【書籍化!】『君は勇者になれる』才能ない子にノリで言ったら、本当に勇者になり始めたので後方師匠面して全部分かっていた感出した (流石ユユシタ)
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1話 君こそ勇者だ!! って言うのは七人目

 俺は転生をした。驚くことに元は現代社会で学生をしていたのだがトラックに轢かれて、気づいたら魔法のある中世ファンタジー世界で赤ん坊になっていたのだ。

 

 最初は凄く驚いた。しかし、それよりも喜びがあったのだ。所謂魔法、そう言ったファンタジーは男子なら誰もが憧れる。当然俺も凄く憧れた。転生した世界には勇者と言われる伝説の存在も居たので尚更気持ちが沸いた。

 

 

 これから素晴らしい異世界生活が待っているのだと思っていた。憧れに胸を打つような冒険が待っていると……

 

 

 しかし、現実は非情であった。まずは才能が無かった。剣の才能も魔法の才能も、しかも顔がフツメンであったのだ。

 

 

 才能が無いと周りから言われたがそれを真に受けずに頑張り続けた。必死に頑張り続けた。中々、芽が出ない毎日を繰り返した。

 

 

 そんな時だ、とあることが世界中で騒ぎとなった。それは魔王が復活をしたという知らせである。中世ファンタジーと言う事もあって、やはり魔王も存在していたのだ。

 

 勇者の誕生を世界は待ったのだ。魔王が絶望なら、勇者は希望。よくあるテンプレ的な善悪の二分性であるがそれも俺は好きであったし、もしかしたら俺が勇者かもしれないって期待をしていた。

 

 その頃から、俺は冒険者として活動を始めた。魔王軍との戦いに俺も身を投じたのだ。周りには顔が良い人が多く、肩身が狭かったので鉄仮面を被って冒険とかしながら頑張り続けた。

 

 

 必死に、必死に時代を駆け抜けた。一度でいいから何か一つを頑張ってみたかったのかもしれない。

 

 後はやっぱりファンタジーの勇者的なのになってみたい!!

 

 

 それ位しか頭に無かった。そして、数年が経って気付いたら勇者になっていた。勇者パーティーとか言われて、魔王も討伐した。英雄みたいな存在に俺はなったのだ。

 

 嬉しかった。人から感謝されるのは嫌いではなかったから。だけど、それだけではなかった。

 

 魔王がまた復活した。他にも魔王が現れた。いや、どんだけ魔王現れるんだよって思っていたけどしょうがないと思って倒しまくった。嘗ては手こずった魔王も作業ゲーのような感覚で倒すようになっていった。

 

 

 そして、30歳を超えても俺は勇者と呼ばれていた。

 

 

『流石勇者!!』

『勇者様!!』

 

 

 

 流石に……飽きた。そして疲れた。勇者はいつまで続くのだろうか。魔王は一体いつまで現れるのだろうか。

 

 勇者だけど、良いことばかりでもないし……。救えない命もあるけど、何でもかんでも俺のせいだ。

 

 

 一部の人間は言う、勇者なのだから、救え。勇者なのだから戦ってくれる……。面倒だし、普通の生活がしたいと思った。

 

 前世のサブスク見たりする日常が欲しくなった。いや、日常ではない。非日常が欲しくなったのだ。嘗ては憧れていたファンタジーが今では日常になってしまったのだから。

 

 

 勇者、辞めたい……。でも、そう簡単にも辞められないのだ。俺と言う存在が、勇者の肩書がある意味での平和の抑止力だからである。俺が辞めたら世界がどうなるのか、平和が脅かされてしまうと俺は知っている。

 

 周りからの視線もある。

 

 

 そう簡単にやめられない……。

 

 

 どうしたものか……その時、ハッとした!! 辞める方法があったのだ。俺に勝る新たなる勇者が存在すれば良いのである。

 

 

 育てよう……。新たなる勇者を……。

 

 

 新たな勇者は若い子が良い。大人は既に伸びしろが見えている奴が多いし、ピュアじゃないから勇者の面倒な側面も知っているかもしれないからだ。だから、摩れていない餓鬼が良い。

 

 

 

 俺に変わる抑止力を育てよう。

 

 

 

 そう思い立ったら俺は早かった。既に三十路であるが動きは未だに速い。まずは勇者の才能ある子に声をかけることにした。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 ある程度、勇者の才を持つめぼしい子を発見した。大体六人くらい、取りあえず声をかけた。ここからどうなるのかは知らない。

 

 あんまり大きな数に声をかけ続けても問題だ。俺が引退しようとしてるとバレたらそれこそ一番の面倒だからである。

 

 

 さてさて、これからどうなるかなっと考えていたら、夕方にとある田舎の村で鉄仮面を被っている男の子を発見した。

 

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 

 素振りをしている。それを見ていると嘗ての俺のように剣に冴えがないことが分かった。懐かしむように見ていると……

 

 

「あ!! え!? あ、あの、も、もしかして勇者様!?」

「だったらどうした?」

 

 

 素振りをしていた彼は俺に気が付いたようだった。すると彼は急いで俺の元に駆け寄ってきたのだ。

 

 

「あ、ああああああの! ぼ、ぼぼぼくは! あ、貴方にあ、憧れておりまして!!」

「そう言う奴は今まで何度も居たな」

「ですよね!! 貴方は世界で一番の英雄ですし」

「ふっ、確かに俺は世界で一番の英雄だな」

「う、うわぁぁあ!!! 噂通りの傲慢さ!! 本気で世界で一番自分が強いと思っているんだ!! すげぇぇ!!」

 

 

 前世では謙虚であったが、二度目の人生と言う事もあり同じ人生を歩んでも面白くない。だから、俺様系のキャラを演じている。

 

 俺の性格は誰もが知っているので眼の前のこの子も知っているようだ。

 

 

「あ、握手してもらっても?」

「一生洗えなくなるぞ」

「寧ろそれを自慢して生きていきます!」

 

 

 いや洗えよ。

 

「その、聞きたいことがあって……質問してもよろしいでしょうか?」

「いいだろう」

「ぼ、僕、貴方みたいになりたくて……ずっと、頑張ってきたんですけど……でも、周りは皆、僕なんかじゃ……英雄には、なれないって……」

 

 

 あー、何言いたいのか大体わかった。俺みたいになれるかって聞きたいのか? 

 

 

「ぼ、僕でも勇者に英雄に……なれる、でしょうか?」

「お前次第だ。俺には知ったこっちゃない」

「で、ですよね……」

「ただ、俺もお前みたいに弱かった時期があった。まだ若いなら諦める必要もないだろう」

 

 

 こいつ、俺に似ている。そうだ、こいつを後継者として育てよう。才能あんまりないけど、七枠目の後継者候補として……。既に声をかけた六人は相当の実力者だし、才能あるけど一人くらい昔の俺みたいなのが居てもいいだろう。

 

 こいつ、ピュアで騙しやすそうだし。あとは競馬と同じ理論だ。大穴狙いの投資。一人だけこういうのが居ても問題ない。

 

 

「実はここ最近、俺はお前を見ていた。毎日訓練をしているお前をな」

「え!? ぼ、僕をですか!?」

 

 嘘だ。さっき見つけた。ただ、手の豆が血豆になっている、手の皮もそれなりに厚そうだから素振りは毎日しているんだろうという事は容易に想像できる。

 

「随分と若いくせに気合が入っていたからな。丁度いい。俺は……後継者を探していたんだ」

「こ、後継者……? な、なんのですか?」

「そんなもの、勇者に決まっている」

「ゆ、ゆゆゆゆゆ勇者!? の後継者!?」

「声が大きい、誰かに聞かれたらどうする」

「す、すいません、で、でもどうして? 歴代勇者の中でもっとも強くて、最強って言われている貴方が……」

「確かに俺は自他共に認める最強だ。だがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そ、そんな……ど、どうして!?」

「俺は魔王との戦いで、呪いをかけられたんだ」

「――ッ!?」

 

 

 一から十まで全部嘘である。ぴんぴんしとるわ。体は未だに若いし、滞ることなく動く。しかし、強いて言うならおしっこのキレが悪い。残尿と本尿の割合が、以前より残尿の方が多くなっているくらいである。

 

 

「そ、そうか、呪詛王ですね! 別次元から現れた魔王の! 確か息すら大樹を枯らすって言う……とんでもない魔王!!」

 

 

 あ、確かそんなのも居たな……。ワンパンだったけど……。うんまぁ、そう言う事にしておこう。それにしても鉄仮面を被っていると顔が見えないからさ、変顔したくなるんだよね。

 

 こう、シリアスな時ほど……。あと、小顔効果の体操とかもしたくなる、特に意味は無いけど。シリアスは落ち着かないのだ。

 

 しかし、顔は小顔体操をしてても声音は真剣である。だって、俺の後を押し付ける存在を見つけなければならないのだから。シチュエーションは大事。

 

 

「その通りだ。よく分かったな」

「ほ、褒められた!! 勇者様に!! 僕もう死んでもいいです!」

「お前には生きてもらわなきゃ困る。言ったはずだ。後継者を探しているとな」

「……ま、まさか、僕ですか? ボ、僕に?」

「それはお前次第……」

「ぼ、僕が……勇者に……」

 

 

 

 わなわなしているな。だが、気持ちはわかる。俺も昔はそんな風にワクワクしたりしていたからな。

 

 

「あくまで可能性の話だ。なれるかはお前次第……だが、俺は可能性を感じた」

「ぼ、僕に、可能性を……」

「俺の勘が外れた事はない。気合入れて走ってみろ」

 

 

 結構外れる事あるけど、まぁ気にしなくていいだろ。眼の前の子はすごくやる気になっているし……

 

「うぅぅぅ、ぼ、僕にぃ、そんなこと言ってくれるなんてぇ……あの勇者様がぁぁぁ」

 

 

 泣いてしまったよ。どんだけ、俺のこと好きなんだ……。しかしながら、お前以外にも六人くらいに同じような事言ってるんだけど……。

 

 

 だけど、これくらいの方が良いのか。馬券を買う時も、大穴に一点投資するよりも何個かに投資した方がいいもんな。

 

 

 

「あ、あの! ぼ、僕、頑張ります!!」

 

 

 

 どうやら、勇者後継者を気に入ってくれたようだ。頑張ってくれ、名前も知らないけど…‥。

 

 

 こうして、勇者の後継者を見つける戦いが始まった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 僕の名前はウィル。どこにでも居るような普通の平民だ。普通にどこにでもあるような村で育って、普通に暮らしている。

 

 周りからも普通って言われるし、親からも普通と言われている。確かに普通であるという事に異論はない。

 

 特別な何かにはなれない。人からずっと見下されているからその生き方が染みついてしまった。

 

 

 

「僕なんて、どうせ」

 

 

 そんな言葉が口癖であった。村の中には僕とは比べ物にならないほどの魔法の才能を持つ者が居た。僕より強い人、才能ある人が村にはいて、自身の至らなさに毎日打ちのめされた。

 

 

「お前は才能ないから、剣振っても意味ないだろ」

「鍬を持って畑耕す方が賢明だと思うよ」

「ダイヤみたいにはなれないから、諦めた方が良い」

 

 

 真実が心に刺さる。無理だと分かっている。でも、僕にも夢があるのだ。普通とは程遠い大きな夢がある。

 

 それはとある英雄になりたい、近づきたいというモノだ。……勇者ダン。数多の魔王を倒した歴代最高の勇者。

 

 数多の英雄譚、過去の伝説には沢山の勇者や英雄が存在している。彼等は魔の王を退けたり、倒したり崇高な偉業を成し遂げて来た。

 

 だが、勇者ダンは格が違うのだ。一体倒せば新たな伝説と言われる魔王を何体も討伐して、国を世界を救った英雄という枠組みの中でも最上位に間違いなくダンは居るのだ。

 

 憧れるな、という方が無理なのだ。同じ時代に生きてしまった以上、彼にはどうしても憧れてしまう。

 

 

 そんな存在が今、眼の前にいた。噂通りに鉄仮面を被っている。彼は誰にも素顔を見せないらしい!! 嘗て魔王を一緒に討伐した仲間ですら見たことがないって聞いている。

 

 だから、顔が分からない。もしかしたら、僕みたいに憧れで鉄仮面をしているだけかもしれない。しかし、僕には分かったのだ。

 

()()()()()()()

 

 

 空気感が他とは違う。纏っている覇気、発する言葉の重み、それらすべてが今までの人生では体験したことのない驚異的なフィードバックとして脳裏に焼き付く感覚。

 

 

 自然と息を飲んだ。

 

 

 

 色々聞きたいことがあった。でも、眼の前にするとテンションが上がってしまって何を言っているのかが分からない状態になってしまった。

 

 

 

「あ、ああああああの! ぼ、ぼぼぼくは! あ、貴方にあ、憧れておりまして!!」

「そう言う奴は今まで何度も居たな」

「ですよね!! 貴方は世界で一番の英雄ですし」

「ふっ、確かに俺は世界で一番の英雄だな」

「う、うわぁぁあ!!! 噂通りの傲慢さ!! 本気で世界で一番自分が強いを思っているんだ!! すげぇぇ!!」

 

 

 

 英雄譚に載っている通りだ……!! 傲慢、圧倒的自信に裏付けされた実績と実力。

 

 

「あ、握手してもらっても?」

「一生洗えなくなるぞ」

「寧ろそれを自慢して生きていきます!」

 

 

 どどどどど、どうしよう。本当に洗えなくなりそう。洗えなくても別にいいけど。そうだ! 聞きたいことがあったんだ。

 

「その、聞きたいことがあって……質問してもよろしいでしょうか?」

「いいだろう」

「ぼ、僕、貴方みたいになりたくて……ずっと、頑張ってきたんですけど……でも、周りは皆、僕なんかじゃ……英雄には、なれないって……」

 

 

 

  村では僕が一番弱い。でも、この人に頑張れ、そんな言葉だけで良いから欲しかったのだ。

 

 

「お前次第だ。俺には知ったこっちゃない」

 

 その通りだった。彼に知る訳が無い。そして、こんな田舎の村の才能もない僕がどうして彼みたいになれるのだろうか。

 

 落ち込みかけたが……

 

 

「ただ、俺もお前みたいに弱かった時期があった。まだ若いなら諦める必要もないだろう」

 

 

 ちょっとだけ、希望が湧いた。言葉にこれほど説得力を、希望を持たせられるのはカリスマ性があるからだろうか。

 

 

 そして、勇者ダンは語りだす。自身の後継者が欲しいと。

 

 

 呪いが徐々に自身を蝕んでいると……。確かに聞いたことがあった、彼が倒した魔王の中に途轍もない呪を操る者が居たと、息だけで大樹を枯らし、片手で国を亡ぼす運命を辿る呪いをかける絶望の化身であったと。

 

 

 だから、彼は後継者を探している。彼は抑止力としての役割も担っていると聞いたことがある。魔王はこの空の先、様々な星にも居るらしい。しかしながら、勇者ダンと言う存在が居るからこそ、下手に攻めてこれないとか……。

 

 

 たかが伝説、そう言われているが……もしかしたら本当なのかもしれない。彼の、勇者の真剣な表情……いや、鉄仮面で見えないがきっと真剣そうな顔に違いない、声音も鋭い。

 

 

 きっとそうに違いない。

 

 

 でも、まさか僕に……後継者をしろだなんて……。信じられない。本当に? この僕に彼のように? 出来るのだろうか。

 

 

「あくまで可能性の話だ。なれるかはお前次第……だが、俺は可能性を感じた」

 

 

 なれるかは僕次第。でも、無理ではない、そう言われて嬉しい。思わず、泣いてしまった。鉄仮面を僕も被っているから泣き顔は見えないと思うけど、声で丸わかりだ。

 

 僕は彼に、憧れに期待をされた。後を託したいと言われた。

 

「あ、あの! ぼ、僕、頑張ります!!」

 

 

 気付いたら、そう言っていた、僕は勇者になる。そう、思ってこの日から走り出すことを決めた。




面白かったらモチベになるので感想お願います。


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2話 ウィル

 僕の名前はウィル。僕はいつも早起きをする。なぜならば朝は訓練の時間だからである。日課になっている素振りの時間。

 

 いつもならこれが少し苦痛に感じたり、気怠かったり、こんなことをして憧れに追いつけられるのか不安になったり、マイナスな考えが頭を過ってしまう。

 

 だが、今日は違った。

 

 

「おい、足が隙だらけだ」

「はい!」

 

 

「頭も隙だらけだ」

「はい!」

 

 

「全身隙だらけだ」

「は、はい!」

 

 

 目のまえにあの勇者が居て、一緒に訓練をしてくれるからである。まだ日が登りきっていないというのに眼は昼間以上に冴えている、これが勇者効果だろうか。

 

 

 勇者様は木の剣を持ってきてくれて、それを使って剣戟の練習をしてくれている。練習と言っても、試合と同じ。勇者ダン対(ウィル)。これは勝負にはならない。

 

 案の定、木剣で頭とか足、胴をポカポカあてられる。

 

  

 正直に言えばちょっと痛い。でも勇者様の剣筋が生で見れて幸せという謎の心境に僕はなっていた。

 

 勇者ダン、彼の剣筋が見れただけでも幸せなのだ。こんな幸運はない。ただ、一つ懸念点があるとすれば剣筋が速過ぎて良く見えないのだ。

 

 きっと魔法による身体強化はしていないのだろうけど……。気付いたら頭の上にあって叩かれている。鋭い、速さは大分抑えてくれているはずなのに対応が追いつかいのだ。

 

 

 凄すぎる……流石勇者ダンだ!!

 

 

「げほっ、げほっ」

 

 

 気付いたら僕は地に伏せて、仰向けになって天を向いていた。体力はほぼ余っていない。過呼吸になりながら空を見る。あの薄暗い青空くらい、見えるのに全く届かない天のように彼の背は遠いと感じてしまった。

 

 

「ほら、飲め」

 

 

 勇者ダンが僕に水の入った水筒をくれた。これすら感激である。僕は普段から憧れで被っている鉄仮面を外して、口の中に水を流し込む。

 

 体の中に水の入る感覚が異様に気持ちが良かった。いつもよりも清々する感覚が駆け巡る。

 

 僕は飲み終えた後、チラリと勇者様を見る。彼は僕と違って一切疲れていない。水を飲む必要はないのだろう。

 

 少しだけ残念であった。なぜならばもしかしたら、勇者ダンの素顔を見ることが出来たかもしれないからだ。

 

 これは非常に有名な伝説の一つであるのだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが存在する。

 

 

 正確に言えば、彼自身と彼の家族は知っているのだろう。だが、それ以外は誰も知らないらしい。

 

 嘗て、勇者ダンと共に一緒に魔王と戦った三人の英雄が居る。何年も一緒に居たというのに、そのメンバー達ですら見たことないのだという。

 

 

 他にも勇者ダンには謎が多い、出身地も、住んでいる場所も年齢も、実力の全てが謎で包まれている。一説によると、隠すことによって己を悟らせない為であるとか。身内を人質に取られないように敢えて伏せているとか、しかしながら全てが憶測の域を出ない。

 

 

 このように勇者ダンには沢山の秘密があるのだ。謎が謎を呼ぶような存在、そういう所も凄くカッコいい。

 

 この謎、誰も知らない輝きがいつまでも続くと僕は思っていた。なのに……最近、僕は謎とすら、言われていなかったことを最近一つ知ってしまった。

 

 

 勇者に限界が近づいているのだという。これが事実であればとんでもないことだ。

 

 

「それを飲んだら、もう一度だ」

「は、はい!」

 

 

 ――文字通り平和が脅かされる。彼がいなくなる、それは文字通り、世界に穴が空く、それと同意義なのだ。

 

 

「あ、あの」

「どうした」

「ゆ、勇者様の素顔は誰も見たことないって聞いているのですが……本当に誰も」

「あぁ、その事か。確かに俺の顔は嘗てのパーティー仲間も見たことはないな」

「だ、誰にも明かさないんですね」

「明かさない、というより明かせない、という方が正しいだろうな」

 

 

 

 ぴしゃりと水を浴びせるかの如く、彼は言った。先ほどまで訓練で暖かった体温が下がって行くような感覚。孤独、ではないのだろうけど、彼はどこかそれに近しい不思議な存在に見えた。

 

 

「そうですか。あ、あの訓練の時間をもっと増やして貰えますか?」

「それは出来ない、七日に一回、これが限度だ。俺も暇ではないのでな」

「ですよね、すいません、無理を言って」

「いや、心意気は悪くない。それよりほかに何か言いたいことがあるのか?」

「その、勇者様って年齢は幾つですか?」

「それを聞いてどうする?」

 

 

 呆れたような声だった。確かに聞いたところで意味が無いのかもしれない。勇者ダンは五歳ごろから冒険者として活動をしてたと聞いたことがある。だとすると大体30歳……?

 

 勇者ダンについては僕も沢山知りたいから、思わず聞いてしまったが世界の為に、後継者を育てる彼からすれば本当につまらない質問だったのだろう。

 

 

「まぁいい。水は飲み終えたな。剣を振るぞ」

「はい!」

 

 

 

 日が登りきるまで僕たちは剣を振り続ける。

 

 

◆◆

 

 

 勇者と言う役割を押し付ける為、基、次世代の後継者を育成するために俺はイシの村と言う場所でウィルと言う少年のけいこをしていた。

 

 俺に憧れているのか、鉄仮面を被り、俺と同じ片手直剣を持っている男、年は15歳らしい。

 

 ある程度打ち合って分かったが文字通り才能がない、もしかしたら見えづらいという可能性もある、すぐに分かる才能は保有していないようだ。

 

 

「ゆ、勇者様の素顔は誰も見たことないって聞いているのですが……本当に誰も」

 

 

 隣で腕を組んで後方師匠面でもしていたら、水を飲んだウィルが話しかけてきた。あー、その事か……。

 

 確かに俺の素顔を知る人はほぼいない。何故なら俺はフツメンだったりして気になり、更に周りはイケメンが多いから、つい肩身が狭く鉄仮面を被ってしまったのだ。

 

 ウィルも鉄仮面を被っているから俺と同じフツメンかと思いきや、黒髪黒目のまぁまぁイケメン、この世界って顔立ち整ってる奴が多いんだよなぁ。尚更肩身が狭い狭い。

 

 

 

 特にパーティーメンバーは全員完全左右対称でさ、困ったもんだったよ。鉄仮面外せないよ。しかもさ、俺様系でやってたから尚更外せない。結局世の中顔だからさ、超絶イケメンなら大概許される。

 

 でも、フツメンの俺様系とか誰得よ。恥ずかしさで死んでしまうわ。以上の理由から俺はずっと鉄仮面で顔を隠していたのだ。

 

 思い出すだけでパーティーでの肩身の狭さには萎える。四人パーティーなのにボッチだよ。

 

 殆ど、一人で居たし。

 

 

「そうですか。あ、あの訓練の時間をもっと増やして貰えますか?」

「それは出来ない、七日に一回、これが限度だ。俺も暇ではないのでな」

「ですよね、すいません、無理を言って」

 

 

 あ、それも無理だね。だって、お前以外にも勇者後継者候補が居るから。大体週一、七日間を一人ずつ割り振る感じで育てている。これを曲げるわけにはいかないのだ。

 

 

「いや、心意気は悪くない。それよりほかに何か言いたいことがあるのか?」

「その、勇者様って年齢は幾つですか?」

「それを聞いてどうする?」

 

 

 30歳ですけど? そろそろ親に結婚しろって真面目な顔して言われてる年頃ですよ。一番微妙な年だからね。何も言わないよ。

 

 朝からウィルをボコボコにしておいた。今日は一日、みっちりしごいてやるからなー。

 

 さて、今日はウィルだが明日は……ユージンか。アイツ結構尖ってるからな。しかも明日は騎士育成校で元パーティーメンバーと演説とかもあるし……。

 

 怠い……。魔王を倒して報酬として王様から沢山お金を貰ったのに、一生遊べるくらい持っているのに未だに酷使をされている我が身。

 

 だがしかし、それもあと数年。ウィル、ユージン、その他もろもろ、誰かが勇者の後継者になってくれれば……。

 

 俺は願い続ける。

 

 いつの日か、誰かが勇者を継いでくれると信じて。

 

 




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3話 リンリン

 朝起きたら、俺は先ず顔を洗う。前世からそう言った行動をしていたが未だにこのルーチーンは変わらない。

 

 その後に着替えて椅子に座る。机には既に朝食が用意してあって、更には眼の前には両親が座っている。

 

 

「ほら、ダン。早く食べなさい」

 

 

 母親がそう言った。俺は勇者になって三十になっても未だに実家で暮らしている。なぜならば俺は一緒に住む人が居ないからだ。あとは家事をするのが無性に面倒くさい。

 

 母は普通の黒髪黒目の女性で父も黒髪黒目の男性。俺達は普通一家なのである。ご飯を食べていると母親が俺に言った。

 

 

「ダン、そろそろ勇者辞めて、結婚するべきじゃない」

「母さん、ダンはまだまだ現役だぞ」

「そうね。でもそろそろ孫がね……」

 

 

 俺も結婚したい。もう普通の一般家庭で暮らしたい。この家もどこにでもあるような普通のサイズの家だけどさ。ここにいつまでもずっと居てはいけないことくらい俺も分かっている。

 

 

「ダン、今日は騎士の学校で演説してくるんでしょ。しっかりね」

「あ、はい」

 

 

 外だと俺様系だが家だと俺は普通なのだ。両親は勇者であることは知っているがそれを吹聴しない。俺も別にどこ出身とか言わないようにしていた。個人情報だし。

 

 やっぱり前世だと個人情報保護法と言ったように法体系に置いて個人の尊厳などは手厚く保護されていた。それに引っ張られるのか、俺はあんまり人に自身のことを言ったりする癖は無かったのだ。

 

 だからこそ、俺の実家を誰も知らない、素顔も知らない。これは俺にとってプラスであった、引退をしてもどこに居るのか、周りが分からないのである。

 

 つまり勇者を辞めた後になんやかんやで色々と押し付けられる事もない。

 

 ずっと鉄仮面被っててよかったと最近思うようになったのだ。さて、朝食を済ませた事だし、騎士育成校に演説に行きましょうかね。

 

 他の三人も来るし……。

 

 

 家を出て、俺は直ぐに鉄仮面を被る……ということはしなかった。偶には素顔で外を歩きたいのだ。顔はフツメン、髪は黒髪のツンツンヘアー。どこにでも居るような平凡な顔。

 

 

 本当にモブの様な顔なので一度も勇者だとバレた事はない。

 

 

 今は演説をする、騎士育成校に向かっている。俺が住んでいるこのトレルバーナ王国の王都にその学校が存在しており、そこでは国を守る騎士を育成しているらしい。

 

 実家から王都に到着して、風に吹かれながら歩いていると、とある屋台の前に一人の女の子が見えた。

 

 いや、女の子と言うのは少しだけ語弊があるのかもしれない。年は27歳なのだから。

 

 そこには嘗てのパーティーメンバーであるリンリンが居た。妖精族(エルフ)と言われる、耳がちょっと尖っているよくある種族なのだ。

 

 黄金をそのまま髪にしたような綺麗な金色の髪を、肩くらいまで伸ばしてツインテールにしている。当然のことだが顔立ちも物凄く綺麗な女性だ。目つきがちょっと鋭いから強面に見えなくもないが、控えめに言っても超かわいい。

 

 本当に昔の話だが、一時期好きだったことがある。彼女の気を惹きたくて俺様系キャラを始めたくらいだ。今思えば痛々しいが当時はそれがイケてると本気で思っていたのだから若さと言うのは恐ろしい。

 

 

 彼女を通り過ぎる時に、顔を確認したがやっぱり美人だなと感じた。最近会ってなかったけど、色あせない可愛さがあった。

 

 彼女は俺に気付くことなく、過ぎていく。俺もあとでどうせ仮面をかぶって対面するし、そもそも素顔は絶対に見せないようにしているのでスルーである。

 

 彼女から離れると不思議と彼女の顔が頭に再び浮かぶ。やっぱり可愛かった。もう、好きとかではないし、本当に素直にそう思っただけだ。

 

 ただ、やはり過去の初恋を思い出して何とも言えない気持ちになるのはよくあることだ。今でも思い出す、リンリンは初恋だったことを……。

 

 まぁ、当時からもう一人のパーティーメンバーであるサクラと仲良かったからな。負け試合をしていたものだった。しかし、これも仕方がない。

 

 このサクラと言うのが本当に美人男子だったからだ。

 

 僕が一人称で、口調も柔らかい。コミュ力が高くて剣の達人で顔が良い

 

 

 超絶リア充男子(サクラ)。当時から彼が居たから正直リンリン諦めていた。もう一人、カグヤと言う女性メンバーもパーティーに居たがよく三人で話しているのも知っていた。

 

 あーあー、世の中顔かよって当時は愚痴ってたなぁ。俺、リンリン、カグヤ、サクラ。この四人でいろんな場所に行ったが結局、サクラと二人は良い感じだったし。

 

 もしかしたら、美人に好かれるんじゃないかってファンタジーの幻想があったから余計にガッカリして萎えたのを思い出した。

 

 サクラめ…‥。それにサクラは何気に俺に懐いていたから余計に微妙な心境だったんだよなぁ。

 

 最近、顔あわせてなかったけど、どうせまたあの顔見て、変わらずのイケメンであると俺は思うのだろう。

 

 ちょっとセンチメンタルになりながら俺は騎士育成校に向かって歩き続けた。

 

 

 

◆◆

 

 

 初恋、そう言えば思い出すのがあの鉄仮面だ。いつもどこでも鉄仮面を被って一度も顔すら見せない。表情も読めないから喜んでいるのか、悲しんでいるのか、照れてるのか、何一つ分からない。

 

 初めてあった時、なんだ、この変な奴はとアタシは思った。

 

 冒険者になったばかり、取りあえずパーティーを組みたくてメンバーを集めていた時にダンと邂逅した。

 

「アタシの名前は、リンリンよ」

「そうか」

「アンタは幸運よ、このアタシと組めるんだから」

「そうか、ならお前はもっと幸運だ。俺と言う未来の英雄と組めるんだからな」

「はぁ!?」

 

 

  訂正、初めて会ったとき以外も旅しながら一緒に冒険をしながら、ずっと変な奴だと思っていた。

 

 才能ないのにずっと頑張るし、一人だけ朝早くから訓練をするし、周りから色々言われて貶されてもめげないし

 

 

――気付いたら先に行ってるし。

 

 

 旅をしながら思っていた。アタシはこの人(ダン)と一緒にいつまでも居るって。でも、徐々に焦りもあった。だって、どんどん彼は離れていくから。

 

 彼は強くなり過ぎた。

 

 徐々に置いて行かれていった。

 

 魔王も一人で倒すようになった。アタシ達全員の手柄と言われていたけど、本当は違う。ダンが、勇者ダンが一人で全てを終わらせていたのだ。

 

 

 自分が釣り合わないように見えた。それに、他の二人もダンを好いていたから余計に彼にアピールがし辛い状況でもあった。

 

 

 四人で一緒にいつまでも仲良くいたかったからアタシはダンに好きと言えなかった。そして、最終的に彼とはそこまでの仲に発展しなかった。彼に好きと言えなかったことが、アタシの後悔だ。

 

 

 今日、再び会える。でも、きっとアタシは会えて、ちょっと話すだけで嬉しくて、もっと話したくて、

 

 でも、きっと……それで満足してしまうのだろう。

 

 

「リンちゃん」

「あら、サクラ」

 

 

 騎士育成校で伝説の勇者パーティーであるアタシ達は嘗ての偉業について話すことになっていた。そこに向かう途中、サクラにばったりあった。桃色の髪の毛、青い目、笑った顔がとてもキュートだった。

 

 

「まだ、()()してるのね。家の事情だっけ?」

「うんまぁ……そだね」

「そう、サクラちょっと背のびた?」

「そうなんだ、伸びたんだよ。でも、リンちゃんは全然変わらないね」

「エルフはあんまり変わらないのよ」

 

 サクラは家の事情でずっと男装をしていた。きっと今でも色々と解決せずにあるのだろう。

 

 彼女もダンが好きだった。アタシはサクラの事を仲間だと思っていたら、ダンの事で強く出れなかったのだ。カグヤと一緒によく女子会とかしたり、親密になり、余計に手が出せない。

 

 

「勇者君は?」

「ダンならまだ来てないわよ」

「ふーん」

 

 本人はバレてないと思っているようだが、アタシからするとダンが好きなのはバレバレである。

 

 周りもサクラが男装しているから、知らない人が多い。そもそも女性であると知っているのが僅かだ。まぁ、アタシとカグヤとダンはずっと一緒だったから分かっているけど。

 

 

 でも……そう言えばダンにサクラが実は女だって言ったことはなかったわね……

 

 

 まぁ、いくら鈍いダンでもそこには流石に気付いているでしょね。

 

 

「育成校まで一緒に行きましょう」

「うん!」

 

 

 サクラとアタシは一緒に育成校に向かった。再び会う、勇者に思いを馳せて。




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4話 ユージン

 勇者とは力が全ての存在だ。(ユージン)が初めて勇者にあった時にそれを強く感じた。

 

 

 俺は弱かったのだ、弱いからこそ抗えず全てを持って行かれるところだった。家族が魔族に襲われた死の間際。

 

 諦めることしかできない怒りに震えていた時、奴が現れたのだ。

 

 

『……』

 

 

 無言で現れた奴は脅威を嘲笑うように消してしまった。鉄仮面を被った一人の男、体長七メートルある化け物を一太刀で真っ二つにしたのだ。

 

 血の雨が降り、その男の仮面から落ちる。

 

 

『……』

 

 

 

 男は魔族を倒すとすぐに去ろうとする。

 

 

『――待て』

 

 

 その言葉すらも言えなかったのだ。その強さにただ尻もちをついて呆然とするしかなかった。だが、俺の中にはその光景が焼き付いていた。

 

 まるで太陽のような全てを照らす圧倒的な力。更には血の雨すら、その男の前では美しく見えるほどの狂気的なカリスマ性。

 

 

 魅せられていた

 

 

 一体全体、奴が何者なのか。俺は調べた。そして、すぐにたどり着いた。勇者と言われる存在であるらしい。

 

 

 ただし、ただの勇者ではない。歴代で最も強き力を保有している、新たなる伝説。ただの貴族の息子である俺が手を伸ばすだなんておこがましいと一瞬だけ思った。

 

 

 しかし、俺は力に魅せられた。あの強さに。

 

 

 だから、必死に手を伸ばす。

 

 

 そんな時だ、正に予想だにもしない出来事が起こる。勇者ダンが眼の前に唐突に現れた。

 

 

『俺は後継者を探している……』

『後継者……』

 

 

 

 俺は力が欲しかった。ずっと一族の中でも最弱と言われ、周りからも下に見られていた。だから、強くなりたかった。

 

 

 俺はあの手を……

 

 

 

◆◆

 

 

 騎士育成校での演説が終わった。演説と言っても過去の俺達の偉業を語るというつまらないモノであった。妖精魔術師リンリン、貴族剣士サクラ、無垢格闘家カグヤ、そして勇者俺。

 

 まぁ、嘗ては伝説と言われた俺たちなのだから、錚々たる面子であることは否定しない。だからと言っても一体何回演説をすればよいのだろうか。

 

 騎士育成校は生徒に刺激が欲しいと言うけれど……何回もやったらそろそろ飽きてくるだろう。

 

 終わった後は、三人と昼食を共にした。断る理由は無いけど、格闘家のカグヤが俺の鉄仮面をちょくちょく外そうとすることを除けばのどかなものだ。

 

 

 カグヤは昔から鉄仮面外そうとするからな……、理由は知らんけど。

 

 

「おい、勇者」

 

 

 先ほどまでの回想に浸っていると、鋭い声が俺に降りかかった。そこにはオレが眼をかけた、新たなる勇者候補、七人のうちの一人であるユージンが俺を睨んでいた。

 

 

 彼はとある名家貴族の息子、今年で15歳。元は落ちこぼれとか言われていたのだが、俺はそうは思わなかった。才能がないというわけではなく、周りの才能が大きすぎた。

 

 それ故に比べられていたのだ。しかも、いじめられっ子。他の貴族の子からもあまり良く思われていないという子供だ。

 

 所謂、ボッチ。勇者って仲間があるイメージだから正反対に一瞬思えた。だが、才能がある事には変わりないので声をかけた。俺からしたら勇者を継いでくれれば誰でも良いし、性格もそこまで問わない。

 

 それにユージンを選んだ最大の要因はそこではない、

 

 まぁ、性格が悪人だと魔王とかなったりすると困るから最低限はしっかりしてほしいけどね。

 

 そこら辺は大丈夫だ、ユージンは癖があるが悪人と言うわけでもないしな。

 

 そして、彼を候補にした最大の要因は……

 

 

「おい、勇者、早く俺の訓練をしろ」

「あぁ」

「俺はいずれ、お前から聖剣を奪う男だ」

 

 

 俺とちょっと似ているからだ。正確に言えば俺様系の部分であるが……こういう折れない自信過剰な所は嫌いじゃない。

 

 折れたりすると困る。引退できない、後になってもう一回復帰してくださいとか言われるのはとても面倒だ。その点、こいつは折れそうにないから安心だ。

 

 

「さて、あれから一週間たったが少しは強くなったか?」

「当然だ、俺は常に先に進む」

 

 

 ほら、俺様系が二人いる感じだ。ちょっと疲れる感じがするけど……頑張るかね。引退するために……

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 週に一度だけ、(ユージン)は勇者と打ち合うことが出来る。なぜ、週一なのか、俺には分からない、もっと修行を増やせと何度も言ってもアイツは増やさない。

 

 

「あぁぁあ!!!」

 

 

 咆哮をして、アイツ(勇者ダン)に木剣を振り下ろす。しかし、あっさり防がれ、今度は勇者の左手が飛んでくる。

 

 

 それに吹っ飛ばされ、地に伏せる。しかし、俺は再び奴に向かう。

 

 

「単調だ」

 

 

 剣を降ろす前に既に勇者の手の平が俺の腹にあって、軽く押された。次の瞬間、体中の空気が消えた。

 

 

「あがっ」

 

 

 軽く押したのだろう。奴が本気を出せば人差し指でも俺を殺せる。息を吸うように押された手は俺の腹に多大な衝撃を与えた。

 

 腹が刃物で刺されたように熱かった。

 

 軽く押されたと分かるほどに手加減をされたのに、咳き込んでしまう。

 

 

「休むか」

「がが、ま、がだ……」

 

 

 言葉にならないほどに遠い、言葉に表せないほどに強い。俺の家族も、周りの同世代もここまで強くはない。文字通り、次元が違う。

 

 

 ――これが勇者か……ッ

 

 

 歴代最強、伝説を塗り替えた生きている新たな伝説。俺はコイツを超えて、誰よりも強くなる。そして、勇者になる。

 

 無理だと言った、家族も同世代も誰にも屈しない。誰にも舐めた口も利かせない。俺が、コイツを超える。

 

 

「そうか。ほら、かかってこい」

「分かっている!!」

 

 

 

 その後も、俺は一撃すら与えられず手加減をされ、圧倒的な差を痛感させられた。恐らくだがこれがヤツの目的なのだろう。

 

 (ユージン)勇者(ダン)がどれだけ遠いのかを実感させる。その差を肌で感じさせ、それで折れたらその程度であったという事なのだろう。

 

 だが、俺は屈しない。諦めもしない。

 

 

「ほら、飲め」

 

 

 勇者が水を俺に渡す。それを急いで飲み干す、砂漠でもここまで喉が渇くことはないだろう。

 

 

「はぁはぁ、おい、勇者……」

「どうした」

「七日に一回の訓練をもっと増やせ」

「それはできない相談だ」

「なぜだ、お前は暇だろう。平和な世界だ、魔王も今は居ない。俺に時間をさけるはずだ」

「俺にもやることがある」

「後にしろ、俺にお前の時間をよこせ」

「お前に与える時間は七日に一度だけだ。それを生かせ」

 

 

 

 っち、勇者との時間を増やせばもっと強くなれるというのに……。勇者は曲げる気がないようでそれ以上何も語らない。

 

 目を瞑り、腕を組んでいる。今は休憩時間だ。アイツも気休みをしているのだろう。今なら一撃を与えられるかもしれない……

 

 

「シッ!」

 

 

 剣を振った。当たった、ような気がしただけだ。当たったと思ったらそれは残像であったのだ。

 

 

「……」

 

 

 勇者は何も言わない。その程度、驚く事でも無いのだろう。俺の不意打ちなど気にするほどでもない、アリが肩に登った程度であるのだろう。

 

 それに比べて、俺は残像と実体すら見極められない……。まだだ、ここから、ここから俺は……!

 

 

「勇者! もう一度、訓練だ!!」

「そうか」

 

 

 

◆◆

 

 

アタシ(リンリン)達は騎士育成校で演説をした後に、とある飲食店に立ち寄っていた、個室の高級なお店。

 

 

 昔、旅してた時はもっと安い場所で食べていたのに、今では伝説のパーティーと言われて高級店で食べるとは変わってしまったなと思う。

 

 

「勇者君、何食べる?」

「そうだな……ハンバーグにするか」

「じゃあ、僕はね」

 

 

 サクラが勇者と楽しそうに話している。

 

 

「勇者、最近何してる?」

「いろいろだな」

「色々って?」

「色々は色々だ」

「……」

「おい、仮面を取ろうとするな」

 

 

 カグヤが勇者の鉄仮面を取ろうとしている。まぁ、気持ちはわかるわね。未だに素顔明かさないのだから、気になって無理に取りたいのは凄く分かる。

 

 それにしてもカグヤも変わったわね……。昔はもっとガサツな感じだったのに、黒髪がぼさぼさで、身だしなみも気にしない感じだった。

 

 

 でも、今は黒い髪はボブヘアになって、青い眼もより綺麗に見えるようにまつ毛を手入れしている。スタイルも良く見えるように服もボディラインが見える白のワンピースだ。

 

 カグヤは身長が大きいからすらっと見えるし……アタシと違って、巨乳だし……。まぁ、可愛いわね。

 

 

 サクラもさらし巻いてるだけで巨乳だし……アタシだけぺったんなのよね。男は大体、大きい方が良いって言うけど勇者はどうなのだろうか。聞きたいけど、聞けるわけがない。

 

 度胸もないし、大きい方が良いと言われたら立ち直れないのだ。

 

 

「リン、お前はどうする」

「え? アタシは……」

 

 

 リン、勇者はそう言う。リンリンとは言わない、面倒なだけかもしれないが。昔はその呼び名に違和感あったのにいつの間にか、リンと言われる方が落ち着く。

 

 

 食事が運ばれてきた。最初にご飯が届いたのは勇者だった。

 

 

「勇者君、先食べていいよ」

「勇者、先食べて」

「食べていいわよ、勇者」

 

 

 

 サクラ、カグヤ、アタシ(リンリン)にそう言われて勇者がナイフでハンバーグを斬ってフォークで一口サイズのバンズを刺す。そして、それを口に運ぶ。

 

 もしかしたら、食べてる所で素顔が見えるかもしれないと、アタシ達は気になって注目をする。しかし、次の瞬間にはバンズはない。

 

 陽炎のように次々とハンバーグは切れて消えていく。食べる仕草すら一切見えない。

 

 

 気付いたら勇者は食べ終わっていた。やっぱり素顔は見えないらしい。

 

 

「むー」

「おい、仮面を取ろうとするな」

 

 

 怒ったカグヤが無理に仮面を剥がそうとするが再び簡単に勇者に防がれる。勝てるわけがない、勇者の速さはアタシ達の比ではないのだから。

 

 素顔が見えないのは残念だがそれでもよかった。だって、昔を思い出せたから。いつか、この関係性も完全になくなってしまうかもしれない。

 

 でも、アタシはいつまでも勇者と一緒に居たい。

 

 少しでも一緒に居られる時間が増えれば良いなと思った。




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5話 勇者の子孫

 勇者ダンという規格外の男が現れる700年前の話だ。

 

 世界は平和であった。しかし、魔王という人類を脅かす存在が現れた。

 

 魔王が率いたのは魔族と言われる存在でそれらは人を喰らい、都市や人類の繁栄に最たる害を与え続けた。

 

 世界を闇が覆いかけた時、一人の男が最初の伝説となった。

 

 誰も名も知らない、特別な家系の生まれでもない、唐突にその存在は現れた。才溢れ、善に生きて、誰かの為に剣を振る。

 

 ――その者を人は勇者と呼んだ。

 

 

 彼は魔王という人類の脅威を倒し、人々から崇められた。当時のトレルバーナの国王は勇者に褒美として自身の娘との婚約を提案した。途轍もなく美しい娘に勇者は惚れこんでしまい、二つ返事で結婚を受け入れた。

 

 こうして再び世界は平和になった。しかし、再び魔王は現れた。その時も、唐突に勇者は現れた。その勇者は王国に平和をもたらしたとされ、その時の国王も娘と勇者を婚約させた。

 

 そして、次の勇者も……いつからか王族の中からしか勇者は現れなくなった。歴代、優秀で最高位の存在である血筋を取り込み続けたからだ。民は勇者としての側面を持つ王族を崇めた。

 

 

 そうして、また魔王が現れた……。国の伝説を知る者は、歴史を語る者は、王を崇める者は再び王族の中から勇者が現れると信じていた。確信をしていた。

 

 

 

――歴史は塗り替えられた

 

 

 

 まさに原点回帰、と言うべきか……名も知らない、特別な家系でもない、更には特別な才能も持ち合わせていなかった者が勇者になった。

 

 

 勇者(ダン)が現れた。歴代では誰も成し遂げた事のない偉業、魔王を複数体討伐、強さも間違いなく他よりも上を行く彼に誰もが驚いた。

 

 

 

 歴史は崩され、伝説は塗り替えられた。ダンが現れた時、彼は全てを置き去りにして頂点に立ったのだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 俺はいつものように朝食を自宅で済ませていた。

 

「ダン、今日は何をするの?」

「母さん、ダンももう良い年の勇者なんだから一々聞かなくて大丈夫だよ」

「そうね……貴方()の言う通りだわ。それで、今日はどうするの?」

「あ、今日は第三王子に会ってきます」

「そう……頑張って来なさい」

 

 

 

 やはり、早急に実家暮らしを辞めたいような気もする。母が俺のことを心配し過ぎるんだよなぁ。それは父も思っているようで間延びのする声で言った。

 

 

「全く母さんは過保護だなぁ」

「帰ってくるたびに魔王討伐したとか言って、偶に死にかけたとか言って帰ってくるんだから当然だと思うけどね。次外出たら何言って帰って来るか分からないんだし」

「あ、それは母さんの言う通りだ。いやでもダンは勇者だからなぁ」

「確かにダンは自慢の息子よ。でも一体いつまでダンが危険な事をしなくてはいけないの? もう30よ」

「いやいや、ダンは恩恵(ギフト)で未だに若いからなぁ」

「だとしても、ダン位の年齢の子はもう、子供がいるわ」

「いやいや、子供がいることがダンにとっての幸せとは限らないだろう」

「……それは、そうね」

 

 

 

 

 確かに、それは母の言う通りだ。帰ってくるたびに何か余計なことを言うというか、危険な事をしてきたって報告される親の心境は落ち着かないのだろう。

 

 俺子供出来たことないから分からないけど……そう言えば子供を庇って死んだんだよなぁ。

 

 前世では20前半でトラックで引かれて死んでしまった。

 

 あ、そう言えばあのトラックの運転手大丈夫かな? 人身事故って凄い賠償問題になると思うけど……自賠責保険ちゃんと入ってるかな? いやでも、入っててもダメだな。

 

 そもそもドライブレコーダー付けてれば事件の詳細見れて過失割合とか減りそうだけど、あれはトラックが暴走して小学生を俺が庇ったから死んだわけだし、トラックの運転手は……

 

 

 

 と、なんでもないような事を考えていると父と母は食器を片付けて家を出ようとする。

 

「ダン、父さんはギルドに出かけてくるからな」

「私は図書館にもう行くから、ダンもしっかりね」

「あ、はい。いってらっしゃい」

 

 

 

 勇者としてのお金が入っても両親全然お金使わないんだよなぁ。ちゃんと働いてるし……俺も勇者とかフリーターみたいなこと辞めて、ちゃんとした職業探した方が良いのだろうか……。

 

 

 うん、取りあえずは第三王子の所行くか……

 

 

 

◆◆

 

 

 俺が住んでいるのはトレルバーナ王国と言う場所なのだが、その王都から少し離れた荒地。あまり人目が付かない場所、空き地とでも言えば良いのだろうか。野良猫とか偶にいるのが見える。

 

 

「ダン、私だ。来ているか?」

「来たか」

 

 

 マゼンタ色の髪の毛が肩くらいまで伸びている男。顔つきは間違いなくイケメンと言える部類に入る。身長は172㎝くらいかな。年は15でウィルと同じなのに比べるとちょっと大きい。

 

 

「誰にもバレてないだろうな」

「当たり前だ。私はそんなへまはしない」

「そうか」

 

 

 

 ユージンのように自信過剰というような性格ではない。淡々と己を過大評価もせず、過小評価もしない冷静な男。この国の第三王子のアルフレッド・トレルバーナ。

 

 服装は白のタキシードに、胸元に薔薇を入れている。最高にダサい。

 

 

「ダン。今日はなにをする」

「実戦だな」

「そうか。木剣か」

「いや、お前は鉄でいい」

「私は鉄で良いのか」

 

 

 

 アルフレッドはかなり強い。強さだけで言えば15歳の枠組みの中で最上位であるとも言える。まぁ、上には上が居るけどね。俺とか魔族とかさ。

 

 

「では早速戦ってくれ」

「あぁ」

 

 

 

 そう言って持ってきていた鉄剣と盾を構える。彼は盾と剣を持って戦う勇者の王道スタイル。なんでも王族は初期勇者の血筋を継いでいるらしい。

 

 だとするのであればやはり、勇者としての才能はあるのだろう。後継者候補として彼には期待している。

 

 

「ダンは木剣なのか」

「問題ない」

 

 

 実は鉄剣持ってくるつもりだったけど、普通に忘れたのは秘密だ。木剣でも余裕で戦えるから気にしないけど。

 

 

「ドラゴン・フリッツ・アーツ!!」

 

 

 そう言って上から剣を振り下ろすアルフレッド。何度聞いても最高にダサい。彼の剣には魔法が付与(エンチャント)されており炎を纏っている。

 

 

 それを俺は普通に木剣で受け止める。あっさり受け止められて驚愕しているのか、彼は一旦下がる。そして、今度は剣を盾にしまって、片手を出す。

 

 アルフレッドはかなり強いので魔法アリの実践的な訓練をしているから魔法使っても良いと言ってるのだが……

 

 

「ノーブル・コズミック・シャボンディ!!」

 

 

 ダサい。それを除けばイイ線行っていると思う。

 

 

 彼が唱えた魔法は初代勇者が考案したとか言っていたな。古参勇者については詳しくないから魔法の詳細について知らない。ただ嘗ての勇者の子孫なだけあって歴代勇者の技が使えるのは非常に素晴らしい。

 

 普通の敵ならやられているだろう。俺が相手でなければの話だけど。

 

 シャボン玉のような虹色の球体が数十飛んでくるので全て切る。そして、ゆっくり歩きながら近づく。その度にシャボン玉が飛んでくるが全部切る。

 

 切って切って切って、手が届く範囲にアルフレッドが入ったらデコピンをした。アルフレッドは数メートル吹っ飛んで気絶してしまった。

 

 

 気絶させるつもりはなかったのだが気絶してしまったものは仕方ない。俺は近くの木に彼を寄りかからせた。

 

 

 アルフレッドは後継者として育ててはいるが、オレから声をかけたわけではない。アルフレッドから声をかけてきたのだ。

 

 

『どうか、私を鍛えて欲しい』

 

 

 丁度、後継者を探していた俺は彼を二つ返事でいいよと言ったのだ。王族という所がちょっと引っかかったがそれも些細な問題だと考えた。しかし、些細とはいえ、王族は全体的に、特に国王は俺のことあんまりよく思っていない感あるしな。

 

 二つ返事で答えたが、一瞬だけ迷いながらの返答であった。

 

 ただ、アルフレッドはそんな心境はないらしい。それに彼は凄いやる気に満ち溢れていたのだ。自分から後継者に成りたいと言われたのは初めてだった。

 

 だから、俺も本気でアルフレッドを鍛えようと思ったのだ。

 

 前世の高校生の時に、バイトで店長にシフト入れますって言った時に、店長嬉しそうにした理由がようやく分かった。

 

 欲しい人材が勝手に来て、やる気に満ち溢れているとどうにも笑顔になってしまうのだ。鉄仮面で見えないだろうけど、アルフレッドが現れた時、ちょっとニヤニヤしていた。

 

 気に入ったぞ。アルフレッド・トレルバーナ。

 

 でもね!! アルフレッドは気に入ったがお前の父親は大嫌いだけどね!!!!

 

 

 いや、本当に素で嫌い。昔から色々小言言われるし、扱い悪い時もあったし、何より平気で悪口言う時もあった。リンがブチ切れて魔法を放とうとした位だ。その時、リンが怒ってくれて嬉しかったのはいい思い出。

 

 だけどさ、正直イラっと来たのも真実だ。言った方は忘れるのかもしれないけど、言われた方が忘れてないからね。もう、俺は今まで言われた嫌だったことノートに纏めてるからね? 

 

 俺昔からノートに色々書いてるからさ……忘れてないよ、国王。だが、それも許そう。

 

 お前の息子が勇者になってくれればな!!!

 

 

◆◆

 

 

 

 (アルフレッド・トレルバーナ)は勇者になる為に生まれてきた。昔から父にそう言われてきた。

 

 兄達もそうだ、勇者の子孫であるのだから勇者に成れと父に言われていた。

 

 父は、勇者ダンと言う存在が酷く嫌いであったのだろう。嘗ては父が勇者として名を上げると父自身も祖父も民も思っていたのに。別の存在が現れ、それが誰にも成し遂げなかった偉業を作ってしまったのだから。

 

 

「勇者に成れ。勇者ダンから聖剣を取り戻せ」

 

 

「勇者ダンと言う曖昧な存在に世界を任せるのは危険」

 

 

 

 父はそう言った。兄達もそれに釣られたのだろう、勇者ダンにあまり良い印象は持っていなかった。

 

 

 ただ、私はそんな事はないと思っていた。彼の話は聞くだけで勇気を貰えるし、本当に愛に溢れているのだと思ったからだ。だけど……父も兄もそんなことはないというのだ……。どちらが正しいのか分からない。

 

 父の事は大好きだ。勇者ダンも嫌いではない。だから……勇者に成りたい。

 

 もし、父が勇者ダンへの嫉妬で虚言を吐いているならやめてほしかった。それに父は勇者という地位を渇望している。息子である私が勇者に成れば生きることに余裕が出るような気がした。

 

 兄もそうだ。勇者ダンと言う偉大な存在に負けてはいけないと生き急いでいる。父の言う通り、勇者の本当の栄光を取り戻さなくてはいけないと焦っている。

 

 

 父の周りにいる貴族もそうだ。勇者ダンが民の支持を得るのを恐れているのか、勇者という肩書を王族に戻したいらしい。

 

 周りから、兄達も私も期待されている。

 

 だから、だから、だから、だから、勇者に成りたい。

 

 現代最強と言われる存在を越すには、その最強に師事するのが最も近道であると私は考えた。ただ、父が勇者ダンを嫌っているのは、彼自身も分かっているだろう。

 

 今に至るまでに色々と厄介事を頼まれたり、小言を言われたりしているからダメもとで頼むつもりであった。

 

 私は勇者ダンに声をかけた。王族という事もあり、勇者を呼んだのだ。定期的に騎士育成校で演説をすると聞いていたのでその後に彼と会った。

 

 何回か見た事はあったがこうして対峙すると何とも言えない空気感を感じた。私の勇者の血筋が僅かに反応しているような気がした。聖剣をかつては持っていた一族の共通感覚なのだろうか。

 

 

「私は、勇者に成りたい……。だから、私を鍛えて欲しい」

「……いいだろう。アルフレッド・トレルバーナ。お前を鍛えてやる」

 

 

 正直に言えば驚いた。二つ返事で彼は私からの頼みを聞いてくれた。一瞬だけ、もしかして私が第三王子である事に気付いていないのかとも思ったが、フルネームで名前を呼ばれてそんなことはないと理解をした。

 

 

 彼は私が国王の息子であると知りながらも、私の頼みを聞いたのだ。

 

 

 一体、今までどれだけ父に小言を言われて来たのかは定かではないが、彼からしたらきっと関係ないのだろう。もしかしたら、そもそもそう言った視点で物事を見ていないのかもしれない。

 

 大きく、広く、遥か先を見て彼は何かを動いているように見えた。私もこういう存在になるべきであると感じた。

 

 

 

 

 

 こうして、私は彼に師事することになった。

 

 

 

 

 

 長い道になるが父も兄も、待っていてほしい。私は勇者になるから。




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自分の事を主人公だと……の方も近々更新しますので待っていてください


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6話 ウィル2

 勇者ダンと無垢な少年ウィルの訓練は早朝から始まる。七日に一回しかないこの訓練は否が応でもウィルは気合が入った。

 

「はっ!!」

「……遅い。もっと速くしろ」

「あ”い”!!!」

 

 

 過呼吸になるほどに彼は動いていたので返事が重くなってしまった。しかし、対照的にダンは涼しい顔、正確には顔は見えないが涼し気に剣を振っていた。

 

 

「足を地面に全てつけるな、動き出しが遅くなる。つま先だけで立て」

「……あぁい!!」

 

 

 フラフラになるほどに彼は勇者ダンにこってりしごかれた。咳き込み口には少し血の味が広がる。地面に尻を付けると勇者からウィルに水筒が渡される。お礼を言う前にそれに口を付けて、ごくごくと飲み干す。

 

「はぁ、はぁ、あ、ありがとうございます……」

「これも食え」

 

 

 勇者はハチミツで和えた甘しょっぱい鳥肉が入った弁当を渡した。体つくりの為にバーバードと言う鳥型のモンスターの胸肉を料理して持ってきたのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

「……礼はいいから食え。喰らえ、ゴールデンタイムだ」

「ご、ゴールデンタイム?」

「そうか、知らないのか」

「知りません。ゴールデンタイムとは一体?」

「いいから食え。喰いながら説明してやる」

 

 

 前世では一般的であった体を作る知識。それをウィルは知らないようであった。それも当然である。勇者ダンの持つ知識は異世界の科学が発展した世界での知識。分かるはずもない。

 

 

 ゴールデンタイム、運動をした後の30分間は食べ物の栄養を効率よく得ることが出来るというのをざっくり説明する。

 

 

「す、すごい、そんな知識聞いたことないです!」

「いいから食え」

 

 

 未だに残っているチキンを早く食べろと急かすダン。ウィルからしたら目から鱗であるが、ダンからしたらずっと日常でやってきた事。幼い時から積み重ねてきた事なのだ。

 

 それにダンはもう、褒められ慣れている。凄いと言われて嬉しいという気持ちがないわけではないが、そもそも自身が生み出した知識でもないわけであるし、そんなに響かない。

 

 

 食べ終わるとウィルは語りだした、彼の顔は少し暗い。

 

 

「あの、僕に本当に勇者様の後継者が務まるのでしょうか?」

「どうした」

「その、僕、勇者様と一か月訓練させてもらいましたけど……そんなに伸びている実感がないというか……。僕の幼馴染にダイヤと言う子が居るんですけど、彼は魔法も第三階梯まで使えて将来は勇者になるって言ってます」

「それで?」

「僕よりも凄い人は沢山いて……だから、その」

「自信が無いのか?」

「はい……」

 

 

 ウィルは自信がない。しかも極度のあがり症であった。だから、周りと自身を直ぐに比べてしまう癖があった。勇者に訓練を受けているのに彼は未だに成長を感じられない、そのことも原因で自身を余計に責めてしまった。

 

 勇者と言う英雄に訓練をして貰っているのにあまり成長できない自分。これは自分があまりに才能がないからではないのか。教えに悪い所があろうはずはない。

 なぜなら勇者ダンが教えているのだから。

 

 何度も何度も彼はそれを思った。更には最近、勇者が居なくても修行を頑張っているウィルなのだが、その姿をみたダイヤと言う幼馴染の取り巻きから、

 

『意味ないって』

『ダイヤには勝てないから』

 

 そう言われて、それがずっとささくれのように心にあったのだ。

 

 

「お前を見込んだのは俺だ。俺に間違いはあり得ない。間違いなくお前は伸びる」

「……本当に」

「くどいな。俺が見込んだと言っているだろう。それともお前は俺の言葉より、自分の不安を信用するのか?」

「い、いえ! そ、そんなことは……」

「伸びているのは間違いない。()()()()()()()()

 

 

 

(計算、通り? 本当に……?)

 

 

 ウィルはちょっとだけ勇者を疑ってしまった。そして、早朝の訓練を終えて彼は一度、村の中で家の手伝いをしている。今は冬に近いので薪割とかをして家族の為にも時間を費やした。

 

 

「ウィル」

「あ、メンメン」

「浮かない顔してどうしたの?」

 

 

 ウィルが薪を割っていると彼の幼馴染であるメンメンが声をかけた。黄色の髪の毛に薄い青の瞳の可愛らしい少女だ。彼女はいつも一緒に居るウィルの顔つきがおかしい事に気付いていたので声をかけたのだ。

 

 

「えっと、なんでもない」

「また誰かに嫌味言われたの? 勇者にはなれないとか」

「……いや、そんなことはないけど」

「嘘、そんな顔してる」

「本当に違うよ。ただ……」

 

 

(ただ、自分の成長が実感できなくて、更に勇者様を疑ってしまう自分にも嫌になってるだけ……)

 

 

「ウィルはきっと大成するよ。私、信じてるから」

「うん。ありがと。でも、きっとダイヤの方が……」

「もう! ウィルはウィル! ダイヤはダイヤ! 関係ないよ!」

「……だよね」

 

 

(響かない……。こんなに親身になって気にかけてくれるメンメンの事も僕は疑っているのか)

 

 

――落ち込みかけた時、また自分を責めた時、村の中で大声が響いた。

 

 

「大変だぁ!! モンスターが現れた!!」

 

 

 村の羊飼いの人の声がして、そこから村中が大騒ぎだ。

 

「ど、どうしよう、ウィル」

「す、すぐに討伐をしに僕も」

「ウィル! 何言っているの! ウィルは今まで()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()

 

 

 声が聞こえる。確かに自身は今まで一度もモンスターと戦った事はない、しかも上がり症で行ったとしても役立たずになることは予測できた。

 

 

「ダイヤが討伐に出てくれるってよ!」

「大人たちと一緒に行くらしい!」

「流石はダイヤだ!」

 

 

 声が聞こえる。声が聞こえる。声が聞こえる、それが頭の中に木霊する。

 

 

「勇者様……」

「ウィル?」

「先に隠れてて!」

 

 

 彼は走った。きっとまだ勇者は居るのだろう。今日は自身を鍛えてくれる日なのだから、お昼が終わっても訓練をする約束をした。

 

 だから、彼にお願いをしよう。村を守ってくれと

 

 走って走って、辿り着いたところに鉄仮面を被った勇者が居た。

 

 

「あ、あの――」

「――俺がやるか?」

 

 

 

 身の毛のよだつとはこのことだった。自身は今試されている。そう感じてしまった。

 

 

「ぼ、僕が行っても、どうせ役に立たないし……もし、僕のせいで被害出たら」

「大丈夫だ、安心しろ。俺が少し遠くで見ててやる。何かあっても俺が一瞬で塵にしてやる、だから、被害は出ない」

 

 ――勇者は逃げる言い訳を許さない。

 

「……ぼ、僕にできるのでしょうか?」

「やれる。お前は俺が育てた。一か月しかじゃない、一か月もだ」

 

(もし、これで僕が全然ダメな動きをしたらこの人も見限ってしまうのだろうか)

 

 

「僕がもし、全然使い物にならなかったら」

「また鍛えるだけだ」

「……」

「十年待ってやる。例え芽が出なくてもな。如何にお前が弱くても必ずここにきてお前の自信が付いて強くなれるまで。だから戦え」

「――ッ」

 

 

(十年、この人は僕に十年も与えるのかッ!? この威圧、覇気、嘘じゃないッ)

 

 

 『戦え』そう言って勇者は彼に古びた剣を投げた。グリップは赤の布が巻かれているが所々破れていて、刀身も刃こぼれしている。だが、その剣には見覚えがあった。

 似たような剣はされどあるが勇者から渡される剣はたった一つしかない。

 

「こ、これって……()()()()()ッ」

「そんなことはどうでもいいから速く行け。そして見せて見ろ。お前の成長を。安心しろ。俺が後ろで立っている、実質無敵だ」

 

 

 

(確かに、この人が、勇者ダンが後ろに居てくれるなら……無敵と言うも間違いじゃない)

 

 

 

 勇者はウィルの背中を強めに押した。

 

 

「行け、そして戦え」

「は、はい。やってみます!」

 

 

 

 緊張をして震えながらも彼は走り出した。ウィルが走った後にダンは気の抜けた声を漏らした。

 

 

「ようやく行ったか。……まぁ、ゴブリン二体くらい討伐してよくやったみたいな感じで褒めてやればいいか……」

 

 

「自信つけろよ。お前それなりには出来るからさ」

 

 

 

◆◆

 

 

 戦場に焦げた匂いが充満している。炎の魔法やモンスターを火で焼いた匂いである。それが村の中まで匂っている。

 村の外にはゴブリンが百体ほどいて、村の大人とそこにダイヤと言う少年が混じって戦っている。魔法を行使して戦い、それを少し遠くから村を守護する大人、ウィルと同年代のある程度戦える子達が見ている。

 

 彼らが村の最後の砦なのだ。

 

 

 村の小さい子や女性は隠れている。しかし、メンメンだけはウィルを探して隠れずに外に出ていた。

 

 

「あ、あの、ウィルを知りませんか?」

「メンメン隠れてろ!」

「で、でもウィルが」

「ウィルならどっかにビビッて隠れてるんだろ」

 

 

 

 一人の青年がそう言った。そんなことはないと言いたい彼女であったが、言い返せなかった。

 

 だが、ふいにとある場所に眼が行った。ゴブリンとの戦いの本当に一番端、そこに見知った黒髪の男の子がいたのだ。

 

 

「ウィル!? なにやってるの!?」

 

 

 彼は弱かった、それを知っていた彼女は彼を呼び戻そうと声を上げた。しかし、それは届かなかった。彼女は村から飛びだして彼の元に急ぐ。

 

 

 ウィルにゴブリンと戦う力はないと知っていたから。現に遠めであるが彼が震えているのが見えた。彼が臆病であることもあがり症である事も知っている。彼を放っては置けなかった。

 

 

 戦場の中、その端にウィルは居た。震える体を抑えて剣を抜く。

 

 

(落ち着け落ち着け、まずは落ち着け!!)

 

 

 

 緑色の異形の塊、手足の本数も生えている場所も同じだが顔つきが妙に気味が悪い。牙は鋭く、鼻が汚い。単純に気持ちが悪くて怖かったと彼は思う。

 

 

「ぐあぁあ!!」

「うわぁぁぁ!!!」

 

 

 

(あれ? 思ったより、遅い……?)

 

 

 

 咆哮に咆哮で返して斬った。最初にゴブリンの腕を剣で飛ばした。初めて戦場での血を見た。それは確かに驚きと気味の悪さがあった。しかし、もっと違和感を感じたのは自分だ。

 

 

(なんだ、これ?)

 

 

 体は緊張をしている、あがり症である事も自覚して、今も体が思ったよりも動かない。

 

――そう、思ったより動かなくてこれなのかと彼は驚愕をした。

 

 

「……本当に出来るのか?」

 

 

 彼の言葉に応えるように廃れた、刃こぼれをした剣が太陽の光に反射して一瞬だけ光った。

 

 

「首を斬れば……」

 

 

 首を斬った、それで終わった。ウィルは初めてモンスターを討伐したのだ。

 

 

 筋力的にも総合的も彼は以前よりも強くなった。唯一、欠点があったとすれば勇者以外との戦闘をしていなかったので、初めての恐怖があったという事だけだ。

 

 

 しかし、それも今、この瞬間彼は知った。恐怖を知った。そして、悟った。

 

 

(――勇者ダンより、全然遅い……)

 

 

 当然の結論の帰結。魔王すら片手でワンパンする男が手加減をしていたとはいえ一か月、教え込んだのだ。ゴブリン程度、どうとでもなる。

 

 

(落ち着け落ち着け、思い出せ。僕は誰に剣を習った? 誰から教えを受けた?)

 

 

(勇者ダンだろ……!! なら、この程度の敵なんて!)

 

 

(戦場を翔けろ。魅せろ。あの人に……)

 

 

(僕が後継者になるって!!!!)

 

 

 

 彼は走った、その時、目の端に鉄仮面を被った男の姿が見えた。まるでもっと高みに行けるはずだと分かっているかのように、傍観していた。ウィルは見ていてくださいと思い、彼は再び剣を振る。

 

 

「ダイヤか?」

 

 

 戦う大人の誰かがそう言った。ゴブリンを斬る姿に村で一番強い青年を幻想したのだ。しかし、そこにはダイヤではなく、未だ、緊張した表情でゴブリンを斬るウィルが居たのだ。

 

 

「大丈夫だ、行ける、僕は行ける。行ける行ける行ける、斬れキれキレ、斬れ。魅せろ魅せろ」

 

 

 

 ぶつぶつ独り言を吐きながら緊張を常に表に出しながら彼は戦っていた。その剣技にダイヤは、村一番の才溢れる青年は眼を疑った。

 

 

「誰だよ、お前……?」

 

 

 その疑問に誰も答えない。ダイヤに振り向きも意識もせず、ウィルは走り続ける。

 

 

「はぁはぁはぁ……まだいけるまだいけるまだいける……まだ?」

 

 

 気付いたらもう、モンスターは居なかった。ウィルの白の服は真っ赤に染まっていて、彼は十二体のゴブリンを斬っていた。

 

 

 唖然とする空気が流れた、遠くで見守る者も狐につままれたようにウィルを見ていた。

 

 彼を呼び戻そうと村から飛び出したメンメンも口をあんぐり開けて、棒立ちしていた。この後、何がどうなったのかと色々問い詰めてやろうと彼女は思った。

 

 もう、全て終わったわけなのだからと思ったその時、彼女の足元からゴブリンが沸いた。死んだふりをして人が来るのを待っていたのだ。

 

 

「炎の使途よ・鮮血に――」

 

 

 村一番の青年が魔法の詠唱を始める。間に合うのか分からない距離と、メンメンが襲われるまでの時間。誰も間に合わない、弓矢ですらもう、構えて引いて打つまで時間がかかる。

 

 

 それをウィルも見ていた。幼馴染が食われそうな瞬間を――

 

 

――その時、彼の中で記憶が弾けた。

 

 嘗てウィルの読んだ英雄譚にはこう綴られていた。勇者ダンは魔法が全く使えない時期があった。そんな時、手の届かない人を救うため、彼が使った一つの秘儀がある。

 

 弓矢も持ち合わせていない彼が遠くの人を救った、その方法は――

 

 

 

「――投剣(オーバーフロー)

 

 

 小声で呟いて、(ウィル)が誰よりも先に剣を投げた。そして、手を届かせた。

 

 先ほどまでウィルは緊張をしていた。ぶつぶつ小言を吐いて、不安を出して自身の平静を保っていたのだ。ゴブリンを十二体斬った時も切り終えた時もずっと体は本来の力を出していなかった。

 

 

 しかし、今、誰かが襲われる瞬間、彼の中の正義が緊張や不安、恐怖、混乱。それら全てを追い越した。最早息をするように彼は手を伸ばしていたのだ。

 

 

 ――グシャ

 

 

 ゴブリンの顔に剣が刺さった。鈍い音がして血が舞った、メンメンの顔や服に血がかかる。その時、メンメンはウィルの顔を見てまたしても唖然とした。

 

 

 全てがそがれた一瞬の煌めきの表情とでもいうべきか。今まで一度も見た事のない幼馴染の顔だった。

 

 

 誰もが信じられないモノを見たような顔つきになる。ウィルは自身の見た、読んだ、感じた勇者ダンの存在から彼は救いを勝ち取った。

 

 所詮真似事と言えばそうかもしれない。だが、それは俗にいう、英雄譚の一片に彼らは見えてしまったのだろう。

 

 

「あ、あれ? 僕……」

「ウィル! ウィル! 凄い凄い! ありがとう!!」

 

 

 メンメンが走ってきて彼に駆け寄る、ウィルも彼女も血まみれだ。そして、周りは彼の飛躍に百面相をした。

 

「おいおい、ウィルか?」

「嘘だろ」

「あり得ない……」

「最後の投げた剣、あれなんだよ!?」

 

「おおおおおお!!!! やるじゃねぇか!!」

「見直したぞ!!」

「なんだよ、あんな奴が!!」

 

 

感激する者、驚愕する者、畏怖する者、そして嫉妬する者。様々だった、辺り一面に広がる声がウィルを包む。

 

しかし、(ウィル)にはその声による音は一切聞こえていなかった。

 

 

ウィルがとある場所にいる鉄仮面の男を見る、反対に鉄仮面の男もウィルを見ていた。勇者は何も言わない。ただ、彼を見ているだけだ。

 

 

しかし、それだけなのに、ウィルにはこの世界に自分と彼しかいないような不思議な感覚を覚えてしまった。

 

 

何も言わないし、ジェスチャーもない。それでも勇者が自身を褒めてくれていることは何となく分かった。そして、それを感じたことを悟ったのか、勇者は背を向けてどこかへ歩いて行った。

 

 

(もしかして……もう会えない!?)

 

 

 咄嗟にそんな事を思った、何処かに行ってしまう勇者に対して永遠の別れのように感じてしまった。

 

 

 メンメンや村の大人達を避けて、彼は走る。走って走って、誰も見えなくなった時、勇者の背に彼は追いついた。肩で息をしてウィルは止まる、呼応するように勇者の足も止まった。

 

 

「あ、あの」

「よくやった」

「――ッ」

「計算通りだがな……言ったはずだ。俺が見込んだとな」

 

 

 ――勇者ダンに初めて褒められた。

 

 彼は笑いながら泣いて、拳を握った。

 

「あ、あのこれからも教えて貰えるんですよね?」

「当然だろ。だが、今日は休め」

「は、はい!」

「……それとそうだな。何か褒美をやる。何が欲しい?」

「えっと……な、七日に一回の訓練を――」

「――それは無理だ。他のにしろ」

「で、でしたらこの剣、ももも、貰ってもいいですか!?」

「良いだろう。勝手に使え」

「は、はい! ありがとうございます! あ、あと僕勇者様のこと、疑ってしまってて……」

「ほう、俺を疑うか……。まるで神を疑う信教者のようだな」

「で、ですよね! 本当にすいませんでした、これからお願いします!」

「あぁ、分かった」

 

 

 ウィルが頭を下げると勇者はまた歩いて去って行った。ここから彼とウィルの物語は本当に始まったのかもしれない。

 

 

◆◆

 

 

 いやー、思ったよりウィルが凄いんだが……。あ、あれ? 一、二体討伐して、よくやったな? これからも頑張ろうなくらいに考えたのに……十三体討伐しちゃったよ。

 

 しかもアイツあがり症だろ?

 

 後半どうした? 最高にイキってなかった? 最後の投げる奴、なにあれ? 誰に習ったの?

 

 凄い良い感じに戦績伸ばしていったからさ。俺の出番無かったし、本当はどっかで参戦してサポートしてやるかと考えたけどそれも必要なかったな。

 

 

 あとウィルに渡したあの剣も別に俺のじゃないしな。骨董品屋で買ってそれっぽく加工しただけなんだ。だって、本物の始まりの剣は父にあげちゃったし。プロ野球選手も最初のボールは恩師にあげるとか言うからさ。

 

 だから、あれ、始まりの剣じゃないんだよね。敢えて石に叩きつけて刃こぼれさせたり、グリップ巻いて、数回素振りして削った偽物。ウィルは俺のファンらしいからあげたらやる気でるかなって思っただけなんだよね……。

 

「あ、あの」

 

 色々考えたらウィルが追いついて来た。

 

「よくやった」

「――ッ」

「計算通りだがな……言ったはずだ。俺が見込んだとな」

 

 ウィルの活躍は全然予想通りじゃないし、思った以上に凄かったけど全部分かってました感だそう……。

 

 

 やっぱり師匠として尊敬されておかないといけないからさ。最初はノリで、最近もノリだったけどずっと才能あるって言っちゃたしね。俺様キャラだし、いや予想よりすごかったって言うのも……無理だな。

 

 

 まぁ、後はまだまだ調子に乗るなよ。図に乗るな、これからだという意味合いも込めて、予想通りだったという事にしておこう。

 

 でも、大したもんだよ。褒美に願いを叶えてやろう。

 

 

「……それとそうだな。何か褒美をやる。何が欲しい?」

「えっと……な、七日に一回の訓練を――」

「――それは無理だ。他のにしろ」

 

 それは俺の力を大幅に超えた願いだ、諦めろ。お前以外にも声はかけているからね。ダメだね。

 

 

 え? 剣が欲しい。あげるあげる、別にいらないし、あと俺中古品好きじゃないんだよね、誰が使ったか分からないし。汚そう。

 

 

「うわぁぁ、これが始まりの剣。改めてみると年季入ってるなぁ……舐めたりしても良いかな……」

「やめろ」

 

 

 どんなおっさんが使ってたのかも分からないからやめておけ。

 




カクヨムさんにもこの作品投稿してみたので応援お願います!!


https://kakuyomu.jp/works/16817139555513966478


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7話 清楚な候補

 あの光景が焼き付いている。ゴブリンを斬った時、血が己にかかった時、なによりあの剣を全力で放った時。

 

 剣を投げた時、彼は文字通り全力だった。余計な思考もしがらみも無かった。ただ助けたかった。

 

 

 彼は、ウィルには本当に誰かを助けようとした時、自身の全力を出すことが出来る力が備わっていた。力と言うより、性質に近しいものだが……しかし、それに彼は気付いていない。

 

 ただ茫然とあの時の自分に驚くだけだった。

 

 

「ウィルどうして急に剣が使えるようになったの」

「ど、どうしてかな?」

 

 

 幼馴染のメンメンにそう聞かれたが彼としては惚けるしかなかった。なぜなら勇者にそう言われているからだ。

 

 

『俺との関係は誰にも言ってはならない。俺から剣を習ったと言ってもならない。お前は我流、我流剣術家のウィルだ』

『は、はい!』

 

 

(勇者ダンにはそう言われた、きっと抑止力的な意味合いもある……。もし、呪いによって弱っているとバレたら……彼の抑えていた悪意が目覚める……)

 

 

(タイムリミットは十年……。この間言っていた、十年待つって……だからきっとそういうことなんだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 先日、勇者ダンは適当に自信を付けるためにそれっぽく言った、十年ウィルの修行に付き合うという文言。それを彼は勇者として輝ける年数だと解釈した。

 

 

「ウィル?」

「え、えっと我流なんだ!」

「うっそぉ!? 我流!? 凄いね!」

「あ、うん」

 

 

(本当は勇者様のおかげなのに……)

 

 

 ちょっとだけ、モヤモヤした。そして、彼は彼女の元を離れて、二人で訓練をする場所に向かった。そして彼から貰った始まりの剣を鞘から抜いてそれを振り続けた。

 

 

(伝説ではこの剣で幾度も死期を退けて来たって……確かに何というか剣に重みがあるような、歴史があるような気がする。どことなく使い込まれた剣にも見えるし…‥)

 

 

(僕はこれからどうしよう……。勇者ダンのようにもっと強くなりたい……ならば、()()()になるしかない)

 

 

(勇者ダンは五歳から冒険者になっていたらしい。でも、今の冒険者は制度が変わって、十六歳になる年からしか冒険者にはなれない、さらにそこから試験が必要……)

 

 

(昔は誰でも冒険者登録できたし、試験もなかった。でも、勇者ダンがあまりに有名になり過ぎて彼のようになりたい者が冒険者ギルドに殺到。人の数を把握できなくなったギルドは渋々人数制限と試験制を採用せざるを得なくなったとか)

 

 

 試験に自身が合格できるのか、彼には分からなかった。しかし、再び勇者ダンの背中が浮かぶ。

 

「冒険者か……うん、決めた。僕は冒険者になる」

 

 ――ウィルは空に始まりの剣を掲げた。彼の意志に反応するように剣が夕日に反射して光った。

 

 

 

 そして、丁度同時刻、ユージンと勇者ダンが訓練をするために集まっていた。勇者ダンがユージンに一本の剣を手渡す、赤のグリップに刃こぼれをした鉄の剣だ。

 

 

 

「ほう、これが始まりの剣か」

「そうだ、使って見ろ」

「なるほどな……確かに重みがある、それもかなり使い込まれているな」

「……そうだな」

 

 

 

 鞘から抜いてユージンは振り心地を確かめる。そして、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

「そうか、これがあの伝説の……」

 

 ユージンはいつもの強面の顔から僅かに笑みを溢した。彼も生意気な口を聞くが勇者ダンの事は尊敬をしている。ウィルとは別の側面を見ているがそれでも評価が高い事は同じだ。

 

 そんな彼から彼の始まりを渡された時の嬉しさはかなりのものであった。

 

「よし、試し切りだ。お前も剣を抜け」

「……あぁ」

 

 

 ダンは木剣を構える。ユージン程度はこれで十分という事なのだろう。それに若干眉を顰めるユージンであったがすぐさま、剣を振る。

 

 かつんと、剣と剣が交差する。ユージンは鉄の剣を振り下ろす。勇者は軽く木剣が折れない程度に保護の魔法をかけているので容易く受け止める。

 

 

「お前はこれからどうするつもりだ」

「俺は……冒険者になる」

「騎士育成校はどうする」

「籍だけ置いておく、それで十分だ」

 

 

 通常、貴族は騎士育成校に通うのが伝統になっていた。稀に平民も通うが貴族が多いので白い眼で見られるほどに貴族が通う事が多かった。

 

 そして、嘗ては冒険者とは誰でもなれる職業。

 

 反対に騎士は学校に通った選ばれしものだけがなれるエリート職業と上下の関係があった。騎士の一部は誰でもなれる冒険者を下に見る者が居た。

 

 しかし、これも勇者ダンの影響で大きな変革があった。冒険者上がりの少年が英雄、更には誰にも成し遂げない偉業を行ってしまったせいで、一部の貴族の者は騎士の学校に通い、卒業をして騎士になるよりも、誰でも簡単になれる冒険者に成りたいと考える者が多くなった。

 

 大幅に騎士育成校から冒険者に人数が流れそうになったのを止めるために、先ず王国は冒険者に人数制限と試験を実施させ、更には定期的に勇者を騎士育成校で演説をさせた。

 

 幸い、元勇者メンバーであり、貴族剣士であるサクラがこの騎士育成校に一時期通っていたこともあって、今では騎士育成校と冒険者は対等の関係にまでなった。

 

『お願い、勇者君、ちょっと僕の母校で……』

『なぜ俺が……』

『そこのところをお願い!』

『……俺の演説を聞きたいという気持ちは分からなくもないが』

『ありがとう勇者君!』

 

 勇者の性格的にあまり誰かと仲良くしたりする訳でもないので、コネのあるサクラが毎回勇者にお願いをしていたという過去がある。

 

 

 

「籍だけ置くのか」

「あぁ、家が五月蠅いからな」

「そうか」

 

 

 貴族は未だに騎士育成校に通うべきという風潮がある。それは勇者が定期的に演説をするので立場的に以前よりも強くなった事により戻りつつある風潮とも言える。

 

 

「だが、俺は冒険者になる。以前言ったはずだ。勇者を超えるとな。だから同じ場所から見てやることにした、お前が一体どんな景色を見て来たのか」

「そうか。そこに関しては特に俺は言う事はない」

 

 

 そう言って勇者は剣を振る。軽く振っただけなのにユージンの剣は宙を舞っていた。

 

 

「っち、道具を変えた程度では何も変わらないか」

「当然だ。その剣は俺が使っていたらこそ強かったんだ」

「くそ……もう一度だ」

 

 

 諦めず、剣を拾ってユージンは走り出す、夕日に照らされながら彼らは再び剣を交差させた。

 

 

◆◆

 

 

 昨日はユージンに始まりの剣を上げた。中古骨董品屋で買った奴だが、やる気に満ち溢れているようで良かった。なんだかんだ、俺のこと尊敬してる感あったからな。

 

 ――ウィルの時と同じで剣は偽物だけどさ、モチベ上がればなんでもいい。

 

 さて、今の俺はとある辺境にあるお屋敷の前に来ている。ここは王都からかなり離れた場所で田舎である。まぁ、元現代人からすればどこも田舎みたいなものだけどね。

 

 しかし、ここは本当に田舎なのだ。山々とかによって囲まれている、人はあんまり住んでないらしい。そして、森林に囲まれている場所にとある貴族の邸宅が建てられている。

 

 

 ここに後継者候補のお嬢様が住んでいる。清楚で本当に良い子なのだ、正にお嬢様って感じの女の子。

 

 

 年齢はウィル達と同じ15歳。大きな二階建ての邸宅の一室、窓のベランダにいきなり俺は飛んだ。

 

 

「ダン様。お待ちしておりましたわ。ささ、中にお入りになってくださいまし」

「……それより訓練を」

「先にお茶にいたしましょう」

 

 

 彼女の名前はキャンディス・エレメンタール。愛称はキャンディらしい。

 

 明るい茶髪の髪、オレンジに近いかもしれない。眼も同じく明るい茶色。髪は肩ほどまでに伸びて、スタイルも良い。顔つきも優しそうで昔パーティーメンバーに居たら惚れてたかもしれないって思う程だ。

 

 ただ、それは昔の話。今は後継者候補としてしか見えていない。なぜなら彼女の才能はそれほどまでに大きかったのだから。

 

 

 彼女のメイン戦闘は格闘、剣も使うが、何より拳と足による攻撃速度は候補の中でも最も早い。正統な勇者としての能力を持っていると思われ、更には古参勇者の血筋であるアルフレッドよりも身体的能力は高い。

 

 

 彼女の部屋は綺麗な普通の部屋だった。ソファとかおいてあって、両親と思われる絵が置いてあったり、本が並べられていたりしている。

 

 ソファに座ると彼女は紅茶を俺に注いでくれた。カップに入った紅茶を一口飲んだ。味覚えてないけど、前世の企業が作った正午のお茶の方が美味かった。

 

 

「いかがでしょう」

「それなりだな」

「あら、でしたら次にダン様がいらっしゃるまでもっと腕を磨いておきますわ」

「……それより、早く家を出るぞ。時間がもったいない」

「申し訳ありません。ダン様とのお茶はわたくしの楽しみでして……つい本来の目的を忘れてしまいましたわ。では、参りましょう」

 

 

 俺と彼女は窓から家を飛び出した。近くの森の中、そこには丁度草木が生い茂っていない広場のような場所がある。

 

 

「よし、ではかかってこい」

「はい。では……」

 

 

 

 彼女は右手の平をこちらに向けて、左手は拳を握り、引くように構える。そして弓を引いて放つように左手で殴りかかってきた。

 

 速いな。ウィルとユージンならこれでノックアウトだろうな。右手で受け止める……と思ったのだが、彼女は俺が掴む前に既に左手を引いていた。掴み損ねた左手から、今度は右手に流れるように力を加えて殴ってくる。

 

 速いけど、左手で弾けるな。いや、しかし本当に速い。

 

 この時点でウィルとユージンは二回死んでいるだろうな。流石は俺が純粋に後継者として声をかけた一人だ。

 

「流石ですわ……ダン様」

「当たり前だ、この程度どうと言う事はない」

「ですわよね」

 

 

 彼女は股関節が非常に柔らかい、足蹴りで俺の顔面付近まで一瞬で右足を持ってくる。確かに速い、これでウィルとユージンは三回死んだな。

 

 しかし、俺は勇者。少しは明確な差を彼女に見せてやろうと思い、それを一本指で止めてやった。

 

 

「――まぁまぁまぁ、まだまだダン様とは差がありますわね」

「地と月ほどにな」

「否定できないのが悔しいですわね」

 

 

 彼女はさらにそこから左足で飛んでそのまま頭をもう一度狙う。その蹴りは避けて、右手で背中を押した。

 

「あぐ」

 

 

 変な声を出しながら彼女は一メートルほど吹っ飛ぶ。そして、背中を軽くさすって最初と同じ構えを向けた。

 

 

「まだまだ、これからですわ。貴方を超えたいんですの」

「お前にはまだ早い」

 

 

 

 こうして、訓練を重ねて一日過ごした。やはり才能が凄まじいと思わざるを得ない。一緒に旅をした仲間に格闘家のカグヤと言う女性メンバーがいたが、恐らく彼女以上だろう。

 

 しかも、なにより礼儀正しい良い子、ウィルもそうだが礼儀が正しい子は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 わたくしは生まれた時から世界一幸福であり、同時に世界一不幸な子であった。

 

 生まれは裕福な貴族、欲しいものは何でも手に入った。顔も美しければ声も美しい、体も麗しい。戦闘センス、魔力量、全部が他者の遥か上を行った。

 

 小さい時から傲慢であったと自覚している、美しいものは自分が決める。周りが美しいと言った物が美しいのではなく、自身が美しいと思ったものが美しいのである。

 

 本気で今でもそう思っている。自分が一番、欲しいもの何もかも手に入る自分が世界で一番偉い。

 

 でも、そうではなかった。わたくしにも手に入らないものがあった。

 

 それが勇者ダンだった。初めて彼を見たのはとある式典、王都の道を勇者パーティーが凱旋し、それを皆が讃える。

 

 その姿、今でも忘れない。輝いていた。それに研ぎ澄まされていたとすぐに分かった。今まで見たどんな宝石よりも、黄金よりも煌めていた。釘付けになった。

 

 あれが(勇者ダン)欲しい。

 

『どうやったら、勇者ダンが手に入るの!?』

『キャンディ……勇者ダンは誰のものでもないんだ』

『欲しい欲しい! 勇者ダンが欲しい!!』

 

 父に駄々をこねた。小さい時のわたくしは口も悪く、我儘で誰にでも噛みついた。両親に我儘を言った。

 

でも、勇者ダンは手に入らなかった。それだけはどれだけ欲しくても欲しくても、与えられない。誰も掴みとれない。

 

腹が立った。だから、代わりに勇者の絵画と本を只管集めた。この部屋の地下にそれが置いてある。

 

でも、そんなものを集めても、所詮絵であった。絵画で満足は出来なかった。本でも満足できなかった。どれだけ彼を知っても満たされない、掴みとれない苛立ち。

 

 

出身地も分からない。追えば追う程、分からない。

 

 

だから、諦めもあった。でも、そんな時……奇跡が起きた。王都に買い物に出掛けた時、平民から鞄を盗む盗人を取り押さえたのだ。

 

『全く。詰まらない事を……』

『おい、お前』

『なんですの? わたくし、に、むか……って』

 

 

鉄仮面を被った男、ずっと見てきた、誰よりもわたくしはその方を知っている。勇者ダンがそこにいたのだ。

 

そして、言われた後継者を探していると。

 

 

わたくしは……それを二つ返事で承諾したのだ。

 

 

 

「お嬢様。勇者ダンはどこにいかれたのですか?」

「今日は帰られましたわ」

「そうですか。それにしても宜しかったのですか? 使用人である私に秘密にしろと言われた後継者について話してしまって」

「流石にバレませんわ。それにクロコ、貴方だけにはわたくしの考えを理解してほしいですし」

 

 

 使用人のクロコがそこにいた。メイド服を着た彼女にわたくしは雄弁に語る。

 

 

「お嬢様は勇者ダンが欲しいのですね」

「えぇ、それはもう……頭が沸騰する位欲しいですわ。今まで異性は興味はありませんでしたがあの方は別です」

「嘗ての勇者パーティーの一部は勇者ダンが好きとか」

「それくらい知っていますわ。しかし、誰ともくっ付いていないというのはそう言う事でしょう? あの方は誰とも添い遂げようとはしなかった。まぁ、抑止力的意味もあるのでしょうが」

「お嬢様はどうやって、勇者ダンを捕まえるおつもりで?」

「先ずは聖剣を奪う、そこでようやくイーブンですわ」

「イーブン、ですか? 勝ちではなく?」

「偶に勘違いをしている方がいますわ。聖剣を使うから強いのではなく、勇者ダンがあの聖剣を使うから最強の先にずっと居るんですの。まずは聖剣を奪う、それが最低条件」

「なるほど」

「しかし、素の状態での強さも圧倒的……今の所、勝ち筋がありませんわ」

「勇者を継ぐという約束はどうなさるおつもりで?」

「それも一応は継ぎますわ。継がないと聖剣が奪えませんもの。わたくしは勇者と言う立場にさほど興味はありませんが……勇者ダンを手に入れるためならなんでもしますわ」

「なんでも……あの、何でもと言って本当に何でもしないでくださいね? お嬢様は以前に、勇者ダンの悪口を言った貴族を角材で殴り飛ばすという奇行をしています。あれ、本当に後処理が大変でして……」

「えぇ、これからも宜しくですわ」

 

 

 ニッコリとメイドのクロコにわたくしは笑いかける。メイドは顔を青くしてこめかみを抑えた。

 

 

「勇者ダンからお嬢様に告白でもしてくれれば何も問題ないのですが」

「それは期待薄ですわね。わたくしも一応は女性らしく丁寧に接していますが、彼はあくまで世界平和しか考えていないのでしょう」

「なので、力ずくで勇者を手に入れると?」

「えぇ、それしかないでしょう? 勇者になってあの方に戦いを挑んで、倒してゲットですわ」

「……今は猫を被って機会をうかがうという事なのですね?」

「そういうことですわ。今は無理ですから、七日に一回会うだけで我慢していますわ」

 

 

 勇者ダン……それがわたくしのモノになると考えるだけで体が震える。何年も狂ったように想い続けた甲斐があった。もう、何年も欲しい欲しいと願ったのだから、あと数年は我慢できる。

 

 そして、わたくしがあの方より強くなった時は……

 

 ニヤニヤしながら未来を願う。

 

 

 




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8話 筆記試験

 ウィルと訓練を始めてから三か月が経とうとしていた。彼はメキメキ強くなっているが正直、七人の候補の中では未だ最弱である。これは最初から分かっていたことだ。しかし、強さは思ったより伸びているのは事実なので……ちょっと驚いている所もある。

 

 ゴブリンの時の戦闘を見て、意外と土壇場に強い王道的な個性なのか、どうなのかは分からないが……いずれにしても俺は全て分かっていた感を出すことに決めている。

 

 さて、今日もウィルの訓練と言いたい所なのだがまさかの今日は休みである。更に次の日のユージンの訓練も休みだ。何故かと言うと冒険者登録試験があるからだという。

 

 一泊二日で行われる試験日と二人の七日の一回の訓練が重なってしまった。こればっかりは仕方ないよね。

 

 と思いながら休日をどうするべきか俺は考えた。

 

 そこで俺はあることを思う。勇者として引退をした後はどうするべきなのだろうかと。

 

 今までの魔王討伐資産でニート? いやいや、もうご老体に入る両親が働いているのに息子の俺がニートって考えられない。それにこの世界にはサブスクとかスマホとかWi-Fiが存在しない。

 

 一日中どうやって過ごせば良いのだろうか? 暇すぎて死ぬ。

 

 という事はある程度の職業についてこの世界に置いての普通の生活とかをする方向になるのではないだろうか。

 

 勇者として生活するよりはずっといいだろうし、この方向性で考えよう。うーむ、だとすると冒険者登録をしておいて身分証を新たに発行しておくのも良い手かもしれない。

 

 冒険者になること、つまりはギルドと言う冒険者を纏める組合に冒険者として登録をされるという事だ。

 

 以前までとは違い、冒険者になるには試験が必要でありこれに受かった者はかなりの優秀な存在として重宝されるらしい。ようは簿記一級みたいなもんだろう。

 

 ふーむ、ウィルとユージンが試験一緒だし二人の絡みも気になる……。丁度いい、鉄仮面取って俺も試験受けるか。

 

 今までバレたことないからバレるわけないわ。何年も旅している仲間ですら気付かないんだもん。後はオーラも普段と変わるしね。

 

 口調も変えておくか……僕はダン、よろしくー。こんな感じの好青年で、名前はそのままだと不味いからダンではなく、『バン』にしよう。

 

 

 

 弟子の監視も出来るし、一石二鳥とはこのことだ。俺は試験に行くことを決心した。

 

 

◆◆

 

 

 ウィルは震えながらポポの町と言う場所を歩いていた。動きがロボットのようにカクカクしており、上がり症で既に思考が混乱している。

 

(ここ、ここで冒険者登録試験が……えっとどうすれば!? 先ずは受付!?)

 

 彼の前方には立派な二階建ての大きな建物がある。ウィルはそれが冒険者を取り仕切る冒険者ギルドであることに気付いた。

 

「あ、あそこかな?」

 

 さらにはギルドの前に大きな銅像がある事にも気付き、目が釘付けになる。鉄仮面を被り、顔は見えないが剣を掲げている英雄の象。勇者ダンの姿の彫刻がそこにはあった。

 

 当然だ、なぜならこの町は勇者ダンが初めてギルド登録をした場所であるのだから。

 

 

「う、うわぁぁ! ゆ、勇者ダンの像……」

「……」

 

 

 ウィルが銅像を見上げる。しかし、それに夢中で気付かなかった、彼の隣にはもう一人その像を見上げている存在が居ることに。

 

「凄いな、これが勇者の像。僕もいつか……勇者に成ったらこんな銅像が――」

「――それは無理だな」

 

 

 鋭いナイフで刺すような声がウィルの耳に響いた。全てを見下すような物言いに一瞬だけ、勇者ダンの存在を浮かべる。しかし、声をした方向を見ると当たり前だが勇者は居ない。

 

 代わりにそこには一人の同年代の少年がいた。金色の髪が綺麗であるなと言う印象、そして彼の眼もサファイアのように綺麗であったが強い意志を感じさせる目つきにウィルはたじろいだ。

 

 

「勇者になるのはこの俺だ。お前ではない」

「え、えっと……」

「ふん、分不相応な夢は身を亡ぼす。覚えておけ」

 

 

 

 それだけ言って、少年(ユージン)はギルドの中に入って行った。話しかけてきたあの少年が誰だかは分からないが、自分と同じで試験を受けるのだという事は確信した。

 

 

(……そう言えばダイヤも来てるんだっけ。あんな凄そうな人もいるし……やっぱり僕なんかじゃ……)

 

 

 ウィルは先ほど話しかけてきた少年が自身と格が違うような気がした。纏っているオーラも物言いも、自分とは違う。自分がここにきてあんな大物たちと競って勝てるのかと疑問がわく。

 

(いけないいけない、僕は勇者ダンに剣を習ったんだ……大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫)

 

 

「いやー、これが勇者の像か。思ったより足短いんだね」

「え!?」

 

 

 ビクッと体が震えた。なぜか、気づいたらまた違う人が自身の隣にいたからだ。自身と同じ黒髪、ツンツンヘアーの青年のようにウィルには見えた。背は自身より頭一つ程高い。

 

 服装は白服、下は黒ズボン、服装もウィルと彼は一緒だった。

 

 

「あ、どうも」

「あ、は、初めまして!!」

「君もここの試験受けに来たの?」

「そそそ、そうです!! あ、あ、ああなたも!?」

「そうそう。それと君ちょっと落ち着こうか」

「は、はい!」

 

 

 フツメンの青年は柔らかい口調でウィルに話しかけた。言われた通りにウィルは深呼吸をして呼吸を整える。

 

「名前は何て言うの? ちなみに僕はバンね」

「あ、僕はウィルです!」

「そっか、よろしく、互いに頑張ろうか」

「は、はい! ありがとうございます!」

「なんだか、ウィルを見たから安心したよ」

「な、何がですか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「バンさんも緊張をしてるんですか?」

「当たり前さ。もっと言うときっと今日試験受ける全員してる。皆虚勢張ってるだけさ」

「き、緊張してるようには見えないのですが」

「虚勢だけ張ろうと思ってね。まぁ、緊張は消えないからさ、この状況で結果出すしかないよね」

「た、たしかに」

「この像の勇者もきっとそうだったんだろうね。おっと話しすぎた、またね」

 

 

 軽く手を振ってバンと名乗った青年は中に入って行った。

 

 

(失礼かもだけど、あんな普通な感じの人も居るんだ……。緊張してるのはみんな一緒だ。よ、よし、僕も頑張ろう)

 

 

 ギルドに入って行くときに、バンは誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

「全く、お前が一番手がかかるよ」

 

 

 

◆◆

 

 

 さて、バンとしてウィルを元気づけた後、ギルドで受付をすると広い別室に俺は案内された。前世の大学の大教室みたいな場所だ。

 

 席も沢山あるけど、既に指定されているので座って待つ。前に金髪ヘッドが見えるけど、あれはユージンだな。それで斜め前で深呼吸をしてるのがウィルね。

 

 今日筆記試験だよ? そんなに緊張してどうするのよ。

 

 

 冒険者登録試験は筆記試験、実技試験、面接の順に行われるらしい。筆記試験は常識問題多めだったりすると昨日ギルド勤務の父親から聞いたので大丈夫だと思っている。

 

 

 席にはペンとテスト用紙が裏返して置いてある。学生の頃を思い出して懐かしい気分である。膝に手を置いて待っていると試験官と思われる黒スーツの男性が現れた。

 

 かなり年取っているおじさんだ。

 

 あれ? あのおじさん、どっかで見覚えがある

 

 

「初めまして。この町のギルドマスターをしている。トールだ。私が試験監督を行う。まずは他人の答案を見ることは当然禁止だ。怪しい行為は直ぐにつまみ出すからそのつもりで」

 

 

 まぁ、当然だよな。そう思っていると周りがざわざわ騒がしい。

 

 

「お、おい」

「勇者ダンをギルドに入れたのってあの、ギルマスなんだろ」

「伝説の語り部、トールだ」

 

 

 あー、そう言えば居たな。五歳の時だからあんまり覚えてないけど、あの人に頼んだわ。

 

 

「諸君。このギルドはあの勇者ダンを生み出した名誉あるギルドだ。そして、私がその登録処理を行った。私には最初から分かっていた。この小さな少年が世界を背負う程になるとな」

 

「「「「おおー」」」」

 

 

 この下り居る? あのおっさん、それっぽいこと言いたいだけだろ。だって、昔の記憶だけど、俺が登録したいって言ったらつまみ出そうとしてたぞ。しかも何も知らんみたいなあほな顔して鼻ほじってたし。

 

 

 ウィルも感心して聞いてるし、やっぱりチョロいな。アイツ……いや、でも一生ピュアで居てくれた方が勇者になっても永遠にやってくれるかもしれない。

 

 ウィルは一生馬鹿で居てくれ。

 

 

「次なる勇者のような大物の誕生を期待する……、では試験はじめ!」

 

 

 そう大声で言うと、全員が紙を裏返した。うわぁ、この全員で紙を裏返す音懐かしい。ちょっと苦手だったな。この音。

 

 

 さて、切り替えて問題解くか……。えっと、絵画のモンスターの特徴の内、間違っている物を選べ。

 

 

 意外と簡単だな。これはウィルもユージンも楽々筆記は突破だろう。そう思って問題を解いて行くと、最後の二問で俺はペンを止めた。

 

 

Q勇者ダンが魔王サタンを討伐したときの気持ちを答えよ

 

 

 その時、その問題を理解したとき俺は()()()()を思い出してしまった。

 

 俺が初めて討伐した魔王はサタンと言う名前だった。名前のまんまじゃんという感想を当時は抱いた。しかし、問題はそこではない。

 

 俺は魔王サタンを討伐したとき、達成感と興奮、そして俺が本当の意味で勇者になったと理解して……

 

――射精してしまった。

 

 

 いや、本当にびっくりするぐらいアドレナリンが出ていた。本当に興奮してたのだ。だって魔王を討伐したんだぞ? 興奮して気持ちよくなって射精しちゃうだろ!!

 

 当時は格闘家のカグヤはまだ加入していなかったので、リンとサクラだけだったのだが、ようやく魔王を討伐して喜ばしい雰囲気なのに俺は射精がバレたら死ぬと思って遠ざけた。

 

『来るな、呪いだ……呪いが俺にかけられた。だから、来るな』

 

 

 こういうしかなかった。魔王を討伐して、なんかイカ臭くない? とかリンに思われたら最悪だった。ついでにサクラにもだ。だから、適当に呪いと言って遠ざけるしかなかったのだ。

 

 あとで聖剣の力で呪い払ったと言ったけど、聖剣にそんな力はない。帰りの宿屋でリンとサクラは同じ部屋に泊まってたけど、実はアイツ射精したとか裏で言ってないか、不安だったんだよなぁ。

 

 これが不安でしょうがなかった、本当に不安だった。俺様系なのに、フツメンで魔王討伐したら射精するとか……手に負えないだろ。

 

 しかも13歳の時だし、まだまだこれからって時に

 

 もう、トラウマ以外の何でもない。最近まで忘れてたのに……思い出してしまった。

 

 はぁ。急に萎えて来たわ……

 

 

 この問題は適当に書こう。えっと、

 

Q勇者ダンが魔王サタンを討伐したときの気持ちを答えよ

A普通に嬉しかったです

 

 

 

 次は……

 

 

Q勇者ダンが孤独であるという見解について、それに反論、若しくは同意のどちらかを示し、その理由を鉄仮面と言う言葉を使い説明しなさい

 

 

「っち」

 

 

 おい、思わず舌打ちしたぞ。なんだこのクソ問題。俺に失礼過ぎるだろ。別に孤独じゃ……いや、孤独だな……。

 

 しかも鉄仮面って言葉を使って、ってなんだよ。意味わからん。これ常識問題なん?

 

 これ本当のこと言うと、元々フツメンだから気にして鉄仮面を被っていた。しかもパーティーメンバー全員顔が良くて、俺様キャラやっちまったけどフツメンだから、鉄仮面が取るに取れなくなった。

 

 以上の結論から勇者ダンはパーティーに置いてある意味では孤独な存在であるという結論になる。

 

 という答えになるけど……。これをそのまま書くわけにはいかない。

 

 

Q勇者ダンが孤独であるという見解について、それに反論、若しくは同意のどちらかを示し、その理由を鉄仮面と言う言葉を使い説明しなさい

A勇者は孤独である……理由は勇者パーティーで一人だけ鉄仮面を被っていると統一感がない不審者に見えるからである。

 

 

 この問題配点は十点らしいけど……多分五点いったな。というかこの問題についてこれ以上考えたくない。他の問題はあってるし、筆記は合格だろう。

 

 そう思って、俺は寝ることにした。

 

 

◆◆

 

 

 筆記試験が終了し、受験者たちの答案が集められた。ギルドでは答え合わせをして、合格者を既に選び終えていた。

 

 ギルド職員が五人ほど集まって、今回の入試について意見を交わしている。

 

「ギルマス、今年はどんな受験者たちがいるんですか?」

 

 一人の制服を着た男性職員が、とある男性に聞いた。勇者ダンを冒険者登録した伝説のギルド職員であり、ポポの町の冒険者ギルドにおいて今一番偉い男、トールである。

 

 

「今年は文字通り、豊作になるかもしれん」

「と言うと」

「この二人を見てくれ」

 

 

 そう言って、ギルドマスターのトールは二人の受験者のテスト出す。そこにはウィルと言う名前とユージンと言う名前が書かれた二枚のテスト用紙があった。

 

 五人ほど集まっていたギルド職員たちは示された答案を読む。

 

 

「特に私が注目したのは、この問いだ。勇者についての問題だ」

 

 

――ウィル

Q勇者ダンが魔王サタンを討伐したときの気持ちを答えよ

A先ず、彼が魔王を倒した時に感じたのは安堵であったと思う。彼の経歴を辿れば彼が如何に善の為に身を粉にしてきたことがわかる。善の為に今尚、生き続け、頂点に立ち、平和の抑止力としてあり続ける。恐らくだが小さい時から彼の精神は完成していたのだと思う。口調や言動も特に変わらず、必死に鍛錬を続け、ずっと魔王を倒す彼は誰よりも平和を小さい時から願っていたはず。平和を実現したとき、彼は何よりも平和になった世界に対して安堵を得たと思う。

 

――ユージン

Q勇者ダンが魔王サタンを討伐したときの気持ちを答えよ

A奴は飢え以外の何も思わなかった。奴は常に先を見ていた、そして知っていた、この世界はどこまで行っても暴力至上主義。力ある者が正義を決める世界。だからこそ奴はこの程度では足りないと力を得た。己が頂点に立ち、自身が正義を決める。それを見据えていたはずだ。魔王程度に手こずる自身に苛立ちを隠せなかったはずだ。奴の本当の敵は魔王ではなく、世界に潜む全ての悪意だったから。

 

 

「これは、中々尖った答えだな……特にユージンと言う少年は……どう思います? ギルマス」

「確かに尖った答えだ。しかし、一本の芯が通った答えでもある。そしてウィルと言う少年は勇者ダンと言う存在の事をよく理解している。私も初めて彼を見た時、この子は平和を何より考えていると思ったもんだ」

「「「おおー。流石ギルマス。既に見抜いていたのですね」」」

「まぁな、一方でこの問について論外の答えもある。彼、ミスターバンの答えだ」

 

 そう言ってギルドマスターのトールはもう一枚の紙を出す。そこにはバンという名前の青年の答えがあった。

 

 

――バン

 

Q勇者ダンが魔王サタンを討伐したときの気持ちを答えよ

A普通に嬉しかったです

 

 

「舐めてるのか?」

「やる気ないんだろ。それかサイコパス」

「しかも、嬉しかったですってなんだよ? まるで自分が討伐したみたいな言い回しだな頭大丈夫か? こいつ」

「しかし、この最後の勇者についての二問以外は全部正解してるぞ」

 

 

 やる気なく、たった一行だけ書かれている文言にそれぞれが見解を示す。そして、ギルマスのトールが自身の意見を述べ始める。

 

 

「確かに他の問題は全問正解。しかし、この青年、年は1()8()()らしいが、実にナンセンスな答えだ。勇者ダンと言う存在について理解をまるでしていない」

「世間知らずなんですかね」

「恐らくだがな。このウィルやユージンと言う二人の回答に比べてあまりに回答が陳腐過ぎる。私の長年のギルド職員としての勘、なにより勇者ダンの才能を見抜いた眼が雄弁に語っている。彼は大成する器ではない」

「まぁ、点数は取ってますし筆記は合格ですが……二人に比べると大分、見劣りしますね」

「今年はピンからキリまで差が激しいな」

 

 

 それぞれギルド職員が見解を述べた。バンは最後の二問は不正解だが他の問題は正解なので無事合格した。そして、ウィルとユージンも無事に筆記は合格した。

 

 

 




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9話 勇者の実力

 筆記試験が終わり、次は実技試験であるがそれは筆記の次の日である。なので筆記が終わり、その試験に合格をした者は宿屋で明日に備えて休むことになる。

 

 ウィルは筆記試験に合格をしたので飲食店で食事をとっていた。筆記試験に合格をしたことに喜ぶ彼であったがこれからの事を考えるとどこか緊張がぬぐえない。そんな彼の下に一人のツンツンヘアーの青年がやってくる。

 

 飲食店はカウンター席や丸テーブルの周りに三つほどの席などで構成されている。勇者ダンの鉄仮面フェイスの絵画、特殊な鉱石によって作られた常夜灯が置いてある。

 

「相席いい?」

「あ、バンさん! どうぞどうぞ」

 

 

 一人ぼっちでは寂しいような気もしていたので、丁度良いとバンという青年、もとい勇者ダンの相席を許可する。

 

 

「明日は実技試験だね、緊張してるでしょ」

「あ、もう疑問ではなく断定なんですね」

「だって、君は絶対緊張してるから」

「あはは……まぁ、そうですね」

「筆記試験は五十人しか受からなかった。更には明日の実技で半分以下の二十人になるらしいからね、まぁ緊張はするよね」

「え、えぇ、そうなんです。スーヤ山脈に行くって事は聞いてるんですけど……何をするのか不安です」

「それでも戦いながら頑張るしかないね」

 

 

 バンの落ち着いた笑い声と話し方にウィルは何だか不思議な感覚を覚えていた。

 

(この人……どこにでも居そうで勇者ダンみたいに特別な雰囲気はしない……彼とは真逆、のほほんとした感じだ。緊張してるって言ってたけど全然そんな感じしないなぁ)

 

 

(ある意味でぶれな過ぎるというか……そう言う意味では勇者ダンに似ているような似てないような、なんか自分で考えていて意味が分からなくなってきた……)

 

 

 試験の緊張はどこかに行ってしまったのか、代わりに眼の前の訳分らない不思議な存在に頭を悩ませていた。ローテンポのローテンションな間延びの話し方がどうにも心にひっかかった。

 

 

「気にするなって言っても君みたいなタイプは緊張するからね。これ以上は何も言わないよ。どうせ緊張で思ったように動けないだろしね、だから、いつも以下の動きでもやれるだけやりな」

「あ、ありがとうございます?」

 

 

(アドバイスしてくれる、優しい人なのはわかる。本当に不思議。この人、多分緊張はしてないんだろうなぁ。本当に色んな人が居るんだなぁ……あの目つきの悪い金髪の人も)

 

 

 ウィルが朝、勇者の銅像前で会った、金髪の目つきの悪い少年(ユージン)を思い出していると、そのタイミングで丁度大声が響いた。

 

 

「――なんだと!? この餓鬼!」

「俺は当然のことを言ったまでだ」

 

 

 飲食店が静まり返る。誰もが声のする方を見ると、ユージンが大柄で柄の悪い男性に絡まれていた。彼の周りにはその取り巻きが居て、全員で取り囲むようにユージンを睨む。

 

 

「お前達は見るに堪えない。消えろ」

「クソガキが」

 

 

(あの人、朝の銅像の人!? 何があったんだ!?)

 

 

 ユージンの胸倉を掴もうとする大柄の男だが次の瞬間その腕をユージンに握られ、握力で潰される。

 

 

「お前達ではこの程度だ。群れるだけで大きくなったと勘違いする雑魚どもは端っこで生きていろ」

「――っ」

 

 

 彼の握力で右腕を潰されかけ、痛みに悶える男性を睨みつけた後、彼は腕を離した。そして、金を店主に多めに払った。

 

「お金が多いです……」

「騒ぎの分だ、取っておけ」

 

 

 そう言ってユージンを睨みつける取り巻きに手を出させない剣幕のまま、ポケットに手を入れて彼は去って行った。

 

 

 

(何があったのか知らないけど……やっぱりあの人(ユージン)凄い)

 

 

 

 大柄の男とその取り巻き、そしてユージン、バン。あらゆる存在が交差する明日の試験に改めて彼は気を引き締めた。

 

「おい、あれどうしたんだ?」

「ほら、聞いたことあるだろ。何年もずっと試験受からないルータをあの大男とその取り巻きが馬鹿にしたんだよ」

「それであの金髪の餓鬼がきれたのか?」

「気に食わないって言って、お前たちが他者を踏むなら俺も踏むって」

「ほぇ」

「毎回ルータは筆記までは受かるんだけどなぁ。そっからダメなんだよ」

「ルータは今年で何回目の受験なんだ?」

「今年で十回目らしい。普通は諦めるんだがな」

 

 

 

 ルータ、という青年が馬鹿にされ周りから虐められたのをユージンは納得がいかずに喧嘩を売ったようであった。それを知り、ウィルはやっぱり凄いなと感じる。

 

 曲者、弱者、そして強者が交差する試験が目の前まで迫っていた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 次の日、五十人の筆記試験合格者が冒険者ギルド前に集められていた。彼等の前には一人の優しそうなギルド職員の男性が立っている。

 

 

「では、試験の説明を致します。まずはコチラを見てください。モンスターのブラックキャットです」

 

 男性の前には可愛い小さな黒猫が一匹いた。黒猫の耳にはリボンが付いている。

 

 

「こちらは調教(テイム)されているので、皆様を襲う事はありません。しかし、人間を見た途端、逃げるように躾けられています。察しの良い方は既に気付いていると思いますが、試験はこのリボンが付いているブラックキャットからリボンを奪う事。ちなみにですが、このブラックキャットに危害を加えることは禁止です」

 

 小さな黒猫サイズの可愛い生き物、これもモンスターである。しかし、人懐っこい性格でよく人々の家族(ペット)として暮らすこともある。戦闘をする事も出来るが何よりも素早さが群を抜いており、逃走を得意とする。

 

「既にこのポポの町の付近にあるスーヤ山脈地下に二十匹放たれています。そう、つまり捕まえられる数は皆様の思った通りでございます。実技試験合格者は限られていますのでお早めに……」

 

 

 彼はそう言ってニッコリ笑う。

 

「更に、正午までと言う時間制限もあります。それを過ぎた場合も不合格になりますので……では今からスタートです。皆様、頑張ってください」

 

 

 そう言うと誰もが町からスーヤ山脈の方角に走ろうとする。しかし、ユージンだけは止まり、町の出口で腕を組む。

 

 

「おい、襲うならここでやったらどうだ?」

 

 

 それは昨日の大柄の男に言っているようであった。ユージンの言葉にニヤリと笑いながら彼等は向かい合う。

 

「ほう? 気付いたのか?」

「当然だ。貴様らのような下種な存在の考えることなど容易に想像がつく。どうせ、閉鎖的なダンジョンで俺を襲う気だったのだろう。それよりもここで決着をつけた方が手っ取り早い」

 

 

 周りの受験者は彼らに気を配らず、先に進んでいく。ユージンは後からでも容易に巻き返せると思っているのだろう。

 

 

「全員でかかってこい」

「へっ、いいだろう。叩き潰してやる。おいお前等、ブラックキャットは殺傷禁止だが、人間は禁止されていない。二度と立ち上がらない程度に潰せ」

 

 

 そう言われてユージンに十名ほど襲い掛かる。彼等は集団で冒険者試験に臨み、数による協力で合格をしようとする者達。数こそ強さの一つの答えであることを人であればあれでも知っている、彼等も生意気なユージンをまずは叩き潰してやろうと考えていた。

 

 更に、試験に出遅れても町外で出待ちをしてブラックキャットを捕まえた受験者を捕まえて奪うことまで考えていた。一対十、普通なら負けは確実、近くで心配で見ていたウィルも見過ごせないと思い介入をしようと感じた。しかし、一瞬で戦況は変わる。

 

 正に閃光のような速さで乾いた音が響いた。ユージンは持ってきていた木剣で彼等の鳩尾、頭蓋骨、首、それぞれに当て彼らを地にねじ伏せた。

 

 

「それはコチラのセリフだ。二度と立ち上がらないようにしてやる」

 

 

 強気な物言いだが、木剣で戦い後遺症にならない程度に傷を抑えているのは強者の慈悲であるのか、そのまま剣を大柄の男に向ける。

 

 

「――馬鹿な……」

 

 

 彼は取り巻きがやられた事で驚きで目を見開く。遥か上を行く強さを持つ者に彼は畏怖をした。

 

 

「ひゅー、これは一番強いのは彼だな」

 

 

 遠くで見ていたギルド職員もユージンを見て笑みが止まらない。明らかに他者とは一線を画す強さに新たなる時代を感じてワクワクもしている。

 

 

「クク、だが、木剣、その甘さが命取りだ。俺の大剣には敵わない。触れた途端お前ごと斬るぜ」

 

 彼は背負っていた鉄の大剣、ユージンと同じ位の大きさの剣を両手で装備する。しかし、ユージンは涼しい顔で片手をクイッと出し、挑発をした。

 

 再び額に怒りをにじませ、彼は大剣を振る。木剣で受ければ間違いなくユージンごと切られてしまう。しかし、彼は刃の部分ではなく、大剣の柄の部分に木剣と当て、ぴたりと彼の剣を止めた。

 

 

「群れることを否定しないが、それで他者を下に見るお前は弱い」

 

 

 そのまま、首元に剣を当てた。巨体の男が数メートル飛ばされ、宙を舞い地に落ちる。倒したらそれに興味を無くしてユージンは山脈に向かう。

 

 受験者は殆ど、先に山脈に向かったが一部彼の戦闘を見ていた。ウィル、バン、そしてルータである。ユージンの強さに驚愕をするウィルとルータであったが彼が山脈に向かうのを見て、自身達も山脈に向かい始めた。

 

 

冒険者ギルド実技試験、五十人中十三人、脱落。残り三十七人。

 

 

 

◆◆

 

 

 ユージンは先ほど、十三人の試験者を脱落させた。彼はそのことに後悔はしていない。しかし、何かしら心に引っかかりがあった。

 

 

(俺が目指すのは群れたうえでの強さではなく、勇者と言う個にして絶対の強さ。さっきの者達は俺との戦いに負けた。それだけだ。俺はこれから幾度なく先の者を叩き潰す)

 

 

(何も可笑しなことはない。だというのに、この違和感はなんだ)

 

 

 スーヤ山脈にてブラックキャットを探しながら彼は違和感の正体を洗い出そうとしていた。しかし、どうしても答えが出ない。

 

 そんな時、あることに気付く。誰かが自身の後をつけていたのだ。

 

 

「……誰だ」

「――流石、気づいていたようだなぁ」

 

 

 嘲笑うような声だが、聞き覚えのある声だった。姿を現した男に彼は怪訝な目を向けた。何故ならその男はずっと試験を何度も受けては落ちている、ルータと言う男だった。

 

 

「なるほど、俺は一杯食わされたと言う事か」

「違うさぁ。私は文字通り毎年受験をしていたし、それを理由にアイツらに絡まれていたというのも本当の事だ。アイツらと俺がグルでお前をはめようとしていたという事はない」

 

 

 ルータは笑う、その不気味さにユージンは始まりの剣を抜こうと手にかける。戦闘体制に移行した彼と、ルータの姿が変貌するのはほぼ一緒であった。

 

 人の子であった、彼の額から唐突に角が生え、肌の色は綺麗な白に近いものであったが、気味の悪い青色に変色した。

 

 細身であった体も厚い胸板を持つ身体に変わる。生まれ変わったように彼は覇気を持つ化け物に変わった。

 

 

「魔族か……」

「ほぉ、驚かないのかぁ、やっぱり潰しておくかぁ」

 

 

 魔族(まぞく)と言われる種族が居る。人族、妖精族、彼らは和平を結んでいるが魔族は違う。彼等の国と世界を狙う。何度も狙い、それを勇者と言われる存在が何度も退けてきたのだ。

 

 魔族と言われる種族は危険で残忍、彼らにあったら逃げろとすら言われている。

 

 

「なぜ、俺を狙った」

「少し長くなるんだがぁ……まぁ良いさ。殺すから話してやる」

 

 

 

 魔族ルータは両手を広げて天を仰いで語りだした。

 

 

「これは今から十四年前の話になる……人族ならば覚えているだろぉ?」

「呪詛王ダイダロスか」

「その通りだぁ。嘗て呪詛王ダイダロスはこの世界に魔界から、攻め込んできた。俺もその時にこちらの世界に渡ってきた。我らが王、そして手下の私達も世界を掌握してやると思っていたが……」

「勇者に消されたか」

「……文字通り、一撃だったぁ。しかも、妖精族が居る大樹国フロンティアに対しての宣戦布告をした後、僅か一時間でだぁ!」

 

 

 

 怒りをにじませるように手を払った。それをユージンは無表情で見つめている。

 

「その瞬間、全員が悟った。こいつはヤバいと、こいつだけには喧嘩を売ってはいけないと」

「ならば大人しく魔界に帰り、隅で暮らせばいいだろ」

「そうも行かない、次元を渡るのは魔力が大分必要なのだ。何度も往復は出来ないのだぁ」

「……」

「それに、私達の目的は今なお変わっていない。この世界を掌握する事……。四天王もこちらの世界に留まり準備をしている」

「ふん、四天王は生きているのか。魔王の右腕と言われたが、大方勇者の実力にビビり慌てて逃げて生きているというオチだろう」

「確かになぁ、我ら全員同じだったぁ、一目散に逃げだした。だから、生きているのだぁ」

「ククク、随分と腰抜けの集まりだな」

「笑って居られるのも今のうちだ。何故なら……勇者はもうすぐ死ぬ」

「……なに?」

「我らが魔族にある最後の希望は……呪詛王ダイダロスによる呪いだ。死ぬ間際、勇者にやられる寸前、己の力全てを振り絞って呪いをかけたのだ」

「……」

「呪いは奴の体を蝕んでいる事だろう。しかし、流石は勇者だ。二年前も魔王を討伐した……」

 

 

(呪い……)

 

 

ユージンは呪詛王の戦いを思い出す。そして、つい最近から始まった例の件を思い出す。

 

 

『俺は、後継者を探している』

 

 

 

(訳は聞かなかったが……なるほど呪いか。しかも魔王による死の間際の呪いか。あれから十四年耐えたのか、今なお耐えている途中か……)

 

 

(となると……呪いで弱体化し、魔族は勝てる時を伺っているという事か)

 

 

「十四年だ。流石に勇者とは言え大分身体に響いているだろうぉ。魔王ダイダロスの遺言では十年で勇者は死ぬとされていたが、勇者は死んでいないぃ。だが、だがだがだが、弱っていることは確実! さらにさらに! 魔王ダイダロスの子孫である魔王バルカンは更にダイダロス様よりも強い!! しかし、慎重に慎重を重ねて呪いによる弱体化を待った!!」

「……」

「始まるぞぉ!! 戦争が! ようやく憎き勇者を倒し、世界の頂点に立つのだぁ!!」

「……答えになっていない。俺が聞いたのは、なぜ俺をつけたのかという事だ」

「あぁ、そうだった。勇者が弱体化したと言え、再び勇者のような化け物が現れてはしょうがない。念のために変装能力のある私は新たなる勇者の種子を潰すために、この始まりの町でずっと監視をしていた。何年も何年も」

「……俺がか」

「そうだ。ずっとあのような男が現れることはあり得ないと思っていたが、お前の戦闘能力、あり方……それをみて確信した。今ここで潰しておこうと」

「そうか。魔族の心意気は砂利のようだが……その見る眼だけは本物のようだ」

 

 

 そこまで聞いて、これ以上耳を傾ける必要はないと彼は判断した。そもそも聞く必要すらなかったのだ。

 

 

(それを知ろうが、知らないままだろうが……俺のすることは変わらない)

 

 

「あとはお前を倒してひとかけらにするだけ」

「何故私がお前にこのことを話したと思う。今なら、勝てるからだよぉ」

「――やってみろ」

 

 

 ガキン、と始まりの剣と魔族の長い爪が交差する。金属と爪だというのに音はとても重い。

 

 魔族の身体能力は人族であるユージンよりも優れている。しかし、それだけでは戦闘は決まらない。

 

 大振りの爪と研ぎ澄まされた剣が拮抗するのはそう言うわけだ。

 

 

 頭上を狙う爪、紙一重によけながら彼は願う。

 

 

(もっと力が欲しい。まだ、俺は上に行けるはずだ)

 

 

 彼は勝てる確信があった。しかし、魔族もただの弱者でもない。ルータは更にスピードを上げる。ユージンは未だに15歳、大して魔族は40歳を超えている。成長をずっと続けるユージンであったが、高種族の強さの厚みに僅かに押された。

 

 

 魔族の蹴りが彼の腹に当たり、彼は宙を舞う。

 

 

 同時刻、なんらかの戦闘音が何度もスーヤ山脈の地下に響いた。閉鎖的な場所であり音が籠るという僅かな特徴があるが、流石に全ての者にその音は聞こえない。聞こえるのは近くに居る者だけ。

 

 

(なにか、音がする? これって、金属音?)

 

 

 

 偶々ウィルはブラックキャットを探してその付近を歩いていた。彼は金属音に気付いて、その場所に走った。

 

 

(何か嫌な予感がする……)

 

 

 彼は走って、ユージンとルータが戦っている場所に辿り着いた。ユージンは腹を抑えて、血を吐いた。しかし、目は全く死んでいない。

 

 

()()()()()

 

 

 ウィルは一瞬でその思考になった。先ほどまで自身よりも格上で、きっと自分なんかとは別次元に今は居ると思っていたのに、すぐさま彼の中では守るべきである対象になった。

 

 彼の頭は冷えたように冷静であった。助けないといけない対象になった瞬間、彼の身体は文字通り全力を出せる。

 

(今、きっと彼は怪我をしている、肋骨を手で抑えている。折れているのか、怪我をしている。ざっと見て、出来る限り最適解と導かないと。ここまでの彼の行動を振り返らないと。彼は、きっと勇者ダンと同じタイプだ。あの意志を曲げない目、言動からも察しが付く。誰とも組まないし、敢えて一人であの冒険者受験の集団とも戦った)

 

(誰にも曲げられない、一人で戦う事を好むような人種に対して、今最も僕がすべきこと。助けを呼ぶ? 間に合わない。助けると加勢する。これが正解に近い。でも、彼にそれを言った所で、ここで手助けをすると言っても、彼はそれを拒むだろう)

 

 

(呼びかけすら勿体ない。この場での求めるべきは協力ではなく、無言の加勢)

 

 

 ここまで数秒、極限の集中の中で彼は壁側に追い込まれていたユージンの前に立つ、ルータに向かって石を投げた。

 

「っ!?」

 

 そのまま避けたルータに向かって、剣を抜いていた。

 

「邪魔をするな」

「勝手に動いてるだけなんだ」

 

 

 剣を振るったが案の定避けられ、カウンターを喰らいかける。だが、ウィルはそれを剣で受け止める。ユージンはウィルに獲物を持って行かれないように再び剣を振る。

 

 ユージンが前に出るとウィルはそれを確認して更に踏み込む。ユージンもウィルを確認して目を細める

 

 

(コイツ、こんな戦に踏み込むような奴だったか? 明らかにずっと緊張で震えていたが……別人か……?)

 

 

 あまりにも戦いなれているような動きと、表情の違いから一瞬だけ別人だと思い込んでしまった。筆記の時からビクビクしていたウィルの姿は何処にもない。

 

 

(俺よりは下だ。だが、数秒ならあれと打ち合えるだろう……なら、数秒は稼いでもらう)

 

 

 ユージンは魔力を集中させ、詠唱を始めた。

 

「焔の礎・灰を生み・我が身に施せ」

 

 

 先ほどまでの戦闘では、魔法を発動するための詠唱と魔力統一、集中力を魔力に割けなかった。だが、既にウィルが加勢したことによってそれが完成する。

 

炎の剣(エンチャント・ブレイズ)

 

 

 魔法によって炎を纏った剣を持って彼は向う。目線の先では既に数秒を稼ぎ終えて、ぼろぼろになり始めるウィルが居た。

 

 

「どけ!」

 

 

 ウィルとルータに向かって言った言葉。ウィルは直ぐにどいたが、ルータもあの剣は不味いと察する。

 

 第三階梯魔法炎の剣(エンチャント・ブレイズ)。剣に炎を付与するシンプルな性能だが、剣の威力、そして皮膚を焼いて斬るという多大な効果を付与する。

 

 爪すらもきっと切り裂く剣から、一瞬離れようとするがルータの足元には始まりの剣が刺さっていた。

 

(この餓鬼、離脱した瞬間に投剣しやがった!?)

 

 

 ウィルの投げた剣は彼の足に刺さっており、逃走を阻害した。ウィルは僅かな戦闘だがダメージを受けてそのまま気絶。

 

 

「終わりだ」

「ぐがぁぁあ!!」

 

 

 胴体を炎でユージンは切った。魔族ルータの体は爆炎に包まれ絶命した。そのままユージンも疲労により気絶。

 

 ウィルもユージンも気絶をした。残り試験時間は二時間を切っている。

 

 彼らの問題は残り時間内に目覚めブラックキャットを捕まえることだけかに思われた。しかし、それだけではなかった、脅威は残っていたのだ。

 

 

「く、くそがぁ、危なかったぁ! 四天王に授かっていた治の石(ヒールストーン)が無かったら死んでいたぁ!!」

 

 

 

 胴体は切られて、灰と化したように見えたがルータは生きていた。しかも完全回復をしてだ。彼の持つ、治の石(ヒールストーン)はどんな怪我でも完全に回復をするマジックアイテム。これが無ければ間違いなく死んでいただろう。

 

 

「はぁはぁ、ふふふははははは。だが生きているぞ。お前ら二人共ここで殺しておかなければ」

 

 

 気絶をした二人に迫ろうとする魔族。鋭い爪で頭を割いて、一瞬で絶命をさせるつもりで腕を上げる。

 

 

「――ちょっと、待ってくれよ」

 

 

 間の抜けた声が洞窟内に響いた。

 

 

「その二人は文字通りの枠なんでね」

 

 

 眼を向けた先にはツンツンヘアーの黒髪の男が立っていた。顔つきは柔らかいように固くないような、何とも言えないどこにでも居るような雑草のような顔。思わず毒気を抜かれてしまうようにすら感じられる。

 

 

「人族か……。今のうち尻尾を巻いて逃げれば命はやってもいいぞぉ?」

「いやいや、()が居なくなったら二人を殺すでしょ。それ、凄く困るんだよね」

「なに?」

 

 

 困るというモノ言いに首を傾げるルータ。しかし、未だにヘラヘラしながら男は笑みを向けている。

 

 

「それにしても大したもんだよ。まさか、二対一、更には生きているとはいえ、魔族を一回撃破するとは」

「見ていたのかぁ?」

「まぁね。全部じゃないけど」

「ほう? ではなぜ今更出てきた?」

「そんなの決まってるだろ? だって――」

 

 

 人族の男は何事もないように、さもそれが世界の真実であるかのように軽く口を開いた。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 男は魔族に向かってゆっくり歩きだす。ポケットに手を突っ込んだまま無防備の体勢でだ。

 

 

「馬鹿が!」

 

 

 そう言って彼に向かって鉄のように固い爪を向ける。彼の体を引き裂いて真っ赤に染めるつもりでいたのに――

 

 

――魔族は宙を舞っていた

 

 

 

(え……? 私は、一体? 投げられた?)

 

 

 

 

  一瞬で天地が逆さになった。投げられたと勘違いした彼であったが直ぐに正解に気付いた。地には首から上が取れた自身の身体があった。そして、自分の首が天に。

 

 男がポケットに手を入れたまま、蹴りを脳天に喰らわせただけである。

 

 

「うーん、この感触。大分下っ端の魔族か? でもまぁ、倒したことには変わりないか。大したもんだよね、二人も」

「だ、誰だ?」

「まぁ、魔族とか無限に湧いてくるしね」

「お、お前は?」

「ん? なんだって?」

「お前は、だ、誰だ?」

「――勇者だよ」

 

 

 

◆◆

 

 

 ウィルは目を覚ました時、体中が悲鳴をあげていた。という事はなくいたって平常通りの感触だった。

 

 

「あれ?」

「あ、目覚めた?」

「バンさん」

「えっと」

「よく分からないけど、僕が来た時には二人共気絶してたみたいだね」

 

 

 ウィルの横には苦渋の顔をしたユージンが居た。彼の顔を見てウィルは大体察した。自分達は眠り過ぎた。もう、冒険者試験は終わっているか、終わっていなくてもここから間に合うはずがない。

 ブラックキャットを探してリボンを奪い、更にはそこからギルドまで帰る。他の試験者も既にリボンを奪っているから数は少ない、そこから見つけるのも一苦労だ。

 

「あ!? 試験は!?」

「あ、試験ね。あと一時間もないだろうね」

「えぇ!? ってことは……」

「合格だろうね」

「そうですよね、合格!?」

「これ、二人にあげるよ」

 

 

 バンはそう言って二人に青色のリボンを差し出した。

 

「今、十八人までゴールについてるから早く行った方が良いよ。待ち伏せとか、時間制限あるし」

「え!? えっと、でも、バンさんは」

「僕はいいよ、あてがあるんだ。それより、どうする? いるの? いらないの?」

「え、えっと……でも」

「っち、施しのつもりか。だが、貰えるなら俺は貰おう。先に進まなくてはならない、ここで足踏みをしている暇はないんだ」

「はいよ。君も貰っておきな」

 

 

 そう言って二人にバンは投げるようにリボンを渡す。迷いながらも二人は掴んでギルドに向かう。まず、町に着くと最初の職員と彼の下には説明をした際に一緒に居たブラックキャットが見えた。

 

 

「さて、僕はこの猫のリボンを貰おうかな。問題ある?」

「……いえ、ございません」

「だろうね」

「では、皆様で最後の合格者と言う事になります。受付に申してください」

「はいはい」

 

 

 ウィルとユージンは三本目のリボンを難なく入手したバンに驚きを隠せなかった。

 

 

「どうしたの?」

「あの、リボン二つも取るなんて凄いなって」

「あぁ、昔からブラックキャットとかの特定のモンスターには好かれるんだよね。山脈適当に歩いていたら勝手に寄ってきたんだ」

「えぇ!?」

 

 

 けらけら笑いながらバンは先に進んでいった。本当に掴みどころのない人だなとウィルは感じたが彼のおかげで合格できたことに感謝の方が大きかった。

 

「おい、お前。名前は?」

「えっと、ウィルです」

「そうか」

「君は?」

「俺は名乗る必要はない。いずれ世界にとどろくからな。遅いか速いかの違いだ」

「そ、そうなんだ」

 

 

 ユージンが唐突に名を聞いたのに、自分は名乗らないので思わず苦笑いをウィルは浮かべてしまった。そして、ユージンがウィルの剣をじっと見ていることに気付く。

 

「あ、あの?」

「その剣、どこで手に入れた?」

「え?」

 

『俺との関係は――』

 

 勇者の言葉がウィルの頭の中にフラッシュバックした。関係性は絶対にバレてはいけない、言っても行けない。だから、彼は嘘を言った。

 

「ちゅ、中古の骨董品屋で!」

「そうか、なら偽物を掴まされたな」

「え?」

「大方予想が付く、始まりの剣とでも言われたんだろう? 残念だが俺の持つこの剣が始まりの剣だ」

「えぇぇえぇ!?」

 

 

 ウィルはユージンの剣を見て唖然とした。そこには確かに自身の持っている剣と同じ、勇者ダンの『始まりの剣』があったからだ。

 

 

「そ、それ何処で手入れたの!?」

「これは……」

 

 

『俺との関係性は――』

 

 

ユージンの頭の中に勇者ダンの言葉が蘇った。

 

 

「中古の骨董品屋で買った。だが、俺のは本物だ。お前のは偽物だ」

「そ、そうなんだ」

 

 

(僕は本人から貰っているから偽物のはずないんだけど……多分、中古の骨董品屋で偽物買わされたんだな……この人……。でも本人は本物って信じて疑っていないわけだし、このままにしておいた方が良いよね?)

 

 

「偽物と本物くらい違いを見分けられるようにしておけ。この世界は綺麗な物だけではないからな」

 

 

 そう言ってユージンもギルドの受付の方に向かって行った。そして、ウィルは本当に色んな人が居るんだなと感じながら、受付に向かう。

 

 

 ――ウィル、ユージン、バン、その他十八名、合計二十一人。実技試験突破。

 

 

 

 

 



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10話 合格

 実技試験が終了し、次は面接試験である。しかし、試験と言ってもそこまで堅苦しいものではない。筆記と実技で合格をした者達は既にある程度の実力者として認められており、この時点で合格と言っても間違いはない。

 

 

 だからこそ、彼らはようやく一息吐けたと言っても過言ではない。ウィルはまだ若干の緊張はしているものの、先ほどまでの慌ただしい雰囲気は消えた。

 

 そして、面接が始まり、先ずはウィルが個別の部屋に呼ばれた。

 

 

「ウィルと言います。イシの村という所に住んでいて」

 

 

 ウィルは椅子に座り、前には机の上に資料を置いて彼の話に耳を傾けるギルド職員が三人。二人は何処にでも居る普通の職員、しかし、もう一人は世界的に有名であり伝説の勇者ダンを冒険者登録をしたトールである。

 

 

「君はなぜ、冒険者になろうと思った?」

「僕は勇者になりたいんです。だから、強くなりたくて」

「……勇者か。懐かしい、嘗ての私が送り出した勇者ダン……。君の考え方は恐らく酷似している」

「考え方?」

「今のは忘れてくれ。さて、質問はここまでだ……。退室してくれて結構だ」

 

 

 

 ギルド職員のトールがそう促すとウィルは退室して、今度はユージンが部屋に入った。ウィルと同じようにある程度の善悪の区別などがつくことを確認して、トールは再びあの質問をする。

 

「なぜ冒険者になろうと思ったのか、聞いても良いかね?」

「強くなるため、そしてたった一つの頂点の席を掴むためでもある。それに嘗ては勇者も冒険者だったと聞いたからな」

「なるほど、勇者を超すために同じように冒険者になろうと思ったわけか」

「そうだ。それよりグダグダ長い。早く終わらせろ」

「もういい、これで終了だ。退室してもらって構わない」

 

 

 ユージンも退室して、次なる実技試験合格者が入室した。ウィルと幼馴染であり、一緒の村に住むダイヤだ。

 

 そして、彼の面接が始まる、同時刻にて面接を終えたウィルの前に鉄仮面をかぶった勇者ダンが現れていた。

 

 

◆◆

 

 

 さて、どうやらウィルの面接が終わったようだ。きっと合格である事だろう。俺が聞いた話では面接までこぎつければ特に問題とかはないと聞いている。ウィルは真面目だしいきなり唾を吐いたりしないはずだ。なので合格は確実であり、仕方ないから褒めてやろうと思って家に一度帰って鉄仮面を持ってきた。

 

 結構距離あるが走れば直ぐだ。ウィルを褒める理由は二つある。一つは本当によくやったからだ。更には魔族との戦闘も無事こなしてちょっと厳格な顔つきになったような気もしなくはない。

 

 だから、ちょっとは褒めてやろう。一つ目の理由はそれくらいのちっぽけなものだ。

 

 つまり、正直に言えば一つ目の理由はオマケみたいなものだ。

 

 ――本当の理由はモチベーションの維持である。

 

 

 よく聞かれることがある。どうしてそんなに勇者として立ち居振る舞いが出来るのか、どこからそんな活力、つまりはモチベーションが湧いてくるのか。

 

 答えは簡単だ、活力(モチベーション)は湧いてはこないのだ。

 

 

 これは持論だが…… モチベーションは急激に上がることは殆どないが、急激に下がるのはよくあることである。

 

 つまり、育成で大事なのは弟子のモチベーションを上げるという事ではなく、下げないと言うこと。一度下がったモチベーションは止まることは知らず下がり、いくら勇者と言うカッコよくて前世からの憧れでも辞めたくなる。ソースは俺。

 ウィルは今の所物凄く勇者に成りたいと思っている。しかし、これもどこぞの勇者のように急に勇者とか面倒になるかもしれない。

 

 だから、よく出来たら褒める。ウィルは馬鹿(ピュア)だから喜ぶだろう。

 

 

「どうやら合格したようだな」

「ゆゆ、勇者様!? どうしてここに!?」

「忙しかったがわざわざ来てやったんだ」

「そそそ、そんな!? ありがとうございます!!」

 

 

 二日ずっと一緒に居たけどね。まぁ、俺もこの後、面接があるのに合間を縫ってウィルの下に来ているのだから嘘は言っていない。

 

 

「で、でもまだ合格か分かりません」

「面接まで行けば合格は間違いないだろう。お前にしては上出来だ、最も結果は分かり切っていたがな。全て俺の予想通りだ」

「ゆ、勇者様。僕の合格を信じてくれていただなんて!?」

 

 

 本当は不合格のパターンも考えていた。その場合もモチベを下げない方向で、『今は積み上げの時期』みたいな事言おうと思っていたんだが――

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「当然だ」

「ゆ、勇者様……今回頑張れたのも色んな人の支えがあったからで……あと、勇者様から頂いた始まりの剣のおかげです!」

「全部を他人の報酬にするな。お前が勝ち取った合格だ。今はそれを誇れ」

「は、はい!」

 

 

 ウィル喜んでるなぁ。俺も高校受験の時、こんな心境だったような気がする。

 

 

「あ、それと勇者様」

「どうした?」

「あの、勇者様の名を使って、高値で中古の剣を売りつける手法がもしかしたら流行っているのかもしれません」

「なに?」

 

 

 ほぉ? そんなことをする商人が居るとは問い詰めたいと思う所だ。だが、勝手に鉄仮面フェイスの姿で絵画を書かれて売られたりもしているし、今更気にならないな。

 

「ど、どうしますか? 僕にはどうすることも出来ないのですが」

「放って置け」

「分かりました」

「……さて、そろそろ俺も行くか」

「この後、ご予定が?」

「あぁ、少しな」

「多忙な中、わざわざ僕の為にありがとうございます」

 

 

 軽く手をシュっと振って、ウィルの前から高速で消える。そして、高速で着替えをして再び、ウィルの前に現れた。

 

「やぁ、ウィル。面接はどうだった」

「あ、バンさん! 結構上手く行きました! バンさんも頑張ってください!」

「はいはい、サンキュー」

 

 

 ウィルは俺がバンって事を知らないけど、自分自身で一連の流れ振り返ると、俺って情緒ヤバくねって思うわ。

 

 だって、弟子の前で鉄仮面被って俺様キャラを三秒前までやってたのに、その数秒後に何処にでも居る青年で話しかけるって……控えめに行ってもヤバいよね?

 

 

 あ、ユージンも褒めて上げないと……。また早着替えをして今度はユージンの前に行って褒めて上げた。

 

 そうしたら、ユージンにも勝手に俺の名を語って中古の剣を売る商人が居るって聞いた。へぇ、そういうの流行ってるのかね?

 

 しかし、それは今は気にならない。それよりもそろそろ面接に行かないといけない。再び俺は着替えをして面接の部屋に入る。

 

 

「失礼します」

「入りたまえ」

 

 

 個室に入るとトールと言うギルド職員と一緒に二人の計三人が座っていた。俺は椅子に座ろうと思ったが、前世で面接は面接官が椅子に掛けて良いというまで腰を下ろしてはいけないと言われた事を思い出した。

 

「座らないのかね?」

「座って良いとの許可は下りていないので」

「……ほう? では、座りたまえ」

 

 

 そう言われて座った。すると、三人の職員から様々な質問が俺に投げかけられた。質問はさまざまであったが特に答えに詰まる事もなく、返答をすることが出来た。しかし、十問ほどされた後、次の質問で俺の返答は僅かに遅れることになる。

 

「バンさんは18歳ですか……今までどんな生活をされてきたのですか?」

 

 

 そうだ、今の俺は18歳であるという設定だったと今更ながら改めて言われると驚きに身を震わしてしまう。

 

 しかし、罷り通るんだなぁ。驚きである。これも俺自身の勇者としての活動方法と恩恵(ギフト)のおかげであるのだろう。

 

 恩恵(ギフト)とは人に宿る一種の性質のようなものである。魔法とかとは少しばかり違う別の力であるが、魔法の才能と同様に誰にでも分け隔てなく与えられるものではない。

 

 恩恵(ギフト)は先天的な物と後天的な物があるらしい。俺は後者を所有する。だが元パーティメンバーのリンリンは両方所有していた。

 

 多重魔法展開処理(マルチタスク)と言われる先天的な性質を持っていた彼女は魔法を同時に多数発動することが容易に可能だった。その分消費が大きいが最高で五つ出来るらしい。

 

 流石はフロンティア王国の第二王女と言った所だろう。しかし、彼女の場合は後天的にも恩恵(ギフト)を所有してしまった。それは魔力暴走(マジック・ワン)。簡単に言えば魔法を使うためにエネルギーである魔力の常時回復機能、更には反動はあるが一時的に本来の数十倍の力を引きだすことが出来る。

 

 本当に才能マンだったと今になって思う。しかし、幸いだったのが俺も所有、いや習得できた……と言った方が良いか。

 

 

 俺の恩恵(ギフト)……それは自称・勇者の加護(ブレイブ・スピリット)である。この名前を考えたのは俺である。

 

 後天的な恩恵(ギフト)は稀にその者の経験などによって所有できると言われてるが、これは的を射ていると結論付ける。

 

 なぜなら、俺自身がその典型例だからだ。

 

 嘗ての俺は弱かった。だからこそ、必死に訓練をしたのだ。更には前世の知識も使った。

 

 まず俺がしたことは身体作り、胸肉を中心としたバランスのとれた食事を徹底的に取った。更には効果的な筋トレ、健康状態を保つには体から老廃物を出さなくてはならないので水を毎日たくさん飲んで体の内側から綺麗にすることを心掛けた。

 

 ストレスが体に溜まるとよくないので瞑想をして毎日リラックスしながら、睡眠もしっかりとった。魔力を回復するにも瞑想は良い効果であったので瞑想は本当に効果的だった。

 

 瞑想マジ最高。効果的に回復、それによって効率よく回復し、再び魔力使用が出来て魔力が増えていった。しかし、こんなに魔力が増えたのは何年も続けたからである。

 

 他にもノートに自身の戦った者達との戦いの分析を描いた。負けたらどうして負けたのか、なぜ勝てなかったのか。

 

 勝ったらどうして勝てたのか、勝利の要因はなんであったのか。真面目に真面目にこれらを日々積み重ねながら何年も何年も過ごして12歳の時、恩恵(ギフト)を獲得出来た。

 

 それが自称・勇者の加護(ブレイブ・スピリット)。効果は常時魔力回復、傷回復、身体能力保有状態継続、状態異常無効。

 

 最初は微々たる効果であったが徐々に回復量や無効にできる範囲が増えて行ったのだ。魔力回復は瞑想による賜物であろう。リラックス状態が徐々に体に浸透して回復が他者より早くなったということだ。

 

 傷回復は何度も度重なる連戦で傷を負いすぎたから、その度にリンリンに回復してもらうのが申し訳なかったという想いと、過酷な戦いで体の生存本能がもっと回復しなければならないと判断したと考えられる。

 

 

 身体能力保有状態、若さを保つ効果がある。この効果発動は俺自身の覚悟が要因な気がしている。嘗てはずっと勇者として人の為に尽くすと考えていたからな。ずっと若いまま一生勇者をやっていたいって思っていた。

 

 そして、状態異常無効。これが自身で思うがチートだと思う。これを獲得する原因は水であるとすぐに分かった。水は体の老廃物を出す。ずっと繰り返すうちに体が老廃物を俺の体にとどめないという、その機能を向上させたのだ。そもそも人間には白血球と言った自身の体に有害な物を消すという免疫機能がある。

 

 これにより呪詛王の呪いも、最初気怠い、微熱みたいな感じあったが水沢山飲んで運動とかして汗を流し、トイレ行ったりしたら一時間半くらいで良くなった。

 

 やっぱり俺って強いんだなってあの時は思ったな。同時に呪詛王辺りから勇者飽き始めてしまったんだよ。

 

 しかも永遠現役みたいな能力あるからね。チートで辞められない。また、見た目が若く見える要因として鉄仮面を被っていたから太陽の紫外線をずっと浴びてこなかったという説もある。

 

 肌は凄く若い。水も沢山飲んで肌の内側から水分チャージしてるし。水最高。

 

 さて、ここまで僅か三秒の思考であるが……面接官になんと答えようか……。

 

 

「地元で野菜を育ててました。偶に狩りとかもしていましたね」

「なるほど」

 

 

 面接官はそう言うとまたメモをし始めた。色々記入して大変そうである。そのタイミングでトールとか言う人が何か語りだした。

 

「昔、私は勇者ダンを――」

 

 

 これはスルーしよう。筆記の時と同じようなことを言っているだけだ。この人当時は俺に対して微塵も興味ない感じだったんだけど、自分が生み出した感出してるな。   

 何とも思っていなかったのに結果出た途端に後方ギルド職員面みたいなことをするってちょっと良くないと思うわ。

 

 

 さてと、聞き流しながら考え事していたけどそろそろ話が終わるかな? そうしたら丁度終わったので適当に一礼とかして部屋を出て行った。

 

 その後、結果を確認すると結果は文句なしの合格であった。合格者である二十一人はこの後、冒険者カードなるものを発行してもらい、そして冒険者としての説明会に参加することになった。



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11話 婚活

「「ダン! 合格おめでとー!!」」

 

 俺はバンとして冒険者登録試験に挑み、見事数多の試験を乗り越え合格をすることが出来た。冒険者カードと言うプラスチックで作られたようなカードを渡されている。それを両親を見せたらお祝いをしようと言われて今に至る。

 

 

「今日はダンの好きなバーバードの胸肉のから揚げよ」

「ありがと」

「やっぱりダンは凄いな。中々合格できない人だっているのに。まぁ勇者なら当然か」

 

 

 俺がから揚げをむしゃむしゃとフォークで食べていると母が何かソワソワしながら一枚の紙を出した。

 

 

「ダン! じゃじゃーん! これ見て」

「なにそれ?」

「冒険者交流会の用紙! 最近よく行われるんだって」

 

 

 母から渡された用紙を見てみると、確かに近々冒険者同士による交流会が行われるらしい。この会で未来のパートナーが見つかることもよくあるとも書かれている。要するに前世の合コンみたいな奴だろう。

 

 

「行ってみたら?」

「そだね」

 

 

 母はきっと俺に参加してほしいのだろう。なぜならば結婚をして平穏に生活をして欲しいと願っているからだ。ならば断る理由はない。それに俺も同じような想いでもある。

 

 そろそろ本格的に彼女が欲しいと思い始めているところである。勇者ダンとしてではなく、冒険者バンとして参加して彼女ゲットだぜ。

 

 しかし、少しだけ懸念点として本当は30歳だが18歳として活動をしていると言う事だ。年齢詐称は良くないと思うが……前世のマッチングアプリ使っていた奴も写真盛ったり、身長偽造してる奴居たからな。

 

 しかもファンタジーの世界だし、そんなに問題ないような気もする。あ、そうだ、この合コンの日はユージンの修行の日だ。確かに合コンは行きたいが後継者育成もさぼる訳には行かない。俺は七日間周期で弟子一人一人に教えているから、弟子との時間を蔑ろには出来ない。

 

 だとするなら……ちょっと修行を早めに切り上げる。これだな。しかし、早めに切り上げて会場に向かいたいがアイツ怒るんだよな。

 

 修行が減ったりすると激おこになる。どうしようかな……そうだ、伝説の始まりの盾あげよう。うん、そうしよう。それで機嫌治るだろ。

 

 

 

◆◆

 

 

 アタシ(リンリン)は一度地元である大樹国フロンティアに戻り、自身の部屋のベッドの上でゴロゴロしていた。アタシには特にやりたい事がない。だからずっと部屋に居て本を読んだり、ごろごろするだけで終わる。

 

 

 

 アタシが部屋から出るのはダンと会う事くらいだ。一応エルフの第二王女であるという事で母や兄弟からもう少ししっかりしろと言われるがそれは無理な話なのだ。

 

 アタシは面倒くさがり屋の我儘王女なのだから……。しかし、こうしてずっと部屋に閉じこもっているとほぼやることはない。ただ、ダンに会いたいなって頭の中で思うだけだ。

 

 彼を想うと、ちょっと体が熱くなってくる。

 

「ダンに滅茶苦茶にされたい……」

 

 ごくりと唾を飲んだ。頭の中では彼に愛撫される自分を思い描いたり、言葉攻めされる自分を妄想している。部屋の中だと誰にも気を遣わずに妄想できるから好きだ。

 

 だけど、キスだけが妄想できないのが非常に残念だ。だって、鉄仮面を被っているから素顔が分からない。でも、別にそれでも十分興奮は出来る。

 

 そして、そんな事を考えていると自然と手が、下着の下に伸びてしまう。

 

「ダン、ダン、ダン……もっと、滅茶苦茶に……」

 

 妄想を捗らせて、性欲を満たそうと下着の中に手を入れた瞬間……

 

 

 

「姉さんー、入るよー」

「勝手に入らないでよ! ターニャ!」

 

 

 危なかった! ダンで妄想して色々するのがあとちょっと早かったら間違いなく姉として死んでいた。

 

「ごめん。でも時間無いから早めに終わらせたくて」

「あっそ」

「冷たいなぁ。あ、髪も服もぼさぼさだし、王女なんだからもっとさ、あるでしょ?」

 

 

 アタシの妹であり第三王女のターニャが部屋に入ってきた。アタシには兄と姉が一人ずつ、そして妹が一人の四人兄弟なのだが、妹の方がしっかりしていると偶に言われて気に食わない事が多い。

 

 

「それでなに?」

「ワタシ、今度結婚するの」

「えぇ!?」

「うん。公爵家のカッコいい人なんだけど……ってそれは別にいいや。姉さんもそろそろ結婚とか考えて良いんじゃない? もう27歳なんだし」

「エルフは長寿なのよ」

「確かにね、でも早めに嫁いでおかないと売れ残りみたいになるよ。兄弟で結婚してないの姉さんだけだし」

「アタシは……一応、相手いるから……」

「勇者ダンさん? 無理じゃない? あの人高嶺の花すぎて」

「……そんなことないもん」

 

 

 アタシが気にしていたことずばりと言う妹……確かにターニャの言うとおりである。でも、一時期は本当に良い感じだったのだ。もう何年も前の話だけど、恋人に成れるかもってなるかもって思っていた。

 

 

「母さん、そろそろ本気で結婚させるつもりかもよ。それに姉さんは七歳の時に勝手に城を抜け出した事も未だに根に持ってるし」

「うっ、それ言われると……」

 

 

 そう、七歳の時に魔王討伐するために城を勝手に抜け出して、そこで勇者と出会ったのだ。その後、初めて城に帰った時物凄く勇者の前で叱られた。涙出して、顔真っ赤にして勇者の前で号泣してしまったのは未だに黒歴史だ。

 

 

「……ってわけでこれ」

「なにこれ?」

「冒険者交流会、冒険者同士で色々話したりするんだって。この会がきっかけで結婚した人とか居るんだってさ。今度王都トレルバーナの一角を借りてやるから行ってきたら」

「ダンは来るの?」

「来るわけないでしょ。こういう会に」

「じゃ、行かない」

「いや、行っておきなって。いつまでも勇者ダンと結婚とか考えてないでさ、ちょっと理想下げなって」

「……いやよ」

「えぇー、まぁ、そう言うと思ったけどさ。でも、もしかしたら運命の出会いあるかもよ」

「もう運命なら出会ってるもん」

「そう言う事じゃなくてさ。勇者ダン以外との運命の話。それにこれ一応行っておけば、母さんにも一応結婚の為に動いてるって言えるじゃん? 小言減るよ」

「……むむ、確かにそうね」

「取りあえず行ってきたら? 暇つぶしにさ」

「王族が、こんなの出て良いのかしら?」

「良いんじゃない。それより結婚できないで燻る方が問題だと思うけど」

「……」

 

 

 ダンが来るなら行ってあげても良いけど……来ないんだったらいってもしょうがない。でも、母さんの小言はちょっとずつ増えてきている。結婚しなさいって、政略結婚とかあんまり興味ないし……。

 

 運命の人探してるからって形だけでも示しておくのは大事かしら? 母さんにアタシ一応、ちゃんと未来の事を考えてると言うために、凄く面倒だけど行ってみるのも一つの手かもしれない。

 

 交流会には食事も出るらしいし、お昼食べに行くくらいの感覚で行けばいいか。

 

 

 

◆◆

 

 さて、俺は遂に冒険者交流会にやってきた。それに加えスーツ姿で鉄仮面は外した姿でである。

 

 実を言うとちょっと緊張をしている、合コンとか初めてだからだ。俺は参加料金を払って、冒険者カードを提示して会場に入る。

 

 うわぁぁ、よく来る場所だな……。結構こういう場所来るから新鮮味はない。なのだが、どこか居心地の悪さを感じてしまった。または緊張とも言えるかもしれない。

 

 ここにきてまず俺がやることはナンパに等しい。出会いを求める者同士で話して仲良くなり、恋愛関係に発展させる。それは凄く難しい。なぜなら俺は一度もそう言う経験がないからだ。

 

 だが、折角来たのだあの綺麗なエルフの女性に話しかけよう。

 

「あ、こんにちは」

「こんにちは。ミーティングって言います」

「僕はバンです。ここ始めて来たんですけど、ミーティングさんも初めてですか?」

「えぇ、そうなんです。あんまりこういうの疎くて……バンさんは冒険者ランクいくつですか?」

 

 

 冒険者ランク、FEDCBASLの八種類存在しており、Lに近い程高ランクであると言う。一つ上げるにもかなりの時間がかかり、しかもDから上は更に試験を受けないと上げることはできないらしい。しかし、稀に凄い成果を上げれば試験を受けなくても昇級できるとか。

 

 とは言っても今の俺は駆け出しの冒険者バンだからな。

 

 

「Fです」

「Fですかぁ、あー、そうですか」

 

 

 なんだその外れ引いたみたいな顔は……いや、違う。そうか、そう言う事か。ここに居る冒険者達は全員出会いを求めている。折角ならばカッコよくて高ランクの冒険者と出会いたいと考えるのは必然。

 

 フツメンの最下層とか論外だ……。くっ、しまったぁ。

 

 エルフの女性は別の男性と話し始めていた。物凄くイケメンで物腰も柔らかさそうな人だ。二人は一気に距離を縮めているような気がした。

 

 

「え!? Cですか?」

「えぇ、まぁ」

「凄いー! どうして冒険者になったんですか?」

「僕は昔勇者ダンに憧れてましてそれで冒険者になったんです」

「あ、私もです。勇者ダンカッコいいですよね」

 

 

 二人して死んで地獄に落ちろと言うのは簡単だが……俺の事が好きと言われたら憎むに憎みきれない。お幸せに、クソ野郎ども。

 

 

 あーあ、なんだか萎えて来たわ。しかも周りでは既にグループが出来てる感じするし。これ以上頑張っても無意味な気がするなぁ。最低でもランクCくらいに上がったら出直そうかなと。

 

 

 きょろきょろ周り見ていたらとんでもない人を発見する。リンだ。元パーティーメンバーのリンが会場に居たのだ。

 

 

 いや、なんで居るんだよ!? 

 

 

「え? リンリン様じゃない?」

「大賢者リンリン様だ」

「どうしてここに!?」

「リンリン様もパートナー探しに来たのかしら?」

「いや、でも誰も話しかけられないだろ」

 

 

 俺と同じように彼女に気付いたのか、周りもざわつき始める。まさかここに居るとは思わなかった。サクラが居ると言うのにどうしているのだろうか? もしかしなくても喧嘩でもしたのだろうか。

 

 腹いせにこういう場所に来たと俺は予想をする。しかし、だからと言ってそれ以上は何もしない。周りは騒いでいるけど、騒ぎと言うのに俺は慣れているし、リンが周りから驚かれたりするのも今更だ。

 

 それに今の俺は何かを語るほどの力がない。彼女に話しかける気力もするつもりもない。そう悟り、俺は置いてあったバイキング形式の食事に手を伸ばした。折角高い料金を払ったのだからせめてお腹一杯に食べておきたいという思惑だ。

 

 

 俺はお皿を取って、オムレツとか唐揚げとかバランスを考えてサラダ、飲み物も野菜ジュースを選択し、それらをもって席についてよく噛んで食べるが男女で話さず、ご飯を食べるのは俺くらいだな。あと人前で鉄仮面を外して食べるのは初めてであるが気にならない。

 

 

「ねぇ、相席していい?」

「あ、どうぞどう……ぞ……?」

 

 

 一人でむしゃむしゃ食べてたら、元パーティーメンバーであり、大賢者リンが俺の眼の前に立っていた。

 

 

◆◆

 

 

 

 これは今から十四年前の話である。嘗て世界を蝕もうとする呪詛王ダイダロスが

アタシ(リンリン)達、妖精族に対して宣戦布告をした。

 

 ヤツは大樹の更に上である、天空から魔法によって自身の巨大な姿を映し出し、高らかに宣言をしたのだ。

 

 

『劣等種族であるエルフの諸君、ごきげんよう。私の名は呪詛王ダイダロス。新たなる神だ』

 

 唐突に現れた魔王である彼に全ての妖精族は震えた。下品に顔を歪めて上から目線で笑って見下していた。裏を返せばそれほどまでの自信があったと言う事なのだろう。

 

『私は息ですら大樹を枯らすことが出来る。お前達は私の呪いの魔の手から逃れることが出来るのだろうか? 否だ。お前達の国は破滅に向かう』

 

『今から一時間後。私の手下である魔族の大群がそちらに向かう、震えていろ。ははっはあはああ!! 戦争だ!! お前たちに勝ち目はない』

 

 

 嗤って魔王は消えた。すぐに攻めて来ないのは慌て恐怖に溺れるエルフが見たかったのだろう。奴の思惑通りエルフたちは大混乱だった。

 

『どうするんだ!』

『こわいよぉママぁ』

『王族が何とかしてくれるんだろ!!』

 

 

 当然アタシにも怖かった、大樹を枯らすと言ったが大樹は魔力の塊で、国の自然の源であったからだ。それが枯らされたら国は終わる。それに魔族の大群は多数の死人が出てしまう。

 

 でも、アタシは戦うしかなかった。なぜなら魔王を討伐したメンバーであるアタシはエルフの希望であったからだ。最前線で杖を持って、大群に備える。一時間後に近づくまで恐怖で支配されていた。

 

 

『今から一時間後。私の手下である魔族の大群がそちらに向かう、震えていろ。ははっはあはああ!! 戦争だ!! お前たちに勝ち目はない』

 

 呪詛王の言葉が蘇る。あの邪気を感じてアタシよりも強い事は分かっていた。他のパーティーメンバーはその時居なかったから、余計に怖かったのだろう。

 

『ダン……会いたいよ』

 

 

 戦争が迫る。

 

一時間後……戦争は起きなかった。

 

偶々エルフの国にダンが来ていたらしく、倒してくれたらしい。

 

 あんだけ嗤いながら宣戦布告をした呪詛王はダン曰くワンパンだったとか……。あまりにあっけなかったのに大物感出してたから、エルフの一部からは顔芸魔王とか言われている。

 

『……泣いているのか?』

『べ、別に泣いてないし……って言うかアタシだけでも倒せたし……でも、ありがと』

『そうか』

 

 

 その後、エルフの国から報酬金とか貰っていたが本人からしたら金なんていくらでも持っているからさほど興味は無かったのだろう。一時期、褒美にアタシを嫁にすると言う話も出たが……結局お蔵入りになってしまった。

 

 

 あの時、生意気な口をきかずに告白をしていたらと後悔が拭えない。どうして好きだと一言言えなかったのか。そのことを後悔している。しかし、そんなことを言いだしたらキリがない。

 

 旅の途中で告白するチャンスなどいくらでもあったのだ。それを棒に振ってしまったのはアタシである。それに他のメンバーもダンの事が好きだったから、その事で揉めたくはない。

 

 ターニャの言う通り、理想を下げた方が良いのだろうか……。アタシは王族でもあって、他の兄弟は結婚をしている。このままではアタシは色々と良くない事も分かっている。

 

 でも……

 

 

『おい、リンリン様だぞ』

『どうして、ここに』

『誰か行けよ』

『いや、無理だろ。王族で伝説の賢者だぞ』

 

 

 

 失礼だけど、ここら辺のは嫌よね……。我儘だけど王族とか賢者とかそう言うのじゃなくて、リンリンとして見て貰いたい……だけど、これは我儘なのかしら。やっぱりダンが基準になってしまう。

 

 食事をするくらいの気分で来たけど、そんな気も失せてしまった。ここにアタシが居てもざわつかせて迷惑かもしれないなと思って、帰ろうとかと椅子から腰を上げると、偶々視界に一人の男性が眼に入った。

 

 ツンツンヘアーのどこにでも居そうな青年だろうか。しかし、普通そうなのに一人だけ座って食事をすると言うアンバランスな態度。こういう人も居るのだろうかと興味を無くしかけたが、彼の食べている食事の選択に僅かに目を見開いた。

 

 バランスが凄くとれている……。というのもダンが良く言っていたのだ。食事の栄養バランスは物凄く大事であると。

 

 このことはあんまり他の人に話しても通じないが、ダンは自身の中で強さへの道筋を立てており、僅かに聞いたのだ。栄養バランス、胸肉はたんぱくしつ? とか豊富らしい。人間の体は殆ど水分で出来てるとか、てつぶん? とか色々。

 

 特にたんぱくしつ? は凄く重視してたようで必ず食事に取り入れていた。後は色々細かい事はあるけど、バランスがとれている食事って言うのはよく覚えている。

 

 ダンは外食の時でも食事に殆ど気を使っていた。彼の生活習慣はかなり特殊で冒険者の中で明らかにおかしかった。普通は好きな物を食って、欲を満たして明日に繋げる生き物だ。

 

 でも、ダンは更にその先を俺は見ているとかなんとか言っていた。なんだっけ? ほうしゅう、さきおくりのうりょく? よくわかんないけど遥か未来を常に見ているとか。

 

 だから、だろうか。アイツに物凄い違和感を感じる。

 

 ここに居るのは全員冒険者。食事を普通あんな風に選ぶ人は少ない。偶にいるがわざわざここまで来てそれをするだろうか?

 それに彼が選んだ選択はダンのそれによく似ている。あと、よくよく考えてみれば皆アタシに注目してざわついているのに、アイツだけ何食わぬ顔でよく噛んで食事を続けている。

 

 あの無駄に胆力のある感じ……ダンに似ているような……いや、まさかね。

 

 …………ちょっと、話してみようかしら? 母さんにも一応結婚に向けて頑張っていると言い訳したいし。

 

 

 

「ねぇ、相席していい?」

「あ、どうぞどう……ぞ……?」

 

 

 青年はアタシの顔を見ると固まってしまった。だが、すぐさまにこやかに笑顔を返してくれた。

 

「暇でさ。ちょっと話し相手になってよ」

「僕で良ければ」

「ありがと。アンタは名前なんて言うの? アタシはリンリン・フロンティアね」

「僕はバンです」

「そう、バンはどうしてここに?」

「あー、そろそろ母さんが結婚しろっていうか……」

「アタシと同じね……」

「へぇ、()()さんも同じなんですね」

 

 

 今、こいつアタシのこと()()って言った? 普通略して呼んだりする人居ないんだけど、ダンとかサクラとか……。というかそもそもアタシと話すのに特に緊張とかしないのね……。

 

 大体の人は恐れたりするんだけど……。

 

 

「まぁね……。えっとバンは何歳なの?」

「18です」

「へぇ……」

 

 

 なるほど、年下ね……。一瞬だけダンかと思ったけどそんな訳ないか。ダンは30歳くらいだし、そもそもこんなに愛想良くないし。だけど、そこが好きだったわけだけど。

 

 

「若いわね。これから色々経験するといいわ」

「はい。アドバイスありがとうございます」

「あ、うん。凄い真面目なのね」

 

 

 ぺこりと一礼する彼を見て何というか生真面目な青年な印象が付いた。よくいる人みたいにぺこぺこする感じではない自然な感謝にちょっと嬉しさが沸いた。

 

「バンは冒険者ランクいくつなの?」

「僕はまだ駆け出しのFです」

「そう……。そう言えば最近は冒険者になるには試験が必要なんだっけ?」

「そうです。リンさんはよくご存じですね」

「まぁ、これくらいはね。バンはどんなスタイルで戦うの?」

「えっと……剣とか魔法とか……」

「あら、魔法が使えるのね」

「少しですけど」

「魔法が使えるだけで結構凄いんじゃない? 才能ない人は全く使えないし」

「どうもありがとうございます」

「あ、うん、なんか変な感じがするわね。ちょっと見せてくれたりする?」

「え? 魔法ですか?」

「そうそう」

「あー、第一階梯のミニミニ・ファイアなら」

「お願い」

 

 そう言うとバンは手の平に小さな炎を発動させた。正直に言えばアタシは第十二階梯魔法と同時に五つくらい使えるからこの程度に普通は驚きはしない。だけど、彼の使った魔法は妙に研ぎ澄まされている感じがした。

 

 だから、自然と口が開いた。

 

「やるじゃない」

「ありがとうございます」

「あ、うん」

 

 

 変な感じ……。

 

 

 色々と話が弾んだ気がした。暫く時間が経って、食事が終わると彼は立ち上がった。

 

 

「では、自分はこれで」

「帰るの?」

「えぇ、食事はしましたから」

「ふふ、なにそれ? 元々ここには食事でもしに来たの?」

「あー、いえ。えっと、まぁ、そんな所です」

「アンタが帰るならアタシも帰ろ」

「そうですか」

 

 

 別にこれ以上ここに居る理由もない。母さんには結婚活動の言い訳をするほど頑張ったわけだし。そして、外に出ると彼はまた一礼して去って行こうとした。

 

「ねぇ」

 

 どうしてか。アタシは彼を呼び止めてしまった。

 

 

「また、来る?」

「え?」

「だから、この交流会にまた来るのかなって」

「あー、そうですね……多分来るでしょうね。母親が結婚しろって五月蠅いから」

「ふふ、そう。だったらまた会いましょう」

「はい。いつかまた」

 

 

 一礼して彼は去って行った。不思議な人だった。

 

 初めて話したのに妙に惹かれる感じが……いけないいけない、アタシはダンの事が……。

 

 

 少しだけ、彼の背を見て胸が苦しくなった。

 

 

◆◆

 

 

 リンリンが王都の交流会会場からフロンティア城の自室に帰った後、妹であり第三王女のターニャが彼女に感想を聞いていた。

 

「姉さん、どうだった?」

「うんー? なにが?」

「だから、交流会」

「あー、あれね。暇つぶしにはなったわ。母さんに言い訳もしないといけないし、また行ってあげてもいいわよ」

「へぇ」

 

(意外と機嫌良さそう。物凄い不機嫌な顔で帰ってくると思ったのに……もしかして本当にダンさん来たのかな?)

 

「もしかして、ダンさん本当に来たの?」

「来てないわよ」

「あ、そう」

 

(これは……もしかして本当に運命に出会っちゃったのかな?)

 

 

◆◆

 

 

 あ、っぶねぇぇぇぇえ!!! リンが話しかけてくるじゃない!? バレたのかと思ったぁぁぁぁ!?

 

 いや、本当にビビったわ。なんとか普通に接することは出来たと思うが本当にビビった。

 

 しかし、バレたわけではないようで一安心だ。魔法を見せた時、大したもんだって言われたけど、そりゃそうだろ。リンが俺に魔法を教えてくれたんだからな。

 

 

 だが、もしかしなくても彼女は俺の正体を疑っているのかもしれない。最後にまた会えるのかと聞いてきた。あれはもしかして、俺が勇者ダンだと勘付いてまた見極めたいから聞いたのかもしれない。

 

 変に拒んだりすると余計に怪しいし……。それに婚活は続けないといけないし。

 

 万が一にもバレることはないと思うけど、そこだけ注意だな。だって元パーティーメンバーに散々俺様系やってきたのに実はフツメンとかは思われたくないわ。

 

 

 しかし、懐かしいな。リンには魔法を本当によく教えてもらった。色々迷惑をかけたけど……あの時、あのまま付き合えるんじゃないかって本気で思っていた。

 

 だが、そんなことを思い出してもしょうがない。しかし……魔法か……ウィルにもそろそろ教えてあげてもいいかもしれないな。取りあえず剣術と基礎体力をメインに修行していたけど、大分固まってきた。

 

 そうと決まれば帰りに魔法の教科書買って帰ろう。

 

 

 

 




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12話 覚醒ウィルVSダイヤ

 とある朝、僕はいつものように勇者ダンと共に訓練をしていたんだ。だけど、いつもとは少し違う所がある。それは村から少し離れた場所で訓練を行ってると言う点だ。

 

 森林に囲まれた鬱蒼とした場所。木と木の間から僅かに刺す光明が僕達を照らしていた。僅かにしか光は刺していないと言うのに眼の前の勇者はいつものように極大に輝いていた。

 

 この人が……あと十年しか輝けないなんて……

 

 もっと、強くならないといけない!!

 

 

「お願いします!」

「どっからでもかかってこい」

 

 

 勇者は木剣をこちらに向ける。合図はない、始めるタイミングは僕が決めて良いと言う事だ。全てがこちらにゆだねられている状況で僕は直ぐにも足を踏み出した。この時間を一秒たりとも無駄にしてはならない。

 

 振り下ろした剣は彼に防がれた。更には僕の刀身を剣先にピンポイントに当てられてる。一瞬のうちに起こった神業に驚いている暇もない。一度引いて、そこから振り下ろす……と見せかけて、敢えて空振り、そこから切り上げる。

 

 それで一撃が決まる訳が無い。彼は上からフェイントとして放った空振りを防ごうともしなかった。全て分かっていたのだろう。

 

 

 未来すら見通すことが出来るとすら言われた勇者ダンの洞察力、それを甘く見ていたつもりはない。しかし、本当に心の奥底を更には自身すら知りえないようなことまで知られているような気がして、身の毛がよだった。

 

 

「少し、攻めるぞ」

 

 

 ――少し

 

 

 少しって、なんだっけ……? 真上から岩石でも降ってきたかのよな衝撃。真横から巨人の手でビンタされたくらいの爆発力。どこが少しだよ!?

 

 僕からしたら大嵐だ。

 

 重くてしなやか、同時に速い。最早、自身の眼では追えないほどに速過ぎた。だけど、なんとか僕は喰らい付いていたのだ。一撃すら食らわずになんとか耐え凌ぐ。

 

 しかし、手が震えていた。手も剣を通じて喰らった振動の余波で鉛のように重くなってしまった。

 

「少しはできるようになったな」

 

 数秒の打ち合いの果てに、体力が底をつく。そして、上から隕石が落ちてきた。正にこのまま体がすりつぶされると幻覚を見てしまう程にその一撃は強さが内包されていた。

 

 勇者の剣は僕の頭に激突することなく、直前で止められていた。あまりの迫力に僕は腰をついていた。

 

「あ、あ……」

 

 言葉にならない。彼に殺気はないとしても、容易に自身を潰すことが出来る人は恐怖を簡単に与えることが出来ると知った。

 

「少し、休め」

 

 

 言われるがまま休憩をした。しかし、すぐに腰を上げて彼に挑んだ。結果はいつもと同じでボロボロに負けるだけで汗だくになった。

 

「近くに滝がある。水浴びでもしていくといい」

「あ、はい!」

 

 

 確かにあれだけ汗をかいていたら村の人にも、メンメンにも怪しまれてしまう。服を脱いで僕は滝で水を浴びた。ついでに勇者様も浴びるようだ。

 

「あの」

「なんだ」

「水浴びでも仮面は取らないんですか……?」

「文句あるか」

「あ、ないです」

 

 全然水浴びになってないような気がする。だって、鉄仮面で滝の水が弾かれてるし、勇者ダンって偶によく分からない気がする。まぁ、僕程度に分かる訳がないんだけど……。

 

 水浴びをしながら、ふいに勇者ダンの下の方を見てしまった。それを見て、僕は戦慄をした。え……これって……勇者ダンの顔は今まで見たことはない。更には体つきとかだって見たことがなかった。

 

 どこまで引き締まった体なのか、それも気になっていた。直で見て、引き締まり同時に強固な肉体美に圧倒的な強さを感じた。僕もこれくらいにならないと勇者にはなれないと感じた。だけど……し、下の方は、これは……鍛えてどうこうなる大きさなのか?

 

「あ、あの」

「なんだ?」

「その、(しも)の大きさって……勇者の才能に関係ありますか……?」

「何を言っているんだお前は」

「いや、その……勇者様みたいに大きく――」

「――馬鹿か、お前は」

「ですよね。すいません」

 

 

 どうやら勇者の才能に大きさは関係ないらしい。なんだか安心をした。水浴びが終わると彼は修行の総評について語りだした。

 

「さて……自身でどう思う?」

「えっと、前より強くなっている感じがします!」

「そうか。俺もそれは感じている」

 

 勇者ダンも成長を一緒に感じてくれているという事実に思わず拳を握って喜んでしまう。しかし、と彼は淡々と告げる。

 

「しかし、お前は俺の動きに慣れているとも言える。あの修行で俺と打ち合えるのは俺の動きに慣れて、ある程度次にどこに衝撃が来るのか分かっているからだ」

「は、はい」

「ようは思考ではなく、脊髄反射に近い」

「せ、きずいはんしゃ?」

 

 聞いたことのない言葉だ。僕が無知であると言う事もあるのだろうけど……。勇者様は僕が無知であることに溜息を吐くことなく淡々と告げる。

 

「脳と言うより、感覚だな。熱いモノに触ったら咄嗟に手をどけるだろう。それと一緒だ、熱いから手をどける、と感じてから動くより、既に動いていると言う事だ」

「あ、はい、なるほど……」

「なれている俺にはまぁまぁ通じるが他相手だと通じない事もあるだろう。そこは経験だがな……あとは、お前魔法は使えるか?」

「使えません……」

「一々、落ち込むな。ここから俺が教える」

「え!?」

「来週からだ」

「ら、来週か……」

 

 

 モドカシイ、もっと教えて欲しい、出来たら明日からでもこの人に魔法を教えて欲しいけど……忙しいからな、勇者ダンは……

 

「頑張れ、ウィル。来週は始まりの盾もやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ」

 

 そんな、まさかあの伝説の始まりの盾も貰えることが出来るだなんて……一生の家宝にしたい! 始まりの剣も寝る時も一緒だし、始まりの剣と盾と一緒に寝れたらいい夢が見れそうだ!!

 

「ウィル。あんまり焦るなよ。急激に成長することはない」

「そ、そうですよね」

「ただ、今までやってきた事が急に積みあがる瞬間はある。今は耐える時、積み上げるために土台を固めろ」

「は、はい!

 

 

 僕が強さに焦っていることも見抜かれていた。やっぱりこの人は凄い!! 

 

「では、一度家に帰らせて頂きます」

「あぁ」

 

 

 そう言って僕は一度家に帰った。朝練、昼練、夜の前にもう一度訓練。疲労や勇者ダンの予定によって変わることはあるが、基本的に訓練は三部構成だ。ここまで訓練が続くと流石に疲れる。

 

 この時点で疲労は溜まっている。しかし、頑張る、来週からは魔法で始まりの盾も貰えるのだから!!

 

 僕は気分が上がりいつも以上に野を翔けた。

 

 

◆◆

 

 

 ウィルは勇者ダンと別れ、一度村に帰り薪割をしていた。彼は冒険者になった後も家の手伝いをしたりしていた。冒険者として依頼をこなし僅かであるがお金も家に入れている。

 

 少しずつ変わっていく自分を彼も周りも感じている。そして、筋力が付いて以前とは別人のように薪も高速で割れる。

 

 

「ウィル。本当に力強くなったね」

「あ、うん」

 

 

 そんな彼に幼馴染のメンメンが不思議そうな目で観察をする。あまりに以前とは違いすぎて違和感が湧いているようだ。

 

 

「ねぇ、絶対なんかあったでしょ? 教えてよ」

「え? え、えっとなにもないよ……」

「嘘だよ、ゴブリン相手に引かないし私を助けてくれたし、急に冒険者試験受けるとか言って、合格してくるし……絶対可笑しい!」

「そ、そうかなぁ……?」

 

 

(不味い……メンメンに怪しまれている。でも、勇者ダンとの関係は絶対に秘密にしなければ……)

 

 

 どうにか言い訳を考えようとするウィル、そんな彼の下に二つの影がやってきた。

 

「おい、ウィル。相変わらずしけた面してるな」

「オレ達と一緒で冒険者試験受かったからって調子乗んなよ」

 

 ウィルとメンメン、二人の元にやってきたのは同じく同年代のルードとウェスタンと言う少年だ。彼等の村で最も才があるダイヤと言う少年の取り巻きみたいなことを二人はしており、三人で冒険者試験に挑み合格している。

 

「もう、二人はいい加減にしてよ! ウィルに構わないで!」

「いつも女の陰に隠れやがって」

「どうせ冒険者試験もインチキしただろ」

「どっか行って!」

 

 

 メンメンが怒り、ウィルを二人から遠ざけようとするがそうも行かなかった。ウィルはずっとそう言う馬鹿にされることに慣れていたから、下を向いて何も言わない。

 

「ウィルはすっごく強くなってるんだから! インチキじゃないし! アンタ達の親分のダイヤなんかちょちょいのちょいなんだから」

「ほう、言ったな!」

「だったらオレ達のダイヤと勝負だ!!」

 

 

 ルードとウェスタンは待ってましたと言わんばかりにダイヤとウィルの決闘を提案した。ウィルが馬鹿にされて頭に血が昇っていた為にメンメンはそのままそれを承諾した。

 

 

「いいよ! 絶対ウィルが勝つから!」

 

 

 そうと決まれば逃げるなよと二人は言い残して、去って行った。その後でメンメンは冷静になり、口に手を当てて、やってしまったと後悔をすることになる。

 

「ごごご、ごめん、ウィル! あの、私……」

「あ、うん。急に色々きまってびっくりしたけど……僕の為に言ってくれたわけだし、怒ってないよ」

 

 

(それに……良い機会かもしれない。今の僕がどれだけダイヤに通じるか。どこまで差が縮まっているか。それが例え仕組まれていたとしてもやる価値はある)

 

 

 ウィルはダンとの訓練の時間までの間にダイヤと戦う事を決めた。今まで比べることすらおこがましかった存在との戦いが始まる。

 

 

 

◆◆

 

 ウィルとダイヤが向かい合う。

 

「ボクとやるって言うのかい? ウィル」

「うん……。どこまでやれるか、試してみたい」

 

 

 ウィルは手を開いたり閉じたり落ち着かない様子だった。なぜならギャラリーが居て、彼自身の根っこは小心者だからだ。

 

「おいおいダイヤとウィルがやるのか」

「流石に無理だろ。手も足も出ずに負けるさ」

 

 

 同じ年の子達も気になって、二人の決闘に出向いていた。否、ルードとウェスタンが集めたのだ。二人はウィルが急に駆け上がるのが気に食わなく、絶対に勝てるダイヤと公衆の前で戦わせて赤っ恥をかかせてやるつもりなのだ。

 

 ダイヤはそれを知らない。だが、思いは違えど彼自身もウィルとの決闘を望んでいた。別人とも言えるような急成長を遂げたウィルの実力を確かめたかった。

 

 

「先手は譲るよ。ウィル」

「ありがとう」

 

 

 ウィルの足が地に沈む、そこからバネの様に急激に加速をして、剣を落とす。風を斬るような一撃をダイヤは防いだ。

 

 

(――速いッ、身体能力、それに流れるような型が作り上げられているのか……ッ)

 

 

 短時間でここまでの強さを得られるはずはない、しかし、眼の前の存在はそれを体現をしていた。それに驚愕と嫉妬、そして畏怖を抱く。それも束の間、攻守が入れ替わり、ダイヤが剣先を向けて突きを繰り出す。

 

 それで決まるかに思われるほどにダイヤの剣も見事であった。大衆も僅か一瞬だけ、勝負の決着を予感した。――だが、そこから彼は再びそれを横なぎで急所を外す。

 

(決まったと思ったのにッ)

 

 

 戦いを見守る周りもようやくウィルが急成長を遂げ、別種の番外になりかけていることに気付き始めた。

 

 

「ウィル、最近動きが軽いと思ってたが、本当にどうしちまったんだ」

「ってか、あれどこの流派の剣術?」

「ダイヤは絶真流だろ?」

「違くて、ウィルだよ……ウィルの剣術」

 

 

 その言葉は微かにだがダイヤにも聞こえていた。

 

 

(そうだよッ、どこの流派だ!? この剣は!?)

 

 

 まさか、生きる伝説から直々に落ちこぼれの泣き虫ウィルが剣の指南を受けているとは夢にも思わない。そもそもダンの剣は特殊の剣で彼が前世で覚えていた知識と、この世界で考えて、丁寧に丁寧に、砂で城を作るように少しずつ作り上げたモノ。

 

 似た剣はあれど、同種の剣はない。その根本にある剣の真理は途轍もなくシンプルなのだが、それには未だに誰も気付いていない。

 

 

(コイツ……マジでなんだよッ。ボクが、ボクが、ボクがこの村で一番強いんだよッ)

 

 

 ダイヤにはプライドがあった。彼はどこにでも居るような優しい青年だ。しかし、彼の中には力を誇示したい、己が強いと証明し名声を得たいと言う欲望もあった。それは悪い事ではない。欲望は人を成長させるものだから。

 

 だが、彼の場合はそれを内心に留めるが少々行き過ぎる。心の奥底で誰かを見下し、嘲笑し、それによって他者との実力を確認していた。

 

 故に、焦る。急に横から現れた三下以下の存在に焦った。

 

 

(確かに大したもんだよ。でもな……ボクの方が強いッ!)

 

 

 ダイヤも積み上げてきた者がある。絶真流という剣を学び、魔法の才能もある。紛れもなく、強者の道を行く一人。彼の剣はさらに力を増して、ウィルの実力を確かめる剣から、彼と叩き潰す剣に姿を変えた。

 

 

 次第に追い込まれるウィルの姿にメンメンは祈るように手を握った。自分の失言によって、この戦いが始まってしまった事も後悔して、しかし、応援もしている。なぜなら、彼女は――

 

(ウィル……大丈夫だよね)

 

「ねぇ、これどういう状況?」

「え?」

 

 

 軽い間の抜けるような声。彼女が横を見るとツンツンヘアーの黒髪の男性が何食わぬ顔で二人の決闘を眺めていた。

 

「え、えっと村の若い人同士で決闘みたいな……、わ、私のせいなんですけど」

 

 

(この人、村の人じゃないよね……? しかもさっきまで居なかったし、足音とかも全然……)

 

 

「ふーん、決闘か……」

 

 

 興味深そうにその男性は決闘を眺めていた。その彼の目線の動きや独特の雰囲気から彼女はあることを悟る。

 

 

(この人、あの戦いが完璧に見えているのかな……。私は正直、見えないんだけど)

 

 

「あの、あっちの黒髪の子は勝てそうでしょうか?」

「うーん、間違いなく負けそうだね」

「あ……」

「ただ……折角なんだからもうちょっと、頑張ってほしいけどね」

 

 

 そう言って青年は手をメガホンの様な形にして、それを口に当てた。そのまま徐々に負けを認め始めたウィルに声を発する。

 

 

「頑張りなよ! まだまだ行けるって! まだまだ出し切れてないモノがあるんじゃない!?」

 

 

 がやっと周りが湧いた。あそこにいるツンツン頭の青年は誰だと、一体全体どっから勝手に入ってきたんだと言われ始める。だけど、ウィルだけはその声の主に気付いた。

 

 先日、冒険者試験に一緒に挑んだバンであると。どうして、ここに居るのかは分からないが彼が応援をしてくれていると気づいた。

 

(不思議と、彼の応援で力が湧いてくる……考えなきゃ、ある程度勝負できたで終わるなんて、勇者ダンの後継者として僕自身が許せないッ)

 

 

(ここから……更に……)

 

 

 

 バチっと彼の頭に電流が走る感覚――、そうだと彼は思い出す。

 

 

(脊髄、反射……。動きの慣れ、彼の動き、眼で見てからの思考と対処……僕の動きは遅いんだ……そうか――これが)

 

 

(勇者ダンが言っていたことだッ)

 

 

 覚悟を決めて、再び彼は一歩飛ぶ。剣を握り締め、思いの丈を外して、強敵に挑む。

 

 しかし、その行動に誰もが目を丸くした。

 

 

「は……?」

 

 

 見ていた内の一人が溢した言葉だった。だけど、それは一人を除いた全員の思いの代弁でもあった。なぜなら、ウィルは目をつぶっていたから。

 

 

(馬鹿が、それでボクに勝てるわけもない、諦めたか)

 

 ダイヤも勝負の決着を今度こそ、悟ったつもりだった――しかし、そこから瞬きをする暇もなく、彼の首元に剣が向かい始めていることに気付き、大急ぎで対処を試みる。

 

 上、下、右、左、彼は目を瞑りながら剣を振る。

 

 

(眼で見てから考え、対処するから遅いなら、眼もいらない。勘と今まで見て来たダイヤの動きを頭の中で予知して動く……)

 

 

(勇者ダンが既にヒントをくれていたんだ……)

 

 

 

 ウィルは生まれてすぐに勇者ダンに憧れを抱いた。それは彼以外にも抱く者は居て、ダイヤもその一人だった。彼には才能があって村の中では英雄だった。それをウィルは指をくわえることしか出来なかった。

 

 だけど、見ていた。嫉妬と自身の情けなさに板挟みになりながらも先を行く相手として、何年もダイヤの剣を見てきた。

 

 だから、必然的に彼の動きは分かった。彼の考えそうなことも僅かだか分かっていた。それを、今し方始まった実戦と自身の勘で埋めて、限定的な未来視をような力を再現した。

 

 

(ボクが、剣を振ろうとしたら、既に()()()()()()()()()()ッ)

 

 

 強者(ダイヤ)弱者(ウィル)が迫る。一手ずつ、一歩ずつ、攻守が入れ替わる感覚を誰もが感じていた。

 

 まさか、勝つのか? ウィルが……と期待を抱きかける。

 

「まだだ、右、左、上、右」

 

 

 ブツブツと頭の中のダイヤの動きを呪言のように呟きながら、ウィルは剣を振る。剣が完全に読まれている、心が写し取れている感覚に背筋が凍る感覚。崖に追い込まられる焦りをひしひしとダイヤは感じていた。

 

 

「うそだ、ボクが、負けるなんて――」

 

 

 ――ダイヤが負けを悟って最後に適当に振った木剣がウィルの頭に当たった。

 

 

 最後の最後に彼は読み違えて、更には体力、気力共に限界に達していたウィルは倒れた。限定的な未来視の再現はそれだけ脳に負担を与えていたのだ。

 

 ダイヤは勝った。しかし、誰もその勝利に声を上げることはない。ダイヤ自身も勝ったとすら思わなかった。

 

 

「……なんだよ、なんなんだよッ。急にボクの隣にきやがってッ」

 

 

 ダイヤの言葉にウィルは応えない。ただ、疲労の渦に呑まれて彼は瞳を閉じていた。眠りに落ちる寸前、彼は夢を見た。

 

 

 遥か先、ダイヤなんて、比べることもできない程の先に居る存在。天にすら届きそうな強さの頂に居る勇者の背中が僅かだけ見えた気がした。

 

 

『――必ず、僕は貴方のような勇者になります』

 

 

 夢の中でしかも鉄仮面を被っている勇者ダンが笑って居る気がした。

 

 

◆◆

 

 

 僕はダイヤに負けた。気付いたら辺りは夕焼けに染まっていて、家のベッドの上で目を覚ましたのだ。

 

 

「ウィル!」

「メン、メン」

 

 

 起きたらすぐそばには幼馴染のメンメンが泣きそうな顔で僕を見ていた。きっとあの決闘の事を気にしているのだろうと僕は悟った。

 

「あの――」

「――ごめんなんて言わないで」

 

 

 彼女の言いそうなことは分かっていた。だから、止めた。

 

 

「あれは僕にとっては良い経験になったし! 元々、戦いは止めることは出来たのにしたのは僕だから! だから、謝らないで!」

「あ、うん」

 

 

 全部言ったら彼女は謝るのを止めた。

 

「え、えっと、頭打ったけど大丈夫?」

「うん、平気だよ」

「そっか、なら良かった……どうして私が最初にごめんって言おうとしたの分かったの?」

「え? なんとなくかな? メンメンとは幼馴染だし、大体分かりそうな気もするけど」

「……ウィルって昔からそうだよね」

「なにが?」

「んー、とね。誰かの気持ちを、痛みとか理解しようと努めるとこ。人の気持ちを考えて、なるべき傷つけないようにしようとか、きっと困ってるから、困りそうになるから助けてあげようとか、よくしてたじゃん」

「そ、そうかな?」

「そうだよ……ウィルのそう言う……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 メンメンがそう言って、顔を赤らめて下を向いた。思わず、ずっと心のうちに秘めていた想いを告げてしまったからだ。

 

「え? ごめん。よく聞こえなかったんだけど?」

「えー、嘘でしょー」

「あ、え!? ホントごめん!?」

「もー、じゃあ、当ててみて? 私が今、何を想っているのか」

 

 

 メンメンが上目遣いでウィルを見る。黄色の綺麗な髪と、宝石のような美しい瞳と整った容姿、そんな少女が頬を赤らめて雰囲気を出したら、もう、答えは決まっている。

 

「から揚げ食べたいとか?」

「……もぉー、こういう所だよね! ウィルの良いところは!」

「ありがとう!」

「皮肉だよ」

 

 

 溜息を吐きながらメンメンは立ち上がって、再びニッコリ笑った。

 

 

「ありがとね、私の事まで気にしてくれて! あと、今日のウィル、かっこよかったよ!」

「え? 本当!? ありがと! ってあああああ!?」

「どうしたの急に大声出して!?」

「忘れてた!!! ごめん! 僕行かなきゃ!」

「ちょっと、ウィル!?」

 

 

 

 ウィルはあることを思い出して、家を飛び出して走って行った。メンメンは一体全体何が何だか分からないまま、首を傾げた。

 

 

◆◆

 

 

 朝練が終わり、ちょっと眼を離したすきにウィルが決闘とかするって聞いたから鉄仮面外して、着替えて村に進入中である。

 

 

 既に始まっており、状況を聞くとウィルとダイヤと言う子が決闘をしているらしい。おおー、頑張れ! ウィル!

 

 

 しかし、負けそうだ……。まぁ、まだまだここからって感じだからな、ウィルは……。

 

 でも、後悔するような負けはするなよ。お前が勇者を目指すならきっと後悔することはあると思う。でも、今からしてどうするよ。沢山あるんだよ、辛い道も、困難なあぜ道も。

 

 なに、負けそうな顔しているんだ! 気合い入れろ! お前週一とは言え俺が教えてるんだぞ!!

 

 

「頑張りなよ! まだまだ行けるって! まだまだ出し切れてないモノがあるんじゃない!?」

 

 

 そう言ったらウィルもちょっと気合をいれなおしたらしい。というか、かなり良い線行っているのでは……? え? ちょっと待て

 

これ、勝つのか……?

 

 流石の俺も僅かに期待をしてしまった。しかし、ウィルは最後の最後に読み間違いをして呆気なく負けた。でも、確かに可能性を感じざるを得ない動きだった。

 

 

 これは褒めてやろうじゃないかと思い、家に帰って始まりの盾を持ってくることにする。起きた時に渡してやろうと待機していたら……ウィルと幼馴染? と思われる女の子が話をしている場面を聞いてしまった。

 

 それにしても、ウィルは可能性の塊かもしれない。あいつこそ真の勇者に成れるかも……七人の弟子で可能性のあるランキング一位はウィルかもな!!

 

「そ、そうかな?」

「そうだよ……ウィルのそう言う……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え? ごめん。よく聞こえなかったんだけど?」

 

 

 

 うわぁ、俺難聴系苦手なんだよなぁ……、あとイチャイチャされるのもムカつくなぁ。弟子は師匠の俺が結婚するまでイチャイチャするなよ。

 

 勇者ダンの弟子は異性とイチャイチャしてはいけないって条例作ろうかな? それにしても何だよウィル、俺と一番近い灰色の青春送ってると思ったらリア充かよ。超新星爆発(スーパーノヴァ)しろー

 

 

 

 腹立つわー。やっぱり孤高でボッチで女の子と一切話さないユージンが勇者として、一番可能性感じるわー。

 

 さて、という事は始まりの盾も女の子とイチャイチャしているなら必要ないよね?

 

 ウィルはイチャイチャしたので三週間後にあげることにしよう。

 

 

 そう思って帰り道を歩いているとウィルがやってきた。

 

 

「あの! 急に修行さぼってすいませんでした!」

「気にするな」

「あ、その……その手に持っている盾は」

 

 

 あ、しまった。出しっぱなしだった……仕方ない、あげるか。

 

 

「やろう、始まりの盾だ」

「あ、ありがとうございます! それと勇者様のアドバイスのおかげでまた一歩成長が出来ました!」

「そうか。精進しろよ」

「はい!」

 

 

 どのアドバイスであの動きになったのか全然分からないな。取りあえず現代知識で語ればそれなりの効果と信頼が得られると思って色々言っているから分からんよ。

 

 でも拡大解釈すれば俺のおかげか……。ならば腕組んで全部分かっていた感を出そう。

 

 ウィルは凄い感激して、全部分かっているなんて流石だ! みたいな顔をしている。それより、俺もリア充に成りたい……。

 

 あれ? でもそう言えば昔……ウィルと似たようなシチュエーションがあったな。なんだっけな? あ、そうだ。俺が『ダルダ』っていう剣士に負けた時だ。

 

 

 落ち込んで宿屋のベッドの上で座っていたら……リンが慰めてきてくれたんだったな。

 

「何しょぼくれてんの?」

「なんでもない」

「嘘でしょ。どうせアイツに負けたの気にしてるんでしょ」

「……」

「ほらね……別にこれから勝てばいいじゃない」

「……そうだな」

「……アタシから言わせれば両方まだまだって感じだけど……」

「……」

『――でも、その……アンタの方が……か、かか、カッコよかったわよッ』

「なんか言ったか?」

「い、言ってないわよ! ばか!」

 

 

 あの時、ダルダっていう剣士に思いっきり鉄仮面に鉄剣ぶつけられて、その衝撃と金属音で鼓膜がどうにかなってたんだよなぁ。あの時、リンは何て言っていたのか……。小声で聞こえなかったんだよ。

 

 なんでもいいか。どうせ分からないし。

 

 

「あの、これからもよろしくお願いします!」

「あぁ」

「この盾も一生家宝にします!」

「そうしろ」

 

 

 そう言って俺はウィルと別れた。さーてと、明日はユージンかー。始まりの籠手でも上げようかな?




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13話 剣士と武闘家

 サクラ・アルレーティアという剣士が居る。彼、いや彼女は男として育てられた。彼女には剣士としての才能が有り、既に10歳の時に強さは他の者を優に超えていた。故に彼女は魔王討伐の為に旅に出て、当時11歳の勇者ダンと出会う。そこから彼女の運命は大きく変わったのだ。

 

 

 衝突もあった、最初は気にかけもしなかった存在と一緒に旅をして、伝説の勇者パーティーなどと呼ばれるようになった。そんな彼女も今や27歳、もうすぐ28歳になる。

 

 

「サクラ殿」

「何ですか?」

「以前の、勇者ダンの騎士育成校での教員の件なのですが――」

 

 

 

 王都トレルバーナにて彼女はとある女性聖騎士に話しかけられていた。それは兼ねてより打診されていた勇者ダンに育成校での教員をして欲しいというモノ。しかしながら、それはそう簡単に願う事ではない。

 

 なぜなら勇者ダンはどこに居るのか分からない。唯我独尊、俺様系、様々な謎と人脈の特質性から誰も願いを出すことは出来なかった。だが、嘗て一緒に旅をしたサクラ・アルレーティアならば問題なく打診を出来るのではないかと考えられた。

 

 更には偶に騎士育成校での演説も彼女が頼んでおり、うってつけの相手でもあった。彼女自身も今年から騎士育成校で教員として活動をすると言う理由も相まっている。

 

「分かっています、本人には僕から――」

 

 

 彼女はその為に勇者ダンを王都に呼び出した。いつものようにピシッとしたコートのような服。本当はバストサイズは大きいがさらしをまいて、髪も短い。だから、顔立ちが整った中性的な男性に見えなくもない。

 

 だから、ダンは未だに勘違いをしている。

 

 

「あ、勇者君ー!」

 

 

 待ち合わせ時刻の一時間前に彼女は待ち合わせ場所に待機していた。かなり早い時間帯から待っていたのだが、勇者も一時間ほど前にやってきた。

 

「……」

「えへへ、久しぶり」

「あぁ」

「それじゃ、ご飯いこっか」

「俺とお前だけか?」

「そうだよー」

 

 

 (僕はいつも待ち合わせとかは早めに来るけど、勇者君もいつも同じで早く来るなぁ……やっぱり僕達って気があうよね? って言えれば良いんだけど……)

 

「えっと、この間の個室がある飲食店行かない?」

「どこでも構わないが……今日の話はまた演説をしろとか言うのか?」

「あー、えっとね。今日は若干違うかな」

 

 

 二人が並びながら飲食店に向かって歩いて行く。その途中でサクラはまるで彼氏と恋人みたいだなと嬉しそうに笑う。

 

 

(二人だけの時間とか、なかなか取れないから……大事にしたいなぁ。ちょっと返すの引き延ばしちゃおー)

 

 

 頭の中でそんなことを計画していると、二人に声をかける影があった。

 

 

「勇者、それにサクラ……二人でどこ行くの?」

「か、カグヤちゃん……どうしてここに?」

「二人、さっきみつけた……だから、声かけた」

「そ、そっか」

「二人でご飯? わたしも行きたい」

「あ、うん、一緒に食べよっか」

「うれしい、ありがと」

 

 

 嘗てのパーティーメンバーであるカグヤも偶々王都に出向いていた。その為急遽二人きりのごはんから、三人の食事に移行をする事になり、ちょっとだけサクラは寂しくなった。

 

(ま、まぁ、皆で食べた方が楽しいからね……うん、たのしいたのしい……よしよし)

 

 

 自分の心に言い聞かせるように復唱をして、サクラは笑顔を取り繕った。その後、彼女を含めた三人が高級店の個室部屋に入って席に着く。勇者ダンの隣にはカグヤが居て、向かい合う所にサクラが座る。

 

 

(うぅ、隣に座りたかったのに……まぁ、二人きりでもそんな勇気無いけど……。でも、勇者君の顔を正面から見れると思えば……あ、どこ見ても鉄仮面フェイスだった……)

 

 

「勇者、なに、要請?」

「……無難にハンバーグにするか」

「勇者、よくそれ頼む、好きなの?」

「特にはな。それより、お前はどうする」

「わたしは、チキンステーキ」

 

 

(え、そんな至近距離で話すのズルくない? だけど、カグヤちゃんだから良いか……。カグヤちゃんって勇者君の事は父親くらいにしか思ってないみたいだし)

 

 

 カグヤと言う少女は勇者ダンが20歳の時に、文字通り空から降ってきた。その時は8歳という歳で小さかったのだが身寄りもなく、仕方なく勇者ダン、大賢者リンリン、覇剣士サクラの手で育てられて今があるのだ。

 

 嘗ては子供の様に小さかった彼女も今では一人の女性として成長をしているが、サクラからすれば子供の様に感じることも多々あった。

 

 

(天から降ってきたときは驚いたけど……なんだかんだ大きくなったなぁ。昔はあんなに小さかったのに今じゃ身長も僕より高いし……)

 

 

(昔から勇者君とか僕とかリンちゃんに甘えてたから、きっと親みたいに見えてるんだろうなぁ。だからまぁ、嫉妬するのはお門違いなのかな)

 

 

 眼の前で勇者の腕に絡みつくようにしがみつき、豊満なバストを押し付けているカグヤもサクラには子供が父親に甘えるようにしか見えなかった。

 

 

「勇者、おさけのむ?」

「嗜む程度にはな」

「さいきん、わたしも飲めるようになった。こんどいっしょに飲もう」

「……そうか。お前も飲めるようになったか」

「飲もう、いつにする?」

「悪いが暇ではないのでな。サクラとでも飲め」

「……サクラとも飲むけど、勇者と二人でないと意味がない」

 

 

 眼の前でずっとカグヤに構いっぱなしの勇者ダンを見て、サクラも流石に面白くなさそうに眼を細めた。

 

「そうだ、勇者君! 頼みたい事なんだけど」

「そうだったな、それで何の用だ?」

「えっとね、今度騎士育成校の教師に――」

「――断る」

「速い!! ちょっと最後まで言わせてよ!」

「俺は忙しいんだ」

「忙しい忙しいって勇者君言うけどさ、何をしてるの?」

「……それは色々だ」

「勇者……前もそれ言ってた。要請、詳細」

 

 

 勇者ダンに問い詰めるサクラ、カタコトで疑問の眼を向けるカグヤ、二人の目線に勇者は溜息を吐きながら首を振る。

 

「お前達には関係ない。俺だけの問題だ」

「……そっか」

 

(また、僕達に何も言わずに危険なことしてるのかな)

 

「もしかして、勇者おんないる?」

「え!?」

 

(嘘でしょ!? 勇者君……)

 

 

 一々一喜一憂をして、サクラは再び勇者を見る。たしかに予定が忙しいのはデート、若しくはすでに既婚者で色々と忙しいのではないのかとも彼女は思わなくもなかった。

 

 

「結婚してるから忙しいとか」

「俺はまだしていない。予定も大したことじゃないが継続的にしなくてはいけないと言うだけだ」

「そうなんだ、勇者まだ結婚してないんだ。うらでしてると思ってた」

「していない」

「するつもりはある?」

「……まぁ……両親が色々と言うのでな」

「へぇ……そうなんだ、了解、納得」

 

 

(なんか、カグヤちゃんがにやって笑った?)

 

 一瞬だけ、カグヤが眼を細めて頬を吊り上げた事にサクラだけが気付くことが出来た。しかし、勇者はそれに気づくことはなく、またサクラも何かの見間違えだと眼をこする。

 

 普段はダウナーテンションで表情もほぼ固定のカグヤが笑った真意が何なのかは当の本人しか分かりえない事だ。

 

 

 そのまま話題は流れる。

 

 

「勇者、仮面の下、みたい」

「何度も言っているが見せない」

「むー……じゃあ、最近流行りのおまじない教えてあげる」

「なんだ? それは」

「顔と顔を合わせて……」

「まさか、そのまじないの為に仮面を外せと言うわけではないだろうな」

「……」

「おい、無言で仮面を外そうとするな」

 

 

 

(まぁ、カグヤちゃんが仮面の下を見たいって言うのも分かるけどなぁ。ずっと見せてくれないんだもん)

 

 

(僕たち以外も気になってるんだよねー。王都の人とか、他国の人とか……知っているのって勇者君の両親くらいかな?)

 

 

(勇者君が素顔を明かさない理由は色々説があるんだよね……一つは勇者君魔族説。魔族だけど人知れず人を守るために仮初の姿になっているって……まぁ、これはあり得ないだろうけど)

 

 

(もう一つは……()()()()()()()()()()()。これもそもそもの勇者の里が噂だからなぁ……)

 

 

(なんだっけ? 嘗ての初代勇者は魔王を討伐して王族の姫と結婚した。しかし、旅の航路で何人かの娘と添い遂げており、既に子供がいた。そこにとある預言者が現れて、未来の最悪に備えて勇者の子孫を陰に隠し、血を育てることを促した……)

 

 

(ただの作り話と言うか、適当なでっち上げだと思われていたけど、全く王族とは関係ない場所から勇者が現れたから勇者君がその里の子孫ではないかと言っている人が居るんだよね)

 

 

「勇者の故郷、進行、懇願」

「それは無理だ」

「……」

「おい、だから不機嫌になったら仮面を取ろうとするな」

 

 

 サクラの眼の前ではキャットファイトの様に軽く手と手で戦う勇者と武闘家の姿があった。それにより、波のような思考の渦から彼女は抜け出した。

 

 

「あ、勇者君、教師の件だけど」

「悪いが俺は暇じゃない」

「だったら、非常勤講師はどうかな? 本当に偶にでいいんだけど……」

「……」

「ダメ、かな?」

 

 

 上目づかいでサクラは頼む。普通の男性なら可愛らしく見えてしょうがないなぁと頼みを聞いてしまう所。しかし、勇者ダンは眼の前の美女を美男と勘違いしており、その姿が少々痛々しく見えてしまった。

 

「分かった、だからその眼は止めろ」

「やった、偶に来てくれるんだね」

「本当に稀にな」

「それでも嬉しいよ! 僕も今年から教師として頑張るからさ! 一緒に頑張ろうね!」

「……頑張るとは言っていないがな」

 

 

 そっぽを向いて溜息を吐く勇者に、嬉しそうに笑顔を向けるサクラ。そんな彼らの下に料理が届き、それぞれが食べ始める。その途中でカグヤが一口サイズに切ったチキンステーキを勇者の口元に運んだ。

 

「あーん」

「いらん」

「いいから、あーん」

「……」

 

 

 勇者の口元に運ばれたチキンは、口の中に入る絵面は見えないのに自然と仮面の前で消えた。

 

「これ、ほんとうに不思議……なぜ消失、疑問、拭えず……」

「勇者君、素顔絶対に見せないよね……」

 

 

 二人は眼をぱちぱちさせているが相変わらず勇者の素顔は見えなかった。そのまま三人は食べ終えて、料理店を出る。

 

 

「じゃあねー、次もご飯約束だよー、勇者君!」

「お酒、つぎは絶対……ふたりでね」

 

 

 

 背を向けながら手を挙げて、勇者ダンは去って行った。彼が去った後でサクラとカグヤは二人で歩き出した。

 

 

「この後、サクラ、わたしのいえ、来る?」

「え? いいの?」

「おさけ、無駄になる」

「あー、勇者君と飲むために買ってたんだっけ? でも、カグヤちゃんももう大人だねー。好きな人とか出来たんじゃない?」

「いるよ、ずっと」

「おー! 誰だれ?」

「勇者」

「ふふ、ずっと可愛いなぁ。確かに父親みたいだもんね。でも、その好きはちょっと違うかもね」

「……そういうことにしておく」

 

 小声でカグヤはそうつぶやいて、眼を細めた。何食わぬ顔で彼女はサクラの隣を歩く。そんな彼女の大人びた表情に本当に大きくなったのだなとサクラは感慨深い感触に襲われた。

 

 

「あんなに小さかったのに……本当に大きくなって……。僕は嬉しいよ」

 

 

 そう言ってカグヤの頭を撫でる。ふさふさの髪の何度も手で触ると嬉しそうにカグヤは笑うが、直ぐに元の顔に戻る。

 

 

「ねぇ」

「どうしたの?」

「勇者、結婚してないんだって」

「あ!? う、うんそうは言ってたね!?」

「……分かりやす」

「え? 何か言った?」

「別に……いつまでも子供として見てると……足を掬われるってだけ」

「え? どういうこと?」

「別に……深い意味はない」

 

 

 再び、眼を細めるカグヤ。いつまでも子供としてしか見ていないとどういう事になるのか、サクラには分からなかった。

 

 

 

「お酒って何を買ったの?」

「ウルトラアル」

「え!? あれめっちゃ酔いやすい奴じゃない!?」

「だから、かった。元から酔わせるつもりだった」

「あー、そ、そうなんだ……?」

「勇者には、今度お肉沢山ごちそうになる……徹底的にしゃぶりつくして、たくさんモグモグするの。勇者がひーひー言うまで」

「ふふ、勇者君はお金沢山持ってるから、カグヤちゃんがちょっとお肉食べたからって余裕だと思うよ」

「だといいね。でも、どうかな……ずっと子ども扱いしてきたから、大分つけは溜まっているけど」

 

 

 ニタリと獣のように笑みを見せるカグヤの顔に再び驚くサクラだったが、眼を一度閉じて、開けると直ぐに無表情の彼女が居たのでまた見間違いと思うだけだった。

 

 

 彼女達を照らす太陽はぎらぎら輝いていた。

 

 

◆◆

 

 

 俺はサクラに呼びされていたので待ち合わせ場所に一時間前に来ていた。アイツは昔から一時間前に目的地に来ていたのでそれに合わせる。

 

 

 サクラにはよく呼ばれる。飲食店に向かっているとカグヤにも偶々会った。昔は子供だったのに今では大きくなったな。

 

 でも、どうせサクラの事が好きなのか……? と言い切れるような言い切れないような不思議な感じもする。だって、カグヤは小さい頃から子供みたいに扱われてきたから、彼女もリンリンもサクラも子供同様に見てる感じあるし……。

 

 カグヤの結婚式とか俺がスピーチとかする羽目になるのか……?

 

 

 色々未来について考えていると、飲食店で騎士育成校の教師について頼まれる羽目になった。でも、俺には後継者を育てる事があるし……。

 

 しかし、サクラの27歳上目遣いには見てて痛々しくてつい承諾をしてしまった。非常勤講師だからね、本当に暇な時にしか行かないからな!

 

 あと、カグヤがお酒を飲もうと言ってくるとは時が経つのは本当に速いな。

 

 

 まぁ、俺からすればまだまだ子供だけどね。

 

 

 



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14話 四天王

 勇者ダンとウィル、ユージン、アルフレッドなどが訓練を始める十四年前、もうすぐ十五年前になるがエルフの大樹国フロンティアに呪詛王ダイダロスと言う魔族の長が攻め込んできた。

 

 魔族と言う種族は数多の場所に存在している。天の上、別次元、または種族の進化によって存在し誕生する。彼等魔族の長を魔王と呼び、呪詛王ダイダロスも魔王と呼ばれている。

 

 

 魔王と呼ばれる存在はいつの時代も世界を闇に落とそうとした。しかし、その度に勇者と言われる存在によって倒されてきたのだ。

 

 そう、呪詛王ダイダロスと言う存在も勇者ダンによって倒された。

 

 

『ふははは、勇者とな?』

『……』

『ダイダロス様やっちゃってくださぇ!』

『ふふ、我らが四天王が手を出す前に魔王様に直接殺されることを誇りに思うがいい』

『我が呪を――』

『――消えてろ』

 

 

 文字通りのワンパンだった。拳は音すら置き去りにして、王の腹を貫通し、その衝撃で周りの魔族と後ろにいた数百の魔族も余波で息絶えた。穴が空いた魔王は片手で闇のオーラを放って勇者に付ける。

 

 

『その呪いがお前を死に導くだろう、絶対に忘れんぞ、十年で貴様は息絶え……』

『え……? 嘘だろ』

『俺達の呪詛王が……』

『逃げろぉぉ!!!』

 

 

 そこから蜘蛛の子が散るように数千、数万の軍勢は逃げて行く。その中には四天王と呼ばれる最高位の魔族も存在した。

 

『逃げろぉぉぉ!!』

『全員、己が生き延びることだけ考えるんだぁぁ!!』

 

 

 勇者ダンはエルフの国へ宣戦布告をした魔族たちを倒してまわった。火の海と化した戦場にただ彼は佇み、何度も何度も戦い続けた。しかし、数万と言う軍勢、あまりに膨大な数の彼らを全ては仕留めきれず、僅かな数と四天王を逃してしまった。

 

 

 しかし、彼らの中にはしかと勇者の強さは刻み込まれている。だからこそ慎重に慎重に呪いが勇者を殺すまで世界で争いを起こすことは、戦争をけしかけることはしないのだ。

 

 

「それでいつまでこうして、オレ達がこそこそしなくてはいけないんだ!!」

 

 

 バコン!! と二メートルを超える魔族が大きなテーブルを手でたたく。その衝撃でテーブルは砕け散り、二度と使えないほどに粉砕された。その破壊をした男の強さがそれだけで常識離れをしていることは想像に難くない。

 

 なぜなら、彼は呪詛王大ダイダロスに嘗て仕えていた四天王の一人、剛腕王手(キングバーダー)のゴーダである。

 

 

「落ち着いてください。ゴーダ。そろそろ機は熟す頃ですから……」

 

 

 そして、ゴーダに話しかける眼鏡をクイッと上げたその男は知性の高さを十二分に感じさせた。彼も同じく四天王であるザリーバンドフエットと言う魔族の頂点にいる存在。

 

 

「いつまで勇者が死ぬのを待てばいいんだ!!」

「それは計算外でした。しかし、ボク達の王、彼のおかげで勇者も弱体化している」

「だったら、今叩けばイイだろ! オレがよ!」

「……」

「勇者が死ぬのを待っている間に勇者みたいなのがまた現れたらどうする? またこうやって隠れて過ごすのか!? 耐えられねぇぞ! それにアイツが死んだんだろ」

「えぇ、始まりの町……そこで勇者の後継者なる者が現れるのを監視していたセータの死亡が確認されています」

「はっ、セータが動いたって事はめぼしきやつがいたって事だ。そいつが成長する前に――」

「――それは考慮しています。しかし、もう少し待ってください。魔界でも魔王バルカン全軍の統一、そして世界の治めるための強さの調整を……」

「待ってられねぇな。オレはな、呪詛王ダイダロスに仕えていたんだ。一刻も早く世界を支配する!! 勇者も雑魚な世界なら問題ねぇだろなぁ!!」

 

 

 何年も隅っこで勇者が弱体化をするの待っていた彼等にも鬱憤が溜まっていた。高種族の自分たちがなぜ、劣等種族がひしめく世界で隠れなくてはいけないのか。勇者の存在は理解をしていてもゴーダは既に我慢の限界だった。

 

 彼は薄暗い部屋を出て行った。

 

「いいのー、ユーは止めるべきだったんじゃないー?」

 

 ザリーバンドフエットの後ろにパンプキンの被り物を被った高い声の男性がいた。彼も四天王であり、魔族である。

 

 

「パンプキン……貴方もいたんですか。しかし、問題ないでしょう。近々戦争は起こる。嵐の前の小嵐、宣戦布告程度には申し分ない」

「なるほどねー。ぷぷぷ、でもやられたら?」

「考えにくいですが、それはあり得ないでしょう」

 

 

 眼鏡をクイッと上げる彼の前でパンプキンは笑って居た。彼の笑い声は不気味な戦争を予見させた。

 

 

 

◆◆

 

 

 俺は現在七人の弟子を持っている。一人はウィル、あとはユージン、アルフレッド……彼等に俺は七日に一回だけ訓練の機会を与えている。しかし、七日に一度だけ誰とも訓練しない日がある。

 

 勇者候補の中には二人で一組みたいな奴居るからな。そいつらは二人で一日セットにしている。そうすることで七日の中で一日だけ空くことになるのだが……その日は休日ではなく普段は勇者ダンとして活動するのに使用している。

 

 あとは、家の掃除。

 

 そして、ウィル達の一週間の成果をノートに纏めると言う作業だ。これが一番時間を食ってしまう。大体どのくらい伸びたのか、魔法を教えるにはどうすればいいのか、色んな本と睨めっこしたり大変なのだ。

 

 

 しかし、そんなとき俺は気付いてしまった……俺は家族サービスを全然していない……という事に……。

 

 七人のうちの誰かが勇者になって引退をした後、俺は合コンとか、彼女を作って行かないといけない状況が待っている。そんな時、家族との仲を聞かれることがあるだろう。

 

 

 その時に家族を大事にしている優男はきっとポイントが高い。これは勇者として長年活動してきた勘だ。

 

 だからこそ俺は両親を連れて数少ない訓練がない日を温泉街で過ごすと誓ったのだ。

 

 これは『俺は家族を大事にして、旅行に連れて行く財力もあるよ』と言う事を女性に遠回しにアピールできる。つまりは自身のアピールの為のジョーカーになりえる可能性がある最高のカードを俺は手に入れる。

 

「じゃ、行こうか」

「まさか、ダンが温泉に連れて行ってくれるなんて」

「嬉しいなぁ……高級旅館にも泊めてくれるなんて」

 

 

 母さんと父さんが喜んでいる。よし、行くか。俺は荷台に二人を人力車に乗せて、それを持って走り出した。

 

 向かうは温泉の都、ユーストリームである。

 

 

◆◆

 

 

 

 温泉の都、ユーストリーム。地の底から湯が沸き、それは僅かなとろみを帯びていて疲労回復に効果がある。それが人を通じて葉脈の様に噂が広がり、とても人気な場所である。

 

 

 その都市に三つの大きな光の種子が迷い込んでいた。

 

「えっと……ここでいいのかな……?」

 

 

 一人はウィル。勇者ダンとの訓練がない日には冒険者として活動をしている彼は、とある任務でユーストリームを訪れていた。温泉の都はあまりの人気場所、人がたくさん集まり、そうした状況下では盗難被害、無垢な観光客への詐欺行為が度々確認されているらしい。

 

 故にウィルとユージン、その他の冒険者達には見回りの任務が回ってきた。

 

 ウィルは大きな都には一度も来たことが無かった。だから、建物が密集している地域、そして数えきれないほどの人々。全てが彼にとっては新鮮だった。

 

 

(うわぁ……人が沢山、建物も凄い。なんか異世界みたいだ)

 

 

 しかし、ウィルの隣には何食わぬ顔でさも当然のように歩いている金髪の男(ユージン)が気になった。

 

(そう言えば名前聞けてないんだよなぁ……。この人、名前なんて言うのかな? それに驚いた様子がないし、結構こういう景色慣れているのかな)

 

 

「なんだ? じろじろ見て」

「あ、その、ごめん」

「ごめんではなく、なぜと聞いている」

 

 

 ウィルの視線に気づいたのか、ユージンがギロッとした視線を向ける。つい先日は一緒に魔族と戦ったとは言え、彼は慣れ合うと言う事はしなかった。話しかけるなオーラを出していたためにウィルも気軽には触れられない。

 

 

「いや、その、久しぶりに会ったのに……挨拶とか、した方が良いのかなって……迷ってて」

「俺とお前が挨拶だと」

「だ、だって、と、友達……じゃないのかなって」

「俺に友はいらない。慣れ合う存在も必要はない」

 

 

 ユージンの言葉はウィルの心に少しだけ棘を刺した。ちくりとした痛みが彼を襲う。なぜならウィルの中では既に戦友のような気がしていたからだ。

 

 ユージンはウィルのことを気にせず、都を進もうとするがそんな彼を呼び止めるような声をかける者が居た。

 

「相変わらず、貴殿は柄が悪いようだな」

 

 

 ウィルが声がした方を見ると、マゼンタ色の髪の毛が特徴的な美少年が立っていた。ウィルもユージンも顔立ちは整っているのだが、彼はまた違った整い方をしていた。

 

 どこか優男に見えるが、彼の笑みは大人の男性ぽさもありとても魅力的に見えた。

 

「貴様か……アルフレッド」

 

 ユージンがその少年を名前を呼んだ瞬間、ウィルは驚きを隠すことは出来なかった。

 

(アルフレッド……!? まさか、アルフレッド・トレルバーナなのか!?)

 

 

 まさか、とウィルは眼を見開く。なぜならアルフレッドはウィルが目指している勇者の子孫であるからだ。初代勇者は王族に嫁ぎ、更にはそこからも勇者は現れるたびに王族と結婚した。

 

 いつからか王族からしか勇者は生まれなくなっていたが……勇者ダンと言う例外中の例外が現れてしまった。しかし、彼がいなければ間違いなく勇者と言われるのはトレルバーナの一族であった事だろう。

 

 だからこそ、ウィルは思う。もしかしたらという可能性であるが、眼の前に居るのは今まであってきた誰よりも勇者に近い存在ではないかと……

 

 

(アルフレッドは正真正銘の勇者の子孫……こんな所で会えるなんて、思わなかった。流石は勇者の子孫、貫禄が凄い……で、でも、()()()()()()()()()!!)

 

 

 アルフレッドは白の全身タキシードに両胸の乳首辺りに一つずつ、計二つ薔薇のブローチを付けていた。更にはスーツの襟は絶妙に売れていないホストくらいたっている。

 

 

「お前も相変わらず最高にダサいな」

 

 

 それを見たユージンは無慈悲にそう言い放った。それを聞いてウィルはまた驚きを隠せない。

 

(い、言ったぁ!? 普通なら絶対に言えない事を!? 王族に対して!!)

 

 

「この良さが分からないとは……貴殿は流行に遅れているな」

「一生先に進んでろ」

 

 

(この金髪の人って、もしかして偉い位の人なのかな? じゃないとこんな事言えないよね? 確かにダサいけど)

 

 

「そうさせてもらおう。それより、貴殿の腰にある剣なのだが、始まりの剣か?」

「あぁ? だったらどうした」

「偽物だ。忠告させてもらおう」

「おい、貴様ふざけているのか?」

「私はふざけてなどいない。貴殿のは偽物だ、なぜならこの私が持つ剣こそ、始まりの剣なのだから」

 

 

 アルフレッドはそう言って腰元に置いていた二本の剣の内、一本を取り出した。赤の持ちて(グリップ)に何度も連戦をした結果、刃こぼれをしたと思われるボロボロの刀身。

 

 まさにウィルとユージンが持っている『始まりの剣』そのものだった。

 

(えええええええ!? 始まりの剣、また偽物!? 偽物何本あるの!? や、やっぱり勇者ダンの名を語って売買している売人が居るんだろうけど……ゆ、許せない。僕の持っているこの剣は本人から貰った剣だから本物だけど、こうやって騙されてしまった人たちを見るとどうにも悲しくなるな……)

 

 

 アルフレッドの指摘にユージンは堪えきれない笑いを溢す。それは全てを見下すかのような王のようであった。

 

「くくく、はははは」

「なにがおかしい?」

「いや、なに、以前からダサいと思っていたがここまで来ると、一周周って尚更ダサいな」

「ふ、こちらのセリフだよ。偽物と本物の始まりの剣も見抜けずに使っているのだからな」

「あまり、始まりについて語らない方が良い。語れば語るほど、お前の姿はみすぼらしく見える」

「私に言わせればまさしく、貴殿は道化だがな」

「言ってろ。いずれ赤っ恥を書くことになるのはお前と決まってるがな」

「それこそ、その言葉を返そう。いずれ、私がこの剣を貰った主を紹介してやろうじゃないか。その時、貴殿がどういう顔をするのか、見物だな」

「面白い、ならばいずれ俺も貰い主を見せてやる」

「いいだろう……因みにだがその剣はどこで手に入れた?」

「そう言うお前はどうなんだ?」

 

 

 その瞬間、ユージンとアルフレッドの頭の中には始まりの剣を授けてくれた勇者ダンの姿が思い出された。

 

『この剣の事も、俺との関係も言ってはならない』

 

「「……中古の骨董品屋だ」」

 

 

(……ど、どうしよう。この二人、その内、凄い恥をかくことになるんじゃ……。ここで僕が本物だと二人に言う事が優しさなんじゃないか!?)

 

 

(やはり、ユージンは骨董品屋のようだな。私は本人から受け継いで、それを悟らせないための嘘だが、ユージンは下手な商人に騙されたのが容易に想像できると言う物だ。この勝負、私の勝ちだ。ユージン、貴殿の背中は既に煤けているぞ。ふっ、その内恥をかくことになるが生意気な性格が治る薬にでもなればいいと思えるがな)

 

 

(ウィルも騙されていたが、やはり勇者の名を騙り剣をばらまいている底辺の存在が居るらしいな。まぁいい。それにしても馬鹿な奴だ。俺の剣は本物だが、コイツのは贋作。この勝負、既に勝利は俺の手の中にある。もう少し賢い奴だと思っていたのだがな、偽物と本物すら見抜けないか。勇者の子孫が聞いてあきれる)

 

 

 

「あ、あの、僕のが実は本物でして……」

「お前、まだそんなことを言っているのか? 偽物だと言っただろう」

「貴殿の事はよく知らないが、それは偽物だろうな。今度から気を付けて買った方が良いだろう」

「……はい」

 

 

 ウィルは思わず我こそ本物の継承者であると名乗りを上げたがそれも諦めた。そして、そんなウィルを差し置いて、ユージンとアルフレッドはにらみ合うような視線を交差させる。

 

「この勝負は私の勝ちになるだろうな。貴殿は一度も私には勝てないと言う事だ」

「どうだかな」

「私は負けないよ。以前も言っただろう。勇者になるのは私だと」

 

 

(……アルフレッドと金髪の人は知り合いなのかな?)

 

 

 アルフレッドとユージンの会話から二人は以前からの知人同士であるのではないかと想像が湧いた。

 

 

「俺も言う事は変わらない。俺が勇者だ」

「無理だな。貴殿の考え方が変わらない限り」

「勇者に最も必要な要素は力だ。今も昔も変えるつもりはない」

「……違う。勇者に必要なのは他者を想う心、助けたいと思う魂だ」

「いつまでもそんな青臭い事を言っている」

「圧倒的な不条理の存在、自身よりも強い存在を目の前にしても勇者は戦う。力も大事だがそれが最もたる由縁だと言う答えなら、私には勝てない、勇者にも成れない」

「いつの時代も切り開いたのは力だ」

「それでは魔王と何ら変わらない」

「当然だ。最も力を持ったものが偶々善人だった、または悪人だった。勇者と魔王の違いはそんなものだ」

「違う、勇者は誰よりも他者の為を想っていたのだ。だからこそ力を求め強くなり、より長く腕を伸ばした。貴殿の考え方は逆行している」

「やはり、平行線か」

「私も仲よくしようなどとは思っていない。しかし、その答えを聞いて安心した。やはり、私には勝てない」

「言ってろ」

 

 

 そう最後に言い残して、ユージンはアルフレッドに背を向けて都に消えていった。彼等の言葉と交わされた信念にウィルは唖然とするだけだった。

 

(勇者に最も必要なモノ……それって……)

 

 

「さて、貴殿は一体だれなのか、聞いても良いだろうか?」

「あ、ぼ、僕はウィルって言います! あの、アルフレッドさんはもしかしなくても勇者の――」

「――末裔、子孫であると言われている」

「す、すごい」

「凄いのは私ではなく、築いてきた者達、過去の勇者たちだろう。私はただ生まれただけだ」

「な、なるほど、返答も深いですね……」

「そうだろうか? 貴殿も勇者を目指しているのか?」

「え? どうしてそんなことを?」

「偽物とは言え、始まりの剣をこれでもかと見せつけてきたら誰でも想像はつく」

「確かにそうですよね……えっと、その通りです。成れる保証も才能もあるかも分からないですが」

「そうか……貴殿、いやウィルは何が勇者にとって最も必要であるのは何だと考える?」

「……それは……えっと……やっぱり、誰かの為にって言う心のような気もします」

「私と同じ考えだ。私が考える勇者は自己犠牲、傾注であり全ての人の為に献身である事、それが大前提だ」

「――ッ」

 

 

(なんだ、この人……確かにそうかもしれないけど……)

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そうかもですね……」

「もし、命を賭けられない勇者が居たとしたら、そんな存在に価値はないだろう」

「あ、えっと、そうなの、かな……?」

 

 

(あっている、確かに歴代の勇者も、勇者ダンもそうしてきたけど……僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。勇者ダンが命を粗末にしたら絶対悲しい)

 

 

「少々、話しすぎたな」

「あ、こ、こちらこそすいません!」

「いや、私の方こそすまない。貴殿は冒険者で任務なのだろう? 時間を取らせた」

「い、いえ、僕も話し込んじゃって、アルフレッドさんもご予定が」

「あ、私はただ、温泉に入りに来ただけだ」

「え!?」

「偶には良いと思ってな。こっそり王宮を抜け出して来たんだ」

「ええ!?」

「行き帰りで走れば十分な鍛錬にもなるだろうと言う発想だ」

「あ、そ、そうですか。あの、是非、リフレッシュしてください」

「勿論だ……ッ!?」

 

 

 

 ウィルに笑いかけたアルフレッドだが何らかの気配を感じて、都の外を見た。

 

「あの――」

「――何か来たようだ」

「……え!?」

 

 

 彼の視線先には草原が刈られ、人の通れる道が整備されている。しかし、そこからは通常ではしないような振動音が聞こえてきたのだ。まるで、何かしらの大群が都に向かっているかのような音だった。

 

 

「私は見てくることにする」

「ぼ、僕も行きます」

「……そうか、そこに居る冒険者、貴殿には何かしらの存在が接近していると都の代表や民に伝えて欲しい」

「お、おす!!」

 

 

 近くに居たウィル達と一緒に来ていた冒険者にそう伝えてアルフレッドは地鳴りのような音がする草原に走り出す。空には不穏さを感じさせる雨雲が広がっていた。

 

 

◆◆

 

 

(速いッ)

 

 

 

 ウィルの前を途轍もない速度で駆けていくアルフレッド。彼の背中はどんどん遠くなり、それに追いつこうと必死に走るが追いつけず体力だけが無くなって行く。このままでは異変地帯に着く前にくたびれてしまいそうだった。

 

 

(こんなに速く走っているのに速度は落ちず、呼吸も乱れていないッ)

 

 

 ウィルは眼の前の頂上的存在に驚きを隠せない。日頃から勇者ダンと言う存在を目の前にしている。しかし、彼はあまりに雲の上の存在であり()()()()()()という行為を無意識に拒絶していた。

 

 

 だが、全くの同年代であるアルフレッドと言う存在を目の前にして、誰かと自分を比べると言う行為を彼はしてしまった。そして、更なる存在に絶望もした。

 

 ダイヤもユージンも、そして彼も上には上がいて、まだまだ弱いと、全てにおいて足りないと痛感をした。

 

 

 走っても走っても、自分よりすごい存在がごまんといる世界。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「魔族だな……」

「如何にも、吾輩はライジ。此度より世界を支配する新たなる呪詛王の代弁者の役割を仕った」

 

 

 彼等の前には数百体の魔族の群れが広がっていた。そして、その大群の前に立っていた存在をアルフレッドは見つめる。なぜならあの筋肉の塊のような存在がこの群れの長であると確信をしたからだ。

 

「代弁者……しかも新たなる呪詛王か。ダイダロスと言う王の由縁者と言うことだな」

「如何にも嘗ての王であるダイダロス様のご遺志を継ぐものである」

「ならば私のすることはただ一つになる」

 

 

 アルフレッドは腰の剣を抜いて剣先を向けた。始まりの剣は抜かずに普通の鉄剣を彼等に向けて、魔法を発動させる。

 

 

帯びる雷(スターサンダーストレンジ)

 

 

 火花が飛び散るほどに彼の剣先から電気が放出する。それを地面に刺して上からではなく、下から、雷は天に昇る。

 

 いきなり数百体の魔族を一網打尽にする。一瞬で丸焦げにして絶命させると言う事は出来なかったが痺れさせ、その場で拘束をする事に成功する。

 

「なるほど、中々やるではないか。しかし、ここいらに居るのは吾輩以外全て下っ端だ」

「無駄話は良い。さっさとかかってくるといい」

 

 

 

 剛腕をライジと名乗った魔族は振るう。彼の拳をアルフレッドが避けた事により、そのまま地面へと拳が刺さる。ドゴンと轟音が地面を揺らし、クレーターのような大きな音を立てた。

 

 

(腕力は私より、上のようだな)

 

 

 いくら勇者の子孫であるアルフレッドも発展途上であり、地面を素手で殴ってクレーターを作り出すことはできない。故にすぐさま腕力を中心にした戦闘行動を躊躇した。

 

 力の差は歴然であったのだ。なぜなら体長二メートル近い存在であるライジはリーチもアルフレッドよりも上であるからだ。腕も鉄よりも固い。

 

 

(無詠唱で魔法を発動は大したものだが、吾輩の敵ではない)

 

 

 一瞬で絶命を狙うライジの拳が再び迫る、それを帯電をしている剣で受け止める。軋むような金属音が辺りに広がった。

 

(馬鹿が、何度もそれを繰り返せばそのまま吾輩の拳で刀身はへし折られるぞ)

 

 

 アルフレッドは視線を辺りに回して、状況を確認した。この場から逃がしてしまった魔族はいないか、一緒に来たウィルに怪我は無いのか。それを確認すると何度も剣をライジに向けて、斬り、拳を受け止める。

 

 

「剣捌きは見事だが、それでは吾輩は倒せないぞ」

「ふっ、見事と言っておこう。身体能力は私の遥か上を行くらしい」

「当然であるな。劣等種である人間に吾輩が負けるはずがない」

「そうか、だが、そろそろ勝負は決着するぞ」

「なに?」

放電(リリース)

「――ッ!」

 

 

 アルフレッドが指をパチンと一度鳴らした、それを合図にしたように小規模な放電が魔族であるライジから、そして周りの魔族からも起こった。

 

 

「私の魔法、帯びる雷(スターサンダーストレンジ)は電気を相手にぶつけ痺れによる行動阻害だけでなく、帯電する特徴がある。そして……私がもう一度発動することによって、小規模な爆発的雷の波動も発生させられる」

「こ、これは……聞いたことがある……二代目勇者ダーウィンが考案した妖精魔法の一種……まさか」

「その通りだ。私はその末裔であると言う認識に間違いはない。しかし、私ではこの魔法を上手く扱えない。本来ならもっと大きな爆発を起こせるのだがな」

「うぐ、なぜ、私だけこんなにも爆発が大きかった……? 他の魔族は俺ほどの爆発は無かったはずだ」

「どう考えても貴殿は残りの魔族とは格が違った。だから、何度もお前の身体に帯電をしている刀身を当てて、お前だけには飛躍的な爆発を発生させた」

 

 

(そういうことかッ!?)

 

 

 今になってライジは気付いた避ければよいタイミングの攻撃も避けずに剣で捌いていたのは、刀身と身体をくっ付け、帯電をより大きくするため。そして、ある程度溜まったタイミングでアルフレッドは一掃を決行した。

 

 おかげで既にライジ以外の魔族も倒れていた。

 

 

 

「なるほど、確かに大したものだ。その魔法は……流石は勇者の子孫。しかし、この程度であるのかという落胆もある所だ……」

「負け惜しみにしか聞こえんが」

「まさか、この期に及んでそんな事をするほど落ちぶれてはいない。しかし、本当の事だ。付近には、嘗ての呪詛王の時代から仕えていた最高の魔族。そして現四天王、剛腕王手(キングバーダー)がいる」

「……なんだと?」

「あのお方の力に比べたら、こんなものそよ風に等しい。ククク、はっはははは」

 

 

 

 アルフレッドもまさか四天王が近くまで迫っているとは想像もしていなかった。そして、ただ見ているだけに留まってしまったウィルも唖然とする。

 

 

(そんな、四天王だなんて……!? 現れることなんて最近殆ど無かった。この世界にずっと築き上げてきた平和が……)

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「なんだか、雨が降りそうね」

「そうだね、母さん」

「ちょっと急ごうか」

 

 

 ダダだだだとダッシュで人力車をこいでいるダンは、雨が降って来そうなので足を速めた。両親に景色を楽しんでもらおうと考えていたのだが、それよりも天候が気になるようだ。

 

 だが、早めた足を彼は直ぐに止めることになった。彼等の前にとある男が立っていたからだ。身長は二メートルを超える大巨体、腕は大木の様に太く、同時に足も異様なほどに発達していた。

 

 肌は青く、眼つきも悪い。

 

「ダンの知り合い、じゃないわよね?」

「違う、しかもあれ、魔族だな」

「えぇ!? でも、ダンが居れば安心ねー」

「そうだね、母さん」

 

 

 ダンは一度人力車から手を離して、その魔族に堂々と歩み寄った。

 

 

「えっと、魔族だろ」

「その通りだ、人間」

「通してくれる? って聞いても大体通してくれないんだけど、魔族って」

「その通りだ、人間」

「ワンパターンな返答だな」

 

 

 相手は手を握り、開き何かを抑えきれないように獰猛に語りだした。しかし、相対するダンはツンツンヘアーを手で撫でながら間の抜けた表情であった。

 

 

「嘗て、この世界を俺達はあと一歩のところまで侵略していた。しかし、そこを勇者ダンに阻まれた」

「こいつ、どっかで……見たことあるな」

「それから十年以上、俺達はひっそりと暮らしていたが遂に侵略ののろしを上げることが出来たのだ。まずは一人、血祭りにあげ、十字に張り付けて都へと掲げる。それは正に恐怖の象徴となるだろう」

「どこだっけな……」

「その記念すべき十字の証へとなるのはお前だ。俺は慈悲深い、一瞬で殺してやる」

 

 

 彼は『力』を振るった。大木すら穴を開け、吹き飛ばすほどの強固で威力のある拳をダンに打ち込んだ。爆風が起きて、辺りに土煙が舞った。通常なら内臓が飛び散って、原形をとどめないほどの一撃。

 

 

「どっかで見たんだよなぁ……」

 

 

 しかし、無傷だった。

 

 

「ほう、俺としたことが余りに慈悲が深かったようだ。慈悲が深すぎて力をつい抑えてしまったようだな。ふっ、あまりに人間から遠ざかる生活をしまったせいで力の感覚が不安定になったか……しかし!!! ははあぁぁぁああああ!!! 加重呪筋(カースド・ドーピング)

 

 

 加重呪筋(カースド・ドーピング)。自身の身体能力を爆発的に上昇させる魔法、魔族が使う魔法は異界魔法と言われ、その中でも最上位の効果を体現させ、その頂上的な異界魔法は十階梯に相当する。

 

 

 全身が蒼からマグマのような赤に変わって行く。血管が浮かび上がり、髪も逆立ち、何もしていないのに魔力の強大さで大地が揺れ、風が吹き荒れる。

 

 

「抑えたとはいえ、この俺の拳を受けて生きているとは大したものだ。褒美に俺の最高の力でお前を消してやるとしよう。喜べ、消し炭にしてやる」

「最初の貼り付けて恐怖の象徴云々はどうしたんだよ。消し炭にしたら貼り付けに出来ないだろ」

「よく考えたら俺がその恐怖の象徴だ。今更問題はない!!」

「……あ、そう」

 

 

 

 

 赤の魔力が彼の拳に集約していく。そこだけ大気がぶれたような錯覚を受けるほどに濃密な気配が漂っていった。そこから生まれる乱気流のような何かで空の雲は大きく動く。

 

 

「あ、思い出した」

「どうした? 命乞いか?」

「いや、そうじゃなくて……お前、呪詛王の隣に居た奴だろ」

「……」

 

 

(コイツ、あの十四年前に戦場に居たのか……? あの時いたのは勇者ダンだけだと思っていたが……)

 

 

「その通りだ。なるほど、お前もあの時、あの場に居たようだな。だが、俺が見覚えがないと言う事はどこかに怯えながら隠れていたな?」

「いや、お前も一目散に逃げてただろ」

「減らない口だ。まぁいい。これ以上話しても何も得るものないだろう。最後に名乗っておこう、俺の名は!! 呪詛王ダイダロスに仕える四天王、剛腕王手(キングバーダー)のゴーダ様だぁぁ!!!!!!」

 

 

 そう言って、圧倒的な力を集約させた隕石にも等しい、拳をダンに向けて放つ。拳に当たらなくとも、その周囲の魔力圧で細胞が解けてしまいそうなほどの力に対して――

 

 

――ダンは左手を軽く握った。

 

 

 

(愚かなッ、そんな貧弱な拳に俺の隕石魔拳(メテオスマッシュ)が止められるかッ)

 

 

 

 拳と隕石が対峙する、終始爆発的なオーラを漂わせる四天王ゴーダの拳だが、対極的に静かな拳をダンは打ち出す。

 

 

(――ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 

 

 直後、ゴーダの脳内に大きな警報が木霊する。正に死の直前から生物と言う個体が持つ、生存本能にのっとった警告。ただ、生きる為、地位や名誉、それよりもまずは生にしがみつかなければならない。

 

 

 それが脅かされ、ゴーダの全身から汗が噴き出た。しかし、既に()()()()は迫っていた。

 

 

 そして、その拳を改めて直視したとき、走馬灯のように記憶が蘇る。

 

 

 その瞬間、ゴーダは思い出した。呪詛王ダイダロスを文字通り、一撃でノックアウトにした勇者の拳を……

 

 

「そ、そうかぁぁぁああ! お、お前はぁぁああ!!!」

「あ、言い忘れてた。俺、勇者ダンだから」

 

 

 

 隕石とただの拳は拮抗すらしなかった。ダンの方向に、後ろに居る両親に風が吹き荒れることもない、しかし、ゴーダの後ろには莫大な突風が吹き荒れた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「なるほど、確かに大したものだ。その魔法は……流石は勇者の子孫。しかし、この程度であるのかという落胆もある所だ……」

「負け惜しみにしか聞こえんが」

「まさか、この期に及んでそんな事をするほど落ちぶれてはいない。しかし、本当の事だ。付近には、嘗ての呪詛王の時代から仕えていた最高の魔族。そして現四天王、剛腕王手(キングバーダー)がいる」

「……なんだと?」

「あのお方の力に比べたら、こんなものそよ風に等しい。ククク、はっはははは」

 

 

 ライジは笑って居た。眼の前の勇者の子孫すらも四天王には程遠いと理解をしていたからだ。ライジと言う魔族は元は荒くれもので自身が一番強いと過信をしていた。しかし、四天王ゴーダが現れ、無理やりに配下にさせられたのだ。

 

 面白くはなかったが、弱いものをいたぶり、侵略をすると言う事は嫌いではない。だからこそ、最後に笑った。

 

 

 眼の前の存在を、また、嘗ての自分の様に潰してくれると、更なる圧倒的な絶望で血に伏せてくれると確信をしたからだ。

 

 

 そうであったはずなのに……唐突に爆風が吹いた。

 

 

「な、なんだ!?」

「あ、アルフレッド君!? 大丈夫!?」

「くっ、私は問題ない!!」

 

 

 そして、静寂がやってくる。彼等は互いに何かを感じたのだ。『何か』としか感じることが出来ない不条理な存在を――

 

 

――え……?

 

 

 一体だれが溢した言葉であろうか。降ってきたのだ、死体が……。恐らく身長二メートルは超える大巨体の魔族の死体が。上半身は無くなっていたが下半身だけでも、その存在の生命エネルギーを優に感じた。

 

 

「な、なんなの? あれ」

「わ、私にも分からない……」

 

 ウィルもアルフレッドも状況を飲み込むことが出来なかった。しかし、もっと取り乱していたのは魔族であるライジだった。

 

 

「あ、嘘だ……あり得ない。四天王ゴーダが……そ、そんな……い、一体誰だ!? 誰がゴーダを倒した!?」

「ゴ、ゴーダ?」

「なるほど、あの魔族が言っていた四天王はあの半身が成れの果て」

「し、四天王を倒すって……」

 

 

 

(勇者ダンが築いてきた平和……それを壊しかねない力を持った不穏分子ということか。四天王に、そして、それを倒す……何者か)

 

(ぼ、僕にはまるっきり理解できない強さの次元……。これが、勇者が戦ってきた世界なのか……!?)

 

 

 アルフレッドもウィルも何かを感じざるを得ないほどに、時代の動きを感じてしまった。

 

 

 その後、アルフレッドはライジを倒し、魔族による進軍は無事食い止められた。被害はなかったが、変わりつつある普遍に二人は拳を握ったのだ。

 

 

 



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15話 温泉

 爆風が吹き荒れた。それは全ての災難や最悪を吹き飛ばした無慈悲な何かに彼らは感じた。

 

 

 ウィルはアルフレッドと別れ、一度都に戻った。元々彼は都の治安維持などを名目に来ていたので当然の行動とも言える。その後は依頼主に平謝りだった。

 

 依頼をほっぽり出して、魔族との戦闘に出向いたからだ。しかも、結局戦闘能力の差から呆然としてしまった。何もしてないと頭を下げた。幸い、理解のある依頼主で魔族との戦闘に出向こうとしたことなどの理由を説明すると特にペナルティなどもなく、彼はその後、業務をこなした。

 

 

 命じられていた時間働き、ウィルは労働から解放された時には既に辺りは夕暮れに染まっていた。

 

 

(ここから帰ったら、深夜になっちゃうよね。真夜中の魔物との戦闘は危ない……ここに泊まって行こうかな?)

 

 

 そう思ってウィルは宿を探した。しかし、なかなか見つからない。安い宿は既に誰かが泊まっていて部屋は満室状態であったのだ。だが、ここで諦めるわけにいかず、とある大きな旅館のような場所に出向く。

 

 

 中に入り、受付の人に話しかけた。

 

「あ、あの、お邪魔します。泊まりたいのですが……」

「部屋は空いております」

「や、やった」

「一晩、40000ゴールドになります」

「え……?」

「40000ゴールドになります!」

 

 

 

 無理だとウィルは悟りを開いた。自身の今持っている所持金では代金は絶対に支払う事は出来そうにない。仕方ないとどこかでひもじく過ごすことを決意したが……

 

 

「あ、ウィルじゃん」

「え!? ()()()()!?」

 

 

 旅館の中には浴衣姿の冒険者バンがぬぼっとした顔で佇んでいた。どうやら、丁度、旅館の渡り廊下を歩いていたらしい。

 

「もしかして、ウィルもここに泊まる感じ?」

「え、いや……」

「あ、安い宿屋探したけど、泊まれるとこなくてここきたんでしょ? それでお金足りなくて帰る感じ?」

「あ、はい」

「だろうね……すいません、一人追加行けますか?」

「40000ゴールドになります」

 

 

 バンは懐から金貨の入った袋を差し出すと、ウィルをクイクイと呼び込んだ。

 

 

「ほら、泊まっていきなよ」

「いやいやいやいやいや!! 40000ですよ!? 40000ゴールド!?」

「出世払いで良いからさ。それにこのまま放っておくわけにいかないし」

「え、でも……」

「いやもう払っちゃったし、早く来てよ。あんまり人からの厚意を拒むのって却って失礼だからね?」

「は、はい!」

 

 

 

 バンにそう言われると靴を脱いで旅館の人に預ける。そして、彼はバンの後をついて行った。

 

「ありがとうございます」

「はいはいー、出世払い頼むねー」

「はい! 必ず10倍で返します!」

「期待して待ってることにしようかな」

 

 

 和式のような部屋に入ると、中にはフツメンの女性とフツメンの男性が座っていた。彼等の前には高級な魚やら肉やらの料理が置かれている。

 

「あら、どうしたの? ()()

「その子は知り合いかい? ()()

 

 

 ウィルの姿を見て一瞬で、ダンの両親は全てを察し、ダンではなく冒険者バンとしての呼び方へ変更をした。

 

 

「泊まるところないみたいで、一緒の部屋で泊めようと思って」

「いいわよー」

「いらっしゃい、君の名前は何というのかい?」

「あ、ウィルです! この度はいきなりすいません!」

 

「「いいよいいよー、気にしないでー」」

 

 

 ダンの両親は間の抜けた声でニコニコ笑顔を向けた。二人の笑顔にウィルも思わずほっこりして、肩の力が抜けた。

 

「先にお風呂入って来なさいー、待っているからね」

 

 

 ダンの母親が二人をお風呂に促す。本当はダンは既に入っているのだが、ウィルともう一度は行って来いと無言で勧められたので彼らは一緒にふろ場に向かった。

 

 

(ここって本当に凄い高い旅館だよね……? 板敷も綺麗、信じられないくらい床も輝いてるし……僕をポンと泊めることが出来るってバンさんって大金持ちなのかな? あの金髪の子も位が高そうだったし……)

 

(バンさんは一体何者なのか……金髪の子も気になるけど……)

 

 

 ウィルとダンは脱衣所で服を脱いだ。ダンの上半身が露わになるとウィルは引き締まった肉体に理解しがたい迫力を感じえた。

 

 

(――え……?)

 

 

 そして、ダンが下着を脱ぐと下半身もすっぽんぽんになる。再び、激震が走る。何故なら、滝で水浴びをした時に見た、勇者ダンと眼の前に居るただの冒険者仲間であるバンが被って見えたのだ。

 

 

(え!? あ、え!?)

 

 

 とんでもない程の大きさと鋼鉄のように固そうな肉体は自身と同じ生物であるのかと疑問を抱くほどだった。

 

 

「ウィル? どした?」

「あ、い、いえ、なんでもないです……、知り合いに、体つきが似てたと言うか……」

「え? ……ウィルって人の体ジロジロ見て一々覚えておくタイプなのかい?」

「ち、違います! た、ただ、その知り合いに色々驚愕したと言うか、特に下半身とか」

「そう言うの良いから、早く入りなよ。皆大体同じだしさ」

「そうか、な……?」

 

 

 

 ウィルに呆れるような表情のままダンは、いや冒険者バンは風呂場に直行した。彼に続くようにウィルも服を脱ぎ棄てて、風呂場に入る。体を一通り洗って、二人は湯船につかった。

 

 

 湯船につかるとウィルは体から疲れが取れていく不思議な感覚に襲われた。空から下半身が飛んできて、その後に冒険者仲間の下半身に驚いて、今日は下半身の日なのかと悩みも消えていく。

 

 

 

「バンさんって、お金持ちなのですか?」

「いや、一般人です」

「あ、そうなんですか?」

「そうだね。偶々お金持ってたからさ、でも気にしないでいいよ」

「ありがとうございます」

 

 

 ふと、バンと会話をしていると彼に聞いてみたいことがあることに気付いた。不思議と彼に心を許していることにウィルは違和感を覚えず口を開く。

 

 

「バンさんは勇者ダンって知ってますか?」

「知ってるよ」

「ですよね。勇者に最も必要な事って何だと思いますか?」

「え? 急にどうしたの? 心理テスト?」

「違います!」

「冗談冗談。でも、本当に急にどうしたの? 何か言われた?」

「その、知り合いというか、その人達が勇者に最も必要な事について話していまして」

「ほう」

「一人は力だって。力さえあればそれが答えみたいな感じでして……もう一人は自己犠牲だって、勇者は命を賭けて当然みたいな答えでした」

「ふーん」

「どっちが正しいのでしょうか?」

「ウィルはどっちだと思う?」

「……どっちかと言うと後者、自己犠牲だと思います」

「なるほどね……本質のような、それっぽいような難しいねー」

 

 

 ケタケタと隣で微笑むバンの姿にウィルはこの人には既に答えがあるような気がした。

 

――この人の中ではその答えについて出ているように

 

 これ以上、自身は何も知る必要も、考える必要もない。一種のアイデンティティを確立している気がしたのだ。だから、畳みかける。

 

 

「バンさんは勇者に成りたいって思ってましたか?」

「どうして、そう思うんだい?」

「勘です」

「ふむ、良い勘だね」

「ぼ、僕と一緒です! 僕も勇者になりたくて!」

「君の場合は溢れ出てるけどね」

「そ、それで、今でも勇者に成りたいって思ってますか?」

「いやさほど」

「そ、そうですか」

 

 

 どうしてなのか分からないがウィルは肩をガックリと落としてしまった。だが、すぐさま切り替えて、彼に再び問を重ねる。

 

 

「では、昔、勇者に成りたいと思っていた時に最も大事にしてたことってなんですか?」

「好きでいる事」

「え?」

「だから、勇者を好きでいる事。憧れを捨てなかったことかな?」

「……」

「やっぱり、好きじゃないとさ。楽しくないでしょ? ()基本的に昔は結構好き勝手にしてたんだよね。でも、楽しかった」

「な、なるほど」

「何というかね、必要なのは大事なのは人それぞれだと思うけど、俺は好きで居続けることを大事にしていた気がする。割と人命とか、力とか二の次だった気がする。両方大事だけど」

「……そういう考え方もあるのか」

「割と割り切って生きてたからね……」

 

 

 力でも自己犠牲でもなく、ただ好きだから。好きだから楽しいから、カッコいいから初めてみた。それに只管に手を伸ばして……。一体、眼の前の存在の結末はどうなったのか。

 

 そして、勇者を目指すのは止めてしまったと言う理由は何なのだろうかと再び疑問が湧いてしまった。だが、これ以上これを追及しても答えてはくれない気もしていた。

 

 

「僕は……自己犠牲が必要だと思います」

「それは僕も思うよ。ただ、割と昔はそれに疑問を持った時期もあった」

「バンさんも?」

「あれ? ウィルもあったんだ」

「あ、ありました。上手く言葉に出来ないのですが」

「へぇ、あっそ」

 

(な、なんか反応冷たい!?)

 

 一瞬だけ、バンの反応が冷たすぎることにツッコミそうになったが話の続きが気になるので彼は黙った。

 

「僕はね。勇者と言うか、英雄とか全部に言えるんだけど……人を助けることって美しいし、カッコいいし素晴らしいと思ってた。でもさ、それをするために危険を冒した人が居てさ、割とそれが讃えられるのがちょっと引っかかったかな」

「――あ」

 

 

(それだ……僕の思ってたこと……)

 

 

 共感。それが彼を支配していた。視えていた、綻びが。しかし、それを自身に落とし込むことが出来ていなかったのだ。だが、眼の前の存在はそれをいとも容易く出来ていたことに再度驚く。

 

 

「何というかね。誰かを助けると免罪符をつけることで死すらも肯定されるのが納得いかなかったと言うかさ……」

「……」

「知り合いにさ、エルフの魔法使いが居てね、あと剣士とか、武闘家とか」

「な、なんか勇者ダンみたいですね。エルフの魔法使いに剣士に、武闘家って」

「でしょー?」

 

 

(ノリが軽い……)

 

 

 真面目な話の最中なのにノリが物凄い軽いバンにまたしてもツッコミを繰り出すと思ったが再度黙る。そして、眼の前の存在からの話に神経を研ぎ澄ませた。

 

 

「えっと、なんだっけ? あー、そうだ。神託って知ってる?」

「神託ですよね? 神からの啓示……英雄の器を持つ者には与えられるって言う……」

「そうそう、よく知ってるね」

「ありがとうございます!」

「はい、どういたしまして。それでね、実は知り合いがその神託を受けてね」

「え!?」

「だから、戦えって周りから言われてさ。それが納得いかなくて……皆が頑張れって、魔族と戦えって指差すからさ。プレッシャーでその子泣いちゃって」

「そ、そんな」

「あ、悲しい話じゃないよ? それで納得いかなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()みたいなノリで」

「やったんですか!? 神託通りに!?」

「さぁ、どうだろうね?」

「ぼ、僕、話の続きが気になります!」

 

 

 まるで英雄譚をなぞるかの如く、語られる内容に思わず話の続きをウィルは促してしまった。なぜなら彼も英雄譚が何よりも好物なのだ。

 

 

「そう? まぁ、神託通り、というか取りあえず元凶だけ倒しておいてた」

「す、すごい!」

「でしょー? 魔王とかもうワンパンだよ」

「えええ!?」

「凄いでしょ?」

「滅茶苦茶凄いです!」

「まぁ、嘘なんだけど」

「え?」

「全部、作り話だよ。君、よく騙されやすいって言われない?」

「い、言われます」

「気を付けなよ」

「は、はい」

 

 

(な、なんだ嘘なのか……あれ? でも、勇者ダンの英雄譚にそんな綴りがあったような……)

 

 

「それで話を戻すけど……最も必要な物か。まぁ、力も自己犠牲も大事だろうさ。人それぞれって感じ」

「どっちも」

「結局、勇者ってさ、力で解決するんだよ。暴力で解決。暴力至上主義って言っても間違いはないだろうね」

「た、確かに」

「こいつ優しそうな魔王だから対話して見ようと思って、3回ほどラリーして、話通じないと思って顔面潰した勇者居るからね」

「え!? 誰ですか!? そんなの聞いたことがない!?」

「僕だよ」

「え!?」

「嘘」

「で、ですよね」

 

 

 

(うっ、また嘘つかれた。気を付けろと言われたばかりなのに……だけど、この人も悪い気がする。嘘を吐くと言う事じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あとは自己犠牲だっけ?」

「はい、アルフレッドと言う王族の子が言ってまして」

「あぁ、なるほどね。いやぁ、()()()()

「らしい?」

「僕とかウィルとかは勇者って存在が既にいるから、それに憧れたり、手を伸ばしたりしたけど、最初の勇者ってそんな概念なかったでしょ? そいつが作った感ある」

「ふ、ふむふむ」

「だから、純粋に助けたいって思ったら勇者やってたのかなってね。それで勇者って呼ばれたような気がするね。まぁ、本当の所は知らんけど、末裔の言いそうな事な気がするよね?」

「で、ですね!」

 

 

 思わず、肯定の意を示してしまった。隣にいるバンは欠伸をしながらなにやら考え事を始める。その表情を見て、そして、ここまでの話を聞いてもしかしたら、彼は勇者ダンについて何かを知っているのではないかと彼は感じた。

 

 

「あ、あの」

「ん?」

「勇者ダンのことどう思ってますか?」

「勇者ダンだと思ってるけど……」

「そ、そう言う事じゃなくて……さっきみたいに、もっとこう、突っ込んだ意見が聞きたいと言うか……」

 

 

 ウィルがそう言うと、冒険者バンは眼を細めた。

 

 

◆◆

 

 

 ウィルが泊まる場所無さそうなので仕方なく、湯船に一緒に浸かることにした。しかし、下半身で俺の正体を暴こうとしてくるとは……流石は弟子と言った所だろうか?

 

 まぁ、それくらい誤魔化せるけどね。そして、湯船につかり、色々話していると、ウィルが突っ込んだ質問をしてきた。

 

 

「勇者ダンのことどう思ってますか?」

「勇者ダンだと思ってるけど……」

「そ、そう言う事じゃなくて……さっきみたいに、もっとこう、突っ込んだ意見が聞きたいと言うか……」

 

 いや、俺だけど……。自分で自分の事をどう思っていると聞かれてもね……。話す内容がもう無いから、次は恋バナでもしようかなと考えていたら、こんな質問をしてくるとは……。

 

 

 それにもっと突っ込んだこと聞きたいって何だよ。フツメンだから仮面被って、俺様系もやってたから仮面とれませんって言うのが真理だけどね。

 

 言えねぇ。これは墓まで持って行くと決めている。だからと言って勇者ダン凄いとか言うのもね。こそばゆい、それに自分で自分を褒めるのもしたくない。

 

 

「割と大したことないんじゃない?」

「え……?」

「何というか、うん、大したことないと思う。仮面をかぶっている理由も大して意味ない、適当にやってる感あるよね。まぁ、緩そうな考えでやってそう」

「そ、そんなことないです! ゆ、勇者ダンは滅茶苦茶凄い人なんです! ば、バンさんには色々お世話になってますけど、ゆ、勇者ダンは本当に凄いんです! わ、悪く言わないでください!」

「あ、はい」

 

 

 どんだけ俺のこと好きやねん。しかし、ここまで言われてしまうと流石にこれ以上ディスるわけにもいかない。ここは勇者ダン、もとい俺を少しだけ持ち上げよう。

 

 ウィルも機嫌悪くなりそうだし

 

 

「しかし、勇者ダンと言えば色々魔王を倒してきたけど、ウィル的に一番好きな魔王との戦いってある?」

「全部好きです!」

「あ、そう」

「ででで、でも、最近見返している勇者ダンの物語に不死身王イフリートとの戦いがありまして! それにドはまりしてます! まぁ、ずっとハマっているのんですけど」

「ふーん、不死身王イフリートねぇ……。あー、恩恵(ギフト)がかなり厄介な魔王だっけ?」

「そうなんです! 過去保存(バックアップ)という凶悪な恩恵(ギフト)を持って居たんです! 僕の中では勇者ダンの戦ってきた魔王の中で最強クラスだと思ってます! って全部魔王は最強クラスなんですけど!」

「そう……えっと、確か過去に自身の肉体を保存して死んだらそれを元手に修復、蘇生が出来るんだよね? しかも過去は一秒ごとに保存されているから、ほぼ無限に肉体がある」

「よくご存じで!」

 

 まぁ、戦ってますから。

 

「これが本当に凄くて……勇者ダンと不死身王イフリートは三日間戦い続けたらしいです! それが本当に死闘だったらしくて! 三日ですよ!? 三日!? でも、最後は勇者ダンが何とか、上手い事やって倒したらしいです……この辺はぼかされていてよく分かっていないです。一説には命を削って封印したとかも言われてて、でもでも、封印とかも所詮一説で噂と言うか……」

 

 

あ、それは嘘だな。その魔王ってあんまり強くなかったんだよね。基本的にワンパンだったんだけど……その過去保存(バックアップ)という恩恵(ギフト)が厄介だった。

 

倒しても倒しても、何度も蘇生してくるからさ。ただ、俺も自称・勇者の加護(ブレイブ・スピリット)を持ってから体力無限回復みたいな感じで無限に動いて、勝負は平行線。

 

ほぼ作業ゲーで魔王三日間撲殺してたら、流石に心折れたのか発狂して自殺したんだよね。うん……流石にそんな惨い殺し方をしたとは言えないからさ……命を賭けてあの、封印しました?

 

 みたいな感じで濁したんだよね……いや、だってさ当時の俺はリンにそんな事言えないじゃん? 

 

『あ、アンタ……そんな惨い殺し方したの? み、三日間、無限撲殺したって……』

 

 

無限撲殺(むげんぼくさつ)名前はカッコいいし、実は気にいってるし、必殺技として俺の中には登録してるけど……絶対表には出せないよね?

 

 

 無理無理、リンにはとても言えなかったわ。あとサクラにもね。サクラ優男だし、明らかに俺の悪なイメージが強くなっちゃうもん。三日間魔王を無限撲殺する勇者ってヤバいじゃん?

 

 自分でやっといて思うけど、俺ヤバいよ。自分ですら引くんだから他人とかもっと引くわ。

 

 

 

「本当に凄いなって……伝説ですよね」

「だね」

「でも……勇者ダンはその積み重ねで……」

 

 

 ウィルの顔がなんだか暗い。あ、もしかして、呪詛王の呪とかの件と今回の一件を重ねているのだろうか。両者共に全く関係ないし、ぴんぴんしてるんだけど……。

 

 そう言う事にしておこう。

 

 しかし、ウィルは分かりやすいなぁ。このままだといつかぼろを出しそうだ。一応さ、俺って抑止力的な存在でもあるからさ。弟子を作ってるとか引退とか、呪いとかバレたら不味いのよね。

 

 でもウィルは分かりやすいし……これはちょっと強請って耐性を付けた方が良いな。

 

 

「勇者ダンが何だって?」

「え!? な、なんでもありません!」

「そう、そう言えばさ。ウィルって始まりの剣使ってるの?」

「そ、そうなんです」

「本物?」

「本物です!」

「へぇ、どこで手に入れたの?」

「中古――」

「――本人から貰ったとか?」

「ッ!!!!!????」

 

 

 いやいやいや、分かりやす。口がもう、マーライオン位空いてるよ。湯船でてくるんかいくらい空いてる。しかし、本当に分かりやすいな、今後絶対関係性に勘付いたり、怪しむやつは出てくるだろう。

 

 その時に、この反応したらバレる可能性上がるな。いや、でも俺は全ての事情を知っているからそう言う見方をしてしまうとも考えられるな。

 

 

「いいやいいやあいあ! 中古の骨董品屋です!!」

「え? 本当に?」

「ほ、本当です」

「因みにどこにあるの? そのお店は?」

「え、えー? あ、お、王都に……」

「ふーん、じゃあ常連なんだ? そのお店の」

「い、いえ、ち、違います」

「あの剣が本当に始まりの剣って証拠出せる?」

「今は、む、無理です。で、でも本物と言うか……」

「えー? でもさ、常連でもない中古のお店で買った剣を本物だって言い切れるのってちょっとおかしくない? 常連で店主を信頼してて、買ったとかなら納得できるけど、そうでもないみたいだし。しかも、本物と言う証拠もない。でも、君は本物だって言い切ってる……というか心の底から信じてるみたいだし……。大して関係性もない中古屋から買ったにしてはちょっと不自然に見えると言うか……あれ? それ、本当に中古の骨董品屋で買った奴?」

「い、いや、その、な、なんというか……」

 

 

 これくらいにしておこうか。可哀そうだし、言い訳考えるのに視線が東西南北周回してるしさ……。だけど、ウィルはもうちょっとポーカーフェイスとか嘘とか覚えた方が良いと思うんだけどなぁ。

 

 戦いでも馬鹿正直に突っ込んでいきそうでちょっと不安……。意外と期待してるんだからさ。もうちょっと頑張ってくれよ。まぁ、今でもかなり頑張ってるから口には出さないけど。

 

 

「嘘嘘、ごめんね? 一目見た店主が途轍もなく信頼できそうな人だったんでしょ?」

「そそそ、その通りです! いやー、凄い信頼できる人で!!」

 

 

 

 うむ、本当にピュアだな……。しかし、俺との関係性は自分で言うなと言っておいて、自分で強請り、更には自分でフォローすると言う……俺って無限撲殺やるくらいだし、意外と外道だな……。

 

 だが、ウィルの為だから今後もちょくちょく、関係性は突っ込んでいこう。俺ほど突っ込む人はいないだろうし、俺に慣れればある程度は大丈夫だろう。

 

 だけど、こういうのって前世だと、『愉悦』野郎とか言われそうなムーブだ……。だってね、自分で全部仕組んで、自分で焦らせて最後はフォローするってね……。

 

 まぁいいや。ちょっと可哀そうなくらい追い込んだし、夕飯は沢山食べて貰おう。結構高いから鱈腹食べなさい。両親もウィルみたいな好青年一緒に居たら楽しいだろうしさ

 

 

 




面白かったらモチベになるので、高評価、感想お願いします!!


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16話 清楚な学園生活

 ウィルとバンは風呂に入り、バンの両親と一緒に豪華な食事を共にする。バンの両親は勇者ダンでないとバレないように、バン18歳息子、普通の平凡な子という設定を言われていなくとも理解して、ウィルに一切勇者ダンはバンであると言う事を悟らせなかった。

 

 そして、食休みをして彼らは眠りにつく。しかし、ウィルは眠れず布団を剥がした。窓からは月明かりが差し込んでいて、バンは月を見上げながら空を見上げていた。

 

 

「バンさん……」

「眠れないのかい?」

「はい。今日は色々あって」

「そか」

 

 

 ウィルはバンの隣に座って同じく、空を見上げる。

 

「凄い人とか、とんでもない魔族が居て……もっと強くならないといけないと思って。恩恵(ギフト)とかもあったらなぁって」

恩恵(ギフト)か。意外と持っている可能性もあると思うけどね」

「そうでしょうか?」

「気づいてない、使い方が分からない。そもそも使えていたけど、使えこなせていない。そう言うパターンはよくある」

「そ、そうなんでしょうか?」

「不死身王イフリートがどうやって恩恵(ギフト)の使い方を知ったと思う?」

「え? どうなんでしょうか……」

「過去のバックアップを作って、持ってくる。そう簡単に全てを知って、使うのは無理だっただろうね」

「な、なるほど?」

「これは勘だけど、特殊な能力程、気付くまで時間かかる」

「特殊な能力ほど……」

「まぁ、絶対あるとか言えないからもしかしたら程度に恩恵(ギフト)は考えた方が良いと思うけどね」

 

 

 オマケ程度だとしても、もしかしたらと思うだけでちょっとだけ希望が見えてきたような感じがした。ウィル自身も己を今以上に知ると言うのが大事なのかもしれない。

 

「不死身王イフリートは、過去の自身を保存して、現実に持ってきて、更には過去の自分の体の状態を上書きする……確かに複雑ですよね」

「能力に頼り過ぎは良くないと思うけどね。過去から持ってきても、強くなきゃ話にならない」

「な、なるほど」

 

 

 ぼぉっと何かを懐かしむバンは虚空を見ていた。その姿に哀愁を感じた。そして、ウィルはずっと自身が彼に頼り切りな事に気付いた。

 

 

(僕、ずっとこの人に頼り過ぎて……話もずっと聞いてもらって……何もしてない……)

 

 

「あ、あの、僕ばかり相談してすいません!」

「気にしないでいいけど」

「は、はい! でも、バンさんも何か困ったらぜひ僕に相談してください!」

「おう」

「僕勇者になりたくて! 魔族とか来て、もし怖かったら僕の背中に隠れてくださいね! 剣しか使えませんが守ります!」

「そう言うのあんまり言われたことないな……期待しとくねー」

「はい!」

 

 

 

 グッと拳を握って、キラキラしたような目線を向けるウィルに物珍しそうな目線でバンは応えた。その後は、特に会話もなくウィルは眠くなったので布団に入り夜が明けた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 騎士育成校とは16歳になる年から、18歳になる年までの三年間、騎士として学びを受け、卒業をする事で騎士の資格を授与される。入る理由は様々だ。強さを求める貴族の息子や、家督を継げない貴族の三男や四男が就職先を求める為だったり、平民だが有力な商人の息子、または本当になんでもない平民。

 

 様々な者達が集まるのだ。

 

 

「お嬢様……制服が僅かに乱れております。特に襟が」

「はい、はーい」

「お嬢様、返事は一度だけにするのがよいかと」

 

 

 

 キャンディ・エレメンタール、伯爵令嬢。貴族とはしきたりがあったり、丁寧な所作が一般的である。しかし、同じく、位の高いお嬢様である彼女は猫背で怠そうな表情で騎士育成校までの道のりを歩いていた。

 

 

 

「学校って、面倒ですわ……」

「まだ、入学して三日目です。お嬢様」

 

 

 彼女のボヤキに、彼女に仕えるメイドのクロコは諭すように真実を告げる。クロコはエレメンタール家に代々使える使用人の一族の子である。幼い頃からキャンディがどんな性格なのか知っており、キャンディの両親から彼女を一人前のレディに育てる事をお願いされている。

 

 なので、少々強めにあたったりもする。

 

「あ! 勇者ダン!」

 

 ビシッと空を指さして、メイドは告げる。それを聞いて、先ほどまで猫背であったキャンディがぴしっと背を綺麗に伸ばす。

 

「その姿勢をお忘れなきようにでございます」

「……騙しましたわね……クロコ」

「ご両親から適切な教育を任されております故」

 

 

 キャンディは勇者ダンが居ないと分かるとすぐに猫背に戻る。それを見て普段からしっかりしてほしいのにとクロコは溜息を吐いた。何事もなかったように二人は校舎へと向かうのだが、その最中に大声が聞こえた。

 

 

「おい、平民が!」

「鬱陶しいのよ!」

「この間、インティクス様に色目使ってたでしょ!!」

「そ、そんなこと……」

 

 

 見れば、一人の女子生徒が複数の女子生徒達に囲まれている。平民と言われて因縁をつけられている所を見ると、他の子は貴族の生徒であると二人はすぐに分かった。

 

「私の言う事にケチをつけるの!?」

「お父様に言いつけてやろうかしら? 貴方のお家だって潰して――」

 

 

 金髪ロールの貴族女子生徒が何かを言い切る前に彼女の頬に拳が突き刺さった。スクリューの様に捻った拳によって、錐揉状に飛んでいく。

 

「――そげぶッ」

 

 変な声を出して飛んでいった彼女に、心配をしてその取り巻きもその子の下へ急ぐ。

 

 

「ちょ、ちょっと、グミット様!? 大丈夫!?」

「キャンディ! アンタね!」

「やり過ぎよ!」

 

 

 倒れて気絶をしているグミットと言われる女子生徒の周りに取り巻きは集まる。その数は三人、グミットを入れれば四人だ。しかし、三人からの責めるような視線を向けられてもキャンディはどこ吹く風であった。

 

 

「あら、飛ばしてしまいごめんあそばせ?」

「っていうか、アンタ、平民の味方をするの!?」

「いえいえ、わたくしは勿論グミット様たちの味方ですわ」

「嘘つけ!」

「いえいえ、グミット様の頬に虫が止まっていらしたのでこれは取らなければ一大事だと思い、拳を」

「頭おかしいんじゃないの!?」

「あら? キャラメル様、ガムッチ様、ラムネール様の頬にも虫が――」

 

 

――ボキボキ

 

 

と指を鳴らして、軽く威圧をした。すると三人は気絶しているグミットを背負って逃げるように校舎に入って行った。それを見届けるとつまんないと言わんばかりに通学路に戻る。

 

 

「お嬢様、心意気は見事なのですが……いきなり殴らないでください……」

「面倒になったら任せますわよ」

「え……はい」

 

 

 

 クロコはこめかみを抑えて、天を仰ぐ。二人はそのまま四人と同じように校舎に入って行った。まさか、そこで勇者ダンが非常勤講師として待っているとは思いもしなかった。

 

 

 

◆◆

 

「まさか、勇者ダンが非常勤講師とは……まさかの展開でしたね。お嬢様」

「えぇ! 全く!」

「授業を受ける気が全くなく寝ていたお嬢様も起きてましたね」

「ダン様が居るのだから当然ですわー!」

 

 

 先程、教師であるサクラ・アルレーティアから非常勤講師として騎士育成校でいろいろと教えてくれると説明があった。そして、勇者ダン本人も現れて、僅かだが話をした。

 

 その時に、キャンディはウインクをして自身の存在をアピールをしていたが、関係性秘密なので一切反応はされなかった。

 

 しかし、自身を僅かだけ意識をしてくれていることは分かったので彼女は機嫌が良かった。

 

「ご機嫌ですね、キャンディさん」

「……誰ですの?」

「おやおや、許嫁の僕を忘れるなんて……酷い人だ」

「……え? マジで誰ですの? クロコ知ってますの?」

「この方はマイケル・ウッシッシー。以前お嬢様と許嫁であった方です。ですが、既にその件は破談しているはずですが……」

「確かに……でも、僕は諦めていないんですよ」

 

 

(なんと、面倒くさい方でしょうか……。お嬢様が嫌いそうなタイプ……お嬢様絶対に変な事は言わないでくださいね……)

 

「面倒そうな――」

 

 

 面倒そうな人と言おうとしたキャンディの口をクロコは手で覆った。そして、小声で彼女に囁く。

 

 

「――あまり下手なことを言うと、勇者ダンに清楚な方と思われませんよ? 良いのですか? 折角今のところは良いイメージで通っているのに」

「はっ! 確かにそうですわ! おほほほほ! えっとライケル様?」

「マイケルです」

「あ、そうですのね。そんなことより、わたくしこれから用事がありますの。ここで失礼しますわー」

「……まだまだですが……抑えようとしてるだけましですか。失礼いたします」

 

 

 キャンディはそそくさとマイケルの前から去って行った。クロコも彼女の後を追って行く。彼女の背を目で追う、マイケルの手の中には()()()()()()()()()

 

 

 

◆◆

 

 

 放課後、キャンディは勇者ダンとこっそりお茶をすると言う約束を取り付けていたのでルンルン気分で帰宅していた。制服を脱いで、白のワンピースに着替えて鏡の前で身だしなみを整える。

 

 騎士育成校の生徒で自宅から通えない者は寮生になることが出来る。そして、寮生には二人一組で過ごせる部屋も与えられるのだ。キャンディとクロコは同じ部屋で過ごしているので、メイドであるクロコはいつもキャンディの世話もしている。

 

 

「あら、あらあらあら? わたくし、可愛すぎじゃありませんこと? ワンピース似合い過ぎではありません?」

「可愛いですよ、お嬢様は……外見は本当に良いと思います」

「おーほっほほほ!! 当然ですわ、美しいと本で調べたら一個前にわたくしの名前がありますもの」

「さようで」

 

 

 キャンディは制服からワンピースに、クロコはメイド服に着替えて勇者ダンが待っている場所に急ぐ。勇者は多忙らしく、僅かしか時間が取れないらしい。キャンディとお茶をすると約束したが僅か30分だけだと条件を付けて渋々了承をしてくれるほどに多忙だ。

 

 それに関係性がバレないように人目のつかない場所に行かなくてはならない。時間がない。だから、彼女は走る。

 

 

 30分しかない時間を有意義に過ごすために……だが、急いでいる彼女の足が唐突に止まる。王都の一角、荒れ地のような場所で人はいない。静かに風が吹いて、髪が揺れる。

 

 メイドが首を傾げて主人に問う。

 

 

「お嬢様?」

「……先ほどからつけている方、出てきてくださいまし」

「え……?」

 

 

 

 ギロっと龍のような狂暴な眼を僅かに木が生えている一角に向ける。主人の冷え切った眼に息を呑むクロコ。しかし、眼を向けられている存在は何食わぬ顔で登場した。

 

 

 

「マイケル様です。お嬢様」

「あー、先ほどいた方」

「少し、驚きました。上手く隠せていると思ったのですが」

「もっと格上を普段から見ていますの。貴方程度、直ぐに気付くことなど造作もありませんわ。それで? 何か御用でしょうか?」

「えぇ、まぁ……色々事情が変わりまして一緒に来てくださるとありがたいのですが」

「お断りですわ。これから大事なお茶会でして……というかどうせ力づくで来るおつもりでしょう? その塵のような殺気でバレバレですわ」

「流石はエレメンタール家の令嬢ですね。気付いてましたか」

 

 

 

 マイケルの手には真っ黒な禍々しい闇があった。彼の眼はそれに釘付けで呑まれているようであった。それを見て、あれは厄災の様に人にとって害を呼ぶ存在であると即座にクロコは悟った。

 

 己の主人を守るために盾のように立とうとするが――

 

 

「お嬢様!」

「心配なく」

 

 

――気付いたら彼女(キャンディ)は前に居た。その一瞬の移動を彼女は知覚することすらできなかった。

 

 

(え……こんなにお嬢様速かった……? まさか、これが勇者ダンとの訓練の成果?)

 

 

「わたくし、これから愛しの殿方とお会いしますの。貴方が居ると色々と勘違いされて、最悪なので潰しておきますわ」

「生意気な方だ。大人しくついて来れば痛い目を見ることはなかったと言うのに……」

 

 

 

 キャンディは左手を開き前に出し、右手は握り僅かに引いた状態で構える。右足が地面にめり込む、振動が地面を通じて響き穴が空く。

 

「へぇ。多少は出来ますのね」

「当然です。僕は選ばれし存在。真の強さを手に入れた」

 

 

 疾風の速さで打ち込まれた拳は難なく、マイケルの手のひらに収まっていた。ある程度、抑えていたとはいえ、無傷であり、彼女も警戒心を強めた。

 

 

「しかし、貴方もお強いですね。ここまでとは……まぁ、僕ほどではないのですが」

 

 

 今度はマイケルが拳を打ち込む。もし、彼女がただの貴族であったのなら、勇者ダンからの訓練を受けていなければここで終わっていただろう。怒涛の拳の雨を手の平でまたは甲で外へと流す。

 

 そのまま反撃へと移行したかった彼女だが、あまりに速過ぎて……そして、派手に動くとワンピースが破れてしまうのでどうしても派手に動けない。

 

 

(うぐぐ、派手に動くと絶対に破けますわ……折角のお茶会に行くために新調したのに……)

 

 

「苦しそうですね。しかし、誇っていい、ここまで出来るのは同年代にもほとんどいないでしょう」

「どうでもいいですわッ」

 

 

 

(随分、動きが小さい。怯えた小動物のようだ……僕との実力差に精神的にも負担がかかっていると見える)

 

 

(エレメンタール家の最も若い血を欲すると『あの御方』は言っていた。そして、人類の新たなる存在への昇華の『果実』の実験……大役と聞いていたがあまりに拍子抜けだ)

 

 

(いや、僕が強くなり過ぎてしまっただけか……。これならばあの最強と言われた勇者すら地に伏せることが出来る)

 

 

 

 只管に拳を清流のように流し続け、防御に徹する彼女であったが、そろそろお茶会の時間になると気づいた。不味いと、焦った表情で拳を握って、ワンピースが破けないように最小限の動きで拳を打ち込む。

 

 

 

「僕と真正面から打ち合いとは! 面白い!」

「くっ、時間が……」

 

 

 

 破壊と破壊が拳によって交差した。その衝撃で突風が発生して辺り一帯を揺らす。僅かな轟音が響いて、クロコの耳にも届いた。

 

 

「手加減しているとはいえ! この僕と真正面から打ちあえるとは凄いではないですか! いいでしょう! 僅かだけでも本気を出して差し上げよう!」

「――ッ」

爆裂雹(ばくれつひょう)!!」

 

 

 一瞬で大気の温度が下がる。マイケルの拳から冷気が発生して、全てを拳を中心に引き寄せる。パきパきと、ワンピースが凍り、彼女の整えた髪もぼさぼさになった。そして、彼女の腹に爆氷の拳が突き刺さる。

 

 

「お嬢様!」

 

 

 

 数メートル吹っ飛んだ彼女は地面に伏した。ワンピースは土で汚れ、口から僅かながら出血している。

 

 

「お、お嬢さ、ま……」

 

 

 クロコは倒れている彼女の下に駆け寄る。そこであることに気付いた、いつも明るいオレンジのような彼女の髪が徐々に赤色に染まっていた。そして、彼女の瞳も同じようにオレンジから赤に変わっていた。

 

 元の色と点滅するように赤に変わって行く。

 

(まずい。お嬢様が……お嬢様が……キレる……ッ)

 

 

 

「クロコ……待ち合わせのお茶会の時間は」

「その、過ぎております。しかも、大分汚れてしまっているので着替えたり、したら、その……」

「あぁ、間に合わないということですのね?」

「あ、その……」

「えぇ、そういうことですのね……取りあえず、アイツの奥歯折りますわ」

 

 

 ゆっくりと立ち上がると、ギリギリと歯軋りをして彼女は立ち上がる。そして、にやにやとこちらを見ているマイケルに向かって再び構え、一歩踏み出した。

 

 

(まだやるのか、無駄だ――ッ!)

 

 

 轟音がなり、豪速を超え、そして、鉄拳が彼の顔面に向かって――否、既に到達をしていた。それに気付いたときには彼は無意識に防御をしていた。そうしなければ自身は死んでいたかもしれないからだ。

 

 

「……ふざけんじゃねぇぞぉぉ! この、クソ野郎がぁあ”!!」

 

 

 だが、防御したのも束の間、彼女の拳は再び消えていた。そして、既に彼の腹部に到達していた。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 熱いッ、と彼は感じた。しかし、彼女は何も特殊な事をしていない。あまりの衝撃と速さに腹部がそう錯覚をしたのだ。全身から一瞬で酸素が吹き飛ぶ感覚を味わいながら、彼は飛ぶ。

 

 

(あ、あり得ない! いや、僕の方が強い。既に型は頭に入れた、速さも体験した。次の一手で上を行けば――)

 

 

(――手加減も必要ない)

 

 

 

爆裂雹(ばくれつひょう)ッ」

 

 

 再び、彼の拳に氷が集中する。辺りから熱気を奪い世界の時間を止めるように凍らせていく。先ほどとはわけが違かった。

 

 

 手はキラキラと輝き真っ白に染まっている。その拳を彼女に叩きつけようと上から拳を向ける。

 

 

 一方の彼女は……同じように拳を向けていた。

 

 

 

(な、なんだ!?)

 

 

 

 彼女を中心に自身の熱が奪われているような感覚に襲われていた。まさか――、と彼女の手を見ると自身と同じように真っ白に染まっている。

 

 

「そんな猿芸は一度見ればなぁ!! マネできるんだよぉ!!」

 

 

 全く同じ拳がぶつかり合う。しかし、拮抗しない。オリジナルを使うマイケルの拳が折れて、氷が割れたような状態になる。

 

 

(僕の技が一瞬で――、さらに、僕よりも上の――)

 

 

 それを最後に彼は全身が氷で包まれた。激昂状態であったキャンディもようやく拳を収める。すぐさま氷を溶かして、一応の処置もしてマイケルの命だけは救った。

 

 

 

「お嬢様?」

「あー、最悪ですわ。お茶会行けないし、無断でキャンセルをしてしまうし……絶対にダン様に嫌われましたわ。もう、生きてはいけませんわ」

「そんなことはないと思いますが……」

 

 

 

 二人で話をしているとサクサクと、凍った地面を砕くように歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

「これは……お前の仕業だな?」

「だ、ダン様……え、えぇ、まぁ」

「……そうか、まぁ大体見ていたが」

「え!?」

「取りあえず、その男は俺が連れて行く」

「は、はい……」

 

 

 ダンは男子生徒であるマイケルを連れてどこかに行ってしまった。彼の背を見送るとキャンディは再び溜息を吐いた。

 

 

「あぁぁぁぁぁ、終わりましたわぁぁあ!!」

「お嬢様!?」

「清楚なイメージでやっていたのに! 素を見られてしまいましたわぁぁ!!」

「お嬢様、実は滅茶苦茶口悪いですしね……。今までよく隠せていたと言うか……」

「あぁぁぁぁぁあぁああああ!!!!」

「よしよし」

 

 

 

 戦いの時、取りあえず奥歯折るか、とか色々と言ったことを全部聞かれたと絶叫をするキャンディをクロコは胸で抱き寄せて、よしよしと頭を撫でてあげた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 非常勤講師と言う新たな職業についた。週六で弟子達の修行をして、更には七日目も頑張って修行の近況情報を纏めている。そこから更に仕事を増やすことになるとは……

 

 まぁ、しゃあない。本当に非常勤だからね。やったとしても十四日、二十八日に一回くらいだな。

 

 

「勇者君、モテるからって生徒に手を出しちゃダメだぞ?」

「……あぁ」

 

 

 サクラがこんなことを言ってきたが……そもそも俺はモテない。更にはそんな事は絶対しない。

 

 

「生徒じゃなきゃ、手は出しても良いと思うよ……」

 

 

 

 あ、はい。そんなに俺が手を出すのか心配なのか……。クソちょっと優男でモテるからってお前調子に乗るなよ!

 

 教室入ったら、全員唖然としていた。え? 勇者ダンが非常勤講師!? みたいなね。キャンディとアルフレッドって同じ教室なんだ。二人が接点持って俺のことがバレたらどうしよう……。

 

 キャンディがウインクしてくるが……まさか、既に気付いて俺に圧を……?

 

 そして、彼女から放課後にお茶しようと誘われることになる。バレたか? 二人きりで一体全体どういうことかと聞かれるのかもしれない。

 

 うーんと悩んでいると既に放課後だった。待ち合わせの人気のない場所で待っていると轟音がなった。気になって見に行ったらキャンディの髪が赤く染まっている。

 

 

 しかも、なんか男子生徒と戦っていたのだ。驚異的な身体能力で相手を圧倒している。

 

 

 え、えっと……俺あんなの教えてないんだけど……。あの赤い髪になる奴何? しかも氷の拳みたいなのいつの間に覚えたの? あんな物騒なの教えてないんだけど……。

 

 え、えぇ? 俺要るか……? 放置しても勝手に勇者になるんじゃ……。

 

 

 取りあえず、この凍死しそうな彼は保健室に運ぼう。

 

 

 一応、生徒指導した方が良いのだろうか。でも、キャンディが何の理由もなく暴力を振るうとは思えない。あと、あの言葉遣いも気になる。いつもの清楚な感じはどうしたのだろうか?

 

 うーん、一応教師として後で話は聞いておこう。




面白かったら感想、高評価お願いします。

色々と意見を集めてまして、展開とか色々こういうのが良いとかあれば是非お願いします。感想欄だと規約違反になるので活動報告にお願いします

活動報告先リンク↓

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EⅩ 遥かなる過去の死闘! 勇者対不死身王!!

 ウィルは日課の自己トレーニングをこなし終えてから、自身の住んでいるイシの村に戻った。両親の手伝いをしたりして時間を潰した後、休憩のために一本の木の下に腰を下ろす。

 

 

 彼の手にはとある英雄譚が握られていた。木に寄りかかり、木の葉が陰になる。まったりとした時間が流れる中でゆっくりと本の表紙を眺める。

 

『――不死の王と勇ましき者』

 

 本のタイトルにはそう書かれていた。ウィルはワクワクした様子で本を開いた――その前に彼に話しかける女の子が現れる。

 

 

「何見てんのー?」

「うわぁ!?」

「うわぁってなに? 幼馴染をお化けみたいに言わないでよ」

「あ、ごめん」

「まぁ、いいや。それより、なにそれ?」

「勇者ダンの英雄譚なんだけど」

「また? 何回読めばいいの?」

「えっと、あと100万回くらいかな……」

「え? 流石に嘘でしょ……?」

「あ、うん……もうちょっと読むかも」

「そう言う事じゃないんだけど……まぁ、いいや」

 

 

 メンメンは仕方ないなと言う表情のままウィルの隣に座る。鈍いウィルにも彼女が一緒に本を読みたいのだと言う事が分かった。

 

 

「不死身王イフリートかぁ……。あんまり私分からないんだけど……そんなに強い魔王なの? 印象無いけど」

「何言ってるの!? メンメン! 不死身王イフリートは物凄く強かったんだよ!!」

「へぇー、そうだったんだ」

「確かに勇者ダンが速攻で倒してしまったから僕達の記憶にはさほど残っていないのかもしれない。でもね、能力、魔法、身体能力、全体的な総合値は恐らくだけど勇者ダンが戦ってきた魔王の中でもトップクラスだよ!!」

「そうなんだ」

「いや、そうじゃないよ! 全部の魔王はとんでもなく強いんだ!」

「どっちなの?」

「とにかく、とんでもなくヤバい敵だったって話なんだ!」

「ふーん」

「能力、恩恵(ギフト)がやられても死んでも何度もでも蘇る能力なんだ。過去から自身の状態を現時点に持ってきて上書きをするから実質的にもほぼ無限とも言える。魔力と体力、そして命を持っている」

「それはそれは……確かに凄いね。命が何個もあるってちょっとずるいよね、魔王なのに」

「そうなんだよ! 命が何個もある。ここが恐らく最大にして最悪の強さだった。だけどね、さっきも言ったけど、過去の状態から自身を上書きする。それは、魔力すらも回復するんだ」

 

 

 ウィルは物凄く熱く語り掛けるが、メンメンにはあんまり伝わっていないようだった。しかし、そんな彼女にどうしても勇者ダンと戦った魔王について語りたいのか、彼のテンションはヒートアップしていく。

 

 

「魔族が使う魔法は異界魔法って言われているのは知ってるよね? 僕達の世界の一般的な魔法、妖精魔法とは色々と異なるんだけど……魔法の強さを測る物差しの部分、階梯については同じなんだ。この魔王は理論上は最高峰の十二階梯魔法を永遠に発動を出来るとも言えるんだ。だって、過去の状態を上書きできるなら、魔法を使って、魔法を使う数秒前の状態に戻ることも可能なんだから」

「確かにそう言われると強そうだね」

「強そうじゃなくて、強かったんだよ! 現に勇者ダンと戦う前に『七聖剣』が戦いを挑んだらしいけど、一回倒すだけで精一杯だったらしいんだ」

「七聖剣かぁ。聞いたことあるなぁ。Sランク冒険者だよね? そんな人達でも負けちゃうんだね」

「うん、剣のスペシャリストと言われる『七聖剣』がようやく一回勝てる……。Sランク冒険者は言わば、人類の最高峰とも言えるからね。話だけでもどれほどのものか……」

「そんな敵を勇者ダンはどうやって倒したの?」

「う、うーん、そこに関しては実は色々とぼかされたりするんだよね……。自身の命を身代わりに封印したとか、本当に倒したとか、別次元まで吹っ飛ばしたとか……英雄譚は沢山あるけど、それぞれ解釈が違ったりしてるんだ」

「へぇ……でも、どれが正しいのかな? 文字通り無限とも言える魔王を倒すのはいくら勇者ダンでも難しそうだけど……となると封印が一般的な解釈になるのかな?」

「……僕もそう思うんだ」

「なんで、勇者ダンはその事実をぼかすのかな? 封印したならそう言えば良いのに」

「……」

 

 

(それはきっと……自身の命を使って封印したと言えば強さの『底』が見えてしまうから……。彼は絶対不変の強者として抑止力がある。だから、強者の芯が揺らぐようなことは言わない、いや言えない。あくまでも自身は平和の化身として悪を退け続けると言う事だけを他者に示し続ける)

 

 

(かと言って嘘を言えば齟齬が出かねる。だから、深くは言わないんだろうなぁ)

 

 

(……僅かだけど、彼の考え方が以前よりも分かっている気がする。平和の為に、自分の命をただ捧げる奉仕精神の塊が彼なのだろう)

 

 

 

 勇者ダンについて以前よりも考え方が分かることに成長を感じるとともに、どこか焦りも湧いた。それが揺らぎ始めている。彼の強さの芯がぶれ始めている。彼の不変で絶対的な強さの『底』が見え始めている。

 

 それが見えたら、今までの彼の功績もただの過去のものになる。底が割れて、悪意が世界に蔓延してしまう。それが怖かった。それを自身が背負えるのかと不安にもなった。

 

 

「なんでだろうね。僕にもよく分からないなぁ」

「どうしたの? 顔色が変だよ」

「なんでもないよ……おーし! ちょっと修行してくる!」

「え!? また!?」

「うん!!」

 

 

 これ持っておいて! とメンメンに本を預けてウィルは走り出した。いつか勇者の背に必ず手を届かせると信じて。

 

 

 

◆◆

 

 

 ウィル達が勇者の弟子となる約11年前ほどになる。当時19歳であった勇者ダンの話である。

 

 

 勇者ダン、リンリン・フロンティア、サクラ・アルレーティアの三人は大都市ミレルザムと言うトレルバーナ王国から南に位置する場所に滞在していた。

 

「不死身王……そんなのが現れたのね」

「らしいね。次から次へと魔王が現れるなんて……どうなってるんだろう」

「でも、『神託』じゃ『七聖剣』の七人が倒すって言われてるんでしょ? だったら今回はアタシ達の出番はないんじゃない?」

「そうだよね……僕達は暫く何もしなくてもいいよね?」

「うん……だと思うわ」

 

 

 とある喫茶店の屋外の席に二人は座っていた。リンとサクラは紅茶を飲みながら、新聞を読んで一週間前ほどに唐突に宇宙より飛来した魔王について話をしている。

 

 

「僕ね、あの神託あんまり好きじゃないんだよ。神託者とか、神父とかシスターさんには悪いけど」

「前にも聞いたわ、それ。でも、同感、アタシも好きじゃないわよ。ほら、アタシ達ってさ、やたら神託されるじゃない?」

「うん、ちょっとやめてほしいって思う時ある……まぁ、勇者パーティーだからしょうがないと言えばそうなんだけどさ」

「神託をしたら胸が大きくなるとか、そう言うのがあればいいんだけどね……」

「え?」

「冗談よ。そんなのがあってもお断りしたいわ……。前それで大泣きしちゃったし……」

 

 

 溜息を吐きながらリンは頭を抑える。その様子を見てはははとサクラも苦笑いだ。周りでは伝説の勇者パーティーメンバーが居ると言う事で物珍しい物を見るような眼も向けられ、余計にリンは頭が痛くなった。

 

 

「そう言えばダンは?」

「ちょっと用事があるって。ほら、四日後に『勇者ダン祭』が行わなれるでしょ? それで色々あるとか」

「ふーん、そうなんだ」

 

 

 勇者ダン祭、それは勇者ダンの栄光と偉業と存在を讃える祭典である。幾度も勇者として魔王を退けてきた彼は正に現代の英雄なのだ。ならばそんな彼と讃える祭りがあってもなんらおかしくはない。

 

 彼と同じパーティーメンバーである二人が呼ばれているのもその為である。

 

 

「四日後ね……不死身王がその間に倒されると良いけど」

「流石に倒されるんじゃないかな? だって、七聖剣ってSランク冒険者でしょ? 僕やリンちゃんより強いって」

「まぁね……流石にね」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

「おい、例の七聖剣とやらどうなっている」

「負けたよ。一回倒せたけど、話にならなかった。命がほぼ無限にある魔王に手も足も出ず、見逃されたよ」

「ふん、愚かな」

「恐らくだが、敢えて七人を逃がすことでその強さを知らしめることが目的だろうね。わざわざ手を下す必要もない、圧倒的な強さで敵わないと思わせ人類に降伏をしろと言いたいらしい」

 

 

 

 傲慢な上から目線の物言いで勇者ダンはとある老婆に問いを投げかけていた。怪しげな暗めの個室。木の人形や、謎のガラス玉が部屋の至る所に置かれている。

 

 そして、勇者ダンと彼女を挟むように置いてある机には一際綺麗な水晶が置かれていた。

 

 

「どうやら、最近の神託はただのほら吹きになったらしい」

「あんた、その言い方、外で絶対するんじゃないよ。神父やシスター、あたしのような神託者には結構な言葉だからね。神を信ずる者達にはアンタの言葉は刺さり過ぎる」

「どうでもいい。それより、この後の神託はどうなる」

「分かり切っていることをきくね……神はこう言っている、大賢者リンリンと覇剣士サクラが不死身王を退けるとさ」

「詰まらんな。本当に詰まらん存在だ……」

 

 

 ギリギリと仮面奥で歯軋りとするような音が聞こえた。それを見て、老婆は溜息を吐く。

 

「あんた、やめなよ。そんな事をして何になるのさ」

「……ふん、それよりその不死身王とやらはどこに居る?」

「この都市から東だ……そこに奴らの一時的な拠点がある」

「そうか。ボイジャー、今回は礼を言ってやる」

 

 

 ボイジャーと言われた老婆は大きな溜息を吐いた。

 

「一人で行くのかい?」

「アイツらには何も言うな」

「あたしは別に構わないさ。ただ、良いのかい? 今回は強敵だよ?」

「神託関連でアイツらが泣く方が面倒だ」

「おや、かっこいいねぇ」

「それに俺と言う存在を祝う祭典を邪魔されたくはないからな。中止にでもなれば世界の恥だ」

「そうかい。だったらさっさと行きな」

 

 

 そう言われると勇者は鉄仮面の奥で僅かに嗤って、個室の戸に手をかける。そして、出て行く寸前にボイジャーは笑いながら小声でエールを送った。

 

 

「死ぬじゃないよ」

「当たり前だ、俺が死ぬなど億に一つもない」

 

 

 ばたんと戸を閉めて、彼は出て行った。

 

 

「全てはあらゆる人の為。顔も声も知らない、赤の他人の為に戦うか。人類の人柱にでも、あの子はなるつもりかね」

 

 

◆◆

 

 

 

「どうやら来たようだな。勇者よ」

「……」

 

 

 菫色に大きな部屋は照らされている。天井に綺麗な水晶があり、それが自ら発光して部屋を怪しい光を灯していた。

 

 

 その光を浴びて、両者は向かい合う。一人は魔の王、天より先の宇宙より飛来し、この小さき星を手中に収めようとする者。一人は異界の地の記憶を持ち、数多の魔を退けてきた者。

 

 

「俺の名は不死身王イフリート。まぁ、知っていると思うがな」

「御託はいい。とっととかかって来い」

「威勢がいいじゃねぇか、ただそう言ってお前らの最高峰は負けたがな」

「七聖剣か……。どうでもいいがな」

「そうか、ならばかかってこいよ。一回でも倒せたら褒めてやる――」

 

 

――王の首が飛んだ

 

 

 

 キンと勇者の腰の鞘に剣を収める音が木霊する。瞬きすら許さぬ神速の抜刀により、魔王の首を斬ったのだ。しかし、通常の生命体であれば首を切断されれば命はないのだが、相手は文字通りの不死の王。

 

 

 

「やるじゃねぇか。まさか、いきなり殺されるとは思いもしなかったぜ」

「なるほど、不死の名は伊達ではないらしいな」

「その通りだ」

 

 

 切られた首が時が戻ったの如く、再び胴体と接着していた。明らかに一度死んだと言うのに、本人はさも当然のような顔ぶりで首を鳴らす。

 

 

過去保存(バックアップ)。俺の恩恵(ギフト)だよ。勇者……過去の最善の状態を俺は常に上書きできる。例え息絶えたとしても、俺はそれを書き換え、死すらも超越をすることが出来る」

 

 

 傲慢に両手を広げて、天を仰ぐ。これ以上、己の上には誰も居ないかのように自由に声を荒げた。

 

「つまり俺は生命の頂点だ」

「頂点か……」

 

 上を見ていた視界が地に沈んだ。鈍い音が再び魔王の鼓膜に響く。

 

 

 ――再び、首が飛んだ

 

 また、あの鞘に剣を収める音が聞こえて来た。

 

 

(あ……? また殺されたのか? 俺は……まぁ、速い事は認めるぜ。ただなそれだじゃどうにもならないんだよなぁ)

 

 

(俺の過去保存(バックアップ)はそう言う次元の話じゃねぇ。速い、という事は常に追い越した最強の能力なんだ。ある意味では絶対不変の時間に干渉をしていると言ってもいい)

 

 

(この男は()()()()を敵にしているに等しい。勝てるわけがねぇんだよ)

 

 

 

 魔王は何食わぬ顔でまた立っていた。死んだが死んでいずに、彼は何度もでも蘇る。

 

 

「だから、無駄――」

「――あと十回試すか」

 

 

 十回ほど首が宙を舞って、血の鉄のようなにおいが魔王の鼻をくすぐった。

 

「ふ、ふっははは、や、やるじゃねぇか。確かに剣の速さだけなら今までの中でトップだろうさ。だが、それで終わりだろ? 俺には勝てねぇんだよ。死が今までの勝利条件だったんだろ? 残念だなぁ、俺は違うんだよ!」

「……」

「今までの魔王とは訳が違うだろ? 何度も同じことを言わせるなよ、お前は勝てない。お前が勝てない要因はもう一つ、魔法の有無だよ。俺はな十二階梯の魔法を無限に打つことが出来る。そろそろ見せて――」

「――魔法は今更見ても学ぶことはない」

 

 

 魔法を発動をしようと魔力を高めようとした瞬間には首が飛んでいた。三度、時が巻き戻る。それを見て勇者は淡々と事実を述べた。

 

 

「なるほどな。巻き戻る、つまりは魔法を発動をしようとした時に殺せば、発動を使用するその前に戻るわけだ。巻き戻りつつ魔法を発動は出来ないか……」

「……ククク、その通りだ。だが、それを知ってどうする? お前には勝てる手段が――」

「――こうか」

 

 

 

 また、首が飛んだ

 

 

(っち、また死んだ……いや、ちょっと待て!? 首が取れていねぇだと!? 馬鹿な……確かに今確かに俺の首は飛んだはず……!?)

 

 

 否であった、首は飛んでいなかったのだ。まるで時を戻したかのようにぴったりと綺麗に首と胴体は繋がっていた。だが、それは可笑しいのだ。確かに不死身王イフリートは自身の首が切られる感触を味わった。

 

 しかし、胴体と首は繋がっている。自身の首を手で触り、感触を確かめる。確かにつながっている。

 

 

「解せないと言う趣だな」

「……どうせ関係ねぇよ、勝つのは俺なんだからな」

「なら、特別に教えてやる。勝つのは俺だからな。知られても何の柵もない。果物を斬った時、切断面を綺麗に寸分の狂いもなく繊維を壊すことなく斬れば、断面同士を合わせ、再び元に戻すことが出来る。俺はそれが生命でも実現を可能にする」

「――馬鹿な」

 

 

 生命体、しかも魔王と言う複雑な体を持つ俺の体を文字通り、寸分の狂いなく切断をすることが出来るだと――、その衝撃は彼の体に電流のように走った。一体どれだけの鍛錬と狂気を積み上げればそんなことが可能なのだろうか。

 

 そもそも本当にそんなことが出来るのか。ハッタリではないのか。

 

(あり得ねぇぞ。素の状態である意味では時間に干渉してるとすら言っていい。状態を切っても無かったことに出来るだと……ッ?)

 

(ハッタリ? 実はなにかしらの能力を持っていて、それを悟らせないためにわざと言っているのか? そうでもなきゃ、言わねぇ。自身の手札についてなんて)

 

 

(そうだ、そもそもコイツの異様な速さ。時間を止める恩恵(ギフト)を持っているとしても不思議じゃねぇ。だとするなら、何らかの条件を発動には必要で、そこに眼を向けさせないために……)

 

 

(いや、本当に本当なのか……たかが剣一本で超常的な概念を再現したとでも……)

 

 

 

 

「だが、この剣は使わない」

「あ?」

「俺は拳でお前と戦う。無限に生き返るお前に摩耗する剣は勿体ない。もっと言えばお前程度に剣は必要ない」

「ほう、噂の聖剣も使わないと?」

「いらないだろ。お前に……お前の能力は過去から自身を引っ張ってくる。俺は一秒でお前を七回は殺せる。この七回はお前の蘇生を入れての七回だ」

「……」

「そして、俺と言う存在は常に光の速さで先に進む男。過去に下がって行くお前と頂上より先を常に歩ける俺。負ける要素はない。初めてだよ、こんな楽に魔王を倒せると思ったのは」

「――ッ」

 

 

 それは強者の余裕、勇者は圧倒的な自身の技術を見せつけ、その上でそれを自ら封印した。それは相手を精神的に追い込むため。自らを律しても倒せると言う事実を無下に告げる。

 

 

 傲慢でもあった発言。しかし、自然と嘘を言っているようには思えなかった、それを実現する程に強さがあると殺された自身がよく分かっている。しかし、しかしだ。己も無限の不死である。

 

 この男と、自身の総力戦が始まると魔王もニヤリと嗤った。

 

 

 そして、三日間、秒にして約25万9200秒、勇者に無限撲殺をされ不死身王は自ら命を絶った。そして、世界には再び平和が訪れたのであった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

「終わったぞ」

「知ってるよ、神託が消えたんだからね」

 

 

 勇者ダンが不死身王を倒して再び、神託者ボイジャーのもとに足を向けた。老婆の彼女は頭を抑えて、溜息を吐く。

 

 

「三日かい? 結構速かったんじゃないかい?」

「他愛もない作業だった。それで本当に神託は消えたんだろうな?」

「消えたよ。予言をあんたが横から吹っ飛ばしたんだからね」

「ならいい……」

「本当にあんたは変わってるよ。神託にも占いにもあんたの名前は何処にもないって言うのに」

「蟻に星は見えない」

「は?」

「小さな蟻に星を観測することはできない。出来るのは同程度、あとは僅かに大きい存在だけだ」

「なるほど、自身の存在は大きすぎて誰にも観測できないと」

「当然だろ? この世界で俺は頂点に立っているんだからな。誰が頂点の俺を理解できる?」

「傲慢だね……まぁ、確かに言い得て妙だけどさ」

「あとは俺は元からこの世界から逸脱しているからか……」

「なんだって?」

「いや、これも俺しか分からない事だ」

 

 

 

 勇者ダンは元は日本と言う場所で暮らしていたので、もしかしたら自身は世界の法則から一部抜けているのかもしれないと感じるが、それを言った所でどうにもならないと口を閉ざした。

 

 

「そうかい、まぁ、あんたも祭りは無事行われるようだし、楽しんできたらどうだい?」

「ふん」

 

 

 手を適当に振って彼は出て行った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

(あー、これからどうしよう……。演説の予行練習までちょっと時間あるし)

 

 

 鉄仮面を外して、ツンツン頭にフツメンをさらして勇者ダンは歩いていた。誰一人として、彼の素顔を見て勇者ダンと紐づける存在はいない。

 

 祭りは明日からだと言うのに既に出店は出展されており、色々な物が売られている。

 

 

「そこの冴えない顔してる兄ちゃん!」

「え? 僕?」

「そうそう! この勇者ダンの聖剣饅頭はどうだい! 人生変わるよ」

 

 

(定価より高い、祭りあるあるだけど通常より高価にするんだよね。三日間不死身王ボコボコにしたら、ご飯食べる気分じゃない)

 

 

「ごめん、お腹空いてないんだ」

「なんだよー! これを百個食べたら勇者ダンみたいになれるのに!」

「えぇ……」

 

 

 変わった人が多いなぁと出店を回りながら思っているととある本屋のような物が眼に入る。本屋と言っても、風呂敷が広げられてその上に本が何冊か積みあがっているだけのものだ。

 

 

「これは、何を売ってるんですか?」

「あぁ、これは勇者ダンと大賢者リンリンの恋愛小説ですね。本人非公認ですが」

「えぇ……非公認ですか」

「面白いですよ。二人が騎士育成校に通っていたらと言う妄想を描いております」

「そうなんだ……買おうかな」

「面白いですよー、今日はもう一人お買い上げして下さった方が居まして流れが来ております」

「へぇ……どんな人が買ったんですか?」

「うーん、顔を隠していたので良く分からないですね。ただ、女性でしたよ、後、耳の形からして妖精族の方かと」

「へぇ……」

 

 

(こういうの買う人居るんだ……ちょっと怖いもの見たさで買いたくなって来たな)

 

 

「僕ハッピーエンド厨なんですけど、ダイジョブですかね? ほら、勇者ダンと大賢者リンって大分、性格変わってるから」

「心配はございません。確かにお二人共、大分屈折(だいぶくっせつ)している性格でありますがハッピーエンド保証であります」

「そんな屈折はしてない……まぁ、ありがとうございます」

「ただ、お二人共大分屈折しているので、ちょっとすれ違いあります」

「すれ違いかぁ……」

 

 

(現実ではこれ以上ない程にすれ違ってるし、本の中でもすれ違うのか)

 

 

「ですが、私があまりそう言う展開が好きではないのですれ違いは三ページほどで終了します。そのまま二人はデートとかキスとかします」

「買います」

 

 

 お買い上げありがとうございますと言われて、勇者ダンはお金を渡して本を受け取る。一体全体、何が書かれているのか不思議でしょうがないなと怖いもの見たさのような思いを抱きながら近くのベンチに腰を掛けた。

 

 こんな小説を読んで、もしニヤニヤして周りから変な人扱いされたら恥ずかしいなと思ったのか、口元に布のような物を巻いて、万が一、ラブ小説を読んでニヤニヤしてしまったとしてもバレないように細工をした。

 

 

「へぇ……ダンリンリンダン、なんだこのタイトル。……よくこれ俺の祭りで売る気になったな……」

 

 

 読み進めると確かにリンとダンのラブロマンスだった。思わず、恥ずかしさに悶えそうになったがそこはグッとこらえた。しかし、途中で読むのが恥ずかしくなって、読むのを中断して天を仰いだ。

 

 

 そこでふと気づく。隣に目元は黒いサングラスのような眼鏡で隠し、口元にも布を覆っているエルフが居ると。髪にもなにやら青い布を巻いており……とっても怪しかった。

 

 

「えへへ、こんなの言われたら困るわね」

 

 

(変わってる人多いな……あ、この人読んでるのダンリンリンダンだ! さっき買ったって言ってたのこの人だな絶対)

 

 

 思わず、彼女の本を直視してしまったのがバレたのか、さっと目線を向けられる。彼女もダンが本を買った事に気付いたようだ。

 

 

「あ、それ……買ったんですか? ダンリンリンダン」

「えぇ、ダンリンリンダン買いました」

「ダンリンリンダン、面白くないですか?」

「え、ぇ? まぁ、はい」

「アタシ、好きな人が居てこんな風になれたらなって思わず思っちゃいました」

「あ、そうですか……。でも、それには同感です」

「アンタ、じゃなくてあなたにも好きな人が?」

「えぇ、ただ、結ばれることはないとは思いますが」

「あ、すいません」

「いえ、気にしてません。それにその人が笑ってくれていたら何でも良いかなって最近思うようになってきましたし」

「……凄いですね。アタシはそんな風には思えない。その人の隣に自分が居ないときっと満足できない……。腹立たしいって思う時もあります。自分以外が近くに居ると」

「あー、確かに俺も同じですね」

「え? でも、さっき笑ってくれたらそれでいいって」

「うーん、何というか表向きも本心もそう言う事にしておきたいと言うか……心の中でもその子の前ではカッコつけておきたいと言うか。だから、本心の本心では凄い、嫉妬とか昔はしてましたね」

 

 

(ちょっと待って、俺凄い恥ずかしい事言ってない? ダンリンリンダンのせいだな、これは……。本の中の俺がほぼホストだから、思わず言ってしまった、恥ずかしい、帰ろう)

 

 

「あー、そろそろ僕は用事があるので」

「あ、はい。急に話しかけちゃってごめんなさい」

「いえいえ」

 

 

 その後、ダンリンリンダンを全部読んだ勇者ダンは、内容のあまりの恥ずかしさに演説の予行演習の時、顔が真っ赤だった。しかし、鉄仮面を被っていたので誰にもバレることはなかった。

 

 

「大丈夫、リンちゃん。顔真っ赤だけど、変な物でも食べた?」

「ごめん……変なの読んじゃって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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17話 デコピン

 キャンディス・エレメンタール、通称キャンディと元婚約者との決闘を終えて数時間が経過した。彼女は自身の付き人メイドであるクロコに傷の手当てをして貰っていた。

 

 消毒液を綿に誑してそれをキャンディの頭の傷にポンポンと乗せる。キャンディは傷に消毒液が染みているはずなのに一切顔に苦渋の表情を出さない。だが、彼女の顔は失意のどん底にあるようであった。

 

 

「あ、あぁあ……」

「お嬢様、元気を出してください。大丈夫です、人間は外見ではなく、内面です」

「……あんだけ暴言を吐いたらもう、無理……あ、あぁ、清楚な感じでずっと行っていたのに……」

「……お任せください、お嬢様」

 

 

 ペタペタと絆創膏をキャンディの額に貼ったり、汚れを濡らした布で落としたりしながらクロコは彼女を頭を撫でた。そして、彼女達の居る保健室に勇者ダンが入ってきた。

 

 

「キャンディ」

「だ、ダン様……あの、その……先ほどは……」

「ん?」

 

 

 キャンディは先ほどの戦闘で思いっきり自身の素を出してしまっていた。今までは好かれようと清楚な雰囲気で接してきた。口調も荒々しいもので使った事はないのでどうにも気まずい。

 

「さっきのお前の元婚約者は、お前と戦った記憶がないらしい」

「え? あ、そ、そうですの?」

「あぁ……以前からアイツとは親しかったのか? なにか以前とは違う可笑しい所とか気付いたか?」

「い、いえ……」

「そうか」

「……」

「……」

「それだけですの……?」

「他になにかあるか?」

 

 

 自身の口調の変化とかに突っ込まれると思っていたのに特に何も言わないダンを、伺うようにチラチラ見る。どうにか弁明をしたいがどうにもできない。

 

 

「ダン様」

「お前はメイドだったか」

「はい。キャンディ様のメイドであるクロコです。実は先程のお嬢様の状態についてお話ししたいことがあります」

「聞いてやろう」

「実は……お嬢様には恩恵(ギフト)があるのです。それは……鮮血暴動(ブラッド・ドレス)という名前でして……感情の昂ぶり、そして、流している血の量によって身体能力が向上します」

「そうか」

 

 

 ダンは興味深そうにクロコからの話を聞き続ける。

 

 

(そして、お嬢様の場合は感情が爆発してしまっているので素の性格が出てしまう。だけど、これを言ってしまうともうお嬢様は死んでしまうから……)

 

 

「そして、お嬢様はこの能力が発動してしまうと口調が荒々しく変化してしまうのです。それが昔からの悩みで、ちょっと恥ずかしいようです。見てください。お嬢様が気まずそうな顔をしています」

「……そうか。素の口調に見えたが能力による副作用だったのか」

「えぇ、そうなのです」

「そうか、分かった。俺は素に見えたのだが……そういうことなんだな?」

「えぇ、そうですね。はい」

 

 

 ダンはそうかと言いながらこれ以上話は無いのかと聞いて、何もないと分かると保健室を出て行った。

 

「クロコ……わたくしは世界で一番のメイドを持ちましたわぁ! これでもう一回好感度はリセット! アプローチが出来ますわ!」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 そうか、あれが素ではなかったのか……。キャンディの素だと思ったんだけど……俺とか思いっきり自分を偽ってるからさ、ちょっと親近感湧いて嬉しかったんだけど……。

 

 

 能力の副作用だったのか……。ちょっと、お? もしかして俺と同じか? 一瞬だけ期待したんだけどなぁ。残念だ。

 

 

 やっぱり自分を偽って苦しい事をやっているのは俺くらいか……。まぁ、弟子に親近感を覚えようが、覚えなかろうがこれからに変わりはない。

 

 キャンディは俺が思っていた以上に強かった。そして、後継者として期待が出来る。それでいいのだ。

 

 

 

◆◆

 

 

ウィルが冒険者として活動をし始めてかなりの時間が経過した。初めは初心者の駆け出しであった彼も今では少し慣れてきていた。

 

「はい。ウィルさん今回依頼はこちらになります。ウィルさん以外にも依頼を一緒に行う方が居ますのでその方と合流して依頼を行ってください」

「ありがとうございます」

「ウィルさん、頑張ってますね」

「ありがとうござます!」

 

 

 

 爽やかな顔つきで、物腰の柔らかい性格はギルドの美人職員たちの中でちょっとだけ人気になりつつあった。

 

 

「そこの君」

「はい?」

 

 

 そんなウィルに一人の少年が声をかけた。ウィルと同じ位の背丈だが雰囲気は彼と違って自身に満ち溢れている。若干嫌味のあるような笑みを浮かべている少年。

 

 

「ボクがその依頼を一緒に行う、ドランク・バリデーションだ」

「あ、ど、どうも」

 

 

(ん? バリデーション? 七聖剣の一人と同じ家名……もしかして)

 

 

「察したようだね、ボクは七聖剣の一人、ファング・バリデーションの息子だ」

「う、嘘……」

 

 

(うわぁぁあ!! Sランク冒険者の息子!? す、すごい!)

 

 

「ふふふ、皆、君のような反応をするよ。まぁ、今は父上に言われてボクは修行の身の上だけどね、いずれは父を超える……おっと話しすぎたね」

「いえいえ! もっと聞かせてください! 伝説を聞きたいです!」

「ふふふ、ボクの父親は文字通りの伝説だからね」

「すごい!」

「指南を受けているボクも凄いのさ!」

「お、おおー!」

 

 

(あれ? その理論だと僕は勇者ダンに指南を受けているから、とんでもなく凄い存在になるのかな?)

 

 

 七聖剣の息子であるドランクが凄いと言えるのであれば、勇者の弟子であり後継者として育てられてる自分はもっとすごいのではないかと、意外と自身の立場は高いと言う事を悟る。

 

 

「さて、そろそろ依頼に行こう。あまりボクの足は引っ張らないでくれよ」

「は、はい!」

 

 

 子分を率いる親分のようにウィルの前を歩いて彼はギルドを出て行った。ウィルは七聖剣と言う英雄譚に出てくる英雄の息子である彼について行く。

 

 

「今、修行中なんですよね?」

「あぁ、そうなのさ。ボクは自意識過剰とか色々欠点があるとか父に言われてね。それを直すために世界を知れと言われたんだ」

「へ、へぇ」

「まぁ、ボクの才能に嫉妬した父が手元に置きたくないと思ったんだろうけどさ」

「あ、そうですか」

 

 

 ウィルは自信にあふれるドランクがどれほどの強さを持っているのか気になった。もしかしたら自身が強くなれるヒントが得られるかもしれないと期待をして、見逃さないように目を凝らした。

 

 しかし……

 

 

「よし、あの巣を叩き切れば良いと言うわけだな」

「うん、でも、ドラッグビーの巣はあまり刺激をしない方が」

「ボクなら余裕さ」

「そ、そうなんですか?」

 

 

 

 小さな蜂型のモンスターの巣を駆除するのが依頼なのだが、ウィルは少し心配だった。高ランクの冒険者であれば余裕で適切な処置が出来るのだが、初心者は毒針を持つドラッグびーに刺されて死亡をする。

 

 だから、木の上にある巨大な巣を刺激しないように魔法でいきなり爆撃をしたり、薬で眠らせてから処理をするのが一般的である。しかし、彼はいきなり巣を刺激、それにとどまらずぶった切った。

 

 

「いや、いやいや!! これは――」

「――やばい!」

 

 

 叩き切るといきなり蜂が大量に出てきた。あまりの量に驚いた二人は逃げ出すしかなかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

――任務失敗

 

 ただ逃げるだけになってしまった二人はモンスター討伐の任務が失敗してそれをギルドに報告をした。若干気まずい空気感の二人だが、ドランクがウィルに指を指す。

 

 

「ボ、ボクは悪くないぞ! 君が教えてくれないからだ!」

「え、えぇ……」

「あのモンスターの特徴を細かく教えてくれていたら失敗は無かった」

「で、でも、僕の話聞いてくれなくて……」

「いやいや! 君のせいだな!」

 

 

 七聖剣の息子と言う事もあって強く言う事は出来ず、更には彼の性格も相まってごめん、とちょっと頭を下げる。

 

 

「――いやいや、君、酸っぱい葡萄じゃん」

 

 

 くすっと笑うように間の抜けた聞き馴染みのある声がドランクに飛んだ。ツンツン頭の青年、バンがドランクに詰め寄る。

 

 

「まぁ、失敗は誰にでもあるからさ、ウィルも強く言わなかったのは悪いのかもだけど、君は突っ走ったのも悪いんだから、ウィルだけのせいにはしないでよ。じゃないと本当に酸っぱい葡萄だって」

「す、酸っぱい葡萄? ボクが……というかどういう意味だよ!」

「取りあえず、今日は二人は解散しなよ。空気悪いし、周りも気まずそうだよ」

 

 

 そう言われて、初めて周りの冒険者から注目されていたことに気付いた。ちっと舌打ちをしながらドランクは何処かに去って行った。子供のように我儘な彼を見て、バンは欠伸をしながらギルドの受付に向かった。

 

 一通り話をした後は、よぉっとウィルに手を挙げて挨拶をする。

 

 

「いや、災難だったね。まぁ、失敗は誰でもあるからさ」

「あ、はい。色々ありがとうございます」

「ウィルは弱気だね。偶には強めに言い返しても良いと思うけど」

「あ、その、昔から言われっぱなしと言うか……癖と言うか」

「ふーん、気持ちで負けてるって感じがするからその癖は直した方が良いと思うけどね」

「あ……確かに……もしかしてバンさんがあんな風にかき回す言い方をするのは敢えてなんですか? その、精神的に常に優位を立とうとして……」

「ん? え?」

「あ、素の感じで……それなんですね。えっと、さっきの酸っぱい葡萄ってどういう意味なんですか?」

「イソップ物語に出てくる、狐と葡萄の木の物語があるじゃん?」

「いそっぷ? ものがたり」

「……そうか、俺の世界にしかなかった物語だから知らないのか。えっとね、僕の第二の故郷的な場所にあった本なんだけど、木の上の葡萄を取りたい狐が居たけど高くて取れず、それを自分は食べたくないと言い訳してとらない狐の物語なんだけど」

「第二の故郷……? すいません、よく分からないんですけど……とにかく秀逸な例えをしてくれたと言う事ですよね」

 

 

 バンの言っていることがいまいち分かっていないが、助けてくれたのでぺこぺこお辞儀をするウィル。

 

「バンさんも依頼ですか?」

「僕は今度、トレルバーナの王都とエルフの国である冒険者交流会の申し込みに来たんだ」

「なるほど、そうだったんですね」

「そうそう。それも終わったから帰るけど」

「呼び止めちゃってすいません」

 

 

 気にするなって軽く言いながらバンは去って行った。

 

 

(相変わらず、掴みどころの無いような人だな……。勇者ダンも底が見えないけど、あの人も見えない。そう言う意味じゃ、似ているのかな……)

 

 

 

 

◆◆

 

 

「徐々に伸びてきているな」

「ありがとうございます、勇者様……」

 

 

 七聖剣の息子と任務をした次の日、ウィルは鉄仮面勇者と訓練をしていた。相変わらず、勇者は息一つ乱さないのに、自身はこんなにも疲労し、倒れて天を仰いでいる。

 

 ――本当に差は縮んでいるのだろうか

 

 

「もう一回、お願いします」

「そう来なくてはな」

 

 

 立ち上がって、剣を構える。遥か上から見下ろす彼は淡々と告げた。ウィルの頭の中には勇者の動きが入っている。だから、ほぼ完ぺきに彼の動きを先読みできるはずなのだ。

 

 だが、当たらない。

 

(絶対、動きは当たっているはずなのに……それなのに先に居るッ)

 

 

 分かっているはずなのに、読み合いは自身の方が勝っているはずなのに……後だしジャンケンのように対応をしてくる。

 

 

(きっと、勇者ダンからしたら先読み、読み合いをする必要はないんだろうけど……だとしてもここまで差があると認識させられるのか……)

 

 

 剣を振る、という行為に対して避ける。それを先読みして更に軌道を変えて連撃をする。相手の未来の先に多大な数の手数を置いておく。それによって相手の対応を超えて剣を届かせると言うのがウィルの確立しつつあるスタイル。

 

 この間は幼馴染のダイヤにそれで剣を届かせた。しかし、勇者ダンはいくら攻撃をしても、どれだけ先を読んでも崩せない、懐に入れない。

 

 

 

 鏡に反射するように的確に剣を置かれて、偶に手を振るって牽制をされる。

 

 

(ここから、ここから……)

 

 

「考え過ぎだな」

 

 

 

 ウィルの眼の前に勇者の手が……中指を親指で抑えてデコピンをするような手の形が眼の前に一瞬で現れた。

 

 

――パチーン

 

 

 中指を親指で抑えて、それが解放された。ウィルのおでこに抑制から解放された指が当たる。綺麗な音が大気と彼の脳を揺らす。

 

 

「いでえぇぇぇえええ!!!」

 

 

 

 数メートル飛んで額を抑えて地面にウィルはうずくまる。ごろごろ地面に転がりながら、何度も飛び跳ねる。

 

 

「いでぇええぇええ、いだいだい!」

 

 

 ウィルの額には赤い点が出来ていた。あまりの衝撃に皮膚が赤くはれてしまったのだ。

 

 

「少し休むか」

「あい、そうじまず……」

 

 

 近くの川で布を濡らして、ウィルは額を冷やす。

 

「デコピン……あれってすごく痛いんですね」

「中指の動きを親指で抑制して、溜めた力の解放だからそれは威力はあるだろうな」

「……な、なるほど」

「例外はあるが基本的に最大限の力を出すには時間が、いわゆる溜めや、魔法でいう所の詠唱が必要だ。デコピンもそれと同じだな」

「……あ……もしかして、今の僕の欠点を指摘してくれてるんですか!?」

「ん?」

 

 

 ん? 話の方向がちょっとおかしくなって来たなとダンはウィルを見る。しかし、そんな事はつゆ知らず、ウィルは頭を抑えた。

 

 

「そうか……確かに先読みによる最適の最速の行動は手数によるのが利点。でも、あまりに速過ぎるから僕自身の時間がない。だから、溜が作れず攻撃も軽い……よく考えたら速さばかりを最近追い求めて、基本の型、体の使い方に意識が向いていなかったかもしれません……。ただ速い攻撃、これをしてしまうと重い攻撃も出来ない……。両方を取るのは難しくても、両者が出来ておくと言うのは手札を増やすと言う事になりますよね……、なるほど、それを遠回しに僕にッ!?」

「……その通りだ。俺が答えを言うのは簡単だが、自分で見つけることに意味がある。だから、ヒントを散りばめておいた」

「ふぇぇぇ!! 勇者様の意図を理解できるなんて!! 嬉しいです!」

 

 

 

(ちょっと何を言っているのか分からない。まぁ、言っていることは分かるけど……一々デコピンに意味を求められちゃね……。取りあえず論理を説明してただけなんだけど)

 

 

 眼をキラキラさせるウィルにうんうんと頷きながら適当に流す勇者ダン。二人は休憩を暫く終えると再び訓練に励んだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ウィルは考えていた。どうしたら今の自分とは全く違う戦闘法を技術を獲得が出来るのか。

 

 

(速さを求めすぎて、溜が出来ていない。溜をするには時間が必要……でもそれをしたら、今までのように戦えない。ダイヤと渡り合えたのは先読みの速さがあったからだし……)

 

 

(勇者ダンの意図って……取りあえず手札を増やせって事だよね? あんまり一個を極めないうちから他に手を出すって良い事なのか分からないけど……)

 

 

 勇者ダンとの訓練から数日たった後、ウィルはいつものようにギルドに依頼をするために訪れていた。

 

「あ、ウィルさん」

 

 いつもの受付の美人職員がウィルを見つけて声をかける。

 

「どうも……あの依頼をしたいのですが」

「あー。今日は止めておいた方が良いかもです」

「どうしてですか?」

「実はホワイトゴイガーと言う狂暴なモンスターが付近で出没してまして」

「え!?」

「それを先ほど、討伐する依頼が発注されて受理されたのですが……暫くは動かない方が安全だと思います」

「……ホワイトゴイガーって……あの、僕も行っちゃダメですか?」

「……それは」

「なんか、行かないといけない気がして……だから――」

 

 

――彼の必死な眼差しでそう言われると拒むことが出来ずにウィルにも討伐についての依頼を渡す。

 

 

 彼は何かを噛みしめるように走り出す。勇者を目指すなら困難に向かって行かないといけないと彼の魂が叫んでいた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 己を高める為、遥かなる頂に立つ為、彼は……ユージンと言う少年は力を求めている。始まりはたった一度のとある英雄の背を見たことによる憧憬だけだった。元は大人しかった性格もがらりと変わり、周りから馬鹿にされていた引っ込みな態度も一変した。

 

 

 ただ只管に、真っすぐに強さだけを彼は求め始めた。例えそれを得るために危険だと分かっていたとしても、手を伸ばせば届くかもしれない高みを前にして、躊躇なく彼は掴みとる。

 

 そして、挑む

 

 

 今もそうなのだ。

 

 

 ホワイトゴイガー。二メートルほどの身長、白く堅い毛によって全身が覆われている。腕も鍛えられた人間の倍以上ある。姿かたちは動物のゴリラのようであり、動きも俊敏。

 

 

「――ガァァ」

 

 

 

 ユージンもウィル様にホワイトゴイガーが居ると知って、それを倒しにやってきた。強さを求めるために敢えて危険に飛び込む彼の姿勢。

 

 そして、ホワイトゴイガーはまだ強さに目覚めていなかった勇者ダンも倒したと言う話を聞いたことがあった。若かりし頃の彼は圧倒的な敵を前にして、自身よりも強い敵であったとしても敢えて、挑んだ。

 

 さらに、それを倒し高みに登った。

 

 

 

(俺は俺の強さの為に……戦いに身を投じるだけだ)

 

 

 

 腰の二本あるうちの一本を抜いて構える。ギラリと刀身から反射する光がホワイトゴイガーを照らして、そこから果てしない攻防がスタートする。

 

 

 倍以上ある剛腕が無慈悲に振るわれる。彼がいつも相手にしている格上ほどではない。しかし、全く違うのは相手が確実に自身の命を奪う事に躊躇がないと言う事。

 

(魔法……それは使わない、剣技だけで倒す。勇者ダンがそうしたように……俺も自身を縛りその上で勝つ)

 

 

 敢えて、魔法を使わなと言う選択肢を彼は取った。化け物の理性なき、拳の吹雪。一つの拳によって、地面に穴が空く。跳躍しつつ、首を斬るが剛毛と凝縮された筋肉によって弾かれる。

 

 

(長期戦……か)

 

 

 細かく、そして少しずつ皮膚を削って行こうと判断し、それに伴って戦闘が長期になることを予想する。しかし、天然、そして、自然の中で生きて来た野生の獣は無尽蔵と言えるほどに身体エネルギーを持っていた。

 

 

「galalaa!!」

 

 

 振り下ろし、薙ぎ払い、単調な攻撃である。だが、いや、故に先を読んで行動をしようと思っても、彼にはそれが出来なかった。自然の理性が消えている獣の動き。

 

 

  常人ならきっと直ぐにやられていた。

 

 

(普通のFランク冒険者ならやられているだろうが……)

 

 

「舐めるなよ。俺が一体、誰から師事を受けていると思っている。獣の動き程度……避けるなど造作もない」

 

 

 

 ユージンも日々成長を続けていた。格上との戦闘は常に実力引き出す最高の訓練であり、彼も強くなっていると分かっていたからだ。

 

 それを見ていた、同じく依頼を受けていた冒険者達は驚きを隠せない

 

 

「あいつ……Cランクの俺より強くね……?」

「実力は間違いなくBはあるだろ……全部紙一重で避けてやがる」

「Fランクの動きじゃない……」

 

 

 

 同じく危険な魔物と言う事で同行していた者達は自身達が必要ないと感じた。介入すれば強者の領域の邪魔をする事になる。かえって、足手まといだと悟ったのだ。

 

 

 

(勇者によって、俺の強さは飛躍している。負ける道理はない)

 

 

 

 連撃、連撃、連撃。何百何千と繰り出される刃によってホワイトゴイガーの白の毛が赤色に変わりつつあった。血が流れ、刃によって肉を徐々に断ち切れるようになっていたのだ。

 

 

 

 負けは万に一つもない、そして間違いなく彼の手の中に勝利は合った。だが、一つだけ誤算があったとすれば、魔物も生命。命の危機があれば生存本能で戦闘から離脱をすると言う事だ。

 

 

 手元の砂を更にバラバラになるのではないかと思われるほどに握りつけて、ユージンに投げつける。恐怖の象徴から逃げるように全速力で戦闘領域から魔物は離脱した。

 

 

「っ、弱者が!」

 

 

 逃げる相手に憤りを覚えて彼は追う。周りの冒険者も驚いて彼の動向を目で追った。すると、魔物の少し遠くに一人の少年が居た。黒髪の如何にも感じのいい少年だった。

 

「ウィルかッ、そこをどけ!」

 

 

 ユージンが駆け付けたウィルに気付いて声を出す。ウィルもどうして、丁度駆け付けたら自身の方に近づいてくるのかは分からなかった。だが、来るからには相対しなくてはならない。

 

 

 ここで逃がしたらはるか遠くに居る、誰かが傷つくかもしれない。それに眼の前の魔物は生きるために生存本能に従う。理性がない化け物であるから、何が起きるか想像もできない。

 

 だから、彼はどかない。

 

 

 剣の構えて、振ろうとする。しかし、その瞬間に彼は気付いた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 生きるか死ぬか、二つに一つ……ではなく、確実に自身は死ぬ。

 

 

(死ぬ、あ、これはきっと死ぬ。どくべきか……でも、それはダメだなんだ。勝てないからって立ち向かわなかったらいつまでたっても勇者にはなれない。彼もそうであったように、強敵を前にして僕は……)

 

 

 

(――成長をしなくてはならない)

 

 

 

 

(長期戦、先読みは使えない。明らかに長期戦をする状況でもない。そもそもそんな状況を作れない。一発で仕留める……でも僕の動きは強さは余りに……()()

 

 

「そこをどけッ! お前では無理だ! 俺がやる! 俺が、俺が! そいつを仕留める!!!」

 

 

 ユージンが叫ぶ。普段物言わぬ、冷めたような少年が叫ぶのだ。『俺がやる』と『俺にやらせろ』そいつは『俺の獲物なのだから』と。

 

 

 勇者を目指すために力を渇望する彼の覇気のような何かに思わず、どいてしまいそうになる。

 

 

(でも、違うだろッ、彼じゃない、僕が勇者になるんだろッ、そう、約束したじゃないかッ)

 

 

(誰でもない僕がなる……今、この瞬間に……)

 

 

 

 覚悟を決めた彼は魔物進路からそれずにその場に留まる。そして、剣を構えた。今までの自分ではない新たな自分を確立する。

 

 彼は右手に持っていた剣を引いた、刀身が体の後ろ側に伸びる。そして右手首を自身の左手で抑えた。

 

 

 ギリっと右手に力を入れる。右手を前に進めようと自身の限界以上に力を直進に込める。だが、それを無理やり左手で右手首を抑え込み、進ませず力を無理やり抑制した。

 

 一見、無意味な行動に見える。周りの冒険者達も一体、何をやっているのかと自殺志願者にでもなったのかと思った。だが、ユージンだけは違った。

 

 何かがあると感じた。なぜなら――彼の姿が

 

 

(――なぜだ、なぜアイツ(勇者ダン)の姿に重なるッ!?)

 

 

 ウィルの姿が自身が唯一尊敬する強者に重なった。顔立ちは似ていない、そもそも勇者は鉄仮面を被っているので顔は分からない。雰囲気が似ているわけでもない。だが、似ていると思った、彼の眼には映った。

 

 

 

 彼の目に映るウィルは未だに左手で右手首を弓を引くように抑えて、静止をする。そんな彼の領域にホワイトゴイガーが入った。

 

 その瞬間、引いていた弓を放つように、デコピンをするために中指を抑えていた親指を放すように……左手を右手首から離した。

 

 抑制されていた右手が爆発する。圧倒的溜から繰り出された刃、それはユージンをはるかにしのぐ、脅威の力で魔物の体を引き裂いた。

 

 

「っ!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 誰もが彼の剣の動きに驚愕した。放った本人も嘘だろと言わんばかりに驚きを隠さない。真っ二つとなった魔物はそのまま絶命した。

 

 

「う、嘘……た、倒せちゃった……。これが勇者ダンが言っていた……強さへの答え……」

「……お前」

「あ、その……」

 

 

 ユージンに気付いたウィルが気まずそうに顔を下に向けた。どけと言われたのに彼はどかなかった。それを怒られると思ったのだ。

 

 

「お前……一体……なんだ……?」

「え? う、ウィルって言います……」

「そう言う事じゃない……。あの瞬間、確かに見えた……」

「な、なにが?」

「もういい」

 

 

 

 そう言ってウィルに背を向けて彼去った。

 

 

(あの攻撃、確かに高威力だったが……俺が削った皮膚と毛があったから一撃で真っ二つに出来た……。アイツだけの力じゃない……だが、明らかにウィルの……攻撃が致命打だったッ!!)

 

(魔法を使わなかったと言うのも言い訳にしかならない……)

 

 

 ユージンはギリっと力が出るまで拳を握った。

 

 

(それに、あの瞬間、重なった瞬間……俺は()()()()()()()。魔法を使って仕留めると言う手も使えたのに……俺はアイツに無意識に、引かせられた……ッ)

 

 

(まだだ。俺は……ここから)

 

 

 

 憤りを隠さず、彼の前からユージンは消えた。ウィルは暫く放心状態であったが自身の成長を実戦によって感じ取った。そして、生死を超えて、己を凌駕した感覚は言葉にできないほどに魂に刻まれた

 

 

「……あ、ああ」

 

 

 

手が震える。魂も震えていた。僅か一瞬の出来ことであるがそれは彼にとって新たな力を齎した。

 

 

「勇者ダン……この成長を見越して……」

 

 

 底知れぬ師匠。この異様な感覚すらも彼は幾度なく経験したと思うと……益々、知れば知るほどに勇者の背が遠くなっていった。

 

 

◆◆

 

 

 ウィル達がホワイトゴイガーと戦闘している……一方その頃、トレルバーナ王国で勇者ダン、冒険者バンが冒険者交流会に参加していた。

 

 

 ほぼ合コンみたいなものでバンもそこに彼女を求めてきていた。しかし、モテない。フツメンのFランク冒険者、誰が声をかけるのか。声をかけたとしても中々話が続かない。

 

 勢い余って、昔の俺様系が一瞬出てしまったり、普通に価値観が現代日本人であった頃と似ているのでコメントが浮いてしまったり、中々馴染めなかった。

 

 

「不味い……全然話せない……」

 

 

 もぐもぐサラダを食べながら辺りを見渡す。しかし、ほぼグループが出来ていて、今更そこに入っていけない。また、彼女が出来ないと彼は落胆した。

 

 

「一人なのね」

「あ、はい」

 

 

  一人ぼっちのバンに同じく、バン以上に浮いている大賢者リンリンが声をかけた。

 

 

「暇ならちょっと二人で話さない?」

「別にいいですけど……何で僕なんです? 明らかに詰まらなそうな人間なんですけど」

「自分で言うのね……」

 

 

(やっぱり正体に勘付かれているのか……。うーん、でも完全に分かっているわけではないと思うんだが……)

 

(あと、俺の話し方、多様過ぎなんだよな……)

 

 

(勇者ダンの俺様系でしょ? 冒険者バンの好青年ウィルとか年下と話すバージョンでしょ? 冒険者バン年上に対する敬語バージョンでしょ? そして普通に俺の素の話し方でしょ?)

 

 

(メンタル可笑しくなるわ。顔多すぎて)

 

 

 そんな事を考えながらリンの後をつけて、彼はベランダの外で彼女と話すことになる。

 

 

「冒険者活動はどんな感じなの? 頑張ってるのかしら?」

「あ、週一、出来ればいい位ですかね……」

「週一、結構新人って毎日活動位のイメージあるけど……」

「色々忙しくって」

「あ、そうなのね」

 

 

 

 他愛もない会話をしているとそんな二人の元にとある人物が歩み寄ってきた。

 

「おやおや、久しぶりだね。大賢者リンリン」

「うげ……神託者ボイジャー」

「うげとか言うんじゃないよ」

 

 

 白髪の老婆とリンリンは知人のようで憎まれ口のように挨拶を交わす。

 

「バンは知らないわよね? この人は神託を伝えてくれるボイジャーって人なの。アタシも何回も神託を伝えられたのよ」

「なるほど」

「今は、占い師もやっているがね。神託も未だにやっているよ」

「なんで、ボイジャーがここに居るのよ」

「それはあれだよ。最近神を信仰する者が減ってきているから……もうね、稼ぎがね……だから、ここで恋占いやって稼いでるんだよ」

「ふーん、なるほどね」

 

 

 リンリンとボイジャーが二人で話を続けると、置いてけぼりのバンに悪いと思ったのか、ボイジャーがバンに話を振った。

 

 

「それで、あんたは……冒険者かい?」

「そうですね」

「折角だし、恋占いでもしてあげようかい?」

「あー、まぁ、お願いします」

「任せておきな……むむ? 全く見えないね……こんなに見えないのは今まで一人も……いや、一人だけ居たくらいだね……」

 

 

 小さめの水晶でバンの運命を占うのだが全く先が見通せずにボイジャーは首を傾げる。

 

 

「どうしたの? バンのは見えないの?」

「その通りだね。全く見えないと言うのは勇者ダン……くらいしか今まで居なかったんだがね……。あんた、占いが見えないほどの星が大きい存在なのか……それとも見えないほどに星が小さいのか……」

 

 

 バンは占いについては一切興味ないのか、ボケっと話を聞くにとどまっている。そこへ、ボイジャーに恋占いをして欲しいと言ってくるカップル冒険者が来たので、再び、バンとリンは二人きりになる。

 

 

「占いが見えないとかそんなことあるのね?」

「まぁ、あるんでしょうね。そもそも僕占いとか信じてないので興味ないと言うか」

「信じてないの?」

「はい……、全然信じてないです。手相とか、手のしわ見て何が分かるのかなって思います」

「そう言われたらそうね……神託は信じてる?」

「……あの御婆さんが言うんだったらちょっと信じます。ただ、基本的に神様はほら吹きが多いような気がしますね」

「それ、外で言わない方が良いわよ」

「そうします」

 

 

 バンは本当に神託はどうでもいいようで、そのまま特に話も発展しなかった。バンはその後、用事があるので帰ると言って彼女の元を離れた。すると再びリンの元にボイジャーが現れる。

 

 

「おや、さっきの子はどうしたんだい?」

「帰ったわ」

「そうかい、もうちょっと詳しく占ってみたいと思っていたんだが」

「ねぇ、本当にバンとダンの占いの結果は同じなの?」

「同じというか、それすらも分からないのさ。ただ、勇者ダンはよく言っていたよ。占いとかくだらない。神託も聞く価値もない。俺と言う存在を測れるすべなど世界に無いのだから」

「相変わらず傲慢ね」

「そうさね。ただ、神託とか占いが徐々に信じられなくなっているのも確かさ」

「だから、ダンの信仰が強くなったんでしょ。神をほら吹き呼ばわりだし……」

「あぁ、聞いたよ。それのせいで結婚の話が無かったことになったんだってね?」

「そうよ……呪詛王倒した報酬としてアタシと結婚とか言われてたんだけど……その時にさ、一人の妖精族にダンが『神託』のおかげだって、一生感謝しますって言ったら……」

「それは有名な話だね。神とかただのほら吹きに一生感謝する暇があるなら、一生俺に足向けて寝るなって……言ったんだってね?」

「そうよ……昔から妖精族は神を信仰してたし、アタシなんて『神の子』とか言われてから荒れたわ。その結果、結婚の話が流れちゃったのよね……」

「ほほほ面白いね……」

「アタシは全然面白くなかったけどね……結婚の話無くなったし」

「そうさね。ただ、アンタの為に言ったんだ、そんな事くらい分かっているだろ?」

 

 

 リンは分かっていた。勇者ダンと言う存在が仲間の身を案じて、それ故に神と言う曖昧な存在を嫌っていると。

 

 

「神託関連はダンに色々迷惑かけちゃったし……そのせいでダンが神を嫌っちゃうって……アタシ迷惑かけてばかりね」

「あまり負担に思っていないだろうから、心配はいらないと思うけどねぇ。それに、何度も言うが神託は徐々に精度が落ちている……当たらない、そもそも全く予期しない所から魔王が来たりもしているからね。それに勇者ダンと言う存在ももしかしたら認知すらしていないのではないかと言う位、一切触れない」

「……神すら把握できない、存在が沢山いるって事?」

「そう思って間違いはないだろうね。そもそも呪詛王だって神託には一切言われてなかったんだ。勇者ダンの誕生もね。神託に触れられない勇者の誕生なんて、歴史上一度もなかったんだ。それだけでもどれほど規格外か、当時は本当に荒れたよ」

「……元はさ、サクラが勇者になるって言われてたのよね?」

「そうさ。それを横から奪い取ったんだあの男は……神託すら把握できない強者……あの男はその頂点にいるのさ」

「……知ってるわ。ダンが負ける姿って、一切想像できないもん。底がもう誰にも、神にも魔王にも見えないんでしょ」

「世界からの逸脱者……力の片鱗すら未だ見れていないのかもね」

 

 

 

◆◆

 

 

 

「魔王バルカン、いや、新たなる呪詛王バルカン様……侵攻の準備が整いました」

「ほほほ。報告ありがとうございます。ではそろそろ取りに行きますか……異界の国を」

 

 

 そこは魔界。勇者たちが住む、世界とは別の次元に存在するもう一つの世界である。そこには魔族と言われる凶悪な生物達が住んでいる。そして、その王は呪詛王バルカン。

 

 

「では、ここに宣言しましょう。真・呪詛王バルカンの名の元に憎き勇者に鉄槌を下し、全ての世界を私が支配すると」

 

 

 

 

 再び、呪詛王ダイダロスが嘗てエルフの国、フロンティアに侵攻したように……真・呪詛王バルカンの魔の手が迫っていた。

 

「弱っている勇者など、恐れる必要はありません。最も、私の実力ならば全盛期の勇者であっても問題なく倒せますがね」

 

 

 

 魔族の大衆にそう語りかける。新たなる王は手下たちを引き連れて、異界に攻め込もうとしていた。

 

 

 

 





次回 

――究極の凡人 前編






大学のテストで更新遅くなりました。すいません、ただ、公務員試験の勉強とかもあるので中々、これからも難しいかもです。すいません。


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18話 究極の凡人 前編

 ウィルが住んでいる村、イシの村。そこでウィルは今日も勇者ダンはいないが早朝訓練をしていた。

 

 汗をかいた後、彼はエルフの国に向かうための準備をするために自宅に戻った。

 

「ウィル、おはよう」

「メンメン、おはようー」

「今日はフロンティア王国に行くんでしょ?」

「うん! だって、勇者ダンが呪詛王ダイダロスを倒して15周年祭があるから! 色々買おうと思って!」

「あ、そうなんだ……えっと、そのさー、私も行きたいなぁって」

「だったら、僕と一緒に行く?」

「いいの?」

「ダメだなんて言うわけないよ」

「ふーん……そかそか」

 

 

 そっぽを向きながらちょっとだけ顔を赤くするメンメンに気付きもしないで彼は身支度を整える。頭の中には同年代の可愛い女性よりも、勇者ダン祭で彼についての新たな解釈の本が出たりとか、自身の知らない勇者についての物語が無いかとか、それだけだった。

 

 

 ウィルとメンメンは一緒に、勇者ダンが初めて冒険者登録をしたポポの町に向けて出発をした。他愛もない話をして、暫く歩いたり、足に疲労を溜めたメンメンをおんぶしてウィルが走ったり……色々イベントを踏んで町に到着した。

 

 

「今日はフロンティア王国までユニコーンの馬車が出てるらしいんだ」

「へぇ、祭りだからそんなことしてくれるんだ」

「でも凄く便利だから人気でね、普通は乗れない。でも、僕は既に半年前から馬車の予約してたんだ!」

「おー」

「勇者ダンもユニコーンの馬車には乗ったことあるって言うしさ! これは予約するしかないよね!」

 

 

 

 相変わらず勇者ダンが好きなんだな、私の幼馴染はと思いながらメンメンは苦笑いをする。そんな彼女に気付くことなく、彼は馬車の元へと急ぐ。

 

 早足に進む彼はあることに気付く。名前は知らないが既に顔見知りの金髪の少年(ユージン)が馬車の元に居たのだ。

 

 

「あ、予約をしていたウィルさんですよね? こちら、同じく予約をして一緒に乗る方です」

 

 ユニコーンの馬主がウィルとユージンを交互に見ながらそう言った。馬車内では相席でも良いかなと思っていたウィルだが、まさかまた彼と会うとは思わなかったのだ。

 

 

「貴様もか。つくづく妙に縁のあるやつだ」

「君もユニコーン予約してたんだね」

「そうだ、それより無駄話は良いから早く乗れ」

「あ、ごめん。知り合いのメンメンって子も一緒に乗っても良いかな?」

「好きにしろ」

 

 

 腕を組んで鋭い眼を彼に向けながら、ユージンは無言で馬車の中に入った。それを見届けあと、二人も入り馬車は走り出す。ユニコーンは普通の馬よりもスピードが速く、窓の景色が猛スピードで切り替わる。

 

「うわぁ、ウィル、凄い速いよ」

「うん、本当に凄いや……勇者ダンも乗ったことあるって聞いたけど……本人はどう思ってたのかな」

 

 

 景色を楽しむ二人に対して、ユージンは腕を組んで目を瞑っている。そんな彼を見て、メンメンがウィルの耳元で小声でささやく。

 

「ねぇ、あの人、名前なんて言うの? 知り合いみたいだったけど」

「実は僕も知らないんだ。教えてくれなくて……でも、凄く良い人だよ。絶対悪い人じゃない」

「そう? ちょっと怖そうな感じするけど」

「本当に大丈夫だよ」

 

 ウィルとは正反対の怖そうな表情のユージンにメンメンは僅かに恐怖心を抱く。そんな彼女の警戒心を解こうと敢えてユージンに彼話しかけた。話す素振りや信条を見せつけるようとしたのだ。

 

 

「そう言えば名前……聞いてなかったよね?」

「言う必要はない。前にも言ったがいずれ世界にとどろく……その時に存分に聞け」

「あ、うん……えっと、君も勇者ダンの祭典に行くんだよね?」

「それ以外に何がある?」

「一応聞いたんだ。君も勇者ダンが好きなんだよね? 僕も好きなんだ」

「好きとか、そう言う感情ではない。ただ、勇者の『在り方』として唯一の真理を感じる存在だから興味があるだけだ」

「へぇ……在り方か……君が思う勇者ダンの在り方って何だと思うの?」

「圧倒的な強さだ。それ以外にない」

「確かに強さは納得だけど優しさとか……他にも……」

「ない。強さだけだ……世界が勝手に変わるほどの圧倒的な強さが真理であり、アイツの在り方」

「でも、勇者ダンは優しさも凄くあると思うんだ。心に響く名言とかもあるし……ほら、俺が居れば全て救われるとか、あれは優しさがあるからそんな事言えるのであって、思いやりがあるから凄く感動すると言うか、強さよりも……彼の他者を想う優しさが在り方なんじゃないかな?」

「違うな。それは順序が逆だ。言葉はたかが文字の羅列、そんなのに意味はない。だが、確かにアイツの言葉には重みがある。なぜか、強いからだ。他の奴がアイツと同じことを言っても響かない。意味もない」

「そう、なのかな……」

「勘違いするなよ。勇者ダンが慈悲を持っていないというわけじゃない。だが、アイツの勇者の在り方は強さだ。それだけであり、それが真理だ」

「……勇者は強さが全てって言いたいの?」

「それ以外に何がある。強い奴が歴史に名を刻み、歴史を作ってきた。この世界にある正義と悪。これは勝った方が正義、負けた方が悪と言われる勝敗の呼び名に過ぎない。強さでそれを証明し、正義を語ってきたのが勇者だろう」

 

 

 強さこそ全てである。どうあがいても彼の考えを変えることはできないとウィルは思った。元々変えてやるつもりも無かったのだが、勇者ダンには優しさがずっとあって、それが彼の芯であったと信じていた彼からすればどうしても食い気味に話し込んでしまった。

 

 

「そっか……確かに君の言う通りかもね……」

 

 

 

 二人の論争を同じ、車内で見守っていたメンメンは空気がぴりつくのを感じた。ウィルが僅かに引いたが、思想と思想のぶつかり合いの火花が少々見え隠れしていた。

 

 

「あ、あー! そう言えば勇者ダンって大賢者リンリンとラブラブの噂あったけど、あれってどうなったのかな!?」

 

 

 話を変えようとメンメンが勇者と賢者の恋話を無理やり持ってくる。そこでウィルもユージンも議論がヒートアップしていたことに気付いた。これ以上は並行戦で空気を悪くするだけだと悟り、これ以降はこの話は止めようと心に決めた。

 

 

「えっと、そうだね。僕も実は結婚すると思ってたんだ。覇剣士サクラとかも重婚みたいな?」

「え? サクラって男じゃないの?」

「あー、メンメンみたいに勘違いしている人は偶にいるけど、覇剣士サクラは色んな勇者ダンについての英雄譚を読んでいると実は女性って気付けるんだ」

「そうなんだ……全然知らなかった」

「君も知ってたんじゃないかな? 覇剣士サクラが女性だって」

 

 

 ウィルが黙っていたユージンに話を振った。

 

「あぁ、知っていた。貴族については色々聞くことがあるのでな」

「貴族?」

「メンメン、アルレーティア家はトレルバーナ王国の四大貴族って言う凄い偉い貴族なんだ」

「へぇ……全然知らなかった。ウィルって意外と博識だよね」

「まぁ、勇者ダン関連だけだよ」

「でも、覇剣士サクラが女性だったなんて全然知らなかったなぁ。でも、意外と顔は美人の可愛らしい感じだったね。もしかしてその人も勇者ダンのこと好きなのかな?」

「きっとそうだと思うよ。英雄譚からその感じが滲み出てるし」

「ふーん、あ、そっか……だからパレードの時、やたらボディタッチが多かったんだ」

「ボディタッチすると好きって事になるの?」

「多分……こんな感じで」

 

 

 メンメンが、平和パレードの時に勇者ダンにサクラがしてたようにウィルの肩軽くを叩く。

 

「へぇ、そうなんだ」

「あ、そう言う反応ね。知ってたけど」

 

 

 鈍感なウィルに若干の苦笑いを浮かべて軽くスルーをする。

 

「まさかと思うけど、勇者ダンも意外と覇剣士サクラが女性だって気付いてなかったりして」

「それはないよ。勇者ダンなら初見で看破してるに決まってる」

「確かにね。流石に何年も旅をしてきた美人女性を女性だと見抜けない人が勇者やってるわけないもんね」

 

 

 

 他愛もない雑談をしていると、ユニコーンの馬車が妖精(エルフ)の国、フロンティア王国に到着した。

 

 

 

◆◆

 

 

 妖精族と言う種族は全員が耳が少し尖っている、更には魔法の上達が早い、才能が多い子が生まれやすいと言う特徴がある。

 

「うわぁ、妖精族の人ってあんまり見たことないから新鮮」

 

 

 メンメンがエルフを見て、目を丸くする。美男美女も生まれやすいエルフが沢山いるとちょっとだけ、居た堪れない気持ちになったのだ。

 

 

「勇者ダンの本どこかに売ってないかな……」

 

 

 ウィルがキョロキョロ辺りを見渡しながら祭と言う事に出沢山ある売店を眺める。一つの本が積みあがっている店を見つけた。

 

 

「あの、ここは何の本を売っているのですか?」

「ここはダンリンリンダンを売っております」

「だ、ダンリンリンダン?」

「はい、勇者ダンと大賢者リンリンの恋愛小説の事ですね」

「へぇ……そう言うのも売ってるんですね」

「本人非公認ですが……割と人気です。新作を出すと必ず毎回、とあるエルフの方が購入をしてくれるくらいには」

「そ、そうなんですね」

 

 

 

 ちょっと面白しろそうだからとウィルはそれを買った。そして、他にも売店を回ると、不死身王イフリートと勇者ダンの戦いについての本を見つけた。

 

 

「ウィル買うの? 持ってなかった? 不死身王と勇者の英雄譚」

「でも、また知らない解釈があるかも……過去から現在に自身を持ってくる頂上的な相手を結局勇者はどうやって片付けたのか分からないし、これに書いてあるかも」

 

 

 ウィルはダンリンリンダンと不死身王イフリートと勇者の本を買った。

 

「やっぱり、過去から自分を持ってくるってズルいよなぁ」

「不死身王イフリートね……」

「本当にズルいよ、過去から自分を持ってくるんだよ!?」

「確かにねー」

「これをしりぞけただけでも凄いよ! 本当に過去から自分を持ってくるのはずるいなぁ」

「うん、過去から自分を持ってくるのはずるいよね」

 

 

 過去から自分を持ってくるのはずるい! それを何回言うのだろうかととメンメンは思わず突っ込みたくなるがそれほどまでに彼は勇者の物語が好きなのだと知っているので何も言わない事にした。

 

 

「呪詛王だったよね? 15年前に勇者ダンが倒した魔王って」

「うん……そうだよ。あそこから、彼は……」

 

 

 呪詛王の名前を聞くとウィルは僅かに顔を暗くした。彼の言う後継者、抑止力、呪詛王の呪いが頭をよぎる。

 

 プレッシャーとも言うべき重圧に震えている。その様子の変化にメンメンは気付いた。

 

 

「――ウィル?」

 

 

 

 そう、聞いた瞬間……空に暗雲が立ち込めた。太陽の光に満ちていた地上は一瞬にして薄暗い不気味な場所に変わる。妖精族の者達はこの底知れぬ不安をどこかで体験したことがあった。

 

 そう、15年前の呪詛王ダイダロスの侵攻である。

 

 ウィルとメンメンも不安に心を震わせた。暗雲に吸い込まれるように風が舞う。唐突に天から見下ろすように全ての者に声が降り注いだ。

 

 

『――聞け。愚かなる者達よ……我は真・呪詛王バルカンに仕える四天王が一人、ザリーバンドフェット』

 

 

『我らは15年前、あと一歩の所まで勇者を追い詰めた。しかし、あとわずか至らなかった。呪詛王ダイダロス、偉大なる王に戦果を捧げる為、再び宣戦布告をする』

 

 

『ひれ伏せ……我らが新たなる王は過去のどの魔王よりも、勇者ダンよりはるかに強い存在である。絶対にお前たちは勝てない。抵抗をするな、した場合は……死が待つだけだ』

 

 

『震えろ……全ての劣等種を、そして崇めると良い。新たなる王を』

 

 

 

 そこで声は消えた。しかし、暗い空は明るくはない。そして、その声を聴いた全ての者達は混乱する。叫び声が上がり、急いでどこか安全な場所へと逃げようと意味もなく走る。

 

 

「皆、怯えてる……」

 

 

 誰もが頼りたい正義の化身はそこにはいない。そして、更に恐怖を倍増するように大地を何かの大群が渡る音が聞こえる。

 

 何かが彼等に近づいている。

 

 

 不安不安不安、恐怖恐怖恐怖、正義の化身である勇者はいない。誰もが頼りたくなるダンは居ないのだ。

 

 しかし、この国にはダンではないが、希望が居る。妖精族の精鋭や、嘗て勇者ダンと共に世界を救った英雄が確かに居るのだ。

 

 

 

 空から巨大な隕石が飛来する。恐怖を助長させて、絶対なる死を連想させる、それは一瞬で爆風と共にバラバラになる。

 

――大賢者リンリン

 

 

 彼女の魔法により、絶望は無に変える。大群に向かっても彼女は魔法を放つ。地を歩く魔族は殆ど絶命するが、空から飛来する存在はそう簡単にはやられない。何千と言う数を彼女だけで捌くことはできない。

 

 

「ウィル」

「僕も戦わないと」

「に、逃げようよ、一緒に……」

「ダメだよ……僕は……勇者に……」

 

 

 彼は、彼の魂には勇者になりたい、勇者の後継としてなれと刻まれている。だから、戦いたいのだ。戦わなければならない。困難を超えていかなくてはならないのだ。

 

 

 大賢者リンリンに続いて、フロンティア王国の騎士達がも国の外に出て戦場を翔る。または空からの飛来する化け物に相対する。

 

 

 魔族に対して有効的な戦況で戦うことが出来たかに見えたが再び国の空には隕石が飛来した。それを幾度もリンが消す。彼女はこれが四天王、若しくは魔王クラスの魔族の仕業であり、それがかなり遠くから展開されている魔法であると勘づいた。

 

 

『アタシが戻ってくるまで、耐えていて』

 

 

 

 そう言って魔法の起動する場所へと彼女は飛行して飛んでいく。猛スピードで空を翔る、国でも既に避難が始まっている。

 

 ここに居ても足手まといにしかならないような気がしていた。だけど……彼はやはり引かない。

 

 

 

「メンメンだけでも、逃げて。この国の大樹の側ならきっと大丈夫……」

「ウィルは……」

「僕は――」

 

 

 

「――随分と余裕だな」

 

 

 

 二人に対して鋭い男の声がした。ユージンが魔族の首を剣で飛ばしながら空から降ってきたのだ。彼の体には返り血が付いていて既に戦闘は始まっている。

 

 

「戦場で優雅に談義をしている暇がどこにある。迷っているなら両者共に消えろ、邪魔でしかない」

「……僕は戦うよ」

「なら、剣を抜け。いつまで戦意を抑えている」

 

 

 城下町には逃げ遅れている者も居るが……既に戦の真ん中でもあった。彼等が居る場所こそ闘争表す場所。迷う存在は邪魔でしかない。

 

 

 ユージンはそう言った。そう言われてウィルも剣を引き抜いた。

 

 

「お前も怖いなら逃げていろ、邪魔だ……大賢者が一時的でもここを離れた……という事は敵もここで何らかの切り札を投入して――」

 

「――その通りです。分かりやすい手でありますが、こういった混乱の中ではそれが分からない者が多い」

 

 

 ユージンの言葉を遮るように誰かがそう言った。誰かは分からない。しかし、明らかにその主は味方ではないと言う事に気付かされる。城下町の屋根に視線が向く。

 

 そこには青い髪、青い目、眼鏡をかけている男性。肌は浅黒いが普通の人間とは違うのが角が生えている事。そして、蝙蝠のような羽も生やしていた。

 

 魔族、それもただの魔族ではない、明らかにその辺の雑魚とは違う。全く感じた事のない別次元の瘴気。

 

 

 気付けば手が震えていた。足も魂も恐怖で極寒の中にいるように只管に震えていた。

 

 

「お前は、さっきの声の魔族だな」

「ほぉ、この状況でも冷静な分析が出来ますか」

 

 

 しかし、ユージンは別次元の存在と相対してもさほど気にした素振りは無かった。メンメンは既に恐怖で尻もちをついてしまっていると言うのに。

 

 

「つまり、お前は四天王と言うわけだな……面白い」

 

 

 彼はそう言って僅かに嗤った。それは歓喜とも言える狂った感情。勇者ダンと同じ領域に至れるのであればこの恐怖すらも彼は至高の喜びであったと言えるのだ。

 

 その異質な在り方に魔族、それも四天王であるザリーバンドフェットはユージンを敵として認識した。

 

 

「……あまり生かしておいてよい存在ではなさそうだ」

 

 

 彼の頭の中には勇者ダンの影がちらついたのだ。家の屋根から降りて、彼の前に立つ。

 

 

「……君は強いね」

「俺は強くない。強くあろうとしてるだけだ」

 

 

 ウィルも彼に対して、恐怖と畏怖と嫉妬と尊敬と希望を持った。だからと彼も剣を抜いて、戦意を四天王に向けた。

 

 

(この二人……私の魔力を見ても物怖じせずに向かってくるか……生かして置けば後々面倒になることでしょう)

 

 

 殺すと明確に決めた。彼の役割は大賢者リンリンが居ない時を狙って妖精の国の大樹を枯らすこと。そして、城の壊滅。彼女の居ない間に国を壊せるだけ壊してしまおうと決めている。

 

 だが、それよりもウィルとユージンの処理を優先するのは、前者の役割よりもこの二人を先に始末する方が後々利益になると確信をしたからだ。

 

 

 

「まぁ、後々脅威と言った所でしょうか。今は他愛もない石ころ当然」

 

 

 

 ユージンとウィルは正に未来の希望と言えるのかもしれない。だが、それは今ではない。今はただの少年、だから、勝てない。

 

 空には暗雲が立ち込めて……それが晴れることはない。

 

 

「石ころかどうか、試してみろッ」

「行くぞッ」

 

 

 

 ユージンとウィルが向かう。ユージンは魔法展開をして剣に炎を付与する。ウィルはデコピンの原理を応用した新たな剣技で斬りかかる。二つの小さな光が四天王に向かうが……羽虫を掴むように両手の指さきで受け止められた。

 

 

 格が違う。

 

 

 そう思わせられる。存在は知っている。だが、それが明確な敵として立つ状況をどうこうできるはずがなかった。

 

 

 

「未来の希望はここで断っておきましょうか……私にもやることがありますし、早めにね」

 

 

 衝撃、そして、暗転……しかけた。彼等の腹には魔族の拳が既にあった。体の空気が全部消えて、マグマを流し込まれように熱かった。

 

 

 数メートル二人して飛んだ。

 

 

「う、ウィル……」

 

 

 

 メンメンがウィルの名前を呼んだ。尻もちをついたままで彼女は幼馴染を案じる。力が抜けた下半身を手で地面動かし、這いずるようにして彼の元に向かう。

 

 

 ユージンは既に意識を無くした。ウィルは辛うじて、僅かに気を保っていた。だが、眼はほぼ見えていない。虚ろで世界がぶれて見えていた。

 

 

「……この女もついでに殺しておきましょうか」

 

 

 鋭い爪を這いずるように動くメンメンに向ける。あの爪が彼女の細い体を貫けば一瞬で絶命をするだろう。

 

 虚ろな眼で僅かに見える景色でもそれが分かった。

 

 

――どうして、僕には……何も救えない。

 

 

 彼のように、誰よりも速く、強く手を差し伸べることが出来ないのか。どうして、大切な人すら守れないのか。

 

 怒り、嫉妬、憎悪、懺悔、そして、願い。

 

 

 誰か、誰か救ってくれ。

 

 

 そう、願う。だが、それは間違いであることに気付いた。誰でもない、自分が願われる存在なると誓ったのだと。

 

 彼は手を伸ばした、決して届かない距離だと分かっていたのだが。それでもかつてない感情の昂ぶりを見せて未来に手を伸ばした。

 

 

 

 ――爪がメンメンに振り下ろされた。

 

 

 辺りは血で染まる、城下の道に血の染みができる――

 

 

――そんな未来はなかった。

 

 

 

 ウィルはメンメンを両手で抱えていたのだ。一瞬で彼女を手中に収めた事に、ウィル以外が驚愕する。

 

 

「え!? う、ウィル!? え? か、髪の毛、真っ白……」

「落ち着いて、メンメン。僕は大丈夫だから」

「ふ、雰囲気違くない?」

 

 

 黒い髪は真っ白に、いやどちらかと言うと銀色に染まっていた。眼は黒ではなく、赤色に変わっている。

 

 

 お姫様抱っこされながら、メンメンはウィルの変化についていけなかった。確かにウィルであると分かる。だが、雰囲気や佇まいがいつものとは違い過ぎたのだ。

 

 

 ウィルは彼女をユージンの近くにそっと置いた。

 

 

「ユージン君の傷を治してあげて欲しんだ。メンメンなら出来るから」

「え!? わ、私、治癒魔法とかや、やったことないんだけど」

「大丈夫、願えばきっとメンメンの魔法が応えてくれるから。ユージン君を頼む」

「ゆ、ユージンって、この人の事でいいんだよね?」

「うん」

 

 

(この金髪の人の名前、知らないんじゃなかったの? 髪色も変わっちゃったし……本当にウィルなの?)

 

 

「何者ですか。貴方は」

「僕は勇者を継ぐものだよ」

 

 

 彼は淡々と薄ら笑みを浮かべてそう答えた。余裕があった。先ほどまでの石ころのような実力は一瞬にて希望とも言える存在へと昇華した。

 

 暗雲に僅かに太陽の光が差し始めた。

 

 

「……まぁ、何者でも良いでしょう。どうせ、殺すだけです」

「かかって来なよ。勝つのは僕さ」

 

 

 

 次の瞬間、両者は風になった。そして、驚くべきことにウィルの左手が四天王ザリーバンドフェットの頬に突き刺さっていた。バキリと顔にヒビを入れて数十メートル吹っ飛ばす。

 

 

「時間がないんだ、早めに終わらせるよ」

「調子に乗るなよ! 劣等種族が!」

 

 

 始まりの剣。それを抜いて、四天王の数百と展開された魔法を切り裂く。隼が飛ぶように、彼は四天王に向かって行く。

 

 あまりに実力が先ほどとは違い過ぎるウィルに驚愕を隠せない。

 

 

(こ、これはどういうことだッ、魔法!? いや、こんな実力を付与できる魔法があるはずもない。実力を隠していた!?)

 

(そんな意味もないはずッ、だったら、この成長、飛躍、そんな言葉すら生温い次元の強さを急にどうやって得たのだ!)

 

 

 

 ウィルの剣を拳で受ける、文字通り豆腐を斬るようにザリーバンドの腕は飛んだ。そのままウィルの回し蹴りが突き刺さり、四天王は数百、いや数キロ規模で吹っ飛んだ。

 

 戦場を抜けて、遥かなる魔の王が待つ場所まで飛んだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 大賢者リンリン。それは妖精族の希望。神の子として、彼女の出生は神託によって予言されていた。妖精の国の大樹は神が植えた木とされており、それが自然豊かな国として成長できた要因でもあった。

 

 

 神と言う存在を誰もが信仰している国で彼女は生まれた。幼い頃から彼女は期待をされていた。

 

 重圧とも言える、勝手な希望を押し付けられていた、特に彼女の小さいときは魔王サタンが復活して誰もが気が立っており、余計に彼女に縋る者が多かった。

 

 だから、彼女は幼い頃に国を飛び出した。

 

 

 色々あったが……彼女は期待を僅かに背負う必要は無くなった。それは勇者ダンが居たからだった。

 

 

 でも……今はいない。そう思った。そして、いつまでも彼に頼る自分で良いのかと疑問を持っていた。

 

 

(そんなわけないわよね……ダン……)

 

 

 隕石の作り出す魔族を追って、彼女は僅かに国を離れた。数十キロ離れた場所にカボチャの被り物をした魔族と、全身が岩で出来ている三メートルほどの巨人の魔族が眼に入る。

 

 長年の戦いの勘で分かった。あれは四天王であると。彼等の周りに数百体の魔族も居るが、あれはただの誤差のような存在であるとも分かった、

 

 問題なのはあの二人の魔族であると彼女は意識を向ける。

 

 

「オデ、アイツ、タオス……マオウサマ、メイレイ」

「ぷぷぷ、妖精の王女が本当に釣れたから早く倒しちゃおうよ」

「どうでもいいけど、アンタ達が四天王って訳ね。速攻で倒して国に戻るわ」

「ソレ、ハ、フカノウ、ナゼナラ、オマエ、マケル」

「アンタ達程度に負けるわけないでしょ……」

「ぷぷぷ、それはどうかな? 魔法が使えれば多少拮抗しただろうけど……()()()()()()()使()()()()()

 

 

 ゾクっと身の毛がよだった。違和感が体を支配していたからだ。彼女は自身の魔力が一切感じない事に今気づいた。

 

 

 彼女の疑問に答えるようにカボチャを被る魔族、四天王パンプキンは一本の剣を出した。

 

 

「これは呪詛王ダイダロスが生涯をかけてお創りになった、呪詛封呪の剣。これがある、一定範囲内は魔法が使えないのだー。因みにオンオフは使用者が決められるんだー、ぷぷぷ」

「オマエ、オビキダサレタ。マホウツカエナイ、ケンジャ、スグコロセル」

「殺そう、賢者を……ほら、配下達、やっていいよ。一応、勇者メンバーだから、油断せずに先ずは脳を砕いて、徹底的に殺して」

 

 

 

 数百と言える魔族が迫る。リンは歯軋りをしながらも杖で殴ったり、僅かしか使えないが体術で彼等に応戦した。だが、彼女は魔法使いであって、戦士でも武闘家でも、剣士でもない。

 

「オデモ、ケンジャ、コロス……マオウサマ、ハヤクニンムタッセイ……」

 

 

 四天王、ブロッグ。彼が岩の体を器用に使い、空に飛び拳を地面に打ち付ける。リンは必死に避けるがあれが生身の自分に当たったら間違いなく死ぬだろうと分かった。

 

 そして、このままきっと自分は殺されることも。

 

 

 

(あぁ、これ死んだわね……魔法使えないし……体術とか少ししか教わらなかったし……ダンに剣教えてもらおうと思ったけど……素直になれなくて無理だったのよね……)

 

 

(まぁ、アタシが悪いから仕方ないんだけど……)

 

 

 

(でも、死ねない。死にたくはない。だって、告白もしてないし、デートだって……手を繋いだことだってちょっとしかない。キスもしたことも……)

 

 

 彼女の頭の中には、心の中にはいつも勇者(ダン)が居た。死期を悟って尚、生きたいと思うのはダンが、彼と共に生きたかったからだ。

 

 疲弊した体を何とか、動かし、気力で、死ぬわけにいかないと無理に動かした彼女の体力はもう限界だった。血の味がする口内、もう、擦り切れるほどに走った。だが、希望は見えなかった。

 

 空には暗雲。

 

 

 眼の前には岩の魔物、それも四天王だ。魔法が使えない自分も、もう生き残れない。惨めに命を拾う事すらも出来ない。

 

 

 体力が切れて、彼女は膝をついた。巨大な岩の魔物の足音が聞こえる、心では逃げないとと思っているのに体はもう動かない。

 

 魂が震えている。会いたい、生きたい。一緒に居たかったと。後悔の念が強く強く魂を震わせる。だが、もう、気力ではどうにもならないほどに体は酷使された。

 

 岩の魔物が拳を天に引き上げる。あれが振り下ろされたら自分は――

 

 

(死にたくないよ……ダン)

 

 

「――え? これどんな状況?」

 

 

 唐突に間の抜ける声がその場にいる全員に聞こえた。ずっと止まっていた時間が動き出すように強く、只管に強く風が吹き始める。

 

 空の暗雲すらも強風で少しずつ動き始めた。

 

「大丈夫ですか? リンさん」

「バン……」

 

 

 

 ツンツンヘアーにぬぼっとした青年。どこにでも居るような平凡な彼がタキシード姿で立っていた。

 

 彼はリンしか見ていなかった。

 

 

「誰だよ。配下達、やっちゃって」

 

 

 パンプキンがそう言うと数百の魔族が彼に飛びかかる。だが、彼は驚きもせず、ただ通り過ぎた。それだけで魔族の群れは塵となって消える。

 

 

 正確には通り過ぎたのではなく、拳で数回程、殴り、その衝撃で全て無に帰したのだが。それを見えたのは誰も居ない。本当にただ通り過ぎただけで数百の魔族が消えたように彼女には見えた。

 

 

 

「……嘘。全く見えなかった」

 

 

 リンが眼を見開いて驚きを露わにする。だが、驚いているのだが、驚愕と言う程ではない。まるで、心の底ではそれが分かっていたかのように。

 

 反対に四天王の二人は驚愕するしかなかった。

 

 

「オデ――」

「――リンさん、凄い服汚れてますけど、大丈夫ですか? この後、冒険者交流会ありますけど」

 

 

 そう言いながら岩の魔物を殴った。何事もなかったように爆風が吹いて、岩が砂に変わるほどに衝撃が辺り一面に広がる。

 

 

「あ、うん……汚れは後で取れば良いから……それより、その……」

「この服装ですか? 実は15周年冒険者交流会だって聞いて、ちょっと気合入れて黒服にしてみたんです。妖精族は美人の人多いから、見た目気を使った方が良いかなって」

「あ、いや、そういうことじゃなくて……」

「確かにそうですよね……()() ()()()()()()()()()()

 

 

 何気ない言葉だが正に強者の言葉。覇気を入れて威圧するつもりがあったわけでもない。だが、どうしても滲み出る天に居る者の性。

 

 

 四天王のパンプキンは己の死を幻視した。既に命は目の前の男に握られていると。

 

 

「そいつらは、真・呪詛王の手下の四天王、らしいわ」

「……そう言えばこんなの居たな」

「え?」

「いや、なんでもないです」

 

 

 死を悟った魔族は無意味と分かりながらも、自暴自棄になり勇者に剣を向ける。

 

 彼は何もされていない。ただ、聞いただけだ。リンを傷つけられて怒気を含んだ声を、聞いただけ。それだけで彼は自分を失った。

 

「うわぁぁぁぁああああああああ!!!!」

 

 呪いの剣を振り下ろす。しかし、再び彼が無慈悲に拳を振るう。爆風によって魔物の身体も呪いの剣も吹き飛ばされた。

 

 脅威も恐怖も一瞬で消えた。唖然とするリンはバンを見て、ある存在を幻視してしまう。

 

「あの、呪詛王が復活したんですか?」

「違うの、なんか、バルカンとか言う魔王が攻め込んできて」

「そうですか」

 

 淡々と四天王を倒したことも気にも留めずに何が起こったのかとリンに聞いた。

 

 

「冒険者交流会邪魔されたら、嫌ですね」

「そんなに、あれ好きなんだ」

「それなりには……それでそのバルカンとやらはどこに居る感じですか?」

「ごめん、分からないの」

「謝らないでいいですよ。それより大分汚れてますけど大丈夫ですか?」

「あ、うん。その魔法を使えなくされててさ、それで走り回ってこんな感じに……」

「なるほど。取りあえず疲労してるみたいなので城まで送りますよ。強いお兄さんとかお姉さんとか居ましたよね? その人預ける感じで」

「いいわよ、アタシなんて気にしなくて」

「ここに放っておくほうが気になります。ほら、おんぶしますから」

 

 

 ぺちぺちと自身の背中を彼は叩いた。彼女はダンの背中に無意識に体重を乗せて、首に手を回した。

 

 その次の瞬間、彼は神速で走り出す。風すらも置き去りにして走り続ける。

 

 

「……バン……速くない?」

「いや、これくらい普通ですよ」

「いや、どう考えても普通じゃないと思うけど……」

「普通です。あと、俺が四天王倒したの秘密でお願いします」

「え? どうして?」

「まぁ、色々あって」

「……そう、分かったわ」

 

 

 彼女はこの背中の感触も、あの圧倒的強さもどこかで知っている。いや、もう気付いていた。

 

 

「ありがと、バン(ダン)

「いえいえ」

 

 

 

 バンはそのまま彼女を城まで送った。そして、真・呪詛王バルカンを探しに再び、走り出した。

 

 

 




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19話 究極の凡人 後編

 高速とも言えるようなウィルの回し蹴りが四天王、ザリーバンドフェットに突き刺さり、彼を国外に吹き飛ばした。

 

 

 国の外には妖精族の精鋭と魔族たちが戦っている。それを越えるように四天王を蹴り飛ばしたのでウィルと四天王は荒れ地のような場所で向かい合う。

 

 

「ぐっ、この私が……呪詛王に次ぐ実力を持つ、この私が……劣等種族にッ」

「……倒すよ」

 

 

 

 ウィルの手の甲が光る。素粒子のように細かい光が浮かび上がったかと思うとそれが集約して、ルーン文字のような神々しい何かが浮かび上がる。

 

 一般的に使われる妖精魔法でもなく、魔族が使う異界魔法でもなく、精霊と契約して使う精霊魔法でもない……それは――

 

  ――古代魔法。3000年前に生きていた、古代人。勇者と言う存在が生まれる前に現存していた古の魔法。今では使える者は殆どいない。

 

 

 使えるのが判明しているのは勇者ダンや大賢者リンリンくらいである。勇者ダンはリンからマンツーマンで徹底的に教えれられたので古代魔法を覚えることが出来たのだが、その精度はリンの方が上である。

 

 リンは魔法を同時に五つ展開できるのが、勇者ダンは一つしかできない。だが、それでも古代魔法は強力な魔法である。

 

 

「まさか……勇者ダンの光の柱(ロード・オブ・バベル)……ッ」

 

 

 光が拳を伝って剣に宿り、天すら切り裂くほどと言えるのではないかと思えるほどの巨大な光の剣に変わる。刀身の長さ、太さも肥大し、大剣となった剣をウィルは振るう。

 

 

 全てを切り裂くと言われている、光の剣を生み出すその魔法の脅威は誰もが知っている。だからこそ、魔族のザリーバンドフェットは回避をすると言う行為に徹した。

 

 人間とは比べ物にならない強度の肉体、明白な種族としての強さがあるにもかかわらず、理解をした。()()()()()()()()()()()()()()()であると……

 

 

(勇者ダンしか、使えないとされていた古代魔法の一つ……なぜこの男が使えるッ!? 先ほどまで隠していたのも意味が分からない)

 

(勇者ダンほどではないとしても……これは明らかに届きうる……この私に……)

 

 

 

 縦横無尽に互いに移動する、ウィルの剣を避けるだけである魔族。その攻防に徐々に違和感を感じていた。

 

 

(読まれている……徐々に詰められている……。反撃の隙が徐々に消えていく……)

 

 

 ウィルの動きが明らかに自身が動いていると言う事を想定して、動いていると感じ取った。未来視と同意義の戦闘の読み、それによって自身すら動かされつつあり、自身を仕留める一手に手を置こうとしている。

 

 

 コントロール、ある意味では勇者としてのウィルの戦い方の一種の正解、完成系とも言えるのかもしれない。

 

 それは四天王すら圧倒する。地面をめり込むほど蹴って、彼は魔族の懐に飛び込んだ。軽く、腹を殴打し、隙を作り、左手で魔族の頭から下に向けて剣を振り下ろす。

 

 

「――天空斬り」

 

 

 

 未来の希望の一撃は容易く絶望を切り裂いた。頭から足にかけて光が落雷のように落ちて、魔族が切り裂かれる。

 

 

 ウィルは真・呪詛王バルカンに仕える、四天王最強ザリーバンドフェットを打ち破った。彼の剣の余波で地面は抉れ、長いクレーターのような物が出来た。

 

 強敵を打ち倒したと言うのにウィルの顔は晴れていなかった。それは先ほどから彼の頭の中で直接大音量でスピーカーを叩きこまれているかのように鳴っている、直感による危険信号が原因だった。

 

 それに応答するように青髪、褐色の肌。頭上に角が二つ生えている。好戦的であり自身に溢れている表情は明らかに強者のそれである。黒のマントが翻り、空からとある魔族が飛来する。

 

 

「ほほほ、まさか私の配下を倒すとは中々やるではないですか」

「貴方が……バルカン……」

「そうですとも……初めましてと言っておいた方が良いのでしょうか? 勇者ダン」

「……? 僕は勇者ダンではないけど」

「おや? あの古代魔法、光の柱(ロード・オブ・バベル)は勇者ダンしか使用人が居なかったと記憶しているのですが」

「……」

「まさか、継承したとでも言うつもりですか? だとしたらあり得ない。遠くから見ていましたが正しく勇者ダンの剣捌きと言える美しいモノだった」

「……魔王に褒められても嬉しくない。だけど、これだけは言える。僕は勇者ダンじゃない」

「まぁ、いいでしょう。私は貴方が勇者ダンと確信している、素顔を知るのは誰も居ないのだからいくらでも誤魔化しは効きますしね」

「……何度も言うけど、僕は勇者ダンじゃない」

「ほほほ、何が違うのか分かりませんが……そろそろ始めましょう。世界の運命をかけた戦いを」

 

 魔王が両手を開いた。その瞬間、禍々しい魔力が大気を揺らした。魔力、オーラ、正しく絶望の頂点、勇者と対極であるであると言う存在が痛いほどに伝わってきた。

 

 

 

「……これが真・呪詛王バルカン」

「ほほほ、貴方が以前倒した呪詛王ダイダロスよりも強いですよ」

「……倒したのは僕ではないけど……貴方が再び攻め込んできたのは復讐の為ですか?」

「復讐には興味がないです、そもそも父親とあまり話したこともありませんし、他の魔族が死んだことについてもどうでもいい」

「……」

「貴方が倒した四天王についても同様です。あれらは駒に過ぎません」

「……駒」

「そう、駒ですよ。私一人いればこの世界を滅ぼすのも支配するのも事足りる……」

「遊び……自分が出れば終わってしまうから……楽しむために後ろでただ、見てたということ……」

「よく分かりましたね。だから、今は凄く楽しみですよ。あの勇者がどこまで戦ってくれるのか」

 

 ゆっくりと歩み寄ってくる。絶望が一歩近づいてくるたびに死が迫り、地獄が見えた気がした。僅か、一秒、それよりもっと短い時間、刹那さえも気を抜けば己が死んでしまうと彼は理解していた。

 

 

 格上との戦い。

 

 

 何度も戦った事があった。それでも……

 

 

 

(まずは、観察をして動きを――)

 

「――観察の暇はないと思いますが」

「ッ!」

 

 

 後ろから腕を横に振るった。安易な攻撃だがウィルは急いで頭を下げる。そして、振り返ると驚愕した。

 

 

 自身の古代魔法を使ったかのようにクレーターが出来ていたからだ。あまりに常識から外れてしまっている逸脱した存在。

 

 

「おや、顔に不安が浮かんでいますよ。勇者がそんな事で良いのですか」

「まさか、いつももッとすごいのを見ているから、大したことなくて安心しただけだよ」

 

 

(これは……勝てない……ッ、はは、笑えて来る……あんなに強い人から教えてを受け続けたのに……これは……無理ッ)

 

 

 

 負けを悟るがそれでも彼は剣を振る。光の剣は空振り、更に超高速の読みを使用し、未来を見通すことをするが……

 

 

「未来を見たところで私は捕らえられませんよ」

 

 

 軽く、手の甲がウィルの背中に当たる。巨大な鉛に叩きつけられたような衝撃が走り、骨が砕ける。

 

 

「――あぐッ」

 

 

 巨人に投げられたようにウィルは吹き飛ばされた。地面にぶつかりながら、衝撃が消えることはなく数キロは勢いが留まることはなかった。

 

 

 そして、なんとか勢いが止まり立つことは出来たが……その体はあまりに重かった。骨が砕けた、ダメージを負ったと言うレベルではない。

 

 

「聞いてた以上だよ、全く……」

「まだ生きてましたか。大したものですねぇ。勇者と言うのは……」

「はぁはぁ……そりゃ鍛えてるから」

「ふむ、私が触れたのに……まだ立てるとは」

 

 

 真・呪詛王バルカンは身体能力は勇者ダンが戦ってきた歴代魔王の中でもトップクラスの強さを保有している。純粋な身体能力、それだけでも凄まじいが彼の強さはそれだけではない。

 

 

 十二階梯、異界魔法、強弱付与(バフデバフ)。これがバルカンの切り札であった。

 

 

 この魔法は二つの特性を併せ持っている。一つは加点(バフ)魔法発動時から一秒ごとに身体能力が向上していく。もう一つは減点(デバフ)という触れるたびに相手の身体能力、魔力を下げることが出来る。

 

 彼はこれしか魔法は使わない。他にも使えるがこれが彼にとってのベストの戦闘スタイル。

 

 

減点(デバフ)による効果の幅は人によって様々だが、四天王すら一度触れれば動けなくなるほどに能力が強い。だからこそ驚きがあった。ウィルがまだ立っていることに……

 

 

 

「まぁ、立てただけでどうという話ですが……ね」

 

 

 

 そう言いながら手をウィルの額に当てようとする。それを彼は避ける、みずぼらしい程に落ちた身体能力、避けた拍子に腰を地に落としてしまう。

 

 

減点(デバフ)を受けても体を動かせるのは流石とは思いますが伝説も、こんなものですか……ね」

 

 

 ウィルの強さに見切りをつけたようで、軽く右足で彼を蹴った。再び彼は小石のように吹き飛ぶ形で飛んでいく。

 

 身体能力が落ちた事でダメージもさらに大きく、彼は飛ばされている間に気絶をしてしまう。彼は闇に落ちると髪の毛が銀から黒色に戻った。

 

 バルカンは吹き飛ばされたウィルの元に再び歩み寄る。もう興味すらない伝説となっているが、髪の色が急に変わった事が気になったからだ。

 

 

 

「想像以上に伝説が小さかったですねぇ。勇者がこれでは世界はもう私のモノ……手に入ったと分かるとつまらない……ダイダロスの呪いが無ければもう少し楽しめたのかもですが言ってもしょうがない事ですか」

 

 

 

 ウィルと勇者ダンと勘違いしたまま、彼は空に上がる。翼を広げて天から彼を見下ろして、右腕を掲げる。

 

 バチっと、雷が数十あらゆる場所から発生する、天から降りるように、地から昇るように集約して、極大のプラズマの電球を地に落とした。

 

 

「さようなら……勇者よ」

 

 

 

 巨大な爆弾が爆発したような轟音、それによる余波でエルフの国付近に生えている木々が吹き飛ばされた。

 

 

「さて、駒も死にそうですし、私がエルフの国に出向いて――」

「――自然は大切にした方が良いんじゃない」

 

 

 

 爆発により荒れ地になった荒野に一人の男が立っていた。タキシードの服にツンツンヘアーの青年だ。彼はボロボロになったウィルを背負っている。

 

 

「君が魔王って事で良いよね?」

「おや、貴方は?」

「僕は……いや、魔王と二人きりなのにバンを演じる必要はないか。俺は……そうだな、魔王が居たから倒しに来たってところだ」

「ほう……」

「お前のせいで冒険者交流会が無くなったら困るからな」

「ふむ??」

「まぁ、それは半分冗談だけどさ……これだけリンの国で暴れたんだ……遺言だけ聞いてやるけどどうする?」

 

 

 

 下から己を見上げる男……魔王は何故か空から地に降りた。それは無意識のうちに違和感があったのかもしれない。自分が彼を見下ろすと言う構図に……

 

 

 

「ほほほ、吠えましたね。私に対して遺言とは……しかし、それなりの実力者の様ですね」

「それなりには……強いよ。俺は」

「先ほどの勇者ダンのとどめの一撃を救った、あの速さ……明らかに普通ではなかったですからね、自信家なのも納得です」

「……?」

 

 

(勇者ダンへのとどめの一撃ってどういうこと? 何言ってるんだ……魔族ってやっぱり話通じない奴多いからな、気にするだけ意味ないな)

 

 

「しかし、本当にあの速さは大したものです。普通ではない訓練を積んでいるとしか……まさか……勇者ダンの弟子か何かですか? ……呪われ命が削られるために自身に変わる新たな勇者を勇者ダンは生み出していたのか」

「は? 何言ってるのか全然分からん……何でもいいけけど」

「ほほほ、確かにそんなことはどうでもいいでしょう。さぁ、決死の覚悟でかかってくるといい」

「……あ、剣忘れた」

 

 

 自身がタキシード姿で尚且つ、剣を忘れていることに彼は気付いた。しかし、そもそも拳で戦えば良いのかと思ったが、ウィルが剣を持っていることに彼は気付いた。

 

(あれ、左手で持ってる……いつも右手で持ってるのに……)

 

 ウィルがなぜか左手で剣を持っていることにダンは違和感を持った。いつもは右手で持って自身で向かってくるのに、どうして逆手で持っているのだろうか。一瞬だけ迷ったが、どうでも良いかと割り切って剣を借りた。

 

 

「なるほど、魔王に挑むために、師匠の剣を持って精神的な安定剤にするつもりですか」

 

 

 

 魔王バルカンはウィルを勇者ダンだと思い込み、ダンを勇者の弟子と勝手に思い込んでしまっている。しかし、それを訂正するのも面倒だし、そもそも魔族は話が通じない頭がオカシイと思っているダンは特に話を発展させることはしなかった。

 

 

 

「……では、見せてください。勇者の弟子としての力を」

 

 

 

 

 

 

 

――次の瞬間、死を意識した。

 

 

 幻想があった。一歩踏み出そうとした瞬間、魔王は己の死を悟ったのだ。剣を持ったツンツン頭のどこにでも居そうな、雑草のような顔つきの青年の剣が届く領域に踏み込みかけた事で恐れを抱き、足を止めた。

 

 

(……まさか、この私が引いた……?)

 

 

 

 人間と言う劣等種族、しかし、その薄皮一枚の内側には自身も信じられないほどの莫大なエネルギーが内包されている化け物であると直感で彼は感じた。

 

 

 

「ほほほ、良いでしょう。ならば私も本気で行きましょうか!!」

 

 

 

 歩く、という行為を捨て、彼は踏み込み爆発的な速度の上昇を見せた。自身と対等と思われる敵にのみ行う一種の激励とも言える一撃。

 

 大きく振りかぶり、彼は勇者ダンへと殴りかかる。

 

 

(入ったッ)

 

 

 最早、避けられないほどに拳は彼の顔面付近に接近をしていた。いくら化け物とはいえ、ここから挽回して回避、防御をする事は不可能であると思われたが、その答えは自身の身体がどこかしらの岩盤にめり込んでいたと言う事である。

 

 

「か、かはッ」

 

 

 岩盤で血反吐を吐く魔王は自身がコンマ一秒前に見た信じられない現象を想起する。

 

 

(殴ったと思ったら、既に俺の腹にはヤツの剣が当てられていた……)

 

 

 因果が逆転したのではないかと思えるほどの圧倒的速さ。まさか、この瞬間、あの一撃であの化け物が負かせると思ったわけではない。しかし、だとしても……この現象には説明がつかなかった。

 

 勝った、僅かにだけ勝った、先手を打ったと思ったら『後だしジャンケン』のように自身が先手を打たれていた。

 

 

(ほほほほほほ、良いでしょう。まさか、自身の全力を出せる相手が見つかるとは……)

 

 

「あそこでドンパチやるとウィルが危ないから、移動させておいた」

 

 

 軽く、彼は言った。気付いたら自身の数メートル先に居て剣を鞘に納めている。それを見て、魔王は奥の手を解放する。

 

 

加点(バフ)、多重展開ッ……ほほほ、私は一秒事に身体能力が二倍以上になっていきますよ」

「強そうな能力だな。魔王って大体そう言う能力持ってるけど」

 

 

 赤く途方もない太陽のような輝きが魔王を包む。僅かな会話、極限の戦線の中の僅かな休息。それをしている間に二倍、四倍、八倍と相手は強くなっていくのだ。それを聞いて流石の化け物も肝を冷やしているだろうと魔王は感じる。

 

 

 事象を無視したような能力。それに呼応するように足を一歩踏み出すだけで大気に、大地にヒビが入る。全ての運命を握るかのような強さを惜しげもなく彼は発揮する。

 

 圧倒的な強さを持つ相手に対し、僅かな尊敬と自身の意地。それを足に集約して彼は再び、飛んだ。

 

 

 大地が大きく割れる。踏み込み足一本で起こせる現象ではない。そのまま魔王は勇者の顔面に向かって再び大きく飛んだ。

 

 

 既に一秒、二秒、三秒、いな数十秒以上、自身が加点(バフ)を発動してから経っている。だから、身体能力は二倍、四倍、数百倍となっていた。

 

 だと言うのに、次も自身の体に剣が当てられていた。そのまま斬られた。真っ二つにはならなかったが空中に飛ばされていた。

 

「ほほ、ここまで凄いとは! 貴方は世界で一番強いですよ。私が居なければですがね!!」

「……」

 

 

 再び地上に着地して、魔王は殴りかかる。だが、それすらも無に帰すように殴られた。剣を持っていない左手の一撃。

 

 

「へぇ、これで死なないのか……今までの魔王たちの中でもかなり強いかもな」

「ほほほ、私より強い魔王は存在しないですよ」

「確かにそうかもな」

 

 

 縦横無尽に駆け回る。上から下から右から、左から、正攻法で殴る。だが、それでも届かない。邪法として岩を投げる、地の岩盤をひっくり返し上から岩の雨を落とす。

 

 

(あと少し、あと少し……ここまで既に一分以上経っている、このままいけばいずれ上回る、手数でも、能力でも純粋な強さでも)

 

 

 岩の雨は一瞬で砂に変える。その隙にダンの後ろに回るが彼の回し蹴りで彼は再び吹っ飛んだ。

 

 

(ほほほ、間接的でも今、私に触れた。減点(デバフ)もかかった。ならばもう……)

 

 

 

 相手に対する弱体化効果の付与。それに対して、自身はどこまでも強くなれる、魔力がある限り、倍になって行く。

 

 

 吹っ飛ばされながらまた、殴りかかろうとしたのだが、その思考の前に眼の前には彼が居た。再び鉄剣による一閃。

 

 どこまでも飛んでいく。

 

 

(だが、あと少しだ。あと少しで、私が上回る……)

 

 

 そこから更に一分経過した。

 

 

(あと、少し)

 

 

更に、十分経過する。この時点で既に惑星を一つ破壊できるほどに成長をした魔王は自らの勝ち筋を完全に視界に入れた。あと少しで勝てる。

 

 

(あと、少しのはず……)

 

 

 この世界には自らよりも強い存在はいないほどに成長をした。強さをつけ足した。歴代の魔王もここまでの強さはいなかっただろうと彼自身は、驕れたわけでもなく、調子に乗ったわけでもなく、買い被ったわけでもなく、過大評価したわけでもない。

 

 だが、彼の剣は気付いたら腹にあるのだ。本当に因果が逆転しているわけではないかと思えるほどに追いつけない。

 

(少しのはずなんだ、あと数秒、数分、いや、数時間……私が耐えれば……)

 

 

「はぁ、悪い癖が出たな……」

 

 

 ダンはそう言いながらタキシード服に着いた埃を落とす。その男には余裕があった。まだまだ底は見せておらず、そもそも見せる必要すらないと言わしめるほどの空気の軽さ。

 

 その、『軽さ』がどうにも気味が悪かった。圧倒的な存在であるはずなのに、それなのに、まるですべての事象を俯瞰して見ているような、頂上から、神のような視点でずっとこちらを見ている彼は一体何なのか。

 

「ほ、本気を出しているのか、いやそんなわけがない……なぜ、本気を出さない」

「タキシードが折角用意したのにダメになったらいやだろ、この後冒険者交流会あるんだよ」

 

 

 

 彼は別に相手を弄びたかったわけではない。最低限の動きしかしたくなかったのだ。

 

 派手な動きをする事で折角、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけなのだ。別に手加減をしているわけでもない。だからと言って本気を出しているわけでもない。底知れない、底抜けの塊。それが最強の勇者と言われるゆえんなのだ。

 

 そして、彼が序盤から本気を出さない理由はもう一つあった。リンの影響だ。彼は以前にリンの前では強敵と敢えて拮抗を演じると言うことをしていた。

 

 リンが心配してくれたり、戦う時間を長く見せてカッコいいと言ってくれたりするのではないかと思っていた時期があった。その癖は徐々に治ってはいるが、それでも僅かにその癖は残っていた。

 

 本気は出さない。出していない、出す必要もないと。そう魔王は彼に言われているような気がした。

 

「ほほほ……なるほど、敢えて相手の底を見せて、最大限の膨大な力を更に上から叩くことで自身の存在をさらに大きく見せる。それによって、自身の力を広め、知らしめて、平和の抑止力にしているのですか……」

「え?」

「ほほほ、しかし、敢えて手加減をするとは勇者の器として見えない気もしますがね……」

 

 せめてもの皮肉として言ったが……言われた本人は『言われ慣れている』のか特に顕著な反応もない。

 

「器はそんなに俺は広くないぞ。一般サイズだ」

「……ほほ、どこまでも舐めたような口振りですね」

 

 

 この会話の内にもどんどん成長をしている。身体能力、しかし、魔王はそれでも強さが届かないと実感しつつあった。

 

 これほど、いや、魔力が切れるまで成長をして強さをつけ足しても勝てないのではないか。もっと言えば、魔力が無限にあっとしてもどんなに長い年月を強さに当てたとしても勝てない。

 

 次元が違う、正しくその表現が的確だった。

 

 

 もっと強くなれば勝てる。だが、相手はもっともっともっともっと。もっともっと強い。どれだけ肥大になっても超えられない壁がそこにあった。

 

 

「ほほほ、しかし、私には切り札があるのですよ……」

 

 

 彼は羽を大きく広げて、空に飛んだ。そして、己の魔力を全て心臓部に内包する。チカチカと体に点滅が走る。

 

 

「これは、爆発の魔法……自爆ともいえるのですがね……これが発動すればここら一帯は消し飛ぶ……()()()()()も全てが消えることになるでしょうッ」

 

 

 

 自爆と言う選択肢を選んだ。勝てないのであればとせめても引き分けにしようと考えた。星を崩壊させるほどの威力を持った、魔力と魔法。

 

 

――眼の前が光で埋まった。

 

 

 魔王の前に広がったのは幻想的な光景だった。世界のどこを探してもこれほど美しい光景が見えるはずがない程に感極まる情景。

 

 光が一人の男の手の甲から発せられたのだ。たった一人の内側から僅かに出た光が収束して一つの剣のようになったのだ。

 

 膨大な光の奔流が彼の持っている剣に纏わり、そしてそれはそのまま振るわれる。ウィルの使った古代魔法と全く同じ光景だが、質が違った。

 

 

 その光は星すら砕く、ではなく塵すら残さない。魔王に向かって天上の頂すらも超えてしまった。

 

 

 文字通り、光が天に向かって伸びてそれですべては決着した。

 

 

「リンの国には手を出させるわけにはいかないからなぁ」

 

 

 剣を振り全てを消した彼は剣を鞘に納めた、その後自身の服装を見て唖然とする。光の剣を振った影響で服が破けてしまったのだ。

 

 

「あ、やっぱりちょっと強めに剣振ったら服破けた……」

 

 

 溜息を吐きながら彼はその場を後にする。そして、傷だらけのウィルを背負って、妖精の国へと向かった。

 

 

 

◆◆

 

 

 ゆっくりとウィルは眼を開けた。どこか知らないベッドの上で彼は目を覚まして、周りを見渡す。隣のベッドでは金髪の少年が寝ている。

 

「あ、起きた」

「バンさん……」

 

 

 ツンツンヘアーで偶にお世話になっている冒険者のバンがウィルが目を覚ました事に気付いた。

 

 

「あの、魔族が攻めてきて、それでどうなったんですか……」

「解決したらしいよ。魔王も勇者ダンが倒したってさ」

「そっか……僕は……何も出来ずに……」

「結構頑張ったって聞いたけど?」

「誰がそんな事……」

「ウィルの幼馴染の子」

「メンメンが……メンメンは無事ですか!?」

「無事だよ。まぁ、結構頑張ったって事で良いんじゃない? 詳しくは知らないけど」

「でも、結局勇者ダンに……頼ってしまった……」

「ウィルって……」

「……?」

 

 

 落ち込む彼にバンはいつもと変わらない声のトーンで話しかけ続ける。

 

「尿を足すとき以外でもイチモツ出すタイプ?」

「え!? どういうことですか!? 全然そんな話してないのに」

「物の例えなんだけど……尿が漏れそうだからトイレに入るちょっと前に事前にパンツからイチモツ出すみたいなのってあるじゃん? でも、ウィルの場合はいつ尿が出ても可笑しくないように常に出しておこうみたいな感じがする」

「え、えぇ? 全然分かりません」

「つまり、今は生きていたのを誇るべきってこと、心配して深く考えるのも良いけどずっとやってたら疲れちゃうさ。今は強い魔族が眼の前に居たのに助かった、全部丸く収まったって事を喜んでおけばいいのさ」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。あんまり考え過ぎると疲れ溜まって本当に力出したいときに出せないさ。心配とか不安募らせるのは今しなくては良いと思うけどね」

「……はい、わかりました」

「君の幼馴染もそんな顔されちゃ、逆に心配しちゃうよ。ほら、取り合えず笑っておけ」

「あ、あはっは」

 

 

 下手糞な笑顔を見せながらウィルは言われた通り、確かに気にし過ぎも良くないなと気持ちを切り替えた。

 

「それじゃ、俺はこの辺で……彼も起きたみたいだしねー」

 

 

 そう言って隣の金髪の少年を流し見しながらバンは医務室から出て行った。ウィルとが隣を見ると彼もこちらに気付いたようで詳細を聞いてきた。

 

 

 全てバンから言われた事を話した。

 

 

「そうか……俺は強さを証明できなかったか……」

「その、考え過ぎは良くないよ? 今は生還を喜ぶべきと言うか……」

 

 

 自身はただ今日敵に屈してしまった事に対して、若干ナイーブになった彼にウィルは先ほど自分が言われたように声をかける。

 

 

「ふん、落ち込んでなどいない、ただ、はっきりしただけだ。俺はもっと強くなるべきとな……」

「そ、そっか。落ち込んでないなら良かった」

「……お前と一緒に居た奴は大丈夫だったのか?」

「あ、うん。無事みたい」

「そうか」

「……そう言えば君の名前……」

「言う必要はない」

「でも不便じゃないかな? 一々君とか言うのって……それにお互い一緒に死線を越えたんだから……友達? みたいな……」

「……」

「あ、ごめん。友達は言い過ぎたかも……その、実は僕同性の友達はずっと居なくて……憧れてたって言うか」

「……ユージンだ」

「……え?」

「俺の名だ」

「そ、そっか! ユージン君か! よろしく!」

「……宜しくはする気はないがな」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 バンはウィル達と離れて城下町を見渡していた。多少の侵攻の惨状が残っているがいたって平和であった。特に何ともないらしく、彼は昼ごはんでも何処かで食べようかなと考えていた。

 

「あの……そこのあなた」

「はい? ……あ、第二王女の方ですよね」

「はい、このフロンティア王国、第二王女、レイナ・フロンティアです」

 

 

 リンに少し似た眼つきのエルフがバンに話しかけてきた。バンは何度も鉄仮面を被った状態であるが見たことがあったので直ぐに彼女の正体が分かった。だが、今は自身はただの冒険者、俺様系ではなく下からの身分で話しかける。

 

 

「第二王女の方が僕になんの御用でしょうか?」

「はい、ワタクシの妹であるリンリンをここまで運んでくれた貴方にお礼がしたくて声をかけさせてもらいました」

「お気になさらず」

「いえいえ、是非お話を……お城までご同行お願いできないでしょうか? リンリンも貴方にもう一度お話がしたいと言っております故」

「え、ええ? まぁ、はい……」

 

 

 そう言われた断るわけにはいかない。とバンは彼女と一緒に城に入って行った。何度も見たなぁと思いながらもとある王室に入った。そこには大きな豪勢なベッドが置いてあって、その上ではリンが布団の上に座り、掛布団をかけていた。

 

 いつものツインテールはほどいて、綺麗な髪が下にただ降ろされている。彼女の隣にはリンリンの兄である、レイリーと母であるラームがベッドのそばに座っていたが、バンに気付くと二人して立ち上がった。

 

 

「いやいやいや、君が私の妹を運んでくれたバン君だね。いやいやいやいや、本当にありがとう」

「いえ、別に運んだだけなので」

「いやいやいやいや、それでもありがたい。リンリンから聞いたよ。偶々ピンチの所に、偶々勇者ダンが現れて、四天王を彼が倒したところに偶々君が現れて、勇者ダンが魔王と倒しに行くので代りにここまでリンリンを運んだって」

「そうですね」

 

 

(リンはそう言う風に誤魔化してくれたのか、なるほどね)

 

「報奨金をださせてくれ」

「いえ、そう言うのいらないです」

「おや、どうしてなんだい?」

「あー、お金貰ったとか噂になると面倒な感じが……俺、そろそろ結婚したくて相手を探しているのですが、お金目当てに来られそうでちょっと……そういうのじゃなくて真実の愛を探したいんです」

「意外とロマンチストなんだね」

 

 

(もう、散々この国からはむしり取っているからな。事あるごとに貰っているし……正直、今更貰いたいとも思わない)

 

 

「しかし、お礼がしたい……結婚相手を探していると言ったね? 私の知り合いの貴族の妖精族を紹介しようか? 皆、可愛いけど」

「お兄ちゃん、もういいからあっち行ってて」

 

 

 リンの兄であるレイリーがバンに女性を紹介すると言った直後、呆れたように後ろからリンが声を発した。

 

 

「ママもお姉ちゃんも、ちょっと二人で話したいから席外してくれない?」

 

 

 母にも姉にも一度、席を外してもらうように彼女は頼んだ。そのままバンにベッドの近くの椅子に腰かけるよに進める。奇しくも、以前の旅をしていたころのように二人は向かい合うのだ。

 

 

「あー、ありがと。助けてくれて」

「いえいえ、こちらこそ黙って頂けたみたいでありがとうございます」

「約束だから言わないわよ」

「どうも」

「今日はこの後どうするの?」

「交流会に参加をしようと思ってます」

「え? 今日中止になったのだけど」

「え? マジかぁ……うわぁ、こんなガッチリ決めて来たのに」

「残念だったわね。でも、また機会はあるからさ。落ち込まないで……」

「はい。切り替えます……」

 

 

 そうはいっているが彼は眼を閉じて、天を仰いでいる。そんな彼に彼女は聞いた。

 

 

「バンって、強いのね。四天王一撃だなんて」

「……あ、確かにそう言われたらそうですねー」

「鍛えてたの?」

「そうですねー。そう言われたらそうかもしれないですねー」

「ふーん、どんな鍛え方してたの?」

「色々ですー」

 

 

眼を逸らして、適当に話を流そうとするバンに意外と分かりやすいなと言う感想を彼女は抱いた。

 

(鉄仮面を被っていたころは表情なんて、見たことなかったけど……意外と可愛らしいようにも見えるような……)

 

(それに表情の変化も分からなかったけど、意外と安易に顔に出ちゃうタイプだったのね)

 

 

 まじまじとバンを、ダンを見つめる彼女に不信感を抱いたのか彼は僅かに冷や汗をかいていた。まさか、自分の正体が見破られているのかとも怪しむ。

 

 

「ダ……バンは交流会に参加して、結婚相手を探してるんだったわよね? お母さんに言われたとかで……」

「そうですね。母がそろそろって言うので」

「へぇ、実家はどこら辺にあるの?」

「そう言うリンさんはどこなんですか?」

「ここだけど」

「あ、ソッカ……」

 

 

 誤魔化そうとして意味のない会話をしてしまったり、鉄仮面を脱いでフツメンをさらしてしまった彼は弱い。リンは正体に気付いているが敢えて知らないふりをしてあげた。

 

「そうだ。全然関係ないけど、手見せてよ。手相見てあげる」

「え? 僕全然そう言うの信じないんですけど」

「いいから、運試し的な感じで」

 

 

 バンの手を取って、彼の手相を眺める。やはりと彼女は再度実感をした。

 

 

(ダンと手相が同じ……まぁ、本人だから当たり前だけど。昔、恋占いをするために勝手に見たことがあったのよねぇ……。まさかそれで本人の確認作業が出来るなんて)

 

 

「あれね。お見合いとかでは運命の人は見つからないってかいてあるわね」

「そんな極端な線あります?」

「うん、人からの紹介は止めておくのが吉ね。交流会で出会った人は全然大丈夫って書いてある」

「そんな細かくですか……へぇ、普段占いは全然信じないんですけど、リンさんがそう言うなら紹介は止めときます」

「それがいいわ」

「……」

「……」

 

 彼女は手相を見終わったのにダンを手を離そうとはしていなかった。どうした? と何となくで目線を送って彼女はようやく無意識で手を握ってしまっていたことに気付いた。

 

 

「あ、ごめん」

「いえ、別に謝る事ではないかと」

「……バンの手があまりにゴツゴツでさ、ビックリしちゃったの……」

「なるほど」

「最早、ダイヤね。そこになるまで大分……いえ、なんでもないわ。引き留めちゃって悪かったわね」

「全然、会話楽しかったですし。では、また」

「うん……またね」

 

 

 悲しい気持ちを隠すように彼女は無理に笑った。本当はもう少しだけ、話がしたかったのに彼女は我慢をした。

 

 勇者が居なくなった部屋にリンは一人、ぼぉっと何事もなくなったように空を見た。そこに彼女の母親であるラームが入室をした。

 

 

「勇者は帰ったの? リンリン」

「……ッ。ママ、気付いてたの?」

「うむ、だがあれを初見で見破れと言うのは無理があるというもの。わらわはリンリン、お主のバンという冒険者に向ける眼を見て、そう思っただけじゃ」

「……あぁ、そういうことね。このこと誰にも言わないでね。ダンとの約束なの」

「それは構わないが……良いのか? 好きな男をこのまま放置しても、無理やりにでも囲ってしまえばよいと思うがの? 婚約でもなんでも素顔が割れているなら押し切れるはず」

「そうはいかないでしょ、それはダンの意思に反するわ」

「ふむ? 勇者の意志とな?」

 

 

 そう言いながらリンはベッドの上から腰を上げて窓に駆け寄り、外の景色を眺める。黄金色の夕日が差し込み彼女を照らす。

 

 

「どうして、ダンがバンなんて名前を使って一から冒険者なんてしてると思う? それに結婚相手とか探してるのかしらね?」

「さぁの?」

「……きっと、ダンは疲れちゃったのね。アイツは誰よりも強いから……頂点から全部見えてしまったのよ。それでアイツだから分かったの。いくら強くなっても自分は所詮一人の人間だって」

「……ふむ、一人の人間か。頂点からすべてを見たからこそ分かる、俯瞰的な視点による一種の悟りか」

「魔王とか、他にも悪い奴もそうだけどさ。大体、強くなって調子に乗る奴って自分を過大評価して、好き勝手に自分は世界に選ばれたからしていいみたいなのが多い。でも、ダンは違った」

「常に己が一人の人間であると悟っていたと?」

「うん。だから、悪さとかもしなかったのだと思う。力に溺れることも無かった、所詮自分はいくら強くなっても小さな器を持っている一人の人間って、最強の力を持っているから自覚してたのよ」

「なるほど、ようやく分かった。今までの魔王と勇者ダンの違いが……魔王は己を多大な存在だと理解して強くなって至った者、勇者ダンは庶民のまま最強になった者。同じ力を持つ者でも、後者は人に寄り添えるというわけじゃな」

「うん、だから、ずっと隣で歩み寄ってくれていたのね」

 

 

 

 彼女は窓の外見ながら思い出した。初めて出会った時の事、何度も口げんかをした時のことも、始めて意識をした時も、恋を自覚したときも、いつも彼は普遍的で己を神の子としても、エルフの王族としても見ていなかった。

 

 

「でも、庶民だから疲れちゃうわよね……ずっと色んな人から期待されしまうのは。だから、もう普通になりたかったのでしょ? 運命の人とか、結婚とか分かりやすい幸せを掴みたかったのよね……」

 

 

 

 彼女の視界にある人物が写る。城から出て行く、ツンツン頭の青年だった。彼が求める普通を彼女は尊重をしようと思った。

 

 勇者という枠ではなく、ただ一つの幸せを求める庶民としての彼を彼女は……

 

 

「またね、ダン……また、会いに行くから……」

 

 

 彼女の声が聞こえたわけではないが、ダンは何となく振り返って、遥かに上の部屋で自身を眺めるリンと目が合った。ぺこぺこ普通の青年のように頭を下げて彼は去っていく。

 

 軽く手を彼女は振って、彼に思いを馳せた。

 

 

「今度はアタシが……普通の貴方に寄り添える日が来るように」

 

 

 



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20話 大器晩成

 エルフの国での事件から、数日が経過した。真・呪詛王バルカンの襲来は、呪詛王ダイダロスの15周年討伐記念に現れた事もあってかなりの大事でなったみたいだった。

 

 エルフの国の一部は魔族の侵攻によって、破壊されていたりしたのが未だに修復できていないらしい。だが、不幸は過ぎ去れば特に問題にはなっていない。

 

 魔王も倒された事だしねー、俺が倒し続けてきた事もあっていつものこと。という事になる。

 

 しかし、一つ面白いうわさが……『銀色の戦士』である。俺は全然気づかなかったが一瞬だけ見たと言う人がぽつぽつ確認できたらしい。

 

 一瞬でどっかに飛んでったから詳しく知る人が居ないけど、そう言うのも居たらしい。本当に全然知らないし、興味も無いけど。

 

 マジでさ、魔王もそうだけど次から次へと新しいのが増えてくるよな……個人的な考えとして、魔王は一人いたら三十人いると思えというのがある。

 

 次から次へと新しい存在が噂になるのは慣れっこなので銀色の戦士もその内、30人くらい出てくるかもね。

 

 

 あ、そう言えばリンとも話したな。仮面をつけながら、俺様キャラで勇者ダンとして話してたら、なんかニヤニヤしてるのがちょっと気になった。深く考えてもしょうがないかもしれないけど……

 

 

「ダン、そろそろお弟子さんの修行に行く時間じゃないの?」

「あー、はい」

「行く前にご飯ちゃんと食べていきなさいよ」

 

 

 寝間着から着替えながら考え事をしていると、母親から部屋越しに声をかけられたので適当に返事をしながら部屋を出る。そのまま食卓につくと両親も既に座っていた。

 

 

「そう言えばダン、お弟子さんは最近どうなんだい? 確か、ウィルとか言う子とか居たんだったと思うけど」

 

 

 最近、俺が考えていたどうやって弟子を成長をさせるか。という事について父親から聞かれる。

 

「ぼちぼち、かな」

「ぼちぼち……まぁ、頑張ってるみたいだから、応援はしてるけど。早く後継者が見つかると良いんだがな」

 

 

 早く後継者を育てる。そう最初は思っていた。しかし、今回の魔王と戦って思ったのだ。

 

 早く育てる……これが達成できるのはいつになるのか。勇者の後継として世間に出すのは大分遅くなるのではないかと。

 

 今のウィルに、または他の弟子にも言えるが、ウィル達に今回の魔王を倒せるのかと聞かれたらNOと答えるだろう。どうあがいても無理だろう。俺ならいくらでも倒せるけど。

 

 成長はしている、思ったよりも成長は早い。しかし、このペースではかなりの時間がかかる。もっと早く強くなって欲しいとは思う。

 

 俺が彼等にしていたのは実践訓練が多めだった。実戦的な修行をすれば強くなると思っていたからだ。

 

 さーて、どうするかなー。もっと、変わった事をした方がいいのだろうか。

 

 

「まぁ、意外と適当でも良いのかもしれないわね。ダンは意外と勘で動くところもあるから」

「勘か……」

「そうよ。昔から、勘みたいなので家飛び出したりしてたこともあるわ」

 

 

 勘で変わったことやらせてみるか? 俺は昔からノートを取って強さへの道筋を取ってきた。前世の知識を使ってそれなりの行動を心がけて来た行為をなぜしようと思ったのかと聞かれたら勘だ。

 

 

 ……前世での知識もどこまで本来正しかったのかも分からないし、専門的な知識もなかったし、勘で文字の羅列を描いてそれなりに頑張っていたと解釈できる。

 

 

「ダンが出てった時は寂しかったし、心配したな。母さんも本当に心配してた。特にダンは無茶してるって噂で聞いてたからね」

「まぁ、でもその無茶がダンを強くしたのかしら? 親としては止めて欲しかったけど」

 

 

 俺を目指すなら常時無理をさせるべきか……。まぁ、後ろからカバーすれば少し無理させても問題ないか?

 

 

「そう言えば、弟子とはどんな感じなんだい? 関係性と言うか」

「関係性はそれなりに良好だと思うけど」

「そうかい? まぁ、偶には良い格好は見せておくべきかもだろうね。父さんもギルド職員として長く働いているが後輩には良い格好を沢山見せている。そうすると信頼してもらえるんだ」

「ふーん」

「あんまり口で指図ばかりすると裏で悪口言われたり、気づいたら尊敬が消えてたりするんだ」

「マジか……」

 

 

 折角そろえた七人の弟子が気付いたら離れていくとは嫌だ。押し付ける人柱を離したくない。ここまで揃えて育てたから辞められるのは非常に勿体ない。

 

 偶にはちゃんと凄い場面を見せてやるべきか。勘、僅かに無茶させる、師匠として尊敬をさせる。いつもと同じことばかりしても劇的な変化はないのかもしれないな。年の功、親としての何気ない言葉を少し修行に反映してみるか。

 

 

 ◆◆

 

 

 

「勇者さま、僕もっと強くなりたいです」

 

 ウィルと修行をしていると彼がそんなことを言って来た。

 

「今まで、それよりももっと強く、激しく、高みにもっと上りたい。修行の回数が増やせないなら、もっと厳しく、して欲しいです」

 

 

 丁度いい、父と母に言われた事を試してみようかと俺は思った。そもそも俺に指導者としての器量が元からあったのか、分からない。案外適当に、思い付きでやることで良い事があるかもしれない……、かもしれない……。うん、まぁ、何かあったら介入してすげぇ師匠面してやるか。

 

「実は最近、幼馴染のメンメンが魔法を使い初めまして……既に二階梯使えます」

「ほう」

 

 マジか、割とすごいな。ウィルの幼馴染。

 

「エルフの国で僕が回復魔法を使えると言ったらしいのですが……それがきっかけらしいです」

「そうか」

「でも、そもそも僕はそんなことを言った記憶もなく……更に僕は知らないはずの人の名前も知っていたとかで……いえ、そんなことはどうでもよかったです。兎に角、強く、なりたいです! もっと、あの国で四天王、魔族を見て今までの僕では何も成しえないと確信しました。だから、誰よりも強くしてください!!」

 

 

 良い度胸だ。少し、無茶ぶりをしてみるか。獅子は我が子を谷に落とすとか言う言葉もあるし。

 

 

「よし、では今日の訓練は……ギルドに行って、その日発注されている任務から、最も強いモンスターを討伐をして貰おうか」

「……分かりました」

「偶には俺が教えなくてもいいだろう。自分で俺が何を課しているのか考えてみろ」

 

 

 結構無茶ぶりしているけど……、ウィルは大丈夫だろうか。一応、心配なので鉄仮面を外して彼の後を追う。ポポの町に到着するとギルドで彼は任務を選んでいるようだった。

 

「リザードマンの討伐……」

 

 

 いや、それは無理だろう。俺は思わず、心の中で突っ込んでしまった。絶対無理。今のウィルには絶対に無理だ。

 

 リザードマンは1メートル半の巨体を持っているデカイトカゲのイメージ。だが、知能が高く、剣と盾を持っている。二つの武器は人間から奪ったのを使っている場合は、何らかの自然現象で発生した天然の武器を使っている場合、または自身で自然を加工をして作っている場合がある。偶に素手の奴も居るが、大体なんか持っている。

 

 あのモンスターは頭が切れるし、戦いをかなり理解している。その上で単純に強い。明らかに領分を超えてしまっている。

 

 無茶ぶりをしてしまった俺の責任でもあるかもな。これは後ろからコッソリ現れて、凄い師匠ムーブで尊敬される路線で行くとしよう。

 

 ウィルは依頼を受けて、走り出した。近くにある林にて個体が確認されたと言う事だが……あ、居た。

 

 リザードマンをウィルも俺も発見。しかも、持っているのが魔剣、更には普通のモンスターよりも強個体の赤色のリザードマン。

 

 

 ウィルは臨戦態勢に入る。俺もいつでも助けられるように待機する。さてさて、ウィルがどこまで喰い下がれるか……

 

 あ、ウィルが吹っ飛ばされた! 助けないと……

 

 

「まだ、まだ」

 

 

  どうやら、まだ行けるらしい……、もう少し様子見するか。また吹っ飛ばされる。今度は木の幹に背中をぶつける。これは流石に助けないと……

 

 

 

「まだまだ!! 僕は諦めないぞ!」

 

 

 そ、そうか……どうやらまだまだ闘志は死んでいないらしい。もう少し裏で様子見するか……。

 

 見ていると、ウィルの剣とリザードマンの剣が交差する。しかし、相手の剣は魔剣、普通の剣とは違う。魔法や特殊な効力が付与されている。だから、拮抗はせずに今度は剣が破壊される。

 

 

 これは流石に助太刀に……

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 まだ、行けるのか……、そうか……。あんなに咆哮されたらまた見守るしかないな。

 

 

 ウィルはそのまま魔剣を持つ手を掴んでそれをリザードマンの首元に刺す。グシャっと音がして、生臭い匂いがして、血が彼の体に降りかかる。

 

 

「はぁはぁ」

 

 

 大分疲れてるな。しかし、これでリザードマンは倒せて……

 

 

「ぎゃややあああああああああああ!!」

 

 

 倒せてないようだった。辛うじて喉を斬られても生きていたリザードマンがウィルに襲い掛かる。これは流石に助け……

 

 

「うぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

 魔剣を奪い取って、リザードマンに彼は止めを刺した。

 

 

「か、勝った……僕は……。本当にギリギリだった。まさか勇者様は紙一重の存在と僕を戦わせたのか……」

 

 

 いや、勝つんかい。負けると思ってた……。ウィルが色々言っているが正直勝てるとは微塵も思っていなかったから素直に驚きしかない。

 

 

「ギリギリの戦い、寸分たがわぬ実力差の極限の戦いを再現することで高い経験値を……」

 

 

 そう言う事にしておこうかな。正直十割負けると思ってたぁぁ。

 

 

 ウィルは血だらけのままギルドに帰還をした。

 

「きゃあああああ!!」

「うわぁあぁあああ”””」

 

 リザードマンの返り血をどっぷり浴びているウィルを見て、町の人たちは酷く怯えていた。まぁ確かに見た目えげつないけどさ……

 

 

「あの、そのお帰りなさい……」

「ただいま戻りました。依頼完了です。その魔剣を持っていたのですが……」

「それはウィルさんがドロップしたので使っていただいても宜しいかと、それより返り血を洗い流された方が……」

「あ、そうですね……すいません」

「まぁ、それは後でして頂くとして……ウィルさんは先日ホワイトゴイガーを討伐、更には今回はリザードマンも討伐されていらっしゃるので……冒険者のランクが一気にFから、Dに昇格します! これは凄い事なんです! こんなに速くランクが二つも上がるのは今まで類を見ません!」

「お、おー! ありがとうございます!」

「はい、返り血を洗ったら手続きがあるのでまた、ここにいらしてください」

「はい!」

 

 

 あ、一気にランク二つ上がったんだ、おめでとう。周りの冒険者とかも凄い驚いている。

 

「マジか」

「魔剣を持ったリザードマンまで討伐するのか」

「俺は分かってたぜ、アイツが凄まじく成長するのは」

 

 

 鉄仮面を外してウィルの話をこっそり盗み聞きをしていると、肩をポンポンと叩かれた。振り返ると、このギルドの、ギルマスであるトールが居た。

 

「私には最初から分かっていたよ、ウィルと言う少年が大器晩成型であると言う事が」

「あ、そうですか」

「いやはや、思い出すよ。勇者ダンが冒険者登録をした時の事を……。もしかしたら……ウィルと言う少年は勇者ダンを超えるかもしれないね」

「なるほど」

「君も彼に負けないように頑張ってくれたまえ。週一のギルド活動では中々ランクは上がらないぞ」

 

 

 まぁ、弟子の修行で週七の内六日が潰れるからね。しかも、偶に騎士の学校にも非常勤だし……週一しかバンとしては行動が出来ないんだよ。

 

 

「ウィルに教えを乞うのも悪くないだろう、才能ある子に色々と聞くのをお勧めする」

「なるほど」

「それと、今度、七聖剣が主催の戦士トーナメントと言う催しがある。これで優勝をすれば、なんと七聖剣の一人と戦う権利が与えられるのだ。参加はしなくとも見るだけでも勉強になるから、是非行ってみると言い」

「あ、はい」

「では、私はこれで……君も頑張ってくれよ」

「はい」

 

 

 

 ウィルに教えを乞うって……俺が教えてるんだけど……否定する必要も無いか。ただ、戦士トーナメントは興味あるから行くだけ行ってみようかな。どうせ、ウィルもユージンも参加するだろうし。

 

 

 



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21話 戦士トーナメント

 戦士トーナメント。それは七聖剣の一人、ドドドと言う人物が主催として開催する。戦士の実力を競い、順列をつける。

 

 なぜ、そのような事をするのか。それは彼自身が若い強さを持つ者を求めているから。魔族は何年も前から世界に害を与えている。だから、それに対抗のできる新たな強さを発掘したい。

 

 次世代の英雄は君だ!

 

 

 みたいなのが俺が貰ったビラに書かれている。へぇー、あの槍使いが今ではこんなことをしているのか。全然知らなかったな。

 

 ドドド、確か最初は剣使ってたのに、ある時から急に槍を使い始めた男性だったな。そろそろ60歳近いんじゃなかったか? それなのにこういう事をするとは凄いなぁ。

 

 昔はちょっと嫌味なイメージあったけど……。まぁ、昔の話だしね。気にしてはいないけど。

 

「お前はこれに出るつもりなのか?」

「……はい」

 

 

 

 ビラを見ながらウィルに俺様系口調でそう聞いた。修行の合間の休憩に聞いたら、ウィルは出場をすると答える。

 

 へぇ、まぁ、いい経験になるんじゃない? ベスト4以上になると報奨金が貰えるらしいけど……お! 優勝10万ゴールド、結構貰えるんだなぁ。流石にウィルは入賞は無理だろうけど。

 

 どうせ、ユージンも出場するだろうけど、ユージンも厳しそうだなぁ。アルフレッドが優勝候補くらいだろうか。出るか知らないけど。

 

 

「そうか。まぁ、精々頑張るといい」

「……はい」

「それより、どうした? お前は今日大分やつれているが」

「あ、ぁ、その……」

 

 

 顔が物凄く青いのだが一体全体どうしたのだろうか。

 

 

「始まりの、けんを……おって、しまって……、ぼくは、なんてことを……」

 

 

 あー、そう言えばリザードマンと戦っているときに折られてたな。いやいや、頭の髪手でぐしゃぐしゃして俯かないでよ。

 

 

「あはあああああああああ! どぉじでだよぉぉ! ぼくは」

「気にするな。形あるものは壊れる、それだけの事――」

「――伝説の遺品を壊してしまうだなんてぉぉ」

 

 

 俺の話を聞いてない。しかも遺品って……死んでないんだけどね、それと中古の剣なんだけどそれを言う事は出来ない。どうしたものか。もう殺人起こしたくらいに混乱してるし……

 

 

「僕は……そんなつもりはなかったんです、ただ、リザードマンの攻撃を始まりの剣で受けようとしただけで……そしたら、こんな、こんなことに……」

 

 

 取り調べをして、犯人から自白を受けた刑事とはこんな気持ちなのだろうか。全然殺人とかはしていない、中古の剣を壊しただけだぞ、ウィル。

 

 

「リザードマンは魔剣を持っていました、咄嗟に防御をしないといけなくて……」

「気にするな、別に壊れたところで特に問題はない。それより、手に入れた魔剣にはどんな効果が付随していた?」

「……え? その、始まりの剣を壊してしまったのに怒らないのですか?」

「どうでもいい、それより魔剣はどうなんだ」

「その、惨殺付与、切れ味が魔力を通すと上がるらしいです」

「なるほど……切れ味が増す。言い方を変えれば強化、剣の状態を気にせずに防御も出来ると言うわけだ」

「ぼ、僕もそれは思っていました。シンプルですがかなりの魔剣らしいです。ランクがあるらしくて」

「なるほど、特別な効果が付与されている魔道具にはランクがあるが……」

 

 

 ウィルはようやく落ち着いてきたようだ。それにしても魔剣か。魔道具と呼ばれる不思議な道具にはランクがある。1から100まである。因みに俺が持っている聖剣も大きなくくりでは魔道具であるし、ランクは100らしい。

 

 歴代勇者が使って来たらしいから、衛生面で心配なのであんまり使わないが……

 

 

「僕の魔剣は単純なスペック的には35だそうです」

「大したものだ」

「でも、それよりも僕には」

「始まりの剣はもういい、壊れてもどうせいつしか土に還る、それが定めだ」

「は、はい……ちゃんと土の中に破片を集めて埋めておきます」

「そうしておけ。始まりの剣もこれ以上は気にするな。俺も大事なモノは沢山壊してきた、勇者ならば通る道だ」

「は、はい!」

 

 

 

 そう言えば、昔、リンも大泣きしてた時あったな。俺があげた誕生日プレゼント壊したとか言って……別に気にしなくても良いと思うんだけどね。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 そして、ウィルとの修行から数日が経過した。その間には特に色々無かったのだが……今日は戦士トーナメントが開催する。かなりの人数かコロッセオのような場所に出向いており、騒がしい。

 

 偶に鉄仮面を被った俺を真似している奴の姿もチラホラといるがいつもの事だ。こういった催しは俺の姿を模した奴がかならずいる。眼の前に居るウィルも鉄仮面を被っている。

 

 戦士トーナメントは鉄仮面を被って出場するらしい。

 

「よし、では行ってきます!」

「俺の弟子なのだから、無様な戦いは許さんぞ」

「はい!」

「順当に行けば入賞は確実だ、頑張ると言い」

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 流石に入賞は無理だろうけど、一応、こういう期待をしている感じを出しておかないと。やる気がなくなったら困るからな。さぁて、負けた時の慰める構文を今から考えておこうかな。

 

 

 ウィルが一礼して去っていく。あ、ユージンも居る、アルフレッドも受付に並んでいるなぁ。皆、出るんだろう。受付にはまさに長蛇の列があったのだ。そこに見慣れたもう一人の姿が居た。

 

 灰色の髪の毛、目元には布を巻いている少年。槍を背中に背負って、彼は僅かにおぼつかない足取りで受付を探しているようであった。

 

 

「お前も来ていたのか」

「お、勇者様やんけ! ワテを応援に来てくれたんか?」

 

 

 弟子の『テッシー』だと俺はすぐに分かった。

 

 

 テッシー・ルーフォー、貴族ルーフォー家の長男。眼が見えないと言う特徴があるがそれとは関係なしに、それなりの才能がある。家柄的には才能ナシと言う烙印を押されている。ユージンと同じだ。

 

 だが、俺は普通に才能ありそうなので声をかけた。滅茶苦茶とんでもない才能があるのかと聞かれたら、何とも言えないが少なくとも周りの評価は過小評価だったし、そんなに下げる必要もないのでは……? と思いつつ声をかけた。ボッチだし、関係性を暴露される確率も低いからだ。

 

 

「受付はあっちだ、気づいてると思うがな」

「おー、どうりでゴッツい魔力を沢山感じるわけや」

 

 

 元はウィル以上におどおどしている少年だった。だけど、唯一無二の存在になりたい的な、自分を変えたいと言うので、日本の関西弁を教えてあげた。それで異世界で唯一関西弁を話す少年が生まれたのだ。

 

 

「勇者様も居るのは分かっとったけど……相変わらず垂れ流しエグイわ」

「そうか」

「そうか、じゃないんやけど。アンタのせいで感知が鈍るねん。魔力の濃度が余りに可笑しくてワテの感覚バグるねん」

 

 

 テッシーは他人の魔力感知が優れているらしい。俺も何となくで魔力は感じ取れるが、テッシーは俺以上に感じ取れるらしい。感覚的な物なのであまり説明は出来ないらしいが、大体感じ取って避けたり、人の動きを感じれるらしい。

 

 へぇ、やるじゃん、位の感想だが……。貴族一家では目が見えない、それに加えて魔力があまりに少ないので落ちこぼれ烙印らしい。まぁ、有名貴族騎士一家だからね、四大貴族には及ばないけどそれなりの面倒な家訓があるのだろう。

 

 

「そうか、まぁ、頑張れ」

「おー、優勝したるでー」

「期待しておく」

 

 

 それなりの才能はある。だが、優勝は無理、入賞も厳しい。何故かと言うとテッシーはずっと引きこもりだったからだ。彼は槍を使っているが武器全般を使い始めたのがつい最近なのだ。

 

 ウィルに声をかけたのが大体去年の冬、テッシーもほぼ同じころに声をかけたので半年しか経っていないのだ。魔力感知が優れているから面白そうと思って声をかけたけど、まだ半年。才能はある、確かにそこら辺の凡才より、俺より、持っている。

 

 だが、半年なのだ。中々、勝てるのも勝てないだろう。

 

 才能が有っても経験とか色々足りなすぎる。本当に魔力感知と成長力は眼を見張るんだけどね。

 

 

 さーてと、観戦の為に鉄仮面を外して冒険者バンとして活動をしようかな。師匠が試合見てたら緊張とかしてしまうかもしれない。

 

 

「ダン」

「リンか」

 

 

 危ない、仮面を取ろうと思ったらリンが居た。危ない、バレる所だったぜ。それにしてもリンが来るの珍しくね? あ、でも前の冒険者交流会で(バン)が行くと言ったら、私も行こうかなとか言ってた。

 

 

「アンタが来るなんて……珍しいわね。まさかと思うけど、参加するわけじゃないわよね?」

「当然だ。俺が出たら優勝してしまう。分かりきった勝負程つまらないモノはない」

「でしょうね。じゃ、見学に来たわけね?」

「ふっ、見学……まぁ、先見の明、未来を見通しに来たとでも言っておこう」

「あ、そう……」

「ではな、精々、上から見下ろすと言い」

「いや、私そんな性格悪くないから」

 

 

 そう言ってリンと別れて、鉄仮面を取ってバンとして早変わりをする。そのまま観戦用に受付で入場チケットを買っているとまた声をかけられた。

 

 

「おい、何の用だ?」

「え?」

「あ、何の用ですか? リンさん」

「見かけたから声をかけただけなんだけど」(……今思いっきり勇者の顔が出たわね)

 

 あ、やばい、一瞬俺様系の勇者ダンモードで話をしてしまった。だが、バレていないようなのでセーフ。

 

「あ、なるほど……」

「もしかして、出場するの?」

「いえいえ、僕なんか出てもねぇ?」

「そう? 四天王倒すくらいだし、優勝できそうだけど」

「いや、もう、僕なんか細々とやってる大したことない冒険者ですから、もう無理ですよ」

 

 こうやって誤魔化して下の感じを出しておかないとな。勇者を演じるのをやめた意味がない。引退後の普通の生活も出来ないからな。冒険者バンは謙虚で下の庶民を演じていないと。

 

「ぷぷ、そ、そうね……」(やばい、さっきと違い過ぎて笑いそうッ、言ってる事違い過ぎでしょ)

 

 

「リンさんも出場ですか?」

「い、いや、ぷぷ、私は、あれよ。見学よ」

「あー、なるほど」

「え、えぇ、折角だし、一緒に座りましょ」

「良いですけど、僕といても楽しくないですよ」

「それなりに楽しいから良いのよ」(いつか絶対、この演じ分けを頬をツンツンしながらからかってやりましょ)

 

 

 

 

 

 



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22話 試合

 ウィルは試合前にコロッセオの外に出て深呼吸をしていた。あまりに緊張をして、試合に臨むべき精神状態ではなかったからだ。

 

「おー、気合入ってるやないかー」

「え?」

 

 ウィルの後ろからテッシーが声をかける。眼は見えていないがウィルの魔力の昂ぶり、そして呼吸音から彼が気合が入っていると言う事を見抜いた。

 

 

「おぉ、ワテの名はテッシーや! よろしゅう!」

「よ、よろしゅう?」

「アンタはなんちゅう名前なん?」

 

 

(か、変わった話し方だ、この人……)

 

 

 

 異世界に関西弁と言うのは存在しない。だから、ウィルは勇者ダンがテッシーに教えた関西弁に違和感を覚えてしまった。

 

 

「僕はウィルです。えっと、どうして僕に話しかけてきたのですか?」

「あー、試合前にすまへんすまへん、ただ、アンタの魔力がものすごーく、清らかで優しかったのが逆に違和感あってな、話しかけたんやで」

「あ、な、なるほど?」

「いや、改めて魔力が変やな」

「あ、その最近魔力の調子が良くて……」

「へぇ」

「何か、調子よすぎて逆に扱いずらいと言うか……誰かが勝手に僕の体を使ってたような気がするくらい、でもそれにも不快感は感じなくて、むしろ理にかなってと言うか」

「ふむふむ、全然話分からん」

「あ、そうですよね、すいません、いきなり、話しちゃって」

「いや、最初に話しかけたのワテやけど」

 

 

 ケタケタと笑うテッシーに対して、ウィルは変わった人だなとこっそり心の中で思った。そして、眼を布で隠しているが不便ではないのかとも気になってしまう。

 

「あ、眼なら元から見えへんから、気にせんでええで」

「そうなんですか……」

「代わりに魔力感知ができるねん」

「す、すごい」

「まぁ、それくらいしか取りえないからな」

「いやでも、凄いですよ! 僕無理です」

「ははは、まぁ? 世界で二番目を目指しとるからな! 当然やで! ただ、感知できない奴もおるから、それが問題や」

「感知できない?」

「勇者ダンとか、そやな。あと、大賢者リンリンとか、あまりに不可思議な状態やったり、魔力がデカすぎたり、ちゃんと引っ込めてコントロールできるやつはどこに居るのか、分からんし、感じないんや」

「へぇ……そうなんですね」

「そうや、だから――」

「――おー、ウィルじゃん、試合いつから?」

 

 

 

 その声を聴いた瞬間、テッシーは臨戦対背に入った。背中に背負っていた槍を抜いて、その声を主に思わず向けてしまう。

 

「あ! テッシー君! この人は危険な人じゃなくて、同じ冒険者仲間のバンさんって言うんだ」

「どうもー、よろしく。テッシー」

「……そうなんか」

 

 

 突如何食わぬ表情で暢気に話しかけた冒険者バン、ウィルが誤解を解くようにテッシーに説明をするが彼の警戒心は解かれていなかった。

 

 

(なんや、こいつ……話しかけてくるまで一切分からなかかった……。勇者ダンでも多少は感じ取れるんやぞ……。足音もたてず、この距離の接近に一切気付けないとか、ワテにあり得るんか?)

 

 

(もし、暗殺者か何かやったら明らかにワテは死んでた……)

 

 

 

 額に汗をにじませながらテッシーはバンに対して最上級の違和感を覚える。勇者ダンでさえ、何かしら感じるのに、全く感じない。これは一体どういうことなのか。

 

 ダンは勇者の俺様系の時は無意識に人を威圧するような空気感を出しているので魔力が僅かに垂れ流してしまう。反対に冒険者バンの時は自然体で普通の空気のように溶け込む空気感を出すので、無意識に魔力がオフになっているのだ。

 

 

「あ、あぁ、悪かったな。ちょっとびっくりしたんや……」

「気にしなくていいよ、それでウィルはいつから?」

「5試合目です」

「頑張れ! 応援してるから。あとテッシーも頑張れ!」

「ありがとうございます!」

「どうも、おおきに……」

 

 

 二人に激励を飛ばすとダンはそこから去って行った。彼が去って暫くするとテッシーが口を開いた。

 

 

「アイツ、気を付けた方がええで。普通やない」

「え? 良い人ですよ?」

「薄皮一枚、その下に何が在んのかイマイチ分からん。あれ絶対、ヤバい奴や、良い人か悪いとかそう言う次元やないって事や……まぁ、気を付けるんやな」

「は、はぁ? 分かりました」

 

 

 テッシーにそう言われたウィルはちょっと何言ってるのか分からないと首を傾げた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ウィルを励ますために一声かけに行ったがちょっと元気が出ていたようで安心した。あと、テッシーは魔力が感じ取れるとか言っていたが全然俺には気づいていなかったな。

 

 まぁ、魔力は感じ取れるけど、俺の魔力は前から感知し辛いとも言ってたし。結局、実力はまだまだってことかね。

 

 

 観客席に戻って席に着いた。顔を隠しているリンが俺が戻ってきた事に気付く。

 

「あ、どこ行ってたの?」

「ちょっと知り合いに激励をしてまして」

「ふーん」

「あと、このポテト食べます? ついでに買って来たんですけど」

「いいの? ありがと」

 

 

 むしゃむしゃ隣でポテトを食べ始める。さーて、この戦士トーナメント、実は男子の部と女子の部が存在する。女子の部は明日でキャンディも実は出るらしい。アイツは優勝は無理そうだけど、ベスト8くらいは行けるだろう。

 

 俺の持論だがやはり人間は勝負に負けるとモチベーションが落ちる。つまり、ほぼウィルはモチベーションが確実に落ちることになるのだ。ウィルも強くなっているがこれに出場しているのは紛れもない猛者たちだ。

 

 

 有名な実力のある一部騎士。冒険者のDランク、Cランク、Bランク、一人だけAランクも出場しているらしい。だから、早めに負けた時のフォローを考えておかないと……

 

 

「なにしょぼくれた顔してるの?」

「リンさんが落ち込んだ時にかけられたらうれしい言葉って何かあります?」

「えー? そうね……遠回しにでも寄り添うような言葉かしらねー?」

「なるほど」

「魔法の調子悪い時とか、ちょっとダンジョンで危ない目にあった時とか、そう言う時なら尚よし」

「ふーん、そうですか」

 

 

 

 流しながら彼女の話を聞いていると、会場中に大きな声が響く。元七聖剣のドドドの声が響いた。

 

 

「皆様! 遂に第一試合が始まります! 未来の英雄が、新たな希望が、この世界に現れることを! 私は祈っています!」

 

 

 あんなキャラだったけ? もうちょっと嫌味だったと思うけど、それにお年寄りなのに元気だなぁ。

 

 

「ドドドってあんな奴だったかしら?」

 

 

 

 リンも同じこと思ったらしい。そして、そこから試合が始まる。暫く見学をするが正直退屈だった。俺はウィル達を見に来たので、別に他には興味はない。だが、進みに進んでウィルの試合が始まりそうになる。

 

 

 

「5回戦は冒険者ランクC! 疾風のパンチを操る男! リョーフーゥぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

「「「うわぁぁぁぁっぁあ」」」

 

 

 盛り上がりが凄いな。一応この大会競馬みたいに誰が勝つのかかけることが出来るらしい。だから、賭けてる方には買って欲しいから応援をしているのだろう。まぁ、俺はあの人全然知らないけど……。

 

 

「対するのは最年少出場! 最近Dランクに上がったばかりの新星ウィルぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「「「うわぁぁあああ……?」」」

「だれ?」

「知らない」

「顔蒼くない? やっぱり賭けなくて良かったぁ!」

 

 

 一応、俺はウィルに賭けてるぞ。勝てるとは思ってないけど、師匠として一応はかけておくべきだと思ったからだ。

 

 どこまで喰い下がれるかね……。あ、無理そう。ウィルの顔が青いし、緊張して吐きそうにしているし。

 

 

「では、1回戦、第5試合、始め!」

 

 

――次の瞬間、俺は持っていたポテトの味がしなくなった。

 

 先ほどまで塩味だったのに気付いたら無味になっていたのだ、何故かと言えば……ウィルがの持っていた木剣が相手の脳天に当たり倒れたからだ。

 

 

 確かに並の人間なら脳天に衝撃を受けたらただでは済まない。この事象はさほど驚くべき事じゃない。だが、問題なのはそのスピードだった。俺からすれば全然遅いが明らかに洗練されていた。

 

 お、おぉ。やるじゃないか……ウィル……

 

 

「うぉぉぉおぉぉ!!! 勝ったあぁあああ!」

「そんな大金をかけた大勝負……それに負けた、ちくしょう、ちくしょう……」

「え? あの子、明らかに動き可笑しくなかった?」

「残像しか見えなかった。あれは魔法か?」

「身体強化の一種を使ったようには見えなかったが……」

「まさか、素の身体能力であれ程の……!?」

 

 

 

 ふっ、どうだ? あれ俺の弟子です。俺には最初から分かっていたよ? ウィルが危なげなく1回戦を突破することはね? まさか夢にも1回戦で無様に負けるとは思っていなかったさ!!!!!

 

 

「兄ちゃん、その戦券かなりの金額になってるんじゃないか!?」

「あ、そうかもですね」

 

 

 隣のおじさんが俺のウィルの馬券、通称戦券を見て悔しそうにしている。

 

「まさか、兄ちゃん……最初からあの子が勝つことを分かって……」

「まさかまさか、そんなことあるわけないですよ。偶然です」

「だ、だが100,000ゴールドも賭けておいて……とんでもない選球眼だ……」

 

 

 お守り的な意味と、一応師匠としての良心で買ってあげただけなんだけど……、まぁ、なんでもいいや。取りあえずウィルはおめでとう、1回戦で無様に負けた時用に考えていた励ましの言葉は無駄になったけどね。

 

 

 

「やるわね、バン。てっきり私はあの子が負けると思ったわ」

「どうも」

「まぁ、四天王倒すくらいだし、これくらい当然かしら?」

「いやー、まぐれって続きますね」

「……そういうことにしておきましょう」

 

 

 さて、でも2回戦は流石にウィルでも無理じゃないかな? 2回戦、負けた時用に励ましの言葉考えておこうかね?

 

 

 

 

 





すいません。今回は宣伝させてください。他作品になるのですが……


10月25日、オーバーラップ文庫から『百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで』発売します。


イラストは『すいみゃ』さんと言う方です。本当に凄い方です。まだ、大して情報は出されていないのですが、是非、応援宜しくお願いします。

Twitterの方もフォローしてくれるとありがたいです。

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23話 二回戦進出!!

 一回戦ウィルが勝利をした。いや、まさか勝つとは思ってもみなかった、相手もまぁまぁの強者だったらしいからね。

 

「勝ったわね、あの子」

「えぇ、そうでしたね」

 

 

 隣のリンがポテトを食べながら暢気に話しかけてくる。俺が買って来たポテト大分気に入ったのかな? 凄い遠慮なく手を伸ばして食べまくっている。

 

 

 

 ウィルは後で褒めたり、俺は最初から勝つのは分かっていたみたいなことを言うとして……次の試合はユージンだ。

 

 

「あ、次の子が出て来たわね」

「そのようですね」

 

 

 ユージンなら一回戦は突破することだろう。実力的には申し分ないし、相手もEランクだからな。

 

 さーて、ユージンの試合を観察するかぁ……

 

 そう言えばユージンは俺様系をしている俺によく似ている。ウィルもどことなく俺に似ているような気がしていた。それが彼等に勇者の後継にならないかと言った一つの理由なのだが……

 

 リンから見たらあの二人はどういう風に見えるのだろうか?

 

 

「あの……リンさん」

「ん? なに?」

今試合している子(ユージン)さっきの試合の子(ウィル)、勇者ダンにちょっと似てません?」

「え? あのユージンって目つき悪い子よね? あと、さっきの気弱そうな子」

「そうです」

「似てないと思うけど」

「そうですかね?」

「うん。全然似てない」

 

 

 あれ? 俺は似てると思ったんだけど、リンはあんまり似てるとは思わなかったようだ。てっきり俺と同じで似てるって言うかと思った。ずっと旅してたから感性一緒かと思ったんだけどね

 

「確かにあの、ユージン? って子はダンを真似しようってしてるのは感じる。でも、それはそれで似てはいないわね」

「はぁ、な、なるほど? 僕は似てると思うんですけどね」

「あ、そう。アンタが言うと何か複雑……まぁ、いいわ。それでウィルだっけ?」

「似てません? そこはとなく、戦い方とか」

「似てない、寧ろあの子は真逆じゃない?」

「へ、へぇ。真逆ですか」

 

 

  やっぱり人によって感性って変わるモノなのだろうか。それともリンは王族だから庶民的な感覚とか分からないのかもね。昔、食事の相場が分からなくて、大金出しすぎてお店の人戦慄させたこともあるし。

 

 ちょっと鈍いのも無理はないのかもしれない。

 

 

「……そうね。強いて言うなら、バンが一番似てるかも」

「僕ですか?」

「そう……似てる似てる」

 

 

 最高に鋭いな……流石はリンと言った所か。

 

 

「いや、どうですかね? ()()()()と思います」

 

 似てはいない、だって本人だし。本人だから似てはいない。つまり俺は嘘は言っていない。遠回しに本人だと言っているようなそうでないような絶妙な濁すような言い回し。ふっ、これでリンは誤魔化されるだろう。

 

「確かに言われてみればそうね。()()()()()()()()」(まぁ、似てるも何もアンタが本人だしね)

 

 

 あ、話してたらユージン勝ってた。おめでとう、これは本当に予想通りだ。そして、アルフレッド、テッシー彼等も見事一回戦を勝ち上がった。

 

 

「一回戦が全て終了しました。これより数分の休憩を挟み、二回戦を行います」

 

 

 運営の人間の一人がこれからの大会進行について教えてくれた。さてと、一回トイレにでも行ってこようかね。

 

「ちょっと、薬草を摘んできます」

「私は食べ物何か買ってくるわ」

 

 

 彼女と一旦別れた。この世界には、謎の言い回しがある。前世ではトイレに行くのを花を摘むと言ったが、この世界では薬草を摘むと言う言い回しが出来るらしい。マジで意味わからん。

 

 

 用を足して席に戻ろうとしたら、誰かがコロッセオの通り道みたいなところで話しているのが聞こえて来た。

 

「ふん、お前みたいな落ちこぼれがよく一回戦を突破できたものだ」

「……黙れ」

 

 

 あれ? ユージンじゃないか? 誰かに何か言われている。ユージンと向かい合って嫌味を言っているのは……誰だ? ユージンに目元がどことなく似ているような気もしなくもないが……。

 

 もしかして、ユージンの兄か? ユージンはトレルバーナ王国で四大貴族と言われている有名貴族の四男だったが落ちこぼれと言われていると聞いたことがある。兄からもかなり見限られているとか。

 

 

「消えろ、ルード。お前に用はない。眼中にもない」

「……言うようになったな。弱者の分際で……ここで身の程を教えてやってもいいんだぞ」

「やれるならやってみろ。俺の前に立つなら誰であろうと蹴散らすだけだ」

 

 

 大分険悪の中のようだ。兄弟喧嘩なら放っておいてもいいが騒ぎになって出場取消しとかになったら可哀そうだし……。

 

 

 

「おーい、ユージン君ー!」

 

 

 どうするか迷っていたらウィルの声が聞こえて来た。ナイス、ウィル。ウィルは手を振りながら笑顔でユージンに駆け寄った。

 

「っち、邪魔が入ったか」

「ふん、早く消えろ」

「……父上が言っていたぞ。弱さを振りまくなら我が一族ではないとな」

「家名に興味はない、俺は強さを証明し続けるだけだ」

 

 

 ルードと言われたユージンの兄は何処かに歩いて消えた。

 

 

「ユージン君、一回戦突破おめでとう、凄かったよ。会場も湧いてたし!」

「そうか」

「うん! 互いに頑張ろうね!」

「そうだな」

 

 

 そう言ってユージンもどこかに歩いて行ってしまった。あまりに淡泊な返答、もしかして、落ち込んでいるのだろうか。いつもならもうちょっと嫌味とか言うんだけど。

 

 

 気になったので後を追ったら近くのベンチに座って空を見上げていた。ちょっと話しかけてフォローするか。

 

 

「よっ! ユージン君!」

「貴様か、何の用だ」

「一回戦突破したみたいだから、賞賛をしに」

「……あんなのは大したことではない。もっと強く、もっと……勇者ダンには届かない」

「もし、勇者ダンが見てたら褒めてくれると思うよ」

「この程度ではそれはないだろう」

「そうかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これぐらいは言うんじゃない?」

 

 

 ちょっと勇者ダンの俺様系の声真似して言ってみた。正体はバレないだろうけど、ちょっと元気出してくれたらうれしい。後継者のモチベが下がったら大変だし

 

「まさか、それは勇者ダンを真似たつもりか?」

「うん、そうだけど」

「なら、俺はお前を殺す」

「なんで!?」

「全然似てない、お前は勇者を馬鹿にしている。もっとアイツは渋い、そして覇気を纏いながら淡々としている。それにそもそもアイツは強さへの執着と常識が違い過ぎる、この程度の大会の一回戦を突破したところで何を評価できる? アイツからしたら力が1の存在が剣を振るうチャンバラ大会に過ぎない」

「いや、そこまで言う?」

 

 

 結構これでも評価しているだけどね。ユージン君は俺の事がどう見えているのだろうか? 

 

「さて、俺は行く」

「あ、二回戦頑張れ」

「当然だ」

 

 

 

 何事もないようにユージンはコロッセオの方角に戻って行った。あの様子からしてあんまり落ち込んでなかったみたいだ。試合前の精神統一でもしていたのだろうか?

 

 

 俺も見学をするために試合に戻ることにした。

 

 

「あのー」

「はい?」

「こちら、どうぞ」

 

 

 戻ろうとしたら誰だか知らない人にビラを渡された。白い白装束を身にまとっている怪しい女性だ。

 

「最近、設立された新しい宗教なのですが、是非入信をしてください。貴方、幸薄い顔をしていらっしゃるので」

「は、はぁ?」

 

 

 ビラを見てみると勇者ダン教を書かれていた。

 

 

「こちら、あの有名な勇者ダンが設立された、新たなる信仰団体なんです。必ず幸せになれますよ」

「……あ、そうですか。それじゃ、僕はこれで」

「勇者ダンも何度も演説をしていらっしゃるので、是非一度足を運んでみてください」

 

 

 全く知らない宗教団体だ。備考に大賢者リンリンも参戦! と書いている。あとで、リンにも聞いてみよう。

 

「ちょっと、バン。どこ行ってたのよ?」

「あ、リンさん」

 

 

 丁度、リンが俺の近くに来ていたようだ。彼女はクレープを二つ持ちながら駆け寄ってくる。

 

「いや、色々と」

「もう、試合始まっちゃうわよ。早く行かないと」

「あの、リンさん」

「なに?」

「これ、知ってます? 勇者ダン教って言うらしいんですけど」

「……はぁ? なによこれ、私参戦する予定もないし」

「僕も初めて聞きました」

「……初めて聞いたのね。アンタが? そう……これ、誰が?」

「知らない白装束の女性ですね」

「……ふーん、あそこにいる人?」

「あ、そうです」

「私、ちょっと後つけてみるわ。なんかきな臭いし。バンは会場戻って試合でも見てて」

「いえ、でしたら俺も行きますよ。ちょっと気になりますしね。これ」

「そう、だったら一緒に行きましょう、早めに戻ってくれば試合も引き続き見れるでしょうし」

「そうですね」

 

 

 はい、とリンにクレープを渡された。二人で白装束の女性を追う事に決めた。

 

「尾行するのは二人が基本だって、知ってました?」

「それくらい知ってるわよ」

 

 まぁ、リンなら知ってて当然か。これを聞くこと自体、愚問だし不毛だったな。前にも二人で尾行したことあったしね。あの時に俺が尾行は二人が基本って言ったのを今思い出した。

 

「ですよね、流石です。リンさんは伝説の勇者パーティーですし、こういうの慣れてそうですね。でも、僕は尾行ってあんまりしたことないからドキドキしますね」

 

「……あっそ、無駄話は良いから尾行行くわよ。油断するんじゃないわよ、気も抜くんじゃないわよ」(これ、実質デートでは……? うん、ちょっと嬉しいかも、よく分からない宗教団体に感謝ね)

 

 

 まさか、クレープを食べながら尾行することになるとは……ウィル達の試合の為にも速めに帰ってこよう。

 

 

 

 



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24話 ベスト4

 リンと一緒に白装束の女性の後を追う。こういう尾行をするときってパンを食べたりするイメージがあるのだが、俺の手元にあるのはクレープだ。しかもまさかのおかずクレープ。

 

 しょっぱい、ミートソースでチキンを挟んでいるタイプのやつである。

 

「あっち、行ったわね」

「そうですね」

「追うわよ」

「はい」

「……あと、それどんな味するの?」

「しょっぱいです。クレープって感じじゃないですね。食べます?」

「あ、いいの?」

「どうぞ」

「ありがと……おいしい」

 

 俺達は白装束の女性を追っている……勇者ダン教と言う聞いたことのない、俺非公認宗教団体。もしかしたら、とんでもなくヤバい団体と言う可能性もある。慎重に気を抜かずに尾行をしなくては……ならない。

 

 

「こちら、勇者ダン教……」

 

 

 あの白装束は衣服屋に入り、店主にビラを渡していた。しかも、隣の雑貨屋には別の白装束の女性がビラを配っているのも確認できた。複数人で勧誘とは、かなり大きな団体なのだろうか?

 

 

「結構アクティブに活動してるわね」

「そうですね。お店に貼ってくれとかも言ってるようですし」

「……ビラまで用意してるって事はかなり大きな団体なのかしら?」

「白装束も宗教衣装だとすればかなり形にも拘ってる感じもしますね」

「これは油断できないわね。バン、気を抜いちゃダメよ」

「はい」

「ちなみにだけど、この赤い服と白のワンピース。どっちが私に似合うと思う?」

「白の方ですかね」

「そう……すいませーん、このワンピース買いますー」

 

 

 リンも謎の宗教団体、勇者ダン教に対してかなりの警戒心を抱いているようだ。その後も俺達は謎の白装束を追い続けた。すると、その女性は怪しげな地下道のような場所に徐々に入って行った。

 

 

「あそこがアジトなのかしら?」

「かもしれないですね」

「これは、本拠地ね、油断しちゃダメよ。これは尾行なんだから」

 

 

 彼女の両手には色々な服の入った紙袋とかあるが……顔は険しい。相当警戒しているのだろう。

 

「リンちゃん」

 

 そんな彼女に誰かが話しかける。俺達が振り向くとそこには見慣れた顔があった。元勇者メンバー、覇剣士サクラである。

 

「サクラ……」

 

 サクラはニコニコしながらリンの肩を叩く。相変わらずと言うか、顔つきが中性的で肌も白い。顔面偏差値が高いってこういうことを言うのだろう。リンも美人だが、サクラも美人。美の風神雷神、って勝手に二人を心の中で呼んでいた時期もあるほどだ。

 

 

「アンタ、どうしてここに」

「勇者ダン教とか言う宗教団体を調べてるんだー」

「そうなの」

「うん、リンちゃんもそうなんでしょ?」

「まぁね。私も参戦とか勝手に言われてるし」

「やっぱり、勇者ダン教って偽物だよね?」

「まぁ、そうでしょうね」

「そうだよね、勇者君が献金とか集めるわけないし」

「偽物はお金集めてるの?」

「そうらしいよ。騎士団でもこの宗教にのめり込んだ人居るんだって、騎士団としてはかなり面倒だから調査しておきたいって事で僕が来たの」

「ふーん、調査ね」

「そう、潰しても良いんだけど……万が一、勇者君が本当に宗教やってたら大変だから慎重に捜査してって頼まれてるの。ほら、勇者君最強じゃん?」

「敵に回したら国滅ぶわね」

「でしょ? でも本人に確認しようと思ってもそう簡単に出来ないでしょ? 顔も分からないし、住居も分からないし」

「なるほどね……」

「うん、そういう事。折角だし、一緒に行こうよ」

「……まぁ、良いけど」

「うん! じゃあ、一緒に……あ、えっと、君は……」

 

 

 二人で話し込んでいたがサクラはようやく俺に気付いたようだ。普段と違って俺様系オーラ的なの消してるのから分からなかったのだろう。

 

「どうも、バンです」

「そ、そう、よろしくね? バン君……えっと、リンちゃんの知り合い?」

「そうよ。一緒に偽勇者教を調べてるの」

「そうなんだ……でも、一般人が来たら危ないから帰った方が」

「大丈夫よ。そいつ、私より強いから」

「いやいやいやいや、リンちゃんより強いとか、勇者君とか魔王くらいしかいないでしょ? そんな訳ないって」

「……まぁ、そういうことにしておきましょう。因みにバンはついて来ても問題はないわ」

「え、えぇ? で、でもさ……」

 

 

 サクラは明らかにフツメン的な顔と、もさっとしている一般人オーラで、俺を弱い奴認定をしている。

 

 サクラはこの人大丈夫かな? みたいな顔で俺をジッと見ている。最初は懐疑的な表情だったが徐々に何やら別の意味で不思議そうな顔つきに変化した。

 

 

「あの、君さ……僕とどっかで会ったことある?」

「え?」

「いや、なんとなく、どっかで会ったような……気が……う、うーん? 気のせい、なのかな? 出身何処か聞いても良い?」

「これは、俺が偽教祖の疑いをかけられているから、身元確認的なあれですか?」

「あ、ごめん、そう言う意味じゃないんだけど……なーんか、初めてあった気がしないと言うか……」

「まぁ、雑草みたいな顔なので、どこに居ても不思議な顔だからそう思うのかもしれないですよね……」

「い、いやいや、そんなこと思ってないよ! 疑っても居ないし、雑草とかも思ってないって! た、ただ、なんか、本当に初めてあった気がしないだけなんだ」

「はぁ、そうですか……でも、初対面だと思いますよ」

「……………………そっか、うーん、絶対どっかで会った気がするんだけど。まぁ、今は良いか」

 

 

 まさか、サクラの奴、俺が勇者ダンであると勘付いたのか!? ば、馬鹿な!? リンでさえ、完璧に誤魔化すことに成功していると言うのに、サクラにバレるのか!?

 

 いや、落ち着け。まだ、疑われているだけだ。流石のサクラもまさか、散々俺様系キャラをやっていた勇者がこんなフツメン男とは思うまい。

 

 そうだ、分かる訳が無いんだ。だが、もしばれたら、この二人の隣に立つことになるのか。凄く嫌だ。

 

 それであれだろ? 散々俺様系キャラやって置いてフツメンとかダサすぎだろとか、信じられないとか言われるんだろ?

 

 それから庇うように勇者様は顔つきなど気にしなくていいとか、別に顔のカッコよさとか関係ないとか言う出す奴居るだろ? 

 

 それはもう、限りなく擁護に近い処刑なんだよ。

 

 あー、フツメンだとバレたくねぇ。

 

 

「じゃあ、3人であそこ行ってみようか?」

「そうね」

「あ、はい」

 

 

 地下道的な場所に入るとかなりの広さがある広間のような場所があった。まさか、地下にこんな空間を作るとは、それなりの団体なのだろう。

 

 リンとサクラは顔を隠して、辺りをキョロキョロしている。周りには俺達のように連れてこられたばかりなのか、普通の服装をしている一般人、そして、白装束を纏っている宗派の奴らに別れている。

 

 

「あ、勇者ダン様だ!!」

 

 

 咄嗟に正体ばれたのか!? と思ったがそんなことはないらしい。広間の一番目立つステージのような場所に鉄仮面を被った一人の男性が現れただけだった。

 

 

「初めまして、新たなる信徒たちよ。私の名は勇者ダンだ。嘗て数多の魔王を倒した、生きる伝説である。私と共に生きられる時代に感謝をするといい」

 

 

 外から見ると俺ってあんな感じだったのだろうか? 最高にダサくね? これ見せられてどう反応すればいいんだよ。

 

 

「キャあああああああああああああ!!! 勇者様よぉぉぉぉぉ!!!!!!」

「ありがとう!!! いつもありがとう!!!」

「ゆうしゃ! ゆうしゃ! ありがとゆうしゃ!!!」

 

 

 へぇ、あれ見ても逆共感性羞恥とか無いのか。意外とウケが良いのか? 信徒たちは狂喜乱舞状態だった。

 

「ほぉぉぉ!! 勇者あまぁあぁ!!!!!」

「生きててよかったぁぁあ!!」

 

 

 だが、確かに騙されてしまうのも分かるかもしれない。見た目と言動はよく似せている、というか本人に見えなくもない。本人の俺が言うのだから、それなりに似ているんだろうなぁ。

 

 これは、偽物を見たらサクラとリンも騙されてもしょうがないだろう。

 

 

「あれは偽物だね」

「そうね。魔力もあんな波動じゃないわ」

「あと、勇者君の一人称俺だし」

「それに、もっと、痛々しいわよね。ダンは」

「もっと言えば勇者君がよく使う鉄仮面って、右側が少し錆びてるんだよね。まぁ、勇者君が使ってた鉄仮面は他にもあるけど、どの鉄仮面の特徴とも一致してないね」

「それ、私も思ったわ。あと、ダンは歩く時に踵から地面にしっかり地面に足をつけるのよ。偽物は中途半端ね」

「僕も思った。あと、剣を装着してるのは右側じゃなくて、左側の腰の方ね」

「そうねそうね。あと、声も違う」

「うん、もっと渋いよね」

 

 

 間違い探しのプロみたいだ。二人にはあれが偽物であると分かったらしい。いや、よく分かったな。俺も鉄仮面の右側が錆びてるとか知らなかったんだが……

 

 

 

「おい、そこのオマエ」

「え? 誰だ?」

「オマエだ、そこのどこにでも居そうな平凡な男」

 

 

 誰だろうか? キョロキョロしていると全員の視線が俺に集まっていた。あ、どうやら勇者は俺のことを言ってたらしい。

 

「なにか?」

「オマエ、私が勇者ダンではないと疑っているな」

「いや、別に」

「いや、オマエの顔に書いてある。オマエは心酔しきっていない。明らかにこの空間で平然としている。他の者達は疑うものなどいないと言うのに」

「いや、他にも疑ってる人は……」

 

 

 途中から来た人たちもあれが本物だと信じているような眼だった。ふむ、これは流石に……なにかしてるな? 明らかに何らかの状態異常付与と見て間違いない。

 

 リンとサクラは全然効いていないようだが異常を察知して、顔を隠しながらちょっと遠くで俺を見ている。

 

 

「私が偽物だとオマエは言うんだな?」

「いや、言ってないです。信じます、貴方が勇者ダンだと」

「嘘を言うな、オマエは信用していない。こちらの教壇に上がれ。直々に私が勇者であると教えてやる」

「そこまでしたら、逆に偽物って言っているようなものでは……まぁ、いいけど」

 

 

 俺が歩き出すとさざ波様に人が引いて行った。こんな綺麗に人が心酔するわけがない。これは何者かの介入があるな。

 

 あ、教壇の下に何かあるのかな? 洗脳装置的な? なーんか、感じるぞ

 

 

 教壇に登って地面を見る。何かあるな。

 

 

「さて、オマエは……」

「その話もう良くないです?」

 

 

 何回同じ話を繰り返すのだろうか。このままだと時間も大分かかる。ウィル達の大会もあるし、これ以上は時間はかけられないなぁ。多分、ウィルは負けてるだろうし、落ち込んでるだろうから、フォローしてあげないと。

 

 テッシーもユージンもすでに負けているだろう。アルフレッドが残っているくらいかな? テッシー、ユージンとか才能はあるけど、あの大会でいきなり上位は難しいだろう。

 

 

 早いとこ、メンタルケアをしてあげないと……どうしようか。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ねぇ、リンちゃん、あの人放っておいて大丈夫なの?」

「大丈夫よ」

 

 

 サクラとリンは偽勇者からの視界から外れつつ、こっそりバンと勇者の体面を見守っていた。

 

「……なるほどね。分かったわ。あの偽勇者の足元、教壇の下に何かあるわ。超微弱、だけど魔力を感じる。脳の潜在意識にでも作用するのように出来てるのかもね」

「そっか、それで洗脳して信者数を拡大してるって事か」

「多分ね。私とかサクラは魔力が多いし、そもそもそう言うのに耐性があるでしょ?」

「あ、神様の恩恵だっけ?」

「そうよ。まぁ、私達なら問題ないけど、一般的な人とか、まぁまぁの実力者も洗脳されちゃいそうね」

「そっか……あれ? あの人、バン君は大丈夫なんだ」

「そりゃね。まぁ、大丈夫よ、見てれば分かるわ。アイツ、ガチで強いから」

「そんなに?」

 

 

 サクラはちょっと信じられないようだった。確かに不思議な感覚のするような青年であるが強さは感じなかった。

 

 

 

「あの、単刀直入に言うんだけど、お前、偽物だろ」

「ふっ、俺が偽物だと?」

「下にある何かで洗脳してるんだろ?」

 

 

 

 そう言ってバンは下を指さした。

 

「……嘘、分かったの? 僕でも全然感知できなかったのに?」

 

 

(リンちゃんでも、洗脳する何かがあるって探すのにちょっと時間かかったのに。あの人は、大賢者と言われたリンちゃんよりも早く気付いたって事……?)

 

 

 サクラは思わず眼を見開いた。生きる伝説と言われている自分達。勇者ダンには格段に劣るがサクラと言う剣士は世界でも指折りの実力者だ。魔法に関してもかなりの知識と経験と才能がある。

 

 だが、今回に限っては起きている事象に関して把握が出来ていなかった。サクラよりもさらに上のリンの力を使ってようやく分かった。

 

 それよりももっと早く勘付き、さも当然のように佇む彼に異様な既視感を覚えた。

 

 

「勇者様になんて失礼な事を!!!」

「勇者ダンが洗脳なんてする訳ないだろ!!」

「恥を知れ、バカ者!」

 

 

 周りがバンに向かって罵詈雑言を投げるが言われた本人は気にしていない様子だ。ヒートアップしていく会場の中で、偽勇者はクツクツと笑いだす

 

 

「よく気付いたな。褒めてやろう」

「そりゃ、偽物だって分かるよ」

「だが、気づいたが運の尽きだ。お前は世界で一番運が悪い。新人類創造寮、幹部であり、進化Ⅰ(ファースト)である俺の前に立ってしまったのだからな」

「なにそれ?」

 

 

 

 バンは新人類創造寮と聞いても一切ピンとはこなかったがサクラは思わず息を飲んだ。

 

 

「ねぇ、サクラ? 新人類創造寮ってなに?」

「……僕も詳しくは知らないんだけど……最近活動が活発になってる謎の組織だよ」

「そう言うの沢山あるわよね、闇組織みたいな」

「うん。でも、今までとは比較にならない規模らしくて……騎士団も全く情報がつかめないって」

「そうなんだ」

「彼らの目的は人類の新たなステージを開く事、最終的には神になりたいらしいんだけど。それをするために闇の果実を配ってるらしい」

「ふーん、果実ね」

「この間、騎士育成学校でキャンディスって女子生徒が襲われて、その相手がその果実を食べてたらしいんだ」

「そうなのね」

「多分、色んな所で果実をバラまいてそれをもとに新たな果実を生成、それを食べて自分達だけが神になるとか、そんな所だと思う。僕も詳しくは知らないんだけど」

「滅茶苦茶知ってるじゃない」

「いや、その、スパイ活動をしてた騎士が居たらしくて、その報告書を見たから……でも、分かってるはそれくらいなんだ」

「他にもあるんじゃないの?」

「えっと、その組織では神に近い順に進化Ⅲ(サード)進化Ⅱ(セカンド)進化Ⅰ(ファースト)の順にランクがあって、ファーストが一番強い、冒険者だとSランクレベルだって」

「めっちゃ知ってるのね」

「でも、本当にそれで最後だよ? 調べた騎士はスパイがバレてから、接触が皆無になってそれっきり。そっからは本当に一切の情報が皆無だったの」

「ふーん、確かに強そうね、偽物」

「も、もう! ふざけてる場合じゃないでしょ! あの人助けないと」

「大丈夫よ。アイツ……ガチ強いから」

 

 

 暢気にへらへらしているリンを見て、サクラは流石にシャキッとしてくれと叱咤をかける。だが、それでも彼女は動かない。勝ちを確信しているかのように。

 

 

「えっと、誰かは知らないけど、もう、偽物とかやるなよ。あと一般人の洗脳もな」

「黙れ、雑魚が!!」

 

進化Ⅰ(ファースト)、Sランク冒険者と同等以上の実力を有するとされている。そんな存在が眼の前に居て、一般人が襲われそうになっている。助けないといけないとサクラは走り出そうとする。

 

 しかし、間に合わなかった。彼女の思った以上に偽勇者の速度は速かった。想定を超えていた。助けられると剣を抜こうとしたら、既に敵の剣がバンの首元にあって、彼女はバンが殺されることを予期した。

 

 

(不味い、殺され――)

 

 

 だが、彼女の眼に不思議な光景が写る。首元にあった剣は粉々に砕かれ、偽勇者は壁にめり込んでいた。

 

 カキン、と現象に遅れた剣を収める音が聞こえた。

 

 

「え……?」

 

 

 眼を離してはいなかった。救助すべき人を前にして眼を逸らしたわけでも無ければ、瞼を閉じたわけでもない。だが、時間がぶつ切りになったように偽勇者は倒され、青年は立っていたのだ。

 

 

 収めた剣を再び抜いて、バンは教壇を切った。すると、やはりと言うべきか、カチカチと僅かな機械音を放つ、黒い装置があった。最初から分かっていた手品のタネを見つけたくらい退屈な表情でそれを壊す。

 

 

 壊すと、地下広間に居た、リンとサクラ以外の全員が気絶をした。

 

 

「どうやら、片付いたみたいね。多分、一時的に洗脳元を壊したから寝てるだけでしょうね」

「そうですね。というわけで、ここは一旦出ましょう……」

 

 

 バンは地下広間の出口に向かって歩き出す。こんなに速く帰りたいのはウィル達の試合があるからだ。

 

 サクラとリンも彼の後を追うように外に出る。歩きながらバンには聞こえないようにサクラはリンに小声で話しかける。

 

「ね、ねぇ、リンちゃん、あの人何なの?」

「さぁ? 何なのかしらね?」

「知り合いなんだよね? 何か知ってるんじゃ」

「……知らないわ」

「そっか……あの人の動き、全然見えなかった」

「私も見えなかったわ。瞬きしなかったのに」

「お、おかしくない? 僕達、勇者パーティーだよね? 結構修羅場潜ってきてるのに」

「世の中にはいろんな人が居るのかもね」

「そ、それで済む話かな?」

「まぁ、一件落着だからいいじゃない」

「う、うーん?」

「あと、バンの事は騎士団には内緒よ」

「え?」

「私とサクラが倒したって事にしておいてね」

「そ、そう言うわけには……だ、だって、報奨金とか」

「いいのよ、バンはそう言うの嫌いらしいから」

「え、えぇ?」

「分かった?」

「……で、でも」

「分かったわよね?」

「う、うん。分かった」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 不味い、俺の偽物退治にかなり時間がかかってしまった。大会はどうなってるかな?

 

 ウィルは確実に敗退してるだろうし……メンタルケアを……

 

 

「ベスト4が出そろったらしいぜ!!!」

「丁度、対戦表が張り出された!!」

「誰に賭ける!? 俺はアルフレッドに全額投資だ!!」

 

 

 丁度、ベスト4が出そろったのか。声を聴くにアルフレッドはベスト4に残れたらしい。かなりの強者ぞろいの大会で残れるとは、やはり勇者の血統か。

 

 アルフレッドの対戦相手を見たら、負けたであろうウィル達のフォローに行くか。

 

 

準決勝 第一試合

ウィル対ユージン

 

準決勝 第二試合

テッシー対アルフレッド

 

 

 

……全員、ベスト4残ってるのかよ

 

 

 



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25話 四股クズ

 あの日から僕は変われたのだろうか。

 

 そう、ウィルは自問をする。何者でもなく、ただ諦めているだけの自分は変わったのか。変われたのか。

 

 彼は迷う。本当に強くなったのかと。その度に思い出し、気づかされる。

 

 

 ――自分が強くなっていると言う事に

 

 

(準決勝……まさか、ここまでこられるとは思わなかった……)

 

 

 ベスト16に入れたらかなり良い方かなと心の中ではそれなりの結果を考えていた。しかし、戦い続ける中で思ったよりも自分が強くなっていることを知った

 

 

(勇者ダンの修行は確実に僕に力を与えてくれている……勝つ、勝って……優勝だ)

 

 

 控室でウィルが拳を握り締める。既に控室には誰も居ない。殆どの者は負けてしまったのだから。だが、ふと誰かが彼の肩を叩く。

 

「ゆ、勇者様!?」

「どうやら、準決勝まで駒を進めたらしいな」

「は、はい、こ、これも勇者様の修行の――」

 

――そこまでウィルが言った途端、ダンはそれを手で制し、言葉を止める。

 

「全て……俺の計算通りだ」

「さ、流石です。ここまで見込んでいたなんて」

「うむ、まぁな。だが、よくやった。まぁ、計算通りだがな……そうだ、計算通りなんだ。では、あとは励め」

「は、はい! 激励感謝します!!」

 

 

 そう言って、ウィルは深々と頭を下げた。

 

(あの、勇者様が褒めてくれた……それで僕だけをこの会場の何処かで応援してくれている……絶対勝とう!)

 

 

 

 

 

――場所は変わり、もう一つの控室。ユージンは自問自答を繰り返していた。

 

 

 

――俺は強くなれていたのか

 

 

 ただ泣いて、苦汁をなめるだけ。強くなろうとも、強くあろうともせずにただ腐っていたあの頃から変われたのか。

 

 その問いに彼は何度も同じ答えを下す。

 

 己は強くなっていると!!

 

「よし、行くか」

 

 彼が準決勝の対戦、闘技場に向かうために控室に置いてあった椅子から立ち上がる。

 

「準決勝か」

「ッ!!」

 

 

 振り返ると鉄仮面をかぶった男が壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。勇者ダン、その人である。

 

「あぁ、そうだ」

「ふっ、お前が準決勝に行くのは想定内だが……よくやった」

「ふっ、想定内か……どこまで見えているんだか……」

 

(一流の戦士には僅か先の未来が見えると言うが……こいつは数年先も見えているのかもな)

 

 

 ユージンはそう言って僅かに微笑みながら控室の扉に手をかける。

 

「よく見ておけ、俺が優勝する様をな」

 

 

 ユージンはそのまま部屋を出て行った。そのまま会場に向かって行く。向かいながらも彼は薄く微笑んでいた。勇者は自分が勝つと分かっていた、信じていたのだと。そう知って彼は嬉しくなったのだ。

 

 そして、彼が何処かで自分の雄姿を見てくれていると。それだけで彼は戦える。

 

「そうだ、思い出した。お前の猿真似をしている奴が居た。お前は強者であり、絶対的で不条理のような奴だ。頂点のお前に親しみはいらない、真似できない存在だから頂点なんだ。泥をかけるような奴の存在を許すなよ」

 

 

 それだけユージンは背中越しに伝えて、戦いに向かう。

 

 

 

 ――そして、場所は変わり、勇者の弟子テッシーの控室。

 

「お前が準決勝に来るのは分かっていた」

「ほんまか!? やっぱり勇者エグイわ! どんだけ先が見えてんねん」

「遥か先、未来を見通してこその勇者だ」

「エグイわぁ。まぁ、結果は分かっているやろうけど、ワテの戦い、ちゃんと見とってな!」

「あぁ」

 

 

(勇者って、ワテの応援の為だけにわざわざ来るって……ええやつなぁ)

 

 

 

 ――そして、場所は変わりアルフレッドの控室。

 

「私がここまで残るのは分かっていたとでも言いたげだな」

「当然だ」

「嘗て、あらゆる勇者達には世界の危機を察知する何らかの能力があると聞いた。神託などを授かる能力があったと聞くが、ダンにもそれはあるのか」

「そんな神とやらに頼るほど、弱くはない」

「そうか……いや、だからこその歴代最強か」

「気にしている場合か」

「私なら間違いなく優勝できる。他の面子も粒ぞろいだが……私には及ばない。優秀な血統、歴代の勇者の重荷がある。それにダンからの指示が大きいだろう。私に負ける要素はない」

「大した自信だ」

「事実の羅列に過ぎない。会場で私をよく見ておくといい、必ず優勝をする。後継として、優勝の花をダンに渡そう」

 

 

 

 アルフレッドはそう言って部屋を出て行った。

 

 

◆◆

 

 

 

 やっべぇ、皆弟子だから誰を応援していいのか分からん。いや、だってベスト4全部、弟子とは思わないじゃん? 全員に取りあえず叱咤激励をしたけども……。

 

 全然勝ち上がるの予想してなかったけど、メンツを保つには分かっていたと言うしかないよね?

 

 

 いや、どうしようか。取りあえずは鉄仮面を外して見守るしかない。試合が終わったら適度に励ましたりすれば問題ないだろう。うん、問題ない。行き当たりばったりでも問題はない。

 

 

 

「バン」

「あ、どうも。リンさん」

「こっから準決勝なんだってね?」

「らしいですね」

「……あー、さっきの偽教祖の話なんだけどさ」

「あ、全然強くなかったですね。勇者の偽物とか言ってたけど」

「あ、うん」

 

 

 あれ、結構手加減したつもりだがら、丁度見てたリンとサクラにも俺が勇者だと言うのは微塵もバレていないだろう。本当に強くなかったなぁ、てっきり俺の偽物だから魔王クラスかと思ったけど、全然だったな。

 

「あ、その弱かった?」

「え、あ、はい」

「……」(アンタ、自分が勇者って隠す気あるの? 冒険者基準ならSランク並に強いんだけど……サクラも全然見えてないって言ってたし)

「それより、あれはどうなるんですか?」

「騎士団が全部片づけるってさ……」

 

 

 なるほど。それなら、後片付けとか気にしなくて良いから良かった。

 

 

「あ、そうですか」

「そうよ」(ダンって、強さの基準がバグってるから他人との強さの基準が曖昧になっちゃうのね。高い所から見たら、人なんて点にしか見えないみたいな……)

 

 

 準決勝、ウィルとユージンの決戦を待っていると前のカップルがイチャイチャしているのが見えた。いいなぁ……俺も彼女欲しい。というか嫁が欲しい。結婚という人生の幸せを堪能してみたい。

 

 

「バンって、結婚願望あるのよね? 冒険者交流会言ってるくらいだし」

「そうですね」

「……」(何としても正体はバレないようにしておくべきでは? 私が美味しい空気今の所は吸ってるし……サクラやカグヤ、その他の一般人にバレたら凄く面倒)

 

 

 

 ウィルとユージン、どっちが勝つかな。そう言えば、明日は女子の部でキャンディが出場するみたいだし。そっちの応援も一応すべきかな。

 

 

「――いよいよ準決勝! ここまで勝ち上がってきた猛者を紹介しよう!! 東のゲートからぁぁ!! 気弱そうに見えて、既に何人もの戦士を陥落させてきた。見た目に騙されるなぁぁぁあ!!! ウィィィィィルゥぅぅぅぅ!!!!」

 

「――そしてぇぇぇぇ!! 西のゲートから入場だぁぁ!!! 実の兄にすら容赦をしない、修羅の男ぉぉぉ!!!! 強さを求め、ここまで完全無欠の強さを見せつけて来たぁぁあ! 次世代騎士ぃぃぃ、ユーーージィィィン!!!!」

 

 

 なんか、大会運営の人が前世で見てた年末お笑い番組の出囃子みたいなこと言ってる。

 

 まぁ、それは置いておくとして……どっちが勝つのか、見せてもらおうか。

 

 

 

 

 

 




――――――――――――
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26話 優勝したのはまさかの勇者の弟子!!

 ――わぁぁぁあ!!!

 

 会場中が湧いていた。まぁ、準決勝だからな、当然とも言える。ウィルとユージン一体どっちが勝つのだろうか。

 

「俺は魔法を使わない」

「え?」

「貴様は魔法が使えないのだろう? 剣だけで向かってくるのなら。俺もそれで向いうち、うち倒すまでだ」

「……ユージン君」

 

 

 ユージンが急に舐めプ宣言をしている。ウィルが魔法を使えないから、剣で勝負するしかない。ウィルの剣の腕がどれほどなのか知りたいのだろうか?

 

 理由はよく分からないが……

 

「では、ユージン選手対ウィル選手……試合、始め!!」

 

 試合開始の合図がされると二人は一気に駆けだした。互いに剣を抜いて、振りぬいた。金属音が会場中に響く。衝撃が強いようで二人の髪は揺れていた。

 

 そこからさらに加速をして、二人は剣を振っていく。

 

「う、うぉぉぉぉ!! み、見えねぇ!!」

「す、すげぇ、すげぇよ!!」

「おいおいおい!!」

 

 観客が凄い盛り上がっている。そうか、二人はこんなに観客を盛り上げるほどに強いのか。二人が出会った時より強くなっているのは知っていたが、どの程度の強さの位に居るのかは知らんかった。

 まぁまぁ、強いって事なんだな。いやでも、この戦闘大会がマイナー大会の可能性もあるな。

 結局、あの二人がどのくらい強いステージに居るのは分からん。

 それに隣ではリンがめっちゃモグモグポテト食べてるし。彼女が大して驚いている様子はない。

 

「どうですか? あの二人」

「そうね……まぁ、強いんじゃない? 何歳だっけ?」

「今年で二人共16歳ですね」

「16かぁ……若いわねぇ、アタシが16の時は――」

 

 

 しみじみと虚空を見上げている。何か過去を振り返りながら何かを語っているリンを置いておいて、試合観戦に戻ろう。

 

「それでアタシはあの時思ったのよ」

 

 ユージンとウィルは互角の感じで剣戟を繰り広げている。周りの歓声もどんどんヒートアップしている。あ、ウィルがユージンに殴られて吹っ飛んだ。

 

「なんで、アタシはこんなに弱いのかなって……」

 

 しかし、ウィルも負けじとユージンを殴り返した。剣と体術の混合スタイルは俺の得意とするところ。普段から二人を修行としてポコポコにしているから無意識のうちに俺のスタイルが身についていたのだろうか?

 

 

「それでさ、そんな時――」

 

 

 おお、また剣戟ラッシュに戻ったな。

 

 

「アタシ、魔王の事で悩んでてさ」

 

 

 うーん、そろそろ決着カナ? ウィルとユージンが一度距離をとった。

 

 

「ここまでとはな。魔法を使うまでもないと思っていたが……ウィル。これは……俺の剣の師から学んだ、秘技だ。それでお前を負かす」

「僕も……自らの師の魂の秘伝で君に勝つ」

「究極の域に俺が足を踏み入れる一歩にしてやる」

 

 

 俺、秘技とかアイツらに教えたっけ? 全然覚えがないんだが……。

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 

 おおー、二人が咆哮しながら突撃した。ウィルは……あぁ、前、オレのデコピンを勝手に解釈して、覚えたデコピン斬りか。対するユージンは爆炎を剣に纏って大きく振りかぶった。

 

 

「デコピン斬りッ」

「焔斬りッ!」

 

 

 ドカーンって音がして、試合は終了した。どうやらユージンが勝ったらしい。おめでとう。ウィルもよく頑張った。まさか、3位になるとは思ってもみなかった。

 あとで、褒めて上げよう。

 

 そして、アルフレッド対テッシー……テッシーが善戦するもアルフレッドの勝利だった。アルフレッドとテッシーが勝負しているときもリンは隣で昔の事を振り返っていたが……申し訳ないが俺は全然聞いてなかった。

 

 

「というわけなのよ」

「なるほど」

「まぁ、昔の話だから……でも、今でもアタシはあの時の事を一生忘れないって思ってるの」

「なるほど」

「それでね。あの時、アタシが言いたかった本当の事ってさ」

「なるほど」

 

 

 リンの話一割も聞いてなかったと思うから、全然全貌が見えない。申し訳ない。弟子の戦いだったから流石にちゃんと見て上げないとって思ってしまったのだ。

 リンのその話はサクラにでも聞いてもらってくれ。お似合いカップルだしさ。

 

「あ、リンちゃん」

 

 ほら、丁度サクラも来たようだ。布を巻いて素顔を隠している。まぁ、伝説の勇者パーティーだしね、のこのこ素顔を出すわけにはいかないよね。

 

「サクラ、アンタ、どうして」

「いや、居るかなって思ってさ。あ、隣良いですか?」

 

 サクラが俺に聞いてくる。どうぞと、促すと俺の隣に座った。リンとサクラが隣とは……あ、アルフレッドとユージンの決勝が始まる。

 

 

「私には勝てない」

「黙れ」

「私はあの時よりももっと強くなっている」

「それは俺も同じことだ」

 

 

 さて、どっちが勝つことになるのかな。そう思って観戦していると

 

「あの、バンさん」

「おー、ウィルか。三位おめでとう、やるじゃん」

「ありがとうございます」

 

 

 ウィルが俺よりもちょっと前の席に座っており、挨拶をしてきた。礼儀正しいなウィルは。

 

 やっぱりこういう所が良いところ。ウィルの隣にはテッシーも座っていた。

 

 

「テッシーも三位おめでとう」

「……ホンマに魔力感知できんからあんま話しかけるを遠慮してくれへん。めっちゃびびんねん。でも、おおきに」

 

 

 テッシーとウィルが一緒に観戦か。先ほどまで戦っていた、猛者たち。準決勝まで残っていたから周りの観客たちもウィル達に凄く注目している。

 

「おい、さっき戦ってた奴らだ」

「なるほど。あれが天槍のテッシーか」

「狂犬ウィルも居るぞ」

 

 何か知らないうちに、二人に二つ名みたいなのも付いてる。まぁ、二つ名は別に驚く事じゃない。俺も良くつけられた。

 

 

「へっ、偶々だろ? トーナメントに入った所が良かっただけだ。去年三位の俺からしたら今年は大したことないぜ」

 

 

 ウィル達が注目されていることが気に入らない奴もいるようだ。でもさ、昔の実績を持ちだして、現在進行形に結果出してる奴らを貶すってダサくない?

 

 

「ねぇねぇ、ウィル君って言うの?」

「テッシー君って彼女いるの?」

 

 

 ウィルとテッシーの隣に女の子が座って、逆ナンパみたいな状況みたいになっている……。なんて、羨ましい。イベント起こり過ぎだろ!!

 

 しかも、ウィルとテッシーに話しかけてくる子は両方美女だ。クッソ、羨ましい。両手に花じゃん!!

 

「ウィル君ってカッコイイね」

「い、いえ、そんなことは……」

「好きな女の子タイプってナニ?」

「え、え、えっと考えた事もないです……」

 

 

 ウィルイケメンだからな……クソ、世の中顔かよ!! 俺が何回冒険者交流会出てると思ってるんだよ!!

 

 フツメンなのに鉄仮面被って、俺様系キャラやってしまったがために素顔を隠している俺が惨めな気分になって来るよ。

 

 こんなマイナー大会のベスト4で俺よりモテやがって……俺が世界何回救ったと思ってんねん!!!

 

でも、ちょっと女の子にモテたからって調子に乗るなよ。ウィルにテッシー。俺は世界を何回も救ってるからな。

 

 あ、ウィルとテッシーに嫉妬してたら、気づかないうちに試合終わってた。優勝おめでとう、アルフレッド、よく頑張ったなユージン。準優勝でもたいしたもんだぜ。

 

「ねぇ、バン?」

「なんですか?」

「さっきから心ここにあらずって感じだけど、どうしたの?」

 

 リンが首を傾げながら聞いてきた。

 

「いえ、なんでも」

「そう? なんか、前の男の二人を見てたから」

「いえ……その、凄いモテるなって」

「あー、なるほど。バンってもてたいんだ?」

「えぇ、まぁ」

「バン君、意外とモテそうだけどね」

 

 サクラが俺を意外とモテそうって言って来た。美形にそう言われても慰めにもならないよ。両隣にリンとサクラとか言う美形が居ると肩見せまいな。

 

 

「ち、因みにバンの好きな女性のタイプってある?」

「フィーリングの合う人ですかね」

「……それは冒険者交流会用の答えでしょ?」

「リンさん、よく分かりましたね」

 

 そう、リンの言う通り、冒険者交流会で俺が取りあえず言っている答えだ。当たり障りのないような、良い人っぽい印象を与えたいから必ず、こんな感じの答えにしている。

 

 

「本音が聞きたいわ」

「そうですね……息吸ってるだけで偉いって褒めてくれながら、ハグしてくれる可愛い人ですかね」

「……斜め上の回答が来たわ。でも、覚えておくわ。あ、勘違いしないでね? 一般論としてそう言う考えを持っているって人が居るって事を知っておくべきと言う多様性を重視した考えにアタシがなる為に覚えておくって言う意味だからね?」

「あ、はい」

 

 

 取りあえず、アルフレッド優勝おめでとう。ユージン準優勝おめでとう。

 

 

 





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27話 姫×3

 アルフレッドが優勝をした。そして、ユージンは準優勝だった。男子トーナメントの全ては終了をしたが、これで大会が終わりと言う事ではない。

 

 女子の部の大会、そして、優勝者と元Sランク冒険者ドドドのエキシビションマッチが残っているのだ。

 

 女子の部は明日だが、男子の部、エキシビションは直ぐに執り行われる。

 

「ゆ、ユージン君、だ、大丈夫?」

「なにがだ?」

「い、いや」

 

 

 準優勝をしたと言うのに彼の顔は喜びなど一切なく、クシャクシャになっており怒りに震えていた。

 

「ぼ、僕は準優勝凄いと思うよ」

「優勝以外は勝ちない。全員敗者だ」

「あ、ごめん」

 

 ユージンは優勝ではないと納得が出来ないようで顔が激おこ状態だった。

 

「そう言えばユージン君の焔斬りって、凄くカッコよかったけど、あれも師匠の直伝なの」

「あぁ」

「師匠ってどんな人?」

「それは言う事は出来ない」

「そっか……まぁ、ボクも同じなんだけど……焔斬りってどういう原理なの?」

「俺の師はただ、斬るだけで摩擦による炎を出す。それを真似て、魔法に剣を付与した模倣だ。取りあえず、俺は形から入ることもある」

「確かに形から入るのは大事だよね」

 

 

 テッシー、ウィル、ユージンの順番で席に座り、アルフレッドのエキシビションを観覧する。

 

「あ、ワテは眼が見えへんから、エキシビションの鑑賞ムズイわ」

「え、あ……」

「ウィル、今の笑う所やで」

「そ、それはちょっと、笑えないかな」

「まぁ、魔力感知でやり取りは分かるから、結局鑑賞はするんやけどな」

 

 

 テッシーが自身の眼が見ない事を自分で弄るが笑っていいのか分からないウィルは何とも言えない顔をしていた。

 

 

「あ、始まるで」

 

 

 テッシーが優勝者のアルフレッドとドドドの魔力の昂ぶりに気付いた。ウィルもユージンもその試合に集中をして、観覧に臨む。

 

 彼等にとって、アルフレッドの動きはまさに異次元とも言えるものだった。魔力の流暢な動き、歴代勇者の開発した魔法、そして編み出した剣術、それらが掛け合わされた完成系とも言える戦いぶり。

 

「勇者ダンと、アルフレッド君……どっちが強いかな」

 

 ウィルが思わず、そう口に出した。

 

「阿呆が、比べるまでもない。勇者ダンだ」

 

 ユージンが彼の問いに即答をした。ウィルもそれを本当分かっていたのか特に異論を返さなかった。

 

「勇者ダンを人間の枠組みの強さで測ろうとするのが間違いだ」

「確かにそうかもね」

「アルフレッドは、まぁまぁの強さだが……人間の枠内の話だろうな。アイツの強さで誰かの強さを測る物差しにはできん」

「……せやな」

「そうだね……」

 

 

(勇者ダン……やっぱり僕の想定を超えている。そう言えば試合を見ててくれるって言ってたけど、どこにいるんだろう?)

 

 ウィルがちょっと辺りを見渡すが、その姿は何処にもなかった。後ろに知り合いのバンが居て、その両隣にタオルを巻いて顔を隠している女性が二人。ウィルは勇者ダンを見つけられなかった。

 

 

(鉄仮面を被っている人は何処にもいない。きっと、信じられないくらいの隠密の技術で風景に溶け込んでいるんだッ!!)

 

 

 まさか、ウィルも真後ろで顔をタオルで隠している女性二人に挟まれているフツメンが、勇者ダンとは思わないようだった。

 

 

「私には勝てない……いくら元Sランクでも」

「流石は勇者の血筋を継し者だ。だが、俺はまだ負けんぞ。老いてもまだまだやれる」

 

 アルフレッドは流水のように剣の先から水を噴射させる。それは蛇のように生きており、変幻自在に闘技場を翔る。

 

 

(信じられん。この年齢でここまで自由に魔法が扱えるとは……)

 

 ドドドの槍が何度退けても、しつこく、まさに蛇のように狡猾に彼にまとわりついた。

 

(恐るべきは勇者の血。だが、それだけではない。戦いなれている!! この少年は……恐らくだが優秀な師が居るのだろう。王族だから、そう言った専門的な存在が居るのか?)

 

 

(魔法は恐らく、歴代勇者の一部だろうが……ふっ、ここまでとは。想定以上だ。まるで嘗ての勇者ダンのようだ)

 

 

(俺は昔、剣に全てをかけていた。だが、たった一人の男に剣に自身を打ち砕かれた。それ以降は剣を振るのをやめて、槍を使い始めたが……。上には上が居る者だな)

 

 

(勇者ダンよ。見ているか、時代は常に動いているぞ……俺達の予想を超えて、次世代の若者は育っている)

 

 

 アルフレッドの強さに驚愕をしながらも、必死にドドドは必死に喰らい付いた。だが、それも数歩及ばず槍を砕いた。

 

 

「……俺の負けか」

 

 

 元とは言え、Sランクが少年に負けた。

 

「うぉ、マジか!!」

「元Sランクが敗北とは! これはスクープになるぞ!!」

「流石は歴代勇者の血筋だ」

「これが新時代の若者か」

 

 

 ざわざわと会場中が湧いていた。アルフレッドは勝利すると一礼をして、その場を去って行った。

 

 かくして、男子の部、戦士トーナメントは終了をしたのだった。

 

 

◆◆

 

 

 

「ねぇ、リンちゃん」

「ん? なに?」

「この後、一緒に温泉行かない? 近くにあるんだって」

「ふーん、まぁ暇だしいいわよ」

「やった!」

 

 

 観戦が終わった後、リンとサクラはバンと別れて、二人で辺りを歩いていた。

 

「温泉ねぇ、あんまり行ってなかったなぁ」

「でしょでしょ! 折角だしね!」

 

 リンとサクラが二人で歩いていると、誰かが彼女達に声をかける。

 

「リン、サクラ……」

「あ、カグヤじゃない」

「カグヤちゃん、奇遇だね」

「……どうして、二人はここにいるの?」

 

 

 綺麗な黒髪のショートボブ、青い綺麗な眼が特徴的な少女。勇者ダンと一緒に世界を渡り歩いた武闘家、カグヤがそこに居た。

 

 

「僕たちはこれから温泉行こうかなって」

「……どうして、わたしを誘ってくれなかったの? 除け者にしてたってこと?」

「ち、ちち、違う違う! 偶々リンちゃんと会ったから、一緒にどうってなっただけだって!」

「そうよ。別にカグヤを除け者にしようとか考えてないわ」

「ならいい。丁度、わたしも温泉行こうと思ってたから、一緒に行く」

「勿論だよ!」

 

 女三人で温泉に行くことになった。女湯の脱衣所に入ると、全員服を脱ぎ始める。

 

 丁度、そのタイミングで他の客の声が聞こえて来た。

 

「今日のトーナメントの優勝したアルフレッド様、カッコよかったよね! 流石は王族って言うか!」

「準優勝のユージンって子もクールで素敵だったなぁ。勇者ダンの時代は終わりかもね」

「勇者の新時代って奴かもね」

 

 

 それを聞いてカグヤの眼がギロっと鋭くなるが、それをリンとサクラがまぁまぁと抑える。

 

「今日、なにかあったの?」

「戦士トーナメントだね」

「そんなのやってたんだ?」

「カグヤちゃん、知らなかったの?」

「うん、本当に温泉はいりに来ただけ」

「あ、そうなんだ」

 

 

 三人共、タオルを体に巻いて女湯に突入をする。体を一通り洗うと湯船につかった。

 

「ふー……そう言えばリンちゃんは最近、勇者君と会った?」

「……そうね、呪詛王の時でちょっとあったかしら」

「わたし、リンにそれ凄く聞きたかった」

 

 

 サクラ、リン、カグヤの順で端っこに集まって談笑をする。カグヤは無機質な顔でリンにグイッと顔を近づけた。

 

「勇者の顔、見なかった? なんかこう、何かの不手際があって」

「………‥‥…さあ? 見てないわね。いつも通り、安定の鉄仮面よ」

「そっか……それは凄く残念……勇者の顔見たかった」

「そう……そう言えばサクラはどうなの? 一緒に教師やってるんでしょ?」

「うーん、勇者君は教師やってても鉄仮面被ってるから……。素顔は見えなかったなぁ」

「ふーんそうなんだ」(つまり、一番リードしてるのはアタシね!)

「……なんか、リンちゃん嬉しそうだね」

「そ、そんなことないわ!」

 

 ぺちぺちと、自分のニヤニヤ顔を叩いて、彼女は表情筋を元の顔に戻す。

 

 

「さ、サクラはダンと一緒にどんな仕事してるのよ!?」

「え? え、えっとね、偶に公演やったり、講師やったり……時間が余った時は一緒にお弁当食べたりかな?」

「……そうなのね。というかお弁当は仕事なの?」

「違うけど……でも、一緒に中庭で食べてるよ」

 

 リンが思わず、このサクラは危険なのではと思った。サクラはピュアで、未だに自分がダンを好きだと周りにバレていないと思っている。

 

「手作りってこと? 教師楽しい?」

「うん! 凄く楽しいよ! 勇者君優しいから、偶に資料とか作るの手伝ってくれたり、授業とかでもフォローしてくれたりするからあんまり大変じゃないし!」

「フーン、そうなんだ……へぇ、良かったわね」

「サクラ……ずるい。羨ましい。わたしも教師やろうかな?」

「い、いや、カグヤちゃんにはまだ早いんじゃないかな? 凄く大変だし! まだ早いかな!」

 

 

 無意識に一緒の時間を邪魔されると嫌だなとサクラは思ったのでカグヤの教師進路を拒絶した。

 

 

「あ、あのさ、ちょっと気になってたんだけど……勇者君って好きな女の人とか居るのかな?」

「さぁ、知らないわね」

「わたしも知らない」

 

 そんなの知ってたら苦労しないとリンとカグヤは内心で思った。

 

「そ、そっか」

「何でそんなこと聞くのよ」

「あ、その……実家の方から言われると言うか」

「実家? どっちの実家なのよ? お城の方かしら? それとも貴族の方?」

「あ、お城の方」

 

 リンにどの実家なのか聞き返されて、サクラはお城の方の実家と答えた。

 

「サクラのお城の実家ね……そう言えばアタシ達って全員、どこかしらの姫よね。アタシは妖精姫(フェアリープリンセス)、サクラは滅国姫(ロストプリンセス)、カグヤは月姫(ムーンプリンセス)だし」

「わたしは、ほぼ月とは縁切れてるから姫じゃない」

「あはは、僕は姫としては死んだと思われてるし……」

「死んだと思われてるのに、実家から何を言われるのよ」

「じ、実はさ、王様、つまりは僕の兄からは戻って来て欲しいって言われてるんだ」

 

 サクラがそう言うと、リンとカグヤはおー、と反応をする。正直どんな反応をするのが正解なのか二人は分からなかっただけだ。

 

 

「僕の国は魔王サタンに四歳の時に滅ぼされたのは知ってるよね?」

「あ、うん。知ってるけど、あんた、それを言って良いの?」

「昔の事だし。それに今は復興中だし」

「そう、ならいいわ」

「それで、丁度復興中だから物資が足りなかったり、モンスターとか魔族が攻めて来た時に警備が手薄らしいんだ」

「それは大変よね」

「サクラ、大変、心配」

 

 リンとカグヤがそれぞれに相槌を打つ。

 

「アタシの国にも支援するように前に言ったけど……妖精の国も色々大変だし」

「月には親交は求められない……」

「あ、いや、物資とかの支援をお願いしてるんじゃないよ? そこでなんだけど……死んだと思っていた姫が実は生きていた! しかも勇者ダンと結婚した! みたいに、そのしたい、らしいです……」

「「え?」」

「姫と結婚って事になれば、勇者君は国に来るでしょ? 魔族の警備は問題一切ないし。勇者君が居る国ってなれば、他国が親交もとうと支援してくれるんじゃないか、って考えが兄にはあるらしいんだ……こ、困っちゃうよね? ぼ、僕と勇者君が結婚とか……さ。で、でも、ちょっと、考えた方が良いかなって思っても居るんだよね。だ、だって、元とは言え、僕は姫だし……で、でも、なんだかんだ、僕が一番勇者君に近いのかな? な、なんてね? こ、困っちゃうよね?」

「何も考えなくていいわ。妖精国が支援するから。アタシが強く、お母様とかお兄様に言っておくから何も問題ないわ」

「うん。月には何も求められないけど。何かあったらわたしが行くよ」

「え、あ、急にどうしたの? 顔が冷えてるけど……」

 

 急に真顔でリンとカグヤに言われたサクラはたじろいだ。これ以上はこの話はしなくて良いと、カグヤが新たな話題を出す。

 

「二人は何歳?」

「「……どうして、そんなことを?」」

「サクラはもうすぐ30、リンは28……わたしは今年で19……うん、やっぱり若い子が好まれると思っただけ」

「「……」」

 

 

 カグヤは二人から、冷えた視線を向けられるが何も問題ないと思っているようで話題を更に変えた。

 

 

「サクラ、また胸が大きくなった?」

「あ、うん。肩こって大変なんだ」

「わたしも、凄く大変。本当に肩がこる」

「だよね、本当にこれは何とかならないのかな?」

「……」

 

 

 カグヤとサクラは胸が大きいが、リンは控えめの大きさなので思わず自分のと二人のを見比べた。

 

「肩こる……すごく、大変……」

「だよねー」

「……そうねぇ!! 本当に肩こっちゃってアタシも大変なのよ!!! いやー、本当に辛いのよねぇ!!」

「リンがそのセリフを言うのは無理あると思う」

「僕はリンちゃんの方が羨ましいと思うよ。小さい所から大きくはなるけど、大きい所から小さくはならないからさ。一番選択肢あるよね」

「……よろしい、喧嘩よ」

 

 

 思わず、極大魔法を五連展開しようかと思ったがリンは止めておいた。

 

 

(ダンがフツメンを気にしてた時に、美人のアタシが顔なんか気にしなくていいって言った時……ダンはこんな気持ちだったのね)

 

 

 暫くの間、彼女達は会話を続けた。何事も、他愛もない適当な会話だった。最近は待っている調味料とか、新たな魔法が発見されたとか……だが、全員頭の中では全然関係ない事を考えていた。

 

(サクラとカグヤの話を聞いて思ったけど……多分だけど、何だかんだでアタシが一番リードしてるわ……してるわよね? ダイジョブよね? 年齢とかダンは気にしないわよね? まだまだ見た目は若いし)

 

(僕が一番勇者君と結婚する可能性高いなぁ。勇者君は結婚するつもり無いって、噂で聞いたけど……手作り弁当とか食べてくれてるし! ちょっとしたアピールは出来てるよね!)

 

(リンとサクラの話を聞いて、確信した。やっぱりわたしが勇者との一番可能性ある。年齢的には若いし、うん、二人はもうすぐ三十路だし……若い子が勇者も好きだよね。多分だけど)

 

■■

 

 

 

 





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28話 悪い奴

 二日目、戦士トーナメント女子の部が始まる。参加メンバーが続々と集まる中、キャンディス・エレメンタールと、彼女のメイドであるクロコは既に会場入りをしていた。

 

「お嬢様、初戦の相手は修行をしながら世界を渡り歩く、武闘家。『魚海拳』のミーウ選手だそうです。世界一優秀なメイドであるクロコが、調べてまいりました」

「あーはいはい。ありがとですわー」

「聞いておりますか? お嬢様……先ほどから手鏡でずっと髪型チェックをしておりますが」

「えぇ、聞いておりますの。ただ、ダン様が来るのに前髪のポジションが決まらないとなるとこれは一大事ですわ」

「どの道、戦えば髪型は崩れるのでは?」

「えぇ、それを加味して戦いますの」

「戦う前から縛りプレイ宣言ですか……」

 

 

 クロコはキャンディスに呆れてた様子だった。

 

 

「あ、そうですわ。クロコ、わたくしが作ってきたお弁当は?」

「ええ、勿論持ってきております」

「そう。それ、絶対に無くしたり落としたり、してはいけませんわよ?」

「勿論ですが……これ結構量が多くないですか? お嬢様一人で食べきれるとは思えませんが」

「もう、そんなのダン様と食べるために作ってきたに決まってますわ」

「あ、さようで」

「そうですわ。では、わたくしは控室に行かなくてはならないので、あとは頼みますわよ」

「かしこまりー」

 

 

 キャンディス、通称キャンディは適当に手を振りながら控室に向かって行った。その途中で木に寄りかかる鉄仮面の男を発見する。

 

「ダン様!」

「声が大きい。静かにしろ」

「申し訳ありませんわ。会うのが嬉しくなってしまい、つい……わたくしの応援に来てくれましたのね」

「ふっ、そんな所だ」

「えぇ、嬉しいですわー! めっちゃ頑張りますわー!」

「声が大きい、バレたらどうする。俺とお前の関係は――」

「――えぇ、わたくしとダン様の関係は秘密ですものね……ふふふふ、わたくしだけ。わたくしだけが……弟子……ふふふふふ」

(キャンディ……なんかめっちゃ、笑ってるな。急にそんな笑いだすと、ちょっと身構えるぜ)

 

 

 そんなこんなでダンの弟子への激励は終了し、戦士トーナメント女子の部がスタートした。

 

◆◆

 

 

「あ、ウィルも来てるのか」

 

 俺が女子の部を観戦しようと席についていると、ちょっと遠くにウィルが座っているのが見えた。隣には女の子が居る。おいおい、いつもリア充かよ……あ、そう言えばあの子、どっかで見たとある。

 

 ウィルの幼馴染のメンメンとか言う子だっけ。あ、ウィルにポテトあーんして、食べさせようとしている。おいおい、ウィル。顔赤くなってあーんしてくれているメンメンちゃんの気持ちに気付かないとか重罪だな。

 

 幼馴染の恋心に気付けない奴は死刑すら生温いわ。美少女なら更に罪が重くなる。

 

 さて、一回戦がそろそろ始まるな。

 

「バンも来てたのね」

「あ、どうも」

 

 顔に布を巻いているリンが登場。そして、後ろにも布を巻いている人物が二人いる。

 

「女子の部も見るのね……いや、いいんだけどさ。どういう意図で見てるの?」

「まぁ、暇つぶし的な感じですね」

「そう……あ、こっちの顔を隠している二人は……紹介した方がいいの、かしら? えっとね、伝説の勇者パーティーの覇剣士サクラと武闘家のカグヤよ」

「どうも、昨日ぶりだね。バン君」

「……誰? この人」

 

 

 よく知ってる二人だー

 

 

「……スンスン……」

 

 カグヤが俺に近づいて、匂いを嗅いでいる……。

 

「変わった匂いがする」

 

まさか、加齢臭か……!? くっ、恩恵で若さを保っているとはいえ加齢臭がすると言うのか。三十路だしな!!

 

 

「カグヤちゃん、初対面の人に失礼だよ。ごめんね、バン君。この子、まだまだ子供だから許してあげて」

「気にしてないんでお気になさらず」

 

 匂いはいい匂いだと思うのだが……自分では分からないうちに加齢臭がしていると言う可能性もある。そうなると冒険者交流会で不利になる可能性が……

 

 

「変わってるけど……どっかで嗅いだことある匂い……前にどっかで会ったことある?」

「さぁ? どうですかね?」

「……出身は何処?」

「この星です」

「わたしは月だよ」

 

 

 カグヤも大きくなったな。月から落ちて来た時は子供っぽかったけど……まぁ、今でも子供か。でも、多少は成長をしたのかもな。

 

 

「さて、会場の皆さん! 昨日の男子の部は多大な盛り上がりを見せましたが、本日の女子の部も大いに盛り上がってくれるでしょう。では、一回戦! 騎士育成学校に通う、エレメンタール家の令嬢。キャンディス・エレメンタール!!」

 

 

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

 

 あ、出てきた。キャンディが入場してくる。会場中が熱気で沸いているなぁ。だが、大会運営の人がゴクリを唾を飲みながら、もう一人の選手の説明をする。

 

「おいおい」

「くるぞ、くるぞ!!」

 

 はて? 何が来るのだろうか? 会場の客たちはなにやらワクワクしている様子であるが……

 

「そして、まさか、この武闘家の武術を生で見れる日がこようとは!!! 世界を渡り歩き、強者と戦う事を日常とし、自らの拳を高めることに生涯をかける猛者――」

 

 

「――『魚海拳』、ミーウ!!!!」

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うううううううううううううううううううううぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」」」」」」」」」」」

「ミーウだぁぁあ!!」

「うぉぉぉぉお!!!」

「可愛い!!!」

「サインしてくれ!!」

 

 

 え、なに? めっちゃ会場盛り上がってるじゃん。そんな凄い人なの? 全然知らないんだけど……、隣のリンもピンと来ていない様子だ。

 

「えっと、どなたなのかしら? あんまり武術にはアタシ詳しくなくて……」

「リンちゃん、知らないの? 魚海拳は結構有名だよ。ね? カグヤちゃん」

「うん。有名。本当は大会見ないで帰る予定だったけど、魚海拳の使い手が出るって言うから見ようと思った」

「へぇ……そんなに凄いのね。バンは知ってた?」

「いえ、全然知らないです」

「カグヤちゃん、解説できる?」

「魚海拳は魚と海と言う斬っても切れない関係を元に作られたらしい。魚は水の中でしか基本生きられないから……ミーウは昔から海で修行してたらしいから、海と魚と一緒に生きることで魚海拳を会得したらしい。さっき言った海と魚、斬っても切れない関係の如く、清らかで淀みない動きの型を何度も循環させながら戦う長期戦向きの武術らしい」

 

 

 ふーん、結構有名人って事か。全然知らなかったけど……あ、リンも説明聞いても全然ピンと来てない感じしてる。

 

 だが、そんなに強い使い手となるとキャンディでは勝つのは難しいかもしれないなぁ。

 

 

「……武術は遊びではない。今ならまだ間に合う。棄権した方が良いよ。お嬢さん」

「どうでもいいですわね」

「ふっ、偶に君みたいな子がいる。騎士育成校に通っているからと、強さに奢りを持つ者が……だが、私から言わせればそんなのはナンセンス。閉鎖的な学び場では、凝り固まった世界から出ることはできない。常に自由な自然と対話をし、常に身に危険を置いて、常に海で過ごしてきた私には絶対に勝てない」

「……ふむ? あまり強そうな言葉を使う割にはさほどな感じですが…‥」

「そうか、ならば身を持って教えてあげよう。世界の広さを――」

「――もう知ってますが」

 

「では!! 一回戦始め!!!」

 

 

◆◆

 

 最初に駆け出したのは魚海拳、ミーウであった。両手を広げ、キャンディの顔面に向かって拳を持って行く。それを彼女は裏拳で弾く。

 

 

「ほう、今のに反応するとは……では、これでどうでしょうか?」

 

 

 手を開き、張り手のようにする。それを彼女は両腕をクロスしてガードをする。

 

 

海星落ち(ヒトデはりて)

「ッ」

 

 

  ハリての大きな音がキャンディの耳に鳴った。ただのハリてなのに彼女のガードした腕には煙が登っていた。

 

 

「なるほど、これも……」

「曲芸にしてはまぁまぁですわね」

「ほう、言いますね……では、今度はそちらからどうぞ……甲羅固め(タートルパート)。この技は亀のように強固なガードです」

「あ、そうですのッ」

 

 

 彼女が淡々と蹴りを飛ばす。しかし、それをミーウは完璧にガードする。上段蹴り、踵落とし、拳ラッシュ。それも全て亀の甲羅のように固い腕によってガードされた。

 

 

「ふふふ、効きませんよ」

「……なるほど、大体わかってきましたわ」

「貴方は私の海のように深い底を把握できませんよ。右手では八手流拳(タコ殴り)、左手では八蝕黒拳(イカ殴り)。計十六、連撃、これを耐えられますか……軽くですが魚海拳の奥義を見せてあげましょう。海王拳(ダイオウタコ殴り)

 

 一瞬でキャンディの前に拳が十六個あった。先ほどのようにガードをする。驚異的な動体視力と判断能力で彼女は拳を逸らしていく。しかし、一発だけ彼女の額に当たった。

 

 パンと音が鳴って、彼女は数メートル転がった。

 

 

「まさか、今のを一撃だけで済ますとは……なるほど。それなりには海の広さを知って……」

「おい、コラ……髪型崩れたじゃねぇか。ボケカス」

「……え?」

 

 

 キャンディの髪が明るいオレンジ茶色から、真っ赤な色に変わって行く。それを見ていたクロコは頭を抑えた。

 

「あ、キレちゃった……」

 

 

 

鮮血暴動(ブラッド・ドレス)。キャンディの感情が高ぶると髪が赤くなり、戦闘能力が向上する恩恵だ。

 

 

「取りあえず、想い人の前で恥かかせたお前は海の藻屑決定な」

「……性格が変わった事には驚きですが……それだけではッ」

海星落ち(ヒトデはりて)!!」

 

 

 キャンディはミーウの魚海拳の技を模倣し、彼女の前で披露した。先ほどのようにぱちんと大きな音が響く。

 

 

「ッ、私の技をッ!!」

「まだまだぁぁあ!!!」

 

 

 海星落ち(ヒトデはりて)のラッシュ。ミーウは驚愕をしながらもそれを避ける。

 

「そんな、写し取るなんて……貴方は海で生きていたわけでも」

「家で金魚飼ってるから出来るのかもな」

「そんなんで出来てたまるかッ!! いいでしょう。これが全力全開で放つ奥義!! 八手流拳(タコ殴り)、左手では八蝕黒拳(イカ殴り)!!!!海王拳(ダイオウタコ殴り)

 

 

 ミーウの最高速の連撃がキャンディに迫る。しかし、彼女は獰猛な笑みを浮かべていた。そして、ミーウは驚愕をする。彼女の動きは正しく、今し方、自分がしている奥義に近しいからだ!!

 

「右手で八手流拳(タコ殴り)……左手で八蝕黒拳(イカ殴り)。計十六連義気の海王拳(ダイオウタコ殴り)だっけか!?」

「ま、まさか!? これすらも模倣をしたと――!」

 

 その通りであった。彼女は一瞬でそれを再現した。互いに拳がぶつかり合う。

 

 

(そんな、まさか……まさかまさかまさか、あり得ない!? この技は私のはずなのに――私が奥義を打ち合って押し負けている!)

 

 

 ただ、写し取られたわけではない。模倣された、更にその上で更に純度を彼女は上げてきたのだ。故に原点を優に超える動きになった。

 

 いや、単純にキャンディの才能がダイヤモンドだった。そして、打ち合いが終わり、ミーウは拳を痛めた。だが、それで終わらず……

 

 そこから、彼女(キャンディ)は思いっきり足を地面に踏み込んだ。踏み込みだけで会場のリングは割れる、

 

「なっ!?」

 

(何と言う、極端で無茶苦茶、踏み込みッ! しかもそこから拳に力を回すまでが滑らかで速いッ!!)

 

 

 キャンディは踏み込み、その力を拳に持って行きつつ大きく振りかぶった。ミーウはそれを己の持つ最高の防御札でガードする。

 

甲羅固め(タートルパート)!!!」

 

 腕を十字に固めて、更には足を埋めるくらいに地面の上で踏み込み踏ん張る。

 

「うるせぇ! わたくしの方が強いッ!!」

 

 彼女の拳が彼女の十字に固めていた腕に突き刺さる、拮抗をすることなく、ミーウは吹っ飛んだ。会場の外壁まで飛んでいき、めり込んでいた。

 

 

「多少は世界を知ってるからな……お前程度じゃ、わたくしは倒せ――」

 

 

 キャンディは会場を見渡して、自身のメイドであるクロコを見つけた。クロコが口パクだが、観察眼に優れているキャンディは何を言っているのが彼女にはすぐに分かった。

 

 

『お嬢様! 勇者ダンが見ているはずでは!? 清楚な自分を心がけてください!!』

 

 

 口パクだし、音は聞こえない。だが、メイドの言葉が頭の中で反響をした。何度も何度も……

 

 

『お嬢様! 勇者ダンが見ているはずでは!? 清楚な自分を心がけてください!!』

『お嬢様! 勇者ダンが見ているはずでは!? 清楚な自分を心がけてください!!』

『お嬢様! 勇者ダンが見ているはずでは!? 清楚な自分を心がけてください!!』

 

 

「あ……」

 

 

 思わず、彼女は心の声が漏れた。今の自分はどうであったのか……? 下劣な言葉遣い、髪型とか激しい動きでぼさぼさ、ダンの気を惹きたいから化粧もしてきたけど汗でちょっと滲んでいた。

 

「あ、あああああああああ」

「――まさかまさかの大判狂わせ。優勝候補でもあり、魚海拳のミーウが一回戦で敗北。試合前は乙女な少女かと思ったら、それは牙を隠し、ブラフであったのでしょう。試合前から勝負は始まっていたと言うことか!! 本性は清楚とは反対とも言えるバトルジャンキー狂人女子!! 狂人キャンディスの二回戦が楽しみです!!」

「あああああああああああああ!!!」

 

 

 彼女の怒りで染まっていた赤い髪が、明るいオレンジ茶髪に戻った。だが、反対に顔赤くなっていた。

 

「や、やってしまいましたわ……」

 

 ぴゅーんと新幹線のように彼女は去って行った。試合会場では狂人キャンディの一回戦突破を称える歓声が響いていた。

 

 

◆◆

 

 

 ウィルは驚愕していた。世界には沢山凄い人が居るんだなぁと思った。キャンディス・エレメンタール、彼は名前を聞いたことも無かった。反対に魚海拳はウィルも知っていた。

 

 ウィルはキャンディスが負けると予想していたがそんな事も無かった。圧倒的とも言える強さで彼女が勝ったのだ。

 

「世の中広いんだなぁ……」

 

 

 そう言いながらウィルは次の試合までにトイレを済ませようと会場と少し離れていた。すると若い優しい男性に声をかけられる。

 

「おや、君は……もしかして、昨日の男子の部で三位であったウィル君かい?」

「え、あ、はい」

「いやいや、感動です。試合拝見しておりました、大変見事であったと思いました。おっと失礼、私の名はカーミラと言います」

「どうも、ありがとうございます……」

 

 

(カーミラって、カーミラ商会の?)

 

 

 カーミラ商会、元はただの平民であるカーミラから始まった商会だ。瞬く間に新鮮な果実、野菜などを流通させ大金を手にした成り上がりの男と言うのは有名だった。

 

 

「いやいや、本当に素晴らしかったです。私、感動しすぎて本当に涙が出るほどでした……それでウィル君は誰かに剣を習って居たりするのでしょうか?」

「え、えっと」

 

 

 勇者ダンに俺とのことは誰にも言ってはならないと言われたのを思い出した。

 

「いえ、我流です」

「それは益々凄い……えぇ、本当に我流ですか……。それは非常に勿体ない。どうでしょう。私は紹介をやっている身でしてね、様々な剣術の師範や、Sランクの冒険者、魔法のスペシャリスト、などと知り合いなのですよ」

「お、おお! それは凄いですね!」

「そこでなのですが……どうでしょう。私の研究所に来て来ませんか? 強さの研究をしているのです」

「強さの研究……」

「はい、今よりももっと強くなれます。それこそ……勇者のように」

「えぇ! ほ、本当ですか!」

「えぇ、勿論」

「……ちょ、ちょっと考えてもいいですか?」

「えぇ、勿論……、良い返事を期待していますよ」

 

 

 

 そう言ってカーミラと名乗る彼は去って行った。

 

 

「……勇者ダンから僕は教わってるから……勝手に他の人の指南を受けるのはダメだよね。それは勇者ダンに失礼だし……でも、様々な剣の師範、Sランク冒険者、魔法のスペシャリスト。僕魔法を使えないし、強さの研究所かぁ……行って見たいような……」

 

 

「いずれ、勇者ダンみたいにならないといけないし……僕は、もっと強く――」

「――やめておけ」

「え?」

 

 

 振り返ると見慣れた鉄仮面。そして、重厚な声、ウィルが目標にしている勇者ダンで会った。

 

 

「ゆ、勇者様!?」

「アイツはやめておけ……妙な匂いがする。溝のような腐った匂いだ」

「そ、そうなんですか? 優しそうに見えたのですが……でも、勇者様が言うならきっとそうなんですね……」

「あぁ」

「分かりました! 辞めておきます!」

「そうしろ。限られた中でコツコツ修行をする方がお前にあっている。それに色んな技術や指導者を増やせば良いと言う事ではない。一人ひとり考え方、教え方、物事の見方、それは違い過ぎる。俺の教えと、アイツの教え、二つが矛盾をした時、お前は迷うだろう。そして、戦場で迷いがあった時、どうなる?」

「はッ! し、死にます」

「その通りだ。故に指導者を複数、構えるのは俺は好まない。これは俺がどうこうしたいのではなく、お前が混乱をするのを避けるためだ。まぁ、どうしてもと言うなら止めはしないし、好きにすると良い」

「い、いえ! よくよく考えたら不器用な僕が色んな教えを受けるのはパンクしそうなのでやめておきます。先ずは眼の前の最強から写し取れるだけ、写し取る事だけに集中をするべきだと思いました」

「その通りだ。だんだんわかってきたな」

「は、はい! そんなことを言っていただけるなんて嬉しいです!」

「うむ、励めよ」

「は、はい!」

 

 

 ウィルはカーミラの言葉を忘れた。強さの為に研究所に行こうと思ったが、勇者ダンがやめろと言ったのでやめた。行かないメリット、行くデメリットを表示されて彼は再び歩き出す

 

 

 

◆◆

 

 

 

「うぇぇぇえぇん!! だぁん様ガァァあああ!!」

「落ち着け」

「で、でもぉぉ」

 

 

 試合に勝ったキャンディに激励を送ろうと思ったのだが何故か泣いてた。どうした? 試合に勝ったのがそんなに嬉しかったのか?

 

 

「あ、あれはぁ、わたくしの、ぎふとでぇぇえ、本性ではなくてぇええ」

「性格が変わってしまう恩恵の話なら前も聞いた。いつものお前が普通なのだろう? 今日の起伏が激しいのは恩恵、それは分かっている。俺は分かっているから安心しろ」

「な、なら、泣くの止めますぅぅ」

 

 

 めっちゃ泣いてたけど、なんとか泣き止んだ。よかった。恩恵で悩むとは……でも、女の子だから世間体とか気にするのかね? 

 

 

「まぁ、よくやった。次も励め」

「は、はい! 頑張りますわ! そう言えばダン様はカーミラ商会をしっておりますか?」

「知らん」

「ですわよね。よく分かりませんが以前わたくし声をかけられたことがありまして、ようは弟子的なモノになれと言われました」

「そうか。好きにすると言い」

「……止めると思っておりましたわ」

「別に空いた時間をどうするのかは自由だと思うがな」

「そう言う方針なのですわね……まぁ、断りましたわ」

「そうか」

「えぇ、指導者が複数いると教え方は様々ですもの。教え方、物事の見え方、一人ひとり考え方が違いますわ。指導者が二人いて、二つの教えが矛盾をした時、迷いが生まれますもの。迷いがあるのはわたくしは嫌いですの。迷いは人を殺しますわ」

 

 なんか深い事言ってんな。どっかで使おう。

 

「ふっ、よく分かったな。俺もそれを言いたかった」

「流石ですわ! 敢えて自由にさせて自問自答をさせて、己の最適解を導かせるとは!!」

 

 そんな考えては無いけど……そう言う事にしておこう。

 

「それと、関係ないと思いますが断った理由はもう一つありますの。カーミラ商会はわたくし以外にも強者に声をかけていたそうなのですが、声をかけらた人は全員強くなったらしいのですわ」

「そうか」

「それは問題ないと思うのですが……声をかけられた全員、カーミラ商会の護衛とか、傭兵みたいな感じになっているとか、全員カーミラ商会所属になってるそうなんですの」

「……そうか」

 

 それはただ単にその商会のカーミラとか言う人が人望が厚いのではないのだろうか? 弟子になれみたいなことを言っておいて、弟子になったら本当に強くなり、更にカーミラの人望も厚いからこの人に一生ついて行こう的な感じなのではないだろうか。

 

 

 

 まぁ、どうでもいいか。

 

 

 

 キャンディと話した後に鉄仮面を外して、道を歩いているとウィルを見つけた。誰だ? あの話しかけようとしているのは……

 

 盗み聞ぎをするつもりはなかったがちょっと話を聞いてみた。

 

 ふむふむ、ほぇぇえ要するにウィルをスカウトをしに来たって訳だ。昨日のトーナメントで活躍をしたから、興味を持ったんだろうなぁ。

 

――ウィル、良かったな

 

 

 自分の事を認めてくれる人が居るってのは嬉しい事なのは俺でも知ってる。それが更にもっと強くなりたいとスカウトを大手の商会がしてくれるなんて、名誉な事じゃないか。

 

 俺も週一しか、見てやれねぇし、お前のやりたいようにすれば良いと思うよ。なんだかんだ、上手くやってるお前(ウィル)だ。意外と超強くなって戻ってきて、俺を驚かすみたいな展開も有ったりするのかもな。

 

 頑張れよ。俺はお前(ウィル)を応援するぜ。

 

 

……

 

 

……

 

 

……

 

 

……いや、ちょっと待て。キャンディが言ってたな。声をかけて強くなった奴は全員傭兵、護衛になって商会に取り込まれるとか……。もし、このままウィルがカーミラとか言う奴の人徳に惚れたとしよう。

 

そうなったら、俺の弟子をやめるとか言い出すんじゃないか?

 

 

『勇者なんかより、カーミラ商会の方が強くなれそうですし、カーミラさんは人徳もありますから……弟子辞めますね』

 

 

という事になるかもしれない。正直に言えば俺には人徳がない。人望もない。薄っぺらい仮面に皆騙されてるだけだ。いや、騙されてるからこそここまで上手く行っているとも言える。

 

 

ここでウィルが本物のスペシャルな教師から教えを受けたら、俺の人望の無さ、指導力の無さが露呈してしまうかもしれない。

 

『勇者の後継より、カーミラさんに尽くします!』

 

みたいなのが一番最悪。なんだかんだ、ここまで育てたんだ。勇者を押し付け……じゃなかった後継として。

 

ウィルは弟子の中でもまだまだだし、マイナー大会で三位に成れるのがギリだが……俺は何だかんだコイツには後継として期待をしている部分がある。

 

人望が厚そうな男の元に行かせて、勇者の後継の夢が霞む可能性。そして、俺の指導から、カーミラ商会の指導に移る事によって、俺の指導力の無さが世間で拡散される可能性。

 

後者の場合、他の弟子もヤバい。俺の指導力がない事がばれる→あれ? 俺も勇者の指導受けてるんだが?→そもそも七人に声をかけて七股をしていたこと……それもバレたら大バッシングだ。

 

 

……ウィル、お前カーミラ商会の指導、降りろ

 

 

 

「いずれ、勇者ダンみたいにならないといけないし……僕は、もっと強く――」

「――やめておけ」

「え?」

 

 

 危ない危ない、ちょっとやる気になってる感じがしてるな。

 

「アイツはやめておけ……妙な匂いがする。溝のような腐った匂いだ」

 

 

もう、なりふり構っていられない。何としてもカーミラ商会の魔の手から俺の弟子を守らなければ……。でも、カーミラ商会、悪口言ってごめん!

 

「そ、そうなんですか? 優しそうに見えたのですが……でも、勇者様が言うならきっとそうなんですね……」

「あぁ」

「分かりました! 辞めておきます!」

 

 

よしよし、今のウィルは俺の鉄仮面で騙されている。ここで畳みかけて、二度とカーミラ商会に入らないようにしなければ……

 

 

「そうしろ。限られた中でコツコツ修行をする方がお前にあっている。それに色んな技術や指導者を増やせば良いと言う事ではない。一人ひとり考え方、教え方、物事の見方、それは違い過ぎる。俺の教えと、アイツの教え、二つが矛盾をした時、お前は迷うだろう。そして、戦場で迷いがあった時、どうなる?」

 

誰だっけ? これ言ってたの? 説得力あれば誰でもいいや。

 

「はッ! し、死にます」

「その通りだ。故に指導者を複数、構えるのは俺は好まない。これは俺がどうこうしたいのではなく、お前が混乱をするのを避けるためだ。まぁ、どうしてもと言うなら止めはしないし、好きにすると良い」

「い、いえ! よくよく考えたら不器用な僕が色んな教えを受けるのはパンクしそうなのでやめておきます。先ずは眼の前の最強から写し取れるだけ、写し取る事だけに集中をするべきだと思いました」

「その通りだ。だんだんわかってきたな」

「は、はい! そんなことを言っていただけるなんて嬉しいです!」

「うむ、励めよ」

「は、はい!」

 

 

最後に褒め殺しでなんとか、カーミラ商会の魔の手からウィルを守ることが出来た。ふー、危ない危ない。

 

やっぱりお前が一番手のかかる弟子だよ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

「カーミラ様、以前声をかけたキャンディス・エレメンタールが魚海拳の使い手、ミーウを下しました」

「そうですか……支援を断られたのは残念でしたね。良いサンプルになると思ったのですが……」

「他にも声をかける、サンプルはいらっしゃいましたか?」

「えぇ、数名。ですが、素体のレベルはやはり低い。昨日の男子の部の選手も良いサンプルではありますが……所詮は人間、次元の低い戦いでした」

 

 

 戦士トーナメント会場から少し離れた場所。とあるベンチの上でカーミラは座っていた、彼の隣には黒ローブの男が立って何らかの報告などをしている。

 

 

「そう言えば、昨日、同じくして、資金源である偽勇者ダン教が潰されたと聞きましたが……犯人は分かりましたか?」

「いえ、それが……覇剣士サクラが討伐をしたと言う事になっておりました」

「それはあり得ません。彼は私と同じ、新人類創造寮の中でも神に最も近い進化Ⅰ(ファースト)です。覇剣士サクラ程度ではどうにもならないはず……」

「まさか、本物の勇者が」

「それもどうでしょうか。今や過去の遺物、呪詛王の呪いで体が脅かされているとも聞きます。全盛期ならまだしも、弱っていると噂されている彼が勝てるでしょうかね……ふむ、妖精国に現れた銀髪の戦士の可能性の方が高い」

「……勇者ダンが呪いで弱っていると言うのは本当なのでしょうか」

「恐らくですが、本当でしょう。真・呪詛王とやらが攻めてきたのもその為と聞いています。だからこそ残念でした。全盛期の彼、私なら後1年で超せるでしょう。弱っていない彼と私で戦って見たかった」

「……それは非常に残念でしたね」

「まぁ、私達の目標は古に伝わる、神と魔神。勇者など眼中に入れる必要はないと言えばないのですが……まぁ、いいでしょう」

「そろそろ、また新たなるサンプルを……」

「えぇ、最近集めた一部は使い物にならなくなってしまいましたから……新たなサンプルに眼をかけておかなくては……実験はいくらやっても足りない。神に近づく為には人の手を尽くすしかない、どんな非道の手を使ったとしても」

 

 

 カーミラは本当に悪い奴だった。

 

 

 

 



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29話 下

 さて、キャンディだが順調に2回戦も勝利、3回戦も勝利。準々決勝も勝利、準決勝も勝利した。

 

 こいつ、俺いるかね? 前から思ってたんだが、俺が一々指導する必要無いんじゃない? だって、勝手に他者の技術模倣してくやん。無茶苦茶やろ。

 

「もう、ウィルが出歩いてたから席埋まっちゃったよ」

「ごめんごめん」

 

 

 ウィルとメンメンは先ほどまで遠くの席に居たが、俺達のちょっと前の席に移動をしていた。カーミラ商会と話している間に、ウィルが座っていたメンメンの隣の席が埋まってしまったらしい。

 

 だから、二人で隣同士で座れる場所に移動したのだ。それがまさか、俺の前とは……クソ、恨むぜ

 

 

「ウィル、このポテト美味しいよ。あーん」

「あーん」

 

 

 おいおい、俺の前で何をしてるんだい?

 

「バン、ポテトあげる」

「あ、どうも」

「あ、あーんしてあげるわ」

 

 

 ポテトが美味い。でも、ウィルは許さん……。などと思っていたらウィルの隣にテッシーが座った。

 

「おー、ウィル。居るんやろ?」

「テッシー君!」

「隣ええか?」

「勿論だよ」

 

  ウィルとテッシーが並ぶ。おいおいウィルの隣のメンメンちゃんはどうするんだい?

 

「……テッシー君は勇者ダンが好きなんだよね?」

「せやな」

「実は……勇者ダンについて、僕はある重要な事実に気付いてしまったんだけど……それを言える人が居なくて……これは勇者が好きな男性の意見を聞くのがきっと良いと思ってたんだけど」

「あ、そうなん? なんか面白うやから聞いてもええけど……隣で魔力が高ぶってる子はどうするん?」

「……もう、ウィル! 私だって聞くよ」

「うん! なら聞いて欲しい!」

 

 

 ほぉ、俺に対する新たな事実ね……そう言われるとちょっと気になる所だ。

 

「え? ダンの新たな説ですって?」

「勇者君の新たな事実……」

「気になる……」

 

 

 隣の3人も流石に気になっているようだ。ウィルはごくりと唾を飲んでからゆっくりと語りだした。

 

 

「勇者ダンってさ……凄く、(しも)が大きいんだ」

「あ、そうなん……。それでそれがなんなん?」

「ちょ、それ、わ、私の前で言う?」

 

 

 なぜ、それをそんな大事(おおごと)のようにウィルは言っているんだ。というかそもそも何故それを知って……湖で汗を流した時か。

 

「え? 勇者君って大きいの?」

「知らなかった……でも、なぜそれを知ってる?」

「だ、ダンって、大きかったのね」

 

 タオルで顔を巻いている元パーティーメンバーが、隣で俺の下が大きい話を聞いていて、その反応を見せられているって……

 

「前に偶々水浴びをしてたら、偶然遭遇して目撃をしたんだけど……まぁ、それでね。下が大きいことについてなんだけど……勇者ダンと言えば最も平和を願っている存在なのは周知の事実だよね。度重なる激闘によって体はその戦闘に耐えられるように進化し、強くなる敵に適応をしていった。人間の体には適応能力があるよね? 彼の体は正しく、強さの、いや、彼自身の平和の願いの為に最適化されて言ったんだと思う。彼の思いが彼を強くした……」

「おぉ、なんかエエこと言っとるやないか」

「ウィルって本当に勇者ダン好きだよね」

「それで、その話から導かれるのは彼の平和の願いが下半身に宿ったって事なんだけど」

「急にしょうもなくなったやん」

 

 俺も前者の話だけ、聞きたかったな。

 

「別にふざけてるわけじゃないよ。僕はいたって真剣に下の話をしてる。言ったでしょ。勇者ダンは平和を願っているんだ。それこそ、ずっと先を見据えてる……だから、彼の体は未来の為に子孫を残す体にも最適化されてるんじゃないかなって思ってるんだ。じゃなきゃ、あの大きさには説明が出来ない」

「そんな……デカいん? 勇者の奴は」

「デカイ。初めて見た時、ビビったよ……でも、本当に凄いと思う。世界で一番だと思う。形も気品があると言うか……これも子孫を残すために最適な形に……」

「ウィル……何を真面目な顔で語っとんねん。お前、変人やったん?」

「僕は真剣だよ?」

「あ、変人やわ」

「も、もうウィル! 私の前でそう言う話をしないでよ!!!」

「あ、ごめん。ポテト食べてたし、食事中にする話じゃなかったよね」

「もっと根本的な問題なんだけど! 私、女性だから!! そう言う話慣れてないの!!」

 

 

 おいおい、ウィルって偶に変だよな……本当に変だ。確かに自分でも大きいと思うし、言いたくはないが性欲もかなり多いとは思う……。でも、性欲が多いのは普通だろう。

 

 旅をしてたら徐々に大きくはなったのは確かだが……元々大きかったし。成長期的な問題と筋トレして筋肉が付いたからデカくなると言う前世知識とか……そんな理由だと思うんだけどね。

 

 

「……ま、まぁ、僕はそう言う話興味ないかな」(え? 勇者君って、そんなに大きいの? しかも形も……え、ど、どうしよう。僕と結婚したら営みとかあるし……勇者君、昔から体力お化けだから……か、体持つかな……?)

 

 

 サクラは全然興味ない感じを出している。まぁ、他人の下とか興味出ないよな。

 

 

「……計画が狂う」(……どうしよう、わたしの勇者を酒を飲ませて押し倒した後、耳舐めをしつつ言葉攻めして、その上で勇者をひーひー言わせる計画が……これは逆にわたしが勇者にひーひー言わされるパターンになるかも。でも、それならそれでいい)

 

 カグヤは何を言っているのか、分からない。子供だからね。意味をなさない事も行ってしまう時があるだろう、しょうがない。

 

「ふ、ふーん。興味ないわね。ば、バンはそう言う話興味あるのかしら?」(だ、ダンって、そんなに大きいの!? てっきり仮面の(した)に自信ないから、てっきりそっちの仮面の下も自信ないのかと思ってたけど……)

 

 

 リンは顔を真っ赤にしている。あぁ、昔と変わらず初心なのか。

 

「まぁ、人並みですかね」

「そ、そう」(あんまり自信がないって感じの反応じゃない。もし、勇者ダンの素顔がイケメンとか誰か言ったら曇り顔したり、顔のことについて聞いたら凄いしょんぼりした顔するのに……って事は否定する理由はないって事!? とんでもなく大きいのは真実って事なんだ!?)

 

 

 あ、決勝始まる。キャンディ頑張れー

 

 



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30話 新たなる弟子!!!

 キャンディの決勝が始まる。彼女が出てくると会場は一気にわいた。彼女はここまで圧倒的だったしな。

 

 技術の模倣、体術のレベルも数段高い。

 

 

「キャンディだっけ? 結構凄い」

 

 

 カグヤが褒めるとは珍しい。基本的には興味すら抱かないのに……キャンディはやっぱり優秀なのかもしれない。

 

 

「僕が教師をしてる学校の生徒さんなんだ。まぁ、あんまり絡みは無いけどね」

「そう……わたしも教師やってみようかな」

「それは、しなくて良いと思うよ」

 

 

 サクラとカグヤが楽しそうに話している。リンは唸りながら何故か、ウィルの隣にいるメンメンを凝視している。

 

 

「ね、ねぇウィル。この後、一緒にご飯でもいかない?」

「え? この後は武器屋に行こうと思ってるんだけど。もしよかったら一緒に行く?」

「あ、うん。じゃあ、その後、ちょっとご飯行こう。実はカップル限定のご飯屋さんがあって興味があったんだ……」

「へぇ、そうなんだ! 分かったよ!」

「や、やったぁ!」

「そんなに喜ぶなんて……メンメンは食いしん坊だね」

「そういうことじゃないんだけどね……まぁ、いいや」

 

 きっとメンメンはカップル限定に一緒に行けて喜んでいるんだろうけど……ウィルは気付いていないようだ。

 ウィルとメンメンの様子をずっと見ているリン。そして、リンはメンメンをもう一度、凝視した。

 

「この感じ……アタシと同じ匂いがする」

 

 メンメンとリンは使っている香水でも同じなのか。さて、決勝の相手は、二重使い(ダブル・オーダー)のメリルと言う魔法使いらしい。

 

「メリル……わたしは知らない」

 

 カグヤは決勝の相手は知らないようだった。だが、反対にリンは知っているようだった。

 

「アタシは知ってるわ。アタシは多重魔法展開処理(マルチタスク)という恩恵(ギフト)を持ってるのは知ってるわよね?」

「知ってる、リンはチート。そこに恩恵魔力暴走(マジック・ワン)があって魔力が超多い、そこからの十二階梯魔法を五連展開とか、化け物過ぎる」

「ダンに比べたら、大したことないでしょ。それであの、メリルって子は二重使い(ダブル・オーダー)という恩恵があって、魔法の二連同時展開が出来るみたいなの」

「リンと似てるってことなんだ……」

「しかも、六階梯まで使えるらしいわ。キャンディスって子は凄いけど、今までの相手は格闘系だから模倣できたわけだし、流石に魔法二連展開、しかもかなりの魔法技術ある子だから苦戦は必須でしょうね」

 

 

 へぇ、魔法の二連展開とか凄いね。流石に俺もそれは出来ない。魔法は一個ずつしか使えないし。

 

 まぁ、持論だけど、戦いに魔法って正直使う必要って殆どないんだけどね。斬れば大体終わるし。

 

 

「戦いに魔法とか必要ない。近接でぶっ飛ばせばすぐ終わるって思ってるでしょ」

「あ、いえ、別に……」

 

 

 リンの奴、俺の心を読んだのか……。

 

 

 さて、決勝が始まった。最初にメリルが水と炎の魔法を展開する。一回で五つの炎を出す魔法。一度に水の槍雨を降らす魔法をいきなり下に下ろす。

 

 

「ここまでの相手とは違いますわね……」

 

 

 避けまくってる、キャンディ。おー、よく避けられるなぁ。結構厳しそうだと思ったがまだまだ余裕そうだ。だが、相手も六階梯使えるらしいし、まだまだ手の内は明かしてないだろう。

 

 六階梯とか出されたら、流石にヤバいだろうなぁ。キャンディは使う前に倒した方が良いだろうなぁ。

 

「なるほど、流石は決勝まで残っただけはありますね。キャンディさん」

 

 メリルは杖を何度も降って、魔法を展開するがキャンディはそれを避け続ける。それを見て、ジリ貧だと思ったのだろうか。メリルが杖を振るのをやめた。

 

「六階梯をお見せしましょう。貴方はそれほどの強者であると認めて……」

「……面倒ですわね」

 

 

 メリルの周りには魔法紋様が浮かび上がる。周りの観客も驚いているからきっと魔力の昂ぶりも凄いのだろう。俺はリンとずっと一緒に居たので、全然凄くは感じないが……

 

 

氷結一点(ブリザード・ストライク)! かーらーのー! 炎象徴鳥(ファイア・エンブレム・バード)!!」

 

 

 冷凍、氷ビームみたいなのが放たれ。その隣に炎の鳥が一緒に飛んでいく。これは勝負あったか! と誰もが思っているようだ。というか俺も思った。

 

 まぁ、六階梯魔法だからね。速さも凄いし……キャンディは出される前に決着をつけるべきだった。あ、でも、何の魔法があるか分からないから間合いは不用意に詰めない方が良いのか?

 

 とか、色々考えたらキャンディに魔法がぶつかりそうになる。あちゃー、これは流石にダメかな?

 

 

「こ、これは決まったか!」

「や、やったんじゃないか!?」

「いくらなんでもこの魔法は耐えられない」

 

 周りも色々言っているが……そして、キャンディに魔法が当たると思ったその時。彼女(キャンディ)の口が大きく開いた。え? 何してんの?

 

 そして、ブラックホールのように魔法はキャンディの口の中に消えていった。更にキャンディの拳には炎と氷が宿っているように輝き始める。

 

 

魔法喰い(マジックイーター)。わたくしの恩恵ですの。魔法を食べることが出来て、食べた魔法を一時的に自身に付与できるますの」

「な、なんだとッ!? そんなの聞いてないぞ」

 

 

 チートやん。便利過ぎやろ。その能力。

 

 メリルさん魔法食べられてめっちゃ驚いてる、いや、俺もその恩恵は聞いてない。だから、めっちゃ驚いてる。

 

 

「まぁ、普段は清楚な感じが出ないから使わないのですが……流石に六階梯は生身で受けたら危なそうでしたので」

「く、くっ、ふざけるな!! そんなのズルい所の話じゃない!! ハッタリだ! 何かのトリックだ!! 大地放射(アースドドン)天元水(ウルトラウォーター)

「もぐもぐ……ごっくん」

 

 あ、また食べられた。火、水、氷、土が付与されちゃったよ。どうするんの? これ……

 

「ま、まだまだ!!!」

「キャンディス・パーンチ」

「ぐぇ!!!!」

 

 

 キャンディの強化されたパンチがメリルに突き刺さって場外に吹っ飛んだ。アイツ、俺いる? 自分で強くなればいいんじゃないだろうか?

 

 魔法食べて自分のものにするとか……聞いてないよ。いや、取りあえず優勝おめでとうって言っておくけど……

 

「あら、あの子強いのね」

「そうですね」

「バンなら勝てる?」

「さぁ、どうですかね。あの子、チートみたいに強そうだし。まだまだ何か隠していても不思議ではない感じですからね。底が見えない感じがします」

「バンも見えないけど……底はさ」

 

 強さの底ね……正直俺も分からん。俺って13歳くらいから本気で戦った事ないんだよね。真面目に活動してたけど。本気は殆どない。

 

 二割以上、力出すと空気摩擦で服が解けちゃうからさ。伝説の防具とかも、ちょっと本気で走ったら空気摩擦に耐えられなくて解けちゃったし。

 

 この二割以上本気出すと空気摩擦で溶けるって性質、俺と相性最悪なんだよね。鉄仮面とか本当に直ぐに溶けちゃうから、フツメンがバレそうでひやひやするじゃ済まない。

 

 

 全力で戦う→な、なんてスピードなんだ!? 見えないとリン達が驚く→鉄仮面が溶けて俺の顔が露わになる→いや、そんな凄い動きで俺様系キャラやってたのにフツメンなんかい!

 

 みたいなのが一番怖かったからね。だから、全力全開は無理だろと常に思っていた。だが、本当に全力出したら誰にも速度が速すぎて、見えないから、気にする必要はないと思うかもだが……空気摩擦で服が溶けてるから全裸だろ?

 

 いや、流石に全裸で外を歩く趣味はないしね。やっぱり服は着ていたい。見えてないから全裸でいいやとか変態の透明人間の発想だし。俺にはちょっとその世界の扉を開けたくはなかったのだ。

 

 と、昔の回想に浸っているとキャンディが優勝の表彰をされていた。おめでとう!! よくやったな。まぁ、俺がいなくても優勝とかできてただろうけどね

 

 

◆◆

 

 

 メンメンは一人で花を摘みに行っていた。済ませた後、ウィルが居る会場の観客席に向かう。この後は、想い人であるウィルとデート(自分ではそう思っている)があるのでちょっと緊張をしていた。

 

 だが、彼女には悩みがあった。だって、ウィルは全然彼女の気持ちに気付かないからだ。

 

「ウィル……全然私の気持ちに気付いてくれない……」

「その悩み、アタシが解決してあげましょう」

「だ、誰!?」

 

 

 突如として、彼女の後ろから声が聞こえた。顔を布で覆っており、顔は見えないが多分女性であると判断できた。耳が尖っている所を見ると、妖精族だろうか。

 

「怪しい人……来ないでください」

「い、いや、アタシは怪しい人ではないのよ! こ、この顔を見て!」

「ッ!? 大賢者、リンリン様!」

 

 

 眼の前の妖精が布を取ると……彼女の眼の前には美しい妖精の女性が居た。美と言う名がとにかく似合うような女性だ。

 

「え、えっと、なんで私なんかに……」

「ふふふ、昔のアタシと似てたからアドバイスをしたくなってね。あの、ウィルとか言う男が好きなんでしょ?」

「え!?」

「あー、はいはい。全部アタシには分かってるから。落ち着いて」

「は、はい」

「でも、全然アピールできなくて、強い言葉とかで突っぱねちゃってたりして、悩んでるのね」

「ど、どうしてそこまで!?」

「ふふふ、アタシも同じだからね」

「あ、勇者ダンの事ですか?」

「そうね。だから、先輩として色々教えてあげたいと思ったの」

「……え、えっと……遠慮します」

「な、なんでよ!?」

 

 

 リンはまさか、断れるとは思ってもみなかった。どう考えても断る理由もなさそうだし、自身は伝説の勇者パーティーのメンバー権威的にも凄まじいからである。

 

「だ、だって、何年も一緒に旅をしてたのに結局結婚できなかった人の恋愛思想を習っても、悪化しそうと言うか……」

「凄いアタシの心をナイフで刺してくるのね。恋の為ならアタシにも動じないその姿勢、気に入ったわ」

「いえ、気に入られても……」

「アタシの失敗談とか学んでおくに損はないわ。それに、最近アタシ、勇者と上手く行きはじめてるし」

「え? そうなんですか?」

「そうよ。もう、鉄仮面の下も見ちゃったから」

「えぇ!? そうなんですか!? 誰も見たことないのに!?」

「そうよ……今度実家にも遊びに行こうとも思ってるわ」

「け、結婚前の挨拶みたいな!?」

「え? あ、うん……そうね……そうよ!」

 

 

(あ、見栄張って結婚の挨拶とか言っちゃった……)

 

 リンは本当に善意でメンメンに声をかけた。ウィルとのやり取りを見て、ダンと上手く行っていなかったときの自分を想起してしまった。見ていられない、アタシが何かをしてあげたいと同情心で彼女に声をかけた。

 だが、思わず見栄を張って結婚の挨拶と口走ってしまった。

 

「た、ただ、この結婚はまだ内密だから……うん。黙っててもらおうかしら」

「わ、分かりました。てっきり、私は、リンさんはなんやかんや告白できずに四十歳になってしまうんじゃないかと思ったんですけど杞憂だったんですね。それなら師事を受けてもいいかもです」

「う、うん……良いと思うわ!」

「じゃあ、お願いします! リン様」

「あ、うん。任せておきなさい」

「因みにですが住む家とか決まってるんですか?」

「え……あ、えっと。そこら辺はね、その……子供の問題とかもあるし、何人くらい欲しいかとか話し合ってる最中だから、まだ、これから……かしらね」

「うわぁぁ、勇者と結婚とか勝ち組ですね!」

「まぁね! アタシ、勝ち組だから!」

「どっちから告白したんですか!?」

「あ、あっちからかしら? 結局、ずっとアタシの事が好きだったらしいから……数年越しに言われた感じ……? うん、そうなのよ……」

「うわぁぁぁ!! なら私もすぐに告白されるようになりたいです! お願いします」

「うん……ついでに魔法も見てあげる、魔力の質もよさそうだし。治癒魔法とかで治してあげた、接する機会も増えるでしょ」

「あ、なるほど。これからお願いします。リン様」

「あ、はい」

 

 

(……どうしよう、後半全部見栄を張ってしまった。結婚も家も全部、嘘だし……、まぁ、これから真実にするから別にいいわよね……い、いいわよね?)

 

 

 メンメンはリンリンの弟子となった。

 

 



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31話 ノートと弟子

 ウィルは毎日ノートを書いている。嘗ては勇者ダンもノートを書いていたという伝説がある。

 

 勇者ダンのノート。強さを弱さを、世界の危機を、世界の命運を、歩んできた道筋を。彼は全て記してきたと言われている。だからこそ彼を習って自分もそれをしようとウィルは思ってノートに書いていた。

 

「えっと、今日は筋トレと素振りとモンスターの討伐をして……」

 

 

 ウィルは今日は自主鍛錬をして、その後に冒険者としてモンスターを討伐したりをしていた。それを記して、それに対しての自身の意見と、戦い方の改善点を記しておいた。

 

 

「そう言えば……勇者ダンの書物の中でも黒の歴史書って言うのは謎に包まれてたなぁ」

 

 

 勇者ダンにはありとあらゆる逸話がある。勿論、勇者自身が意図的に伏せている情報もある。

 

 鉄仮面の素顔。勇者の後継。そして、黒の歴史書。

 

 勇者ダンもかつてはノートを書いていた。というのはウィルも知っている。しかし、勇者はその内容については誰にも見せなかった。大賢者リンリン、覇剣士サクラ、格闘家のカグヤ、彼女達にすら勇者ダンはノートを見せない事が多かったらしい。

 

 だが、その中でも勇者ダンが厳重に保管をしていたノートがある。描いている姿さえ、見たことがない。しかし、それは確かに存在をしていると言う幻のノート、書物。

 

 それこそが黒の歴史書。噂によるとあの勇者ダンが異様に警戒をして仲間にも見せないレベルの書物であることから、世界情勢を狂わせる、世界の常識を変えてしまう程の技や奥義、等と言った様々な事が記されていると言われている。

 

 その書物の数は七冊だが、最終的に四天王との戦いで無くなってしまった伝説では言われている。

 

 

「黒の歴史書か……読んでみたいなぁ……あ! そろそろ寝ないと……明日は勇者ダンが訓練をしてくれる日だし」

 

 

 ウィルは週に一回しかない勇者の訓練日に備えて寝ることにした。

 

 

◆◆

 

 

 ウィルとの訓練の日、毎週よく休まずに来てくれるなぁと思いながら俺はウィルの剣を弾いた。

 

「うぐ……ッ」

 

 

 何度も、負けじと剣を振るウィルの剣を優しく防御をする。ウィルは最近マイナー大会で三位になって、女子にモテモテになっていたので気が抜けているはずなので、いつもよりは力を入れて訓練をしてあげないといけない。

 

 

「あ、あの、いつもより強くないですか……?」

「弱い方が良いのか」

「い、いえ! 嬉しくて……僕は強くなれてるから、きっとステップアップの為に敢えてレベルを上げてくれているから嬉しいです!」

「うむ」

 

 良く見抜いたな。流石はウィルだ。

 

「それでだ、今日はお前に新たな修行アイテムを持ってきた」

「!?」

 

 取りあえず俺なりに色々考えた。どうすれば強くなるのか……まぁ、考えたがそんないいアイデアは出ず、取りあえず重石をつけさせるかという結論になった

 

「この、とんでもなく重い鎧を持ってきた」

「ま、まさかそれを……着ると言う事ですか?」

「ふっ、そうだ、これこそ俺が最初に着た修行アイテム……始まりの重石の鎧だ」

「始まりの重石の鎧……」

 

 

 昔つけてたけど、本物はサクラにあげちゃった。アイツ無性に俺の装飾品を欲しがったりする傾向があったからな。なのでウィルにあげたのは骨董品屋に売っていた奴なんだが……まぁ、それは些細な問題だ。

 

 大事なのは弟子のモチベーション。滅茶苦茶安易な発想だが、重石をつけて動かせばそれなりに強くなるだろう。俺の現代世界では考えられないがファンタジーだからな。意外と上手く行くかもしれない。

 

 

「これが、ただの修行アイテムになるかどうかは……お前次第だ」

「は、はい!」

 

 

 修行が上手く行かなかったときは……その時はその時で、適当なことを言えば良いか。

 

「あ、あの、実は僕、ノートを書いてまして……添削とかお願いしてもいいですか?」

「ふむ。まぁ、いいだろう」

 

 きっと俺が昔書いていたからウィルも書いていたんだろう。仕方ないから見てあげよう。赤ペンでアドバイスとかしてあげようじゃないか。

 

 始まりの重石の鎧をウィルに授けて家に帰る……前にトレルバーナ王都で行われる冒険者交流会に寄って行こう。スーツに着替えて……よし。

 

「あ、バン来たのね」

「どうも、リンさん」

「じゃ、一緒に行きましょう」

 

 リンが居た。最近よく会う気がするなぁ。

 

「おお、リン。丁度いい!」

 

 リンと一緒に歩いていた、神託者の婆さんが居た。この人は久しぶりに会ったな。名前はボイジャーだっけ。

 

「なによ、ボイジャー」

「リン、お主に神託が参った」

「ッ!?」

 

 

 またか。昔からよく神に好かれているな。

 

 

「内容は何?」

「この王都に途轍もないハリケーンが近づいている、それがこの国に到達すれば国民の三分の二は死ぬことになるじゃろう。更には城は滅び、住民の家、全ては跡形もなくなくなる」

 

 

 

◆◆

 

「この王都に途轍もないハリケーンが近づいている、それがこの国に到達すれば国民の三分の二は死ぬことになるじゃろう。更には城は滅び、住民の家、全ては跡形もなくなくなる」

 

 

 それを聞いたとき、アタシはまた恐怖を覚えた。

 

「そう……」

「言いにくいがその結果として、リン、お主は片腕を失うと言われておった」

「そっか」

 

 また、神か……いい加減にしてほしいわね

 

「おいおい、マジかよ」

「この国ヤバいって本当なのか!?」

「リン様! リン様がなんとかしてくれるんですか!?」

 

 神託者ボイジャーの話を聞いていたのだろう。周りの冒険者交流会に来てた冒険者が顔を青くしている。

 

「う、うむ……じゃが……」

「――すでに吹き飛ばしたから問題はない」

 

 聞きなれた声がした、というかさっきまで聞いていたから当たり前だけど。

 

 

「勇者ダンか!?」

「鉄仮面は違うが物凄い覇気だ、そうに違いない! ありがとうございます!」

「流石は勇者様だ」

 

 いつの間に……本当にいつも速い。鉄仮面は入り口に飾ってあった鎧の仮面を借りたのだろう。

 

 服もびしょびしょだから、本当にアタシ達が話している一瞬でハリケーンを吹き飛ばしたのだろう。

 

 

「分かればよい。神と言う存在に惑わされるなよ」

 

 

 そう言ってダンは一瞬で消えた。ダンが消えると交流会の者達は一気に安堵を取り戻す。

 

「確かに神託がプツリと消えた……あいかわらずの規格外よのぉ」

 

 

 ボイジャーも去って行った。そのタイミングで交流会のドアが開いた。体がびしょびしょのバンが立っていた。

 

「あいつ、なんでびしょ濡れなんだ?」

「あの格好で来るかね?」

「それより、ハリケーンが消えてよかった。まぁ、勇者だから当然だよな」

「当然、当たり前だろ。勇者なんだから、ハリケーン位、吹き飛ばして貰わないと」

「私達を守ってくれないと困るわねー」

 

 

 当然ね……そうじゃないと思うんだけど。

 

 

「あ、流石にびしょ濡れは不味いか……」

「バン、別にアタシは気にしないわよ」

「いえ……ちょっと今日は出直します。ではまた……髪型決めて来たのになぁ」

 

 あ、髪型きめてきたのね。ちょっとしょんぼりして帰ろうとしているバンの背中をアタシは追った。

 

「アタシも帰るわ」

「そうなんですか」

「そうよ……ダンが昔言ってたわ。水も滴る良い男って言葉があるって」

「へぇ……」

「バンはあれね。正にそれって感じね」

「そうですかね?」

「きっとそうね……さっきの会話聞こえてた?」

「なにがですか?」

「ほら、会場の冒険者が言ってたじゃない。びしょ濡れがどうこうって」

「まぁ、そうですね」

 

 

 じゃあ、勇者が守ってくれるのも当たり前とかも聞こえてたのかな……

 

 

「アタシはダンが守ってくれるのは当たり前とか思わないわ。だから、例え世界中が感謝しなくてもアタシはダンに偉いって言ってあげたいの」

「………………そうですか。そう言われたら本人も嬉しいでしょうね」

「だといいわね。あ、そうだ。ちょっと二人で飲みなおしましょう? 折角だし、バンの家に行かせてよ」

「俺の家ですか」

「いやなの?」

「いえ、いやとかじゃなくて……両親が居るのですが」

「実家暮らしだったの!?」

「はい」

「あ、ふーん……」

 

 

 実家暮らし……まぁ、城で暮らしてるアタシと同じって事なのね……。そう、つまりは両親に顔を覚えてもらう機会でもある訳よね……

 

 

「よし、連れてって。ついでに、バンの両親にもこの間の御礼をしたいから。四天王から救ってくれた奴」

「……あ、まぁ、いいですけど」

「よーし、いくわよ……あ、ちょっと待って。手土産だけ買ってきたいから付き合って」

 

 

 

 アタシ達は一緒に歩き始めた。

 

 

 



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32話 月光

 ダンと一緒にアタシは道を歩き続けた。

 

「あ、僕がおんぶしていきますか? その方が速くつきますし」

「ありがと、でも遠慮しておくわ」

 

 

 おんぶされるとダンが速過ぎるから道が分からなくなる。眼で追えるスピードで歩いて行かないとね……折角家が分かるんだから……

 

 

 よし、この辺りに溶けない氷の柱建てておこう。道標に……次来た時に分かるようにしておかないとね。

 

 

「何してるんですか?」

「ん? 道標に魔法で氷作ってるの」

「……ヘンゼルとグレーテルみたいな感じですね」

「なにそれ?」

「いえ、なんでもないです。分かりにくい例えなのでお気になさらず」

「……一人で納得しないで、アタシにも教えてよ」

 

 

 昔からそう言う気質があった。よく分からない童話やら、聞いたことのない伝説を知っている癖に話さない。勝手に一人で納得して会話を終わらせてしまう悪い癖。

 

 膨れっ面で睨むとダンは淡々と語った。なんでも、道に迷わないようにパンを道標にして、道に置いておいた兄妹がいたとか。そんな話一度も聞いたことはないんだけど……。

 

 どっから情報を仕入れているのやら……それも家に行けば分かるのだろうか。

 

 

「あ、ここです」

「……そう、ここなのね」

 

 

 思っていた以上に普通だった。てっきり豪邸とはいかなくてもそれなりの住居を持っていると思っていたからだ。彼の家は本当にどこにでもありそうな一軒家だった。

 

 本当にどこにでもありそうであったのだ。

 

 これじゃ、誰も辿り着かない訳ね……ダンの家は天空城とか、世界一高い山の上にあるとか言ってたの誰よ。バリバリ田舎にあるじゃない。

 

 

「ただいまー」

「「おかえり、ダ――」」

 

 

 家の中にはダンに似ている両親が居た。二人はきっと『ダン』と言いかけたのだろう。だが、アタシの姿を見ると

 

 

「「おかえり、バン」」

 

 

 切り替えが早い。アタシが居るから正体をバレないように偽名を一瞬で言う当たり、この人たちがダンの両親なのだろう。察しが良すぎるわね。

 

 

「あら、バン、その子はどうしたのかしら?」

「あ、知り合いのリンだよ。あの伝説の勇者パーティーの賢者だった子なんだけど、暇だから家に来たいって」

「あらあら、あの伝説の勇者パーティーの大賢者リンリン様がわざわざこんなしょぼくれた家に来てくれるなんて嬉しいわー」

「そうか、バン。ちゃんとおもてなしをしてあげるんだぞ」

 

 

 探ってるなぁ。特にお義母様が、アタシが勘付いてここにきているんじゃないとでも言いたげな眼だ。お義父様は取りあえずアタシがダンの正体に気付いていないと仮定して動いているようだ。

 

 ダンは……もしかして、何にも考えてないのかもしれない。

 

「取りあえず、びしょ濡れだから部屋で着替えてくるから」

 

 ダンはそう言って自身の部屋に帰って行った。いきなりお義母様、お義父様と三人で話すのは緊張するので一旦、ダンについて行きましょう。

 

「その、アタシも一旦、失礼いたします」

 

 

 ダンについて行った。ダンはびしょ濡れだった服を脱いでいた……え!? アタシはダンの部屋を覗くように頭だけ部屋の中に出していたのだが思わず絶句した。

 

 顔は普通だが……顔から下の体のつくりがオカシイ。いや、普通なんだけど、筋肉の密度があり得ない!!

 

 明らかに異次元体。腹筋も割れてるけど、腕も宇宙でも凝縮してるんじゃないかって言う程力強い。細身だけど、覇気が凄い。

 

 顔はぬぼーっとしてるのに違い過ぎる……

 

「バン」

「リンさん、着替えを覗かないでください」

「ご、ごめん。でも、体可笑しくない!?」

「あー。でも、田舎の人はこれくらいですよ」

「えええ!? 嘘!?」

「ははは。リンさんは王族ですからね、庶民はこれくらいなの知らないんですよね。しょうがないと思います」

 

 

 いや、そんなんで騙されるか!!! 明らかに庶民でもこんな肉体の奴が居ないってのは分かるわ!! アタシがいくら世間知らずの王族だからって、常識は分かるわ!!

 

 

「それより、ご飯食べましょう。着替えも終わりましたし」

「まぁ、そうね……ただ、ちょっと腕触って良い?」

「どうぞ」

「……かった」

 

 

 硬い。なるほどね……。ふーん、なるほどね……これでダンに抱きしめられたら逃げられないわね……。

 

 

「ありがと、それじゃご飯食べましょ」

「はい」

 

 

 アタシは食卓で必死にダンの両親にアピールをした。今は独身な事、そろそろ結婚をしろって言われてる事。冒険者交流会で運命的な出会いをしたこと。そして、ダンにこの間、四天王から命を救われた事。

 

 

 今のうちに、両親からある程度の支持を受けておいて損はない。最近、メンメンとか言う弟子が出来てしまって、そろそろ結婚があるとか言っちゃたし、今更引くに引けなくなってしまったと言うのも理由にはある。

 

 ご飯を食べ終わったとは、近くの町の銭湯に行った。アタシはお義母様と一緒に入った。

 

 その後は家に戻ってきた。今日はダンの部屋で泊って行けとダンの両親に言われたので泊まることにした。

 

「バンの部屋って普通なのね」

「まぁ、普通の一般人なので」

 

 嘘が下手すぎて笑いそうだけど、スルーしておこう。ダンの部屋は色んな書物とかノートみたいなのがたくさん置いてあった。中身は分からないが旅の時に毎日書いていたモノなのだろう。

 

「僕は椅子に座って寝るのでベッド使ってください」

「いいわよ。ほら、一緒に寝よ?」

「……え、あー」

「え? なに? 童貞なの?」

「……いや、別に童貞だから緊張してるとかじゃないですよ? そもそも俺、童貞じゃないですし」

 

 あ、変な所で意外とムキになるのは治ってないのね。一人称も僕から俺に成っちゃってるし。ムキにさせて隣で寝てやろうと思って童貞って言ったけど……凄い刺さるのね。気にしてるのかな?

 

 まぁ、アタシも経験ないから……そう言う経験が無いのを煽るのは、アタシの心にも凄い刺さるけど……

 

 

「じゃ、寝ますね」

「……い、いいわよ」

 

 

 急に緊張してきちゃった。ダンは隣で横になっているがぼぉっと上を見上げている。

 

 適当に話をした。時間は過ぎていって、気づいたらダンは寝ていた。

 

「眠れない……」

 

 眼が冴えている。月明かりが窓から部屋に入っていた。彼が座っている椅子に座って外を見た。

 

 こんな田舎から伝説は始まったのかと思うと、驚きもあるが同時にらしいとも思った。

 

 ふと、月を見上げていると、今までの事を思い出した。ダンはアタシの事をどう思っていたのだろうか。

 

 旅では明確な答えを聞くのが怖くて、ずっと聞くことは出来なかった。

 

 もしかして……ウザイとか、面倒くさいとか思っていたのだろうか。いつも守る必要がある足手纏いとか思っていたのだろうか。

 

 

 そうだったら悲しいなと思いながら明るい月から眼を逸らして、彼の机を見た。どこにでもある机だったが……古びたミサンガが置いてあることに妙に目を惹かれた。

 

 小汚くて、あんまり形も整っていない。でも、あれはアタシが初めて勇気を出して彼にプレゼントを贈ったミサンガだ。

 

勇者(アンタ)のファンとか言う奴が渡しておいてって言うから、渡しておくわ。まぁ、あんまり綺麗じゃないし、捨てても良いんじゃない?』

 

 とか言ったけど本当は自分でコッソリ作っていたのは内緒だ。どうしても彼にお礼と想いを告げたくて渡した。

 

 これをまだ、持っていたのね。プレゼントをしたのがアタシとは気づいてはいないでしょうけど……

 

 

 それだけでちょっと嬉しかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 朝になった!!! 

 

 いやー、昨日はリンが泊まりに来たからね。全然眠れなかった、緊張してさ。リンってやっぱり見た目が可愛いから隣で寝られると緊張する。

 

 なんだかんだ、童貞だしね、俺……。しょうがないと言えばしょうがないけど。

 

 リンも眠れなかったようで昨日はずっと月を見ていた。まぁ、寝たふりを一度してしまったから話しかけられなかったけどな!!

 

 薄目を開けながらリンの姿を見たが……姿を見た途端に思わず目を全開にして開けてしまった。

 

 月光に照らされる彼女は本当に美しかったから。今まで色んな所を旅してみて来たけど、一番美しい光景は何処かと聞かれたらもしかしたら、昨晩月光に照らされたリンと言うかもしれない。

 

 

 そんな美しい彼女だが、一切眠れなかったようで目の下には隈が出来ていた。まぁ、枕変わったら眠れないよね。俺は無限回復恩恵とかあるし、眠れなくてもぴんぴんしてるんだけれども。

 

 

「そろそろ帰るわ……」

「大丈夫ですか? 眠そうですけど」

「平気よ……」

「おんぶして運んでいきましょうか?」

「……お願いしてもいい? 妖精の国、フロンティアまで」

「いいですよ」

 

 

 そう言ったので彼女をおんぶして走る。

 

「そう言えば机の上に汚いミサンガあったけど、あれはどうしたの?」

「あれは、手作りのミサンガなのですが妖精族の知り合いが渡してきました」

「そうなんだ。そのミサンガは……その妖精族の知り合いが作ったのかしらね?」

「そうですよ。渡した本人は別の誰かから渡すように頼まれたからとか言ってましたけどね」

「ッ……へぇ、そうなんだ」

 

 

 あの時のリンは弱さとか不完全な自分を見せるのを嫌ってたからな。ミサンガの出来が悪いから自分で作ったとは言えなかったのだろう。

 

 それに、普通に作ってる所、何回か見かけたし。普通にミサンガの作り方の本買ってたし。全然バレバレだったけど、本人が隠したかったらしいのであんまり追及はしなかった。

 

 まぁ、それはもう過去の事だ。それにリンも昔俺にあげた汚いミサンガの事なんて忘れてるだろうけどな。

 

「そう言えば……アタシ」

「つきましたよ」

「速い! 結構重要なことを言おうとしたのに! いう暇もないわね!」

 

 

 

 テンション上がってる。嬉しい事でもあったのだろうか。昔から寂しがり屋だからな。家に帰れて嬉しいのかもしれない。

 



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33話 初代勇者の遺跡

 俺は基本的に外に出掛ける時は頼まれた用事がある時だ。勇者としての講演会をしてくれとかが例に上がる。

 自分の予定を入れて外に出ると言うのは冒険者交流会くらいしかない。

 最近、弟子たちの修行もあるしね。趣味とか、自身の用事で外に出ようとかはあんまりない。

 

 だが、俺は久しぶりに自身の趣味で外に出る。その理由は初代勇者の祭典があるからである。

 

 初代勇者については俺はあんまり知らない。しかし、魔王サタンを倒したと言うのは有名な話で、常識に疎い俺でも知っている。

 

 まぁ、それが俺の時代に蘇って倒す羽目になったらちゃんと倒しておけよって昔は思っていたけど……

 

 初代様に今まで興味はなかったが勇者後継者を育成する身として、知っておくに越したことはないと思ったので祭典に行くことにした。

 

 本日は訓練もないしな。

 

 場所は都市アルバート。アルバートと言うのは初代勇者の名前らしい。アルバートはその都市出身らしく、偉業を達成してから彼を称えるために都市の名前がアルバートに変わったらしい。

 

 そんな都市には近くに大きな遺跡があるらしい。ただ、強力な魔法で中は閉じられているらしいが……、リン曰く自身なら余裕で開けられるらしい。

 

 特殊な魔法がかかっているらしく選ばれしものが来た時に開くとか。だから、無理に開けてしまうのはルール違反らしい。

 

 まぁ、無理に開けられるのはリンとか俺くらいだろうけどな。暇だし、折角だから遺跡は見学していこうかな。

 

 

 走ってたら着いた。都市アルバートは大きいのに人が混みあってる。

 

 

「あ、バンさん!」

「ウィルも来たのか」

「はい! ここまで来るのにかなり時間がかかりませんか? 僕馬車で、二日かかったんですけど」

「同じくだな。それにしても人多いな」

「初代勇者は今でもすごい人気ですからね。しかも遺跡に挑戦者が居るみたいですし」

「挑戦者?」

「あれ? 結構有名な話ですよね? 初代勇者が子孫に力を授けるために遺跡を作ったって」

「……そうか」

 

 

 初めて聞いた。遺跡が子孫に力を与えるか……選ばれし者が来た時に遺跡が開くみたいなのはそういうことか。という事は挑戦者って……

 

 

「アルフレッドか」

「そうです、勇者の子孫。アルフレッド君が遺跡に向かうと明言しているので」

「なるほどな」

「ただ、遺跡は現在人が近づけようになっているので実際にどんな感じなのかは分からないのが残念です」

 

 

 あ、通行禁止なのか。それは確かに残念だ。観光はしたかったんだけどね。

 

 

「それなら、ウィルも一緒に来るか?」

「あ、アルフレッド君!?」

 

 

 アルフレッドが居た。相変わらず服装がダサいなぁ。全身蒼の服、腕の部分だけ羽毛がある。本当にダサいが本人が良いと思っているのならいいのだろう。

 

 

「遺跡に入るのに同行者をつけてはいけないという決まりはない。私が許可しよう」

「な、なんで、僕を」

「ウィルは見込みがありそうだ。私ほどではないが……それに遺跡に行きたいと以前あった時に言ってただろう」

「ま、まぁ、そうだけど」

「そちらの方もウィルの知り合いならば許可してもいい」

 

 

 ウィルとアルフレッドは以前、会ったと言ってたけどそこでちょっと仲良くなっていたのか。あんまり仲良くなり過ぎて俺の事とか、思わず言ってしまったりしなければ良いけど。

 

 

「い、良いなら僕行きたいです!」

「まぁ、折角だしついでに行くか」

「構わない、付いてくるといい。私の活躍は伝導する役目も必要だしな」

 

 

 なるほど。そう言う事で俺とウィルの動向を許可したのか。活躍とかを世間に知らしめるためにはある程度事情を知っている人が居ないと困るという理屈は分かる。

 

 

「付いてこい」

「うん!」

 

 

 アルフレッドが走り出した。この人込みの中で走ったら危ないとも思うが余裕で二人は避けている。

 

「……この速さについてくるか……ウィル」

「うん、それなりに鍛えてるから!」

「……やはり思ったよりも見込みありか……」

 

 

 走っていたら都市外れの森に着いた。そして、そこには大きな石で出来た遺跡があった。苔があったり、古臭い男性の石像があったりそれなりの雰囲気がある。

 

 神秘的という表現が正しいのだろうか。

 

「ここだ、ウィル」

「うん」

「……初代勇者アルバート、私の……お前」

 

 

 何かを話そうとしていたアルフレッドが話を止めた、俺を見ている? 眼が開かれて驚愕と言う文字が顔に書いている。

 

「お前、どうやってここに来たんだ?」

「普通についてきたんだけど」

「……私の速さについてこれたのか……、手を抜いていたとはいえ……そうか。てっきり途中で引き離されていると思っていたが、思っていたよりもやるようだな」

「鍛えてるからな」

 

 

 アルフレッドは遺跡の前に立った。扉は開かない。

 

「以前もここに挑戦したことがあるらしいのですが……その時は開かなかったらしいです。アルフレッド君は二人の兄が居るのは知ってると思うのですが、その二人もダメだったらしいです」

「そうなのか。子孫でも何か条件があるのか」

 

 

 選ばれし子孫ね。単純にアルフレッドの力が足りないのか、もっと他に原因があるのか。

 

「……私はここに居る、開いてくれ。アルバート!!」

 

 

 アルフレッドのやつ真剣だな。かなり気合が入っている。しかし、開かない。扉は開かない。

 

 

「……何が足りない、私は優秀な師が居て、力もあって。世界の為に何かをしたいとも思っているのに……まだ、私には強さが足りないのか……」

「あ、あの、アルフレッド君……ま、また今度に」

「そうだな、まだまだだった。と言うだけか」

「僕からすればアルフレッド君は十分凄いよ」

「すまない、ウィル。少し、焦ってしまったようだ……」

 

 

 ウィルが遺跡の前に立っているアルフレッドの前に向かいながら、気持ちをフォローをする。アルフレッドも焦っていたと自覚をしているのだろう。一度上を向いて、気持ちを切り替えた。

 

 

「それにしても、この遺跡は開かないな。毎年、来ているのだが」

「歴代勇者たちは空けてるんだよね?」

「あぁ、私の勇者と言われた先祖達は全員扉が開いたらしい」

「へぇ……強さが足りないか……。それとも何かほかに条件があるのかな」

「さぁ、どうだろうな」

 

 

 二人でどうして遺跡が開かないのか話している。入ったことないから分からないけど……単純にアルフレッドの強さが足りないのかもしれないな。強いけど、やはり勇者と言えるにはまだまだな感じするし。

 あと、一年くらいで開くんじゃね? 知らんけど。

 

「でも、本当に凄いよね。この遺跡……初代勇者アルバートか。僕も会ってみたいとは思うよ」

「私も、それは思う所だ」

 

 

 ウィルは遺跡に触れながら色々調べている。アルフレッドも諦めきれないのか、遺跡の開錠スイッチを探して遺跡を触っている。

 

 俺はぼぉっと二人の様子を眺める。すると……唐突に遺跡から轟音が響いた。

 

「うわ!?」

「開いたのか……ッ!?」

 

 

 ごおおおおおおお!!! みたいな音がして、重い扉が開錠する。あれま開いたよ。もしかして、本当にスイッチでもあったのか?

 

 

「私にも勇者の資格はあったと言う事か」

「さ、流石だよ! アルフレッド君!」

「あぁ、中に入ろう」

「うん!」

 

 おー、面白そうだし俺も入ろう。中は埃だらけでちょっと汚い。綺麗好きな俺からするとちょっと嫌だなって思う場所だ。

 

 

「う、うわあぁあああ! 凄い、遺跡。青白い光る鉱石が神秘的に照らしてる!!」

「こんな内装だったとはな」

 

 

 勇者オタクのウィルは興奮しているが俺はあんまりかな。やっぱり掃除してほしいって思っちゃうのは日本で暮らしていたからだろうか。観光地とかもインフラ整備しっかりしてたしね、日本は。

 

 

「あれ? なにかあるよ!」

「……石碑か?」

「しかも二つ……なんて書いてあるんだろう?」

「すまない、私にもこの文字は……こんなのは王家にもなかった」

「初代勇者が残した暗号なんだね」

「……我が家には勇者についてあらゆる情報があるがこの遺跡については何も伝わっていないんだ。意図的なのか、どうなのかは分からないが」

「そ、そっか。残念だよ」

 

 

 あ、この文字知っている。サクラが昔、調べてた奴だ。遺跡回ったことあったけどその中に似たような文字があったな。

 

 サクラは超古代文明の文字って言ってたっけ。でも、俺が勇者とか言われ始めて、聖剣とか抜いたら急にどうでもいいとか言い始めて、超古代文明の文字使わなくなったな。

 

 そう言えば……あの頃からだったな、サクラが急に俺を勇者君とか言い始めたのは。前まで凄い毒舌だったのに急に話すのもオドオドしたり、眼も凄いキョロキョロさせて話したり、そう言えば急にプレゼントもしてきたのも、超古代文明の文字捨てたあたりからだった。

 

 サクラはよく分からない。未だに。

 

 

 さて、折角だし超古代文明の文字読んでみるか。昔はリンに超古代文明の文字が読めるのカッコいいって思って欲しくて、サクラと一緒に勉強したんだったなぁ。

 ほら、日本でも英語ペラペラの奴かっこいいみたいな? 安易な発想だった思うがこんな形で役に立つ日が来るとは……

 

 えっと……なになに……ふむふむ、なんだ? これ? 読めるけど意味わからん

 

 

「あの、もしかして読めるんですか……?」

「え? この石碑?」

「そうです、バンさんさっきから凄い速さで紙にメモをしてるから」

「あ、うんまぁ、読めるよ」

「「!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????」」

「読んでみる?」

「お、お願いします! 気になります!」

「どうして、私に読めなくて君に読めるか気になるが……頼む」

「石碑は二つあるから一個ずつな」

 

 

 ふむ、では読んであげよう。

 

 

「私の子孫よ、ありがとう。私の強さを君が受け継いでくれた。悲しみ、痛み、嘆き、憤り。それら全てが君に降りかかった事だろう。しかし、感情は表裏一体、悲しみがあれば喜びがある、痛みがあるから愛があるのだ。きっとそれを君は知ったのだと思う。

 世界の為に頑張ってくれた君に感謝をしたい。ありがとう、呪いを殺してくれて。きっと気分は悪かっただろう。真実を知った時、そんな事をしたくないと思っただろう。でも、君は乗り越えてくれた、これから先の未来は君だけのものだ。君のこれから進む未来に幸があって欲しい。沢山の幸福や感謝が世界から君に与えられるだろう。最後に、本当にありがとう。勇者、アルバート」

 

 

 変わったポエムみたいな言葉だ。さて、もう一つの石碑を読むか。

 

「私の子孫よ、すまなかった。私の弱さが君を生んでしまった。私が君から幸福を感謝を、喜びを奪ってしまった。どうすることも私には出来ない。君の人生から私の弱さが奪った全てをどうか許してほしい。

 世界の為に犠牲にしてしまって、本当に謝っても謝りきれない。どうにかしたいとずっと思っていた。しかし、私にはこれしか思い浮かばなかったのだ。先の未来に私は居ない、故にこんな事しか出来なかった。君の未来はない、これから進む先すらも消えてしまっているだろう。世界から拒絶をされてしまった君の死後だけは穏やかであってくれ。最後に、本当にすまなかった。先祖、アルバート」

 

 

 ふむ、全然分からない。ただ謝っているのは伝わってくる。

 

 

「これは……私に向けられたものなのか? それとも私の先祖の勇者に向けられたものか?」

「ど、どうなんだろう? 僕にはちょっと……敢えてぼかして伝えているようにも見えたけど」

 

 敢えてぼかすか……ちょっと気持ちはわかるかもしれない。リンに一回だけ恋文を書いたことがある。

 

 なぜだが分からないが、めっちゃ遠回しに告白文を書いたのを今でも覚えている。しかも武士口調でな。

 

 

――拙者の心から、震え春夏秋冬を巡りし時に、気づいた、当方(とうほう)好きで(そうろう)

 

 

 いや、今でも恥ずかしいと本気で思う。日本の記憶があるけどね、あの時の俺って小さかったんだよな。小さい体に精神が引っ張られるから、後先考えずにフツメンの癖に俺様系キャラとかやったりしちゃうんだよね。

 

 敢えてぼかすのは勇者あるあるなのかもしれない。まぁ、その恋文はとある日記に練習用として描いてたんだけど、四天王との戦いで川に流れたからそのまま海に行って既に海底の底にあるだろう。

 

 もう、バレる心配ないからどうでもいいんだけどね。

 

 

「よく分からないが、他にも秘密がありそうだ。私について来てくれ。この文字が読めるなら、他にも何か分かるかもしれない」

「バンさん! 行きましょう!」

「え? ここホコリ凄いからそろそろ帰り――」

「――バンさん! 行きましょう!!!!」

 

 

 ウィルの眼が凄いキラキラしている。こうなったら断れんよ。俺は二人にこのままついて行った。



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34話 右と左の分かれ道の先で

 本当は滅茶苦茶帰りたいと思い始めているのだがウィルとかがどうしても、と言うので仕方なく進むことにした。

 

「埃臭いな……」

「バンさん、流石に何百年放置されている遺跡ですし。無理もないですよ」

「帰って良い?」

「いやいやここまで来たら! いきましょうよぉ!! 折角来たんじゃないですか!」

 

 

 いつもより体温が二度くらい高そうなウィルに溜息を吐きながら先に進む。アルフレッドとウィルが前を歩くのでそれについて行くと、分かれ道を発見した。

 

「右と左に別れてますね……どっちに行きますか? 僕は……なんとなく左がいいかなって」

「私は右が良いと思うが」

「俺はどっちでもいいな」

 

 

 ウィルは左が良いと言うが、アルフレッドは右が良いと言う。対して俺はどっちでもいい気がする。

 

「私はどうしても右が良い」

「ぼ、僕は左かなって」

「……そうか、ならウィルは左に行くといい。そこまでそっちに行きたいとなると何か意味があるのかもしれない」

「え!? いいの!? この遺跡はアルフレッド君の先祖のものなのに」

「先祖と言ってもほぼ他人のような物とも言える。それにウィルは見込みがある、好きにして構わない」

「それなら、僕は左に……バンさんはどうしますか?」

 

 

 どっちでもいいんだけど……どっちかと言うとウィルの方が心配だから何か罠があったりしたら助けてあげないといけないし。

 

 

「ウィルついてくことにするか」

「あ、ありがとうございます!」

「そうか、なら私は右に一人で行こう。あとでどうだったか教えてくれ」

「は、はい!」

 

 アルフレッドは一人で右に行ってしまった。さて、俺達は左に進むか。

 

 

 

◆◆

 

 

 なぜか分からないけど、僕は左に進むべきだと思った。

 

「左ねぇ」

「バンさんは右が良かったですか?」

「いや別に、それより埃が凄いなって。ちゃんと初代勇者整備してほしいよな」

 

 

 もう死んでいるから無理ではないだろうか……。と僕は思った。それにしてもバンさんも不思議な人だ。

 

 初代勇者アルバート……世界に知らぬものなど居ないほどの有名人。原点勇者。

 

 全てはアルバートから始まったのだ、とも言われている。魔王サタンを倒して勇者になった男……まぁ、魔王サタンは勇者ダンの時代に蘇って彼に倒されているんだけど……。

 

 それでも彼の事を未だに最強だと信じている者や、最も優れている勇者と信奉する者も多い、勿論僕だって好きだし尊敬もしている。ただ、それは勇者ダンの次位にという言葉が付く。

 

 とにかく勇者ダンの次には凄い人なのだ。それなのに……

 

 

「バンさんは初代勇者アルバートをあんまり尊敬と狩ってしてない感じですか……?」

「うーん、まぁ、凄い人なんじゃない? でも会ったことないし、でも織田信長くらいには凄い人なのかなぁ? だったら尊敬もするけど」

「そ、そうですか」

 

 

 織田信長って誰だろう? 全然聞いたことがないけど……普通なら尊敬してたり、信奉してたりするんだけどバンさんってそう言うの全然ない。勇者ダンもあんまり好きじゃないって感じだし。

 

 

 変わってるなぁ。さらに言えば超古代文明の文字が読める人なんて会ったことが無いか。

 

 本当に謎と言うか、底が知れないというか……。

 

 

「お、扉があるぞ」

「そうですね。ん? なにか書いてありますよ」

「確かに、扉の下に何か書いてあるな」

 

 

 僕達が進み続けると大きな扉の前で止まった。何かが書いてあるのだが、僕には読めないのでバンさんが読んでくれる。

 

 

「子孫よ。安らかに……だってさ」

「えぇ、なんか怖いですね」

「取りあえずこれどうやって開けようか……」

「多分ですけど。こういうのって何か仕掛けとか開けるの条件が――」

 

 

――ドカーン!

 

 

 

 と大きな音がした。えっ? と思いバンさんを見ると彼が扉を破壊していた。

 

 

「あ、やべ、強く押したら壊れちゃった」

「え、えぇ!? 初代勇者の遺跡壊したらダメですよ!!」

「マジか。弁償した方が良いかな?」

「一億ゴールドか絶対しますよ! 弁償とか無理では」

「あ、一億なら割と安いな」

「えぇ!? 安いの!?」

 

 

 冗談を言ってるんだろうけど、一億ゴールドは安くないと思う。でも、冗談にしては嘘を言っている感じには見えない。

 

「まぁ、黙ってればバレないだろうし。それより扉の中、結構広そうだな。入ろうぜ」

「は、はい」

 

 

 僕達が扉の中に入ると、彼の言う通りとっても大きな空洞があった。天井には無数の鉱石があり、それが太陽のように光り輝いている。

 

 

「神秘的な場所だなぁ」

 

 バンさんがきょろきょろ辺りを見渡している。確かに彼の言う通り、神秘的な場所だ。

 

 でも、なんだろう、神秘的な所なのにどこか、不気味さを感じるような……

 

 

『ノロイ、ハライ、ヤスラカニ……』

「ッ!?」

 

 なにか、声がする。誰かが……僕達を、いや、()()()()()()。誰かに見られているという気配にきづいた。そして、その見ていた主が僕から遠い壁際から壁を破るように姿を現す。

 

 

『スイテイ、カクセイイマダシテオラズ、スミヤカニマッサツ……』

 

 

 人型の人形の様だった。しかし、体のいたる部分が見た事のないパーツで覆われている。

 

 

「変わったロボットみたいな感じだな」

「はい……これって、戦いになるんでしょうか?」

「多分、俺の勘がそう言っている。俺がやってもいいけど、ウィルに任せる」

「は、はい」

 

 

 人型の人形、背丈は僕と同じ位だ。ただ、遥か未来の技術によって作られたのではないかと思う程に異質だった。

 

 こんなの見たことがない。もしかして……超古代文明の人形型戦士なのかもしれない。超古代文明の文字があった事だし、初代勇者と古代文明には何か関係があるのだろうか。

 

 

「おい、来るぞ、ウィル」

「は、はい」

「ふむ。相手を仮にスーパーロボット君と命名しよう。ウィル、スーパーロボット君に勝て」

「は、はい。スーパーロボット君に勝ちます!」

 

 

 バンさんに言われて僕は持ってきていた剣を抜いた。スーパーロボット君の手が剣に変わった。

 

 

『ハイジョスル!!』

「ッ!」

 

 

 大きく飛来し、一気に僕の間合いまでスーパーロボット君は入ってくる。流石は初代勇者の遺跡に存在しているだけはある。

 

 途轍もなく速い。だけども、僕は……常にこれより強い存在と戦っている。修行をしているのだと――

 

 

――間合いを見切り、剣を交わして流れるように胴体に剣を当てて引いた

 

 

『……スイテイレベル、ジョウショウ……ジャノメ、カクニンデキズ。シカシ、オオキク、チカラヲツケテイル……パターン解析……』

 

 

 ピロピロ、ロボット君から音が鳴る。眼の部分が青く怪しく光る。

 

 

『完了……パターン26、双剣ディルバッシュ、サイゲンが効果的とハンダン』

 

 

 双剣ディルバッシュ……!? それって初代勇者が一番最初にライバルと認めた剣士の名前だ。

 

 それをまさか……再現するのか!?

 

 

『模倣開始……』

 

 

 スーパーロボット君の両手が剣に変わる。僕は構えて、一歩下がった。それと同時に先ほど、僕が斬ったロボットの一部が再生する。そして、再び向かってくる。

 

 

「……本当に再現をしているならッ」

『ダブルブースト、ハイジョ』

 

 上下左右から剣の雨が降ってくる。確かにこれは先ほどの剣の感じとは全く違う。手数が多い分、僕は下がるしかない。

 

 

 ダブルバーストって両方の剣を強化するって言うシンプルな魔法。初代勇者アルバートの英雄譚に書いてあった。シンプルだからこそ厄介であり、普通の剣で斬撃を受けすぎると剣が折れてやられてしまう。

 

 双剣による圧倒的手数で相手のみ動きを封じて、止めを刺す。確かにそれが再現されている。

 

 

 今の僕もかなりヤバい。受け流しているが剣が徐々に軋んでいるを感じている。

 

 

「ウィル、変わるか?」

「い、いえ、ダイジョブです!」

 

 

 バンさんまだ居たんだ……正直に言えば逃げて欲しいけど

 

 

「ウィル、頭下げろ!」

「え!?」

 

 

 咄嗟に言われて頭を下げた。すると、スーパーロボット君の口元からナイフが発射されてそれが空を切った。

 

 

――頭を下げなかったら……今頃頭に刺さっていたッ!?

 

 

「右足、上げろ!」

「は、はい!」

 

 

 今度はロボット君の足元からナイフが飛び出た。それは僕の右足に目掛けて飛んできた。双剣ディルバッシュの剣技だけじゃない、こういう絡め手も使ってくるのか……。

 

 

 バンさんは分かっているのか……? これを?

 

 

 まさか、この戦闘が僕よりも見えている……!?

 

 

「ウィル、そろそろ決めた方が良いぞ。相手は学習するタイプの敵だし。長引けば損だぞ」

「は、はい」

 

 

 ……勇者ダンから修行でつけろと言われていた。この錘を外そう。一度、距離を取って、服を脱いで錘を外す。

 

 

「……ふー」

 

 

 一息をついて。構える。

 

 

 勇者ダンは嘗て剣だけで戦っていた。魔法はリンリン・フロンティアから教わったりしていたらしいが彼は魔法を覚えるのが不得意でかなりの時間を要したらしい。

 

 故に彼は剣に全てをかけていた。

 

 単純でシンプル、な戦い方が一つある。勇者ダンは持っている手札が最初は少なかった。故に持っている手札を上手く使った。

 

 最初はある程度動きを抑えて、相手に自身の動きを認識させる。そこから、認識をさせた動きを遥か上を行く動きを見せる。

 

 本気を急激に出すことで不意打ち的な攻撃であるが彼はそれを己の武器としていた。今の僕にも出来る。

 

 錘を外した、最速。認識をさせている今までの動きを超える――

 

 

――追いつけ、あの背中にッ

 

 

『スイテイ、レベル……コ、コレは……コレホド……アルバート、ソウテイヲコエテイル……』

「――疾風剣」

 

 

 最速で走り、僕はロボット君を切り裂いた。気付いたら体中から汗が吹き出し、肩で息をしていた。あの双剣ディルバッシュの再現と戦い続けたのはかなり体に来ていたようだ。

 

 

「おー、よくやったな」

「はぁはぁ、ど、どうも……」

 

 

 パチパチと手を叩きながらバンさんが僕の元に寄ってきた。

 

 

「でも、まだ居るみたいだぞ」

「え……?」

『スイテイレベル、ソウゾウコエテイル。ハイジョハイジョ。()()()()()()()()()()()()()()()

「――え……」

 

 

 

――初代勇者アルバートを再現……!?

 

 

 

 できるのか、そんなこと……!?

 

 

 先程切り裂いたロボット。それは動かない、完全に破壊を出来たようだ。しかし、奥から同じようにロボットが数十体、現れる。

 

 それぞれの眼が青く光り、

 

 

『『『『『『勇者アルバート再現開始……完了』』』』』』

 

 

 彼等全員の手が剣に変わり、それが神々しい光を帯びる。まさか、古代魔法による付与魔法を剣に行っているのか……!?

 

 勇者ダンや大賢者リンリン以外にも古代魔法が使える……確かに元を辿れば勇者アルバートが始まりではある。だから、その遺跡のロボットが出来ても可笑しくはない――

 

 

――や、やばい、もう、体力が……

 

 

 息を吸う暇もない攻防を得て、僕は既に満身創痍だった。足元はくらついて剣を杖のように扱いながらなんとか立っている。

 

 くっ、まだ行けるか。だけど、勇者アルバート……を、さいげ……あれ、意識が……

 

 

「大分気を張ってたから、もう限界なんだろ。寝てろ」

「ま、まだ、やれま――」

「――まだまだ世代交代には早いか」

 

 

 僕は気付いたら倒れていた、倒れながら微かに空いた眼でその光景を見続ける。バンさんはさっきの攻防が見えていた。でも、流石にアルバートの再現をどうにかできるほどの実力――

 

 

「――初代勇者の遺跡、アトラクションを内蔵するのは構わないけどちょっと遊び心が過ぎるんじゃないか」

 

 

 彼はゆっくり歩いて行った。彼は剣を持っていない。魔法を使うそぶりもない。

 

 

 僕は虚ろな目でそれを見る、もしかしたらこの光景は既に夢で僕は死んでいるかもしれない。

 

 

『邪魔するモノ、ハイジョ、ワレワレノモクテキ――ジャキ、がかががわわあああああ!!!!!』

 

 

 きっと夢なのだろう。

 

 

 ――だって、バンさんが片手でロボットの顔面を潰していたのだから。

 

 

『スイテイ、レベル……ソクテイ不能……シンジラレナイ……こんな存在が、現れるのか、アルバートを超えて――』

「――当たり前だろ、俺にかなう奴は存在しないからな」

 

 

 彼は右手を振るった。それはただ、振るっただけ。特別な事はしていない。本当に右手を軽く振るったのだ。

 

 ――人には過ぎた力。

 

 明らかに生まれる世界を間違えていると思われるほどの軌跡。

 

 ただ振るうだけで、理不尽を生み出す絶望的なまでの希望の象徴。

 

 

 消えゆく意識の中で僕はそれを見たのだ。

 

 

 彼が振るった右手がそこから真なる力を発揮する。バキバキと数十体のロボットを塵に還した。しかし、それだけで留まらず、威力は波紋をしていく。

 

 

『ビービー、ソクテイ不能、スイテイレベル、規定オーバー!!! 超危険!! 超危険!!』

 

 

 本当に振るっただけで全てのロボットは消えてしまった。静寂が残り、僕は静寂に誘われるように瞳を閉じたのだ。

 

 

◆◆

 

 

 遺跡の探索は終わった。結局、ちょっと変わったロボットを見るというだけで終わったのは残念だがまぁ、良しとしよう。

 

 気絶をしているウィルはアルフレッドに任せて俺は家に帰宅をした。

 

「バン、お帰りなさい」

 

 我が母親が出迎えてくれる。

 

「あのね、バン、言いたいことがあるの」

「なに?」

「一人暮らしを始めなさい」

「確かにそろそろ実家暮らし辞めた方が良いか」

「そうよ、丁度いいからリンちゃんと家を探してきなさい。女性目線の意見も貰えるから」

「あ、はい」

 

 

 今度リンを誘うか……

 

 

 ――勇者、家を買う。

 

 

 

 

 

 




更新が大分空いてしまってすいません。実はリメイクとかも考えていたので大分時間がかかってしまいました。

これからは定期的に更新できればしていきますのでお願いします。


https://t.co/hNRWj5moRc

↑僕の公式ラインです。更新とか、それ以外にもお知らせするので是非どうぞ!


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35話 勇者、家を買う

 アタシの名前はリンリン・フロンティア。周りからは大賢者リンリンとか、リンリン様とか、フロンティア王女。とか色々と言われている。

 

 親しい間柄の人からは……とは言っても、家族を覗いたら三人くらいしかそんな人はいないけど。彼等はアタシの事をリンと呼ぶ。

 

 

 

「お姉ちゃん」

 

 

 まぁ、一人くらいはお姉ちゃんと言う妹も居るけど。

 

 

「ターニャ」

「ん、お母さんがお姉ちゃんと勇者ダンが良い感じって言ってたけど、本当なの?」

「……そうよ」

「うっそ……凄いじゃん! 玉の輿じゃん! 超玉の輿じゃん! 凄いじゃん! 資産額いくらだっけ!? 勇者ダンって」

 

 

 あ、アタシの見栄を張ってしまう悪い癖が……というかママもなんでそんな事を言うのよ! 確かに素顔を知っているのはアタシくらいだけど。

 

 

「勇者ダンって、どれくらいお金持ってるかな? お姉ちゃんは分かるでしょ」

「……まぁ、何となくは想像つくわね」

「えー! いくら!?」

「いや、そう言うのって言わないが方が良いと思うわよ」

 

 

 アタシはダンと一緒に居たから、ダンが世界を救って色んな国や人たちから報償金を貰っているのを見ている。

 

 だから、ダンがどれくらい持っているのかは想像は出来なくはない。

 

 

「ちょっとだけ!? ちょっとだけだから教えて!」

「……ダンって世界を救った後に凱旋パレード的なので世界を巡るでしょ? 王様の前に立って、お金をせびるのよ。『俺が世界を救ってやったのにこれっぽっちな訳がないだろ、お前等の国の財源ありったけ寄越せ』って」

「うわぁ、えぐ」

「そう? 命がけで世界を救ったら当然の権利だと思うけど。というか確かにあれっぽっちで報酬金は低いわね」

「でも、勇者ダンってお母さんとお父さんにも同じこと言って、国の財源潰しかけたじゃん」

「若気の至りよ。それくらい」

「いや、故郷の国潰れそうになっているんだけど。お姉ちゃん第二王女でしょ?」

「そんなのどうでもいいわよ」

「そ、そう。それでお金って?」

「うーん、贅沢をしているようにも見えないし……そうねぇ。一時期、ダンジョンで一攫千金とかもしてたし……あ、月の国からもお金せびってたわね。トータルすると……一人で10か国くらいの国の財源をすべて集めても敵わないくらいかしら?」

「エッぐ……え、マジで? えぐくない? えぐすぎない?」

「そう? ダンなら普通だと思うけど」

「いやいやいやいや、お姉ちゃんの感性がおかしいって!!!!!! 絶対バグってるよ!! 勇者ダン基準でこれから人と話さない方が良いよ!!」

 

 

 急に鼻息荒くなる妹……大丈夫かしら? 眼が凄い血走っている。お金は無いよりあった方が良いとは思うけど、お金位はダンの付加価値だと思うけど。

 

 

「そりゃ、ダンの基準を人にあてはめないわよ」

「お姉ちゃんそりゃ結婚できないよ。理想が高い所が、突き抜けて殿堂入りレベルだもん」

「そうね」

「でも良かった。これでこの国も安泰だね。お金持ちだし、強いし、何かあっても全部解決してくれるし。お姉ちゃんいつ結婚式あげるの? 子供は?」

「…………ぼちぼちね。こうゆっくりやって行くことだと思うのよ。慌ててもさ。良いことないし」

「あー、確かにね。でも、本当に良かったね。お金持ちだし」

「お金って、そんなに大事?」

「そうだよ! お金は大事だよ!」

「……うーん、ダンと一緒に居た時は貧乏でも楽しかったからあんまりピンとこないわね」

「えー、10か国の財源あわせても足りないってヤバいと思うけど」

 

 

 お金か……ダンとなら貧乏でも楽しい生活できると思うんだけどなぁ……。そうねぇ、ダンのあの家に居候させてもらってもいいけど。

 

 やっぱり小さくても一緒の家に住んで……子供は二人かなぁ……。でも、居ればいるほど楽しいと思うし。

 

 

「お金持ち凄いなぁ」

「まだ、お金言ってるのね」

「そんなにお金凄いかしら? アタシからすると……前に、超新星魔王アルティメット・ノバ。とか言う魔王が現れた時の方が凄かったわ」

「ん?」

「魔王の能力がね、星の自転を弄るとか言ってのよ。それで遠心力を生み出して、凄いパワーを出すとか言ってね。それでさ、『フハハハ、この俺様が星の自転を回す』

って言ったら、ダンが『ちょっと自転止めるかって』足で地面をバンって踏んでこの星の自転を止めて相手の能力を封じた時の方が凄かったわ」

「いや、こーわい……敵も意味わかんないけど、勇者ダンも意味わからんない」

「あそこで惚れ直したわねぇ」

「変わってるなぁ。ある意味ではお似合いだけど」

「でも、ダンを怖いとか言う人が居るから悲しいわね」

「いや、怖いと思うよ。今の話聞いたら」

「皆の為に頑張ってくれてるのに、意味わかんない。文句言ってないで、お前が戦えって言ってやりたいわ。ダンだってそう言いたいはずよ。でも、それを言わない器の広さもあるのよ、アイツは」

「へぇ……でも、良かったね。そんな器の広い人と結婚出来て」

「……まぁね」

 

 

 まぁ、未来では結婚するしね。ほぼ確実と言うか……嘘とは言えなくもない絶妙なラインね。

 

「新居とか建てるの?」

「まぁね。色々、二人で未来について話してる所」

「うわぁ、凄いなぁ。お姉ちゃんの結婚式、凄い大々的にやってね」

「当り前じゃない。国総出でやってもらうわよ」

「お兄ちゃん達にも言っておくね! お姉ちゃん結婚するって」

「いいわよいいわよ。言ってきなさい」

「うん! 早速行ってくる!」

「……そ、そう、そんなに慌てなくてもイイと思うけど」

「いやいや! もうワタシ、嬉しくって! すぐに言いたい! 大丈夫、言うのはお兄ちゃんとお姉ちゃんの二人だけだから!」

「そ、そう。なら、いいわ、よ?」

 

 

 

 ターニャは凄い勢いで走り去った。どうしようまたしても……見栄を張ってしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

 ターニャに見栄を張ってしまった。ついでに言えばアタシは弟子であるメンメンにも見栄を張っている。

 

 アタシとダンはラブラブであると……。

 

 あぁ、どうしよう。そろそろぼろが出そうな気がする。昔からの悪い癖なのだ。これは。

 

 

 そうこうしているうちに冒険者交流会にやってきた。

 

 ダンはいるかしら? あ、居た。一人でぼぉっと窓の外を見ている。何をしているのかしら?

 

 

 

「バン……」

「リンさん、今日はリンさんを待ってたんです」

「え? アタシを」

「はい」

「ふーん、なに? 可愛い子でも紹介してほしいの? 生憎だけどアタシ、あんまりそう言うの好きじゃな――」

「――あの、一緒に家を見ませんか」

 

 

 空気が止まった。今なんて言った?

 

 

「あ、ごめん。一緒に家を見ませんかって言ったように聞こえたんだけど、本当は何て言ったの?」

「そう言いました」

「え? 家?」

「はい」

「ま、マイホーム?」

「はい」

「……」

 

 

 え? 嘘、ナニコレ!? こここお、告白って奴!? ととと、遠回し過ぎない? 一緒に住んでくれみたいなことを言ってる。

 

 こ、婚約? 

 

 

 ――まぁ、受けてあげなくはないけど?

 

 

 まぁ、嬉しいって言うか? そろそろ結婚しなきゃとか思ってたし? うんうん、全然してあげなくもないけど?

 

 ちゃんと甘えさせてくれたり、甘えてくれたりするなら。イチャイチャできるなら全然いいけどね?

 

 

「まぁ、いいわ、わよ? そ、その、いつ、ごろ?」

「今からです」

「ええぇえ!? は、早くない!? あ、アタシも妄想とかでは挙式してたけど」

「すぐに家見に行きましょう。もう用意してるので」

「やる気バッチリね!! 嫌いじゃないけど!!」

 

 

 

 急に積極的に……う、嬉しい。これを何年待った事か……! アタシ可愛いから? 当然と言えばそうかしらね?

 

 準備してたし? いつ選ばれてもいいように若々しくいるようにしてたし? 下積みが結ばれたわねぇ?

 

 えへへ……

 

 

 ダンに連れ出されて、冒険者交流会を出た。

 

 

「あ、ここの不動産屋で紹介してくれるみたいです」

「フーン……」

「すいませんー、予約してたバンですけど」

「いらっしゃいませー」

 

 

 ダンは店の人に色々と話をしている。アタシは一緒に住めるならどこでも良いけど。一緒に決めるって言うのが大事なのよね。

 

 

「あの、ご予算の方は?」

「上限なしでお願いします」

「冷やかしなら帰ってください。上限なしって」

「あの、取りあえず上限なしで本当に大丈夫です」

「……は、はぁ」

 

 

 貫禄なさ過ぎて冷やかしとダンは思われているようだった。脱いだら凄いんだけどね。それに勇者だし、資産とか確かに上限ないだろうし。

 

 それにしてもダンに対して失礼な奴ね。昔なら魔法を軽く見せてビビらせるところだけど、今のアタシは気分が良いから見逃してあげるわ。

 

 

「取りあえず、これが家のリストです。どうぞ」

「ありがとうございますー」

 

 

 ダンと一緒に不動産屋を出た。

 

「それじゃ、先ずはこの家から」

「う、うん!」

 

 最初は普通の小さい家だった。1階建てで部屋も3部屋くらいしかない。煉瓦で造られている。

 

 

「うーん」

「アタシは結構好きだけど」

 

 

 ダンとならどこでもいいわ。前に一緒に洞窟とかで過ごしたことあったし。

 

 

「折角ならちょっと大きい家が良いですね。のびのび生活したいですし。子供とか居たら、元気よく育ってほしいですし」

 

 

 ちゃ、ちゃんと考えてる! 家庭的でリンリンポイント高い!!

 

 

「じゃ、次、行きましょう」

「そうね!」

 

 

 あー、幸せー。ダンも家庭的な部分が知れたし。元から優しいから父親としていい人とは思っていたけど……

 

 

「ここは凄く大きくて庭もありますね」

「そうね!」

「2階建て、しかも部屋が沢山ある。のびのび出来て良さそうです」

「バンは子供は何人くらい欲しい」

「二人くらいとは今のところ思ってます」

「あ、アタシも二人くらいが理想と思ってたの!」

「なるほど、参考になります。でも、犬とか猫もいてくれたら楽しいかも……超光霊創造犬フェンリルとか、幸運将来体ネコーンとかも居て欲しいですね」

「うんうん! バンなら手懐けられるし!」

 

 

 

 や、バ、ヤバい幸せでニヤけそう……

 

 

「女性目線は参考になりますね」

「……うん?」

 

 

 なーんか、温度差が違うような……

 

「あのさ、なんでアタシを誘ったの? 一応、聞いておくけど」

「女性目線で選んだ方が良いかなって思って」

「……ふーん、あっそ……」

 

 

 まぁ、分かってたけど。どうせ、こんな結婚するつもりはないんだろうとか思ってたけど。

 

 あーあ、ダンは結婚する気ないのね……ショボーン……

 

 

「なんでアタシを誘ったの? 他にも誘える人居たでしょ」

「いえ、リンさんくらいしかいないです」

「そっか、アタシしかいないのか……でも、どうせ母親に勧めらえたとかそんな理由でしょ」

「確かに……でも、母親に勧められなくてもリンさんを誘ってました」

「……なんで?」

「話しやすいし、思った事とか言ってくれそうだし」

「……ふーん。まぁ、アタシの意見は参考になるでしょうね」

「はい」

「バンはさ、アタシと例えばだけど、結婚したらどうなると思う」

 

 

 あ、ヤバい、思わず変な事を聞いてしまった。いかつい性格だから一緒に居るのきつそうとか言われたらどうしよう。

 

 

「楽しいと思います。美人だし」

「前にダンが美人は3日で飽きるって言ってたわ」

「いえ、飽きないです。だって、何回あっても可愛いと思いますし」

「ふ、ふーん。そうね、確かに可愛いのは認めるわ。アタシの可愛さって底なしだしね!」

 

 

 可愛いかー。嬉しー。アタシって単純な女ね。今ので凄い嬉しくなっちゃうんだから。

 

 ダンに言われたから、だろうけど。

 

 

「……アタシってさ、性格キツいかな? 偶に面倒な性格って言われるけど」

「……うーん、俺も面倒な性格ですし」

「まぁ、そうよね」

「え? 俺面倒です? リンさんから言われるとは思っていなかった」

「凄く、面倒くさい」

「えぇ」

「なんか、期待するような言い回しするからね、でも、嫌いじゃないわ」

 

 

 ダンって言動とかもだけど昔から面倒くさい奴だった。でも、嫌いじゃないし、嫌と思ったことも一度もない。

 

 

「どうも」

「バンはさ、結婚したい?」

「はい」

「なんで?」

「……普通の幸せを感じたいとか?」

「そっか。アタシはね。怖いから結婚したい」

「?」

「怖いの、全部。死ぬことも、誰かに道筋を決められているような気がして。だから、大切な人が一緒に居て、大切な子供が一緒に居たらそんな怖い事をフッ飛ばすくらいの幸せがある気がするの」

「……ふむ」

「自分の事だけを考えているから、あんまり良い意見とは言えないけど」

「ユニークで俺は良いかと。確かにこの世界には危険が多い、魔王とか暗躍する組織とか」

「情けない気もするけどね」

「俺なんて、モテたくて冒険者交流会何回も行ってるから、凄い恥ずかしい感じですが」

「確かに……お互いにやっぱり面倒くさいわね。そりゃ、互いに結婚とかできない訳ね」

 

 

 ポカポカ陽気な気温、外から暖かい日差しが入ってきて何だか眠い。ソファに二人して座りながら話していると、昔を思い出す。

 

 弱かった彼、強かったアタシ。出会いから、どんどん強くなって……未来もねじ伏せるくらいに強くなった。

 

 

 神の神託を彼は幾度なく超えて来た。

 

 

 

「なんか、眠くなって来たから、アタシが起きるまでそこに居て」

「了解ですー」

 

 

 

 

――ずっと一緒に居て……。と言える勇気が欲しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はダン君視点!! そして、まさかの勘違いで訳の分からない空気になります!

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36話 始まりはリンだった

 リンが隣で寝ている。寝顔が可愛い。

 

 俺に寄っ掛かっているが、こんなにかわいいとは。以前に母親の寝顔を見たことがあるが見なかったふりをした事がある。

 

 あれを見てから、寝顔ってあんまり良いものじゃないと一瞬思ったりもした。

 

 だが、まさか、寝顔でここまで可愛い存在がいるとは思わなかった。まぁ、旅をしている時から寝顔を見た事があったけど、改めて見るとマジで美人だ。

 

 

 ぼぉっとしながら、りんの寝顔を見た。確かに美人、本当に美人だ。

 

 しかし、どこか寂しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。いや、気のせいではないのだろう。

 

 リンと話していた時に気づいた。コイツはずっと自分が弱いと言うことを気にしている。

 

 リンって凄い強い部類に入るんだけどなぁ。

 

 結構気にしちゃう性格だし、意外と怖がりだし。

 

 

 あとは、俺のせいかな? 俺って強すぎるし。神託とか全然気にしてないけど。凛はその辺を気にしているのだろう。

 

 だから、元気ない、もう30歳くらいなのに。

 

 そう言えば俺も30だったな、思えば……リンに一度も想いを伝えられなかった。

 

 今更、あの時好きでした、と言うつもりはない。本当に今更だしな。

 

 ━━ただ、リンは勇者ダンと言う存在に自分がずっと守られてきて、重荷で自分があったと思っているんだろうなぁ。

 

 

 そんな事はないと俺は思っているんだけど。勇者ダンの俺って俺様系キャラだからちゃんと礼とか言わないし。

 

 これは……ちゃんとお礼を言わないとダメかな。俺って、こう言うのって気になり出すと眠れなくなる。

 

 まぁ、恩恵で眠らなくてもピンピンしているんだけど。そう言うことではなく。

 

 リンにお礼を言うべきか、勇者ダンとしてな。

 

 

 

 

■■

 

 

 

「ん……」

 

 

 なんだか、夢を見ていた気がする。ずっと昔、ダンと出会った時のことを。

 

 

「ごめん、バン。少し、眠りすぎて」

「遅いぞ、いつまで寝ているつもりだ」

「んッ、あえ!? だ、ダン!?」

 

 

 びっくりした。まさか、バン、基、ダンがそこに居たのだ。鉄仮面を被っていた。服装は全然変わっていないけど。

 

 アンタ、勇者って隠す気あるのかしら? 相変わらず変なところが抜けているわね。

 

 

「いつの間に、居たのよ」

「バンは俺の古い知人で、さっき会ったからここにきた。ちょうど、お前に話があったからな」

「いや、そこまで聞いてないけど」

 

 

 聞いてもいないことをペラペラ話す辺り、隠し方がヘタクソというか。面白くて笑ってしまいそうだけど。

 

 

「それで、どうしたの? 私に話があるって言ってたけど」

「……」

「何よ」

 

 

 言い淀むとは珍しい。不遜な感じで強気な口調で言ってくるのに。

 

 

「俺は今まで一度も、お前に。いや、リンリン・フロンティアに礼を言ったことが無かった」

「お、おう、急に、どうしたのよ……」

 

 

 な、なによ。急にどうしたって言うのよ。こんな雰囲気出すなんて、らしくない。

 

 

「……これは、一度しか言わない。俺の始まり、お前だった」

「え……?」

「お前が始まりだった。勇者になったのも、世界を守りたいと思ったわけじゃない。お前だけを守りたい、それが俺の始まりだった。結果的に世界を救ったわけだがな」

「……ッ!!!??!!」

 

 

 え、わ、私だけを守りたい!? どどどどど、どういうこと!? なにがどうなってるの?

 

 ははーん、さてはこれ、夢ね? あのダンがこんなこと言う訳ないしね。

 

 まぁ、でも、夢なら夢で楽しめるから。存分に楽しみましょう。

 

 

「お前だけを守りたいね。どうしてそう思ったの」

「俺は魔法をお前に教わったからな。感謝もある。だが、俺はお前が小さい花を大事にした時に、それを思った」

「小さい花」

 

 あぁ、昔、小さい花を魔物から守ったことあったわね。そんなことよく覚えているわね。夢だと思うけど

 

 

「世界を守りたいと思っていた訳じゃない。お前を守ることを重荷と思った事はない。だから、あまり余計なことでへこむな。俺もお前に助けられた事はあった、だけど、それをいちいち気にしてはいない」

「そっか」

 

 

 ダンは夢の中でも優しいのね。夢以外でこんな甘い言葉かけられた事ないけど。

 

「バンがお前が色々と気にしていると言っていた」

「バンね。まぁ、気にしていないと言ったら嘘になるけど。世界をアンタに一人に押し付けちゃったりしたから」

「確かに面倒を思うこともある。だが、それだけじゃない。俺が勝手にお前を守った。世界は正直どうでも良かった、お前を守りたかった、それは俺の本当にやりたかったこと、それが少し広がった。それだけだ。だから、気にするな。もう、俺に縛られるのはやめろ」

「何よ、急にかっこいいこと言われたらドキドキするじゃない」

「お前はお前のしたいように生きればいい。俺もそうする」

「そ、そっか」

「長い話がすぎたな。俺は再び消える」

「う、うん」

「またな。自分の思うように生きていろ。それが俺の━━」

 

 

 歯切れ悪く、そこでダンは何も言わなかった。そして、次の瞬間にダンは消えた。相変わらず残像すら見えない。

 

 

 夢なのだろう。それはわかっている。それでも私の目には涙が溜まっていた。

 

「夢の中の、ダンの癖に。いつも以上にカッコ良いじゃない……ありがと」

 

 そう思って、そろそろ私も起きようと思った。いつまでも寝ていると日が暮れてしまうから。

 

 そう思ったけど、全然目が覚めない。

 

 

 あれ、おかしいわね。そう思って頬をつねると凄い痛かった。あれ? これ夢じゃない?

 

 

「リンさん」

「わ、今度はバンが来たわね」

「勇者ダンなら、さっき帰りました」

「あ、そう。ねぇ、私の頬をつねってくれない?」

「いいですよ」

「痛い痛い!! え? 夢じゃない?」

「現実です。日も暮れてます」

「あ、そ、そう」

「お城まで送って行きますよ。おんぶで」

「な、ならお願いするわ」

 

 

 バンが私をおぶってフロンティア王国に向かった。あれって、夢じゃないんだ。

 

 ダンが本当に私に言ってたことなんだ。ダンが急にあんなことを言い出すなんて。いや、私が元気ないのを見て、気づいたのね。

 

 

「アンタって、本当にバカよね」

「そうですか?」

「うん、本当にバカ。でも━━」

 

 

 

━━そんな貴方が好きなのだ(そんなお前が好きだった)

 

 

「ありがと、お城に着いたわ」

「いえいえ。僕も家を見てもらったので」

「そう、また、一緒に行こっか」

「いいですね」

「今度はご飯でもどう?」

「いいですね。色々女性目線の話が聞きたいので」

「そう、なら約束ね」

「はい」

 

 

 バンは消えた。バンと言うかダンだけど。あいつがあんなことを言うなんて。

 

 ワンチャンあるわよね? いや、ワンチャンありまくりよね? いやー、良かったぁ!

 

 絶対行ける、デートも行けるし!! 脈だって絶対ある! やった!!

 

 ウキウキの気分で城に帰ってママの部屋に向かった。

 

 

「ママ」

「リン、こんな遅くまでどこに行っていた、この国の姫がこんな遅くまで」

「ご、ごめん。ダンと一緒だったの」

「なぜ早く帰ってきた!」

「え?」

「もっと遅くまで一緒にいるべきじゃ! 朝帰りで結婚しておけ!!」

「えぇ」

「あの男はそれだけの男なのだ。財政だって一気に変わる。金だってあり得なくらい持っている! それなのに倫理的に破綻していない! お前の最高の相手じゃろうに」

「でも、今度デートに行くわ」

「うむ、よくやった。さすがは妾の娘じゃ」

「それに、ちょっと脈アリみたいな雰囲気だった」

「最高か。流石は妾の娘」

 

 

 ママはやっぱり変わっていると思った。情緒も安定していないし。自分の部屋に戻って、ベッドに横になった。

 

 

 夢だけど。夢じゃなかった。

 

 

 やった、まだまだ私もやれるじゃん。私だけを守りたい、それが全ての始まりか。

 

 

 私もダンを支えたい、それが始まりだったのを思い出した。力不足、全てにおいて劣っている私だけど、これからは彼のことを支えていこう。

 

 

 脈アリだしね。うん、脈アリだから。今日はいい夢が見られそう。

 

 

 また、ね。ダン

 

 

 

 

■■

 

 

 リンと一緒に家を見た次の日、俺はウィルとの修行を行っていた。

 

「でや! てや!」

 

 向かってくる弟子をいつものように木剣でポコポコにする。

 

「あで! いで!」

 

 うん、相変わらずどれくらい強くなったのか分からない。こいつ強くなっているのは分かるが、他と比べてどうなのだろう。トーナメントでは3位だったし強い方なのかな?

 

 

「あの」

「どうした」

「今度、騎士学校に行くことになりまして」

「なぜだ」

「見学というか、勇者様が教鞭に立たれていると」

 

 

 非常勤講師みたいな感じだけど。一応騎士学校にはいるけどね。

 

 

「その通りだ」

「それを見てみたくて、丁度騎士学校を見学しても良いってアルフレッドくんに言われて」

 

 

 アルフレッドのやつ、ウィルのことを気にかけていたな。あの遺跡の時もごちゃごちゃ言っていた。

 

 

「それでその、行ってもいいですか?」

「好きにするといい」

「はい! めっちゃ楽しみです!」

「うむ」

「そう言えば、超魔人デスペラードと言う存在をご存知ですよね?」

「うむ」

「それが授業で取り扱われるらしくて」

 

 

 そうなのか、知らなかった。超魔人デスペラードね。前に倒したことがあるような気がする。

 

 

「超魔人デスペラードは勇者様に流血をさせて、傷をつけた伝説級の魔族ですよね」

「そうらしいな」

「そうですよね。あの時の傷って」

「完治している」

「そうですか……全盛期の勇者ダンに傷を与えた魔族。でも、デスペラードはその出生や目的が何も分からなかった謎の魔族。勇者ダンに倒された後、彼は一体全体何者で誰が送り込んできたのかは分かっていない。それが授業で」

 

 

 なんか、一人でぶつぶつ言い始めた。

 

 

 超魔人デスペラードね。思い出した。俺を流血させたとか、傷を与えたとかで一時期大騒ぎだったあれね。

 

 あー、でもあれって……全然話が違うんだよね。

 

 

 正確には俺のおでこに、偶々ニキビがあって、鉄仮面被ってたから、殴られた拍子に仮面の内側の尖っているところがニキビに刺さって血が出たって言うのが本当の話。

 

 それが流血をさせたとか、騒いでるんだよね。一ミリも痛くなかったんだけどなぁ。

 

 当時はそんなこと言えなかったから、黙っていたけど。今ではあいつが伝説の魔族になっているのか。

 

 全然強くなかったし、倒すの余裕だったな。

 

 超魔人デスペラードねー、どんな尾ひれがついているのやら

 

 

 

■■

 

 とある某所。薄暗い研究室のような場所に白衣を着た者達がとある、魔人の完成を待っていた。

 

「遂に、あの伝説の魔人を復活させる時が来た」

「勇者ダンに死を!」

「遂に復活したぞ。超魔人デスペラード。しかも、全盛期よりも、さらに強く仕上げておいた」

「これならば、新人類創造寮、進化I(ファースト)にも匹敵する。ゆくゆくは私自身が、神へと登るのだ!!」

「だが、油断は禁物だ」

「騎士育成学校、そこにある、伝説の鉱石。勇者ダンの聖剣にも使われているあの石があれば、超魔人デスペラードは、超絶大魔神デスペラード・ネオに進化ができる」

 

 

 謎の液体によって満たされているガラス管。そこには全身が真っ黒、両手は剣のような形をしている魔族が居た。

 

 それを囲いながら白衣に身を包んだ研究者たちは笑っている。

 

「では、今度、騎士育成学校を襲い、伝説の鉱石を」

「奪うことにしよう」

 

 

 騎士育成学校に危機が迫っていた。

 





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37話 サクラ対バン

 ウィルは貴族達が多く通う騎士育成校、そこに見学に来ていた。

 

 ウィルは冒険者であり、そもそも騎士の学校に通うべきではない人間である。しかしながら、彼がここに来ている理由はアルフレッドが原因であった。

 

 

「ウィル、折角だから私の学校を見に来たらどうだ?」

 

 

 アルフレッドはウィルの事を見込みがある存在として認知をしていたので、色々と優遇をしていたのだった。

 

 

(アルフレッド君に言われたから、思わず来ちゃったけど……学校大きいなぁ。平民もいるけど、貴族が通う学校らしいから当然と言えばそうなのかな)

 

 

(魔王とか、人類に対する脅威に対抗するための騎士育成校。アルフレッド君が言ってた、勇者並に強い人間が排出できるようにするのがこの学校の指針の一つだって)

 

 

(僕もこの学校で学べるならいい機会だ。僕も勇者を目指している身だし。勇者ダンも偶に非常勤で来るときもあるらしいし)

 

 

 ウィルは中に入り、色々と見学を始めようとする。そこに丁度待っていたと、アルフレッドが登場した。

 

 

「ウィル待っていた」

「アルフレッド君!」

「校内を案内しよう」

「うん、ありがとう!」

「ただ、少し待ってくれ」

「え?」

「もう一人、案内しようと思っている」

「誰?」

「バン、と言う名前だったか。彼も偶々この間、会ったから呼んだ」

 

 

(そう言えば、バンさんは古代文明の文字を読んでたから。アルフレッド君が目をつけたのかな。バンさんはもしかして、学者さんだったりするのかな)

 

 

 

■■

 

 

 先日、アルフレッドに偶々会った。騎士育成校に見学に来ないかと誘われたのだが、普通に非常勤で何回か行ったことあるしな。

 

 まぁ、でも、息抜きに仮面なしで行ってみようかな。いつも吸ってる空気とは違う感じもするし。

 

 ただ、勇者ダンとしても教鞭に立つ予定があるから切り替えしっかりしないといけない。

 

 

「バンさん」

「ウィルも呼ばれてたのか」

「揃ったのならば行こう」

 

 

 ウィルとアルフレッドが待っていたようだ、この間もこのメンツで会ったな。校内に入ると、生徒達がジロジロとこっちを見ている。

 

 

「凄い見られてますね」

「そーだな」

 

 

 制服を見てない、それに加えてアルフレッドと言う勇者の子孫と一緒にいる俺たちはさぞかし、目立つのだろう。

 

 

「ウィル、それとバン。ここの校内はかなり厳しい訓練がある。実力者順に上からAからDにクラスが分類されている」

「そうなんだ。アルフレッド君はAクラスなの?」

「当然だ」

「すごい!」

「ウィルだって、私は相当の可能性を感じている」

「そ、そっか。そう言えばユージン君も通ってるんだよね?」

 

 

 そうだ、ユージンもこの学校に通っているって言ってたな。修行では会うけど世間話とかはしないからな。

 

 

「あぁ、アイツはAクラスだ。元はDだったが、すぐさま駆け上がってきた」

「ユージン君も凄いんだね」

「だが、基本的にアイツは授業に来ない。そのせいで結局Dクラスに落ちたんだ」

「あ、な、なるほど。ユージン君、勇者ダンが好きだから冒険者として行動してるもんね」

「それもある、だがアイツの家は色々面倒なんだ。ユージンも複雑な境遇だったしな」

「そう言えば、そんなこと言ってたかも」

 

 

 ユージンは才能ないとか言われてたらしいからな。貴族でも有名な名家らしいから余計に面倒なんだろう。

 

 

 

「あ、バン君、だっけ?」

「はい?」

 

 

 サクラが居た。きっちりした教師制服みたいなのを着ている。俺に声をかけたと言うことはこの間、戦士トーナメントで会ったのを覚えていたらしい。

 

 

「サクラさん」

「どうしたの? ここの学生じゃないよね?」

「アルフレッドに見学に誘われまして……あ、ウィルとどっか行ってる」

 

 

 アルフレッドはウィルが特にお気に入りのようで、俺を忘れて校内を案内しているようだった。

 

 

「あー、アルフレッド君ね。見学者がいるみたいな話はあったかも。でも、置いてかれちゃったね」

「ですね」

「……よかったら僕が案内しようか?」

「え?」

「ここで置いておくわけにもいかないし」

「あ、はい。じゃあ、お願いします」

「はーい」(この人、偽勇者君を倒した時異常な強さをしてた。リンちゃんの知り合いだし、悪い人ではない……とは思う。それにどっかで会ったことある気がするし。でも、こんな実力者が無名っておかしいよね。話してみたら何か分かるかもしれないし)

 

 

 

 サクラとは偶に教師陣営として話したりしてるから、今更だけど。暇だし回るかな。

 

 

「ここが教室だよ」

「へぇー、広いですね」

 

 

 知ってる

 

 

「ここは武器庫だね」

「へぇー」

 

 

 知ってる、言葉では言わないけど

 

 

「ここが闘技場だよ」

「知ってる」

「え?」

「あ、初めて来ました」

 

 

 思わず心の声が漏れてしまった。危ない危ない。闘技場とかはあんまり、来ないけど。こことかで模擬戦してるらしいんだよな

 

 

「試しにどう? 僕と戦ってみない?」

「伝説の勇者パーティーですし」

「大丈夫だよ」

 

 

 サクラはやる気満々のようで、木剣を俺に投げてきた。それを掴む。こんなにやる気だとやるしかないけど。

 

 

 

 俺は木剣を軽く構えた。

 

 

 

 

■■

 

 嘗て、僕は勇者サクラと呼ばれていた。勇者となる定めであった。僕も最初はそれを望んでいたのだ。

 

 だけど、唐突に怖くなった。敵は、四天王は、魔王は恐怖の塊だった。

 

 でも、本当に強い人、圧倒的なまでの存在は微塵も強さを感じることができないって知った。

 

 勇者ダン、彼がまさにそうだった。彼の場合は優しさもあるから、怖さを出さないって言う所はあるけど。

 

 だとしても、絶対に勝てないと理解できる。彼が出た瞬間に生物として自分が彼よりも劣ってしまっていると理解できるのだ。

 

 何もする気が起きない。意味もない。

 

 

 それほどまでに強い。

 

 

 それなのに力の扱い方を間違えない。守ってくれる。

 

 

 つまり、めっちゃカッコいい! ラブ! なんて僕の恋については置いておいて。

 

 

 この人は謎、なのだ。圧倒的な強さを垣間見て凄いと思った。だけど、今対面をして()()()()()()

 

 

 普通の強者なんて沢山、見てきた。ある程度人を見る目はある。

 

 

 だけど、僕の前にはバンと言う名前の冒険者がいる。何も感じない。

 

 

「それじゃ、軽く僕からいくから」

「はい」

 

 

 軽くと言ったがそれは嘘だ。相当の実力者なのは間違いないはずだから、かなり強めに振ったがあっさり剣で止められた。

 

 

 絶対おかしい。この学校のAクラスでもこんなに強めの止められる人だって一人もいない。

 

 

「結構軽めに打ったけど、よく止めたね」

「どうも」

 

 

 なんてことないと言う顔だけど、嘘を言っているようでもない。本心からの言葉のようだ。

 

 一体どこまで力があるのか。確かめるべきだと思った。魔法による身体強化しない。

 

 だけど、全力の八割……!!

 

 

 上段から思いっきり振り下ろす、ふりをして。()()()()()()()()()()()()()()

 

 フェイントを使いタイミングをずらして、振り下ろした剣を振り上げる。完全に虚をついた一撃。

 

 

 これで流石に少しは、実力を見せるはず……

 

 

「は?」

 

 

 

 思わず、僕は口から変な声が出た。彼は剣の柄、そこに振り上げた剣の先を当て勢いを止めたのだ。

 

 

 いや、どんな神業……剣の柄に剣先を当てて止める。角度とかをミスればこんな形で止まることはない。

 

 そして、さも当然のような顔つきなのはなに? 

 

 

 剣が止まったことでしばしの静寂が訪れる。

 

「反撃しないの?」

「しますよ」

 

 

 とん、音がした。本当に軽い音。

 

 

 ()()()()()()()()()()()。僕の方には軽く剣が乗せられていたのだ。そして、彼は僕の後ろに回っていた。

 

「あ、え?」

 

 

 実戦ならば間違いなく負けていた。魔族ならば殺されている。一瞬の動きすらも見えなかった。

 

 明らかに僕を超越をしている。

 

 

 負け? 嘗て勇者と呼ばれていたのに。

 

 

 情けないな。

 

 

 剣術だったら、勇者君以外に負けるはずなどないと思っていたのに。

 

 

 しかし、不思議と不快感は無かった。負けたことがむしろ当然でないかと思えるほどだ。

 

 

「ねぇ」

「はい?」

「強いんだね」

「どうも、ありがとうございます」

 

 

 謙虚、と言うよりも当然と思っている顔だ。自分の強さに自信があるんだろう。

 

 

「僕、勇者パーティーで覇剣士って言われたのに。負けるとは思わなかった」

「運が良かったです」

「絶対そんなこと思ってないでしょ。流派はどこなの?」

「我流、に近い感じです」

「我流ねぇ……今までどこに居たの? 結構な実力者なのに知られてないのはおかしいと思うけど」

「最近まで山で暮らしてて。最近人里に降りてきました」

「めっちゃ嘘つくじゃん」

 

 

 この人、のらりくらりとしていて全然情報がわからない。リンちゃんは放っておいていい、彼の実力は誰にも言わないで。

 

 と言っていたけど、このレベルの実力者を野放しはやばいでしょ。

 

 

 勇者君に後でこっそり相談しようかな。うん、それがいい、手作り弁当を持って、一緒にランチしながら相談しよ。

 

 

 ついでに彼女いるか聞こう。うん、それがいい。

 

 

 

「まぁ、いいや。学校案内の続きするよ。模擬戦に付き合ってくれてありがと」

「いえいえ」

 

 

 

 歩きながら、校内案内を続ける。今度は研究会がある、部屋などを案内した。

 

 

「研究室って言うのがあってね。歴史、魔法、剣術、そう言った事を授業以外で独自に学ぶ場所だね」

「高校の部活的なやつですよね」

「こうこう…? ぶかつ?」

 

 

 高校? 部活? 一体何を言っているのかわからないけど。

 

 

「サクラ先生」

「どうしたの?」

「この超古代文明の文献について意見がほしんですけど」

「あー、それはちょっとねぇ」

 

 

 とある女子生徒が古い歴史書を僕に見せてきた。超古代文明って初代勇者とか色々関わってるから、教えちゃダメなんだよね。

 

 歴代勇者と限られた人。そう言った人しか読める人がいないから、と言うか読ませたらいけない。

 

 

 だから、教えられない。

 

 

「ごめんね、僕からは何も言えなんだ。でも、応援してる」

「はーい」

 

 

 

 そう言って、女子生徒は文献を再び見始めた。歴史を研究する、研究室には数多の研究資料が置かれている。

 

 実は僕も文明文字は全部は読めない。学び始めたら勇者君が勇者になったから、学ぶのはやめた。

 

 

「色々書かれてるんだな」

「遺跡、古文書とかがあるからね」

 

 

 バン君もぱらぱらと歴史研究室の研究品を眺めている。ここにあるのは古代文明のやつが九割だから見ても分かるはずがない……

 

 

「……右に神、左に魔が宿る。神と魔神、天使、悪魔を率いて戦乱を起こす。神は痛み、魔は退く。悪は散り。天使は千切れ。千切れた破片集めて、文明を築く。文明を扱う存在。後に勇者と呼ばれる」

「━━え?」

 

 

 小声でボソボソと彼は呟いた。まさか、読めるのか。これが? 僕も彼が見ていた場所を見た、だけど中途半端に古代文字を学んでいた僕には読めなかった。

 

 

 ━━まさか、これを読めるの?

 

 

 まさかと勘繰っていると急に彼は胸を押さえて苦しみ始めた。

 

 

「ど、どうしたの?」

「くっ、昔、中学生の時に書いていた黒歴史ノートを思い出して胸が痛くて。この文献があまりに僕の共感性羞恥を抉るような詩的表現をするから」

「あえ?」

 

 

 何言ってるんだこの人。ふざけてるのかな? あー、びっくりした。だって、読めるのって。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あー、旅をしてた時も日記にこんな、痛い言い回ししてたな。偶に寝る時にベッドの上で思い出して、悶えるんだよなぁ」

 

 

 変な人。何言っているのか、よくわからないし。

 

 

「あ、すいません。そろそろ僕帰ります」

「え? 急に」

「それでは」

 

 

 ぴゅーと走り去ってしまった。本当に変わった人だった。結局正体も分からず終いだったし。でも、悪い人ではない気もする。

 

 

「サクラ」

「うわ! ゆ、勇者君!?」

「あぁ。俺だ」

「あ、えっと。どうしたの?」

「いや、何もない。久しぶりに非常勤として顔を出しただけだ」

「そ、そう、あの、だったら授業まで時間あるから。ご、ご飯いこっか? お弁当作りすぎちゃって」

「構わんが、俺の舌を唸らせられるのだろうな」

「うん! 任せておいて!」

「そうか」

 

 

 気づいたら鉄仮面を被った勇者君がいた。相変わらず速すぎて見えなかった。でもでも、ご飯誘えたし、最高のランチタイム……

 

 

「サクラ先生!」

「はい?」

 

 

 唐突に他の先生が焦った表情で寄ってきた。

 

 

「近くの荒野で謎の生物が発生し、生徒達が戦っています!!」

「そんな、今すぐに行きます!」

 

 

 僕は今すぐに救援に向かおうとした。勇者君にも力を借りようとしたが、既に彼は僕の前から姿を消していて。

 

 

 既に現場に向かっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




━━━━━━━━━

次回予告

騎士育成校に起きる襲撃、敵は謎の生命体!?

ウィルとアルフレッドが正体不明と激突する。彼らは勇者の弟子として、ダンが到着するまで時間稼ぎができるのか!?

サクラ『あれ? バン君の正体って、まさか……』

次回、第38話『カッコよく助っ人として登場したら既に弟子が全て終わられていた件』







 更新通知等に使っているのですが、公式ラインをしています!

 すごく便利らしくて既に850人くらい使用しているので是非どうぞ!

 公式ラインURL↓

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38話 カッコよく助っ人として登場したら既に弟子が全て終わられていた件

 突如として学園内に謎のモンスターが発生した。ウィルとアルフレッドが真っ先の発生源の場所に向かった。

 

 

「なんだ、あれは」

 

 

 知らせを受けた二人の前にいたのは数多の生物を組みあせたキメラのようであった。顔は獅子のようだが、尻尾は別種の蛇に酷似しており動いている。

 

 龍のような翼も生えており、とても自然的に生まれた存在とは思えない。

 

 

 

「私はあんなモンスターは見たことがない。いろんな過去の書物も読んだことがあるがあんな総体に酷似をした存在を知りえない」

「僕も知らないよ」

 

 

 アルフレッド、ウィルが短く言葉を交わしながら臨戦態勢に入る。ウィルは剣を抜いて、アルフレッドは剣に炎を付与する。

 

 二人が闘気を出したことにモンスターも気づいた。キメラとでも言える化け物が二人に襲いかかる。

 

 

(私の付与した炎剣で……っ!?)

 

 

 アルフレッドが真っ先の己が先陣をきって、剣を振ろうとする前にすでに彼の前に影が刺した。

 

 

 ウィルが先に駆け出したのだ。

 

 

 頭の中で未来を構築する技術、先読みを覚えつつある彼は咄嗟にアルフレッドよりも前に出ることができたのだ。

 

 

 

(私より、()()だとッ……!)

 

 

 

 アルフレッドは驚愕をした、目を見開き、己が何らかの幻惑を見せられているとすら感じた。

 

 自分は同年代ではトップレベルで強い、騎士学校でも上位クラス、エリートと言われている。だというのに、一歩先をいかれていた、

 

 彼が剣を振るときの瞬間は、まるで時間が止まったかのように感じられた。全身の力を込めて、一気に剣を振り上げる。風を切る音が、空気中に轟音を轟かせる。

 

 それを見ていたのはアルフレッド、そして、騎士学校に通う生徒たち。一歩踏みだした瞬間から、ウィルの姿を彼らは捉えていた。

 

 剣は煌々と輝き、まるで閃光のように眩しい。その剣は、敵を一刀両断することもできるほど鋭利である。そして、その瞬間、彼の中にある力が解き放たれるような感覚。

 

 あまりは覇気がない少年から一気に解放される力の片鱗、その後、剣の動きは止まらない。一気に剣を振り下ろし、敵を倒すための攻撃を開始する。

 

 どことなく彼の表情は自信に満ち、その姿に一部は心臓は高鳴り、一部は命をかけるかのように戦う姿に身震いさえした。

 

 

 そして、一撃を放つ瞬間、剣を振り下ろす力が最高潮に達する。まるで世界を切り裂くかのような剣の動きに、敵は砕け散る。その瞬間、彼が英雄に近い存在に感じられた。

 

 

 キメラは文字通り、二つに割れた。大きな肉片が二つ転がる。

 

 

「ウィル、お前……」

 

 

 

 アルフレッドはその一振りに理解し難い才能を感じた。それは彼だけでなく周りにいた騎士の卵達にもその片鱗を理解させられた。

 

 

 

「誰だ、あいつ……」

「綺麗な太刀筋、ちょっとかっこいいかも……」

「クソあいつ目立ちやがって」

 

 

 見知らぬ存在に疑惑をぶつける者、有志に見惚れる女性や、面白くないと感じる者。さまざまだ。

 

 

「私の方が速いが……最初の一歩目では負けたか。私は勇者にならなくてはならない存在。誰よりも、いや、勇者ダン以外に私は劣ってはならない」

 

 

 微かに暗示をかけるように自分に言い聞かせたアルフレッド。キメラの数は残り七体、それら全てを自分が打倒をすることを決めた。

 

 

 

「俺たちだって騎士学院のAクラスだぞ」

「おうおう、よくわからん奴に好きに」

 

 

()()()()()

 

 

 

 空気を切り裂く一言。本来であれば戦闘本能を震わせた仲間に対して、それらをさらに増幅させるために声援を向ける。

 

 だが、その戦士の魂を押し潰す王者。その言葉。

 

 

 王者(アルフレッド)からの威圧。

 

 

 目の前にいる、化け物(キメラ)より更に大きな圧力。生物として、格が違うと再認識した。

 

 

 

「「「「「「ッ!!??」」」」」」

 

 

 

 生徒達の心は犇く。己が凡才と思わせられる。これが勇者の子孫、紡いできた血筋の集大成。

 

 

 瞬きすら勿体無いと思える剣技が起こる。炎の息吹が踊るようにキメラの間を抜けた。美しい火の道が生まれたと思ったら既に全ては切れていた。

 

 

 

 眩しい炎はバケモノの肉片すら残さない、全てを灰にする。

 

 

「あ、りえねぇ。こんなに強いのかよ。アルフレッド」

「やっば、マジカッコいいんだけど……アルフレッド君ッ!」

「嫉妬しないの?」

「それすら湧かねぇだろ、あれは」

 

 

 

 憧景が湧かない、諦めとも言えるほどの強さだ。しかし、ウィルだけは違った。じっとアルフレッドを見ていた。

 

 そして、動きが鮮明に捉えることができていた

 

 

(確かにすごい、……)

 

 

(僕は彼より弱い、魔法で剣を包むことはできない。僕にはない強さを持っている、それが悔しい。だけど、今思っているのはそれだけだ)

 

 

 

(歴代の勇者の血筋によって生まれた彼は(勇者ダン)ほどでは全然ない。言ってしまえば、微塵すら彼ほどには及ばない)

 

 

 

 ウィルは自身の感覚が徐々に麻痺している事に気づいた。勇者ダンと言う頂点を日々見ているからこそ、それ以外は全て格下である。

 

 事実だから、自然とそう見える。

 

 

「ウィルだけが、私をただの超えるべき存在だと見ていた」

 

 

 アルフレッドも自然と彼を認知していた。この場に彼とウィルは対峙していた。

 

 

「凄いよ、アルフレッド君は、でも、僕は勇者になりたいから」

「そうか。それでいい」

 

 

 騎士の生徒達の歓喜の渦は聞こえない。勇者ダンの弟子二人だけがこの場に立っていた。

 

 

 

■■

 

 

 

「いやいや、驚いたね」

 

 

 騎士学院、キメラが発生した場所からかなり離れた場所。アルフレッドの強さを見ていたとある男は驚愕をしていた。

 

 

「ここまでとは、思わなかった」

 

 

 新人類創造寮。あらゆる生物を辿り神に至ろうとする目的を持つ集団。その中にいる、とある研究者、彼はアルフレッドの動きを見て驚愕をしていた。

 

 

「ここまでの存在だとは。勇者の子孫を甘く見ていたようだね。だが、いくらなんでも、この強さは想定外とも言える。ふむ? ただの子供が歴代の勇者の指南書があるからと言ってここまでになるか……?」

 

 

 

 彼の動きはまさしく、勇者の子孫とも言える代物だ。だが、彼は未だ若い子供。それに以前はあれほどではなかった。いきなりあれほどの力を手に入れることができるのかと懐疑的な目線を彼は送る。

 

 

「まぁ、いい。次の手を……っ!? きたか!! 勇者ダン!!!」

 

 

 

 彼の目線の先には鉄仮面を被った男がいた。アルフレッドの勇姿に全員が見惚れているので気づかない。しかし、彼の目には確かに勇者の姿が映っていた。

 

 

「これは、引くべきだな。魔王の呪いで弱体化しているとはいえ、彼が相手となるとデスペラードも調整が少しかかる。それにこの学園には……」

 

 

 生徒の中に一人だけ、喜んでいない者がいた。男性の生徒だ。その生徒を少しだけ見て、彼は去っていく。

 

 

 

「勇者ダン、呪いがあるとはいえ。凄まじい男であることは変わりない。だからこそ、デスペラードが必要なのだ。あれはいずれ『魔神』に辿り着くはずなのだから」

 

 

「ふむ、アルフレッドか。レポートにまとめておくか」

 

 

 しばらくの間、彼は手帳に慣れた手つきで記していく。実力、攻略、確保、解剖の可能性。

 

 

「今日は引くか。おい、森奥に待機させておいたデスペラードを回収しろ」

「た、大変です! デスペラードが何者かにバラバラにされています!!」

「なに!?」

 

 

 男の回答に彼は焦った。あれは勇者ダンに対抗するために復活させた。最高傑作とも言える代物だからだ。

 

 

 

「勇者ダンとは互角に仕上げておいたはずだッ!! 学園の伝説の鉱石を手に入れれば魔神にすら……! くそ、騎士団にまで手を回して、肉片だけでも回収しろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■

 

 

 

 

 大急ぎでカッコよく登場をした俺。しかし、既にアルフレッドが倒してしまっていたようで大騒ぎだった。

 

 ちょっとドヤ顔で登場をしたのが恥ずかしい。

 

 

『またせたな』(イケボ)

 

 

 みたいなことを言わなくてよかったぁ。すぐさま見てないうちに退散しよう。

 

 

「勇者様!」

「ウィルか」

 

 

 お、ウィルだけは俺に気づいてよってきた。あっちではアルフレッドが女子からモテて、男からも称賛されている。うん、弟子を破門にしたい。女にモテてるからって調子に乗るなよ。

 

 お前がやったのはちょっと魔物を倒しただけだ。俺なんて魔王を何回も倒してるからな。だから女にモテても調子に乗るなよ。

 

 

「勇者様、僕強くなってる気がします」

 

 

 わなわなとそわそわしながら、自身の手を握っているウィル。そうなのか、俺はあんまりそんな気はしないけど。

 

 あーでも、この間も大会で入賞してたしな。自分で言うのもあれだが強すぎて他との違いはあんまりわからない。

 

 

「強さが着実に身に宿っていくのが分かるんです。多分日々、格上との戦いがあるからこそだと思うのですが」

「うむ」

「さっきの敵、俊敏性では僕よりも上で。でも勇者様と普段から撃ち合っている僕からしたら「格上と戦うこと自体が普通」と言う感覚があったと言うか」

「うむ」

「だからこそ、間合いの取り方が的確にできたと言うか」

「うむ」

「たしかに、あまりに格上の相手には通じない戦法だったと思うのですが」

「うむ」

「つまり……勇者様の修行のおかげでして!!!」

 

 

 

 話が長い!! よくわからないけど感謝してるのがよく分かった。アルフレッドは女子にモテモテだけど、こいつは俺にお礼を言ってきた。うむ、見直したぞ。

 

 

 この間の大会で入賞をした時は、ちょっと上位だからと女にモテモテだったのが気に食わなかったが、また好感度が上がったぜ。

 

 

 ウィルとの会話を終えて、仮面をとってすぐに退散した。うーんと背筋を伸ばしながら帰りの道を歩く。

 

 とある森を歩いていると、なんか大きめの魔族に出会した。

 

 あれ? どっかで出会ったことがあるような

 

 

「ワレはダレだ。何もオボえていない」

 

 

 どうやら記憶喪失らしい。

 

 

「しかし、使命はオボえている、ニンゲンを滅す。めっする。絶命させる」

「物騒だな」

「おま、えは……なつかしいが、おまえは敵!! どこかで!!!!」

 

 

 急に拳を振り上げてきた。そのまま殴りかかってくる。俺じゃなきゃ死んでるだろうな。

 

「なに!?」

「まぁ、俺なら無傷だろ」

 

 

 この魔族、絶対悪いやつだろ。黒い魔力だしな。

 

 

「とりあえず、滅んどけ」

「ああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 偶に出るよな。こう言う魔族は。さーてと、帰りましょ。

 

 

 

 

 

 

(え、嘘でしょ)

 

 

覇剣士と呼ばれていた彼女は思わず絶句をせざるを得なかった。拳一発で魔族を吹っ飛ばしたからだ。

 

 

(あれって、昔勇者くんに傷をつけたデスペラードに似ていた。それを()()。しかも、拳を繰り出す瞬間が時間が飛ばされたように見えなかった。瞬きをしていない。気づいたら彼は拳を出し終わっていた)

 

 

 

 

(あれほどの速さ。僕より強い人間なんて限られている。あんなできるのは……まさか、勇者君!?)

 

 

 

 

 

 

 

 



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小話

11月1日より、スニーカ文庫から書籍化します。皆さんのおかげです! いつもありがとうございます!


 これはダンが、初めて魔王を倒した後、少し経ってからの物語である。

 

 魔王サタン。初代勇者アルバートが滅ぼしたと言われていた魔王であるが、その魔王が復活をした。

 

 世界は再び混乱に包まれ、戦いの火蓋が上がることになる。

 

 世界は勇者を求めて、魔王とその配下と戦った。その戦いの最中、一人の英雄が産まれる。

 

 

 名を、勇者ダンと言った。

 

 勇者ダンは仲間と共に魔王サタンを倒し、世界に平和をもたらした。そして、そこから二週間経過したある日のことだ。

 

 彼は妖精族の国に呼ばれることになる。

 

 

■■

 

 

 魔王サタン倒してやってぜ!! ふぅぅぅーー!!

 

 俺すげぇぇ!! 魔王倒しちゃったよ!! まぁ、仲間が居たからでもあるけどねぇ。

 

 それでもトドメを刺したのは俺である。嬉し過ぎて射精したのだけが恥ずかしい。

 

 だがしかーし、魔王を倒したんだー!!

 

 本日は妖精国の王様が御礼の祭典をしてくれるから、気分も上がっている。

 魔王討伐の報酬金、だけでなく国救ったんだから気持ちのチップみたいなのをせびろう。

 

 でも、リンの国の王様だからやめた方がいいのか。リンにがめつい奴と思われるのも癪だしな。

 

 いやいや、魔王倒したしそれくらいもらっても問題ないか。だってこっちは世界救ってるからねぇ?

 

 

「あ、ダン。こっちよ」

 

 

 リンが妖精国内の待ち合わせ場所で待っていた。一応、サクラもいる。

 

 

「勇者君ー! こっちだよー!」

「……うむ」

 

 

 堂々と待ち合わせすると騒がれてしまうので、人気のない場所で二人と会った。

 

 

「じゃ、ついてきて」

 

 

 リンが先頭に立ち、歩いていく。サクラはなんだか嬉しそうだ。

 

「いやー、僕達が魔王を討伐するとはね!」

「そうね。随分大変だったけど」

「これで新たな伝説として、後世に語り継がれると思うと、遠くまで来たよね。確かに大変だとは思うけどさ」

「そうねぇ。報酬、パパいくらくれるのかしらね」

「リンちゃんのお父さん、国王だから5000万ゴールドとかくれるじゃない?」

「安いわよ。アタシはいらないけど、二人にはもっと貰って欲しいわ。命かけてるし」

 

 

 こそこそ、歩きながらも顔は布で隠しながら二人は歩いている。俺は鉄仮面でいつも隠しているので問題はない。勇者になると俺は人気になったので、俺を真似して鉄仮面を被っている人が多い、なので気にされない。

 

 

「ダンはいくら欲しいの?」

 

 

 リンに聞かれた。ちょっと控えめに言った方がいいか。いや、世界救ったし。

 

 

「12億ゴールド」

「まぁ、世界救ったし妥当かしらね。でも、それでも少なくない?」

 

 

え? 120億とかでもいいのかな。城に入り、国王がいる大きな部屋にたどり着く。

 

 

「おい、あれが」

「勇者だ」

「な、なんと言う覇気」

 

 

 兵士達がすごい騒いでいる。やっぱり妖精族達にも俺の噂は広まっているんだろうなぁ。

 

「よくぞ世界を救ってくれた。勇者一行よ。勇者ダン、覇剣士サクラ。我が娘リンリン・フロンティアも良くぞ成し遂げた」

「……ふん」

「ありがとうございます!」

「パパ、さっさと話してよ」

「お父様と呼べ」

 

 

 俺はぶっきらぼうに、サクラはニコニコ笑顔で御礼、リンはいつも居る家のような場所だから緊張していない。

 

 

「それでだが、勇者よ。報酬金だが、特にお主個人には大きな額を払いたいと思っている。何しろ、魔王を倒したのは主なのだからな」

「1200億で構わん」

「……今、なんと?」

「1200億で構わん」

「それは、ちょっと」

 

 

 流石に多かったか? リンの父親が青い顔をしている。

 

「な、なんと言う額」

「そ、そんなには無理だ、国が滅びる!」

「お前は魔王になる気か!」

 

 

 おや、兵士達が色々言い始めた。

 

「ゆ、勇者よ。流石にそれは」

「うむ、なら1100億だ」

「そ、それも」

「なら、500億でいい」

「あー、ま、まぁ、それならギリ……う、うむわかった500億で検討しよう」

 

 

 

 500億はいいのか。でも、かなり苦虫を噛み締めているような表情だ。多分、相当多いらしい。

 

 だが、了承をしてしまったようだ。俺が最初に120億を提示してしまったが故に……結果的に見るとこれって、最初に大きな金額を出して、敢えて下げて要求を飲ませる心理テクニックみたいなやつでは?

 

 前世で聞いたことがあるな。

 

 

「勇者君、500億ってすごいね! 国でも作るの?」

「さぁな」

 

 

 別にそんなに貰っても使い道がないから困るんだけどなぁ。貰えるもんは貰えるわけだし、貰っておくか。

 

 

「う、うむ。では、祭典も行われる。それまで個室で休んでくれ」

 

 

 

 苦笑いされながら、王室を出た。そして、リンの部屋に案内された。

 

「ねぇねぇ、勇者君。妖精族の国で500億もらったけど、他の国でももらうってことになるのかな?」

「さぁな」

「この国で500億もらったんだから、他の国でももらうことになるわよ。現代の勇者と繋がりを持ちたい国はあるし。最初が500億、出し抜きたい国はもっと上を出してくるでしょうね」

「うわぁ! 勇者君、金持ちじゃん!」

「まぁ、魔王倒して金持ちにならないとかダメでしょうけどね」

 

 

 

 リンはあんまり報酬に興味がないようで淡々と説明。サクラはよく分からないようだが、なんとなく凄いって思ってる無垢な子供のようだ。

 

 

「魔王城ならぬ、勇者城でも作るか」

「おおー、僕も住んでいい?」

「お前はダメだ」

「えぇ!?」

 

 サクラはイケメンだから住んじゃダメ! 俺の家に住んでいいのはリンかな。

 

 

「あ、アタシは住んでいいの?」

「まぁ、構わんが」

「えぇ!? リンちゃん良くて僕がダメって何!?」

 

 

 サクラ、ちょっと騒がしいな。しかし、リンは住みたいのか。うむ、最上階に招待してもいいな。可愛いから。

 

 

「あ、ちょっと僕、家に手紙出すの忘れてた! 一旦外出てくるね!」

 

 

 サクラは部屋を出て外に行った。リンと二人きりとなってしまう。

 

 

 魔王を倒したし、告白するなら今じゃないか!?

 

 ふとそう思った。

 

 

「リン……」

「……なに?」

「……随分と長い旅をしたと思った」

「そうね……これからさ、どうするの? もう、故郷に帰っちゃうの?」

「……」

「帰るんだ。まだ、一緒にいても良いんじゃないかしら……」

「かもな」

「さ、寂しいって言うわけじゃないんだけど……ごめん、嘘。寂しいの。あの、アタシね。貴方といると安心する。あの、あの、アタシ、上手く言えないけど……ずっと言いたいことがあって」

「俺も、あった」

「っ! あ、あの、同じなら、その」

「……俺から言う。だから、その後にお前の気持ちを教えてくれ」

「う、うん」

 

 

 

 俺が告白を言おうとしたその時、

 

 

「──勇者君、リンちゃん!! 新たな魔王出たんだって!! また旅しないといけないよ!! どうしよう」

「「……」」

「まぁ、皆んなで旅できるのは嬉しいけどね! でも、早く準備しよう! さぁ、はやく!」

 

 

 告白の空気が壊れた。魔王、マジで許さん。上手く行ったかもしれないのに。

 

 

 その後、僅か二週間で俺は魔王を殺した。

 

 




書籍リンク
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メロンブックス特典あり
https://t.co/1WPOnw9KWy


表紙がすごく綺麗なので、ぜひ見てくださいー!


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第39話 現代最強

 バンは魔族を倒し、一時的に学園にと帰還していた。ウィルやアルフレッドが生徒たちから誉められており、それを尻目に空を眺める。

 

 そんなバンの元にサクラが歩いてくる。

 

 

 

「あ、バン、君だっけ?」

「え、はい」

「……きみはさ、特別な家系の生まれじゃないよね?」

「庶民です」

「あ、そう……」

 

 

 サクラは先ほどの彼の一撃をみた。圧倒的な強さと目にも映らぬ速さを兼ね備えた究極的な一撃。これをできるのは一人しかいない。

 

 歴代最強の勇者と言われる、勇者ダン。

 

 

(勇者君、ほどの覇気は無いけど……でも、演技くらいは平気でできるだろうし。別人の可能性あるけど、ここまでの実力者が未だに無名ってありえないよね)

 

 

 見れば見るほどに普通。人混みに紛れこめば見つけることなどできないと思われるほどに普通の青年。

 

 今も呑気に欠伸しながら、空を見ている。

 

 

「そろそろ帰るかな」

「え?」

「今日、冒険者交流会があるんですよ」

「……それって、男女が話して仲良くなるあれだよね」

「うす」

「……僕も行こうかな」

「元勇者パーティーが来たら、ざわざわしますよ」

「あ、うん。いつものことだし」

 

 

 サクラはバンのことを調べようと思い、冒険者交流会について行くことに決めた。

 

 

「アルフレッド、俺帰ることにするよ。またな」

「そうか。せっかく来てもらったのに、騒ぎですまないな」

「お前のせいじゃないだろ。ウィルもまたな」

「はい!」

 

 

 アルフレッドとウィルに挨拶をして、バンは学園をさる。

 

 

 その後、適当に着替えて彼等は冒険者交流会へと向かう。覇剣士と言われているサクラが会場に入ると周囲はざわついていた。

 

 

「え!? サクラ様!?」

「か、かっこいい」

「話しかけよっかな」

 

 

 サクラを男と勘違いしている周りの女冒険者は騒ぎ始める。

 

 バンはいつも見ている風景だなと嫉妬顔をしながらちょっと離れた。

 

 

「バン。こっち」

 

 

 

 そんな彼を呼ぶのはリンだ。彼女もまた居ることで騒がれていたのだが、最近は仮面をかぶって参加しているので正体はバレていない。

 

 

「仮面被ってるんですね」

「まぁ、バレたら面倒でしょ」

「なるほど」

 

 

 以前旅をしていた時とは真逆のパターンのような二人だが、特に問題がないように話を進める。

 

「バンは良い感じの人見つけた?」

「今日は覇剣士サクラが来てるみたいだから無理そうですね」

「え!? サクラいるの!?」

「あそこいますよ」

 

 

 バンが指を刺すと女の子たちにサクラは囲まれていた。彼女は苦笑いしながら底を抜けて、二人の元に寄ってくる。

 

「もう、置いてかないでよ。ここ初めてだからさ」

「別に問題ないのでは」

「そうだけどさ。そちらの仮面の方は?」

「……アタシよ」

「え!? リンちゃん!? なんでいるの!?」

「まぁ、暇つぶしっていうか」

 

 

 サクラもリンも互いにまさか、ここにくるとは思っても見ない。そして、ダンは二人が恋仲だと勘違いしているので、邪魔しないようにそっとベランダへと逃げた。

 

 

「ちょ、いなくならないでよ」

「そうだよ」

 

 

 リンとサクラがダンを追いかけてきた。

 

 

(邪魔したら悪いと思って離れたんだけど……何故だ? オレにリア充姿を見せつけようとしているのか)

 

 

 ダンはサクラを男と勘違いし、更にリンとサクラが恋仲であると勘違いしている。

 

 ベランダに出るとリンは仮面を外した。

 

 

「リンちゃん、なんでここいるの?」

「まぁ、色々あってね」

「へぇ、リンちゃんが積極的に結婚したいって思ってるの僕知らなかったよ。言ってくれればよかったのに」

「まぁ、色々あるのよ。アタシにも。で、サクラはなんでここきたの?」

「そう! 聞いてよ。この人、めっちゃ強いの! あり得ないとは思うけど、勇者君くらい強いかもしれないの! だから何者なのか探ってる!」

 

 

 その言葉にリンの脳内に電撃が走る。

 この時、僅か0.2秒。

 

 

(サクラはバンのことをダンだと怪しんでいるのね。でもまだ確信を得ていないのであればここは敢えて、『否定』をしておくべきでしょう。サクラはダンのことを好いているから、正体が分かったら面倒。アタシだけが正体を知っているアドバンテージを捨てるのは勿体無い)

 

 

 高速に脳内を廻る思考。その瞬間、一瞬にて答えを出した。そして、またダンも焦っていた。

 

 

(あ、まじか。俺の強さがサクラに勘づかれている。うん、適当に誤魔化しておこう。仮面の下だけはバレたくねぇ)

 

 

「サクラ、アンタ、ダンと何年一緒にいたのよ。強さの理不尽さも分かってるでしょ。本当にダンくらいの強さをバンに感じてるの?」

「う、うーん。そう言われるとなぁ」

「魔王を解体して刺身にしてやるとか言っちゃうやつよ。それをバンから感じるの?」

「う、うーん。そう言われるとなぁ。あ、でも、バンとダンって、名前似てない? 一文字違いだし」

「……もっと隠す努力をしなさいよ。バカ」

「え? リンちゃん、なんか言った?」

「言ってないわ。それより、名前が似てるだけじゃ、根拠として薄いわ。どう考えてもバンはダンじゃないわね。うん、そうね。絶対そうね」

「そうかなぁ。あ、一応カグヤちゃんにも聞いてみる?」

「それはやめて。絶対ダメ」

 

 

(カグヤはヒント与えたら、気づきそう。普段眠たげな表情してるけど、スイッチ入ると勘が結構働くし)

 

 

「うーん、バン君ねぇ。バン君は勇者君の関係者とかじゃないの?」

「違います。俺、ずっと田舎で引きこもりしてたので」

「え? 引きこもりだったんだ」

「はい。最近外に出てきて、色々知りました。引きこもりだったので友達とかいないです」

「そっか……じゃあ、違うのかな?」

 

 

(……誤魔化し方はすごい雑だけど、まぁ、誤魔化せてるしこれでいいか。でも、ダンの雰囲気の切り替えは流石にすごいわね。これがダンって言われても信じられないし。そういう意味では演技派と言えるかも。だけど、偶にピリつくような鋭い一瞬の間みたいなのがあるから、注意深く見れば分かっちゃうのかしら)

 

 

「うーん。だとしても強いのは間違いないから、住んでる場所教えてよ。騎士団入ってるから、君みたいな人って把握してないと色々まずいっていうか」

「それは大丈夫よ。アタシが把握しておくから」

「あ、そう?」

「うん。サクラは心配しなくて良いわ」

「うーん、そっか。でも、多分リンちゃんより強いよ。この人、なんかあったら危なくない?」

「大丈夫よ。バンとはそれなりの関係だし」

「前に一緒にトーナメントも見てたし、そっか、大丈夫か」

 

 

 サクラはとりあえずは一旦引き下がったようだ。ほっと一息をついたリン。隣にいるダンを見ると、呑気な顔で他の女冒険者を眺めていた。

 

「もう! アタシがすごく必死にしてるのに!」

「え、あ、はい」

 

 リンはちょっと怒った。

 

 

「あの……覇剣士サクラ様と大賢者リンリン様ですよね」

「そうですけど」

「なによ!」

「あ、なんかごめんなさい。私B級冒険者のレッポと申します」

 

 

 サクラは普通に、リンは少し怒り気味に返事をした。話しかけてきたのはごく普通の男性冒険者。

 

「少し相談がございまして……お二人は最近、ここより、かなり遠い場所にある、都市ラムダに出没する『亡霊人斬り』をご存知ですか?」

「……僕は知らないかな」

「アタシも知らないわ」

「アンデッドらしいのですが、それは嘗て五代目勇者の剣術指南をしていた男の成れの果てと言われています」

「へぇ、そうなんだ」

「それを討伐して欲しいのです。都市ラムダにいたA級冒険者の男性、女性、二人がやられており、並の人物では相手にならないとかで。特に勇者の剣術指南をしていた男の亡霊だとS級冒険者でも厳しいのではないかと」

「それで僕達にか」

「本当はギルドを通して依頼をするべきと思ったのですが、時間も少しかかるかなと。すぐに討伐をして欲しくて、そこで最近ここに賢者様が現れると聞いて、この交流会に私は参加をしたのです」

「ふーん、直談判したってわけね。まぁ、良いけど」

「ありがとうございます」

 

 

 冒険者の男は頭を下げた。

 

 

「なぁ、それって強いの?」

「え? あ、そうですね。あなたは?」

 

 

 その男に冒険者バンとして彼は話しかける。嘗ての勇者の指南役の剣士の肩書きが少し気になったようだった。

 

 

「バン、普通の冒険者です。五代目の指南役ってのが気になって」

「あー、なるほど。失礼ですがあなたでは危ないかなと。辞めたほうがいいです」

「忠告どうも……気になったし、行ってみようかな」

「話聞いてました?」

 

 

 現代最強対嘗ての勇者の指南役の戦いが始まる。

 

 

 

 

 




書籍一巻が11月1日に発売します!
それでなのですが、WEB版との変更点をお伝えします

先ずなのですが、勇者パーティーのメンバーが一人増えてます。
ダン、リンリン、サクラ、カグヤ→追加『エリザベス』。一巻では出番ないですが精霊の女の子ですね、


弟子は三人でます。
ウィル、キャンディス、タミカ。タミカって誰って思うと思うのですが、アルフレッド君の妹です。アルフレッド君自体は作品から消えていないのですが、弟子が変更となってます。

タミカも男勝りな感じのキャラで面白いので是非、気になったら読んでみてくださいね! それではまた!

書籍リンク
Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CLBWD2P2/

メロンブックス特典あり
https://t.co/1WPOnw9KWy



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第40話 現代最強対五代目指南役

 僕はサクラと言う勇者パーティーの一人だ。二つ名は【覇剣士】である。

 

 大層な二つ名がついているが正直勇者君を見ているから、本当に大袈裟であると思う。

 

 勇者君と旅をしてきたからわかるけど、本当に彼は生物として別格であると感じる。

 

 剣技、身体強度、恩恵、何一つ叶うことがない。昔は僕が勇者になるって言われたけど、結局なったのは勇者君だったし。

 

 そんな勇者君はいつも鉄仮面をかぶっている。素顔など見たことがない。気になってはいたんだけど、絶対に彼は見せなかった。

 

 気になる。ものすごーく彼の素顔が気になる。と言うか身元も気になる。結婚とかするならご両親に挨拶をしないといけないし。

 

 

 勇者君は両親が死んではいないと言っていた。だからどこかにいるはずなのだ。彼の両親が。

 

 挨拶をして、彼について聞きたい。何を思っていたのか、どうやって育ったのか、些細なことでいいから一つでも多く知りたい。

 

 だけど、素顔が身元がわからない!!

 

 

 そんな時だ。一人の男の人を見かけたのは。最初はトーナメントの時にリンちゃんと一緒にいた。違和感、違和感、違和感。

 

 僕の中にそれがあった。なぜなら可笑しいのだ。強さが尋常ではない。

 

 

 そして、騎士学校のある速さ。目にも止まらぬなんて、よくあった。だけど、時間が飛ばされたように気づいたら決着がついていた。

 

 これでも、元勇者パーティー。さらに言えば【今代の勇者】は彼がいなければ僕だったのだ。

 

 その僕の瞳が、捉えられない?

 

 

 実力を隠している猛者は数多いる。しかし、だとしても、これは異常ではないだろうか。そして、それに対して、あまり実感がなさそうな感じ。

 

 周りとの強さにあまりにも隔離がありすぎて、強さの基準がぶれてしまっているこのチグハグさ。

 これを持ち合わせるのは……勇者ダン、彼なのだ。

 

 

 バン、と言う彼は覇気は感じない。だけど、時折感じる、隔離された異次元の強さの波を。

 

 

 もし、勇者君ではなかったとしてもこの強さが野放しなのは理解できない。一体全体どこに今まで隠れていたのか。

 

 引きこもりとか言ってたけど、いくらなんでも嘘だ。引きこもりでどうやってあの実力がつくと言うのだ。

 

 確かめなくてはならない、この都市ラムダにて。

 

 

「夜に亡霊は出るらしいわよ」

「なるほど」

 

 

 今はリンちゃんと彼が話している。リンちゃんって、あんなに他人にフランクにならないけど。そこも気になる。どことなく彼女も彼の正体を勘繰っていたり、もしかしたら、勇者君である可能性をすこい見極めているのかもしれない。

 

 

「ちょっと、都市ぶらぶらしましょ。ほら、サクラも」

「あ、うん」

「二人とも素顔隠して大変ですね」

「あ、うん。そうね、アンタにだけは言われたくないけど」

 

 

 僕とリンちゃんは素顔がバレると色々と騒がしくなるので仮面をかぶっている。バン君は口笛吹きながら呑気にしている。

 

 とりあえずは都市を夜まで三人で歩くことに決めた。

 

 

「バンは昼何食べたいの?」

「あー、肉ですかね。今日は脂質を抑えて、胸肉を……」

「脂質? 勇者君がよく使ってたよねその言葉」

「あ、なんでもないです」

「そうね、なんでもないと思うわ。サクラは今のスルーしてあげて」

「あ、うん」

「隠すのが雑なのよ」

 

 

 リンちゃんがボソボソと何かを言っている。それにしても脂質か、勇者君がたまに言ってたけど。まぁ、これは勇者君が広めた言葉だし、使う人がいてもおかしくはないか。

 

 

「よぉ、そこの兄ちゃん、喧嘩祭り参加しないかい?」

「いえ、いいです」

 

 

 バン君が喧嘩祭りに参加を促されている。これは参加するのを見れたら、何かわかるかもしれない。

 

 

「でてみたらいいんじゃないかな。腕の良さは僕が保証するし」

「やめておきます。面倒だし」

「優勝したら異性からモテモテだよ」

「出ます。フツメンでもモテますか?」

「モテるよ」

「出ます」

 

 

 

 出場しかけていたが、リンちゃんが止めてなんとかそこの場は流れた。そして、なんだかんだで三人で過ごしていると夜になった。意外と話しやすい対象であったことに驚きもあった。

 

 

「さーてと、亡霊とやらを探しにいくわよ」

「そうだね、バン君眠くない?」

「平気です」

 

 

 

 三人で都市の周辺を歩いていると、

 

 

「いるわね。やたら魔力がある対象が急に出てきた」

「そうだね」

 

 

 リンちゃんと僕はすぐに気づいた。微かに遠くに骨だけの人体が動いていた。ローブを纏い、こちらに向かって迫ってくる。

 

 

「【勇者サクラ】だな」

「……サクラは確かに僕だよ」

「そうか、そうかそうかそうか。よかった、これも神の作った通路の一つ。さぁ、私を倒し、成長せよ」

「倒すよ。そのために来たし」

 

 

 亡霊、これが五代目の指南役の亡霊なのかな。雰囲気は強めだ。そして、気になるのがあの手に持っている武具だ。魔道具の類で、前に本で読んだことある。

 

 五代目の指南役が使っていた魔剣といえばきっと、【魔剣ソレランダート】。魔力を斬撃として飛ばすことができて、その攻撃が必ず必中となる。

 

 

 気づいたら体に斬撃があるらしいから、面倒だな。

 

 

「……待て、勇者サクラひとつ聞きたい」

「なに?」

「なぜ、お前は片耳が欠けていない?」

「は? どういうこと」

「神の神託では、お前は戦闘にて片耳を失うはず。そして、そこにいるのは神の子、リンリン・フロンティアだな。なぜお前も五体満足で生きている。なぜ、神託では四肢が微かにもげている。瞳も片方失われているはずだ。なぜなぜ、どうやって背いた? 神の予言から」

 

 

 

 リンちゃんと僕は顔を見合わせた。確かに、【神託】にて僕達の体の一部が欠けると言われていた。

 

 【神託者ボイジャー】がそう言っていたのだ。でも、その予言の敵を勇者君が倒したから……

 

 

「なぜなぜなぜ、神の道は完璧なのだ、なぜ、いや違う。どうやって背いたッ!!! 神の道から!!!」

 

 

 激昂を飛ばす、亡霊……リンちゃんが目を鋭くした。何かを感じているようだ。僕もきっと彼女と同じ気持ちなのだろう。

 

 

 

「サクラ、あれ、ただの亡霊じゃないわよ」

「うん。なんとなく、分かるよ」

 

 

 

 亡霊は僕達がそう言うと微かに顔を落とす。そして、次の瞬間、背中の白骨から白銀の翼が生えた。それは夜に輝きを灯すように美しく恐ろしい。

 

 

「天使……」

「サクラ知ってるのね?」

「超古代文字にあったんだ。神と魔神の対戦、神に仕えていたのが……天使」

「いかにも、私は天使。今はこの亡霊の体を借りている。だが、だがこれも勇者サクラ、お前のためだ! お前がなるのだ! 魔神を撃つ存在と!! そして、神の子リンリンお前もだ! お前は神が作った爆弾にすぎない!! なぜのうのうと生きているのだ! 怒れ、憎め、魔力をそれにて高めろ!! なぜなぜ、のうのうと生きる! 神の期待を背負うのに!!」

「……悪いけど、僕達そう言うの嫌いだからさ。それに、僕は勇者じゃないよ。今代の勇者は、勇者ダン、歴代最強の勇者だよ」

「……誰だ、それは?」

 

 

 勇者君を知らないんだ……。世間知らずの天使だね。ただ、少しわかった、この天使は最近目覚めたんだ。だから、神託頼りの知識だから彼を知らない

 

 

 

「まぁいい。ならば神託通り、今ここでお前らの四肢を剥ぎ、耳を借り、眼を潰す。神託から叛くのは許されることではない!」

「勝手なことを言わないで欲しいな」

 

 

 僕が剣を抜いた、必中の魔剣は厄介だから。速めに潰そう。本当は彼が勇者君かどうか確かめたいけど、これはあまりに危険だから違った場合は危ないし。

 

 

「バン君、君はそこから逃げて」

「……大丈夫。僕がやります。少し、戦ってみたい」

「え?」

「……天使、一応知識としてはあったんで。一回だけ戦っておきます」

「え、でも」

「戦い基本意味ないからしたいって思わないですが。まぁ、天使は戦ったことなかったし。経験として持っておきますよ。神はあんまり僕も好きじゃないし」

 

 

 彼はゆっくりと天使のもとに歩いていく。近づく彼に先ほどまで見向きもしなかった天使も気づいた。

 

 

「なんだ、お前は」

「まぁ、気にしないでよ。互いにもう会うこともないから」

 

 

 少しだけ、声音が下がっている。怒りが微かに滲んでいる感じはないけど。冷めている。

 

 

「死ね」

 

 

 魔剣を天使が振るった。必中の魔剣は彼の服を斬った。

 

 

「あぁ、そう言うやつね……」

 

 

 彼は涼しい顔をしながら止まらず歩き続ける。必中の攻撃に気づいたがそれがどうしたと言わんばかりだ。

 

 

「ふん、既に攻撃はお前の元にある。殺してやるさ」

「やれるなら、構わないけど」

「消えろ。神託の邪魔だ」

 

 

 

 数十の斬撃が一瞬のうちに放たれる。だが、それが彼にあたるが、何もないように歩みは止めない。

 

 

「……なぜ、体の形を保てる」

「さぁ、使い手が未熟だからじゃないか」

「この、私は神の分身である天使だぞ!! たかだが、神に生かされている人の分際で!!! 超高位種族の私を馬鹿にするな!!」

 

 

 再び、彼に向かって斬撃を飛ばすが。今度はそれが当たることはなく掻き消えた。

 

 

「……は?」

「え?」

「どう、いうこと?」

 

 

 天使、リンちゃん、そして、僕、全員が口を開いて驚いた。確かにあれは必中の攻撃であったはずだ。

 

 

「な、なにをした?」

「当たってたよ。皮膚に触れた瞬間に、全部斬っただけ」

「……あ? ははは? は? おい、何言ってるんだ? お前?」

「そう言うのいいから」

 

 

 気づいたら、彼の手に小型ナイフがあった。あれで全部斬ったのだろうか。驚くまもなく彼はゆっくりと歩き続ける。この瞬間にこの場にいる全員が気づいた。

 

 彼は天使よりも、圧倒的に強い。格が全く違う。それに気づいた天使は一瞬にて魔力を高める。

 

 

「あ、ありえん、こんなことは許されん!!! 神の啓示にすら載っていない、存在など絶対に許されん。異分子は異分子はここにて削除をする!! これだけはしなくてはならない!!!! 超古代魔法・暴王爆破!!!!」

 

 全ての魔力を限界以上に引き出し、命と引き換えに数百倍の力を引き出す魔法である。だが、不思議と安心感があった。

 

 彼は絶対に死なない

 

 

 その突撃を彼は片手で受け止める。

 

 

「な、なんだとぉ!! こ、これは……神を、魔神を……神々を凌駕している力だと言うのか!! お、お前、何者だ!!」

「別に、ただの冒険者だよ」

 

 

 

 一瞬、それにて天使はかき消えた。彼がナイフで軽く斬ったのだろうか。

 

 

「神様の手下か。こんなもんか」

「……ねぇ、君何者?」

「冒険者です。駆け出しです」

「いや、そのごまかし無理だから。無理だか、ねぇ、勇者君じゃないの? ねぇねぇ」

「違いますね」

「ねぇ、リンちゃん。この人絶対勇者君、じゃなかったら誰なの?」

「さ、さぁ、誰なのかしら」

 

 

 リンちゃんが頭を抱えている。彼は目を逸らして天を仰いでいる、色々と食い違っているような気がするけど。

 

 

「あ、バン君服切れてる……筋肉やば……え?」

 

 

 彼の着れた服から体が見えたが、もう人の体じゃないほどに筋肉が密集していた。うん、これ、勇者君だ。

 

 だって、知ってる。昔、寝てる勇者君の服捲ったことあるし、こんな感じだった。

 

 

 あ、え? 本当に勇者君だったの!?

 

 

 

 

 




本作品の第1巻が発売されました! 挿絵はほぼリンリンでめっちゃ可愛いので是非見てみてください!

 面白ければレビューとかもして頂けると嬉しいです! いつも応援ありがとうございます! それではまた!


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キミラノ(ランキングとかもあるので気になった方は見てみてください。試し読みもあります!)

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