魔法少女Imagine (MOPX)
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少女変身(Awaken)

確かなものってなんなんだろう

 

目に見えているもの 見えないもの

 

全て移ろいゆくもので

 

変わったことすら誰も覚えていないのだとしたら

 

変わる前の何かは完全に消えてしまうのかな

 

 

 

「うーん……」

 

 

 

星の煌めき 砂の一粒 川の流れ

 

落ちる葉  鳥の囀り 街の喧噪

 

 

 

行き交う人々

 

 

人、ヒト、ひと

 

 

全てが儚くて、脆くて、確かじゃないもの。

 

 

「うーん????」

 

 

儚いもの、例えば昨日の夕食の後に出てきたケーキ。

お母さんがお父さんの大きな仕事が終わったお祝いに買ってきた。

 

私も、もちろんいっしょに食べた。

上に乗っていたイチゴが最高だった。

当たり前なのだが、食べたらなくなってしまった。

 

儚い。

 

また食べたい。

テストで100点を取れば、ねだったりできないだろうか。

 

 

「日記みたいになってきた……あと何字かな」

 

原稿用紙をめくる。

1枚半分。

 

途方もなく遠い。

テーマが自由というのが悪い。

 

自由というものは得てして責任を伴うのだ。

要するに何を書くか決めるか面倒くさい。

 

だからして、この機関(小学校)で出されたミッション(授業の宿題)というものは私に成長を促すものに違いなかった。

百戦錬磨の師(担任のおじいちゃん)ギリギリの戦い(テストの点)周囲との葛藤(休み時間のおしゃべり)、全てが私の織りなす物語(日常生活)の一部であり――。

 

 

「何をしているの?」

 

「え……ひゃあああぁぁぁぁ!! ゆ、ゆかりちゃん!! 急に話しかけないでよ!!」

 

「ごめんね、桃美ちゃんが何か熱心に書いてるな……って」

 

「これは……何というか、実験作的なアレだよ。ポエム要素とかいろいろ足したら300字すぐ埋まらないかなって」

 

「なるほど……うーん、のぞきこんでいい?」

 

「のぞきこみながら言わないでよー、うえーん」

 

「ふふ、冗談冗談」

 

体で原稿用紙をガードする私。

正直、ゆかりちゃんに見られる分には全然良い。

 

だからこれは他愛のないやり取り。

私の生活に彩りを添えるもの。

 

私は「はい閉店~」という掛け声とともに紙をランドセルに放り込んだ。

もはやこんなものに未練はない。

 

今はもう放課後。

もともと目の前の少女を待つための暇つぶしをしていたにすぎない。

 

綺麗な長い黒髪をたなびかせて、物静かで儚げな雰囲気を纏ったこの少女の。

 

「じゃあ帰ろっか!!」

 

私が声をかけると、少し照れくさそうな笑顔が返ってくるのだった。

 

「……うん!!」

 

 

私を織りなすもの。

 

 

その中で、一番大きなもの。

 

 

大切な親友。

 

 

 

 

 

学校から出て、通学路を二人で歩く。

話すのは今日の授業のことや、最近見た動画のこととか。

 

私、桃原(ももはら)桃美(ももみ)は普通の小学六年生。

クラスの人たちからは「若干、変わってるよね……」などと言われるが普通の小学六年生である。

 

まあ、運動も勉強も普通の水準に収まる範囲には入っているはず。

自分が普通だと思うなら、普通を名乗っていいのである。

 

こほん。そんな普通な私にも特別なことがあるとすれば、ただひとつ。

それは――。

 

 

「どうしたの? 桃美ちゃん?」

 

 

紫ちゃんという素敵な親友がいること。

 

紫王(しおう)(ゆかり)ちゃん。

もちろん私と同じ小学六年生。

 

きょとんとした顔がこちらを向く。

とても優しくて、かっこよくて、芯が強い。

私なんか比べ物にならないくらい、良くできた子。

 

今は残念ながら別のクラスだけど、こうして一緒に帰っている。

 

 

「ううん、何でもない。昨日見た猫の動画を思い出してただけ」

 

「猫かあ。いいよねー」

 

そう言っている紫ちゃんの顔が綻ぶ。

正直、暇つぶしで見ていただけなので猫の良さはよくわからないのだが、紫ちゃんのこんな嬉しそうな顔が見れたので良しとする。

 

毎日、紫ちゃんの笑顔が見たい。

そんな日々が続けばいいのに。

 

やがて紫ちゃんは、ぽつりとつぶやくのだった。

 

「……いっしょに住むのも、ありかも」

 

「え!? 確かに私たち親友だけど!! まだ早くないかなあ!! お父さんとお母さんの許可も取らないと!!!! 新居!!!! ローンを組まなきゃ!!!!」

 

「……? 猫を飼いたいって言ったつもりだったんだけど……」

 

「え!? ああ!! そうだよね!! 猫用の新居ってこと!!」

 

汗を飛ばしながら、私は手をぶんぶん振り回した。

何とか誤魔化せた。

私の顔は赤くなっていたに違いない。

穴があったら入りたいとは、正にこのこと……。

 

「ふふ……」

 

「ご、ごめんね紫ちゃん。ちょっと変だったよね」

 

クラスメイト評の『ちょっと変わっている』。

結局それが正解だったということだ。

普通などではない。

悪い方向に変わっている。

 

私がしょげて顔を下げると、うんと優しくて透き通る声が耳に入るのだった。

 

「違うの、桃美ちゃんが一生懸命だったから。私はそんな桃美ちゃんを見ているのが好きだから」

 

私はいよいよ顔を上げれなくなってしまった。

熱を帯びている。

きっと顔はさっきの比ではなく真っ赤になっているだろう。

 

心地よい風が吹いてくる。

おかげで顔の熱も少しは冷めてくれた。

 

気を取り直して私は紫ちゃんとの会話(大好きな時間)へと戻るのだった。

 

「それにしても猫かあ~。やっぱり飼うのって大変なのかな~」

 

「……どうなんだろ。生き物だから病気になったりするだろうし……」

 

 

――それなら妖精はいかがかしら?

 

 

割り込む突然の声。

私と紫ちゃんが辺りを見渡す。

 

周囲には誰もいない。

 

 

――ここよ、ここ。あなたたちの正面。

 

 

紫ちゃんと二人で言われるまま視線を向ける。

いつもの通学路に浮かぶ、いつもはない光球。

 

握り拳くらいの大きさのそれは、緑色に光っていた。

 

やがて光は形を変え、そのままの大きさでぐねぐねと形を変えた。

 

「ハロー ワールド。かわいい妖精さんがあなたたちを夢の物語へとイザナっちゃうぞ☆」

 

「……」「……」

 

握り拳くらいの大きさの、ビキニを着て、蝶みたいな羽根を生やして、緑色に発光している、推定年齢30歳の生き物。

 

「紫ちゃん、アレ、何だと思う?」

 

「ドッキリ、蜃気楼、虫、AR、新型のドローン、小型の不審者」

 

「小型の不審者説、採用!!」

 

「逃げましょう!!!!」

 

私と紫ちゃんはくるっと回ると、もと来た道へと駆け出した。

念のため防犯ブザーに手をかけながら。

 

すると――。

 

「ちょっと。こっちはできる限り妖精のパブリックイメージに合わせたのだけれど?」

 

瞬間移動したかのように目前に自称妖精が浮遊していた。

紫ちゃんが後ろを確認している。

 

私も気づいたが、同種の別個体というわけでなさそうだった。

良く言えば周りを囲まれているわけではないが、悪く言えばこの生き物の移動速度は予想もつかないということだ。

 

紫ちゃんがこちらに目で合図をする。

とにかく大声を出して大人を呼ぼう。

そういう意図だとわかった。

 

「待ちなさいって!! 私は不審者じゃないし私の姿はあなたたちにしか見えないの!!」

 

「だってさ、紫ちゃん!! どうしよう!?」

 

「それが本当かはわからないから無視すればいいわ」

 

私はおお、と声を上げた。

確かにこの生き物の目的が何であれ、大人を呼んで困ることはないはずだ。

さすが紫ちゃんは頼りになる。かっこいい。今も真剣な眼差しで、まるでその瞳の深い黒に吸い込まれてしまいそうな――。

 

思考は自称妖精のため息に遮られた。

 

「まあいいけど? でも私の話を聞いた後でも遅くはないと思わない? あなたたちにとっても魅力的な提案なのだけれど」

 

「だってさ、紫ちゃん!! どうしよう!?」

 

紫ちゃんが手で顎をさする。

 

「……聞く必要はないけど、危害を加えるならもう何かしているはずかも」

 

「確かに!!」

 

私はうんうんと頷いた。

この謎生物の目的はわからないが、少なくとも悪いことをするつもりではないのかもしれない。

さっきから紫ちゃんの意見を仰いでばかりな気がするが、気のせいだろう。

紫ちゃんの考え込む仕草は何度見てもよいものなので……。

 

紫ちゃんが目の前の光っている何かに話を促す。

『何か』は非常に不服な様子だった。

 

「最近の子供は夢がなくて駄目ね。何が楽しくて生きてるの?」

 

「と、唐突で辛辣なディスリ!?」

 

ぐちぐちと文句を言いながら自称妖精が話を始める。

こちとら生を受けて十と数年。

なぜ人生単位で文句を言われないといけないのか。

 

やっぱり話をさせたのは間違いだったかな、なんて思っていたら勢いよく啖呵を切るのだった。

 

 

「単刀直入に言うわ!! この世界はモンスターに狙われている!! あなたたちのまずはどっちか、魔法少女をやってこの世界を救って頂戴!!」

 

 

風が吹く。

春だけどまだまだ寒い日が続くようだ。

今日の晩御飯は何だろう。

カレーライスが食べたい。

 

「紫ちゃん」「桃美ちゃん」

 

私と紫ちゃんが目を合わせる。

 

「「逃げよう!!!!」」

 

回れ右をする私たちに必死の声が届く。

 

「ま、待ちなさい!! あなたたち魔法を使いたいでしょう!? 同年代の子に対して優越感に浸りたいでしょう!? あわよくば世界を救って全人類に恩を売りたいでしょう!?」

 

「私達、そういうのじゃないんで」

 

紫ちゃんがぴしゃりと言い放つ。

私も胸がすっとする思いだった。

 

変わる必要なんてない。

紫ちゃんとの日常が続けば私はそれで十分だ。

 

「またまた!! もっと小さい頃、魔法少女になりたかったでしょ!?」

 

「魔法少女……」

 

魔法少女。

何故だか胸に引っ掛かるものを覚えた。

きっと昔は好きだったとかで、反射的に脳が反応したのだろう。

 

チカチカと点滅しながら、なおも食い下がる自称妖精に私はうーん、と唸った。

そういえば私の夢って何だったんだろう。

 

「私は夢とか特になかったかなあー。紫ちゃんは?」

 

「私は……その……ブイチューバ―、とか……」

 

え!? と驚きの声を上げてしまった。

紫ちゃんの将来の夢。

聞いたのは初めてだったかもしれない。

 

「ブイチューバ―……うん!! いいね!! 紫ちゃん、声は綺麗だし歌も上手いし!! モデルの作製とか機材の準備は私がやるよ!!!!」

 

「……う、うん。……ありがとう」

 

紫ちゃんは少し顔を赤らめて顔を伏せる。

そんな様子もかわいらしくて、幸せな気分で胸が満たされていく。

 

桃原桃美。小学六年生。

この歳にして夢ができました。

親友と合法的にいつまでも一緒にいれる夢が……。

 

「もしもーし? 盛り上がっているところ悪いんですけどぉ~。そういうのはぁ~世界をぉ~救った後にしてほしいというかぁ~」

 

わっと、思わず目を逸らす。

私と紫ちゃんとの間に挟まる発光体。

 

ねちっこい喋り方をして、いかにも不機嫌さをアピールしている。

紫ちゃんがむっとして反撃に出た。

 

「私達にこだわる理由は知りませんけど、その勧誘の仕方だと誰も相手にしないと思いますよ? 行こう、桃美ちゃん」

 

「ああもう、時間がもったいないわね。急がないとそろそろ奴らが――」

 

 

轟音(ゴォン!!)揺れ(ミシミシ!!)揺れ(ガタガタ!!)

 

 

 

私達は立っていることができず態勢を崩す。

 

最初は地震かと思ったが、大気が震えたのだとわかった。

急に辺りが暗くなる。

 

紫ちゃんが私の手を取り、体をくっ付けてくれた。

私はきっと、不安そうな顔をしていたのだろう。

 

「もう来たじゃない。猶予がないなあ、もおー」

 

「これはあなたの仕業なの!?」

 

紫ちゃんが非難するような口調で妖精と名乗ったものを問い詰める。

 

「言ったでしょ。モンスターが来るって。私……妖精と同じように奴らは別世界から転移できるのよ」

 

「あ、あのう……。モンスターってどんな……?」

 

妖精らしきものが私の方を向いて鼻を鳴らした。

ようやく興味を持ってもらえて余程うれしいらしい。

 

「漫画、アニメ、ゲームみたいなのを想像すればいいわ。でも大丈夫!! あなたはこれから無敵の魔法少女になるから」

 

「うぇ!?!? 私が!?!? 何で!?!?」

 

「桃美ちゃんに変なことをしたら許さないから!!」

 

紫ちゃんが私の体を引き寄せる。

ちょっと体温が上がるのを感じたけど、これは気のせいじゃないだろう。

 

妖精らしきものと私が相対する。

 

「何でってあなたの方が魔法少女に興味を持ってそうだったから。敵が来てからじゃ遅いのよ。いい? 魔法少女が本当に存在すると思えばなれるの。要は心の持ちようよ」

 

「で、でも魔法なんて現実には存在しないよ!!」

 

「一理あるわね。じゃあ少女は?」

 

「え? 存在するよ」

 

「つまり魔法少女は?」

 

「……。半分は存在する?」

 

「そういうことよ」

 

 

何だか盛大に騙されている。

そう気づく間も与えられなかった。

 

妖精――もしかしたら本当に妖精かもしれないそれが、私の方を向く。

 

何でそう思ったか。

 

だって妖精らしき存在の周りに、魔法陣らしきものがたくさん浮かんでいたから。

縦、横、斜め。

空間を埋め尽くすくらい、無造作にたくさん。

 

「特殊魔法力疑似誘発装置作動。機能圧縮。情報伝送。領域展開。第一セット内容確認……良し。合言葉は――」

 

何やらわけのわからないことをぶつぶつ言っている。

きっと呪文だ。

妖精の世界の呪文――。

 

「魔法少女!!!!」

 

妖精から緑の光が溢れる。

その光は優しく淡い光で、不思議と目を開けたままでいられた。

 

体が光に包まれる。

まるで全身の細胞が新しくなるみたい。

 

「桃美ちゃん!!!!」

 

心配する紫ちゃんの声が聞こえる。

でも、大丈夫。

思ったよりも暖かい。

きっと悪いようにはならないから……。

 

光が収まった。

 

私の体はというと――。

 

 

全身フリフリ、胸には主張の強いリボンの、ピンク色のドレスに包まれていた。

 

「うええええぇぇぇぇ!?!? めっちゃヒラヒラしとる!?!?」

 

「いちいちうるさい子ね。魔法少女といえばドレスでしょ。まったく」

 

「も、桃美ちゃん!! 髪もピンク色になってる!! あなた桃美ちゃんに何をしたの!!!!」

 

私が前髪を引っ張ると、確かに果物の桃に近い色が目に入ってきた。

どうやら髪の毛全てが薄い桃色に変わったらしい。

 

「おしゃべりはそこまで、敵が来るわよ」

 

 

 

足音が聞こえた。

獰猛で、暴力的なリズムが。

 

30メートル程度先の十字路。その左側から来ているのだとわかった。

さっき轟音がしたのと同じ方向だった。

 

音はどんどん近づいてくる。

十字路からそれが姿を現す。

 

「ひ……!!」「きゃ……!!」

 

私と紫ちゃんが思わず声を上げる。

黒い大きな影が十字路から飛び出していた。

 

十メートルはありそうな長い胴。

強靭な四肢。

黒い毛並み。

子供くらい簡単に入りそうな口。

鋭い牙。

 

一言でいえば、真っ黒なでかい獣。

 

「紫ちゃん、あれ……何だと思う」

 

「動物園から逃げてきた……って感じじゃなさそうね」

 

金属が折れる音がした。

狼だか何だかわからない獣が、嚙みついて道路の標識をへし折っている。

標識は根元から折れてほぼ直角に曲がっていた。

 

「紫ちゃん」「うん」

 

「逃げよう」「逃げましょう」

 

 

「ちょっと待ったあ!! 逃げるつもり!?」

 

妖精が相変わらずひらひらと目の前を飛んでいた。

まだ何か用があるのだろうか。

 

「逃げるつもりって言われても……あんなの勝てっこないよ!! 思ったよりでかいし!!」

 

「それはまだ武器を出してないからよ。それに逃げ切るのは無理よ。あいつはあなたを追うわ」

 

「うええええ!?!?」

 

私から甲高い悲鳴が漏れる。

あんな恐ろしい怪物から恨みを買った覚えはない。

 

「簡単な理屈よ。モンスターは魔法少女を天敵と見なしている。だから周囲にいれば建物の破壊より魔法少女との戦闘を優先する。良かったわね。あなたがいる限り街は守られるわ」

 

「こいつ……!! 桃美ちゃんをハメたわね!! 許さない!!」

 

紫ちゃんの必死の訴えも虚しく猛獣はこちらを向いた。

 

狼っぽいんだけど体つきがしっかりして北欧とかにいそうだなあ、とおもった。

そう、神々の時代の伝承とかに……。

 

猛獣の口がぱっくりと開く。

 

「来るわよ!! ガードしなさい!!」

 

「え? え? え? 何?」

 

「桃美ちゃん!!!! 伏せて!!!!」

 

30メートルあれば、大丈夫かな。

そんな思い込み(正常バイアス)がまずかった。

 

発射されたのは、黒いビーム。

私がそれに気づいた時には、もう目の前。

 

派手な音とともに私の体が吹き飛ぶ。

飛んでいると錯覚を覚えるほど長い時間、体が宙を舞った。

 

私の体はそのまま後ろ側の塀にぶつかった。

 

「桃美ちゃーーーん!!!!」

 

目をゆっくりと開ければ、紫ちゃんの顔があった。

心の底から心配そうに、つらそうに、悲しそうにする顔が。

 

ああ、私なんて置いて早く逃げればいいのに。

やっぱり紫ちゃんは優しい子だ。

最期にこんな暖かい気持ちになれたのなら、魔法少女になったのも無駄ではなかったかもしれない。

 

 

でも、やっぱり駄目だ。

 

 

親友にこんな悲しい思いをさせてしまったのなら。

 

 

さよなら紫ちゃん。

 

 

伝わる肌のぬくもり。

 

 

痛みなどない。

 

 

五感はあなたの存在だけを伝えて――。

 

 

 

 

 

「……て、あれ? 痛くない?」

 

「桃美ちゃん!! 大丈夫なの!? でもドレスはボロボロに……!!」

 

あれだけ派手に吹っ飛んで頭もぶつけたのに、痛みは全くなかった。

その代わり、紫ちゃんの言う通りドレスはスカートの先や肩の部分が破損していた。

胸のリボンも半分がちぎれている。

それだけに敵の攻撃の熾烈さを物語って――。

 

いや、不自然だ。

 

明らかに攻撃を受けてない箇所までドレスは破れていた。

 

「言い忘れてたわ。あなたへのダメージは全てそのドレスが肩代わりする。ほどけてクッションになるイメージね。変身が解除されたら終わりだから気を付けてね」

 

「言い忘れてたって……!! 桃美ちゃんは初心者なんですよ!!!! ちゃんとしたマニュアルやベテランの指導員を付けてください!!!!」

 

紫ちゃんの批難を聞きながら、私は呆けていた。

安心感よりも脱力感が勝っている。

少し時間をおいてやってきたのは、恐怖。

 

今の攻撃でもドレスは随分と痛々しくなってしまった。

もし、もう1、2回攻撃を受ければ――。

 

足がガクガクと震えた。

 

もう一度、怪物に目をやる。

 

獲物をしっかりと狙いながら、四肢は滑らか、かつ力強い動きで確実にこちらに近づいていた。

言うまでもなく、獲物は私――。

 

 

腰が抜けた。

尻もちをつく。

 

 

「桃美ちゃん!!」

 

「ちょっと!! 戦闘は続いてるのよ!! 武器を出して有利な距離へ動いて頂戴!!」

 

私の視線は怪物へと釘付けになっていた。

人より遥かに大きい種。

殺意を塗り固めたような漆黒の牙。

 

魔法少女がモンスターの天敵?

逆だ。

 

私は狩られる側。

 

怪物がだんだんと近づいてくる。

恐怖を越えて、全ての心構えで体が支配される。

 

最初から無理だったのだ。

普通で、ちょっと変わっている程度の少女では。

 

あと数メートル。

たぶん一跳びで私に達する。

 

 

絶望で覆われた私の視界に何かが飛び込む。

それは私と同じ少女だった。

 

黒くて長い、綺麗な髪。

私の目の前で勇敢に、怪物と向かい合っていた。

 

 

「ゆ、ゆかりちゃん……?」

 

「大丈夫……!! こういう獣、上下関係をわからせれば襲ってこないから……!!」

 

紫ちゃんの髪は風でたなびいた。

紫ちゃんの手は木の枝を怪物へと構えていた。

紫ちゃんの足は――。

 

紫ちゃんの足は、震えていた。

 

 

 

狩る側と狩られる側は逆だった。

 

でも、守る側と、守られる側が逆になるのは――。

 

そんなのは駄目だと思った。

 

 

 

「あ~無謀~。モンスターと魔法少女の間に割り込むなんて。小石を蹴飛ばすみたいに巻き添えになるわよ」

 

緑の光が、耳元でささやく。

 

――さあ、早くしなさい。

 

――親友があなたの秘密を知る唯一の理解者となるのか。

――あるいは悲劇のヒロインとなるのか。

 

――決めるのは、あなたよ。

 

 

 

そんなの決まっている(少し静かにしててくれ)

 

 

 

黒い獣はその後ろ脚をバネの様に使い、長い黒髪の少女に飛びかかった。

 

少女は目をきゅっと閉じ、獣は鋭い爪を振り下ろし――。

 

 

 

桃の閃光がその爪を粉々に砕いた。

 

閃光はそのまま、獣に着弾して桃の爆風を巻き起こす。

獣は二転三転しながら、後ろへと退く。

 

助けられた少女は後ろを振り返る。

もう一人の少女は――。

 

「桃美ちゃん……?」

 

魔法少女は、凛然とそこに立っていた。

 

 

魔法少女が一瞬で獣との距離を詰める。

握られた杖が、怪物の顎を撃ち抜く。

 

 

普通でちょっと変わっているだけの少女。

でもそんな少女にも誇れるものが一つだけあった。

 

 

大切な親友の存在。

 

 

怪物の砕けた顎がそのまま、乱暴に開く。

そのまま、牙で魔法少女の体を挟まんとする。

 

「桃美ちゃーーーーん!!!!」

 

牙が魔法少女の体を捉える。

食べられた。

 

落胆で倒れ込む少女。

しかし、次の瞬間には奇異なものを目にしていた。

 

怪物の口が少しずつ、こじ開けられるように開いていく。

逆方向の万力。

 

魔法少女の左手は、怪物の牙を捉えて上へと押し上げていた。

そして右手は――。

 

「半分が少女なら、半分は魔法が使える……!!」

 

発光した杖が、怪物の体内に向かって構えられていた。

同じく怪物の中にいた妖精が、魔法少女の耳元で勝ち誇った。

 

「あ、言い忘れてたけど火力の高い技を撃つには詠唱が必要よ。あなたの場合は――」

 

牙が力ずくで獲物を押し込まんとする。

魔法少女が態勢を崩す。

 

牙は完全に魔法少女を捉えていた。

ドレスが、ほつれていくように急速に形を崩していく。

 

そんな状況でも杖は、魔法少女の手にしっかりと握られていた。

桃色の光が杖の先端へと集まる。

怪物の口内で、桃色の光が灯篭のように光る。

 

浄化コード認証(獲物は)……」

 

 

桃花彩光・フル・シュートォォォォ!!!!(お前だああああぁぁぁぁ!!!!)

 

 

桃の閃光が怪物の体を突き破って天へと放たれた。

怪物が時が止まったように、微動だにせずその場に停止する。

 

やがて時間が流れることを思い出したように、形を崩し黒い霧となり消えていく。

 

全てが終わった時、空もまた澄み切った青をもたらしていた。

 

 

 

 

 

「桃美ちゃん!!!! 大丈夫!?!?」

 

紫ちゃんが私のもとへと駆け寄る。

私はというと――。

 

「び……」

 

「び?」

 

「びええええぇぇぇぇん!!!! こわかったよぉぉぉぉ!!!! あんな怪物もう戦いたくないよぉぉぉぉ!!!! 生きててよかったぁぁぁぁ!!!!」

 

紫ちゃんの胸へと飛び込んでしまった。

 

「私も……怖かった……」

 

「そうだよねぇぇぇぇ!!!! 怪物こわかったねぇぇぇぇ!!!!」

 

「そうじゃなくて……」

 

「へ?」

 

「桃美ちゃんが危ない目にあってたから……桃美ちゃんが消えちゃんじゃないかって……それが怖かった」

 

「ゆ、紫ちゃん……!!」

 

私は改めて紫ちゃんを抱きしめた。

お互いの無事を確認するために。

 

お互いがそこに存在することを、確認するために。

 

 

 

 

 

カメラのフラッシュのような物がたかれた。

私と紫ちゃんが驚いて目をやる。

 

緑色のカメラらしき物体が宙に浮いている。

妖精がニヤニヤしているあたり、犯人だろう。

どうも遠隔操作ができるらしい。

 

「変身した少女とその親友~いやあ~良い画になるわぁ~」

 

妖精が私達の周りを瞬間移動しながらパシャパシャとシャッターを切る。

何だか恥ずかしい気分になってくる。

いや、それよりも紫ちゃんは嫌じゃ――。

 

「桃美ちゃん」

 

「ひゃい!?」

 

「もう少しこうしていよっか……」

 

「……!! う、うん!!」

 

私、桃原桃美は考える。

普通の少女が魔法を使えるのは、普通じゃない特別な何かがあるから。

 

私にとっての特別(魔法)は――。

 

 

やっぱり紫ちゃんなんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 



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親友変身(Destiny)

ゲームのスクリーンショット

 

体調不良の報告

 

愚痴

 

ゲームのスクリーンショット

 

愚痴

 

体調不良の報告

 

体調不良の報告

 

……

 

 

 

「何やっているんだろうなあ……私……」

 

ここは自室。

ベッドで横になりながら端末をいじる。

特に理由があるわけではない。

習慣づいてしまったから、というのが大きい。

 

家に帰ったらどっと疲れが出た。

今日はもう何もしたくない。

 

「……」

 

改めて、本当に、清々しいくらい無味乾燥な時間だなと思った。

そんな風に感じるのは気持ちが酷く弱っているからかもしれない。

画面を閉じると小憎たらしい顔面アイコンのアプリが目に入り、余計にゲッソリしてしまった。

 

今日は特別なことが、あまりにも特別なことがあった。

 

親友の桃原桃美ちゃんが魔法少女に変身したのだ。

 

 

 

私、紫王(しおう)(ゆかり)は普通の小学六年生。

多少、漫画やゲームを嗜んでいるが普通の範疇といえた。

後は暇な時間は動画を見たりとか。

 

「あ~そういえば~夢がブイチューバ―って言っちゃった~桃美ちゃん、変に思わなかったかなあ~」

 

今日の発言を思い出し、ベッドの上でゴロゴロと転がる。

つい口から出てしまったが本心である。

 

学校ではクール目のキャラで通している。

今日び、動画を見るの自体は普通だろうが職業にするとなると話は別かもしれない。

 

目指している理由は何てことはない。

記憶がないほどの昔、何となく見て楽しめたから。

熱心に誰かを追っているわけでもない。

 

不思議な話だと思った。

 

 

 

まあ、いいやと私は思考を放り投げた。

きっと、桃美ちゃんもクール目の私が好きだろう。

だから今後もこのキャラクター(紫王紫)を続けよう。

 

桃美ちゃんにとっても、その方が良いだろうから。

 

「桃美ちゃん……大丈夫なのかなあ。これから……」

 

頭によぎるのは発光するビキニの妖精。

唐突に降ってきた真っ黒な狼みたいな化け物。

そして、ピンクの髪でフリフリのドレスに変身した桃美ちゃん。

(私も体を張ったらしいのだが、無我夢中すぎて覚えていない)

 

その別れ際の会話が思い出される。

 

 

 

 

 

「じゃあ詳しい説明とかは明日の放課後やるわ。と、その前に、あなたたち携帯端末は持っている? 機種は何でもいいわ」

 

「持っているけど……」「私も」

 

「よし空き容量は足りているわね……ほい!!」

 

妖精から強い光がぶわああって広がる。

発光が終わると、そこに妖精の姿はなかった。

 

「消えた……!?」「桃美ちゃん、これ!!」

 

私はいち早く端末の異変に気付くと桃美ちゃんに見せた。

何のことはない。

端末について聞かれたので変化があるのでは、と気づいたのだ。

えっへん。

 

端末には満面の笑みの妖精のアイコンで、「鏡の妖精」なるアプリが入っていた。

 

「私にも同じのがあるみたい!! お、お揃いだね……!!」

 

お揃い。

桃美ちゃんに限って他意はないのだろうが甘美な響きである。

変なアプリでなければもっとロマンティックだったのだが。

 

「このアプリを起動してもらえれば私をいつでも呼び出すことができるわ!! 容量はなんとお手軽!! 五ギガバイトォ!!」

 

「ご、五ギガァ!?」「新しくゲーム入れようと思ってたのに……」

 

非難の目を向ける私たちを余所に、妖精は一仕事終えたと言わんばかりにアクビをするのだった。

 

「緊急時なんかに使って頂戴。人生相談にも乗るわ。あ、一日一時間までね。ちなみに戦闘用のドレスは数時間で治るから安心して。じゃあ今日はこれで!! 解散!!!!」

 

早口でまくし立てると妖精はすっと消えてしまった。

後には呆然と立ち尽くす私と桃美ちゃんが残るだけだ。

 

「何だか言いたいことだけ言って帰ったわね……。聞きたいことがいろいろあったのだけど……」

 

モンスターとは何か、妖精とは何か、魔法少女とは何か、魔法少女が危険すぎやしないか、どうすれば桃美ちゃんは魔法少女を辞めさせてもらえるのか。

私は桃美ちゃんの方を確認した。

 

「桃美ちゃんは? 何が一番聞きたい?」

 

「うーん、とりあえず……」

 

すっかり私服とランドセルに戻った桃美ちゃんは自分の前髪をいじりながら言うのだった。

 

「髪の色、ピンクのままだから元に戻したい」

 

「そうね」

 

 

 

 

 

「そうね、じゃあないのよ……」

 

私の意識は端末の画面へと戻っていた。

少しでも役に立てないかとネットの海に質問を流しておこうかと思ったが、適切な文章が思いつかない。

友達 魔法少女 戻り方……。

 

「親友が魔法少女になった件……。なーんて。はあ……」

 

私に拡散力があれば一回質問をしただけでドバドバ返信が返ってきたかもしれないのに……。

ごめんね桃美ちゃん……私がブイチューバ―になってさえいれば……。

 

 

ないものねだりをしてもしょうがない。

 

できることと言えば、と考える。

私は端末を操作する。

画面は桃美ちゃんとの過去のやり取りを映し出した。

面白いと思った動画を送り合ったり、スタンプを乱打してたのが見えたが、もはや遠い過去のようだ。

 

指で軽くなぞれば、一文がもう出来上がり。

 

『今日は大変だったね、お疲れ様』

 

「うーん……」

 

打った文字を全部消す。

他人事みたいで感じが悪いかな、と思ったからだ。

 

思いを伝えるのは難しい。

自分の言葉でなら、なおさら。

 

私はベランダへ出ると外を眺めた。

 

嗚呼、落ちていく夕陽。

光がこんなに強くても。

ほんとは、ずっと遠いのね。

嗚呼、桃美ちゃん、桃美ちゃん……。

 

 

 

その時だった。

空が暗くなったのは。

 

夕陽が急に落ちたわけがない。

普通なら遭遇したことのない事象。

 

でも、私はこれを知っている。

今日、目にしたばかりなのだから。

 

「これって……!!」

 

轟音。

黒い稲妻。

 

一瞬、思わず目を閉じてしまう。

それでも凶兆たる閃光の行方は見逃さなかった。

 

「桃美ちゃんの家の方……!!」

 

あの時と同じなら現れたのだ。

牙と爪を持つ、あの怪物の類が――。

 

背筋に悪寒が走った。

 

そして思い至った。

 

「そうだ!! 時間は……!!」

 

慌ててスマホを取り出し時刻を見る。

午後六時ちょっと。

別れたのは午後四時だったか?

だとしたら経過したのは二時間。

 

記憶を辿れば、憎たらしい声が頭で鳴り響いた。

 

――ちなみにドレスは数時間で治るから安心して。

 

「数時間って何時間よ……!! あ、桃美ちゃんに電話を……!!」

 

電話はかからなかった。

変身した時の桃美ちゃんは衣服、つまり身に付けているもの全てがドレスになっていた。

だとしたらスマートホンもそうなる。

つまり桃美ちゃんはもう戦っている可能性が――。

 

「あっ!! あのアプリで!!」

 

強制的に入れられた鏡の妖精なるアプリ。

使うことなんてあるのかと思っていたが早速出番がきた。

初めてあの妖精に感謝すべきかもしれない。

 

私はアイコンを勢いよくタップした。

 

……。

 

私はアイコンを勢いよくタップした、もう一度。

 

……。

 

私はアイコンを勢いよくタップした!!!! もう一度!!!!

 

……。

 

「役に立たないじゃない……!! これ……!!」

 

私の足はもう動き出していた。

 

行ったところで、どうするのかはわからない。

何もできないのかもしれない。

 

それでも胸の鼓動はばくばくと音を増していく。

その脈動はやがて全身を覆いつくし、体を完全に支配していた。

 

 

 

 

 

細い体で、風を切る。

桃美ちゃんの家まで、まだ半分もある。

 

「桃美ちゃん……!!」

 

暗くて道を間違えそうになる。

全身から汗が滲む。

 

今、私がやっていることは正しいのか。

何か、とんでもない思い違いをしているのではないか。

 

正解など、誰も教えてくれない。

だったら――。

 

ころころと笑みが浮かぶ。

いつも隣にいる、それだけで安心できる存在。

 

消えてしまうのなんて、嫌だと思った。

ただ、それだけだった。

 

視界が光った。

 

向かう先、ちょうど黒い稲妻が落ちたあたりで桃色の光線が撃ち上がる。

斜めに放たれたそれは、空気を切り裂くような音とともにどこまでも遠くへ伸びていった。

 

「あの時と同じ……!!」

 

胸が歓喜なのかよくわからない感情に沸き立つ。

非日常による興奮。

きっとポジティブな方向での。

 

もしも、あの攻撃が怪物に命中したのなら事態は全て解決するはずだった。

 

 

 

待つ。

 

期待は焦燥に変わり、最後には諦観となった。

空は依然として、黒で閉ざされていた。

 

「駄目だったの……? 桃美ちゃんは……!?」「大分まずいわよ」

 

「ひょあ!?」

 

心臓がびくっと跳ねあがる。

いつの間にか真横には緑の発光体――妖精が姿を現していた。

 

「な、何!? いくら呼んでも来なかった癖に!!」

 

思わず声が裏返ってしまった。

とはいえ、独りで不安だったのも事実だ。

 

「さっきまで桃原さんに戦闘のアドバイスをしてたからね。こっちに向かって来てくれて助かったわ」

 

「も、桃美ちゃんは……?」

 

「止めとけって言ってるのに焦って大技を撃とうとした。案の定、外して大ピンチに陥った」

 

「……!!」

 

十字路を突っ切る。

突き当りを鋭く曲がる。

直線を駆け抜ける。

 

見えてきたものは――。

 

 

「桃美ちゃん!!!!」

 

 

ドレスに身を包んだ桃美ちゃんが、黒いものに巻き付かれ宙ぶらりんになっている姿。

黒い導線を視線で辿れば、いくつもの触手を持った巨大な軟体生物らしきものが見えた。

二階建ての家と同じ程度の大きさのそれが、道を塞いでいる。

 

怪物自体は鎮座している風だったが、計八本の触手はセンサーのように絶えず動いている。

ぐねぐねと有機的な動きが、気持ち悪い。

 

「うえぇぇぇぇん!!!! 私、食べてもおいしくないよー!!!!」

 

桃美ちゃんの悲痛な叫びがこだまする。

腕ごと、ぐるぐると触手に巻かれている。

頼みの杖も、地面へと落としていた。

 

あれでは抵抗など全くできない。

 

「早く助けないと――」

 

何か、何かできるはず。

そう思って必死に周りを見渡した。

そして目が合った。

タコのような怪物の目と思しき部分と。

 

ドクンと心臓が震えた。

 

妖精が追いつき耳元で声を上げる。

 

「機能の再構築完了……。間に合った。紫王紫、あなたを魔法少女にするわ。寝覚めが悪いから一応聞くわね。――覚悟はできてる?」

 

止めろ!!!!

 

頭の中で何かが叫ぶ。

思えば自分はいつも傍観者だった。

 

 

世界がどんなにめまぐるしく変わっても、一人は無力だ。

まるで大海に投げ込まれた小石。

だからいつしか諦めてしまっていた。

 

自分が変わることを。

 

 

「ゆ……紫ちゃん……」

 

黒い触手に巻かれた少女が必死に何かを訴える。

 

「に……げ……て……」

 

 

私は緑に発光するそれに向かって叫んだ。

 

――覚悟なんてもうできている(いいからさっさとしろ)

 

 

妖精の周りに魔法陣が浮かぶ。

私の体が、紫の光に包まれる。

 

「特殊魔法力疑似誘発装置作動。機能圧縮。情報伝送。領域展開。第二セット内容確認……良し。合言葉は――」

 

耳をつんざく振動が、空気を切り裂いた。

 

「魔法少女!!!!」

 

求めたのは鎧。

弱い自分を覆うための。

 

求めたのは盾。

大切な人を守るための。

 

求めたのは剣。

眼前の敵を消すための。

 

 

光が終わった時、私は紫の甲冑に身を包んだ戦士へと変身していた。

 

 

「ゆ、ゆかり……ちゃん?」

 

「――悪夢横断(ナイトメア・スラッシュ)

 

紫焔一閃。

 

私が振るった剣が空間を歪ませる。

生み出すは紫の断裂。

 

桃美ちゃんを捉えていた触手を真っ二つに引き裂いた。

化け物がのたうつように、体を震わせた。

 

「きゃっ!!!!」

 

両の足に力を込める。

爆発させるように推進力を生みだし、飛び込む。

しっかりとした感触を確かめ、距離を取る。

 

私の両手は、桃美ちゃんの体を抱えていた。

 

「あ、ありがとう紫ちゃん……!! お姫様だっこ……ぐへ……、ぐへへへ……」

 

低いうめき声を上げる桃美ちゃん。

ダメージはドレスが肩代わりしているはずだが……。

見たところ外傷はないようなので、一安心する。

 

私は桃美ちゃんを下ろして、一歩前へと進んだ。

 

怪物が平静を取り戻し、こちらと相対する。

 

触手は唸るようにも、怒っているようにも見えて、攻撃性を露にしていた。

 

妖精が耳元でささやいた。

 

「気を付けなさい。触手、結構早いわよ。抜け出すのは難しいから絶対に捕まらないで」

 

言われなくても――。

 

そう思う前に、きた。

 

 

二本。

 

 

正面と斜め上。

 

 

悪夢交錯(ナイトメア・クロス)!!!!」

 

 

紫の剣が燃え上がる。

伸びた刃が斜め二度、前方で交わる。

 

迫っていた黒い触手は跡形もなく消滅していた。

 

いける。

漠然とそう思う。

 

「安心するのは早いわよ……!!」

 

触手は八本だったはず。

三本、斬ったから残りは五本。

 

簡単な計算。

 

しかし現実は、ぱっと見で二桁を越える数。

……どう見ても増えている。

 

率直な感想こそが正解だった。

怪物の本体からは枝分かれするように、リアルタイムで手を生産していた。

 

「桃原さんがチャージするから!! それまで耐えて頂戴!!!!」

 

「紫ちゃん!! 待ってて!!」

 

桃美ちゃんの声が背後から聞こえる。

「任せて!!」と啖呵を切る。

 

来い、怪物。

触手が何本を生やそうとも桃美ちゃんの前へは一本も――。

 

 

怪物の本体が急に顔を上げる。

全ての触手の接点は口のようになっていて――。

 

「え?」

 

真っ黒な煙をこちらに噴射した。

 

「わああああぁぁぁぁ!!!!」「きゃあああああ!?!?」「桃美ちゃん!! 桃美ちゃん!!」「紫ちゃん!?!? どこ!?!? どこ!?」「大丈夫!?!?」

「あなたたち落ち着きなさい!!!! 落ち着きなさいってば!!!! 落ち着くのよ!!!! 落ち着いて頂戴!!!!」

 

黒い煙に覆われた空間で私達の声かけ(混乱)だけがこだまする。

自分の腕の先すら見えない。

 

何もわからない。

桃美ちゃんも、妖精も、敵の位置も。

 

次の瞬間。

 

聞こえたのは、乾いた音と悲鳴だった。

 

「ぐえええぇぇぇぇ!!!!」

 

「桃美ちゃん!? どこ!? どこ!?」

 

「自分のことに集中なさい!!!!」

 

妖精の声と胴体に何かが巻き付く感覚が同時だった。

この距離ならはっきりと見える。

紫の鎧に、黒いものが巻き付いていた。

 

「しま――」

 

言い終わる前に、触手は我先にと押し寄せる。

不快な感触だけが伝わってくる。

 

黒い煙は完全に晴れた。

視界に入ったのは全ての触手で私の体を持ち上げる怪物。

 

桃美ちゃんは体を弾かれたらしく、後方でうずくまっていた。

 

 

 

 

 

やっぱり無理だったのだ(私には何もできない)

誰かを救うなど、思い上がりだったのだ(最初から何もすべきじゃなかった)

都合よく上手くいくなんて、早々ないのだ(何で世界はこんなに残酷なの)

 

それでも助けたいと思ったのだ。

 

大切な親友を。

 

 

 

 

 

もう一度、敵を見据える。

もう一度、親友を見る。

 

力を込めても、無数に巻き付いた触手はびくともしなかった。

 

剣は落としてはいない。

盾はどこかに落とした。

 

どうすればいい?

 

どうすれば敵を切り裂ける?

どうすれば桃美ちゃんを守れる?

 

どうすれば――。

 

やっと思い至った。

 

眼前の敵を消すための剣。

大切な人を守るための盾。

 

 

 

 

 

鎧が、必要ない。

 

 

 

 

 

悪夢破裂(ナイトメア・パージ)!!!!」

 

紫の光が溢れた。

無数に解き放たれたそれは、かつて鎧を成していた一つ一つ。

黒いものといっしょに、全て巻き込んで消えていく。

 

空中に自由落下で解き放たれる。

 

迷いも、私を縛るものも、もうない。

 

着地の衝撃を、前方向の勢いへと転化する。

 

狼狽える怪物は、最期を悟ったか、闇雲にこちらへと突っ込んできた。

 

 

「――浄化コード認証(下がれ、下郎)

 

剣を持ったただの少女。

今はそれだけで十分だ。

 

「――悪夢驚咲(ナイトメア・クレイジー・ブルーム)

 

剣閃が、十字に横断する。

勢いを付け、斜めに打ち下ろし、薙ぎ払う。

 

跳ねるように距離を取り、剣を正面へと突き出す。

体が紫の光で包まれる。

 

紫の弾丸のごとく。

 

瞬時に加速し、どこまでもまっすぐに――。

 

 

 

怪物の体を突き抜けていった。

 

 

 

夕陽はもう沈もうとしている。

それが確認できるのは、怪物が完全に消滅したことを示していた。

 

「紫ちゃーん!!!!」

 

その声を聞いて、私は振り返った。

すっかり節々が千切れてしまったドレス。

そんなこともおくびに出さず桃美ちゃんは私に飛びついてきた。

 

体重を支え切れず、私の体がくるりと半回転する。

背中へと回った手の感触が何だかくすぐったい。

 

「紫王さんよくやったわ。あなたは正直、戦えないタイプかと思ったもの」

 

したり顔の妖精の嫌味も、今は気にならない。

もっと大事なことが、今まさに私を包んでいるのだから。

 

「あ……」

 

気が抜けて私もその場でへたり込んでしまう。

桃美ちゃんと私。

 

傷んだドレスと普通の私服。

とてもじゃないが、立派には見えないけど。

私達が、どっちも頑張った証。

 

今なら言える気がした。

 

「今日はいろいろあったけど……桃美ちゃん、お疲れ様!!」

 

「うん、紫ちゃんもお疲れ様!!」

 

 

 

今日は特別な日。

 

桃美ちゃんの親友の私が、初めて変身した日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

「もう朝? あれ夕陽が沈んでいる」

 

「ふわあ……何だか長い時間、眠ってたみたい……」

 

「さ、活動を開始しなきゃね……」

 

「この世界の謎を解き明かし、平和を守る正義と道徳のヒーロー……」

 

「名探偵、きえちゃんの活動開始だよ!!」

 

 



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真打登場(Destroyer)

「いってきま~す!!!!」

 

私の名前は黄原(きはら)黄依(きえ)、普通の小学六年生!!

 

学校に行く前に今日もジャージでランニング。

元気がありあまって、消費しなければいけないのだ。

 

この世界には、きっと秘密があふれている。

 

私達の知らない中で繰り広げられる戦い……秘密の組織が、この世界を脅かす存在と戦うお話。

人によっては「そんなものは作り話の中だけだ」なんて笑い飛ばすかもしれない。

 

でも、どうしてそれが「本当は無い」なんて言い切れるだろう。

だって私達が知らないからこそ、それは秘密の物語なのだ。

 

私はそんな秘密を探して、日夜、調査に励んでいる。

気分は名探偵といったところかな!!

今日もワクワク、キラキラしたものをたくさん見つけれたらいいなあ。

 

「今日も太陽サンサン!!!! まるで私を祝福してくれるよう!!!!」

 

空がさっと曇る。

辺りが闇に覆われる。

 

「は?? え??」

 

空には、ぐるぐると黒い渦。

こんなものを目にしたのは、初めてのはずだ。

これは恐らく……。

 

「世界の命運を託された戦いが始まろうとしている……?」

 

もしくはカタストロフィーか。

この事実を知らせることは民衆に混乱をもたらすから秘匿されていた……。

 

「あ、撮らなきゃ」

 

私はジャージのポケットに入れていたスマートホンを取り出した。

少なくとも後で見返すのに役に立つだろう。

後で超常現象を取り扱った雑誌に送るのもいいかもしれない。

取り立ててもらえれば、世界の秘密を追う取材班になれるかも……!!

 

「UFOの大規模転移の前触れだったら後世に残る貴重な資料になるかも……!! 綺麗に撮らなきゃ……!!」

 

カメラのズームをいじる。

画面を通して見るそれは、いまいち作り物感が出ていた。

 

私は端末を戻していた。

自分の目で見たかったから。

 

まるで上空だけ竜巻が巻き起こっているみたいだ。

画に黒い絵の具をぶちまけて、筆でかき混ぜているような。

 

見惚れるように、その光景を見ていた。

 

一瞬、閃光が走った。

 

空気が破裂する音。

全身を貫く程の衝撃。

 

私は瞬時に耳を閉じ、口を開け、身を屈めた。

まだ余波がくるかもしれない。

 

転移してきた宇宙人に攻撃された。

ある程度は納得のいく仮説だ。

 

衝撃が収まったのを確認して私は体を動かした。

空はまだ、真っ暗なまま。

 

あれだけの衝撃だと周りに怪我をした人がいるかもしれない。

そう思って十字路へと出てみると――。

 

 

道に見慣れないモノがいた。

 

 

慌てて身を隠し、ゆっくりと姿を確認する。

大きめの馬かと思ったが、全身は不自然なほど真っ黒で、頭には大きな角が生えていた。

これはまさしく――。

 

「ユニコーンだ……!! ユニコーンは宇宙人の尖兵だったんだ……」

 

そうだったのか。

これが世界の秘密。

UMAも恐らく宇宙人が送り込んできた種だったのだ。

だとしたら超古代文明は?

 

もしかすると宇宙人は元々は地球に住んでいたのかもしれない。

星を捨て流浪の民となった彼、彼女らは生物に品種改良を重ねて戦闘用に改造したのだ。

 

それが今になって帰ってきた。

この星は自分たちのものだと主張するために。

 

馬型の何かが壁へと突っ込んだ。

塀がばらばらと音を立てて壊れる。

 

あんなものが大量に放たれれば、怪我人が出る程度では済まない。

今、この状況に気づいているのは私だけ。

 

何とかしないと。

 

そう思い、もう一度スマートホンを手に取ろうとした。

 

その時だった。

 

 

黒い獣の奥で桃色と紫色の発光。

獣が何事かとその方向を向く。

 

桃の髪。

桃のドレス。

魔法使いが持つような先がグルグルと回った桃色の杖を持つ少女。

 

紫の髪。

紫の甲冑。

右手には紫の剣を、左手の甲にはこれまた紫色の盾を付けた少女。

 

 

この人たちは、恐らく――。

 

 

「ま、魔法少女だああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

紫の人が先陣を切る。

獣の角と紫の盾の応酬。

 

息を飲んで見守る。

やがて盾が少女の手を離れ、吹き飛ばされた。

獣が紫の少女へと突貫する。

 

少女は剣を投擲する。

獣はそれを、容易く払い落とす。

 

――あれじゃあもう武器が。

 

そんなものは素人考えの杞憂だった。

 

紫の少女がすっと身を引く。

桃の少女は、全身を輝かせていた。

バチバチと桃色のオーラが弾ける。

 

杖を正面へ構えた後、咆哮がこだまする。

 

「いっけええええぇぇぇぇ!!!!」

 

私は体を十字路の陰に隠した。

道を飲み込むような桃色の光の氾濫。

 

収まった後に、壁から顔だけ出すと獣だけ綺麗に消滅をしていた。

どうやら他の物は破壊をしないらしい。

 

桃の少女と紫の少女が熱い抱擁を交わす。

キャッキャウフフと互いを労り、労う声が聴こえてきそうだ。

魔法少女とは、そういうものなのだ。

 

「あ、撮らなきゃ。……、いや」

 

一瞬、魔が差すが私はスマホを引っ込めた。

魔法少女にも肖像権はあるだろう。

こうした見る側の良識をもって、魔法少女の正体は秘匿(プライバシーは保護)されるのだ。

 

代わりに、自分の網膜にしっかりと焼き付けることにする。

 

「もうちょっと近づこう……」

 

私は電信柱から電信柱へ、最終的に少女たちの傍らの植え込みへと接近することに成功した。

名探偵の本領発揮である。

 

二人の会話が聞こえてくる。

 

「紫ちゃん、危ない役目だったけど大丈夫? 怪我はない?」

 

「ええ、桃美ちゃんがトドメをさしてくれて助かったわ」

 

互いを思いやる精神。

これこそが魔法少女なのだ。

きっとこの二人はこの街を人知れず守っていたのだ。

二人だけでずっと――。

 

「いやあ、息の合ったコンビネーションだったわね。作戦立案した私も褒めてほしいなあ~」

 

!?

 

私が恐る恐る顔を上げると、二人の間には緑色に発光する存在がいた。

これは恐らく……。

 

「妖精だ……。日本語しゃべれるんだ……」

 

いや、驚くのは今更なのかもしれない。

魔法少女あるところに妖精あり。

推理に修正は必要だが……。

 

紫の少女が不平を言う。

 

「学校が始まる前だから良かったけど、授業が始まったらどうするんですか?」

 

「大丈夫よ。もうしばらくは出てこないから。具体的には放課後くらいまで」

 

紫の少女はなおも納得してない様子だった。

話を聞いていると昨日はその予測が甘くて大変だったらしい。

 

桃の少女が傍らの少女と妖精をなだめる。

収まったのをみると、思い出したように言った。

 

「今日の放課後に教室で良かったよね。宿題もやってきたよー」

 

「ええ。そこでいろいろ説明するわ。ま、だいたい予定通りよ」

 

宿題? 説明?

どうやら学校で作戦会議をするらしい。

その情報を、頭の中の手帳に確かに書き込む。

 

辺りに桃と紫の光があふれる。

私が次に顔を上げた時にはもう周囲に人影はなかった。

後には取り残された私だけ。

 

私の推理には穴があった。

UMAが宇宙人の尖兵であるのなら、この星はとっくに滅んでいるに違いなかった。

そうなっていないのは、人知れず人々を守る存在がいるからだったのだ。

 

アニメで魔法少女をモチーフにしたものがあるのは、彼女たちの活躍をさりげなく伝えるため。

真実があらわになった時に混乱が起きぬよう、私達にその存在を刷り込む目的だろう。

 

古代文明、宇宙人、UFO、UMA、妖精、魔法少女。

 

全ては繋がっていたのだ。

 

壊れた壁のことだけ、よしなにして私はその場を後にした。

 

黄原黄依、普通の小学六年生。

胸の中はワクワクとドキドキで溢れていた。

 

 

 

 

 

今日の授業が終わり、放課後になった。

私は急いで教室を後にする。

 

あの二人を追わなくてはいけない。

 

隣のクラスの紫王紫さん。

隣の隣のクラスの桃原桃美さん。

 

この近くに住んでいるなら、もしや同じ学校では……? などと思ったらその通りだった。

休み時間に各教室を回ったところ、私の推理力(魔法少女の髪色)もあってすぐに見つかったのだ。

二人とはまだ話はしていない。

 

行動には慎重を期す。

正体秘匿の魔法はないようだが、記憶を操作できないとは言い切れない。

私は隣のクラスの廊下にて、気のない振りで外を見ることにした。

 

ドアを開く音。

静かな靴音。

 

横目で確認できた。

紫王紫さんが、紫の長い髪を揺らしながら廊下を歩いている。

 

抜き足差し足。

紫王さんが教室に入るのを確認した。

授業が終わってそれなりの時間だから、他の生徒は帰宅したのだろう。

 

私は教室のドアへと耳を引っ付けた。

声が聞こえてくる。

 

 

 

――モンスターを倒すのミサイルとかじゃ駄目なんですか?

 

――駄目。モンスターの構成要素には実軸と虚軸があるの。本体は虚軸。魔法少女の攻撃でなければ虚軸要素に干渉できないのよ。

 

――虚軸?

 

――そのうち習うわよ。

 

 

 

どうやらあの妖精もいっしょだ。

新しく出現した敵の対策を話しているのだろうか。

 

 

 

――じゃあ魔法少女の攻撃で街にも被害は出ない?

 

――そういうこと。世界は実軸要素で構成されているからね。あなたたちのドレスや鎧も虚軸要素。虚軸要素同士なら影響をおよぼすというわけ。

 

――なら、いいんだけど……。

 

――ジツジク、ジジツク……ジジジグ。

 

――どんどん離れているわ桃美ちゃん。

 

 

 

私はふんふんとメモを取った。

モンスターが街を破壊できるのは実軸要素も持っているからだろう。

また、魔法少女の魔法は虚軸要素が主だから、モンスターは倒せて街は破壊しない。

 

実軸は物質。

虚軸は魔法。

 

つまり、魔法少女が使う魔法と魔法も干渉するはずだ。

 

 

 

――はあ~、まあわかんないのは想定通りね。それより桃原さん。宿題はやってきたの?

 

――あ、うん!! やってきたよ!!

 

――気になっていたのだけど宿題って?

 

――桃原さん専用のスピードメニューよ。通常魔法、および浄化魔法に名前を付けてもらう。紫王さんは既にノリノリで言ってたから必要ないわね。

 

――な、なんのことかしら。

 

浄化魔法。

何だろう、聞き慣れないワードのはずなのに胸がトキメいている。

 

――ノートに書いてきたんだ~。

 

――すごいわ桃美ちゃん!! 素敵なセンスであふれている!!

 

――いや、うん。他人のセンスにとやかく言うのは良くないわね。この丸を付けたのが採用したやつ?

 

――はい!! 桃花彩光・スタブ!! 桃花彩光・シュート!! 桃花彩光・フル・シュートォォォォ!!!!

 

――今、叫ばなくていい。

 

 

 

必殺技。

 

必殺技だ。

 

必殺技の話をしてる!!!!

 

必殺技!!!! なんて甘美な響き!!!!

 

 

ガタッと音がした。

……私が態勢を崩したせいで。

 

 

 

――待って!! 誰かいるわ!!

 

――ええ!? もしかして聞かれちゃってたり!?

 

――おかしいわね。人はいないはず……。

 

 

 

まずい。

ぞろぞろとこちらに向かう足音が。

 

ここは逃げるべきだ(面と向かって話すべきだ)情報は集まったし、成果は十分と言えた(まだまだワクワクが抑えられない)捕まれば記憶の処理を受けないとは言えない(数学的表現が出てきたし科学の延長では?)だが秘密を知られたし転校する可能性は?(だが彼女達は明日もここにいるのだろうか?)

 

 

私は彼女たちに労いの言葉をかけたい(私は魔法少女になりたい)

 

そう決心した私は自分から扉を開けた。

 

びっくりしている紫王さん、桃原さん、そして小さな緑の妖精。

 

こういうのは勢いが大切だ。

黄原黄依、一世一代の大勝負――。

 

「みなさん、お話は聞かせてもらいました……」

 

三人の訝し気な視線が突き刺さる。

変に動揺しては駄目だ。

堂々としていることが何より大切。

 

「この黄原黄依!! 日課はジョギング!! 特技は縄跳び!! 妹は三人!! 今、正義を燃やします!! 魔法少女、やらせてもらえませんか!!」

 

今こそ、自然な流れで追加戦士なるのだ。

 

 

 

……。

 

 

 

首を傾ける桃原さん。

訝し気な顔をする紫王さん。

まじまじとこちらを見詰める妖精さん。

 

掴みは、悪くないはずだ。

 

「名前は紫王さんに桃原さんだよね!! 原っぱ仲間だ!! あ、好きな食べ物は……」

 

「黄原さんって言いましたっけ。魔法少女はあなたが考えているような甘いものではないわ」

 

「ゆ、紫ちゃん」

 

紫王さんからの厳しい一言(一度言ってみたい台詞)に桃原さんが慌てふためく。

こんな反応は想定内である。

とにかく会話を粘って、傍で戦いを見学できるまでの譲歩を引き出せれば――。

 

「何でいるのよ……」

 

妖精さんが独り、深刻そうな顔をしているのを私は見逃さなかった。

放課後だから、人はいないものと思っていたのだろうか。

それにしても教室で話すのは迂闊だと思う。

私なら誰かの家とか漁港の倉庫とか廃ビルの中とかいつもの採石場とか……。

 

その時だった。

カーテンを閉めたかのように、日差しが一瞬で消えた。

 

朝の時と同じだ。

だとしたら。

 

「伏せて!!!!」

 

私の叫びとともに、二人が身を屈める。

 

落雷。

 

そう勘違いする程度には、私もこの音に慣れていない。

 

「しばらくは出てこないんじゃなかったの!?」

 

「言ったでしょ!! 授業が終わるまでって!!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて~」

 

三人が口々にしゃべっている。

 

私は思考する(出現位置の確認、避難経路の確保、敵の特徴の把握、被害が最小限となる効率的な作戦、速やかな――)

 

「想定内だけどかなり早いペースね……!! 予測を修正しないと……。あ、敵は屋上に現れたわ!! はい!! 出動出動!!!!」

 

「紫ちゃん……!!」「うん、行きましょう!!」

 

二人が教室を飛び出る。

 

「ああもう!! 私を置いて行かないでよ!! 全く……!!」

 

「ねえ妖精さん。私もついて行っていい?」

 

妖精さんが数瞬、黙する。

やがて溜息を吐くと諦めたように言った。

 

「駄目って言っても付いてくるでしょ……。あなた、そういうタイプよ」

 

「やりい!!」

 

妖精さんからの投げやりな一言(一度言われてみたい台詞)を受け、私は屋上へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

空はやはり黒かった。

朝、見たのと同じ漆黒の一角獣。

それに相対するは紫の鎧と桃のドレスを纏う魔法少女たち――。

 

「変身シーン、見逃しちゃったよ!!」

 

「あの子たちはタップ一回で変身できるようになったわ。あと、もう少し下がりなさい」

 

屋上へと出る扉のところで引き留められる。

 

朝と同じだ。

紫の剣が獣の角を捌く。

いや、朝よりも優勢と言えた。

後方で力を溜めている桃の少女も、余裕のある様子だった。

 

必殺技、出すのかなあ。

 

「やっぱりもう少し近くで……」「危ないから離れなさいって!! 全く……」

 

近頃の若い子は、という口ぶり。

妖精さんがいくつなのかわからないが。

 

「それにしても……」

 

私は視線を戻す。

 

紫の少女が守り、桃の少女が必殺の一撃を構える。

 

何も心配いらない(不自然なほど同じ)光景。

 

「ねえ、妖精さん。宇宙人の尖兵ってあの種類だけなの?」

 

「宇宙人? 何を言ってるのあなたは……。種類はたくさんいるわよ。無数にね」

 

だとしたら。

 

 

敵は何でわざわざ同じ種を送り込んだのか。

 

 

紫の少女が一角獣を追い詰める。

そのまま横へと飛んで、号令を叫ぶ。

もう一人の、桃の少女の名前を。

 

構えた杖の先から閃光が発射される。

桃色に輝くそれは、一直線に一角獣の方へと伸びていき――。

 

 

 

黒い盾に弾かれた。

 

 

紫の少女と桃の少女が驚きの声を上げる。

一角獣の胴から盾が、まるで生えるようにくっ付いていた。

 

盾がもぞもぞと動く。

 

盾を持つ腕が。

腕を支える胴が。

もう片側の腕から槍が生えていく。

 

顔は、生えない。

 

変化が終わった時に現れたのは、一角獣に跨る首無し騎士だった。

 

 

 

漆黒の騎士を揺らしながら、馬が突貫する。

先には呆けた紫の少女が――。

 

「危ない!!」

 

紫の剣が角を弾く。

そして――。

 

槍は弾けなかった。

 

つんざく叫び声と、悲痛な叫び声がほぼ同時。

 

紫の剣は空中で数回転すると、そのまま屋上から地面へと落ちていった。

態勢を崩した紫の少女に、漆黒の騎士が近づいていた。

 

桃の灯りが走る。

杖の先が眩しく輝いていた。

 

漆黒の騎士の背後を取った全力の殴打。

 

桃の少女の顔が曇る。

攻撃は即座に反応した漆黒の盾に阻まれていた。

そのまま盾に乱暴に押し戻される。

 

桃の少女が床で数回転した。

 

 

 

「妖精さん!! このままじゃ二人ともやられちゃうよ!!」

 

「わかっているわよ!! 今、どうするか考えてるわ!!」

 

「妖精さん……魔法少女って今すぐなれるものなの?」

 

「……はい、って答えたらどうする?」

 

「決まってるよ。私が魔法少女になって二人を助ける」

 

「……」

 

「妖精さん!!」

 

「はあ……止めても無駄なんでしょ。それにしてもやけにあっさり決断したのね」

 

「目の前の苦しんでいる人を助けたい。それって普通(正義)でしょ」

 

「……そうかもね」

 

妖精さんの周りに魔法陣が浮かぶ。

 

「特殊魔法力疑似誘発装置作動。機能圧縮。情報伝送。領域展開。第三セット内容確認……良し。合言葉は――」

 

決まっている。

女の子の憧れはいつだって――。

 

「魔法少女!!!!」

 

私の体が黄の光に包まれる。

服装をイメージする。

 

紫王さんが戦士で、桃原さんが魔法使い。

それなら私は、僧侶がいい。

 

 

 

 

 

漆黒の騎士は魔法少女二人を追い詰めていた。

後ろは屋上の手すり。

これ以上は下がれない。

 

「桃美ちゃん、私の後ろに隠れて!!」

 

「でも……それじゃあ紫ちゃんが!!」

 

じりじりと詰め寄る黒い敵。

しかしもう心配はいらない。

なぜなら――。

 

私がそこへ突っ走っているから。

 

「名乗っている暇はないよね……!!」

 

私は手にした棍棒によく似た武器を振り上げる。

 

「良いの、考えとくから!!!!」

 

敵が瞬時に振り向き、大楯を構えた。

とりあえずこちらに注意を向けれた。

 

私は手に思いっきり、(魔法)を込める。

 

ホーリーメイス!!(黄依ちゃんバトルメェェェェイス!!!!)

 

衝撃と共に、黄のしぶきが飛ぶ。

お互いが僅かに後ろに後ずさる。

反動を利用して、思い切り振りかぶる。

 

「もう一発!!!!」

 

今度は敵だけが、後ろへと跳ねた。

もう一度、回転するように振りかぶって一撃。

 

漆黒の騎士も退陣を余儀なくされたのか、私から距離を取る。

すかさず滑り込み、紫王さんと桃原さんの前を陣取る。

 

「初陣なんだから無茶な戦いはしないでよ!!」

 

耳元に助言が飛ぶ。

妖精さんは、私の肩に停まっていた。

 

私は止まらない。

敵が態勢を立て直す前に攻勢をしかける。

 

紫王さんが剣と盾(Tank)、桃原さんが(Shooter)

 

それなら私は棍棒(Attacker)だ。

 

 

棒の先は、煌々と黄の光が漏れていた。

応戦に繰り出される黒槍へと、弧を描くように。

 

 

私の棍棒は、跳ね上げられ、上空へ吹っ飛んでいった。

 

「だから言ったじゃない!!!!」

 

咄嗟に手を上空へと向ける。

力が伸びる様をイメージする。

 

魔法と魔法が干渉するのなら!!(手首のスナップを効かせて!!)

 

手から黄色い線が生み出される。

ロープのようにするすると、どこまでも伸びていき――。

 

吹っ飛んだ棍棒を繋ぎとめた。

そのまま、直下。

 

即席モーニングスター!!(落ちろお!!)

 

敵からしたら完全に死角からの一撃。

手応えあり。

 

武器が私の手に戻ってくる。

隙を見逃さず、角と槍をへし折る。

 

漆黒の騎士がよろける。

 

敵の強みは潰してやった。

後は――。

 

 

 

刹那、黒い炎が燃え上がった。

 

そう勘違いするくらい、漆黒の騎士の周囲の黒は昂っていた。

 

そうだ、こいつの強みはまだ残っていた。

 

大楯。

 

もこもこと、音を立てて。

敵の姿が見えなくなる程に肥大化したそれを、こちらに構えて。

 

力を、最大限にまで燻らせていた。

 

「あいつ!! あなたを押し出すつもりよ!!」

 

「うーん、飛ぶ魔法とかあったりしない? 妖精さんみたいな羽根を出すとか」

 

「こんな時にふざけないで頂戴!!!!」

 

やっぱりないのか。

飛ぶ魔法。

ちょっと残念。

 

 

 

でも、大丈夫だ。

 

なぜなら――。

 

 

 

地響きとともに、脅威が突っ込んでくる。

 

離れていた少女たちの、私を心配する叫び声が聞こえた。

 

私は足に力を込めて、そのまま飛び上がった。

 

今までいた地点が、小さく見える。

 

耳元で妖精が、歓声にも似たうめき声を上げる。

 

 

 

翼なんかなくたって、人間は両の足でこんなにも飛べる。

 

 

 

敵が異変に気付き、大楯を真上に掲げた。

 

空中で二度三度。

回転しながら棍棒の先に、力を込める。

 

敵を捉えて、強みを断って、最期に行うのは――。

 

浄化コード認証(速やかな破壊)……」

 

私の武器が身の丈を優に超える。

そのまま、力の限り叫んだ。

 

デラックス・黄依ちゃん・メェェイス!!(ぶっ潰れろおおおおぉぉぉぉ!!!!)

 

めりめりと。

 

大楯をかち割り、押し込んでいく。

 

戦いは単純に強度の上回る方が勝つ。

 

より大きく、より速く、より強かった黄の光は、黒い塊を完全に押し潰した。

 

漆黒の騎士と、漆黒の獣は、最後にはまとめて、この世界から消し飛んだ(飛び散った)

 

 

 

「決め台詞は……うーん、黄依ちゃん大勝利!! ぶいぶい!!」

 

「考え直した方がいいわね。戦い方もいっしょに」

 

息も絶え絶えな妖精さんに、「え~」と悪態をついてみる。

空が青く染まっていく。

黄原黄依、小学六年生。

 

今、この瞬間から、普通の魔法少女。

 

 

 

 

 

「黄原さーん!!」

 

戦いが終わり桃原さんが駆け寄ってくる。

ドレスはところどころ汚れているが、無事なようだった。

 

「すごかった!! すごかったよ!! それシスター? プリースト? 何でもいいや!! かわいい!!」

 

「桃原さんも無事でよかったー!!」

 

私達は両手を繋いで、メリーゴーランドのようにくるくる回った。

 

回転しながらもう一人の少女の様子を確かめる。

 

「紫王さんも無事そうだね~良かったら~いっしょに回らない~?」

 

「……これはどういうことなの?」

 

紫王さんのただならぬ様子に私と桃原さんが回転を止める。

 

一瞬、私に向かって話しているのかと思ったが違うようだった。

私の肩に向かって――つまり妖精さんに話していた。

 

「敵はどんどん強くなってる!! 出てくるのはこの辺りだけ!! 教えて!! 私達はいったい何と戦っているの!?」

 

妖精さんが私の肩から離れた。

難しい顔を作り、そして話し出す。

 

「そうね、それも今日、説明するつもりだったの。私達が戦っているのは言わばあのモンスターたちの親玉。私のいたところも、奴に襲われた。何とか追い返したけど同じように狙われているこの世界に危機を伝えにきたのよ」

 

妖精さんの言葉に私達はごくりと息を飲む。

宇宙人の尖兵はモンスターだった。

そして、その頂点に立つ存在がいる。

 

「深淵なる闇――それが奴の名前よ」

 

紫王さんと桃原さんが深刻そうな顔をする。

私の胸が少しだけワクワクしていたのは、内緒だった。

 



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追放騒動(Debate)

私、桃原桃美は普通の小学生。

ワケあって(なし崩し的に)今は魔法少女をやっています!!

最初は不安もあったけれど、親友の紫ちゃんに新しく友達になった黄依ちゃんも加わって絶好調!!

 

今日もこの三人で、頑張って行きます!!

 

「黄原さん!! あなたとは一緒にいれないわ……」

 

「え~!! そんなこと言わないでよ。ゆかり~ん」

 

 

 

……。

 

今日もこの三人で、頑張って行きます!!

 

「こうなったら追放よ!! あと、あだ名で呼ぶのは……その……止めて!!」

 

「うーん、じゃあじゃあ。ゆかぽん、ゆかりーぬ、ゆかちん……」

 

「呼び方の問題じゃない!!!! とにかく!! あなたは追放されたの!! キックキック!!」

 

「え~、この雑誌に付いてた特性魔除けシール譲るから許してよ」

 

 

 

……。

 

「きょうもこのさんにんで がんばって いきま~す……あはは……」

 

「モモミー、めちゃくちゃ虚ろな瞳をしてる」

 

「あなたのせいでしょ……」

 

紫ちゃんと黄依ちゃんが、また口喧嘩(小競り合い)を始める。

今日は私が変身してから三日目の放課後。

他の人に聞かれぬよう、空き教室で話し合いをしていた。

 

こういう時に限って妖精さんはいない。

 

 

 

私達、どこですれ違ってしまったのだろう。

解れた糸は、二度と紡がれることはない。

無理に繕えば、絡まり、千切れ、元の形からどんどん離れていく。

必死に糸を辿って行っても、それは解決に結びつくとは限らないのだ。

 

そう、こんな事態になったのはつい15分前。

私達が空き教室に入ろうとするところから――。

 

 

 

 

 

「あ、紫ちゃん!!」「ふふ、桃美ちゃんも今出たのね」

 

私が空き教室へ向かうためドアを開ければ、ほとんど同じタイミングで紫ちゃんも出てきた。

授業は同じ時間なので別にあり得ることなんだけど、何となく嬉しい。

 

私は紫ちゃんへと駆け寄った。

今日も紫ちゃんの髪はさらさらで綺麗だ。

 

綺麗だと思っていた黒く長い髪は、紫に染まっても変わらぬ印象だった。

色自体はあまり関係なかったのかもしれない。

きっと私が好きなのは――。

 

思考を振り払おうと首をぶんぶん振っていたら紫ちゃんに笑われてしまった。

この想いが悟られて、壊れるくらいなら。

……今のままでいたい。

 

「そういえば髪のことって桃美ちゃんは聞いた? あいつから」

 

一瞬どきっとする。

以前に私が髪の色を気にしたことに思い至る。

 

紫ちゃんは優しい子だ。

 

「うーん、やっぱり治らないみたい」

 

「親には? なんて説明した?」

 

「最初は原因不明の奇病で……ってことにしたけど妖精さんが『それじゃあ病院へ連れていかれるでしょ!! はああぁぁ~、わかんないかあぁ~』って」

 

紫ちゃんが吹き出した。

妖精さんの物真似がウケたらしい。

 

「『グレて染めたことにした方があぁ~マシだったんじゃないのおぉ~』」

 

「ふ……ふふ……」

 

「『もおぉいいわぁ~私がぁ~なんとかするからあぁ~』」

 

「あはは!!!!」

 

ダムはついに決壊した。

これから鉄板ネタとして使っていきたいと思う。

 

ひとしきり笑った後に、私達はお互いをまじまじと見つめた。

たぶん、変わってしまった証を確認するために。

 

「私達、本当に魔法少女になったのよね」

 

「……うん」

 

昨日の戦いの後、聞かされたその名前。

 

深淵なる闇。

 

妖精さんの話では、ここ数日で動きが活発になっており、それに釣られる形でモンスターが湧いているのだそうだ。

ここ一週間くらいが勝負所とのこと。

 

紫ちゃんが足を止めた。

私も慌ててそれに合わせる。

 

「桃美ちゃんは怖くないの……?」

 

あと一週間近くも戦うのは正直、怖い部分もある。

でも――。

 

「大丈夫だよ!! だって紫ちゃんも黄依ちゃんもいるんだもの!!」

 

「……」

 

「……紫ちゃん?」

 

「そうね。私も……黄原さんも、いるわ」

 

紫ちゃんは再び歩き出す。

私達はそのまま特に話すことなく空き教室へと入った。

それが何を意味するのか、私にはわからなかった。

 

 

 

 

 

「黄依ちゃん、まだいないみたいだね」

 

「そうね」

 

普段は予備の机や椅子が置いてあるだけの場所だ。

私と紫ちゃんは端に並んでいた椅子へと腰かけた。

 

私はスマホを取り出した。

このアプリは常にバージョンアップ(突貫工事)が行われ機能が追加されている。

私達三人と妖精さんでメッセージを共有すること(おしゃべり)も可能になった。

 

私が黄依ちゃんに授業が終わったか聞こうと思ったら紫ちゃんに止められた。

たぶん、すぐ来るでしょうって。

それもそうかと思い、リアルおしゃべりへと移るのだった。

 

「いやあ、昨日の黄依ちゃんすごかったよねえ」

 

「……」

 

心なしか、紫ちゃんの眉がぴくっと動いた。

 

「いきなりあんなに戦えちゃうんだもん。やっぱり才能ってやつなのかな……?」

 

「……どうかしら」

 

思ったよりも、紫ちゃんの反応は悪かった。

理由はやはり、わからない。

 

私が次の話題に困って、ささやかな沈黙が流れそうな時。

紫ちゃんは猫の動画でも見よう、って言ってくれた。

猫は正直どうでもいいが、こういう時は役に立つのだなと――。

 

「ゆかりん、モモミー!! 遅くなったー!!!! ごめぇぇぇぇん!!!!」

 

「黄依ちゃん!! 私達も今きたところだよー!!」

 

「ゆか……? 今、何て言ったのあなた……?」

 

勢いよくこちらへ近づく黄依ちゃん。

手にした大きな手提げ袋が目についた。

 

「黄依ちゃん、それ何?」

 

「作戦会議に役に立つかと思っていろいろ持ってきちゃった!! ちなみにコックリさんセットはお気に入りのやつ!! ゆかりんとモモミーにも使い方、教えてあげるね!!!! モアイも並べてイースター島のアフ・アキビを再現しちゃおっと♪ 」

 

「その……あだ名について説明してほしいのだけれど」

 

黄依ちゃんが空いている机に領域展開(謎アイテムの陳列)をしようとしている、その時だった。

 

「人の話を聞いてるの!? あなた!!」

 

「え? 聞いてるけど……?」

 

「ゆ、紫ちゃん……?」

 

私が見たこともないような紫ちゃんの怒った顔。

あたふたとしている間に、二人の会話はずんずん進む。

 

「まずあだ名!! その呼び方は何!?」

 

「ご、ごめんゆかりん。ゆかりんがモモミーと動画を見るの邪魔したのは謝るからさ~」

 

「だからそうじゃないって……!!」

 

「ちなみにどの動画?」

 

「……これ。猫の動画。かわいいでしょ?」

 

「どれどれ……ん~? これって無断転載されてるのでは?」

 

「……!! あなた、猫にケチをつける気……!? さては猫アンチね!!」

 

「ん~。別に猫に思い入れはないけど……。そこら辺は守ってこその娯楽じゃないかな」

 

「もういいわ。やっぱり初手であだ名の人とは世界が違ったのよ……」

 

「あ、そうそう!! ゆかりんってあだ名、私は気に入ってるんだけど、どう!?」

 

「黄原さん、あなたに言い渡すわ……」

 

「お、なになに?」

 

「黄原さん……あなたを魔法少女から追放します!!!!」

 

「え!?」

 

私が間に挟まることもできず、こうして紫ちゃんと黄依ちゃんは袂を分かって(喧嘩をして)しまったのだった。

 

 

 

 

 

結局、あの後は会議どごろではなく、妖精さんも最後まで姿を現さなかった。

見慣れたはずの学校の帰り道。

それがいつもと違うように感じるのは気のせいではないのだろう。

 

私の隣にいるのは黄依ちゃんだった。

 

「モモミー、なんかごめんね。私がちょっと張り切りすぎたせいだ」

 

「ううん!! 黄依ちゃんは悪くないよ!! きっと誰も悪くない……!!」

 

だといいんだけど。

そう、黄依ちゃんはぼそっとつぶやく。

 

紫ちゃんはあの後、言い争いの勢いのまま一人で帰ってしまった。

追いかけようとも思ったが黄依ちゃんを残すこともできず、どうしたらいいのか、わからなかった。

 

だから私がそのまま教室にいたのは、それを選んだわけではなく何も選ばなかったから。

そしてしょうがなく、こうして黄依ちゃんと帰宅している。

 

「ほら、紫ちゃんもたぶん本気じゃないし……!! 追放されても元のギルドに復帰してハッピーエンドだよ!!」

 

「ハッピーエンド、ね。……うーん」

 

「黄依ちゃん?」

 

黄依ちゃんは何か考え込んでいるようだ。

やがて考えがまとまったのか、口を開いた。

 

「私だけ別行動なのはどうかなって。ほら、もともと二人は仲良かったんだし」

 

「え……」

 

黄依ちゃんはその後、戦闘でかっこよく助けに入るポジション!! って言って笑っていたけど、それが冗談であることは私にもすぐにわかった。

 

「そんなの駄目だよ!! モンスターは怖いんだよ!! 黄依ちゃんが一人でいたら黄依ちゃんが危ないよ!!」

 

「……。うーん、まあそうなのかな。先輩魔法少女がそう言うならね~」

 

私は頬をぽりぽりとかく。

先輩といっても一日だけだ。

 

十字路に差し掛かったところで黄依ちゃんが向きを変える。

どうやら家の方向が違うらしい。

 

「あ、じゃあねモモミー!!」

 

「うん!! 黄依ちゃんまた明日!!」

 

別れ際の黄依ちゃんは手を大きく振って、笑顔だった。

その様子を見ていると、ポケットが急に振動する。

 

端末を取り出すと、それは紫ちゃんからのメッセージだった。

妖精アプリではなく、二人で会話しているいつものツールだった。

 

『桃美ちゃん、今日はごめんなさい。

かっとなって帰っちゃった。

あの動画は確認してみたらやっぱり無断転載だったみたい。

黄原さんにありがとうって伝えておいて。』

 

「自分で伝えればいいのにぃ……」

 

黄依ちゃんの背中はもう見えない。

どうしてこんなにもすれ違うのか。

そんなやりきれない思いを抱えつつ、とぼとぼ家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

「ふう~~~~」

 

夜。

お風呂から上がってパジャマに着替えた後。

スマホをチェックした私は安堵した。

 

『本日、敵襲なし』

 

妖精アプリからの通知に、短くそう書かれていた。

 

滑り込むようにベッドに倒れる。

久しぶりにモンスターも出なかったのに、こんなに疲れるとは。

気怠い動きで、無意識にスマホを掴むと時刻もそれなりだった。

 

今日はもう早く寝てしまおうか。

 

「……」

 

私は妖精さんの満面の笑みをタップした。

画面からから緑の光が溢れて、飛び出る。

 

「はいはい~。桃原さんね。呼んだ~?」

 

「妖精さん、人生相談お願いします……」

 

「ええ!! いいわよ!! 私、人生相談大好き!! あることないこと言ってマウントを取った気分になれるもの!!」

 

「妖精さんは親切(最悪)だなあ……」

 

「それほどでも~」

 

私は溜息を吐くと自分の考えを整理する。

 

「紫ちゃんと黄依ちゃんが……ええと、ソリが合わないみたいで私はどうすればいいのかなって……」

 

「ふ~ん。まあそんなこともあるんじゃない? 紫王さんは言葉を選べないし、黄原さんは……そうね、独りよがりなところがあるわ」

 

「な、投げやり……」

 

「真実よ。桃原さん、あなたは仲が良い子とそうでない子、どっちの数が多い?」

 

「え?」と私は声を出す。

仲の良い子、例えば紫ちゃん。

黄依ちゃんも明るくて良い子そうだし仲良くなりたい。

 

でも、そうでない子。

それは一体どこまでの範囲を指しているのだろう。

 

「わかんない……」

 

「わかんない、ってことはないでしょう。例えば40人のクラスだったら気の合う友達が何人かって話よ。友達が5人グループだったら35人は特に仲が良くないでしょう」

 

「それってつまり……?」

 

「仲良くなれるのなんて8人に1人程度ってことよ。もちろん、もっと少ないこともある。周り全員と気が合わないことだって、ね」

 

妖精さんの言わんとしていることが理解できた。

 

例えば友達と何をして遊ぶか。

買い物をしたい子もいれば、家でゲームをしたい子もいるだろう。

そもそも一人でいたい子もいる。

 

自分がどうするかは何かひとつしか選べない。

 

つまり、みんなが仲良くするなんて最初から無理だと言いたいのだ。

 

それでも――。

 

「私は紫ちゃんと黄依ちゃんに仲良くしてほしいよ……」

 

「だったら最初から答えは決まってるんじゃない?」

 

「え?」

 

「二人が仲の悪い原因を考える。それがなくなるよう努力する。私は最低限、連携してくれれば別にいいけど。あなたは嫌なんでしょ?」

 

私がどうしたいか。

これまであまり、深く考えてなかった。

 

紫ちゃんも黄依ちゃんも良い子で、ちょっとすれ違っているだけ。

それなら私ができることだってあるはずだ。

 

「ありがとう、妖精さん。何だか心が軽くなったかも……!!」

 

「いいってことよ。はあ~今日は向こうで忙しかったから良い気分転換になったわ~」

 

「あ、具体的にどうするかも良かったら相談を……!!」

 

「それは自分で考えて。じゃ、寝るわ。おやすみ~」

 

「……」

 

緑の光がふっと消える。

何だか言いたいことだけ言って帰ってしまった。

 

でも糸口は見つかった。

 

二人がすれ違った原因。

それは一体なんだっただろう。

あだ名……コックリさん……猫の動画……。

 

猫の動画、紫ちゃんには黙っていたけど私も興味ないんだよねえ……。

 

猫、猫、猫……。

 

ネコ――。

 

「……そうか!!!!」

 

思考が飛び起きる。

はやる気持ちを抑えて、黄依ちゃんに連絡を取る。

 

私の提案に黄依ちゃんも興味を持ってくれた。

倉庫にもひとつあったはずだ。

後は――。

 

「良し……自分で作ろう……!!」

 

机に向かい、材料の準備をする。

疲れと眠気はどこかへ吹っ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわふわもこもこ。

 

ちょきちょき。

 

ぺたぺた。

 

「……なさい……」

 

ふわふわもこもこ。

 

ちょきちょき。

 

ぺたぺた。

 

「……き……なさい……てば!!」

 

 

「起きなさいって言ってるでしょ!!!! 桃原さん!!!!」

 

「ひゃああああぁぁぁぁ!? 妖精さん!?」

 

私は机の上につっぷしたまま眠ってしまったらしい。

カーテンの隙間からは朝の日差しが覗いていた。

 

机の上に置かれたスマホはぶるぶると振動していた。

 

「モンスターが出るのよ!! 黄原さんと紫王さんにはもう伝えたわ!! あなたも朝のランニングという名目で早く現場へ向かって頂戴!!」

 

「え? でもお外、明るいよ」

 

「だ・か・ら!! これから出るの!! 今回は精度よく予測できたから!! はい、早く行く!!」

 

「ええ!? 一体どこに!?」

 

「この家と黄原さんの家と紫王さんの家のちょうど真ん中あたりね、これ」

 

「大変……!!」

 

私は急いで着替える。

荷物は最小限に――。

 

「……いや、でも入れておこう!!」

 

昨日作ったそれを私は丁寧に鞄へと入れた。

これは必要なものだ。

 

これはきっと、私と紫ちゃんと黄依ちゃんの友情の証となるのだ。

なかったら、三人の心がばらばらのままになってしまう気がした。

黄依ちゃんもそう思ってるなら、持ってきてくれるかもしれない。

 

急いで外へと出る。

 

走る、走る。

 

遠くに見慣れた影を見る。

 

あれは――。

 

「紫ちゃん!!」

 

「桃美ちゃん!? 良かった。一緒に行きましょう!!」

 

紫ちゃんが少しスピードを落として横に並んだ。

息を切らしながら紫ちゃんが口にする。

 

「着いた時に一人だったら……って考えたら少し不安で……。……二人なら大丈夫よね」

 

「確かに!! 黄依ちゃんも来てるしね!!」

 

「……」

 

「……紫ちゃん?」

 

「目的地はすぐそこのはず……あ!!」

 

空が暗くなる。

流石に慣れてきた。

 

紫ちゃんと顔を見合わせる。

 

「黄依ちゃんもいれば良かったんだけど……」

 

「黄原さんの家はここから一番遠いから。大丈夫よ……桃美ちゃんは私が守るもの……」

 

「紫ちゃん……」

 

耳元で妖精さんの声が高らかに上がる。

 

「さあ!! 万全を期してあらかじめ変身しておくのよ!!」

 

「うん!!」「わかったわ!!」

 

アプリの変身機能を起動する。

私達の体が桃と紫の光に包まれる。

 

衣服と荷物が私達の身を守るドレスと鎧(防具)に変化する。

 

終わった時には敵の姿も見えた。

50メートル程度先。

 

最初は真っ黒な土管が動いてるのかと思った。

良く見ればそれは幾つもの鋭い鱗で覆われ、うねうねと有機的な動きをしていた。

 

「蛇……かな?」

 

「ドラゴンっぽいかも……。手足は無いようだけど……」

 

「蛟竜ってやつかもね。相手がどんな攻撃をするかはわからないから注意して頂戴」

 

よし!! と私は(魔法)を込めた。

紫ちゃんが私の前に凛々しく立つ。

この距離ならば安全に攻撃できるはずだ(紫ちゃんのきりっとした横顔はかっこいい)

一撃で決めてやる(紫ちゃんの髪の毛はとても良い匂いがする)

 

紫ちゃんの脇から、標的を見据える(ダメだダメだ、集中しないと)

 

敵はその場を行ったり来たり。

こちらに気づいていないのかも?

そう思っていると鱗のひとつひとつが針鼠のように逆立った。

鱗の一つがこっちに向かって飛んで――。

 

「危ない!!!!」「ひゃわああああぁぁぁぁ!?!?」

 

紫ちゃんに勢いよく押し倒される。

 

天を仰いだ私の視界に、黒いものが高速で横切る。

発射された鱗は、ブーメランのように旋回して戻り、そのまま敵の体に挟まった。

 

「あ、ありがとう紫ちゃん……」

 

「ぶ、無事……? 心臓が止まるかと思った……」

 

「桃原さん!! 油断しないで!! 紫王さんは盾を使いなさい!!」

 

二人でばたばたと立ち上がる。

蛇は完全にこちらを敵視している。

 

さっきとはもう状況が全然違う。

もしも鱗をいっぱい飛ばされたらこっちに対抗する手段は――。

 

 

――うおおおおぉぉぉぉ!!!! 天知る地知る!! 正義と道徳の探偵!! 兼!! 魔法少女!!

 

 

「この声は……!!」「……もしかして」「名乗りはアレだけど来てくれたようね……こっちの切り札ってやつが」

 

黄の法衣に身を包み、光をまき散らしながら、向かい側からまっすぐに。

そこへ向かって紫ちゃんが大声を上げた。

 

「黄原さん!!!! 迂闊に近づいては駄目!!!!」

 

蛇が180度向きを変える。

逆立った無数の鱗が魔法少女(乱入者)へと飛ぶ。

 

「ダブルツイン・メェェェェイス!!!!」

 

黄の少女が両手を交差させる。

両の手には一対の棍棒が握られていた。

黄に輝くそれらが、扇状の軌道を描く。

 

黄の少女の目前まで迫った鱗は、吹っ飛んでいた。

一回、二回、三回。

 

見てるこっちが冷や冷やするくらい大胆で、無骨な策。

黄依ちゃんは全てを打ち落として敵へと迫るようだった。

 

「黄依ちゃん!!!!」「黄原さん!! 下がりなさい!!」

 

私達の心配の声を上げるころには、黄依ちゃんはもう敵を捉えていた。

 

「どおおおおりゃああああぁぁぁぁ!!!!」

 

同時に、二撃。

衝撃で鱗が四方八方へと飛ぶ。

蛇はのたうつように体をくねらせ、その姿を崩していく。

 

私達が苦戦していたそれを、黄依ちゃんはあっさりと攻略してしまった。

 

「黄依ちゃん……!! だいじょう」「黄原さん!!!! 何をしているの!!!!」

 

私の声は紫ちゃんの声にかき消される。

駆け寄る私達に黄依ちゃんは手を振って応えた。

 

「ゆかりん、モモミー、おはよー。敵、倒せて良かったね!!」

 

にこやかに答える黄依ちゃんに胸が痛む。

きっと紫ちゃんは別のことを考えていたから。

 

「良かったね……じゃあないのよ!! あんな戦い方したら危ないじゃない……!!」

 

「え……そう、かな」

 

「そうよ……!! 何で一人で突っ込んで行っちゃうの……!! もう……!!」

 

「わ、私は……早く敵を倒した方が……ゆかりんもモモミーも安全かなって……」

 

「……。そ、そんな瞳をウルウルさせてもダメなんだから!!」

 

また始まってしまった二人のすれ違い。

私はそれを止めようとして、微かな違和に気づいた。

 

敵は消えたはずなのに(敵を倒せていないから)、空が暗いまま。

 

「みんな気を付けて!!」

 

私の声に二人も反応する。

周囲に変わったものと言えば――。

 

鱗だ。

 

断末魔で散らばっていた鱗が空中で静止している、私達を取り囲むように。

 

「危ない!!!!」

 

鱗の一つが黄依ちゃん目掛けて飛んでくる。

紫の盾がそれを弾き、押し返した。

 

「あ、ありがとう。ゆかり~ん」

 

「た、盾、初めて使ったわ……。あと抱きつかないでったら!!」

 

「……」

 

私はすっと紫ちゃんの盾に入ると、安全確保のため紫ちゃんに引っ付いた。

 

「それにしても……妖精さん!! これってどういうこと!?」

 

「決まってるでしょ。この鱗ひとつひとつが今回の『本体』だったってこと。蛇は集合体に過ぎなかった!! とりあえず壁際に移動して頂戴!!」

 

紫ちゃんの盾に隠れながら私たちは壁を背に取った。

その間にも敵の攻撃は止まない。

このままだと――。

 

「……ごめんね、ゆかりん、モモミー。私のせいで……」

 

「……え。どうしたのよ急に」

 

「そうだよ。私達だって普通に倒そうとしてたし……きっとこうなってたよ」

 

黄依ちゃんが顔を上げる。

 

「……うん!! 責任を取ってあの鱗、全部叩き潰すね!!」

 

「それは止めなさいって!!!!」

 

「……」

 

私は静かに決意する。

私はどうしたいのか。

私は、何を選ぶのか。

 

今の私は、紫ちゃんと黄依ちゃんを守りたい。

 

「ねえ、二人とも。今日まだ、私は何もしてないんだ……!!」

 

「え、それってつまり……?」「つまり……?」

 

二人の不思議そうな声が返ってくる。

黄依ちゃんが敵を粉砕して、紫ちゃんが今こうして守っている。

 

つまり――。

 

(魔法力)が有り余ってるってこと!!!!」

 

私の体が桃の光で満たされる。

蛇口の水と同じだ。

魔法力は絞れば絞るほど出がよくなる。

 

この力を時間的に絞る。

 

盾から私が飛び出す。

敵は散らばっているが、高度はいずれも低い。

 

それなら――。

 

浄化コード認証(全部まとめて)……」

 

桃花極光・フル・シュートォォォォ(薙ぎ払う)!!!!」

 

右から左へ。

杖を思いっきり振る。

道を覆う極太の光が向きを変え、180度掃引される。

 

鱗のひとつひとつが、逃げ場を失い消滅していく。

 

光が収まった時には空も澄み切った色へと変わっていた。

安堵とともに、私は戦いが終わったことを確信した。

 

 

 

 

 

「桃美ちゃん!!」「モモミー!!」

 

私服の紫ちゃんとジャージの黄依ちゃんが駆け寄る。

私の服も元に戻っていた。

 

それはつまり、手にしていた荷物も。

 

「黄依ちゃん、もしかして……持ってきた?」

 

「うん、ってことはモモミーも持ってきたんだね!!」

 

「え、何? 何の話?」

 

不思議そうにする紫ちゃん。

黄依ちゃんが袋をガサガサと漁る。

 

「黄原さん……あなた、また変わったものを出すつもりじゃ……」

 

「モモミーに言われてね。私も考えたんだ。ゆかりんと仲良くするするためにどうすればいいかって。だから……」

 

「それは……ネコミミ!?!?」

 

黄依ちゃんは黒のネコミミを付けていた。

とてもよく似合っている。

 

私も袋からひとつ取り出した。

 

「紫ちゃん、私も実は猫の動画に興味がなかったの。でも、だったら猫の気持ちになるところから始めないとって」

 

「そ、そうだったの!? え、ってか桃美ちゃんのネコミミ!?!? ちょ、ちょっと……え、ちょっと……」

 

「いいでしょ~倉庫にあったんだ~。たぶんお母さんが使ってたんだと思う」

 

私のは白。

予想以上に大きな反応を示す紫ちゃん。

どうやら喜んでもらえているようだ。

 

「な、何が何やらなんだけど……。でも二人が付けてるなら私も持ってきた方が良かったのかしら……?」

 

「それなら大丈夫……これ!!」

 

「こ、これは……私の分……?」

 

「うん、夜なべして作ってきたんだ!!」

 

私の手には手作りのネコミミが握られていた。

紫ちゃんをイメージした紫のネコミミ。

 

「モモミー、器用だよねえ~。ちなみに私のはケット・シーをイメージしてみました!!」

 

「紫ちゃんを驚かせようと思って……どう、かな」

 

「こんなの喜ばないわけない……!! ありがとう桃美ちゃん!! 家宝にするわ!!!!」

 

私はうんうんと頷いた。

これで今回の件は解決だ。

 

「これで猫の動画の件は解決!! 紫ちゃんと黄依ちゃんも仲直りだね!!」

 

「え、そういう流れだったの?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

血の気が引くとは正にこのこと。

私は一体、どこで間違えてしまったのか。

 

「その……黄原さんにはいきなりあだ名で呼ぶのを止めてほしかっただけ。そういうの、仲良くなってからだと思うから」

 

「ええ!? そういうことだったの!? ごめんねゆかりん……あ」

 

気まずそうにする黄依ちゃんに紫ちゃんがくすくすと笑い声をあげた。

 

「いいわよ、もう。仲良くなりたいんでしょ? ……今回であなたのこと、わかった気もするし。その代わり私も好きに呼ぶわ……黄依」

 

「う、うわーん!! ありがとーゆかりん!!!!」

 

「よし!! じゃあ紫ちゃんもネコミミを付けよう!!」

 

「え!? この場で??」

 

「いいじゃん、みんなで付けようよ~」

 

「紫ちゃんのネコミミ、見たいよ……!!」

 

恐る恐るそれを手にする紫ちゃん。

今、頭へと付けられた――。

 

「にゃ、にゃ~ん……」

 

私達の笑顔で空間が溢れる。

桃原桃美、小学六年生。

 

今日もこの三人で、魔法少女頑張って行きます!!

 

 

 

 

 

「私のアドバイスが悪かったのかしら……。最近の小学生、わからん……」

 

 

 

 

 



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偶像無双(Musical)

「はあ~~~~」

 

溜息とともにベッドに寝そべる。

横になりながらも、体はスマホを取り出していじっていた。

何だかいつかの日と全く同じ行動を取っている。

 

あれは桃美ちゃんと私が初めて変身した日。

三日が経過して、やっとこさ四日目の夜。

 

一体、あと何日戦わされることになるのだろうか。

 

「特別って大変なのかも……」

 

私、紫王紫は普通の小学生。

 

物語の主人公のような特別な存在。

そんな存在に誰だって一度は憧れるだろう、私だってそうだ。

 

黄原黄依のにこやかな笑みが私の脳裏に浮かぶ(頭に乱入してくる)

 

悪口ではないが、彼女は何となく普通ではない。

趣味が変わっている、とかではない。

どことなく我ら常人とは違う感性で動いている気がする。

特別とはああいう人のことを指すのだろうか。

 

『特別』に耐えることができる人間。

 

「桃美ちゃん……やっぱり黄依みたいなタイプが好きなのかなあ……」

 

朗らかで温和な桃美ちゃん。

私みたいな日陰ものと、黄依みたいな明るいタイプ。

どちらがお似合いかと聞かれればノーコメントだった。

 

昨日はちょっと八つ当たり気味に怒ってしまった。

黄原黄依という存在が私達の関係に影響を与えるのでは、と思ってしまったのだ。

後悔のあまりベッドでジタバタしていたのは黙っておこう……。

 

仲直りの証のネコミミは、ちゃんと神棚に飾っている。

 

「ゲームも容量の都合でいったん消しちゃったし……。変身用の端末、用意してくれればいいのに……はあ~」

 

溜息を吐きながら何をするか考える。

私の指は行ったり来たり。

ルーチンの通り動いて、戻ってを繰り返す。

 

指がふと止まった。

 

配信告知。

 

頭によぎるものがあった。

私はその下にあるURLをタップしてみる。

 

何も始まらない。

 

「……今日はもう寝ようかな」

 

明日になればまたクールな紫王紫(わたし)でいなければ。

 

この生活も桃美ちゃんとの穏やかな日常を取り戻すまでの辛抱だ。

黄依とも……少なくとも桃美ちゃんの前では仲良くしよう、うん。

 

『本日、敵襲ナシ』

 

朝ありましたけど、と突っ込みを入れながら電気を消す。

私の意識も潮が引くようにさっと闇に落ちた。

 

 

 

 

 

五日目の放課後を迎える。

 

私達三人は空き教室へと集まっていた。

やることは先日できなかった作戦会議の続き。

 

……といっても、話すことは特に決めてない。

 

桃美ちゃんはネコミミを作った時のことを話した。

人生で初めて寝落ちしてしまったらしい。

改めてありがたい(かわいらしい)と思った。

 

黄依は新しい必殺技の案を出していた。

魔法力でトラップのようなものを作ってそこへ追い込んで袋叩きにするとか……それは必殺技か?

ケタケタ笑いながら提案していたので、冗談かもしれない。

 

「で、ゆかりんは? 何か新しい技を閃いたりとかないの?」

 

「ないわよ……。私たちは深淵なる闇を倒さなければいけないのよ。遊び気分では良くないわ」

 

「紫ちゃん……かっこいい……」

 

桃美ちゃんのキラキラした視線がとても心地よい。

深淵なる闇。

正直、存在自体をいま思い出したのだが、役に立ってくれて良かった。

……名前、合ってるわよね。

 

私はふうっと息を出してスマホを取り出した。

黄依が横から覗いていいか聞いてきたので了承しておく。

いちいち断りを入れるのだから、こういうところは憎めないのよね……この子。

 

「何それ? 動画見てたの? ……配信?」

 

ああ、これ。

素っ気なく返事をする。

昨日の夜、開いた画面がそのまま残っていた。

 

特に何も始まらない配信。

 

 

そのはずだった。

 

 

「へ~、ゆかりんってそういうの見るんだ~」

 

「別に……何を見たっていいでしょ」

 

「ふふっ、紫ちゃんは将来ブイチューバ―になりたいんだよ!!」

 

ちょ、ちょっと桃美ちゃん。

慌てて私が制止するも時すでに遅し。

黄依が大袈裟に反応しないかしら……。

 

その心配は予想外の形で杞憂へと変わるのだった。

 

「ブイチューバ―って……なんだっけ?」

 

「……え?」「ええええ!?」

 

私と桃美ちゃんが素っ頓狂な声を上げてしまう。

知ってるから冷やかしたんちゃうんかい!!

思わず口から出そうになったが、グッとこらえた。

 

「ご、ごめんなさい。知らない人もいて当然よね」

 

「いや!! いやいや!! この名探偵黄依ちゃん、もちろんある程度は知ってるよ!! あの……しゃべったり動いたりするやつ!!」

 

「大分ざっくりだね黄依ちゃん!! あとやたら耐久配信をしてるイメージがあるよね!!」

 

そうそう!! と相槌を打つ黄依に頭が痛くなってきた。

一体いつどこの話をしているんだ。

黄依はともかく、桃美ちゃんまでそんな認識だなんて。

 

しょうがない。

僭越ながら少し語らせていただこう……。

ヴァーチャル・ユーチューバーについて。

 

 

「桃美ちゃん、黄依。あなた達はキャラクターって何だと思う……?」

 

「うーん、こう、髪の色が派手だったり……」

 

「必殺技をぼんぼん撃ったりする!!」

 

私は頷いた。

まずは前提知識(リアリティ・ライン)の確認。

 

「それだと例えば現実世界をベースにしたものだと、髪色は普通だし必殺技は撃てないわよね? それはキャラクターじゃないのかしら?」

 

「うーん? 例えば探偵とか……?」

 

「あ~。でもでも!! 現実の探偵さんをモチーフにしててもキャラクターっぽくアレンジされない?」

 

私は、再度頷いた。

次に、問題提起(プロローグ)

 

「どの程度デフォルメされているか、どのジャンルに属しているかは問題ではないのよ。問題はキャラクター(人間は)設定(世界)の上に存在し、ストーリー(その動き)でのみ定義されるということ……」

 

「モモミー、今のわかった?」

 

「紫ちゃんがノリノリで何だか楽しくなってきた」

 

私は一人でふんふん頷いた。

盛り上がったところで論の展開(エトセトラ)だ。

全ての論は、主題(テーマ)に対する思いつき(エトセトラ)である。

私の言葉だ。

 

「ここで閑話休題!! ブイチューバ―に話を戻すわ!! もちろん動画での活動がメインなわけだけど、ある特殊性を持っていたの……!! もうわかるわよね!!」

 

「私も。ゆかりんがノリノリってことはわかってきた」

 

「でしょ~」

 

机をばん!! と叩いて虚空へと人指し指を突き付ける。

何だろう、楽しくなってきた。

ここまできたら言いたいこと(クライマックス)をぶち撒けるのみ……!!

 

「答えは即時性(リアルタイム感)よ!! 彼、彼女ら、その他性別不詳の方々はSNS等で互いにやり取りすることができたの!! 本来はストーリーという形でしか紡がれなかったキャラクターとしての物語(燃料)が直接やり取りをするだけで爆発的なスピードで量産(供給)されたの!! ファンアートに対する反応もそうね!! 当時……キャラクターが直接反応を返すというのがどれだけ画期的だったか……!!」

 

「モモミー、ブイチューバ―って何?」

 

「おしゃべりしたり、ゲームを配信したりをキャラクターの形で……が丸いかなあ。もっと言えば動画全般だし雑学紹介系もあるよー」

 

私はふうっと息を吐いた。

何だか良い汗をかいてしまった。

 

後は結論とまとめ(何か良い感じの終わり)を残すのみ。

 

「桃美ちゃんも黄依もこれでわかったでしょう。ブイチューバ―の持つ新しさが……」

 

黄依が唸るようにこちらを見ている。

まだ何か言いたいことがあるらしい。

 

「でもさあ、ゆかりん。私達まだ小六だよ。斬新か斬新じゃないかって正直わかんないし」

 

 

自分の中で何か(リミッター)が壊れた。

 

 

「こっちは!!!! 産まれた時から!!!! 趣味人(オタク)やってんのよ!!!!!!!!」

 

「ひ……」「ひょえ……」

 

いけない。

桃美ちゃんも黄依も若干引いてる。

空気でわかる。

 

いけない……これはいけない。

私は紫王紫、普通の小学六年生。

いつ、いかなる時もクールでニヒルな憂いを帯びた少女……。

 

「少し熱くなってしまったわね……。桃美ちゃんと黄依の理解が深まったのなら嬉しいわ……」

 

「いつもの紫ちゃんだ……!!」

 

「……そうかな? まあいいや。ゆかりんがそんな凄い仕事をするなら私も協力するし」

 

え? と驚きの声を上げるのは私の番だった。

黄依がそんなに意外? とこちらをにこやかに見つめている。

 

「その……黄依はそういうのあんま好きじゃないのかなって思ったから……」

 

「ううん。知らなかったってだけだし。法令順守とコンプライアンスの徹底は任せてよ!!」

 

夢なんて言っても、何となく好きで、ただそれだけで。

 

「でも、でも。モデル作ったりとか大変そうだし……発注しないといけないかも……」

 

「そ、それなら私!! 私がやる!!」

 

桃美ちゃんが意気揚々と手を上げる。

心なしか食い気味な気がする。

 

「確かに!! モモミー、器用そうだもんね!!」

 

「うん!! 何なら作詞作曲もする!! 紫ちゃんはとってもお歌が上手いんだよ!!」

 

「ちょ、ちょっと桃美ちゃん」

 

桃美ちゃんと黄依が羨望の眼差しを向ける。

 

「じー♪」「じいいいい♪」

 

この場で歌ってほしい。

そういうニュアンスしか感じない。

 

私は抵抗する代わりに、短くため息を吐く。

 

「もう……ちょっとだけよ。大声は出さないし、周囲に迷惑にならない程度に、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るんるーん♪ ワクワク―♪ 今日もとっても良い天気~♪」

 

「へい!!!!」「へい!!!!」

 

私を閉じ込める鳥かご(教室)

 

そびえ立つ(掃除道具入れ)

 

立ち並ぶ木々(机とか椅子)

 

嗚呼、私を連れ出してくれるのは誰?

 

「良い天気には~♪ 外に出たくなる~♪」

 

「へい!!!!」「へい!!!!」

 

バルコニーに出て星を眺める(窓を見てるだけ)

 

どうしてこんなにも胸が傷むの……(大袈裟に首を振りながら俯く)

 

 

 

後ろの席の人!! 見えてるよ~!!!!(桃美ちゃんを思いっきり指さす)

 

「いええええぇぇぇぇい!!!!」

 

前の人、また来てくれたね~!!!!(黄依に向かってウィンク)

 

「ヒュウウウウゥゥゥゥ!!!!」

 

 

みんな(約二名)!!!! ありがとう~~~~!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫ちゃん!!!!」「ゆかりん……良かった……良かったよ!!」

 

「二人とも……!!」

 

私達三人は熱い抱擁を交わした。

 

最高のライブだった……。

 

私の脳内では。

 

「紫ちゃんの力になりたいよ……!! どんな時でも付いて行くから……!! 必要あれば一緒に……その……住もう!!」

 

「やろう……!! 三人で夢を叶えよう!! 道徳的な配信をして、道徳的な頂点に立とう……!!」

 

「私も……良い歳で夢なんてって思ってたけど……(好き)は、(好き)でいいんだって……!!」

 

がっちりとホールドし合ってクルクルと回る。

何だか楽しくなってきた。

これぞライブ後の高揚感。

 

なので、気づいていなかった。

私達が机の上に置いたスマホが、ヴーヴー震えていることを。

 

「あなた達!!!! なに遊んでいるの!!!!」

 

私達の頭上にはすっかり見慣れた緑の発光体。

ジグザグに動いて不満をアピールしている。

 

「ブイチューバ―は遊びじゃないよ、妖精さん……」

 

「桃原さん、目が座っているわ。そんなことより!!!! モンスターがもうすぐ出現するわ!! 場所は校庭!! すぐに準備を……!!」

 

「ふふ……」

 

思わず笑みがこぼれてしまった。

最初は私。

 

桃美ちゃんと黄依も続く。

やがて私達の笑い声は辺りを包み、空気を蹂躙していく……。

 

「ど、どうしちゃったのあなた達? メンタルケアが足りなかった?」

 

「いやね、妖精……」

 

桃美ちゃんと黄依に視線を送る。

気持ちは同じだ。

私は二人の気持ちを代弁した。

 

「今の私達と戦うなんて、可哀そうなモンスターだなって思っただけよ……」

 

「ええ……? 自信ありすぎて何か余計に心配になるんだけど……」

 

私は二人を見る。

静かな笑みには、確かな自信が漲っていた。

 

「行くわよ!! 桃美ちゃん!! 黄依!! 魔法少女出陣よ!!!!」

 

 

 

 

 

運動場に奴はいた。

巨体を揺らして奴はいた。

三つの首を激しく振って奴はいた。

 

校舎から飛び出す光、三つ。

瞬時に敵を挟み込むは。

私達、変身済の魔法少女!!!!

 

妖精、今回、私の肩へ。

 

「地獄の番犬ってところかしら。紫王さん気を付けなさい。今、作戦を……」

 

「桃美ちゃんは力を溜めて!! 黄依!! 危なくない程度に陽動を頼むわ!!」

 

「わかった!!」「オッケー!!」

 

黄の光は彼方。

紫と桃は此方。

 

怪物、明快、黄の元へ。

 

飛び跳ねる黄。

首を振るう黒。

 

やがて背後の天使から――おっと失礼、我が友から合図が飛ぶ。

地獄の番犬を、産地直送クーリングオフする合図が――。

 

 

「黄依!!」「あいよ!!」

 

巨大な黄の棍棒が左の首を叩き潰す。

中央の首がのたうち、僧侶を狙う――。

 

「モモミー!!」「任せて!!」

 

桃の少女が力を爆発させ、瞬時に距離を詰める。

魔法使いが杖を振るわば怪物の首を消し飛ばす。

 

「紫ちゃん!!」「ええ!!」

 

足に魔法力を込め、加速を生む。

残った左の首を、騎士が紫焔一閃斬り落とす!!

 

 

「あ、あなた達……? 急にコンビネーションが良くなったわね……?」

 

「私達は全てを置き去りにしていくわ……過去の自分達さえも……悲しみと一緒に、ね」

 

紫の髪がたなびく。

 

「止まない雨はないし、曇らない晴れはないし、雪は積もったり溶けたりする……」

 

桃のドレスが今日もかわいい。

 

「天気はさしずめ、私達の絆パワーってところかな」

 

黄の棍棒が高々と掲げられる。

 

 

緑の妖精は頭を抱えていた。

 

 

黒の四肢がもぞもぞと動く。

 

 

体の一部を縮めて、首を作る。

先ほどと同じく三つの首を持つ番犬へと再生する。

 

番犬が最も近場にいた私へと突進する――。

 

「ほら見なさい言わんこっちゃないわ!! これ油断して手痛い反撃を食らうやつじゃない!! 何で踊りながら戦ってたの!? あー台無し!! 裏方の努力を無下にしないでくださ~い。これまで積み上げてきた物がパーよパー自覚して頂戴!!!!」

 

吠える妖精。

吠える番犬。

 

吠える――。

 

「ねえ、知っている?」

 

吠える紫焔。

 

浄化コード認証(悪夢はどこからでも咲くってこと)……」

 

紫の剣が、燃え上がるよう伸びていく。

 

悪夢驚咲(ナイトメア・クレージーブルーム)!!!!」

 

打ち降ろし。

薙ぎ旋して。

斬り飛ばす。

 

最期に、無防備な胴に刃を突き立てた――。

 

武勲を収めた騎士の傍らには、無垢な魔法使いと明朗な僧侶が並ぶのであった。

空は、私達を祝福するように青く澄み切った。

 

「ゆかりん、最後に一言どうぞ」

 

「スパチャとチャンネル登録お願いします」

 

「スパチャはおいしいものを食べてから!!!!」

 

ハイタッチを交わす私と、桃美ちゃんと、黄依。

笑い声はどこまでも果てしなく届いていく。

 

しかし今度は、決して満ちることはない。

外の世界は、まだまだ遠い。

 

いつか、この笑い声が、宇宙(ソラ)に届くその時まで。

 

どこまでも、(好き)を乗せて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「最近の子。本当にな~んもわからん……」

 

 

 

「……」

 

「……それにしても」

 

妖精は改めて魔法少女達へと目を向けた。

 

「やけに紫王さんが狙われてたわね」

 

 

 

 



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秘境探索(Gate)

擦り切れたメモ。

 

ダンゴムシの死骸。

 

鳴らないオルゴール。

 

 

 

小さな頃の私は、それら全部がこの世界の真実を知る鍵だと信じて疑わなかった。

 

擦り切れたメモは誰かが残した秘密の暗号。

ダンゴムシの死骸はついさっきまで巨大化して正義のヒーローと戦っていた。

オルゴールが鳴らないのは中で演奏をしていた妖精が消えてしまったから。

 

信号機も独りでに色を変えると思っていたあの頃。

 

私は目についたもの、何でもバッグに入れた。

できるだけたくさん、入れた。

手掛かりは少しでも多い方がいいのだ。

 

妹とも、たくさん探索した。

日曜朝のヒーロー番組を一緒に見て、その後二人で家の庭を。

 

二つ下の妹が卒業すれば、四つ下の妹と。

四つ下の妹が卒業すれば、六つ下の妹と。

 

少女もいつかは真実(現実)を知る。

そうやってみんな、卒業していく。

 

そして私は今――。

 

 

 

 

 

今もあまり変わっていない。

 

 

 

「黄依、それは一体なに……?」

 

怪しむ顔を見せる紫王紫、通称ゆかりん。

放課後の空き教室で二人、その視線は私達の間にある机――の上にあるものに釘付けだった。

 

「これ? 黄依ちゃん特製ピラミッドセンサーだよ。モンスターが出てくるのいつも唐突でしょ? これで精度よくわかんないかなって!!」

 

割り箸と輪ゴムで作ったピラミッドの上に、ヤジロベエのように別の割り箸を乗っける。

これは私の独自理論(思いつき)経験則(直感)に基づいてデザインされている。

 

「……。地震の揺れくらいはわかるかもね」

 

「いやいや、でもですよ。敵が出現する直前って衝撃波が発生するじゃん? 予知波みたいなものがあれば反応するかもだし、何回も実験すればデータが……」

 

「意外と真面目に考えてるの止めなさい!!」

 

ゆかりんのツッコみが心地よく胸に響く。

最初のことを考えれば、こんなやり取りができるだけで嬉しくなってしまう。

 

今日は二人。

桃原さん、通称モモミーは日直の仕事だとかで遅くなるらしい。

 

私達三人はモンスター()の脅威からこの世界を守るために日夜奮闘している。

親玉の名前は深淵なる闇。

魂を震わせ、心の太鼓を打ち鳴らしその存在へと立ち向かわなくてはいけないのだ。

 

――のだけど。

 

「ゆかりん、深淵なる闇って何か聞かされてる? 妖精さんから」

 

敵の実体がわからないというのは、イマイチ乗れない。

センサー(割り箸)を調整しながら話す私に、ゆかりんが答えた。

 

「私達が戦うべき敵……よね? 敵のボスというからには大きくて強いのじゃないかしら」

 

「……」

 

「な、なによ。その眼は……」

 

「ゆかりん、結構ざっくりしてるよね」

 

「ほっときなさい!!」

 

本日、二度目のツッコみが綺麗に胸に響く。

ダメだ、癖になってきている……。

 

「ああ……!! ゆかりんにはモモミーがいるもんね……!! 正義の魔法少女にドロドロ展開はよくない……」

 

「あ、あなたは何を言っているの!? 桃美ちゃんと私がなんて……桃美ちゃんは私のことなんて普通の人と思ってるわよ……」

 

「え???? でも昨日とかもドサクサに紛れて『一緒に住もう』ってモモミーが……」

 

「純真無垢な桃美ちゃんに限って他意があるわけないでしょう!! 桃美ちゃんをそんな目で見ないで!!」

 

「ええ……」

 

異論は正直あったが黙っておく。

この正義と道徳の名探偵、黄原黄依。

人の恋路に踏み込むのはコンプライアンス違反(野暮)である。

 

 

 

私達のスマホが同時に震える。

画面を見れば『本日しばらく敵襲ナシ』の一文が目に入った。

 

ゆかりんがため息を吐く。

 

「しばらくってどれくらいよ……全く」

 

「……。ねえ、ゆかりん。今日は自由行動にしない? 魔除けシール譲るからさ」

 

「自由って……? どうするつもりなの? 魔除けシールはいらない」

 

私の頭にはある閃き(考え)があった。

ただ、それに二人を付き合わせるのは悪い。

 

だから、自由行動(自己責任)

 

「モモミーには私から伝えておくよ!! じゃ!!」

 

「え、ちょっと……!! 自由って言われても何をすればいいか……!!」

 

戸惑う声を置き去りにして私は廊下へと飛び出す。

 

突き止めるは深淵なる闇の正体。

言い換えれば、モンスター(敵と呼ぶ物)の正体。

妖精さんに聞いたところで、はぐらかされるだけだろう。

 

いや――。

 

そもそも妖精さんは(味方)なのか。

 

謎を解く鍵はこの学校にある気がした。

根拠は、一応ある。

敵はこの一帯、特に学校周辺でしか現れていない。

 

敵が何かを狙っているか、あるいはこの場所自体が特別なのか。

探してみる価値はあると思った。

 

「まずはモモミーと話をしよっかな」

 

自由行動になったことを伝えないといけないし、個人的に話したいこともある。

私は別の教室へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

「あ、黄依ちゃん」

 

教室に入るやいなや、愛嬌のある笑顔がこちらに向く。

先ほどまでスマホを見ていたので、話は早そうだった。

 

「今日はモンスター、出ないってね。……しばらく」

 

「あはは、そうそう。それでね今日は作戦会議は止めて自由行動にしようかって」

 

「へええ。じゃあ今日は紫ちゃんのために3Dモデルのお勉強しよっかな~。今から勉強すれば高校卒業くらいには良い感じになってるよね!!」

 

「ハイスペックモモミー。いや、モモミー器用だし行けると思う。ゆかりんにも伝えたら? とっても喜ぶと思うけど」

 

これが個人的に話したかったこと。

踏み込まない程度の、探り。

 

「ええ……? でも、その……私が好きでやるだけだし……。紫ちゃん、クールで優しいから、私にも普通に優しいだけなんだろうなって……」

 

「……」

 

「……黄依ちゃん? どしたの?」

 

「コンプラ違反です!!!!」

 

踏み込むのは、ここまで。

二人の幸せを祈るしかない。

 

ゆかりんがモモミーに好意を持ってるということはフォローを入れて、私は本題へと入った。

 

「というわけで、この名探偵黄依ちゃんは世界の謎を解き明かすべく、調査をしているわけです。モモミー、何か変わったこととかある?」

 

うーん、と目の前の少女は考え込んでしまった。

 

「モンスターが出てくるの自体、変わっているからなあ~」

 

「それはそう!! じゃあ学校の噂とかそっち系で!!」

 

「噂……何かあったかな……あ!! 光らない鏡!!!!」

 

気づいたようにモモミーが声を上げる。

私はメモ帳を取り出すと、滑らかな動きで書き記した。

 

「光らない鏡……? 光らないけど鏡、そこが不思議ってわけだ!!」

 

「うん!! 誰から聞いたのか覚えてないけど……確かそんなのがあった気がする!!」

 

情報源はモモミー、と。

これはもう少し詳しく聞く必要がありそうだ。

 

「場所とか、逸話とか。あったりする?」

 

「え~っと、そういうのはわからないんだけど……とにかく、大きいの」

 

私は情報提供者の意図(表現)を汲み、そのまま書き記す。

とにかく、大きい。

 

「なるほど。人より大きい縦鏡をイメージすればいいかな?」

 

「うん!! たぶんそんな感じ!!」

 

「何に使われるかは? わかる?」

 

「うーん、わかんないかも……」

 

「光らないなら自分を映すためじゃないよね? きっと」

 

「確かに……!! そうだった、かも……!!」

 

私は丁寧にペンを走らせる。

 

「ご、ごめんね……!! 何か曖昧なことばっかりで……!!」

 

「いいよ~。これくらいフワフワしていた方が調査しがいがあるし」

 

普通に考えれば古くなって表面が錆びたり汚れてしまった鏡、だろうか。

覗き見防止フィルターよろしく、見る角度によって反射率が異なる仕掛けがあるのかもしれない。

 

理屈()はいつしか好奇心に蹂躙されていた。

 

「そう言えば黄依ちゃんって妹がいるんだよね? その手の話、聞いたりとかは?」

 

「え? うーん?」

 

そうだ。

私の妹は二つ下と四つ下と六つ下。

上の二人は同じ小学校に通っているはずだった。

 

「下に行くほど私に懐いているんだけどねえ……。歳が近いとほら、いろいろ難しくて……」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「お姉ちゃんはつらいよ……」

 

「じゃあ休日は? 一緒に過ごしたりした?」

 

「……? だいたいは一緒に遊んでるけどね。うち、親が家にいないこと多いし」

 

「ねえ、黄依ちゃん。……もし黄依ちゃんがよければ家に遊びに行ってもいい?」

 

「うん、いいけど……。何だろう、いい、けど……」

 

私は教室を見渡した。

この時間ならまだパラパラと人は残っている。

無論、さっさと帰らないといけないのだが。

 

モモミーとの会話を書きとってメモ帳をぱたんと閉じた。

私は教室のドアへと足を向ける。

 

「ごめん!! 私そろそろ行くね!! ゆかりんは空き教室にいたから!! よろしく!!」

 

「あ、うん!! 黄依ちゃん、気を付けて帰ってね!! じゃ!!」

 

勢いよく私は飛び出す。

前側のドアには魔除けのシールを張っておいた。

 

 

 

 

 

走りながら私は妹たちとの探索を思い出していた。

小さい頃の世界というのはもっと、今よりももっと、新鮮な輝きに満ちていた。

 

それこそ同じ物を見続けてもずっと飽きないくらいに。

 

廊下は走ってはいけない。

だからここは廊下ではなかったのだろう。

 

右へ、左へ、また右へ。

 

いつまで経っても、卒業できなかった少女。

いつしか現実(真実)を知ることができるのか。

 

私は直進した。

風景のことは、考えなかった。

必要なのは、私が前に進んでいるという事実だけだ。

それ以外は雑音として除去すべきだ。

 

道標はメモ帳だけだ。

先ほどの少女の会話だけだ。

私はメモ帳に文字を書き込んで丸をした。

 

『今日は何曜日?』

 

スマートホンは見ない。

正解は、見ない。

疑問という光を灯して、暗闇を進む。

 

やがて私の視覚は、新たな風景を映した。

廊下のような場所だったが、今までいたどの場所にも繋がっていないように思えた。

奥にはとっても、大きいものがあった。

 

メモを忠実に取って正解だった。

 

あれは鏡だ。

 

光らない鏡だった。

 

そうとしか言いようがなかった。

 

だって鏡の中は真っ暗だったから。

 

私は、魅入られたようにそれに近付いていた。

 

感じ取るべきだ。

 

これは一体、なんだ。

 

私は覗き込んだ。

 

これは――。

 

 

 

 

 

宇宙だ。

 

 

 

 

 

荒地に少女がいた。

少女は黄色の光を放ち武器を構えていた。

 

黒い獣が少女を取り囲んでいた。

 

少女の武器が金色に輝く。

それは槌のようだった。

 

少女が槌を振り回す。

迫っていた獣が、削れ、吹き飛んでいく。

 

獣たちが集合していく。

巨大な狼と化したそれに対して、少女の体は爪先ほどしかない。

 

獣の体の一部が少女に激突すれば、どうなるか想像するのは容易だった。

 

だが、敵わないとは思わなかった。

 

少女が飛び上がる。

黒狼を遥か下に見下ろすくらいに。

 

ただの少女がそんなことをできるのか、と疑念を持つ。

 

だから、ただの少女でないというのが当然の帰結だった。

 

魔法少女。

 

そうなのだと直感した。

 

黄の少女が何かを叫ぶ。

 

手にした黄の槌が、どこまでも天へと伸びていく。

 

巨大な槌が狼へと振り下ろされた。

大きな敵を、更に大きな攻撃で押し潰す。

 

黄の爆発が巻き起こる。

 

爆発が終わった後、荒地には少女以外何も残らなかった。

 

周囲にあったものを破壊するだけの存在。

 

孤高で、孤独。

 

佇む少女を形容するなら、そうだと思った。

 

 

 

 

 

鏡に映っているものは何だ。

 

光らない鏡なら映っているのは自分以外の何かだ。

 

自分以外の何か。

 

自分以外の何か。

 

自分以外の何か。

 

 

 

自分以外の何か(どう見ても自分だった)

 

 

 

「本当に、どこにでもいるわねあなたは……」

 

はっと意識が現実(ここ)に戻る。

振り返れば緑色に発光する妖精さん(何か)がそこにいた。

 

「妖精さん? これは? いったい何? ここはどこ? 私は――」

 

()

 

「それはまあ、私の世界とここを繋ぐものよ。あなた達に弄られたくなかったから、ちょっと離れたここに置いていたというだけ」

 

「モモミーが知ってた。それってつまり、最初からあったんじゃないの? これは」

 

「……。まあいいじゃない。元々あったものを参考に私が新しいものを作っただけよ」

 

頭が痛い。

血流が多分、脳を圧迫している。

 

「元々あった? じゃあ私達もどこかから来たってこと?」

 

「ああ、もう……。言葉の綾だから。細かいことは私に任せて頂戴。……少なくとも私はあなたの味方よ」

 

「深淵なる闇とかいうのは? 本当にいるの?」

 

「……いるわよ。あなたが一番よくわかっているでしょう。私も、勝利したものだと思っていた……だからこそみんな、見誤っていたのよ」

 

「妖精さんの世界は? 本当にあるの?」

 

「あるわよ、失礼ね。最初から言ってる通り。私の世界も襲撃されて、かろうじて倒した。だからこの世界に危機を伝えに来た」

 

「……妖精さんにはこの世界を守る理由、あるの?」

 

「あるわよ。ここを守らなかったら、この時空を通り道に私達の時空にモンスターが流れ込む。ここで防衛できればウィンウィンじゃないの」

 

「この世界がある理由って……いや――」

 

 

少女はいつか、現実(自分)を知る。

 

 

「私は何なの?」

 

「……あなたは黄原黄依さんよ。正義感が強くて、妹想いで、ちょっと独り善がりの、普通の女の子よ」

 

妖精がくるりと翻る。

次の瞬間には私は見慣れた廊下の上に立っていた。

 

妖精さんの声が聞こえる。

 

「あれは過去の記憶よ……。私の世界を認識したことで、あなたの記憶が可視化された。繰り返すけど、私はあなたの味方よ。最後にまた厄介なことをお願いするかもしれないけど……」

 

声は私の(認識)に反響した。

 

「そうそう、最後に……言い忘れていたわ」

 

今までに聞いたこともないくらい、無機質で、淡白で、明瞭にそれは告げられた。

 

「紫王紫がいたら取り押さえておいて」

 

辺りを見渡す。

妖精さんの姿はない。

 

私の周囲には、私以外、何もなかった。

 

 

 

私の足が廊下を蹴る。

 

多人数で学業を行うその部屋の入り口に目を向ける。

 

私は入り口のドアに張ったシールを確認した。

 

シールはドアと壁の境界を繋ぐように張った。

 

誰かがそこから出れば、シールは破れるか、落ちるかしているはずだった。

 

残っていた何人かの生徒のうち、前側のドアから出る者も当然、いる。

 

シールは破れていた(シールは破れていなかった)

 

 

 

 

 

私は職員室――あるはずのその場所へと向かった。

 

ドアを勢いよく開ける。

 

 

教員の目が一斉にこちらに向く(そこには誰もいなかった)

 

私が、一番手前の机に飛び乗る。

 

悲鳴や怒声が飛び交う(静寂があたりを包む)

 

私の体が大柄の教員に取り抑えられる(不思議な力が私の体を掴む)

 

振り払って、ついでに机を蹴り飛ばした。

 

椅子も、棚も、全部蹴り飛ばした。

 

私はもう一度部屋を、見た(認識した)

 

 

 

そこには誰もいなかった。

 

 

 

「やっぱり……」

 

静寂の中で私の声が宣言する。

 

「誰もいないよね、これ」

 

 

 

 

 



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少女敗北(Departure)

自分という存在を意識したのは、いつからだっただろう。

それまで普遍の基準だったそれが、音を立てて崩れる。

自己という存在に向き合うほど、取るに足らないものに思えた。

 

虹の光は私にとって眩しすぎた。

かといってモノトーンの静けさを享受できるほど、聡くもなかった。

 

変わりたい、と思った。

 

無為に終わってしまってもいい。

これから過ごすはずだった、別の無為がなくなるだけだ。

 

私は一歩を踏み出した。

この一歩も、多くの別の人が、経験したものに過ぎないのだろう。

 

けれど、私が一歩を踏み出したことで、一歩を踏み出した私に変わった。

 

私は光の中で、もがいていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうしたの? 桃美ちゃん」

 

何でもない、と私は首を振った。

こんな私にも、心配して声をかけてくれる。

 

やっぱり紫ちゃんは優しい。

 

「ううん、何でもないよー。ちょっと脳内で思索(詩作)をしてただけ」

 

「そうなんだ。……心配ごとがあったら相談してね。桃美ちゃん、気を遣うところがあるから……」

 

「そう……かな?」

 

「そうよ」

 

「そんな気がしてきた!!」

 

二人でクスクスと笑った。

自分がどんな性格かなんて、自分ではわからない。

 

だから、自分を見てくれる(想ってくれる)誰かがいるのは、こんなにも尊いことなのだろう。

 

私が一方的にそう思ってるだけだろうけど、紫ちゃんがほんの少しでも同じ気持ちなら、いいな。

 

「何だかこうやって一緒に帰るのも久しぶりね。ほんの四日……五日かしら?」

 

「うん、それくらいだと思う」

 

思えば妖精さんと会って、初めて変身した時もそうだ。

私が独りで宿題をしていて、紫ちゃんが声をかけて。

私たちは二人、並んで歩いていた。

 

「最近は黄依もいたしね。全く、思いつきで自由行動だなんて……無茶してなきゃいいけど」

 

「うん……。その……紫ちゃん……」

 

「どうしたの? 桃美ちゃん?」

 

「黄依ちゃんが自分の家に今度、遊びに来ないかって」

 

「……」

 

「黄依ちゃんの妹、どんな子たちなんだろうね」

 

「……私は黄依の家を知らないわ」

 

「私も。でも黄依ちゃんは知っているよ。きっと、もっと広い世界を」

 

「……。桃美ちゃん、私と一緒に帰るの……イヤ?」

 

「そんなことないよ!! そんなことない……」

 

「じゃあ、いいじゃない。こうやっていつまでも毎日……二人だけなら、誰も傷つかないじゃない……」

 

「紫ちゃん……」

 

 

――茶番はそこまでにすることね。

 

 

突如鳴り響いた()

 

私と紫ちゃんが辺りを見渡す。

ちょうどあの時のように、私達の視線は目の前の物体に釘付けになった。

 

私達の目の前には、妖精さんがいた。

 

 

「妖精さん? 今日はモンスターも出てないよね?」

 

「そんなことは今、どうでもいいわ」

 

私の声掛けを押し退けるように、妖精さんが近づいてくる。

今までに見たこともない、険しい顔で。

 

「紫王紫、あなたから魔法少女の権限を剥奪する」

 

「え……!?」「……」

 

頭がひんやりとした。

 

どうして。

 

何だかんだ、妖精さんは私達をサポートしてくれていた。

怪物も最初は怖かったけど、でも紫ちゃんと黄依ちゃんと三人でいれば怖くなくなった。

 

どうして。

 

紫ちゃんはずっと下を向いている。

まるで、こう言われるのがわかっていたみたいに――。

 

「何それ……私は特別にはなれないってこと? 魔法少女になっても黄依みたいな子が特別で――」

 

視線を下げれば紫ちゃんが拳を握っているのが、わかった。

小刻みに震えている。

 

恐怖なのか、怒りなのか。

 

どちらにしろ紫ちゃんらしくないと思った。

 

「あなたを魔法少女にしたのが私の最大の失敗よ。さあ、スマホからさっさとアプリをアンインストールして」

 

「ま、待ってよ妖精さん!! そんな急に……!! 理由を説明してくれないと……!!」

 

「……いいわ。聞けばあなたも協力してくれるわよ、桃原さん。話を遡るとそうね……私の世界、つまり――」

 

妖精さんがゆっくりとその単語を放つ。

 

「地球での話になるわ」

 

 

――妖精界(地球)

 

 

どうして。

 

どうしてなのだろう。

 

こんなにも懐かしい気持ちになるのは。

 

 

「さあ……今からあなた達の頭に映像を流すわ……精々、良いリアクションをして頂戴……」

 

「……」「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時は幕末!!!! 世は激乱!!!!(何か始まったよ) 乱れ散る桜の華に、命賭けます!!!! 我らが乙女!!!!(私達は忠義のために戦った浪士だった……?) 悲鳴がでかい桃原(え……、ひどい……)!!!! 隠れ自堕落の紫王!!!!(紫ちゃんのお侍コスだああぁぁ!!!!) 孤高の天才剣士、黄原!!!!(間違えた、これは趣味で作った動画よ) 三人を待つ葛藤!! 裏切り!! 悲劇!! 果たして少女達は(気を取り直して)最期に何を見るのか(こっちよ)――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い空間の中に、球が浮かんでいた。

その球は蒼く、ところどころが白と緑で模様を描いている。

 

手に取ろうとしたが、無理だった。

 

やがて、これは星なのだとわかった。

掴めていないのはスケールだった。

 

これが星ということは、私の手などあまりに小さく取るに足らないものだ。

 

きっとどこかに見える緑の中の、一点にも満たないような存在なのだろう。

 

探しても無駄かな、そう思いつつ目を凝らしてみた。

 

 

妙だと思った。

 

 

星に黒い斑点のようなものがぽつぽつと浮かび出した。

 

一点、また一点。

 

星を覆うように、無数に。

 

視点(カメラ)が一点へと迫る。

タップして詳細が表示されるみたいに、そこの様子を映し出す。

 

逃げ惑う人々。

蹂躙される、モノ、モノ、モノ。

悠々と闊歩するは黒い獣の群れ――。

 

私達も知っている存在だった。

 

街はモンスターの大群(大軍)に襲われていた。

 

 

視点が宇宙へと戻ってくる。

もう一度、星を見る。

 

数え切れない程の斑点のひとつひとつで、悲劇が起こっているのだと悟った。

 

吐き気がした。

 

黒い点は動いていた。

一箇所に集まっているのだとわかった。

 

黒い物は山のように隆起していき、そして――。

 

 

まるでこの星に寄生するように、人型の怪物が生えてきた。

此方から見ても、すぐにわかるくらい。

小さい島国ならすっぽり覆いそうなくらい巨大な怪物――。

 

 

怪物がこちらを見上げた。

 

 

冷汗が流れたのがわかった。

さすがに演出なのだと言い聞かせた。

 

怪物が、何かに気づいて余所を向く。

 

それは黄色い光だった。

 

光はみるみる伸びていき、怪物の背をゆうゆうと越し――。

 

巨大な槌へと変わった。

 

遠くのどこが声が聞こえた(ぶっ潰れろおおおおぉぉぉぉ!!!!)

 

 

いとも簡単に。

 

こうもあっさりと。

 

 

槌は怪物を押し潰した。

 

 

そして星は、光に包まれていった。

どこまでも真っ白な光に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目の前にはいつもの光景(日常)が広がる。

 

私は反応に困って紫ちゃんの方を向こうとした。

でも、その行動が完了することはなかった。

 

すぐ隣から、耳をつんざく悲鳴が飛び込んできたから。

 

 

――いやああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!

 

 

それは紫ちゃんから発せられていた。

 

「紫ちゃん!? どうしたの!?」

 

少女が背を向け走り出す。

みるみるその影が遠のいていく。

呆気にとられた私に、緑の発光体が促した。

 

「ふん……逃げたわね。追いなさい!! 桃原さん!!!!」

 

「う、うん!!!!」

 

私の肩に妖精さんが乗る。

紫ちゃんの走った方向へと全力で駆け出した。

 

「助かるわ、桃原さん。あなたは物分かりが良いわよね。最初からわかってたわ」

 

「……」

 

走っている途中でスマホが捨てられていた。

私はそれを掴み取るように手にした。

妖精さんが追って来れないように、紫ちゃんが捨てたらしかった。

 

何も考えれないくらい頭は混乱していたが、走っている内に落ち着いてきた(血の巡りが良くなった)

 

とりあえず、妖精さんの世界が大変だったのはわかった。

しかし疑問点があった。

 

「今のお話、紫ちゃんは特に関係してなかったのに何で……!?」

 

紫ちゃんに魔法少女を止めさせる。

そのための説明だったはずだ。

 

今のお話が本当ならばなおさら。

モンスターと戦う魔法少女はこの世界にとって重要な存在のはず。

 

妖精さんが耳元で淡々と話を続けた。

 

「ここからが本題だったのよ。あの戦いの後、私達は二つのことを調査した。一つに、巨大なモンスターは完全に消滅したのか、二つに、巨大なモンスターの出現した原因よ」

 

どちらも安全のため、と妖精さんは吐き捨てるように言った。

妖精さんには他にやりたいことがあったのかもしれない、漠然とそう思った。

 

「一つ目。あの戦いの直後、モンスターを構成するエネルギーは発見されなかった。私達は一人の魔法少女と引き換えに勝利を手にした――。美談たっぷりのエピソードとともにそう喧伝されたわ。でも最近になって真実が明らかになったわ」

 

「真実? それって……?」

 

「最近になって観測された時空――そこで見つかった星はモンスターに完全に滅ぼされていた。そして分析の結果、それは地球だとわかったのよ」

 

「え……!? でも地球って星は無事だったって……!!」

 

「私もそうだと思っていた。でもそれは、半分だけの真実だった。地球が白い光に包まれたその瞬間、別れたのよ。私達が勝利しモンスターが消滅した時空と、魔法少女だけが消滅しモンスターが勝利した時空とに」

 

――平行世界。

その単語が頭によぎった。

 

戦いの結末(終わり)がもたらす莫大な演算(負荷)に耐え切れなかった。

その結果、結末が存在する世界(容量)を増やすことで、なんとかその矛盾(エラー)を解消した――。

 

直感的に、そうなのだとわかった。

 

私は妖精さんに向き合った。

 

「じゃあ、二つ目は!? モンスターが来た理由があるってことは、それが同じように今あるってこと!?」

 

自分でも驚くくらい早口になっていた。

胸は早鐘を打っている。

 

もうわかっていたのかもしれない。

 

ここまで紫ちゃんの名前が出ていなかった。

 

だとしたら――。

 

 

「そう、私は……私達は必死に探したわ。あのモンスターが発生した理由を。それが姿を消した魔法少女に報いることになると思って……。そしてわかった。ある人間の魔法力があいつを引き寄せたということに……!!」

 

「ある……人間……」

 

「最後までそれが誰なのかわからなかった!! あいつがやってきてからすぐに被害は拡大したからね!!!! 大量の砂粒から、一粒の砂金……いえ、ノミかダニでも見つける行為!!!! でも!! もしかしたらと思ってあの子の魔法力を解析したらわかったのよ!!!!」

 

耳を塞ぎたかった。

きっとそれを聞けば、私達の世界は壊れてしまう。

 

私と紫ちゃんの世界は。

 

そして、心のどこかではわかっていた。

 

ずっと続くものなんて、どこにもないのだと。

 

 

「紫王紫……!! あいつの魔法力に別時空のモンスターを引き寄せる性質があった!! あいつこそが全ての元凶だったのよ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は学校へと戻っていた。

紫ちゃんの行きそうな場所。

 

ずっと一緒にいたはずなのにわからなかった。

 

だから、行ったことのある場所に行くしかなかった。

 

そして、それは紫ちゃんも同じだったらしい。

 

紫ちゃんは、校門の前で、うずくまり、顔を伏せていた。

 

「紫ちゃん――」

 

返事はなかった。

紫の髪は、心なしかいつもより色を失って見えた。

 

動かない紫ちゃんに妖精さんは容赦なく言葉を浴びせかけた。

 

「そうやって逃げてればいいわ。何もかもから。でも魔法少女は止めなさい。暫定処置だけどそれで少しはマシになる――」

 

「うるさい!!!!」

 

 

『拒絶』

 

 

その概念が音に変わったかのような。

紫ちゃんの声は鋭く、獰猛で――なぜか悲しそうにも聞こえた。

 

私は妖精さんを遮った。

 

「妖精さん、そんな言い方ないよ……!! 妖精さんの世界は大変だったかもしれないけど。私達、何もしてないよ……!!」

 

「魔法力の性質は保有する少女に依存する。最近の研究よ。こいつの性根が世界を滅ぼした。そんな可能性だってあるのよ!?」

 

「知らない……私は何も……私は……」

 

紫ちゃんはずっとそう言っていた。

だったら、その通りだ。

 

少なくとも、紫ちゃんは悪くない。

 

「妖精さん!! それ以上言ったら怒るよ!! 私達の世界に来たのは妖精さんでしょ!? 勝手なこと言わないでよ!!」

 

「私達の世界、ね。言い得て妙だわ桃原さん」

 

嘲るように妖精が飛び回る。

私達を見下ろして、言い放った。

 

「たった二人しかいない世界。あなたと、あなただけの世界ね」

 

「――え?」

 

私は立ち尽くしていた。

紫ちゃんは独り言を繰り返しつぶやいていた。

 

妖精さんは「今は黄原さんがいるから三人だけど」と付け加えた。

その補足(フォロー)は私の胸に空虚に響いた。

 

「嘘だよ……。妖精さんだって私のお母さんを説得してくれて……。妖精さんがそう言った!!」

 

私は髪の色について妖精さんに相談したことを思い出していた。

流行り病ということにすると面倒だから、妖精さんがお母さんに説明してくれたはずだった。

 

私の知らないところで。

 

「表現は正確になさい。『妖精さんが説明をしてくれた』と、『あなたが』言った。私は何もしていない。何でも私のせいにしないで頂戴」

 

私はたじろいでしまった。

確かに、妖精さんの言った通りだった。

 

お母さん(論理的不整合)を何とかしてくれた、と私が言った。

 

「私だって驚いたわよ。人間の意識が二つだけの小時空。そこで当人達は何も違和感を感じず、平和な放課後だけを続けているのだから」

 

紫ちゃんはずっと独り言をつぶやいていた。

きっと考えを整理しているんだ。

紫ちゃんはクールで優しいから。

 

「今ならわかるわ。モンスターが時空を飛び越えるように、魔法少女の魔法力――つまり存在も時空を飛び越える。紫王紫、あなたが罪の重さに耐えかねて逃げ込んだ時空――それがこのちっぽけな世界よ。たった二人の世界でブイチューバ―だなんて、笑ってしまうわよね」

 

 

辺りは静かだった。

いっそこの静けさが続けばいいのに、と思った。

 

空が暗くなった。

晴れろ、そう念じてみたが無理だった。

 

怪異(来訪者)には私の(強制力)は通じない。

 

黒い稲妻が落ちる。

 

私達のすぐ前に。

 

 

黒鬼。

 

 

そうすぐにわかったのは、頭の角、手にした金棒、それに人間よりも一回り大きい骨格で特徴的だったから。

 

何もしなければ襲われる。

 

まずやらないといけないことは――。

 

「紫ちゃん!! これ紫ちゃんの!! はい!!」

 

そうだ。

途中で拾ったスマートホン。

これがないと簡易変身できない。

 

「……」

 

紫ちゃんはそれを黙って見つめて、静かに手にした。

まるで魅入られたように。

 

今は緊急事態だからおしゃべりする余裕がないのは仕方ない。

 

「変身!!」「……変身」

 

私の体が桃色の光に包まれる(紫ちゃんが紫色の光に包まれる)

包んでいた衣服が、ドレスへと変わる(長い髪をはためかせて、甲冑を身に纏う)

手に杖、胸にリボン、フリフリのスカート(剣と盾、いつものかっこいい紫ちゃん――)

 

「紫ちゃん、頑張ろうね……!!」

 

「……」

 

「……紫ちゃん?」

 

「ここは私と桃美ちゃん、二人だけの世界……誰にも邪魔なんてさせない……!!」

 

黒鬼が、ゆっくりと近づいてくる。

一歩一歩がずっしりと、重たい。

 

鬼が金棒を地へ打ち付ける。

舗装されている道路が、ひび割れて砕けた。

 

「……やっぱり予想を上回るペースで来ていたのね。それも計算に入れてない要因があったから」

 

妖精さんがの気勢の良い声が飛んだ。

 

「こうなってはしょうがないわ!! 迎撃して頂戴!! 絶対に捕まらないでよ!! 戦いが終わった後で紫王さんから力を――」

 

「やめろって言ったり……戦えって言ったり……」

 

「……紫ちゃん?」

 

紫ちゃんの口調は初めて聞くものだった。

 

「私は魔法少女よ!!!! 脇役でも悪役でもない!!!!」

 

「紫ちゃん!!」

 

紫ちゃんが猛然と敵へ突き進む。

剣を振り上げて、鬼を斬り付けた。

 

 

敵は――。

 

 

微動だにしていなかった。

 

焦る気持ちを抑えて、私は魔法力を溜めた。

一撃。

それに賭けるしかない。

 

 

今度は敵の番だった。

 

金棒が振り下ろされる。

 

 

紫ちゃんは――。

 

 

鎧が砕かれ、後ろにのけ反っていた。

 

 

「紫ちゃん!!!!」

 

「……勝負あったわね」

 

妖精さんが淡々とした口調で言った。

そこには敵意はなく、ただ事実を述べただけのようだった。

 

「紫王さん、あなたには無理な相手よ!! 桃原さんと逃げなさい!!!!」

 

「でもそれじゃあ、こいつはどうするの妖精さん……!!」

 

私の返答に妖精さんはこともなげに答えた。

 

「黄原さんを私が呼ぶわ!! それまで身を隠してなさい!!!!」

 

「また……あの子……!! 私にだって……!! うおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

紫ちゃんが剣を振り上げる――。

 

その時にはもう金棒は紫ちゃんの体を捉えていた。

 

少女の悲鳴が上がる。

 

大丈夫だ。

 

鎧が残っている間は、紫ちゃんが直接傷つくことはない。

 

必死に自分に言い聞かせた。

 

 

今、自分にできること。

 

今、自分にできること……。

 

 

 

今、自分にできること……?

 

 

私は魔法力を溜めた。

 

「紫ちゃん!!」「……!! そうね……!! 桃美ちゃん、トドメをお願いするわ!!!!」

 

妖精さんが必死に何か(逃亡)を訴えている。

それも耳には入らない。

 

私がやるしかない。

 

 

金棒と剣が鍔迫り合う(剣は一方的に弾かれ続けた)

 

紫ちゃんが必死に食止めてくれている(少女は最早、ただの的だった)

 

陰になっていた紫ちゃんの体がふっと退いた(鬼の一撃で紫ちゃんの体が吹っ飛んだ)

 

 

私の魔法力が、溜まった(私の血管が、切れた)

 

 

浄化コード認証(紫ちゃんをいじめる奴なんて)……」

 

桃花彩光・フル・シュートオオォォ!!!!(嫌いだああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 

 

杖の先から桃の光が溢れ出る。

水道管が破裂したみたいに。

 

光が鬼を完全に飲み込んだ。

 

息が切れる。

 

敵のことなんてどうでもいい。

 

早く紫ちゃんを――。

 

 

「え……?」

 

 

鬼は微動だにしていなかった。

 

まるで、そよ風でも吹いたみたいに。

 

 

――認証失敗。

 

 

敵は無傷でそこに立っていた。

 

呆然とする私に、諦めたようなささやきが聞こえた。

 

「紫王さんはあの敵の攻撃を捌くことなんてできないし、桃原さんにはあの敵を倒せる出力はない」

 

それが事実だった。

 

「あなた達、お互いが見えていないのよ」

 

それが事実だった(それを事実だと認めたくなかった)

 

 

私ははっと気が付いた。

 

敵が無事で、そのまま歩いてくるということは――。

 

「紫ちゃん!!!!」

 

私は地に伏せる紫ちゃんの前へと出た。

黒鬼が私の目の前に迫っていた。

 

私が紫ちゃんを守る。

 

私が――。

 

 

金棒が旋回した。

 

「きゃあぁ!!!!」

 

杖で受け止めようとした。

でも、私の体は逆方向へ勢いよく弾かれた。

 

「っ……。まだまだ――」

 

金棒が振り下ろされた。

 

「きゃあああ!!!!」

 

ドレスの一部が瞬時にほどけ、振り下ろされた一点へと集まった。

衝撃でへたりこんでしまう。

 

ダメだ。

 

私が紫ちゃんを守るんだ。

 

私が――。

 

「あ……」

 

立ち上がった私の目の前には敵がいた。

自分よりも遥かに大柄な獰猛な。

 

顔の目玉のような部分がこちらに向いていた。

 

鬼の左手がこちらへと伸びた。

 

「っ……!!!!」

 

反射的に後ろに下がるも、少し遅かった。

胸のリボンは引きちぎられていた。

 

鬼が破れたそれをぞんざいに放り捨てる。

空中でその形をなくし、霧散していった。

 

私が紫ちゃんを守る。

 

私が――。

 

 

 

私じゃ、無理だ(それでも紫ちゃんを守る)

 

 

 

金棒が眼前に迫っていた。

 

「きゃああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

何の防ぐ手段もなかった。

ただ、吹き飛ばされただけだった。

 

私の視界が数回転する。

痛みこそなかった。

 

でも、勝てないと思い知らされた。

 

私の体は地に伏せていた。

ドレスはもうボロボロだった。

 

鬼がこちらに迫るのがわかった。

血の気が引いていく。

 

このままじゃ、私は何もできないのかな。

魔法少女になっても、自分の大事な人も守れなくて――。

 

私は倒れたまま隣を見た。

そこに紫ちゃんがいるはずだと思ったから。

 

しかし事実は違った。

 

紫ちゃんはそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

「止まりなさい!!!! 化け物!!!!」

 

顔を上げる。

少女(大好きな人)の背中があった。

 

だからこそ、叫んだ。

 

「紫ちゃん!!!! 逃げて!!!!」

 

紫の鎧は、ほとんどその体を成していなかった。

盾だけを前方に構えた防御姿勢。

 

紫ちゃんの足は震えていた。

 

「紫ちゃん!! 無理だよ!! 逃げてってば!!!!」

 

「……私だって、怖い。……でも」

 

紫ちゃんの声は、酷くしゃがれていた。

 

「守る側と守られる側が逆になったら、いけないから……!!」

 

鬼がこちらに迫った。

 

ダメ。

 

ダメだ。

 

「ダメええええぇぇぇぇ!!!!」

 

黒の金棒が、紫の盾を粉々に砕いた。

衝撃で、紫ちゃんの変身が解ける。

 

そこにいるのは魔法少女では、もうない。

普通の洋服を着た、普通の少女――。

 

「いや!! 放して!!!!」

 

紫ちゃんの体が鬼に担ぎ上げられる。

鬼はそのまま浮かび上がると、真っ暗な天へと昇っていった。

 

「紫ちゃああああぁぁぁぁん!!!!」

 

いくら叫んでも、もう届かなかった。

 

残された私に緑の光が近づく。

 

「どうやら最悪の事態になったようね」

 

私は思わず光を掴んでいた。

 

そんな……どういうこと?(他人事みたいに言うなよ!!!!)

 

「まあ落ち着きなさいよ。まだ、どうにかする手筈はあるわ。それよりもあなたのことよ」

 

「私のことなんてどうでもいい!!!!」

 

「本当に? 黄原さんと紫王さんは、そういうことだった。あなたは? 何であなたはここにいるの?」

 

 

何で?

 

何で私がここにいるのか?

 

もともと私と紫ちゃんの二人で、黄依ちゃんが仲間に入って――。

 

「事実は違った。だからこそ気になっている。二人の間に割り込んだあなたは何なのか。何でもないなら、別にいいんだけどね」

 

私は――。

 

 

 

 

 

私は一体、何なのか(何だった)

 

 

 

 

 

 



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普通事変(Prologue)

『ねむい』

 

 

『もういやだ』

 

 

『なにもしたくない』

 

 

 

「……うーん」

 

 

『私は頭が悪いからわからないんだけど――』

 

 

 

「いやいや、自虐に走りすぎでしょ……消しとこ」

 

 

 

 

 

(任意の構文)

 

 

 

 

 

(任意の流行ワード)

 

 

 

 

 

(任意の揉め事)

 

 

 

 

 

「これ書きたいわけでもないのよねえ……」

 

画面をスクロールする。

 

 

猫の動画。

 

 

「やっぱり猫動画を拡散するのが一番安心感あるわね……。あは、かわいい……」

 

 

その時、画面がぶるぶると震えた。

ビクッと体が反応する。

 

一瞬、何事かと思ったが何てことはない。

過去の自分が仕掛けた時限式爆弾。

 

要するにアラームが鳴っただけだった。

 

「もう30分? はや……。何もしてない……」

 

全然、休憩できた気がしない。

 

私はやっと手にしたスマホを脇へと置いた。

 

「……。あと5分。いやいや、さすがに……」

 

また手が伸びそうになるが、机の上の紙が目に入った。

 

 

進路希望調査。

 

 

逃避していた現実がそこにあり、私は溜息を吐いた。

A4一枚の紙は名前と学年欄を除けば、見事なまでに真っ白だった。

 

 

「リアルって何でこんなに面倒くさいのかしら……」

 

私はまた溜息を吐いた。

最近、癖になっている気がする。

 

綺麗に書いた名前欄の文字が、まっさらな余白を強調している気さえする。

 

 

紫王紫。

 

 

特にこれといった夢も取り柄もない、普通の高校二年生。

 

 

 

 

 

お風呂を終え、部屋に戻った後、私はベッドに突っ伏した。

手を擦るように、画面をスクロールさせる。

 

最近はほとんど、無意識にこうしている気がする。

机の上の紙は白紙のままだ。

今日は宿題を片づけたから許してほしい。

 

(何かないかな……何か……)

 

何か。

 

何か。

 

何か。

 

 

 

(何かって何だろう……)

 

そう思っていると、ある文字列が目に入った。

指の動きが止まる。

 

 

配信告知。

 

 

(この人も懲りないなあ……)

 

内容を確認する。

今日は……雑談と質問コーナーか。

 

『質問、少なすぎて大体読まれます!! ドンドン送ってください!!』

 

(大変だなあ……)

 

『あ、相談とかでもいいです!!!!』

 

(……。相談)

 

私は画面を何回かタップして文字を打ち出した。

 

これは人助けだ。

赤の他人とはいえ、頑張っている人への後押しだ。

 

もしくは好奇心だ。

ガチのお悩みが来て、一体どんな反応をするのか。

この人がどうするのかの興味だ。

 

もしくは――。

 

私が困っていて、誰かに話を聞いてほしいだけ。

 

書き終えて、私は文面をまじまじと見つめる。

これを本当に出すのか。

大袈裟に言えば、人に影響を与える行為を。

 

こんな私が――。

 

(ええい……送ったところで何も起こらないわよ……何も)

 

ネットの大海に小石を投げるだけだ。

精々、小さな波紋ができて、波にかき消されるだけ。

 

送信。

 

ふう、と溜め息が出た。

 

(送っちゃった……もういいや、匿名だし。自分じゃない感じを醸し出しておこう……)

 

胸が高鳴っているのは気のせいだろう。

こんなことはただの暇潰し。

 

画面を戻して配信時間を確認する。

 

――魔法少女系ブイチューバ― モモミン。

――配信開始まで残り十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん!!!! こんばん魔法ー!!!! 魔法少女系ブイチューバーのモモミンです!! 今日も愛と勇気と道徳を胸に!! 張り切って行きましょー!!」

 

配信が始まった。

今日も挨拶の声は良く通っている。

 

画面には桃色の長い髪に、桃色のドレスの少女。

日夜、世界の平和を守るため人知れず戦う魔法少女……。

そんな少女が束の間の休息のため、配信で楽しくおしゃべりをしている。

 

……という設定のキャラクターだ。

 

(魔法少女系って何なのよ、そのカテゴリー……)

 

頭の中で何度も繰り返したそのツッコミを今日もする。

 

「いやあ、今日は暑かったねー。仕事中うちわでぱたぱた仰いじゃって……あ!! 風魔法ね!! モンスターとの戦闘中!!」

 

(いきなりの設定崩壊……まあ、こういうノリは嫌いじゃないけど)

 

「小型の扇風機、ほしいなあ~って思いました。はい。良い子のみんなも暑さとモンスターに負けず元気出して行こうね!!」

 

(暑さとモンスター、同列なんだ)

 

魔法少女モモミンはリスナーのことを「良い子のみんな」と呼ぶ。

道徳を重んじるモモミンにとって、悪い子はリスナーではないのである。

 

ちなみに今日の同時接続は十六人。

そこそこ多い方だ。

もっと人気のある人がたくさんいるのは知っているが、そうした人たちの配信は気後れしてしまう。

理由はわからないけど。

 

『おもろい』

 

『質問しといた』

 

『あつくて水のんだ』

 

(お米さん、今日も絶好調ね)

 

モモミン配信のコメント欄は、ほとんど『お米さん』しか書き込まない。

とにかく良くしゃべる。

若干、下ネタ(ウンコ系)が好きなので見てる方はハラハラする。

基本的に、悪い人ではなさそうなんだけど……。

 

『きょう外で遊んだ』

 

『みずうまい』

 

『みずこぼした』

 

『おこられる』

 

『しゃべりすぎた』

 

『イライラする?』

 

 

 

「えー、私はイライラしたりしないよ~。この程度で怒るとか人生初心者かー?」

 

ぶふっ。

 

私は吹き出した。

たまに素が出て口が悪くなる。

こういうところが憎めなかったりする。

 

「さ、というわけで。魔法と話術で解決!! モモミンのマジカル・アンサー!! ……のコーナーに行きます」

 

(そんなコーナー名だったんだ……)

 

「これね~。本当は音響魔法でタイトルを思いっきり響かせたかったんだけどね~テストする時間がなくてね~」

 

(知らんて……)

 

「え~頂いた質問にはちゃんと目を通してるからね。……じゃあまずこれかな。『ごはんとパンどっちがすきですか?』 うーん、いいね。ごはんはお米のことだと思うけど紀元前からの歴史を持つ稲作と西洋から伝わったパンの比較だね……!!」

 

(そんな小難しいことは聞いてないと思う)

 

ちょっとずれた感じのテンション。

それでも嫌な感じがしないのは、たぶん大真面目にこの人は言っているから。

 

コメントは実際に付けずに心の中でツッコミを入れるのが日課。

 

何も発言しなければ、絶対に安全だから。

 

「……というわけでモモミンとしてはお米の消費量が落ちている現状も顧みて、今回はごはんの方に軍配を上げたいと思います……!! 質問してくれた方、ありがとう!!」

 

(米が勝ったわね。お米さんも喜んどる)

 

画面を見れば誰が質問したかは明白だった。

この人はだいたい、こんな感じで捌いていく。

恐らくは大分、年上なのだろう。

しゃべりに余裕というか、貫禄を感じる。

 

……魔法少女という設定だけど。

 

「はい、じゃあ次の質問ね。え~っと、なになに……」

 

 

 

「私は今、高校二年生です」

 

心臓が浮き上がるような感覚。

私の書いた文面と同じものが、綺麗な声で読み上げられる。

私の考えたことを、別の人が言葉にする。

 

不思議な感覚だった。

 

「進路で悩んでいるのですが、そもそもやりたいこともありません。いっそブイチューバーに……なーんちゃって☆ えへへ!!」

 

(そんなに情感を込めなくていいから!!)

 

恥ずかしさを紛らわすため茶化したのが裏目った……。

実際に読まれるときついわ、これ。

 

「モモミンさんはどうしてブイチューバ―になったのですか? 嫌ならいいですが、よろしければ教えてください……と」

 

間が空く。

 

私の緊張は最大まで高まっていた。

今更になって後悔の念が湧いてくる。

 

文面は最低限、整えたつもりだ。

でも、もしも、不快に思われたらどうしよう。

 

その口で、私を否定する言葉が出てきたらどうしよう。

 

「え~まずは言わなければならないことがあります……」

 

ごくっと唾を飲み込む。

 

「モモミンはブイチューバ―ではなく魔法少女なので……!! 宣伝とかは便宜上そう名乗っているけど!!!! 面倒くさくてごめんね!!!!」

 

息を吐いた。

 

きっと溜まり切った緊張感が安堵と共に出ていったのだ。

 

そういうノリでいい。

 

私は人気のない配信者にネタを提供しただけ。

だからこれでいい――。

 

「それにしても進路の相談かー。進路、進路ね……あ、お米さん、進路って将来の仕事とか、大学に進むかとかを選ぶことね」

 

(真面目に考えてそうね……。適当でいいんだけど……)

 

「うーん、そうだね……」

 

 

 

「真面目な質問だから真面目に答えよっかな」

 

 

 

 

 

「まず最初に、こういう道に進むのが正解!! ってのは言えないから先に謝っておくね。私はこの人がどんな人か知らないから。ごめんね魔法!!」

 

(……まあ、そうよね。断言されても困るし。いえいえ魔法)

 

「で、考えたけど例えば同じ進路に進みたいって言ってる人がいても適切な助言って違うんだよね」

 

(……? と、いいますと?)

 

「片方の子が本気でその道に進みたいと思ってて、長い間真剣に考えていて、もう片方の子は何となくで言っていたら」

 

(……う。グサッときたわ。説教の流れ……)

 

「あ、説教臭くなったね!! ごめんごめん!! いやでも!! 魔法少女たるものレスバにも強くないといけないから!!」

 

(いえいえ……、もっと適当に自分のことを話して……)

 

「で、私のことね……。何でこうやって配信するようになったかというと……」

 

(そうそう、聞きたいのはそれ。なんでなんで?)

 

 

 

「……」

 

(……? どうしたの?)

 

 

 

「何となく、かな……」

 

(何となくかーーーーい!!!!)

 

 

ベッドから転げて落ちそうになる。

ここだけ昭和か今は令和だ。

お米さんからも『何となく』と復唱コメントが付けられた。

 

 

「いや、これはちゃんとロジックのある何となくでね!! 説明が難しいなあ……。人間の思考と言葉は一対一対応じゃないことを思い知らされるよ……。私も魔法文学科に行っていれば……」

 

(何にでも魔法って付ければいいもんじゃないでしょ……。魔法のありがたみが減る)

 

 

「やりたいことって結構ぼんやりとした感覚だけど、案外そんなものかもって。全く興味のないことは考えないし」

 

(そんなものかなあ……その意見がぼんやりして聞こえる)

 

 

「人の心は覗けないから。他の人が感じてなくて、自分が感じているならそれは個性なんだけど、なかなか見えないって話かなあ……」

 

(……だって自分は普通だから)

 

 

「だって自分が基準だから」

 

(……。……?)

 

 

聞き間違い。

そう思う程度には、頭が認識しなかった。

 

 

「……私ね。結構、周りから『変わってるね!!』って言われることが多くて……でも、全然わかんないだよね、どこがどう変わってるのか。親からも普通にしなさい!!ってよく言われて」

 

(そうなんだ。それは確かに――)

 

頭によぎりそうになった言葉を、抑える。

これは思うだけでも、良くない。

 

普通であることに悩む人間がいるなら、特別であることに悩む人間もいるはずだった。

 

 

「それでまあ、普通に勉強を……あ、魔法少女のね。とにかく頑張ってみたり、これが普通なんだろうなって生き方をしようとしてたんだと思う」

 

(それで頑張れるのはすごいし、十分じゃないの……?)

 

 

「でも、まあ、ふと思ったんだよね」

 

(……何を?)

 

 

「何となく、このままの人生が続いていいのかなって」

 

(……)

 

 

「で、やりたいことをよくよく考えたらもっとこう、創作的な何かだったなあ~って。ぼんやりとした何かの答えがやっと出たんだよね、後になって」

 

(自分でも当時はわかんなかったってこと? そんなもんなの……?)

 

 

「さっきは冗談で人生初心者か~って言っちゃったけど、そうなんだよね、みんな。十歳の選択は初めて十歳になる人がしないといけないし、二十歳の選択は初めて二十歳になる人がしないといけない。だから難しいんだよねえ……」

 

(そっかあ……。魔法少女がそう言うのなら、そうなんでしょうね)

 

 

「自分をありのまま認められたから今がある……魔法少女は絶対にモンスターや冷え性やその他、世の中の困難モロモロに負けたりしない!!」

 

(……そうなれたら、いいわよね)

 

 

「……というわけで。ぼんやりとした何かに案外真実があるし、それ自体が答えじゃなくても考えているうちに視野が広がるかもね!! というお話でした!! 上手くまとまった!!」

 

(……え? そんなこと言ってたっけ? 誤魔化された気分ね……)

 

 

「……あ!! あと最後に一言」

 

(……?)

 

 

「大変かもしれないけど、一緒に頑張ろうね!! 私も頑張るから!!」

 

(……)

 

 

 

画面の中の少女はにこやかに笑みを浮かべていた。

コメント欄には『深い』と簡素な意見が述べられていた。

 

私は――。

 

桃色の少女を見詰めていた。

いつまでもずっと。

胸には今までに感じたことのない感情が灯っていた。

 

何となく、ぼんやりと。

 

 

 

 

 

次の日からの私は、少しだけ変わった。

調べ物をよくするようになった。

ネットで片っ端から、仕事に関して検索をかけたりした。

 

「はいはい!! 今回の配信も感謝感激魔法!! さあて次の配信は~デデドン!!」

 

(モモミンさん、個人的には面白いのにイマイチ伸びないのよねえ……何でだろ)

 

「モモミン VS 人工知能怪人!!!! 人間らしさが演算で代替された時に何が起こるのか!? シンギュラリティ!! むしろ楽しみ!! をお送りします!! また見てね~」

 

(……キャラとネタのミスマッチ感、かな)

 

 

 

配信で生計が立つかも真面目に考えてみた。

知っておくだけならタダだと思ったから。

 

(げえええ!! 個人のブイチューバ―ってこんなお金がかかるの!? 赤字じゃん!!)

 

「はいはい今日も配信やっていくよ~。え、声が疲れてる? うーん、今日のモンスター強かったからなあ……」

 

(……。モモミンさん大丈夫なのかな、いろいろ。本業が別にあるっぽいけど……)

 

「じゃあ今日の配信!! ついに姿を捉えられたブラックホール!!!! その中から現れたのは~?? ……けほっ、けほっ」

 

(宣伝とかやればいいのかな……? でも書き方によっては迷惑になったりしないかな……?)

 

 

「はい!! じゃあ今日の配信はこれまで!! こんな私が活動できているのはみんなのおかげです!! ……ごめんね、突然、感謝したくなって。私が普通か特別かなんて自分でもわからないけど。もしも特別なものがあるなら、みんなとの絆かなって……でへへ!! 今の恥ずかしいからナシ!! 記憶消去魔法!!」

 

(……趣味人)

 

(……)

 

(力になれたらなあ……)

 

 

 

次の日も、次の日も。

学校へ行って、調べ物をして、そして配信を聞く。

 

その日、私は彼女にコメントを送った。

……気まぐれで。

 

(今日の配信ですが内容がとても充実しており……いやいや、批評家か。今日の配信、良かったです……いつもは良くないみたいじゃん……。う~~~~ん)

 

『今日も面白かった!!!!』

 

(……)

 

(何でこんなに緊張しているの、私)

 

 

 

(……!!!!)

 

『床太郎さん!! ありがとうございます!! いつも告知を拡散してくれてますよね!! それもありがとう!!』

 

……小躍りして、しばらく何も手に付かなかったのはナイショだ。

 

 

 

 

 

その日も私は、いつものように家路についていた。

 

(今日のモモミンの配信、量子力学の計算だから絶対見なきゃ……!! エンタングル!!!! な~んて……)

 

その日も私は、いつものように少し小走りで。

 

(……自分が普通でも、ちょっとだけでも特別になれたらって思うのが大切なのよね、きっと)

 

その日も私は、いつものように――。

 

(……? 何か空が急に暗くなった? )

 

 

モモミンの配信を、見るはずだった。

 

 

轟音。

 

 

衝撃。

 

 

痛み。

 

 

自分の体がコンクリートに打ち付けられていると理解したのは、数秒の後だった。

災害? 爆弾?

 

頭が状況を整理するより先に、恐怖が体を支配した。

 

周囲に、人気はない。

 

 

また轟音。

 

反射的に目を伏せる。

生ぬるい風が吹く感覚は、私の経験したことのないものだった。

嫌な単語が頭をよぎる。

 

兵器による攻撃。

それが私の頭の弾き出した答えだった。

 

(逃げなきゃ……!!)

 

家だ。

とにかく家を目指そう。

夜道のように辺りは暗いが、全く見えない程ではない。

建物の中に、身を――いや、入れてもらえればどこでもいい、とにかく近くに安全な場所は――。

 

(ひ……!!)

 

目の前の交差点から黒い陰が覗いた。

いや、その物体は『黒』そのものだった。

 

闇に溶け込んだ怪物。

明らかに、私は知らない。

この世界の生き物でない。

 

ぶよぶよとした体に、まるで取って付けたかような鉤爪。

上部には目のような部分が――。

 

 

目が、合った。

 

 

逃げろ。

逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 

 

逃げろ。

 

 

叫び声とともに、弾かれたように私は逆方向へ走った。

後ろも、周囲も確認なんてできない。

そんな心の余裕はない。

 

けれど確かに感じるのだ。

 

怪物がまっすぐこちらを追ってくるのを。

 

何で?

 

どうして?

 

私は普通の高校生のはずだ何も特別なことなんてこの身に起こることなんてなかったきっとこれは夢か冗談だだって何も理由がない私がこんなところで――。

 

 

足がもつれる。

のたうつように地面に転がる。

 

顔を上げれば、目の前にいた。

体から無数の『爪』を延ばした怪物が。

 

私は普通だ。

 

私は普通の女子高生だ。

 

私は普通に、生きていくんだ。

 

 

事切れたように思考は打ち切られた。

代わりに流れてきたのは、映像。

 

これまでの私の、差しさわりのない人生。

何かあったはずだ、と脳が頑張って編集をしているみたい。

 

頭の中で、桃色の髪の少女は、笑っていた。

 

最期に思い出すのが、会ったこともない人だなんて――。

 

 

「助けて……助けてよモモミン……」

 

 

怪物の爪が私の方へ、伸びた。

 

きっとこの怪物はこれから被害を出し続けるのだろう。

増殖、進化、統合を繰り返して、人類と敵対するのだろう。

私は、その最初の被害者。

 

 

――こんな特別、私は嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 



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長女出陣(First)

少女に対して、不釣り合いな広い和室。

少女は雑誌を広げ、貪るようにページを捲った。

 

和室の隅の、こじんまりとした棚から。

宝探しの戦利品。

 

障子が動く音がした。

男は少女に気づくと、ぽりぽりと頭をかいた。

 

男が少女に話しかける。

 

――黄依、それが気に入ったのかい?

 

「うん!! 面白い!!」

 

――そうか、どれを気に入った?

 

「モアイ!! かわいいから!!」

 

 

 

「お父さん、日本にもモアイってあるかな?」

 

――ああ、あるかもな。もしかしたら見つけるのは黄依かもしれないぞ。

 

「本当!? 私がモアイを……!! 探して見せるね!!」

 

――ははは、黄依ならできるさ。……でも、探し出すだけじゃなくて謎を解き明かせるといいよなあ。

 

「謎? モアイに謎なんてあるの?」

 

――石を切り出すことはできても、島のいたるところにわざわざどうやって運んだのか……。もしかしたら超古代文明の力で……!! なんてな!!

 

「そんなの簡単。宇宙人だよ」

 

――お、宇宙人説か。モアイは宇宙人が造ったと。

 

「……。ううん、モアイは宇宙人と戦う戦士なんだよ。それが負けて石にされちゃったんだ……」

 

――はは!! そうかもなあ……!! 黄依の『ソウゾウリョク』なら本当に謎を解き明かすかもな……!!

 

「……? うん、私、『ソウゾウリョク』には自信がある!!」

 

少女が男の元へと駆け寄る。

男はあぐらをかいて、少女の体をすっぽりと収めた。

 

 

 

あの時、口から出まかせに言ったこと。

自分の考えたことが、他の人も考えていると知り、見栄で言ったこと。

それでもお父さんは、優しく微笑んでくれた。

 

お母さんと、私と、妹達を残してお父さんは、遠い遠い世界へ旅立ってしまった。

それでもこの記憶は、私の宝物としてずっと胸に残っている。

 

 

 

「……夢」

 

差し込んだ陽ざしとともに、私の意識は覚醒する。

広い和室に布団が四つ。

体を起こす。

いつもそうしているように、今日も左側に並んだ寝顔に目をやる。

 

次女の黄結(きゆ)、三女の黄穂(きほ)、四女の黄乃(きの)。

 

そして、私、長女の黄依(きえ)。

 

何の変哲もない、普通の休日の朝。

今日も一番最初に目を覚ますのは私だった。

 

 

 

 

 

妹達を起こさぬよう着替えて外に出る。

顔を洗うのもそこそこに。

学生たるもの、まずは体作り。

 

家の庭をぐるっと回るだけだが、欠かすことのない習慣だ。

戻ってきた私は居間に寝転がると、スマホで今日のニュースをチェックした。

 

いくら見出しを確認しても、ない。

遠い町で起こったはずの何か。

 

インターネットの話題はその町で撮影された動画で持ち切りだった。

変わった気象現象として撮影され、あっという間に拡散したもの。

雨雲が出ているわけでもでもないのに、辺り一面が真っ暗になっている。

動画の途中では雷が落ちたような轟音が響いていた。

 

それだけなら奇怪な現象で終わったかもしれない。

でも自分が気がかりなのは別なところにあった。

 

この投稿者がその投稿の後、ぱったりと何も発信していないのだ。

 

その後、一緒に映っていた建物などから場所が特定されると「その町にいる友人と連絡が取れない」とか「同じ時間暗くなっていた」とか「町の住民は全員避難した」とか「近くで戦車を見かけた」とか「人工日食だ」とか、とにかく情報が錯綜していた。

真偽の判断が第一なのだが、とてもじゃないが情報が多すぎて不可能な状態だ。

 

町にいる人達が無事ならいいんだけど……。

 

物理的に遥かに離れた場所にいる身としては、そう祈る他はない。

 

 

 

本当にそうか?

 

ふと、もっと力があればなと思った。

どんな危機にも、即座に現れて、問題を解決したり、悪いものをやっつけたりする力。

もし、そんな力が『黄原黄依()』にあれば――。

 

 

 

 

 

スマホの画面を閉じたところで、人が入る気配があった。

私はその方向を向くと、にこやかに挨拶をするのだった。

 

「黄結、おはよう!!」

 

「……」

 

一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに目線は外れた。

 

すたすたと歩いて、離れた位置に座るとスマホを取り出す黄結。

黄結はとても恥ずかしがり屋な性格だ。

 

……ウソです。

最近、口を利いてもらえない。

昔は仲が良かったのにどうして……。

 

姉妹って難しい。

 

 

 

間を置いて、足音が聞こえてきた。

どたどたと、不規則なリズムで。

 

「黄穂、おはよう!! 廊下走ったら危ないよー」

 

「黄依姉~おはよ~パソコンパソコン……」

 

朝ご飯もまだなのに黄穂はパソコンへと向かっていく。

今の机に配置されている姉妹共用のものだ。

黄穂はまだ自分のスマホを持っていないし、パソコンを使う機会が姉妹で一番多い。

 

「黄穂、ご飯もまだだし後にするのは?」

 

「え~。昨日のモモミン見逃しちゃったよー。アーカイブ見るぜー!!」

 

モモミン。

最近、黄穂がハマっている魔法少女系ブイチューバ―、というものらしい。

 

「魔法少女ならさ、この後、黄乃と劇場版見ようって話してるから良かったら一緒に……」

 

「やだー。モモミンの方が面白い~」

 

姉、またしてもしょげる。

黄穂も卒業かあ……。

いや、ある意味、別の道へと進んだ……?

 

「ところで黄依姉、髪どうしたの?」

 

「……? いつも通りだけど?」

 

「黄依姉がそう言うならそうか!!」

 

 

 

しゅっ、と障子を開ける音がする。

 

私は前に入った二人と同じよう、挨拶をした。

 

「黄乃、おはよう!!」

 

「おはよー!!!!」

 

全力で駆け寄ってくる小さな体を私は受け止めた。

屈託のない笑みが私へと向けられる。

ああ……これが幸せか……家族と一緒にいるという実感……。

 

「うう~~~~ナイアガラの滝のように涙が~」

 

「お姉ちゃん、泣いてるの?」

 

「黄結も黄穂も、昔はこうだったんだよ……」

 

「ふーん。ところでお姉ちゃん」

 

「なあに~」

 

黄乃のくりくりとした目が私の顔へと向く。

好奇心に満ちたきらきらした瞳。

私は何でも答える心持ちだ。

 

すると――。

 

「何で髪の毛、黄色いの?」

 

「へ? 黄色?」

 

全くの予想外の問いかけ。

私の髪は黒色だ。

少なくとも、昨日までは。

 

自分の前髪を軽く引っ張る。

 

まさかそんなはずは――。

 

「……ちょっと黄色い?」

 

「うん!! どうやったのー?」

 

黄乃がきゃっきゃと喜ぶ。

何度か確認したが、結果は同じ。

 

これはあれだろうか。

私自身の隠された力が覚醒した、的な。

 

「黄穂は気付いてた?」

 

「うん。黄依姉、結構似合ってるよー。どうやったの?」

 

パソコンに向かいながら黄穂が答える。

とりあえず、お礼を言う。

 

さっきまで黙っていた黄結が口を開いた。

 

「……。てっきり黄乃に相手をしてもらうために染めたんだと思った」

 

「相手をしてもらうためって……久しぶりにしゃべったのに手厳しいなあ……」

 

黄結はふん、と鼻を鳴らした。

話してくれるだけでも嬉しい。

それだけ異様な事態だったとも言えるけど。

 

「……で、どうやったの?」

 

「どうって……うん」

 

一体どうやったんだ、私。

 

昨日は黄金ジェットのレプリカを眺めてから眠ったから、色素が移ってしまったんだろうか。

でも、これはこれで悪い気はしない。

体は健康そのものだったし、不思議とこの力は私に授けられた――というより備わっていたものの気がする。

 

何より、そう考えた方が楽しい。

 

「よくわからないけど、お姉ちゃん覚醒しちゃったよ。超能力とか使えないかなあ~ふんふん!!」

 

両手を握る私をよそに、黄結はスマホへと視線を戻した。

大丈夫だと判断したんだろうけど、寂しいなあ……。

 

念を込めたり、気を溜めようとしてみる。

そんな私に、黄乃が何かに気づいたような笑顔を見せた。

 

「お姉ちゃん、魔法少女みたい!!」

 

「魔法少女……? あ~~~~!!!!」

 

何たる失態。

 

真っ先に気づくべきことを見落としていた。

覚醒することで髪が変色する。

 

これは魔法少女ではないか!!!!

 

「確かに!! モモミンも言ってたよ!! 魔法少女の変身は魔力を放出することで行われ、髪の毛のメラニン色素に影響を与えるって!!!!」

 

黄穂の大声が和室に響き渡る。

私はポケットから手帳を取り出し、すかさずメモを取る。

 

黄穂いわく、色素が変わるだけでなく毛根が刺激を受けることで髪が伸びるらしい。

そのためモモミンは変身するたびに髪が伸び、散髪が大変らしい。

しかし、そんなことまで知っているとは。

モモミン、侮りがたし。

 

とはいえ、自分の場合、長さは変わっていないようだ。

 

「モモミンはやっぱり何でも知ってたんだ……!! お米の一粒一粒の様に、この世に無駄な知識はない……モモミンの言葉だよ!!」

 

「はあ……黄穂、それはそういうキャラ作りだから」

 

「黄結姉、わかってないな~。ブイの楽しみ方ってやつがさ……!!」

 

溜息を吐く黄結に、拳を振って熱弁する黄穂。

黄乃は私の髪を引っ張って遊んでいた。

 

今日も姉妹みんな元気。

私はそれだけで十分だ。

 

「お姉ちゃん、悪いやつらをやっつけるの~?」

 

「え?」

 

黄乃は瞳を輝かせている。

日常の何気ない一コマの、何ともない台詞。

 

それなのに、どうしてだろう。

 

こんなにも心がざわめくのは。

 

「あ~、モモミンも怪人と戦っているって言ってた。黄依姉なら普通に戦えそう!!」

 

「普通にって。照れるな~」

 

「……バカバカしい」

 

「黄結?」

 

「魔法少女とか怪人とか、良い歳してバカバカしいって言ってるの!!!!」

 

部屋の中の空気が、重たくなった気がした。

黄穂が黄結をなだめている。

 

黄結だって昔は魔法少女が大好きだったはずなのに。

私は息を吐いて改めて考えた。

 

悪いやつら。

 

もし、それがどこかにいて、自分が戦えるというなら。

 

その時は――。

 

 

 

軽快な音が部屋に鳴り響く。

 

反射的に立ち上がっていた。

 

「私、出るね」

 

今の時間はお手伝いさんもいない。

玄関まで距離はないが、早く出なければ立ち去ってしまう可能性が高い。

経験則としてわかってきたことだ。

 

「……ん?」

 

玄関の方から、人の気配がする。

戸締りその他は大丈夫とは思うが、警戒する。

 

胸の鼓動が、わずかに早くなった。

あとひとつ、角を曲がれば玄関だ。

 

足音をさせないように、慎重に。

 

飛び出すように、大胆に。

 

私は玄関へと出た。

 

 

開けた視界に映るのは靴箱と、段差と、扉と、吊るされた灯り。

 

 

誰もいない。

 

誰もいない。

 

誰もいない――。

 

 

誰もいない(誰かいる)……」

 

何故自分がそう判断したのか。

扉は完全に閉まっているように見えた。

 

頭で考えれば考える程、その理由はわからなかった。

 

だからきっと、感じていた。

 

黄色くなった髪の毛の一本一本が、まるでセンサーのように。

ちりちりと違和を伝えているに違いなかった。

 

私は武器を探した。

勘違いならそれでいい。

でも、もしもそうでないのなら――。

 

妹達のところへは、一歩も近づけさせない。

 

甲高い嗤い声がした。

誰もいないはずの空間で。

 

私はいよいよ、身構えた。

 

――そんなに身構えなくていいわよ、ちょっとした余興だったから。

 

ぱちんと音が鳴る。

目の前で緑の光が揺らめく。

 

魔法。

 

直感的にそう理解し、私の胸は意外なくらいに高鳴った。

 

空間から浮き上がるように、一人の女性が姿を現す。

黒いパンツスーツ、白いシャツ。

後ろで束ねられた髪は、薄い緑色を伴っていた。

同じく翠色の宝石を思わせる目がこちらに向く。

 

綺麗な瞳だな、と思った。

 

「黄原黄依、現在十一歳、最寄りの公立小学校に通う六年生。誕生日は11月28日。素行などに特筆すべき問題なし。趣味はオカルティックな与太話に妹と未就学児向けの作品を鑑賞すること……で合っているかしら?」

 

「……」

 

「ふふ、驚いて声も出ないかしら。戯れが過ぎたわね」

 

「……も、もう一回やってもらっていいですか!?」

 

思わず口走ってしまった。

今度はお姉さんが目を丸くして、押し黙ってしまう。

 

「ふ……ふ……ふふ……」

 

「……? お姉さん、どうしました?」

 

「あははははっはははは!! ひひっ!! あははは!!!!」

 

けらけらと高笑いが玄関に響く。

少し失礼だが、ものすごい悪趣味な笑い声だ。

やはりこの人は魔女なのかもしれない。

 

そう、魔女だ。

私の目の前に魔女がいるのだ。

 

古代遺跡は祭壇の役割を担っていることも多く、私はオーパーツと魔法使いの関連性は高いと見ている。

暦や気象、風土に精通していた彼、彼女らの卓越した知識は、それ以外の者からはあたかも魔法を使っているようだった。

 

しかし、それだけではない。

 

魔法使いは、実際に魔法が使えたのだ。

今でも製法を解明されない数々のオーパーツ。

真球に近い石。

水晶で作られた髑髏。

 

それらが魔法によるものでないと、どうして言えようか?

昔の人間は、自然と調和し、空間を作り変える超能力を有していたのだ。

それが発火やテレポーション、サイコキネシスといった形で発現していた……!!

 

我々は今、それを目の当たりにしたではないか!!!!

 

「魔法使いが日本に実在してたなんて……!! こうなってくるとモアイも探せばあるかも……!!」

 

「姉さん、何を言っているの」

 

私の意識が一言で引き戻される。

すぐ横では黄結が渋い顔を浮かべていた。

 

奥から黄穂と黄乃もついてきた。

どうやら眼前の魔法使い(仮)の笑い声に何事かと確認しにきたらしい。

 

魔法使いはようやく落ち着いたらしく、改めてこちらを見た。

 

「ふふ……ごめんなさいね。でも、いいわ。それくらい肝が据わってないとね。黄原黄依さん、気に入ったわ。髪色も庭に出ていた時は黒かったはずだけど、覚醒したようね。これも素質ということかしら?」

 

「あなた何ですか? 姉さんを気安く呼ばないでください」

 

黄結が鋭い目で魔法使いを睨む。

魔法使いは事も無げに笑みをたたえていた。

 

「失礼、名乗ってなかったわね。私は木村(きょう)。特殊な研究施設の、特殊な研究員をやっているわ。そうそう、あなた達の母親の許可は得ているから安心して頂戴」

 

「お母さんの……?」

 

お母さんは働いていて帰ってこれない日も多い。

どこで働いているかは話せないって言ってたけど。

 

「そうね、小学生にもわかるように言うならあなたを戦場へと導く妖精……といったところかしら」

 

「妖精はそんなでかくない!!」「妖精をなめるな!!」

 

黄穂と黄乃の同時攻撃を受け、木村鏡と名乗った女性はたじろいだ。

小学生にはウケるという見込みだったのか、少しかわいそうだ。

 

……私は良いと思うけどな、妖精。

しかし気になる言葉もあった。

 

戦場。

 

戦うということ。

 

一体、何と?

 

決まっている。

 

 

悪いやつらだ。

 

 

こほんと気を取り直した木村さんが姿勢を正す。

その両の眼でまっすぐに私を捉える。

 

緑の瞳には、黄色い髪の少女が映っていた。

 

「黄原黄依さん、あなたにはこれから魔法少女として戦ってもらう」

 

 

もしも戦う力があるのなら私は――。

 

 

悪いやつら全部を、やっつける(破壊する)

 

 

 

 

 



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閑話休題(Outline)

警報は自宅で鳴り響いた。

手にした端末は避難を促す短いメッセージが綴られていた。

 

――ああ、ここもついにか。

 

漏れ出た感想は、自分でも意外なほど簡素なものだった。

全国での被害状況、出現の頻度。

低い確率ながらあり得るだろう、としか言いようがなかった。

 

私は自室を眺めた。

 

長い机の上に所狭しと並べられたディスプレイ。

捨てられずに棚に保管されたグッズ類は、結果として私の来歴を簡潔に示していた。

 

(防音対策、頑張ったんだけどなあ……)

 

赤字の上に赤字を重ねた設備も放棄することになる。

さすがに持ってはいけない。

 

このままできる限り安全な場所へ、黙々と移動すれば私は「良い住民」なのだろう。

 

でも、なぜか悔しいから。

私は言葉を発するのだ。

周りの誰かに対してでも、ましてや自分にでもない。

 

それはただ空気を、わずかに揺らすだけ。

 

「避難避難って簡単に言わないでよ……もうっ……」

 

私はあらかじめ用意していたリュックサックを担ぐと玄関へと向かった。

 

後ろを振り返る。

 

何となくここには戻ってこれない気がした。

だから目に焼き付けておいた。

 

私のやってきたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

何を、やってたんだっけ?

 

私の目の前には白い壁の大きな建造物。

教育機関の施設。

 

一体、どうしてこんなところに――。

 

そうだ、私は桃原桃美。

 

小学六年生。

 

ひょんなことから魔法少女をすることになった。

 

戦いは大変だったけど、なんやかんやで切り抜けてきた。

 

でも、今回は負けてしまった。

 

その結果、紫ちゃんが――。

 

 

「そうだ!!!!!!!! 紫ちゃんは!?!?!?!?」

 

「五月蠅いわね。耳元で騒がないで頂戴」

 

私の肩の上で妖精さんが怪訝な顔をする。

そうだ、意識(記憶)がはっきりしてきた。

 

あの戦いで出てきた鬼に私達は全く太刀打ちできなかった。

そして紫ちゃんが私を庇って連れ去られたのだ。

 

空を見上げてみる。

依然として、暗雲が立ち込め、光は閉ざされている。

 

「紫王紫は改めて迎えられてたのよ。深淵なる闇の核として、ね……」

 

「深淵なる闇の……核!?」

 

妖精さんは深刻な顔をしていた。

それは紫ちゃんの身を案じてではないと、わかってしまった。

 

「……私は行くよ。妖精さんがどう言おうと、紫ちゃんを助けに」

 

「どこへよ? 私に案があるから付いてきて頂戴」

 

「あ、待ってよ!!」

 

妖精さんが私の目の前を飛ぶ。

 

それにしても、と考えた。

アパートらしき一室の、一人暮らしの風景。

唐突に鳴るアラーム。

崩れていく日常。

 

あれは一体、誰の人生(記憶)だったのだろう。

 

緑に発光するそれに導かれ、私は学校の門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はアパートの自動ドアから外へ出た。

周知されている情報の通り、昼間だというのに外は暗くなっていた。

周囲の民家からも続々と人が出てきて、騒然としている。

家族らしき一団の、恐らくは父親と母親が喧嘩しているのが目に入る。

 

余計な混乱が起きなきゃいいけど……。

 

そんな風に考えながら歩を進めた。

 

半年ほど前のこと、「モンスター」なるものの存在が確認され、対応策が発表された。

我が国を中心に現れたそれは、瞬く間に世界規模の厄災となり人類の目下の懸念となった。

 

共通の敵が現れたことで人類は結束……なんてするはずがなく、モメにモメている。

先行きの見えない不安からか犯罪も急増し、すっかり物騒になった。

仕事以外ではなるべく外に出ないようにしていたのに、こうして外へ出ないといけないのは皮肉な話だった。

 

(仕事、特別休暇扱いになるんだっけ。有給消費しないのはラッキーだな。……あっても使えないけど)

 

そういえば、とまた別の思考が頭に割り込む。

こうやって雑多に考えるのは、やはり浮足立っているのかもしれなかった。

 

(進路相談、あれでよかったのかなあ……)

 

半年ほど前、ちょうどモンスターが出現する少し前のこと。

自分が趣味でやっていた配信に寄せられた質問。

 

高校生らしい、初々しい内容だなと思った。

実際、それを送った人がどんな人かはわからない。

文字ベースのやり取りだ。

年齢や性別だって本当のところはわからない。

そうしたものは真に受けないことにしていた。

 

それでも自分なりに真面目に回答をしたのは、本当に悩んでるかもしれない誰かが、この世界にいるかもしれないと思ったから。

たった一人であっても、その人の力になれたのなら配信者冥利に尽きるのではないか。

 

(そんな風に考えるモモミンであった、まる、と)

 

さあ、と私は改めて足に力を込めた。

荷物は万全のつもりだったが、その分だけ重たかった。

 

(誰かの力に頼るんじゃ、いつまで経っても変われないから)

 

モンスターに遭遇したら、どうにもならないだろう。

映像で見たが、野生の熊より一回り大きく、人間がタイマンで勝つのは無理筋だ。

何でも専用の対策組織があるらしいが、私のような一般人には知らされていない。

 

(ヒーローでも現れて助けてくれたらいいんだけどね)

 

ふふっ、っと自嘲気味な声が漏れた。

 

(……魔法少女なんて現実にはいないから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女に何とかしてもらうのよ。この状況を打開できる唯一の、ね」

 

「それって……黄依ちゃん? そう言えば黄依ちゃんは無事なの!?」

 

校庭のトラックを突っ切りながら会話を続ける。

妖精さんは、私の肩に戻ると嫌味ったらしく言った。

 

「黄原さんが無事じゃない、わけないでしょう。一緒にいてそんなこともわからなかった? あの子の実力はあなたより遥か上よ」

 

「……少し言い方ってものがあるんじゃない?」

 

「あはは!! でもいいわよ。桃原さん、あなた結構クチが悪いわよね? 今更だけど気が合いそうだわ」

 

「……嬉しくない」

 

クチが悪い。

そうだ、私は普通にしているつもりなのに。

思ったことを言うのは他の人にとって辛辣らしいから。

 

だからいつの間にか自分の思考に蓋をするようになった。

 

理想的な少女を演じるようになった。

 

それは、さっきから見えていた「私」もそう言っていたではないか。

 

「……ねえ妖精さん。私、さっきから過去なのか、未来なのか、よくわからない物が見えてるんだけど……」

 

「ああ、そうなの? 恐らくは記憶が甦ったことによる混乱でしょう。ここはあなたと、紫王紫と、黄原さんの認識の世界。そこに過去も現在もないわよ。今、見えていると思っている現実は感覚器官を通して『ある』と認識しているものに過ぎない。それはつまり、過去の記憶として頭で再生されることと何の違いもない。本物の現実は、誰にもわからない。そうでしょ?」

 

「……」

 

「ふふ、説明が難しかったかしら?」

 

「……例えば、複眼の虫は人間よりも死角が遥かに少ないし、目が退化して超音波で周囲を認識する動物もいる」

 

「……?」

 

「私たちの世界は、私たちがこうだと認識しているに過ぎない……ってことだよね」

 

そんなところね、と妖精さんは答えた。

実際に何が存在して、何が存在していないのか。

世界は人間の五感程度では認識できないくらい未知で埋まっているのかもしれない。

 

それはさながら、地を這う虫が、大空を知らずに命を終えることだ。

 

人間は自分の感覚(世界)に忠実だ。

そして、だからこそ――。

 

他者の感覚(世界)は一生知ることはできずに終わる。

 

「……紫ちゃん」

 

思わず、そこにいない人の名前を呼ぶ。

ずっと、隣にいた人の名前を。

 

「妖精さん、黄依ちゃんに紫ちゃんを助けてもらうってどうするの?」

 

「……。どうもこうも。黄原さんに深淵なる闇を倒してもらうのよ。場所は、きっと屋上でしょうね、座標的に一番近いから。あなたにも是非とも説得してほしいわ」

 

「それで紫ちゃんは助かるの……?」

 

「……」

 

「よ、妖精さん!! 都合悪い時は黙るよね!! 段々わかってきたよ!! 目をそらさないで!!」

 

「ああ!! あなたも黄原さんの強さを知ってるでしょ!! 兎にも角にも急ぐわよ!!」

 

黄依ちゃんの強さ。

そうだ、私はそれを良く知っている――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、知らん……知らん、知らん、知らん……」

 

尻もちを付いたまま、私はうわ言のようにつぶやいていた。

小学校へ至るまでの見慣れたはずの道。

 

そこにあったのは見慣れない陰。

 

目の前には、獅子の姿に羽根が生えた漆黒の獣。

鋭い牙と爪は、いかにも殺傷力が高そう。

さながら戦うための種といった風情だ。

 

これは終わったか。

 

つい今しがた目の前に落ちた黒い稲妻。

運良く直撃は免れたものの、衝撃で地面へ倒れ、そのまま腰が抜けてしまった。

ちなみに周囲の人は、悲鳴とともに逃げ出した。

一般的には、正解だと思う。

 

「知らん……知らん知らん……知らん……」

 

獅子が軽く飛びあがり、近づいてくる。

思考回路は焼き切れたらしく、映画のワンシーンのように目に見える風景をスローモーションに演出した。

どうも、あまりの恐怖を和らげるための処理らしい。

これが現実なら、確かに耐えられない。

 

だから現実感をなくしたのだろう。

 

獅子が私の前に着地した。

 

 

 

獅子が一歩、また一歩。

 

私の元へ、また一歩。

 

まるで歳末の鐘の音。

 

私の命もバーゲンセール。

 

またのお越しをお待ちしています。

 

 

 

「いやああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

自分でもビビるくらいの絶叫。

まるで映画のワンシーン。

 

でも、これで最後。

終わり――。

 

 

 

その時だった。

遠くからトラックが突っ込んできたのは。

 

「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

私の伸びきったガラガラ声が裏返る。

まるで絶叫に導かれるようにトラックが道路から歩道へと突っ込む。

 

「ああああぁぁぁぁ!!!!」

 

トラックは獅子へと突っ込んで行き、私は回転しながら後ろへのけ反った。

 

良かった。

トラックに轢かれて終わるのではと内心ひやりとしたからだ。

大型車に轢かれるなんて痛そうだし大分嫌だ。

 

獅子はどうもトラックの向こう側へと逃げたらしい。

私はこの窮地を救ってくれた物体を見る。

 

コンテナ部分はいたるところに継ぎ目が入っており、電子基板の配線パターンを思わせる模様を描いていた。

継ぎ目から煙が吹き出す様子は、さながらフル稼働しているボイラーか。

 

どうやら普通のトラックでないことは理解した。

 

継ぎ目が、ゆっくりと花開くように……いや、思ったより、たどたどしかった。

……プラモデルのやや無茶がある変形ギミックのように、階段へと変わる。

コンテナの横っ腹から私の方へ下っていく階段ができあがった。

 

階段から一人の少女が姿を現す。

 

セーラー服を着た何の変哲もない少女。

手にするは白銀のステッキ。

 

その違和に気づいたのはしばらく見つめてからのこと。

より正確に言えば、少女の長い桃色の髪に私は目を奪われていた。

 

情報を整理しよう。

ピンチに颯爽と現れ、戦うための武器を持ち、その髪は鮮やかな色彩を示す。

これはまさしく――。

 

(ま、魔法少女だああああぁぁぁぁ!!!!)

 

「……」

 

少女が階段を一段ずつゆっくりと下る。

まるで堕天使が現世へと降りてくるように……。

 

少女は地面に降り立つと、キョロキョロと辺りを見回した。

どうにも落ち着かない様子だ。

 

少女は私に近付くと、話しかけてきた。

 

「あ、あの……モンスター、いるらしいんですけど、どこにいるか、わかります……?」

 

「え? ああ!! トラックを挟んだ反対側!! 助けにきてくれたんだよね!! 頑張って!!」

 

少女はなおも、オロオロとこちらを懇願するように見ている。

あまり慣れていない魔法少女なのかもしれない。

無理もない、私も初めての配信の時は緊張した。

 

バサッと音が聞こえた。

 

羽根を広げた怪物が、車両を跨いでこちら側へと降り立った――。

 

「ひええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇ!! こっち来たあ!! 魔法少女の方!! 気を付けてください!!」

 

「……」

 

良く見ると少女の足は震えていた。

顔色もみるみる青くなっている。

 

「あ、あの……無理はしなくていいからね?」

 

「……や」

 

「や?」

 

「やっぱり怖いいいいいぃぃぃぃ!!!!」

 

「ああ!! 私を置いて行かないで!?」

 

一目散に逃げていく少女の背中に投げかけた声は、虚しく辺りにこだまするだけだった。

後に残されたのは私と、怪物と、トラック。

 

今度こそ終わった。

 

最早、感覚が麻痺したのか。

すんなりとそれを理解する自分がいた。

隣から不意に声がするまでは。

 

「全く、初陣だからって敵前逃亡なんてね。後でお説教が必要だわ」

 

「あ、あなたは……?」

 

「ただのしがない研究員よ。今は現場監督をやってるわ。とりあえずあなたは私が保護するから安心して頂戴」

 

女性はスーツをぴったりと着こなし、その髪色は鮮やかな緑色を帯びていた。

恐らくは同年代だろうが、私などより何倍もしっかりしてそうだ。

 

羽根を生やした獣がこちらへと近づく。

 

「ひ……!!」

 

這うように女性の後ろに隠れる。

思わずその体に引っ付いてしまった。

 

「あ、あの……戦えるんですか? あなた?」

 

「そこそこはね。でも、現役じゃないから」

 

ええ!? と私は素っ頓狂な声をあげた。

じゃあすぐさまトラックに乗り込んで逃げた方がよいのではないか。

そう伝えるよりも先に、獣が飛び込んできた。

 

思わず目を伏せる。

今度の今度こそ――。

 

「休ませてあげたかったんだけど……黄原さん!! 頼むわ!!」

 

トラックの助手席から黄の閃光が走った。

そう見間違うほど速かった。

 

弧を描こうとした獣は地に打ち付けられた。

 

傍にいた少女がやったのだとわかった。

黄の髪を持つ少女が。

 

少女は見覚えのある白銀の棒を持っていたが、その様子は違った。

棒の先に黄の光球を携えている。

 

怪物を打ち倒したのは、この力なのだとわかった。

 

少女が二度、三度。

無慈悲に棍棒を振り下ろす。

 

羽根が飛び散り、尻尾が千切れ、頭が潰れる。

先ほどまでの脅威は、無残な姿へとなり果てた。

 

魔法少女なんていない。

目の前で戦っている彼女も、実は別の存在なのかもしれない。

 

でも。それで良かった。

 

身を賭して戦うその姿に、私は本物のヒーローを見た気がした。

彼女が何者であるかは、些細な問題だった。

 

金色の光を身に纏う横顔と、目線が合う。

黄を宿した瞳は、何故だか寂しげに見えた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のは私にも見えたわ。向こうの私に感謝するのね、桃原さん」

 

「……」

 

「あら、桃原さん? 私を見詰めてどうしたの?」

 

目の前には緑色に発光するビキニの妖精。

私の思考は再びグラウンドへと引き戻されたようだった。

 

前を行くその姿に、改めて新鮮さを感じたところだった。

 

「私と黄依ちゃんと妖精さんは既に出会っていた……? あと妖精さん、スーツの方が似合ってました」

 

「黙らっしゃい。でもあれが私とは限らないわね」

 

「……? どういうことですか」

 

「あなたの『誰かに助けられた』という記憶と、黄原さんや私の『現場へ急行して誰かを助けた』という記憶が入り混じった可能性よ。あなたが違和感がないと思えば、そうなるのよ」

 

「……。ここが認識の世界だから」

 

「そういうこと。随分と理解が早くなったわね、桃原さん」

 

足を動かしつつも考える。

私と黄依ちゃんは本当に会っていたのか。

そんなことよりも、もっと大切なことがあると思った。

 

記憶の中の黄依ちゃんが寂しそうな顔をしていたことだ。

ここが私達の認識が混じった世界なら、やっぱり黄依ちゃんはそういう想いを抱いていたのだろうか。

 

紫ちゃんは?

 

紫ちゃんは一体どう感じていたのだろう?

私の隣で本当に、楽しかったのだろうか?

私がそう、思いたかっただけじゃないのだろうか?

 

私は――。

 

私は一体、どうしたいんだろう。

 

 

 

足が止まった。

 

「あ!?!?」「桃原さん!?!?」

 

私の足元が、崩れていく。

地面がひび割れ、黒いものが噴出する。

 

「うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

体が、落ちる。

何の支えもない自由落下。

私の存在(意識)はどこまでも深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処までも続く闇。

 

何時までも続く虚無

 

何故、私は此処にいるのか。

 

此処にいるのは、何か。

 

何かとは、誰か。

 

誰かは――。

 

 

誰かは、()だ。

 

 

すすり泣いていた。

独りでずっと。

膝小僧を抱えて。

 

小さな子供みたいだな、と思った。

 

ここはどこ(現実)なのか。

 

最早、関係のないことだった。

力を失った誰かが、そこにいるだけだ。

打ちひしがれた誰かが、その認識に呑まれているだけだ。

 

 

 

暗闇がささやく。

 

もういいじゃないか。

 

満足でしょう?

 

自分を偽って、人気者気分に浸れて――。

 

 

 

黒い物が周りを取り囲んでいた。

恐怖の具現化。

感覚を刺激し、侵食し、破壊する。

 

 

最期の瞬間はいつもこうだ。

 

 

誰か、誰か、誰か、誰か、誰か誰か誰か誰か――。

 

「誰か助けてよ……」

 

誰でもいい、誰でも、誰か、誰かいないの?

 

必死に周囲に目をやった。

 

誰か――。

 

 

小さな子供が目に入った。

 

 

 

 

 

「危ない!!!!」

 

 

 

 

 

私はそこへ飛び込んでいた。

体は小さな体を覆っていた。

痛みとも、熱とも取れる感覚が走り抜ける。

 

声が聞こえた。

 

 

――私は、イヤだ。

 

――私は、イヤだった。

 

――こんなこと特別、私はいらなかった。

 

 

そうか、あなたは――。

 

 

「……紫ちゃん」

 

 

そして、私は――。

 

 

「変身!!!!!!!!」

 

 

桃色の光が噴火する。

そうだ、甦ってきた。

 

記憶(私自身)が――。

 

あの時、誰かに助けてもらって、別れた後だ。

また、私は襲われて。

近くにいた小さな子供を庇って――。

 

そして、飲み込まれた(出会った)

 

あの時だ。

私達が本当に出会ったのは。

 

(意識)紫ちゃん(意識)が出会ったのは。

 

 

 

光と共に穴から飛び出る。

地面へと着地を決める。

 

そこには、桃色のドレスを身に纏う少女()がいた。

 

黒い物も穴から這い出る。

 

瞬く間にそれは、黒い大蛇へと姿を変える。

黒い空を衝く大きな。

 

「桃原さん!! 無事だったのね!! それにその恰好!! ドレスは本人の魔法力に依存するからもう治ったのね!! やるじゃん!!!!」

 

「……私、だよ」

 

「は?」

 

「私が!! 私だよ!! 私が私が私が私が!!!!」

 

「何やらすごい興奮しているわね。まあいいわ、敵をやっつけちゃいましょう」

 

黒い蛇がこちらへ突っ込んでくる。

 

逃げる?

 

()が?

 

衝撃が走る。

避けれないものは、避けれない。

 

避ける必要すらない。

 

「ああああ!!!! なにモロに食らってるの!?!? 今のは避ける流れで――」

 

私は、杖で受け止めていた。

両の足で踏ん張る。

衝撃で地面が軋んでいた。

 

そんなことだって、もうどうでもいい。

 

「私が私が私が私が!!!!」

 

思い出した。

自分()が何者だったかを。

自分()がどうしたいのかを。

 

自分()がどうやって大切な人と出会ったのかを。

 

浄化コード認証(私が!! 私がああああぁぁぁぁ!!!!)……」

 

黒き物の口へと、杖を突っ込んだ。

 

桃花彩光・フル・シュートオオオオォォォォ(魔法少女だああああぁぁああああぁぁぁぁ)!!!!」

 

大蛇の体を、桃の光が引き裂いていく。

溢れ出した光に耐え切れなくなり、黒い蛇は粉々に砕けていった。

 

後には桃色の光が残るだけ。

まるで一筋の道のように。

 

何処までも、迷いなく、真っすぐと。

 

「やるじゃない桃原さん!! 周囲の認識が歪んでたのもこいつの影響かしらね。既にこんなのが潜んでるなんて急がないと――」

 

私は既に走っていた。

後ろから妖精さんの声が聞こえてくる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 急にどうしたの!?」

 

「私だよ!! 私がブイチューバ―をやってたのは、誰かに思いを伝えたかったから!! 偽るんじゃなくて、そうじゃないと本音が言えなかったから!!!!」

 

そうだ。

私はずっと変わっているって言われて、本心を隠して生きてきて――。

 

だから、創作物が好きになった。

 

嬉しさ、悲しさ、驚き、興奮。

 

そこにあるのは、私にとって本当の感情だったから。

造られたものだからこそ、それは絶対にあると言えた。

 

だから私はモモミンになったんだ。

自分の感情を、思考を、そして存在を誰かに伝えるために。

 

それが一人でも、二人でも良かった。

誰かの力になれさえすれば。

 

今は――。

 

「この世界が私達三人しかいないなら!! 紫ちゃんも黄依ちゃんも笑って終われるようにしたいよ!! それが私の願いだよ!!!!」

 

こんなにも単純なことだったんだ。

この世界にいるのが私達三人だけならば、私達だけのことを考えればいい。

 

よくわからない奴はぶっとばして、三人で笑えるように――。

 

「前言撤回するわ。桃原さん、私とあなたは違う人種だったみたい」

 

後ろから呆れかえった声が聞こえる。

それすらも、私の心にくべられた薪に過ぎなかった。

 

もう迷いはない。

 

魔法少女は、現実(ここ)にいるのだから。

 

 

 

 

 

 



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拒絶本能(Thema)

未来、希望、勇気、愛。

 

 

全てが虚ろで、

 

全てが無意味。

 

 

さながら形のない概念が器を持った存在。

どこまでも肥大化し、増長し、無限に分岐していくもの。

 

私にとってそれらは大きすぎた。

 

とてもじゃないが受け止められなかった。

 

だから、逃げた。

 

どこまでも遠くへ逃げた。

 

目を逸らし続けた。

 

何も変わらないことがわかっていたから。

 

それが一番楽だとわかっていたから。

 

 

やがて不貞腐れたように川辺に座り、ぼんやりと水の流れを見ていた。

流れる水は、常に変化している。

それでもずっと同じように見える。

 

変わっているはずなのに、何も変わらないもの。

何も変わらないのに、変わってしまっているもの。

 

その日も、無為に、無駄に、何かをしているフリをして何もしていないはずだった。

 

目は一点の光を見つけていた。

どこかの光源を水面が反射したのか。

取るに足らない、光とも呼べない光――。

 

その光に近付いた。

 

 

ささやかで、

 

こじんまりとして、

 

今にも消えてしまいそうで、

 

 

 

綺麗だな、と思った。

 

太陽のように生命の営みを支えるわけでも、舞台のスポットライトのような華美なものとも違う。

それでも私は好きだなと思った。

 

流れに負けないように、光り続けるそれを好きになった。

 

私はちょっとだけ、自分のことを好きになった。

 

 

 

 

 

それももう、儚い()だった。

 

(や……め……て……)

 

記憶(映像)が氾濫する。

 

私はいつどこで、何をしていたのか。

 

 

答えは簡単だった。

 

 

私は何もしていなかった。

 

 

ただ、黒く染まった闇の中で耳を塞ぎ、目を閉じ、心を縛っていた。

 

 

そうしなければ、耐えられなかった。

 

 

突如、世界に落ち、増殖し、厄災をもたらした存在。

その中に私の意識は捕らわれていた。

 

人間とは違う生物。

共通の感覚器官などなく、何もわかるはずがない。

 

だが、私の意識は確かにそこにあった。

 

私は必死に抗っていた――。

 

 

本当か?

 

 

私は必死に抗っていた――――――――――――――――(と思い込まなければ、完全に壊れてしまう)

 

 

流れ込んでくる映像はインフラを、人の密集地を、弱きものを確実に標的にしている。

 

果たして、怪物にそんな知恵があるか?

 

その知識は誰からのものだ?

 

無限に情報を取り込み、拡大していくもの。

そのベースとなったものは、誰だ?

 

最初に、取り込まれたものは――。

 

 

悪夢を見ているようだった。

覚めることのない悪夢を。

 

 

そして、これこそが私にとっての現実だった。

 

 

(理想)はいつしか悪夢(現実)に。

打ちひしがれたように、少女は呆けるだけだった。

 

分不相応な夢を持ったからだ。

だから罰が当たったんだ。

 

私なんかが主人公になるとは、こういうことだったのだ。

世界を巻き込むとは、こういうことだったのだ。

 

 

――こんな特別、私は嫌だった。

 

 

そうだ、最初から目立つべきではなかったのだ。

隅っこで体育座りをして、輪の中に入るべきではなかったのだ。

 

昔からそうしてきたはずなのに、なんで今は――。

 

 

 

今? 今って何だ?

 

 

 

(……?)

 

私の意識はそこで目覚めた。

それはさながら、悪夢の合間に入るまどろみ。

現実か、夢なのか、極めて不明瞭なアレ。

 

(……動ける)

 

私は紫王紫。

年齢は最早関係ない。

 

私は私という存在が嫌いだ。

それだけで、私を定義するには十分だ。

 

宣言されたことで私の存在は明確になった。

 

周囲には、何もなかった。

 

私の体も、なかった。

 

(……。動きたくない)

 

今更、どうするというのか。

今、そう、今だ。

 

入り混じった記憶の中で、最も直近だと判断されたそれが流れ込む。

私と、その子は新しく出てきた怪物に全く歯が立たなかった。

多少、力を与えられたところで、私は私。

 

つまりは、弱い存在だった。

 

存在が弱々しく、負けてしまった。

 

 

 

何かが、擦れ、せり上がる。

 

気付けば周囲に黒い柱が何本も立ち上っていた。

 

ほら見たことか。

 

何もする気がないから、何かに踏み荒らされる。

所詮、その程度の人生――。

 

(嫌だ……怖い……逃げよう……)

 

さあ、逃げろ逃げろ。

いつも、そうやってきたじゃないか。

 

柱がゆっくりと溶け、形を変える。

それは悪夢という概念のまま、私を追ってきた。

 

私は全てから逃げ出した。

何の比喩でもなく、全てから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまで進んだ(逃げた)のか?

 

それすらもわからない。

 

どっちが前で、後ろで、上で、下なのか。

 

御守りのように持っていた端末も、その在り処さえわからない。

 

指は、ずっと虚空を泳いでいるようだった。

 

 

 

私はどうしたいのだろう。

 

私はどこへ進めばいいのだろう。

 

愚問だった。

 

本当にやりたいことなんて、ない。

 

それが私だった。

 

ただ、手を差し伸べる、お人好しの誰かを待っていた。

 

逃げ惑っているだけの、存在。

 

 

 

やがて、私の視界は黒に覆われた。

何もない空白から黒へ。

 

それは巨大な球体だった。

そう認識した。

 

かつて、私の一部――。

 

 

いや、私自身だったもの。

 

 

映像の濁流に呑み込まれる。

 

建物を、粉砕した。

自然を、蹂躙した。

動物を、咀嚼した。

人間を、――した。

 

違う!! 私はこんなことを――。

 

 

したくない。

したくはなかった、が。

 

 

私は全てを拒絶した。

周囲から、何もなくなれば葛藤はなくなるはずだった。

 

願いは罪だけを残した。

 

 

 

黒い球体に吸い込まれていく。

さながら意識の重力。

無力な存在()に抗う術などなかった。

 

でも、良かった。

 

今度は間違えない。

 

今度は――。

 

 

何も、考えなければいい。

思考を、放棄すればいい。

なけなしの個性を、捨ててしまえばいい。

 

そのまま消えてしまえばいい。

 

 

私なんて、どうせ私なんて――。

 

 

 

どこにも行き場所がない私なんて――。

 

 

 

『私は今、高校二年生です』

 

――声が聴こえた気がした。

 

 

『進路で悩んでいるのですが、そもそもやりたいこともありません』

 

――そう、やりたいことなんて何もない、それが私。

 

 

『いっそブイチューバーに……なーんちゃって☆ えへへ!!』

 

――こんな時に何を言ってるのよ。

 

 

『――さんはどうしてブイチューバ―になったのですか?』

 

――誰?

 

 

『――さんはどうしてブイチューバ―になったのですか?』

 

――だから、誰?

 

 

『――さんはどうしてブイチューバ―になったのですか?』

 

――もう、いいってば。

 

 

『――さんは』

 

――たまたま知ったあの人。

――なぜか興味が湧いたあの人。

――個人的には面白いな、と思ったあの人。

 

 

『――さんは』

 

 

――私の相談に、親身になってくれたあの人。

 

――毎日、声を聞くのが楽しみになっていたあの人。

 

 

――私の隣に、ずっといてくれた、あの人。

 

 

 

『――さんは……』

 

「桃美ちゃん……」

 

やっと口に出せた(思い出した)

その名前(存在)を。

 

大切な、その人のことを。

 

 

こんな私でも最後にやりたいことができた。

 

黒い物体を、もはや視界に収まらないそれを見上げた。

 

私は進んだ。

 

自分の意志で。

 

 

私のやりたいこと、それは――。

 

「桃美ちゃんを、これ以上、傷つけたくない。だから――」

 

こいつを少しでも長い時間、封じ込める。

理由がわかならくても、私の存在(意識)を欲しているということは、私が抗えば時間が稼げるはずだった。

そのために必要なのは、逃げることではなく戦うこと。

 

無駄なのかもしれない。

 

無為なのかもしれない。

 

それでもやってみたいと思った。

やらなくてはいけないと思った。

 

手には端末が握られていた。

これは御守りではなく武器。

 

私が変身する(変わる)ための。

 

「変身!!!!」

 

私の体が紫の光に包まれる。

鎧はところどころ、ひび割れたままだった。

剣は錆びたように、光沢を失っていった。

盾は――。

 

盾だけは治っていた。

 

戦いは始まった。

意識の外の戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い球体から、触手が伸びた。

そうとしか形容のしようがなかった。

人一人、容易く飲み込んでしまいそうな怪物の触手――。

 

「――っ!!」

 

剣を振るう。

まるで磁石が反発するように、私の体が後ろに飛ぶ。

 

言うまでもなく、敵の方はびくともしていなかった。

 

それでも――。

 

悪夢横断(ナイトメア・スラッシュ)!!!!」

 

巨大な触手へと紫の斬撃が飛ぶ。

 

悪夢交錯(ナイトメア・クロス)!!!!」

 

なおも迫る敵に斜め上から衝撃をぶつける。

 

悪夢驚咲(ナイトメア・クレイジー・ブルーム)!!!!」

 

態勢を崩した敵へ、飛び上がり連続で切り込む。

 

効果は――。

 

 

 

なかった。

 

 

 

「きゃっ!!!!」

 

触手が私の体を包む。

やがて持ち上げられる力を感じた。

 

顔だけが出た状態で、私はぐるぐる巻きにされていた。

身動きが取れない。

 

やっぱり、駄目だった。

 

(ごめんね、桃美ちゃん。あっさり負けちゃった……。でも、最後に――)

 

悪夢破裂(ナイトメア・パージ)!!!!」

 

紫の光が、触手の隙間から漏れた。

ただ、それだけで終わった。

これが本当に、最後のあがきは終わった。

 

 

最後?

 

 

本当に、そうか?

剣を振るい、鎧を飛ばした。

 

後は――。

 

 

「盾!!!!」

 

 

私の声に応じるように、盾が触手を突き抜けて飛ぶ。

ブーメランのように宙を舞うそれは、旋回すると触手の根元へと一直線に飛んだ。

 

盾が、回転を速めた。

触手をギリギリと削っていく。

 

悪夢流転(ナイトメア・ローテーション)!!!!」

 

盾がそのまま突き抜ける。

首の皮一枚で繋がった状態の根は、自由落下で倒れこもうとしていた。

 

拘束する力が弱まった。

 

私は触手を振り払い、地面へ着地した。

 

盾が手元へと戻っていく。

 

(ありがとう。よくやってくれたわ……)

 

盾をゆっくりとさする。

どこまで粘れるかはわからない。

それでも、まだ頑張りたい。

 

もう一度、黒い球体の本体を見た。

 

(……!!!!)

 

触手は、無数に増えていた。

否、それは周囲を覆い、黒で埋め尽くそうとしていた。

 

私の周りを、それらが取り囲んでいく。

意識が塗りつぶされていく。

 

(今度こそ……本当に……)

 

私はずっと拒絶してきた。

世界が私を拒絶したのではない。

私が世界を拒絶していた。

 

それでも最後に、願うことがあるならば――。

 

(桃美ちゃんに迷惑をかけないように、どこか遠くへ――)

 

少女の願いだけを置いて、空間が染まっていく。

黒い球体は、際限なく肥大化していった。

隣接した認識(時空)を、突き破るくらいに。

 

 

――さよなら、大切な人(桃美ちゃん)

 

 

私の意識は、そこで闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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破壊者(Hero)

機関の一室は、文字通りの真っ白だった。

少しの汚れもないそれは(相変わらず味気のない)些細な間違いも許さないようだ(どうもワクワクが足りない部屋だ)

ここにいる人達にも(秘密の基地なら)文字通り完璧で瑕のない清廉潔白さ(秘密のアイテムのひとつやふたつ、)を求めているのか(飾っておいてほしい)

 

 

真っ白で、綺麗。

それでいいか。

 

しかし、せっかく表向きは学校ということになっているのだから、一捻りはほしいところだ。

教室が変形するとか、プールが海割りの如く真っ二つに開くとか……。

 

「待たせたわね」

 

声と共に、待ち人は来た。

普通に、扉を開けて。

 

「……」

 

「何? 不服そうな顔をして? 待遇ならもっと上の人に言って頂戴」

 

「アレ、やらないんですか? 初めて会った時の……」

 

はあ? と目の前のその人はわかりやすく怪訝さをあらわにする。

この人は、木村鏡(魔法使い)さん。

 

文字通り、突然に家の玄関に現れた人。

何もないところから姿を現した時は正直、興奮した。

 

私のジョウシに当たる存在らしいのだが私の中では魔法使いさんで通っていた。

その方が、――楽しい。

 

「ま、あなたも面倒だと思うけど付き合って頂戴。一時間程の、まあ……面談ね」

 

――面談。

 

「私、どこか悪かったんですか?」

 

思わず口に出た。

体調なのか、行動なのか。

言ってから両方に取れることに気づいた。

 

「いやあ、全然。健康そのもの、働きも理想的なまでに万全。でも最近は面倒な世の中でね。あなたみたいな年齢の子を戦わせて大丈夫なのか? って声が上がっているのよ。それで魔法少女全員のメンタルチェックの時間が義務付けられた」

 

魔法使いさんは、対面の椅子にどかっと座った。

私はその様子が何だかおかしくて、ちょっと吹き出してしまった。

 

正直な人は、好きだ。

 

「ま、大人の罪悪感を紛らわすためと思って協力して頂戴。クソ忙しいのはこっちも一緒よ」

 

「モンスター、やっぱり増えてるんですか?」

 

「進行はこっちに握らせてほしいんだけど……。まあ世界各国てんやわんやね。でも我が国が一番多いわ。初めて確認されたのもそうだし、巣でもあるんじゃいかって話よ」

 

目の前の女性は他人事みたいに言った。

魔法使いは俗世に興味を持たないものなのだ。

 

だからこそだ。

 

世界を救うのは魔法少女だと相場が決まっている。

 

 

 

「そんなに義務感を背負わなくてもいいわよ」

 

「え?」

 

自分でも気づかず、目線を落としていた。

拳は固く、握られていた。

 

「でも――戦えるのって魔法少女だけなんですよね? じゃあ戦わなくちゃいけないんじゃないですか? それが普通じゃ、ないんですか?」

 

「普通の定義を合理性とするならそうかもね。でも、それだと世の中に普通の人間は、ほぼいないでしょうね」

 

ケラケラと笑い声が上がる。

白い部屋を支配するように、反響する。

私は少しのワクワクを感じながら、その真意を聞くのだった。

 

「簡単な話よ。私達は主観でしか世界を認識できないから。客観的なデータも判断基準を与えているのは人間よ。客観を主観の共通部分としても、サンプルの取り方で無限に答えは変わるでしょうね」

 

「……それって人によって正義が違うって話ですか?」

 

「あればいいんだけどね、正義」

 

緑の結んだ髪をたなびかせ、立ち上がる。

何かと思えば、部屋の隅にあるポットからお茶を淹れるらしい。

私も自分の分を淹れようと立ち上がったが、制止されてしまった。

 

まあ、無視するのだが。

 

「あなた、こういう時は私の顔を立てなさい。逆に失礼よ」

 

「いいじゃないですか。何か楽しいですよ」

 

「なにそれ」

 

お茶を淹れながら考える。

私はポットがそこにあると認識していなかった。

 

確かに、主観だ。

 

 

 

 

 

紙コップに淹れたお茶をゴクゴクと飲み干す。

おかわりをしようかと思えば、対面ではコップに口も付けず見つめる姿。

 

その唇は、ついに容器には付かず、言葉を紡ぐ。

 

「黄原さん、あなたは器についてどう思う(器ってなんだと思う)?」

 

器。

コップとかのことだろうか。

 

どう? と聞かれてもよくわからないので、好きに考える。

聖杯――聖人に纏わり、歴史と共に神秘性を重ねたそれは今、いずこに……。

 

 

「何やら目を輝かせているけど、質問が悪かったかしら……。私が言っているのは人間の器ってやつね」

 

人間の器。

確かに器が大きい人、と言ったりする。

でも、何かと言われたら、確かに難しいかもしれない。

 

「人間にも注ぐのかな。何か……うーん」

 

「ふふ、私の答えにある意味近いわね。個人的な見解だけどね、人間に注ぐものは……」

 

ふんふん、と私は身を乗り出した。

こうした受け答えをする時の木村鏡(魔法使いさん)は神秘さを宿している。

私のワクワクを、刺激してくれる。

 

魔法使いの唇から、漏れ出た言葉。

それはさながら呪文のようで。

 

人間に注がれるもの。

それは――。

 

「人の意志よ」

 

心がふっと温まる感触。

 

「意志? 心を人に注ぐんですか?」

 

心は形のないものだ。

もしも、人に注いだりしたら――。

 

その人は、どうなってしまうんだろう。

 

「比喩よ。習ってない? まあいいわ。イメージとしてはそうね……どれだけの人の意見を受け止めることができるか」

 

「それってそんなに難しいんですか? 意見を聞くのなら時間さえあれば――」

 

「あなたはそうかもね」

 

ふふっと意味あり気に女性は笑みをこぼした。

そこに一抹の寂しさを感じたのは、気のせいだろうか。

 

「大きくなっても……いえ、大きくなってからの方が難しいことよ。今の時代、やれ承認欲求だと10万人、100万人……もっと多くに自分の考えたことを発信したいって言う人もいる。でもその度に私は思うのよ。10万人、100万人に耐えうる器は果たして存在するのかって。仕事で数人に意思伝達するのも大変なのにね」

 

その言葉の真意は、私にはわからなかった。

 

だって魔法使いの言葉だから。

 

私には、わからなくて当然なんだ。

 

でも、それが意図をもって伝えられたのはわかるから。

だから、私は聞き返した。

 

「何でそんな話をするんですか? 免許皆伝的な……?」

 

「わかんないかしら? 非常に不安定な時代……十年後には人類は滅んでいるんじゃないかって悲観的な憶測もまかりとおる状態よ。人々はヒーローってやつを求めているわ。……さて、ここで問題よ。ヒーローに求められているものって何かしら? 自分の身を犠牲にすること? 違うでしょう。ヒーローには生き残って、がんがん人を助けてもらいたい。だとすれば?」

 

「それが……器?」

 

「そういうことよ。人々の善意を、願いを――注ぎ込めれたそれを、こぼさず、できる限り取り込み、吸い上げる器。でも、これも幻想よ。だって全ての人間(欲望)を受け止められる人間()なんてものは、この世界に存在しないもの。もしそんなことをすれば、願いが溢れて漏れ出すか、あるいは――」

 

魔法使いは、こちらを睨んだ。

 

「器が壊れるか、ね」

 

私は首をひねった。

どうやら、自分にはまだ早いらしい。

 

でも、魔法使いの――木村鏡さんの一言一言を、私は胸にそっと刻んでいった。

自分に対してのものだと、それだけはわかったから。

 

「よくわからないけど、ヒーローはすごいってことですね!!」

 

「……。あなた、察しの良い時と、悪い時の差が激しすぎて心配になるわ。ま、なるようにしかならないから気負わないでってこと。……特別カリキュラムがある小学校という体。そんな場所に編入されて、主要都市への被害が連日報告されている――」

 

ふうっと溜め息が聞こえた。

 

「全部を受け止めれる人間なんて、普通じゃない。そんなものは、目指さなくていい」

 

「――」

 

木村鏡さんの言う通りだ。

自分の力を、可能な限り他人のために尽くす人間。

辛いこと、悲しいことを人に背負わせず、代わりに抱える人間。

 

それを成そうとする人間。

 

そんなものは、普通じゃない()

 

「心配しないでください。私、普通でいますよ」

 

「なら、いいんだけどね。……そうそう、言い忘れてたけど、本来なら真っ先に聞かないといけないことがあったわ」

 

そもそも、この部屋に来たのは何のためだったか。

思い出すよりも、質問が先に飛んできた。

 

「最近、悩んでいることとか、困っていることはない?」

 

少し思案してから答える。

 

「妹の――黄穂のお気に入りの配信者さんが最近音沙汰ないみたいで……どうしちゃったと思います?」

 

はああああ……。

 

今日一番のクソデカ溜息に見舞われてしまった。

私は何か変なことを言ったんだろうか。

 

「物騒だからどこかへ避難してそれどころじゃない、嫌なことがあって辞めた、思ったより人気が出なくて辞めた、好きなのを選んで頂戴。あと――」

 

魔法使いさんは、心なしかバツが悪そうに言うのだった。

 

「たまには自分のことを考えなさい、あなたは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分。

 

その簡潔な概念(キーワード)で意識は戻ってきた。

 

場所は、学校の屋上。

 

学校(世界)には、誰もいないことを知った後。

 

私は――。

 

 

黄原黄依、魔法少女。

この世界の悲しみを全て破壊する。

 

 

空を見上げる。

真っ暗な空は、クリームをかき混ぜるように渦巻いている。

 

地を見下ろす。

遠くでこちらに向かっている少女の姿が見えた。

 

ずきんと、頭が痛む(記憶が疼く)

 

そうだ、もう思い出してしまった。

あるいは、最初からあったものを私が認識できていないだけだったのか。

相談室に置かれたポッドみたいに。

 

自分がどうして、ここにいるのか。

その意味を問いかけるために、今一度、空を見上げた。

 

不意に後ろ髪を引かれる想いが湧いた。

 

これも、私を形作る要素に違いなかった。

きっと、心にずっと引っ掛かっていたに違いない。

私は、この世界の悲しみを消し去りたかった。

でも、結局、みんなが納得する選択というものは存在しなくて――。

 

大切だったはずの存在を、悲しませてしまった。

 

私の意識がまたしばらくの間、まどろう。

まるで紙切れが風い吹かれて飛ぶみたいに。

空間を無造作に漂流していった。

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

モンスターとの戦いが佳境になる中、私は一日だけ家に帰ってきた。

 

「黄依姉~!!」「お姉ちゃん!!」

 

玄関へ入るなり、黄穂と黄乃が飛びついてくる。

 

「二人とも、足が汚れちゃうよ。もう~」

 

二人を両手で抱えたまま、ゆっくり進む。

久しぶりの我が家、久しぶりの感触。

 

日々、平和のためにモンスターと戦う魔法少女。

今日は一日だけ、自由にしていいと言われた。

大きな戦いが控えているから、その代わりに、ということだ。

 

外では木村鏡さんが車を停めて控えている。

一応、監督役らしいけど家までは立ち入らないと言っていた。

本人は面倒を見るのが嫌だから、主張していたけど。

 

でも、おかげで、こうして妹達との時間を過ごせている。

 

……まあ、まだ靴も脱げていないわけだけど。

 

「二人とも、お姉ちゃんは靴を脱ぎたいなあ……」

 

「……ダメ!! お姉ちゃんはここにいるの!!」

 

「玄関に!? くつろげないや……!!」

 

「いや、待て黄乃……!!」

 

黄穂がはっとした顔をする。

不思議そうに首をかしげる黄乃に提案をするのだった。

 

「このままだと黄依姉、またどこかに行っちゃうんじゃない……? 靴を奪え!!!!」

 

「……!!!! 頭、良い……!!!!」

 

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

足に小さな体が二つ。

無理やりに触ってくるものだから、何だかくすぐったい。

 

「奪えー!!!!」「奪えー!!!!」

 

「もう、黄穂も黄乃も……元気そうで良かった」

 

自分の声が少し震えているのがわかった。

安堵で気が抜けたのかもしれない。

 

それに、もう一人。

奥に見えた影に、私は手を振った。

 

「黄結も、ただいま~」

 

「……」

 

二つ歳下の黄結。

私がいない間は一番のお姉ちゃんだったわけだから、いろいろと大変だったのではと思う。

 

黄結は私の顔を見ると、軽く溜め息を吐いてそそくさと奥へ引っ込んだ。

ぽりぽりと頬をかく。

黄結の態度は良くも悪くも変わっていなかった。

もしかすれば、と淡い期待を寄せていたのだが……。

 

(それもまあ、平和な証拠かな)

 

足に嚙みつきそうな勢いの、黄穂と黄乃を抑えて、何とか靴を脱いだ。

 

私の居場所は――。

 

懐かしさが、足を通して伝わる。

踏み入れた()は、間違いなく私の記憶の通り、優しさに溢れていた。

 

 

 

帰ってくるなり、私は居間へと黄穂にエスコートされた。

何やら準備……というか企てがあるようだ。

 

部屋に入った時に、私の目に飛び込んできたのは――。

 

机の上に並んだ大量のお菓子だった。

スナック菓子にチョコ、煎餅の袋が中央の机に所狭しと並んでいる。

 

「黄穂、これって……」

 

ふふん、と黄穂が鼻を鳴らす。

 

「ご飯の代わり? ちゃんとご飯食べないとダメだよ?」

 

「ち、違う!! それにちゃんと一日三食ご飯も各五杯食べてるよ!! これは黄依姉の分!!」

 

「え……? 私の?」

 

「そう、題して……黄依姉がホームシックになってお家に戻ってくる大作戦!!」

 

「……」

 

とりあえず、黄穂は相変わらず良く食べているようで安心した。

黄穂の食べっぷりは我が家の食卓の象徴だ。

 

「お姉ちゃん、私も……」

 

「黄乃? どうしたの?」

 

「これ、黄乃の宝物……あげる」

 

「いやいや、受け取れないよ!!」

 

黄乃が差し出してきたのは、魔法少女のアニメのカードだった。

これは、グミのおまけで付いてくるやつのはず。

 

カードには黄色のドレスに身を包んだ魔法少女が描かれていた。

黄乃のお気に入りの子だ。

 

私は黄乃の手を握って、そっと戻した。

 

「どうして? お姉ちゃん嫌だった?」

 

「ううん、黄乃が自分の大事なものを渡そうとしたのは……嬉しいよ。でもこれは黄乃にとって宝物でしょ? だったら自分で大切にしなきゃ。きっとこの子も、その方が喜ぶよ!!」

 

私はカードに映った黄色い魔法少女を指さした。

黄乃はわかってくれたのか、静かに頷いてくれた。

 

好きなものを、好きでいる気持ち。

それはとても尊いことだから。

 

色とりどりのドレスを纏う、個性豊かな少女達。

デザインでも、性格でも、ちょっとした台詞でも。

好きになったのなら、その人なりに琴線に引っ掛かるところがあったはずだから。

 

だから黄乃には黄乃の、好きになった気持ちを大切にしてほしい。

 

 

「黄乃~、だからグミをあげた方が喜ぶって言ったじゃん。黄結姉もほら、プレゼントプレゼント!!」

 

「……」

 

「え? 黄結も何かあるの~?」

 

部屋の隅でスマホを弄っていた黄結。

大きな溜息を吐き出すと立ち上がり、机の端に置いてあった籠を指さした。

 

どうやらガチャガチャのカプセルが大量に入っているらしい。

中身は――。

 

 

モアイ。

 

 

「アアアアァァァァ!?!? ほしかったフィギュアのやつ!?!? どうしてここに!?!?」

 

基本全六種。

イースター島の個性豊かなモアイを匠の業で再現したシリーズ。

モアイは一体一体、高さも顔つきも微妙に違うし、被り物をしていたりするのだ。

現存する全てのモアイを再現する試みは、玩具を越えて一大事業だと言っていい。

私が機関に編入されてから新弾が出て、コンプリートは諦めてたのに……!!

 

「……別に。たまたま見かけたから」

 

「あ、開けて良い……?」

 

私は籠のカプセルを掴むと、ひとつ開封した。

きゅぽっ、という音が何ともたまらない。

 

「お……!!」

 

アフ・トンガリキに並ぶ十五体のモアイ像。

その内の一体が、今、私の手の平に……。

 

「いやあ~出来もさることながら、このカプセルを開ける瞬間のワクワク感がたまらないんだよね~」

 

「へへ、私は開けてから渡せばって言ったんだけど黄結姉が『自分で開けた方が喜ぶから』って!!」

 

「そうなの? 黄結、ありがとう!!」

 

「……別に。開けるのが面倒だったから、そう言っただけ」

 

「べつに~。べつに、べつに、べつに~」

 

「黄乃!! 真似するのは止めなさい!!」

 

「ふふ……!!」

 

思わず笑みがこぼれてしまった。

何だか懐かしささえ、感じてしまった。

 

黄乃がちゅうも~く、と手を叩いた。

私と、黄結と、黄穂の視線が向く。

今度は一体、何だろう。

 

「これから黄依お姉ちゃんのお誕生日会を始めます!!」

 

「ええ!? そういえば今日は私の誕生日……!?」

 

改めて日付を思い出す。

今は10月。

 

今日は私の誕生日――。

 

 

ではない。

 

 

「――誕生日の1か月くらい前だ!!」

 

「んにゃ? お誕生日会って誕生日じゃなきゃダメ?」

 

曇りなき瞳でこちらを見詰める黄乃。

この純粋無垢な妹に、真実を突き付けるのがどれほど残酷か――。

 

こちらを見詰めてフリーズしてしまった末っ子に、黄穂が助け船を出す。

 

「まあいいじゃん。誕生日の前夜祭、前々夜祭、ぜんぜんぜんぜんぜん夜祭……」

 

「ぜんがいっぱいやさい!!!!」

 

「あはは!! うん!! いいかも!!」

 

何だかノリで決まってしまった。

黄原家の誕生日会は、1か月前から。

もうそういうことに、しちゃおう。

 

それにしても、と私は黄穂に声をかけた。

会話を良い感じの着地へと導いてくれた妹に。

 

「黄穂も、もう立派なお姉ちゃんだね」

 

「……」

 

「黄穂?」

 

「私も黄依姉にはどこか行ってほしくないから、それだけ!! これから1か月誕生会!!!!」

 

妙にはっきりとした口調。

いつも柔和でムードメーカーな黄穂にしては珍しい――いや、初めてかもしれない。

 

私が見ていない間に、やっぱりいろいろあったのだろうか。

 

胸に湧いたのは、少しの冷たさ(寂しさ)

 

そんな思いを片隅に残して、私の誕生日の前々々々々……夜祭は行われた。

お菓子を食べたり、大きなディスプレイで映画を見たり。

 

私は久しぶりの妹達との時間を大切に過ごした。

その間も、黄結は憮然としてあまり話そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

楽しい時間は、あっという間に過ぎるものだった。

日が沈みかけ、部屋の光も心なしか影を帯びる。

私は黄乃といっしょにパソコンに向かい合っていた。

 

「お姉ちゃん、次はこれ見よ!!」

 

膝の上で黄乃がマウスを操作して、カチカチと音を鳴らす。

さっきから間髪入れずに、検索をかけたり、適当にクリックしたり。

 

私としては、黄乃が楽しそうならそれでいいんだけどね。

 

ふと、視線が下がった。

何故なのかはわからない。

 

目に入ったのは、パソコンの隅に映った数字の羅列。

それが意味するものは――。

 

「お姉ちゃん!! こっちを見て~!!」

 

「あ……うん」

 

現在時刻。

 

「お姉ちゃん~!! 見て見て見て~!!!!」

 

今は一体、何時何分だっただろう。

 

「見てってば!! お姉ちゃん~!!」

 

約束の時刻は、いつだっただろう。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃんってば……」

 

妹達、過ごせるのは後――。

 

 

私は、ばたばたする黄乃を膝から降ろした。

 

 

黄乃が大きな声を上げる。

相変わらず端末を見詰めていた黄結も、ごろごろしていた黄穂もこちらを向く。

 

「やだー!! お姉ちゃんはここにいるのー!!!!」

 

私は困ってしまった。

こればっかりは大事な妹の頼みでも聞けない。

 

「行かなくちゃ、もう。黄結も、黄穂も、黄乃も今日はありがとう!! おかげで楽しく――」

 

しゃくり上げる声に私の言葉は遮られていた。

 

黄乃は泣いていた。

 

 

 

「私が魔法少女みたいって言ったから……お姉ちゃんが魔法少女になって……どこかで戦わされてるんでしょ!! お姉ちゃん!!」

 

戦わされてる。

 

ショックだった。

 

何よりも黄乃の口から出てきたことが。

 

「私は自分の意志で……じゃ、なくて、あの組織には協力をしているだけで……その……」

 

「バレバレだよ黄依姉。今だってはっきり否定しないじゃん。嘘、つけないんでしょ」

 

「黄穂……?」

 

黄穂の目は真剣そのものだった。

まるで、こちらに食って掛かるような勢いで。

それだけ必死だというのが伝わってきた。

 

「もういいじゃん。黄依姉、頑張ったよ。後は他の人に任せてさ」

 

「そんなことは……。大丈夫だって、これ秘密だったけど戦いは後ちょっとだから。そうしたら、戻ってくるから……」

 

「……モモミン」

 

「え?」

 

「モモミンだよ!!!! モモミンだって急にいなくなっちゃった!!!! きっとモンスターに襲われたんだよ!!!! 不安なんだよ!!!! ニュースを見る度に!!!! 黄依姉がどうなっているのかって!!!!」

 

私は言葉を返せなかった。

いつだか、木村鏡さんの言っていたことを思い出していた。

 

物騒だからどこかへ避難してそれどころじゃない。

嫌なことがあって辞めた。

思ったより人気が出なくて辞めた。

 

好きなのを選んで頂戴――。

 

そっか。

 

彼女は。

 

本当に、一番怖い可能性は私には言わなかったんだ。

 

 

 

「……どこへでも行っちゃえばいいのよ、姉さんなんか」

 

「……黄結」

 

「黄結姉!! 今のは怒るよ!! 喧嘩なんて後でいいじゃん!!!! 今は何とかして黄依姉を……!!!!」

 

「知らない!! もう知らない!! いつもそうやって一人で何でもやろうとする!! お節介も大概にしてよ!! だからせめて、自分のことは自分でやりたかったのに、構ってきて……」

 

私は黙ってしまった。

知らなかった。

 

いや、もっと正確に表現するべきだ。

 

私は知ることができなかった(わかってあげれなかった)

 

「ごめん、ごめんね、黄結……」「あやまらないでよお!!!!!!!!」

 

黄結の叫び声が部屋にこだまする。

黄穂は、俯いて黙ってしまった。

黄乃は、いよいよ大声で泣き出してしまった。

 

黄依()はそこに突っ立っていた。

まるで故障したロボットみたいに。

 

「良い子をこじらせて世界を救うだなんて笑わせないでよ!!!! そんなに行きたきゃ行けばいいのよ!!!!」

 

傍にあったカプセルが投げつけられる、私に。

 

球状のそれは、音を立てて転がった。

 

楽しかった思い出(日常)が崩れていく。

 

でもこれは自業自得だ。

 

黄結も、黄穂も、黄乃も。

私には見えていなかった。

私が見たいように、見ていただけだった。

 

「魔法少女なんて大嫌い!!!! なんで何人かで世界を救わなきゃいけないのよ!!!! なんでそんなこと押し付けられないといけないのよ!!!! お父さんもお母さんも姉さんもいなくなって!! 私は普通の家でよかった!!!! ヒーローも魔法少女も大嫌い!! 姉さんだって!! だい……き……ら…………」

 

言葉はそこで途切れた。

代わりに涙が落ちる音が、ぽたぽたと。

 

私は黄結を抱きしめた。

 

黄穂も黄乃も小さかったころは、二人で魔法少女のアニメを見た。

毎週、戦いのシーンで手に汗握った。

終わったらそのまま、変身ごっこをして遊んだ。

 

あの時の瞳の輝きは、歓声は、楽しさは、私の思い込みじゃない。

 

だから、黄結がこうしたことを言ったのは。

それは、黄結が優しい子で――。

 

誰よりも、魔法少女が大好きだったから。

 

「黄依姉!!!!」「お姉ちゃん!!!!」

 

黄穂と黄乃が私に抱きつく。

 

温かい。

久しぶりに、本当の意味で――。

 

姉妹四人、いっしょだ。

 

 

時間は来た。

 

わかったことがある。

 

私の居場所は間違いなく、この家だ。

 

――でも。

 

魔法少女の居場所はここじゃない。

 

自分の器がどれくらいの大きさなんて、わからないけれど。

 

三人分あれば十分だ。

 

例え妹達に止められたって。

 

私は黄結と黄穂と黄乃の未来のために戦う。

 

 

 

――行かなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はここにいいる。

黒い雲渦巻く場所、その一番近くに。

 

鮮明になってきた記憶を、もう一度辿る。

 

あの時、私はモンスターとの最後の戦いに赴いた。

 

モンスターにはそれぞれ『()』と『()』の関係がある。

怪物が周囲の物を取り込み、力を蓄えると分裂するようにその個体を増やす。

 

元になった存在が『上』、生み出された存在が『下』。

『下』の存在もやがて大きくなれば、更に下を形作る。

枝分かれしていくツリーのように。

そうして怪物たちは無尽蔵に、数を増やしていった。

 

だが、この形態(システム)にこそ、あいつらの弱点があった。

 

『上』の個体を消せば『下』の存在は根こそぎ消えていくのだ。

 

子を残すためではなく、『一番上』の手足。

だからこそ奴らは、やはり我々とは相容れない。

命ある生き物ではない。

 

侵略者で()だった。

 

そして、これこそが人類の見出した勝機。

 

『一番上』と思われるエネルギー源の察知。

虚数エネルギーの密度から近付くことさえ難しい。

 

対抗できるのは、強い魔法力(負の虚数エネルギー)を持つ魔法少女だけ。

 

最強と謳われた魔法少女を送り込み、(私は最終決戦へと臨み)最後の望みを託した(妹達の未来を祈った)――。

 

 

怪物の親玉との戦い。

最後(未来)を賭けた一撃。

 

その瞬間に――。

 

少女の泣き顔を、見た気がしたのだ。

 

 

 

そうだ。

 

やっと思い出した。

 

私が、ここにいるのは――。

 

紫王紫。

 

彼女を――。

 

 

 

 

 

――こんな『特別』、私は嫌だった。

 

――お願い、誰か私を――。

 

――どこへ行っても、同じ。またこいつに、奪われて、苦しむことになる。

 

――終わらない、永遠の悪夢が続くの。

 

 

 

――それが、あなたの願い?

 

――ごめんね、私には壊すことしかできないの。

 

――だから、せめて。

 

 

 

――その悲しみを破壊する。

 

 

 

どんなに遠くへ行っても(時空を超えて)どんなに時間が経っても(未来永劫)

 

あなたを探しだして、いつか必ず苦しみから救う。

 

あなただけの破壊者(Hero)であり続ける。

 

 

特別だった私が、特別だったあなたのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔法少女(Imagine)

ずっと正しいと思う気持ちを胸に生きてきた。

 

多くの人が、掲げ、目指し、正解だと思うものこそが正解。

 

それならば、それを遂行できるのがあるべき姿なのだと。

 

少女に形作られた理想の器は、際限なく膨張した。

 

それが、人間に似つかわしくない大きさになるまで。

 

多くの人が言っていたのが、「できないからこそ」だったとしても。

 

それを目指すことに何の問題があるだろう。

 

 

 

 

 

自分()普通()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄依ちゃん……!!」

 

屋上の、フェンスの側。

 

黒い渦を眺めていた私に声がかけられる。

私は後ろを振り返って、その姿を捉えた。

 

「あ、モモミー。何か久しぶりだね。あはは」

 

傍には険しい顔の妖精さん(魔法使いさん)もいた。

どうやら、その時(終わり)が近づいているらしい。

 

「大変なの!! 紫ちゃんが……!!」

 

「待って!!」

 

少女の言葉を私は制する。

周囲にただならぬ気配を感じたからだ。

 

敵が来る。

その感覚の後に現実(空間)が追いついた。

 

自分より遥かに高い身の丈の、強靭な四肢を持つ化け物。

 

鬼。

 

絵本のようなデフォルメされたものとはかけ離れた、筋肉の繊維、一本一本まで描き込まれたような風貌。

それが目の前にいた。

 

「気を付けて黄依ちゃん!!!! そいつ強いから――」

 

自分の姿を慈悲深いシスターへと変える。

一瞬の情けも与えない、そんな存在に。

 

鬼が棍棒を携え此方へと吶喊する。

 

私も、棍棒を手に突っ込む。

 

棍棒と、棍棒とが、接触(相克)する。

 

 

私の体は黄のしぶきとともに、後ろへ弾かれていた。

手にしていた棍棒が、回転しながら空高く舞っている。

 

「黄依ちゃん!!!!」

 

少女の悲鳴が耳をつんざく。

 

でも、何も心配はいらない。

 

私はあの子(紫王紫)だけの破壊者(Hero)だ。

 

 

こんな雑魚は――。

 

 

なおも追撃を仕掛けようとする、鬼の動きが止まった。

いや、正確に言えば私が止めた。

 

黒鬼の四肢は、周囲から伸びた黄金の鎖で、別方向に引っ張られていた。

 

 

 

飛び散った黄のしぶきは、空中で集まり球体を形づくる。

 

斜め上と斜め下に二つずつ。

四点から伸びた鎖。

 

鬼が振り解こうと、藻掻けば藻掻く程、拘束の力を強めていく。

 

戦いの基本は敵の強みを潰すことだ。

この敵の武器が、強靭な四肢というのなら――。

 

 

それを破壊する。

 

 

鬼の右腕を、左腕を、右脚を、左足を。

四つのばらばらなベクトルの力を加えて――。

 

鬼の四肢を引き裂いていった。

 

接点だった場所から黒い液体が吹き出す。

私の心配をしていた少女が、悲鳴を上げる。

 

だが、まだだ。

 

床にドスンと落ちた、胴体が、頭が残っている。

 

私は天高く手を掲げた。

手がそのまま伸びるように、黄の鎖が直進する。

空に舞った武器を、遥か上方で補足した。

 

手に力を込めて、引き落とす。

天高く位置していたエネルギーを全て、速さ(破壊力)に変えて。

 

それを一点()に落とした。

 

モーニング・メテオォォォォ(砕けろおおおおぉぉぉぉ)!!!!」

 

黄の爆発が巻き起こる。

敵の欠片(四肢)も飲み込み、それらを散り散りにかき消す。

 

鬼は消えた。

空は晴れない。

 

当然だ。

 

私が破壊する(救うべき)存在は、まだ残っているのだから。

 

「……き、黄依ちゃん!!」

 

心配そうな顔をしている少女(モモミー)がこちらに駆け寄る。

今、変身が完了したようで桃のドレスに身を包んでいる。

 

「話の途中だったね。ゆかりんがどうしたの?」

 

普通に接する。

この状況でそれをできるのが、特別(異常)だったとしても。

私は、そういう自分()しか知らなかった。

 

 

 

目の前の少女と妖精さんを見ていれば何となく察しは付いた。

妖精さんが先んずるように口を開いた。

 

「黄原さん、その顔つき……記憶が、戻ったのかしら?」

 

「うん、全部かはわからない。……その前に。妹達は、黄結と、黄穂と、黄乃は、青の後、無事だったの?」

 

「あなたの妹達は――」

 

妖精さんが私に、その事実を伝えた。

 

「――無事よ。私の知る限りは、みんな大きくなって普通の生活をしている」

 

「……!!」

 

喜びのあまり、声が出ない。

よかった、本当によかった。

 

この事実だけで、救われた。

そして同時に――。

 

少女としての黄原黄依()に、未練はなくなった。

 

「……ふう。じゃあ、ここからは魔法少女の仕事だね」

 

「黄依ちゃん……それって……」

 

魔法少女のするべきこと、それは――。

 

「深淵なる闇を、完全に消滅させる。紫王紫(ゆかりん)ごと」

 

「……!!」

 

少女の顔が驚きと、恐れで染まる。

対照的に妖精さんは満足げな顔を浮かべていた。

 

「黄原さん、あなたには苦労をかけてばかりね。でも、もしもあなたが望むのなら私もバックアップを――」

 

「……だめだよ」

 

え? と私は少女の方を向いた。

強い、桃色の瞳がまっすぐにこちらを捉えている。

 

少女とは、こんなにも強い存在だったのか。

 

「モモミー、わかってよ。これは私にしかできないことなんだよ。ゆかりんだってそれを望んでいる。だから――」

 

「……私は望んでない」

 

「……」

 

「私は黄依ちゃんが紫ちゃんを消すのなんて、望んでいない!!!! 黄依ちゃんもそうなんじゃないの!?」

 

「……私は」

 

私は魔法少女だ。

 

魔法少女の力は誰かを救うためのものだ。

 

だから、紫王紫を救うために行使する。

 

何も、おかしいことはない。

 

「魔法少女の力は、誰かを救うためにあるんだよ。でも、私は壊すことしかできなくて、だから――」

 

「違う!!!! 違うよ!!!! 黄依ちゃんは創ることだってできるよ!!! 何で目を逸らすの!?」

 

創ること。

なぜだか、頭がぐらりと揺れた。

思い浮かんだのは、お父さんの背中。

 

「逸らしてなんか……ない。黄原黄依()は魔法少女で……」

 

「黄依ちゃんは黄依ちゃんだよ!!!!」

 

「……」

 

「私は紫ちゃんと黄依ちゃんと、三人で一緒にいたい!!!! この世界のことなんてわからないしどうでもいい!!!! 黄依ちゃんは!? 紫ちゃんをそうするのが、黄依ちゃんの気持ちなの!?」

 

「……モモミーはわかってないよ。器に注ぎ込むのは――」

 

私は黄の棍棒を、眼前の少女へと構えた。

 

「いつだって、みんな(他人)願い(意志)

 

「だったら、私は私の意志で……」

 

ううん、と首を振って少女が杖を構えた。

 

「私と、紫ちゃんと、黄依ちゃんのために戦う」

 

私のため?

一体、何を――。

 

そう思考する間もなく、妖精さんが騒ぎ出した。

 

「ちょっとあなた達!! なに勝手に話を進めているの!?!? 黄原さんがせっかく決心したのだから無下にしないで頂戴!!!! そもそもあなたで黄原さんに勝てると思っているの、桃原さん!?!?」

 

「大丈夫だよ。妖精さん」

 

まくしたてる口調を、私は制した。

 

木村鏡さん(妖精さん)

 

この人にも気苦労をかけてばかりだ。

でも、これだけは譲ることができない。

 

なぜなら――。

 

「これは魔法少女()少女(モモミー)の問題だから」

 

「黄依ちゃん!! 私も引くつもりはない……けど」

 

目の前の少女が少し緊張を解く。

私の良く知っている柔和な顔つきへと戻るのだった。

 

「……勢いで武器を構えたけど、戦えない、よね?」

 

「うん、確かに」

 

戦わない、ではなく戦えない。

魔法力はそもそも物質に干渉しないし、私だって彼女を傷つけるつもりはない。

 

だが、あるのだ。

決着を付ける方法は。

 

私は武器を下ろし、代わりに拳を突き出した。

少女も釣られて、拳を差し出した。

 

「魔法少女ジャンケンだよ。ルールは簡単。グーしか出せない」

 

「え!?!?」

 

「はい、いくよ!! 最初はグー!!!! じゃん……けん……!!!!」

 

はっと気づいた顔を少女が見せる。

そうだ。

魔法力と魔法力は干渉する。

 

つまり――。

 

グウウウウゥゥゥゥ(ゆかりんは私が救う)!!!!」「グウウウウゥゥゥゥ(紫ちゃんも黄依ちゃんも私が助ける)!!!!」

 

魔法力(想い)の強い方が勝つ。

 

あい(見つけたんだよ)!!!!」 「こで(何を)!?!?」

 

中空で拳が、紙一枚分の厚みを残して肉薄する。

 

グウウウウゥゥゥゥ(壊すことしかできない私が目的を)!!!!」「グうう……ううゥゥゥゥ(違う……黄依ちゃんは自分が見えてない)!!!!」

 

黄と桃の光が弾け飛ぶ。

 

 

あい(聞き返さないよ)」「 こで(聞いてよ)……」

 

 

グウウウウゥゥゥゥ(ゆかりんもそう言っているんだから)!!!!」「グウウウウゥゥゥゥ(自分を決めつけないで)!!!!」

 

 

あい(もう決まっている)!!!!」「こで(決まってない)!!!!」

 

 

グウウウウゥゥゥゥ(私の中ではそうするって)!!!!」「グウウウウゥゥゥゥ(私達がどうなるかなんて)!!!!」

 

 

息が切れた。

正直、予想できたかと言われたら嘘になる。

 

眼前の少女がここまで追い縋る(張り合う)なんて。

 

だが、胸に湧いてくるものはなんだ?

これは微かに温かいような――。

 

再度、拳が擦れ合う。

 

少女が、咆哮にとも思える声を上げた。

 

「言ったでしょ!! 私は黄依ちゃんも助けるって!!!!」

 

「私はいつだって助ける側で……!!!!」

 

「違う!!!!」

 

拳の重みが一段階、増した。

 

どうして?

 

一体なにが、そこまで少女を――。

 

「黄依ちゃんだって助けられていいんだよ!!!!」

 

「……!!」

 

たじろぐ。

引き分けを示す、合いの声が遅れる。

 

「嫌なんでしょ!!!! 紫ちゃんと戦うの!!!! だったら何で自分の気持ちに正直にならないの!? 私だって協力する!!!! 聞かせてよ!! 黄依ちゃんの気持ちを!!!!」

 

「私は――」

 

私の拳が弾き飛ばされる。

 

「私は嫌!!!! 紫ちゃんが消えちゃうのも、黄依ちゃんが悲しい思いをするのだって私は嫌だよ!!!! だから目指そうよ!! 三人で、一緒にいれる……そんな未来を!!!!」

 

「三人……で……」

 

そうだ。

私はきっと好きだったんだ。

 

三人で一緒の時間が。

 

余力は残っていない。

次が最後になる――。

 

 

あい(どうしてそこまで私のことを考えてくれるの)……?」 「こで(決まってるよ)!!!!!!!!」

 

桃色の拳がまっすぐに飛んできた。

 

 

グウウウウゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥ(黄依ちゃんが友達だから)!!!!」

 

 

拳は出さなかった。

 

「私も……モモミーが友達でよかった」

 

桃色の拳が私を捉えた。

のけ反り、態勢を崩し、倒れる。

 

「黄依ちゃん!?!?」

 

天を仰ぐ私に少女が寄ってきた。

 

「どうして……!? 魔法少女ジャンケンはグーを出し続ける遊びなんじゃ……!!」

 

「うーん、どうしてだろう……。私も賭けたくなったのかな……魔法少女の『少女』の部分に」

 

「黄依ちゃん……」

 

「やろう。二人でゆかりんを……助け出そう」

 

不思議だ。

胸の中には何とも言えない、心地良さがあった。

 

私が感じていたもの、それはきっと嬉しさ(ワクワク感)

こんな私にも、張り合ってくれる少女(友達)がいてくれた。

ずっと探していたものは、案外近くにあったのかもしれなかった。

 

たまには負ける(寄りかかる)のも、悪くない。

 

少女が、私に手を差し出した。

 

「立てる?」

 

「うん」

 

私は友達(モモミー)の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

屋上に置いてあるベンチの隅っこ。

そこに佇むは腕を組んで目をつぶる妖精さん。

私はモモミーと手を繋いで顛末を説明をするのだった。

 

「……というわけで、私もモモミーに協力してゆかりんを助け出します!!」

 

「黄依ちゃん、ありがとう!! 妖精さんもそれでいいかな?」

 

「……」

 

「あれ、妖精さん? どこか具合でも悪いの?」

 

「早く紫ちゃんを助けにいきたいんだけど……」

 

「……!!!!」

 

妖精さんがかっと目を見開いた。

ついでにかなり発光している。

 

「あなた達!!!! そこに直りなさい!!!!」

 

「ひえ……」「ひいい……」

 

有無を言わさぬ口調に、私とモモミーは正座をする。

どうしよう、妖精さんはご立腹のようだ。

 

「今まで私のことを放置しておいて『紫ちゃんを助けにいきたい~』じゃあないのよ!!!! 気が回らないわ!!!! あなた達やっぱり子供よね!? はあ~やっぱり桃原さん連れてきたの失敗だったわ~」

 

二人して怒られる。

心なしかモモミーの方が集中砲火されてて、気まずいのだけれど……。

 

しょんぼりしているモモミーの横で、私は話題を提示する(逸らす)のだった。

 

「そ、そういえば妖精さんの世界にも迷惑かかっちゃうかも……。そこは話しとくべきでした!! すいません!!!!」

 

「もういいわよ。ここで食い止めれたらベストだったけど、こっちの世界はこっちの世界で何とかするわ。私は始末書くらいじゃすまないかもだけどね」

 

「……妖精さんは、それでいいんですか?」

 

私は妖精さんの瞳を見た。

あの時と同じ。

ずっと変わらない綺麗な緑だと思った。

 

「……いいわよ。あなたが、あなた達が決めたことなんでしょ? 強制したってパフォーマンスが落ちるだけだし。自分の道を進みなさい。私からの最後の教えよ」

 

今の世界において妖精さんは、不思議な力をくれる妖精さんだ。

でも、今の一言は。

私はきっと、この人にお礼を言わなければいけない。

 

「ありがとうございます、木村鏡さん」

 

「……。今更いいわよ、もう……」

 

「え? え? キムラさんって……?」

 

モモミーが横で目をぱちくりさせている。

 

「妖精さんの本名だよ」

 

「そんな名前だったの!?!? あ、でもあの時に助けてくれた人がやっぱり妖精さんで……」

 

「あなた達、おしゃべりはそれくらいになさい」

 

これまでと違う重々しい口調。

何かが起こるのだ――。

 

空が、その黒さを一層、増している。

 

「来るのよ……深淵なる闇が!!!!」

 

私はモモミーに目配せをした。

私達の心はもう、決まっている。

 

深淵なる闇を倒すだけじゃない。

そこに捕らわれているゆかりんを助け出す。

 

何でも来い。

 

そう思いながら空を睨む。

 

黒い空は視界いっぱいに、渦巻いていた。

 

 

……?

 

 

「近づいて来ているわ!!!! いい!? これが最終決戦よ!!!!」

 

「ちょ、ちょっと妖精さん!? 近づいて来ているって……? 見えない、けど……」

 

モモミーが妖精さんにあたふたしながら確認する。

妖精さんが激しい剣幕で応える。

 

「何言ってるの!!!! ずっと見えているでしょ!!!!」

 

 

私は東の空を見た。

どこまでも遠くまで、空は真っ黒に覆われている。

 

私は西の空を見た。

どこまでも遠くまで、空は真っ黒に覆われている。

 

北も、南も、同じ。

 

今までの敵は、全部黒かった。

今、真っ黒なのは――。

 

 

空、そのものだ。

 

 

真っ黒な空が、気持ちこちらに進んでいるのに気づいた。

やっとわかった。

これは空じゃない。

 

これは――。

 

 

「そうそう言い忘れてたけど。深淵なる闇の正体はモンスターに乗っ取られて、それ自体が怪物と化した『平行世界の地球』よ。ま、精々頑張って頂戴」

 

落ちてきているのは空じゃない。

真っ黒な星だった。

 

ぽかんと口を半開きでモモミーがつぶやいた。

 

「……黄依ちゃん、どうしよっか、あれ」

 

「……考え中」

 

二人して、真っ黒な()を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星が死んだらどうなるのだろう。

自分の知識(手札)ではそれはわからない。

爆発するのか、粉々に跡形もなくなって、宇宙の塵となるのか。

 

だが、今、眼前に広がっている()は、間違いなく死んでいるといえた。

光を完全に閉ざし、生命を宿していない。

そんな色。

 

「あの中にゆかりんが……」

 

縦にも、横にも、奥にも。

無限とも思える幅を持つ敵。

 

そのどこかに友達(ゆかりん)はいる。

 

「あれって星なんだよね? 重力とかは大丈夫なのかな?」

 

モモミーが妖精さんに確認する。

なるほど重力。

それは重要そうだ。

 

「ほとんどは虚軸の存在と化しているから、気にしなくていいわ。ただそれだけに厄介よ。言うなれば純粋な反魔法力の塊……あれを倒すには……」

 

妖精さんの言葉を、私が継いだ。

 

「同じくらいの魔法力(エネルギー)をぶつけるしかない……」

 

「き、黄依ちゃん……」

 

心配そうな顔を向けるもう一人の友達に私は安心するように促した。

思ったよりも、敵は成長していた。

私ひとり分の(思い)ではどちらにせよ倒すのは無理だっただろう。

 

でも、今、胸の炎が灯ったままなのは、隣に友達(モモミー)がいるから。

 

ゆかりんを助け出す(私は一人じゃない)

 

 

 

「それにしても、敵。なかなか落ちてこないね。様子を伺っている……?」

 

もともと尖兵を放って撤退していたわけだから、慎重な習性(システム)なのだろうか。

これだけのサイズ差があるのだから、ただの体当たりでもこの(時空)ごと消し飛ばされてしまう。

 

それをしてこないのは一体……?

 

「紫ちゃんだ……。紫ちゃんが敵を抑え込んでいるんだよ!! 逆方向に……!!」

 

「え!?」

 

モモミーの目は真剣そのものだった。

だとすれば、そうなのだろう。

ゆかりんのことに関しては、自分よりモモミーの発言(感覚)の方が信じられる。

 

少し、うらやましい。

 

「あの子が……? まあ、いいわ。希望的観測もいいのだけれど、この状態でどうするつもりかしら? 敵は遥か上……こっちからは手を出せないのよ?」

 

妖精さんがもっともなことを言う。

確かに言う通りだ。

少なくとも、私の魔法(必殺技)ではあの距離の有効打はない。

 

だったら――。

 

「モモミー……頼める?」

 

「任せてよ!! 黄依ちゃんの分まで頑張るよ!! まずはあいつを何とかして、紫ちゃんのところへ行く方法は……後で考えよう!!!!」

 

モモミーの体が、桃色の光で満ちていく。

光が圧力を伴い、周囲の空気(空間)を飲み込んでいく。

 

「はああああ……!!!!」

 

魔法少女(モモミー)が杖を天に翳す。

 

「いける……いけるよ!! モモミー!!」

 

 

 

 

 

「三人分の思いを込めて……

 

 桃花・超・彩光……

 

 エクストリィィィィム……!!!!

 

 オォォォォバァァァァアアアアァァァァ……!!!!

 

 シュゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥトォォォォオオオオォォォォウオオオオォォォォオオオオォォォォおぅおぅおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

喉がはちきれんばかりの音がこだまする。

桃色の光が、空間を蹂躙する。

 

身を屈めて、それでもモモミーの姿を目に焼き付ける。

それぐらいしか、今はできないから。

 

「いけ……いけ!!!! いけええええぇぇぇぇ!!!!」

 

「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

まるで杖から伸びた一本の道。

暗闇の空を貫く桃の槍。

 

真上を見上げる。

 

真っ黒な天井に到達した桃の光は、表面で留まり、ドームを形成していた。

 

「届いている……!! このまま攻撃を続ければ……!!」

 

「悲鳴のでかさは伊達じゃなかったということね……でも!!!!」

 

妖精さんが視線を促す。

モモミーの魔法力(声量)はもう限界に近い。

このままじゃあ……。

 

「おおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ…………けほっ!!!! けほっ!!!!」

 

「モモミー!!!!」

 

桃の光が途絶える。

送り込んだ(攻撃の)光は敵の表面で半球型――月ぐらいの大きさまで膨れ上がっていた。

 

しかし、その結果は無常だった。

桃の球はそのまま敵から離れたかと思えば、明後日の方向へ吹っ飛ばされた。

あっさりと弾かれてしまったのだ。

 

膝をつくモモミーに、私は駆け寄る。

 

「大丈夫……!?」

 

「ご、ごめん……けほっ。き……けほっ」

 

「無理しないで……!!」

 

「素人ながらにボイトレやってたけど……けほっ。足りてなかった……けほっ。みたい……」

 

「……」

 

私は空を見上げた。

黒い空が、勝ち誇ったようにその漆黒を深めていた。

彼方へと飛んでいった桃の光は、もう見えない。

 

だったら無駄だったのだろうか。

私の友達がやっていたことは――。

 

「違う……違うよ、モモミー」

 

「……黄依ちゃん?」

 

「モモミーの配信を楽しみにしていた人は、いたんだよ。だから、それに意味はあったんだ……。ううん、違う!! 私が意味を持たせてみせる!! この世に無駄な知識(もの)なんてない……!!」

 

私は彼方の空へ手を伸ばした。

桃の光が消えていった方向に向かって――。

 

「そうでしょ!!!! モモミー(モモミン)!!!!」

 

「……!! 黄依ちゃん……!!」

 

両手を翳して魔法陣(サークル)を形作る。

打ち上げ花火みたいに、環から鎖が発射される。

ジャラジャラと、どこまでも。

 

何も見えない()に向かって。

 

集中するんだ。

光の微かな残滓を追って。

必ず、見つけ出す。

 

「名探偵の本領発揮だよ……!!」

 

だが、集中のあまり気づかなかった。

巨大な敵が、変調していたことを。

 

「黄原さん!!!! 上よ!!!!」

 

妖精さんの声に気づいた時には、遅かった。

動きを止めていた巨大な黒い空はずっと準備をしていたんだ。

 

砲撃(落雷)

 

気付いた時には、視界は黒く染まり私は――。

 

「防御魔法!!!! モモミンバリアーーーー!!!!」

 

桃の光に包まれていた。

 

「モモミー……!! ありがとう!!!!」

 

「黄依ちゃんは私が守る!! だから……お願い!!」

 

私は頷く。

 

もう一度、鎖を延ばす。

遠くへ遠く、何よりも速く。

 

確かな、手応えがあった(思わず、笑顔になる)

 

鎖が巻き戻っていく。

ものすごい速さで。

 

「黄依ちゃん……!!」

 

その声に応じるように、私は直接鎖を手に取った。

 

遠い空。

完全に真っ黒なその空間。

 

そこを突っ切る黄の線。

先端には桃の点――。

 

点が、どんどん大きくなる。

さしづめ、それは巨大な鉄球だった。

 

黄の鎖で繋がれた、衛星サイズの桃色の鉄球――。

 

 

 

モーニング()サテライト(私達は)クラッシャアアアアァァァァ(星を廻す)アアアアァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

「そおりゃああああぁぁぁぁ!!!!」

 

光球が私達の頭の上を通過する。

そのまま弧を描くと、地平線を高速で沈んでいった(突っ切った)

 

鎖が地面を叩き割って、反対を向く。

 

一回転、二回転。

来て、見えなくなり、また来る。

まるで一日が早送りされたように桃の月が周回する。

 

勢いはどんどん増していき、軌道は帯を描いていた。

 

「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

桃の光を、私の後ろ(敵の反対側)へ。

思いっきりぶん投げる。

 

そして、止めた。

 

最高のサイズ(エネルギー)を最高の反動(速度)でぶつける。

 

友達(ゆかりん)を助けるために、友達(私達)の思いを乗せて。

 

――肩に感触があった。

 

「黄依ちゃん、私もいっしょに!!!!」

 

「うん!! 掛け声は!? 砕けろ!? ぶち抜け!?」

 

「……あれで!!」

 

頷く。

 

 

 

 

 

敵はもう一度、砲撃を行おうとしていた。

一点に、黒い流れが集中している。

 

だから――。

 

そこを目掛けて、桃の光球(私達の思い)を、放った。

 

飛んでいった光球が、黒い空の表面を、えぐった。

 

 

「モモミー!!!!」「黄依ちゃん!!!!」

 

「せえっ……!!!!」「の!!!!」

 

 

 

 

 

ぶっ潰れろ(ぶっ潰れろ)おおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ(おおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ)!!!!(!!!!)

 

 

 

 

黒い空をぶち抜いて(ぶっ潰して)桃の光がどこまでも進んでいく。

通り道だけが、ぽっかりと何もない状態へと変わる。

 

そこだけは、白だ。

私達が通れる道――。

 

「モモミー!!!! あそこを通って!! ゆかりんを助けに!!!!」

 

「うん!!!! でもどうやって!?!?」

 

妖精さんの金切り声が耳に届く。

 

「ああ、もう!!!! あなた達がここまでやったのは認めるわよ!! でもここからは!? さすがにもう、どうしようもないでしょう!?!?」

 

「き、黄依ちゃん……。ごめん、私、思いつかない……」

 

「……。ううん。モモミーは思いついていたよ」

 

え!?(は??) と素っ頓狂な声が二つ重なる。

 

そう、モモミーは確かに言っていたのだ。

 

――黄依ちゃんは創ることだってできるよ!!!!

 

私はお父さんのことを思い出していた。

幼き頃に、かけてもらったその言葉を。

 

――黄依の『ソウゾウリョク』なら本当に謎を解き明かすかもな……!!

 

そうだ、私にはあったんだ。

想像力(創造力)が――。

 

私は棍棒を地面に突き立てた。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

棍棒が巨大な黄の光に包まれる。

 

「はあああぁぁぁぁ……!!!!」

 

「黄依ちゃん……!? 大丈夫!?」

 

「そんなに魔法力を消費して……一体どうするっていうの!?!?」

 

最後の力を振り絞る。

私の想いを流し込むように。

しっかりとした土台、そこに乗る形を正確にイメージする。

 

大丈夫だ。

私が一番、よく知っている(好き)――。

 

終わった時には私達よりも一回りも、二回りも大きな像ができあがっていた。

これは――。

 

「新説……モアイ像は宇宙へ飛ぶためのロケットだった!!!!」

 

黄金の巨大なモアイ像。

その雄々しき姿が私達の前に顕現した――。

 

「乗って!! モモミー!!!!」

 

「うん!! 黄依ちゃんも早く!!」

 

「……」

 

「黄依ちゃん……?」

 

魔法力と魔法力は干渉する。

だからまだ魔法力()を残しているモモミーは、ロケット(モアイ)の上部に乗ることができる。

 

私は、もう残っていない。

膝を着くとともに、友人の悲鳴が聞こえた。

私はそれを制止する。

 

黄の法衣は色が半透明になっていた。

どうやらもう限界らしい。

 

「行って……。大丈夫……最後に打ち上げるだけの力はあるから……」

 

「黄依ちゃん……!!」

 

「ゆかりんのことは、モモミーが一番よく知ってる、でしょ?」

 

「……うん。約束する。絶対に紫ちゃんを助けて、いっしょに帰るって!!!!」

 

それだけ聞けて安心した。

モモミーが再びモアイの頂点に立つ。

 

……私も登りたかったのは、ナイショだ。

 

モモミーの横に、ひらひらと舞う光があった。

二人の会話が聞こえてくる。

 

「妖精さん!? いっしょに来るの!?」

 

「何をそんなに驚いているの? ナビゲートは必要でしょ? ここまで来たらつき合うわよ。……誰かさんが無茶したことだしね」

 

妖精さんがこちらを呆れ顔で見下ろす。

苦笑いでそれに応える。

 

ありがとう。

私の想いを、汲んでくれて。

 

「黄原さん。いろいろ無茶をさせて、押し付けて申し訳なかったわ。ずっと言いたかった。……ごめんなさいって」

 

「妖精さん、私からも。……ずっと、ありがとうございました」

 

頼れる存在がいた。

頼れる存在ができた。

 

それはきっと、何よりも尊いことだから。

 

 

像の下で魔法陣(残った力)を展開する。

ゆっくりと全体が浮き上がる――。

 

「いっけええええぇぇぇぇ……!!!!」

 

飛び立つ黄の像。

その上には桃の光(モモミー)緑の光(妖精さん)

 

黒い空のぽっかりと開いた穴へ。

立ち昇る様子を、ただ見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと特別な存在になりたかった。

 

周りから認められたかった。

 

でも、本当は気づいていた。

 

周りって何だ?

 

認められるって、何がどう?

 

何度自分に問いかけてみても、答えは帰ってこない。

 

私の夢は最初から空っぽだった。

 

 

 

 

 

自分()平凡()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識がまだあると気づいたのは、しばらく経ってからだった。

私の視界はずっと真っ暗な闇を見ていたから。

 

眠っているのと違わない状況。

このまま何も考えなければ、存在しないのと同じはずだった。

 

しかし私は目を開けてしまった。

 

私は紫王紫。

 

取るに足らない、取柄のない、誰からも認識されない普通の少女――。

 

「……」

 

私の体は動かなかった。

十字架に磔になっているような感覚。

あるいは私の意識が、私をそんな状態に追いやっているのか。

 

「……」

 

このままで、いい。

もう何もしたくない。

戦わなければ、傷つくことはない。

夢を見なければ、絶望することはない。

 

私はそういう存在だ。

 

「……」

 

誰にも迷惑をかけず。

 

誰にも影響を与えず。

 

誰とも触れ合わず――。

 

「……」

 

涙が溢れていた。

そんなことをしても無駄なのに。

まだ、うじうじと誰かが助けてくれるのを待っている。

心のどこかで、それを期待している。

誰も私のことなんか見ていないのに。

 

自分にうんざりした。

 

こんな人間、消えてしまえば――。

 

「……」

 

その時だった。

視界にまっすぐな線が走ったのが認識できた。

 

まるで、閉じていた扉を開けるみたいに。

 

光がいくつか流れ込む。

 

なぜだか桃のものが、私の意識を引いた。

 

優しくて、淡い、仄かな光。

 

あれは――。

 

「……桃美ちゃん!!!!」

 

「紫ちゃん!!!! 助けにきたよ!!!!」

 

遥か遠く。

桃のドレスを纏った少女が、黄金の像に乗って。

私の方へと飛来していた。

 

胸が、鼓動を始める。

 

独りだと思っていた。

このまま消えてしまいたいと思っていた。

 

そんな状況で、誰かが私の名前を呼んでくれる。

 

嬉しくない、と言えば嘘になる。

 

だが――。

 

 

「どうして……来たの?」

 

「え!?!? なに!?!? 聞こえない!!!!」

 

このまま消えてしまいたい。

そう思っていたのに。

 

「どうして来たのって言ってるのよ!!!! 私なんて助ける意味ない!!!!」

 

「何を言ってるの!!!! 紫ちゃんを助けにきたんだよ!?!?」

 

黄金像の上で、桃の少女の叫び声が聞こえる。

 

私を取り込んでいる、巨大な力。

せめて抑え込めたら、と思っていたがその願いもやはり叶わなかった。

だからもう、耳を塞ぐしかなかったのに――。

 

像の上のもう一つの光――緑色のそれが囁いているのがわかった。

 

「だから言ったでしょ。あなた達、お互いが見えていないって。……今度こそどうするのよ、桃原さん?」

 

その通りだった。

私が偽っていたのは、自分自身じゃない。

 

桃美ちゃんだ。

桃美ちゃんがどう見えるかだ。

 

自分の都合の良い、優しくて隣にいる存在として利用した。

桃美ちゃんがそれを否定しないことをわかってて――。

 

「私なんて助けられるべき存在じゃない!!!!」

 

「どうして!?!? どうしてそんなこと言うの紫ちゃん!!!!」

 

知らないままでいい。

いや、知ってほしくない。

 

こんな私のことなんか――。

 

視界を覆っていた黒が、私の背後へと回る。

その時になって、やっと自分がどういう状態なのかわかった。

 

私を縛っていたのは、十字架ではない。

巨大な黒い星、そのもの。

 

「桃美ちゃん!!!! 来ないで(逃げて)!!!!」

 

「!!」

 

真っ黒な触手が、私の背後から飛び出す。

桃の少女を目掛けて、勢いよく伸びていく。

 

違う、私はそんなつもりじゃ――。

 

少女が閃光を放って触手をかき消す。

黄金の像は、なおもこちらへと迫っていた。

 

「どうして……? 私はあなたが思っているような人間じゃなかったの……!! かっこよくなんてない!! 優しくなんてない!! 全部、そう思われたいと思っていただけ……!! あなたはもう、付き合わなくていいの……」

 

「そんなことない!!!! あなたはずっと私を……見ててくれた!!!!」

 

「何を……」

 

「配信を見て、質問をして、労いのコメントを付けてくれた!!!!」

 

「え……? な、なんのこと……」

 

「とぼけなくてもいいよ!! 床太郎さん!!!!」

 

冷めきっていた体に熱が帯びる。

芯から湧き上がってきたそれは、顔にまで到達した。

 

触手が次々と少女へと向かう。

何本かが黄金像へと命中をした。

不安定な軌道を描きながら、なおも少女はこちらへと進む。

 

お願いするのも癪だけど、ここは――。

 

「妖精!! 桃美ちゃんを止めて!! 私は桃美ちゃんが傷つくとこ、見たくない!!」

 

少女も負けじと声を上げていた。

 

「妖精さん!! 何か切り札的なの、ないの!?」

 

 

 

「妖精!!」「妖精さん!!」

 

 

 

「……これまで、不真面目なりに仕事をやってきたけど。まあ、そろそろいいわよね……」

 

妖精は、桃美ちゃんの方を向いた。

 

「最後くらい自分のやりたい(面白い)方にベッドさせてもらうわ」

 

「……!!」「妖精さん!!」

 

高々と妖精の声が、空間に響く。

 

「桃原さん!! 妖精アプリの隠された最後の機能を使うわ!!!! あなたはできる限り紫王紫に近付きなさい!!!!」

 

「隠された最後の機能!?!? でもスマホ持ってないよ!?」

 

「いつもやってるやつの延長よ!! 心のスマホを握りなさい!!」

 

黄金像に触手が襲い掛かる。

ひらり、ひらりと。

危なかしく、寸前のところで回避している。

 

黄金像は、数十メートル(認識距離)のところまできていた。

 

違う。

私はこんなことをしたくない。

 

違う、違う……。

 

 

 

拒絶(違う)

 

 

 

ああ、そうか。

 

これが、深淵なる闇(こいつ)を動かしているものだったんだ。

 

「ああああぁぁぁぁ!!!!」

 

私の叫び声があがる。

無数の触手が、四方八方から黄金像を捉える。

 

一本、また一本。

触手が像へと突き刺さっていった。

 

黄金像に、ひびが入る。

亀裂はやがて網目のように。

手遅れな状態に一瞬でなって――。

 

黄の爆発が起こっていた。

 

 

違う、違う、違う、違う。

 

「いやああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

私が、やってしまったんだ。

この性根が、大切な存在を、そう言い切れる唯一の存在を消してしまった。

 

こんな人間に相応しい結末(エンディング)

 

やっぱり私は、最初から主人公になるべきじゃ、なかったんだ。

魔法少女になったのも、間違いだったんだ。

いや、もっと前からだ。

 

私は夢を持つべきじゃ――。

 

「ゆかりちゃああああぁぁぁぁんんんん!!!!」

 

雄たけびが上がった。

黄の爆発から、桃の光が飛び出していた。

 

黄金像は、ただ爆発したのではなかった。

ロケットが後段を切り離すみたいに、一部だけが(こちら)へ。

 

少女が乗っていた、切れ端みたいな欠片。

それもまた爆発をする。

 

生まれた推力で、少女がこちらへと飛ぶ。

まっすぐに、どこまでもまっすぐに。

 

こちら()に向かって。

 

 

 

何者(何物)でもない声が聴こえる。

私でも、桃美ちゃんでも、黄依でも、妖精でもない声が――。

 

 

 

――全てに背け。

 

――己に、他者に、この世界のあらゆるものに。

 

――最初から何もなければ、苦しみも悲しみも消える。

 

――其処に在りしは、純然たる『存在』。

 

――そしてワタシは、誰も至らぬ未知の大海原に「うるせええええぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

私は我に返った。

びっくりして。

 

「今まで無言系のラスボスだった癖にいきなりペラペラしゃべってんじゃねええええ!!!! てめえの都合なんて知ったこっちゃねえんだよ!!!! ボケが!!!!」

 

「も、桃美ちゃん……?」

 

目を丸くするとはこのこと。

桃美ちゃんの強い瞳が、今度はこちらを向いた。

 

どこまでも澄んだ桃色の瞳が。

 

「紫ちゃん!!」

 

少女が、叫ぶ。

 

「私は紫ちゃんのことを知って、頑張って報われたらいいなって思った!! すごいとか、すごくないとかそういうのじゃなかったんだよ!!」

 

少女が、叫ぶ。

 

「だから優しいとか、かっこいいからじゃなくて……もっと、こう……私みたいみたいって思ったの!! 悩んでた頃の私と!!!! だから!!」

 

少女が、叫ぶ。

 

 

 

「私は――」

 

私が、つぶやく。

 

「桃美ちゃんみたいに……そんな立派なこと、考えてない……」

 

私が、つぶやく。

 

「ただ、ぼんやりと、寂しいから隣にいてほしかっただけ……」

 

私が、つぶやく。

 

 

 

少女が、失速する。

私まで到達する前に、落ちていくだろう。

 

少女は、手を伸ばしていた。

全然届かないはずなのに、手を――。

 

「私、伝えたよ!! ぼんやりとしたことの中に答えがあるって!!!! そう思ったのに、実は理由があるかもって!!!!」

 

少女が、叫ぶ。

 

「私は……桃美ちゃんは桃美ちゃんだから好きだったというだけで――」

 

私が、つぶやくのを止めた。

 

 

 

本当にそうだったのだろうか。

 

ぼんやりとした何か。

それは、きっと――。

 

少女(モモミン)が、私に手を差し伸べてくれたから(相談に答えてくれたから)

 

それで、思ったんだ。

こういう風に、誰かの力になれる存在になりたいって――。

 

それが、私の(好き)になった。

 

「……桃美ちゃん!!!!」

 

少女は、最後の力を振り絞ってこちらへと飛んだ。

私は、手を動かそうとした。

 

動かない。

 

黒い星に捕らわれているから。

 

「紫ちゃん!! 私はあなたが――」

 

少女が、叫んだ(手を伸ばした)

 

「桃美ちゃん!! 私はあなたを――」

 

私は、答えた(手を伸ばした)

 

 

 

 

 

――好 き(私と、あなたの手が触れ合う)

 

 

 

 

 

浄化コード認証(欲求承認)!!!! 合言葉は(女の子の憧れはいつだって)……!!!!」

 

緑の光が、高らかに宣言する。

 

 

魔法少女(まほうしょうじょ)!!!!」

 

 

私の体から紫の光があふれ出す。

相変わらず、黒い星に磔になったままだ。

 

背後から伸びた黒い触手が、私自身へと迫った。

恐らくはもう用済みになった私へと。

 

桃美ちゃんは目の前にいた。

真っ黒な触手は私達を貫く勢いで迫り、そして――。

 

寸前のところで、止まった。

 

「……? 紫ちゃん……? 妖精さん、これって?」

 

「言ったでしょ。こいつを倒すにはこいつと同じくらいのエネルギーをぶつけるしかない。つまり……」

 

触手の先端は、紫色を帯びていた。

 

「こいつのコントロールを半分奪えばいい。そのために紫王紫をもう一度、魔法少女にした」

 

別の触手が、私達に迫る。

 

「紫ちゃん!!」

 

「大丈夫よ、桃美ちゃん……」

 

紫の触手が、黒の触手を破壊した。

黒の触手も応戦をする。

 

「拒絶されるのは……」

 

私は神経を集中する。

無数の紫の触手を、背後へと向けた。

 

「お前だああああぁぁぁぁ!!!!」

 

背中に、手応えを感じた。

一本一本が、確かにこいつにダメージを与えている。

 

私は右手にしっかりと力を込めた。

少女(桃美ちゃん)を握っているその手を。

 

「……紫ちゃん!!」「今まで、ずっとごめんね、桃美ちゃん……。でも、ありがとう!!」

 

この手は決して、離さない。

 

右手以外は、相変わらず黒い星に磔にされたままだ。

絶対に、深淵なる闇(こいつ)は私を逃してくれない。

 

だったら――。

 

「もらっていくわよ!!!! 半分!!!!」

 

背中から紫の魔法力を噴出する。

黒い星は、前半分が紫に染まっていただろう。

見えないが。

 

黒い星に亀裂が走る(私の体が前へと倒れる)

真っ二つ、完全に割れた(磔のまま、私は自由になった)

 

「桃美ちゃん!! 態勢を立て直しましょう!!」

 

「うん!!」

 

対峙する黒い半球と紫の半球。

黒い半球はもぞもぞと、脈打つように伸び縮みを繰り返し――。

 

「……。まずいかもしれないわね」

 

「え!?」「どういうこと!?」

 

妖精の声に、私達の驚きの声が混じる。

 

「深淵なる闇は紫王紫の魔法力を目印として活動をする。そして、奴の目の前には超巨大な魔法力(紫王紫)の塊。恐らく、今までにない攻撃性を有するはずよ……!!」

 

今までにない攻撃性(なんかやばそう)……!!」

 

「……大丈夫だよ、紫ちゃん!!」

 

私は桃美ちゃんと目を合わせた。

今はしっかりと、右手でその体を抱きしめている。

 

「だって私達は、自分で決めれるから(意志を持っているから)!!!! それに私達は」「独りじゃない、でしょ?」

 

桃美ちゃんがにっこりと微笑む。

 

私と、桃美ちゃんと、黄依と、妖精。

この世界(時空)には四人しかいなかったけど――。

 

でも、一人じゃなかった。

 

「やろう!! 黄依ちゃんの思いも乗せて!!」

 

「……うん!!」

 

黒い星は無数の棘を生やしていた。

あらゆるものを貫きそうな、鋭利さがあった。

 

「ウニみたいだね」「ぷっ……」

 

「あなた達、最後くらい緊張感を持って頂戴」

 

惑星サイズのウニ。

そう考えると何だか面白い。

 

だったらこっちは――。

 

「つかまって!! 桃美ちゃん!!」

 

桃美ちゃんが私の体に張り付く。

紫の半球を(地面)へと向ける。

 

私は拳を握りしめた。

つい先ほどまで、桃美ちゃんを握っていたそれで。

 

「紫ちゃん!! 同じくらいの力なら……意志の強い方が勝つ……!!」

 

桃美ちゃんが伝えようとしていること、私にはわかった。

 

「……モモミン最後の教えだよ!!」

 

そう、これが最後。

 

後は私の力で――。

 

紫の半球が形を変えていく。

幾つかに別れ、折れ曲がり、再び丸まる。

 

その形状の上に、私と桃美ちゃん、妖精はいた。

はっきりと黒い星を見据えて。

 

黒い星が肥大化した。

空間を覆いつくし、全てを串刺しにする勢いで――。

 

 

 

「紫ちゃん!!!! いっけええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇ!!!!」

 

浄化コード認証(くらえ、必殺)……」

 

 

 

 

 

悪  夢  拳  骨(ゆかりんパンチ)!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

紫の、超巨大な拳が、発進する。

黒い針をへし折りながら、進む。

 

拳は、黒い星の中心にまで届き、そして――。

 

 

 

ぶち破って、反対側へと飛び出した。

 

 

 

花火みたいに黒が弾ける。

鬱屈とした気持ちが全部吹っ飛ぶみたいに。

それは、きっと私にとって長い戦いの、いや――。

 

悪夢の終わり。

 

 

 

私達はその様子を拳の上から眺めた。

描く軌道は、まるでウィニングラン。

 

「やったやった!! やったのよ!! 私達!!」

 

「すごかったすごかったよ紫ちゃん!! すごかった!!!! すごかった!!!! 」

 

「桃美ちゃん興奮しすぎよ!! 私もだけど!! 深淵なる闇がなんぼのもんじゃい!! ざまあみさらせえ~!!!!」

 

「あっははは!!!! 紫ちゃん、そんな言葉遣いもするんだ!! あははは!!!!」

 

「……はっ!! ついつい……!!!! 幻滅しちゃった……!?」

 

「ううん!! そんな紫ちゃんも好きだから!!!! もっと言ってやろう!! 魔法少女なめんな!!!! ザコ!!!! あははは!!!!」

 

「ぷっ……あははは!!!! 桃美ちゃんもクチ悪……大好き……あははは……!!!!」

 

「あ~黄依ちゃんにも見せたかった……。はい、では最後に!! 紫ちゃん!! 締めて!!!!」

 

「最後……!! 最後……そうねえ!!!!」

 

最後と言えば。

私は頭によぎったそのワードを、そのまま発する(口に出す)のだった。

 

 

 

「スパチャとチャンネル登録、お願いします!!」

 

「……っぷ」

 

二人分の笑い声だけが、空間に響いた。

どこまでも、遠くまで。

 

 

 

不意に風が巻き起こった。

 

「きゃっ!?」「うああああ!?!?」

 

まるで、この空間(時空)そのものを引き裂くような(振動)

私は桃美ちゃんの手を掴もうとした。

 

しかし、遅かった。

 

「桃美ちゃん!?」「紫ちゃん!!!!」

 

桃美ちゃんの体が宙へと吹き飛ばされる。

私も、浮き上がりどこかへと飛ばされていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分って何なのだろう。

 

そう思った時が、始まりだったのかもしれない。

 

必死にもがいて、探した。

 

自分の中を、くまなく。

 

でも、答えを出してくれたのは、別の誰かだった。

 

だから私もその誰かへ、答えを見つけてあげた。

 

きっとこれが、あなたなんだよって。

 

 

 

 

 

みんな()()特別()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、一体どれくらい時が経ったのだろう。

 

その答えは知る由もない。

 

意識で刻み込んだ時にだけ、時間の概念は生まれるからだ。

 

「……なさい……」

 

では、空間も同じことであろう。

 

思考過程の複写が可能となった瞬間、物質としての個体は意味を成さなくなった。

 

自分の存在範囲を定義しなければ、それは際限なく広がっていき――。

 

「……き……なさい……てば!!」

 

 

「起きなさいって言ってるでしょ!!!! 桃原さん!!!!」

 

「ひゃああああぁぁぁぁ!? 妖精さん!?」

 

私の意識(思考)が飛び起きる。

いつぞやにも、同じやり取りがあった気がする。

 

「ここは……? 紫ちゃんと黄依ちゃんは……!?」

 

辺りを見渡す。

 

 

 

「        」()

 

 

 

何もない、空間だった。

 

「紫ちゃん!! 黄依ちゃん!! どこ!?」

 

「落ち着きなさい。ここは時空と時空の狭間。玉響の空間というやつみたいね」

 

「たまゆら……?」

 

「なーんもない空間ってことよ」

 

「……もしかして妖精さんが黒幕ってことはないですよね? 『ふふ、よくやってくれわねえぇ……これで世界は私のものよぉ……』」

 

「なにその声真似? あと、私は別に裏がないから安心しなさい。……ここを出る前に、少し昔話をしましょうか」

 

「昔話……? また何か言い忘れてたんですか?」

 

「……。桃原さん、棘のある言い方するわね」

 

こほん、と息の吐く音が聞こえた気がした。

 

「魔法少女――日本でそう名付けられた現象は英名では架空の守り人(Imaginary Minder)と定められた。存在するはずがない、という皮肉を込められてね」

 

「……」

 

「ところが後の研究で明らかになったのよ。魔法少女の素質――認識に対する免疫であり、時空を超越する素質は人類全員が持っていることがね」

 

「それって……」

 

「皮肉でしょ? 人類自ら、自分たちが存在するはずがない、と定義してしまったのよ。まあ、笑い話ね。……今でも議論になるのよ。実は滅んだ地球の方が現実で、私達はもう死んでるんじゃないかってね」

 

「……大丈夫だよ」

 

「あら? 何が?」

 

「だって私の心は『ここ』()存在する(ある)から」

 

 

 

「……そうね。……私はその答えが聞きたかったのもかもしれない。じゃあここを出る準備、しましょうか」

 

「でもどうやって? 動けないし何もできないし……妖精さんとおしゃべりくらいしか……」

 

「今度は言い忘れてないわよ。『妖精(ナビゲーター)』が必要って言ったでしょ」

 

私達の前には鏡が浮かんでいた。

光らない、大きな鏡が。

 

見覚えがある。

あれは、ここに来るときに――。

 

「鏡に鏡を映したら、どうなると思う?」

 

「……あ!! そうか……!!」

 

記憶の糸を手繰り寄せる。

もともといたのは、私と紫ちゃんと黄依ちゃんしかいない小時空。

 

だから誰かがそこへ手引きしたはずなのだ。

鏡を使って、『誰か』が。

 

「私とあなたの力の法則性は同じ。光の概念に根差したものだった。やっぱり私達、気が合ったのかもね」

 

私は願った。

あの時と同じように。

 

鏡が、もう一枚現れた。

鏡が鏡を映して、その中の鏡がまた鏡を――。

 

世界が際限なく、広がっていった。

 

 

 

――行きなさい。あなたが望めば、あなたはどこへだって行ける。もっと広い世界にも。ナビゲートもここまで、ね。

 

――妖精さん、今までありがとう。

 

――もう会うこともないでしょうけどね。悪口を言ってもいいのよ。

 

――あはは。大丈夫です。きっとまた『夢』で会えますよ。

 

――そう……? 夢、ねえ……。

 

 

 

――うわーん、ここ、どこ~……。桃美ちゃん!?

 

――あ、紫ちゃん!! よかった~無事だったんだね。

 

――こほん。どうやら事態は解決したようね。……妖精は? どうするの?

 

――戻るわ。私の世界にね。

 

――そうなんだ……。その、あなたとは色々あったかもしれないけど……何だかんだ助けてくれて、ありがとう。

 

――かあ~。みんな最後になると感謝しだすのよね。もっと早くから労ってくれれば……ぶつぶつ。

 

――あとは黄依ちゃんだけど……。

 

――呼ばれて飛び出て~。

 

――黄依!! 無事だったのね!! 大分離れたところにいたはずだけど……。

 

――うん、どうも距離の概念がなくなったみたい。ゆかりんが助かって、ほんっとお~に良かった!!!!

 

――だ、抱きつかないでよ!!

 

――じゃ、私も……。

 

――も、桃美ちゃんまで……!! ほら、早く行きましょう!!

 

――そういえば黄依ちゃんはいいの? 妹さん達は……。

 

――うーん、どうも妖精さんの世界には戻れないみたいだし、モモミーとゆかりんにつき合うよ。

 

――いいの? 黄依はそれで?

 

――うん。きっと黄結も、黄穂も、黄乃も……会いたいってお互いにもし思ってたら、いつかまた会えると思うから。

 

――でも何かズルっぽく感じてきたわね……。私達だけ、何度も人生を送ってるみたい。

 

――あら? 人生は一度よ?

 

――え? 妖精さん、それってどういう……?

 

――言葉通りよ。でも、私達が今、どういう状態なのかは誰にもわからない。魔法力がいろんなとこに行ったり戻ったりしているだけよ。

 

――全然意味がわからないのだけれど……。

 

――古代儀式は魂をマルチバースに飛ばすためのものだった……で、どうかな!?

 

――どうかな、じゃあないわよ……。

 

――私達はみんな、記憶の旅人なんだね。

 

――その解釈でいいわ、いや……。

 

 

 

――その方が素敵ね。

 

 

 

 

 

――さあ、これが本当に最後よ。あなたたちの行きたい世界をイメージして。それで無茶苦茶広がった鏡に飛び込むの。

 

 

 

これはきっと、夢の物語。

 

産まれる前に見ている夢の。

 

 

――モモミー、ゆかりん。

 

――桃美ちゃん、黄依。

 

――紫ちゃん、黄依ちゃん。

 

 

 

 

 

――続いていく未来を。

 

――広がっていく世界を。

 

――あなたが隣にいてくれる、幸せを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女(私は) Imagine(想像する).

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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始動!!!! 魔法少女系ブイチューバ―ゆかりん!!!! 愛と勇気と道徳の生配信!!!!

目覚めは、朝の日差しとともに。

 

今日も一日が始まる。

 

健康のためにと、日課となった散歩。

 

まだひんやりとした空気の肌触り、聴こえてくるささやかな音。

 

毎日、少しずつ違い同じものはひとつもない。

 

人はまだ、まばら。

 

 

 

人、ヒト、ひと。

 

全てが儚くて、脆くて、確かじゃないもの。

 

けれど私達の世界を形作るもの。

 

 

 

 

 

途中で女の子の二人組に声をかけられる。

質問に答えて、しばらく話し込む。

 

「すいません」と「ありがとうございます」。

 

別れ際に聞いた挨拶の対称さが何だかおかしくて笑みがこぼれる。

けれど同じように頭を下げる二人に軽く手を振り、そのまま別れた。

 

彼女達もどこかへ向かうのだろう。

 

良いことをした後は、気持ちが良い。

私がさてと、散歩に戻ろうとしたその時だった。

 

「やっほー!! おはよーモモミー!!」

 

「あ、黄依ちゃん!!」

 

黄色いジャージの見慣れた姿。

私のかけがえのない、親友の一人。

 

近くに住んでいるとはいえ、こんなところでばったり出くわすとは。

やっぱり今日は良いことがありそうだ。

 

黄依ちゃんが、出し抜けに聞いた。

 

「さっきの子たちは?」

 

「道がわからなかったから教えてあげたよ。旅行なんだって」

 

「あ~。卒業旅行かなあ~。高校時代を思い出しちゃうなあ。私達ももう一、二か所巡りたかったよね~」

 

「いつか海外にも行きたいね。 黄依ちゃんはどこか行きたいとこ……」

 

「もちろんイースター島!! 生モアイ、一度でいいから拝みたい……!! あ~でもでも、エリア51とかも捨てがたいよねえ」

 

「何か周囲までは行けるんだっけ? 本当に宇宙人に会えちゃったりして……ふふ!!」

 

いつも通りの親友に、苦笑いを浮かべる。

でも、いいかもしれない。

 

黄依ちゃんはいつだって、私達を遠くの世界に連れて行ってくれる。

取材にもなるだろうし。

 

「それにしても卒業かあ~。黄依ちゃんの妹達だと……黄穂ちゃんが高校に上がるよね」

 

「うん!! 受験でぐったりしてるか、寝ているか、食べてるかだったけど、いやあ、無事に終わって良かった良かった。元気が一番だからね!!」

 

黄原家の三女、黄原黄穂ちゃん。

昔に黄依ちゃんの家に遊びに行ったときに、何だか妙に懐かれてしまった。

以来、私も少し気にかけている。

……やっていることに勉強が入っていなかったのは、気にしないことにしよう。

 

「黄依ちゃん、偉いよね。妹のことまで気にかけて」

 

「ん~。好きでやってるだけだから……。黄結にはそれで反発されたしね……」

 

「あ~……。黄結ちゃん、まだプンプンしてるの?」

 

「あ、でもこの前、進路の相談を頼まれてしばらく話したよ。親には話しにくいって。いやあ、あの時はお姉ちゃん冥利に尽きましたな……。まあ、今度は黄乃が反抗期に入ったけど。家族全員を目の敵にしてるよ……はは……」

 

「た、大変だね」

 

「姉妹って難しいからねー。でも、こんなものなのかもって」

 

時が過ぎれば、ずっと同じではいられない。

でも、そうやって思い出は増えていくのかもしれない、なんて思った。

 

きっと、これからだって。

 

 

 

ふと、風が呼んだ気がした。

私はそちらに目をやり、思わず笑みをこぼす。

黄依ちゃんも気づいて、手を振った。

 

私のかけがえのない、もう一人の親友。

 

クールなようでお茶目で、優しいようで見栄っ張りで、真面目なようでちょっとズボラで。

 

私の、大好きな人。

 

「桃美ちゃん!! 黄依!! ふふ、何だかこんなところで会うなんて奇遇ね」

 

「紫ちゃん……!! 本当だね!! 」

 

「オッスオッス!! ゆかりんもランニング? ちょうど私達の家の間くらいだから、それでかな。もしくは、この特製ピラミッド型お守りの御利益が……」

 

「それはいいから」

 

あうーん、と黄依ちゃんがピラミッドを引っ込める。

紫ちゃんの長くて綺麗な髪は、風になびいていた。

 

私達三人のいつもの日常。

 

「でも紫ちゃん、いつも朝遅いのにどうしたの?」

 

「いつもって……!! ……まあそうなんだけど。ほら、やっぱり長く活動するつもりなら体が資本というか、誰かさんに倣って朝のランニングでもしよっかなーなんて……」

 

「誰かさん……!? ゆかりん!! それってもしかして……!! 嬉しいなあ~!!!!」

 

抱きつかないでよ、と声が響く。

少し照れたような、嬉しそうな調子で。

 

私はその様子を微笑ましく見守る。

 

 

 

紫ちゃんのやりたいこと。

それはブイチューバーとして活動すること。

 

高校生の時にそれを聞いた時、私はなぜだかとても嬉しかった。

うすうすは知っていたことだけど、その決心を自分の言葉で語ってくれたから。

 

雑談したり、歌ったり、好きな物を紹介したり、

そうして自分も見てくれてる人にも楽しんでもらって――。

 

誰かに手を差し伸べたいって。

 

 

 

夢は挑戦しなければ叶わない。

 

だから私も夢を答えた。

紫ちゃんの夢が叶うように手伝いたいって。

それはつまり、いつまでも一緒にいたいという意味。

その願いを込めた言葉はきっと紫ちゃんに伝わったのだろう。

 

にっこりと微笑んでから、それから私達の体が触れ合った。

 

黄依ちゃんにもこのことを伝えた。

あれは三人で下校している時。

驚きと共に心から嬉しそうな声で、黄依ちゃんも三人で応えてくれた。

 

だったら三人で夢を叶えようって。

 

 

 

三人で相談して、

三人でわからないことを調べて、

三人で準備をちょっとずつ進めて。

 

「紫ちゃん、次の打ち合わせも頑張ろうね!! 知識面で仕込みが必要だったら私が調べ物を……」

 

「桃美ちゃんには技術面でもお世話になってるし、あんまり甘えるわけにも……」

 

紫ちゃんの表情はきりっとしたものに変わっていた。

 

「……私がやりたいことをやるだけだから。お父さんとお母さんにも大分無理言ったし。独りでも、たとえ形が変わってもやっていく覚悟で……」

 

「紫ちゃんは立派だよ……!! 私もお母さんとは喧嘩してばっかだったけど、紫ちゃんを見習ってちゃんと話すようになったし」

 

「もう~何度目なのこの話。私もモモミーも好きで手伝っているんだって!! なんなら三人で会社作っちゃえばいいんだよ。私達、きっと何だって作れるはず!! あ、雑談のネタ出し担当は私が……」

 

「それはいいから」

 

「あう~ん。モモミー!! ゆかりんが冷たいよー!!!!」

 

三人で悩んで、三人で喜んで。

 

三人だから、楽しい。

 

 

 

思わず笑みをこぼした私に、親友が聞く。

 

「どうしたの? 桃美ちゃん?」

 

「モモミー、何か良いことあった感じ?」

 

問いかけと問いかけ。

私は笑顔で答える。

 

「何でもないよ。三人でいるだけで、楽しいなあ~って思っただけ!!」

 

そうすれば、

 

二人からも、笑顔が返ってきた。

 

 

 

「さてと、そろそろ戻ろうかしら。……私も頑張らないと」

 

「紫ちゃんはもうたくさん頑張ってるよ!!」

 

「私なんて、まだまだよ。……配信でコメントが流れている度に思うの、これら全部一人一人が考えたことなんだなって。ううん、きっと見てるだけの人も何かを考えたり、あるいは作業中に気を紛らわすために流してたり……みんなが違う距離感だろうけど、でも、それでいいんだろうなって……その、なんだ……」

 

 

 

「モモミー……!!」「黄依ちゃん……!!」

 

私と黄依ちゃんは抱き合った。

 

「ゆかりんがこんな立派なことを言うようになるなんて……!!」

 

「今夜はお赤飯だね……!!」

 

「あ、あなた達!! こういう時に結託するの止めなさい!! まとまんなかったし今のはなし!! はい、そこ!! 引っ付かない!!」

 

そのまま、私達は三人で歩いた。

 

みんな、自分の道がある。

けれど、その道を一緒に歩める人がいたら。

それはきっと幸せなことだ。

 

つまずいて、時には誰かに助けられて、誰かを助けて、前を向く。

 

私達みんなが、魔法少女(主人公)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はーい、みなさん、おはようごじゃ……ございまーす!! 嚙んでないし!! ちょっと雅言葉つかってみただけだし!!』

 

「……」

 

ディスプレイに映るは、髪が紫の少女。

まるで激流のように、それを聞いたもの達の反応が流れていく。

 

私はコーヒーカップに口を付け、傍らへと置く。

いつも同じ苦さを求めて口にするのだが、今日は少し違う味だ。

 

画面の中で紫の少女は、ワタワタと自己弁護をしていた。

そんな様子も、どこか愛おしい。

 

――きっとまた『夢』で会えますよ。

 

そう、あの子たちは(好き)を叶えたのだ。

 

「全く、気の利いたことを言ってくれるじゃない。……中身はあまり変わってないようだけど」

 

遠い国のどこかの魔法少女。

今日はモンスターとの戦いに疲れてお休みだ。

少女がもっぱら夢中なのはインターネットの配信。

 

歌うことが好きで、科学知識に明るく、妙に古代の遺跡やオーパーツに詳しい、そんな少女が語らう。

 

今日も今日とて、魔法少女は誰かに手を差し伸べる――。

 

そんな夢物語に乗っかるのも一興だ。

私達が想像して、私達が創造した物語――。

 

『はい!! じゃあ今日はね朝の質問コーナーとか……あ、その前に!! いつものアレ!! やるよアレ!!』

 

私は傍観者。

見ていて、聞き流して、たまに頭の中でツッコミを入れて、それで満足だ。

 

だけどたまには、この物語に加わろう。

 

 

『はい!! 私達が出会った奇跡……、その縁に今日も感謝を込めて!! 合言葉は――』

 

 

流れていく文字と同じものを、私は打ち込んだ。

 

 

 

魔法少女(Hello,world)

 

 

 

 



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