へ小走りで向かった。

 あまり時間が無い。いつお母さんが私を探し出してもおかしくない。もう探し始めてるかもしれない。大惨事になる前に戻らないと。

 そんな使命感を持って足を進めていく。

 

 「何処行くんだ?」

 「あっちの街に行ってみようと思う」

 「でも壁があるぞ?」

 「そうだね…。多分、通らせてくれないだろうし……飛び越えるか」

 「おう。頼んだ!」

 「頼まれた!」

 

 そんな会話をしてお互いの気を楽にする。ルフィは元々張り詰めていないから効果は無さそうだが。

 

 壁の前で足を止める。辺りを見回して誰も見ていないことを確認し、内心で胸を撫で下ろす。

 息を吸い、足に力を込める。そして息を一気に吐き、地面を強く蹴った。

 僕はルフィを背に乗せたまま高く飛び上がり、無事に着地。風に煽られながら、城下町を見下ろす。

 

 壁に近い場所には普通の庶民的な家が並んでいた。そこの住民はやや汚れた服を着ており、銃を担ぎ煙草を吸っていた。ガラの悪い連中だ。

 ただ、そういう者ばかりというわけでもないらしく、少し遠くに目をやればごく普通の平民の姿も確認出来た。彼らは街中を歩き、散歩や買い物を楽しんでいるように見えた。

 これだけならば豊かな街の風景なのだが、その直ぐ側には目を伏せたくなるようなゴミ山があると思うと、僕は何か濁ったものを感じた。

 奥の方に目をやると、派手な装飾をした大きな家が幾つも建っており、一目でお金がかかっている事が分かる。あそこがきっとお偉いさんの居住区だろう。

 

 僕は適当な建物に当たりをつけ、足に力を込めた。

 

 

 

 

 ―――ガシャン!

 

 「な、なんだ!?」

 

 派手にガラスを割って登場した僕たちに、貴族らしき男がびっくりしたように声を上げた。

 ガラスが散らばり、その一つ一つが軽い音を出して転がった。それらは逆光で光が反射し、まるで宝石の海のようにキラキラと輝いた。

 

 僕は立ち上がり、指に幾つもの宝石を身に着けた貴族らしき男に聞いた。

 

 「こんにちは!フーシャ村って知ってる?」

 

 それを聞いた貴族らしき男は一瞬何を言われたのか分からないといった表情を浮かべ、少しを間をおいて着火したように顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

 「人様の家のガラスを突き破って言う事がそれか!!?まったく貴様の親はどんな教育をしておるのだ!!!恥を知れ恥を!!!」

 「それは…………………………ごめん」

 「ごぉめぇん!!?何だその低俗な謝罪の仕方は!?誠意が足りないぞ誠意が!!しかも貴様は見るにゴミ山出身!ああ、汚らしい!!その汚れた足で我が清潔な敷地内に踏み入れるな!!―――おい!衛兵共!!はやくここにいるゴミを掃除しろ!!」

 

 その言葉の後に、素早く、それでいて丁寧に扉が開き、衛兵が3人ほど入っていく。それに貴族らしき男は「さっさとしろ!」と怒り、忌々しげに僕たちを指さした。

 衛兵達は迅速に僕たちを拘束しようする。銃を持っていても撃ってこないのは、血でこの場所を汚さないためだろう。

 衛兵達が迫ってくる。床に散らばったガラスのは欠片が踏まれてパキパキと小さな音が鳴った。

 僕は棍棒で反撃しようとする。が、ルフィを背負っているため両手が塞がっていることに気づく。ならばと嵐脚等で攻撃することも考えたが、背負われているルフィに強い負担がかかることが目に見えているのでやめた。

 ここで僕は覇王色の覇気で気絶させることを思いつく。これなら相手に傷を与えることもなければこの家を壊すこともない。下手に攻撃するよりもスマートだ。

 よし、早速威圧しようと衛兵達と向き合う。

 

 その瞬間―――背中に寒気が走った。

 

 ブワッと汗が噴き出した。後ろに何かいる。それも強大で、何千何万と顔を見合わせた事があるような慣れ親しんだ気配。時と場所が違えば喜んでいたかもしれないが、今の僕にとっては最も恐怖するものだ。

 まさか、そんなはずは。いやしかし、この気配は。そんな風に、分かりきっているのについ勘違いだと期待してしまう。

 

 僕は目前の唖然としている衛兵達のことなどすっかり忘れ、強張った首を無理矢理動かしてゆっくりと振り向く。

 

 「………………お母…さん」

 

 そこには何百mにもなる龍が、その場を、空を支配するかのように浮遊していた。

 

 怒ってる。それも、激怒と言うべき程に怒り狂っている。

 彼女の目は、目の前にあるもの全て焼き尽くさんとするほどに鋭くなっていた。

 つい足が震える。少し目が涙ぐんでしまった。第三者から見れば、親に叱られるのを恐れる子供のように見えるだろう。それとも、蛇に睨まれた蛙に見えるかもしれない。

 

 僕の絞り出すようなか細い声を聞いたのか、彼女は少しの間その場で静止し続けた後に「はぁ」と息を吐いた。そして彼女は未だ鎮火しきれていない怒りを抑えながら口を開いた。

 

 「ヤマト。何故こんなところに居るのですか?」

 「それは……その、道に迷っちゃって」

 

 僕は窓枠の隅っこを見ながら言った。冷や汗が頬を伝って落ちた。龍は納得の欠片もないような声で「道に迷って、ですか」と呟いた。

 

 「……ふむ、子供というのは私が想像しているより元気に満ち溢れているようですね。道に迷うだけで、山を抜け、真反対の街に入り、貴族の館にガラスを破って入るとは思いもしませんでした」

 「あははは…」

 

 嫌味ったらしく放たれる言葉に僕は苦笑いを浮かべた。

 

 言い返したい気持ちはあるが、そのどれもが他人のせいにするものばかりだ。こんな状況でそんなことを言ってしまえば、何をされるのか分からない。

 それに、お母さんに自分の非を認められない子だと思われたくない。僕は悪い事をした。今ここで説教される覚悟は出来てる。どれだけ怒鳴られようが、どんな事を言われようが、僕は甘んじて受け入れよう。

 そう思っていたのだが――

 

 「………まぁ、今ここでどうこう言うつもりはありません。ほら、フーシャ村に戻りますよ」

 「へ?」

 

 彼女の予想外の対応につい素っ頓狂な声を出してしまった。

 そんな僕に、彼女は何気ない様子で聞いてくる。

 

 「どうしました?」

 「え、いや、凄く怒鳴られると思ってたから」

 

 僕の回答に彼女は「ああ」と言って言葉を続ける。

 

 「ここらは煩いので、静かな場所に行ってから()()しましょう。雑音があると言葉は聞き取りづらいですからね」

 

 彼女はそう言いながら、僕の前に焔雲を出してきた。そこに乗れと言うことらしい。

 僕は慣れた動作で階段を登るように足をかけた。

 

 

 

 空に浮かぶ巨龍。それを母親と呼ぶ少女。事情を知らない少年。何も起きないはずがなく………。

 

 このあとめちゃくちゃルフィに質問攻めされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「城の外にバカデカい龍が飛んでるんだ!早く何とかしてくれ!!!」

 『―――ご安心を。今“英雄”が向かっています』

 

 

 

 




次回『英雄VS最強の生物VS山賊王』

感想・評価よろしくおねがいします。


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15話

(遅れて)ゴベーーン゛!!!!!
あと、オリ技注意です。


 笑顔で代金を待つマキノの前で、私は財布を片手に冷や汗をかいていた。

 

 足りないのだ、金が。

 指先でいくら財布の中を探してもちっとも追加の金が出てこない。当たり前だ。もうそこにお金は無いのだから。

 誤解しないでほしいが、私は決して少なく持ってきた訳では無い。むしろ気持ち多く持ってきた。なにせ、店の酒を全部飲むつもりでここに来たのだから。

 そのはずだったのだが……足りない。

 酒代が予想以上に高かったわけでも無い。むしろ想定よりちょっと安いぐらいだ。「釣りはいらねぇ」とカッコつけて金を置ける程度にはあるはずなのだ。

 なのに足りない。どういうことだ。

 

 多分、獣型で空を浮遊している時にうっかり落としてしまったのだろう。ここに向かう時か、ヤマトを探している時か、いつかは分からないが、きっとそうだ。

 財布の紐はキツく締めていたはずなのにどうしてこうなった?

 いや、今そんなことを考えてる暇はない。今この瞬間にも、『百獣のカイドウ金欠説』が生まれる可能性が増えていっているのだ。

 

 「…………」

 

 やばい。どうしよう。私はどうすれば良いのだ。

 このまま沈黙を保ってると私の尊厳が危うい。何かしなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 どうすればいい?私の首を差し出せば良いのか?そうすればこの酒場は37億ベリーの代金を受け取ることになる。九割九分がお釣りになるが受け取る人が居ないので、これぞ究極の「釣りいらねぇ」と言えるだろう。

 ただ、私はそんなことのために命を散らす愚か者ではない。有り金がちょっと足りないせいで死ぬなんて御免だ。

 

 しかしいくら考えても何も出てこない。

 もう私は代金をしっかり払う事を諦め、若干足りない全財産を叩きつけて「釣りはいらねぇ(足りない)」をやろうかと考え始めたその時―――。

 

 地平線の奥から気配を感じた。

 大きい。相当な強者だ。私でも勝てるかは五分五分と言ったところだろうか。

 ………何でそんな人がこの場所へ向かっているんだ?新世界にいなさいよ。

 

 内心そんな不満を漏らしながら、私は気配のある方へ顔を向け、目を細めた。

 

 いた。

 海軍の軍艦だ。それも、何故かその船首に骨を咥えた犬が付けられているものだ。その犬の上に堂々と立っている。

 まだ遠く、その正確な姿は見えないが、あの特徴的な船首にこの気配。

 恐らくあれは海軍の『英雄』だろう。昔船長が戦っていたのを覚えてる。

 シャンクスを追ってきたか、それともゴア王国の誰かが私の事を通報したか。どちらにせよ、かなり厄介なのが来てしまった。

 

 彼の来訪に私は頭を悩ませた。

 

 迎え撃つべきか、トンズラするべきか。

 

 迎え撃つ場合。

 彼に勝てる見込みはあるが、確実なものではない。もし、私が負けてしまった場合、ヤマトが鬼ヶ島に帰る手段を失ってしまう。

 それに彼女が私の子だとバレてしまえば、危険因子として海軍に捕まってしまうかもしれない。一応彼女は指名手配されていないが、捕まらないとは言い切れない。

 

 トンズラする場合。

 これが一番安全だ。空を飛んでしまえばいくら英雄であろうとも攻撃は難しい。何発か砲弾を投げてくるだろうが、それくらいで倒れるほど私の身体はやわじゃない。

 追いかけてこようにも、私の全速力を追跡するのは至難の業のはずだ。村にシャンクスも居るし、逃走成功率は九割以上だろう。

 

 ただ、私のプライドというか、面目というか、矜持とも言える感情がそれを許せそうにない。

 『世界最強の生物』といういつの間にか付いていた私の肩書が、『英雄』からの逃走を拒んでいるのだ。

 

 勿論、それを制する理性がある。もし、私が負けてしまったらヤマトはどうするんだと必死に説得を試みているのが分かる。

 だが、それがどうした。そんなにヤマトが大事なら、負けなければいい。

 

 私は財布をマキノに渡し、背後からの「足りません!」という声を無視して、港に走って向かった。

 港に着くと月歩で空を飛び軍艦へ近づいていく。

 相手がただの海軍ならば獣型で接近しただろうが、相手は英雄だ。彼からすれば獣型はただ的が広いだけだ。

 

 空から軍艦の全体を見下ろせる位置に着くと、彼と目が合った。

 私は英雄の名を口にする。

 

 「ガープ……」

 

 海軍の英雄ガープ。間違いない、本物だ。

 服の上からでも分かる膨れ上がった筋肉。硬く握られた拳。眉間に刻まれたかのような皺。そしてその場を支配する程の巨大な覇気。

 それら全ての情報が彼が彼であることを証明していた。

 

 「カイドウ……貴様何故ここにいる?」

 

 そんな彼の質問に、私は微笑して返す。

 

 「大した理由はありませんよ。ただ、お友達を作りに来ただけです」

 「…………フンッ ほざきよって!まぁいい、続きは独房の中からじゃ!」

 

 彼は言葉を終えると同時に飛びかかり、瞬く間に私の目の前に到達。彼の拳はダイヤモンドのように固く握りしめられており、次の瞬間には振り下ろされるだろう。

 彼はお得意の拳骨で私を海に叩き落とすつもりだ。海に落とすというのも能力者である私を一瞬で無力化させる良い手段だ。スピードも速く、並大抵の者では反応すら出来ないだろう。

 だが、当たらなければどうということはない。

 

 「!」

 

 私の()()()()()()()()()()()()()にガープは目を見開く。

 勘のいい彼ならそれが何故なのか分かっただろう。

 

 私はお返しとばかりに金棒を構える。

 

 

 「雷鳴八卦!!」

 

 

 「!! ぬぅえい!!!」

 

 ガープは私の雷鳴八卦に反応し、黒く染まった拳で止めた。

 いや、正確には触れていない。衝突することなく、両者の攻撃が止まったのだ。

 雷の音が鳴り響く。

 衝撃が四方八方に飛び散り、海には大きな波が発生して荒れ狂い、空には深い切れ込みが入った。

 

 彼の拳に力が入っていき、だんだんと押されていく。それに対抗しようとこちらも力を入れるが、敵わない。

 ゾオン系を食べてるわけでも無いのに、何なんだこの力は。老いて衰えてるはずなのに、全くそれを感じさせない。

 それに覇気でも負けているらしく、僅かにだが金棒が凹んでいっている。

 

 このままではまずい。

 私はそう判断し、彼の拳に弾かれるように距離を取った。

 そして、一度金棒を腰に戻し、代わりに刀を構える。

 集中。―――そして彼を真っ二つするべく刀を振り切った。

 

 

 倶利伽羅(くりから)

 

 

 神速の斬撃が彼の頭頂部目掛けて放たれるが、武装色を纏った額で受け止められた。

 せめて腕とかで防御してほしかったなと心の中で不満を漏らす。いや、腕が間に合わなかったと解釈しておくことにしよう。

 全く、雷鳴八卦といい倶利伽羅といい、

 

 「…………簡単に受け止めないでくださいよ。自信無くすじゃないですか」

 「知るか!餓鬼が考えたヌルい技じゃろうが」

 

 そんな私の不満を一蹴し、彼は軍艦に降り立った。

 彼はまるで疲弊していない。先程の攻防で全く体力を使わなかったのだろう。

 一応あれらは自慢の技なのだが、それを簡単に受け止めるとは。

 これだから強者(つわもの)は……。

 

 「ふふ」

 「? 何を笑っておる」

 

 突然笑い出した私を彼は訝しげに見る。

 

 「いえ、流石『英雄』と呼ばれるだけはあるなと思っただけです。今のままでは勝つのは難しいでしょう」

 「海賊に煽てられたところでまったく嬉しくないわ」

 「―――ですが」

 

 そこで言葉を区切り、指を2本立てて見せる。

 

 「このカイドウは変身するたびにパワーが遥かに増す…。そしてその変身をあと2回も私は残している……。この意味が分かりますか?」

 「!」

 「ふふふ、私は強者を前にして出し惜しみをする馬鹿ではありません。1つは貴方が相手だと弱体化同然ですし………最初から私の最終形態をお見せしましょう!」

 

 その言葉を言い終えると同時に、全身に力を込め、力むように声を出す。

 

 「ハァァァァァァァァァァァッッ!!!!!」

 

 そんな叫び声を上げながら、空間がゴゴゴゴゴ…とでも言うように、当たり一面に覇気を撒き散らす。

 本当なら一瞬で獣人型に変身出来るのだが、こういった変身シーンは派手にやるに限る。

 空間が震えるような演出と叫び声、これがなきゃ変身とは呼べないね。

 

 そんな事を思っているとガープの拳骨が飛んで来た。

 

 「へぶっ!?……ちょっと、今変身中なんですけど!変身中に攻撃するのはご法度だって知ってました!?」

 「知るかボケ」

 

 法律を知らないとかそれでも海兵か?こいつ。

 まぁ、仕方ない。

 出来ればもうちょっと、後30分くらいは変身に時間をかけたかったが、ガープが急かしてくるしこれぐらいで妥協するか。

 

 「ふぅ……ゴホンッ……では、始めましょうか」

 「!!」

 

 そんな言葉と同時に嵐脚を放つ。

 そのサイズは彼が今乗っている軍艦の数倍はあり、常人では視認できないスピードで飛来する。

 ガープはそれを拳で弾き飛ばし、代わりにいつの間にか持っていた砲弾を投げつけてきた。

 私は全身に武装色を纏わせ全速力で突撃、砲弾を物ともせずに彼の目の前に到達する。

 そして、もはや通常攻撃の要領で雷鳴八卦を食らわせた。

 

 「ぐっ…!!」

 

 今回は防御出来なかったようで、彼の体勢が崩れる。

 私はすかさず追撃。殴って、蹴って、指や尻尾で斬撃を放ち、最後に渾身の力を込めて金棒で殴り飛ばした。

 

 「!!」

 

 彼は軍艦のマストを貫通しながら吹っ飛んでいき、私はさらなる追撃をするべく接近する。

 数多の斬撃、熱息を飛ばして彼の体勢を立て直させないようにしながら速度を上げていく。

 しかし、彼は既に体勢を立て直していたようで、私を限界まで近づけた後に拳を振るってきた。

 私はそれに何とか回避を試みるが、拳が予想以上に速く、私の顔面に衝突する未来が見えた。

 ので、その拳を受け流す。

 

 受け流す。

 

 受けなが、

 

 

 受け―――流せねぇ!!

 

 ガープの拳が重すぎて全く軌道が反らせない!

 どんな怪力してるんだこのジジイは!?

 

 「うぐっ!?」

 

 彼の重すぎる拳が、受け流そうと努力した結果か、顔では無く腹に突き刺さる。

 人とは思えない怪力と高練度の覇気によって繰り出される打撃は、私に決して低くないダメージを与えた。

 腹が物凄く痛む。受け流すために使った腕も負担が大きかったせいで骨を中心にズキズキと痛む。

 だが、ここで泣き言を言ってる場合では無い。

 

 私はすぐに体勢を立て直し、次に来る攻撃を避ける。

 不意を突かれなければただの拳程度避けることは容易い。

 そして、隙を見つけ次第私もお返しとばかりに反撃する。

 しかし、その大抵の攻撃は彼の強大な覇気のせいで防がれてしまう。

 私が大技を出せばあの鎧を突破出来るかもしれないが、彼がそんな時間をくれる訳がない。

 あちらの攻撃は当たらず、こちらの攻撃は効かない。

 このままでは勝敗が着きそうになかった。

 

 そんな沈着状態に腹を立てたのか、ガープは己の拳により強い力を入れた。

 何か大技を出そうとしている事は一目瞭然だった。

 私はそれを阻止すべく手を打ってみるが、彼の覇気を突破出来ない私にとってそれは至難の業だった。

 

 駄目だ、間に合わない!

 やばい…。

 来る―――!!

 

 

 拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)!!!」

  

 「!!!!」

 

 街を余波だけで壊滅させる出鱈目な一撃が放たれる。

 予め距離を取っていたので直撃こそ免れたものの、私は身体全体が砕けるような強い衝撃波を喰らうことになった。

 身体の所々が裂け、血が吹き出る。口や鼻からもドロっと流れ出し、振動が駆け巡った頭がズキズキと痛む。

 骨に幾らかヒビが入ってるらしく、身体が動く度に激痛が走った。

 

 それでも私は体勢を立て直し、彼に向き合う。

 

 「まだ動けるのか。ゾオン系なだけあってタフな奴じゃのう…!!」

 

 「タフという言葉はゾオン系の為に有りますから」

 

 「軽口を叩けるとは随分余裕じゃな?」

 

 全身に傷が出来、骨にヒビが入ったが、この程度の怪我など私にとってはどうってことはない。

 唾でもつけとけゃ治る。

 

 それに、私には彼に勝ちうる切り札を持っている。

 

 そして今、私はそれを切ろうとしている。

 獣人型になったしもう少し様子を見ようと思っていたが、もう十分だろう。

 彼と私、両者の力の差は文字通り身を以て体験した。

 おそらく、彼には私の全力、私の持つ全てをぶつけなければ勝てないだろう。

 切り札を使う時だ。

 彼にはまだ余裕が見える。まずはそれを崩してやろう。

 

 「………」

 

 一呼吸置く。そして目を瞑って手を合わせる。

 意識を見聞色のみに集中させ、彼の動き全てを監視する。これにより、普段よりも未来視の限界が増え、より長く先を見れるようになる。

 これで私は彼の未来を掌握したのと同然だ。

 

 そうこうしている間にガープが攻撃を仕掛けて来たが、もう遅い。

 

 「何じゃ…!?これは…!?」

 

 彼は自身の状況に戸惑ったように声を上げる。

 それもそうだろう。

 彼の全身には私の焔雲が巻き付いており、全く自由の効かない状態だ。

 

 

 飛斗羅荒魂(アストラあらみたま)

 

 

 そう静かに告げた後、私は焔雲を操り、背後に人よりも大きな槍を幾つも作り上げる。

 その数は数十本。その1つ1つが今焔雲の鎖で縛られたガープに向けられていた。

 私はゆっくりと彼を指差す。

 その瞬間、私の背後に浮かんでいた数十本の槍が音よりも早くガープへと突き進んだ。

 

 「ぐぅ…!!」

 

 槍が人肌に触れたとは思えないような金属音とともに彼が唸る。

 彼は全身を覇気で強化しているため、槍が彼の肉体に突き刺さるということはない。

 しかし、音速以上で飛んでくる物体が衝突しているため、その衝撃は大きい。それも1つではなく、数十も。

 いくら硬化させているとはいえ、ノーダメージとはいかない。

 その間もガープは抵抗出来ずにいる。かの『英雄』を完封しているのだ。

 

 飛斗羅荒魂(アストラあらみたま)

 この技を編み出したのは割と最近。

 

 それはある日、私が修行をしている時のこと。

 その日、私はふと気付いた。

 獣型である龍形態は何か不思議な力で飛んでいるのではなく、焔雲を掴むことによって飛んでいる。つまり、焔雲は数百mはあろう巨龍を持ち上げられるのだ。

 そこで、私は焔雲の限界が気になって一体どれだけ大きな物体を浮かせられるかを試した。

 すると、何と焔雲は島一つ浮かばせて見せたのだ。

 その島は決して小さくなく、特別軽い土で出来ているわけではなかった。どこにでもあるような普通の島だ。

 

 その事実に私は戦慄した。

 島一つ持ち上げるのに、一体何トンの力が必要なのだろう。千トン?一万トン?一億トン?一兆トン?

 私は理系ではないので具体的な数字は分からないが、想像も出来ない力であることは確かだった。

 そして私は思ったのだ。

 これを戦闘で利用出来れば強いのでは、と。

 

 思い立ったが吉日。それから私は焔雲を操作すべく練習に励んだ。

 最初は雲の形から一向に変えられる気がしなかったが、何度も練習する内にだんだんと形が変えられるようになっていった。

 拳の形に創れるようになった時、試しに近くの山に向かってそれを全力で飛ばしてみた。

 するとどうだろう。

 山が更地になった。

 

 「封印ですね、これ」

 

 ついそんな事が口から出てしまうくらいに、私はとんでもない技を作り出してしまった。

 それが、飛斗羅荒魂(アストラあらみたま)

 

 

 次の槍を創り出し、完成とともに発射。それを繰り返し続け、その間に先程の槍よりも巨大な拳を創り上げていく。

 ガープは必死に抵抗するも、身体を全く動かせない様子。

 当たり前だ。島一つ持ち上げるほとのパワーを持つ焔雲製の鎖によって縛られているのだから。

 それに対抗するならば、あちらも同等のパワーを持たなければならない。

 そして幾らガープといえど流石にそこまで出鱈目な膂力をしていないようだ。

 つまりここからはワンサイドゲーム。勝ったなガハハ。

 

 

 次の瞬間、彼を縛っていた焔雲が弾けた。

 

 「え」

 

 つい、そんな素っ頓狂な声を出した。

 拳骨が飛んでくる。

 呆然としていた私はそれを避けることが出来ず、思いっきり顔面に受けた。

 

 「あだっ!?」

 

 ぶっ飛んでいく私を焔雲でキャッチする。

 間髪入れずに追撃を仕掛けてくるガープを再度焔雲で縛り付けた。

 少しの間、彼は動きを止めたが、すぐに先程と同じように焔雲が弾ける。

 

 馬鹿な。ガープにそんな筋力は無いはず。

 なぜだ。何故焔雲を破壊できる?

 分からん!分からねば!

 

 もう一度彼を焔雲で縛り付ける。

 今度は少しの間も置くことなく弾けた。見たところ、決して力んでなどいない。なのに弾けた。

 つまり、力以外の方法で焔雲を解いている事になる。

 よく見てみれば、ガープの腕には過剰なまでに覇気が纏わり付いていた。

 どうやら、覇気を練って内部破壊でもするかのように覇気を膨張させ、焔雲を内側から破壊していたらしい。

 そんなことが可能なのかと言われれば、焔雲は悪魔の実の能力によるもの。強い覇気に負けてしまうのも頷ける。

 

 だが、だからと言って飛斗羅荒魂(アストラあらみたま)が無力化されたわけじゃない。

 これは拘束がメインの技ではない。

 この技の真髄は、その手数にある。私が意識できる範囲全てに焔雲を発生させ、全方位から攻撃できるのだ。しかも、私の体力が続く限りほぼ無制限に焔雲を作り続けることが出来る。

 さらに言うなら、ガープは過剰な覇気で焔雲を解くという方法をとっているが、それは持久力に欠ける対処法だ。いくら伝説の海兵とて覇気を使いすぎればやがて使えなくなる。

 

 私の背後はもちろん、ガープの前後左右上下から焔雲製の数多の武器が刃を向ける。

 

 「降参するなら今ですよ?」

 

 「海賊に降参する海兵がおるかい…ッ!!」

 

 「いや割といますね。特にここ(東の海)では」

 

 そう言いながら、背後に生み出した巨大な焔雲の拳をガープに向かわせる。

 回避の選択肢は再度焔雲で縛ることによって潰す。今度は焔雲を縄のようにして縛るのではなく、布のようにして包むようにだ。

 またあっという間に弾かれるが、その刹那の時間が彼に焔雲の拳を命中させた。

 

 拘束は解けていたので、ガープは背後の海に突っ込んでいった。

 大きな水飛沫が上がった。

 私はすかさず獣型になり、彼が落ちた場所に熱息をお見舞いする。海水が蒸発し白い湯気が立ち込めた。

 何度も撃ちこみ、ついでに焔雲製の武器を彼のもとに発射した。見聞色で探知しているため、彼の位置情報はばっちりだ。

 

 「……上がってきませんね」

 

 彼ならこの程度大したダメージにはならないはずだ。

 ほら、未来視も「次の瞬間にはカイドウも焔雲も全部吹き飛ばされているよ」と言っている。

 

 ………え?

 

 次の瞬間、海が爆発した。

 いや、正確に言うなら、内側からとんでもない衝撃波が放たれて海が捲れ上がった。

  

 「っ!!」

 

 私は即座に人獣型になり、身体の軽量化を図った。こうすることによってわざと吹き飛ばされ、空中に衝撃を逃がすことが出来るのだ。

 しかし、その分無防備になる。そして、それを逃がすのなら彼は伝説の海兵などと呼ばれていない。

 私の飛ぶ先を読んでいたのか彼はすでに回り込んでいた。

 

 拳骨(ギャラクシー)~~~ッ!!」

 

 「っ!! 飛斗羅奇魂(アストラくしみたま)…ッ!!」

 

 彼の拳を受け止めるべく、いや、それにとどまらず彼を倒すべく愛刀に焔雲を纏わせる。

 そしてそれをあらん限りの力と技術で――――――振りぬくッッ!!!

 

 

 衝突(インパクト)ッッ!!!!!!!」

 

 

 焔咲(ほむらざ)きッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイドウとガープの戦いの噂は瞬く間に広まった。

 

 曰く、ガープが勝ったとか。

 曰く、カイドウが勝ったとか。

 曰く、相打ちに終わったとか。

 曰く、そもそも戦っていないとか。

 

 様々な噂が行き交い、どれが正しいのか賭けをする者も現れる始末。その答え合わせは何時されるのかは未定だが、その勝敗に海賊や裏社会で盛り上がりを見せていた。

 しかし、もう答え合わせは終わっているのかもしれない。

 何せ、そんな戦いがあったのにもかかわらず、その戦いは新聞には載らず、カイドウの懸賞金は上がっているのだから。

 

 

 

 




オリ技紹介。
 倶利伽羅(くりから)
 …刀版雷鳴八卦。

 飛斗羅荒魂(アストラあらみたま)
 …焔雲を操って様々なものに形作り、それを相手にぶつけたりする技。
  作られた焔雲一つ一つに島一つ動かすほどのパワーがあるので受け止められるものでは無い。
  しかもほぼ無限に生成可能。実質王の財宝(ゲートオブバビロン)

 飛斗羅奇魂(アストラくしみたま)
 …焔雲を武器に纏わせることによって攻撃力や防御力を上げる技。

 焔咲(ほむらざ)
 …刀に焔雲を纏わせた状態で振りぬく技。錦えもんは関係無い。

 次回はいつになるんだろうなぁ(遠い目)


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