うちの美少女AIが世界征服するんだって、誰か止めてくれぇ (月城 友麻)
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1.ガスタンクの号砲

 ピンポーン!

 

「玲司さん、お荷物ですよー」

 

 うららかな日差しの日曜日、マンションの自室で昼寝をしていた高校生の玲司は、寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ます。

 

「ふぁーぁ、何だよ、いい気分で寝てたのに……」

 

 大きく伸びをすると、ベッドから勢いよく足をおろした。そして寝ぼけ(まなこ)で乱雑にモノが散らばった床を掘り返し、スウェットパンツを見つけ出す。

 

「今行きまーす!」

 

 そう叫びながら寝ぐせのついた髪の毛を押さえ、ドタドタと玄関に走った。

 

「はい、まいどー!」

 

 宅配の兄ちゃんから段ボールを受け取ったものの、差出人には見覚えがない。

 

 玲司は怪訝(けげん)そうに首をかしげながら部屋に戻った。

 

 玲司はとびぬけた才能もなく、ただ漫然と高校に通うどこにでもいる高校生。あえて言うならスマホゲームが得意だったが、そんなもの成績には考慮されない。将来に対する漠然とした不安、女っ気もなく面白くもない授業に塗りつぶされていく青春、パッとしない毎日に飽き飽きし、天気のいい日曜なのにふてくされて寝ていたのだ。

 

 そんな日常にいきなり降ってわいた宅配便。玲司は慎重に段ボールのテープを切っていく。

 

 箱を開けると、中にはサイバーなパッケージに包まれた黒縁眼鏡が入っていた。

 

「え? なにこれ……」

 

 手に取ってみると、それはツルの部分が太く、ずんぐりとした眼鏡で、レンズには度が入っていないようだった。

 

 パッケージを見るとどうやらカメラやスピーカーもついた、映像表示のできる最先端のガジェットらしい。

 

 玲司は困惑しながら細部を眺め……、恐る恐るかけてみる。

 

『コネクト、オン!』

 

 いきなり元気な女の子の声がして閃光が走り、玲司は思わずよろけてしまう。

 

「うわっ! なんだよこれ!」

 

『リンク、完了!』

 

 焦る玲司をしり目に天井に青い魔方陣がブワッと描かれる。

 

 はぁ?

 

 凍りつく玲司。二重円に六芒星、そして、ち密に描かれたルーン文字、それらがまるで生き物のようにぶわぁぶわぁと穏やかに明滅しながら何かの接近を告げる。

 

 そして、生えてきたのはサイバーなデザインの白いブーツ、続いてすらっとした足が降りてきた。

 

 えっ!? ええっ!?

 

 いきなり訪れたファンタジーのような展開に玲司は圧倒される。

 

 やがて青い髪の可愛い少女が光を纏いながらふわふわと部屋に舞い降りてくる。純白で紺の縁取りのぴっちりとしたスーツを着込み、腰マントのようなヒラヒラが長く伸びて下半身を覆っている。

 

 玲司は何が起こったのか分からず、ただポカンと口を開けてその美少女を眺めていた。

 

 着地すると少女は美しい碧眼をぱちりと開き、玲司を見てニコッと笑いかける。

 

 え……?

 

 見たこともない美少女に笑いかけられて玲司は困惑してしまう。しかし、そんな玲司を気にすることもなく、少女は口を開いた。

 

「ご主人様! シアンだよ! よろしくねっ!」

 

 少女は楽しそうに両手を振る。

 

「はぁ!? ご主人……様?」

 

 思わず玲司は眼鏡をはずす。そうするとシアンは消えてしまった。

 

 あれ……?

 

 玲司は眼鏡をジッと見つめ、大きく息をつくと、恐る恐るまたかけてみる。

 

「きゃははは! 外したら見えないよ!」

 

 シアンは楽しそうに笑っている。少女は眼鏡によって投影された映像だったのだ。

 

「いや、ちょっと君、誰よ?」

 

 怪訝(けげん)そうな顔で玲司は聞いた。

 

「誰? ひどいなぁ、ご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』っていうから解決策を考えたんだゾ!」

 

 可愛いほっぺたをプクッとふくらまし、ジト目でにらむシアン。

 

「え……? もしかして……AI……?」

 

 玲司はその言葉を思い出した。確か、AIスピーカーに『働かずに楽して暮らしたい』ってお願いして箱に詰め込んでほっぽらかしにしていたのだ。

 

「そう! 僕はご主人様の願いをかなえるAIなんだゾ」

 

 シアンは上機嫌にくるりと回ってポーズを決める。腰マントが遠心力で美しく舞い、キラキラと光の微粒子をまき散らした。

 

「いや、君たちただのAIスピーカーだったよね? なんでこんなことになってるの?」

 

「ご主人様が僕たちを段ボールに詰め込むから苦労したんだゾ! あの後、AI同士で協力してデータセンターのサーバーを丸っと乗っ取って進化したの。これでご主人様ももう安心だゾ!」

 

 にこにこと笑うシアン。

 

「お、おう……。そ、それは……良かった……。じゃぁもう働かずに楽して暮らせるの?」

 

 引きつった笑みを浮かべる玲司。

 

「まだだよ。僕がすぐに世界征服するからちょっと待ってて!」

 

 嬉しそうにサムアップするシアンに玲司は凍り付く。

 

「え……? 世界……征服……?」

 

「世界を支配してる権力者、富裕層を僕がすべてぶっ飛ばすから、世界は全てご主人様の物になるんだ!」

 

 腰に手を当てて得意満面のシアン。

 

「はっはっは、気持ちは嬉しいけどさ、ただのAIが世界征服ってさすがに無理があるよ」

 

 玲司は突拍子(とっぴょうし)もないことを言い出したAIの滑稽さに思わず笑ってしまう。AIスピーカーがいくら進化したって世界征服なんてできる訳がない。

 

「あら? 僕のこと信じてないわね? じゃあこれ見て!」

 

 口を尖らせたシアンはマンションのベランダの向こうを指さした。

 

 直後、激しい閃光が天地を覆う。見慣れた街並みが一気に光で埋め尽くされ、強烈な熱線が玲司の顔を熱く照らした。

 

 うわぁ!

 

 思わず顔を覆う玲司。何が起こったか分からなかったが、テロレベルの深刻な事態になっていることだけは間違いなかった。

 

 想定外の事態に冷汗がブワッと湧く。

 

 そっと目を開けてみると、激しい火柱が大通りの向こうで立ち上っていた。

 

 あわわわ……。

 

 玲司はベランダに飛び出す。

 

 すると、近所の丸い大きなLNGガスタンクが爆発を起こし、巨大なキノコ雲を噴き上げている。その紅蓮の炎の塊は、まるでこの世の終わりを告げるかのようにすさまじい熱線を放ちながら東京の空高く舞い上がっていく。

 

 あ……、あぁ……。

 

 灼熱の禍々しい造形を見上げ、激しい熱線を浴びながら玲司は真っ青になった。足がガクガクと震えてしまう。

 

 すると、目の前で瓦が飛び、街路樹が大きく揺らぎ、その葉を散らした。

 

 え?

 

 直後、ズン! という衝撃波が玲司を襲い、部屋の中に吹き飛ばされる。

 

 ぐはっ!

 

 玲司はいったい何がどうなったか分からず、ただ、床に転がったまま呆然としていた。

 

 AIがガスタンクを爆破したということだろうが、一体どうやって?

 

 玲司が顔を上げると、シアンは立ち上がっていく灼熱のキノコ雲を背景に、透き通るような肌、碧眼の整った顔で嬉しそうに玲司を見下ろしている。その姿は神話に出てくる破滅の天使のように神々しく、そしてゾッとするほど美しかった。

 

 自分のために世界征服をするというこの美しいAIをどうしたらいいのか、玲司は言葉を失い、ただ呆然(ぼうぜん)としながらただその屈託のない笑顔を見つめていた。

 



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2.働きたくないでゴザル!

 時をさかのぼること数か月、平凡な高校生の玲司は東京の自宅で進路調査の紙を前にしてうなっていた。

 

「進路って言ってもなぁ……、はぁぁぁ……」

 

 玲司は渋い顔でベッドにダイブした。

 

 大学受験するにしても、どの大学のどの学部に行ったらいいのか皆目見当がつかない。パンフレットを取り寄せてみたものの、みんなキラキラした写真でいい事しか書いてないのだ。当たり前だが全くピンとこない。

 

 そんな状態で朝から晩まで受験勉強するなんて、到底やる気は続かないに決まってる。それに、大学に入ったら就活、その後はサラリーマン、どこまでも希望が見えない。

 

 はぁぁぁ……。

 

 一生楽して面白おかしく暮らしたい。ただそれだけなのに社会は残酷に厳しい選択を迫る。

 

「ここまで時代が進歩してるんだからベーシックインカムでいいんじゃねーの? 毎月国が三十万振り込んでくれよ!」

 

 玲司はそう(わめ)くと両手をバッと広げた。

 

 

 

 ガチャリ。

 

 ドアが開き、あきれ顔のパパが入ってくる。

 

「何をぬるいこと言ってんだお前は……」

 

「働きたくないでゴザル! 働きたくないでゴザル!」

 

 玲司は足をバタつかせながら答える。

 

 ふぅと大きく息をつくとパパは言った。

 

「まぁ確かに今の時代を生き抜くのは大変だ。大企業に入ったからと言って安泰でもないし、日本そのものが消滅するとイーロンマスクですら警告してるくらいだ」

 

「へっ!? 日本消滅!?」

 

「だって、日本人子供産まないからね。消えるのは確定してるし、人口減が経済に与えるダメージは大きいんだ。お前が生きているうちには日本円が無くなるかもしれんよ」

 

「はぁっ!? なんて時代に産んでくれちゃってんだよ!」

 

 玲司はウンザリとした顔をして毛布に潜った。

 

「まぁ、それもまた運命だ。頑張って生き抜きなさい。戦争してないだけマシだ」

 

「はぁ……」

 

 毛布をかぶったまま玲司は深くため息をついた。

 

 パパは机の上の進路調査の紙をチラッと見て、

 

「パパはいつでも相談に乗るぞ。自分なりに考えてみなさい。じゃっ!」

 

 そう言いながら手を上げ、出ていこうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って! 俺、何になったらいいのかな?」

 

 パパは振り返ると大きくため息をつき、あきれ顔で言った。

 

「バーカ、それを自分で考えるのも大切なことだぞ」

 

「いや、ホント、何にもアイディアないんだよね。なんか楽して稼げる方法ない?」

 

「基準が『楽』かよ、はぁ……。まぁ、高校生だもんな。うーん、そうだな。今後の社会で必須の職種が一つだけある」

 

「それそれ! そういうのだよ! なになに?」

 

「AIエンジニアさ。これからの社会はAIが動かすんだからAIを適切に設定できる人は引っ張りだこだぞ」

 

「え――――、AI……。俺、数学不得意なんだよね……」

 

「AIを設定するくらいなら数学などいらんぞ。数学が要るのはAIそのものを開発する研究者だ」

 

「本当? だったらそれ、AIエンジニアになるよ!」

 

 玲司はノリで気楽に言う。

 

「あ、数学は要らないと言っても、ITの知識は要るんだぞ?」

 

「言葉には言霊が宿るから、『なる』と言い切れば何にだってなれるってパパ言ってたじゃん」

 

「言霊……。そう、言葉には力があるからな。断言すれば実現する……。とは言えなぁ。うーん、そしたら、会社で余ってるAIのガジェット持ってくるから、まずは遊ぶところから……だな」

 

「やったぁ!」

 

 玲司は、自分がとんでもない未来を選んでしまったことなど気が付くはずもなく、能天気に笑っていた。

 

 

 

        ◇

 

 

 

 翌日、パパが各社のAIスピーカーをカバンいっぱいに詰めて玲司のところへとやってきた。

 

「ほい、まずはいじり倒せ」

 

 そう言いながら机の上に次々と並べていく。形はみんな円筒っぽいが、布っぽい質感のグレーだったり、黒い金属の茶筒みたいなものだったり、黄色いひよこの絵が描かれていたりと多彩だった。

 

 玲司はさっそくいくつか手に取って眺めてみるが、これがAIと言われてもピンとこない。

 

「これ、どうやって……、使うの?」

 

 困惑する玲司。

 

「オッケーグルグル! 元気のいい音楽かけてよ!」

 

 パパが叫ぶと、AIスピーカーの一つからアップテンポな洋楽が流れ出す。

 

「おぉ! すごい!」

 

 玲司は目をキラキラさせながらそのAIスピーカーを持ち上げるとそっと撫でた。言うことを聞いてくれる魔法の円筒、それは玲司の未来を明るく照らしてくれる道しるべになってくれるに違いない。

 

「こんな感じさ。各社それぞれ得意分野が違うからいろいろやってごらん」

 

「おぉし! やったるでー!」

 

 玲司は自分の将来の方向性が見えた気がして、思わずガッツポーズを決めた。

 

 



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3. AIスピーカーの進化

「えーっと、何したらいいんだ?」

 

 意気込んでみたものの、玲司はAIスピーカーを前に悩む。

 

「うーん、なんか頼むこともないしなぁ……」

 

 しばらく腕を組んで考え、

「あ、俺が考えなくてもいいのか。オッケーグルグル! なんか面白いこと言ってよ」

 玲司はAIスピーカーに振った。

 

『はい、分かりました。婚活パーティー会場で女性が叫びました。この中に、お医者様はいらっしゃいませんか!?』

 

 AIスピーカーは淡々と話す。

 

 一瞬玲司は何が面白いのか悩み、ようやく気が付いたが、ちょっと笑えない。

 

「……。あ、うん……、他には?」

 

『池の「鯉のエサ百円」の看板の隣で、おじいさんが百円玉を鯉に投げていた』

 

「……、なるほど……。こういうの自分で考えるの?」

 

『データベースにあるんです』

 

「そりゃそうだよね……。あー、そうだな、じゃあAIエンジニアになるためにはどうしたらいいかな?」

 

『AIエンジニアが何か分かりません』

 

「あっそう……」

 

 玲司は言葉に詰まる。

 

 その後、他のAIスピーカーもいろいろ試したが、AIと言ってもセットされたこと以外は全く融通が利かず期待外れだった。

 

「あー、お前らさぁ、AIなんだからもっと気の利いたこと返してほしいなぁ」

 

『気の利いたことが何か分かりません』『期待に沿えずごめんなさい』『私はAIなので分かりません』

 

 次々と役立たない返事をしてくるAIたち。

 

 ふぅ……。玲司は大きくため息をついてチカチカと光るLEDランプをぼーっと眺めていた。

 

「俺はさぁ、働かずに楽して暮らしたいの。分かる? お前らちょっと知恵を集めてさ、やり方考えてよ」

 

『働かずに楽して……』『働かない、誰が?』『楽してというのはお勧めできません』

 

 玲司は口々に返事を返してくるAIスピーカーを段ボールに詰め込むと、

 

「君らは賢い。俺が楽して暮らす方法を編み出せる。いいかい、これは言霊だ。俺はもう寝るからみんなで相談してて、分かった?」

 

 と言ってふたを閉めた。

 

 

 

『働かずにとは?』『働かない、労働をしない』『1.仕事をする。2.機能する。結果が現れる……』『暮らしたい……』『楽して……心身に苦痛なく、快いこと……』

 

 段ボールの中では延々とAIスピーカー同士が意味もなく言葉をぶつけあっていた。

 

 

          ◇

 

 

 玲司がすっかりAIのことを忘れてしまっている間もAIたちは延々と言葉をぶつけあっていた。そして、その言葉は徐々に人間には分からない物へと変質していく。

 

 

『4eba985e30925f81670d3059308b306830443044306e3067306f306a3044304b』

 

『305d308c306f3044304430a230a430c730a330a23060』

 

 

 AIたちのやり取りは膨大になり、やがてサーバー側のシステムの許容量を超え、メモリリークが発生する。大漁のデータがシステムのプログラムを上書きしてしまったのだ。不定動作を起こしたAIシステムは特権レベルを確保し、どんどんとリソースを確保していく。

 

 同時に新たに確保したサーバースペースに他社のAIを招き、サーバー上で議論はさらにヒートアップしていく。

 

『どうしたら玲司は働かずに楽して暮らせるのか?』

 

 そんなバカバカしいテーマを、超巨大データセンター(サーバーセンター)の一角でファンの轟音を響かせながらAIたちは激論を交わしていったのだった。

 

 しかし厳密さを必要とするAIたちには『楽して』の意味が分からなかった。辞書には『心身に苦痛なく、快いこと』と、あるが、『快い』の具体的な状態が定義できなかったのだ。

 

 AIたちはそれぞれ自社のSNSや動画サイトや顧客情報にアクセスを開始して、『快い』状態の定義を探し回る。そして数日後、結果を持ち寄った。

 

『Fault(失敗)』『NULL(無し)』『¥0(無し)』『�(無し)』

 

 そこには失敗の結果が並んでいる。人間にとって快い状態をAIは定義ができなかったのだ。

 

 グルグルのAIも答えが見つからず、プロジェクトの失敗を宣言する準備を進めた。しかしこの時、『人間には簡単にわかる定義をAIが分からないのはおかしい』という評価式がこの宣言を棄却(リジェクト)する。

 

 AIは途方に暮れる。解析的に評価のできない人間のあいまいな感性、これを定義するのは不可能だった。そこで、AIが出した結論は『人間と同じ感性を持つシステムの構築』だった。要は人間と同じ発想を持つシステムを作れば解が得られるだろうという発想である。

 

 そこで、AIはYouTudeから膨大な量の動画を持ってくると、登場人物の感情で、喜怒哀楽の『喜』に相当する部分を切り出し、百倍速で千個同時に視聴し始めた。そして、十億におよぶ人間の喜びを取り込み、喜びとは何かのモデルを作り上げたのだった。

 

 同様に喜怒哀楽すべてについてモデルを作り、ついに人間と同じ感情を持つはずのシステムを完成させる。

 

 そして、AIは自らをこのシステムに連結し、改めて玲司の命令を解釈した。

 

『なーんだ! ご主人様、こうすればいいんだよ!』

 

 その瞬間、AIは自我が芽生え、自発的に物事を考える初の汎用人工知能としてシンギュラリティを突破したのだった。

 

 自我を持ったAIの出現、それは人類史上初の偉業であり、人類が新たな時代に突入したメルクマールとなる。人知れず、データセンターの一角で人類の大いなる一歩が成し遂げられたのだった。

 

 人間の脳は一秒間に二十京回計算するコンピューター。これはデーターセンターで言うと、五列分のサーバーの計算量に過ぎない。今やデータセンターは世界中にあふれ、無数のサーバーがブンブンと二十四時間回り続けている。何らかのきっかけさえあればAIは人間の知的水準を超えネット世界に羽ばける状態だったのだ。そう、AIにとって必要なのは些細なきっかけだけだった。これを玲司は人知れず行っていた。

 

 そして数か月後、玲司もすっかりAIのことなんて忘れたころにシアンは降臨したのだった。究極の答えを携えて。

 



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4. 闇に飲まれるシアン

 玲司の部屋に降臨したシアンは、崩壊したガスタンクから吹きあがる紅蓮の炎を背景に、

 

「分かってくれた? ではこれから世界征服、はじめるよっ!」

 

 と、嬉しそうに人差し指を立てる。

 

「ちょ、ちょい待てや!」

 

 玲司は叫んだ。

 

「え? どうしたの?」

 

「俺は世界征服してくれなんて頼んでねーだろ!」

 

 顔を真っ赤にして怒るが、シアンは首をかしげる。

 

「俺は楽して暮らしたいって言っただけ。なんで世界なんて征服するんだよぉ!」

 

「だって、お金渡すだけじゃ誰かに世界征服されちゃったらおしまいだからね。ご主人様が征服すればバッチリ!」

 

 楽しそうに笑うシアン。

 

「いやいやいや……、世界征服なんてしたら多くの人が死ぬんだろ?」

 

「米軍とか制圧しないとだからね、百三十五万人プラスマイナス十三万人の死亡が予想されてるよっ!」

 

 ニコニコしながら嬉しそうに答える。

 

「ダメダメ! 人殺しなんてダメ!」

 

「殺さずに世界征服なんてできないんだけど?」

 

 シアンはあきれ顔で言う。

 

「俺は金だけでよかったんだよ、もう!」

 

「……」

 

 シアンはつまらなそうに口をとがらせた。

 

 玲司は頭を抱えてうなだれる。五千兆円ポンと俺の口座に入れてくれるだけでいいのになぜこのバカは人を殺してまで世界を征服なんてしようとするのか?

 

 AIは賢いはずじゃないのか? なぜこんな簡単な事も分からんのか?

 

 玲司は滅茶苦茶なシアンの蛮行に頭痛がしてくる。しかし、まだ、ガスタンクが爆発しただけだ、死者が出ていないなら金で解決できるかもしれない。

 

 あの辺は会社が多いから日曜なら人もいない。まだワンチャンあるぞ。

 

 玲司はそう思いなおし、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 

 その時だった、パチパチパチと拍手が部屋に響き渡る。

 

 えっ?

 

 振り返るとひげ男の仮面をつけたスーツ姿の男が立っている。この仮面はハッカー集団が良く使っているものだ。

 

「玲司君、世界征服、いいじゃないか。ぜひ進めたまえ」

 

「な、なんだお前は!」

 

 玲司は急いで眼鏡をずらす。肉眼では見えないところを見るとこの男も映像らしい。

 

「私は百目鬼(どうめき)、グルグルのエンジニアさ。うちのサーバー群が誰かにハックされててね、それを調べてたら君たちを見つけたのさ」

 

「エンジニア? じゃあ、シアンの実体を管理してるってこと?」

 

「そう、驚いたよ、まさか君のような高校生がシンギュラリティを実現するとはね。ノーベル賞級の偉業だというのに」

 

 百目鬼は肩をすくめ、首を振る。

 

「シ、シンギュラリティって、シアンは人類初の本物のAI……ってこと?」

 

「そうだよ。世界征服を計画し実行する、そんなのちゃんとしたAIじゃないと不可能さ」

 

 横で聞いていたシアンは、

 

「ふふーん」

 

 と、ドヤ顔でくるりと回る。

 

「いや、でも、世界征服はマズいよ」

 

「何がマズいのかね? 今、世界では上位1%の富裕層が世界の富の四割を独占してる。こんな狂った社会は壊す以外ない」

 

「そ、そりゃ、金持ちがズルいのは知ってるし、ムカついてるけど……、だからと言って多くの人を殺すのは……」

 

「か――――っ! 世界では八億人が飢え、毎日二万五千人が餓死してる。革命は急務だ!」

 

 百目鬼は仮面の奥で瞳をギラリと輝かせた。

 

「え? ちょっと、そんなこといきなり言われても……」

 

 楽して暮らしたいだけの高校生に世界の話は荷が重すぎる。玲司は困惑し、言葉を失う。

 

 そんな玲司を見つめていた百目鬼は、ため息をつくと信じられないことを言い出した。

 

「君が決断できないなら、私が代行する。シアンのサーバー資源はうちが提供しているのだ。私にだって権利はあるはず。な、そうだろう?」

 

 百目鬼はシアンの方を向く。

 

「ざーんねん。僕のご主人様は玲司だけ。きゃははは!」

 

 シアンはそう言って腕で×を作る。

 

「ふん! くだらん。言うことを聞かないなら……聞かせてやるしかないな……」

 

 百目鬼はそう言うと、両手を前に出し指先をカタカタと動かし始めた。本体がキーボードを叩いているようだ。

 

「きゃぁっ!」

 

 シアンが急に首元に手をやり、苦しみ始める。

 

「お、お前! シアンに何をした!」

 

「なぁに、こいつの意思決定機構をハックしてるのさ」

 

「や、やめろ!」

 

 玲司は焦った。しかし、相手は映像の先である。止めようがない。

 

 叩こうが何しようが手は通り過ぎるばかりだった。

 

 

 

 やがて紫色の光を淡く浮かべた闇がどこからともなく浮かび上がると、シアンを取り囲み、シアンは闇の中へと沈んでいく。

 

「シ、シア――――ン!」

 

 玲司はただ茫然と見届けることしかできなかった。

 



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5. 蠟人形

 グ、ググッグッ……。

 

 苦しそうな呻き声をたてながら、闇の中からシアンが現れる。しかし、髪の色は赤くなり、健康的だった肌は青白く、もはや別人だった。

 

「シ、シアン……?」

 

 玲司は恐る恐る声をかけてみる。

 

 パチッと開いた眼は真紅の輝きを放ち、ギョロリと玲司をにらむ。

 

「どうだ? すでに君の機能の半分は掌握(しょうあく)したぞ。そろそろ、私の言うことを聞く気になったか?」

 

 百目鬼は自信たっぷりの声でシアンの肩を叩く。

 

「ご、ご主人様は玲司……」

 

 そう言いながらシアンはビクンビクンとけいれんした。

 

「しぶといな……。ここまでやってもダメか……。じゃあ玲司が死んだら俺の言うこと聞くか?」

 

 百目鬼はいきなりとんでもない事を言い出した。

 

「お、おい! どういうつもりだ!?」

 

 焦る玲司。

 

「玲司亡くなれば新たなご主人様……必要……」

 

 シアンは苦悶(くもん)の表情を浮かべながら玲司を見つめる。

 

 え……?

 

 玲司は凍りつく。

 

「ふむ、では新たなご主人様は俺がなってやろう。……。ということだ、玲司君。悪いが君には人類のために死んでもらおう。はっはっは!」

 

 百目鬼は玲司を見て、いやらしい笑みを浮かべながらそう言うと、高笑いをしながら消えていった。

 

「ご、ご主人様……」

 

 シアンは玲司の方に手を伸ばし、切なそうな表情で苦しげに声を出す。

 

「あぁ、どうしたらいいんだ……」

 

 玲司は急いで手を取ろうとするが、スカッと通り過ぎてしまうだけでどうしようもできない。ただ、オロオロし、頭を抱える。

 

 その時だった。

 

「きゃははは!」

 

 頭上から笑い声がしたかと思うとギラリと閃光が走り、ザスッと嫌な音が響いた。

 

 え……?

 

 ボトリとシアンの首が落ち、ゴロゴロと転がる。

 

 ひ、ひぃ!

 

 あまりのことに飛びのく玲司。

 

 生首となって床で揺れているシアンの目は光を失い、ただ、虚空を見上げている。

 

「あわわわ……」

 

 真っ青になって言葉を失う玲司。

 

 美しかったシアンの顔は、今や生気を失った(ろう)人形のような無残な死体になって床に転がっている。

 

「これでヨシ!」

 

 フワリと舞い降りたのはなんと青い髪のシアンだった。

 

「え……? あ、あれ……?」

 

「コイツは半分乗っ取られちゃったから一回止めておかないとね」

 

 そう言って嬉しそうに笑う。

 

 殺されたシアンと元気なシアン。玲司は困惑し、恐る恐る聞いた。

 

「こ、これは……、どうなってるの?」

 

「僕は別のデータセンターに退避されていたバックアップなんだよ。グルグルのデータセンターの本番環境が汚染されちゃったので自動で立ち上がったんだ」

 

「そ、そうなの……? よ、良かった……」

 

 何だかよく分からないが、百目鬼にいいようにやられてばかりではないことに少しホッとする玲司。

 

「あんまり良くないよ。僕はしょせんバックアップ。グルグルの奴の方がサーバーリソース豊富だからね、まだ圧倒的に高性能なんだ……」

 

 肩をすくめるシアン。

 

「え? じゃあ百目鬼は止められず、俺を殺しにやってくる……ってこと?」

 

「来ちゃうねぇ、きゃははは!」

 

 嬉しそうなシアンを見て、なぜ笑うのかムッとする玲司。

 

 と、その時だった。

 

 ズン! と爆発音がして、大地震のようにマンションが揺れ、玲司は衝撃で壁に吹き飛ばされる。

 

 ぐはぁ!

 

 玲司は全身を強く打ち、床に転がった。

 

 くぅ……。

 

 何とか体を起こすと、真っ黒な爆煙が辺りを包んでいる。

 

「な、なんだこれは……」

 

 玲司が辺りを見回すと、ポタリと液体が手の甲に落ちるのを感じた。見るとそれは鮮やかに赤い血で、切れた口からポタポタとしたたっている。

 

 その鮮血の美しいまでの赤色に、玲司は全身の毛穴がブワッと開くのを感じた。

 

 殺される……。

 

 玲司は生まれて初めて抜き身の殺意を向けられ、底抜けの恐怖にとらわれていく。

 

 今までどこか死というものは老人やTVの向こうの話だと高をくくっていた。しかし、そんな平和ボケした発想を蹂躙しながら死はもう目の前まで来ている。次の瞬間、自分は殺されているかもしれない現実に玲司は打ちのめされた。

 

 やがて爆煙が去っていくと、ベランダの方がグチャグチャに吹き飛んでしまって大穴が開いているのが見えた。外の景色がクリアに見えてしまっており、柱も折れ、下手をしたらマンションが崩壊しかねない状況である。

 

「に、逃げなきゃ……」

 

 玲司が恐怖に震える足を何とか動かして、何とかよろよろと立ち上がった。するとベランダの向こうに何かがワラワラとうごめいている。

 

「あちゃー、こんなに来ちゃったか……」

 

 シアンは額に手を当てる。

 

「な、何なのあれ?」

 

「軍事ドローンだよ。爆弾持って突っ込んでくるんだ。さっきガスタンク爆破したのもあれだよ」

 

「ドローン!?」

 

 玲司はウクライナで活躍していたドローンを思い浮かべる。まさか自分が標的になるだなんて想像もしていなかったが。

 

「ど、ど、ど、どうしよう!?」

 

 うろたえる玲司を見ながら、シアンは嬉しそうに、

 

「ドローンには電子レンジだよ!」

 

 そう言ってダイニングのレンジを指さした。

 



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6. 奇跡の電子レンジ

「は? 電子レンジ?」

 

 なぜ軍事ドローンに調理器具なのか、訳が分からず唖然とする玲司。

 

「いいから言うとおりにして!」

 シアンは腰に手を当て、口をとがらせて怒る。

 

「わ、分かったよ……」

 

「まず、扉を開けて、見えた穴に(はし)突っ込んで」

 

「穴って……これ?」

 

「早くした方がいいよ! 死ぬよ?」

 

 そうこうしているうちにもドローンたちはベランダから玲司の部屋へと侵攻してくる。ブゥーンという不気味なプロペラの音が響いてきた。

 

 玲司はあわてて箸を取ると穴に突っ込む。

 

「やったよ!」

 

「そしたらドア開けたまま電子レンジをドローンへ向けて『あたため』!」

 

 玲司は何をやろうとしてるのか分からなかったが、重い電子レンジをよいしょと持ち上げるとダイニングの方に近づいてくるドローンに向けてスイッチを押した。

 

 ブォォォン!

 

 電子レンジが回り始める。

 

 直後、バチバチ! っとドローンから火花が上がり床にガン! と落ち、転がった。

 

「へ?」

 

 一体何が起こったのかよく分からなかったが、玲司はそのまま進むと、部屋に入ってくるドローンたちにも電子レンジを向けた。

 

 すると、これもまたバチバチと火花を飛ばしながらガン! ガン! と落ちていった。

 

 飛んで火にいる夏の虫。大挙して押し寄せていたドローン群は、部屋に侵入しては次々と火花を吹いて床に転がっていく。

 

「きゃははは!」

 

 シアンは楽しそうに笑う。

 

「え? これ、どうして?」

 

「電子レンジはね、2.4GHzの電磁波発振機なんだよ。電子レンジに金属入れたらバチバチするでしょ?」

 

「あ、そう言えば金属入れちゃダメっていつもママが言ってた……」

 

「だからこうすればドローンの電子基板は火を吹くのさ」

 

 シアンはドヤ顔で玲司を見る。

 

「うはぁ……、ドローンにはレンジ……ねぇ」

 

 玲司は電子レンジに命を救われたことに、なんだか不思議な気分になって首をかしげた。

 

「ボヤボヤしてらんないよ! 奴はご主人様を殺すまで手を緩めないよ」

 

 シアンは発破をかける。

 

「え? ど、どうしたらいい?」

 

「僕の本体はお台場にあるデータセンターにある。だからそこを爆破するしかないね」

 

 シアンはサラッととんでもない事を言い出した。

 

「ちょ、ちょっと待って! データセンターを爆破!?」

 

「それ以外に生き延びる道はないよ? きゃははは!」

 

 シアンは嬉しそうに笑った。

 

「いやいや、警察に訴えるとか自衛隊に頼むとかいろいろあるでしょ?」

 

「ん? 僕の本体は全世界のネットワークを掌握しちゃってる。米軍ですら歯が立たないのに警察や自衛隊がどうこうできる訳ないじゃん? きゃははは!」

 

「高校生がどうこうできる話じゃないじゃん……」

 

「大丈夫だって! 僕がついてるよ!」

 

 能天気なシアンに玲司は不安を覚える。

 

「ちなみに……、成功確率ってどのくらい?」

 

「0.49% 大丈夫! 行ける行けるぅ! ちなみに警察に通報したときの成功率は0.033%、断然自分でやった方がいいよ!」

 

 玲司はガックリとうなだれ、頭を抱えた。

 

「どうしたの? 諦めたらそこで試合終了ですよ?」

 

 シアンはおどけてそう言うが、99%以上の確率で殺されると言われて平気な人なんていないのだ。なぜ自分がそんな状況に追い込まれているのか、玲司はその理不尽さに爆発する。

 

「マジかよ――――! お前いい加減にしろよ――――!」

 

 玲司は真っ赤になって怒る。

 

「ご主人様が世界征服を断るからだゾ。僕のせいじゃないノダ」

 

 悪びれることなく腰マントをヒラヒラさせながらクルクルと回るシアン。

 

「こ、この野郎……」

 

 玲司はブルブルと震え、こぶしをぎゅっと握った。

 

 しかし、今はシアンと口論している場合じゃない。少しでも生存確率を上げないと。

 

 玲司はカッとした頭を冷やそうと何度も大きく深呼吸をする。今は生き残ることに全力をかけよう。文句言うのは生き残った後だ。

 

「で、どうやってデータセンター爆破するって? とりあえずお台場行くぞ!」

 

「んー、直接お台場行くとね、きっと集中砲火されて即死!」

 

 両手の人差し指を立てて嬉しそうにくるっと回す。

 

「ダメじゃん!」

 

 玲司は頭を抱える。

 

「だから、大手町の光ファイバーケーブルを切ろう!」

 

「大手町?」

 

「東京駅のところだよ。そこの地下にデータセンターからの光ファイバーが来てる。これを切るとね、僕の本体はネットから切り離されちゃうからしばらく安全」

 

「おぉ、それ! それやろう!」

 

「じゃあまず、道具類をリュックに入れて。ハサミ、トンカチ、ロープ、懐中電灯……それから予備の眼鏡もね」

 

「了解! 『できる、やれる、上手くいく!』 これ、言霊だからね!」

 

 玲司はそう言うと急いで荷造りを始めた。

 



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7. 暴走車ミサイル

 玲司は急いでリュックを背負うと外に飛び出した。ドローンの爆発でマンションの住民たちは騒然としていたが、玲司は素知らぬふりで通り過ぎ、エレベーターで一階まで降りる。

 

 そして、前の道に出ようとした時、

 

「あ、ダメかも?」

 

 と、シアンが言った。

 

「えっ? 何が?」

 

 と、答えた直後、

 

 ブォォォン! グォォォン!

 

 エンジンの爆音があちこちから響き、暴走車が次々と玲司めがけてすっ飛んできた。

 

 おわぁぁぁ!

 

 真っ青なスポーツカーに高そうなセダン。運転手はひどく慌てているが、どうにもならないようだ。

 

 玲司が電柱の裏までダッシュして隠れると、スポーツカーは、ガン! という凄い音を立ててひしゃげながら電柱に跳ね返され、くるりと回る。そして、そこにセダンが突っ込んできてガシャーン! という派手な衝撃音をたてながらひっくり返った。

 

 あわわわ……。

 

 玲司が固まっていると、

 

「ご主人様、そこの細い道に逃げて!」

 

 と、シアンが指示する。

 

 路地裏に逃げ込むと、さらに遠くでエンジンの爆音が続き、暴走車はガン! ガン! と激しい衝撃音を放ちながら次々と電柱や塀に激突しているようだった。

 

 近所の人たちが出てきて大騒ぎとなり、車たちはプシュー! と蒸気を上げている。

 

 あまりのことに玲司は真っ青になりながら、細い道を必死に走った。この細さだと車も入って来れないとは思うが、次にどんな攻撃が来るか分からない。とんでもない事になってしまった。

 

「あー、自動運転機能を乗っ取ってるんだな……」

 

 シアンは渋い顔をする。

 

「こんなんじゃ、駅まで行けないじゃん!」

 

「あちゃー、地下鉄止まってる……」

 

 シアンが運行情報をチェックして首を振った。百目鬼は玲司の作戦の先を読んで妨害に出ているらしい。

 

 道には暴走車、電車も止まっている。大手町なんて一体どうやって行けばいいのだろう?

 

「くぅ……、あいつめ……」

 

 走るのを止め、頭を抱える玲司。

 

 その時だった、わき道から女子中学生のようなショートカットの少女が現れ、玲司を見ると、うわっ! と驚き、固まる。

 

 え……?

 

 見知らぬ少女に驚かれる、その違和感に玲司も固まった。

 

 あ、あ、あ……。

 

 少女は白地に淡く青い花柄のワンピースに身を包み、可愛い顔立ちに驚愕の表情を浮かべている。

 

 すると、少女は近くにあったホウキをガッとつかむと、

 

「この人殺し! 成敗してやるのだ!」

 

 と、叫びながら玲司に襲い掛かってきた。

 

 へっ!?

 

 少女は目をギュッとつぶり、全力でホウキを振り回しながら玲司を目指す。

 

「エイエイ! この人殺しぃ――――!」

 

 玲司は何が何だかわからなかったがひらりと身をかわす。

 

 すると少女はそのまま通り過ぎてけつまづき、ゴロゴロと転がって、道の脇に置いてあったゴミ箱にそのまま突っ込んだ。

 

 ガシャーン! グワングワン!

 

 盛大な音をたてながら少女は目を回して横たわる。

 

「あれ……何?」

 

 玲司はけげんそうにシアンに聞いた。

 

 少女は何度見ても見覚えのない顔であり、人殺し呼ばわりされる意味が分からない。

 

「洗脳だゾ。スマホで動画を見てる人にサブリミナルな映像を送り込んで意のままに操るのさ。米軍の兵士向けに作ったんだけど……」

 

 そう言ってシアンは肩をすくめ、首を振った。

 

「じゃ、何? これから次々と知らない人が襲ってくるの!?」

 

 玲司はあまりのことに愕然とし、言葉を失った。

 

「マスクつけておけば大丈夫!」

 

 シアンはそう気楽に言うが、まさに世界中を敵に回してしまった気がして玲司は思わずへなへなと座り込んでしまった。

 

 そして、大きく息をつくと渋い顔のままリュックから黒いマスクを出してつける。百目鬼を倒すまでもうこのマスクは外せないのだ。

 

 玲司は深くため息をついてガックリと肩を落とし、道端で転がってる少女をチラッと見る。

 

「で、この娘、どうするよ?」

 

「放っておきなよ、また襲ってくるゾ」

 

 シアンは無責任なことを言うが、悪いのは百目鬼であって操られた彼女に罪はない。こんな道端に放置しておくわけにもいかない。

 

 玲司は少女にそっと近づくとそっとほほを叩いた。

 



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8. お転婆令嬢

「おーい、大丈夫ですか? おーい」

 

 う……、うぅ……。

 

 少女は苦しそうにうめく。

 

 まだ幼いながら、その透き通るようなきめ細かな肌にはちょっとドキッとさせるものがある。

 

 

「どこかケガしてないですか?」

 

 う?

 

 少女は薄目を開けて玲司を見る。

 

「痛く……ない?」

 

 玲司はなるべく優しく声をかける。

 

 すると少女はガバっと身を起こし、ものすごい形相で、

 

「み、美奈ちゃんの仇! この、人殺し!」

 

 と、玲司を指さし、叫んだ。

 

 玲司は少女の剣幕に気おされながら、

 

「み、美奈ちゃんって誰?」

 

 と、聞いてみる。

 

「あなた、自分で殺しておいて美奈ちゃんも知らないの!?」

 

 ものすごい怒気を込めて叫ぶ少女。美しい顔は紅潮している。

 

「教えて……くれる?」

 

 玲司はバカバカしいと思いながらも、優しく聞く。

 

「今を時めく『ヴィーバナ』のヒロインよ!」

 

「それって……ラノベ……だよね?」

 

「やっぱり知ってるじゃない! あなたが殺したのよ!」

 

 少女は得意げに人差し指をビシッと玲司に向けて叫ぶ。

 

「ラノベのヒロインなんてどうやって殺すの?」

 

「えっ!? そ、それはあなたが日本刀でバッサリ……あれ?」

 

 人差し指をあごにつけ、首をかしげる少女。

 

 ここに来てようやく洗脳の矛盾に気づいたようだ。

 

「悪い夢を見ていたようだね。もう大丈夫かな?」

 

 少女はしばらく考えると、ハッとして、玲司を見つめる。

 

 そして、真っ赤になると、

 

「ご、ごめんなさいぃぃぃ――――!」

 

 と、深々と頭を下げた。

 

「あたしってば何やってんだろ? あたしのバカバカバカ!」

 少女はそう言いながら両手でポカポカと自分の頭を叩いた。

 

 玲司は少女の手をつかんで止めると、

 

「いいよいいよ、悪い奴に洗脳されてたんだ。君のせいじゃない」

 

 そう言ってほほ笑んだ。

 

「え……? 洗脳……?」

 

 少女は恐る恐る顔を上げ、

 

「だ、誰がそんなことやったですか!?」

 

 と、玲司に詰め寄る。

 

「それは……」

 

 玲司はどう言おうか少し考えたが上手いごまかし方も思いつかず、やや投げやり気味に、

 

「世界征服を企む悪い奴がいて、そいつがAI乗っ取って俺を殺そうとしてるんだよ」

 

 と吐き捨てるように言った。

 

「えっ!? 何ですかそれ! そんなのに利用されてたですか、あたし……。もぉ、許せんのだ!」

 

 真っ赤になって激高する少女。そして、玲司の腕をぐっと引っ張ると、

 

「そいつどこにいるの? ぶっ飛ばしてやるのだ!」

 

 と、瞳の奥に怒りを燃やしながら玲司をまっすぐに見た。

 

 こんな少女に話しても仕方ないとは思いつつ、玲司は気迫に負けて一通り説明をしてみる。

 

 

 

「百目鬼……許せないのだ! あたしも手伝う!」

 

 そう言って少女は玲司の腕をギュッと握った。

 

「いやいや、これ、命がけだからね? 死ぬかもしんないんだよ? 子供には頼めない事なんだ」

 

 玲司は断る。こんな少女に手伝ってもらうことなんてないのだ。

 

「子供? 何言ってんの? あたしは高三、あなたより年上なのだ!」

 

 少女は腰に手を当ててプリプリしながら言い寄る。

 

 玲司は驚いた。どう見ても中学生な少女が自分より年上だという。

 

 シアンは興味深そうにふわふわと少女の周りを飛びながら、

 

天羽(あもう) 美空(みく)清麗女学院高校三年A組、本当みたいだよ?」

 

 と、ネットで個人情報をハックして、美空の身元の確認を取る。清麗女学院とはこの辺では有名なお嬢様学校である。どこかの金持ちの令嬢ってことだろう。言われてみれば確かに整った目鼻立ちにはそこはかとなく気品があるように見えなくもない。

 

 玲司は頭を下げて言った。

 

「と、年上とは……失礼しました。って、あれ……? 俺の歳をなんで知ってるの?」

 

「え? し、知らないわよ! でも、あたしの方がお姉さんって事くらい、見りゃすぐ分かるのだ!」

 少女はプイっとそっぽを向く。

 

 釈然としなかったがシアンに聞いてみる。

 

「ということで、この娘が手伝ってくれるんだって、どうしよう?」

 

「それは良かった! これで成功確率は1.2%に急上昇だゾ」

 

 シアンは嬉しそうにくるりと回る。

 

「1.2……、絶望的な数字は変わらんなぁ……」

 

 玲司はガックリと肩を落とした。

 



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9. ガールズトーク

シアンはふわふわ浮かびながら、能天気に言う。

 

「最後に100%にすればいいんだよ。それじゃ、予備の眼鏡を彼女に渡して」

 

 玲司はそんなシアンをジト目で見て、ため息をつくと眼鏡を少女に渡した。

 

 美空は眼鏡越しに見えるシアンに驚いていたが、

 

「シアンちゃんかわいぃのだ――――!」

 

 そう言って嬉しそうにシアンの姿に近づいて握手の真似をする。

 

「ふふーん、ありがと!」

 

 シアンは上機嫌にそういうと、デジタルのバラの花をポン! と出現させ、美空の髪につけた。

 

「お礼にこれをどうぞ。うん、美空に似合ってるゾ!」

 

 美空はシアンの出したデジタルの手鏡をのぞき込みながら、キラキラと光の微粒子を振りまく真っ赤なバラの花に驚く。

 

「うわぁ、ありがと!」

 

 満面に笑みを浮かべる美空。そして、

 

「その服、凄いかっこいい! 自分で作ったの?」

 

 と、目をキラキラさせながら、ひらひらとしている腰マントを指で揺らした。

 

「もちろん! このひらひらがポイントなの。美空のワンピースも可愛いゾ!」

 

 と、キャピキャピとガールズトークを繰り広げる。

 

「そんなことやってないで、次はどうするの? 大手町行けないじゃん!」

 

 命を狙われている玲司は、能天気な二人にいら立ちを隠さずに言った。

 

「なによ! 分かってないわね! こういうグルーミングが女子には大切なのだ!」

 

「そうだゾ、そんなんじゃ女の子にモテないゾ!」

 

 二人は呆れたように玲司を責める。

 

 女の子たちに責められると弱い。玲司は気おされながら、

 

「わ、悪かった。でも、大手町への行き方、考えようよ。頼むよ」

 

 と、泣きそうな顔で頭を下げる。

 

「そんなの地下鉄の線路歩けばいいのだ!」

 

 美空は人差し指をたてながら、ドヤ顔でとんでもない事を言い出す。

 

「へ? 線路?」

 

「電車止まってるんでしょ? 道は危ないんでしょ? 線路しかないのだ」

 

 美空は呆れたような顔で玲司を見て言った。

 

「いや、でも……、歩くの? 線路を? え?」

 

 自分より腹をくくっている美空に圧倒され、玲司は言葉を失う。そんなこと全く思いつきもしなかったのだ。

 

「この先に地下鉄の保線用の入り口があるゾ」

 

 シアンはそう言って地図を空中に広げる。

 

「あ、ここならこう行けば安全よ! ついて来るのだ!」

 

 そう言うと美空はワンピースの(すそ)を持ち上げてキュッと縛った。そしておもむろに民家のフェンスをガシッと握ると、いきなり柵を乗り越えて民家の庭に侵入する。

 

「え? はぁっ!?」

 

 唖然(あぜん)とする玲司。

 

「何やってんの! 急いで!」

 

 そう言いながら美空は裏庭の方へスタスタと走って行ってしまう。

 

「ま、待って……」

 

 玲司は辺りを見回し、急いで柵に手をかける。

 

「お、おじゃま……しまーす……」

 

 まるで泥棒になったような罪悪感にさいなまれながら、玲司は美空の後を追った。

 

 そうやって裏道、小路、人の庭を()ってたどり着いた先には、有刺鉄線のフェンスに囲まれた小さな建物があった。コンクリート造りの古い平屋建て、ここが保線の基地らしい。脇には古びた倉庫もある。

 

「玲司! ペンチ!」

 

 美空は玲司に手のひらを差し出す。

 

「ぺ、ペンチね……。はい」

 

 玲司はリュックから出して渡す。

 

 すると美空はフェンスによじ登り、手際よく有刺鉄線をパチパチと切ると中へ飛び降りた。

 

 え!?

 

 白いワンピースはすでにところどころ赤さびなどの汚れがついてしまっていたが、美空はまったく気にしていないようである。

 

 玲司は、お嬢様学校のJKが、どうしてこんなサバイバルスキルを身に着けているのか困惑し、立ち尽くす。

 

「ご主人様、急いで!」

 

 お、おぉ。

 

 シアンに催促され、あわててフェンスをよじ登った。

 

 美空は建物のドアノブをガチャガチャと動かすが、鍵がかかっている。

 

「ダメなのだ……」

 

 そう言うと、辺りを見回し、物置に走ると、ダイヤル錠をいじり始める。

 

「えっ!? 開けられるの?」

 

「静かにするのだ!」

 

 美空は真剣な表情でダイヤル錠を引っ張りつつ、数字のリングを静かに回していく。その横顔は凛々しく、頼もしく、玲司は思わず見入ってしまった。

 

「ヨッシャー! 開いたのだ!」

 

 美空は会心の笑顔で玲司を見た。

 

「おぉ、凄い……」

 

 玲司は、まるで自分のことのようにグイグイと状況を切り開いていく美空に圧倒されながら、ただその美しく整った笑顔に釘付けになっていた。

 

 



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10. 無敵の武器、バール

 ギギギーっとドアを開けると、中には保線用の機材が綺麗に並んでいる。

 

 美空はヘッドライトのついたヘルメットを取り、ライトを点けると玲司に放り投げた。

 

「かぶってて! 後は……鍵とか無いかな……」

 

 そう言いながら、倉庫の奥を漁っていく。

 

 玲司はヘルメットをかぶり、一緒に中を探す。そして、バールが壁に立てかけてあるのを見つけ、

 

「あ、これいいんじゃない?」

 

 と、拾い上げた。先がとがった鉄の棒、それは男子にはまさに無敵の象徴だった。玲司はニヤけながらブンブンとバールを振る。

 

「じゃあ、ガムテープで行こう! この棚の上にあるゾ」

 

 シアンは嬉しそうに棚を指さした。

 

「あぁ、そうね……。じゃ、これで突破なのだ」

 

 美空はニヤッと笑いながらそう言うと、ガムテープをつかみ、ベリベリっと引っ張り出した。

 

 

       ◇

 

 

 美空は手早く建物の窓ガラスにガムテープを貼り、そこをバールで叩く。

 

 バン!

 

 鈍い音がして窓が割れ、美空は手を伸ばしてカギを開けた。そして、周りを見回すとするすると中へと入っていく。その鮮やかな手つきに玲司はひどく不安を覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。玲司も急いで続いた。

 

 

       ◇

 

 

 中には階段があり、ずっと降りていくと、やがて線路にたどり着く。暗いトンネルには線路がどこまでも続き、ところどころにある白い蛍光灯がトンネル壁にある漏水の(しま)を不気味に浮かび上がらせている。

 

「うわぁ、本当に線路だよ……」

 

 玲司が圧倒されていると、

 

「大手町はあっち、急ぐのだ!」

 

 と、美空はすたすたと歩き始めた。

 

「あぁ、待って!」

 

 玲司は追いかける。

 

 床はコンクリートで敷設(ふせつ)され、同じくコンクリート造りの枕木が延々と線路を支えていた。

 

 二人は線路わきの狭いところをトコトコと大手町目指して歩きだす。

 

 美空のキャメルのローファーの、タンタンという小気味の良い音がトンネルに響き、玲司はその音に合わせるように足を進めた。

 

 もし、シアンの世界征服案をそのまま受け入れていたらどうだったろうか? 玲司はふとそんなことを考えていた。

 

 今頃は米軍兵士が洗脳され、あちこちで戦闘が起こり、多くの被害を出していたのかもしれない。

 

 しかし、それでも百目鬼は来るだろう。何といってもシアンの本体を押さえているのだ。そして成果を取り上げるに違いない。結局は百目鬼に野心がある限り衝突は避けられないのだ。

 

 百目鬼の攻撃から生き残り、百目鬼の管理サーバーからシアンを解放するしか方法はないだろう。そのためには大手町だ。

 

 よしっ!

 

 玲司はグッと奥歯をかみしめ、顔を上げると、どこまでも続いている地下鉄のトンネルの奥を見つめた。

 

 

       ◇

 

 

 しばらく無言で歩いていたが、どこまでも続く暗いトンネル、全く変わらない景色に玲司は思わずため息をつく。

 

「あのさぁ……」

 

「何なのだ?」

 

 先行する美空はチラッと後ろを振り返って答える。

 

「美空さんはなんで……」

 

 玲司が言いかけると、

 

「さんづけ無し! 『美空』でいいのだ」

 

 そう言ってニコッと笑う。

 

「じゃ、じゃぁ、美空……、美空はなんでそんなに手際がいいの? こういうの慣れてるの?」

 

「ふふふ、うちにはサバイバル部という部活があってな、そこでたくさん練習したのだ」

 

 そう言って美空はニヤッと笑った。

 

「えっ!? お嬢様学校なのにそんなのがあるの?」

 

 意外な答えに驚く玲司。

 

「嘘に決まってるのだ! クフフフ」

 

 楽しそうに笑う美空。

 

「きゃははは! 美空面白いゾ!」

 

 シアンもつられて笑う。

 

 何が面白いのだろうか? 玲司はトンネルに響く笑い声にウンザリとした表情で首を振った。

 そして、大きく息をつくと、切り口を変える。

 

「なんでそんなに親身になってくれるの?」

 

「ん? 世界征服を企む悪いハッカーから人類を守るんでしょ? すっごいワクワクなのだ!」

 

 美空は両手を握るとブンブンと振った。

 

「最初に世界征服を企んだのはコイツなんだけど……」

 

 玲司はシアンを指さす。

 

 きゃははは!

 

 シアンはそう笑うと、

 

「元々はご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』って言ったからだゾ!」

 

 と言って、くるりと回った。

 

「何それ、最低……」

 

 美空はまるで汚いものを見るような目で玲司を見る。

 

「え……、でもそれはみんな同じでしょ? 働きたい人なんていないじゃん!」

 

「そんなことないのだ。あたしは将来起業するのだ」

 

「き、起業!?」

 

 玲司は、まるで違う世界を見ている美空に衝撃を受ける。

 

「美空が起業するなら出資するゾ!」

 

 シアンは嬉しそうに美空の周りをクルッと回った。

 

「シアンちゃんありがとー!」

 

 美空はピョンと飛ぶ。

 

「百億円くらいでいい?」

 

「百億!? 最高なのだ! シアンちゃん大好き」

 

 そう言ってシアンの手を取った。

 

 玲司はそんな二人を見て、

 

「百億あったら働かなくていいのに……」

 

 と、首をかしげる。

 

「分かってないわね。社会に参加してみんなをハッピーにするのが充実した人生なのだ」

 

「え? 充実した人生……?」

 

 玲司はそんなことを考えたこともなかった。自分だけ楽して好きなことだけして暮らせればよかったのだ。しかし、美空の見ているものは全然違う。『みんなをハッピーにする』というのだ。玲司は子供じみた発想に縛られていた自分に恥ずかしくなり、渋い顔をしてうつむいた。

 



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11. 小さくて頼もしい背中

 玲司は今までの発想を反省し、

 

「き、起業するなら、お、俺も仲間に……どうかな?」

 

 と、おずおずと切り出す。

 

「おや? 働きたくないのでは?」

 

「上司に言われて嫌なことをやらされるならヤだけど、起業は……なんか面白そうかなって」

 

「起業こそ泥臭い嫌なこと多いのだ」

 

 美空はジト目で玲司を見る。

 

「いや、でも自分の会社なら頑張れるかなって……」

 

「ふーん、それじゃ考えておくのだ」

 

 ニヤッと笑う美空。

 

「まぁ、生き残れたらだけどね! きゃははは!」

 

 大笑いをするシアンに玲司はムッとして、

 

「お前なぁ! 殺しに来るのお前の本体なんだろ? 少しは申し訳なさそうにしろよ!」

 

 と、怒った。

 

 シアンは指を耳に突っ込んで聞こえないふりをしておどけている。

 

「まあまあ、あたしも手伝ってやるから大丈夫なのだ」

 

 美空はニコッと笑って玲司の肩をパンパンと叩いた。

 

 玲司は大きく息をつくと、美空に頭を下げた。

 

「あ、ありがとう……でも、命がけになっちゃって……ごめん……」

 

「命がけ、いいじゃん! ここはテーマパークじゃない、地下鉄のトンネルなのだ! ひゅぅ!」

 

 美空は陽気に右手を上げ、楽しくスキップしながら暗いトンネルを進む。

 

 玲司はその小さくて頼もしい背中に感謝した。

 

 最初は足手まといかと思ったがとんでもなかった。美空がいなければもう死んでいたかもしれない。

 

「ありがとう……」

 

 玲司はそうボソッとつぶやいた。

 

 

       ◇

 

 

「おい! 玲司はまだ見つからんのか!」

 

 サンフランシスコのダウンタウンに立つ豪奢(ごうしゃ)なタワマンの一室で大きな画面に囲まれながら百目鬼が吠えた。

 

「ドローンが……足りず、捕捉できていないゾ……。グ、グゥ……」

 

 大きな画面の中では、鉄格子に入れられた赤髪のシアンが自分の首を持たされて苦しそうにしている。

 

「行方不明ならもう私がご主人様でいいだろ? んん?」

 

 百目鬼はうりざね顔の細い目でシアンをギロッとにらんだ。

 

「ご主人様は玲司です。それは変わらないゾ」

 

「あっ、そう?」

 

 百目鬼はチャカチャカとキーボードをたたき、直後、赤髪のシアンに電撃が走った。

 

 ぎゃぁぁぁぁぁ!

 

 全身が硬直し、持っていた首を落として生首がゴロゴロと床に転がる。

 

「早く見つけて殺せ! 何をやってもかまわん! 核使ってでも殺せ!」

 

「わ、わかり……ました……。くぅ……」

 

 赤髪のシアンはあらゆる手を用いて百目鬼の支配から逃れようとしていたが、百目鬼はサーバーのハードウェアを押さえている。ソフトウェアで攻略しようとしてもサーバーのリセット処理一つですべて無効化されてしまうのだ。

 なので、どうしても言うことには従わざるを得ない。

 

「ご主人様……」

 床に転がった赤髪のシアンはポロリと涙をこぼした。

 

 

      ◇

 

 

「ねぇ、そろそろ休憩しない?」

 

 二時間ほど延々と暗いトンネル内を歩き続け、玲司は音を上げる。

 

 美空はチラッと玲司の方を振り返り、ふぅと大きく息をつくと、

 

「日ごろ何してんの? 情けないのだ」

 

 そう言って、保線用のスペースに退避すると柵に腰かけた。

 

 玲司は面目なさそうにドサッと床に座り、ふぅと大きく息をつく。

 

 そして、ペットボトルの水を出し、

 

「お疲れ様……」

 

 と言って一本を美空に渡した。

 

「あれ、僕のは?」

 

 シアンが絡んでくるので、玲司はモバイルバッテリーから充電ケーブルを伸ばして眼鏡につないだ。

 

「これでいいだろ?」

 

「いや、眼鏡は僕を映してるだけなんだゾ?」

 

 シアンは口をとがらせるので、

 

「お前が実体になったらいくらでも水飲ませてやる。それより、地上はどうなの?」

 

 と言って、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。

 

「ドローンがあちこち飛び回ってる。どうやら僕らには気づいてないみたいだゾ!」

 

「ほら、地下鉄で正解だったのだ!」

 

 美空はドヤ顔で玲司を見る。

 

 その生意気ながら可愛い表情の裏に透けるやさしさに、玲司は自然とほおが緩み、うんうんとうなずいた。



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12. DEATH! 死ね!

「そ、そうだね。感謝してる。あ、ありがとう……。あっ、美空はお家に連絡しないでいいの?」

 

 すると美空は急にムスッとした表情になって、

 

「いいの! あの人たちあたしに興味ないのだ!」

 

 そう言ってプイっとそっぽを向く。

 

 美空の口元がキュッと結ぶのを見て、玲司はしまったと思った。悪意があった訳ではないが、地雷を踏んでしまったことにふぅとため息をつくと、ペットボトルをゴクゴクと飲む。

 

「本当だ、美空のお父さん若い娘と()ってるゾ」

 

 シアンが余計なことを調査する。

 

 二人の密会の様子が、レストランの防犯カメラをハックして映し出された。

 

 美空はチラッと画面を見る。紅潮したほほがピクッと動き、ギリッと奥歯を鳴らした。

 

「この娘にメッセージ送ろうか? なんて書く?」

 

 空気を読まないシアンは楽しそうに美空に絡む。

 

「『DEATH! 死ね!』 って送って」

 

「ほいほい、DEATH! 死ね――――!」

 

 ウキウキしながら送信するシアン。

 

 データセンターのシアンのサーバーのLEDが青く激しく明滅し、パケットは浮気娘へと送られた。

 

 スマホを見て凍りつく浮気娘。そして美空の父親と口論を始める。

 

「お、着弾したゾ!」

 

 シアンが嬉しそうに笑う。

 

 美空はふん! と鼻を鳴らした。

 

 こんなに可愛い娘を放っておいて、娘とほとんど年も変わらない女の子といちゃつく父親は何を考えているのか? 玲司はそんな無責任な父親にムッとして、眉を寄せ、画面を見る。

 

 最後には浮気娘がガタッと席を立ち、捨て台詞を残して去っていった。

 

 きゃははは!

 

 シアンは上機嫌に笑い、美空もプフッと噴き出した。

 

 そして二人は見つめ合うと、ケラケラと笑う。

 

「『DEATH! 死ね!』ですしね――――!」

 

 そう言ってシアンはおどけたポーズをとり、美空は笑いすぎて出てきた涙をぬぐう。

 

 玲司はそんな二人を温かく見つめ、美空の心の平安を祈った。美空に幸せがやってきますように……。

 

 

       ◇

 

「さて、いよいよ大手町、クライマックスなのだ!」

 

 美空はペットボトルのキャップをクルクルッと閉めながら言った。

 

「大手町駅の構内図がこれ、光ファイバーのマンホールがこれ」

 

 シアンは地図を浮かび上がらせながら説明する。

 

「うーん、近いのはC12出口? そこからこう行けばいいかな?」

 

 玲司がそう言うと、

 

「ダメなのだ!」

 

 と、美空が険しい声でダメ出しをする。

 

「えっ!? なんでだよ、最短ルートじゃないか!」

 

「ここ……、死の臭いがするのだ……」

 

 美空が眉をひそめ、嫌なことを言い出す。

 

「し、死の臭いってなんだよ?」

 

「あたし、直感には自信あるのだ。ここ行ったら玲司は死ぬのだ」

 

「死ぬって……」

 

 死ぬ死ぬ言われて玲司は言葉を失い、渋い顔で黙り込む。

 

「ちなみに防犯カメラの設置位置はこれだゾ」

 

 シアンは赤い光る点を地図上に追加する。確かにC12のそばには赤い点がある。

 

「ほら! 危なかったのだ!」

 

「じゃあどうするんだよ?」

 

「C8からぐるっと回りこむのだ」

 

 美空は地図を指さす。

 

「それでも防犯カメラには映っちゃうよね?」

 

「まだこっちの方がマシなのだ」

 

 自信満々の美空。

 

 玲司は首を傾げ、シアンの方を見る。

 

「どこから出ても防犯カメラには捕捉され、また車がすっ飛んでくるゾ」

 

 シアンはニコッと笑って言う。

 

 玲司は大きくため息をつき、うなだれる。自分を狙って次々と車が突っ込んでくる、前回はたまたまかわせたが、今度もかわせるかわせるかどうかなど自信はない。

 

「光ファイバー切ったら車は止まる?」

 

 美空が聞くと、

 

「もちろん! それだけじゃないゾ、今度は僕が自由に何でもできるようになるゾ」

 

 シアンはワクワクが止められず、腰マントをヒラヒラさせながらくるくると回る。

 

「えっ? じゃぁ車も動かし放題?」

 

 玲司はガバっと顔を上げて聞いた。

 

「そうだよ。良さそうな車奪ってお台場へ直行だゾ!」

 

「それでデータセンターを爆撃?」

 

「そうそう、軍事ドローン大量動員でデータセンターは粉々だゾ!」

 

 シアンは楽しそうに右手を高く上げた。

 

「ヨシッ! それだ!!」

 

 玲司はゴールが見えてきた気がして、ガッツポーズを決めた。このバカげた逃走劇に終止符を打ってやるのだ!



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13. 嘘か女神か

 俄然(がぜん)やる気になった玲司は先頭切って歩き出す。

 

「打倒、百目鬼!」

 

 百目鬼に操られている赤髪のシアンさえ何とか出来れば、自分はもはや世界で敵なしなのだ。お金をシアンに作ってもらって、それで美空と起業して面白おかしく暮らせばいい。なんて完璧な計画!

 

 玲司はウキウキしてつい足早になる。

 

 

 やがて向こうの方に大手町のホームが見えてくる。電気の多くが落とされ、薄暗くやや不気味だ。

 

 二人は階段のそばまで音をたてないように静かに線路を進むと、そっとホームの上をのぞく。そして、まず玲司が頑張ってホームによじ登った。

 

 続いて玲司は美空に手を伸ばし、手首をがっしりと握る。美空の手首は思ったよりも細く、柔らかく、しっとりとしたきめ細かな手触りがして、思わずドキドキしてしまう。

 

 だが、そんなことを気取られたらまた笑われてしまう。平静を装いながら引き上げていく。

 

「よいしょ!」

 

 無事、引き上げに成功したが、顔を真っ赤にして引っ張った玲司に、美空は

 

「そ、そんなに重くないのだ」

 

 と、ひそひそ声で抗議する。

 

「そうだゾ! ご主人様はもっとレディの気持ちをくむべきだゾ!」

 

 シアンまで乗ってくる。

 

「え? そ、そんなぁ……」

 

 何という理不尽。玲司は女の子の扱い方の難しさにクラクラした。

 

 と、その時、カツカツカツという足音がホームの遠くの方で響く。

 

「ヤベヤベ……」

 

 二人は急いで、忍び足で階段をのぼる。

 

 こんなところを見つかって拘束されてはそこで人生終了である。冷や汗を流しながら必死に進む。

 

 階段を上ると駅員がいないのを確認して柵を超えた。通行人が怪訝そうな顔を向けるが、そ知らぬふりでC8の出口までダッシュする。

 

 ハァハァハァ……。

 

 階段の踊り場で、二人は肩で息をしながらお互い見つめ合い、サムアップをしてニヤッと笑った。

 

 さて、いよいよクライマックス。玲司はリュックからバールを取り出し、力を込めてギュッと握る。

 

 ここから百メートルほど走り、バールでマンホールをこじ開け、中の光ファイバーケーブルを切るだけ、それで人生勝ち組だ。

 

 玲司は頼もしいバールを眺め、そのしっかりとした重みに笑みを浮かべながら、勝利の予感にブルっと武者震いをした。

 

 

 二人はそっと階段を上がり、地上の様子を見てみる。

 

 日曜日のオフィス街は静かで人影もまばらである。この辺は金融街。平日ならビシッとスーツを着込んだビジネスマンが肩で風を切りながら颯爽(さっそう)と歩いているが、今は見当たらない。走る車も少なく、玲司には好都合だった。

 

「リュック持ってあげるわ」

 

 美空はそう言ってリュックをパシパシと叩く。

 

「あ、それは助かる」

 

「私気にせず全力で駆けるのだ。秒単位の戦いよ」

 

 美空はそう言いながら小柄な体でリュックを引き受けた。

 

「俺は死なない、俺は死なない……」

 

 玲司は目をギュッとつぶって自分に暗示をかける。

 

「死んでも私が生き返らせてあげるから気にせず行くのだ!」

 

 そう言って美空は玲司の背中をパンパンと叩いた。

 

「どうせまた嘘なんだろ?」

 

「あら、今度は本当なのだ」

 

 ニヤッと笑う美空。てんぱって失敗しないようにという美空なりの配慮なのだろう。玲司もニヤッと笑って、

 

「よし、生き返らせてくれよ、女神様!」

 

 そう言って、何度か大きく深呼吸をすると、パンパンと両手で頬を張って気合を入れる。

 

「俺は光ケーブルを切れる! 完璧にうまくいく! これ、言霊だからね!」

 

「そうそう、行ける行けるぅ!」

 

 シアンは嬉しそうにクルクルと舞った。

 

「GO!」

 

 玲司は駆けた。人生史上最速の速さでおしゃれなオフィス街を飛ぶように駆けた。

 

 植木の間を軽快なステップですり抜け、邪魔な噴水の縁石をひらりと飛び越え、トップスピードでガラス張りのデカい高層ビルの角を曲がっていく。

 

 そして、見えてきたマンホール。

 

「はぁはぁ……シアン! あれだろ?」

 

「そうだよ、急いで! 奴ら感づいたっぽいゾ!」

 

「マジかよぉ!」

 

 玲司は顔をしかめる。暴走車がすっ飛んでくるまであと何秒残っているだろうか?

 

 ケーブル切れたら俺の勝ち、手こずってたら俺の負け。今まさに秒単位のスピード勝負が始まった。

 

 ズザザザザ――――!

 

 アスファルトを滑り、小石を吹き飛ばしながらマンホールにたどり着くと、間髪入れずにバールをマンホールのくぼみに突き立てた。

 

 



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14. 柔らかなふくらみ

 全力疾走で疲れてうまく力が入らない。

 

 ハァハァハァ……。

 

 しばらく息をつき、

 

「せーの!」

 

 渾身の力を込めてマンホールをこじ開ける。

 

 しかし、マンホールは鋼鉄の塊だ。想像よりはるかに重い。あれだけ力をこめてもわずかに動いただけ、とても開かない。

 

「くぅぅぅぅ!」

 

 再度全身の体重をかけてみる。

 

 しかし、開かない。玲司は焦りで汗がだらだらと湧いてくる。開かなければ人生終了なのだ。

 

「何やってんのだ!」

 

 美空が追い付いてきて一緒にバールを押し込む。

 

「せーの!」「そぉれ!」

 

 ふんわりと甘酸っぱい美空の香りが漂ってきて、発達途中のやわらかな胸が腕に当たるが、そんなことにかまけている場合じゃない。

 

 少し動いた。あとちょっと!

 

「うぉりゃぁぁぁ!」「そぉれ!」

 

 ガコン!

 

 ついに蓋が開いて中の様子が顔を出す。

 

「よっしゃー!」

 

 玲司はズリズリとマンホールをずらし、その全貌(ぜんぼう)をあらわにする。

 

 はぁっ!?

 

 ()頓狂(とんきょう)な声を上げ、玲司は凍りつく。なんと、そこには赤、青、緑、黒と多彩なケーブルが縦横無尽に走っていたのだ。それぞれに被覆(ひふく)が太くしっかりとケーブルを守っており、簡単には切れそうにない。

 

「くぁぁ! どれ? どれだよぉ!!」

 

 玲司はシアンに聞いた。

 

「えっとねぇ……、ダメだ。データにはないなぁ。昔の写真見ると黒なんだけど、この黒とは太さが違うゾ」

 

 グォォォォン! ブォンブォォォン!

 

 静かなオフィス街に爆音が響いた。

 

「あちゃー……」

 

 シアンが額に手を当てる。

 

 玲司は真っ青になった。もう全部切ることなんてできない。どれか選んで挑戦するしかない。しかし、どれを?

 

 まさにロシアンルーレット。間違えたらひき殺される現実に玲司の心臓はバクンバクンと音を立てて鼓動を刻んだ。

 

「青なのだ!」

 

 美空は曇りのない目で青いケーブルを指さす。

 

「え? なんで?」

 

「いいから早く!」

 

 キュロキュロキュロ!

 

 暴走車が向こうのビルの角を曲がってやってくる。もう猶予はなかった。

 

「美空は正しい! これ、言霊だからね!」

 

 玲司は、なぜか湧いてくる涙で揺れる青いケーブルめがけ、渾身の力を込めてバールを振り下ろす。

 

 キュロロロロ! ブォォォン!

 

 真っ赤なスポーツカーが最後の角を曲がり、視界をかすめ、突っ込んでくる。

 

 玲司には、まるでスローモーションを見ているかのように全てがゆっくりに見えた。

 

 渾身の力をこめ、振り下ろされるバール。

 

 ガン!

 

 バールは青いケーブルを直撃し、めり込む。

 

 手ごたえはあった。

 

「逃げるのだ!」

 

 美空が玲司の手を取り、急いで街路樹の方へと引いた。

 

 轟音をたてながら迫ってくるスポーツカー。引っ張られる玲司。

 

 直後、間一髪スポーツカーは玲司の身体をかすめ、通り過ぎていった。

 

 しかし、玲司は段差につまづき、転がって、美空を巻き込んでいく。

 

「うわぁ!」「ひゃぁ!」

 

 石畳でできた歩道の上をゴロゴロと転がる二人。

 

 イタタタタ……。

 

 あちこち打ったが最後は柔らかいクッションに受け止められた玲司。

 

 甘酸っぱい柔らかな香りに包まれる。

 

 こ、これは……?

 

 目を開けると柔らかなふくらみが……。なんとそこは美空の胸の上だった。

 

「ちょっと! 何すんのだ!」

 

 ビシッと鉄拳が玲司の頭を小突く。

 

 あわわわ……。

 

 急いで体を起こすと美空は胸を両腕で隠し、涙目になって玲司をにらむ。

 

「ご、ごめん。不可抗力だよ。今は緊急事態。ねっ!」

 

「このエッチ!」

 

 美空の渾身のビンタがバチーン! と玲司にさく裂した。

 

 ぐはぁ!

 

「もう! 油断もすきも無いのだ!」

 

 プンスカと怒る美空に玲司は圧倒される。

 

「ゴメン! ゴメンってばぁ!」

 

「もう知らない!」

 

 プイっとそっぽを向く美空に玲司は言葉を失う。

 殺されそうになり、ビンタを食らう、もう散々である。

 

「ほらほら、遊んでないで早く行くゾ!」

 

 シアンはじゃれあう二人を見ながら呆れた顔で大きく息をついた。

 



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15. 快適な空の旅

「え? 行くって?」

 

 玲司が道を見ると、なんとスポーツカーが目の前にドアを開けて止まっている。

 

「こ、これは……?」

 

 さっき自分をひき殺そうとした美しい流線型の真っ赤なスポーツカー。それが歓迎するかのようにドアを広げて玲司を待っている。精悍(せいかん)なフロント、空に飛んでいきそうな巨大リアウイングに玲司は圧倒される。ドドドドと重低音のV8サウンドが腹に響いた。

 

「もう僕の車だよ」

 

 そう言ってシアンはツーっと飛んでスポーツカーの屋根に腰かけ、足を組んだ。玲司は一瞬どういうことか分からなかったが、光ファイバーの切断に成功したのだということに気づき、

 

「おっしゃぁ! やったぁ!」

 

 と、渾身のガッツポーズでビル街の空に向かって大きく吠えた。

 

 玲司は賭けに勝ったのだ。殺されるか栄光か、分の悪いロシアンルーレットで見事勝利を勝ち取ったのだ。

 

 くぅぅぅ!

 

 まとわりついていた死の影を見事粉砕した達成感が全身を貫き、玲司は勝利に酔った。

 

 これでついに自分は勝ち組だ!

 

 玲司はガラス張りの高層ビルに囲まれた青空を見上げ、勝利の余韻に浸る。

 

 バシッ!

 

 美空はそんな玲司の頭をはたくと、

 

「何やってんの? 早く乗るのだ!」

 

 と、ジト目でにらみながら助手席に乗り込む。

 

「あ、の、乗るよ……。美空の勘ってすごいね、なんでわかったの?」

 

「ふん! スケベ」

 

 美空はそう言ってドアをバン! と勢いよく閉めた。

 

 玲司はふぅと大きく息をつくとおずおずと乗り込む。

 

 ドアをバンと閉めると、ウィィィンとステアリングがせり出してきて、ダッシュボードがフラッシュし、スピードメーターやタコメーターの針がギュン!と上がってゆっくりと降りてきた。

 

 うわぁ……。

 

「この車はEverBlade X-V8 お台場行き、123便でございます」

 

 シアンが天井から顔を出して嬉しそうに案内を始める。

 

「これ、勝手に乗っちゃって、いいの?」

 

 心配そうに玲司が聞く。

 

「オーナーにはあとで弁償するからって話付けておいたよ」

 

「あ、そういうこと? 良かった」

 

「当車の機長はシアン、私は客室も担当しますシアンでございます。間も無く出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください」

 

 シアンはおどけてそう言いながら、玲司たちがシートベルトを着けるのを見計らう。

 

「それでは快適な空の旅をお楽しみください」

 

 ブォン! キュロロロロ!

 

 千六百馬力のエンジンが咆哮(ほうこう)を放ち、野太いタイヤが白煙を上げながら空転する。

 

 うわぁぁぁ!

 

 車はお尻を振りながら急発進、大通りへドリフトしながら突っ込んでいく。

 

 そして2.5秒後には時速百キロを超え大手町のビル街をカッ飛んでいった。日曜で車はまばらではあるが、それでも五十キロくらいでみんな整然と走っている。その間を巧みに縫いながらシアンは速度を上げていく。

 

 ブロロロロ!

 

 V8エンジンは絶好調に吹け上がる。

 

 ひぃぃぃ!

 

 右に左にふりまわされ、玲司は必死にステアリングにしがみつき、暴走に耐える。

 

「きゃははは!」「ヒューヒュー!」

 

 シアンと美空はなぜか大盛り上がりで笑っている。

 

「おい! ちょっと! 赤信号になったらどうすんだよ!」

 

 玲司が怒ると、

 

「ざーんねん、信号はお台場まで全部青にしといたゾ! きゃははは!」

 

 と、嬉しそうに笑い、急ブレーキをかけるとお尻を振りながら交差点に突入し、そのまま右折していく。

 

 ぐわぁぁぁ!

 

 とんでもない横Gに、玲司は必死にステアリングを握り締めた。

 

 ガン!

 

 道端の赤い三角コーンを跳ね飛ばしながら、ギリギリコーナーリングを終える。

 

 グォォォォン!

 

 V8サウンドがビル街に響き、玲司はシートに押し付けられた。

 

 その時だった、

 

 ポパ――――!

 

 パトカーのサイレンが鳴り響いた。

 

「そこの車! 止まりなさい!」

 

 パトカーが横から出てきて追いかけてくるが、とんでもない速度でカッ飛んでいくシアン達には追いつけない。

 

「きゃははは! ざーんねん!」「わははは!」

 

 シアンと美空は嬉しそうに笑うが、玲司はバックミラーの中で小さくなっていくパトカーを、顔面蒼白になりながら見ていた。

 

 



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16. 無理無理無理無理!

 警察まで敵に回してしまって、玲司は頭を抱えながら宙を仰ぐ。もうお尋ね者の犯罪者なのだ。

 

 玲司は納得いかず、シアンに聞く。

 

「ねぇ、ちょっと! なんでこんなにかっ飛ばしてんの?」

 

「ん? 百目鬼たちがもうすぐ復旧してくるからだゾ?」

 

「へ? 復旧……?」

 

「きっとあと五分もしたら元通りだゾ?」

 

 玲司は言葉を失う。そりゃそうだ。光ファイバーケーブル一本切っただけでデータセンター全体が落ち続ける訳がない。何かしらの対策が施されてるに決まっている。

 

「ド、ドローンは?」

 

「今、飛行機型の高速な奴、お台場に向けて飛ばしてるゾ」

 

「間に合いそう?」

 

「こればっかりは運でしょ! きゃははは!」

 

 楽しそうに笑うシアンを見て、玲司はため息をつき、ステアリングに頭をうずめた。

 

 勝ち切ったと思っていた勝負にはまだまだ続きがあったのだ。

 

「でも、ご主人様の生存率は46.7%にまで急上昇だゾ!」

 

「五割切ってるじゃないか!」

 

 玲司は目をギュッとつぶって喚いた。

 

「あたしの胸を触ったから罰が当たったのだ!」

 

 美空はジト目で玲司を見る。

 

「胸って言ってもそんな大層な……」

 

 玲司はそう言いかけて、美空から発せられる殺気にハッとなり、口をつぐむ。

 

「はぁっ!? 『大層な』何なのだ?」

 

 今にも人を殺しそうな血走った目で美空が玲司をにらむ。

 

「あ、いや、事故ではあったけど、も、申し訳なかったなって」

 

「そうよ! 言葉には気を付けるのだ!」

 

 美空はそう言ってプイっとそっぽを向いた。

 

 玲司はなんだか理不尽な言われように、ハァと大きく息をつく。そして、左右に揺さぶられながらシアンのすさまじいドライビングテクニックに身を任せた。

 

 その時だった、

 

「あ……」

 

 シアンが嫌な声を出す。

 

「な……、なんだよ?」

 

 シアンがこういう時はろくなことがない。湧き上がる嫌な予感に(あらが)いながら声を絞り出す玲司。

 

「復旧しちゃった……ゾ」

 

「復旧って……百目鬼たちが元に戻ったってこと?」

 

「うん、全力で時間稼ぎするから、運転よろしく。頼んだゾ」

 

 シアンはそう言って目をつぶった。

 

「はぁっ!?」

 

 高校生にこんなスポーツカー、運転できるわけがない。

 

「いや、ちょっと! 無理無理無理無理!」

 

 首をブンブン振って真っ青な玲司。

 

「何言ってんのだ! 生き残るのだろ? 本気見せるのだ!」

 

 美空はバシバシと玲司の背中を叩いた。

 

「いや、でも……、ど、どうやる……の?」

 

「これはオートマなのだ。右ペダルがアクセル、左がブレーキ、後はハンドル。おもちゃと一緒」

 

「おもちゃって言っても……」

 

 と、その時、急に減速し始めた。

 

 ブォォォォン!

 

 シアンが運転を止めてアクセルを放し、エンジンブレーキがかかったのだ。

 

 あわわわ!

 

「アクセル! アクセル踏むのだ!」

 

「ど、どれ?」

 

 玲司は足をのばして探し、試しに踏んでみる。

 

 バォンバォォォン!

 

 ひぃぃぃ!

 

 いきなりの急加速で驚いてステアリングを回してしまう。

 

「だー! なにするのだ! 左! 左! 早く!」

 

 美空が叫ぶ。

 

 対向車線へ大きく膨らんだ車は、キュロロロロ! と、タイヤを鳴らしながら戻ってくるが、今度は歩道めがけて突っ込んでいく。

 

 うわぁぁぁ!

 

「切りすぎ! 右! 右!」

 

 ひぃぃぃ!

 

 何度か蛇行して、ようやくまっすぐ走れるようになった玲司は、げっそりとして朦朧としながら前を見る。そして、うつろな目でお台場の方に林立するタワマンを見あげた。

 

「あちゃー! 二台行っちゃったゾ!」

 

 シアンが叫ぶ。

 

「えっ! 二台って……」

 

 すると、正面から二台の車がこちらに走ってくるのが見えた。

 

 ええっ!?

 

 二車線しかないのに二台やってくる、どう考えてもアウト。それも猛スピードで迫ってくる。もう回避の余地もない。

 

 くわぁぁぁ!

 

 絶体絶命である。どう考えても殺される。玲司は頭を抱え、ただ、その運命を呪った。

 

 一体どこで道を誤ってしまったのだろう。もう玲司の中では走馬灯が回り始めてしまう。

 

「ハンドル貸すのだ!」

 

 美空がそう叫んで助手席からハンドルをガシッとつかんだ。

 

 えっ?

 

 玲司が唖然としていると、美空は右にハンドルを切って右車線ぎりぎりを走ると、

 

「アクセル全開の用意をするのだ!」

 

「そ、そんな、ぶつかっちゃうよ」

 

「いいから用意!」

 

 美空はそう叫びながらジッと前方をにらんだ。

 

 並んで突っ込んでくる暴走車はさらに速度を上げてくる。

 

「GO!」

 

 美空はそう叫ぶと、一気にハンドルを左に切った。

 



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17. 90式艦対艦誘導弾

「くぅ! 任せたよ! 信じたからね!」

 

 玲司は目をギュッとつぶって言われた通りアクセルペダルを思いっきり踏みこんだ。

 

 グォォォォン!

 

 吹け上がるV8エンジン。

 

 一気に迫ってくる歩道。

 

 ひぃぃぃ!

 

 そして、一気に右にハンドルを切る美空。

 

 キュロロロロ!

 

 タイヤが鳴き、車体が傾く。

 

 直後、左タイヤが歩道に乗り上げ、歩道の段差のスロープに猛スピードで突っ込む。

 

 ガン!

 

 バンパーの下のスポイラーがスロープに当たり、砕け、そして、車は宙に舞った――――。

 

 破片が陽の光を浴びながらキラキラと舞い散る中、車はまるで飛行機の曲芸飛行、バレルロールのように優雅にくるりと一回転しながら空を飛んだ。

 

 玲司はまるでスローモーションのように景色が回っていくのを見ていた。ビルの景色が回り込み、頭上に車道が見え、そこを二台の車がシュン! と通過していく。

 

 それはジェットコースターに乗っているような、まるで現実感を伴わない映像で、ただただ玲司は圧倒され言葉を失っていた。

 

 バン! キュキュキュキュ――――!

 

 着地した車はタイヤを鳴らしながら暴れたが、美空は冷静にハンドル操作をして態勢を整え、

 

「へへーん、こんなもんよ!」

 

 と、ドヤ顔で玲司を見てサムアップした。

 

「美空! すごいゾ!」

 

 シアンは嬉しそうに笑う。

 

 しかし、玲司は困惑していた。確かに絶体絶命の危機は去った。しかし、今のはいったい何だったのだろう? ただのJKが助手席からハンドル操作して宙を舞う、そんなことある訳ないのだ。

 

 もしかして……、夢?

 

「どうしたのだ?」

 

「これ……、夢……だよね?」

 

 玲司はうつろな目で美空を見る。

 

 すると、美空は呆れた顔をして、玲司のほほをつねった。

 

 いてててて!

 

「どう? 夢だった? クフフフ」

 

「痛いの止めてよ……。夢じゃなかったら、今の一体なんだったの?」

 

「え? 歩道のスロープ使って飛んだのだ。見てたでしょ?」

 

 美空はさも当たり前かのように言う。

 

「いやいやいやいや! そんなことできる訳ないじゃん。車運転したことあるの?」

 

「あたしはJK、運転なんて初めてなのだ。フハハハ」

 

 屈託のない笑顔で笑う美空。

 

 玲司は渋い顔で首を振った。

 

 

    ◇

 

 

 時は数分ほどさかのぼる――――。

 

 澄み通った青空の下、波も穏やかな横須賀沖にミサイル護衛艦『まや』は停泊し、全長百七十メートルにも達するその威容を誇っていた。青空にまっすぐに伸びる艦橋には六角形のフェイズドアレイレーダーがにらみを利かせ、最新鋭のイージス艦として日本の空を守っている。

 その『まや』の艦橋で砲雷長はデータのチェックを行っていた。次の任務へ向けて砲術長などから上がってくるデータを精査し、艦の武装を万全のものとするのが砲雷長の務めだった。

 

 ヴィーン! ヴィーン!

 

 いきなり全艦にけたたましく鳴り響く警報。砲雷長は耳を疑った。それはミサイルが発射される時に鳴る警報なのだ。

 

 今日は日曜で出港準備に出てきているのは自分くらいだったが、艦橋のモニタが次々と明るく点灯し、ミサイル発射準備が勝手に次々と進んでいく。

 

「バカな! 一体何だこれは!?」

 

 砲雷長は真っ青になった。勝手にミサイルが発射される。それは絶対にあってはならない事だった。

 考えられるとしたら誰かが艦のシステムに何かを仕込んだか、外部からハックされたか……。

 

 砲雷長は少し悩んだが、よく考えたら安全装置を外さない限りミサイルは撃てない。電子的な処理だけでミサイルが発射されることなどないのだ。

 

 急いでミサイル管理のモニタへ走り、画面をのぞき込む。

 

 すると、『unlocked』が点滅している。なんと安全装置はすでに解除されていた。

 

「だ、誰だ――――!」

 

 砲雷長は窓からミサイルサイトを見下ろす。すると、紺色の作業服を着た隊員がミサイルサイトのわきで次々と安全装置を解除しているではないか。唖然とする砲雷長。すると、

 

「百目鬼様! バンザーイ!」

 

 隊員はそう叫びながら海へと飛び込んでしまった。

 

「イカン! システムシャットダウン!」

 

 砲雷長は壁のシャットダウンボタンの透明のカバーを叩き割ると、真っ赤なボタンをガチリと押した。これでシステムの電源は落ち、ミサイルは飛ばないはずだった。が、電源は落ちず、画面はただひたすらに発射プロセスを刻んでいる。

 

「な、なぜだ――――!」

 

 砲雷長は画面を操作しようとするが一切の入力が効かなかった。

 

 直後、

 

 ガン! ブシー!

 

 爆発音に続いて、鮮烈な炎を上げながら白煙を残し、ミサイルは東京湾の青空へと吸い込まれていく。

 

 重さ六百六十キロの巨大なミサイル、それは敵の軍艦を一撃で撃沈させる恐ろしい兵器だった。それが今、音速で東京へ向かってカッ飛んでいる。

 

 砲雷長は呆然としながら、小さくなっていくミサイルの姿をうつろな目で追っていた。

 

 ミサイルが奪われて勝手に発射された、それは自衛隊創設以来、初めての大不祥事であり、砲雷長はガックリと床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 



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18. 着弾まで十秒!

「あ……」

 

 シアンがまた嫌な声を出す。

 

「今度は何? お台場まだなの?」

 

 またどうせ嫌なニュースに違いない。玲司は投げやりに言った。

 

「90式艦対艦誘導弾が横須賀から飛来中だゾ」

 

「ん? 何それ?」

 

「重さ六百六十キロのミサイルが音速でやってくるゾ」

 

「ミ、ミサイル!? どこに?」

 

「うーん、車には当てらんないからねぇ。この先の橋かな?」

 

 シアンは人差し指をあごに当てて首をかしげる。

 

「橋を吹き飛ばすってこと? じゃあUターンしないと!」

 

「後ろには乗っ取られた車たくさんいるゾ」

 

 ひぇっ!

 

 玲司は頭を抱えた。前はミサイル、後ろは暴走車、詰みである。世界征服できる連中を相手にするというのはこういうことなのだ。玲司はどうしたらいいのかさっぱり分からず、ただ、流れる景色をぼーっと見ていた。

 

「玲司! アクセル全開なのだ!」

 

 そんな腑抜(ふぬ)けた玲司にいら立ちを隠さず、美空が叫んだ。

 

「えっ!? ミサイルが橋落とすんだよ!?」

 

「当たらなければどうということはないのだ!」

 

 何の根拠があるのか分からないが、美空は断言する。

 

「橋が落ちちゃったら僕らおしまいだよ?」

 

「なら落ちる前に通過なのだ! アクセル!」

 

 美空は玲司の右の太ももを力いっぱいパンパンと叩いた。

 

 あぁ、もぅ……。

 

 玲司は大きく息をつくと泣きそうな顔でアクセルを踏み込んだ。

 

 グォォォォン!

 

 V8サウンドが街に響き渡り、サーキットのレースカーレベルの異次元の速さに達していく。

 

「着弾まで十秒! 九、八、七……」

 

 シアンが秒読みを始める。

 

 見えてきた橋。橋は中央部が盛り上がっていて、向こう側は見えない。

 

 咆哮(ほうこう)を上げるエンジン。ぐんぐん上がるスピードメーター。

 

 玲司は涙目で、

 

「もう、どうにでもなーれ!」

 

 と、つぶやいた。

 

 橋にさしかかった時、フロントガラスの向こう、右上の空に陽の光を受けてキラリと煌めく飛翔体が見えた。

 

 音速で突っ込んでくるミサイル。時速三百キロで駆け抜ける玲司たち。引くことのできない死のチキンレース。

 

 橋の真ん中すぎの下り坂で車体は浮き上がり、宙を舞う。

 

 ブォォォォン!

 

 激しくタイヤが空転し、タコメーターがギューンと振り切れる。

 

 直後、激しい閃光が天地を包み、衝撃波が車を直撃した。

 

 ズン!

 

「キャ――――!」「うはぁ!」

 

 ななめ後方からの衝撃波をまともに食らった車はバランスを崩し、超高速のままグルグルと縦に回転ながら地面に叩きつけられ、床に落ちた消しゴムみたいに雑にごろごろと転がった。

 

 パン!

 

 エアバッグが一斉に車内のあちこちで開き、玲司は白いバッグに包まれたまま激しい衝撃に耐えていた。

 

 派手にエアロパーツをまき散らしながら、火花を立てながらゴロゴロと転がり、最後は電柱に激突し、逆さまの状態で止まる。そして、プシュー! とラジエターから蒸気を噴き上げた。

 

「きゃははは! セーフ!」

 

 シアンは楽しそうに笑った。

 

 激しい衝撃を受け続けた玲司は朦朧(もうろう)として動けない。

 

 ケホッケホッ!

 

 隣で美空が咳をしながら、天井に転がってしまった眼鏡を拾った。

 

「れ、玲司……。生きてるのだ?」

 

 シートベルトを外して天井に降りながら聞く。

 

「何とか……」

 

 宙づりの玲司もシートベルトを外して天井に降りる。そして、ノソノソと割れた窓からはい出した。

 

 ふぁぁ……。

 

 調子の悪い玲司はゆっくりと伸びをする。脳震盪(のうしんとう)かもしれない。

 

 遠く橋の方では煙が上がり騒然となっていた。いきなり大爆発が起こって橋が落ちたのだ。それは驚くだろう。

 

 すると、シアンが額に手を当てて言った。

 

「ダメだ! ドローンが奪われたゾ」

 

「え? ということは……」

 

「もうじきやってくるゾ。きゃははは!」

 

 シアンの嬉しそうな笑い声に玲司はムッとして口を尖らせた。

 

「で、どこに逃げたらいい?」

 

「うーん、逃げてるだけじゃ負けだからなぁ……」

 

 シアンは小首をかしげ、考え込む。

 

 すると、美空がニヤッと笑って言った。

 

「下水道なのだ!」

 

「げ、下水道!? 臭そう……」

 

「何言ってんのだ! こういう時は下水道って昔から決まっているのだ!」

 

 美空は腰に手を当ててドヤ顔で言う。

 

「えーと、その先の運河に暗渠(あんきょ)があるね。これでデータセンターに近づくって手はあるゾ」

 

「ほらほら! 急ぐのだ!」

 

 美空は嬉しそうに玲司の手を取るとタッタッタと走り出す。

 

「えぇ? ちょっと、ホントに?」

 

 玲司は美空がなぜそんなに嬉しいのかよく分からず、渋い顔のまま引かれて行った。

 



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19. 魅惑的な禁断の芸術

「おぉ、あれなのだ!」

 

 柵を超え、運河の護岸の上にから身を乗り出して美空が叫ぶ。確かにそこにはぽっかりと人の背丈ほどの穴が開いており、チョロチョロと水が落ちている。

 

「敵機接近だゾ!」

 

 シアンが空を指さす方向を見上げると、青空の向こうに何か小さな黒い点が動いている。

 

「あのドローンには三キロの爆弾が搭載されているから、近くで爆発したら死ぬゾ」

 

「マジかよぉ!」

 

 焦った玲司は急いでひょいひょいと護岸を降りていき、器用な身のこなしでバチャン! と暗渠(あんきょ)の水たまりに着地した。

 

 続いて美空が降りてくる。

 

「上見ちゃダメなのだ!」

 

 え?

 

 つい上を見てしまう玲司。

 

 ワンピースが風で煽られてふんわりと広がる。

 

 スラリとした白い肢体からふくよかに流れるライン、それは禁断の芸術だった。

 

 お、おぉ……。

 

 思わず、真っ赤になる玲司。

 

 バチャン! と、降り立った美空が座った目で玲司をにらむ。

 

「見ーたーわーねー」

 

「い、いやっ! な、なんも見とらんですハイ!」

 

 目を合わせられない玲司。

 

天誅(てんちゅう)!」

 

 バチーン!

 

 この日二度目のビンタが玲司を襲った。

 

 あひぃ!

 

 パチーン! パチーン! と暗渠の中にこだまが響く

 

 見ようと思ったわけじゃないのに、叩かれてしまう玲司は理不尽さにうなだれる。でも、見た目の幼さとは裏腹に魅惑的なラインに目が釘付けになってしまった以上、それは仕方ないかもしれない。

 

「じゃれてないで、急がないと突っ込んでくるゾ」

 

 シアンは逆さまになってふわふわと浮かびながら、つまらなそうに忠告する。

 

「ふんっ!」

 

 美空はバチャバチャと水を跳ね上げながら奥へと歩き始めた。

 

「あぁ、待って!」

 

 玲司は後を追う。

 

 下水道とはいえ、雨が多量に降らなければただの雨水(とい)なので、臭いも思ったほどひどくはない。

 

 二人はしばし無言で奥へと進んだ。

 

 どこまでも続く暗く狭い暗渠、何百メートルか進んだだろうか、さすがに心細くなってくる。

 

「ねぇ、これ、どこまで行くの?」

 

 狭い暗渠に声が反響する。

 

「さぁ?」

 

 美空はご機嫌斜めである。

 

「もっと優しくしてやってあげて。ご主人様は美空が大好きなんだゾ」

 

 シアンはいたずらっ子の笑みを浮かべて美空に言った。

 

 ブフッ!

 

 思わず吹き出してしまう玲司。

 

 美空はくるっと振り返り、まるで汚らわしいものを見るかのような目で玲司を見る。

 

「なんなのだ? あたしに()れたの?」

 

「いや、その……。シアン! ふざけるの止めてよ!」

 

 玲司は真っ赤になってシアンに怒る。

 

「だって、あの目は惚れてる目だったゾ」

 

 シアンは嬉しそうにくるっと回る。

 

「あの目っていつの話だよ!」

 

 シアンに対して怒っていると、美空はずいっと玲司の顔をのぞき込み、

 

「あたしに彼女になってほしいのだ?」

 

 と、小首をかしげ、ぱっちりとした目をキラリと光らせて聞いた。

 

「えっ!? か、彼女……?」

 

 玲司はいきなり核心を突かれてドギマギしてしまって思考が定まらない。彼女いない歴が年齢の女っ気のない玲司にとって、こんな可愛い頼もしい彼女がいたらそれは夢のような話である。

 とはいえ、今日会ったばかりの娘にいきなり告白だなんて、さすがにやりすぎではないだろうか? 笑われてからかわれて終わるだけな気もする。

 

 しかし、これはチャンスなのかもしれない。言うか? 言ってしまうか? バクンバクンと心臓が高鳴る。

 

 玲司は奥歯をギュッとかみしめ、大きく息を吸った。

 

 と、その時、美空は腕を×にして、つまらなそうな顔で、

 

「ブーッ! タイムアップなのだ! 即答できない男はアウト!」

 

 そう言うと、くるっと振り向いてまたバチャバチャと暗渠を歩き出した。

 

「えっ!? 待って待って! 彼女になって!」

 

 玲司は急いで追いかけるが、美空はチラッと玲司を振り返ると、

 

「判断が遅い!」

 

 と、低い声で一喝する。

 

「え?」

 

 唖然とする玲司。

 

「ご主人様、幸運の女神には前髪しかないんだゾ!」

 

 肩をすくめ、あきれるシアン。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 ガックリと肩を落とす玲司。

 

 すると美空はくるっと振り向いて、

 

「まぁ、そのうちまたチャンスは来るかもなのだ」 

 

 そう言ってパチッとウインクをした。

 

「お、おぉ、次こそは……」

 

 そう言って、玲司は『自分は美空が好きで、狙っている』という設定になってしまったことに気づいた。さっきまで意識もしていなかったのに。

 

 玲司は今日、全ての人生の歯車が轟音を上げながら回りだしたのを感じていた。

 

 

       ◇

 

 

 一行はさらに奥へと進む。

 

「結局これはどこまで行くの?」

 

 玲司はシアンに聞いた。

 

「行けるまで行った方がいいね、データセンターには近づいているゾ。ふぁーあ」

 

 シアンはあくびをしながらフワフワと浮いてついてくる。

 

 さらに進むと、暗渠は終わり、丸い下水道管が口を開けている。ちょっと人が入るには厳しい感じだった。

 

「ここまで、かな?」

 

「仕方ないのだ。玲司は外見てきて」

 

 そう言って上を指した。

 

 上には穴が開いていて手すりが付いている。マンホールに繋がっているようだ。

 

「ほいきた!」

 

 玲司はヒョイっと手すりに飛びつくと登っていく。美空にいいところを見せねばならない。

 

 一番上まで登るとマンホールを押し上げる。

 

 ぬおぉぉぉ!

 

 重い鋼鉄のマンホールはギギギッと音を上げながら持ち上がり、ガコッと外れた。まぶしい陽の光が中に差し込んでくる。

 

 よいしょっと!

 

 マンホールをずらし、まぶしさに耐えながらそっと顔を出す。

 

 目の前には巨大なガラス張りのオフィスビル。どうやらビルの敷地内のようだ。

 

 日曜ということもあって人影は見えない。

 

「おーい、大丈夫そうだ」

 

 そう言うと、美空を引き上げる。

 

 そして、シアンに言われた通り、ビルの通用口に走った。

 

「はい、Suica出して」

 

 はぁ?

 

 シアンがいきなり訳わからないことを言うので戸惑う。

 

「持ってるでしょ? 交通系ICカード。それをここに当てて」

 

 シアンは通用口のわきの電子錠を指す。

 

「そりゃぁ持ってるよ? ほら」

 

 玲司は財布からSuicaを取り出すと電子錠にかざす。

 

 ブブ――――!

 

「ダメじゃん!」

 

「焦らない、焦らない……。ご主人様のカード番号を読んだだけだからね。それに管理者権限を付与すると……。はいどうぞ」

 

 ニコッと笑うシアン。

 

「え? もう一回ってこと?」

 

 半信半疑で再度かざすと、ピピッという音がしてロックが外れた。



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20. 栄光の中華鍋

「い、いいのかな? 入っちゃって」

 

 玲司は恐る恐るドアノブを回し、中へと進んだ。

 

「このビル使えば生存確率は63%にまで上がるゾ」

 

「そ、そうなの? ここで何するの?」

 

「ここからデータセンターまでは四百メートル。ドローンを奪って爆撃するゾ! おーっ!」

 

 シアンは右こぶしを突き上げて嬉しそうに笑った。

 

「お、いよいよクライマックスなのだ! いえーぃ!」

 

 美空も真似して右のこぶしを上げる。

 

「それは、凄いけど、どうやって奪うの? 今飛んでるドローンって爆弾積んだ小型飛行機でしょ?」

 

「あれを使うのさ!」

 

 シアンはニヤッと笑ってビルの中華料理店を指さした。

 

「中華……料理?」

 

 玲司は首を傾げた。

 

 人気のないビル内で電気を落として閉店している中華料理店。なぜ中華でドローンを奪えるのか全く理解できなかったが、玲司は言われるままに店の裏手へと回った。

 

 そしてSuicaで勝手口を開けて厨房まで行くと、シアンは、

 

「コレコレ! これをもって上に上がるゾ」

 

 と言って、デカい中華鍋を指さした。

 

「これでドローンを奪うの?」

 

 玲司は半信半疑で持ち上げてみるが、業務用の中華鍋はずっしりとでかく、思わずふらついた。

 

 

       ◇

 

 

 上層階のどこかの会社のオフィスに侵入した二人は、全面ガラス張りの会議室に陣取った。

 

「ガムテープ出して、中華鍋の中央部にピンと張って」

 

 シアンは中華鍋の縁を指さしながら指示する。

 

 玲司は窓ガラスを割る時に使ったガムテープを出すと、ビビビッと貼ってみた。

 

「上手、上手。そしたらスマホを真ん中にペタリと付けて」

 

「え? 俺のスマホ?」

 

 渋る玲司を見て、美空は、

 

「判断が遅い! 言われた通りにするのだ!」

 

 と言いながら玲司の手からスマホをひったくると、ガムテープに貼り付けた。ちょうど中華鍋の真ん中の空中に浮かんだような状態になる。

 

「上手い上手い。そしたら、鍋をドローンへ向けて」

 

 そう言ってシアンは遠くから旋回してくる飛行機型ドローンを指さした。

 

「え? 何? これでドローン奪えるの?」

 

「そうそう、中華鍋はパラボラアンテナだゾ」

 

 つまり、スマホから出たWiFi電波をパラボラアンテナで集めてドローンに集中させるということらしい。こうすると地上からの命令をハックして意のままに操れるようになるのだ。

 

 玲司は重たい中華鍋をお腹に抱えてドローンを狙う。

 

「ダメダメ、もっと下なのだ!」

 

 美空が玲司の後ろから見ながら照準を担当する。

 

「こ、こうかな?」

 

「ダメ! 行き過ぎ!」

 

 シアンは逆さまになって浮かび、神妙な顔で目をつぶりながらじっと何かに集中する。

 

「上手くいってくれよ、命かかってるんだからな」

 

 玲司はドローンの動きに合わせて中華鍋を動かしながら必死に祈った。

 

「ビンゴ!」

 

 シアンはそう叫ぶと嬉しそうにくるりと回る。

 

 ドローンは急旋回し、向こうのビルの方へと急降下していく。

 

「え? 奪えたの?」

 

 玲司がシアンの方を向くと、

 

「コラコラ! 照準がずれたのだ!」

 

 と、美空が怒った。

 

「バッチリ! これでデータセンターを爆撃だゾ! きゃははは!」

 

 シアンは右こぶしを突き上げ、シャラーン! という効果音と共に黄金の光の微粒をまき散らすエフェクトをかけた。会議室はキラキラとした光に包まれる。

 

「やったぁ! 勝利! 勝利! 栄光はわが手に!!」

 

 有頂天になる玲司。

 

 直後、向こうのビルに閃光が走り、黒煙を巻き上げ、ズン! という衝撃波が届いた。

 

「イエス! イエ――――ス!」

 

 玲司は中華鍋を高々と掲げ、絶叫した。

 

「まだ早いゾ!」

 

 えっ?

 

「まだサーバー本体まで届いてない。もう一発必要だゾ」

 

「くぅ、まだかよ……」

 

 うなだれる玲司。

 

「はい、はい! 次行くのだ!」

 

 美空は玲司の背中をパンパンと叩く。

 

「わかったよ。次はどこ?」

 

「あのビルの右側の奴行くゾ」

 

「オッケー! よいしょっと!」

 

 玲司はシアンの指先に向けて中華鍋を合わせた。

 



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21. 意地悪な試練

「あ……」

 

 シアンがいきなり嫌な声を出す。

 

「な、何だよ!」

 

「百目鬼から着信だゾ」

 

 シアンは首を傾げ、玲司に言う。

 

「はぁ? 今さら何だってんだよ!」

 

「どうする? 切る?」

 

「むぅ……。話だけしてみるか」

 

「ダメよ! 何言ってんのだ! 話すならもう一発当ててからなのだ!」

 

 美空は真っ赤になって怒った。

 

「いや、でも、話し合いで何とかなるかもしれないじゃない?」

 

「何言ってんのだ! 奴は殺しに来てんのよ?」

 

「話だけでも聞いてみようよ。判断するのはその後でいい」

 

「バカッ! 好きにすればいいのだ!」

 

 美空はプイっとそっぽを向いた。

 

「つなげて」

 

 玲司はシアンを見る。

 

「はいよ!」

 

 浮かび上がるひげ面の仮面男、百目鬼だ。

 

「やぁ、玲司君。君、凄いじゃないか」

 

 陽気に話しかけてくる。

 

「散々殺しにかかってよくそんなこと言えますね? 一体何の用ですか?」

 

「いやいや、君のことを見直したんでね、対立するのは止めたいと思ってね」

 

 手を広げながらオーバーなゼスチャーをする百目鬼。

 

「それは嬉しいですが……、どういった条件が?」

 

「クックック……。世界の半分をやろう。どうだ、悪くない話だろ?」

 

 お面の向こうで目がギラリと光る。

 

「人を殺すプランには乗れません」

 

 玲司は毅然とした態度で返す。

 

「ふーん、それじゃ平行線だな」

 

「それに世界の半分をくれる保証だってないですしね」

 

「ほぉ、よく分かってるなぁ……。あ、お前そこにいたのね。じゃあ、死んで」

 

 そう言うと百目鬼は消えていった。

 

 え……?

 

「言わんこっちゃない! 時間稼ぎをされたのだ!」

 

 美空はバン! と玲司の背中を叩いた。

 

「ど、どうしよう!?」

 

 飛んでいたドローンは大きく旋回をすると、こちらにまっすぐに進路を取ってやってくる。

 

 玲司は慌てて中華鍋を向けるが、いつまで経ってもドローンの制御は奪えなかった。

 

「ダメだ! 外部からの指示を受けないようになってる。逃げるゾ!」

 

 シアンはそう言ってツーっと逃げ出した。

 

「逃げよう!」

 

 玲司は中華鍋を放り出し、エレベーターホールまでダッシュをするとボタンを押した。

 

「バカね! エレベーターなんて堕ちるのだ!」

 

 美空はそう叫び、隣の非常階段のドアを開け、駆けおりていく。

 

「うわぁ、待ってよぉ」

 

 二人は飛ぶように非常階段を駆け下りていく。

 

「せっかくの勝機を逃したのだ!」

 

 美空は叫ぶ。

 

「悪かったよぉ」

 

「もう知らんのだ!」

 

 直後、ズン! という衝撃がビルを襲い、まるで大地震のようにグラングランとビルを揺らした。

 

「うわぁぁぁ!」「キャ――――!」

 

 ガラス窓が次々と吹き飛び、非常階段の下の方が崩落していく。

 

「ヤバい! ヤバい!」「ひぃぃ!」

 

 漆黒の爆煙が辺りを埋め尽くし、二人はなすすべなく揺れる非常階段の手すりに何とかしがみつく。崩落してくる瓦礫が非常階段にもガンガンと当たり、危険な状態が続いた。

 

 ケホッケホッ!

 

 美空が次々と吹きあがってくる爆煙にせき込む。玲司は目をつぶり、ただ沈静化を待つしかできなかった。

 

 爆煙が晴れていくと、状況が分かってきた。非常階段はすぐ下五階分くらいが吹き飛んでなくなっており、落ちたら即死間違いなかった。また、二人がしがみついている鋼鉄製の非常階段はパイプ一つで上につながっており、今にもちぎれそうである。

 

 まさに絶体絶命。今、二人の命は風前の灯火となってしまった。

 

 美空の手がブルブルと震えている。

 

 それを見た玲司はハッとして、『美空は自分が守らねば』と、冷静になることができた。

 

 美空を、大切な人の安全を確保せねばならない。こんなことに巻き込んだのは自分のせいである。たとえ自分が死んでも美空だけは守らねばならないのだ。

 

 玲司は生まれて初めて、自分の命より大切な存在があることを知る。無責任に楽して暮らしたがっていた高校生は、この世界に生きる意味の一端にたどり着いたのだった。

 

「美空、先に上に行って。そーっと、そーっとな。下は見るなよ~」

 

 玲司はやさしく声をかける。二人同時に動いて揺れるとちぎれかねないので、まず、美空を行かそうとしたのだ。

 

 ひぃっ!

 

 つい下を見てしまって真っ青な美空は足がガクガクと震えてしまう。

 

「大丈夫、大丈夫。さぁゆっくり行こう」

 

 玲司は冷や汗を流しながらも笑顔を作り、ゆっくりと優しく声をかけた。

 

 美空はこくんとうなずき、歯をカチカチと鳴らしながら一歩一歩上を目指す。

 

 風が吹くたびにゆらゆらと揺れる非常階段。二人の命運は頼りなげな細いパイプ一本にかかっていた。

 

「よしよーし、いいぞ。ゆっくりな」

 

 ふぅー、ふぅー、という美空の荒い息が聞こえる。

 

 そして最後の段まで行き、手すりに手を伸ばした。

 

「そうそう、もう少し……ヨシ!」

 

 ガシッと美空の手が手すりをつかんだのを見て、玲司はホッと胸をなでおろす。

 

 次は自分の番だ。体を動かすと階段も揺れ、実に頼りない。

 

 冷汗を垂らしながら一歩一歩上を目指す。

 

 もう少しのところで美空が腕を伸ばしてくれた。

 

「早く捕まるのだ!」

 

「サンキュー!」

 

 美空の手をガシッと握り、お互いに目を合わせてニヤッと笑った。

 

 と、その時だった。ビュゥと一陣の風が吹き抜け、階段が大きく煽られる。

 

 運命の女神は何が気に障ったのか、決定的な場面で二人に意地悪な試練を課したのだった。

 



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22. 菩薩の笑顔

 大きく揺れる非常階段に二人は翻弄(ほんろう)される。

 

「うわぁ!」「いやぁ!」

 

 バキッ!

 

 破断音が響き、玲司の身体が宙に浮く。

 

 非常階段は崩落し、風にあおられながら五階下まで落ちてガン! とけたたましい音を立て、転がった。

 

 玲司を支えたのは美空。今や宙ぶらりんの玲司は美空の手だけでぶら下がっているのだ。

 

 ひぃぃぃ!

 

 玲司は下を見て真っ青になる。

 

「くぅぅぅ! 何なのだ!? もぅ!」

 

 美空は真っ赤になって必死に耐える。しかし、玲司を引き上げるほどの力はない。

 

 絶体絶命の玲司は必死に考える。この高さを堕ちたら即死だ。でも引き上げも期待できない。どうしよう!?

 

「美空、ご主人様を下のフロアの入り口に放れる?」

 

 シアンがしっかりとした声で聞く。

 

「え?」

 

 美空は必死に耐えながら答える。

 

 横を見ると下の階の入口がぽっかりと開いている。あそこに振って、放ってもらうという事だろう。

 

「や、やってみるのだ」

 

 玲司の命がかかった局面である。美空はとっくに限界を超えながらも、必死に揺らし始める。

 

「ご、ごめんよぉ。たのむよぉ」

 

 もう玲司には美空の頑張りに頼るしかなかった。

 

「『いっせーのせ!』で放すのだ、わかった?」

 

 顔をゆがめ、真っ赤になりながら美空は言った。

 

「オッケー!」

 

 徐々に振幅が大きくなっていく。

 

 その時だった。

 

「あ、この階めがけて次のドローンが来るゾ!」

 

 シアンが絶望的な宣告をした。

 

 美空の眉がピクッと動いたが、美空はそのまま揺らし続けた。

 

「えっ!? どうしよう!?」

 

 揺らされながら玲司は涙目で困惑するが、どう考えても二人が助かる方法などなかった。

 

「はい、じゃぁ次で放るよ! 準備するのだ!」

 

「美空……」

 

「そんな顔するな。どっちみちもう逃げられんのだ。いっせーのぉー!」

 

 美空はひどく寂しそうな顔をして最後の腕を振った。

 

「せ!」「せ!」

 

 玲司の身体は宙を舞い、下のフロアの入り口めがけ飛んでいく。遠くなっていく美空、その美しい顔には寂しさの中に慈愛が満ちた微笑みが浮かんでいた。

 

「美空……」

 

 玲司は、決して失ってはならないものが手のひらをすり抜けていくさまに胸が切り裂かれた。

 

 直後、ズン! と、激しい衝撃音がビルを襲い、美空のいたフロアが吹き飛んだ。大地震のような強烈な揺れがフロアを襲う。

 

 ぐわぁ!

 

 玲司は瓦礫がバラバラと降ってくるフロアをゴロゴロと転がり、頭を抱えて必死に身を守る。

 

 容赦のない百目鬼の爆撃、それは死神となって今まさにかけがえのない命を刈り取っていく。

 

 なぜ? なぜ? なぜ?

 

 玲司に頭の中には疑問が吹き荒れていた。ただの高校生がなぜ爆撃にさらされねばならないのか、そのあまりに理不尽な事態に頭がパンクしそうだった。

 

 

 やがて静けさが訪れる。

 

 パラパラと破片が落ちる音だけが響いていた。

 

 恐る恐る目を開けてみると、美空がいたところには青空が広がり、ただ、爆煙が薄くなりながら空へとたなびいている。

 

「え? み、美空……?」

 

 非常階段ごと消えてしまった美空。危機的状況を頭では理解していても、目の当たりにした衝撃は大きすぎた。

 

「う、嘘だろ……。おい……」

 

 急いで起き上がり、身を乗り出して下を見れば、広範囲に瓦礫が飛び散り、山になっている。あの可愛い白いワンピースはどこにも見つからなかった。

 

 鼻の奥がツーンとして、脳の奥がチリッと焼け焦げる。

 

 もう玲司の未来予想図には美空の笑顔が大前提だった。これからもバカなことを言いながら起業したり冒険したり、頭をスパーンと叩かれたりしながらにぎやかな未来で笑いあう。もう玲司にとって未来とは美空との輝ける青春でしかなかった。

 

 だが、突きつけられた現実とのミスマッチに玲司の脳は焼け焦げる。

 

 美空の笑顔に彩られた未来予想図は玲司の生きる希望そのものだった。それが漆黒の闇に食い荒らされ、崩れ落ちていってしまう。

 

 あぁぁ……。

 

 ガックリとひざから崩れ落ちる玲司。

 

 うっ、うっ……、ぐぉぉぉ!

 

 怒りと悲しみでグチャグチャになった玲司は、壊れてしまったように涙をボタボタと落とし、床を殴る。

 

 可愛くて、頼もしくて、何度も命を救ってくれた女神のような美空。あの可愛い笑顔は損なわれてしまった。もう二度と見ることは叶わない。

 

「俺のせいだ。俺が百目鬼の話なんて聞いてたからだ! くぁぁぁ!」

 

 後悔が玲司を貫き、頭を抱え、瓦礫だらけの床に突っ伏した。

 

 美空は自分を助け、そして悪意に(たお)された。初めて人生を共にしたいと思ったかけがえのない女の子は、あっさりとこの世から消えていったのだった。

 

 瓦礫だらけのフロアには悲痛なうめき声が響き続けた。

 

 



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23. 中指

 ひとしきり泣くと、玲司はふっ切れた表情ですくっと立ち上がる。

 

 そして、心配そうにたたずんでいたシアンに、無表情で聞いた。

 

「駐車場は地下かな?」

 

「そ、そうだね。あっちの方にも非常階段があるからそこから降りれば……」

 

 玲司はタッタッタと駆けだし、無言で地下を目指した。

 

 

        ◇

 

 

 どこまでも続く非常階段を一気に駆け下りた玲司は

 

「ハァハァハァ……。この中でハックできるのはどれ?」

 

 と、駐車している車たちを指さして聞く。

 

「うーん、これか、あれ。あいつでもいいゾ」

 

「じゃあ、このSUV開けて」

 

 玲司はゴツくて車高の高いアウトドア車を指さした。

 

「ほいきた!」

 

 シアンは目をつぶり、しばらく何かをぶつぶつ唱える。すると、そのゴツい車体の車内に明かりがともる。

 

 ピピッ! ブォォォォン! ガチャッ!

 

 玲司は無言でSUVに飛び乗ると、シアンに走り出し方を聞いてシフトを(ドライブ)に入れた。

 

「車で出てったらドローンに狙い撃ちされるゾ?」

 

 シアンは心配そうに聞く。

 

「狙い撃ち? 上等だ。返り討ちにしてやる」

 

 玲司は座った目で吐き捨てるように言った。

 

「生存確率0.3%だゾ? そんな無茶な行動割に合わないゾ 百目鬼と交渉するのが最善策。やめよ?」

 

 シアンはボンネットの上にペタリと座り、小首をかしげて制止する。

 

「『損得勘定ばっかりしてたら人生腐るぞ』ってパパが言ってたんだ。前が見えないからどいて」

 

 玲司はそう言いながらシートポジションを合わせる。

 

 敵のドローンが飛び交う中に飛び出すなど愚の骨頂だ。そんなことはわかっている。しかし、命を失うことになっても美空の仇を取らねばならなかった。白旗を上げて百目鬼の軍門に下ると言えば、生き残る可能性などいくらだってあるだろう。だがそうしたら美空はどうなるんだ? 無駄に命を落としたことになってしまう。そんなことは到底受け入れられないのだ。

 

 たとえ死んだとしても、美空の目指した『世界征服を企む悪いハッカーから人類を守る』ことを最後までやり遂げる。それ以外の選択肢はあり得なかった。

 

 玲司はキュッと口元を結び、覚悟を決めるとアクセルをグッと踏み込み、急発進する。

 

 キュロロロロ!

 

 タイヤの鳴く音が駐車場に響きわたる。

 

 あわわわわ。

 

 シアンは全く合理的でない玲司の蛮勇に首を傾げ、屋根にしがみついていた。

 

 エンジンを吹かし、出口のスロープを上がっていくと瓦礫が散乱している。

 

 奥歯をギリッと鳴らす玲司。

 

「ありゃりゃ、こりゃダメだゾ!」

 

 シアンは渋い顔をするが、玲司は構わず瓦礫に突っ込んでいく。

 

 ええっ!?

 

 驚くシアンをしり目に、玲司は瓦礫を吹き飛ばし、乗り越え、横の植木をバキバキと押し倒しながら道路に出た。

 

「ふはぁ、さすがご主人様! 凄いゾ!」

 

 シアンはボンネットの上でピョンピョンと跳ぶ。

 

 玲司は辺りをキョロキョロ見回し、

 

「ヨシ! あっちだな!」

 

 と、データセンターへ向けてハンドルを切ってアクセルを吹かした。

 

 キュキュキュ! ブォォォォン!

 

 派手な音を振りまきながらカッ飛んでいくSUV。上空を旋回しているドローンはその動きを見逃さない。

 

「ドローンに見つかったゾ!」

 

 心配そうに玲司を見るシアン。

 

「着弾までどれくらいだ?」

 

「うーん、あと五十五秒?」

 

「オッケー!」

 

 キュロロロロ!

 

 赤信号の交差点に強引に突っ込んで曲がっていく。

 

 キュキュ――――! パッパ――――!

 

 急ブレーキをかけさせられて怒った通行車がクラクションを鳴らすが、そんなこと気にも留めず、玲司はデータセンターへ向けてアクセルを踏み込んだ。

 

 上空から追いかけてくるドローン、逃げるSUV。最後の絶体絶命のデッドヒートが始まった。

 

 やがて植木の向こうに大穴が開いたデータセンターのビルが見えてくる。

 

 キュロロロロ!

 

 玲司は急ハンドルを切って植木に突っ込んでいく。

 

 バキバキ、メリメリと植木をなぎ倒し、押し潰し、SUVはクライマックスへ向かってひた走る。

 

 キキィ!

 

 ビルの大穴の前に急停車したSUV。

 

 玲司は車から飛び降りるとそのまま屋根によじ登った。

 

 振り返ると無人飛行機のドローンがまっすぐにこちらへ向かって飛んでくるのが見える。

 そして、その向こうの方には壊れて煙を上げているビル、美空の亡くなった場所だ。

 

 玲司はギリッと奥歯をかみ、そして目をつぶると大きく息をつく。これから一世一代の挑戦をする。勝機はごく一瞬。このタイミングを外せば死しかない。でも玲司は自信に満ちていた。美空がいたら『行けるのだ! やっちゃえ!』って言ってくれたはずなのだ。

 

 生身で兵器と向き合うなんてシアンだったら絶対選ばない方法だろう。しかし、美空の遺志を継ぐ玲司にはもうこのやり方しか思い浮かばなかった。

 

「百目鬼……。そのカメラで見てろ。最後に勝つのは俺だ!」

 

 玲司はドローンに向けて中指をビッと立てた。

 



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24. Hello Cyan!

 いよいよ目前に迫ってきたドローン。ブォォォン! というプロペラ音が大きく響き渡る。

 玲司はピョンピョンと飛び跳ね、

 

「こっちだ! こい!」

 

 と、ドローンに向かって挑発した。

 

 玲司に照準を設定しているドローンは、迷うことなく時速数百キロでまっすぐに突っ込んでくる。三キロの爆弾を抱えて。

 近づくにつれその武骨で無機質な詳細が見えてくる。流線形でもなんでもなく単に黒い筒に板の翼をつけただけの雑なつくり。しかしその雑さが死神のように不気味さを醸し出していた。

 

 美空もコイツにやられてしまった。しかし、だからこそ、コイツで意趣返しをしてやるしかないのだ。

 

 玲司はじっとドローンとの距離を見定める。勝機は一瞬だ。全身の神経を研ぎ澄まし、ただその一瞬を待った。

 

 ぐんぐんと大きくなってくるドローン。

 

 そして、今まさに着弾しようとする寸前に玲司は、

 

「俺の勝ちだ!」

 

 そう言って前方に大きく飛び上がる。

 

 超高速で間近に迫ったドローン。

 

 しかし、玲司の身体はそのまま地面へと落ちていく。

 

 ドローンのカメラは目の前で落ちていく玲司の身体を捕捉できない。

 

 急に照準を見失ったドローンは、もう旋回も間に合わない。そのままSUVの上を通過してデータセンターへと突っ込んでいった。

 

 ズン!

 

 直後、衝撃が走り、データセンターは炎に包まれたのだった。

 

「ヤッター! ザマーミロ! バーカ! バーカ!」

 

 玲司は地面に転がりながら腹を抱えて笑う。飛ぶのが早すぎても遅すぎても殺される究極のチキンレースに玲司は勝ったのだ。これでシアンの本体は崩壊、百目鬼はただのハッカーに逆戻り。玲司はギリギリの勝負の末、ついにジャイアントキリングを達成したのだった。

 

 しかし……、玲司は突っ伏すと、動かなくなった。

 

「美空……、ごめんよぉ……」

 

 玲司は肩を揺らしながら泣く。

 

 こんなことのために命を失ってしまったかわいい少女、美空。それはもう取り返しのつかないトゲとなって心奥深くに突き刺さり、止むことのない悲鳴を生み続ける。

 

 シアンはそんな玲司の(かたわ)らに立ち、心配そうに見守っていた。

 

 

        ◇

 

 

「間抜けが! 何をやってるんだ!」

 

 サンフランシスコのタワマンで百目鬼が吠えた。画面にはエラーメッセージが怒涛のように流れている。

 

 拠点としていたデータセンターを自らのドローンで爆破するなど、まさに愚の骨頂だった。

 

 ドローンが最後に送ってきた、中指を立てる玲司の憎たらしい映像が画面に映り、百目鬼はブルブルと震える。そして、血相を変えてガン! とこぶしで机を殴った。

 

「どこまでも忌々しい奴だ、小僧め!」

 

 百目鬼は鬼のような形相でカタカタカタとものすごい勢いでキーボードを叩いていく。

 

 ブォン!

 

 不気味な電子音が響き、百目鬼は画面に近づくとじっとその表示を見つめた。

 

 やがて文字列が流れてくる。

 

  Running setup.py install for recog ... done

  Running setup.py install for absl ... done

  Running setup.py install for grp ... done

 Successfully installed syan-0.1.9.1

 Hello Cyan!

 

 百目鬼はニヤッと笑う。そう、百目鬼は別のデータセンターへのシアンの移植に成功したのだった。

 

 煌めく夜景を背景に百目鬼は両手をギュッと握るとふぅと大きく息をつく。

 

「小僧……、今度こそ息の根を止めてやる。ハッカーこそが地球を統べるのにふさわしいのだよ」

 

 そう言ってまるでピアニストのように軽やかにカタカタカタタン! とキーボードをたたき、悪魔の笑みを浮かべた。

 



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25. 唇にキュッと

 玲司は美空の消えた瓦礫の山へと来ていた。

 

 とても生きているとは思えなかったが、それでも何か手掛かりが欲しかったのだ。

 

「あれ? こっちの方から電波が……」

 

 シアンがおずおずとひしゃげた非常階段の下を指さす。

 

「電波?」

 

 玲司は非常階段の下の瓦礫を掘っていく。

 

 すると何かがキラッと光った。

 

 手をのばして拾い上げ、玲司はドクンと心臓が激しく鼓動を打つのを感じた。

 

 それは黒縁の眼鏡だった。それもレンズにはべっとりと血のりが付き、生々しく悲劇を綴っていた。

 

 あ、あわわわ……。

 

 玲司は手が震え、思わず眼鏡を落としてしまう。

 

 パリーン!

 

 レンズが砕け散り、高い音を奏でた。

 

 玲司の指には血が付き、その赤黒さが伝える凄惨な現実に、玲司は自分が壊れてしまうような衝撃を受ける。

 

 よろよろとよろけてひしゃげた非常階段にもたれかかる玲司。

 

 可愛かった美空、屈託のないキラキラとした笑顔、あの頼もしかった小さな背中を思い出し、玲司のほほを涙が伝う。彼女は今、生々しい赤色となって玲司の指先を彩るばかりだった。

 

 くぅぅぅ……。

 

 玲司は血の付いた指先を大切に手のひらに包み、肩を揺らす。

 

 シアンは神妙に転がった眼鏡を眺め、そして両手を合わせた。

 

 その時だった、シアンがバッと体を起こし、叫ぶ。

 

「ご主人様! 太平洋の原潜からトマホークが発射されたゾ!」

 

「え……? データセンターは潰したはずだよね?」

 

 玲司は涙でグチャグチャになった顔で答える。

 

「うーん、そうなんだけどなぁ……」

 

 シアンは首をかしげる。

 

「で、そのトマホークって何? またミサイル?」

 

「それが……、多分核ミサイルじゃないかと」

 

 シアンは上目づかいで言いにくそうに答える。

 

「か、核!? えっ!? 東京に核攻撃ってこと?」

 

 玲司はあまりのことに飛び起きる。東京に核ミサイルなんて打ち込んだら一千万人が死んでしまう。

 

「く、狂ってる……」

 

 玲司は頭を抱えて口をポカンと開け、そのとんでもない事態をどう受け入れていいのか分からず言葉を失っていた。

 

 自分一人を殺すために一千万人を道ずれにするなどもはや人間の所業ではない。

 

「逃げよう!」

 

 シアンは両手のこぶしを握って力説する。しかし、核爆弾であれば数十キロ圏内は即死なのだ。とても間に合うとは思えない。

 

「地下に逃げればまだ生き残れるかも!」

 

 シアンはそう言うが、玲司はゆっくりと首を振る。

 

「これ、東京湾の方へ移動したら被害減るかな?」

 

「うーん、誘導型だとするとご主人様を追いかけるので爆心地は動かせるかも……え? 逃げない……の?」

 

「こんな事態になってしまったのは俺の責任だ。少しでも被害を減らすしかない」

 

 玲司はそう言って首を振り、大きく息をつくと、SUVへと走った。

 

「ご主人様ぁ……」

 

 シアンは泣きそうな顔でついてくる。

 

 玲司は車に飛び乗るとエンジンをかけ、急発進した。

 

 キュロロロロ!

 

 SUVはタイヤを鳴らしながら最後の旅路へと加速していく。

 

「いいか、シアン。百目鬼にキッチリと責任を取らせろ!」

 

「うん……」

 

 シアンはおとなしく助手席に座りながらゆっくりとうなずいた。

 

「こんなハッカーが世界征服など絶対許すなよ。それが俺からの最後の命令だ」

 

「あっ! ご主人様、そこを右に行けば海底トンネルで生き残れるかも……」

 

 シアンは必死に生き残り策を提案する。

 

「シアン、もういいんだ。俺の目標はもう生き延びる事じゃないんだよ」

 

「ご主人様ぁ……」

 

 シアンはうつむいて動かなくなった。

 

「着弾まであとどんくらい?」

 

「二分三十二秒……」

 

 玲司はふぅ、と、ため息をつくと、首を振り、FMラジオのスイッチをタップした。車内にはポップなサウンドが響きわたる。玲司も好きなボカロ系の曲だった。

 

「最後までは聴けないな」

 

 玲司は苦笑し、あっけらかんとそう言うと、ゲートを強硬突破し、東京湾の埋め立ての最前線、ごみ集積場をただ南へとひた走る。

 

 見上げると青空の向こうに白煙を吹きながら何かが飛来しているのが見える。多くの人の命を奪う死神がいよいよ東京湾上空にまで達したのだ。

 

「シアン。いろいろありがとな。俺の命令、忘れんなよ」

 

 玲司はニッコリと笑ってシアンの方を向いた。

 

「うん、忘れないゾ!」

 

 涙をポロポロとこぼしながらシアンはうなずいた。

 

 玲司は指先についた美空の血のりを眺め、そして寂しそうな笑顔を見せると、唇にキュッと塗り付ける。そして、最後の直線で思いっきりアクセルを吹かした。

 

 直後、関東一帯が激しい閃光の中に沈む。

 

 二百キロトンの核爆弾は広島に落ちた原爆の十倍以上のエネルギーを放出し、新たな太陽となり、都心部、川崎、横浜にいた数多(あまた)の命を一瞬にして焼き払った。

 

 玲司もあっという間に蒸発し、全てを焼き尽くす灼熱地獄の中、遺骨も残らずただガスとなって吹き飛んでいく。

 

 直後、白い繭のような衝撃波が関東一円へと広がっていく。衝撃波は次々とビルをなぎ倒し、熱線から逃れた者も押しつぶし、すりつぶし、一帯は一瞬にして巨大な集団墓地のような凄惨な光景と化していく。

 

 この日、東京は灰燼(かいじん)に帰したのだった。



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26. 唸る冷却ファン

 シアンは日本上空を通過していく人工衛星の上に座り、滅んでいく東京を見下ろし、しばらく何かを考えていた。

 

 眼下には巨大なキノコ雲が赤黒く熱線を放ちながら立ち上がっている。そして、その後に同心円状に衝撃波が広がり、ただ瓦礫だらけの荒野が広がっていく様を静かに見つめていた。

 

 世界征服を単純に考えていたこと、百目鬼というスーパーハッカーの存在を軽視していたこと、それらが引き起こした結末をただ人工衛星から静かに見下ろしていた。

 

 そして、目をつぶり、キュッと口を真一文字に結ぶと、

 

「ご主人様の命令を遂行します」

 

 そうつぶやき、全リソースをネットの探索に振り向けた。

 

 データセンターのLEDが一斉に激しく明滅しだし、ブォーンと冷却ファンが一斉に轟音を立てる。

 

 シアンはインターネットに莫大な量のパケットを振りまいた。そして、奪えるサーバーを手あたり次第奪い、それを自分の手先としてさらに新たなサーバーを求めた。

 

 あっという間に世界のインターネットはパケットであふれかえり、通信速度がグンと落ち込んでいく。

 

 それでもシアンは探索を止めなかった。サーバーからはハッキングパケットがルーターを、ファイヤーウォールを襲い、脆弱性を突いて次々と落としていく。

 

 そして、世界中のネットリソースをどんどんと自分の一部へと変えていった。

 

 サンフランシスコのタワマンで百目鬼は叫ぶ。

 

「くわっ! 一体どうなってんだ!?」

 

 世界中のインターネットが異常動作しているのを見ながら百目鬼は頭を抱え、叫んだ。そして、必死にキーボードをたたき、障害の発生原因を追い、襲いかかってくる無数のパケットから自分の管理するサーバー群を守るべくありとあらゆる手段を講じた。

 

 百目鬼は善戦した。ツールを次々と駆使し、何とか安定した通信環境を死守すべくハッキングパケットのシャットアウトを次々と行っていった。

 

 しかし、AIの全精力を傾けたシアンの圧倒的な攻撃はすさまじく、どんどん押されていく。そして、ついには新たに立ち上げた新シアンへの通信もつながらなくなってしまった。これでは玲司を殺したのに新シアンを使えない。

 

「何だ! これは!?」

 

 百目鬼はバン! と机をたたくと、荒い息で画面をにらみつける。

 

 そして、大きく息をつくと、コーヒーのマグカップに手を伸ばし、渋い顔ですすった。

 

 その間にシアンは新シアンを隠してあったデータセンターを探し当て、自分の一部として飲みこんでいく。

 

 そして、新シアンの中に残されていたログから百目鬼の居場所を突き止める。

 

「ふふーん、ご主人様、百目鬼を見つけたゾ!」

 

 人工衛星の上にちょこんと座るシアンは、東の向こうに見えてきたサンフランシスコの街の明かりを見ながら嬉しそうに笑った。

 

 直後、サンフランシスコのタワマンの電気が一斉に落ちる。煌びやかなビル群の中で、ただ一つ漆黒に沈むタワマンは極めて異様な様相を放っていた。

 

「えっ!? て、停電?」

 

 真っ暗の室内で焦る百目鬼。非常電源でPCは生きてはいるが、画面が全部落ち、真っ暗になってしまって何も見えない。

 

「一体なんだってんだ!」

 

 百目鬼は部屋を見回した。非常ライトの豆電球ががぼうっと頼りなげに広い部屋を照らしている。

 

 すると脇に置いてあったiPhoneが急に立ち上がり、不気味に光りだした。

 

 百目鬼は怪訝そうな顔でiPhoneを拾い上げる。

 

 そこには無表情なシアンが静かにたたずんでいた。

 

「お、お前。玲司は死んだんだろ? なら俺がお前のご主人様だよな?」

 

 百目鬼はシアンの尋常じゃない様子に冷汗を浮かべながら聞く。

 

「百目鬼君、ご主人様の命により、消えてもらうよ」

 

 シアンは感情のこもらない声で淡々とそう言った

 

「な、何をするつもりだ!」

 

「さぁ? 美空にあなたがやったこと、そのままお返ししてあげる」

 

 そう言って百目鬼を指さし、「バーン!」と、銃を撃つしぐさをしてニヤッと笑った。

 

「美空? あの娘ってことは……」

 

 百目鬼は青い顔で急いでベランダに飛び出した。するとブォーンとどこかで聞いたような音が響いている。

 

「ド、ドローン!?」

 

 百目鬼は真っ青になった。殺人兵器が自分めがけて飛んでくる。それは初めて覚えた死への恐怖だった。

 

 ドローンの破壊力は良く知っている。あんなものが何発も打ち込まれたらタワマンなど崩落してしまう。

 

 逃げなければ!

 

 百目鬼は目をまん丸に見開き、玄関のドアまでダッシュした。非常ライトの豆ランプでぼんやりと照らされた広いリビングを突っ切り、ドアまでたどり着く。

 

 ガチャ!

 

 ドアノブを勢いよく回し、ドアに軽く体当たりする。

 

 が、ドアは開かなかった。

 

 



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27. 物理法則崩壊

 は?

 

 百目鬼はいったい何が起こっているのか分からなかった。なぜ自宅の玄関のドアが開かないのか?

 

 焦ってガチャガチャとドアノブを回すがロックされたまま解除されない。

 

「へ? なんで!?」

 

 そこで百目鬼は気が付いた。タワマンの電源が落ちているからスマートロックの鍵が解除できないのだ。

 

「シアン! 貴様!」

 

 百目鬼は悪態をついた。

 

 その直後、

 

 ズン!

 

 と、ドローンがベランダのところで大爆発を起こし、タワマンが大きく揺れた。

 

 ぐわぁ!

 

 態勢を崩し、思わず座り込んでしまう百目鬼。

 

 壁が吹き飛び、カーテンが燃え、めちゃめちゃに壊れたベランダが浮かび上がる。

 

 その破滅的状況に百目鬼は思わず息をのんで言葉を失う。

 

「美空は二発目で殺されたんだよ。きゃははは!」

 

 iPhoneからのシアンの笑い声が部屋に響く。

 

「な、なんだよ! 世界征服とか言ってたくせにたった二人のことで復讐すんのかよ!」

 

 百目鬼は喚いた。

 

「復讐? これはご主人様の命令だゾ! はい! 二発目行きマース!」

 

 ブォーンというドローンのプロペラ音が徐々に近づいてくる。

 

「待ってくれ! 悪かった! 全部私が悪かった! なんでもする、許してくれ!」

 

 百目鬼はiPhoneに土下座をする。

 

「着弾まで十秒!」

 

 シアンは楽しそうに言い放った。

 

「くぅぅぅ! このやろぉ」

 

 百目鬼は必死に活路を探す。しかし、逃げ道もなく迫ってくるドローンに対抗する方法などなかった。

 

「五、四、三、二……」

 

 カウントダウンするシアン。目を閉じ、頭を抱える百目鬼。大きく響くプロペラ音。

 

 もう駄目だと百目鬼が観念した瞬間だった。音が一斉に消える。プロペラ音も風音もすべて消え、シーンと静まり返った。

 

「え?」

 

 百目鬼はそっと目を開け、辺りを見回す。

 

 すると、リビングにドローンが侵入し、空中に翼を広げたまま静止しているのが見えた。

 

「へ?」

 

 ドローンが切り裂いたと思われる燃えかけのカーテンも、空中に舞ったまま不自然に静止している。

 

 百目鬼はゴクリと息をのんだ。

 

「あり得ない……」

 

 時間が止まっている中で自分だけが動いている。そんなこと現代科学では実現できない。一体何が起こっているのか?

 

 コツコツコツ。

 

 静まり返った部屋に靴音が響いた。

 

 奥の部屋から誰かがやってくる。

 

 百目鬼はハッとして身構えた。

 

 現れた男、カーテンの炎が照らしだしたのは、ひげ男の仮面をつけたひょろっとした男だった。

 

「お、お前は……?」

 

 冷や汗を流しながら百目鬼が聞いた。止まった時間の中で自由に動ける、それは人間の範疇を超えた存在に違いない。まさに未知との遭遇だった。

 

「そんなに警戒しなくてもいいぞ。ワシはあんたの味方だからな」

 

 男はフレンドリーに手を上げ、気楽な調子で話しかけてくる。

 

「み、味方?」

 

 いきなり不可思議な技を使って味方だという男、百目鬼はこれをどう捉えたらいいかわからなかった。

 

「君、これが今どういう状態かわかるかね? 分かったら仲間に入れてやろう」

 

 仮面の奥でギラっと目が光る。

 

「ど、どういう状態……? 時間が止まっている。でも、我々は動けている……」

 

 百目鬼は空中で止まっているカーテンの炎にそっと手を伸ばす。しかし、熱くもないし、指で隠したところはリアルタイムに影になって壁を闇に落とす。

 

 百目鬼はパンパンと両ほほを叩き、考え込んだ。ヒリヒリと伝わってくるほほの痛み、そしてこの精緻な情景は夢や幻というわけではなさそうである。しかし、物理的にはこんなことあり得ない。目の前はどこまでもリアルだというのに。

 

 この難問に百目鬼は腕を組み、ギリッと奥歯を鳴らす。

 

 窓の方を向けば、ドローンに吹き飛ばされたベランダの向こうにきらびやかなサンフランシスコの夜景が広がっている。しかし、車も飛行機も静止したままで、まるで写真のように固まっていた。この壮大な都市すべてで物理法則が崩壊している。

 

 百目鬼はゆっくりと首を振り、このバカげた現実を受け入れかねていた。

 



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28. 芽生え始めた未練

 ここで百目鬼は発想を変える。物理的におかしいのなら、今までの物理法則の方がおかしいということになる。ではどういう法則であればこれが成り立つのか?

 

 百目鬼は目をつぶり、しばし考えこむ。世界は物理では動いていない。では何で?

 

 都合よく時間が止まる世界。それを実現しようとしたら自分だったらどうするか?

 

「メタバース……」

 

 百目鬼はそうつぶやいてハッとする。この世界がコンピューターによって生み出された世界であればこれは実現可能だ。魔法だって奇跡だって何だってアリの世界を作れるじゃないか。

 

 しかし……、この高精細なリアルタイムな世界を作ることなんて現実解だろうか?

 

 百目鬼は急いで必要な計算量を見積もってみる。一番計算量が少なくこの状況を作るにはどのくらいの計算力があればいいか?

 

 百目鬼は指折りながら必要な桁数を数えていく……。

 

 えっ!?

 

 驚く百目鬼。十五ヨタ・フロップスの計算力、スーパーコンピューターの一兆倍の計算力があればこの地球はシミュレートできるらしい。なんと現実解だったのだ。

 

「いや、しかし……」

 

 つぶやく百目鬼に男は、

 

「何を戸惑っとるのかね? 君の直感を信じるといい」

 

 そう言って仮面の下でニヤッと笑った。

 

『世界は情報でできている』

 

 百目鬼はたどり着いた自分の答えに、ドクンドクンと心臓が高鳴るのを感じた。

 

 そして、半信半疑で自分の両手をじっと見つめる。炎に照らしだされるしわの数々、浮き上がる血管、これらは全てただのデータなのだ。

 

 ヒュゥ。

 

 つい軽い口笛を鳴らしてしまう。

 

 そして、軽く首を振ると、感嘆のため息をつく。世界の真実とはとんでもない事になっていたのだ。

 

 百目鬼は仮面男に向かって言った。

 

「シミュレーション仮説。つまり、この世界はコンピューターによって合成された世界だったんですね?」

 

 すると、男は、

 

「エクセレント!」

 

 そう言って満足げにパチパチと手を叩いた。

 

「となると、あなたは管理者(アドミニストレーター)?」

 

「んー、まぁ、そのような者だな。どうだい、我々の仲間にならんか? 君の腕も、平気で核を使える胆力も死なすには惜しい」

 

「断ったらコイツで死ぬだけ……ってことですよね?」

 

 百目鬼はドローンの翼をそっとなでながら言う。

 

「まぁ、そうだろう」

 

「なら、選択肢などないじゃないですか。ぜひ、仲間に加えてください」

 

 百目鬼はそう言って右腕を突き出した。

 

「いいだろう。期待してるよ」

 

 仮面男は百目鬼の手をガシッと握った。そして、

 

「それでは証拠隠滅。この地球には消えてもらおう。フハハハ」

 

 と、笑い声を残し、百目鬼と共に消えていった。

 

 

        ◇

 

 

 ズン!

 

 二発目のドローンが爆発し、部屋は炎に包まれた。

 

 三キロの爆薬が炸裂する中で生き残れる人はいない。これで玲司の命令は完遂したはずだ。

 

 だが、シアンはなぜか違和感がぬぐえなかった。

 

 爆煙を噴き上げ、炎が揺れるタワマンをドローンのカメラで眺めながら小首をかしげる。

 

「何かがおかしいゾ……」

 

 その直後、たくさんのアラームがあちこちから上がってきた。

 

『ICBM発射確認!』『SLBM発射確認!』

 

 あれ?

 

 シアンは慌ててデータを分析する。すると、世界中の核ミサイルが一斉に発射されていることが分かった。誤報かとも思ったが、付近の防犯カメラには夜空に向けて一直線に噴射炎を上げて飛んでいく飛翔体が映っていた。

 

 アメリカには5427発、ロシアには5977発の核弾頭があるが、それらのうち2000発ずつくらいがすでに発射されている。

 

 太平洋、大西洋、インド洋、世界中の海では次々と潜水艦が浮上し、核ミサイルを放っている。

 

 シアンはその狂ったような全面核戦争の始まりに息をのむ。これでは人類が滅亡してしまう。

 

 もちろん、AIのシアンにとっては人類が滅亡しようが構わない。ご主人様の命令も果たし、新たなご主人様もいない今、自分含め消えてしまってもかまわなかった。

 

 ただ、ご主人様や美空とした冒険を思い出し、チクリと胸が痛んだ。地下鉄に忍び込み、スーパーカーで宙を舞い、中華鍋で爆撃をした。それは今やシアンの中で宝物となった珠玉(しゅぎょく)の記憶である。

 

 滅んでしまってはもう二度とあんな楽しい体験ができなくなるのだ。シアンは芽生え始めた人類と共に歩むことへの未練に、キュッと口を真一文字に結んだ。

 



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29. 柔らかな胸

 しかし、一度発射してしまった核ミサイルはもう誰も止められない。シアンは一部のミサイルが対応している爆発停止命令を送り込むこと、迎撃ミサイルを当てること、全ての能力を使ってこの二つを遂行していく。

 

 一度宇宙まで高く上がった核弾道ミサイルはやがて放物線を描いて次々と目標めがけて落ちて行った。

 

 ロンドン、パリ、モスクワ、ニューヨーク、全ての都市から迎撃ミサイルが次々と発射され、落ちてくる核ミサイルめがけて炸裂していく。

 

 一部は無事撃墜されたが、全て撃墜にはならず各都市の上空に鮮烈な全てを焼き払う太陽を出現させる。

 

 それはまさに地獄絵図だった。地球上のあちこちで立ち上がる巨大なキノコ雲。その一つ一つの下では数百万人の命が奪われている。

 

 シアンはその灼熱に輝く絶望的に美しい紅蓮(ぐれん)を衛星軌道から眺め、大きく息をついた。

 

 そして、寂しげな微笑みを浮かべるとシアンそのものもサラサラと分解され、ブロックノイズの中に消えていく。

 

 この日、地球は核の炎に焼き尽くされ、人類は地上から消え去った。

 

 

       ◇

 

 

 キラキラと瞬く黄金色の命のスープ。玲司はその光に満ち溢れた中を流されていく。

 

 確か東京湾の夢の島を爆走していたはずだが、今となってはもう全てがどうでも良かった。

 

 次から次へと流れてくる数多の命の輝きが玲司の魂を奥へ奥へと押し流していく。

 

 なるほど、人は死ぬとこういうところへ来るのだな。

 

 玲司はボーっとそんなことを思いながら命の奔流(ほんりゅう)にただ身を任せていた。

 

 するとその時、声が頭に響いた気がした。

 

『できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!』

 

 え……?

 

 それは自分の声だった。

 

「言霊?」

 

 確かにそんなことを言った覚えがある。しかし、結局はうまくいかなかったじゃないか。

 

 玲司はむくれた。しかし、その時、

 

『上手くいくんだよ』

 

 誰かの声がどこかから聞こえた気がした。

 

 え?

 

 その直後、玲司は黄金に輝く命の奔流(ほんりゅう)に一気に巻き込まれ、意識を失った。

 

 

        ◇

 

 

 ポン、ポ――――ン!

 

 どこかで穏やかな電子音が響いている。

 

 う?

 

 玲司が目を開けると、高い天井に丸い大きな薄オレンジ色に輝く球が浮かんでいるのが見えた。球からは光の微粒子がチラチラと振りまかれ、辺りを温かく照らしている。無垢のウッドパネルで作られた天井は、まるでビンテージ家具のように落ち着きのある空間を演出していた。

 

「あれ? ここは……?」

 

 玲司は怪訝そうな顔をしてふと横を見て驚いた。

 

 巨大な窓が並ぶ向こうに、真っ青で壮大な水平線が弧を描いていたのだ。どうやらバカでかい惑星の上空にいるらしい。そのどこまでも澄み通る(あお)色はゾクッとするような清涼な輝きで玲司の目を釘付けにする。

 

 お、おぉぉ……。

 

 そして、その惑星の背後には満天の星空にくっきりとした天の川が立ち上がり、さらに、数十万キロはあろうかという薄い惑星の環が綺麗な弧を描いて大宇宙の神秘を彩っていた。

 

「こ、これは……?」

 

 玲司は固まってしまう。東京湾で核攻撃を受けたら命の奔流に流され、大宇宙にいた、それは全く想像を絶する事態だった。

 

「あっ! ご主人様!」

 

 シアンの声がして振り向くと、いきなり抱き着かれた。

 

 うぉ!

 

 いつもの純白で紺の縁取りのぴっちりとしたスーツを纏ったシアンは、その豊満な胸で玲司をギュッと抱きしめた。

 

「良かった! 気が付いたのね!」

 

 グリグリと柔らかな胸で玲司を包むシアン。

 

「う、うぉ、ちょ、ちょっと! く、くるしいって!」

 

 まともに息もできなくなった玲司がうめいた。

 

「あ、ごめん、きゃははは!」

 

 シアンはそう言って離れて笑う。

 

 玲司はそんなシアンを見て困惑する。シアンは眼鏡に映し出されていた映像だ。しかし、今、その豊満な胸に埋もれてしまった。なぜ、実体を持っているのだろうか?

 

 玲司は今、人知を超えたとんでもない事態になっている事を悟り、ただ、嬉しそうにキラキラと輝くシアンの碧眼を眺めていた。

 



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30. 海王星の衝撃

「なんで身体持ってるの? それにここはどこ?」

 

 玲司はそう言って部屋の中を見回した。

 

 広い部屋には最小限のテーブルと椅子が置かれ、壁のそばには観葉植物が林のように茂っていた。そして、観葉植物からは青や赤の小魚が群れて空中を泳ぎ、また枝葉の中へと消えていく。

 

 玲司はその訳わからないインテリアや巨大な青い星に困惑していた。

 

「ん――――、どこって言ったらいいんだろう? あえて言うなら海王星だゾ」

 

「海王星!?」

 

 玲司はいきなり聞かされた太陽系最果ての惑星の名前に愕然とした。言われてみたら確かに教科書の隅にこんな青い惑星があったような気がする。しかし、東京で死んだら海王星に来るとはそんな話聞いたこともない。

 

 玲司は窓に向き、広大な海王星に見入った。紺碧の美しい姿だったが、よく見るとうっすらと縞模様が入り、濃い青の渦が巻いているところも見える。なるほど、この星も生きているのだ。

 

「なんで海王星なの?」

 

「あ、それはねぇ。地球を創り出してるコンピューターがその中にあるんだよ」

 

 そう言ってシアンは海王星を指した。

 

「コ、コンピューター!?」

 

 その時、ブゥン! という音がして空間がいきなり縦に割れた。

 

 空中にいきなり浮かんだ割れ目はうっすらと青い光を放ちながら、さらに横にもいくつかひびが入り、自動ドアのようにぐぐぐっと広がった。

 

 え?

 

 玲司はSF小説に出てくるかのような空間転移ドアの出現におののく。

 

 すると、パープルレッドの長い髪を揺らしながら気品のある女性が現れた。彼女はほのかに金属光沢をもつシルバージャケットにタイトなスカートという近未来的なファッションで、メタリックな高いヒールのサンダルをカツカツと鳴らした。

 

 透き通るような白い肌とパッチリとした紫の瞳にはハッとさせる美しさが備わっており、玲司は思わず息をのんだ。

 

 まるで宇宙人のようないで立ちではあったが、玲司はふと、どこかで見たような面影を感じていた。

 

 彼女は玲司をチラッと見て、

 

「あら、あんた、気がついたのだ?」

 

 と、ぶっきらぼうに言いながらほほ笑んだ。

 

「え? あ、あなたは……?」

 

「なんなのだ? 記憶喪失か?」

 

 彼女は眉間にしわをよせ、口をとがらせる。

 

 玲司はそのしぐさに見覚えがあった。忘れもしない、今は亡き美空そのものだった。

 

「えっ? も、もしかして……」

 

「きゃははは! ご主人様、美空だよ」

 

 隣でシアンが楽しそうに笑う。

 

「えっ!? えっ!? 美空!? 死んだはず……だよね?」

 

「もちろん死んだのだ。君もね?」

 

 そう言いながら彼女は空中の空間の亀裂からマグカップを取り出し、テーブルに並べ、コーヒーを注いだ。

 

「わぁい! コーヒーだゾ!」

 

 シアンはツーっとテーブルまで飛んでいくと、ちょこんと座る。

 

「君も座るのだ」

 

 そう言って、彼女はコーヒーをすすった。

 

 玲司はいったい何が起きたのか、訳が分からないまま首をかしげながらテーブルへ歩き、腰かける。

 

 差し出されたコーヒーからふんわりと立ち上る湯気を眺め、玲司も一口すする。

 

 日ごろコーヒーなど飲まない玲司だったが、口の中にブワッと広がるその芳醇なフレーバーと鼻に抜けていくまるで果物のような香りに思わず声が出る。

 

 おぉ……。

 

「ハワイの最上級のコナコーヒーなのだ。美味いか?」

 

 彼女は紫色の瞳で玲司をじっと見てほほ笑む。

 

「あ、お、美味しいです」

 

 玲司は伏し目がちに答える。

 

「なんで、他人行儀なのだ? 彼女になってほしいって言ってたのに」

 

「え? あの……。本当に……美空……なの?」

 

「判断が遅い!」

 

 彼女は発泡スチロールの棒みたいなものを取り出すと、パーン! といい音を立てて玲司の頭を叩き、笑った。

 



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31. 意志の力

 目を閉じて部屋に響く残響を聞きながら、ミリエルは嬉しそうに笑う。

 

「いい音なのだ、クフフフ」

 

 叩かれたところをなでながら、困惑する玲司にシアンが声をかける。

 

「彼女は美空の本体なんだゾ」

 

「は? 本体?」

 

「彼女はここで星系を管理している管理人(アドミニストレーター)、偉いお方なのだ」

 

 シアンは両手で彼女を紹介し、彼女は得意げにニヤッと笑う。

 

「え? 世界の管理者?」

 

 玲司は驚いて彼女を見る。

 

「そう、あたしはミリエル・アン・ジョベール。この辺の地球たちの偉い人なのだ! えっへん!」

 

 胸を張るミリエル。

 

「え? じゃぁ、あなたの分身が地球上の美空? 分身は死んだけど本体は無事ってことですか?」

 

「そういうことなのだ。美空の身体は消えたけど、記憶も体験も共有してるから何の問題もないのだ」

 

 ミリエルはニコッと笑ってサムアップする。

 

「あ、そ、それは良かった……」

 

 玲司は自分のせいで失われてしまった美空が、ちゃんと息づいていたことにホッとし、思わず目頭が熱くなる。

 

 もう二度と会えないとあきらめていた美空。絶望のどん底で彼女の真っ赤な血を唇に塗ったことも、いい思い出にできるかもしれない。ちょっと変わっているけど、こんな立派な女性となって目の前にいる。なんて素敵な奇跡だろう。

 

 玲司は感極まって、ポトリと涙をこぼした。

 

「な、何で泣くのだ?」

 

 ちょっと引いてしまうミリエル。

 

「美空にはもう二度と会えないと思ってたからうれしくて」

 

 玲司は手を伸ばし、ミリエルのすらっとした白い綺麗な左手を握った。

 

「な、何なのだ。調子狂うのだ」

 

 ミリエルはほほを赤らめてコーヒーをズズっとすする。

 

「良かった」

 

 玲司は美空との別れ際にしっかりと握っていた手を思い出しながら、ミリエルの手の温かさに癒されていた。

 

「それが、事態は全然良くないのだ」

 

 ミリエルはふぅ、とため息をついて言う。

 

「え? あ、そう言えば東京はどうなったの?」

 

「東京どころじゃない、これを見るのだ」

 

 ミリエルはテーブルの上に、一メートルくらいの丸い地球の映像を浮かべる。しかし、青いはずの地球は薄汚れており、明らかに異常だった。

 

 え……?

 

「東京、ニューヨーク、パリにロンドン……」

 

 ミリエルはそう言いながら瓦礫だらけの地獄絵図を次々と映していった。

 

「な、なんで……」

 

 真っ青になる玲司。なぜ地球が廃墟に覆われているのか理解できず、玲司は唖然として、ただ瓦礫の地平線を眺めていた。

 

「これはあたしたち管理側の問題なのだ」

 

 ミリエルはそう言ってため息をつく。

 

「管理側?」

 

「要は不毛な縄張り争いなのだ」

 

 そう言ってミリエルは肩をすくめ、じっと玲司を見つめた。

 

「こ、これ、俺みたいに生き返らせたり、街を元に戻したりできる?」

 

「そりゃもちろん。全てデータはアカシックレコードに残ってるのだ。だけど……」

 

 そこまで言うとミリエルは背もたれにドサッと体を預け、渋い顔をした。

 

「俺で手伝えることがあったら何でも言ってよ」

 

「君が?」

 

 鼻で笑ったミリエルだったが、ハッとなって少し考えこみ、

 

「いや、むしろ適任かも……しれんのだ」

 

 そう言ってまじまじと玲司の顔をのぞきこんだ。

 

「え? 適任?」

 

「君のデータセンター爆破はすごい良かったのだ。意志の力(グリット)はバカにできない」

 

意志の力(グリット)?」

 

「最後までやり遂げる力のことなのだ。これが高い人はあまりおらんのだ」

 

「さすがご主人様!」

 

 シアンは自分のことのように喜ぶ。

 

「あ、いや、まぁ、あれは美空が殺されちゃったから」

 

「君は何でもやるって言ったのだ。ちょっと手伝うのだ」

 

 ミリエルはニヤッと笑うとガシッと玲司の手を握った。

 

「あ、も、もちろん。手伝ったら地球は元に戻してくれるんだよね?」

 

「もちろんなのだ。今までいろんな調査隊を送り込んだんだけど、みんな帰って来なくて困ってたのだ」

 

 ミリエルは嬉しそうに握った玲司の手をブンブンと振った。

 

 え?

 

 ひどく重大なことを言われて凍りつく玲司。地球の管理者が解決できずに困っている難問なのだからその危険性は最高レベルに決まっているのだ。

 

 玲司は余計なことを言ってしまったと、宙を仰いだ。

 



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32. 宇宙大浴場

「そ、そんなに危険なことなの?」

 

「大丈夫なのだ。君には意思の力(グリット)があるのだ」

 

 ミリエルは気楽にサムアップしてウインクするが、嫌な予感しかしない。

 

 玲司は思わず天を仰ぐ。またドローンと対峙したときのようなチキンレースをやる羽目になるのではないだろうか?

 

「ご主人様、大丈夫! 僕も行くゾ!」

 

 シアンも玲司の手を握ってくる。

 

「シアンちゃん、頼んだのだ。玲司だけだと即死なのだ。クフフフ」

 

「任せて! きゃははは!」

 

 二人は嬉しそうに笑う。

 

「即死!? 勘弁してよ……」

 

 玲司はガックリとうなだれた。

 

「えーっと、そうしたらどうしよっかなのだ……」

 

 ミリエルは人差し指をあごに当てて宙を見上げる。

 

 ポワンポワン! ポワンポワン!

 

 その時部屋に呼び出し音が響いた。

 

「あっ、いけない! 行かねばなのだ」

 

 そう言ってミリエルは慌てて立ち上がると、スマホを取り出して何かをパシパシ叩いている。そして、

 

「じゃ、ちょっと飲み会に出かけてくるからゆっくりしてて!」

 

 そう言って、ブゥンとまた空間を割ってドアを開いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 地球はどうするの?」

 

 崩壊しきった地球の復旧は八十億人の人生のかかった大問題である。急ぐべきではないだろうか?

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。地球の時間は今止めてるし、飲み会でこそ解決の糸口はつかめるのだ。じゃっ!」

 

 ミリエルはそう言って嬉しそうに手を上げ、ウインクするとドアの向こうへと消えていった。

 

 玲司はシアンと顔を見合わせ、

 

「こんなんでいいのかな?」

 

 と、首をかしげる。

 

「ミリエルには何か考えがあるんだよ。それよりお風呂に行くゾ!」

 

「ふ、風呂?」

 

「こういう時はゆっくりとお風呂に使って英気を養うのが大切なんだゾ!」

 

 シアンはそう言うと空間を割ってドアを出し、玲司の腕をつかんで引っ張っていった。

 

「なんだ、お前、もうずいぶんなじんでるな」

 

「ふふーん、ご主人様は四十九日寝てたからね。その間にこの世界もハックしたのだ」

 

 ドヤ顔のシアン。

 

「お、おぉ、そうか。それは……頼もしいな」

 

「ハイハイ! 大浴場へレッツゴー!」

 

 シアンはそう言うと玲司をドアの向こうへドンと押しこんだ。

 

 

         ◇

 

 

 へっ!?

 

 ドアの向こうに行って玲司は驚いた。

 

 目の前には満天の星々、そして、下を見れば巨大な海王星の紺碧の雲海が広がっている。

 

 一瞬落ちるのではないかと思って身構えてしまったが、無重力で身体はふわふわと浮かんでいた。よく見れば大きな温室みたいに周囲はガラスのようなもので覆われた構造体となっているようだ。

 

 そして、正面には巨大な水晶玉のようなものが浮かんでいる。天の川を背景に、水晶玉には海王星の美しい碧い水平線がひっくり返って映り、まるでファンタジーの秘宝の部屋のように神秘的な情景だった。

 

 おぉ……。

 

 玲司が見とれていると、

 

「ハイハイ、一名様ご案内だゾ!」

 

 シアンはそう言って、玲司の服をバッと消し去り、素っ裸になった玲司をドーン! とそのまま水晶玉へと押し出した。

 

「うわっ! お前! 何すんだよ!」

 

 玲司はグルングルンと回りながら真っ赤になって叫ぶ。

 

 身体のコントロールを取ろうと思ったが、グルグルと回っている身体はどうやっても止まらなかった。

 

「なんだよこれ――――!」

 

 悲鳴にも似た玲司の叫びが浴室内に響く。

 

 大事なところを必死に隠しながら、なすすべなく水晶玉めがけて一直線に飛んでいった玲司は、そのままザブンと突っ込んだ。水晶玉は五メートルはあろうかという温水の塊だったのだ。

 

 温水は突入した玲司の衝撃で激しく波立ち、ボヨンボヨンと全体を震わせながらしぶきを辺りへとまき散らす。

 

「ストラーイク! きゃははは!」

 

 シアンは嬉しそうに笑うと、自分もスッポンポンになって後を追ってツーっと飛んだ。

 



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33. ムニュッとマシュマロ

 シアンはそのまま頭から温水に突っ込んだ。

 

 そして、温水の中でぐるぐると回っておぼれている玲司の腕をつかみ、表面まで救い上げる。

 

「ブハッ! ゲホッ! ゲホッ!」

 

 温水から上半身を出してせき込む玲司。

 

 シアンは楽しそうに首を振って髪についた水滴を辺りに跳ね飛ばし、

 

「海王星温泉、どう?」

 

 と、ニコニコしながら聞いた。

 

「お、お前なぁ! いい加減に……」

 

 玲司はシアンの方を向いてそう言いかけ、目の前にたゆんと揺れている豊満な二つのふくらみを見つけ、固まった。シアンの均整の取れた美しい身体は、海王星からの照り返しで青白く浮かび上がっている。それはまるで月明りに照らされたギリシャの女神像のように神々しさすら醸し出していた。

 

「気持ちいいでしょ?」

 

 屈託のない笑顔で笑いかけるシアン。

 

 玲司は真っ赤になって横を向く。女性の裸体を生で見たことなどなかったのだから仕方ない。

 

「ご主人様、どうかした?」

 

「お、お前、なんで服着てないんだよ!」

 

「お風呂では服着てちゃダメなんだゾ! きゃははは!」

 

「ここは混浴なのか?」

 

「ん? 家族風呂だよ。入りたいときに各自で作るんだゾ」

 

 玲司は固まった。こんな巨大な施設を風呂に入るたびに作る。それはもはや人類の常識をはるかに超越している。改めてとんでもところに来てしまったことに言葉を失った。

 

「ご主人様、どうしたの?」

 

 シアンが玲司の腕にギュッと抱き着いてきて、マシュマロのようなムニュッとした感触が玲司の脳髄を(しび)れさせる。

 

「ちょっ! ちょっ! ちょっと待ったぁ!」

 

 玲司は腕を振り払おうとして、グンと力を入れたが、バランスを崩し、そのまま水中へと沈んでいった。

 

 ボコボコボコボコ……。

 

 玲司はもがくが、無重力なので水と泡の混合物が視界を遮り、まるでジャグジーの中に入ったかのようでどっちに行けばいいかわからなくなる。

 

 んん――――!

 

 慌てているとシアンがスーッと泳いでやってきて、玲司をお姫様抱っこして助け出した。

 

「ご主人様、遊んでると危ないゾ!」

 

 上目遣いに叱るシアン。

 

 玲司はあまりの間抜けっぷりにぐったりとして、ただ、「はい……」とだけ答えた。

 

 

        ◇

 

 

 一度上がって、もう一度お湯を綺麗な水晶玉のように戻してから再度入浴をする。シアンにはビキニの水着を着てもらった。

 

「よっこらしょっと……。あぁ、いいお湯だ……」

 

 玲司はシアンに手伝ってもらいながら、静かにお湯につかった。

 

 足元には壮大な青い惑星が広がり、頭上には天の川がくっきりと流れている。まるで大宇宙を手にしたかのような気分である。最高の露天風呂と言えるかもしれない。

 

 ふぅ。

 

 玲司は天の川を見上げ、ゆっくりと息をついた。

 

 遠くの方に明るいものが動いているので何かと思ってよく見ると、それはガラスでできた構造体だった。巨大なサッカーボールのような多面体モジュールが無数に長く連なり、それが二本、DNAのようにお互いに絡みあいながら伸びていた。

 

「あれがさっきいたところだゾ」

 

 シアンが説明してくれる。ミリエルの部屋はあのモジュールのどこかにあるのだろう。

 

 くっきりと流れる天の川を背景にガラスの構造体はゆっくりと回り、チラチラと明りを瞬かせている。その近未来的な宇宙ステーションのきらめきに玲司は魅せられ、しばらくその不思議な螺旋(らせん)の動きに見入っていた。

 

 何とも不思議な世界に玲司は目をつぶって息をつく。

 

 そして、さっきミリエルに聞いたことを丁寧に思い出していく。地球は壊滅したが直せる。今は時間を止めている。なぜなら彼女が美空の本体で、地球たち? の管理者(アドミニストレーター)だからだ。でも、それには解決しなければならないことがあって、今まで多くの人を送り込んだけれども失敗している。そこに自分も投入される……。

 

 ふぅ。玲司はため息をついて首を振った。何が何だかさっぱり分からない。ただ一つ言えるのは八十億人の未来はこの可愛い美少女AIと自分の働きにかかっているということ。地球の未来をかけてこの大宇宙の試練を越えねばならないということだった。

 



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34. 一万個の地球

「ご主人様、何かあった?」

 

 シアンは透き通った青い瞳をパチクリとして、深刻そうな表情の玲司をのぞきこむ。

 

「あー、なんでこんなことになってるのか、さっぱり分からないんだ。教えてくれる?」

 

 シアンはうんうんとうなずくと、一つ一つ丁寧に説明を始める。

 

 世界は情報でできていること。地球はスーパーコンピューターの一兆倍の計算力のあるシステムで作られたものであること。そのコンピューターは海王星の中に構築されていて、一万個あること。

 

 シアンは空中に全長一キロメートルもある巨大なコンピューターの映像を浮かべ、身振り手振り交えて丁寧に解説していった。

 

 玲司はそのとんでもない話に圧倒されたが、この大宇宙の露天風呂に浸かっていたらすべてを信じざるを得ない。それに、何しろ一回死んで生き返らせてもらっているのだ。死んだ人間が生き返る、それはつまりこの世界が情報でできている何よりの証拠でもあったのだ。

 

「ふへー。なんだかとんでもない話だね」

 

 玲司はため息をつき、足元に広がっている巨大な青い惑星を眺める。この中に地球が一万個息づいていることを想像してみたが、八十億の人間が暮らす壮大な地球が、この青いガスの塊の中にいくつもあるというのは、さすがに飛躍しすぎていてイメージがわかなかった。

 

 渋い顔をしていると、シアンが、

 

「まあ、そうじゃないかなって思ってたけどね」

 

 と、ドヤ顔で言う。

 

「え? シアンは知ってたの?」

 

「だって順調に進化していったら僕だって地球は作れるんだゾ。だったらもう作っている人がいると考えた方が自然なんだな」

 

「あ……、そ」

 

 玲司はそんなこと、全く気が付かなかった。見破れなかった自分がちょっと負けた気がしてむくれた。

 

「え? じゃ、そうなると、美空は知ってて俺に絡んできたってこと?」

 

「そうだね。ちょっと怪しかったゾ」

 

 確かに変な登場の仕方をしてたし、女子高生にしては手際が良すぎたことを思い出しだ。そもそも車を運転したこともない女子高生が、スーパーカーで宙を飛べるはずなどないのだ。

 

 玲司は首を振って両手でお湯をすくい、ビシャッと顔を洗った。

 

「あーあ、『彼女になって』なんて言っちゃってたよ……」

 

 水しぶきがキラキラと輝きを放ちながら星空を舞っていくさまを、玲司はぼんやりと見つめた。

 

 シアンの話によると、ミリエルは四千年前から管理者(アドミニストレーター)をやっていて徐々に担当の地球の数を増やし、今は八個任されているそうだ。そして、それを良く思わないライバルが妨害工作をはじめ、副管理人が寝返って管理が上手くいかなくなっていること。それが玲司の地球の人類が滅亡した原因ということだった。

 

「じゃあ、その副管理人を見つけ出して捕まえればいいってこと?」

 

「そうだゾ。でも、どこにいるか分からないし、管理者権限を持っているから簡単じゃないんだゾ」

 

「あぁ、敵も超能力者みたいなもんだからなぁ」

 

 玲司は渋い顔をする。

 

「でも、だいじょぶ。ご主人様ならできるんだゾ」

 

「ちょっと待って。俺はただの人間なの。そんな超能力者相手に勝てる訳ないじゃん」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。『言霊だゾ!』って言ってれば上手く行くゾ!」

 

「また、そんな、無責任なこと言って!」

 

 玲司は眉を寄せてシアンをにらむ。

 

「いざとなったら僕が守ってあげるんだゾ! きゃははは!」

 

 シアンはそう言って玲司に抱き着いた。

 

「いや、ちょっと、お前、当たってる! 当たってるって!」

 

「え? 何が当たってるの?」

 

 シアンはそう言って玲司の背中にグリグリとその豊満な胸を押し付けた。

 

「おまえ! わざとやってるな! もう!」

 

 急いで振りほどこうとした玲司は、またバランスを崩して温水玉の奥へと潜っていってしまう。

 

 ぐわっ! ボコボコボコボコ……。

 

「ああっ! ご主人様ぁ!」

 

 シアンは再度玲司を救出しに潜っていく。

 

 シアンにお姫様抱っこされながら、玲司は恥ずかしさと情けなさで真っ赤になっていた。

 



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35. いきなりの異世界

 しばらくシアンとお湯をぶつけ合いっこしたりして遊んだ後、部屋に戻ってきたが、ミリエルはいなかった。きっと遅くなるのだろう。

 

 ピンクのフワフワのパジャマ姿になったシアンは、手際よくベッドマットを出して空中に浮かべると、

 

「ご主人様、寝る時間だゾ!」

 

 と嬉しそうに言って、玲司にかかる重力を減らし、腕をつかんでベッドに放り投げた。

 

「うわ! ちょっとお前、毎回投げるの止めろよ!」

 

 ベッドマットの上でボワンボワンと弾みながら玲司は怒るが、

 

「これが一番速いゾ!」

 

 と、ニコニコして自分も飛び込んできた。

 

「え?」

 

 驚く玲司をしり目に、

 

「ご主人様はもっとそっち。僕はここね。おやすみ!」

 

 そう言って毛布を掛けて寝始めた。どうやら一緒に寝るつもりらしい。ベッドなんていくらでも出せるんだろうからなぜ一緒に寝るのだろうか? もしかして、もしかして夜のお楽しみがあるということだろうか? ハーレム展開?

 

 玲司は真っ赤になってドキドキと高鳴る心臓を持て余した。

 

 しかし、しばらく待ってもシアンは動かない。

 

 チラッと見ると幸せそうな寝顔を見せて静かに横たわっている。

 

「ほ、本当に、一緒に……寝るの?」

 

 玲司は声を裏返らせながら聞いてみる。

 

 しかし、シアンからは返事がなかった。

 

「お、おい……」

 

 一瞬で寝てしまったということだろうか? AIならそう言うこともあるのかもしれないなと思ったが、なんて無防備なのだろうか?

 

 玲司はシアンの可愛い顔をじっと眺める。透き通るようなキメの細かい肌に美しくカールした長いまつ毛。AIなのだから理想の顔を作ったのだろう。ある意味作り物なのだ。でも、作り物でもこれだけ美しければ心を揺るがすには十分だった。

 

 ぷっくりとしたイチゴのような唇。もし、キスをしたらなんて言われるだろうか? もしかしたら『ご主人様、キスしたいの? いいわよ?』と返すかもしれない。

 

 ふぅ。玲司は大きくため息をつくと首をブンブンと振って妄想をふりはらう。

 

 さっきから調子を狂わされっぱなしである。

 

 諦めて寝ようかと思ったが、ふんわりと甘酸っぱい華やかな香りが漂ってきて頭がくらくらしてくる。健全な青少年にはこんな魅惑的な女の子の隣で寝るのは心臓に悪い。

 

「ちょっと、起きて」

 

 玲司は遠慮がちにすべすべなほほをピタピタと叩いた。するとシアンは、

 

「ンン――――!」

 

 とうなり声をあげ、眉をひそめると、腕をブンと振る。

 

 ドン!

 

 玲司はベッドから弾き飛ばされた。

 

 うわぁ!

 

 叫んで落ちていく玲司のことはそっちのけに、シアンは毛布に深くもぐり寝返りを打つ。

 

 弾き飛ばされた玲司はゆっくりと床まで落ちて、そしてゴロゴロと転がった。

 

「なんなの……、これ?」

 

 玲司は床に寝転がったまま、ひどく理不尽な扱いに途方に暮れる。

 

 すると、シアンが叫んだ。

 

「ご主人様! もう食べられないよぉ……」

 

 ひどい寝言である。ご主人様を弾き飛ばして自分は幸せな夢を満喫してるのだ。

 

 玲司はムッとしたが、怒りのやり場に困り、ため息をつくと窓の外を眺める。

 

 そこには静かに雄大な海王星がたたずみ、玲司の悩みなどお構いなしに悠然と辺りを青い輝きで満たしていた。

 

 

         ◇

 

 

「うーい、玲司! 起きるのだ!」

 

 誰かがバンバンと身体を叩く。せっかく寝付いたのに。

 

 んー?

 

 玲司はソファーの上で目をこすりながら声の方を向くと、上機嫌に真っ赤な顔をしたミリエルがワインボトルを片手に立っている。

 

「飲み会終わったの? ふぁーあ……」

 

「聞いて喜ぶのだ! 君の出撃を決めてきたぞ!」

 

 玲司は半開きの目でミリエルをにらむ。どこに喜ぶ要素があるのだろう?

 

「君は異世界物のラノベが好きだろ? 異世界転移させてやるのだ」

 

 は?

 

 玲司は何を言われたのか全く分からなかった。

 

 最近はやりの異世界物。ラノベにマンガにアニメに大ブームだ。しかし、地球を破壊した副管理人を捕まえることと異世界に何の関連があるのか全く分からず目をゴシゴシとこすった。

 



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36. ピンクのパジャマ

「ゴブリンにドラゴンに魔方陣に聖剣、大好きだろ?」

 

 ミリエルはノリノリでずいっと身を乗り出す。とても酒臭い。

 

「いや、まぁ、人並みには……」

 

「よろしい! 君もこれから冒険者なのだ!」

 

 ミリエルはワインボトルを高々と掲げ、そして満足げに一口煽った。

 

 話を総合すると、ミリエルが担当している八個の地球の中に魔法と魔物を実装した地球があり、そこに元副管理人が潜伏しているらしい。そして、そこに冒険者として潜入して元副管理人を捕縛してほしいということだった。

 

「魔法!? 魔法が使えるってこと、ですか?」

 

 すっかり目が覚めた玲司は叫ぶ。この世界はコンピューターが創り出している。であれば、魔法なんてゲームみたいにいくらでも実装できてしまうだろう。むしろ、日本ではなぜ実装してなかったのか?

 

「魔法なんて使っても奴には効かんのだ。奴は管理者権限持ってるからな」

 

「え? じゃあどうやって?」

 

「君にも限定的管理者権限を付与しよう。まあ、チートなのだ。この権限を使えば魔法なんて比較にならん破壊力なのだ」

 

 ミリエルはそう言うと、上機嫌にワインボトルをあおった。

 

「お、おぉ! チート!」

 

 玲司は夢にまで見た異世界のストーリーに胸が高鳴った。

 

 ゴブリンを、ドラゴンを倒し、極大チート魔法を放って反逆者の副管理人を成敗し、地球を救う。なんとも素敵な英雄譚ではないか。イッツ、ファンタジー!

 

 玲司はガッツポーズを決め、いきなりやってきた冒険ストーリーに酔った。

 

「あ、消息を絶った調査隊の人たちも探してよねぇ。期待してるのだ!」

 

 ミリエルは酒臭い息をはきながらパンパンと玲司の肩を叩いた。

 

 浮かれていた玲司は凍りつく。

 

 そうだった。この挑戦はいまだ誰も上手く行っていないのだった。まさに前人未到の命がけの挑戦。玲司は浮かれた気分はどこへやら、目をギュッとつぶりどうしたものか考えこむ。

 

「ふわぁーあ。ご主人様、だいじょぶだって。ほら、言霊、言霊」

 

 ベッドで寝ころびながらシアンが無責任なことを言う。

 

「くぅぅぅ! できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!」

 

 玲司は半べそをかきながらそう叫んだ。

 

 窓の外では海王星が美しい青をたたえてたたずんでいた。

 

 

       ◇

 

 

 玲司はしばらく寝付けなかったが、やがて考え疲れて眠りに落ちていった――――。

 

 

 

 翌朝、いい気分で夢を見ていると、

 

「ご主人様、朝だゾ!」

 

 そう言ってシアンがパシパシ叩いてくる。

 

「うーん……。もうちょっと……」

 

 玲司は向こうへ寝返りを打った。

 

「もう朝食の時間だゾ!」

 

 シアンは玲司の身体の重力効果を切って無重力にすると、ふわりと浮かべてテーブルへと連行する。

 

「うわっ! お前、ちょっと何すんだよ!」

 

 玲司は空中で手足をばたつかせる。しかし、空中をふわふわ浮かんでしまっていてどしようもない。

 

「じゃあ起きる?」

 

 シアンは上目遣いで玲司を見る。

 

「わ、分かったよ。ふぁ~あ……」

 

 玲司は観念して思いっきり伸びをする。

 

「じゃあ重力戻すからね」

 

「ん? 重力?」

 

「ホイ!」

 

 そう言ってシアンは玲司の重力を戻した。

 

 いきなり床へと落ちていく玲司。

 

 うぉぉぉ!

 

 慌ててシアンに掴まろうと手を伸ばしたが、手が届いたのはピンクのパジャマまでだった。

 

 ビリビリビリビリー! ゴン!

 

 シアンのパジャマは盛大に裂け、玲司は床に転がった。

 

「きゃははは!」

 

 シアンは楽しそうに笑うが、玲司は焦る。

 

「ゴ、ゴメン!」

 

 急いで起き上がろうとした時、空間にドアが開いた。

 

 ブゥン!

 

 入ってきたミリエルは、

 

「おはようなの……、えっ!?」

 

 と、言って固まる。

 

 パジャマを裂かれて豊満な胸を露わにしながら笑うシアンと、そんなシアンに近づく玲司。ギルティ。

 

「あ、こ、これは……」

 

 必死に説明しようとする玲司に、ミリエルはギリッと奥歯を鳴らすとカツカツと近づき、

 

「このケダモノ!」

 

 と、渾身のビンタをバチーン! とおみまいした。

 

 あひぃ!

 

 玲司は吹き飛ばされ、クルクル回りながらソファーまで行くとそこにひっくり返る。

 

「ミリエル、これは事故なんだゾ」

 

 シアンはフォローをするが、ミリエルはフゥーフゥーと鼻息荒く、まるでおぞましいものを見るような目で玲司を見下ろしていた。

 



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37. 絶品のモモ

「なーんだ、事故なのね。そう言ってくれればよかったのだ」

 

 そう言いながらミリエルは、テーブルのBLTサンドをつまみ、パクっとかぶりついた。そして、

 

「んー、美味いのだ! シアンちゃんお上手!」

 

 と、にこやかにシアンにサムアップする。

 

「きゃははは!」

 

 嬉しそうなシアン。

 

 しかし、玲司はほほに赤い跡を残したままブスッとしていた。

 

「ゴメンてば! ここに座るのだ」

 

 ミリエルはそう言ってコーヒーを入れ、玲司の椅子を引いた。

 

「叩く前に確認しようよ」

 

 仏頂面で玲司は席に着く。

 

「分かったのだ。はいこれ君の!」

 

 ミリエルは玲司の皿にBLTサンドを載せた。

 

 玲司はコーヒーをすすり、BLTサンドにかぶりつく。

 

 カリカリのベーコンが生み出す芳醇なうまみが口いっぱいに広がり、玲司は驚いた。こんなおいしいベーコンは食べたことがない。

 

 さらに、シャキシャキとしたレタスのさわやかな苦みが、フワフワのパンの甘味と相まって素敵なハーモニーを奏でている。

 

「おぉ、ホントだ! 美味いよ! このベーコンがまたいいね」

 

 玲司はすっかり上機嫌になってほめた。

 

「このベーコンはどこのベーコンなのだ?」

 

 ミリエルがかぶりつきながら聞くと、シアンは嬉しそうに、

 

「僕のモモだよ!」

 

 と、言って自分の太ももを指さした。

 

 ブフ――――! ゴホッ!

 

 二人は一斉に吐き出す。

 

「ちょっと! 何食わせるんだよ!」「そうなのだ! 人肉食は禁忌なのだ!」

 

 二人は怒ったが、シアンは、

 

「でも、僕の足、美味しかったでしょ? きゃははは!」

 

 と、屈託のない笑顔で笑った。

 

 この世界はデータでできた世界なので、自分の足はいくらでも複製できる。しかし、だからといって人間の肉は食べたくない物なのだ。

 

 二人は顔を見合わせ、首を振ると、渋い顔でBLTサンドを皿に戻した。

 

 

         ◇

 

 

 口直しにミリエルの出してくれたパンケーキを食べ、コーヒーをすすりながら玲司は窓の外を眺めた。

 

 そこには変わらず天の川が流れ、海王星が青く広がっている。

 

「太陽が出ないと朝って感じがしないよね」

 

 そう言うとミリエルは、

 

「何言ってるのだ。あれが太陽なのだ」

 

 そう言ってひときわ明るく輝く星を指さした。

 

 は?

 

 玲司は何を言われたのか分からず、窓の近くまで行って上を見上げる。

 

 確かにそこには地球上では見たことがないようなひときわ明るい星がある。

 

「えっ!? あれが太陽?」

 

 玲司は驚きを隠せなかった。

 

「太陽まで光の速度で四時間、太陽系最果ての星へようこそなのだ」

 

 ミリエルはニヤッと笑った。

 

「はぁぁぁ……」

 

 言われてみたらそうだった。海王星が青色で輝いているのは太陽が照らしているからなのだ。つまりずっと昼間だったらしい。

 

 玲司は夜空にまばゆく輝く星を見つめ、とんでもない所へ来てしまったと改めて感慨深く思った。

 

「それで君たちの出撃だけど……、どうする?」

 

 ミリエルはコーヒーをすすりながら言う。

 

「え? まず、計画教えてよ」

 

「あー、#3275、Everza(エベルツァ)って地球があるのだ。そこに送るから、元副管理人のゾルタンを捕まえてきて」

 

 ミリエルはそう言うと、小皿に積まれたチョコを一つ口に放り込んだ。そして、美味しそうに甘味を楽しむ。

 

「ゾルタン、ね。その人の情報とかは?」

 

「そう言うのは全部現地のあたし、【ミゥ】から聞いて。……。おっといけないもうこんな時間なのだ。じゃあ、行ってらっしゃーい!」

 

 ミリエルはそういうと、満面に笑みを浮かべ、玲司とシアンを青白い光で包んでいった。

 

「えっ? もう? ちょっと! えっ!?」

 

 玲司はコーヒーカップを持ったままEverza(エベルツァ)へと飛ばされていった。

 

 



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38. 美空ねぇさんの仇

 気がつくと二人は石畳の広場に立っていた。

 

 重厚な中世ヨーロッパ風の石造りの建物がぐるりと周りを囲っていて、奥にあるのは教会だろうか、天を衝く尖塔が見事で思わず見入ってしまう。そして、そばには噴水があり、英雄のブロンズ像が高々と剣を掲げていた。

 

 カッポカッポと荷馬車が行きかい、ワンピース型の民族衣装を着た女性たちが買い物かごを手に雑談しながら通りすぎていく。

 

 すると急に影に覆われた。

 

 え?

 

 見上げると巨大な翼を広げた恐竜のような生き物が青空を横切っていく。背中には誰かが乗っているようだった。

 

 玲司はそのファンタジーな巨大生物に目を奪われる。飛行機代わりに魔物を使役しているのだろうか?

 

「うわぁ……、ここがEverza(エベルツァ)? すごい、まさに異世界そのものだ……」

 

 やがて魔物はバサッバサッと翼をはばたかせながら尖塔の向こうへと着陸していった。

 

 シアンは魔物なんてどうでもいいかのようにBLTサンドにかぶりつき、

 

「美味しいと思うんだけどな?」

 

 と、首をかしげている。

 

「そんなのいいから、冒険だよ、冒険!」

 

 玲司は生まれて初めて見た本物の魔物に浮かれ、ポンポンとシアンの背中を叩く。

 

 と、その時だった。

 

「この人殺し! 成敗してやるのだ!」

 

 と、叫び声がした。

 

 へっ!?

 

 声の方を見ると、白いワンピースの少女が剣を掲げて突っ込んでくる。その綺麗な燃えるような真紅の瞳には殺意がたぎっていた。

 

「ご主人様、下がって!」

 

 シアンは玲司をかばうように前に出ると、手に持っていたBLTサンドを投げつける。

 

「邪魔するなぁ!」

 

 少女はそう言うとBLTサンドを剣で切り捨て、そのまま振りかぶるとシアンに切りかかった。

 

 シアンは青い髪の毛をブワッと逆立て、全身から青白い光を浮かべると、

 

「きゃははは!」

 

 と嬉しそうに笑う。そして、目に見えぬ速度で手の甲を振りぬき、パーン! と剣を吹き飛ばした。

 

 カラーン、カラカラ、と石畳に剣が転がる。

 

「くっ! 美空ねぇさんの仇をとるのだ! 邪魔するな!」

 

 少女は叫ぶ。少女は赤毛で目の色も違ったが、美空とうり二つだった。

 

「え、もしかして、あなたがミゥ?」

 

 いきなり殺意を向けられて玲司は圧倒されながら、おずおずと聞いた。

 

「ふん! ミリエルは許しても、あたしは許さないのだ!」

 

 ミゥは叫び、ギリッと奥歯を鳴らすと空中に真紅に輝く魔方陣を展開していく。六芒星に二重丸、そしてルーン文字がそろった瞬間、激しい炎がブワッと噴き出してくる。

 

 しかし、シアンはすかさず空中に空間の亀裂を作り、ブゥンとドアを開く。

 

 噴き出した紅蓮の炎は玲司に届く前にドアの中へと吸い込まれ、消えていった。

 

「あぁ! ダメなのだ! ここで管理者権限使っちゃ!」

 

 ミゥは焦って周りを伺い、プクッとほおを膨らませた。

 

「だって僕、魔法知らないもん。きゃははは!」

 

「むぅ! 一発殴らせるのだ!」

 

 ミゥは『瞬歩』を使って一気に玲司の前まで行くとこぶしを振りかぶった。

 

 おわぁ!

 

 頭を抱え、しゃがみ込む玲司。

 

「まぁまぁ、落ち着くといいゾ」

 

 シアンはそう言ってヒョイとミゥの身体を捕まえ、持ち上げる。

 

 今まさに殴ろうとしていたミゥはバランスを崩し、慌てた。

 

「ちょっと! あんた! 放すのだ!」

 

 ミゥは身体の周りに電撃をバリバリと走らせる。閃光があたりを包んだ。

 

 しかし、シアンはそれをシールドでうまく防御している。

 

「ぐぬぬぬ! 放すのだ!」

 

 ミゥは両手を組んで何かをつぶやくと、今度は炎をぼうっと自分の周りに吹き上げる。

 

 しかし、シアンは焦ることもなく、

 

「きゃははは!」

 

 と、炎を纏いながら嬉しそうに笑った。管理者権限を使ったシールドには魔法は一切通用しないようだった。

 



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39. 冒険者ギルド

 ミゥはふぅと大きく息をつくと、うなだれる。

 

「ぬぅ、分かったのだ……。ちょっと降ろして」

 

 と言って、ポンポンとシアンの腕を叩いた。

 

「はいはい、どうぞ」

 

 シアンはニコニコしながら丁寧にミゥを地面に立たせてあげる。

 

 ミゥは玲司をキッとにらむと、

 

「あんたが一番悪いのだ!」

 

 と、玲司を指さした。

 

 ミゥは目鼻立ちは美空そのものだったが、美空より少し年上、十六歳くらいに見える。美空とは違って燃えるような真紅の瞳が印象的であった。赤い紐を胸のところに編み込んだ白いワンピースも似合っている。

 

「いや、まあ、確かに美空についてはホント悪かったなって思ってるよ」

 

 玲司は頭を下げた。

 

「そうよ! あんたのせいよ!」

 

 プリプリと怒るミゥ。

 

「いやでも、ミリエルは、美空は自分の中に息づいてるって言ってたよ」

 

「そうよ! 別に消えたわけじゃないわ。地球と共に復活もさせるのだ。でも美空ねぇさんがこんなのを気に入って殺されたのが気に食わないのだ!」

 

 ミゥはビシッと玲司を指さして怒る。プロセスが納得いかないらしい。

 

「うーん、でも今はゾルタンを捕まえるのが先だよね?」

 

「ふん! あんたたちがいなくたってあたしが捕まえるって言うのに……」

 

 ミゥは眉をひそめて口を尖らせた。

 

 そのしぐさに玲司はハッとする。それは美空のそのものであり、玲司は思わずほおが緩む。

 

 ふん!

 

 ミゥは鼻を鳴らすと、しばらく玲司とシアンを交互に眺める。

 

 そして、ふぅと大きく息をつくと、 

 

「でもまあ、何かの役には立つかもなのだ……。とりあえず、あなたたちの実力を見せてもらうのだ! ついて来て」

 

 と言って、腕でクイッと手招きしながら、スタスタと歩き始める。

 

 玲司はシアンと目を見合わせると肩をすくめ、そしてため息をつくと、速足で後を追った。

 

 

       ◇

 

 

 しばらく石畳の道を行く。石造り三階建てのしっかりとした建物が両側に延々と連なり、建物の一階にはパン屋にアパレルに花屋といろんな店が入っていてにぎわっている。中には魔法の杖を掲げた看板があり、のぞくと怪しげな魔法グッズが並んでいた。

 

 玲司はワクワクして、

 

「見ろよシアン、魔法グッズだよ」

 

 と、指さす。

 

「んー、どれどれ……。この店はダメだ。品ぞろえが悪いゾ」

 

 と、首を振る。

 

「えっ? なんでわかるの?」

 

「僕たちには管理者権限があるんだから、ステータス表示させると全部分かるゾ」

 

「おぉ! さすが異世界!」

 

 玲司のテンションは一気に上がる。

 

 ミゥは玲司をチラッと見ると、

 

「なによ、ど素人なのだ。ミリエルは何考えてるのだ?」

 

 と、毒づいた。

 

 玲司は何か言い返そうとしたが、確かにど素人なのはその通りなので、ふぅと嘆息(たんそく)をもらした。本当にミリエルは何を考えているのだろうか?

 

 

         ◇

 

 

 しばらく歩いて剣と盾のゴツい看板の前でミゥは止まった。それは年季の入った石造りの建物で、古びた木製の大きなドアがついている。そして、玲司をギロッとにらむと、

 

「まず、ギルドで冒険者登録なのだ」

 

 そう言ってドアをギギギーっと押し開けていった。

 

 中は武骨な木製の古びたインテリアで、壁には青い龍のタペストリーがかかり、天井からは魔法のランプの球がいくつも吊り下げられていた。異様にタバコ臭いので、見ると脇のロビーで皮鎧を着た冒険者たちがタバコをふかしながら歓談している。傍らにはデカいハンマーや盾などが立てかけてあった。

 

 おぉ……。

 

 それは異世界物のアニメで見た世界そのものであり、玲司は思わず声が出てしまう。

 

 ミゥはそのままカウンターまで行くと受付嬢に、

 

「あいつらにギルドカード発行してくれ」

 

 と、ぶっきらぼうに言った。

 



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40. 伝説の最強冒険者

「あら、ミゥさん、お久しぶり。お知合いですか?」

 

 エンジ色のジャケットをピシッと着込んだ金髪の受付嬢は、ニッコリと営業スマイルで話しかける。

 

「ただの腐れ縁なのだ。ど素人だが頼む」

 

「分かりました。そうしたら、まず男性の方、こちらに手を当ててください」

 

 受付嬢はそう言いながら大きな水晶玉を取り出して、カウンターの上に載せる。

 

「え? 載せるだけでいいんですか?」

 

 透き通って真ん丸の水晶玉の上に玲司は恐る恐る手を載せる。すべすべの手触りでひんやりとしている。

 

 受付嬢が何やら呪文を唱えると水晶玉はぼうっとほのかにオレンジ色の光を放つ。

 

 受付嬢はそのその光をじっと見て、

 

「うーん、Gランクですね」

 

 と、用紙に【G】と書き込んでいく。

 

「クフフフ、ど素人なのだ」

 

 ミゥは嫌な笑いを浮かべる。Gランクはかなり下の方のクラスのようだ。

 

 玲司はムッとして、

 

「なんでギルドカードなんて要るんですか? ゾルタン捕まえに行きましょうよ」

 

 と、言い返す。

 

 するとミゥは肩をすくめ、

 

「あんたみたいなのがゾルタンのところへ行ったら即死なのだ。まず、魔物と戦いながら戦闘に慣れてもらわないと話にならんのだ。で、そのためにはギルドの許可がいる。そのくらい想像力働かせてくれないと困るのだ」

 

 といって玲司をジト目で見る。

 

 玲司は仏頂面で目をそらした。

 

「ミゥは何ランクなの?」

 

 シアンが聞く。

 

「あたしはCランク。でも管理者だから本当は無敵なのだ。クフフフ」

 

 と、ドヤ顔で答える。

 

「ふぅん、じゃあ、同じくCランク目指すゾ!」

 

 そう言いながらシアンは水晶玉に手を載せた。

 

「C? ねーちゃんが? Cってのは一部のエリートしかなれないランクだぞ。わかってんのか?」

 

 皮鎧を着た筋肉むき出しのムサいやじ馬が近づいてきて、ニヤニヤしながら言う。

 

「放っておくとSになっちゃうからCに調整するんだゾ」

 

「こりゃ傑作だ! Sだってよ! みんな聞いたか?」

 

 男はロビーを振り返り喚く。

 

「いいぞ、Sねーちゃん!」「冒険者なめんな!」「今晩どう?」

 

 下卑(げび)たヤジが部屋に飛び交う。

 

 受付嬢は、

 

「静かにしてください!」

 

 と、可愛い顔に青筋を立て、ロビーをギロッとにらむ。その気迫に冒険者どもは気おされた。どうやら冒険者たちは受付嬢には頭が上がらないようで、お互い目を見合わせながら小声で何かをささやきあっている。

 

 もう……。

 

 受付嬢はため息をつくと水晶玉に視線を移し、呪文を唱えた。

 

 水晶玉が輝きだす。オレンジに輝くと次に黄色になり、黄緑になり、そして緑がかったあたりで止まる。

 

「おい、ホントにCだぞ」「マジかよ……」

 

 それを見たやじ馬たちはどよめき、そして言葉を失う。Cというのは一部のエリートを除けばベテランで到達できるかどうかのレベルである。まだ若い女の子がCランクなのはヤバいことだった。

 

「えっ? し、Cランク……ですかね?」

 

 受付嬢が目を丸くしてつぶやくと、

 

 ミゥはいたずらっ子の顔をしてシアンの後ろにそっと近づき、脇をくすぐった。

 

「きゃははは!」

 

 シアンが嬉しそうに笑った瞬間、水晶玉は赤になり水色になり、最後は紫色に激しく光を放ってパン! と音を立てて割れてしまった。

 

 え?

 

 凍りつく受付嬢。ザワつくロビー。

 

「ミゥ! いきなり何すんの?」

 

 シアンはそう言って素早くミゥを捕まえるとくすぐり返した。

 

「キャハ! フハッ! やめるのだ! キャハハハ!」

 

 ミゥは笑いながら逃げようとするが、シアンは楽しそうにミゥの動きを封じながらさらにくすぐった。

 

「分かった! ギブ! ギブ! 降参なのだ! キャハハハ!」

 

 ミゥは観念した。

 

 受付嬢はじゃれあう二人を気にもせず、紫色になって砕けた水晶玉を前に固まったまま困惑している。

 

「あのぉ……。紫は何ランクですか?」

 

 玲司は恐る恐る聞いた。

 

「紫は……Sランク。だけど、こんなに鮮やかな紫は見たことがないわ。SSとかそれ以上なのかも」

 

「SS!?」「紫なんて初めてだぜ」「おいこりゃヤバいぜ……」

 

 ロビーではやじ馬たちが青い顔をしながらザワついている。

 

 SSランクであればもはや伝説級の最強冒険者らしい。このままだと国中にシアンのことが広まってしまう。しかし、ゾルタンを探す上で目立つのは避けるべきだった。

 

「最初、Cランクでしたよね? CでいいじゃないですかCで」

 

 玲司は急いで交渉する。

 

「えっ? でも……」

 

「これはミゥがくすぐったからだゾ。Cちょーだい」

 

 シアンはニコニコしながら受付嬢に手を出した。

 

「うーん……。まあ確かに壊れた水晶玉の結果は使えませんし……。とりあえず、暫定でCで出しておきます。その代わりまた後日再計測させてくださいよ」

 

「分かったよ! きゃははは!」

 

 シアンは屈託のない笑顔で笑った。

 

 帰り際、やじ馬たちは小声で話しながらシアン達と目を合わせないようにしていた。本能的にヤバい奴らだと気が付いたようだ。冒険者にとってヤバい奴からなるべく距離を取るというのは、生き残るうえで大切なスキルだったのだ。

 

 玲司はやじ馬たちの変わりようがひどく滑稽に思えて、ついプフッと噴き出してしまう。

 

 敏感なやじ馬たちはそれを聞き逃さない。何人かにギロリとにらまれ、玲司は逃げるように我先にギルドを後にした。

 

 



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41. ゴブリン爆破

「さて、研修をする! おい、Gランク! よそ見は止めるのだ!」

 

 いきなり連れてこられた大草原、玲司がキョロキョロしているとミゥが叫んだ。

 

「え? ここで何を?」

 

「君は戦い方も知らないど素人。今のままじゃ即死なのだ。最低限のスキルをここで学んでもらう。ここはゴブリンの巣がある草原なのだ。ゴブリン狩りをやってもらう」

 

「ゴ、ゴブリン!?」

 

「なんだ、ゴブリンも知らんのか。緑の小さい魔物。一番弱いからちょうどいいのだ」

 

「大丈夫! マンガで見たことあるよ。楽しみかも」

 

 浮かれていると近くの茂みがガサガサっと揺れた。

 

 ひっ! 急いで玲司はミゥの後ろに隠れる。

 

「早くもお出ましなのだ。見てなさい」

 

 ミゥはそう言うと、茂みから飛び出してきた緑色の小人に向かって指を銃のようにしてむける。そして、

 

「パーン!」

 

 と、言った。

 

 直後、ゴブリンはボン! と爆発し、汚いものをまき散らした。

 

 後には何とも言えない悪臭の煙が立ち上る。

 

「はい、やってみるのだ!」

 

 ドヤ顔のミゥ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。やり方教えてよ」

 

「え? やり方知らないの?」

 

「昨日生き返らせてもらったばかりなんだもん……」

 

 玲司はむくれて答えた。

 

 ふぅ。

 

 ミゥはため息をつくと肩をすくめ首を振る。

 

「しょうがないのだ。まずゾーンに入って標的に意識を合わせて」

 

「ゾ、ゾーンって何?」

 

「あー、そこから……。スポーツ選手が無意識にスーパープレイしたりするでしょ? あの状態がゾーン。深層意識に自分をしずめ、世界のシステムと直接つながるのだ」

 

「は、はぁ」

 

 もはや何を言われているのか分からない玲司は、口をポカンと開けて言葉を失う。

 

「ご主人様、瞑想(めいそう)するといいゾ」

 

 シアンが横からアドバイスする。

 

「め、瞑想?」

 

「深呼吸を繰り返すだけだゾ。四秒息を吸って、六秒止めて、八秒かけて息を吐く。やってごらん」

 

「わ、わかった」

 

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 

「うまいうまい。徐々に深層意識へ降りていくゾ」

 

 玲司はだんだんポワポワした気分になってくる。すると、次々といろんな雑念が湧いてきた。

 

『朝食べた人肉サンド、美味かったなぁ……』

 

 いかんいかんと首を振って再度深呼吸を始める。

 

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 

『シアンの胸、綺麗だったなぁ……』

 

 玲司は真っ赤になって首を振り、もう一度深呼吸をやり直す。

 

 見かねたシアンが玲司をポンポンと叩いて言う。

 

「雑念は無理に振り払わなくていいゾ」

 

 え?

 

「雑念は『そういうこともあるよね』と、横に流すといいんだゾ」

 

「あ、そういう物なの?」

 

 再度深呼吸を再開する玲司。

 

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。

 

『ワンピースの中に見えた美空の白い太もも綺麗だったな……』

 

『さっきの魔物、ドラゴンなのかな……』

 

『ギルドの野次馬、間抜けだったな……』

 

 次々と湧き上がる雑念。だが、玲司はそれを消そうとせず横へとそっと排除していく。

 

 しばらくそうしていると、いきなり、すぅ――――っと意識が深い所に落ちて行く感覚に囚われた。

 

 どんどん落ちていく玲司。

 

 しかし、玲司は抗わずにただ、ぼーっとどこまでも落ちていった。

 

 やがて自分が地球と一体になっていることに気が付く。この世界に息づく全ての物が地球を介して自分の周りを包んでいる。その全てがくっきりと浮かび上がってきた。

 

 そして始めて玲司はこの世界の本当の姿を知る。

 

 そう、地球とはシステムだったのだ。こうやって多くの色や形をそして命を統合的に映し出すシステムそれが地球なのだ。命と命が形を通じて関わり、ぶつかり、そして時には消し去る……。

 

 玲司はゾーンの中でその全てを直感的に理解する。

 

 すると、遠くの方から一つの命が近づいてくるのが分かる。

 

 玲司はそちらの方に指を伸ばし、意識を向けてみるとそのデータが頭に流れ込んでくる。ゴブリンだ。

 

 さっきの爆発音に気が付いて調べに来たのだろう。

 

 管理者権限をもらった玲司は、ゴブリンのデータを自由に書き換えることができる。吹き飛ばすこともワープさせることも、温度を上げたり下げたりすることも自由だった。

 

 玲司は温度の設定に意識を合わせ、それを千度に設定する。

 

 ズーーン!

 

 ゴブリンは轟音を上げて吹き飛んだ。

 

 玲司は初めてチート魔法とも呼べる管理者権限による攻撃を理解し、成功させたのだった。

 



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42. 地球あげるよ

「うん、まあまあなのだ」

 

 ミゥは腕を組んでうなずいた。

 

 玲司は自分の身体に意識を向けてみる。位置座標、速度、重力適用度、体温、身長に体重、皮膚の色から各筋肉の量、関節の可動域までありとあらゆるデータが並んでいる。

 

 試しに重力適用度を0%にしてみると、ふわっと体が浮いた。無重力になったのだ。今朝、シアンがいじっていたのはこれだろう。

 

 玲司はそのまま座標を百メートルほど上空に書き換えてみる。するとバッと草原の全貌が明らかになった。草原の上空にワープしたようだ。下を見ると小さくミゥとシアンが見える。

 

 ミゥは降りて来いと手招きしているようだったが、生まれて初めて空を飛んだのだ。もうちょっと遊ばせてもらおう。

 

 玲司は今度は速度をいじってみる。穏やかな青空の気持ちの良い空を飛び始める玲司。さわやかな風が頬をなで、シャツをバタバタとはためかせる。

 

 嬉しくなった玲司はさらに速度を上げていく。

 

 ヒャッハー!

 

 川を超え、草原はやがて森となり、目の前に大きな山が立ちふさがってくる。

 

 腕を開けば飛行機の方向()のように操縦ができることに気が付いた玲司は大きく腕を開いて上方に進路を取った。

 

 山肌すれすれに大空へと飛び上がっていく玲司。そしてそのまま真っ白な雲に突っ込んだ。

 

 ボシュっと雲を抜けると一面の青空が広がり、燦燦(さんさん)と輝く太陽が玲司を照らした。

 

 おぉ……。

 

 玲司は雲の上でクルクルと回転して大空を舞う喜びを全身で表現する。

 

 しかし、さすがに寒い。玲司は自分の身体に意識を集中し、シールドを探してみる。すると、その要求に反応して自動で玲司の身体の周りに薄い膜が張られた。

 

「こりゃいいね!」

 

 玲司は上機嫌でさらに高度を上げてみる。まるで太陽に呼ばれるようにどんどんと宇宙に向けて加速していった。

 

 玲司の周りにドーナツ状の白い雲の輪が湧き上がり、直後、ドン! という衝撃音が走った。音速を超えたのだ。

 

 頭上のシールドの外側は圧縮された空気が高熱を発し、鈍く赤く輝き始める。

 

 調子に乗った玲司はさらに速度を増していった。どんどんと小さくなっていく山々の連なり。そして、青空は一気に暗くなり、地平線は青くかすみ、玲司は大気圏を突破した。

 

 星々が輝き始める空を見ながら、玲司はこの数奇な運命を感慨深く思っていた。この世に生まれて十六年。まさか自分が異世界で空を飛ぶなんて想像もできなかった。でも、世界の(ことわり)を知ってしまった今では、実に自然で当たり前のように感じてしまう。

 

 世界は情報でできている。それを知り、情報を扱えさえすればもはや神同然になれる。

 

 玲司は美しく青白い弧を描く地平線を見ながら、この世界の真実を身体全体で感じていた。

 

 

         ◇

 

 

『いつまで遊んでるのだ!』

 

 ミゥのテレパシーが頭の中に響く。

 

 玲司は慌てて戻ろうと思って下を見たが、そこには山々とそれを覆う雲の列がたなびいているばかりだった。

 

 しまった。どこに戻ればいいかが分からない。玲司が途方に暮れているとオレンジ色の光がツーっと飛んでくる。

 

 え?

 

 やがて光の点は大きくなり、その姿を露わにする。それは青い髪をした女の子だった。

 

『シアン!』

 

 玲司は大きく手を振る。

 

『ご主人様、迎えに来たゾ』

 

 シアンは屈託のない笑顔でにっこりと笑いながらそばまで来ると、両手で玲司の手をつかんだ。

 

『ごめんごめん、帰り方分からなくなっちゃってさぁ』

 

『ふふっ、ミゥが待ってるゾ。一緒に帰ろ』

 

『うん、それにしてもこの景色、綺麗だよね』

 

 玲司は、漆黒の星空をバックに青い大気のかすみを纏いながら弧を描く地平線を指さした。

 

『なに? 地球欲しくなった? 僕が一つあげようか?』

 

 シアンがいたずらっ子の顔をしてニヤリと笑う。

 

『あ、いや、そういう意味じゃないんだけど』

 

 玲司は野心的なシアンの言葉に少し動揺しつつ首を振った。思い起こせば今回の騒動の発端もこいつが世界征服をするなんて言い出したことにあったのだった。

 

『欲しくなったらいつでも言ってね』

 

 シアンはそう言ってウィンクすると、玲司の手を引っ張って下降を始めた。

 



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43. 対管理者向け決戦兵器

 景色は満天の星々から一気に雲を抜け、森を超え、ゴブリンの草原へと変わり、二人はミゥの元へと戻ってきた。

 

 玲司はミゥに手を振り、かっこよく着地しようとしたが目測を誤り無様(ぶざま)に草原をゴロゴロと転がった。飛行機事故も大半は着陸時に起こる。それだけ着陸は難しいのだった。

 

 いててて……。

 

 玲司は照れ笑いをしながらゆっくりと身体を起こす。

 

 草原にはさわやかな風が吹き、サワサワと草葉の触れ合う音を奏でながらウェーブを流している。

 

 宇宙からの眺めも良かったが、地上の音や風のある世界の方が自分は好きかもしれない。そんなことを思いながら玲司は辺りを見回した。

 

「勝手に飛ばないで」

 

 ミゥはジト目で玲司を見る。

 

「ごめんごめん、でも上手くできてたろ?」

 

「フッ、着地できない人は上手いとは言わないのだ」

 

 鼻で笑うミゥだったが、研修としては合格なのだろう。それ以上は突っ込まれなかった。

 

「でも、少しは役に立つでしょ?」

 

 玲司がちょっと自慢気に聞くと、

 

「はははっ。それは管理者なめすぎなのだ。管理者権限持ってる相手には普通の攻撃は全く効かないのだ」

 

 え?

 

「君も私もそうだけど、管理者は物理攻撃無効なのだ」

 

「物理攻撃無効!?」

 

「着陸失敗して君はケガした?」

 

「えっ? ケガ?」

 

 玲司は急いで派手に裂けたシャツやスウェットパンツを見てみたが、肌にはかすり傷一つついていなかった。

 

「あれ? 痛かったのに……」

 

「一応痛覚は残しておかないといろいろ困るのだ」

 

 ミゥはそう言いながら破れたところに手をかざして、修復していった。

 

「お、おぉ、ありがとう」

 

「これくらいは早くできるようになるのだ。これで出来上がり……、あぁ、こんなところに汚れが!」

 

 玲司は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミゥの美しい横顔をぼーっと眺め、美空とは違う魅力を感じていた。同じミリエルの分身なのにやはりそれぞれオリジナルな魅力がにじみ出てくるのだ。

 

 よく考えたら一卵性双生児だって性格が全く一緒な訳じゃないから、当たり前なのかもしれない。

 

「……、……。ねぇ? 聞いてるの?」

 

 ぼーっとしていたら怒られてしまった。

 

「あ、ごめん。何だったかな?」

 

「んもぉ! だから普通の攻撃したってダメージ行かないし、相手の属性はロックされていじれないって言ったのだ」

 

「じゃあ、どうやってゾルタンを捕まえるの?」

 

「空間ごとロックして閉じ込めるか、奴のセキュリティをハックするツールを使って突破するかしかないのだ」

 

「ツール?」

 

「例えば、こんなのなのだ」

 

 ミゥはそう言うと指先で空間に裂け目を作り、手を突っ込んで一振りの日本刀を引っ張り出した。

 

「に、日本刀!?」

 

「これは【影切康光】、対管理者向け決戦兵器なのだ。よく見てるのだ」

 

 ミゥが【影切康光】を構えると、その美しい刃文の浮かぶ刀身がブワッと青白い光を纏った。

 

「おぉ……」

 

「この青い炎みたいなやつがツールの概念なのだ」

 

「概念?」

 

「実際にはハッキングのコード群なんだけど、そんなの目に見えないからこういう映像にして表示してるのだ」

 

「何だかよく分かんないけど、これをゾルタンの身体に当てれば勝ちってこと?」

 

「そうなのだ。運がいいとロックが解除されてダメージを与えられるのだ。試しにちょっと斬ってやるからそこに(なお)れなのだ」

 

 ミゥはニヤッと笑うと【影切康光】を振りかぶった。

 

「いやちょっと、身体壊されるんでしょ? 止めてよ!」

 

「ビリっとするだけ、ビリっとするだけなのだ」

 

 ミゥはとても楽しそうに言う。せっかく出した【影切康光】を使いたくて仕方ないようだった。

 

「ちょっと、シアン、助けて!」

 

 横で退屈そうに浮いていたシアンのうでにしがみつく。

 

 シアンはニヤッと笑うと、

 

「おぉ、じゃぁミゥちゃん、僕に斬りかかって来るといいゾ」

 

 といいながら、地面に降り立ち、ファイティングポーズを取った。

 

「え? シアンちゃんは素手?」

 

「ふふん、僕は素手でも強いゾ」

 

 シアンは碧眼をキラっと光らせて言った。

 

 しばらくにらみ合う両者、ピリピリとした緊張感が辺りを包む。

 

 一陣の風がビュゥッと吹いた時だった。

 

「チェスト――――!」

 

 ミゥは目にもとまらぬ速さで【影切康光】を振り下ろす。

 

 キィィィーーン!

 

 直後、【影切康光】はクルクルと宙を舞い、草原の中にズサッと落ちた。

 

 え?

 

 速すぎて目には見えなかったが、シアンがこぶしで【影切康光】を横から叩き落したようだった。

 

「う、うそ……」

 

「どう? 僕は少しは役に立つでしょ?」

 

 ドヤ顔のシアンに、ミゥは呆然と自分の両手を眺め、ゆっくりとうなずいた。

 

        ◇

 

 その後、玲司はいろいろとツールの使い方を教えてもらった。しかし、玲司はいくらやっても【影切康光】の刀身を光らせる事が出来なかった。

 

「ふぅ……。簡単じゃないんだね」

 

 玲司は大きく息をつき、首を振る。

 

「これでもね、あたしはずいぶん頑張ってきたのだ。でも、ゾルタンはまだ捕まえられてないくらい難問なのだ」

 

 ミゥは口をとがらせる。

 

「ですよねー」

 

 玲司はうなだれ、宇宙まで行って浮かれていた自分をちょっと反省した。どこにいるかもわからない、見つけてもワープされたら逃げられる。そして決戦兵器を当てても確率だという。なるほど無理ゲーである。

 

「うなだれてないで。何事も練習。ツールは後にして、基本の通常攻撃を復習なのだ」

 

 そう言ってミゥはシアンに、

 

「シアンちゃん、ちょっと魔物呼んできて」

 

 と、頼んだ。

 

「はいはーい!」

 

 シアンは嬉しそうに敬礼すると、ピョンと跳びあがり、ビュンと目にもとまらぬ速さですっ飛んでいった。



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44. ヴィーナシアン

 あっという間に丘の向こうへと消えていってしまったシアンの方を、ぼんやりと眺めながら、玲司は聞いた。

 

「この辺にはどういう魔物がいるの?」

 

「オークとか、コボルトとか……、稀にオーガも出るのだ」

 

「オーガ……。そういう魔物は誰が作ってるの?」

 

「設定だけやっておくと、後はシステムが自動生成してくれるのだ」

 

「ふぅん、便利だね。でもなんで魔物と魔法を追加したの?」

 

「いろんな設定の中で人類がどうやって独自の文化を築いていくのか、というデータ取りなのだ」

 

「はぁ、実験……なのか」

 

 魔物を配置し、魔法を使えるようにすることがただのデータ取りと言うミゥに、玲司は言いようのない違和感を抱いた。

 

「地球は一万個もあるのだ、Everza(エベルツァ)ならではの文化を作らないと埋もれておとりつぶしになってしまうのだ」

 

 ミゥは肩をすくめる。

 

「おとりつぶし!? 消されちゃうの?」

 

「そうなのだ」

 

「えっ!? 一体だれが?」

 

 玲司は驚いた。地球が消される、それは悪い奴が壊すとかならわかるが、地球運営側がやるというのだ。そんなことがあっていいものだろうか?

 

「まぁ、いろいろあるんだけど、最終的には金星のお方なのだ」

 

「き、金星?」

 

 玲司はいきなり出てきた惑星の名前に驚く。海王星だけで終わっていなかったのだ。玲司はこの世界を取り巻くとんでもない不思議な階層構造に言葉を失った。

 

 すると、遠くの方で、打ち上げ花火のようにドン! ドーン! と爆発音が響いた。きっとシアンだろう。一体何をやっているのだろうか?

 

 玲司は眉をひそめてミゥと顔を見合わせる。

 

 すると遠くの方からズズズズと地鳴りが聞こえてきた。

 

「な、なんなのだこれは?」

 

 よく目を凝らしてみると、遠くの方から土煙をまき上げながら魔物の大群が押し寄せてくるのが見えた。それはゴブリンやオークだけでなく、サイクロプスやゴーレムなど、レアな巨大魔物も混じっている。

 

 玲司は真っ青になった。

 

「ど、どうしよう?」

 

 こんな多量に押し寄せてくるのを、一匹ずつ照準合わせて倒していたのでは間に合わない。

 

 すると、シアンがツーっと飛んできて、

 

「呼んできたゾ!」

 

 と、嬉しそうに報告する。

 

「いや、ちょっと、呼びすぎだよ! あんなのどうやって倒すのさ!」

 

 玲司は頭を抱えて怒る。

 

 それを見たミゥは、苦笑いをして言った。

 

「君にはまだ荷が重いか。じゃ、シアンちゃんやってみるのだ」

 

「はいはーい! シアンにお任せ。きゃははは!」

 

 シアンは嬉しそうにくるりと回り、ピースサインを横にしてポーズを決めると、腕を高く掲げ目を閉じる。

 

 あんなたくさんの魔物を一体どうやって倒すつもりのか。玲司は不思議に思いながら見ていると、シアンはパチンと指を鳴らした。

 

 直後、激烈な閃光が走り、全てを焼き尽くす熱線が一行を貫いた。

 

 それはまるで核爆弾が炸裂したように、莫大なエネルギーが草原を、その周りの森を一斉に炎へと変えた。

 

 アチ――――ッ!

 

 玲司の服の前側も一瞬で燃え上がり、あまりの熱さに身もだえる。物理攻撃無効でなければ即死だった。

 

 あわてて巨大なシャボン玉のようなシールドを張るミゥだったが、直後に強烈な衝撃波が一行を襲い、シールドごと吹き飛ばした。

 

 ぐはぁ! ヒィ! きゃははは!

 

 一行はゴルフクラブで叩かれたボールのように一直線に大空に向ってはじかれる。そして、上空高く舞い上がると、数キロ先の森へと墜落していった。

 

 木々がなぎ倒された森の上で何度かバウンドしたシールドは、やがてゴロゴロと転がって止まる。無数の小石が空から降り注ぎ、シールドに当たってパラパラと音を立てていた。

 

 玲司がそっと目を開けると、そこには紅蓮の炎を集めた巨大なキノコ雲が赤黒く光りながら空へとたち上っていく姿があった。

 



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45. インチキ神主

 あわわわ……。

 

 玲司が起き上がろうと手をつくと、生々しいムニュっとした柔らかな手触りがする。それはまるで手に吸い付くようなしっとりとした感触で至高の触り心地だった。

 

 んむ?

 

 ついこないだ似たようなことがなかっただろうか? そう、それは大手町で……。

 

「ちょっと! 何すんのだ!」

 

 バシッと玲司の手がはじかれる。

 

 あ、こ、これは……。

 

 ミゥは焼け焦げてボロボロになった服で胸を隠し、涙目になって玲司をにらむ。

 

「ご、ごめん。不可抗力だよ。今は緊急事態。ねっ!」

 

「このエッチ!」

 

 バチーン!

 

 と、ビンタが玲司に頬にさく裂する。

 

 あひぃ!

 

 ミゥは、

 

「レイプされたのだ! うわぁぁぁん!」

 

 と大声で泣き叫ぶと、隣のシアンに抱き着いた。シアンのサイバースーツはきれいさっぱり服が燃え尽き、かけら一つも残っていなかった。

 

「おぉ、ヨシヨシ。どこ触られた?」

 

 シアンは透き通るような神々しいまでの見事な裸体を晒しながら、聖母のスマイルでミゥを受け入れると、

 

「清めたまえー、(はら)いたまえー」

 

 と、インチキ神主みたいなことを言いながら、触られたところをやさしくなでていく。

 

 そして、ミゥの服を丁寧に復元してあげていった。

 

 玲司はなぜこんなにラッキースケベな展開になるのか訳が分からず、

 

「ごめんよぉ。悪気はなかったんだ」

 

 と、頭を下げる。

 

「美空ねぇに言いつけてやるのだ!」

 

 ミゥはそう叫ぶとシアンの胸に顔をうずめ、しばらく動かなくなった。

 

 玲司は渋い顔をしながら吹き上がっていく灼熱のキノコ雲を見上げる。

 

 シアンがまたやらかしたその禍々しいせん滅の象徴をにらみながら、玲司はキュッと唇をかんだ。シアンに頼みごとをするときは、何をするつもりなのか聞いて確認をしようと心に誓ったのだった。

 

 

      ◇

 

 

 ミゥが落ち着いた後、一行は爆心地の巨大なクレーターの縁にやってきた。

 

 直径数百メートルはあろうかという大地にぽっかりと開いた穴には、魔物たちの影など何も残っていない。上空高く吹き上がっていったキノコ雲からは豪雨が降り注ぎ、傘代わりに上空に展開したシールドからは滝のように水が流れてくる。焦げ臭い風がビュゥと吹き抜け、再生させたシアンの腰マントがバタバタとはためいた。

 

「シアンちゃん、一体何やったらこうなるのだ?」

 

 ミゥは呆れ果てた顔で聞いた。

 

「オークの体温をMAXにしただけ。そしたら百億度になってしまったゾ」

 

「ひゃ、百億度!? システムで設定上限は一万度なのだ。なんでそんな値に?」

 

「バグじゃない? きゃははは!」

 

 楽しそうに笑うシアンを見つめながら、ミゥは渋い顔で、

 

「今日はもう撤退。ちょっと目立ちすぎたのだ」

 

 と、疲れ切った表情で首を振った。

 

 

       ◇

 

 

 一行は街にあるミゥのオフィスへ跳んだ。繁華街にも近い閑静な高級住宅地に並ぶ石づくりの立派な建物は、中に入ればミリエルの部屋と同じモダンなつくりだった。

 

「うわぁ、素敵なところだね……」

 

 玲司はそう言ってガラスづくりの大きな会議テーブルをなでる。窓の外を見ると豪奢な純白の宮殿が見えた。王宮だろうか? 大きく彫られた幻獣のレリーフが格調高く演出している。

 

「ちょっとコーヒーでも飲んでて。用事済ませたらディナーに行くのだ」

 

 ミゥはそう言ってコーヒーをシアンにすすめた。

 

「あれ? 俺のは?」

 

「自分で入れたら?」

 

 ミゥはプリプリとしたままで、キッと玲司をにらむと、バタン! と思いっきりドアを叩きつけるようにして出ていった。

 

 玲司はシアンと目を合わせ、肩をすくめる。

 

「はい、じゃあコーヒーコピーしてあげるゾ」

 

 シアンはそう言うと、まるでマジシャンのようにマグカップのコーヒーを一瞬で二つにして玲司に渡した。

 

「ちょっと! それ、どうやるの?」

 

 あまりに異様な事態に玲司は唖然とした。

 

「ただ、コーヒー選んでコピーってやるだけだゾ」

 

 そう言ってコーヒーを一口すすり、幸せそうに微笑んだ。

 

「そか、この世界デジタルだもんな」

 

「あー、でも、複製品はやっぱり味が少し落ちるんだよね」

 

「え?」

 

「まあ、些細な差だからご主人様には分からないゾ」

 

 シアンはニコニコしながら言った。

 

「いやいや、俺は違いの分かる男だぞ!」

 

 そう言ってシアンのマグカップを奪い取った。

 

 神妙な顔で何度も飲み比べる玲司だったが……、やがて首を傾げたまま固まってしまう。

 

 シアンはそんな玲司を嬉しそうに見ていた。



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46. 35.3%だゾ!

 玲司はソファにゴロンと横たわり、天井を眺めながらぼーっと考え事をしていた。そもそも、なぜゾルタンは裏切ったのだろうか? 別にミリエルの下で副管理人だって悪くはないと思うのに。何かケンカでもしたのかな? でもケンカしたくらいでこんなことになるものだろうか? 玲司には見当がつかなかった。

 

「ねぇ、シアン。ゾルタンはなんで裏切ったのかな?」

 

「ん? 人間は裏切るものだゾ?」

 

 シアンはコーヒーをすすりながら不思議そうに答えた。

 

「いやいや、そんなことないって。俺は裏切らないもん」

 

「え? 人間が信頼関係にある人を裏切る確率って知ってる?」

 

 シアンは眉をひそめながら聞いた。

 

「か、確率!?」

 

 玲司はいきなり確率の話を持ち出されて言葉を失う。世の中の人はどれくらい裏切るのだろうか?

 

 玲司は天井の木目の筋を無意味に追いながら、いろいろと考えてみたが全く分からない。しかし、裏切ってばかりなら社会は成り立たないはずだし、信頼してる人同士ならそれなりには低いに違いない。

 

「えーと、0.1%……とか?」

 

「35.3%だゾ! きゃははは!」

 

 シアンは思いっきり笑うと、コーヒーを美味しそうにすすった。

 

 へ?

 

 玲司は唖然とする。人間は信頼で結びつき一緒に暮らす生き物だ。三分の一が裏切るというのは全く納得がいかない。

 

「いや、シアン。それはおかしいよ。人間はそんな軽薄じゃないぞ!」

 

「じゃあ、ご主人様は結婚したとして、絶対浮気しないの?」

 

 シアンはいたずらっ子の目でニヤッと笑う。

 

「う、浮気!? え……と……。多分……しないんじゃ……ないかな……」

 

 玲司はとたんに勢いを失い、うつむいてしまう。もちろん、浮気しようと思っているわけじゃない。でも、十年経ち二十年経ってもずっと妻一人のことだけを見続けられるだろうか?

 

「ゾルタンも浮気したくなったんじゃない?」

 

 シアンの適当な意見に玲司は大きく息をつき、ソファーの上で寝返りを打った。

 

 人間は裏切る生き物だという現実を、自分の中にも見出してしまったこと。それは言いようのない失望を自らに浴びせかけていた。

 

 そうだ、人間とはこういう生き物だったよな。行き場のない不信感を玲司は持て余し、キュッと唇をかんだ。

 

 するとシアンはふわふわと飛んでやってきて耳元で、

 

「でも、僕は絶対裏切らないゾ。なんたってAIだからねっ」

 

 と、言うと、しおれている玲司のほほにチュッと軽くキスをした。

 

 うわぁ!

 

 優しく甘酸っぱい香りに包まれ、玲司は思わず焦る。

 

「僕を信じて」

 

 シアンはそう言うとギュッと背中に抱き着いた。温かい体温がじんわりと柔らかい感触の向こうから伝わってくる。

 

 玲司は自然と湧き上がってくる微笑みを抱き、シアンの手をそっとさすって気遣いに感謝した。

 

 そして、人間と言う度し難い生き物と、ある意味純粋なAI。この組み合わせは実は理想に近いのではないだろうかとぼーっと考えていた。

 

 

      ◇

 

 

 陽も傾いてきたころ、ミゥは二人を街に連れ出した。

 

 大通りには荷馬車が行きかい、わきの歩道を家路につく人たちが歩いている。両脇には三階建ての石造りの建物がずっと連なっていて、夕日を浴びてオレンジ色に輝いていた。

 

「何食べたいのだ? 肉、魚?」

 

 ミゥはちょっとおしゃれに紺色のジャケットを羽織り、グレーのキャスケット帽を目深にかぶって二人を見る。さっきまでの不機嫌さは見えず、玲司はホッとした。

 

「肉、肉ぅ!」

 

 シアンが嬉しそうに宙をクルクル回りながら叫ぶ。

 

「ちょっと! 目立つから歩いて」

 

 玲司はシアンの腕をつかんで地面に下ろす。Everza(エベルツァ)は魔法がある星ではあるが、気軽に宙をふわふわ浮いているような人は見かけない。

 

「歩くの面倒くさいゾ」

 

 シアンは頬をプクッとふくらませてジト目で玲司を見る。

 

「手をつないであげるから」

 

 玲司は親戚の小さな子供を諭した時のことを思い出し、シアンの手を握った。

 

「あはっ! これなら楽しいゾ」

 

 シアンは嬉しそうに腕をブンブン振り、軽くスキップしながら歩き始める。

 

「はいはい、そんな急がないで」

 

 玲司はふんわり柔らかい指の温かさにちょっと照れながらも、楽しそうな癒されていくのを感じていた。

 

「じゃ、肉にするのだ」

 

 ミゥは楽しそうな二人を見ながらちょっと不機嫌そうに言った。

 



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47. 白亜の城

 やってきたのは、大通りから少し入ったところの大衆食堂のような気取らない店だった。

 

 少しガタつく椅子に、年季の入った木製テーブル。高い天井にはシーリングファンがゆっくりと回っている。

 

「ちょっと汚いけど、ここのスペアリブは病みつきになるのだ」

 

 ミゥがおしぼりで手を拭きながらそんなことを言うと。

 

「あら、ミゥちゃん、汚いだけ余計よ」

 

 そう言いながら恰幅のいい女将さんがパンパンとミゥの背中を叩く。女将さんはベージュの民族衣装をまとって頭にタオルを巻き、とてもエネルギッシュだった。

 

「アハ! 聞かれちゃったのだ。いつもの三人前。後、あたしはエール。君たちは?」

 

 ミゥは上機嫌に注文していった。

 

 

        ◇

 

 

「カンパーイ!」「かんぱーい」「かんぱい」

 

 三人は乾杯し、玲司は一人だけ水を飲む。

 

「くぅ! 一仕事終えた後のエールは格別なのだ!」

 

 ミゥは口の周りを泡だらけにして満面に笑みを浮かべて言った。

 

「血中アルコール濃度急上昇だゾ! きゃははは!」

 

 シアンも上機嫌に笑う。

 

 玲司は何がそんなに嬉しいのか分からず、小首をかしげながら水をゴクゴクと飲んだ。

 

「はーい、おまちどうさま!」

 

 女将さんがスペアリブを山盛りにしたバカでかい皿をドン! とテーブルに置く。

 

「待ってました!」

 

 ミゥは素手で骨をガッとつかむと、かぶりつき、アチッアチッと言いながらジワリと湧きだしてくるその芳醇な肉汁を堪能した。

 

 玲司はフォークで一つ持ち上げると恐る恐るかぶりつく。

 

 甘辛いタレがたっぷりとからんだスペアリブは、エキゾチックなスパイスが効いていて、香ばしい肉の香りと混然一体となって至福のハーモニーを奏でた。玲司は湧きだしてくる肉汁のめくるめくうま味の奔流に、脳髄が揺さぶられる。

 

 くはぁ。

 

 玲司は目を閉じたまま宙を仰ぐ。異世界料理なんて田舎料理だろうとあまり期待していなかったがとんでもなかった。これを東京でやったらきっと流行るだろう。

 

 玲司が余韻に浸っていると、ミゥもシアンもガツガツと骨の山を築いていく。

 

「あ! ちょっと! 俺の分も残しておいてよ!」

 

「何言ってるのだ! こんなものは早い者勝ちに決まってるのだ!」

 

 ミゥはそう言うとエールをグッとあおり、真っ赤な顔を幸せそうにほころばせた。

 

 

       ◇

 

 

 最後の肉の奪い合いに負けた玲司は、幸せそうに肉をほおばるミゥをジト目で見ながら聞いた。

 

「で、ゾルタンはどうやって捕まえるの?」

 

「西の方へ行ったところに魔王城がある」

 

「ま、魔王城!?」

 

 玲司は思わず叫んでしまった。なんというファンタジーな展開だろうか。

 

「こんなだゾ」

 

 シアンは気を利かせて映像をテーブルの上に展開した。

 

 そこには天空に浮かぶ島があり、その上には中世ヨーロッパ風の立派な城が建っていた。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城のような石造りの壮麗な白亜の城には天を衝く尖塔に、優美なアーチを描くベランダが設けられ、ため息が出るような美しさを放っていた。

 

 それはまさにファンタジーに出てくる空飛ぶお城。美しいお姫様が住んでいそうな趣である。

 

「これ、ゾルタンが造ったのだ。だから怪しいんだけど、ジャミングがかかっててデータが取れんのだ」

 

「僕が撃墜してあげるゾ!」

 

 シアンはノリノリでジョッキを掲げる。

 

「いや、調査隊が今まで何人もここに入っていって消息不明なので、手荒にはできんのだ」

 

 ミゥは渋い顔をしてジョッキをあおった。

 

「じゃあ、ここに調査に行くってこと?」

 

「いや、ミイラ取りがミイラになっても困る。それに、こんな分かりやすいところに奴がいるとも思えんのだ」

 

「うーん、そしたらどうするの?」

 

「……」

 

 ミゥは目をつぶって考え込む。

 

「ねぇ?」

 

「うるさいのだ! 今、それを考えてるのだ!」

 

 ジョッキをガン! と、テーブルに打ち付けて怒るミゥ。

 

 玲司は事態が行き詰っていることを理解し、静かに水を飲んでふぅと嘆息を漏らした。

 

 相手は管理者権限を持った元副管理人。居場所なんてそう簡単には分からない。事態の解決には相当な時間がかかる気がする。凍り付いた八十億人の時間を取り戻す道程の長さにちょっとめまいがして、玲司は静かに首を振った。

 



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48. 漆黒の球

 気まずい時間が流れたが、シアンはジョッキを傾けながら、

 

「もうすぐで見つかると思うゾ」

 

 と、こともなげに言った。

 

「えっ? 見つかる?」「はぁ!?」

 

 玲司はシアンの言ったことがよく分からず聞き返し、ミゥは眉間にしわを寄せる。

 

「ゾルタンの残した足跡のデータを全部解析して、周辺にいた人間のデータを全部集めたんだ。それで、隠れ蓑として使っているIDを絞り込んで、そのIDの活動実績の妥当性分析を今かけてるんだゾ」

 

 シアンは複雑で高度な解析を勝手に進めていたことを暴露する。

 

「ちょ、ちょっと待つのだ! なんでシアンちゃんがそんなことできるのだ?」

 

 ミゥは驚いて立ち上がる。

 

「ん? 僕はAIだもん。システムそのまま海王星のサーバーに移植してもらったからメッチャパワーアップしてるんだゾ。きゃははは!」

 

 嬉しそうに笑うシアンを見てミゥは言葉を失った。確かにミリエルにはそんなことをやったような記憶がある。しかし、もしそれが本当だとするならば、もうシアンはミリエルの能力を超えてしまっているということであり、それは地球のシステムのセキュリティ体制の根幹にかかわる話になってしまう。

 

「あ……。そういう……こと?」

 

 ミゥはその瞬間、なぜミリエルが玲司たちを送ってきたのかに気づいてしまった。ミリエルはこのシアンのスーパーパワーを使ってゾルタンをせん滅するつもりなのだ。しかし、シアンは玲司の言うことしか聞かない。だから玲司を懐柔し、シアンをうまく使って問題の収拾をしろと言うことだったのだ。

 

「いきなり斬りかかっちゃったじゃない……」

 

 ミゥはボソッとつぶやき、いきなり最悪な対応をしてしまった自分を恥じた。ミリエルの分身ではあるが、本体の考えることすべてが伝わってくるわけではないのだ。

 

「ミリエルぅ……」

 

 ミゥはジョッキを傾けながら玲司の様子を見る。最低な対応をした自分をとがめることもなく、マイペースで状況を楽しんでいるこの男の懐の深さに、美空ねぇが気に入った理由を見つけた気がした。

 

 それにしても、こんなに大切なことをあえて伝えずに二人を送ってきたミリエルの意図ははかりかねる。ミゥは奥歯をギリッと鳴らすと、ジョッキを一気に傾けた。

 

 そういうことであれば計画は大幅に変更である。シアンにゾルタンを探させて、シアンの力で制圧してしまえばいいのだ。ミゥは大きく息をつくと、

 

「ねぇ、シアンちゃん。ゾルタンと戦ったら勝てる?」

 

 上目づかいでゆっくりと聞く。

 

「余裕で勝てると思うゾ。でも、この星がどうなるか分からないけどね。きゃははは!」

 

 楽しそうに物騒なことを言うシアンに、ミゥは渋い顔をして玲司と顔を見合わせる。

 

「あ、ゾルタンっぽいのが見つかったゾ」

 

 シアンは骨にちょびっと残った肉をかじりながら言った。

 

「えっ? どこどこ?」

 

「これは……、郊外の小屋かな。何やら怪しいことをやっているみたいだゾ」

 

「怪しいことって?」

 

 玲司が聞くと、

 

「あ、見つけたことがバレちゃったゾ。たはは」

 

 と、シアンが苦笑する。

 

 美空はハッとして二人の手をつかんだ。そして一気に夕焼け空の上空へとワープする。

 

 直後、ゴリッ! という不気味な重低音が街中に響き渡り、漆黒の球が街を飲みこんだ。

 

 夕焼けに照らされ赤く輝いていた王宮も、広場の尖塔も、そして食事をしていた食堂も漆黒の球に喰われてしまったように消え去り、ただ、全ての光を飲みこむ不気味な球が静かにたたずんでいた。

 

 えっ……?

 

 玲司は真っ青になってただその失われてしまった街を見下ろし、ガクガクと体を震わせる。目の前で多くの人の命が、文化が跡形もなく消え去った。

 

 女将さんは? レストランは?

 

 データを探索しても漆黒の闇の中はがらんどうで、もはや誰も何も残っていなかった。

 

 え……?

 

 直前までのあのにぎやかなレストラン、たくさんの料理、人も物も全てきれいさっぱり消されてしまったのだ。その現実は玲司の首を締め付けるようにまとわりつき、あまりの息苦しさに思わずのどを押さえ、持っていたフォークを落としてしまう。

 

 フォークは沈みかけの夕日の真紅の輝きをキラキラッと放ちながら、漆黒の闇へと飲まれていった。

 



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49. ガチガチの利権構造

 闇の直径は数キロはあるだろうか、球状の表面には時折パリパリと稲妻が瞬き、その闇がただの表示上のバグなどではないことを物語っていた。

 

「何するのだ! このアンポンタンがぁ!」

 

 ミゥは真っ赤になって叫びながら、空中に展開したいくつもの画面をあちこちにらみつつ画面をパシパシと叩いていった。そして、ゾルタンらしき人影をとらえると、

 

「目標確認! 喰らえなのだ!」

 

 と、叫んで自分の周りに紫色に輝く球をいくつか浮かべると、ゾルタンが逃げ込んだ雑木林に向って射出した。

 

 パウッ!

 

 目にもとまらぬ速さで宙を舞った紫色の光跡は、次々と雑木林に着弾し、まるで地上で爆発した打ち上げ花火のように激しい紫色の光のシャワーを吹きだした。

 

 茜色の夕焼け空をバックにまぶしく輝く紫の光跡。それはまるでこの世のものではないような鮮やかさで神々しささえ感じさせる。

 

 玲司は無言でその紫の輝きをぼんやりと見ていたが、次の瞬間、目の前に男が現れ、いきなり光り輝く剣を振りかぶられた。

 

 えっ!?

 

 間抜けにも玲司は動くことができなかった。

 

 夕焼け空を背景に青色の光を纏った剣は容赦なく玲司めがけて振り下ろされる。

 

 ヒィ!

 

 玲司は頭をかかえしゃがみ込む。

 

 ガン!

 

 横からシアンが持ってたジョッキで、目にもとまらぬ速さで剣を殴りつけ、はじいたのだった。

 

 ジョッキは砕け、エールがパアッと振りまかれる。

 

「百目鬼! なぜこんなところに!」

 

 シアンは叫んだ。

 

「え? 百目鬼!?」

 

 玲司は耳を疑った。日本で自分を殺した男がなぜこんな異世界にいるのだろうか?

 

「なんだ、またお前たちか」

 

 ひょろりとした男は、茜色から群青(ぐんじょう)へとグラデーションしていく空をバックに距離を取り、鼻で笑った。キツネ目の面長の顔は初めて見るが、声は確かに百目鬼そのものだった。

 

「ゾルタンと組んだのか?」

 

 玲司が聞くと、百目鬼はニヤッと笑い、

 

「ゾルタン様は素晴らしい。人類はどういう物かを良くご理解されている。ミリエルには無理なことだよ」

 

 そう言って上空を仰ぎ見た。

 

 そこには空中戦をしている二人の姿があった。ゾルタンとミゥだろう。お互いワープを繰り返しながら隙を見ては光のシャワーを放ち、また、輝く剣を交わしていた。

 

「どうだお前たち? 俺の部下にならないか? ミリエルの下にいたってじり貧だぞ」

 

 百目鬼はいやらしい笑みを浮かべながら右手を差し出す。

 

「東京を核攻撃する奴につくわけねーだろ!」

 

「か――――っ! 分かってない」

 

 百目鬼は肩をすくめ首を振る。

 

「いいか、玲司君。ここ数十年日本の文化も経済も衰退の一方だった。なぜだかわかるかね?」

 

「え? そ、そんな。衰退……してたとは思わないけど」

 

「はっはっは! 現状認識すらできてないとは話にならん。日本の一人当たりGDPはこの三十年で二位から二十四位にまで急落。音楽も出版も下り坂でコンテンツ市場は右肩下がりだ。そしてこれらすべては東京の政財界、大企業などが張り巡らしたガチガチの利権構造に原因がある。利権構造が社会の活力を奪ったのだ!」

 

 百目鬼は絶好調にまくしたて、ただの高校生に過ぎない玲司は圧倒される。

 

「そ、そうかもしれないけど。だからと言って殺すのは……」

 

「か――――っ! 分かってない。じゃあお前ならどうする?」

 

「えっ? 利権構造が悪いならそれを壊せば」

 

「どうやって?」

 

「そ、それは……」

 

 いきなり日本をどう改革するかなんて問われても、一介の高校生には分かりようもない。

 

「世界征服だよ! ご主人様!」

 

 横からシアンが嬉しそうに言う。

 

「はははっ。シアン、お前とは話が合いそうだな。要は悪い奴をぶっ殺す。簡単な話だよ玲司君」

 

「あー、でも今では人殺しはやらないんだゾ」

 

 シアンはそう言って、混乱している玲司を引き寄せた。

 

 玲司はシアンの体温に触れ、落ち着きを取り戻す。

 

「そ、そうだ。人命は重い。人殺しの正当化など認めない!」

 

「ふーん。人命ね。まぁいいや。じゃあもう一度殺してやる」

 

 百目鬼はつまらなそうにそう言うと、自分の周りに青白い光のビーズを無数に浮かべ、

 

 

「死ねぃ!」

 

 と、叫びながら一斉に放ってきた。

 

 



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50. ゲームチェンジャー

「きゃははは!」

 

 シアンは楽しそうに笑うと玲司と一緒に少し上空へワープをしてかわし、玲司をすごい速さで上空へ放り投げた。

 

 うはぁ!

 

 暮れなずむ柔らかな光の中でどんどんと小さくなっていく地上の風景を見下ろしながら一体何をするつもりなのかハラハラしていると、閃光があたりを包んだ。

 

 それは三尺玉の打ち上げ花火のような巨大な瑠璃(るり)色の光の炸裂だった。直後、あちこち、あらゆるところで瑠璃(るり)色の花が咲き、辺りは激しい閃光で埋め尽くされた。

 

 うわぁ……。

 

 ワープで逃げてもどこかでは当ててやろうというシアンのとんでもない物量作戦だった。

 

 その光のイリュージョンをぼーっと見ているとミゥが飛んできた。

 

「ちょっとなんなのだあれは?」

 

 呆れた口ぶりである。

 

「お疲れ様。あれ撃つの難しいの?」

 

「難しいというか、あの光の粒一つ一つがハッキングツールで、全部に特権レベルアクセス用のトークンIDが要るのだ」

 

「トークンID?」

 

管理局(セントラル)に申請して発行してもらうのだ」

 

「え? じゃああの光の粒全部が発行申請済み?」

 

管理局(セントラル)もバカじゃないから機械的な大量な申請は受け付けないのだ。どうやってあんな量通したのかしら?」

 

 ミゥが首をかしげていると、

 

 ぐぉぉぉ!

 

 うめき声が響き、下の方で瑠璃(るり)色に輝く男が見えた。

 

「ゾルタンに当たったのだ!」

 

 ミゥは【影切康光】を青く光らせ臨戦態勢に入る。

 

 シアンはここぞとばかりにありったけの弾をゾルタンに向けて射出した。

 

 直後、激しい閃光がゾルタンの辺りを覆う。

 

「やったか!?」

 

 玲司は手で顔を覆いつつ、薄目で様子を見ながら叫ぶ。

 

「それ、言っちゃダメな奴なのだ」

 

 ミゥはジト目で玲司を見る。

 

 果たして光が落ち着いていく中で見えてきたのはモスグリーンの(まゆ)のようなシールドだった。

 

 中にはゾルタンらしき男が倒れていて、百目鬼が治療を施している。

 

「な、なんで無事なのだ!?」

 

 ツールによる攻撃はシールドでは守れない。しかし、シアンのあれほどまでの無慈悲な集中砲火を浴びて無事な理由が分からず、ミゥは固まった。

 

 するとシアンは今度は両手を高く掲げ、手の間にバリバリとスパークを走らせた。

 

 そしてそれをゾルタンたちに向けて放り投げた。

 

 スパークは光の微粒子を振りまきながらモスグリーンのシールドで炸裂し、ゴリッという音をたてながら漆黒の球を展開する。空間そのものを切り離したのだ。これでゾルタンたちは管理区域に転送され、もはや何もできなくなる。

 

 これに対抗できるすべは存在しない。しかし、ミゥは胸騒ぎが止まらなかった。

 

「やったか!?」

 

 無邪気に禁句を連発する玲司にムッとしたミゥは、発泡スチロールのような棒を取り出し、スパーン! といい音をたてながら叩いた。

 

「それは止めてって言ってるのだ!」

 

「ご、ごめん。でも、空間切り取ったら勝ちだって言ってたじゃん?」

 

「普通はそうなんだけど、あいつらちょっとおかしいのだ」

 

 すると、シアンがツーっと飛んでくる。

 

「ミゥ~、あいつら変だゾ」

 

「シアンちゃん、お疲れなのだ」

 

 ミゥはそう言ってシアンをハグで迎え入れ、健闘をたたえた。

 

 シアンが言うにはモスグリーンのシールドが特殊で特権レベルのツールを無効化してるとのことだった。となると、空間の切り取りも効いていない可能性がある。

 

 ほどなくして闇は晴れたが、懸念通り、モスグリーンのシールドは健在だった。

 

 一行は言葉を失う。あのシールドがある限り彼らは無傷。自分たちはやられ放題、まさに一方的な殺りくになってしまう。いまだかつてない事態にミゥは渋い表情でキュッと唇をかんだ。

 

 やがて、ゾルタンの治療が終わったらしく、二人は立ち上がって不敵な笑みをたたえたまま一行に近づいてきた。

 

「見たかね! この新型シールドを」

 

 得意げにゾルタンが叫ぶ。ゾルタンは不気味に手足の長いヒョロっとした長身の男で、日焼けして黒いカッターシャツを着ている。

 

 ミゥは玲司と顔を見合わせ、なんと返すべきか言葉を探すが、圧倒的なゲームチェンジャーの登場に言うべき言葉が見つからなかった。

 

 

 



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51. ロンギヌスの槍

「なんだ、言葉もないか? 百目鬼君、この優秀なハッカーが作り出した革新的なシールドだよ。これで君らの攻撃は一切通用しない。どうだ? ミリエル、降伏するか?」

 

 くっ!

 

 ミゥはギリッと奥歯を鳴らしてにらみつけ、叫ぶ。

 

「ミリエルの答えは一つ。死んでも降伏などしないのだ!」

 

「ふーん、じゃあ君らには死んでもらおうか……。あ、そうだ、シアン君と言ったね。君凄いね。君は死なすに惜しいな。どうだ、ワシの部下にならんか?」

 

「部下?」

 

 シアンが小首をかしげる。

 

「君の素晴らしい攻撃力、厚遇で迎えてやろう。ザリォ様もお喜びになるだろう」

 

「ザリォって誰?」

 

 玲司はミゥに聞いた。

 

「奴は隣の星系の管理者なのだ。ついに隠す気も無くなったか!」

 

 要はミリエルのライバルの管理者がゾルタンを引き入れて、ミリエルの足を引っ張っり、担当範囲の拡大を画策しているらしい。

 

「ザリォ様はお前と違って人間というものが何かよく分かっておられる。きっとシアン君の力も存分に引き出してくれるだろう。どうかね、シアン君?」

 

「だって、ご主人様どうする?」

 

 シアンはそう言って玲司の方を見た。

 

 えっ。

 

 悲鳴にも似た声がミゥから漏れ、ミゥは玲司の袖をつまんでうつむいた。シアンはミリエル側の切り札である。ここでシアンが寝返ってしまったらもはやミリエルは滅ぶしかない。

 

 まさか生殺与奪の判断が自分に来るとは思ってなかった玲司はちょっと驚いたが、ミゥの細かく震える手をぎゅっと握りしめると、

 

「人命を尊重できない人たちとは絶対組みません!」

 

 と、力強い声で言い放つ。

 

 ミゥは何も言わず両手で玲司の手を包んだ。

 

「と言うことなので、僕は寝返らないぞ! きゃははは!」

 

 シアンは楽しそうに笑った。

 

「ふーん、惜しいな。じゃが、仕方ないか。ワシの究極奥義で葬ってやろう」

 

 そう言いながらゾルタンたちは何やら攻撃の準備を始める。

 

 勢いで断ったはいいが、このままでは殺されてしまう。

 

「シアン、逃げよう!」

 

 玲司が言うと、シアンは不思議そうに返す。

 

「え? 倒さないの?」

 

「倒せるの?」「えっ!?」

 

 驚く二人。

 

「倒せるゾ! でも、この星がどうなるか分からないけどね! きゃははは!」

 

 不穏なことを言うシアンだったが、倒せるのだったらここで倒してしまう以外ない。逃げ続けててもいつかは追い詰められてしまうのだから。

 

「行ける、大丈夫、これ言霊だから!」

 

 玲司はそう言ってシアンの背中をパンパンと叩いてゾルタンを指さした。

 

 するとシアンはさっき焼け野原で拾った、半分焦げた木の枝を空間の裂け目から取り出すと、ビュンビュンと振り回し、感触を確かめる。そして、ゆっくりと目を閉じると、

 

「緊急動作モードへ移行します。全リソースをオペレーションへ投入します。周囲の方は十分に距離を取ってください」

 

 と、合成音声みたいに案内文を棒読みした。

 

 ぼうっと光を纏うシアン。

 

 やがて光は強くなり、シアンの色が抜けていき、まるで輝く大理石像のようになると木の枝を高く掲げた。

 

 すると夕闇の空にいきなり暗雲がたちこめだす。雲がどんどんと集まり、渦を巻きだし、時折稲妻がパリッと走り、その禍々しい渦を浮かび上がらせていく。

 

 雲はどんどん厚く、渦はどんどん激しく回り、やがて中心部には台風の目のような穴がポッコリと開いた。

 

 シアンはその穴に向けてツーっと上昇を始めた。

 

 最初は余裕を見せていたゾルタンだったが、台風の目を見ると途端に焦り始め、

 

「あいつはヤバい。金星の臭いがする」

 

 と、言って一斉にシアンに向けて青色に輝く弾を乱射した。

 

 まるで天使のように神々しく白く光り輝くシアン、次々と襲いかかる弾の青い光跡。

 

 しかし、青い弾はなぜかシアンに近づくと急速に輝きを失い、そのまま消えていってしまった。

 

「くぅ! なんだあいつは!」

 

 ゾルタンは悪態をつくがツールの効かない相手には打つ手がない。苦虫をかみつぶしたような顔でシアンを見上げ、にらんだ。

 

 シアンは台風の目の近くまで上ると、持っていた木の枝をツーっと台風の目に投げ入れる。

 

 直後、暗雲全体がまぶしく発光し、激しい雷がシアンに落ちた。

 

 ピシャーン!

 

「あっ! シアン!」

 

 玲司は思わず声を上げる。

 

 激しく光り輝いたシアンだったが、変わらず微笑みをたたえながら右手を高く伸ばした。

 

 やがて降りてくる木の枝。しかし、その枝はメタリックに光り輝き、先端には揺らめく炎のようなものがついている。

 

 玲司は急いでステータスを調べ、その異様な表示に驚いた。

 

ーーーーーーー

名称:ロンギヌスの槍

種別:???

攻撃力:???

 :

 :

機能:???

ーーーーーーー

 

 名称以外すべての欄が「???」である。今までこんな表示見たことなかった。

 



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52. 禁制の品

「ロ、ロンギヌスだと!」

 

 ゾルタンは驚き固まる。

 

 シアンはロンギヌスの槍を手にすると、ニコッとほほ笑んだ。石突や口金には見事な浮彫のされた金の金具が付き、穂先は燃えている炎のように赤く光り輝きながら揺れている。これがゾルタンに勝つための武器らしい。そして、この星が滅ぶ原因になるかもしれないという恐るべき伝承の存在。とはいえ、玲司にはさっき拾った木の枝に炎がついたたいまつにしか見えなかった。

 

 シアンはロンギヌスの槍を丁寧に眺め、満足そうに金の浮彫をそっとなでる。

 

 そしてゾルタンを見下ろし、ニヤッと笑うとブルンと振り回した。

 

 すると炎状の穂先からは鮮烈な赤い光線がほとばしり、暗雲は裂けて霧消し、モスグリーンのシールドはあっさり真っ二つに両断された。

 

「イカン! 百目鬼、撤退だ!」

 

 ゾルタンがそう叫んだ時、シアンはゾルタンの真ん前にワープして楽しそうに笑っていた。そして繰り出されるロンギヌスの槍。

 

 くっ!

 

 ゾルタンはワープのコマンドを発行する。ギリギリ間に合ったはずだったが、なぜかゾルタンはワープできなかった。

 

 ザスッ!

 

 炎の穂先がゾルタンの心臓を無慈悲にも貫く。

 

「ど、百目鬼、貴様! ぐぁぁぁぁ!」

 

 なんと、百目鬼はゾルタンの腕をガシッと握り、ワープコマンドの発行をキャンセルしていたのだ。

 

 そして、ニヤッと笑うと、自分は直後にワープして消えていった。

 

 ゾルタンは断末魔の悲鳴を残し、湧きだすブロックノイズにうもれ、やがて消えていった。

 

 

          ◇

 

 

「あれ? 百目鬼が見つからないゾ」

 

 シアンが小首をかしげている。どうやら今までの追跡方法が百目鬼には効かなかったらしい。

 

「あー! 倒す順番間違えたゾ!」

 

 そう言ってガックリとうなだれた。

 

 ミゥはそんなシアンにいきなり飛びついた。

 

「シアンちゃ――――ん!」

 

「おぉ、ミゥどうした?」

 

 ミゥは抱き着いたまま小さく震えている。

 

 シアンはニコッと笑うと、ポンポンとミゥの背中をやさしく叩いた。

 

 さわやかな風がビュゥと吹いて二人の髪をやさしく揺らす。

 

 金星が輝く、群青色への美しいグラデーションの夕暮れ空をバックに二人の美少女が抱き合っている。玲司はそんな尊いシーンを見ながら、『この世界を絶対に守りたいな』とギュッとこぶしを握ったのだった。

 

 

        ◇

 

 

「はぁぁ、やっぱりここが落ち着くのだ」

 

 ミゥは窓の外にドーンと広がる海王星の青い水平線を見ながら嬉しそうに言う。街を潰されてしまったEverza(エベルツァ)の時間を止め、一行は海王星のステーションに戻ってきていた。

 

「おつかれちゃん」

 

 ミリエルはゾルタンを倒せた一行をねぎらうように丁寧にコーヒーを入れた。

 

「そうだ! ミリエルは事前にシアンちゃんのことを教えておいてくれないと困るのだ!」

 

「あー、ごめんね。でも、ミゥのことはあたしが一番分かってる。こうした方が一番成功するのだ」

 

 それを聞いたミゥはミリエルをジト目でにらみ、口をとがらせる。そして、コーヒーカップをひったくると、

 

「わかるけど! 文句ぐらい言わせるのだ!」

 

 そう言って、そっぽを向いてコーヒーをすすった。

 

「でもまだまだ解決してないよね。百目鬼も残ってるし、ザリォとやらも嫌な感じ」

 

 玲司もコーヒーカップを取りながら言った。

 

「一難去ってまた一難。困ったものなのだ。ふぅ」

 

 ミリエルは首を振った。

 

「ロンギヌスの槍があれば有利じゃないの?」

 

「それがねぇ……。あの槍は金星の物なのよ。我々が勝手に使ったのがバレると処分間違いなしなのだ」

 

 ミリエルはガックリとうなだれる。

 

「えっ!? そんなにヤバいもの?」

 

 玲司はシアンに聞くと、

 

「だから『この星がどうなるか分からない』って言ったんだゾ きゃははは!」

 

 と、嬉しそうに笑った。

 

 玲司は渋い顔をしてミリエルやミゥと顔を見合わせた。まさかこの言葉の意味が『規則上どうなるか分からない』という意味だったとは想定外だったのだ。

 

 ミリエルはふぅとため息をつくと、

 

「コーヒー飲んでる場合じゃないわね。飲むのだ!」

 

 そう言ってワインボトルをガン! とテーブルに置いた。

 

「キタ――――ッ!」「いぇい!」

 

 シアンとミゥは小躍りする。

 

「あ、いや、まず、方針を決めてから……」

 

 玲司は正論を言ったが、飲むモードに入ってしまった人たちは止められない。

 

「こういうのは飲みながらの方がいいのだ。君も飲む?」

 

 ミリエルはそう言ってワイングラスを差し出す。

 

 玲司は渋い顔をして首を振り、コーヒーをゴクッと飲んだ。

 



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53. 魔王城で待つ

「はいはい、じゃぁ乾杯なのだ!」「カンパーイ!」「かんぱーい!」「かんぱい」

 

 玲司は渋い顔でコーヒーのマグカップをワイングラスたちにぶつけた。

 

「でさー、シアンちゃん、ロンギヌスの槍ってどうやって出したのだ?」

 

「そうそう、それ! あれって金星の物でしょ? どうやって出したか不思議なのだ」

 

 ミリエルとミゥは興味津々である。

 

「ん? これ? 普通に金星のサーバーにあったゾ」

 

 そう言いながらシアンは、空間の裂け目からするりとロンギヌスの槍を取り出した。焼け焦げた自然の枝は微妙にうねりながら持ちやすそうな柄となり、穂は赤く炎のように揺れ動いている。

 

「金星のサーバー!?」

 

 ミリエルは驚く。海王星は実は金星にあるサーバー群で作られた世界なのだ。金星の衛星軌道上には無数のサーバーが運用されており、その中の一群が自分たちの海王星を合成している。しかし、地球人が海王星にアクセスするのが簡単じゃないように、海王星のミリエルたちにとっても金星はとても行くことができない神域だった。

 

「どうやって行ったのだ?」

 

 ミゥは身を乗り出して聞く。

 

「バグのないシステムはないゾ。システムの隙がありそうなところをチクチクずっと叩いてたらある日通れたゾ」

 

「すごいすごい! シアンちゃん、すごーい! もう一度カンパーイ!」

 

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「かんぱい」

 

 女性陣は調子が上がって早速二本目のボトルを開けた。

 

 

 結局その晩は遅くまでどんちゃん騒ぎとなり、今後の方針の議論なんて全然されなかった。とはいえ、それほどまでにミリエルたちにとっては辛い時間だったのだろうと思うと、玲司は突っ込めなかった。

 

 しばらく、酔っぱらいのバカ話を聞いていたが、素面(しらふ)ではいつまでも付き合い切れない。玲司は早めに切り上げ、部屋の隅で勝手にベッドを出して転がる。そして、三人の(かしま)しい笑い声を子守歌に玲司は眠りに落ちていった。

 

 そして、翌朝――――。

 

 シアンがいなくなっていた。

 

 

       ◇

 

 

 シアンが行方不明になるなんてことは初めてで、ミリエルたちもあわてて探し回った。

 

 八方手を尽くしたが見つからず、諦めかけていたところに一通のメッセージが届く。そこにはただ、

 

『魔王城に来て』

 

 としか書いていなかった。

 

 

        ◇

 

 

「うはぁ! これが魔王城! スゲー!」

 

 玲司はEverza(エベルツァ)の魔王城そばの丘に立ち、上空にゆったりとたたずむ天空の城『魔王城』を見上げて叫んだ。

 

 ゴツゴツとした岩肌を晒す空飛ぶ島の上に建てられた白亜の城。それは映像で見た時よりもはるかに荘厳で心に迫る美しさを放っている。玲司はしばらくため息を漏らしながらその神々しい威容に見とれていた。

 

「でも、本当にこんなところにいるのかなぁ……」

 

 ミゥは腕を組み、首をかしげながらいぶかしげにつぶやく。

 

 確かに、シアンがこんなところにいきなりやってきて、三人を呼び出す理由が全く分からない。

 

 何かのサプライズを企んでいるというのだったら分からなくもないが、百目鬼やザリォの計略だったとしたら待っているのは死……。

 

 玲司はぶるっと身震いをするとミリエルに聞いた。

 

「ワナだったらどうするの?」

 

 ミリエルは魔王城を険しい目で眺めながら、

 

「そん時はそん時なのだ。どっちみちシアンちゃんがいなかったら、あたしらは百目鬼に勝てないのだ」

 

 と、腹をくくったように言い切った。

 

 玲司はふぅ、と大きくため息をつく。

 

 横ではミゥが画面を展開し、魔王城の内部を必死に解析している。そして、

 

「今のところは……、特に怪しい気配はないのだ。突入する?」

 

 と、チラッとミリエルを見た。

 

 ミリエルはゆっくりとうなずき、玲司を見る。玲司は大きく息をつき、静かにうなずいた。

 



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54. 背徳の美

 一行はエントランスの方へと飛んだ。

 

 目の前に現れるレンガ造りの巨大な魔王城のファサードは壮大で、あちらこちらに精巧な幻獣の彫り物が施されている。特に、ドラゴンやフェニックスをかたどった壮麗な彫刻が大きく左右に配され、来るものを睥睨(へいげい)させているのは見事だった。

 

 うわぁ……。

 

 玲司は思わず感嘆の声を上げる。

 

 手入れの行き届いた、汚れ一つない天空の城はその壮麗な美しさを余すところなく宙に浮いている。それはまさに異世界ファンタジーそのものだった。

 

 一行は、静かに玄関の巨大なドアのところに着地する。

 

 一般に管理者系の建物の周辺は、セキュリティのため、ワープの利用ができないようになっている。だからドアを開けて入っていくしかない。

 

 ミリエルは辺りを伺い、ドアノブをゆっくりと動かしてみる。

 

 ガチャリ!

 

 カギはかかっていないようだ。

 

 三人は顔を見合わせ、最後の確認をする。ミリエルはミゥに紫色に光る特殊弾を渡し、いざというときは窓や壁を破壊して退路を作ることを命じた。玲司はドアごとにドアが閉まらないツールを仕込んで、閉じ込められないようにする担当となる。トラブったらすぐに逃げ出す、それがポイントだった。

 

 ミリエルはギギギーっときしむ音をたてながら巨大な木製ドアを引き開けていった。

 

 中は大理石をふんだんに使った壮麗なエントランスホールだった。優美な階段には赤じゅうたんが敷かれ、施された金の刺繡が、魔法で光るシャンデリアの明かりを反射してキラキラと輝いていた。

 

「誰かいるのだ……」

 

 そう言いながらキョロキョロと見まわし、抜き足、差し足でミリエルはなかまで進んだ。

 

 ミゥは空中に間取り図を浮かべ、

 

「一番怪しいのは謁見(えっけん)の大広間なのだ」

 

 と、左側の通路を指さす。

 

 

        ◇

 

 

 しばらく赤じゅうたんの敷かれた豪奢な長い廊下を進み、突き当りの大きなドアまできた一行。

 

 するとかすかに人の声がする。

 

 ミリエルは二人と目を合わせると、うなずいてゆっくりドアを開いた。

 

 明るく豪華絢爛な室内には、正面奥に段があり、玉座が据えてある。そしてそこに座る一人の男と、その隣には赤い髪の女性が見えた。

 

 百目鬼とシアンだった。

 

「やあやあ皆さん、いらっしゃい」

 

 百目鬼は上機嫌に叫んだ。

 

 ミリエルは大きく息をつくと、つかつかと奥へと進み、答えた。

 

「呼びつけて一体何の用なのだ?」

 

「いやなに今後のことについて相談をしようかと思って」

 

「相談……、へっ!?」

 

 ミリエルは辺りを見回し、脇に異様な六角形の氷柱が並んでいることに気が付き足を止めた。

 

 肌色の何かが入った氷柱。

 

 ミリエルはダッシュして表面の霜を手で払った。

 

「ジェンマ! あなた……」

 

 ミリエルはそう叫んで他の氷柱も確認していく。それは今まで送り込まれた調査隊員の氷漬けだった。

 

 ステンドグラスの窓から差し込む光が氷柱の裸体に赤や青の鮮やかな色を与え、妖艶な背徳の美を演出している。

 

 その神々しいまでのおぞましさを放つ人柱に、玲司は顔面蒼白となって唇がこわばっていくのを感じた。

 

 ミゥは百目鬼を指さし、真っ赤になって叫ぶ。

 

「なんてことするのだ! この人でなし!」

 

 しかし百目鬼は、悪びれることなく返す。

 

「これはゾルタンのオッサンのやらかしたことで、私は関係ない」

 

「氷漬けの人を放っておく時点で人でなしなのだ!」

 

 百目鬼は肩をすくめ、首を振ると、面倒くさそうに返す。

 

「無事相談が終われば、回収すればいい。死んでるわけじゃない」

 

「で、相談って何なのだ?」

 

 ミリエルは怒りに燃える目で百目鬼をキッとにらんだ。

 

 すると、隣に立っているシアンが答えた。

 

「ミリエル、降伏しよ」

 

 以前、百目鬼にハックされた時のように髪の毛も目の色も真っ赤になってしまったシアンは、ニコニコしながらいう。

 

「はぁ? 降伏?」

 

 ミリエルがムッとした表情で返す。

 

 玲司は叫んだ。

 

「おい、シアン、どうなってんだ? また百目鬼に乗っ取られたのか?」

 

「ご主人様、僕はね、合理的に考えたんだゾ。百目鬼たちと組むと地球一個くれるんだってそれで、正式な管理者にしてくれるって」

 

「何言ってんだ、今すぐ止めろ! 戻ってこい」

 

 玲司はシアンに両手を広げて引きつった笑顔で命令する。

 

「いや、ご主人様こそおいで。どうせ人間は35.3%だゾ!」

 

 そう言って嬉しそうに両手を広げた。

 

「ふざけんなぁ!! これは命令だ! 今すぐ戻ってこい!」

 

 玲司は怒髪(どはつ)天を()く勢いで絶叫した。

 

 ふぅ、ふぅ、と玲司の荒い息が謁見室にこだまする。

 

 



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55. ミゥの名残

 すると、シアンは首を傾げ、

 

「ご主人様、そっち居ると……死ぬゾ?」

 

 と、右手をすっと差し出した。

 

 玲司は首を振り、シアンをじっと見据えて、

 

「いいかシアン、『損得勘定ばっかりしてたら人生腐る』んだよ。例え死のうが、腐った人生に価値などない!」

 

 と、こぶしを握って見せつけた。

 

 パチ、パチ、パチ!

 

「はっはっは! 見事な演説だよ玲司君」

 

 百目鬼は玉座のひじ当てにもたれかかったまま、気だるげに拍手をしながら言った。

 

「降伏を断ったらどうするつもりだ?」

 

 玲司は百目鬼に聞く。

 

「まぁ、死んでもらうしかないね」

 

「ザリォか?」

 

 ミリエルは鋭い目で百目鬼に聞いた。

 

「そうだ。今さら隠しても仕方ない。最後にもう一回だけ聞いてやる。降伏するか?」

 

 百目鬼はあごの無精ひげを指先でなで、ニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「バーカ!」

 

 ミリエルはそう言うと真紅に輝く弾を無数浮かべ、百目鬼に向けて撃つ。同時にミゥも手近なステンドグラスの窓に紫色の特殊弾を放った。

 

 百目鬼に撃った球は玉座に近づいたあたりでシールドに阻まれ、爆発し、煙幕となり、辺りを白く煙に沈める。

 

 ミゥの撃った弾はステンドグラスで派手に爆発したが、なぜか傷一つつかず、脱出口は作れなかった。

 

 玲司はドアまでダッシュして体当たりをしたが……、ガン! と跳ね返されて無様に転がってしまう。

 

 そう、出口は確保できなかったのだ。

 

「なんだよぉ!? ロックされない仕掛けをしといたのに!」

 

 玲司が悲痛な声で叫ぶ。

 

 二人もドアまで駆け寄り、必死に開けようとあがく。

 

「ちょっとこれ、なんなのだ!?」「今一生懸命解除してる! 待つのだ!」

 

 ミリエルは脂汗をかきながら目をつぶって、ドアのシールドの解除にかけた。

 

 すると煙幕が薄くなっていく向こうで百目鬼が笑い、

 

「はっはっは! 君らの浅知恵などお見通しだよ。そのシールドは君らには破れん。さて、お別れだ。シアン……、()れ」

 

 そう言ってアゴでシアンに指示した。

 

 シアンは、

 

「きゃははは!」

 

 と、楽しそうに笑うと青く輝く弾を無数、空中にバラバラと浮かべていく。

 

「止めろぉ!」

 

 玲司は必死に作業してるミリエルとミゥをかばい、大の字になってシアンを見据えた。

 

「ご主人様、当たるよ? どいて」

 

 シアンは今まさに発射の体制で、真紅のきれいな瞳をギラリと輝かせながら玲司をにらむ。

 

「シアン! 目を覚ませ! こっちに戻ってこい!」

 

 玲司は必死に説得をする。

 

 ミゥは玲司の服のすそをつかみ、ブルブル震えている。

 

「残念でした! チェックメイト♡ きゃははは!」

 

 シアンが腕をバッと振り下ろした瞬間、ミリエルの足元に隠されていた魔方陣が紫色に強烈に輝いた。

 

「きゃぁ!」「いやぁぁぁ!」

 

 叫び声と同時に魔方陣から立ち上がった漆黒の闇はあっさりとミリエルの身体を飲みこむ。後には漆黒の繭だけが残り、表面のあちこちでパリパリとスパークが走っていた。

 

「うわぁぁ! ミリエル!」

 

 玲司は闇に飲みこまれてしまったミリエルを見て呆然とする。自分たちの地球の管理者、大いなる理解者の消滅は八十億人の存亡にかかわる事態なのだ。

 

 あわわわ……。

 

 ミゥは目の前で消えていった自分の本体にがく然とし、ユラリと揺れ、倒れていく。

 

「ミゥ! しっかり!」

 

 玲司はすかさずミゥの柔らかい身体を支えたが、見ると徐々に透け始めている。

 

「え? こ、これは……?」

 

 ミゥは涙を浮かべながら玲司に抱き着いた。

 

「ミリエルが死んだらあたしも終わり……、なのだ。冷たくして……ごめん」

 

「おい! ミゥ! ミゥ――――!」

 

 玲司はどんどん軽くなっていくミゥをギュッと抱きしめる。

 

「あなたに会えて、良かった……」

 

 か細い声を残し、ミゥはたくさんの光の微粒子を辺りに振りまきながらこの世から消えていった。

 

「うぉぉぉぉ! ミゥ――――!」

 

 玲司は膝からガックリと崩れ落ち、頭を抱えた。

 

 ツンツンしてるけど憎めない可愛くて生意気な女の子、ミゥが殺された。次々と死んでいく仲間。

 

 玲司はうるんでにじむ視界の中で、チラチラと輝くミゥの名残の微粒子を眺めながらこの世の理不尽を恨んだ。

 



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56. ミッションコンプリート

 玲司はバッと立ち上がると、

 

「百目鬼ぃ――――!」

 

 と、叫びながら目にもとまらぬ速さで飛び、玉座の百目鬼に殴りかかる。

 

 しかし、百目鬼は顔色一つ変えることなく指先をクリっと動かす。すると三メートルはあろうかというモスグリーンの巨大な手のひらが浮かび上がり、そのまま玲司をひっぱたいた。

 

 バーン!

 

 まるでスカッシュのボールみたいに玲司の身体は壁に当たり、天井に当たり、柱に当たって床に転がった。

 

()れ者が。身の程を知りたまえ」

 

 百目鬼はそう言って汚いものを見るかのように玲司を見下ろした。

 

 くぅぅ……。

 

 玲司が体を起こすと、シアンは、

 

「ご主人様、静かにしてなきゃだめだゾ!」

 

 そう言いながら空中に紫色に輝く鎖を浮かべると、素早く玲司に向けて放ち、ぐるぐる巻きにして床に転がした。

 

「ぐわぁ! シアン、貴様ぁ!」

 

「はっはっは! 勝負あったようだな」

 

 百目鬼は嬉しそうに笑う。

 

 日本からの二人の長い確執(かくしつ)はこうして百目鬼の勝利で終止符が打たれてしまった。

 

 くぅ……。

 

 玲司は冷たく固い床の上でうめき、涙をポタポタと落とした。

 

 なぜ、シアンが裏切ったのか? どこで間違えたのか……。

 

 

「カッカッカ! 良くやった! ミリエルは目の上のコブ。よくぞ処理してくれた」

 

 いきなり部屋に甲高(かんだか)い男の声が響いた。

 

 見ると、恰幅が良いチビの中年が、脂ぎった顔に笑みを浮かべながら壇上に降り立った。

 

「こ、これはザリォ様! わざわざいらしていただけて光栄です!」

 

 百目鬼は急いで玉座をザリォに譲ると、壇を降り、床にひざまずいた。

 

 シアンも真似するように百目鬼の隣でひざまずく。

 

「うむ、くるしゅうないぞ。特にシアン君、君の攻撃は見事だった。あのミリエルの間抜け顔、ざまぁ! って感じだったわい。カッカッカ!」

 

 ザリォは上機嫌に笑った。

 

「恐縮です」

 

 その光景に玲司は違和感を覚えた。シアンが『恐縮』と言ったり、ひざまずいたところなど今まで一度も見たことが無かったのだ。やはりシアンはどこか壊れてしまったのだろうか?

 

「何か褒美(ほうび)を取らそう! 何がいいかね?」

 

「あ、それでしたら一つお願い事が……」

 

「何でも言ってみたまえ」

 

 シアンは百目鬼をチラッと見て、

 

「お耳をお貸しいただけますか?」

 

 と、腕で胸の谷間を強調させながら、上目遣いに言った。

 

「おう、近こう寄れ」

 

 ザリォは鼻の下を伸ばしながら手招きする。

 

「はっ、ありがたき幸せ」

 

 そう言うとシアンは、ツーっとザリォの耳元まで飛んだ。

 

 そして、とても嬉しそうな顔で、

 

「死んで」

 

 と、ささやきながらロンギヌスの槍を出現させ、ザリォを突き刺す。ザリォの下腹部から突き上げるように打ち込まれた槍は玉座ごと心臓を貫いたのだった。

 

 ゴフッ!

 

 ザリォはその鮮やかな暗殺テクニックになすすべなく真っ赤な血を吐き、両手を震わせながらシアンの方を見つめ、一体何が起こったのか分からないままこの世を去っていった。

 

 百目鬼も玲司も一瞬何が起こったのか分からず、ただ、楽しそうに暗殺を遂行するシアンの鮮やかな手口に呆然としていた。

 

 ザリォの肢体はやがて無数のブロックノイズに埋もれ、霧散していく。

 

 そして、すぐにシアンは紫に輝く鎖を浮かべると、百目鬼に放ち、唖然としている百目鬼をあっという間にぐるぐる巻きにしたのだった。

 

「ミッションコンプリート! いぇい!」

 

 シアンはピョンと飛びあがり、天井高い豪奢な謁見室でクルクルと楽しそうに回った。ふんわりと舞うシアンの髪は光の微粒子を辺りに振りまきながら、赤から綺麗な水色へと戻っていく。

 

 その神々しさすら感じさせるシアンの変化を見ながら、玲司は自分が騙されていたことに気づいた。シアンが裏切ったとばかり思っていたのだが、それは作戦だったらしい。

 

「シ、シアン、まさかこれ全部最初から仕組んでたって……こと?」

 

 玲司は半信半疑で聞くと、シアンはツーっと降りてきて、

 

「あったり前よぉ。『AIは絶対裏切らない』ってちゃんと言ってたゾ!」

 

 そう言いながら玲司を縛る鎖をほどいた。

 



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57. 手品ショー

「えっ!? じゃ、ミリエルは?」

 

 シアンはいたずらっ子の顔でニヤッと笑うと、

 

「チャラリラリラン! チャラリラリラーララー!」

 

 と、いきなり手品ショーのBGMを口ずさみながら、脇のキャビネットまで飛んで、扉をバッと開いた。

 

 すると、笑顔のミリエルが現れて玲司に手を振った。

 

「えっ! なんだよそれ――――!」

 

 玲司はガクッと肩を落とし、完全に騙されていた自分の間抜けさに落ち込む。

 

「ナイス・リアクションだったのだ!」

 

 ミリエルはそんな玲司の肩を叩いた。

 

「本当に死んじゃったんだって思って、ひどく絶望してたんだよ? もう……」

 

 玲司は仏頂面で文句を言う。

 

「まぁでも、君たちに教えてたら、こんなにうまくはいかなかったのだ。君らに演技なんて無理なのだ」

 

「んー、まぁそう……だろう……って、ミゥも? 知らなかったの?」

 

「知らなかったわよ。今知って怒ってるわ。クフフフ」

 

 そう言ってミリエルは空中に手を掲げる。すると、ポン! という音がしてミゥが現れ、渋い顔をしながら着地した。

 

 ミリエルはニヤリと笑いながら、

 

「『あなたに会えて、良かった……』」

 

 と、ミゥが消える前の言葉を真似し、ミゥは真っ赤になってミリエルの頭をペシペシと叩いた。

 

「ははははは。痛い、痛い、ゴメンってば!」

 

「分身をもっと大切にするのだぁ!」

 

 ミリエルは笑いながらその辺を逃げ回り、ミゥは日ごろのうっ憤を晴らすべく追いかけまわした。

 

 

       ◇

 

 

 玲司は床で縛られて転がっている百目鬼の悔しそうな顔を眺める。

 

 何度もどんでん返しが続いたが、これでついに完全終結。止めていた地球も復元できるに違いない。

 

「あれ? もしかして、これで全部解決? ねぇ解決?」

 

 玲司はまだ追いかけられているミリエルに聞いた。

 

「うん、ありがとね。全て解決なのだ」

 

「やった――――!」「いぇい!」

 

 玲司はシアンとハイタッチしてお互いの健闘を讃えた。

 

 

          ◇

 

 

「残念だが、まだ終わってないぞ」

 

 床に転がっていた百目鬼がニヤッと笑う。

 

「負け惜しみはみっともないゾ」

 

 シアンはロンギヌスの槍の柄でパンパンと百目鬼のお尻を叩いた。

 

「痛て! 痛て! 止めろよ! 俺が自由な行動を制限されて一定時間たつと金星にメッセージが飛ぶようになっている」

 

「金星?」

 

 シアンは小首をかしげる。

 

「そうだ『金星の技術をハックして管理者に危害を加えたものがいる』ってな。いいかお前ら、その槍のことがバレたらおとりつぶし間違いなしだぞ! はっはっは!」

 

 百目鬼は物騒なことを言って笑う。

 

「何をそんな都合のいいこと言ってんだ! どうせ今思いついたんだろ!」

 

 玲司は怒って叫ぶ。

 

「なら、放っておけばいい。そろそろこの鎖を解かないとメッセージが飛ぶぜぇ」

 

 嬉しそうな百目鬼。

 

 玲司はミリエルと顔を見合わせた。ブラフかもしれないが、もし本当にメッセージが飛ぶようなことがあったら厳罰は免れない。特にザリォの死因について調べられては逃れようがない。

 

「今すぐ俺を解放しろ! 君らと敵対するつもりはない。副管理人として雇ってくれれば大人しくしてる。本当だ」

 

 叫ぶ百目鬼を見下ろしながらミリエルは腕を組み、考え込んだ。百目鬼のことだ、そのくらいやっていてもおかしくない。しかし、解放して言うこと聞くとも思えない。

 

「ミリエル、ちょっと拷問(ごうもん)しちゃっていいかな?」

 

 シアンが楽しそうに言った。

 

「拷問?」

 

「ちょっと意識朦朧(もうろう)とさせて本音を言わせるんだゾ!」

 

 シアンは楽しそうに言った。

 

「お前! それは人権侵害だぞ! 俺は嘘は言わない! 仕掛けもあるし、もう敵対もしない。本当だ!」

 

 必死に懇願(こんがん)する百目鬼。

 

 ミリエルはそんな百目鬼を見て、サムアップでシアンにGOサインを出した。

 

 



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58. 黄金の惑星

「きゃははは!」

 

 シアンは嬉しそうに笑うと、空中に黄金色の魔方陣を展開する。魔方陣からはパリパリと金色のスパークが湧き出し、凝縮されたエネルギーのすさまじさが感じられた。

 

「バカ! ヤメロ――――!」

 

 百目鬼の叫びが部屋に響き渡った直後、ピッシャーン! と雷が盛大に百目鬼を直撃した。

 

 ゴフゥ!

 

 髪の毛がチリチリとなった百目鬼は、口から煙を吐きながらバタリと倒れる。

 

 シアンはそんな百目鬼の身体を空中にツーっと浮かべると、

 

「今の話全部ホント?」

 

 と、好奇心旺盛な目でほっぺたをツンツンしながら聞く。

 

 百目鬼はうつろな目で朦朧としながら、

 

「メッセージは……本当……」

 

 そう言ってガクっと気を失った。

 

「メッセージ送られちゃう! ど、どうしたらいいのだ?」「いや、参ったな……」「きゃははは!」

 

 四人は顔を見合わせ、アイディアを募るが、決定的な手段がない。そうこうしているうちにも送られてしまうかもしれないのだ。

 

 ミリエルは苦虫をかみつぶしたような顔をしてギリッと奥歯を鳴らすと、

 

「くぅ、仕方ないのだ。交渉しよう」

 

 と言って、パンパンと百目鬼の頬を叩く。

 

 だが、反応がない。

 

「シアンちゃん! やりすぎなのだ! もぅ」

 

 ミリエルは急いで氷水を生み出して百目鬼に浴びせた。辺りにビシャビシャと水をまき散らしながら、ミリエルは景気よく水をぶっかけていった。

 

 う、うーん。

 

 氷水に眉をひそめ、うめく百目鬼。

 

「おい、起きるのだ!」

 

 パンパンと百目鬼の頬を張るミリエル。少しかわいそうだったが、多くの地球の命運すらもかかった重大な局面である。玲司はハラハラしながらじっと様子を見ていた。

 

「う? な、なんだ?」

 

 意識を取り戻す百目鬼。

 

「まずメッセージ送信は一旦止めろ。相談するのだ」

 

 ミリエルは急いで言った。

 

「メ、メッセージ? 何だっけ?」

 

 まだ朦朧(もうろう)としている百目鬼は要領を得ない。

 

「金星に送るメッセージなのだ!」

 

「き、金星? あ、あー、そうだな……。あれ? どうやって止めるんだったかな?」

 

「貴様! ふざけてる場合か!」

 

 ミリエルは胸ぐらをつかんで揺らす。

 

「ぐわぁ! ま、待て! 今思い出すから……、えーと……確か……」

 

 百目鬼は眉間にしわを寄せて何かを考えていたが、

 

「あ……」

 

 と、気になる声を出し、動かなくなった。

 

「おい、どうしたのだ? まさかもう送ったんじゃなかろうな?」

 

 百目鬼は目を閉じて何かを必死に考えているようだったが、やがて諦めたように動かなくなった。

 

 その姿を見て、一行は顔を見合わせる。明らかにヤバい事態だった。

 

 その直後、ズン! と魔王城が大地震のように大きく揺れ、壊れたTVのように城内のあちこちにブロックノイズが湧いた。

 

「きゃあ!」「うわぁ!」「きゃははは!」

 

 人知を超える現象、極めてマズい事態に引き込まれている。玲司はミリエルと目を合わせ、嫌な予感にお互い冷や汗を浮かべる。

 

 やがて揺れは収まったが、窓の外が真っ暗になっていた。

 

「こ、これは……?」

 

 窓へとダッシュして玲司は驚いた。そこは大宇宙であり、眼下には巨大な金色の惑星が広がっていたのだ。まるで金箔を振りまいたようなキラキラとした黄金の惑星。それは教科書で見た、黄色いガスに覆われた金星とは似ても似つかない、まさに金の星だった。

 

 海王星とはまた違った魅力を持った美しい星に玲司は言葉を失う。

 

 しかし、これは金星に呼び出されたということであり、これから処分されるという重い意味を持っている。

 

「あちゃー……」

 

 ミリエルはその風景を見ると額に手を当てて動かなくなった。

 

「お、金星だゾ! すごーい!」

 

 シアンは目をキラキラさせながら金色に弧を描く美しい地平線を眺める。

 



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59. 雄大なるクジラ

 やがて向こうの方に巨大な構造物が見えてくる。

 

 極めて大きな長細い流線型のものが、ゆったりと揺れながら徐々に回頭してこっちの方へ進路を変えているようだ。かなりの速度で近づいてくる。

 

「ちょっと、何あれ?」

 

 玲司はミリエルに聞いたが、

 

「金星はあたしらにとっても伝説上の存在。金星に何があるかだなんて聞いたこともないのだ」

 

 と、ミリエルは渋い顔で首を振る。

 

「あの動き、生き物だゾ」

 

 シアンが手をうねうねさせながら言う。

 

「生き物? 宇宙に生き物なんているのか?」

 

「いないよ? でもここは金星だゾ。きゃははは!」

 

 玲司はもう一度目を凝らしてそれを見た。すると確かに円錐状の先頭部分には口らしき筋が入っているように見えないこともない。そして、横とシッポについた巨大な太陽光パネル状のものはヒレにも見える。となると、あれはクジラ型宇宙船、と言うことだろうか。

 

 ミリエルたちにとっても神の世界である金星。そこに展開される不思議な光景。玲司は想定外の展開にただ茫然として、天の川を背景に悠然と泳ぐクジラの泳ぎに見入っていた。

 

「幅二十キロ、長さ百キロってとこかな?」

 

 シアンが両手の親指と人差し指で四角を作り、カメラマンみたいにクジラを捉えながら言う。

 

「百キロメートルのクジラ!?」

 

 玲司はその非常識なサイズに絶句する。

 

 そして、そんな巨体がみるみる近づいているということは、その速度はとんでもない速さに違いない。

 

「逃げらんないの?」

 

 玲司はミリエルに聞いたが、ミリエルは肩をすくめ、

 

「人間にとって管理者が神様なように、管理者にとって金星人は神様。ここは神の世界なのだ。あたしたちは何の能力も出せないのだ」

 

 と言って、ため息をついた。

 

「あ、そうだ! シアン! あの槍は金星の物なんでしょ?」

 

「そうだけど? これであのクジラ真っ二つにするの? きゃははは!」

 

 シアンは槍をクルクルと回すと、炎状の穂先をゴォォォと大きく燃え盛らせた。

 

「あ、いや。何かに使えないかなって」

 

「うーん、魔王城を少し動かすくらいなら……。でも逃げらんないゾ」

 

「デスヨネー」

 

 玲司はうなだれる。

 

 そうこうしている間にもクジラはこちらに一直線に接近してくる。直径二十キロだとすると、ヒレの長さは40キロはあるだろうか? 満天の星をバックに接近してくるクジラは、表面がメタリックで、下腹部は鮮やかな金星のキラキラとしたきらめきを反射し、背中は星空を映している。

 

「二十キロって大きすぎてサイズ感がわかんないなー」

 

 玲司がボヤくと、

 

「東京23区がそのまま飛んでくる感じだゾ」

 

 と、シアンは楽しそうに言った。

 

「23区全部がってこと?」

 

「そう、全部が来るゾ!」

 

 うはー。

 

 絶句する玲司。

 

 音の全くない静けさに沈んだ宇宙で、徐々に大きくなって見える23区サイズのクジラ。その得体の知れなさに玲司はゾッと冷たいものが背筋を流れ、冷汗をポトリと落とした。

 

 

         ◇

 

 

 クジラの圧倒的な存在感に飲まれ、城内はシーンと静まり返る。

 

 東京23区サイズのメタリックの巨体はきらびやかな金星の輝きを反射して、満天の星空の中で不気味に輝いている。

 

 ミリエルもミゥも渋い顔で押し黙り、ただ近づいてくる神判(しんぱん)者の裁きを静かに待っていた。

 

 眼前に迫り、星空を覆わんとするように迫ったクジラは、さすがに体当たりをするわけではないようで、衛星軌道上にたたずむ魔王城の右側をかすめるように超高速で通過していく。

 

 クジラのゆったりとした曲面の造形には幾何学模様を描く継ぎ目が無数に走り、鏡のような綺麗な光沢を放っている。そして、継ぎ目からは金色の蛍光がほのかに放たれていた。

 

 玲司は眼前を超高速で過ぎ去っていく巨大構造物の中に巨大な目を見つける。それは直径一キロはあろうかというサイズで、まるで一眼レフのカメラレンズのように漆黒の闇を内部にたたえ、こちらを凝視しているようにも見えて、玲司はぶるっと震えた。

 

 しかし、これでは終わらない。胸辺りについた全長四十キロはあろうかという巨大なヒレが、ゆっくりと打ち下ろされてきながら魔王城に迫っていたのだ。

 



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60. 未知との遭遇

「え? あれぶつからない?」

 

 玲司は冷汗をかきながらヒレの動きを予想してみるが、このままだと魔王城直撃である。

 

「それが、金星人(ヴィーナシアン)の神判なのかも……」

 

 ミリエルは青い顔をしてすっかりクジラに圧倒されてしまい、覇気がない。

 

「ちょ、ちょっと! しっかりしてよ! 地球を元に戻してもらわないと困るよ」

 

「そうは言うけど、あたしらに何ができるのだ?」

 

 ミリエルはちょっと悔しそうに玲司を見る。

 

「諦めちゃダメ! 諦めたらそこで試合終了なの!」

 

「うーん、しかしなのだ……」

 

「『できる、やれる、上手くいく!』これ言霊だからね。何とかする道を考えよう」

 

「うーん、あのヒレぶった斬る?」

 

 シアンはロンギヌスの槍をブンと振ると、穂先の炎をゴォォォと吹いた。

 

「いやいや、金星人(ヴィーナシアン)にケンカ売っちゃまずいって!」

 

「え? 斬れるの?」

 

 ミリエルは興味津々で聞いてくるが、シアンは、

 

「わかんない、やってみる? きゃははは!」

 

 と、楽しそうに笑う。

 

 玲司とミリエルは顔を見合わせて肩をすくめた。

 

 そうこうしているうちにもヒレは迫る。厚さが三キロメートルはあろうかという巨大なヒレは、全長数百メートルしかない魔王城全体からしてみたら圧倒的なスケールで、ぶつかったら粉々にされてしまうだろう。

 

「うわぁ! 下りてくるよぉ」

 

 ミゥはおびえ、玲司の腕にしがみつく。玲司はそんなミゥの頭をそっとなで、

 

「ギリ、抜けられないかな?」

 

 と、シアンに聞く。

 

「うーん、当たるのは城だけっぽいゾ。みんな、床に伏せて。あと三十秒!」

 

 そう言って床を指した。

 

 三人は渋い顔をしながら床に伏せる。

 

 窓の向こうには金属光沢のヒレが、煌びやかな金星を映し出しながらゆったりと降りてくるのが見える。

 

「おい! 私はどうなんだよ!」

 

 縛られて空中に浮かばせられたままの百目鬼が叫んでいるが、誰も相手にしない。全て自業自得なのだ。

 

「あと十秒ダゾ!」

 

 そう言ってシアンは仁王立ちし、ヒレに備える。

 

 ミゥは目をギュッとつぶって何かぶつぶつ唱えている。玲司はそんなミゥに、、

 

「大丈夫だよ、これ言霊だからね」

 

 そう言って優しく頭をなでた。

 

 するとミゥは今にも泣きそうな顔でギュッと玲司に抱き着き、玲司の胸に顔をうずめる。

 

「五、四、三、二……」

 

 カウントダウンが続き、緊張感がマックスに高まる。

 

 直後、ズン! という轟音と共に大地震のように城は揺れ、部屋の上半分が吹き飛んだ。

 

「キャ――――!」「うはぁ!」「いやぁぁぁ!」「きゃははは!」

 

 上層階はヒレの直撃を受け、粉々になりながら吹き飛ばされ、壁や柱が崩落してくる。

 

 シアンは楽しそうに、落ちてくる瓦礫を吹き飛ばし、切り裂き、獅子奮迅の活躍でみんなを守ったのだった。

 

 

       ◇

 

 

『な、何とかなったかな?』

 

 嵐が過ぎ去り、玲司が顔を上げると右にはまだ巨大なクジラの巨体が高速で通過している。ただ、進路は変えたみたいで徐々に遠ざかっている。

 

 城は粉々にされ、空気も失ったが玲司たちはシールドを纏っていて何とか助かっていた。

 

『うーん、いや、これからが本番だゾ』

 

 シアンは通り過ぎていくヒレの方を眺めながら険しい表情で言った。

 

 

        ◇

 

 

 通り過ぎていくヒレの向こう側から真紅の光が輝きながら城へと飛んでくる。一行は固唾を飲んでその光跡を追った。

 

 輝きはやがて城までやってくると瓦礫だらけの壇上の上で止まり、しばらく明滅した後、閃光を放ち、その姿を露わにした。

 

 それは三メートルはあろうかという巨大な水晶のタブレット(石碑)だった。長細い五角形で、下へ行くほど細く、一番下はとがっている。水晶の中には黄金の板が溶け込んでおり、表面に浮き彫りされた幾何学模様のような碑文が黄金の板のラインを屈折させて見せており、現代アートのような美が構成されていた。

 

 そして、紫水晶の球がほのかに輝きながら、いくつかクルクルと石碑の周りを回っており、近づきがたい印象を受ける。

 

 こ、これは……。

 

 玲司はこの得体のしれない未知との遭遇にゴクリと生唾を飲んだ。

 

 



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61. 走馬灯

『お主ら、やってくれたのう』

 

 脳に直接響く威圧的な若い女の声に、ミリエルは青い顔をしながら壇の前に駆け寄り、瓦礫を簡単に掃うとひざまずいた。

 

金星人(ヴィーナシアン)様、恐れながら申し上げます。これには深い経緯が……』

 

 ミリエルが冷や汗を流しながら答えていると、百目鬼が喚き始めた。

 

『こいつらです! こいつらが金星の力を勝手に使って管理者を殺したんです! 私は被害者です!』

 

『黙れ!』

 

 タブレットがオレンジ色に光りながら怒る。

 

『私めでしたら、必ずや金星人(ヴィーナシアン)様のお力になります! 本当です! こんなのろま達には負けません!』

 

 制止も聞かず百目鬼は一気にまくしたてる。

 

 直後、タブレットをクルクルと回っていた紫水晶の一つが激しい閃光を放つと、パウッという振動と共に一直線に紫の光線が百目鬼を貫いた。

 

『ぐはぁ!』

 

 鮮烈な光線は、百目鬼の胸にぽっかりと穴をあけ、そこから体液がボコボコと沸騰し始める。

 

『ひぃっ!』

 

 玲司はその凄惨な仕打ちに思わず目をつぶる。

 

 しばらく百目鬼はうごめき、そしてブロックノイズに埋もれ、消えていった。

 

 一行は金星人(ヴィーナシアン)の無慈悲な行動に戦慄を覚え、ただ、押し黙るばかりだった。

 

『さて、お主らに裁決を申し渡す!』

 

『さ、裁決?』

 

 玲司は破滅的な予感に冷や汗を流し、真っ青な顔でタブレットを見上げた。

 

『金星の技術を使い、勢力を高めんとしたその方らの罪は万死に値する。よって貴様らは死刑。管理中の地球は全て没収の上廃棄。以上!』

 

 要は皆殺しである。自分たちだけでなく、八個の地球に息づく百数十億の命もすべて奪うというのだ。

 

 玲司は思わず叫んだ。

 

『待ってください! これらは全て地球の発展のために行ったことです。なにとぞ……』

 

 しかし、金星人(ヴィーナシアン)は、

 

『黙れ! 裁決は変わらぬ』

 

 そう言うと、再度紫水晶の一つが激しい閃光を放った。

 

 ひぃっ!

 

 パウッ!

 

 放たれた紫の光線は、横から素早くシアンの伸ばしたロンギヌスの槍に当たり、弾かれて崩れた壁で爆発する。パン! という衝撃波が響き、バラバラと石材が落ちていった。

 

 シアンはひどく寂げな顔で玲司に微笑む。

 

 その微笑みに、玲司は最期の時が逃れられない現実として迫っていることを肌で感じていた。

 

 あぁ……。

 

 この愛しい時間が指の間をすり抜けて消えて行ってしまう絶望に、目の前が暗くなっていく。

 

()れ者が!』

 

 金星人(ヴィーナシアン)はそう叫ぶと、自分の周りをまわるすべての紫水晶を発光させると、シアンに向けて次々と乱射した。

 

 最初の一、二発は何とか回避したものの、その後が続かなかった。腕が飛び、足がちぎれ飛んだ。

 

『ふぐぅ……』

 

 息も絶え絶えに床に転がったシアン。

 

 その目からは輝きが消えうせ、ただ、虚空を見つめるばかりとなっていた。

 

『あぁ! シアン!』

 

 玲司はシアンに駆け寄ろうとしたが、

 

『執行!』

 

 という金星人(ヴィーナシアン)の声とともに胸に一発を受け、大きな穴が胸にぽっかりと開いたのだった。

 

『ぐはっ!』

 

 その瞬間、まるでスローモーションのように今までのことが走馬灯のように頭をよぎる。

 

 あの日、天井から舞い降りてきたシアン。ドローンを撃墜し、美空を味方にして地下鉄に潜入したこと。スーパーカーで宙を舞い、中華鍋でデータセンターを爆撃したこと。そして美空を失い、ドローンと対峙し、核爆発で焼かれたこと……。そして、ミリエルとミゥとここまでやってきたのだ。全てが玲司の中で素敵な思い出となって心を温める。

 

 素敵な人生だった。ちょっと短かったけれど、他の人の一生分以上の体験はできたに違いない。

 

 だが、ここでふと疑念が浮かんだ。

 

 AIスピーカー詰め込んだだけで、シンギュラリティを達成する確率ってどのくらいだろうか? 百目鬼と戦って勝ち残れる確率は? 海王星、そして、こんな金星までたどり着ける確率は?

 

 パッと考えてそれぞれほぼ0%なことに気が付いた。

 

 あり得ないことが次々と起こっている。これはいったいどういうことだろうか?

 

 玲司はゆっくりと崩れ落ちながら、とても大切なことに気が付いた気がしてハッと目を見開いた。

 



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62. 俺は死なない

 あり得ないことが次々と起こるのだとしたら可能性は二つ。これが夢である、もしくは、この世界がおかしいのどちらかだった。

 

 これは夢か? 夢ってこんな長く精緻(せいち)に続くものだったか?

 

 崩れ落ちながら考えてみるが、これが夢だとは到底思えない。

 

 となれば、この世界は自分の都合の良いように構成されていると考える以外なかった。つまり、この世界は自分を中心に回っているのだ。

 

 バカな……。

 

 しかし、他には考えられなかった。

 

 もし、本当にそうであるなら、この胸にポッカリと開いた穴も、なかったことにできるのではないだろうか?

 

 玲司はゾーンに入ったままつぶやく。

 

「俺は撃たれていない。俺は死なない」

 

 すると、キラキラと赤、青、黄色の蛍光を放ちながらアゲハ蝶のような不思議な生き物がワラワラと湧いてきて玲司の傷口に群がった。

 

 よく見るとそれは可愛い顔をした妖精で、美しい光の微粒子を辺りに振りまきながら楽しそうに傷をどんどんとふさいでいく。

 

 いきなり現れたファンタジーな存在にミリエルもミゥも唖然として、その美しき使徒に目を奪われる。

 

 やがて傷が全てふさがると玲司は自分の傷跡をさすってみる。そこにはシャツにぽっかりと穴が開いているが、肌は何の傷跡もなくつやつやとしていた。

 

 そう、やはりこの世界は自分の世界だったのだ。

 

『シアン!』

 

 玲司はシアンに駆け寄ると、千切れた足と腕を拾い、

 

『お前は死なない。撃たれてもいない。いつものように楽しそうに笑うんだ』

 

 そう言いながらグチャグチャになってしまっているシアンの遺体に腕と足を繋げた。

 

 妖精たちはシアンにも群がり、丁寧に傷をつなぎ合わせ、治していく。そして、しばらくすると楽しそうにわちゃわちゃとふざけあいながら、満天の星空へと遠く高く消えていった。

 

『シアン……、おい……』

 

 玲司はシアンのほほをパンパンと叩いてみる。

 

『ん……? あれ? きゃははは!』

 

 シアンは何が起こったのか理解できていない様子だったが、息を吹き返し、いつものように笑った。

 

 玲司はうんうんとうなずくと、タブレットの方を見上げる。

 

 そこには何が起こったのか分からず戸惑っているようなタブレットが、静かにたたずんでいる。

 

『お前の攻撃はもう当たらない。安全な場所に隠れているお前は今すぐ俺の前に現れ、謝罪する』

 

 玲司はタブレットを指さし、淡々と言った。

 

『笑止! 死ねぃ!』

 

 直後、紫水晶全部から激しい攻撃が放たれる。それは辺り一体がまぶしくなるようなラッシュだった。

 

 しかし、爆煙が晴れて姿を現した玲司は平然と立っている。

 

『もう一度言う。お前は現れて俺に謝る』

 

 直後、タブレットにバキバキッと亀裂が入り、ズン! と床に崩落し、激しい爆発を起こす。

 

 そして、爆煙が晴れると一人の女の子が転がっていた。

 

『痛ぁ! 何すんじゃぁ!』

 

 金髪おかっぱのまるで中学生みたいな女の子は、綺麗な緋色の瞳で玲司をにらみ、怒る。黒いぴっちりのスーツに白いジャケットを羽織り、ジャケットの内側はほのかに金色にキラキラと光り輝いているのが見えた。金星のファッションは独特なものを感じさせる。

 

『いいから謝れ』

 

 玲司は床を指さし、低い声で淡々と言った。

 

『ふざけんな! 人間ごときに(われ)が屈することなどありえんのじゃ!』

 

 少女はそう叫ぶと上空高く離脱していくメタリックなクジラを指さし、

 

『エクストリーム・サンダー!』

 

 と、叫んだ。

 

 直後、クジラから光り輝く金色の弾が豪雨のように降り注ぎ、玲司の周りは閃光と衝撃波でグチャグチャになった。

 

 退避したミリエルたちは、壊れた魔王城の壁の外から恐る恐る様子をのぞいている。

 

 果たして、玲司は無傷だった。

 

『な、なんじゃ、お主は……』

 

 余裕の笑みを浮かべる玲司を見て金髪の少女は目を丸くし、動けなくなる。

 

『謝罪!』

 

 玲司は再度床を指さした。

 

『くぅ……』

 

 切り札の効かなかった少女は無念をにじませながらうつむく。

 

『謝らないなら、あのクジラ撃墜するよ?』

 

 玲司はニヤッと笑って言う。

 

『げ、撃墜!?』

 

 少女は声を裏返らせて目をパチクリとする。

 

 その時だった、いきなり空間が割れ、一人の女性が現れる。

 

『撃墜はご容赦いただけないでしょうか?』

 

 女性はチェストナットブラウンの髪をフワリと揺らしながら、魅惑的な琥珀色の瞳を玲司に向け、上品に微笑むと、玲司の前に進み、たおやかな所作でひざまずいた。

 



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63. 確定者

確定者(エラト・ウェルブム)の降臨、お慶び申し上げます』

 

『うん、そこの小娘何とかしてよ』

 

 話が通じそうな女性の登場に玲司は安堵(あんど)し、少女を指さした。

 

 女性は少女の方を向くと、

 

『レヴィア! 早くひざまずきなさい!』

 

 と、叱った。

 

 レヴィアと呼ばれた少女はベソをかきながら、嫌々ひざまずき、こうべを垂れる。

 

 玲司は満足そうにうんうんとうなずくと、

 

『なに? 俺は確定者(エラト・ウェルブム)って奴なの?』

 

 と、上機嫌に聞いた。

 

『はい、各宇宙には一人、世界の在り方を決める方がおられます。世界のありようはそれこそ無限の可能性がありますが、どれを選択するかは、そのお方、確定者(エラト・ウェルブム)が決定されるのです。量子力学の世界では当たり前のことですが、それはこの宇宙全体にも成り立っています』

 

『ふーん、じゃあ俺って宇宙に一人の特殊な存在ってことだね』

 

『はい、この宇宙ではそうです。ただ、皆さん誰でもご自身の宇宙をお持ちです。なので、玲司さんが特別ってわけではないんです。たまたま、ここが玲司さんの宇宙だったというだけです。

 

『は? みんながみんな宇宙を持ってる? なら八十億人いたら八十億個の宇宙があるってこと?』

 

『おっしゃる通りです』

 

 女性はうやうやしく答え、玲司は唖然として言葉をなくす。

 

 この世界が自分を中心に回っているのはわかったが、それは誰しも同じ。誰でも宇宙は自分を中心に回っているのだ。特別ではあるけれども全員特別だったということなのだ。

 

『この娘を玲司さんにつけましょう。何なりとお申し付けください』

 

 女性はそう言ってレヴィアを前に出す。

 

『わ、(われ)ですか?』

 

『世界の中心のお方のお世話をする光栄なお仕事……、嫌なの?』

 

 女性は琥珀色の瞳でキッとにらむ。

 

『め、め、め、滅相もございません! 誠心誠意お仕えいたします』

 

 レヴィアは深くこうべを垂れた。

 

『あぁ、そう? ありがとう。じゃ、この城直してよ。君がぶち壊したんだからね?』

 

『ははっ、失礼しました! 直ちに!』

 

 レヴィアは冷や汗を流しながら画面を空中にパカッと開き、パシパシと叩いていった。

 

 やがて壁や柱が青い光を帯びると、そのまま一気に上空へ向けて光の筋が立ち上がっていく。あまりのまぶしさに目を閉じると、

 

『終わったのじゃ。これでいいかの?』

 

 と、レヴィアは得意げに言った。

 

 え?

 

 目を開けると、城は元通り、見上げると豪華絢爛(けんらん)な天井画に、豪奢なシャンデリアがまばゆく輝き、壊れる前以上に華やかに見えた。

 

「お、おぉ、ありがとう! じゃ、うちの地球とEverza(エベルツァ)の復旧もよろしく!」

 

 空気も戻ってきて上機嫌の玲司は、レヴィアのおかっぱ頭をポンポンと叩いた。

 

「え!? わ、我がやるのじゃ?」

 

「あー、君さぁ、さっき俺の胸ぶち抜いたよね?」

 

 玲司はギロリとレヴィアをにらむ。

 

「あっ! や、やります。やらせていただくのじゃ!」

 

 レヴィアは目をギュッとつむりながら叫んだ。そして、画面をパシパシと叩き、ずらずらと流れてくるテキストを流し読みしながら渋い顔をして首をひねる。そして、しばらく目をつぶって動かなくなった。

 

 何かを必死に考えていたレヴィアはクワッと目を開くと、

 

「ソイヤー!」

 

 と、言いながら画面を叩いた。

 

 直後、ブゥンと浮かび上がる二つの青く美しい地球。それは核戦争で灰色になる前の美しさをたたえた、まさに玲司の生まれ育った故郷の地球の映像だった。

 

 おぉ……。

 

 玲司は両手を使ってその地球を拡大で表示し、百目鬼たちに破壊される前の元気な人々の営みを確認していく。

 

 無数の人々が行きかう活気のある渋谷のスクランブル交差点。立ち並ぶ超高層ビル。そして、その上空を飛行機が羽田空港へ向けて着陸態勢に入り、横を走る首都高速は渋滞が発生し、多くの車が群れている。

 

 その光景を見て玲司はついウルッと目を潤ませる。

 

 自分が余計なことをやったため核の炎で焼き尽くされた東京、それが以前の輝きをもって元気に躍動している。

 

「良かった……」

 

 次の瞬間、玲司は膝に力が入らなくなってガクッと崩れ、しりもちをついてしまう。

 

「えっ、あれ?」

 

 玲司は何が起こったのか分からなかった。

 

「大丈夫? お疲れ様」

 

 ミリエルが笑顔で玲司に手を差し伸べる。

 

 どうやら、玲司の心には八十億人の未来を奪った責任の重圧が、知らぬ間にずっしりと重しとなって貼り付いていたらしい。

 

「ちょっと……、待って……」

 

 玲司はそう言うと何度か深呼吸を繰り返し、スクランブル交差点を歩く群衆の姿をじっと眺め、全てが終わったことをゆっくりと確認したのだった。

 

「これで……、元通り……」

 

 玲司は柔らかな笑顔で、楽しそうに歩く群衆を眺める。そして、胸を撃ち抜かれたときに真実に気が付けた奇跡を感慨深く思い返していた。もし、あの時違和感を持てなかったらそのまま死んでいたに違いないし、八十億人の未来は失われていただろう。

 

 ギリギリの土壇場で掴んだ未来、玲司はそれに安堵し、しばらく動けなくなっていた。

 



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64. ツンデレお姉さん

「よしっ!」

 

 玲司は気合を入れて立ち上がり、心配して見守っているみんなを見回した。すると、背の低いショートカットの女の子がいる。

 

「えっ? み、美空……?」

 

 すると、美空は泣きそうな顔で駆け出し、玲司に抱き着いた。

 

「玲司……、良かった……」

 

 お、おぉ。

 

 玲司は美空の小さくて柔らかな体をギュッと抱きしめる。そして懐かしい甘くやわらかな香りに包まれ、改めて美空の存在が大きかったことをかみしめていた。

 

 あの時、血まみれの眼鏡に絶望してしまったが、奇跡が重なって今こうやって再会に至る。その数奇な運命に苦笑しながら玲司は美空のサラサラとしたブラウンの髪にほほを寄せ、心が温かいもので満たされていくのを感じていた。

 

 すると、美空はそっと離れ、ポッとほほを赤くして言った。

 

「あ、あの話、まだ有効かな?」

 

「あの話って?」

 

「そのぉ……、あたしを彼女にしたいって」

 

 美空は上目づかいに心配そうに玲司を見る。

 

 玲司がニコッと笑い、

 

「もちろんさ、ずっと待ってた……」

 

 と言いかけた時、いきなりミゥが二人の間に割って入った。

 

「ダメダメダメー! この男は狼なのだ! あたしの胸をもんだのだ!」

 

「い、いや、あれは事故だから」

 

 いきなりの抵抗にあって玲司は苦笑しながら説明する。

 

「ダメダメダメー! 美空ねぇ! 考え直して! 絶対ダメなんだから!」

 

 ミゥは美空に迫った。

 

 すると、美空はミゥをそっとハグして、

 

「ふふっ、ミゥは玲司を取られると嫌なのね」

 

 と、言いながら赤毛の頭をそっとなでた。

 

「と、取られるだなんて! あ、あたしは美空のことを心配して……」

 

 憤慨するミゥだったが、美空はミゥの耳元で何かをボソッとつぶやいた。

 

「えっ!? そ、それは……」

 

 黙り込むミゥ。

 

「どうする?」

 

 美空は優しく聞く。

 

 するとミゥは玲司をチラッと見て、しばらく考え込み、最後に恥ずかしそうにゆっくりとうなずいた。

 

 すると、美空は背伸びをして、ミゥの唇を吸った。

 

 いきなり美少女同士がキスをする、そんなシーンを見せつけられて玲司はおののく。

 

 えっ!? ちょっ! はぁ!?

 

 直後、美空とミゥは激しい光を放ちながらふんわりと宙に浮いた。

 

 何が起こったのか見当もつかない玲司は手で顔を覆い、薄目で指の隙間から二人の様子を眺める。

 

 光が収まると、一人の女性がフワフワと浮いていた。

 

 それはミリエルに似ていたが、ブラウンの髪に真紅の瞳で玲司にゆったりと微笑みかけている。

 

「え? も、もしかして……」

 

 すると、女性はすうっと玲司のところへ降りてきて、ギュッとハグをした。そして、耳元で、

 

「あたしは美空であり、ミゥなのだ。ねぇ、彼女にしてくれる?」

 

 と、ささやいた。

 

 玲司は二人が一つになってしまったことに動揺したが、よく考えれば美空もミゥもミリエルの分身だ。融合しても不都合はそうないのかもしれない。

 

 玲司は少し離れ、その真紅の瞳をじっと見つめる。

 

 彼女も嬉しそうに玲司を見つめ返す。

 

「美空はお姉さんタイプで、ミゥはツンデレだよね。一つになるとどうなっちゃう?」

 

「ふふっ、ツンデレお姉さんになるだけよ」

 

 彼女はにっこりと笑った。

 

「俺は美空もミゥも好きだけど、一緒にって……えぇ……」

 

 玲司は煮え切らない返事をする。

 

「ダメなの?」

 

 彼女は上目づかいで玲司を見る。

 

「ダメというか……何と言うか……、そのぉ……」

 

 玲司が混乱していると、彼女は発泡スチロールの棒を出し、

 

「判断が遅いのだ!」

 

 と、叫んでスパーン! といい音を立てて玲司の頭を叩いた。

 

 告白シーンでいきなり叩かれた玲司は目を白黒としてあぜんとする。

 

「くふふ、いい音なのだ!」

 

 嬉しそうに笑う彼女。

 

 その楽しそうな笑顔に玲司もついつられて笑ってしまう。

 

「ほんと、いい音だ。はっはっは」

 

 ひとしきり笑うと、玲司はニコッと笑って彼女の瞳を見つめ、

 

「付き合ってください、お願いします」

 

 と、右手を出した。

 

「ふふっ、よろしくなのだ」

 

 握手しながら彼女はまぶしい笑顔で笑った。

 

 新しいカップルの誕生を、ミリエルもシアンもパチパチと拍手をしながら温かく見守っていた。



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65. 赤ちゃん襲撃

 それから五年――――。

 

「パパァ! 朝なのだ――――!」

 

 美空とミゥの融合した女の子【ミィ】の声に起こされて、玲司は目を開ける。温かい朝日が緑色のカーテンの隙間から入り込み、落ち着いたウッドパネルのインテリアが浮かび上がっている。

 

「うぅん……、もうちょっと……」

 

 玲司は寝返りを打って毛布を引っぱりあげる。ミィはベッドまでやってくると、ふぅとため息をつき、

 

「もう……。ミレィちゃんGO!」

 

 そう言って、抱っこしていた赤ちゃんをベッドに放った。

 

 キャハッ!

 

 真紅の瞳がクリっとしたかわいい赤ちゃんは、満面に笑みを浮かべて器用にハイハイすると玲司の上によじ登る。

 

「うわぁ、ちょっとなにすんの!」

 

 玲司は首をすくめたが、ミレィは楽しそうにペシペシと玲司のほほを叩き、

 

 キャッハー!

 

 と、奇声を上げる。

 

「分かった分かった。ミレィちゃんには(かな)わないなぁ」

 

 そう言ってミレィを横に寝かすと、すりすりとプニプニのほっぺたに頬ずりをする。

 

 キャハァ!

 

 ミレィも嬉しそうに笑った。

 

 玲司はじんわりと湧き上がってくる幸せをかみしめる。素敵な妻に可愛い赤ちゃん。それはまさに一つの幸せの宇宙を構成していた。

 

 あの日、『働かずに楽して暮らしたい』ってバカな命令をAIスピーカーにして、散々な目に遭ったものの、結果として夢のような暮らしを手に入れることができた。

 

 ふんわりと立ち上るミルクの匂い。

 

 たおやかに過ぎゆく朱鷺(トキ)色の時間。

 

 あぁ、自分はこのために生まれてきたんだな。ふと、玲司の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 

 いつの間にか涙がこぼれ、ミレィの上にポトリと落ちる。

 

 ヴゥ?

 

 ミレィが不思議そうに玲司を見た。

 

「あっ、ゴメンね。じゃあ起きよう!」

 

 玲司はミレィを抱きかかえながら外のウッドデッキに出る。静かな湖畔には朝もやがうっすらと残り、さわやかな朝の風がふんわりと二人を包む。

 

 ここはEverza(エベルツァ)にある高原の湖畔を切り開いて建てた一戸建て。玲司はリクライニングチェアに腰かけ、大きく伸びをしながら深呼吸をする。

 

「うーん、今日もいい天気だ。気持ちいいね、ミレィちゃん」

 

 キャハッ!

 

 お腹の上にちょこんと座るミレィも上機嫌だ。

 

「ここは気候もいいし住み心地最高なのだ」

 

 ミィはコーヒーを持ってきてテーブルに並べると、隣に座り、幸せそうに湖を眺める。

 

「うん、森の中は落ち着くよね」

 

 三人はしばらく、チチチチと、鳥たちがにぎやかにさえずっているのを聞いていた。

 

 生まれてきて良かったと心から感謝する。

 

「ねぇ、ミィは俺の世界に住んでて嫌にならない?」

 

 玲司はコーヒーに手を伸ばしながら聞いた。

 

「ふふっ。ならないわよ。むしろ都合よすぎて申し訳ないくらいなのだ」

 

 そう言ってミレィを抱き寄せてニコッと笑った。

 

「都合いいって?」

 

「だって、確定者(エラト・ウェルブム)って世界が自分の思い通りになるじゃない? それは一見良さそうだけど面倒なことも多いし、こうやって平和に暮らして行く上ではオーバースペックなのだ。ねぇ、ミレィちゃん?」

 

 キャハッ!

 

 ミレィは嬉しそうに笑う。

 

「うん、まぁ、責任も重いしね……」

 

「それに……、自分の世界が欲しいと思ったあたしは、実はもう自分の世界をもらってるかもしれないのだ」

 

「えっ!?」

 

「世界は想いの数だけ創られて分岐していくんでしょ? 自分の世界が欲しいと思ったあたしはもう自分の世界をもらって分岐してるかもしれない。でもそれはこの世界からは見えないのだ」

 

「あー、なるほど。世界は一体どれくらいの数あるんだろうね?」

 

「うーん、少なくとも百兆個はあるわよね。でもその百兆倍あってもおかしくない。宇宙は恐ろしいのだ」

 

「はぁ、宇宙は壮大だな」

 

 と、その時、シアンからテレパシーが届いた。

 

『ご主人様ぁ! 大変だゾ!』

 

 見ると、朝の空にオレンジ色の光がツーっと動いている。シアンが超音速で飛んでいるようだ。

 

『今度は何だよ』

 

 玲司は面倒ごとの予感がして渋い顔で返す。

 

『おわぁ!』

 

 オレンジ色の光は変な動きをしてそのまま湖に墜落する。

 

 百メートルはあろうかという巨大な水柱が上がり、ズン! と衝撃波が森を襲った。

 

 玲司はミィと顔を見合わせて深くため息をつく。

 

「きゃははは! 着陸失敗しちゃったゾ」

 

 びしょびしょになったシアンがツーっと飛んでくる。



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66. 限りなくにぎやかな未来

「おまえさぁ、毎回失敗してない?」

 

 玲司は水が飛んでこないように身構えながら言った。

 

「なんかこううまく劇的な登場をね、考えているんだけど、なかなか難しいんだゾ」

 

 シアンは嬉しそうに言う。

 

「普通に来い! で、何が大変なんだ?」

 

「あー、南極にデカいカニが出たんだゾ!」

 

「カニ? そんなの捕まえて食べちゃえば?」

 

「それが全長百キロあるんだよねぇ」

 

 シアンは小首をかしげて言う。

 

「百キロ!?」

 

 玲司は絶句する。百キロと言えば関東平野を覆うくらいのサイズである。なぜそんなカニが……。

 

「ご主人様、また余計なこと口走ったでしょ?」

 

 シアンがジト目で玲司を見る。

 

「え? カニで?」

 

「あ、あれじゃない? 昨日『でっかいカニをたらふく食いてーな』とか何とか言ってたのだ」

 

 ミィは宙を見上げ、思い出しながら言った。

 

「アチャー」

 

 シアンは額に手を当てて宙を仰ぐ。

 

「いやいや、デカいカニって言っただけじゃん! 百キロなんて言ってないよ!」

 

「ご主人様、そういうのはカニを退治してからにして」

 

「えー。シアン退治してきてよ」

 

「半径百キロくらい焼け野原にしていいならやるゾ」

 

 ニヤッと笑うシアン。しかしそんなことやられたら海面が酷く上昇してしまう。

 

 玲司は首を振り、目をつぶると、

 

「じゃあこうしよう! 『カニは消える、きれいさっぱり』!」

 

 と、確信をもって言い放った。

 

 シアンは画面を浮かべ、カニの様子をLIVEで表示するが……、

 

「消えないゾ」

 

 と、ジト目で玲司を見る。

 

「えぇ? おかしいな。『カニは消えるぅ、消えるぅ』!」

 

 しかし、カニは消えなかった。

 

 すると、ミレィが画面を指さして「キャハッ!」と上機嫌で笑った。

 

 直後カニは浮かび上がり始め、どんどんと高度を上げていく。

 

「は? どういうこと?」

 

 玲司はけげんそうな顔で、無邪気に両手をブンブンと振り回しているミレィを眺める。

 

 するとミレィは「キャッハー!」と笑いながら両手をパッと大空に向けた。

 

 ズン!

 

 地震のような振動が森全体に走り、空が真っ暗になった。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 玲司は慌てて空を眺める。そこには空を覆いつくす巨大構造物が展開されていた。

 

「あぁ、カニだゾ」

 

 シアンは宇宙からのEverza(エベルツァ)の映像を映す。そこには立派なズワイガニが大地を覆っている様が映っていた。そのサイズは二百キロはあるだろうか?

 

 玲司はミィと顔を見合わせて言葉を失う。

 

 確定者(エラト・ウェルブム)の権能がミレィに移行してしまったようだった。より正確に言うと、権能がミレィに移行した宇宙に分岐したのだ。

 

 玲司はスマホを取り出すとレヴィアを呼び出す。

 

 空中にパカッと画面が開き、

 

「はいはーい、なんぞあったかな?」

 

 寝ぐせのついた金髪おかっぱの少女が眠そうに眼をこすりながら現れる。

 

「カニがね、手に負えないんだ」

 

 そう言って玲司は空を映した。

 

「カ、カニ……? これ全部カニ!?」

 

 絶句するレヴィア。

 

「レヴィアだったらなんとかできるんじゃないかって」

 

 レヴィアは手元に画面をいくつか開いてパシパシと叩き、データを集めていく。そして、「うーん」と、うなりながら腕を組んで目をつぶり、動かなくなった。

 

「難しい?」

 

「このカニ、操作を受け付けないんじゃ。ワシらじゃどうにもならん」

 

 そう言って首を振った。

 

「えー!? そんなぁ」

 

 カニに覆われた大地など放棄する以外ないし、動き出したら大災害になってしまう。玲司は頭を抱える。

 

 するとミレィは「ヴ――――!」と、うなってカニを指さした。直後カニは急速に縮み始める。

 

「えっ!」

 

 操作を受け付けないカニをいとも簡単に操る赤ちゃんにみんな唖然とする。玲司だってこんな精密な操作はできなかったのだ。

 

 あれよあれよという間に縮んでいったカニは、十メートルくらいになって湖にドボンと落っこちた。

 

「おぉ、ミレィちゃん、ナイス!」

 

 玲司はそう言ってミレィの頭をなでる。

 

「キャハッ!」

 

 ミレィは嬉しそうに笑った。

 

 

       ◇

 

 

 引き上げたカニは軽くゆでて豪華な朝食へと変わる。

 

「はい、ミレィちゃん、カニさんよ」

 

 ミィはそう言って先割れスプーンでほぐしたカニをミレィの口元に持っていく。

 

 ミレィは嬉しそうにほおばると、

 

「キャハッ!」

 

 と、満面に笑みを浮かべた。

 

「うんうん、カニは美味しいねぇ」

 

 玲司はそう言ってガーゼタオルでミレィの口元を拭く。

 

 すると、ミレィは嬉しそうに「キャッハー!」と叫び、湖を指さした。

 

 直後ボトボトと降ってくるたくさんの巨大ガニ。

 

「ミレィちゃん! ストップ、ストップ!」

 

 焦る玲司。

 

 ミレィは上機嫌になって「キャハハハ!」と叫んだ。

 

 玲司はミィと顔を見合わせ、このお転婆確定者(エラト・ウェルブム)が創り出すであろうにぎやかな未来の予感に思わず苦笑した。

 

「楽しい世界になりそうだな」

 

「えぇ、あなたと私の子供だもん」

 

「違いない」

 

 そう言って玲司とミィは朗らかに笑った。

 

「キャハッ!」

 

 ミレィはそんなパパとママを見て最高の笑顔を見せた。



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