ピィのピコピコ大冒険 (あーすの子)
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1話 ジンとピィのジャングル脱出


記念すべき第1話。
ジャングルのネタがありきたりかなと思いますが、のんびり楽しんでもらえれば。



 

 とある砂漠の国。

国境沿いに集まったハンター達は、暫しの休息を経て行動を始めようとしていた。

その中に混ざるは、無精髭を生やしたジン・フリークス。リュックの謎の重みに、中身を漁っていた。

 

「……やっぱお前か」

 

「ぷはあっ」

 

リュックから飛び出したのは、ピンク色の猫耳と尻尾が生えた小さな生き物。背中には透明な羽がついているが、サイズが小さいので飛行には使えなさそうだ。飾りだとその生き物から聞いたことがある。羽が無くても飛べるんだそうだ。

不思議な生き物は、ジンと目が合うと、にっこりと笑った。

 

「ジンおはよ〜」

 

「おはようじゃねーよ。バカピィが」

 

ピィと呼ばれた生き物は、リュックから這い出すとクラゲのように浮かぶ。そして、目をキラキラさせながら延々と続く砂漠を眺めた。

 

「わあ〜久しぶりにこの国に来たよ。で、今から幻の密林を探すの?」

 

「お前は呼んでないけどな」

 

ジンは頭を掻きながらため息を吐く。

 

「ピィに何かあったらネテロのジジィになんて言われるか……あとチードルとビーンズにもぐちぐち言われるだろ。パリストンまで何かしら嫌味言うんだぜ」

 

「大丈夫だよぉ。わたし強いもん。頑丈だもん。分身だから死なないもん」

 

「それでも、だ!」

 

ビシィ、と指を指すが、当のピィは首をかしげるだけだ。

 

「それよりさ〜」

 

「それよりじゃねーよ」

 

「そ れ よ り さ! 早く探そうよ! 幻の密林!」

 

「どうなっても知らねーからな?」

 

 早朝。一団が動き出す。まだ肌寒い砂漠を、ジンは慎重に歩き出した。肩にはピィが乗っているが雲かってくらい軽いので、一瞬忘れそうになる。

 

彼らは「幻の密林」を求めてここにいた。

 

「幻の密林ってさ、なんで幻なの?」

 

空が明るくなってきた。ピィは幻の密林を探しているのか、辺りを見回しながらジンに聞く。

 

「名前の通り幻のようなジャングルなんだよ。蜃気楼でなく、確かに存在するんだそうだ。それが本当なのか調べるのが今回の目的」

 

「ふう〜ん。本当にあるのかな〜」

 

「とあるハンターが密林に迷いこみ、生還した。それも幻覚だったって思われてるが、オレはある気がすんだよな」

 

「勘?」

「勘」

「カン〜」

 

しかし、今日一日では見つけることはできなかった。ジン率いる調査団は一旦、拠点である近くの町へ戻る。

 

 翌日の調査でも、ジャングルへの手がかりは擦りもしなかった。

 

「ぜぇ〜んぜん見つかんないね〜」

 

ジンのベッドを独占し、ゴロゴロ転がっている。ジンはピィなどに目もくれず、何か考え事をしていた。

宙を見つめ、むっすりした顔のまま唸っている。

 

「何かしら条件がいるってことか? まあそうだよなー。今まで存在が認知されなかったんだ。見つけて入るには必要なものがあるってな……」

 

「ふーん。まあ二日目だもん。時間はたっぷりあるもんね。頑張ろう」

 

「……おう」

 

「おやすみ。ジンは床で寝てね」

 

「スペースあるだろが。入れろ入れろ!」

 

無理矢理ベッドに入りこみ、目を閉じる。

ピィはジンの顔の横に移動すると、猫のように丸まって同じように眠りについた。

 

 三日目四日目と調査するものの、幻の密林は見つからない。五日が過ぎた。

調査団は、幻の密林に入るには何かしらの条件があるのでは? と本格的に考えるようになった。

 

 

 

 

「ハンターの人はジャングルに入れたんだよね? なら、念能力者だってのが条件かな?」

 

六日目。若干元気のないピィはジンの周りを浮遊しながら聞く。小さくお腹の鳴る音が聞こえて、恥ずかしいのか顔を手で覆う。

 

「調査団はほとんどが念能力者だ。今まで誰一人も見かけないのはおかしいだろ」

 

ジンはお腹の音など特に気にならず、そう言うとへの字に口を歪ませていた。

 

「うーん。そっかぁ。

……そもそも、その幻の密林から生還したハンターさんは、どうやって密林を見つけたのかな?」

 

難しい顔をしていたジンが、口を開く。

 

「喉が渇いていたんだ」

 

「へ?」

 

ピィはきょとんとした顔でジンを見る。

ジンはピィの視線など気にせずに、腰につけていた水筒を開けて中身を砂漠にぶちまけた。

ピィはその光景に悲鳴を上げる。

 

「何やってるの!? お水がないと干からびちゃうよ!」

 

「腹も減っていたらしい」

 

「あー! それで朝ごはん食べんなって言ったの? いじわるかと思った! も〜お腹すいたよ〜!」

 

バタバタと暴れている。

 

「ホントにそれで幻の密林に行けるの〜?」

 

ピィはひとしきり騒いで、疲れたようだ。

耳はへたれて、弱々しくジンを見上げる。

 

「簡単すぎてメンバーの何人かも気づいただろうよ。すぐ行けるぜ、幻の密林に」

 

ジンはニヤっと笑みを浮かべて、ピィを摘むと頭に乗せた。

 

それから一時間もすると、ピィは喉が渇きお腹が空きジンの頭に力無く垂れる。

 

「ねえ、幻の密林には何があるの?」

 

「木と草と花。水の湧く音も聞こえたそうだ。かなり大きなジャングルだったらしい」

 

「面白い生き物とかいないかな?」

 

「そんな話は聞いてないな。不気味だったからすぐ出たそうだぞ」

 

ふと目をやって、ピィは自分の目を疑った。

遠くに広がる鬱蒼としたジャングル。一瞬、蜃気楼かと思い瞼を瞬かせる。

 

「見えるか、ピィ」

 

ジンにも見えるようだ。

 

「あれって幻の密林? わたし幻覚でも見てるのかも」

 

いまだ信じられないが、ジンは気にせずジャングルへと足を踏み出す。

どんどん近づいてくるジャングルは、確かに現実のものに見える。ジャングルの目の前でジンが立ち止まった。

ピィは、恐る恐るジャングルの木の幹に手をつける。しっかりとした感触に、体を震わせた。

 

「ちゃんと触れる……! すごいすごい! 本当に幻の密林なんだ! やったね、ジン! みんなに教えないと!」

 

しかし、ジンはそのまま吸い込まれるようにジャングルへ入る。

 

「先に調査するの? ま、いいけど」

 

 ピィは密林の中に入ると、違和感を覚えた。

たしかにジャングルだ……木は生い茂り、草花も見かける。

だが、それ以外の生命が見当たらない。

木と草花しか感じない。その草木まで生気を感じない。

おかしい。鳥や、虫がいてもおかしくないだろう。むしろ、この密林だけの生態系ができていることもありえる。

 

なのになのに、このジャングルにはないのだ。

生きている者が。

 

「おかしいよ……ジン。何か嫌な予感がする。このジャングル、まるで死んでるみたいだよ。一旦、引き返さない? ピコピコアンテナがヤバいって言ってる」

 

ジンは何も言わない。

 

「ジン? ねえ、どうしたの?」

 

「水が欲しい」

 

ジンは苦しそうにそう絞り出す。

 

「も〜だから言ったじゃん。あんなことするから喉が乾くんだよ? ここって水あるのかな?」

 

「お腹空いた」

 

「当たり前だよ! 朝ごはん抜きだったんだよ! わたしだってお腹空いてんだから! 美味しい木の実とかないかな〜? ……ジン?」

 

ジンの顔を覗くと、鳥肌が立った。

虚な目に、呆けた口。ゾンビのように、ジャングルを彷徨っている。

いつものジンではない。

 

「ジン? ねえ、どうしたの? まさか……」

 

これはどう見ても何かしらの念能力を受けている。ピィは即座にこの密林のせいだと結論づけた。

 

「ジン! 目を覚まして! やな予感する! 帰ろう! 帰ろうよ! 正気になれ〜!」

 

頬を叩くが、ピィの小さな手ではダメージにならない。ふと、ピィは奇妙な音に気づいた。

こぽこぽと、何かが湧き出ている音。

ジンが枝をかき分けると、小さな泉が現れた。

 

「あ。お水だ。飲んだら元に戻るかな……」

 

しかし、その泉から嫌なオーラを感じとる。

 

「水……水だ……」

 

ジンが泉に駆け寄る。ピィはジンの頭から泉の水面を見つめた。ゆらゆらゆれるジンの顔。正気を失った眼光が妖しく光る。

 

こぽり。

 

「ジン!」

 

ピィはオーラをこめてジンを蹴り上げた。

その時間わずか0.3秒。ジンが吹っ飛ぶ。背後の木に頭をぶつけた音が響く。

ピィは泉を見た。泉の中央から何かが這い出してくる。

その「何か」を見たピィは、今世紀最大の悲鳴を上げた。

 

「ぎゃーっ! ガイコツがいっぱいー!!」

 

大量の頭蓋骨の塊が現れる。ピィはちびる寸前だ。頭蓋骨の塊は、カタカタと歯を鳴らしながらか細い骨の腕をピィへと伸ばしてくる。

 

「ミズ……ノド、カワイタ……ハラ、ヘッタ……ダ、ダレカ……タスケ……」

 

「お、お腹すいたの? 喉渇いたの? あ。そういやクッキー持ってた。はい、あげる」

 

「アホかお前はっ!」

 

頭蓋骨にクッキーをあげたピィの頭を、ジンが叩く。

 

「あ、復活した?」

 

「お前オーラ込めて蹴り上げただろ。正気戻ったわ。けど、この念能力の円の範囲にいるからな……しばらくしたらまた操作されると思う」

 

「えーっ! じゃあどうするの!?」

 

「とにかく、逃げるぞ! あのハンターも密林から出れたらしいし、脱出可能なはずだ!」

 

ジンはピィを抱えると、泉に背を向けて走り出した。オーラをこめているのであっという間にジャングルを出ていく。

二人は砂漠に戻った。日は上り、太陽が照りつける。

 

ピィは振り返りジャングルを見た。あの頭蓋骨の塊は追いかけてこない。

 

「ありゃ死者の念だ。しかも大量の人間の。オレらにはどうにもできねーな」

 

ジャングルはしばらくそこに留まっていたが、風が吹くとゆらりと揺れて、霧のように消えていった。

残るは砂だけ。ピィはジンから離れると、泉のあった場所まで飛び、その場に下りる。

何か固いものに気づいて穴を掘ると、白い頭蓋骨が一つ、顔を出した。

 

ピィとジンは頭蓋骨を町まで持ち帰ると、そこの墓地に墓を作り手厚く供養するのだった。

 

 調査団は幻の密林の実体を解明したことで、現地解散となった。

 

ジンとピィは飛行船の停泊する街まで移動すると、飛行船に乗り窓から砂漠を見下ろす。

 

「砂漠で死んだ人間の、死者の念か。

死者の念は円を作り、そこに自分達が見た蜃気楼のジャングルを実体化させたんだな。自分達と同じように弱った人間をジャングルに入れ、操って取りこもうとする。

生還したハンターが操作されず何事もなかったのは、元々操作系で自分を操作している念能力だったからだな」

 

その念能力者がいなかったら、密林はそもそも存在さえ認知されなかっただろう。

迷い込んだ者は皆、死者の仲間になるのだから。

 

「わたしは分身で本体とリアルタイムで念で繋がってるから、操作できなかったのかもね」

 

ジンやピィと同じように、幻の密林へ潜入できたものはチラホラといた。

どうやら死者の念は、広範囲に渡るらしい。疲労した人間、というのが出現条件のようだ。

ただ、念能力の効かないピィのおかげで被害者は出ずに調査は終わったのだ。

 

「今回はお前がいてよかったよ。サンキューな」

 

「えっへん!」

 

「でももう着いてくんなよ」

 

「やーだね!」

 

砂漠に風が吹く。削られた砂の中から、白い頭蓋骨が顔を出した。

 

 

 

 



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2話 パリストンとピィの休憩時間


一番最初に書いたお話。
パリストンが敵わないキャラを作りたかったんです。


 

 

「ワシらと一緒に、行かんか?」

 

「行こうよ! 名前なんて言うの? ……パリストン! いい名前だね!  わたしはね〜」

 

「ピィだよ。ね、ネテロ!」

 

 

 

 ぺたん。パリストンが執務室で書類を確認していると、そんな奇妙な音が聞こえた。

特に警戒せず、窓を見る。よくあることだ。

ピンク色の猫耳と尻尾のついた妖精のような生き物が、窓ガラスに張り付いていた。

 

「ぱーりすーとーんー」

 

「ピィさん」

 

パリストンは笑みを浮かべて、窓を開けた。

 

「お仕事中〜?」

 

ピィはふよふよ浮かびながら、執務室へ入っていく。高く積み上げられた書類を一瞥して、パリストンへ聞いた。

 

「ええ。でももうすぐ終わりますよ。どうかお気になさらず」

 

「じゃあお茶淹れたげる〜ネテロじいから美味しいお茶もらったんだ〜」

 

「それはどうもありがとうございます! じゃ、さっさと終わらせますね!」

 

おわかりだろうか。あの、あの、ムカつく笑顔が神経を触るパリストンの顔が、むしろ見るのも嫌になる白い歯が落ち着き、若干棘が削られ声色も自然に聞こえる。

パリストンの持っている茶道具を使いテキパキとお茶を淹れるピィを、微笑みつつ見つめているのだ。

 

「あのねえ。美味しい和菓子もあるんだよ。ジンにジャポンから取り寄せてもらったんだ。わたしに借りがあるからね〜ジンなんて手足だもんね〜」

 

「羨ましいなあ! ジンさんをこき使えるなんてピィさんしかいませんよ! あ、いや、ボクは遠慮しますけどね。ほらボク、慎み深いので!」

 

「うん。パリストンは厚かましいと思うよ〜」

 

「そうですかねー?」

 

パリストンは光の速さで書類にハンコを押すと、とんとんと書類を整えてにっこり笑った。

 

ピィの後ろ姿におもわず笑みを溢したのだ。

 

彼女は不思議な存在だ。彼がネテロにちょっかいをかけるくらい懐いている(?)としたら、パリストンにとってピィは触れられない存在だ。

 

パリストンとネテロが初めて出会った時、ピィもそこにいた。どうもピィとネテロの間には何かあるようだ。

 

自身を分身と呼んでいることから、本体がどこかにいてピィを操作しているのはわかる。

 

それくらい十二支ん全員さえ知っている。

 

恐らく操作系だろう。ネテロと長い付き合いのような発言や素振りから、かなり年をとっているはずだ。

だが、それ以外は何もわからない。

 

 一度だけ、ちょっかいをかけたことがあるのだが、その時のネテロの顔と言ったら。

いつもの、子どものイタズラのせいで見せる困ったような笑顔は消え、マジで殺意をみなぎらせていた。

パリストン自身もピィに本当に危害を加えるつもりはなかったので、身の危険も感じたことからそれ以降は手を出していない。

 

また、ピィについて何度もネテロから聞き出そうとしたこともあるが、口を割らない。

 

電脳ページには、そもそもピィのピ文字さえ存在しない。

 

まあそれでもパリストンは別にいいかなと思っている。

悪意が消えていく不思議な雰囲気に、つい毒気が抜かれてしまうのだ。

 

それ以来、ピィには普通に接するようになった。

 

「ふう。ピィさんが来てくれると仕事が捗りますね! 終わりましたよ」

 

「は〜い、お茶ができたよ〜。お茶菓子もどうぞ〜」

 

「わあ! 美味しそうですね! いただきます!」

 

ソファに移動して、ピィの淹れたお茶を飲む。

 

「これは玉露ですね。さすがネテロ会長の選んだお茶です」

 

「美味しいよね、玉露。ネテロじい、お茶のセンスはあるよね」

 

それ以外のセンスはないと言っているように聞こえたが、パリストンはスルーした。

 

「ん。このお菓子も絶品です! 玉露に合いますね!」

 

「琥珀糖っていう和菓子なんだって。キラキラでキレイだよね。宝石みたい!」

 

「見るだけの宝石より、価値があるなあ! 今度、ジンさんにお礼を言っておきましょう。美味しいお菓子をありがとうございますと」

 

「パリストンの為じゃないー! って言いそうだけどねえ」

 

二人でそう言うジンを想像して笑う。

 

パリストンは玉露を一口飲み、ほっと一息をついた。

 

ふと気づくと、ピィがパリストンを見て優しく微笑んでいた。

それがパリストンには居心地が悪かった。苛つきさえ感じる。温かい目を向けられることがパリストンは嫌いだ。自分のペースに持っていけないのも感に触る。

 

調子が狂うな、とパリストンの目の奥が冷たく光る。

 

(苦手だなぁ、ムカつくなぁ、こういうの。でも不思議なことに、嫌いになれない)

 

朗らかな表情を浮かべながら、パリストンは心の中で呟く。

 

そんなパリストンを見破るかのように、ピィはこう言った。

 

「パリストンももうちょっと素直だったらな〜。全然腹の中見せてくれないんだもん。もうちょっと人を信用してもいいと思うけど」

 

パリストンは仮面を被り、大袈裟な態度で振る舞おうとする。

 

「そうですか? ボク、すごく素直な人間だと思いますけどね? それに人当たりもいいし、誰とでも仲良くなれるし、ほら、ボクってすぐ打ち解けるじゃないですか。自分のパーソナルスペースがないんですかね〜ピヨンさんにもそう言われましたし。距離感を感じないのはいけないことかなーとも思うんですけどね〜!」

 

「言ってること意味わかんないねぇ」

 

と、ピィはお菓子を口に入れる。

 

「それならボクも、ピィさんのこと何も知りませんよ? 会長も話してくれないし、十二支んのメンバーも知らないじゃないですか? ボクのことを知りたいなら、ピィさんも教えてくれるのがフェアーだと思いますけど」

 

「それは、そうだよね」

 

パリストンはピィの横顔を見た。寂しそうな表情。まるで、世界に自分以外生きているものがいないとでも言うような。

 

「言えたら、いいんだけど」

 

「ムリしなくてもいいですよ。ボクもどうせ何言われても響きませんし」

 

本心がこぼれ出た。

 

「うん。そうだろうね」

 

そこはやはりそうか、とピィは呆れた顔をしていた。

 

(ま、ボクだってカンタンに教えてくれるなんて思っていない。あー、でもちょっかいかけるのではなく探るくらいなら会長も許してくれるかな? やっぱりムリかな?)

 

「何か面白いことありませんかね。会長が困るような奴とか。ピィさん、何かありません?」

 

パリストンは新しい話題をピィにふりかける。

 

「え〜? そんなこと言われてもな〜。あ、そうだ。あれなら……いやいやダメだよね」

 

「いいですね!! その<あれ>を教えてくれたら、スイーツハンターお墨付きのいちごタルトをプレゼントすることもできちゃうんだけどなぁー!」

 

「はいはいはーい!  教えまーす!」

 

チョロい。パリストンは一瞬だけ悪どい笑みを見せて、すぐにいつもの営業スマイルに戻した。

 

(おもちゃにはならなけど、まあ、いいか)

 

そう思えてしまうのはやはり念能力なのだろうか、とパリストンは考えるのだった。

 

 

 







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3話 パクノダとピィのネコカフェ来店

 賑やかな街並みで、パクノダは迷っていた。目の前にはガラスのドア。ガラス越しにはふわふわでふかふかの……ネコたちが昼寝をしている。

 

パクノダはネコカフェの前に立っていた。が、そこから一歩も動かない。

 

 何時間こうしているだろうか?人が通る度に、持っているケータイを確認するフリをしている。

まるで、ネコカフェに入りたいなんて悟られないように。

 

パクノダは蜘蛛、幻影旅団の一人だ。欲しいものなら力ずくで奪う。それが幻影旅団。パクノダ自身、欲しい物は力で手に入れてきた。

 

 しかし、ネコというものは力ずくで上手く奪えるものではない。

気まぐれで繊細。無理矢理従わせようとしたらすぐに爪を出す。ネコという存在は蜘蛛でも上手く扱えないのである。

 

ネコを操作するかネコが懐くような念があれば、無理矢理にでも手に入れられるかもしれないが……。

 

それかオーラを飛ばせば大人しくなるだろうが、ネコを怖がらせるのではなく仲良くなりたいのだ。意味が無い。

 

で、手に入れられないからこそのネコカフェ。

 

なのだが、パクノダは中へ入れなかった。

 

「ネコカフェなんて、柄じゃないのよね」

 

ため息を吐いて、ガラスの向こうのネコ達を見つめる。皆、思い思いにソファやネコベッドで眠っている。

客の一人がネコクッキーで釣っている。羨ましいとパクノダは呟いた。

 

入りたい。クッキーあげてモテモテになりたい。もふもふしたい。お腹撫でたい。

が、もし蜘蛛のメンバーに見られたりしたら?

絶対笑い者にされるに決まってる。

 

まあ、ネコカフェなんかに興味を持つ仲間達ではないだろうが。きっとここにネコカフェがあることさえ気づくわけがない。

 

なのだが、妙なプライドが邪魔をして、パクノダは一歩が踏み出せないのだ。

 

「はあ……いいなぁ……」

 

パクノダはもう一度ため息をついて、視線を足下に向けた。

 

ら、いた。

何かピンクの生き物が。

 

パクノダは目を見開いた。

 

 ネコのようなピンク色の耳と尻尾。赤いパーカーに白いワンピース。くりっとした目。小さな口。

ネコ……だろうか? よくわからない。

人間らしいオーラを感じないことに気づく。念獣だろうか、この生き物は。

敵意はないのはわかる。いや、むしろ危険を感じさせない変わった雰囲気だ。

 

不思議な生き物とパクノダはしばし見つめ合う。それから少しして、ピンクの生き物がにっこり笑った。

 

「こんにちは〜」

 

「え? あ、どうも……」

 

開いた口から小さな牙が見える。やはり念獣だろうか。それか魔獣?  念獣なら何かしら攻撃する意図があるかもしれないのに、不思議とこの子はそんなことをしないと確信できた。

 

「どうしてこの店の前をウロウロしてるの?」

 

核心を突いてきて、つい声を上げる。

ネコカフェに入りたいのに気づいているだろうか、いやそうだろうな、とパクノダは考える。

そう考えると自然と顔が熱くなってきた。

 

(いけない。バレバレだ。いつものクールビューティーはどこへ行ったのよ)

 

あまりの動揺に、自分でクールビューティーと言ってしまっている。

 

「別に、なんでもないわ。メール見てたの」

 

苦しい言い訳だが、そう言うしかなかった。

 

「ふ〜ん」

 

ピンクの生き物はジロジロとパクノダを見ている。バレバレだ。

 

「ピィちゃんどうしたの?」

 

と、ネコカフェの店員の男が顔を出した。どうやらこの生き物はピィと言うらしい。

さらにネコカフェの店員たちにも認識されているようだ。

 

「あ! あのね、お客さん!  だよね、お姉さん?」

 

「えっ、いや、別に私は」

 

「ああそうなんですか! いらっしゃいませ! さ、どうぞどうぞ」

 

「どうぞどうぞ〜」

 

と、店員とピィに無理矢理ネコカフェに連行されてしまった。

 

 

 

パクノダは入った瞬間こう言ったらしい。

 

「ここは天国!?」

 

ネコ好きなら楽園であるのがネコカフェ。

パクノダはすでにネコ達にノックアウトされそうだ。懐っこいネコが一匹、パクノダに近寄る。スリッとパクノダの足に体をこすりつけ、またどこかへと行ってしまった。

 

「さ、クッキーどうぞ!」

「どうぞぉ〜♪」

 

店員からクッキーをもらうと、ネコ達が一斉に寄ってくる。

ネコまみれになっているパクノダはデレデレだ。いつものクールな彼女はもういない。

多分蜘蛛のメンバーが今のパクノダを見たら、別人に間違えるだろう。

それくらい顔が溶けている。

 

ピィはそんなパクノダを見てニコニコだ。パクノダの方は猫に夢中で気が付いていないが。

 

カランカランと、ドアベルの音にパクノダは我に返った。

 

「いらっしゃいませー!」

 

ネコカフェのドアが開き、新たに客が入る。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

ピィも耳をぴくりと動かすと、客の元へと駆けて行く。

 

「ピィちゃんやっほ〜!」

「ピィちゃんに会いたくてまた来ちゃった!」

 

新しい女性客にチヤホヤされて、まんざらでもないらしい。パクノダはそんなピィをじっと見つめていた。

なんなんだろうか、あの生き物は。

 

「ピィちゃんが気になりますか?」

 

パクノダは一瞬戦闘態勢をとる。突然現れた男が念能力者だったからだ。

男は敵意がないというように、肩をすくめる。

 

「私はここの店長、タマです。どうぞよろしく」

 

「……そう」

 

念能力者が経営しているネコカフェとは、とパクノダは驚きを表情から消して考える。

タマに敵意は無いし、パクノダもきっかけなく戦いを挑むタイプではない。

一応タマの動きを気にしつつ、さりげなく口を開く。

 

「あの子、念獣に見えるけど、貴方の念獣?」

 

タマが小さく笑って首を振る。

 

「いえいえ。彼女はうちでたまにバイトをしにやって来るんです。どうもハンター協会と繋がりがあるらしいんですが、私もそれ以上知らなくて」

 

嘘を言っているようには聞こえない。

 

「ふーん……」

 

パクノダはもう一度ピィを見た。

 

 すると、パクノダとタマの視線に気づいたのか、ピィがこちらを振り向く。女性客達と何かを話すと二人めがけて走ってきた。

足が小さいので、ゆっくりとたとたと駆け寄ってくる。

パクノダの足元までやって来ると、パクノダを見上げて歯を見せた。

 

「お姉さん、楽しんでる?」

 

「ええ……まあ、そうね」

 

「デレデレだったもんね〜お姉さん。よかったねえ」

 

「確かにデレデレでしたねえ」

 

ニコニコ笑うピィとタマ。パクノダは、今の自分を旅団のメンバーに見られなくてよかったと心から思った。

 

「じゃあ店長、あれいく? いっちゃう?」

 

「ふふふ、いきますか? いきますか?」

 

何やら二人の表情が怪しくなる。

 

「お客様、よろしければこの金額をお支払い下されば……VIPルームなどもあるのですが」

 

ささっと電卓を見せる。なかなかの金額だ。

だが、きっとそれなりのネコ天国へ招待するということだろう。

 

「今ならわたしもサービスしますよ〜。わたしはふかふかぷにぷにで最高だよ!」

 

「ぜひお願い」

 

パクノダは悩むこともなくそう答えた。

 

即答すると、そっとピィの頭を撫でる。

ピィのピンク色の髪は、確かにふかふかで気持ちがいい。

ここで触ったことで、パクノダの念能力が発動する。ピィの記憶がパクノダに流れた。

 

最初は無機質な白い部屋で涙を落とす姿が見えた。一転し、年老いた男に優しく撫でられるピィのイメージが浮かぶ。

 

ピィは心から幸せそうだ。

不思議とパクノダの心も温かくなる。

 

「では、VIPルームへどうぞ。こちらです」

 

お金を支払うと、タマがネコカフェ内にある小さなドアへ案内する。パクノダはピィを抱き上げて、勧められた部屋へと入った。

 

「こ、これは……ネコ?」

 

VIPルームに入ると、パクノダは今日二回目で驚愕に目を開いた。

パクノダより大きなネコ(?)、ふっかふかの羽毛みたいな毛皮をもつネコ。気品を感じさせる模様のネコ。

パクノダより大きな巨大ネコが、パクノダを見るなり襲って……いや、戯れてくる。

 

これは念能力者でもないかぎり、押し潰されて死ぬやつだ。パクノダはネコを受け止め悟った。なるほど、念能力者でなければ楽しめないネコ(?)達のカフェか。

 

「どの子たちも合法に保護し、飼育・営業許可を受けています。安心して下さいね。あ、よろしければこちらの募金箱にお金をお願いします。ネコの保護や密猟者の討伐などに使わせてもらいますので」

 

しっかり宣伝もされ、パクノダは少しだけ募金する。

 

「ね? すごいでしょ〜。わたしもここの子達と仲が良いんだ! みんなとっても優しいの!」

 

ピィはネコ達にボールにされているが、ネコなりに戯れているのだと……思う。

 

パクノダはネコやピィと時間ギリギリまで触れ合った。

その日以来、パクノダはネコカフェの常連になるのだった。

 

 



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4話 謎の物体とピィの出会い

 

 

 つんざくような鳥の声。何かが草を掻き分ける音。ガサガサと茂みからピンク色の猫耳が飛び出す。しっぽはゆらゆら揺れながら、葉っぱを払い除ける。

ピィは森の中を進んでいた。

 

「むむむ〜」

 

唸り声を上げながら。

いつもの力の抜けるような柔らかい顔が、眉毛が吊り上がり、口も歪んでいる。

そして困ったような顔でぶつぶつひとりごちていた。

 

「はーあ。困ったよ全くピィの奴は。パリストンにこの情報を教えるなんて」

 

自分の名前を呆れたように呟くと、ピィはさらに森の中へと飛んでいく。

ピィの居場所は森の道なき道のように見えるが、円を使いちゃんとどこにいるかわかっているのだ。

 

「いくらいちごタルトが貰えるからって……わたしも食べたいけどさぁ」

 

と、甘酸っぱい新鮮ないちごを使ったタルトを思い浮かべて唾を飲む。

 

「て、ダメダメ! わたしは負けないんだからね!」

 

頭を振りながら、枝をかき分けた。

お腹がぐう、と鳴るのを聞いて、誰もいないか確認。顔が赤い。

 

「むむむ〜」

 

ピィはぎゅっと瞼を閉じ、体に力を入れる。

 

「負けないもんねー!」

 

と、振り切るように走り出すのだった。

 

 それからしばらくして、ピィは立ち止まった。開けた場所に出る。目的地だ。目の前はぽっかりと空間が広がっている。その中央に、石でできた遺跡が鎮座している。ところどころ、青い紋様が浮かんでいる。どこか現代の神字に似ている。

遺跡の入り口には、ハンターが二人いる。立ち入り禁止のテープが光でキラキラと反射していた。

 

「最近見つかった超文明の残る遺跡だっけ? もうちょっと情報をダウンロードしておこうかな」

 

門番をしているハンターには近づかずに、その少し離れたところで荷物を探っている男に近づく。

門番のハンターより腕が立ち、また他の人間達も一目置いている視線を受けている。

あと一番まともそうなのが決め手だった。

 

「あの、すみません」

 

ピィは草むらから飛び出て、男の目の前に着地する。

 

「おや、貴方は?」

 

男は一瞬身構えるが、ピィの敵意のない雰囲気を感じとり素直に聞く。

 

「初めまして。わたし、ピィって言います」

 

ペコリと頭を下げると、男は一緒驚いた表情を見せる。髭が立派で美しい。かなり手入れに気を遣っているのだろう。

 

「聞いたことがあります。ハンター協会にいる<会長の子>ですね」

 

いつのまにかそう呼ばれているらしい。

 

「私はサトツと申します。どのようなご用件でしょうか?」

 

「あの〜……実は……」

 

ピィはサトツに事情を話す。パリストンの名前が出ると、サトツは眉を顰めた。まともな人間ということがそれでよくわかる。

 

「と、言うわけでわたしの分身の一人がここの情報をパリストンに教えちゃったんです。まだ協会でも慎重に調査されている<超兵器>を、パリストンが手に入れようとしています。パリストンがそれを手にしたら、どうなることやら……」

 

国一つくらいは滅ぼしそうだとピィは震える。

 

「なるほど」

 

サトツは考えているのか、髭を触りながら目線を遠くへやる。

ピィは「うちのピィがすみません」と頭を下げると、佇まいを直して本題に入った。

 

「この遺跡にある<超兵器>は未だ扱いが危険とされているんですよね。相当量のオーラを内蔵しているとか」

 

「ええ、そうです。ベテランのハンターでも迂闊に近づけません。……しかし困りましたな。今すぐにでも手を打たないといけませんね」

 

ピィは少し迷って、サトツにこう言う。

 

「それ、わたしに任せてくれませんか? 超兵器を手放すことにはなるでしょうけど」

 

「どういうことですか?」

 

ピィは自分の考えていることをサトツに話す。

サトツはふむ、としばし目を閉じ考える。

 

「副会長の手に入るよりはいいのかもしれませんね……。では、ピィさんにお任せします」

 

「ありがとうございます。じゃあ、兵器が勝手に遺跡から逃げ出したってことにしといて下さい。夜中に遺跡に潜り込みますから、騒ぎが起きたら話したように連絡を」

 

「わかりました。どうか頼みますね、ピィさん」

 

「はい! ではまた、夜中に!」

 

ピィは森の中へと消えていく。葉が擦れる音が消えて、サトツは安心したようにため息を吐いた。

 

「あれが<会長の子>ですか。確かに不思議と敵意を持てない。実力さえ分からないのですから、善人であって良かったですね」

 

敵意と悪意を持ってこの話を持ちかけたとは微塵も思えない。ピィには、なぜかそんな気持ちにさせる力があった。

 

「さて、どうしますか」

 

サトツは茂みから目を離すと、これから起きる出来事をどう報告するかを考え出すのだった。

 

 

 

 

 夜中。ピィは絶を使い草むらから現れた。黒いフードを被って、音を立てずに走り出す。

 

「絶妙な絶で身を隠す〜♪」

 

と、暗闇にまぎれて遺跡に近づく。門番は見張りに飽きたのかいびきをかいて居眠りしている。

 

「全く危機感がありませんね〜」

 

さらりと入れてしまった。拍子抜けしつつ、遺跡の中へと足を踏み入れる。

 

 壁にかけられた松明の明かりが、ピィの影を作る。入り口から風が吹きこみ、びゅうびゅうと怪しい音が聞こえてくる。

静かな回廊を進み、広い部屋へ出た。

 

「わあ〜」

 

ピィは思わず感嘆の声を上げる。

広間にはキラキラと青暗く輝く石が転がっていた。どれも微弱にオーラを放っている。

その光は幻想的で、星空を見ているようだった。

 

「キレー! 一個もらお。ビスケにクッキィちゃん代としてあげるんだ。あ、自分用にも」

 

と、ポシェットに三つくらい拾った石を入れる。用が無くなると、再び遺跡の中を進み出した。

 

 しばらく歩くと、階段が現れた。壁には古代アトラ文字と絵が描かれている。ピィにはさっぱり読めないが、何かを祀っているのは絵を見てなんとなくわかる。

ピィは階段を飛び下りながら、地下深くへと進んでいく。

 

どれくらい下へ降りただろうか? たまに分かれ道になっていたが、かなりの広さの円を使うことで道を間違えることはない。

いい加減眠くなったのか、ピィの目は閉じかけている。ふらふらと歩いていると、何かにぶつかった。

 

「べっ!?  いったあ〜……て、壁か」

 

ピィはヒリヒリする鼻を優しくさすって、目の前を見上げた。

突然、大きな壁が現れた。

行き止まりだろうか? ピィの円ではここから大きな空間があることがわかる。この壁にも絵が描かれている。何やら壁に手をかざす男の絵だ。

 

「ん〜、これはオーラを流せばいいんだっけ?」

 

他のピィからダウンロードした情報を参照にしつつ、手にオーラを込める。そっと壁を触ると、地響きが鳴り壁が開く。

 

ピィはその部屋をてちてちと歩く。

 

 大広間とも言えそうな大きな部屋。壁には何から文字や絵があるが、判読不可能だ。

壁からコードのようなものが伸び、中央の<何か>に繋がっている。

<何か>は、白くて丸い不思議な物体だった。

 

「これが<超兵器>かぁ〜」

 

超文明が誇る遺産、超兵器。

内部からオーラが漏れ出しているのがわかる。

ピィは超兵器に近づくと、そっと慎重にそれに触れた。

 

「ジジジ……」

 

瞬間、オーラが超兵器から溢れ出す。風が鳴り塵が吹き荒ぶ。

 

「すごいオーラ!」

 

ピィは体が飛んでいかないように踏ん張る。

地上も異変に気づいたはずだろう。

 

「じゃあやりますか。おにさんわたし!」

 

ピィは超兵器に飛びつき、ぎゅっと抱きしめる。すると、超兵器のオーラが急激に減り消えていった。

 

「……キュウ?」

 

超兵器が声を上げた。突然自身のオーラが減った……いや、制御されたのだ。それはおかしいと思うだろう。

超兵器が赤いカメラをぐるぐる回していると、ピィの顔がドアップで現れる。

 

「あ、ごめんね?」

 

ピィは申し訳なさそうに謝った。

 

「???」

 

「このままじゃキミ、悪用されちゃうから。ね、一緒にわたしといようよ。ひっついている間はオーラをコントロールできるから、自由になれるよ!」

 

「キュウ」

 

超兵器は少しの間考え、同意するように鳴いた。

 

「ホント? よかった! じゃあ行こっか。

……超兵器って呼ぶのは変だよね。白いからシロって名前にしよ! 行こっか、シロ!」

 

「キュ〜〜!!」

 

シロは自由になれたのが嬉しいらしく、部屋を飛び回り階段を滑って上がる。回廊から入り口へと出て、空高く舞った。

ピィはしっかりシロにひっついて見下ろす。遥か下界にサトツがこちらを見上げているのを見た。

 

「超兵器が逃げたぞ!」

 

下から騒がしい音が聞こえてくる。

 

「いっけえ〜!」

 

シロは空高く宙を突っ切った。遺跡が小さくなるまで上空へ上がると、星空を見上げる。初めての景色に感動しているようだ。

ピィはそんなシロを優しく抱きしめる。

 

「これから、もっといっぱいいろんなものを見ようね!」

 

「キュー!」

 

二人(?)は空を飛ぶ。小さな流れ星のように、空に煌めいて消えていった。

 

 それから、超兵器がどうなったかを知る者はいない。

ただ、世界のどこかで、不思議な球体と猫耳の生き物が旅をしているのを見かけることはあったようだ。

 



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5話 ビスケとピィの熾烈な戦い

 

 

 

 

 

 三ツ星ホテルと名が高いウェルッシュホテルの自動ドアが開く。ホテルの人間は皆、振り返りその三人を見た。

金髪ツインテールのゴスロリ少女と、よれたシャツの男。ピンクの猫耳の不思議な生き物。

 

 金髪少女は大きくぱっちりとした瞳、ゴージャスなまつ毛。ほんのりピンクの唇が男性の目を惹く。上品なゴスロリのドレスが、彼女を人形のような美しさに際立たせていた。

 

 ピンクの猫耳の生き物は、不思議の国のアリスのような青いドレスに白のカチューシャ。小さなポシェットをひっさげて、ふわふわと飛んでいる。マシュマロのような頬は触ると気持ち良さそうだ。

 

 しかし注目すべきなのは、二人のオーラだった。ピリピリと緊張感を漂わせ、一触即発といきそうなオーラだ。

二人共お互いを睨み、敵意を漲らせる。

 

この二人に何があるのか。

 

その場に居合わせた人間は疑問に思うしかない。

 

 そして二人の後ろを着いていく男。表情はやつれ色も青い。げっそりした顔で背後霊のように二人の後ろを着いて行く。近くを通った人間は、ゾンビかと二度見するほどだ。

 

「ちょっと、ウイング! アンタちゃんと聞いてるの? 今度こそアタシが勝つんだから、しっかりと判定しなさいよ!」

 

「ふん。絶対わたしが勝つもんね。ビスケなんて大したことないもん。ウイング、ちゃんとわたしの勝つところを見てよね!」

 

どうやら二人は戦っているらしい。

 

ウイングは掠れた声で何とか返事をする。

 

一体どんな戦いを繰り広げていたのか。

そして今からどんな戦いが起きるのか。

 

「あの、師匠もピィさんももうやめてもいいのではないでしょうか……」

 

意を決したように、ウイングは二人に声をかける。この緊張感で言葉を発するのは、なかなかできることではない。

 

「なーにいってんのさ! まだ引き分けで止まってるんだから、勝つか負けるかするまでは絶対やめないわさ!」

 

「ウイング、これは女の戦いなの。ここまできたら、最後まできちんと審判しないとダメなんだよ。わかってる?」

 

「はい……」

 

ウイングの返事が小さく消えていく。

 

三人はそのままエレベーターに乗る。最上階のボタンをウイングが押し、エレベーターが動き出した。

 

「絶対にアタシが勝つわさ」

「わたしだもんね」

 

二人の交わる視線は、火花を散らしている。

 

「もう帰りたい……」

 

ウイングの嘆きは、ピィとビスケには届かなかった。

 

 

 

 

 エレベーターが止まり、ドアが開く。目の前に広がるはーー

 

スイーツ、お菓子、スイーツ、お菓子、スイーツ……。

 

ビスケとピィの目が輝く。後ろでウイングは死にかけている。

 

「一度来てみたかったのよね〜世界一のスイーツバイキング!  ああ〜最高! どれも美味しそうだわ〜!」

 

「ふふふ、今日は食べて食べて食べまくるぞー!」

 

二人のテンションはだだ上がりだ。

 

「あのぉ二人共、さっきもスイーツバイキングに行きましたよね? いやその前もその前もスイーツばかりですよ。もう朝からずっとスイーツしか食べてないような」

 

「スイーツクイーンはわたしの称号だからね!」

 

「ふん! アタシこそがスイーツの女王だわさ!」

 

「聞いてない……うう、もうスイーツなんて見たくない……」

 

ウイングの嘆きは虚しく、二人は勇ましくスイーツバイキングへと歩き出す。

 

「ここのスイーツバイキングの制限時間は60分。負けた方が今日の全てのスイーツバイキング代金を払うってことでいいわね?」

 

「望むところだよ。じゃあウイング、ちゃんと見ててね!」

 

「しっかりカウントしないと、アンタが代金支払うことになるからね!」

 

「うぷ……は、はい……」

 

それはたまったもんじゃないと、ウイングは吐き気を抑えてゴーサインを出す。

それを合図に、ピィとビスケはバイキングに散り散りになりスイーツを選び始める。

 

トレーにはどんどんとケーキやらチョコレートやらアイスが盛られ、てんこ盛りだ。二人はテーブルに座り食べる→スイーツを盛る→食べるを繰り返す。

その速さと上品な食べ方、美しい盛り方に周りの目は釘付けとなる。

 

「はあ、二人共、胃は大丈夫なんでしょうか……私は見るだけで胃もたれを起こしているのに」

 

逆に感心しつつ、ウイングは二人を眺める。

 

「スイーツは別腹って言うだろ? レディーとはそういうものさ」

 

そんな言葉に振り切る。

ウイングの隣に立ったのは、ブロンドの髪の美しい女性。白いエプロンとシェフの帽子を被っている。

 

「私はスイーツハンターのカヌレ。ここのシェフも務めている。いやあ、あんなに美味しそうに食べてくれる人たちは久しぶりだ。嬉しいねェ」

 

にっこり笑って、カヌレは二人を見る。

 

「あれはただスイーツを食べているんじゃない。味わい楽しみつつ、スイーツを愛でているんだ。まさしくスイーツを愛する淑女。ビューティフォー!」

 

ただ爆食いしているようにしかウイングには見えないが。

 

「今のところゴスロリの彼女が勝っているけど、どうなるかな?」

 

「もうどっちが勝ってもどうでもいいですけどね……ううっぷ(吐きそう)」

 

そのうち優雅に食べまくるビスケと、小さな口で懸命に食べるピィを見ようとギャラリーができてくる。

大事になったぞとウイングは汗をかきつつ二人の食べるスイーツをカウント。

 

 一つ、また一つと食べて盛る二人に感嘆の声が起きる。中にはビデオを回して中継する輩まで現れた。

こんなので有名になっていいのか、ダブルハンター。そう言いたいが吹っ飛ばされそうなので黙っていよう。

 

「む!  このいちごタルトはパリストンがピィにあげたあの究極のいちごタルト……! ああ〜美味しい。甘くてみずみずしいいちごとサクサクのタルト生地、歯ごたえのあるカスタードクリーム! まさしくいちごタルトのクイーン! 最高だよぉ!」

 

「このスコーン! パサパサせず絶妙なしっとり感! マーマレードも一級品だわさ! 紅茶と合わせればいくらでもいける! 今まで食べたスコーンの中でも最高級だわさ!」

 

もはやグルメ番組と化している。褒められているカヌレもまんざらではなさそうだ。

 

「私もタルト食べたい」

 

「オレにもあのスコーンを!」

 

美味しそうに食べる二人に触発されている人間までいる。

ネット中継によってさらに宣伝効果大。

一瞬、二人がこの店の回し者かと思ってしまうほどだ。

 

 二人はペースを落とすことなく、スイーツを食べ続ける。

そして、時計の針が60分を指さした。

 

「時間終了〜!」

 

カヌレが終了の合図を出すと、ギャラリーがピィとビスケに惜しみなく拍手を送る。

 

二人のテーブルには皿という皿が積まれてある。皿洗いが大変そうだとウイングは冷静に思った。

 

「では、結果発表に入ります……」

 

皆、緊張の空気でウイングの言葉を待つ。

 

「私のカウントでは……僅差ですが、109個スイーツを食べたピィさんの勝利です」

 

わっとギャラリーが沸く。ピィはカヌレから、いつのまに作ったのかお菓子のトロフィーを授与された。

紙吹雪が舞い、皆がピィに声をかける。

ピィも嬉しそうにそれに応えていた。

 

「ぐっ……ウイング、アタシはどれくらい食べたのよ」

 

ビスケは悔しさを滲ませながら、ピィに拍手を送る。ウイングの隣まで行くと、小さな声でそう聞いてきた。

 

「107個です。それだけ食べたんですから、普通にすごいですよ」

 

「せめて120個まで行きたかったわさ」

 

「えっ」

 

これにはウイング、本日32回目のドン引きである。

 

「じゃ、ビスケ、支払いお願いね〜」

 

祝福の言葉をひとしきりかけられたピィが、ビスケとウイングの元にやってくる。

 

「負けたんだから泣き言は言わないわよ。お会計お願いするわさ〜」

 

ビスケが代金を支払うと、三人はホテルから出て行く。カヌレにまたいつでも来て欲しいと言われ、ピィとビスケは再びの戦いを誓うのであった。

 

それを横で聞いていたウイングは、未来に恐怖し顔が真っ青になっていたようだが。

 

 

 

 

 ウェルッシュホテルを後にした三人。ビスケは日の光を浴びて大きく伸びをする。

 

「じゃあ、食べるだけ食べたし、クッキィちゃんタイムとするわさ! これだけ食べたらさすがに太りそうだからね〜しっかり糖分を落とさないと!」

 

「ほんとクッキィちゃんがいてよかった! クッキィちゃん様様だよぉ」

 

ピィもパンパンに膨らんだお腹をさすり、そう言う。

 

「ほらウイング、ホテルに帰るわよ! グズグズしない!」

 

「ウイング〜早く行こうよ〜!」

 

「は、はい!  ……はあ、私は心のマッサージが欲しいですよ。この胃焼けをどうにかしてほしいものです」

 

女の「スイーツは別腹」を思い知ったウイング。

ブツブツ文句を言いながら、師匠とその友人の後を追うのだった。

 

 

 

 






ウェルッシュホテル→ウェールズ発祥のお菓子、ウェルッシュケーキから

カヌレ→フランスのお菓子カヌレから


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6話 ウヴォーとピィの極楽温泉

お久しぶりです。


「おじさん、くさーい」

 

仰向けで寝ていたウヴォーは、聞き慣れない声に目を開けた。目の前にはピンクの猫耳のついた不思議な生き物。それがウヴォーを見下ろしている。

つぶらな瞳。小さな口。ふかふかの髪の毛。まるでおとぎ話にでも出てきそうな存在だ。

 

「あ? なんだオマエ」

 

起き上がったウヴォーは、不思議な生き物の首根っこを掴む。ピンクの生き物はバタバタと暴れ出した。

 

「はなせー」

 

「猫? 念獣? 魔獣かあ?」

 

「わたしはピィだよ〜」

 

ピィと名乗った生き物はべえ〜と舌を出す。

変な生きもんだな、とウヴォーはまじまじとピィを眺めていた。

 

「ウヴォー! 何やってるの?」

 

パクノダがやってくると、ピィはウヴォーの手から離れてパクノダのところへと飛んでいく。

 

「パクノダ、でかいおっさんがいじめる〜」

 

「ちょっとウヴォー、ピィに酷いことしないでくれる?」

 

ウヴォーは起き上がると背中を手で掻きながらパクノダとピィを見た。

 

「それオマエのかあ?」

 

「私のっていうか、友人よ」

 

自分の肩に乗ったピィを撫でながら、彼女はそう言った。

「友人」。パクノダがそんな言葉を気安くは言わない。どちからというと、交友関係は少ない方で、深く狭いのが特徴なのはウヴォーも知っていた。

そんなパクノダが流れるように「友人」と言った。アジトに入れたのも、信頼できる存在だからだろう。

 

「そうだよ。パクノダはうちのお客さんだも〜ん」

 

「つまりどっちだよ」

 

「客であり友人よ」

 

なんの「客」かは詳しく聞かないでおく。それより、とパクノダも顔をしかめて鼻をピクピク動かしていた。

 

「本当に臭いわね……。シャワー、いつかかったの?」

 

「ん? いつだっけな?」

 

「もう」

 

呆れたような顔で自分を見る。しかしウヴォーは気にしない。

 

「めんどくせーんだよ」

 

「だからってちょっと……臭いわよ。さすがに入った方がいいわ」

 

「マジ? ん〜でもこのアジトってシャワーないんだよなー」

 

どうすっかな、とウヴォーは天井を見上げた。どこぞの家の浴室でも借りるか、近くの川に飛び込むか。

いっそ雨でも降ってくれないかとぼんやり思っていた。

 

「じゃーさー、温泉行こうよ」

 

「温泉?」

 

ウヴォーとパクノダの声が重なる。聞いたことのない言葉だった。二人の視線がピィに集まる。

ピィはにっこり笑うと、パクノダの肩から飛び降りる。ふわりと空中で浮かんで、小さく手足を動かした。

 

「アジトを出て少ししたところに、温泉宿があるんだ〜。日帰り温泉もあるんだよ! スッキリするし、癒されるし、ぽっかぽかだよお」

 

ウヴォーとパクノダは、ピィの言葉にお互いを見るのであった。

 

 結局来てしまった。ウヴォーは大きく伸びをしながら、その温泉宿を見上げた。

隣には肩にピィを乗せたパクノダがいる。自分と同じように、物珍しそうな顔をしている。

 

あまりにもピィが温泉を薦めるので、つい頷いてしまったのだ。

しかし、その決断は正解だったかもしれない。見かけない様式の外観。ノブナガと同じような和服を着た従業員。珍しい、というと確かにそうだ。

 

自分にはあまり向かない品のある宿だったが、中に入ってその思いは消えた。

 

「おお! ピィちゃんいらっしゃい! お客さん連れてきてくれたかの〜」

 

「うん! 番頭のユブネさん! と、女将のヒノキさんだよ!」

 

「いらっしゃい! ゆっくりしてってね!」

 

「まあ、湯にでも入って疲れをとりなのぉ!」

 

なかなか豪快な番頭と、肝っ玉のある女将にウヴォーは好感が持てた。二人に案内されて、宿に入る。

 

スリッパを履いたウヴォーとパクノダ。受付を通り過ぎ、廊下を歩く。窓の外には異国の庭が広がっていた。まるで違う国へ旅をしているみたいだ。

 

「驚きね。こんなところにこんな宿があったなんて」

 

パクノダは、美しい庭園にため息をついて言う。

 

「いいでしょ。ヒミツの旅館なんだよ」

 

ピィはドヤ顔で胸を張っていた。

 

 廊下の先に、赤いのれんと青いのれんが見えた。見たことのない文字が大きく描かれている。

 

「男はこっちで、女はこっち! あ、この部屋は休憩所だから。仲間が上がってくるまで待っていて構わないよ」

 

左には部屋が広がっている。何かが敷き詰められており、畳と言うのだとヒノキが教えてくれた。

 

「なら、ここで待ち合わせね」

 

「おう! じゃ、またな〜」

 

ウヴォーはのれんにぶつかりながら、その先へ足を踏み入れた。

 

棚の並ぶ部屋に、ウヴォーは周りを見回す。

 

「ここで服を脱ぐんだよお」

 

「ピィ」

 

いつのまにかピィが頭に乗っかっていた。

 

「服を脱いだら温泉だよ。早くはやくぅ!」

 

頭から飛び降りると、流星のような速さで温泉へと行ってしまうのだった。

とりあえず服を脱いだウヴォーは、温泉へと足を踏み入れる。

 

戸を開けて中を見たウヴォーは目を見開いた。

 

「うおおっ!? なんだここ!??」

 

あまりの光景に、つい声が出てしまった。

広がる湯船。向こうには庭が見え、外にも風呂があるらしい。

湯気がもくもくと立ちこみ、熱気がウヴォーを包んでいる。

カポン、とどこからか音が響く。ひのきの香りをふんわりと感じていた。

 

「こりゃすげぇぜ! テンション上がるな!」

 

早く入ってみたい。だが、先に体を洗うようにとピィに言われていた。

 

「洗わなくてもいいだろ!」

 

湯船に近づくが、

 

「ダメーー!!」

 

ドスっ!と、腹に何かが突っ込んできた。

オーラでできているピィの一撃がウヴォーに効く。そのあまりの衝撃に一瞬目が霞む。

 

「って、え、……イッテェッ! 何すんだてめー!」

 

一気に殺意がみなぎるが、ピィは引かない。

 

「臭いし汚いだもん! シャワーくらい浴びてよね!!」

 

不思議と攻撃する気が起きない。ウヴォーはため息を吐く。

 

「わーったよ。ってなんだそれ?」

 

ピィがお腹に丸いものを付けている。

よく見たら水着を着ていた。ピンクのワンピースタイプの可愛い水着だが、ウヴォーは興味がないのであまり観察していない。

 

「浮き輪。言っとくけどこれはわたししか使えないトクベツなものだからね。早く体洗ってね!!」

 

仕方なくウヴォーはシャワーのあるスペースへ向かう。イスと桶がシャワーと鏡の前に置かれていた。鏡は湯煙で曇っている。ウヴォーは温泉の方を見た。ピィが浮き輪でぷかぷかと浮かんでいるのが見える。

 

「早くオレも入るか」

 

シャワーを浴びてスッキリすると、とうとう湯船へと大股で歩いていった。

 

ザパン! と勢いよく湯に入る。湯の熱さが最初に襲い、その後、心地よさが広がっていく。

 

「沁みるぜ……」

 

乾いた体に、湯が染みこんでいく。足の先はすっかり温かくなっていた。体は火照り、体温が上がっているのを感じる。

 

「ぷかぷか〜」

 

ピィが浮き輪で浮かびながら、ウヴォーの目の前を漂っている。

 

「あっちも最高だよー」

 

ピィに露天風呂を勧められ、ウヴォーは外へと出て行った。石造りの庭が、雰囲気を醸し出す。ザーッと湯の滝が流れ、空を見上げれば快晴だった。

涼しい風が頬を撫でる。少し濁った湯は薬湯というらしく、病気が治ると言われているらしい。それを目的に入りに来る人もいるそうだ。

 

「オーラを纏った湯か」

 

凝をすればすぐわかるほどに立ち込めるオーラ。病気が治ると言われるのも、このオーラのおかげだろう。

実際、ウヴォーも湯に浸かるだけで疲れが消え去った。肩も軽く、不調だった腕も調子が戻っている。ますますこの温泉が気に入ってくる。

 

「……あいつを連れてきてもいいかもな」

 

思い浮かぶは、ちょんまげ頭のサムライ。

今度はノブナガを連れて行こうとウヴォーは決めたのだった。

 

 すっかり体も温まり、温泉を楽しんだウヴォーは風呂を出てピィと一緒に休憩所に向かった。体はポカポカと熱く、血の巡りを感じる。

ウヴォーは満足していた。ここなら手間と金がかかっても行きたいと思えたくらいだ。

 

「あ! これ! ねえウヴォー。これ飲もうよお」

 

ピィが指さしたのは、自動販売機。ピンクの飲み物と、コーヒーのイラストが描かれた飲み物の二種類があるようだった。

名前を見るに「いちご牛乳」と「コーヒー牛乳」みたいだ。しかしウヴォーには問題があった。

 

「オレ金持ってねえ」

 

欲しいものなら力づくで奪うウヴォーに手持ちなどないのである。自動販売機を壊して手に入れてもいいのだが今は気分がいい。

ピィを見ていると、不思議と奪う気分にもならない。出入り禁止になるのも困る。

あとはピィに貸して貰えばいいと思っているのもあった。貸しなどどっかから奪えばいいのである。

 

「仕方ないな〜後で10倍にして返してね。それかおいしいスイーツでもいいよ」

 

ピィはいちご牛乳と、ウヴォーはコーヒー牛乳のボタンを押す。

機械が音を立てながら飲み物を移動させるのは見ていて面白い。ウヴォーは出てきたコーヒー牛乳を開けると、一気飲みする。

 

「ん! うめえ!」

 

「やっぱりお風呂上がりのいちご牛乳はサイコ〜だね〜」

 

コーヒー牛乳を堪能したウヴォーは、休憩所で畳に寝っ転がる。

 

「どうだった〜? よかったでしょ〜」

 

ピィはウヴォーのお腹に大の字になっている。ピィの言葉に、ウヴォーが頷く。

 

「おう。サイコーだったぜ」

 

「また行こうね〜」

 

「おー…」

 

ウヴォーは微睡の中に囚われ、ゆっくりと意識を手放した。

 

 女湯を上がったパクノダは、乾かした髪を触りながら戸を開ける。すっかり遅くなってしまった。あまりにも気持ちいいので長居してしまったのだ。

ピィはいいとして、ウヴォーは待っているのが苦痛だろう。どこかにビックインパクトしていなければいいが。

 

「ごめんなさい、遅れちゃって……」

 

待ち合わせにしていた休憩所を覗くと、パクノダはくすりと笑った。

いびきをかいているウヴォーと、ウヴォーのお腹で静かに眠っているピィ。

 

「たまにはこういうのもいいわよね」

 

パクノダは二人の隣に座ると、窓から差しこむ木漏れ日に目を細めるのだった。





ピィがウヴォーと一緒にお風呂に入ったのは、ウヴォーがなんかしでかしそうだったため。


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7話 イルミとピィの懐かしピクニック

 

「ねえ、イルミぃ〜」

 

何故こんなことになったのだろう。

イルミは聞こえてくる声を無視する。しかしそのピンク色はイルミの目の端にチラチラと映るのだ。

ウザい。イライラが溜まる。

 

「いーるーみー。イルミイルミイルミイルミ!」

 

「……」

 

殺意が湧き上がる。きっと目の端のピンクもわかっているはずだ。オーラが出ているのだから。だと言うのに、ピンクの塊はバタバタ暴れている。

すぐに殺意は消えるが、くっそウザい。殺意が消えるのはなんらかの念能力だろう。ならこのイライラも消してくれればいいのに。

 

「ねーーーー!! イルミッ!! きーーーけーーー!!」

 

「うっっっっさい!!」

 

イルミは反射的にクッションを投げていた。ボフッ!と、クッションがピンクに当たる。

 

「もがもが。……ふう! 殺し屋がクッションを投げるって笑えるね〜」

 

そのピンクの生き物……祖父が言った「ピィ」は無邪気に笑っていた。

 

ピィ。祖父であるゼノが突如紹介し押しつけてきた謎の生き物。ピンク色のふかふかな猫耳に、長い尻尾。ぷにぷにのほっぺ。

赤い頭巾とワンピースが、まるで童話に出てくる生き物のように見える。

しかしゼノが言うには「かなり厄介な相手」らしい。

 

「油断するなよ。あやつの念は制限が無い」

 

念の制限が無い。と、言うのはつまりどういう意味を表すのか。その言葉だけではよくわからない。だがゼノも戦おうとしない相手なら、イルミも戦わない方がいいだろうということはわかっていた。

 

だと言うのに、このネコはイルミを苛立たせる。

 

「何か怒ってる? 大丈夫? 鉄分足りないの?」

 

それはお前のせいだ。歯がギリっと鳴る。

いつもクールなイルミだが、これには感情を露わにするしかない。

全くじいちゃんは何てもんを寄越してきたんだ。

 

祖父だから断れなかったが、これが他人の頼みなら今にでもピィを箱に詰めてガムテープでぐるぐる巻きにして返品していたところだ。

 

「誰のせいだと思ってんの」

 

「イルミが返事しないからいけないんでしょ? 今度いきなりクッション飛ばしてきたら、もうタコさんウィンナーもうさぎさんも作ってあげないからね!」

 

「わかった。ごめん」

 

全然突然ではないのだが。オーラでわかるはずなのだが。

しかし、ピィの作るタコさんウィンナーとりんごのウサギさんは最高に美味しいのである。ただウインナー切ってりんごの皮を剥くだけなのだが。不思議である。

 

「ふふ。そこだけ素直なのは小さい頃と変わんないだよねえ」

 

「オレは記憶ないけどね」

 

小さく笑うピィに、イルミは冷たく答えた。

どうもピィとゼノの話では、イルミとピィはイルミが小さい頃に会っているらしい。小さすぎてイルミは覚えていないらしいのだが。

こんなワガママな生き物、一度会ったら忘れないと思うのだが。

 

「ねえ! 天気も良いし外で食べようよ! 他にもいろいろ作ってるの! ピクニックピクニック〜!」

 

「イヤだね。何でそんな面倒なことしなきゃいけないの」

 

「えーヤダヤダヤダ! ピクニック行こうよお! ピクニック行きたいよおーー!!」

 

ピィが暴れ出す。きっと針を飛ばしても気にせず暴れるだろう。飛ばす気も起きないが。

イルミは深くため息を吐いて、上着を着る。

 

「わかったよ。行く行く。さっさと準備してさっさと外で食べて帰るよ」

 

「やったー!」

 

ピィは、台所から三段ほどあるお弁当と水筒をとり出した。馬鹿でかい弁当にどれだけ楽しみにしていたかわかる。

しかしいつのまに三段も弁当を作っていたのか。

 

「じゃあピクニックにれっつらご〜!」

 

ピィに背中を押されながら、イルミは部屋を後にした。

 

 イルミが借りていたマンションから十分もかからない公園。空は青く、芝生も青く。家族連れがシートを広げてピクニックをし、子どもたちが遊具で遊んでいる。

子どもの賑やかな声が公園に響いていた。

 

ピィは木の下まで走ると、ポシェットからピクニックシートを広げていそいそと準備をしている。

イルミは興味なさげにその光景を眺めていた。

 

「ピクニック、ね」

 

昔の記憶がふと蘇る。

キルアやアルカにせがまれ、ピクニックごっこをしたことがあった気がする。

その頃からやけにごっこが上手い記憶があったた。何故かはわからないが。

 

「イルミぃ! お弁当食べよ〜」

 

「はいはい」

 

「あのね〜今日さ朝から頑張ってお弁当作ったんだ〜。一段目はね、ネテロも大好きなちらし寿司。パリストンも絶賛したいなり寿司もあるんだよ!あとね〜ジンが一度も文句言わずに食べた卵焼きもあるしねーチードルがお手をするくらい美味しかったらしいピーマンの肉詰めもあるんだよ!いっぱい作ったから食べようねぇ」

 

ピタリ、とイルミは足を止めた。

 

「ピィ。ちょっとトイレ行ってくるから待ってて」

 

「大と小どっち?」

 

何も言わずにピィから離れる。

 

「だから大と小どっち〜!!!???」

 

「大の方!!!!」

 

後ろから「なあーんだ便秘か下痢か〜」と聞こえてきたが無視することにした。

 

「本当にうっざい……今すぐ口をガムテープで閉じてぐるぐる巻きにして針刺して箱に入れてゴミ置き場に放置したい」

 

などとブツブツ呟いている。

 

公園にある寂れた男子トイレに入ると、イルミは振り返った。

目の前には念能力であろう男が立っている。

ニヤニヤ笑う下品な顔に、イルミは自然と虫唾が走った。

 

「よぉゾルディック家の長男さんヨォ。

オレはラリホーってんだ、なんの用で来たかわかるよな。ほいほいと殺しやすいフィールドに来てくれてヨォ」

 

「いや……別にただピィのワガママ聞いただけだし。キミとは関係ないし。ていうか、ゾルディック家ってわかって近づいたんだ」

 

「当たり前じゃねェか」

 

ヘラリとラリホーは笑った。

 

「オレが世界に名を馳せる殺し屋になんだよォ!」

 

「バカじゃないの」

 

イルミは冷たい目で男を見下ろし、針を放つ。ギャッと短い叫び声が聞こえ……トイレからビキビキと不気味な音が響くが、前を通り過ぎた人間が気にすることはない。

 

脳天に針の刺さったラリホーが出て行って数分、イルミもなんでもないようにトイレから出て行くのだった。

 

「あ! イルミい!」

 

よく長く待てたもんだと思っていたら、ピィの隣を見てイルミはため息をついた。

 

「誰、それ」

 

「なんかね〜イルミに用があるんだって〜」

 

見るからに裏社会の人間らしい女性がピクニックシートに座って戸惑ったような表情を浮かべている。

 

「せっかくだから一緒にピクニックしよ〜って誘ったんだ!」

 

「いや、アタシは……ゾルディック家の人間を殺しに来て……先にこいつをって……なんでこんなことに?」

 

「そんなこと言われてもこっちが聞きたいんだけど」

 

とりあえずピクニックシートから追い出して、脅し文句とオーラを込めるとスゴスゴと逃げて行く。

やはりピィの念能力は操作系だろう、とイルミは隣の小さい生き物を盗み見した。常時発動型か、厄介な能力だ。

盗み見たはずなのにピィと視線が合うと、その生き物はにっこりと笑った。

 

「で、スッキリした?」

 

「うん、まあ」

 

余計なことは言わないでおこう。というより説明が面倒くさいのが八割だが。

 

「まあ、美形も殺し屋も口から入れて尻から出すだよね。人間なんだし」

 

「オレも人間だからね」

 

そりゃそうだとイルミは呟く。

 

「だねだね!」

 

うんうんとピィは頷いて勢いよく指を空に指した。

 

「じゃあじゃあじゃあ、改めてピクニックたーいむ! 楽しみましょお〜!」

 

「次は変な人誘わないでよ」

 

「なに食べる〜?」

 

全く聞いていないのにイルミは殺意を一瞬覚えた。

 

「ジャジャーン! みてみて! ちらし寿司! あ、イルミはこれかな?」

 

一番上から二段目を開けると、いかにもお子ちゃまが食べそうな料理がたくさん揃っていた。

 

カニクリームコロッケに、ミートボール、小さいハンバーグ、旗が刺さったプチトマト。

 

それからイルミの大好きなタコさんウインナーとうさぎのりんご。

 

それをピィは嬉しそうに紙皿に乗せていく。

 

「はい! どうぞ!」

 

「……ありがと」

 

紙皿を受けとったイルミは、まじまじとピィの料理を見つめた。

なんだか懐かしい感覚が、くすぐったい。振り払うようにタコさんウインナーを食べると、突然小さな頃の記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

「イルミぃ、今日はなにして遊ぶ?」

 

まだ幼いイルミだったが、殺し屋としての訓練はそれに待ったをかけなかった。

そんな中、癒しだったのがその不思議な生き物との時間だった。

ピィと名乗ったそのネコは、祖父の用事が終わった後、イルミの休憩時間の合間にたまに遊びに来てくれていた。

 

イルミはピィと遊ぶのが、密かに楽しみだった。

 

「ねえ、ピィはピクニックって知ってる? それやりたい」

 

「いいね! ピクニック! じゃあ今度、ごちそう持ってピクニックしよ!」

 

そう約束して一週間後、二人はゾルディック家の敷地でピクニックを始めるのだった。

 

「これなに?」

 

「それはタコさんウインナーだよ」

 

「これは?」

 

「りんごのうさぎさん!」

 

ピィの作ったそれはどれも初めて見るもので、イルミは見ているだけで興奮していた。

 

「はい、どうぞ〜」

 

恐る恐る口に入れたイルミの顔が一気に明るくなる。

 

「おいしい! こんなにおいしい食べ物初めて!」

 

「そりゃ毒入りよりは絶対おいしいよ。それにわたしの手作りだもん。魔法がかかってるからね!」

 

「魔法……」

 

小さなイルミには確かに魔法がかかっているかのように思えた。

 

「もうそろそろ、殺し屋の訓練も忙しくなって会えなくなっちゃうかもだけど。また一緒にピクニックしようね」

 

「え! もう会えなくなっちゃうの?」

 

「ゼノに言われたんだ。わたしがいると訓練に支障が出るって」

 

「そんな〜」

 

イルミが涙ぐむと、ピィは慌ててタコさんウインナーをイルミの口に入れる。

モゴモゴと食べているイルミをピィは優しい瞳で見つめていた。

 

「イルミが大きくなったら、また一緒にピクニックしよ! 約束!」

 

「もぐもぐ。……うん。約束だよ」

 

ピィに教えてもらったゆびきりげんまんをしながら、イルミはまたピクニックができるくらい立派な殺し屋になろうと決めたのだった。

 

 

 

「イルミ?」

 

ピィの声に、イルミは我に返った。

あれは確かに自分が小さかった頃の記憶だった。イルミはピィを見つめる。

 

「ん? どしたの??」

 

ピィは首を傾げると、また笑ってタコさんウインナーをイルミの口元に持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「……もう、一人で食べられるよ」

 

イルミはタコさんウインナーを摘むと、大きな口へ放り投げる。

そのタコさんウインナーの味は、あの頃とひとつも変わっていなかった。

 

「約束、覚えててくれてたんだ」

 

俯いて、ピィに聞こえないくらい小さな声で呟く。

 

不思議な感覚が、胸からじんわりと熱を帯びていた。

 

「……ねえ、一段目には何が入ってるの?」

 

「あ! 気になる? 実はね〜」

 

賑やかな公園の片隅で、殺し屋は静かに平和を噛み締めていた。



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