緋想戦記 (う゛ぇのむ 乙型)
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~序章・『異界の舞台役者達』何処から来て、何処へ行くのか(配点:境界線)~

 大地を覆う緑が広がっていた。

草原だ。

 草原の北には大小様々な山が連なっており西には背の低い林が広がっている。また南西には小さな丘があり、更に南方には海が見える。

 その草原に三つの塊があった。一つは草原の西側で長方形の陣を敷いた青い軍団。二つ目は同じく東側で陣を敷いた白色の軍団。そして最後の三つ目の軍団は一つ目の軍団と同じ青い軍団だが他の二つから少し離れた丘の上にいた。

 いずれの軍団も皆装甲服を来ており青の軍は三つ葉葵の旗を掲げており、白の軍団は丸にニ引両の旗を掲げていた。両軍とも距離にして300メートル程で睨み合っており正面に半透明な術式盾を展開し、長銃を構えていた。互いに動かず膠着状態が続いていたが唐突に乾いた音が鳴り響いた。

銃声だ。

 一発目の銃声に続いて次々と白の軍団から銃声音がなり響く。放たれた銃弾は青の軍団の術式盾にぶつかり破砕する。盾を後ろから押さえていた男が叫んだ。

「くそっ、今川の奴等め! 2ヶ月置きに仕掛けてきやがって! 馬鹿にしてんのか!」

 銃撃の合間を縫って長銃を射撃している男が叫び返す。

「黙ってろ! 馬鹿にされないために俺たちが居るんだろうが!」

 今度は後ろで弾を詰めていた男が叫ぶ。

「今川の連中、この前よりも増えてないか!?」

三つ葉葵の軍団の戦力は丘にいる部隊を除くと約500人であり、丸に二引両の軍勢━━今川の軍勢は約900人であった。戦況は数で勝る今川が徐々に押し始めていた。

 

***

 

 戦場から離れた丘の上に200人程の小部隊が陣取っていた。その陣の中で一人の小柄な少女が一眼の望遠鏡を覗き見ている。

 小柄な少女は黒い鍔付き帽子に白い服を着ており、青く長い髪の毛と炎の様な瞳をしていた。そんな、青髪紅眼の少女の横に装甲服を着た男が駆け寄った。

「比那名居様、我々も酒井様の軍に助力したほうが良いのでは?」

 比那名居と呼ばれた少女は右目で望遠鏡を覗きながら左目で男を見た。

「馬鹿ね、近接戦闘主体のウチの部隊が入ったって壁ぐらいにしかならないわ。アンタ達

 がそれでいいってなら今から介入するけど?」

 男は返答に詰まる。

「それに今川だって本気でやってる訳じゃないわ。統合争乱以降聖連によって国家間の戦争を禁じられた代わりにガス抜きの為に相対戦や小規模の争いを許可する臨時惣無事令……仕掛けられる側は溜まったもんじゃ無いわね」

「はあ」と男は気の抜けた返事をした。少女はそんな男の様子を片目で見て苦笑する。

「まぁ今回はあの歴史オタクの作戦で今川を驚かしてやろうって訳だけど、今のところ戦況は微妙ねぇ」

 暫くの間互いの銃声音が鳴り響いていたが突然今川側の銃声音が止んだ。不審に思っ

た少女は望遠鏡で今川陣を覗き驚きの声を上げた。

「━━アレは!」

 

***

 

「と、止まった?」

 今川からの銃撃が止まったことによって三つ葉葵の陣に僅かな動揺が走っていた。

「お、おい! どうしたんだよ?」

「弾切れか?」

「誰かー! 浅間様の隠し撮りプロマイド落しちまったんだが知らないかー!」

「おいっ! 今川軍が動いたぞっ!」

 前方を見れば長方形陣を作っていた今川軍が二つに分かれ始めていた。今川軍が二つ

に割れると中央から4人の今川兵に押された物体が現れる。物体は白の外装でその長さ

は約3メートルあり、正面には人の頭1つ分の穴と術式によって表示される照準が浮い

ている。下部は貨物用の浮遊型装甲になっており、左側面には火器管制用の表示枠が付

いており、右側面には製造会社を示すロゴとして『IZUMO』と彫られていた。

「最新型の野戦砲だとっ!」

 その叫びに呼応するかのように術式加工された爆砕砲弾が発射された。砲弾は直線に

飛び三つ葉葵の陣に直撃するかのように見えた。

「━━結べ、蜻蛉スペア!」

透き通った声とともに砲弾が破砕する。破砕した砲弾の破片は流体光を纏って術式盾

に衝突する。破片が地面に落ちると同時に陣の後方から一人の少女が飛翔してきた。少

女は地面に着地した。少女は長い黒髪を後ろで結んでおり右手には長い槍を携えていた。

「武蔵アリアダスト教導院副長本多・二代!今川軍よ拙者が相手になろう!」

 二代が「うむ」と一人頷いていると彼女の横に通神枠が現れた。

『おい、二代。今の私たちは武蔵じゃなくて徳川に所属している身だぞ』

「おお、そうで御座った。流石は正純で御座るな」

 通神枠の少女が半眼になるが二代は気にせず改めて今川軍に体を向けた。

「徳川家客将本多・二代!拙者が相手になろう」

━━直後二発目の砲弾が発射された。

 

***

 

 二代は二発目の砲弾が発射されるのを見ると直ぐに槍の先端に砲弾を映す。

「結べ! 蜻蛉スペア!」

 二発目の砲弾も先程と同じように空中で割断され爆散した。すると今川軍は術式盾を展開し直し長銃を再び構える。

━━来ぬで御座るか。

「ならば此方から参るで御座る!」

 二代は今川軍へと駆け出す。それに追従して徳川軍の歩兵隊が突撃を開始した。約百名から成る突撃隊は左腕に小型の弾除け用の術式盾を装備し、右手には乱戦用の太刀を装備している。

対して今川軍は野戦砲を守るように術式盾を展開し、盾と盾の合間から長槍を突き出し構えながら長銃による射撃を続けた。

 突撃隊が今川軍との距離を残り100メートル程詰めると今川軍は野戦砲正面の術式盾の展開を止め、野戦砲を前に出した。野戦砲はその砲身を既に突撃隊に向けており火器管制用の兜を被っている兵士が仮想引き金に指を掛けていた。兵士は眼前に映される仮想照準で突撃隊を捉えながら叫ぶ。

「無策で飛び込んで来るとは馬鹿めっ! この砲で砕け散るといいっ!」

 兵士が引き金を引くと同時に野戦砲が爆散した。

 

***

 

 今川軍の指揮を執っていた武将━━朝比奈泰能は突然の事態に動揺を隠せなかった。既に砲弾を搭載していた野戦砲が爆発したため砲の周囲は炎に包まれており多数の負傷兵が出た。更に砲が破壊されたことによって全軍に動揺が走り、隊列に乱れが生じていた。

━━何故だ?何故野戦砲が破壊された?

敵将本多・二代の所有する神格武装蜻蛉切の特徴は事前に知らされていた。あの距離ならば割断する事は不可能な筈。「ならば何故?」と思い空を見上げ、ソレを視認すると目を見開いた。

「おのれ徳川め! 魔女を林に隠しておったかっ!」

 泰能が叫ぶと同時に二度目の爆撃が始まった。

 

***

 

 今川軍の遥か上方に18人の魔女達が飛翔していた。魔女達は皆箒方の機動殻に跨っており、機動殻の両側に爆発術式を詰め込んだ投下型爆弾を装備していた。魔女隊は既に二度目の爆撃を済ませており現在は戦場の上空で旋回軌道をとっていた。

 魔女隊の先頭を飛行していた黒の六枚羽を背中から生やしている少女が同じく先頭を飛行している金の六枚羽を生やす少女に近づいた。

「大成功ねマルゴット。今川軍は大混乱でたった今二代達の突撃隊が今川の前衛部隊と交戦状態に入ったわ」

 マルゴットと呼ばれた少女は地上の様子を窺いながら答えた。

「そうだねガッちゃん。二代達の突撃隊を囮にして事前に林の中に隠していた魔女隊で今川軍を強襲する作戦。正直上手くいくか不安だったけど大成功!この分なら勝てそう」

 黒翼の少女━━マルガ・ナルゼは「そうね」と答えると機動殻を傾けながら旋回した。

それに続いてマルゴットと後続の魔女隊も旋回を始める。ナルゼが旋回中に丘を見ると

丘の上に陣を張っていた比那名居天子の部隊が丁度丘から駆け下りている所であった。

「あの貧乳天人、さっきまでサボってた癖に今さら仕掛けてるわ」

「ナイナイ基本的に面倒臭がり屋だからねー」とマルゴットは苦笑した。それに釣られ

てナルゼも苦笑する。

「この事、衣玖の奴は知ってるの?」

「アサマチが通神で実況してるから見てるよ」

 ナルゼとマルゴットは旋回を終え、再び高度を上げた。

「何て言ってた?」

「『後でチョー叱ります。電流流すくらい』だってさ」

 ナルゼは再び苦笑した。十分に高度を取ったため再び姿勢を正し、戦場を見ると既に

今川軍は撤退を始めており二代の部隊と合流した天子の部隊が追撃を始めていた。

「どうするガッちゃん?あともう一回ぐらいはやれるけど?」

「そんなの勿論━━」

 二人の天使は一気に加速し降下する。

『Herrlich!!』

撤退中の今川軍が再び吹き飛んだ。



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幕間・1

緋想戦記をお読み下さって有難うございます。

本ページでは登場作品や世界観の軽い説明をしたいと思います。

 

~元ネタ~

本作は以前プレイしていた「信長の野望・革新」の展開を元に大幅な脚色や脳内設定をぶち込んだ作品となっています。

史実の戦国武将も出てきますが基本的には他作品のキャラが目立つ事になると思います。

また史実の支城等はゲーム中出てくるもの以外は出ませんのでご了承ください。

 

~登場作品~

・境界線上のホライゾン

・東方project

・軌跡シリーズ

・信長の野望

・大神

 

~主要大名~

・徳川・・・本作の主人公達。豊富な人材を持つが周りを大国に囲まれているため実は結構厳しい。

 

・P.A.Oda・・・織田。六天魔を始めとして上から下まで優秀な武将が多く本作でも大暴れします。一番元の世界に戻る方法を探している大名でもある。

 

・甲斐・信濃連合・・・真田・武田の連合国。甲斐の虎武田信玄が率いる大国。度々徳川に攻め込む。

 

・北条・印度連合・・・後北条家。戦力的には中の上ぐらいだが関東を直ぐに制圧するので大国となる。自動人形天国。

 

・M.H.R.R・・・羽柴。史実や境ホラとは違いイマイチパッとしない。十本槍(境ホラ)がいないせいか・・・。

 

・T.P.A.Italia・・・長曾我部。原作(境ホラ)では呉が本拠地だがゲームの都合上長曾我部と合体。そのため国名を変えている。一応聖連盟主国。

 

・上越露西亜・・・上杉。軍神上杉謙信と我らがアイドルかげV様の国。史実通り強いです。

 

・六護式仏蘭西・・・毛利。初期武将の優秀さもさることながら追加武将も非常に優秀なため本作最上位の強さを持つ大名に。

 

・三牙西班牙・・・大友。原作では大内家だがゲーム的な意味で大友家に変更。九州の覇権求めて今日も英国と戦う。

 

・英国・・・島津。原作では浮島だがそんなもの信長の野望に無いので島津家に。内政面、軍事面共にバランスが良い。

 

~用語解説~

・統合事変・・・各世界の境界が崩壊した大事件。各世界が融合を果たした結果、何故か戦国時代の日本になった。原因は不明な上、どのくらいの人間が巻き込まれたかは未だ不明である。

 

・統合争乱・・・統合事変の後、各陣営がやりたい放題した為発生した大戦。結果としてどの陣営も痛み分けに終わったため聖連ができた。

 

・聖連・・・統合争乱後にできた組織。境ホラの聖連とは違い現実の国連に近い組織だがあまり機能していない。

 

・臨時惣無事令・・・聖連が取り決めた国際法。各大名の全面的な戦争は禁止するが小規模な戦いや相対戦は許可するというもの。ゲーム的に言えば最初の内政するための数年。

 

・不変世界・・・時間が止まっている本作の舞台の事。全ての時が止まっているため年をとることは無いがそれ以外では死亡する。

 

~技術水準~

境界線上のホライゾンの世界からの技術が多く流れているため基本的には境ホラ基準。航空艦や武神も存在する。ごちゃまぜ世界です。



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第一部・遠州争乱編
~第一章・『境界外の転入生』 新しい日常風景(配点:出席日数)~


 

 東海道に位置する三河国。その中で駿河湾に面する形で作られた浜松港がある。浜松港は港の左部が漁船や貨物船のドッグとなっておりその中には様々な国の船が停泊し積荷を降ろしている。港の中央は積荷を検査する検問所が設置されており積荷の中を調べる大型の透視術式装置が数多く設置されている。また検問所の内部には休憩所が設置されており長旅の疲れを癒そうと多くの商人や旅人が滞在していた。一方港の右部は航空艦を収容するための軍港となっており周囲をステルス障壁で覆っている。

 そんな浜松港から少し離れた所に巨大な建造物が佇んでいた。その巨大な建造物は一見非常に巨大な都市のように見えるがしっかりと見てみると八隻の船から成り立っていることが分かる。船を収容するための大型港にその名を知らせるための表示枠が浮いていた。

浮遊表示枠にはこう書かれていた。

『準バハムート級航空都市艦武蔵専用港』

 その武蔵の中央後艦に武蔵アリアダスト教導院と書かれた建物が存在した。その中で『3年梅組』という表札が掛けられていた教室に一人の女性が入ってきた。女性は茶色い髪にジャージ服という格好で壇上に上がると教室を見回した。

「はいはい、授業始めるわよー。正純とホライゾン、それからトーリは岡崎城に呼ばれているからいいとして……天子の奴は?」

女性がそう言い教室の後部の席で座っている紫髪の少女を見ると少女は慌てて立ち上がった。

「も、申し訳ありません!その……総領娘様は自主休学というかその……」

女性は苦笑し出席確認表を表示した。

「Jud.、jud.、要するにサボりね。まぁあの天人に対する厳罰は後で考えるとして衣玖、座ってなさい」

 「はい」と言うと永江衣玖は申し訳なさそうに席に座った。

「まぁ、また個性的な転入生が増えたわけだけどやることはいつもと変わらないわよ。この数年色々あって授業できなかったけどようやく落ち着いて来て今年から授業を再開したって訳ね」

 さてと、と女性━━オリオトライ・真喜子は一息つくと教卓に肘を乗せて寄りかかった。

「さて、今日の授業なんだけど……そうね、統合事変とそれに続く統合騒乱についての御高説にしましょう。衣玖、やってみなさい」

 衣玖はオリオトライに一礼すると立ち上がった。

「統合事変ですね。統合事変は今から7年前に起きた異なる世界の境界が崩壊した大異変です。分かっているだけでも4つの世界が衝突し融合、この不変世界が出来ました。この際に過去の戦国武将達が何故か復活を遂げたりしましたが詳しいことは未だに解明されていません。統合争乱とは統合事変の後にこの世界を巡って各組織や国家が争った大戦です。この大戦は結果としてどの陣営も痛み分けに終わりました。そして各国の間を取り持つために聖連が誕生しました」

オリオトライは満足したように頷いた。

「そうね。聖連がまた出来ていろいろな取り決めが行われたのよね。じゃあ次は浅間、臨時惣無事令と不変世界について答えてみなさい」

衣玖が自分の席に座ると浅間と呼ばれた黒髪で両目の色が異なる少女が立ち上がった。

「Jud.、まずは臨時惣無事令からですね。臨時惣無事令とは聖連が取り決めた大名間の全面的な戦争を禁止した条例です。ただ戦争は禁じるといっても小規模な合戦や相対戦は許可されています。これは全ての戦闘行為を禁止することによって各大名に鬱憤が溜まるのを避けるためですね」

と浅間が言うと前列で表示枠を開いていた少年が振り返った。

「Jud.、お陰で軍事力を持つ国家は小規模合戦を仕掛けて勝利することでその武威を見せ付けることが出来るし逆に小国は相対戦に持ち込んで勝利することで交渉を有利に進めたり出来るね」

浅間は少年に頷いた。

「ええ。ですがこの制度のせいで徳川のような国はあちこちからちょっかいを受けることになってますね」

後列の席で同人草紙を描いていた黒翼の少女マルガ・ナルゼが答えた。

「ここ最近今川が調子に乗って二ヶ月置きに攻めて来て面倒ったらありゃしないわ」

「最近今川家も力を付けて来て現場班としてはちょっと大変かなー」

と金翼の少女マルゴット・ナイトが続けた。するとつばの長い帽子を被り、顔を赤いマフラ―で隠した忍者が言った。

「自分や半蔵殿の調べによるとどうやら今川家は北条・印度連合から武器の提供を受けているようで御座る」

「それに関してはコッチでも確認とれたわよ。今川に興国寺経由で結構な数の武器が流れてるわねー」

前列に座る金髪長髪の少女がクラスメイトにデータを送る。データには東海道・関東間の流通が記されており関東の北条から今川に太い線が引かれていた。

「武器以外にも食料や医療品なんかも増えているみたいね」

「なんだか大きな戦争を準備しているみたいですね」と浅間は呟く。するとオリオトライが両手を叩いて注目を集める。

「はいはい、戦争の事もいいけど今授業中ってこと忘れないでよー。ハイディはその情報を正純に送ったら授業に集中しなさい。じゃあ浅間、次は不変世界についてやってみなさい」

「不変世界ですね。不変世界とは今私たちがいるこの世界の事を指します。不変世界では歳をとることはありませんがそれ以外では死亡します。また、私たちの世界に非常に似た地脈が流れているため私たちの技術を流用出来ます。なぜこの世界の時が止まっているのかは不明ですが何らかの概念が働いているのかもれません」

 浅間が一通り離し終えて教室を見回すと窓際の席で雑誌を読んでいた派手な女と目が合った。女はフフっと笑うと

「歳をとらないって言うのは女にとっては良いことよね。でも成長しないって事は一部の子が悲しみを背負うってことだわっ! イッツ格差社会っ!! 悲劇は永遠に続くわ!フォーエヴァーッ!!」

「なんでこっち見て言うんですのっ! 喧嘩売ってますわねっ!」

銀の大ボリュームの髪を持つ少女が叫ぶ。

「喜美! 喜美! ミトが可哀相ですよ! たしかに時が止まってるせいでオパーイは成長しないかもしれませんけどミトの場合最初っからステータスの上限値が低いだけかもしれませんよ!」

「智! 智! それフォローしているようで貶してません!?」

「どーでもいいけどアンタ、被害拡大させてない?」

変人が指を指している方を見れば金髪でブカブカの制服を着ている少女が自分の胸を凝視しながら「上限値が低い……」と念仏のように呟いていた。浅間は内心「あちゃー」と思ったが気にしないことにする。後ろを見れば衣玖が俯いて笑いを堪えているのが分かる。

━━馴染みましたよね。

と浅間は思う。元の世界でのノヴゴロド戦を終えて有明に戻ろうとした所を統合事変に巻き込まれこの世界にやって来た。その後の統合争乱で関東を追われ、途中で同じく異世界から流れてきた比那名居天子と永江衣玖と出会い三河の徳川領に逃げ込んだ。その後も色々なことに巻き込まれ今に至る。「7年」という年月は長く思えるが実感がないのかそれほど長いとは感じなかった。これもこの世界の特徴らしいのだがやはり詳細は不明だ。

「変な世界だ」と思う。地脈関連に強い浅間神社や各神社や企業も挙って研究しているが元の世界に戻る方法どころか未だにこの世界の原理も判明していない。結局殆どの人間がこの世界での生活に馴染み始めていた。

ただ流されている、とも思うが実際のところ元の世界に帰れない事に困ってはいない。ただ。

━━トーリ君とホライゾンですね……。

 この世界には大罪武装が無いのだ。何時無くなったのかは定かでは無いが、気が付いた時には消えていた。元々ホライゾンの感情である大罪武装を取り戻す事が自分たちの目的だ。今のこの状況はその目標を失って皆立ち止まっている。「でもトーリ君は諦めていない」と彼の気持ちが分かると思うのは自分の驕りだろうか?

 浅間は教室の窓の外を見た。そこには青い空が永延と続いている。

「トーリ君たち、しっかりやってるでしょうか?」

 

***

 

 三河国西部には岡崎城が存在する。岡崎城はさほど大きな城では無いが城壁を最新の術式加工された物に変えており、城の各所には対空用の流体砲が設置されていた。本丸の南部には管生川が流れており、西側は4重の外堀を持ち、北側は改修のために柵で覆われていた。

 その岡崎城の評定所に8人の男女がいた。一人は評定所の最奥に座る上質の着物を着た恰幅の良い男性で、評定所の左奥には少々神経質そうな男が座っており、左手前には気難しそうな顔をした男が座っていた。その反対の右側の奥には大男が背筋を伸ばして座っており、手前には紅い派手な着物を着た男が胡坐を組んでいた。評定所の手前には3人の若い女性が座っていた。一人は正座を組み背筋を正した上を男子用の制服を着た少女で、その右隣には銀髪の自動人形の少女が同じく正座をしている。左隣には金の長い髪にバニーガール風の姿の派手な女がいた。

 中央の男装の少女は左隣のバニーガールを冷や汗を掻きながら横目で見ていると最奥の男が苦笑した。

「何に一番驚くかと言われれば葵殿の女装に驚かなくなった自分に一番驚くな」

と男が言うと女装が体をくねらせながら「いやん」と声を上げたので男装の少女が裏拳を叩き込む。女装が蹲るのを無視し平伏した。

「申し訳ありません家康公! この馬鹿には私からキツく言っておきますので何卒ご容赦を……」

家康と呼ばれた男は少女に頭を上げるよう言った。

「この程度の事、構わぬよ正純殿。貴殿ら武蔵には先日の今川との一戦といい我等徳川は大いに助けられてきた。今や武蔵は徳川と家族も同然よ」

正純は家康に一礼すると女装が「同然だ!」と偉そうに言うので脛を蹴った。すると左手前の男が「左様」と続ける。

「武蔵アリアダスト教導院の協力によって我が徳川領は技術面において大きく進歩を遂げた。更に東海道の交易路の整備にも非常に尽力してくれた。この事は感謝してもしきれないほどだ。」

家康は頷く。

「康政の言うとおり武蔵の商業の才見事だ。おかげでうちの長安めが『負けてられませんよー!!』と言いながら蔵に篭ってしまったわ」

紅い着物の男が「最近蔵から変な声が聞こえるのはそのせいか……」と呟く。正純は賞賛の言葉に対する喜びを内にしまいながら姿勢を正した。

「つまり、客将だけに客商売が上手いと━━━」

 

***

 

・煙草女:『これ、正純の首飛んだんじゃないさね?』

・貧従師:『というか何でこのタイミングで言うんですかねぇ……』

・あさま:『み、皆さん悲観的過ぎますよ! 正純は褒められた照れ隠しでギャグ言ったら見事にスベッて、それで相手がたまたまあの徳川家康公だったってだけですよ!! あ! これ首飛んだかもしれませんね!』

・約全員:『お前が一番悲観的だよ!!』

・副会長:「待て、お前ら授業中だろ! 何で平然と会談を覗き見しているんだ!」

・あさま:『授業でしたらどうやったらミトの胸が大きくなるのかを先生と一緒に考えて結局「無理じゃね?」という結論に至った所です』

・銀 狼:『そんなこと教えなくていいんですのよ━━━━━っ!』

・俺  :『どーでもいいけどこの雰囲気どうすんだ?』

 

***

 

さて、如何したものでしょうか……。

とホライゾンは思う。会談は正純の奇跡的な滑り方で止まってしまった。横を見れば正純

は冷や汗を掻いて固まっているし、その奥では馬鹿が上半身をくねらせてよく分からない

事をしているがこれは無視する。

他の武将達も同様に反応に困っていた。そんな中、大男だけが目をつぶり表情を変えてい

ないがやはり何もしない。

━━ここはやはりホライゾンが……。

と思い立ち上がろうとすると大男がいきなり目を見開き、声を上げた。

「喝っ!!!!」

 その場にいた誰もが止まった。暫くして左奥の神経質そうな男が後ろに倒れた。康政が

慌てて近寄り

「忠次殿! 忠次殿! なんと! 目を開けたまま気絶している!」

ホライゾンが倒れた酒井忠次から大男に視線を戻すと目が合った。大男は頷くと

「失礼、場を和ませようと思ったが逆効果であったようだ」

 

***

 

・あさま:『これ……忠勝さんが助けてくれたんですよね?』

・蜻蛉切:『流石は忠勝殿。武術のみではなく場の読み方にも長けているので御座るな。拙者も見習わなくてはいけないで御座る』

・魚雷娘:『いえ、別に見習わなくても……』

・俺  :『お、衣玖さん通神できるようにしたん?』

・魚雷娘:『はい、先日浅間様にお願いしまして晴れて通神デビューです』

・あさま:『今のご時勢通神できないと色々と不便ですからね。こちらで契約を結びました。衣玖さんはまだ通神初心者なので色々セーフティーが掛かってますけど慣れてきたら自分で設定を変えてみてください』

・魚雷娘:『セーフティーですか……?』

・あさま:『セーフティーには様々な種類があって禁止ワードが自動的に消去されたりしますから安心です』

・俺  :『そうだぞオメエら! 衣玖さんに対して「イクさんイグゥゥゥゥッ!!」とかいったら駄目だかんな! 絶対だぞ!』

━━『俺』様が退出いたしました。━━

・あさま:『はい! 綺麗になりましたぁー!」

・賢姉様:『いま思いっきり禁止ワード映った気がするんだけど』

 

***

 

 正純は「何をやっているんだか……」と思いながら表示枠をしまった。横を見ればホラ

イゾンが此方を見ながら親指を立てていたので応じる。兎にも角にも本多忠勝公のお陰で

場の空気は戻った。話を戻すなら今のうちだ。

「家康公。本日我々が呼ばれたのは先日の今川との一戦の事だけとは思えませんが……一

体どのようなご用件で?」

 うむ、と家康は頷く。

「今日貴殿等を呼んだ理由は、葵殿等と一度落ち着いて話して見たかったからよ」

「話……ですか?」と正純が言うと家康は女装の方を見た。

「話を聞くに葵殿はそちらのホライゾン殿のために元の世界では世界制服を行っていたと

いうではないか、葵殿は世界を征服した後どのような世を創ろうとしていたのか気にな

ってな。話してはくれまいか?」

すると女装はウィッグを外し、家康に指を指した。

「そりゃオメエ、誰もが笑って暮らせる世界だよ」

復活した酒井忠次が「無礼な!」と声を上げるが、家康がこれを制する。

「誰もが笑って暮らせる世か……。だが葵・トーリよ、世界を創るということは相反す   

 る者達と戦うという事だ。その者達の事はどうする?」

━━これは私達にとっての永遠の課題だな。

と正純は思う。自分達の主義を掲げればそれに反する者達も出てくる。だが、私達は決意した。かつての三方ヶ原の苦い敗戦の後、皆で自分達の目的を再確認したのだ。横の馬鹿を見ればこちらの視線に気付いたのか笑い掛けてきた。その笑みに対して正純は頷く。

「確かに俺の夢は大変かもしれねぇ。だけどもう決めたんだよ、どんなに辛くても苦しくても俺は諦めねぇし誰も見捨てない。その事は今だって諦めてないぜ」

「家康公、確かに葵の言う事は理想論かもしれません。ですが我々は我々の王と姫共に歩んで行こうと思います」

暫くの間沈黙が続いた。トーリと正純は家康の目をしかっり見ているとホライゾンが家康

に質問した。

「家康様はどうなのですか?」

「━━『どう』、とは?」

「jud.」と一置き入れてホライゾンは続ける。

「家康様は一度天下を統一しました。その時の家康様はどの様な夢を持っていたのかと━━ホライゾンはそう思いました」

 家康はしばし言葉に詰まった後、静かに話し始める。

「ワシも最初は葵殿と同じであった。泰平の世━━それを目指してがむしゃらに戦ったが気が付けば多くの血を流した。ワシが創った世というのは多くの犠牲と、冷酷な計算によって生まれた世よ。だからこそ、だからこそ葵殿の夢に引かれたのであろうな」

家康は一息入れて目を弓にした。

「葵・トーリよ、そなたの夢諦めずに進むがよかろう。ワシが成せなかった事を成せ━━険しき道を行く若者よ」



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~第二章・『東海道の弓取り』 待つのか 進むのか(配点:過去)~

 準バハムート級航空都市艦武蔵の中央後艦・“奥多摩”にある屋敷の縁側に一人の男が座っていた。

男は口に煙管を咥えており、その手には複数の報告書を持っていた。男が報告書に目を通していると屋敷の奥から急須と湯飲みを持った侍女服姿の自動人形の女性が「酒井様」と声をかけながら近づいてきた。酒井と呼ばれた男は自動人形に気付くと手に持っていた報告書を揺らしながら話しかけた。

「この武蔵に遊撃士協会の支部を置きたいって『出雲・クロスベル』の協会本部から誘いが来ているんだけど━━どう思う? “武蔵”さん」

“武蔵”は縁側に座ると茶を酌み始める。

「遊撃士協会━━民間人の安全と平和を守るために創られた民間団体で、2年前から『出雲・クロスベル』で活動を始めたと聞いています━━以上」

「そうそう、主な活動は怪異の調査や近頃現れている怪魔の討伐をしているらしいね。元の世界では国家間の戦争に介入できたらしいって言うじゃないの。トレードマークの“支える篭手”を掲げてね」

と言うと酒井・忠次は“武蔵”に報告書を渡して変わりに湯飲みを受け取った。

「今の時代に紙媒体ですか……。我々としては通神経由の方が情報処理の手間が短縮されていいのですが━━以上」

「まあ、まだ地脈間通神に馴染めない人が多いから仕方ないんじゃない?」

 統合争乱の後様々な技術革新が行われた。地脈整備もその一環でこれが行われた結果地脈間通神が幅広く広まった。だが全ての人間が扱えるようになったわけでは無く、特に技術革新に付いていけなかった多くの戦国武将達には不評だった。その為紙を使った情報交換は未だに盛んである。

「うちは浅間神社があるお陰で怪異の発生率が低いけど、余所は結構参っているらしいよ」

「Jud.、 怪異についての情報は此方にも浅間神社経由で送られて来ています。“武蔵”個人の意見としては協会を置いておくことは有事の際に役に立つと判断します━━以上」

そうかい。と言いながら忠次は茶を啜る。

「じゃあ協会の件、俺からトーリ達に声をかけておくよ。あいつ等今、家康さんところ行ってんだっけ?じゃあ帰ってくるのは夕方かねぇ」

「酒井様は家康様にご挨拶を伺わなくても宜しいのですか?━━以上」

忠次は苦笑しながら

「いや、俺そういうの苦手だから。それに家康さんとこには“本物”の酒井忠次がいるし俺が行っても邪魔かなーって ね」

忠次は茶を飲み干し縁側に置くと庭から岡崎の方を見た。

「ま、俺はあくまで脇役であいつ等が主役なんだ。細かい事はあいつ等に任せようじゃないの。なあ、“武蔵”さん」

奥多摩に初夏の風が吹いた。

 

***

 

東海道には三河国に隣接した駿河の国が存在した。駿河は代々今川家が治めてきた土地で交易の重要地として栄えていた。その駿河国に大きな城が聳え立っている。

駿府城である。

 駿府城は天守を中心に4層構造になっており各城壁には防御術式がかけられていた。城壁には小窓が開いておりそこから野戦砲が身を乗り出している。また、城の北部には航空艦用の港が設けてあり数多くの軍艦が整備を受けているのが見える。

 その駿府城の大評定所には今川家重臣岡部元信を始めに多くの家臣が集まっていた。評定所の上座には三人の男女が座っている。一人は中央に座り、不敵な笑みを浮かべる男。その右隣には漆黒の僧服を纏った男が禅を組み、左隣には白髪に青毛が混じった青い服を着た女性が正座している。

 中央の男が手を上げる。

「先日の徳川との一戦における泰能の失態についてだが━━」

家臣団の前列に座っていた朝比奈泰能が緊張した趣で頭を下げる。

「━━不問と致す」

泰能は驚き顔を上げると上座の男が破顔した。

「確かに先日我等は敗戦をしたがその一方でこの雪斎と異界の友人が徳川・北条間の交易路を一つ押さえた。その上泰 能は迅速に撤退し被害を最小限に留めた。結果として見ればこの戦い我等の勝利だと思うが、他の者達はどう思うか な?」

と男が問いかけると家臣達はしばしざわめいた後、皆平伏した。男は満足げに頷くと右隣の太原崇孚雪斎に語りかける。

「近年の今川家の繁栄、実によい事だと思わないか? 雪斎よ」

雪斎は男の目をその静かな双眸で見た。

「あまり浮かれぬ方が良いかと……今川義元公。先日の敗戦は事実、あの徳川を甘く見るのは危険でしょう」

義元は「あーやだやだ」と手を仰ぐと左隣の女性に声をかけた。

「まったく人がいい感じに空気を良くしたのにこの言いよう、どう思う慧音?」

青服の女性━━上白沢慧音は首を横に振り。

「雪斎様の言う通りかと。勝って兜の緒を締めるという格言も御座います」

義元は半目になって両隣を見るとため息を付く。

「まったく面白みの無い奴等め、もっと気楽に生きんと人生損するぞ?」

と言うと義元は家臣たちを見据えた。

「しかし世とは因果な物と思わないか?かつて我は腐敗した室町幕府を立て直すために挙兵したが尾張の大うつけに討たれた。だが話を聞くとそのうつけも天下統一を目にしながら家臣の明智光秀に討たれ、その光秀を討って天下を獲ったのは秀吉とかいう奴だとな。そしてその秀吉死後天下を統一したのがあの竹千代と言うではないか。これは結果として竹千代を教育していた雪斎の天下とは言えまいか?」

と義元が言うと雪斎は「ご冗談を」と言い目を伏せる。そんな様子に微笑む。

「我は桶狭間にて大敗を喫し討ち死んだが我の死も竹千代の糧となったっと思えば無駄では無かったかな?」

と家臣に問いかけると家臣達は皆目を伏せた。すると慧音が義元の方を見る。

「歴史というのは様々な事象の積み重ねです。どの様な些細な事でも決して無駄では無いと私はそう思っています」

慧音の話に頷くと義元はもう一度家臣を見据えて笑う。

「さて、ここでお前達に一つ問題を出そう。近年我が今川家は北条・印度から多くの武器や食料を買っているが何故だ と思う? はい! 氏広! 5秒で!」

関口氏広は「え?」と慌てていると義元が「はい! 終了!」と言うので半目になる。

「じゃあ、元信答えて見ろ」と言うと前列の中央、今川義元と対座する形で座っていた岡部元信が答える。

「近年の武装強化は徳川を警戒して……という事では御座いませんか?」

「ふむ、50点と言った所だな。小合戦の為だけならばあれだけの量はいらんよ」

義元はふと微笑み。

「我が今川家が武器を集めるはそろそろ大きな花火を上げたいからよ。お前達も小競り合いだけでは飽きただろう?  そろそろ歴史を動かしたいと思わんかね?」

と問いかけると家臣達はざわめき始めた。元信が緊張した顔で背を正し義元に尋ねる。

「それはつまり━━臨時惣無事令を無視した侵攻をかけると……そういう事ですか?」

義元はしばらく黙った。家臣達は誰もが緊張し、義元の姿を注視すると突然義元は笑った。

「なーんてなっ! 今川の様な国が聖連に楯突けばあっという間に滅亡よ!」

義元の言に皆脱力するが「だが」と義元が続けた。

「だが、今川家よりも更に強大で影響力のある国が花火を上げたならその花火に同じるのもまた━━一興よ」

今度こそ評定所は静まり返った。

 

***

 

 評定が終わり、上白沢慧音は雪斎と共に書庫へ向かっていた。既に空は赤みがかっておりヒグラシが鳴いている。城の各所からは賑やかな声が響き、間もなく日が沈むというのに活気があった。

━━もう夏か。

と慧音は思う。幻想郷から此方に飛ばされて当ても無く彷徨い今川に保護されたのも夏の時だったことを思い出す。今川義元という男は慧音から見ても珍妙な人物であった。彼は自分の正体を知った上で恐れたり忌諱するわけでもなく、むしろ興味深そうに色々質問された。当時の事は七年たった今でもよく覚えている。

私の話を聞いている時の彼の目はまるで━━

新しい玩具を見つけた童の様であったな。

思わず当時の義元の顔を思い出し頬が緩んだので慌てて元の表情に戻す。気付かれていまいかと横の雪斎を見ると目が合う。

「何やら楽しそうであったな。何か良い事でも?」

「い、いえ。少々昔の事を思い出していたので」

「左様か」と雪斎が言うと歩みを止めた。

「? どうかなさったので?」

雪斎は頷く。

「慧音殿は先程の“坊”の話どう思う?」

この七年今川で暮らしてきて分かった事だが雪斎が義元のことを坊と呼ぶのは私用の時だけだ。

つまりこの質問はあくまで個人の話と。

慧音はそう理解する。

「義元公の考え方は危険と……そう私は判断します。地道ながら築き上げた今川を危険に曝す必要は無いかと」

慧音の言葉に雪斎は静かに頷いた。

「拙僧もそう思う。だが“坊”は凡庸な拙僧とは違うものが見えているらしい」

「違うもの?」と慧音は言う。

「幼き頃から“坊”を世話して来たが、奴は人とは違う景色を見、人とは違う考え方をする。そう、まるで戦国の世を 童の遊び場の様に捉えておる」

義元が変わっているということは慧音も重々承知していた。彼は何に対しても楽しそうに行う。そう━━戦さえも。

「かつて拙僧は“坊”の最大の遊び場を見てやれなかった上、奴も遊び半ばで討ち死んだ。なんの縁か我々は再び生を 受けたが今度こそは共に遊んでやりたいものよ」

雪斎はそう言い再び歩き始めたので慧音も横に並んで歩く。書庫の近くにやってくると書庫の前で蹴鞠をしている少女がいた。

 

***

 

 少女は白い長い髪を持ち、後ろにお札柄のリボンを結んでいたおり更に白い服に赤いもんぺを着用していた。

 少女は右足の先端に乗っていた鞠を蹴り上げ今度は左足の踵で落ちて来た鞠を受け止めもう一度蹴り上げる。今度は正面に落ちてくる鞠を右膝で蹴り上げると最後に頭の上に乗せた。「よっと」と声を上げながら姿勢を正し、鞠を安定させる。鞠が安定したのを確認すると一息つき、慧音達の方を見た。

「あら? 遅いじゃない。待ちくたびれたわよ」

と言うと慧音は笑った。

「今日は軍港方面の警備だった筈だが? 妹紅?」

妹紅はニタっと笑い鞠を頭に乗せたまま頭の後ろで腕を組んだ。

「警備なんて部下にやらせているわよ。どうせ何も起きないし私がわざわざ行く必要は無いわ」

「何も起きなくてもするのが警備なのだがな」

と雪斎はため息をつく。

「まあまあ。今日は雪斎さんにお願いがあったのよ」

「願いとは?」

雪斎が問うと妹紅は頭の蹴鞠を浮き上げ両腕で取った。

「どうやら徳川の奴等に苦戦しているみたいじゃない? 今度の戦、私も出るわ」

と言うと鞠を慧音に投げ渡したので慧音は慌てて受け取り、半目になって妹紅に言う。

「どういう心境の変化だ? 戦いに出る事を散々面倒臭がっていたではないか」

「慧音を苦悩させる徳川に興味が沸いてね。いい加減氏実公と蹴鞠するのも飽きたし、それに“こっち”の世界の奴も いるみたいじゃない」

やれやれと慧音は頭を振ると雪斎が言う。

「戦は遊び場では無いのだがな。だが、助力して貰えるというなら此方に異存は無い。明日にでも義元公に話そう」

妹紅は「やった」と喜ぶと慧音から蹴鞠を受け取り、思いっきり蹴り上げた。鞠は夕日と重なり見えなくなり妹紅は赤い夕日に目を細めた。

「━━━━次の戦が楽しみだわ」

 

***

 

 正純達が浜松に帰ってきた頃には辺りは暗くなり始めていた。浜松の港は既に街灯が点いており各所の大型表示枠が光りを発している。

すっかり暗くなってしまったなと正純はそう思った。

 後ろを見ればホライゾンと何時脱いだのか分からない全裸が歩いている。あの全裸のせいで途中四回ほど検問所に引っかかった。最初に検問で引っかかった時は何故だと思ったが全裸が全裸である事がいけないと言われ始めて気が付いた。

いかんな馬鹿が全裸である事に何も疑問を持たなくなってしまっている。

 今後はもう少し気をつけよう、うん。と自己完結しているとホライゾンが話しかけてきた。

「すっかり遅くなってしまいましたね。皆さんに何か土産を買うべきでしょうか?」

「わざわざ武蔵を目の前にして買う必要があるか?」

と言うとホライゾンは首を横に振った。

「武蔵ではトーリ様がいない事によって非常に平和な時間を過ごした反面、一部の方が全裸禁断症状になっている可能 性があるので土産品は必須だとホライゾンは判断します」

・賢姉様:『そうよぉー、もうミトツダイラなんて主人いなくなった子犬みたいにしょんぼりして発情しているわー!』

・銀 狼:『そんなことしてませんわよ! というか前の文と後ろの文繋がってませんわよ!』

・貧従師:『あ、だったら浜松港にある名物天麩羅屋“大権現大往生!!”で天麩羅買ってきて下さい』

・十ZO:『なんで御座るか、その番屋にしょっ引かれそうな名前は……』

・不退転:『天麩羅、いいわね』

「お前ら聞いていたのかよっ!」

「まったく」と言うと正純たちは天麩羅屋に向かった。店の場所は人の行列が出来ていたこともあって直ぐに分かった。店の入り口の上には大きな狸が天麩羅食べながら昇天している象が設置してあり、その直ぐ下に店名が点滅術式で浮かび上がっている。

点蔵じゃないが本当にしょっ引かれそうな店だな……。

 店に近づいくと後ろの馬鹿が店から出てきた客を指差した。

「どうした馬鹿? 天麩羅ならまだだぞ?」

「なんとトーリ様、ついに見ず知らずの他人が食べている物に食いつこうとするほど卑しくなりましたか」

「ちげーYO! あれ、天子じゃね?」

と言うので皆で見ると比那名居天子が天麩羅を咥えながらこちらを見て固まっていた。

 

***

 

━━最悪っ!

 比那名居天子はそう心の中で愚痴った。午前は教導院に行くのが面倒になり鬼のような衣玖の追撃から逃げ切り、午後は浜松の海辺で一人蟹獲り大会をした。

70匹獲れたわ。本気出せばもっといけたけどあえて本気を出さないのがカッコいい。

そして日が暮れてきたので帰りに天麩羅買ってそうっと武蔵に帰ろうとしたが。

よりによってこいつ等に会うなんて!!

見れば全裸がこちらに手を振り、「おーい」とか「やーい」とか言っている。そんな馬鹿のせいで今や自分は周りから奇異の目で見られてしまっている。

うん、無視しよう。

そう思いなるべく馬鹿共を見ないように去ろうとしたら全裸が叫んだ。

「おーまえーのおーむねーガチハード!!」

「ぶっ殺すわよアンタ!!」

「しまった!」と思うがもう遅い。全裸が顔をニヤニヤさせながら近づいてくる。

「俺等今から天麩羅買うんだけど……つき合わね?」

これ以上巻き込まれるのは嫌なので興味無さげに言う。

「いま、その天麩羅屋から出てきたの分かんないの?」

全裸がキョトンとした顔で「それが?」と言うので少し腹が立った。

「だ・か・ら! 私はついさっきまでその店で天麩羅買ってたの! もう一度入る必要が無いでしょう!」

「では、既に天麩羅屋で買い物を済ませた天子様に案内してもらうというのはどうでしょう?」

「は?」と突拍子も無い事に困惑するが全裸が「そうだな!」と言いながらこちらの背を押し始める。

「え? ちょ? 待ちなさいよ!?」

と言うが聞く耳持たない。助けを求めて正純を見るが頷いて親指を立てた。

いや、意味が分からないっ!!

結局天子はホライゾンとトーリに挟まれる形で列に並んだ。

━━まったく。

まったくこれだからこいつ等は苦手だ。今回みたいに人の領域にずぶずぶと踏み込んでくるかと思えば、ある時は一歩引いてくる。

衣玖は早めに武蔵に馴染んだが自分は未だにこの空気になれない。

元来自分は一人で生きていけると思っているし、群れる必要も無いと思っている。だがどうにもこの連中は私のペースを乱してくるのだ。

━━まったく。

と天子は浜松の夜空を見た。



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~第三章・『夜天の進撃者』 救済者達は歴史を動かすのか?(配点:侵略)~

 

 日本の中部地方に存在する美濃国。その美濃国から尾張国に続く街道には4つの関所が存在した。

関所は鉄の壁で覆われており上部には対空用の実弾砲と見張り台が建っている。

その関所の尾張側から二番目の見張り台に夏用の装甲服を着た男が双眼鏡で尾張国境を偵察していた。

「こちらc-2。今日も異常なしだ」

と備え付けの通神機に呼びかけると応答があった。

『こちらc-1。こっちも異常なしだ。しかしお互い夜番とは運がないな』

と苦笑した声が返って来たのでこちらも苦笑する。

 c-2は見張り台に備え付けられている椅子に座り立て掛けてあった長銃を点検する。

「それにしても道三様も心配性な人だ。P.A.odaとの国境にこれだけの施設を置くとはね」

『それだけ織田が危険だという事だ。攻撃馬鹿の義龍様じゃあこんな事しない』

「聞かれたら首が飛ぶぞ」と笑う。美濃国に存在する斉藤家では統合争乱後一騒動あった。

生前、斎藤家では当主である斎藤道三が息子斎藤義龍に討たれるという所謂長良川の戦いが起きた。

その為か再び斎藤家が興った時にも道三派と義龍派、そしてどさくさに紛れて龍興が反乱し三つに分かれることになった。

「あの時お前は龍興様に付いたんだよな。今さらながらなんでだ?」

『しょうがねーだろ、気が付いたら家が三つに分かれて何処行けばいいのか分かんなくてなんとなく龍興様に着いて行ったんだよ』

「なんとなくかよ・・・」

とc-2が再び苦笑する。

 結果としてこの騒動は斎藤道三がサシで話そうと言って他二人が来たところをジャーマン・スープレックス決めて義龍・龍興両名を倒した為解決した。

この話は後に衆道話“油男がイクっ!”となって話題を呼んだというが定かではない。

「しかし織田の奴等、この七年間まったく動きが無いってのは不気味だな」

『向こうも無駄な消費はしたくないって事じゃないか?』

「だといいんだがな。だけどこう何もないと本当に暇だな。こうしていれば織田の小部隊が出てこないかねえ」

『やめてくれよ。本当に来たら一番最初の門を守る俺達が戦うんだからよー』

c-2は笑いながらもう一度双眼鏡を覗く。やはり周囲には何も無くただ夜の闇が広がっていた。

「大丈夫だよ、誰も来ちゃいないって━━」

突如第一門が爆発した。c-2は第一門の爆風から身を守るため咄嗟に身を屈める。

その直後頭上を爆発による熱風が吹き、第一門の破片が第二門の壁に激突する。

あたりが静かになり頭を上げると直ぐに通神機の呼びかけた。

「c-1!! c-1!! 応答しろっ!!」

反応は無い。c-2は「クソッ!」と叫ぶと双眼鏡で第一門を見る。

 第一門はその中央に巨大な穴が開いて穴の縁は赤熱し金属壁が溶けている。門の上

部は対空砲に引火したのか炎上しており、見張り台は崩れ去っていた。

━━何が起きた!?

 c-2が報告の為、通神機に手を伸ばすと第一門の上空に16の影が現出した。それは黒い

装甲を纏った16隻の航空艦だった。航空艦の側面には金色の木瓜のエンブレムと『P.A.oda』

とい文字が書かれている。

「織田め、戦艦をステルス航行で近づけていたのか!!」

 更に織田国境から大軍が出現した。織田軍は皆完全装備をしており、遥か後方には武神

の存在もあった。

「まさか織田は全面戦争をする気かっ!」

直後航空艦から二度目の流体砲による一斉射撃が行われ第二門が炎上した。

 

***

 

 本多・正純は奥多摩の教導院に向かって走っていた。

周りには多数の表示枠を開き、肩の上に座っている正純の走狗“ツキノワ”が新しく送られてくるメールを優先度順に折り畳んでいる。

 P.A.odaが斎藤領に侵攻したという報告は今朝届いた。既に織田軍は墨俣城を陥とし、稲葉山城を包囲しているとの事だ。

商工会からの通信を片付けると岡崎の徳川家康から通神が来た。

『正純殿、織田の件聞き及んでいるな』

「Jud.、 こちらでも情報収集の為教導院に向かっているところです」

『先程その織田から今川を攻めるよう勧められた』

「━━━━。」

思わず足を止める。背中に冷や汗を掻く。

「━━如何なさるおつもりで?」

『こちらでも一回評定を開きたい。そちらの話が纏まり次第岡崎城に来てほしい』

「Jud.」

正純は表示枠を閉じ一息つく。

「ネシンバラ、直ぐに皆を教導院に集めてくれ」

『Jud.、 いつもの橋でいいかい?』

「ああ、そこでいい」

さて、忙しくなるな。と正純は再び駆け出した。

 

***

 

 教導院の前に梅組の生徒達が集まっていた。正純は皆の前に出ると表示枠を開く。

表示枠には炎上する墨俣城が映されている。

「皆知っていると思うが昨夜P.A.odaが斎藤家に全面侵攻を仕掛けた。そして今朝その織田から徳川に対して今川家を攻めるよう勧められた」

皆が息を呑むのが分かった。しばらく沈黙すると半竜の横に座っていた伊達・成実が言う。

「それはつまり、私達徳川も聖連を無視して戦えって事?」

「Jud.、 そういう事になるな」

すると両腕を義手にした少女が手を上げる。

「副会長、聖連に楯突けば我々が窮地に陥るだけでは?」

正純は頷くとネシンバラの方を見た。

「書記。我々が今川を攻めるメリットとデメリットを教えてくれ」

と言うとネシンバラは眼鏡を鼻の上で一回押し、表示枠を開く。

「今日のスーパーネシンバラタイムだね! じゃあ張り切って解説しよう! ではまず僕らが今持っている二つの選択肢を述べよう。まず一つは織田の言うことを無視し、聖連に反逆したP.A.odaを討つ事。もう一つは織田の勧め通り今川家に侵攻することだ。それじゃあそれぞれのメリットとデメリットがあるんだけど分かるかい? 分からないよね! じゃあこの僕が教えよう!!」

 

*** 

 

・● 画:『この眼鏡、いつもよりテンション高くない?』

・魚雷娘:『そうなんですか? てっきり普段もこんな風に頭イカレ━━ハイテンションなんだと思っていましたが』

・貧従師:『いやぁ、普段もそうですけど今日は特に頭がイカレ━━テンション高いですねぇ』

・金マル:『ほら、バラやんこの前康政さんストーキングして色紙貰うとしたら本人目の前にして思いっきり噛んで、その後不思議な踊りしてたら康政さんに「頑張れよ」って言われたからだと思うけど。ナイちゃん思うにこれ励ましじゃなくて哀れみなんじゃないかなーと』

・天人様:『哀れね』

・未熟者:『ハイ! そこ脱線しない!』

 

***

 

 ネシンバラは表示枠を開きながら外道どもの前に出て皆を見回す。

「まずは徳川がP.A.odaと戦う道から行こう。これのメリットで一番大きいのは聖連に大きな借りを作れるって事だ。

まず、今回の件聖連の援軍は間に合わない。現在聖連は西日本の土佐を本拠地としていて中部地方に援軍を送ったとしても最低2日はかかる。

その間に織田は稲葉山を陥落させて近畿地方に進出するだろう。

そこで僕達の存在だ。

徳川は織田の背後を守る形で同盟している、この同盟を破棄して織田の背後を突けば織田は徳川に対して兵を裂き、その結果近畿地方の攻略を大きく遅らせる事が出来る。

これによって徳川は聖連に大きな借りを作れるってわけだ。

次はデメリットだけど、まず一つ目はあの織田と戦わなければいけないという事と仮に織田を倒せば徳川は最大の同盟国を失うって事になる。

さらに今回の件、織田を倒しても終わるとは限らないってことだね」

ホライゾンと葵・喜美の間にいた全裸が質問する。

「織田が戦争始めたんだから織田を倒しゃいーんじゃねーの?」

と言うと天子が肩を竦める。

「馬鹿ね。織田を倒したって第二、第三の織田が出るに決まっているじゃない。

今までは小規模合戦でどの大名もガス抜きしていたのに織田っていう大国が火を点けたのよ。

この炎はあっという間に日本中に広まるわ」

「Jud.、 現在の聖連はお世辞にも支配力があるとは言えない。

そんな中、各国の中でも最大級の規模を持つP.A.odaが動けば今まで野心を隠していた大名や聖連に不満が

あった大名が動くだろうね。そうなれば戦国乱世の到来さ」

そう言うとネシンバラは一旦ポーズをとり、再び話し始める。

「次は織田の勧め通り今川を討つことだけど、メリットは今川家を倒すことによって遠州の安全を確保でき、さらに来るであろう乱世を前に国力を増強できるって事だ。

デメリットはそんな事をすれば勿論聖連とは敵対する事になり、世界に喧嘩を売る事になる━━かつての僕達と同じようにね」

ネシンバラがそう言い終わると両腕義手に少女が再び手を上げる。

「織田にも付かず、聖連にも付かないという道もあるのではないですか?」

と言うと隣の背の高い金髪の男性が話す。

「誾さん、それは一番最悪の選択ですね」

「そうなのですか? 宗茂様」

「ええ、聖連にも織田にも付かないという事は両者との関係を悪くするという事であり、結果として徳川は世界的に大きく不利になります」

皆が黙り始めると正純は肩の上で休んでいるツキノワを撫でながら言った。

「書記の言うとおり我々はいま分岐点にいる。そこで私は皆の決を採りたい。

その結果を岡崎に持っていき、そこでの評定で我々の今後を決める━━━それでいいか? 葵」

正純がホライゾンの横で階段に腰をかけているトーリを見るとトーリは親指を立て、頷いた。

正純はその頷きに応じ、

「では、これより決をとる━━━━」

直後表示枠が開き“武蔵”が映る。

『“武蔵”より皆様へ。たった今、今川国境沿いの砦と交信が途絶しました。最後の交信によると「今川の大軍に攻撃を受けている」との事です━━以上』

 

***

 

 しばらくの間誰もが動けなかった。すると端で煎餅を食べていたアデーレが食べかけの煎餅を落とす。

「大軍って……」

半竜の横に座っている成実が地面に落ちて割れた煎餅を見ながら。

「今川に先手を打たれたということね」

正純は深呼吸し直政を見る。

「直政、いま浜松港には何隻、航行可能な船がある?」

「今朝方織田方面に3隻飛んで、2隻は整備中。直ぐに飛べるのは5隻さね」

今度は二代を見る。

「二代、いま浜松にはどの位の戦力がある?」

「港外の警備隊を含めて2400人程で御座ろうな」

すると今度は隣のネシンバラを見る。

「ネシンバラ、直ぐに岡崎と連絡を取って援軍を要請してくれ」

「Jud.」と言うとネシンバラは岡崎と連絡を取り始める。

「浅間、無駄だとは思うが浅間神社経由で今川に抗議文を送ってくれ」

「は、はい」と浅間は言い、表示枠を開く。一通り指示を終えると梅組の皆がこちらを見ているのに気が付く。

正純はまず馬鹿を見、次にその横のホライゾン、喜美を見ると頷いた。

「みんな、今日は忙しくなると思うがよろしく頼む」

「「Judgment!!」」

 

***

 

 三河東部の上空に多数の艦船が航行していた。

艦隊は前列には8隻のドラゴン級戦闘艦が一列に並んでおりその後方では両側を2隻のクラーケン級に挟まれた今川軍旗艦ヨルムンガンド級戦艦“駿河”が航行していた。その後方には14隻の輸送艦とその護衛のために6隻のワイバーン級護衛艦が追従している。

 その艦隊に前方から一つの影が近づいて来た。その影は炎の二対の翼を持ち、まるで童話に出てくる不死鳥の様であった。

不死鳥はドラゴン級の間を通り、“駿河”の上に出るとその場で旋回を始め、“駿河”の前部甲板に降り始めた。

不死鳥が甲板に下りるとその炎の翼をしまい、その中から一人の少女が出てきた。

藤原妹紅だ。

 妹紅が甲板で一息をつくと艦橋側から今川義元がやって来る。

「哨戒台潰しご苦労さま」

と言うと妹紅は右肩を回し

「つまらない仕事だわ。殆ど抵抗が無かったし」

と言うので義元は苦笑する。

「まあ、向こうからすれば不意打ちだ。碌な警戒をしていなかっただろうさ。なに、本番はこれからなんだ今の内に慣らしておけ」

「はいはい」と妹紅はつまらなそうに言うと前方の艦隊を見る。

「しかし、これだけの船を持っていたとはね。これも北条からの買ったやつかしら?」

義元は妹紅の横に立つ。

「興国寺経由で部分ごとにバラして買ってたのさ。船その物を買えば他国から警戒されるからな。もっとも武田は気付いていたようだが」

「まあどうでもいいわ」

と妹紅は言い艦橋側に歩き始める。妹紅は振り帰り

「私は部屋で休むけど義元さんは?」

「もう少しここにいるさ。ここからならば浜松が良く見えるからな」

「そう」と言うと再び歩き始め下層に下りるための階段近づくともう一度振り返る。

「義元さん!」

浜松の方を見ていた義元は振り返る。

「やるからには必ず勝ってあげるわ!」

手を振る義元を背に妹紅は下層に消えた。

 

***

 

 正純がアリアダスト教導院で各所と情報交換をしていると奥多摩の方から忠勝がやって来た。

忠勝は正純に一礼すると。

「正純殿、本多忠勝平八郎他500名。先遣隊として参上仕った」

正純は表示枠を畳むと一礼する。

「援軍感謝します忠勝公」

「早速だが状況は?」

「30分ほど前、クロスユナイト達を偵察の為に向かわせた所です」

すると点蔵からの通信が入る。

『こちら偵察隊に御座る。今川軍を浜松港東部14kmの位置で確認したで御座る』

忠勝が身を乗り出し表示枠の点蔵に話しかける。

「敵の兵数は分かるか?」

『忠勝殿で御座るか。ここから見たところだと今川軍はおよそ1万5千以上、上空には輸送艦を含め31隻おるで御座るよ』

多いなと正純は顔を顰める。

『もっと接近すればより詳細な情報が分かると思うで御座るが、如何するで御座るか?』

「いや、これ以上の接近は危険だ。クロスユナイト、よくやってくれた。帰還してくれ」

『Jud.』と言うと表示枠が消える。

「忠勝公、岡崎からの援軍はどの位で到着しますか?」

「約2時間程であろう。その前に今川は動くであろうな」

忠勝にそう言われ正純は考える。現在の戦力差では港に篭城してもあっという間に制圧されるだろう。

かといって打って出たとしても同じ事だ。

━━どうする?

正純がそう思っていると表示枠にネシンバラが映った。

彼の背後には比那名居天子と永江衣玖が立っている。

『本多君、僕にいい考えがあるんだけど聞きたくないかい! 聞きたいよね!』

正純は表示枠を消す。すると再び表示枠が出る。

『いや! 何で消すんだい!』

「いや、何か面倒だったから」

まったくとネシンバラがいうと作戦の書かれた情報を通神で送ってくる。

「これは……」

『一発逆転の作戦━━やってみないかい?』



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~第四章・『緋想の御者』 天を統べ、地を統べ、人を統べる (配点:非想天)~

 浜松港より東部1kmの位置で徳川軍と今川軍は対峙していた。

徳川軍総勢2900名は前方に3列の方陣を組み、その後方に一列部隊を配置していた。その中には対艦用の長砲を装備した朱色の女性型武神”地摺朱雀”と実弾砲を装備した軽武神隊も存在した。

徳川軍の上空には3隻の航空艦が滞空し、さらにその後方浜松上空には残りの2隻が浜松港を守るように配置されている。

 一方今川軍は総勢1万7500人で鶴翼の陣形を組み、その上空にドラゴン級戦闘艦を一列に配備し、艦と艦の間にはワイバーン級護衛艦が配備されていた。

そしてその今川艦隊の後方に2隻のクラーケン級戦艦に守られる形で駿河が滞空していた。

 その駿河の艦橋から今川義元が浜松港を見ていた。

彼は少し興奮気味に

「あれが噂の武蔵か! 映像では見たことがあったが実際に見ると圧巻されるなあ!」

と隣の雪斎に言う。

「聞けば全長約2里ほどで、彼らのいた世界では世界征服を行っていたとの事です」

義元はますますみ興味深そうに武蔵を見る。

「世界征服! それは良いな! 浪漫があるというものよ!!」

そう言い彼は艦橋後部の席に座り、雪斎を見る。

「雪斎、我は決めたぞ。浜松を制圧した暁にはあの武蔵に入って我が世界征服してやる!」

そんな彼の言に雪斎は苦笑した。

「ではまずは勝利しなくてはいけませんな」

「おう」と義元は頷き、表示枠に映されている配置図を見る。

「まず状況は我らが圧倒的有利か。敵は方陣組んでいるがどう思う? 雪斎よ」

「おそらく相手は岡崎の援軍を待っているでしょう。その為守備に適した方陣を組むは必定。ただ……」

「ただ? この後方の一部隊気にかかると?」

「左用」と雪斎は頷いた。

「有事の際の遊撃隊か、もしくは何らかの策があるのか……」

と雪斎は顎に指を添えた。義元はそんな雪斎を微笑しながら見、

「まあ何にせよあまり時間を掛けられないのは確かだ。ここはまず少し突いてみようか」

 

***

 

 夏の日差しが最も強い1時頃、徳川軍が浜松側において方陣を組んでいた。

兵士たちは皆、夏用の装甲服を着ており前列の兵士は大型の術式盾を支え、その後方に長槍を構えた兵士たちと長銃を構えた兵士たちがいた。

兵士たちは皆額から汗を掻き、不安と緊張が混じった表情をしている。

 そんな彼らの後方に大型の表示枠が表示されトゥーサン・ネシンバラが映る。

『戦いが始まる前にみんなに言いたいことがある。

みんな、この戦いを自分たちが不利だと思っていないかい?

だとしたらそれは大きな間違いだ』

ネシンバラがそう言うと兵士たちはざわめき始めた。そんな彼等にネシンバラは一回頷き。

『だってそうだろう? 僕たちはあと一時間、一時間耐えれば岡崎から徳川家康公が援軍に駆けつけてくれる。援軍さえ来れば僕たちの勝ちさ。そうすれば僕たちは世界中にこう語られるだろう「寡兵で大軍を押し返した」ってね。

そう、僕たちが歴史を動かすんだ! だからみんな━━勝とう!』

「「Jud.!!」」

兵士たちは自分たちの武器を掲げ叫んだ。皆、先ほどの不安そうな表情は無くその瞳には強い意思が灯っていた。

 

***

 

 そんなネシンバラの演説を最前列で聞いている二人がいる。

ネイト・ミトツダイラと本多忠勝だ。

「まったく、うちの書記はこういうのが好きですわね」

と苦笑しながら言った。すると忠勝が微笑む。

「だが、士気は上がった。よい軍師を持ったものよ」

「少々トビ過ぎているところもありますけどね」

忠勝は眼前の今川軍を見た。

「ミトツダイラ殿、浜松の様子は?」

「Jud.、 現在も退避作業を続けていますわ。避難しきれない人間は武蔵の方で収容しいますわ。そのせいで武蔵は航行できませんが、障壁で援護してくれるそうですのよ」

そうか。と忠勝は言うと右手に持つ蜻蛉切を構え直し、ミトツダイラを見ると厳しい表情をする。

「とは言えこの戦、厳しいものになろう。ご覚悟は?」

ネイトはその膨大な髪を靡かせ一歩前に出る。

「私、武蔵の騎士ですのよ? 王に危険が差し迫るならその危険を抑え、打ち倒すのが騎士の務めですわ」

そう言い眼前の今川軍を睨みつけた。

 

***

 

 武蔵アリアダスト教導院。その屋上にトゥーサン・ネシンバラが居た。

彼の後ろでは全裸とその姉とホライゾンがテーブルを囲んで茶を飲んでいる。

ネシンバラは右肩の上に走狗”ミチザネ”を浮かばせており、彼の目の前には表示枠が開かれていた。

彼は表示枠に映された戦場の概略図を見ながら言う。

「いいかい、みんな? これからプロットを示そう。

さっきも言ったが僕たちの勝利条件は今川軍を倒す事ではなく時間を稼ぐことだ。そのためにまず前線部隊には時間を稼いでもらいたい」

すると後方部隊にいる天子から通神が入る。

『15分よ。あとそれだけあれば終わるわ』

「━━ということだ。

前線部隊は15分間耐えてくれ。そして比那名居君の準備が完了しだい後方部隊まで撤退し、例の作戦を行う。作戦成功後はそこを最終防衛ラインとして反撃に転じるよ。

魔女隊には今川軍の両翼にいる射撃部隊を叩いて欲しい。

両翼の銃撃が無くなるだけでこの戦い、ずっと楽になるはずだ。その後は前線部隊の援護を続けてくれ。

どうだい? 簡単だろ?」

 

***

 

簡単に言ってくれるさね。

と後方部隊で地摺朱雀の調整を行っていた直政は思う。

今川軍の数はこちらを圧倒しており、しかも多数の航空艦まで所有している。

こちらも武蔵の障壁や航空艦の砲撃と朱雀の長砲で援護するがそれでも限度がある。

横を見れば先程から比那名居天子と永江衣玖が陣の中央で立っている。天子の手には緋色の剣が握られておりその剣先を地面に刺しており、その横の衣玖は多数の表示枠を開き、忙しそうにしていた。

書記の話ではあの天人が鍵を握っているそうだが……。

ま、あっちは任せるさね。

そう思い朱雀の腰元で作業をしている少女を見る。

「大!! そろそろ下がりな!」

すると顔を整備用の油で汚した少女━━三科・大が振り返った。

「Jud! ちょうど終わったところだから━━━━」

直後、空中に障壁が展開され爆発する。

『今のは測距の為の砲撃です。続いて今川艦隊より流体砲来ます━━以上』

 

***

 

 一発目の砲撃の後、今川艦隊より流体砲と実弾砲による一斉射撃が行われた。

7つの流体光は一直線に徳川艦隊に向かうがその前面に武蔵の障壁が何層にも展開され、激突する。

障壁は流体砲を受け止めた事によって砕け散る。その砕けた障壁の合間を縫って実体弾が徳川軍に降り注ぐ。

それに対して徳川は弓道部による迎撃を行い、上空の三隻と朱雀を中心とした武神隊が反撃を始める。

 今川の陸上部隊は艦隊による一斉射撃が失敗に終わると動き始めた。

今川軍は両翼の部隊が徳川の前線部隊に対して射撃を始め、中央の朝比奈泰能、鵜殿氏長の部隊が突撃を始める。

 一方徳川軍は両翼から射撃を術式盾で防ぎながら突撃してくる部隊に射撃をした。

銃撃を潜り抜けた今川軍が前線部隊と接触した直後、最前列で突撃を敢行していた兵士が宙を舞った。

「━━━!!」

先程まで兵士が居た場所に一人の男が立っている。

本多忠勝だ。

忠勝は手に持っている蜻蛉切を大きく振り上げ叫ぶ。

「我が名は本多平八郎忠勝!! 勇ある者よ、我に挑むといい!!」

東国無双とされる忠勝の登場に今川兵は大きく動揺するが。再び突撃を開始する。

そしてなぎ払われた。

「━━━!?」

今川兵は円弧状に薙ぎ払われており、その中心には青い騎士服を着た少女が両肩から鎖を出しながら立っている。

「徳川家、武蔵アリアダスト教導院第五特務。ネイト・銀狼・ミトツダイラ、参りますわよ!」

その声と共に徳川・今川両軍が激突する。

 

***

 

 徳川・今川両軍が激突を始めた頃、その上空を60人ほどの魔女隊が飛行していた。

先頭を飛ぶ双嬢の内、ナルゼが地上の様子を見る。

「第五特務と人間チートが張り切っているお陰で何とか持ち堪えているわね」

その声にマルゴットが応じる。

「じゃあ、その間に右翼で銃撃している部隊を叩かないとね、ガッちゃん!」

ええ。とナルゼが応じると魔女隊が今川軍右翼に対して急降下を開始する。

今川軍は急降下してくる魔女隊に気がつき銃撃で応戦を開始した。

魔女隊は直ぐに散開し、銃弾をすり抜けていく。

銃弾を避けながらマルゴットは叫んだ。

「流石に気づかれたみたいだね!!」

「敵も馬鹿じゃないって事ね。━━だけど甘いわ!」

銃撃をすり抜けた魔女達は今川軍の頭上に投下型爆弾を落としていくと射撃のために密集していた今川軍の射撃部隊が吹き飛び右翼全体が動揺する。

魔女隊はその爆風を利用して急上昇をし、今川軍の射程から外れると旋回を開始した。

マルゴットは後続の魔女達を確認するとナルゼに近づく。

「全員無事! 今度は左翼行こっか?」

そうね。とナルゼが言うと今川艦隊より二度目の一斉射撃が行われ、武蔵の障壁とぶつかるのが見える。

「こっちで船を叩ければいいんだけどね」

「まあその事はアサマチに任せてこっちはこっちのお仕事、片付けよう」

ナルゼとマルゴットは頷き合い、今川軍左翼に向かって加速した。

 

***

 

 浜松の高台に一人の戦闘用の巫女服を着た浅間・智がいた。

浅間は二つの弓を連結させた大弓「梅椿」を構えており、彼女の近くには射撃補助を行うために彼女の走狗“ハナミ”が浮遊している。

浅間は左目の義眼「木葉」の前に表示される仮想照準で遥か前方を飛ぶ今川艦隊を狙っていた。

本来、巫女は戦闘行動に加担してはいけないが無力な民を守るためなら応戦可能だ。

そう、あくまで仕方なくだ。

最近撃ってなかったからちょっと嬉しいとか思ってません━━ええ、思ってませんとも。

するとトーリから通神が入る。

『オメエ、いまチョー充実してね?』

「そ、そんなことありませんよーーぅ! 全然楽しんでなんかいませんよーー! 本当ですよーー!」

「撃ちたかったのかよ……」と皆が言う。

浅間が冷や汗を掻いていると全裸の背後にいる狂人が身を乗りだす。

『それはそうよ、だってこの娘最近あまりにもズドンしてないせいで無意識のうちに愚弟を狙ってたんだもの!』

「な、何言ってるんですか!? 別にトーリ君だけを狙ってたわけじゃないですよ!!」

・約全員:『余計に悪いわっ!』

ホライゾンは頷くと全裸を見る。

『なんと、今川軍はトーリ様他数名の命を救ったわけですね。ほら、トーリ様、今川軍にちゃんとお礼を言いなさい』

 

***

 

駿河艦橋で通神を管理していた兵士が雪斎の方に振り返る。

「せ、雪斎様。武蔵の総長が全裸でセクシーポーズしながら感謝してきました!! どうすればいいでしょう!?」

「馬鹿者! 敵の詭計に惑わされる出ない!」

 

***

 

「ねーちゃん、ねーちゃん。いま、今川から返答あったんだけど短く「死ね」だってさ」

「まったく今川は芸がなってないわねー、もう一回送ってみなさい。今度はアップで!」

 

***

 

「せ、雪斎様! 今度は股間のドアップで送られてきました!! もう撃っていいですよね!!」

雪斎は頭を抱えた。

 

***

 

━━まったく何やっているんですか……。

と浅間は苦笑しながら照準を合わせ直す。見れば今川艦隊は三度目の一斉射撃のための準備を行っていた。

弓の狙いを定めると武蔵からの通神が入る。

『浅間様、よろしくお願いします━━以上』

「浅間神社は浜松と武蔵を守るためにその力を行使します」

今川艦隊の主砲が発射準備に入る。

「義眼・木葉、会いましたっ!!」

術式加護を受けた矢が梅椿から射出された。

 

***

 

今川艦隊のドラゴン級二番艦は三度目の射撃のための最終調整に入っていた。照準を浜松港近くに停泊する武蔵に定め、撃とうとしたその瞬間砲身が爆発した。

二番艦は主砲の爆発によって外部装甲を砕かれ、甲板を炎上させながら高度を落としていく。

 その二番艦の様子を三番艦が見ていた。

三番艦の艦橋は騒然としており、通神兵が二番艦と交信を行っていたり他艦との情報交換を行っていた。

三番艦の指揮官が索敵班を行っていた兵士に叫ぶ。

「索敵班! 何処からの攻撃だ!」

すると大型表示枠に大弓を構えた巫女の姿が映し出される。

「敵は武蔵の射殺巫女ですっ!!」

直後二度目の射撃が行われ三番艦の主砲が破砕した。

 

***

 

 今川の艦隊が損傷した艦を守るように後退していくのをマルゴットとナルゼは見ていた。

「あの射撃巫女……相変わらずとんでもないわね」

「いやぁ、ナイちゃん久々にアサマチのズドン見たよ」

とマルゴットが苦笑する。

 今川艦隊が後退したことによって今川全軍に動揺が走り始めている事が上空からでも分かった。

この好機、逃せないよね!

とマルゴットは今川の左翼部隊に爆撃を仕掛けようとすると後方を飛行していたナルゼが叫んだ。

「マルゴット!! 下よ!!」

マルゴットは咄嗟に身を逸らし回避行動を取る。その直後、先程までマルゴットがいた位置を巨大な火球が高速で通過する。

回避し切れなかった二人の魔女が機動殻を焼かれ墜落するが後方を飛んでいた味方が回収した。

 マルゴットはその様子を見て安心した後、火球が飛来した方を見る。

「━━不死鳥!?」

 魔女隊の下方、今川軍から炎の巨鳥が飛来する。不死鳥はナルゼを見ると速度を上げ、彼女に突撃した。

ナルゼは飛来してくる不死鳥に対して正面から行き、急降下を行った。不死鳥は目標を見失った為一瞬動きを止める。その隙を突き双嬢は不死鳥の背後を取り射撃した。

それに対し不死鳥は双嬢の攻撃を回避ながら炎の翼を大きく開き、羽根を散らす。

羽根はそのまま炎弾になり炎の雨が双嬢に降り注ぐ。

マルゴットは退避のために急上昇し、ナルゼは急降下し炎弾を抜け合流すると不死鳥は既に旋回を終えており、こちらに対して再び突撃を仕掛けてきた。

「やるよガッちゃん!」

マルゴットとナルゼは速度を急激に落とし、機動殻を垂直近くに傾ける。

急減速したためGが加わりマルゴット達は機動殻に押し付けられる形になったが構わない。

「投下用の炸裂弾よ! 喰らいなさいっ!」

そう言い二人は機動殻の側面に付けていた爆弾の留め金を外すと爆弾は宙に舞い、向かってきた不死鳥に激突し爆発した。

 

***

 

 爆風によって揺れる白嬢をナルゼは制御しながら爆心地を見る。

━━やったの!?

爆炎が消えるとその中から不死鳥が現れる。だが、不死鳥の姿は先程の姿とは違い翼のみとなっておりその根元には白髪の少女がいた。

少女は額から血を流しており、双嬢を睨み付けると再び炎を身に纏い不死鳥の姿となった。

「あれが本体ってわけ!」

「また来るよ! ガッちゃん!」

不死鳥は再び羽ばたき双嬢に襲い掛かる。

 

***

 

 徳川前線部隊は限界に達していた。

今川軍の猛攻を前に徳川兵は疲労困憊状態であり、戦闘による死傷者も着実に増えていた。

そんな中、ミトツダイラと忠勝は奮戦しいた。

 忠勝は長時間の戦闘にも関わらず傷を一切負っておらず、正面から迫る今川兵を蜻蛉切の石突で突き飛ばし回りこんで来た兵士をそのまま槍の先端で貫きそのまま槍を横に振り敵を纏めて吹き飛ばした。

一方ミトツダイラは銀鎖を横に薙ぎ、それをすり抜けてきた敵を手刀や蹴りで迎撃していた。

そろそろ限界ですのよ!

後ろを見れば徳川の兵は皆傷を負い、疲れていた。このまま戦い続ければ本当に壊滅するだろう。

そう思いながら飛び掛ってきた兵士を銀鎖で地面に叩きつける。

その瞬間表示枠が開いた。

『待たせたね諸君! 第二フェーズに移行してくれ!』

 

***

 

今川義元は駿河の艦橋から一つの動きを見た。

徳川軍の前線部隊が崩壊し、敗走を始めたのだ。駿河の艦橋が歓声に沸く中、義元は怪訝な表情をした。

「妙だな……」

すると同じ表情をしていた雪斎が頷く。

「義元公もそう思われるか」

「ああ、あっさりし過ぎだ。これは何か策があるな……」

そう言うと義元は立ち上がり通神兵に指示を出す。

「泰能と氏長の部隊はそのまま追撃せよ。両翼の部隊はそのまま動くなと伝えろ」

通神兵が指示を出し始めると義元は顎に指を添える。

「━━さて鬼が出るか蛇が出るか」

そう言い、義元は目を細めた。

 

***

 

 徳川軍後列にいた比那名居天子は瞑っていた目を開ける。眼前には一体の地脈を現す表示枠が開かれており、その後方には撤退する前線部隊と追撃を始めようとする今川軍がいた。

━━いい感じね。

と天子は思う。

元来自分は苦境に立たされるのが好きだ。だが、ただ苦境が好きなのでは無くそこから逆転するのが好きなのだ。

その性格が災いしてか幻想郷に居た頃に大異変を起こし、どっかの大妖怪にボコされたが些細な事だ。

 視線を横にすると自分の補助のために忙しそうにしている衣玖と目が合う。彼女はどこか緊張した趣でこちらに会釈したので苦笑する。

心配性ねぇ……。

すると武蔵の狙撃巫女が表示枠に映った。

『浅間神社のほうでも最大限のバックアップはしていますが、気をつけてください。いざと言う時はこちらで介入します』

「心配ないわ。この程度余裕よ」

巫女が何かを言いたそうにするが無視する。再び前方を見ればちょうど前線部隊がこちらに合流したところであった。

今川軍はこちらを警戒しているのか、追撃の速度はやや遅い。

天子は表示枠に語りかける。

「葵・トーリ。今からアンタに滅茶苦茶恩を売ってやるから感謝しなさい」

『うっひゃー、俺恩売られちまうのかー。こりゃ後でちょー感謝しないとな!』

馬鹿の反応に思わず頬が緩むが回りにバレ無い様に隠す。

そして衣玖をはじめとした周囲の人間を見た後、高らかに叫んだ。

「かつて偉人はこういったわね。天下を征するには天・地・人を征する必要があるって。

私は既に天と地を統べたわ。そして、これから人も統べてみせるわ!

だからこの一戦は“私”の“私”による“私”のための天下獲りの始まりよ!!」

地に突き刺さっていた緋想の剣が眩い光りを発した。

「いくわよ、大逆転! “乾坤「荒々しくも母なる大地よ」”!!」

その直後、周囲を緋い光りが包んだ。



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~第五章・『王道を望む者達』 意思は前を向いた さあ行こう (配点:王道)~

 追撃を行う今川軍が最初に感じたものは僅かな揺れだった。しかしあまりにも些細な揺れであったので誰もが戦場の揺れと思い気にしない。

しかし暫くすると揺れは徐々に大きくなり、ついには立つ事すらままならなくなった。

誰もが膝をついたり武器を杖代わりにして転倒しないようにする。

誰かが叫んだ。

「じ、地震か!?」

その瞬間、大地から轟音が鳴り亀裂が入る。

そして地が天に突き上がった。先程まで平坦であった土地に次々と大地が隆起して出来た柱が突き上がり、その上にいた今川軍を吹き飛ばす。

そして地震が終わった頃には今川軍追撃部隊は壊滅していた。

 

***

 

 今川義元と太原雪斎は前線部隊が壊滅する様子を駿河艦橋の大型表示枠から見ていた。

艦橋は皆表示枠を見たまま動かず静まり返っていた。

そんな中雪斎が声を出す。

「被害状況を報告しろ」

通神を行っていた兵士がハッとし、状況を確認し始める。

「あ、朝比奈殿の部隊は壊滅。鵜殿殿の部隊も半壊状態です。幸い朝比奈殿、鵜殿殿はご無事です」

そうか。と雪斎は言うと義元を見る。義元は雪斎に頷きを返した。

やられたな……。

と雪斎は思う。追撃部隊を潰されたのも勿論だが、何よりも進軍経路を大きく制限された。

すでに開戦してからだいぶ経っている。このままでは徳川の援軍が到着するだろう。

ならば。

「朝比奈、鵜殿両名は後退せよ! 両翼の部隊を前進させろ! 艦隊も前進させ一挙に浜松を陥落させろ!」

 

***

 

 砲撃を行っていた地摺朱雀から今川軍が壊滅する様子を見ていた直政は思わず口から煙管を落しそうになった。

とんでもないさね。

事を行った当人の方を見ると倒れていた。

「おい! 倒れてるさね!」

直政の声で永江衣玖が気が付き、駆け寄る。衣玖は天子を膝枕するとこちらに一礼した。

「あれ、大丈夫さね?」

と言うと浅間が表示枠で映る。

『天子は地脈を切断したんです。彼女の持つ緋想の剣は気質を見極め、絶つ事ができます。そのために最初に剣を地面に刺しながらこの周辺の地脈の流れを解析、そして部分的に絶つ事によって局地的な地震を起こしました』

「地脈を絶つって……そんな事して大丈夫なんさね?」

浅間は首を横に振る。

『大地を流れる地脈を絶つには多大な排気が必要です。それに地脈を傷つければ地脈神からの何らかの報復を受けます。こちらでも最大限の防御術式を使っていましたが、彼女にかかった負荷は相当な物の筈です』

まったく無茶をする。と思うが彼女のおかげでこちらが一気に有利になった。

前方を見れば今川軍の追撃部隊が後退し残りの全軍が突撃してくる。

迎撃のため長砲を構え直すとネシンバラからの通神が入った。

『直政君━━ちょっといいかい?』

 

***

 

 ネシンバラは直政との通神を終えると再び戦場を見る。今川軍全軍は既に柱の森の半ばを抜けており、徳川軍に迫っていた。

すると後ろのホライゾンが質問する。

「ネシンバラ様、敵が迫ってきてますがどうするので?」

「フフ、いままで僕が考えてなかった事なんてあるかい?」

・● 画:『割とあるわね』

・金マル:『バラやん、けっこーノリで行ってるからね━━うわひゃあ!』

・● 画:『マルゴット!?』

・金マル:『大丈夫、大丈夫。ちょっとお尻焼けてタイツ破けただけだから』

・ウキー:『ナルゼよ。戦闘しながら鼻血はやめたほうがいいぞ。位置がバレる』

・● 画:『う、うるさいわねー』

・銀 狼:『というか、敵がだいぶ近づいてきて来てますのよ!』

・天人様:『人をぶっ倒れさせてこの後の事考えてないって言ったらその眼鏡ぶち割るわよ』

ネシンバラは表示枠をチョップで割る。

そして、一回わざとらしく席をすると戦場に手を向け叫んだ。

「さあ、出番だよ! 槍本多君! 立花嫁君!」

 

***

 

 今川軍を待ち構える徳川軍の後方から二人の人物が飛び立てきた。一人は蜻蛉スペアを構えた本多・二代でもう一人は2つの“十字砲火”を展開した立花・誾だ。

二代は今川軍の近くの柱を蜻蛉スペアに映す。

「結べ、蜻蛉スペア!」

柱は切断され倒れ始める。その柱に対して誾は狙いを定めていた。

「十字砲火!!」

砲撃により柱が破砕し、岩の雨となって今川軍の頭上に降り注いだ。

二代と誾は次々と柱を崩し破砕させた。

 

***

 

 柱の森を双嬢と不死鳥が飛んでいた。現在は不死鳥が双嬢を追う形となっており二人の魔女が前方の柱を射撃によって砕き、不死鳥はそれを避ける。この一連の動作を繰り返していた。

不死鳥の中にいる藤原妹紅は舌打ちする。

 最初の戦闘で前方を飛ぶ黒白の飛行能力は分かった。加速力かあちらのほうが上であるため障害物の多い柱の間に追い込んで接近戦に持ち込もうとしたが、それが仇となった。

あの魔女達は自分の進行方向の柱を攻撃し、こちらに当ててくる。

避けるのは簡単だけど時間稼ぎされてるわね!

飛行路が狭い為魔女を抜くには一気に加速し上空か下方を通るかもしくは体当たりするしかないが破砕した岩によってそれは阻まれる。かといって反転すればそこを討たれるだろう。

━━ならば!

妹紅は魔女の前方、次に破壊されるであろう柱のさらに一つ先に狙いを定める。

自分達の戦法でやられなさい!

炎弾を発射しようとしたその瞬間、白魔女が叫ぶ。

「伊達・成実! 後は任せたわよ!」

「!?」

その瞬間双嬢は二手に別れ、柱の影から朱色の百足型機動殻が現れた。

柱に張り付かせていたのっ!?

機動殻の主腕には二つの顎剣が握られておりそれを振り下ろす。

不死鳥は翼を畳み、身を逸らすことで避けようとするが剣の振り下ろされる速度のほうが上だった。顎剣は不死鳥の両翼を根元から断ち切り、そのまま不死鳥内の妹紅の両腕を切り落とした。

そして不死鳥は叫びを上げながら墜落する。

 

***

 

 “不転百足”の中から成実は不死鳥が翼と腕を断たれて墜落するのを見た。

悪いわね━━。

と墜ちて行く少女に心の中で言い、柱に張り付いた。もう一度下を確認すると墜落する不死鳥に異変が起きた。

不死鳥の少女は空中で身を丸めるといきなり体を炎上させた。火達磨となった少女は近くの二代達によって切断された柱の上に落ちる。

自殺?

成実は視覚素子から送られてくるその状況に僅かに驚く。すると少女を包んでいた炎が一際強く燃え上がると消えた。

そして炎の中から先ほどの少女が一糸纏わぬ姿で現れる。だが成実が驚愕したのはその姿では無かった。少女の腕には切断されたはずの腕が付いていたのである。

『不死系種族ってわけ……!』

成実はすぐさま顎剣を射出する。高速で射出された顎剣は妹紅の右肩上部と左足の付け根を裂き柱に突き刺さるが妹紅は気に留めず飛翔し、右足に炎を付加させ回し蹴りを行った。

装甲を所有する不転百足を蹴ったため右足が砕けるが妹紅は再生させながら回転を入れた。

不転百足の視覚素子には『外部装甲過剰加熱。危険』という文字が映される。

『!!』

成実は炎から逃れるために四肢を反対側の柱に設置し、体を牽引した。炎から逃れた直後主腕を柱から離し、顎剣を再び射出する。

顎剣は妹紅が放った炎弾によってその表面を溶かされ衝撃によって地に落ちるが構わない、成実は新たに顎剣を取り妹紅に向かって加速する。それに対して妹紅が翼をしまい落下を行った。

すぐさま落下した獲物を逃すまいと顎剣を下方に射出するが、当たるよりも早く妹紅は不死鳥の姿となり今川艦隊の方に飛び去り、放たれた顎剣は落下していった。

 成実は飛び去る不死鳥を見ながら言う。

『御免なさい、逃したわ』

すると視覚素子越しの表示枠に見慣れた半竜が映る。

『仕方あるまい、敵の航空戦力を撃退しただけでも大戦果であろう』

そうね。と言うと不転百足を先ほどまで不死鳥の少女がいた柱の上に着陸させる。

『キヨナリ、今日の晩御飯だけど私が当番だったわよね? 何が食べたい?』

 

***

 

 義元は厳しい顔をしながら戦場を見ていた。

「これは、撤退すべきかな?」

駿河の艦橋が静まり返る。そんな様子に苦笑し、雪斎の方を見た。

「お前はどう思う?」

「拙僧も同意見です。このままでは徒に戦力を失うだけでしょう。徳川本隊が到着前に撤退すべきかと」

そうだな。と言うと艦内放送が入る。

『藤原妹紅様が戻られました。女子班は着替えを持って甲板に急行してください━━あ、こらそこの男共は動くな! あと、甲板の映像は暫く切ります!』

甲板の様子を見ようとしていた艦橋の男共が崩れ落ちた。

「随分と頑張ってくれたようだ。後で労わんとな」

と義元は笑い、立ち上がると警報が鳴った。

『艦隊前方、ステルス障壁を解除し輸送艦来ます!』

その放送とともに艦隊の前方に輸送艦が出現した。

「特攻か! 全艦、迎撃せよ!」

前列のドラゴン級が砲撃を一斉に行った。輸送艦は集中砲火を受け、外壁を砕かれ炎上しながら墜落する。

その輸送艦の様子に義元は違和感を感じた。

━━おかしい。先ほどの手ごたえ、爆発物を積んでいたとは思えない。ならば、敵の目的は……。

「まさか!?」

『輸送艦後方より武神、来ます!!』

 

***

 

 炎上し墜落する輸送艦の後方から地摺朱雀が飛び出した。朱雀は輸送艦後方と連結していた連結帯を切断すると飛翔器を展開し、一気に加速する。

朱雀の両腕で巨大な杭を抱えておりその杭にはこう書かれていた。

“試作型対艦用爆砕杭”

急接近してくる朱雀に対して今川艦隊が砲撃を始めると朱雀の肩に乗っている直政が叫んだ。

「もう遅いさね!!」

朱雀はドラゴン級4番艦の右側面に体当たりする様に杭を叩き込むと空中で一回転し、回し蹴りを杭の後部に叩き込む。

「砕け! 地摺朱雀!!」

杭は更に深く4番艦に突き刺さり、杭内の爆発術式が起爆する事によって大爆発する。爆発によって右外部装甲から中枢を砕かれ、急激な圧力を受けた4番艦は体勢を崩し右側に傾きながら墜落する。

4番艦の右側面にいた護衛艦は、左方から迫ってくる4番艦に衝突し砕かれながら爆発した。

さらにその両艦による爆発によって5番艦の右舷装甲が破砕し、黒煙を上げた。

 

***

 

 義元は4番艦と護衛艦が共に墜落していくのを艦橋から見ていた。攻撃を行った武神は爆発で右足の膝から下を失っていたが、爆風を利用し艦隊から距離を離したため既にこちらの射程圏内から外れいている。

 雪斎が額から汗を流し、指示を出す。

「全艦を直ちに後退させろ! 輸送艦は本陣後方に着陸させ撤退の準備をしろ!」

そう言うとこちらを見た。

「これは負け戦です。被害が拡大しないうちに撤退しますが宜しいか?」

「ああ、徳川本隊が来る前に撤退を━━」

 駿河艦橋に警報が鳴る。

『浜松後方より砲撃来ます! 着弾まで10秒!』

 今川艦隊は各艦防御障壁を展開したが先ほど損傷を受けた5番艦が遅れた。

そしてその遅れが致命傷となった。

浜松後方より飛来した砲撃は全て対艦用の高速実体弾であり5番艦には3つの砲弾が向かっていた。1発目は艦首の外部装甲に当たり、弾かれるが2発目が続けさまに直撃し破砕した。そして3発目の砲弾が破砕した艦首を砕き、艦内部で爆発した。

5番艦は艦首方向を内部から砕かれ、前のめりに墜落していく。

 砲撃が終わり、今川艦隊が浜松後方を確認すると14の影が飛行していた。

徳川艦隊である。

 艦隊は5隻のドラゴン級戦艦と8隻のクラーケン級で構成されており、その中心には駿河より若干小型のヨルムンガンド級空母・浜松が存在した。

 浜松は本来武神空母用に設計開発されていたが徳川が武神戦力を確保できなかった為、急遽戦艦に改装したものである。

そのため浜松の甲板は平らになっており、中央に武神用カタパルトを一つ持ちそのカタパルトを囲むように4つの対艦高速砲と2つの流体砲を所有していた。

 徳川艦隊は今川艦隊に砲撃を行いながら前進し、後方では多数の輸送艦が浜松に着陸し戦士団を下ろしていた。

━━趨勢、極まったか!

 徳川本隊の登場によって陸上部隊の士気は大きく下がり、すでに撤退を始めていた。

その今川軍を逃がすまいと浜松の部隊が追撃を始めている。

「━━全軍撤退。艦隊は可能な限り陸上部隊を援護しながら後退しろ」

そう言い義元は艦長席に腰を掛け、目を瞑った。

 

***

 

 午後三時頃、徳川軍は既に今川軍の追撃を終え事後処理を行っていた。

そんな中、浜松港に寄港した浜松の甲板上に武蔵アリアダスト教導院の生徒と徳川家康とその四天王が集まっていた。

 家康が皆の前に立つ。

「武蔵の皆よ、今回の戦い心から感謝を述べたい。諸君等がいなければこの浜松港は陥落していたであろう」

そう言い、家康は頭を下げた。それに釣られ他の者も頭を下げる。

すると正純が一歩前に出る。

「家康公、今後の事を━━今後、我々徳川が世界を相手にどう動くべきかを決めるべきかと」

家康は正純の声に頷いた。

「岡崎の評定にて、と思ったがこれも何かの運命よ。━━葵殿」

すると梅組の皆の中心で全裸にウィッグを被ったトーリが答える。

「んあ?」

「葵殿は先日、誰もが笑って暮らせる世界を創ると言っていたな、それは今でも?」

女装全裸が親指を立てた。

「あったりめーよ! 俺は今でも目指しているし今後もその夢を捨てる気は無いぜ!」

そうか。と家康は頷き決意の篭った目で周りを見た。

「ワシは悩んでいた。大きな争いが無いのであれば『今のままでいいのではないか?』とな。

だが、今日多くの者が徳川を守るために戦い、傷ついた。

そんな彼らを見て思ったのだ。『今のままでいいのか?』と。

ワシは皆を守りたい。そして、皆と共に再び泰平の世を望む!」

家康は一息入れる。

「嘗ては泰平の世を到来させるためワシは多くの血を流した。そんなワシが言うのはおこがましいかも知れないが、今度こそ誰もが笑ってくらせる世界を創りたい。

その為に皆、どうか協力してくれまいか!」

家康はそう言い頭を深く下げた。

誰もが動きを止め、家康を見ていた。

すると全裸が前に出て家康の横に並ぶ。そしてそれに続いてホライゾンも前に出た。

「おいおい、オメエら。せっかく俺達の頭が前に進もうって言って手を差し伸べてくれたんだ。

だったらその手を取って一歩前に進もうぜ!」

「Jud.、 家康様の言うとおりホライゾンも皆様を守り、そして無為に傷つけられる全ての人を救いたいと思います。その為にもまず遠州の和を━━今川家と相対しましょう」

「だったら。今すぐ行きましょう」

と梅組の後ろから声が聞こえてきた。

皆が振り向くとそこには流体調整を行う回復術式を身に纏った比那名居天子がいた。

「あら、もういいのかしら?」

とナルゼが言うと天子は微笑した。

「体の中の流体を乱されたせいで当分大技使えなくなったけど、まあ平気よ。」

それよりも。と続ける。

「今川と決着つけるなら直ぐに追いかけたほうがいいわよ」

「Jud.、 時間を開ければ体勢を立て直されるし、北条の動きも気がかりだ」

ネシンバラが一歩前に出た。

「じゃあ機関部のほうに武蔵を飛ばす準備をするように連絡するさね」

と直政が

「ではこちらは周辺諸国と交渉を行うとしよう」

「商売! 商売!」

とシロジロとハイディが

「拙者、さっきはあまり活躍できなかったで御座るからな。エネルギーが溜まったままで御座る」

と二代が

「王と共に歩むのが騎士ですのよ」

とネイトが

「浅間神社は徳川が正道を歩む限り最大限の協力をします」

と浅間が

「家康公、武蔵はその力を徳川に貸与します。共に行きましょう」

と正純が前に出た。

見れば誰もが前に出て、強い意志を持った表情をしていた。

 

***

 

 家康は体の奥底から熱いものがこみ上げてくるのが分かった。

この感覚は久しく味わっていなかった物だ。家康は過去を思い出す。

あれは生前、桶狭間の後の事だった。雨の中今川義元の討ち死にの報を聞いた自分達は今川軍が放棄した岡崎城に入った。

 敗戦の失意を感じると同時に高揚感がこみ上げてもいた。織田信長という強大な存在によって天下が動くのだ、そして自分にも機会が巡ってきたと思った。

 だが実際は違った。若い頃は織田に振り回され、信長死後も豊臣の天下によって機会を失いそして最後に天下を獲った。

しかしその頃には最初の情熱は無かった。あったのは冷酷な計算と策謀の果ての天下だ。

 横の葵・トーリを見る。彼は普段こそ言動が色々と突飛だが芯には強い志がある。

彼は誰も失われない世界を創るといった。それは険しき道だが彼は決して諦めないだろうと思う。

……自分は今度こそ彼等と共に歩めるのか……?

 するとトーリがこちらの肩を突いて来た。

「どうなされた?」

「家康さん、今自分のこと疑ってただろ」

この御仁は……。

この男は人の感情の機微に非常に聡い。敵であれば厄介であろうなとも思う。

「少々、昔を思い出していた」

そっか。と彼は言うとこちらの腕を引っ張って浜松側に連れて行く。

「あ、葵殿? 何を━━」

「下、見てみろよ」

トーリに言われ浜松港を見ると大勢の人々がいた。皆こちらを見、手にした武器や物を掲げる。

誰かが叫んだ。

「徳川! 徳川!」

声は波のように広がり、重なっていく。そして最後には浜松中が喊声に包まれた。

「「徳川! 徳川! 徳川!」」

トーリが横に立ち言う。

「みんなアンタに夢を預けてついて行くって言ってるんだぜ。だったら連れてってやろうぜ!」

後ろを振り返れば武蔵の皆と徳川の家臣達が待っている。高揚感に思わず涙腺が緩みそうになるが我慢する。

「そうだな……。皆、これより徳川は険しき道を行くであろう! 

だが、ついて来てくれ! そして、共に泰平の世を目指そう!」

家康はトーリに頷き。トーリが続く。

「そうだぜっ! だから━━行こうぜみんなっ!!」

「「Judgment!!」」

浜松の空に喊声が轟いた。

 

***

 

 同刻今川義元は駿府城に帰還していた。

大評定所に入ると城に残った武将が平伏して待っていた。その中心にいた上白沢慧音が頭を上げる。

「よくぞ御無事で」

義元は少し疲れた笑みで応えると上座に座る。

「諸君、直ぐに戦いの準備をしろ」

家臣たちがざわめく。誰かが声を上げた。

「徳川が来ると……?」

「ああ、我ならそうするし、竹千代だってそうするだろう」

すると遅れて雪斎が来る。

「ならば北条に援護の要請を致しましょう」

見れば浜松の戦いに参加した武将達も揃っている。義元はそんな彼等を見ながら頭を下げた。

「次の戦が決戦となろう。皆、力を貸してくれ」

今川家臣達は再び平伏した。



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~第六章・『駿河の守護者達』 負けたくない 負けられない (配点:東海道)~

 午後5時頃、駿府城から西に3kmの空に19隻の航空艦と1隻の巨大な航空都市艦が滞空していた。

その下では徳川の戦士団1万5千が既に展開しており武器の点検などの戦闘準備を行っていた。

 一方駿府城は城を囲むように術式障壁を展開しており、障壁内には浜松の戦いで無事だった3隻のドラゴン級戦闘艦と2隻のクラーケン級戦艦、そして駿河と4隻のワイバーン級護衛艦が密集陣形を取っていた。

 既に空は朱色に染まっておりその空の色を反射し赤色になっている武蔵を駿河艦橋から太原雪斎は見ていた。

『浜松で見たときも大きいと思ったが、空に飛んでいると更にその大きさに圧倒されるな』

と表示枠越しに今川義元が笑った。

義元は駿府城の第一層の天守におり、そこから戦場全体を見ている。

「まるで空を翔る龍のようですな」

『ならば我等で龍殺しをするか?』

義元は雪斎の言葉に笑った。前面の大型表示枠には戦場の詳細が描かれており駿府西部の徳川軍には1万5千と、駿府城には6千と描いてあった。

だいぶ減ったな。

浜松の敗戦後多くの逃散兵が出た。その事を踏まえても6千もの兵士が残ったのはせめてもの救いだ。

来るならば来い、と思う。聞けば徳川家康は天下を獲ると宣言したという。ならば今眼前に迫る軍は天下を獲らんとする軍だ。

「家康よ。天下を獲らんというならば、我等が意地、超えてみせよ」

 

***

 

 武蔵中央前艦・武蔵野艦橋に向井・鈴はいた。鈴の背後には“武蔵野”が表示枠で作業しており艦橋内では多くの自動人形達が表示枠を開き作業を行っていた。

“武蔵野”が作業を止め、鈴の方を向く。

「鈴様、久しぶりですがお願いします━━以上」

「J、jud.、 これ、わたす、ね?」

そう言い鈴は“音鳴りさん”を“武蔵野”に渡す。“武蔵野”は渡されたそれを表示枠と接続し、艦橋中心に戦場の立体図が完成した。

「ネシンバラ様、戦場図を皆様に送信しました━━以上」

『Jud.、 有難う“武蔵野”君。じゃあみんな、作戦会議といこうか』

 

***

 

・未熟者:『じゃあ現在の状況整理からいこう。現在のこっちの戦力は敵の2.5倍。数ではこっちが有利だ。同じく航空艦もさっきの戦いで大きく数を減らせた、制空権もこちらの方が掴んでいると思ってもいいだろう』

・副会長:『じゃあこの戦いは包囲戦になるか?』

・十ZO:『いや、急いだほうがいいで御座るよ。伊賀忍者衆からの報告で今川家は北条に援軍を要請したで御座る。』

・未熟者:『Jud.、 だから迅速に駿府城を攻めなきゃいけない』

・貧従師:『空から一気に攻めるといのは駄目なんですか?』

・あさま:『駿府城にはかなり強固な障壁が張られています。それに多数の対空砲があるため輸送艦で強行着陸するのは危険ですね』

・武 蔵:『こちらのほうでも確認しました。駿府城第二層より障壁装置によって障壁が半球状に駿府城を覆っています━━以上』

・未熟者:『だから僕達がとれる行動は一つ、正門より突撃し第二層まで突破。そして第二層の装置を破壊後艦隊によって止めをさす』

・不退転:『簡単そうに聞こえるけどかなり危険ね。駿府城には多数の野戦砲が配備されていて、城の周辺は平地よ。突撃隊は一方的に撃たれる事になるわ』

・未熟者:『Jud.、 この突撃隊だけど━━』

・天人様:『私がやるわ』

・未熟者:『……いいのかい? かなり危険だよ?』

・天人様:『上等。なんだか楽しそうじゃない?』

・● 画:『このドMめ』

・銀 狼:『だったら私も行きますわ』

・魚雷娘:『総領娘様が行くのであれば』

・未熟者:『じゃあ比那名居君、ミトツダイラ君、そして永江君。頼んだよ』

 

***

 

「そういうことですけど、いいですか?」

と浜松艦橋にいたネシンバラは隣の家康に声をかける。家康は頷き。

「ならば突撃隊が突入後、直政の部隊を突入させよう。よいか、直政」

『応ともよっ!』

と紅い鎧を着た井伊直政が応えた。

・不退転:『じゃあ私達は何をすればいいのかしら?』

・未熟者:『君とキヨナリ君、槍本多君には駿府北部にある軍港を制圧して欲しい。情報によると軍港では急ピッチで航空艦の修理をしているようだから、彼等の修理が終わる前に制圧して欲しい。できれば航空艦を無傷で手に入れてくれれば今後助かる』

・蜻蛉切:『なるほどつまり軍港にいる敵を全て倒せばいいと、そういうことで御座るな』

・ウキー:『拙僧あまり活躍してないからな。ここら辺でカッコいいところ見せてやろう』

・未熟者:『あー、とりあえず程々に頼むよ』

 

***

 

 徳川軍の最前列に比那名居天子を中心とした突撃部隊が集まっていた。天子は表示枠を見ており、衣玖は部隊の点検をしていた。部隊の中からネイトが天子に近づく。

「それで、なにか作戦があるんですの?」

「一応こんな感じね」

と天子は表示枠をネイトに渡した。表示枠には部隊が一列に並べられており、先頭に比奈名居天子、永江衣玖、ネイト・ミトツダイラと書かれており、その後方に戦士団が配置されていた。

「両側に少し傾けた術式盾を配置して野戦砲を受け流すわ、そして盾を持った部隊に守られながら城門を爆破する部隊と近接戦闘系の部隊を配置する」

「正面からの砲撃はどうするんですの?」

部隊の点検を終えた衣玖が会話に参加する。

「側面なら受け流す事によって防げますが。正面からとなると盾では少々不安ですね」

そうねぇ。と天子が部隊の方を見ると丸い機動殻がいた。

機動殻は辺りをキョロキョロとしていると近くで武器の点検をしていた兵士に話しかける。

『あのー、康政さんの部隊って何処ですか? え? ここ突撃部隊? 榊原さんの部隊は右翼? あれ? 私右から来たんですけど……』

機動殻が兵士に何度も頭を下げている。そんな様子を見て

「ねえ? ミトツダイラ、あれはどう?」

「アレって?」

と言うので機動殻を指差すとミトツダイラが「ああ。なるほど」と頷いた。

 

***

 

 ネシンバラは天子から送られてきた作戦を見て頷いた。

「じゃあ、頼むよ。比奈名居君」

『まぁ、あんな城。簡単に陥としてやるわ』

そう言うと天子からの表示枠が消えた。

さて。とネシンバラは戦場の概略図を見る。すでに部隊の配置は終わっておりあとは号令をかけるだけであった。

「それじゃあ、家康様。お願いします」

うむ。と家康が艦橋の中央に立った。

「みな、この戦より徳川は天下に王道を敷く! 共に戦い、共に勝とう! 

━━これより駿府城攻略戦を始める!」

徳川全軍が喊声を上げた。

 

***

 

 号令と同じに突撃部隊が動いた。部隊は縦列に動き、その両翼に術式盾を展開していた。その突撃部隊を迎撃するために駿府城が砲撃を始める。

発射された砲弾は軽い弧を描き、突撃部隊の周辺に落ちる。砲弾が大地と接触し爆風と土砂を巻き上げるがそれを盾で防ぎ突撃部隊は止まらない。

 先頭を走る天子が叫ぶ。

「絶対に止まるんじゃないわよ! 止まったらあの野戦砲にやられるわ!」

「総領娘様! 正面来ます!」

突撃部隊の正面を一台の野戦砲が捉えていた。野戦砲から砲弾が放たれ、一直線に飛来する。

「ミトツダイラ! 頼んだわよ!」

天子がそう言うと二人の後ろを走っていたネイトが前に出る。ネイトは銀鎖で先ほどの機動殻を運んでおり、加速をつけると体を捻りながら機動殻を巻いた銀鎖を正面に放った。

「行きますのよ!」

『アデーレハンマー、いっきま━━あいたぁ!!』

砲弾は機動殻と激突し破砕する。破砕の衝撃で機動殻も衝撃を受けるが、着弾直前に鎖を引き衝撃を逃したため直ぐに復帰した。

天子は走りながらそれを見届けガッツポーズをとる。

「どうよ、私の作戦! これなら無傷でいけるわ!」

『いやいやいや! 私全然無事じゃ━━』

「二発目、来ます!」

再び放たれた。

『あいたぁっ!!』

二発目の砲弾も防ぎ、突撃隊は城まで1kmのところまで差し迫っていた。砲撃に続けて銃撃も加わり始めたが依然として突撃隊の速度は変わらない。

「これなら、なんとかなりそうですわね!」

とネイトが言った瞬間表示枠が開き、“武蔵野”が映った。

『興国寺方面より高速で接近する物体5。照合したところ北条・印度連合所属の機鳳“金雀四十六式”です!━━以上』

 

***

 

「北条の援軍だね」

と浜松艦橋でネシンバラは言う。それに対し家康は頷いた。

「陸上戦力が間に合わぬため、機鳳を先行させたか。あまり時間はかけられぬな……」

 

***

 

 駿府城西部。すでに夕闇が深くなっている空に5機の機鳳が飛んでいた。機鳳の主翼には北条・印度のエンブレムが刻まれており、対艦攻撃用の武装を装備していた。

先頭を飛ぶ機体が上昇すると残りの部隊も上昇を開始した。機鳳隊は雲の中に入り、徳川艦隊の上空にでると急降下を開始する。徳川艦隊と魔女隊が迎撃のために射撃を開始するが機鳳は機体を僅かに傾けながら避け、艦隊右翼の航空艦に対して光臨弾を照射した。

光臨弾を受けた航空艦は甲板と主砲を溶かされ破砕する。

 残りの艦が砲撃をするが機鳳隊は艦隊の間を抜き、浜松に迫った。右二番目を飛行する機鳳が加速し、浜松に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、浜松右舷後方から射撃が来た。

『━━━!?』

攻撃を避けるため機体を大きく傾けようとするが間に合わず右翼を砕かれる。機鳳が墜落しながら浜松を見ると右舷から二人の魔女が飛翔してきた。

『武蔵の特務かっ!』

そう叫ぶより早く、機鳳は地面と衝突し砕けた。

 

***

 

まず一機!!

マルゴットはそう心の中で叫び、残りの機鳳を見る。すでに機鳳隊は急上昇終えており、旋回に入るところだった。

「マルゴット! 追うわよ!」

「Jud!!」

マルゴットとナルゼは機動殻を加速させ、旋回中の機鳳隊を追撃する。機鳳隊は双嬢が接近すると散開した。一機は駿府方面へ、2機が急降下、そして最後尾の一機が先頭側を上空に傾かせながら急減速に入った。

急減速のため機鳳の表層に大気の層が出来、それを身に纏った状態で後を追う魔女に対して体当たりを行う。それに対し魔女は左右に別れ回避を行う。

機鳳の両翼を抜けると双嬢は正面で合流し、再加速する。減速を終えた機鳳は追撃のために双嬢を追い、光臨弾を発射する。

「あの光、当たるとヤバイよ!」

「光に照らされると溶かされるわけね!」

双嬢と機鳳は艦隊の間を抜けると先ほどの攻撃で高度を落としている航空艦が現れた。

 

***

 

 艦の後方に出た機鳳は眼前の魔女を確認する。

━━ここで落す!

魔女達が航空艦を抜けるために降下し始めたタイミングでこちらも加速を行う。加速した機鳳は魔女を追うのではなく艦の上方に出る道を選んだ。

航空艦の艦橋を飛び越え、船首に近づくと機体を急旋回させた。急旋回によって主翼と装甲から悲鳴が上がるが構わない。

旋回を終えると再び艦首側に加速し、船底側を狙った。

━━このタイミングなら魔女どもの上方を狙える!

そして船底から影が飛び出して来た。

『━━墜ちろ!』

機鳳から光臨が放たれ影に直撃する。影は形を溶かされ、木製の骨組みを露にする。

『!?』

魔女ではない! 光臨弾によって溶かされたものは航空艦の底部装甲であった。そして穴の開いた艦艇から黒と白の魔女が現れる。魔女は既に砲を構えており。

「Herrlich!!」

弾丸が放たれ両翼を砕かれた。

 

***

 

 ナルゼは墜落していく二機目の機鳳が墜落するのを見届けると先ほどの航空艦の甲板に手を振った。艦の甲板から兵士が手を振り返す。

先ほどの戦闘は機鳳が上空に移動したため、その機鳳の不意を突く為に破損した船底を貫かせて貰い、その破片を囮にしたのである。

「残りの機鳳は駿府の方に行っちゃったね」

とマルゴットが近づいてくる。

「直ぐに戻ってくるはずよ。それまでにこっちも態勢を立て直さないと」

と言った直後、航空艦の右舷が破砕され炎上した。先ほどの機鳳の襲撃で船体に損害を受けていた艦は轟音を立て、崩れていく。

「なに!?」

「ガッちゃん、上! あの不死鳥だよ!」

上方を見れば浜松港で交戦した不死鳥が急降下を行っていた。不死鳥の狙いは艦隊ではなく、

私達ってわけ!

不死鳥は翼より炎弾を放ち、双嬢に襲い掛かる。ナルゼとマルゴットは墜落する航空艦の下方を飛び、艦後方に抜けた。

「追っては来れないわよ!」

急降下による加速を行っていた不死鳥は止まる事が出来ず炎上する航空艦に突っ込んだ。

マルゴットが確認のため上方に出ると、炎の中から不死鳥が現れた。それも先程よりも一回り大きくなってだ。

「船の炎を吸収したの!?」

マルゴットはそう叫ぶとそうだと言わんばかりに不死鳥は翼を広げ、その灼熱の壁でマルゴットを包もうとする。

「!」

マルゴットは黒嬢の先端を下方側に垂直に立て、一気に加速する。翼の端が帽子に当たり燃えたため、帽子を放り捨てた。

ナルゼはマルゴットの援護のために射撃を行うが弾丸は全て炎の体に遮られていた。

不死鳥が獲物を逃したことによる鳴き声を放つと、ナルゼの方を向き羽ばたこうとしていた。

「やば!」

と言い、身を翻して退避しようとすると表示枠が開いた。

『対不死系種族用射撃、行きます!』

 

***

 

 藤原妹紅は武蔵方面からの飛来物を知覚した。飛来物は術式加工された矢であり、高速でこちらに飛んでくる。

浅間神社の術式矢ね!

そう思うと同時に翼を大きく羽ばたかせ上方に加速する。すると矢はこちらを追尾してきた。

追尾弾!?

矢から逃れるため方向変換を繰り返し逃れようとするが矢は此方を正確に追い、迫ってくる。

妹紅はそんな矢に舌打ちする。自分のような不死族は通常の攻撃ならば直ぐに治療できるが巫女の放つ術式はその限りではない。直撃すれば再生に時間がかかる上、何らかの術によって此方の行動を制限してくるだろう。

だったら!

妹紅は身に纏っていた炎を翼以外を外し、後方に壁状に射出した。矢は炎の壁と当たり、その追尾能力を失う。妹紅は近くの航空艦の装甲を掴み、それを支点に方向を変えて再び飛翔する。数秒遅れで矢が航空艦に突き刺さった。

矢が飛来した方向━━武蔵の浅草を見ると巫女が弓を構えていた。

 浅間神社は木花咲耶姫と密接な神社だと聞いている。

木花咲耶姫━━自分にとっては因縁深い相手だ。異なる世界の巫女とはいえあの女神の巫女だと言うならば少々挨拶をすべきか。

そう思い、妹紅は武蔵に向かって加速した。

 

***

 

・あさま:『うわ! こっちに思いっきり突っ込んできましたよ!』

・金マル:『そりゃあ、思いっきり横から撃たれたらねぇ……』

・あさま:『いや、だって。二人を援護しようとして、あと相手基本神道の敵なんで……』

・賢姉様:『そうよねぇ! あいて不死族だから撃ちたい放題よぉ! ほらもう目の前に来てる!』

・あさま:『撃ちたい放題なんて……会いましたぁ!』

 

***

 

 突撃部隊は駿府城第四層の外壁まで500mのところまで差し迫っていた。

あと450m!

敵の攻撃はその密度を上げ、部隊を攻撃する。突撃部隊の損害は増え始め、銃弾を受け倒れる者が続出する。

あと300m!

砲撃と銃撃だけではなく弓による射撃も始まる。

あと150m!

砲弾が部隊の最後尾に直撃し20名ほどの徳川兵が吹き飛ぶ。

あと100m!

壁が差し迫り、敵は砲撃の射程圏外になった為砲撃を行っていた兵士も長銃による射撃を行う。

あと50m!

城門上に今川兵が集まり投石や砲弾を投げ始める。

そして

「着いたぞっ!!」

誰かが叫んだ。突撃部隊は城門に到達すると円陣を組み、射撃部隊が近くの城壁や城門上の兵士に応戦する。

天子は緋想の剣を地に刺し、周辺の岩を浮遊させると城門上の兵士にそれを射出した。岩は一直線にぶつかり、射撃を行っていた兵士がその衝撃で落下する。

その様子を見た衣玖が叫んだ。

「爆破部隊! 作業を開始してください!」

円陣の中から爆薬を詰め込んだ箱を背負った12名の兵士が城門に向けて駆け出す。

その様子を見た今川兵が爆破部隊に銃撃を行おうとすると上空から岩が降って来た。岩によって櫓の一つが押しつぶされ周辺の兵士も逃散する。兵士の一人が窓から城門前を見ると先ほどまで機動殻を運んでいた人狼が鎖で岩を掴んでいる。

「行きますのよー!」

ネイトは二つ目の岩をスイングしながら投げ飛ばした。岩は弧を描き、城壁裏で破砕する。その間に爆破部隊が設置作業を完了させ、部隊が撤退すると城門前に爆発が生じた。

 

***

 

やった!

と爆発による煙の中、天子はそう思った。煙が薄くなり始め、城門が見えて来ると

「壊れてませんのよっ!」

ネイトの叫びと同時に城門がその姿を現す。鉄で作られた城門はその中央に皹が入り、歪んでいたがその形を依然として残していた。

此方の爆弾は全て使い切り、更に先ほどまでの突撃で部隊は疲労していた。城壁側を見れば爆発から逃れるため後退していた今川軍の守備隊が再び集結を始めていた。

━━どうする!?

 天子は背中に嫌な汗を掻くのを感じた。守備隊からの射撃が始まる前に部隊に守備陣系を取るように叫ぼうとした瞬間、自分の背後から衣玖が飛び出した。

衣玖は駆けながら右手を掲げ、身に纏う羽衣をその手に巻きつけた。羽衣は螺旋状に巻かれ、先端は細く尖らせる。巻きつかせる動作を終了させると螺旋状になった右腕に電流が走り、回転を始める。

 およそ羽衣とは思えないようなその姿はまるで━━。

 

***

 

・賢姉様:『ドリルよぉ━━! 世の男の子達のロマン! その太くて硬くて逞しい物で今川家の禁断の門をこじ開けようって言うのね! イッツご開帳―うっ!』

・ホラ子:『永江様、この武蔵には珍しい清純系キャラだと思っていたらまさか人様の秘門に無理やりぶっ刺すような方だったとは……』

・天人様:『あれ? アンタ達衣玖が戦うところ見るの初めて?』

・俺  :『いやー、雷撃飛ばしたりしてんのは見たことあったけどこれは予想外っていうか予想できなくね?』

・未熟者:『雷にドリル……ありだね!』

・天人様:『でもドリルなんて非効率的よねー。デカくて邪魔だし。デカくて』

・貧従師:『そうですよね! 大きくても邪魔なだけですよね!』

・銀 狼:『そうですわ! 物には適度な大きさというものがありまして……』

・魚雷娘:『どうでもいいですけど援護して下さい! あとお三方は微弱電気椅子コースで!』

 

***

 

 後方からの援護射撃が入ると衣玖は身を低くして飛び込んだ。狙うは城門中心部の亀裂が入った部分。右腕を自分の体に対して垂直に構え回転速度を限界まで上げる。

いけますっ!

衣玖は最後の一歩を強く踏み込み、体を捻らせながら右腕の先端を亀裂に一気に叩き込んだ。

羽衣は亀裂の隙間に入り門を砕いて行くが、門内部の防御術式がこれを弾く。術式によって弾かれ、反れる先端を元の位置に戻すために右腕を左腕で支え大きく踏み込む。

 門の亀裂は徐々に広がり、ついに門全体に達したところで衣玖は叫んだ。

「最後の一撃! お願いします!」

 その声の直後背後から飛来する物体があった。

機動殻だ。

鎖に巻かれた機動殻は衝撃を逃すため体を丸めていた。

『ふたたび、アデーレハンマー行きまーす!』

機動殻が城門に激突し城門は衝突部分を中心に砕かれ、崩れていった。

城門が崩れ切ると同時に天子は城門内に駆け出し、叫んだ。

「駿府城正門、突破したわよ!」

駿府城に突撃隊がなだれ込んだ。

 

***

 

 駿府城正門を突破した様子は浜松艦橋からも見えていた。既に榊原康政、井伊直政の部隊が突撃を開始しており先行した突撃部隊と合流しようとしていた。

その様子を満足そうに見ていたネシンバラは表示枠を開いた。

「軍港に向かった部隊、聞こえているかい? そちらの状況を教えてくれ」

その応答のために半竜が映った。

『こちら軍港制圧隊だ。どうにも妙なことになっている』

妙なこと? とネシンバラは眉を顰める。半竜はその様子に頷きながら

『軍港はもぬけの殻、航空艦も放置されたままだ』

 

***

 

『本当に誰もいないのかい?』

「ああ、拙僧も上空から偵察したが誰もいなかったぞ」

表示枠の向こうで顎を指で押さえながら思考しているネシンバラを見つつ、ウルキアガは軍港を見た。

 今自分達がいるのは航空艦ドッグの近くで、ドッグには修理中の航空艦が放置されていた。

既に空には月が上がり、周囲を月光で照らしていた。

「此方にも誰もいなかったで御座る」

と貨物庫方面から本多・二代がやって来る。それに少し遅れて監視塔方面から“不転百足”に乗った伊達・成実が飛翔してくる。

『こっちも駄目ね』

ふむ、とウルキアガは唸った。軍港という重要施設を今川軍が放置するとは考えられない、かと言って何者かに襲撃されたなら戦闘痕跡が残る筈だが……。

 もう一度偵察のため飛翔しようと一歩出たと同時に二代が叫ぶ。

「避けるで御座る!」

何の事だと横を向いた瞬間、正面から突風と強烈な衝撃が来た。

 

***

 

 二代は自分の前にいた半竜が吹き飛ぶのを見た。

半竜は何かに正面から高速で激突され航空艦ドッグに落ちていく。

━━何処からの攻撃で御座るか!?

蜻蛉スペアを構え直し、次の攻撃に身構えると上空から空気の震えが来た。危険を察知し上を見ず、後ろへ大きく翔けた。

その約1秒後、先ほどまで立っていた場所に巨大な物体が突き刺さった。物体は連続して降り注ぎ、そのうちの2つは伊達の副長の頭上に飛来する。

後退中に横目で成実を見れば、彼女もまた右へ大きく跳躍していた。

 二代は後方に着地すると蜻蛉スペアを構え、飛来物を確認する。それは巨大な六角形の鉄柱でその上方には注連縄が締められていた。

━━御柱!?

「何者で御座るか!」

すると上空から二人の人物が飛来し、御柱の上に着地した。

一人は紅い服に巨大な円形の注連縄を背負った女性で、もう一人は縦に高い麦藁帽子を被った少女であった。

 背の高い紅い服の女性が鋭い目で此方を見る。

「信濃・真田家。八坂神奈子!」

 麦藁帽の少女が不敵な笑みを浮かべながら

「甲斐・武田家。洩矢諏訪子だよ」



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~第七章・『月下の乱入者』 敵? 味方? (配点:第三者)~

「武田と真田だって!?」

浜松艦橋からネシンバラは叫んだ。他の兵士達も息を呑み、大型表示枠を見ていた。

すると大型表示枠の前に新しく表示枠が開かれた。

表示枠には着物を着込んだ初老の男性が映る。男性はニタリと笑うと一礼した。

『武田家家臣、馬場信房だ。我等甲斐連合、徳川と今川の戦いを仲裁したい』

家康が立ち上がり、ネシンバラに目配せをする。ネシンバラは軽く頷き表示枠を開く。

・未熟者:『本多君、交渉頼めるかい? 可能なら彼等に帰ってもらい、それが出来ないようであればなるべく引き伸ばして欲しい』

・副会長:『Jud.、 そちらは?』

・未熟者:『地上部隊になるべく早く駿府城攻略をするように伝える。武田は仲裁したいといったけど停戦しろとは言ってないからね』

ネシンバラの言葉に正純は頷き表示枠を開いた。

『こちらは武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ。徳川の代理として武田との交渉を行いたい』

 

***

 

 駿河と甲斐の国境にある関所の茶屋に表示枠を開いた馬場信房と緑髪の巫女が座っていた。

巫女は茶を飲みながら信房の表示枠を覗き込んでいた。

信房は表示枠に武蔵の副会長が現れると一礼し、着物の裾を正し表示枠越しに頷いた。

『まず、先ほどの攻撃を行った理由を聞きたい。此方は先方の攻撃によって犠牲者が出た。これは武田が徳川との開戦を望んでいるという事でいいか?』

やれやれ。と信房は思った。先ほどの攻撃は此方としても予想外の事だった。

本来であれば少し脅かして名乗りを上げるだけの筈だったのだが……。

・東風谷:『お二人とも何か言い訳は……?』

・風神様:『いやぁ、箔つけようとしたらつい……』

・邪神様:『私は止めたよ! 多分!』

隣の巫女が眉間に皺を寄せるのを苦笑しながら見て信房は武蔵の副会長に向かい合った。

「先ほどの件は戦場でよくある事故だ。だが此方にも不手際はあった。故に謝罪はしよう」

『非を認めると?』

「ああ、認めるとも。そちらはこの事で交渉を有利にしようと思っているだろうが諸君等の非に比べればこの程度童の悪ふざけよ。我々は聖連の要請で動いているのだからな」

信房は相手の表情が消えるのを見た。

・東風谷:『あっちの非ってなんですか?』

・鬼美濃:『彼奴等は臨時惣無事令を無視して戦っているんのだから、あまり強くは出れないという事だよ』

・風神様:『つまり私は悪くないな!』

・鬼美濃:『お前さんが攻撃しなければもっと有利だったんだがのぅ……』

『Jud.、 そちらの謝罪を聞き入れよう。その上で交渉を行いたい』

「了解した。では、交渉を開始しよう」

さて、と信房は一息入れた。ここからが本番だ。此方の有利性は薄れたが、それでも此方のほうに大義がある。

相手は世界制服をしようという連中だ。

相手のペースに飲まれないようにしなければな。

 

***

 

『では、先ほども言ったが我々武田は徳川・今川間の紛争を仲裁したい。現在両家は臨時惣無事令を無視した戦いを行っている。

このままでは双方にとって世界的に不利になるだけであろう』

アリアダスト教導院の屋上から正純は相手の話を聞いていた。

「Jud.、 確かに我々は臨時惣無事令を無視しているように見えるが、この戦いは正当なものだということを言っておく」

『ほう? どの様な正当性が?』

「Jud.」と正純は一度頷くと

「先方も知っているだろうが先に仕掛けてきたのは今川家だ。我々はそのための迎撃を、そして東海道の平和を守るために動いているだけに過ぎない。

よって我々は大義の元に戦っているため、他国の干渉を受ける必要は無い」

これは本当の事だ。先に仕掛けたのは今川家であり、自分達は受動的に動いているだけに過ぎない。

『成程、浜松における戦いは諸君等の言うとおりであろう。では、今の戦いは?

迎撃するだけならば駿府まで攻め上がる必要は無いと思うが?

東海道の和を保つというのであれば聖連に頼めば良いのではないかな?』

「無論、それが一番の解決策だろう。だが現状ではそれは出来ないと判断した」

・俺  :『そうなん?』

・未熟者:『ああ。通常時なら出来るが今の聖連は此方まで動けない。何故だか分かるかい?』

・立花夫:『織田ですね』

・未熟者:『Jud.、 織田が近畿地方に進出したため西日本を本拠地としている聖連は東日本には来れないんだ。だから聖連の代理で武田が来た。まぁ個人的な目的もあるんだろうけど』

正純は通神に頷きながら信房を見た。

「聖連の援軍が西より届くかどうか分からない以上、自らの身は自らで守らなければならない。

そのためには戦争を起こした今川家を抑えなければならないのは必定だと思うが?」

『ふむ……では徳川は今川征伐後駿河をどうするお積もりかな?』

「我々は駿河の民を虐げようとは思わない。今川義元を捕らえ、代理のものを統治に当たらせた後、聖連の判断を待つ」

正純の話を聞いた信房は顎鬚を摩りながら破顔した。

『それを聞いて安心した。その上で提案したい事がある』

提案?と正純は眉を顰めた。此方の正当性は確立された以上武田にはこの戦いに介入できる要素は無いはずだ。

なのに提案とは?

『諸君等が開戦する直前にな、今川の兵士が関所に来たのだよ。彼等は今川領の武田への譲渡を提案してきた』

軍港の兵士か!?

「まて、それはあくまで逃走した兵士達の願いであり今川家の総意では無い筈だ! 故にその事に今回の件に対する影響力は無い!」

『それがそうでもないのだよ。今川の民は以前から武田に従属したいと思っているものも多かった。関所に来たのは兵士だけではなく民もなのだよ。

民からの要望があったのならば無為には出来まい。

それとも徳川は民の気持ちを無視しろと、そうおっしゃるのかな?』

・未熟者:『おそらく以前から武田は今川領に対して懐柔策を行っていたんだろうね。今までは今川の勢いでみんな付いて来たけど、さっきの敗戦で大きく揺らいだんだろう』

厄介だ。と正純は思った。

徳川は王道を掲げる事を決めた。王道を敷くということは民を見捨てないという事だ。今川の民が武田に靡いている以上、あまり強行的なことは出来ないだろう。

正純が思案していると信房は笑顔で語りかけてきた。

『だが、だ。だが徳川の気持ちも分からんでは無い。

よってここに徳川と武田による今川領の分割統治を提案したい』

 

***

 

・未熟者:『まずいね……』

・銀 狼:『そうなんですの? 分割とはいえ今川領を得る事が出来て且つ武田と戦わなくて済むのならそれでいいのでは?』

・副会長:『たしかにこれが一番簡単な解決策だが分割する土地が問題だ。状況的に此方が不利な以上、武田は自分の正当性を押して分割統治の際に駿河東部を要求してくるだろう』

・未熟者:『武田からすれば駿府城とその港は喉から手が出るほど欲しいはずだ。聖連もおそらく武田に付くだろうから分割統治の交渉はなんとしてでも避けたいね』

・副会長:『それに戦争結果が分割統治となればこれから世界を征服する徳川の初戦に泥を塗る事になる。後々の事を考えるとそれは避けたい』

・銀 狼:『大丈夫なんですの……?』

・副会長:『ああ、なんとかする』

 

***

 

さて、どう出るか?

此方は徳川に対して優位性を見せた上で譲歩を行った。

この要求を徳川が呑めば後の交渉で今川領東部を得る事が出来るし、万が一この提案を蹴れば武田は徳川に対して宣戦布告の大義名分が出来る事になる。

どちらに転んでも此方が有利だ。

 表示枠越しに武蔵の副会長を見れば彼女は表情を隠し、己の表示枠に書き込んでいる。

おそらく作戦を練っているのだろうがどうあがいても此方の優位性は崩れないはずだ。

すると正純が此方を見た。その表情には不安げさは無かった。

『たしかに、貴公が提案する分割統治案は魅力的だ。だが、先ほどからこの会議には欠如しているものがあると思わないか?』

欠如しているもの? 交渉役の自分がおり、相手も正式な交渉役だ。ならば他に欠如しているといえば━━。

「まさか!」

正純が口元に笑みを浮かべる。

『先ほどからこの交渉は武田・徳川の二国間で行われている。だが今川家のことを決める場において今川の交渉役がいないのはフェアでは無いと私は思う。

よって我々は後の交渉のために今川義元公を“保護”する事に決めた!』

「馬鹿な! この戦争は今川が引き起こしたもの! その当事者を交渉の場に立たせるなど……!」

『無し、では無いはずだ。彼等にも言い分はあるだろうし今川領を得る以上彼等の声を聞く義務が我々にはある筈だ。それとも聖連を担ぐ武田が一方的に自分の都合を押し付けるというのか?』

やられた。と信房は思った。

今までの交渉は今川のことを抜いた上での事だ。本来であれば徳川の言葉を一蹴りにして交渉を進めるが聖連を担ぐという一言が大きい。

徳川との交渉で此方が優位性を確保できたのは聖連という後ろ盾があったからこそであり、ここで強引な事をすれば武田の評判を落すだけではなく、聖連との関係をも悪くする。

それは此方としても望まない事だ。

ならば。

「成程、確かにこの交渉の場に今川は必要だろう。だが、貴国が義元公を保護するというのはいただけない。ここは第三国である我等が保護をするべきでは?」

『交渉の場に立つ以上貴国も第三国というわけではないだろう? 我々に保護する権限がないというならば貴国も同じはずだ』

 

***

 

正純は一息をついた。前半は押されていたが何とか盛り返せた。

あとは油断せずに詰めていかなければ。

そう思い正面を見ると信房が大声で笑った。

『カカッ! 一本獲られたわ! 義元公保護の件、このままでは平行線だ。故に一つ勝負をしようではないか』

「勝負?」

『左様。どちらが先に今川義元を保護できるかだ。この結果によって今後の対応を決めようではないか』

正純は眉を顰めた。

「その条件だと兵員も城の攻略度も此方が有利だが?」

『なに、先に戦いを始めていたのはお前さん達だ。それに何時から我々だけだと思っていた?』

なに、という前に信房はもう一つの表示枠を開いた。

『昌景、交渉は決裂だ。徳川より先に義元を保護しろ』

『信房よ、仕事が無いと思ったぞ! では行こう!』

通神越しに聞こえてくる威勢の良い声が消えると“武蔵野”から通神が入った。

『正純様、甲斐方面より駿府城に高速で接近する熱源を確認。照合したところ甲斐・武田家の機動殻部隊<赤備え>です━━以上』

信房が此方を睨みながら笑った。

『では勝負開始だ!』

 

***

 

 駿府城北部の草原を16の紅い影が走っていた。

その姿は上半身が武者の様であり、下半身は馬のようになっており側面や関節を強化装甲で覆っていた。

右腕には対人用の長槍が握られており、左腕は盾と合一していた。

そんな機動殻隊の中でも先頭を駆けていた3機の機動殻が一際異彩を放っていた。

 3機の内左右を走る2機は機動殻型の自動人形であり、右の機動殻は両腕を巨大な盾に変えており左の機動殻は長槍の変わりに長銃と右肩に対地攻撃用の小型砲台がついていた。

 そして先頭を駆ける機動殻は頭部に三日月形の飾りを着け、腰に太刀を備え右手に西洋式の槍を構えていた。

 赤備え隊が駿府城に近づくと駿府城から砲撃と射撃が始まった。それを受け、赤備え隊は更に加速し、先頭の機動殻が叫んだ。

『我々の目的が今川義元の保護だという事を忘れるな! 交戦は必要最小限にしろ!』

と言うと左の機動殻が言う。

『敵砲弾接近━━対処を』

先頭の機動殻が頷き、右の機動殻に叫んだ。

『信貞! 防げぃ!』

『Tes.!』

信貞と呼ばれた自動人形は加速と同時に跳躍し、集団の先頭に立ち両腕の大盾を展開した。砲弾が盾に当たり砕けると再び先ほどの機動殻が叫ぶ。

『信種! やれぃ!』

『━━Tes.』

今度は信種と呼ばれた自動人形が加速し右肩の小型砲を展開した。信種の眼前には照準用の表示枠が展開され、駿府城の櫓を捕らえると砲を放った。

加速術式を受けた高速砲弾は直線状に櫓に向かい衝突した。正面を砕かれた櫓はバランスを失い、崩れていった。

その様子を見届けると信種は元の隊列に戻る。

『昌景様、目標の沈黙を確認』

『よし、このまま駿府城に突撃を仕掛けるぞ!』

赤備え隊は喊声を上げ、加速した。

 

***

 

武田が動き始めてから軍港に居た成実は動けずにいた。

その理由は正面の少女だ。麦藁帽子を被った少女━━洩矢諏訪子は退屈そうにしながら右へ左へと動いていた。

本来であれば直ぐに本隊の援護に駆けつけたいのだがこの少女がそれをさせない。

正面の少女は一見退屈そうにしているが実際は

まったく隙が無いわね。

此方が何かしようとすれば向こうはそれに合わせて動いてくる。長年戦っている者なら分かるがこういう存在は危険だ。普段は力を隠し、隙を見せれば一気に噛み付いてくるタイプだ。

 横目で武蔵の副長を見ると彼女も動けていなかった。

彼女と相対している存在は圧倒的な威圧感を放ち、離れているこっちまで息苦しくなるような相手だ。それを正面から受けている彼女の重圧は計り知れない。

「さて、と」

と正面の諏訪子が立ち止まり此方を見た。

「昌景たちは始めたようだけど、こっちも始める?」

一瞬だけ放った鋭い目に身構えると諏訪子は破顔した。

「まあまあ、そう硬くならないでよ。私としても面倒なのは嫌なわけ。だからね、見逃してあげようか?」

そう諏訪子が言うと成実は顎剣を取り出し構えた。

『見逃してあげるって、随分と上から目線ね』

「だって私神様だからねぇ。あんたたち人間とは格が違うわけ」

『そう。でも知ってるかしら? 多くの物語で神様は人によって倒されるって』

「へぇ」と諏訪子は目を鋭くし一歩前に出ようとした。その瞬間、成実はドッグのほうに叫んだ。

『キヨナリ! 今よ!』

「拙・僧・発・進!」

ドッグの方から爆音と共に白の半竜が突撃を仕掛けてきた。その存在に気が付いた諏訪子が回避のために後ろに跳躍しようとするがそれよりも早く顎剣を放つ。

顎剣は諏訪子の跳躍先に刺さり、その為諏訪子は空中で方向転換をしようとした瞬間二発目の顎剣が飛んできた。

諏訪子は舌打ちすると飛んできた顎剣の先端を蹴り、地面に着地したがそれと同時に横から加速した半竜の体当たりを受けた。

 体当たりの衝撃で爆煙が上がり、視界が遮られる。

成実は警戒のため顎剣を構え、煙の中の半竜に声をかけた。

『仕留めたの?』

「いや、逃げられた」

そう半竜が言い、煙が消えると先ほどまで諏訪子が居た場所には砕けた岩石があった。

ウルキアガが確認のために近づいた瞬間足元が歪み、諏訪子が現れた。

「!」

ウルキアガが身構えるよりも早く諏訪子は飛び込み手に持っていた鉄の輪で半竜の胸部を切断した。

 

***

 

厄介に御座る。

と本田・二代は夜の軍港を駆けながら思った。

伊達の副長が戦闘を始めたと同時に此方も戦闘が始まった。先手は向こうだ。

正純達がよく分からない難しい話をしていたので「夜空が綺麗で御座るなー」と思っていたのだが急に正面から御柱が飛んできた。

 急いで“翔翼”を展開し回避を行ったため無事だったがさっきのは完全な不意打ちだった。

二代は駆けながら叫ぶ。

「不意打ちとは卑怯に御座るよ!」

と言うと神奈子が

「敵を前にしてボーっとしているあんたが悪いわ!」

「たしかに」と二代は頷くと跳躍し正面の倉庫の外壁に足を着けた後、蜻蛉スペアの先端を敵に向けた。

「結べ! 蜻蛉スペア!」

それに対して敵は自分の正面に御柱を落とした。蜻蛉スペアによって御柱が割断され、左右に分かれて倒れていく。

そして御柱が倒れた直後、正面から別の御柱が高速で飛んできた。

 二代は再び跳躍し、倉庫の正面左に建てられた外灯を掴むとそれを支点にして更に跳躍し別の倉庫の屋根に着地した。

蜻蛉スペアを構え振り向くと、月を背に神奈子が滞空していた。

彼女の周りには彼女を囲うように7つの御柱が浮遊しており、神奈子は先ほど割断された御柱を見るとやれやれと首を振った。

「まったく神聖な御柱を壊しやがって。あんた、罰が当たるよ?」

「御柱を武器に使うのは良いので御座るか?」

神奈子は暫く思案し

「いや、あたしは神だし」

「成程、拙者は侍に御座る」

「は?」と神奈子が眉を顰めると二代は頷き、蜻蛉スペアを構えなおしす。

「拙者は侍故、敵を倒すのが仕事に御座る。つまり、敵であるのであれば神もまた同様ということで御座るよ」

二代がそう言い終えると神奈子は大笑いした。

「まったく人間ってのは面白いねぇ! じゃあそこの女侍、神すら倒すって言うならあたしを倒してみな!」

そう言うと同時に7つの御柱が二代目掛けて射出された。

夜の軍港に轟音が鳴り響く。

 

***

 

 駿府城の戦いは徳川軍が第4層をほぼ制圧し、第3層の門を攻略しようとしていた。

第3層の門前には30機ほどの大盾と長槍を装備した拠点防衛用の重機動殻が密集しており、迫る徳川軍を押し返していた。

 徳川軍は長槍を持ち集団で突撃を仕掛けるが機動殻の大盾に押し返させられ、動きが止まったところを第3層の兵士達が射撃を加えていた。

 徳川軍が引き始めるとその中から一人の少女が飛び出して来た。青く長い髪を靡かせた少女━━比那名居天子は身を低くし銃撃をすり抜けると機動殻隊の前まで来た。

機動殻隊の指揮官が天子を指差し

『あいつを食い止めろ!』

と叫ぶと、残りの機動殻は大盾を前に突き出した。

 天子はその様子を見ると跳躍を行った。最前列の大盾に足を掛け、再び跳躍すると機動殻隊の後ろに回りこむ。

後列の機動殻達が長槍を構え、天子に対して突撃を開始すると天子は緋想の剣を地面に突き刺し、自分の正面に岩の壁を呼び出した。

『━━!』

そして天子は不意を突かれ立ち止まった機動殻達の中に飛び込み、緋想の剣で一人目の機動殻の右膝関節を断った。

右膝を断たれた機動殻はバランスを失い隣の機動殻に激突し転んだ。

天子の背面に回りこんだ機動殻が長槍を突き出すと天子は左足を軸に回し蹴りを行い、槍の先端を蹴る。

槍は左側に大きく反れ、天子のわき腹を掠めていく。そして天子は回転したまま緋想の剣を機動殻の首関節に叩き込んだ。機動殻は篭った音と共に膝から崩れ落ちる。

残った機動殻達は天子を囲むように長槍を構え距離を詰めると天子は長い髪を手で靡かせ挑発的な笑みを浮かべた。

「せっかく注目してくれているところ悪いんだけど……私だけに注目していていいのかしら?」

『!?』

その瞬間機動殻達の間を一陣の風が吹き数機の機動殻が膝を断たれ倒れる。一体の機動殻が向かって来る風を横なぎにすると槍の先端に重みを感じた。

『!!』

槍の上には極東の制服を着た金髪の男が立っており手には長槍を携えていた。

「失礼!」

男はそう言うと槍の上を駆け機動殻の頭頂部に足を掛けると跳躍し天子の横に立った。

そして誰かが叫んだ。

『西国無双か!』

「Jud.、 元・西国無双、立花・宗茂です」

そう言うと宗茂は創作術式“駆爪”を展開し機動殻隊に飛び込んだ。宗茂は最初の一体の首関節を瓶貫で貫いた。そのまま倒れる機動殻の横をすり抜け二体目の機動殻に飛び込んだ。

二体目の機動殻は既に長槍を突き出しており宗茂は回避のために身を低くしながら機動殻の左肘関節を貫いく。

そしてそのままの姿勢のまま盾を構えている機動殻の右膝を断った。

 わずか数秒の間に三体の機動殻が倒れ、彼が通った場所に直線状に道が出来た。

「誾さん、今です!」

そう宗茂が叫ぶと徳川軍から立花・誾が飛び出して来た。彼女は空中に“四つ角十字”を展開しており砲身を第3層の城門に向けた。

「穿ちなさい“四つ角十字”」

“四つ角十字”より砲弾が放たれ、先ほど宗茂が開けた道を通過したのち城門に当たった。

城門が爆音と共に崩れ落ちると徳川軍は再度突撃を始め、動揺した機動殻隊を押しつぶしていった。

 

***

 

城門が崩れたことによって今川軍は総崩れとなり第3層に撤退していった。

それを追う形で徳川軍は第3層に流れ込み始めると今川軍が第2層の門前に集結していた。

今川軍の部隊には岡部元信をはじめとした今川軍の精鋭部隊が集結していた。

それに対して徳川軍も集結し、対峙していた。

暫くのにらみ合いの後、今川軍から一人の女性が出てきた。女性は徳川軍に一礼すると

「私の名前は上白沢慧音。わざわざここまで来てもらって何だが、徳川の御客人方よお帰り願おう」

そういい終えると今川軍が突撃を開始した。



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~第八章・『城郭内の意地張者』 上も下も大忙し(配点:攻城戦)~

 駿府城第3層の戦いは今川軍精鋭部隊と徳川軍による乱戦となっていた。

ネイトはその乱戦の中、銀鎖を展開しながら迫り来る今川兵を薙ぎ払っていた。右から回り込んできた今川兵に銀鎖をぶつけて吹き飛ばすとネイトは自分の右方を見た。

 右方では合流した榊原康政の部隊が交戦しており、その中にはノリキを初めとした見知った顔も居た。

一方左方では井伊直政率いる赤備え隊が岡部元信の部隊と交戦していた。

今川軍は兵力では徳川軍に劣っていたがその士気の高さで互角の勝負に持ち込んでいた。

 槍を構え突撃してくる兵士の槍を掴み、投げ飛ばすと眼前に崩れた櫓の柱が飛んできた。ネイトは銀鎖を2本展開し一本目で柱を砕き、二本目でその破片を吹き飛ばした。柱の破片が地面に落ちるのを確認し、ネイトは柱の飛来した方向に身構えた。

すると青色の混じった白髪を腰まで伸ばした女性が現れた。

女性はネイトに一礼すると透き通った声で語りかけてきた。

「先ほども挨拶したが今川家家臣の上白沢慧音だ」

ネイトは警戒しつつ

「武蔵アリアダスト教導院第五特務ネイト・ミトツダイラですわ」

慧音はその声に頷くと先ほどの柱を見た。

「人狼の戦闘能力は聞いていたが大したものだな。自分は本来戦闘系ではないが━━しばらくの間私に付き合ってもらおう!」

そういい終えると同時にネイトは銀鎖を放った。一直線に飛んでくる銀鎖に対して慧音は右に駆け出し崩れた櫓の裏に入った。

━━無駄ですのよ!

銀鎖は櫓の正面近くに来ると角度を変え、櫓を飛び越えた後急降下して慧音を穿った。

銀鎖が慧音に激突し、金属音が響き渡る。

━━金属音!?

その直後慧音に激突した銀鎖が弾かれ、横に大きく反れた。そして櫓の裏に隠れていた慧音が駆け出し、崩れた櫓の柱に足を掛けると大きく跳躍した。月光を背にした慧音の手には幅広の剣が握られており上段の構えを取っていた。

「銀鎖、二本追加!」

左右の腰から二本の銀鎖が追加されるとそれを頭上でXの字に交差させ剣を受け止めた。銀鎖に受け止められた慧音は反動で空中に浮き、ネイトは三本目の銀鎖で横腹から穿った。

横からの攻撃を受けた慧音は身を丸めながら地面に転げ落ちた。暫くの間咳き込むと剣を杖にして立ち上がる。

「まったく、こんな事なら接近戦の訓練もしておくべきだったかな?」

そう言うと慧音は剣を構えなおした。

ネイトが両肩の銀鎖で相手を囲むように展開すると慧音は上に飛ぶが残りの二本でそれを打ち落とした。そして相手が着地するよりも早く駆け出し、落ちてくる慧音の胸元に正拳突きを放つ。

しかしその直後ネイトは違和感を感じた。

━━感触が無い!?

危険を感じたネイトは後ろに大きく跳躍する。その数瞬後、先ほどまで自分の首があった場所に斬撃が飛んできた。

先ほど攻撃を受けた慧音の姿は砂のように崩れ落ち、その背後からもう一人の慧音が現れた。

ネイトは相手を警戒しつつ距離をとった。

慧音はそんなネイトを見ると苦笑し剣の剣先をネイトに向けた。

「武蔵の騎士よ。お前は白澤という聖獣を知っているかな?」

ネイトは眉を顰めつつ

「たしか中国の聖獣でしたわね。万物の知識を司ると聞いていますわ」

ネイトはそこまで言って相手の言おうとしていることに気が付く。

「まさか━━」

「そうだ、私はお前と同じ半人半獣。私の血には白澤の血が半分流れている。そして━━」

慧音が左手を掲げると彼女の両側に巨大な鏡と勾玉が現れた。

「私が持つ武器は古来より伝わる三種の神器━━のレプリカだが、その性能は保証するぞ?」

そう言うと鏡と勾玉が空中に浮かび光り始める。

「では、互いに半人半獣同士。全力を尽くして戦おう」

両者の間に再び火花が散った。

 

***

 

轟音と共に第二層への門が崩れ落ちたのは交戦を開始して14分後の事であった。

突然の事に今川軍は動けなかったがそれは徳川軍もであった。なぜならば徳川軍は今川軍の奮戦の前に苦戦していたからである。

今川・徳川両軍が戦場の左方を見ると紅い機動殻の部隊が集結していた。

機動殻隊の前方に肩に砲を付けた機動殻がおり、その砲身は砲撃のために赤熱していた。

誰かが叫んだ。

「赤備えか!」

その声に応えるように機動殻隊の中から山県昌景現れた。

『いかにも、武田家山県昌景だ! 今川義元公の保護に参った! 各々方道を退けい!』

その迫力に兵士達は下がりそうになったが徳川軍から紅い派手な鎧を着た男が出てきた。

井伊直政だ。

直政は昌景を見ると鼻を鳴らせ、怒鳴った。

「なーにが赤備えだ! こっちこそ正真正銘の赤備え隊だ!」

『貴様等の方が後出しだろうが!』

そう昌景に言われると直政は眉を顰め表示枠を開いた。

 

***

 

・彦 猫:『やべぇ、言い返せねぇ…』

・能筆家:『魂、魂ですぞ男は魂!』

・無 双:『左様、武士にとって魂こそ大切なものよ』

・さかい:『いや、それ関係なくないか?』

・大狸様:『おぬし等最近変わったのぅ……』

 

***

 

 表示枠を消した後直政はしたり顔になって昌景を指差した。

「後とか先とか関係ねぇ! ようは魂の問題だ! 魂が赤備えなら赤備えなんだよ!」

 

***

 

・赤備え:『おい、すこし感動しちまったぞ』

・東風谷:『魂の名! 男のロマンってやつですね!』

・鬼美濃:『おーい、そこ敵地だからな。一応な』

 

***

 

 昌景は直政を見ると笑い、手に持っていた槍を向ける。すると直ぐに直政を庇うように彼の部下達が集まった。

『そこの紅いの。いい部下を持ってるではないか。本来であれば相対したいが生憎こちらも忙しいのでな、先に行かせてもらう』

そう言うと昌景は駆け出し、二層へと向かい始めた。徳川の兵は直ぐに射撃を開始するが射線を遮る物が現れた。

それは両腕を大盾にした信貞であった。

そしてその背後から信種も現れた。

見れば彼等の背後には11機の機動殻が待機しており、残りの二機は昌景の護衛のために追従していた。

『我等赤備え11名と2機。お相手しよう』

そう信貞が言うや否や機動殻隊は突撃を開始した。

 

***

 

 宗茂は迫り来る今川兵を蹴り飛ばしながら後方を見た。

後方では比那名居天子が第一特務とその補佐である英国王女と合流し先ほど第二層に進入した山県昌景を追撃しようとしているところであった。

視線を正面に戻すと紅の機動殻が長槍を手に突撃を仕掛けてきた。

それに対して宗茂は回避するのではなく逆に相手の懐に飛び込む。

意表を突かれた機動殻は咄嗟に槍を突き出すが宗茂は僅かに体を傾かせ槍を避け、そしてそのまま瓶貫を敵の首関節に叩き込んだが敵は咄嗟に横に跳躍した。

機動殻は急加速による跳躍を行ったため城壁に激突し右肩の関節を破損させた。宗茂は追撃のために駆爪を展開しようとしたところ左方から砲撃が来た。

回避のためにそのまま駆爪を展開し、前方に大きく駆けながら振り返ると先ほどの砲撃の方向には信種がおり、更に信貞がこちらの着地を狙って突進して来ていた。

 地面に着地し迎撃のため身構えると信貞の死角に回りこんだ立花・誾が十字砲火による砲撃を放つ。

死角からの攻撃であるため砲弾は直撃するかに思えたが信貞は左手の大盾を傾かせ砲弾を逸らしながら砲撃とは反対方向に跳躍した。

反れた砲弾が城壁に激突し爆散すると信貞は誾の方を見た。

『おお、あぶねぇなぁ』

誾も必ず当たると思っていたためか少々動揺していたが直ぐに冷静に戻る。

そんな様子を見ながら信貞は大盾を構える。

『流石は西国無双とその妻。此方の計算と予測を超えていく』

『Tes.』

と信種が信貞の横に立つ。それに対して誾も宗茂の横に移動した。宗茂は誾に目配せをすると瓶貫を構え直した。

「元・西国無双です。今は武蔵アリアダスト教導院副長補佐の立花・宗茂です」

信貞は頷き

『赤備え隊の自動人形、信貞だ』

『━━信種』

そう言い、お互い頷き合うとまず信貞が動いた。

彼は両腕の大盾で正面を守りながら宗茂に向かって加速した。それを援護するように信種が肩の小型方を放つ。

それに対して宗茂と誾は二手に分かれた。

信貞は宗茂をそのまま追撃し、信種は誾に長銃による銃撃を浴びせていた。宗茂に追いついた信貞は右腕の大盾を振り下ろし宗茂を頭上から叩き潰そうとするが宗茂は右足で踏み込むと後ろへ一気に跳躍することで信貞の側面を抜けて回避を行う。

信貞の背後を取った宗茂は攻撃を行うために再加速を行おうとしたところ正面から大盾が迫ってきていた。

「!」

宗茂が咄嗟に左に飛ぶと大盾は地面に激突し轟音と共に砂埃を散らした。大盾には鎖が繋がれておりそれは信貞の左腕の内部に繋がっていた。

「ハンマーのようにも出来るという事ですか」

『Tes.、 接近戦だけしか出来ないという訳では無いと言う事だ』

そう言いながら信貞は大盾を引き戻し自分の左腕に合致させた。

両者はしばし睨み合うと信貞が右腕の大盾を射出した。大盾の後部には加速用の術式が展開され一気に加速を行う。

信貞が直ぐに左の大盾で横に薙ぐと宗茂は姿勢を低くしそれをかわしながら背後に回りこんだ。

━━死角からの攻撃ならば!

そう思い宗茂は瓶貫を信貞の左肩関節に穿とうとした瞬間、信貞は宗茂の方を見ずに左後ろ足で蹴りを放った。

宗茂は顔を逸らしながら加速し、そのまま滑り込むように回避を行うが信貞の蹄が左肩を掠り血飛沫を上げる。

「宗茂様!」

誾は叫ぶと十字砲火の一門を信種に向かって撃つともう一門で信貞を抑えながら宗茂の横に駆けた。

誾が宗茂の横に立つと信貞も下がり、信種の左前に立った。

「大丈夫ですか宗茂様」

そう誾が尋ねると宗茂は微笑しながら左肩を押さえた。

「大丈夫ですよ誾さん。傷は浅いですし」

そう言うと宗茂は思案顔になる。

先ほどの攻撃は完全に死角からの攻撃であった。通常死角からの攻撃を受ければそれに対する対処は殆ど出来ない。出来たとしてもそれは一部の達人であろう。

先ほどの蹴りは死角に入った此方を迎撃するための咄嗟の攻撃だったのかも知れないがそれにしては狙いが此方の顔を狙った正確なものであった。

━━まるで見えているような……。

そう思い相手を見ると一つ思い当たる事があった。それを確かめるために。

「誾さん、ちょっといいですか?」

 

***

 

信貞は正面の敵、立花・宗茂と立花・誾が顔を近づけて何かを話しているのを見ながら不思議な感覚を感じていた。

 自分と信種は此方の世界で生まれた自動人形である。そのため実戦経験は殆ど無く、戦闘は過去の記録と先人達の話からシュミレートする場合が殆どであった。

勿論他者との合同訓練はあったがそれはあくまで訓練であり自分の性能を完全に発揮できるものではない。

そういう意味ではこの今川の乱は自分達にとっては僥倖だ。実戦を経験出来るだけではなくあの西国無双を相手に立ち回れているのであるから。

 信貞はよく山県昌景が戦について誇らしげに語るのを聞いていたがあの時は彼がなぜ誇らしげに戦話をするのかが理解できなかった。

だが今は。

━━感情があればこういうのを心地よいと言うのであろうな。

 言葉数の少ない信種もおそらく自分と同じ事を思考している筈だと不可思議な断定をしていると宗茂が武器を構えなおした。

『作戦会議はもういいのか?』

「Jud.、 そちらとしては我々が話している間に攻撃をすれば良かったのでは?」

『我々には情報収集の任務もある。貴公等が全力である時の情報が欲しいのだ。不意打ちでは意味がない』

宗茂は「成程」と言うと加速術式を展開させた。

「では、全力で行きましょう!」

そう言うと宗茂は加速を行った。信貞は右腕の大盾を射出すると左腕で自身を守りながら自身も駆けた。それに合わせ信種が宗茂に砲撃を行う。

宗茂は大盾を避け、砲弾をかわすと後方の誾に叫ぶ。

「誾さん、お願いします!」

誾は十字砲火を此方に向けるのを見ると信貞は頷いた。

自分の様な機動殻を相手にするならば関節を狙う必要がある。しかし自分の前面は装甲に覆われており更に両腕の大盾がある。ならば相手が狙うは自分の背後、つまり死角からの関節部に対する攻撃。それを行う為にも砲撃で此方の視界を奪おうという事であろう。

だがそれは後方が見えない場合の話だ。

十字砲火より砲弾が放たれた。しかしそれは一つではなく二つであった。

『二つ!?』

一発目の砲弾は自分の目の前に落ちると爆発により砂埃を上げ、もう一つは信種の眼前に落ち砂埃を上げた。

━━どこだ!?

完全に断たれた視覚の中、信貞は後方に蹴りを連発したが全て空ぶった。

では前か!と左腕で薙ごうとした所自分の肩に足が掛かった。信貞は左側を視覚素子越しで見るとそれは宗茂の足であり、彼は此方に一礼すると手に持つ瓶貫を突き出した。

「━━行きます!」

そう叫ぶと宗茂は一気に加速し、まるで吸い寄せられるように後方にいた信種の砲の関節部を穿った。

砲は火花を散らすと爆発を起こし、信種の右顔を砕いた。そしてそれと同時に自分の背後の視覚も消失した。

 

***

 

 宗茂は小型砲が爆発した事によって砕け、宙に散った信種の右肩装甲に足を駆けると跳躍を行い信種、信貞両名から距離を取った。

 信種の右肩は砲の爆発によって装甲が砕け内部の関節部が剥き出しになりながら火花を散らしていた。更に顔の右半面が砕かれ視覚用の部品に大きな皹が入っている。

信種は損傷のためか足元が定まらず、度々体を揺らしていた。

 そんな信種を庇うように信貞が前に立つ。

『何故━━気付いた?』

「最初に違和感を感じたのは初めに誾さんの死角からの攻撃を防いだ時です。そして二度目の私の攻撃を防いだ時、私は後方に視覚があるのかと思いましたがあなたの後部にはそれらしき物は無い。

そこであなたが常に相方の前に立っている事に気付きました。そこで一つ賭けてみたという事です」

『自分の賭けが間違っていた場合は?』

宗茂は微笑すると

「その時はその時で方法を変えます。それに誾さんの援護が有りますから」

そう宗茂が言い終えると信貞は静かに頷いた。

『成程、臨機応変にそして相方を信頼することによる戦いという訳か。━━学ばせて頂いた』

「Jud.」と宗茂は頷き再び瓶貫を構える。

「それで、どうしますか? まだ戦いますか?」

そう宗茂が問うと信貞は構えを解き、信種に腰のハードポイントから牽引用の鎖を繋げた。

『残念ながらここまでだ。我々には情報を持ち帰るという任務もあるのでな』

『━━いずれ再戦を』

そう言うと二機の自動人形は後ろへ駆け出した。信種は信貞に引きずられる用に駆け、数秒後には見えなくなった。

宗茂はそんな二機の様子を見届けると誾の横に立った。誾は宗茂の方を見ると

「宜しいのですか? 宗茂様?」

宗茂は頷きながら微笑む。

「ええ、いずれまた合い見える時が有るでしょう。それに、我々にもまだやるべき事があります」

そう言い頷き合うと二人は今川軍に向かって駆け出した。

 

***

 

 天子達は今川軍の部隊を突破し第二層の門に差し迫っていた。

天子の直ぐ後ろには衣玖がおり、更にその後ろに点蔵とメアリ、そして合流したノリキと100名程の徳川兵が続いていた。

 第二層の門を潜ると左右から突然二機の紅い機動殻が飛び出して来た。それは先ほど山県昌景に追従した赤備え隊であり、対人用の長槍を手に突撃を仕掛けてくる。

天子はそんな機動殻を視認すると後ろの点蔵に叫んだ。

「忍者、右!」

点蔵は「Jud!!」と叫ぶと短刀を引き抜き一気に駆け出した。機動殻が点蔵を迎撃するために長槍を突き出そうとすると点蔵は身を逸らし制服の上着を脱ぎ、機動殻の正面に投げた。

視界を突然奪われた機動殻は思わず立ち止まり左手で上着を払おうとしたが、その瞬間前両足の感覚が無くなり前のめりに倒れる。

倒れた衝撃で上着が外れ前足を確認すると膝から下が断たれていた。そして背後には王贈剣一型を抜いたメアリがおり、彼女は一礼すると駆け出した。

 一方天子は機動殻が突撃してくると緋想の剣を地面に突き刺した。すると正面の地面が浮き上がり、岩の壁となった。機動殻は既に槍を突き出しており、槍の先端が岩に突き刺さり引き抜けなくなる。

 機動殻は直ぐに武器を放棄し腰の太刀に手を伸ばそうとすると突然両腕に羽衣が巻きついた。羽衣の先には衣玖がおり彼女は肩にかけていた羽衣を両腕で掴み、機動殻の腕を拘束していた。

 その間に天子は側面に回りこみ緋想の剣を腰関節に叩き込む。

機動殻は「ゴ」とも「ガ」とも聞こえるうめき声を上げた後、膝から崩れた。

 天子はそれを見届けるまでも無く再び駆け出しそれに衣玖も続いた。天子は駆けながら点蔵の方を見ると

「あんたたちは障壁の発生装置を叩いて!」

「天子殿は?」

「私と衣玖はこのまま追いかけるわ!」

そう天子が言うと点蔵は頷き、後ろの部隊も第二層の障壁装置の方に向かって行った。

 

***

 

 障壁装置の前には今川軍の兵士210名が集結しており守備陣系を取っていた。今川軍はいずれも重装甲に長銃や長槍を装備しており徳川軍を待ち構える。障壁装置には防御用の術式が張られており徳川軍の銃撃では破壊が出来なくなっていた。

一方数で劣る徳川軍は崩れた櫓などを盾にして応戦するが苦戦を強いられていた。

そんな中ノリキは身を低くしながら隣にいる点蔵に声をかけた。

「このままだとジリ貧だぞ。どうする?」

それに対し点蔵は頷きを返し

「何か相手の注意を引ければいいので御座るが……。援軍が来るとか」

「そう都合良く……」

とノリキは途中まで言いかけ自分達が来た方向を見ると目を見開き絶句した。点蔵は何事かと振り返るとやはり絶句する。

そこには居る筈の無い者が居た。

全裸だ。

正確には全裸とホライゾンと立花夫妻の4人であった。全裸は辺りをキョロキョロと見ていると点蔵を見つけ手を振った。

「おーい、点蔵、おめぇそこで何やってんだ?」

 

***

 

「何をやっているんだ、あの馬鹿はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

教導院の屋上でオリオトライや教頭であるキヨナリと共に茶を飲みながら戦いを見守っていた正純は思わず立ち上がってしまった。

勢い良く立ち上がったため座っていた椅子が音を立てて倒れるがそんな事は気にせず、表示枠を凝視する。

表示枠には全裸が体をくねらせたり踊ったりしているのを横のホライゾンが裏拳入れている映像が流れている。

・あさま:『見ないと思っていたら何時の間に……』

・賢姉様:『あら、愚弟とホライゾンなら最初から下に居たわよ? 面白かったから誰にも言わなかったけど』

・あさま:『喜美、後でちょー叱りますからね。叱りますからね!』

正純は思わず頭を抱えてしまった。オリオトライはそんな様子を笑うと楽しそうに目を細めた。

「でもこれで注意は引けたわね」

 

***

 

「何をやってるで御座るか!」

と点蔵は思わず立ち上がり叫んでしまった。するとトーリは頭を掻きながら笑った。

「いやぁ何かおめぇらが苦戦してるっぽいから激励しに来た?」

「なんで最後疑問系なんだよ」と誰かが呟く。思わぬ乱入者の登場によって誰もが困惑し、戦闘が止まってしまっていた。

そんな雰囲気は我知らずと言った感じでトーリは話続け

「でな、ここに来る途中でムネムネとムネ嫁に会ったから付いてきてもらったってわけよ」

トーリがそう言うと宗茂が頷いた。

「それで? おめぇらはそこの奴等が居るせいで苦戦してんのか?」

と自然に問われたため思わず頷いてしまう。トーリはその頷きに頷き返し今川軍の方を向くと

「というわけで、どいてちょーだい☆」

と言いながら所謂セクシーポーズという物を取った。そして今川軍の隊長格らしき人物が叫んだ。

「て、敵の大将だ! う、撃てぃ!」

その叫びと同時に今川軍がトーリ目掛けて一斉に射撃を行う。そんな攻撃にトーリがおどけていると宗茂が彼を抱え、その横では誾がホライゾンを抱えて走り出す。

点蔵はそんな様子に軽い頭痛を感じているとノリキが叫んだ。

「おい! 隙が出来たぞ!」

点蔵は直ぐ差にハッとなり号令を掛ける。

「いま、今で御座るよ! 全軍、突撃!」

そして徳川軍が遮蔽物から飛び出し突撃を仕掛けた。トーリ達に気を取られていた今川軍は徳川軍の突撃に対する反応が遅れ、あっという間に乱戦状態となる。

そんな中ノリキは身を低くすると一人目を飛び膝蹴りで倒し、二人目の顔をその勢いを付けたまま右拳で正面から殴った。足が地に着くと正面の抜刀した兵士が横薙ぎを行った為、ノリキは姿勢を地に着くぐらい低くしながら回避し兵士の顎にアッパーを行った。

ノリキが再び駆け出そうとすると背後から兵士が短刀を構えて突撃してきた。

思わぬ敵の出現に内心舌打ちをしながら回避を行おうとすると、その兵士の頭頂部に点蔵が踵落しを行った。

兵士は衝撃で顎から地面に倒れ動かなくなる。

ノリキは点蔵に頷くと再び駆け出した。

そして敵の間を潜り抜けると障壁装置の前にたどり着いた。ノリキは足を止め乱れた息を整えると拳を構える。拳には創作術式“弥生月”が展開されていた。

「3発殴って道を開く!」

3発の拳が障壁に叩き込まれ、装置を守っている防御術式が砕ける。その様子を見届けた点蔵がホライゾンを抱えている誾に叫んだ。

「誾殿、よろしく頼むで御座る!」

「Jud!!」

と叫ぶと誾は十字砲火を一門召喚し、装置に向かって砲撃を行った。

そして砲撃を受けた装置が爆発し、砕けた。

 

***

 

 障壁装置が破壊され駿府城を覆っていた障壁が崩れる様子を太原雪斎は駿河艦橋から見ていた。

駿河艦橋では障壁が崩れたことによって騒然としており、通信兵が各艦と連絡を取っていた。

 雪斎は静かに目を閉じると心の中で「見事」と敵に賞賛を贈る。そして次に目を開けると号令を掛けた。

「全艦、散開陣形! 障壁が無くなった以上徳川艦隊が攻撃を仕替けてくるぞ!

そして散開後は前進しながら砲撃を行え! 少しでも駿府城に対する直接攻撃を減らすのだ!」

そう言い終えると今川艦隊が散開しながら前進を開始した。雪斎は眼前の徳川艦隊を睨みつけると

「我等が今川の意地、見せようぞ!」

今川艦隊の兵士達が喊声を上げた。

 

***

 

「今川艦隊前進してきます━━以上」

と武蔵野艦橋で“武蔵野”が表示枠越しに正純に連絡した。

正純はそれに頷くと今度はネシンバラに連絡する。

『ネシンバラ、家康公に艦隊を下げるよう連絡してくれ』

そう言うと表示枠がもう一つ開き、ネシンバラが頷いた。

『もう連絡してあるよ』

武蔵野艦橋にある立体地図には徳川艦隊の配置が表示されており、その徳川艦隊を表す記号が後退を行っているのが分かった。

正純は武蔵前方に艦隊が居なくなるのを確認すると

『では“武蔵野”。頼んだ』

“武蔵野”は正純に対して頷き返すと艦橋に座っていた鈴の傍に立ち頭を下げる。

「では、鈴様。号令をお願いします━━以上」

鈴は少し緊張したように頷くと直ぐに微笑み。

「J、Jud. みん、な。かとう、ね?」

「“武蔵野”より全艦へ、これより武蔵は『対航空都市艦級障害物重力制御砲ACC-GC0021“兼定”』をショートバレルモードで使用します。射線上にいる友軍艦は直ちに退避してください━━以上」

“武蔵野”がそう言い終えると発射準備が終わったことを自動人形が伝えた。

そして少し間を空けると“武蔵野”が号令を掛ける。

「ショートバレル“小兼定”発射します!━━以上!」

その直後、圧縮された重力障壁が今川艦隊に向かって放たれた。



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~第九章・『歴史の動かし手』 ともに行くよ(配点:ハクタク)~

 

 武蔵より発射された重力障壁の塊は駿河の空を切り裂き、今川艦隊に襲い掛かった。

今川艦隊は前進を行ってた事もあり、武蔵からの攻撃に反応できず、正面から重力障壁に激突した。

 重力障壁に衝突した艦はその外部装甲を砕き、引き潰される様に鉄隗へとその姿を変えた。

 一瞬の間に今川艦隊9隻の内6隻が破砕され、地に墜ちた。

駿河とその護衛艦2隻は事前に急降下を行った為、直撃を免れたが駿河は左側面を砕かれ護衛艦の1隻はそのまま不時着し、もう1隻は船体後部から黒煙を出しながらも辛うじて飛行していた。

 そんな駿河の艦橋には警報音が鳴り響き、通信兵が各部の損害状況を確認していた。

太原雪斎は艦橋中央の艦長席に座りこめかみを押さえると鈍い汗を掻いていた。先ほどの攻撃を避けれたのは奇跡に等しい。

徳川艦隊が後退した瞬間、悪寒を感じ回避命令を出した。そのおかげで自分はまだ生きているが

━━もはやここまでか……。

 艦隊は壊滅し、駿河もこれ以上の戦闘は不可能だ。正面の大型表示枠を見れば最後まで滞空していた航空艦が墜落し爆発した。

 これが天下を獲るという夢を見た罰なのか、と雪斎は誰に向けられる訳でもない怒りを感じた。何か指示をしなければいけないと思うも全身に途轍もない脱力感が掛かり、視界が霞む。

そのまま銅像にでもなるのでは無いかと思っていた所、突然横から大声が来た。

何事かと思い横を見ると副官の男が自分と同じく汗を掻きながら此方を見ていた。

「ご命令を! 我々はまだ戦えます!」

その声に頭を金槌で打たれた様な感覚を感じた。周りを見れば副官だけではなく誰もが此方を見、そして力強く頷く。

 雪斎は体に熱が戻るのが分かった。そして両腕を机にかけながら立ち上がり副官を見る。

「本艦の状況を報告せよ!」

そう言うと副官は一度うれしそうに笑うと直ぐに姿勢を正す。

「本艦は左舷を大破しましたが航行は可能。流体砲が一門、実体砲が一門使用可能。そして障壁は辛うじて展開可能。つまり戦闘は可能です」

そういい終えると力強く頷いた。雪斎は次に通信兵の方を見た。

「残存戦力は?」

「当艦と護衛艦が1隻。そして北条・印度連合の機鳳隊が援護してくれるそうです」

 雪斎は直ぐに思案に入る。2隻と残存機鳳3機、戦力差は火を見るより明らかだ。

だが、と思う。回りを見れば誰もがその瞳に強い炎を燃やし、此方を見ている。

雪斎は手の甲で額の汗を拭うと力強く頷いた。

「皆、勝とうぞ!」

そして駿河は再び高度を上げた。

 

***

 

今川艦隊が壊滅する様子は駿府城の第二層を走る天子からも見えていた。武蔵に切り札が有るという事は聞いていたし、どの様な物であるかも説明を受けていたが実際に見てみると圧倒される。

その迫力に思わず鼻歌を歌いたくなったがここは戦場であるので我慢する。

天子と衣玖が走っている道は第一層に続く道で各所に防衛用の柵が立てられていたが何れも無残に破壊されていた。

これ等の柵は天子達が来た頃には破壊されており、それはつまり。

「少しでもあの機動殻の足止めになっているといいんだけどね!」

その言葉に息を切らせながら付いて来る衣玖が頷いた。そう言ったものの周囲の惨状からその可能性は低いだろう。

 そして正面に第一層への外門が迫ってき来た外門は砕かれているが見たところ内門は破壊されていない。つまり、敵に追いついた可能性が高いと天子は判断する。

天子は一度衣玖の方を見ると衣玖は表情を引き締め頷き、二人は外門に飛び込む。

 第一層へは2つの門を突破しなくてはならず、二つの門の間は四角形の間となっていた。

天子と衣玖が間に飛び込むとその様子に思わず足を止めてしまった。

 間の至る所には破壊された今川軍の機動殻や兵士が横たわり動かなくなっていた。そしてその中央には無傷で夜天を見上げる紅の機動殻━━山県昌景がいた。

昌景は暫くの間空を見ていると天子達に気が付き、視線をゆっくりと向けた。そして少し笑うと

『おっと、追いつかれちまったか』

と言った。天子と衣玖は直ぐに身構え、天子は横目で倒れた今川兵達を見ながら言った。

「こいつらあんた一人で殺ったの?」

すると昌景は喉を鳴らしながら笑い首を横に振る。

『安心しな、極力殺しちゃいねぇ。俺は義元公の“保護”をしに来たんだからな』

「奇遇ね。私達も“保護”しに来たのよ」

互いに笑うがその目は笑っていない。笑い終わり暫くの間静寂が続くと昌景が一歩前に出る。それに合わせ、天子と衣玖は一歩下がった。そんな様子に対して昌景は軽く笑うとワザとらしく肩を竦めた。

『で? どうするよ? 奇遇な事に此処には同じ目的を有した奴が二組いる。だが、一つ問題が有る。それは両者がそれぞれ敵対する組織に所属してるってことだ』

そう言い終えると両者は身構え、睨み合う。そして昌景が後ろ左足を動かすとそれが合図となって戦闘が開始された。

 天子と衣玖は左右から昌景を挟み込むように駆け出した。それに対し昌景は衣玖を目掛けて突撃を仕掛ける。

突撃してくる敵を見ると衣玖は右手に羽衣を巻きつけ、筒状にすると筒内から雷撃を放った。雷撃は直線状に発射され昌景の頭部を狙うが昌景は左手で雷撃を振り払う。

続けて左側の羽衣を伸ばし昌景の腰関節を狙うと昌景は僅かに身を反らしそれを避けた。

『甘いっ!!』

そう言い、衣玖の顔を目掛けて槍を突き出そうとすると衣玖の口元に笑みが浮かんでいるのに気が付く。

直ぐに危険を感じ更に加速を行うが衣玖は羽衣で昌景の後ろを追いかけている天子の腰を掴むとそのまま引き寄せた。

そして引き寄せられた天子は昌景の右肩目掛けて斬撃を放つが、斬撃は昌景が咄嗟に右に飛んだ事によって空ぶった。

衣玖は攻撃が外れるのを見ると羽衣を両手で掴み、右側にスイングを行う。そして、スイングされた天子は着地中で隙の出来た昌景に再び斬撃を放つ。

飛んでくる天子に対して昌景は無理やり身を反らす事によって緋想の剣を左肩の装甲で受け止め弾き返した。

「ああ、もう!」

と天子は悪態を突きながら弾き返されると地面に着地し直ぐに突撃を仕掛ける。

昌景も既に体勢を立て直しており向かってくる天子に対して西洋槍で迎え撃とうとするが突然、槍に羽衣が巻きついた。

『━━!』

咄嗟に右側を見るといつの間にか回り込んでいた衣玖が羽衣を延ばし、両腕でそれを引き寄せていた。そして槍を引き寄せられ動けなくなった昌景に天子が飛び掛った。

「貰った━━!」

そう天子が言い終える前に西洋槍に巻き付いていた羽衣が引きちぎられた。

 

***

 

 天子は咄嗟の判断で緋想の剣を自分の体を守るように構えた。

昌景は羽衣を引きちぎった動作のまま西洋槍を横薙ぎに振るい、天子を叩き潰そうとする。

西洋槍と緋想の剣がぶつかると鈍い金属音が鳴る。そして槍とぶつかった衝撃を利用して身を翻し、回避を行った。

槍の先端は微かに天子の左脇腹を掠め、服を切り裂く程度であったが突如左脇腹が裂けた。

「━━━━!!」

突然の痛みに天子は声にならない叫びを上げるとそのまま地面に叩きつけられた。天子は左脇腹を抑えるが、傷口から血が噴出す。痛みにより鈍い汗が流れ血の気が引くのが分かる。

痛みに耐えながら辛うじて立ち上がると息を荒くしながら昌景を睨み付けた。

 対する昌景は確かめるように槍を振る。槍の先端が地面に近づくと先端近くの地面が激しく揺れ、砕けた。

『ふむ、破壊力は申し分無いようだ』

西洋槍の表面はよく見ると非常に細かく揺れており、甲高い音を鳴らしていた。天子は荒れた息を整えるとダメージを隠すように口元に笑みを浮かべる。

「成程。槍に高振動を与えて破壊力を増加させている訳ね」

『詳しい原理は俺にも分からんがな。ここに来る前に開発部の奴等から貰ったのさ。実戦データが欲しいんだとよ』

昌景は「さて」と一息入れると一度衣玖の方を見ると槍の先端を天子に向けた。

『逃げるんだったら今の内だぞ?』

と挑発するように言うと天子は額の汗を拭い、衣玖に目配せをすると緋想の剣を構えなおす。

「それはこっちの台詞ね。今なら見逃してあげるけど?」

天子がそう言うと昌景は楽しそうに喉を鳴らすと身構え『参る!』と叫ぶ。

そしてその叫びを合図として再び両者は駆け出した。

 

***

 

 天子たちが第2層で昌景と戦い始めた頃、第3層の長屋地区でも激しい戦闘が行われていた。一人は空中に鏡と勾玉を浮かべ右手に剣を持ちながら長屋の間を抜ける上白沢慧音であり、もう一人はそれを追う様に掛けるネイト・ミトツダイラであった。

 ネイトは前方を走る敵に追いつくために積み立てられていた板に足を掛け、長屋の屋根に飛び乗った。そしてそのまま屋根伝いで駆け、銀鎖を放つ。

上からの攻撃を受けた慧音は後ろに一瞬跳躍し、銀鎖を避けその横を抜けて再び走り出そうとした。

 一瞬だが動きを止めた獲物を逃がさないようにネイトは右足に力を込めると一気に跳躍を行おうとするがその直後、前方の長屋の屋根を突き破り現れる物があった。

それは慧音が勾玉であり、それは激しく回転すると光を放った。

「!」

光は直線状に放たれ、回避のために身を反らしたネイトの右肩を掠める。ネイトは僅かに眉を顰め、銀鎖を放つがそれよりも早く勾玉が再び長屋の中に戻る。

 銀鎖が屋根に激突し煙を上げるがネイトは立ち止まらず駆け出す。慧音の方を見れば再び距離を離されている。

 戦いが始まってから同じような事が繰り返された。敵は此方から常に距離を取り、遠隔攻撃が可能な勾玉で攻撃してくる。そしてこちらが距離を詰めれば剣と勾玉を繰り出すことによって此方の体力をジワジワと削ってくる。

 苛立ちに似た焦燥感が燻るが頭を振り、焦りを振り払う。ネイトは長屋から飛び降り着地すると銀鎖を二本展開し、近くの小屋に巻き付ける。そして、踵にあるアンカーを地面に打ち込むと体を大きく翻し、小屋を放り投げた。

放り投げられた小屋は空中で砕けながら慧音の前方に落ちる。小屋は地面に衝突した際に近くの長屋を巻き込み、轟音と共に砂埃を巻き上げる。

 慧音は進路を断たれた事によって立ち止まり、振り返ると剣を構えた。ネイトはそんな慧音に突撃を仕掛け、両肩の銀鎖を放つ。銀鎖の内の一本は右側の長屋から現れた勾玉の放つ光によって軌道を逸らされ、もう一本は剣によって弾かれた。

銀鎖を攻撃した勾玉が狙いをネイトに変え、回転を始めると上方から突然叩きつけられ火花を散らしながら砕け散った。

勾玉を叩き付けた物は先ほど小屋を投げた際に空中に浮かせた銀鎖の内の一本であった。

そしてネイトは勾玉を砕かれた事によって驚愕している慧音に最後の銀鎖を放った。

「貰いましたわ!」

そう叫ぶと慧音が笑っているのに気が付いたが銀鎖は既に突き出された槍のように慧音の胸元に放たれており、そのまま貫く。

すると慧音の姿は砂のように崩れ、その中から大鏡が現れた。

「鏡!?」

ネイトは銀鎖を引き戻すために右手で掴み引くが銀鎖の先端は鏡の中に入って行き、そして引き込まれて行く。

体を引き込まれぬように足に力を込めた瞬間、大鏡から物体が彼女目掛けて飛び出して来た。

それは引き込まれた銀鎖の先端であり、獲物を失った銀鎖は止まる事が出来ず。彼女の頭を穿つ。

「━━━!!」

 鈍い音が響き、ネイトは膝から崩れ落ち倒れた。

 

***

 

『今川艦隊再度前進してきます━━以上』

という”武蔵野”の報告を聞くと正純は教導院の屋上から今川艦隊の方を見た。

 今川艦隊は既に2隻しか存在しておらず、旗艦である駿河は損傷による黒煙を吹かしており、その駿河を守るように一隻の護衛艦も黒煙を出しながら前進してくる。

一方徳川艦隊は武蔵を中心に鶴翼の陣を引き今川艦隊を迎え撃とうとしていた。

 正純は向かってくる駿河を見ながら”まだ来るか”と言う思いと”やはり来るか”という思いを同時に抱く。

そうして駿河の夜空を見ていると艦隊の配置が完了したことを告げる報告が来る。その報告を武蔵の左舷に配置した浜松に送ると表示枠越しに家康が頷く。

 彼の表情はどこか辛そうな顔をしており彼もまた自分と同じことを思っていたのだなと正純は頷き返した。

そして家康は手を掲げ総攻撃の号令を出そうとする。

『全艦一斉攻━━』

『”武蔵”より全艦へ、今川艦隊後方より機鳳2機急速接近してきます━━以上!』

 ”武蔵”からの突然の報告に慌てて今川艦隊の方を見れば駿河の両舷から機鳳が一機づつ、計2機現れた。

機鳳は2機とも武蔵目掛けて急加速を行っていた。

━━━艦隊を囮にした奇襲攻撃か!

と正純が身構えると浜松に居るネシンバラが表示枠越しに映る。

 彼は一度表示枠の方を見るとメガネを指で押し上げ、手を掲げる。

『この奇襲、読んでたよ!』

 

***

 

・● 画:『なんで今、ポーズとった?』

・金マル:『ほらガッちゃん。アレだよ、アレ。カメラ前にするとついつい調子に乗っちゃうみたいな!』

・貧従士:『ああ、確かにカメラ前だと緊張して変なことしちゃいますよね? ん? でも書記は何時も変だから平常運転?』

・未熟者:『う、うるさいなぁ! なんとなくだよ!』

 

***

 

ネシンバラは一度わざとらしく咳をすると手を掲げ直しそれを振り下ろした。

「右舷側はマルゴット君とナルゼ君が! 左舷側は残りの魔女隊が迎撃を!」

『『Jud.!!』』

 その号令と共に武蔵の右方から双嬢が現れ、左方からは魔女隊が現れた。

これにより奇襲を行おうとしていた機鳳は逆に奇襲されることとなり、双嬢に奇襲された側は主翼を打ち抜かれ墜落し、もう一方は魔女隊の猛攻撃を受け離脱していった。

 機鳳隊を迎撃したことにより浜松艦橋は湧き上がり、そんな中ネシンバラはほくそ笑んだ。

機鳳隊を退けた以上今川軍にもう策は無い筈と思い、総攻撃の指示を出すように家康に頼もうとしたところ表示枠が開く。

『ネシンバラ!』

表示枠には武蔵の機関部でに待機していた直政が映る。

「おや、直政君。どうしたんだい? 君も僕を讃えようと━━」

『機鳳隊は3機居たはずさね!!』

ネシンバラはその言葉に背筋が寒くなるのを感じ、急いで正面を見るのと通信士が叫ぶのは同時だった。

「駿河後方より機鳳1機。急速接近!」

それと同時に駿河の黒煙の中から重武装の機鳳が現れた。

 

***

 

「機鳳隊による奇襲までもが囮か!」

 一連の事態に正純はそう叫ばずにはいられなかった。徳川艦隊は急接近する機鳳に砲撃を行うが護衛艦が前進を始め盾になった為防がれた。

さらに駿河も砲撃を武蔵に行い、こちらの動きを止めてくる。

「ナルゼ、戻れないか!」

とナルゼに連絡するが

『今からじゃ間に合わないわ!』

と返される。

機鳳は既に浅草に差し迫っており、その狙いは。

━━武蔵野艦橋か!!

武蔵の武神隊も迎撃のために砲撃を行うが焼け石に水だろう。思わぬ窮地に拳を握りしめていると突然武蔵上空に表示枠が開いた。

表示枠には匿名を告げる映像が浮かび上がり、その向こうから凛とした女性の声が聞こえてくる。

『曳馬より武蔵へ。これより当艦は長距離砲による長距離砲撃を行います。武蔵の皆様には対衝撃体勢をとるようお願い致します』

━━なんだって!?

と叫ぶ前に武蔵の後方から二つの閃光が現れた。それは発射された高速実体弾であり、一つは駿河の空を高速で裂きながら武蔵野直前に迫っていた機鳳を砕き、もう一発は駿河の前面装甲から後部までを貫いた。。

 砕かれた機鳳は炎を纏い武蔵野の外壁に激突した後墜落し、駿河はこの攻撃が致命傷となり高度を落としていった。

砲撃の衝撃から逃れるために伏せていた正純は慌てて砲撃が行われた方を見たが、既に何も居なくなっていた。

『所属不明艦、ステルス障壁を展開した為追跡は不可能と判断します━━以上』

という”武蔵”の報告を受けながら後方を見ていた正純はポツリと呟いく。

「今のは一体……?」

 

***

 

『空は決着がついたか……』

という昌景の言葉に沈みかけていた天子の意識が引き戻された。

 そして意識が戻ると同時に全身に激しい痛みを感じ、口から熱い息と共に呻き声が出る。その声に反応して昌景は此方を見下ろし意外そうな声を上げた。

『ほう、まだ意識があるか』

そう言い四本の足で大またに近づいてくる。その四本足が地を踏む度に地面は揺れ、それが体に響き痛みを感じる。

 天子は近づいてくる敵を確認しながら自分の状況を確認した。今自分は地に伏している形で、こうなったのは先ほどまでの戦闘のせいだ。

 相手の攻撃を受け、わき腹を切り裂かれた事が原因となって押し負け、衣玖も羽衣を破壊されたため完全に能力を使えず負けた。

 頭を動かし衣玖の方を見れば彼女は崩れた柵を背に座り込む形で気を失っていた。

 昌景の前右足が天子の直前に落ち、天子は辛うじて手放さなかった緋想の剣を握り締めながら相手を睨み付けた。

『止めておけ、もはや勝負は決した』

と言われ、天子は両腕で体を起こし上げようとする。体に力を入れるたびに激痛が走り、思わず息が止まる。

「まだ、勝負は、終わってないわよ!!」

そう叫び起き上がり再び睨みつけると昌景は呆れたように右前足で蹴りを入れた。しかし、足は宙を蹴り、次の瞬間には首元に緋想の剣が迫ってきた。

『!!』

昌景は直ぐに顔を反らし緋想の剣を右頭部の装甲で弾き返すと槍を横に薙いだ。緋想の剣を弾かれバランスを失った天子はそのまま槍に薙ぎ払われ、再び地面に叩きつけられた。

『見事な気力! 故に此処で仕留める!』

 昌景が槍を構え突き出そうとする。天子は意識が再び沈み始めるのを感じ、今度こそ敗北を感じたその直後、第二層の方から全裸たちが現れた。

『全裸!?』

昌景がそうたじろぐと全裸はニヤつきながら昌景を見た後、倒れている天子を見た。

「おいおい、オメェそんなところで何やってんだ? もしかしてアレか! アレなのか!? ガチハードな胸を床に押し付けて成長させる“床パイ療法”!」

その直後全裸が飛んだ。否、アッパーを受け飛んだ直後に踵落しを受け地に沈んだ。

『……』

誰もが固まっていると事の張本人であるホライゾンが首を傾け。

「おや、皆様一体どうしたのですか? まるで人が宙に浮いた後に叩きつけられたような顔をして━━そのようなこと有る訳無いじゃないですか」

『武蔵の総長と姫は漫才師か?』

と昌景に言われ思わず全員が頷きかけてしまった。

『勝負が決した以上さていい加減、先に進みたいんだがな』

と昌景が構えるとホライゾンの前に立花・宗茂と誾が庇うように立ち、それに続いて点蔵やメアリ達も構えた。

 ホライゾンはそんな中一歩前に出ると天子の方を一度見た後、昌景の方を見た。

「勝負が決したらと言いましたが、まだ決してないのでは?」

『この状態でか? 最早戦意もあるまい』

その言葉は天子も自覚していた。体の疲労は限界に達しており、これ以上の戦闘は不可能だろう。

だがその様に言われ、またそれを自覚している自分に悔しさを感じずにはいられなかった。

天子は他の人に察せられないように下唇を噛み悔しさを押し込み目を瞑る。すると自分の横から声が聞こえた。

驚き横を見ればそこには全裸が立っていた。全裸は困ったように此方を見ると

「確かに、今のままじゃ勝てねぇなぁ」

そう言われ天子は思わず唸る。それに対してトーリは少しおどけると頭を掻きながら天子を見た。

「だって、オメェ。今、自分には無理だと思っただろ? それじゃあ勝てるもんも勝てねぇよ」

天子はその言葉に目を見開き、トーリを見れば彼はウィンクを返した。

「いいか、失敗する事、負けることを恐れるんじゃねぇ! 自分には無理だとか思う前にぶつかれ! それで失敗したら俺に全部押し付ければいいし勝ったなら万々歳だ!」

トーリは振り返り仲間の方を見る。

「俺には何も出来ねぇ、だけどお前らはそうじゃ無い! 俺がお前らの不可能を受け持ってやるからお前らは可能の力を持って行け!」

誰かがそれに呼応して叫ぶ。

「そして、そこのオメェ! オメェだよオメェ! 高いところで見てる奴!」

トーリはそう叫び駿府城の天守閣を指差した。誰もがそちらを見ると天守閣に一つの影が立っていた。

トーリはもう一度指を指し。

「良いか、俺等が行くまで勝手に死ぬんじゃねーぞ! 絶対だからな! オメェとは色々話したいことがあるんだ!」

そして最後にトーリは空を見た。

「最後に今これを見てる奴等、世界中の奴等! 俺達は俺達の道、誰もが笑って暮らせる世界を創る! そんでもって俺等の事を認められ無いっつーなら、かかって来い! そんでもって誰が一番強いか決めようじゃねぇか!」

そう叫んだ。

その場に居た誰もが息を呑んでいた。

 ホライゾンの後ろに立っていた兵士が一歩前に出る。彼は槍を地面に突き立てると背筋を伸ばした。

「徳川! 徳川!」

その声が波紋して徳川軍全体に広まって行く。

「「徳川! 徳川!」」

駿府城全体から己の武具を鳴らし、喊声を上げる声が連なる。するとその声とは別の声が響いてきた。

「ふざけんじゃねーぞ! まだ今川は終わってねぇ!」

そして今度は今川を讃える声が鳴り響く。

「「今川! 今川!」」

周囲はあっと言う間に喊声と熱気に包まれた。

『成程、武蔵の総長は大うつけかと思っていたがそうでも無いらしい』

と昌景は少し感心したように言うと、トーリは腰に手を当て

「いんや、さっきも言ったけど俺は馬鹿だし何も出来ない。だから応援しただけだ」

昌景は『ほう』と呟いた後、槍をトーリに向けた。それに反応して宗茂達も構える。

「おいおい、急いでるんじゃ無かったのかよ?」

とトーリが笑いながら言った。

『気が変わった。貴様は武田にとって危険だ。ここで始末する。』

昌景がトーリを睨みつけると今度はホライゾンが頷いた。

「なるほど、昌景様もトーリ様の危険性に気が付きました。しかし、良いのですか?」

と問われ昌景は『何を……?』と言うと、トーリが此方を指差しながらウィンクした。

「足元注意!」

その直後昌景は横に吹き飛ばされた。

昌景を吹き飛ばしたものは先端の尖った石柱であり、その先端は脇腹の装甲を砕き突き刺さる。

『ぐ……ぉ……!』

石柱の端を見れば緋想の剣が突き刺さっておりそれを天子が両腕で握り締めていた。

吹き飛ばされた体は止まらず壁が近づいてくると昌景は槍を壁側に突き出し、槍に振動を与え、壁を砕いた。

 昌景と天子はそのまま第3層に落ちる。昌景は壁を砕いた槍で今度は石柱を砕き、天子に蹴りを入れようとする。

対して天子は砕かれた石柱の破片を盾にし、回避を行った。

 昌景はそのまま落下し、第3層の櫓に激突した。櫓は轟音を立て、載せてたった野戦砲やその砲弾が落ちる。

一方天子は空中で体を丸め、転がるように地面に落ちた。

 天子と昌景が立ち上がるのはほぼ同時で昌景は全身の関節部から火花を散らし、天子は頭から血を流していた。

 天子は前髪を掬い上げると崩れた第二層の壁の方を見て叫ぶ。

「これは一つ貸しよ! 葵・トーリ!」

そして微笑み。

「行きなさい! そして天守に篭っている今川義元を引きずり出してやりなさい!」

すると壁からトーリが身を乗り出し親指を立てた。

天子はそんなトーリに笑うと緋想の剣を構えなおし、昌景の方を見た。

「正に窮鼠猫を噛むって奴だと思わない? 私は鼠じゃなくて天人だけど」

昌景は槍を構え

『全くだ』

と笑った。そして

『我が名は山県源四郎昌景! 天に御座す天上人が首、頂戴致す!』

「穢れし地に住む人間が天人に勝とうとは笑止千万! 格の違いを思い知るがいいわ!」

そして両者は駆け出した。

 

***

 

喊声が駿府城を包み込む中上白沢慧音は目を細め、空を見ていた。

「誰もが笑って暮らせる世界か……」

古来よりその大志を抱き立ち上がった者は数知れない。しかし、志を果たせた者は居なかった。

誰もが平穏に暮らせる世界はいわば理想郷だ。自分達が居た世界━━幻想郷も一見はそれだが、実際のところ妖怪と人間のパワーバランスや妖怪同士の対立で理想郷とはかけ離れている。

歴史を喰らい、そして紡いで来た自分には理想郷と言うものは不可能なのではと思えてしまう。

武蔵の総長は自分の志を諦めないと言った。だが周りが敵になり、友や愛する人が死んでも同じ事が言えるだろうか?

━━不可能だろう……。

そう思い、振り返れば違和感を感じた。その違和感は直ぐに焦りに変わり身構える。

自分の背後で倒れていた騎士がいなくなっていたのだ。

 慧音は冷たい汗を掻き、慎重に周囲を見渡すと頭上から声が降って来た。

「あら、何処を見てますの?」

 慧音は上を見ると月明かりに目を細める。そしてその月を背にするように武蔵の騎士━━ネイト・ミトツダイラが崩れた長屋の柱に足を掛け、立っていた。

「気絶していたと思ったんだがな」

と皮肉を込めて言うと騎士は笑う。

「ええ、危ないところでしたわ。この子が避けてくれなければ危ないところでしたもの」

そう言うとネイトは銀鎖の一本を優しく撫でた。

「直撃する前に先端を反らせたか……。いや、先端を反らしその上で自分の頭も反らして被害を最小限にしたのだな。そして後は気絶した振りをしていたと」

「Jud.」

とネイトは教え子が良い解答を出したときのような笑みを浮かべる。

その表情に慧音は苦笑した。

━━まさか、教わる側になるとな……。

「だが何故後ろから攻撃しなかった。いくらでもチャンスがあっただろう?」

するとネイトは頷き。

「私は騎士ですのよ? そのような事をすれば騎士の名に泥を塗る事になりますわ」

と言い、ゆっくりと身構えた。

慧音はそんなネイトに頷き、身構える。

「最後に質問を一つ、いいか?」

と聞くとネイトは頷きで返した。

「お前は、いや、お前達はお前達の王が言った事が実現できると思っているのか?」

慧音の質問にネイトは何故そんなことを聞くのだという表情を一瞬見せると微笑んだ。

「あら、貴女は出来ないと思っているんですの?」

「ああ、過去の歴史を見てもそのような志を達成できた者は居ない」

「成程」とネイトは呟くと駿府城の第二層の方を見る。

「我が王は己の夢を決して諦めませんわ。そして私達に全幅の信頼を寄せている以上、私達は王の夢を何処までも王と共に追いますわ。ただそれだけですのよ?」

と応え、その表情はどこか楽しそうでもあった。

慧音は一言「眩しいな」と言うと剣を構えた。

「では、武蔵の夢、意地、歴史の担い手として魅せて貰おう!」

「Jud.、 ネイト・ミトツダイラ、王の騎士として参りますわ!」

その直後銀鎖が放たれた。

 

***

 

 放たれた銀鎖は慧音の剣で切り払われ長屋に激突した。ネイトは跳躍し下方の慧音に対して二本目の銀鎖を放つ。

 慧音は大きく後方に跳躍し回避を行うが、銀鎖は地面に激突するとバウンドするように追跡した。

迫り来る二本目の銀鎖にも慧音は冷静に切り払う事で対処し、跳躍を終えると同時に右足に力を込め、今度は相手に飛び込んだ。

 慧音が狙うのは跳躍直後で無防備になった脇腹だ。

「銀鎖、私に巻きつきなさい!」

ネイトの叫びと共に三本目の銀鎖がネイトの体に巻きつく。慧音の放った斬撃は体に巻きついた銀鎖とぶつかり、火花を散らす。

 ネイトは先ほど放った2本の銀鎖を引き戻し、慧音の背中を穿つ。そして慧音が吹き飛んで来た所にラリアットを入れると再び違和感を感じた。

「またですの!?」

 慧音の姿は再び砂のように崩れ、右横から刃が迫った。ネイトは体を反らし避けるが、剣先が僅かに右腕を掠る。

右腕から血が飛び散り、痛みに眉を顰めるが体をそのまま回転させて蹴りを入れる。

 蹴りは慧音が事前に構えていた鏡の縁に当たり、弾かれる。

そうして両者は距離を離し、ネイトは体に巻きつけた銀鎖を解きながら右腕の傷口を確認しゆっくりと左に回りこむと慧音もそれに合わせて動いた。

 ネイトは先ほどから相手に違和感を感じていた。それは相手から何か抜け落ちているような、何か足りないという違和感であった。

 静かに身構えると慧音の居る側から風が吹いてくる。ネイトは風に乗せてやって来る草や木の焼ける香りに鼻をひくつかせると目を見開いた。

━━もしかして……?

 ネイトは静かに相手を観察する。今の彼女にあって、先ほどの彼女に無かった物……それは。

「確かめてみる必要がありますわね」と呟き、ネイトは長屋に埋まっていた銀鎖を横に薙いだ。

そしてそれを慧音が受け止めると同時に全力で駆け出す。

その際に残り一本の銀鎖を地面に這わせるように放ち、慧音の顎を目掛けて攻撃を行う。

 慧音は横からの攻撃を受けた状態で下からの攻撃を避けようとしたためバランスを大きく崩す事となった。

そこにネイトは更に二本の銀鎖で崩れた二本の柱を持ち上げ、投げつける。柱の内の一本は狙いが反れ、もう一本は慧音の前面に移動した鏡に当たり吸い込まれた。

そしてすぐさま鏡よりネイト目掛けて柱が射出される。

「銀鎖、解除!」

ネイトがそう叫ぶと騎士服が外れ、インナースーツのみとなる。ネイトはその状態で体を限界まで低くし一気に加速する。

 その数瞬後に柱が髪を掠めいくらかの髪を切り裂きた後、宙に舞った騎士服を貫いた。そしてその状態で拳を握り締め腰まで引き、慧音の目の前まで来ると右足で体を止めそのまま足に力を込める。

 そして跳んだ。

しかし跳んだ先は体勢を崩している慧音の方では無く、その右方であった。

「AGRRRRRRRRRRR!!」

ネイトは渾身の力を込め、拳を突き出す。

 そして拳の先に驚愕の表情を浮かべた慧音が現れ、その胸を穿たれ吹き飛んだ。

慧音の体はボールのように飛び、長屋に激突した。

 

***

 

 崩れた長屋の壁を背に慧音は寄りかかっていた。全身に痛みがあり、最早体は動かない。

慧音はそんな状態で穴の開いた天井から見える月を見、その眩さに目を細めた。

 しばらくそんな体勢でいると正面側の大穴の開いた壁から先ほどまで戦っていた相手が現れる。

影に立っており顔は見えないが止めを刺そうとしているわけでは無い事は相手の雰囲気から分かった。

慧音はゆっくりと相手の方に顔を向ける。

「どうして……分かった……?」

「匂い、ですわね」

「匂い?」と思わず慧音は聞き返す。銀狼は静かに頷き。

「貴女の能力は幻惑系の一種ですわね。“自分が回避していた”という歴史を喰らい、“自分が攻撃を受けた”という歴史のみを残す。歴史を司るハクタクらしい能力ですわね。

そして分かった理由は今の貴女にあって貴女の分身……とでも言えばいいのでしょうか? まぁ分身には匂いが無かった事ですわ。━━古い紙の匂いが」

その言葉に慧音は僅かに目を見開いた。そして暫くすると自虐的な笑みを浮かべる。

「まったく、慣れないことはするものじゃないな……」

そして銀狼から目を離し、天守の方を見た。長屋の壁によって天守は見えないがそれでもまるで見えているかのように目を細める。

「共に歴史を動かそうと言われ、どこか浮かれたいたらしい。それでこのざまだ。やはり私には書院で歴史を記している方が合っているな」

と言うと銀狼が一歩前に出る。月明かりに照らされその顔と綺麗な銀髪が輝く。その表情は微笑んでおり不思議な神聖さすら見える。

「でしたら、私達と共に来ません? 武蔵には貴女のような人物が必要ですわ━━貴重な真面目要素としても。あ、いえ、今のはお気になさらず」

銀狼は咳きを入れ。

「そして私達と来て、共に歩んでくれる気になってくだされば何時でも大歓迎ですわ。歴史を記す者が歴史を動かしてはいけないなんて決まりごと、ありませんのよ」

と言い手を差し伸べた。その提案は魅力的だ。歴史を動かすものの傍におり、それを身近で記す。歴史家にとってこれほど嬉しいことは無い。

慧音はその魅力的な道に一度手を伸ばしたが、しばし考えるとそれを止めた。

「私は今川家の家臣だ。今川が徳川と共に歩まない限り、その提案は受けれない」

一息入れる。全身に疲れが広がり、目の前が暗り始める。

そして「だが」と繋げた。

「もし、徳川と今川の行く先が同じ時、その提案を受けさせてくれ」

そう言うと急激に眠気が来た。あたりは暗く、意識が途切れる前に見たものは武蔵の騎士の優しそうな笑顔であった。



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~第十章・『甲斐の守護神』 大地を支配し 風を支配する (配点:風神録)~

 駿府城での戦いは大詰めに入っていた。既に第4層と第3層は徳川軍が完全に制圧しており、第2層もその大半を抑える事に成功した。

対して今川軍は第1層に引き、そこで最後の抵抗を試みていた。

 浜松艦橋で徳川家康は昔の事を思い出していた。

嘗て自分が人質として今川家に送られ、初めて会った時の第一印象は一言“変人”であった。

そしてその第一印象は間違っていなかった。

義元は常に突拍子も無い事を言い、その瞳は少年のようであった。そんな義元の事をうつけと呼ぶ家臣も居たが、近くで見ていた自分にはそれは違うと思えた。

 彼は所謂天才であった。常に未来を見ており、自分の夢の実現のためには力を惜しまない人物であった。

そんな彼に自分は何時しか惹かれ、彼が上洛を宣言した際には心のそこから奮いあがった程だ。

 しかし彼は死んだ。もう一人の若き天才が立ちはだかったのだ。もう一人の天才━━織田信長はただひたすらに苛烈であった。まるで自分がこの時代に生きている事を証明させるように彼は最後まで駆け抜けた。

そしてその信長の意志を継いだ秀吉も世を変えるために手段を選ばずに戦った。

 先人達の零れで天下を獲った自分に彼等のような事が出来るだろうか……。

嘗ては毎日のようにそう自問していたが今は違う。確かに自分には義元の才も信長の覇気も秀吉の大胆さも無い。

だが、皆がいる。

 徳川家康を大物と思い期待を寄せてくれる者や共に歩もうとしてくれる者がいる。彼等の為にも自分は最早止まらないと決めたのだ。

 そう思い、頭を上げると通信士が此方に振り向いた。

「駿河の搭乗員の降伏を確認しました。現在鳥居様の部隊が保護しております」

「そうか」と言い、前面の表示枠を見ると墜落した駿河の搭乗員達が鳥居元忠の部隊によって武装解除させられていた。その中に黒い僧服を身に纏ったものもいる。

━━雪斎殿が指揮を執られていたか……。

と頷いた。

次に地上と連絡を取っていた兵士が報告した。

「地上部隊より報告。駿府城の全対空砲の制圧を完了しました」

これにより空の危険は完全に取り除かれた。家康は静かに頷き、横のネシンバラを見る。

「ネシンバラ殿、後詰の部隊を輸送艦で駿府城に降ろす。準備を頼む」

「jud.」

と言うとネシンバラは表示枠を開いた。

そんな彼を横目に見ながら家康は静かに呟く。

「……いよいよ大詰めか」

 

***

 

 妹紅が目を覚まし、まず感じたものは右半身から来る激しい痛みであった。

「━━━━ヵアッ!?」

あまりの痛みに目の前が赤くなり、声にならない悲鳴が上がる。暫く痛みに耐えると少しずつ痛みが和らぎ、落ち着いて息が出来るようになった。

 どうやら自分は近くの森に落ちたらしく、頭上の木々の枝はへし折れ所々に引っかかり千切れた自分の服の一部らしき物も見えた。

 静かな森の中で月明かりを感じながら起き上がろうとすると右腕に力が入らなかった。妹紅は静かに右腕の方を見るとそこに何も無かった。僅かに驚きよく見れば自分の体は右肩から腕が無くなっており、右足も半分が肉を削がれ骨が見えている。

 妹紅は自分の身に起きた事を思い出す。

自分は魔女達と戦っている最中に徳川艦隊の後退に不信感を感じた。そして様子を見るために距離を離すとあの巨大な航空艦から何かが放たれた。

 すぐさま身の危険を感じ避けようとしたが巻き込まれ、墜落した。そして最後に見たのはひき潰されていく今川艦隊の姿であった。

そこまで思い出し、意識が一気に覚醒する。

「他の連中は!?」

そう思い、左腕で無理やり身を起こすと近くの木に寄りかかりながら立ち上がった。自由の利かない体を忌々しげに睨むと右足の再生は既に始まっていた。

━━腕は間に合わないわね。

そう思うと背に炎の翼を生やし、飛翔した。

 森を抜け、初めに見えたものは黒煙を各所から上げる駿府城の様子であった。未だに風に乗せて銃声が聞こえるあたり陥落はしてないようだ。

その事に僅かに安心すると周囲を見渡した。そして平地に点々と黒煙を上げている物体に気が付いた。

 近くに行けばそれが大破した航空艦であることが分かる。その惨状に妹紅は左手の拳を握り締める。

「駿河は!? 雪斎さんは!?」

そしてそれらの残骸の更に前方に一際大きく黒煙を上げるものがあった。心臓が押し上げられるような不安を感じる。

気が付けば飛翔する事を忘れ駆け出していた。そうして小さな林を抜けるとそこには駿河が有った。

 駿河はその前面を砕かれ、各所で爆発を起こしていた。そして一際大きな音と共に艦橋が爆発し、炎上した。

 その駿河の様子を見ていた妹紅の中で様々な感情が沸き起こる。そしてそれらが一旦引くと同時に感情が爆発した。

 

***

 

 後詰の部隊を搭載した一隻の輸送艦とそれを護衛するための魔女隊が駿府城に向けて移動を行っていた。

 そしてそれらに少し遅れる形で双嬢が並んで飛行していた。マルゴットの前には表示枠が開かれており、その中には正純が映っていた。

『━━と言う訳で地上部隊が対空砲を制圧したが不測の事態もありえる。念のため警戒しておいてくれ』

「jud.」と応えるとマルゴットは僅かに眉を顰めた。

「イクイクがやられたって聞いたけど大丈夫?」

『ああ、永江なら少し気を失っていただけで大丈夫だ。ただ体力の消耗が激しい、これ以上の戦闘は無理だろう』

と言うと正純は僅かに苦笑する。

「どうしたの?」

『いや、さっきも比那名居を助けに行くんだと飛び出しそうになって、慌てて抑えようとした御広敷たちが感電させられてた』

「あー、保護者だねぇ」

と言うとお互いに微笑んだ。

 マルゴットが正純との会話を終えるとナルゼが片目でマルゴットの方を見る。マルゴットはそれに気がつき黒嬢を寄せた。

「イクイク無事だって」

そう言うとナルゼは興味なさそうに「そう」と言うが僅かに安心したような表情を見せる。ナルゼはそれを隠すためにわざと眉を顰めるとマルゴットの方を見た。

「黒嬢の流体燃料はまだ保つ?」

「んー、そろそろ厳しいかな。ガッちゃんの方は?」

と問われナルゼは頷く。

「こっちもヤバめね。あの輸送艦を送ったら補給を受けたいわ」

 マルゴット達が前を向くと輸送艦は既に降下体勢に入っており、先発の魔女たちが灯火術式で合図を行っていた。

 そして輸送艦が降下を開始した直後、輸送艦の船底に炎弾が直撃し爆発を起こす。

爆発により輸送艦の船底は砕けその爆風に近くを飛行していた魔女が巻き込まれ墜落する。

「対空砲は制圧したんじゃ無かったの!?」

とナルゼが言うと同時に双嬢は加速を行う。

「あれ、砲撃じゃないよ!」

マルゴットはそう叫び地上の方を指差す。その方向には浜松以来の不死鳥が飛翔してきており不死鳥は此方を見ると甲高く嘶いた。

 輸送艦警備の魔女隊が迎撃の為に不死鳥に向かうが不死鳥の翼より高速で何発もの炎弾が射出されると次々と撃ち落とせれていく。

背後に回り込もうとした魔女を翼で叩き落すと不死鳥は双嬢目掛けて加速する。

「そう、決着を着けようってわけね」

「行くよガッちゃん!」

双嬢も不死鳥に対して加速を行った。両者は正面から突撃を行う状態となりまず不死鳥が先ほどの炎弾を放つ。

 雨のように放たれる炎弾を避けると不死鳥は翼を広げマルゴット達を包み込もうとする。

それに対し双嬢は急加速を行い一気に不死鳥の下方をくぐり抜ける。そして急旋回を行い体勢を崩した不死鳥の背後を捉えると攻撃を行った。

 しかし攻撃は炎の体に阻まれ燃え尽きる。不死鳥は獲物を取り逃がしたことに対する苛立ちか、嘶くと大きく翼を広げ、炎を壁状に放つ。

 ナルゼはそれに対して舌打ちしながら回避のため上昇し、マルゴットは下をくぐり抜けた。

「あの炎をどうにかしないとダメね」

「でも並みの攻撃じゃ鎧を剥がせないよ━━うわっと!」

マルゴットは不死鳥の体当たりを体を180度下に向けることで回避し敵から距離を取った。ナルゼはマルゴットの援護のために不死鳥を上方から攻撃するがやはり弾は敵に到達する前に燃え尽きる。

「それに鎧を剥がした後の事もね。敵は不死系種族だからちょっとやそっとの事じゃ回復されるわ」

「双嬢の燃料もヤバイしね!」

不死鳥は攻撃を受けた方に体を向けると口の中から大きな炎弾を発射した。ナルゼはそれを回避するが炎弾は彼女を追尾した。

━━追尾弾!?

ナルゼはわずかに驚くが直ぐに急降下で逃れようとするが追尾弾はそれを追った。ナルゼは大地に対して垂直に降下すると地面スレスレの所で白嬢の機首を上げる。そして大地に沿って飛ぶとその直後炎弾が地面に激突し大地を抉った。

 炎弾から逃れたナルゼは額の汗を拭うと上空を見る。上空ではマルゴットが不死鳥と交戦していた。正面から来たマルゴットを不死鳥は迎え撃つがマルゴットは不死鳥の右側を抜けて回避した。

すると不死鳥はマルゴットを追おうとするが僅かに遅れる。

 その様子を見ていたナルゼは僅かに違和感を感じる。

━━今、バランスを崩したように見えたけど……。

「ねえ、マルゴット。敵の左側に回り込んだ後、右側に回り込んでちょうだい」

『いいけど……どうしたの?』

「もしかしたら意外な弱点を見つけたかもしれないわ」

そう言うとマルゴットは不死鳥の左側に回り込む敵は直ぐに翼でそれを叩き落とそうとし、マルゴットに掠る。

「マルゴット!!」

『大丈夫! ちょっと翼が焦げたけど!』

そして今度は右側に回り込むと同じように翼で叩き落とそうとするが体が揺れ、先ほどよりも僅かに遅れたためマルゴットを掠りもしなかった。

 その様子にナルゼは疑惑を確信へと変えた。直ぐに表示枠を開くと炎上する輸送艦に通神する。

表示枠には輸送艦の艦長が映る。

『なんだい嬢ちゃん! 今、墜落しないようにするんで忙しんだが!』

「あの不死鳥にお礼参りしたくない?」

その言葉に輸送艦の艦長は僅かに眉を顰めた。

 

***

 

 妹紅は苛立ちを感じていた。

敵はこちらの周囲を飛び回りたまにこちらに攻撃してくる。炎の鎧がそれを阻むがこうもまとわりつかれては厄介だ。

しかし彼女の苛立ちはそれだけでは無かった。右腕は未だ再生して無くその為右の翼を動かす際に僅かに遅れが生じる。

 自分のような不死系種族は自然治癒による再生と拝気を消費することにより短時間で再生する緊急再生が可能だ。

しかし今日は二度も緊急再生を行ったため内燃拝気の残量的にもう緊急再生することは出来ない。その為右腕は自然治癒に任せているがそれが仇と成った。

 前方を見ると先ほど地上に追いやった白魔女が相方と合流していた。

勘ではあるが向こうもそろそろ機動殼の燃料が厳しい頃だろう。そうなれば互いに決め手を放てるのはあと一回づつ、その一回に全力を繋ける他あるまい。

 そして二人の魔女が高度を上げた。それを此方も追う。二人の魔女は月を背に互の距離を近づけ回転し合うと互の機動殼を合一させ始めた。

「━━!?」

危険を感じ翼から炎弾を放つが月明かりで狙いが外れる。そして二人の魔女は抱き合うようにスピンすると一つの大きな機動殼が完成した。

「「完成!! ”双嬢”第二形態、合体完了!!」」

そうして機動殼は天に向かい加速した。

━━速い!?

敵との距離は一気に離され双嬢は雲の中に消える。雲の中に入ることを危険と考え、下方から相手の出方を見る。

 そして雲を裂くように4つの柱状の弾丸が飛び出す。それを避けるために右へ大きく飛翔するが弾丸は追尾してきた。

 追尾してきた弾丸を焼き払うために尾の炎を切り離し当てると今度は雲の中から双嬢が急降下を行ってきた。

 双嬢は急降下を行いながら弾丸を連射しこちらの背中あたりを穿つ。最初の数発は炎の鎧で防がれるが連続で同じ箇所を射撃され鎧は20発目でついに貫かれた。

 弾丸が体の背中に当たり、肺を突き破り胸から飛び出す。口から血を吐きながら妹紅は身を逸らし弾丸を避けると降下してきた相手とすれ違う形となった。

 妹紅は胸を抑えながら振り返ると敵もまた旋回中であった。

━━敵の方が速い……だったら次のすれ違いで決める!

そう考え降下を開始する。敵もまた上昇を始め、互いに向かい合う状態となる。

機動殼から再び射撃が行われるが今度は回避を行わない。敵の弾丸が当たろうが次のすれ違いで決着を着ける。

 互の距離が相手の顔を見れる様になると妹紅は鎧を破られ体に数発弾丸が当たっていた。

━━あと少し!

 そして敵が正面に来た瞬間、両翼に力を入れる。両翼は膨らみ肥大化し爆発しようとする。

このタイミングならば敵は回避できないはず、そう妹紅は思ったが双嬢は突然加速した。

━━まだ加速できるの!?

しかし今加速したとしても爆発に巻き込まれるだろう。そう思ったが双嬢は自分の右翼側を抜ける。そして気がついた。

僅かに右翼の肥大化が遅れていることに。

 爆発が起き周囲を燃やし尽くす。しかし僅差で双嬢が爆発を抜けた。双嬢からは爆発のダメージで煙が上がるが行動不能には出来なかった。

 妹紅は鎧を緊急展開し旋回を行おうとすると横目でそれを見た。

自分の上空には二人の魔女が寄り添うように飛翔していた。互いに火傷をしているが黒魔女が黒嬢をこちらに向け、白嬢が線を引く。

「分離しながら攻撃態勢を!?」

「Jud.!!」

その叫びに白魔女が頷く。そして黒魔女が構えた。

「空気を限界まで圧縮した一撃、これならその鎧も関係無いわよね!!」

「行くよ! Herrlich!!」

そして放たれた。妹紅が身構えると同時に圧縮された空気弾が直撃し不死鳥を吹き飛ばす。鎧が剥がれ体がむき出しになる。

衝撃で体が回転しながら落下する。

 落下しながら回転する視界の中で敵の方を見ると敵は武装を解除していた。恐らく燃料が尽きたのだろう。

対して自分はまだ僅かに余力がある。地上に激突すればダメージはあるが不死者である自分ならば耐えられるだろう。

 ならばその後に反撃を━━。

そう考えた瞬間、背中から何かが激突した。

「━━っが!!」

何かに海老反り状態で張り付く形となり、背後を向けばそれは先ほどの輸送艦の先端であった。

何故ここに、と混乱する。

そして気がついた。

 この輸送艦の先端が駿府城の方ではなく地上の方に向いていることに。

そしてそれに気がついた頃には大地が目の前に迫っていた。

 

***

 

 轟音と共に輸送艦が正面から地面に突き刺さり崩れ落ちるのを見ながらマルゴットは空中でナルゼに寄り添った。

 既に疲労は限界に達しており体中の火傷が痛む。ナルゼも頭をこちらの肩に頭を乗せた。

輸送艦の断末魔のように最後の大爆発が起きると駿河の夜に静寂が戻る。

暫くそのままでいると表示枠が開いた。表示枠には輸送艦の艦長が映り、彼は上機嫌そうに顎を撫でる。

『おう、やったな嬢ちゃんたち』

「ええ、そっちは全員無事?」

艦長が少し体をズラすと後ろの兵士達が見えた。

『後詰の部隊も、乗組員も全員無事だ』

マルゴットは僅かに肩の力を抜いた。

『それにしても驚いたぜ。突然どうせ沈む船なんだから敵にぶつけろって言われたときは開いた口が塞がらなかったぜ』

「でも成功したでしょ?」

とナルゼが言うと艦長は大笑いした。そして右手を振ると表示枠を閉じる。

二人は地上に降りると同時に倒れ込んだ。

「あー、もうダメね。疲労困憊よ」

「そうだねぇ……」

と返事をするとマルゴットは寝そべりながら輸送艦の方を見る。

「戦い終わったら助けないとねぇ……」

「……そうね」

「怒ってるだろうね……」

「……そうね」

「……再生中だったらどうしよ。ミンチとか……」

「…………」

ナルゼはうつ伏せになる。

「掘り起こすのは他の奴にさせましょう」

そしてお互いに微笑すると急激に眠気が来る。ナルゼは寝返りをうち、月を見ながら目を細めた。

「他の奴ら、負けたら承知しないわよ……」

そして二人は寄り添う様に救護隊が来るまで眠りに着くのであった。

 

***

 

 轟音と共に軍港を白い半竜が飛翔していた。

その前方には藤色の服と麦わら帽を被った少女がおり、少女は跳躍しながら半竜から逃れる。

足を地面に着けるたびに後方より迫る半竜の方を向き挑発すようにスカートを揺らした。

「こんな可愛い少女を追い掛け回すなんて、変態ね~」

と笑うと半竜が首を横に振る。

「拙僧は姉キャラ担当だ。貴様は拙僧の趣味ではない」

「これでも人妻だよ~っと!」

「なんと!?」

諏訪子は空中で身を翻し半竜の方を向くと手に持つ二対の鉄の輪を投げつける。投げつけられた鉄の輪を避けるべく半竜は身を逸らすが僅かに腕の翼に当たる。

 当たった箇所に僅かに亀裂が入るがウルキアガは翼を傾ける事によって輪を後方へ流した。

ウルキアガの後方へと落ちた鉄の輪は直ぐに流体分解され、持ち主の手に戻る。

その様子を見ながらウルキアガは呟いた。

「厄介な、武装であるな」

すでに姿勢を戻し前方を駆けていた諏訪子は楽しそうに頭を揺らす。

「あなたも結構頑丈ね。普通だったら真っ二つにできるのに」

その言葉が事実であることをウルキアガは知っている。彼の全身には大小様々な傷ができておりその全てがあの輪による攻撃だ。

━━あらゆるものを裂く武装か……。

 耐久力に関しては自信があったがどうやらあの武器の前では自慢の装甲も意味を持たないらしい。

それに武器が厄介なことも然ることながら使用者の身体能力も驚異的だ。術式を使用せずに一回の跳躍で100m以上は跳んでるだろう。

━━さしずめスーパー幼女と言ったところか。

と頷いていると諏訪子が空中でこちらに振り向く。

「それで~いつまで追いかけっこしてるの? いい加減飽きてきたんだけど……」

「ふむ、それならばここで終わりだ」

 その言葉と同時に横の倉庫を突き破り朱色の機動殼が現れた。機動殼は空中で目を見開いている諏訪子を腕で掴むとそのまま地面に向かって加速する。

 諏訪子は地面に叩きつけられ轟音と共に土煙を上げる。機動殼は叩きつけると同時に後方に跳躍し顎剣を6本射出し、諏訪子が叩きつけられた場所に撃ち込む。

 そして暫く滞空するとウルキアガの横に着地した。

「成実よ、手応えは?」

『逃げられたわ。また例の術よ』

二人は頷き上空へ退避した。

 暫くすると二人が先程までいた地面が歪みその中から諏訪子が現れる。諏訪子は二人を見ると頬を膨らませた。

「あーうー、なんで上にいるのよー!!」

『そう何度も同じ手は喰らわないわ』

と言うと成実は諏訪子の左側の倉庫の屋根に着地し、ウルキアガはその反対の倉庫の屋根に着地した。

 それに対し諏訪子はため息を付き、腕を頭の後ろで組んだ。成実は顎剣を構えながら不審そうに相手を見る。

『……随分と余裕ね』

そう言うと諏訪子は苦笑いする。

「本当は適当に済ませるつもりだったけど━━」

その言葉に二人は警戒心を強める。諏訪子は大きく後方に跳躍すると両手を地面に着けた。

「見せてあげるよ━━━━私の術式」

その言葉と同時に成実が顎剣を投げつけ、ウルキアガが突撃した。

 だが顎剣が諏訪子に届くよりも早く諏訪子の前面の大地が捲れ上がり壁となる。それと同時に地面より多数の木の根が現れウルキアガに巻き付いた。空中で捕われた半竜は失速し大地に激突する。

「ぬう、これは……」

ウルキアガが顔を上げると諏訪子の周囲は豹変していた。

 大地は捲れ上がり倉庫からは巨大な木が幾つも突き出す。そしてその根元から木の根が意思を持つかのように蠢く。

 諏訪子は先ほど捲れ上がった大地に立つとその瞳を細める。

「周囲一帯の地脈を私の流体と同化させ、大地を創造する、これが私の術式。まぁここは私の土地じゃないから大規模な創造は出来ないけど」

「とんでもないな。異端ではあるが神は神か……」

とウルキアガは起き上がりながら体に巻き付いた根を引き千切ろうとするがいくら力を込めても根はびくともしなかった。

「私の流体でコーティングした根だから並大抵の事じゃ切れないよ」

と諏訪子に言われウルキアガは根から手を離し暫く沈黙する。そして突然右腕を上げた。

「作戦タイムだ」

「……は?」

諏訪子が眉を顰めるとウルキアガは大きく頷く。

「作戦タイムだと言っている。そこで待ってろ」

そうして成実の方に視線を向けると成実は彼の横に飛翔し着地した。成実が彼のそばに寄ると二人で何やら話し始めた。

 

***

 

━━━━いや、作戦タイムって……。

諏訪子は呆れながらも敵をじっと捉える。

不意打ちを食らわせる気ではないかと警戒していたがどうやら本当に作戦会議を始めたらしい。敵を前にして。

 本来なら容赦なく潰すべきだろうが敵がどのような攻撃をしてくるかが気になる。それに自分が遅れを取るということは万が一にも無いという自信もある。

ならば敵の策をあえて喰らい、それを打ち破ってやろう。そう思い頷く。

 それから暫くすると作戦会議を開いていた二人は離れ構えをとった。此方も両手の鉄の輪を構える。

「作戦会議は終わり?」

「うむ。これより貴様を倒す」

その言葉の直後、半竜より竜砲が放たれた。諏訪子は直ぐに後方へ跳躍し回避する。

竜砲は諏訪子のいた地面に当たり爆煙を生じさせる。

「こっちの目を奪う作戦!? だけど甘いよ!」

跳躍中に煙の中より二本の顎剣が飛来するがどちらも輪によって切断した。

 敵の半竜はこちらの術で拘束している為竜砲によって機動殼の援護に専念するはず。半竜は機動力を奪っているがあの頑丈さでは鉄の輪以外の攻撃では致命打に欠けるだろう。ならばまずは敵の攻撃手段である機動殼から潰し、その後半竜にとどめを刺す。

 後方に着地すると同時に今度は右方より顎剣が飛来した。それを素早く身を低くし躱すと両手を大地に着け自身の流体を注入した。

流体を注入された大地は剣山のようになりながら顎剣が飛来した方へ伸びる。そして地響きとともに何かを砕いた音が響く。

 追撃の為に鉄の輪を投げようとするが再び此方に向けて竜砲が放たれたため、断念し大地の壁を創り防ぐ。

諏訪子は壁が砕ける音とは別の音を聞き、身構える。

音は徐々に大きくなりそれは自分が先ほど攻撃した方向から響いている事に気がついた。煙が晴れてくると徐々に大きな物体が見えてきた。

それは航空艦用の部品を保存する倉庫でありその形を歪に変えている。

倉庫の根元には自分の放った岩の剣山が突き刺さっており外壁と柱を砕いていいる。更に無事な方の壁側では不転百足が腕で柱ごと壁を砕いていた。

「!!」

諏訪子は此方に向かって崩れ始める倉庫より逃げるために左方に跳躍しようとするが両足に何かがぶつかる。

足は突然自由に動かなくなり前のめりに転んだ。驚き足を見ると金色の拘束具を両足に付けられている事に気が付く。

「どうだ、拙僧自慢の拷問器具は」

「趣味悪いよ!!」

倉庫は既に頭上まで迫っており最早回避は間に合わない。そう判断した諏訪子は自分の体を流体に変え大地の中に逃げ込んだ。

 倉庫は凄まじい轟音と共に崩れ潰れてゆく。

 諏訪子は体勢を立て直すために一旦倉庫から離れた場所に出る。大地から飛び出した瞬間、眼前に機動殼より射出された左腕が迫る。

左腕に体を掴まれ拘束されると後方から右腕で顎剣を構える不転百足が現れた。

不転百足は顎剣を突き出し全速力で体当たりを行おうとする。それに対し諏訪子は拘束され動けずにいた。

『━━━━貰ったわ』

機動殼は速度を上げる。しかしその直後機動殼は突然動きを止めた。

突然の停止に機動殼の装甲は悲鳴をあげ、地面に叩きつけられる。機動殼の腕や腰には木の根がいつの間にか巻きついていた。

諏訪子は拘束していた腕を鉄の輪で切断すると笑を浮かべながら成実に近づく。

「残念だったね、あともう少しだったのに」

諏訪子は機動殼を半竜の射線に置くように近づくと鉄の輪を機動殼の首元に押し付ける。

「まあ人間にしては頑張ったんじゃない? 負けを認めるんだったら見逃してあげるけど?」

成実は静かに諏訪子を見る。

『まだ勝負はついてないわ』

諏訪子は呆れるように腰に手をつけるとため息をつく。

「諦めないのはいい事だけど、時と場合を━━━━」

『━━━━装甲解除!』

その言葉とともに突然機動殼が爆ぜた。成実は装甲を外し、左腕と両足を機動殼より外すと射出されるように諏訪子に頭突きを行った。

強烈な衝撃に一瞬意識が飛ぶが直ぐに横蹴りを入れる。

「こっ、のぉ!!」

成実は吹き飛びながら振り返る。

「キヨナリ! 任せたわ!」

そして爆音とともに諏訪子目掛け半竜が飛ぶ。

「満を持しての! 拙・僧・発・進!!」

諏訪子は直ぐに鉄の輪を投げるが狙いを定めずに放ったため半竜の肩を掠る程度であった。内心で舌打ちをしながらも足から大地に流体を流し、後方へ跳躍する。

ウルキアガが諏訪子のいた場所に到達すると同時に大地が手の形となりウルキアガを掴んだ。

「甘いね!!」

「いや━━━━これでいい」

掴まれたウルキアガから竜砲が放たれる。竜砲は諏訪子の胴を貫き、両者の間に爆発が生じた。

 

***

 

 ウルキアガは荒れ果てた周囲を見渡すと目の前の瓦礫を退かした。そして下敷きになっていた成実を抱きかかえると頷く。

「ふむ、どうやら無事のようであるな」

そう言いながら成実の額から流れる血を拭うと成実は先程まで諏訪子がいた方を見る。

「仕留めたのかしら?」

「直撃するところをしっかりと見た。流石に無傷ではあるまい」

と言い成実を見ると彼女は眉を潜めていた。ウルキアガはその視線の先を追うと低く唸った。

 そこには胴に大きな穴を開けボロボロになった服を着た諏訪子が立っていた。諏訪子は各所に傷を負っていたものの何事もなかったかのように服についている埃を払う。

「あーうー、もう服がボロボロで嫌になっちゃう!」

諏訪子は地面に落ちた帽子を拾うと埃を払い、被り直す。そしてウルキアガ達の方を見ると眉を顰めた。

「……なによ?」

「仕留めたと思ったのだがな……」

「確かにさっきの攻撃は危なかったけどねー。あんたの竜砲を喰らう直前に自分の流体を放出して威力を減退させたってわけ。

まぁ自分の存在を薄めるというリスクもあるから多様はできないけどね」

「さて」と言葉を繋げ右手を腰にあてると諏訪子は気だるそうにため息をついた。

「どうする? まだ続ける? 私としてはこんな事もうやめたいんだけど……このままじゃお互い引っ込みがつかないか」

と言い鉄の輪を召喚するとウルキアガも成実を瓦礫の上に座らせ構える。

 互いににらみ合うと突然港の方より初老の男性が現れた。男は煙管を咥え口元をにやけさせながら両者の間に入る。

「馬場信房だ━━━━この勝負俺に預けてくれんかのぅ?」

 

***

 

 闇夜に静まり返る軍港の中を本多・二代は駆けていた。

二代は航空艦用の整備倉に入口から入り、そのまま奥の窓を蹴破り外に出る。それに僅かに遅れて整備倉の壁を砕き、一本の御柱が現れる。

御柱は音速で飛来し、二代を押しつぶそうと更に加速した。

 対して二代は御柱が地面に激突するのを見計らいその衝撃を利用し、倉庫の屋根まで跳ぶ。着地の際に後方を見れば更に二本の御柱が此方に向けて射出されるところであった。

『翔翼』を展開し再び駆け出しながら二代は思案した。

 敵は本人はこちらの射程圏外におり七本の御柱を巧みに使い追い詰めるように動く。それに対してこちらは防戦一方だ。

このままでは埒があかないだろう。

敵の力が分からない以上此方から攻め込むのは危険。

━━━━守るだけというのは拙者らしくないで御座るな。うん。

それに敵は本気を出していないことは明白だ。だがそれは相手の慢心ではなく。

━━━━拙者を試しているので御座ろうな。

「ならばそれに正面から挑むのみ!!」

二代は屋根から跳躍すると街灯を左手で掴み回転する。御柱はそのまま通過し隣の倉庫に激突する。

二代はそのまま速度をつけると後方へ一気に跳躍した。空中で身を翻し後方を向くと既に四本目の御柱が射出されていた。

 蜻蛉切の石突きを屋根に向けると伸ばし、跳ねるように再跳躍を行い御柱の上に一瞬だけ右足を載せた。

そして『翔翼』を展開し加速する。

神奈子は二本の御柱を二代の左右から横薙に払い、残りの一本を叩きつけるように放つと二代は体を水平にし二本の間を潜る。そして残りの一本を蜻蛉スペアの刃に映した。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

御柱は割断され左右に分かれる。神奈子が僅かに驚き後方へ下がるが二代が追う。

二代はそのまま蜻蛉スペアを突き出し、神奈子の胸を狙う。

「貰った!!」

しかし二代は気付く。神奈子の口元に笑が浮かんでいることに。

「見事だ人間! 故に神の力の断片見せてやろう!!」

「!?」

突如二代の体が横に吹き飛ばされた。

何事かと見れば自分の脇腹に風の塊が激突していた。

━━━━風を扱う、それが神奈子殿の術で御座ったか……!!

神奈子の周りには風が集まっており、その規模は急速に拡大する。倉庫の壁は抉れ、街灯は宙に舞う。

あっという間に風は大きな竜巻となり辺り一帯を巻き込み二代を飲み込んだ。

 

***

 

「まさかこれ程までとはね……」

竜巻の中心で神奈子はそう呟いた。

 決して相手を甘く見ていなかった。しかし相手はこちらの予想を超え、後一歩の所まで差し迫っていた。

━━━━まったく人間ってのは油断ならない

 生まれ出たときより強大な力を持つ妖怪や神と比べ人間はあまりにも脆弱だ。

だからこそ己の弱さを補うために知識を得たり技を得たりし、時には妖怪や神に打ち勝つ事もある。

人間の向上心は最早一種の信仰にも思える。

神が神たる事を怠ればいずれは人間にその座を脅かされるかもしれない。

だから神も人間のように向上心を得る必要があるのだろうと神奈子は思う。

 自分に挑んだ若武者も戦って分かったが、今は荒削りな所が有るがこのまま精練されていけば何時かは座に辿り着くかもしれない。

故に消す。

武田の脅威に、自分の脅威になるかも知れない芽は此処で摘み取る。

そう思い下方を見ると巻き上げられる街灯や壁に混じり何かが見えた。目を細め良く見るとそれは影であった。

影は徐々に形を作って行き、そして竜巻の中から飛び出して来た。

━━━━さっきの若武者か!?

 二代は巻き上げられる倉庫の壁に着地すると此方を一度見た。そして術式を展開すると跳躍を行った。

跳躍先は先ほどの壁の先に浮かぶ木の幹。右足で着地し、そのまま再び跳ぶ。

━━━━こいつ、竜巻の回転方向に昇ってくるのかい!!

 神奈子は竜巻の回転方向に向けて加速する敵に対して指先より風の刃を作り、放つ。

しかし二代はそれを避け、竜巻の風を利用して一気に上り詰めてくる。

 ついに同じ高さまで来ると槍を突き出し、此方に向け跳躍する。

「頂戴いたす!!」

 この状況では槍を回避しても割断を受ける。

━━━━ならば!!

「結べ! 蜻蛉スペ━━━━!?」

相手が宣言するよりも早く右手を伸ばす。そして槍先を手で力の限り掴んだ。

手の平が裂かれ指が千切れ激痛と共に血しぶきが舞うが敵は止まった。

 攻撃を受けた事で術が止まり竜巻が止む。巻き上げれた物が落ちる中で二代は静かに頷いた。

「━━御見事」

「それはこっちの台詞だよ……」

二代の脇腹目掛け渾身の横蹴りを入れる。二代は受身を取りながら吹き飛び倉庫の屋根に墜落した。

 

***

 

 二代は墜落の際一瞬途切れた意識を取り戻す。

目の前には穴の開いた倉庫の屋根があり、穴からは月光が差し込んでいた。

 手に蜻蛉スペアを持っている事を確認すると、杖の様に立て起き上がろうとする。

その瞬間脇腹に激痛が走った。

━━━━臓器を傷めたかもで御座るな……。

そのままゆっくりと立ち上がり、蜻蛉スペアを杖にしながら崩れた壁から外に出る。

 倉庫の外には神奈子が仁王立ちで待ち構えていた。

神奈子の右手からは血が流れ出しており、見たところ右腕が自由に動かないようだ。

しかし敵から放たれる威圧感は下がるどころか更に鋭くなっており気を抜けば押しつぶされかねない程であった。

 二代は背筋を伸ばし蜻蛉スペアをしっかりと握りなおすと構える。そして飛び出すために踏み込もうとすると突然静止の声が入った。

声の方を見れば半竜が飛翔してきており、その背に成実と煙管を咥えた初老の男性を乗せていた。

男は半竜の背から飛び降りると両者の間に入る。

「水を差すんじゃないよ、鬼美濃」

と神奈子は不機嫌そうに信房を睨みつけた。

「まぁまぁ、お前さんにはまだやってもらいことがあるんだ。こんなところで消耗しないでおくれ」

「━━━私が負けるとも?」

信房は頭を掻き煙を吐き出す。

「全くもってそんなこと思ってないさ。だが彼処の若武者と本気でやり合えば無傷じゃ済まないってことは分かるだろ」

「それに」と続け信房は煙管を口から外す。

「稲葉山が陥ちた。お前さんにはそっちの警戒に向かってもらいたい、すでに諏訪子殿には連動して動いた上越露西亜の警戒に向かってもらってる」

そこまで言うと神奈子はため息をつき信房に背を向けた。

「しかたないね、今回は引くとするわ」

そして僅かに振り向き二代の方を見た。

「そこの猪武者。あんたの名前、もう一度聞いておくよ」

「━━本多・二代」

「二代か……覚えとくよ」

そう言った直後神奈子の周りに竜巻が起き空へと上がっていった。

 竜巻が消えると信房は二代達の方を向き再び煙管を咥える。

「まぁそういうことで徳川との間に休戦協定を結びたい。赤備えも下がらせている」

表示枠が開き、正純が映ると彼女は頷いた。

『Jud.、 こちらでも赤備えの撤退開始を確認した。休戦協定を受けたい』

信房は正純に一礼すると夜空を眺めた。

「やれやれ、ようやく一段落か……」

そう言いため息をつくのであった。

 

***

 

 駿府城に突入した部隊は既に第一層の半分を占領し天守前を防衛していた守備隊と交戦中であり、その僅か後方でトーリ達が待機していた。

『━━と、言うわけで比那名居と相対している山県昌景以外の赤備えは全員撤退した。あとはお前たちが義元公を確保すればこの戦いに終止符を打てる』

「こちらもあともう少しで御座るよ」

そう点蔵が応えると正純は頷きトーリの方を見る。

『葵、義元公の説得。頼んだぞ』

「おう! 任せておけ!」

そう言いながら親指を立てるトーリに笑みを浮かべながら正純は頷くと表示枠を閉じた。

「随分と自信ありげですかどの様にして義元公を説得するおつもりですかトーリ様」

「そ、そりゃあアレだ。こう俺がホライゾンのオパーイを揉みながら……」

直後全裸が真上に飛んだ。

「急に不安になってきたで御座るよ……」

地面に激突したトーリを横目にホライゾンは天守の方を見る。すでに守備隊を制圧した突撃隊は天守の門をこじ開けようとしていた。

「ともあれあちらも終わったようですし皆様行きましょう」

その場の全員が頷き進み始めた瞬間、突撃隊の誰かが叫んだ。

「右だ! 右に敵の新手だ!」

急ぎ陣形を組み、右方を見るとそこには100名程の今川兵が集まっていた。今川兵は皆傷つき鎧や兜が破損しており、中には折れた刀や槍を持っている者までいた。

 そんな今川兵の中から男が一人現れた。男は砕けた兜を脱ぐとその場に落とした。

「今川家家臣、岡部元信だ。ご覧のとおり俺たちが今川最後の兵だ。三河武士ども、ちょっと相手しろや!」

そう叫ぶと同時に今川兵が突撃を開始する。

あたりはあっという間に乱戦になり怒号が飛び交う。

一人の兵士がトーリ目掛けて飛び掛るがそれを宗茂が横から蹴り飛ばし彼はそのままトーリの横に着地した。

「ここは私達に、皆さんは天守に向かってください」

「お、ムネムネやるき満々だな!」

「Jud.、 武人として今川兵の意地を受けなければ」

そう言い合流した誾に目配せすると誾は“十字砲火”を天守に向け放った。放たれた砲弾は門に当たり大きな穴を開けた。

 点蔵は宗茂に一礼すると天守に向け駆け出す。それに続きトーリ、ホライゾン、メアリが駆け出した。

 

***

 

 トーリ達は天守に入り、最上階を目指して階段を上っていた。伏兵や罠を警戒したがそれらしきものには全く遭遇しなかった。

 最上階に着くと目の前には大部屋の戸が見える。

トーリはその戸に近づき手をかける。

「ま、待つで御座るよ! トーリ殿!」

「んあ? どうしたんだ点蔵?」

「ここまで来る間に全く抵抗を受けなかったで御座る。この先何か罠があ有るかもしれぬで御座るよ」

「確かに」とメアリとホライゾンが頷いた。

「故に此処は拙者がまず最初に━━━━」

「イッツ・御開帳━━━━!!」

馬鹿が戸を開けた。それも堂々と。

「あーーーー!! 何してるで御座るかーーー!! この人は!!」

大部屋に入って行く馬鹿を庇うように点蔵は駆け込み、ホライゾンが、そして背後を守るようにメアリが続いた。

 大部屋は明かりが消されており、開け放たれた襖からは月光が差し込んでいた。

そんな大部屋の上座に今川義元が座っていた。

義元はトーリ達を一人一人見ていくと破顔した。

「よう、よく来たな。武蔵の若き竜達よ」



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~第十一章・『紅蓮の決闘者』 誇りを胸に (配点:説得)~

 駿府城の第三層に朱の光と蒼と緋色の光が交差する。

朱の機動殻━━山県昌景が敵との間を詰めるべく踏み込むと天子は後方に跳躍し石柱を立てる事で相手の進路を阻んだ。

そこに緋想の剣で浮遊させた岩を弾丸の様に放つ。

昌景は岩を振動槍で砕き、砕ききれなかった分は両肩の楯で弾く。

先ほどからこのような事が数十回と繰り返され互いに致命打を与えられずにいた。

 天子は相手との距離を取ると静かに息を整えた。

状況は良くない。

 互いに攻撃を与えられずにいるが自分には決定的な不利となる点がある。それは最初に脇腹に受けた傷である。

天人の特性上自然に止血したがそれでも血を流しすぎた。動くだけでジワジワと体力を奪われていくのが感じれる。

対して敵の脇腹の装甲を砕いたものの有効打とは言えない。

持久戦では圧倒的不利だろう。

━━上等。

戦いは不利であるほど面白い。この状況は自分にとって最高の舞台と言えるだろう。

 天子は額の汗を拭い相手を冷静に見た。まず一番最初に対処するべきものはあの厄介な振動槍であろう。

槍の長さはおよそ4m。それに表面から放たれる高速振動も含めると敵の最大射程は4m20cm程だ。

そのため接近戦は非常に危険である。かといって射撃もあの装甲で防がれる。

どうにかしてあの槍を使用できなくさせられればいいのだが……。

 暫くの静止の後、昌景が駆け出す。

距離を離すために再び跳躍すると昌景は突如止まる。

そして前足で地面に落ちていた櫓の柱を蹴り飛ばす。

「!!」

飛来する柱に対して緋想の剣を振り降ろし砕くが空中で体勢を崩すことになった。

その為着地に失敗し地を転がる。

昌景はその隙を逃さず槍を突き出した。

━━やばっ!!

天子は回避に間に合わないと判断すると四つん這いの体勢で昌景の方に向かって飛び出す。そのまま昌景の足の間を抜けると後ろ蹴りを背中に喰らった。

 天子の体は空中で回転しながら吹き飛び外壁側にある木製の小屋に激突し、壁を砕いた。

激痛で息が止まるがそれに耐え、大きく一回息を吸うと起き上がった。

体を調べ致命傷を受けてない事を確認すると髪に着いた木片を払う。

 壁に開いた穴から敵を見れば紅いの機動殻は此方を注視しながら佇んでいた。戦闘を続行すべく壁に開いた穴から出ようとすると足に何か重いものがぶつかった。

「?」

足元を見ればそこには黒い球体状の物体が幾つも転がっていた。

「野戦砲の実体弾?」

小屋は野戦砲の倉庫のようで砲弾以外にも幾つかの野戦砲が収納されていた。

天子は砲弾の一つを手に取ると昌景の方を一度見、視線を戻す。そして暫くの思考の後頷いた。

「やってみる価値はあるわね……」

 

***

 

 天守に到達したトーリ達は義元の前にトーリとホライゾンが、その後ろに点蔵とメアリが座っていた。

 点蔵は背筋を伸ばし注意深く周囲を警戒しており、メアリも目を閉じ周囲を精霊術で見張っていた。

 義元はそんな様子に苦笑すると大げさに腕を広げた。

「ここに詰めていた兵は全員投降させた。そう警戒するな」

点蔵とメアリは顔を見合わせると頷き、義元の方を見る。

「さて、よくここまで来たな武蔵の若き竜達よ。色々話したいが最初に質問してもいいか?」

「Jud.、 質問とは?」

とホライゾンが言うと義元はトーリを見る。

「……なんで全裸なんだ?」

「…………」

沈黙が部屋を支配した。

・“約”全員:『至極真っ当な疑問来た━━━━っ!?』

誰もが動けない中、ホライゾンだけが静かに頷いた。

「なるほど。確かにトーリ様は全裸ですが、全裸では無いのです」

「え?」とトーリがホライゾンの方を見るが無視する。

「それはどういう……」

「Jud.、 トーリ様は馬鹿にしか見えない服を術式で着ているんです。だから全裸に見える我々は普通です。ノーマルです」

「ちなみに」と一息入れる。

「浅間神社製です。ご興味ある方は是非ご連絡を」

「━━━━なんと」

***

 

・あさま:『何か剛速球で来た━━━━っ!? あれ? これって義元公を説得or引きずり

出す会議ですよね!? なんで開口一番こっちに振られるんですか!?』

・賢姉様:『フフ……流石ね浅間。ネタに食いつくのではなくネタに食いつかれるその体質。

私でもちょっと引くレベルだわ!』

・貧従師:『ちなみにあるんですか? そんな術式』

・あさま:『え? ありますよ?』

・“約”全員:『『あるのかよっ!!』』

 

***

 

「さて、トーリ様のどうでもいい事実と浅間神社の驚異の真実が判明しましたが……」

とホライゾンが義元を見ると彼は開いた口を閉じ座りなおした。

「う、うむ。なかなか個性的だな。お前達」

━━出会って数分でドン引きさせてるで御座るよ……。

心の中で十回ほど謝った。

だがホライゾンのおかげで緊迫した雰囲気が僅かに解消されたらしく義元の口元にも笑み

が浮かんでいた。

━━さて、ここからで御座るよ、トーリ殿。

目の前の全裸の背中を見ながら点蔵はそう思った。駿府城を制圧し、武田も退けた。だがここで義元公を説得できなければ徳川の今後は険しいものになる。

 聖連とは対立し周辺大名からは侵略者と蔑まれるであろう。しかしここで今川義元を説得し徳川が侵略以外の道を敷くことを世に示せれば徳川に賛同してくれる大名も現れるだろう。

 この最初の一歩目を踏み外さないようにしなければ……。

「うし、じゃあ単刀直入に言うぜ! おっさん! 一緒に世界制服しようぜ!!」

とトーリが義元に向けて指を指す。

義元は暫く考えた後苦笑しながら顎をさすった。

「…………断る」

 

***

 

・● 画:『完!!』

・金マル:『いやぁー。 速攻だったねー』

・副会長:『なにやってんだ━━━━!! そもそも「一緒に世界制服しよう」って何だ!

もっと他に言い方あるだろ!!』

・あさま:『あ、二人とも目が覚めたんですね』

・● 画:『ええ、さっきね。今は輸送艦の下敷きになった奴をノリキ達と一緒に発掘中よ』

・金マル:『あ、なんか踏んだ』

・労働者:『おい、足元に何かいるぞ』

・金マル:『うわ、メッチャこっち睨んでる!!』

・あさま:『何か向こうは楽しそうですねー』

・副会長:『いや、お前ら。もう少し緊張感を……もういい』

 

***

 

「初手でしくじってフられるとは流石ですねトーリ様。…………ッフ」

「は、鼻で笑いやがったなこの女っ!!」

どさくさに紛れて尻を触ろうとしたトーリをホライゾンが殴り飛ばす後ろで点蔵は冷や汗を掻いていた。

いささか直球であったがトーリの言った事は此方が伝えたかった事だ。それを断られた以上義元との共闘は難しいだろう。

だが義元が武田に亡命や自害させてはいけない。

最悪の場合自分が義元公を無理やり拘束するぐらいの事をしなくてはそう思っていると義元が俯きながら肩を震わしている事に気がついた。

何事かと警戒すると義元は腹を抱えて大笑いし出した。そして一頻り笑うと大きく息を整え、笑い涙を拭った。

「ああ、すまんすまん。全く、俺はこんな若造に負けたのかと思ってな」

「いや」と繋げ微笑み

「向こう見ずな若者こそ時代を動かすのだろうな……」

と頷いた。

━━━━えーと……。何かいい方向に勘違いされたで御座るか?

床に沈むトーリを横目にホライゾンは座りなおした。

「ふむ、義元様がなんだか勝手に自己完結されたので交渉を続けましょう」

「……なんというか、相方がこれだと色々大変だろうな、。お前」

義元が少し哀れむようにトーリの方を見る。そして顔を引き締めると此方を見た。

「さて、断るといっても徳川の駿河統治を認めないわけじゃない。むしろ竹千代━━徳川家康は信頼できる人物だと思っている。徳川に帰順したい者がいた場合受け入れてやって欲しい」

その義元の言にホライゾンが首を傾げた。

「それでは徳川と共闘する事になるのでは?」

「うむ」と顎を摩りながら暫く思考するとゆっくりと話し始めた。

「今回の件、徳川は乱に巻き込まれたと聖連に釈明できる。だが俺は違う。我欲で乱を起こし世を乱した張本人だ。

そんな奴を受け入れれば徳川がなんと言われるか……分かるだろ?」

その言葉に皆が沈黙した。義元の言う通り彼を迎え入れれば聖連に介入する口実を与える事になる。

━━しかしそれはつまり……。

そんな中メアリが口を開く。

「国のために死ぬおつもりですか?」

「まぁ、それが戦国の世の慣わしって奴さ」

義元はどこか諦めたように言うと懐から小刀を取り出した。そして小刀を床に置くとトーリに送ると首のを手刀で叩く。

「大将首だ。持って行け」

トーリは少し困ったように短刀を持つとホライゾンの方を見た。

「んー、どうするよ? ホライゾン?」

「Jud.、 此処までの話を聞いて義元様の言い分には正当性があると判断します。その上で本人も望んでいる事ならばここはサクッと」

「ま━━━━」

ホライゾンを止めよう中腰になるがその前にトーリが此方を制止した。

「でもよ、おめぇまだ納得して無いだろ。だったら今の内に聞いちまおうぜ」

ホライゾンは「Jud.」と頷くと義元を真っ直ぐに見つめる。

「一つ質問があります」

「……なんだ?」

「━━━━乱を起こした本当の理由。それは何ですか?」

 

***

 

「当たんなさいよっ!!」

小屋から飛び出した天子はそれぞれの腕に抱えた砲弾を昌景目掛けて投げつけた。

一つは右に逸れたがもう一つは左肩の楯に当たり、弾かれる。

機動殻はぶつかった衝撃で僅かに姿勢を崩し、その隙に天子は緋想の剣を大地に突き刺した。

「浮かびなさい! 要石!!」

浮かび上がった六つの岩が術式によって再構成され要石になる。天子はそれを自分を中心として円形に配置し追従させる。

「三つ! 行け!」

三つの要石は昌景目掛けて射出され機動殻を囲む。そして要石の先端から緋色の流体光が放たれた。

流体光は機動殻の前両足の関節と右肩関節を狙うが昌景は前足を持ち上げ右肩の楯で関節を守ることによってこれを回避する。

『小賢しい真似をっ!!』

その右手に持つ振動槍を左手に持ち帰ると右肩関節を狙う要石を叩き砕いた。

そして空いた右手で左腰にある太刀を引き抜くと右足側の要石を両断する。

 その隙を突き天子は昌景目指して駆け出す。狙うは機動殻の関節部か腹部に入った亀裂。

目前ではすでに体勢を立て直した昌景が構えており左手に持つ振動槍を突き出してきた。

天子は自分に追従する三つの要石を正面に段上配置するとそれを登る。

 振動槍が一段目と二段目の要石を砕くのと同時に砕け始める三段目から機動殻を飛び越えるように跳躍する。

昌景は迎撃のため右手の太刀で天子の背中を切りつけようとするが左足側の要石が刀身に激突する。

 機動殻の右後ろ側に着地した天子は体を捻り先ほどの衝撃で大きく空振った右腕の肘関節に緋想の剣を叩き込む。

━━浅いっ!?

消耗した体では機動殻の腕を切り落とすには至らず肘の中ほどで刃が止まる。

刃を引き抜くために後退しようとするがその前に体当たりを喰らった。左腕で体を守るが直撃を受けた際に腕から嫌な音が鳴り体は大きく吹き飛ぶ。

 地面に激突し視界が大きく霞む。

霞んだ視界では紅の機動殻が突撃をしようとしており直ぐ近くには先ほど逸れた大型野戦砲の榴弾が落ちていた。

━━一か八か!!

そう思うのと同時に榴弾側に向かって駆け出した。機動殻は直ぐ近くまで迫っており振動槍を構える。

最後の要石を機動殻にぶつけ、僅かに時間を稼ぐと天子は榴弾を挟むように機動殻と対峙した。

そして突き出される槍を見ながら緋想の剣を地面に突き刺した。

直後眼前に石の柱が出来るが振動槍がこれを砕く。

『無駄だっ!!』

そう叫び昌景が振動槍を更に突き出すと柱が砕け散った。

しかしそれと同時に金属音が鳴り響く。天子と機動殻の間、先ほどまで柱が建っていた場所に榴弾が有った。

振動槍の先端が榴弾の表面に当たり、その表面を砕き始める。

 

『━━━━!!』

振動槍が榴弾を砕き、閃光が生じる。

そして爆発は天子と昌景を飲み込んでいった。

 

***

 

「本当の理由とは━━━━どういう意味かな?」

義元は自分に質問した自動人形の少女にそう問い返す。

「言葉通りの意味です。義元様は何故徳川に攻め込んだのですか?」

「さっきも言ったが我欲だ。男ならば天下を獲るという夢は誰しも持つものであろう」

これは事実だ。何の縁か二度目の生を受けたのだ、これを生かさない訳にはいくまい。

だがそれ以外の事を思っていたのも事実。

この武蔵の姫はどこまで理解しているのか、ふと気になった。

「では逆に聞くが何故俺に他の理由があると思った?」

「Jud.、 疑問を感じたのは浜松での戦いです。あの戦いで例え今川軍が勝利したとしても武蔵と岡崎城にいる本隊がいる限り徳川を倒すのは容易ではない筈です。

今川家の状況からして徳川に時間を掛ける事はそれだけ武田の介入を受ける危険性が増えます。

更に徳川を倒したとしてもその先にはP.A.odaと聖連との戦いが待っています。

その事を理解してないとは思えません。

そして今の貴方の態度です。こうなる事が分かっていたように、もしくは望んでいたかのように見えます」

そういい終えると隣の全裸が感心したようにホライゾンを見た。

「すげぇなホライゾン。そんな事考えていたのかよ」

ホライゾンは「ふ」と全裸を鼻で笑うと此方を見る。

「これがホライゾンの判断です」

と頷く。

 正直感心した。目の前のホライゾンは先ほどの巫山戯けた行動からは考えられないほど冷静に此方を見ている。

護衛であろう後ろの二人も同様のようだ━━━━全裸は知らん。

「では、お前は何故俺が戦を始めたと思う?」

ホライゾンは「Jud」と言い一度目を閉じるとゆっくりと目蓋を上げた。

「義元様は天下を獲る事を望んだのではなく━━━━━━天下を乱すことが目的だったのでは?」

 

***

 

沈黙が部屋を支配する。

いや、部屋だけではない。この会談を見ている誰もがホライゾンと義元に注目していた。

どれだけの時間が経ったであろうかあまりの静けさに時間の感覚が薄れる。

雲で月明かりが遮られる中義元はその表情を和らげていった。

「━━見事。お前の言うとおりだ武蔵の姫よ。俺の目的は天下を動かす事だ。そのついでに天下を獲れればと思っていたが……。

成程、これは負けるわけだ」

「ありがとう御座います」

義元が笑いホライゾンが頭を下げる。その横のトーリが困ったように手を上げた。

「あー……。なんか話が完結しちまったっぽいけど、つまりどういうことだよ」

「自分も教えていただきたい。天下を動かすとはどういうことで御座ろうか?

臨時惣無事令を無視した戦を起こす事によって天下を動かすのならば既に織田がやっているでは無いで御座ろうか?」

義元は一度頷く。

「確かに織田によって聖連が定めた臨時惣無事令の有効性は薄れた。しかしそれは織田という大国だからこそ出来た事だ。

中小の大名は聖連と敵対する事を恐れ乱を収束する側に付くだろう」

「では、織田と同盟を結べばよいのではないですか?」

とメアリが質問する。

「生前に織田信長という男を知っていれば付こうとは思わんさ。むしろ信長を恨んでいる者の方が多いだろうよ」

「成程、だから今川が動き、徳川が動けば他国。特に聖連に不服のある国は動きやすくなるという事で御座るか」

今度はトーリが質問する。

「あのよお。今川が動いた理由はなんとなくだけど分かったんだけど、そもそも天下動かして何がしたいんだ?」

「お前達は今のままでいいと思うか? 聖連によって領地を振り分けられ小国が乱立する今の日本を平和と思うか? 俺は思わん。

これは平和では無く停滞だ。昨今の怪魔の異常発生や富士の崩落を初めとした天変地異。

これ等に対して我々は目下のいがみ合いで連携が出来ず対処が出来ていないのが現状だ。

この停滞した状況を打破するためにも一度大きな嵐を呼ぶ必要がある。

おそらくだが織田も似たような事を考えているのだろうよ。向こうは色々怪しい奴等とも組み始めたらしいしな」

そこまで言い終えて義元は4人を見る。4人とも思案顔で黙り、此方を見ていた。

そんな中全裸が「うんうん」と頷き、此方に指を指す。

「よし分かった! つまりオメェは死ぬ必要は無いなっ!!」

………………は?

全裸の横のホライゾンも頷き短刀を床に置く。

「ホライゾンも今までの話を聞き、義元様が自害する必要が無いと判断します」

「い、いや待て。どうしてそうなった!? 普通に考えれば俺は大罪人だろう!?」

訳が分からず慌てて声を出すが全裸はニタニタと笑っている。

「いや、だってよ? オメェ、世界の事すっっっげぇ考えて戦う事にしたんだろ? だったらそれで責任とって死ぬってのはおかしくねぇ?」

「しかし誰かが責任を取らなければ━━━━」

「生きる事も責任の負い方の一つですよ」

とメアリが言う。彼女は穏やかな表情で自分の胸に手を当てると静かに目を閉じる。

「自分のした罪に対して死ではなく、生きて罪を背負う。これも一つの責任の負い方だと思います」

「だが俺を向かいいれれば聖連に介入されかねないぞ」

その言葉を聞くと全裸は立ち上がり自分の胸に手を当てた。

「そんなもん無視しちまえっ!! 他人がどうこう言おうと関係ねぇっ! 俺が、俺たちがそうしたいんだ!! だろ? ホライゾン」

「Jud.、 それに聖連に目を付けられていると言うのであればそれは最初からでしょう。 今さら愉快な問題児が一ダース程増えても元々色々アレなのの集合体である武蔵には関係ないと判断します。

通信関連の誹謗中傷煽りも浅間神社が何とかするでしょうし」

・あさま:『いやぁ……流石にそれは━━━━え、何ですか父さん? え、出来る? 何とかする? あ、はい。なんとか出来るそうです!!』

ホライゾンが得意げな顔で此方を見てくるが、どうなんだ? それ?

そう言おうとしたら突然表示枠が開き、武蔵の副会長が現れた。

『義元公、武蔵アリアダスト教導院は今川義元を臨時講師として武蔵に迎え入れたいと思います。

またこれは徳川家康公の意向でも有ります』

その言葉に「竹千代が……」と呟く。

「それによ」

とトーリは親指で自分の後ろ、壁越しで見えないが浜松がある方を指すと。

「本当に話したいのは俺じゃないだろ? だったら会って行けよ、それからどうするか決めればいいだろ?」

そう言うとトーリは手を伸ばした。

まったく。まったく敵わない。

こんな甘ちゃんに負けたのかと思うと今までの心労が馬鹿みたいだ。

だが同時に彼等に賭けてみたいと思った。この先どうなるのかは分からないし自分の役割は此処までだと思っていた。

しかしそう言われてしまうと先を見たくなってしまうものだ。

一度頭を掻くとゆっくりと立ち上がる。目の前で自信に溢れた少年の瞳を見ると頷き伸ばされた手を掴む。

暫くそうして気恥ずかしくなり頬を掻く。

「とりあえず竹千代に文句を言いに行くとしよう。駿府城の修繕費を出せってな」

そう言うと目の前の葵・トーリがウィンクをした。

 

***

 

━━━━抜かったか……!?。

爆煙の中、山県昌景はそう思う。

 頭部が破損したのか視覚素子から送られてくる映像は所々乱れ、特に右半分はモザイク状になっていた。

その視覚素子には警告を表す情報が流れており、機動殻の状態が表示されていた。

 機動殻の右腕は肘から先が無くなっており、地面には大破した振動槍が落ちている。

全身には中度の損傷があり、特に前両足に対するダメージは大きい。

 どうにかして体を動かすと左腕の太刀をしっかりと握り、周囲を警戒する。

この爆発だ。敵も無事であるとは思えない。煙が晴れると同時に止めを刺す。

そう思い暫く待っていると、晴れ始めた煙から敵が現れた。

『!!』

敵は右手に持つ剣を地面に突き刺し杖にしながら立っていた。額からは血を流し、左手は動かないのか力なく垂れ下がっている。

そして体中に榴弾の破片を受け最早立てるようには思えない。

『貴様、なぜ動ける……?』

「敵に教える馬鹿がいると思う? でもあんたが可愛そうだから教えてあげる!」

 

***

 

・● 画:『どっかで聞いたわね。このフレーズ』

・賢姉様:『フフ、あの子も素直じゃないわねぇ』

 

***

 

「気符『無念無想の境地』。これが私の術式の一つよ。

効果は自身の内燃排気を消費し続ける事によって痛覚を遮断する。

まぁ余程のことが無い限り使うつもりは無かったんだけどね。これ後がしんどいし」

そう言って肩を竦めると緋想の剣を地面から抜き構えた。

それに合わせ此方も構える。

 おそらく次の一撃が互いにとっての最後の一撃となるだろう。

敵はあの術式で無傷の時と同じように動けることが判明したが、それも内燃排気が続く限りだ。

先ほどからの戦闘で排気も枯渇寸前の筈。

対する自分もこれ以上の戦いは無理だ。

ならば。

 後ろ足で体を射出するように蹴り出す。前足が関節を曲げるたび悲鳴を上げるが構わない。

あと一撃、一撃叩き込めればいい。

 敵も此方の動きに合わせ正面から突撃してくる。

太刀を突き出すように構える。槍を失ったとはいえ得物の長さは今だにこちらの方が上だ。

敵が死角に潜り込む前に突き殺す。

その一撃を行うため前足に力を込めた。

 そしてその瞬間大地が揺れた。

タイミングが崩れ、体勢が崩れる。

━━何故! 何故だ!?

気が付く。敵の口に笑みが浮かんでいる事を。

その口はこう動いていた。

「六震」

何時だ? 何時術を発動した!?

記憶を探り思い当たるのは最初の剣を杖にした時。

『時間差の攻撃かっ!!』

体勢を崩しながら太刀を突き出す。最早倒すためでは無い。

敵を引き剥がすための必死の攻撃。

しかし太刀は敵の肩を僅かに裂くだけで敵は止まらない。

 蒼髪の少女は此方の懐に潜り込む。

そして

「断ち切りなさいっ!! 緋想の剣!!」

脇腹の亀裂に剣が叩き込まれた。

鉄を砕き、その他諸々を裂く音が響く。

そして、視界が消えた。

 

***

 

 天子は両手で緋想の剣を亀裂に叩き込むとそのまま力任せに押し込む。

胴の半分ほどに達したとき剣の動きは止まった。

機動殻は力を失い、眼光が消える。

 膝から崩れ落ち始めたので、緋想の剣を引き抜くと脇腹から鮮血のように流体燃料が噴出した。

『!!』

しかし昌景は崩れ落ちるのを良しとはせず太刀を地面に突き刺し寄りかかる。

━━大したものね……。

あの状態では最早動けないだろう。しかし武士の意地が敵を目の前にして膝を着く事を認めなかった。

最早此方が見えないであろう目で睨む。

『……見事。貴様の……勝ちだ』

「ええ、そうね。私の勝ちよ」

そう言いながら剣を構え機動殻に近づく。

「認めたくないけどこっちも余裕が無いの。さっさと終わらせるわよ」

緋想の剣を機動殻の首関節に向けて叩き込もうとした瞬間、暴風が機動殻を包んだ。

『これは……』

風が止むと機動殻の前には緑髪の巫女がいつの間にかに立っており。彼女は此方に一瞥すると機動殻の方を向いた。

「お迎えに上がりましたよ。昌景さん。他の皆さんは既に撤退済みです。

後は貴方だけですよ」

しかし機動殻は首を横に振った。

『生き恥を曝せというか! この有様ではお館様に合わせる顔が無い!!』

その言葉に巫女は困ったように首を傾げると。

「困りましたね、お館様の勅命だったんですけど……。関所にいるお館様にどう説明しましょう」

『なに……お館様が来ておられるのか?』

「ええ、お茶飲みながらさっきまで観戦してましたよ。それで『あいつ勝手に死のうとするからつれて帰って来い』って言われたんです」

巫女の言葉に昌景は沈黙する。巫女は優しげな表情をすると機動殻の肩に触れた。

「元気な顔。見せてあげて下さい」

機動殻は観念したように首を下げる。それを満足げに見ると、今度は此方を見た。

「━━━━と、言うわけで私達は撤退しますが……良いですよね?」

ため息が出る。

「勝手になさい。もう萎えたわ」

「そうですか」と笑うと機動殻の横に立ち、風を纏い始める。

「では、またどこかで」

『……何れ再戦を』

次の瞬間竜巻が起こり、天に向かって行く。

そして後には天子だけが残った。

『現時点を持って徳川・今川間の戦いを終了する!!』

表示枠が開き正純が映ると彼女はそう高らかに宣言した。そして駿府城中から歓声が沸きあがる。

『比那名居。大手柄だ。ゆっくり休んでくれ』

正純に頷き返すと彼女は優しく微笑み表示枠を閉じる。

全てが終わり「ふう」と力を抜いた瞬間、それが来た。

「いっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

あまりの痛みに転げまわる。

「し、死ぬ! 冗談じゃなくこれ死ぬっ!!」

その後、天子はネイトが駆けつけるまで転がり続けるのであった。

 

***

 

 眠りから覚め思い目蓋を上げると月明かりが差し込んできた。

眩さに目を細めていると自分の後頭部に何かやわらかいものがあることに気が付く。

「やっと目が覚めたか?」

聞きなれた慧音の声が脳に響く。

「……ここは?」

「輸送船の下敷きになったお前を武蔵の奴等と掘り返していたんだ」

頭を横に向けるとそこには輸送艦の瓦礫を徳川の兵と今川の兵が撤去している風景が映った。

そしてようやく理解する。

「負けたのか……」

慧音は眉を下げゆっくりと頷く。

「ああ、だがみんな無事だ。義元公も雪斎殿も」

その言葉に体の緊張が抜けていくのが感じられた。暫く夜空を見ているとふと「悔しいな」と呟く。

慧音もそれに頷く。

「だったらこの悔しさを次に生かそう。歴史とはそう紡がれる物だ」

慧音が苦笑し自分も苦笑する。

まだ痛む上体を起こすと体の確認する。

修復はほぼ終わったらしくめだった目立った外傷は無い。

「さて、まずはあのにくったらしい天使どもを殴りたいわ。それから今後の事考える」

と言うと「殴られるのは勘弁して欲しいわね」頭上から声が降って来た。

上を見るとさっきまで戦っていた天使達が降りてきており、二人は目の前に着地する。

そして金天使の方が手を振った。

「やっほー、もう元通り……っぽいね。うん、踏んだときに凹んでなくて良かった!」

頭に妙な痛みがあると思えばそれか。

そう思っていると黒天使の方が手を差し伸べてきた。

「私はマルガ・ナルゼ。あんただってこっちを丸焼きにしようとしたんだからおあいこよ」

今度は金天使が

「私はマルゴット・ナイト。よろしくね!」

どうしたものかと慧音を見ると彼女は微笑み頷いた。

先ほどまで殺しあっていた相手に手を差し伸べられるという状況になんだか奇妙な感覚と気恥ずかしさを感じながらその手をしっかり掴む。

「藤原妹紅よ。悪いけど立たせてもらえるかしら?」

そう言うと天使二人はお互いを見合い笑う。

そしてゆっくりと引き起こし今度は三人で笑った。

 

***

 

 駿府城の遥か上空。月明かりの差し込まない空に一人の少年が浮いていた。

少年は緑髪に道化師のような服を着ており愉快そうに下方を見ている。

「さて、これで“彼女”の言うとおり歯車が動き始めた。演者たちが舞うのは喜劇か悲劇か……。楽しみだよ」

「ねぇ、君もそう思わないかい?」と暗闇に語りかけると闇の中から瞳が現れる。

「興味はありませんわ。私は元の世界に戻れれば良いだけですから」

瞳はそう言うと周りの空間を閉じ、闇に消える。

残った少年はもう一度駿府の方を見るとお辞儀をする。

「では、まだ見ぬ諸君。何れ会うその時まで暫しの別れを。

君達の健闘を祈っているよ」

少年の体が煙の様に闇に消えて行く。

あとには元の静かな夜空だけが残った。



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~最終章・『境界線上の始走者達』 さぁ行こうぜみんな! (配点:徳川)~

 今川と北条の国境にある興国寺城に一機の機鳳が着陸をしようとしていた。

機鳳は機体の後方、廃熱部から黒煙を噴出し時折機体が大きく揺れる。

何とか水平に保ちながら高度を下げていくが滑走路に着陸しようとした瞬間、右翼が折れ墜落する。

墜落した機鳳はスピンをしながら滑走路を外れ興国寺城の外壁に激突した。

まわりの兵士達が慌てて消火器や担架を持ち出し、救助に向かう。

 そんな様子を少しはなれたところで褐色の肌に白い装甲服を着た女性が見ていた。

「戻ってこれたのは5機中1機のみですか……。敵を見誤りましたかね?」

と言うと背後から凛とした女性の声がかけられた。

「そう言う割には余裕そうじゃないか?」

褐色の女性が振り返るとそこには長い黒い髪を腰まで伸ばした巫女服の女性が立っていた。

「ええ、機鳳は失いましたが今回はそれ以上のものを得れたと思っています」

「ところで」と繋げる

「どうして小田原にいた貴女が?」

巫女はめんどくさそうに首を回すと

「小田原の早雲爺からの使いよ。徳川と和平結ぶから撤退しろってね」

「通信でよかったのでは?」

その言葉に巫女は苦笑し、拳を空に向けて突き出す。

「ついでに戦えればと思って来たけど。もう終わったみたいだしね。

でもいいのかしら氏直? ここからなら機鳳以外にも援護できる戦力はあった筈だけど?」

褐色の女性━━氏直は頷き。

「可能でしたがそれは北条にとってあまり利点は無かったですから」

「と、いうと?」

「今川が勝てば織田が駿河に介入する恐れがあります。ですが徳川が勝ち、その徳川と和平を結べば北条の背後は安泰です」

「なるほどね」と巫女が頷くと今度は小田原の方を見る。

「じゃあ私達は東か」

「Tes.、 今後は関東を押さえるのが急務ですね」

そういい終えると氏直は遥か遠く、駿府の方を見る。そして手を頬に当てると少し嬉しそうに微笑んだ。

「お持ちしてます━━━━ノリキ様」

 

***

 

「さて、今回の騒動。お前はどう思う?」

明かりが消され暗い聖堂の中二人の人物が居た。一人は白い服に髭を生やした初老の男性で聖堂中心の椅子に座っており、もう一人は魔人族の老人で椅子の横に立っていた。

 初老の男性は表枠を開きながら魔人族の老人を見ると老人は指を顎に当てた。

「徳川は乱を利用し、見事領土を広げた……。これでは駄目かね? 元少年」

初老の男性は機嫌よさ下に鼻を鳴らすと。

「全く、上手くやったものだよな。今回の戦い、徳川はあくまで自国の防衛の為に動いただけだ。その上、今川義元を説得し駿河を平定。

此方としてはそこに付け入りたかったがコレだ」

と言うと表示枠を映した。そこには武蔵からの今回の回答文であり、そこには駿府の戦いの正当性を主張する文と今川義元の身柄に関することだ。

「今川義元は私欲ではなく大義の為に乱を起こした。臨時惣無事令を無視した事は罪ではあるが情状酌量の余地があり義元公を大名から武蔵の臨時講師に降格し、

その身柄を監視する事を刑罰とする……か」

「詭弁であるな」

と老人が言うと男も頷いた。

「だが現状徳川に構っている戦力は無い。今回だってこの土佐の戦力を近畿に回しているしな」

「そのせいで河野や西園寺が怪しい動きをしているがな」

「それでいい。奴等が動くならばそれを叩き潰せば良い。むしろ土佐を平定する口実が出来、好都合だ」

「やれやれ」と老人が首を振ると、男はニタリと笑った。

「どっちにしろこれから忙しくなる。この先どうなるか楽しみでは有るな。なぁ、おい」

 

***

 

「さて、徳川の勝利を祝って乾杯と行きたいが……もう勝手にやってるな! 貴様等!

よし今日は騒げ! そしてどんどん金を使え!!」

「「おーーーーー!!」」

シロジロの声に酒に酔い、勝利に歓喜した声が港中に響く。

浜松に戻った武蔵は徳川の戦勝記念として宴会を行っていた。当初は武蔵上だけの予定であったが気が付けば浜松中に広まっていた。

奥多摩では『きみとあさまで』のコンサートが開かれており、多くの人々が集まっていた。

その少し離れたところで派手な着物を着た井伊直政が酒瓶ごと酒を飲みながら自分の活躍を語っていた。

「━━━━で、だ! 奴は俺の首を切り落とそうとしやがった! そこで俺は咄嗟に飛びついて……俺、どこまで話したっけ?」

呂律の回らない状態でそう言うと酒を飲もうとするが空である事に気付く。近くにあった未開封の瓶を開けようとすると慌てて隣に座っていた酒井忠次が制止しようとする。

「な、直政殿。そろそろ止めておいた方がいいのでは……」

「あ、お前! あんま飲んでねぇな!! ホラ、飲め! どんどん飲め!!」

「もがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

口に酒瓶を押し込められあっと言う間に忠次の顔が赤くなり後ろにひっくり返る。

その隣の方では忠勝と二代が正面を向き合って座っている。

「拙者、つうかんしたで御座る。世界には猛者が多く居ると」

「……そうか」

「ゆえに、ひっく。ゆえにもっともっとしゅぎょうしなければ……」

「……そうか」

「だからぁ、こんどしゅぎょうを……」

「……」

━━あれ、両方酔ってるのよね?

そんな二人の様子を見ていた成実がそう思っていると隣のウルキアガが焼き鳥を渡す。

「ところで成実よ。不転百足の方はどうだ?」

焼き鳥を受け取り一口食べる。

「損傷が結構あるから修理に出すわ。当分は機動殻無しになるわね」

そう言い、酒に口をつけ様とした瞬間視界の隅に白い何かが引っかかった。

何かと見ればそれは美しく白い体毛を持つ犬であり、アデーレから肉を貰っていた。

「ふむ、あんな犬武蔵にいたであろうか?」

ウルキアガが少し思案するが、直ぐに興味を失ったのか視線を戻していた。

成実も「紛れ込んだのかしらね」と言うと犬から視線を外した。

 

***

 

 奥多摩の宴会場から少し離れたところで包帯に巻かれた比那名居天子は塀の上に座り祭りの様子を見ていた。

 先ほどまであの中にいたのだが少々疲れたため、離れた。

もっとも一人で食べ歩いていただけなのだが……。

 まだ手にしていた魚の揚げ物を頬張ると少し溜息が出る。

━━まさか誰にも声をかけられないとは思わなかったわ……。

というより各々勝手に盛り上がりそれに自分がついていけなかっただけなのだが。

━━あいつ等のハイテンション振りには疲れるのよねぇ。

比較的まともだと思っていた立花夫婦も超絶ラブ空間を作っていたため近づけなかったし、衣玖は浅間たちと何か盛り上がっていたし。

━━もう帰ろうかしら……。

そう思っていると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

「総領娘様、こんなところにいらっしゃったのですか」

衣玖だ。

少し酔っているのかその頬は僅かに赤くなっている。

「ええ、もう食べるもの食べたし帰ろうかと思っていたんだけど……」

と言って僅かに横目で衣玖を見る。衣玖は此方の言いたいことに気が付いたらしく苦笑し近づいてきた。

「だったら一緒に祭りを回りませんか?」

暫く考えたフリをする。そして「しかたないわねぇ」と言うと塀から降りた。

「私が行ってあげないとアンタが一人になっちゃうからねぇ。しょうがないわ」

と言うと衣玖は首を横に振った。

「一人じゃありませんよ?」

「え?」

「どういうこと」と言う前に衣玖の後ろから服を着た全裸とホライゾンがやって来た。

「おいおいオメェ、こんなところで何してんだよ」

「どうもホライゾンです。いえーい」

「帰る!」

慌てて逃げようとするが服の襟をトーリに掴まれる。

「なにすんのよ!」

「お前こそどこ行こうってんだよ? 今回の主役なんだからよ」

は? 主役?

と思っているとホライゾンが頷く。

「そうですね今回一番の戦果をあげたのは天子様です。そういう意味では主役と言っても過言では無いでしょう」

「そう言うこと、だからちょっと広場に来いよ。あ、これ総長命令な」

横暴な!?

衣玖に助けを求めるが彼女は楽しそうに微笑んでいた。

こいつもグルか!!

 そうして自分を引きずるトーリに対して文句を言っている内に教導院の前まで連れて行かれた。

トーリは躊躇する天子の方を押すと集まっていた皆の前に飛び出す。

「え、あ?」

突然注目されどうすればいいのか困っていると浅間がマイクを渡してきた。

「何か一言皆に掛けて上げてください。何でもいいんです」

顔が赤くなるのが分かる。マイクを受け取り深呼吸する。

皆の顔を見る。皆、笑顔で此方に頷き返してきた。

よし。

そう心の中で頷くと大きく叫んだ。

『あんたたちーーー、今日は楽しむわよーーーー!! 良いわねっ!!』

「「Judgment!!」」

皆が叫ぶ、天子も叫ぶ。

浜松中の声という声が夏の夜に木霊した。

 

***

 

 岡崎城の大広間。

そこに3人の男女がいた。

一人は徳川家康で残りは酒井・忠次と“武蔵”であった。

「いやぁ、駿府での戦い。おめでとう御座います」

「いやいや、先の戦いでは貴殿の生徒達にとても助けられた。心よりの感謝を」

忠次は苦笑すると

「俺は何もしてませんよ。あいつ等が自分達で考え、やった事です。

褒めるんだったら“武蔵”さんを褒めてやってくださいよ」

「当然のことをしただけと判断します━━以上」

そう“武蔵”にすかさず返されると忠次は苦笑し、煙管を取り出した。

そして咥えようとしたところで一旦止め、家康の方を見る。

「構わぬ」と言われると忠次は一礼し、煙管を咥え、隣の“武蔵”が煙管に火を着けた。

「それで、どうして俺たちはお呼ばれしたんでしょうかね? まさか何も無いということは無いでしょう?」

「うむ、実は紹介したい奴がいてな」

と家康は言うと大広間の奥に向かって手招きをした。

すると奥の戸から黒く長い髪を二つに分け前で結った侍女服姿の自動人形が現れた。

彼女は家康の隣に立つと正座し、丁寧にお辞儀をした。

「特務艦曳馬艦長“曳馬”と申し上げます」

「こいつぁ……」と忠次が驚いていると“武蔵”が家康を見た。

「私達と同型の様に見えますが?━━以上」

「以前“武蔵”殿の情報を送ってもらったであろう? その時の情報を元に作られたのが彼女だ。

先の戦いでは実戦情報の収集の為、秘密裏に同行させていたのだ」

「なるほど。では特務艦というのは?━━以上」

“曳馬”は頭を上げると頷き

「当艦は今後戦闘状況が激しくなる事を想定し、武蔵の援護及び潜入任務に適した艦です。

現在は岡崎城で建造を続け、今年中には実戦運用が可能です」

そう言い終えると“曳馬”はもう一度頭を下げた。

「折り入ってだがこの“曳馬”を武蔵に乗せてやって欲しいのだ。

彼女にはまだまだ実戦経験が足りない。“武蔵”殿の近くに置く事でより多くの情報を得させたいのだ」

家康が頭を下げると忠次は頬を掻き、“武蔵”の方を見た。

「どう思う? “武蔵”さん?」

「Jud.、 戦力増強は望ましい事です。姉妹達にも確認したところ全員一致で賛成となりました━━以上」

“武蔵”の言葉に家康は嬉しそうに頷き、姿勢を正した。

「では、詳しい話は後々総長連合も参席させて行うとしよう」

 

***

 

 大広間から出た忠次と“武蔵”は静まり返った廊下を歩いていた。

忠次は歩きながら後ろを振り返ると

「嫌がると思った」

「何がですか━━以上」

「いや、“武蔵”さんは彼女を乗せるのに反対かなーって」

“武蔵”は暫く沈黙した後

「先ほど申し上げた通り戦力の増強は急務です。その事に異論はありません━━以上」

「ただ」とつなげ

「ただ、私の同型を造っていた事は事前に連絡しておいて欲しかったですが━━以上」

「まあ、いろいろ秘密裏に造ってたみたいだしねぇ。

ん? と言うことは“曳馬”さんは“武蔵”さんの従姉妹って事になるのかな?」

「厳密には違いますが━━以上」

そう話していると前から義元がやって来た。

互いに一礼すると義元はそのまますれ違い、大広間の方に向かっていった。

忠次はそんな義元の背中を微笑みながら見つめていると“武蔵”が怪訝そうに聞いた。

「どうしましたか━━以上」

「ああ。ま、これからどうなるにせよ。大切なものを失わせなかったって事は立派だと思うよ。俺は」

そう言って忠次は“武蔵”と共に門を出るのであった。

 

***

 

 ほの暗い大広間に義元と家康がいた。

二人は互いに向き合ってその手には酒の入った杯を持っている。

暫くなにも喋らず大広間には夜風の音が響く。

ふと義元が笑う。

「天下人……だ、そうだな」

「天下の隅で雑魚寝していたら転がり込んできただけですよ」

「言いおる」と義元は笑うと、一口酒を飲む。

「俺を助けて━━これから大変だぞ?」

「全て覚悟の上で」

再び沈黙する。義元は杯の中で波打つ酒を見つめていると静かに口を開いた。

「良い、仲間を得たな。竹千代」

「ええ、私の誇りです。彼等と共にならこの先どんな苦難があろうとも乗り越えられる自信が有ります」

「無論」と繋げ

「義元公と共に」

その言葉に義元は目を点にした後、大笑いをした。暫く笑った後息を整え笑い涙を拭う。

「すまんな。まったく━━お前と言い、あの小僧と言い、叶わんな」

そして杯を掲げる。

「徳川の未来に」

家康もそれに続き

「若者達の未来に」

杯がぶつかり気持ちのいい音が響く。

ほぼ同時に酒を飲み干し、笑った。

岡崎の夜。

二人の酒宴は夜が明けるまで続くのであった。

 

***

 

 教導院の屋上にトーリとホライゾンが居た。二人は手すりに寄りかかりそこから武蔵中を眺めている。

既に夜は明け始め、各所で片づけが始まり所々路上で寝ている人が居た。

 ホライゾンはその長い髪を風で揺らしながら隣のトーリを見る。

「大変ですね」

「ん? なにがー?」

とトーリが返すと

「これからの武蔵です。これから武蔵は戦果の渦に飛び込んで行く事になります。

武蔵の総長として何かお考えは?」

トーリは暫く悩んだフリをすると笑顔で「ない!」と応えた。

ホライゾンは半目になり拳を構えるとトーリは慌てて言い繕った。

「俺は神様じゃねぇし、未来の事なんか分かんねぇーよ。だからさ、今を大事にして皆で少しずつ歩いていきてぇって、そう思っている」

「“今を大事にする”俗人が考えそうな事ね」

と突然背後から声を掛けられ、振り返るとそこには天子が居た。天子はトーリ達に近づくと手すりに寄りかかり額についた汗を拭う。

そして片目でトーリを見るとどこか楽しそうに言った。

「でもまぁ、何でもかんでも悟った気になっている奴よりは全然ましかもね」

「おや、天子様。浅間様達と一緒に飲んでいたのでは?」

ホライゾンの問いかけに天子は親指で地面の方を指す。

「正純の奴があんた達を探していたわよ。なんか今後の事を知らせるって」

「後、あいつらと飲むのは危険よ……」と天子が小声で言うとホライゾンはトーリの方を見、二人は頷いた。

「伝える事は伝えたからね」と言って戻ろうとする天子をホライゾンは呼び止めた。

「一ついいでしょうか?」

天子は頷きで肯定する。

「天子様にとって“生きる”と言うことは何でしょうか?」

ホライゾンの言葉に天子は眉を顰め「なんでそんなことを聞くの?」と問うと

「ホライゾンにはまだ“今を生きる”と言うことが理解できません。世捨て人であり天人である天子様には人の世とはどう映るのでしょうか?」

「そうねぇ」と暫く思案すると、自分の言葉を確認するようにゆっくりと話し始めた。

「大半の天人は俗を捨てて無駄な事を省く事を好むけど私はそうは思わないわ。

人とは俗であれ、些事に笑い、涙を流し、時には怒る。そして泥まみれになってでも前へと進む事。それこそ生きるという事だと思うわ。それに刺激の無い人生は退屈なだけだしね」

「天人とは思えませんね」とホライゾンが言うと天子は「そうね」と苦笑した。

新たな一日を知らせるべく日が上がり始める。

 ホライゾンはその日を背にしトーリと天子に対してゆっくりと頷いた。

「これからどうなるにせよ。ホライゾンは皆様がこれからも幸いであればと、そう思います」

その言葉にトーリと天子は笑顔で頷く。

朝を知らせる浜松の鐘が鳴る。人々は起き始め、まだ酔いの抜けない体で動き始める。

そして次の一日が、新しい一日が始まった。

 

 

~第一部・遠州争乱編・完~



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~幕間・2 『不変世界の交通機関と異変について』~

~交通機関~

不変世界では多くの技術が異世界から流れ、その技術水準を大きく進歩させてます。

その為人々は様々な交通手段を得ることが出来ました。

今回はその一部を紹介しようと思います。

 

・『馬』:最も主要な交通手段。技術の発展した現在でも馬を利用して移動する人は多い。特に戦国武将たちが多く使用する。しかし近年の怪魔の出没や妖怪の下山により街道を移動することの危険性が高まった為その数自体は減少している。

 

・『水船』:海や川を渡る船。航空艦の登場によりその利用価値は下がっているが航空艦に比べ発見が難しいという理由から海賊や潜入任務の際に使われている。

 

・『導力車』:西側諸国で使われている流体を燃料とした車。しかし高価であることと舗装されていない道を通るのに適していない事からあまり普及はしていない。

六護式仏蘭西では『導力戦車』の実戦運用を計っており、陸軍の新たなる力として期待している。

 

・『飛空艇』:航空艦よりも小型な空中航行可能な船。本来はゼリアム大陸で運用されていたものであるが統合事変以降もその小回りの利く利便性を評価され人員輸送から艦隊戦時の航空艦の護衛と幅広く活躍している。

 

・『航空艦』:飛空艇より大型の船で艦隊戦時の主力。大きさは様々でワイバーン級という小型の船からレヴァイアサン級といった超大型の物まである。

交通手段としてはあまり使われないが物資を運ぶ輸送艦としても活躍している。

 

~異変について~

不変世界では4年前の富士山の崩落から天変地異が続き、日本各所で正体不明の敵『怪魔』に襲われることになる。

この異変に対し諸大名はうまく連携が取れず後手に回る一方である。

 

・『怪魔』:本編開始4年前に突如現れた異形の怪物。見た目は頭部を持たない竜の様で体に鱗は無く、ゴムのような皮膚に覆われている。体長は小型のものだと人程度だが大型種になると航空艦に匹敵する物もいる。

性質は非常に獰猛で人間であろうが妖怪であろうが関係なく襲う。

その為近年では怪魔から逃れようと下山してくる妖怪が問題となっている。

あまりに危険であり正体が分からないことからこれらを専門で狩る役職も存在する。

 

・『崩落富士』:4年前に起きた大異変。最初の異変とも。富士山にて局地的な大地震が起き北条側で大崩落が起きた。この為一時は東海道が封鎖され救助のために遊撃士や周辺諸国が総動員される事態となる。

またこの時が怪魔との初接触であり多大な犠牲を被ることとなった。

 

・『津軽凍土』:富士山の崩落から一年後に起きた異変。突如地下より冷気が吹き出しあっという間に津軽中を凍結させてしまった。

最上家と伊達家が共同で対処にあたっているが依然として原因は分からず津軽を封印する事によって押しとどめている。



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第二部・伊勢海戦編
~序章・『支える篭手を持つもの達』 守りたいものがあるから (配点:遊撃士)~


 闇が広がっていた。

夜の筒井の山々は静まり返り聞こえてくるのは時折鳴く梟の鳴き声や小動物が走りまわる音のみである。

 突如筒井の夜を轟音が引き裂く。

音は山の峰から響き、音が鳴るたび木々が折れ土ぼこりが舞う。

 夜闇に包まれる森の中を誰かが走っていた。

少女だ。

 緑の服に美しい白髪、そして背には一振りの太刀と腰には脇差を差している。

少女は時折木の根に躓きながらも体勢を立て直し走り続ける。

その背後からは轟音が迫り、地響きが続く。

少女は背後を一切確認せずただひたすらに走ると眼前に明かりが見えてきた。

 緩みそうになる気を保ちながら前に進み続ける、そして後わずかというところで突如右側の木々が砕けた。

 咄嗟の判断で地面に伏せると先ほどまで自分が立っていた位置を何か巨大なものが薙いだ。

このとき初めて振り返ると闇の中から白い巨体が現れる。

四つ足で歩くそれは一見竜の用であったがその体には鱗は無く、白い筋肉で覆われている。また頭部と思えるもの無く異様な姿であった。

 怪物はゴムのように伸ばした腕を戻すと今度は地面に伏せている少女目掛けて叩きつける。

「!!」

少女は跳ねるように飛び出し、再び駆け出す。

獲物を逃した怪物は咆哮すると少女を追いかけ出す。そして追いつきその大きな口で少女を丸呑みにしようとした瞬間、森を抜け開けた場所に出た。

「今です!! エステルさん! ヨシュアさん!」

少女の叫びと共に怪物の左右から二人の男女が現れた。

一人は茶色い髪をツインテールにし、長い棍を持った少女で棍を怪物の口に叩き付けた。

渾身の一撃を喰らった怪物は大きく仰け反り苦悶の声をあげる。

「ヨシュア!!」

茶髪の少女━━エステルが右側の少年に声を掛ける。

ヨシュアは双剣を構えると怪物の胴を潜り、後ろの両足をすれ違いざまに切断した。

足を失った怪物は地面に叩きつけられ地響きが起こる。

怪物は再び腕を伸ばしエステルを捕らえようとするが横からそれを断ち切られる。

怪物の腕を切り落としたのは先ほどまで追いかけられていた少女で彼女の手には太刀を握っており、刀についた血を振り払うと上段に構えた。

 危険を感じた怪物は咆哮を上げ残った手で少女を叩き潰そうとするがエステルがそれを棍で払う。

 少女は目を閉じ、深呼吸をする。

刀身が緑の光を帯び、光り輝く。そして光が最高潮に達したところで少女は刀を振り下ろす。

「冥想斬!!」

刀から放たれた光は刃となり怪物の体を両断していく。そして怪物は一際大きく咆哮すると地響きと共に崩れ落ちた。

 

***

 

 体を正面から両断され動かなくなった怪物にヨシュアは慎重に近づくと双剣を体に突き刺し死んでいることを確認する。

反応が無い事を確かめると彼は後ろの二人に向かって頷いた。

 先ほど光の刃を放った少女が安堵のため肩をなでおろす。エステルはその両肩を掴み笑顔で少女の顔を覗き込む。

「お疲れ! 妖夢! 流石ね、そろそろ正遊撃士に成れるんじゃない?」

「いえ、まだまだ自分は未熟です。もっと精進しなければ」

「まじめねー」とエステルは苦笑すると戻ってきたヨシュアとハイタッチをした。

 妖夢は疲れからの溜息をつき、既に消滅を始め、流体となり始めているている怪物の体を見る。

「それにしても怪魔の出現頻度、最近高くなってますね。この前は六護式仏蘭西と出雲・クロスベル周辺。それで今日は筒井。

こうも振り回されると少々疲れますね」

妖夢の言葉にエステルは頷く。そして暫く思案すると手を上げた。

「はいはい! ていあーん! 今度の依頼をこなしたら皆で温泉行きましょう?」

ヨシュアも賛同し

「休息も大事だからね。休めるときには休まないと」

そういった瞬間ヨシュアの小型通神機━━エニグマが着信音を鳴らす。ヨシュアはエニグマに書かれた通信元を確認すると「本部からだ」と呟いた。

温泉トークで盛り上がっている二人に一瞥するとヨシュアは通神に出る。

「はい……はい……、え? 明日ですか? ……分かりました、エステル達にも言っておきます」

ヨシュアがエニグマを閉じるとエステルが「誰から?」と聞いた。

「本部からだ。二人とも悪いけど温泉は無しだ。明日から遊撃士協会本部から転属になる」

「転属……ですか? どこの支部に行くんですか? 私達が行くほど手一杯な支部は無い筈ですけど……」

と妖夢が聞く。

「ああ、以前新支部を創るって話があったのを覚えてるかい? そこに僕達の正式配属が決まったらしい」

「それって……」とエステルが眉を顰めるとヨシュアは頷き

「そう、遊撃士協会武蔵支部だ。新支部長とは武蔵で合流する事になっている」

武蔵。

いま何かと話題の場所だ。と妖夢は思った。

臨時惣無事を破り、織田と共に世界制服を企んでいる国だと聞く。

おそらく武蔵の総長というのはとんでもない悪人なのだろう。

ならば!!

「行きましょう!! 二人とも!! 悪を断ちに!!」

エステルが「あのぉ、妖夢?」と眉を顰めているが恐らくいきり立つ自分を宥めてくれているのだろう。

確かに冷静でなければ勝てるものも勝てない。

先輩二人に感謝しつつ妖夢は決心する。

見ていてください! 幽々子様! 妖夢は悪を倒し、必ずや一人前になってみせます!

そう秋の夜空に妖夢は誓うのであった。

 



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~第一章・『新しき始まり』 心機一転 (配点:十月)~

 夢を見た。

私の手を引き歩く父の大きな背中。

見知らぬ土地に連れて行かれ戸惑う私。

家は大きくなった。知らない大人たちが私の後ろに付く様になった。

最初は驚いたが良くしてくれるので嬉しかった。

 家の窓から外を見る。子供達が蹴鞠をしている。

楽しそうだったので混ぜてもらうように頼んだ。だけど鞠を持つ男の子が言う。

「地上人の癖に」

「成り上がりが」

「親の七光り」

私は家に帰って泣いた。

それ以降私の考えは変わった。

取り巻きの奴等は私を可愛がっていたのではなく総領事である父に取り入るため。

━━下らない。

馬鹿にした奴等を見返すために力をつけた。

ある日奴等の前に行くと、何時かと同じように此方を見下す。

だから教えた。私が凄いところを、そうしたらもう馬鹿にされない/友達になってくれる/と思っていた。

 その日から私は本当に孤独になった。

何もかもつまらない、父に言われ学を付け、武術も身に付けた。だが何をしても心は冷めたまま。

 気まぐれで倉庫に忍び込み家宝の剣を手に入れたがやはりつまらない。

 

 ある日、修行が嫌になり抜け出し天界の端に行って見た。

その時初めて世界を見た。下界は穢れていると聞いていたがそんな事は無い、皆楽しそうで時折巫女や魔女が空中で派手な見世物をしていた。

 何時しか自分は下界に惹かれていた

「いつかあそこへ!!」

 

そこで夢は途切れる。

 

***

 

 息苦しさを感じ、目が覚める。

体は妙に暑苦しく、顔に何かが押し付けられているが少し良い匂いがする。

 手で顔に押し付けられている物を押しのけようとしたら妙に柔らかかった。

━━ん? むにゅって……!!

慌てて押しのける、自分にへばり付いていたそれは横に転がる。

「こ、こいつ! またっ!」

先ほどまで自分に抱きついていたのは寝巻きを着た同室の衣玖で転がった際に胸元が大きく肌蹴る。

 着物から覗く扇情的な首元に一瞬赤くなるが、直ぐに頭を振る。

「何回目よ……」

こういったことは初めてではない。以前も何度か寝ぼけた衣玖が布団に潜り込んできてその都度忠告していたのだが……。

「まったく効果が無いわね……」

時計を見ると針は朝五時を指しており、まだ起きるには早い。

しかしもう一度寝る気にはならず、窓の外を見る。

 秋の空は晴れ渡っており窓からは品川のデリックが稼動している様子が見える。

もう一度暢気に寝ている衣玖を見ると天子は溜息をつき、足音を立てないようにクローゼットに向かうと寝巻きを脱ぎ下着だけになる。

戸を開けた際に内鏡に映った自分の裸体を見て少し胸を触る。

━━ブラジャー、買ったほうがいいのかしら……。

深くは考えまい、うん。

 お気に入りの服を着、帽子を被ると玄関のほうに向かう、そして外に出る前に一度だけ振り返った。

「行って来ます」

小声で言ったので聞えていなかっただろうが僅かに衣玖が手を動かした。

その様子に少し苦笑すると、天子は戸を開ける。

 僅かに冷たい秋の風が吹いた。

 

***

 

 家を出た天子は教導院に続く階段に座り頬杖をついていた。

朝の空に航空艦のエンジン音が響き一隻の輸送艦が停泊中の武蔵上空を通過して行く。

輸送艦に描かれた紋様を見るに恐らく北条からの交易品を積んだ船だろう。

 駿府での一戦以来浜松に寄港する船は目に見えて減ったが聖連が織田に苦戦している事や徳川が北条との間に不可侵条約を結んだため、少しずつだが浜松は嘗ての賑わいを取り戻している。

今度は先ほどの輸送艦が来た方向とは逆側、伊勢の方から一隻の輸送艦が近づいてくる。

船体には英国所有である事を示す紋様が堂々と刻まれ、浜松に着陸しようとしている。

 英国と武蔵は繋がりが深いらしく英国王女が何故かあの存在感薄いのと付き合っているが詳しい事は知らない。

━━それにしても……暇ねぇ……。

 早く目が覚めてしまったため散歩に出たものの商店街の店は全て閉まっており、道を歩く人も少ないため直ぐに飽きた。

だからここでこうして行き来する輸送艦を見ていたのだがそれも限界だ。

 いい加減帰るかと思い立ち上がると道を誰かが走って来る。

道を走っていた人物は此方に気付くと手を振り近づいてきた。

「あれ? 天子さん、こんな所でどうしたんですか?」

道を走っていた人物━━アデーレ・バルフェットはいつもの制服姿ではなくジャージ姿でその背後にはたくさんの犬がいた。

「ちょっと目が覚めちゃってね、それで散歩中。アンタは?」

「自分は日課のジョギングです」

「その犬どもは?」

と背後の犬を指差すと一匹が吠えた。

「ああ、この子達ですか? 飼ってるわけじゃないんですけど何時もジョギングしてるといつの間にかに増えてるんです」

「犬に好かれるのね」と言いもう一度アデーレの背後にいる犬達を見ると一匹だけ異彩を放っている犬がいることに気付く。

 その犬の体毛は白く美しくどことなく気品を感じさせる。

アデーレは天子が白い犬に見入っている気が付くとその犬を手招きした。

そして近づいて来た犬に抱きつくようにくっ付く。

「天子さんも気になりますか? この子」

「まあ、一匹だけ白いからね」

「この子駿府城での戦い以降に武蔵に迷い込んだらしくて、餌を与えていたら懐かれたんです」

「野良犬に餌やるな」とアデーレを叱るともう一度白い犬を見る。白い顔に黒い瞳、そしてやや短い眉毛、それを的確に表すなら……。

「━━━━間抜け面な犬ね」

犬が抗議するように唸るが、無視する。

「そんなこと言ったら可愛そうですよー」とアデーレは言うと白犬の頭を撫でる。

犬とじゃれあうアデーレを見ていると自然と口元に笑みが浮かんでいた。

 正直言ってこの武蔵の従師は嫌いではない。

人当たりは良いし、礼儀も弁えている。そして何よりも“色々”な意味で肩身の狭い武蔵において数少ない同胞だ。

他にも騎士や白魔女、向井・鈴がいるが騎士は周りの奴等がアレだし魔女はこの前自分と衣玖を“薄い本”とかいう如何わしい本にしようとした為却下。

鈴は、うん、あれだ。あの娘はいろんな意味でマジ大切。

 そんなことを考えているとアデーレが此方を見ている。

「な、なに?」

「いえ、なんだか楽しそうだなーって思って」

「楽しそう?」と聞き返すとアデーレは頷いた。

「ほら、天子さんって最初に会った時は一匹狼というか他を寄せ付けない雰囲気があったじゃないですか。でも最近は自分達打ち解けられたかなーって」

「な」

アデーレの言葉に少し赤くなる。気恥ずかしさから慌てて話題を変えようと白犬を見ると背中に何かが着いている事に気が付いた。

 小さいためよく見えないが虫のようだ。

「ちょっと、その犬。虫が着いているわよ。ちゃんと綺麗にしてやりなさいよ」

と言い虫を摘む、そしてそのまま排水溝に投げ入れた。

「何すんだァァァァァァァァァ!!」

と少年の様な声がどこから聞えてきたが周りに子供はいないし気のせいだろう。

白犬は暫く口をぽかんと開け、排水溝を覗いている。

そんな様子を横目にアデーレは暫く思案すると頷いた。

「この子たち、普段どこにいるか分からないですからねー。今度みんな洗ってあげた方がいいかもしれませんね」

天子は「そうしなさい」と言い、時刻を表す表示枠を見る。今は朝六時十分でそろそろ帰ってもいい頃だろう。

アデーレに別れの言葉を言おうとした、その瞬間「くぅー」という大きな音が鳴った。

 どこから鳴った音かは明白であり、それはつまり自分の腹の虫の音なのだが……。

恥ずかしさから顔を背ける。

 そんな様子にアデーレは笑顔になり「あ、そうだ」と言う。

「今日これから青雷亭。あ、総長の方ですよ。そこでちょっとした打ち合わせがあるんですけど、天子さんも来ませんか? 朝食も兼ねてで」

青雷亭本舗━━あの馬鹿がバイト店長をやっている店だとは聞いているが……。

どうするか決めかねているとアデーレが「総長のパン、美味しいですよー」と言ってくる。

 空腹の身には非常に魅力的な言葉だ。

「一度くらいいいかしらね」と呟くとアデーレの方を見る。

「衣玖も呼ぶけど、いいかしら?」

「Jud.、 大丈夫ですよ」

アデーレの了承を得、衣玖に通神を送る。

そして送信された事を確認すると、腰に手を当てアデーレに尋ねた。

「それで? どこにあるの、その本舗とやらは?」

 

***

 

 暗い空洞が広がっていた。

壁は整えられた石でできており地面には水が張っている。

光源となるのは天井に設置されている巨大な鉄格子から差し込む光のみで、どこか不気味な雰囲気を放っていた。

 その天井を一人の少年が見上げていた。

少年は緑色の笠を被り、肩には葉っぱのようなマントを掛けている。少年は後頭部を摩り、

憤ったように跳ねる。

「チキショーー、何しやがんだ、あのねーちゃん!! オイラの大事な頭にコブが出来ちまったじゃねェか!!」

暫くその調子で跳ねていたが、途中で息が切れ座り込む。

「アマ公はどっかいっちまったみたいだしよォ……。これからどうすっかなァ」

と悩んでいると空洞の奥で何かが蠢いた。

 少年は慌てて立ち上がり、腰に差していた刀を引き抜く。

「な、なんだァ!? 新手の妖怪かァ!?」

その何かは徐々に近づいてきており、その姿をはっきりとさせていった。

それは黒く丸い形をした生き物で、5匹程の集団であった。

「しんいり? しんいり?」

ジワジワと迫ってくる生き物に向かって少年は慌てて剣を振りかざした。

「オイラの事を誰だと思ってやがる! オイラこそ天下に名高き天道太子イッ━━━」

少年が言い終えるよりも早く黒い生き物達が彼を担いだ、そしてそのまま空洞の奥に連れ去って行く。

「何処に連れて行こうってんだァァァァァァァァァ!!」

そう闇の中に少年の声が木霊した。

 

***

 

 朝の浅間神社の境内に二人の人物が対峙していた。

一人は本多・二代でもう一人は着物姿の本多忠勝だ。二人は互いに模擬戦用の槍を持ち構えている。

そんな二人を遠目に立花・宗茂と誾、そして巫女服姿の伊達・成実が見ていた。

 まず動いたのは二代だ。

二代は正面から突撃し、連続で槍を突き出す。

対して忠勝は少しずつ後退しながら体を反らし槍を避ける。そして4度目の突きの際に手に持っていた槍を突き出される槍の先端に当て、弾いた。

二代は槍を弾かれ体勢を崩すが逆にそれを利用して回転力をつける。

忠勝の側面を抜け、背後に回りこむと彼の腰を目掛け槍を叩き込もうとするが突然消えた。

「!!」

槍は空を切る。

 忠勝は回りこまれた瞬間に地面に伏すように姿勢を低くし回避を行っていた。その体勢から立ち上がるのと同時に二代の頭を目掛けて槍を突き出す。

 槍に引っ張られる体を右足を無理やり踏み込むことによって二代は体を止め、仰け反らせる。

そしてその瞬間足払いをされた。

 地面に倒れる二代に隙ほどまで突き出されていた槍が振り下ろされる。

直ぐに槍でそれを受け止めるが地面に叩きつけられる形になり防御が崩れる。

次の瞬間には喉元に槍を突きつけられていた。

 互いに動かず、瞳を合わせる。

忠勝が槍を戻すのと同時に誾が息をついた。

「勝負、ありましたね」

その言葉に宗茂は頷く。彼は神妙に何度も頷き「見事なものです」と呟いた。

成実も肩に張っていた力を抜き、境内の掃除を再開する。

 地面に背をつけている二代は暫く何度か「う~む」と唸っていると跳ね上がるように正座した。

「御教授を」

忠勝も二代に向かい合うように正座する。

「まず二代殿の攻め手、見事で御座った。術式を使ってでの戦いであれば某とて討ち取られていたであろう」

その言葉に二代は頭を下げる。

「しかし拙者は負け申した」

「うむ、二代殿の攻撃は見事。しかし、攻め一方では何れ手の内を読まれる。動作に緩急をつけるのが良かろう」

「緩急に御座るか……」と二代は思案する。

「物事には流れと言うものがある、何時攻め、何時守り、何時逃れるか。これは戦だけではない、政においても大切な事だ」

「喜美殿が言っていた舞に御座るな」

「ほう?」と忠勝が続きを促す。

「舞はその場の流れを読み、その形をどんどん変化させていく。そう、以前教わったで御座る」

「喜美殿と言えば総長の姉君であったな。なるほど、姉弟揃って大したものだ」

とどこか感心したように、嬉しそうに頷いた。

話を終え、二代の手を引き立ち上がると。今度は宗茂が立ち上がった。

「忠勝殿、次は自分の相手をお願いしたい」

忠勝は頷き訓練用の槍を渡す。

槍をしっかり握り締め、構える宗茂を横から見ていた誾は尋ねた。

「宗茂様、楽しそうですね」

「Jud.、 神代の英雄との手合わせともなれば武人として奮いあがらないわけがありませんよ」

そう言って宗茂は足に力を込める。

「では、立花・宗茂。参ります!!」

こうして境内での訓練は昼まで続くのであった。

 

***

 

 青雷亭本舗の食堂にはマルゴットとナルゼ、ミトツダイラに浅間、そして端の席にはアデーレと天子と衣玖が座っていた。

 トーリとホライゾンは奥の厨房で作業を行っておりそれを喜美が楽しそうに見守っていた。

 全員が集まってから暫くして正純が入ってきた。

「みんなすまない、遅れた。お、今日は比那名居たちも一緒か」

「ん、邪魔かしら?」

と天子が尋ねると「そんな事は無い」と笑いながら席に着いた。

するとミトツダイラが手を上げる。

「あの、第一特務と第二特務、あと第六特務は? 書記や会計もいないようですけど」

「ああ、後で話すがクロスユナイトたちは英国からの外交官を向かえるための準備を、キヨナリは出雲・クロスベルから来る遊撃士の出迎え。

ベルトーニたちは昨夜伊勢に向かった、直政は機関部の仕事。で書記だが英国から外交官が来ると聞いて居なくなった」

最後の言葉に皆「あぁ……」と頷き、天子と衣玖がきょとんと顔を見合わせる。

「さて」と正純は姿勢を正すと皆を見た。

「今日の予定だが、今日は少々忙しくなるぞ。午前は英国との会談、そして午後には我々の次の目標が家康公から正式に発表されるだろう」

「次の目標」と言う言葉に皆固唾を呑む。

それはつまり次の戦いが起きるという事であり、世界征服に向けての次の段階に移るということだ。

天子の隣でクッキーを齧っていたアデーレが質問する。

「あのー、もしかして会計が伊勢に行ったのと関係が?」

正純は頷き

「Jud.、 次に我々が向かうのは伊勢、北畠家だ」

北畠━━伊勢を支配する大名で現在の日本では小国ながらその経済力の強さで聖連の支配を撥ね退けた国だ。

「ま、北条と和平結んだ以上。そうなるわよね」

とナルゼが言う。

徳川は駿府での一戦後北条側の提案で和平を結んだ。そのため東側に行く事は出来なくなった。しかし北の甲斐連合は強大であるため、おのずと徳川が次に向かう場所は決まる。

 伊勢を支配できれば徳川の財力は大きく上昇するだろう。

しかしそれは

「徳川は伊勢湾を支配する事になりますね。織田が許すでしょうか?」

と浅間が言う。

「確かに伊勢湾は織田にとっても重要な交易路だからねー。同盟国とはいえ、他国が支配するのは嫌がるでしょ」

とマルゴットが続いた。

それに対して正純は頷き、表示枠を出した。

「その件については織田との協議で伊勢を共同統治することに決まった。伊勢支配による利益に関しても織田は全体の3割で妥協している」

「随分と消極的ね。織田信長と言えば欲しいものは力ずくで手に入れるタイプの人間だと思っていたけど?」

天子がそう言うと正純は表示枠に近畿地方の地図を映した。

「織田は現在六角との国境で聖連率いる連合軍と睨みあ合いを続けている。更に背後には真田と姉小路、織田としてはこれ以上揉め事を増やしたくないんだろう」

と言うと厨房の方からトーリとホライゾン、そして喜美がパンの乗った皿を持って出てきた。

 トーリはテーブルに皿を置きながら正純に質問する。

「でもよー、織田が聖連倒しちまったら伊勢を奪いに来るんじゃね?」

「Jud.、 その可能性は十分にある。だからこそ徳川は迅速に伊勢を征しそれを足がかりに紀伊半島全体を支配する。

国力を増強できれば織田とてそう簡単には手を出せなくなるからな」

「なるほどなー」とトーリは頷くと食堂に居る皆を見る。

テーブルには出来たてのパンが並んでおり、食堂中が甘い匂いで満たされる。

「うし、じゃあ難しい話はこれぐらいにして朝飯にしようぜ━━っと」

「どうした?」

と正純が尋ねるとトーリとホライゾンは厨房に戻り、パン籠を持ってきた。

それには少し焦げたパンが入っておりトーリは籠をテーブルの中央に置く。

「トーリ君? これは?」

浅間の質問にトーリは親指を立て

「オレとホライゾンが焼いたパンだぜ!」

「え?」と二名を除いて硬直する。その様子にトーリは苦笑いしながら

「安心しろよ、オレがなるべく手伝ったから。━━まぁまさか普通の材料から妖怪詰め合わせセットみたいなのが出来るとは思わなかったが」

ホライゾンが得意げに親指を立てる。

いや、誇るところじゃないだろ。

「まぁなんだ、つまりこのパンはオレとホライゾンの共同作業! つまりオレたちの子供って事だな!!」

その言葉にネイトと浅間がピクッと反応する。そしてその様子を天子は不思議そうに見ていた。

 喜美はホライゾンとトーリを抱き寄せると微笑む。

「そうね、愚弟! 二人で朝から共同作業して釜から出したんだから、ハッ、これってエロス、エロスよー!! ねぇ浅間?」

「なんでこっちに振るんですかぁ━━!?」

食堂はあっと言う間に賑やかになる。そんな中天子がふと疑問を口にした。

「なんで釜から子供でエロスなの? それに赤ん坊って、こう、空から降ってくるもんじゃないの?」

その言葉に食堂が凍った。

 

***

 

えーっと……?

 正純は突然の爆弾発言に困り視線を梅組みの皆に移す。

葵姉は“物凄く”楽しそうな笑みを浮かべており、それに張り付いていた浅間は硬直する。ミトツダイラも同じようなもので、双嬢にいたっては恐ろしいものを見たかのように抱き合って固まっている。

 天子も流石におかしいと思ったらしく、困惑する。

「え? え? なに? あんたたちの反応?」

ミトツダイラは深呼吸するとゆっくりと尋ねた。

「あのー、天子? 子供がどうやって出来るのか知ってますの?」

「は? 何言ってんの? 恋人同士が同じ布団で寝ると出来るんでしょ?」

“これはいけない”とミトツダイラが目を見開く、そして此方を見てきた。

その瞳には、教えてやれと書いてあり……。

━━なんで私に振るんだぁ!?

自分を落ち着けるために一度咳をする。

「あー、子供ってのはだな。うん、ナルゼ、頼んだ」

「はぁ!?」

ナルゼが物凄い勢いで睨んでくるが無視する。

皆の注目がナルゼに集まり、彼女は観念したように頭を下げた。

「こ、子供ってのはね、こう男と女が裸になって……」

「裸!?」

と天子が立ち上がる。彼女はハッとすると顔を少し赤らめ「知ってたわよ」と呟いた。

「……で、女のアソコにこう、男のアレを━━━━もがぁっ!?」

突如ナルゼが視界から消える。

「ガ、ガっちゃん!?」

ナルゼはいつの間にかに床に転がっており全身を羽衣で巻かれていた。慌ててマルゴットが駆け寄り解こうとする。

「あ! 地味に鼻と口の部分だけずらしてある!」

そんな二人を横目に衣玖の方を見ると、彼女はゆっくりと飲んでいた紅茶をテーブルに置いた。

そして満面の笑みで

「みなさま、この話はここまでと言うことでいいですね━━ね?」

あまりの迫力に皆頷く。天子だけが「えー」と抗議の声をあげるが睨まれ直ぐに静かになった。

 皆が静かになり、此方を見る。

先ほどから顔が少し引きつったままだが仕方ない。

「よ、よし、とりあえず朝食にしよう」

その言葉に誰もが賛同するのであった。



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~第二章・『遠き地の来訪者』 どんどん来るよ (配点:英国)~

「困りましたねぇ……」

と浜松港の航空艦搭乗口を英国の制服を着、眼鏡を掛けた四角い顔の男が落ち着き無く行き来していた。

彼は英国の紋様が刻まれている航空艦の前で止まるともう一度呟いた。

「困りました……」

彼の背後には小さな包みを持ったメイド服を着た銀髪の少女が立っており、彼女はポケットからハンカチを出すと男に渡す。

「汗、掻いてますわよ。これから徳川家康との会談なのですから身形には注意を」

「これは失礼」とハンカチを受け取ると男は額の汗を拭った。

そして溜息をつくとメイドの方を向く。

「もともと外交官は私達二人だけですし、護衛としてきた彼女も問題は起こさないでしょう」

「誰に向かって言ってるか分からない現状説明、ありがとう御座います」

とメイドが頭を下げると、男は大きく口を開いたまま固まった。

メイドは「それにしても」と言うと浜松港から見える武蔵の方を見た。

「あそこに居る人たちは随分とお騒がせのようですね」

「はは、確かに。彼等は英国に引けを取らないほど個性的ですよ━━おや?」

男が武蔵方面の道を見る。

メイドもそちらの方を見ると、極東の制服を着た忍者と英国の服を着た金髪の女性がやって来た。

「まさか、彼女とは」

と男は呟き、頭を下げた。それに続きメイドも頭を下げる。

「お久しぶりです。第一特務、そしてメアリ様」

「メアリって確か……」とメイドが横目で男を見る。

 近くに来た忍者は「ご無沙汰で御座る」とお辞儀をし、先ほどメアリと呼ばれた女性が笑顔で頭を下げた。

「お久しぶりです、ハワード。えっと、そちらは?」

メアリに尋ねられメイドはスカートの端を摘むと丁寧な礼をした。その完成された動きに点蔵はおもわず感嘆の声をあげる。

「お初に目にかかります、十六夜咲夜と申します」

点蔵とメアリもそれに合わせ頭を下げる。そしてハワードの方を見た。

「妹は息災ですか?」

「Tes.、 女王陛下はお変わりありません。ただ、最近は良き友人に出会えたせいか以前にも増してやんちゃに━━いえ、何でもありません」

「友人……ですか?」

「ええ、彼女の名はレミリア・スカーレットと言いまして。

この世界に着て5ヶ月ほど後の事で、スカーレット卿は突然教導院に殴り込みを行い陛下と三日三晩争われたのです。

そうしたらなんというか、いつの間にか意気投合してしまって……」

ハワードの言葉の端はしから苦労している事が読み取れる。咲夜の方も困ったように溜息をついた。

 そんな様子に点蔵とメアリは苦笑する。

「そちらも色々有ったようで。ともあれ岡崎城で家康殿がお待ちで御座る」

「ええ、行きましょう」

点蔵に連れられ、一行は岡崎城に向かうのであった。

 

***

 

「出迎え、ありがとう御座いました」

ハワードと咲夜は点蔵たちに礼の言葉を言うと岡崎城に入っていた。

 正門が閉じられ二人の姿が見えなくなると点蔵とメアリは来た道を引き返す。

「エリザベス殿の話を聞けて良かったで御座るな」

「Jud.、 妹は良い友人を得られたようです」

そう言い、メアリは目を弓にした。

二人が峠に差し掛かったあたりで上空を一隻の飛空挺が通過する。

飛空挺は高度をゆっくりと落としており、恐らく浜松港に向かったのだろう。

「今日は船の数が多いですね。点蔵様」

「今の船は遊撃士協会のもので御座るな」

「見えたのですか?」とメアリに尋ねられ、点蔵は頷く。

 忍者にとって五感は命だ。それ故点蔵は他の人よりも視力には自信がある。

「あっちの方の出迎えはウルキアガ殿たちが担当していた筈で御座るな。

ところでメアリ殿、昼食はどうするで御座るか?」

「そうですね」とメアリは暫く思案すると自分の腕を点蔵の腕に組ませてきた。

━━オパ━━━━━━ッイ!!

「折角ですから岡崎の方で食べませんか?」

デート! デートに御座るな!!

慌てて周りを見る。

よし外道どもはいない。今なら他人の目を気にせずのんびりとデートできる。

これはチャンスで御座るよ!!

そう思い「じゃあそれで」と言うとした瞬間、一枚の黒い羽根が降って来た。

 地面に落ちたそれを拾い上げてみるとその羽根はカラスのものにしては随分と大きい。

「大きな羽根ですね」

興味深げに羽根を見るメアリに羽根を渡すと、空を見る。

 もう遠くなってしまい、ハッキリとは分からないが何かが岡崎城のほうに向かった。

━━デートはおあずけで御座るな……。

「メアリ殿、少々用事が出来たで御座る」

「Jud.、 ではご一緒に」

そう言うと二人は再び岡崎城の方に駆け出した。

 

***

 

「まずは先の駿府での戦いお見事に御座います。こちらはその祝勝品に」

ハワード正座のまま礼をすると隣で正座していた咲夜が包みを前に置き、差し出した。

それを家康の後ろに座っていた小姓が受け取り、上座に座る家康に渡す。

 岡崎城に着いたハワードたちは大広間に通され、そこで家康との会談となった。

家康が包みを解くと中からガラス瓶が現れる。

「ほう? これは?」

「英国の精霊たちによって作られた高級酒に御座います」

家康は「これは有り難い」と満面の笑みで言い、酒を包みに戻し小姓に渡す。

 小姓が奥の扉から退出するのを確認するとハワードは眼鏡を指で押し、姿勢を正す。

「我々英国は今後とも貴国とは良き友人有りたいと思っております」

「ふむ」と家康は表情を僅かに曇らせる。「なにか?」と聞くと家康は静かに頷いた。

「正直なところ貴国の考えを計り知れずにいる」

「徳川様とはこれまで友好的な関係でしたので、これからもそうでありたいと思うのは普通では?」

と咲夜が言う。

「それは嘗ての事であろう。現在我が国は聖連と敵対関係にある。

我が国と関係を持てば英国にとって不利益となるのでは無いか?」

なるほど。とハワードは思う。確かに聖連に近い英国にとって聖連との関係が悪化するのは好ましくない。

 その事は十分に承知だ。しかし、彼が聞きたい事はそんな表面的な事では無いだろ。

もっと裏の、そう英国の真意を。

「そんなことは御座いません。何せ近頃は物騒ですからな“いざ”と言う時に味方は大いに越した事は無い、と言うことです」

「英国の“蓄え”は十分で?」

「Tes.、 大きな“祭り”が出来るぐらいには……」

そう言って二人で笑う。

 咲夜がやれやれといった感じで首を横に振り苦笑する。

「いやはや申し訳ない。話が脱線してしまったな」

「いえ、此方としても英国の現状は知っておいて貰ったほうが何かとやりやすいですし」

「うむ」と頷くと家康は表情を和らげる。

「時にお二人は何時英国に帰られるおつもりで?」

突然の質問にしばし沈黙する。

「……東側の調査を含め4日程滞在しようと考えておりますが」

「帰るのなら今日中か4日以降がいいだろう」

それはつまり━━。

「ああ、今日は新しい“祭り”の宣告をしようと思ってな」

 

***

 

 大広間の天井裏、その狭く暗い空間を一人の少女が這って移動していた。

少女は茶色い髪をツインテールにし、白いブラウスに紫と黒のチェックが入ったミニスカートを履いており、背中には二対の黒い小振りな翼がついている。 

 少女はスカートのポケットから携帯式通神機を取り出すとニタリと笑う。

━━ふふん、簡単に忍び込めたわ。

此処まで来るのに何人もの警備の兵士がいたが、自分にとってそんなものは大したことは無い。

なぜなら━━。

「私の“念写能力”があれば、事前に警備の位置を把握できるしね」

さて、と尖った耳を床に押し当ててみれば会話の声が聞える。ポケットから小型の穴あけ機を取り出すと音を立てないように慎重に作業を行う。

 穴あけ機が床を貫通した感触を得ると取り外し、穴をのぞき見る。

そこから大広間に座る家康と英国の外交官を確認する。

━━あら、あのメイド。

英国の外交官らしきメイドには見覚えがある。彼女は確か自分と同じ幻想郷出身だったはずだ。

「それにしても、よく聞えないわね……」

天井が高いせいか会話がよく聞き取れない。

一度穴から目を離し、胸ポケットを探る。そしてそこから有線式の小型集音機を取り出した。

そしてそれを釣り糸の様に穴から垂らす。

耳にイヤホンを着け、もう一度穴を覗く。

 集音機からは三人の会話が聞え、なにやら“祭り”について話している。

━━“祭り”ってのはなんかの暗喩よね。

英国が企み、そして徳川の次なる“祭り”。つまりそれは━━。

「英国は戦を起こす気で、徳川も4日以内に戦をする気ね!!」

これはスクープだ。この情報を持ち帰れば自分の地位は一気に上がるだろう。

思わず笑みが出る。

「ふふ、文の奴。見てなさいよ、この大戦果でぎゃふんと言わせてやるんだから」

もっと多くの情報が取れないか集中していると足のほうが涼しい事に気付く。

━━む、スカートが引っかかったかしら?

誰もいないとはいえ、下着丸出しは恥ずかしい。乙女として良くない。

スカートを直そうと後ろを見ると、変なのがいた。

 それは帽子を被りマフラーを巻いた男でスカートの端をつまみ、持ち上げていた。

「ふーむ、紫のストライプに御座るか……。結構なご趣味で」

忍者は頷き、親指を上げる。いや、そんな事より……。

へ、へへへ、へへへへへへへ!!

「変態だわぁ━━━━━━━━━━!!」

変態から逃れるため翼を大きくし、叩きつける。

「へ、変態とはなんで御座るか! 変態とは!!」

「あ、あんたの事よっ!!」

立ち上がろうとした瞬間、床が抜けた。

 

***

 

━━いかん!!

目の前で少女が落下した。

有翼人種とはいえ咄嗟の事であり、少女は頭から落ちて行く。

 直ぐに後を追い、飛び出す。

少女の足を掴むとそのまま引き寄せ抱きかかえる。そして空中で半回転をし、足から着地した。

 腕の中で硬直している少女を床に座らせると安心させるべく、肩を軽く叩く。

「よかったで御座るな」

すると少女はハッとし、フルフルと震え始めた。

やはり、怖かったで御座るか。と思っていると少女がキッと此方を睨んだ。

そして真っ赤にした顔で叫ぶ。

「いいわけ、あるかぁ━━━━っ!!」

少女の見事な右ストレートが顔面に入る。

「な、何をするで御座るか!! 大体勝手に忍び込んでいるほうが━━━━」

そこまで言って気がつく。自分達が何処にいるか。

 そこは大広間の中央であり、英国の外交官と家康のちょうど間ぐらいであった。

三人とも驚き固まっている。

━━こ、この状況はいかんで御座るよ!

とにかく何か言おうと声を出す。

「じ━━━━」

事故に御座るとは続かない。

それよりも早く悪寒が来たからだ。

 身の危険を感じ咄嗟に後ろに跳躍しようとした瞬間、首元に鋭い刃を突きつけられた。

それは銀製のナイフであり、いつの間にか自分と少女の間にメイドが立っていた。

━━何時の間に!?

 メイドに動く動作は無かった。まるで瞬間移動のようで━━。

「お動きにならないよう」

メイドは冷たく言い放つ。それは自分に言ったのでは無く彼女の背後で逃げようとしていた少女に対しての物であった。

 少女は四つん這いの状態で固まると顔だけをメイドのほうに向ける。

「ほ、捕虜に人権ってあるわよね……?」

上座に座っていた家康が大きく溜息をついた。

 

***

 

 トゥーサン・ネシンバラの足取りは軽かった。

今朝までは英国から外交官来ると聞いて陰鬱な気分だったのだが英国の外交官の中に“彼女”がいないことを知り、今は書店で情報誌『クロスベル・タイムス』の新刊を買って帰宅する途中だ。

「まあ、流石の彼女もこんな忙しい時期に理由なしに来れるはずが無いか」

半ば言い聞かせえているように思えるが、そこは無視で。

 家の前に着くと違和感を感じた。

今朝出る前に扉に挟んだ本の栞が落ちている。

突然背筋が凍り、周囲を確認する。

「ま、まさか」

ドアノブを回すと開いた。鍵をかけていた筈なのに。

「い、いや。ただの物盗りの仕業かもしれない!」

“ただの物盗り”という時点でどこか間違っているのだが焦りきった彼は気付かない。

玄関に入り、足音を消しながら寝室に近づく。

 寝室の戸は閉まっており中は確認できない。

ノブに伸びた手が止まる。

━━落ち着け! 落ち着くんだ僕!!

深呼吸を三度程してノブを回した。そして、一気に部屋に入る。

「誰だ!?」

しかしそこは外出したときと変わらない間々であった。一気に緊張が解け、肩の力が抜ける。

「そ、そうだよね。いくらなんでも━━」

そう言ってドアを閉めた時、ドアの後ろにいた。

それは眼鏡を掛け、金髪の少女で、それはつまり━━。

「やあ、トゥーサン」

「━━━━━━━━ひぃっ!!」

 

 

***

 

 奥多摩の道路を今川義元は歩いていた。彼は小等部の教材を抱えており、その表情はどこか疲れていた。

━━しかし、教師というのがこんなに大変だったとは……。

 駿府で敗れ、武蔵に臨時講師として招かれて以来手の足りない小等部の教師になったのだがこれがまた思った以上に大変だ。

 最初は奇異の目で近寄ってこなかったと思えば今や“麻呂元”とか変なあだ名で呼ばれている。

━━だいたい“麻呂”ってなんだ“麻呂”って!

世間では自分はそう言う風に認知されているのか……。

あとで確認しなくては。

 それに比べ、自分と同じく小等部の教師になった慧音の手腕は見事だ。

あっという間に自分のクラスを纏めてしまった。

━━俺も頑張らんとな。

そう思っていると、目の前を見覚えがある奴が歩いていた。

まぁ全裸なんて一人ぐらいしかいないが、気になるのは彼が抱えた梯子だ。

あんなもの何に使うんだ?

 興味が沸いたので声を掛けてみる。

「おい、そこの小僧」

声を掛けると全裸はこちらに気がつき、空いた手を振る。

「よお、おっさん」

「おっさんじゃない」と言い近づく。全裸は梯子を地面に置くと武蔵野の方を指す。

「オレ、今からベルさんの所で覗きしようと思っているんだけど、一緒に来ねぇ?」

「お前サラッと凄い事言うなぁ━━━━」

自分はこんなのに負けたのかと思うと少し沈む。

だが覗きとは聞き捨てなら無い。

「坊主、今覗きと言ったか?」

「おう、さっきまで打ち上げやってたんだけど。それ終わったら浅間たちがベルさんところで一っ風呂浴びようって事になったんだ。だから覗きに行こうかなーって」

最初と最後が繋がってない!

しかし、この少年に問わなければいけない事が出来た。

「坊主、貴様にとって覗きとは何だ」

すると全裸はニタリと笑い

「そりゃオメェ、宿命だろ」

気がつけば全裸と熱い握手を交わしていた。

 

***

 

 銭湯“向こう水”には喜美を除いた先ほどまで青雷亭にいた連中が集まっていた。

マルゴットとナルゼに正純、それとアデーレとホライゾンは浴槽に浸かり、天子とそれを挟むように浅間と衣玖、そして浅間の隣にミトツダイラが座り体を流している。

 そんな中先ほどから天子は落ち着き無く自分の左右を見る。

━━で、デカイわね。二人とも。

浅間はともかく衣玖もこんなに大きいとは……。

こんなのに挟まれているとどんどん自己嫌悪に陥る。

 ふとアデーレを見る。彼女の胸は浴槽に浸かっても浮かばず、その光景は自分に安らぎを与える。

「い、いま! 物凄く失礼な目で見てませんでしたか!?」

「気のせいよ」と言っておく。

しかし、デカイ。なぜ同じ性別で此処まで差が出るのか。年齢的には私のほうがずっと上のはずだ。

しかし何だ、この不条理は!!

「あのぉー、天子? 何してるんですか?」

浅間に言われ気がつく。自分が先ほどから浅間の胸を揉んでいる事に。

「こ、これは新ジャンル!?」

とナルゼが表示枠に何かを書き込み始めるが衣玖が石鹸を投げつけ阻止する。

「人体の秘密について考えていたのよ」

「天子、それは考えてはいけないことですのよ」

ミトツダイラの目が遠い。

どうやら彼女も嘗て自分と同じ境地に至ったらしい。

しかし……デカイ。

 やはり男はデカイ方がいいのか?そう思っていると先ほどの事を思い出す。

「ねえ、浅間?」

「なんですか?」と浅間が髪を洗いながら言う。

「さっきの、赤ちゃん云々の事だけど━━━━いや! 創り方は聞かないから!!」

隣の衣玖が物凄い勢いで睨んできたので弁明する。

一つ咳を入れて尋ねた。

「もしかしてだけどさ━━━━あんたとミトツダイラってあの馬鹿が好きなの?」

 

***

 

━━もの凄い暴投球が来ましたわぁ━━━━━━!!

完全に不意打ちだ。智の横で良かった。

 今自分は物凄い顔をしているだろう。智は完全に硬直している。

唯一良かった事はここに喜美がいなかったことだろう。いたら今頃ひどい事になっている。

「えーっとですね。どうしてそう思ったんですか?」

と智が質問する。と言うより時間稼ぎだろう。

「いや、さっき赤ちゃんの話であんた達が反応してたから、もしかしてって思って」

く! 以外に女子力高い!!

 智は完全に困窮したらしく此方に横目を流してくる。

しかたありませんわね。

「て、天子? 確かに私は我が王のことを好いていますのよ」

「おお」とどよめきが起きる。第四特務が物凄い勢いで何か描いているがあとで検閲しよう。

「ですがそれは騎士としての物ですわ」

「そ、そうです! それにトーリ君にはホライゾンがいるじゃないですか! ね! ホライゾン」

ホライゾンは「Jud.」と応え親指を上げた。

「ホライゾンは皆様が望み、トーリ様も望むのであればむしろウェルカムです」

━━退路を断たれましたのよぉ━━━━━━!!

これはいけない、本当にいけない! なんとかしなくては!

そう思っていると智が反撃に転じた。

「て、天子は! 天子はどうなんですか!?」

あまりの迫力にやや引き気味に天子は考える。

「そうねぇ……まず大前提に私の言う事何でも聞く奴ね。あとルックスいいのは当たり前だし、強い奴がいいわ」

「あんた、婚期逃すタイプね」

と第四特務が言う。

「な、なによ。衣玖は、衣玖はどうなの!」

「わ、私ですか?」と突然振られ衣玖は驚く。

「だってあんた前婚活する云々言ってたじゃない。あれどうしたの? 結局失敗? 売れ残り?」

衣玖の笑みがどんどん深まって行く。

そろそろ止めるべきではないかと友人の命を心配する。

「あ、あのぉ。天子? そろそろやめたほうが━━━━」

その瞬間、何かが降って来た。

 

***

 

「しかし、お前よくこんな所知てるなぁ」

と銭湯の屋根裏で義元は言った。

 前を四つん這いで歩く全裸と先ほど友情の契りをした二人は銭湯の裏手に回り梯子をかけて屋根に上った。

そして僅かに開いた穴から入ったのだが。

「んー? 前どこかにいいエロゲーの隠し場所ねぇかなーって探していたらここ見つけたんだよ」

「何してんだお前」と呆れ気味に呟く。

「だがここの番頭はあの向井・鈴だろ? バレているんじゃないか?」

「かもなー」とトーリは笑う。

だ、大丈夫なんだろうか?

 ある程度行くと全裸が止まる。そして床の板をずらす。

「お、いたいた」

「何だと、おい、見せろ」

ここからだとよく見えず前に出る。

「お、おい。おっさんここ脆いから━━━━」

その瞬間床が抜けた。

 二人で浴槽に落ち、水しぶきを上げる。

全裸は先に浴槽から出、ふらついた足つきで歩く。

そして転んだ。転んだ先は青髪の少女の目の前で……。

「な、なぁ!!」

少女の顔がどんどん赤くなって行く。そして立ち上がると華麗に回し蹴りを入れた。

 全裸が回転しながら吹き飛び、出口を突き破る。

天子は体にタオルを巻くとそのまま全裸を追いかけていった。

「待て、この変質者ぁ!!」

この隙にと浴槽から出て、そおっと這っていると誰かの足にぶつかった。

 何時の間にかに自分の前には巫女と騎士が立っており、二人とも満面の笑みだ。

慌てて正座の体勢になる。

「よ、よし。話そう。話せば分かる!」

「智、義元公は今教師ですのよね」

「ええ、身柄は“武蔵の”なので平気ですよ? ミト?」

これは死んだな……。

そう思い、義元は目を閉じた。

 

***

 

「待てって言ってるでしょうがこの変態!!」

銭湯を出た天子は全裸を追い掛け回していた。

 乙女の裸を見るとは言語道断。三回位殺してやる!

そう思って追いかけていたがなかなかに手ごわい。

 全裸は道を知り尽くしているらしく、先ほどから路地に入ったり出たりでなかなか距離を詰められない。

しかしそれもこれで終わりだ。

今走っている道は大通り、横道も無く直線だ。

 立て掛けてあった看板を掴むと思いっきり投げつけた。全裸は看板に足を取られ転ぶ。

ようやく追い詰めた!!

大股で近づいていくと全裸が慌てて振り返った。

「ま、待て! オメェ!」

待つわけが無い。

「自分の格好を見ろ!!」

格好? 格好なんて━━。

そこで気がついた。自分がタオル一枚であることに。

そしてそれは解け始め━━━━地面に落ちた。

「……っ!!」

自分の体を隠すように座り込む。

恥ずかしさで顔が赤くなり、涙が出てきた。

「ま、まて、泣くな! ほ、ほらオレも全裸だし、大丈夫だ!」

「大丈夫なわけあるかぁ!!」

と怒鳴る。全裸は困ったように頭を掻き、タオルを拾う。

それをこちらに渡し、頬を掻く。そして何かを言おうとした瞬間向こうから何かが走ってきた。

それは、銀髪の少女で

「こぉぉぉぉぉぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉぉ変質者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

見事にドロップキックを全裸に喰らわした。

 全裸が吹き飛び、近くの商店の壁に埋まる。

少女は目の前に立ち止まると自分の上着を脱ぎ、此方の肩に掛けた。

そして刀を引き抜くと高らかに叫ぶ。

「準遊撃士、魂魄妖夢! 悪を断ちます!!」

 

***

 

━━どうしたものか……。

半殺しにされ宙釣りにされた義元はそう考えていた。

 武蔵の連中は外に出て行った全裸たちを追いかけいなくなってしまった。

先ほどから縄を解こうとしているがなかなか上手くいかない。

 どうにかして動けないものかと体を捻っていると戸が開いた。

「ここの湯はいいぞ━━━━」

戸を開けたのは慧音でその後ろには妹紅もいる。

 無論ここは銭湯。服なんて着てるわけ無く……。

「ふ、今日は厄日だっ!!」

その後暫くの間、銭湯で男の絶叫が木霊した。



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~第三章・『武蔵野上の勘違い者』 とりあえず斬ってみよう (配点:未熟者)~

「話に聞いてはいたけど、でっかいわねー」

と飛空挺の甲板からエステルは言った。眼前には浜松港が見えており、その少し離れたところには武蔵が停泊しているのが見える。

 筒井から急な転属で伊勢に寄り、そこで協会本部の飛空挺に拾ってもらった。

しばし空の旅を楽しんで今に至る。

「アレだけの物が浮かぶって言うのは驚きだね」

隣で自分と同じように手すりに寄りかかっているヨシュアが言う。

「僕が知っている限りで最大級の船は“方舟”だったけど、この世界にはそれより巨大なものが多く有る」

まったくだ。この世界では船だけではなくあのパテル・マテルの様な巨大兵器が運用されている。

気候もゼリアム大陸とは大きく違い、最初はなかなか慣れることが出来なかった。

 ふと船の左舷側を見れば、遥か遠くに巨大なドーム状の空間がある。

そこはP.A.Odaの領地で、織田は統合争乱後自分の領土をステルス障壁で覆ってしまった。そのため内部がどのようになっているのかは誰も知らない。

 一説によれば巨大な軍事要塞になっているとの事だが……。

ヨシュアが此方の視線に気がつき、織田の方を見る。

「織田信長━━第六天魔王といわれているらしいけど……」

もし、その名の通りの人物であったら何時かは対峙するかも知れない。

 そう思っていると妖夢が甲板に出てきた。

「お二人とも、そろそろ武蔵に到着します。中に戻ってください」

「武蔵に? 浜松港にじゃなくて?」

そう問われると妖夢は頷いた。

「浜松港は現在英国からの外交官が来ている関係で少々混み合っているため飛空挺を武蔵に直接接舷させるそうです」

━━━━英国。

仕事で何度か行った事はあるが色々とインパクトのある国だった。

「ともかく、ようやく悪の本拠地です!!」

そう妖夢は目を輝かせた。

 

***

 

 飛空挺の船長に礼を言い、品川に降りると秋の冷たい風が肌を撫でる。

妖夢は先ほどから落ち着き無く行き来している。

彼女はなにか大きな勘違いをしているような気がするが、まあ大丈夫だろう。

 降りた地点で暫く待っていると向こうから紅い服を着た黒髪の女性と白い半竜が現れた。

「もしかしてあの人たちが案内人?」

「たぶん」とヨシュアは頷く。

近くに来て二人の異様さに気がつく。女性のほうは両腕と両足が機械であり、何処となく無骨さを感じる。

一方で半竜の方はその白く巨大な体躯が目を引く。

 二人は此方の前に止まると頭を下げた。

「武蔵アリアダスト教導院第二特務キヨナリ・ウルキアガだ」

「同じく第二特務補佐伊達・成実よ」

成実の言葉に妖夢が訝しむ。

「伊達成実と言えば伊達家の武将では? 何故徳川に?」

「まあ、色々と事情があったって事よ」

はぐらかされ妖夢は僅かに眉を顰めた。

「エステル」とヨシュアに横から言われ、ハッとなる。

そして一歩前に出ると自己紹介を始めた。

「あたしの名前はエステル・ブライト。正遊撃士よ」

「僕はヨシュア・ブライト。同じく正遊撃士だ」

少し遅れて妖夢が続く。

「魂魄妖夢です。準遊撃士をやってます」

「ふむ、二人ともブライトと言ったか? 兄弟か?」

ウルキアガの言葉に成実が溜息をつく。

「なんだ成実よ。悪いものを食べたか?」

「むしろ察しが悪いものを見たって感じね。二人の雰囲気を見て分からないの?」

そう言われウルキアガはまじまじと此方を見る。

こう観察されると少々恥ずかしい。

 暫く観察すると「成程」と言い自分の顎を撫でる。

「さては双子か━━━━待て、成実。何故そんな目でこっちを見る? 何? 違うだと!?」

えーと。

と困りヨシュアを見れば彼も困り顔で笑っていた。

「あたしとヨシュアは兄弟じゃないわ」

「なんと! 夫婦であったか!!」

ふ、夫婦!?

顔が赤くなる。

「はは、夫婦という訳でもないんだ。まあ、そこのところは今度説明するよ」

この男、サラッと流しおる。

なんだか釈然とせず半目でヨシュアを睨んでいるとウルキアガが奥多摩を指差した。

「こんな所で立ち話も何だ、そろそろ行くとしよう」

 

***

 

 奥多摩に行く途中武蔵の各所を紹介された。これだけの巨大艦があること事態が驚きだがその上で生活しているというのだからますます驚く。

 目の前を歩くウルキアガに武蔵の名所と住むに当たって重要な事を教えられているうちに奥多摩に到着していた。

「武蔵に住むに当たって重要な事は重量税に気をつける事だ。協会支部にあまり物を持ち込み過ぎない方が良いだろうな」

「本部からある程度の資金は出るけど税金については支部長とちゃんと話し合っておかないと……」

ヨシュアは先ほどからウルキアガの横に立ち、熱心に話を聞いている。

妖夢は先ほどから一番後ろでなにやら考え込んでいるので話しかけづらい。

 そう思っていると横に成実が来た。

「貴女の彼氏、真面目な人ね」

「か、彼氏!?」

「あら、違うの?」と言われ少し困窮する。

「ヨシュアとは何と言うか、家族で兄弟みたいなもので……まあ、そう言われればそうだけど」

最後は恥ずかしさから小声だ。そんな様子に成実は少し楽しそうに言う。

「スケベで、姉好きよりは良いんじゃないかしら?」

ふと思ったがこの二人もそう言う関係なんだろうか?

そう思いさりげなく質問してみた。

「そうよ」

あっさりと言われ驚く。ウルキアガはいつの間にかに振り返っており頷く。

「成実は拙僧の嫁だ」

な、なんと言うか凄いわねー。

 ここまでお互いに開き直れたら楽だろうか? 想像してみて色々とカオスな状況が浮かんだので止める。

ふとウルキアガが足を止める。そして此方の「ふむ」と唸った。

「一人足りなくないか?」

「…………え?」

後ろを振り返ればいつの間にか妖夢の姿が消えていた。

 

***

 

魂魄妖夢は悩んでいた。

 武蔵に来る以前は徳川とは戦を世に撒く国だと思っていた。

しかし実際に着てみると、道行く人々は明るく平和そうでとても悪の国とは思えない。

もしかして自分の思い違いであったのだろうか?

 嘗て自分の師匠であり、祖父である魂魄妖忌はこう言った。

「剣客たるもの己の道に迷った時は刀に聞いてみるとよい」

つまり、斬ってから考えろという事だろう。

しかし。

━━流石に武蔵の人々を全て斬るのはただの辻斬りなのでは?

 どうしたものかと思い悩みながら道を歩いていると目の前を歩いていたエステルがいなくなっている事に気がつく。

周りを見てもおらず、そもそも自分が何処を歩いていたのかすらも分からない。

まったく。

「どこかに行くのなら、一声掛けて欲しいです」

妖夢はそう溜息をつく。

 こういう風にはぐれてしまった場合は動かないほうが良いと以前教わった。

半霊に空から周りを探るように命令すると近くに座れるような場所が無いかと見渡した。すると正面のほうが騒がしくなってきたて、人ごみが出来ている。

━━祭りかしら?

人ごみを掻き分け中心に向かえばそこには服を着ておらず、座り込んでいる少女がいる。

「ち、痴女!?」

しかし痴女にしては様子が変だ。ふと視線を横に移せば慌てふためく全裸がいた。

「ぜ、全裸!?」

異常な光景に頭が混乱するが、落ち着かせ状況を整理する。

 顔を真っ赤にし涙ぐむ裸の少女に、全裸の男。

これらが示す事は……。

━━あの男は変質者で、あの少女は被害者!!

何と言うことだ白昼堂々と犯行に及ぶとは。もう一度周りを確認するがエステルたちはいない。

ならば自分がどうにかしなくては!

 そう思うと同時に駆けていた。そして足に力を入れると全裸の脇腹目掛けて渾身のドロップキックを放つ。

「こぉぉぉぉぉぉぉぉんのぉぉぉぉぉぉぉ変質者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

全裸が吹き飛び近くの商店の壁に埋まる事を確認すると上着を脱ぎ、少女の肩に掛ける。

━━あれ? この人見覚えあるような……?

ともあれまずはあの変質者だ。

 背中に背負っている楼観剣を引き抜く。そして高らかに宣言した。

「準遊撃士、魂魄妖夢! 悪を断ちます!!」

 

***

 

宣言を終え、先ほど全裸が吹き飛んだ方を見れば壁の穴から無傷で現れた。

━━あれで無傷とは!!

「オ、オメェ! いきなり何すんだ!!」

「黙りなさいこの変質者が! 白昼堂々女性を襲うとは何と言う極悪非道! さっきまでは“もしかしていい国なのでは?”とか思っていましたが撤回します!!」

「は? 襲う?」と全裸が眉を顰める。

「いやいや、さっき追われてたのはオレだし。まあ、悪いのは俺だったけど。さっきは悪かった」

そう言って全裸は少女に頭を下げる。

少女は暫くの間不機嫌顔で黙っていたが、溜息をつく。

「とりあえず五回ほど殴るから、それと当分奢りなさい」

全裸が頭を掻き笑う。

━━あれ? なんか私必要ありません?

しかし今覗きと言ったかこの男。もしかしたら覗きの常習犯なのかもしれない。

よし、とりあえず。

「斬りましょう」

「は? いやいや、オメエさっきまでの話聞いてたか!?」

「はい。でもとりあえず斬ってから考える事にしました」

そう言うと腰を低くし掛けだす。とりあえず峰打ちだ。

 慌てて避けようとするが遅い。

既に刀は放たれており止める事は出来ない。

そう思った瞬間、全裸と刀の間に何がが降って来た。

「!!」

何かに刀は弾かれる。直ぐに体勢を立て直し後ろへ跳躍すると、それを確認する。

それは銀で出来た鎖であった。

「我が王!」

全裸の背後から何人かの極東の制服を着た女子生徒たちが走って来る。

 銀の大ボリュームの髪を持つ少女が全裸の前に立つと此方を睨んだ。

「何者ですの!」

名を聞かれたのなら名乗らなくては。

「遊撃士協会所属、準遊撃士。魂魄妖夢です。そちらは?」

「遊撃士」と銀髪の少女は目を丸くすると構えを解いた。

「武蔵アリアダスト教導院第五特務、ネイト・ミトツダイラ。何か誤解が生じているようですので話し合いを求めますわ」

第五特務!?

特務といえば教導院の中でも実力者の集まりだ。なぜそのような人物が変質者を庇うのか?

それにさっき王って……。

「道を歩いていたところそこの男が全裸で少女に詰め寄っていたため抜刀いたしました」

「トーリ君? ちょっとお話が」と黒髪の少女が全裸を正座させる。

自動人形の少女が縄で全裸を撒き始めたが何なんだろうか?

「何故、武蔵の総長連合が変質者を庇うのですか?」

そう質問すると第五特務が「えーっと」と困ったような表情をする。

もしや言えない様な事情があるのだろうか?

 実はこの全裸を放置していたのは背後にもっと大きな犯罪組織があってそれを調べるためとか?

もしそうなら自分はとんでもない事をしてしまったかもしれない。

 そう思っているとネイトが小声で言った。

「……総長ですの」

総長? なぜここで武蔵の総長の名が?

「ですから、そこの全裸は私達の総長ですの」

「━━━━━━━━は?」

何を言っているんだ? この人は。

いくらなんでも総長が全裸なんてことは……。

 第五特務の背後にいる生徒たちを見れば誰もが目を逸らす。

「マジで?」

「マジですわ」

暫しの沈黙。

「いやいや、いくらなんでも国のトップが裸は無いでしょう」

「あら、彼の六護式仏蘭西の太陽王も全裸ですのよ」

「…………そんな馬鹿な」

 

***

 

「おや? 今誰かが朕の噂をしたかい? ん? どうしたアルマン? “何故分かるのか”かい? そんなの簡単さ、風が教えてくれる。

やあ、輝元。 なんだい? “なんで天守の上に立ってるのか?”だって? それはこの国を見渡すためさ。こうやって高いところから見渡す事によって朕は朕の国の太陽となるのだよ。

え? 大爺殿が呼んでいる? そう言うことなら降りるとしよう」

 

***

 

━━どうしたものか……。

あの武蔵の特務が言っている事は嘘ではなさそうだ。

 しかし、仮に総長であっても覗きで婦女子を泣かした男を放置してよいのだろうか?

嘗て困ったときは初心に帰れ、と師匠に言われた。

初心━━やはり先ほどの言葉が思い出される。

刀に聞く。

「事情は分かりました……」

その言葉にネイトが緊張を解く。

「とりあえず斬ります」

「「なんでだよ!!」」と武蔵の生徒たちから一斉に突っ込みを受ける。

「今回の件、私には判断がつきません。故に刃を交えてその先にある本質で判断したいと思います」

 第五特務が少し困った表情をしていると上半身に男子の制服を着た黒髪の女子生徒が前に出る。

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ。その提案を受けたい」

 

***

 

━━正純!?

驚き正純の方を見ると表示枠が開く。

・● 画:『最近戦争無いからってついに遊撃士に宣戦布告したか!?』

・金マル:『あー確かに、最近平和すぎてセージュン、この世の終わりのような顔してたしねー』

・副会長:『待てお前ら! 私を戦争中毒者みたいにするな!』

・● 画:『え? 違うの?』

・副会長:『いや、確かに最近暇だなーとか思っていたが……』

・銀 狼:『それよりも、どうするおつもりですの?』

・副会長:『ああ、これなら誤解を解きかつ遊撃士の実力を測る事ができる。

さらに結果次第によっては遊撃士協会との良い交渉カードになるだろう』

 成程、そう言うことなら納得がいく。それに決闘を申し込まれたのだ、騎士としてこれを受けないわけには行かない。

 表示枠を閉じ、正面の妖夢を見る。

「Jud.、 その決闘、受け入れますわ」

 正純が頷き、妖夢の方を向くと手を掲げる。

「相対するにあたって、ルールを決めておきたい。

まず民間人を巻き込むのは禁止する、また必要以上の公共物の破損も禁じる。

それでいいか?」

 「構いません」と妖夢が頷き、こちらも正純の言葉に頷く。

「よし、ではこれより武蔵アリアダスト第五特務ネイト・ミトツダイラと準遊撃士魂妖夢による相対戦を始める! 両者、始めっ!!」

 

***

 

 正純の声とともにネイトは後ろに跳躍した。

敵の獲物はあの二本の刀であろう。

手の内が分からないうちは攻めづらい。

 妖夢は刀をゆっくりと腰元に落すと宣言した。

「我が刃に切れぬものはあんまりない!!」

「“あんまり”かよ」と外野が呟く。牽制のため銀鎖を放とうかとした瞬間、妖夢の姿が消えた。

「!!」

否、消えたのではない。身を低くし、瞬間的に跳躍したのだ。

━━早い!!

驚くべきはその瞬発力だ。たった一度の跳躍であっという間に距離を詰めてきた。

 放たれるのは横なぎの一閃。

避ける時間は無い。ならばと逆に体を前に出した。

敵の刀を持つ手を掴み、相手の速度を利用して背後に投げ飛ばす。

そしてその際に蹴りを叩き込んだ。

━━マサとの訓練の成果ですわ!

 しかし妖夢は咄嗟に腕で蹴りを受け、その衝撃を利用して大きく跳躍した。

地面に着地するのと同時にもう一度刀を構える。

「今のは合気道ですか?」

「Jud.、 かなりアレンジが入っていますけど」

 妖夢は再び腰を落す。今度こそ牽制の為に銀鎖を一本放つとそれを潜り抜けるように再び跳躍する。

 だがこれは予想済みだ。時間差でもう一本の銀鎖を横なぎに叩き込む。

これをも姿勢をさらに低くし回避するが、相手の軌道は直線的だ。

一歩踏み込み拳を放つ。

 拳は妖夢の顔面を捉え……無い!?

 妖夢は自分の前で急停止をし、跳躍した。頭上を飛び越え、背後を取られる。

「銀鎖!!」

最初に放っていた銀鎖で商店の柱を掴み、自分を引っ張る。

その直後、刃が空を斬った。

危なかった。あと僅か遅ければ今頃両断されていただろう。

 次の攻撃に備え、振り替えると驚愕した。

なんと妖夢が二人に増えていたのだ。

━━どういうことですの!?

「魂符「幽明の苦輪」。半人半霊である私は半霊を分身として扱う事が出来ます」

 半人半霊。人間と霊体系種族の間に出来る種族と言うが、実物を見るのは初めてだ。

しかし半人半霊の証拠たる半霊を自分は見なかったが。

「空に浮かばしておきました。いざというときに備えて」

そう言い、妖夢が構えると分身もそれに続く。

「では、参ります!!」

二人の妖夢が駆け出した。

 

***

 

・金マル:『もしかしてミトっつぁん押されてない?』

確かに先ほどからミトは防戦一方だ。最初は速度を生かした一撃離脱戦法を主体にした剣士かと思っていたが、どうやら分身を利用したこの戦い方こそが彼女の本来の戦い方のようだ。

━━ミト、どちらかというとパワータイプですからね。

テクニカルタイプ相手は相性が悪いのだろう。

・あさま:『それにしてもウルキアガ君たちは何処に行ったんでしょうか?』

・貧従士:『あ、それでしたらこっちに向かってるそうです』

だったらこの相対直ぐに終わるかもしれませんねー。

と思っていると着替えに行った天子たちが戻ってきた。

 天子は一度立ち止まると深呼吸をし、スタートダッシュの構えを取る。そして全力で駆け出し、跳んだ。

 そして綺麗なフォームで膝蹴りを繰り出し、縄で縛られた全裸の顔面に当てた。膝蹴りを入れられた全裸は回転しながら吹き飛ぶがホライゾンが縄を引き、全裸が元いた位置に叩きつけられる。

・天人様:『ふう! スッキリした!!』

・ホラ子:『お見事です天子様』

・天人様:『当然よ。あ、あと四回ね』

・礼賛者:『小生思いますにミトツダイラ君の応援をしてあげるべきでは?』

・あさま:『あれ、みんな見てるんですか?』

・いんび:『はは、ちょっとしたイベントだからね! みんな表示枠に釘付けさ!』

・粘着王:『我輩も体を揺らして応援しているぞ!』

うちってイベント好きですよねー。と今さら思う。

 ふと視線を野次馬の方に移すと半竜たちが駆け寄ってきていた。

 

***

 

「ちょ、ちょっとなんで戦ってんのよ!」

エステルはそう言い、慌てて人ごみに入ろうとする。しかしそれを半竜が制した。

「どうやら正式な相対戦のようだ。今拙僧たちが割り入っても良い結果にはなるまい」

 半竜にそう言われエステルは困ったように立ち止まる。そしてこっちに視線を送ってきた。

正式な相対戦である以上、自分達が口を挟む事ではないだろう。

ただどうしてこうなったのかが気になるが。

「まあ、どうせ正純の奴が戦争できないストレスから相対戦を持ちかけたのであろうな」

そんなことで!?と驚き成実の方を見れば、成実は「何時もの事よ」と肩を竦めた。

 どうやら思った以上に凄いところらしい、武蔵は。

「ともあれ」という半竜の声に視線が前に戻る。

「暫くはこのレアイベントを楽しむとしよう」

 

***

 

━━隙がありませんわ!!

 妖夢の攻撃は熾烈であった。互いの隙を補うように攻撃は繰り出され、さきほどから自分はかわしたり、弾いたりするので手一杯だ。

とにかくあの連携を崩さなければどうにもならない。

 顔を狙った刺突が来る。顔を逸らし、避ければ分身が腰を狙った横なぎを行う。

直ぐに腕に右手に銀鎖を巻き、刃を受け止めるとそのまま力任せに押し出した。

 分身の体勢が崩たところを突きたいがそうは行かない。

既に本体のほうが構えており、下手に前に出れば切りつけられるだろう。

 左の銀鎖で再び商店の柱を掴むと一気に距離を取る。

妖夢たちは既に追う体勢を取っておりこのままではジリ貧だ。

そう思うと同時に近くの看板を掴み投げつける。

「必要な損害ですのよ!」

妖夢はそれを切り払う。

 他には! と手を伸ばし掴んだ。そしてそれを先ほどと同じように投げつける。

「あ」とホライゾンが声をあげる。

 何事かと思い、投げたものを確認するとそれは全裸の王であった。

━━やってしまいましたのよぉ━━━━!!

 直ぐにホライゾンに縄で引っ張れと目で合図する。するとホライゾンは頷き手を離す。

な、何故!?

「いえ、ミトツダイラ様が囮としてトーリ様を投げたのではと思い。これは直ぐに加勢しなければと手を離しました。ホライゾン、ナイスプレイです」

ガッツポーズをとるホライゾンを無視し、宙を飛ぶ全裸を見る。銀鎖で回収するのは間に合わない。

下手をしたら王が斬られるかもしれない! と戦慄すると、妖夢の動きが止まっている事に気がつく。

どうやら突然全裸が飛来した事に驚愕しているらしく立ち止まっていた。そしてそれが致命傷となる。

全裸は妖夢目掛けて一直線で、ちょうど股間が彼女の頭の位置にある。そして見事クリーンヒットする。

誰もが沈黙する。

そして妖夢がひっくり返った。

 

***

 

 妖夢は大の字でひっくり返りその顔の上に全裸の尻が乗るというなんとも悲惨な状況となっている。

 いつの間にかに分身は消えており、色々な意味で主を心配しているようだ。

━━えーっと?

 これは勝ったということで良いのだろうか?

ふと全裸がこっちを向く。

「じ、事故だ! な、な、ネイト!」

「え、ええ! 事故、事故ですのよ!」

とりあえず王を銀鎖で回収し、横に置く。

・● 画:『うわぁ……これは一生もんだわ』

・天人様:『いるのよねー、どう頑張っても最後はネタになる奴って』

助け起こしたほうが良いのだろうかと思っていると、妖夢が立ち上がった。

 表情は消え、幽霊のようにフラフラと歩く。

「だ、大丈夫ですの?」

心からの心配。

妖夢は暫く立ち尽くしていると突然肩を振るわせ始めた。

そして怒りやら絶望やら悲しみやらが入り混じった顔で刀を振り上げた。

「も、もももも、もうルールとかどうでもいいです! 全部斬りますっ!!」

 妖夢の叫びとともに刀に流体光が灯って行く。

なんだか知らないがアレはマズイ。そう本能で危険を察知すると、全裸を後ろに投げ飛ばし駆け出した。

「迷津慈航━━━━」

「銀鎖!!」

互いにぶつかる瞬間、蝶が舞った。

 二人は動きを止める。いつの間にかに二人の間には一人の女性が立っていた。

女性は桃色の髪に、青い着物を着てその両手に持つ扇子を妖夢と此方の首に突きつけていた。

 そして此方を見ると笑顔でウィンクをした。

「はい、そこまで」

そう言うと、胸元から団子を取り出し食べ始めるのであった。



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~第四章・「遠き地の待ち人達」 何時か会うまで (配点:剣豪)~

 突然の乱入者を前に誰もが動けないでいた。

当の本人は周囲の目を気にせず団子を食べている。

━━これ、どう反応すればいいんですの?

 この桃色の髪の女性が只者ではないというのは分かる。

一見隙だらけのようだが彼女の足元を見れば此方の動きに合わせていつでも動けるようにしている。

おそらく武術かそれに近い物の経験者であろう。

 自分と相対していた妖夢を見れば、口を大きく開け、固まっている。

「は!」という声を出すと刀をしまい女性に駆け寄った。

「ゆ、幽々子様!? なんでここに!?」

どうやら彼女の関係者のようだ。

ということは遊撃士の一人? と思っていると幽々子は扇子で自分の口元を隠した。

そして笑顔で「まあまあ」と笑う。

妖夢が何かを言おうとし、一歩前に出ると幽々子が携帯式通神機を渡した。

「これは?」と妖夢が訝しむと幽々子は「貴女の知ってる人よ」と言う。

「はい、もしもし魂魄妖夢です。どちら様ですか? ━━━━は? 魂魄妖忌? え? え? もしかして師匠ですか!? 今何処にいるんですか!? というか何で失踪したんですかぁ!! え? 今ミシュラム観光中? そう言うことだから幽々子様の世話は任せた? え、ちょ、こら! 切るな! おい!!」

 通信が切られたらしく通信機からは切断された事を知らせる音が流れる。

妖夢は通信機を幽々子に返すと肩を震わせ、上を仰いだ。

「なんじゃぁぁぁぁぁぁぁそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

***

 

 中国地方、出雲・クロスベルの地にある保養地ミシュラム。その中にある大型テーマパークの売店地区のパラソル席に二人の人物が座っていた。

 一人は白く長い髪を後ろで結い、長い立派な髭を持つ老人でサングラスを掛けアロハシャツと短パンを着ていた。

もう一人は黒く長い髪を持ち頬に傷のある男性である。

 老人は携帯式通神機を使い誰かと会話をしておりそ会話を終えると通神機を折りたたんだ。

「何方と会話を?」

そう黒髪の男性が尋ねる。

「ああ、孫とな。孫が遊撃士をしておるとお主から聞き、久々に声が聞きたくなったわ」

と老人が笑う。そしてテーブルに置いてあるレモンサワーに口をつける。

「それで? 『風の剣聖』アリオス・マクレインともあろう者がこんな爺に何用かな?」

老人の言葉にアリオスは目を閉じた。

「御謙遜を……魂魄妖忌といえば剣の道においてその名を知らぬ者はいますまい」

「はは、口が上手いのう」と妖忌が笑う。

「じゃが、当人を前にして幻滅しただろう? こんな変人と知ってな」

そう言われアリオスは少し困ったような顔をする。確かに自分が聞いている限りでは非常に厳格な人物であったと聞くが、話してみれば非常に砕けた人物だと思える。

「まあ、今は仕えるべき主も弟子もおらんからな、こう肩に力を張らずに生きれるとものよ。あ、半分死んでおったな。これは失礼」

そうおどけるてみせる妖忌を見てアリオスは口元に笑みを浮かべる。

「で、だ。もう一度聞くが何の用かね?」

「ええ、本日伺ったのは他でもなく、妖忌殿のお力を遊撃士協会に貸して頂きたい」

「ふむ」と妖忌は顎鬚を撫でる。

「遊撃士協会はそんなに人手不足かね?」

「以前までは今いる人員で対処できました。しかし、織田が戦を始めて以来どの国も以前にもまして戦事に専念し怪魔や異変に対する策を疎かにしています。

我々遊撃士は出来うる限りの事はしていますが、正直厳しい状況です」

「それでこんな老人まで引っ張り出そうと」

アリオスが申し訳なさそうに頭を下げる。妖忌は「気にせんでいい」と言うとレモンサワーのグラスを傾ける。

波打つサワーの表面を見ながら妖忌は口を開いた。

「申し訳ないが遊撃士になる事は出来ない。ワシにも一応の目的は有るのでのう」

「目的……ですか?」

「うむ。アリオス殿はこの世界に来たのは何時か覚えておるか?」

「は?」とアリオスは眉を僅かに顰める。そしてややあって。

「七年前ですが……それは統合事変に巻き込まれた人間すべてがそうである筈です」

 「だろうな」と妖忌は頷く。

「では質問を変えよう。お主は七年前の事を、統合事変の時何をしていたか覚えておるか?」

「それは当然━━━━」

そこまで言ってアリオスは固まった。

自分が何時来たのかは覚えている、しかし当時自分が“何処”で“何”をしていたのかが曖昧だ。

まるで霧がかかったかのように不明瞭である。

 その様子を見ていた妖忌は「やはりな」と頷いた。

そしてグラスを元の位置に戻すと腕を組む。

「自分が何時来たのかを知っておるのに当時何をしていたのかを記憶していない。

これは異常な事だ。しかしもっと異常なのはその事に誰も気付いていないという状態、普通記憶に欠落があれば誰もが気がつくであろう」

確かに。自分も言われるまで全く気がつかなかった。

そして気がつけば何ともいえない気味悪さが纏わりつく。

「もしやこれを調べているので?」

「うむ。我々には知らない事が多すぎる。この異常な世界の謎を解明せねば何れ大変な事になる━━━━そう思えるのだ」

「確証はないがな」と妖忌は付け加える。

暫くの沈黙の後、アリオスは溜息をついた。

「そう言うことでしたら引きとめられませんな」

「悪いのう。じゃが協会には参加できんが協力なら出来るぞ? ワシとて人々が苦しむ姿は見たくはない。必要と有れば何時でも助力致そう」

 そう言われアリオスは深々と頭を下げた。

 話を終えると妖忌は通神機で時刻を確認する。

「おや、もうこんな時間か! 早く行かなくては!」

「どちらに?」

アリオスに問われ妖忌は親指を上げる。

「“戦場”じゃよ」

 

***

 

 各アトラクションに続く中央広場には多くの人々が集まっており。長蛇の列が出来上がっていた。

列の先、広場の中心にはテーマパークのマスコットキャラである“みっしぃ”と従業員の女性がおり、その前には大きなくじ引き機が置いてある。

 女性がマイクを取ると手を上げる。

『みなさ━━━━ん!! こんにちは━━━━っ!!』

「「こんにちは━━━━!!」」

 従業員の女性の声を追うように人々が声を上げる。

 列の中には妖忌とアリオスの姿もあり、妖忌は他の人々と同じように拳を上げていた。

「こ、これは一体?」

「ああ、今日は特別イベント“みっしぃのドキドキくじ”の日なんじゃよ。こうして集まった観光客がくじを引いて景品を手に入れる。

このイベントの良心的な所はハズレでも“みっしぃタワシ”が貰えるという所じゃな」

「な、成程」と若干引き気味なアリオスを横目に妖忌はみっしいに向かって手を振る。

『さてさて、皆さんお待ちかねの“みっしぃくじ”の始まりです! 一列になって引いてくださいねー』

と従業員が言うと先頭に並んでいた男がくじを引き始める。

 どうやら早速ハズレだったらしく男は肩を落し列から外れて行く。

暫くハズレが続き妖忌の前の女がくじを引くとベルの音が鳴った。

『おめでとー御座います!! B賞の“みっしぃカレンダー”と“みっしぃタペストリー”でーす!!』

「ああ!! 妬ましい!! その運が妬ましいわ!!」

と何処からか少女の声が聞えてくる。

 景品をみっしぃから渡されると女は嬉しそうに列から離れていた所に立っていた男に駆け寄る。

「景品を当てただけじゃなくて彼氏持ち!? 妬まし過ぎて死にそうだわ!!」

なんだか凄いのがおるのぅ。と思いながらくじ引き機の前に来ると取っ手に手をかける。

こういったものは勢いが肝心だ。静かに、且つ大胆に。

今じゃ!!

 取っ手を勢いよく回し、くじ引き機が回転する。

からからと気持ちの良い音が鳴り響きその様子に固唾を呑む。

 そしてコロンと玉が落ちた。それは金色の玉でつまりは。

『おめでとう御座います!! A賞“等身大みっしぃぬいぐるみ”です!!』

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 思わぬ大賞に齢を忘れ叫んでしまう。

先ほどまで「妬ましい」を連呼していた少女がひっくり返るがまあ大丈夫だろう。

 みっしぃの前に立つと等身大ぬいぐるみを渡され、みっしぃに肩を叩かれた。

「おめでとう! これからもよろしくね!! みししっ」

 妖忌はぬいぐるみを抱きかかえ、上機嫌で列から離れる。

すると先ほどから少女が此方を見ている事に気がついた。

━━あの少女は確たしか先頭の方に並んでいた……。

 たしか缶バッチを手に入れた少女の筈だ。

 少女は小柄で水色の長い髪を持ち、黒い服を着ている。

少女の視線が自分では無くぬいぐるみに向かっていると気がつき、ぬいぐるみを左右に振ってみる。

すると少女の金色の瞳がぬいぐるみを追いかけた。

 その様子に苦笑し少女に近づくと彼女は「え?」と困惑した。

「お嬢さん、このぬいぐるみをあげようかね?」

少女は少し身構え困ったような顔をすると首を横に振った。

「いえ、お爺さんが取ったのですからそれはお爺さんのです」

そう言うものの少女の視線はぬいぐるみに釘付けのままだ。

妖忌は顎鬚を撫でながら暫し考えると「そうだ」とひらめく。

「じゃあその缶バッチを交換せんか? 生憎ワシは旅の身じゃ。みっしぃを連れて歩くのは少々大変でな。

それにお嬢さんのような可愛らしい娘さんの方がみっしぃも喜ぶじゃろうて」

 少女は暫く沈黙すると小さく頷いた。

「その……ありがとう御座います」

少女は頭を下げると妖忌からぬいぐるみを受け取った。

そして自分の身長より高いぬいぐるみを地面に立たせると缶バッチを渡す。

それをアロハシャツの胸に着け「似合うかの?」と尋ねると少女はくすりと笑った。

「妖忌殿!」

 声の方を見れば人ごみからアリオスが出てきていた。

アリオスは此方に近づくと少女の方を見る。

「む、ティオ君か」

「なんじゃ、知り合いか?」と尋ねるとアリオスは「彼女はクロスベル警察の人間だ」と言った。

「警察? こんな子がか?」

ティオは僅かに不機嫌そうな顔をする。

「子ども扱いしないでください。アリオスさんはお仕事ですか?」

「まあ、それに近いものだな。今日は一人か?」

と尋ね、周囲を見る。

「はい、その、今日はみっしぃくじの日だったので本当はキーアを連れてくるつもりだったんですけど。どうやらシュリと約束が有ったみたいで」

「バニングスたちは?」

「ロイドさんはセシルさんと予定が、エリィさんは午後から六護式仏蘭西の要人と会うらしくて、ランディさんはナンパに。課長はいつも通りですし」

「なるほど」とアリオスはどこか楽しそうに笑う。

 二人の会話を聞いていた妖忌もなんとなく楽しくなる。

「どうじゃお二人さん、一緒に昼飯と行かんかね?」

 時計の針はとっくに十二時を切っている。昼食をとるにはちょうど良い時間だろう。

しかしアリオスは首を横に振った。

「申し訳ないですがこの後仕事が入っているので自分はここで帰ります」

「仕方ない」と妖忌は頭を下げるアリオスに言うとくじの方が騒がしい事に気が付く。

ティオが眉を顰め「喧嘩みたいですね」と言う。

「まったく、こんな場所で何をしているんだか」

 妖忌は二人に一瞥するとくじの方に向かった。

 

***

 

 くじ引き機の周りには人ごみが出来ており、その中心には魔人族の男と先ほどの従業員がいた。

 男は左手にタワシを持ち、右手で従業員襟を掴んでいた。

「どぉぉぉぉぉぉぉいう事だよ!! なんでタワシなんだよ!!」

「ル、ルールですので」

従業員は先ほどから憤る男を宥めるが男の耳には入らない。

男は従業員を掴んでいた手を離すと頭を抱え蹲る。

「俺はよぉ! 俺はよぉ!! 今日この日を楽しみにして夜も眠れなかったんだ!! そしてやってみて何だこれは!? タワシだとぉ!! ふざけるなぁ!!」

そう叫び涙を流し始める。

「な、泣いたぞ」と周りの客が引き気味に驚く。

 従業員が困ったように周囲を見ると男は突然立ち上がった。そして両肩を掴み、揺さぶる。

「チェンジだ! チェンジ!!」

「む、無理ですよー」

 男が何かを言おうとすると肩を叩かれた。何かと振り返ればそこにはアロハシャツを着た老人がいた。

「なんだぁ! テメェは!!」

「他の客も困っておるんじゃ。子供みたいな真似はやめておけ」

 男の頭に青筋が浮かぶ。

「うるっせぇぞ!! テメェ!!」

 男が拳を振り上げ、老人に殴りかかった。

その重い一撃を老人が避けられるはずがない、誰もが叫び、老人の頭が吹き飛ぶ姿を見ないように目を閉じた。

 しかし、拳は老人に届かない。

 いつの間にか男が宙を舞っていた。

 

***

 

━━やれやれ。

 妖忌は思いながら放たれた拳を捉える。

 僅かに体を反らし拳を避けると、その太い腕を掴んだ。

そして投げる。

 男は空中で一回転しながら地面に背中から叩きつけられ地響きがおこる。

 ダメージこそ無いものの何が起きたのか分からず男は口を大きく開いたまま固まっていた。

 呆然とする客達を横目に従業員に近寄る。

「お嬢さん、大丈夫でしたかな?」

従業員は暫く固まった後、はっと我を取り戻す。

「は、はい。ありがとう御座います」

 慌てて頭を下げる従業員に微笑みかけると後ろを振り返る。

背後ではちょうど男が起き上がったところであり、男は近くのパラソルを掴むと棒の部分だけを引き抜き、槍のように構えた。

「やめておけ、怪我をするぞ?」

「ふっざっけんな!!」

 男は完全に頭に血が上っているらしく、此方に取り合わない。

 男が身構え、突進をすると客のほうからアリオスが刀を投げた。

「妖忌殿! これを!!」

 妖忌は刀を受け取ると鞘から僅かに引き抜き刃を見る。

「ふむ、良い刀じゃ」

 棒が突き出され、此方の顔を狙う。

それを顔を反らし避け、刀の鞘で払う。

 男は体勢を一瞬崩すが直ぐに立て直した。

どうやら、それなりの訓練を受けいているらしい。上越露西亜の方の兵士をやっているのかも知れない。

 男はその怪力を利用した連続突きを繰り出すがそれを摺り足で避ける。

「ちょこまかとぉー!」

 苛立った男は両腕で棒を掴み、全力のスウィングを行う。

それに合わせ跳躍し、男の頭上を飛び越え背後に着地した。

 今度こそ完全に体勢を崩した男は慌てて振り返るがそれよりも早く刀を引き抜く。

殺しはしない。

なにせここはテーマパーク、子供やみっしぃがいる前だ。

 刃を下にし、男の頭部にある角の先端を打つ。甲高い音が鳴り、男は「ご」という篭った音とともによろめく。

 刀を鞘に戻しよろめく男の足を払った。

 男は顔面から地面に倒れ、すかさずその背中に乗る。

そして刀を鞘に入れたまま首元に押し付けた。

「ここまでにせんか? お主も武を知るものなら分かるじゃろう」

 男は何か言いたそうに口を開くが、やがて視線を逸らし諦めた様に頭を下げた。

「うむ」

 妖忌は満足げに頷くと刀を掲げる。

広場はあっと言う間に歓声に包まれた。

 

***

 

「いやはや、変なことに巻き込んでしまってすまんのぅ」

ミシュラムから出雲・クロスベル市に向かうフェリーのデッキで妖忌はそう二人に謝った。

 あの騒動の後どうにも居辛くなったため、昼食を取りやめ帰ることにした。

「いえ、良いものを見せて頂きました」

とアリオスは頷き、ぬいぐるみを背負ったティオも頷く。

すると腹の音が鳴り、妖忌はこれは困ったと笑いながら頭を掻く。

「クロスベルに美味しい飯店があるんですけど、紹介しましょうか?」

ティオにそう言われ「おお、忝い」と笑う。

「しかし、ますます惜しい。自分でも往生際が悪いとは思うが是非とも遊撃士に参加して欲しいと思ってしまうな」

「はは、そこらへんは孫に期待しておくれ」

「お孫さんがいるんですか?」

とティオに質問され、妖忌はどこか懐かしむように海を見る。

「まだまだ、未熟者だがな。まあ、何時かは会えるじゃろう」

 なんとなくだがこの二人には運命のようなものを感じる。今はまだ、だが何れどこかでと。

もしかしたらあの噂を知っているかもしれない。そう思い聞いてみた。

「時にお二人さん、“結社”という言葉に聞き覚えがあるかね?」

その言葉を聞いた瞬間、二人の表情が強張った。

「何処でその話を?」

二人の反応を見る限り何か知っているようだ。

「うむ、この世界の秘密を探っている内に妙な噂を聞いてな、同じく東側で調べている奴がおるんじゃがそ奴が接触したらしいのだ」

「それは本当ですか?」

アリオスが真剣に質問する。様子を見るにかなり危険な連中のようだ。

「ああ、そ奴は北条・印度連合に所属しておってな、博麗神社といえば分かるか?」

「博麗━━━━東側で怪魔退治を専門にしている神社ですね」

「うむ、そこの失踪したとされていた先代殿が富士でやりあったそうだ」

富士━━最初の異変が起きた地で怪魔が現れたのもそこだ。

そんなところに居たとなるとかなり怪しい。

「彼女の報告によると道化師風の少年と化け物じみた強さの騎士、そして全身が白色の少女がいたそうだ」

「“道化師カンパネルラ”と“鋼の聖女アリアンロード”。どちらも“結社”の中心人物ですね。ただ……」

ティオがアリオスの方を見、彼は頷く。

「白色の少女については此方も分からんな。まだ見ぬ結社の一員なのか、それとも別の何かか……。

ともかくブライトたちに連絡しておく必要があるだろう」

 アリオスはそう頷くと妖忌の方を見た。

「明日、正式な場において遊撃士との情報交換を行っていただきたい。宜しいか?」

 たった一言が随分と大事になったものだ。だが、有益な情報を得られるというならやる価値はあるだろう。

アリオスと握手を行うとフェリーが汽笛を鳴らす。

船首の方を見てみれば出雲・クロスベル市が見えていた。



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~第五章・『夕闇の舞い手』 さて、はじめようか (配点:一日目)~

 

━━もう疲れました……。

 なんだかおぞましい物が顔に当たった事と突然の主の登場、そして失踪していた祖父との会話。

今日一日で1年分くらいの労力を使った気がする。

自分の主である西行寺幽々子は暢気に団子を頬張っているし、先ほどまで相対していた武蔵の騎士は困惑した視線を此方に送っている。

━━いや、そんな目で見られても困る。

 とりあえずこの場をなんとかしなければ。何かきっかけは無いものかと周囲を見ると、人ごみを分けエステルたちが現れた。

「ゆ、幽々子さん!?」

「あらー、エステルちゃんにヨシュア君じゃない。奇遇ねー」

「あ、相変わらずですね」

 ヨシュアが苦笑する。

「というか何でいるの!?」

 エステルに言われ自分も頷く。

「“なんで”って、だって私支部長だから」

「え、何処の?」とエステルの声に幽々子は地面を指差す。

「武蔵の。だから三人とも今日からよろしくねー」

 固まる。

 自分だけでは無くエステルとヨシュアも同様だ。

エステルは我に返ると叫んだ。

「あ、あんですってぇ━━━━━━!!」

 久々に聞きましたねー。その叫び。

 いや現実逃避してる場合じゃなくって。

「なんでそういう大事な事を事前に言わないんですか!! というか何時決まったんですかぁ!!」

 幽々子は暫く思案し、冷や汗を掻く。

「いつだったかしらー」

 幽々子の目が泳ぐ。

 肩からどんどん力が抜けるのが分かる。なんかもう不貞寝したい気分だ。

 幽々子は「ともかく!」と言うと、武蔵勢の方を見た。

「これ、どういう状況?」

 

***

 

「えっと、ですね。幽々子様、いいですか? あ、団子は食べてていいです。

私は以前からずーっと思っていたんですよ武蔵というか徳川は悪であると。

それでいざ来たら町の人は穏やかでそれでいて全裸が走り回っている……あ! これじゃよく分かりませんね! でもご安心を、私にもよく分かりません!

と、話を戻すとようするに武蔵の本質が善であるのか悪であるかを確かめるためにとりあえず斬ってみる事にしたんです」

 色々端折ったがまあ大筋はあっている筈だ。

話し終え、幽々子の顔を見ると彼女は笑顔で質問してきた。

「それで? どうだったの?」

「━━━━」

 「どうだったのか」と聞かれ答えることは出来なかった。

武蔵の生徒たちから感じられる気は決して悪のものではない。しかし善とはまた違う何か。

これは一体何なんだろうか?

 彼らが纏う空気は以前自分もどこかで感じた覚えがある。

しかしそれが思い出せない。

「━━分かりません」

「あら、貴女らしくないわね」

その言葉に嫌味は感じられない、ただ単に自分が話しやすいようにしてくれているのだろう。

「ただ、彼らが悪では無いとは言えます」

「そう」と納得したように頷くと団子を頬張る。すると自動人形の少女が湯飲みを出した。

「粗茶ですが、いかがでしょうか?」

 幽々子は目を輝かせ受け取る。そして一口つけるとこちらに振り返った。

「妖夢! この人たち良い人よ!」

「ああ、もう! 餌付けされないでください!!」

「まあまあ、妖夢ったら。禿げるわよ?」

 いい加減怒っていいだろうか?

そう思っているとヨシュアが幽々子に近づいた。

「その、幽々子さん。どうせだから武蔵の代表と会ったほうが良いんじゃないですか?」

「そうね」と言うと武蔵勢の方を見る。

「私は誰と話せば良いのかしら?」

 

***

 

・あさま:『“誰と話せば”ですか。これって武蔵の代表は誰かって聞いているって事ですよね』

 だろうな。と正純は頷く。

 言葉通りの意味であれば総長兼生徒会長の葵が出るべきなのだろうが、恐らくそれは違う。

・副会長:『葵、私が武蔵の代表として出るが良いか?』

・俺  :『おう、いいぜ! というか俺、今コカーンに縄が食い込んでもう少しで“らめぇぇぇぇぇ、お嫁に行けないのぉぉぉぉぉ!”って感じになるから楽しみにしておけよ!!』

 ホライゾンが馬鹿の後頭部に拳を叩き込み、バウンドした全裸を天子が蹴り上げた。

・ホラ子:『再三ながら、お見事です』

・天人様:『けっこー楽しくなってきたかも。あと三回ね』

 比那名居も結構馴染んできたよなー、と思う。

それが本人にとっていい事か悪い事かは分からないが。

 とりあえず全裸たちを無視すると一歩前に出た。

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ。武蔵の代表として話がしたい」

「あら? 私は武蔵の代表と話がしたいって言ったのよ? 武蔵の代表はそこの面白い子でしょう?」

「Jud.、 そこの全裸は確かに総長だがたった今この交渉を任された。

また、貴女の言う武蔵の代表というのはこの場を『“最適に纏めれる”武蔵の代表』と言う事ではないか?」

 幽々子は嬉しそうに目を細める。

どうやら当たりだったらしい。

「ええ、そう言うことだったら貴女とお話しするわ」

 「どうぞ」と促される。

「まず最初に言いたい事は、今回の相対戦は誤解から生じた事であり武蔵は遊撃士協会と敵対するつもりはない」

「あら? その言い方だと勝手に誤解したうちの妖夢が悪いと言っているように聞えるわね」

 幽々子の背後にいる妖夢がその身を硬くする。

幽々子が後ろに「大丈夫よ」と声を掛けると続けた。

「でもそちらにも問題があったのではないかしら? 白昼堂々全裸が町を歩いていたら、ましてや少女を追い掛け回すなんて、何も知らない人が見たら誤解するのは当たり前ではないの?」

 確かに。と思わず頷きそうになる。

「確かに誤解を招く事態を起こした事は謝罪する。しかし、これが彼の正装である事も考慮して欲しい」

・● 画:『全裸、ついに正装扱いされる!』

・金マル:『全裸である事に違和感無いもんねー』

・ホラ子:『おやおや、芸人の癖に主芸が飽きられてますよトーリ様。ふ、しょせんは三下芸人って事ですね』

・俺  :『く、くそ! 見てろよ! 次は女装だ!! あ、でも主芸って言い方は何かエロイよな! 手芸! 手で致すみたいな!』

 ホライゾンがアッパーを入れ飛んだ全裸が落下するタイミングで天子がストレートパンチを叩き込んだ。

・天人様:『あ、今のよく分からないうちに殴っちゃったからノーカウントね』

 何をしてるんだあいつらは……。

呆れ顔で後ろ振り向いていると、正面、扇子を広げる音が響く。

 幽々子は広げた扇子で口元を隠すと此方を見つめる。

「彼のあの姿が正装ということは分かったわ。

でも、遊撃士が来ると分かっている日に服を着ずにあまつさえ覗きをするなんて、これ、遊撃士を馬鹿にしているのかしら?」

 そう来たか。

相手は此方を認めた上で諌めに来た。

これを否定すれば遊撃士の前で覗きを黙認する事になる。

しかし肯定する事も出来ない。

 ならば。

「しかしそれは此方にも言える事だ。此方は遊撃士の出迎えのために第二特務を派遣した。

その出迎えを無視し、独自行動をとったという事は総長連合に対する侮辱ではないか?

まさか天下の遊撃士が人との約束を放り出して辻斬りしてたなんて言わないだろうな?」

 幽々子の背後の茶色い髪の少女が何かを言おうと一歩前に出るが隣の黒髪の少年が制する。

 ここら辺が落しどころだ。

これ以上続けたとしても互いに得はしないだろう。

「支部長殿。今日の事は互いに非があり、そして被害者だ。水に流すのはどうだろうか?」

「構わないわ」と幽々子が言うと同時に肩の力が抜ける。

 取り敢えずはこれで遊撃士との蟠りは解消できるはずだ。

そう思っていると、幽々子が未だに此方を見ていることに気が付く。

「まだなにか……?」

「ええ、ちょっとしたクイズよ。いいかしら?」

 返答として慎重に頷くと幽々子は目を細めた。

「遊撃士協会支部が武蔵に建てられたのは何故だか分かる?」

 

***

 

は? 遊撃士協会が武蔵に建てられた理由?

そんなのは明白だ。

遊撃士協会は建てられて以来急速に活動範囲を拡大している。

しかし、それは西側での話だ。

 もともと術式や思想がTsirhc系に近かったゼムリア大陸出身の遊撃士協会は聖連と共同して各地に支部を建てた。

 それに対して関東や東北方面は神道術式を主体とした“神社”が遊撃士協会と似たような活動を行っており、それ故に遊撃士協会は東側に手を出せなかった。

 本来なら協会と神社が共闘するべきなのだろうが“神社”そしてその背後の東側諸国は協会を招きいれた際に聖連の介入を受けるのを恐れている。

 だからこそ中間点に位置する武蔵に協会支部を建てる事によって東側への足がかりを得ようとしているのではないか?

「━━━━」

 そう言おうとしていた口を閉じる。

 いや、違う!

 彼女が聞いているのはそんな表面的のことではない。

もう一度彼女の言葉を思い返す。

彼女は遊撃士協会が武蔵に建てられた理由を聞いてきた。

 武蔵に?

ふとその部分が引っかかる。

 武蔵は現在徳川に所属している。そのため遊撃士協会は武蔵にあるのではなく、徳川にあると言えるはずだ。

 そこまで考え気が付く。

━━そういう事か。

「一つ確認したい。今、貴女は何故“武蔵”に支部が建てられたのかと聞いたな?」

「ええ、そうよ」

「つまり、遊撃士支部が岡崎でも浜松でもなく武蔵に建てられた理由だな」

・あさま:『あのぅ、それどういう意味ですか? 場所にそれほどの意味が?』

・副会長:『Jud.、 武蔵の特性を考えて欲しい。現在武蔵は徳川所属の船で、その巨大さから領土といっても過言ではない。

しかし、武蔵は移動するんだ』

・俺  :『そんなの当たり前じゃね? だって武蔵は戦争にも参加するんだからよ』

・魚雷娘:『なるほど。分かりました。“移動する”というところが重要なのですね』

・副会長:『ああ、遊撃士の仕事は支部周辺の平和を守ることだ。しかし支部が武蔵にあると武蔵が移動した際に遊撃士は徳川領での活動がし辛くなる。

支部が空にあるんだ。地上に降りるにはその都度飛空挺や輸送艦が必要になり、

武蔵が他国と交戦している場合は地上に降りることも、武蔵に戻る事も出来ない。

地域密着型の組織にとってはこれは致命的だ』

・あさま:『それに武蔵は浅間神社が管轄してますから遊撃士の権限は大分制限されますね』

・俺  :『じゃあなんであいつ等こっちに来たんだ?』

 そこだ。

何故徳川本土ではなく、武蔵を選んだのか?

それはおそらく。

「遊撃士協会は更に言えばその背後の西側諸国は武蔵を危険視している、という事か」

 そう言われ幽々子は頷いた。

「そういう事。私達の上司は貴方達を危険人物だと捉えているわ。だから私達を武蔵に派遣して有事の際には介入する。それが目的よ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」と声をあげたのは幽々子の背後にいたエステルだ。

「遊撃士は各国の政治には関与しないっていうのが決まりでしょう? でも幽々子さんの言い方だと聖連次第では遊撃士の仕事に介入されるみたいな言い方よね。

そんなの許されるの?」

 その質問に答えたのはヨシュアだ。

「残念ならがら今の遊撃士が聖連の介入を受ける可能性はある。

その理由は協会のスポンサーが聖連だからですよね」

「ええ、そうね。

統合争乱直後にあった遊撃士協会の拠点は土地ごと転移したクロスベルのみ。

そんな遊撃士がここまで勢力を取り戻せたのは聖連から多大な資金が“寄付”されたからよ。

勿論建前は怪魔討伐を支援する為、でも本音は遊撃士のスポンサーとなることで聖連が有事の際に動かせる駒を増やす為ね」

 「じゃ、じゃあ」と声をあげたのは妖夢だ。

「遊撃士は聖連の言いなりという事ですか?」

「それは違うわよ? 妖夢。遊撃士協会は確かに資金提供を受けている聖連に刃向かう事は出来ないけど、聖連もまた私達を拘束できないわ」

「そうなの?」とエステルが質問する。

 確かに聖連は遊撃士協会を拘束できない。なぜならば遊撃士は聖連がもっとも恐れるものを持っているからだ。

それは━━。

「━━民衆の支持だな」

 「正解」という風に幽々子は目を細める。

遊撃士の連中だけでなく武蔵の連中もが「どういうこと?」と此方を見てくる。

 それに答えるため、一回咳きを入れる。

「いいか、遊撃士は聖連がもっとも恐れるものを持っている。それは民衆からの支持だ。

遊撃士の主な活動は怪魔の討伐に異変の調査、そして民から寄せられる様々な依頼をこなす事。

その為何処に行っても遊撃士の支持は厚い。

もし聖連が遊撃士協会を敵に回せばそれは民衆を敵に回すと同意義だ」

 一息入れる。

「勿論これは遊撃士協会にとっても同じ事だ。いくら遊撃士の構成員が各国の特務クラスだとしても相手は国家。

戦いなれば勝てる相手では無い。仮に勝利したとしても巨大なスポンサーがいなくなる事になる。

聖連が各国と協同して経済制裁を与えれば協会は活動できなくなる。

だからこそ協会はある程度聖連の意向を留意し、聖連も遊撃士協会に拒否権を残しておく。

そう言う事だな」

 と幽々子を見れば頷いた。

「流石は武蔵の副会長ね。でも、一つ言っておくことが有るわ。

それは今回の支部が武蔵に建設された件、聖連の意向も有ったけど、最終的に決定したのは“私達”よ。

その事の意味が分かるかしら?」

 つまりは自分達の意志で武蔵に建てたという事だ。その理由なら簡単だ。

「遊撃士協会自体が武蔵を危険視している、という事だな」

「正解。

遊撃士は織田と共に戦乱を広める武蔵そして徳川を危険視しています。

特に武蔵は徳川の主力であり、いうなれば移動城砦。

私達はそこに打ち込まれた楔だわ。

もし、徳川と武蔵がこの世界の民に災厄を振りまく存在なら私達は“支える篭手”を掲げます」

 なかなかに大変な客人が来たものだ。だが焦りは無い。

そんな事態にはならないという根拠の無い確信がある。

「そう言うことならここ、私達を武蔵で見ていてくれ。

そして私達への思いが杞憂であったと分かってくれたならば、武蔵アリアダスト教導院は遊撃士協会と共に歩みたい」

 そういい終えると手を差し伸べる。

幽々子も手を差し出し、握手をする。

「期待しているわよ、武蔵の副会長さん」

「Jud.、 決して失望させないと誓おう」

 互い握手を終えると、幽々子はこれにて会談は終了という風に扇子を閉じた。

 

***

 

 緊張が解け、肩から力が抜けるのが分かる。

それにしても油断なら無い人物が来たものだと思う。

遊撃士たちもそうだが、支部長の幽々子も最初は掴みどころの無い人物のように思えたが、先ほどの会談からかなりの切れ者であることが窺える。

能有る鷹は爪を隠すというが……。

どちらにしろ敵に回せば厄介なタイプであることは間違いない。

しっかりしないとな……。

 後ろを振り向けば全裸が縄の上に銀鎖で巻かれていた。

一体何があったんだ。という疑問と同時に急激に今後が不安になる。

 ふと時計を見れば時計は既に午後1時を過ぎている。

三時からは家康公が次の目標を宣言するはずだ。

その場には武蔵からも葵とホライゾン、浅間にネシンバラそして私が参加する予定となっている。

そろそろ移動してもよい頃合かと思う。昼食は岡崎行きの輸送艦で食べればいいだろう。

 そう思い、皆に話しかけようとした瞬間浅間の表示枠が開く。

浅間は「あ、岡崎からです。ちょっと待ってください」というと音声通神を行う。

「はい、浅間です。え? え? 点蔵君が? ……はい。……はい。

…………直ぐに向かいます」

 どうしたんだ? と思っていると浅間が表示枠を閉じ、此方に向く。

 浅間は頬を引きらせながら言う。

「点蔵君が岡崎城で間者を捕まえるついでに痴漢して捕まったそうです」

 

***

 

ふーむ、なんでこうなったので御座ろうか?

 そう点蔵は座敷牢で正座しながら考えていた。

 なんだか随分と無用心な間者を見つけ、確保したまでは良かった。

会議の場に落ちた後衛兵が駆けつけ、間者が取り押さえられた。

事情聴取のため自分もついて行き別室待機していたが突然衛兵が入ってきてこう言われた。

「あ、君。痴漢で逮捕ね」

━━別に悪意は無かったんで御座るがなー。

 メアリが釈放の手続きをしてくれているので、もう直ぐこの牢からは出る事が出来るだろう。

 問題はその後だ。

 釈放手続きは浅間神社経由で行われる。つまり自分が痴漢をしたという誤報は外道どもに知らされる。

 血の気が引いた。

い、いっそこのまま牢に篭ってようか。

そう思いながら座敷牢をまじまじと見る。

 この座敷牢は元々岡崎城にあったものを回収したもので檻は木造で上手くすれば鍵穴に手が届くように見える。

しかしそれはあくまで視覚上のもので実際には術式が壁状に張られており迂闊に触れば隣の牢で少し焦げている少女のようになる。

 というかさっきから蛙が潰れたような体勢をとったままで御座るが大丈夫だろうか?

「おーい、生きてるで御座るかー?」

 少女はむくっと頭だけを此方に向け不機嫌そうな表情をする。

「うるっさいわねー、この変態」

「簡単に見つかってしまうような間抜けな間者に言われたくないで御座るよー」

 今にも噛み付きそうな表情で此方を睨んでいる少女をまじまじと観察する。

 茶色い髪に茶色い瞳、背中に生えている翼を見るに天狗族、それも鴉天狗だろう。

その上で少々間抜けであったが一応忍び。

自分の事をフリーのジャーナリストと言っていたが恐らく真田の手の者で御座ろうな。

「さ、さっきから何見てんのよ?」

「76、やや小振りといった所で御座るな」

 此方の視線が胸に向かっていることに気がつき、牢越しに掴みかかろうとする。

 しかしまたもや術式に触れ電流が流れる。

「ひぎぃ」と何ともいえない声を出して再び大の字に倒れた。

 いやー、普段弄られてるから弄る側は新鮮で御座るなー。

と思っていると奥の扉が開く。

 帯刀した番兵が入って来ると牢の戸を開けた。

「釈放だ。お前さんの仲間たちが迎えに来ているぞ。よかったな」

 むしろ悪い気がする。

 とりあえず番兵に礼を言うと牢から出る。

 番兵は此方に一瞥すると奥の牢を開けた。

「彼女を釈放するので御座るか?」

「ああ、彼女は“ジャーナリスト”なんだろ? だからこの後の家康公の宣言に参加させるんだとさ」

 成程、あえて泳がせて更にその裏を探ると言う事で御座ろうな。

 指示を出したのは恐らく服部半蔵だろう。

彼は同じ忍びとして見習うべきところが多い。

「うわ、こいつなんで気絶してんだ?」

 番兵が此方を見ると、足元で潰れている少女を指差した。

「悪いがこいつ連れ出してくんねーか?」

 

***

 

 浅間智は岡崎城の地下牢前で弓を持ちうろついていた。

何という事ですか、何時かは出るんじゃないかなーと思っていたがついに犯罪者が出てしまった。

 さっき遊撃士に自分達の正当性を認めさせると誓ってしまったその直後のこの失態。

どうしましょうか?

「とりあえず一発ズドンと行くべきでしょうか……?」

「いやいや! 浅間、とりあえずメアリに聞こうぜ」

 隣のトーリに言われ浅間は頷く。

そうですよね! いきなりは酷いですもんね! とり合えず話を聞いて、それから威力を決めましょう。ええ。

「で、だ。実際のところどうなんよ? あいつマジで痴漢したの?」

 トーリに聞かれメアリは首を横に振る。

「点蔵様は岡崎侵入した間者を追うといって、屋根裏から追いかけてその後捕まってしまいました」

・銀 狼:『どう思いますの? 正直第一特務がそこまでの変態だとは思っていませんが……』

・天人様:『英国王女が庇っている可能性もあるんじゃない?』

・金マル:『いや、メーやんに関してはそれは無いんじゃないかなー』

 ともかく後は本人に聞いてみるしかありませんねー。

「それに」とメアリが言葉を続けた。

「牢屋に入ってから点蔵様、凄くおちんこだしてましたし」

・● 画:『ないわー。まじないわー』

・ウキー:『何をやっておるのだあの男は……』

やっぱりありったけの浄化術式ぶち込むべきでしょうか?

 そう思っていると地下牢から点蔵が出てきた。彼は背中に少女を背負っており、此方に気がつくと頭を下げた。

「ついに拉致までしたか!!」

「違うで違うで御座るよ!! というか浅間殿!? 笑顔で弓を構えない!!」

「とり合えず事情を説明してください? それから撃ちますから」

「撃つ事前提!?」と抗議の声を上げるが無視で。

 点蔵はがっくりと首を下げると、背負っていた少女を地面に座らせる。

「とりあえず、まずは岡崎に行った辺りから━━」

 

***

 

「━━━━ということで御座るよ」

 今までのことを一通りに話すと周りを見る。

う、嘘は言ってないで御座るよ!

 内心の冷や汗を隠しつつ話していたが正直心臓に悪い。

何せ先ほどから浅間が笑顔のまま弓を構えているのだ。

「う、ん? ここは……」

 その声に振り返れば先ほどまで伸びていた少女が目を覚ます。

「大丈夫で御座るか?」

 少女は暫くぼーっとしていると、周りを確認する。そしてややあってから目を見開き此方を指差した。

「誘拐犯!?」

「だから何でそうなるんで御座るか!!」

「あー、ちょっといいか?」

 自分と少女の間に正純が割り入ってくる。

少女が不審そうな目を正純に向けると彼女は頷いた。

「私は武蔵アリアダスト教導院の副会長、本多・正純だ。お前はさっき気を失っている間に釈放されたんだ。“ジャーナリスト”なんだろ?」

 少女は暫く固まった後、慌てて立ち上がる。

「え、ええ。そうよ! 私は姫海堂はたて、フリーのジャーナリストよ。

今日は家康公が重大な発表をすると聞いて岡崎城に来たんだけど、どうやら間違ったところから入ったみたいでね!!」

「苦しいで御座るなー」

 キッと睨まれる。

「ではえぐれほたて様はこの後の発表に参加されるので?」

「ええ、そうよ……て、おい。人の名前を勝手に魚介類にするな!」

 ホライゾンが親指を立てて頷き、少女は額に青筋を浮かばせる。

━━いきなりホライゾン殿との会話は難易度高いで御座るよなー。

まずはネシンバラ殿辺りからで御座ろうか? そう思っているとこの場にそのネシンバラが居ない事に気がつく。

 確か彼もこの後の事に参加するはずだが。

「ところでネシンバラ殿は?」

「ああ、ネシンバラとはここで待ち合わせする手はずになっているんだが……」

「あ! あれ。ネシンバラ君じゃないですか?」

 浅間が指差す方を見ると、ちょうど二人の男女が正門を潜るところであった。

一人はネシンバラでどこかやつれたような印象を受ける。

もう一人は白衣を着た少女で彼女は此方を確認すると一礼した。

「やあ、久しぶりだね」

「シェイクスピア! 来てたんですか」

 浅間にそう言われシェイクスピアは頷く。

「外交官の護衛としてね。そのついでに武蔵を見学していたんだ」

「なるほど。ところで何かネシンバラの様子が変なんだが……?」

 ネシンバラは疲れきった笑顔で此方を見る。

「はは……うん……いろいろあったんだよ……いろいろ……」

 何というかこの二人の関係は相変わらずだ。

彼女とはよく通神していたみたいだが、実際に会って“いろいろ”と大変な目にあったようだ。

 その事にはたてを除いた皆苦笑していると、天守の方から榊原康政がやって来た。

「おい! お前達! そろそろ始めるぞ! さっさと大広間に行かんか!」

 「もうそんな時間か」と正純が時計を確認すれば時刻は既に二時半を過ぎている。

康政は「急げよ」ともう一度言うと、今度ははたての方を見た。

「お前さんは記者なんだろ? ならお前さんも準備をした方が良い」

「え、ええ。分かったわ」

 そう言い終えると康政は大広間の方に戻る。

 「さて」と正純が言い、大広間に方に向かうとそれに続き他の皆も続いた。

 

***

 

 大広間には徳川家の重臣が集まっており、その中に武蔵の総長連合の姿も見える。

その端のほうには英国の外交官が参加しており、集団の背後では大型の撮影機材が設置され多くの報道陣が集まっている。

 その報道陣の中に姫海堂はたてはいた。

 彼女は集団の最後尾におり、携帯式通神機を開きながら周りを注意深く探っていた。

 最後尾の報道陣の中には西側の大手紙『クロスベル・タイムズ』の記者や、自分と同郷と思われる鴉天狗もいる。

それだけ徳川が注目されているという事であろう。

 しかしよく見れば新聞記者には思えないような連中も混じっている。

 そちらは同業者だろう。

 記者と偽り徳川の情報を自国に持ち帰る。所謂忍びの者という奴だ。

無論徳川もそういった連中が混じっている事は気がついているだろう。

そういった連中を気にせずに今回のような大衆向けの発表を行うというのは。

━━大した自信ね。

 情報を持ち帰られる事を気にせず、寧ろ自分達を各国に売り込もうという魂胆だろう。

恐らくだが自分が保釈されたのも同じ理由だ。

それに持ち帰れる情報は大したことの無いものばかりだろう。

 以前、徳川の機密を探ろうと徳川の通神網に侵入しようとした者が居たが浅間神社が構築しているセキュリティーが非常に堅牢で、結局突破できなかった。

 かといって岡崎城に侵入するにも城にはあの服部半蔵がいるため、それこそ命がけになる。

 やはり狙うとしたら武蔵か?

 そう思っていると大広間の上座に徳川家康が現れた。

彼の背後には黒い長い髪を前で結った侍女服姿の自動人形がおり、事前情報によれば彼女の名前は“曳馬”だった筈だ。

━━彼女が公衆の面前に出たって事は、もう直ぐ例の特務艦とやらが完成するという事ね。

 家康が上座に座ると大広間にいた者達が一斉に頭を下げる。

 家康はそれに頷くと背筋を伸ばした。

「本日集まってもらったのは他でもない、我々の次なる目標を宣告するためだ」

一息入れる。

「既に察している者もいるだろう。

そう、我等が次に向かうは伊勢。そこを支配している北畠家をを攻略し、伊勢を手中に収める。

既に武蔵の会計たちが伊勢に入り、北畠との交渉の準備を行っている。

この交渉次第によっては戦になるやもしれぬ。皆、その事を念頭に備えてくれ!」

 徳川の家臣団が頭を下げ、その後姿勢を正す。

「もう一つ言う事がある。暫くの間彼女を武蔵に乗せる。就任はまだ先だが事前に実戦経験を積ませるためだ」

 そう言い家康が振り返ると“曳馬”が頭を下げた。

「お初にお目にかかります。特務艦曳馬艦長予定“曳馬”と申します」

 彼女が頭を上げると彼女の前に表示枠が開き“武蔵”が映る。

『貴女の乗艦を歓迎します━━以上』

 家康はその返事に満足そうに頷くと、家臣たちを見た。

「それではこれから三日間、忙しくなるとは思うが皆宜しく頼む!」

 家康のその言葉とともにその場は締めくくられた。

 

***

 

 他の記者たちより一足早く退出したはたては岡崎城の外で翼を広げ、上空へ舞い上がった。

 紅く染まった空から浜松の方を見れば武蔵がその白い船体を赤く染めている。

 その様子を見ながらはたては通神機を耳に押し当てた。

「……はい、はい。 とりあえずこっちに残ってみるわ。昌幸さんへの報告は任せたわね。椛。あ、あと佐助さんに武蔵の詳細データ送ってもらうように頼んで。

ええ、ありがとう」

 通神機を閉じ、はたてはゆっくりと溜息をつく。

これから忙しくなりそうだ。

 まずは武蔵に乗り込まないとね……。

そう心の中で頷くとその黒い羽根を大きく広げる。

 そして羽ばたく。

 秋の夕闇に鴉の羽が舞った。



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~第六章・『対岸の働き手』 さて、どうしようか? (配点:水軍)~

家康が伊勢攻略を宣言した次の日の朝。

 大きな館の会議室にシロジロ・ベルトーニとハイディ・オーゲザヴァラーは居た。

 部屋は西洋風で床には絨毯がひかれ、天井にはシャンデリアが設置されている。

部屋の中央には木造の長机が置かれており、幾つもの猫足の椅子が並べてある。

 二人はその椅子に座り、反対側には5人の男達が座っている。

 男たちの年齢はバラバラで中には動くのもやっとな老人もいた。

誰もが高そうな衣服を着ており、只者でない事は子供でも分かる。

 「さて」とシロジロが声をあげ、背筋を伸ばす。

「今日皆様に集まっていただいたのは他でもない、徳川の伊勢侵攻についてだ。

皆様には現在の伊勢当主、北畠具教公の説得を手伝って欲しい」

 小柄の男が手を上げる。

「具体的には……?」

「“伊勢商会連合は徳川と戦をする場合、北畠とのあらゆる交易を中止する”という声明を上げてもらいたい」

 次に口を開いたのは恰幅の良い男だ。

「我々が声明を上げる事に対する利点は? 貴様も商人なら分かると思うが、長年良好な関係を結んでいた商売先を裏切るのは我々の信頼を失う事になりかねん。

それに見合うだけの利益はあるのかね」

 当然そう言うだろう。

商人ならば損得で動くのは当然だ。自分達が損をするのなら動かず、見合うだけの利益があるならば友をも裏切る。

それが商人だ。

 ならば簡単だ。北畠家から徳川家に乗り換えるのに見合うだけの利益を提示すればいい。

「諸君等が我々に協力するのならば浜松での商業権を与える。

これがその証明書だ」

 机の上に証明書を置く。

そこには伊勢商会連合に浜松での商業権を与えるという事が書かれており、徳川家康の名も直筆で書かれていた。

 伊勢の商人にとって浜松で商売を出来るようにするという事は伊勢湾を支配するという事だ。

交易の重要地である伊勢湾を掌握できればそれだけ他の商会よりも儲ける事が出来る。

 商人ならば喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 神経質そうな男が眼鏡を掛け、証明書を受け取ると慎重に読み始めた。

そして一通り読み終えると、証明書を机に置く。

「ふむ。確かなようで」

「だいたいの事は把握した。ようするに徳川は伊勢が無傷で欲しいのだろう?

だが北畠家が徹底抗戦を訴えた場合、この伊勢は火の海になるじゃろう。

だからこそ、わし等を味方につけ戦わずして伊勢を攻略する。

違うかね?」

と声をあげたのは初老の男だ。

「Jud.、 伊勢が失われる事は商人全体にとっても損失だ。

我々はそれを防ぎたい」

 そう言い、頭を下げると五人の男達が沈黙する。

すると先ほどまで黙っていた男、五人の中で中央に座り紅いマントを肩に掛けていた男が口を開く。

「それで? お前達にどれだけの利益がある?」

 「ほう」と内心で頷く。流石は伊勢の商人頭、目先の利益に囚われず此方の真意を聞いてきた。

「北畠家を徳川が攻略しやすくする。それでは不満か?」

「ああ、不満だとも。それでは徳川の得になってもお前達徳川の商人の得にはならん」

 当たり前だ。国が儲かっても自分達が儲からなくては意味が無い。

 徳川の商人が徳川に協力するだけの利益を教えろ、という事だ。

「では、言おう。本当ならば伊勢支配後になるべく此方が有利な条件を押し付けて伊勢に流れる食料を格安で買い占めようと思ったが、バレてしまっては仕方が無い!」

「き、貴様!」と立ち上がる神経質そうな男を、商人頭が手で制すると目を細める。

「食料とな? 売るのであれば武具が定番であろう?」

「定番ならな。だが我々はもっと大きな商売を考えている」

 眉を動かし、続きを促してくる。

「いいか、今東北では怪異により急激に寒冷が進み農作業が出来ない。

同じく関東も怪魔の出現が非常に高いため農耕地を確保するのに苦労している状態だ。

そこで我々は食料を東側に安値で売る事である物を買い占めようと思っている」

「結晶石だな」

「Jud.、 東北地方で多く採れるこの世界特有のこの鉱石は流体を閉じ込める性質を持っているのは周知の事実だな。

そのため西側で普及が始まっているエニグマに装備するクォーツの代替品として非常に注目が集まっている。

そこで東北の商人から結晶石を買い、“安全”な伊勢湾経由で西側に売る」

「待て」と声をあげたのは恰幅の良い男だ。彼は表示枠を開き、地図を出すと琵琶湖周辺を映す。

「安全な交易路というならば敦賀港もそうなのではないか?

お前達が商売を始めれば近畿の商人たちは敦賀周りで同じ事をするはずだ。

それでは利益が分散してしまう」

 誰かが新しい商売を始めればそれに倣うのは当たり前の事だ。そして多くの人間が模倣する事によって利益が分散し、画期的に見えた商売も普通のものになる。

競争社会において利益を独占するというのは非常に困難な事だ。

 だがそれは模倣するための手段がある場合に限る。

「その心配は無い。なぜなら敦賀一帯は今後最も危険な航路になるからな」

 どういうことだ。と商人たちが眉を顰める。

「現在敦賀湾を支配しているのは朝倉家だ。そしてその朝倉家はP.A.odaと敵対している。

織田は朝倉の交易を妨害するだろうし、敦賀港が織田の手に渡れば他国の介入を嫌う織田は敦賀湾を封鎖するだろう」

 事実織田が交易している相手は同盟国である徳川のみだ。

織田の要請で鉄などを売っているが、その内情は全くと言って良いほど判明していない。

「仕組みは分かった。我々も利益があるのなら協力は惜しまない」

 商人頭がそう言うと商人たちが背筋を伸ばした。

 伊勢商会連合の協力は取り付けた。後は。

「では、利益の取り分を決めよう」

 商人頭が頷く。

「今回の商売は徳川の商人の発案だ。よって、7・3」

「食料を集めるのは我々だ。我々がいなくては商売にならん。6.5の3.5。我々が六割五分」

「その食料を売るのは誰だ? 我々は北条の商人とも懇意にしている。6.5・3.5」

「食料のみではなく徳川向けに安値で鉄を売ろう。6・4」

「では、あえてもう一度言おう、この商売は我々の発案だ。徳川6の伊勢4」

 手打ちだ。

 これ以上は商売として成り立たない。

 商人頭は「ふむ」と頷くと手を差し出す。

「それで行こう」

 此方も手を差し出す。そして机の上で握手をした。

「それでは、良い商売を」

 そう言い商売用の笑みを浮かべる。それに対し商人頭も笑みを浮かべた。

 

***

 

 交渉を終えたシロジロたちは商館から出ると外のまぶしさに目を細める。

 伊勢の町は活気付き、多くの人々が道を行き来している。

ある者は商人風の出で立ちで、またある物は武具を背負っている。おそらく傭兵だろう。

 伊勢は堺に次ぐ商業都市として発展しており、様々な店や種族の集まる町となっている。

嘗て聖連の支配を跳ね除けた事があるためか魔女向けの店が堂々と看板を立てていたり、道の端では傭兵の募集を行っている店もある。

 また大通りには遊撃士協会の支部も見える。

 一つの町に遊撃士と傭兵が存在しているのはこの町くらいだろう。

「結構粘られちゃったね、シロくん」

 隣を歩くハイディに言われ首を横に振る。

「この程度は予想済みだ。寧ろさっきの商談で伊勢の商会が信頼に足ると分かった」

「大きな商売になるからね。相棒は慎重に選ばないと。

ところで次は北畠家との会談でしょう?」

 今日は早朝に伊勢商会連合との商談。そしてそのまま北畠家との会談となっている。

「Jud.、 この後の会談次第では戦いになるかどうかが決まるな。

私としては伊勢に損害を与えたくない。

北畠具教が懸命な判断をすればいいが━━━━」

 そう言い振り向いた瞬間、肩をぶつけた。

「きゃ」

 肩にぶつかって来た人物は尻餅を付き「あいたたた」と声を上げる。

「すまない、前を見ていなかった」

 そう謝罪し手を差し伸べるとその少女の容姿に目が行く。

 少女はセミロングの桃色の髪を持ち、紅い中華風の導師服を着ていた。

そして何よりも目を引くのは右腕全体に巻かれた包帯だ。

 怪我か? と思っていると少女は立ち上がった。

「いえ、私も余所見をしていました。申し訳ありません」

 少女は一度頭を下げると、「それでは」と言い去って行った。

 その少女の後姿を見ながらぶつかった時の違和感を思い出す。

━━右腕の感触が無かったが……?

 只者では無さそうだ。少女の顔を記憶し、シロジロは再び歩き始める。

 もう一度振り返ったときには少女の姿は人ごみに消えていた。

 

***

 

 伊勢の大通りから離れた人通りの少ない場所に一軒の古い商店があった。

商店の前には狸の置物やら壊れた看板やらが無造作に積まれ、一見廃屋に見える。

皹の入ったガラス戸の横にはやはり汚れた木製の看板が立てかけてあり、そこには『香霖堂』と書かれていた。

 その香霖堂の中、戸を開けて直ぐのカウンターの前に一人の少女が立っていた。

 桃色の髪を持つ少女━━茨木華扇はカウンターに置いてある砂時計を反対にし、カウンターに戻す。

 暫く流れる砂を見ているとカウンターの奥の戸が開いた。

「お待たせしました」

 奥から現れたのは白い髪を持ち、青い服を着、眼鏡を掛けた青年だ。

彼は手に持っていた大き目の箱をカウンターに置くと華扇の方に押す。

 華扇は一度深呼吸をすると箱の蓋を外した。そして箱の中のものを取り出す。

それは先端がボクシンググローブになっている棒状の物体で、棒の部分にはスイッチがありそれを押すとボクシンググローブが射出された。

 飛んで行くグローブを半目で見ていると、青年が眼鏡を指で押し上げた。

「探していたものとは違ったかな?」

 グローブが窓に当たり窓が割れる。

「ええ、というか、これ河童製?」

「ああ、うちに置いてある“妖怪の腕”関係の物はこれくらいだね」

「そう」と言い、棒だけになった河童の腕を箱に戻す。

「しかし、どうして“妖怪の腕”なんて珍妙な物を探しているんだい?」

 と言い、青年は此方の腕を見た。

そして察したのか「失礼」と言うとカウンターの椅子に腰掛ける。

「伊勢の商会の方は? あっちならここよりもっと多くのものが流れてくるだろ?」

「そっちはもう行きました。でも収穫が無かったから、商会所属してなく誰も来なさそうでそれでいて怪しい品を扱っている店を探していたの」

「さらっと失礼だね、君は」

 そう言うと青年はカウンターの下から紙を取り出した。

「堺のほうから来たんだっけ? なら今度は浜松に行ってみるといい。

あっちにはちょっとした知り合いがいるから紹介状を書いてあげるよ」

「ありがとう御座います」と言うと青年は頷き、紹介状に自分の名前を書き始めた。

 そして“森近霖之助”と書くと紹介状をペンを此方に渡した。

 名前を書く欄に自分の名前を書くと礼を言い、ペンを返す。

「浜松に行くなら急いだほうが良いよ」

 そう言いながら立ち上がり後ろの棚から判子を取り出す。

「君も知っていると思うけど、もう直ぐ徳川が伊勢に来る。

戦になれば港が封鎖されるからね。

今朝も多くの商船が出航して行ったよ。浜松行きの船も今日の夕方には無くなる」

 判子を押し、紹介状が間違っていないかを確認すると紹介状を丸め紐で閉じる。

それを受け取ると先ほど割った窓の方を見る。

 弁償すべきかと思っていると霖之助は「ああ、構わないよ。どの道窓を替えようと思っていたし」と笑った。

 奇妙な店主だ。

 商売をする気はあまり感じられず、むしろ物を集める事を目的にしているように思える。

そういったところが自分の知り合いの魔女に似ている様な気がする。

 礼を言い店から出るとちょうど頭上を輸送艦が通過するところであった。

方向からして伊勢から筒井に向かう船だろう。

「浜松かあ」と呟く。

 浜松に望みのものが無ければ今度は関東に行こう。

確か関東には博麗神社があった筈だ。ついでに霊夢に挨拶して行くのも良いだろう。

 そう思い、早足で港に向かう。

正面を見れば二隻目の輸送艦が向かってきていた。

 

***

 

 伊勢を治める北畠家の主城『霧山御所』。その大広間に北畠の家臣達が集められていた。

 広間の中央には商人服を身に纏ったシロジロとハイディがおり、上座には三人の男が座っている。

 右側には初老の男が座り、不機嫌そうな目をシロジロたちに向けている。

また左側の青年はどこか落ち着きが無く、広間を見渡している。

そして中央に座る男は背筋を伸ばし、額に汗を浮かべていた。

「さて」と中央に座るシロジロが声をあげ、頭を下げる。

「本日はお日柄も良く━━━━」

「ふん、御託はいらん! さっさと本題に入らんか!」

  初老の男性が不機嫌そうに言うとシロジロは「Jud.」と頷いた。

「では単刀直入に言おう。北畠家は即刻徳川に降伏しろ」

 「侮辱するか!!」と家臣の一人が立ち上がり、刀に手をかける。

シロジロはそれを手で制すと中央の男性を見た。

「北畠家と徳川家の戦力差は明白、戦をする意味は無い。

また、降伏した場合北畠家は本領を安堵する。

逆に戦を行うというのならば伊勢商会連合は北畠家との一切の交易を取りやめる!

これがその証書だ!」

 横のハイディが紙を取り出す。

 中央の男が目で家臣受け取るように促すと家臣の一人が前に出た。

「スペアはちゃんと有りますから」

とハイディに言われ忌々しげに受け取るとそれを上座に持って行く。

 まず初老の男性が読み、中央の男に渡す。そして彼が読み終えると、最後に気の弱そうな青年に渡る。

最後の一人が読み終えると、中央の男が頷いた。

「……確かに」

 広間が静まり返る。

 中央の男は俯きながら額の汗を拭う。

 シロジロは服の袖をあえて大きく鳴らし、男を見る。

「さあ、北畠具教公! 恭順か、降伏か! 今が決め時だ!」

「い、一日! 一日待ってもらいたい」

 具教の言葉にシロジロは無表情になる。

 具教は真剣にシロジロの目を見ると頭を下げた。

「事は北畠家全体に関わる事。家臣たちと話し合う時間を頂きたい」

 広間にいた誰もが固唾を呑みシロジロを見る。

 暫くの間シロジロは沈黙していると、ゆっくりと頷いた。

「では明日の朝、再び交渉を行うとしよう。そしてその場において決める。宜しいか?」

「……忝い」

 具教はもう一度深く頭を下げるのであった。

 

***

 

 徳川の使者が退出した後、広間は喧騒に包まれていた。

 家臣は徹底抗戦派と恭順派に分かれ、それぞれの意見をぶつけ合っている。

 一人の家臣が立ち上がり、両手を広げる。

「いまこそ一致団結の時! 嘗て呉の孫権は家臣を結束させ寡兵でありながら赤壁の地で曹操の大軍を打ち破った! 我等もそれに倣うべきだ!!」

 その家臣に対抗する様に別の家臣が立ち上がる。

「それは孫呉には劉備という同盟相手と東南の風なる奇跡が有ったからであろう!! 同盟国も無く、奇跡など起き様もない戦をしてなんになる!!」

「貴様!! それでも武士か!!」

「無駄死にをする事が武士とでも言うか!!」

 互いが叫び、瞬く間に怒声が飛び交う。

 その様子を不安げに見ていた青年━━北畠具房は隣の具教にすがるように声をかけた。

「ち、父上~、ど、どうしましょう」

「それを考えている!」

 思わず怒鳴り、具房がおびえた様に身を竦める。

 恭順か戦か。

 北畠家の戦力では徳川に太刀打ち出来ない事は分かっている。

しかし戦わずに降りたくは無い。

自分とて武士。

たとえ勝ち目の無い戦だとしても最後まで戦い抜き、戦場で散りたい。

 だが、それでいいのだろうか? 

自分の我が侭に家臣たちを道連れにしてもいいのだろうか?

 先ほどの使者は言った。降伏するのならば領土は安堵されると。

戦わなければ全ては保たれるのだ。それこそが賢い道では無いだろうか?

 額の汗を拭うと、先ほどから黙っていた父━━北畠晴具が突然立ち上がる。

そして何も言わずに上座の奥に行こうとした。

「父上!」

 思わず呼び止める。

 広間から先ほどまでの喧騒が消え、家臣たちが此方を緊張した面持ちで見る。

 晴具は立ち止まり、此方を見ずに低く言う。

「儂は奴等に従うぐらいなら死を選ぶ。…………だが、当主はお前だ。お前が決めろ」

 そう言うとそのまま広間から出て行く。

 大きな溜息が出る。

「私はどうすればよいのだ…………」

 

***

 

 伊勢の町から少し離れた所、伊勢湾沿いに人工的な洞穴があった。

 洞穴内部には足場や小屋が建てられ、さながら港のようである。

その洞穴の足場を外に向けて歩いている大柄な男がいた。

 男は無精ひげを生やし、薄汚れた着物を胸元を肌蹴させ着ている。

洞穴から出ると太陽光のまぶしさに目を細め、胸元から煙管を取り出した。

「ったく、暇でしかたねぇ」

 大柄の男━━九鬼嘉隆はそう言うと煙管から煙を噴かす。

 統合争乱後、直ぐに元の部下達を纏め再び九鬼水軍を立ち上げたまでは良かったが、その後織田信長に売り込みに行けば既に自分の襲名者が織田艦隊の長になっていた。

 船の戦場は海から空へ変わっていた為、その変化に遅れた自分は織田を追い出された。

 今は北畠家の支援の下、商船の護衛を引き受けたりしているがどうにも刺激が足りない。

 やはり自分は根っからの戦好きのようだ。

 ふと、視線を航空艦用の大型港に向ければそこは天幕で覆われていた。

 あの天幕の向こうには自分が北畠家からの報酬で造っている“趣味”があるのだが、このままでは宝の持ち腐れだ。

 やや強めの風が吹き、天幕が少しめくれると黒い装甲が一瞬見える。

「北畠の連中が徳川と戦するってんなら一暴れ出来るんだがなぁ……」

 正直その可能性は薄いだろう。

 聞くところによれば徳川は降伏すれば本領を安堵すると言ったらしい。

何処まで本当かは分からないが勝ち目の薄い戦をするよりは全然良い。

 いっその事徳川に売り込もうかと思う。

 徳川には武蔵という超大型の航空艦が有ると聞く。

船乗りとして是非とも一度は目にかかりたいものだ。

 足場を降り、浜辺に出ると浜松の方を見る。

勿論ここから見える筈も無いが頭の中で武蔵を思い浮かべる。

そして

「あー、奪いてぇ」

 そんな良い船が有るなら奪って自分のものにしたい。それが出来ないなら撃沈して自分の武勇伝に加えるのも良いだろう。

「ま、戦になればだがな」

 戦になれば“趣味”を思う存分動かす事が出来る。

アレならば武蔵に遅れはとらないという自信がある。

もっとも一回だけ試運転しただけだが。

 ふと浜辺に建つ簡素な木造の見張り代を見ると、見張り台から赤い髪が垂れているのが見える。

「あいつ、またサボってんな」

 見張り台の柱に蹴りを入れると台がゆれ、上から何かが降って来た。

「きゃん!!」

 それは赤い髪を持ち、青い着物を着た少女で後転に失敗したような体勢で浜辺に埋まる。

「な、なにすんのさ!!」

「そりゃこっちの台詞だ! まーた寝てやがったな、小町!!」

 

***

 

「あいたたたた」

 そういい立ち上がると後頭部をさする。

 うん、瘤は出来てない。

「か弱い乙女の頭に瘤が出来たらどうすんのさ! 大将!」

 拳骨を頭頂部に喰らう。目の前に星が現れ、足元がふら付く。

「なーにがか弱いだ! テメェ何度目だ! 見張りの仕事ぐらいちゃんとしやがれ!」

「いやいや、大将。こんな辺鄙で寂れた場所に来る奴なんていないよ」

 嘉隆が再び拳を上げるので慌てて後ずさる。

「ぼ、暴力反対!」

 嘉隆は拳を下げると、深く溜息をつく。

「オメェの上司って奴は苦労してたんだろうな……」

「んー、どうだろうね。上司って言っても映姫様の下にはいっぱい部下が居たからねぇ。

それこそあたいより優秀なのが。

あんま気にしてなかったんじゃない?」

 統合事変の後自分は映姫様とも逸れ、途方に迷っておりとりあえず浜辺で昼寝していたら拾ってくれたのがこの九鬼嘉隆だ。

 むさ苦しくて少々乱暴だが行き場を与えてくれた彼には感謝している。

だからこそ今は九鬼水軍で働いているのだ。

「それにしてもその映姫様とやらを探さなくて良いのかよ?」

「会いたいかと聞かれれば会いたいけど、探しに行くかと聞かれれば行かないね。

向こうがあたいを探してるんだったら何時か会うだろうし、探してないんなら会えないだろうねぇ」

「冷めてんなぁ」と嘉隆は苦笑する。

 互いに探しあえばすれ違う可能性がある。その為、一箇所に留まるのが賢明だろう。

それに彼には恩義がある。

 それを捨てて探しに行く事は出来ない。

「ま、会えたら大将にも紹介するよ」

「ああ、期待しないで待ってるさ」

 そうだ。と思い見張り台に上ると、床に置いてある酒瓶と猪口を取り降りた。

そして砂浜に腰を下ろすと酒を注ぎ始める。

「オメェ、見張り中に飲んでたのかよ……」

「まあまあ、細かい事は気にしない」

 そう言い猪口を差し出せば嘉隆はもう一度溜息をつき腰を下ろす。

そして猪口を受け取ると一気に飲んだ。

「お、いい飲みっぷりだね! もう一杯行くかい?」

 猪口を此方に差し出す。

 飲むという事だろう。

 酒を注ぐ、こういうのは猪口ぎりぎりまで注ぐのが良い。

「それにしてもなんだか暇そうだね? 大将?」

「テメェに言われたくねぇよ」と悪態をつくと、あっと言う間に二杯目を飲み干した。

「オレも海の男だ。やっぱり自分の船で戦場を駆けたいって気持ちがある」

「人間ってのはなんで生き急ぐかねぇ? 短い人生だ、安楽に暮らしたほうが良いんじゃないかい?」

此方の言葉に「寧ろ短いからだよ」と笑う。

「人間の人生ってのは短い。それこそオレが生きていた時代は人間五十年ってくらいだからな。

だがだからこそ、何かを成して名を残したいってわけよ。

名を残せれば肉体が死んでも存在は遠く未来まで残る。

オレはそれで満足さ」

「まあ実際に死後神格化された人間はいるからね。別に悪い事じゃないんじゃないかい?

あたいは応援するよ」

 「死神に言われてもなー」と嘉隆は苦笑した。それに釣られ自分も笑う。

 この九鬼嘉隆という男は変わった奴だ。小野塚小町という女が死神だと知っても何も臆せず接してくる。

それどころか初めて会ったときには「あ? 死神? 関係ねぇよ、何せオレには海の神がついてるからな。んなもん怖くねぇよ」と言って大笑いしたのだ。

 幻想郷にも死神を恐れない人間は居たがやはり極少数だ。

 それなのにこの男やこの男の部下達は自分を家族のように迎え入れてくれた。

男所帯のせいで少々スケベなのが問題だが此方の嫌がることはしてこない。

というか何時の間にか“姐さん”とか呼ばれ始めている。

「さて」と言うと嘉隆は立ち上がった。

「オレは今から霧山行って会議だ。テメェもさっさと仕事に戻れよ」

「徳川の件かい?」

と言いながら此方も立ち上がる。

「ああ、戦争するかどうかで揉めてるらしい」

 戦争と言う言葉に眉を顰める。

 戦になれば人が死ぬ。死神として多くの死者を送って来たがやはり身内が危険に曝されるのは嫌だ。

「そんな顔すんな。死神だろ?」

「死神でも嫌なもんは嫌だよ。それにこの世界で死んだらどうなるのか分からないしね」

 最悪転生できずに魂が消滅する可能性だってある。

 魂の消滅は死よりも重い。

 映姫様なら何か知ってるかなー。と思っていると港のほうから男が駆け寄ってきた。

男は随分と慌てた様子で時折砂に足をとられて転びそうになっている。

「た、大将! それに姐さん!! 大変でさぁーっ!!」

「どうした! 何があった!?」

 男は一旦深呼吸をすると此方を見た。

そして大きく頷くとゆっくりと口を開く。

「織田が聖連とぶつかりやした」



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~第七章・『天の頂にて待つ者たち』 止まる気は無い (配点:五大頂)~

 日本のほぼ中心にある近江国。

 その美濃国との国境の平野に二つの軍勢が集結していた。

 一つは黒い航空艦隊を浮かばせ、丘の上に布陣する軍団で黄色い布地に永楽通宝が描かれており黒い装甲服を着た集団だ。

 もう一つは様々な旗が立ち並び、黒い軍団を圧倒する兵数で布陣している。

 黒い軍団の左翼。

 比較的軽装を装備した部隊の中に浅黒い肌を持ち総髪に流した男性が対面する軍を気だるげに見ていた。

「うじゃうじゃと群れやがって」

 そう忌々しげに言うと「それだけ僕達が怖いって事だろうね」と後ろから声を掛けられた。

 振り返るとM.H.R.R.の制服を着たやや長髪の男性が手を振りながら近寄って来る。

 彼には足が無く、霊体系種族であることが分かる。その肩には女性型の走狗を浮かばせている。

「トシ、お前右翼担当だろう? いいのかこんなとこに居て?」

「平気だよナっちゃん。僕が相対してるのは朝倉さん所だからね。どうやら自分から動く気は無いみたい」

「あいつらはヤル気みたいだがな」

と浅黒い肌の男性━━佐々・成政は前方を指差す。

 前方には六角氏を示す旗が立ち並び、最前列では機動殻隊が集結していた。

「高機動型の機動殻だね。六角家は聖連と繋がりが深いから結構な装備を持ってるみたいだ」

「ち、めんどくせぇ」と成政が舌打ちすると幽霊の男性━━前田・利家は苦笑した。

「まあ、僕達はいい方さ。柴田先輩の方は大盛況って感じだね」

 中央の方を見れば、浅井家を中心に聖連の部隊が集結しておりその戦力は他の場所に比べ圧倒的だ。

「柴田先輩、緒戦でやりたい放題だったから完全にマークされてるね」

 岐阜を落して以来、聖連とは何回か小競り合いがあった。

その時に柴田・勝家はたった一部隊で聖連の部隊を何度も撃退したため、警戒されている。

「あっちにはあの立花宗茂がいるらしいよ? 襲名者じゃ無い方のね」

「まあ、柴田先輩なら負けねーだろ」

 成政がそういった瞬間、表示枠が開いた。

そこには鬼族の男性の顔がドアップで映し出される。

『んー? 呼んだかぁー? ナルナルぅくーん? いまさらびびったかなぁー? ビビッタのかなぁぁぁぁ?』

「ウゼェ……」と半目で言う。

「柴田先輩そっちはどうですか?」

『あ? 絶好調だ! さっきもお市様の特性弁当喰っててこれがまた腕を上げててだなぁ!』

 「惚気話は後にしてください。ウザいんで」

『あぁ!? テメェお市さまの話が聞きたくねぇだと!? ああ、そっかぁ! ナルナルくん彼女いねぇからなぁー! ざまぁぁぁぁぁぁ!!』

 成政は額に青筋を浮かばせ、表示枠を叩き割った。

 隣の利家が「まあまあ」と宥めると上空を黒の航空艦が通過する。

航空艦は船体を敵艦隊に対して横にすると整列して行く。

「鉄鋼船を壁にすんのか?」

「Shaja.、 船の数も相手が上だ。だから防御力の高い鉄鋼船を前面に配置して、その間に他の艦を配置する。これなら被害を最小限に抑えられるからね」

 整列して行く鉄鋼船を数えていると4隻足りない事に気がつく。

「おい、なんか足んねーぞ」

「彼女の策だよ。残りの4隻で勝負を決するらしい」

 「彼女」と聞き成政は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ナっちゃん相変わらず彼女が苦手だね」

「どうにもあいつはいけ好かねぇ」

 最後の一隻が配置につくと同時に陸上部隊も配置を終える。

それを確認すると利家は表示枠を開き、自分の部隊に命令を出す。

「さて、そろそろだろうし僕は右翼にもど━━━━」

 突如頭上で爆発が起きる。

 正面の聖連艦隊が一斉砲撃を始めたのだ。

 鉄鋼船は障壁を展開し、後方の艦を守る。

 後方の艦は鉄鋼船が敵の攻撃を受け止める間に、砲撃を開始した。

「正面!! 機動殻隊が来るぞ!!」

 誰かの叫びで前を見れば六角家の機動殻隊が横一列になって突撃を開始していた。

「トシ、行って来るわ」

 「頑張ってねー」と手を振る利家に苦笑しながら丘を駆け下りる。

それに合わせ部下達も突撃を開始した。

 正面の機動殻隊は槍を構え、その速度を上げる。

 勢いに任せて此方を引き潰そうという魂胆だろう。

「雑魚が!」

 此方の戦力を計らない無謀な突撃、その司令官に腹立ちながら、またこんなくだらない戦をする自分に腹立ちながら拳を構えた。

 拳に百合の紋様が浮かぶ。

跳躍を行い前面の機動殻を狙う。

「咲け! 百合花ァ!!」

 直後、機動殻が砕け散った。

 

***

 

 自分の部隊に戻った前田・利家は表示枠から左翼の様子を見ていた。

 先制で突撃を仕掛けた機動殻隊は成政の強烈なカウンターを受け、あっと言う間にその陣形を崩した。

 現在は落ちついた左翼の部隊と六角の後続隊が交戦を始め、乱戦状態となっている。

 集団の中で光が生じ六角家の機動殻が砕かれながら吹き飛ぶ。

「ナっちゃんノリノリだねー」

と隣のまつに言うとまつも『ねー』と頷いた。

「利家様、そろそろ」

「ああ、うん。分かっているよ」

 護衛の兵士に言われ正面を見れば朝倉家の第一陣が迫ってきていた。

 左翼の不利を知り、その援護のために一番手薄な右翼を突こうという事だろう。

判断は間違っていない。

 M.H.R.R.から来た援軍として来た自分の部隊は織田家の中では最も兵力が少ない。

しかしそれは羽柴から送れた兵士が少ない訳ではない。寧ろ必要が無いからだ。

 何故ならば。

「じゃあとりあえず十万から行ってみようか」

 背中に負っていた袋から金貨を取り出し術式の触媒とし、術式を展開する。

 いつの間にか迫ってきていた朝倉軍の周辺に10万の動白骨たちが現れ、取り囲む。

「どうだい? 僕の“加賀百万G”は……」

「……ぷ」

 後ろを振り向くと護衛の兵士が顔を背けた。

「…………とにかく、これで朝倉を引き付ける事には成功したね。後は柴田先輩かな?」

 そう言いここからは見えない中央の方を見た。

 

***

 

「やれやれ、苦戦しているな」

 中央で柴田隊と戦う浅井家の軍団の後方に赤い制服を身に纏った軍団がいた。

 その中で双眼鏡を持ち、前線の様子を伺う青年が居た。

 彼の腰には青い刀が下げられており、その刀身を光らせている。

「足並みが揃わなくては勝てるものも勝てない。そうですね宗茂様?」

 声を掛けられ振り返れば薙刀を持った女性が立っている。

「協力しろと言う方が無理だろう。六角と浅井・朝倉の関係は悪い。そんな彼らに連携なんて取れるはずが無いさ」

「その為の私たち三征西班牙では?」

「はは、そんな面倒御免こうむる」

 はあ、と女性が溜息をつくと半目で宗茂を見る。

「それで? いつまでここに居るおつもりで?」

「獲物を獲るなら大物がいい。中央を見てみたまえ誾千代。怖い鬼が居るぞ」

 双眼鏡を渡され中央を見れば鬼が浅井の兵達を吹き飛ばしている所であった。

「随分と暴れまわっているようで」

「ああ、なかなかいい風を纏っている」

 「風ですか?」と聞かれ頷く。

「あれは暴風だ。放って置けば戦場全てを飲み込むだろう。故に━━」

 刀の柄を触る。

「故に征しがいもあるだろう」

 「やれやれ」と誾千代は肩を竦めると双眼鏡を自分の腰に提げた。

「では私はここで観戦すると致しましょう」

「おや? 一緒に来てはくれないのかい?」

「ご冗談を、あんなところに飛び込むのは馬鹿だけです。そして私の夫は飛びぬけた馬鹿だと存じていますが?」

 口元に笑みが浮かぶ。

全く大した女性だ。流石は我が妻とも思う。

「では、鬼退治に行って来るとしよう」

「行ってらっしゃいませ」と誾千代が頭を下げるのを見ると駆け出す。

 術式を展開し、加速器を召喚する。

 そして草原を蒼い雷光が駆けた。

 

***

 

 戦場の中央にいる誰もが信じられない光景を目の当たりにしていた。

敵の数十倍いた兵士はいつの間にか半分に減っており、その大半がたった一人の男によって倒されていた。

 男の周りには無数の兵士達が横たわり、男はその中央で退屈そうな表情を浮かべている。

「はぁ……いくらなんでもオマエ達弱すぎだろうが」

 化け物だ。

 この男は正真正銘の化け物だ。

 あっと言う間に自分の部隊も自分を残し全滅した。

槍を持つ手が震え、足は今にも逃げ出しそうになる。

 男は冷めたように此方を見ると、大きく溜息をつく。

「びびってんじゃねぇかよ。さっさっと消えな雑魚」

「き、貴様ぁー!!」

 槍を突き出し突撃する。

 渾身の突き。

しかしそれは男には届かなかった。

 男は此方の槍を掴んでおり、微動だにしない。

体中から血の気が引く。

「……消えな」

 男の手に持っていた槍が突き出される。

 覚悟を決め目を閉じるが、槍は自分の体を貫くことは無かった。

どういうことだ? と目を開けると、自分と男の間に青年が割り入っていた。

 青年は青い刀で男の槍を受け止め、此方の肩を掴む。

「下がっていたまえ」

 そういわれた瞬間。後方に投げ飛ばされた。

 

***

 

「テメェ……」

 目の前にいる男に柴田・勝家は僅かに驚いていた。

 この男が自分の前に現れたのは一瞬の事で、気を抜いていたとはいえ感知できなかった。

 左手で殴りつけるが、男はそれを軽く避け後方へ跳躍する。

そして不適に笑うと刀を構えた。

「P.A.Oda五大頂、六天魔軍が一人柴田・勝家殿とお見受けする」

「一応名前を聞いてやる。覚えるかどうかは知らねぇがな」

「嫌でも覚えてもらうさ。俺の名前は立花宗茂。一応西国無双という事らしい」

 ほう。と内心唸る。

 襲名者の方の西国無双とはやりあった事がある。

だが目の前にいる男は襲名者では無く、神代の英雄だ。

「三征西班牙が送ってきたのは航空艦隊だけだと思っていたがな」

「まあ、始めはそうだったんだが俺が無理やり同行した。五大頂の内一人でも今後楽が出来るだろうしな」

「おもしれぇ。ヤれるもんならヤってみやがれ!」

 「そのつもりだ」と言うと宗茂は術式を展開する。

そして体を屈ませると一気に加速した。

 宗茂は体に雷光を纏わせ、此方の懐に飛び込む。

「お?」

 高速の突き。狙われたのは右脇だ。

 腕を上げ、刃を避ける。

 宗茂は突きが外れると、直ぐに体を回転させ今度は左脇腹に斬撃を叩き込む。

「おお!?」

 手に持つ瓶割の柄で刀を弾き、石突で顎を狙う。

 それに対し宗茂は身を反らし、顎を上げると石突を避けた。

そしてそのままサマーソルトを逆に喰らわす。

「おおお!!」

 ダメージこそ無いものの蹴りを入れられたことには驚いた。

「しゃらくせぇ!!」

 後方へ跳躍しようとする宗茂に突きを入れるが宗茂は加速術式を緊急展開し、逆に飛び込んできた。

 寸前のところで槍をかわし、此方の背後に回りこむ。

 そして首を狙って横薙ぎの一撃を入れる。

「!!」

 咄嗟に左肩に力を入れ、肩と首の力で刃を受け止める。

そのまま回転しながら瓶割を叩き込もうとした瞬間、刀の刀身が展開される。

「━━爆ぜろ、雷切!」

 刀身から稲妻が生じ、光が爆ぜた。

 

***

 

 勝家に一撃を叩き込んだ直後、後方へと一気に跳躍する。

 今の一撃が効かなかったとは思わないが、あれで倒せたとも思えない。

 極限まで圧縮された雷撃による爆煙が晴れてくると鬼の頭部が見えて来る。

「━━やれやれ、今ので倒れてくれないと自信が無くなるんだがね……」

 鬼は立っていた。

 目だった負傷は無く、頬に若干こげ痕をつけたぐらいだ。

 勝家は此方を見るとニタリと口元に笑みを浮かべた。

「“惜しかったな”なんていわねぇぞ。実際テメェはしくじったんだからな」

 全くだ。と頷く。

 加速術式用の内燃排気はまだ余裕がある。

しかし雷切は先ほどの一発でかなり消耗した。

 さっきの技はあと一回が限度だろう。

「一つ聞くぞ。何で加速術式を選んだ?」

「俺の襲名者が加速術の使い手だと知ってね。ちょっとした対抗心さ」

 くく。と勝家は愉快そうに笑う。

そして目を細めると武器を構えた。

「テメェの目的は分かっている。味方が後退するまでの時間稼ぎだろ?」

「分かっているなら付き合ってもらうか?」

 勝家は「は」と笑う。

「嫌だね! テメェは死ね!!」

 来るか!

 雷切を構え、加速術式を展開する。

「かかれ! 瓶割!!」

 宗茂の周囲が一気に破砕された。

 

***

 

「戦況はあまり良くないか……」

 聖連艦隊の旗艦、ヨルムンガンド級戦艦“岡豊”。

その艦橋で長宗我部元親は中央に表示される戦況図を見て唸る。

 数では圧倒していた連合軍だが個々の軍の連携が取れておらず、結果として各個撃破されている状況だ。

 中央の浅井の軍が持ちこたえているおかげで総崩れにはなっていないがこのままでは時間の問題だろう。

 地上軍が総崩れになる前に織田艦隊を潰さなければ……。

「艦隊を前進させ、攻撃密度を上げる! 損傷した艦は後方に下がり、援護をするようにしろ!」

「Tes.!!」

 鉄鋼船の防御性能は驚異であるが此方は物量で攻撃を仕掛け、少しずつ相手を削る。

その結果鉄鋼船は装甲が砕かれ始め、中には黒煙を出している物もある。

 このまま攻撃を続け、鉄鋼船の壁を崩せば此方の勝ちだ。

 空を抑えれれば織田の地上軍を一方的に砲撃できる。

「二番艦前進を開始。援護のため三征西班牙の武神隊が出ました」

 うむ。と頷き、前進する二番艦を確認すると織田艦隊閃光が生じた。

 閃光は二番艦の装甲を砕き、薙ぎ払って行く。

「大火力の流体砲撃か!? 敵の位置を確認しろ!」

 正面の大型表示枠に最大望遠で敵が映し出される。

「人だと!!」

 そこには緑色の髪を持ち、背中から植物状の翼を生やした女性が映っていた。

 

***

 

脆い船ねぇ……。

 横薙ぎに装甲を砕かれ、墜落して行く船を見ながら風見幽香はそう思った。

 正面を見れば、前進しようとしていた聖連艦隊は此方を警戒し動きを止める。

「あら? 来ないのかしら?」

 自分が受けた指示は寄ってくる敵の撃破だ。

その為此方から攻撃する必要は無い。

 楽な作戦なので不満は無いが、不服はある。

「……あいつの指示ってのが気に喰わないわね」

『楽な事はいい事ですよ? 幽香様』

 表示枠が開き、金髪に帽子を被り、赤い服を着た少女が映る。

『幽香様だって仰っていたじゃないですか。面倒な事はしたくないと。

今朝もなかなか起きてくれませんでしたし』

「それはいつもの事でしょう、エリー? 

ところでそっちの様子はどうかしら? 鉄鋼船、結構損害有るみたいだけど?」

『はい、割とヤバめです。今も私の重力制御で予備装甲動かして穴を塞いでますし』

「くるみは?」

 そう言うとエリーは「あー」と困ったような表情をする。

『船の中だからって安心してたんでしょうけど、さっきの砲撃で船体に穴が開いて……』

「一緒に潰された?」

『いや、違います。開いた穴から太陽光入って半分焦げた感じです』

 「日光対策しとかないと」と言うとエリーは苦笑した。

『ところで三征西班牙の武神がそっちに向かっているらしいですよ?』

 「あら?」と正面を見れば赤と白の装甲を身に纏った三機の航空武神が向かってきていた。

『対艦用装備をしてますね……。こっち来ると厄介なのでさっさと倒しちゃってください』

「主人使いが荒いわねー」と文句を言いながら構える。

そして表示枠のエリーにウィンクをした。

「でも私、弱いもの虐め好きなのよね」

『知ってます』

 翼を広げ羽ばたく。

 風を切り、敵との距離を一気に詰めた。

 

***

 

 前進する艦の護衛のため出撃した武神隊は急遽その目標を変えていた。

 攻撃目標は織田艦隊ではなく此方に飛翔してくる緑髪の少女だ。

『クソ! こっちは対艦用装備だぞ! 小回りの利く相手には不利だ!』

『文句を言うな、やるしかないだろう!』

 敵の攻撃能力は先ほどの一撃で十分に分かっている。

 航空艦を一撃で粉砕するほどの火力。

“猛鷲”の装甲では防げないだろう。

しかし自分たちは対艦戦闘用の重装備で機動力が落ちているため、それだけ回避能力が低下していると言える

 眼前を飛ぶ隊長機が此方に指示を出す。

『とにかくやるしかない。相手は特務級、それも大火力の持ち主だ。

まず俺とb2が先行する。

b3、お前は俺たちが左右から挟んだら対艦用の小型ミサイルを使え!』

『Tes.!!』

 隊長のb1とb2が飛翔器を展開させる。

『行くぞ!!』

『『Tes.!!』』

 轟音を立て、b1とb2が加速する。

 まずb1が長銃で射撃し、敵が回避した方向にb2が射撃する。

しかし敵は此方の弾丸を手に持つ傘で弾いた。

『どんな傘だよっ!!』

 敵は反撃のため構えるが、それよりも早く左右に分かれた。

b2が射撃を行い、b1がハンドグレネードを投げつける。

「━━」

 敵は焦る事も無く体を回し、射撃を回避すると傘の先端から流体光を放ちハンドグレネードを焼き払う。

 爆発がおき、周囲の空気を焼く。

『b3!! 今だ!!』

 b1の指示と同時に一気に接近する。

 爆炎の中、敵の位置はしっかり見えている。

 脚部のミサイルコンテナを開き、全弾を射出する。

そしてそれと同時にコンテナをパージする。

『墜ちろ!!』

 ミサイルは雨のように敵に降り注ぐ、そして直撃するかのように見えた。

『━━!?』

 突如大地から緑の柱が現れ、敵を包む。

 柱に当たり爆発するミサイル群。

全てが爆発し、爆煙が晴れる頃には無傷の敵と焼け崩れた柱が残った。

『植物だと!?』

 b2の叫びに望遠し確認すればそれは地上から伸びた木の根のような物であった。

視線を敵に移せば目が合った。

 そして敵は口元に笑みを浮かべる。

「酷い事するのね」

 敵が視界から消える。

否、加速したのだ。

 先ほどまで柱にいた敵は既に眼前に迫っている。

『糞っ!!』

 長銃を投げ捨て、流体剣を引く抜くが間に合わない。

 敵は拳を突き出し、此方の目を狙う。

そして貫かれた。

 視覚は途絶え、頭部が引きちぎられる。

 気がつけば地面に向かって墜落していた。

 

***

 

「さて、まずは一つ」

 墜落して行く武神を見届けると、残りの二機を確認する。

 二機は此方から距離を取り、此方を中心にするように円飛行を行っている。

「結構、冷静なのね」

 敵もプロだ。

味方を一機潰されても冷静に勝機を窺っている。

 最初に攻撃を仕掛けてきた機体がミサイルを放つ。

「同じ手は喰らわないわよ?」

 傘を降り注ぐミサイルの群れに向け、流体を放つ。

そしてそれを横に薙いだ。

 空中に爆発の壁が出来、昼の空が一瞬赤く染まる。

 後方に回り込んできたもう一機が長銃で射撃を行うが、それを宙返りで避ける。

 しかしそこにミサイルを撃った方が射撃を叩き込んで来た。

「!!」

咄嗟に傘を開き、弾を反らすがその反動で体勢が大きく崩れる。

今度は後方の機体が流体剣を引き抜き突撃を行う。

 それに合わせ、前方の機体も同じく流体剣を抜き、突撃を開始する。

「ああ! もう!!」

 前後から放たれる斬撃を体を地面に対して水平にしながら回避し、後方の機体の左手首関節に渾身の蹴りを放つ。

『ちぃ!!』

 武神の左手首関節は砕けるが切断するには至らない。

 武神たちは此方から距離を離すと、再び旋回を始めた。

 苛立ちを感じていると表示枠が開く。

『今の結構やばかったですねー。はい、私仕事の合間にクッキー食いながら心配してました』

 表示枠を傘で割り、溜息をつく。

いい加減終わらせましょう。

 そう思い傘を開く。

どちらかを攻撃すればもう一方がその隙を突く。

単純だがいい作戦だ。

しかしこれは相手が一人だから成立する作戦である。ならば。

「そろそろ帰って寝たいの。だからね━━━━消えなさい」

 背後に分身を展開し、同時に大出力の流体光を放つ。

そしてそのまま回転した。

 突然の同時攻撃に武神達は驚き反応が遅れる。

一機は下半身を砕かれ、そのまま爆散する。

もう一機は咄嗟に上昇するが脚部を砕かれた。

 生き残った武神は飛翔器を展開すると、後退して行く。

僅かな疲れから目を閉じれば自分の分身が流体光となって消えて行く。

『一機逃したけど良いんですか?』

 観戦していた部下に言われ頷く。

「あれじゃあもう驚異にはならないわ。それにこの後のことはあいつの仕事だしね」

『成程。戻られます? いい紅茶があるんですけど』

「そうね」と笑う。

「貰おうかしら」

 

***

 

「武神隊、壊滅しました……」

 通神を行っていた兵士がそう報告し艦橋が沈む。

 せめてもの救いはあの敵が後退した事だろうか。

とにかくここで空まで崩れればこの戦は負けだ。

「あの敵が下がっている内に艦隊を前進させるぞ! 彼らの犠牲を無駄にするな!!」

「Tes.!!」

 艦隊が前進を始める。

対して織田艦隊は後退する事も無くその場に留まった。

━━なぜ動かない……?

 まだ何か策があるのか?

そう思っていると警報が鳴り響く。

「何事だ!!」

 索敵班が振り返り、叫ぶ。

「か、艦隊の後方に敵艦出現! 数は四隻です」

「馬鹿な!! ステルス障壁対策はしていた筈だ!!」

 「そ、それが」と索敵班が言いよどむ。

「━━敵は突然現れたんです! 何の前兆も無しに!」

「馬鹿な」と言いかけて止まる。

 そうか! これが敵の狙いか!

どうやったかは分からないが敵は此方の背後に艦隊を出現させた。

 それも前進中の陣形が崩れたこのタイミングで。

「直ぐに陣形を立て直━━━━」

「敵艦隊から砲撃来ます!!」

 直後衝撃が起こり、岡豊の艦尾が砕けた。



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~第八章・『月明かりの迷い人』 誰のために? (配点:二日目)~

 突然に生じた背後からの砲撃。

 前進中であった聖連艦隊はその陣形を崩していた為、大混乱に陥っていた。

ある船は急停止した所を狙い撃ちにされ撃沈し、またある船は旋回を行おうとしたところに砲撃を受けバランスを崩し、並行していた船と激突した。

そして2隻は一つの塊となって大地に墜ちる。

 その動きに乗じて織田艦隊は前進を始め、挟撃を行っていた。

━━不味いな。

 空の戦況も不味いが自分の状況も不味い。

 既に内燃排気は尽き掛け、雷切の流体燃料は枯渇した。

対して敵は今だ無傷。

余裕を見せながら此方を窺っている。

「どうしたよ? 西国無双! もう終いか?」

「なんのこれしき。今はどうやってお前を倒すかを考えている所だ」

そう言うと勝家は愉快そうに口元を歪める。

「そうかい、なら。かかれ! 瓶割!!」

「!!」

 加速術式を展開し、横に跳躍する。

その僅か後、自分が立っていた場所は粉々に砕け散った。

 神格武装・瓶割。

神格武装・蜻蛉切の兄弟武装であり、刃に映した対象を割砕する能力を持つ武装だ。

噂には聞いてたが之ほどまでとは。

 それに使い手も凄まじい。

一見力に主体を置いているように見えるが、瞬発力や反射神経も凄まじくこの柴田・勝家という鬼には弱点が見当たらない。

「こういうのには弱点があっても良いと思うのだがね……!」

 着地した地点に落ちていた槍をつま先で蹴り上げ、掴むとそのまま勝家の顔目掛けて投げつける。

 それに対し勝家は屈むと、そのままの体勢で跳躍を行う。

「!!」

 早い! あっと言う間に距離を詰めれる。

 鬼は拳を振るい此方の胴を抉ろうとして来た。

腕を捨てるか!?

 右手の雷切を槍を投げた体勢で止まっている左手に投げ渡すと、右腕を胴の前に置く。

 鬼の拳が右腕に当たり、腕の装甲が砕ける。

「ぐっ……!!」

 皮膚が裂け、血が噴出し、骨が砕ける。

 殴られた衝撃を利用し、加速術式で大きく後ろへ跳躍する。

 腕からは痛みすら消え、指一本すら動かない。

「利き手がやられちゃあ、お終いだろう」

「ふ、まだ左腕が有るさ」

 そうだ、左腕はまだ動く。まだ戦える。

 荒い息を整えつつ雷切を構えると勝家も瓶割を構えた。

━━逝くかっ!!

 敵に対し大きく踏み込もうとした瞬間、背後が赤く光った。

 何事かと後ろを振り返ればそれは赤い閃光弾だ。

「━━撤退か」

 どうやらこの戦、負けたようだ。

 航空艦隊は後方に出撃した鉄鋼船を抜け、後退している。

「時化ちまったな」

 勝家の声に振り向けば、既に先ほどまでの戦意を失っていた鬼が気だるげに立っている。

「此度の戦、俺の負けだ」

「そうだな」

だが。

「だが、次はお前の首を獲ろう」

 勝家はその言葉に「はん」と笑うと瓶割を地面に突き立てる。

「馬鹿が! 次がテメェの最後だ!!」

 そう言い、こっちを追い払うように手を振る。

 そんな鬼に対し一礼すると最後まで残しておいた加速術式を使い撤退する。

後には砕けた大地と鬼だけが残った。

 

***

 

「━━以上が戦いの詳細で御座います」

 夕焼けの赤に染まる天守で忍び装束を着た男が徳川家康に頭を下げた。

 家康は表示枠を隣に開きながら座っており、大きく溜息をつく。

「そうか……信長殿が勝ったか」

 そういい目を一度瞑ると頷く。

「半蔵、ご苦労であった。引き続き織田の監視、頼んだぞ」

「御意」

 半蔵と呼ばれた男は頭を下げ、下がると夕闇の中に消えた。

 後に残った家康はもう一度大きく溜息をつくと表示枠に映る“曳馬”を見る。

「正直なところ、織田には負けて欲しいと思った」

『何故でしょうか? 信長様は家康様にとって盟友とも言えるお方。

戦勝を祝うべきでは?』

「そうだな……盟友でいられればだがな」

 その言葉に“曳馬”は首を傾げる。

「織田信長は稀代の英雄だ。しかし英雄は二人並び立つ事を許さない」

『このまま我々が勢いを伸ばせば織田とぶつかると?』

「そうだ。必ずそうなるだろう。そして織田と戦えばただでは済まない」

 “曳馬”は『成程』と頷くとこちらを見る。

『舞台に上がった事を後悔しておられるので?』

「どうだろうな……」

 本当にどうなのだろうか? 自分は後悔しているのか? それとも……。

ふと武蔵の総長の顔が思い浮かぶ。

彼ならばどう思うだろうか? 彼も何かを後悔しているのだろうか?

そして後悔の上に進まなくてはならないのなら。

「ところでそっちはどうだ?」

『……話を逸らしましたね。此方は浜松で武蔵への乗艦手続きを済ませ、“武蔵”様より送っていただいた武蔵の情報をインストールしている所です。

正式な乗艦は明日になります』

「そうか、“武蔵”殿たちと上手くやれると良いな」

『Jud.、 実戦に向け多くの情報を得る必要が有りますからね』

 そうでは無い、と苦笑し首を横に振る。

「自動人形のお前には理解できないかもしれないが、人間関係を得ることは情報を得ることよりも貴重だ。人の輪に積極的に入って行け」

『人間関係……人は城、という言葉ですね。しかし私は城には人より高性能な武装が重要だと判断します』

「今はそれで良い。何れ分かる日が来る筈だ」

『はあ……』と小首を掲げる“曳馬”に微笑むと、真剣な表情に戻す。

「ともかく、明日の最終交渉次第によっては北畠家と戦になる。お前にとっては初の最前線だ。己の務めを果たすように」

『Judgment.』

“曳馬”が頷き、表示枠が閉じられる。

 静けさが戻った天守の中、家康は赤い夕日に目を細めた。

 

***

 

 生徒会室で“曳馬”の乗艦手続きの資料や、次の戦いに向けての人員配置の資料を製作していた本多・正純は岡崎から送られてきた近江での戦いの顛末を見ていた。

 報告を閉じ、窓から差し込む夕日に目を細めると表示枠を開く。

「突如背後から現れる艦隊か━━━━厄介だな」

『そうだね』と応えるのは表示枠に映るネシンバラだ。

『そんなことが可能なら、今までの戦略という戦略が意味を成さなくなる。

だってそうだろう? 何時でも何処でも現れる援軍だなんて対処の仕様が無い。

まさに戦争におけるチートってやつだね』

 そうだ。そんなことが可能ならいくら思考し陣形を組んだとしてもあっと言う間に崩される。

「この件、どう思う」

『そうだね……。あくまで推論だけどいいかい?』

「構わない」と頷くとネシンバラは眼鏡を指で押し上げた。

一体今の行動に意味があったのだろうか?

『以前織田は物資を地脈間移動で運んでいたのを覚えているかい?』

「ノヴゴロドの時だな」

『Jud.、 あの時は流体変換できる無機物のみを運んでいたけど、何らかの技術や力を得て人員すら送る事が出来るようになったのかもしれない。

でもこれは可能性が低いと思う。

もう一つの可能性は空間移動だ』

「地脈間移動とは違うのか?」

『地脈間移動は地脈が繋がっている所、それも自分達が使ええるようにしてある地脈でしか使えない。

だけど空間移動は地脈に左右されず、何処でも移動可能だ。

例えば武蔵の場合、武蔵には地脈が無いから地脈間移動で敵が乗り込んで来るって事は有り得ないけど、空間移動なら瞬時に武蔵全艦に敵が出現する』

「そんなことできるのか?」

 そんなことが出来るなら織田に勝てる国など存在しない。

 なぜならそれは何時でも敵国の大将を暗殺できるという事だからだ。

『不可能ではないらしい。永江君から聞いた話では彼女達の世界にはそういったことが出来た大妖怪がいたらしい。

その妖怪は賢者とも言われ相当の切れ者らしいよ』

 その大妖怪が織田に居る……か。

「対処は可能だと思うか?」

『もしその妖怪が元いた世界と同じ力を備えているなら勝ち目は薄いね。

でもそれはないと思う』

ネシンバラは『いいかい?』と一声入れる。

『この世界には色々と制限がある。代表的なものはこの世界を傷つけることは出来ないという事だ。

この世界を傷つける、つまりは地脈を切断したりした場合、世界そのものから報復を受ける。それはさまざまな方法で、最悪死に至る』

統合争乱直後、この世界から脱出しようとして地脈を弄り壊滅した集団がいると聞いたことがある。

そのため地脈の扱いはどの国も慎重だ。

『次に有名なのは強すぎる能力を持つものは、その力を制限されているという事だ。

比那名居君の力だって使えば反動を受ける。

もし空間移動のような力を使えば相当な消耗があるはずだ』

 なぜ制限があるのか? 誰がそんなものを付けたのか?

いまだこの世界は謎だらけだ。

「つまりは連続しての空間移動は不可能だと?」

『Jud.、 何回できるのかは分からないけど、無限に出来るということは無いだろうね。

この事は浅間君とも相談して対策を練ったほうが良いね』

「分かった。ありがとう」

 その後も暫し会話を続け、表示枠を閉じた。

 すでに夕日は沈み、外は赤から黒へと変わっていた。

 出しっぱなしだった資料を片付けると窓から星空を見る。

「まずは伊勢を乗り越えないとな」

 そう言い、正純は頷いた。

 

***

 

日本の西方にある九州。その南端に位置する薩摩に英国が存在した。

英国は統合争乱後島津家を吸収し、同じく大友を吸収した三征西班牙と頑なに聖連の支配を跳ね除けている竜造寺とで九州を三分している。

 島津家の内城は大規模な改修をされ、大半を西洋式の城砦に、のこりの一部分を極東式の城砦にしている。

 また内城下は西洋側の影響を色濃く受けており、石造りの町並みが広がっており、夜の薩摩を照らしていた。

 内城の中央、英国宮殿を模して作られた城の大広間に複数目の男女が集まっていた。

 大広間の中央にある王座には長い金髪を持つ女性が堂々と座っており、その左右にはやせ細った女性と丸い女性が立っている。

 王座の女性の前には赤い長絨毯が敷かれ、それを挟むように男女が立ち並ぶ。

「さて」

と王座の女性が声を上げ、広間の人々が一斉に女性の方を向く。

「諸君、よく集まってくれた。今日、諸君等“女王の盾符”と我が同胞達に集まってもらったのは他でもない、英国の今後を決めるためだ。ダッドリー、続きを」

 そう言うとやせ細った女性━━ロバート・ダッドリーが前に出る。

「みみ、皆も知っていると思うが、ほほ、本日、聖連がP.A.Odaに敗北した。

こここ、このことを考え私達は進むべき道を慎重に決めなければいけない」

「ふふ、そんなの決まっているじゃない。英国にとって邪魔なものは排除すればいい、それが聖連であっても。そうでしょう? ベス?」

 と言ったのは紫髪の少女の横に立つ、幼い少女だ。

 赤い瞳に、薄めの青髪を持ち、背中から蝙蝠の羽を生やした少女は不敵に笑い王座の女性を見る。

「それとも妖精女王エリザベスともあろう者が臆したのかしら?」

「あああああ、貴女ねぇ!!」

 憤るダッドリーを王座に座るエリザベスが手で征する。

「そう言うなレミリア。私とて万能ではないんだ、事を始めるにはそれなりの考慮と準備がいる」

「そう、貴女の中ではもう決まっているのね? なら文句は無いわ」

 満足げに頷くとレミリア・スカーレットは元の位置に戻った。

 次に前に出たのは黒人の男性だ。

「Lady、宜しいですかな?」

エリザベスは「構わぬ」と頷き男は一礼した。

「先の一戦で聖連の権威はもはや失われたも同然。六護式仏蘭西も聖連の意向を無視した動きを見せているとの事。

ならば我々もこのまま何もせず大波に呑まれる前に、此方から波に乗るべきでしょう」

 そう言い終えると男は下がった。

 エリザベスは頷き、一同を見渡すと大きく頷く。

「他に意見は? 無いのならば決を採ろう、一つはこのまま英国は様子を周囲の様子を窺う。つまりは現状維持だ。もう一つは我々は乱世という舞台に上がる。これはつまり聖連と敵対する事になる」

 一息入れる。

「では、どちらかに挙手を━━━━」

 そこまで言って止まる。

 突然の静止に何だと大広間がどよめくとエリザベスは眉を顰めた。

「━━━━一人足りなくないか?」

 その言葉に着物を着た男の横に立っていた軍服姿の黒髪の男が冷や汗を掻く。

そして彼は一歩前に出ると頭を下げる。

「女王陛下……」

「どうした? ミュラー? 顔色が悪いぞ。腹痛か?」

「いえ、そうではなく。今居ないのは……」

 その瞬間大広間の扉が開かれた。

 

***

 

 突然の来訪者にその場に居た誰もが固まる。

 赤い絨毯の上を歩くのは、赤く派手な貴族服を着た金髪の男だ。

彼は手にギターを持ち、エリザベスの前まで来ると一度大きく礼をした。

 そして不敵に笑うと演奏を始める。

「流れ行く 星の軌跡は

道しるべ 君へと続く

焦がれれば 思い 胸を裂き

苦しさを 月が笑う

叶うことなどない はかない望みなら

せめてひとつ 傷を残そう

はじめての接吻 さよならの接吻

君の涙を 琥珀にして

永遠の愛 閉じ込めよう

胸の先 映す 虹の橋

翔け渡り 君の元へ

求めれば 空に 溶け消えて

寂しいと 風が歌う

届くことなどない はかない願いなら

せめてひとつ 傷を残そう

はじめての約束 守らない約束

君の吐息を 琥珀にして

永遠の夢 閉じ込めよう」

 歌い終え、大広間が静寂に包まれる。

 男が周囲に礼をすると、まばらに拍手が起きた。

「御静聴ありがとう御座いました。おや、ミュラー君? どうしたんだい? そんな顔をしてぇ!?」

 ミュラーが男の襟を掴む。

「何をしているんだ! お前は!!」

「いやぁ、麗しき女王陛下の晩餐に誘われたと聞いて色々と支度していたら遅れてしまってね。

だからせめてもと思って、歌を送ったんだが━━━━ミュ、ミュラー君!? ぼ、暴力反対!!」

 ミュラーは大きく溜息をつくと疲れたように脱力する。

「オリビエ……今日は晩餐会じゃ無くて会議だと言っただろう……」

「晩餐会無いの!?」と驚愕の顔でエリザベスの方を見る。

「いや、まあ、この後予定しているが……」

 そういわれるとオリビエはしたり顔でミュラーを見る。

「ほら、ミュラー君。僕の方が正しかった!」

 額に青筋を浮かべるミュラーを無視し、オリビエはエリザベスの方を向く。

「それで、今後の方針だったかな英国女王」

「聞いていたのか?」

「ああ、実は割りと前から扉の前で待機していたんだが、なかなか飛び出す良いタイミングが無くてね。そうだ、ミュラー君。君の焦った顔もなかなか素敵だったよ」

 満面の笑みで再び掴みかかろうとするミュラーを着物を着た男が止めているの横目にオリビエは真剣な表情になる。

「女王陛下、一つお願いがある」

「なんだ?」

「僕に関東まで出向く命を下して欲しい」

 その言葉にエリザベスは眉を顰める。

「ああああ、貴方、遅れてきた挙句何を言っているの!?」

「遅れたことには謝罪を。僕が遅れたのは僕自身の問題であり、ミュラー君は無関係だ。

関東に行きたいといった理由は一つ、英国、いや西側の誰もが知りたい事を探るためだ」

「いいかね?」と言い、一度周囲を見る。

「誰もが薄々気がついている事だろうが、東側諸国。特に北条・印度連合は何かを隠している」

「何かを隠している、ですか……」

 そう言ったのは水着姿の男だ。オリビエは彼に頷き。

「そうだ。彼の富士山崩落以来北条は富士山への立ち入りを全面的に禁じている。諸君等も知っていると思うが富士山一帯は現在博麗神社が管轄しておりその情報は一切外部に漏れていない。

だからこそ妙だ。何故北条は富士山を立ち入り禁止にした? 何故情報を秘匿する?

何故未だに北条は調査団を富士山に派遣している?

どうかな女王陛下?」

 「ふむ」とエリザベスは思案する。それは自分も常々感じていたことだ。

 異変に関する情報開示は義務であり、これはこの世界に住むすべての人々にとって重要な事だ。

「識者の話を聞こう。パチュリー・ノーレッジ、お前はどう思う?」

 レミリアの隣に立っていた紫髪の少女、パチュリーは「そうですね」と思案顔をするとエリザベスを見た。

「情報が少ないので何とも……。しかし、富士山崩落と怪魔の出現は結びついていると思います。

もしかしたら北条は何か重要な、それこそ世界が引っくり返り兼ねない何かを見つけたのかもしれません」

そこまで言い、一旦レミリアを見、そしてオリビエの方を見た。

「妖精女王、私も彼に同行する許可を。調査をするなら知識を持つ者が同行するべきでしょう」

「パ、パチェ!?」

 レミリアが慌てて声を上げる。

「何? レミィ?」

「いや、パチェが行っちゃったら私どうしたらいいのよ!? それにアンタ体弱いんだから長旅なんて無理よ」

 パチュリーはやれやれと溜息をつくと、レミリアの肩にやさしく手を置く。

「貴女には咲夜がいるでしょう? 体力に関しても航空艦で移動するし、あの男もいるしね。頼っていいのかしら?」

「可憐な乙女の頼みとあらば」

とオリビエが気障っぽく言うとパチュリーは少し笑う。

 まだ若干納得いかないといった感じのレミリアを宥めるとエリザベスの方を向く。

「ということですので私達に関東へ赴く許可を頂けませんか?」

 エリザベスはやれやれと苦笑し、隣のダッドリーに目配せする。

それに対しダッドリーが無言で頷くと頷き返し、眼前に立つ二人を見る。

「では許可しよう。だが、お前たち二人では心配だ。なので、ミュラー・ヴァンダール」

「は!」

とミュラーは片膝を着き頭を下げる。

「お前には二人の護衛を命じる。異論は無いな」

「了解(ヤー)」と頷くミュラーを見、満足げに頷くと立ち上がった。

「では諸君、今一度決を採ろう。我等が進むべきは現状維持の道か戦いの道か、各々偽りの無い挙手を!」

 その日、英国は聖連からの脱退を決定した。

 この報は九州全土に瞬く間に広まり、九州が戦乱の渦に巻き込まれて行く事になる。

 

***

 

 深夜の霧山御所。

 夜の静けさに包まれ、遠くの伊勢の光が僅かに空を照らすのが見える北畠具教の寝室で具教は眠れずにいた。

 布団の上に座り、刀を鞘から引き抜く。

 寝室の照明に刃が照らされ、刀身には眉を顰めた自分の顔が映っている。

 結局の所、今日の会議は最後まで平行線のまま終わってしまった。

明日の朝には全てが決まる。

戦か恭順か。

 指で皺のよった眉間を触り、苦笑する。

今日は、ずっとこんな感じだな。

 刀を鞘に戻し、床に置き、天井を見る。天井の板に浮かんでいる染みを見ながらもう一度大きな溜息をつく。

「今日で42回目の溜息だな」

 気分転換をしようと立ち上がり、外に出る。

襖を開けると秋の冷たい風と淡い月明かりが体を照らした。

 視線を空から下に移せば見覚えのある背中がある。

「父上、夜風は体に悪いですよ」

 晴具は此方を向かず「構わん」と短く言った。

 そんな父の隣に立ち、共に月を見る。

暫くの間、お互いに無言でいると晴具が「具房は?」と小さく言った。

「具房はどうしている?」

 父は此方を見ない。

「息子は戦の反対のようです。夕方も私を訪ねてきました」

 ふん、と小さく鼻を鳴らす父を横目に見ながら続ける。

「息子を軟弱者と思いますか?」

 暫くの沈黙。

「ああ、軟弱者だ。武士の風上にも置けぬ」

「だが」と言う。

「…………正しいのは孫だろうよ」

 ようやく父は此方に顔を向けた。その表情は自分と同じ用に眉間に皺が寄ったものだ。

「お前、眉間に皺が寄ってるぞ」

「父上もですよ」と返し、お互いに苦笑する。

「戦をしても何も得しない事は儂にも分かっておる。だが、どうしても嫌なのだ。戦わずして降る事が。

時代は変わった。空に船が飛び、巨大なからくり人形が戦場を制し、兵の数が戦場において最も重要となる。

武士の意地とは何とも儚い物よ」

 そう言う父の表情は普段の強情さが失せ、何とも儚い物に見えた。

「徳川が言った本領安堵。あれは本当の事だろう」

「なぜそう思うので?」

「先の駿府の戦を覚えているな?」

 父の言葉に頷く。

駿府の戦い。織田の稲葉山侵攻と同じく世界を乱世へと動かした戦い。

「あの時徳川は聖連に睨まれかねないにも関わらず今川義元を救った。

家康と志を共にする若造が言ったそうだ。“誰もが笑って暮らせる世を創る”と。

なんという綺麗事だ。この世を、ましてや乱世で生き抜こうとするならばそんな事が不可能であることを知っているであろうに」

 徳川もそんなことは重々承知だろう。

“誰もが笑って暮らせる世を創る”というのは建前だ。

理想論を振りまき、味方を取り込んでゆく。そういうつもりではないか?

「だが、やるだろうなぁ。奴等は」

「なぜそう思うので?」

 は。と父は笑う。今日はじめて見た父の笑顔だ。

「勘だよ、勘。儂ならそうする。

それだけあの愚かな若造が儂等には眩く見えるという事だ。

ましてやあの徳川家康なら後悔も多いだろうに」

後悔。

生前の後悔は自分にもある。しかし天下人の後悔とはどれ程のものか、自分には想像もつかない。

 もし家康が後悔を乗り越えるためにやって来るのならば自分はどうすればいい?

どうする事が一番の正解だ?

「父上、私は━━」

そこまで言って父は首を横に振る。

「それは自分で決めることだ。昼も言ったが今の当主はお前だ。

お前が自分自身の意志で決めた事なら儂は最後まで付き合う」

 父の言葉に頷く。

その様子を満足そうに見ると父は自分の部屋に向かって歩き出した。

「儂はもう寝る。具教、お前はどうする?」

「私はもう少し夜風に当たります」

「体を壊すぞ?」と言われ「若いですから」と返す。

 父はそのやり取りに笑い、此方に背を向け手を振った。

「ではな」

 父の背中が部屋に消えるのを見届けると、もう一度月を見た。

 すでに答えは自分の中にある。

後は前に進む決心をするだけだ。

「私は、北畠家を守る」

 そう言い、夜闇を照らす月に拳を振りかざした。



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~第九章・『前に進む率い手』 さて、勝負だ (配点:北畠家)~

 P.A.Odaと聖連が激突した次の日。

 霧山御所の大広間に再び北畠家の家臣と武蔵の使者が集まっていた。

 上座には先日と同じように北畠晴具とその孫具房が座っていたが中央の席、当主である北畠具教の席だけが空いていた。

 会談の時間が近づいても現れない具教に広間がどよめき、具房は冷や汗を掻いていた。

ち、父上はまだなのか!?

 まさか昨日の会談の後、結局どうするか決まらず部屋に引きこもっているのでは……?

いや、父に限ってそれは無い。

ともかく皆を落ち着かせなければと思い声を掛けようとした瞬間、武蔵の会計が口を開いた。

「随分と遅いですな具教公は。まさかとは思うがこのまま来ないという事は無いでしょうな?」

 武蔵の会計の冷たい目で見据えられ、思わず身が縮む。

何か言い返さねばと思い口を開くが声が出ない。

背中に汗を掻き、膝の上で手のひらを広げたり締めたりしていると祖父がギロリと会計を睨む。

「余り儂の息子を見くびるなよ、異界人」

 広間が静まり返る。

 武蔵の会計は一度姿勢を正し、頭を下げた。

「軽言だった。申し訳ない」

 その様子に祖父が不機嫌そうに横を向くと、後ろの戸から父・具教が現れた。

「ち、父上! 今まで何を!?」

 父は此方を手で制すと中央の席に座る。

その表情には昨日のような迷いは無く、真っ直ぐに武蔵の会計を見る。

━━決意なさったのですね、父上。

 自分も姿勢を正すと父が頭を下げた。

「まずは謝罪を。交渉の時間を引き延ばしてしまい申し訳なかった。これは私の優柔不断のせいだ」

 そして頭を上げると腰に差してあった刀を手に持ち、床に立てる。

「一晩考え私は決めた。…………我々は降伏などしない!」

「ち、父上!?」

 広間が一気に騒がしくなる。そんな中武蔵の会計は表情を変えず、父を見ている。

「それがどういうことか分かっているな? 戦になれば万が一にも北畠家は勝てない」

「無論承知だ。故に徳川家に提案したい」

「提案?」と会計が無表情のまま言うと父はそれに頷き。

「明日の正午、伊勢湾にて一度だけ徳川と戦をしたい。そこで我等が負けたならば降伏しよう、それで足りぬなら我が首を持って行け。

しかし、もし我等が勝てたなら」

 広間から音が消える。

だれもが具教を見ていた。

「━━━━我々は徳川と対等な同盟を結びたい」

「それを受け入れられると?」

 武蔵の会計の言葉に父は満面の笑みになる。

「受け入れられ無い場合、我々は伊勢に火を点ける。

私はその覚悟を持って今、ここにいる」

 絶句した。

伊勢に火を点ける? そんなことをすれば北畠家の名は地に墜ちる。

 家臣たちも戸惑い、困惑した表情を浮かべていた。

そんな中、先ほどまで黙っていた祖父がいきなり大笑いを始めた。

「よくぞ!! よくぞ言った!! それでこそ! それでこそ北畠家の当主よ!

伊勢に火を点けるなら儂に任せい! 盛大な花火にしてやろう!」

 そして今度は家臣たちを見る。

「何を惚けた顔をしておる! お前たちの当主は決意したのだぞ? 確かに賢き道では無いかも知れぬ。

だが我等は何か? 農民か? 伊勢の商人どもか? いいや違う、武士だ。

この男は武士として、男として儂等に戦場という納得の場を用意してくれたのだ。之ほど嬉しい事は無かろう?」

「もし、納得がいかないのであれば北畠を去ってくれても良い。

だが、もしも私と同じく戦わずして降るのが嫌だと言うならばどうか、どうか力を貸してくれ」

 父が頭を下げる。

 広間は沈黙に包まれ誰もが動かない。

 しかし、一人、もう一人と家臣たちが立ち上がっていく。

「応! 共に参りましょうぞ!」

「殿! 我等が殿!」

 気がつけば広間にいた誰もが立ち上がり熱意の篭った目で父を見ている。

 父はその様子に頷く。

「そう言うことだ。この由、岡崎の家康公に伝えてくれ」

 武蔵の会計は一回目を閉じ、一息入れると頷いた。

「Jud.、 直ぐに伝えよう」

 そして立ち上がる。

「具教公。次は戦場にて」

 そう言い武蔵の会計たちは退出して行った。

 

***

 

 どっと疲れが全身に押し寄せてきた。

言った。言ってしまった。

 本当にこれで良かったのか? その疑問は今でもある。

しかしそれ以上に言ってよかったという思いがあった。

 家臣達は自分の前に座り、期待を込めた目で此方を見ている。

「皆、これから忙しくなるぞ。まずは動かせられる船の点検に武器弾薬の調達。

そしてやる気のある兵をかき集めろ。

では頼んだぞ!」

「は!!」

 家臣たちが一斉に動き出す。

 武蔵の会計の言った通り、現状の戦力では徳川の艦隊に太刀打ち出来ない。

戦うのならば策を練らなければ。

「具房、納得していないとは思うがどうか父を手伝ってくれ」

「は、はい。私とて北畠の男。父上について行きます」

 冷や汗を掻きながらも自分に従ってくれる息子に内心で礼を言う。

「伊勢の町に行き傭兵をかき集めて来い。金に糸目はつけん」

 息子は頷く。

今度は父の方を見ると、父は立ち上がっていた。

そして此方に背を向けたまま言う。

「では儂は九鬼水軍に向かおう。艦隊戦ならば彼らの力は大きく役に立とう」

 そう言い退出する。

 何も言わず従ってくれる父に頼もしさを感じながらもう一度息子の方を見る。

息子は表示枠を開き、北畠家の資金を見ていた。

「具房よ。傭兵を雇う際に“彼ら”と連絡をつけたい。頼めるか?」

「“彼ら”」と言う言葉に具房は眉を顰める。

「“彼ら”を使うので?」

「ああ、その位しなければ勝ちに行けないさ」

 息子は大きく頷き表示枠を閉じると広間から退出した。

 そうして広間には自分だけが残った。

 

***

 

「テメェら!! 北畠の大将が戦争するって決めたんだ! 大仕事になるぞ!! 船の点検と整備を急いでやりやがれ!!」

 北畠家が徳川家と開戦するという報は直ぐに九鬼水軍に伝わった。

 隠れ港は普段の静かさとは打って変わり、あちらこちらで怒声や作業を行う音が聞えていた。

「大将!!」

 声を掛けられ、振り返れば詰め所の方から小町が駆け足でやって来た。

「戦争するんだって? 何でまた急に?」

「ま、北畠具教は男だったって訳だ」

 「意味分からん」と眉を顰めている小町の尻を一回叩くと「きゃん」と跳ね上がった。

「セ、セクハラだよ!」

「はは、テメェもぼさっとしてんじゃねーよ。例の船の最終点検、やっとけよ」

 めんどくさ。と溜息をつくと小町は「あ、そうだ」と声を上げた。

「大将、戦いになったらあたいに小さい船と腕っ節のいい奴等貸してくれない?」

「どうするつもりだ?」

 小町はにやりと笑うと豊満な自分の胸を叩く。

「あたいらは水軍だろう? だったら水軍らしくやろうかなってね」

「は! オメェも分かってきたんじゃねーか。おい! 腕に自身のある奴等集めな!」

 「うす!!」と近くにいた男が頭を下げ、港のほうに走って行く。

 その様子を見ながら小町は後頭部を掻く。

「でもさー、勝てるのかい? 徳川に? 相手の船の数はこっちより全然多いんだろ?」

「そりゃ徳川艦隊と正面からやり合えば勝ち目はねぇよ」

 「え?」と小町が固まる。

「だがな勝つことと殲滅する事はちげーよ。俺らの目的は戦いに勝つこと。そして勝つには武蔵を落しちまえばいい。後は頭の良い奴が何とかしてくれるさ」

「成程ね、武蔵さえ落せば徳川の戦力は大幅に低下する。それをあたいたちの勝利とする……」

 そうだ。そもそも勝てないことは皆分かっている。

この戦いは徳川を倒すための戦いではない。自分達の意地を証明する為の戦いだ。

 港の方を見れば航空艦用の港に張ってあった天幕は外され、黒い双胴の船がその船体を陽光で光らせている。

 九鬼水軍の旗艦とするべく建造した鉄鋼船“日本丸”。

 北畠の支援と九鬼水軍の技術力を詰め込んだこの船は最新鋭の航空艦に引けを取らない自信がある。

 黒い鉄鋼船は右艦と左艦の連結部の最終点検を行っており時折連結部の装甲が展開したり収納されたりしている。

 そんな様子を見ていると浜辺の見張り台の方から部下が走ってきた。

「大将に客です!」

「おう、誰だ?」

 そう言い部下の後ろを見れば馬から下馬している北畠晴具がいた。

 晴具は下馬を終えると此方のほうに歩み寄り、頭を下げた。

「こいつぁ、北畠の大親父殿。こんな所に何用で?」

「うむ、既に戦になる事は知っているようだな」

 そう言い晴具は港の方を見る。

「ええ、みんなやる気でさぁ。ここんとこ暇でしたからねぇ」

 小声で「暇はいいことだよー」と言う小町を一睨みする。晴具はそんな此方を見て頷く。

「次の戦、お前たちを頼りにしているぞ」

 「お任せを!」と自分の胸板を叩く。

 晴具はもう一度「頼んだぞ」と言うと、此方を見た。

暫くの間何かを迷うようにしているとそっと目を閉じ、大きく頷く。

「実は頼みがある」

 頼み? 次の戦に関してだろうか?

「頼みというのは次の戦で…………」

 秋風に揺られ、波が岸にぶつかる。

 港は戦に対する期待かのように波音と喧騒で包まれる。

 

***

 

 午前の生徒会室、その中で大久保・長安は書類と格闘していた。

机の上には山積みになった書類が幾つもあり、不安定な形で聳え立っている。

 これ等の書類の殆どは武蔵に関するもので武蔵の整備費、対空砲の設置費やその弾薬の費用といった物だ。

 駿府の戦い以降、浜松での交易は大幅に減り徳川は財政難となった。

現在は少しずつ交易が再開されたおかげで建て直しつつあるがそれでも慢性的な財政難である事には変わりない。

 現在も武蔵に搭載する武装や弾薬のリストを見て、何とか費用削減できないかやり繰りしている。

「早く伊勢が手に入ればいいんやけどなー……」

 伊勢の財政力は魅力的だ。伊勢が徳川に加われば様々な問題が一気に解決するだろう。

その為の障害として北畠家がいるが、戦争にはならないはずだ。

 北畠家にとって戦争する事にメリットは無い。寧ろ徳川に恭順すれば本領を安堵され、家は安泰になるのだ。

 今朝、会計が交渉を行ったがその結果はまだ知らない。

だが恐らく北畠家は降伏しただろう。

 聞けば北畠家は先日の交渉後意見が割れたらしい、反対派を無視した結論は出せないはずだ。

 そう思い緑茶に口をつけようとした瞬間、戸が開かれた。

「御嬢様!!」

 そう言って入ってきたのは加納だ。

自動人形の彼女は資料を倒さないように此方に近づくと、横に立った。

「なんや? どないした?」

「霧山御所での交渉が終わりました。北畠家は徳川家に対して条件付の戦争を提案。

家康公はこれを承諾しました」

 固まる。

驚きのあまり手に持っていた湯飲みを落す。

「うわ、あ、あっつ! これあっつ!!」

 加納に手ぬぐいを渡され、慌てて膝を拭く。

「な、なんでや!? なんで戦いになったん!?」

「Jud.、 北畠具教は明日の正午、伊勢湾にて徳川と一戦を交えそれの結果により降伏かを決めることにするようです。

なお、この条件が受け入れられない場合伊勢を燃やすとも言ってます」

 古来から猫に追い詰められた鼠は猫を噛むというが、こんな方法で来るとは。

今の徳川にとって伊勢を失うのは戦で負けるよ事よりも大きい。

 徳川としてはその条件を呑まざるおえない。

 そして何よりの問題は……。

「加納……戦って、伊勢湾の上よね?」

「Jud.、 艦隊戦になります」

 机に突っ伏す。

「ああ……弾薬やその他武装の費用が必要や……それに臨時用の装甲も……」

 昨日から作っていた資料が全部無駄になった。

「とりあえず苦情や! 苦情! 副会長に苦情送ったる!!」

 

***

 

「うわ、大久保の奴、怒ってるなぁ」

 自分に送られたメールの数を見て本多・正純は苦笑した。

とりあえず“ツキノワ”に削除するように頼み、一通『まあ、たのんだ』と送らせる。

 その直後物凄い勢いでメールが来るが無視で。

・副会長:『というわけで戦争だぞ、お前たち』

・● 画:『やったわね正純、戦争よ!』

・ウキー:『うむ、これで正純が手当たり次第戦争を吹っかけなくて済むな』

・金マル:『北畠家が戦争好きで助かったね!』

・副会長:『待てお前ら! 今回の交渉は会計主体だ! 私は関係ないぞ!』

・俺  :『じゃあセージュン。おめぇが交渉してたら戦争しなかったのか?』

・副会長:『…………』

・“約”全員:『『黙るなよ!!』』

・副会長:『ともかく明日の正午には戦いだ。その事を考えてみんな準備をしてくれ』

・煙草女:『艦隊戦になるなら地摺朱雀は砲撃戦用の装備が必要さね』

・労働者:『北条との交易品に武神用の長銃があった筈だ。使ったらどうだ?』

・煙草女:『交易品だね、感謝するよ』

・天人様:『あんた、交易品とかチェックしてるんだ』

・労働者:『……まあ、な』

・あさま:『はい! ええっと! 艦隊戦なら私の仕事は障壁とかの管理ですね!』

・賢姉様:『フフ、違うでしょ浅間? 貴女は武蔵の切り札よ。こう、無用心に近づいてくる船をズドンっと!!』

・あさま:『巫女はそんな事しません!!』

・貧従士:『その割にはいつも何か沈めているような……』

・あさま:『違いますよーぅ! 正当防衛ですよーぅ!! 正当防衛ついでに沈めてるだけですよーぅ!』

・“約”全員:『『沈めてるじゃねーか!!』』

・天人様:『何処の世界も巫女ってのはハッチャケてるわね……』

 こんなときにも変わらない皆のやり取り見て笑う。

 自分も頑張らないとなと喝を入れる。この後は商工会との会議だ。

 北畠家との戦争が決まり、動揺が広まっている。

それを収めなければ。

 そう思い、自宅を出た。

 

***

 

 武蔵アリアダスト教導院の小等部。

 徳川と北畠の開戦が決定したため非戦闘員は浜松に退去となり、小等部は休校となった。

 そんな人の居ない小等部の職員室に今川義元と上白沢慧音はいた。

 顔のあちこちに絆創膏を貼っている今川義元は授業に使う紙資料を纏め終えると職員室を見渡した。

 職員室では武蔵から退避を行う教師達が授業用の資料や私物を片付けており、自分の横の席の慧音も同様だ。

彼女は歴史の厚い教科書を何段にも積み重ねるとダンボール箱に入れて行く。

「それにしても北畠の坊主め、なかなか上手く立ち回ったじゃないか」

 作業を続けながら慧音は顔だけを此方に向ける。

「伊勢湾で一戦を交える事によって北畠家の抗戦派に納得の場所を与え、恭順派には安寧の場を与えたんだ。

この伊勢での戦いで北畠家は問題を一挙に解決できる」

 一息入れ、湯飲みに入った茶を飲む。

「なあ慧音、徳川が今回の要求を呑んだ理由が分かるか?」

「伊勢の財政力では?」

「確かに金欠の徳川にとって伊勢の金は欲しい。だがそれはわざわざ北畠家の我が儘を呑むほどか?

確かに伊勢が燃えれば財政力を得られなくなる。しかしそれはあくまでも一時的だ。

町は時間を掛ければ立て直せる。

伊勢を手に入れているのであれば徳川は将来的に必ず莫大な金が手に入る」

 ふむ。と慧音は思案する。

「徳川が要求を呑む理由……。それは、“時間”ですか?」

「そうだ。徳川が要求を呑んだ最大の理由、それは時間が無いからだ。

先日織田が聖連を破ったのは知っているな? 織田が近江国境を突破した以上近い内に観音寺の六角は落ちるだろう。

そうなれば次に織田が目を向けるのはどこだ?」

「まずは足利家、これは聖連が死守するため織田にとっては激戦になりますね。浅井・朝倉は連合を強固な同盟を組んでいる上、将兵の質は高い。

となると姉小路と筒井ですが……」

「その通り。だが姉小路は攻めないだろうな」

 慧音はなぜ? と表情で言う。

「姉小路を落すと織田は甲斐連合との接地領土が増える。大国武田との接地領土は減らしたいだろう。

そうなると筒井、そしてこれが徳川にとって一番嫌な事だ。

もし織田が筒井を落せば徳川は近畿への足がかりが無くなる。かといって関東に行くにも北条・印度連合、北には甲斐連合だ」

 それ故に徳川は是が非でも織田より早く筒井に攻め込まなければいけない。

その拠点となるのが伊勢だ。

「もし伊勢が炎上すれば筒井攻めが大幅に遅れることになるというわけだ」

「彼らは大変ですね……」

と慧音は職員室の窓から外を見る。

 大方の資料を纏めると立ち上がり、腰を伸ばす。

「非戦闘員は残る意思があるなら武蔵に残留できるがお前はどうする? 俺はこの戦を見届けたいから残るが」

ダンボールの箱を閉め終えると慧音も立ち上がり隣に立つ。

「私も残ろうと思います。妹紅も同じ事を言っていました」

「そうか」と言い頷くとダンボール箱を持ち上げる。

「これは浜松に下ろすんだろう? だったら手伝おう」

「有難う御座います」と礼を言う慧音に頷くと職員室を出る。一つ遅れて慧音も出ると廊下には妹紅が壁に寄りかかっていた。

 暇そうに髪を弄っていた妹紅は此方に気がつくと手を振った。

「慧音に義元さん。どう? これから昼食べに行かない?」

 

***

 

「全く、女王陛下にも困りましたね……」

 浜松に停泊している英国の外交艦。その一室の中でチャールズ・ハワードは椅子に座り困った表情をしながら紅茶を飲んでいた。

 十六夜咲夜はいつもと変わらぬ様子でその隣に立っている。

「英国の聖連脱退によって我々は九州に戻り辛くなってしまいましたね」

「ご安心を」

と咲夜が言い、クッキーをテーブルの上に置く。

「私は御嬢様より必ず帰ってくるように言われておりますので、いざとなったら……」

「いざとなったら?」

「ハワード卿を置いていきます」

 満面の笑みで言われ、ハワードは掴んだクッキーを思わず落す。

 慌てて拾おうとするがクッキーはいつの間にかテーブルの上に戻っていた。

「……相変わらず便利な能力ですな」

「はい、以前は“ほぼ”一人で御嬢様のお世話をしていましたから」

 「あと」と一言入れ

「置いていくというのは冗談です。いざという時にはお守り致しますよ?」

 そう言い舌を小さく出し笑う彼女に苦笑するとクッキーを齧る。

「それに帰国経路は考えているのでは?」

「まあ、一応」

 そう言って表示枠を開くと西日本の地図を開いた。

 地図には紀伊半島の熊野港と堺に能島港が赤く表示されている。

「鈴木家、M.H.R.R.に六護式仏蘭西ですか? 何れも聖連と敵対もしくは距離を置いている国ですね」

「Tes.、 帰国経路はまず浜松を出て伊勢へ、その後紀伊半島を南回りし鈴木家の熊野港、北上して堺を経て六護式仏蘭西国境沿いを航行、最後の英国方面ですが九州は西回りで行きます。

三征西班牙は強力な航空艦隊を所持してますからね」

 呑み終わった紅茶のティーカップを置くと咲夜はそれを片付け始める。

「六護式仏蘭西からの妨害を受ける可能性は?」

「まあ、あるでしょうね。その為の国境沿い航行です。聖連との国境沿いで六護式仏蘭西も揉め事を起こしたくないでしょうし、そんな暇も無いはずです」

 表示枠の地図の中国地方を拡大する。

「六護式仏蘭西も近々大掛かりな動きを見せようとしています。その前に問題を起こさない筈です。

まあ念のため外交艦は伊勢で商船に偽装しておきますが」

 咲夜が「なるほど」と頷いた次の瞬間、彼女が手に持っていたティーカップやらが消えた。

「本当に便利な能力ですね……」

「まあ多少の制限はありますけどね」

 ハワードは立ち上がると部屋の窓を開けた。

 窓からは浜松港が見ることができ、浜松港は昨日とは一転して騒がしくなっている。

「まあ、いい機会でしょう。伊勢の戦いを観察して徳川の情報を女王陛下の下に持ち替えりましょう」

 そう言い空を見ると空を一筋の影が走る。

影の向かう方向は武蔵であり、影は見張り台の死角を飛んで行く。

「どうかなさいました?」

と咲夜に言われ振り返る。

「いえ、どうやら鴉が動き始めたようですね。まあ我々には関係の無い事でしょう」

 もう一度武蔵の方を見るが既に影は居なくなっていた。

「咲夜さん、明日はなかなか楽しいものが見れそうですよ」

 

***

 

 浜松港の宿から出た姫海堂はたては両手を上げ、背筋を伸ばした。

 昨日は一日かけて佐助先輩から送られてきた武蔵の概要図と潜入するに当たっての注意点を熟読していた。

━━これだけ仕事できるなら“要らず”じゃないわよね?

 なぜ十勇士の先輩達が“要らず”と呼ばれているのかは知らない。

文の奴は何か知っているようだがあいつに聞くのは嫌だ。

 通りは昨日までの静かさとは違い作業員や船乗りが忙しげに行き来していた。

 織田の話は昨日の間に知らされ、北畠家との開戦についても伊勢に潜入している後輩の鴉天狗から聞いた。

「これってチャンスよね」

 明日の戦に向け準備を行っているため普段より武蔵周辺の警戒は薄くなっている筈だ。

 表示枠を開きもう一度武蔵一体を確認する。

 浜松周辺の偵察情報は文の成果なため、それを使うのは少々不本意だがより大きな手柄を得るためには仕方が無い。

 まずは武蔵に乗り込む。

その後適当な潜伏場所を見つけある程度情報を得たら帰還するとしよう。

伊勢湾でやばくなったら脱出すればいい。

「よし!」

 自分に喝を入れ、周囲を窺いながら路地に入って行く。

 人が誰もいないことを確認したら背の翼を広げた。

翼に力を入れ、羽ばたく。

 次の瞬間には遥か上空へと上昇していた。

 そこから白の八艦を見ると信濃のほうに指を向ける。

「見てなさいよ! ここから私のサクセスストーリーが始まるわ!」

 鴉が飛んだ。

 黒い弾丸のように飛翔し、武蔵へ向かっていった。



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~第十章・『新しき戦への準備手』 迷子も捜さなきゃ (配点:散歩)~

 

 

「そこでオイラは刀を引き抜き妖怪どもを蹴散らしての大進撃! そして北の双魔人をついに倒したのさァ!」

 排水溝の合流点、やや広めの空洞の中黒藻の獣に囲まれイッスンは高らかにそう語った。

 ここに連れて来られて約三日、最初は此方を喰らおうとする妖怪かと思ったがこの黒い連中はなかなかに話が分かる。

 ただちょっと臭いが。

「つづきは? つづきは?」

 観客に急かされ一度咳きを入れる。

「双魔人を倒すとオイラとオイラの従者アマ公は空を飛ぶ鉄の舟を見つけたんだ。

舟の奥に潜むは全ての元凶! そしてオイラとアマ公は……」

 そこまで言って止まる。

 その先は自分にとっての後悔だ。

 突然話を止めた此方を心配したのか黒藻の獣達は心配げに見る。

「どうしたの? どうしたの?」

「ああ、いや、なんでもねェ。ちょっと思い出していただけだ」

 気を取り直す。

「残念ながらオイラは舟には乗れなかった……。だがよォ、それが功を奏したのさ!

地上に残ったオイラは人々にアマ公の姿を教え、信仰によって力を得たアマ公はついに悪の親玉を倒したのさァ!!」

「おお」

と黒藻の獣たちが体を揺らす。

「こうして世界に平和が戻り、アマ公はタカマガハラに向かった……筈なんだがなァ……」

 アマ公が飛び立つのは見た。そしてその直後自分達はこの世界に飛ばされたのだ。

 最初は驚愕したが、アマ公と再び冒険が出来るのならこれはこれで悪くないとも思っている。

━━まあ舟が普通に飛んでんのは流石にビビッタけどなァ。

 アマ公にいたっては忍び込んだ舟から地上を見ようとして落ちたことがある。

あの時は本当に死んだかと思ったが。

「……て!! そうだ!! オイラはアマ公を探さねェといけねェ!!」

 ついつい話し込んでしまった。

アマ公が自分を置いて遠くへ行くとは思えないが何となく向こうは探していないような気がする。

「オメェら、白い犬、アマ公を見なかったか?」

「しろい? しろい?」

「ああ、こうポァっとした奴でよく間抜け面って言われてるなァ」

 黒藻の獣達は集まると身を寄せ合って会議を始めた。

その様子を遠巻きに見ていると一斉にこっちを向いた。

「おくたま。 みち。 みたことある」

「ホントか! その“おくたま”に案内してくれ!」

「わかった。わかった」と頷くと黒藻の獣達が動き始める。

恐らくついて来いということだろう。

 マントを一回払うと笠を被りなおし、後に続く。

排水溝の水は少し臭かった。

 

***

 

 奥多摩の酒井亭。

その一角の和室に酒井・忠次と“武蔵”、そして“曳馬”が居た。

 忠次は上座に座り煙管を咥えており、その横には“武蔵”が正座している。

そんな二人に対面するように“曳馬”も正座をしていた。

「いやぁ、“曳馬”さんもいきなり最前線なんてついてないねぇ」

 そう忠次が言うと“曳馬”は首を横に振った。

「いえ、正直好都合と判断します。先日も話したとおり私の目的は実戦データの収集。此度の戦いはとても有益なデータになると思われます」

「“武蔵”さん的にはどう?」

「Jud.、 正直無駄に艦を損傷させたくはありませんが……まぁ“奥多摩”の責任ですので━━以上」

『“武蔵”さま、それって責任の擦り付けでは━━以上』

 “武蔵”が表示枠を消す。そして此方を見る。

「ですが貴女の実戦配備が早まるのであれば良いでしょう。今後、当艦の支援艦は必要不可欠ですから━━以上」

「一日でも早くの配備を目指します」

 そう言って頭を下げると“武蔵”は頷いた。

 何が面白いのか忠次は此方と“武蔵”を交互に見て微笑むと口から煙を出す。

「まあ困った事があったら何時でも聞きなさい。俺以外にも“武蔵”や総長連合の連中とも積極的に話していけ」

 そのつもりだ。

 総艦長である“武蔵”との情報交換は当たり前として、総長連合も死線を潜り抜けてきた人たちだ。

彼らとの情報交換は非常に有益だろう。

「“曳馬”さんはこれからどうするの? 今日の午後はフリーでしょ?」

「Jud.、 今日は武蔵各艦を歩いてみて情報を収集しようと思っています」

「情報収集なら私どもからの情報で十分では?━━以上」

「“武蔵”さまからの情報は既にインストールしました。その上で実際に視覚情報を得ておこうと判断しました」

「そりゃ良い事だがどうして?」と忠次に問われ自分の瞳を指差す。

「私は自艦の特性上、視覚が強化されております。その為実際に視覚情報を得ることで有事の際の建造物などを配慮した砲撃等が迅速に行えるようになると判断しました」

「ああ、そういえば報告に有ったね、“曳馬”さんは目が良いって。

成程、だったら見てくると良いよ、武蔵を。きっと有意義な時間になるだろうね」

 そう言って忠次は笑った。

 

***

 

 奥多摩にある遊撃士支部。

まだ改装中の家屋の中で魂魄妖夢は荷物の入った箱を抱えていた。

 同じ遊撃士で先輩であるヨシュアとエステルは支部内の清掃をしており、自分は本部から運んできた荷物の整理だ。

 先先日から作業を行っているがこれがなかなか終わらない。

 この家屋は二階建てのやや大きめな木造建築で支部が入る前は商店だったらしい。

 どうも怪しい物品を専門に扱う店だったらしく店主が番屋に捕まった事で店を畳んだらしい。

「それにしても大変ねー」

 そう言うのは中央のカウンターで団子を食べている幽々子だ。

「そう思うんでしたら手伝ってくださいよ。だいたい本部から物を持って来過ぎです」

「そうかしら? お気に入りの湯飲みとかお皿とか、箸とか……」

「全部食べ物関係ですよね! それ!」

 幽々子は「あー、きこえなーい」と耳を塞ぐ。そんな様子に呆れていると幽々子は掃除をしているエステル達を呼んだ。

エステルは手にしている雑巾をバケツに戻すとバケツを持ったまま幽々子の前に行く。

「どうしたんですか?」

「ええ、明日の戦いについていっちゃいましょうか? って話をしてたの」

「そんな話してましたっけ!?」

 此方の突っ込みに「大変って言ったでしょ?」と悪戯っぽく笑う。

「そんなことをして平気ですか? 大分危険な気がしますけど」

 そう言ったのはヨシュアだ。

 彼は箒を壁に立てかけるとエステルの横に立つ。

「武蔵の実力を知るには一番よ? まあ流れ弾で支部が吹き飛ぶかもしれないけどその時はその時で」

 なんていかげんな……。そう思い半目になる。

「でも貴女だって見たいでしょう? 武蔵の戦いを」

 それはそうだ。彼らが悪ではないとは何となくだが分かる。

 武蔵の生徒たちが何を思い、何を見るのか? 自分もそれを知りたい。

「だから言うわね? 今日中に武蔵を降りたいなら降りても良いわ。でも戦いが終わったらちゃんと戻ってきてね? 支部に支部長だけってのはちょっと寂し過ぎるから」

「幽々子さんは残るんでしょ? だったらあたしも残るわ」

「僕も残ります」

 エステルとヨシュアが頷くと、三人は此方を見る。

「勿論私も残りますよ。幽々子さまの世話をお二人に任せるわけにもいかないし」

 全員一致で残る事になった。

 幽々子はそんな様子に嬉しそうに目を弓にする。

「じゃあ、遊撃士協会武蔵支部は全員承諾で武蔵に残留。こう本部に報告するわ」

 幽々子は「さて」と続け、表情を真面目なものにする。

「今度はもうちょっと深刻な話。

本部からの報告で関東、崩落富士で“身を喰らう蛇”との接触報告よ」

 “身を喰らう蛇”と聞きエステルたちは深刻な表情になる。

「これは博霊神社からの情報だけど今から2ヶ月前、八月頃に神社の巫女が“結社”の幹部と交戦したわ。

取り逃がしたらしいけどその場にいたのは“鋼の聖女”アリアンロードと“道化師”カンパネルラ、そして正体不明の少女が一人居たそうよ」

「何れも“結社”の重要人物ですね……。ですが最後の一人は?」

 少し聞いた話だがヨシュアは以前“結社”に所属していたらしい。

 その事で色々あったとか……。

「ええ、全身に白い服を身に纏った白髪の少女で“結社”からは“白の巫女”と呼ばれていたらしいわ」

「そのまんまねー」とエステルが苦笑いする。

 それに釣られ皆が笑った。

「今本部が博霊神社とより多くの情報開示と関東への遊撃士派遣の交渉をしているわ。

交渉が成立したらエステルちゃんにヨシュア君、二人に行ってもらうことになるわ。

本部も準備が整い次第他の遊撃士をあなた達の支援に送らせるわ」

「それだと本部が手薄になるんじゃ?」

 エステルの質問に幽々子は頷く。

「確かに手薄になるわね。でもこの件はそれだけをする必要性があるということよ。

それに本部には頼もしい助っ人がいるから」

「助っ人?」とエステルが首を傾げる。

「特務支援課。私も何度か合ったことあるけどいい子達ね」

 「彼らが」とヨシュアとエステルは顔を見合わせると微笑んだ。

 特務支援課は出雲・クロスベル警察所属の組織で警察機関でありながら遊撃士のような活動をしている事で有名だ。

 最初こそ遊撃士の真似事などと批判されていたが紆余曲折の末、町の人々からの信頼を得ている。

 自分は幽々子に連れられ特務支援課の課長、セルゲイ・ロウに会った事があるが中々の食わせ者だった。

「あと本部にはアリオスさんが残るし、妖夢の祖父である妖忌も協力してくれる事になったわ」

 師匠が……。

 自分の記憶が正しければこれほど頼もしい事は無い。

正直今すぐ会いに飛び出したいくらいだ。

「今度本部に戻ったら会いに行きましょう?」

 幽々子にやさしく頭を撫でられ、頷く。

「はい、これで難しい話は終わり。皆、掃除を再開しましょう?」

 そう言って幽々子は手のひらを合わせた。

 

***

 

 酒井亭から出た“曳馬”は実際に武蔵上を歩き、町の概要や、船体構造などを確認していた。

 確かめてみて分かった事だが、武蔵は防御性能が高い船である。

 過去の戦いを見てみてもその防御性能を生かして勝利した戦いが多い。

しかしそれは自動人形によるものが大きい。

 自動人形の緻密な計算の下、使われている武蔵の障壁は遠距離砲撃に対しては有効であるが至近距離での砲撃戦や一極集中の砲撃に対しては対処が出来ない。

 またかつてのアルマダ海戦のように自動人形が働けない状況に陥ると、この八隻の巨大な船は戦場に浮かぶ的になってしまう。

 今後の戦闘を考えると、迅速に武蔵の支援が出来る船が必要になるだろう。

 各艦を回り、奥多摩に戻ってくる。

 既に時刻は正午を過ぎ所々で昼休みに入っている人々が見受けられる。

━━人にとって食事は大切ですからね。

 一部生体パーツを使っている自分は食事を取る事が出来る。

しかしそれはあくまで趣味のようなもので、活動のために食事を取る必要は自分には無い。

 ただ食事処で美味しそうに昼食を食べている人々を見ると少々興味が沸くのも事実だ。

ふと空を見れば一瞬だが黒い何かが通過した。

「…………」

 瞳に映った映像を記録し、低速で表示する。

そこには背中から黒い翼を生やした少女がいた。

 この少女は知っている。

 姫海堂はたて。

新聞記者と称して徳川に来た鴉天狗の少女だが、服部半蔵の調べで彼女が真田家の人間である事は判明している。

家康はあえて見逃しているがその理由は自分には分からない。

 岡崎から武蔵に移ったという事は次の伊勢での戦いについて来ようという魂胆だろう。

彼女一人で何か出来るとは思えないが……。

「見つけてしまった以上放置するわけにはいけませんね」

 とりあえず彼女が向かった先を予測し、歩き始めた。

 その途中、店で売っていた柿を一つ買ってみた。

 

***

 

「よいしょっと……」

 武蔵の警備をやり過ごし、何とか奥多摩の人ごみの少ない場所に着地すると周囲を確認する。

━━だれも居ないわね。

 ここまでは順調だ。

 後は潜伏先を探し、拠点を作らなければ。

 少し暗い裏路地を出て大通りに出る。

大通りは昼の賑わいで包まれ、此方に気がつく人は居ない。

 このまま周囲に溶け込むように歩こうとした瞬間、横から声を掛けられた。

「こんにちは不審者さん」

「うひゃあ!!」

 思わず叫び、周りの注目を浴びる。

しかし直ぐに興味を失ったのか各々動き始める。

「最近のお昼の返事は“うひゃあ”そしてジャンプなのですね、興味深い」

「そんなわけ無いでしょう!!」

 そして気がつく。

今自分が怒鳴りつけている相手が侍女服姿の自動人形だという事に。

━━特務艦艦長“曳馬”!!

 結構な大物と接触してしまった。

どうするかと悩んでいると“曳馬”は一礼する。

「姫海堂はたて様ですね。岡崎にいた筈では?」

「ああ、うん……あっちでの取材は終わったからね。だから今度は武蔵の取材をしようかなーって」

「嘘ですね」と半目で言われる。

さ、流石に苦しかったか……!?

「ほ、本当よ! 武蔵に乗って間近で戦い見れれば良い記事になるわ!」

 「成程」と暫く頷いていると“曳馬”はニコリと笑った。

「分かりました。かなり危険だとは思いますが覚悟の上ですね?…………雌豚」

「そうそう、覚悟の上…………雌豚!?」

 おや。と“曳馬”は驚くと暫く目を閉じた。

「どうやらインストールした言語データに問題があったようです」

「どんなデータをインストールしてんのよ……」

 まさか初対面で罵られるとは思わなかった。

「はたて様はどこにお泊りになるつもりですか?」

 ちょうどそれを探そうと思っていた所なのだが……。

 正式な外交官でないため大使館などには泊まれないし、かといって泊めてくれる当てが有るわけでもない。

最悪野宿も覚悟していたが。

「つまりはたて様は一人寂しく社会の隅で家無き子になって薄汚くなっていくつもりですね。これが社会的弱者という奴ですか」

「私、あんたに何かした!?」

「そもそもはたて様が不法侵入者という事実は消えませんし、不審人物だという疑念は消えませんので」

 そう半目で言われ、言いよどむ。

「ですが」と“曳馬”が続ける。

「自動人形として困ってる人がいるならば助けないわけには行きません。

私でよければはたて様のお手伝いを致します」

正直これからどうするか困っていたのだ。

これは良い助け舟じゃないだろうか?

それに彼女と行動を共にすれば有益な情報を得られるかもしれない。

「……じゃあ、頼もうかしら」

「Jud.、 ところではたて様の手持ち資金はいくらですか?」

 此方が眉を顰めると“曳馬”は頷き。

「はたて様の手持ち資金から泊まる場所の候補を絞ろうと思います」

たしかに食費やその他経費を考えてあまり高い所には泊まれない。

「分かったわ」と言い、自分の表示枠を開き資金を映すと“曳馬”に送った。

 “曳馬”はその数字を見ると僅かに驚く。

「想定していた以上に持っていらっしゃるんですね」

「まあね。色々旅をするから大目に持ち歩いているかな?」

「成程」と頷くと目を閉じる。

「今から検索を掛けるので少々お待ちを」

そうか、自動人形って表示枠を使わずに調べられるのか。

そう感心していると僅かにだが声が聞えたような気がした。

「?」

耳を澄ましてみる。

「……い、そこの……ちゃんたち!」

 少年の声がする。

周囲を見渡してみるが、それらしき姿が見えない。

「??」

 もう一度耳を澄ましてみると声は足元から聞えてきていた。

「おおい、そこの小さいネーちゃんとデカイネーちゃんよォ!! ここだよ! ここ!」

 居た。

足元に何か跳ねているのが。

 しゃがみ目を凝らしてみれば、それは小さな少年だった。

「もしかしてコロポックル?」

「おう! ようやく気がついたか! オイラこそコロポックルの大英雄、イッスンだい!」

 コロポックル族。

東側に多く住む小人系種族と聞くが実際に見るのは初めてだ。

 しゃがんだままだと疲れるので手のひらを差し出すとイッスンは飛び乗った。

「……あんた、何か臭うわよ……」

「おう、ここんとこ排水溝にいたからなァ……ってお、落そうとするなよ!!」

 手のひらに捕まるイッスンを見ながら鼻を摘む。

後で手を洗わなければ。

「で、そのコロポックルの英雄様が何の用よ?」

「ああ、オイラ、今人探し……いや犬探ししてんだ。こう白くてポァっとした奴なんだが知らねェか? 小さいネーちゃん」

「悪いけど私はここに来たばかりなの。だから分からないわ。

━━ところで小さいネーちゃんってどういう事?」

「え? 小さいネーちゃんは小さくて、デカイネーちゃんは大きいだろォ?」

 まず此方の胸を指し、次に“曳馬”の胸を指す。

に、握りつぶしてやろうか! この虫!!

 半分本気でそう思っていると“曳馬”が目を開けた。

「検索が終了しました。該当する宿泊施設は12件ほど…………鼻を摘んで何をしているのですか? 豚の真似ですか?」

「違うわよ!! っていうかあんたやっぱし私の事嫌いでしょ!?」

「いえいえ」と首を横に振る“曳馬”に半目を送る。

「所でその手に乗せている小人は何ですか? 随分と異臭を放っていますが」

「え、その位置で見えるの?」

「Jud.、 目には自信がありますので」

 どうやら“曳馬”は視覚を強化しているらしい。ちょっとした新情報だ。

手のひらを“曳馬”の方に向ける。

「オイラの名前はイッスンってんだ。よろしくなァ!!」

「“曳馬”と申します。以後お見知りおきを」と頭を下げると“曳馬”は小首を傾げた。

「それで、何事でしょうか?」

「ああ、こいつ、犬を探しているんだって。白い犬らしいけど……知ってる?」

「いえ、私も先日来たばかりですので」

 “曳馬”は「そっかァ……」と落ち込むイッスンを見て暫く考える。

「はたて様の宿泊施設を探しながらその白い犬を探すというのはどうでしょうか?」

「……そうね、そうしましょう」

 どの道今日は武蔵を回りながら拠点を探すつもりだったのだ。そのついでに犬探しを手伝っても良いだろう。

 とりあえず臭うイッスンを水場で洗うと三人は武蔵を歩く事にした。

 

***

 

 正午を過ぎ、午後一時になった武蔵野上を比那名居天子は歩いていた。

 今朝北畠家との戦いが決まると梅組の連中はそれぞれ動き始め、衣玖も浅間・智と今後の対策を話し合うといって浅間神社に向かった。

 特に役職を持っていない自分は手持ち無沙汰となり、自宅で昼食を済ますとこうやって散歩をしている。

 午後の秋風は心地好く、どこかで昼寝をするのもいいかもしれないと思っていると正面から教導院の制服を着ている二人の男女が歩いてきた。

 一人は黒い長髪を後ろで結った少年で、金髪の車いすの少女を押している。

━━あれは、東にミリアム・ポークウ?

 東とは何度か話したことがあるがミリアムは授業を休んでいる事が多いため殆ど面識が無い。

 仲良さげに話している二人を見て、話しかけるかどうかを悩んでいると東が此方に気がついた。

「あれ、天子? 今散歩中?」

「まあ、そんなものね」

 二人に近づくとミリアムを見る。彼女は車いすに乗っており、膝に幽霊のような子供を乗せている。

「こんにちは、比那名居さん……でいいかしら?」

「天子でいいわ」

「じゃあ天子、貴女とお話しするのは二回目くらい?」

「そうね、最初に自己紹介したとき位かしら?」

 そう考えると長く話してなかったのだなと思う。

何せ彼女と会ったのは七年前だ。それ程の期間会っていなかったというのにあまりそんな感じがしない。

「ママ、このひとだれ?」

 ミリアムが抱えている幽霊の少女が此方を指差す。

「この人はね、最初に調子乗って武蔵に乗り込んできて総長連合総がかりでボッコボコにされたと思ったらいつの間にか転入していて、ついこの前も地形をグシャァってやった人よ」

「おいこら」

 ミリアムはおとなしいイメージがあったがどうやら認識を改めなければいけないらしい。

流石は外道どもの一味。

「ところでその子だれ?」

「ああ、彼女は余達が預かっている子なんだよ。名前は???だよ」

「……今なんて?」

「???だよ?」

 そう言って東は首を傾げる。

ああ、うん。こいつも何か変だ。

 ふと気になる。

 一応、この幽霊の子は二人の子供だ。ならば以前聞けなかったことが聞けるのでは?

「二人に質問が有るけどいい?」

「なに?」と二人は首を傾げる。

「赤ちゃんってどうやって作るの? 男女が裸になるところまでは知っている」

「な、なあ!!」と赤面するミリアムとは対称に東は「ああ」と頷く。

「セックスでしょ?」

「あ、東!? あんた何言って……!」

「落ち着いてよミリアム! セックスは危険なんだ! セックスは思わぬ悲劇を生むんだよ!

だからセックスについてちゃんと教えてあげなきゃいけないよ! セックスは!!」

「ああ、もう! あんたは黙ってなさい!!」

 ミリアムが器用に頭突きをし、東が引っくり返った。

なんだか良く分からないがとりあえず聞こう。

「で? セックスって何?」

 倒れた東の襟を掴んでいたミリアムが止まる。

彼女は暫く「えーと?」とか「うーん」とかいって唸ると溜息をついた。

「えっとね、これはとても恥ずかしい話なのよ? だから男性が居る所で話すべきじゃないわ」

 確かに、先日聞いた裸になるという事が事実ならこういった場所で聞くべきではないだろう。

ならばやっぱり衣玖に聞くべきか? でも教えてくれないだろうなー。

 そう思っていると背後から聞き覚えのある声が聞えてきた。

後ろを振り返るとホライゾンと女装した全裸が歩いて来た。

「よう、おめぇら。珍しい組み合わせだな」

「Jud.、 天子様貧乳連合の同士を求めてミリアム様に会いに行っていたのですね。

ですが、残念な事にミリアム様は並乳枠です」

 なんだと!

 思わずミリアムの体をまじまじと見る。

た、たしかにそう言われればそうかも知れない……。

「なんだか物凄く失礼な視線を感じたわ……」

「ところで葵君たちは何しているの? やっぱり散歩中?」

「おう、そうだぜ! そしてこのまま二人で愛を育んで…………ぐぉっ!!」

 女装が路地に吹っ飛んだ。

 ホライゾンは馬鹿の方を見ず、此方を見た。

え? 私?

「今日の夜、女子オンリーで懇談会をやろうと思っているのですが天子様もどうでしょうか?」

「懇談会? この時期に? 明日は戦いよ?」

「この時期だからだぜ」と女装が這いながら路地から出てくる。

「よくよく考えたらこっち来てからそういう事してなかったじゃん? 

だからよ、明日の戦いへの士気を高めるっつー意味でやろうってなったわけよ」

「Jud.、 ハイディ様も後から参加するとの事ですので今のところ天子様とミリアム様だけです」

「どうする? ミリアム?」と東が聞くとミリアムは首を横に振った。

「私は遠慮しておくわ。この子の世話もあるしね」

「分かりました」というとホライゾンは此方を向く。

 どうするのか? ということだろう。

 正直明日の戦いまで暇だったのだ。

衣玖も参加するというのであれば自分も参加する。流石に一人で食事は嫌だ。

参加するという事を伝えるとホライゾンは表示枠を開き、連絡を入れる。

「では、懇談会は本日の夜7時から浅間神社で行います。一応アルコール類も出ますが明日に影響が出ない程度にとの事です」

「わかったわ」と了承するとその場に居た4人と別れる。

夜に用事が出来たといってもまだ午後の一時。

あと六時間、どこで時間を潰そうか?

 そう天子は空中に浮かぶ表示枠に映された時刻を見ながら思った。



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~第十一章・『秋夜の盛り上げ手』 覚悟する者 進む者 暗躍するもの (配点:三日目)~

 日が沈み。星空が大地を照らす伊勢の海岸に一つの明かりが灯っていた。

 人工的に作られた洞窟の中にある港では歌や男達の笑い声が響き、さながら祭りの様である。

 そんな明かりから少し離れたところにある航空艦用の港。

 そこに停泊し、月明かり照らされている黒い鉄鋼船の甲板上に九鬼嘉隆は胡坐を掻いていた。

 彼の顔は少し上気しており、彼の横には幾つもの空の酒瓶が置いてあった。

彼は猪口に残っていた酒を飲み干すと一回大きくしゃっくりをした。

「お、いたいた。こんな所で一人酒かい?」

 「あ?」と後ろ振り向けば自分と同じように顔を若干上気させた小町が立っており、彼女は「ちょいと失礼するよ」と一声掛け、此方の横に座った。

「で? なに見てたのさ?」

 鼻先で遥か彼方、伊勢湾の先を指した。

「あっちは…………浜松かい?」

 この港から見て正面、浜松港が有るあたりの空は僅かに明るくなっており浜松が眠っていない事が分かる。

「明日にはあの明かりの下に居るやつらとやり合うんだ。こうやって眺めながら飲んで士気を高めてるのさ」

「成程ねぇ……。お、一本貰うよ」

 そういってまだ開けてない酒瓶の栓を抜き、そのまま飲んだ。

 その様子を見て自分も猪口を使うのをやめ、口飲みする。

「飲みすぎて明日二日酔いにならないでよー?」

「はん! この程度で潰れるかよ!」

 暫く互いに無言で浜松の方を向きながら飲んでいると小町が酒瓶を床に置いた。

「明日さ……勝とう」

「……どうした、急に?」

 小町は暫く沈黙すると小恥ずかしげに頬を掻く。

「大将たちには本当に感謝してるんだ。だからさ、明日の戦いで勝って恩返しするよ」

 そう笑う小町に酒の火照りとは違うものが浮かぶ。

「ふん! 小娘が! 言ってろ!」

 何となく恥ずかしくなりそっぽを向く此方に小町は小さく笑うと彼女は目を細め浜松の方を見た。

「向こうもこんな感じで賑わってるのかねぇ?」

 

***

 

「と、言うわけで女子オンリーと言っているのに女装して忍び込もうとしていたトーリ様を駆除しようと思います」

 浅間神社の広間には梅組のほぼ全ての女子が集まっており、その中央ではホライゾンと天井に吊るされたトーリが居た。

「い、いやまてホライゾン。私、トーリじゃなくて生子と申しますのよ?」

 姫が王の腹に一発拳を入れる。

「ホライゾンとしましてはトーリ様が参加しても良いと思っていますが」

「マジで!!」

「Jud.、 飾りとしてこのまま放置しますけど宜しいですか?」

「ち、ちきしょう! よし分かった! このまま裸踊りだな! そうだな!」

 黒翼が硬貨を馬鹿の顔に投げつける。

「サイテー」

「ま、待てナルゼ! 確かに俺だけじゃ盛り上がらないな! 一緒にやるか!?」

 今度は金翼が硬貨を叩きつける。

「サイテー」

 馬鹿が動かなくなるのを確認するとホライゾンはそのまま放置した。

 そんな様子を見ていた妹紅が隣の慧音に小声で声を掛ける。

「す、凄いわね……梅組って」

「あ、ああ。小等部の教師で良かったと痛感している……」

━━やっぱ驚くわよね、普通。

 少し引き気味な二人を見ながら比那名居天子は心の中で頷いた。

自分も始めは色々とドン引きしたが最近はこの程度じゃ動じない。

━━あれ? それって私も感化されているんじゃ……?

 自分も外道オーラに染まっているのでは? と思い始めると急に不安になってきた。

「天子、そこの醤油とってくれますか?」

 浅間に言われ自分の近くにおいてある醤油を取ると対面の浅間に渡す。

その際に彼女は身を乗り出すが、胸がテーブルを押し付けられ変形する。

く、クソ!!

 なんだか分からない敗北感から目を背けるとネイトと目が合った。

彼女は「慣れなさい」と諦観の目で此方を見てくるがそれはどういう意味だ!

 とりあえず気分を紛らわせるために焼き鳥を一本取って食べる。

「あら、美味しいわね」

「そう言って貰うと嬉しいわ」

 自分の背後、通路を挟んだところに座る妹紅が振り向き笑う。

「あ、これ妹紅さんが作ったんですね」

 アデーレに言われ妹紅は頷く。

「品川の方で移動式焼き鳥屋をやっていてね。気に入ってくれたんだったら買いに来て頂戴」

「う、ん。これ、また、食べたい」

 鈴に言われ妹紅は嬉しそうに頬を掻く。

「皆、結構バイトとかしているのね……」

「総領娘様もやってみてはどうですか?」

 隣の衣玖に促されるが正直自分が労働できるとは思えない。

「私はいいわ。生活費は衣玖は稼いでくれているし」

「それ駄目人間の考えですのよ」とネイトに言われるが無視する。

「でも、やっぱりこういうのは良いですね。ここ最近忙しかったので皆で集まる機会がありませんでしたし」

 衣玖がそう言うと皆が頷く。

「まあ、たまにはこういう息抜きが必要さね」と長テーブルの端、立花・誾や伊達・成実と酒を飲んでいた直政が賛同した。

 何だかんだで面倒見いいわよね? あいつ。

 そう思いながら天麩羅に口をつけようとした瞬間、障子が開いた。

「はーい、皆お金使ってる? どんどん飲んでどんどん食べてね! そうすればどんどん私が儲かるから!」

「「いきなり汚くなったぞ!」」と一斉に突っ込みをいれるとハイディは頬を膨らませる。

「なによー、皆楽しんでるからいいでしょ…………って、あーっ!!」

 突然ハイディは妹紅を指差す。

妹紅は「私?」と首を傾げるとハイディは妹紅に近づいた。

「あんた、品川で格安焼き鳥売ってる奴!! あんたの所の店が美味しくて安いって評判だから○べ屋傘下の焼き鳥やが苦戦してるのよ!

折角詐欺にならないレベルでぼったくろうと思っていたのに!」

「最低じゃないか……」と広間の誰もが言った。

「あー、まあとりあえず落ち着いてこれ一本食べなさいよ」

 妹紅から焼き鳥を一本受け取りハイディは食べる。

「……美味しいわね! どう! うちと契約しない? ちょー儲けさせてあげるわ!」

 「えー……」と困惑する妹紅を助けるように浅間が立ち上がった。

「なによアサマチ? 今いいところなの! あとちょっとで鴨が葱背負って来るから!」

「ハイディ、いい加減にしましょうね? 妹紅困ってますよ? あんまりしつこいと番屋コースですから」

「ぐ」と少し悔しそうにするとハイディは自分の席に向かった。

「やれやれ」と自分の席に座る浅間を見ていると浅間と目が合った。

「どうしたんですか?」

「いや、あんたなんか母親みたいよねって」

「え?」と浅間は固まると天井に吊るされていた馬鹿がその身を揺らした。

「そうそう、浅間はマジ母親タイプだからなー。俺も良く助けられてるぜ」

「トーリ君の場合、番屋からの釈放手続きとかそんなのばっかりですよね」

「それでも俺はオメェに感謝してるぜ」

 そう馬鹿に言われると浅間は「あう」と顔を赤らめて下を向いた。

その様子見てを天使達がお互いを「あっつー」と扇いでいる。

 その浅間を見ていたネイトは少しそわそわしているとホライゾンが彼女の背後に立つ。

「あの? ホライゾン?」

「ミトツダイラ様はどうですか? トーリ様?」

「え? ちょ」と慌てるネイトをホライゾンは「ステイ、ステイ」と宥めるとトーリの方を見る。

気がつけば誰もが宙吊りになっている馬鹿に注目している。

「勿論ネイトもだぜ。ネイトは俺の騎士だもんな。これからも頼る事になると思うけどよろしく頼む」

 そう馬鹿に頭を下げられるとネイトは肩の力を抜き、頷いた。

「Jud,、 これからも我が王、貴方のお傍でお守りしますわ」

「では、皆様の布陣を久々に確認した事ですしトーリ様? そろそろ戻られては?」

「そうだなー、男連中も男連中でいま集まってるし俺もそろそろ合流するわ」

 トーリがそう言うとホライゾンは頷き縄を解く。その際に馬鹿が床に叩きつけられるがホライゾンは馬鹿の襟を掴み引きずって行く。

「では皆様、ホライゾンはトーリ様を送って行くので引き続き懇談会をお楽しみください」

 そのままホライゾンは退出した。

後に残った皆は誰ともなく苦笑いすると、再び食事を再開した。

 

***

 

 い、色々と緊張しました。

 ホライゾンがトーリを引きずって出て行った後、浅間はそう溜息をついた。

 自分と同じくミトツダイラもどこか安心したように息をつけており、此方と目が合うと苦笑いした。

 とりあえず気分を落ち着かせようと猪口を持つと隣の喜美が嬉しそうに笑っている。

「な、何ですか?」

「フフ、なんでもないわ」

「もう!」と赤面しながら猪口に入っていた酒を一気飲みする。

ふと正面を見ると天子と衣玖が此方をじっと見ている。

「あの……二人とも?」

「あの馬鹿の何処がいいの?」

そう言ったのは天子だ。

「ど、どこがって……質問の意図が良く分かりませんけど……?」

「いや、だってあんたあいつの事が……」

「総領娘様」

 衣玖に止められ天子が彼女の方を向く。

衣玖はやさしく首を横に振ると天子の猪口に酒を入れる。

「こういった問題に他人が口を挟むべきではありませんよ? そうですよね? ミトツダイラ様?」

 突然話を振られ硬直するがミトツダイラは慌てて頷く。

「J、Jud.、 そうですわね!」

 何がそうなのだろうか? 多分彼女にも良く分かっていないのだろう。

天子はやや不満が残る表情をしていたが「そうね」と一言言うと酒を飲み始める。

 なんとか危機は回避できた。

そう思っていると天子が周りを見渡した後、此方をもう一度向く。

 そして暫く悩んでいるかと思うと、口を開いた。

「いま女子しか居ないから聞くわね。━━━━━━セックスって何?」

 まず衣玖が酒を口から逆流した。その後ミトツダイラが箸を落し、天子の背後の慧音が引っくり返った。

 そしてその場に居た誰もが固まった。楽しそうに笑っている喜美を除いて。

「あ、あのぉ……天子? どこでその言葉を?」

「え? 昼に東からだけど?」

「あのセックス東宮! またやりおったか!!」

 ナルゼがそう叫ぶ。

 これは後で厳重注意ですねー。ええ、そりゃみっちりと。

さてどうするか?

 自分の前に居る天子は此方から視線を外そうとしない。

衣玖を見る。

 彼女は硬直しておりどうやらシャットダウンしているようだ。

次に正純。

だが直ぐに視線を逸らされる。ナルゼも同様だ。

 後頼りになりそうなのは……。

そう考えていると二代が手を上げた。

「セックスについてで御座るな? それならば拙者、セックスの経験は多いで御座る」

 一番駄目っぽいのが喰いつきましたよぉ━━━━━━!!

「ぐ、具体的には?」と質問したのは意外にも天子を押しのけている衣玖だ。

「ふむ、まずは宗茂殿で御座ろう」

 「ふ、不倫!?」と妹紅の耳を塞いでいた慧音が声を驚愕の声を上げた。

「それにアルマダ海戦では誾殿とも。あれは良いセックスに御座った」

 慌てて逃げ出そうとした誾に視線が集まる。

「こ、この女! なぜそうも此方を巻き込むんですか!」

「それ以外にも多くの人と。天子殿とも上野の地でセックスしたで御座るよ?」

「…………は?」

 天子が眉を顰め、ナルゼがネームを切り始めるが衣玖が彼女を簀巻きにした。

 「あれも中々良いセックスに御座った」と一人頷いてる二代を横目に天子が此方に小声で話しかける。

「もしかしてだけど、あいつ勘違いしてる?」

「あー、まあそんな感じです…………」

 二代の勘違い発言のおかげで天子の興味はそれたようだが、依然としてセックスを語る彼女を止めなければと思っていると誾が彼女の首根っこを掴んだ。

「おや? 何で御座るか、誾殿?」

「ああもう、あなたはちょっとこっちに来なさい! 色々と言いたいことがあります!」

 そのまま部屋の隅まで二代を引き摺って行く。

 皆、どうしたものかと固まっているのでとりあえず手のひらを合わせ、音を鳴らす。

「と、とりあえず懇談会を続けましょう?」

 その言葉に誰もが頷いた。

 

***

 

 ホライゾンが戻ってきて食事も皆終えるとそれぞれ話や遊びを始めていた。

 アデーレは表示枠で何かゲームをしているらしく、彼女の周りには鈴や妹紅が集まっていた。

時折「あー、また負けましたぁ!」とアデーレが声を上げ、そのたびに天子が横目でそれを見る。

「総領娘様、興味がお有りでしたら行っては如何でしょうか? 皿の片付けは私がやっておきますので」

天子は「そう? じゃあお願い」と言うと立ち上がり、アデーレの方に向かう。

「あんた、それ“ポムっと”?」

「Jud.、 天子さんご存知なんですか?」

「存知も何も私、そのゲームで上位ランカーよ?」

 「本当ですか!?」とアデーレが驚くと天子が得意げに自分のデータを見せた。

 アデーレがそれを見、妹紅が覗き込む。

「あら、本当にトップ50に入ってるじゃない」

「す、凄いですよ! 天子さん」

 「ふふん、この程度余裕よ」と言うが天子の顔は嬉しそうだ。

 その様子を皿を片付けながら遠目に見ていると同じく片づけをしていた浅間が声を掛けてきた。

「天子、大分馴染んできましたね」

「はい、総領娘様にご友人が出来て心の底から良かったと思っています。

何せ幻想郷では友と呼べる人物が居なかったようですし…………」

「意外ね」と表示枠でなにやら作業しているナルゼが此方を向く。

「確かに我の強い性格だと思うけど、ボッチになるタイプには見えないけど?」

「天界では、その、色々ありましたから……」

 此方が答えを濁すとナルゼは「そう」と一言言い、元の作業に戻った。

 彼女達の距離の取り方にはとても助かっている。

自分から寄って行くのではなく、相手が自分の事を話すまで待ち、それでいて相手が困っているようならば手を差し伸べる。

 こうやって彼女達は今まで乗り越えてきたのだろう。

 天界では良くも悪くも他人との関係はドライであったため、こういった輪の中に居るのは何か温かい事を感じる。

「ですが総領娘様はお強いです。お強いから今まで一人で何もかもこなして来た。

だからこそ今、皆様と一緒に居る事は総領娘様にとってとても良い事だと思います」

 「そうですか」と浅間が目を弓にし、やさしげな表情で天子を見る。

「あんたは? あんたはどうなのかしら?」

 先ほどまで髪の手入れをしていた喜美が微笑みながら此方を見ている。

「あんたも溜め込むタイプでしょ? 発散しないと何時か爆発するわよ?」

 自分はどうだろうか? この世界に来て、ここにいる皆と出会えて良かったのか?

そんなの決まっている。

「大丈夫ですよ。定期的に発散してますし、何よりも今の私には総領娘様や皆様と共にいることが嬉しい事ですから」

「フフ、あんた中々良い女ね」

 「喜美様ほどではありませんよ」と返すと喜美は可笑しそうに笑った。

「ああ、後セックスについてだけど、ちゃんと教えて上げなさい。その方があの子のためよ」

 やはりそうですよね……。

 本人の事を考えれば教えるべきなのだろうがなかなか難易度の高い。

 視線を天子の方に戻せばどうやらアデーレと対戦しているらしく、人が増えており彼女達の背後ではハイディが賭けを行っていた。

 天子は「どうよ!」と得意げに笑い、此方と視線が会うと少し恥ずかしげに逸らした。

 そんな彼女を見てもう一度思う。

 ここに来て良かったと。

 

***

 

「あー、また負けましたぁー……」

 自分と対戦していたアデーレはそう言うと引っくり返った。

表示枠の中央に三勝九敗と書かれておりその下にはリトライかタイトルに戻るかが表示されている。

「まあ、善戦した方じゃない?」

 自分の表示枠を閉じ、アデーレの方を見ると彼女は「そうですかね?」と苦笑した。

 既に懇談会も終わりが近づいており、先ほどまで観戦していた妹紅は慧音も交えて鈴と話しており、衣玖は浅間やホライゾンと共に食器を片付けていた。

 中々白熱した戦いであったため、少々汗を掻いた。

少し体を冷やそうかと立ち上がり、大皿に残っていた焼き鳥を一本取る。

「あれ? どこに行くんですか?」

 横になったままアデーレが言う。

「ちょっと風に当たってくるわ」

「いってらっしゃいー」と手を振られ、それに応じると襖を開け、外に出る。

 外に出た瞬間、冷たい秋風が肌を撫で心地好い。

 縁側を歩き、境内のほうに行けばそこには見覚えのある犬がいた。

「あら、シロじゃない。こんな所でどうしたの?」

 シロという名前は自分が勝手につけただけだが特に文句もないようなのでそう呼んでいる。

境内で寝そべっていたシロは顔を上げると鼻を鳴らし始めた。

 そして立ち上がると此方に来る。その視線は手に持っていた焼き鳥に釘付けであり、左右に動かすとシロも顔を動かす。

「冷めてるけど、食べる……?」

 シロは一度「ワン」と吠え、尻尾を激しく揺らす。

その様子に苦笑すると焼き鳥を串からとり、手の平に乗せ食べさせた。

 焼き鳥を食べるたびにシロの下が手のひらを舐め、くすぐったい。

 全部食べ終えるとシロは満足したように自分の周りを一回回った。

「ちょっと散歩しようと思ってるんだけど、来る?」

 そう言うとシロは此方を見て「ワン」と一回吠えた。

 

***

 

 散歩のため浅間神社を出て教導院の前まで行き、夜の後悔通りを歩いていた。

夜の後悔通りはどこか不気味で時折木々の間から眠りかけの鳥の鳴き声が聞えてくる。

シロは此方の前方を歩き、ある程度歩くと立ち止まりこちらに振り返る。

その様子を見ていると「犬を飼うのもいいかなー」と思えてくる。

 此方の世界に来て自分は驚くほど充実しているような気がする。

ここには厳しい父も居ないし此方の顔色を窺うだけの取り巻きもいない、そして何よりもあの天人どもが居ないのが良い。

 元の世界に戻らなくても良いと行ったら衣玖に怒られるだろうか?

そう思っているとシロが立ち止まっている事に気がついた。

「?」

 どうした? と声を掛けようとして固まる。

 シロは正面を見たまま全身の毛を逆立たせ、唸り声を上げる。

 気がつけば後悔通りから全ての音が消えていた。

風の音も、虫の音もまるで世界が死んだかのような静寂。

 全身からいやな汗が吹き出る。

 此方を押しつぶすようなプレッシャーは正面から来ている。

顔を動かす。/見てはいけない/

 赤い6つの瞳が有った。

後悔通りの奥、暗闇の中から赤い6つの瞳が此方を見ている。

 後ずさろうとするが体は動かない。

 瞳はその姿を揺らしながら此方に近づいてくる。

そして闇の中から白い少女が現れた。

 白い少女は仮面をつけておりその中央では6つの赤い瞳が輝いている。

髪は白く長く、身長は自分と同じくらい。

 白いマントを身に纏った彼女はまるでこの世に存在しない/してはいけない/ような姿形である。

「…………!!」

 声が出ない!

体を動かす事が出来ず、どうやら隣のシロも同じようだ。

 白い少女は此方の直ぐ目の前まで来ると顔を覗き込んできた。

 赤い輝きと目が合う。

暫くの沈黙。

 どれだけの時間固まっていたのか、ごく短い時間のようにも思えるし長い時間にも思える。

 やがて少女は諦観したように視線を外した。

そのまま此方を無視するように横を抜けようとする。

「ふ……ざ、けんな!」

 渾身の力を込め、体を動かす。

それと同時にシロも動けるようになったらしく此方を庇うように立つ。

 少女はその様子を何の興味もないように見ていると喋り始めた。

「あなた達には救えない…………」

 なんのことだ! とそう叫ぶ前に彼女は消えていた。

 いつの間にか通りには音が戻っており全身に纏わりついていた嫌なプレシャーも消えていた。

 シロも警戒を解いたらしくその場に座り込み欠伸をしていた。

 全身を疲労が襲う。

 思わずへたり込みそうになるが足に力を込め、耐えた。

いまだにあの赤い6つ目が脳裏から離れない。

「いったいなんだったのよ…………」

 先ほどまで少女がいた場所を見ながらそう小さく呟いた。

 

***

 

 月明かりに照らされる雲。

その雲を切り裂くように一隻の真紅の巨大艦が飛行していた。

 艦の周囲には護衛と思われる飛空挺が追従しており時折ライトをつけ、他の艦と交信を行っていた。

 その巨大艦の甲板に一人の老人が立っている。

 眼鏡を掛け白衣を着た老人は甲板から右舷側の雲を見ていると雲を何かが切り裂いた。

その何かは凄まじい速度で上昇すると今度は急降下を行った。

 物体は下方を飛行する飛空挺にぎりぎりまで接近すると背中から翼のような物を広げ、再度上昇を行う。

 老人はその様子を満足げに見ると視線を艦首側に向ける。

 そこにはいつの間にか白い少女が立っていた。

「やれやれ、困りますな“巫女”殿。彼らとの接触はまだ先だった筈では?」

「この程度、誤差にもならないわ。そちらはどう? Dr.ノバルディス」

 ノバルティスと呼ばれた老人は「おお、そうだ」と言うと嬉しそうに雲の方を指差した。

「君や夢美君のおかげで量産が出来そうだよ。それに例の“機竜”。あれのプロトタイプを彼に渡したよ」

 「ただ」とノバルティスは眉を顰めると表示枠を開く。

「やはりαの量産は難しいね。かつての零の至宝のような物があれば別なんだが」

「それは例の物が手に入るまでは、という事ね。“執行者”の召集については?」

「それも問題ありだ」とノバルティスは首を横に振る。

「どうにもリベールの一件以降“執行者”の集まりが悪くてね。今も召集をかけているが何時集まることやら……」

「仕方ないわね。当面の間、実働は私と“鋼の聖女”、そしてNo.0が受け持つわ。

関東に居るマリアベルからは?」

「以前変わらずだね。富士の警備は以前にも増して厳しくなっているそうだ」

 “白の巫女”は「問題ないわ」と言うと艦内に入っていこうとした。

「おや? 実験を見ていかないのかね?」

「調整があるから……後で報告を頂戴」

 そう言ってそのまま艦内に入っていった。

 ノバルティスは“白の巫女”の背中が見えなくなると溜息をついた。

「やれやれ、彼女も中々難儀なものだ」

 そう言った直後、破砕音が鳴り響いた。

 慌てて右舷側に行き、艦の下方を覗き見れば先ほどまで飛翔していた物体と飛空挺が激突し、黒煙を上げている。

 その様子に大きく溜息をつくと彼は表示枠を開いた。

そこには赤髪に赤いマントを羽織った少女が映っており、彼女はどこか不機嫌そうな顔をしていた。

「見たかね?」

『…………ええ。まだまだ実戦配備は無理そうね』

 彼女の言葉に頷く。

「明日、再び点検しよう。あの機体は格納庫に収納するとしよう」

少女は『そうね……』と溜息をつくと直ぐに表情を改める。

『ちゆり! 直ぐに機材を持ってきて! 格納庫に行くわよ!!』

『えー、いま深夜だぜ教授―! 明日でもいいじゃん……て、パイプ椅子は無し!! すぐ行きますから!!』

 そのまま慌しく表示枠が閉じられた。

 もう一度下を見てみれば他の飛空挺が激突された艦の救助と物体の回収を行っているところだ。

「ともあれ、これからの世界の行方。実に楽しみだよ」

 そう言って彼は笑い、艦内に戻っていった。



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~第十二章・『海上の競い手』 さあ意地のぶつけあいだ (配点:伊勢湾)~

 四日目の早朝。

霧掛かった伊勢の軍港に北畠具教を初めとした北畠家の家臣の殆どが集まっていた。

 家臣団に混じっていた北畠具房は朝の冷たい風に身を震わせると、一歩前に出る。

「父上、全十一隻。全ての艦の出港準備が整いました」

北畠家の家臣は二つに分かれており、一つは自分を含め霧山御所に残る恭順派。

もう一つは父や祖父と共に徳川との戦いに臨む抗戦派だ。

 父・具教は頷くと此方の肩に手を置いた。

「具房よ。後の事、任せたぞ」

 父の言葉に強く頷き返す。

そんな此方の様子を満足げに見ると表示枠を開いた。

そこには九鬼水軍に向かった祖父・晴具の姿が映っており、彼もまた引き締まった表情で佇んでいる。

「父上、そちらの方は?」

『既に完了しておる。傭兵どもも伊勢湾上空で合流する手筈だ。後は、お主の号令のみよ』

 父は皆の前に立つ。

「まずは礼を言おう。皆、私の我が儘に付き合ってくれて感謝する。

此度の戦、我等は敵を討つのではない。戦場において徳川に、また他の国々に我等が意地と決意を見せ付けるのだ!」

 「おお!」と家臣たちが意気込む。

「だが! だが、無駄に死してはならぬぞ。戦に赴き、生きて帰ってこその勝利だ!

皆、勝とう! そして勝ってこの伊勢に凱旋しようではないか!!」

 次に此方を見る。

「そして霧山に残る者たちよ。我等が勝利を信じ、宴の準備をしていてくれ。

戦が終わり次第、共に祝おうではないか!」

 自分を含め恭順派の家臣たちが頭を下げる。

「さて、出陣の日というのに生憎の濃霧だがこれは天運のように思える。

我等、霧掛かる山に住まう者、この霧を纏いて戦に臨もう!!

皆、出陣ぞ!!」

 伊勢の軍港を喊声が飲み込んだ。

午前七時、十一の艦船が軍港から飛び立った。

 

***

 

「やれやれ、倅も随分と立派になったものだ」

 息子の号令を日本丸の第二艦橋から聞いていた北畠晴具は口元に笑みを浮かべた。

隣の表示枠には自分と同じように笑みを浮かべて艦長席に座っている九鬼嘉隆がおり、彼もまた頷く。

『第二艦橋はどうですかい? 北畠の大旦那。なかなかいいもんでしょう?』

「儂は航空艦という者を食わず嫌いしておったが、ふむ、良い船だ」

 その言葉に嘉隆は満足そうな顔をする。

 第二艦橋にある大型表示枠には伊勢の軍港を飛び立つ航空艦隊の姿が映されており、最後の一隻が飛び立つのを見届けると嘉隆は立ち上がった。

『野郎共!! 船を出すぞ!! カタパルトを展開しろ!!』

「”カタパルト”? なんじゃそれは?」

『ああ、この船じゃあ例の作戦が出来る高度まで上げられねぇんすわ。だからカタパルトで一気に上昇して、後は高度を保つっていう寸法でさ』

 なるほどと頷き、艦正面のカタパルトが展開されるのを見ながらふと思う。

射出?

「まて、どの位の勢いで船を出す気だ……?」

『そりゃ勿論、かなりの速度で。あ、ちゃんと座ってた方が良いですぜ?』

 「おい」此方がと言う前に嘉隆は席に座った。

彼は座席に取り付けれている拘束具を装着した。

自分もそれに倣い、慌てて装着する。

正面を見れば艦橋に居る人員は全員体を固定していた。

 一体、どのくらい加速するのだ!?

『よし、てめぇ等!! 行くぜ!!』

「「おう!!」」という男達の叫びと同時に艦が振動する。

 重力制御エンジンの駆動音は徐々に大きくなって行き耳元で人が叫んでも分からないぐらいになった。

カタパルトの灯火が青になる。

双胴の船が雄たけびを上げ、加速する。

かかる重圧に体が椅子に食い込み、歯を食いしばる。

そして気がつけば雲が下になっていた。

そんな中、晴具は「乗るんじゃなかった」と一人後悔をしていた。

 

***

 

浜松に停泊している武蔵、その艦上にいつもの賑やかさは無く何処と無く緊張に包まれていた。

八隻の航空艦の内中央一番艦である”武蔵野”。その艦橋前に地摺朱雀の調整を行っている直政がいた。

彼女は地摺朱雀の肩に立ち朱雀の首関節部を確認すると足元で作業をしている三科・大に合図を出す。

大は朱雀から離れると腰に手をあて、叫ぶ。

「地摺朱雀用の長距離砲!! 急ピッチで整備したから一発試し撃ちして!!」

「Jud.!!」

 朱雀に長距離砲を持たせると肩膝を付かせ撃鉄を起こす。

「今から一発試し撃ちするよ!!」

『Jud.、 南東側にお願いします━━以上』

 表示枠に映る”武蔵野”に言われ狙いを南東側に定める。

照準を安定させ、引き金を引いた。

 長砲より放たれた弾丸はやや小さめな弧を描き、重力障壁に衝突し弾ける。

その様子を見届けると大に向かって叫んだ。

「大! いい調整さね!! これなら武蔵野から全方位を狙える!!」

 そう言われ大は得意げに鼻の下を擦った。

「そうそう! 砲弾だけど今撃った通常の砲弾と、高速鉄鋼弾があるけど高速鉄鋼弾は三発分しか用意できなかったから慎重に使って!!」

 「あいよ」と手を振り応える。

大が機材を持って撤収するのとほぼ同時に、艦内アナウンスが流れる。

『”武蔵”より市民の皆様へ、本艦は間もなく浜松港を出航し伊勢湾上空で徳川本隊と合流します。残留した非戦闘員は教導院を臨時避難所として開放しておりますのでお使いください━━以上』

 ”武蔵”からのアナウンスが終わると八艦に振動が起こった。

地摺朱雀の肩からは武蔵が仮想海を展開する様子が見え、いよいよ戦いが始まると感じられる。

「今日は騒がしくなりそうさね」

 そう言って直政は地摺朱雀の肩に座り、煙管を咥えた。

そして一回噴かすと気だるげに伊勢の方を眺めた。

 

***

 

 比那名居天子は武蔵野で眠さが残る体を伸ばしていた。

頭には未だに昨日の事が残っている。

 あの白い少女は誰だったのか?

あの後衣玖に言い、浅間に調査を行ってもらったが浅間神社の結界には何者かが侵入した形跡は無かったそうだ。

 ナルゼに「酔ってたんじゃない?」と言われたがあの時感じたプレッシャーは本物だと思う。

それに目撃者は自分だけではないのだが……。

「あんたが話せればねぇ……」

 そう言って足元で寝そべっているシロを見る。

シロは後悔通りで白い少女に会って以降、此方を守るように家まで付いてきた。

結局衣玖の了承を得て一日泊め、今もこうして一緒にいる。

「これから戦いだって分かってる? ここに居たら危ないわよ?」

 シロは欠伸をして尻尾を一回振る。

これは”分かっている”という事だろうか?

 その様子に苦笑していると非戦闘員の避難の手伝いをしていた衣玖がやって来た。

「総領娘様、間もなく出航だそうです」

「やっとね。ここ最近暴れてないから楽しみだわ」

 衣玖は小さく笑うとシロの頭を一回撫で横に立つ。

「私、昨晩悩んで決めました」

 「何を?」と目で言う。

「この戦いが終わったら性教育しましょう!」

「…………へ?」

「どうやら総領娘様の無知さが様々な場所で悲劇を生んでいる様子。この事態を何とかするためにこの永江衣玖、恥を忍んでみっちりと性教育をしたいと思います」

 鬼気迫った衣玖の様子に思わず一歩下がる。

性教育とはそんなに凄いもなのだろうか……?

 昨日とは別の意味で背筋が凍っていると武蔵中で警報が鳴る。

そして大きな振動の後、八隻の航空艦が上昇を始めた。

「船の上だとあまり活躍できないのがネックね。要石召喚できないし」

 まあ今回の敵は今川とは違い弱小だ。そんなに苦戦せずに終わるだろう。

「例によって眼鏡が作戦立てるんでしょ? 何だかんだ言ってあいつも当てになるし、まあ私達は悠々と戦に臨みましょう」

 

***

 

武蔵野艦橋の屋上。

そこにトゥーサン・ネシンバラと副王二人が居た。

 ネシンバラは風を浴びながら右手で髪を梳き、左手で眼鏡を押さえる。

そして不敵に笑うと表示枠を開いた。

・未熟者:『やあ皆、待たせたね! スーパーネシンバラタイムの始まりだよ!!』

・礼賛者:『あのー、小生思いますに最初の行動、必要有ったのでしょうか?』

・ウキー:『嫁から解放されいつも以上にイカれているな』

・未熟者:『はい! そこ! うるさいよ!!

さて、現状の確認から行こう。今僕達は伊勢湾上空で徳川本隊と合流して再編成している所だ。もう皆も見てると思うが正面、伊勢側に横列で並んでいるのが北畠家。

鶴翼陣を組んでいるのが徳川だ。

互いの戦力は北畠家が大小合わせて十一隻の航空艦。対して此方は武蔵や浜松をはじめとして三十二隻だ』

・労働者:『戦力では圧倒しているわけだな』

・未熟者:『Jud.、 だけど一つ懸念がある。それはこの場に居ない二つの勢力だ』

・銀 狼:『九鬼水軍と北畠家が雇った傭兵団ですわね』

・十ZO:『九鬼水軍の船が出撃したのは伊勢の間者から確認されているで御座る』

・○べ屋:『傭兵に関しても同じね。北畠家はかなりの金をばら撒いたみたいよ』

・天人様:『となると北畠家はこの二つを切り札として使ってくるでしょうね。問題は何処にいるか、か』

・未熟者:『そうだね。どのタイミングで、何処から来るかは常に警戒する必要が有る。これについては臨機応変に対応するとしよう。

さて、次は僕たちの勝利条件と敗北条件だ。

まず勝利条件は単純、北畠家に敗北を認めさせれば良い。つまり完全勝利だ。

そして敗北条件は二つある。一つは単純に此方が壊滅する場合。

もう一つは敵の勝利条件を満たせてしまう場合だ』

・貧従士:『敵の勝利条件……ですか?』

・未熟者:『いいかい? この戦い、敵は自分達の意地と誇りを証明する為に戦う。

そう、”敵は最初から勝つ気は無い”んだ』

・● 画:『それっておかしくない? 勝つ気が無いのに勝利条件があるなんて』

・副会長:『そうか、敵の目的は武蔵の撃沈か!』

・未熟者:『Jud.、 北畠家は一か八かの突撃で武蔵の撃沈を狙うはずだ。武蔵を撃沈すれば徳川の戦力を大きく削げるし、何よりも名声を得れる。

まともに戦ったら数の差で圧倒される以上、必ず突撃を仕掛けてくるはずだ』

・ホラ子:『では、武蔵は後方待機ですか? そうすれば敵の目論見は達成できなくなりますが』

・未熟者:『いや、あえて武蔵を単艦で突撃させる』

・魚雷娘:『それでは敵に好機を与える事になりますよ?』

・立花夫:『それこそが狙い、という事ですね?』

・立花嫁:『どういうことですか宗茂様?』

・立花夫『先ほど書記は我々の目的は完全勝利と言いましたね。つまり敢て敵の全力を受け、それを全て跳ね除ける事によって北畠家に完全敗北という納得の場を与える。そういう事ですね?』

・未熟者:『Jud.、 勿論徳川艦隊からは支援砲撃もしてもらうけど基本的には武蔵単独で戦う事になる。

でも僕は今の武蔵ならそれが可能だと思っているよ』

・煙草女:『まったく、船を修理する側の事も考えて欲しいさね』

・天人様:『ふふ、嫌いじゃないわ。この作戦。

いいじゃない、敢て危険に飛び込み勝利を掴むこのスリリングさ』

・● 画:『また始まったわー。あんたやっぱりマゾなんじゃ……』

・金マル:『呆れつつ凄い勢いでネーム切ってるね! ガッちゃん!!』

・俺  :『まあ、皆文句無い様だからよ、あとなんかあるか?』

 あと何か。そう言われ正面の北畠家艦隊を見る。

・未熟者:『僕たちの前に立ちはだかるのは自分達を証明しようとする強い意志だ。

だけど僕たちだって負けていない。彼らの意地を受け、そして彼らに納得の場を与えよう!

それこそが僕たちの意地の証明だ!

皆! 頼んだよ!』

・”約”全員:『『Judgment!!』』

 

***

 

「では皆さん、よろしくお願いします」

「おね、がい、します」

 お辞儀をする二人に対して武蔵野艦橋にた自動人形たちが頭を下げる。

”武蔵野”が鈴を椅子に座らせると鈴から音鳴りさんを受け取る。

 そして戦場の流体模型を作ると艦橋にいた”曳馬”が感心したように頷いた。

「凄いですね、鈴様。これほどまでに精密な流体模型を作れるとは」

「みんな、の、ほうがすごいよ?」

 ああ、なんて素直なんだろう。どこかの記者もこのぐらい素直になればいいのにと微笑む。

そして思考を切り替え、姿勢を整えると”武蔵野”に対して頭を下げる。

「特務艦艦長予定”曳馬”。これより戦闘情報の記録を行わせていただきます」

「了解しました。艦の情報を逐次送信します━━以上」

 ”武蔵野”にもう一度頭を下げると流体模型を見ていたアデーレが「これって……」と指を指した。

そこには三隻の航空艦が表示されており、それらは戦場から離れた清洲側に布陣していた。

「照合したところP.A.Odaが所有するドラゴン級航空艦です━━以上」

「監視って所ですかね……」

 それだけでは無いはずだ。

P.A.Odaは徳川と北畠の戦いが織田領に飛び火しないように監視する裏で、徳川の戦力を見極めるつもりだろう。

━━同盟国とはいえ、他国は他国ですか……。

 此方も織田に間者などを送っているため批判できないだろう。

「ともかく、あまり戦場を広げられませんね。徳川本隊との連絡は?」

「既にネシンバラ様の作戦を伝えております。徳川本隊は武蔵が前進した後左右に展開、武蔵に対して攻撃を行う北畠艦隊を包囲します━━以上」

 ”武蔵野”の言葉にアデーレは頷くと前方の大型表示枠に映されたカウントダウンを見る。

開戦まで残り五分。

アデーレは表示枠を開くと、一度咳きをする。

「あー、艦長代理より全員へ。間もなく開戦します。艦上に展開している部隊は戦闘態勢に移ってください」

 ”武蔵野”と一度視線を合わせると頷き、自分の席に座る。

開戦まで残り一分。

 カウントダウンは一秒過ぎるたびに音を鳴らし、そしてついに零になった。

「武蔵、発進!!」

『これより重力航行を行い、北畠艦隊前方に出ます!━━以上』

 八隻の航空艦が加速し、唸りを上げた。

 

***

 

 武蔵は重力航行で北畠艦隊と一気に距離を詰めると通常航行に戻した。

━━さて、来るか!?

 教導院の屋上からネシンバラは身構えるが北畠艦隊は予想と反して動きを見せなかった。

━━動かない? 正攻法で来る気か?

 それはありえない。

正面からぶつかり合えば北畠家に万が一も勝機は無い。

 ならば策か?

北畠家が艦隊を動かさない理由。それは何だ?

 もし、敵に此方の考えが読まれていたのなら、敵はどう動く?

「そうか!! 前方の艦隊は全て囮!! なら別働隊は!?」

『本艦上空に大型の航空艦が出現! 更に多数の飛空挺がステルス障壁内から出現しました!━━以上』

 上空を見る。

 そこにはステルス障壁を解除しながら雲を切り裂く双胴の鉄鋼船が有った。

ステルス障壁の中からは多数の飛空挺が現れ、急降下を始めている。

「九鬼水軍の鉄鋼船と傭兵団か!」

『敵艦より流体砲撃来ます!━━以上』

 鉄鋼船から二つの流体砲撃が放たれる。

直ぐに重力障壁で弾くが、その合間を飛空挺が突破する。

『敵飛空挺隊、武蔵全艦に上陸します!━━以上』

 迎撃のため、魔女隊が飛び立つが既に多くの飛空挺が着陸を行っていた。

飛空挺からは傭兵団が次々と降下し、展開して行く。

 部隊の降下を終えた飛空挺は直ぐに離陸し、対艦攻撃を行い始めていた。

「ナイト君にナルゼ君! 飛空挺の迎撃を頼む!」

『Jud!!』

 双嬢が飛び立ち、近くに居た飛空挺の後ろを取るとエンジンを撃ちぬいた。

墜落してゆく飛空挺を見届けると直ぐに次の指示を出す。

「武神隊は魔女隊の支援砲撃!」

『まったく、いきなり大乱戦さね!!』

 正面の北畠艦隊からの砲撃が始まり、重力障壁でそれを防ぎ始める。

しかし障壁内に進入した飛空挺からの攻撃は防げず、各地で爆撃による爆発や火災が起き始めていた。

 状況を打破するにはまずあの鉄鋼船を落さなければいけない。

「”武蔵野”君、敵の駆動音から探索を頼む」

『Jud.、 敵は此方の周囲を旋回している模様、次の砲撃を受け次第敵艦の位置を特定します━━以上』

 頭上を一隻の飛空挺が通過する。

飛空挺は魔女隊に追われ、武蔵野に強行着陸しようとしていた。

 後部機銃で魔女隊を追い払うと着陸姿勢に移るが、その瞬間後部装甲を砕かれる。

 バランスを失った飛空挺は前のめりとなり、そのまま武蔵野の先端に激突した。

『まず一隻さね!!』

 地摺朱雀は既に砲弾を装填しており、次の目標に狙いを定めている。

「おう、さっそく張り切ってんなー。直政のやつ」

 トーリが隣に立ち、そう言い。それに頷く。

 武蔵野の前方では既に幾つかの部隊が降下し交戦を始めている。

「あの辺りは天子様の部隊が居るところですね」

 ホライゾンがそう言った直後、交戦地区で雷光が弾ける。

あの雷は永江衣玖のものだろう。

 彼女達ならば大丈夫だろうと思い、視線を正面の北畠家艦隊に移す。

「さて、次はどう来る…………」

 

***

 

 作戦が成功し、歓声に沸く艦橋で北畠具教は一人、真剣に武蔵を見ていた。

 一の策は成った。

しかしこれはあくまで次の策への布石。

 相手はあの徳川、そして武蔵だ。

一つ一つ油断せずに進めなければ、あっと言う間に此方が飲み込まれるだろう。

「徳川本隊より砲撃、来ます!」

 武蔵救援のため徳川艦隊が砲撃を開始する。

直ぐに障壁を展開するが相手の砲撃の数は圧倒的で障壁を次々砕いて行く。

「は、反撃を!」

「ならん!」

 部下達を落ち着かせるように手で制す。

「本隊はこのまま武蔵への砲撃を続行! 武蔵の注意を分散させろ!」

 冷静さを取り戻した部下が直ぐに各艦に指示を出し、北畠艦隊が武蔵への砲撃を続ける。

傭兵団の展開が完了が終わり次第、第二の策を仕掛ける。

 そしてこれこそが本命だ。

「父上、頼みますぞ……!」

 額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、そう呟いた。

 

***

 

 右舷一番艦・”品川”。

そこでは降下を完了した傭兵団と警護隊が交戦を行っていた。

 ”品川”のコンテナ積載地区では完全武装をした傭兵団が警護隊の一隊が強襲を行い警護隊は苦戦を強いられていた。

「クソ! あいつらの銃、フルオートの導力銃かよ!」

 積み重なった資材を横に倒し作ったバリケードの内側で青年が叫ぶ。

「文句言うな! 相手が連射するんならこっちは一発ずつ当てりゃいい!」

 先ほどの青年の横に居た男が身を乗り出し、長銃で射撃を行う。

 傭兵団は反撃を受けると直ぐにコンテナに身を隠し、様子を窺う。

男は弾を撃ち尽くすと舌打ちし、バリケードの中に隠れる。

 横を見れば先ほどの青年が半目で此方を見ており、「なんだよ」と言うと「当ててねーじゃん」と言った。

「じゃあテメェがやれよ!」

「自慢じゃねーが俺、射撃は不得意中の不得意なんだよな!!」

「ほんとーに自慢じゃねーなっ!!」

 いがみ合っていると「止めないか」と先ほどから座って銃に弾を詰めていたやや歳をとった男が言う。

彼は銃に弾を詰め終えるとそれを男に渡し、今度は男の銃を受け取る。

「今動けんのはお前たちだけなんだからな、しっかりしてくれよ?」

 そう笑い、自分の足を指差す。

彼の足には包帯が巻かれ、赤く染まっていた。

「まったく、最初の強襲で足をやられちまうとはな。俺も焼きが回っちまったか」

「大丈夫ッスよ。おやっさん、もう直ぐ他の奴等が援護に来ますから」

青年が笑い、男もそれに賛同する。

二人は顔を見合わせ頷くと同時に身を乗り出した。

しかし「まじかよ!!」と叫ぶと直ぐにバリケードの内に隠れる。

「どうした?」と年配の男が身を少し伸ばし、バリケードから頭を出すとそこには飛空挺が居た。

飛空挺は機銃を回転させ、攻撃をする寸前である。

「クソがっ!!」

 体を動かし若い二人を守るように覆いかぶさる。

 機銃の回転が最速になり射撃が行われると思った瞬間、自分達を何かが飛び越えた。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 飛空挺は機銃から右主翼を勝断され、墜落する。

その様子を見ていた傭兵たちは慌てて撤退を行う。

「す、すげぇ……」

 青年が感嘆の声を漏らすと、本多・二代は振り返る。

「大丈夫で御座るか?」

「おう、助かったぜ。副長」

 年配の男が片足を引き摺り立ち上がる。

 慌ててその肩を男が支えると二代の方に頷いた。

「こっちはもう大丈夫です。ただ貨物搬入口の奴等がかなり苦戦しているらしくって、そっちの援護をお願いします」

 「Jud.」と頷くと二代は”翔翼”を展開し、跳躍した。

黒髪の少女の姿はあっと言う間に見えなくなる。

 口を開けて固まっている青年を男が小突くと歩き出した。

「ぼーっとしてんな! 後退して立て直すぞ! 俺たちの仕事は始まったばかりだ!」

 慌てて青年が追いかける。

 暫くして墜落した飛空挺が爆発した。

 

***

 

━━思った以上に押されているで御座るな……。

 積み重なったコンテナの上を走りながらそう本多・二代は思う。

 武蔵の部隊とて決して弱いわけではない。それ所かかなりの錬度をを持っているという自信がある。

しかし今降下してきている傭兵たちはそれ以上に戦慣れしている。

常日頃から戦場にいる彼らは知識と技術、そして場の流れを制する事に長けている。

それに彼らの装備。

あれは西側で使用され始めている最新鋭の装備だ。

 旧式の装備が多い武蔵では武装面でも苦戦を強いられる。

━━だが、数は此方が上で御座る。

 最初の強襲で各部隊が連携を崩されたが、徐々に立て直してきた。

この調子なら持ちこたえられるだろう。

 ともかく搬入口にと思っていると、右側面に飛空挺が現れる。

「新手に御座るか!!」

 側面機銃から射撃が行われ、直ぐにコンテナの陰に隠れる。

 飛空挺は此方の上空を旋回すると様子を見る。

━━狙いは拙者で御座るか……。

 今は一刻も早く搬入口に行かなくてはならない。

ならば!

 コンテナの陰から飛び出し、再び駆けはじめる。

 飛空挺も直ぐにこちらを追いかけ、再び側面についた。

側面機銃が此方を向く。

 その様子を確認すると右足に力を込め急ブレーキを掛け、蜻蛉スペアの石突を地面に突き立てる。

「伸びろ! 蜻蛉スペア!」

 後方に一気に跳躍した事により、飛空挺は目標を見失う。

そして着地と同時に蜻蛉スペアの刃を飛空挺の後部、エンジン部に向ける。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 エンジン部を割断され、飛空挺が墜落する。

しかし飛空挺は大きく旋回し、此方に向かってくる。

「体当たりに御座るか!」

 ”翔翼”を展開し、後方へもう一度跳躍する。

飛空挺はコンテナと激突し、その装甲を砕きながら滑るように転がる。

 跳躍を終え、前方を見れば黒煙の壁が出来上がっていた。

なんと無茶な……。

 金で雇われた傭兵にしてはかなり強引なやり方だ。

 敵が完全に沈黙したか確認しようと一歩前に出た瞬間、黒煙から何かが放たれる。

「!!」

 放たれた三つを蜻蛉スペアの柄で弾く。

 銃弾?  いや、これは銭で御座るか!?

 地面に弾かれた銭が落ち、甲高い音を上げる。

「やれやれ、人間にしちゃあ随分と反応が良い」

 黒煙の中から少女が現れた。

赤い綺麗な髪を持ち、着物を着た少女は肩に掛けていた鎌を地面に突き刺すと仁王立ちする。

「九鬼水軍所属、小野塚小町。少しだけつき合ってもらおうか」

 そう言って小町は破顔した。



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~第十三章・『赤き戦の仕事人』 鬼が駆けるよ (配点:傭兵団)~

 仁王立ちする小町に対して二代はゆっくりと身構える。

「武蔵アリアダスト教導院副長、本多・二代で御座る」

 「ああ、知ってるよ」と言うと小町は地面に突き刺さった鎌の柄を持ち、体重をかける。

 この目の前の少女、自分の身長より大きい鎌を片手で持っていた所を見るに只者ではないだろう。

 黒煙は大分晴れ、煙の中から屈強な男達が現れる。

「姐さん! 全員無事ッス!」

「よしよし」と頷くと小町は男達に指示を出す。

「あんた達は撤退用地点の確保に向かいな! あたいはこいつに用があるから」

「へい!」と男達が走って行く。

それを追いかけようと構えると小町が此方を阻むように立つ。

「ちょっと、待ち。珍しくあたいがやる気なんだから無視しないでおくれよ」

 鎌を引き抜き、此方に向ける。

「あんたに自由に動かれると面倒なんだよね。だからここで足止めって訳さ」

「成程、しかし拙者は急ぐ身、押し通らせてもらうで御座るよ!!」

 駆ける。

 小町は左手を腰のポーチに入れると銭を取り出した。

親指と人差し指で挟み、指弾を放つ。

 放たれた弾丸は一直線に此方の首を狙うが蜻蛉スペアの柄でそれを弾いた。

攻撃を弾かれるのを見ると小町は右手の大鎌を横に薙ぐが、それを跳躍した。

 敵は頭上を飛び越えられるたと知ると空ぶった鎌の柄に左手を掛け、そのまま一回転した。

 胴を狙う一閃に対して蜻蛉スペアの刃を鎌の刃とぶつけ、弾く。

金属音が鳴り響き、二代は相手から大きく距離を取った。

そして着地と同時に“翔翼”を展開し、加速する。

━━突破成功で御座る。

 あっと言う間に小さくなる敵を横目に二代は駆けた。

今は味方の救援が最優先。

 彼女との戦いはその後だ。

そう思っていると、突然首筋に寒気が走った。

「!!」

 振り返っている暇は無い。

 咄嗟にその場に伏せると頭上を鎌が薙いだ。

━━追いつかれた!?

 跳ねるように起き上がり、相手を確認する。

 そこには先ほどと同じように鎌を構えた小町が立っていた。

小町はゆっくりと鎌を肩に掛けると口元に笑みを浮かべる。

「だから言っただろ? 無視するなって」

 相手との距離を取りつつ、先ほどの事を思い出す。

 あの時敵との距離を大きく離した。

それをこれほどの短時間で詰めて来るとは、敵は加速系術式の使い手か?

しかしそれには違和感がある。

 通常敵が後ろから追ってくればそのプレッシャーを感じられる筈だ。

だが敵の気配は突然現れた。

 ならば敵の能力は瞬間移動かそれに近いものだ。

もしそうならこの敵から逃れるのはかなり難しい。

「お? ようやくやる気になってくれたかい」

「Jud.、 先ほど見事にスルーしたこと、申し訳なかったで御座る。存在感をアピールできないと忍者のようになるで御座るからな!」

・十ZO:『あれ? なんの脈絡も無く貶されてるで御座るよ!!』

 表示枠を閉じ、蜻蛉スペアの先端を敵に向ける。

「では改めて、本多・二代! 参る!!」

 距離を詰める。

 今度は突破の為ではない。

敵を討つ為の加速だ。

 まず二連続で突きを入れる。

敵は一発目を鎌で弾き、二発目は体を反らして回避した。

 直ぐに三発目を放とうとするが敵の左手には二枚の銭が握られていた。

顔を狙った二連続の射撃を頭を右肩に付け避けるがそこへ胴を狙う鎌の一撃が叩き込まれる。

 蜻蛉スペアの柄を鎌の柄とぶつけるが鎌の刃は此方を包むように迫った来た。

━━刃が曲がっているとここまで厄介で御座るか!

 槍の柄を持っていた右手を左腰の刀に掛け、引き抜く。

 刀の刃と鎌の刃を当て、距離を取る。

 再び仕切りなおしとなり、互いに構えなおす。

「まったく、人間が死神から逃れるんじゃないよ」

「生憎、拙者はまだまだ人生を楽しむつもりで御座る」

 小町は「ふ」と笑い鎌を頭上に構える。

━━来るで御座るか!!

 片手で鎌を回転させ、甲板を抉る様に振る。

「魂符「生魂流離の鎌」!!」

 一閃。

鎌から流体が放たれ、甲板を砕きながら迫る。

 それを回避するため上空に逃れるが、地を走る流体から多数の光が射出される。

「これは━━━━人魂で御座るか!!」

 人魂は此方を目掛け体あたりを行おうとする。

 直ぐに右肩の装甲を外し、人魂に投げつけると爆発が生じた。

爆風に吹き飛ばされ、コンテナの上に叩きつけられる。

 痛みから一瞬息が止まるが、直ぐに息を吐き出した。

立ち上がり、息を調えながら構えなおす。

「人魂、いや、人魂に似せた流体攻撃で御座るな」

「そんなところだ。まあ前の世界では本物の人魂使ってたんだけどね。どういうわけかこっちの世界では人魂召喚できないから流体の塊に変えてみたってわけさ」

 小町も構えなおす。

「さて、どうする? 武蔵の副長さん?」

 

***

 

 正直、今の一撃には自信があった。

だが相手は凄まじい反応速度と判断力で凌いだ。

悔しいが敵の戦闘技術はこちらより上だ。

ならば不意打ちで勝ちを得ようと思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 まったく、こんな事なら冥界で戦闘訓練受けておけばよかった。

 戦いにより若干興奮している思考に冷静さを取り戻す。

そうだ。自分の仕事はこの武蔵の副長倒すことではない。

 あくまで自分は陽動。

相手を引きつけれれば良い。

 相手が加速術式を展開する。

━━来るかい!!

 武蔵の副長が消える。

全く、天狗のような奴だ!!

 この距離では射撃は無理だ。

それに鎌を振るにもこの巨大な鎌では間に合わない。

ならばと石突側を持ち上げ、顎を狙う。

 敵は顔を反らし、槍を突き出すが狙いを定めないその一撃は容易に弾けた。

━━よし! 弾いた!!

 敵は大きく仰け反っている。

その胴を両断しようと踏み込むが、相手はそのまま大きく身を反らした。

 顎下、敵のつま先が来る。

「ちぃ!!」

 今度仰け反ったのは自分だ。

 相手は空中で一回縦回転すると着地し、再度突撃を仕掛けてくる。

 放たれる連撃。

それを鎌の柄で弾き続ける。

 両者の間を幾度も火花が散り、その都度金属が削られる音が響く。

一見拮抗しているかのように見えるが、武蔵の副長が押しており此方は徐々に押し込まれていた。

━━だけど、こう攻撃が単調なら!

 敵の攻撃速度はかなりのものだがその速度ゆえに一定の間隔で放たれている。

その間隔さえ分かれば、後はこちらから踏み込むまで。

 次の一撃。そこにカウンターを入れる。

 そう思い、前に出ようとした瞬間タイミングがずれた。

「!?」

 敵は突きを一度、止め。溜める。

━━フェイントか!? これが本命の一撃!?

 防御のテンポがずれ、動きが一瞬鈍る。

そして、それが致命的となった。

 放たれる一撃。

 最早避ける事は出来ない。

 敵の槍が胸を貫いた。

 

***

 

 教導院の教室。

そこには残留した非戦闘員達が集まっていた。

 皆窓から外の様子を見ており、その中に上白沢慧音と今川義元もいた。

 慧音は教導院前で補給を受けていた魔女隊が再び飛び立つのを見届けると隣の義元を見る。

彼は先ほどから何か思案するような顔をしており、時折「どういうことだ?」と呟いている。

 彼の思考を妨げるのは悪いと思い、教室の方を見る。

 そこには妹紅が机の上に座っており、表示枠を見ている。

「何を見ているんだ?」

 「ん?」と顔を此方に向けると表示枠を此方に向けた。

「これは、武蔵の戦況か?」

 表示枠には武蔵上の部隊の展開状況と敵の位置が記されていた。

「ええ、武蔵の書記に頼んでね。見せてもらったの」

「なるほど」と頷いていると義元が「ちょっと見せてくれるか?」と妹紅の横に立った。

暫く食い入るように見ていると「やはり妙だ……」と呟く。

「なにが?」と妹紅が聞くと義元は武蔵全体を表示した。

「敵の布陣。妙だと思わないか? 北畠艦隊を囮にし、ステルス艦及び、飛空挺部隊による奇襲。ここまでは良い。

だがその後だ。降下してきた傭兵団の動きが変だと思わないか?」

「そうでしょうか? 順当に降下しただけのように思えますけど?」

 此方の言葉に義元は首を横に振る。

「いや、ここまで綿密に策を練っているというのに傭兵団を武蔵各艦に降下させたのはおかしいんだ。

本来面攻撃は敵より多勢のときに行う。

しかし、降下してきた傭兵団の数は武蔵上に展開している部隊より少ない。

実際、各所で武蔵の部隊が盛り返して来ている」

 たしかに。

確かに妙だ。敵は少ない戦力を更に分散させている。

 武蔵の撃沈や、航行停止を狙うなら武蔵野に戦力を集中させるべきだろう。

「それに、降下後の傭兵団の動きが気になる。奴等のこの布陣。

これは守りや持久戦に長けた布陣だ。援軍が望めない以上この布陣は意味がないのだが……」

そこまで言って、義元は目を見開いた。

「そうか! そう言うことか!」

 慌てて表示枠を開く。

その様子を妹紅と共に首を傾げて見ていると、義元は武蔵の書記と通信を始めた。

「坊主! これは罠だ!」

 

***

 

『敵の布陣が妙なのは感づいているな?』

 それについては自分も違和感を感じていたところだ。

最初の鮮やかの奇襲に比べ、その後の動きは鈍い。

「Jud.、 敵の布陣が守備型なのが変ですね」

『そうだ。敵が戦力を集中させず、武蔵全艦に降下させた理由。それは各艦の連携を断つためだ!』

「!!」

 そうか! そういうことか!

敵は各艦の守備隊と交戦する事によって釘付けにし、更に北畠本隊からの砲撃によって自動人形たちの注意を分散させる。

 これだけの事をして、次に来るのは……。

「本命の一撃……!」

『“武蔵野”より各員へ! 正面より再び大型の航空艦が現出しました!━━以上』

 正面、ステルス障壁を解除しながら黒い双胴の船が現れる。

「直政君!!」

『分かっているさね!!』

 

***

 

 弾丸を直ぐに特注の高速鉄鋼弾に切り替え、地摺朱雀は飛翔した。

狙うは装甲の一番薄い中央部分。

 此方の妨害のため一隻の飛空挺が接近するが浅草からの砲撃を受け、墜落した。

「感謝するよ! 立花・誾!」

 照準を覗き、引き金に指を掛ける。

重力による弾丸の降下を計算し、狙いを定める。

 そして放った。

 衝撃で銃身が跳ね上がり、地摺朱雀の体が後ろへ飛ばされる。

 放たれた高速鉄鋼弾は空を切り裂き、鉄鋼船の中央部に━━━━。

「なに!?」

 鉄鋼弾は双胴の船の間を抜けた。

一つだった船は二つになり、武蔵の両舷に移動する。

「連結式の船かい!」

 体勢を整えるため一度武蔵野に着地する。

 直ぐに二発目の鉄鋼弾を装填しようとした時、表示枠が開いた。

『敵鉄鋼船後方より高速で接近する飛空挺三隻。照合したところ三隻とも傭兵団<<赤い星座>>所属の飛空挺です。強行着陸して来ます!━━以上』

 

***

 

 “日本丸”の間を抜け、赤い装甲を持つ三隻の飛空挺が飛ぶ。

三隻の飛空挺は何れも下部にコンテナを積んでおり、時折それを揺らしている。

 そんな三隻の中、先頭を航行する飛空挺の中では完全武装した三十人程の男達が武器の点検を行っていた。

 大剣を点検していた男が立ち上がり他の男達を見る。

「いいか! 今回の戦い、隊長たちは不在だが<<赤い星座>>の名に泥を塗るような戦いはするな!!」

「了解(ヤー)!!」

 男達の応えに頷き、表示枠を開く。

「ガレス、そっちの準備はどうだ?」

『準備は出来ている。降下次第所定の位置に移動する』

 「よし」と頷くと、艦内通信が入る。

『ザックス、あと三十秒だ! 降下後、コンテナ降ろすぞ!』

 「了解した!」と応えると部下達が立ち上がる。

 しばらくの間小さな揺れが起こった後、一度大きく船体が揺れた。

 降下用のゲートが開かれ、部下達が駆け出す。

自分もそれに続き、飛び出し武蔵野上に着地した。

 全員が降下するのを確認すると灯火で合図を出した。

飛空挺はコンテナを外し、離陸を始める。

 表示枠で他の二隻が無事に降下したのを確認すると部下にコンテナの開放を命令した。

コンテナの中からはいくつもの鎧を見に纏った魔獣が現れ、その中には獅子のような姿のものもいる。

「一班は俺と共に武蔵野艦橋へ! 二班は戦闘用魔獣を率いて陽動! 三班はLZの確保だ! 作戦時間は二十分とする! 二十分以内に落せなかったら直ぐに撤退するぞ!

分かったか!!」

「了解!!」

  掛け声と共に部隊が分かれる。

自分が率いる一班は十二人で<<赤い星座>>の中でも精鋭部隊だ。

 狙うは武蔵野艦橋。

ここを落とし、武蔵を航行不能に陥らせる。

これこそが北畠家の計略だ。

 大剣を肩に掛けると駆け出す。それに続き、部下達も駆け出した。

 

***

 

「わわ! また揺れましたよ!」

 奥多摩にある遊撃士協会支部。

その中で魂魄妖夢は落ち着き無く窓から外の様子を窺っていた。

「大丈夫よ、妖夢。一応私の結界で支部を守っているから流れ弾で“グシャァ!!”って事は無いから」

 カウンターで幽々子は茶を飲みながらそう言う。

「ただ、まあ、武蔵その物が落ちたら皆お仕舞いねー」

 そう笑う主に対して妖夢は半目になる。

二階に上がり、外の様子を窺いに行っていたヨシュアとエステルが戻り、カウンター席に着くと二人に茶を入れる。

 「ありがとね」と笑うエステルに頷くと自分もカウンター席に座った。

「それで、どうでしたか? 武蔵の戦況」

「結構な数の傭兵団が降下しているようだ。幸い奥多摩は激戦区じゃないけど他の艦は結構被害を受けているようだね」

「そしてさっき、<<赤い星座>>がこの戦いに参戦した」

 幽々子の言葉にヨシュアとエステルは眉を顰める。

 傭兵団<<赤い星座>>。

<<赤い戦鬼>>シグムント・オルランドが率いるゼムリア大陸最強クラスの傭兵団。

不変世界でも様々な戦いに参加し、その武名を轟かせている。

 そして彼らはかつてクロスベルにおいて例の<<結社>>と協力し「碧の零の計画」を行ったという。

そんな連中が来たのだ。

武蔵は大丈夫だろうか……。

 そんな不安を察したのか、エステルは此方の肩に手を乗せる。

彼女に頷きを返すとその様子を見ていた幽々子が微笑む。

 そして目を細め、窓の方を見る。

「ともかく、こっからが本番よ? 武蔵の皆さん」

 

***

 

 武蔵野艦橋に続く大通り。

そこに術式盾を構えた極東の生徒たちが集結していた。

 報告によれば降下した<<赤い星座>>は三つに分かれ、その内の一隊。

武蔵野艦橋を狙った部隊が向かって来ているとの事だ。

 隊長格の男子生徒が長銃を構え、指示を出す。

「ここで止めるぞ! 相手は少数、しっかり陣形を組めば勝てるぞ!」

 盾を構えている生徒たちが額に汗を掻きながら頷く。

「来たぞ! 数は十二! 正面だ!」

 部隊の両脇の家屋の屋上で伏せていた男がそう叫ぶ。

額の背を拭い、叫ぶ。

「射撃隊! 構え!」

 盾の合間から長銃を出し構える。

 そして現れた。

正面、大通りを突破してくる赤い装甲服を着た集団。

 敵も此方に気がついたようだがその速度を落さない。

━━このまま突破するつもりか!

 ともかく足を止めなくてはいけない。

敵部隊が全て射程に入った瞬間、号令を出した。

「撃てぇ!!」

 長銃による一斉射撃。

この距離ならあまり当たらないが足止めには十分だ。

相手が止まってからは波状攻撃を掛け、味方の援軍が来るまで持ちこたえる。

 次の射撃を命令しようとした瞬間、誰かが叫んだ。

「あいつら、止まってねーぞ!!」

 敵は止まっていなかった。

何人か銃撃を受けたのにもかかわらずその突撃速度は変わらない。

いや、むしろ速まっていた。

 ライフルを持った兵士達が先行し、走りながら射撃を行う。

射撃部隊は直ぐに盾の後ろに隠れるが何人かが銃弾を受けた。

 連射される弾丸が盾に弾かれ、近くの家屋の壁に穴を開ける。

ある程度まで距離を詰めると射撃を行っている兵士達の後ろから長い筒を持った兵士が現れる。

「バズーカ砲かよ!」

「大丈夫だ! 術式盾なら防げる!」

 敵はバズーカを此方に向け…………無い!?

敵が狙ったのは部隊の右横にある家屋。

 砲弾が放たれ、家屋が破砕する。

「━━しまった!!」

 破砕した家屋から木片が飛び散り、右側で盾を構えていた部隊が倒れる。

全員の視線がそちらに向き、その瞬間目の前に何かが投げ込まれる。

それは金属の筒状の物で……。

「閃光弾!?」

 視界を焼く閃光が走った。

咄嗟に目を瞑れなかった何人かが倒れ、陣形が崩れる。

「まず━━━━っ!!」

 眼前に居た。

大剣を構えた男が傾いた盾を足場にし跳躍する。

 振り下ろされる大剣。

その衝撃で部隊の中央が吹き飛ぶ。

 気が付けば宙を浮いていた。

そのまま地面に叩きつけられ、動けなくなる。

 傭兵団はそのまま突破し、見えなくなる。

なんとか息を吐き出し、表示枠を開くと叫んだ。

「中央……突破されました……!!」

 

***

 

「突破された!? 中央が!?」

 武蔵野の右舷側、バリケードに隠れながら比那名居天子はそう叫んだ。

此方の戦況は膠着しており、敵が持久戦の構えを取っており思うように動けない。

『ああ、このままじゃ敵は武蔵野艦橋に辿り着く。なんとか動けないかい?』

 表示枠に映るネシンバラにそう言われ、部隊を見る。

敵の射撃が激しいため皆動けないでいた。

 この状況を突破できるのは自分か衣玖ぐらいだろう。

「私が行くわ。ここからなら間に合う」

『頼んだ━━!!』

 表示枠を閉じ、衣玖の方を見る。

ネシンバラとの会話を聞いていた彼女は此方に頷く。

「ここは私達にお任せください」

 衣玖に頷き返し、立ち上がる。

 建物の影に隠れ、様子を窺った。

敵も此方の出方を窺っているらしく、今は攻撃の手を緩めている。

 しばらく待ち、衣玖に合図を出す。

そして飛び出した。

 その直後敵から銃撃が起こるが衣玖が雷撃を放ち、部隊がそれに続いて射撃を行った。

そして何とかその場を離脱する事に成功した。

 

***

 

 部隊から離脱した後、武蔵野の路地を駆ける。

細く、薄暗い路地の角を次々に曲がり、武蔵野艦橋に続く大通りを目指した。

━━普段の散歩が役に立つなんてね!

 それにこの前馬鹿を追いかけたとき、武蔵野の道は把握した。

最後の角を曲がり、大通りに出ると正面に傭兵達の姿が見えた。

「見つけた!!」

 一気に加速し、距離を詰める。

最後尾の傭兵が此方に気がつき先頭の男に叫ぶと、傭兵たちは振り返った。

「特務級か!! お前たち、三人! 足止めしろ!!」

「了解!!」

 先頭を走る男の指示を受け槍斧を持った男が反転し、腰に提げていた物を投げつける。

物体は此方の前方に落ちると爆発し、煙幕を出す。

━━スモークグレネード!!

 駆け出した身を止められず煙幕の中に突っ込むとライフルによる射撃が行われた。

銃弾が顔を掠り、鼓膜を刺激する。

 このまま敵の正面に出るのは危険だ。

そう判断すると、横に飛んだ。

そして立てかけられている看板を発見するとそれに足を掛け、跳躍する。

 煙幕を抜け、商店の屋根に出ると正面を見る。

「やばっ!!」

 正面には槍斧を振りかざした傭兵。

「読まれてた!?」と驚愕しつつ後方へ跳躍する。

 槍斧は屋根を砕き、突き刺さる。

 相手の武器が突き刺さっている今がチャンス。

そう思うや否や駆け出す。

 相手は槍斧をを持ち上げるが間に合わない。

緋想の剣を構え、切りかかろうとした瞬間。槍斧の刃が展開した。

「!!」

━━ショックハルバードって奴!?

 刃から衝撃派が生じ、体が大きく吹き飛ばされる。

体を転がし、落下の衝撃を減退させるがそこに残りの二人が射撃を行う。

━━避けれないか!!

 直ぐに立ち上がるが銃弾が体に当たる。

顔を守り、路地に飛び込む。

 服には穴が開いたが幸い一発も銃弾は皮膚を貫通していない。

「……天人じゃなかったら即死だったわね」

 天人はその特性上体が非常に頑丈である。

物理的な弾丸であればある程度は防げるが流石に連続して喰らうと辛い。

 顔を守っていた右腕が赤く滲んでおり、皮膚に突き刺さった銃弾を引き抜く。

  路地から僅かに顔を出し、周囲を確認する。

敵の姿は無いが撤退したという事はないだろう。

既に敵の本隊の姿は見えなくなっている。

 「ちっ」と小さく舌打ちをすると表示枠を開く。

「逃したわ。残りの敵は九人、かなりの手錬よ。こっちも急ぐけどそれまで持ち堪えて」

『Jud.、 もう直ぐミトツダイラ君が着く。そっちも頑張ってくれ』

 ミトツダイラが居るなら大丈夫だろう。此方はあの三人を何とかしなくては。

そう思った瞬間、頭上から何かが降って来た。

「!!」

 何かは確認せず、大通りに飛び出す。

その直後、爆発が生じた。

 爆風によって体は吹き飛ばされ、反対側の家屋の壁に叩きつけられる。

「おいおい! あれだけ当てたのに無傷かよ!」

 自分が居た路地の上。そこに立っていた傭兵が驚愕の声を上げるが直ぐに銃を構えなおす。

「あんた達とは違うのよ!!」

 看板に手を掛け、銃撃を受ける前に投げつける。

 銃撃を行おうとした傭兵は直ぐに後ろに跳躍し、隠れる。

それを追撃しようとすると別の路地から傭兵が現れ、ライフルで此方を狙う。

「ああ、もう!!」

 数発当たるのは覚悟で飛び掛る。

七発が肩に当たり内、二発が貫通するが構わない。

 緋想の剣を振りかざし、傭兵を両断しようとするとライフルは銃を投げつけてきた。

緋想の剣で振り払い、ライフルが砕ける。

 敵は後方に下がろうとするがそうはさせない。

そのまま止まらず切りかかろうとすると横から槍斧を持った傭兵が出てきた。

「ちぃ!!」

 直ぐに緋想の剣で槍斧を受け止め、受け流す。

そして顔面に蹴りを放つと距離を取った。

 相手は血が止まらない鼻を押さえ、やはり距離を取る。

「ちきしょう、やりやがったな!」

「は! 女の子相手に複数で襲い掛かるからいけないのよ!」

 正面の敵に注意しながら周囲を警戒する。

残り二人、一人は武器を破壊したがもう一人は未だにライフルを所有している。

 銃を失った傭兵が合図を出し、槍斧の傭兵が頷く。

 どう来る?

そう構えると二人は踵を返した。

 此方にわき見も振らず、走り出し家屋の上に上る。

━━逃げる?

 何を企んでるにせよ追いかけなくては!

そう思い、自分も家屋の上に上った。

 敵は三人とも正面で合流しており此方に背を向けている。

それを追いかけようとした瞬間、背後から猛烈な悪寒を感じた。

 足を止め、振り返る。

その瞬間、頭に強烈な衝撃を受けた。

 額から血が噴出し、視線が大きく揺れる。

足の感覚が無くなり、上下の区別が出来なくなった。

そして気がつけば屋根から落ちていた。



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~第十四章・『空を渡る忍び者』 基本的に良い人なんですよね (配点:援軍)~

「一番艦、二番艦共に武蔵の後方につきました」

分離した“日本丸”の第一艦橋。

その中で九鬼嘉隆は部下から報告を受け頷いた。

 <<赤い星座>>の飛空挺を送り届けた後両艦はステルス障壁を展開し武蔵の後方で合流、後方についた。

 現在は上陸部隊の援護、そして武蔵を北畠本隊と挟撃するため砲撃を行っている。

「後方! 徳川艦隊から砲撃来ますぜ!!」

「こっちはステルス張ってんだから、出鱈目の砲撃だ! それにこっちは鉄鋼船だ!! そう簡単には墜ちねぇ!!」

 とはいえ此方から砲撃を行っている以上、敵に位置は把握されているだろう。

ステルスは気休め程度にしかならない。

 今の状況、長引けば不利になるのは此方だ。

この勝負、あの傭兵どもにかかっているだろう。

 もしあいつ等が失敗したなら……。

そのときは北畠の大旦那の出番だ。

そうならないことを祈っていると二番艦のステルスが解除された。

「どうした!! なんで解除してる!!」

「て、敵の長距離攻撃です!! 敵はむ、武蔵の射殺巫女!!」

 船体を衝撃が走り、ステルス障壁が解除される。

━━巫女の術式払いか!!

 これで敵に丸見えだ。

「てめぇら!! 気合入れろよ!! こっからが本番だ!!」

「「応っ!!」」

 

***

 

「随分と腕の良い狙撃手が居るようだ」

 品川のデリックの上、狙撃銃のスコープを覗いたガレスが頷く。

発射地点は教導院の屋上。

そこから3km以上離れたステルス艦への射撃。

 矢は何れも船頭部の中央に当たっていた。

━━あれだけの狙撃手が居るならここは危険か?

 そう思いスコープを覗くが巫女は教導院の中に戻っていった。

巫女は人を撃てないそうだが実に勿体無い。

 傭兵なら良い稼ぎ手になるだろう。

 視線を武蔵野艦橋に向かうザックス達に移す。

彼らは既に眼前まで迫っておりそれを止めようとしている武蔵の兵士達を蹴散らしている。

━━支援はいらないか……。

 では先程仕留めた獲物を確認しよう。

先程の一撃は頭への直撃。

いかに銃弾を防ぐ皮膚を持っていたとしてもこの大口径の狙撃銃の前では無意味だろう。

 大通りに倒れる少女の姿を確認した。

額からは血を流しており、全く動かない。

 ライフルを持った傭兵が慎重に近づき、相手が死んでいることを確認しようとする。

そしてうつ伏せで倒れている少女を足で仰向けにしようとした瞬間、少女が飛び起きた。

「なに!?」

 少女は剣を切り上げ、傭兵の胸を裂く。

直ぐに援護の為、狙うが路地に逃げ込んだ。

「奴め、寸前の所で避けたか……」

 恐ろしく勘の良い小娘だ。

 胸を裂かれた傭兵は幸い軽症だったらしく直ぐに武器を構えなおした。

 だが狙撃手に高所を取られている限り、相手は不利だ。

次の一撃で決める。

 そう決意し、スコープを覗いた。

 

***

 

危なかった。

 敵の攻撃に気が付き、敢て足を滑らせたのが幸いした。

額を切られ血が止まらないが頭を撃ち抜かれるよりはましだ。

 とはいえ状況は悪い。

 頭に強烈な衝撃を受けたせいで未だに視線は定まらず、足元もふらつく。

その状況で敵は三人、うち一人は武器を失い一人は軽症、そして一人は無傷。

更に遠方から狙撃してきた奴がいる。

 眼前の敵を相手にするにも狙撃兵が居ては自由に動けない。

 どうしたものかと考えていると帽子がなくなっていることに気が付いた。

「…………あ!」

 慌てて大通りを確認するとそこには破けた帽子が落ちていた。

 お気に入りだったのに!!

 ぼろぼろになった帽子を見て、腹の底から怒りがふつふつと沸いて来る。

今すぐ飛び出して帽子を回収し、三人ぶっ飛ばして狙撃した奴をぶん殴りたいが不用意に飛び出したら死ぬのは自分だ。

 誰かに狙撃兵を何とかしてもらう。

そう思うのだがどうにも自分の性格は素直ではないらしい。

通神をしようとする直前で手が止まってしまう。

「……帽子の敵よ」

 帽子を見ながら頷き、思い切って表示枠を開いた。

 

***

 

『━━と、言うわけで狙撃兵が居るわ。別に私が苦戦してるからとかじゃなくて、あんたたちが被害受けるといけないから心優しい私が“しかたなーく”教えてあげてるわけ!

だから何とかしなさい! 直ぐに!!』

 何故か顔を赤らめ、怒鳴る天子が表示枠から消えると武蔵野艦橋は何ともいえない雰囲気になった。

「え、と? たすけて、ほしいの?」

「ですよねー。何というか中々難儀な性格で……」

 アデーレは苦笑しながらそう言うとネシンバラに通神した。

「だそうですけど……どうします?」

『そうだね……。敵の位置が不明な以上動きようが無い。だけどこのまま放置するのは危険だ』

 そうですよね。

 どこかに狙撃手が居ると分かった以上、皆動き辛くなっている。

第二特務のように一発二発受けても平気ならばいいが大抵の人間は狙撃銃で撃たれれば一発アウトだ。

「敵の位置を予測できる人が居れば良いんですけどねぇ……」

 そんな風に呟くと“曳馬”は「あの」と手を上げた。

「一人、それが可能な人物がこの武蔵に居ます」

「それは誰ですか?━━以上」

 “奥多摩”の質問に“曳馬”は頷き、表示枠を開いた。

「はたて様? 聞えていますよね? 私に盗聴器つけてばれてないつもりでしょうけど普通に気が付いてますよ?」

 表示枠から椅子や何やらがひっくり返る音が聞え、『い、ったぁぁぁぁぁぁ!!』と言う叫びが聞えた。

「そっちと映像繋げますよ?」

 『え、ちょ!』と慌てる声を無視し、“曳馬”は大型表示枠に映像を映した。

そこには天狗族の少女が映っており、彼女は後頭部を摩っている。

━━あれ? この人?

 確か岡崎に来ていたという新聞記者では? なぜ武蔵に?

と思っていると“奥多摩”が“曳馬”の方を見た。

「これはどういうことでしょうか?━━以上」

「Jud.、 彼女は武蔵に取材をしに来たと“言い張った”為、“しかたなく”宿を用意して差し上げました」

『おいこら! このポンコツメイドロボ! 嘘付くなーぁ!!』

 “曳馬”は彼女の抗議を無視する。

「此方の話は聞いていたと思いますので単刀直入に言います。貴女の念写能力を使って敵の狙撃兵を見つけてください」

『━━━━あんた、なんでそれ知ってるの?』

 相手の表情が険しくなる。

そこには先程までの抜けた感じが無く、獲物の様子を窺う鴉のものだ。

「寧ろ我々が貴女のことを調査してないと思いで? 此方にも幻想郷出身の方々は居ます」

 はたては『ち』と小さく舌打ちをすると視線を逸らした。

『それで? 私があんたに従うと思っているの?』

「Jud.、 貴女にとってこの状況は面白くないはず。なぜならばこのまま武蔵が撃沈すれば貴女は大した“記事”を書けずに“新聞社”に戻る事になります。

それは嫌ですよね?」

 はたては苦虫を噛み潰したような表情をする。

「それにイッスン様との約束を果たしてないはずですよ? イッスン様まだそちらに居ますよね?」

『おうよ!!』と応えたのははたての胸ポケットから現れた小人だ。

イッスンははたての頭の上に上ると跳ねた。

『はたてのネーちゃんよォ。このままじゃあ、アマ公を見つけられねェ。

どうにかできないのか?』

『……それは』

「昨日一日だけですが私は貴女とアマ公様を探している間、こう判断しました。

困っているお年寄りが居れば手助けし、子供と遊び、慈しむ。

貴女はやさしいお方です」

 “曳馬”がそう言うとはたては俯き、黙った。

誰もが二人に注目している。

 イッスンも心配げに下を覗き込むとはたてはイッスンを掴んだ。

そして胸ポケットに入れると携帯式通神機を取り出す。

『ああ、もう! 分かった! 分かったわよ!! 調べりゃ良いんでしょうが!!』

「ありがとう御座います。ツンデレのはたて様ならそう仰ると思っていました」

『やっぱりやめようかしら……』と半目になるはたてに微笑むと“曳馬”は此方に頷いた。

なんだかよく分からないが上手く行ったようだ。

「まったく、今度からは事前に連絡してください━━以上」

 “奥多摩”に言われ“曳馬”は頭を下げた。

「まあまあ、いいじゃないですか。上手く行きましたし」

 “曳馬”のフォローをすると“奥多摩”も頷いた。

「ところで、“曳馬”さんツンデレとかそう言う言葉、どこで知ったんですか?」

「Jud.、 以前榊原様がお読みになっていた“萌え!萌え! 戦艦娘 第三号”ですけど、なにか?」

 

***

 

・能筆家:『…………え!?』

・彦 猫:『おめぇ……』

・能筆家:『ち、違いますぞ! これは異界の事を知るためで、決して“新刊号の表紙の翔鶴ちゃん可愛いなー”とか! そう言うわけでは無いですぞ!!』

・無 双:『む? では先日拙者に頼んだ1/8スケール翔鶴木造、いらぬのか?

我ながら上手く出来たと思うのだが……』

・能筆家:『いる! というか某だけを責めるのは不公平ですぞ! 酒井殿も先日“曳馬”殿に茶を入れてもらってたではないですか!!』

・さかい:『あれは“曳馬”ちゃんに茶道を教えてただけだ』

・約全員:『“ちゃん”?』

━━さかい様が退出しました。━━

・彦 猫:『逃げたな……』

・能筆家:『ずるいですぞ! 某も“曳馬”さんに茶を入れていただきたい!!』

 

***

 

━━武蔵っていうか徳川ってもしかして馬鹿……?

 通神ハッキングして会話の様子は此方からも見ているのだが……。

うん、見なかったことにしよう。

 それにこちらがハッキングしている事もばれているだろう。

今見れているのは一般的な通神網、ちょっとしたチャットなどをするときの物だ

本当に重要な会話は別のセキュリティーが能力が高い通神網で行われるため手がつけられない。

抜けているように見えて実はしっかりしているのが武蔵だ。

 競争社会の天狗の里は自分にとって少し居心地が悪かったがこの国の雰囲気は嫌いではない。

「って、なに考えてんのよ!」

 半ば強制とはいえ狙撃手を探すと言ってしまったんだ。

約束した以上、責任は果たさなければ。

 携帯式通神機を開き、電源を入れる。

そしてそれを額につけると術式符を展開した。

 術式符は空中に舞い上がり砕けた。

そして砕けた流体粉は宿の窓から飛び立ち、武蔵中に広まって行く。

この流体粉が自分を媒体とし、通神機に映像を映す。

 見る。

武蔵八艦を。

 飛び立つ魔女。

 墜落し炎上する飛空挺。

 怪我を治療する極東の兵士。

そして、狙撃銃を構える男。

居た!!

場所はかなりの高所。

武蔵全体を見渡せ、下方にはコンテナが積み重なっている。

この場所は知っている。ここは確か……。

「品川!! そこの前から二番目のデリックの上!!」

 

***

 

「デリックの上か……。陸上部隊じゃ手を出せないな」

 狙撃兵が居ると知り、屋内に戻ったネシンバラは顎に手を掛けながら艦橋へ歩いていた。

既に狙撃兵が居る事は全部隊に知らせた。

 不意打ちによる被害は減るだろうが動きにくくなったのは事実だ。

「マルゴット君たち、対応できるかい?」

『んー、いまちょっとキツイかな!! さっきから飛空挺に追いかけ回されてて手一杯!!』

 双嬢が動けないとなると他の魔女隊を動かすか?

「いや、それは危険だ……」

 敵はかなりの手錬。

特務級以外が相手にするには危険すぎる。

━━藤原君に頼むか?

 そう思っていると表示枠に“曳馬”が映った。

『ネシンバラ様。どうせですのではたて様に協力していただいてはどうでしょうか?』

「それは……」

『いいわよ?』

 “曳馬”の映る表示枠の隣にもう一つ表示枠が開かれ姫海堂はたてが映る。

「……いいのかい?」

 此方の質問にはたては苦笑すると頷いた。

『乗りかかった……ていうか沈みそうな船を助けるだけよ。

それに後でちゃんと報酬は貰うけど、どうする?』

 報酬……何かしらの情報の譲渡の事だね。

今後の事を考えると彼女の要求を呑むのは危険かもしれないが今は現状の打破が最優先だ。

「Jud.、 報酬はあくまで“武蔵の”だけど、構わないかい?」

『“徳川の”と言うほどがめつくないわ』

 彼女の言葉に頷く。

『交渉成立ね。それじゃあ行って来るわ』

「あ、ちょっと待ってくれ! もう一人連絡したい人物がいるんだ」

 そう言うとはたては首を傾げた。

 

***

 

 銃弾が風を切り飛ぶ。

先端の尖った銃弾は浅草で対艦砲を持つ軽武神の右膝関節を砕き、軽武神は転倒した。

 その様子を見た近隣の武神たちは慌てて建物の影に隠れて行く。

「……流石に対応が早いな」

 品川のデリックの上、そこに寝そべりスコープの覗いていたガレスはそう呟くと狙撃銃に次弾を装填する。

 次に狙うのは武蔵野にいる武神だ。

朱色の装甲を持つ武神はパイロット合一式ではなく肩に乗せているため格好の標的だ。

だが、

「上手く動く」

 敵は此方の狙撃には気付いており、品川側に対して決して自分を曝さない。

武神の関節を狙い続けて攻撃してもいいがそれだけをする弾薬も時間も無い。

 この位置を取ってから結構な時間が経った。

そろそろ此方への迎撃が出るだろう。

━━次の一発を撃ったら移動するか……。

 そう思いスコープを覗き直すと武蔵野の後方、奥多摩の方から炎が飛翔した。

炎は空中で一回転すると翼を生やした。

 燃え上がる羽根を撒き散らし、嘶いた。

そしてもう一度空中で回転するとそれは不死鳥となった。

 不死鳥は翼を大きく広げ、此方への突撃を開始する。

「今川家に居た不死鳥か!」

 この銃ではあの炎の鎧を貫くことは出来ない。

直ぐに近隣の飛空挺に連絡すると、飛空挺が不死鳥の左側に現れ機銃による射撃を始めた。

それに合わせ狙撃銃を持ち上げ撤収の準備を始める。

 弾薬を箱に入れ、持ち上げようとすると頭上に影が差した。

━━上か!!

 直ぐに狙撃銃を垂直に構え敵影を確認する。

それは一直線に急降下を行っており黒い翼を折りたたんだ少女の姿であった。

 狙いを定めず引き金を引く。

衝撃で銃身が跳ね上がり体も仰け反る。

 放たれた銃弾は少女の左翼を掠っただけで外れた。

そして眼前に少女が着地した。

 

***

 

━━あの状態で当ててくるなんてねっ!!

 不意打ち状態からの目測射撃。

それを此方の翼に掠らせて来るとは。

 どうやらあの眼鏡の言う事は正しかったようだ。

自分一人で向かえば易々と迎撃されていたはずだ。

━━でも懐に飛び込めればこっちのものよ!!

 飛び込む。

身を屈めながらの跳躍。

 対して敵は上を向いた狙撃銃を振り下ろしてきた。

此方の頭頂部を狙った振り下ろしに対して体を捻らせると右側に回避する。

 狙撃銃は空振り、此方の腰元で止まる。

動きを止めた銃身側面への掌底。

その衝撃で狙撃銃を持っていた手が外側に向き、敵は無防備になる筈だった。

しかし敵は狙撃銃を手放した。

左手を腰にかけるとナイフを引き抜く。

「!!」

 敵はナイフを逆さに持つと刃を突き出してくる。

狙いは此方の喉、急所を狙った一撃だ。

 回避は間に合わない。

ならばと敢て飛び込む。

左手を突き出しナイフを持つ手を掴み、右手で襟元を掴むと背後に投げ飛ばした。

「文ほどじゃないけど私だって天狗よ!!」

投げ飛ばされた敵は地面を転がると腰の拳銃を引き抜きながら立ち上がる。

 三発連続しての射撃。

━━なんて反応の良い奴!!

 急ぎ上へ跳躍するが一発が下駄の底を砕いた。

翼を広げ反撃を行うとするが敵は空中に何かを投げた。

そしてそれに向けての射撃。

 あたりは一瞬で煙に包まれ視界を遮られる。

「煙幕!! しまった!!」

 慌てて煙から飛び出し敵を確認すると、敵はデリックの端に向かって走っていた。

そして端まで到達すると飛び降りた。

━━あの高さから降りる気!?

 敵が飛び降りた直後デリックの間を赤い飛空挺が通過する。

飛空挺は高度を取ると一気に離脱をして行った。

「……逃げられたわね」

 デリックの上に着地し飛空挺が飛び去った方を見るがその姿は既に見えなくなっていた。

 ともかく敵は撃退できた。

後は他の武蔵の連中の仕事だ。

「はあ、下駄、買わないとね……」

 割と気に入っていた下駄なのだが。

そう思い足元を確認するとそこには何か線のようなものが張ってあった。

何かと思いそれをなぞる。

 よく見れば線はデリック上にいくつもありそれはデリックの中央に向かっていた。

線の先を見ればそこには黒い機械の箱があり、それはつまり━━━━。

「爆弾!? 嘘でしょ!?」

 急ぎ跳躍するが上昇した直後爆発が生じた。

爆風が広がり、此方に迫る。

「ま、間に合わない!!」

 腕で体を守るがそれで防げるわけが無い。

目を瞑り、覚悟を決めた瞬間胸ポケットからイッスンが飛び出た。

「まかせなァ!! はたてのネーちゃん!!」

 彼は同じく胸ポケットに入っていたペンを持ち上げると空中に線を引いた。

その瞬間、突風が吹く。

 爆風が突風に押され横へ押し流されて行く。

そして目を数秒後には爆発が収まりデリックが倒壊を始める。

 その様子に暫く空中で呆然としているとイッスンが頭の上で跳ねる。

それをつまみ手のひらに載せると別のデリックの上に着地した。

「……あんた、何者よ?」

 イッスンはその小さな体を反らすと高らかに叫んだ。

「オイラこそ天下に名高きコロポックルの英雄! 天道太子のイッスン様だい!!」

 そして大きく跳躍し、此方の右肩に乗る。

「ヨロシクな!! 鴉天狗のネーちゃん!!」

 

***

 

 戦場を急速離脱する飛空挺の中。

ガレスは表示枠を開き、ザックスと通神を行っていた。

「━━というわけで、此方は撤退した。そっちは自力で何とかしてくれ」

『了解だ。こちらももう直ぐ武蔵野艦橋に到着する。お前は撤収する部隊を回収してくれ』

 ザックスの言葉に頷き表示枠を消すと近くの椅子に腰掛けた。

そして背もたれに寄りかかると飛空挺の天井を見る。

「…………狙撃銃、置いてきてしまったか」

 

***

 

 浅草の載積地区。

そのコンテナとコンテナの間に爆発が生じた。

 爆風により数人の傭兵が吹き飛び、慌てて貨物の裏に隠れた傭兵たちは慎重に爆発の生じた方を見る。

爆煙から両腕を義腕にした少女が現れ、彼女は空中に浮かべた四つの砲を貨物に向ける。

「“十字砲火”!!」

 貨物が破砕し、裏に隠れていた傭兵が吹き飛ぶ。

残った傭兵たちはその様子に唾を飲むと、踵を返した。

「お疲れ様です。誾さん」

 後ろから声を掛けられ、立花・誾は振り返るとそこには自分と同じく傭兵団の撃退をしていた立花・宗茂の姿が有った。

「宗茂様……。そちらはどうでしたか?」

「ええ、三部隊ほど片付けましたが戦況は芳しくありませんね。ここにも<<赤い星座>>が降下したそうで、今からそっちに向かおうと思っています」

「それほどまでの手錬ですか?」

 「Jud.」と宗茂は頷く。

「それに武蔵野上に戦闘用魔獣の発見の報告があります。向こうはかなり大変そうですね」

 言葉ではそう言うものの救援に向かわないのは彼らを信頼しているからだろうか?

よくよく考えると自分もあまり心配しておらず、“まあ彼らなら何とかするだろう”とそう思っている。

 他の人たちもそうなのでしょうか?

他で戦っている連中も互いを信頼し、自分の仕事に専念しているのだろうか?

ならば自分のするべき事は。

「宗茂様、このまま敵を船首の方に追いやりましょう」

「Jud.、 それが結果として一番皆のためになりますからね」

 宗茂が手を差し伸べた。

それを取り、駆け出す。

 そして二人は載積地区を一気に抜けた。

 

***

 

 ネイト・ミトツダイラは武蔵野艦橋前に到達すると艦橋防衛部隊と共に敵を待ち受けていた。

 敵は既に目前まで迫っており、もう間もなく現れるだろう。

此方の戦力は30人ほど。

精鋭部隊を相手にするには心もとない。

━━ここはやはり私が頑張らなければいけませんわね。

 ここを突破されれば武蔵野艦橋が、更に我が王と姫が危険に曝される。

それだけは何としてでも阻止しなくては。

そう決意すると正面から赤い装甲服の集団が現れた。

 軍団は此方に気がつくと先頭の男が静止させ、艦橋守備隊と対面する形になる。

「武蔵アリアダスト教導院、第六特務ネイト・ミトツダイラ。申し訳ありませんがここで引き返して頂きますわ」

 先頭の男━━ザックスが大剣を構え、前に出る。

「悪いな嬢ちゃん。こっちも仕事だ、突破させてもらう!!」

━━来ますわね!!

 ザックスは大剣を下段で構え、駆け出す。

それに続き残りの傭兵達が続いた。

 ザックスの攻撃を援護するためのライフルの連射が行われ、それを防ぐために銀鎖でバリケードの一部を持ち上げる。

 銃弾がバリケードに当たり、金属が弾ける音が止むと持ち上げたバリケードを投げつけた。

 それに対し傭兵団は二つに分かれ突破を狙う。

「射撃隊、一斉射撃!!」

 自分の後方で待機していた守備隊が長銃による一斉射撃を行い、敵集団の足を止めた。

そこで気が付く。

最初に突撃してきたザックスがいない事に。

━━正面ですわね!!

 地面に突き刺さったバリケード、その裏からバズーカを構えた男とザックスが現れる。

バズーカから弾頭が発射され、此方を狙うがそれに対して自分がする事は。

「叩き弾く!!」

 直線的に飛んでくる弾頭を捉え、水平の平手打ち。

それにより弾頭は横に逸れ、至近の壁に当たった。

「冗談だろ!?」

 驚愕するバズーカ兵と違いザックスは冷静だ。

彼は弾頭が外れるのを見るや否や突撃の速度を速め、大剣の間合いまで詰めてきた。

「━━銀鎖! 二本追加!!」

 腰元のハードポイントから銀鎖を追加し、自分の下方で交差させると切り上げられる大剣を受け止めた。

だが相手は止まらない。

 大剣を持っていた左手を離し、胸に携えていたナイフを引き抜くと此方の顔面目掛けて投げつけて来る。

「!!」

急ぎ顔を反らし、ナイフを避けるが前髪が数房もって行かれた。

敵はその間に距離を離し、構える。

そして背後、来た道を見ると口元に笑みを浮かべた。

ザックスの背後、新たに二人の傭兵団が駆けつけた。

援軍はそれだけでは無い。

 その二人の背後から5つの小さな影と、一つの大きな影が現れる。

それは鎧を着た五匹の犬と一匹の獅子であった。



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~第十五章・『咆哮上げる純情者』 獅子と 魔獣と 御犬様 (配点:動物園)~

━━戦闘用魔獣……!!

 ゼムリア大陸出身の傭兵団が魔獣を戦闘用に訓練しているという話は聞いた事があったが、獅子まで運用しているとは!

 戦況は一気に悪くなった。

戦闘用魔獣の出現に気を取られた守備隊を突破し、傭兵団は武蔵野艦橋に向かっている。

 それを追撃しなくてはならないが今、ここで背を向けるのは危険だ。

獅子が一歩前に出、咆哮を上げる。

 低く威圧するような叫びが武蔵野を包み、思わず気圧される。

・俺  :『ネイト! ネイト! ここはお前もやり返せ! こう「あおーん」って!!』

・ホラ子:『獅子vs狼。意地のぶつけ合いですね。さあ、どうぞ思い切って行ってみましょう』

・銀 狼:『あの、それやら無くてはいけませんの……?』

・賢姉様:『いい? ミトツダイラ、ここで貴女が対抗しなければ敵を前に武蔵の騎士が一歩引いた事になるのよ? だからレッツ御犬プレイ!! わおーんって!! わおーんって!! いいわ! なんか楽しくなってきたわぁ!!』

 狂人は無視するとして、確かにそうかもしれない。

自分は武蔵の騎士。

相手が名乗るのなら、それに相対せねば!

 先程獅子がやったように一歩前に出る。

そして獅子の双眸を睨みつけ、大きく息を吸った。

「━━━━あぉおお━━!!」

 静まる。

 軍用犬たちは狼の遠吠えに一歩下がり、獅子は不動だった。

「ォォォォォォオオオッ!!」

 獅子が身を震わせ、天を仰ぐ。

「あぉおおおお!!」

「ォォォォォォオオオッ!!」

「あぉおおおお!!」

 

***

 

・天人様:『なんか聞き覚えのある遠吠えが聞えるんだけど……。なにしてんの?』

・賢姉様:『ライオンがイケボブッパしてそにれ対抗してミトツダイラのテンションも有頂天を突破してアニマルカーニバルよぉぉぉ!!』

・天人様:『……誰か!?』

・あさま:『要するに獅子が叫んだらミトもテンション上がって叫んで、大合唱してるんです』

・天人様:『………………誰かっ!?』

・未熟者:『いや、だいたい合ってるから落ち着こう』

・天人様:『ああ、うん。いつも通り馬鹿やってるって事だけは分かった』

・労働者:『分かっているなら言わなくて良い』

 

***

 

━━やりますわねっ!!

 いい加減息が上がってきた。

獅子も自分と同じようで体を揺らし、大きく呼吸している。

獅子の意地か相手は絶対に視線を逸らさない。

 見事な意地だ。

ならばそれに対して最大限の敬意を持って立ち向かおう。

 息を大きく吸う。

肺に限界まで息を溜め、喉を開く。

そして拳をきつく握ると天を仰いだ。

「ぉぉぉぉぉぉぉ!! ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

 咆哮が伊勢の空を切り裂く。

渾身の咆哮。

 額から汗が垂れ、やりきった達成感が全身を包む。

━━どうですの!!

 勝ち誇った表情で獅子を見れば、そこには意外な表情があった。

「くぅーん……」

 獅子は眉を下げ、口元を歪めその視線は先程の威圧的なものからなんだか熱っぽいものに……。

「……え?」

 

***

 

・ウキー:『これは、アレか? アレなのだな』

・煙草女:『なんというかまあ…………』

・傷有り:『まあ、点蔵様? 武蔵野の方から喜びの気が漂ってますよ。でも一体何方が?』

・十ZO:『メアリ殿、人生というのは色々有るので御座るな。その喜びの気は恐らく獅子のものでそれはつまり、えーっと?』

・賢姉様:『LOVEよぉ━━━━━━!!』

 

***

 

━━えーーーーー!!

 ど、どうしますの!?

こんな事予想してなかった。というか予想できるわけが無い!!

 獅子は先程からもじもじと前足を交差させており、完全に恋するアレだ。

どうしますの!! とザックスを睨みつけると、彼は困ったように視線を逸らした。

と、とにかく何とかしなくては!!

・銀 狼:『ど、どどどどどどどどどどうしましょう!!』

・あさま:『落ち着いてくださいミト! ただ戦闘中に獅子にLOVEされただけです! うん! 何も問題ありません!!』

・銀 狼:『問題大有りですのよ!!』

・ホラ子:『これには流石のホライゾンも少々驚いております。ミトツダイラ様に獅子がオプションパーツで付くと布陣を少々考え直す必要が有りますね』

・俺  :『あー、流石にうちじゃあ流石に獅子は飼えねーなぁ』

・銀 狼:『あ、あれ? どうして私と獅子がくっ付く方に!?』

・賢姉様:『そんなの決まってるじゃない━━━━その方が楽しいからよ!!』

・銀 狼:『だと思いましたわ!!』

・● 画:『く、くそ! 飛空挺をやり合ってなかったらソッコーでネーム切ってるのに!!

誰か録画してない!? なるべくアニマルカーニバルの辺りから!!』

・○べ屋:『ばっちり録画してあるけど……いくらから買う?』

・守銭奴:『ちなみ今さっき六護式仏蘭西に高値で売れた。買取人は人狼女王だ』

・銀 狼:『最悪ですのよぉ━━━━━━!!』

・不退転:『それで? どうするのかしら? こういうのはしっかりと応えなきゃ駄目よ? 男ってすぐ付け上がるから』

・ウキー:『成実よ、なぜ拙僧を見る? さては更に惚れたな!!』

・不退転:『既に上限来てるのに更に上があるの?』

・約全員:『おおう……』

 た、確かにこのまま答えをはぐらかすのは良くないだろう。

互いの事を考えるならちゃんと答えなくては。

 そう思い一度咳きを入れると獅子の目をしっかりと見た。

「私は武蔵の騎士。仕えるべき王が居て、私は王と共に歩もうと思っていますの。

だから、その、貴方の思いに応えることは出来ませんわ」

 頭を下げた。

誠心誠意の言葉。自分に好意を持ってくれた相手を拒絶するのは若干心が痛むが仕方が無い。

 ゆっくりと頭を上げると、目の前の獅子は俯いていた。

そして体を小刻みに揺らし、泣いた。

見事な男泣き。

「グッォッォォォォォォ!!」

 滝のような涙を流しながらの突進。

獅子はその巨大な前足で薙いで来た。

 

***

 

 獅子の腕は見た目より長く、回避のため後方に跳躍した此方の腹を掠った。

騎士服が破け、傷が出来る。

 獲物を逃した獅子は再度跳躍を行い此方と距離を詰めてくる。

四肢を使った跳躍。

その速度は自分の跳躍速度より速い。

ならば、

「銀鎖!!」

 肩の銀鎖二本で近隣の壁を掴み体を引き寄せる。

壁に足から着地すると、壁を蹴り着地態勢に入っている獅子に対して牽制を狙う。

 しかし此方が飛んだ直後、獅子の背後からザックスが現れた。

 大剣を上段に構え、振り下ろす形。

回避を行うために腰の銀鎖を地面に向けて射出し、その衝撃で横に飛んだ。

 緊急回避のため着地態勢は取れない。

地面に近づくと両腕で地面を殴り、跳ねる。

 着地すると直ぐに次の攻撃を行おうとするが横から何かが飛び出して来た。

それは獅子の背後にいた犬型の戦闘用魔獣であり、頭部には刃を取り付けた装甲をつけていた。

 軍用犬の刃がこちらの首を狙う。

「━━!!」

 咄嗟に軍用犬の頭を掴み、投げ飛ばすが既にもう一匹が背後に回りこんでいた。

「くっ!!」

 数が多いですわ!!

 敵は軍用犬二匹と獅子が一匹、そしてザックスが此方に付いており、残りは守備隊を相手にしている。

 この状況まずいですわっ!!

現状打破の為に出来る事それは、

「頭を潰しますわ!!」

 飛び込んだ。

狙いはガレスただ一人。

軍用犬を引き離し、獅子の腕を抜け、ザックスの目前に飛び込んだ。

 

***

 

「敵部隊、武蔵野艦橋に侵入しました。間もなくここに到達します━━以上」

 “武蔵野”のその言葉を聞き、アデーレは立ち上がる。

艦橋には屋上から退避してきたネシンバラ、女装、ホライゾンと鈴がおり、この面子で動けるのは自分だけだ。

「書記、作戦指揮の方お願いします」

「Jud.、 僕に任せておけば万事上手く行くよ」

「急激に不安要素が上がりました━━以上」

 “武蔵野”のツッコミにネシンバラは「またまた」と手を仰ぎ笑うが“武蔵野”他自動人形達の表情は険しい。

━━書記の作戦って見た目重視ですからねー。

 そのせいで度々船を損壊させ、艦長たちからはあまり評判が良くないようだ。

「では、私もご一緒しましょう」

 そう言ったのは先程まで総長と100連ジャンケンして100連勝していた“曳馬”だ。

彼女は崩れ落ちている総長を跨ぐと此方の横に立った。

「あれ? “曳馬”さん大丈夫なんですか?」

「Jud.、 一応白兵戦スキルは所持しておりますし白兵戦経験を持ついい機会です」

 「武器は?」と確認すると“曳馬”は二律空間から長銃を引き出した。

それは通常の長銃よりやや長めの銃身を持っており、葵紋が刻まれていた。

「狙撃用の銃ですか。でもスコープは?」

「スコープでしたらここに」

そう行って“曳馬”が自分の瞳を指差すと納得した。

そういえば目が良いって言ってましたっけ。

 浅間さんといいどうにもうちには肉眼狙撃をする人が多い気がする。

 ともかく今は一人でも戦える人が居たほうが良い。

「それじゃあ、行きましょうか?」

 

***

 

 艦橋へ繋がる通路。

その通路に様々な物が無造作に積み重ねられバリケードのようになっていた。

「おい! 障子ってバリケードになるかな!!」

「誰だ! 俺の1/8スケールフィギュア置きやがったのは!!」

「というか、こんなんじゃあっと言う間に突破されるぞ!!」

「て、言ってもなぁ……他にバリケードになりそうな物なんて……」

『みなさーん! 援護しに来ましたよー!』

 背後を振り返り機動殻が向かってくるのを見ると男達は頷きあった。

 

***

 

 守備隊を突破し武蔵野艦橋部に侵入した<<赤い星座>>の傭兵たちは艦橋間近に迫っていた。

次の角をを曲がれば武蔵野艦橋まで一直線だ。

 通路の先頭を走っていた男が壁に背を付け、慎重に角を覗き込む。

「!?」

「おい……どうした?」

 別の男が角を覗き込むと通路の真ん中に何か丸い物体が鎮座していた。

「……ありゃ、重装甲型の機動殻か?」

 その背後には数人の守備隊がおり、長銃を構えている。

「機動殻を緊急用のバリケードにしたか」

 だが敵の数は少ない。

先頭の男がハンドサインで一斉射撃を命令すると、傭兵たちは一斉に角から身を乗り出し射撃を行った。

 連射される銃弾が機動殻の装甲に弾かれ、兆弾が壁に当たる。

『あいた、いた、たたたたたたたたたたたたたたっ!!』

 機動殻から奇怪な叫びが聞えるが機動殻には傷一つ付かない。

━━なんという装甲だ!

 射撃中止の命令を出し、バズーカ砲を持った男に命令を出すと男はバズーカ砲を機動殻目掛け放った。

 弾頭が機動殻の頭部に直撃し、爆発が起こる。

『あいたぁーーーーー!!』

 しかし敵は倒れなかった。

それどころか装甲は以前と変わらず傷一つ無い。

「じょ、冗談だろ!? 装甲車の装甲を貫ける砲弾だぞ!?」

 機動殻は頭を摩り、腰に手を当てると此方を指差した。

『何するんですかぁー!! 全く、怪我するかと思ったじゃないですか!!』

 信じられないことがあの機動殻の装甲は並大抵の戦車以上のようだ。

ならば、

「突撃するぞ! 接近戦で仕留めろ!!」

「「了解(ヤー)!!」」

 まずショックハルバードを持った男が飛び出した。

その後に続こうと他の傭兵たちが接近戦用の武器を構えた瞬間、飛び出した男が吹き飛んだ。

 男は壁に叩きつけられ、ショックハルバードを床に落す。

━━な、なんだ!?

誰かが叫んだ。

「狙撃だ! 狙撃兵が居るぞ!!」

「この、狭い通路で狙撃だと!?」

 二発目の狙撃が逃げ遅れた男の肩を貫いた。

 

***

 

 通路の奥、前面で足止めをしているアデーレの後方約50m程の所で“曳馬”は長銃を構えていた。

 一発目、二発目共に直撃。

残りは通路の角に隠れた。

 自動人形の自分には敵の様子がはっきりと見えており、弾道機動の調整も重力制御で行っているためこの距離なら万が一にも外す事は無い。

 敵は角から身を乗り出さなくなり銃身だけを此方に向けて射撃している。

「おや、これでは狙えませんね……」

隠れてしまっては直線的に飛ぶ銃弾を当てることは出来ない。

でしたら……。

高速思考で銃弾の軌道を計算し、狙いをつける。

 狙うのは角近くの左壁。

最後の調整を終え、引き金を引くと重力制御で通常より加速した弾丸が放たれる。

 銃弾は壁に当たり、弾かれ今度は置くの壁に当たった。

そして二度目の兆弾の後、弾丸は角の方に消えていった。

 暫く立った後、武器が床に落ちる音が床伝いに聞えてくる。

━━これで三人目ですね。

 残るは六人。

この調子なら対応できますね。そう思った瞬間銃弾が此方の頬を掠った。

「…………おや?」

 背後を振り返れば床に銃弾が落ちている。

次に見るのは左側の壁。

そこには銃弾が当たった痕がある。

━━私の真似をして撃ってきましたか……。

 先にやったのは自分なのだから使用料を請求するべきでしょうか?

ともかく今のは当てずっぽうの射撃だろうがこれをやられると厄介だ。

「では射撃数を増やしましょう」

 二律空間から新しく二丁の長銃を取り出し、重力制御で自分の両側に浮かべる。

━━正確性は下がりますが、遅滞攻撃には最適です。

 三つの銃の狙いを定める。

そして引き金を引く前に思い出した。

 そういえば以前、井伊直政様が戦うときに相手に言うといい言葉があると言っていた。

たしかそれは……。

「くたばりやがれこの不能野朗!!」

 満面の笑みで引き金を引いた。

 

***

 

━━はて、またで御座るか……。

 自分は敵の胸を完全に貫いた筈だ。

しかし敵は自分の遥か前方に居た。

「ふむ、拙者先程までこう蜻蛉スペアをグサッと突き刺して“獲ったどーぉ!!”とやるつもり御座ったのだが……」

「……さらっと怖い事言うね……」

 最初の時と同じで御座るな。

あの時も敵はなんの動作もなく此方との距離を詰めてきた。

敵の能力はおそらく、

「対象との距離操作で御座るな」

「ご名答。あたいの能力は“距離を操る程度の能力”。あたいの前ではいかなる物理的距離は意味を成さない」

━━厄介に御座るな……!

 接近戦を得意とする自分にとっては相性の悪い相手だ。

敵が此方との間合いを自由に操れるなら、それはつまり全てが“敵の間合い”であり“此方の間合いの外”という事になる。

 どうする?

 敵が自在に距離を操れるなら此方から動くのは危険だ。

ならば敵の攻撃に合わせたカウンター攻撃で御座るか?

 そこでふと気になることがあった。

敵は此方との“距離”を操ると言ったが、高さはどうだろうか?

 一度目も二度目も敵が操作したのは自分と同じ高さの距離だ。

もし敵が高さまでは操作できないのならそこから攻略の糸口となるかもしれない。

 とりあえず試してみるで御座るか……。

 

***

 

 小町は敵の動きを見た。

敵は後方に大きく跳躍を始め、此方との距離を取りはじめた。

━━様子見のつもりか……?

 間合いを離し、此方の動きを見てから動こうという判断だろうか?

だが無意味だ。

どんなに間合いを離した所で此方は一瞬で間合いを詰めれる。

 先程の交戦で分かったがこの敵に対して攻撃の隙を与えるのは危険だ。

一気に勝負をつける気で行かなくては。

「━━詰めろ!!」

 敵の方向を睨みつける様に両眼で見、術式を展開させる。

薄い霧状の流体が全身を包み、次の瞬間には敵が拡大された。

否、敵が拡大された分けでは無い。

急接近によりそう視覚的に見えただけだ。

 鎌を腰元で持ち、横へ薙ぐ為の構え。

そして敵が眼前まで来た瞬間に鎌を薙ごうとした瞬間、一つの動きを見た。

 後方へ跳躍していた敵は地面に着地する瞬間に槍の石突で地面を突いた。

「伸びろ! 蜻蛉スペア!!」

 弾丸が射出されるように敵は上空への再跳躍を行う。

━━なに!?

 敵との間合いを詰める能力は敵との位置が重なったためその効果を失い体が停止した。

「上方へ逃れれば距離を詰められても攻撃は受けない、そう判断したのかい!?」

 敵は「そうだ」と言うように空中で身を翻し、槍の先端を此方に向ける。

「伸びろ!! 蜻蛉スペア!!」

 槍が伸び、此方の胸を貫くように迫るが此方も咄嗟に鎌の石突を天に向けた。

石突を槍の刃にぶつけ、逸らすと敵はそのまま柄による叩きつけに攻撃を替える。

「━━離せ!!」

 敵が此方の頭頂部を叩き割る直前に距離を離した。

先程まで大きかった敵の姿は再び最初と同じ大きさになり、着地した様子が窺える。

 今のは危険だった。

一つでも迎撃の判断を誤れば死んでいただろう。

 死神が死に恐怖するとわね……。

 額の汗を拭い、息を整える。

 同じ手は使えない。

敵は今の攻防で此方の能力を完全に見切った。

 それだけの事が出来る相手なのだ。

そして彼女はそれが出来なければ死ぬような世界を渡り歩いている。

「まったく、外の世界……未来の世界ってのは怖いねぇ」

 さて、どうしたものか。

映姫様ならこの状況を易々と打破して見せるのだろうが生憎自分にそこまでの才は無い。

 相手は“戦いの達人”。

それを相手に船頭がどう対抗すべきなのか……。

━━まあ、搦め手だろうねぇ……。

 正面から行けないのなら裏口から。

より楽なほうに行くのが自分のポリシーだ。

もっともこんな事してる時点でポリシー無視している気もするが。

「ま、たまには本気の戦いってのも良いか」

 口元に浮かぶ笑みを隠し、表情を引き締めると鎌を構えた。

 

***

 

━━来るで御座るな!!

 敵の雰囲気が変わった。

先程まで自分と相対している死神は本気の中、ある程度の余裕を持っていたがそれが変わった。

 不純物の無い、純粋な本気。

獲物の命をその大鎌で刈り取ろうという死神そのものだ。

 敵が一歩踏み込む。

「!!」

 危険を察知し、横に跳躍すると地面を光の皹が走った。

「これは最初の技で御座るか!」

 皹から霊魂型の流体が噴出し、眩い光があたりを包む。

だがそれだけではなかった。

 二つ目の皹が来たのだ。

皹はこちらの跳躍先に向かっており、このままでは皹の上に着地する。

 それを回避するため蜻蛉スペアを地面に向けると伸ばし、石突が地面を突いた衝撃を利用してブレーキをかけた。

 一つ目の皹と二つ目の皹の間に着地すると周囲の異常さに気がつく。

 敵が放った皹は全部で六つ。

自分を中心に六方に放たれた皹は霊魂を噴出し、周辺を霊魂で埋め尽くしていた。

「これは…………」

「鳥篭さ。戦場を自由に駆け回る鳥を捕まえる為のあんた専用の篭。

さあ! 武蔵副長、この状況、どう打開する!?」

 

***

 

「よし、止血したし足もふらつかない」

 路地の中、比那名居天子は一回軽くジャンプし自分の状態を確認する。

眼鏡からの連絡で狙撃兵が撤退した事は聞いた。

だが依然として数の不利はあり、状況は芳しくない。

 敵も此方が傷を癒している内に態勢を立て直したらしく軽症を負った男が応急治療を終え、ライフルを失った男がハルバードを持った男から予備の直剣を受け取っていた。

━━能力をフルに使えればいくらでも打開できるんだけどね……。

 航空艦の上では自分の大地を操る能力は使えず、緋想の剣頼みだ。

「遠距離戦できるのが一人、残り二人は接近戦用装備か」

 ならばまずはライフル持ちを狙う。

交戦中に援護射撃を受けるのは避けたい。

 慎重に路地から大通りの様子を窺い敵の位置を確認する。

敵は三角形に陣を組み、ライフルを持った男が後ろ残り二人が正面だ。

 路地に置いてあった桶を掴むと飛び出す。

 まずは桶を投げつける。

此方の奇襲を警戒していた敵は直ぐに直剣で桶を払うが予想済みだ。

今はその僅かな隙が重要となる。

 敵二人の間合いに飛び込むとハルバードを持った傭兵が横薙ぎにしてくるが体を限界まで低くし、ハルバードの下を潜り抜ける。

 直剣の傭兵も剣を振り下ろすが直前の桶を払った動作が会った為、刃が下に振り下ろされる頃には二人の間をすり抜けていた。

 ライフルの男が後退しながら此方に射撃を行うが“気符「無想無念の境地」”を展開し、銃弾を正面から受けながら追撃する。

━━頭と心の臓さえ無事なら!!

 敵は射撃が無意味と悟るとナイフに持ち替えようとするがもう遅い!

渾身の斬撃を敵の右肩に叩き込み、緋想の剣が肩の装甲を砕き肩の骨の真ん中まで至る。

「が」という鈍い叫びをあげ傭兵が倒れると剣を引き抜き振り返る。

「次!!」

 敵は既に突撃を仕掛けており直剣を持った傭兵が剣を突き出してきた。

 それに対し緋想の剣の石突で直剣の刃を叩き、逸らすと傭兵の腹部へ膝蹴りを入れた。

衝撃で体勢を崩す傭兵の横を抜け、残りの一人目掛け駆け出す。

 傭兵がハルバードを突き出すのと同時に跳躍しハルバードの刃の上に乗る。

そして再度の跳躍。

 相手の背後を取ろうとした瞬間横から何かが体あたりをしてきた。

━━……なに!?

 地面を転がるように落ち、直ぐに立ち上がるとハルバードの傭兵の後ろには鎧を纏った犬型軍用魔獣が居た。

 そして背後からの気配。

それに振り返ればそこには二匹の犬型軍用魔獣と一人の傭兵が回りこんでいた。

━━このタイミングで援軍!?

「随分と好き勝手やってくれたな! 小娘!!」

 傭兵がライフルを構えると魔獣たちが飛び掛った。

 そして此方に牙を突き立てようとした瞬間、背後の二匹が吹き飛ぶ。

 近くの家屋の壁に叩きつけられた魔獣は悲鳴を上げ、地面に落ちる。

「…………シロ?」

 自分の目の前には見慣れた白い犬がいた。

犬は此方に一瞥すると天に向かって大きく咆哮する。

その直後、犬の周りに流体が集まり、爆ぜた。

 全身を威圧するような、それでいて全てを慈しむ光。

それが晴れ、目を開けるとそこには一匹の“オオカミ”が存在した。

 眩い白い体毛に隈取のような赤い線を入れた“オオカミ”は此方に振り向くともう一度大きく咆哮を上げた。



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~第十六章・『船渡りの大神』 実は凄いんです (配点:アマテラス)~

 

「なによ……この神力……」

 狙撃兵ガレスを撃退した後、上空で偵察を行っていたはたては武蔵野で生じた流体の爆発を見た。

 今は流体の光が収まり元に戻っているが武蔵野からははっきりとした圧迫感を感じる。

この圧迫感は神々が放つ神力であり、自分が知っている中でも相当上位のものだ。

━━武蔵にこれ程までの神格を持つ神が居るなんて聞いてないわ!

 もしこの神格の所持者が徳川所属ならば真田や武田にとって大きな障害となる。

情報を集めようと思った瞬間、胸ポケットのイッスンが頭の上に乗った。

「ようやく見つけたぜ! はたてのネーちゃん、さっきの光のところに言ってくれ。そこにアマ公が居る」

 イッスンの言葉に頷きかけたが、ふと引っかかった。

━━あの神力の所に居る?

「ちょっと待って、あんたの探してるアマ公ってもしかして……」

「おう! オイラの相棒はアマ公ことアマテラスオオカミの事だィ!!」

 

***

 

・未熟者:『アマテラスオオカミだって!?』

・賢姉様:『知っているの、眼鏡!』

・未熟者:『天照大神は太陽を神格化した神で極東つまり神代の時代の日本民族の総氏神とされているんだ。皇室の祖神で、その事を説明すると長くなるけど聞きたい? 聞きたいよね! じゃあ……』

・俺  :『ともかくすげー神様って事だな!』

・ホラ子:『おや、トーリ様にしては分かりやすい説明を』

・あさま:『うちが奉っている木花咲耶姫も天照大神の孫である瓊瓊杵尊の妻ですから天照系列の神って事ですね。

というか神道においては天照大神は頂点となる存在です。

伊勢神宮の内宮、つまり皇大神宮や天岩戸神社で奉られていますね』

・未熟者:『…………』

 慈母・アマテラス……? シロが……?

にわかには信じられないことだが目の前でシロが圧倒的な神力を放っていることは事実だ。

あれ? つまり私、天照大神に餌付けしてたの……?

 なんだか物凄い事をしてしまったような気がするが、もう過去の事だ。

うん、気にしない。

・貧従師:『あれ? 私アマテラスさんにお手とか伏せとかあまつさえちんちんとかさせてましたけど……やばくないですか?』

・あさま:『はい、さっき上の方に聞いた結果「まあ知らなかったみたいだし」「天照様楽しんでたし」「というか厳密にはうちの神とは違うし」という事で無罪っぽいですよ。よかったですねー』

・貧従師:『ちなみに有罪だった場合は……』

・あさま:『三日間ナメクジが頭の上に振ってきて、毎朝背筋違えて、寝る前に箪笥に必ず小指をぶつける罰ですけど……?』

 あ、危なかった!!

なんかもう罰の内容が神道関係ないような気がするが危うく悲惨な目にあうところだった。

 アマテラスが此方の傍に寄ると魔獣を睨みつける。

戦闘用魔獣たちは最初の神力に当てられ戦意を喪失しており後ずさる。

「ど、どうした!? 相手は犬一匹だぞ!!」

魔獣を引き連れていた男が激を入れると一匹の魔獣がアマテラス目掛けて飛び出した。

兜と合一したブレードを振るいアマテラスの胴を薙ごうとするがアマテラスは上方へ跳躍した。

空中で一回転をすると背中に剣を召喚し、下方。

 魔獣の背中に叩きつける。

魔獣は地面に叩きつけられるとバウンドし、空中に浮く。

そこに後ろ足で蹴りを入れ、魔獣を吹き飛ばした。

 その一連の動作後、状況は一気に動き出した。

まず動いたのは残りの戦闘用魔獣だ。

 空中に浮いているアマテラスの下方に入り込み敵の腹部に刃をぶつけようとするがアマテラスは空中で回転すると背中を敵側に向け、鏡を召喚した。

 刃と鏡が激突し、甲高い金属音が鳴り響く。

 戦闘用魔獣は攻撃に失敗した事を悟るとそのままアマテラスの下方を駆け抜け此方目掛けて突撃してきた。

それに合わせ背後のショックハルバードを持った傭兵も動き出す。

 挟み撃ちの状況。

まず対処すべきは足の速い戦闘用魔獣だ。

戦闘用魔獣はアマテラスへの攻撃をした体勢のまま突撃を行っているため低姿勢であった。

それを飛び越えるように前に跳躍し、上空でのすれ違い際に緋想の剣を上部の装甲に叩き込む。

 衝撃を受けた戦闘用魔獣は地面を滑る様に吹き飛び、反対側の傭兵の足を遅らせる。

着地の際一瞬だけアマテラスの方を確認するとアマテラスは復帰したもう一体の戦闘用魔獣と交戦していた。

━━もう一人は!?

 大通りには戦闘用魔獣を引き連れていた傭兵の姿は無い。

この大通りで姿を隠せるとは思えない。

ならば敵のいる場所は……。

「アマテラス!! 路地よ!!」

その声と同時にアマテラスの後方の路地から傭兵が現れる。

傭兵はライフルを構え、白い体躯を狙う。

そして引き金が引かれ……。

「アマ公!! あぶねェ!!」

空から少女が降って来た。

 

***

 

急降下したせいで体の節々が痛む。

だがその甲斐あってギリギリ間に合った。

 右手で傭兵の胸元に掌底を放ち、左手に持っていたイッスンをアマテラスの方に投げた。

それをアマテラスがイッスンを口でキャッチし頭の上に乗せるのを確認すると、状況の把握を行う。

敵は傭兵が二人と戦闘用魔獣が二体。

 戦闘用魔獣の内一体はアマテラスと対峙、もう一体はハルバードを持った傭兵と合流。

数で不利なのは天人側。

ならば戦場の中央にいる自分が出来る事は一つ。

「……こいつをぶっ飛ばしてあの天人に合流!」

 そう判断すると同時に動いた。

掌底を受けよろめく敵の頭部目掛けての回し蹴り。

跳躍し、空中で一回転してからの蹴りだが体勢を立て直した傭兵は此方の足を掴んだ。

「レディの足に触らないでくれる…………!!」

 翼を開き、相手の目に当てると敵は苦悶の声をあげ手を離した。

足が自由になると同時に後方への跳躍、そして続けての突進。

 それに対して傭兵は視界を奪われた状態で前方に拳を放った。

その拳の下を潜り抜けるように駆け、敵前でサマーソルトキックを放つ。

傭兵の顎に靴の先端が当たり衝撃を受け、傭兵は仰け反りながら上方へ吹き飛んだ。

そして近くの木箱の上に落ち砕きながら沈んだ。

 それを見届けると今度は前方を見る。

そこでは天人が戦闘用魔獣と傭兵に挟まれながら戦っており手間取っているようだ。

「……次!」

 

***

 

「おっしゃァ!! 行くぜアマ公! オイラ達の力見せてやろうぜェ!!」

 アマテラスの頭にしがみ付きそう叫ぶとアマテラスは嬉しそうに一回「ワン」と鳴いた。

敵は一匹。

数々の戦いを潜り抜けてきた自分達にとっては恐れるに足りない相手だ。

アマテラスが能力の大半を失った現状でも苦戦する相手ではない。

それに。

「オイラが手伝ってやらァ!!」

 その声と共に二柱が行った。

白い大神は放たれた矢のように魔獣に向かう。

 それを恐れた魔獣は後方へ逃れようとするが突如後方から突風が吹いた。

「!?」

 体を突風に押され後方に跳躍するどころかアマテラス側に引き寄せられる。

逃れられないと悟った魔獣はアマテラスに飛びかかろうとするがアマテラスは背中に勾玉を召喚し光弾を放つ。

 全身に光弾を受け装甲が砕ける。

アマテラスは攻撃の手を止めず幾つもの勾玉を繋げた鞭で魔獣の体を引き寄せると頭突きを入れた。

 そしてくの字になる敵の背後に回りこみ背中への後ろ蹴りを放ち魔獣を家屋の壁に叩きつけた。

 壁に叩きつけられた魔獣は舌を出し気を失った。

「よし! 一丁上がりだなァ! アマ公!!」

 そう言うとアマテラスは体を伸ばし、天に向けて遠吠えをした。

 

***

 

後方から回り込んでくる魔獣に対して後ろ蹴りを放つとその姿勢のまま正面から振り下ろされたショックハルバードを受け止めた。

しかし片足状態であったため重量のあるハルバードを受け止めきれず後方へ押し飛ばされる。

━━これだから力馬鹿は…………!!

 比較的軽量級の自分では重装備を相手に正面からぶつかるのは不利だ。

なんとかして此方が有利になるように立ち回りたいがそれを魔獣が遮って来る。

 押し飛ばされ崩れた体勢を立て直すと同時に傭兵のほうへ跳躍するが、そこへ再び魔獣が飛び掛って来た。

それを空中で迎撃しようと構えるが飛び掛った魔獣は先程空から来た天狗の飛び蹴りを喰らい吹き飛ぶ。

 天狗は此方に目で“行け”と言い、それに頷きを返す。

魔獣からの妨害が無くなった今が好機。

 傭兵に跳躍からの上段切りを喰らわせるが敵はそれをハルバードの柄で受けた。

そのまま的の左斜めに着地し回り込もうとするが敵は横薙ぎを行った。

その攻撃を回避するために体を屈めてからの回し蹴り。

「!!」

 敵は体を捻らせた状態で強引に回避のための跳躍を行うが無防備な体勢となった。

ここが好機!!

「天気「緋想天捉」!!」

 自身の内燃排気を流体弾に変化し放ち、空中にいる傭兵はそれを避ける事が出来ず全身に受け装甲を砕きながら吹き飛んだ。

敵が空高く吹き飛び遠くに墜落するのを見ると天子は残りの敵を確認する。

既に残りの敵は撤退しており大通りには自分達だけであった。

 ひとまず終わったわね……。

そっと肩の力を抜き振り返れば天狗とアマテラスと一寸法師というよく分からない組み合わせが此方を見ている。

「……で? これ、どういう事?」

 そう言うと天狗はそっぽを向きアマテラスは眠そうに欠伸をした。

 

***

 

 右舷二番艦・“多摩”から中央前艦・“武蔵野”へ続く大通り。

そこを忍者と英国王女が駆けていた。

 すでに武蔵各艦で降下した傭兵団の撤退が始まっており部隊回収のための飛空挺が降下を開始していた。

未だに激しい戦闘が行われているのは<<赤い星座>>の主力が降下した武蔵野でありその援護の為に向かうことになった。

━━しかし思った以上の被害を受けたで御座るな……。

 走りながら“多摩”の被害状況を確認していたが各所で火災が発生し倒壊した家屋も多くある。

 徳川━━武蔵にとって初の最新兵器を所有した敵との交戦だが戦い方を見直すべきかもしれない。

六護式仏蘭西は他国に先んじて飛空挺や導力戦車の戦場への投入を始めていると聞く。

徳川が天下統一を目指すなら何れは彼らともぶつかる。

それまでには対策を考えなければ。

「点蔵様、徳川も最新の武器を得ることは可能なんですか?」

 後ろを走っていたメアリも同じ事を考えていたようで横目で“多摩”の被害を見ながら思案顔であった。

「……少々難しいで御座るな。今回の傭兵団が所有している武器は何れも西側で開発されたもので御座る。

ライフルやバズーカといった物は此方でも製造可能で御座るが最新型の飛空挺や導力戦車などは徳川には製造技術が無いため無理で御座る」

「では、西側の企業に頼むというのは?」

「それも難しいで御座ろうなぁ……。

西側の企業は聖連との繋がりが非常に深いで御座る。中立の出雲・クロスベルも中立故に現在の危うい世界情勢では下手に武器を売る事は出来ないで御座る」

 もし出雲・クロスベルが徳川や関東諸国に武器を売れば六護式仏蘭西やT.P.A.Italiaの介入を受ける危険が増える。

 立地的に大国に囲まれた出雲・クロスベルは西側の火種になりかねないのだ。

だからこそ経済面で他国を牽制しながら中立を保っている。

「…………ともかく、まずはこの戦いを切り抜けて勝つことが重要で御座るよ」

「Jud.」と頷くメアリに頷き返すと武蔵野への牽引帯が見えてきた。

 ここからでも武蔵野艦橋から上がる黒煙がはっきりと見える。

━━ミトツダイラ殿、きっとテンション上がってるで御座ろうなぁ……。

そう思いながら点蔵とメアリは牽引帯に飛び移った。

 

***

 

 ガレスへ目掛けて突撃を仕掛けたネイトは一つの動きを見た。

敵は手に持っていた大剣を此方に目掛けて投げつけてきたのだ。

━━回避は間に合いませんのよ!!

 投げつけられた大剣を弾く為殴りつけ吹き飛ばすがその大剣の裏からガレスが現れた。

「!!」

 不意のショルダータックルを避けられず吹き飛ばされると地面を転がった。

衝撃と地面を転がったせいで視点が揺れるが上方に危険を感じ直ぐに横へ飛び込むように回避する。

 その直後先程まで自分が倒れていたところに獅子の腕が振り下ろされ地面の木板が砕かれる。

ガレスはその間に大剣を回収し此方を挟みこむように動く。

━━挟まれては不利ですわね!

 獅子が突撃を仕掛けてくるのに合わせ此方も獅子目掛けて駆け出す。

そして敵が体当たりを行う瞬間にスライディングで獅子の下を抜ける。

 ガレスは直ぐに腰の投擲用のナイフを引き抜き投げつけるがスライディングの体勢で銀鎖を地面に向けて放つ。

 地面に突き刺さった銀鎖は体を空中へ持ち上げ一気に跳躍を行った。

着地先は艦橋右側の道。

そこに降りようと道を見れば第一特務と英国王女が向かってきているのが見える。

 また下方では獅子が此方の着地地点目掛けて駆けている。

━━良いタイミングですわ!!

 第一特務の背後に着地し体を捻る。

「頼みましたわよ!! 第一特務!!」

「……ちょぉ!?」

 忍者目掛けて渾身の回し蹴りを行った。

 

***

 

「……何だと!?」

 武蔵の騎士が行った行動に思わず足を止めてしまった。

最初騎士は援軍に現れた忍者に合流したのだと思った。

しかし騎士は味方である忍者に回し蹴りを放ったのだ。

忍者が吹き飛び、宙に浮く。

 乱心したとしか思えないその行為に理解が追いつかない。

忍者は吹き飛びながら上着を脱ぎ体を広げ……。

━━まさか……!?

 予感は的中した。

なんと忍者は向かってきていた獅子の顔に飛びついた。

上着を顔に覆い結ぶとそのまま下に回りこみ獅子の背後に出た。

そしてそこから立ち上がり背中に飛び乗ると装甲の隙間に短刀を突き刺し背中に張り付く。

 いつ指示を出した!?

騎士と忍者が合流したのは一瞬だ。

合図なども無く忍者は蹴り飛ばされた後獅子の視界を奪ったのだ。

━━こいつら、その場の空気を読んで動いてやがるのか……!!

 互いを信頼しているからこそ出来る連携。

「クソ!!」

 身の危険を感じ騎士の方を見るがそこには金髪の少女のみであり、彼女は此方に微笑むと手を振った。

━━は?

 待て! 騎士は何処に行った!?

 視界の下方に映る銀の光。

それは体を極限まで低くした状態で駆ける武蔵の騎士であった。

護衛の犬型戦闘用魔獣の間を抜け銀狼が迫る。

大剣を振り下ろすが間に合わない。

「AGRRRRRRRRRRRRRRR!!」

 拳が放たれ胸を穿った。

 激痛と衝撃が全身を走りぬけ、体が吹き飛ぶ。

そして次の瞬間には壁に叩きつけられていた。

 

***

 

『あいたたたたたたたたたた! あいたぁーーーー!!』

全身に銃弾を浴びその都度装甲に響く金属音のせいで耳が変になりそうだが、こうして此処で仁王立ちすることによって敵を食い止めることに成功していた。

━━でも流石にきつくなって来ましたよー……。

 ライフルだけならばいいがたまにバズーカの弾頭が飛んでくるのが問題だ。

流石に何度も喰らえば装甲が凹むし、何よりも五月蝿い。

『あいたぁーーー!!』

 もはや何度目か分からないバズーカによる攻撃を胸部に喰らい叫ぶ。

 が、我慢です!!

 これが終わったらお菓子食べよう。鈴さんを連れるのも良いですねー。

と現実逃避をしていると敵の攻撃の手が止まった事に気がつく。

━━あ、あれ? もしかして弾切れですか?

 自分の背後に隠れていた兵士達も突然の静寂に首を傾げ様子を窺っている。

「敵、撤退を開始しました」

 その声に後ろを振り返ると長銃を持った“曳馬”が立っていた。

彼女は三つの長銃を二律空間に収納すると先程まで敵が居た角のほうに向かう。

それに釣られ前に出ると通路には既に敵の姿は無かった。

『あのぉー? とりあえず何とかなったという事でしょうか?』

「Jud.、 既に敵の大半が撤退。<<赤い星座>>の突入部隊も撤退した以上、我々の勝利は間近だと判断できます」

「後は」と“曳馬”は此方の方を向く。

「艦橋前次第かと……」

 

***

 

「背中に張り付いたは良いけど、その後の事考えて無かったで御座るよぉー!!」

 獅子の背中に抱きつきロデオのようになっている状態でそう叫んだ。

獅子は此方を振り落とそうと壁に激突したり跳躍したりしており、その都度振り落とされそうになる。

━━ミトツダイラ殿! いきなりは酷いで御座るよ! いきなりは!!

 危うく死に掛けた。

いや現在進行形で危ないのだが。

 ともかく艦橋前から遠ざけなければ。

そう思った瞬間、獅子が跳躍した。

振り落とされないように抱きつくが視点が反転する。

━━これは!!

 獅子は空中で体を捻り背を地面に向けたのだ。

此方を叩き潰すための捨て身技。

 急ぎ短刀を獅子の体から引き抜き背を蹴って離れる。

獅子は背中から地面に落ち、自分も地面を転がる。

地面を転がりながら直ぐに立ち上がると獅子もその巨体を起き上がらせ、此方とは別の方向に駆け出した。

 獅子が向かった方向は自分達が来た方でありそっちにはメアリが居る。

「メアリ殿!!」

 しかしメアリは此方に微笑み手を振ると獅子の前に立つ。

━━…………どうする気で御座るか?

 メアリは向かってくる獅子を迎撃する訳でもなく立ち止まる。

そして獅子の双眸を見つめた。

 メアリ殿ならば大丈夫であろうが念のためいつでも動けるようにしていると獅子が彼女の前で停止した。

「グォォォォォォォォォォォ!!」

 彼女の前で体を大きく見せ、咆哮を上げる。

だがメアリに動じた様子は無く寧ろ獅子に対して微笑んだ。

「……いけませんよ? そう自暴自棄になっては」

「…………」

 威勢を挫かれた獅子は彼女から一歩下がる。

それに合わせてメアリは一歩前へ。

「悲しみに暮れて相手を傷つけてしまっては自身を更に傷つけてしまいます」

 一歩下がり、一歩前に出る。

「獅子としての誇りがあるからこそ自分の弱さを見せられないのですね……」

更に一歩下がる。

「ですがそれが本当に貴方が望むことですか? 爪を振り下ろしてしまってからでは取り返しがつきませんが今からならいくらでも挽回できます。

私は応援していますよ」

 メアリが獅子の額に触れるとついに獅子は膝を屈した。

それに寄り添うようにメアリが座ると優しく頭を撫で始めた。

 

***

 

・● 画:『え? 獅子×ミトツダイラって英国王女公認?』

・魚雷娘:『これは、三角関係……なんでしょうか?』

・金マル:『獅子×ミトッつぁん×総長ってどうなのかなー?』

・天人様:『獅子ですら春が来ているというのに家の竜宮の使いは……』

・魚雷娘:『総領娘様? 今そちらに向かいますね? あ、逃げても無駄ですよ。しっかり位置情報見えてますから』

 

***

 

━━うーむ。メアリ殿、魔獣まで手懐けるとは。流石に御座る!

 そう頷いているとメアリが立ち上がり此方に寄って来た。

それに少し遅れ獅子も立ち上がる。

「終わったので御座るか……?」

「Jud.、 『漢を磨いて出直してくる』だそうです」

 獅子は此方に頭を下げるような動作をすると大通りに消えて行く。

━━いや、出直すってまた来る気で御座るか……。

 ミトツダイラ殿も大変で御座るなー。と思っていると武蔵野の船首の方から赤い煙弾が上がった。

それとほぼ同時に武蔵野艦橋から傭兵団が出てくる。

「どうやら決着がついたようで御座るな。メアリ殿、ミトツダイラ殿と合流するで御座るよ」

 そう言うとメアリと共にミトツダイラの所に向かった。

 

***

 

 煙弾が作る赤い柱を横目で見ながらミトツダイラは敵を見た。

 渾身の一撃を喰らわし敵を壁に叩き付けたがこの傭兵は未だに立ち上がっていた。

否、立ち上がっているのでは無く大剣を地面に刺し寄りかかっているのだ。

 最早戦闘を続行できる状態では無いのに関わらずこの敵は未だに闘志を身に纏っている。

━━見事な意地ですわ。

 最強の傭兵団<<赤い星座>>としての誇りが彼を立たせているのだ。

「……決着は着きましたのよ」

「…………そのようだな」

 ガレスは煙弾の方を見ると頷いた。

武蔵野艦橋の方を見れば傭兵たちが駆け寄ってきており更にその背後からアデーレの機動殻も来ている。

「負け惜しみに聞えるかもしれねぇが、次は勝つ。

今回の件でお前たちは<<赤い星座>>の名に泥を塗った。次は隊長たちが来るぞ」

「ええ、いくらでも受けて立ちますわ」

 そう胸を張って言うとガレスは笑った。

「お前らがこのまま進むなら近い内にまた来るぜ。その時を楽しみにしてな」

そういってガレスは破顔した。

 

***

 

 撤収するガレスたちを見送るとアデーレと第一特務たちと合流した。

「随分とやられましたわね。アデーレ」

『あー、そうですね。この戦いが終わったら修理に出さなきゃいけませんね』

そう言ってアデーレは凹んだ装甲を触った。

「これで敵の上陸作戦は破ったわけで御座るな」

「Jud.、 まだ一部が残ってますけど問題にならない程度ですわ。後は北畠艦隊を叩くだけ……」

『“武蔵”より皆様へ、後方の敵艦が前進を開始。前方の北畠艦隊と合流する模様です━━以上』

 “武蔵”からの通神を受け四人は顔を見合わせると頷いた。

「さあ、大詰めですのよ……」

 

 



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~第十七章・『緋想の担い手』 さあ、やってやりましょうか! (配点:大一番)~

「武蔵より赤い煙弾を確認!! 大将、作戦は失敗したようです!!」

 日本丸一番艦の艦橋で報告を受けた九鬼嘉隆は大きく溜息をつくと顎鬚を摩った。

<<赤い星座>>の奇襲作戦が失敗した以上、最早北畠家に武蔵を撃沈する手段は無い。

 残った策は一つだけ……最終手段として残したものがあるが……。

「全速前進!! 武蔵左舷側を抜けて前方の本隊と合流するぞ!!」

 二番艦にも連絡を入れ武蔵を追い越すように鉄鋼船を進ませる。

そして武蔵の左舷中程までに達した瞬間、船体に大きな衝撃が走った。

「どうした!! 何があった!?」

「左舷後部に被弾!! 表面装甲が破損!! ですが貫通はされてませんぜ!!」

 被害報告を映し出す表示枠と共に射撃地点の望遠映像が映し出される。

そこには武蔵の巫女が武蔵野艦橋上で弓を構えている姿が映し出されており、彼女は二度目の射撃準備を行っていた。

「後部に障壁展開!! 直ぐに此処を離れろ!!」

 幸い二度目の射撃が行われる前に離脱が出来、これ以上の損害を受けずに済んだ。

━━まだ沈む訳にはいかねぇからなぁ……!!

 前方の北畠艦隊を見ながらそう頷いた。

 

***

 

━━ここまでか……!!

 北畠艦隊の旗艦で指揮を取っていた北畠具教は敗北を悟った。

既に北畠艦隊の半数が撃沈及び航行不能となっておりこの旗艦も損傷甚大であった。

 此方に止めを刺すため徳川本隊も動き始め万が一も勝ち目は無い。

「日本丸一番艦及び二番艦、艦隊の前方に着きました!!」

前方では二隻の鉄鋼船が旋回し船首を武蔵側に向けており未だ交戦意志が有る事を示している。

━━だが、今さらどう挽回できる?

 残った戦力で自分が出来る事。

北畠の為になる事。

それは……。

「全艦に告ぐ、これより武蔵に対して最後の突撃を敢行する!

最早これは勝利の為の攻撃ではない。ただ己の意地を示すための突撃だ。

よって現時点をもって撤退を許可する!」

 艦橋が静まり返り、皆が此方を見る。

「お前たちも退艦を許可する。ここで残るも、私と共に散るも自由だ」

 そう言うと暫く乗組員達は困惑した表情を浮かべた。

しかし一人、また一人と頷き口元に笑みを浮かべる。

「侮ってもらっちゃ困りますぜ、俺たち殿と運命を共にするつもりでさぁ!」

「ええ! 徳川に一泡吹かせてやりましょう!!」

 男達は鬨をあげ始め、それは全ての艦に伝達した。

熱くなる目頭を押さえ、俯く。

何と、何と満ち足りた事か! この世に再び生を受けて以来、北畠家を守る一心で戦い。時には屈辱に塗れながら大国に頭を下げた。

だが、これぞ戦! これぞ武士の喜び! 

今ならば言える。再び生を受け良かったと!!

「相分かった! 皆逝こうぞ!! 全艦とつ……」

『少し待たんか!!』

 表示枠に父・晴具が現れた。

 

***

 

『ち、父上?』

 表示枠越しに肩透かしを食らった息子の気の抜ける表情を見て口元が緩む。

「馬鹿者が! 貴様等が突撃したら誰が後の北畠家を守る!! もっと先の事を考えんか!!」

 怒鳴られ一瞬肩を竦める具教であったが彼は直ぐに姿勢を正す。

『ではこのまま降伏しろと!? そう仰るのですか!?』

「無論、このまま降伏する訳にはいかん。それは北畠家の誇りを地に落す事になる」

『では……!』と身を乗り出す息子を片手で制すると彼と視線を合わせる。

「……死ぬのは儂だけで良い。若人に道を切り開くのは老人の仕事よ」

 固まる息子に微笑みかけると力強く拳を振り上げた。

「聞け、北畠の武士よ!! 我が命、我が死を持ってこの戦いの決着とせよ!!

そして後の事。北畠の未来を切り開け!!

それこそが次代への戦よ!!」

 『父上!! 私は……!!』

「我が勝手、許せ具教よ。そして後の事を頼んだ」

 そう言うと通神を切る。

 目を閉じ、大きく息を吸うと艦橋に居る乗組員を見た。

「では退艦命令を出せ」

 

***

 

 通神兵が艦に退艦を命令を出している姿を見ていると表示枠に九鬼嘉隆が映った。

「済まんのぅ。付き合わせてしまって」

『なに、乗りかかった船ってやつでさぁ。それにこっちはギリギリで退艦しますけど━━いいんですかい?』

「元々北畠の抗戦派を焚きつけたのは儂だ。その落とし前は着けねばならん。

それに具教は北畠家にとって必要な男だ。ここで死なせるわけにはいかん」

『北畠の旦那は今頃怒ってるでしょうなぁ』

 そう嘉隆が笑うとそれに釣られて笑う。

「息子の事、頼んだぞ」

 此方の言葉に頷く嘉隆を見ると前方の武蔵を見た。

「さて、若造どもにちょっと挨拶するとしようか」

 

***

 

 武蔵野艦橋では戦いの大詰めのため副王二人に書記、葵姉に浅間と本多・正純が集まっていた。

 ネシンバラは表示枠を開きながら一同を見渡し「さて」と一言言う。

「みんな、良くやってくれたね。北畠の策を正面から打ち破り、いよいよ戦いも大詰めだ。

降下してきた傭兵団は殆どが撤退。取り残されたものは此方に降伏しまだ一部が浅草や品川で抗戦しているけど問題ないだろう」

「では戦う力が残っていない北畠家は降伏するのでは無いでしょうか?」

 ホライゾンの疑問に答えたのは葵姉だ。

「フフ、ホライゾン敵は意地を見せるために戦っているのよ? 私達は敵の“策”は破ったけど“意地”は破っていない……分かるわね?」

「成程、つまりこれから敵は『ヒャッハー、カミカゼだー』といい感じのテンションで突っ込んでくるんですね」

 いやー、確かにそうなんだがもうちょっとどうにかならないのか? その表現?

と思っているとホライゾンは此方を見た。

「正純様、ホライゾンは必要以上の喪失を求めません。ですので正純様の交渉で……あっ」

「おい! 『あっ』ってなんだ!! 何で目を逸らす!?」

・金マル:『いやー、セージュンが交渉したら恭順派も突撃してきそうだよねー』

・● 画:『この際、北畠家滅ぼすか!』

・大狸様:『いやいや、流石にそれは困るなぁ。一応わし、本領安堵って言っちゃったから』

 何でさらっと家康公まで混じってるんだぁ━━━━━!?

大変不名誉な印象が徳川家にまで伝播している気がする!!

・副会長:『そこまで言うなら北畠家と交渉してやる! なんだったらついでに織田とも交渉するぞ!!』

・“約”全員:『やめて━━!!』

『“武蔵野”より皆様へ敵鉄鋼船から小型艇が離脱。退艦作業と思われます━━以上』

 退艦作業? 鉄鋼船が?

「ネシンバラ……」

「ああ、妙だ……。鉄鋼船は退艦が必要なほど損害を受けていない。これから突撃を仕掛けるなら攻撃の主軸である鉄鋼船を廃棄するのはおかしい。

何か別の策が……?」

『敵艦より通神。開きます━━以上』

 艦橋正面に大型表示枠が開き、老人が映った。

彼は此方を見ると頷く。

『儂は北畠家臣、北畠晴具だ。そちらの総長と話したい』

 北畠晴具!? 当主、北畠具教の父親か!!

 一体何が目的なのか……。

馬鹿に目配りすると彼は頷き一歩前に出た。

「なんだよ爺さん? 俺に何かようか?」

『お前さんが噂の葵・トーリか。…………今日は脱いでないんじゃな』

・あさま:『トーリ君の全裸、国内外に知れ渡っているんですね……』

・銀 狼:『というか晴具公、なんで若干残念そうですの……?』

「おいおい爺さん俺を全裸だけの男と思っちゃいけねぇぜ! なんたって女装もできるからな!! 今すぐ見せてやろうか…………ぁ!」

 馬鹿が後ろからホライゾンに殴られ倒れた。

晴具はその様子に呆気を取られていたが直ぐに笑った。

『いや、失礼。こんなうつけに負けたのかと思うと笑いが止まらんよ』

 いや、本当になんか申し訳ない。

そう思い頭を下げていると馬鹿がその場で胡坐をかいた。

「で? どうすんよ? まだ納得ができてねぇーんだろ? まだやっか?」

「おい、葵……」

 と一歩前に出ると胡坐をかいた全裸は此方を手で制した。そして目で“任せとけ”と言ってくるので下がるしかない。

『いや、息子には戦いを終える様に言った』

 ……何?

書記と目を合わせ、彼も少し戸惑ったように頷いた。

『━━━━だが北畠家の戦いは終わってない』

「はて? 当主である北畠具教様に戦いを終える様に命じて戦いが終わってないというのはどういう事でしょうか?」

 ホライゾンが首を傾げながらそう言うと晴具は静かに頷いた。

『徹底抗戦を唱える者たちは何らかの“結果”を得なければ納得しないだろう。

この場合その“納得”とは“完全敗北”だ。

だが北畠家のためにここで彼らを失うわけにはいかん。

故に儂が皆の“納得”となる。それがこの戦いの終わりだ』

━━待て! それはつまり……。

「そっか……じゃあ仕方ねぇ! 来いよ爺さん。俺たちは逃げも隠れもしねぇ。

北畠家が納得を必要とするなら俺たちが与えてやる!」

 そう言いトーリは自分の胸を叩く。

『…………忝い』

 そう言って晴具は通神を切った。

「よろしいのですか? トーリ様?」

「ん? ああ、だけど別に死ぬ事だけが“納得”じゃないだろ? ホライゾン」

「━━Jud.、 敵に完全に敗北させればいいという事でしたら別に敵の思う通りにしなければいけない訳ではありませんね。

敵が完全敗北を望むのであれば此方は完全勝利をするだけです」

「そう言うことだ」

とトーリが頷くと彼はみんなの前に立った。

「よし、それじゃあ今から敵が突っ込んでくるけどどうするか決めんぞ。

ネシンバラ、何とかできねーか?」

「やれやれ、無理難題を押し付けてくれるね」と書記は言うが直ぐに口元に笑みを浮かべる。

「敵に強烈な敗北を与えるなら鉄鋼船を二隻同時に沈める必要が有る。その為の策はあるけど問題はその策を実行するための火力が無い事だ。

一隻は武神隊に任せるけどもう一隻は…………」

『もう一隻は私が何とかするわ』

と言ったのは表示枠に映る比那名居天子だ。

「出来るかい?」とネシンバラが言うと彼女は「任せなさい」と力強く頷いた。

『鉄鋼船並列して前進を開始。敵艦はそれぞれ“品川”と“浅草”に激突するコースです━━以上』

 “武蔵”の報告を受け誰もが頷きあう。

「さあ、皆! 完全勝利、手に入れるよ!」

「「Jud!!」」

 

 

***

 

 “品川”の積載地区で爆発が生じた。

爆発は連鎖を起こし、閃光は大蛇のように伸びる。

 その閃光の中から本多・二代は飛び出した。

後方の通路への着地を行おうとするが通路に人魂が現れ着地地点で彼女を待ち構える。

「伸びろ! 蜻蛉スペア!!」

 蜻蛉スペアを伸ばし地面に突き立てると柄に体重をかけ空中で落下の向きを変えた。

蜻蛉スペアを中心として回転するように移動し飛ぶ。

 着地をし、構えるが直ぐに危険を感じ蜻蛉スペアの柄を前に出す。

その直後、鉄の刃が柄を打った。

槍と鎌の押し合いとなり互いに顔を近づける。

「最早大勢は決した様で御座るが……!」

「そうみたいだねぇ!!」

 互いに弾かれあい、距離を取る。

「だけど面子ってもんがあるのさ! ここで引いたらあたいは恩を返せなくなる!」

 背後で突如爆発が生じ体が前方に吹き飛ばされる。

━━人魂の檻とは厄介な……!!

 自分の周囲には常に爆発性の人魂が浮いており宛ら檻のようであった。

敵は踏み込み鎌を構える。

「こういうのあたいのキャラじゃ無いってのは分かってるけどねっ!!」

横薙ぎの振られる鎌に対して空中で身を丸めると足の底を敵に向ける。

そして刃を蹴り弾くと一回転し、着地する。

 着地した態勢で槍を突き出し敵の喉を狙うが敵は一瞬で姿を消した。

━━正攻法では刃は届かぬか……。

 敵の距離操作によって一撃も此方の攻撃は当たらない。

あの能力を封じない限り勝利は得られないだろう。

 敵の距離操作は空間を移動しているわけではなく物理的に移動している。

ならば………。

 武器を構え、相手との間合いを計る。

そして踏み込もうとした瞬間、地面が揺れた。

 

***

 

━━なんだい!?

 揺れの大きさは尋常ではなく、思わず体勢を崩す。

『“武蔵”より皆様へ、これより当艦は垂直航行に移ります。市民の皆様は家具を固定し、備えるようお願いいたします━━以上』

 その通神と同時に船体が横に傾く。

否、これは傾くというよりは……。

「横に倒れているのかい!?」

最早立っては居られず体が滑り落ちそうになる。

 直ぐに壁となり始めた地面を蹴ると近くコンテナの上に着地した。

━━なんて無茶苦茶な……!

 通常の船ではこの様な航行は出来ない。

そのまま転覆し墜落するだけだ。

だがこの艦はやってのける。それが出来るのは自動人形によって制御をされているからであろう。

 着地先、眼前に副長が降りた。

槍を突き出した突撃。

それを二度鎌で弾くと距離操作で後方へ逃れようとする。

 船が横になったことで人魂の檻は意味を成さなくなったが敵も足場を大きく失った。

近接型、それも加速を行う敵にとって今の状態は不利なはず。

 一方此方も足場が悪くなったが距離操作である程度補える。

━━寧ろ、今が好機!

 しかしこの五年間で随分と入れ込んでしまったものだ。

何時もならある程度やれればそれでいいと思っているが、何故か今回は最後まで残ってしまった。

━━映姫様はなんて言うかねぇ?

 「普段からその位やれ!」だろうか? それとも褒めてくれるだろうか?

ともかくこの敵を倒し、九鬼の大将に恩を返す!

そう思い敵を見れば敵は槍を突き出しながら駆けていた。

 此方を追いかける気だろうか?

無駄な事だ。

どんなに追いかけても敵が此方を捕らえることは出来ない。

そんなことは敵も分かっている筈だ。

ならば何故?

そう思った瞬間、敵はコンテナから跳躍した。

自身を槍のようにした跳躍。

槍の先端は此方を向き。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 割断が放たれた。

だが此方は割断されない。何故ならば敵の刃に映っていないからだ。

 ならば何を割断した?

その答えは直ぐに出た。

 自分の背後。

コンテナの固定具が割断され、コンテナが資材を撒き散らしながら落下を始めた。

背後に障害物が出来たため衝突防止のため能力が解除され、空中で静止する。

━━こいつ……これを狙って!?

 突然の静止に判断が追いつかず反応が遅れた。

そしてそれが勝敗を決した。

 武蔵の副長が飛ぶ。

それを迎撃するために急ぎ鎌を振るうが敵は飛び散った資材を足場にし跳躍を行った。

 此方の遥か頭上。

太陽を背に青と黒の装甲の彼女が来る。

加速術式と自由落下を合わせた蹴り。

 それを鎌の柄で受け止めるが体は大きく吹き飛ばされた。

次に見たのはコンテナにぶら下がる武蔵の副長と自分と共に海に落ちるコンテナであった。

 

***

 

 “日本丸”一番艦の艦橋で九鬼嘉隆は武蔵が横倒しになって行くのを見た。

白い巨大な竜が轟音と共にその全身を傾けて行く。

━━おいおい…………冗談だろ……。

「大将!! 敵が進路から回避!! もう間に合いませんぜ!!」

「全砲門を武蔵に向けろ!! 体当たり出来なくても出来るだけ攻撃を叩き込め!!」

 そう叫んだ瞬間、船体が連続して揺れる。

「武蔵より一斉砲撃!! 敵は武神を固定して撃って来やす!!」

「大丈夫だ!! こっちは鉄鋼船、そう簡単に装甲は抜かれ…………」

 その瞬間船体が大きく揺れた。

非常事態を知らせる警報が鳴り響き続いて爆発音が生じた。

「なんだ!? なにが起きた!?」

「て、敵武神の長距離砲撃です! 艦後部が貫通! 高度が維持できません!!」

 望遠映像に映ったのは朱の武神だ。

武神は長砲から薬莢を排出し、再装填を始める。

━━高速鉄鋼弾か!?一発だけじゃこっちの装甲は抜けないはずだ。だったら何故……?

 思い出す。

武蔵を追い抜くときに武蔵の巫女に狙撃された事を。

「あの時の損傷か……!!」

 再び武神から砲弾が放たれる。

装甲を貫通し、艦尾が爆発と共に砕ける。

 そして一番艦は炎上しながらゆっくりと墜落した。

 

***

 

「一番艦墜落!!」

 一番艦が墜落して行く映像を二番艦の艦橋で見ていた北畠晴具はゆっくりと息を吐いた。

そして一度目を閉じると最後まで残った艦橋乗組員に攻撃の指示を出す。

━━……見事!

 体当たりが失敗した時点で此方の策は全て破られた。

だがこのまま終わるつもりは無い。せめて一太刀。一太刀浴びせなければ。

「敵が艦艇部を見せてる今が好機!! 武蔵野に攻撃を集中せよ!!」

 そう叫び武蔵野艦底部を見ると緋色の光が灯っていることに気がついた。

━━なんだ……?

 最大望遠で見るとそこには青い髪の少女が居た。

 

***

 

「いい感じよ! ペルソナ君!!」

 腰に結んだ縄を持ち、艦底部の非常口に立っているペルソナ君に親指を立てる。

左足と左手で体支え迫り来る鉄鋼船を睨みつける。

『天子、流体供給の制限解除が出来るのは少しの間です。此方が危険だと判断したら直ぐに停止します』

「ええ、分かったわ」

 作戦は簡単。

敵が迫ってきたら大技でカウンターを叩き込む。

 ただこれには問題があり、今から自分が使おうとしている技は非常に排気を消費するため自分の内燃排気だけでは使えないのだ。

通常の流体供給でも使えるがそれでは威力が足りない。

故に葵・トーリからの流体供給の制限を外し、彼を中継点として武蔵の流体燃料をそのまま攻撃に回すのだ。

━━いいわね。

 この大一番で誰もが私に頼る。

最高に気分が良い。

 靡く髪を手で押さえ浅間に頷く。

「それじゃあいっちょやりますか!」

『浅間神社所属、浅間・智の権限により葵・トーリから比那名居天子への流体供給の制限を一時解除します』

『━━拍手!』

 彼女の走狗であるハナミが拍手をし流体が押し寄せる。

体中の神経がかき回されるような感覚に陥るが何とか意識を保つ。

だがそれも長くは持たない。

自分に流れてきた流体を放出し緋色の霧が出来上がる。

緋色の霧によって体が浮き上がるのと同時に緋想の剣を手放すと剣は霧を纏い回転を始めた。

回転が最高潮になる事には自分を中心とした気質の塊が出来上がり気質と接触した武蔵の艦底部装甲が砕け始める。

鉄鋼船が此方を目掛け砲撃を開始するが重力障壁によって防がれる。

砲撃の爆風を体に受けながら大きく叫ぶ。

「さあ、久々の大技! 行くわよ!! 『全人類の緋想天(偽)』!!」

 

***

 

 光が生じた。

緋色の光は槍となりまるで竜砲のように放たれる。

 連続した巨大な気弾。

それは鉄鋼船の船体に当たり装甲を砕きながら横へ薙がれる。

砕かれた装甲は高密度の流体に飲み込まれ分解されて行く。

 そして気弾が横薙ぎを終えた後、緋色の柱は天に向け収束していった。

後には右舷を抉られた鉄鋼船が残り、船は船体を傾けながら墜落していった。

 鉄鋼船が伊勢の海に墜落し天高く水柱を立たせる。

午後の伊勢の海に虹がアーチを描いた。

まるで戦いの終了を告げるように。

 

***

 

『現時点を持って徳川・北畠間の国家間相対戦を終了する!』

 伊勢湾に着水した“日本丸”二番艦の甲板の上で九鬼嘉隆は胡坐をかきながら戦いの終了を聞いた。

 武蔵の副会長の映った表示枠を消し大きく溜息を吐く。

甲板では退艦の準備が行われており部下達が脱出艇を下ろしたり物資の運搬を行っていた。

━━やれやれ、負けちまったか……。

 完敗だ。

 造るのには時間を掛けたが失うのは一瞬だ。

「はぁ……大赤字だ……」

「生きてるだけマシってもんさ」

 聞きなれた声に振り返ればそこにはずぶ濡れになった小町がいた。

彼女は鎌を甲板に置くと此方の隣に座る。

「まったく、船頭が溺死しかけるなんて洒落になんないね」

 彼女はそう言うと小さくくしゃみし笑顔になる。

そして左舷側。

同じく撃沈した二番艦の方見る。

「……北畠の大旦那は?」

「無事だ。『死にぞこなってしまったわ』って苦笑してたぞ。今は北畠の連中に回収された」

小町は「そいつは良かった」と言うと脱力したように甲板に寝そべる。

「これからどうすんだい? 大将?」

「そうだなぁ……」と顎鬚を摩る。

北畠家という雇い主を失った今、自分達はフリーだ。

 空を見上げ、白い巨竜を見る。

「徳川に世話になるかぁ……」

「雇ってくれんの? あたいら武蔵で暴れまわったけど?」

 返答に困り黙る。

まあ、どうにでもなるだろう。

 立ち上がると腰を伸ばす。

「ま、取り敢えずは帰って飲み会でもすっか!」

 そう言って口元に笑みを浮かべると小町も笑い起き上がった。

そして二人でもう一度武蔵を見上げた。

 

***

 

 戦場から遠く離れた場所。

P.A.oda領近くを真紅の飛空挺が航行していた。

 その内部、兵員輸送部では赤い星座所属の傭兵達が負傷の治療や弾薬の確認、武器の整備を行っていた。

『随分とやられたそうじゃないか』

 表示枠に映る眼帯をした赤毛の大男に対しザックスとガレスは頭を下げる。

「申し訳ありません……<<赤い星座>>の名に泥を塗る事に……」

『フ、失態は次の戦で挽回しろ』

 大男にそう言われ二人はますます頭を下げた。

『ねーねー! そんな事より、どうだった? 武蔵? 強い?』

 大男の背後から赤毛の少女が身を乗り出しその目を輝かせていた。

「個人の考えですが……奴等は今後伸びます」

 ザックスがそう言うと少女は自分の肩を抱きその場で回りながらはしゃいだ。

『いいなぁー。こっちはオオウチ? だっけ? まぁそんな感じの奴に雇われたんだけど仕事の内容が小競り合いの解決だったり化け物退治だったりでさぁ。

退屈だったんだよね』

『まあ、こっちはそんな感じだ。それでだが、新しい仕事が入った。今回は合流するぞ』

 “仕事”という言葉にザックスとガレスは顔を見合わせる。

「では何処で合流を?」

『お前たちはそのまま清洲に向かえ。俺たちもそこで合流する』

「…………清洲という事は……」

 ガレスの言葉に大男は頷き、その後ろでは少女が嬉しそうな顔をしていた。

『ああ、次の雇い主はP.A.oda。戦のど真ん中だ』



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~最終章・『生まれ落ちる者』 闇よりも更に深い所から (配点:狂気)~

 

 伊勢湾での戦いから三日後の昼の浜松港。

そこでは連日武蔵の修理が行われており修理資材を運ぶ輸送船が行き来していた。

 また伊勢から商人たちも訪れるようになり、浜松港はかつての賑わいを取り戻しつつあった。

そんな浜松港の外交艦停泊地で英国外交官の見送りが行われていた。

「お見送り、ありがとう御座います」

 ハワードはそう言って頭を下げると背後の咲夜とシェイクスピアも続いた。

「いや、長く引き止めてしまってすまない。そちらも都合があっただろう」

 本多・正純がそう言うとハワードは口元に笑みを浮かべる。

「いえいえ、我々としてはとても有益な情報が手に入ったので構いませんよ。これからも英国と徳川は良い同盟関係であり続けたいものです」

 正純が「まったくだ」と言うと二人は握手をした。

そして手を離すとハワードは周囲を見渡す。

「ところで武蔵の会計殿は? こちらに来てから一回も挨拶をしてない事に気がつきまして」

「ああ、ベルトーニ達なら捕虜にした傭兵を返還する交渉をしている」

「それは…………気の毒ですな。傭兵団が」と苦笑するハワードに釣られ正純も苦笑をした。

停泊地を影が覆い、上を見上げればまた新しい商船が入ってくる所であった。

「シェイクスピア、書記に挨拶はいいのか?」

「うん、どうせまた来るから」

 どういうことだ?

とハワードを見ると彼は頷き。

「実は英国から徳川に正式に駐留大使を送る事になりまして。彼女が志願したわけです」

・未熟者:『………………え?』

・● 画:『はい、詰んだー! 眼鏡詰んだー!』

「後ほど本国から正式な連絡が来ると思います」

 駐留大使かー。

つまりは徳川に対する監視役という事だろう。

警戒するほどの事では無いだろうが気に留めておく必要はある。

 家康公とも相談しておく必要があるな。

そう思っているとハワードが「あと」と繋げた。

「近日中に英国から三名が関東に向かう途中ここに寄ります。まあ、中々個性的な人達ですがよろしくお願いします」

「Jud.」と頷くとハワードはもう一度頭を下げた。

「では我々はこれで。次にあう時は互いに大国でありたいものです」

 そういってハワードは笑った。

 

***

 

 外交艦停泊地から少し離れた所に有る資材倉庫の屋上で英国の外交艦が飛び立つのを比那名居天子は見た。

 彼女は屋上のベンチに腰掛け、その隣には永江衣玖が座っている。

暫く二人で外交艦を見ていると衣玖が此方を見た。

「総領娘様? 次の作戦の指揮官に立候補しないのですか?」

 次の作戦というのは筒井家攻略の事だ。

ついこの前戦いが終わったばかりであるがP.A.odaが勢力を伸ばしているため迅速に動く必要がある。

 だが伊勢を手に入れた徳川は多方面に戦線が延び方面軍を結成する必要が出てきた。

ここ岡崎から浜松の対甲斐連合には家康本隊があたり、北条方面は太原雪斎と酒井忠次があたる。

そして筒井家方面の司令官決めが近日中に行われる。

「人を従えるのは面白そうだけど同時に面倒よねぇ」

 面倒は嫌だ。

だが隣で酷く残念そうな顔をしている衣玖を見ると何とも言えなくなる。

「………………まあ? あんたが手伝ってくれるってならいいけど……?」

「是非!!」と目を輝かせて此方の手を握ってくるので思わずドン引く。

「なんでそんなに嬉しそうなのよ……」

「だってあのぐうたらで遊び惚けて、その癖対した友人を持って無かったボッチの総領娘様が自分から皆様の輪に入るんですよ!? すばらしい事です!」

「あんた、そんな風に私を見てたのかい!!」

 「まあまあ」と此方を宥めると衣玖は目を弓にした。

「でも嬉しいのは本当のことですよ?」

「…………」

 ストレートに言われると何も言い返せず思わず目を逸らす。

少し赤くなった頬を隠すために立ち上がり、手すりを掴んで寄りかかる。

「ところで北畠家の方はどうなったの?」

「北畠家では当主北畠具教が息子の北畠具房に家督を譲り隠居。北畠の家臣達は一部が出奔したものの大半は残った。

そして北畠家は正式に徳川家に降伏、これで徳川は伊勢を確保したってわけね」

 衣玖とは違う声に振り替えるとそこには天狗の少女がいた。

「…………あんた、まだ帰ってなかったの?」

 呆れた様に言うとはたては腕の腕章を見せた。

そこには“従軍記者”と書かれており彼女は腰に手をあてウィンクをする。

「暫くの間あなた達について行く事にしたわ。これは徳川家康公と酒井学長も了承済みよ」

 衣玖と顔を見合わせる。

「では武蔵に移り住むので?」

「ええ、私とアマテラスは浅間神社に泊まるわ。なんか向こうじゃ巫女がアマテラスの部屋を作らなきゃとか言ってたわね」

━━アマテラス。

随分な大物が仲間になったものだ。

 この三日間でイッスンから彼らの冒険の話を聞いたがもし真実なら大したものだろう。

ヤマタノオロチにスサノオウだものね……。

 それらの名前は自分達の世界でも有名だ。

古代の大妖怪たちは現代の妖怪達よりも遥かに強力であったと聞く。

それらと渡り合ってきたアマテラスの実力とは一体どのくらいの物なのだろうか?

 遥かか過去の戦いに思い浮かべていると一隻の飛空挺が降下を始めていた。

その船体には『大一大万大吉』の紋様が刻まれており甲板上に何人かの人が見える。

「大一大万大吉……羽柴の石田三成ね。随分な大物が来たものだわ」

 船体が見えなくなると三人は顔を見合わせる。

そしてはたてが一度小さく咳を入れると手を差し出した。

「ま、これから暫く世話になるけど━━よろしくね」

 そう言って三人は握手を交わすのであった。

 

***

 

 秋に入り薄着では肌寒くなって来た夜の飛騨の森を一つの影が駆け抜けていた。

影は狐面を着け、頭巾を被った女性で暗闇のかなを颯爽と駆けた。

 暫く森を進み飛騨山脈の麓にある洞窟に辿り着くと彼女は立ち止まり周囲を慎重に警戒する。

 そして近くに人の気配が無い事を確認すると洞窟の中に入っていった。

 洞窟は蛇が這った様な形をしておりかなり深いところまで続いている。

 人工的な洞窟を進み続けると明かりが見え始め大きな空洞に出た。

眼前には巨大な門があり、その前には天邪鬼が立っていた。

 天邪鬼は女性に気がつくと頭を下げ門を開けるように指示を出した。

重い音を立て開かれる門の先には巨大な広場がありその中央には闇の塊が存在した。

 女性は闇の塊の前に進むと闇から少女の声が響いた。

『ふふ……分かるわ、この世界に死が溢れてる事。私の子種たちが私に還ってくるのが……!』

「全ての準備は整った。後は動くのみ」

 狐面の女性の声に闇が満足そうな笑い声を上げる。

『さあ! 長き滅びよりの再生の時よ!!』

 闇の周りに赤黒い霧が集まり大きな形を作り上げて行く。

闇は巨人になり、竜になり、船になり、そして収縮して爆発した。

 圧倒的な流体の波に周囲にいた天邪鬼が吹き飛ばされ叩きつけらる。

爆発が収まる頃には女以外の生き物は全て動かなくなっていた。

「ああ……この体の火照り、私、生きてるのね!!」

 広場の中央に小柄な少女が立っていた。

黒く長い髪を持ち、輝く金色の瞳を持つ裸体の少女は楽しそうにその場で回っていると突然立ち止まり眉を顰めた。

 そして自分の小振りな胸を二三回揉むと溜息をつく。

「…………この体、可愛いのだけれど胸が小さいわね……」

 「まあいいわ」と言うと少女は歩き出し、近くでまだ息のあった天邪鬼の頭を掴んだ。

「……ッ! ……ッ!!」

 暴れる天邪鬼を愉快そうに目を細めてみると彼女は口元に笑みを浮かべた。

「駄目よ? 暴れちゃ」

 天邪鬼の頭が爆ぜた。

まるで西瓜のように砕け散り少女は全身に返り血を浴びる。

「あは! 綺麗な色!」

 天邪鬼の死体を放り投げ踊り始める少女に女が近づいた。

「お遊びはそこまでにしてもらいたいな」

「……ええ、そうね。そうだわね。今のは準備運動、パーティーはこれからだわ」

 そう言うと少女は両腕を広げる。

「さあ! 復活祭よ!! 皆、思う存分喰らい! 飲み込むが良い!!」

 闇が蠢いた。

 空洞の置くから幾重もの咆哮が鳴り響き雷鳴の様になる。

そして白い肉塊があふれ出た。

何百もの怪魔の群れが地上への穴へ殺到し地上へ飛び出す。

 その様子を少女は楽しそうに見つめ、狐面の女はその少女を見ていた。

 怪魔は地上に出ると羽のあるものは飛び立ち、それ以外は森を駆け近隣の村に襲い掛かる。

 飛騨国壊滅の報は翌朝、日本中に広まる事になった……。

 

~第二部・伊勢海戦編・完~

 

 



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~幕間・3 七年間の歴史~

<<統合事変から軍団の乱立へ>>

 世界の境界が崩壊し様々な世界が融合するという未曾有の大異変の後、不変世界では混乱が続いた。

そんな中人々は自分にとって縁ある土地に集まるようになり集団が出来上がった。

 それから暫くして集団は軍団となり軍団が乱立する事になった。

 

<<軍団から国家へ>>

 軍団の中には強力な指導者を持つものがあり、それらの軍団が周辺の軍団を吸収して行った。

 軍団は徐々に組織化し国家へと変容する。

そして空白となった日本に領土を得るべく戦いが起こるようになり人々は大きな戦が始まると予感した。

 

<<統合争乱初期>>

 早くから中立を宣言し多くの人々を集めた出雲・クロスベルだったが彼の地には多くの企業が集まっておりその財力を周辺諸国が狙うようになる。

 統合事変から一年後の10月。一色善幸率いる一色家が出雲・クロスベルに侵攻。

これを制圧する。

 一色家に財力が集中する事を快く思わない周辺国が一色家に宣戦布告し、翌月には早くから六護式仏蘭西と手を組んだ毛利家が出雲・クロスベルを制圧した。

 だがこれを切っ掛けに日本中で戦いが始まり統合争乱が始まった。

特に近畿での戦いは激しく、京をめぐり三好・足利・六角・羽柴・織田・浅井が入り混じった戦いとなる。

 

<<統合争乱中期>>

 戦いが混迷する近畿から離れた関東で強大な勢力が現れた。

 八雲紫を中心とした妖怪軍団であり、彼女らは己の居場所を得るべく関東諸国に宣戦布告する。

 人間を超える力を持つ妖怪軍団に関東の大名達は次々と敗れていくが北条・武田・今川が同盟を結びこれと対峙、膠着状態となる。

 近畿では勢力が次第に二分化し足利家を中心とした反織田と羽柴・織田の戦いとなる。

 中国地方では毛利が正式に六護式仏蘭西と合併し国名を六護式仏蘭西に改名。周辺諸国を圧倒するが同じく土佐で長宗我部家と合併したT.P.A Italia、大友家と合併した三征西班牙に阻まれ膠着状態に。

 そんな中制圧した出雲・クロスベルで反発運動が頻発し苦悩していた。

 

<<統合争乱末期>>

 九州では島津と合併した英国、三征西班牙、竜造寺で膠着状態。

 中国地方では六護式仏蘭西が伸びきった戦線を維持できず出雲・クロスベルを放棄。

 近畿では以前膠着状態が続き、関東では最初こそ優勢であった妖怪軍団だが長期戦になるともともと寄せ集めであったのが災いして離脱者や敵に寝返る者が後を絶たなかった。

 一方東北では争乱初期から互いに不戦条約を結んだため穏やかであった。

 

<<聖連の誕生>>

 どこも彼処も膠着状態となり人々は疲れきっていた。

そんな中T.P.A Italiaの教皇インノケンティウスが各国に停戦を提案。

 西日本で英国・三征西班牙・六護式仏蘭西とT.P.A Italiaが同盟を結び聖連が出来上がったため各国もこれに参加を始めた。

 戦いを続ける国家もあったが多国籍軍となった聖連に押しつぶされて行った。

こうして統合争乱は終わりを告げた。

 

<<臨時惣無事令と暫定国家>>

 日本を支配した聖連は戦国時代の勢力図を元に大名を配置。これを暫定国家とした。

また本格的な戦争を認めないが小規模な争いや、国家の代表による相対戦を許可し不満のガス抜きをさせる策として臨時惣無事令を制定。

 日本に多くの大名が出来上がった。

 

<<聖連と東側諸国の対立>>

 聖連の結成により世界は一応の安定を得たが聖連の取り決めの多くが異界の人間にとって有利なものでありこれに反発する戦国大名は少なくなかった。

 特に聖連から離れた東日本では反聖連を掲げる大名も多く、次第に西と東で対立を深めて行く。

 

<<遊撃士協会の成立と富士崩落>>

 西と東で対立を深めていく中出雲・クロスベルで遊撃士協会が誕生した。

この頃の遊撃士協会は深刻な人員不足で組織とは言えない物であったが戦争で疲れきり、東西の対立に不安を持つ民を助け支持を得て行く。

 統合事変から三年後、伊勢で北畠家が北条家と伊勢の商人衆の力を借り国内から聖連の影響力を払拭したため東西の対立が深刻に。

 一触即発の事態となったが突如富士山が崩落するという大災害が起こった。

 

<<怪魔の出現>>

 救助のため北条の一軍が富士山が向かうが壊滅し戻ってきた。

生き残りの報告で富士山周辺に白い怪物が大量発生していることが判明。

 北条軍は今川や武田、神社の助力を得て怪物と交戦。

多大な被害を出しながら何とか勝利する。

 その後各地で白い怪物が現れ、これを『怪魔』と名付けた。

 

<<津軽凍結から今へ>>

 富士崩落の一件があり東西の対立は僅かにだが緩和していた。

それから一年後津軽が凍結するという異変が起き、最上家と伊達家が津軽を封印。

現在も調査団を派遣しているが解明していない。

こうして各国は臨時惣無事令に従い小規模な争いを続けながら年月を重ねていった。

 そして統合事変から七年後、P.A.odaが突如斉藤家に侵攻するのであった……。



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第三部・月下伊賀大和攻略編
~序章・『身喰らう蛇』 大変な事になりそうだ (配点:崩落富士)~


 夏の暑い日差しが大地を焼き、地面には干からびたミミズや鼠が転がっていた。

そんな中を一人の女性が歩いていた。

女性は黒く長い髪を持ち、脇のあいた紅白の巫女服を身に纏っている。

 彼女は暫く歩いていると立ち止まり手で日光を遮りながら空を見上げた。

「流石に暑いな……」

 周囲には日陰になるような木は一本も生えて無く、それどころか突き出した岩や長く大きな亀裂、そして竜が入れるような大穴が無数にあり、この一帯が異常である事が分かる。

 そして何よりもこの場で異彩を放っているのは眼前にある半分に崩れた巨大な山だ。

 この山は嘗て富士山と呼ばれその美しさから人々に親しまれていた。

しかし今から四年前に突如富士山は崩落し、地下から怪魔が現れた。

 今歩いている場所は嘗て富士の樹海と呼ばれていた場所だが今では見る影も無かった。

 少しの休憩を行い再び歩き始めると岩陰に装甲服を身に纏った兵士の亡骸が横たわっていた。

「…………」

 亡骸の前で礼をし、供養をする。

「…………後で迎えに来る。四年ぶりに故郷に帰れるわよ」

 四年前の怪魔との戦いで北条は多大な被害を受けた。

今も多くの亡骸がこの地に取り残され居るのだろう。

「これだけ歩いて誤報だったら氏直の奴に文句言ってやるわ」

 富士崩落以来北条は富士周辺に大規模な結界を張った。

これは怪魔の出現により不安定になった富士を封印するためと他国に行ったがそれは違う。

 本当は富士山の奥である物を発見したからなのだが……。

「侵入したのが妖怪程度なら良いんだけれどね」

 今朝方、北条家から結界内に何者かが侵入したとの報告を受け博麗神社の巫女である自分に調査要請が出た。

 その為この暑い中もう一人、今代の巫女である博麗霊夢と共に来たのだが彼女は結界近くの水場に座り込み。

『ああ、あんた一人で行ってきてよ。私ここで見張ってるから』

と言って動かなくなった。

━━全く、修行も不真面目だし欲に塗れているし……。

 先代である自分がしっかりと教育しなければ。

そう思っていると富士山の麓まで来た。

 侵入者が目指すとしたらここだ。

 そしてその勘は当たった。

富士山の麓にある大きな洞窟。

その入り口に三人の男女が居た。

 咄嗟に近くの岩場に隠れ様子を窺う。

 一人は白衣を着た老人でなにやら落ち着き無く動いており、もう一人は道化師風の少年だ。

そして最後に白い騎士。

騎士から発せられる威圧感は此処からでも感じられるほどだ。

━━相当な大物が引っかかったようだな……。

 表示枠で霊夢に連絡を取りもう一度三人の方を見る。

そこでは騎士と白衣の老人がなにやら話しており此処からでは聞き取れない。

━━待て! 道化師は何処に行った!?

「あれれ? お姉さん、そんな所でなにをやってるんだい?」

 頭上から声を掛けられ直ぐに後方へ跳躍する。

 少年は岩場に立っており此方を驚愕の目で見ると楽しそうに拍手をした。

「凄いね! 今の跳躍。全然見えなかったよ」

 無邪気に笑う少年に対して此方は内心冷や汗を掻く。

━━気配を探知できなかった!

 驕る積もりは無いが並大抵の相手なら動く前に察知できる自信がある。

だがこの少年はいつの間にかに至近距離まで近づいた。

 少年の横に騎士が並び、此方を見据える。

━━達人級が二人か……!

「何者だ! ここは現在立ち入り禁止だぞ!!」

 此方の問いに相手は答えない。

 額に暑さとは違う汗を掻きながら構える。

「これが最後通告だ! 即刻退去しないのならば実力で排除する!」

「そちらの話は分かりました」

 そう答えたのは騎士だ。

澄んだ女性の声。

とてもではないが重装甲の鎧が放つ声ではない。

「……女?」

 そう呟くが騎士に対する警戒心は納まるどころか寧ろ高まっていた。

この近距離で分かる。

 相手が途轍もない化け物である事が。

 達人の更にその先に行ったものだけが持つ威圧感。

それを前に普通の人間なら動けないだろう。

「ですが我々にも都合があります。故に下がりなさい。貴女ならこの言葉の意味が分かりますね?」

 下がらなければ死ぬ。

その位分かる。

だがここで引くわけには行かない。こいつ等が何者にせよ、とにかく危険人物だという事だけは分かる。

 それにこれ程までの敵と相対できると思えば血肉沸き踊るものだ。

 静かに息を整え、拳を構える。

「……そうですか。では仕方ありませんね」

━━来る!

 そう思った瞬間には敵は眼前に迫っていた。

「……速いっ!」

 その見た目からは考えられない速度で距離を詰められ、ランスによる高速の突きが放たれた。

 嵐のように放たれる槍を拳で弾くが徐々に押し込まれて行く。

 槍が袖を裂き、肩に浅い傷が出来る。

━━凌ぎきれないか……!

 ならばと槍を弾くと同時に回し蹴りを行い、敵の持つ大盾を穿った。

 騎士が体を吹き飛ばされ、立ったまま地面を滑る。

敵との距離が離れ荒れた息を整えるとゆっくりと構えを直した。

「見事ですね」

 騎士は落ち着いた様子で槍を構え直し、ゆっくりと歩み始める。

「そう落ち着いていられると自信が無くなるな」

「いえ、これでも驚愕しているのですよ。人の身で有りながらそれほどまでに力を付けるとは」

「まるで人で無いかのように……って人よね?」

 「さあ、どうでしょうか?」と騎士が肩を竦めるとお互いに距離を取りながらその場を回る。

 敵の実力は既に分かった。

正面から殴り合えば負けるのは自分だ。

 ならば術による遠距離戦に切り替えるか?

いや、生半可な術では太刀打ち出来ない。それに自分は術を使うよりも殴りあうのが得意だ。

「『筋力強化・剛』!」

 術式により脚部を強化し大きく踏み込んだ。

 轟音と共に大地がめくれ上がり、砕け散る。

「『筋力強化・疾』!」

 術式による加速を行い砕け降り注ぐ岩の間を駆け抜ける。

 敵の得物はランスに大盾。何れも大型の武器ゆえに障害物が多い状況なら振り回しづらくなる。

「此方の動きを抑えに来ましたか……!!」

「ええ! その装備で避けきれるかしら!」

 敵の懐に飛び込む。

だが敵は意外な動きを見せた。

 盾を手放したのだ。

 そして槍で盾の裏を穿つと大盾が砲弾のように放たれる。

「腕部限定強化!」

 筋力強化を右腕だけに展開し大盾を殴り地面に叩き付けた。

 だがその直後大盾の裏から高速の突きが放たれる。

 拳を振り下げた状態で無理やり腰を捻り、回避をする。

槍の先端が胸を掠り、巫女服が僅かに裂ける。

「胸が大きいとこういう時に問題ね……!」

 大地から足を離し空中で回転しながら落下してくる岩を掴むと投げつけた。

 槍を突き出していた騎士は避ける事が出来ず岩が兜に激突し兜が吹き飛んだ。

兜の中から金の長い髪が広がり、美しい女性の顔が現れる。

 彼女はゆっくりと距離を離すと地面に落ちた兜を横目で見、微笑んだ。

「ふふ、これで三度目ですね。ですがこれ以上はさせません!!」

 黄金の気が破裂し、圧倒的な威圧感を放つ。

 あまりの威圧感に呼吸が苦しくなり思わず下がりそうになる。

━━本気って訳か……!

 ならば此方も全力で行くしかない!

「━━博麗奥義・無想天せ……」

「無想封印!!」

 上空より光弾が降り注ぎ騎士が爆発した。

 

***

 

 爆風で土煙が上がり視界が遮られる中眼前に一人の少女が降りてきた。

彼女は自分と同じ巫女服を着ており裾についた埃を払うと不機嫌そうに此方を見る。

「あんた! 何勝手に戦っているのよ! 私が来るまで待てなかったわけ!?」

「あ、ああ。待てなかったというかそう言う状況に陥ったというか……。

それよりも敵が来るぞ」

「え? というかあいつ誰よ?」

 知らないで攻撃したのか。

と呆れていると煙の中から騎士が現れた。

彼女は傷一つ負っていなかったが先程まで持っていた覇気は消えていた。

「あんた誰よ!? 言わなかったら退治するわよ!」

「さっき攻撃された気がするのですが……」

 騎士が少女を見て此方を見ると僅かに思案し。

「娘ですか?」

「いや違うし」

「違う」

 同時に否定され少し面を食らった表情をすると口元に笑みを浮かべた。

その様子に少女は不機嫌気に眉を顰め、腰に手を当てると指差した。

「で? 結局誰よ?」

 そういえば名前を聞いてなかったなー。

といまさら思い出す。

「私は<<身喰らう蛇>>第七柱。<<鋼の聖女>>アリアンロード」

 <<身喰らう蛇>>?

組織の名前か?

「私は博麗神社の巫女、博麗霊夢よ」

 霊夢が目で自己紹介を促す。

「同じく博麗神社の先代巫女。呼ぶときは先代(さきよ)でいいわ」

 互いに自己紹介を終え、沈黙がその場を支配すると洞窟の方から二人現れた。

「あら? なんですの? この状況?」

 一人は金の縦ロール型の髪型をし、黒い服を身に纏った女性だ。

「……博麗神社の巫女達のようですね」

 もう一人は特に異彩を放っていた。

白い髪に白い服。

そして赤い六つの目を持つ面を着けた少女だ。

「おお、マリアベル君に“巫女”殿! 例の物、手に入りましたかな?」

 白衣の男性が興奮気味に近づくと“巫女”と呼ばれた少女は頷き、二律空間からある物を取り出した。

 それは大きな岩のような物で薄い光を放っていた。

「先代! あれって!」

「ええ、どうやらあいつらの狙いはあれだった様ね」

 あれは富士崩落後北条家が発見した物であり、富士を封印する切っ掛けになったものだ。

「おお! おおお! これが概念核かね! 何とも興味深い……直ぐにでも解析を行いたい」

 はしゃぐ白衣を横目に黒服の女性が前に出る。

「あら? 彼女達はこのまま返してくれる気は無いようですのよ?」

「当然だ! お前たちの目的がそれだと分かった以上、是が非でも止めなければならなくなった!」

 彼らが何者かは知らないがあの“石”を取られるわけにはいけない。

あれは危険な物だ。

 そう身構えると道化師風の少年が一歩前に出た。

「フフ、でもどうする気だい? こっちは五人、そっちは二人だ。多勢に無勢のように見えるけど?」

「おや? そうは思えませんが?」

 その瞬間、道化師の首が飛んだ。

 突然の事に霊夢は驚愕し、残りの敵は身構える。

「…………この声は」

 振り返ればそこには褐色の肌を持つ自動人形の女性が居た。

 

***

 

「氏直……どうしてここに?」

「はい、貴女の事ですからうっかり敵の名前とか所属とか聞き忘れて殴り合ってそうでしたので来ました」

 い、言い返せない!

 自動人形の女性、北条・氏直は此方の横に立つと二律空間から二対の対艦刀を呼び出す。

「これで四対四です」

 四?

と疑問に思った瞬間、後ろから騒音が来た。

「なああああああああんだ!! お前らああああああああ!! 俺を差し置いて楽しそうな事をしやがってええええええええええ!! いいもんねえ!勝手に参加しちゃうからあああああああ!!」

 変人が全力疾走してきた。

鬼の面を着けた侍女服を来た自動人形はなにやら訳の分からない事を叫びながら近づいてくるが霊夢が陰陽玉を顔面に投げつけ叩き潰した。

「…………」

 無言で“なんで連れて来た?”と言うと彼女は

「気付いたら叔父が後ろに居まして……」

 軽く頭を抱え、溜息をつくと敵の方を見る。

「四対四よ!」

「あの、後ろで仲間割れしているのですが……」

 知らん。

「あああああんんん? 何だああああああ? お前! ちっこくて貧相な体しやがってええええええ! ちょっとはそこの姪や無駄に胸のデカイおっぱい巫女を見習えやああああああああ!」

 氏直が刀の鞘で自動人形の右頬を叩き、此方が拳で左頬を殴った。

「あははは! 随分と面白い人たちだ」

 声は上空から聞えた。

そこには先程首を飛ばされたはずの道化師風の少年がおり、彼は愉快そうに拍手をする。

「…………姪よ、しくじったか?」

「いえ、確実に首を切断しました。故に先程の体は……」

「そう、一種の幻術みたいなものさ」

 少年は地面に着地すると気取った風にお辞儀をする。

「僕の名前は<<道化師>>カンパネルラ。<<身喰らう蛇>>の執行者No.0さ」

それに続き金髪の女性が前に出る。

「私はマリアベル・クロイス。<<身喰らう蛇>>の第三柱ですわ.」

「同じく第六柱のノバルディス。博士で構わんよ」

 最後に前に出たのは白い少女だ。

「……“白の巫女”と名乗っています」

次に名乗るは此方だ。

まずは氏直が、そして自分と霊夢の順に。

そして最後に自動人形が

「俺は北条・氏照だああああああああ!」

と叫んだ。

 互いに名乗りを終えるとマリアベルが口元に笑みを浮かべた。

「お互い自己紹介を終えたようですし、私達はこれでお暇させていただきますわ」

 逃がすか!

と踏み込もうとすると氏直が手で此方を制した。

「そうですか……ではその石は返してもらいましょう」

 その瞬間影が走った。

影は一直線に空中に浮かぶ概念核に向かう。

 それに反応したのはアリアンロードだ。

 彼女は概念核を庇おうと前に出るが、その瞬間に氏直の背後から射出された刀に阻まれた。

「させません!」

 “白の巫女”が前に出るが突如巨大な炎弾が襲い掛かり、それを片手で弾く。

「ぶあああああああああああああかあああ!! 戦いの最中に気を取られるとはああああ! 死ねええええええええええい!!」

 氏照が両手に刀を持ち飛び掛ると“白の巫女”は手のひらを彼の胴に向けた。

「来ないでください! この変態!」

 直後、両者の間の空間が歪んだ。

空間は収束し、そして一気に膨れ上がり爆発する。

 その衝撃で氏照の体が吹き飛び、周辺の地面が抉れる。

━━空間を歪ませた!?

 だがその隙を突いて影が概念核を捉えた。

「ほほ、甘いのぅ」

 影の正体は小柄な老人であった。

彼は概念核を抱きかかえると手に持っていた煙玉を落とし、煙の中に消えた。

 そしていつの間にかに氏直の横に立ち、腰のクナイを抜いた。

「ご苦労様です。小太郎」

「いやいやなんの。わしに掛かればこの程度造作も無い事よ」

「…………風魔小太郎。北条の忍びですわね」

 マリアベルが苦虫を噛み潰したように言うと小太郎はにやりと笑った。

「さて、これでそちらの目的は果たせなくなりましたが?」

 氏直の言葉に敵は顔を見合わせると<<白の巫女>>が頷いた。

「今回は下がりましょう。ですがあなた方がそれを持っている以上、再び参ります」

「しかたがない……今回は諦めるかね」

 ノバルティスが肩を落とすと後方へ下がる。

それに合わせ敵は少しずつ下がる。

「では、皆様。次の再開を楽しみに……今日はこれにて幕引きに御座います」

 カンパネルラが礼をすると同時に彼らの姿が歪んだ。

そして空間に溶ける様に消えていった。

 後には夏の暑さと静寂だけが残った。

「……いいのかしら? 逃して」

「Tes.、 これ以上戦っても此方に得は有りません。今は一度戻り、対策を練りましょう」

「それもそうね」と頷くと霊夢を見る。

彼女は興味深そうに概念核を見つめ、「いくらで売れるかしら……」と何とも俗な事を小声で呟いている。

「のおおおおおおおおお! 俺、ふっかああああああああつ!! どこだあああああ! あの小娘! 裸にひん剥いてひいひいいわしたるううううううう!」

 氏直と共に蹴りを叩き込み黙らせるともう一度敵が居た方を見る。

━━思ったより深刻な事になりそうね……。

 あの騎士たちが再び来るならば対策が必要だ。

その思い夏の太陽に照らされる半分になった富士山を見るのであった。

 

~第三部・月下伊賀大和攻略編~



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~第一章・『竹林の永久人』 挑む者 待ち受ける者 (配点:筒井)~

 

 夜闇に眠る山々の間を三隻のドラゴン級航空艦が航行していた。

航空艦は山肌にサーチライトを当てながら何かを探すように旋回する。

 しかし目的の物は見つからなかったらしく、撤収を始めた。

 最後尾の艦が艦尾を山側に向けた瞬間轟音が鳴った。

 航空艦の艦尾が砕かれ、炎上しながらゆっくりと落下して行く。

残りの艦が急ぎ山側に向かって砲撃を行うが反応は無かった。

 航空艦が墜落し、砕けた。

その様子を十三夜の月が照らし続けた。

 

***

 

「……と、言うわけで空から敵を探すのは失敗したで御座る」

 陣幕の中、表示枠を開いていた点蔵・クロスユナイトはそう言った。

「後から陸戦部隊も砲撃地点に送ったで御座るが、人っ子一人居なかったで御座るよ」

 その言葉を聞き不機嫌そうに眉を顰めたのは上座に座る比那名居天子だ。

彼女は先程から苛立ちを隠すように小刻みに足を動かす。

「伊賀大和国は天然の要害。統合争乱以降急速に竹林が広がった為視界も悪く兵は皆敵の奇襲に怯えておる」

 そう言ったのは甲冑を着たやや小太りな男だ。

「更に敵はあの筒井順慶に名将・島清興。そして異界の者だ。一筋縄ではいかない事は分かっていたが……」

「竹林といえば誰が待ち構えているのかも想像がつきますね。もし彼女なら相当な苦戦を強いられます」

 男に続いて永江衣玖も頷く。

「……みんな今日で筒井家と開戦して何日になると思う?」

 その言葉に皆ばつが悪そうになる。

「十日よ。この十日間私達は国境から一歩も進めてない。このままじゃ本隊の奴等になんて言われるか……」

「皆、分かってくれると思うで御座るが……」

「確かにね。あいつらは良いわ。だけど兵達は? このままじゃ私は無能のレッテル貼られて逃亡兵や裏切り者を出すかもしれない。直ぐにでも成果が必要だわ」

 その場に居た皆が沈黙する。

「元忠。行軍の準備を。空と陸、同時に攻め込むわ」

「……敵の様子が分からないのだ。危険だぞ?」

 「構わないわ」と天子は言うと立ち上がった。

「近日中に徳川秀忠公の後詰が来る。その前に何としてでも竹林を突破するわよ!」

 

***

 

 会議を終え、皆が陣幕のから退出する中永江衣玖は深い溜息をついた。

「初の軍団指揮で天子殿は焦っているようだな」

 声を掛けられ振り返ればそこには鳥居元忠が居た。

「鳥居様……。はい、総領娘様はああいうお人なので一度頑なになってしまったらなかなか意見を変えず……。

ですが今回は多くの人命が関わっています。何とかしなくては……」

彼女が何を焦っているのか、それは何となくだが分かる。

彼女は面子を保つ為に焦っているのでは無い。

もっと単純な事で焦っているのだ。

「仕方あるまい。まだ若き武士を支え鍛えるのも先人の務め……。おっと彼女の方が年上であったかな?」

 そう言って笑う元忠に釣られ此方も笑うと真剣な表情になる。

「鳥居様、少し頼みがあります」

 彼の耳元に近づき小声で伝えると、彼は少し驚いたように此方を見る。

「……良いのか?」

「はい、総領娘様はお怒りになるでしょうが全て私が責任を持ちます」

 元忠は暫く思案すると、頷いた。

「では早速本隊に連絡を……」

 その瞬間、破砕音と共に大地が揺れた。

 

***

 

「何事ですか!」

 陣幕から飛び出し最初に見たものは崩れる見張り台であった。

「て、敵襲―!! 敵襲だー!!」

 陣地内では兵士達が慌てて武器を取り出し駆け回っている。

 上空を何かが通過し、後方の蔵が爆発する。

「クソ!! ありゃあ攻城用の長距離砲だぞ!!」

「落ち着かんか! 直ぐに兵を送れ! 航空艦も直ぐに離陸させろ!」

 元忠は各所に指示を出し兵士達が動き始めると突然砲撃が止んだ。

 皆立ち止まり、様子を窺う。

「と、止まった?」

 誰かが言うと皆安堵したようになる。

「馬鹿者! 直ぐに出撃せんか! 取り逃がすぞ!!」

 元忠の言葉で止まったその場が再び慌しくなった。

元忠は一通りの指示を出し終えると軽く溜息を吐くと此方の方を見る。

「恐らくもう撤退しておるだろうな」

「はい、敵は此方の心を揺さぶる気ですね」

 今後もこういった奇襲を続けるはずだ。

そうする事によってジワジワと脱落者を増やす。それが敵の狙いだろう。

 ふと正面を見ると天子が立ち止まっていた。

 彼女は拳を握り締め、筒井の山を睨みつける。

そして小声で「絶対に勝つ」と言っていた。

 

***

 

 伊賀大和の山と竹林を越えた先に筒井城があった。

筒井城は平地建てられた大型の城であり、その周囲を幾重の堀で囲んでいた。

 その筒井城の天守に三人の男女がいた。

一人は上座に座る僧服の男で床に地図を広げ思案顔で居る。

 もう一人の男は体格の良い男で不敵な面構えをしている。

そして最後の一人は長い銀の髪を編んだ女性で赤と紺の特徴的な服を身に纏っていた。

「今後、どう動く?」

 僧服の男がそう問うともう一人の男が地図の徳川軍を指差した。

「こっちの策で敵は身動きが取れない。このまま徳川を抑えるってのはどうですかねぇ?」

 男がそう言うと僧服の男は女性の方を見た。

「大体は左近殿の言うとおりに。ですがこのままにするのではなく敵の戦意を削いだ後、和平を結ぶべきかと」

「敵さん、和平を結びますかね? 意固地になるんでは?」

「“このまま”では結べません。故に今来ている徳川軍を叩きます」

 その言葉に島清興と僧服の男が顔を合わせた。

「永琳よ。出来るのか? 徳川と我が筒井家の戦力差は圧倒的だ。このまま耐え凌いだ方が良いように思えるが?」

「それは違います順慶様。確かに今は耐え凌いでいますがこのまま持久戦になれば敵は本隊を筒井攻略に当てるはず。そうなればいかに此方が地の利を得ていても持ちこたえられません」

「成程、だから敵の数がまだ少ない筒井方面軍を叩いてしまってそれを交渉材料に使おうと。ですがそれでもこっちから打って出るのは危険だと思いますな」

 筒井の全兵力と徳川筒井方面軍の兵数はほぼ互角。

その状況で百戦錬磨の徳川軍と戦えば最悪此方が壊滅する事もありえる。

「確かに正面から当たれば勝ち目は薄いでしょう。ですが逆に言えば正面から当たらなければいくらでも勝ち目はあります」

「……誘き出し、ですな?」

 「ええ」と女性━━八意永琳は頷くと地図を指差した。

「このまま揺さぶりをかけ徳川軍をこの竹林に誘い込みます。竹林での戦いならば私達が圧倒的に有利。そして敵の指揮官は私の知る人物であれば気が短い」

「必ず来ると……」

 僧服の男、筒井順慶がそう言うと三人は顔を見合わせ頷いた。

「では敵を誘き出す役、誰がやる?」

「それならばいい人材がいますわ。竹林になれて、それでいて逃げ足の速い娘が一人」

 そう言って永琳は口元に笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

「━━━━!?」

 突然の悪寒に大部屋で正座していた鈴仙・優曇華院・イナバは体が震えた。

「どうしたのかしら? イナバ?」

 自分の目の前で正座し盆栽の手入れをしていた品のある長く綺麗な黒髪を持った少女に見つめられ、慌てて姿勢を正す。

「い、いえ。何か急に体が震えまして……」

「誰かが噂をしていたのかも知れないわね」

 そう言い軽く笑うと少女は丁寧に鋏で枝を切り落として行く。

その様子を見ながら以前から思っていた事を聞いてみる事にした。

「あの、姫様は気にならないんですか?」

「何が?」と盆栽の手入れをしながら少女━━蓬莱山輝夜は聞き返した。

「えっと、徳川との戦いの事や今も戦いが続いている飛騨国の事とか……」

 「そうねぇ」と輝夜は鋏を床に置くと此方を見る。

「まず徳川との戦いの事だけどこれは永琳に任せているから私の知るところでは無いわ。

もし彼女が私の助力が必要と言うなら手を貸すし、いらないのなら私は何もしない」

 それただ自分が面倒なだけじゃ……。

と思ったが口にしたら色々大変な事になりそうなので止める。

「そして飛騨の事。これは確かに興味があるわ」

「で、ですよね! 聞くところによればP.A.odaや真田家が対処に回ってますが、姉小路家はこれ以上持ち堪えられないと判断して飛騨から脱出するとか」

「あら、そうなの?」

「……え? 知らなかったんですか? 興味があるのに?」

 此方が驚愕の声を上げると輝夜は盆栽に針金かけをはじめた。

「ええ、興味はあるわよ? どうして怪魔が現れたのかという事にね。

イナバ、貴女は不思議に思わない? 何故いきなり怪魔の大軍が現れたのか。

何故飛騨なのか? そしてこれは本当に偶然なのかって」

 それは……考えてなかった。

「起こってしまった事に目を向ける事はいい事よ。でも何故それが起きたのかという事にも目を向けなさい。そうしないと大事な事に気がつけないかもしれないわ」

 なんだか叱られているような気分になり思わず頭を下げる。

そんな様子を見て輝夜は微笑むと作業の手を止めた。

「まあ、こんな偉そうな事を言っても“何言ってんだこのニート姫”とか思われちゃうけどね」

 そういって悪戯気にウィンクした。

暫く静かに輝夜の作業を見ていると突然廊下のほうが騒がしくなった。

「重信様がお戻りになったぞぉぉぉぉ!!」

 その声と共に城が慌しくなった。人々が行きかい、鎧の揺れる音が聞える。

「どうやら揺さぶりは成功したみたいね」

「いやー疲れた疲れた」

 そう言って入ってきたのは兎の耳を持つ小柄な少女であった。

「お帰りなさいてゐ……って土埃塗れじゃない」

「ちょっと! てゐ! お風呂入ってから部屋に来なさいよ!」

 「ああ、うん。あとでね」と言うと因幡てゐはその場に胡坐をかいた。

「長距離砲仕舞うの時にこうなっちゃってね。でも徳川の奴等の慌てる顔見れたからそれでいいわー」

「長距離砲って例の穴の?」

 そう尋ねるとてゐは頷いた。

「そうそう、やっぱ師匠は天才だわ。あれじゃあ徳川には見つけられないね」

 てゐは自慢げに胸を張ると寝転んだ。

 畳が汚れるといけないので彼女を持ち上げると輝夜は盆栽を片付け始める。

そして立ち上がり此方を見ると笑顔になる。

「どうせだから一緒にお風呂入りましょ?」

 

***

 

「ええ。ええ。分かったわ。こっちでも気をつけておく」

 武蔵の遊撃士協会支部の中で西行寺幽々子は本部との通神を終えるとカウンターの前でそわそわしているエステルと妖夢を見た。

「どうだった!? 幽々子さん! 出動できる!?」

 カウンターから身を乗り出すエステルの肩をそっと持つと首を横に振る。

「依然現状維持よ」

「そんな! 何で!? 今も飛騨では多くの人が犠牲になっているのに!」

「そ、そうですよ幽々子様! 今動かずして何時動くんですか!」

勇む二人を宥めるようにヨシュアが此方と二人の間に入ると二人は一歩下がった。

「動きたくても動けないのよ。P.A.odaが姉小路との国境を封鎖して遊撃士協会の介入を拒否したから」

「じゃ、じゃあ真田側からは?」

「そっちは諏訪大社が動いているから入りづらいわね。協会と神社は折り合いが悪いから」

 「そんな事で……」と苦虫を噛み潰したような顔をするエステルの横でヨシュアは顎に手を添え、思案顔になる。

「それだけじゃありませんね……」

「それだけじゃないってどういう事? ヨシュア?」

「P.A.odaも真田も協会の介入を快く思わないのは面子の問題だけじゃない。両国からすればこれは好機なんだ」

 「好機」という言葉にエステルと妖夢は首を傾げた。

「エステル、姉小路家が飛騨国を放棄した場合どうなる?」

「それは……誰も居なくなって…………あ!」

「そう。飛騨は空白になるんだ。真田は怪魔の討伐と称して飛騨を制圧。領土を拡大できる。

そしてP.A.odaも領土を拡大できるし何よりも隣国の拡大を阻止しなきゃいけない。この事態の裏にはそういった政治的な争いも関わっているんだ」

 「そんな……」と怒りを露にしエステルは拳を握り締める。

「一応本部はまだ可能性のある真田家と交渉しているけどあまり期待しないほうがいいわね。それに出雲・クロスベルも厄介な事になっているみたいだし」

 「本部が?」とヨシュアに言われ頷く。

「何でも六護式仏蘭西が出雲・クロスベルの保護をしたいって言い始めたらしいのよ」

「……出雲・クロスベルは中立でしたよね?」

「ええ。でもそれもいつまで持つか分からないわ。此方が中立宣言しても宣戦布告されたらどうしようもないもの。だからその前に六護式仏蘭西が保護するって言ってるらしいのよ」

「無茶苦茶な言い分ですね……」

「でも六護式仏蘭西にはその傲慢さと虚栄を正当化できるだけの力がある。今後出雲・クロスベルがどうなるのかはマクダウェル市長しだいね……」

 本当に大変な時代になったものだ。

今いる武蔵だって将来どうなるかは分からない。

 今は慎重に情勢を見極め自分達に出来る事をやっていかなくては。

 ふと友人の事を思い出す。

彼女は今何をしているのだろうか? 彼女ならどうするだろうか?

━━無理してなければいいけどね……。

 自分が最後に彼女を見たのは統合争乱後妖怪軍団が解散した時だ。

あの時の彼女は酷く思いつめた顔をしていた。

 幻想郷を誰よりも愛していた彼女にとってこの世界からの脱出は悲願だ。

その思い故に暴走していなければいいが……。

「ともかく何が起きるか分からない以上、いつでも動けるようにしておいて」

 そう言うと三人は頷くのであった。

 

***

 

 昼の奥多摩の大通りをオリオトライ・真喜子と上白沢慧音が歩いていた。

二人は大きな紙袋を抱えておりその中には食材や日用品が入っている。

「悪いわねー。買い物につき合わせちゃって」

「いえ、私も色々と買いたかったですし」

 そういって慧音は紙袋の中から本を取り出す。

「それこっちの世界の本?」

「ええ、大衆向けの小説みたいですが私にとっては貴重な資料です」

「あー、歴史書を纏めているんだっけ? うちのネシンバラと話が合うんじゃない?」

「はい、彼とは何度か話してみましたが中々面白い子ですね」

「ちょっと……いや、大分変人だけど?」とオリオトライが笑いながら言うと思わず苦笑する。

 暫く二人で梅組の事を話しているとオリオトライが「あのさ」と立ち止まった。

「敬語、使わなくいいわよ? 同じ教師だし、私はそっちの方が落ち着くし。何か気になることがあったら何でも聞いてちょうだい」

「そうです……いや、そうか? なら前から一つ聞きたい事があるんだ」

 「なに?」とオリオトライが此方を向く。

「貴女は生徒が戦いに出て心配にはならないのか?」

 彼女の担当する梅組は武蔵の中核となるクラスだ。その為常に最前線にいる。

「んーそうねー」と言いながらオリオトライはゆっくりと歩き出したのでそれに続く。

「心配より信頼のほうが上って思いたいかなー。ほら、あの子達って普段馬鹿やってるじゃない? でもいざとなれば自分達のやるべき事を理解してやり切るから。

それに年配者が不安そうにしていたら若い子たちが安心して動けないじゃない?」

「凄いな、私だったら不安でしょうがない」

 と苦笑するとオリオトライははにかんだ。

「でも全く不安がないって訳じゃないのよ? こっちに来たばっかりの時は流石に不安だったわ。特に天子と衣玖が来た時」

「そうなのか?」

「梅組の連中って良くも悪くも自分達の世界が出来てるからね。誰かが馬鹿やって、それに突っ込みを入れて、そしてその騒ぎが拡大していつの間にかに収まる。

そこに本当の意味で異質な二人が入ってきたのよ?

衣玖は他人に気を使うのが上手だから直ぐに溶け込めたけど天子はねぇ。

あの子、最初に武蔵に来た時なんていったと思う?

『今から此処は私の城よ! あんた達は私に従いなさい!』よ?」

 その様子が直ぐに思い浮び、思わず笑う。

「で、うちの子達とあの子が戦って……まあ後半は戦いってよりリンチぽかったけど最初に『一対十でも構わないわ!』とか言ったんだから仕方ないわよね。

それから教導院に転入よ? 暫くはギクシャクしてたわね」

「それからどうなったんだ? 今は大分馴染んでいるみたいだが」

 角を曲がり飲食店が多く並ぶ道に出る。

昼のため多くの店が看板を立てかけ、良い匂いが漂ってくる。

「ある日ね天子がトーリにこう言ったのよ。『あんたの理想はお子様の考え。そんなんじゃ誰も救えない言うだけ大将よ』ってね」

「それは……」

 彼の理想は知っている。そして彼の仲間達は彼の理想を支えようとしている事も。

「そしたらミトツダイラが怒ってね、一触即発の雰囲気になったのよ。でもトーリは怒らなかった。彼はね笑顔で『そっか……でもよ? 救えないって決まったわけじゃないだろ? 俺の事、皆の事が信用できねーってなら見ててくれよ。それでおめえが駄目だって思ったらいつでも言ってくれ。王様ってのはみんなの意見を聞くものだろ?』」

「…………」

「それからは大分大人しくなったわねー。暫く天子がストーカーみたいにトーリの様子を常に監視していてちょっとした名物になっていたけど今は信用してくれるようになったみたいよ?」

 オリオトライは簡単に言ったが実際にはもっと色々な衝突があった筈だ。だがそれを乗り越え今の彼らがあるわけか……。

 気がつくとオリオトライは飯店の前に立ち止まり指差した。

「ちょっと昼食にする?」

 

***

 

 店内は昼休みに入り、食事をしようとしていた人々が多くおり繁盛していた。

店員に隅の席に案内されオリオトライがヒレカツ定食を頼んだので本日のオススメの欄に書かれていた海鮮丼を注文する事にした。

 店員が湯飲みに入った緑茶を持ってくるとオリオトライが口をつける。

「さっきの話の続きって感じだけど、今ちょっと心配な事があるのよね」

「心配? 梅組の事か?」

「梅組というか天子が、ね」

 彼女は湯飲みをテーブルの上に置くと椅子に深く腰掛けた。

「最近の彼女さ、ちょっと思いつめちゃってる感じなのよね」

 「思いつめている?」と聞き返すと彼女は「そう」と頷いた。

「歩いているときにも言ったけど天子ってさ友達を作るのに向かない性格じゃない?」

 確かに。

幻想郷でも彼女は友人が多いとは言えなかった。

 そもそも最初の出会いが出会いなので彼女に対して良い印象を持っている人物のほうが少ないかもしれない。

「そんな彼女がよ? 友人を得たわけじゃない。だから彼女自身戸惑っている感じがするのよね」

「友人を得て戸惑うのか? 喜ぶのではなくて?」

「ええ、他人とどう接すればいいのか、どうしたら嫌われないのか? これって結構難しい事だと思うのよね」

「……つまり彼女は友人を得たことで無意識の内に友人が自分から離れる恐怖を感じていると?」

 オリオトライは「Jud.」と言うと店に入ってきた客を横目で見た。

「一度孤独を知った人間は誰よりも孤独を恐れるわ。だからその恐怖から向こうで暴走してなきゃいいけどってね。まあ向こうには衣玖が居るし、点蔵やメアリも居るから大丈夫だと思うけど……」

 そう言ってオリオトライは苦笑した。

それから少ししてヒレカツ定食と海鮮丼が運ばれ、食事を終えると店を出た。

 十一月に入り外は肌寒さを感じさせるようになっていた。

 ふと足を止めると此処からは見えない伊賀の方を見る。

向こうの空は曇り掛かり、今後を憂う様であった。



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~第二章・『隣国の武士達』 何処も忙しくなってきた (配点:信玄)~

 

 駿河国の北に位置する甲斐国。

山々に囲まれ中央には甲府盆地が広がっていた。

その盆地の中央には要害山城を中心とした躑躅ヶ崎館が広がっている。

 統合事変以降気候の変化が激しくなった甲斐ではその気候から身を守る為にドーム型の結界で覆った城や街が増えた。

 その躑躅ヶ崎館に馬場信房は召集された。

彼は冬用の衣服を着込み煙管を咥えながら躑躅ヶ崎館の正門を潜る。

「やれやれ、対徳川に出てた俺を召集するとはのぉ。余程の事と思える」

 そう呟き歩いていると前方を見知った赤い着物の男が歩いていた。

彼は振り向くと足を止めた。

「おお! 鬼美濃か! お前まで呼ばれるとはな!」

「昌景よ、俺だけではないぞ? ほれ」

 と指を指せば兵の詰め所から衛兵を連れた男が出てきた。

「あの仏頂面、“逃げ弾正”か」

「俺も居るぞ」と声を掛けられ振り返れば鎧を着た男が立っていた。

「なんじゃ昌豊。お主まで来たのか」

「ああ、上杉を見張るだけで暇だったのでいいが……よもや四天王全員召集とはな」

「それだけ事態は深刻ということだ」

 いつの間にかに衛兵を連れた男━━高坂昌信が昌景の横に立っていた。

彼は「あれを見てみろ」と西門の方を指差すと六文銭の旗を掲げた軍団が入って来ていた。

「真田昌幸まで来たか……これはいよいよ大事だぞ」

 そう言うと一同は頷き、本館へ向かった。

 

***

 

 本館の評定の間に武田家の家臣たちが集まっていた。中央の上座には僧服を来た男が座っており最前列には四天王と真田昌幸が、その背後には多くの家臣たちが座っていた。

「……あ奴はまた評定に出ぬか」

 高坂昌信がそう言うと上座の男が笑った。

「九朗殿は自由人だからのう。今さら気にせんよ」

 「さて」と上座の男が一息入れる。

「皆も知っているように隣国で少しばかし厄介な事態が起きておる。怪魔どもの出現地が信濃国に近いため多くの怪魔が我が国になだれ込んできている」

 そう言うと昌幸が頭を下げた。

「現在我が息子信繁と神奈子が対応しているが少しずつ被害が増えておる」

「うむ、このままでは被害は増える一方。故に本格的な怪魔討伐の軍を起こす」

 その言葉に広間はざわめいた。

「しかしお館様よ。今大軍を動かせば徳川や北条、そして上杉に背後を突かれるやも知れませんぞ?」

 信房がそう言うと上座の男━━武田信玄は頷いた。

「まず北条、奴等は飛騨の異変以降国境を閉鎖した。これが何を意味するのかは知らぬが我々にとってさほど危険ではあるまい。次に徳川だが確かに昨今の徳川の躍進、流石と言うべきであろう。だがかの国にはまだ我が国と争うだけの国力は無い。国境に兵を置けば動かぬだろう。そして我等にとって宿敵とも言える上杉だが……ほれ、入ってまいれ」

 信玄が手招きし家臣たちが慌てて振り返った。

 すると大部屋に三人の男女が入ってきた。

先頭を歩くのは甲冑を着た老人でその右隣に上越露西亜の制服を着た魔人族の女性だ。そして左隣には黒い衣服を身に纏い茶と紫が混じった髪の女性が居た。

 三人は信玄の前に来ると正座し、頭を下げる。

「おい、鬼美濃……あれは……」

「うむ、流石に予想外だ」

 最初に老人が頭を上げた。

「上杉家家臣、宇佐美定満に御座います」

 次に頭を上げたのは魔人族の女性だ。

「上越露西亜所属、本庄・繁長だ」

 そして最後に黒衣の女性が。

「命蓮寺の僧。聖白蓮です」

 三人が名乗りを終えると定満が懐から手紙を取り出した。

「本日は上杉家と武田家の同盟のための使者として参りました」

「何と! 上杉家と同盟とな!?」

 内藤昌豊の声と共に動揺が広がった。

信玄は親書を受け取り、右手で一同を制すると目を通し始めた。

そして最後まで読みきると目を閉じた。

「お館様、これは一体……?」

 昌幸がそう尋ねると信玄は頷く。

「上杉家も我等と同じと言う事だ。西には本願寺の一向宗。東には最上家。特に近頃最上家は戦の準備をしていると聞く。故に上杉家は我等と争う暇が無いという事よ」

 「かつて」と信玄が背筋を伸ばす。

「かつて我等は五度川中島にて相対した。しかしその間に西では織田信長が力をつけ勢力を伸ばした。

その結果武田がどうなったのかはわしよりも知っている者が多く居ろう。

その過ちを繰り返してはならん。まずは長年の宿敵と手を組み、織田を叩く。

上杉家との結着はその後でも良いだろう……のう、定満?」

「その通りで御座います。謙信公もその時を楽しみにしていると……」

 「そうかそうか」と信玄は笑うと真顔になる。

「上杉との同盟、異論が有る者は申し立てよ」

 誰も動かない事を確認すると信玄は定満の方を向いた。

「ではその同盟、お受けしよう」

 そう言って信玄が頭を下げると家臣達は一斉に頭を下げた。

それに応えるため定満たちも頭を下げる。

「さて」と信玄は立ち上がると家臣達は一斉に姿勢を正した。

「信房! 兵二千を率い徳川国境に向かえ! やつらを牽制するのだ!」

「御意」

「昌景! お主は赤備えを率い先遣隊として信繁に合流せよ!」

「応!!」

「昌信は航空艦隊の指揮を執れ!」

「……必ずや」

「昌豊は後詰として躑躅ヶ崎に待機」

「は!」

「そして四郎!」

 前列の隅に居た義息を見る。

「お主はわしと共に本隊を率いよ!」

「は! ははあ!」

「ではこれにて評定を解散とする! 皆、迅速に動くように!」

 その号令と共に家臣達は一斉に動き始めた。

 

***

 

 評定の後、客間に通された定満達はそこで待たされていた。

一応同盟の了承は得たが様々な事を話し合う必要がある。

 その為家中が落ち着くまで待つ事にしたのだ。

「一応はおめでとう御座います。定満様」

 そう言ったのは聖白蓮だ。

彼女は正座し茶を飲みながら笑みを浮かべる。

「うむ。だがある意味ではこれからが本番だな。武による戦は無くなったが外交もまた戦。なるべく我が国が有利にならなければ」

「共に手を取り合いながらも背中には刃を隠すと?」

「それが戦国の世というものだ」

 白蓮は何かを言いたそうに口を開きかけるが途中で止めた。

「政に私は口出ししないほうがいいですね」

 そう言って茶を啜る。

すると突然先ほどまで黙っていた本庄・繁長が立ち上がる。

 突然の事に白蓮は驚き。

「あの、何か私失言しましたでしょうか……?」

「いや違う。…………何者であるか!!」

 そう叫び構えると部屋の襖が開かれ小柄な少女が現れた。

「あら、貴女は」

 少女は白蓮を横目で見ると部屋に入ってくる。

「ありゃりゃ、ばれちゃったか。勘がいいねぇ」

「…………盗み聞きとは随分と舐められたものだ。もう一度問う! 何者であるか!」

 繁長の声に少女は五月蝿そうに耳を塞ぐとその場に座る。

「私は洩矢諏訪子。盗み聞きしてたのは謝るよ」

 繁長は「洩矢?」と眉を顰め白蓮を見ると彼女は小さく頷いた。

「彼女は洩矢神社の祭神ですよ。土着神の頂点とも、邪神とも言われてます」

「そうそう、いやぁ顔見知りが居ると説明楽でいいわー」

 と諏訪子は帽子を脱ぎ笑った。

「今日はあの“嫌味な”神は一緒じゃないんですか?」

 白蓮は笑顔で尋ねるが何処と無く怖い。

「……あんた、神奈子と何があったのよ? あいつは今飛騨国境だよ。うざい怪魔共を退治してるところじゃない?」

 「成程」と白蓮は頷くと湯飲みを置く。

「それで? 何か御用ですか? ただ盗み聞きしてただけではないでしょう?」

「うん、ちょっと警告しようかなーってね」

「警告……?」

「そう、何か家に同盟を持ちかけたらしいじゃん? 太郎は了承したみたいだけど私はちゃんと見張ってるからね。

この武田家は言うなれば私の氏子達、つまり私の子供なわけ。

もし彼らに危害を加えるなら━━━━徹底的に潰すから」

 その瞬間部屋中に背筋が凍るような殺気が充満する。

白蓮は僅かに眉を動かし、繁長と定満は構えた。

暫くにらみ合いになったがやがて諏訪子は小さく笑い、殺気を収めた。

そして立ち上がると「ま、そう言うことだから」と部屋を出ようとする。

「あ、ちょっと待ってください」

 白蓮は慌てて呼び止めると彼女は顔だけを向けた。

「ん、なに?」

「貴女は怪魔についてどう思っていますか?」

 諏訪子は暫く「うーん」と唸り言葉を慎重に選ぶように言った。

「私が思うにあいつらは自然の生き物じゃないね。それに“意思”があるとも思えない。つまり……」

「一連の異変には黒幕が居ると……?」

「そう、それも途轍もなくヤバイ奴がね。皆暢気に戦争してるけどこの世界、実は滅茶苦茶ヤバイんじゃない? あんたたちも気をつけたほうがいいよ。

いつか皆纏めてお終いって事になるかもね……」

 そう言って彼女は部屋から出ていた。

 

***

 

「え!? 関所を通れないってどういう事ですか!?」

「飛騨で怪魔が現れてから急に北条家が国境を封鎖したんだよ。だから今この関所は誰も通せない」

 駿府から伊豆へ向かう関所で茨木華扇は足止めをくらっていた。

北条が国境を封鎖したため陸からも海からも関東に入れなくなったというのだ。

「でもなんで封鎖を?」

「お偉いさんの考える事は良く分からん。どうしても通りたいってんなら徳川から親書でも持ってくるんだな」

 「ほれ、後がつっかえてるんだ」と追い返され、しぶしぶ下がる。

 関所には自分と同じく関東へ向かうはずだった商人や旅人が溢れ、時折怒声が飛び交っていた。

「……どうしましょう?」

 海からも入れないとなるとどうしようもない。

いっその事不法に国境を越えようかとも思ったが後の事を考えれるとやめた方がいいだろう。

 旅人用の茶屋は開いていたのでとりあえず入り団子を頼んだ。

 自分の旅の目的は“妖怪の腕”を探す事だ。

その為各地を回っていたが西日本ではそれらしきものは無かった。

故に今度は東日本でと思ったのだが出鼻を挫かれてしまった。

 団子と茶が運ばれてくると団子を一個食べる。

「関東に入れないなら東北から回ろうかしら……?」

 それも一つの手だが東北に行くにはそれなりの準備をしなければいけない。

東北は非常に寒冷化が進んでおり今の装備では凍えてしまう。

━━そういえば徳川の親書を持ってれば通れるらしいわね。

 自分みたいなただの旅人が貰えるとは思わないが一か八かで試してみるのもいいかもしれない。

 そう思うと残りの団子を一気に平らげ、茶を飲みきる。

そして勘定を終えると店の外に出た。

「さて、着た道戻る事になるけど。岡崎目指しましょうか」

 そう行って東海道を歩き始めるのであった。

 

***

 

 飛騨国南部、そこではP.A.Odaと怪魔の群れが未だに激しい戦いを行っていた。

 荒れ果てた平地を一つの巨体が転がる。

巨体は白くゴムのような皮膚を持つ四本足の竜であったが、それには頭部が無かった。

 その竜型の怪魔を追いかけるように浅黒い肌を持つ男━━佐々・成政が駆ける。

 怪魔は転がりながらも迎撃の為両前足を鞭のように薙いだ。

「チッ! ウゼェ!」

 成政は止まらず跳躍すると怪魔の腕の上に足を掛け、再度跳躍する。

「咲け!! 百合花ァ!!」

 起き上がろうとする怪魔の状態に拳を叩き込み、怪魔は断末魔の声を上げながら地面に埋まった。

 成政は潰れた怪魔を二三回踏みつけると動かない事を確認し、体から飛び降りる。

そして胸ポケットから櫛を出すと髪を整えた。

「おーおー、派手にやってるね!」

 前方からP.A.Odaの女子制服の上に男性用の上着を着、眼鏡を掛けた女性が近づいてきた。

「…………不破か。何しに来た?」

「何しにって酷いわね。補給物資、届けに来たのよ」

 そう言って自分の背後を指差せばそこでは数隻の輸送艦が着陸を行っていた。

「で? どうなの、戦況?」

「良いとは言えねぇな。倒しても倒しても次々沸いてきやがる」

 この数日でいったい何体の怪魔を倒しただろうか?

地上も空中も埋め尽くさんとする怪魔を相手に戦い続けていたため兵の消耗は激しい。

「真田の方じゃクラーケン型が何匹も確認されてるんでしょ? 大丈夫なの?」

「昨日、こっちでも数匹仕留めた。おかげでこっちも二隻沈められたけどな」

 そう言うと不破・光治は「ああ、後方で見たわ」と眉を顰めた。

 一隻の鉄鋼船が上空を通過する。

鉄鋼船は船体を横に向けると遠方に対して一斉砲撃を行い直ぐに後退した。

 暫くその様子を見ていると突然背後から「あ、お二人ともここに居たんですね!」と声を掛けられる。

 振り返ればそこには触手が居た。

触手は体をうねらせながら寄って来る。

「うわー触手がにょろにょろと来るわー。思わず怪魔と間違えて撃っちゃいそうね」

「な! 失礼な! 僕をあんな汚らわしい怪物と一緒にしないでください! 僕は綺麗な触手なんです。昨日だってちゃんとお肌の手入れのためにオイル塗りましたし!」

「ちょー卑猥な映像しか思い浮ばないんだけど……」

「だいたいあいつらには人を思う心が有りません! それに比べ僕はあの人のことを…………。ああ! 最近考えてなかったから急に締め付けるような感覚がぁ! 落ち着け! 落ち着けぇ! 僕!」

「うわー、チンコが地面でビタンビタンしてるわー」

「おい、森。お前は出撃しなくていいのか?」

 そう問われ触手━━森・長可は止まった。

「あ、はい。何でも武神隊は温存しておけとの事で。多分ですけど途中で武田と衝突するからでは?」

「確かに私達の敵は怪魔だけじゃないからねー。このまま行けば桜洞城あたりでかち合うかもね」

 再び鉄鋼船が上空を通過する。

再度の砲撃のための全身であったが船は砲撃を中止した。

『前方より姉小路艦隊来ます! どうしますか!?』

 表示枠が開き、船の艦長が指示を請う。

三人は顔を見合わせると光治が「とりあえず沈める?」と言うと成政も「めんどくせぇからそれでいい」と頷いた。

「いやいや! お二人とも! 流石にそれはまずいですよ!」

「その通り、奴等は通して構わない」

 長可の声に女性の声が続いた。

三人は声の方を向くとそこには九尾の女性が立っていた。

 

***

 

「見逃しちゃっていいの?」

「ああ、彼らにはある“役”を演じてもらう」

 そう九尾の女性が言うと成政は眉を顰めた。

「またあいつの策か?」

「そうだ。この事は既に信長公も承認済みだ」

 「ああ、なるほどね」と光治が頷くと残りの二人は首を傾げる。

「あの、どういうことでしょうか?」

「うん、つまりあの姉小路艦隊には餌になってもらうんでしょ? そして織田領に入るのは許可するけど着陸はさせないと」

「おい、いっている意味が分からねーぞ」

「まあ佐々は馬鹿だから順番に、わかーりやすく教えてあげる」

 光治は「ウゼェ」と言う成政を宥めると表示枠を開いた。

そこには姉小路艦隊の予測進路が映し出される。

「じゃあ、まず最初。このまま姉小路艦隊を通したらどうなると思う?」

「それは……一応の制空権を得ているとはいえ、未だ多くの敵が空に居ますから追撃されるのでは?」

「そう、じゃあその状態で直ぐにでもどこかに逃げ込みたい姉小路の受け入れを織田が拒否したら?」

「そりゃあ、他のところに…………待て、まさか」

「Shaja.、 織田に行けなかったら彼らが向かうのは六角か徳川。でも六角はいま柴田先輩達がひゃっはーやってるから危険。だったら姉小路が向かうのは?」

 二人は沈黙する。

九尾の女性は光治の横に立つと地図の下側。徳川領を指した。

「この事は他言無用だ。“我々は被害者だ”と言える様にしておけ」

 そう言うと彼女は光治と補給物資の運搬について話し合い始めた。

それを横目に成政は小さく溜息を吐くと遠ざかって行く姉小路艦隊を見る。

「……めんどくせぇ事になりそうだ」

 

***

 

 炎上する城があった。

否、それは最早城とは言えない。

 天守は崩れ、城壁には大穴が開いている。

 柱が折れ、炎の中に落ち轟音を立てる。

そんな観音寺城の様子を上空で満足げに見ている女性が居た。

 風見幽香だ。

 彼女は城が崩れ炎が大きくなる度に目を細める。

『随分とあっさり陥落しましたね』

「徒党を組めなければ所詮こんなものよ」

 表示枠に映るエリーにそう言うと彼女は

『まあ上空からギガスパーク爆撃されたらひとたまりもありませんね。今すぐ帰還なさいます?』

「あとちょっと城が崩れるのを見てからにするわ」

 そう言い表示枠を閉じる。

国境沿いの一戦以降、戦いは一方的になった。

 逃げる連合軍を背後から攻撃する事を繰り返しついに六角家の本拠地観音寺城を攻め落とした。

 こうなった最大の理由はT.P.A.Italiaの撤退だ。

四国で西園寺家と河野家が長蘇我部家に宣戦布告したため下がらざるおえなくなったのだ。

「でもこうもあっさりだとつまらないわよね……そう思うでしょ? そこで覗き見してる奴」

『あは! 分かっちゃった?』

 空間が裂かれ闇が吹き出る。

そして闇の中から黒いマントを羽織った黒髪金眼の少女が現れる。

「それだけの瘴気を振りまいていれば誰だって分かるわ。それで? 私に何の用かしら?」

「わたしね? 今部下を募集中なのよ。もう直ぐ大きなパーティーをしようって思っているのだけれどどうにも人手が足りなくてね……あなた、わたしの部下にならない?」

 その瞬間少女の顔が爆発した。

幽香は傘の先端を少女に向けると眉を上げる。

「随分と舐められたものね! 私を部下にしようだなんて」

「ふふ、貴女のそう言う暴力的な所って素敵! ますます気に入ったわ!」

━━無傷?

 攻撃は本気で行った。

しかし眼前の少女の顔には傷一つ無く何事も無かったかのような表情をしている。

「でも残念ね……わたし、手に入らない玩具って嫌いなの」

「誰が玩具で…………!」

 言葉は続かない。

少女はいつの間にか此方の背後に回りこみ、首に抱きついていたのだ。

 あまりの悪寒に鳥肌が立つ。

「…………あなた、何者よ?」

「ふふ、驪竜(りりょう)って呼んでくれると嬉しいわ」

 驪竜は口を此方の耳に近づけると囁いた。

「━━━━世界の真実が知りたいならわたしの所に来なさい」

 意を決し、彼女を振り払おうとする。

しかし背後には既に彼女の姿は無かった。

『ふふふ、また来るわ。その時に返事を聞かせてね? 最強の妖怪さん』

 後には驪竜の不気味な笑い声と背に汗を掻く嫌な感覚だけが残った。

幽香は息を整えると忌々しげに崩れ落ちる観音寺城を睨みつけるのであった。

 

***

 

 窓を閉じ、薄暗い大広間に複数の男女が居た。

大広間の中央には日本地図が広げられ彼らはそれを囲む。

「六角」

 上座に居た赤いマントを羽織った男が地図の観音寺城に短刀を突き刺す。

「浅井・朝倉」

 次に六角の北方にある二国。

「武田・真田」

 甲斐信濃の二国に。

 その場に居た皆が唾を飲み込む。

自分達の敵となる国には全て短刀を刺したのだ。

だがマントの男の横にはまだ一本、短刀が残っていた。

 男が短刀を掴み掲げる。

そして振り下ろした。

 振り下ろした先は清洲の下。

即ちそれは……。

「徳川」

 大部屋に緊張が走る。

「…………徳川は我等の同盟国では」

「知っておる」

 男は立ち上がるとその場にいた全員を見渡した。

「我等にとって最大の敵は何だ? 聖連か? 武田か? 上杉か? 否、それらは強豪ではあるが天下人の素質無し」

「故に徳川と……?」

「いかにも。竹千代めは我亡き後猿の豊臣を滅ぼし天下を取った。それを偶然とでも言うか?」

 誰もが反論をしない。

「徳川は必ずや天下に近づくであろう。だがそれはさせぬ。奴等が天下を取れば世界は滅びる。我等が計画の邪魔をさせるわけにはいかぬ」

“計画”という言葉に皆が背筋を伸ばした。

「近い内に事を起こす。皆、その備えをせよ」

男が窓を開ける。

日光が部屋を照らし、マントが烈火のごとく輝く。

「天下布武にて世界を終わらせる!」

 その号令と共に皆が頭を下げた。



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~第三章・『白き船の盗み人』 駆け回って 集まって (配点:怪盗)~

 体の揺れを感じ、深い眠りから目覚める。

「…………ん」

 いつの間に寝たのだろうか?

体中に疲労感があり首を動かすのも億劫になる。

 ふと顔に重みを感じた。

━━そう言えば寝る前に本を読んでいたわね……。

 英国からの長旅は思った以上に大変であった。

飛空挺を途中で三度程乗り換えその度に帰りたいと思った。

 だが英国女王に関東に行くと言ってしまったので戻れない。

ともかく本を顔からどかそうと持ち上げると目の前に金髪の馬鹿の顔が有った。

「やあ、パチュリー君! おはよう!」

「むきゅ!?」

 驚き仰け反り、後頭部を椅子の背もたれに打った。

「はは! 目が覚めたかね……ってミュラー君? 顔、怖いよ! ちょおっ!」

 黒髪の男━━ミュラーがオリビエを床に押さえつけた。

そして此方を見ると。

「……すまない」

「…………ああ、うん」

 

***

 

「全く、ミュラー君酷いなぁ……。おかげで顔に絨毯の跡がついちゃったよ」

「朝から馬鹿なことをしているお前が悪い」

  三人は朝からどたばたとした後運ばれて来た朝の機内食を飛空挺の最前席で食べていた。

この機内食日持ちする物をメインにしている為か硬く、味が薄い。

「おや? パチュリー君、その魚食べないなら貰おうか?」

「おい、オリビエ。行儀が悪いぞ」

「構わないわ。もともと私には食事は不要だから」

 魔法使いとなった自分にとって食事は必要ではなく食事はちょっとした娯楽に近い。

なのでわざわざ不味い物を食べる必要は無いのだ。

 オリビエに自分のプレートを渡すと彼がいつもの赤い服から白い服に着替えている事に気がつく。

「……いつもの赤い服じゃないのね」

「ああ、あれかい? あれだと流石に目立つからね。今の僕は旅の吟遊詩人さ」

 金髪に白服であまり変わらない気がするが本人が良いなら放って置こう。

「今日の昼前には浜松に着くけどどうするのかしら? 関東に行けなくなったけど」

「ああ、それだが武蔵に寄ろうと思う」

 ミュラーの答えに「武蔵?」と首を傾げると彼は。

「そこの遊撃士協会に知り合いが居る。彼らの力を借りようと思ってな」

「そう。まあそこら辺は任せるわ」

 そう言い、紅茶を飲み干すと鞄から本を取り出した。

この長旅で持ってきた本を殆ど読んでしまった為浜松で補充しようかと考えていると艦内放送が流れた。

『当機は二時間後に浜松港に着陸します。皆様引き続き空の旅をお楽しみください』

 窓から覗けば紀伊半島が見えていた。

 

***

 

 浅間神社ではアマテラスを向かえるための突貫工事が完了し浅間・智や直政たちが荷物の運びいれを始めていた。

「トーリ君たちも手伝わせてしまってすみません」

「おお、構わねぇよ。でも大丈夫なのか? 神社改造しちゃって?」

「Jud.、 父も了承済みですし何よりも天照大神を普通の部屋に住まわせるわけにはいけませんから」

 アマテラスの部屋は境内近くを改築して作ったもので、一応伊勢神宮の分社という事になった。

「とりあえず建物のチェック終わったさね。後は結界だけど、そっちはあんたに任せる」

 直政に礼を言うと彼女は片手を振り境内の階段を下りていった。

━━でも勝手に祭っちゃって良いんでしょうか?

 一応伊勢神宮や天岩戸神社に分社を武蔵に建てることは連絡したがアマテラス本人が居る事は言っていない。

言えば無理やり回収しに来るかもしれないからだ。

━━これ、バレたらヤバイですよね?

 父は一言「お父さんに任せなさい」と満面の笑みで親指立ててたがいったいどうする気なのだか……。

「ところでアマ公は?」

 賽銭箱を除いていた女装に言われ頷く。

「トーリ君、一応神様なんですからその呼び方は……。アマテラス様は何か正純に呼ばれてミトたちと一緒に伊勢に向かいました」

そういえば伊勢に向かったんですよねー。バレ無ければいいんですけど……。

だがその可能性は低い気がする。

誰が見たってアマテラスを神とは思えないだろう。

「浅間様、この台座は何でしょうか?」

「あ、それですか? それは天照大神の尊像を置こうと思って。ほら、そこに置いて……」

 指差した先で女装が脱いでいた。

ホライゾンが回し蹴りを喰らわすと半裸の女装を見て。

「トーリ様がアマテラス様の尊像ですか……。それはちょっと……」

「いやいや! 置きませんよ!? というか像は……?」

 像が置いてあった場所には下に敷いていたビニールシートだけしかなかった。

周りを見渡すが何処にも像は無い。

というか結構重量が有るものなのでそう簡単には動かせないはずだ。

 しばらく途方に暮れているとやっぱり着なおした女装が「あのよ」と近づいてきた。

そして胸元からカードを取り出す。

「こんなもん挟まってたんだけど……」

 カードを受け取り読んでみる。

そこにはこう書かれていた。

“この美しき尊像は頂いた。返して欲しくば謎解きに答えよ。 怪盗:B”

 三人は顔を見合わせるのであった。

 

***

 

「で、その謎解きをすることになったって訳さね」

 戻ってきた直政に事情を言うと彼女はカードの裏を見た。

「学多き者集う小さき学び舎に時の鐘鳴り響く」

「これ、教導院のことじゃないさね?」

「ですよね……」

 だがこの事を教導院に居る正純に連絡して探してもらったのだが何も見つからなかった。

「鐘ってんだったら時計塔は?」

「そこも探しましたが無かったそうです」

 「うーん」と悩んでいるとホライゾンがカードをじっと見つめた。

そして暫く思案すると手を上げる。

「これ、教導院は教導院でも小等部のことじゃ無いでしょうか? この“小さき”というフレーズからしても小等部の生徒という意味では?」

「成程……」と全員が顔を見合わせると頷いた。

「そんじゃ行ってみるか?」

 

***

 

 小等部に着いたトーリ達は職員室に居た慧音に時計塔に入らせてもらえるように頼んだが、時計塔は最近故障したため生徒が入らないように封鎖されたという事を聞かされた。

 皆はとりあえず校庭に出ると時計塔を見る。

「……困りましたね。入れないとなると調べようがありません」

「というか本当にここであってるんさね? その怪盗とやらも入れない場所に来るとは思えないんだが」

「でもよー、他に目ぼしい場所ってあるか?」

 正直なところ此処が正解だと思っていたのでそんな場所思いつかなかった。

思い切って昇ってみましょうか?

とも思ったが小等部が許してくれるはずが無い。

 本格的に手詰まりだと思っていると小等部前の道を御広敷が通った。

彼は此方に気がつくと近づいて来る。

「おや、皆さんどうしたんですか? こんな所で?」

「あー、俺たち時計塔に入りたいんだけどよぉ。封鎖されちまって入れねーんだよ」

「ああ」と御広敷は頷くと腰に手を当てた。

「入れますよ? 中に」

「…………え?」

 

***

 

 御広敷に案内され小等部の屋上に行くと彼は時計塔の壁を外した。

すると人が通れるぐらいの穴が現れ、中に入る事が出来た。

「よく知ってましたね。こんな場所」

「Jud.、 小生、何とかして体育の時間の小等部の子達を見れないかと探していたところ見つけまして」

「あ、慧音先生ですか? はい、屋上に一名変質者が……」

「ちょお!! 教えたのに酷くないですか!?」

「そうですねー。ありがとう御座いますねー。でも番屋には行ってもらいますから」

 笑顔で弓を取り出し構える。

「く! これだからババァは! 人の好意を直ぐにふいにするのですから!」

 とりあえず顔面に一発矢を打ち込んでおくと振り返る。

そこでは女装が大時計を動かす歯車を覗き込んでいた。

「トーリ君、危ないですから気をつけてくださいね」

「おう、大丈夫大丈夫……て、あれ? おい、下のほうになんかあるぞ?」

  彼と同じように覗き込んでみると確かに歯車と歯車の間に何かが挟まっていた。

「どうやって取るんさね? あたしの腕じゃ取れないよ」

 カードは結構下にあるため身を乗り出したくらいじゃ届かない。

「何かマジックハンド見たいな物が有ればいいんですけど……ホライゾン? どうしたんですか」

「Jud.、 ホライゾンいいこと思いつきました。では、トーリ様。体張って行きましょう」

 「は?」とトーリが言った瞬間にホライゾンは彼の背中に蹴りを入れる。

不意打ちの蹴りに彼は手すりから滑り落ちる。

そして体が完全に落ちる瞬間にホライゾンは彼の足を掴んだ。

その後柱に顔がぶつかり鈍い音が響いた。

 ホライゾンは足を持ちながら下を覗き込むと左手でグッジョブと送った。

「お、おめぇ、こういう事は事前に話さねぇ!?」

 「まあまあ」とホライゾンがトーリを宥めるたびに彼の体が左右に揺れるので心臓に悪い。

 彼は体を仰け反らせると歯車に左手を置き、右手でカードを引き抜いた。

カードが引き抜かれたことにより歯車が動き始める。

「よーし取れたぜホライゾン! 引き戻してくれー」

「Jud.、 では行きますよ、トーリ様」

 彼女は思いっきり腕を振り上げた。

しかし振り上げた勢いで思わず手を離してしまい女装が天高く舞い上がる。

「たまやーーーーーー!?」

 女装はそう叫びながら上昇し天井にぶつかった。

落ちてくるまでの途中三度程柱にぶつかり最後は顔面から床に落ちた。

 それから暫く遅れてカードが落ちてくる。

 ホライゾンはそれを掴み確認する。

「大丈夫です。ノープロブレムです」

「いや、おめぇ。ふつー俺の心配しね? しね?」

 ホライゾンは女装の抗議を無視するとカードに書かれた文字を読み上げる。

「機と人。赤き鎧を白く照らす」

 そう読み終えるとホライゾンは首を傾げた。

 

***

 

「で、ここに決まったと」

 小等部で御広敷を慧音に渡し彼が壮絶な頭突きを喰らうのを見た後、小等部を後にし途中自宅に帰宅中の正純を加えウルキアガの家に向かった。

 彼の家は倉庫を改築したものであり、玄関も半竜が通れる大きなものであった。

「“機と人”という事と“赤い鎧と白い何か”。確かにウルキアガと伊達副長の事に思えるな」

 正純がそう言うとトーリが扉を叩いた。

暫くすると白の半竜が現れる。

「なんだ貴様等ぞろぞろと。成実はいま居ないぞ」

「ああ、ちょっと聞きたいんだけどよー。こんな感じのカード見なかった?」

 「ふむ?」とウルキアガはカードを受け取ると確認する。

「見たぞ。さっき掃除をしていたら同じようなカードが本棚の裏から出てきた」

 「暫く待っていろ」と家に戻ると正純は浅間を見る。

「なあ、浅間。これ番屋に連絡したほうがいいんじゃないか? 明らかに悪戯の域を超えているだろ」

「そうなんですけど、こう露骨に怪盗と名乗られると自力で解決したくなりますねー。トーリ君たちも乗り気みたいですし」

 なんだかんだで直政もずっと一緒だ。

 ミトツダイラかアマテラスが居れば臭いからも捜索出来たかもしれないが間が悪い。

いや、もしかしてそれを狙ってた?

 まさかですよね?

と思っているとカードを持ったウルキアガが出てきた。

 彼はトーリにカードを渡すとトーリは読み始める。

「えーと? 桃色の死蝶舞う屋敷にて困り人を待たん?」

「また随分と抽象的なものが出たな……。桃色の死蝶には心当たりがあるか?」

 正純が一同を見るが皆首を横に振った。

「と、なるとこの“屋敷にて困り人を待たん”がヒントになるな」

 「屋敷」「困り人」「待たん」と皆呟くとウルキアガが「ふむ」と唸った。

「お、ウキーなんか分かったか?」

「うむ、これは遊撃士協会の事ではないか? 奴等は人々から依頼を受け、解決するのが生業だ」

「確かに一理ある。ともかく行ってみるとしよう」

 こうしてウルキアガも合流し、遊撃士協会支部に向かう事になった。

 

***

 

 奥多摩の遊撃士協会支部に近づくと、支部の前には見知った顔がいた。

彼女等はこちらに気がつくとエステルが手を振る。

「みんな、どうしたの? そんなに大勢で」

「いや、済まない。ちょっと聞きたい事があってな。お前たちのところにカードが来てないか?」

 「カード?」とエステルが首を傾げると正純はカードを手渡した。

するとエステルとそれを後ろから見ていたヨシュアが目を見開く。

「ヨシュア、これって…………」

「ああ、間違いなく“彼”だ」

「ん? 何だ知っているのか?」

と正純が問うとヨシュアは頷く。

「怪盗:B。彼の正体は<<怪盗紳士>>ブルブラン、<<身喰らう蛇>>の執行者No.Ⅹです」

「<<身喰らう蛇>>って……おい!」

「あん? なんだせーじゅん知ってんのか?」

「Jud.、この前幽々子と情報交換したときに<<結社>>について教えてもらったんだ。彼らはエステルたちの世界の組織で様々な事件の裏で暗躍していたと聞く」

 ネシンバラ君が聞いたら喜びそうな話ですね……。

と思いつつもそんな組織の幹部が関わっているなら重大な事態だ。

「その……<<身喰らう蛇>>の幹部が動いているという事は、この謎解きかなり危険なんじゃ……」

 そう言うとエステルは「あー……どうだろ?」と困り顔をした。

「これはあんまり危険じゃないというか……恒例行事というか……」

「ともかく危険は無いわ」とエステルに言われて一同は顔を見合す。

「それじゃあこのカードを……」

 見てないか? と正純が言おうとした瞬間誰かが駆け寄ってきた。

それは金髪の白い服を着た男であり…………。

「ヨーーーーシューーーーアーーーーくーーーーんーーーー!!」

「成敗!」

 飛び掛ってきた男を妖夢が叩き伏せた。

 

***

 

これ、どうすればいいんだ?

 地面に潰れた蛙のように倒れている男を見ながら正純は悩んでいるとエステルが慌てて駆け寄った。

「オ、オリビエ!?」

「や、やあ……エステル君……。遊撃士の新人君はなかなか過激だね……」

 どうやらエステル達の知り合いらしく二人に起こして貰っていた。

「どうしてここに? 確か英国に居たんですよね」

「ああ、関東に行く途中でね。挨拶しに寄ったんだよ。ほら、ミュラー君も来たよ」

と指差せば向こうから黒髪の軍服を来た男と紫の少女がやってきた。

「久しぶりだな」

「ミュ、ミュラー少佐まで!」

「……紅魔館の魔女ですか」

「あら? 遊撃士をやっていると聞いていたけど本当だったようね」

 新しく三人が加わり遊撃士協会支部前は賑やかになっていた。

すると「あらー? なんだかお客さんがいっぱいねー」と幽々子まで出てきた。

「あーと……済まないが自己紹介を頼めるか?」

 と正純に言われると白い服の男が胸元からバラを出した。

「僕はオリビエ・レンハイム。旅の吟遊詩人だ。覚えておいてくれたまえ、美しきお嬢さん」

 正純はバラを渡されるが困った表情をしとりあえずホライゾンに渡した。

その後バラはホライゾンによって女装の鼻に突っ込まれた。

「ちょ、ホライゾン、これ棘が! 棘がぁ!!」

「無視して構わないぞ?」

と一言入れるとやや引き気味だったミュラーが頷いた。

「俺の名はミュラー・ヴァンダール。こいつのお守りのような者だ」

そして最後に紫の少女が気だるげに。

「パチュリー・ノーレッジよ」

と言った。

全員が自己紹介を終えるとミュラーは女装の方を見、「ところで」と彼を指差す。

「彼は何故女装なんだ?」

 その瞬間三名を覗く全員が「あー、やっぱり聞いちゃうかー」と溜息をついた。

「な、なんだ? もしかして何か事情が……」

「甘いなぁーミュラー君は。彼が何故女装しているのかが分からないかい?」

「…………碌な事を言わなそうだが、一応聞いてやる」

「彼の女装を見たまえ! この気合の入った化粧! 体格を隠すように絶妙に配置されたハードポイント! そして、下手な女子より女性らしい動き! つまりは楽しいからだよ!」

 オリビエがそう言うとミュラーは頭を抱えた。

「あのなぁ、そんなわけ…………」

「あんた分かってんな! 女装も全裸も俺の芸風! やるときは本気だし、楽しいんでるぜ!!」

 そういって女装と金髪がハイタッチを交わした。

その様子をミュラーが絶句する。

 パチュリーにいたっては見なかった事にするようだ。

━━なんだかまた途轍もなく濃いのが来たなー。

と遠い空を見つめていると幽々子が小さく笑った。

「ふふ、面白い子が増えたわね」

「フ、お美しい女性にそう言われ、大変嬉しく思います」

とオリビエが幽々子の手を取るが妖夢が「成敗!」と再び叩き伏せた。

「それで? そっちの三人はエステル達に会いに着たみたいだけど、あなた達は?」

 そうだ、完璧に本題からずれていた。

「今私たちは<<怪盗紳士>>ブルブランの謎解きをしているんだが、このカードを見なかったか?」

 <<怪盗紳士>>ブルブランと聞きオリビエとミュラーは顔を見合わせた。

「あら、それならさっきカウンターの下にあったわよ」

と幽々子は胸元からカードを取り出した。

「「おお!」」

 トーリとオリビエが幽々子の胸元を覗き込もうとするがホライゾンと妖夢が叩き伏せた。

「相変わらずいつの間に置いたんだか…………」

「まあ彼の動きを察知するのは困難だからね……」

 エステルとヨシュアが苦笑する横でカードを受け取ると次の謎を読む。

「“人集う、全ての始まりの橋にて待つ”」

 全ての始まりの橋…………それなら直ぐに分かる。

みんなの顔を見ると皆同じ事を思い浮かべたらしく頷きを返してきた。

 

***

 

 幽々子を除く全員が教導院の前まで来ると予想通りに橋の上に尊像が置いてあった。

「これ、壊れてませんよね!?」

と浅間が駆け出すのに皆が続く。

「安心したまえ! その像には傷一つ付けてはいない!」

 突如頭上から声を掛けられ、慌てて上を見上げるとそこには白い服を見に纏った仮面の男が浮いていた。

「久しぶりだな遊撃士の諸君! そしてお初にお目に掛かる、アリアダスト教導院の諸君! 私の名は<<怪盗紳士>>ブルブラン! <<身喰らう蛇>>執行者No.Ⅹだ!」

 彼は高らかに名乗るが梅組の皆の反応は薄かった。

「…………拙僧思うに、<<結社>>とは色物揃いか?」

「いや……違うというか……彼を中心に<<結社>>を想像するのはどうかと……」

 ヨシュアが困った表情をするとエステルも苦笑した。

「ほう? 君達の中に分かっている人物がいるようではないか」

そう言ってブルブランは女装を見る。

「おや、流石は<<怪盗紳士>>。君にも分かるかね? 彼の美への追及が」

ブルブランはオリビエの言葉に頷き。

「特注品のウィッグ。エロスと繊細さを表現する服飾! 素晴らしい!」

 ガッツポーズをするブルブランに頷くオリビエ。そしてセクシーポーズをとる女装と場は何とも混沌としてきた。

「ホライゾン思いますに、この人達馬……いえ、阿呆なんじゃ?」

「ホライゾン! ホライゾン! 気を使ったつもりでしょうけど全く意味同じですよ!」

 とりあえずセクシーポーズ取る女装をホライゾンが縛り上げるとエステル達が前に出た。

「ブルブラン! あんたたち今度は何をしようとしているの!」

 エステルが棍を取り出すと構える。

「フフ、残念ながらその質問に答えることは出来ない。今の私は<<結社>>から距離を離している身でね。私以外の執行者たちも多くが招集に応じていないようだ」

「では、何故姿を現したんですか? 貴方が姿を見せる事は滅多に無いはずだ」

 ヨシュアにそう言われるとブルブランは頷いた。

「今日はちょっとした警告しようと思ってね」

 「警告?」と皆が首を傾げると彼は手に持つ杖で岡崎の方を指した。

「まもなく災厄が訪れる。だが気をつけたまえ。真の災厄は蜘蛛が得物を狙うようにじわじわと近づいている事を」

「ま、待てそれはどういう━━━━」

『“武蔵”より皆様へ。現在姉小路艦隊が岡崎に接近中。これに対し岡崎の警護艦隊が出動しました━━以上』

 災厄とはこの事か!?

そう問おうとブルブランの方を見るが既に彼の姿は無かった。

『本多君! 聞いたかい!?』

 表示枠にネシンバラが映り彼に頷きを返す。

「ああ、今教導院の前にいる。直ぐに来てくれ」

『Jud.』

 表示枠を閉じると今度は皆を見た。

「動き回って後で悪いが皆直ぐに動けるようにしてくれ」

「「Jud!!」」

 それから暫くして総長連合のメンバーが教導院に集まり武蔵を出撃させる事に決定した。

 白い船体が仮想海を展開し飛翔する。



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~第四章・『白き淵の生まれ人』 さあ来るぞ (配点:怪魔)~

 浜松から岡崎城に向かう街道で多数の警護艦が清洲に向けて移動するのを茨木華扇は見た。

━━ただ事じゃないわね……。

 この艦隊が伊勢に向かうのであれば筒井家攻略のためだと分かる。

だがあの艦隊が向かった先は同盟国であるP.A.Odaの方だ。

 暫く空を見上げていると地面が揺れている事に気がつく。

揺れは徐々に大きくなり、馬の嘶きも聞えてきた。

 何かと背後を振り返れば騎馬隊が駆けており慌てて脇に移動する。

数十人の騎馬武者たちが眼前を通過し遠のいて行く。

 そしてその直後突然辺りが暗くなった。

否、暗くなったのでは無い。

影が移動してきたのだ。

 上空を八隻の航空艦が通過する。

「武蔵まで動くとなると本当にただ事じゃないわね」

 武蔵が遠のいていくのを見ながら暫く思案し、ともかく岡崎に行ってみることにするのであった。

 

***

 

「……姉小路の船か」

 岡崎城の天守で警護艦が次々に離陸するのを見ながら徳川家康はそう呟いた。

「現在榊原康政様と本多忠勝様が国境沿いに配置されました。武蔵も間もなく警護艦隊と合流する予定です」

 背後で正座している“曳馬”がそう言うと家康は頷く。

「姉小路が来た理由は分かる。おそらく国を逃れ、我が国に亡命したいのであろう」

「…………織田は受け入れ拒否したという事でしょうか?」

 “曳馬”の言葉に無言で頷きを返す。

「どうなさるおつもりですか?」

「受け入れてやりたいが我が国にもそこまでの余裕は無い。まずは国境沿いで停船させ、近くの港に着陸させる…………だが」

「だが?」と“曳馬”が首を傾げると家康は西の空を見た。

「どうにも嫌な予感がするのだ……」

 姉小路艦隊が来ていると聞いたときから何故か妙に胸騒ぎを感じた。

「私にはその予感というものが分かりませんが常に最悪の状況を予想し対策を練るのは必要な事と判断します」

 「そして」と彼女は立ち上がった。

「“念のため”の準備を致しましょう」

 そう言って彼女は表示枠を呼び出し、家康に見せた。

そこには一隻の航空艦が映し出されていた。

 

***

 

 警護艦隊は国境近くに到着すると艦を横に並べ、姉小路艦隊の進路を妨害するように配置された。

 中央の航空艦には榊原康政が搭乗し、彼は他の艦に指示を出していた。

「全艦配置完了! 武蔵も後方に配置しました」

 甲板の様子を映す表示枠には武蔵の双嬢と半竜が降り立つ様子が映し出されており金天使の後ろには武蔵の副長も乗っていたようだ。

「姉小路艦隊、さらに接近! 間もなく国境に到着します!」

 最大望遠で映し出される映像には六隻の航空艦が航行していた。

「姉小路艦隊はヨルムンガンド級が一、ドラゴン級が一、輸送艦が六です!」

━━随分と少ないですな……。

 あれだけしか残ってないとすると相当にやられたようだ。

中には黒煙を噴出している船もいる。

 彼らを受け入れてやりたいのは山々だが今の徳川にあれを全部受け入れる余裕は無い。

取りあえず一部を受け入れて残りは他国にという形になるだろうか?

 それにしても……。

「なんというか、あのヨルムンガンド級妙な形をしておりますなぁ?」

 横に膨れているというか何というか……。

『康政! 妙だ!』

 忠勝が表示枠に映る。

「妙とは?」

『中央の船、わずかに高度が落ちているぞ!』

 高度が落ちている?

重力制御エンジンにトラブルか?

そう思っていると通神兵が振り向いた。

「ノイズが酷いですが通神、開きます!」

『こちら…………姉小路……現在我々は……の襲撃を受け…………至急救援を……!』

 その直後、ヨルムンガンド級の後方に居たドラゴン級が爆発した。

 

***

 

 ドラゴン級が爆発し墜落するのを忠勝は甲板から見た。

「なに!? エンジントラブル!?」

「いや違うぞ……あれは……」

 煙の中から無数の影が現れた。

それは空を埋め尽くすように広がり、白い雲が出来上がった。

「…………怪魔か!」

『総員、対空戦闘用意! 敵怪魔の個数は300を超えます!』

 ナルゼが双眼鏡を取り出し姉小路艦を見た。

「ちょっと! ヨルムンガンド級の側面の白い奴! 全部怪魔よ!」

 彼女から双眼鏡を受け取り見れば航空艦の側面を埋めつくように怪魔がへばり付いてた。

━━逃げ切れなかったか!?

 視線を上に上げ甲板を見るとそこには大きな影と幾つもの人間の影が集まり、怪魔と交戦していた。

「甲板の上! 人が居るぞ! 康政、どうする!」

『怪魔を徳川に入れる訳にはいきませんぞ! 全艦戦闘準備! 怪魔を倒しつつ姉小路艦隊の救助を行います!』

「既に武蔵には連絡しておいたで御座る」

 甲板に居た皆が顔を見合わせると頷いた。

双嬢が駆け出し飛翔し、半竜もそれに続いた。

『敵の一部が接近! 迎撃を開始します!』

 その報告とともに警護艦全艦が一斉に攻撃を始めた。

 

***

 

「姉小路艦隊は怪魔に襲撃されていた模様です。現在、警護艦隊が応戦に当たっています」

 サポート用の自動人形の報告に“曳馬”は頷くと表示枠で地図を映し出した。

「家康様の予感は的中しましたね」

 地図には警護艦から敵の様子が送られて来ており、国境沿いが赤い点で埋まっていた。

「“曳馬”様、出航許可が出ました」

「Jud.、 今回は前回と違い敵との直接戦闘になります。皆様その事を念頭に置いて動いてください」

「Judgment」と自動人形達がそれぞれの配置に着く。

全員が配置に着いた事を確認すると“曳馬”は中央に立った。

「重力制御エンジン起動。各部チェックを開始」

「重力障壁起動確認」

「ステルス障壁起動確認」

「主砲起動確認」

「対空システム起動確認。全システム正常に起動しました」

 送られてきた各部の状況を確認し終えると“曳馬”は艦との最終リンクを開始した。

船のあらゆる情報が高速思考回路に流れ込み、それを自分と同化させる。

「艦とのリンクを完了。仮想海、展開します」

 船体の揺れと共に流体による仮想海が展開された。

「前方、ハッチ開きます」

 艦前方のハッチが開かれ始め、格納庫に光が差し込む。

そして完全に開き終わり、発信許可が出ると自動人形たちが此方を見た。

━━晴れ舞台というには慌しいですね……。

 だがそんなものかとも思える。

今は自分の役割を果たす。

ただそれだけだ。

「特務護衛艦曳馬、発進します!」

岡崎城の地下ドックから葵色の船体が飛び出した。

葵紋を掲げたその船は天高く上り、ステルス障壁の中へと消えていった。

 

***

 

 姉小路艦隊救助の為に飛び立ったナルゼは敵の姿を見た。

今正面から来ている怪魔は細い胴体を持ち巨大な翼を持ったタイプで報告では敵空中戦力の主力にあたる連中だ。

「ワイバーン型って奴ね! マルゴット! 初めての怪魔戦だけどいける!?」

「Jud.、 あの気持ち悪い頭無しをとっちめてやろうよ! ガッちゃん!」

 敵群が動いた。

ざっと見ても百以上。

それらが一直線に向かってきた。

「拙僧が穴を開ける! その後を行け!」

 半竜が加速した。

翼を前に出し槍のごとく突き進む。

「拙・僧・発・進!!」

 半竜は怪魔の群れに入り次々と敵を引きちぎる。

彼が群れを突破すると群れに大きな穴が出来ていた。

そこを加速し抜ける。

 怪魔は此方を追いかけようと振り返るがその直後次々と打ち落とされた。

『こいつ等は私が引き付けるわ』

 警護艦から朱の機動殻が飛び立った。

機動殻は顎剣を引き抜くと次々と怪魔に投げつける。

 背後から攻撃された怪魔は再び振り返ろうとするがそれを竜砲が薙ぎ払った。

「異端通り越して悪魔どもが! 拙僧の裁きを受けるがよい!」

 反転した半竜が再び怪魔の群れに突っ込む。

それを横目で見ると一気に加速を行った。

 航空艦に接近し、甲板を見る。

そこでは兵たちが円陣を組み、近寄ってくる怪魔と戦っていた。

 一匹の怪魔が上空から襲い掛かる。

だがそれは大剣によって叩き潰された。

「━━武神!?」

 否、それは金の長い髪を持った少女の姿だ。

巨大な少女は二対の大剣を振り回し近づいてくる怪魔を次々に薙ぎ払う。

「あれ! 人形だよ、ガッちゃん! 肩に人が乗ってる!」

━━人形使いってわけね。

 あの人形が居るおかげで持ち堪えているようだがそれもいつまで続くか分からない。

旋回し、甲板上空を通過すると側面に張り付いていた一部の怪魔たちが動き出す。

数にして三十を超える怪魔たちは翼を広げると不気味な声で嘶き、一斉に襲い掛かってきた。

━━来たわね!

 マルゴットに目で合図を送り一気に機殻箒の先端を上に向けた。

急加速を行いながらの宙返り。

 それにより敵群の背後を取った。

「Herrlich!!」

 弾丸が放たれ、怪魔たちが次々と撃ち落されていった。

 

***

 

「魔女隊は船に近づいてくる怪魔の迎撃に専念してくれ! 武神隊は長距離攻撃用の砲で援護砲撃だ」

 武蔵野艦橋前で各所に指示を出したネシンバラは深呼吸した。

状況は緊迫したものだ。

怪魔の突然の襲来に徳川は準備が出来ておらず、一匹でも後ろに通すわけにはいけない。

その上、姉小路艦隊を救わなければならない。

『地摺朱雀、前の艦隊に合流するよ!』

 上空を地摺朱雀が通過し前線へ向かう。

「ネシンバラ、どうやって救出する?」

 隣に居る正純に問われ顎に手そえる。

「まずは民間人が乗っている輸送艦を援護しながら後方へ移動させる。どういうわけか怪魔はあのヨルムンガンド級に殺到しているみたいだからね。これは何とかなる。

だけど問題は……」

「あの船をどう助けるか……か?」

「Jud.、 怪魔の数が余りにも多すぎるから救助部隊を送れない。せめて敵が散ってくれればいいんだけど……」

 そこまで言って思いつく。

「浅間君! ちょっといいかい?」

 表示枠を開くと巫女服に着替えた浅間が映った。

「君の射撃で左舷側の怪魔を薙ぎ払えるかい? なるべく船体にダメージを与えずに」

『……出来ると思います。でもどうする気ですか?』

「ああ、やつらを攻撃で側面から追い払い、輸送艦を強行接舷させる」

「おい、ネシンバラ! それは危険だ。輸送艦は接近するまでに怪魔の猛攻を受ける。それに接舷できたとしても反対側の怪魔たちがなだれ込んでくるぞ!」

 そう、それが問題だ。

この策をするには少なくとも浅間と同等の火力と正確性が必要になる。

 それが出来る人員は…………。

『では私にお任せください』

 表示枠に“曳馬”が映ると同時に武蔵の情報に葵色の船が現れた。

『こちら特務護衛艦曳馬。これより武蔵、及び警護艦隊の援護を開始します』

 曳馬は先鋭な船体をしており、その上部には長大な砲が設置されていた。

「出来るかい?」

『Jud.、 当艦はもともと武蔵の護衛及び支援をするために建造されました。その為長距離戦に特化しており主砲の狙撃用流体砲ならば可能と判断します』

 これで策は可能となった。

後の問題は誰が輸送艦に乗るかだが。

『輸送艦に私たちを乗せてちょうだい』

と幽々子が映った。

「…………いいのかい?」

『ええ、人命救助は遊撃士の職務。ましてや怪魔が相手ならなおの事よ』

「感謝する。こちらも立花夫婦に乗ってもらうけど頼めるかい?」

『Jud.』

『任せてください』

 立花夫妻の了承を得るとネシンバラは輸送艦に指示を出した。

「よし! じゃあ、行くよ! みんな!」

 

***

 

 警護艦の甲板で戦いを見ていた本多・二代はふと思った。

━━うーむ、ここでは活躍できないで御座るなー。

 既に何度か近づいてきた怪魔を忠勝と共に倒したが空で戦っている双嬢や半竜たちに比べたら微々たる物だ。

「どうした? 戦闘中に悩み事はやめておけ」

「いや、どうにも拙者たちは此処では活躍できないと思いまして。なんとかあの船に乗れないかなーと」

 「ふむ?」と忠勝は言うと姉小路艦を見る。

 すると後方に“不転百足”が体勢を整えるため着地した。

その様子を見ると忠勝は此方を見る。

「では行ってみるか。あの船に」

 

***

 

『あなた達、命知らずね。…………人の事言えないけど』

 “不転百足”に背負って貰う形になった二代と忠勝は顔を見合わせる。

「なに、命知らずで無ければ戦場に立てんさ」

『そうね。でもどうする気? 着地は出来ないわよ』

「構わん! 上空を通過してくれ!」

「忠勝殿! 後ろに御座る!」

 背後を振り返れば三匹の怪魔が追って来ていた。

 二代は蜻蛉スペアの刃を後ろに向けると敵の体を映す。

「結べ! 蜻蛉スペア!」

 一匹が胴を縦に割断され落ちる。

残りの二匹は左右に別れ挟み撃ちをしようとしていた。

「二代、右の奴は任せるぞ!」

「Jud!!」

左側、忠勝側の怪魔が体当たりをしようと近づいてきた。

『もう直ぐ姉小路艦の上を通過するわよ!』

「あい分かった! 二代よ、先に行ってるぞ!」

『は? 何を…………』

 と成実が言う前に忠勝は近づいてくる怪魔に飛び乗った。

蜻蛉切を体に深く突き刺すと怪魔は断末魔の声をあげ墜落する。

 すると彼は怪魔の胴を蹴り、別の怪魔の背に乗った。

蜻蛉切でその怪魔の翼を裂きながら再び跳躍し別の怪魔へ。

それを何度も繰り返し彼は姉小路艦の甲板に着地した。

『……あれ本当に人間よね?』

「流石は忠勝殿! では拙者も!」

 今度は二代が飛んだ。

右側の怪魔の首に刃を突き刺し体を捻ると“翔翼”を展開する。

そして飛んだ。

 何度も敵を踏みつけ甲板に降り立つ。

『…………まあ無茶苦茶なのは最初から分かっていたわよね』

 忠勝と二代が姉小路の部隊に駆けて行くの見ると旋回する。

そして顎剣を引き抜くと近くに居た怪魔の翼を両断した。

 

***

 

━━━━は?

 アリス・マーガトロイドは巨大人形の肩の上で眼前で起きた事に目を疑った。

 空から男が怪魔を伝って降ってきたのだ。

「あれは……本多忠勝殿か!!」

 足元にいた男がそう叫ぶ。

「本多忠勝って、あの東国無双の?」

「そうだ、相変わらず凄まじい方だ」

 忠勝に続いて少女も降りてきた。

彼女は忠勝に頷くと此方に向け駆け出した。

 その途中怪魔が襲い掛かるが次々に薙ぎ払って行く。

━━あれが徳川の主力……。

 背後から近づいてくる二匹の怪魔に気がつき人形に命令を出す。

「ゴリアテ、横に薙ぎなさい!」

 右手の大剣を横に振り怪魔たちを叩き切る。

彼らが来たのなら持ち堪えられるかもしれない。

 そう思った瞬間、眼前の甲板が盛り上がった。

鉄が軋み、甲板が砕ける。

「!!」

 そして穴から巨大な影が現れる。

「ドラゴンタイプ!?」

 竜の形をした怪魔は腕を伸ばしゴリアテの胸部を殴りけた。

ゴリアテが体勢を崩し倒れる。

 腕に痛みが走り起き上がろうとするが動けない。

「ッ!!」

 腕はゴリアテの下敷きとなりまわりの兵士達が慌てて此方を救助しようとするが竜の怪魔が突撃を仕掛けてきた。

━━殺られる!!

 だが竜の体は吹き飛んだ。

竜は甲板を転がり、船から落ちて行く。

「あんた! 大丈夫かい!」

 眼前に朱の武神が着地しゴリアテを起こし上げた。

兵士達に起こされると下敷きになった右腕を動かそうとするが激痛が走る。

━━折れてはいないわね……。

 起こされたごゴリアテの肩に乗ると同じく武神の肩に乗っていた義腕の女を見る。

「まだやれるわ」

「そうかい、なら来るさね!」

 竜の怪魔が船の左舷を登り現れる。

竜は怒りを露にし咆哮を上げた。

 朱の武神が二対の巨大レンチを取り出し、此方も大剣を構えさせる。

 竜が駆ける。

地響きを上げ、船を揺らしながら。

そして竜と武神が衝突した。

 

***

 

 忠勝は眼前にいた怪魔を叩き切ると姉小路の部隊と合流する。

「ご無事か!」

「おお! 忠勝殿!」

 と現れたのは甲冑来た人の良さそうな男だ。

「本多忠勝平八郎、主君の命によりお助けに参った。頼綱殿、この怪魔殿は?」

 男━━姉小路頼綱は額の汗を拭う。

「国を脱出した後、国境の砦で補給をしておったのだがそこを襲撃された。織田領には入れず織田と真田の国境上を移動しながら徳川を目指していたのだが徳川に着く直前で追いつかれたのだ」

 「多くの者が死んだ……」と彼は唇を噛み締める。

「そうだ! 輸送艦は!? あれには民が乗っているのだ!」

「安心めされい。輸送艦はほぼ全てが救助され、残りの船も直ぐに救助されるであろう。

後は貴公たちのみ」

「だがどうする! 船は囲まれ、逃げ位置などないぞ!」

 「忠勝殿!」と後ろの二代の声に振り返ると彼女は表示枠を開いていた。

彼女に頷きを返し、頼綱を見る。

「念のため姿勢を低くしておくとよかろう」

 「それはどういう……」と頼綱が眉を顰めた瞬間、艦の両側から衝撃が生じた。

衝撃は側面に張り付いた怪魔たちを引きちぎり、吹き飛ばす。

 そして一隻の輸送艦が突っ込んできた。

 

***

 

「おお! 凄いな、武蔵の巫女は!」

 加速のため揺れる輸送艦の甲板上でオリビエは手すりに掴まりながらそう楽しげに言った。

「…………まったく! 何で私まで!」

 同じく手すりに掴まっていたパチュリーが文句を言うオリビエは懐から銃を取り出す。

「徳川と姉小路に媚を売っておくのも大切だよパチュリー君」

「だったら、勝手にやってなさいよ! 皆で人助けなんて私のキャラじゃないわ」

「とかいってー、ちゃっかり魔術書だしちゃってるんだからー」

 取りあえず本の角でオリビエを叩くと船の後方を見る。

━━来たわね。

 後方では怪魔たちが追ってきており、このままでは追いつかれる。

船に乗っているメンバーを見るに対空戦闘ができるのは隣で蹲っている馬鹿とあの両手義腕の女だ。

━━…………本当に私、何やってるんだろ。

 ちょっとした旅行のつもりが怪魔のど真ん中。

とんだ土産話が出来たものだ。

 だがその土産話を持ち帰るには生きて帰らなければいけない。

━━死ぬ気はないわ……!

 右手で魔術書を開き前に出る。

「そこの遊撃士ども! 頭下げてないと丸焦げになるわよ!」

 手を掲げ、火と金の属性を合わせ高密度の熱の塊を作り出す。

そういえば昔見た外の世界の漫画にこういう時の台詞は描いてあった気がする。

たしかあれは…………。

「汚物は消毒よ! 火金符『セントエルモピラー(対空版)』!!」

 熱の塊が放たれ、空中で爆発した。

 

***

 

マルゴット・ナイトは上空から熱の塊が爆発するのを見た。

爆発による衝撃派と熱波により怪魔たちが次々と焼かれ、砕け散る。

「わお! 凄い威力!」

「ああいうの魔法使いって言うのよね」

 機殻箒を装備し、媒介を介して攻撃を行う自分達は違い精霊の力を借り術を使う魔法使い。

その中でも彼女は上位の存在だろう。

 爆発を逃れた何匹かの怪魔が輸送艦に接近するが立花・誾が“十字砲火”で打ち落とす。

━━あれなら輸送艦は大丈夫そう。

 ならば自分達がするべきことは少しでも怪魔の数を減らす事だ。

「ガッちゃん! まだ燃料もつ?」

「Jud.、 まだいけるわ!」

 正面十匹近い怪魔が接近してくる。

じゃあまずあいつらから!

と狙いをつけた瞬間、怪魔の後方から爆発が生じた。

「なに!?」

 墜落して行く怪魔たちの間を抜け、黒白が現れる。

「魔女!?」

 魔女の少女は此方の上方を通過すると旋回し、横に並んだ。

「お前たち! 徳川の魔女か!」

「Jud!! 私はマルゴット・ナイト!」

「マルガ・ナルゼよ! あんたは!」

「私は霧雨魔理沙! 姉小路家所属の魔女だ!」

 姉小路家に魔女隊が存在している事は知っている。

ならば他の魔女達は?

「…………他の奴等はみんなやられた。残ってるのは私だけだ…………」

 悔しそうに表情を歪める魔理沙に掛ける言葉は見つからない。

彼女は少し帽子の位置を直すと、此方を見る。

「…………私の事はいい。それよりも気を付けろ! やばいのが来るぞ!」

「やばいのって!?」

「私たちの部隊が全滅させられた奴だ! そいつは…………」

『“武蔵”より皆様へ、姉小路艦隊の後方に空間の歪みを確認。歪みより巨大な質量体が出現します━━以上』

 風景が裂けた。

空が歪み、光が消える。

そしてその空間の亀裂から巨大な物体が現れた。

 物体は航空艦とほぼ同等の体を持ち、頭部に六つの目を持つ白い蛸のような生き物であった。

 蛸は咆哮を上げ、空気が振動する。

「クラーケンタイプ、あいつに皆やられた…………!」

 クラーケンの六つの目が光り、光線が放たれた。

六つの巨大な流体の光が岡崎の上空を貫く。



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~第五章・『黒と白の御転婆娘』 やっと出番だぜ! (配点:霧雨)~

 絨毯の敷かれた部屋に三人の男女が居た。

一人は年老いた男でソファーに座り緊張の表情を浮かべている。

その背後には銀の長い髪を持つ少女がおり、老人と同じ表情を浮かべていた。

 そして老人と向かい合うように青と白の六護式仏蘭西の制服にサラシを巻いた女性が座っている。

「…………どうしても駄目か」

 サラシの女性の言葉に老人は深く頷く。

「我々を守ってくださるというお気持ちは有り難い。ですが出雲・クロスベルは中立の立場を変える気はありません」

 女性は眉を僅かに動かす。

「何度も言ったが“中立を宣言する”のは簡単だが“中立を守る”のは簡単じゃねえ。七年前を思い出してみろ。あの時もここは一色家に占領され、結局あたし達が取り返してやった」

「その事には感謝しております。それでも私はこの出雲・クロスベルを守る為に……」

 「一つ」と女性が手を上げる。

「一つ教えてやる。本当のことを言うとな、六護式仏蘭西にとってお前たちの意見はどうでもいいんだ」

「な…………!」

「周りを見ろ。既に世界は戦いの世になった。どこもかしこも自国を守るために、そして繁栄する為に周辺諸国と争っている。

そんな中大した軍事力を持たない出雲・クロスベルが何時までもつ?

六護式仏蘭西はこの場所を他国に奪われるぐらいなら力ずくで手に入れる」

「それは……大国の傲慢と言えますぞ……!」

 女性は胸を張る。

まるでそれがどうしたとでも言うように。

「そうだ。傲慢、虚栄こそ覇者たる六護式仏蘭西の証。それをどう言われようがあたし達には関係ない」

 老人は額に汗を浮かべる。

この相手には小国の如何なる論も効かない。

なぜならば彼らは大国であり、強者は弱者を従えるという自然の摂理に倣っているのだ。

 つまり彼は何の後ろめたさも無く他国を征服できるのだ。

 どうするか……?

こんな時ならティーダ君だったらどうしたであろうか……?

「…………決められねえか? あたし達としては出雲・クロスベルを征服するんじゃなく自分の意志で六護式仏蘭西に組して欲しいんだが」

 答えは出ず沈黙が部屋を支配する。

 テーブルに置いてある水の入ったグラスを手に取りゆっくりと口をつけた。

乾いていた喉を水が潤し、気分が少し落ち着く。

 グラスをテーブルに戻すと突然女性の表示枠が開いた。

彼女は暫く表示枠を見ていると一度眉を動かした。

 この反応、何かあったのだろうか?

「どうかなさいましたか……?」

「ああ、隠したってこっちには何の得もねーから教えてやる。徳川が怪魔に襲撃された」

「なんと……!」

 と思わず腰が浮く。

「どうやら姉小路の艦隊にくっ付いていたみたいだが、どうにも……」

 そこまで言いかけ彼女は「いや、なんでもない」と言った。

そして此方を見る。

「あたし達は後三日ここに滞在する。それまでに決めてくれ」

 そう言って彼女は立ち上がった。

それが話の終わりだというように部屋に侍女服を着た自動人形が入ってくる。

 女性は自動人形から手荷物を受け取ると部屋を出ようとするが「そうだ」と言って振り返った。

「…………みっしぃって何処で見れるんだ?」

 

***

 

 空を裂く様に六つの流体光が放たれた。

流体光の内の一つが警護艦に直撃し警護艦が粉砕される。

「なんて大きさよ……!」

 空に浮かぶ巨大な蛸を見てエステルはそう叫んだ。

「クラーケン型。富士の戦いで出没した奴だ。あの異変以降目撃されていなかったけど……」

 あの空飛ぶ蛸は怪魔の航空戦艦に当たるものだ。

記録では富士の戦いで多くの航空艦があれに落とされたと言う。

「あれは此方では対処できん! こっちは救助に専念するぞ!」

 ミュラーに言われ頷く。

『接舷します! 衝撃に注意して下さい!』

 輸送艦が姉小路艦の左舷に接舷した。

直ぐに甲板にいた兵士達が梯子を掛け、船を固定する。

「よし! みんな、行くわよ!」

 エステルが駆け出し皆それに続く。

此方に気がついた怪魔が押し寄せてくるとオリビエと誾が立ち止まった。

「では援護は任せてもらおう」

 威力の低い導力銃で狙うのは翼の付け根。

そこをピンポイントで打ち抜きバランスを失った怪魔を横転させた。

 横転した怪魔を踏みつけ迫る敵に対してエステルは根を地面に突き立てると跳躍した。

そして敵の真上からの振り下ろしで一匹を叩き潰す。

「ヨシュア!」

「…………分かってる!」

 エステルに気を取られた怪魔たちの間を黒い影が抜ける。

足を立たれ次々倒れる怪魔たち。

 そこに太刀を持った妖夢が飛び込み止めを刺して行く。

「見事な連携ですね」

と宗茂が言うとミュラーが頷く。

「皆、修羅場は潜ってきたからな」

「では我々も彼らに負けずに」

「ああ、行こうか」

 宗茂とミュラーが駆ける。

二人は襲い掛かる怪魔に足を止めず薙ぎ払って行く。

そして数分後には輸送艦と姉小路の部隊の間に道が出来るのであった。

 

***

 

「まさか怪魔との戦いに巻き込まれるなんてね」

 品川のデリックの上に座りカメラを構えながら姫海堂はたては口元に笑みを浮かべた。

「それにクラーケン型をこんな至近距離で映せるなんてついてるわ。そっち映像映ってる? 椛?」

『はい、しっかりと映ってます』

 表示枠には白く短い髪に狼の耳を生やした少女が映っており彼女は送られてくる映像を確認していた。

「富士の異変以降出没しなかったクラーケンの映像、これで文を出し抜けるんじゃない?」

『…………えーと』

 椛は言葉を濁すと耳を摩る。

『クラーケンの映像はもうすでに手に入ってるといいますか……姉小路に出没したのはあれだけじゃないんで既に交戦記録もばっちりあります』

 思わずカメラを落としそうになる。

え? じゃあ今私のやってることの意味って?

「一応聞くけど最初に記録したのって……」

『ご想像通り文様です』

 岡崎の空に憎たらしい文の笑顔が浮かんだような気がした。

というかまたあいつか!

 毎回毎回、こっちのネタを奪って!

『…………ですが変ですね』

「何が? 文の顔の事?」

『いえ違います。あのクラーケンです。こっちで記録されているクラーケンは大きくてもドラゴン級航空艦程度、ですがあの固体はどう見ても……』

「ヨルムンガンド級はあるわね……」

 だがただ単純に大きい固体であっただけでは無いだろうか?

怪魔に若干だが個体差があるのは判明している。

 そう思っていると警護艦隊がクラーケンに向けて一斉砲撃を始めた。

いかに大型種とはいえ流体砲に耐えられる筈が無い。

 記録も此処までかと思い立ち上がると信じられない光景を目にした。

砲撃が曲がったのだ。

クラーケンに直撃したかのように見えた砲撃は直前で曲がり、拡散する。

 そして反撃が来た。

六発の流体砲撃。

 それが武蔵を掠める。

「これ、どういうことよ!」

 

***

 

「敵は空間を歪め流体砲撃を逸らした模様。続けて行われた砲撃も同様に逸らされました」

 観測手からの報告を来た“曳馬”は直ぐに実体弾による攻撃に切り替えた。

しかし実体弾は先ほどと同じく敵の直前で逸らされ、外れる。

「……何れも敵から100mほどの地点で逸らされていますね。爆砕術式による衝撃攻撃を行いますか?」

『いや、敵が空間を歪めれるなら衝撃派も逸らされる可能性が高い』

表示枠のネシンバラがそう頷く。

 つまり遠距離戦は不利だという事だ。

「では、接近戦を?」

『ああ、マルゴット君たちが近接戦闘を行う。航空艦は援護砲撃に徹してくれ』

 援護砲撃は自分の最も得意とする事だ。

「総員へ、これより援護砲撃を開始します。主砲を狙撃モードから連射モードへ移行。面攻撃による制圧射撃を行います」

 船を前進させ警護艦に並べる。

「“曳馬”様。上方より敵怪魔多数接近」

「対空迎撃を行いながら攻撃をします。主砲発射」

 船上部に取り付けられた対空砲が一斉に迎撃を始め、流体砲がクラーケン目掛けて放たれた。

 

***

 

 ドラゴン型の怪魔の体当たりを受け、地摺朱雀は甲板を砕きながら後方へスライドした。

竜は右腕を伸ばすと此方の頭部を狙う。

 しかし腕は此方に届く事は無かった。

 金と黒の人形が大剣で右腕を切り落としたのだ。

 腕の断面より流体の光を帯びた青色の鮮血が噴出し竜が叫びを上げる。

「投げつけろ! 地摺朱雀!」

 右手に持つ巨大レンチを投げつけ竜がそれを腹に喰らう。

バランスを崩した竜目掛けゴリアテが駆け出した。

 二対の大剣を揃え突き出しながらの突撃。

ゴリアテは猛牛の様に激突し大剣を深く突き刺した。

 竜が苦悶の叫びを上げる。

「痛い? でもね、あんたたちのせいで多くの人が痛い以上の思いをしたのよ…………!」

 人形が両腕を広げる。

竜の胴が腹から裂け、そして両断された。

 二つに立たれた竜が倒れ地響きを上げる。

「…………」

━━一仕事終わりね。

後は輸送艦まで撤退するだけだ。

 そう思い、アリスは姉小路部隊の撤退の援護を開始した。

 

***

 

「あの蛸に近づけだなんてあの眼鏡無茶言うわね!」

 三人の魔女は敵の間を抜けクラーケンに近づいていた。

「気を付けろ! あいつの攻撃はヤバイ!」

「確かにあの攻撃喰らったらスミケシだよね!」

「いや、そうじゃなくってヤバイのはあの足だ」

 魔理沙が指差すとクラーケンは八本の足を広げ始めた。

それらには多くの吸盤が…………。

 吸盤じゃない!?

 それは無数の瞳であった。

瞳は暫く周辺を確認するように動くと一斉に此方を見る。

 そして放たれた。

 まるで豪雨のような流体光線の雨。

 それが襲い掛かってきた。

三人は散開し、光線を回避する。

「何これ! 鬼畜弾幕ゲーってわけ!?」

「この程度の弾幕で当たるなよ!」

 魔理沙が加速し弾幕の雨を進む。

「そういえばナイナイたちの世界って弾幕ごっこやってたんだっけ!?」

「じゃああいつは天子と同じ世界の住人ね!」

 他世界の魔女が弾幕を抜けているのだ。

自分達も負けるわけにはいかない。

 機殻箒を加速させ二人は魔理沙の横に並んだ。

魔理沙は此方を横目で見ると口元に笑みを浮かべる。

「私の速さについて来いよ! 二人とも!」

 そして三人の魔女が加速した。

 

***

 

「急いで輸送艦に乗って!」

 姉小路の部隊を救出したエステル達は乗艦までの援護を行っていた。

姉小路の兵は負傷した者も多く脱出はなかなか進まない。

「頼綱さん! 今甲板にいるのが全員!?」

 自分と同じく脱出の援護をしている姉小路頼綱に訊くが彼は首を横に振った。

「まだ艦橋に何人か居る……」

「そんな!? 助けに行かなきゃ!」

 駆け出そうとするエステルの肩を頼綱が掴む。

「…………無理だ。艦橋までの通路には怪魔が侵入している上、これ以上この船に留まる事は出来ない!」

「でも……!」

 見捨てるなんて納得できない。

そう言おうとすると輸送艦から包帯を巻いたアリスが現れた。

「私たちはここまで来る間に多くのものを犠牲にしたわ。それを理解して」

「エステル、彼らのいう事は正しい。ここで艦橋乗組員の救助に向かって全滅したら全てが台無しだ」

 反論できる余地は無い。

悔しさから唇を噛み締める。

「…………彼らの事を思ってくれて感謝する」

 頼綱はそっとエステルの肩を叩き頷いた。

 一匹の怪魔が輸送艦に近づく。

それ止めるべく妖夢が切りかかり、倒した。

「急いでください! これ以上はもちそうにありませんよ!」

 甲板を見れば輸送艦を襲おうと怪魔が大挙していた。

「だがどうするかね! 今飛べばあのクラーケンに撃ち落されるよ!」

 輸送艦の上から射撃を行っているオリビエがそう叫ぶとアリスの表示枠が開いた。

『それならこっちで対処する!』

「魔理沙、生きてたのね…………」

 安堵からかアリスの表情が和らぐ。

『私はそう簡単に死なないぜ。他は駄目だったが……』

「…………そう。それで、どう対処する気なの?」

『ああ、いま武蔵の魔女と一緒でな! こいつ等と一緒にあのクラーケンを潰す! それが完了しだい脱出してくれ!』

 魔理沙の言葉に皆が顔を見合わせた。

「あの紫もやしも来てるんだから勝手に死んだら許さないわよ」

『あー、あいつから“借りた”本、全部飛騨に置いてきちまった……』

 「どうせ返す気なかったんでしょ?」と言うと魔理沙は苦笑した。

 ともかく方針は定まった。

「皆、あと少し頑張ってくれ」

 頼綱の言葉に全員が強く頷きを返した。

 

***

 

 クラーケンの側面を通過した魔理沙たちは後方に回り込み突撃を仕掛けた。

敵に近づかれたクラーケンは長大な足を動かし絡めと取ろうとする。

 纏わりつくように、絞め殺すように近づいてくる八本の足の間をほぼ箒にしがみ付くような体勢でかわし足を抜ける。

  敵体の上部に出ると二人の魔女天使に合図を出した。

白と黒の二人が加速し前方に出る。

 それに合わせ自分は降下した。

敵は巨体であるため死角が多い。そのため足についた瞳を使い索敵と迎撃を行うのだ。

 だがその足は今後方で閉じられ敵の視界は前方に付いた六つの目だけだ。

この隙を逃すわけには行かない。

 双嬢が敵の目の上を通過するとほぼ瞬間的に流体光が放たれる。

だが双嬢はそれをギリギリの所でかわし、離脱した。

 そこへ行く。

双嬢を追いかけた上部左側の目。

 その正面に出る。

 双嬢を追いかけていた巨大な瞳が此方を見る。

 全身が反射で映るほど大きな瞳に対して向かい合い、懐からミニ八卦炉を取り出す。

「よう化け物、こいつはお前にやられた他の魔女達の礼だ! 恋符『マスタースパーク』!!」

 至近距離からの強烈な流体砲撃。

それは敵の瞳を焼き、肉を砕き突き進んだ。

 生き物が焼ける嫌な臭いと共にクラーケンは断末魔の声を上げ、爆発した。

 黒煙を上げ焼け落ちるクラーケンを見ながら帽子を深く被る。

「…………敵は取ったぜ」

 白の巨体が大地に墜ち流体の光の中へ消えてゆく。

 

***

 

「クラーケンが墜ちたぞ!」

 誰かの叫びでクラーケンの方を見れば白い巨体がゆっくりと墜落する所であった。

「流石ね、魔理沙」

「…………相変わらず無茶な奴」

 アリスとパチュリーが顔を見合わせると小さく笑う。

 これで敵から砲撃を受ける危険は無くなった。

 撤退作業も完了し兵士達が梯子を次々と外して行く。

まだ何体もの怪魔が押し寄せてくるがオリビエと誾が迎撃した。

『離舷します! 衝撃に注意を!』

 輸送艦がその船体を揺らしヨルムンガンド級から離れる。

 小さくなっていく船を頼綱は見つめ、拳を深く握っていた。

━━本当に此処まで来るまで多くの犠牲を払ったわ。

 多くの顔見知りが死んだ。

 だが今自分達は生き延びた。

生き延びたなら生き延びた者の責務がある。

 輸送艦に三人の魔女と半竜と朱の機動殻が着地する。

魔理沙は此方に駆け寄ると遠のく船を見た。

「…………何人助かった?」

「半分」

 「そうか」と魔理沙は短く言うと船を見つめる。

自分達を守ってきた、いや今も守っている船がゆっくりと高度を落とす。

 そして突如爆発した。

船体は一瞬で燃え上がり大地に墜ちて行く。

「自爆ね…………」

 パチュリーがそう小さく呟いた。

 自分達の船が落ちる様子を姉小路の兵士達はある者は涙を流しながら、ある者は己の無力さを悔しがる様に見る。

 後退する輸送艦の横を徳川の警護艦が通過した。

『これより掃討戦に移ります。一匹たりとも逃さないでください!』

 最早小さな塊になった怪魔に一斉砲撃を浴びせる。

白い怪物たちは一匹、また一匹と墜落して行くのであった。

 

***

 

 徳川の艦隊が怪魔の掃討を行っている様子を近隣の山の山頂で目を細め見ている女性が居た。

 彼女は白い導師服を着、服には八卦の紋様が描かれている。

 最後の怪魔が撃ち落されるのを見ると彼女は金の長い髪を靡かせ振り返る。

「あら、いつの間に居たのかしら?」

 彼女の背後には茨木華扇が立っていた。

「八雲紫……。何を企んでいるの?」

「企んでいるなんて酷いですわ。私はただ徳川と怪魔の戦いを見に来ただけよ」

「……そうは思えないわね」

 「あら? 何故?」と紫は更に目を細める。

「貴女は徳川と怪魔の戦いを見に来たと言ったわね。何故怪魔が徳川に来ると知っていたの? 普通は姉小路が来るのを見に来たと言う筈よ」

 彼女は答えない。ただ目を細め、口元に笑みを浮かべる。

「もし今回の件。貴女が仕組んだ事なら流石に見逃せないわよ……!」

 華扇はゆっくりと構えた。

相手は幻想郷きっての実力者。戦うならそれなりの覚悟がいる。

「ふふ、貴女と戦う気はありませんわ。それにお客様もいらしているようですし」

 「客?」と眉を顰めると森の中から「いやー、バレとったかー」と緑髪の白い神父服を着た男と桃色の髪のシスターが現れた。

「教会の犬が何の御用かしら?」

「教会の犬って……きっついお嬢さんやなー。オレはケビン・グラハム。そんでもってこっちが……」

「リース・アルジェントです」

 グラハムは人当たりの良い笑顔を浮かべると此方の横に立つ。

「でな、ちょっとあんたに聞きたいことがあってな」

「<<身喰らう蛇>>の事かしら? <<外法狩り>>さん」

 その瞬間空気が変わった。

 グラハムは「なんや、知っとったんか。その名前は変えたんやけどなー」と笑うがその目は笑ってない。

リースも見た目は平常だがいつでも動けるようにしている。

「……なら話は早い。どこまで知ってる?」

「少なくとも“私”は知りませんわ。そもそも彼らに興味はありません」

「成程。だけどP.A.Odaが<<身喰らう蛇>>に協力している事は知ってる筈や」

 紫は持っていた傘を開いた。

それに合わせリースが動こうとするがグラハムが手で制す。

「さあ? どうでしょうね。でも一つだけ言える事がありますわ」

 「それは?」とグラハムが尋ねると彼女は微笑んだ。

その微笑みは余りにも冷酷で背筋が凍るような笑みだ。

「私たちは元の世界に戻るためならば如何なる犠牲も厭わない……そのつもりで動いてますわ」

 緊張が走る。

最早いつ戦いになってもおかしくない雰囲気だ。

 グラハムは大きく溜息をつくと頭を掻いた。

「そか……なら、しゃあない!」

 腰からボウガンを引き抜き紫の胸目掛けて撃つ。

しかし放たれた矢は途中で空間に飲まれ消滅した。

「!!」

 リースが直ぐに蛇腹剣を取り出し横に薙ぐ。

だが刃は空振り近くの木を切り倒した。

 紫の姿は既に無く、場を支配していた重圧感も消えている。

 ケビンは先ほどまで紫が立っていた場所に駆け寄ると周囲を見渡し溜息をついた。

「逃げ足の速いこって」

 彼はボウガンを仕舞うと此方に振り向いた。

「いやあ、驚かせてしまってすまんなあ。あんた彼女の知り合いかい?」

「知り合いというか何というか。私たちの世界ではちょっとした有名人ですから」

 「せやろうなー」と苦笑するとケビンの近くにリースが来る。

「ケビン、どうするの?」

「滅多に姿を見せんから次は当分来ないやろな。でも<<結社>>とP.A.Odaが繋がってるのはこれで確実や。まずは教皇総長殿に連絡して……」

 そこまで言ってケビンは苦笑する。

「あー、そういえばこれって民間人に聞かれたらやばい話ちゃうか?」

「…………ケビンのドジ」

 あ、なんかやばいかも。

 この二人、どう見てもただの神父にシスターじゃない。

こういう話は大抵秘密を知った人間は消される運命にある。

 冷や汗を掻くと同時にこの二人から逃れられそうか計算を始める。

するとケビンは「そや!」と閃く。

そして満面の笑みでこう言った。

「あんた世界救ってみない?」



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~第六章・『追われる兎娘』 兎鍋反対! (配点:ブレザー)~

 筒井城から伊勢へと向かう竹林道を鈴仙・優曇華院・イナバは歩いていた。

この時期の竹林は秋の寒さもあり薄着では肌寒く感じる。

 鈴仙は厚手のブレザーを着、手には地図を持っていた。

 筒井を出て約一時間半、そろそろ徳川の勢力圏だ。

 休憩のため林道に設置されている長椅子に腰掛けると大きな溜息が出る。

「師匠……もう帰りたいです」

 そう呟きながら地図を見る。

 地図には現地の人間しか知らない道やスポットなどが書き記されており所々コメント文のようなものも書かれている。

 自分の現在地を確認しようと見ればちょうど自分がいる辺りに“サボらない事”と書かれていた。

━━お見通しですか、師匠。

 自分の師匠である八意永琳から偵察の任を授かったのはいいがまさか単独任務だとは思わなかった。

 永琳は『大丈夫よ、ちょっと行って帰って来るだけだから』と笑顔で言っていたがその後ろでニヤついていたてゐのせいで非常に不安だ。

 それにしても。

 それにしても東砦の兵まで撤収させる必要はあったのだろうか?

いくら順慶が倒れたからとはいえこれでは敵の突破を容易に許してしまう。

━━師匠の事だから何か策があるんだろうけど……。

 自分が偵察に出るのも策の一つらしい。

ならば。

「ちゃっちゃと終わらせますか」

 そう頷き立ち上がった。

 

***

 

 鈴仙が筒井城を出る少し前。

 筒井城の天守に筒井家の重臣たちが集められていた。

 上座には八意永琳と蓬莱山輝夜が座り筒井順慶の姿は無かった。

「…………殿は?」

と口を開いたのは松倉重信だ。

「順慶様は病に伏せられました……」

 一瞬で部屋が凍りつく。

「というのは嘘で病に伏せたふりをしていますわ」

 そう言うと永琳は隣で丸めていた地図を広げる。

「ですので病に伏せた順慶様の“代わりに”姫様が今後の指揮を執られます」

 その言葉に再び重臣たちの表情が強張る。

 それも当然だ。突然主君が病のふりをし、異界の者に筒井家の指揮を執らせるというのだ。

 しかしそんな中島清興と松倉重信は落ち着いてた。

「なるほど、誘き出しの策ですな」

「ええ、敵を騙すにはまず味方から。ですが身内を全員騙してしまえば動き辛くなります。ですので筒井家の重臣である皆様にはお伝えするのです」

 そう言うと永琳は指を折り始める。

「一つ。この事は他言無用。仲間に漏らせばそこから敵へ伝わります」

「二つ。国内の医者を招集してください。召集後は絶対に城から出さないように」

「三つ。東砦の兵を全て撤収させてください。国境の東砦から兵がいなくなれば徳川は必ず動きます」

「四つ。島清興、松倉重信の両名は部隊を率い出撃し“坑道”に向かってください。兵たちには三好家警戒のためと伝える事」

「そして五つ。最後の餌は此方で用意します」

 永琳が言い終えると皆が黙る。

「なにかご質問は?」

「……勝算は?」

 重信の言葉に輝夜は横目で永琳を見る。

「五分五分。ですが賭けに出なければ勝算すらなくなります」

「じゃあ、しょうがない。この賭け、乗りましょうや」

 そう言って清興が立ち上がり他の重臣たちも立ち上がる。

 その様子を永琳は微笑んで見ていた。

しかしその笑みが喜びからではない事に気がついているのは輝夜だけであった。

 

***

 

 早朝の徳川軍の陣地内で兵士達が出陣のため隊列を組んでいた。

しかし兵士達の表情は暗く、これから出陣という雰囲気ではない。

「無理も御座らん。最初の襲撃から不規則に攻撃を受け続け夜も眠れぬのであれば士気も下がるで御座る」

 敵の攻撃は何れも短いものであったが夜の間も続き、その度出陣したが敵部隊を捉える事は出来なかった。

 自分も昨晩は六度ほど出たがやはり敵の姿は見つからなかった。

━━こうも敵が見つからないとなると何か抜け道のようなものがありそうで御座るな。

 そう思い天子に山の徹底調査を進言したのだが焦る彼女に受け入れては貰えなかった。

 兵士達の介抱をしていたメアリが戻ってくると彼女はこちらの横に立つ。

「皆様疲れていますね」

「Jud.、 これでは敵の奇襲を探知し辛くなるで御座るな」

 忍びである自分が気をつけなければ。

 そう思っていると陣幕の中から天子と衣玖が口論しながら出てきた。

「…………とにかく、出陣するわよ!」

 天子が衣玖を振り払うように先頭に向かうと衣玖が大きく溜息をつき此方に近づいてきた。

「…………大丈夫で御座るか?」

「はい、総領娘様をお止しようと思ったのですが……」

 失敗に終わったようだ。

 先頭の天子を見れば彼女は馬に跨り先頭部隊の中に入って行く。

「先陣指揮を?」

「兵の士気が低いのは総領娘様も存じております。ですので指揮官である自分を先陣に置いて少しでも士気を高めようとしているのでしょう」

「それに天子殿はこの好機を逃したくないのであろうな」

 と後ろから声を掛けられ振り向けば馬を引いている鳥居元忠が居た。

「筒井順慶が急の病に伏し動揺した敵は東砦から撤退。この隙を突き東砦を占拠、可能であれば更に進軍というのが天子殿の考えであろう」

「斥候の情報では東砦が空城になったのは確か。更に筒井家は国内の医師を招集し国全体に動揺が広まっている様で御座る」

 ここまで聞けば確かなように思える。

だがそんな旨い事があるだろうか?

 敵には此方を散々苦しめてきた八意永琳がいるのだ。

誘い出されているのではないかという不安もある。

「五分五分だな」

 元忠がそう頷く。

「これが真実であり打って出れば我々は一気に進軍できる。だが嘘ならば窮地に立たされるのは我々のほうだ。

逆に真実で有るのに出なければ敵は体勢を立て直し筒井家攻略は難航するし嘘で出なければ敵の罠を潰した事になる。この賭け、天子殿は打って出るほうに賭けた様だ」

 「ならば我等はそれに従うしか有るまい」と元忠は馬に跨る。

「戦で戦果を上げるだけではなく大将を守り助けるのも将の仕事よ」

と言うと彼は殿へ向かった。

 それから少しして出撃の鐘が鳴る。

 出撃の空模様は生憎の曇りであった。

 

***

 

 陣地を出て竹林に入り暫くすると小雨が降り始めた。

「火薬を濡らさない様にしなさい!」

 天子は馬に乗り兵士に指示を飛ばす。

竹林の竹の高さは非常に高く曇り空や雨が葉を打つ音もあってどこか冷たい雰囲気があった。

「衣玖、航空艦はちゃんと居る?」

 隣で表示枠を開きながら馬に乗っている衣玖に聞けば彼女は頷いた。

「はい、隊の少し後方に居ますがこの竹のせいで此方からは見えませんね。その逆もです」

「いっその事、全部焼き払うべきかもね」

 と言うと衣玖は「こっちも燃えますね」と冗談を返してきた。

 出陣してから暫くが経ち東砦に近づいて来た。

途中敵の奇襲を警戒したが全く攻撃を受ける事は無かった。

━━此処までは賭けに勝ったわね……。

 このまま東砦まで行ければ筒井順慶が倒れたのは真実という事になる。

 兵士達もその事が分かっているらしく東砦に近づけば近づくほど士気が上がっている。

━━よかった……。

 正直言ってこの賭けに乗るかどうかを決めるのは怖かった。

失敗すれば自分の信頼は地に墜ちる。

だが賭けに乗らなくても周りからの信頼は墜ち続け、徳川秀忠の後詰がくれば彼らは秀忠に頼り始める。

そうなれば自分はお役御免と言うわけだ。

 それだけは嫌だ。

子供っぽいと思われるかもしれないが失望され、誰からも相手にされなくなるのだけは嫌だ。

 あの、天界に居たときのようになるのだけは嫌だ。

「…………総領娘様?」

「え?」

 衣玖に声を掛けられ自分が手綱をきつく握り締めていた事に気がついた。

「…………どうかなさいましたか?」

「なんでもないわ」

 東砦への道も半ばを越えそろそろこの竹林を抜けれるはずだ。

奇襲があるとすれば道が細くなるこの先あたりだ。

 より警戒しなければと思った瞬間、竹薮の中から知っている顔が出てきた。

「え?」

「は?」

 彼女と目が合いお互いに固まる。

暫くそのままでいると突然彼女は反転して走り出した。

「…………あ! お、追うわよ!」

 その声と同時に皆慌てて駆け出した。

 

***

 

 筒井順慶の変わりに指揮をとらされたはいいが国主の仕事なぞなんの知識も無く出来るはずが無く、結局全てを永琳に丸投げして自分は天守からの風景を楽しむ事にした。

 だが直ぐに小雨が降り始めテンションが下がる。

窓から風景を見るのに飽き、部屋の中央で机の前に座り書類の整理をしている永琳を見る。

「ねえ、永琳? さっきの話なんだけど」

「どの話ですか? 姫様」

 彼女は物凄い勢いで書類に目を通し次々仕分けして行く。

もしかして彼女が国主になった方がいいんじゃないか?

とすら思える。

「私に国主は無理ですよ」

「…………いや、人の心勝手に読まないでくれる? あんたは“さとり”か!?」

「もしかしたら姫様が“さとられ”なのかもしれませんよ?」と冗談を返して来たので苦笑する。

 冷静沈着に見えて茶目っ気があるのが彼女の魅力だ。

まあその茶目っ気というか悪戯心の被害にあうのは兎たちなんだけどね。

「それで、さっきの話というのは?」

「ええ、戦いの勝率が五分五分ってやつ」

 永琳は書類に目を通すのを止めない。

これは話を続けろという意味だ。

「今回の戦いは確かに五分五分ね。敵が誘いに乗れば勝ち、乗らなければ私たちの負け。じゃあ、この戦争の勝率は?」

 永琳の手が止まった。

彼女は書類を持ちながら顔を此方に向ける。

「姫様は……どう思います?」

「そうねぇ。仮に今回の戦いであの天人の首を獲っても徳川にはまだ多くの将が居る。例の航空都市艦を向けられたらひとたまりも無いわ。いいわよね航空艦。まだ宇宙には行けないみたいだけど中々な技術を持っていると思わない? それに武神! あれはいいわね! 月でももっと人型兵器の開発に力を入れるべきよ!」

「姫様、脱線してますよ?」

 ああ、いけない。

永年引きこもっていた自分にはこの世界の物は魅力に満ち溢れている。

特に機械系の充実は素晴らしい。

通神技術は我々の世界で言うインターネットだ。

それがこの短期間で行き渡ったのは素晴らしい。

 インフラ万歳!

「で、どうなの? そこのところ」

 そう訊くと永琳は表示枠を開いた。

・薬剤師:『ここからは通神で』

・ぐーや:『聞かれたらマズイかしら?』

・薬剤師:『はい、それはもう一瞬で士気どん底ですね。で、戦争に勝てるかですがハッキリいって無理です』

・ぐーや:『本当にはっきり言ったわね……』

・薬剤師:『姫様の言うとおり今調子に乗って軍団長になってる天人を裸にひん剥いてシバき倒しても徳川には大したダメージを与えられません。ちょっと筒井家が延命するぐらいです』

・ぐーや:『やっぱり徳川本隊は抑えきれないかしら?』

・薬剤師:『難しいですね。兵の錬度も将の質も向こうが上、そして三国を納めるようになった徳川とは国力差もある。それでも持久戦に持ち込むことは出来ます。ですが持久戦になると厄介なのが……』

・ぐーや:『P.A.Odaね。六角が陥ちたから筒井の北方には徳川の同盟国が居る事になる。もし徳川が織田と協同したら挟み撃ちにされてもう駄目と』

・薬剤師:『はい。筒井家に大国を同時に相手するほどの力はありません。ですので我々がとれる策は二つ。一つはこの戦いに勝ち、徳川と講和する。流石に西方攻略部隊を壊滅させられれば徳川も大勢の建て直しに時間が掛かります。ですので敵は講和に乗ります』

・ぐーや:『もし今回の戦いに負けるか敵が講和に乗らないで総攻撃してきたら?』

・薬剤師:『それが二つ目の策。ですがそれは最終手段ですのでその時になったら説明します』

「それって私も手伝える?」

 そう訊くと永琳は暫く躊躇った後、頷いた。

 “話は終わりだ”と言うように永琳が再び書類の仕分けをし始めたので自分も外の風景を見るのを再会する。

 すると二人の表示枠が同時に開いた。

「あ」

「あ」

 互いに顔を見合わせ、永琳が「お先にどうぞ」と言う。

「どうやら徳川と怪魔が交戦状態に入った様よ」

 永琳は僅かに眉を動かす。

「どこからその情報を?」

「真田の天狗から。新聞買ってるから情報流してくれたのね」

 「ああ、あのゴシップ新聞」と永琳が頷くのを見ながら思う。

 天狗からの情報では姉小路艦隊を追撃していた怪魔と徳川が戦いになったというが果たして本当にそうだろうか?

 何故織田領で怪魔は迎撃されなかった?

いくら姉小路艦隊が国境沿いを航行していたとはいえ、自国に危険が迫れば織田軍は動くはずだ。

 だがそうせず見逃した。

 見逃したことにより織田領にも被害が出ただろうに。

━━良くない事が裏で進んでるのかもね……。

 永琳も同じことを考えていたらしく彼女は通神で各所と連絡していた。

そして此方を見ると。

「もし続報があれば教えてください。此方でも調べておきますので」

「分かったわ。ところでそっちの知らせは?」

 そう言うと永琳は「ああ」と頷き口元に笑みを浮かべた。

「獲物が餌に掛かりましたわ」

 

***

 

・薬剤師:『取りあえず逃げなさい。ふぁいと! うどんちゃん!』

「なんじゃぁぁぁぁぁそりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 竹林の中を全力疾走しながら鈴仙は表示枠を拳で割り、叫んだ。

敵の姿は見えないが足音と怒声が近づいてくるのが分かる。

 捕まれば一巻の終わりだ。

 聞けば武蔵には女装したり全裸になる変態やそれを叩きのめす自動人形や肉食系人狼や戦艦沈める射殺巫女が居るという。

 そんな連中の捕虜になったらきっと酷い目にあう。

 それだけは嫌だ。

「で、でも竹林の中じゃあ私のほうが速いはずよ!」

 そう振り返った瞬間大地がめくれ上がった。

竹が折れ、頭上に倒れてくる。

 それを走りながらなおかつ這うように抜けると後ろから青髪が現れた。

「待ちなさいこの糞兎! とっ捕まえて兎鍋にしてやるわ!」

 やっぱり怖い! 徳川!

 竹林が武器になってしまうなら街道に出るしかない。

幸いもう直ぐ東砦だ。

 そこに逃げ込めば何とか……。

「あ! そういえば誰もいないじゃん!」

 終わった。私の人生終わった!

ああ、師匠。先立つ無礼をお許しください。

そんでもってよくも散々弄ってくれたなあのババア!

 心の中で師匠への謝罪と今までの鬱憤を晴らしていると表示枠が開いた。

・幸運兎:『今筒井であんたが捕まるかどうか賭けしてるんだけど、私捕まるほうに賭けたわー』

「捕まってたまるか━━━━!!」

 街道に出ると後ろから徳川の軍団が追ってきているのがハッキリと見える。

特に騎馬に乗ってる連中はヤバイ。

 いくら足に自信があるとはいえ馬の速度には敵わない。

 そこでふと城を出る前に永琳に癇癪玉を渡されていた事に気がつく。

あの時はなんでこんなものを?

と思ったが、そうかこういう時の為か。

そしてばれること想定していたんですね師匠……!

 ともかく腰のポーチから癇癪玉を取り出すと地面に投げつけた。

 快音が鳴り響き、馬が嘶きその足を止める。

 今しかない!

 最早息も切れ切れであったが既に東砦は見えてきている。

 残りの体力を全て足につぎ込み駆けた。

 竹林を抜け、谷に出る。

 東砦は山と山の間に作られた砦で、伊勢から伊賀大和への関所も兼ねている木製の砦だ。

 残り200M。開け広げられた門がハッキリと見える。

 残り150M。竹林の中から徳川の部隊が出てきた。

 残り100M。途中こけそうになるが何とか持ち堪える。

 残り50M。徳川の部隊が近づいている。怒声とともに銃弾も飛んできた。

 そして門を潜り、反対側の門に向かう。

その瞬間、腰から持ち上げられた。

「ぎゃあああああああ! ごめんなさいいいいいい! 私、食べてもおいしくないですううううう!」

「おいおい、嬢ちゃん、落ち着けよ」

 持ち上げられ暴れるが聞き覚えのある声に体が止まる。

そして顔を横に向けるとそこには島清興の顔があった。

「さ、左近さん!?」

「おう。しかしいい駆けっぷりだったなぁ」

 彼はそう笑うと持ち上げた鈴仙の体を地面に降ろす。

そして刀を引き抜くと東門の方を見る。

「さて、こっからが本番だぜ」

 

***

 

 比那名居天子は砦に突入した兵士達を手で制した。

 兎を追って無人の砦に入ったら見知らぬ男が居たのだ。

「自己紹介してもらえるかしら?」

「おお、そうだな。俺の名前は島清興。左近って呼ばれている」

 島左近!

 筒井家の重鎮の一人で有名な戦国武将でもある。

 隣の衣玖に目配りをすると彼女は周囲を警戒しながら呟く。

「敵の気配はありません」

 伏兵もなしに一人で来たのか?

 それは余りに無謀だ。

 何か策があるのではと思い、動けない。

「たった一人で来るなんて随分と大胆ね。自殺願望でもあるのかしら?」

「いやいや、これでも生きる事には貪欲でね」

 清興はそう言うと此方の顔をじっと見てくる。

そして「ふむ」とか「成程」とか言うと頷く。

「…………何よ、人の顔を見てぶつぶつと。気持ち悪いわね」

「いやぁ、中々いい面構えだと思ってね。特にその目、強い意志を持つ目だ。俺はその目を持つ人間を多く見てきた。そしてそいつ等が成就するのもね」

 突然褒められちょっと気分が良くなる。

「あら、分かってるじゃない。あなた中々人を見る目があるわよ」

 そう胸を張ると衣玖が小さく溜息をつく。

 その様子を見て清興が笑うと表情を改めた。

「だが、その成就する者の裏で消えていく連中もごまんと見てきた。あんたはまだ蕾だ。咲けば大きな花になるだろう。だがね、あんたが咲けば周りの花は枯れるのさ」

 「だから」と清興は手を振り上げる。

 それに合わせ徳川の兵たちも身構える。

「此処で消えてもらう!」

 その瞬間砦のいたるところで爆発が生じた。

 

***

 

「何!?」

 砦はあっと言う間に燃え広がり、炎に包まれてゆく。

「爆弾を仕掛けていたというわけですか!」

 恐らく油も事前に撒いてある。

敵は砦に此方を閉じ込め焼くつもりだったのだ。

「さて、それじゃあ俺たちはおいとましますか

「逃がすと思ってるの!?」

 砦が燃えてしまっては進む事は出来ない。ならばせめて敵の重鎮は捕らえなければ!

「まあ、普通逃げれんわなぁ。だが?」

 そう言い左近が鈴仙に目配せすると彼女は「あ! 能力の事忘れてた!」と叫んだ。

そして此方を向くと。

「私の目を見て狂いなさい!」

 その瞬間地面が歪んだ。

否、歪んだのでは無く歪んだように思えたのだ。

 だが突如の視界の歪みはこちらの体勢を崩し思わず膝を着きそうになる。

そして感覚が元に戻る頃には二人の姿は無かった。

「ああ、もう! 逃した!!」

 思わず緋想の剣を振り回し近くの小石を蹴る。

これで侵攻作戦は失敗だ。

「総領娘様! ここは危険です! 直ぐに脱出しましょう!」

 火の勢いは強く、既に眼前は炎の海と化している。

「そうね、とりあえず戻りましょう……」

 そう言い、撤退の指示を出す。

 砦から慌てて皆出ると天子は馬に跨った。

 被害は無かったものの成果も無かった。

これで戻れば後ろ指を指されるかもしれない。

そう思うと気分は落ち込む。

━━これからのことは帰ってから考えましょう。

 そう思うと早馬が駆けてきた。

馬に乗っている男は額に汗を掻きながら叫ぶ。

「敵襲! 敵は此方の後方に出現! 殿の部隊が攻撃を受け混乱! 被害が拡大しています!!」

 その瞬間、場が凍りついた。



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~第七章・『夕日に迷う天人娘』 ころんで おきあがれるかな? (配点:口論)~

 青空に焼け焦げた臭いが漂っていた。

 風に揺られ黒煙は靡き、幾つもの柱を立てる。

 一面に広がる草原にはその長閑さに合わない崩れた馬防柵や墜落した航空艦が幾つも点在する。

 その様子を岡の上から見ている人物が居た。

 その人物は短い緑髪を持ち、戦闘用に改造された青い司祭服を着た少年だ。

 彼は遠くの平地で後退して行く軍団を目を細め見つめている。

「…………ワジ、敵は撤退を始めたぞ」

 ワジと呼ばれた少年が振り返るとそこにはスキンヘッドでサングラスをかけた大柄の男がいた。

「知ってるよ、アッバス。まったく教皇総長殿も人使いが荒いね。裏方の僕たちまで動かすなんてね」

「あの男の事、どう思う?」

 アッバスの問いにワジは手を顎に添える。

「かなり機転の利く人だ。今回の河野と西園寺の攻撃を読んでいた様だしね」

「…………攻撃を読んでいたのに本隊を本州に残していたのか?」

 アッバスの言うとおり長蘇我部元親率いる本隊は未だ本州に残っており本国は手薄となった。

そこを突き河野家と西園寺家が動いたのだ。

 一時は岡豊城近辺まで攻め込まれ追い込まれていたが突然の一条家の河野家の宣戦布告により両軍の補給路は断たれ、混乱した敵軍に対して反撃に出た。

 そして今勝利したところなのだが……。

「まあ出来すぎだよね。一条家の宣戦布告がタイミングよすぎる上に教皇総長はこの反撃まで全くと言って敵と交戦しなかった」

「一条家とは事前に話をつけてあり、守備隊を無傷で下がらせ反撃の準備をしていたと? だがなぜ一条家が味方につくと確信できる? やつらが動かなければ危ないところだったぞ」

 「それは」と答えようとすると後ろから魔人族の男が現れた。

「通商路の譲渡である。以前から四国南方の航路はT.P.A.Italiaが掌握していたため一条家は自由に交易が出来なかった。西園寺家と敵対している一条家にとっては我々と同盟を結べ、更に交易路を入手出来るのは願っても無い事だ」

「やあ、ガリレオ副長。様子を見に来たのかな?」

「Tes. 先ほどの続きであるが一条家が動かずとも我々は勝利できた。元親に指示を出し、ステルス航行可能な船を事前に淡路島に移してある」

 「やれやれ、僕たち頑張り損だね」とワジが肩を竦めると苦笑する。

「それで? 他に何か用があるんだろ?」

「グラハム卿が岡崎で八雲紫と接触した。そこでP.A.Odaが“黒”だと判断した」

 “黒”。つまり織田が<<結社>>と繋がっているという事だ。

「━━━━僕達も岡崎に?」

 そう問うと彼は首を横に振った。

「お前たちには出雲・クロスベルに向かってもらいたい」

「クロスベルにかい?」

「Tes. 遊撃士協会が彼の地で妙な物を発見したらしい。それの調査に向かえ」

 クロスベル……か。

 どうにも因縁のある土地らしい。

 世界が変わっても再び訪れることになるとは。

「ふふ、彼らは元気にしてるかな?」

 そう言うとアッパスも口元に笑みを浮かべる。

「彼にとっては帰郷ということになるかな?」

 そう言い表示枠で映像を映せば赤い戦闘用司祭服を着た男が大剣を振り回し、逃げる敵に怒鳴りつけていた。

『どうしたテメェら!! “蚊”よりもよえーぜ!!』

 怒鳴り続ける男を見てワジとアッパスは苦笑するのであった。

 

***

 

「敵襲! 敵は後方に出現!!」

━━まずいで御座る!!

 その報を受け、部隊の中列は一気に動揺した。

 東砦が炎上し進めなくなったため退路は無い。

そして何よりも。

「敗走した後列の部隊が押し寄せてくるで御座るよ!!」

 恐慌状態に陥った彼らが押し寄せてくれば部隊は味方同士のぶつかり合いで圧死者が続出する。

 そうなればあっと言う間に此方は壊滅するだろう。

「メアリ殿! 部隊の指示をお頼み申す!」

「点蔵様は!?」

「元忠殿の救助に! ここで元忠殿が討たれればそれこそ収拾がつかなくなるで御座る!」

 メアリが「分かりました」と頷いた瞬間、後方から幾つもの銃声音が鳴り響いた。

そして多くの叫びも続く。

 既に一部の中列の兵も逃げ始めている。

━━急がなければ!

 馬を降り駆ける。

途中人の間を抜けれないと察し横の竹薮に入り殿を目指す。

 途中再び銃声音が連続して鳴り響いた。

 

***

 

━━どうにもならんか!!

 攻撃は突然の事であった。

 いきなりの銃声音と共に最後尾の兵たちが次々と倒れた。

 何事かと振り返った兵たちも倒れた。

 そして誰かが叫んだ。

「き、奇襲だあああああああああああ!!」

 それからはあっと言う間であった。

 我先にと逃げ出し、押し合いとなった。

何人かの兵士たちは応戦しようとしたが逃げる仲間が射線を遮り、敵の銃弾を浴びて倒れていった。

 最早隊列など無く蜘蛛の子が散るように動いている。

「鳥居様! お下がりを! ここは危険です!」

 近くの兵がそう叫び元忠は額に汗を掻きながら首を横に振る。

「今下がれば圧死するぞ!」

 とはいえこのままではどうしようもない。

 竹により敵の姿は見えず此方は一方的に撃たれる。

━━だが敵は何処から来た…………!?

 東砦からの出兵は無かった。

だが敵が此方側に来るには東砦を通過するしかない。

 であるのに敵が後方に現れたとなると敵が抜け道を持っているのは確実。

これまでの襲撃もその抜け道を利用したものだろう。

━━点蔵殿の読みが当たったか……。

 銃弾が耳元を掠り、背筋が凍る。

 それを見た先ほどの兵が緊迫した表情で叫ぶ。

「お下がりください!!」

 このままでは何も出来ずに全滅か!

 そう思った瞬間銃弾が馬の頭を撃ち抜いた。

「!!」

 馬は膝から崩れ横に倒れる。

 それと共に体は地面に叩きつけられ、泥水を顔に浴びる。

「鳥居様!!」

 近くの兵士たちが倒れた馬を起こそうとするが右足に激痛が走った。

「ぐ……ぬう、足が折れたか……!」

 喊声と共に竹薮の中から筒井の兵士が現れる。

近くの兵士が一人、一人と組み倒され敵に囲まれる。

「鳥居元忠殿とお見受けする! 御首級頂戴つかまつる!」

 一人の兵士が此方に飛び掛る。

それを咄嗟に地面に落ちていた槍を拾い、突き刺した。

 一人が倒れると残りの兵士達が一斉に飛び掛ってきた。

━━これまでか……!!

 そう思った瞬間、眼前に黒い影が飛び込んできた。

影は右側の兵士の槍を掴むと兵士ごと横に振り払い、敵兵を次々となぎ倒して行く。

「ご無事に御座るか!?」

「点蔵殿か!! 助かった!」

 点蔵が煙玉を前方に投げつけ敵の視界を遮ると周りの兵士達が馬を退かし倒れている自分を起こし上げる。

 冷静さを取り戻した一部の兵士達が長銃による応戦を開始し、その間に後退を始める。

 竹林の出口まで来てみればそこでは人が溢れかえっていた。

 

***

 

「陣形をちゃんと組んで! 術式盾は前列に! その後ろに射撃部隊! 負傷者は後ろに下がって!!」

 竹林と砦の間の平地では大混乱となっていた。

 敵の攻撃の備え円陣を組んだが逃げてきた味方が入り込み、陣形が一気に崩れた。

狭い平地に全兵が入れる訳が無く塊は横に広がり、崩れた。

 そして背後からは火の手が迫り、熱と黒煙が此方の恐怖心を煽る。

 比那名居天子は全身に掻く冷たい汗を感じながら思考をめぐらせる。

 此方の被害は甚大。味方のほとんどが恐慌状態であり部隊が瓦解しないのは逃げ道がないからだ。

 一方的の兵力は依然不明。敵は竹林に身を隠し銃による攻撃を行っている。

 状況は最悪。このままでは一方的に撃たれるだけな上、少しずつ後ろから炎が迫ってきている。

 前に出れば一方的に撃たれて壊滅。下がればみんな仲良く焼け死ぬ。

 どうすればいい!?

「━━━━総領娘様!!」

「分かってる!! 分かってるから、ちょっと考えさせて!!」

 といっても何も思いつかない。

 前列の部隊が割れ、元忠と点蔵たちが合流した。

「二人とも、無事ね!」

「足をやられたが生きておる。それよりどうする!? このままでは全滅ぞ!」

「恐らくで御座るが敵は街道の両側に部隊を配置。街道を通れば両側から撃たれる事になるで御座る」

 唯一の逃げ道である街道は殺し間だ。

 そんなところをいけるはずがない。

せめて、せめて片側の部隊だけでも叩ければ…………。

 そこまで考え背筋が凍る。

片側の部隊だけを叩くなりして銃撃できなければ街道を突破する事は出来る。

 部隊を特攻部隊と脱出部隊に分け、特攻部隊が敵を引付けている間に他が脱出するのだ。

だが特攻部隊は逃げれない。

待つのは全滅のみ。

 そんな役を誰が引き受ける?

━━私のせいだ……。

 点蔵の言う通り山を調査しておけば、衣玖の言う事を聞いておけば……。

だがもうそんな事を言ったところでどうにもならない。

ならばあと自分にできる事は……。

「私が部隊を率いて敵の片翼を引付けるわ。その間に突破してちょうだい」

 そう言うと皆表情を固めた。

「本気で御座るか……? それでは天子殿の部隊は……」

「分かっているわ。こうなったのは私の責任。だからせめて…………」

「だ、だったら私も行きます!」

 そう叫んだのは衣玖だ。

彼女は真剣な表情で此方の肩を掴み視線を合わす。

 だが首を横に振る。

彼女を巻き込むわけにはいかない。

「貴女は本隊を率いて。これは命令よ」

「ですが……!」と衣玖が肩を掴む手に力を入れると元忠が割って入った。

「二人とも良いかな? その任、わしが引き受けたい」

「元忠、古参であるあなたを死なせるわけには……」

 と言いかけると彼は自分の足を指差す。

「足が折れ、これでは撤退の足手まといになる。それに指揮官が我先に死んではいかんよ」

 そう笑う彼に皆が言い返せなくなる。

 期限は刻々と迫っている。

 誰が行くのか。決めなければ。

「…………特攻部隊の指揮は」

 そこまで言って気がつく。

 先ほどから敵の攻撃の手が止まっていることに。

周りの兵士達も気がつき“どうしたのだ?”とざわめき始めた。

 そして暫くすると竹林のほうから銃声音と喊声が鳴り響いた。

 

***

 

━━鳥居元忠を討ち取れなかったか……。

 指揮官が生き残ったことにより敵は思ったよりも冷静さを保っている。

だが地の利はこちらにあり、敵に逃げ道はない。

 ならばこのまま攻撃を続けるのみ。

そう松倉重信は判断すると近くの兵に射撃続行の指示を出した。

「一気に突撃したほうが良いのでは?」

 護衛の兵士がそう問うと重信は首を横に振る。

「敵が陣形を保っているいの状況で突撃を仕掛ければ此方に多くの被害が出る。それに敵の背後の火災。あれは我々にも牙を向くぞ」

 であるのでこのまま遠距離攻撃を続け、敵の瓦解を待つ。

 敵が此方の配置に気がついていれば取れる策は一つ。

それは両翼のうち片方を引付け、その間に強行突破する事だ。

「…………兵力があれば街道も封鎖するのだがな」

 残念ながらそれをできる程の余力はない。

 もし敵が強行突破してきたら逃すかもしれない。

だがそれでも敵に甚大な被害を出す事は可能だ。

 三列に並んだ射撃部隊が交互に攻撃を行う。

敵からも反撃は来るがどれも憶測射撃であり、竹に弾かれ滅多に此方まで届かない。

━━そろそろ止めを刺すか。

 予備の部隊を動かすように命令した瞬間、伝令が駆け寄ってきた。

「ご、ご報告! 我が軍後方に敵軍出現! こちらに向かってきています!」

 敵軍?

伊勢陣地の後詰か?

「どれ程の規模だ?」

「敵兵数は約五千! 徳川秀忠の旗を確認しました!!」

 徳川秀忠の援軍か!?

 だが秀忠の軍が動くのはもう少し先のはずだ。

━━予定を早めたというのか……?

「どうなさいますか!?」

 このままでは挟み撃ちにあう。

思い切って突撃すべきかどうか?

 そう悩んでいると通信文が送られてきたそこには短く。

・薬剤師:『退却しなさい』

 口押しや。

 だが退却命令が出たのなら仕方ない。

「全軍撤退! “坑道”まで急ぎ後退せよ!!」

 筒井の軍は迅速に撤退し、竹薮の中に身を隠して行く。

秀忠の軍が到着する事には人っ子一人居なくなっていた。

 

***

 

 筒井城にある筒井順慶の寝室では順慶が胡坐を組み表示枠を操作していた。

表示枠の中では色様々なブロックが落ちて来ておりそれを組み立て、消していた。

『━━と言うわけで徳川軍に被害を与えたもの敵将を討ち取る事は出来ませんでした』

 そう頭を下げる永琳を横目に見て頷く。

「勝負は時の運。秀忠公の軍がこうも早く来るとは思わぬさ」

『そうそう、だからこれも運ね』

 目の前の画面で一気にブロックが積み重なりゲームオーバーを知らせる。

「ぬう……また負けか」

『ふふ、六連勝ね』

 もう一つの表示枠越しに輝夜が得意げな表情をする。

「なんの、七戦目だ」

『あの……順慶様に姫様? 何をなさっているので?』

『“なに”ってゲームよ、ゲーム。ほらこの前永琳にもやらせた“ポムっと”』

 『ああ、あれですか』と永琳が頷く。

「今日一日部屋に引きこもっていたのはいいがどうにも暇でな。そこで輝夜殿にこの“げーむ”を教えてもらったのだがこれが中々……。

単純のように見えて奥深い、他にも“げーむ”はあるのか?」

『あるわよ。竜族になって人間倒しまくる“はんたーはんたー”に、蛍の妖怪が無理ゲーさせられる“りぐるさま”とかいろいろ』

「今度お勧めを送ってくれんか?」

『お二人とも? ちょーっと真面目なお話しましょうね?』

 背筋の凍るような笑みを浮けべられ二人は慌てて頷く。

『敵に被害を与える事は出来ましたが敵大将である比那名居天子を討ち取ることは出来ず講和は絶望的に成りました。

ですがこちらの戦力は東砦を失ったものの無傷。そこで私は篭城策を提案します』

「篭城? 増援のない篭城は無意味ぞ?」

 現在の筒井に同盟国はいない。

その状態で篭城しても干からびるのを待つだけであるし織田の介入の可能性も増える。

『たしかに普通の篭城では負けるだけです。敵には多くの兵士に航空艦、篭城しても持ちこたえられません。嘗ての今川のように』

『だったらどうするの? 正直打って出ても万全の徳川軍には敵わないし篭城しても負け。これ積みじゃない?』

 今回の奇襲を失敗した以上同様の手は効かないだろう。

それに何時まで“坑道”を隠せるか分からない。

『姫様は永遠亭のこと覚えてますよね?』

 『え?』と輝夜は眉を顰め頷いた。

『かつて永遠亭は私の術によってその姿を隠していました。その術を使います』

「筒井城を隠すということか?」

『はい、これは戦における最大のズルです。将棋で言えば板から王将を外すという事。そして我々は期を待ち、王将を板に戻す』

 確かにズルだ。

 王将が無くなれば敵は勝負に勝つことは出来ない。

 筒井城を攻略せずに進もうとすれば我々はいつでも敵の背後を突けるのだ。

だがこれは我々にとっても苦肉の策となる。

なぜならば……。

『姿を隠すといってもやることは普通の篭城と同じです。食料が最大の問題となります』

 そうだ、敵が動かなければ我慢勝負になるのだ。

敵には補給があるが我々にはない。

 長引けば餓死者が続出するだろう。

「手持ちの食料でどの位もつ?」

『食料をかき集めれば一年ほど。ですがそれは節食してです。常に飢えに苦しみ、精神は磨り減ることになります』

『いざとなったら私の肉をそぎ落として食べさせる?』

 『姫様、そういう冗談は……』と永琳が言うと輝夜は真剣な眼差しを返した。

『本気よ。私の体は切り刻もうが磨り潰そうが直るし飢えでも死なない。でもこの城に残る多くの人間は死ぬのよ? だったらその位我慢できるわ』

 輝夜の言葉に永琳は黙る。

「…………輝夜殿。輝夜殿のお気持ちは有り難い。だが私は一年待ち無理であれば降伏しようと思う。美しきお嬢さんにそのような事をさせられぬよ」

 そう言うと輝夜は『そう』と目を伏せた。

「決行は何時にする?」

『今日は十五夜。今夜中に月の力を溜め、明日の夜の十六夜。月の躊躇う夜にて筒井城を隠します』

 二人との通神を終えると順慶は立ち上がる。

窓を開け夕日に目を細めた。

━━すべては明日の夜か……。

 覚悟を決め部屋を出ようとすると僅かに笛の音が聞えたような気がした。

 

***

 

 伊勢の陣地に戻る頃には皆疲れ果て死人の群れの如く歩いていた。

隊列の最後尾には比那名居天子と永江衣玖がおり、天子は俯いていた。

 最悪だ。

 傷ついた兵たちの此方を見る目が怖い。

 最悪だ。

 残った兵たちの失望の目が怖い。

 最悪だ。

 衣玖や点蔵たちの心配するような目が怖い。

 あまりの情けなさに視界が歪む。

これで私の信頼は地に墜ちた。

 すでに多くの兵士が徳川秀忠の下に移っており、今私について来る者はいないだろう。

━━こんなことなら指揮官に立候補するんじゃなかった。

 多くの後悔が頭を過り、ますます俯いてしまう。

 すると人ごみの中から銀の大ボリュームが現れた。

「天子!? 無事ですの!?」

「━━━━え?」

 突然の知人の顔に固まる。

 ネイトの後ろからアマテラスや藤原妹紅が現れ此方に駆け寄って来る。

「おいおい、天人のネーちゃん。大丈夫かよォ!」

「怪我は無いみたいね」

 馬を降り、三人と一匹の輪に入るが状況がよく読みこめない。

「な、なんであんた達が? 武蔵にいたんじゃ……?」

「え、私達衣玖に呼ばれましたのよ?」

━━━━え?

 背後を振り返れば衣玖が申し訳無さそうに頭を下げていた。

「総領娘様、取りあえず陣幕の中で話しましょう」

 

***

 

「…………それで、これ、どういう事なの?」

 陣幕に入った瞬間衣玖に詰め寄った。

彼女は此方の瞳をじっと見ると口を開く。

「私がお呼びしました。今回の作戦に失敗した時の保険策として秀忠様に連絡し皆様を援軍としてお呼びしたのです」

 え、なにそれ? 

「え、なにそれ? な、なんで私に報告しなかったの?」

「報告しようとしましたが出撃と重なり、その、出来ずに……」

 ああ……申し訳無さそうに頭を下げる衣玖を見て惨めさがますます募ってゆく。

 彼女にこんな顔をさせてしまった自分に、後ろで皆を心配させている自分に。

だが、口から出たのは謝罪とは違う言葉だった。

「あ、あんたも私を信用してなかったって事……」

「ち、違います! 私はただ……」

「同じじゃない! 私を信用してくれてたなら援軍なんて呼ばない筈でしょう!? あんたは最初から私の事信頼してなかったの!? ど、どうせさっきも“一人で粋がってなんだこの馬鹿は”とか思ってたんでしょ!!」

 この口を縫ってしまいたい。

だが一度吐き出された感情は洪水のようにあふれ出し、もはや自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。

「思えばそうよね、私に近づいて来る奴等はどいつもこいつも私じゃなくて父様の権力目当て! あんたも親の七光りとかずっと思ってたんでしょう!?」

「天子! 言い過ぎですわよ!」

 と前に出ようとするネイトを押しのけ妹紅が天子の胸ぐらを掴んだ。

「…………あんまり調子に乗ってるんじゃないわよ。誰もあんたの事馬鹿にしてないしそもそもあんたの父親って誰よ? 親の七光り? そんな知らない奴出して一方的に決め付けるな!

だいたい、いつもの威勢はどうしたのよ? あんだけ威張っておいて一回失敗したら自暴自棄? あんたヘタれなの?

私、あんたみたいに甘えてるお嬢様が一番嫌いなのよ!」

 互いににらみ合い、無言になる。

 皆が緊張で固まっていると妹紅は溜息をつき手を離した。

「失敗したなら挽回してみせなさいよ……」

 陣幕の中が気まずい雰囲気で満たされる。

 天子は俯き逃げるように陣幕から出た。

 それを一瞬遅れて衣玖が追いかける。

 

***

 

「おっと、失礼」

 陣幕を出ると天子は鎧を着た青年をぶつかり、彼の顔を見ると驚愕し走り去った。

「総領娘様!」

 それから遅れて衣玖が飛び出すが青年を見て立ち止まる。

「━━すまんな。どうにも入れる雰囲気では無く」

「いえ、その、先ほどはありがとう御座いました。徳川秀忠様」

 秀忠は頷くと天子が走り去って言った方を見る。

 陣幕の中から点蔵たちも現れ妹紅が気まずそうに頭を掻いた。

「言い過ぎたわ……。どうもあいつを見ていると昔の自分を思い出して……」

「昔、で御座るか?」

「ええ、まあいつか話すわ」

「しかし、親の七光りか……」

 秀忠がそうしみじみ言うと此方を見る。

「偉大な親を持つ子というのは何時の世も苦労するものだな。私も生前の若い頃は父に認められようと必死であった。だが老いてから気がつくのだ。

父がどれほどの事を自分のために残してくれたのかを」

「総領娘様は必死なんだと思います。ようやく自分を天界の総領の娘としてでは無く、ただの比那名居天子として見てくれる友人が出来るかも知れないと。

だから認めてもらおうとして暴走してしまってるんだと思います」

 「馬鹿ね」と言ったのは妹紅だ。

「自分の居場所は作るんじゃ無くて、自分が居る場所が自分の居場所だってのに」

 そう言って彼女は夕日に染まる空を見上げた。

 空では鴉たちがまるで此方を心配するかのように、鳴き声を上げているのであった。



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~第八章・『食事場の会議者』 カレーいかがですか? (配点:情報交換)~

 夕焼けの赤に染まる浜松港に幾つもの輸送艦が着陸していた。

輸送艦からは食料や医療品が運び出され、浜松港の近くに急遽作られた避難村に送られて行く。

 姉小路からの避難民は一部を岡崎に降ろし、残りを浜松に降ろした。

 徳川領に着いたときには姉小路の民は5千人を切っており彼らの姿を見ればどれだけ凄惨だったのかが嫌でも分かる。

 最後の輸送艦が着地すると二隻の警護艦が出航した。

 怪魔を全て倒したものの警戒は解かれず、交代交代で警備を行っているのだ。

 警護艦が遠ざかって行くのを教導院の屋上から幾つもの表示枠を開きながら姫海堂はたてが見ていた。

 彼女は胡坐を組み、熱心に表示枠に目を通す。

 そこには今まで真田が集めてきた怪魔の情報が記されておりそれを一つずつ確認するように見る。

『怪魔とは:怪魔との最初の接触は富士崩落の時である。崩落した富士山の調査のため当時の北条家が調査部隊を派遣するがこれが消息不明に。続けて第二、第三部隊を送るが何れも消息不明となり第四部隊の一人が帰還したことにより怪魔の存在が判明。

北条家は急遽怪魔討伐の軍を立ち上げ交戦多大な被害を出すも武田・今川の助力もありこれを殲滅した。

これ以降小規模な怪魔が各地で出現するようになり、神社や遊撃士協会がこれの討伐に当たる』

 次のページにする。

『怪魔の特徴:怪魔には共通の特徴があり、まずどの個体も白くゴム質状の肌を持ち生物で言うところの頭部は無い。一部個体には眼球が確認されているがそれを流体砲撃に使用するため視覚があるかは依然として不明である。

怪魔は生命活動を停止すると流体分解されるため解剖は不可能。そのため怪魔の体内構成等は不明である』

次のページ。

『怪魔の種類:怪魔にはタイプが存在し現在判明しているのは四種類である。

・クーガタイプ:四本足で走り獣のような小型タイプ。脚部の爪やブレード状に変質した尻尾で攻撃を行う。

・ワイバーンタイプ:細長い胴を持ち巨大な二対の翼を持つ小型タイプ。個体の戦闘能力は低いが集団で行動し足の鉤爪で攻撃を行う。

・ドラゴンタイプ:陸戦タイプの個体としては大型であり武神と同等の大きさを持つ。四肢を伸ばす事が出来、鞭の様に扱う。この個体が出没した場合は早急な討伐が必要である。

・クラーケンタイプ:富士異変に出没したタイプで確認されている個体の中では最大級である。他の固体と違い無数の眼球を持ち、戦艦クラスの流体砲撃が可能。富士異変以降出没していないが出没した場合最大限の注意を払って交戦する事』

 そこまで読んではたては溜息をつく。

━━どれも散々読んだ物ね……。

 先ほどの怪魔襲撃後、椛に頼み怪魔の資料を送ってもらったがどれも一般的に知られている事ばかりだ。

「よくよく考えると私たちって何も知らないで戦ってるんじゃない?」

 富士山での一件以降怪魔は災害として扱われていた。

だが飛騨での怪魔の出没、そして新型の敵を見てどうにも引っかかる。

 怪魔には頭部が無く、個体の知性も低い。

だが奴等は統制が取れており群れで行動する。

━━そもそもなんで人を襲うのよ?

 怪魔には生物で言うところの口が無い。

そのため人を襲うのは捕食のためでは無いのだ。

つまり奴等は明確な悪意を持って人間を襲撃している。

 だが知性の低い獣にそんな事が出来るだろうか?

 もし、命令を出している奴が居るとしたら?

 それは誰だ? 巨大な怪魔の親玉か?

 なぜ人を襲う?

 考えても思考は同じところを回り続け一向に答えは出ない。

「あー! もう! 分からん!」

 床に寝そべり空を見上げる。

曇り空は晴れ、雲が幾つもの塊になって流れて行く。

 しばらくそれを見ていると何処からか鼻を刺激する臭いが漂ってきた。

 このスパイスが効き、食欲を促進する臭いは……。

「カレー…………?」

 

***

 

 遊撃士協会支部では霧雨魔理沙やアリス、英国からの三人が呼ばれ集まっていた。

支部の中には本多・正純が待っており皆をテーブルに着かせる。

「お? 来たか? 何人居るー?」

 支部の厨房からエプロン姿のトーリが現れ正純が「お前たち含めて13人だ」と言うと彼は「Jud.」と厨房に戻った。

「あの? これどういう事?」

とアリスが言うと正純が頷く。

「食事をしながら情報交換しようと思ってな。強行軍で疲れただろう?」

 訝しがるアリスを横目に魔理沙が手を挙げた。

「マッシュルームカレーあるか!?」

「おう! キノコが好物だって聞いて作っておいたぜ!」

「キノコは特注品ですネー」

 それを聞き魔理沙の目が輝き、幽々子が臨戦態勢に入った。

「……私はいいわ。カレーの匂いがついたら嫌だもの」

と言って立ち上がろうとしたパチュリーの服をオリビエが摘んだ。

「……離してくれる?」

「まあまあ、人付き合い人付き合い」

 結局パチュリーが折れ、彼女はしぶしぶと席に戻った。

「さて、食事が来るのはもう少し先の様だから少し情報交換をしよう。今、岡崎城でも姉小路頼綱が家康公と会議を行っているが此方でも方針と対策を決めておきたい」

 そう正純が言うとアリスが背筋を伸ばす。

「最初に、救助してくれた事には感謝します。ですが私はまだあなた達を信用していないという事を言っておきます」

 「おい、アリス……」と言う魔理沙を手で制すると正純と視線を合わせる。

「ですので私たちはこの場を情報交換の場ではなく、武蔵との交渉の場にしたいと思います」

 ━━まあそう来るよな……。

 今この場において一番立場が低いのは彼女達だ。

どんな些細な事でも見逃さず、自分達が出来るだけ有利になるようにするだろう。

「相変わらず捻くれてるわね」

「━━━━なんですって?」

 パチュリーの一言に急に場が不穏になる。

「助けてもらっておいて交渉したいだなんて図々しいと思っただけよ」

「挑発してるつもりかしら?」

「さあ? どうでしょうね?」

 互いににらみ合う。

今にも掴み合いそうな二人の間にトーリが前菜のサラダを置くと彼は「腹へってイラついてんのも分かるけど落ち着こうぜ」と言った。

 二人は「ふん」と鼻を鳴らすとそっぽを向く。

━━この二人、反りが合わないみたいだな。

 ともかく。

「では情報交換兼、交渉を始めるとしよう」

 

***

 

「ではまず何の情報を持って姉小路は武蔵と交渉するのか? それを提示してもらいたい」

 大前提だ。

姉小路が現在各国が持っている情報と同じ程度の情報しか持っていないのであればこの交渉の意味は無い。

 アリスは慎重に言葉を選び言った。

「怪魔を指揮しているかもしれない存在について」

 その瞬間エステル達が驚き、オリビエが「ほう?」と眉を動かした。

━━これはまた凄い情報だな……。

 各国が喉から手が出るほど欲しい情報だ。

だがその分、口からでまかせという可能性もある。

 実際エステル達は興味津々だがオリビエ達は判断しかねているようだ。

━━さて、どうしたものか?

 アリスは“武蔵との交渉の場”と言った。

これは姉小路頼綱が徳川家康と交渉を行っている上で武蔵とも交渉したいという事だ。

 なにがなんでも徳川から譲歩を得たいという事か。

それだけ追い込まれているという事だろう。

「どうするの? 交渉に乗るのかしら? 乗らないのかしら?」

「……乗ろう。だがもしその情報が嘘であればそれは徳川と姉小路間に重大な亀裂を生む事になる。それはいいな?」

「ええ」

 アリスがグラスに入った水を飲み自分を落ち着かせるように息を吐く。

「徳川は姉小路の民を全て受け入れて」

「無理だ。現状徳川にも武蔵にも姉小路の民を全て受け入れる余裕は無い」

「そんな事は無い筈よ。徳川は今勢力を伸ばし領土が増えている。私たちを受け入れるだけの土地はあるわ」

「たしかに土地はある。だが先ほども言った通り余裕は無い」

 人を移住させるには多くの金がかかり更に食料問題や近隣住民との問題もある。

「お金なら避難民が出し合って渡す。それでも足りないと思うけど定住地があれば直ぐに働いて返すわ。食糧問題だって自給自足してみせる」

「その保障はどこにある? 最悪支援金を受け取って雲隠れする可能性だってある」

「おい! 私たちがお金盗んで逃げるって言うのかよ!」

「いや、あんたが言うと信用無いわね」

 とパチュリーが言うと魔理沙が「だよなー」と頷いた。

「……保障が欲しいならあるわ」

「聞こう」と頷くとアリスは自分と魔理沙を指差した。

「私と魔理沙を武蔵へ転入。前線でもどこでも送っていいわ。勿論転入金は自分達で払うしその後の生活費も自分で稼ぐ」

 「え?」と固まる魔理沙を睨み付けるとアリスは此方を見た。

「どうかしら?」

 特務級二名の武蔵への転入。

戦力の増強が急がれる武蔵にとっては願っても無い事だ。

だが。

「土地と働き口の問題だ。姉小路の民の数は役五千名。それだけが住む土地と彼らが働ける場所は無いぞ?」

 そう言うと表示枠が開きシロジロが現れた。

『仕事場ならあるぞ』

「本当か?」

『Jud.、 先日うちが伊勢の南部の土地を買ったのだがそこの開拓手が足りない。そこで姉小路の民を雇う案があるのだが』

 だが伊勢南部は……。

『そうだ、伊勢南部は怪魔が出没しやすく今まで誰も手を出さなかった。だがあの土地を放置するのは惜しい。そこで遊撃士協会の諸君にも提案がある』

 「え、私たち?」とエステルが驚き幽々子を見る。

「聞きましょうか?」

『姉小路の民は伊勢南部の開拓を行い。残存する姉小路の兵士と遊撃士に護衛をお願いしたい』

「私たち遊撃士は政治的なことには関われないのよ? それをお忘れで?」

 幽々子にそう言われるとシロジロは頷いた。

『承知している。確かに遊撃士は国家の要請等には応えられないが一個人の依頼なら出来るはずだ』

「成程、貴方個人が依頼すれば私たちが動けると。そう言うことね」

『そうだ。報酬は払う上に開拓した土地はそのまま姉小路の民が使っていい』

 それを聞くとアリスは怪訝そうな顔をした。

「話が出来すぎていない? 貴方に何の得がないように見えるけど?」

『得ならばある。私が欲しいのは伊勢南部の海岸沿い。そこに港を造る事だ』

 『いいか?』と一言。

『現在徳川は伊勢を治めている。しかし伊勢湾を統治しているのは伊勢の商工会であり、多額の関税が取られる。そこで私は伊勢南部に港を造りそこを貿易の中継地点にしたいのだ。貿易港が出来れば人が集まり商人が増える。

そうすれば雇用の問題は解決され何よりも私が儲かる!

いいか貴様等! 私のために汗水流して働け!』

 表示枠を閉じ苦笑いしている一同の顔を見る。

「まあ、なんだ。言動はアレだがそっちにとって良い話だと思うのだが?」

 そう言うとアリスは暫く思案し頷いた。

「そうね。確かに悪くは無いわ。本格的なことは頼綱さんとも話し合ってからになるけど私に異存はないわ」

「まー、難しい話はよく分からないが私もいいぜ」

 アリスは魔理沙に頷き、此方に手を差し出す。

「それじゃあよろしくお願いするわね。武蔵の副会長さん」

 笑顔を浮かべて差し出される手をしっかりと掴み互いに頷くのであった。

 

***

 

「さて、交渉も纏まったし肝心の情報なんだけど…………魔理沙?」

「おう」と言って彼女は帽子の中から一枚の写真を取り出した。

それを受け取り見ればそこには暗い森の中に一人の少女が映っているものであった。

「これは……女か? 随分とぼやけているが……」

「ああ、全裸の女。怪魔出没時に偵察に行った時に撮ったんだ」

 “全裸”という言葉に馬鹿が反応したがホライゾンが厨房に引きこむ。

「身長は私と同じくらいの小柄で、髪は黒くて腰まで伸びてる。最初は怪魔に襲われて逃げてきた女だと思ったんだが……」

 次の写真を出す。

━━なんだと……?

 そこにはドラゴン型の怪魔の肩に乗る少女の姿があった。

「もっと近づこうとしたら気がつかれてな。いやぁワイバーン共に追い掛け回された時は流石に焦ったぜ」

「その後彼女を見たか?」

「いや、それ以降見てないぜ。ただこいつの顔なんだが……」

 そこまで言って魔理沙は口を閉ざした。

暫く悩むような表情をすると

「悪い、なんでもない」

と言い「もうちょっと確信持てたら言う」と続けた。

「この情報、遊撃士協会や英国は持っていたか?」

「初耳ね。遊撃士協会が知っている情報は各国が知っている情報と同程度よ。ただ交戦数が多いだけ。この情報、本部に送ってもいいかしら?」

「Jud.、 構わない。それで英国は?」

 そう言ってオリビエの方を見れば彼は暫く指を顎に添え、思案し口を開いた。

「僕達は富士山が怪しいと思っている」

「おい、オリビエ…………」

「分かっているよミュラー君。でもこれはもう僕達だけで当たるべき事ではないと思う」

 そう言うとミュラーは黙り頷いた。

「もう諸君も知っていると思うが北条は富士山一帯を封印している。表向きには富士周辺は未だ危険地帯である為とのことだが実際には違うと思われる」

「その根拠は?」

「遊撃士諸君や武蔵の諸君も知っていると思うが<<結社>>が富士山に現れ、博麗の巫女達と交戦した。

さて、なぜ<<結社>>が富士山に現れた? 何故北条は<<結社>>と戦った?

それは富士山に<<結社>>にとって欲しいものが、北条にとって何が何でも守りたい物があるからだ」

 その“何か”が重要な訳か……。

「北条が守ろうとしている物に心当たりは?」

 オリビエは暫く黙ると小さく呟いた。

「君達は“概念核”と言う物に心当たりが有るかい?」

「“概念核”? いや、心当たりは無い……」

 ない、よな?

 だが何故だろうか?

その言葉に心当たりは無いが妙に胸につっかえる。

懐かしいような懐かしくないような……。

 他の連中も首を横に振り、否定を示す。

「オリビエは何処でその情報を手に入れたの?」

 エステルにそう問われオリビエは「まあ、うちには優秀な諜報員がいるという事さ」とはぐらかした。

「ここからはあくまで噂の域を出ない情報だがその“概念核”は世界そのものを変える力があるとか武器に出来るとかなんとか。

まあどれも物騒な話だ」

「それって……まるで……」

「そう、僕達の世界の<<至宝>>に近いね」

 <<至宝>>……エステル達の世界の女神、<<空の女神>>エイドスから授かったという七つの<<古代遺物>>。

何れも強力な力を持ち世界その物を変革できるという。

「そんなものをどうする気は知らないが<<結社>>に渡れば碌な事にならないだろうね」

 そこまで言うとオリビエは「僕が知ってるのはこの位だ」と話を終わらせた。

 情報も出切ると皆此方を見る。

これで終わりかな?

「…………よし、そろそろ情報交換を終えて食事会で交歓しようか」

 時が止まった。

皆固まっている様子に首を傾げると。

「どうした? 笑ってもいいんだぞ?」

 慌ててホライゾンが厨房から出てくる。

「ホライゾンとした事が思わず反応に遅れました。つまり正純様のギャグを解説しますと……」

「ホ、ホライゾン! これ以上傷口を広げるな! 滑った芸を解説されるほどキツイことは無いんだぞ!」

 く、くそ! なんだこの私が滑ったみたいな空気は!?

抗議の声を上げようとするとオリビエが笑い始めた。

「いや、本当に愉快だね。君達は」

 どうだ! ウケたぞ! と口元に笑みを浮かべるとホライゾンがオリビエを指差すと「この人、頭沸いてるんじゃ?」と言うとミュラーが「間違っては無い」と頷いた。

 ともかく真面目な雰囲気から砕けた雰囲気になると皆話しはじめた。

 暫くするとハッサンとトーリがカレーを運び始め器に注ぎ始めた。

そして皆に行き渡るとハッサンが一言「おかわりはいくらでもありますネー」と言った。

 

***

 

 食事を大体終えると魔理沙が「あ、そうだ」とポケットの中から六角形の物体を机に置いた。

「あら、これってミニ八卦炉じゃない? 随分とボロボロだけど」

 そうパチュリーが言うと魔理沙は頷き

「飛騨からの連戦で酷使してな。損傷しちまったんだよ。武蔵に修理できる奴はいるか?」

と渡してきたので直政に連絡した。

 直政はミニ八卦炉を表示枠から見ると首を横に振り『悪いが無理さね』と言った。

『異世界の物でも量産されているものなら同型の構造から修理可能だけど、見たところそれは特注品のようだ。そうなると私にはお手上げさね。それを作った奴はこっちの世界に?』

「あー、どうだろうな? 多分いるとは思うんだが……どこにいるかまでは……」

 そう魔理沙が困り顔で言うと遊撃士協会支部の玄関が開いた。

そして門が開いた事を知らせる鈴の音と共に凛とした女性の声が入ってくる。

「森近霖之助だったら伊勢にいるわよ」

 皆が玄関の方を見ればそこには桃色の髪に赤い導師服を着た少女が居た。

「お前は……」

 魔理沙がそう言うと少女は頷き。

「はじめましてとお久しぶり。茨木華扇よ。…………ところでまだカレーある?」

 そう言って華扇は笑った。

 

***

 

「━━━━と、いう事がありましたのよ」

 陣地のテントの中でネイト・ミトツダイラは表示枠に映る浅間と喜美に今日起きた出来事を伝えた。

『そうですか……天子がそんなことを』

「結局天子はそのあと自分のテントに引きこもってしまいまして……。今も衣玖が天子のテントの前で心配そうにしてますわ」

 あの後和解しようと思ったが天子は取り合ってくれず結局そのままお開きとなった。

『親の七光りですか……。そういえば私たち天子の事なにも知りませんね……』

「親が天界の総領、という事ぐらいですわね」

 長い間一緒に居たと思ったが振り返ってみれば彼女は何一つ自分のことを語っていなかった。

━━せっかく最近打ち解けてきたと思いましたのに……。

「…………あの、喜美?」

 先ほどから黙っている喜美に話しかけると彼女は『ん? なに?』と返してきた。

「喜美でしたらどうしましたの? その、こういう時」

『どうもしないわよ?』

「え?」

 予想外の応えに浅間も驚く。すると喜美は微笑み。

『だって私があの子を叱ったり、空高く打ち上げたりしても何の意味が無いもの』

 空高く。というところで何時かナルゼが回転しながら飛んで行ったのを思い出した。

『意味が無い……ですか?』

『ええ、だって私はあの子の母親じゃないし姉でもないし、友人でもないもの』

「喜美! それはちょっと言い過ぎじゃ……」

 そこまで言いかけると彼女は『ほら、ステイ、ステイ』と宥めてきた。

『だってあの子が私たちの事を友人として認めてくれないなら私たちは友人ではないわけでしょ?』

 それは……そうだが……。

『いい、ミトツダイラ。どんなにこっちが友人のつもりでも向こうが認めなきゃそれは友人関係とは言えないの。男女の仲で言えば片思いよ? こっちからはもう全身からラブオーラ出して嬉ションしても相手はなんだこの犬ってなるわよね? ね?』

「あの、喜美? 妙に腹の立つ例え止めてくださる?」

『あら、ミトツダイラ。別に私は貴女が愚弟に褒められて嬉ションしようがしまいが友達でいるわよ? まあ流石にウンーコしたら引くけど』

「しませんわよ!!」と抗議すると彼女は耳を塞いだ。

『で、まあそんなわけだけど』と言う喜美に浅間が『いや、どんなわけですか』と突っ込みを入れるが彼女は無視し口元に笑みを浮かべる。

『互いに出来る信頼関係。それが無い状態で私やあんたがあの子を叩いたらどうなると思う?』

 それはだいたい予想がつく。

「…………さらに頑なになってしまいますわね」

『Jud.、 もしあの子の心に入れる人間がいるとすればそれは……』

 喜美がそう言おうとした瞬間、テントの入り口が開いた。

そして息を切らせた衣玖が飛び込んできて彼女は額に汗を掻きながら言った。

「そ、総領娘様が何処にもいないんです!」

 

***

 

 完全に日が落ちた後の竹林はその不気味さを一層増し、梟の鳴き声が木霊していた。

 その中を比那名居天子が手に術式電灯を持ちながら歩いていた。

「……やばい。完全に迷った……」

 陣地で喧嘩した後、自分のテントに戻ったがどうにも居心地が悪く外に出てしまったのだ。

━━何やってんだろ……私。

 筒井家の使っている抜け道を探し出せれば挽回できると竹林に来たはいいが街道から外れて暫くして方向感覚を失った。

 何をやっても空回りしあまりの情けなさに思わず蹲りたくなる。

「これからどうしよう…………」

 通神で連絡すれば直ぐに助けは来るだろうがそれは凄く無様だ。

 どうしようかと途方に暮れていると何処からか笛の音が聞えてくる。

「笛?」

 こんな場所で?

 暗い竹林に似つかわしくない音色に思わず誘われ歩き始める。

聳え立つ竹の間を抜け続けると開けた場所に出た。

 月光が大地を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出す。

「天呼ぶ、地呼ぶ、海が呼ぶ…」

「………………は?」

 頭上から声が聞え見上げる。

「物の怪倒せと我を呼ぶ!」

 前方の突き出た岩の上。

そこには陰陽師の服を着た長い金の髪を持つ青年が立っていた。

「人倫の伝道師 ウシワカ イズ ヒア!」

 そして変なポーズをとっているのであった。



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~第九章・『月明かりの笛吹き者』 ミーとユーと緋想の剣 (配点:牛若丸)~

 

 やばい。どうしよう……。

なんだか物凄く面倒くさいのに絡まれた。

━━というか、何? あれ?

 夜の竹林で一人演奏会をしていて岩の上で変なポーズとってて似非英語とかもう色々駄目でしょう?

 ともかく無視だ。無視しよう!

 なんか自分の世界にトリップしている青年を無視し踵を返そうとすると彼は突然此方を向いた。

「おや? どこに行くのかい?」

 は、話しかけられた!

「…………あんたに関係ないでしょ」

 そう言うとウシワカと名乗った青年は小さく笑い岩から飛び降りた。

「まあまあ、ちょっとミーの話を聞いていきなよ。比那名居天子君?」

 こいつ……なんで私の名前を?

「フフ、どうしてミーがユーの名前を知っているのか気になっているようだね」

「……別に」

 そっぽを向くが回りこんでくる。

「比那名居天子。天界の総領の娘で容姿端麗、文武両道。総領娘としての実力は十分に具えている」

 「だが」とウシワカは続ける。

「性格面に問題があり、傲岸不遜で調子に乗りやすい。そしてユーはあまり交友関係が広くは無かったようだね」

━━…………こいつ!

 何処まで自分のことを知っているのか!?

「あんた何者? いったい何が目的?」

「ミーかい? そうだねぇ……ミーはファンってところかな?」

 ファン? 私たちの?

 まあ最近の徳川の活躍を見ればちょっとした支援者が出るのは理解できるが……。

「ああ、ファンって言っても徳川家でも武蔵でも無くてユーの、もっと言えばユーの持つ“剣”のね」

 剣?

 緋想の剣の事だろうか?

「だけどまあ、ちょっと失望かな。“ユーはまったくその剣を使いこなせてないのだから”」

「なんですって…………?」

「“緋想の剣”。それがどれだけ凄いものかユーは全然分かっていない。今のユーは『豚に真珠』『猫に小判』だね」

 なぜいきなりそんな事を言われなければいけないのか?

思わず憤り、一歩前に出る。

 するとウシワカは「おっと」と後ろに跳躍した。

「フフ、怒ったかい? そうだ、ちょっと手合わせをお願いしようか」

 と構えるウシワカを見て冷静になる。

 挑発に乗っては駄目だ。こいつの目的が分からない以上何時までも一人で居るのは危険だ。

 そう思い深呼吸をすると踵を返した。

 「おや?」とウシワカが言うが無視だ。

「逃げるのかい?」

 これも無視だ。それに戦っていないんだから逃げるもなにも無い。

「はあ、連れないね……地子君?」

━━━━え?

 思わず足が止まる。

 その懐かしいくも苦い名前に振り返る。

「比那名居地子。地上人上がりの天人。天界では色々苦労したみたいだねぇ。華やかな天界では地上から来たユーはさぞ浮いたことだろう……。もしかして他の天人に虐め……」

 気がつけば体が動いていた。

 緋想の剣を取り出し、ウシワカの首を狙うように薙ぐ。

 それを後ろへ更に跳躍し避けると彼は「…………ようやくその気になってくれたかい」と腰の刀を引き抜いた。

「あんたが何者かは知らないわ。だけど人のプライベートな場所に土足で踏み込んできて、覚悟は出来てるんでしょうね!」

「フフ、来たまえ。ミーが君の実力を測ってあげよう! さあ、我が愛刀ピロウトークの調べを思う存分聴かせて上げようか!」

 夜の竹林で青と金の影が交差した。

 

***

 

「天子殿――いるで御座るかーーーー?」

 竹林の中、点蔵が叫ぶが声が木霊するだけで返事はない。

「……ふむ、目撃証言からして竹林に向かったのは確かなはずで御座るが……」

 天子が自分のテントから居なくなって直ぐに捜索が始まった。

 すると見張りの兵が筒井方面に向かう青い髪の少女を見たというので此処まで来たのだが……。

「夜闇も深まって、これでは何処にいるのか分かりませんね……。ミトツダイラ様、臭いの方では?」

「残念ながら……昼に多くの兵や馬が通ったせいで匂いがごちゃごちゃになってますわ……」

 ネイトがそう言うとアマテラスも首を縦に振った。

 足跡も同じだ。

雨でぬかるんだ地面は形を崩し、足跡の判別がつかなくなっている。

「そう遠くには行ってないと思いますが……」

 メアリの言葉にネイトが頷きを返す。

「おそらく天子は一人で筒井の使っている抜け道を探すつもりですわ。そうすれば挽回できると……」

 何とも不器用な。

 焦って空回りで御座るか……。

「その……私はどうするべきだったのでしょうか……?」

「どう、とは?」

 衣玖は目を伏せる。

「総領娘様とどう向き合えばいいのか、です。正直なところ総領娘様があそこまで思い悩んでいるとは思いませんでした……。

ああいう風に言われて始めて気がつくなんて、御付として失格ですね……」

 そう苦笑するが、その笑顔に胸が痛む。

「衣玖様? そうご自身を責めてはいけません。もし、どこかですれ違ってしまったのならば、遅れてでも横に並べば良いのです。そうですよね? 点蔵様?」

「Jud.、 ちゃんと話せば天子殿も分かってくれる筈で御座るよ。自分が思うに彼女は根は良い人で御座る」

 「そうですわね」とネイトが口元に笑みを浮かべながら衣玖の横に立つ。

「口ではこう、高圧的ですけど細かいところに気が利いたり、面倒くさがりながらも此方を手助けしてくれたり。皆、彼女が根が優しいという事は知ってますのよ?

ですから今回の件を経て、本当の意味の友人になりたいと思っていますわ」

 そう言うと点蔵やメアリも頷いた。

「もちろん、衣玖ともですわよ?」

「皆さん……」

 衣玖は目じりに浮かんだ涙を指で拭うと衣玖は頷いた。

 さて捜索を続行しようかと思った瞬間、遠くから剣戟の音が聞えた。

そしてしばらくしてから破砕音と地響きが鳴った。

「これは……戦闘の音に御座る!」

 皆は顔を見合わせ、駆け出すのであった。

 

***

 

━━━━速い……!いや、軽い!?

 ウシワカと戦い始め最初に思ったのがこれである。

 自分と敵の足の速さはほぼ同じ。

だが自分は全く敵に追いつけていなかった。

 此方が一つ動作をする間に敵は二動作行う。

何故ここまで差が出るのか……?

「…………足か!!」

 敵は先ほどからつま先で着地し、そのまま次の動作に繋げていた。

 地面を軽く跳ねるような動き。それを使い着地の隙や次の攻撃への動作の短縮を行っているのだ。

「フフ、流石に直ぐに気がついたみたいだね。だけどそれだけでミーに追いつけるかな!」

 身を屈め突進を行ってきた。

刀を突き出し、こちらの胸を穿つ軌道。

 それに対しあえて踏み込む。

 敵に追いつけないのであればカウンターに専念すればよい。

 敵を頭から叩き切るように緋想の剣を振り下ろすが、ウシワカは予想外の動きに出た。

「…………!?」

 突進の体勢で空中で縦回転を始めたのだ。

 ウシワカの右足の踵が振り下ろされた剣に当たり、逸れる。

そしてそのまま左足を動かし此方の顔目掛け蹴りを放ってきた。

━━……この!

 踏み込んだ体勢で首を引っ込め回避したため尻餅を着いた。

泥が跳ね上がり、白いスカートや服が茶色に染まる。

 ウシワカはそんな此方の上方を通過すると竹に足をつけた。

 竹が撓り、笹の葉が落ちる。

足に力を込めると弓から放たれた矢のように飛んだ。

 慌てて起き上がり避けるが刃が背中を掠る。

背中に生じた熱を感じながら直ぐに敵の姿を追うが敵は竹薮の中に隠れここからでは姿が見えない。

「鬼さんこちら、ってね」

「この……ふざけ……!」

 再び飛んできた。

 それをかわすが敵は反対側の竹に足を掛けると連続して突撃を行う。

━━こいつ! 竹林での戦い方に熟知している!?

 竹は敵の足場であり、攻撃手段となる。

その上、ぬかるんだ地面は此方の動きを鈍らせてくる。

 この場所は自分にとってあまりにも不利だ。

だが移動するだけの暇は無い。

━━だったら!!

 緋想の剣を大地に突き刺す。

「地符『不譲土壌の剣』!!」

 自らの気質を大地に打ち込み大地を隆起させた。

轟音と共に幾つもの岩が浮き上がり、竹が倒れて行く。

 暫くすれば周囲の竹は無くなり、広い空間が出来上がっていた。

「やれやれ、凄いね。その剣は」

 近くの岩の上に逃れたウシワカはそう言うと地面に降りる。

「でも、まだまだね。その剣の本当の力はそんな物じゃない筈だ」

「……あなた、この剣の何を知っているの?」

「ウーン、実は言うとミーも良く知らないんだ」

━━━━はぁ?

「……その剣の正体は知らないけどその剣が“滅びに対抗できる”ものだと聞いてるよ」

 滅び?

いったい何の事だ……?

「まあ、その担い手のユーが今のままじゃ駄目なんだけどね」

 そう言ってウシワカは構える。

 それにあわせ此方も緋想の剣を構えた。

 互いににらみ合い、間合いを計る。

そしてウシワカが動いた。

 ウシワカは連続の突きを放つがそれを緋想の剣で弾き続ける。

 このままでは埒が明かない。

だったらいつも通りの……。

「肉を切らせて骨を断つ!!」

 気符『無念無想の境地』を使い、痛覚を遮断する。

 天人の体はちょっとやそっとじゃ切り裂かれないが痛みは感じる。

そして痛みがあれば動きが止まるのだ。

 だが逆を言えば痛覚さえ遮断してしまえば多少の無理は可能なのだ。

 ウシワカが放つ刀を左拳で払い敵の体勢を崩す。

その崩れたところに右手の緋想の剣を叩き込んだ。

━━貰った!!

 しかし刃はウシワカの近くで止まった。

否、止められたのだ。

「これは……笛……!?」

━━いや、流体剣か……!!

 笛の先端から流体の刃が伸び、緋想の剣の刃を押し戻していた。

 互いに前髪が当たるぐらいの至近距離でにらみ合い、刃の押し合いをする。

「さあ、どうする?」

「どうも……さっさと降伏したらどうかしら?」

 一歩押せば一歩押し返される。

それを何回か繰り返すと意を決し同時に距離を離すため後方へ跳躍した。

 緋想の剣を下段に構えるとウシワカは笛の剣を上段に構えた。

━━次で決める……!

 駆けた。

互いに武器を振りかざし、激突する瞬間眼前に雷が落ちた。

 そして竹薮の中から腕に羽衣を巻いた衣玖が現れた。

「そこまでです!!」

 

***

 

━━い、衣玖? どうしてここに!?

 彼女は此方に一瞥するとウシワカの方を睨み、羽衣を巻いた腕を向けた。

「おや? 乱入者かい?」

 そう言って動こうとすると衣玖が一歩前に出た。

「動かないでください!」

 腕に電撃を纏い構える。

するとウシワカは観念したように手を上げた。

 衣玖は構えながら動くと此方の横に立つ。

しばらく相対していると竹薮の中から点蔵たちが次々と現れる。

「オ、オメェ! ウシワカ!!」

 アマテラスの頭の上でイッスンが跳ねるとウシワカが刀をしまった。

「やあ、アマテラス君にゴムマリ君。久しぶりだね」

 アマテラスが此方とウシワカの間に入ると点蔵たちも横に並んだ。

「…………知り合いに御座るか?」

「知り合いつーか、腐れ縁ってゆうかよォ。オイラたちの世界では事あるごとに先回りして面倒な事押し付ける月人だァ!」

月人? つまりは月に住む人の事か?

「怪しいですね……」

衣玖の言葉に皆頷く。

「たしか筒井にいる幻想郷出身者も月の人間でしたわよね? それでいてこの襲撃……何を企んでいますの!」

「企んでいるなんて酷いなー。ミーはただユーたちを試しているだけだよ」

「試す」という言葉に全員が眉を顰めた。

「アマテラス君。ユーなら気がついていると思うがミーたちの世界から“悪いもの”が此方に流れ着いている。そして裏では更に“深い闇”も蠢き始めている。今の力を失ったアマテラス君だけでは対処できないほどのね。だから“君達”を試させてもらったのさ」

「なぜ、私たちなのですか? この世界には私たち以外にも力を持つ者が多く居ます」

 そう衣玖が問うとウシワカはこっちを見た。

否、見ているのは比那名居天子ではなく比那名居天子の持つ緋想の剣だ。

「……この剣ね」

「え?」と皆が此方を見る。

「フフ、“気質を見極め、萃める剣”。その剣を持つ限りユーはこれからも多くの人々に会うだろうね。さっきの戦いで分かったけどユーはまだ蕾だ。

これから咲き、世界を包む花になることを期待するよ!」

 そう言ってウシワカは跳躍した。

近くの岩の上に着地するとポーズをとる。

「それじゃあ久々に予言、いってみようか! “月の雲隠れ、レッツレース!!”」

━━え?

 何の事だ? 月の雲隠れ? それはいったい……。

「月の姫様は引きこもるのが上手らしい。今日は満月、力を溜めるにはいい夜だ。ユーたちも急いだほうがいいんじゃないかな?」

「ま、待ちなさい! 引きこもるってどういうことよ!」

 だが彼は無視すると踵を返す。

そして途中で振り返ると一言。

「ああ、ここから北東に行ったところにユーたちの捜し求めるものがあるかもね」

 そう言って彼は跳躍した。

竹を使い跳躍を繰り返しあっと言う間に見えなくなる。

 あとに残ったのは夜の静けさとなんとも言えない困惑した雰囲気だけであった。

 

***

 

 岡崎城の中にある本多忠勝の屋敷。

その客間に榊原康政と本多忠勝が向かい合って座っていた。

「これが依頼の品だ」

 そう言い忠勝が木製の箱を手渡すと康政は慎重に箱を開けた。

そして中身を見ると「おお!」と歓喜の声をあげ物を取り出す。

それは木彫りの人形で髪の長い少女の姿をしていた。

その人形を熱心に様々なアングルから見ると箱に戻し忠勝に頭を下げる。

「いやぁ、流石ですなぁ! 忠勝殿の木彫り人形は!」

「ふむ、気に入ってくれたか? 何分少女姿の人形は彫ったことが無くてな、少々心配であったのだ」

「いやいや! この儚げな表情! 流れるような髪! 魅惑的な腰周り! これこそ某の求めた“1/8スケール翔鶴ちゃん人形”!」

 そう興奮する康政に若干引くと苦笑した。

「お主も随分変わったな」

「それはもう、今一度受けた生。満喫せねばと思いましてな」

 そう言うと康政の表情に影が差した。

「どうした?」

「いえ、もし平和な世で復活をしたのであればどの様な生を送っていたのかと思いましてな」

「ふむ?」

「たとえばですぞ? 天子殿や衣玖殿の時代は外国では争いがあるものの日本は平和。そんな時代に生まれ変わったらどうしてましたかな?」

 平和な時代……か?

 たしかにどうしていたであろうか?

だが何となく思い浮ぶ。

「恐らく変わらないであろうな……」

「ほう?」と康政が首を傾げるので頷く。

「人の本質とはそう変わるものではない。拙者は戦しか知らぬ身。仮に泰平の世で合ったとしても何かしらの武に関わっていただろうな。無論、人形彫り師という道もあるかも知れないが」

 そう笑うと康政も笑う。

「そういえば二代ちゃんはどうですかな? 最近では良く稽古をつけているようですが?」

「うむ、彼女から申し込んできてな。自分も基礎を見直すのに良いと思っての事だ。

それにしても彼女の技は見事なものよ。彼女自身の能力もあるが技を習った師が良かったのであろうな」

「襲名者の忠勝殿ですな。某の襲名者も居たそうですが是非とも会いたかったものですな」

 本多・忠勝。

我が襲名者にして二代の父。

いったいどれ程の使い手であったのか、是非とも手合わせをしたかったものだが……。

「しかし、この世界は何なんでしょうなぁ……」

 この世界。不変世界の事だ。

様々な学者達が調べているが未だに判明しないと聞く。

「この世界、様々な世界の融合品との事ですがそれにしては妙な事ばかり。エステル殿たちの世界は完全に異質なものであるから別世界と分かる。アマテラス殿達も古代の世界ですが、天子殿とトーリ殿の世界の違いはなんでしょうな?」

「違い、とは?」

 「ええ」と康政は頷くと腕を組んだ。

「どちらも“我々の時代”から先の時代であることは分かりますな。ですが天子殿たちの“未来”とトーリ殿たちの“未来”が違うもののように思えますのぅ。もしかしたら互いに知らないだけで同じ世界なのかもしれませんが……」

 なるほど、そう言う事であったか。

つまりは天子達の知る未来とトーリ達の知る未来が異なるという事であろう。

互いに同じ日本であるのに関わらず知識も歴史も違う。

それはつまり……。

「これは憶測であるがよいか?」

「どうぞ」と促され思考を纏める。そして懐から銭を取り出すと親指の上に乗せた。

「例えばであるが康政殿、今から拙者がこの銭を投げるが表と裏、どちらであると思う?」

「ん? 賭けですかな? では表で」

 銭を指で跳ね上げ飛ばし、落ちてきたところを手で掴むと広げた。

「うむ、お見事」

 銭は表を向いておりそれを床に置くと康政が「今の事の意味は?」と尋ねてきた。

「先ほどの銭投げ、康政殿は見事表と当てたが裏であった可能性もあることは分かるであろう?」

「それは勿論……」と言いかけたところで康政は「成程!」と頷いた。

「表か裏か、今のはちょっとした可能性の分岐点という事ですな!」

「その通り。銭投げの結果程度ならばどうもしないが、戦の勝敗、人の生き死に。そういったものが積み重なって行けば未来とはたやすく変わるものであろう。

もしかしたら世界とは無限に枝分かれした樹の様な物であるのかもな」

 我々のいた時代にしてもそうだ。

織田信長が今川義元を討ち取った世界と討ち取れなかった世界。

関ヶ原で東軍が勝った世界と西軍が勝った世界。

 もしかしたらそんな”仮”の世界があったのかもしれない。

「無限に枝分かれした世界が何らかの原因で絡み合い出来たのがこの世界ならば今度は妙な事もある」

「…………怪魔の事ですかな?」

「うむ。そして我等もだ。ここに来た者たちは皆元の世界で“生きているかもしれない”存在たちだ。だが我等は違う」

「終わってしまった者たち……まだ戦国時代から飛んだならば良いが我等は皆一度死に、蘇った死人……」

 死人が蘇るなどあってはなら無い事だ。

人生とは一度きりであるからこそ尊い。

「怪魔に“死者”である我等。この世界の裏で何者かの思惑が動いているのかもしれぬな……」

「神ですかな?」と聞かれ「悪鬼やも知れぬ」と返した。

暫く二人で沈黙していると康政が箱を片付けはじめ箱を脇に抱えながら立ち上がった。

「我等があってはならない存在であるのならばこの命、未来ある者たちの為に使いたいものですな」

 そう康政は言い、部屋を退出するのであった。

 

***

 

 入り組んだ山間に大規模な施設があった。

施設には多くの高層建造物や倉庫があり、中央には大型の航空艦用の港が設置されていた。

 その港では一隻の真紅の巨大艦が改修を受けており、クレーンの動く音や溶接の音が幾重にも重なり鳴り響く。

 そんな様子を近くのビルの屋上から岡崎夢美は見ていた。

彼女は赤く後ろで編んだ髪を靡かせながら表示枠を開き、時折操作を行う。

「教授ー、頼まれてたコーヒー持ってきたぜー」

 その声に振り返れば金髪を短いツインテールにした少女が駆け寄ってくる。

彼女は白いセーラー服を風に揺らしながらコーヒーを此方に手渡してくる。

「それにしても、急に<<箱舟>>を改修だなんていったいどうしてなんだ?」

「近々大規模な行動に出るらしいわ。それで新装備を色々と装着してるのよ」

 「はー、戦争でもする気かねぇ?」とセーラー服の少女が言う。

━━戦争で済めばいいけどね。

 <<結社>>に協力してから結構な年月が経ったが未だに上層部が何を考えているのかが分からない。

 織田と協力し元の世界に戻ろうとしているらしいが果たしてそれだけであろうか?

「“概念核”。随分と興味深げなものだけど何に使う気かしらね……」

 あの妙な白い少女と接触してから<<結社>>は“概念核”の奪取に専念しはじめた。

それほどまでに強力なものなのか?

そして……。

「あっちの施設。私ですら入れてくれないなんてね」

 港の奥の方には壁で覆われた施設があり、そこに入れるのは<<結社>>の幹部クラスと“白い巫女”だけだ。

 裏で色々と調べてみたがあの施設に持ち込まれるのは何れも流体制御用の機材と結晶石を採掘するための機材だ。

━━結晶石を何かに利用しようとしている?

 結晶石はこの世界特有の鉱石であり、流体を閉じ込める性質がある。

そのためクオーツの代理品としても利用されるのだが……。

 突如空が歪んだ。

風景が歪み、月が消えると空から一機の武神のようなものが降りてくる。

 武神が港に着陸すると空の歪みが消え、元の夜空に戻る。

「お、テストが終わったみたいだぜ。大分実戦運用できるようになったんじゃないか?」

「そうね。でもまだ稼働時間に問題があるわ」

 青の重装甲の武神は暫く点検を受けると格納庫に戻って行く。

「ゴルディアス級戦略兵器『アイオーン』。その量産計画だけど難航しているわね。もともと<<至宝>>からのエネルギー供給を想定して作られた機体だから単独では稼働時間が短いのね。

それを克服するために武神の流体エンジンを使い始めたけど今度は出力の面で問題が出たと……」

 その為量産タイプは元のβやγから様々な装備をオミットしている。

「元のβとγが健在ならまだ色々出来たんだけどね」

「二つともクロスベルの戦いでぶっ壊れちまったんだっけ? 一機は教会の<<天の車>>にもう一機は旧型の<<パテル・マテル>>にやられたって言うけど本当に強かったのか?」

「データで見た限りではどちらもこの世界においても高水準、四聖武神に匹敵する能力よ」

 それにしても<<パテル・マテル>>と言ったか。

彼の機体は自律型で旧式にも関わらずγと相討ちになったというが、是非とも調べたかった。

「……ともかく量産型アイオーンの実戦投入はもう少し先になりそうね」

 そう言ってコーヒーを飲み干し屋上の入り口に向かう。

テストから戻ったならまた調整が必要だ。

 今日も徹夜かしらね?

と思っているとセーラー服の少女が「なあ、教授」と声をかけてきた。

「なに? ちゆり」

「ああ、前から気になっててな……。教授はなんで<<結社>>に協力しているんだ?」

 なんだ、そんな事か。

それならば勿論。

「私の正しさを証明するためよ。魔道科学のね」



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~第十章・『泥中の和解者』 雨降って 地固まる (配点:主従)~

 

 ウシワカの言を信じたわけではないが念のためという事で彼の言う北東に向かって点蔵たちは歩いていた。

 だがその足取りは重く、思うように進めない。

その原因は明白だ。

━━うーん……気まずいで御座るなぁ……。

 あの後天子とは合流したが一切口を開いていない。

彼女は最後尾で不機嫌そうに歩き、その様子を眉を下げて心配そうに見ている。

 なんとか仲直りできないものか?

そう思っているとミトツダイラが意を決したように口を開く。

「あの、天子……?」

「…………なによ?」

 半目で返されミトツダイラは言葉を詰まらせると此方を見た。

「えーっと…………第一特務が話があるそうですわ!」

━━ちょぉお!?

・十ZO:『ミ、ミトツダイラ殿!? いきなり此方に振るのは酷くないで御座るか!?』

・銀 狼:『いえ、なんというか……その、私には二人の間を取り持てそうになくて……』

 じゃあなんで話しかけた!?

そう抗議の声を上げたくなったが天子が此方を見ているので何らかの返しをしなければ。

「いやぁ、今日の夜空は綺麗で御座るなぁ!」

「竹で見えないけどね」

「こ、こう雨が降った後だと草の臭いが心地よいで御座るな!」

「私泥まみれだけどね」

「…………」

・十ZO:『む、無理に御座るよ! これ!』

・● 画:『ヘタレが』

・金マル:『今のはちょっとないかなー』

・煙草女:『というか不機嫌な時に空はいい景色ですねとか、喧嘩売ってるように思われて当然さね』

・十ZO:『何見てるで御座るかぁ!! というか見てるなら救助の手を……』

・● 画:『嫌よ』

・あさま:『まあそれだけ皆心配しているということですね』

 確かに。

 なんだかんだ言って皆気に掛けているようだ。

━━うーん、何かきっかけがあればいいので御座るが……。

 そう思っていると足元の違和感に気がついた。

後ろで衣玖が「あの、総領娘様?」と話しかけようとしていたが少し中断させる。

「どうやら話は本当だったようで御座るよ」

 そう言って足元を指差せば折れ曲がった雑草が線になっていた。

「獣道という可能性は?」

「獣が通ったにしては道が大きすぎるで御座る。それに……」

 地面に落ちていた物を拾うとそれを皆に見せる。

「薬莢ですわね……」

 アマテラスも道を嗅ぎ始めると正面に向かって吠えた。

「どうやら当たってたようだぜ!」

 薬莢を握り、正面に投げつけた。

すると奥のほうの風景が歪み、まるで波打つ水面のようになる。

「迷彩術式で御座るな」

 そう言うと皆は慎重に進み始めた。

 

***

 

 迷彩術式が張られている場所の近くまで来ると点蔵が「少し調べるで御座る」と皆を止めた。

 彼が近くの草むらや竹のチェックを始めるとやることが無くなり、取りあえず近くの竹に寄りかかる。

━━これじゃあ私の手柄にならないじゃない……。

 一人で敵の抜け道を見つけ、昼の失敗を挽回する事が出来なくなった。

その事に少し苛立つと同時に、探しに来てもらったにも関わらず礼もいえない自分に嫌悪感を抱いてしまう。

 何時からだろうか?

自分がこんな面倒くさい性格になってしまったのは?

 子供のときは素直だったと思う。

よく近所の人に可愛がられていたし、自分もそれを素直に喜んでいた。

 だが天界に行き、他の天人たちと知り合ううちに屈折した。

━━そうよ、あいつ等が悪いんだわ。

「……って、駄目ね。人のせいにしちゃ……」

 深く溜息を吐き空を見上げれば満月が笹の葉の間から僅かに見える。

 暫くそうしていると点蔵が皆の元に戻り「少なくとも“外側”には罠は無かったで御座る」と言う。

「で? どうするの? この迷彩術式」

 そう問えば彼は頷き。

「これだけの術式を常時展開しているとなると必ず流体の中継装置があるはずで御座る」

  そう言って点蔵はしゃがみ、草むらを掻き分け始める。

「はい、点蔵様。明かりです」

「有難うで御座るよ、メアリ殿」

 メアリに手元を照らされながら草を掻き分けぬかるんだ地面を触れていくと「お、有ったで御座る」と土の中から何かをつまみ出した。

「……これは、ケーブルですか?」

 衣玖の問いに頷き

「Jud.、 流体を経由するケーブルで御座るな。こうやって地面を伝って術式発生装置に繋がってるので御座ろう。で、あるから……」

 腰の短刀を引き抜き、ケーブルを断つと正面の風景が崩れていった。

「ケーブルを断ってしまえば装置は止まるで御座る」

「あ……!」

 先ほどまで竹林であった場所はその姿を変え、広い土地が現れた。

その中央には大きな穴が開いており、階段が深く続いている。

 皆、警戒しながら近づきミトツダイラが「見つけましたわね」と言った。

「他にもありそうですね」

「恐らく元は坑道であったので御座ろう。それを改修し、抜け道に変えたので御座ろうな」

 衣玖と点蔵がそう言うと突然アマテラスが唸り始める。

「おいおい、アマ公。どうしたんだァ?」

 アマテラスは何かを知らせるように此方を振り向き吠える。

「━━━━まさか! 皆、逃げるで御座るよ!!」

 その瞬間、眼前で爆発が生じた。

坑道から生じた爆発は地面を盛り上げ、砕く。

 爆風で皆、吹き飛ばされ近くの竹にぶつかった。

━━罠!?

 舞い上がった土砂が雨のように降りかかり、平地はあっと言う間にその姿を変えてしまった。

「大丈夫で御座るか!? メアリ殿!」

「はい、点蔵様が庇ってくれましたから」

「ア、アマ公ー! こ、こっちだァ!! 埋まっちまって動けねェー!!」

「あ、有難う御座います。ミトツダイラ様」

「ええ、岩が飛んできて危ないところでしたわね……」

 互いに無事を確認しあうと坑道のあった場所まで駆け寄る。

だが坑道は最早その原型を留めてなく、完全に塞がってしまっていた。

「……恐らく外側から術を解除されたら爆破するようになっていたので御座るな。坑道が見つかるところまで想定しているとは……」

━━……何よ、それ?

「こ、これじゃあ挽回も何も無いじゃない」

 皆が気まずそうに目を逸らす。

「……だが、これで敵の奇襲は防げるように……」

「五月蝿い!! 黙れ!! だ、だいたいあんたがもっとしっかり調べてれば……!!」

 点蔵に詰め寄ろうすると間に衣玖が入ってきた。

「な、なによ! どきなさいよ!」

「…………失礼」

 突然右頬に熱を感じた。

そして暫くしてひりひりするような痛みが生じ、思わず呆然とする。

「…………ぇ、ぁ」

 何が起きたのか分からず困惑し、少ししてから自分が平手打ちを喰らったことに気がついた。

「なに、すんの……!」

「もう一発失礼」

 今度は左頬をぶたれた。

 

***

 

「うわぁ……」

 目の前で高速往復ビンタを喰らっている天子を見てミトツダイラはそう唸った。

 最初の頃は避けようと思えば避けれる速度であった。

だが途中で天子が抵抗しようとする度にその速度を上げ、最早目で追うのも難しくなってきた。

・あさま:『な、なんか、凄いですね』

・ホラ子:『流れるような往復ビンタ。ホライゾン感銘いたしました。こちらも負けてられませんね、トーリ様』

・俺  :『ホライゾン、な、なんで手振り上げてんだ? やめね? やめね!?』

・● 画:『なぜかしら……。急に鳥肌が立ってきたわ……』

・賢姉様:『フフ』

 向こうも盛り上がっているようで何よりだ。

それにしても速い。

 元々前線で戦うことの少ない衣玖だが、彼女の動きを見るに武術の心得もあるように見える。

 数えるのも馬鹿らしくなるぐらいビンタすると衣玖はその手を止めた。

「……ふぅ」

 そう彼女は息を吐くと呆然としている天子を見た。

「では、私に文句があるのでしたらどうぞ言ってください」

━━ええ!? ぶってから聞きますの!?

 天子は暫く目蓋を何度も開け閉じすると「え、うん」と頷いた。

・賢姉様:『これで、落ち着いたわね』

「あ」

 そうか、先ほどの状態では天子は激情に身を任せ本心とは違う事を言うかもしれない。

だがこうやって冷静になるくらい叩くことで落ち着きを取り戻させ本心を聞こうというのだ。

多分。

なんか衣玖がやり切った顔をしているが……。

「……ねえ、衣玖? 何で私を信頼してくれなかったの? 仮に念のためだとしても直ぐに私に報告しなかったのはなんで? もっといえば相談してよ!!」

 彼女は今までの気持ちを吐き出すように声を出す。

「他にも! あっと言う間にみんなと溶け込んで! さぞかし楽しかったでしょうね!? 私は全然溶け込めなくて、それで悩んでいたって言うのに!! なんで気づいてくれなかったの!?」

 そこで息を吸う。

「どうせ、どうせ貴女も父様の権力に肖りたかっただけでしょ! 他の、他の連中みたいに! 内心では“地上人”の癖にとか馬鹿にしてさ!!」

 彼女の目じりには涙が浮かんでいた。

 衣玖は子供のように叫ぶ天子の言葉を目を閉じ聞き続ける。

「今もそうよ! 涼しい顔してさ! 何か言いなさいよ!!」

 そう叫んだ。

それが自分の言葉の全てだと言う様に。

「…………そうですか」

 衣玖はもう一度小さく「そうだったのですか」と呟くと目を開ける。

「総領娘様」

「…………なに?」

「とりあえず、座りなさい」

「…………は?」

「いいから座りなさい」

 天子は困惑したように足元を見る。

「あの……ここ、泥なんだけど……」

「構いません、座りなさい、正座なさい。直ぐに」

 あまりの迫力に天子はその場に正座する。

「さて」と衣玖が口を開くと彼女は見上げてくる天子と視線を合わせる。

「話は分かりました。まず謝罪を、総領娘様がそこまで思い悩んでいるとは気付けませんでした。これは全て私の不徳の致すところです。

で、私が総領娘様のことを馬鹿にしてたとかそういう事ですが……」

 衣玖は一息入れると頷いた。

「ええ、普通に思ってましたけど?」

「「ええええええええええ!?」」

 思わず忍者と声が重なった。

唖然とする天子を横目に衣玖は言葉を続ける。

「だいたい、我が儘で高慢ちきでボッチで一人で自分の部屋掃除できなくて、そのくせ偉そうな事を言うばかりの総領娘様を尊敬できると思っているのですか? 馬鹿ですか?」

 あんまりの言葉に天子は口を魚のようにパクパクと動かす。

「それでいて地上に地震起こしたり、そのあとぼこぼこにされてたりマゾですか? 構ってちゃんなんですか?」

 なんだかこのまま凄い事いい続けそうなので止めようかと思い始めていると衣玖は「ですが」と言った。

 そしてその場に座り、天子と視線を合わせる。

「あ……服……」

「構いません。後で洗えば良いだけです」

 そう言うと衣玖は天子の帽子を外し、頭に手を乗せる。

「私は知ってるんですよ? 総領娘様はそういった問題行動を多々起こしますが実は物凄いお人よしで、繊細で、面倒見が良くて。不器用だけど自分の悪いところは隠れて直そうとする。そんなお人だという事を。

そして、そんな貴女が私は好きなんです」

 「え?」と赤面する天子に微笑みかけると頭を撫で始めた。

・● 画:『こ、これはぁーーー!! マルゴット! 記録してる!?』

・金マル:『ばっちりだよ! ガッちゃん!!』

・銀 狼:『あのー、一応いい話してるんですからね? ね?』

・ホラ子:『おっとホライゾンとしたことがつい夢中になってしまいました。所で今どの様な状況で?』

・あさま:『うわ! トーリ君! 饅頭みたいになってますよ!?』

「それに信頼してくれとのことですが……。だったらなんで私たちを信頼してくれないんですか! 総領娘様が私たちを信頼してくれなきゃどうにもならないじゃないですか!!」

「ち、違うわ! 信頼してないわけじゃない! してないわけじゃないけど……」

「どう接すれば、どう話せばいいのか分からないのですね?」

 天子は黙って頷く。

その姿はまるで親に叱られている子の様であった。

「そんなの簡単です。いつも通りで良いんです。普段どおりの総領娘様で。だってそうでしょう? 想像してみてください、いきなりお嬢様口調で“うふふ”とか言い始めたら気持ち悪いでしょう?」

 

***

 

「へっくしっ!!」

「あら、風邪?」

「いや、誰か私の事話してんのかなぁ?」

 

***

 

「まあ確かに、違和感というかはっきり言って気持ち悪いわね……」

 そう言うと天子は俯く。

それを衣玖が優しげに見ると此方を見た。

「いい機会です。皆様、ここで友情の契りを結びましょう!」

「ち、契り?」

「ええ、見ての通り総領娘様は素直ではないのではっきりと言葉に出してしまいましょう」

━━それもそうですわね。

 点蔵たちも同じことを思ったらしく頷く。

「では、まず私から。天子、これから友人として共に切磋琢磨してまいりましょう」

「困った事があれば直ぐに頼ってくれで御座るよ」

「これからもよろしくお願いしますね。天子様」

「オイラ達はまだ会って日が浅いけど、ヨロシクなァ!」

 最後にアマテラスが一回吠え、尻尾を振った。

 固まっている天子の手を衣玖が取るとともに立ち上がり、天子に帽子をかぶせる。

「私も、私もこれまで通り。いえ、これまで以上にお仕えいたします」

 そう言って天子の背を押すと彼女は暫く「う」とか「えーと」とか呟き深く俯いた。

そして肩を小刻みに揺らすと顔を挙げ、此方を指差す。

「ふ、ふん! いいわよ! 友達になってあげるわ! 天人である私があんたたちと友達になるなんて滅多に無いんだから感謝しなさいよ!!」

 顔を真っ赤にしてそう言う天子に皆笑うと彼女は「こらー! 笑うなー!」と叫んだ。

『うっし、何か上手く収まったみたいだしここは俺らも参加すっか!』

『Jud.、 天子様の貴重なデレ期ですね。皆様よく記憶しておくように』

「な……な、なんであんた達が!? いつから!?」

 トーリが『最初から』と応えると彼女は「がー!!」と竹に頭をぶつけ始めた。

「良かったですわね」

 と衣玖に話しかけると彼女は頷き「はい、でもまだですよ?」と言った。

「総領娘様?」

 顔を手で覆って蹲っている天子に声を掛けると彼女は「……なに?」と篭った声で返した。

「総領娘様が話すべき相手はまだいる筈ですよ? 陣地に」

「…………」

 天子が立ち上がり頷く。

「では行きましょう。徳川秀忠様の所に」

 

***

 

 伊勢の陣地に戻った天子達は直ぐに秀忠の陣幕に向かい、面会した。

 可動式の机を挟み天子と秀忠が向かい合うと天子は「う、うーん」と唸り続けていた。

「……衣玖よ? これはいったい……」

「まあまあ、少しお待ちになってください」

 衣玖は天子の傍に寄ると耳元に口を近づけ囁く。

「━━素直になるんですよね?」

 すると天子は意を決したように顔を上げた。

「徳川秀忠!」

「う、うむ!」

 呼び捨てかー。と秀忠が思っていると天子の顔は見る見る赤くなりまるで茹蛸のようになっていた。

「え、っと、その。ご、御免なさいでしたぁーーー!!」

 丁寧語なのか良く分からない言葉で叫ばれ思わず目が点になる。

「ふむ? 何の謝罪かな?」

「昼の……戦いでの失態で……。あと勝手に陣地抜け出したことで……。その……」

そこまで言って彼女は大きく息を吸った。

「全部私の失態です! でも、挽回の機会を下さい! 次の指揮も私にとらせて下さい!!」

 そう頭を下げた。

 陣幕に沈黙が訪れる。

 衣玖も緊張の面持ちで見守っていると秀忠は口元に笑みを浮かべた。

「なんだ、そんな事か」

「え?」

「確かに先の戦、逸った貴殿の失態である。だがその後被害を最小限に留め無事帰還、さらに今までの働きも鑑みれば指揮権を剥奪するほどではないと思っている」

 そう秀忠が言うと天子と衣玖は顔を見合わせ、笑った。

「━━だが、失態を犯したのは事実。部下の手前、二度目はない。分かっているな?」

 二人は真剣の表情になり頷いた。

「して、挽回の手は?」

「秀忠公、私は直ぐに軍を動かすべきだと思います」

 天子がそう言うと秀忠は眉を動かす。

「理由は?」

「先ほどウシワカと名乗る男が筒井が明日には何らかの動きをすると伝えてきました。その前に動くべきです」

 秀忠は「ふむ」と顎に指を添え、思案すると「その情報。信用に値するものか?」と聞けば天子は力強く頷いた。

 強い眼差しを送ってくる天子の顔を見、秀忠は満足そうに頷くと立ち上がった。

「出陣の準備を致せ。我が隊も使うが良い」

 そう言い、陣幕から出ようとする。

そして幕を開けると立ち止まり、振り返った。

「良い顔になったな」

 そう言い退出した。

 秀忠が退出すると天子は脱力したように机に突っ伏し、衣玖がそれに小さく微笑むのであった。

 

***

 

『坑道見つかっちゃった見たいですねー』

 という表示枠越しのてゐの報告に天守から筒井城を見下ろしていた八意永琳は頷いた。

「いつまでも隠し通せる物ではなかったわ。少し予想より速かったけど……」

 坑道が潰れた以上徳川軍は直ぐに動いてくるだろう。

明日の朝に出陣すれば筒井城の近くに来るのは昼ごろ。

 近隣の支城を落としながらならば術の発動は間に合うが……。

━━相手は徳川。最悪のケースを想定しながら動かなきゃ駄目ね。

 筒井城では既に機材の設置が始まっているが急がせた方がいいかも知れない。

幸い今夜は満月であるため月からの流体補給は十分に間に合う。

「随分と勘がいいじゃない? 徳川は」

 振り返れば主である輝夜がおり、彼女は空を見上げ月明かりに目を細めた。

「ふふ、術の発動前に乗り込まれるかもね?」

「姫様、冗談でもそう言うことは言うべきではありませんよ」

「あら? 冗談だと思う?」

 そう訊かれ言葉に詰まる。

「私のカンって結構当たるのよね」

「……たとえ突入されても私が撃退します」

 大抵の連中なら撃退する自信はある。

そう頷くと輝夜は口元に笑みを浮かべ頷きを返した。

「それで? 私は何をすればいいのかしら?」

「姫様には術の管理と役半分の内燃排気の提供をお願いします。私の排気と合せ術式を発動させ、この城を隠します」

 自分一人の内燃排気でも術式は発動可能だが念のため半分のみを使い、残りの半分は戦闘に使える様にする。

 輝夜にしても内燃排気が半分残っていれば有事の際に対応ができるであろう。

 正門を見れば補修工事が行われており優曇華院が手振り身振りで何かを指示しているのが見える。

可能な限り危険性を減らす。

思いつく限りの補修や対策を練るがそれでも予想外の事が起きるのが戦場だ。

正直に言えばもっと時間が欲しかった。

 だが坑道が潰れた以上急ぐ必要がある。

「姫様にはまた不自由をさせてしまいますが、何卒ご容赦ください」

 そう頭を下げれば輝夜は頷いた。

「引きこもるのには慣れてるわ。でもそうね……」

 彼女は天守の手すりにつかまり、伊勢の方を見る。

「引きこもる前にあいつの顔を見るのもよかったかもね……」

 そう言い、顔に風を浴びながら目を細めた。

その様子に永琳は黙り、頭を下げる。

そして天守を退出した。

 一人残った輝夜は靡く髪を手で押さえながら夜闇に静まる筒井の山を暫く眺めているのであった。



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~第十一章・『町外れの蒐集家』 久しぶりの再開 (配点:幼馴染)~

 朝露が肌に痛くなってくる駿河の秋。

 駿府城の近くにある丘に派手な着物を着ている男が胡坐を組みながら前方に広がる航空艦用の陸港を眺めていた。

 陸港では大規模な拡張工事が行われており、日夜工事の音が成り続けている。

一隻の輸送艦が陸港に着陸し、工事の資材を下ろし始める。

「直政殿。ここで何をしておるのだ?」

 派手な男━━井伊直政が振り返ればそこには僧服を着た男が立っていた。

「雪斎殿ですかい? いや、こうも暇だと工事の様子を見るぐらいしかなくてねぇ……」

 自分達は対北条軍として駿府城に詰めたが北条家は全くと言うほど動かず、寧ろ国境を封鎖して引きこもってしまった。

 その為駿府の徳川軍は連日訓練をするのみでいたって平和である。

「いや、戦争したいって訳じゃないんですがね? でもこうも平和だと退屈で……」

「西は色々と忙しい様であるがな」

 国境に怪魔が現れた事や、筒井で攻略部隊が奇襲を受けたという話しは此方にも来ている。

━━忠勝も康政もいい空気吸ってんだろうなぁ……。

「それに、我々も気を抜ける状況とは言えぬ。北条は鎖国したがその真意は分からず、武田とも国境を接しておる。それにこの地にも怪魔が現れるかもしれぬ」

「まあ、俺たちは何時でも動けるようにしとけって事ですな。それにしても……」

 と陸港を指差す。

「港の拡張も備えって奴ですかい?」

 先月の伊勢海戦後、駿府の港を拡張するように指示を受けた。

そのため駿府の人員の半数を動員して工事しているのだが……。

「……武蔵専用の港を造れってのはどういう事でしょうかねぇ? 武蔵用の港なら浜松にあるっつーに」

そう言うと雪斎は「ふむ……」と思案顔になる。

「拙僧が聞くところによれば浜松の予備との事だが……」

「予備って……まるで浜松港に何か起きるかもしれないみたいな感じですな」

 雪斎はそのまま黙っていると「よもや」と呟いた。

しかし彼は首を横に振ると此方を見る。

「まあ、家康公なりの“用心”という事であろう。その用心が必要にならなければいいがな……」

 そう言って彼は踵を返し駿府城に戻って行く。

その後姿を暫く見ると自分も立ち上がり背筋を伸ばした。

「じゃあ、俺たちも“用心”の為の訓練しておくか!」

 そう言って彼は大股で駿府城に戻るのであった。

 

***

 

 伊勢の町では早朝の朝市を終え時計の針が十時を過ぎれば商店が開き、通りは人で賑わい始めていた。

 そんな町の上空を霧雨魔理沙は飛んでいた。

 この時間帯は運搬業に従事している有翼系種族や魔女達が多く飛び交い、すれ違う都度に挨拶を交わす。

 そうやっていると町の端まで辿り着き地上は建造物の密集地から林へと変わり始める。

「えーっと、華扇の話じゃここら辺なんだが……」

 何かを探すように下を見ていると一軒の家屋が目に入る。

それは伊勢の町に続く街道から少し離れた所にある商店で外には色々なものが置かれていた。

「お! 見つけた、見つけた!」

 魔理沙はそう言うと降下を始め、商店の前に着地する。

「よいしょっと……」

 着地し周囲を見渡せば人の気配は無く、はっきり言って商売に向かない場所のように思える。

━━まあ、あいつらしいと言えばらしいか。

 そう苦笑すると箒を地面に置き、風で乱れた髪を指で梳かす。

更にスカートの埃を払い、帽子を被り直すともう一度苦笑した。

「気がつかないよなー」

 基本的に他者に興味を持たない人だ。

いつも一人でおり、それに満足している。

それでいて珍しい物には人一倍興味を持つ。

 全く変な幼馴染だ。

店のドアノブに手を掛けると二、三度小さく咳をし深呼吸をした。

そして思いっきりドアを開くと入る。

「よお! こーりん! 元気にしてたかー!!」

 ほの暗い店の中に見慣れた顔が居た。

白く短い髪を持ち、眼鏡を掛けた彼は幻想郷にいた時と変わらずに椅子に座り古本を読んでおり気だるげに此方を見た。

「……なんだ、魔理沙か」

 その様子に小さく笑うとカウンター席の前に向かい寄りかかる。

「“なんだ”とは失礼だな。相変わらず」

 そう言うと森近霖之助は「ツケを払わない奴に敬意を払う必要は無いからね」と返し古本を閉じる。

「それで? 何か用かな?」

「ああ、それなんだがこれ、修理できるか……?」

 とミニ八卦炉をカウンターに置くと彼は眉を顰めた。

「また随分と派手に壊してくれたね……。いったい何してたんだ?」

「ああ、こっちの世界に来てから姉小路家で世話になっててな」

 霖之助は「姉小路……」と僅かに眉を動かすと言葉を選ぶように口を開いた。

「……色々大変だったみたいだな」

「…………まあな」

 二人の会話が途切れると霖之助は暫くミニ八卦炉を弄り、立ち上がった。

「まあ七年ぶりの再会だ。茶でも入れてあげるよ」

 

***

 

 店の奥に行くと日本間があり、そこで魔理沙は座っていた。

 店を見渡してみればその光景は幻想郷の時と変わらず懐かしさを感じる。

「粗茶しかないけど文句は言うなよ。…………どうした?」

「いや、幻想郷の香霖堂にそっくりだなーって」

 そう言うと霖之助は「ああその事か」と頷き盆に載せた湯飲みを机の上に置く。

「新しく作り変えてもよかったんだけどね。でも、やっぱり馴染みある見た目のほうが落ち着く」

「一人で建てたのか?」

「いや、霧雨の親父さんに協力してもらってね」

 と言うと魔理沙は「え?」と固まった。

そして冷や汗を掻きながら言う。

「…………こっちに居るのか?」

「ああ、伊勢の町で商店を開いているよ。いい加減仲直りしたらどうだい?」

 「あー! あー! 聞えないぜー!」と耳を塞ぐ魔理沙に苦笑すると霖之助は向かい合うように座る。

そしてミニ八卦炉を取り出すと机に置いた。

「さて、ちょっと真面目な話しだがこの八卦炉、元に戻すのは難しい」

「…………そんなに壊れたのか?」

 そう言うと彼は首を横に振る。

「いや、損傷自体は直せる範囲だ。素材が有れば、だが」

 「いいかい?」と一言入れると彼は表示枠を開く。

「この八卦炉には緋々色金が使われている。で、今回損傷したのは術を発動する回路と発射口付近の装甲。普通ならこんな事にならないがまあ、事が事だけに酷使したのも仕方ないか。

で、話を戻すが緋々色金なら数は少ないがまだ在庫は有る。問題は回路の方だ。

これには幻想郷特有の錬金素材が使われていてこっちで手に入るかは怪しい」

「じゃ、じゃあ、直らないのか!?」

 霖之助は暫く思案顔で黙っていると「少し待っててくれ」と店のほうに向かった。

そして五分ぐらいすると小さな箱を持ち帰り机に置く。

「これは?」

 箱を開けてみるとそこには輝く水晶のような物が入れられており僅かにだが流体の力を感じる。

「“結晶石”。君も知っていると思うがこの鉱石には流体を封じる力が有り、クオーツの代わりを果たしている。

そして、こっちが……」

 とポケットから取り出したのは懐中時計のような物体だ。

「これは、エニグマじゃないか! なんでこんなもんを?」

「伊勢の商工会で売り出されていたやつでね。以前から気になっていたから買ったというわけさ。

まあそれは置いておいて、この戦術オーブメントは改良を受けて結晶石を利用できるようにしてある。

そこで僕はこの技術を流よ……いや! 借りてミニ八卦炉を改造しようと思うんだ」

 ミニ八卦炉の改造か……。

願っても無い事だが……。

「……どれくらい掛かる? 今私は武蔵で世話になってて何時戦いに借り出されるか分からないんだ」

 霖之助はミニ八卦炉とエニグマを交互に見ると頷く。

「二ヶ月……いや、一ヶ月で何とかする。それで支払いだが……まあ、今回は無事な顔を見せに来たことで帳消しにするか」

「お? 何時に無く太っ腹だな」と笑うと彼は「やっぱり金取るぞ」と言ってきた。

「い、いや、冗談! よ! イケ面! 天才店主!」

「そこまで露骨だといっそ清清しいね」

 そう霖之助が言うと互いに苦笑した。

話を終え、茶を飲み終えると立ち上がり腰を伸ばす。

これで八卦炉の修理は目処が付いた。

後は何事も起こらないことを祈るのみだが。

━━まあ、無理だろうなー。武蔵だし。

 ふと倉庫の方を見れば黒い金属製の何かが見えた。

何かと近づいてみればそれは……。

「機殻箒?」

「ああ、中古の奴だけどね」

 そう言うとは突然何かを閃く様に目を見開いた。

そして口元に笑みを浮かべると機殻箒を取り出す。

「いい改造計画が思いついたよ」

 彼は子供のような笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

伊勢の町の大通りから少し離れた場所に一軒の商店が有った。

商店としてはやや大きなその建物には「霧雨店」と書かれており、店の前には様々な道具が入ったショーケースが置かれており道行く人がそれを眺めていた。

 そんな店の中に有る応接間に三人の男が居た。

一人は背の高い白髪の混じった髪を持つ男で背筋を伸ばし、椅子に腰掛けていた。

 その隣には小柄で恰幅の良い男が座っており茶を啜っている。

 その二人と向かい合うように体格の良い金髪で初老の男が座っており彼は小包を出すと二人の前に置いた。

「先日、頼まれていた物だ。確認してくれ」

 背の高い男が頷き、包みを開けると箱が出てきた。

それを開け二人が覗くと「おお!」と言う感嘆の声を上げる。

 恰幅の良い男が「ノブたん! ノブたん! これはいい物ですなぁ!」と言うと背の高い男が頷く。

「“マジ刈るメイド☆さくやちゃん”西側で放送された魔法少女アニメで好評だったがスッタフが全員行方不明になり打ち切りと言う不遇の名作!」

「主人公であるさくやちゃんにはモデルが存在すると聞いていますがきっとアニメと同じく天使の様な性格なのでしょうなぁ!」

 二人が盛り上がっていると金髪の男がやや引き気味に「喜んで貰えた様だな」と言う。

「それにしても堺から取り寄せたが伊勢の商工会に頼んだほうが速かったのではないか?」

 と尋ねると恰幅の良い男が首を横に振った。

「伊勢の商工会と浜松の商工会は折り合いが悪くてですな、そこで商工会に属してない霧雨殿に頼んだと言うわけですよ」

「伊勢は堺とも関係が深いと聞いていますからな」

 二人の言葉に「成程」と霧雨と呼ばれた金髪の男が頷いた。

「それにしても魔法少女か……」

「おや! 霧雨殿も興味がお有りですかな!」

 「い、いや。違う」と彼は言うと苦笑した。

「娘が魔女をやっているのでな……」

「ほう? 娘さんがいらっしゃるので?」

「ああ。突然魔女に成りたいとか言い出し家を飛び出したきりだ。半ば勘当した関係だがやはり気になってしまう」

 そう言うと浜松の二人は顔を見合わせる。

そして背の高い男が霧雨を見る。

「私も娘がいますがあまり親子としての時間を過ごした事は有りません」

 「ですが」と背の高い男が続ける。

「私は娘を信じております。子を信じ、見守るのは親の務めでしょう」

 その言葉に霧雨は頷く。

「まあそう簡単にくたばる奴ではない。今もどこかで楽しくやっているだろう」

 霧雨はそう言うと窓の外を見て目を細めると小さく溜息を吐くように呟いた。

「まったく、あの馬鹿娘は何処で何をやっているんだか……」

 

***

 

紀伊半島の西側。

大阪湾に接した大都市大阪の空では数多くの輸送艦が連日飛び交い、地上は貨物用の導力車が走り常に馬が走り回っている。

 その大阪の都から少し離れた所に巨大な城が建築されておりその規模は小田原に匹敵、否、それ以上であると言われている。

 そんな巨城━━大阪城の本丸にある天守には四人の男達が居た。

一人は金の派手な着物を見に纏い苛立たしげに歩き回る男で、その男の前に立つように扇を持つ美男子に神経質そうな男、そして厳めしい顔の男が正座していた。

「秀吉様、そろそろ落ち着かれては?」

 そう扇を持つ男が言うと派手な男━━羽柴秀吉が振り返った。

「わかっとるわぁ! でも不安でしょうがないんじゃあ!」

 そう言うと彼は胡坐を掻きため息を吐く。

「完全に出遅れた……。信長様は都に迫っておるし家康殿も快進撃じゃ。一方ワシらは未だにこの大阪のみ。どうすりゃー良いと思う? 半兵衛?」

 扇の男━━竹中重治は「そうですね」と頷くと微笑んだ。

「もうどうしようも無いんじゃないですか?」

 その言葉に秀吉は引っくり返ると唸り始めた。

「━━半兵衛殿。御巫山戯はそれ位にして頂きたい」

「おや、官兵衛殿。私は割りと本気で言ってますよ? 急ぎ京を押さえれば信長様の顰蹙を買うは必至。かといって南の三好を落とせば徳川と領土が接する。

国力に差が出来た現状で両国を相手にするのは至難ですな」

「先月私が徳川に言ったときは家康殿は友好的でした。いっそ同盟を結ぶのは?

まああの糞狸が難癖つけてくるやも知れませんが」

 そう二人が言うと秀吉は起き上がる。

そして頭を掻くと胸元から煙管を取り出し吹かし始めた。

「三成の言うとおり手ぇー組むのが一番現実的か。家康殿もワシがおれば難癖つけんだろうしのぅ。

信長様と家康殿と手を組み、ワシらは四国を落とす。まずは国力を着けんとな」

 すると重治が思案顔になり「少しお待ちを」と言った。

「徳川との同盟の件、少々お待ちいただけないでしょうか?」

「ふむ? なにか不安事が?」

 そう問うと重治は暫く思案し。

「ちょっと気になることが有りましてね。まあ胸騒ぎ程度の事ですが……」

 秀吉達は顔を見合わせると頷きあう。

「半兵衛の胸騒ぎは当たるからのう。取り敢えずは同盟の件、見送っておくか」

 「さて」と秀吉が自分の膝を叩くと半兵衛の方を見る。

「織田との外交官は……?」

「襲名者の藤吉郎殿とマティアス殿に」

 次に官半衛を見る。

「国人衆との協定は?」

「拙者がやりましょう」

 そして最後に三成を見た。

「兵糧や物資の管理は?」

「全て記載し、纏めて有ります」

 秀吉は口元に笑みを浮かべると「お前らはワシに過ぎたる者だな」と頭を掻く。

そして立ち上がった。

「家臣どもに伝えい! 戦の準備ぞ! 天下人羽柴秀吉、少々乗り遅れたが天下盗りに参加するぞ!!」

 その宣言に三者は平伏した。

 天下人秀吉の宣言は国内外にあっと言う間に広がるのであった。

 

***

 

 深夜に出撃した徳川軍は夜明け前には筒井城の前に陣を張り、筒井城を守る支城の攻略を始めた。

 敵の抵抗は激しく7つある支城の内6つ目を落とす頃には昼の三時となった。

 比那名居天子は本陣にて最後の支城が落ちたという知らせを受け取ると大きく溜息を吐く。

「かなり時間を取られたわね……」

「はい、敵も必死でしょうがこの粘り方。やはり何か企んでいますね」

 衣玖の言葉に頷くと筒井城の方を見る。

 筒井城には城全体を覆う障壁が張られており、この障壁は物理的な侵入を完全に遮断している。

 まずはあの障壁を何とかしなくては始まらないだろう。

「……浅間、何か分かった?」

 表示枠に映る浅間に訊くと彼女は頷いた。

『筒井城を覆っている障壁はあらゆる物を遮断する高度な結界です。通常障壁は壁状、つまり目に見えない装甲みたいな物ですがあれは幾つもの術式を組み生物の様になっています』

「生物って……どういう事?」

『障壁は破壊されると普通砕けます。ですがあの障壁は流体の水面の様になっていて一箇所が壊れても周りの流体が直ぐに穴を塞ぐようになっています』

 それは……突破できないのでは?

そう訊けば浅間は首を横に振った。

『一応穴が塞がるまでの時間は有ります。ですが数秒で塞がりますし、その間に城壁を越えなければいけません。

それに障壁を破壊するのも難しいですね……。

あれはツクヨミ系の創作術式でかなりの強度を持っています。あの術を創った人はいったいどんな人なのか……』

 おそらくアレを創ったのは八意永琳だろう。

彼女ならばあのような障壁を容易に創ってしまうだろう。

しかしツクヨミの術か……。

緋想の剣でもあの障壁を断ち切るのは少々難しいだろう。

━━ん? ツクヨミは月の神よね?

 ウチには太陽神が居るわけだが……。

 衣玖も同じことを考えていたらしく欠伸をかいて寝そべっているアマテラスを見る。

「総領娘様」

「ええ、多分同じことを考えてる」

 顔を見合わせ頷くと衣玖がアマテラスのもとに向かい、こちらは浅間に「障壁はなんとかできそうよ」と伝えた。

 浅間との通神を終えると空から炎の翼を生やした妹紅が降下し、此方の前に着地した。

「何かわかったかしら?」

「ええ。障壁は何とかなりそう。あとはどう城に入るかだけど……」

 障壁が塞がるまでに城の壁を越える方法。

そんな物があるだろうか?

と考えていると一つ思いついた。

 だが、それはあまりにも大胆で危険な作戦だ。

「策は決まったか?」

 背後から声を掛けられ振り返れば徳川秀忠を先頭に点蔵とメアリ、そしてミトツダイラがやってきた。

「一つ、思いついたけどかなり危険よ」

 

***

 

「━━と、いう作戦なんだけど……」

 思いついた作戦を伝えると皆顔を見合わせた。

「たしかに危険な策ですわね」

とミトツダイラが言うとメアリが頷いた。

「ですが成れば敵の意表を突けるでしょう」

 「確かに」と点蔵が頷けば皆思案顔になる。

「正直成功する確証が無いわ。だから、その、無理だと思うなら……」

「やってみましょう」

 ミトツダイラの言葉に「え?」と声が出ると彼女は微笑んだ。

「“友人”が考えた策、信じますわ。それにこの策以外には思いつきませんし」

 次に点蔵が頷き。

「“友”と共であれば如何なる困難も乗り越えられるで御座るよ」

「私も“友人”として天子様の策に賛成します」

 そして最後に妹紅がにやにやと笑いながら。

「私も乗るわ。“ともだち”だものね?」

 あまりの気恥ずかしさに頭を抱え「うがー!!」と叫んだ。

「虐めか! 虐めね! これ、新手の虐めね!!」

 赤面しながら叫ぶと衣玖が「まあまあ」と宥めながらアマテラスと共にやって来た。

「アマテラス様たちと話したところ、可能だそうです」

 これで筒井城攻略の手段は揃った。

後は……。

「元忠、敵の支城に此方の野戦砲を置いて。そこから砲撃するわ」

 表示枠で元忠に連絡すると彼は頷く。

『一時間……いや、三十分くれ。その間に準備を済まそう』

 次に秀忠を見る。

「秀忠公の部隊には囮をやってもらいます。敵の正門近くまで前進。敵を引付けて下さい」

「任せよ」

 と彼が頷くと皆を見る。

「さあ、これで筒井家と決着を着けるわ! 皆、行くわよ!」

「「Jud!!」」

 夕方の四時頃、空が赤みが掛かる時間に徳川軍が筒井城攻略を開始した。



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~第十二章・『筒井の相対者』 日が沈むよ (配点:ツクヨミ)~

 

 筒井城の正門前には多くの兵士達が集まり、皆長銃や弓を装備していた。

 一人が単眼鏡を覗き込み小声で呟く。

「……来ないな」

 それに隣の兵士が頷きを返した。

「このまま来なきゃいいんだがな……」

 既に作戦は聞いている。

術の発動まで城門を死守する。

 此方の兵力は二千人弱。これだけ減った理由は篭城時に兵が多いと直ぐに食料が枯渇するからだ。

 一方敵の兵力は一万五千近く。

どうやっても覆す事の出来ない戦力差だ。

 頭上を見れば流体の膜が波打っているのが見える。

━━破られる事は無いって言ってもなぁ……。

 八意永琳と筒井順慶がそう言っていたがやはり不安だ。

時刻は既に四時を過ぎた。

 術の発動まであと二時間ほどだが……。

「う、動いたぞ!!」

 誰かの叫びで前を見れば徳川軍が一斉に前進を始めた。

「来るぞー!! 総員、備えろー!!」

 皆が一斉に構えると同時に上空で爆発が生じた。

徳川艦隊が陸上戦士団の援護の為艦砲射撃を始めたのだ。

 それと共に陥落した支城からも砲撃が始まる。

「よしよし! お前ら、敵が近づいて来たら銃撃を浴びせろ! この障壁があれば敵さん何も出来ないが少しでも被害を与えたいからなぁ!!」

 甲冑を着た島清興と松倉重信が来ると皆「応!!」と鬨を上げた。

清興は城門上から身を乗り出すと単眼鏡を受け取り覗き込む。

「ほう? 今前進してきてるのは徳川秀忠公の軍ですかい」

「……大将自ら?」

 そう重信が眉を顰めると清興は頷く。

「強攻に城を攻め落とす気か、それとも何かの策か……。まあお手並み拝見といきましょうじゃないの」

 

***

 

 徳川軍は三列に隊列を組み進軍を行っていた。

前列には術式盾を構えた重装備の歩兵が、中列には長銃を持った兵士が、そして後列には弓や近接武器を装備した兵士達が居た。

 筒井城から400M程の位置まで来ると城側から銃撃が始まり術式盾が銃弾を弾く。

「応戦開始!!」

 その号令と共に徳川軍の射撃部隊が銃撃を行うが弾は全て障壁に遮られていた。

「……やはり効かんか」

 後列で指揮を取っていた徳川秀忠はそう呟くと近くの兵に「攻撃続行」の指示を出す。

「秀忠様! ここは危険です。もう少しお下がりを!」

 馬廻にそう言われると秀忠は首を横に振った。

「敵の目を引き付けなければならん! それにこの程度の銃撃、どうってことは無いぞ!」

 彼は自分の旗を持つと掲げる。

「皆! 旗を掲げよ! そして思い知らせてやれ! 徳川秀忠、ここに在りとな!!」

 「「応!」」と言う鬨に満足そうに頷くと秀忠は表示枠を開いた。

「元忠、もう少し砲撃支援を頼めんか?」

『砲弾が直ぐに無くなりますが……?』

「構わん! 直ぐに天子たちの策が成る」

 『御意』と元忠が頷き表示枠が消えると頭上を多くの砲弾が一斉に通過した。

砲弾は障壁に当たると爆発を起こし、その都度障壁の表面が波打つ。

 その様子を見ていると一発の銃弾が頭の近くを通る。

「おおっと! 今のは危なかったな!」

「ひ、秀忠様!? やはりお下がりを!!」

 そう馬廻が叫ぶと同時に表示枠が開いた。

そこには比那名意天子が映っており、彼女は青い髪を靡かせている。

『準備ができたわ』

「うむ。頼んだぞ」

 そう短くやり取りすると天子は頷き、表示枠を閉じた。

「さて、皆、来るぞ!! 空の見過ぎで撃たれるなよ!!」

 

***

 

 戦場の様子を八意永琳は筒井城の天守前の広場で確認していた。

表示枠には三列になっている徳川軍や城内に配置された味方が記されており、各所からの報告も送られてきている。

━━妙ね。

 徳川軍が進軍してきたのは分かる。

 恐らくだが此方が何か策を立てているのは気がついているだろう。

その為速攻戦を仕掛けてきた。

 では何が妙なのか?

それは……。

「徳川秀忠が前線に居る事、そして敵大将の比那名居天子が居ない事」

 前線と言う危険地帯に徳川家康の子息である秀忠が居るのはおかしい。

そもそも彼は後詰だ。

だが現状を見るに全軍の指揮は彼が取っている。

 指揮権が移ったか、もしくは別の何かか?

それにしても指揮官があんな危険な場所に居るのは変だ。

ならば考えられる事は……。

「……奇襲?」

 現在筒井軍の注目は眼前の徳川軍に集まっているが城の各所には兵を置き、全方向を監視している。

 今のところ敵の別働隊は確認されていないが……。

「敵の注目を引き付け奇襲をしようにも此方は全方位を見ている。なら敵はどこから来る……?」

 気付いた。

此方の死角。

全く警戒していない場所。

それは……。

「━━空!!」

 その瞬間筒井城を影が覆った。

頭上を見上げれば沈む太陽を背に落下してくるのもがある。

 それは六角錘の形をした岩であり。その大きさは飛空挺とほぼ同等であった。

その巨大な岩の正体は……。

「要石か!!」

 

***

 

「落下するってのがこんなに怖い物だとわね!」

 藤原妹紅は要石にしがみ付きながらそう叫んだ。

「あら! 慣れると結構楽しいわよ!」

 それに比那名居天子が笑いながら叫び返すと皆苦笑する。

初め作戦を聞いたときはどうかしていると思ったが実際にやってみてやっぱりどうかしている。

 要石を空中で巨大化させる彼女の術式、“要石「天地開闢プレス」”で上空から襲い掛かり障壁を突破しようと言うのだ。

「おおおおおおおおお! 竜宮ネーちゃん! ちゃんと捕まえててくれよォ!!」

 衣玖の羽衣に包まれたアマテラスの頭上でイッスンがそう叫んだ。

 突如近くで爆発が生じた。

爆発は次々と起き、それが此方を狙う物であると分かる。

「対空砲を撃って来たで御座るよ!!」

 筒井城に接近するにつれその攻撃の精度は上がり何発かが要石を掠った。

「あんたたち! 覚悟決めなさい!!」

 天子がそう叫ぶと皆が頷く。

突如要石が砕けた。

 中央から割れた要石は六つの塊となり分かれる。

その間を天子が行った。

 彼女は砕けた要石を蹴り落下の速度を速める。

そして緋想の剣を突き出すと障壁に激突した。

 

***

 

━━当たった!!

 天子は手に伝わってきた感触に頷く。

 緋想の剣はその刃を輝かし、障壁と押し合いを行っていた。

「貫きなさい! 緋想の剣!!」

 刃がついに障壁を貫く。

しかし緋想の剣は障壁に突き刺さり傷を入れたが障壁自体は破壊できない。

「アマテラス!!」

 上方を振り返り叫ぶと砕けた要石にしがみ付いていた衣玖がアマテラスを投げた。

白い大神は空中で回転しながら叫ぶと体から白く輝く神気を放ち、それは霧状となって緋想の剣によって傷つけられた障壁に入り込む。

 その直後波打つ水面に異変が起きた。

 アマテラスの神気は障壁を蝕むように広がり、水面に皹が走った。

そしてガラスが砕けるように音を立て、障壁が砕けた。

━━よし!!

 ツクヨミと相反するアマテラスの神気を障壁に流し込み相殺する。

それでも砕けるのは一部のみだが六人と一匹が通るには十分だ。

 既に穴の修復が始まっているがその間に砕けた要石ごと皆が通過する。

「やりましたわね!」

 自分の上方で要石の破片につかまっているミトツダイラがそう言うと「それで」と続けた。

「……これからどうしますの?」

「………………あ」

 そうだ、約一名を除いて飛べないんだった。

冷や汗を掻き皆を見れば、皆同じような顔をしていた。

「…………気合で?」

「む、無理で御座るよ! 流石にそれは!!」

 だ、だよねー。

 既に地面が迫ってきている。

「も、妹紅!!」

 と妹紅の方を見れば彼女の姿は無かった。

「あいつ何処に行ったぁー!?」

 対空砲の砲弾が近くで爆発し忍者と英国王女を運んでいた要石が爆風で離れる。

地面との距離は地上の人が見えるぐらいになっており思わず目を瞑る。

 だが体は何時まで経っても地面に激突することは無かった。

「?」

 何事かと目を開けてみれば自分は風を身に纏っていた。

自分だけではない衣玖やミトツダイラ、そしてアマテラスも風を身に纏う。

「ふゥ……間一髪だぜ!」

 イッスンの手には小さな筆が握られており空中には何かが描かれていた。

 四人と一匹は大地にゆっくりと着地すると互いを見合う。

「た、助かりました。アマテラス様、イッスン様」

「ええ、流石に肝が冷えましたのよ」

 確かに。

もう駄目かと思った。

 少し遅れて要石が降り注ぎ始め筒井城各所で轟音と共に地響きが鳴った。

「ま、まあ。作戦成功?」

 そう言うと衣玖が半目を送ってくるが目を逸らしてごまかす。

前を見ればそこには天守が有り、自分達が敵の中枢に落ちたことが分かる。

「まさかいきなりラスダンとはね」

「これは好機ですわね。一気に天守を落としてしまいますの?」

「でも結界はどっから来てんだァ?」

「…………あの、皆さん?」

 確かに、天守を落としても障壁が無くならなければ逆に窮地に追いやられる。

浅間に連絡し、術の発生場所を探ってもらうとミトツダイラを見る。

「ともかく身を隠しましょう。犠牲になった忍者達のためにも……」

「ええ、そうですわね。第一特務もそれを望んでいるはずですわ……」

 忍者はともかく英国王女には悪い事をした。

うん、まあ二人とも生きてるんだろうけど。

「あの……だから、皆さん?」

「隠れるったてどこにするんだ?」

 イッスンの言葉に皆思案すると衣玖が「皆さん!!」と叫んだ。

「どうしたの? 衣玖?」

 そう問うと彼女は前方を指差した。

「その、ラスダンとかじゃなくて私たちラスボスの前に居るのですが……」

「…………は?」

 彼女の言葉に振り返ればそこには銀の長い髪を編んだ女性が立っていた。

 彼女はゆっくりと微笑みかけると弓を構える。

「敵将を前に随分と余裕ね? どうするつもりかしら?」

 どうするか?

そんなの決まってる。

「作戦ターイムっ!!」

 そう手を上げた。

 

***

 

 筒井城近くの山の山頂。

そこから一人の青年が筒井城を見ていた。

 ウシワカだ。

彼は目を細め筒井城天守の方を見る。

「さて、天子君。今のユーたちじゃ彼女には勝てない。これからどうするか期待させてもらうよ」

 そう言って彼は口元に笑みを浮かべた。

 

***

 

「……………」

 唖然としている永琳にもう一度「作戦タイム!!」と言うと彼女は「あ、はい」と頷いた。

 よし、これで時間を得た。

 皆で輪になると表示枠を開く。

・天人様:『で、ぶっちゃけあいつに勝てそうなのいる?』

・あさま:『幻想郷ではどの位の実力だったのですか?』

・魚雷娘:『彼女自身が表立って戦った事は少ないためなんとも……。ですが月の都の賢人で都の創設に関わったとか年齢は億を超えるとかツクヨミの親戚だとか。まあ全て噂の域ですが……』

・銀 狼:『なんですの、そのチート設定は……』

・俺  :『ところでよおー。ツクヨミとかって何なんだ?』

・未熟者:『聞きたい! 聞きたいよね!?』

・あさま:『ツクヨミは月を神格化した神で、伊弉諾尊によって生み出されたと言われています。また天照大神の弟神とも言われていますが全体的に表舞台に出る事は少なく、謎の多い神ですね』

・貧従師:『はあー、なんだか凄そうですね。あれ、書記、どうしたんですか?』

・未熟者:『ああ、うん。なんかもう慣れたなーって』

 ともかくそんなチートの塊の様な存在だ。

どう戦うのか慎重に考えなくては……。

・焼き鳥:『ごめん、軌道がずれて城の外に落ちてた。直ぐにそっちに合流する』

・天人様:『いや、ちょっと待って。浅間? 障壁の出所は?』

・あさま:『はい、障壁は天守から発生している様です。それにこの障壁少しヤバめです』

・ホラ子:『ヤバめとはいったいどう言う事でしょうか?』

・あさま:『障壁に組み込まれている術式ですが空間遮断系の物があります』

・魚雷娘:『空間遮断……ですか……?』

 空間遮断の術式を何故障壁に?

ふとウシワカの言葉を思い出した。

 月の雲隠れ。それに空間遮断の術式。

━━まさか!!

・天人様:『敵は筒井城を隠す気ね!!』

・ウキー:『ふむ? どういう事であるか?』

・天人様:『永遠亭の連中は幻想郷に居たとき自分達の根城を結界で隠したの。それを筒井城にやる気だわ!』

・副会長:『筒井城が隠れてしまえば此方は手出し出来なくなる。敵は持久戦を狙って来たという事か……!!』

・煙草女:『じゃあどうするんさね? あんまり悠長には出来ないよ』

・天人様:『…………私たちが八意永琳の注意を引付けるわ。その間に藤原妹紅、貴女は天守を攻撃して』

・焼き鳥:『了解』

 さて話しは纏まった。

後はどう注意を引くかだが。

 皆で振り返れば永琳が暇そうにしていた。

「あら? 作戦会議は終わったのかしら?」

「ええ、ばっちりと」

 そう言って一歩前に出れば永琳は構えた。

「あんたの策は見抜いた!! この城を異空間に隠す気ね!」

 その言葉に彼女は口元に笑みを浮かべ、頷いた。

「浅間神社の巫女ね。流石に専門家には隠し切れないか」

 彼女は目を鋭くし此方を睨む。

「それで? どうする気かしら?」

「あんたに相対戦を申し込む!」

「嫌よ」

 

***

 

・ホラ子:『あ、詰みましたね。これ』

・天人様:『ま、まだよ!!』

 

***

 

「だって当然じゃない。火中に飛び込んできた虫のいう事を聞くわけ無いでしょう?」

 そう言って彼女が片手を挙げると兵士達が現れ、取り囲まれた。

「総領娘様!!」

「何とかする!!」

 と言った物のどうするか?

思い切って暴れても良いがそれはかなり危険だ。

 皆が構えていると突然表示枠が開いた。

『武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ! 筒井家に一つ提案がある!!』

 

***

 

━━提案? この状況で何を?

 そう思うがその提案が気になるのも事実。

 自分達は時間を稼げればそれでいい。

ならば敵の交渉に乗るのも一興だろう。

「一応聞きましょう」

 そう返すと武蔵の副会長は頷いた。

『徳川は筒井家の八意永琳と相対戦を望む。この勝負そちらが勝てば我々は軍を引き、今後一切筒井の地には侵攻しない!』

 なんですって……?

「……それを信じろと?」

『Jud.、 これは徳川からの正式な交渉であり、そちらも記録をとってくれてかまわない』

━━正気?

 筒井の地を今後一切侵攻をしないという事は徳川は西進を諦めるという事だ。

 正直言えば食いつきたくなるほどいい話である。

だがこういった事の裏には必ず何かある。

 さてどう返すかと考えていると表示枠が開き、筒井順慶が映った。

『永琳よ。受けてはどうだ?』

「順慶様?」

 彼は腕を組み頷く。

『兵を苦しませずに済むならそれで良い。それに相対戦に勝たなくとも我々には“勝機”がある』

 確かに。

相対戦に勝とうとしなくても戦いを引き延ばせば術が発動するのだ。

そうなれば我々の勝ちだ。

「そちらが勝利した場合は? なにか目的があるのでしょう?」

『ああ、此方が勝利した場合。障壁の解除を要求する』

 博打だ。

この相対戦が筒井の勝敗を決することになる。

『永琳、やりなさい』

「姫様…………」

『貴女なら勝てるわ。そうでしょう?』

 主にそう言われ目を閉じる。

 勝算は有る。

久々に本気を出すことになるが構わないだろう。

「いいでしょう。相対戦のルールは? 一対四かしら?」

『試合形式にする。一人十五分、二戦目と三戦目の間に五分間の休憩時間を入れる。そちらは此方を全滅させれば勝ち、此方はそちらを無力化できれば勝ちだ。

相対中に逃亡した場合は此方は敗北。そちらが逃亡した場合は此方の全員で戦いに掛かる』

 試合を最大まで引き伸ばして六十五分。術の発動には十分間に合う。

それにそれより早く終わらしてしまってもいいのだ。

 正純に了承の頷きを返すと正純は『少し時間をくれ』と言った。

 

***

 

 筒井城の天守で筒井順慶と蓬莱山輝夜は表示枠を見ていた。

そこには話し合う武蔵の連中が映っておりなにやら揉めている様だ。

「どうして相対戦に賛同したの?」

 輝夜にそう言われると順慶は頷いた。

「先ほども言ったが兵を苦しませたくないからだ」

 「それだけ?」と聞くと彼は苦笑する。

そして頬を掻くと此方を見る。

「……実は言うとな、武蔵の力を見てみたかったのだ。前を見据え進む者たちの覚悟と力を。輝夜殿もそうでは無いのか?」

 輝夜は楽しそうに目を細めると首から提げた懐中時計のような物を摩り、頷いた。

「ええ、私も見極めたいのよ。彼等こそがこの世界を変える者たちなのかどうかを」

 永琳には悪い事をした。

だが彼女に勝つことが出来なければ徳川はこの先を生き残れないだろう。

「さて、私を失望させて引きこもらせるか、それともここまで来るか。お手並み拝見だわ」

 

***

 

・副会長:『で、相対戦になるわけだが』

・銀 狼:『これ、家康公の許可、本当にとってますの?』

・副会長:『…………』

・約全員:『とってないのかよ!!』

・魚雷娘:『ですがこれで注意を引きつけることに成功しました』

・あさま:『後は勝てるか? ですね』

・副会長:『ああ、引きつける事が出来ても相対戦で負けてしまっては意味が無い。この相対戦、必ず勝たなければいけないが出来るか?』

・天人様:『正直、あの月人が噂通りならかなりきついわね。アマテラスは切り札になるから最後まで温存しておきましょう』

・銀 狼:『なら一番手は私が』

・魚雷娘:『いいえ、一番手は私が行きます。皆さんに比べ戦闘能力の低い私が出来るだけ戦いを引き延ばして敵の手の内を曝させます』

・天人様:『ならこうするわ。

一番手:永江 衣玖

二番手:ネイト・ミトツダイラ

三番手:比那名居 天子

四番手:アマテラス&イッスン

これでいいかしら?』

・銀 狼:『異論は有りませんわ』

・魚雷娘:『私もそれで構いません』

 

***

 

 話を終え、皆顔を見合わせる。

「さあ、行くわよ」

 総領娘様がそう言い頷く。

「では、行って参ります」

 皆が一歩下がり、自分は一歩前に出る。

 敵は先ほどと変わらず悠然と構えており此方を歯牙にもかけない雰囲気だ。

 自分は総領娘様や他の戦闘系の皆と違い戦いに執着はしないが成程、こう余裕でいられるとその表情を崩したくなる。

「あら? 貴女が一番手かしら?」

「はい。荒事は苦手なほうですが、全力で当たらせていただきます」

 永琳は「ふ」と笑うと表情を改める。

その瞬間、重圧が来た。

 圧倒的な力の差。それは体を押しつぶすような重みとなり、此方に掛かる。

━━これが月人の力!!

 あの八雲紫ですら敗れたという月人の力。

自分ごときの力がどこまで通用するかは分からないが……。

 後ろを振り返れば総領娘様が力強く頷いた。

 彼女の瞳は此方を信頼するように力強く。それに頷きを返す。

「……総領娘様に信頼されては本気を出すしか有りませんね」

 自然と緩む頬を叩き、足腰に力を入れる。

さて、行きましょう!

 腕に羽衣を巻きつかせ全身に雷を纏う。

そして構えると相手を見据えた。

「永江衣玖。一番手、参ります!!」

 そして駆けた。

 日の沈み始める筒井城にて相対戦が始まった。



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~第十三章・『月の夜逃げ者』 赤い月 白い兎 (配点:優曇華)~

「不味いで御座るよぉー!!」

 空から落下しながら点蔵・クロスユナイトはそう叫んだ。

 皆と共に空から筒井城に入ったが途中で対空砲の砲撃を受け乗っていた要石の軌道がずれた。

 既に地面は目の前であり、このままでは落下死だ。

━━せめてメアリ殿だけでも!!

 となりで要石に掴まっていたメアリの腰を抱きかかえると跳躍した。

何処まで衝撃を抑えられるかは分からないが落下地点に爆弾を投げつけその爆風を背中で受けて減速する。

 爆風で背中が色々酷い事に成りそうだがメアリを助けれらるのであればそれでいい。

そう思い、覚悟を決めた瞬間風が来た。

「これは……アマテラス様?」

 風は二人を包むと繭のようになり落下の速度が減った。

否、それどころか浮遊しているように思える。

「これは風の精霊で御座るか?」

「Jud.、 アマテラス様が風の精霊を動かしたようです」

 なんと……。

流石は慈母。この程度造作も無いという事か。

 地面にゆっくり着陸すると直ぐに周囲を警戒する。

背後には壁があり、その上には天守が見える。

「どうやら天守の裏側。一層下に落ちたようで御座るな」

 他の連中も無事だろうが位置が分からない。

直ぐに合流しなければいかんで御座るな。

と思っていると目の前に小屋が有る事に気がついた。

 ここでは色々目立つ。

ともかく身を隠すべきだろう。

 そう思いメアリを見る。

「メアリ殿、取り敢えずあの小屋の中に隠れるで御座るよ」

「Jud.」とメアリが頷くと二人は駆け出した。

近くまで来ると足を止め周囲を確認する。

 敵兵は見当たらない。

ならば後はあの小屋を確認するのみ。

 そう思い歩き出した瞬間、小屋の扉が開いた。

小屋からは二人の少女が現れ、一人は東砦で見たブレザーを着た少女でもう一人は小柄な薄い桃色の服を着た少女であった。

「…………え?」

「…………あ」

「…………おや?」

「…………まあ」

 四人は互いに固まりあい、動けなくなった。

 

***

 

 天守の裏にある武器庫で鈴仙・優曇華院・イナバは頭を抱えていた。

師匠である八意永琳に武器庫から武器を取り出したら正門に向かえと命令を受けてから三十分。

 彼女はこの小屋から動けずにいた。

 弾薬の入った木箱に腰掛け頭を抱える彼女を因幡てゐは呆れ顔で見ていた。

「いつまでそうやってんのさ」

「だ、だって私に戦えとか無理よー。弾幕ごっこじゃない本物の殺し合いなんて……」

 まったく。相変わらず肝が小さいというか臆病と言うか……。

この友人は普段偉そうな事を言っているくせに本番に弱い。

「でも行かないと師匠に殺されるよ?」

 そう言うと鈴仙は「う」と固まった。

「……そういうあんたは何してんのよ」

「あー? 私? 私はサボり」

 鈴仙が半目で「あんたも殺されるわよ……」と言って来たがまあいざとなったら鈴仙を生贄に逃げよう。

 それに自分の担当は筒井城の裏側の警戒。

ここならば兵士が連絡を入れれば直ぐに駆けつけられる距離だ。

 本当はこの友人が武器庫に入ったきり出でこなくなったので様子を見に来ただけなのだが……。

「そうやって怯えて隠れて。また逃げる気?」

 その言葉に鈴仙が固まった。

そして眉を吊り上げると睨みつけてきた。

「あんたにどうこう言われる筋は無いわ!!」

 「言われる筋は無い」か……。

たしかにそうだ。

 彼女がどんな思いで月から逃げたのかは分からない。

だが。

「月の兎はさ、私の憧れだったのよ。だから、まあ、憧れの対象のままでいて欲しいなぁーってね」

 そう言うと鈴仙は黙って俯いた。

それを横目で見ると踵を返す。

「ちょっと、何処に行くのよ……?」

「正門に。師匠には私から持ち場を交代したって言っておくから」

 そのまま外に出ようとすると鈴仙が慌てて立ち上がった。

そしてその場でなにやらじたばたした後、大きく溜息を吐いた。

「いいわよ、行くわよ!」

 此方の横に立つ。

「地上の兎に月の兎の偉大さを見せ付けないとね!」

 そう言って此方を向くと互いに苦笑した。

鈴仙がドアノブに手を掛け開くと外から冷たい風が入ってくる。

 その風に身を少し縮めると鈴仙が外で立ち止まっていることに気がつく。

「?」

 なんだ? と外に出てみるとそこには極東の制服を着た忍者と英国の制服を着た金髪巨乳がいた。

 

***

 

 あ、あれ?

 こんな連中うちに居たっけ?

 一人は何か地味なの忍者でもう一人は金髪の巨乳。

というか忍者の着ている制服は極東の制服でありそれはつまり……。

「あ、その。厠はどっちで御座るか?」

「えっと、そっちだけど」

 「これはご丁寧に」と頭を下げて忍者達は通り過ぎようとする。

━━じゃなくて!!

「動くなぁ!! この曲者!!」

 直ぐに腰に提げていた二丁の拳銃を引き抜くと構える。

すると忍者と金髪巨乳が振り返り顔を見合わせた。

「自分達、怪しい者では御座らんよ?」

「いや! 怪しいでしょう!? うちに極東の制服を着ている奴はいないわ!」

 忍者は「うーん」と唸ると何かを閃くように手を叩いた。

「自分、武蔵に向かっていたスパイで御座る。先ほどまで徳川の陣にいたので御座るが戦いが始まったのをきっかけに此方に戻ったで御座るよ」

 そんな馬鹿な

だいたいうちのスパイだったら私も知っているはずだ。

そう言うと彼は頷いた。

「忍者が目立っちゃいけないで御座るよ?」

 た、たしかに!!

え? じゃあ、本当にスパイ?

「じゃあそっちの英国女子は?」

 忍者は暫く考えると金髪巨乳の方を見た。

「協力者であり、自分の嫁に御座る」

 「まあ」と金髪巨乳が頬を赤く染めるのを見ながら思考のどつぼに嵌った。

 この二人が現れたのが突然のことであり全く冷静ではない。

ともかく一旦落ち着きどうするかを考えなければ。

 そうだ、てゐがいるじゃない!

 彼女の意見も聞くべきだろう。

そう思い振り返れば彼女は愉快そうにニヤついていた。

「…………ねえ? どう思う?」

「私が答えると思うー?」

 ええ、そうよね! あんたそういう子よね!!

 判断がつかないのならば取り敢えず拘束し、師匠に聞くべきだろう。

「二人とも動かないで! 一時拘束し、師匠の判断を待ちます!!」

 その言葉に見知らぬ二人は顔を見合わせると頷いた。

そして突然駆け出した。

━━やっぱり侵入者か!!

 どうやって入ったのかは分からないが逃がすわけにはいかない。

 拳銃で忍者を狙い引き金を引く。

 銃口から放たれた流体弾は忍者の背中目掛けて飛ぶが忍者は突然姿勢を低くするとそれを避けた。

━━避けた!?

 背後からの弾丸を限界まで体を低くし避けたのだ。

 相手はかなりの手錬!!

「てゐ!!」

「あいさ!!」

 てゐが格納用の二律空間から巨大な木槌を取り出し駆け出した。

小柄な彼女はその姿からは想像できないような速度で駆け、あっと言う間に敵との距離を縮めた。

 それを援護すべく忍者の前方に銃撃を行う。

 てゐは減速した敵を追い抜くと正面に回りこみ木槌を地面に叩き付けた。

 衝撃で土砂が巻き上がり降り注ぐ中、挟み撃ちにあった忍者達は足を止め背中を合わせるのであった。

 

***

 

━━退路を断たれたで御座るか……。

 この二人を前にこれ以上の逃亡は無理だろう。

ならば覚悟を決め、相対するのみ。

 ちょうど敵の数は二人。ならば……。

「メアリ殿、正面の方。お頼み申す」

「Jud.、 点蔵様も御武運を」

 メアリと背中を離すと眼前に居るブレザーを着た少女の方に向かう。

「武蔵アリアダスト教導院第一特務、点蔵・クロスユナイトに御座る」

 此方が名乗りを上げれば向こうは二丁の導力銃を構える。

「筒井家所属、鈴仙・優曇華院・イナバよ」

 腰の短刀を引き抜き構える。

 敵は兎系の半獣人。天子の話では幻覚系の術を使うらしい。

そして彼女が両手に持っている拳銃だが見たところ最新型の流体導力銃でグリップ部に弾倉を入れる場所が無いためバッテリー内蔵式のものだろう。

 導力銃は流体弾を発射するため銃身が熱くなりやすく冷却期間が必要となる。

そのため大口径の物になるとあまり連射が出来ない事が多い。

━━ともかくまずは突いてみるで御座るよ!

 駆けた。

 敵を目掛けた突撃。

それを見た敵は後方へ跳躍すると同時に二丁拳銃による射撃を行った。

 右手の一発は此方の左側を通過し、左手の一発は目の前に着弾した。

 目の前の地面が砕けるのを見ると同時に横に跳躍し相手を中心に駆ける。

 敵の腕は中々の物。

無闇に突撃をすれば簡単に撃ち殺されるだろう。

 開けたところを避け、障害物の多いところで戦う!

 此方の牽制のため敵が銃を撃ってくるが足を止めずに先ほどの小屋を目指す。

あのあたりは資材や木箱が積み重ねられており隠れるにはちょうど良い。

 一発の流体弾が前方を通過し、左側の木の幹が砕けた。

すでに敵は二発目を撃とうとしており、咄嗟にスライディングを行い小屋の裏に滑り込んだ。

 小屋を背に立ち上がりゆっくりと息を整えると端から様子を窺う。

敵は拳銃を構えながら慎重に移動し回りこんでくる。

小屋に立てかけてあった木板を小屋の端から投げると板は空中で流体弾に撃たれ砕け散る。

それと同時に小屋の裏から飛び出した。

二発目の流体弾が小屋の壁を砕き木片が体に当たる。

 近くの木箱のの裏に隠れると敵は追いかけてきた。

直ぐに周囲を見れば近くには樽が積み重ねられており、視界は悪い。

━━ここで反撃に出るで御座る!!

 上着のポケットから煙玉を取り出すと着火し投げつけた。

「爆弾!?」

 敵が驚愕の声を上げると同時に周囲を爆発音と共に白い煙が敵を包んだ。

 

***

 

━━やられた!!

 まんまと誘き出された。

 資材等が積み重ねられ死角の悪い場所にこの煙幕。

 相手は忍者だ。

撹乱戦は大の得意だろう。

━━どうする!? 煙幕から逃げるか!?

 いや、それは危険だろう。

 下手に動き敵に背を向ければ敵はそこを突いて来る。

今は冷静になり、煙が晴れるまで動かずにいるべきだろう。

 両手の導力銃を構え深呼吸をする。

━━何時来る!?

 僅かな音も聞き逃さないように耳を立てると何かが聞えてきた。

それは地面を転がるような音であり、自分の左側から鳴って来る。

そして突然煙の中から影が飛び出した。

「!!」

 左手の銃で影を打ち砕く。

影は中央から砕け散り破片を撒き散らす。

 足元に転がってきた破片は木片と鉄板であり……。

「樽!?」

 背後から再び影が現れた、今度のそれは人の上半身の形をしており咄嗟に右手の銃で迎撃する。

 影に流体弾が当たると回り煙が晴れ、影の正体が分かる。

それは黒い、極東の制服の上着であった。

 突如、舞う上着の後ろから忍者が現れた。

 

***

 

━━貰ったで御座る!!

 敵は此方の陽動に引っかかり両方の銃を使った。

敵が再度撃てるようになるまでまだ時間が掛かる。

その上で敵への奇襲だ。

 敵は咄嗟に右足で横蹴りを放つがそれを跳躍で回避し、敵の背後に着地する。

 敵は蹴りを放った体勢で肘打ちを行おうとするがそれよりも早く此方が飛び込んだ。

短刀で狙うは敵の背中。

「御免!!」

 踏み込み短刀を突き出した瞬間、振り返った敵と目が合った。

 彼女は口元に笑みを浮かべており、得体の知れない悪寒が体を走る。

 その瞬間、世界が歪んだ。

地面がまるで水面の様に波打ち、黒の夜は赤く染まり敵の姿が消えた。

━━これは……!?

 噂の幻術か!?

 足に力を入れ踏みとどまろうとするが揺れる地面に足を取られ膝から倒れた。

四つん這いの体勢で何とか立ち上がろうとするが銃声音が鳴り響いた。

 咄嗟に横に飛ぶ。

しかし何処からか飛んできた銃弾は肩を抉った。

 肩から鮮血が飛び散り、体は地面を転がる。

次に見たのは歪んだ世界で銃を構える少女の姿であった。

 

***

 

 永江衣玖は八意永琳と距離を取っていた。

敵の実力は自分より遥かに上、その上で敵の戦術は全くの不明だ。

 はっきり言って分が悪すぎる戦い。

だが自分の仕事は敵に勝つことではない。

━━なるべく戦いを引き伸ばし敵の戦術を明らかにする!!

 その為には様々な攻撃を仕掛けなくてはならない。

━━まずは遠距離戦です!

 右腕に羽衣を巻きつけ筒状にすると雷撃を放つ。

放った雷撃は三発。

 敵に一直線に飛ぶ一発と、その左右への二発だ。

━━さあ! どう来ますか!?

 敵が何らかの回避を行うと思ったが敵は動かなかった。

飛来する雷撃に対し不動で余裕の笑みを浮かべる。

 そして左手を構えると雷撃を払った。

「!?」

 払われた雷撃は彼女の左側を狙った雷撃とぶつかり爆発が生じる。

 雷撃の爆風を受けながら立っている彼女を睨みつけながら額に冷たい汗を掻く。

 敵は此方の攻撃を避けるわけでも防御術式を展開するのでもなく、ただ手で払った。

理由は分からない。

だが何か理由があるはずだ。

━━今度は実体のある物で行きます!!

 雷撃を地面に撃ち込み砕くと、羽衣で岩を包み持ち上げた。

それを体を回転させながら加速させ、投げつける。

 先ほどの雷撃と違い実体の有る岩だ。

片手で払えるはずが無い。

 だが敵は再び動かなかった。

先ほどと変わらず余裕の表情で立っており飛来する岩に対して左手を掲げた。

そして払う。

 払われた岩は砕かれながら地に落ちた。

 

***

 

「これは……」

 ネイト・ミトツダイラは戦いの様子に腹の底から冷たいものを感じた。

僅か数分の間に敵と衣玖の間に凄まじい実力差があるのは実感した。

 だが違和感がある。

それは……。

「天子、八意永琳はあのようなパワータイプキャラですの?」

「そんな筈は無いわ。それにあいつの動き方、筋力を使っているようには見えない」

 そうだ。

雷撃と岩。

何れも敵はただ手を払っただけなのだ。

 通常敵の攻撃を払うのであれば踏み込む必要が有る。

だが敵は直立不動の状態で攻撃を払った。

━━何らかの術式を?

 だが敵が術を使ったと思える動作は無かった。

 衣玖は暫く唖然としていたが頭を振り、構え直した。

右腕に羽衣を巻きドリル状にすると突撃を開始した。

「今度は接近戦をする気ですわね!!」

 

***

 

━━頭にきました!!

 余裕の表情で敵に攻撃を弾かれてしまえば流石に腹が立つ。

 遠距離戦ではあの理不尽な払いで攻撃を無効化される。

ならば今度は接近戦だ。

 ドリル状にした羽衣に電撃を流し、回転をさせる。

「機動殻の装甲も砕ける一撃ですよ!!」

 そう言い、踏み込み腕を突き出した。

敵の胸を狙った一撃は突如止まる。

「またですか!?」

 ドリルの先端は敵の左手によって受け止められていたのだ。

否、敵の左手ではなく左手とドリルの間にある何かによって。

━━小型の障壁?

 敵が腕に障壁を纏っているのならドリルを受け止められたのは分かる。

だがそれだけで岩を砕けるだろうか?

「これで終わりかしら?」

 永琳にそう言われ首を横に振る。

「まだです!!」

 羽衣はドリル状から突然もとの形に戻り、敵の腰に巻きついた。

「!!」

 永琳は僅かに眉を動かしもがこうとするが、左手側の羽衣で両腕ごと上半身を縛る。

 そして彼女の体を持ち上げた。

━━腕さえ使えなければ!!

 最大出力で電撃を流し込もうとした瞬間、眼前に何かが見えた。

「え?」

 その直後、腹部に衝撃が来る。

 まるで猛牛に体当たりされたかのような衝撃で吹き飛び、数十メートルを転がる。

━━いま……のは……?

 腹部に来る激痛から呼吸が止まり、吐き気が来る。

 鈍い汗を掻き、それらを我慢するとゆっくりと立ち上がった。

だが衝撃の麻痺からか足腰は震え、上手く立てない。

 何とか背筋を伸ばし敵を見れば敵の周囲には無数の術式が浮いていた。

「お遊びはここまでよ」

 光の津波が来た。

 数え切れない量の爆砕術式や流体弾を発射する術式が放たれ周囲を砕いて行く。

「龍魚『竜宮の使い遊泳弾』!!」

 自分の周囲に巨大な雷球を発生させ敵の攻撃にぶつけて行く。

その合間を縫って駆けた。

 この弾幕攻撃を避けるにはあえて飛び込むしかない。

 流体弾が腕を掠り傷を付け、爆砕術式が肌を焼く。

 それでも足を止めず腕に羽衣を巻くと駆け抜けた。

前方には敵の姿。

 それに目掛けて羽衣を延ばそうとした時に気がつく。

敵が弓を構えていることに。

「!!」

 矢が放たれる。

 矢は此方の胸を狙い真っ直ぐに飛来する。

━━間に合ってください!!

 足を止め、体を傾け矢の軌道から胸を外す。

 矢は此方の左肩に深く突き刺さり、痛みから声にならない叫びを上げる。

それでもまだ進もうとすると敵がゆっくりと左手を上げた。

「はい、お終い」

 手が振り下ろされると同時に再び“何か”に体を殴りつけられた。

 

***

 

「衣玖!?」

 吹き飛び地面に叩きつけられた衣玖の元に駆け寄り、直ぐに応急用の回復術式を展開する。

「すみ……ません……」

「いいから黙ってて!」

 肩に突き刺さった矢に手を掛けると「ちょっと痛むわよ」と声をかけると引き抜いた。

「っ!!」

 衣玖の肩から鮮血があふれ出るが直ぐに回復術式を付加した護符を傷口に貼り付け止血する。

「大丈夫ですの!?」

 ミトツダイラとアマテラス達も駆けつけ心配そうに覗き込めば衣玖はゆっくりと頷いた。

そして乱れた息を整えながらゆっくりと口を開く。

「敵は……左手に何か障壁を……それに……何らかの……不可視の攻撃を……」

「ええ、見てましたわ。貴女のおかげで対策が出来そうですの」

 ミトツダイラにそういわれ衣玖は安堵の表情を浮かべて気絶した。

「お、おい。竜宮ネーちゃん大丈夫かよォ……」

「ええ、気絶しただけだけど結構やられたわね」

 全く、無茶をして……。

彼女の頭を優しく撫でるとミトツダイラの方を見る。

「ミトツダイラ、私ね。今物凄く腹がたってるの」

「ええ、私もですわ」

 互いに頷く。

「…………頼んだわよ」

「Jud.」

ミトツダイラが背を向け、待ち受ける敵の方に向かう。

 永琳は戦いが始まったときと変わらず悠然と立っており此方の様子を見ていた。

「次は貴女かしら?」

 ミトツダイラは首を縦に振り、その大ボリュームの髪をかき上げた。

「武蔵アリアダスト教導院第五特務、ネイト・ミトツダイラ。参りますわ!!」

 昇り始めた月を背に銀狼が駆け出した。



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~第十四章・『幸運の薬売り』 詐欺にご注意! (配点:白兎)~

 

 視界が歪む。

左肩の感覚は無く、全身に気だるさと冷たさを感じる。

 肩から流れる血は冷たさを持ち最早痛みは感じない。

━━しくじったで御座るよ……。

 木箱の裏に隠れながら点蔵はそう思った。

 敵が幻覚の技を使う事もそれが敵の瞳、『狂気の瞳』を使っての物だという事も聞かされていた。

 だが敵を仕留めれると思った瞬間敵と目が合ってしまった。

肩に銃撃を受け、直ぐに隠れたが傷はかなり深い。

 空を見上げれば黒色であった夜空は赤く染まり、月は真紅に輝く。

さらに地面は水面の様に波打ち続け正直座っているだけでも気分が悪くなってくる。

 応急処置用の回復術式札を肩に当て、止血を行う。

 左手は動かないが右手はまだ使える。

短刀を右手でしっかりと握ると慎重に様子を窺った。

 この歪んだ世界のせいで敵の位置が分からない。何処から、何時攻撃が来るか分からないため精神的な疲労が蓄積する。

 足音が聞えた。

砂利を踏む音。

 それは自分の右側から聞え、近づいてくる。

此方は音を立てないように慎重に中腰になると構えた。

 また一歩近づいてくる。

音の位置から後一歩で此方の攻撃範囲に入る。

それを待とうとすると突然足音が止んだ。

━━…………止まった?

 突如左側から足音が聞える。

銃を構える音が鳴り、慌てて木箱から飛び出す。

それから僅かに遅れて木箱は砕け散った。

━━いつの間に!?

 歪んだ大地を歩きながら後ろを振り返れば既に敵の姿は無かった。

今度は近くの樽の裏に隠れようとすると突如腹部に衝撃を受ける。

「っ!!」

 腹部を穿ったのは足であった。

突然の横蹴りを受け地面を転がるが直ぐに体勢を立て直し近くの木箱の裏に隠れる。

「…………聴覚もやられたようで御座るな」

 視覚だけではなく聴覚まで狂わせるとは……。

五感が狂えば万が一にも勝ち目は無い。

「さて、どうするで御座るか……」

 そう言い額の汗を拭った。

 

***

 

「ほおー、うどんげもやるもんだねー」

 忍者と鈴仙の戦いを少し離れた所から因幡てゐとメアリは観戦していた。

二人は積み重ねられた木材に腰を掛け茶を飲む。

「自分で“戦うの面倒だから止めようかー”って言っておいてなんだけど、無防備すぎない? あんた?」

 そう言うと隣のメアリは笑った。

 忍者と鈴仙が戦い始めた後、残された自分達は取り敢えず向かい合っていた。

だが正直戦う気力は私には無く。相手も敵意が無かったため観戦することにしたのだ。

 それで二人で観戦していたのだがこの金髪巨乳、完全に此方に対する警戒を解いている。

流石にそれはどうなのよ?

と聞いてみると彼女は「てゐ様を信じていますから」と言った。

 信じているねー。

 正直って一番胡散臭い言葉だ。

「信じるって言ってもさ、私がいきなり攻撃したらどうするのさ? あんたお終いだよ?」

「そうかもしれませんね。それでも私はてゐ様を信じようと思いますよ?」

 溜息が出る。

「何でもかんでも信じてたら損するよ? 世の中皆善人じゃないんだから。寧ろ悪人の方が多い」

 そう言うとメアリは「そうですね」と目を伏せた。

「ですが全てを疑い拒絶して動かなくなるより他者を世界を信じて前に出ようと思っています。それで傷つけられてもそれもまた長い人生の中の大切な経験です」

「ふーん……」

 なんともまあお花畑なことで。

 言っている事は分かるし彼女は“善人”であるのだろう。

だが私は“善人”が嫌いだ。

 綺麗事を言い並べ自分は正しいと思っている奴は好きではない。

 世の中の“善人”には三つの種類がある。

 一つは『自分が偽善者である事を自覚している偽善者』だ。

これは良い。

 人間生きていけば他者との付き合いもあるし善人であるという事はそれだけ人社会で有利だ。

 それを知り慈善事業に励んだりするのは生きていく上で当然のことだろう。

だれだって悪人にはなりたくない。

 次は『自分が偽善者である事を自覚していない偽善者』だ。

これは駄目だ。

 こういった人種は普段は良い事をしているがそれはあくまで褒められたいからであり、そんな自分に酔っている。

しかしそれに気がついていないのだ。

 だから追い詰められるとあっと言う間に善人の仮面が剥がれ本性が出る。

『自分は悪くない。悪いのは他の人だ』と。

これほど惨めな事は無い。

 さて、最後だがこれは『本物の善人』である。

これはまあ本当にたまに出てくる馬鹿だが、私は心から羨ましい。

━━善人を羨ましがる時点で私は穢れきってるんだろうけどね……。

 長く生きると様々な事を見て捻くれる。

『偽善者』の定義についてだって捻くれた私の独論だ。

これが絶対だなんては言えない。

 もっと心の綺麗な奴なら別の考えを持っていることだろう。

まあ、これは置いておこう。

 さて、ではこの目の前の金髪巨乳は私の考える“善人”の内どれなのかだが……。

━━試してみるか……。

「……そうだ、お団子食べない?」

 そう言ってポケットから団子を取り出すとメアリは「有難う御座います」と頷いた。

そして団子を取ろうとするがそれを止める。

「ああ、ちょっと待って。かけると美味しくなる粉があるから」

 胸元から小さな袋を取り出す。

その袋には毒物を記すマークが描かれておりそれを手で隠しながら袋を開く。

その際に僅かにマークを手の隙間から相手の方に見せる。

 一瞬であったがメアリの目がマークを見た。

此方はそれに気がつかないように袋を開くと緑色の粉を団子にかけた。

「はい、どうぞ」

 そして団子を突き出した。

━━さあ、どうする?

 この金髪巨乳は袋のマークを見た。

団子にかかった粉が毒物を入れる袋から出た事を知っているのだ。

 どんな“善人”であったとしても自分の身に危険が迫れば躊躇うし、食べない。

さあ、この女はどうする?

 そう思ってみれば彼女は笑顔で団子を取り「頂きます」と口に入れた。

まったく躊躇いの無い動作。まるでマークなど見て無かったかのように。

暫く咀嚼すると飲み込み笑顔になった。

「この粉、抹茶ですね」

 その様子に暫く唖然としているとメアリが首を傾げた。

「あの? どうしました?」

「いやいやいや! 何で食べるかな!? 少しは躊躇おうよ!?」

 そう言うと再びメアリが首を傾げるので思わず身を乗り出す。

「袋! 見てたでしょ!? で、マーク見てたんでしょ!?」

 首元から袋を取り出すとメアリに見せた。

すると彼女は頷き此方を見た。

「Jud.、 ですが私はてゐ様を信じました」

━━…………は?

 身に危険がある気があるかもしれないのにこっちを信じた?

それが本当であることは分かる。

 だがこっちの理解が追いつかない。

「は、はは……」

 思わず笑いが出る。

そして思いっきり深呼吸をすると大笑いした。

まったく……まったく、参ったな……。

 この女は三番目の“善人”だ。

数千人に一人ぐらいの善人だ。

 息が苦しくなるまで笑うと笑い涙を拭き咳き込んだ。

「あ、あの? 私、変なこと言いましたか?」

「ああ、いいのいいの。あんたはそのままでいな」

 そのままでいるべきだ。

 あの忍者も幸せ者だ。

こんな良い娘を彼女にできてるんだから。

 それにしても……。

「いやぁ、負けたわぁ」

「何にですか?」

「ああ、こっちの話しなんだけどね。自分の心の汚さと言うか捻くれ度に負けたというか」

 自分も少しは素直に物事を見てみるか。無理だろうけど。

そう思っていると前方で銃声音がなり響く。

どうやら向こうは盛り上がっているようだ。

「さて、あっちは忍者が追い詰められているようだけどどうなるかな?」

「点蔵様でしたら大丈夫ですよ」

 「彼への信頼?」と聞くとメアリ「Jud.」は頷く。

自分はどうだろうか? 鈴仙を信頼しているのだろうか?

そんなの決まっている。

「ウチのうどんちゃんも結構やるよ」

 二人で顔を見合わせ笑う。

 すると前方で再び銃声音が鳴り響くのであった。

 

***

 

「はあ? 相対戦をやってる? 天守前で?」

 正門で敵を迎え撃っていた島清興はそう眉を顰めた。

正門では前進してきた徳川軍との銃撃戦が行われていたが敵の攻撃は障壁によって此方には当たらず、此方の弾丸は向こうの術式盾に防がれていた。

 そのため戦況は膠着し銃撃戦も疎らになってきた。

どうしようかと考えているところに伝令兵が来たのだ。

「…………どうする?」

 隣の松倉重信に言われ清興は溜息をつく。

「正式な相対戦なら俺らはどうしようも無いからねぇ……」

 表示枠をいじり天守前の映像を映せば永琳と銀髪の騎士が相対していた。

「これ、敵さんも見てんのかい?」

 伝令兵は「恐らく」と首を縦に振る。

 相対戦の内容はまさに筒井の勝敗を賭けた物だ。

この相対戦ですべてが決まると言うなら……。

「敵さんと停戦します?」

 そう言うとその場にいた皆が驚愕の表情で此方を見た。

「正気か……?」

「正気も正気。このままじゃ埒明かないし敵さんも無駄に兵を死なせたく無いでしょ?」

 実際先ほどから敵の動きは鈍い。

守備に専念し、此方の様子を窺うことに専念している。

向こうも相対戦の結果待ちと言う事だろう。

 重信は暫く思案していると小さく溜息を吐き伝令兵の方を見る。

「徳川軍に通神を繋げろ。停戦要請を行う」

「は、は!」

 伝令兵が駆け出すとその場にいた兵たちが顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。

 それを見て笑うと天守の方を見る。

━━さて、どうなりますかねぇ?

 あの八意永琳が負けるとは思えないが、敵も何か策を用意しているだろう。

ともかく今は相対戦を観戦しようじゃないか。

 そう思い表示枠に映る相対戦の様子を皆で見るのであった。

 

***

 

━━さて、どうしましょうか?

 衣玖が八意永琳に使わせた技は4つ。

 一つは正体不明の防御術式。

 二つ目は同じく正体不明の攻撃術式。

 三つ目に攻撃術式を多数展開した弾幕攻撃。

 そして最後に弓による攻撃だ。

 四つ中判明しているのが二つは何れも遠距離攻撃だ。

残り二つの性質が分からないのは厄介だが……。

━━少なくとも弾幕攻撃されるよりはマシですわ!

 此方には弾幕を防ぐ術が無いため敵の懐に飛び込むしかない。

例の正体不明の攻撃術式が気がかりだが……。

敵の方を見れば敵は既に攻撃術式を展開しており迎撃の構えを見せている。

━━凄まじい量の術式ですわね。

 これだけの攻撃術式を同時展開しているのだ。

いったいどれだけの内燃排気を持っているのか……。

 永琳が一歩下がる。

それに合わせて突撃した。

 閃光と共に攻撃術式が津波のように放たれるが身を低くしかわして行く。

駆けると言うよりは跳躍に近いそれは体を地面に対してほぼ水平にしたものであり、地面に足を着けるごとに踏み込み、バネの様に跳ぶ。

 数発が髪を掠るが気にせず行く。

光の津波を抜けるとそこには弓を構えた敵の姿がある。

「同じ手は喰らいませんのよ!!」

 銀鎖を右手に巻きつけ跳んでくる矢を弾いた。

「銀鎖!」

 右側二本目の銀鎖を横に薙ぎ相手の胴を狙う。

 それに対し永琳は左手を前に出し、弾いた。

━━やはり左手で防御を行っていますわね!

 ならば!

 腕に巻き付いていた銀鎖を解き、再び左側から狙う。

敵はそれを再び迎撃しようとしたがそこへ右側から二本の銀鎖で横薙ぎの攻撃を行った。

 敵は左手で防御を行う。

ならば左手を使わせ、その隙に右側から攻撃する。

 だが、右側の銀鎖は突如二本とも弾かれた。

例の攻撃術式だ。

それを防御に使ったのだろう。

だが。

「それも読んでましたのよ!」

 突進する。

敵は左右に注意を取られた。

 その隙に一気に距離を詰め格闘戦に持ち込む。

右手を突き出し狙うのは敵の頭部。

いかに不死系種族であっても頭部を失えば視覚を失い、建て直しに時間が掛かる。

 しかし拳は敵には届かなかった。

否、逸らされたのだ。

「!!」

 敵は咄嗟に身を逸らすと右手で此方の右腕を払い軌道を逸らす。

そして体勢の崩れた此方の腹を目掛け蹴りを入れたのだ。

体が後ろに吹き飛ばされ、転がる。

 腹部に来た衝撃で一瞬呼吸が止まるが直ぐに体勢を立て直し構える。

「私が格闘戦苦手だと思ったのかしら? 姫様の護衛をしているのよ? 武芸は嗜んでいるわ」

 そう言うと永琳は踏み込み、距離を詰めてきた。

右手で此方の首を狙い、それを左手で防ぐと今度は左手で胸を狙ってきた。

それを右手で払うと膝蹴りを敵目掛け放つ。

 永琳は咄嗟に後ろに飛ぼうとするがそれを四本の銀鎖が後ろか掴んだ。

「銀鎖! 巻きついて潰しなさい!!」

 銀鎖が敵に巻きつき圧迫して行く。

 少々倒し方としては惨いが、この敵相手に手段は選べない。

「……っ。流石に……潰されるのは嫌ね……!!」

 その瞬間、銀鎖が弾けた。

「銀鎖!?」

 四本の銀の鎖は砕けながら地面に落ち、月明かりを反射する。

そしてその中心に八意永琳は立っていた。

 彼女は不可視の何かを身に纏っており、空間が波打つその姿はまるで……。

「城を覆っていた障壁を操っていたのですわね!!」

 月明かりを背に永琳が笑う。

「創作術式『思兼』。障壁を自由自在に操る攻防一体の術式。それがこれよ」

 永琳が手を振りかざした瞬間、不可視の腕が襲い掛かってきた。

 

***

 

「……思兼。やっぱり彼女は……」

 教導院前の橋で浅間・智はそう呟いた。

 教導院前の橋には梅組の皆や遊撃士達、そして英国からの客人が集まり大型表示枠に映る相対戦の様子を見ていた。

「ああ、八意と言う名でまさかと思ったけど」

 そう言ったのはネシンバラだ。

「あん? どういうことだ?」

 皆の中央で階段に腰掛けていたトーリがネシンバラを見る。

「八意思兼神。高皇産霊尊の子とされ常世の神とも言われている神で思考と思想、知恵を神格化した神だ。

岩戸隠れの際に八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すために知恵を授けたりと日本神話の中でも大物だね」

「それって、かなりやばいんじゃ……」

 アデーレがそう言うとネシンバラは頷く。

確かに八意思兼神本人であれば彼女に対抗できるのは全盛期のアマテラス位だろう。

「神だとしてもこの世界では全力を出せないのでは?」

 ホライゾンがそう言うと頷きを返す。

「はい、この世界では能力に制限が付きますからまだ勝ち目が有ります。あの術式をどうにかできればですけど……。

彼女が操っているのは筒井城を覆っている障壁と同等の物です。

つまり城砦防御用の障壁。その中でも上位のものです」

「それって航空艦の流体砲撃を防ぐ奴よね? 個人の火力では突破できそうに無いんだけど?」

 ナルゼの言う通りだ。

 今の天子達であの術を貫けるのは恐らくアマテラスの神気のみ。

かなり分が悪い。

「なあなあ、ノリキ。オメエの術式なら抜けそうか?」

「……分からん。だが術式であるのなら可能性はある」

 あの場にノリキがいれば戦況は変えられたかもしれない。

彼の相手の術式を解除する“弥生月”ならば……。

━━あと可能性があるなら……。

「緋想の剣ですね」

 そう言ったのは後ろの方で立っていた魂魄妖夢だ。

皆がいっせいに振り返ると彼女は思わず一歩下がる。

 「どういうこと?」とエステルが問うと彼女は頷き。

「緋想の剣には気質を集め断つ力が有ります。それで城の障壁に傷を付けれた訳ですし可能性は有ります。ただ傷を付けれても断てなければ意味は有りません」

 傷を付けれるぐらいではあの術式に対抗できない。

城の術式と同じならば直ぐに修復してしまうだろう。

「ともあれ銀鎖を失いピンチなミトツダイラ様なわけですが? どうなると思いますか喜美様?」

「フフ、ホライゾン。貴女もあの子がどんな子か知っているでしょう?」

「Jud.、 手負いの獣ほど恐ろしいものはありませんからね」

 ホライゾンが頷くと皆も頷く。

戦闘が開始して十分が経った。

 表示枠には防戦一方のミトツダイラが映っているが防戦だけで終わる彼女じゃないはずだ。

「お、ネイトやるみたいだぜ?」

 その言葉に皆が表示枠を見た。

 

***

 

━━攻撃が激しすぎますのよ!

 不可視の攻撃を避けながら様子を窺っていたが全く隙が無い。

 だが敵の術式を捉えられるようにはなった。

“思兼”は障壁を自在に操る術式で透明であるが完全に見えないわけではない。

自分の頭上が突如歪んだ。

右に跳ねるように避けると自分の立っていた所が砕ける。

 障壁が存在する場所は僅かに空間が歪んでいるため注意すればなんとか視認が可能だ。

今までの攻撃を受けて分かった事は敵は体を中心に百メートル範囲内を攻撃可能で障壁は人間の横幅とほぼ同じぐらいの幅を持つ手のようなものだ。

 更に腕は一本のみ。

敵は左半身を常に障壁で覆っているが右半身は攻撃の際には術式が無くなる。

遠距離戦は例の弾幕攻撃、中距離戦は腕の射程。

銀鎖を失った自分にできる事はただ一つ!

━━やはり格闘戦ですのよ!

 不可視の腕が収縮し、此方を狙う。

 それに対して正面からの突撃を行った。

腕はまだ動かない。

敵から約五十メートル程。

━━来た!!

 地面を踏み込み急ブレーキを掛けると後ろへ跳躍する。

 眼前が砕けるのと同時に着地し、今度は前方へ跳躍した。

敵の腕が戻るまでが勝負。

 拳を腰元で構えると突撃しながら狙いを定める。

狙うのは敵の右腕だ。

 敵は手で術式の制御を行っている。

ならば右腕を破壊すれば攻撃の手を止められるかもしれない。

一か八かだが残り三分も無い。

━━やるしかありませんのよ!

 だが突如違和感を感じた。

頭上、障壁の腕がある場所が激しく歪んだのだ。

━━なんですの!?

 疑問を感じると同時に危険を感じ横に跳躍する。

その瞬間、腕の下一直線に地面が砕けた。

「これは!! 腕から小さな腕を生やしましたのね!?」

 障壁の腕の下部から剣山の針のように小さな腕が伸び地面を砕いたのだ。

 永琳が右腕を横に払うと巨大な障壁の腕が横に薙がれ迫ってくる。

それを跳躍し飛び越えようとすると空中で小さな腕のほうに足をつかまれた。

「しまっ……!!」

 叫ぶ前に別の腕が首を絞め声が出ない。

━━絞め殺される!!

 既に全身を拘束され動く事ができない。

意識が薄れていくのを感じながら死を覚悟すると突如アラームが鳴り響く。

「時間切れよ! 離しなさい!!」

 天子がそう叫びながら駆けて来る。

永琳はそれを見るとため息を付き此方の拘束を解除した。

地面に落ち、膝を付くと咳き込む。

「ミトツダイラ! 無事!?」

「ええ、危ないところでしたが……」

 天子が手を差し伸ばし、それを掴むと立たせてもらう。

「時間切れの場合、どうなるのかしら?」

 永琳がそう問うと表示枠が開き正純が映る。

『この相対戦は引き分けとなる。次は五分間の休憩時間だ』

 

***

 

 休憩時間に入ると直ぐに円陣を組み作戦会議となった。

「お役に立てなく申し訳ありませんわ」

ミトツダイラの謝罪の言葉に皆首を横に振る。

「そんなことは無いわ。おかげで敵の術式の正体が分かった」

 とは言え打開策が見つからない。

「アマテラス、あんた達で何とかなりそう?」

 そう訊くとアマテラスは首を傾げる。

「オイラたちに任せな! とは言えねェ。せめてアマ公が本来の力を取り戻せてればなァ……」

 イッスンがそう言うとミトツダイラが首を傾げた。

「前から思っていましたけどどうして力を失いましたの?」

「オイラもイマイチ覚えてねェんだが、なんか黒い霧みたいのに覆われて気が付いたらって感じだなァ」

 黒い霧。

自分も覚えがある。

 自分が此方に飛ばされる前に展開から幻想郷を見たとき幻想郷はその黒い霧に覆われていたのだ。

その時に何かを見た気がするのだが……。

「私達と同じですわね。私達もノヴゴロドから有明に戻る途中黒い霧に覆われましたの」

 恐らくエステル達もそうだろう。

「そんなことよりもあいつをどうするかね」

 そう言うと皆「うーん」と悩む。

 せめて何か現状打破のきっかけがあればいいのだが……。

そう思っていると表示枠が開いた。

そこには短くこう書かれていた。

・焼き鳥:『着いた』

 皆それを見ると顔を見合わせ、頷く。

 

***

 

 二勝。

残りは半分だ。

 天人の持つ緋想の剣とアマテラスが厄介だが余力はまだ十分にある。

━━この分なら勝てそうね。

 慢心はしない。

残りの相対戦も全力であたり、叩き潰す。

そう思っていると天人が此方に歩いて来た。

「あら? まだ時間は残っているようだけど?」

 そう言うと彼女は腰に手を当て「知ってるわ」と言った。

「貴女に言いたいことがあってね」

「なにかしら?」

「貴女は私たちが敵中で孤立無援だと思っているでしょう?」

 それはそうだろう。

彼女達は空から降ってきたのだから。

この場にいない残りも鈴仙たちが戦っていると報告を受けている。

「“徳は孤ならず、必ず隣あり”」

「……まさか!?」

 天人が右手で銃のまねをし天守を狙うと笑った。

「ばーん」

 その瞬間、天守が爆発した。



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~第十五章・『貴き場所の因縁者』 喧嘩するほど……? (配点:純白)~

 天守前の相対戦の様子を蓬莱山輝夜は天守から筒井順慶と共に見ていた。

二回戦は永琳が敵を追い詰めたが時間切れとなり、引き分けになった。

「あら、惜しい」

 そう言うと順慶も頷く。

「だが敵もやるな。最初の一人は永琳の手の内を探ることに専念し、二人目で“思兼”の正体を見破った。

そして残るは“思兼”に対抗できる剣を持つ少女と、天照大神」

 特に最後の天照大神が厄介だ。

 慈母の力ならば永琳の術式を突破できるだろう。

「永琳は天照大神に勝てるか?」

 そう隣の輝夜に聞くと彼女は暫く「そうねー」と悩み

「永琳は今筒井城を隠す術式に自分の内燃排気を半分使ってるから厳しいかもね。でもあのわんこだけど……」

 そこで彼女が黙ったので「どうした?」と聞く。

「どうも力が弱っているような……。そんな気がするのよ」

 力が弱っているか……。

 異界の者たちが力に制限を受けている事は知っている。

どうやらそれは天照大神も例外ではないらしい。

 天守前を映している表示枠を見れば敵は作戦会議を行っているらしく円陣を組んでいた。

そして青髪の少女が前に出る。

「ふむ? もう次が始まるのか?」

 そう言うと輝夜が横目で此方を見た。

「順慶さん、そこ、動かないでね」

 「何故……?」と言う前に正面の壁が爆発した。

吹き飛ばされた柱や木片が迫ってくるが眼前でそれらは燃え尽きる。

 薄い布が広がっていた。

赤く輝くそれは木片を受け止めると燃やし尽くして行く。

━━火鼠の皮衣か……。

 かぐや姫が五人の公達に出した難題の一つだ。

実際に見るのは初めてだがなんとも美しい。

 そう思っていると壁に開いた穴から一人の少女が舞い降りてきた。

彼女は背中に生やした炎の翼をしまうと、乱れたその白い髪を整える。

「相変わらずがさつで品が無いわねぇー」

 そう輝夜が言うと少女は「ふん」と鼻を鳴らす。

「あんたも相変わらず引きこもってるみたいね」

 彼女は周囲を見渡すと此方を見た。

「えーと、筒井順慶さんかしら?」

「ああ、そうだが?」

「ここに障壁の制御装置があると聞いていたんだけど……どこ?」

 天守には機材らしいものは無くせいぜい花瓶があるぐらいだ。

まあさっきの衝撃で割れてしまったが。

 少女は暫くあたりを見渡していると輝夜の方を見る。

いや彼女ではなく彼女が首から提げている懐中時計のような物を見たのだ。

「……もしかして、それ?」

「ええ、永琳が作ったものだけど最近は小型化させるのが主流みたいね」

 そう輝夜が認めると立ち上がる。

それに合せ少女が一歩前に出る。

「それ寄こしなさいよ」

 輝夜が一歩前に出る。

「嫌よ。それに貴女みたいなもんぺ女に似合わないわ」

 少女が一歩。

「はん! 身形が綺麗なら何でも似合うって? 一人じゃ何もできないくせに」

 輝夜が一歩。

「あら? 貴女も同じじゃないの? 私がいないと寂しくて死んじゃうくせに。あ、死ねないんだったわね!」

 お互いに目と鼻の先まで近づくと胸ぐらをつかみ合った。

そして互いに額を押し付け合い睨む。

「死にたくなるくらい殺してあげようかしら!」

「上等! 体を磨り潰して畑の肥料にしてあげるわ!」

 今にも殴りあいそうな二人に向かって「おーい」と声をかけると同時に此方を見た。

「何!?」

「五月蝿いわよ!!」

 思わず下がりそうになるが外を指差す。

「やるなら外な」

 そう言うと二人は顔を見合わせ駆け出した。

そして天守に開いた穴から飛び出すのであった。

 それを暫く唖然と見,ため息をつく。

「…………相対戦の続きでも見るか」

 

***

━━姫様!?

 穴の開いた天守から主である蓬莱山輝夜と藤原妹紅が飛び出すのを見た八意永琳は戦いが始まってから初めて焦りを感じた。

 術式の管理は輝夜が行っている。

その彼女に何かがあれば城を覆う障壁が解除されるのだ。

 そのため輝夜にはできるだけ戦わないように言っておいたのだが……。

相手が藤原妹紅となれば輝夜が動かないわけが無い。

 彼女にとって藤原妹紅との戦いは掛け替えの無い楽しみなのだ。

敵は最初からこれを狙っていたのだ。

此方の注意を相対戦を行う事で引き付け、その間に妹紅が天守を強襲。

そして相対戦に持ち込んだのだ。

━━やってくれたわね……!

 此方のミスだ。

直ぐにでも加勢しなければ……。

そう思い敵を睨みつけた。

 

***

 

 比那名居天子は天守から二人の少女が飛び出すのを見た。

一人は背に炎の翼を生やした藤原妹紅でもう一人は蓬莱山輝夜だ。

 両者は暫くにらみ合っていると交戦を開始した。

「……卑怯よ」

 そう言ったのは主の方を見ていた永琳だ。

彼女は眉を吊り上げながら此方を睨む。

「あら? 何も卑怯な事は無いわ。私たちの相対戦を邪魔したわけじゃないわ。ただ別の相対戦が始まっただけよ」

・金マル:『ナイちゃん思うんだけど、結構汚いよねーナイナイ』

・礼賛者:『やってることギリギリですからねぇ』

・立花嫁:『見事な不意打ちですね』

 あ、あれ? 何か不評?

 とりあえず表示枠を割り、敵の方に緋想の剣を向ける。

「で、どうするのかしら? まだ相対戦は残っているわ」

 これで敵が相対戦を放棄すれば相対戦は無効となり、最初の条件は無くなる。

八意永琳を倒せなくても時間を稼ぎその間に藤原妹紅が蓬莱山輝夜を倒すか障壁発生装置を破壊し、総攻撃を仕掛けれるのだ。

 さあ、どう動く!?

 そう構えると永琳は一歩前に出た。

「相対戦のルール変更を求めるわ!」

 すると表示枠が映り本多・正純が映った。

『聞こう』

「相対戦を次で最終戦し、残り二人と戦う!」

 そう来たか!

 敵は速攻戦を望んで来た。

アマテラスと私。

 二人同時なら勝率は遥かに上がるが……。

「正純」

『分かっている。ならば此方もルールの変更を要求する。変更内容は相対戦制限時間の撤廃だ。次の相対戦はどちらかが倒れるまで続ける!』

 正純が『出来るか?』と此方に聞いてきたので自分の胸を叩いた。

「任せなさい!」

 敵は暫く思案すると空で行われている戦いを見、そして此方を見た。

「構わないわ」

 アマテラスが此方の横に立つ。

アマテラスは一度此方に吠えると体を伸ばし、永琳に対して唸る。

 その様子を正純は見ると手を掲げた。

『では最終戦。八意永琳対比那名居天子・アマテラスの相対戦を始める! 両者構え!!』

 武器を構える。

正純の手が振り下ろされた。

『両者、始め!!』

 

***

 

 まず動いたのは永琳だ。

今までの彼女は敵の動きを見てから反撃に徹していたが先制攻撃を仕掛けてきた。

 一直線に伸びてくる障壁の腕をアマテラスと天子は左右に避けると地面が砕ける。

そこへ弾幕攻撃が放たれた。

 アマテラスが吠えると周囲の地面が盛り上がり、壁となる。

弾幕はそれを砕き続けるが砕かれるよりも早く次の岩の壁が作られる。

 その間に緋想の剣を地面に突き刺すと小さな要石を四つ召喚した。

「守りの要!!」

 眼前、岩の壁が障壁の腕によって叩き崩され大きな穴が出来上がる。

「アマテラス! 砂を巻き上げて!!」

 竜巻が起き、周囲の砂を巻き上げるとあっと言う間に周辺は砂煙で覆われた。

それと同時に開いた穴から飛び出す。

 敵の攻撃は視覚に頼ったもの、視覚を奪えば弾幕攻撃や腕による攻撃の命中率は大幅に下がる。

なにより……。

「来た! 右側!」

 砂煙を押しのけながら腕が来る。

 透明であったそれは砂を押しのけるためその姿がはっきりと見える。

直ぐに緋想の剣を地面に刺すと大地を盛り上げさせそこに昇る。

そして迫ってくる腕を足場からの跳躍で避けた。

 着地すると同時に敵の方から何かが飛来してきた。

「矢!?」

 矢は一直線に此方に向かってきており、それを横に転がって避けると追尾して来た。

「追尾矢!?」

 矢を避けれない!

そう思った瞬間、アマテラスが間に入った。

 アマテラスは背中に鏡を召喚すると矢を受け止め、弾いた。

「危なかったなァ!」

 イッスンの言葉に頷くと三人は顔を見合わせ駆け出す。

アマテラス達が敵の右側へ、自分が左側に回りこみ挟撃を掛ける。

 まず敵に飛び掛ったのはアマテラスだ。

アマテラスは体を矢のようにし駆けるがそれを迎撃するため障壁の腕が正面から来る。

それを左に跳躍し避けるとミトツダイラの時と同様に幾つもの小さな腕が伸びてきた。

「任せなァ! 喰らえ! オイラの一閃!!」

 イッスンが筆を横に薙ぎ、小さな腕が切り落とされてゆく。

 その間にアマテラスは背中に勾玉を召喚し射撃を始めた。

 永琳はそれを回避するために後ろへ跳躍するがそこへ天子が飛び込んだ。

「!!」

 永琳は左手で緋想の剣を受け止めるが緋想の剣が左手の障壁に食い込んでゆく。

「このまま断ち切りなさい! 緋想の剣!!」

━━あと少し!

 足に力を入れ踏み込む。

此方の刃が敵に触れそうになった瞬間、横から衝撃を受けた。

周囲に浮いていた小さな要石が攻撃を受け止め砕けるが衝撃を抑えきることは出来なかった。

━━なに!?

 吹き飛ばされ地面を転がる。

 状況を把握するために直ぐに立ち上がるとそこには砂煙を被る巨大な透明な腕があった。

「言った筈よ、この術式は攻防一体だって」

 左手を掲げると左側の障壁の腕が立ち上がる。

「左手側の障壁を防御から攻撃に使ったのね!?」

 「そうだ」と言うように腕が振り下ろされる。

そして障壁の腕は大地を砕いた。

 

***

 筒井城の上空で不死鳥と月の姫が争っていた。

不死鳥が翼から炎弾を放つと輝夜は火鼠の皮衣を展開し、防ぐ。

「ふふ、貴女程度の火力じゃこの衣を抜けないわよ?」

 余裕の笑みを浮かべる彼女に対して妹紅は舌打ちし不死鳥の口から大きな炎弾を放つ。

輝夜は再びそれを皮衣で受け止めようとするが炎弾は眼前で爆発し、熱波と爆風が襲い掛かる。

 爆発に包まれる敵を警戒していると突如上方から無数の流体の槍が降り注いだ。

 直ぐに回避を行うが一発が炎の鎧を貫通し、右太腿を掠り裂いた。

「相変わらずいやな能力ね!!」

 自分の上方には先ほど爆発を受けたはずの輝夜がおり、傷一つ負っていない彼女の手には玉串が握られていた。

「私の能力は『永遠と須臾を操る程度の能力』。私の前ではあらゆる時間の概念は意味をなさない」

 敵が消え、目の前に現れる。

そして玉串を振ると再び幾つもの流体の槍が放たれた。

━━本当に厄介ね……!

 時間操作の能力。

戦いにおいてはかなり上位の能力だ。

 此方の攻撃は全て避けられるし、敵は瞬間移動や奇襲をいくらでも仕掛けられる。

槍の内の一本が突如加速した。

 突然の事に反応が遅れ、右肩の付け根を断たれた。

激痛と共に血が噴出し、墜落するが何とか意識を保ち天守の裏に隠れた。

「一本だけ時間を加速させてみたの!」

 反対側から叫ぶ敵に対し「わざわざ有難う! ついでに死んどけ!!」と叫ぶと腕の緊急再生を行う。

 再生されて行く腕を見ながら対策を練る。

敵の能力は強力で敵がアレを使える限り此方の勝ち目は薄い。

だが時間操作ともなればかなりの内燃排気を使うはずだ。

つまり連続しての使用は出来ない筈。

 地上の戦況が芳しくない以上、自分がここで勝たなくては。

まずは出来るだけ敵に攻撃をさせ、内燃排気の消費をさせる。

 そう決め、再び炎の翼を生やした。

再生した右腕を動かし確かめる。

 そして天守の影から出ようとした瞬間、眼前に輝夜が現れる。

「はーい、今晩は」

 手に持っていた鉢をスイングし叩きつけてくる。

咄嗟に腕で防御するが鉢は此方の腕を砕き、体が吹き飛ぶ。

━━再生したばっかりだってのに!!

 そう心の中で叫びながら炎の鎧を纏い敵との距離を取るのであった。

 

***

 

 点蔵は慎重に箱から頭を出すと周囲の状況を確認した。

直ぐ近くには鈴仙がおり、反対側を見ればそこにはまた鈴仙がいた。

そして遠くの方にも鈴仙達が見える。

━━また増えたで御座るなぁ……。

 敵は自身の幻覚能力を利用し自分の分身を幾つも作り上げているのだ。

分身には攻撃能力は無いがデコイとしては非常に優秀で、何処に本体がいるのか分からないため動けない。

 聴覚が無事ならば足音から敵の位置を把握できるのだが、狂気の目を見たせいで聴覚もおかしくなっている。

 事実足音があらゆる方向から聞えてきておりまるで洞窟の中にいるかのようだ。

 視覚も駄目、聴覚も駄目。

八方塞だ。

その上肩の怪我のせいであまり悠長にはしていられない。

 視界に頼れないなら無いほうがましで御座るなー。

と思っていると閃く。

 なまじ視覚や聴覚が使えるからそれに頼る。

ならばそれを使わなければ……?

「……危険だがやってみる価値はあるで御座るな」

 もう体力が持たない。

一か八かでやってみる価値はあるだろう。

 まず手持ちの装備を確認する。

 短刀が一本に煙玉。さらに緊急用の閃光玉。近くには切りそろえられた丸太がある。

これだけあれば十分だ。

 まずは目を閉じる。次に聴覚を術式で遮断し完全に外界と自分を遮断した。

 余計な物をそぎ落とし自分だけを認知する。

そこから認知の範囲を伸ばし相手の気配を探るのだ。

 どんな存在にも必ず気配がある。

ましてや戦闘中であれば緊張から気配が大きくなる。

 半径5m以内。いない。

次は10m。これもいない。

15m。…………いた!

 自分の位置から北西。そこに気配があった。

それは緊張し、どこか怯えている気配で一歩ずつゆっくりと移動している。

 敵の位置と自分の数多の中にあった風景をあわせる。

そこは小屋の直ぐ近くで金属製の箱が置いてあった場所だ。

タイミングを計り、敵が障害物が少ないところに来るのを待つ。

此方は目を使えないため障害物があるとぶつかる可能性があるのだ。

 一歩一歩進み、そして敵は道に出た。

━━今で御座る!!

 そして飛び出した。

 

***

 

 鈴仙・優曇華院・イナバは背にいやな汗を掻きながら周囲を警戒していた。

 狂気の瞳を見せ、敵の視覚を狂わせた直後に倒せなかったのが痛かった。

敵は深手を負ったものの直ぐに移動し身を隠した。

 相手は忍者だ隠れるのは得意だろう。

こうなってしまうと此方から敵を見つけるのは難しい。

だが敵は深手を負っているため余裕は無いはずだ。

だったら出てくるのを待てばいい。

 周囲に自分の分身を放ち敵が飛び出してくるのを待つ。

それでも不安でしょうがないのは自分の性格ゆえだろう。

━━やっぱり私に荒事は向いていないのよ……。

 正直分身を置いて逃げ出したい。

だがそんなことをすれば師匠に殺されるだろうし、なによりもてゐが見ているのだ。

━━失望させたくないしね……。

 友人に向かって月の兎の偉大さを見せると見栄を張ったのだ。

逃げるわけにはいかない。

 慎重に歩き近くの箱の裏を覗き込む。

そこに敵が居ないと分かると直ぐに移動する。

 一歩一歩慎重に歩いていると何か物音が聞えた気がした。

立ち止まり音が鳴った方向に銃を構えると同時に何かが投げつけられる。

それは空中で爆発し煙を撒き散らした。

━━来る!!

 どうやって此方の位置を把握したのかは分からないが敵が仕掛けてきた。

直ぐにその場を逃れようとするが正面から影が飛び出す。

「!」

 右手の銃で迎撃するとそれは忍者の帽子であった。

帽子に穴が開くと同時に背後から忍者が現れる。

「同じ手を喰らうものですか!!」

 事前に背後に構えていた左手の銃の引き金を引く。

流体の弾丸が放たれ敵に向かって飛ぶ。

そして当たった。

 胸のど真ん中。

 そこに大きな穴が開き忍者の体勢が崩れる。

致命傷だ。

そう思った瞬間敵が割れた。

 胸の穴から縦に皹が伸び、二つに分かれた。

「!?」

 二つに分かれたそれは茶色とベージュ色で出来ておりそれはつまり……。

━━丸太!?

 敵の忍術か!?

直ぐにその場を退避しようとするが先ほど帽子が飛んできた方向から再び何かが飛んできた。

 丸いそれは眼前に迫ると破裂し、閃光を放った。

「フラッシュバン!?」

 直ぐに目を閉じ閃光から目を守るがそれがいけなかった。

 次に目を開けるとそこには忍者がいた。

忍者は短刀を構え此方に突撃を行う。

 右手の銃で迎撃するが銃弾は敵の脇腹を掠っただけでその動きを止めるには至らない。

その場を逃れようにも閃光を防ごうとしたせいで体勢が崩れ動けない。

━━やられる!!

 全身に冷たい感覚が走る。

恐怖から足が動かない。

「頂戴致す!!」

 死の恐怖から目を閉じ身を硬くする。

ああ、師匠御免なさい。鈴仙はもう駄目そうです。

 そう心の中で謝罪する。

ああ、やっぱり外に出るんじゃなかった……。

 最後に敵の顔でも見るかと最早諦めの境地で敵を見てみると敵がさっきよりも低くなっていた。

「…………え?」

 低くなっていたのではない。

敵は転んでいたのだ。

 先ほどの帽子を踏み滑った彼は此方の腹に突っ込んでくる。

「ちょお!?」

  そしてぶつかった。

腹に忍者の頭が突き刺さり後ろに倒れこむ。

そして後頭部に衝撃を受けると目の前が真っ暗になった。

 

***

 

━━まさか転ぶとは……。

 目を閉じていたため帽子の位置を把握できていなかった。

 だが敵に頭突きをすることは出来た。

倒れ方からして敵は引っくり返っており、自分はうつ伏せ状態だ。

 直ぐに立ち上がろうとし、その際に目を開ける。

━━元に戻った?

 まだ若干周囲が歪んで見える。

 どうやら敵は気を失ったらしくそれで狂気の瞳の効果が解けたようだ。

立ち上がろうとすると手に何かを握っている事に気がつく。

それは白色の布で出来たものであり、つまり……。

━━スカートで御座るよ!?

 思わず敵の方を見る。

そこには下着を露にした少女が気絶しており……。

「じ、事故に御座る!?」

 見てないでござるよー。白いパンツで御座るかー。

とか思ってないで御座るよ!?

ともかく鈴仙が目覚める前に履かせなければ。

そう思いスカートを持って鈴仙に近づく。

 腰のほうに手を伸ばした瞬間、鈴仙が動いた。

「う……ん……?」

 鈴仙が目を開き目が合う。

寝ぼけた目で此方を見ると今度は自分の姿を見る。

それを暫く繰り返すと目を見開いた。

「な……な……な……」

「お、落ち着くで御座るよ!」

 そう言って慌てて手を振るがそれがいけなかった。

手に持っていたのは鈴仙のスカートでありそれが彼女の目に留まる。

「…………あ」

 「弁明を……」と言う前に蹴られた。

引っくり返り後頭部を地面にぶつける。

「こ、この変態ぃぃぃぃぃぃ!!」

 怒り狂った彼女は銃を此方に向け、引き金を引こうとするが突如自分と彼女の間に木槌が降って来た。

 土埃を上げ互いに咳き込むと遠くか因幡てゐとメアリがやって来た。

「はいはいー、二人ともそこまでね」

 

***

 

「て、てゐ?」

 突然の横槍に驚いているとてゐは此方の横に立ち、ニヤつきながら此方の下半身を見た。

「いやー純白ですかー、うどんちゃん」

「!!」

 すぐに近くの木箱に隠れると顔だけ出す。

「……何で止めるのよ」

「いや、だってあんたもう負けてるし」

 どういうことだ?

と眉を顰めるとてゐは苦笑する。

「頭突き喰らって気を失って、その間にそこの忍者はあんたを殺せたんだよ?」

 た、確かに。

え、じゃあ何? 私の負け?

「あ、あんたの方は!? そっちの英国女との相対戦は!?」

 そう言うとてゐは「あー……」と頬を掻き「負けちゃった」と苦笑した。

 脱力し、膝から崩れる。

すると忍者の治療を行っていた英国女が此方に来た。

「あの、スカートです」

「ああ……どうも……」

 スカートを受け取り履くとてゐの横に立つ。

「師匠に殺されるわ……」

「かもねー」

と互いに顔を見合わせると大きく溜息を吐いた。

そしててゐが忍者の方を見る。

「それで? 私たち負けたけどなんか要望ある?」

 そうてゐが言うと忍者と英国女が顔を見合わせ頷き、こう言った。

「では、天守前までの案内を頼むで御座るよ」



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~第十六章・『永夜の相対者』 憎しみ 楽しみ 信じあい (配点:かぐや姫)~

 筒井の空を不死鳥が行く。

不死鳥は急上昇を行うとそのまま一気に急降下に移り、加速した。

 不死鳥が狙うのは城壁の上に立つ蓬莱山輝夜だ。

彼女は向かってくる不死鳥に余裕の笑みを向けると手を振る。

 それに激昂するかのように不死鳥が嘶くと体当たりを行った。

 炎が弾け、一瞬で周囲を燃やし尽くす。

 周囲にいた兵は慌てて身を隠し、誰もが輝夜が粉々になったと思った。

物陰隠れていた兵士の内誰かが言う。

「お、おい。どうなったんだ?」

 他の誰かが

「俺は嫌だぞ! 美少女のスプラッター映像なんて見たくねぇ!」

 互いに様子を窺えと押し合っていると一人が転んで物陰から飛び出した。

彼は慌てて目を塞ぐが好奇心からか少しだけ目を開ける。

そして呟いた。

「…………まじかよ」

「な、なんだ? どうなったんだ!?」

 他の兵士達が訊くと彼は輝夜がいた方を指差す。

皆恐る恐る覗き込むと絶句する。

「…………まじかよ」

 輝夜が立っていた。

彼女は身に傷一つ無く、薄い衣を全身に纏う。

そして右手で白髪の少女の首を掴んでいたのだ。

 

***

 

「だから言ったでしょ? 貴女程度の火力じゃこの衣を抜けないって」

 此方の首を絞めながら輝夜はそう笑う。

此方の炎の鎧は全て火鼠の皮衣に無効化され、迎撃された。

「ぐ……こ……の……!」

 力を入れ暴れようとするが首を絞められ上手く動かない。

 輝夜はそんな此方の様子を楽しそうに目を細めて見、「うーん」と左手を顎に添えた。

「最初の一回目はどうやって殺そうかしら? やっぱり絞殺?」

 首を絞める力が強まり息が出来ない。

ふざけるな!

そう叫ぼうとした瞬間、首の骨を折られた。

 視界が暗転し、意識が途絶える。

だがそれも一瞬だ。

 直ぐに体が再生され意識が戻る。

しかしこのままでは再び殺されるだけ。

━━だったら!

 再生すると同時に全身を燃やし、灰にした。

輝夜の手から零れ落ちる灰は直ぐに形を戻し人の形になる。

「!!」

 足を先行で回復し輝夜の腹に蹴りを入れると彼女は吹き飛ぶ。

その間に体の完全再生を行うと立ち上がった。

 僅かの間に二度死んだ事になるがあのまま拘束され嬲り殺されるよりはましだ。

 一気に全裸に成り恥ずかしいがそれどころではない。

 輝夜の吹き飛んだ方を見ると五色の竜砲が来る。

迫る竜砲を翼を生やし上空に逃れると地上から輝夜が此方を見上げていた。

 彼女の横には五色に光る宝玉が浮遊しており、それが輝きを増すと同時に再び竜砲が放たれる。

 龍の頸の玉。

五つの難題の一つで龍の首元にあるという五色に光る宝玉。

 封じられた龍の力を打つそれは浮遊する竜砲発射装置だ。

「よくもまあ次々と!」

 両腕で巨大な火球を作り出すとそれを投げつける。

それに対し輝夜は火鼠の皮衣を再び展開した。

 火球は火鼠の皮衣に受け止められるがそれでいい。

敵は火球の裏にいるため此方の姿は見えていない。

 その隙を突き急降下を行った。

真っ直ぐ火球に突っ込む。

 火球の中に飛び込み突き抜ける。

肌が焼かれ肉がこげる臭いが充満するがそれを気にせず行った。

そして火球の中で拳を構えると反対側、輝夜がいる側に飛び出す。

「!?」

 輝夜は驚愕の表情を浮かべ回避しようとするがそれよりも早く彼女の顔面を殴りつける。

自分の手と相手の頭骨が折れる音が響き、輝夜が吹き飛ぶ。

 彼女は暫くうつ伏せになっているとゆっくりと立ち上がった。

此方もそれにあわせ焼け爛れた皮膚を再生する。

「……やってくれたわね」

 輝夜の顔は左半分が崩れており、彼女は左手で顔の左側を抑えると睨みつけてきた。

「あら? 少しは美人になったんじゃない?」

 そう挑発し、上昇する。

 輝夜は此方を見上げつつ顔を再生すると一気に上昇してきた。

 

***

 

━━痛いじゃない!!

 油断した。

いくら不死とは言え痛みはある。

 痛いのは嫌だ。誰だってそうだろう。

だが敵は火球の中に何も躊躇わず突っ込んできた。

 おかげで顔を思いっきり砕かれ吹き飛ばされた。

 久々の痛みだ。

 月の都で処刑されたときの痛みに比べれば微々たる物だが顔面を殴られたというのは精神的にダメージが大きい。

 妹紅はこっちを中心に旋回し警戒している。

「なによ、随分と本気じゃない!」

 相手は答えない。

 いつもの殺し合いであるのに何だろうかこの妙な燻りは?

幻想郷にいたときは互いによく殺しあった。

 互いに不死であるため結着は着かないが相手は復讐心と寂しさを紛らわすため、自分は永遠の命を潤す娯楽として戦っていた。

 互いに殺しあう仲ではあったが互いに相手のことを理解していたと思う。

ようは二人とも暇だったのだ。

 永久の暇を殺し合いというイベントで潤し、楽しむ。

そこには相手と自分だけしかおらずとても充実した空間であった。

だがこの戦いは違う。

相手は私を見ていない。

相手が見ているのは私との戦いではなく、その先にある勝利。

 その事を考えると苛立ち歯軋りをする。

「そんなに徳川が大事かしら!?」

 玉串を振り流体の槍を放つ。

それを避けたところに宝玉からの竜砲攻撃を行う。

 敵は右の翼を切り離すと竜砲をぶつけ相殺した。

そして此方を見る。

「徳川には恩があるからね! それを返すだけよ!」

━━なによそれ!

 徳川の恩は自分との殺し合いより重要なのか!?

そう思うとますます苛立つ。

 敵は再び天守の裏に隠れた。

妹紅はすでに死亡からの再生を2回、そして何度も緊急再生を行っている。

そのため残りの内燃排気の残量は少ないだろう。

 対して自分ももともと自身の内燃排気を半分障壁の制御に回しているため余裕は無い。

━━だったら次で叩き潰すわ!

 上昇する。

筒井城全域を見渡せる位に上昇すると両手を掲げた。

「順慶さん、聞えるかしら!」

 表示枠を開き筒井順慶に連絡すると彼は『どうした、そんな高いところで』と訊いてきた。

「天守から逃げた方がいいわよ! 多分そこ等辺潰れるから!」

『……は? 待て、お前何を……!』

 そこで通神を切る。

 まあ聡明な彼なら何が起きるか直ぐに理解し逃げるだろう。

 自分の残りの内燃排気うち九割近くを体外に放つと両手を掲げ、集めて行く。

黄金の流体は長大な流体の板に変形して行き、筒井城を覆う程の大きさとなる。

 それに反応し妹紅は天守の裏から飛び出し突撃を仕掛けてくる。

「ふふ、貴女に突破できるかしら! この難題を! 潰れなさい! 新難題『金閣寺の一枚天井』!!」

 天を覆う金の天井が落ちた。

すべてを押しつぶすようにそれは落下し、不死鳥と激突した。

 

***

 

━━状況は良くありませんわね……。

 最後の相対戦を見ながらネイト・ミトツダイラはそう思った。

 永琳は守りを捨て、攻撃にすべてをつぎ込んだ。

その為アマテラスと天子は押され続け、未だ致命的な攻撃こそ受けてはいないものの確実に削られていっている。

 天子達も敵の攻撃を凌ぎながら何とか反撃を行っているが……。

━━与えるダメージよりも敵の回復力のほうが上ですわ!

 アマテラスが“思兼”の攻撃を避け、勾玉による射撃を行った。

それは永琳の肩と脇腹を抉るが傷口は直ぐに塞がる。

 天子の方も同様で気質弾を放ったり要石を浮かせ放っているがそれらのダメージも敵は直ぐに回復してしまう。

 このままでは持久戦だが相手は常に回復が出来、此方は出来ない。

どちらが不利かは火を見るより明らかだ。

 アマテラスが突撃を仕掛け、それに永琳が迎撃している間に天子が回りこみ後ろから攻撃する。

しかし敵はそれを事前に読んでおり強烈なカウンターを正面から喰らった。

天子は吹き飛ばされ地面を転がるが直ぐに立ち上がりその場を移動する。

 その僅か数秒後に天子の居た場所は縦から“思兼”に砕かれ、土砂が舞い上がる。

 それを被りながら天子は駆け、敵と距離を取った。

彼女は冷静に敵の様子を窺うがその表情には疲労の色が色濃く浮かび上がっている。

「……このままでは押し負けますわね」

 だがどうすればいい?

あの敵を相手にどう突破する?

 その手を考えていると隣で自分の騎士服の上で寝かせていた衣玖が目を覚ました。

「……ここ……は?」

 彼女は暫く寝たまま首を動かしまわりを見ると目を見開いて慌てて起き上がった。

「総領娘様……っ!!」

 苦悶の表情を浮かべる彼女に慌てて駆け寄り肩を支える。

「無理をしないほうが良いですわ」

「ミトツダイラ様……状況は?」

 彼女の問いに頷き戦場の方を見る。

「私も負け、今は相対戦の三回戦と四回戦を同時に行う最終戦の最中ですわ」

 彼女も戦いの方を見るとゆっくりと立ち上がろうとする。

「座っていたほうが良いのでは?」と訊くと彼女は首を横に振り「大丈夫です」と言った。

立ち上がる衣玖の手を引き、共に立ち上がると並び立つ。

「どうして二対一になってるのかは知りませんが、押されているようですね……」

「Jud.、 今のところ攻略の糸口も見つかっていませんわ」

 アマテラスの攻撃と天子の持つ緋想の剣による攻撃は確かに効いている。

だがそれは最初の二戦よりはマシと言った程度で攻略の糸口にはならない。

 せめて緋想の剣に“思兼”を断ち切るだけの力があればいいのだが……。

「……そういえばウシワカが言っていたそうですわね、今の天子じゃ緋想の剣を扱いこなせていないと」

 衣玖が頷く。

「衣玖、緋想の剣とは何ですの?」

 あの剣が凄い物だという事は分かる。

気質を見極める力を持つあの剣は自分達の世界で言えば神格武装に匹敵する物だ。

「正直なところを言うと私はあの剣の事を知りません」

 「そうなんですの?」と衣玖の方を見ると彼女は頷き天子の方を見た。

「代々天界の総領事に伝わる宝剣『緋想の剣』。その力は気質を見極め振れば必ず相手の弱点を突けるとまで言われます。ですがその力ゆえ封印されていました。

そこまでは私じゃなくても知っています。

ですがあの剣が“何時”生まれて、“何処”から伝わった物なのかは歴代総領事も知らない事なのです」

「歴代総領事も知らないって……流石に初代総領事は知っていたのでは?」

 そう言うと衣玖は首を横に振る。

「他の総領事様もそうお思いになり調べたそうなのですが初代様は緋想の剣に関する情報を全て抹消していました。

残っていたのは一つの言葉だけ」

 「それは……?」と訊くと衣玖は此方を見た。

「“時が来るまで封印し、剣が主を求めるまで誰も触れるな”と」

 剣が主を求める?

つまり緋想の剣は蜻蛉切や銀鎖のように簡易的な意思を所有しているのだろうか?

そこでふと引っかかる。

「緋想の剣は封印されていたのですわよね?」

「はい、領事館の倉に封印され倉は総領事様の以外には開けれないようにしていました」

「ではどうやって天子は緋想の剣を盗み出しましたの?」

 彼女の父親である総領事以外に封印を解けないのであれば天子は倉の中に入れなかったはずだ。

「私にも分かりません。以前天子様にお聞きしたら『え、倉の入り口? 開いてたわよ? 父様が開けっ放しにしてたんじゃないの?』と仰っていました」

「それは、おかしくありません? 総領事はそのようなミスをする人ですの?」

「いえ、厳格な方ですのでそのようなミスはしません。総領事様も先代から受け継いだ時以外倉に踏み入ってないと仰っていましたし……」

 それなのに天子が倉に入ろうとした時には開いていた?

まさか剣が己の意思で封印を解いた?

ならば剣が己の主を求め天子がそれに選ばれたと言うのだろうか?

 話を聞けば聞くほど謎は深まる。

「今度緋想の剣についてもっと調べたほうが良いかもしれませんわね」

 衣玖が此方の言葉に頷く。

すると遠くから見覚えのある顔がやって来た。

 点蔵とメアリだ。

彼らの前には半獣人の少女が二人おり、メアリは此方に気が付くと手を振る。

「第一特務にメアリ! 無事でしたのね!」

「なんとか。自分達は相対戦に勝ったで御座るがこっちは苦戦しているようで御座るな」

「当然よ。師匠が負けるはずが無いわ」

 そう薄紫色の髪を持つ少女が言った。

「あら、私達も天子達が負けるとは思っていませんわよ?」

 そう言い皆で相対戦の方を見るのであった。

 

***

 

 追尾してくる矢を緋想の剣で払うと眼前に“思兼”が迫ってきていた。

だがこれ以上下がると今度は敵の弾幕攻撃の射程に入っていしまう。

 故に前に出る。

前に駆け出しスライディングで“思兼”の下を潜り抜けると直ぐに立ち上がり後ろから追ってくる小さな手の群れを緋想の剣で振り払う。

 左方を見ればアマテラスが迫ってきた“思兼”を背中に召喚した剣で叩き伏せ、“思兼”が地面に激突する。

 アマテラスの斬撃によって“思兼”は二つに立たれるが切り口から手が伸びると互いに引き寄せ合い、元の形に戻った。

━━アマテラスの攻撃でも駄目なんて!

 現状アマテラスの攻撃が此方にとっての最大火力だ。

だがそれが通用しないとなるといよいよ以て勝機が薄くなってきた。

━━あの術式をどうにかするんじゃなくて、術式を操っている本人を何とかするしかないか!

 だがそれをするにも敵の攻撃が激しく近づけない。

 アマテラスが敵の攻撃を避けながら此方の横に立った。

「どうするよォ! 天人ネーちゃん! このままじァ、ヤベェぞ!!」

 何とか一瞬でも隙を作れないだろうか?

一撃。一撃でも緋想の剣の攻撃を叩き込めれば敵に隙を作れる筈だ。

 だがそれをするには何とかして敵の攻撃を掻い潜り接近する必要が有る。

 夜風が熱くなった体を冷やし気持ちがいい。

「風……?」

 そういえばアマテラスは風を操る事が出来る。

それを何かに利用できないだろうか……?

 そこで一つ思いついた。

とても無茶で自分的に物凄く痛い作戦だが……。

「……やるしかないか」

 覚悟を決めアマテラス達の方を見る。

「ちょっといいかしら?」

 彼らに顔を近づけ小声で作戦を伝える。

「オイオイ、正気かァ!?」

「正気も正気。このままじゃ押し負けるわ。だったらこの策に賭けてみましょう?」

 そう言うとイッスンは大きく溜息を吐き、アマテラスは頷いた。

 敵を見る。

敵は構え、いつでも此方の動きに対して迎撃できるようにしている。

━━よし!

 自分の頬を叩き構える。

そして駆けた。

 一直線に、ただひたすらに敵を目指す。

「自暴自棄になったのかしら!」

 “思兼”が来た。

此方はそれに対して正面から行くと衝突する。

「……ぐぅぅぅぅぅ!!」

 いくら頑丈な体を持っているとはいえ、この衝撃は堪える。

 吹き飛びながら意識が飛びかけるが何とか耐える。

そして空中で叫んだ。

「アマテラス! 今よ!!」

 アマテラスが遠吠えをすると同時に今度は背中から衝撃が来た。

それに僅かに遅れてアマテラスに向かって“思兼”が放たれる。

「…………!!」

 あまりの衝撃に一瞬視界が暗転する。

そして視界が戻る頃には敵の方に向かって吹っ飛んでいた。

「アマテラスの風を使って体を飛ばしてきたの!?」

 永琳がそう叫び、こちらは緋想の剣を突き出す。

貰った!!

 敵は“思兼”を二本とも放ち、身を守る術は無い。

そう確信した瞬間、上方から圧力が来た。

「!?」

 それはまるで豪雨であった。

此方を覆うように無数の腕が降り注ぎ、そして叩きつけられた。

━━なんで“思兼”が!?

 体は大地に叩きつけられ強烈な衝撃を受ける。

 鈍い嫌な音が響く。

何かが折れる音、そして左手が動かなくなった。

 頭から血を流し、全身から来る激痛に耐えながら空を見上げれば水面が広がっていた。

「そん……な……」

 二つに放たれた“思兼”は上下に分かれると互いの上側が上方で絡まりあい、広がっていた。

「“思兼”は可変式の障壁。ならば幾つでも分けれるし纏められる。そしてそれを引き伸ばせば広域を攻撃可能になる」

 永琳の合図と共に残りの下部も空の水面に入り、水面はアマテラスのいる位置も覆える位に広がった。

「これで終わりよ」

 再び腕の雨が降り注いだ。

今度は戦場を覆うほど。

 叩き潰された。

激痛と共に意識が遠退く。

最後に見たのはイッスンを庇うアマテラスの姿であった。

 

***

 

━━終わったわね……。

 上空で広がった“思兼”を元の形に戻しながらそう八意永琳は確信した。

 今の一撃を耐えられる存在はいない。

天人や天照大神であってもだ。

 敵の方を見れば倒れた天人の下には血溜りが出来ており、アマテラスもその白い体毛を赤く染めながら倒れている。

「……」

 アマテラスが動いた。

━━まだ動けるとは流石は慈母ね。

 慈母を殺すのは大罪だが……。

━━姫様を守るためならばどの様な罪も背負うわ。たとえそれが神殺しであったとしてもね。

 “思兼”を構え、止めを刺そうとする。

その瞬間、空が黄金に輝いた。

この光は知っている。

「姫様!!」

 空を見上げれば筒井城を覆うように流体の天井が出来ていた。

 輝夜が藤原妹紅との相対戦で“新難題「金閣寺の一枚天井」”を使ったのだ。

この術式は内燃排気をかなり消耗する。

いまの輝夜にとっては博打の大技だ。

━━戦いに夢中になっていますね。

 此方が言った事は全て忘れているだろう。

 輝夜が負けるとは思えないが保険を掛けておく必要はある。

 天人は戦闘不能に、アマテラスもまだ意識はあるがこれ以上の戦闘は不可能だろう。

ならば。

「相対戦の決着を宣言するわ!」

 表示枠が開き武蔵の副会長が映る。

「そちらの相対者は全員戦闘不能よ! 最初の約束通り徳川軍は兵を引きなさい!」

 武蔵の副会長が何かを言おうとすると彼女の隣に武蔵の男子生徒が立った。

彼は確か武蔵の総長、葵・トーリだ。

 彼は正純に『ちょっといいか?』と言うと彼女は頷き退く。

『んー、で? 何だっけか?』

「徳川軍は兵を引きなさい」

 そう言うと彼は『うーん』と悩み、笑った。

『それ、無理だわ』

「徳川は約束を保護にする気?」

『いやいや、ちげーよ? 相対戦のルールはどっちかが倒れるまで、戦闘不能になるまでだろ?』

 そうだ。

そして敵は戦闘不能になった。

『おいおい、オメェ。うちの連中舐めてもらっちゃ困るぜ! 天子もアマ公も俺なんかよりずーっとガッツがあるからな!!』

━━まさか!

 敵の方を見る。

 立っていた。

 空色の髪を靡かせ比那名居天子は立っていた。

彼女は体の各所から血を流し、左手は折れたのか垂れ下がっている。

 だがそれでも立っていた。

「……あの状態で立つなんて」

 アマテラスもゆっくりと体を起き上がらせ立ち上がった。

「へへ、そうだよなァアマ公!こんな所で負けられねェよなァ!」

 白き狼が立ち上がり遠吠えをした。

『な? うちの連中スゲーだろ?』

 確かにたいした気力だ。

だが敵は虫の息。

「だったら止めを刺してあげるわ!」

 そう叫び“思兼”を放った。

 

***

 

━━あ。

 正面から迫る“思兼”に反応が出来なかった。

 胸を殴られ後ろに吹き飛ぶ。

どう見ても満身創痍。

だが気がつけば立ち上がっていた。

━━私、何してんだろう?

 何で立ち上がっているのだろうか?

分からない。

気がつけば立ち上がっている。

 再び“思兼”が来た。

やはり避けれず吹き飛ばされる。

 痛い。

今のは肋骨が折れた。

だがそれでも立ち上がる。

 理由は分からない。

アマテラスも同じく何度も立ち上がりそして吹き飛ばされていた。

 正面の敵は苛立ちながら何かを叫んでいる。

おそらく“なんで立ち上がるの?”と聞いているのだろう。

━━そんな事知るか。

 なんか立ち上がってしまうのだ。

理由なんか無い。

あえて理由を挙げるとするなら。

 遠く、衣玖たちの方を見る。

彼女達はこちらを見ていた。

だがその表情は心配の色では無い。

力強く、信じるように此方を見ている。

 衣玖と目が合った。

彼女は此方に微笑みかけ、そして力強く頷いた。

“貴女なら勝てます”と。

━━みんなして無責任ねぇ。

 この状況でどうやって勝つと言うのだ?

しかしこう信頼されると……。

━━勝ちたい!!

 鉛のように重くなった体で何とか一歩前に出る。

そして右手で緋想の剣の柄を強く握った。

━━緋想の剣、あんたが私を倉に招きいれたのは知っている。

 あの日、いつものように退屈していたあの日、声が聞えたのだ。

誰かが自分を呼ぶ声、それに釣られ領事館の倉に向かった。

そこが封印されているのは知っていた。

以前もそこに忍び入ろうとしたが封印が解けず結局諦めたのだ。

 だがその日は違った。

倉の封印は解かれ、入り口が開いていた。

 これはチャンスだと倉に入ればそこには緋想の剣が立てかけられていた。

それは緋色の光を放ち、語りかけてきた。

“使え”と。

━━随分とはしゃいだものわ。

緋想の剣は選ばれた者にしか扱いこなす事が出来ない。

その剣が自分を使えと言ってきたのだ。

 剣を盗み出した後は好き放題やった。

今思えば天狗になっていたのだろう。

 結局の所緋想の剣は一度もその真価を発揮しなかった。

━━当然よね。私みたいな餓鬼が使ったら……。

 恐らく自分は剣に失望されたのだろう。

だから力を貸してくれなかった。

その原因は最近分かってきた。

 私は誰にも頼らなかった

常に自分の力で何とかできると思い、他人に頼らなかったしこの剣の事も道具程度にしか思っていなかった。

 だから今さらこんな事を言えば“何を今さら”と怒るかもしれない。

だがそれでも……。

「力を貸して……緋想の剣。私の為じゃないわ。ここに居る、いや、ここから遠くに居る私を信じてくれている奴等の為に……」

 貴方だってこんな所で負けたくないでしょう?

「何をごちゃごちゃと!」

 “思兼”が放たれる。

次にアレを喰らえば終わりだろう。

 右手を上げ、緋想の剣を天に掲げる。

「お願い! 緋想の剣! 全てを守るために“私は貴方を信憑する”!!」

 “思兼”が此方に衝突する。

そして……弾かれた。

「!?」

 体の回りを緋色の霧が覆っていた。

緋想の剣の刀身がかつてない程に輝く。

「…………緋想の剣?」

 そして砕けた。

刃が砕け、流体の光が天を貫く。

 声が聞えた気がする。

昔、どこかで聞いた声。倉で聞いた声。

それは体の中から聞えたような気がした。

 

 

 

 

 

・━━全ては /世界は/ 剣に収束する。

 

 

 

 

 

そして光の爆発が起きた。



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~第十七章・『緋天の決戦場』 気質を喰らう (配点:嵐)~

━━これは?

 目が覚める。

幾度も繰り返した目覚め。

だが今回は違った。

 体の奥から来るこの痛みと熱。

それが何なのかは知っている。

━━……ようやく目覚めたのですね。

 液体で満たされた調整槽を内側から開け、液体が外に溢れ出す。

冷たい金属の床に足をつけると立ち眩みが来た。

 膝をつき、眩暈と頭痛が襲う頭を押さえる。

激しくなった動悸を何とか抑えると立ち上がり、近くに掛けてあった白いマントを羽織る。

「……体が……反応しているのですね……」

 自分の体を指で首からなぞり、胸のところでつっかえた。

冷たい金属の感触がある。

 マントの横に立てかけた合った仮面を着け、金属製のロッカーを開けるとそこには白いインナースーツがあった。

「お体は大丈夫ですか?」

 突然の声に慌てて仮面を押さえ、振り向けばそこには長い金の髪を持った甲冑の女性が立っていた。

「…………はい、大丈夫です。何か御用ですか? アリアンロード?」

 アリアンロードは頷くと部屋の照明をつけ此方の横に立つ。

「ここから南方、伊賀の地にて異常事態が発生しました。激しい地脈の乱れと同時に我々の世界で言うと上位三属性、その内の<<空>>属性が活性化しています」

「知っています。私も“感じ”ました」

 そう言うとアリアンロードは「では、いよいよ」と言う。

「ええ、計画を実行すべきでしょう。例の結晶石は?」

 インナースーツを着ながら聞くと彼女は表示枠を映した。

そこには巨大な結晶石が映されており、その大きさは航空艦に匹敵するほどだ。

「現在結晶石の最終調整を行っています。それが完了次第“彼”に引き渡される予定です」

 “彼”。

我々の計画の賛同者であり、中核になる人物だ。

インナースーツを着終わると体を動かし、異常が無いかを確認する。

「それから、博士が呼んでいます。貴女の武器が出来たと」

 漸くか。

これで私の準備は全て整った。

後は時機を待つのみ。

 アリアンロードの横を通り、部屋の出口に向かう。

そして小さく呟くのであった。

「……彼女も気がついているでしょうね」

 

***

 

 飛騨の空を白い塊が飛行していた。

それは千を超える怪魔から成ったものであり怪魔達は遠く緋色に染まる南の空に向け苦悶にも似た叫びをあげる。

「ふふ……あなたたちも分かるのね、あれが」

 先頭を飛行するドラゴン型の怪魔の肩に立っていた長い黒髪を持ち、裸体の上に黒いマントを羽織った少女がそう言う。

彼女は自分の体を抱きしめると頬を上気させ、目を細めた。

「ああ、思い出すわ! あの時! あの屈辱の日を!!」

 彼女の叫びと同時に怪魔たちも叫び声を上げる。

「そうよね! あなたたちも憎いわよね!! でももうちょっと我慢してね、もう直ぐ……」

 そこまで言いかけると彼女は後方を睨みつけた。

後方、夜の暗闇から流体の光が来る。

 彼女はそれ捉えるように右手で払うと流体砲撃は何かに弾かれ軍団から逸れた。

「……っち」

 眉を顰め舌打ちをすると目を細めた。

遠く、流体砲撃が放たれた地点を見ればそこには二隻の黒い船が航行していた。

「偵察中の船かしら? こっちに被害与えて逃げるつもりでしょうけど……」

 クラーケン型が一斉に反撃の流体砲撃を行い、集中攻撃を喰らった一隻の航空艦が爆散した。

 残りの一隻は急旋回を行い逃げようとするが……。

「私の機嫌を損ねた罰よ」

 右手で遠くの相手を包むと潰した。

その直後、船が消滅した。

 音も無く、まるでそこに船が最初から無かったかのように航空艦が消滅した。

それを見、彼女は一度空を見上げると思いっきり怪魔の肩を踏みつける。

 すると肩の筋肉が骨まで千切れ、怪魔が苦悶の声と共に青い鮮血を噴出す。

「ああ、御免ね痛かった?」

血を浴びた少女は怪魔の肩に触れる。

「でも、汚いじゃない!」

切り裂いた。

彼女はいつの間にか手に持っていた巨大な斧で怪魔を一刀両断すると隣の怪魔に飛び乗る。

「ああもう嫌になっちゃう。お風呂入りたーい!」

 そう子供のようにすねると遠くを見る。

そこでは幾つもの閃光が放たれており戦いの光だという事が分かる。

━━潮時かしらねぇ?

 織田の船がこんなに近づいてきたこともそうだが、真田のほうもかなり迫ってきている。

「暇つぶしの玩具も手に入れたしそろそろ遊び場を変えましょうか?」

 そう言い口元に笑みを浮かべると左手を上げた。

それと共に怪魔の群れが上昇を始める。

少女は立ち上がるともう一度緋色の空の方を見る。

「いつか会いましょう? 緋想の剣の担い手さん?」

 そして怪魔達は雲の中に消えて行った。

 

***

 

━━おいおい、なんだありゃあ……。

 筒井城の支城から相対戦の様子を見ていた鳥居元忠は思わず手に持っていた槍を落とした。

 最初に空が黄金に輝いたかと思えば今度は緋色になった。

筒井城から延びた緋色の柱は障壁を貫き、空高くまで立ち昇っている。

「も、元忠様……俺は世界の終わりを見てるんでしょうか……」

 横にいた兵士がそう言う。

「馬鹿言え! 世界の終わりがあんな……綺麗なわけ無いだろう!」

━━たぶん。

 だがいったいあれは何なのだ?

そう思っていると表示枠が開いた。

『元忠、見てるか』

「秀忠様! そちらは!?」

 秀忠は苦笑すると空を指差した。

『こっちは凄いぞ! まるで嵐だ!』

「直ぐにお下がりを! そこは危険ですぞ!」

 そう言うと彼は首を横に振った。

『城の中ではまだ天子達が戦っているのだ。私はここで待つ』

 秀忠の言葉に元忠は溜息を吐く。

徳川秀忠は結構頑固な男だ。

こう言い出したら梃子でも動かないだろう。

「では、なるべく後ろで。何かあれば直ぐに連絡してくだされ」

『うむ』と秀忠は頷くと通神を切った。

「元忠様、俺たちはどうしたら……」

 周りの兵たちが皆此方を見る。

近くの椅子に腰掛けると大きく溜息を吐き、背筋を伸ばした。

「城で戦っている仲間の勝利を祈ろう。それが我等に今出来る事だ」

 皆が頷き持ち場に戻る。

そして元忠は筒井城の方を見るのであった。

━━頼んだぞ……天子殿!

 

***

 

 嵐が起きていた。

空は豪雨が降り、吹雪が降り、雷が鳴り、あるはずの無い太陽の日までも有った。

それはまるで天候の嵐だ。

その中心に比那名意天子は居た。

━━気質の暴走!?

 緋想の剣は嘗て無いほど光り輝き、その刀身をまるで柱のように伸ばしていた。

否、伸ばしているのではない。

周りの気質、流体を貪り喰らい肥大化しているのだ。

━━腕を……持って行かれる!!

 最早剣を右手で制御する事は出来ず、吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。

 さらに体から急速に力が抜けていくのが実感できる。

今、剣は主すら喰らおうとしている。

 体の中の内燃排気、そして流体を吸い上げられ命が磨り減るのを感じる。

「この……言う事を……聞きなさいよ……!!」

 だが緋想の剣は一向にその力を衰えさえない。

このままでは最悪この一帯が消滅する。

そう戦慄すると嵐の中を衣玖が駆けて来た。

「総領娘様!!」

 彼女はそう叫ぶと緋想の剣を持つ右腕を支える。

「衣玖!? 何をしているの!? 危ないわよ!!」

「もう安全なところは有りません!!」

 確かにそうかもしれない。

「でも、何をしに……!」

「そんなの、決まってます! 総領娘様をお支えするためです!」

 そう言い彼女は笑った。

それに釣られ此方も笑う。

 前方嵐の中から永琳が現れた。

彼女は額に汗を掻きながら構える。

「何が起きているのかは分からないけど、貴女は危険よ! 比那名居天子!」

 “思兼”が緋色の霧に包まれながら展開されるのが見える。

「……その剣、秘密が有りそうだけどまずは眼前の危険を排除させて貰うわ!」

 “思兼”が来た。

正面から全力の一撃。

今の自分達にそれを避ける事はできない。

 覚悟を決め、目を閉じると鈍い音が響いた。

━━え?

 目を開けると“思兼”が止まっていた。

否、止まっていたのではない、止められていたのだ。アマテラスによって。

 体中から血を流しているアマテラスは背中に鏡を召喚すると正面から“思兼”を受け止めている。

「天人ネーちゃん! そう長くは止められねェぜェ! だからよォ! 頼んだ!!」

 イッスンの言葉に頷く。

━━やってやろうじゃない!

 どうしてこうなったのかを考えるのは後だ!

右手に力を込め、緋想の剣を見上げる。

「この! 馬鹿剣! あなたの所有者は誰! あなたが一度でも認めたのは誰! 分かっているでしょう!」

 剣が答えた気がする。

「それは私でしょう! 比那名居天子、あなたが認めた所有者が命じるわ! 私に従いなさい!!」

 その瞬間嵐が晴れた。

嵐は緋色の霧となり此方の身を包む。

 衣玖と目が合う。

彼女は力強く頷き、それに頷きを返す。

 右足を前に出し、踏み込む。

「総てを断ち切りなさい! 緋想の剣!!」

 緋想の剣が振り下ろされる。

それに僅かに遅れてアマテラスが横に避けた。

 “思兼”と緋想の剣の刃がぶつかり“思兼”がいともたやすく断ち切られる。

「!?」

刃は進み、術を砕き、取り込み、そして永琳の左肩を断った。

 

***

 

━━馬鹿な!?

 全てが予想の範囲外だった。

天人の気力もそうだ。

武蔵の連携力も。

緋想の剣の力も。

 何もかもが此方の計算の上を行き、そして致命的な攻撃を受けた。

「まだ……よ!」

 左肩を断たれ、左腕を失ったが直ぐに再生すればいいだけだ。

いいはずだった。

━━再生しない!?

 たたれた左肩は再生をしなかった。

何故だ?

何故再生しない?

 そこで気がつく。

あの剣の性質に。

 あの剣は流体を断ち切る力が有る。

故に今の一撃で此方は体内の流体を断たれたのだ。

━━負ける……?

 緋想の剣はその刃を収束させておりもとの形に戻った。

そして天人が駆ける。

剣を構え、一直線に此方に向かってくる。

 “思兼”を破壊された以上彼女を止める術は無い。

残っている内燃排気を使って弾幕攻撃を行うが敵は止まらなかった。

 どうしようも無い状況。

だが諦められなかった。

「何かを背負っているのは貴女だけじゃないのよ!」

 最早形を失い崩れ始めていた“思兼”の一部を手の形にすると矢を取り出す。

そして弓にかけると弦と矢を歯で挟む。

 口で弦を引き、弓を水平に構える。

歯に皹が入り、顎が外れそうになる。

だがそれでもやる。

 決めたのだ。

姫を守ると。

姫を守るためならばこの身を血に染めてでもと!

 敵が来る。

顎で弓を引いたのでは飛ばない。

ならば限界まで引き寄せて……。

━━来た!

 矢を放つ。

その際に歯が数本折れ、顎が外れる。

 放たれた矢は敵の胸の中心を狙いそして……受け止められた。

「!?」

 緋色の霧であった。

天人の身を覆っていた霧が矢を受け止めたのだ。

 緋想の剣が振り下ろされる。

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」

 そして断たれた。

右肩が断ち切られ、右腕を失う。

 意識が途切れ倒れた。

 

***

 

「なによ! これは!?」

 蓬莱山輝夜は突然の事に戸惑っていた。

突如地上から緋色の柱が立ち、障壁を貫いたのだ。

それだけでは無い。

━━力が……抜ける……!?

 あの柱が此方の力を吸っているのだ。

周りの流体を引き寄せ、喰らう。

まるで全てがあれに収束するかのような……。

 突如金の天井が崩れた。

「『金閣寺の一枚天井』が!?」

 『金閣寺の一枚天井』は流体で出来た板だ。

その為あの柱に吸われ、形を崩していた。

 そこを突破してきた。

形を半分失った不死鳥が上昇してくる。

不死鳥は炎の鎧を解除すると潰れた右側を再生し、接近してくる。

━━しまった……!!

 もう時間操作するだけの内燃排気は無い。

龍の顎の玉から竜砲を放つがそれは敵の右腕を削いだだけだ。

「……く!!」

 玉串を振り流体の槍を放ち、数本が相手を縦に貫く。

だがそれでも敵は、藤原妹紅は止まらなかった。

 彼女の表情がはっきりと見えるぐらいになると顔の右上を失っていた彼女は口元に笑みを浮かべた。

そして口を動かす。

それはこう言っていた。

“わ た し の か ち よ !”

「!! 調子に……乗るな!!」

 迫ってくる相手の顔目掛けて拳を放つ。

しかし妹紅はそれを左手で受け止め、逸らす。

そして互いの顔が間近に迫ると目が合う。

 突然首に激痛が走った。

「……が……ぁ!?」

 首から鮮血が噴出し、呼吸が出来なくなる。

 妹紅が噛み付いてきたのだ。

首を噛み千切るように深く歯を突き刺す。

 炎の翼が此方を覆った。

妹紅は首から口を離すと笑った。

「一緒に燃えましょう?」

 爆発が起きた。

周囲の大気を一気に燃やす爆発。

 夜の空に閃光を放ち、二人は燃え尽きながら墜落していった。

 

***

 

━━……勝った?

 体が重い。

呼吸も荒く、全身が冷たい。

 眼前には両腕を断ち切られ倒れた永琳がおり、彼女は全く動かなくなった。

━━あ、駄目だ、これ。

 力が抜け後ろに倒れる。

「総領娘様!」

 すると背中に温かい感触を得た。

視界には此方を心配そうに覗き込む衣玖の顔が有りその頬に触れる。

「心配……しなくても平気よ」

 衣玖は目尻に浮かんだ涙を拭くと笑顔で頷く。

「天子!」

「天子殿!」

「天子様!」

「天人ネーちゃん!」

 他の皆も駆け寄り集まってくる。

「どうよ……やったわよ」

 そう親指を立てると皆が頷いた。

ネイトの横には表示枠が浮いており正純が此方に頷く。

『よくやってくれた比那名居』

 そして彼女は背筋を伸ばす。

『現時点をもって相対戦を……』

「……まだよ!」

 永琳が起き上がっていた。

両腕を失った彼女は片膝を地面につけ、息を荒くしていると此方を睨む。

「まだ……私は戦闘不能になってないわ……!」

 そう叫ぶと立ち上がる。

「なんて気迫ですの……」

 ミトツダイラの言うとおりだ。

追い詰められた獣のように彼女は全身から気を放ち、此方を圧迫している。

「……衣玖」

「はい、分かっています」

 衣玖は此方の体を支え、立たせると後ろに下がった。

 右手に持つ緋想の剣を構え相手を見る。

「いいじゃない、私もまだ戦えるわ」

 アマテラスも此方の横に立つ。

 誰もが一歩下がり、固唾を呑んでいると天守から一人の男が出てきた。

「そこまでだ!」

 彼は此方と永琳の間に立つと表示枠の正純を見る。

「筒井順慶。筒井家当主だ! 私はここに筒井家の降伏を宣言する!」

「順慶様!?」

 永琳が一歩前に出るがそれを手で制する。

「お主は良くやってくれた。だがこれ以上血を流す必要はないだろう」

そう言われると永琳は唇を噛み締め、俯いた。

 そして正純を見る。

「武蔵の副会長よ、約束してくれ。投降した将兵の命は奪わぬと」

『Jud.、 将兵の命は保障する。勿論貴方もだ、筒井順慶』

「忝い」と順慶が頭を下げると正純が宣言した。

『これにて筒井家との戦いを終了する!』

 十一月十六日の夜に筒井家の降伏が宣言された。

 

***

 

「ほんっと信じられない!」

 筒井城の城壁から少し離れた所にある林で蓬莱山輝夜は座りながらそう怒鳴った。

彼女は裸であり、手で体の前を隠している。

「自爆するなんて馬鹿じゃないの!? おかげで服が全部吹っ飛んだし!!」

「あー……まあ、勢い?」

 同じく自分の近くで全裸であった藤原妹紅がそう苦笑すると頬を掻く。

 輝夜を巻き込み自爆を行った後、二人は火達磨になり筒井城近くの林に墜落した。

そしてほぼ同時に再生してからはひたすら輝夜が文句を言ってきた。

「貴女と違って私は着てる物にもそれなりに気を使ってるのよ! あーあ……こんな黒焦げに……」

 近くに落ちていた黒い、衣服だった物を摘むと崩れ去る。

それを見て噴出すと輝夜が睨んできた。

「でも、まあ。私の勝ちよね? あの相対戦」

 そう言うと輝夜は眉を吊り上げた。

「はあ? 私の勝ちでしょう? アレが無ければ勝てたし」

「運も実力のうちでしょ?」

 そう返すと彼女は頬を膨らませた。

しばらくなにやら納得いかないとジタバタしている輝夜は大きく溜息を吐いた。

「結局アレは何だったのよ?」

「さあ……?」

 こっちも分からん。

あの光が緋想の剣から放たれた物だという事は分かるがあの剣にあんな力があるとは知らなかった。

「妹紅」

 声を掛けられ輝夜を見れば彼女は何時に無く真剣な表情であった。

「何よ?」

「比那名居天子と緋想の剣、注意しておきなさい」

 「何故?」と聞くと彼女は「直感よ」と答えた。

確かにあの剣は異常だ。

注意しておくに越した事は無いだろう。

「だったら貴女も気に留めておいてよ」

 「は?」と輝夜が首を傾げるとそれに笑う。

「だって貴女もこれから武蔵の一員よ? 嫌とは言わせないわ」

 輝夜は暫く口を開けて呆けていると突然笑い出した。

「あー、面倒くさい! でもまあいいわ。あなた達の行く末、楽しませてもらうわ」

 そう言って立ち上がろうとし転ぶ。

うつ伏せに倒れた彼女を見ると「何してんの?」と訊いた。

「足、筋肉と皮膚の再生を優先して骨がまだ再生されてなかったのを忘れてたわ……」

「なんで筋肉から再生すんのよ?」

 すると輝夜が起き上がり座る。

「だって嫌じゃない骨が見えていたらグロテスクで」

 「不死者がそんなこと気にする?」と呆れると輝夜がそっぽを向いた。

そして横目で手を差し出す。

「?」

 首を傾げると輝夜は頬を赤くし言った。

「歩けないから負ぶって」

「なんで私が……」と言うと「貴女が私の体を壊したからでしょう!」と怒鳴ってきたので耳を塞ぐ。

━━やれやれ。

 憎い相手だがこうなってしまうとただの我が儘お姫様だ。

━━私も姫なんだけどね。

 「望まれず生まれた姫」と「故郷から追放された姫」。

まあなんとなく似ているのだろう。

 彼女の手を取り、おぶると歩き出す。

月明かりを受けながら無言で歩いていると背中の輝夜が小さく呟いた。

「服、どっかで欲しいわ」

 それに対し「着てるじゃない? 裸の服」と言うと後頭部を殴られた。

そして互いに顔を見合わせると笑い出すのであった。

 

***

 

「ブラボー、ブラボー」

 筒井の山の上。

そこに生えてあった一番背の高い木の上でウシワカはそう拍手を送った。

「天子君、これで君は一つ前に進めた。だが気をつけたまえ。裏で暗躍する者たちも君に気がついたという事を」

 遠く。

山の中から白い飛空挺が飛び立つ。

それは月明かりを受けながらステルス障壁を展開し、筒井の夜空に消えていった。

「教会の<<天の車>>か。どうやら役者もそろい始めてきたようだね」

 口元に笑みを浮かべると筒井城の方を見る。

そして丁寧に礼をする。

「じゃあ天子君、近い内にまた会おう!」

 そして飛んだ。

木々を伝いあっと言う間にウシワカの姿は見えなくなる。

 後には綺麗な笛の旋律だけが残った。

 

***

 

 遊撃士協会の支部で戦いの一部始終を見ていた西行寺幽々子は表示枠を閉じため息を吐いた。

━━やはりあの剣が鍵ね。

 木製の椅子に座っていた幽々子はティーカップに入っていた紅茶に口をつける。

「貴女も薄々勘付いているようね」

 突然前から声を掛けられ見ればそこには紫のドレスを着た金髪の女性が座っていた。

「ええ、何となくだけどね。それにしても久しぶりに会ったと言うのに挨拶は無いのかしら? 紫?」

 正面の女性━━八雲紫は口元に笑みを浮かべる。

「あら、御免なさいそこまで気が回らなかったわ」

 そう言うと彼女はいつの間にかに取り出したティーカップに紅茶を注ぎ飲み始める。

「それにしても……」

 と周りを見る。

「貴女が遊撃士協会の支部長だなんてねぇ」

「意外かしら?」

「ええ、面倒くさがり屋の貴女がこんな事をするなんて……“この世界に毒された”のではなくって?」

 その言葉に眉を顰める。

「紫、貴女は何をする気なの? <<身喰らう蛇>>について何を知っているの?」

 だが友人は答えない。

彼女は紅茶を半分飲むとテーブルに置き此方を見た。

「……幽々子。直ぐに武蔵を、いいえ、徳川から出なさい。心配なら貴女の部下の遊撃士達も連れて」

「……何をする気?」

 やはり答えない。

だが紫の目は本気だった。

「警告はしたわ」

 そう言うと紫は目を閉じる。

それに不安と焦りを感じテーブルから身を乗り出す。

「紫……!」

 ティーカップが倒れ紅茶がこぼれた。

それに僅かに気を取られ視線を紫に戻すとすでにそこには彼女の姿は無かった。

 誰もいない部屋に紅茶の滴る音が響く。

 幽々子は深く椅子に腰掛けると溜息を吐くのであった。

「紫……貴女は何処に行って何をしたいの……?」

 その疑問に答える者はいなかった。



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~最終章・『覇道を行く者たち』 休んで 進んで 潜んで (配点:謎)~

 筒井城の戦いから一夜が明けると筒井城ではさっそく修復作業が始められ、城の各所で工事の音が鳴り響いていた。

 城を占拠した徳川軍は城内の弾薬等の残量を調べ忙しそうに走り回っている。

 一隻の航空艦が筒井城の上方を通過した。

徳川の紋様を刻んだ船は城の近くの平地に着陸すると物資を積み下ろし始める。

 その様子を壊れた天守から比那名意天子が表示枠で見ていた。

彼女は上半身の服を脱ぎ、その背後では八意永琳が天子の背中に薬を塗っていた。

「あいた、いたたたたたたた!!」

 天子は背中に薬を塗られる度叫び、涙目になる。

「いちいち大袈裟よ」

「い、いやいや! 本当に痛いんだって! この薬、何なの!?」

 そう訊くと永琳はウィンクし「秘密」と答えた。

最後に体に包帯を巻くと彼女は「はい、おしまい」と言う。

それと共にうつ伏せに倒れる。

「…………殺されるかと思った」

「軟弱ねぇ、昨日の威勢はどこに行ったんだか」

 永琳はそう苦笑すると自分の肩を回す。

それを横目で見ると起き上がった。

「あんたのほう、腕は大丈夫なの?」

「お陰様で。まあいつもより再生が遅かったけどね」

 「そうなの?」と訊くと彼女は頷く。

「貴女の緋想の剣のせい。体内の流体断ち切られたからそこから修復したのよ」

「意外と面倒なのね」と言うと永琳は笑い真剣な表情になった。

「……あの剣、何なのか知っているの?」

 答えない。

いや、答えられないのだ。

 自分でも昨夜の事は予想外だったのだ。

緋想の剣に何か秘められた力が有るのは知っていたがそれがあんなものだったとは……。

「今、あの剣は?」

「取り合えず封印しているわ。近い内に“曳馬”と一緒に直政が来るから彼女に見せる」

 そう言うと永琳は「そう」と頷いた。

ふと“彼女は何か知っているのだろうか?”と思った。

訊いてみると永琳は首を横に振る。

「残念ながら天人の武器には疎くてね。でも……」

「でも?」

永琳は答えない。

彼女は暫く思案していると言葉を選ぶように口を開いた。

「あの感覚。光が天を貫いたときの光をどこかで感じた気がするのよ」

━━それは……。

実は自分も感じたのだ。

あの光。総てを収束するような感覚。

何時だっただろうか?

「……貴女もそうなのね。でも何時かが分からないと」

 頷く。

互いに黙っていると永琳が立ち上がる。

「知っている? 考えても答えが出ない時どうすればいいか?」

「……とりあえず放置?」

「ええ。答えを導き出すにはまだパズルのピースが少なすぎるわ。そんな状態で無理やり結論を導き出せば誤った結論が出てしまうかもしれないわ」

 彼女の言うと通りだろう。

だがこう分からないと気持ちが悪い。

 上着を着、立ち上がると背筋を伸ばす。

「これからどうする気?」

 永琳が薬を薬箱にしまいながら訊いてきた。

「取り合えず筒井城の修復と兵の休息。あと伊勢からの補給物資を待とうと思っているわ」

「三好家や鈴木家に対しては?」

「鈴木家とは交渉。向こうは反聖連だし鈴木家、雑賀衆は商人でもあるわ。伊勢との交易権をチラつかせて同盟もしくは不戦協定を結ぶ」

「鈴木家を抑えているうちに三好攻めと。羽柴、M.H.R.Rはどうする気?」

 三好を落とせば徳川は羽柴と領土を接することになる。

織田・羽柴・徳川。

天下人がついに鬩ぎ合う事になるのだ。

「まあ交渉ごとは正純に任せるわ。私たちはあくまでも現地の実働部隊」

永琳は「成程ね」と言うとこちらを見た。

 「今日はどうする気?」と訊かれ窓から外を見る。

今日は良く晴れ渡っている。

「そうね、城内を見回って、昼寝でもしようかしら?」

 そう言うと永琳は苦笑した。

 

***

 

 筒井城の正門前には人だかりが出来ていた。

その中心にいるのは島清興であり、彼は旅装をし背には荷物を背負っていた。

「本当に行くのか?」

 そう訊いたのは松倉重信だ。

「このまま徳川軍に入ってもいいんだけどね。まあ、前から旅に出たいと思っていたし、いい機会かなって」

 そう言うと重信は小さく息を吐き、頷いた。

「どこに向かうのだ? 西か? 東か?」

 重信の問いに清興は東を指差す。

「東に。信玄公に挨拶して、それから東北に向かおうとね」

 東北に行くという事は……。

「津軽凍土か」

「ああ、どうにもあそこには何かありそうでね。何が出来るかは分からないが行ってみるよ」

 兵が馬を引き連れてきた。

清興はそれに跨ると皆を見る。

「じゃ、皆さん。俺がいない間順慶様のこと頼んだよ!」

 そう言って彼は駆け出した。

平原を駆け、竹林に向かってい行く。

清興の姿はあっと言う間に小さくなってしまった。

「……行ってしまいましたな」

 隣の兵が言う。

「ふ、風のような男だからな」

 そして振り返る。

集まっていた兵、筒井に残る事を選択した兵士達を見る。

「さて、お前ら。仕事を再開しろ!」

 そう手を叩くと兵たちが散らばって行く。

それを見届けるともう一度振り返り竹林の方を見た。

━━俺も頑張らんとな。

 奴が何時帰ってくるのかは分からないがそれまで彼が帰ってくる場所を守るとしよう。

そう思い、自分も仕事に戻るのであった。

 

***

 

 平原に二つの軍団がいた。

一つは山の峰に陣取り、陣地を作り上げていた。

 もう一つは山の麓、平原に展開した軍団でその最前列には巨大なランスを装備した重装備の武神隊が並んでいた。

そしてその間には数十両もの鉄の車が並んでいた。

「思ったより陣地を作るのが速かったですねー」

 平原にいる軍団。

その後方で甲冑を着た男が双眼鏡を覗いていた。

「尼子も我々を警戒して兵を鍛えていたからな」

 そう言って隣に立ったのは髭を生やした男だ。

「おや、元春兄さん。戦車隊の準備は終わったので?」

 髭の男━━吉川元春は頷く。

「導力戦車隊にとってはこれが初陣だ。今回の戦いで今後の運用方針が決まるだろう」

 導力戦車。

ゼムリア大陸で使われていた陸戦兵器であり、重装甲と火力をそして高い機動力を所有する兵器だ。

我々の未来でも似た物が使われたらしいが……。

 六護式仏蘭西では武神隊への火力支援として開発され今回が初の実戦投入となる。

元春が此方を見る。

「お前の歩兵隊の方はどうだ? 隆景?」

 双眼鏡を持った男━━小早川隆景は頷く。

「こちらも準備万端。久々の大戦なので皆意気込んでいましたよ」

━━統合争乱以来ですね。

 あの時は異界の者や新技術に対する困惑と六護式仏蘭西との併合の際の内部衝突などがあったため思うようには行かなかったが今回は違う。

皆一丸となり、力を蓄えたのだ。

━━これも父上と太陽王殿の人徳故ですかな?

「ところで太陽王殿は?」

そう言うと後ろから光が差した。

「朕を呼んだかな?」

 振り返れば太陽がいた。

光り輝く太陽は金の長い髪を靡かせ、そして全裸であった。

「…………相変わらずですな、太陽王。たまには服を着られては?」

 元春がやや呆れ気味言うと全裸の男━━ルイ・エクシヴは自分達の間に入る。

「ふふ、朕は全裸の概念そのもの。どこぞの偽者君とは違うのだよ」

 「偽者?」と元春が首を傾げるとエクシヴが高台に立つ。

すると六護式仏蘭西の兵たちが輝く太陽に注目した。

「さて、諸君。七年ぶりだ。七年前、朕と元就の力が足りず我々はその真価を発揮できずに終戦を迎えてしまった」

 「だが」と続ける。

「我々は力を蓄えた。混乱を乗り切り、互いに結束し再び六護式仏蘭西は覇王の国として再建した。

そして今日、我々は世界に我等の力を誇示する!

天下に覇道を敷くのは誰かを示すために!」

 兵たちが歓声を上げた。

それを満足そうに見るとエクシヴは兵たちに向かって手を伸ばす。

「━━Vive La XIV」

「「Vive La XIV!!」」

「━━Vive La Mouri」

「「Vive La Mouri!!」」

「━━Vive La Hexagone Francaise」

「「Vive La Hexagone Francaise!!」」

 太陽王が手を広げ一際輝く。

「では諸君、行くとしよう」

「「Testament!!」」

 喊声共に武神が突撃を始め、導力戦車が砲撃を始める。

それに続いて航空艦隊と歩兵が前進を始めた。

 尼子家の陣取る山が一瞬にして爆煙に包まれた。

 十一月十七日。

六護式仏蘭西と尼子家の初戦は六護式仏蘭西の圧勝で幕を閉じた。

 

***

 

 伊賀大和国の西に位置する和泉国。

そこは三好家が統治しており、その居城として岸和田城があった。

その岸和田城から少し離れた所に一つの屋敷があった。

 屋敷は堀で囲まれ、周囲には兵の詰め所がある。

何人もの兵に囲まれたその姿は屋敷と言うよりは監獄だ。

 そんな監獄のような屋敷の広間で一人の男が床に地図を広げていた。

右目に刀傷を持つ男は地図の上に置かれた駒を動かす。

 青の駒が伊勢から伊賀大和へ。

黒の駒が飛騨国と山城に。

「ふむ……」

男は暫く思案すると京に黒の駒を置く。

「あら? そこ黒なの?」

 突然の声に男は無言で頷くと地図を挟んで反対側の床を見る。

そこにはいつの間にか穴が開いており、そこから青い髪に青い服を着た少女が現れた。

 彼女は背中に背負っていた風呂敷を開くと茶器やら皿やらを広げ始める。

「京に行っておったのか? 霍青娥」

 眼前の少女━━霍青娥が微笑する。

「ついでに将軍家を見てきてあげたわ。彼らM.H.R.Rに使者を出すようよ?」

「相変わらず便利な力だな」

 青娥は簪を取り出すと「でしょう?」とウィンクをする。

━━M.H.R.Rを頼るか……。

 羽柴と手を組み織田を牽制する気だろう。

出遅れた羽柴としてもこれ以上織田の勢力を伸ばしたくないはずだ。

 羽柴が足利家と同盟を結べば羽柴・足利同盟と織田・羽柴同盟が同時に成るという実に愉快な状況になる。

━━さて、ここを更に愉快にするにはどうすればいいかといえば……。

 地図上の青い駒を見る。

第三国。徳川の出方次第では統合争乱を超える混沌が近畿を襲うかもしれんな。

そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

「悪巧みしてる顔ね。で? 何時まで閉じ込められてるフリをする気?」

「おや? 何を言っているのだ? 長慶に幽閉されワシにそんな力が有るとでも?

直ぐ処刑されなかっただけでも感謝すべきだろう」

 そう言うと青娥は「嘘つきねー」と笑う。

そして茶器や皿を棚にしまうと立ち上がり、簪を壁に突き刺して巨大な穴を開けた。

「“お祭”する気になったら呼んでね。楽しみにしているから」

 彼女は穴の中に入って行く。

最後に穴から顔だけ出すと「じゃあね、“乱世の梟雄”松永久秀さん」と言った。

 彼女が完全穴の中に消えると穴は塞がり元の壁に戻る。

「クク、悪女めが」

 彼奴が何を考えているのかは知らない。

だが力を貸すと言うのであれば最大限利用するとしよう。

 後は何時動くかだが……。

地図上の青の駒と黒の駒を見る。

黒と青が世界をどう動かすのか?

「……思ったよりも近いやもな」

 そう言うと口元に笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

 暗く静まり返る山。

その麓に廃屋があった。

 蔦が伸びきり、天井の無い廃屋に五人の男と一人の少女がいた。

男達は皆怯えきった表情をしており、ぼろぼろになった鎧や衣服を身に纏い術式で手足を拘束されて横一列に座らされている。

 それを男達の正面で木箱に座りながら長い黒髪を持ち黒いマントを裸体の上に羽織った少女が愉快そうに眺めていた。

「よっと!」

 彼女が立ち上がると男達が震える。

 少女は左端の男の顔を覗き込むと無邪気な笑みを浮かべた。

「私は驪竜。貴方のお名前は?」

「だ、黙れ悪魔め!!」

 男が噛み付こうとすると驪竜は避ける。

そしてますます笑みを凄めた。

「ふふ! いいわ! その憎悪も私にとっては糧よ」

 「さて」と驪竜は言うと五人の前にそれぞれ五本ずつ刀を置く。

そして「ちゃんすたーいむ!」と言うとその場で一回転した。

「今から殺し合いをしてもらいまーす! それで生き残った一人はなんと! 無事解放されます!

どう? 嬉しいでしょう?」

 そう言うと男達は唖然とし、一人が体を震わせ怒鳴った。

「ふざけるな! そんな事、出来るはずが無いだろうが!」

「あら? どうしてかしら? 生き残れるチャンスがあるんだから挑戦すべきじゃない?」

 男はますます顔を赤らめ怒りを露にする。

その様子に溜息を吐くと指を鳴らした。

 すると男達が一斉に倒れる。

「時間は今から十分。十分以内にけりがつかなかったら全員惨殺ね」

 男達は戸惑ったように顔を見合わせる。

 そして一人が刀を取った。

取ったのは先ほど怒鳴ってきた男だ。

「ふふ、やっぱりやる気になった」

「ああ……なったとも……!」

 男が駆け出した。

刀を構え、驪竜を目掛けて振り下ろす。

「滅びよ! 悪鬼め!」

 だが刃は届かなかった。

刀は驪竜の眼前で止まり、そこより先に進まない。

「ぐ!? 何を!?」

 驪竜は答えない。

彼女は冷めた目を男に向けると手を上げる。

「つまらない奴」

 そして手を振り下げた。

「!!」

 その直後、男が爆ぜた。

肉片や血が飛び散り、後ろの男達に掛かる。

「ひ、ひぃ!!」

 一人が腰を抜かした。

残りも皆怯えきっていた。

 驪竜はつまらなさそうに男だった物を踏みつけると「あーあ、貴重な玩具が一つ壊れちゃった」と言う。

「で? あなた達はどうするの?」

「ど、どうするって……。できるわけ……!」

 突如男の口から血があふれ出た。

彼の胸からは刃が突き出ており、鮮血を噴出す。

「な……ぜ……?」

「ゆ、許してくれ! お、俺には母が!」

 背後から刺した男が泣きながらそう叫ぶ。

それを皮切りに殺し合いが始まった。

 廃屋に血と肉が飛び散り。

男達の悲鳴が木霊する。

 そんな中で驪竜は愉快そうに目を細めていた。

 

***

 

 五分も経てば事は済んでいた。

生き残ったのは最初に男を刺した男だ。

 彼は呆然と立ち尽くし、同僚だった物を見下ろしている。

「ふふ、ふふふふふ!」

 そんな男に驪竜は嬉しそうに近づく。

「いいわ! 貴方! 生き残ると言う人間の原初! それを体現できたのよ!」

男は反応しない。

「ねえせっかくだから私の部下にならない? 周りに喋れる奴がいなくてちょっと退屈していたのよ」

 やはり男は反応しない。

ようやく男の異変に気がつき驪竜は眉を顰めた。

「もしもーし。聞いてる?」

 眼前で手を振るが男の瞳は動かなかった。

男の心は既に壊れていたのだ。

同僚を殺し、絶望している内に……。

「…………はぁ」

 驪竜は大きく溜息を吐くと元の木箱に座る。

「いい線行ってると思ったのになぁ。どうして人間ってこうメンタルが弱いんだろう?」

━━あの人みたいに強ければいいのに……。

 嘗てありのままの私を見てくれたあの人のように。

「会いたいなぁ……」

 だが今はまだ時期ではない。

今は部下を集め力を蓄える必要が有るのだ。

 彼女は空間から黒い結晶石を取り出すと立ち上がり男に近づいた。

「壊れちゃったんだから解放しなくてもいいわよね」

 そして黒い結晶石を男の胸に押し込む。

「ぐ……ご……ぉ!?」

 男は突如痙攣し倒れた。

そして苦悶の叫びをあげると体を振るわせ始める。

「…………!!」

 声にならない苦痛。

瞳を激しく動かし、髪を掻き毟る。

「ふふ、やっぱり素質があったみたいね」

 突如男の背中が膨れ上がった。

続いて腕が肥大化し、肌が白くなり、顔が潰れ、気がつけば隊長3メートル程の醜い白い巨人となっていた。

巨人の顔には小さな目と口があり、辛うじて人間であった事が分かる。

 巨人は潰れた顔を驪竜に向けると跪く。

「貴方、喋れる?」

 巨人が頷く。

「コ……ロ……ス……?」

 その返答に驪竜がはしゃぎ、跳ねる。

「棚からぼた餅ね! いい、今日から貴方は私の護衛よ!」

 巨人が立ち上がった。

「ォォォォォォォオオオ!!」

天を仰ぎ雄たけびを上げると廃屋の壁を突き破り外に出る。

驪竜はそれを追いかけ肩に乗ると巨人の顔に頬ずりする。

「まずは準備運動よ。手始めに近くの村を襲いましょう?」

 夜の暗闇の中から何匹もの怪魔が現れた。

 巨人が駆け、怪魔たちもそれに続く。

 向かう先は前方に見える村だ。

 驪竜は満面の笑みで巨人の肩に触れる。

 夜の山を恐怖が襲った。

 

~第三部・月下伊賀大和攻略編・完~



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クロスベルタイムズ 一月号

==マクダエル市長改めて中立宣言を行う==

 

 先月十一月二十五日。出雲・クロスベル市にて行われた六護式仏蘭西からの独立を祝う独立記念式典にて現市長であるヘンリー・マクダエル氏が公衆演説を行った。

その中でマクダエル氏は「出雲・クロスベル市の中立理念は素晴らしい物であり我々はこれを尊重しなくてはならない。その上で世界が一刻も早く平和になるように出雲・クロスベルは世界平和に対する助力を惜しまない」と改めて中立宣言を行った。

 各地で戦争が起きる中この中立宣言は民衆から大いに支持されたが一部の市民からは「再び宣戦布告されるのでは?」「六護式仏蘭西の庇護下に入るべきだ」と大国に攻められるのではと不安視する人や「やはり国防軍は必要である」と軍拡を主張する人も居た。

ともかく各地で戦争が起きる中、出雲・クロスベル市はどう動いていくべきか慎重に見極めていかなければならないだろう。

 

 

==六護式仏蘭西、尼子家に圧勝==

 

 十一月十六日。六護式仏蘭西が隣国尼子家に宣戦布告を行った。

両国は統合争乱以来関係が冷え込んでおり、尼子家が六護式仏蘭西の交易路を軍事掌握した事から開戦に至った。

 両軍は翌日の十七日に衝突。

 六護式仏蘭西は新型の導力戦車を投入し尼子軍を圧倒。僅か一時間の戦闘で勝利を収めた。

尼子家は月山冨田城に撤退。徹底抗戦をする模様だ。

尼子家は出雲・クロスベル市にとって隣人であるためこの戦いに注意しておくべきだろう。

 

 

==教皇総長、P.A.Odaを強く批判する==

 

 今月一日にT.P.A.Italia総長兼聖連盟主である教皇インノケンティウスが公衆演説にて「P.A.Odaは世界に戦の火をばら撒き、平和を脅かす害悪である」と強く批判した。

 近畿ではP.A.Odaが次々と大名を倒し勢力を伸ばしている。

今回の発言はP.A.Odaを牽制するための物と推測されるが織田側からの返答は無い。

 また専門家の話しによれば「T.P.A.Italiaが強気に出たのは自国の衰退を他国に覚らせないためではないか?」との事だ。

 事実T.P.A.Italiaは河野・西園寺との戦いで苦戦しておりその力を衰えさせているようにも感じる。

 聖連が完全に無くなった場合どうなるのか?

その不安は誰もが感じるが答えは出ない。

 

 

==混迷する飛騨情勢==

 

 飛騨国を怪魔の大軍が襲撃するという大惨事から約二ヶ月。

甲斐連合とP.A.Odaによって国内の怪魔は殆ど一掃されたが新たな問題が発生した。

 両国は空白となった飛騨の地の領有権を主張し始めたのだ。

 飛騨北部と桜洞城を所有する甲斐連合は「我々の尽力が無ければ被害は更に拡大していた」と主張しその上で勢力を伸ばすP.A.Odaを批判した。

 それに対し織田は軍を飛騨南部から北上。両軍は睨みあいを続けている。

 多くの民間人に死者が出たと言うのにそれを領土争いに利用するのはなんとも乱世の無常さを感じさせる。

 

 

==妖怪騒動!? あわや乱闘!?==

 

 十二月五日。出雲・クロスベル市の旧市街地区にてちょっとした事件があった。

 統合争乱以降旧市街には戦を逃れてきた難民や妖怪たちが多く住むようになり治安の悪化が問題視されていた。

 そんな中旧市街に住む難民達が妖怪達と共に待遇の改善を求め始めた。

それに市民側の反妖怪派が反発。

 両団体は旧市街に集結し一触即発の雰囲気となった。

 しかしそこへ通報を受け駆けつけた特務支援課が到着。

両団体を仲裁し事なきを得た。

 だが各地で戦争が激化しているため今後も難民は増えると思われる。出雲・クロスベル市議会は早急に難民対策をするべきであろう。



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第四部・第六天魔王編
~序章・『古き都の旅立ち人』 いろいろ起こりそうです (配点:鈴奈庵)~


 日本の中心にある京都。

そこは嘗て足利将軍家によって治められ政治の中枢として機能していた。

 しかし今では極東の政治中枢は土佐のT.P.A.Italiaに移り、将軍家は聖連の取り決めを極東人、特に戦国大名に広めるための役所として利用されていた。

 それでも権威は最上位のものであり将軍家の庇護の下、京の都は繫栄していた。

 だがP.A.Odaが臨時惣無事令を破り各地に侵攻し、聖連が近畿で敗れると人々は都から逃げ出そうと次々に離れて言った。

 嘗ては賑わっていた大通りは人通りが少なく、多くの店が一日中閉じている。

 そんな都の中心に二条城があった。

 足利家当主足利義輝が住むこの城には連日最前線からの伝令兵や陳情を抱えた商人、この世の終わりだと説法を説く僧までもが訪れ混沌としていた。

 その二条城の一室に二人の男が居た。

 一人は厳つい雰囲気を持つ大柄の男でそれと向かい合うように髭を伸ばした長身の男が座っている。

「秀吉は同盟に乗るか? 幽斎?」

 大柄の男に聞かれ長身の男━━細川幽斎が頷く。

「秀吉殿と信長殿は盟友。されど出遅れた秀吉殿はこれ以上織田の勢力拡大を良しとはしますまい」

 幽斎の言葉に「ふむ」と大柄の男が相槌を打つ。

「聖連は動かぬか?」

「というよりも動けないのでしょう。現在T.P.A.Italiaは四国全土に兵を出し統一中です。それが済むまでは……」

 上手くやったものだ。

と大柄の男━━足利義輝は思う。

 あえて自国に隙を見せ河野家と西園寺家に攻め込ませ、それを口実に逆に一気に四国を統一。

 流石は教皇総長と言ったところか。

「徳川にも使者を出せ。同盟を結ばずとも我々と徳川が接触すれば織田を牽制できるだろう」

「御意」

 幽斎が頷き会話が終わると突如戸が開いた。

「兄上! 羽柴と手を結ぶとは本当のことですか!?」

 そう怒鳴りながら青年は義輝の横に座る。

「落ち着かんか義昭」

 そう言うと青年━━足利義昭は一度言葉に詰まり、それから大きく息を吸った。

「私は反対です! 農民上がりの男に我等将軍家が頼るなど!」

「義昭様。頼るのでは有りません。同盟を結ぶのです」

 幽斎がそう宥めるが「同じ事ではないか!」と義昭は聞く耳を持たない。

「義昭よ。お主が家のためを思っての発言だという事は知っている。だが今は雌伏の時なのだ」

 そう強く言うと弟は「ですが」と言葉を濁し何かを言おうとするが言葉にならない。

彼は項垂れると立ち上がり「それでも私は反対です」と部屋を後にした。

「…………よろしいので?」

 幽斎に問われ、無言で頷く。

 先ほど言った通り今は雌伏の時。

機会を待ち、織田を打ち倒すのだ。

 ともかく今は……。

「徳川へ使者を送る件。頼んだぞ」

 幽斎は力強く頷くのであった。

 

***

 

━━兄上は何も分かっていない!

 直ぐにでも動くべきなのだ。

牽制? 同盟?

そんなものは織田信長という男には通用しない。

あの男は己の敵を全て打ち倒すまで止まらないのだ。

 苛立ちながら大股で屋敷の縁側を歩いていると角から僧服を身に纏った女性が現れた。

「これはこれは義昭様。そんなにお急ぎになって、どうなさったので?」

「……ツヅラオか。お主には関係ない」

 そう言うとツヅラオは「話せば楽になることもありますよ?」と言ってきた。

このツヅラオという女は約二年ほど前に足利家に仕え始め。あっと言う間に他の侍女達を纏め上げた。

そのため家中からの信頼も厚く、現在は民衆の陳情を受け取る仕事を任されている。

━━彼女ならば分かってくれるであろうか……?

 聡明で柔軟性のある彼女ならば私の苦悩が分かってくれるかもしれない。

そう思うと思っていたことを話していた。

 すると彼女は「そうですか」と何度も頷くと此方を見た。

「義昭様が正しいと思いまする」

「おお! そなたもそう思うか!」

 思わず近づくと彼女はやんわりと距離を離した。

「ですが今は待つべきでしょう」

「……何故だ?」

と訊くと彼女は周囲を見渡し、此方の耳に口を近づけ小声で喋った。

「家中は義輝様が掌握し、危険故です」

「ば、馬鹿な! 兄上が私をころ……」

 そこで手で口を押さえられる。

「義輝様は義昭様を大事にしておられます。ですが他の家臣は……?」

 そう言われ言葉に詰まる。

嘗て信長と対立したときにも多くの家臣が織田家に寝返った。

 悔しいが自分に人を纏める力は無いのだ。

「…………ではどうすればいい?」

「時を待ち、足利家が義輝様では無く義昭様を頼るまで待つのです」

 そのような時が来るのだろうか?

「必ず。義輝様の方針では何れ限界が来ます。その時こそ義昭様の正しさが証明されるのです」

 正しさが証明される。

その言葉はなんだか非常に魅力的であった。

「だが、私一人では……」

「我が協力します。我だけではなく侍女達も義昭様の味方である事をお忘れなく」

 そうして彼女は距離を離した。

「今の会話はくれぐれも御内密に」

 無論だ。

この様なことをいえるはずが無い。

 だが自分が一人ではないと思うと急に心が楽になった。

 ツヅラオの方を見れば彼女は微笑み、それに力強く頷く。

━━よし! 暫くは兄上の言いなりになってやろう!

 そう心の中で強く決心する。

だが気がついていなかった。

 ツヅラオの微笑みの奥。

その瞳が怪しく光っていた事に……。

 

***

 

「阿求ちゃん!」

 突然部屋の戸を勢い良く開けられ、稗田阿求は筆を落としそうになる。

「こ、小鈴ちゃん?」

 部屋に入ってきた赤毛に短いツインテールにした少女━━本居小鈴は背に背負っていた大きな鞄を畳みの上に置くと小机を挟んで向かい合う。

「私決めたの!」

 「取りあえず座って」と座布団を渡すと小鈴は「あ、うん」と言い座った。

「それでね! 決めたの!」

「何を?」と訊くが畳の上に置かれた大きな鞄を見、彼女の服装を見て何となく悟った。

彼女は何時もの本屋の格好では無く。

 色が地味で頑丈な布の着物を着、動きやすいように各所を縛っている。

更に皮の手袋しておりまるで登山をするかのようだ。

「私、旅に出るわ」

━━ああ、やっぱり……。

「貴女も疎開するの? 寂しくなるわ」

 そう言うと彼女は首を横に振る。

疎開ではない? 普通の旅?

だったら何処に?

と思うと彼女は本を取り出した。

それは金属の表紙を持つ変わった本で表紙の文字は掠れ、読むことが出来ない。

「阿求ちゃん。この前の緋色の空を見た?」

「ええ、気質の暴走。あれは天人の緋想の剣ね」

 あの剣によって以前幻想郷は災害に見舞われた。

だがあれほどの光を放った事は今まで無かった。

「それとこの本が?」

 そう訊くと小鈴は頷く。

彼女は本を開くとそこには金属の板が何枚も挟まっていた。

「紙じゃなくて金属の板が挟まっているの? 変わった本ね」

 板には何も書かれてなく。

それどころか所々欠けていた。

 「これが何か?」と訊くと小鈴は一枚の金属板に触れる。

すると本の上に映像が浮かび上がった。

「……これは、通神映像? いえ、流体記憶装置かしら……?」

 何にせよ本当に変わった本だ。

浮かび上がる映像には三匹の龍が映っていた。

二匹の龍が巨大なの龍と戦い。

 一匹が手に何かを持っていた。

それは天に伸び巨大な龍を切り裂く。

そこで映像が途切れた。

━━これは……。

「この龍が持っていた物。剣だよね。それで伸び方が先月の光の柱に似てたから」

 仮に緋想の剣だとしていったいこの龍は?

幻想郷の龍神様とは違うようだが……。

「この本? どこで手に入れたの?」

「二ヶ月ほど前に冒険者の人が遺跡から見つけたもので、その人も色々試したけど結局読めなかったから売ろうとしたんだって。

そこで私の店を見かけて売りに来たの」

 遺跡。

この不変世界には謎の建造物の残骸があり、誰が何のために作ったものなのかは判明していない。

 そもそも朽ちた遺跡があるという事は我々がこの世界に来る前にこの世界に誰かが居たという事なのだ。

 多くの研究者や冒険家が遺跡を調査しているが未だ解明していない。

「その冒険者さん、どんな人?」

「普通の人。でもなんだか焦ってたみたい。私に売りつけた後もその本を隠したほうが良いって言ってきたし」

 隠せ?

なんだか胸騒ぎがする。

「どうして読めるように?」

「この前の光の柱の時。本が光ってこのページだけ開けるようになったの」

 ますます怪しい。

もしかしてそれが切っ掛け?

 そう訊くと小鈴は頷いた。

「とりあえず霊夢に預けようと思って。ほら、彼女今関東に居るでしょう?」

「関東には入れないわよ? 北条が鎖国したから」

 小鈴は「どうしよう……」と悩むのを見ると立ち上がる。

そして棚から巻物と紐、印鑑を取り出すと机に広げた。

それに文字を書き、印鑑を押すと丸めて渡した。

「これは?」

「私からの書状。稗田家からの急用ですって言えば会わせてくれるかも知れないわ」

 小鈴は受け止めると笑顔になり「ありがとう! 阿求ちゃん!」とはしゃいだ。

 しかし不安だ。

この子を一人で行かせても良いのだろうか?

だが体の弱い自分がついていく訳にも行かない。

 どうしたものか?

と阿求は悩むのであった。

 

***

 

 二条城から南西にある稗田亭から小鈴が出ると見送りの為阿求も出てきた。

「本当に一人で行く気?」

「うん。飛空挺に乗れば直ぐだし。私が留守の間、お婆ちゃんを宜しくね」

 そう言うと友人は小さく溜息を吐く。

そして胸元からお守りを出すと手渡してきた。

「これは?」

「妖怪避けのお守り。どこまで効果があるかは分からないけど一応ね」

 感謝の言葉を告げ、お守りを首に提げるとお辞儀をした。

「じゃあ、行って来ます」

「気をつけてね」

 そう心配そうに言う友人に手を振り、振り返ると誰かとぶつかった。

「わ!」

「きゃ!」

 尻餅を着き、お尻が痛くなる。

「小鈴ちゃん!?」

 阿求が慌てて駆け寄ってくると手をさし伸ばしてきた。

それを取り立ち上がる。

「大丈夫?」

「うん。それよりも……」

 自分とぶつかった人が心配だ。

慌ててそちらを見ると少女が尻餅を着いていた。

「いたたたた……」

 慌てて近寄り「御免なさい!」と手を差し出すと少女は「ううん、私もよそ見してから」と立ち上がった。

━━わ、可愛い子。

 少女はセミロングの紫髪を持ち、頭には黒いリボンを、そして白い服を着ていた。

 服装からして出雲・クロスベル出身だろうか?

「君、怪我は無い? 大丈夫?」

 心配そうに聞くと少女は笑う。

「フフ、大丈夫よ。お姉さん」

 怪我は無さそうなのでほっと胸を撫で下ろす。

しかしこんな子が一人で何をしているのだろうか?

 今の京都はお世辞にも治安が良いとは言えない。

そんななか一人で小さな子が一人で歩いているのは無用心だ。

「君、お父さんかお母さんは?」

 そう訊くと少女は「パパとママは……いないわ」と答えた。

「……あ、御免なさい」

「ううん、いいのよ。パパとママは居ないけど“家族”は居るから」

 兄弟がいるという事だろうか?

だったらその家族は何処に?

そう訊くと彼女は微笑む。

「二人は今武蔵に居るわ。前まで出雲・クロスベルに居たのだけれどお仕事で武蔵に行って帰ってこないから私のほうから会いに行くのよ。

それで京都に寄ったから観光中」

 成程。

それならば分かる。

「お姉さんも旅行?」

 此方の荷物を見てそう言って来たので頷く。

「関東に居る知り合いに会いに行こうと思って……そうだ!」

 と両手を合わせる。

「一緒に行きましょう? 武蔵は通り道だから」

 一人よりも二人のほうが良い。

そう言うと少女はしばらく驚いた表情をし、それから笑った。

「いいわ。一緒のほうが楽しそうだし」

 少女は手を差し出す。

それを取り、握手をした。

「お姉さん。お姉さんの名前は……」

 そこまで言って彼女は眉を顰めた。

「どうしたの?」と訊くと彼女は不敵に笑う。

「お姉さん、何か恨まれる事した?」

「え?」

 彼女が指差す先を見ればそこには闇が広がっていた。

そして闇の中から五匹の小鬼達が現れた。

 

***

 

━━天邪鬼!?

 本で読んだことがある。

妖怪としては下級だが群れで行動し、悪事を働く小鬼だ。

「どうして都に妖怪が!?」

 阿求の言うとおりだ。

都には破邪の結界が張られており妖怪が入れなくなっている。

なっている筈だった。

 顔に髪を張った一匹の天邪鬼が近づいてきた。

「オマエ、オマエダナ。本ヲ持ッテイルノハ!」

 本!?

まさかあの本のことか!?

「な、なんの事? 私、本なんて持ってないわ」

「嘘ヲツクナ!! 寄越サナイナラ……」

 天邪鬼たちが棍棒や鉈を取り出し近寄ってくる。

「……!!」

 逃げようと下がるが踵が石に引っかかり転んでしまう。

一匹の天邪鬼が言った。

「メンドクサイ。全部殺シチマオウ」

 それに「ソウシヨウ」と皆頷き、戦闘の天邪鬼が構えた。

「本ハ後ダ!!」

 天邪鬼が飛び掛り棍棒が此方の脳天目掛け振り下ろされる。

━━し、死ぬ!

 恐怖のあまり目を閉じるが棍棒は何時まで経っても此方の頭に届かなかった。

「……?」

 どうして?

と目を開ければ信じられない光景が広がっていた。

 天邪鬼の喉に大きな鎌の刃が突き刺さっていたのだ。

「……ッ! ……ッ!?」

「レディに手を上げるなんて悪い子」

 そして断たれた。

 天邪鬼は首と胴を断たれ、倒れる。

 少女が立っていた。

彼女はいつの間にかに取り出した大鎌を手に持ち、構える。

「え?」

 思わず声が出ると少女は此方に微笑む。

「少し待っててね」

 消えた。

 一瞬にして姿が見えなくなり、次の瞬間には天邪鬼達の方から悲鳴が上がった。

 少女が舞っていた。

 鎌を振り、その度天邪鬼達の手足が飛ぶ。

 あっと言う間に天邪鬼達はその数を減らし、一匹だけになっていた。

「…………」

 残った天邪鬼は眼前の出来事を信じられず呆然としている。

「さて、誰の命令かしら?」

 少女が鎌を突きつけると天邪鬼は命乞いを始めた。

「妖魔王サマノ命令デ!」

 「妖魔王?」と少女が眉を顰め更に情報を聞こうとした瞬間、天邪鬼が燃え上がった。

炎の中悲鳴を上げ、形を崩し、灰となる。

 風に吹かれ天邪鬼だった灰が空に舞い上がると少女は「口封じね……」と空を睨みつける。

━━な、なんなの?

 妖怪に襲われたこともそうだが、この少女もいったい何者なのだ。

「……あなた、何者?」

 そう訊くと少女は此方を見、笑った。

「私はレン。宜しくね」

 

 

 

~第四部・第六天魔王編~



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~第一章・『栄えし都の解決者』 今日も忙しいです (配点:特務支援課)~

 

 十二月も中旬に入ると本格的に冷え込み始め、道行く人々は皆冬用のコートやマフラーを身につけていた。

 だがそれはあくまで町に住む一般人の服装であり、工場地区で働く人たちは作業着に薄手のコートを羽織っただけで誰もが寒さを紛らわすように体を動かしたり集まっていたりしていた。

 そんな工場地区の裏通りを一人の男が歩いていた。

 男は赤い長い髪を後ろで結い、オレンジ色のコートを羽織っており。

 裏通りの路地を一つ一つ確認していた。

「ふぃー、さみー」

 白くなる息を見てその場で二、三回足踏みする。

 そして先ほどと同じように路地を確認すると三つ目の路地で止まった。

「お、いたいた」

 彼の視線の先には一匹の白猫がおり、猫はゴミ箱の上で寛いでいた。

 男はポケットから戦術オーブメントであるエニグマを取り出し通話機能を起動する。

「ロイド、それっぽいのを見つけた。ホシの特徴をもう一度教えてくれ」

『白い猫で性別は雌。首に青いリボンを着けている』

 確認のため目を凝らすと白猫の首には青いリボンが巻かれており、性別はまあ確認しなくても大丈夫だろう。

「うし、これから確保する。念のためスタンバっててくれ」

『了解』

 通話を切るとエニグマをポケットに戻し、慎重に音をたてないように歩き始める。

━━気付くなよー。

 そう願いながら一歩一歩前に出る。

そしてあと一歩と言うところで白猫と目が合った。

「…………あ」

「にゃあ!?」

 猫が慌てて駆け出し、逃げる。

「あ! おい! 待て!」

 それを追いかけるが何分相手は猫だ。

巧みに路地に入り、どんどん距離を離される。

「くそ……はえーな!」

 この間々じゃ逃げられる!

そう思った瞬間猫の前方から青年が現れた。

 茶色く短い髪に青と白のジャケットを着た彼は猫の進路を遮るように待ち構える。

「よし! 逃がさないぞ!」

 青年が猫を確保しようとした瞬間、猫が跳躍した。

「え!?」

 猫は青年の顔を踏みつけ、飛び越える。

「しまった!!」

 猫はあっと言う間に遠退き、見えなくなる。

 二人でそれを見ると同時にため息を吐いた。

「……逃げられちまったな」

「ああ、あとちょっとだったんだけどな……」

 二人で肩を落としていると青年のエニグマから着信音が鳴る。

「……ティオからだ」

 顔を見合わせると青年は頷き通話をする。

青年が「どうした?」と訊くとエニグマから少女の声が返ってくる。

それは短くこう言って来た。

『捕まえました』

 そして先ほど猫が走っていった方から青髪に黒い服を着た少女が現れる。

彼女は右手に持っていたエニグマを畳むと左腕で抱えていた白猫を此方に見せる。

「……ぶい。ですね」

 少女にそう言われ、男と青年は顔を見合わせて苦笑するのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベル。

不変世界最大級の中立都市であり、南部を工場地区。

北部を居住区にした巨大都市である。

 都市の北部は日本海に面しており、少し離れた所の人工島に建てられた保養地ミシュラムが見える。

 また都市の東西には巨大な要塞が建てられており常に他国を警戒、監視している。

 そんな出雲・クロスベル市の住宅街を先ほどの三人が歩いていた。

三人は猫を捕まえた後飼い主のところに返し、その帰りの道の途中だった。

赤毛の男━━ランディ・オルランドが体を伸ばす。

「いやぁ、結構苦労したな」

 「そうだな」と続いたのは茶髪の青年━━ロイド・バニングスだ。

「昔より街が大きくなったから人探しとかが大変だ」

「広さだけでも二倍以上になってますからね」

と青髪の少女━━ティオ・プラトーが頷く。

 クロスベル市は企業都市IZUMOと合併したため都市の広さや人口を大きく増加させた。

その為嘗てよりも治安が悪くなったとも言われており警察の仕事も増えた。

━━特務支援課もここ数年は忙しくなったな。

 そうロイドは思う。

特務支援課はクロスベル市警所属の組織だが警察官と言うよりも人々の頼みを聞き、解決をする遊撃士協会のような部署だ。

そんな部署が忙しいという事は……。

「町全体に余裕が無くなっているのかもな……」

 今、この町は様々な問題を抱えている。

 もともとの治安悪化もそうだが各地で戦争が起き、難民がこの町になだれ込んできた。

難民達は旧市街や工場地区の一部に住んでいるが金も仕事も無い彼らは生活に苦しみ、一部が盗みや“よくない仕事”をするようになった。

 その為、市民側からの心象は悪く軋轢が生じている。

「依頼のついでに工場地区を見回ったが、裏のほうで傭兵の募集とかしていたな」

 ランディの言葉に表情を曇らせる。

 この町では傭兵の募集は禁じているが都市が大きくなればその影も大きくなる。

 警察の見えないところで難民向けの傭兵勧誘をしているのだ。

「一斉に取り締まれないのですか?」

と言うティオの質問に首を横に振る。

「仮に一斉取締りをしてもそれは一時的なものだ。暫くすればまた人知れず始まる」

「お嬢も市長と掛け合って何とか対策を練ろうとしているけど、上手く行ってないみたいだしな」

 「うーん」と三人で悩んでいると住宅街を抜け、西通りに出る。

すこし歩き、マンションの前を通り過ぎると右方に雑居ビルが見える。

「ま、今は俺たちに出来る事をしようぜ」

 ランディの言葉にティオとロイドが頷き雑居ビルに近づく。

老朽化した雑居ビルの前には一台の導力車が停めてあり、その横を抜けると入り口の前に来る。

そして三人は雑居ビルに入るのであった。

 

***

 

「ロイドー!おかえりー!!」

 階段を降り、ロビーに入ると一人の少女が駆け寄ってきた。

緑の長い髪を持つ彼女はロイドの腰に抱きつくと頬ずりをする。

「はは、ただいま。キーア」

 キーアと呼ばれた少女は体を離すとソファーの方を指差す。

「お客さん!」

客?

と首を傾げるとソファーには向かい合って二人の男女が座っていた。

「おう、戻ったか」

 一人はくたびれたワイシャツを着た男で彼は気だるげにソファーに腰掛けている。

「はい。ロイド・バニングス他二名、只今戻りました。それで……こちらは?」

 もう一人の人物、東方人風の着物を着、腰まで伸びた茶色い髪に眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の女性を見る。

 彼女が丁寧に頭を下げるとそれに釣られ、皆頭を下げた。

「儂の名はマミゾウ。宜しく頼む」

「あ。ロイド・バニングスです」

「ランディ・オルランド」

「ティオ・プラトーです」

三人が名乗ると男が「まあ、取りあえず座れ」と言ってきた。

それに従い、三人は座るとマミゾウと名乗った女性と向かい合う。

「それで、どういったご用件で?」

 そう訊き、マミゾウが口を開こうとした瞬間、玄関が開いた。

「ただいま」

 そういって入ってきたのは銀髪の女性だ。

彼女は此方を見、マミゾウを見ると固まり、苦笑いをした。

「もしかして私、タイミングが悪かったかしら?」

 

***

 

「私の名前はエリィ・マクダエルです。宜しくお願いします」

 銀髪の女性━━エリィが名乗るとマミゾウは「ほう」と頷く。

「マクダエルという事は……」

「はい、祖父はヘンリー・マクダエルです」

 エリィがそう言うとマミゾウは「やはり」と頷き姿勢を正した。

「さてあらためて名乗るが儂の名はマミゾウ。旧市街で難民や妖怪のリーダーみたいのをやっておる。おぬし等の事は以前から知っておったが先日の騒動の際に自分の目で見て信用に足ると思い伺った」

 先日の騒動。

旧市街にて難民達と出雲・クロスベル市の市民団体が対立した事件だ。

その場に駆けつけ両者を説得する事によって事なきを得たが……。

「あの場にいらっしゃったのですか?」

「うむ。乱闘になれば止めようと思っていたがその前にお前さんたちが来たのでな」

 「いやー、なかなか見事だったぞ」と悪戯っぽく笑う彼女に皆が顔を見合わせ苦笑する。

「で、こっからが本題だが……セルゲイ殿、こやつ等が信頼足る事は先日の一件で分かった。だが実力のほうは?」

 そう訊かれワイシャツの男━━セルゲイ・ロウは頭を掻く。

「実力は保証しますよ。こいつ等は色々と死線を潜り抜けてきましたからね」

 その言葉にマミゾウは満足そうに頷くと腕を組んだ。

「さて、儂がここに来た理由は依頼があるからじゃ。それで依頼というのは最近旧市街で困った事が起きていてのう」

 「困った事ですか?」と訊くと彼女は頷く。

「うむ。旧市街では今人攫いが起きておる」

 その言葉に皆が表情を険しくする。

「人攫いと言うても人以外の妖怪も被害にあっておるし、自らの意思でいなくなっておるから人攫いでもないのかのう?」

「……あの、どういう事ですか?」

 とエリィが言う。

「旧市街の難民や妖怪達の生活は苦しい。特に人在らざる妖怪は職に就くことも出来ず不法な仕事に就く者も多い。

それでだ、最近妙な話が出回っていてな。なんでもジオフロントの拡張工事のため、難民を雇いたいと言うのだ」

「……ジオフロントの拡張工事計画なんて聞いたことがありませんね」

 ティオの言葉にマミゾウが頷く。

「儂も不審に思い市の方に問い合わせたところ『そんな計画は無い』と言われた。故に拡張工事の話しに乗るなと言ったのだが……」

「話しに乗る人が続出したと?」

 そう訊くとマミゾウは大きく溜息を吐く。

「皆、少しでも稼ぎたいからのう。それでだが、ここからが問題で仕事のためジオフロントに向かった者たちが帰ってこないのだ。最初は仕事が忙しいからかと思ったが次々に人が戻らず、ついに失踪者は十を超えた」

「警察には……?」

「まだ言っておらん。我々としては事を大きくしたくは無い。旧市街で誘拐事件が起きたと反妖怪派に知られれば何と言われるか……」

 難民のこの町における立場は危うい。

 市民の中には難民を追い出すべきだと主張する人間も多く、彼らが旧市街で誘拐事件が起きていると知ればそれを口実に難民を追い出すように市議会に主張し始めるだろう。

「じゃあ、遊撃士協会には?」

 ランディが訊くとマミゾウは「うむ」と頷く。

「最初は遊撃士協会に頼もうかと思ったが先日の事件を解決したおぬし等の実力に期待したからだ。まあ、おぬし等が辞退するというのであれば遊撃士のもとに向かうが……」

「だ、そうだ。どうするロイド?」

 そう訊かれ暫く考える。

事態は思ったよりも深刻かもしれない。

このまま失踪者が増えれば不安に駆られた難民が暴動を起こす可能性がある。

「分かりました。依頼をお受けします。念のため遊撃士協会にも連絡しますがいいですか?」

「うむ。味方は多いに越した事はない」

 依頼を受ける事は決まった。

ここからはどう失踪者の捜索をするかだが……。

「それに関しては此方に提案がある。まずは旧市街に向かってくれ」

 マミゾウの言葉に皆が顔を見合わせる。

「よし、早速旧市街に向かおう」

 そう言うと皆が立ち上がり頷いた。

 

***

 

 ロイド達が出て行くのを見送るとマミゾウは微笑み、セルゲイを見る。

「良い部下じゃな」

「まだまだひよっこですがね」

 そう返すとマミゾウは笑う。

「悟って厭世家になるよりはよい」

 そして彼女は「さて」と立ち上がった。

「儂も行くとするか」

 そう言い玄関に向かおうとするとセルゲイが呼び止めた。

彼は暫くマミゾウの事を見ると自分の頭を指差す。

「頭、葉っぱが付いてますよ」

 その言葉にマミゾウは口元に笑みを浮かべた。

「はて? 何のことかな?」

 彼女が出て行くとセルゲイは小さく溜息を吐く。

━━やれやれ、中々の食わせ者だ。

 揺さ振れば尻尾を出すかと思ったが相手も用心深い。

━━ま、悪人じゃないみたいだしな……。

ならば自分にできることは……。

「まあ、いつも通りあいつ等が戻ってくるのを待つか」

 そう言い彼は葉巻を銜えるのであった。

 

***

 

 人通りの多い中央広場を抜け東通りで遊撃士協会に顔を出し念のための連絡を終えると一行は旧市街に向かった。

 東通りから旧市街に入ると人通りが減りテントが見え始めてきた。

 テントはどれも薄汚れており、中には衣服を繋ぎ合わせた物もある。

 ロイド達がテントの間を歩いているとテントの中や建物の影から難民達が横目で此方を見ている。

「ふいー、歓迎されてねーなぁ」

 ランディの言葉に頷く。

「皆、警察を恐れているんだ」

 難民全てが犯罪を犯しているわけではないがそれでも彼らの逮捕率は高い。

それ故最近では警察官が旧市街の見回りをするようになったのだ。

 一人の男とすれ違う。

男は背中から翼を生やし、こちらを一度見るとそのまま不機嫌そうに歩いて行く。

「……妖怪も増えましたね」

「ええ、怪魔を恐れた妖怪達が山から下りてきて旧市街に住み始めたわ。彼らも住む場所が無くて苦しんでいるのね……」

 ティオとエリィの話しに耳を傾けていると旧市街の広場に出る。

広場にはやはりテントが多く並び多くの難民達が屯していた。

 そんな中一人の青年が辺りを見回していた。

東方の服を着た彼は此方を見つけると慌てて駆け寄ってくる。

「あの! 特務支援課の方ですか!?」

「はい。えっと……あなたは?」

 そう訊くと青年が慌てて身形を正す。

「あ、自分はタヌ蔵と申します! マミゾウ様に手助けするように言われて……」

 「様?」とティオが首を傾げると彼は慌てて首を横に振った。

「い、いえ。マミゾウさんに手助けするように言われました!」

「手助け……ですか?」

 そう訊くと彼は頷く。

「マミゾウさんから聞いたと思いますが今、この旧市街では失踪者が出ています。失踪者は皆ジオフロントの工事に向かった事になっていますがいくら仕事が忙しいとはいえ一人も帰ってこないのは変です!

そこで皆様にはジオフロントの調査を行って欲しいのです」

「ジオフロントの調査となると時間が掛かりますね。せめて工事地点が分かれば良いんですが……」

 ティオがそう言うとタヌ蔵が頷く。

「……私を囮に使ってください。今日も仕事の募集が有ります。それに私が参加しますので皆さんは私について来て下さい」

 そう言うとタヌ蔵は小さな機械を手渡してきた。

それを受け取り皆に見せるとランディが眉を顰める。

「おいおい、これ最新の発信器じゃねーか。なんでこんな物を?」

「マミゾウさんから頂いた物で……」

 彼女が?

ランディの話ではこの発信器は軍が使う最新鋭の物で一般で手に入る物ではないらしい。

━━そんな物をなぜ彼女が?

 それに彼を囮にするのは……。

「危険は承知です。ですが私も手助けをしたいのです! 私の弟も先日仕事の募集に乗り、失踪しました……。だから……!」

 彼の真剣な表情に皆が顔を見合わせる。

それから彼に「少し待ってください」と言うと四人で円陣を組んだ。

「どう思う?」

「私は……反対かな。一般人を危険に曝す事になるし……」

「ティオは?」

「私たちの誰かが囮に……と思いましたが犯人が私たちの顔を知っている可能性が有ります」

 その可能性は十分ある。

もし犯人に特務支援課が捜査していると知られれば彼らは雲隠れするかもしれない。

そうなれば行方不明者の発見は絶望的だ。

「……ランディ?」

「タヌ蔵さんに頼むのが一番だろうな。だけどそれをするなら俺たちは彼の安全を保証しなきゃいけねぇ」

━━さて、どうするか?

 失踪者が出てから結構な日が経っている。

直ぐにでも発見し、救助するべきだろう。

「タヌ蔵さん」

 振り返りタヌ蔵を見る。

「囮をお願いします。ですが少しでも危険だと感じたら直ぐに逃げ出してください」

「分かりました……!」

 そう言うと彼は手を差し出した。

それを取り握手を交わす。

こうして特務支援課は失踪者の調査を開始した。

 

***

 

昼も過ぎ、三時になると旧市街では難民達が僅かな昼食を終え、内職に勤しんでいた。

そんな旧市街の空き家に四人の男達が集まっていた。

 四人とも東方風の服を着、一人はタヌ蔵だ。

木製の机の前に並べられた椅子に座った彼らはどこか不安げな表情を顔に浮かべ、部屋にある扉を何度も確認していた。

「いやぁー、お待たせして申し訳ありませんねぇー」

 扉が開き、一人の男が入ってくる。

彼は黒いスーツを着、革の鞄を持ち、まさに一般的な社会人と言える様な格好をしている。

彼は部屋に入ると「おや?」と言い、四人を見る。

「今日は少ないですねー。あ、まさか皆さん例の噂を信じてます?

…………私どもが人攫いをしているって」

 “人攫い”と言う言葉に皆体を反応させる。

その様子にスーツの男は笑うと席についた。

「はは、そう緊張しないで下さい。皆さん元気にしてますよ? ただ、ちょっと仕事が難航してましてその影響で職場で寝泊りしてもらっているのです」

「……あの、大変な仕事みたいですがお給料は?」

 気の弱そうな男が訊くとスーツの男が笑みを浮かべ、一枚の紙を取り出した。

四人は紙を覗き込み、驚愕する。

そこに書かれていた時給は破格の物で、はっきり言って仕事と釣り合わない。

「ジオフロントの工事は魔獣や落盤等を考えても危険な仕事ですからねぇ。その危険を含めての給料です」

 かなり怪しい。

そうタヌ蔵は思った。

 そもそもジオフロントの工事なんて難民に任せるだろうか?

難民の多くは工事の経験や知識など無いだろう。

「あの」

 手を上げるとスーツの男が「なんですか?」と笑顔を向ける。

「一度現場の見学をさせて頂くというのは駄目でしょうか? 危険な仕事のようなので出来るかどうか自分の目で確かめたくって……」

 その言葉に他の三人も頷く。

━━さて、どうでる?

 もし後ろめたい事があるのならば嫌がるはずだ。

だが男は笑顔のまま頷いた。

「いいですよ。私どもとしましても仕事の強制はしたくないので。では、早速見学に行きましょうか?」

 スーツの男が立ち上がると四人は慌てて立ち上がる。

男の対応はいたって普通だ。普通ゆえに気持ち悪い。

━━頼みますよ、特務支援課の皆さん……。

 

***

 

「動き始めました。どうやら駅前通りからジオフロントに向かうようです」

 旧市街の路地でティオがエニグマを見ながら報告すると顔を見合わせる。

「しかし、何であいつ等ジオフロントに入れるんだ? あそこは封鎖中だろ?」

 ジオフロントには魔獣が住み着いているため普通の人間には入れない。

なのに入れるというのは……。

「……何らかの術を使っているのかもしれないな。もしくは犯人が妖怪とか……」

 妖怪ならば鍵を開けるぐらい造作も無いだろう。

そうでなくても鍵開けの術式はある。

 ジオフロントの扉に使われている鍵は普通の物であるため術式に対抗できない。

「“術式”が広まってから出雲・クロスベルでも対抗術式を施された鍵が使われ始めているけどまだ一般的ではないわ」

 対抗術式が使われているのは重要施設や個人での使用がメインでジオフロントなどの比較的重要度の低い場所の鍵は未だ旧来の物を使っている。

「ともかく、相手は普通の奴じゃねーな」

 ランディの言葉に頷くとティオが「旧市街を出ました」と報告する。

「よし、みんな行こう!」

 

***

 

 駅前の階段を降りジオフロントに入ると四人は武器を取り出した。

ロイドはトンファーを持ち、ランディはショックハルバードを、ティオが魔導杖、エリィが導力銃を構える。

「……妙ですね。魔獣の反応が有りません」

「最近遊撃士か誰かが立ち入ったか?」

 ティオにそう尋ねると「そんな記録有りませんね」と首を横に振る。

━━警戒すべきだな……。

 魔獣は自分達に危険が迫ると身を隠す習性がある。

もしかしたら思った以上に厄介なのがジオフロントに住み着いているのかもしれない。

「ともかく慎重に行こう」

 タヌ蔵に付けられた発信器は地下に向かっておりそれを追いかけるためジオフロント内に設けられたエレベーターを使う。

 下の階に降りると暗く狭い通路を歩き続け、角を曲がるたびに周囲を警戒した。

そして十分も歩くと開けた場所に出た。

「地下鉄予定地ですね……待ってください! そこ、大きな穴があります!」

 ティオが指差した方を見れば壁に大きな穴が開いていた。

鉄の壁を砕き掘られた穴には幾つもの電灯が立てかけられている。

「いつの間にこんな物を……」

 穴の規模から見てここ数日で出来た物ではない。

恐らくずっと前、失踪事件が始まる前から掘られていたはずだ。

「ティオすけ、タヌ蔵さんは中か?」

 ランディに訊かれティオがエニグマを開く。

「はい、どうやら更に地下に向かっているようです……誰か来ます!」

 四人は慌てて柱の影や放置されたコンテナの陰に隠れると様子を窺った。

 すると穴からは六匹の小鬼が出てきていた。

「妖怪……かしら?」

 小鬼の一人が話し始める。

「馬鹿ナ奴等ダ。騙サレテイルト知ラズニ」

「ケケ、一生働イテ女郎蜘蛛サマニ喰ワレルダケダトイウノニ」

━━女郎蜘蛛?

 恐らくは奴等の頭領みたいなものだろう。

「おい、ロイド」

「ああ、分かっている」

 やはり工事など無かったのだ。

妖怪達は人を集め、何かをさせ、そして食べているという。

━━直ぐにでも救助しなければ!

「ランディ、フラッシュバンを。俺が右の三匹をやる」

「あいさ!」

 ランディはコートに手を入れると金属の筒を取り出した。

そして指で三つ数え始める。

「三(ドライ)、二(ツヴァイ)、一(アインス)!」

 柱から金属の筒を放り投げる。

筒は小鬼達の足元に落ちると突如閃光を放った。

「今だ!」

 ロイドとランディが駆け出す。

ロイドが狙うのは右に居る三匹だ。

 まずは一番奥に居る小鬼の顔面を右のトンファーで殴りつける。

そして直ぐに体を捻り、トンファーの後部で直ぐ後ろに居た小鬼の後頭部を殴りつける。

━━あと一匹!

「オ、オマエタチハ!?」

 最後の一匹が立て直し武器を取り出そうとするがもう遅い。

右腕でアッパーカットを放つと顎を殴りつけられた小鬼は白目を剥きながら宙を飛び、落下した。

 ランディの方を見れば彼もちょうど最後の小鬼をショックハルバードで叩き付けた所であり、此方を見ると「うし、終わりっと」と笑った。

 敵を全て制圧するとティオとエリィが駆けつけ、ティオが小鬼の顔を覗き込む。

「天邪鬼ですね。妖怪の中では弱い分類ですが群れで行動します」

 なぜそんな連中が居たのか?

その答えはこの先にあるのだろう。

「状況は思ったより切迫している。直ぐにでも失踪者を助け出そう」

 そう言うと皆頷く。

「特務支援課、これより失踪者の救出及び誘拐犯の確保を開始する! みんな行くぞ!!」

「「了解!!」」

 四人は駆け出した。

暗い洞窟に向かって。

 それを物陰から誰かが見ているのであった。



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~第二章・『洞穴の大妖怪』 大きくて気持ち悪いよ (配点:妖怪)~

 

「おらよっと!」

 ランディがショックハルバードを振り下ろすと鬼の顔を持ち、胴体が植物の亀のような妖怪が倒れる。

「……周囲に敵の反応はありません」

 洞窟に入って十分歩く間に三度妖怪に出会った。

今のところ敵に察知されず無力化しているが……。

━━結構居るな……。

 戦わずやり過ごした妖怪も含めると既に三十を超えている。

「全く、地下にこんな基地を作ってたなんてな」

 洞窟は地下に向けて掘られており、各所に詰め所のような場所や食料保管庫があった。

「軍隊でも作る気かしら……」

「それはどうだろう? 正直言ってこの程度の規模じゃ警備隊に見つかればあっと言う間に鎮圧されるし洞窟の掘り方が身を守るためじゃない」

 地下に要塞を作るならばもっと複雑になる筈だ。

だが今のところ一本道で所々わき道がある程度だ。

やはり何かを発掘しようとしているのだろう。

「ティオ、タヌ蔵さんの位置は?」

「もう直ぐです。どうやらどこかの部屋に入れられたみたいですね」

━━もしかしたらそこに他の失踪者が居るかもしれないな。

 失踪者を見つけたら直ぐに脱出し警察本部や遊撃士と共にここを制圧するべきだろう。

 そう思いながら歩いていると道が二つに分かれた。

「右です。右にタヌ蔵さんの反応があります」

 ティオの言葉に頷き歩くと突き当たりに出た。

壁には一つの鉄製の扉があり、中から明かりが漏れている。

 音を立てずに近づき、中の様子を窺うと幾つもの檻が見えた。

そして檻からはすすり泣く声や咳き込む声が聞えてきており人の影がある。

━━見つけた!

「エイオンシステムで確認したところ、扉の近くに一人、牢獄の傍に一人、そして上に一人居ます」

 恐らく看守だ。

ランディに目配せすると彼は頷き、フラッシュバンを取り出す。

そして投げ込んだ。

「ナ、ナンダァ!?」

 閃光が放たれると同時に部屋に入る。

部屋に入ると直ぐ右側に天邪鬼がいた。

それを殴り気絶させるとランディが檻の前にいた天邪鬼をショックハルバードで吹き飛ばす。

「ロイド! 上だ!」

部屋の上には木製のテラスの様なところに弓を持った天邪鬼が居た。

閃光を逃れた天邪鬼は弓で此方を狙うが。

「させないわ!」

 後から飛び出したエリィに撃ち抜かれテラスから落下する。

敵を全て無力化したのを確認すると牢獄のほうに向かった。

そこには十人を超える男女が捕まっており、皆痩せこけ怯えていた。

「……酷い」

 エリィがそう怒りを露にすると牢獄の奥からタヌ蔵が現れた。

「皆さん!」

「タヌ蔵さん! 大丈夫ですか!?」

「はい、連れて来られて直ぐに捕まったので……それよりも急いでください!」

 看守が持っていた牢獄の鍵でランディが檻を開けるとティオとエリィが捕まっていた人々の治療を行う。

そんな中タヌ蔵は焦りながら扉の方を見る。

「どうしたのですか?」

「奴等、何かを採掘させているらしくてその仕事中にミスをした人や倒れた人を喰っているんです! さっきも三人ほど連れて行かれて!」

「!! 何処に連れて行かれたか分かりますか!?」

「恐らく……最下層です……」

 そう言ったのはエリィの治療を受けていた老人だ。

彼は酷く咳き込むと此方の手を握ってくる。

「急いで下され……奴に喰われてしまう……」

 老人を安心させるように肩を優しく叩く。

「だがどうするロイド? こいつらを置いていけねーぞ」

 どうする?

 ランディの言う通り彼らを置いては行けない。

だが急がなくては連れて行かれた三人が喰われてしまう。

「ティオ、直ぐに遊撃士に連絡を! エリィはここに残って遊撃士が到着するまで彼らを守ってくれ」

 「分かったわ!」とエリィが頷くとティオが遊撃士に連絡を終える。

「十分以内に来るとの事です!」

「よし! 急ぐぞ!!」

 来た道を戻り、分かれ道に着くと左側の道を駆けた。

「ロイド、正面に五匹!」

 前方に居た天邪鬼達が慌てて武器を取り出す。

━━時間が無い!

「強行突破するぞ!」

 走る速度を緩めず突撃する。

中央の一匹を殴りつけ道を開くとそこを抜け、あっと言う間に距離を離した。

そしてそのまま一気に洞窟を降りていくのであった。

 

***

 

 掴まっていた人々の治療を終え、一箇所に集めるとエリィは一息を吐いた。

━━このまま何も無ければいいけど……。

 遊撃士が来るまでまだ時間がある。

もし妖怪達がここに来たら一人で全員を守る事が出来るか怪しい。

 扉の近くにはタヌ蔵やまだ元気な男達が武器を手に取り、通路を警戒していた。

念のため武器の点検をしておく。

 導力銃と導力魔法(アーツ)があれば互角以上に戦える筈だがやはり一人と言うのは心細い。

「誰か来ます!」

 タヌ蔵の言葉に冷たい汗を掻き、難民達が動揺する。

「……数は?」

 難民達に奥に行くように言い、銃を構えるとタヌ蔵の横に並んだ。

「恐らく五人…………あ!」

 タヌ蔵が固まり、何事かと外を覗き見る。

「…………え?」

「ほれほれ、邪魔じゃ、おぬし等」

 戸が開けられ一人の女性が入ってくる。

それに続いて武装した四人の男達も入ってきた。

「マミゾウさん!? どうしてここに!?」

 そう尋ねるとマミゾウは口元に笑みを浮かべた。

「どうしてって、助けにじゃよ」

 そして彼女はウィンクするのであった。

 

***

 

 洞窟の最深部に大きな空洞が広がっていた。

空洞は今までの穴を掘ったような形ではなく、石畳の壁に幾つもの柱があり中央には大きな窪みがあった。

 その人工的な空洞に三人の男女が鎖で繋がれて座らされていた。

一人は老人でもう一人は痩せこけた男。

そしてその間に両瞳の色が違う青髪の少女が居た。

━━な、なんでこんなことにー……。

 そう少女━━多々良小傘は嘆いた。

自分は妖怪だ。

 元々は近畿の安土の地に住み人間をちょっと驚かしながら生活していたが織田の軍隊が攻めて来た為、京に逃れた。

だが京は結界のせいで妖怪が住める場所では無く更に西へ移る。

そしてこの出雲・クロスベルに着いたのだが疎開している間にお金が無くなり生活に困った。

そんな中この工事の話を聞いて少しでも稼ごうと思ったのだが……。

━━こんな強制収容所みたいな場所だなんて知らなかったよぅ……。

 ここに来て五日間、僅かな食料と水を与えられ働かされ続けた。

自分と共に来た難民は六人居たが今では自分だけだ。

他の五人がどうなったのかは考えたくない。

 今日も朝からこの洞窟の採掘作業をやらされた。

だが疲れが溜まっていたため倒れてしまい、目覚めたら鎖で繋がれていた。

左右に居る二人も自分と同じく倒れたらしく一緒にここに連れてこられた。

 これからどうなるのか?

そう怯えていると天邪鬼達が現れる。

「キキ、今日ハ三人カ?」

「新シク四人入ッタカラ大丈夫ダ」

 彼らは良く分からない事を話すと此方を見る。

「オマエタチニ朗報ダ」

 「朗報?」と三人は顔を見合わせる。

「オマエタチハ今日デ仕事カラ解放サレル!」

 その言葉に皆驚く。

なにせもう帰れないと思っていたのだ。

「あの……どうしてでしょうか?」

 痩せこけた男が訊くと天邪鬼が頷く。

「オマエタチハ倒レタ、モウ仕事ガデキナイ」

 だから解放される?

「━━ダカラ食料ニナッテモラオウ」

「━━━━え?」

 彼らが言っている事の意味は分かるが理解したくない。

 一匹が鉈を持って近づいてきた。

「あの! あのあの! わちき、実は妖怪なんです!」

「オレタチハ妖怪モ喰ウゾ?」

━━聞きたくなかった!?

「わちき傘の妖怪なんです! だから食べたらお腹壊しますよ!!」

 天邪鬼が止まる。

彼は暫く考えると此方を見た。

「ジャア捌イテ、傘ニシヨウ」

━━もっと酷い!?

 鉈が振り上げられる。

全身から血の気が引き、目を閉じる。

 鉈が振り下ろされる音がした。

「痛くないといいなー」と諦めから最早意味の分からない事を思うが何時まで経っても此方の頭は割られなかった。

━━気が変わった?

 殺すのを止めてくれたのだろうか?

 そう思い目を開けると目の前で鉈の刃が止まっていた。

「…………」

 思わず口から魂が出そうになる。

「ナ、ナンダオマエタチハ!?」

「警察だ!!」

 天邪鬼が吹き飛んだ。

「大丈夫ですか?」

 後ろを振り返れば茶髪の青年が立っており、彼は此方を確認すると前に出た。

━━なに? なに!? 何なの!?

 突然の事で混乱したが一つだけ判ったことがある。

この人達は味方だと。

そう思うと思わず叫んでいた。

「こいつら全員ぶっ飛ばしちゃってー!!」

 

***

 

 最後の天邪鬼が倒れるとロイドは息を整えた。

なんとか間に合った。

だが今度はここから脱出しなくてはならない。

 ここまで来る際に強行突破を行った為、此方が進入した事は既に敵に知られているだろう。

直に敵が殺到してくるはずだ。

 背後を見ればティオとランディが難民達の鎖を外し立たせている所であった。

「直ぐにここを離れよう」

 そう言い皆が頷くと同時にそれは来た。

 此方を押しつぶすような重圧。

身の毛もよだつような邪気。

それが塊となって降って来た。

「…………な!?」

 空洞の中心に巨大な何かが着地した。

「騒ガシイト思エバ……ドウヤラ虫ケラガ紛レコンデイタヨウダナ」

 それは蜘蛛であった。

 二十メートルを超える体長を持つ蜘蛛は人間の女のような顔を持ち、花の蕾のような胴を持つ。

「じょ、女郎蜘蛛!?」

 そう青髪の少女が叫んだ。

━━こいつが……!!

「ロイド!!」

 ランディが此方の横に立ち、ティオが捕まっていた三人を遠くに移動させると此方の背後に移動する。

「人々を攫って……何が目的だ!!」

「貴様ラハ知ラナクテモヨイコトダ。ドノ道滅ブ貴様ラニハナ」

 そう女郎蜘蛛は笑う。

 滅ぶ?

いったいどういう事だ?

「ダガ無断デ我ガ住処ニ入ッタ罪ハ重イ。絶望シナガラ死ヌガヨイ!!」

 女郎蜘蛛が腕で薙ぎ払ってきた。

 

***

 

「!!」

 三人は咄嗟に身を低くして回避する。

巨大な腕は轟音と共に風を切り、頭上を通過した。

「こいつぁ、骨が折れそうだぜ!!」

「だけどやるしかない!!」

 身を低くした体勢で駆ける。

敵は巨大であり放たれる攻撃は掠っただけで致命傷だ。

━━まずは敵を転ばせる!!

 女郎蜘蛛の左腕が迫ってきた。

左腕は此方を押しつぶす様に一直線に向かってくる。

それを咄嗟に左に跳躍し避けると左前の足を狙う。

 全力疾走をし、加速力と体重を加えた殴り。

しかしそれは鋼鉄に当たったかのように弾かれた。

━━硬い!?

「ティオ!!」

 弾かれながら直ぐに叫ぶ。

「分かりました! エニグマ、起動!」

ティオが魔道杖の先端を展開させると彼女の周囲に導力魔術が展開される。

「ラ・フォルテ!!」

 ティオから赤い光が放たれると同時にロイドとランディが赤い光に包まれ筋力強化が行われる。

「よし、来た!!」

 女郎蜘蛛の右側に回りこんでいたランディが右足目掛けて走りだす。

それを迎撃するために女郎蜘蛛が体を動かそうとするが女郎蜘蛛の顔面に氷の塊がぶつけられる。

「アイシクルエッジ!!」

「オノレ! 小癪ナ!!」

 女郎蜘蛛が狙いを変えようとするがその間にランディが足元に入り込む。

ショックハルバードで足の関節を狙い横薙ぎの一撃を加える。

しかし刃は肌を切り裂く事もできず弾かれた。

「マジかよ!」

 反撃のため踏みつけてくる足を避けるとランディは距離を離す。

「クク……人間ゴトキガ我ニカテルト思ウナ」

━━どうする!?

 敵に物理的な攻撃は効かないならば導力魔術で攻撃を行うか?

 そう思った瞬間敵が動いた。

「今度ハ此方カラ行クゾ!」

 跳躍した。

 その巨体から信じられないような大跳躍をするとティオの背後に着地する。

「マズハ小賢シイ魔術師カラダ!」

「やべぇぞ!!」

「ティオ! 逃げろ!!」

 女郎蜘蛛が拳を上げ、振り下げた。

ティオは慌てて避けようとするが間に合わない。

 拳がティオを叩き潰した。

 地面が砕かれ、土埃が舞い、衝撃波で体が吹き飛びそうになる。

「クク、マズハ一人…………!?」

 拳の下。

誰かが立っていた。

 東方風の服を着た女性はティオを足元に置き、大地から岩の天井を作り出していた。

 岩の天井に皹が入り、砕ける。

「馬鹿力じゃのう」

「!!」

 女郎蜘蛛は慌ててもう一つの拳で二人を叩きつけようとするがそれよりも早く女性がティオを抱きかかえて此方に跳躍する。

「ほれ、立てるか?」

 彼女はティオを立たせると此方を見る。

「マ、マミゾウさん!?」

「うむ、マミゾウじゃよ?」

 マミゾウはウィンクをすると敵を見る。

彼女の姿は最初に会った時と変わっており、髪は短くなり半袖の服に赤いスカートを履いていた。

そして一番目を引くのは腰から生えた大きな狸の尻尾だ。

「おいおい、あんた妖怪だったのかよ」

「騙すつもりは無かったのじゃがな。旧市街で生活するには妖怪の姿より人の姿のほうが何かと都合が良い」

 そして敵を見る。

「しかし随分な大物が居たものじゃなぁ……」

「狸ガ、同ジ妖怪デアリナガラ邪魔立テスルカ!」

 怒鳴る女郎蜘蛛に対して余裕の笑みを浮かべると彼女は一歩前に出る。

「同胞を喰らう奴に言われたくはないわ。所でお主よ、ここに小狸が来なかったか?」

 笑みを浮かべているが彼女の目は笑っていない。

「小狸? アア、居タナ。虫ケラノクセニ我ニ刃向カウノデ……喰ロウテヤッタワ!!」

 女郎蜘蛛が愉快そうに笑う。

それにマミゾウが何度も「そうか……」と頷くと小さく呟いた。

「……なよ、小物が」

「ナンダ? 何カ言ッタカ?」

 マミゾウが女郎蜘蛛に顔を向ける。

彼女の顔には笑みは泣く、背筋の凍るような視線を敵に向けた。

「あまり調子に乗るなよ、小物がと言ったのじゃ!!」

 その瞬間、女郎蜘蛛が仰け反った。

マミゾウが腕を巨大化させ女郎蜘蛛の顔を殴ったのだ。

 その隙を突き、空洞の入り口からエリィが此方に向かって駆け寄ってくる。

「皆、無事!?」

「ああ、だけど、これは?」

 そう訊くとエリィはマミゾウの方を見る。

「マミゾウさんが旧市街の妖怪達を連れて助けに来てくれたの。捕まった人たちは皆救助されたわ」

 その言葉に皆安心する。

入り口の方を見れば捕まっていた三人はエリィに続いてきた妖怪達に救助され、脱出を始めていた。

 これで誘拐されていた人たちは助かる。

後は……。

「……坊主共、やれるな?」

 マミゾウの言葉に頷く。

「ああ! まだやれるさ!」

 特務支援課がマミゾウの横に並ぶ。

 正面では体勢を立て直した女郎蜘蛛が激昂しており、叫びを上げていた。

「これより誘拐事件の首謀者を無力化する! 皆、行くぞ!!」

「「了解!!」」

 怒り狂った女郎蜘蛛が突進を始める。

それに対し五人も駆け出すのであった。

 

***

 

 女郎蜘蛛と特務支援課の戦いの様子を物陰から窺っている存在が居た。

「やれやれ、予想外の事になってますねぇ」

 スーツを着た男はそう言うと口元に笑みを浮かべる。

「まあ、ここでの作業は完了しましたし計画に支障は有りませんね」

 そう言うと手に持っていた革の鞄から狐の面を取り出す。

それを被ると腰から大きな狐の尻尾を生やした。

「……それにしても特務支援課ですか。一応“彼女”に報告しておくとしましょう」

 男は影の中に溶け込んで行く。

最後に女郎蜘蛛を見ると冷たく笑うのであった。

「それではお役目ご苦労様でした、女郎蜘蛛さん?」

 

***

 

 腕が振り下ろされる。

それを右に避けると衝撃波で横に吹き飛ばされた。

 女郎蜘蛛は敵を潰せなかったと知ると苛立たしげに足を上げ、踏み潰そうとしてくる。

「ファイアボルト!!」

 エリィが放った炎の塊が女郎蜘蛛の顔に当たり、バランスを失った敵が崩れかける。

そこにランディとマミゾウが女郎蜘蛛の足に攻撃を加えるが弾かれる。

「全く、何を喰えばこんなに硬くなるのやら!」

 反撃のため横に薙がれた腕をマミゾウは跳躍で、ランディは伏せて避けると此方に合流する。

「どうすよ、ロイド! 流石にこれはキツいぜ!」

 導力魔術によって着実にダメージを与えているがそれ以上に此方が消耗している。

━━せめて敵の弱点が分かれば!

 今のところ体のどの部位を攻撃しても弾かれる。

後残っているのは敵の胴、蕾のようになっている所だ。

「……やってみるか」

 ティオを見る。

「ティオは“ラ・フォルテ”を使用後導力魔術で攻撃」

「了解です!」

 次にランディを。

「ランディと俺は近接戦闘で敵の注意を引く」

「おうよ!」

 最後にエリィとマミゾウを見る。

「エリィはマミゾウさんに“ホロウスフィア”をかけてくれ。

そしてマミゾウさん、あいつを思いっきり転ばせてください!」

「分かったわ!」

「成程、任せい!」

 皆が構えると女郎蜘蛛が迎撃の構えを見せる。

「行きます! ラ・フォルテ!」

 五人を赤い光が包んだ。

筋力強化が施され力が沸くのを実感するとランディと共に駆け出す。

 それを迎撃するための両腕による振り回し攻撃。

単純な攻撃だがその巨体から放たれる連続攻撃は驚異だ。

 腕が地面に当たるたびに地響きが起き、砕けた床が砂煙を舞い上げる。

━━来た!

 地面を擦るように腕が横から来た。

それを跳躍で避けると正面から腕が来る。

「く……!」

直ぐに横に逃れるが肩を僅かに掠る。

肌が裂かれ、血が噴出す。

「この野郎!」

 ランディが女郎蜘蛛の足を攻撃するが弾かれ、逆に蹴りを喰らいかける。

その隙に敵の足元に飛び込もうとするが突如全身を圧迫された。

「ヨウヤク捕マエタゾ!」

 体を握られ、持ち上げられる。

「ロイド!」

 エリィが導力銃で攻撃をするが敵は気にも留めない。

体を掴む力が強まり、全身に痛みが走る。

「クク、絶体絶命ダナ。虫ケラ!」

 苦痛で歪む顔を敵に向け、口元に笑みを浮かべる。

「ああ……絶体絶命だな……、お前のほうが!」

 女郎蜘蛛が「何?」と首を傾げると目の前に何かが現れた。

 マミゾウだ。

彼女は掛けられたステルス術式である“ホロウスフィア”を解除すると女郎蜘蛛の頭上まで跳躍する。

「人間とは本当に面白い事を考える。そう思わんか、虫けらよ?」

 マミゾウが縦に回転する。

足を上げ、振り下ろされる。

 渾身の踵落としは女郎蜘蛛の脳天を穿ち、強烈な衝撃波と共に敵を地面に叩き付けた。

 その際に敵が掴んでいた手を離し、落下する。

「おっと危ない!」

 空中でマミゾウに捕まれると地面に降ろされた。

「ロイドさん! 大丈夫ですか!」

 皆が駆けつけるとエリィが直ぐに治療を始める。

 なんとか敵を気絶させる事が出来た。

だが敵は直ぐに復活するだろう。

━━一気にケリを着けなきゃな!

「おい、ロイド! アレを見ろ!」

 ランディの指差す先、女郎蜘蛛の胴体の方を見れば蕾が開いていた。

蕾の中には幾つもの環状に目玉が並んであり、此方を睨みつけている。

「アレが敵の弱点か!」

 既に蕾は閉じ始め、女郎蜘蛛の体が動き始めている。

━━今しかない!

「マミゾウさん! 俺を蕾の上に投げてください!」

「あい分かった!!」

 マミゾウが此方の胴を持ち上げ、跳躍する。

そして上に向けて放り投げた。

 その様子を目玉が一斉に見る。

「これで……終わりだ!!」

 空中で体勢を整え、体の前面を下に向けると空中で術式を展開する。

闘気を放出し、身に纏う。

 闘気の塊が出来ていた。

塊は徐々に巨大化し、そして落下した。

「メテオ……ブレイカァァァァァァァ!!」

 閉じ始める蕾の中に塊が落ちた。

衝撃波と流体となった闘気が蕾の中で目玉を焼き払い潰し、そして蕾が爆発した。

砂埃と千切れた蕾が舞い上がり、視界が遮られる。

 爆発の衝撃で体が吹き飛ばされ、地面を転がるとランディに受け止められた。

「相変わらず無茶しやがって」

 そう笑みを浮かべるランディに同じく笑みを返すと敵の方を見る。

 砂埃が晴れるとそこには胴を失った女郎蜘蛛が倒れていた。

押しつぶされた蜘蛛のように倒れた女郎蜘蛛はピクリとも動かなくなっていた。

「……やったの?」

 エリィの問いに皆は答えない。

━━手応えはあった。

 あれだけの攻撃を内側から喰らったのだ。

無事では済まない筈だが。

「オ……ノ……レ……」

 動いた。

もがく様に動き、何度も立ち上がろうとするがその都度倒れた。

「虫ケラ……ゴトキガ……」

 口から血を吐きながら怨嗟の言葉を放つ。

「貴様はその虫けらにやられたのじゃ」

 マミゾウがそう冷たく言い放つと女郎蜘蛛は唸り声を上げ、力なく崩れる。

「クク……ダガ、我ラノ目的ハ……果タシタ……」

「目的とは何だ!」

 女郎蜘蛛は答えない。

彼女は愉快そうに笑い続けると咳き込み、多量の血を吐く。

「ドノ道貴様ラハ滅ブ…………黒キ龍ニヨッテナ……! 先ニ地獄デ待ッテイルゾ……虫……ケ……」

 そして動かなくなった。

 完全に動かなくなった敵を皆不安気に見ているとマミゾウが深く溜息を吐く。

「何だか思わせ振りな事を言っておったが取りあえず戻るとしよう。どうやら援軍も来た様だしな」

 振り返れば男女が空洞に入ってきた。

一人は大剣を背負った赤毛の男でもう一人は茶髪に黄色のリボンを着け、刀を差した少女だ。

「なんだ、もう終わっちまってたか」

 男がそう言い此方に近づくと少女が「うわ! 気持ち悪い! 大きい蜘蛛ですよ! 先輩!」と悲鳴を上げている。

「遊撃士の方ですね。特務支援課のロイド・バニングスです。たった今、誘拐事件の首謀者を無力化しました」

 ランディに立たせてもらいながらそう言うと赤毛の男は頷く。

「正遊撃士のアガット・クロスナーだ。洞窟はほぼ制圧した。後は任せてくれ」

 そう言うと彼は女郎蜘蛛の方に向かう。

彼らの手助けをしたいが此方も先ほどの戦いで消耗しきっていた。

後は彼らに任せるべきだろう。

「皆、戻ろう」

 その言葉に全員頷くのであった。

 

***

 

 夕焼けに染まる空の下、旧市街では失踪者たちが戻り彼らの家族や友人が無事を心の底から喜んでいた。

 しかし全員が喜んでいたわけでは無い。

 失踪者24名の内5人が帰ってこなかった。

その中にはタヌ蔵の弟のタヌ吉も入っていた。

 マミゾウが涙を流し崩れるタヌ蔵に「勇敢な最期であったそうじゃ」と優しく声を掛けると此方に来る。

「そんな顔をするでない。おぬし等のお蔭で多くの命が救われた。それを誇れ」

 その言葉に小さく頷く。

 ジオフロントは既に遊撃士協会によって封鎖されており、内部では調査及び誘拐犯残党の一掃が行われている。

「しかし……」

 マミゾウが集まっている難民達を見る。

「奴等め、いったい何を企んでいる?」

「……“滅び”とは何でしょうか?」

 ティオの言葉に皆表情を暗くする。

「戦争、怪魔、天変地異。滅びに繋がる物は幾つも有るけどあの言葉はもっと違う何かのような気がする」

 黒き龍。

何だろうかこの胸騒ぎは?

 もしかしたら自分達は何か大きな事件に巻き込まれたのかもしれない。

「ともかく一旦課長に報告して、遊撃士協会と打ち合わせをしよう」

「儂も同行してよいか?」

 マミゾウに頷きを返すと空を見る。

空は夕焼けの赤から夜の黒に変わり始め、鴉が鳴いている。

その光景はどこか何時もと違って重苦しく感じられた。

 

***

 

 ジオフロントの地下に出来た空洞。

アガットはその中心にあった窪みに触れていた。

━━結構な大きさだな……。

 窪みの形や大きさから考えてちょっとした建物が置いてあったかのようだ。

窪みからは何かを引き摺った跡が出来ておりそれを追いかけると崩れた通路の前に来た。

「運び出した後に通路を崩しやがったか」

 どうやらかなり重要な物であったらしい。

 突然腰に提げていたエニグマが鳴り、通話をする。

「どうした? 何……? 分かった、直ぐに戻る」

「どうしたんですかー、先輩?」と茶髪の少女に話しかけられ頷く。

「異動命令だ。来週にはここから移るぞ」

「異動って……何処に?」

 アガットは少女を見る。

そしてゆっくりと口を開いた。

「━━━━北条。関東だ」



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~第三章・『冬空の働き手』 冬も本格的に (配点:十二月二十日)~

 一面に緑が広がっていた。

晴れ渡った空の下、太陽に照らされた草原は朝露を輝かせ幻想的な雰囲気を作り出している。

また大地には霜の層が出来ており、一歩歩くたびに小気味良い音が鳴る。

そんな草原を走っている集団が居た。

甲冑を着た三十人程の集団は皆寒空の下、汗を流し一心不乱に駆けている。

「ひ……ひ、ふぅ……! まだ追いかけてきてるか!?」

男が叫んだ。

「ああ! 来てる!」

 別の男が振り返った先には別の集団が居た。

その集団は百人ほどであり、怒声を放ちながら追いかけてくる。

「な、何か増えてませんか!? 元忠様!!」

「ええい! 黙って走らんか!!」

 先頭を走る鳥居元忠はそう怒鳴る。

 筒井家を落としてから数日経つと三好の軍勢が度々国境を越えるようになった。

その都度出陣したが敵は此方が近づくのを察知すると直ぐに撤退してしまい中々敵を捉える事が出来なかった。

そこで八意永琳の策で事前に敵の出現先を予測し待ち伏せ、そして接敵後は迅速に撤退し此方の領土に引きこむ作戦だったのだが……。

━━奴等、後詰を隠しておったな!!

「敵! 騎馬隊を確認!!」

 その言葉に慌てて振り返れば敵集団の背後から十騎ほどの騎馬武者が現れた。

「追いつかれますよー!!」

「そんな事は知っとるわ!!」

 前方を見る。

 前方には林が広がっており作戦ではあそこに敵を引きこむ事になっている。

「あと少しだ! 皆、頑張れ!!」

「「Jud!!」」

 騎馬隊が接近してくる。

 騎馬武者たちは太刀や槍を構え、此方を一気に崩すつもりだ。

━━あと少し!

 林まで約50m。

 あと少しで味方が。

そう思った瞬間、林から騎馬隊が現れた。

 徳川の旗を掲げた騎馬隊の先頭には青い髪の少女がおり、騎馬隊は一直線に此方に向かってくる。

 敵を引きこみ隠していた騎馬隊で反撃を行う。

それが八意永琳の策だが……。

「おい! 予定より早いぞ!?」

 

***

 

「タイミング間違えたー!?」

 騎馬で駆けながら比那名居天子はそう叫ぶ。

 予定では元忠の部隊が二手に別れ道を開いたところを通るはずだったのだが思わず飛び出してしまった。

「ど、どうするんですか!?」

 直ぐ後ろに居る衣玖に振り返ると緋想の剣を掲げる。

「とりあえず、突撃ーーーー!!」

 元忠なら避けるだろう。うん。

 前方を見れば予想通り元忠の部隊は慌てて二つに分かれており道が出来ていた。

 彼らとすれ違う際に「あぶねーぞ! 馬鹿野郎―!!」と怒鳴られるがまあ後で酒を奢れば機嫌を直すだろう。

━━とにかく今は……。

 前方では突如現れた此方に動揺した騎馬隊が止まり、後方の歩兵部隊も慌てふためいている。

「全軍蹴散らせーーーー!!」

 そのまま騎馬隊は敵の騎馬隊を吹き飛ばし、敵の歩兵隊を一気に突き崩した。

 

***

 

「まったく、味方に轢き殺されるところだったぞ!」

 三好の軍勢を打ち倒し筒井城に帰還する道中、隣で馬に跨っていた元忠が眉を顰めた。

「ま、まぁ……作戦自体は大成功だし……?」

 三好兵百人は半数を戦で失い、10人以上が捕虜になった。

当分は此方にちょっかいを出せないだろう。

 元忠は此方に何かを言おうとするが小さく溜息を吐き、苦笑いをした。

「ところでその剣、やはり変化は無いか?」

 指差された緋想の剣を見て首を横に振る。

「あれから何度も試したけど全く変化なしね。振っても伸びないし」

 そう言いながら緋想の剣を元忠に向けて振ると彼は馬から落ちそうになる。

そんな彼を見ながら「ね?」と言うと彼は「人に向けるな!」と言ってきた。

「それにしても本当に何だったんでしょうね? 先月のあれは?」

 そう言って来たのは後ろに居た衣玖だ。

 彼女は表示枠で部隊の装備の状態を点検しており、時折指で表示枠を操作していた。

「“曳馬”と一緒に来た直政に見てもらったけど何処も異常が無かったのよねぇ。直政は『所有者の命の危険を感知して何らかの術式が展開したんじゃないか?』って言ってたけど……」

「ではもう一度死に掛ければ分かるのでしょうか?」

「……一ヶ月で二回も死に掛けたくないわ」

 そう言うと衣玖は苦笑する。

 林を抜けると筒井城が見え始め、上空では多くの航空艦が行き来していた。

その多くは軍艦ではなく輸送艦であり、筒井城の近くにある航空艦用の陸港に向かっていた。

輸送艦には食料や医薬品が多く積み込まれておりそれらは冬越えを行うための備蓄品だ。

「もうすぐクリスマスだけど、聖夜祭の日くらいはのんびりしたいものね」

 西側では聖夜祭の期間は停戦する事があるらしいが此方ではどうだろうか?

━━普通に戦争してそうよねー。

 一応本格的な三好攻めは来年の二月からになっているが状況によっては攻撃を早めるだろう。

どうにも近畿地方全体がきな臭くなってきた。

 羽柴と足利が同盟を結び、足利家から使者が徳川に来た。

この事をP.A.Odaは快く思わないだろう。

 そう思いながら行軍していると筒井城の近くまで辿り着いた。

「あの……総領娘様……?」

 衣玖が苦笑いしながら話しかけてきたので「何?」と訊くと彼女は筒井城の西門の方を指差した。

「先ほど死に掛けるとか話してましたが……二回目来そうですよ?」

「え?」と指差す方を見ればそこに居た。

満面の笑みを浮かべているが背後から怒りの気を放ち西門前で仁王立ちしている八意永琳が。

「…………逃げたい」

 そう冷や汗を掻きながら言うと元忠が「諦めろ」と同情の目で此方を見てくるのであった。

 

***

 

 筒井城の天守にある広間に天子と衣玖、そして元忠は正座させられていた。

それに向かい合うように八意永琳が正座している。

「……なぜ我等まで?」

 正座しながら元忠が訊くと永琳が「連帯責任です」と答えた。

「さて、私の言いつけを守らず突撃した理由は?」

「あーっと、気分? …………ふぎゃ!」

 輪ゴムを打ち込まれた。

「今回は成功したからいいものの、一歩間違えれば壊滅よ? 方面軍総指揮官の任を降りたとはいえ貴女は現場指揮官なのだからもっと慎重に動きなさい」

「……う。その、御免なさい」

 永琳に頭を下げる天子を見ながら衣玖は内心嬉しさを感じていた。

 筒井城を攻略してから天子は良い方向に成長しているように思える。

以前よりも部下や友人の話を聞くようになったし今回のように自分に非があれば認めるようになった。

まだ誰かに助けを求めたり物事を頼むのは苦手のようだがそれも何時かは克服できるかもしれない。

━━これも皆さんのお蔭かもしれませんね。

 武蔵の人たちは色々な意味で容赦無い。

この世界、この国では天界の総領事の娘という肩書きはなんの役にも立たないのだ。

だがそんな状況こそ天子が求めていた物なのかもしれない。

 ふと永琳と目が合うと彼女は口元に笑みを浮かべていた。

「あの……何か?」

「いえ、ただ嬉しそうだと思っただけよ」

 そう言われ少しだけ頬が熱くなる。

「でも私も分かるわ。この世界に来てから姫様はとても楽しそうだもの」

「いつも楽しそうに見えるけど?」

 と天子が訊くと永琳は頷く。

「色々と柵が無いからね。この世界なら他人の寿命を気にする必要も無いし月を気にする必要も無い。

まあ、この世界が幻想郷より良いとは言えないけどね」

「怪魔ですね?」

「ええ、少なくとも幻想郷には争いは無いしあんな怪物は居なかった。幻想郷は言うなれば温室よ。

安全だけど行動は限られる。

対して不変世界は妖怪達にとって求めていた自由はあるけど常に危険と隣り合わせだわ」

「温室ねー? 私は刺激のあるこっちの世界が好きだけど?」

 天子の言葉に永琳は頷かなかった。

「刺激が強すぎるのも毒よ。戻った後に効果が出るね」

 彼女の言いたいことは分かる。

多少の制約はあるが、妖怪が妖怪としての力を発揮できるこの世界から元の世界に戻った時、果たして我々は我慢できるだろうか?

 幻想郷の外へ進出したがる妖怪が続出するかもしれない。

 元の世界での妖怪は神々の時代の妖怪に比べ大きく力を失った。

人間が妖怪に怯える時代は終わり、妖怪が人間に依存する時代が来たのだ。

その事を快く思わない妖怪は幻想郷にも居る。

「そこら辺は八雲紫が何とかするんじゃないの? あいつ幻想郷大好きだし」

「そうね。だからこそこっちの世界で何かを企んで無きゃ良いけど……」

 そう話し終えると表示枠が開いた。

『今大丈夫か?』

「ええ、秀忠公。どうかしたのかしら?」

 表示枠に映った徳川秀忠は頷き腕を組んだ。

『先日伊勢・筒井間の街道整備の話をしただろう? その件で助っ人が“曳馬”に乗船して来る』

 それで昨日から“曳馬”が居なかったのか。

「助っ人とは?」

 そう元忠が訊くと秀忠が口元に笑みを浮かべる。

『お前も良く知っている奴。つい最近まで倉に篭っていた奴だ』

 それを訊くと永琳以外が「ああ……」と頷いた。

「あの、何方が来るので?」

『うむ。今日来るのは大久保長安。頼れる男だ』

 

***

 

 緊張を感じた。

冬の空の下、冷たい風によって鳥肌が立つが汗を掻いていた。

 汗と言っても運動から来る汗ではなく極度の緊張から来る冷や汗だ。

━━負けられないわね。

 そう蓬莱山輝夜は思う。

 自分と向かい合うように立っていた藤原妹紅も同じ事を考えているらしくやはり緊張した表情を浮かべていた。

 互いに構え相手の動きを見る。

━━来る!!

 妹紅が動いた。

 右足で踏み込み右腕を振り上げる。

それにあわせ此方も左足で踏み込み右腕を振り上げた。

「じゃん……!」

「けん……!」

「「ぽん!!」」

 二人は同時に手を開いた。

 

***

 

「……あれ、何やってますの?」

 そう城の広場にいたネイト・ミトツダイラが訊いてきた。

「じゃんけんで負けたほうがメイド服着るみたいよ?」

 答えたのは積み重ねられた物資の前で表示枠を操作していた鈴仙・優曇華院・イナバだ。

 城の広場では伊勢から送られてきた物資が集められておりその物資のチェックを行っているところであった。

「……よし、全部あるわね」

 送られてきた資料と物資の数を確認し終えると輝夜と妹紅の方を見る。

どうやらあいこが続いているらしく二人の周りには兵士達があつまりどっちにメイド服を来て欲しいか揉めていた。

━━なにやってんだか……。

 徳川の連中が来てから急に騒がしくなった。

 最初は徳川軍と一緒にやっていけるのか心配だったが一週間もたてば皆意気投合し、前よりも結束力が強まった気がする。

━━トップの人柄からかしらね?

 戦後一度だけ武蔵の総長が来た。

 最初から全裸で馬鹿をし「なんだあれは?」と思ったが彼が帰る頃には筒井兵も徳川兵も笑っていた。

 皆が笑って暮らせる世界を創ると言っていたがどうやら本気のようだ。

彼が本気で行動してるからこそ仲間が着いて行くのだろう。

「この物資、どうしますの?」

 ミトツダイラに訊かれ姫たちの方を見るのをやめると城の北西側を指差す。

「医療品は第一倉庫に、食料は第二倉庫にお願いするわ」

「Jud.」とミトツダイラは頷くと物資の入ったコンテナを楽々と持ち上げた。

それを呆然と見ているとミトツダイラが微笑む。

「私、人狼ですので」

 そのままコンテナを片手で運んで行く彼女を見送ると忍者と金髪巨乳が来た。

「何か手伝える事は?」

「ああ、食料品を第二倉庫に運んでちょうだい」

 「Jud.」と忍者と金髪巨乳がコンテナから食料品の入った箱を取り出すと持ち上げる。

「……どうしたで御座るか? ぼーっとこっちを見て?」

「いやぁ……これが普通なのよねと再確認してただけ」

 そう言うと忍者と金髪巨乳は顔を見合わせ首を傾げた。

 武蔵は個性豊かだと思う。

筒井に来ているのは一部で残りは“武蔵”に残っているそうだがいったいどんな連中が居るのだろうか?

━━落ち着いたら姫様を“武蔵”に誘うのも良いかもね。

 そう思い主を見れば自分の主は膝を着き頭を抱えており、その横で妹紅が拳を上げて喜んでいた。

「あ、負けたんだ」

 姫様のメイド服姿なんて中々見れない。

後で師匠に教えておこう。

そう思い、食料品の入った箱を運び始めるのであった。

 

***

 

 伊勢から筒井へ向けて“曳馬”が航行していた。

 その甲板の先頭に一人の男が手すりに上半身を乗せ、立っていた。

男は髪をオールバックにし西洋風の衣服を着用し、時折風で靡く髪を撫でていた。

「フ……。筒井の風が私を歓迎しているか」

 そう口元に笑みを浮かべ両手を広げると自身を抱きしめた。

「……何をしていらっしゃるので?」

 凛とした女性の声に振り返ればそこには“曳馬”が居た。

「何をしているように見えるかね?」

「……猿楽師が猿になっているように見えましたが?」

 「フ、君は相変わらず厳しいね」と言うと男は“曳馬”の腰に手を回した。

「だがそれがいい!」

 ウィンクを送ってくる男に“曳馬”は半目になり張り倒した。

「御巫山戯なさらないで下さい? 大久保長安様?」

 張り倒された長安は起き上がると髪を整える。

「その冷たさも君の魅力の一つだ」

 “曳馬”が半目のまま手を振り上げると長安は慌てて距離を話し咳を入れた。

「な、何をしてたかだったかな? それは勿論筒井の方を見ていたのだよ。久々の大仕事だ。気持ちが昂るというものだ」

「そう言えば長安様は二年ほど倉に篭っていらっしゃいましたね? 何故ですか?」

 そう質問すると彼は先ほどまでの砕けた表情から真面目な物になる。

「私は焦ったのだよ。異世界から様々な技術が流れ、組み込まれた。その変化に私は着いて行けず気がつけば武蔵の若者達が徳川の内政の中核に居た。

恥ずかしながら私は彼らに嫉妬していたのだな」

「それは……仕方の無い事では? 他国でも多くの武将が激変した技術について行けず、異世界の物に役所を取られていきました」

 戦が得意の武将はともかく能吏として大名に仕えていた武将達は新しい技術、新しい政治・外交を一から学ばなければならなかった。

「我々にもプライドと言うものがあるのだよ」

「成程。それで倉に篭り二年間学んでいたので?」

 「そうだ」と長安が頷くと“曳馬”は内心感心した。

家康公から彼を紹介されたときには交友優先度が最下位になった彼だが二段階ぐらい上げるべきだろう。

「ご立派だと判断します」

「フフ、どうやら君の私の魅力に気がついたようだね。どうだい、これから艦内で食事でも……ぶへ!!」

 反射的に叩いていた。

やはり優先度を上げるのは中止だ。

最下位でいい。

 甲板で芋虫のようになっている長安に背を向けると扉に向かう。

その途中ふと気になったので訊いてみた。

「ところで何故そのような格好を?」

「これかい? これはだな、外の世界を知るならまず身形から入ろうと思ってね。異世界は素晴らしいぞ!

特に“えろげー”とかいうのが素晴らしい! 春画に物語を持たせ、楽しませる!

私のお勧めはズバリ『メイドさんとバイン』だ! どうだい“曳馬”君! 君もやってみるかね!」

 満面の笑みを浮かべる彼に“曳馬”は二律空間から銃を取り出すと点検を始めた。

「おや? なぜ銃を?」

「徳川は人材豊富なので一人ぐらい減っても平気だと判断しました。ご安心を、一発で仕留めますので」

 そう言うと彼は慌てて両腕を振り「ま、待て落ち着け」と言ってきた。

そして乱れた髪を掬い上げると「だが、美しいメイドさんに撃たれるなら本望かも」といったのでゴム弾を顔面に叩き込んだ。

 仰向けに倒れ痙攣している長安に冷たい視線を向けると“曳馬”は銃を収納する。

「本当に人間とは個性豊かですね」

 そう言い彼女は艦内に戻っていった。

 

***

 

 徳川軍の中心にある三河国岡崎。

戦地から離れたそこは七年間でもっとも賑わっていた。

 徳川には連戦連勝しその話を聞いて仕官をしようと考える浪人や庇護下に入ろうとする他国からの民が集まっていた。

 また空では飛空挺や輸送艦が飛び交いその警護の為警護艦隊が交代で常に滞空している。

 そんな空を岡崎城の正門前で番兵が眺めていた。

「おう、どうした?」

 と声を掛けられ振り返れば正門から中年の男が出てきた。

「いえ、空が賑やかだなーって思いまして……交代っすか?」

 そう訊くと中年の男は頷く。

「交代の時間だ」

 此方の横に立つと彼は空を見上げる。

「確かに一年前と違って随分と賑やかになったものだ。この一年で徳川は一気に勢力を伸ばし、今や最も勢いのある国家だ。

皆俺たちに期待してるって事さ」

「お蔭で俺たちの仕事増えましたけどね」

 人が増えれば問題も増える。

治安の悪化もそうだが一番気をつけなければいけないのは他国からの間者だ。

此方にも忍者は居るが広大になった徳川領全てを監視する事は不可能だ。

「それでも西の連中に比べれば俺たちは楽なもんさ。今度は三好攻めだろう?

ついこの間筒井を落としたばっかりだってのに」

 筒井といえば先月の事件は何だったのだろうか?

突然空に向けて緋色の柱が伸びてその様子は岡崎からも見えた。

 西に居る仲間からの話ではあれのお蔭で筒井家に勝てたらしいが……。

「北条や武田と隣接してるからもっと忙しいと思ってたけど北条は鎖国、武田は飛騨で手一杯っすからね」

 武田とぶつからなくて済むのは有り難い。

あんな連中と戦っていたら命が幾つあっても足りない。

「それじゃあ、食事に行ってきます」

 そう言い城の中に入ろうとすると誰かが此方に向かってくるのに気がついた。

街道を歩いてこちらに向かってくるのは二人の男女で。

一人は巫女服を着、黒く長い髪を腰まで伸ばした女性でもう一人は杖を着いた老人だ。

「ありゃあ、誰だ?」

 今日岡崎城に来るのは英国からの大使だけのはずだ。

「おい」

 中年の男が横目で此方を見、それに頷きを返すと刀に手を掛けた。

「止まれ! 用件は何だ!?」

 そう訊くと老人が立ち止まる。

「徳川家康公に面会願いたい」

「家康様は本日英国の大使とお会いになられる。日を改めて参れ!」

 老人は引かない。

緊張を感じながら刀を引き抜こうとすると突然手が止まった。

「!?」

 刀に掛けた手が掴まれていた。

「止めておきなさい」

━━いつの間に!?

 眼前には巫女服の女性が立っており、手を動かす事が出来ない。

「先代殿、我等は争うために来たのではないぞ?」

 老人に言われると女性は「分かってるわよ?」と言い、下がる。

「……何者だ?」

 中年の男が尋ねると老人は口元に笑みを浮かべた。

「北条・印度連合所属、北条・玄庵。徳川家康公に重要な話がある。お会いできるかな?」



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~第四章・『塞ぎし国の来訪者』 格闘家じゃないよ? (配点:拳巫女)~

 憂鬱な気分で目が覚めた。

 カーテンの隙間から差し込む太陽の光に目を細めると体を伸ばす。

━━いよいよ今日か……。

 そうトゥーサン・ネシンバラは思った。

今日は英国から彼女が来る日だ。

 その為この後彼女を出迎えに行き岡崎城に案内する。

 憂鬱なのは別に彼女が来るからではない。

彼女が優秀なのは知っているし自分も彼女に対して悪い感情は持っていない。

それどころか好意を抱いている。

ただ……。

 寝室を出ると空き部屋を見る。

空き部屋の前には幾つもダンボール箱が積み重ねられており、開封厳禁と書かれていた。

━━なぜ僕の家に泊まるんだ!?

 浜松には英国大使館がある。

だが彼女は『ああ、僕はトゥーサンの所に居候するよ』と言い始めたため自分の与り知らない所で彼女がウチに住む事が決まった。

 そのせいで何だか梅組から変に生暖かい視線で見守られるようになった。

「……まったく。彼らが期待する事は起きないというのに」

 というか起きてたまるか。

 朝食を終え、歯を磨き、制服を着ると時刻を確認する。

九時五分。

 彼女が到着するのは十時頃だ。

まだ時間には余裕があるが……。

「まあ、朝の散歩をするのもいいかな」

 玄関で靴を履くと振り返る。

 変な感じだ。

今日からこの家にもう一人住民が出来るなんて。

 そう思いながら玄関を開けた。

十二月の風が流れ込み寒さから思わず首を引っ込める。

 突如風が止んだ。

 玄関に影が差し込み、「何だ?」と前を見れば居た。

 金髪で白衣を着た少女。

彼女は眼鏡を光らせ微笑んだ。

「やあ、トゥーサン」

「………………………ひぃ!?」

 

***

 

 教導院の橋の前にトーリ達が集まっていた。

 彼らは皆、金槌や板を持ち橋の一部を解体したり修復したりしていた。

「あ、ホライゾン。釘を取ってください」

 板を橋に置き、袖を捲くった浅間・智はそう隣で工具箱を持ったホライゾンに頼んだ。

 ホライゾンが箱から釘を取り出すと浅間は受け取り、金槌で板に釘を打ち込み始める。

「おーい、ホライゾン。こっちにもくんね?」

「Jud.」とホライゾンが頷き、浅間と同じように作業をしていた女装のほうに向かうと躓く。

「あ」

躓いたホライゾンは思わず工具箱を持っていた手を話し、金属の箱が女装の股間に吸い込まれる。

「ぐ! おぉ!?」

「だ、大丈夫ですかホライゾン! そこ等辺板を外してますから注意して下さい」

 浅間にそう言われると四つん這いになっていたホライゾンは親指を上げ、立ち上がる。

そして蹲っている女装を見ると首を傾げた。

「おや? トーリ様。仕事してください」

「お、おめぇ、相変わらず容赦ないな!」

 トーリの言葉に何故かホライゾンは誇らしそうにすると階段の方を見る。

「喜美様は手伝わないのですか?」

 そう訊くと階段で化粧をしていた葵・喜美は振り返る。

「そんな重労働したら腕がパンパンになっちゃうわ。…………は! ねえ! 浅間! パンパンってエロくない!? パンパンって!」

「ああ、もう! こっちに振らないでください!」

 体をくねらせ何だかトリップしている喜美を無視していると教導院の方から資材を抱えたノリキがやって来た。

彼は蹲っているトーリを見、トリップしている喜美を見ると何も言わずに資材を床に置いた。

「これだけあれば十分だろう」

 そう言い金槌を持つ彼に感謝の言葉を言うと橋を見る。

 不変世界に来てから色々と忙しくこういった艦上整備は出来なかった。

 だが最近になって徳川や武蔵に余裕が出来、自分達で出来るところから整備をしようと決めた。

「直政の奴は機関室の整備が終わったらこっちに合流するそうだ」

「あ、こっちは大丈夫なので後悔通りの整備をしているウルキアガ君達に合流するように伝えてください」

 ノリキは「分かった」と言うと表示枠を操作し始める。

 手の開いている者は教導院前と後悔通りの整備をする予定になっている。

「向こうはもっと忙しいのでしょうね」

 筒井の方は色々大変だったようだ。

 だが得たものも大きい。

以前よりも緋想の剣の事もそうだが一番の収穫は天子が以前より友好的になった事だろう。

「トーリ君は天子に会ったんですよね? どうでしたか?」

「お?」と蹲ったまま彼は此方を見ると笑った。

「前はツンツンだったけど今はツンデレになったって感じだな!」

「フフ、ミトツダイラとも上手くやっているそうじゃない。あの子達気が合うのかもね。オパーイとか」

「ああ、オパーイとかですか」

 

***

 

「へっきし!!」

「風邪ですか?」

「いや、何か凄く失礼な噂話をされている気がするわ……」

 

***

 

「ま、あいつらなら上手くやっていけるだろ。点蔵やメアリに元忠のおっさんも居るしな。何かあれば俺たちが直ぐに飛んで行けば良い」

 彼の言うとおりだ。

そういえばアマテラス様が筒井に向かったきりだが大丈夫だろうか?

主に伊勢神宮的な意味で。

 トーリは「さて」と立ち上がると背筋を伸ばす。

そして工具箱を取ろうとした瞬間、表示枠が開いた。

『葵、今大丈夫か?』

「お? どしたよ? セージュン?」

 表示枠に映っている正純は肩に乗っているツキノワを撫でると頷いた。

『先ほど徳川に北条からの使者が来た。彼らは武蔵の総長と姫を呼んでくれと言っている』

 北条が?

 北条は遠州での戦い以降鎖国を行い他国との交流を断絶していた。

それが何故突然徳川に来たのだ?

 どうするのか? とトーリを見れば彼はノリキの方を見ていた。

「ノリキ、おめぇも来るか?」

 そう訊かれノリキは止まる。

そして暫く思案顔になっていると小さく何度も頷いた。

「……そうだな。俺も行こう」

「うし! じゃあ浅間にネーちゃん! 俺たちちょっくら岡崎城に行って来るから後は頼んだぜ!」

 トーリ達三人が階段を下りていくと橋には自分と喜美だけになった。

 喜美は化粧道具を片付け始め「さて」と立ち上がろうとしたのでその肩を掴む。

「ちょっと、浅間? 何かしら?」

「はい、金槌」

 そう言い金槌を渡すと喜美は困ったように眉を下げる。

「あの、浅間、だから私は……」

「逃がしませんよ?」

 満面の笑みでそう言うと喜美は観念するように肩を落とした。

 

***

 

━━ふむ、こんなものか?

 商店街前のゴミを一通り拾い終えるとヨシナオは腰を伸ばした。

 梅組の連中が朝から艦上整備を始めたのを見て、つい自分もゴミ拾いを始めてしまった。

━━麻呂にしてやれるのはこの位だからな。

 一応武蔵王ではあるが政治も軍事も主役は自分達教員ではなく若者たちだ。

不変世界に来てからは歴史再現ではない戦争をするようになり普段は巫山戯ているがその心労はかなりのものだろう。

「ご協力に感謝します」

 ゴミの入った袋を自動人形に渡すと通りを見る。

すると正面からゴミ袋を持った今川義元がやって来た。

彼は此方に気がつくと頭を下げ近づいてくる。

「武蔵王殿もゴミ拾いですかな?」

「Jud.、 “も”という事はそちらも?」

そう訊くと彼は頷く。

「ええ、あいつ等が朝から頑張っているのを見たら自分も何かしなければと思いましてね」

 「互いに歯痒いですな」と義元は苦笑いするとゴミ袋を自動人形に渡した。

「教員生活はどうですかな?」

「んー、そうですねぇ……悪くない、いや寧ろ充実してますよ。

今でも戦場で戦いたいと思いますけど若者に道を示すのも良い物ですなぁ。

生前はそれが出来なかったというのもありますが」

 「ヨシナオ王は?」と訊かれ考える。

自分はどうだろうか?

 聖連から領土を奪われ武蔵に派遣された。

だが葵・トーリやその仲間達が直向に理想に向けて進んでいくのを見て自分は……。

「麻呂も充実しておる。ここは麻呂にとって二つ目の故郷だ」

 その答えに義元は満足そうに頷くと自分の手のひらを叩いた。

「そうだヨシナオ王、親睦を深めるという意味でこれから食事でもどうですかな?」

 神代の英雄と親睦を深める、か……。

なんとも恐れ多いような気もするが。

「それならば麻呂の行きつけの店があるのだが……」

 そう言いながら共に歩き始める。

結局親睦会は途中で上白沢慧音とオリオトライ・真喜子、そして三要・光紀が加わり大所帯となったのであった。

 

***

 

 岡崎城の評定の間で徳川家康と武蔵の総長たち四人、そして北条からの使者が集まっていた。

「さて、北条・幻庵殿。今日はいったいどの様なご用件で?」

 そう家康が尋ねると幻庵と巫女が頭を下げる。

「我等が窺った理由。それは我等の主、北条早雲公からの言伝を預かっているからで御座います」

 「言伝」と言う言葉に家康は反応し、横目で正純を見ると小さく頷きあった。

「鎖国した貴国からの言伝とはどの様な物だ?」

 北条は鎖国して以来、他国と一切の交流を行っていない。

そんな中密使としてきたのであればかなり重要な事であろう。

「『我等北条は貴国に資格があるかどうか試したい』との事です」

「おいおい、爺さん。資格ってなんの資格だよ?」

 そう女装が訊くと幻庵は女装を、その次にホライゾンを見た後、最後にノリキを見た。

「━━━━世界の謎に触れる資格だ」

 やはり北条は何かを掴んでいたか!

そう正純は思った。

 彼が鎖国してまで隠したい物、それは恐らく……。

「崩落富士だな」

「ほう、やはり気がついていたか」

 相手は隠さない。

つまり隠す必要も無くなったか、隠してはいられなくなったかだ。

「それで? どのような謎が崩落富士にあるのですか?」

 ホライゾンが問うと巫女が首を横に振る。

「それはまだ教えられないわ。あなた達が私たちを認めさせるまでね」

「然様、今日こやつを連れてきたのは護衛の為だけではない。我等北条・印度は徳川家との相対戦を所望する」

「……断った場合は?」

 家康が訊くと幻庵は口元に笑みを浮かべた。

「徳川が辞退するのであれば我等は同じ条件で六護式仏蘭西に向かうだけだ」

「……織田には行かないのか?」

「それはありえないわね」と先代が言うと幻庵がそれを遮った。

 北条が隠している秘密は織田には知られたくない物か……。

 織田が元の世界に戻る方法を探しているのは有名だ。

ならば北条が隠している秘密はこの世界に関するものである可能性が高い。

━━話しに乗るべきだな……。

 家康も同じ事を考えていたらしく顔を見合わせると頷く。

「その相対戦、受けよう。そちらはその女性が?」

「ええ、あらためて名乗らせていただきます。博麗神社所属、博麗先代です」

 博麗神社。

関東方面最大の神社であり対怪魔のプロフェッショナルと言われている。

・副会長:『浅間、博麗神社について知っている事は?』

・あさま:『博麗神社はもともと長野家所属の神社で規模の小さい物でしたが統合争乱時に関東を制圧した妖怪軍と争い、宇都宮城の奪還等で功績を挙げました。

争乱後長野家が北条・印度連合に加わると北条家の支援の下、近隣の神社を吸収関東一の大神社になりました』

・貧従士:『博麗神社が大きくなった過程は分かりましたけど、神社って国家間の争いに関わっていいんですか?』

 確かに。

浅間神社も人道的な救護や自衛の為以外には戦闘に参加できない。

だが今来ている博麗神社の巫女は北条・印度連合の一員として徳川に来たのだ。

・あさま:『博麗神社はちょっと特殊と言うか……博麗神社には二つの顔が有ります。

一つは今代巫女の博麗霊夢が中心となって行っている怪魔、流れ妖怪退治。

もう一つは先代巫女である博霊先代が戦士団を結成し、関東の防衛を行っています』

・煙草女:『神社が戦士団を持つって、そりゃ不味いんじゃないんさね?』

・あさま:『博麗神社はあくまで防衛のためと宣言し、じっさい防衛戦のみ戦士団を投入しています。自衛権の拡大解釈ですね。

勿論その事を快く思わない組織は多くいるので博麗神社は諏訪大社などの近隣神社と対立しています』

 それでも成り立っているのは北条が背後にいるのと博麗の巫女が上手く立ち回っているからだろう。

「それで? そっちは誰が相対戦にでるのかしら?」

 博麗の巫女の力は未知数だが浅間からの情報から油断できない相手だ。

━━やはりここは二代か立花・宗茂か?

 そう考えていると女装が手を上げた。

「セージュン、ちょっと待ってくんな?」

「どうした馬鹿? トイレならもう少し我慢しろ」

「ちげーよ! トイレならさっききっちり済ませたぜ!」

「ホライゾンも今朝も元気にモリモリと……」

 直ぐにホライゾンの回りを消音術式が囲んだ。

・あさま:『はい! セーフ!!』

・約全員:『手遅れだよ!!』

 口パクしながら親指を上げるとホライゾンは家康を見る。

━━ん? なんだ?

 浅間に術式を解除するように伝え術式を解除するとホライゾンは頷いた。

「脱糞といえば家康様ですが、そこら辺どう思いますか?」

 

***

 

・彦 猫:『地雷踏みやがったーーーー!?』

・無 双:『う……む、流石はホライゾン殿と言うか……』

・さかい:『胃が痛くなってきた……』

・能筆家:『殿がウンーコ漏らしてその姿を描かせたのは有名ですからなー。

今我等の結束があるのも殿が脱糞したお蔭と考えると?』

・彦 猫:『結束っていう言葉が急に臭くなったな……』

 

***

 

・脇巫女:『いまそっちどんな感じ?』

・拳巫女:『武蔵の姫がうんこ言って家康公のうんこ談義で全員絶句』

・脇巫女:『…………は?』

・拳巫女:『そのまんまなのよねぇ、これ』

・脇巫女:『わけ分からん……』

 

***

 

 苦笑いのまま固まっている家康を見て正純は大量の冷や汗を掻いた。

この状況どうする?

━━うん、どうしようもないな!

「で、どうした馬鹿?」

・約全員:『続けんのかよ!!』

・副会長:『う、うるさいなー。話を進めなきゃ駄目だろう』

「おう、相対戦誰を出すかだけどよー。ノリキ、オメェはどうしたい?」

 全裸が笑顔のままで訊くとノリキは驚いたような表情をした。

「そう……だな。俺は……」

 彼は北条の使者を見る。

いや、もしかしたらその先を見ていたのかもしれない。

「葵、副会長。俺が相対戦に出る」

「お、やる気だな!」とトーリが笑うとノリキも頷き口元に笑みを浮かべた。

━━相変わらず気の回る奴だ。

この馬鹿はいつもそうだ。

普段はふざけている癖にちゃんと人の事を見ていて何かを躊躇っているなら後ろから軽く押して動きやすくする。

「ノリキがでるけどいいか? セージュン」

「Jud. 本人が乗り気なら私からは異論は無い。ノリキだけに」

 

***

 

・ウキー:『どうしてこう、一言余計なのだ?』

・金マル:『ここまで滑るともう一種の呪いだよねー』

・貧従士:『あ、家康さん再起動しましたよ』

・不退転:『ショック療法ね』

 

***

 

「う、うむ。私からも異論は無い」

 立ち直った家康がそう頷く。

━━放心しながら話を聞いていたのね。

そう感心しながらノリキを見る。

 正直意外だった。

武蔵は確実な勝利のために副長クラスをぶつけてくると思っていたが相対戦に出るのは副長どころか役職者でもないただの一般生徒だ。

━━軽く見られたかしら?

「先代よ。あまり油断するんじゃないよ。油断すれば足元を掬われる」

「彼の事を知っているの?」

 そう訊くが幻庵は「……色々あるのだ」と答えをはぐらかした。

 ああ、そうか。彼が氏直の……。

政治的なことには興味は無いがあの氏直が執着している男だ。

実に興味深い。

「それじゃあ、早速始めましょうか?」

 そう言い立ち上がれば皆一斉に動き始めた。

 

***

 

岡崎城の広場に人だかりが出来ていた。

兵も将も皆自分の仕事を止め、広場の中央に居る二人に注目している。

「では相対戦のルールを再確認する!」

 天守側に急遽作られたテントの下で正純や家康、トーリにホライゾンそして北条・幻庵が座っている。

「ルールは簡単だ。北条側は徳川側の相対者を戦闘不能にすれば勝利、徳川側は北条側の相対者の上半身に有効打を入れれば勝ちだ!」

「ホライゾンが思いますにこれ、徳川側が凄く有利ですよね?」

 それに答えたのは先代だ。

「私たちの目的は徳川の実力を知る事。本格的な戦いではないからね」

「なるほどな。よし、ノリキ! 胸だ! 胸を狙え!」

「確かあやつの胸部装甲は大きいからねぇ……」

 先代が石を拾うと幻庵に叩きつける。

「まあ、胸を触ってもいいけどね」

 「おお!?」と男衆が一斉に盛り上がるが先代はそれを無視し、何かを掴むジェスチャーをした。

「その代わりへし折るけど」

 空中で見えない何かをへし折った。

それと同時に男衆が「……おおぅ」と一斉に股間を押さえ始める。

「本当に一撃でいいんだな?」

 ノリキに訊かれ頷く。

「ええ、一撃で良いわ。でも━━━━貴方は一撃も私に入れられなく終わる」

 空気が変わった。

 静かに、だが此方を上から押さえつけるような威圧感。

それを感じノリキが構えた。

「見事な気迫だ」

 そう言ったのは家康の背後で控えていた本多忠勝だ。

彼は口元に笑みを浮かべると先代を見る。

「是非とも手合わせしたかった」

 誰もが固唾を呑み見守る。

『障壁を展開します』

 二人を障壁が囲むと表示枠に映る浅間と目が合う。

『この障壁は相対戦が終了するまで展開され続けます。ある程度の攻撃には耐えられますが念のため障壁から離れてください』

 皆が一歩下がるのを確認すると家康公に頷いた。

「ではこれより相対戦を始める! 両者、構え! 始め!!」

 

***

 

 ノリキは相対戦が始まると同時に後ろに跳躍した。

相手は格闘戦主体の巫女だ。

術式と近接攻撃を織り交ぜた戦法を取るだろう。

━━どう来る?

 攻撃か術か?

だが敵は動かなかった。

いや、それだけでは無い。構えてすらいない。

「……どういうつもりだ?」

「言ったはずよ? 私はあなた達の力を試すと」

 だから自分からは行かないという事か。

だが構えもしないというのはどういうことだ?

此方を甘く見ているのかそれとも他の何かか?

━━攻めて出方を見るか。

 このままにらみ合いを続けるわけにもいかない。

 創作術式『睦月』を展開すると駆け出す。

敵に向けての突撃。

愚直な行動に思えるかもしれないが敵の出方を計るにはちょうどいい。

 右腕を引き、拳を握る。

狙うのはトーリの言ったとおりに相手の胸部だ。

 頭部では外す可能性があり、腕は有効打になり辛い。

拳を放つ。

敵は未だに構えていない。

放たれた拳は一直線に敵の胸部を狙うが……。

 突如腕に軽い衝撃が生じた。

本当に些細な、軽く叩かれた程度の衝撃。

だがそれによって拳の軌道はズレ、空を切った。

━━何!?

 何が起きたのかは分かった。

敵は此方の腕を叩き、軌道をズラしたのだ。

問題は其処ではない。

問題なのは……。

━━見えなかった!!

 腕を叩かれる寸前まで敵は構えていなかった。

何時構えた? 何時動いた?

 身の危険を感じ、直ぐに下がろうとするが敵が前に出る。

「ちゃんと耐えなさい?」

「!!」

 突如横腹に衝撃が生じた。

渾身の横蹴りを喰らい、体が横にくの字になると吹き飛ぶ。

━━またか!!

 また見えなかった。

此方の視覚上では敵は地面に足を着けたままだ。

だが蹴りを喰らった。

 地面を転がり、咳き込むと立ち上がる。

「まだまだやれるわよね?」

 不敵に笑う敵に構えると再び『睦月』を展開した。

「……わかっているなら言わなくていい!」

 そして再び駆け出すのであった。



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~第五章・『紅白の拳闘士』 拳は硬く、お胸は……? (配点:巨乳)~

 岡崎城の相対戦は激しさを増していた。

ノリキが敵に攻撃を加え続け、先代がそれを避ける。

 その状態が五分も続いた。

 一見ノリキが優勢のように見えるが彼は一撃も敵に喰らわせる事が出来ず、逆にカウンターを受け続けていた。

 ノリキが踏み込む。

彼は右足で大きく踏み込むと肘を引き拳を構える。

そして敵を穿つ……と思われた瞬間横に跳躍した。

 フェイント。

敵の不意を突いた攻撃。

敵の側面に回りこむように移動するとノリキは拳を放った。

だがその瞬間ノリキの体が吹き飛んだ。

「これは……どういう事ですか?」

 浅間神社の境内から相対戦の様子を見ていた立花・誾は同じく横で観戦していた立花・宗茂に訊いた。

「先ほどから敵は何故構えない……いえ、何故彼の動きに的確に反応できるのですか?

見たところ彼女は腕の力を抜き、撓らせる事で高速で攻撃と移動を行っています」

 力を抜くといっても脱力しているわけでは無い。

無駄な力を抜き骨と筋肉、人体を最大限に利用した攻撃と移動。

 単純だがだからこそ使いこなすには相当の鍛錬が必要だ。

腕を撓らせる速さが人体の許容値を越えれば筋肉を痛め、最悪骨折するし逆に遅すぎれば容易く敵に捉えられてしまう。

「彼女は攻撃をまるで彼がそこに来るのが分かっているかのように攻撃しているのは何故ですか?」

 先代が狙っているのはノリキではない。

常に“ノリキの行動の先”である。

彼が拳を放てばそれを予測していたかのように迎撃し、下がればそうすることを知っていたかのように踏み込んでくる。

「彼女が何故動きを予測できるのか? それは彼女の攻撃と同じく非常に単純な事ですよ」

 「は?」と首を傾げると宗茂は笑みを浮かべた。

「経験です。彼女が今まで培ってきた経験を最大限利用し、その上で敵の動きを一瞬たりとも見逃さないようにする。

そうする事で予測攻撃の正確性を高め、当てています」

「そんな事が可能なのですか?」

「Jud.、 武芸を極めた者。その中でも極少数の達人だからこそ出来る行為です」

 そう言う彼の瞳は輝いていた。

武芸の道を行くものが目指すべき境地。

そこにあの巫女は辿り着いているのだ。

宗茂の性格からして手合わせをしたくてしょうがないのだろう。

「恐らくこの相対戦を見ている本多・二代や本多忠勝も私と同じ事を思っているのでしょうね」

 

***

 

━━楽しんでいるねえ。

 相対戦を見ながら北条・幻庵はそう思った。

 先代は初め、この戦いを速攻で終わらせるつもりだった様だがノリキが食い下がって来ると彼との戦いを楽しむようになっていた。

 同じ武芸者として彼女の気持ちは分かる。

未来ある若者との戦いは心が躍る。

━━だけど手を抜くんじゃないよ?

 そう先代を見ると彼女と目が合った。

彼女は“分かっているわよ”と頷くとノリキを見る。

 今は敵を圧倒しているがここ数回になって敵が先代の攻撃を防御するようになってきた。

 戦いの中で成長しているのだ。

━━若いねえ。

 自分や先代のように“既に完成された者”には無い力。

青臭いがそれ故の学習力と挑戦。

それを侮ってはいけない。

何時だって時代を動かすには若く新しい力なのだ。

 ノリキが拳を構え、突撃した。

左右に小刻みに動き敵に此方の攻撃を予測させないための行動。

 それを先代は一瞬たりとも目を離さず予測を行う。

突如ノリキが止まる。

━━来るかね? だが……。

 その程度の動きでは彼女の予測を覆す事は出来ない。

拳が放たれた。

放つ先は敵の腹部……ではなく。

「斜め上か!?」

 体を無理やり捻らせ拳の軌道を敵の右斜め上にした。

そして両者の間で激突音が響いた。

拳と拳がぶつかり、弾かれる鈍い音。

「ついに捉えたか!」

 敵に攻撃を弾かれ先代は僅かに気を散らす。

その瞬間を狙ってノリキは膝蹴りを放つが先代は瞬時に後方に跳躍した。

 両者は距離を離し戦いは振り出しに戻ったが状況は大きく変わった。

ノリキが先代に対抗できると証明したのだ。

 周囲の観客達が一斉に盛り上がり、彼に声援を送る。

対して先代は先ほどと表情を変えていないが。

「嬉しそうだねえ」

 視線の先。

彼女の口元には笑みが浮かんでいた。

 

***

 

━━いいわね。

 少年が来る。

彼は此方の動きを見続け、此方も彼の動きを見る。

 瞬時に脳内で敵の攻撃パターンを予測し、迎撃を行う。

だがカウンターは決まらない。

 再び空中で弾かれたのだ。

 敵は此方の予測を予測し弾いてくる。

━━いいわね!

 短時間でここまで上り詰めるとは。

 まだ彼の予測的中率は十回に一回程度だがこのまま戦いを続ければこの少年は食い下がり、学び、確率を上げてくるだろう。

 此方の迎撃を迎撃するのを学べば今度は切り返し、踏み込んでくる。

そうなればじゃんけんのような物で互いの勘を頼りにした攻撃になる。

━━一回だけでいいってのは譲歩しすぎたかしら?

 向こうは気力が続く限り戦えるが此方は一回でも有効打を喰らえば負けだ。

今さら術式を使っても展開中に攻撃されるだろう。

ならば……!

 後方への跳躍。

敵と大きく距離を離すと此方の様子を慎重に窺う少年を見る。

━━使ってみるか……。

 まだ試作中の技という事もあり使いたくは無かったがそうも言ってられないようだ。

それに出し惜しみをするのは彼に対しても失礼だ。

「少年」

「少年じゃない……ノリキだ」

「じゃあ、ノリキ少年。今から難易度上げるけどちゃんとついて来なさい?」

 そう言い、一歩踏み込んだ。

 

***

 

━━なに?

 ノリキは眼前で起きた事への理解が遅れた。

先ほどまで敵は眼前に居たのだ。

だが相手が一歩前に出た瞬間、その姿が消えた。

 ステルス術式か? いや違う。

敵が術式を展開した形跡は無い。

そもそも気配が無いというのはどういうことだ?

 警戒し周囲を見るが敵の姿は無い。

 完全に消失したのだ。

━━どういう技だ?

 構え、警戒を強める。

視覚だけではなく聴覚も使い敵を探すが探知できない。

背に嫌な汗を掻く。

 慎重に後方へ下がろうとした瞬間、観戦していた正純が身を乗り出し叫んだ。

「おいノリキ! 何をしている! 逃げろ!」

「それはどういう……」

 言葉は続かない。

 顔面を打ち抜くような衝撃が突如生じた。

体は宙に浮き、地面に叩きつけられる。

 頭部と背中に衝撃を受け、意識が飛びかけるがどうにか持ち堪える。

━━何が起きた!?

 正純の声で危険を感じて咄嗟に後ろに下がったのは正解だった。

後方に下がることで衝撃を軽減し頭蓋を砕かれる事を免れた。

立ち上がり額に流れる血を拳で拭くと敵に向けて駆け出す。

 敵の手の内が全く分からないため受身に回るわけにはいけない。

拳を構え姿勢を低くし、敵を狙う。

そして後一歩で射程内という所で消えた。

「……またか!」

 右足で踏み込み急ブレーキを掛けると後方へ跳躍する。

「ノリキ殿! 左だ!」

 忠勝の声の通り左を見る。

敵の姿は無い。

 だが咄嗟に左腕を横に薙いだ。

拳は空振り、その直後脇腹に強烈な衝撃を受けた。

「!!」

 俺にだけ見えていない!?

どういう原理なのかは分からないが敵は自分にだけ姿を見えないようにしている。

地面を転がり全身に傷を作りながらも立ち上がる。

 そして次の瞬間見たのは放たれる拳であった。

 

***

 

「妙な事になっているわね……」

 そう姫海堂はたては観客に紛れながら呟いた。

 北条の使者が岡崎城に来たと知り浜松からここまで全速力で飛んできた。

 交渉の様子は窺えなかったが武蔵の生徒と先代博麗の巫女が相対戦をすると聞いたため観戦しながら記録をとる事にしたのだがどうにも変な事態になっていた。

「なんで避けないの?」

 先ほどからノリキは立ち上がるたびに周囲を警戒し、それに対して巫女が普通に近づいてノリキを殴るを繰り返している。

「いや、あれは見えていない?」

 恐らくそうだろう。

巫女は何らかの方法でノリキの視界から消え攻撃を加えている。

 だがどうやって?

 巫女は戦いが始まってから一度も術式を使っていない。

となると彼女は術式以外の何かで姿を消している事になる。

そのような事は可能なのだろうか?

━━出来るんだろうなぁ……。

 自分はあの巫女のことをよく知らない。

 知ってるのは先代の巫女が居て、彼女はスペルカードルール制定前だった事も有り純粋に己の力で妖怪退治をしていたという事ぐらいだ。

 文や他の古参妖怪達は彼女と面識があるらしいが先代巫女の事を尋ねると皆、言葉を濁す。

何故妖怪達は言葉を濁すのか?

何故彼女は失踪したのか?

 色々と興味は尽きないが……。

 ノリキが再び吹き飛んだ。

これで何度目かは分からない。

 ここからでも彼に限界が来ていることは分かり、次に攻撃を受ければ終わりだろう。

 先代が歩く。

 ノリキが下がる。

 全方位を警戒するノリキに向けて先代はゆっくりと近づいていった。

彼の目の前に来た瞬間高速のアッパーカットを放つ。

 拳は顎を穿ちノリキの体が宙に浮く。

そして彼は頭から地面に落ちた。

「……勝負ありね」

 動かなくなった彼を見ながらはたてはそう呟いた。

 

***

 

 テント下の席は沈黙に包まれていた。

 ノリキは動かず地面に倒れたままで先代はそれを見下ろすようにしている。

 誰が見てもノリキの負けだ。

徳川は相対戦に負けたのだ。

 その様子を見ながら正純は肩に乗るツキノワを撫で、どこか遠くを見ていた。

「はは、可愛いなー。お前はー」

「ま、正純殿! 気をしっかり持て!」

 私は正常だ。うん。多分。

 しかしどうしたものか?

相対戦に負け、徳川は北条に力を証明できなかった。

なんとかもう一戦できるように頼むか?

 厳しいがやるしかないか。

と思うと幻庵が立ち上がった。

「ん、何処行くんだよ爺さん?」

 女装に呼び止められて幻庵は溜息を吐く。

「何処って帰るのだよ。明日には六護式仏蘭西に向かわないといけないからねえ」

「ちょっと待ってくれ……!」

と踵を返した幻庵を追いかけようとした瞬間、女装が彼の着物の裾を掴み転ばした。

「な、何をする!?」

「何って、まだ相対戦は終わってねぇんだからよ。最後まで見ようぜ」

「……もう決着は着いただろうに」

 そう幻庵が言うと女装が「ちっちっち」と口元に笑みを浮かべた。

「あいつを舐めてもらっちゃ困るぜ。あいつは俺なんかよりずーっと根性があるからな!」

 「なに?」と幻庵が立ち上がると観客の方から歓声が上がった。

 皆、慌ててそちらの方を見ると立っていた。

 満身創痍になりながら、それでも立っているノリキが居た。

「これは驚いた……」

 驚く幻庵に女装は笑顔を向けノリキの方を見る。

「だろ? あいつは根性あるって」

 

***

 

 自分でも良く立ち上がれたと思う。

普段の稽古の成果か、もっと別の何かか。

 最後の一撃を喰らったときここで終わってはいけないと思った。

まだ自分はスタートラインにすら立っていないと。

 意識が朦朧としている。

 全身が重く、腕が思ったように上がらない。

 だがそれでも構える。

 今自分と相対している者は北条の代表だ。

彼女は試すと言った。

 ならば自分はこの強敵を乗り越えなければいけない。

彼女の先に居る者といつか決着をつける為にも。

「満身創痍で……それでも来るのね?」

「わかっているなら…………言わなくていい…………!!」

 来る!

 敵が消えた。

 次は無い。

 狙うのはカウンターで有効打を叩き込む事だ。

これに全てを賭ける。

━━くそ……。

 視界が霞み、呼吸が乱れる。

今にも倒れそうな体を“あと一撃”という気持ちだけで耐えさせる。

 敵は何処だ? 何処から来る。

 靄が掛かったような視界で周囲を見れば何かが視界に映った。

呼吸が乱れる。

 その度に影は形をしっかりした物に変える。

そして此方の直ぐ近くまで来たところでそれが巫女服を着た女性だと気がついた。

 此方の右方。

彼女は立ち止まり、ストレートを放ってきた。

 その瞬間、膝から力が抜けた。

 

***

 

 目の前の少年を見る。

全身に傷を負いながらも立ち上がり闘志を潰えさせない少年を。

━━いいわね。

 最早何度目か分からない賞賛の言葉を相手に送り歩き出す。

ここまで食い下がって来たのだ。

彼の勝利を認めてもいいのではないだろうか?

いや、ここで“自分の負けだ”と言えばそれは彼の誇りを傷つける事になる。

 ならば自分がすべき事は……。

━━止めを刺す!!

 一歩一歩しっかりと進む。

自分と相対した敵を脳裏に焼き付けるように敵から視線を外さない。

 右に回りこみ構える。

敵は周囲を警戒し首を動かしているが無駄だ。

彼に此方を捉える事は出来ない。

 一瞬だけ目が合った様な気がした。

だが彼は直ぐに視線を動かし誰も居ない方を見ている。

━━偶然?

 いや、偶然で済ませるべきではない。

常に最悪の状況を想定し行動に移す。

敵が此方を捉えたかも知れないと思ったのなら……。

━━直ぐに終わらせるわ!

 拳を構える。

狙うのは顔の中心。

そこを穿ちこの相対戦を終わらせる。

 拳を放った。

敵は避けない。

いや気がついていないのだ。

 だが拳を放った瞬間、敵と目が合った。

先ほどとは違い、しっかりと此方を捉える視線。

「見えている!?」

 敵が消えた。

 違う、消えたのではない。

脱力した彼は膝を着き、そのせいで拳が空振る。

━━しまった!!

 敵の闘志は消えていない。

彼は拳を構えながら立ち上がってくる。

そして此方の内角を抉るように拳が放たれる。

 此方は攻撃が空振ったせいで避ける事は出来ない。

 やられた!!

そう思うと自然と口元に笑みが浮かんでいた。

「━━━━御見事」

 ノリキの拳が此方の胸を穿った。

 

***

 

 誰もが固まっていた。

ノリキの拳は先代の胸を穿ち、両者は固まっている。

 皆“どっちだ!?”と身を乗り出し沈黙する。

 ノリキの体が揺らいだ。

彼の体は仰向けに倒れ始め、観客達が悲鳴にも似た声を上げる。

「!!」

 だが彼は倒れない。

拳を地面に叩きつけ、ギリギリの所で堪えた。

そしてその間に先代が片膝を着く。

 彼女は自分の胸の谷間を摩るとテント席の正純を見る。

「私の負けよ」

 歓声が沸いた。

誰もが笑い、抱き合い二人の戦いを讃えた。

「勝った気が……しないな……」

 そう言うノリキの表情は明るい。

 先代はそれに微笑むと立ち上がり彼に手を差し伸ばす。

「戦いにおいて最も重要なのは決して折れない闘志である。貴方の闘志が私を打ち破ったのよ」

 その言葉に彼は頷き、此方の手を取る。

彼の体を立ち上がらせ、横に立たせた。

「今度は彼女を打ち破ってね」

 そう悪戯っぽく笑うと彼は苦笑し、頷くのであった。

 

***

 

 正純は脱力すると椅子に深く腰掛けた。

━━肝を冷やしたが勝てたか……。

 結局敵がどんな技を使ったのかは分からなかったがこれで北条との会議を進められる。

時刻を見れば既に午後の四時を過ぎており、空は暗くなりはじめている。

 会議は明日かなー。

と思うとふと思いついた。

「北条・幻庵、この後いいか?」

「なんだい? 会議の続きかい?」

「Jud.、 だがそちらも疲れているだろうし何よりも今日の主役二人を祝いたい。

そこで食事会をしながらで会議をしないか?」

 「ほう?」と幻庵は思案すると先代の方を見、頷いた。

「食事をしながらの会議ってのもいいかもねえ」

「では早速準備をせんとな」と家康が立ち上がり拡声術式を展開する。

「これにて相対戦を終了する! 皆、二人の勇士に拍手を!!」

 その言葉に続き、拍手が鳴り響いた。

二人を賞賛する拍手は暫く鳴り止む事は無かった。

 

***

 

 筒井城で岡崎城にて行われた相対戦の結果を聞いた永江衣玖は天子を探して歩き回っていた。

途中因幡てゐに出会い、天子が天守裏に向かった事を聞きそこに向かった。

 天子は人の居ない小さな広場で素振りを行っていた。

 寒空の中、汗で青い髪を輝かせ一心不乱に素振りを続ける彼女に声を掛けようかと悩み立ち止まるが目が合った。

 天子は僅かに驚いた後、少し赤面する。

「お邪魔でしたか?」

「いや、もうそろそろ終わりにしようと思っていたから」

 そう言うと彼女は近くの岩の上に座る。

「いつも素振りを?」

 そう訊くと彼女はどこか気恥ずかしげに笑う。

「子供の頃は毎日やってたけど最近やらなくなって」

「どうして再開したのですか?」

 近くの柵に掛けられていたタオルを取り渡すと天子は汗を拭き始めた。

「前までは勝っても負けても自分が楽しめれば良いって思ってたけど、ほら、あいつ等が私を頼るわけじゃん?

だったら期待に応えられるように…………って、何笑ってんのよ!」

 赤面する彼女に笑いながら「すみません」と言うと彼女はそっぽを向いた。

 まだまだ素直じゃないが彼女なりに皆の力になろうと思い始めたのだろう。

 未だに顔を背けている彼女は横目で此方を見るとわざと不機嫌そうな声をあげた。

「それで、何か用?」

「はい。岡崎での相対戦、勝ったそうですよ」

 そう言うと彼女は大して興味無さ気に「ふーん」と返事をした。

「おや? 興味無いですか?」

「いや、興味はあったわよ。でも勝つと思っていたから」

 「何故?」と訊くと彼女は「直感」と笑った。

「で、向こうはこれからどうするの?」

「はい。なんでも食事会をしながら会議をするらしいですよ」

 「食事会」の部分に天子は反応し、しばらく思案すると立ち上がった。

「じゃあ、こっちも皆で宴会にしましょうか?」

 

***

 

 筒井城で食事会と称した宴会をしようと天守に向かうと天守前に人だかりが出来ていた。

二人は何事かと顔を見合わせ近づけば人だかりの中心には“曳馬”と見知らぬ男が居た。

「あら、“曳馬”じゃない。戻ってきたの?」

 そう言い近づけば彼女は頭を下げる。

「Jud.、 十分前に此方に到着しました。これより当艦は征西軍の旗下に入ります」

 彼女に加わって貰えるのは心強い。

そう思っていると見知らぬ男が前に出てきた。

「やあやあ、久しぶりだね天子君」

「…………だれ?」

「フフ、私のことを忘れたのかい?」と訊いてきたので首を縦に振る。

というか忘れたもなにもこんな男知らん。

「まあ君と顔を合わせたのは一度だけだからね……仕方ない」

「いや、本当に誰よあんた?」

そう訊くと彼はオールバックの髪を撫でた。

「大久保長安。それが私の名前だ」

…………は?

「今なんて?」

「だから、大久保長安だ」

 いやいやいや!

 自分の知る大久保長安はもっとこう真面目な自分物で、こんなお笑い芸人みたいな奴じゃなかったはずだ。

 隣の“曳馬”を見れば彼女は頷いた。

「残念ながら大久保長安様です。残念ながら」

「えー…………」

 軽い頭痛を感じていると天守から徳川秀忠と筒井順慶が出てきた。

「ふむ、どうした?」

 集まっていた兵たちが離れ、秀忠と順慶が傍に来る。

「徳川秀忠様。特務護衛艦曳馬及び全乗組員は本日より征西軍の指揮下に入ります」

「うむ、ご苦労。……ところで」

と秀忠は周囲を見渡す。

「長安は何処だ?」

 “曳馬”が「それは……」と言いかけると長安が彼女の前に立ち、“曳馬”は半目になった。

「お久しぶりです、秀忠様?」

「う……む? 何方かな?」

 秀忠の問いに長安は爽やかなのになんだか殴りたくなる笑みを浮かべると腰に手を当てた。

「若殿もなかなか冗談が上手でおられる! 私ですよ。長安。大久保長安!」

 笑う長安に対し秀忠は困惑したように周りを見、皆が頷くのを見ると眉を顰めるのであった。

「えー…………」



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~第六章・『宴会場の話し手』 食べるの? 飲むの? 話すの? (配点:日記)~

 筒井城で開かれた宴会は上から下への大騒ぎとなり。

城では将兵が飲み交わし、近隣の村もそれに釣られ宴会を行っていた。

 城の各所で酒や祭の雰囲気に酔った者たちが歌を歌い、踊り、笑い声が耐えない。

 そんな天守前の広場では焼肉用の鉄板が並べられ、肉や野菜が焼かれ白い煙を上げていた。

「えー、互いの親交を深める為……乾杯!!」

 上座の徳川秀忠が酒の入った器を掲げると皆一斉に「乾杯!!」と声を上げた。

 天子も手に持っていた杯を掲げると口をつける。

 冬の寒さの下、酒を飲みアルコールが体に染み渡る。

その温かさを心地よく感じていると隣で座っていたネイトが鉄板を挟んで反対側に座っていた鈴仙に訊ねた。

「こんなに食料を使って大丈夫ですの?」

「残った食料の在庫処理みたいな物だから大丈夫よ。冬越え用の食料は今朝運び入れたし」

 「成程」とネイトは頷くと皿を持ち箸で鉄板の上にある野菜を次々と取って行く。

 皿の上には野菜の山が出来上がり彼女は「いただきます」と言うとあっと言う間に平らげてい行く。

 そして皿から野菜が消失すると彼女は焼けた肉を次々と取っていった。

━━ああ、好きな物を最後に食べるタイプか。

 そう思いながら肉を一つ摘み、タレにつけると口に入れる。

「……あ、美味しい」

 肉を噛むと同時に口内に肉汁とタレの香りが広がり絶妙な味となる。

「臭みを消すために肉を日本酒に漬けて、それから焼いたの」

 鈴仙が肉を裏返しながらそう言うと衣玖が感心したように彼女を見る。

「貴女が作ったのですか? とても美味しいです」

「ええ、永遠亭にいた時は基本的に私が家事をしていたからね」

 鈴仙は気恥ずかし気に頬を掻くと新しく野菜を鉄板の上に乗せ始めた。

「でも天界の食べ物のほうが美味しいんじゃないの?」

「そうでもないわよ。天界の料理は基本的に薄味だから飽きるのよね。桃は美味しいけど食べ過ぎれば……ね」

 天界の桃は絶品で地上人の誰もが羨む物だ。

だがどんなに良いものでもそればっかりを食べ続ければ飽きる。

 その点、地上の食べのものは種類が豊富で面白い。

辛いもの、甘いもの、酸っぱいものに何だか良く分からないもの。

これ等を堪能できるのだから食事という面では地上人の方が裕福だろう。

「まあそういった食欲などの欲望から離れるのも天人修行ですからね」

「では天界とは欲とは隔絶された世界と言う事で御座るか?」

 そう訊いてきたのは追加の肉を載せた皿を持ってきた点蔵だ。

彼は皿を鈴仙の横に置くと此方を見る。

「どうかしらね? 理想郷といわれてるけど実際は欺瞞と傲慢に塗れた世界よ」

 「どういう事で御座るか?」と首を傾げる点蔵に頷きを返すと故郷の事を思い出す。

「天人たちは地上人を見下しているし、他界に対して興味を持っていない。その上土地が余っているのに地上に住みたがる。

どっかの妖怪がキレるわけよね」

 彼女がキレたのは半分以上自分のせいでもあるのだがまあ、そこは置いておこう。

「あんたの所は? 月から来たんでしょ?」

 人参を頬張りながら訊くと鈴仙は「うーん」と小さく唸る。

「私たちにとって地上ってのは罪人の住まう土地で降りるだけで穢れると言われていたわ。

私もそれを信じていたわけだけど、今は姫様たちに拾われて地上も悪くないと思っているわ」

 高いところに住む連中の考えは同じか。

そう天子は思う。

 どういう訳かは知らないが人は高いところに住むと自分が偉くなったように錯覚する。

その上で他者より優れた技術や力を持てばますます自分達の存在が特別であると思い込むだろう。

 だが特別な存在なんていない。

天人だって地上人と争いになれば数の差から負けるだろうし、月の民も何れは技術的に追いつかれる。

 神も信仰が無ければ存在できないし妖怪も同じだ。

 つまりはバランスだ。

 全ての生き物が互いに干渉し合い、影響し合う。

それによって世界は存続するのだ。

「ま、皆で切磋琢磨するのが重要って事ね。出来るかどうかは知らないけど」

 そう言い杯に残っていた酒を飲み干すのであった。

 

***

 

 藤原妹紅は焼き鳥を焼きながら満たされた気持ちであった。

 その理由は多くある。

酒を飲んでほろ酔いしているのもあるし、自分の作った焼き鳥を皆が美味しそうに食べているのもそうだ。

だが一番の理由といえば……。

「あっちの方、お酒が減っているみたいだからそこの瓶を持って行って」

 そう横目で言うと紺色のミニスカメイド服を着た輝夜が眉を上げていた。

「く、屈辱だわ……!」

 午前中のじゃんけんで負けた彼女は約束通りメイド服を着用した。

だがそれだけじゃつまらないと思ったのでもう一度じゃんけんをし、負けた方がメイド服を着て更に一日いう事を聞くという話を出してみた。

 意外と負けず嫌いな輝夜は食いつき勝負になった。

その結果がこれで……。

「何か文句あるのかしら? 輝夜ちゃん?」

 語尾を思いっきり強調して言うと輝夜は苦虫を噛み潰したような顔になる。

そのまま酒瓶をトレーの上に乗せると踵を返すが呼び止める。

「何よ!!」

 そう言う彼女に笑みを見せると自分の口を指差した。

「笑顔よ。メイドさん?」

 輝夜が眉を顰めながらぎこちない笑みを浮かべると思わず吹き出す。

輝夜が掴みかかって来そうになると筒井順慶が間に入ってきた。

「まあまあ、そこまでにしておけ。折角の宴なのだからな」

 順慶に言われるとばつが悪くなったのか輝夜はトレーを持ち永琳たちの方に向かった。

その様子を見届けると順慶は焼き鳥を一串取る。

「いつもあんな感じなのか?」

「腐れ縁みたいなものだからね」

 順慶は「ふ」と苦笑すると遠くを見た。

そこでは酒に酔って“曳馬”に絡んだ大久保長安と松倉重信が彼女に張り倒されている所であった。

「武蔵は……いや、徳川はいつもこんな感じなのか?」

「そうねえ、あっちはこの二、三倍騒がしいわよ。それでやる事はやっているんだから変な奴等よね」

 筒井に来てから静かだと感じたのは自分もすっかり武蔵の一員だという事だろうか?

━━慧音はどうしているのかしら?

 向こうで元気にしているだろうか?

まあ彼女は自分よりもずっとしっかりしているから心配はいらないか。

「はは、さぞかし楽しいのだろうな。向こうの生活は」

「順慶さんは武蔵に行く予定は?」

「今はまだな……。だが徳川が更に勢力を拡大し筒井の地が安全になれば武蔵を訪ねてみたいものだ」

 「きっと気に入るわよ」と言うとまだ焼けていない鶏肉を鉄板の上に乗せる。

そして順慶の方を見ると「私も結構気に入ったからね」と笑うのであった。

 

***

 

 宴も酣になると皆自分の席を離れ、それぞれ友人や上司の下に向かい話しに花を咲かせていた。

 そんな中鳥居元忠は胡坐を組み、手帳のようなものに万年筆で何かを書いていた。

━━ふむ、酔う前に書くべきだったか……。

 酔ったせいで手が震え文字が歪む。

今日は書かなくても良いかと思ったがこういうのは続けるから意味がある。

 酔いを少し醒まそうと空を見れば雲ひとつ無い空に月が輝いていた。

「何しているの?」

 後ろから声を掛けられ振り返れば皿を持った天子が立っていた。

「日記を書こうと思ったのだが酔って書けなくてな。月を見て酔いを醒まそうと思ったのだ」

「へえ、日記なんて書いてんだ」

 彼女はそう言うと此方の横に座り空の皿を地面に置いた。

「意外か?」

「ええ、意外ね。そういうことはしないタイプだと思っていたから」

「自分でもそう思う」と言うと互いに笑った。

「何で日記を書こうと思ったの?」

 そう訊かれ少し悩む。

暇であったため何となく日記を書こうと思った。

だがそれ以外に理由があるとすれば……。

「まずは技術の向上でこういったことがし易くなったというのがあるな」

 手帳にペン。

墨をすらずに文字を書けるというのは便利で良い。

それに手帳は小さく運びやすく何処でも書けるというのは自分みたいな各地を転戦する人間には便利だ。

「後は自分の存在を証明したいのだろうな」

 「証明?」と天子が首を傾げるのに頷く。

「正直に言うと私は自分自身が本当に鳥居元忠なのか分からないのだ。嘗て私は伏見城で死にそしてこの世界に蘇った。

だが蘇った私は本当に私か? 実は同姓同名の別人なのではないか? 幽鬼のように希薄な存在なのではないか?

そう思ってしまうのだ」

「だから日記を?」

「うむ。日記を書き、自分が今存在している事を記す。そうすればこの世で私が死したとしてもこの日記があれば存在した事を証明できる」

 何故第二の生を受けたのか?

それは誰もが知りたく、そして知らぬ事。

もしそれを知る事が出来れば己の存在に自信を持てるのだろうか?

「自分が誰か……哲学的な問いね」

 「確かに」と首を縦に振る。

「天子は自分が何者なのか分かるか?」

 そう訊くと彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「勿論。この肉体や魂が紛い物だとしても“今此処で意識を持って存在している私”が私よ。

私がある限りこの世界での比那名居天子は存在している。そう信じているわ」

 堂々と言い切る彼女に感心する。

流石は天人と言った所か。

自分ではここまで言い切れない。

「で? 気になっていたんだけど、どんな内容なの? その日記」

 そう言って覗き込んできたので慌ててしまうと彼女は「ケチ」と言ってきた。

「日記は他人に見せる物ではない。だがそうだな……」

 天子を見る。

彼女は月明かりに照らされまだ幼さの残る彼女の姿は天人と言うよりは御伽噺に出てくる天女のように見える。

「もし私が死んだらお前に譲ろう。さっきも言ったがこれは私の存在証明の様なものだ。

誰かに持ってもらいたい」

 その言葉に天子は眉を僅かに顰める。

「縁起でもない。でもその時は貰ってあげるわ」

 そう言い前を見た。

そこでは何故かアマテラスとネイトが大食い競争になっており物凄い量の肉が積み重なっていた。

 天子はその様子に小さく笑うと空を見る。

「向こうも楽しんでるかしらね?」

 

***

 

 岡崎城での食事会は大広間を使った立食パーティーとなり、インド料理と英国料理、そして日本料理が並んでいた。

 一番奥のテーブルには家康と正純、北条の使者二人に英国大使として来たシェイクスピアとオリビエ、そして遊撃士協会支部長の幽々子と元姉小路家の姉小路頼綱が集まっていた。

 その他のテーブルには梅組みの連中や遊撃士達に英国からの客人たちと何故か呼んでないのに来ているオリオトライがおり、皆と会話を楽しんでいた。

 その様子を見ると正純は頷く。

「では我々も食事会を始める━━━━前に会談を終わらしてしまおう」

 

***

 

━━なんですって?

 武蔵の副会長の言葉に先代は軽く目を見開いた。

 昼は移動中という事も有り軽食で済ましその後相対戦を行った為、非常に空腹であった。

それ故この食事会を非常に楽しみにしていたのだ。

 神社での食事は質素であるため目の前に並んだ食事に完全に心を奪われていた。

そしてまだかまだかと待っていたら突然武蔵の副会長が食事の延期を宣言したのだ。

 思わずこの男装の少女を睨みつける。

━━いけないわ。落ち着きなさい私。

 巫女たるもの常に冷静でなければ。

 だがこのまま延期されるわけにはいかない。

「……皆食事を楽しみにしていたみたいだし先に食事にしては?」

 よし、なるべく自然に言えた筈だ。

「それもそうだな」

 副会長がそう頷くと他の席の連中を見た。

「よし、お前たち先に食べていいぞ。私たちは会議をしているから」

━━なんですって!?

 予想外だ。

何とかしなくてはと思い隣の幻庵を見た。

彼と目が合うと“何とかしなさい!”と伝え、ついでに“しくじったら潰すわよ”と睨みつけた。

「こ、此方も食事をしながらというのはどうかね?」

「済ますべきことはさっさと終わらせようと思ったんだが……他の人たちの意見は?」

 家康は「後でもいい」と答え、頼綱も「後でも構わないぞ?」と答えた。

次にシェイクスピアが「僕はもともと小食だからね」と言い、オリビエは「僕は女性の意見を尊重するよ」と答えた。

 終わった!

 八人中五人が“後でも良い派”。

残っているのは自分と幻庵とあの桃色食欲大怪獣だ。

「北条はどうする?」

 一応此方の意見を聞いてくれるのか……。

 幻庵が“やれやれ”と言うように首を振ると「ちょっとお腹がすいたねえ」と言う。

そして副会長の視線が此方に向く。

「先代は?」

 皆の視線が此方に注目する。

 既に決着の着いた戦い。

だが人生には退けない時がある。

そう思い口を開こうとした瞬間目の前を何かが高速で横切った。

 高速の何かは皿の上に乗っていたパンを掴み消える。

 誰も気がついていない。

 パンは消えたのではない桃色の怪獣の中に消えたのだ。

「…………」

「何かしら?」

 幽々子は人にばれない様に咀嚼しながら此方を見る。

「…………挨拶してなかったわね」

「ええ、お久しぶりね」

 幽々子が右手を動かし、此方はそれに応じて右手を動かす。

「何だ? 二人とも知り合いだったのか?」

 副会長の質問に幽々子は頷く。

「古い友人よ」

 幽々子が摺り足で前に出る。

「古い言うな」

 此方も前進する。

互いに笑顔を浮かべ合うと不穏な空気を察知したのかシェイクスピアが「ん?」と首を傾げた。

━━来る!

 右手が伸びてきた。

それを迎撃するために此方も右手を伸ばす。

互いに伸びた高速の手はテーブルの中央で激突し、火花を散らした。

 

***

 

 幽々子は直ぐに手を引くと左手を貫手で伸ばす。

狙うは手前の皿だ。

 敵の右手が使えない間にフルーツの乗った皿を掬い上げ奪う。

 だが敵はそれを察知していた。

敵は隠し持っていたフォークを投げつけ此方の手の進路を遮る。

 その隙に体勢を立て直した彼女の右腕がチキンを狙う。

━━流石ね!

 彼女を容易く突破できるとは思っていない。

 だがあのチキンを取られるわけにはいかない。

あれはさっきから自分が食べたいと狙っていたものだ。

 胸元から扇子を取り出すと開く。

すると扇子から薄紫色に光る蝶が現れ先代に向かった。

 この蝶は流体で出来たものであり、殺傷力は無いが触れると僅かな電流と怖気が走るようにしている。

 いくら食事の為とはいえこの蝶に触れようとは思わないはずだ。

筈だった。

 だが先代は腕を伸ばす速度を衰えさせず、そのまま蝶を握りつぶした。

握りつぶされた蝶は先代の手の中で光を散らし、流体光が彼女の手を伝播し拡散する。

━━手に防御術式を!?

「そこまでする!?」

「そっちこそ!」

 こうなれば早い者勝ちだ。

ほぼ同時に身を乗り出しチキンに手を伸ばす。

 二人の手がチキンに触れようとした瞬間、視界から消えた。

「え?」

「な!」

 視線の先でチキンが動いていた。

否、チキンが動いているのではなくチキンを持った腕が這っていたのだ。

「おや、どこに言ったかと思えばこんな所に」

 近づいてきた武蔵の姫がそう言うと這っている腕を右腕で掴み、自分の左肩に接続する。

そして彼女は持っていたチキンを齧った。

「ほんのりカレーの味がしますね。ハッサン様が作ったチキンですか…………どうかしましたか?」

「いえ、その、なんでもないわ」

 そう言うと先代と顔を見合わせ、互いに苦笑するのであった。

 

***

 

━━あーっと? 初めていいんだよな?

 目の前で高速の何かが行われたようだが、よく分からないうちに決着がついたようだ。

 他の皆を見れば、皆苦笑し此方を見ていた。

「さて!」

 場の空気を変えるために手を叩く。

「これから徳川家で会談を行うがいいな?」

 

***

 

 榊原康政はフィッシュアンドチップスを齧りながら感心する。

 武蔵の副会長は最初の一言でこの会談の主役が徳川であることを宣言した。

これにより今回の会談は徳川が主体で動く事になる。

━━まあ北条や英国も最初からそのつもりのようですからな。

 これが国家間の会議であればまず誰が会議の主役であるのかを証明することから始めなければならない。

 そうするには様々な方法がある。

 相対戦や舌戦、自国の大義の主張などを行い少しでも会議を有利に進めれるようにしなければいけないのだ。

━━武蔵の副会長なら必須能力ですな。

 他国と衝突する事の多い武蔵では舌戦も多かっただろう。

 葡萄酒を飲みながら横目で会議を見る。

━━さてさて、北条はどんな爆弾を出してきますかな?

 

***

 

「まずはこの場に居る皆に知ってもらいたい事がある。頼綱公」

 武蔵の副会長に促され頼綱が表示枠を開く。

そこに映されたのは以前見せてもらった黒い少女の写真だ。

「ほう……」

「……これは」

 北条の二人が反応し、シェイクスピアも僅かに頭を動かした。

「飛騨が襲撃された際、怪魔を従えていると思われる人物を撮ったものだ」

「撮ったのは私だぜー」とナンを齧っていた魔理沙が手を振る。

「これは驚いた。奴等に頭が居たとは」

「この少女の行方は?」

 先代の質問に頼綱は首を横に振る。

「この情報を提供したのは今、この世界に起きている事態が一国家で対応すべきでないと判断したからだ。

これは我々の北条に対する信頼の証だと思って欲しい。

それでそちらの提供したい情報だが……ある程度予測がついている」

 「それは?」と先代に促されるとオリビエと目を合わせる。

「概念核だな?」

 その言葉に北条の使者達は沈黙する。

そしてシェイクスピアがやや呆れたようにオリビエを見た。

「勝手に教えて……女王陛下に怒られても知らないよ?」

「フフ、麗しき女王陛下ならこの程度許してくれるさ」

「北条は結構その情報に注意を払っていたつもりなんだけどね」

 先代がそう言うとオリビエは「此方にも優秀な諜報員がいるという事さ」と笑みを浮かべた。

「小太郎に警備を厳重にしろと言っておくかね」

「そうね。あの助平爺、最近サボり気味みたいだからね」

 そう苦笑すると二人は真剣な表情になる。

「その通り、我等が隠している事は概念核についてだ」

 幻庵が先代に目配せし、先代が浅間を見る。

「浅間神社の巫女、ここのセキュリティは万全?」

「J、Jud.、 岡崎城周辺の情報は完全に遮断されています」

 焼酎を飲んでいた浅間の答えに頷きを返すと先代が此方を見た。

「私たちは概念核を所有しているわ」

 やはりそうか……。

「崩落富士だな?」

「Tes.、 富士山が崩落し怪魔と交戦した後、我々は調査隊を崩落富士に派遣した。

そして遺跡を発見したのだ」

「そこで概念核とやらを発見したと?」

 家康の言葉に「Tes.」と幻庵が頷く。

彼らが概念核を所有している事はハッキリした。

だが彼らが徳川に来た理由が分からない。

 何故徳川に来た? 何を徳川に求める?

そう問うと先代が目を伏せる。

そしてゆっくりと口を開いた。

「私たちは徳川に向かうように指示されたのよ。

━━━━“概念核の主”によってね」



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~第七章・『古き時の交友者』 敵と味方 (配点:スキマ)~

「概念核の主だと……?」

 思わず鸚鵡返しに聞き返してしまった。

先代はそれに頷き、幻庵も同様に頷く。

「ふむ? 概念核という物がどういう物なのかは分からぬが人工物であれば製造者がいるのは理解できる。

だが、先ほど主からの指示と言ったな? その主はまだ生きているのか?」

 家康の言う通りだ。

先ほど彼女達は概念核は遺跡内部で見つかったと言った。

この世界に点在している遺跡はどれも数万年前の物だという事が判明しておりとてもじゃないがその時代の人物が生きているとは思えない。

「ああ、ちょっと言い方に語弊が有ったわね。

私たちは概念核の主だったものから指示を受けて来たのよ。

あと概念核については私たちも良く分かっていないわ」

 「どういう事だ?」と皆が首を傾げると先代は表示枠を開いた。

「これが……」

 表示枠に映っていたのは洞窟のような場所に浮遊する岩であった。

岩の表面は人工的に削られ整っており、微弱な光を発していた。

「ええ、概念核よ」

 気がつけばこの場に居た誰もが食事の手を止め先代に注目していた。

 そんな中、先代は一歩前に出ると皆を見渡す。

「私たちに何があったのか……説明しましょうか」

 

***

 

 今から四年前に関東で富士山が崩落したのは知っているわよね?

そしてその後に怪魔が出現し戦いになった事も。

 一般的に怪魔は富士山の地下から沸いてきたと言われていたというけどそれは違うわ。

奴等は富士山の地下から来たのでは無く、地下に向かっていたのよ。

 え? 「じゃあ怪魔は何処から来たのか?」ですって?

それは分からないわね。ただ奴等が何らかの方法で空間移動を行っているのはあなた達も知っているわよね?

先月、怪魔と交戦したあなた達なら。

もしかしたら此処とは別の空間に普段は居るのかもしれないって私たちは思っているわ。

 まあ怪魔が何処から来たのかは置いておくとして私たちがその事に気がついたのは怪魔との交戦から二ヵ月後よ。

 当時の崩落富士にはまだ怪魔の残党が居て私たち博麗神社や北条の戦士団は調査も兼ねて崩落富士周辺に部隊を派遣していたわ。

そしてたしか五度目だったかしら……? え? 六度目?

ああ、六度目ね。何よ? ちゃんと覚えているわよ?

 それで六度目の派遣時に調査隊から『富士麓にて巨大な洞窟を発見した。怪魔の発生地と思われる』という報告を受けたの。

 北条は直ぐに私と霊夢、そして北条綱成を派遣した。

 洞窟は人工的なもので最初は私たちも怪魔の発生地だと思ったわ。

だけど進むにつれて違和感を感じたのよ。

 その理由は洞窟内の戦闘跡ね。

 この場所に入ったのは私たちが始めて。それなのに至る所に戦闘跡があるのは何故?

その疑問を感じながら進めば神殿のような場所に出たわ。

 神殿と言っても西洋式とか極東式とかじゃなくてもっと無機質な……未来の形とでも言うのかしら?

 ともかく遺跡に着いたのよ。

そしてそこで私たちは概念核を発見した。

まあそれ以外にも色々とあったけどそれは実際に来て見てもらったほうが早いわ。

私も上手く説明できないし。

 

***

 

 先代はそこまで話すとグラスに入った水を飲む。

それから此方に注目している皆を見ると眼鏡を掛け、ぶかぶかな服を着た少女が手を上げた。

「質問?」

「Jud.、 北条は怪魔が富士山の地下から来たのではなく、その逆だと知ったのに何で他の国に教えなかったんですか?」

 その質問に答えたのは幻庵だ。

「概念核の危険性を考え、他国に知られるわけにはいかなかったからだよ。

概念核を調査した我々はあの岩には途轍もない力が秘められている事を知った。

この岩が何であれ、こんな物が存在している事を知られれば様々な組織がその力を利用しようと狙うようになるだろう。

だから我々は崩落富士一帯を封印し、情報を秘匿した」

「まあ、確かにそんな物が存在すると知れば欲しがる連中は多いだろうね」

 そう言ったのはオリビエだ。

彼はワイングラスを持ちながら口元に笑みを浮かべる。

「概念核は世界を変える力を持つと聞く。

そんな力を手にすればこの世界を支配する事も簡単だろうし、上手く利用すれば元の世界に戻れるかもしれない。

誰もが喉から手が出るほど欲しいだろうね」

「然様。 英国は薄々感づいていたようだが、我等が概念核を所有すると知りどうするつもりかね?」

「どうもしないさ。僕も、英国女王も過ぎたる力は身を滅ぼす事を知っている。

だが北条がその力を独自に利用するというならば僕達もそれなりの対応をするけどね」

 オリビエの表情は穏やかだがその目は此方をしっかりと観察している。

━━ただの色男じゃないという事か……。

 英国代表として出席しているのだ。

 彼も只者ではないという事だろう。

「……遊撃士協会は今の話を聞いてどう考えているのかしら?」

「私たち遊撃士は国の政治や軍事に口を挟む事は出来ないけど、もし北条が概念核を悪用すれば総力を挙げて動くつもりよ。

まあ、貴女が居るのだからそうならないと思うけど」

 幽々子の信頼に頷きを返すと家康たちを見る。

「さて、続きを話しましょうか?」

 

***

 

 概念核の発見から四年の間、私たちはあの岩の調査を行っていたわ。

だけど岩は全く変化せず、調査は難航していたわね。

 で、もうぶっちゃけ放置でよくね? みたいな意見が北条内で議論されていた今年の八月。

 私たちは遺跡に続く洞窟の前で<<身喰らう蛇>>の幹部達と交戦したわ。

なんとか撃退は出来たものの概念核の事を他者に知られた北条はこれ以上の情報拡散を恐れて鎖国を行った。

 それからは何事も無かったのだけれど先月の空が緋色に染まった事件。

あの夜に概念核が突如反応したわ。

 直ぐに駆けつけると反応したのは概念核だけでは無く遺跡全体も起動し、概念核が語り掛けてきたわ。

 それは自身をこの概念核の主と名乗り、自分が記録映像である事を話した。

そして警告と命令を残したのよ。

 「終末が近づいている。黒き龍の目覚めを止めろ」と言う警告と「剣の担い手と西にいる意志の力を持つ者たちを集めろ」という命令をね。

 それを話し終えると概念核の主は消えてしまい、それ以降全く反応しなくなったわ。

 そして北条で協議をした結果、言葉に従う事にし私たちが此処に来たという事。

 これが私たちの知っている全てよ。

 

***

 

 先代が話し終えると正純は深く溜息を吐いた。

彼女の話で謎が解明されるかと思ったが、寧ろ謎が増えた。

そして懸念も。

━━黒き龍に剣の担い手。それに終末か……。

 剣の担い手と言うのには心当たりがある。

比那名意天子と緋想の剣。

 ウシワカと名乗る青年が接触してきた事や先月の緋想の剣の暴走を考えれば可能性が高いだろう。

何故天子が概念核の主に呼ばれたのかは不明だがやるべきことはハッキリしている。

だが終末とは?

「この世界にも末世に近い事が起きるという事か?」

「末世があるのかどうかは知らないけどこの世界が少しずつ歪んできているのは確かね」

 先代の言葉に中央の席にいたネシンバラが頷いた。

「富士山の崩落、津軽の凍結、そして二ヶ月前の飛騨の災害。これら全てに共通する事があるね」

 「怪魔か……」と家康が言うと彼は頷きを返す。

「津軽の凍結はまだ原因不明だけどあれほどの異常現象、怪魔が関わっている可能性が高い。

そしてもしそうなら終末は怪魔が引き起こすのかもしれない」

 「まあ、憶測だけどね」とネシンバラが言うと皆は沈黙する。

 現状、我々は怪魔についてもこの世界についても何も分かっていない。

何も知らないという事は何も対処が出来ないのと同意義なのだ。

 家康は深く溜息を吐くと北条の使者の方を見る。

「北条は終末への対策を?」

「私たちも怪魔と終末の関係性を確かめるため怪魔の捕獲等を行っているけど依然として奴等の正体は不明のままよ」

 再び場を沈黙が支配した。

皆なんとも言えない不安を感じ、居心地が悪くなる。

 そんな中、女装が周りを見渡し「うし!」と手を叩いた。

「分からねー事を話しても仕方ねえから、食事にしようぜ!」

 「な? セージュン」と言われ思わず笑みが浮かぶ。

「それもそうだな……。よし、皆、食べよう!」

 

***

 

 会議は終わりようやく食事が出来た。

 武蔵の生徒たちが作ったという食事は非常に美味であり、特にインド料理は北条・印度に所属している自分でも気に入るぐらい創意工夫がされていた。

━━極東式カレーもいいわね。

 北条で食べられているカレーはスパイスの強い物だが、極東式カレーは大分マイルドになっており口に含みやすい。

 食べ慣れたものでもこうも変わるのかと感心していると白黒の少女が近づいて来た。

 彼女は日本酒の入った猪口を持ちながら此方を興味深げに見ると胸の辺りで視線が止まる。

「うーむ……あいつも将来こうなるのかぁ?」と小さく呟く彼女に「何か用?」と訊くと白黒は頭を掻いた。

「いやぁ、霊夢の奴もあんたみたいになるのかなーって」

「あら? あの子の知り合い?」

 そう訊くと白黒の少女は胸を張った。

「おう! 何を隠そう私こそ博麗霊夢のライバル、霧雨魔理沙だぜ!」

 霧雨?

 その懐かしい響きだ。

 自分が知っている限り幻想郷で霧雨の名を持つのはただ一人。

「あなた、霧雨の親父さんの娘?」

 その名を出した出した瞬間、魔理沙の表情が曇った。

「げ……親父の知り合いかよ」

 この反応。

どうやら彼女は父親と上手くいっていないらしい。

「ええ、昔の知り合いよ。昔のね。じゃあ霖之助君とも知り合い?」

「く、君? ああ、あいつと私は幼馴染だからな。あいつなら香霖堂って言うやる気あるんだか無いんだか分からない店を経営しているぜ」

━━へえ……。

 あのものぐさ男が自分の店を持ったのか。

 懐かしい名前を続けて聞き思い出す。

 霧雨の親父さんの不器用な優しさ、それについて行く霖之助の背中。

「ふふ、そっか、霖之助君夢を叶えたのか」

 そう微笑んでいると何故か魔理沙がムッとした表情を浮かべる。

その様子を見て気がつく。

もしかしてこの子……?

「彼とは友人だったのよ。博麗の巫女だった私は妖怪には恐れられ、人間からも畏怖されて孤立していたわ。

そんな私に声を掛けてくれたのが貴女のお父様と霖之助君よ」

 最初は何だっただろうか?

 たしか神社の一部が老朽化し、その修復以来を霧雨商店に頼んだのが切っ掛けだった気がする。

 霧雨の親父さんは依頼を快く引き受けてくれ、当時見習いだった霖之助と共に博麗神社に来た。

「へえ。あいつって昔から無愛想なのか?」

「最初の頃はそうでもなかったわよ? 純粋な青年って感じで……だんだんとあの性格になって行ったけど」

 魔理沙は「続きは?」と促してきたが此処から先は彼自身が伝えるべきだろう。

「そういえば霊夢も私みたいにって行ってたけど、どういう意味?」

「あー、ほら、あんたあいつの親だろう? だからあいつも将来あんたみたいにこう、ボッキュッボンになるのかなって」

 ジェスチャーで胸の辺りで円を描くと彼女は深刻な表情を浮かべる。

「私の母親、どちらかと言うとスレンダーだったんだ」

 そんな表情で見られても困る。

 霧雨の親父さん、スレンダーな人と結婚したのね。

そう言えば昔、霧雨の親父さんに好きな女性のタイプはと聞いたら満面の笑みで「貧乳」と答えていたなーと思い出す。

 さて、どう答えたものか?

 私と霊夢の関係性について追及されるのは少し困る。

「霊夢と私は……親子じゃないわ。だからあの子が私みたいになるとは限らないわよ?」

 「そうなのか?」と目を丸くする彼女に頷く。

「博麗の巫女は世襲制じゃないからね」

 魔理沙は少し納得がいっていないみたいだが強引に話しを切り上げる。

もし自分の正体を明かす日が来るならば最初に霊夢に明かしたい。

 「そんな日は来るのかしらね?」と思っていると視線を感じた。

 遠くから此方を見ている視線。

それは西行寺幽々子のだ。

 壁に寄りかかりながら此方を見ている彼女に手を振ると、彼女は少し苦笑し手を振り返した。

 

***

 

 食事会を抜け出し、岡崎城の大広間から外に出ると先ほどまでの騒がしさから一転して静かになる。

空は澄み渡っており月明かりが仄かに城を照らす。

 そんな空を見ながら先代と幽々子は歩いていた。

二人は手に酒の入った瓶と猪口を持ち、並びあい無言で酒を飲む。

「……遊撃士協会の支部長やっているんだって?」

 先に口を開いたのは先代だ。

彼女は横目で友人を見ると口元に笑みを浮かべ「意外」と言った。

「ええ、よく言われるわ。妖怪連合が解散してから妖夢と一緒に日本中を旅したの。旅の途中、野良妖怪に襲われている村を見つけてね、妖夢が一人で助けに行ったのよ」

 「あの鬼爺の教育の賜物ね」そう言うと幽々子は苦笑する。

「でもあの子が駆けつけたときには妖怪達は全て退治されていたわ。遊撃士の人たちによってね」

 「それが切っ掛け?」と訊かれ頷く。

「妖夢は遊撃士の仕事に心惹かれてたし。私もこの世界でどう立ち回るか悩んでいたから、彼らの人手が足りないと聞いて手伝う事にしたわ」

 当時はちょっとした暇つぶし程度に考えていたがエステルやヨシュアに出会い、他の遊撃士たちとも知り合い考えは変わって行った。

 帰る場所の無いこの世界で自分の拠り所を見つけた気がしたのだ。

 彼女はどうなのだろうか?

今自分の横に居る友人はこの世界で居場所を見つけれたのだろうか?

そして今此処に居ない友人も。

「貴女の方は? この七年間どうしていたの?」

 そう訊くと先代は「そうねえ」と目蓋を下ろした。

「この世界に来て最初に向かったのは博麗神社だったわ。私が“居なくなって”からどうなったのかを知りたかったからね。

で、神社に行くとあの子が居たわけ。あの子最初になんていったと思う?

『宗教勧誘お断り!』よ? その後何故か喧嘩売られたし」

 彼女らしいと思い思わず笑う。

「それからどうしたの?」

「そりゃあ喧嘩売られたら買うしかないでしょ? 速攻で殴ったわ」

「相変わらずねぇ。だから誰も寄って来なくなるのよ?」

 彼女が現役だった頃は直ぐに相手を殴り飛ばしていたため撲殺巫女と妖怪達で称されていた。

そのせいか彼女に近づく妖怪は少なく博麗神社は今よりも寂しい事になっていた。

「でも驚いたのはその後ね。あの子をぶん殴ったら急に怒り出して『あんた馬鹿じゃないの!? 弾幕ごっこしなさいよ!』って一時間ほど説教を受けたわ」

「そういえばスペルカードルール制定前に貴女は……」

 そこまで言いかけ口を閉ざす。

ここから先は口にすべきではない……。

 先代が歩いていた足を止める。

彼女の気分を害したのではないかと少し不安になったが、彼女は振り向き笑みを浮かべる。

「ルールの制定者は不明らしいけどどうせ紫なんでしょ? ねえ……紫?」

 「え?」と振り返るとそこには小柄な少女が居た。

少女は紫のドレスを着、金の長い髪と金色の瞳を夜闇に輝かせている。

「紫……」

 幼い姿に体を変えた友人は先代を見ると眉を下げ、微笑した。

「…………お久しぶり」

 

***

 

 先代たち三人は岡崎城の倉庫の裏に来ると向かい合っていた。

 先代と幽々子は倉庫の壁にもたれており、紫は空間にスキマを作るとその上に座った。

「相変わらず便利な力ね。この城、一応障壁が張られている筈だけど?」

 そう軽く言うと紫が微笑する。

「この程度の障壁、私にとっては無いも等しい物ですわ。まあ、施設内部は流石に入れませんけど」

 それでも十分だ。

 敵城に容易く侵入できればいくらでも破壊工作が出来る。

「それで? 今日は闇討ち? それとも諜報?」

「失礼ね。私がそんな事するように見える?」

 幽々子とほぼ同時に首を縦に振る。

「私は貴女達に会いに来たのよ。わざわざ清洲からね」

「ご苦労様。で? 用件は?」

 まあ、だいたい予想がつくけどね……。

彼女がただ私たちに会いに来たという事は無いだろう。

何時だって彼女の行動は無意味のように見えて意味がある。

 今、このタイミングで来た理由。

恐らくそれは……。

「北条は徳川から手を引けという事ね」

 紫は肯定も否定もしない。

ただ目を細めただけだ。

「…………悪いけど手を引くつもりは無いわ。寧ろあんたが出てきた事で手が引けなくなった」

「紫、貴女は、いえ、貴方達は何をする気なの?」

 幽々子の問いに紫は沈黙を保つ。

互いに距離を取り、見詰め合う。

━━ここで仕掛けるか?

 織田に所属している彼女は我々にとって最大の敵になる可能性がある。

かなり厳しいが此処で取り押さえておくべきか?

 そう考えていると紫は空を見上げた。

「貴女達はこのままで良いと思う?」

 答えない。

何故ならその答えは誰も分からないからだ。

「この世界は歪だわ。表面上は穏やかのように見えるけどその中身は暗く、深い」

「紫、貴女は七年前に幻想郷に戻りたいと言っていたわね。織田の目的は元の世界に戻る事なの?」

「そうね。最初はそうだった。でも今は……」

 彼女はそこまで言って口を閉ざす。

そして此方を見た。

その表情は先ほどまでの笑みは無く、真剣な物であった。

「二人とも私のところに来なさい。それが正しい道よ」

 紫は手をさし伸ばしてくるが二人は手を取らない。

いや、手をとれる筈が無い。

「あなた達が何を企んでいるのか分からない以上、そっちには行けないわ」

 此方の答えを聞くと彼女は僅かに眉を下げ、幽々子の方を見る。

「貴女は?」

「私もよ、紫。私には何が正しいのか分からない。自分で答えを見つけるまで貴女の所には行けないわ」

「……そう。なら仕方ないわ」

 そう言うと彼女はスキマから降り、踵を返した。

そしてスキマを開くと振り返る。

「概念核は一つじゃないわ」

 予想していなかった言葉に思わず声が出る。

概念核は一つではない?

 何故そんな事を知っている?

 答えは簡単だ。

「織田は概念核を持っているのね!?」

 彼女はまた答えない。

ただ目を弓にしただけだ。

「もう直ぐ織田は計画を始動するわ。そうなれば誰にも止められないし、止めさせない」

 彼女の姿は消えてゆく。

 今さら捕まえる事はできないだろう。

彼女の姿が完全に消失すると幽々子と顔を見合わせ互いに頷く。

「家康公に伝えた方が良いわね…………きっと良くない事が起きる」

 そして急ぎ大広間に戻るのであった。

 

***

 

 灰色が広がっていた。

 人工的な明かりが広がる鉄の都市の中央には一隻の巨大な鉄の船が停泊しており幾つもの橋が掛けられていた。

 橋はベルトコンベアになっており大量のコンテナを船内に運び入れている。

 そんな船の甲板上に八雲紫が立っていた。

 彼女は眉を下げ、肩を下げると大きく溜息を吐く。

 友人を巻き込みたくは無かった。

だがどうやっても相対する運命らしい。

━━また、彼女と敵対するなんてね……。

「……紫様?」

 突然声を掛けられ振り返ればそこには九本の尻尾を生やした自分の式━━八雲藍がいた。

「どちらに行かれていたので?」

「昔の……友人の所にね。でもフられちゃったわ」

 そう苦笑すると紫は表情を改める。

「準備のほうは?」

「全て滞り無く。例の導力戦車は全て投入可能。この船も明後日には航行可能です」

「各将への伝達は?」

「佐々・成政は明日には清洲に。残りの五大頂はいつでも動けます」

 いよいよか……。

 明日からこの世界は大きく動くだろう。

 織田が行くのは決して楽な道では無い。

 血に塗れた修羅の道だろう。

 だが……。

━━私たちは進むしかない。真実を知ってしまったから……。

 たとえ友人であったとしても我々の道を遮るなら叩き潰す。

 その覚悟を持って皆、この計画に参加したのだ。

 甲板から都市を見る。

そこからは都市の全てが見えた。

 都市には何十隻もの航空艦が停泊しており、地上には武神や漆黒の装甲を持つ戦車が幾つもの列を作り上げている。

 その様子を見ながらスキマから扇子を取り出し、広げる。

「さあ、始めましょう…………“破界計画”を」



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~第八章・『西国の体育会系』 赤い服に包まれて (配点:十二月二十一日)~

 

 濃霧がかかった山岳地帯に赤の軍団が布陣していた。

 赤の軍団は風林火山の旗と六文銭の旗を掲げ、山道の各所に陣を張りその上空には航空艦を待機させている。

 山道の奥には僅かな平地が広がっており、そこには兵六千からなる主力部隊が布陣していた。

 その部隊に真田昌幸はいた。

 彼は前線の陣から送られてくる情報を表示枠で見ながら煙管をふかす。

━━妙だ。

 飛騨に布陣してから一ヶ月。

 怪魔を一掃し、北上してきたP.A.Odaとにらみ合いを続けてきたが敵軍は全くと言って良いほど動かない。

 最初の頃は互いの偵察隊が遭遇し、小規模な遭遇戦を行っていたがここ数日になって敵は偵察隊すら出さなくなった。

━━何を企んでいる?

 敵は織田家だ。

 油断してはいけない。

 このままにらみ合いを続けるべきか、思い切って突いてみるか?

そう悩んでいると陣幕の中から赤い甲冑を身に纏った青年が出てきた。

「敵は動きませんね。父上」

「信繁か。今、山県殿に偵察に向かってもらったがそろそろ動こうと思う」

 その言葉に息子━━真田信繁は表情を改める。

「ではいよいよ織田と会戦に?」

「いや、それはまだだ。前線を押し上げ、敵の出方を窺う。桜洞城の勝頼様と神奈子殿に後詰を頼もう」

 山を下り、麓に布陣する。

 今いる場所には武田勝頼に布陣してもらい緊急時に備える。

「信繁よ。お前は前線の信之に合流し前進の準備をしろ」

 そう伝えるとほぼ同時に霧の中から真紅の四足機動殻が現れた。

『昌幸! 妙だ!』

「何事だ?」

 四足機動殻━━山県昌景は手に持った西洋槍を山の麓の方角に向けると表示枠に情報を送ってくる。

『織田が引いている! この霧を利用し、陣払いを行ったようだ!』

 それは確かに……妙だ。

何故織田は引いた?

 戦力は彼らの方が上回っており、此方は地の利があるものの有利度では相手のほうが上だ。

『赤備えは直ぐに動けるがどうする?』

 罠か?

 いや、釣り野伏せをするにはこの濃霧は危険すぎる。

同士討ちをする可能性があるのだ。

 織田が撤退を始めた理由。

 家中で何かあったか?

 もしくは何かが始まるかか……。

「赤備えは敵の追跡を。交戦はするなよ」

『応!』と昌景は踵を返すと蹄を鳴らし、駆け出した。

「信繁、我等も直ぐに出るぞ!」

「御意!」

 信繁が配下に進軍の命令を伝え、陣中が一気に騒がしくなる。

 煙管を大きくふかし煙が霧と混じるのを見ながらなんとも言えない不気味さを感じる。

このタイミングでの織田の撤退。

何か大きな事が始まる気がしたのだ。

「……さて、どうなるか?」

 答えのない質問を空に向かってするのであった。

 

***

 

 不変世界西端にある九州。

 そこは冬が来ない地であり、一年は春と夏と秋で繰り返されていた。

そんな温暖な大地のほぼ中央にある肥後国。

そこは阿蘇家が治めており以前までは英国と良好な関係を保っていた。

しかし英国が聖連から脱退すると関係は悪化、聖連と敵対する事を恐れた阿蘇家は隣国三征西班牙と同盟を結んだ。

英国はこれを裏切りと糾弾し軍を派遣、三征西班牙も阿蘇家救援のため軍を派遣した。

今、晴れ渡った肥後の空に二つの艦隊が向かい合っていた。

 一つは白を基調とした英国艦隊であり横列に並んでおり、対するもう一つの艦隊は赤と十字マークを基調とした三征西班牙艦隊だ。

 英国艦隊の中央に白と金のガレオン船が存在した。

「三征西班牙の奴等、随分とやる気じゃねーか」

 ガレオン船の甲板上で双眼鏡を覗いた半狼の男━━フランシス・ドレイクがそう言い、口元に笑みを浮かべる。

「戦力差は三倍。向こうは所有艦隊の大半を持ってきたようですね」

 隣で同じく双眼鏡を覗いていたチャールズ・ハワードの言葉に頷く。

 赤の大艦隊は数の有利を使い鶴翼陣を取っている。

更に敵には武神隊や機鳳隊も存在しており戦況は此方が圧倒的に不利だ。

「俺たちが敵の注意を引き付け、その間に義弘の地上軍が敵を突き崩すだったか?」

「Tes.、 そして日が沈んだ後にスカーレット卿が率いる吸血系異族の部隊で夜襲を仕掛けます」

 この戦い、空はあくまで囮と言う事だ。

 だが……。

━━ただの囮で終わるのも面白くねぇなあ……。

「敵はこっちが動かないと思っているだろうな」

「それはそうでしょう。此方は船の数が少なく、不用意に前進すれば集中砲火を受けます」

「Tes.、 だからこそ例の作戦をやれば奴等ビビるだろうぜ」

 「本当にやるつもりですか?」とハワードに訊かれ頷く。

 後の事を考えるとここで少しでも三征西班牙の戦力を削っておくべきだろう。

 表示枠で“例の船”に連絡すると正面を見る。

 遥か遠く。

赤い艦群から閃光が生じた。

「仕掛けてきやがったか!!」

 直ぐに障壁が展開され、数十もの流体砲撃が空中で弾ける。

「全艦、反撃だ! 前には出るなよ!!」

 その指示と共に英国艦隊も一斉に反撃に出る。

 空では流体砲撃と実体弾が交差し空中で激突した弾丸が爆発を生じさせる。

 激しく揺れる甲板の上をしっかりと踏み、体を安定させる。

「さて! 大勝負だ!!」

 

***

 

 英国艦隊の右翼に異様さを放っている一隻の航空艦が存在した。

 外装を赤一色に染めた航空艦は先端を槍の様に尖らせ、三角錐に近い形をしていた。

そんな船の甲板にビーチパラソルが建てられている。

 その下ではサングラスを掛けた幼い少女がビーチチェアに寝そべっている。

「始まったわねえ」

 少女はそう愉快そうに言うと背中から生えている蝙蝠の様な羽を僅かに動かす。

「やはり数の差で押されていますね」

 隣に立っていたメイド━━十六夜咲夜がそう言うと少女が楽しそうに笑う。

「そうでなきゃつまらないわ。このレミリア・スカーレットと対峙するならね!」

『余裕そうにしてるけどそっちヤバめだぜ?』

 表示枠に映った赤毛の青年の言葉に頷く。

「これも作戦の内よ。敵の注意を私たちに引き付け本隊の損害を減らす。

フフ、敵もこのスカーレットデビル号の素晴らしさに目を惹かれているのね!」

『いやあ……悪目立ちしてるだけじゃあ……』

 青年の言葉に顔を顰め「そんなこと無いわよ。ね? 咲夜?」と自分の従者に訊くと彼女は首を縦に振った。

「はい、お嬢様。御味方から『ぶっちゃけ悪趣味』『敵と間違えるから何とかしろ』『つーか、カリスマって何よ(笑)』と大好評で御座います」

「そうそう…………え?」

 聞き間違いだろうか?

 思いっきり誹謗中傷的な内容だった気がするのだが?

 だが咲夜は平然としているのでやはり聞き間違いだろう。

 そう心の中で納得していると敵艦隊からの砲撃が来る。

 砲撃は障壁によって空中で弾かれるているがいちいち破砕音が五月蝿い。

「さくやー、五月蝿いからあいつ等黙らせて」

「お嬢様、いくら私でもここからではどうしようもありません」

 『近けりゃ出来んのかよ』と赤毛の青年が呆れるとメイドが思いつく。

「そうだ! お嬢様! アレ使いましょう!」

 「アレ?」と咲夜が指差す方を見れば、そこには長身の大砲があった。

それを見て「ああ、アレね」と口元に笑みを浮かべる。

 

***

 

 さて困った。

 特にやる事も無く艦内で昼寝をしていたら咲夜さんに拘束され、甲板まで連行された。

 最初は主であるレミリア・スカーレットに説教されるのかと思ったが、彼女は満面の笑みで「貴女にしかできない事があるの」と言ってきた。

 正直嬉しかった。

 英国に来てからどうにも影が薄く。

 やる仕事も宮殿の庭の整備だ。

そのせいで先日グレイス・オマリに「庭師の仕事頑張れよー」と言われつい「はい! 頑張ります」と答えてしまったが自分は庭師ではなく門番だ!

そんな自分の役職と仕事の差異に葛藤していた時にお嬢様から自分だけの仕事があると言われたのだ。

嬉しいに決まっている。

二つ返事で引き受けてしまったが、何故あの時仕事の内容を聞かなかったのだろうか?

 そんな後悔をしながら身動きの取れない身でトマトジュースを飲み寛いでいる主を見る。

「なんで私、大砲の中に入ってるんですかぁー!?」

「なんでって? 仕事?」

「だから仕事って何ですか! 大砲に入る意味は!?」

 そう訊くと主は「五月蝿いわねー」と眉を顰める。

「私から説明するわ」

「咲夜さん……」

 咲夜は慈愛の表情を浮かべるとしゃがみ、視線を合わせる。

「お嬢様は敵艦隊の砲撃が五月蝿いから止めたいの。敵艦隊の砲撃が止まれば味方の損害も減るし、お嬢様がストレスを感じる事も無いわ」

 まあ……それは分かる。

「だからね? 貴女には向こうまで飛んで行ってもらって撹乱してもらうわ」

━━……………………は?

 待て? いま飛ぶといったか?

「あのぉ……まさか……」

「ええ、大砲で射出されて、敵艦に行って貰うわ。名付けて『スカーレット人間砲台』!」

 いやいやいや!?

何を得意げな顔をしているんだ!? この人は!?

「し、死にますよ!?」

「大丈夫よ。衝撃吸収の術式加護をするから狙いが外れて地面に落ちても死なないわ。多分」

 多分と言ったか!? 多分と!?

「ほ、砲撃が当たったらどうするんですか!? ちゃんと守られるんですか!?」

 咲夜は沈黙する。

 彼女は主の方を見るとレミリアも視線を逸らす。

そして頷き、「頑張りなさい!」とガッツポーズをした。

「無理ですよぉ!?」

 いかん。直ぐに脱出しないと射出される。

この人たちは本気でやる!

 大砲の中でもがいていると咲夜が下がり笑みを浮かべる。

「美鈴、もう発射するから」

 は?

 頭上を見ればカウントダウンを表す表示枠が浮いていた。

そこに書かれた数字はゼロと書かれており、それはつまり……。

「紅美鈴! 行ってきまーす!?」

 その瞬間、風景が加速した。

 

***

 

━━おー、飛んだねー。

 点になった美鈴を見て感心する。

 このスカーレット人間砲台。

作ってから一度も使った事が無い為、ちゃんと飛ぶかどうか不安だったが大丈夫だったようだ。

『何と言うか……ドンマイだな』

 赤毛の青年が本気で同情の表情を浮かべる。

 確かに悪ふざけが過ぎた気がするが、彼女なら大丈夫だという信頼もある。

━━なんだかんだで頼りになるしねえ。

 紅魔館で門番をしていた時はしょっちゅう昼寝をし、ザル警備であったが本気で敵と相対する時の彼女は凄い。

 格闘戦のみであれば夜の私に匹敵するぐらいだ。

向こうに着けば直ぐに自分の仕事を理解し、果たしてくれるだろう。

 そう思っていると突然艦内放送が鳴り響く。

『大型の駆動音を五つ確認! 照合したところ三征西班牙製重武神、猛鷲(エル・アゾゥル)です!!』

 テーブルに置いてある双眼鏡を持ち除けば、遥か遠方。

雲を切り分け、赤と白の航空武神が接近していた。

「来たわね。歓迎してあげなさい!」

「分かりました。全搭乗員に告ぎます。本艦はこれより敵武神隊を迎撃します。

艦首鎖型流体砲開け、指示を待ちなさい」

 咲夜の指示を受け船首の装甲が展開されて行く。

そして内部から六つの砲台が表れた。

 

***

 

 青い空を五つの赤い影が通過する。

 武神隊は対空・対艦戦闘用の装備をしており対艦用の長銃を持ち脚部には大型のミサイルコンテナを装備している。

 隊の先頭を飛ぶ武神が後方を振り向く。

『敵艦隊を突っ切って敵を混乱させるぞ!』

『攻撃命令は?』

『必要最低限だ! 一隻沈めたら離脱するぞ!!』

『Tes!!』

 三征西班牙としてはこの戦い、損害を抑えて終わらしたい。

 この戦いの様子は龍造寺家も見ているだろう。

ここで消耗すれば奴等につけ込まれる危険性がある。

 それは英国とて同じだ。

だからやつらも損害が大きくなれば引き上げるだろう。

『敵艦十二! どれを狙う!?』

 部下に聞かれ視覚素子に映る映像を拡大する。

 英国艦隊右翼は鶴翼陣を組んでおり此方を迎え撃つようだ。

━━常套だな。

 あの中に飛び込めば集中砲火を受ける事になる。

普通なら中央突破をしないだろう。

だがこの陣は突破されやすいと言う弱点がある。

 一度崩してしまえば後は脆いものだ。

『中央! あの悪趣味な船を落とす!!』

『おいおい、あの中に突っ込むのかよ』

『遣り甲斐はあるな!!』

 部下達の言葉に頷くと飛翔器を展開する。

『行くぞ!!』

『『Tes!!』』

 五機の武神が加速した。

 敵の中央を抜ける突撃に対して英国艦隊が砲撃を開始する。

 流体弾と実体弾の混ざった弾幕は此方を砕かんと迫ってくるが武神にとってこれ等を避けるのは容易だ。

 長銃を右最前列の船に向ける。

 狙うのは敵の流体砲。

そこを穿った。

 流体砲を貫通された艦は甲板が炎上し、高度を下げて行く。

 残りの船は此方を迎撃しようと機銃でも応戦してくるがもう遅い。

 眼前に迫る赤い船。

その艦橋を狙い長銃を構えると敵艦の艦首が展開し、赤い流体砲撃が放たれた。

━━艦首砲か!!

『全機散開!』

 指示と共に五機の武神が散開する。

見たところ敵の艦主砲は固定式の物。

射線上から逃れれば当たらない……当たらないはずだった。

『何だと!?』

 六つの砲撃は空中で曲がったのだ。

曲がっただけではない。

先端をパイク状に変えた流体光はこちらを追尾し、迫った。

『これは……鎖か……!?』

 一機が胴を貫かれ墜落した。

 その近くに居た一機も上空に逃れようとするが流体の鎖に巻きつかれ全身を破砕される。

━━いかん!!

『全機後退しろ!』

 正面から鎖が来た。

それを流体の横噴射で避けると鎖は直角に曲がった。

 そんなことも出来るのか!?

と心の中で舌を打ち、長銃を投げつけた。

 鎖は長銃を砕くが、その際に僅かに減速する。

 その間に上体を逸らすと鎖の先端は此方の肩部装甲を掠り、空振る。

 そのまま身を翻し、飛翔器を展開すると加速を行い撤退を行う。

 敵の鎖が追ってこなくなったのを確認すると近くの雲に入り、身を隠した。

『僅か数秒で二機落とされるとは……』

 生き残った機体も損傷が酷く、これ以上の戦闘は無理だ。

『後退し、補給を受けるぞ』

 その言葉に皆無言で頷き、味方の方へ向かう。

 

***

 

 敵の武神隊が撤退するのを見てレミリアは拍手する。

「凄いじゃないあいつ等。こっちの予定じゃ全部落とす筈だったのに」

 その言葉に咲夜は頷く。

「引き際が見事ですね。必ず戻ってきますよ?」

「望むところよ。今度こそ全部叩き落してあげるわ」

 咲夜は主の言葉に頷きながら内心溜息を吐く。

先ほどの攻撃は不意打ちだからこそ効く攻撃だ。

 鎖型流体砲は変幻自在に敵を追尾する砲撃だが射程が短いという弱点と艦前方にしか撃てないという弱点がある。

 敵に此方の情報を知られた以上、次は必ず対処をしてくるだろう。

━━この船、鎖型流体砲とアレを装備したせいで通常火砲が少ないんですよね……。

 このスカーレットデビル号は高速戦艦であるため装甲も薄く、航空艦同士の砲撃戦では不利だ。

 敵の武神隊が戻ってくるまでに作戦を実行したい。

そう思っていると表示枠が開いた。

 そこには敵艦隊の右翼が映っており、その中央には味方を示すシグナルが放たれている。

「お嬢様。美鈴が無事に乗り込んだようです」

 そう伝えると主はサングラスを外す。

「じゃあ、作戦開始ね。スカーレットデビル号、最大戦速!!」

 表示枠で搭乗員に伝えると船体が揺れた。

そして重力エンジンの駆動音が大きくなり、船が加速を始める。

「さて、ここからが勝負ですね」

 はしゃぐ主を横目に咲夜は冷静に頷いた。

 

***

 

「あ、兄貴! 武神隊が!」

 甲板から身を乗り出しそう叫ぶフローレス・バルデスにペデロ・バルテスは頷いた。

「敵もそれなりに準備をしていたという事だ」

 此方は二機の武神を失ったがまだ三機残っている。

さらに敵の情報も得られたため、次は仕留める。

「隆包主将! 左翼と中央の戦況は?」

 後ろで椅子に座りバットを磨いていた弘中・隆包に訊くと彼は表示枠を開いた。

「左翼はこっちが押してて、中央は互角だな。だから俺らがここで敵を崩せればこの試合、俺たちの勝ちだ」

 空で勝てば敵の陸上戦士団を一方的に砲撃できる。

 そうなれば我々の勝利だ。

 上空を武神隊が通過した。

二機はそのまま後方の武神空母に向かい、一機は此方の側面で止まった。

「おう、お疲れさん!」

 隆包がそう手を上げると武神が頷く。

『敵艦の詳細情報を送ります』

 武神から情報を受け取ると隆包は頷き、立ち上がる。

「後は俺たちに任せてお前たちは休んどけ。選手交代だ」

 そう親指を立てると武神が頭を下げ『御武運を』と下がった。

 それを見届けると彼は受け取った情報を艦隊に伝え、甲板上に大型の表示枠が開かれる。

そこには敵艦隊の正確な配置と敵の新装備についてが記されていた。

「…………鎖型流体砲ですか。また、妙な物を……」

「射程が短いのが救いだな。艦隊を徐々に前進させ、砲撃密度を上げるか」

 敵には新型艦が居るが数では此方が圧倒している。

 敵の攻撃範囲に入らないように囲んでいけば敵は耐え切れず崩れて行くだろう。

「なんだか私たちの出番なさそうですね」

 そう笑うフローレスに首を横に振る。

「妹よ。あまり敵を甘く見るな。慢心すれば勝てる試合も勝てなくなる。

勝利とは常日頃から鍛錬をし、決して油断しない心を……」

 その瞬間、横から強烈な衝撃を受けた。

視界が二転三転し、自分が宙を舞っているのが理解できる。

そして「あ、兄貴!?」と言う妹の声を聞くころには甲板から転げ落ちていた。

 

***

 

「いたたたたた……」

 酷い目にあった。

 着地の際に体をぶつけた痛みもあるがそれ以上に酔った。

 空中旅行は今までの人生を振り替えるのにちょうど良く、様々な事を思い出した。

例えばお嬢様のプリン食べちゃって殺されかけたなーとか、紅魔館のマンドラゴラを間違えて引っこ抜いて死に掛けたなーとか、妹様に何故か追いかけられて死にかけたなーとか。

思い出せば碌な思い出が無かった。

 立ち上がると周りを確認する。

 自分が今いるのは赤い船の甲板のようだ。

 そして周りには赤い服を着た生徒たち。

 これはつまり……。

━━敵のど真ん中!?

 もう一度周りを見る。

 ここは航空艦の上。逃げ道などない。

 甲板の上には霊体種族の男が一人と金髪の女子生徒が一人、そして何故か甲板の端でぶら下がっている金髪の男子生徒が一人居る。

━━どうする!?

 どうするか? そんなの決まっている。

 拳を構え、腰を落とした。

「英国紅魔館所属、紅美鈴! 参ります!!」



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~第九章・『完全瀟洒の侍女』 時よ止まれ (配点:銀のナイフ)~

 戦場の左翼では三征西班牙の艦隊が優勢になっており、三征西班牙艦隊は砲撃の密度を上げていた。

 それに対して英国も果敢に応戦するが被害は拡大し、数隻が後退した。

 そんな戦闘の様子をディエゴ・ベラスケスが見ていた。

━━ふーむ、順調だねえ。

 英国艦隊も奮戦しているが数の差で押されている。

 英国は本国防衛の為艦隊の半数を内城に残しているためこの戦場に来ているのはフランシス・ドレイクの私掠船が殆どだ。

 対して此方は本国の守りを同盟国のT.P.A.Italiaに頼めたため全艦隊を投入できたのだ。

 戦況は此方が優勢。

だが直ぐに勝利するわけにはいかない。

 阿蘇家には英国の陸上戦士団と戦ってもらい消耗させる。

そして消耗したところを三征西班牙が併合するという手筈だ。

━━あいつは反対してたなあ。

 この作戦を立てたのは大友宗麟だ。

 総長であるフェリペ・セグンドは中々首を縦に振らなかったが宗麟の説得を受け、ついに許可した。

「まあ、利用できる事は利用しないとこっちがやばくなるからな」

 英国は本気だ。

 彼らは本気で九州の統一を目指している。

 彼らの勢いが強まる前に叩き、抑えなければいけない。

『そろそろ止めを刺そうかしら?』

 表示枠越しに女性の声が聞え頷く。

「Tes.、 左翼を崩して中央を包囲するとしよう」

 表示枠が閉じると艦内から警報が鳴る。

それとともに船体が僅かに揺れ始め、中央にある貨物用エレベーターが上昇し始める。

『三征西班牙旗機“道征き白虎”出陣』

 白い女性型武神が現れた。

 巨大な体躯を持つそれは両腕を地面に立てると腰を上げる。

 その肩に霊体の長寿族の女性が立っていた。

 彼女に手を振ると彼女は手を振り替えし、腰を落とす。

「道征き白虎!━━GO!」

 白き虎が駆け出した。

 甲板を揺らし、四足で駆けるそれの前には道が出来る。

 そして光の道を走り、空を駆ける武神は雲の中に入って行くのであった。

「さて、これで左翼は終わるがどうにも右翼がきな臭いな」

 英国は何らかの勝算を持っているはずだ。

━━隆包。油断するなよ。

 そう右翼の方を見るのであった。

 

***

 

 中央の戦況は完全に膠着していた。

 三征西班牙は数では押していたがフランシス・ドレイク率いる英国中央艦隊は陣形を自在に変え、被害を最小限に抑えている。

 その英国艦隊に砲撃をしている三征西班牙艦隊の中心に旗艦サン・マルティンは存在した。

『流石だね』

 表示枠に映っている眼鏡を掛けた中年男性にフアナは頷いた。

「散開と密集を繰り返し、的確に回避行動を行っていますね」

 艦橋から見える英国艦隊はその陣形を常に変えており此方の砲撃を上手く凌いでいる。

 更に厄介なのがこの一連の動きにフェイントが入るところだ。

 回避かと思えば突然砲撃をしてきたり、前進と見せかけ後退を行い此方を混乱させる。

『だけど妙だ』

 そう呟く男性に「何がですか?」と訊くと彼は頷いた。

『確かにこの戦法なら被害を抑えられる。だけどそれは時間を稼ぐだけで此方の戦力を削ぐ事は出来ないんだ。

敵に援軍があるなら時間稼ぎも分かるけど現状時間が経てば経つほど不利になるのは英国の方だね。

左翼が崩れれば中央は包囲される』

 ならば何か策があるのか?

 敵が策を仕掛けてくるとしたらそれは…………。

「右翼ですね。あちらには敵の新型艦が確認されています」

『Tes.、 右翼側の戦況を注意深く………』

 男がそう言い掛けた瞬間、通神士が振り返りこちらを見た。

「右翼より入電! 右翼旗艦に敵が侵入した模様! 現在副長が敵と交戦しています」

「何ですって? どうやって進入したの?」

 そう訊くと通神士は困ったような表情を浮かべる。

「えーっと……どうやら飛んできたらしく……」

 飛んだ?

 敵は有翼種族ということか?

「いえ、そうではなく。大砲の弾のように飛んできて艦にぶつかったそうです……」

「そんな馬鹿なこと……」

『前に太陽王がやってたね』

 沈黙する。

 そういえば武蔵との初接触時にやっていた気がする。

「敵は一人なのですか?」

「T、Tes.、 敵は一人のみですが向こうは酷く混乱しているようです!」

 まあ敵が飛んできたら混乱するだろう。

 だが敵は一人だ。

直ぐに制圧される筈だが……。

『……直ぐに右翼の戦況図を見せてくれ!』

 男に言われ兵が慌てて表示枠に右翼の戦況図を開く。

 そこには敵艦隊の様子が映されており……。

「これは…………!」

『ああ、敵の狙いはこれだ。直ぐに右翼艦隊とアルセイユに連絡を! このままじゃ突き崩される!』

 

***

 

 バットがスウィングされ空を切る音が鳴り響く。

 炎のような赤髪の少女は腰を低くし、バットの下を潜ると拳を放ってきた。

━━おっと!

 それを後ろへの跳躍で避け、敵と距離を放つ。

 敵は深追いをせずに息を整え構えた。

━━やるじゃねえか。

 体の重心を下ろし股間を守るように太腿を閉じ両手を顔の高さまで持ってくるこの構え。

━━八極拳か。

 それも達人の域のだ。

 八極拳は清の時代に生まれた拳法で数ある中国拳法の中でも屈指の破壊力を誇る。

この技は敵と肉薄した間合いで戦う事を得意とするものであり、独特な震脚による重心移動や急激な体の展開動作を利用した攻撃を行う。

 達人の域に達した八極拳使いの間合いに入る事は死を意味する。

━━本来なら距離を離して戦う相手だが……!

 此処は船の上。

 敵の間合いから十分に逃れるには広さが足りない。

 敵が息を吸う。

ゆっくりと吸い、静かに吐く。

 そして踏み込んできた。

 距離にして二メートル半を一気に詰めて来る踏み込み。

 その加速力を利用し彼女は右肘を突き出してきた。

「!!」

 咄嗟にバットでそれを受け、鈍い音が鳴り響く。

━━重い………!?

 まるで象が突撃してきたかのような衝撃。

それを霊体の足で甲板を踏み込み、弾いた。

 敵は直ぐに後ろにずれると構えなおし此方の様子を窺う。

 此方もバットを構え待ち構えた。

━━こいつぁ、骨が折れそうだ!

 単身乗り込んできただけの実力はあるという事だ。

並みの特務では返り討ちにあっていただろう。

そう言う意味では自分が此処にいたのは良かった。

「守るのは得意なんでなあ!」

 再び赤毛の少女が踏み込んできた。

 

***

 

 美鈴は敵と戦いながら心中賞賛の声を送っていた。

流石は三征西班牙副長弘中・隆包。

彼は守りが得意という事は戦いの中で痛感した。

 守りと言っても“堅”の守りでは無く、“柔”の守りだ。

“堅”の守りはその耐久を上回る破壊をぶつければ突破できるが“柔”の守りはその姿を攻撃ごとに変え応戦する。

 彼はバットを使い、此方の攻撃にあわせ「弾き」「逸らし」「打ち込み」を行い常に反撃のチャンスを窺っている。

━━世界は広いですね!

 幻想郷でも自分に挑んでくる人間は多く居たが多くが数分で倒れた。

そもそも妖怪である自分と人間の間には絶対的なスペック差がある。

そのスペック差を埋めるためにスペルカードルールが生まれたのだが拳法家としてはやはり真っ向からの勝負をしたかった。

 不変世界に来てからも戦う機会が少なく燻っていたがついに心躍る勝負ができた。

「どうした。笑ってるぜ?」

 敵に言われ表情を改める。

「貴方ほどの敵と戦え、喜びを感じています」

「へ。嬉しい事言ってくれるな。だが! この試合、俺が貰うぜ!」

「私も譲る気はありません!」

 踏み込む。

 拳を腰元で構え狙うのは敵の左胸だ。

 敵との間合いを詰めると同時に拳を放つが敵は既に防御態勢に入っている。

拳が敵のバットに当たった瞬間、踏み込んだ。

 震脚。

 八極拳において基本的な技だが、基本だからこそ技を派生できる。

 衝撃を受けた敵は大きく後ろに滑る。

それを追撃しようとした瞬間、今度は敵が踏み込んできた。

「!!」

 バットの両端を両手で持ち此方の顎を狙う突き出し。

それを急ぎ顔を引き、避けると後ろへ跳躍した。

「やられっぱなしってのは面白くねーからな!」

 そう不敵に笑う敵を見てますます闘志が高まる。

 全力で行こう。

 そう決め、踏み込もうとした瞬間、表示枠が開いた。

そこには咲夜が映っており。

『美鈴、良くやったわ』

「え?」と首を傾げた瞬間、艦の左方から赤の戦艦がステルス障壁を解除し、出現した。

 スカーレットデビル号は艦首に障壁を集結させ流体の刃を作り出してゆく。

鋭く尖った船首を輝かすその姿はまるで……。

「槍!? 衝角突撃(ラムアタック)か!?」

 誰かが叫んだ直後、スカーレットデビル号が近くの護衛艦の側面に突き刺さり、砕いた。

 

***

 

 甲板の側面に捕まり九死に一生を得た後、妹のフローレス・バルデスに引き上げてもらった。

 危なかった。

 服が装甲の角に引っかからなければ地上まで真っ逆さまに落ちていただろう。

「妹よ、感謝する」

 そう言い甲板中央を見るとそこでは赤毛の中華少女と隆包主将が相対しており、とてもじゃないが近づける雰囲気ではない。

 だが何時までもこうしている訳にもいかないので近づこうとした瞬間、警報と破砕音が鳴り響いた。

「なんだ!?」

 装甲が砕かれ、軋む音の方を見れば護衛艦がその船体を二つに別け墜落していた。

そして炎と煙の中から赤い船が現れる。

━━敵の新型艦!?

 此方が混乱している間に突撃してきたか!?

だがなんという速力!

この短時間で近づいてきたのか!?

『緊急回避を行います! 総員、掴って下さい!!』

 次の瞬間、艦が緊急回避を行い旋回した。

その衝撃を逃れるため皆近くの手すりや角につかまるが場所が悪かった。

 今立っているのは何も無い甲板の上。

 その状況で突然の重力加速を受けたため…………。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「兄貴ぃ!?」

 後ろに引っくり返り、転がり、そしてまた甲板から落ちた。

 

***

 

━━してやられたな!?

 バットを甲板に突き立て、膝を付き衝撃に耐える。

 艦は九十度の緊急回頭を行っており、敵の右舷装甲と此方の左舷装甲が激突する。

 破砕音と火花。

 装甲が互いに削られ、船が軋んで行く。

 そんな中、敵艦から一人の少女が此方に乗り込んで来た。

 美しい銀の髪を靡かせたメイド服の少女は華麗に着地をするとスカートを整える。

そして艦が通過するのを確認すると此方を見た。

「英国紅魔館所属、十六夜咲夜と申します。三征西班牙副長弘中・隆包様で御座いますね」

 丁寧に頭を下げる彼女に釣られ、周りの生徒たちも頭を下げた。

「おう。やってくれたな」

 横目で赤の艦の方を見れば船は近くの護衛艦を砕き、鎖型の流体を伸ばしながら周囲の航空艦に襲い掛かっている。

「ステルス障壁を持っているのは其方だけではないという事です」

 彼女はそう微笑むと銀のナイフを取り出す。

「霊体払いの加護を受けた銀製ナイフ。貴方には脅威の筈です」

 そして彼女は横目で美鈴を見る。

「美鈴。挟み込みなさい」

「え……でも……」

「三征西班牙の副長。ここで仕留めれれば今後が楽になる。従いなさい」

 そう言われ美鈴は表情を翳らせながら頷いた。

━━こりゃあ、きつそうだ。

 状況は二対一。

ペデロはなぜかまたぶら下がっているし、フローレスも兄を引き上げるので手一杯だ。

 このメイドの実力は分からないが恐らく特務級。

油断は出来ない。

━━やるしかねぇか!!

 覚悟を決め、バットを構えた瞬間、艦内から男子生徒たちが現れた。

「隆包主将! ご助力します!!」

 そう叫ぶと男子生徒たちが咲夜に突撃する。

「うひょおおおおお! ミニスカメイドさん!!」

「う、美しい!!」

「踏んでください!!」

 各々叫びながら飛び掛ると咲夜は口元に笑みを浮かべた。

━━………なんだ?

 得体の知れない悪寒を感じ、眉を顰める。

「待て! お前ら下がれ!!」

 叫んだ瞬間、男子生徒たちが一斉に倒れた。

 皆肩や足にナイフが刺さっており苦悶の声を上げる。

━━何が起きた!?

 一瞬で男子生徒たちが全滅し、咲夜はその場から動かず涼しげな表情を浮かべている。

「私が何故、お嬢様の傍に居るのかお教えしてあげましょう」

 メイドが構える。

━━来るか!!

 此方も構える。

 そして咲夜が駆け出した瞬間、甲板に影が差した。

「何!?」

 上を見上げれば美しく白い装甲を持つ飛空挺が滞空しており、その甲板から此方と敵の間に誰かが降りてきた。

 女性であった。

 鮮やかな青の軍服を身に纏い薄緑色の髪を持つ女性は腰に提げていた剣を抜くと掲げた。

「三征西班牙客将ユリア・シュバルツ! 恩義を返すため助太刀する!!」

 

***

 

━━間に合ったか……。

 中央後方で待機していたが突然右翼の援護に回るように指示を受け、急行した。

 遠く。

 右翼艦隊後方を見れば敵の新型艦がやりたい放題をしておりこのままでは甚大な被害を受ける。

 表示枠を片手で操作し、上空に居るアルセイユに敵艦の追撃を指示すると眼前の敵を見た。

 敵は二人。

 一人は東方の拳法使い。それも達人級。

 もう一人はメイドだが………。

 周囲に取れている生徒たちを見る。

ナイフはどれも肩や足、それも動脈を避けて刺してある。

 狙ってやったのなら相当な腕だ。

 そしてなによりも……。

━━どうやったかか……。

 アルセイユから見たとき敵が何をしたのか分からなかった。

 背後の隆包に目配せすると彼は頷く。

「気をつけろ。敵さんの手の内が全く見えねぇ」

 彼の頷きに頷きを返すと剣を構えた。

「隆包殿。この敵は私が引き受けます」

「おう。頼んだぜ。俺はあの嬢ちゃんとの続きだ」

 そう言うと隆包は中華服の少女と相対する。

「……予定外ですが……貴女にも退場していただきます!」

 銀の一閃が来た。

 高速で放たれたナイフを剣で弾くと敵は既に二発目を投げている。

━━鋭い!

 彼女その物がナイフのような殺気。

 それを全身で感じながら二発目のナイフを体を逸らし避ける。

それと同時に踏み込み距離を詰めた。

 剣を振り上げ狙うは敵の左肩。

それに対し敵は右手のナイフを此方の刃にあてナイフの表面を走らせるように逸らした。

更に右足を主軸に体を横に回転させ背後に回りこんで来た。

 彼女の左手には別のナイフが逆手で握られており、此方の背中を突き刺そうとする。

「!!」

 此方も敵を追うように回転しナイフを避けると回し蹴りを放つ。

 足の裏が敵の右手のナイフを弾き飛ばし両者は距離を離す。

 静かに息を整えると剣を構えた。

「その動き……暗殺者か?」

「どちらかといえばハンターですね。“元”ですが。そちらは騎士道という物ですか?」

 その問いに小さく頷く。

すると彼女は微笑んだ。

「いいですわね。主を守る騎士。その気高さに憧れますわ……でも」

 表情が変わった。

鋭く目だけで此方を殺すような視線。

━━来るか!?

 その予感とともにエニグマを起動させる。

「気高さ故に足元の影に喰われない様、御注意を……」

 突如、胸に衝撃を感じた。

━━な、に……?

 視線を下ろし、自分の胸元を見ればそこには一本の銀のナイフが突き刺さっていた。

 

***

 

 咲夜は凄まじい疲労感と汗を隠しながら平静を装った。

 使うつもりが無かった完全時間停止。

 自分の技は時間操作でありその性能から多量の内燃排気を消費する。

 そこで編み出したのが“時間停止”ではなく“時間遅延”だ。

 周囲の時間を七秒間の間だけ遅延させ攻撃を行う。

さらに三十秒のクールタイムを設ける事によって内燃排気の消費と体力の消耗を極力抑える。

こうする事によって長期戦にも対応できるようにしたのだが今回は時間が無く一気に勝負をつけることに専念した。

━━やはり完全停止は体に負担が掛かるわね……。

 蓬莱人のように莫大な内燃排気を所有しているならばいざ知れず人間である自分の内燃排気は限られている。

 その為完全に時間を停止させるのは体に凄まじい負担が掛かるのだ。

━━幻想郷ではこんな事に悩まされなかったのに……。

 もし制約をつけた奴が居るならば殴ってやりたい。

そう思いながら敵の様子を見る。

 敵は両膝を付き崩れており、胸に刺さったナイフが痛々しい。

 一応急所は外した。

あくまで狙いは副長弘中・隆包であり彼女ではない。

無駄に命を奪う事は無いだろう。

 美鈴の援護に向かおう。

そう思うと同時に敵が動いた。

「……まさか」

 彼女は剣を杖にし、起き上がると不敵に笑う。

そして胸のナイフを引き抜き投げ捨てた。

「………どうやったのかしら?」

 ナイフは確実に刺した。

だが敵は動いているし胸には出血の跡が無い。

 疑問から眉を顰めていると敵は腰のポケットから懐中時計のような物を取り出した。

銀色のそれはたしか……。

「………エニグマ」

「そうだ。導力魔法“アダマスガード”。莫大な内燃排気を消費するが一度だけありとあらゆる物理的な攻撃を遮る。事前に仕込んであって助かった」

 やられた……。

 導力魔法については良く知らず、このような術があるとは思わなかった。

 此方はもう時間停止は使えない。

だが見たところ敵もあの術をもう使う事は出来ないだろう。

 完全時間停止を使った際のクールタイムは三分。

あと二分。

それまで耐えれば此方の勝ちだ。

 足に着けてあるナイフポーチから二本のナイフを取り出すと構える。

 そして身を低くし突撃した。

 

***

 

 身を低くし突撃してくる咲夜に対して正面から踏み込み剣を突き出すと敵は上体を捻った。

そしてそのまま右手のナイフを突き出してくるがその腕を掴むと後ろへ投げ飛ばす。

 敵は空中で受身を取ると左手のナイフを投げつけ着地する。

 それを横への跳躍で避けると向かい合う。

 先ほどの敵の技。

色々と憶測できる。

 一つは空間移動。

だがこれは敵の攻撃が見えないというはずは無い。

 必ず敵が攻撃をする際に見えるはずなのだ。

 次は透過術式。

これも違う。敵の攻撃が早すぎる。

いや早いなんてものでは無い。

時間なんて関係ないかのように高速を超えた何かで攻撃が可能なのだ。

━━………まさか?

 もし敵が時間操作を行っているのならば?

 それならば一連の攻撃に説明がつく。

 攻撃が見えなかったのは此方の時間が止められていたから。

男子生徒の軍団を同時に倒せたのも時間停止をし攻撃を行ったから。

 だとすると問題が出てくる。

それは時間停止をされたら手も足も出ないという事だ。

━━だが、それだけの技を連続で使えるか?

 時間停止などという大技を使えば内燃排気の消費が激しいはずだ。

 敵の表情を見れば上手く隠してはいるが消耗の色が見える。

先ほど、此方の胸を穿った際に向こうも大きく消耗したのだろう。

 時間停止は次は使えない。

だが時間停止以外ならば?

例えば時間を遅らせたりするような……。

━━用心は必要か。

 此方も内燃排気は残り少ない。

使える導力魔法は限られてくる。

その中で使用するのは……。

「クロノドライブ!!」

 時間加速術式を使用した。

それと同時に敵が動いた。

 突如全身に重圧を感じる。

まるで海の中に居るかのような重さで体が思うように動かず動作が遅れる。

━━やはり時間遅延か!!

 敵はナイフを突き出し突撃してくる。

 対して此方は全ての動作が遅延する。

 ただナイフを弾こうとすれば間に合わない。

故に膝蹴りを繰り出すよう体に命令した。

 剣を持つ腕を敵に向けながら体を敵に対して横にして行く。

 敵は剣先を避けるため身を低くする。

そこへ事前に突き出した膝が来る。

「なに!?」

 咲夜は咄嗟の膝蹴りを避けると舌打ちをし、距離を離した。

それと同時に体に掛かっていた遅延が消える。

「━━七秒か」

 そう静かに言うと彼女は始めて平静を崩した。

 眉を顰め、睨みつけてくる。

敵の技は見破った。

だが未だに不利なのは此方だ。

「残りの内燃排気を全てクロノドライブに回す!」

 今度は加速した此方が敵に突撃を仕掛ける。

敵の遅延攻撃を受ける前に押し込む。

 対して敵も迎撃の構えをし、次の発動まで耐えるつもりだ。

 剣の刃とナイフの刃がぶつかり、火花を散らした。



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~第十章・『幼き吸血鬼』 血で赤く染めて (配点:紅魔)~

 流体の鎖が振り下ろされ機鳳空母の甲板が砕かれる。

そのまま鎖は横に薙がれ甲板上で待機していた機鳳が砕かれ落とされて行く。

 その様子をスカーレットデビル号の甲板からレミリアは見ると止めを刺すように指示をした。

 残りの流体鎖が敵空母側面に突き刺さりまるで内臓を抉るように内部の装甲を引きずり出す。

━━そろそろ引き時かしら………?

 敵艦隊は混乱を収束させ始め此方を囲み始めた。

更にやたら足の速い飛空挺が機鳳隊をつれて攻撃してくる。

 左舷、白い飛空挺が来た。

飛空挺は此方の対空火砲を避けると艦首に装備された砲で攻撃を行う。

攻撃を障壁で防ぐとその間に敵は艦上方を抜けていった。

それに続き三機の三征西班牙製機鳳、赤鷲(ロジョ・アゾゥル)が来る。

「これ、持ってて」

 咲夜の変わりに自分の世話をしていた妖精メイドに日傘を渡すと右手を掲げた。

 右掌に吸血鬼である自分の血を混ぜた流体の塊を作り、それを棒状に伸ばして行く。

そして流体の塊は高密度の流体槍へとその姿を変える。

「墜ちなさい! 神槍「スピアー・ザ・グングニル」!!」

 紅の一閃が放たれる。

高速で放たれた流体槍を中央の機鳳は避ける事ができず機体の中心を貫かれ爆散した。

 残りの機鳳は直ぐに旋回し、此方との距離を離す。

「急速旋回! 咲夜たちを回収してこの空域を離れるよ!!」

 命令と共にスカーレットデビル号が旋回して行く。

 もう少し敵艦を削りたかったが仕方ない。

下手に深追いして無駄な被害を受けるよりはマシだ。

 そう頷くとまだ残っていたトマトジュースを飲み干した。

 

***

 

 後方の武神空母で緊急整備を受けながら敵の新型艦の様子を見ていた。

 敵艦は此方の混乱に乗じて近隣の艦に手当たり次第襲い掛かり沈めている。

迎撃の為機鳳隊が飛び立つが敵の激しい対空砲火を前に近づけないでいる。

『おい、まだか?』

 自分の肩に乗り修復作業を行っている整備兵に聞くと彼は顔を顰めた。

「五度目だぞ! 少しは黙ってろ! 武神ってのはなあ、見た目に反して繊細なんだぞ!」

 最初の交戦で何とか生き延びたものの急な回避行動を取ったせいで関節がイカレた。

だが自分はまだいい方だ。

 残りの二機の内一機は飛翔器を砕かれ飛べず、もう一機は機体の破棄が決まった。

━━………クソ。

 己の歯がゆさに舌打つ。

 二人の部下を失い隊は壊滅。

 そして敵は現在進行中で味方を沈めている。

 もう一度敵艦の方を見れば攻撃を加える機鳳隊に白い飛空挺━━アルセイユが加わっていた。

更に体勢を立て直した味方艦が包囲を始めている。

『なんだ、終わっちまいそうだな』

 飛翔器の取り外しをされていた部下の言葉に頷くと敵艦が急速旋回をし始める。

━━逃げる気か。

 包囲は不完全で敵艦を追撃するアルセイユたちの攻撃力は不足している。

『行くか』

「は?」と眉を顰めた整備兵を掴み、甲板に下ろすと立ち上がる。

「おい! なにをする気だ!?」

『少し脅かしてくる!!』

「だったらミサイルポッドは外して行けー! 重くなるだけだからな!! それから長銃のスペアはねーぞ!!」

 整備兵の言葉に頷く。

『隊長、やっちまって下さい!』

『Tes.!!』

 甲板から飛び立ち飛翔器を展開する。

そして一気に加速すると敵艦進行方向に大きな雲を発見する。

━━やってみるか!!

『アルセイユ、敵を前方の雲に追い込め!』

『どうする気ですか?』

 その問いに内心笑みを浮かべる。

『驚かしてやる!』

 

***

 

 銀のナイフと鋼鉄の剣が火花を散らす。

咲夜とユリアは一進一退の攻防を繰り返し互いに疲弊していた。

 戦いの流れはパターン化されており、咲夜が時間遅延を使用中はユリアは回避に専念しクールタイムに入り時間遅延が解除されると今度は咲夜が回避に専念する。

 それを何度も繰り返し、ついに咲夜の内燃排気が尽きた。

━━………やっとか。

 敵は酷く消耗しており大粒の汗を流し、息を荒げている。

対して自分も全身に傷を受け、先ほど内燃排気が尽きた。

 ここから先は純粋に己の力が勝負をつける。

「引く気は?」

「御座いません。お嬢様の命令があるまでは」

 見事な忠誠心だ。

そう心の中で賞賛を送った。

この敵は己の主の為に命を賭けれる。それだけの忠誠心を持っている。

だがそれは自分とて同じだ。

自分も己の主の為に命を賭けて戦う。

 次で勝負が決まる。

敵も分かっているのだろう。

 消耗しているが今までで一番研ぎ澄まされた闘気。

それを全身に纏って構えている。

━━行くぞ!!

 そう踏み込もうとした瞬間、船体が大きく揺れた。

『敵艦接近!! 回避行動のため高度を上げます!!』

 突如の揺れに体勢を崩すと剣を甲板に突き刺し耐えた。

そして敵の方を見れば敵の横に表示枠が開かれている。

『はい! そこまでー。咲夜帰るよ。あと美鈴も』

 表示枠に映った幼い少女の言葉に咲夜は直ぐに頷くと甲板の端まで駆け出した。

「美鈴! 急ぎなさい!」

 「あ、はい!」と赤い髪の少女も掛けだすと敵の新型艦が此方の艦の下方を背後から通過しようとしていた。

「咲夜殿!」

 甲板の手すりに足を掛けていた咲夜に声を掛けると彼女は振り返る。

「良い勝負でした! 何れまた!」

「ええ! 貴女もそれまでお元気で!」

 そしてメイドと中華少女が艦から飛び降りる。

 追いかけ手すりから身を乗り出してみれば二人は新型艦の甲板に着地し、艦はそのまま通過して行く。

「ふう、逃げられちまったか」

 隣に立った隆包に頷く。

それに僅かに遅れてアルセイユと機鳳隊が通過した。

『左翼艦隊から報告です。英国艦隊左翼は後退し、味方が中央の包囲を開始しました』

 これでこの戦いの大勢は決まった。

 此方の被害は少なくないが英国はこれ以上の艦隊戦を続けられないだろう。

━━後は地上部隊を追い払えばいいだけか……。

 そう思い、一息を吐くのであった。

 

***

 

「お嬢様、申し訳ありません」

 そう頭を下げる咲夜に目が点になる。

「え? なんで謝ってるの?」

「敵の副長を討ち取る事が出来ませんでした」

 ああ、そんな事か。

「いいよ、いいよ。本来の作戦は成功だし副長討伐はサブ目標みたいなもんだから」

そう言うが咲夜はまだ眉を下げたままだ。

 その姿に内心苦笑する。

 このメイドは私の命令にいつも忠実で完璧だ。

だが私は知っているのだ。

その裏で彼女が常に無理をし、自分を押し殺している事を。

 彼女は自分が唯一心を開けるメイドである。

彼女には伸び伸びと仕事をし、幸せになってほしい。

そう思っているのだ。

「そうねえ、じゃあ罰として普段の家事に加えて紅魔館の庭整備もしなさい」

「え? 私はどうなるんですか?」

 美鈴の問いに笑みを浮かべる。

「あんたも連帯責任で宮殿の壁掃除ね、一日で」

「酷い!?」

  涙目になる美鈴に笑うと艦の後方を見た。

そこには一機の飛空挺と二機の機鳳が追いかけてきており飛空挺から砲撃が放たれる。

空中で障壁に遮られ爆発する砲弾を見ながら顔を顰めた。

「しつこいわね。前の雲の中突っ切って振り切るわよ!」

 そう指示をした直後警報が鳴り響く。

『前方! 雲の中より大型の駆動音を確認! これは……武神です!!』

「何ですって!?」

 慌てて正面を見れば雲の中から赤と白の武神が姿を現した。

 

***

 

━━貰った……!!

 上手く敵を待ち伏せ場所まで追い込めた。

 敵艦を見れば慌てて艦首の装甲を展開しており例の流体砲を撃とうとしている。

『させん!!』

 腰に装備していたハンドグレネードを手に持ち加速する。

 赤の艦から対空火砲による迎撃が始まった。

 実体砲台から放たれる弾は避け、機銃による攻撃は武神の装甲で防ぐ。

そして一気に敵との距離を詰めるとハンドグレネードを装甲展開中の艦首に投げ込んだ。

 その数秒後、爆発が生じ敵艦艦首に亀裂が走った。

亀裂は艦の艦首を覆い、黒煙と炎を吹き出す。

そして爆発した。

 装甲が内部から砕かれ地に落ちてゆく。

 その様子を確認すると同時に流体剣を引き抜き敵艦上方に出る。

狙うは敵の艦橋。

そこを叩けばこの艦は落ちる。

 そう思い急降下をすると甲板に紅の光を見た。

それは槍であり、甲板に立っていた幼い少女から放たれる。

『く!?』

 急ぎ体を捻るが槍は此方の右肩を貫き、破砕した。

 右肩から下を失いバランスを失った体は落下し敵艦の右舷側を落ちて行くが咄嗟に残っていたもう一つのハンドグレネードを取る。

『まだだ!!』

 左手に持ったハンドグレネードを上方の敵艦に投げつけるが飛距離が足りず敵艦右舷後方近くで爆発する。

 その熱と衝撃で敵艦の装甲が赤熱し歪むが破壊するには至らない。

━━ここまでか!!

 敵艦は落とせなかったが大きな損害を与えた。

これ以上の戦闘は不可能だろう。

 そう判断すると飛翔器を展開させ一気に離脱する。

その際にアルセイユとすれ違い、彼らに『後は頼んだ』と通神を送る。

『……さて、後は中央次第か』

 そう呟き、武神空母に向かった。

 

***

 

「被害状況は!?」

 冷や汗をかきながら咲夜は被害状況の確認を行う。

『艦首大破! 艦内に火災発生中!! 消火活動を急ぎます!!』

━━油断した!

 まさか武神がこんなに早く復帰するとは……。

 艦首は炎に包まれており砕かれた装甲から熱で歪んだ鉄骨がむき出しになっている。

「全く……これじゃあ戦えないわね……」

 レミリアの言葉に頷く。

 先ほどの攻撃で艦首流体砲を全て失い、残りの側面流体砲にも異常が発生している。

これ以上の戦闘は不可能だろう。

「お嬢様……左翼の艦隊を後退させるべきだと思います。スカーレットデビル号が戦闘不能になった以上、これ以上の戦線維持は不可能です」

 そう伝えると主は苛立たしげに爪をかんだ。

「ベスになんて言えばいいのよ……」

『呼んだか?』

 突如表示枠が開き、英国女王が映る。

「ベ、ベス!?」

『フフ、見てたぞレミリア。随分と派手にやられたようだな』

 そう笑うエリザベスに対してレミリアは眉を吊り上げる。

「馬鹿にしに来たのかしら?」

『Tes.、 お前がベソを掻いてないか確認しに来たのだ』

 レミリアがチョップで表示枠を割る。

だが直ぐに新しい表示枠が開いた。

『冗談だ』

 エリザベスの言葉にレミリアは深く溜息を吐くと半目になる。

「で? 何の用?」

『ああ、全艦撤退しろと伝えにな。それと一つ頼みがある』

 「撤退?」とレミリアが眉を顰めるとエリザベスは『Tes.』と答える。

『三征西班牙の艦隊を肥後に引き付ける事に成功した。我々は次の作戦に移る』

「肥後に引き付けるって………まさか、この戦いその物が囮!?」

 『Tes.』と頷くエリザベスにレミリアはますます眉を顰める。

「どうして言わなかったのさ? この戦いが囮って知ってたら損害出さないようにしたのに? 敵を欺くには味方から、ってやつ?」

 そう訊くと妖精女王は沈黙し、目を逸らした。

「あんた! 単純に伝え忘れてたな!?」

『まあ、落ち着けロリババア。私とて全知全能ではないのだ。間違いもある。うん』

 レミリアは怒り通り越して呆れたようで大きくため息を吐くと脱力した。

「地上にいる義弘達が怒るわよ。あいつ等久々の戦だって意気込んでいたし……」

『まあ、何とかする。ハワードが』

 そう言うエリザベスにレミリアは半目になると頭を掻いた。

「で? 頼みって?」

『ああ、お前の妹を借りたい』

 「妹」と言う言葉にレミリアは表情を改める。

 先ほどまでの砕けた雰囲気ではなく相手の意思を探る慎重な雰囲気だ。

「……あの子をどうする気?」

『九州の均衡を崩すため私は大きな勝負を挑みたい。その為に彼女が必要だ』

 英国女王が真剣な視線をレミリアに送る。

『助力を願う』

 そう言われるとレミリアはゆっくりと目蓋を閉じるのであった。

 

***

 

「英国艦隊後退して行きます!」

 通神兵からの報告を受けフアナはほっと一息を吐く。

 左翼を崩し、右翼の新型艦を退けたため英国は後退を余儀なくされた。

『お疲れ様』

 隣の表示枠に映っている中年の男性に頷くと指示を出す。

「艦隊は地上に対する砲撃準備を! 敵の陸上戦士団を追い払います!」

 これで決着は着く。

 被害は決して少なくはないがそれ以上に英国艦隊に被害を与えた。

当分は英国も大人しくなるだろう。

そう思っていると通神兵が慌てて振り返った。

「阿蘇家の軍が突撃を開始しました!!」

「何ですって!?」

 眼前に表示される戦況図では阿蘇家の陸上戦士団が英国の陸上戦士団に向かって突撃を開始している。

『……敵の航空艦隊が引いて強気になったようだね。だけどこれは……よくないな』

 彼の言うとおりだ。

阿蘇家の陸上戦士団が英国の陸上戦士団と接触すれば此方から砲撃を行えなくなる。

いくら敵の航空戦力がなくなったとはいえ、地上には約三千の英国島津兵がいるのだ。

 ぶつかればただでは済まない。

「直ぐに阿蘇家の指揮官に連絡を! 艦隊は砲撃準備を急ぎなさい!!」

 指示を受け慌しくなる艦橋の中で冷や汗を掻く。

ここで阿蘇家に壊滅されては三征西班牙は困るのだ。

直ぐに止めなければ。

 そう心の中で思い眼鏡を押し上げた。

 

***

 

 頭上で後退して行く航空艦隊を見ながら島津義弘は首を回す。

島津兵三千は魚鱗の陣をひき展開し迫ってくる阿蘇軍を待ち構えていた。

「兄上! 敵が来るぞ!」

 隣で乗馬した自分の弟━━家久に頷くと刀を抜く。

「兄者や歳久は悔しがるだろうな。この様な戦に参加できず」

「後退しろとの命令ですが?」

 弟の言葉に笑う。

「この戦全てが囮とは英国女王も思い切ったことをするものよ。

我等は囮。三征西班牙を引き付けれれば良い」

 「ならば」と馬を駆り立て、皆の前に出る。

「聞け!! 島津の荒武者どもよ!! どういうわけか敵は強気になっているらしい。

異界人の力を借り、此方の航空戦力を退ければ我等が引くと思っているのだ。

舐められたものよ!!

長き停滞の中でやつらは忘れたらしい!! 何故、我等が鬼島津と呼ばれたのかを!!」

 馬を反転させ、敵軍の方に向き刀を掲げた。

「全軍! 武器を構えよ!! 撫で斬りだ!!

一人残らず首を刈り取ってやれい!! 全軍、突撃!!」

 号令と共に兵たちは怒声をあげ、突撃を開始した。

 阿蘇軍は予想していなかった島津兵の突撃に動揺し足を止め、そして崩された。

僅か数分で阿蘇軍は壊滅し熊本城に逃げ込み、島津兵は悠々と後退するのであった。

 

***

 

 筒井城の評定所に徳川の武将達と元筒井家の重臣が集まっていた。

 上座には徳川秀忠が座りその右隣には筒井順慶が、左隣には八意永琳が座っている。

「さて、皆も知っていると思うが北条からの報告で懸念が出てきた」

 秀忠の言葉に天子は頷く。

「織田が何かをしようとしているという事ね」

 「そうだ」と秀忠は頷くと表示枠を開き、拡大する。

「織田は概念核を所有している可能性があり、それを利用して何かを行おうとしている。

その何かが問題なのだが、私の勘では碌なことではないな……」

 永琳が首を縦に振る。

「そうですね。八雲紫との接触で織田が元の世界に帰ろうとしているわけでは無いと判明しました。

本気でこの世界を征服する気なのかどうか……、更に気がかりなのは“終末”という単語ですね」

 終末。

 具体的なことは分からないが言葉の響きから良くない事であろう。

「観音寺方面からの報告では織田が観音寺城に兵を集中させているとの事です」

 鳥居元忠はそう言うと表示枠を開き、情報を皆に送信する。

「……観音寺。京に攻め込む気か?」

「もしくは私たちを攻撃するかね」

 順慶の言葉に天子はそう続けると皆沈黙する。

「織田と徳川は同盟中ですが……?」

 隣の衣玖がそう言うと点蔵が首を横に振った。

「同盟と言っても形ばかりの物で御座る……もし織田が本気でこの世界を支配する気ならば自分達は織田にとって最大の障害で御座るよ」

 覇道を敷く織田と王道を行く徳川。

 両者が道を進み続けるのであればいずれぶつかるだろう。

━━現状じゃ厳しいか……。

 徳川の戦力は充実してきたとはいえ、まだ織田に対抗できるほどではない。

いま攻め込まれれば厳しいだろう。

「秀忠公、一ついいかしら?」

 そう訊くと彼は頷く。

「鈴木家との停戦が成り、三好攻略の準備は出来たわ。

本当は冬明け後に始めるつもりだったけど早めて正月明けに始めましょう」

「……織田が事を起こす前に三好を落とし磐石にするか」

 秀忠は思案顔になると横の永琳を見る。

永琳は秀忠に頷きを返すとこちらを見た。

「悪くない案だけど戦いをするなら物資補給をできる拠点が必要よ? 今から築城しても最低二ヶ月掛かるわ」

 冬の寒さの中戦うのならば寒さを凌げ、物資を補給できる拠点が必要だ。

 どうする?

 そう悩んでいると元忠が手を上げた。

「輸送艦を臨時の砦にしてはどうでしょうか? 輸送艦ならば最低限の防衛装備は整っている上、物資補給にも適しているのでは?」

 元忠の意見を聞くと永琳は直ぐに表示枠を操作しはじめた。

「此方の輸送艦は十二隻。三隻を補給基地として前線に着陸させ、後方では砦の築城を始める……。そうね、それで行きましょう」

 もう少しのんびり出来るかと思っていたが一月は忙しそうだ。

織田が動く前に三好家を降伏させなければいけない。

━━それに関東にも行かないとね……。

 概念核の主が私と緋想の剣を呼んでいるらしい。

何故自分が呼ばれたのかは分からないがこの剣のことを知っているというならば色々と訊くべきだろう。

 緋想の剣を使いこなす為にも。

 そう思っていると評定所の中央に大型の表示枠が開いた。

そこには“曳馬”が映っており、彼女は一礼をすると皆を見る。

『会議中失礼します。先ほど筒井・観音寺国境上を航行中の民間機より救難信号を受信しました。

民間機からの信号によりますと“現在当機は怪魔の集団に襲撃されている。至急、救援を求める”との事です』

 “曳馬”の報告に皆が響めいた。

「“曳馬”、直ぐに発進準備を」

『Jud.』

 秀忠の指示に頭を下げると表示枠が閉じられる。

「天子、お前は部隊を率いて曳馬に乗艦。直ぐに急行しろ」

「了解っと」

 頷き立ち上がると衣玖とミトツダイラも立ち上がる。

「点蔵、お前は観音寺方面の偵察を。織田が動いたら直ぐに教えてくれ」

「Jud.」

 点蔵は立ち上がりメアリに一瞥すると駆け出す。

「皆、突然の事だが落ち着いて対処するように。では、行け!」

 その声と共に皆が一斉に動き始めた。

 自分も衣玖やミトツダイラ共に駆け出し、天守の外に出る。

その途中衣玖が先月の怪魔との交戦記録を送ってくる。

 自分たちにとって初の怪魔との交戦だ。

慎重に行かなくては。

 そう思い、振り返った。

「行くわよ! 皆!!」

「Jud.!!」

「はい!!」

 そして向かった。

筒井城の外に停泊している曳馬に向かって。



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~第十一章・『上空の襲撃者』 新たなる脅威 (配点:向かう先は?)~

/////////////

 

 私が生まれて最初に見たものは黄金だった。

温かく優しい黄金の光に包まれて目が覚めた。

 最初は何がなんだか分からず泣いた。

すると自分の泣き声以外に、そっくりな泣き声が聞えた。

 何だろう?

そう思い、横を見ればなんだか白いのがいた。

白いのも私を見ると泣き止み、二人で手を動かしてみた。

 同時に同じ手を、同じ動きで動かしそれがなんだか可笑しかった。

 二人で笑うとどちらとも言わずに手を伸ばし手を繋いだ。

その頃には不安なんて消えていた。

 それが私と彼女の始まりだった。

 

1

 

/////////////

 

読んでいた本を閉じると背筋を伸ばす。

 横の小窓からは青い空に敷かれる雲の絨毯を見ることができ、疲れた目を癒すにはちょうど良い。

「その本、面白い?」

 右隣に座っていたレンにそう訊かれ頷く。

「三国志って言って昔の中国……あ、中国と言うのはね」

「ユーラシア大陸に存在する大国、でしょ? この七年間暇だったから色々と自分で調べたわ。でも知っているのは国の配置くらいだけど」

 それでも十分だ。

 異世界の人間が地球の国家を覚えるのは大変だっただろう。

「それで? 三国志ってどんなお話なの?」

「ええ、三国志は古代中国の話で、元々中国を支配していた漢と言う国が政治の腐敗等で弱体化したの。

それで農民の大きな反乱があって漢王朝は完全に衰退、群雄が割拠し始めて三つの勢力が台頭したわ。

一つは劉備の蜀。もう一つは孫権の呉。そして曹操の魏。

この三大国が争う話よ」

「へえ……面白そう。それで? 結局誰が勝ったの?」

 レンの言葉に首を横に振る。

「最終的に勝ったのは晋と言う国よ。三国は争っているうちに弱体化して新勢力の晋が全て飲み込んでお終い」

「……なんというか、ままならないわねえ」

 確かに。

だが歴史とはそう言うものだろう。

 国とは人の集合体だ。

人の心が移ろい易いのなら国もまたその形を変えてゆくだろう。

この世に絶対はないのだ。

『当機は現在伊賀大和国上空を通過中。浜松まであと三時間となります』

 艦内放送を聞くと外を見る。

「予定より大きく遅れちゃったね」

「仕方ないわ。京都で妖怪が出て大騒ぎになって空港が封鎖されたんだもの。

結局どこから進入したのか分からなかったし」

 あれは何だったのだろうか?

妖怪達は自分を……いや、自分の持つ鉄の本を狙ってきた。

━━やっぱりあの本には何かある。

 早く霊夢に見せるべきだろう。

 そう思っていると通路を挟んで隣の席から大きな鼾が聞えてきた。

 なんだ?

と其方を見れば紫の道着のような服を着た中年の男性が顔にパンフレットを載せ寝ていた。

「凄い鼾ね」

 レンがそう苦笑すると此方の足元にある鞄を見る。

「あの本、あれから何も無い?」

「うん。押しても叩いても反応なし」

 そう言い鞄から古びた鉄の本を取り出と開いた。

 一枚一枚ページをめくるが何も反応しない。

それに溜息を吐くと本を閉じた。

その時だった。

 本が一瞬だけ強く光り、元に戻った。

「な、なに?」

 そう驚くとレンは眉を顰めた。

「嫌な予感がするわ」

 

***

 

 操舵室の機長席で表示枠に映った航路を確認すると飛空挺の機長は一息つく。

 この便は本来なら二週間前に出るはずだった。

だが京都で妖怪騒ぎがあり軍が都を封鎖。

そのせいで予定を大きく変更させられた。

━━やれやれ、本当に仕事をし辛くなったものだ。

 怪魔の出没や戦争により旅客用の飛空挺はその航行数を大きく減らした。

特に近畿では織田が領空の通過を禁止しているため航路が大きく制限される。

 近いうちに近畿方面への運行を全て取りやめるかも知れない。

━━仕事無くなったらどうすっかなあ……。

 航空輸送会社に勤めるか?

あっちは戦争になって仕事が増えたと聞く。

そんな事を考えているとアラームが鳴った。

「どうした?」

 レーダー士に訊くと彼は大型表示枠を開いた。

「レーダーに反応。大きさから飛空挺の様ですが……」

「近隣を航行予定の飛空挺は?」

「ありません。今日飛ぶのはうちだけです」

 空賊か?

 筒井では徳川との戦いがあった。

その敗残兵が飛空挺を使用し空賊となっている可能性がある。

「あの飛空挺に共有通神網で通神を送れ。三回送って反応が無かったらこの場を急速離脱し徳川に救援を求めるぞ!」

 そう指示すると皆が額に汗を浮かべ頷く。

その直後、レーダー士が振り返る。

「未確認物体加速! これは……分離している……!?」

「何だ! 何が起きている!?」

 立ち上がりレーダーを覗き込めば白い大きな点がその形を崩し、幾つもの小さな点になって此方に向かってくる。

「……これは、飛空挺じゃないぞ!?」

 そう叫ぶと同時に大型表示枠に望遠映像が映る。

そこには幾つもの白い皮膚を持った蜻蛉のような生き物が映っていた。

「…………怪魔だ!!」

 

***

 

 突如機体が揺れ、乗客たちが悲鳴を上げる。

「な、何? 乱気流!?」

 隣の小鈴がそう訊いて来る。

この揺れ方、乱気流ではなく……。

「加速してる!?」

 急ぎ小窓を見ればそこには幾つもの影が雲の中から現れていた。

不気味な白い皮膚を持つ生き物は自分の知っている限り一つしかない。

「怪魔!!」

 その言葉に乗客たちが動揺した。

皆窓に張り付き見れば無数の怪魔が此方を包囲しようとしていた。

「だ、誰か!?」

 一人が慌てて席を立ちそれを初めに皆、狭い機内で逃げ始めた。

「お、落ち着いてください!!」

 乗務員が混乱を収束させようとするが人々は混乱し、悲鳴を上げる。

「な、なんで怪魔が!?」

 小鈴も冷や汗を掻き此方を見てくる。

この一帯には怪魔は出没しないはずだ。

なのに何故?

 そこで鉄の本に目が留まる。

━━さっきの光!!

 京での一件といい、今回といいやはりこの本には何か秘密がある!

そう確信すると小鈴を落ち着かせるように両肩に手を乗せた。

「小鈴、貴女は此処で待ってなさい」

「レ、レンちゃんは!?」

「私はあいつらを追い払うわ」

 そう言うと駆け出す。

向かう先は上部デッキだ。

そこならばある程度の広さを確保できる。

 混乱する人々を掻き分け、上部デッキへの扉の前に来ると飛び出した。

 

***

 

━━これは!!

 上部デッキに飛び出し二律空間から大鎌を取り出すと周囲を見渡す。

 怪魔は飛空挺を完全に包囲しており不気味な羽音が何重にも鳴り響いている。

━━新種!

 此方を包囲している怪魔は蜻蛉のような姿をしており、一つ一つの大きさは人間と同程度だ。

━━なんで飛空挺を沈めないの?

 いや、もしかしたら沈められないのかもしれない。

やつらの目的があの本ならここで飛空挺を沈めてしまっては回収できなくなる。

「やっぱり、頭がいるのね!!」

 明らかに目的を持った襲撃。

ならばこれを指示した奴がどこかにいるはずだ。

━━来る!!

 一匹の怪魔が突撃してきた。

 蜻蛉でいうと頭部に当たる部分は槍状になっており、その先端を向け加速してくる。

それを体を逸らし避けるとすれ違いざまに鎌の刃で敵の胴を両断する。

 二つに断たれた敵はデッキ上を転がり流体光へと変化する。

 その直後、上空に居た十匹が槍の様に降ってきた。

大きく後ろへ跳躍すると怪魔達は次々とデッキに突き刺さる。

「纏めて仕留めてあげる!」

 そう言い構えた瞬間怪魔たちの胴から六本の足が生えた。

━━なに!?

 六本の足で踏み込むとデッキに突き刺さった頭を引き抜き、最後に二対の大きな鎌を生やす。

「……蜻蛉なのか蟷螂なのかハッキリさせなさいよ」

 そう呟くと二匹が来た。

左右から挟みこんでくるが右の一匹を石突で突き吹き飛ばすと左の一匹の胴を鎌の刃で突き刺す。

そしてそのまま回転すると近くの怪魔ごと敵を引き裂いた。

「この程度で私を倒せると思ってるのかしら?」

 そう口元に笑みを浮かべた直後、破砕音が響いた。

「!!」

 急ぎ左舷側に向かい見れば飛空挺の左舷、客室辺りに穴が開いていた。

「しまった!!」

 直ぐに飛空挺内に戻ろうとするが怪魔たちが此方を包囲する。

━━私を行かせない気ね!

 やはり今までの奴等とは違う。

急ぎ戻らなくては!

 そう思うとエニグマを取り出した。

「いいわ! そんなに邪魔をするなら殲滅してあげる!」

 そう叫ぶと怪魔たちが一斉に襲い掛かってきた。

 

***

 

「う……ん……?」

 何が起きたんだっけ?

 確かレンに言われたとおり自分の席で待っててそれから突然衝撃を受けた。

それで吹き飛ばされて倒れて……。

 霞んでいた視界が元に戻り始め、眼前に何かが居ることに気がついた。

「?」

 目を擦りよく見ればそれは白い皮膚を持つ巨大な蟷螂のような生き物であった。

━━怪魔!?

 慌てて起き上がろうとするが倒れたシートが足の上に乗り動けない。

周りの人に助けを求めようとしたが誰もが怯え、動けないでいた。

 怪魔の鎌が自分の頬に触れる。

「ひ!」

 声にならない叫び。

怪魔は此方を暫く観察するように見ると腕に抱いていた鉄の本に鎌で触れる。

そして突然心が不安定になる甲高い鳴き声を上げた。

━━な、何!?

 怪魔は狂ったように体を揺らすと突然静止し、鎌を振り上げた。

 殺される!!

 そう思い目を瞑った直後、鈍い音が鳴り響いた。

「全く、人が気持ちよく寝てたというのに」

「え?」と見上げればそこには幅広の木刀があった。

そして視線を剣先のほうに向ければ先ほどの怪魔が壁に叩きつけられ潰れている。

「お嬢さん、大丈夫かな?」

 その声に頷くと紫の道着の男が頷き、此方の足に乗っていたシートを退かす。

 幸い足は怪我をしてないようで直ぐに立てた。

そして男を見上げると頭を下げる。

「どうもありがとう御座いました!」

「ウム、我が居てよかったな」

 そう髭を生やした巨漢が笑うとハッとする。

「おじさん強いですよね!?」

「ウ、ウム。我こそは古今無双の大剣士、スサ……」

「友達が外で戦っているんです! 助けてください!!」

 そう頭を下げると男は暫く沈黙し、頷いた。

「我に任せるが良い!!」

 

***

 

 振り下ろされる鎌を鎌の先で叩くと逸らす。

そして敵の懐の飛び込み、蹴りを入れた。

 蹴られた怪魔は後ろに吹き飛び他の怪魔とぶつかる。

━━数が多いわね。

 一体一体はさほど脅威ではないがこう数が多いと此方の体力が消耗する。

 横に回りこんできた敵を導力魔術“アイススパイク”で攻撃し倒すと後ろへ下がる。

 既に二十を超える敵を倒した。

だが敵の数は一向に減らず此方を追い詰めてくる。

 他に戦える人がいればいいんだけどね……。

いや、泣き言は言ってられない。

 首を横に振り、構えた瞬間後部の扉が開いた。

「レンちゃん!!」

「小鈴!?」

 小鈴は此方に向かって駆け出そうとするがあっと言う間に怪魔に囲まれる。

━━まずい!!

 助けなければ!

 そう駆け出そうとした瞬間、怪魔の群れが吹き飛んだ。

「え?」

 男が居た。

 木製の大剣を片手で持っている男は小鈴の前に立ち、辺りを見渡す。

「ムム、妖怪共よりも気色悪いな。こいつ等は」

 誰だか知らないが戦えるようだ。

━━なら!

 男のほうに向けて跳躍する。

途中、上空に居た怪魔が突撃してくるが体を捻り避けると鎌で切り裂く。

 そして男の近くに着地するとスカートについた汚れを払った。

「おお、小娘。やるではないか」

「フフ、おじさんも結構戦えそうね」

 顔はなんとも頼りなさげだが先ほどの太刀筋、決して素人のものでは無かった。

「フッフッフ、何を隠そう我こそは世に聞こえしス………」

 突如雲海から大型の怪魔が飛び出した。

怪魔は巨大な鷲のような姿をしており、巨大な翼を羽ばたかせながら上昇する。

「また新種ね……」

 今日はやたらと新種に会う。

この辺に巣でもあるのだろうか?

━━考えるのは後!

 巨大な怪魔は上空を旋回すると此方に向かってくる。

そしてデッキの上方を通過した瞬間、二対の巨大な足で掴んでいた何かを落とした。

 何かはデッキの上にいる小型怪魔たちを踏み潰し、船体が大きく揺れる。

「うおお!?」

 男が尻餅を着き、自分も鎌を杖にし耐える。

 揺れが収まり、落ちて来た何かを確認するとそこには白い塊がいた。

「………え!?」

 それは巨人であった。

 白い肌を持つそれは人の形をしており右腕は巨大な大剣のようになっている。

そしてなによりも驚いたのは……。

「頭が……ある……!!」

 人型怪魔には頭部が有った。

 醜く潰れた顔に一つの瞳があり、口は大きく裂け凶暴な歯を見せている。

「か、怪魔って頭がないんじゃ……」

 小鈴の言うとおりだ。

今まで怪魔に頭部は無いとされていた。

だがこの怪魔には目があり口がある。

あきらかに普通ではない。

 巨人が体を震えさせ唸った。

「ォォォォォオオオオオオ!! コロォォォォォォォス!!」

「しゃ、喋りおったか!」

 今確かに“殺す”と言った。

こいつは知能を持っているのか?

「あなた……、いえ、あなた達は何なの?」

 巨人が止まる。

 巨人は此方をじっと見つめると何かを言いたそうに口を動かす。

━━何を言いたいの?

 そう声を掛けようとした瞬間敵が迫ってきた。

 

***

 

「く!?」

 振り下ろされる右腕を咄嗟に避けると先ほどまで自分が立っていたところが砕け散る。

「オオオオオオ!!」

 そのまま的は体を捻らせ右腕を横に薙いで来る。

 それをしゃがみ避けると跳躍し、敵の頭を踏む。

そして背後に着地すると鎌で敵の背中を切りつけた。

 肉が裂かれ流体の血が吹き出す。

だが傷口はあっと言う間に塞がってしまう。

「小鈴! 下がってて!! おじさん! 逃げない!」

 忍び足で逃げようとしていた男に言うと彼は固まり、咳をした。

「逃げていたのではないぞ! 有利な場所に移動しようと………」

 敵が来た。

敵は右腕を先ほどと同じように横に薙ぎ突撃してくる。

それを跳躍で避けるが男は間に合わない。

「おじさん!!」

 男は慌てて木刀で受け止めようとするが無理だ!

敵は己の全体重を攻撃に乗せており木刀では耐えられない……筈だった。

「う? うおおおおお!?」

 男は受け止めた。

体を横にスライドさせられながら踏み込み、木刀で敵の攻撃を受け止める。

そして手すりの近くで止まった。

「う、うっそー!?」

 小鈴の声に男は頷くと笑う。

「我が愛剣・撲燃刃(ぼくねんじん)を舐める出ないわ!!」

 ひ、酷いネーミングセンス!?

 だが彼の剣が敵の攻撃に耐え、そして彼自身も受け止めたのは事実だ。

━━なんだか分からないけどやるわね。あのおじさん。

 敵が止まっている今がチャンス!

 鎌を構え突撃する。

狙うのは敵の足だ。

足を絶てば敵の動きを封じる事が出来る。

 敵は左腕で此方を迎撃するが遅い!

腕を潜り避け、鎌を薙ぐ。

刃は敵の膝を断ち、敵は姿勢を崩した。

「やった!」

「いえ! やってないわ!!」

 足は断った。

だが直ぐに再生したのだ。

 切り口同士から流体の光りが伸び断たれた足が元に戻って行く。

「なんて再生能力!!」

 巨人が男を吹き飛ばし、右腕を振り上げる。

それを横に避けるが衝撃波で吹き飛ばされた。

「コ、ロォォォォォォォォォス!!」

「さっきから……それしか言えないのかしら!」

 直ぐに体勢を立て直し構える。

それと同時に男も巨人の背後に回りこんだ。

 敵は本能のままに戦い動きは読み易いが火力が足りない。

この敵を倒すにはもっと大きな火力が必要だ。

━━こんな時……<<パテル・マテル>>がいれば……!!

 だがもう<<パテル・マテル>>はいないのだ。

「エステルなら諦めないわ」

 そう呟き、構えた瞬間空中に大型の表示枠が開いた。

『此方は徳川所属特務護衛艦曳馬。これより当艦は援護砲撃を行います。皆様衝撃に備えますようお願いします』

 侍女服の自動人形が頭を下げた瞬間、流体砲撃が来た。

それは飛空挺の上空にいた怪魔たちを焼き払い、吹き飛ばして行く。

 流体砲撃が放たれた方向を見れば葵色の船が接近してきていた。

 

***

 

「飛空挺に当ててないわよね!?」

『私の狙いは完璧です。浅間様に対抗できるよう開発されましたから』

・銀 狼:『智が基準なんですのね……』

・労働者:『うちで一番射殺能力が高いのは浅間だからな』

・あさま:『射撃! 射撃能力です!! というか私に対抗って?』

・曳 馬:『Jud.、 榊原様が“射撃に特化させるなら世界最高峰のズドン巫女に対抗できるようにしましょうぞ! ついでにオパーイも対抗しておっきく”と技術部門の方々と語り合い私の狙撃性能が高められました』

・彦 猫:『おめぇ……』

・能筆家:『ち、違いますぞ!? と言うか浅間殿? 何故、弓を?』

・あさま:『ちょっと痛いだけですよー。ほんのちょっとですよーぅ』

━━『能筆家』様が退出いたしました。━━

・俺  :『で? 結局どうなん? “曳馬”さんの射撃能力』

・曳 馬:『浅間様のスペックを真似て作られましたが総合的な戦闘能力では私は浅間様に大きく劣ります』

・貧従士:『そうなんですか?』

・曳 馬:『Jud.、 スペックを真似ても私にはまだ戦闘経験が足りません。それに私自身に戦艦を沈める火力は有りません』

・煙草女:『あらためて浅間のスペックはヤバイさね……』

・あさま:『そんなことありませんよーぅ! ちょっと狙って弓を引いたら沈んでるだけですよーぅ!』

・約全員:『もっとヤバイよ!?』

・天人様:『てか、今それどころじゃないでしょうが!!』

 表示枠をチョップで割ると曳馬の甲板から飛空挺を見る。

 先ほどの砲撃で怪魔の数を有る程度減らした物の未だに敵の数は多い。

さらに……。

「新種の怪魔……」

 今飛空挺を覆っているのは見た事の無い新種だ。

さらに甲板上にいる巨人。

 あれは一体何なのだ?

「急がないと危ないですね」

 隣の衣玖の言葉に頷く。

 何故か怪魔は飛空挺を沈めていないがそれもいつまで続くか分からない。

「“曳馬”!! 近づける!?」

『敵の数が多く接近は困難と判断します。遠距離からの砲撃を行いその後接近をします』

「それじゃ遅いわ!」

「でも、どうするんですの?」

 後ろで騎士服を着たミトツダイラに問われ沈黙する。

「……何とかして飛空挺までいけないかしら」

 そう呟くと衣玖が此方を見、それからミトツダイラを見た。

そして暫く思案すると頷く。

「一つ提案が有ります」

 彼女の提案を聞き、ミトツダイラが目を丸くし、自分は「まじ?」と聞くのであった。

 

***

 

「本当にいいんですのね?」

 ミトツダイラに訊かれ頷く。

 自分の腰には銀鎖が巻かれており、それに触れると頷く。

「早く、覚悟がブレる前に!」

 衣玖が提案したのはミトツダイラが自分を飛空挺まで投げ飛ばし、向こうに着地するという案だ。

正直無茶苦茶だが無茶苦茶には慣れた。

「武蔵にいればこのぐらい日常茶飯事よね!」

「いえ、あの、天子? 武蔵に対してふかーい誤解があるような……」

「風向き、今が良いです!!」

 艦首に立って風向きを確認していた衣玖の言葉に頷くとミトツダイラを見る。

彼女もやれやれと頷くと銀鎖を両手で掴んだ。

「それでは……行きますのよ……!!」

 その言葉と共に視界が回転した。

物凄い重力加速が体に掛かり歯を食いしばる。

 ミトツダイラの回転が最高潮になった瞬間、彼女は手を離した。

「いってらっしゃいな!!」

直後、回転していた視界は加速する。

 冬の風を全身で受けながら飛空挺に向かう。

その途中で思う事は一つだけであった。

「やっぱやるんじゃなかったぁぁぁぁぁぁ!?」



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~第十二章・『白き巨人』 その瞳は何を見るのか? (配点:上空戦)~

「あと少し!!」

 飛空挺に接近しデッキの方を見れば白の巨人と二人の人物が交戦しているのが見える。

どうやら二人は敵に押されているらしく壁際に追い詰められていた。

━━敵が動いた!

 飛空挺を覆うように展開していた怪魔の一部が此方に向かってきた。

 怪魔の群れは大きく高速で羽ばたくと加速し突撃してくる。

「相手にしてられないってのに!」

 腰に提げた緋想の剣を引き抜き、緋色の気質刃を出すと一匹目を切り裂いた。

一匹目に続き、二匹目が突撃してくるがそれを避け、敵の胴を蹴ると跳躍した。

そして前下方に居る敵の背を踏むと飛空挺に向けて再度跳躍する。

「あ、やば! 距離足りな……!!」

 手を伸ばし、飛空挺の手すりを掴もうとしたがそのまま落下した。

 

***

 

「…………」

 青髪の少女が空から飛んできて敵を踏み台にしながら向かってきて距離が足らず落下したのを見た。

「お、落ちたよ?」

 固まっていた小鈴がそう言うと自分も頷く。

 暫く皆沈黙すると巨人が動いた。

「………やっぱ動くわよね!」

 振り下ろされる右腕を避けるとデッキが砕けた。

 

***

 

ミトツダイラは顔が引きつっていた。

 一部始終を見てしまった。

自分が投げた天子が飛空挺に僅かに届かず落ちていくのを。

「………」

 隣の衣玖が青ざめた表情で此方を見る。

━━じ、事故ですのよ━━━━!?

・貧従士:『あのお……一応訊きますがそこ、高度いくらぐらいですか?』

・曳 馬:『高度四千メートルです』

・不退転:『逝ったわね……』

・○べ屋:『こういう時って旅客業者に慰謝料請求できるかな? “お宅の飛空挺を救助しようとしたらうちの貴重な天人が死にました。金払え”って』

・守銭奴:『よし、それで行こう』

・銀 狼:『いやいやいや! まだ死んだか分かりませんのよ!?』

・あさま:『そうですよ皆さん! たかが高度四千メートルから落ちただけじゃないですか! あ! 死にましたね! これ! グチャア! ですよ! グチャア!!』

・約全員:『フォローになってねえよ!?』

「待ってください! あそこ!!」

 衣玖が声をあげ指差す方を見れば飛空挺の側面に天子が居た。

彼女は緋想の剣を飛空挺の側面に突き刺し、しがみ付いている。

・銀 狼:『よかったですわ! これで殺人犯にならないで済みましたわ!!』

・約全員:『そこかよ!!』

 ともかく彼女は生きている。

直ぐにこちらも救援に向かわなくては。

「“曳馬”! 次の援護砲撃後、急速接近。飛空挺と接舷しますわ!!」

『それでは残りの怪魔に集中攻撃を受けますが?』

 “曳馬”の言葉に微笑むと大ボリュームの髪を掻き揚げる。

「あら? 何のために私達がいると思っているんですの?」

 そう言うと衣玖の方を見、彼女も頷く。

『Jud.、 当艦は砲撃後飛空挺と接舷いたします。皆様、近接戦闘の準備をお願いいたします』

 表示枠が閉じ、長距離流体砲から砲撃が放たれた。

流体砲撃は飛空艇右舷の怪魔を薙ぎ払い敵の包囲に隙間が出来る。

そこに接舷すべく、葵色の艦が加速を始めた。

 

***

 

━━………危なかった!!

 咄嗟に手を伸ばし飛空挺の側面に緋想の剣を突き刺して助かった。

いや厳密にはまだ助かってない。

強風で体は押され、気を抜けば吹き飛んでしまう。

 上を見る。

デッキに向かうには登るのが一番だが手を掛けれるところが無く登るは無理だ。

 では下は? と見れば足のところに小窓があった。

「場所からして……客室の小窓ね!」

 此処からならば入れそうだ。

そう思うと緋想の剣にぶら下がりながら足を思いっきり振り上げる。

そして蹴った。

 渾身の力を込め窓を蹴り、分厚いガラスを砕く。

 機内から悲鳴が上がったが怪我人が居ない事を祈ろう。

「よし……行くわよ……!」

 体を振り、揺らしながら速度を得る。

そして体の揺れが大きくなり振りが飛空艇の方に向かった瞬間、気質刃を収納した。

 体は飛空挺の小窓に吸い込まれるように入り、客室内に入る。

直ぐに近くのシートを手で掴むと勢いを落とし、床に着地する。

「…………ふぅ」

 なんだか軽い頭を触ればお気に入りの帽子が無く、投げられた際にどこかへ飛んでいったようだ。

━━しまった、艦に置いてくればよかった……。

 過ぎた事は仕方ないと首を振り、周りを見れば乗客たちが遠巻きに此方を見ていた。

「だ、誰だ?」

 乗務員の男がそう訊いてくるので、力強く頷く。

「徳川家の者です。救援に来ました」

 その言葉に乗客たちが「おお!」や「助かった」と歓喜の声を上げる。

それを落ち着かせるように手を上げると表示枠を開く。

「間もなく特務護衛艦曳馬が来ます。皆さんは落ち着いてここで待機してください!」

「ですがどうやって? デッキには怪物が居ます!!」

 乗務員が尋ねてくると表示枠が開いた。

『貨物用の後部ハッチを開く! 曳馬の甲板に着陸させてそこから客を下ろす!』

 船長らしき男の言葉に頷くと此方も“曳馬”に連絡する。

「“曳馬”。出来る?」

『Jud.、 飛空挺の下方に移動します』

 「よし」と頷くとデッキへの扉を見る。

━━あとはあの巨人を何とかしないと!

 そう思い、乗務員に客を貨物室に移動させるよう指示するとデッキに向け駆け出した。

 

***

 

「ぐ、こ、この! 放さんか!!」

 巨人に掴れた中年の男がそう叫び、巨人の腕を殴る蹴るするが敵は全く動じない。

それどころか掴んでいる手の力を強めた。

「おじさん!!」

 苦痛に顔を歪める男を助けるべく巨人に突撃するが空中から三匹の怪魔が襲ってきた。

━━この……!!

「ダークマター!!」

 空中に球状の重力場を作り出し、三匹の怪魔を吸引すると押しつぶす。

「レンちゃん! 危ない!!」

 小鈴の声に正面を見れば敵が右腕を横に薙いでいた。

それを鎌で慌てて受け止めるが吹き飛ばされる。

そして体はデッキ上を二転三転し、手すりに激突する。

「!!」

 あまりの衝撃に視界が一瞬白くなり、息が止まる。

なんとか気を失わないように耐えるが体が衝撃で麻痺し動かない。

 敵は此方にゆっくりと近づき、右腕を振り上げる。

━━やられる!?

 そう思った瞬間、巨人の顔に緋色の塊が激突した。

塊は爆発し、巨人の顔を吹き飛ばす。

そして敵はその巨体を膝から崩し、横に倒れた。

「……な……に……?」

 自分の前に誰かが立った。

その誰かは青い美しい髪を靡かせ、真紅の瞳で此方を横目で見る。

それから敵を見て、敵から脱出した男を見ると口元に笑みを浮かべた。

「主役は遅れて来るってね!」

 

***

 

 天子は内心安堵の溜息を吐く。

自分がもう少し遅れていたら後ろに居る少女は巨人に殺されていただろう。

━━間に合ってよかった……。

 そう思いながら少女に手を差し伸べる。

少女はそれを掴むと立ち上がり、鎌を杖にする。

「比那名居天子よ。あなた達が頑張ったおかげで間に合ったわ」

「レンよ。お姉さん、徳川の人?」

 「そうよ」と頷くと敵を見る。

敵は頭部を吹き飛ばされ死んだはずだが……。

「…………そう簡単には行かないか」

 起き上がっていた。

敵は両手で体を支え起き上がってゆく。

吹き飛ばされた頭部は急速に修復されもとの形に戻っていた。

「あいつ、物凄い回復力よ。仕留めるなら全身を吹き飛ばさないと……出来る?」

「一つだけ方法があるけど今のままじゃ使えないわ。民間人を逃がさないと」

 飛空挺の上で『全人類の緋想天』を使えば敵だけではなくこの船まで吹き飛ばしてしまうかもしれない。

「だったら時間稼ぎしなきゃね」

 レンの言葉に頷き構えると巨人が立ち上がった。

敵は口を大きく開け唸り声を上げると此方を見る。

そして固まった。

「………なに?」

 どうしたのだと眉を顰めると唸り声が大きくなってゆく。

いや、これは唸り声ではない。

これは…………。

━━笑ってる!?

 巨人は何度も左腕をデッキに叩きつけると此方を睨む。

「ミ……ツケタ……!! ヒソウノツルギ!!」

「しゃ、喋った?」

「来るわよ! お姉さん!!」

 爆圧と共に敵が突撃してきた。

大気を切る轟音と共に大剣状になった右腕が振り回され、風圧だけで吹き飛ばされそうになる。

 それを後方への跳躍で避けると緋想の剣を構える。

「なんだか知らないけど……気色悪いのよ! あんた!!」

 振りかざされる大剣を避け懐に飛び込むと斬りつける。

敵は胸を裂かれ流体の血を吹き出すが歯牙にもかけず左手で此方を叩き潰そうとしてきた。

「そこ!」

 その腕を横からレンが切り落とす。

しかし腕は切り落とされる途中に再生され接続された。

「不死身か! こいつは!」

「いえ、まって! あいつの胸!!」

 レンが指差した方を見れば先ほど自分が斬りつけた箇所が再生されていなかった。

いや、再生はされているが明らかのその速度が遅い。

そして何よりも目を惹きつけるのは……。

「胸に……何かある!」

 胸の傷口から黒い物が見えていた。

それは鋭利な形をした水晶のような物であり、そこから黒い流体光が仄かに放たれている。

「黒い結晶石よね?」

「浅間! 記録とってる!?」

『J、Jud!! エステル達にも情報を送ります!!』

「え、いまエステルって……」

「来るわよ!!」

 巨人が踏み込もうとした瞬間、船体が大きく揺れた。

飛空挺内から警報が鳴り響き、徐々に高度が下がり始める。

「どうしたの!?」

『艦内に侵入された! 何とか撃退したが重力制御エンジンがやられて高度が維持できない!!』

 冷や汗を額に浮かべた船長がそう言うと飛空挺が急激に高度を下げる。

「曳馬が来るまでなんとか持ちこたえて!!」

『了解!』

 表示枠が閉じられ揺れるデッキ上で敵と相対する。

━━この重いのを何とかしないとね!

 この巨人を何とかしなければ被害が増える。

「レン、まだいけるわね」

「フフ、当然よ」

「そこのおっさん! あんたも手伝って」

「ウ、ウム!」

「で、そこの貸本娘! 艦内に戻って他の客の誘導を手伝う!」

「わ、分かったわ」

 小鈴が慌てて艦内に戻るのを見届けると三人は武器を構える。

「それじゃあ……行くわよ!!」

 その号令と共に戦闘が再開された。

 

***

 

 曳馬は高度を下げてゆく飛空挺の下方に回ると飛空挺の速度と艦の速度を合わせる。

飛空挺の後部ハッチが開き、乗務員達が現れると彼らは緊急時の固定ワイヤーを投げ、それを受け取ったミトツダイラが曳馬甲板にワイヤーを括り付ける。

 そして括りつけた事を合図で知らすと飛空挺から脱出用の梯子が下ろされた。

「ミトツダイラ様! 敵が来ます!!」

 衣玖の言葉に艦の側面を見れば飛空挺を覆っていた怪魔の群れが此方に向かって来ていた。

「予想通りですわ!!」

 直ぐに衣玖の方に駆けつけると甲板に置いてあった金属の樽を掴む。

 そして衣玖に視線を送ると脚部のアンカーを甲板に打ち込み、金属の樽を全力で怪魔の群れに投げた。

 敵群はそれを避けるが衣玖が雷撃を放ち、樽を穿つ。

 その次の瞬間、空中で大爆発が起きた。

金属の樽から生じた爆発は怪魔の群れを飲み込み、焼き払って行く。

 逃げ延びた怪魔は直ぐに離脱を行おうとするが曳馬からの機銃掃射で次々と撃ち落された。

『投下攻撃用の爆砕術式満載の樽を空中に投げ、敵群を一掃する。お見事で御座います』

「臨機応変に、ですわ」

「次、左舷側から来ます!」

 衣玖の言葉を聞き、直ぐに新しい金属の樽を掴む。

「さあ! 纏めて仕留めて差し上げますわ!!」

 二つ目の樽が投げられ、爆発が生じた。

 

***

 

 空中で起こる爆発を横目に敵との間合いを計る。

 巨人は全身に傷を被いながら此方を睨み、構えている。

 ここまでの戦いで分かった事だがどうやら私の緋想の剣は敵に効果があるようだ。

レンや中年の男がつけた傷は直ぐに回復するが緋想の剣で受けた傷の回復速度は遅い。

 男が駆けた。

 巨人はそれを迎撃するため右腕を振り下ろす。

それを男が木刀で受け止めるとレンが行く。

 彼女は右腕の下を潜ると自分を掴もうとしてくる左腕を身を翻しながら切り落とし、敵の眼前で跳躍する。

そして首を刈った。

「いま!」

 レンの合図と共に駆け出す。

巨人は首を切り落とされ体勢を崩す。

その隙に懐に飛び込むと緋想の剣を突き出した。

 狙うのは胸にある黒い結晶石だ。

あれが何であるのかは分からないが敵の弱点である可能性が高い。

━━あそこさえ砕ければ!!

 剣先は黒い結晶石を捉えていた。

だが巨人が前に出た。

「!!」

 巨人が前に出た事により剣の狙いがズレ剣先は敵の左胸を突き刺す。

━━しくじった!

 巨人が膝蹴りを放ってきたので直ぐに剣を引き抜き後方へ跳躍する。

三人が敵との距離を離した頃には敵は腕と頭部を再生させ終えていた。

「まったく……厄介ね!」

 額に浮かぶ汗を拭いながらそう言うとレンが頷く。

「どんくさいようで結構やるわ。あいつ」

 ゆっくりと息を吐き、疲労を体の外に逃がすようにすると剣を構える。

 三人とも消耗している。

対して敵は傷を負ってはいるが体力を消耗しているように見えない。

 早急に決着をつけなければ此方が負ける。

そう思っていると隣に二つの表示枠が開いた。

一つは“曳馬”が映った表示枠でもう一つは飛空挺の船長が映った表示枠だ。

『民間人及び乗務員の救助を完了しました。後は皆様と船長のみです』

「こっちも撤収したいんだけどね……そう簡単に行きそうにないわ!」

『その事だが俺に案がある!』

 船長は口元に笑みを浮かべると頷く。

『この船を墜落させ、その巨人を地面に叩き落す! いくら化け物でもこの高さじゃ助からないはずだ!』

「どうやって墜落させるの?」

『艦の自動航行ステムを三分後に切る。俺らはその三分間で脱出ってわけさ』

 三分か。

三分でここから後部ハッチに向かうのか……。

いや、時間が足りない。

それにこいつを放っておくわけにもいかない。

━━だったら!

「曳馬は船長収容後、飛空挺の左舷下方に移動。私たちはこいつを限界までひきつけてから曳馬の甲板に飛び移るわ!」

 「付き合ってくれるかしら?」と二人を見るとレンは「乗りかかった船だものね」と頷き男は「わ、我としては先に……い、いや! いいだろう! 引き受けよう!」と木刀を構えた。

「ヒ、ソウ、ノ、ツルギ!!」

 唸る巨人を見る。

「と、言うわけだからもうちょっと付き合ってもらうわよ!!」

 その言葉と共に巨人が動いた。

 

***

 

 二つの艦影が高度を下げているのを木の上から見ている人物が居た。

ウシワカだ。

 彼は携帯式の望遠鏡を覗くと口元に笑みを浮かべる。

「やれやれ、相変わらずドタバタしているね。天子クン」

 そう笑うと今度は筒井城の方角を見る。

そこには遅れて出航した徳川の航空艦隊が存在しており、曳馬の救助作業が完了したら怪魔の一掃を行う気だろう。

「それにしても……ついに尻尾を掴んだ」

 今、飛空挺の上で暴れている巨人は自分が探し続けていた存在だ。

 頭を持ち、人語を話す怪魔。

その存在を追えば全ての元凶に差し迫れる可能性がある。

「“結社”が計画を始動する前に情報を集めておかないとね」

 そう呟くと望遠鏡を懐にしまう。

「それじゃあ、せいぜい敵の目を惹きつけてもらうよ。天子クン」

 

***

 

 船体が大きく揺れた。

飛空挺は前のめりに傾いて行き、落下の速度を上げる。

━━三分!!

「逃げるわよ!!」

 その合図と共に左舷に向けて駆け出した。

巨人も此方を追いかけてこようとするがレンが放った炎の導力魔法に阻まれ足止めされる。

 既にデッキは坂道のようになっており、少しでも駆ける速度を下げればすべり落ちてしまうだろう。

 手すりを掴んだ。

そのまま体を引き上げ上ると下方の曳馬を見る。

「飛んで!!」

 その言葉にレンが飛び、自分が続き、そして最後に中年の男が飛んだ。

空中で体を丸くすると曳馬の甲板に叩きつけられ転がる。

その衝撃に一瞬ホワイトアウトするが直ぐに意識を取り戻す。

 そしてゆっくりと両手を付き、立ち上がると衣玖が駆けつけてきた。

「総領娘様!」

 彼女に起こされまだ目の回っている頭を振ると残りの二人を確認する。

「レンとおっさんは!?」

「お二人とも無事です」

 衣玖の視線の先を見ればレンは上手く着地したようで平然としており、中年の男は気絶していた。

「……敵は?」

 そう訊くとミトツダイラが地上を指差す。

「飛空挺は墜落しましたわ。敵の脱出は確認されていませんから恐らく……」

『念のため地上部隊が確認に向かいました』

 ミトツダイラと“曳馬”の話を聞き、脱力する。

そして甲板に座ると衣玖とミトツダイラを見る。

「戻ったら色々会議しないとね……。新種の事と……あの巨人の事」

 その言葉に二人は頷くのであった。

 

***

 

 炎が燃え盛っていた。

墜落した飛空挺から生じた炎は周囲の木を燃やし、緑の森を赤へと変えてゆく。

 その中心に巨人はいた。

全身を砕かれ、燃やされた巨人は周囲に落ちている飛空挺の装甲を体に取り込み、傷口を塞いで行く。

「オォォォォォォォ!!」

 巨人が唸った。

 手足を金属の装甲で覆った巨人は立ち上がると近くに生えている木をなぎ倒す。

「オォォォォォォォォォォォォォ!!」

 痛みからか憎しみからか。

天を仰ぎ叫び声を上げる。

 拳で何度も大地を殴り、砕き、巨大な歯をかみ合わせて鳴らすと巨人は止まる。

そしてゆっくりと歩き始めると炎の中へ消えて行く。

 その後を金の光りが追っていった。

 

***

 

 先代と北条・幻庵は徳川家康達に見送られると岡崎城から浜松に向かっていた。

本当は岡崎城の港から飛空挺を使って興国寺に向かっても良かったのだが健康と観光のため歩く事にした。

もっとも隣の爺は嫌がっていたが。

「まったく、か弱い年寄りを歩かせるんじゃないよ」

「機鳳乗って暴れる爺さんがか弱いわけないじゃない」

 「それはそれ」と幻庵が言うと笑う。

 岡崎に来て色々と収穫があった。

徳川の人間を見ることができたし氏直の想い人に会う事も出来た。

そして何より……。

「……昔の知人に会えてよかったねえ」

「………そうね」

 幽々子に会え、霧雨の親父さんの娘に会え、そして紫に会えた。

彼らと話している間、久しく感じてなかった感覚に包まれていた。

それは遥か昔に自分が失った物だ。

「幻想郷……だったかね? 故郷に戻りたいと思った事は?」

 幻庵の問いに「何故そんな事を?」と訊くと彼は「何となくだよ」と返してきた。

 故郷に戻りたいかか……。

そんな事は……決まっている。

「戻りたいわ。でも、今は此処が私の故郷。故郷を二つも持つなんて私には贅沢よ」

 そう答えると幻庵は「そうかい」と頷いた。

暫く沈黙し、歩いていると向こうから誰かが歩いて来た。

それは白い帽子を被り、赤い服を着た金髪の少女で彼女は此方を一瞥すると横を通り過ぎて行く。

「…………」

 暫く歩き立ち止まると振り返る。

「どうしたのかね?」

「さっきの子……血の匂いがしたわ」

 そう言うと幻庵も振り返る。

少女の姿はもう小さくなっていたが彼女は突如振り返った。

そして口元に大きな笑みを浮かべるとそのまま岡崎城への道を進んで行く。

「どうやら色々と急いだほうが良さそうだね」

 幻庵の言葉に頷く。

「急いで小田原に戻りましょう。嫌な予感がするわ」

 そして二人は浜松へ急行するのであった。



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~第十三章・『近き遠い場所の尋ね者』 正体不明な隣人 (配点:圧力)~

 姉小路頼綱は運んでいた重い箱を地面に置くと腰を伸ばした。

 岡崎城の近くにある難民キャンプでは来月から始まる伊勢南部開拓の準備が行われており、開拓用の機材や資材が近くに着陸している輸送艦に運び込まれている。

 男達は重い資材や武具を運んでおり、女子供は伊勢に運ばれる食料のチェックを行っている。

 辛い事があったが皆それを乗り越えようとしている。

一人一人が前に踏み出し、進もうとしている光景に目頭が熱くなり思わず俯く。

すると馬蹄の音が近づき、止まった。

「おお、頼綱殿。ここにおられたか」

 声の方を向けば酒井忠次が馬に跨っており、彼は此方に一礼すると下馬した。

「酒井殿。何か御用で?」

「うむ、長銃を調達できてな、開拓隊に差し上げたい。いざという時に必要であろう」

 そう言うと後ろを指差す。

そこには何台もの人力車があり多くの長銃が束ねられていた。

「忝い。徳川家には多大なるご恩を……。いずれ、必ずこのご恩はお返しします!」

「困ったときはお互い様という奴だ」

 そう笑みを浮かべる忠次に頭を下げると、忠次は「頭を上げてくだされ」と言った。

「それにしても……頼綱殿自ら準備を?」

「ええ、故郷を失い一番辛い思いをしているのは民です。その民の為に何かをしてやりたくて……」

 最早大名でない自分にできる事はこうやって民とともに働くことだけだ。

そう思っていると忠次は頷き目を細めた。

「飛騨に……戻れると良いですな……」

「…………ええ」

 暫く互いに無言でいると突如忠次の表示枠が開いた。

『大変ですぞ!!』

「どうした康政? 血相を変えて。お気に入りの“あにめ”の録画を忘れたか?」

『いやいや、この榊原康政、今期のアニメは全て録画予定済み……ではなくて!

織田からの使者が来ましたぞ!』

 「なに?」と忠次が眉を顰めると表示枠に映った榊原康政は何度も頷く。

『どうにも嫌な予感がします! 早く戻ってきてくだされ!』

 表示枠が消えると忠次は思案顔で沈黙する。

そして此方を向いた。

「頼綱殿も岡崎城に来てくだされ。織田が何をしにきたのかは分からぬが事と次第によっては大事になるやもしれぬ」

 そう言う忠次に頷くのであった。

 

***

 

 岡崎城の大広間に徳川家康と榊原康政、酒井忠次、そして本多・正純が集まっており彼らと向かい合うように一人の少女が座っていた。

 少女は赤い服を身に纏い、被っていた白い帽子を畳みの上に置くと金の髪を靡かせる。

そして丁寧に頭を下げると家康の方を見た。

「お初にお目にかかります。P.A.Oda妖魔軍団所属エリーと申します」

「うむ。それで、織田家の方が徳川家に何の御用で?」

 家康の問いにエリーは頷くと姿勢を正す。

「本日、徳川家に来訪したのは我等が主、織田信長様から言伝を預かったからで御座います」

「…………信長殿から? して、その内容は?」

「“先々月の姉小路家が織田領空を侵犯した一件。姉小路家が怪魔を故意に我が領内に怪魔を侵入させた疑いが有り、事実確認のため姉小路頼綱及び姉小路家重臣の身柄の引渡しを要求する”との事です」

「………な!」

 なんだそれは!?

そう本多・正純は思った。

 姉小路家が怪魔と関与していることなどあるはずも無くこんな要求を呑めるわけが無い。

「……姉小路家がその様なことをしたとは思えないが?」

 家康の問いにエリーは口元に笑みを浮かべると表示枠を開く。

そこには燃え盛る村が幾つも映っていた。

「これらの村は全て姉小路家が連れてきた怪魔によって壊滅させられました。我々は被害者なのです」

「だからと言って姉小路家が怪魔を率いたなど………」

「我々は飛騨で面白い物を発見しました」

 エリーは表示枠を操作すると薄暗い洞窟のような物を表示枠に映す。

「この洞窟は飛騨国内で発見した物です。内部は人工的なものとなっており、砦も発見しました。そして様々な目撃情報からこの洞窟から怪魔が現れたと断定しました」

「…………それだけで姉小路家が関与しているとは言えまい」

「ええ、我々もそれだけでは姉小路家が関与しているとは言いませんわ。ですが告発があったのです」

 告発? 一体誰からだ?

そう思い眉を顰めるとエリーは頷く。

「飛騨に残った姉小路家重臣江馬輝盛からの告発です。

彼の話では姉小路頼綱は織田と武田と言う大国に挟まれた姉小路家を守るため遺跡に眠っていた怪魔を軍事利用しようとした。

そう打ち明けましたわ。飛騨の遺跡から姉小路の旗が見つかった上、重臣の証言。

これは見過ごすわけにはいきませんよね?」

━━妙だ。

 彼女の、織田の要求は無茶苦茶な上正当性が低い。

江馬輝盛の証言だって本当に彼が言ったとは限らない。

織田の言い分は言いがかりに近く、徳川が要求を承諾するはずが無い。

 その事は織田も分かっている筈だ。

━━だったら狙いは何だ……?

 ここは少し相手を突いてみるかと思い手を上げるとエリーが此方を見た。

「何方かしら?」

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ」

「ああ、貴女が噂の開戦外交官……」

「いや……ちょっと待て! なんだその不名誉な響きは!?」

「此方でもその名は知られていますわ。

どんなに友好的な関係であっても必ず相手を戦争に引きこむ戦争外交の天才」

・ウキー:『うむ、ちゃんと正しく認識されているようだな』

・副会長:『いやいやいや! 間違ってるからな!? 私は常に戦争しないように考えているぞ!?』

・約全員:『え!?』

・副会長:『なんだその反応は!? いいか! 見てろよ! 今からちゃんと戦争回避するからな!!』

 表示枠に打ち込みを終え、一息入れるとエリーを見る。

「申し訳ないが現状では織田の要求を受け入れられない。

何故ならばそちらの正当性がハッキリしないからだ」

「あら? 織田が難癖をつけている………そう言いたいのかしら?」

「それは違う。そちらが姉小路を追撃していた怪魔に襲われた事は事実であり、その事には痛切に感じられる。

だが姉小路家及び姉小路の民も被害者であることを理解して欲しい」

 そう頭を下げるとエリーの表情が冷たくなって行く。

「だから姉小路頼綱を引き渡さないと? 此方には証言もあるのに?」

「もし、そちらの証言が本当の事であれば我々は姉小路頼綱殿をそちらに引き渡そう」

・俺  :『おい、セージュン』

・副会長:『分かってる。私に任せておけ馬鹿』

「だが引き渡すのはあくまで其方の証言が正しかった場合のみだ。

故に、私は織田・徳川・姉小路間による話し合いの場を設けたい!」

 そう言い、家康の方に視線を送れば彼は頷いた。

「それがよかろう。各国二人ずつ代表を出し話し合おう」

「………どこでするので? 我々は徳川領内で会談をするつもりは有りませんよ?

あなた方が姉小路と通じていないという確証が有りませんし、徳川家の人間を織田領内に入れるわけにもいきません」

「その事なら私に提案がある」

 表示枠を操作し、拡大すると西行事幽々子が映る。

「遊撃士協会に会談の場の提供をお願いしたい」

「……遊撃士は国家間の争いには介入できない筈よ」

 エリーの言葉に頷く。

「確かに遊撃士協会は国家間の政治的な、物理的な争いに介入は出来ないが平和維持への行為なら協力は出来たはずだ。違うか?」

『ええ、三国が誤解を解く会議の場を求めるなら遊撃士協会は協力するわ』

 幽々子に礼の言葉を送るとエリーを見る。

正座した少女は額に皺を寄せ暫く此方を睨んでいたが、「ふう」と溜息を吐く。

そして口元に冷たい笑みを浮かべ、直ぐに平静に戻った。

━━何だ………?

 今一瞬だけ浮かべた笑み。

それが物凄く嫌な予感を抱かせる。

「やっぱり私には外交は向いてませんね……まあ、だから外交官に選ばれたのでしょうけど」

「どういうことだ?」

 エリーは此方の問いには答えず正座を崩し、寛ぎ始める。

酒井忠次が「無礼だぞ!」と言うが彼女は涼しい顔で受け流し、此方を一度見、家康の方を見た。

「どうやら私の言い方が悪かったみたいね。そのせいで変な誤解が生じたようだわ」

「……誤解だと?」

「ええ、あなた方は私がさっき言った事を織田からの要求と捉えたみたいだけど違うわ。

これは命令よ? 属国である徳川に対してのね」

「な、なんだと!」

 驚愕する此方にエリーは笑みを送る。

「最近力をつけて調子に乗っているようだけどあなた達なんて私たちが本気を出せば蟻の様に踏み潰せるのよ? 調子に乗らないで下さる?

徳川が姉小路頼綱の身柄を引き渡さないのならばそれは織田家に対する敵対行為と見なします。

あなた達に織田と戦争する勇気があるのかしら?」

 そうか! そう言うことか!

ようやく彼女の狙いが読めた。

彼女は最初から交渉するつもりは無かったのだ。

織田の本当の目的、それは………。

「さあ、さっさと姉小路頼綱を引き渡しなさいよ。棚ぼたで天下を取った狸さん?」

「貴様! よくも大殿を侮辱しおったな!!」

 忠次が膝立ちし、腰の刀に手を掛ける

━━マズイ!!

 忠次を止めようとした瞬間、家康が頭を下げた。

「と、殿!?」

「…………どういうつもりかしら? 頭を下げれば解決できるとでも?」

 そう冷たく言い放つエリーに対して家康は顔を上げると目を合わせた。

「事は大事ゆえ狸には考える時間が必要なのです。どうか、どうか一日待ってはいただけないでしょうか?」

 何度も頭を下げる家康に皆驚き、沈黙するとエリーが溜息を吐いた。

「いいでしょう。明日の朝、返答を聞きに来ます。それまでに決断しますようお願いいたしますわ」

 そう言い、立ち上がる彼女に家康は笑みを送る。

「あり難い。お部屋は此方で用意しましょう。それまで客室でお待ちを」

 エリーは無表情で踵を返すと大広間を出ようとするが止まった。

そして振り返ると家康を見る。

「姉小路頼綱を逃がそうなんて考えないように。賢い決断を期待してますわ」

 そう言い退出した。

「ふう……」

 家康は大きく溜息を吐くと忠次の方を向く。

「頭は冷えたか?」

「申し訳御座いませぬ……。危うく敵の思う壺に……」

「わしを思ってくれてのこと、構わぬよ。それよりも」

 家康は立ち上がると表示枠を開く。

「忠勝、聞いていたな。岡崎城に詰めよ」

『御意』

「康政、頼綱殿を此処に呼んでくれ」

「分かりましたぞ」

「忠次、あの少女に監視をつけよ」

「は!」

 「そして」と言うと此方を見る。

「正純殿、葵殿たちを呼んでくれ。会議を行いたい」

「Jud.、 直ぐに呼びます」

 

***

 

「申し訳御座らぬ!!」

 大広間に入ってきた姉小路頼綱は直ぐに頭を下げ、家康に土下座した。

「ら、頼綱殿! 頭を上げてくだされ」

「しかし、私のせいで織田に付け込まれ……! 覚悟は出来ております! どうかこの身を織田に引き渡してくだされ!」

 そう頭を下げ続ける頼綱に家康が「これは困った」というなような表情を浮かべると彼の隣に座る女装が

「おいおい、頭上げてくれよ。頼綱さん、何にも悪いことしてねーんだろ?

だったら織田のところにいく必要はねえよ」

と言った。

「しかし……それでは徳川が織田と……」

「構う事はねえ! 織田が戦争したいって言っているなら受けて立とうぜ! な、ホライゾン!」

「そうですねえ……ホライゾンとしましては“戦争回避できるならそれはそれでいいんじゃね?”と言う感じもしますが……」

 項垂れる頼綱を見てホライゾンが頷く。

「ホライゾンは謂れの無い喪失を拒絶します」

 ホライゾンの言葉にその場に居た頼綱以外の皆が頷いた。

「それに今の状況、どう転んでも徳川には不利益だ」

 家康の言葉に「どういうことですか?」と頼綱が首を傾げると榊原康政が頷く。

「よいですかな? 今、我等は岐路に立たされています。

一つは貴殿を織田に引渡し織田に従う事。

これは織田との関係を続ける事は出来ますが、同時に我等の道は閉ざされるに等しい。

我等は葵殿と大殿が掲げる“誰でも笑って暮らせる世を創る”という理想を念頭に戦ってきました。

そんな中、頼綱殿を見捨てるような事をすれば徳川家の信頼は失墜。

徳川に協力していた豪族、大名は距離を離し家中の分裂を引き起こす可能性がありますな。

そして何よりも徳川家が織田に従属し、属国になる事を認めた事になりますぞ。

もう一つは織田の要求を拒否し織田と対決すること。

いやあ、此方は危なかったですなあ。先ほど忠次君が刀を引き抜いて居たら即開戦でしたぞ?」

 「す、すまぬ」と頭を下げる忠次に康政は「まあまあ」と宥めると表情を改める。

「それで織田との対決ですが……正直言って勝ち目はありませんな。

現在織田の保有兵力は三十万以上。それに百を超える航空艦に武神戦力。

対して此方は領地から総動員しても総兵力は四万。艦数は三十弱で武神、機鳳戦力を持たない。

戦になれば織田は数にものを言わせて押しつぶしてくるでしょうなあ。

どっちの道を進んでも徳川に待つのは滅び。

織田は最初から此方を潰す気で使者を送ってきたのですな」

 康政が話し終えると場を沈黙が支配する。

「………織田に従えば徳川家の存続は可能ですね」

 ホライゾンの言葉に康政は頷く。

 どうしましょうかねえ?

そうホライゾンは思う。

 自動人形の思考としては徳川家を存続させられるなら頼綱を引き渡すべきだと判断している。

だが自分の中の不確定な要素……取り戻した感情がそれを拒否している。

 自分達は喪失を救うために戦ってきたのだ。

ここで彼を引き渡してしまえば今まで築いてきた武蔵の信念を否定する事になってしまう。

━━トーリ様はどう思ってるんでしょうか?

 隣の女装を見ると彼と目が合う。

すると女装は両腕で自分の胸パッドを挟み、セクシーポーズを取った。

 とりあえず殴る。

 顔面を殴り、引っくり返った彼を見下ろした。

「真面目に考えてくださいトーリ様。殴りますよ?」

「も、もう殴ってねえ!?」

 もう一度拳を構えると彼は慌てて正座した。

そして家康の方を向く。

「なあ、家康さんよお。本当はもう決めてんだろ?」

「…………」

 全員がトーリと家康に注目する。

「決めてて、でも他の連中を巻き込みたくないから言えないんだろ?

だったら言っちまおうぜ。言って、それから他の連中が賛同してくれるのを待てば良い。

きっとみんな同じ事を考えてるはずだからよ」

 そう言い笑うと家康は「ふ」と口元に笑みを浮かべる。

「相変わらず人の心を読むのが得意な方だ。そうだな……言ってみるか……」

 家康は目を閉じ、決意したように頷くと立ち上がる。

「皆、聞いてくれ。わしは織田の要求を拒否したいと思っておる!

此度の件、姉小路家に落ち度は無く織田が害意を持って行動しているのは明白だ。

それなのに黙って従えというのか!? わしには出来ん!

いくら相手が織田家、あの信長殿だとしても従う事はできん!!

わしは嘗て織田家の命によって息子である信康を自害に追い込んでしまった……もう二度と、あのような事はさせぬ!!

だが、だが相手は織田だ。戦になれば勝てる可能性は低い。

故に皆には選んでもらいたい。わしと共に織田と戦うか徳川から離れるか。

急な事だとは思うが明日までに選んでくれ! 頼む!!」

 家康が頭を下げる。

彼の周りにはいつの間にかたくさんの表示枠が浮かんでおり、そこに映った誰もが家康を見ていた。

『殿、お見事に御座ります』

 表示枠に映る忠勝がそう言う。

『いかなる不条理にも屈せず立ち上がる事こそ三河武士の誉れ! この本多平八郎忠勝、共に戦いましょうぞ!!』

『平八郎だけじゃないぜ! 赤備え全員、大殿について行きますぜ!!』

『私も、父上と共に参ります!』

 表示枠の一同が皆賛同の声を上げて行く。

『家康公、私も手伝うわ。私、上から目線で偉そうな奴って大嫌いなのよね。え、なに、衣玖? 私も結構上から目線? もう、衣玖ったらそれは良いの。私は偉いから。え、なに、その呆れた目……』

 天子が映っていた表示枠が閉じられ家康が少し口元に笑みを浮かべる。

「いやはや皆、向こう見ずですなあ。無論、某もですが」

 康政が頭を下げる。

「我が命は大殿と共に有り。大殿が進むのならば我も行きましょう」

 忠次が自分の胸を叩いた。

「家康公。武蔵アリアダスト教導院も徳川家を全力で援護します」

 正純がそう頭を下げると頼綱が涙を流し家康に頭を下げた。

「我等姉小路家、一度ならず二度も助けていただき、感謝の念に堪えません!

戦では必ず、必ず奮戦してみせます!!」

 皆の言葉に家康は何度も頷いた。

その横にトーリが立ち親指を立てる。

「な? 言葉にしてみるもんだろ?」

「うむ……! わしは皆のような家臣と友を持て幸せ者だ!」

 自分も二人の横に立つ。

そしてこの場に居る皆を見渡すと大きく頷いた。

「それでは皆様、明日の朝、織田に宣言しましょう。

我等徳川は理不尽な死を共用する織田に従わないと。

私たちの理想を守るために行きましょう」

「「応!!」」

「「Jud!!」」

 

***

 

 暗く冷たい空間が広がっていた。

巨大で四角状の部屋の中心上部には橋が鉄の橋がかけられており、足元を照らす証明と部屋の天井に所々つけられた照明を頼りに一人の男が歩いていた。

 彼は誰かを探すように歩き続けると橋の突き当たりで探していた人物を発見した。

 その人物は黒い着物の上に赤いマントを羽織っており橋の突き当たり、部屋の奥にある何かを見上げている。

「ここにいらっしゃいましたか信長様」

男は此方を一瞥すると再び何かを見上げる。

「蘭か。何用だ?」

 前の男━━織田信長に問われ森成利は片膝を着く。

「徳川に向かったエリー殿からの報告が来ています」

 信長は無言で続けるように指示する。

「……徳川は姉小路頼綱の引渡しの引き伸ばしを行ったようです。明日の朝、返答するとのことですが……」

「断るだろうな」

「…………徳川家が我等に勝てないことは家康公も承知だと思いますが?」

 そう問うと信長は口元に笑みを浮かべた。

「面の皮が厚く、冷静のようでいて芯は熱い。それが徳川家康と言う男だ。

奴ならば必ず刃向かってくるであろう」

「刃向かってきた場合は?」

「是非もなし! この織田信長の道を遮るというなら根絶やすのみよ!」

 そう言うと信長は振り返り、こちらの横を通り過ぎる。

「蘭よ。コレの出陣準備をせよ」

「コレの……ですか?」

 正面の何かを見る。

「久しぶりに竹千代の顔を見たくなったわ。明日、これで出陣する」

 部屋に明かりが灯った。

 前方の物体が照らされその全貌を明かす。

 それは漆黒だった。

鋼の四肢を持つ竜が佇んでいた。

 P.A.Odaのエンブレムを刻まれたその漆黒の竜は此方を見下ろすように眠っている。

「機竜“圧切長谷部”。試運転としてはちょうどよいだろう」

 そう言うと信長が笑った。

 彼の声は部屋を木霊し、僅かに巨大な機竜が動いたかのように見えた。



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~第十四章・『夕暮れの決断者達』 思い 苦悩 決断 (配点:道)~

 伊勢に存在する霧山御所。

その天守に北畠親子が集まっていた。

 北畠家は徳川に降伏した後、本領を安堵され当主である北畠具教が息子の具房に家督を譲った。

 まだ青さの残る具房を具教と晴具が支えていたのだが……。

「よし! 織田に降伏しましょう!」

「馬鹿か貴様は!!」

 晴具に殴られ具房が引っくり返る。

「し、しかし勝ち目はありませんよ!?」

 頬を摩りながら起き上がる具房に晴具は眉をしかめる。

「当主がそんなことでどうする! お前が不安そうにしておれば家中に不安が広がる」

「そ、そうかもしれませんが、お爺々様は織田に勝てると思っているのですか!?」

 その言葉に晴具が言葉に詰まる。

徳川の現状戦力では織田に勝ち目は無い。

現在徳川は戦力を二分しておりこの伊勢を守る兵は少ない。

今攻め込まれたら一瞬でここは陥落するだろう。

「家を守るというならば織田につくべきでは?」

 自分とて徳川家を裏切りたくない。

だがあまりにも力の差がありすぎるのだ。

「…………父上はどう思っているのですか?」

 先ほどから沈黙している父を見る。

彼は目を閉じ、静かに頷くと此方を見た。

「まず一つに織田が北畠家を残すとは思えん。一度徳川についた我等を信用せんだろう。

そしてこれは私の我が儘だが………戦わずして降るのは嫌だな」

 ふたたび皆沈黙する。

どうするべきか? その答えは出ない。

「具房よ。今の北畠家の当主はお前だ。お前の決断に我等は従おう。

だから今日一日、じっくりと考えてみてくれ。

どうする事が我等にとって正しい道なのかを」

 父の言葉に答えを持たない自分は頭を下げるしかなかった。

 

***

 

「どうしましょうかねえ」

 後悔通りに植えられている木の枝の上で姫海堂はたてはそう呟く。

 なんだか大変な事になってきた。

 徳川が織田と開戦するかもしれないらしく、もしそうなれば情報収集どころではないだろう。

 手に持っていた携帯式通神機を折りたたむと胸のポケットにしまう。

「…………どうしましょうか」

 武蔵に来てから二ヶ月。

 特に大きな情報を得る事が出来ずぐだぐだと過ごしてしまった。

  この船で過ごしているとつい自分の目的を忘れてしまう。

昨日は町内の清掃を手伝っていたら岡崎での会議を盗聴し忘れたし、一昨日は最近仲良くなったお婆さんの店の手伝いをしていた。

 そんな事を続けていたせいか、最近では町内会の人気者みたいなポジションになってしまった。

 あれは楽しかったわねー。

 何処行っても挨拶されるのは心地よかった。

 幻想郷では引き篭もっていたせいで自分の名前を知っている人は少なかったし。

「じゃ、なくて!」

 織田との戦争になればこの武蔵だってどうなるか分からない。

「真田に戻るのが賢い選択よね……」

「そう言う割には帰る気なさ気だけど?」

「わ!?」

 突然下から声を掛けられ落っこちる。

尻を地面にぶつけ、声にならない叫びが出る。

涙目になり、声の主を睨むとそこには紙袋を持った桃色の髪を持つ赤い導師服の少女が立っていた。

「と、突然声を掛けないでよ!」

「あ、あら、御免なさい。それにしても随分と見事に落ちたものね」

 「あんたのせいでしょうが!」と言うと立ち上がり、スカートについた土を払った。

「あんた、たしか博麗神社に良く出入りしていた食い歩き仙人よね? 茨木華扇だっけ?その仙人様が何か私に用?」

「食い歩きは余計です。食い歩きは。用と言うか何と言うか、さっきお店で買ったパンを食べながらお散歩でもしましょうと思いまして。

この後悔通りを歩いていたら憂鬱気なあなたを発見したわけです」

 「やっぱり食い歩きじゃない」と半目になると華扇は「まあまあ」と紙袋の中からパンを取り出し、此方に渡した。

「悩み事があるときは甘い物を食べましょう。心が落ち着きますよ?」

 手渡されたパンはまだ温かく、甘い良い匂いがする。

━━あ、これ青雷亭のパンだ。

 あそこのパンは気に入っているのだ。

 此処最近毎朝通っているため店主とも顔見知りになった。

 華扇に小さく礼を言うとパンを齧る。

すると口内に甘い匂いと味が広がり思わず頬が緩む。

「ここのパン。美味しいですよね。私も気に入ってます」

「あなたも!? いやあ、此処にも同士がいたかぁ━━━━じゃなくて!

そうだ! あんたにも聞きたい事があったんだった!」

「聞きたい事……ですか?」

 首を縦に振ると華扇と向き合う。

「前々から思っていたけど貴女何者? 本当に仙人? 武蔵に残っているのは何故?」

 そう訊くと華扇は困ったように苦笑した。

「そうですねえ、何者かと訊かれれば私は茨木華扇だと答えます。“今は”ただの茨木華扇と言う女です。

それで仙人かですが、それは自信を持ってお答えします。私は仙人です。

何ならお見せしましょうか? 仙術を?」

「………いや、いいわ。貴女が仙術を使っているのは見た事あるし。

じゃあ、武蔵に残っている理由は何? 貴女元々関東に向かうはずだったんでしょ?

なのにどうして出発しないの?」

 此方の質問に華扇は暫く沈黙しているとゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。

「私はとある人たちのお手伝いをすることにしました。

詳しい事は言えません。秘密です。貴女にもあるでしょう秘密の一つや二つ」

 そうウィンクされ思わず言葉に詰まる。

「ただ、そうですね……。私がここにいる理由を簡単に述べるとするなら“希望の灯りを消させない為”です」

「…………“希望の灯り”?」

「ええ、私たちはこの武蔵。いえ、徳川という集団こそこの世界の謎を解き明かす鍵になるかもしれないと思っています。

だから、私はここに残る。彼らが本当に鍵なのかどうなのかを見極めるために」

 華扇が話し終えると互いに沈黙する。

 この武蔵が世界の謎を解き明かす鍵?

それは本当だろうか?

 とてもそうとは思えないが、この仙人が嘘を吐いているようにも見えない。

 どうしたものか?

そう悩んでいると華扇が微笑んだ。

「私の話しはまあ、置いておくとして……貴女は何を悩んでいたのかしら?」

「…………なんであんたに教えなきゃいけないわけ?」

「悩みとは溜め込む物では有りません。人に話し、ともに思案したほうが良い結果になりやすいですよ?」

 そう得意げに華扇は言うと「まあ、だいたい予想がつきますが」

「徳川と織田の戦争に巻き込まれる前に逃げるべきかどうか、ですね」

「ええ、帰るのが一番だとは思うんだけどね……」

 そうだとは思うのだが、どうにも帰る気になれない。

この場所に愛着がわいてしまったのだろうか?

「もっと単純に考えればいいんじゃないですか?」

「単純って?」

 華扇は紙袋からパンを取り出すと齧る。

「このパン、美味しいですよね。だからこのパンを食べれなくなるのは嫌です。貴女もそうでしょう?」

「だから残って戦えと?」

「戦う必要は有りません。守ればいいんです。このパンを今後も食べれるようにするために」

 笑う華扇の顔をまじまじと見つめる。

━━守る、か……。

 自分には一番縁が無い言葉のように思える。

だがたまにはいいんじゃないだろうか?

 いざとなれば飛んで逃げれるし、残って織田の情報を収集するという考え方もある。

━━椛は文句言うだろうなあ……。

 まあ、いつもの小言が増えるだけだ。

いつかこのパンを持って労いに行こう。

そう心の中で頷き、パンを齧るとその様子を見た華扇は嬉しそうに微笑むのであった。

 

***

 

 伊勢南部の森の中。

そこにヨシュアは居た。

 彼は双剣を両手に持ち、森の中でゆっくりと息を吐く。

 周囲の草むらが動いた。

 動きは四つあり、それらは彼を囲むように円移動を行う。

━━来るか。

 正面、草むらの中から白い影が飛び出した。

 白い皮膚を持ち、四本足の怪魔は前両足の爪でヨシュアの胸を狙う。

「!!」

 飛び掛ってくる怪魔に対してヨシュアは前に出る。

 右手に持つ剣を突き出すと敵の胴を正面から突き刺し、そのまま下に裂く。

その直後今度は背後から敵が現れた。

それに対しても動じず、左手の剣を逆手に持つと背後の怪魔を突き刺す。

 二匹の怪魔が倒れると残りの二匹が左右から挟みこむように現れた。

 それを確認するとヨシュアは跳躍する。

 先ほどまで自分がいた場所で二匹の怪魔はぶつかり、そのタイミングを狙って双剣を下へ突き出す。

 自分の体重を乗せた落下攻撃を受け、二匹の怪魔は突き刺されながら潰れる。

 そしてヨシュアは屍となった怪魔から双剣を引き抜き、腰の鞘に戻した。

━━気配はもう無いな。

 そう思うと一息を吐く。

 来月から伊勢南部の開拓が始まるため、自分達は先行偵察として伊勢南部の森に来た。

 案の定、森は怪魔の巣窟となっており開拓隊が来る前にある程度数を減らしておこうという事になった。

 今日一日で二十を超える怪魔を倒した。

 ここに住む怪魔は小型の物が殆どだが普通の人間にはそれでも脅威である。

自分達が先行して来たのは正解であった。

━━とは言え、開拓の話し事態怪しくなってきたけど……。

 織田と徳川の話しは既に幽々子から聞いた。

 家康公の決断は立派だと思うが、果たして徳川は織田に勝てるのだろうか?

そして織田と戦争になれば開拓どころではあるまい。

「あ、いたいた! そっちはどう? ヨシュア」

 草むらの向こうからエステルと妖夢が来る。

二人は泥まみれになっており、所々怪我をしている。

「こっちは順調だけど……どうしたんだい? その怪我? まさか怪魔に?」

「いやあ、怪魔と言うか何と言うか……」

 歯切れの悪いエステルに首を傾げていると妖夢が俯きながら手を上げた。

「その……私が敵を深追いして穴に落ちまして、その後助けに来たエステルさんも何故か落ちてこんな姿に……」

「あ、あははは。妖夢の姿がいきなり消えて私も焦ってたからあ」

 容易にその光景の想像がつき思わず苦笑する。

「まあ、二人とも無事で良かった。今日はもう戻ろう。日が暮れてからの探索は危険だ」

 そう言うと「そうね」とエステルが頷き、妖夢も頷く。

「そういえば聞いた? 筒井での事」

「ああ、天子さんたちが怪魔に襲われていた飛空挺を救ったそうだね。新種が居たとか」

「そうそう! そしてその飛空挺にはレンがいたって言うじゃない!

まったくあの子は家で留守番してなさいって言ったのに」

「最近クロスベルに帰っていないからね。彼女も寂しくなったんだろう」

 彼女の協力もあり、飛空挺の乗客は全員無事だという。

大事にならなくて良かった。

「あの、レンさんと言うのは?」

 妖夢の質問にエステルが頷く。

「あー、そういえば紹介してなかったわね。レンはウチで引き取った子でね。

まあ、そうなった経緯はいろいろ複雑なんだけど……」

「つまり、ブライト家の一員という事ですね。

はあー、何と言うか凄いですね……」

「凄い?」とエステルが首を傾げると妖夢が頷く。

「だってそのレンさんも強いのでしょう?

流石はブライト家。父君もかなりの実力者と聞きます。まさに最強一家ですね!!

向かうところ敵無しです!!」

 目を輝かせる妖夢にエステルが苦笑いをすると「大げさよ」と言う。

「私たちにできない事は多いわ。今回の頼綱さんの件みたいに……」

 エステルがそう言うと妖夢は表情を曇らせる。

そして暫く沈黙すると此方を見てきた。

「私たちに何か出来ないんでしょうか?」

「……現状じゃ僕達ができる事は何も無いね」

「でも! 明らかに悪いのは織田ですよね!? それを糾弾できないんでしょうか!」

「…………」

 首を横に振る。

 遊撃士に国家間の争いに介入する権限はない。

もしここで勝手に介入すれば遊撃士協会の存在自体を脅かす事になりかねないのだ。

 明らかに不満そうにしている妖夢の肩に手を乗せる。

「不満かい?」

「不満というか納得できないというか……私、遊撃士は人を救うために存在すると聞いて感動したんです。

でも、実際に入ってみると制約が多くて、思ったように人を救えなくて……。

最近、私たちは何のために存在しているんだろうかって、思っちゃうんです」

 そう言うと妖夢は俯く。

「………そうだね。確かに僕達にできる事は少ない。

でも、それで良いんじゃないかな?」

「え?」

「僕達は決して万能じゃない。人であれ、妖怪であれ皆それぞれに限界がある。

だから僕達は協力し合うんだ。自分にできない事でも他の人になら出来るかも知れない。

だったらその人たちを信頼して自分にできない事は任せる。そしてその人に出来ないことを僕達が出来るならやる。

そうやって人は信頼関係を築いて生きていくんだ。

孤独は、死よりも重いから………」

「…………ヨシュア」

 心配そうにするエステルに笑みを送ると妖夢の頭を軽く叩く。

「だから僕たちは信じよう。武蔵の人たちを、徳川の人たちを。

今は僕達に、僕達にしかできない事をしよう。きっとそれが良い結果に繋がる」

 そう話し終えると妖夢は顔を上げた。

こちらと視線を合わせ、力強く頷く。

「そうですね……。そうです! 今は私たちにしかできない事を頑張りましょう!!」

 立ち直り盛り上がっている妖夢を見ているとエステルが肘で此方の脇腹を突いて来た。

「な、何?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるエステルにそう言うと彼女は手に持っていた棍を杖にした。

「いやあ、ヨシュア君も先輩らしくなりましたなー。と思ってね」

 小恥ずかしくなり頬を掻くとエステルは微笑む。

「でもそうね。今は私たちにしかできない事、頑張りましょう」

 そう言って彼女は拳を出して来た。

それにヨシュアも拳を軽くぶつけると頷く。

「ああ、明日からどうなるにせよ僕達は僕達の本分を見失わないようにしよう」

 赤い夕暮れの木漏れ日に眼を細め、そう言うと二人はもう一度頷くのであった。

 

***

 

 筒井城は慌しく動いていた。

 飛空挺の乗客を救助し、筒井城に入れた直後に岡崎から通神があった。

 会議の結果徳川は織田との決裂が確定し、戦の準備を始めた。

 城の天守前広場には徳川秀忠、八意永琳、比那名居天子の三人がおり、各所に指示を飛ばしている。

『━━━観音寺に集結している織田軍は凡そ八万。そのうち六万が筒井方面の配備されているで御座るよ』

 点蔵からの報告に思わず「多いわね……」と呟く。

 筒井城にいる徳川軍の総兵力は一万五千。筒井兵も合わせると二万しかおらず織田との戦力差は三倍だ。

「戦になれば勝ち目が薄いわね。最悪此処を放棄して伊勢に撤退するべきかもね」

 永琳がそう言うと秀忠がゆっくりと頷く。

「だが、それで良いのか? 筒井出身の者としては此処を放棄するのは承服しかねるだろう」

「皆、状況は分かっています。城はあとでも取り戻せますが命は取り戻せません」

 「……そうだな」と秀忠が頷く。

「ここで耐え凌ぐことは出来ないのかしら?」

 そう訊くと永琳は首を横に振る。

「織田は必ず私たちを分断しに来るわ。伊勢の戦力では織田に対抗できない、伊勢が落ちる前に伊勢の徳川軍と合流しなくては……」

 永琳の言葉に沈黙すると遠く、筒井城の周辺に点在する村を見る。

「となると、問題は民ね。民が徳川と共に筒井から逃げると言ったら?」

「無論、彼らが共に行くというなら救う。それが我等の道だ」

「どのくらいの民が徳川と共に行くことにするかは分かりませんが……民を運ぶとなると時間がかかりますね。織田が筒井に攻めてきた場合、時間稼ぎをしなくては」

『だったら師匠、坑道を使いましょう。少しぐらいなら時間を稼げると思いますよ』

 表示枠が開き、てゐが映る。

「坑道って、私たちが苦しまされた奴?」

「ええ、あの坑道は筒井城を中心に東西南北に作ったものよ。北側の坑道は東の坑道より規模が小さいけど、奇襲するには打って付けよ」

「なら使いましょう。あとは三好方面ね。徳川と織田が戦い始めれば漁夫の利を得に来るかもしれないわ」

 織田だけでも手一杯なのに三好までも来たらお手上げだ。

『そちらは私がギリギリまで布陣しますわ』

 表示枠が開かれ、ミトツダイラが映る。

『私が三好との国境近くに布陣し、睨みを利かせれば三好も簡単には動けないはずですわ』

「撤収作業が終わり次第全輸送艦及び航空艦を離陸させるから時間的に厳しいわよ?」

『お構いなく。なるべく間に合わせるつもりですけれど、いざとなれば単独で伊賀越え致しますわ』

 半狼の彼女なら可能であろう。

 永琳に視線で頷きを送ると彼女は「では、頼みます」と言う。

そして大きく溜息を吐いた。

そんな彼女に「何か懸念が?」と訊くと彼女は眉を顰めながら小さく頷く。

「正直言うと懸念だらけよ。相手はあの織田。私たちが今まで戦ってきた誰よりも強大な国家よ。戦になればありとあらゆる手段を使って攻めて来るでしょう。

向こうにはあの八雲紫がいる。

そして、切り札もある」

「切り札?」

「ええ、貴女も武蔵の人たちから聞いているでしょう?

準バハムート級航空船安土。統合争乱以降出撃していない船だけど、彼らが本気で徳川を潰す気なら必ず投入してくるわ。

問題は何処に投入してくるかだけど」

 安土。

武蔵と同じく準バハムート級のクラスを持つ超巨大戦艦。

かなり無茶苦茶な船らしく、嘗て武蔵は安土を前に大敗を喫したと言う。

 それ以外にも織田は巨大な船を幾つも所有していると聞く。

 それを思うと急に勝てるのか不安になるが……。

「どんな敵が来ようと受けて立つだけよ。その安土だって無敵ってわけじゃないのだから」

「そうだな。敵が強大な力で此方を押しつぶそうというのなら此方は結束力で押し返せばよい」

 秀忠と顔を合わせ笑うと永琳を見る。

彼女は眉を顰め何かを言おうとするが「やれやれ」と表情を崩した。

「人の意志の力は何時だって歴史を動かしてきたわね。私も、あなた達の意地に負けたような物だし。

いいわ、敵がどんな手を使ってこようとも私が必ず策を出す。

その代わり、あなた達には頑張ってもらいますよ?」

 永琳が微笑みながら手を差し出す。

その手の上に自分の手を乗せ、最後に秀忠が乗せる。

そして互いに目を合わせると力強く頷いた。

「じゃあ、織田に目に物見せてやるわよ!」

「ええ!」

「うむ!!」

 冬の夕暮れに三人の声が木霊する。

それを応援するかのようにカラス達の鳴き声が遠く、筒井の山から鳴り響くのであった。



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~第十五章・『湯煙の休憩者』 貧しいの 富めるの (配点:お風呂)~

 タオルを浴槽の端に置き、肩までお湯に浸かると口からなんとも言えない声が出る。

「寒い日はやっぱお風呂よねー」

 そう隣に居るミトツダイラに訊くと彼女は頷く。

 筒井城には大浴場があり、木製のタイルで覆われた浴場には白い湯気が充満している。

 この大浴場は輝夜たち永遠亭のメンバーが使う湯であるらしく、前に一度だけ使わせてもらった。

今日は明日からの戦いに向けてという事で輝夜に頼み、みんなで入る事にしたのだ。

「それにしても、こんな大浴場を作ってるなんてね」

「ふふ、羨ましいでしょう? これ作ったのてゐなのよ」

 反対側でお湯に浸かっている輝夜がそう自慢げに言うと彼女の横のてゐが親指を立てた。

「男子禁制の乙女の湯。普通は入れないんだから感謝しなさい?」

「へーへー、輝夜さんは、太っ腹っすねー」

「………なんだかこの湯にふさわしくない奴が居るようね」

 うつ伏せに湯に浸かっている妹紅を睨むとミトツダイラが慌てて間に入る。

「この湯、いい香りがしますわね」

「ただの湯じゃないのよ? 永琳が美容健康に良いように薬を混ぜているらしいわ」

 どうりで。

 前もこの湯を使った後、体の調子が良かったのだ。

今ここに居るのは輝夜とてゐ、妹紅とミトツダイラと自分とそして……。

「あれ、大丈夫なの?」

 指差す方には湯に浸かってご満悦状態のアマテラスがおり、時折鼻を鳴らしている。

「まあ……見た目は犬だけど、天照大神だし。ご利益有りそうだし……」

「入る前に私が洗いましたから汚くは無いはずですわ」

 まあ、それなら良いか。

 そう思い、浴槽の端に凭れる。

 それから湯面に浮かぶ自分の青い髪を指で弄りながら浴場の入り口を見た。

「衣玖たちはまだだっけ?」

「Jud.、 雑務が終わり次第来るそうですわ」

 「うい」とミトツダイラに返事をすると彼女を見る。

 ミトツダイラは銀の大ボリュームの髪を湯に浮かばせ、ほんのり頬を上気させている。

 髪から垂れた水滴が頬を伝わり、顎から落ちる。

━━うーん、私より少しあるかなぁ……。

 今度は妹紅を見る。

彼女も所謂“無い方”の人間だがやはり自分より大きいような気がする。

 それでてゐだが、彼女と競うのは何か負けな気がするのでパス。

 最後に輝夜だが……。

「意外と良い体つきしてるわねえ」

「天子、何か親父臭いですわよ………その言い方」

 輝夜は巨乳と言うわけではないが出るところは出ているし、何よりプロポーションが良い。

 何と言うか全体的にバランスが取れているのだ。

「ふふ、世の男共から求められた私の美貌を甘く見ないことね。どっかのもんぺとは違うのよ」

「あ?」

 妹紅が振り返り眉を逆立てる。

「嘘吐いてるんじゃないわよ。世の男共って、たった五人じゃん」

「あら、嫉妬? 貴女みたいな女じゃ一生縁は無いわよねー。焼き鳥じゃなくて鳥かわじゃないの?」

「ぁあん?」

 妹紅が立ち上がり、輝夜も立ち上がる。

 二人が互いに胸を張り合いにらみ合うとてゐが半目になった。

「喧嘩するなら余所でやってくださいよー。迷惑ですからー」

 そう言われると二人は「ふん」と目を逸らし、元の場所に戻る。

 その様子を見ていたミトツダイラが小声で此方に話しかけてきた。

「なんだか、凄いですわね。この二人……」

「まあ、しょっちゅう殺しあってる仲らしいから……」

 互いに苦笑すると浴場の入り口が開く。

そして永琳、衣玖、メアリ、そして鈴仙と“曳馬”が入って来た。

「遅れて御免なさい。仕事が中々片付かなくて……って、なに? その目……」

「いやあ……上には上が居るんだなあと思ったのよ」

 そう言うと永琳達は首を傾げるのであった。

 

***

 

 点蔵・クロスユナイトは筒井城の廊下を歩いていた。

向かうのは大浴場。

 メアリから大浴場を使って女子会をすると聞き、自分はその警備のために来たのだ。

━━違うで御座るよー。決して自分は覗こうなんて思ってないで御座るよー。

 そうだ。

自分にはメアリがいる。

 不届き者が彼女に近づかないようにする為に来たのだ。

「まあ、風呂を覗こうなんて不届き者がいるはず……」

 更衣室の入り口近く。

そこに居た。

 布巾で顔を隠し、古典的な格好をした男が。

「…………何をしているで御座るか、長安殿」

「う、うむ。これはだな……えーっと……そう! 美! 美学の追求だ!!」

「Jud、jud.、 帰るで御座るよー」

 長安の首根っこを掴もうとすると彼は慌てて距離を取る。

「待ちたまえ! 正直に白状しよう……私は! 風呂を! 覗きに来た!!

だがそれの何が悪い! 女の子同士のお風呂イベント! コレを覗かずして何が男か!!

貴様にも分かるだろう!! 数々のエロゲーをこなして来たお前になら!!」

 そ、それは!!

 確かにエロゲーイベントとして風呂覗きは定番だ。

だが覗きがバレるのも定番だ。

 エロゲーならヒロインに叩かれたりするだけで済むが、現実は違う。

あの外道共にバレたらどうなるのか……考えるだけでも背筋が凍る。

「お前の気持ちも分かる。確かに怖いよなあ、自動人形に後ろから狙撃されたり巫女にズドンされるのは……。

だがそれでも私は行く! 男のプライドを賭け、一歩も引くつもりは無い!!」

「……長安殿」

 なんと、なんと愚かなのだ。

だが、なんだ、この体の奥底から来る衝動は……!

男としてこの衝動を抑える事が出来ようか? 否、無理だ!

「分かり申した。この点蔵、長安殿について行くで御座るよ!」

「点蔵殿!! では共に逝かん! 楽園へ!!」

 互いに熱い握手を交わし、大浴場への潜入作戦が始まった。

 

***

 

「いい湯ですねー」

 浴槽の中で体を伸ばし、そう声が漏れる。

「………ところで、なんで皆さんそんな端に?」

 首を傾げ先に入っていた天子達の方を見れば彼女達は浴槽の端で団子状になっており、此方を見ていた。

「いや、何か近づいたら巨乳がうつりそうだし」

「なんですか……それ?」

「こっちの話。で、“曳馬”さんも来たんだ。いや、別に来るなって意味じゃないわよ?

ただ自動人形もお風呂に入るんだなーって」

 そう天子が言うと“曳馬”が頷く。

「外で活動すれば自動人形とて汚れ、劣化していきますので洗浄は重要です。

普段はシャワーだけですが」

「へえ、じゃあ今日はどういう心境の変化?」

「先ほど廊下でメアリ様に会いまして、“一緒にお風呂でもどうですか?”と訊かれ“私は結構です”と答えたのですがメアリ様と会話を行っているうちにいつの間にか此処に来てました。

これは一体どういう事でしょうか?」

 首を傾げる“曳馬”に苦笑する。

 メアリ様と話しているとついつい彼女のペースに合わされてしまうのだ。

これが彼女の人徳と言うか魅力と言うか……。

「それで、どうかしら? 初めてのお風呂は?」

 永琳に訊かれ“曳馬”は何度か小さく頷くと両手でお湯を掬った。

「Jud.、 自動人形の判断としてこのように長時間湯に浸かるのは非効率的と判断しますが……それと同時に私には理解不能なデータが発生しています」

「それはきっと楽しいという感情ですよ」

 メアリの言葉に“曳馬”は小さく何度も「楽しい?」と呟く。

 自動人形の感情。

 人工的に生み出された彼女達には感情はあるのだろうか?

「そういえばホライゾン様は感情を取り戻すための戦いをしているのですよね?

自動人形にもやはり感情があるのですか?」

 そうミトツダイラに問うと表示枠が開いた。。

『ホライゾンは少々特殊な生い立ちのため、他の自動人形とは違いますので参考にはならないかと。では皆様良いお風呂タイムを』

 表示枠が閉じられると皆暫く沈黙する。

それから少し経つと天子が慌てて立ち上がった。

「え? あれ!? 繋がってんの!? ここ!?」

『あ、はい。どうせなら皆でという事でこっちは鈴さんの銭湯に集まってますよー。ちなみに男子禁制のプロテクトが掛かっていてプロテクトの解除を行おうとするとコカーンに雷落ちるように設定されています』

『だから玄関前でトーリが蹲ってたんさね……』

 「うわあ」と天子が半目になり座ると輝夜が表示枠に映る浅間を見る。

「えっと、浅間・智だっけ?」

『あ、はい。始めまして浅間神社所属の巫女、浅間・智です。

通信関係、走狗関係のお悩み事があるのならいつでもどうぞ。

今ならお安くしますよー』

『あ、ちょっとアサマチ! なに商人差し置いて商売してんのよ! いいもん! こっちはこっちで賞味期限ギリギリの食料を高値で筒井に売って儲けるから! ざまーみろ!!』

 浅間が笑みを浮かべたままハイディに近づいて表示枠が閉じられた。

「……向こうも楽しそうね」

「………ええ」

 皆、苦笑すると天子がこの場の全員を見渡す。

「まあ、こう女子が集まったわけだし何か話しましょう」

「なんかって?」

 妹紅に訊かれ天子は頷く。

「それはもう、女子が集まって話す事といえば……」

『エロ話よお━━━━!!』

 表示枠に狂人が現れ、天子が直ぐに表示枠をチョップで割った。

「それで話とは何ですか? 総領娘様」

「ああ、うん。女子が集まってする話し、それはズバリ! 恋バナよ!!」

 そう天子は親指を立てた。

 

***

 

 狭い天井裏を点蔵と長安は這っていた。

 大浴場の周辺を調べたところ天井裏に入れる場所を発見し、潜入したのだ。

━━ふ、ふ、忍者をなめてもらっては困るで御座るよ。

 それにしても……。

「熱いで御座るな………」

 床から湯気が昇ってくるため非常に蒸し暑い。

「耐えろ、耐えるのだ。同志よ!」

 隣に居る長安に頷くと前方に光りが見えた。

「あれは……穴か!!」

 二人は顔を見合わせ這う速度を上げる。

そして光りのところには二つの穴が開いていた。

「おお! これぞ天の導き! このようなところにちょうど良い覗き穴があるとは!」

「……妙では御座らんか? あからさま過ぎるというか何と言うか」

「気にしすぎだ! 同志点蔵よ! く! 湯気が邪魔でよく見えん!」

 必死に穴を覗き込む長安を見て急に自分のしている事がただの馬鹿なんじゃないかと思え始めてきた。

 や、やっぱり帰ろうか?

 よくよく考えたら自分の命と引き換えに彼女達の裸を見る価値はあるのだろうか?

━━自分、メアリ殿一筋で御座るからなあー。

 そう思っていると長安が「む!」と声を上げた。

「どうしたで御座るか?」

「声が……聞えた!!」

 長安が耳を床につけ始めたのだ、自分もそれに倣う。

 すると少し篭った声が聞えてきた。

 

***

 

 ミトツダイラは急に危険を感じた。

 その理由は天子の言葉だ。

彼女は今、恋バナと言った。

 なんだろう、そのもの凄く不吉な響きは。

きっと武蔵では今頃喜美が物凄く楽しそうな表情をしているだろう。

「ど、どうして急に?」

 そう訊くと天子は浴槽の中でうつ伏せになる。

「最近思うんだけど武蔵ってカップル率多いじゃん? そこらへんどうなのかなあ、って」

「ま、まあ確かに気がついたら増えてますわね……カップル」

 “曳馬”の横に居るメアリがそうだ。

他には第二特務とか書記とか西国無双とか、あと我が王も。

「そう言う貴女はどうなのかしら? 好きな人とかいないの?」

 永琳の言葉に慌てて自分も頷く。

すると天子は「うーん」と眉を顰めた。

「いないかなー。しいて言うなら………衣玖とか?」

「わ、私ですか?」

『来たか!!』

『ガっちゃん気持ちは分かるけど鼻血拭こう? お湯が汚れるから』

 現れた表示枠を消す。

「あのぉ……念のため訊きますが、天子って、その、そ、そっちなんですの?」

「そっち?」

「ウチの第三特務と第四特務みたいな」

『あ? 何よミトツダイラ、私に何か文句あんの? ネタにするわよ』

『そう言いながら物凄い勢いで手を動かしてるねガッちゃん!』

 もう一度表示枠を消す。

それから天子を見ると意味を理解したらしく彼女は頬を赤らめ慌てて首を横に振る。

「いや、そっちの意味じゃなくて! 衣玖がいると楽だし、その、頼りにしてるし……」

 最後の方は聞き取れないくらい声が小さくなっておりそのまま沈んで行った。

その様子に衣玖は苦笑し天子の横に座る。

「私も天子様の事好きですよ? 頼りにしてますよ」

 そう微笑む彼女とそっぽを向く天子に皆微笑むと天子が妹紅の方を見る。

「あ、あんたは?」

「んー? 私? 私はパス。そっちの自称世界中の男を手玉に取ったビッチ姫に聞いて」

「あ?」

 眉を逆立たせる輝夜を鈴仙が宥めると輝夜が鈴仙を見る。

「貴女は? 良く人里に行くけど、そういう話はないの?」

「わ、私ですか? そういった話は特に……」

「あの忍者とかどうよ?」

 てゐがそう悪戯っぽく笑うと鈴仙が呆れた顔で首を横に振る。

「あー……そこの英国王女には悪いけど、あれは無いわ。まじない」

「まあ、点蔵様は素敵な方ですよ?」

「えー? 例えば?」

 そう鈴仙に訊かれ、メアリは「そうですね」と目蓋を閉じる。

「私、寝るときは裸なんです。それでたまに寝ぼけて点蔵様の布団に入ってしまって、さらに抱きついてしまって……」

「「ほほう」」

『『ほほう』』

「それで私が完全に寝付いたら点蔵様が元の布団に戻してくれるんです」

 そう嬉しそうに言うメアリに対して皆は少し困惑の表情を浮かべた。

「え? それだけ?」

「? Jud.、 それだけですよ?」

 

***

 

・魚雷娘:『はい、断罪タイムです。皆さんどう思いますか? 私的にはギルティです』

・薬 師:『紳士的とも言えるけど……』

・てるよ:『へタレね!』

・月 兎:『その状況で手を出されないって、女として割とショックですよね』

 

***

 

 大浴場の天井裏で点蔵は汗を掻いていた。

 これは暑さからの汗ではない。

下の会話を聞き、出てきた冷や汗だ。

「……点蔵君」

「な、なんで御座るか!? その目は!?」

 

***

 

「まああの忍者がへタレなのは前から分かってたし……」

 そう頷くと皆も頷く。

それからミトツダイラが此方を見た。

「そういえば天子。前はこういった話しに疎かったのに、随分と詳しくなりましたわね?」

「ええ、伊勢以降衣玖に性教育受けたから」

・● 画:『また来たかあ!!』

・金マル:『今日は絶好調だね! ガッちゃん!!』

 衣玖が高速で表示枠を割るのを横目で見ながら少し頬を染める。

「私、あの時凄いこと聞いてたのね……」

「凄い事?」と輝夜が首を傾げると表示枠に二代が映る。

『伊勢の時に天子殿が聞いていたこと……ああ、セックスの事で御座るな!』

 その瞬間、輝夜が湯に突っ伏し鈴仙が顔を赤くし、永琳が白目を剥いた。

「わー! わー! この脳筋女!!」

『何を動揺しているで御座るか? セックスは良い事で御座るよ?

拙者も今朝、浅間神社の境内で宗茂殿とそれはもうとても充実したセックスを……どうしたで御座るか? 誾殿、そんな何も無いところで転んで……』

 二代の表示枠が閉じられ、後には顔を真っ赤にして息を切らした天子が残った。

「姫様、武蔵の性文化は進んでいるようで……」

「ええ、なんだか武蔵のイメージが魔境になってきたわ」

 そのイメージは割りと正しいので否定しない。

「で、そっちの薬師はどうなのかしら? 私たちの中では最年長でしょう?」

「あの薬の配合、どうしようかしら……」

 目が泳いでいるのでどうやらこの女もそう言うことには疎いらしい。

 あと残ったのはてゐと“曳馬”だが……。

「“曳馬”さんは?」

「恋という感覚を私は理解できませんが、よく私の記憶媒介に残っている男性ならいます」

「「おお!?」」

 皆が身を乗り出すと“曳馬”が頷く。

「その方は始めて会った時から人間的好感度が最下位でしたが。最近好感度が下限を突破するという不可解な事態が発生しました。

その為、どのようにすれば効率よく、また犯罪にならないように抹消できるか思考する毎日です」

「…………あの、なんとなーく誰か分かった気がしますが、一応お名前は?」

「大久保長安様ですが?」

 

***

 

「…………長安殿、体が震えているで御座るよ」

「ふ、ふ! コレは武者震いと言う奴だ。

だが、うん、ここに居るのは何か危険な気がするので撤収するとしよう」

 

***

 

━━いやあ、皆青春しているねえ。

 湯に浸かりながらそう因幡てゐは思う。

 意外とみんな青い。

姫様もそうだが師匠も結構初心な様だ。

━━自分はどうだったかなあー。

 昔は恋とかもしたような気がするがこう歳をとると興味が薄れる。

 今は今で充実しているし、それ以上を高望みする必要は無いだろう。

 そう一人で頷いていると、天井が僅かに軋んだような気がした。

「ん?」

 よく目を凝らすと僅かにだが天井の板が揺れている。

━━ほっほーう。

 これは面白い事になりそうだ。

「あー、そういえばさあ、此処作るときにちょっとした仕掛けをしたんだよねー」

「仕掛け?」と訊いてくる鈴仙に頷く。

「覗き魔逮捕用にさあ、わざと天井裏に入れるようにして覗き穴も用意したんだよねー。

そんで、その穴を覗きに来た間抜けな覗き魔が穴のある天井に乗るとどうなると思う」

「どうなるんですの?」

「こうなるの」

 そう笑みを浮かべ上を指差した瞬間、何かが浴槽の中心に落ちて来た。

 

***

 

 突然床が抜け風呂に叩きつけられた。

 突然の事に驚き湯の中でもがく。

それから浴槽の底に手を着くと立ち上がった。

「ふ、ふう。危なかった。危うく風呂で溺れ死ぬ事に…………」

 そこまで言って気がつく。

現在の自分の状況に。

 自分は浴槽の中心に落ちており周りには裸の美少女達が。

━━なんというラッキースケベイベント!!

 目の前にいた天子が「ふう」とゆっくりと息を吐くとタオルを取り、体に巻きつける。

それから此方の眼前で仁王立ちした。

「前も似たような事があった気がするのよねぇ」

「ええ、私も同じ事を思っていましたわ」

 ミトツダイラが笑みを浮かべながら立ち上がる。

それに続いて周りの皆が立ち上がった。

 皆一様に笑みを浮かべている。

だがその笑みには全く温かいものは無く……。

「皆様、長安様を袋叩きにする前に一応言い分を聞きましょう」

 「ではどうぞ」と“曳馬”に言われ頷くと、濡れた髪をかき上げた。

「おや、諸君風呂かい? 奇遇だね私もちょうど風呂に入ってて……ぶへぇえ!?」

 天子の回し蹴りが側頭部に入り、吹っ飛んだ。

 

***

 

 点蔵は天井裏から人が空中で何コンボ喰らう事が出来るのかを再び確認した。

 まず天子が長安に回し蹴りを入れた。

次に吹き飛んだ長安をミトツダイラがアッパーで打ち上げ、空中で衣玖の放った雷撃を喰らい妹紅の炎弾を喰らう。

そして鈴仙と輝夜が桶を彼の顔面と股間に投げつけ、落ちて来たところを永琳がアイアンクロー、最後に“曳馬”が二律空間から取り出した長銃で彼の股間を集中射撃し、ついでに彼の股間に雷が落ちた。

 コンボを喰らった後の彼はさながら海面に浮かぶ水死体のようであり、事の凄惨さが分かる。

━━危なかったで御座る……。

 咄嗟に逃げたのが正解だった。

 一秒でも遅れていたら自分も今頃ああなっていただろう。

 もう一度長安を見、彼に黙祷を捧げると天井裏から脱出した。

そしてもう二度と安易な覗きはすまいと心に誓うのであった。



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~第十六章・『黒鋼竜の御者』 天魔を統べる者 (配点:十二月二十二日)~

 日が昇ったばかりでまだほの暗い寝室で徳川家康は待っていた。

 彼の周辺には表示枠が幾つも浮いており、それらは各武将からの返答であった。

 何れも織田との対決に賛同するものであり、家康は一つ一つ目を通して行く。

━━あと一通。

 まだ伊勢の北畠家からの返答が無い。

 織田の使者との会談までまだ時間はあるが落ち着かない。

━━北畠家の協力は得れんか……。

 伊勢防衛のためには北畠家の協力は必要だ。

 ゆっくりと溜息を吐き、目蓋を閉じると着信を知らせる音が鳴る。

目蓋を開け、見れば一通の通信文が届いていた。

 その送信元は北畠家からであり、通信文を開く。

そして目を通すともう一度大きく溜息を吐き、立ち上がった。

「誰かおるか!」

「は!」

 襖が開き、小姓が現れる。

「我が具足を持てい! 皆にも戦の準備を伝えよ!!」

「……いよいよ」

「うむ、北畠家から返答はあった。

家中一致、我等は織田と決別する道を選ぶ!」

 そう宣言すると小姓が頭を下げ、慌てて退出した。

その様子を見届けると自分の胸に手を当てる。

 これで良かったのだろうか?

此処からの道は遠く険しい。

一体どれだけの血を流す事になるのか……。

「いや、流させん。その為にわしが居るのだ」

 胸に当てた拳を強く握り、小窓から見える日の光りを睨みつけた。

 

***

 

 午前八時。

 岡崎城の評定の間に再び織田と徳川の人間が集まっていた。

 徳川の家臣達は皆甲冑を着ており、その中心でエリーは「やれやれ」と言った表情を浮かべていた。

 皆が集まると上座にやはり甲冑を着た家康が現れ、座る。

「どうやらどうするか決まったようですね? まあ、答えは皆さんを見れば分かりますが」

 エリーの挑発気味な言い方に家康は頷く。

「我等徳川家、まことに残念あるが織田家の要求を呑むことは出来ん。

もし力ずくで我等を従わせようとするならば織田は多大なる出血を強いられるだろう。

そう信長殿に伝えよ」

 そう言い家康が刀を床に立てると家臣たちも一斉に刀を床に立てた。

 エリーはその様子を見ると大きく溜息を吐く。

そして立ち上がると冷たい視線を家康に送った。

「愚かな選択をしましたね。ええ、全く、愚かな……」

 そう呟きながらエリーは表示枠を開いた。

「交渉は決裂です」

『Shaja.、 それじゃあ始めようか』

 「なんだ」と家康が言おうとした瞬間、表示枠が開いた。

『敵襲!! 伊勢国境沿いに織田の軍勢が突如出現!! 織田軍が伊勢方面に侵攻を始めました!! ス、ステルス障壁です!!奴等、姿を隠して国境に布陣してました!! このままでは……至急援軍を!!』

「既に部隊を控えておったか!!」

 家康の言葉にエリーは口元に笑みを浮かべ、重心を僅かに前に移す。

 その様子を見た正純が慌てて立ち上がった。

「家康公!!」

 直後、エリーが踏みこんだ。

一気に家康との距離を詰め二律空間から奇妙な鎌を取り出すと振り下ろしてくる。

 家康とエリーの間に火花が散った。

「……忠勝。助かったぞ」

「殿、ここは拙者にお任せあれ」

 家康とエリーの間に本多忠勝が入り、彼は蜻蛉切でエリーの鎌を受け止めていた。

「あら、惜しかったですわ……ね!」

 鎌と槍が弾かれあい、その隙にエリーが後方へ跳躍する。

そして一度家康の方を見ると、出口へ駆け出した。

 それを忠勝が追い始めると酒井忠次が慌てて立ち上がる。

「全ての門を封鎖しろ! 奴を逃がすな!!

それから織田との国境沿いの部隊に報告だ!! 奴等は直ぐに来るぞ!!」

「康政、北畠具房殿に連絡を」

「御意!」

 忠次と康政が慌てて退出する。

「正純殿、武蔵を至急発進させてくれ」

「Jud.、 既に連絡済です。二十分後には岡崎上空に着陣できます」

 皆に指示を伝え終えると立ち上がる。

「わしは浜松に乗艦する! 全航空艦は発進準備をせよ!!」

「「は!」」

 家康の号令とともに皆が一斉に動き始めた。

 

***

 

 本多忠勝は評定所の入り口に繋がる廊下を駆け、逃げるエリーを追撃していた。

 前を走る赤服の少女は首を傾け、此方を見ると笑みを浮かべる。

そして入り口を塞いでいた兵たちを鎌で薙ぎ倒すと外に飛び出した。

 それを追いかけ外に出た瞬間、眼前に木の柱が迫っていた。

「!!」

 体の姿勢を低くし、飛来してくる木の柱の下を抜けると構える。

 敵は攻撃が外れたのを確認すると左手で遠くの櫓を掴むように動かした。

すると櫓が地面から引き抜かれ始め、櫓の上に居た見張りの兵士達が慌てて逃げ始める。

「これは……」

 櫓は空中に浮くとバラバラにされて行き、幾つもの木の柱となる。

「重力制御か!!」

「ええ! 伊達に夢幻館の門番をやっているわけではないのよ!!」

 エリーが手を振り下げると同時に柱の雨が降り注ぐ。

 それに対して駆け出した。

降り注ぐ柱の影を見、避けながら進む。

だが敵まで後一歩という所で避けられない一撃が来た。

 敵は柱を一本だけ水平に発射し、此方を狙ってくる。

━━避けれぬか!! ならば!!

 足を止め、蜻蛉切を構えた。

「我が道を切り拓け!! 蜻蛉切!!」

 柱と蜻蛉切の刃が激突する。

 衝撃に地面を踏み込んだからだが後ろへ下がるが、歯を食い縛り、耐える。

「……冗談でしょう!?」

 刃が進んだ。

 徐々に、だが確実に柱を蜻蛉切の刃が裂いて行く。

そしてついに乾いた音と共に柱が両断された。

 息を呑むエリーに対して忠勝は静かに息を吐く。

 そして忠勝が踏み込んだ。

 蜻蛉切を突き出し、エリーの胸を狙う。

それに対しエリーも鎌を振るい、両者の間に火花が散った。

 

***

 

━━この男! 本当に人間なのかしら!!

 忠勝が放つ高速の突きを避けながらエリーは内心舌打つ。

 ともかく動きの切れが尋常ではない。

 攻撃を弾いたと思えば次の攻撃が既に行われており、回避の際にも必ずカウンターを入れてくる。

━━流石は東国無双!

「だけど、これはどうかしら!?」

 手に持つ曲がった鎌を重力操作で力を送る。

曲がった鎌は柄の形を変え、忠勝を包むように変形した。

「これは!!」

 忠勝は咄嗟に石突で背後から迫ってくる鎌の刃を弾くとこちらと距離を離す。

敵を逃した鎌は再び形を変え、垂直にその身を伸ばした。

「……その鎌、妙だとは思ったが」

「ええ、この鎌は私の重力操作によって変幻自在に形を変えます。その重力操作を応用すれば……こういう事も出来ますよ!!」

 鎌を円形に変化させると投げつける。

 鎌は重力操作によって加速させ、高速で忠勝目掛けて襲い掛かる。

 忠勝はそれを避けるため、先ほど落ちて来た柱の間に入る。

 鎌が柱を両断して行き、次々と崩れて行く。

土埃が舞い、敵の姿が見えなくなると鎌を呼び戻し手に取ると様子を見る。

 ゆっくりと慎重に後ろへ下がると土埃の中から木の柱が飛来してきた。

「!!」

 慌てて重力操作で受け止める。

その瞬間、忠勝が現れた。

 彼は柱の下を潜りながら此方へ突撃を仕掛けてくる。

━━なんなの! この男!!

 蜻蛉切が突き出され、それを体を逸らして避けると木の柱を横に薙ぐ。

忠勝は跳躍を行うと木の柱の上に着地し、駆ける。

 直ぐに木の柱を射出し敵を吹き飛ばそうとするがそれよりも早く敵が飛んだ。

太陽を背に蜻蛉切が振り下ろされる。

 それを鎌で受け止めるが後ろへ大きく吹き飛ばされた。

 地面を踏み込み、吹き飛ぶ体にブレーキを掛け止めると額に浮かんだ汗を拭う。

━━思ったよりピンチじゃないかしら?

 このままこの男と戦うのは危険だ。

 早く迎えが来ないかと焦り始めると表示枠が開いた。

『エリー、お疲れ様。もう直ぐそっちに迎えが行くわ』

 表示枠に映る主、風見幽香に頷く。

「何方が来るので?」

『ふふ、“彼”よ。安土でじっとしていられなかったみたいね』

「……まさか!?」

 そういった瞬間、影が覆った。

 上空を見上げる。

 そこには一匹の黒き鋼の竜が落下を行っていた。

 

***

 

「護衛艦一番、二番、離陸完了! 当艦も離陸します!」

 護衛艦の艦橋で報告を受けた酒井忠次は頷く。

 艦橋に浮かぶ表示枠には忠勝と織田の使者の戦いが映されており忠勝が押しているのが分かる。

━━向こうは大丈夫そうか?

 忠勝を相手に逃げ切れるはずが無い。

だがもしかしたらという事もある。

 念のため上空からも包囲を行っておくべきだろう。

 そう思い、指示をしようとすると警報が鳴った。

「何事だ!?」

「清須方面より高速で接近する物体を確認! 望遠映像を出します!!」

 映像が映し出されるとそこには一機の黒い機体が映っていた。

それは六枚の翼を持つ鋼鉄の物体で、此方に目掛け真っ直ぐ突撃してくる。

━━織田の機鳳か?

 だがあんな形の機鳳は見た事が無い。

それに巨大だ。

 一般的な機鳳より遥かに大きく、その巨大さは重武神に匹敵、いやそれ以上かもしれない。

━━正体は分からないが……。

「攻撃可能な艦は迎撃を行え!! このタイミングでの襲来、間違いなく織田の新型機だろう!!」

「J、Jud!!」

 先に離陸した一番艦と二番艦が前進し、流体砲を未確認機に向ける。

そして二度の警告の後、流体砲撃を行った。

 それに対して未確認機は回避行動を取らず……。

「正面から来る気か!?」

 流体砲撃と未確認機が衝突する。

両者の間に閃光が走り、流体砲撃が切り裂かれ、そして砕けた。

━━なんだ!?

 敵は無傷だ。

 障壁を出した形跡も無いのに敵は此方の流体砲撃を受け止め、切り裂いた。

その光景に冷や汗を掻くのを感じ、直ぐに指示を出す。

「一番艦と二番艦を後退させろ!」

「て、敵が!!」

 部下の声に敵の方を見れば、敵は変形していた。

機体の両サイドが分離し巨大な腕となり、後部が展開され巨大な足となった。

体の各部を展開し、更にその姿を巨大化させて行くそれはまるで……。

━━竜!!

「機竜か!?」

 直後、機竜から閃光が放たれた。

閃光は一番艦と二番艦を水平に切り裂き砕く。

 二つの爆発が生じ、二隻の護衛艦が火達磨になりながら墜落して行く。

 その様子を見届けると機竜は再び加速した。

 六枚の翼型飛翔器を展開し、岡崎城から放たれる対空砲撃を容易く避けて行く。

そして漆黒の機竜は天守前の広場に落下した。

 

***

 

 突然の爆圧に大地が割れ、櫓や壁が吹き飛ぶ。

 土埃と爆風を受けながら蜻蛉切を杖にし片膝を着くと忠勝は落下してきた何かを見上げた。

「…………これは!」

 それは竜であった。

 漆黒の装甲を身に纏った鋼の竜は肩に二対の巨大な腕を、胴から二対の武神の腕を、計四本の腕を持ち、背には左右三基ずつの翼型飛翔器を持つ。

 そして竜の頭を模した頭部には六つの赤い瞳が輝いている。

━━鋼の竜……機竜という奴か!

 直ぐに後ろへ跳躍し、蜻蛉切を構えると天守から家康が現れる。

「殿! お下がりを!!」

 そう振り返ると家康はこちらを手で制す。

 彼はそのまま機竜の前に来ると六つの瞳と目を合わせた。

「…………お久しぶりですな。信長殿」

━━なんと!

 今信長と言ったか?

 この竜には織田信長が乗っているのか?

そう驚いていると機竜の中から篭った声が鳴り響いた。

『ほう……分かるか?』

「ええ、この様なことをするのは信長殿しかおりますまい」

 家康がそう言うと機竜━━信長は嬉しそうに喉を鳴らす。

『分かっていてなお、我が前に立つか?』

「道を退く必要が有りませんからな」

『クク……相変わらず豪胆な男よ』

「いえいえ、これでも震える足を抑えるので精一杯ですよ」

 家康が口元に笑みを浮かべ、機竜も僅かに笑みを浮かべたように見えた。

『我と共に歩むつもりはないか?』

「残念ながら。わしの道と信長殿の道は違いすぎますゆえ」

 そう伝えると家康が一歩下がる。

それと共に自分も下がり、家康の前に立った。

『ならば是非も無し! 我が道を阻むというならば竹千代。貴様とて容赦せん。小石の如く蹴り飛ばしてくれよう!!』

 機竜が吼えた。

 空気を揺らし、岡崎城全体が振動する。

━━なんという気迫!

 今戦えば勝ち目は薄いかもしれない。

━━だとしても、拙者は戦うのみ!!

 覚悟を決め、一歩踏み込むと機竜が此方を見下ろす。

互いに睨みあい、どちらとも無く動こうとした瞬間全裸が現れた。

 彼はこちらと機竜の間に入ると周囲を見渡し、そして親指を立てた。

 

***

 

━━なんであそこにいるんだーぁ!? あの馬鹿はぁ!?

 本多・正純はそう冷や汗を掻きながら心の中で叫んだ。

 織田の使者との戦いが始まったためホライゾン達と合流しようとしたのだがいつの間にかに馬鹿がいなくなっていた。

 それで探していたらあんなところにいた。

 馬鹿は暫く機竜を見上げていると腕をつつき始めた。

それから何故かドヤ顔をし、此方を見る。

━━なんだーーーその顔はーーーー!?

 そう拳を握り締め、隣のホライゾンの方を見るとそこに彼女は居なかった?

「…………は?」

 慌てて全裸の方を見るといつの間にかホライゾンも馬鹿の隣に立ち、機竜の体を触っていた。

 そして振り返るとこちらに向けて馬鹿と一緒に親指を立てる。

 その様子を見て思わず頭を抱えてしまった。

 

***

 

━━ほう?

 足元にいる全裸と自動人形の少女を見る。

 この二人の事は知っている。

 武蔵の総長と姫。

 元の世界ではたった一人の少女のため、世界征服を宣言した少年と大罪の担い手の少女。

 以前から興味はあったが……。

「なあなあ、おっさん」

 全裸が声を掛けてき、後ろの男装の少女が絶句している。

「今日のところは帰ってくれねーかな。家康さんに会いに来たんだろ?」

『…………虚けか貴様? なぜ我が竹千代に会いに来たと思った?』

「ん? ちげーのか? そっちはいつでもやれんのにやらないからてっきりそうだと思ったんだけどなあ」

━━クク、良く見ておる。

 ただの虚けでは無いという事か。

いや、ただの虚けでは武蔵を率いる事は出来ないだろう。

『それで? 何のようだ小僧?』

「あー、ちょっと聞きたい事があってなー」

 そう笑うと武蔵の総長は腰に手を当てた。

「なあ、おっさん。あんたの道は何だよ?」

『無論、天下布武。武による統治こそこの世の真理』

「そっか、俺の理想は皆が笑って暮らせる世界を創ることなんだ」

『知っておる。その夢、否定はすまい。だが貴様の夢は我が覇道の邪魔だ』

 武蔵の総長が鼻の下を擦ると姫と共に此方を見上げる。

「じゃあしかたねえ。やるか? お互い譲れねーもんがあるんだったら仕方ねえよな」

 そう笑う武蔵の総長に対して内心、笑みを送る。

へらへらと軽薄そうな男であるがその言葉には彼の覚悟が感じられる。

『面白い男と共に居るな竹千代』

「ええ、面白すぎて大変なぐらいですがな」

 『ふ』と笑うと一歩下がった。

『竹千代よ! 武蔵の総長よ! 抗え! 生き延びてみせよ!!

その先で我等は待っているぞ!!』

 道の先。

 我等が見つけた答えと違うものを彼らは見つけるかもしれない。

願わくばその答えを見つけるまで生き延びてもらいたいが……。

━━此処で潰えるならばそれも良し!

 この戦を乗り越えられないようではこの先の戦いにはついて行けまい。

 飛翔器を展開させ、離陸準備を行う。

 エリーが跳躍し、肩に乗るのを確認すると徐々に浮遊を始めた。

『では徳川の者どもよ。天の頂にて会える事、期待しているぞ!』

 エリーも肩の上でスカートの裾を摘み、頭を下げた。

「では皆様、御機嫌よう。近い内に再び会う事になると思いますわ………もっともそれまであなた方が生きていればの話しですが」

 爆圧と共に上昇を開始する。

 徳川の兵士達が慌てて追撃を開始しようとし、家康に止めれる様子が見えた。

 家康は此方を見上げ、此方も彼と視線を合わせる。

━━登り詰めてみせよ。我等の場所まで。絶望の地まで。

 腕と足を合一化し、体を水平にする。

エリーが重力制御で体を固定するのを確認すると飛翔器を大きく広げ、一気に加速した。

 轟音と共に青い空に一筋の飛行機雲が出来上がった。

 

***

 

 燃えていた。

 山の山頂に存在する城が炎に包まれていた。

 城の周辺には白と青の軍勢がおり、燃え盛る城を包囲している。

 その場所からやや離れた、山の麓に六護式仏蘭西軍の本陣が存在した。

 その陣の中心で小早川隆景が双眼鏡を覗き、崩れ行く尼子家の本城━━月山富田城の様子を見る。

「やれやれ、思いのほか時間がかかりましたね。兄上?」

 そう隣で表示枠の操作をしている吉川元春に声を掛ける。

「色々と始めてであったらな。だが、今回の戦の経験で、次の戦からより効率よく導力戦車の運用が出来るだろう」

 導力戦車を使ってみて分かった事だが、あの鉄の車は平地では比類なき力を発揮するが荒地や山岳部では機動性を大きく削がれ、能力を大きく落とす。

さらに上空からの攻撃に非常に弱いため、機鳳や飛空挺による対地攻撃が弱点だ。

「思うようには行きませんでしたが、此方の損害はほぼ無し。圧勝と言ってもいいのでは……おや?」

 表示枠に送られてきた通神文を読み、声を上げると元春が「どうした?」と聞いてきた。

「どうやら終わったようですよ。尼子家が降伏したそうです」

 そう言うと周りの兵士達が浮き立つ。

それを元春が手で制すると頷いた。

「戦いは最後まで気を抜くな。思わぬ痛手を受けるやもしれぬからな」

「ふ、相変わらず真面目だね。元春は」

 陣幕の中から太陽全裸が現れた。

 彼は黄金の髪を靡かせ、腰に手を当てると元春の横に並ぶ。

「……性分ですゆえ」

「Tes.、 だから朕も元就も君を信頼している」

「おや? 私はどうですかな?」

「隆景、勿論君もだ」

 「有難う御座います」と笑うと太陽全裸も頷く。

 この太陽王は尼子家との戦いが始まって以来常に最前線に居た。

 その為、前線の兵の士気は常に高くこの大戦果も彼の威光ゆえだろうか?

━━思慮深い父と派手な太陽王。気が合うのでしょうかねー?

 そう思っていると新しい通神文が届く。

何かと読んでみれば……。

「…………これは」

「どうした?」

「いえ、東で面白い動きが」

 「動き?」と元春が首を傾げる。

「先ほど東側に放っていた密偵から連絡がありました。

その内容ですが━━━━P.A.Odaが徳川領に侵入。両国の間で戦が始まりました」

 場が静まり返った。

皆動揺し、困惑する。

 そして徐々に騒がしくなって行く。

「……それは確かなのか?」

「ええ、既に伊勢にて戦端が開かれたそうです」

 「ふむ」と元春は顎に手を添え思案顔になる。

「だが妙だね?」

「妙とは? どういうことでしょうか太陽王」

「現在、織田にとっての最大の障害は徳川だ。彼らは急速に力を伸ばしている。

それを快く思わず、先手を打ったと考えるのが自然だ。だが、何故このタイミングで? という疑問がある」

 なるほど。

「現在織田は周り全てを敵に回していますからね。その状況で同盟国を放棄する理由が分からないと?」

「Tes.、 徳川を潰すならもっとスマートな方法があった筈だ。他国と戦わせ、消耗させるとかね。

だが彼らは今動いた。

━━もしかしたら何か大きな事が起きるのかもしれない」

 そう太陽王が言うと皆沈黙する。

「元春、朕たちも東進を早めよう」

「と、なると出雲・クロスベルが厄介ですな」

「Tes.、 彼らにもそろそろ決断してもらうとしよう。

朕はまず輝元を送り、飴を与えた。それで駄目ならば今度は鞭の番だ。

というわけで頼んだよ?」

 そう太陽王が言葉を送った先、表示枠には金の大ボリュームが映っていた。

 表示枠に映っている女性は目を弓にする。

『少しだけ突いて脅かしてみますわ。それから出雲・クロスベルのお店でお食事と行きたいですわね』

 そう言うと女性━━人狼女王(レーネ・デ・ガルウ)テュレンヌは微笑んだ。



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~第十七章・『天空の城砦』 遥かなる巨城 (配点:安土城)~

 午前九時三十分。

 伊勢の町は慌しく動いていた。

 人々は開店準備を取りやめ店を閉じ、大通りには町から脱出しようとする人々や商品を運び出そうとする馬車で長蛇の列が出来上がっていた。

 その大通りから少し離れた所で伊勢商工会に所属している瀬戸物屋の店主も暖簾を下げ、商品を店の奥の倉庫に仕舞おうとしていた。

「大将! これ、どうしやすか?」

 部下の一人が大きな壷を抱えながら訊いて来たので「それは地下に仕舞え!」と指示を出す。

 そして彼が階段を下りて行くのを見届けると店の外に出る。

 道路を挟んで反対側の店も同じように商品を安全な場所に仕舞っている最中らしく、あちらの店主と目があう。

「そっちも大変そうですなあー」

「ええ、全くです。伊勢が戦場になるとは思えませんが念には念をとね」

 この伊勢は多くの金が集まる都市だ。

織田もそれを失いたくは無いだろう。

「商工会のほうはどうですかな? このまま徳川につくのか織田につくのか?」

「今は徳川に。伊勢国境での戦いで徳川が負けたら直ぐに織田につくみたいですな」

 軽薄のように思えるかもしれないが皆自分の命と店が大事だ。

 我々は武士ではないので負ける国に義理立てする必要はないという事だ。

「しかし徳川様も愚かな判断をしましたねえ。織田軍に勝てる筈が無いでしょうに」

「ええ、全く」

 そう頷いた瞬間、影が辺りを覆った。

 最初は雲かと思ったがその影は徐々に大きくなり、やがて町を覆い始めた。

━━なんだ?

 不審に思い見上げれば巨大な鋼の固まりがあった。

 全長八キロメートを超えるその鋼の塊は空を裂き、歪んだ空間の中からその姿を現して行く。

 そして低いエンジン音を鳴り響かせながら現出した。

 六隻の船からなる三胴艦。

 その船体にはP.A.Odaのエンブレムが記されており……。

「ば、馬鹿な!? 安土だと!?」

 直後安土から閃光が放たれ、伊勢の町が炎上した。

 

***

 

 伊勢の上空に存在する準バハムート級航空戦艦安土。

その甲板上に八雲紫は居た。

 彼女は額に大粒の汗を掻き、息を荒立てると片膝をつく。

━━やはり、体への負担は凄まじいわね……。

 徳川の戦力を伊勢の国境上に引き付け、その隙に安土を伊勢上空に空間移動させる。

 これは自分の能力を使った作戦で、本来であればこのような巨大な物体を空間移動させる事は出来ないが……。

 背後を振り返ればそこには巨大な結晶石があった。

 結晶石は幾つものケーブルに繋がれており、それらは周りの機械に繋がっている。

 結晶石を使った流体増幅装置。

それを使い自分の能力強化し、安土の空間移動を行った。

『どうやら成功のようですね』

 表示枠に映る藍に頷く。

それからもう一度結晶石を見ると、結晶石はその輝きを失い表面に皹が走り、そして砕けた。

「一回が限度ね」

『ですがその一回で戦局が動きます』

 「ええ」と頷くと立ち上がる。

 伊勢の冬風を浴び、髪を靡かせながら額の汗を拭うと藍を見る。

「そっちの準備は?」

『間もなく発進可能です。予定通り岡崎へ向かいます』

「そちらは任せるわ」と言い、表示枠を閉じると艦内通神が入った。

『艦隊の出撃準備が完了しました』

「……全艦隊出撃。伊勢の商人どもに誰が主か教えて上げなさい」

『Shaja.』

 警報が鳴り、安土の軍港区画のハッチが開いて行く。

そして軍港から十を超える航空艦が出撃した。

 それに続き、武神隊も発進する。

 眼下に広がる伊勢が炎に包まれてゆく。

その様子を見ながら紫は表情を改めた。

「……さあ、始めましょう」

 直後安土から二度目の砲撃が放たれ、伊勢中心が吹き飛んだ。

 

***

 

 航空艦の艦橋で八雲藍は発進準備完了の知らせを受け取った。

「発進準備完了です。艦の指揮お願いします」

 そう隣に居る九本角の魚類系魔人族の男性に頭を下げる。

「Shaja.、 この九鬼・嘉隆。見事責務を果たしてみせましょう」

 嘉隆は頷くと正面を向く。

そして艦内放送のスイッチを入れた。

「これより本艦は第三艦隊と合流し、岡崎へ向かう。各部最終チェック!」

「火器管制システム問題無し」

「重力障壁問題無し」

「ステルスシステム問題無し」

「索敵システム問題無し」

「重力制御エンジン、問題なし!」

 全システムが良好である事を示す信号が前面の大型スクリーンに送られる。

「固定アーム解除!」

 船の固定していたアームが解除され、船体が僅かに揺れる。

「仮想海を展開!」

 艦の周囲に仮想海が展開され、上昇を始める。

 そして清須港の管制塔から『発進よし』と言う通神が送られ、嘉隆は皆を見渡す。

「それでは行くとしましょう。重力制御エンジン起動! ジズ級戦列艦尾張!! 出撃!!」

 清洲港から鋼の長大な船が出撃した。

 漆黒の装甲を持つ戦列艦は太陽の光りを反射し、遥か上空、雲の中へと消えていった。

 

***

 

 午前九時四十五分

 伊勢の町から離れた林で閃光と衝撃が生じた。

 流体の光りは木々を薙ぎ倒し、大地を抉る。

そして小さな崖にぶつかると爆発した。

 あまりの轟音に鳥達が一斉に飛び立ち、羽ばたく音が空に鳴り響く。

 流体の発生地点には機殻箒を構えた一人の青年がおり、彼は前方に向けた機殻箒の後部の装甲を閉じると対閃光防御用の眼鏡を外す。

「……よし!」

 青年━━森近霖之助はガッツポーズを取ると普段の眼鏡を掛ける。

「大した物だ。旧式の機殻箒を此処まで改良するんだからな」

 そう木に寄りかかっていた自分の恩師である霧雨の親父さんが拍手を送る。

「まだまだですよ。予想よりミニ八卦炉の収束率が悪い。もうちょっと調整が必要ですね」

「あれで十分だと思うがな。

しかし、驚いたぞ。急に機殻箒が欲しいというから持っていけばいきなり解体しやがって。

それで旧式の機殻箒を最新鋭の機殻箒並みに改修するんだからな。

“見下し魔山(エーデル・ブロッケン)”にばれたら怖いぞ?」

「商品として売るわけじゃないですからね。大丈夫ですよ」

 市場流通さえしなければばれることは無い。

それに機殻箒の独自改修は魔女達もよくやっている。

まあここまで魔改造したのは自分くらいだろうが……。

「これ、娘んだろ?」

「……やっぱり分かります?」

「ああ、おめえに注文する魔女なんてあの馬鹿しか居ないだろ」

 そう言われ苦笑いする。

 娘の機殻箒の改修だと知って協力してくれたのだからやはり魔理沙のことを嫌っているわけでは無いのだろう。

「娘には内緒にしておけよ? あいつの事だ。俺がコレに協力しているって聞いたら乗らなくなる」

 そう言う彼の表情は少し寂しそうだった。

「その、前から気になってたんですけど魔理沙との喧嘩の理由は?」

「そんなのお前も知っているだろ。あいつが魔女になりたいなんて馬鹿なことを言い出して家出したから勘当しただけだ」

「…………本当ですか? どうにもそれだけじゃないように思えて……」

 そこまで言うと霧雨の親父さんが此方を手で制した。

「そこまでだ霖の字。誰にだって知られたくないことはあるだろう?」

「……そうですね」

 互いに沈黙し、機殻箒の点検をする。

暫く無言でいると霧雨の親父さんが訊いて来た。

「それ、名前は決めてんのか?」

「ええ、一応。“シュプリュー・レーゲン”。独逸語で“霧雨”と言う意味ですよ。

ぴったりでしょう?」

 そう笑うと霧雨の親父さんも笑った。

「さて、俺はそろそろ店に戻ると……」

 突如表示枠が開き、霧雨の親父さんの下で働いている商人が映った。

『大変です!! おやっさん!!』

「どうした? 落ち着け!」

 商人は深呼吸をすると頬を伝う汗を拭う。

『織田が攻めてきやした! 伊勢の町は炎の海でさ!!』

「馬鹿な!! まだ前線が敗れたって報告は無いぞ!?」

『それが……突然馬鹿でかい船が上空に現れて!! 町中が攻撃されてます!!』

「直ぐに店員を連れて町から逃げろ!」

『み、店は?』

「人命優先だ! 分かったらさっさと行け!!」

 商人は『うす!』と頷くと表示枠を閉じる。

 霧雨の親父さんは大きく溜息を吐くと此方を見た。

「とんでもない事になってるようだ」

「ええ、ここも直ぐに戦場になりそうですね」

 そうなればこの機殻箒を魔理沙に渡す事は出来なくなる。

 どうしたものかと悩んでいると霧雨の親父さんが機殻箒を抱えた。

そしてこっちに来いと顎で促す。

「何ですか?」

「この箒、娘に届けるんだろ? だったらついて来い。向こうまで送ってくれる連中に心当たりがある」

「……それは?」と訊くと霧雨の親父さんは口元に笑みを浮かべる。

「九鬼水軍。うちのお得意様だ」

 

***

 

 午前十時。

 織田と徳川が開戦すると観音寺方面の織田軍が筒井城に向けて進撃を開始した。

 伊勢の地までは細い山道を進まなければいけない為、まず原田直政の部隊三千が先陣として進み中継地点の確保を行おうとしていた。

 山道は周囲を竹薮に囲まれており視界は非常に悪い。

皆、周囲を警戒しながら進軍していた。

「こ、こう周りが竹薮だとどっから敵が来るかわからねーな……」

「いきなり攻めてきたりしてな」

「おい! 冗談でもよせよ……」

 そう皆小声で喋っていると乗馬した原田直政が手を上げた。

「皆、恐れるでない! 落ち着き対処すれば徳川兵など我等の敵ではない!!」

「で、ですが、敵には地に詳しい筒井兵が! 狙撃される可能性もあります!」

 そう言う部下に直政は不敵に笑う。

「この様に障害物が多ければ向こうも狙撃しづらいはずだ。

いいか、わしは昔本願寺との戦いで火縄銃に撃たれ討ち死にしたがな? あれは運が悪かっただけだ!

そう、たまたーま、銃弾が当たって…………ぇえ!?」

 突如銃声音が鳴り響いた。

 その直後金属がぶつかりあう音が鳴り、直政が引っくり返って落馬した。

「は、原田様━━━━!?」

 慌てて近づけば直政の兜が凹んでおり、彼は白目を剥いて気絶していた。

「だ、大丈夫! 生きてる!!」

 一人の兵士がそう言うと周りの兵士達が一斉に携帯式の術式盾を展開した。

 そして徳川の奇襲攻撃に備えるが……。

「う、撃って来ないぞ?」

 皆顔を見合わせ、慎重に盾を収納した瞬間、竹薮から一斉射撃が来た。

 銃弾を受け、兵が倒れて行き、皆慌てて応戦を開始する。

「こ、航空艦に連絡を!! 奇襲を受けている!!」

 そう誰かが叫んだ直後、竹薮から爆弾が投げ込まれ数人の兵が吹き飛んだ。

 

***

 

「いやあ、面白いぐらい混乱しているねえ」

 そう隣で様子を見ていた因幡てゐが笑った。

「うむ。だがそろそろ撤収しよう」

 そう言い鳥居元忠が槍を掲げ合図を送ると銃撃をしていた部隊が後退を始める。

「おや? もう下がるの? もっと被害を与えられると思うけど?」

「たしかに。だがあちらを見てみよ」

 元忠が槍で指した先、織田の部隊の後方では後続の部隊が合流を始めていた。

「後続の部隊が合流し直に混乱が収まる。その前に撤収するとしよう」

「なるほど……だったら」

 てゐが口笛を吹いた。

 すると竹薮の中からウサギ達が現れ集まってくる。

彼女はそのウサギ達に小さく何かを伝えると、ウサギ達が四散する。

「今のは?」

「地元のウサギ達。あの子達に織田の監視を頼んだの」

 「なるほど」と頷く。

 兎の密偵ならば敵も気が付かないはずだ。

 情報の有無は戦いにおいて生死を分ける重要な物だ。

 射撃部隊を指揮していた兵が撤収準備完了と連絡してくると、全軍を撤収させる。

 そしてなるべく音を立てないように坑道まで撤退し、一人も犠牲者を出さずに退却を完了させるのであった。

 

***

 

 午前十時二十分。

 筒井へと向かう山道の出口には徳川軍が布陣しており、彼らは急いで山道の封鎖を行っていた。

 兵たちは丸太や土嚢を積み重ね少しでも敵の進軍を遅らせれるようにしている。

 その指揮を天子と衣玖が行っていた。

「そこ! その土嚢はV字に置いて! 道を細めるように! 丸太は杭にするように地面に埋めなさい!!」

 天子は拡声術式を使い、指示を出し終えると一息つく。

「総領娘様。長銃五百丁、到着しました」

 衣玖の連絡に頷くと陣の概要図を映す。

 山道を塞ぐ陣はまず丸太を地面に刺した杭を配置し、それを抜けると土嚢によってV字型に道を細めた入り口がある。

 その道の両脇、土嚢の裏から銃撃を出来るように兵を配置し、道を突破しようとした兵を挟み込むように銃撃する。

「クロスファイア、所謂殺し間ってやつね」

「筒井城に向かうには此処を通るしかありませんから敵はここで渋滞をおこす筈です。

ですがそれでも時間稼ぎにしかならないかもしれませんね」

「織田が雪崩れ込んで来たらこんなダムじゃ受け止めきれないでしょうね」

 だがそれでいい。

此方の目的は撤収準備の時間稼ぎだ。

 今筒井城では迅速に撤収作業が行われている。

しかし共に行きたいという民が思ったより多かったため大幅に作業が遅れているのだ。

 敵の進軍を遅らせるため元忠たちが奇襲に向かったが……。

『はいさー、奇襲部隊より報告ー。敵先遣隊混乱、時間稼ぎに成功だよ』

 表示枠越しのてゐの報告に思わず安堵の溜息が出る。

「了解。奇襲部隊はそのまま筒井城に向かって。こっちは大丈夫だから」

 『おっけー』とてゐは親指を立てると表示枠が閉じられる。

「まあ、これで何とか……」

『問題が発生したわ』

 突然の永琳の報告に衣玖と顔を合わせ眉を顰める。

「問題って?」

『伊勢が…………陥落したわ』

 周囲が一斉に静まり返った。

 皆作業の手を止め、此方に注目している。

「……どういうこと? 前線部隊はまだ持ちこたえていたわよね?」

『ええ、前線部隊はまだ無事よ。陥落したのは伊勢の町、恐らく霧山御所も今頃は……』

「どうやって織田は伊勢の町を? 伊勢湾を通るにしても此方の艦隊がいた筈ですが」

 衣玖の質問に永琳は首を横に振った。

『伊勢上空に突如安土が現れたらしいわ。P.A.Odaは伊勢の町を爆撃後五万の軍勢を降下させたそうよ』

 突如空に現れた?

 いくらステルス障壁搭載艦だとしても全く気付かれずに伊勢上空まで来るのは無理だ。

「まさか空間移動?」

『恐らく。彼女の仕業ね』

「ま、待ってください! 安土は武蔵と同級……準バハムート級の航空戦艦ですよね!?

それを空間移動させるなんて……できるのでしょうか?」

 衣玖の言う通りだ。

 もともと無茶苦茶な奴だが、今回のは異常だ。

 全長八キロを超える物体を空間移動させるなど最早妖怪の領域ではない。

『確かに信じ難い事だけど事実よ。喚いても事実は変わらないわ。そして私たちが孤立した事も』

 永琳はそう言うと沈痛な表情を浮かべる。

 唯一の撤退路である伊勢を失った。

 北には約六万の織田軍、東は五万。

さらに西には三好家に南は鈴木家だ。

まさに四面楚歌という状況だろう。

「…………どうするの?」

『まだ考え中よ。秀忠公が招集をかけたわ。あなた達も直ぐに来て』

 「分かったわ」と頷くと表示枠が閉じられる。

 大きく溜息を吐き、周りを見れば兵士達が皆不安そうに此方を見ていた。

「あ、あの。俺らどうなるんですか?」

 そんなのこっちが知りたい。

 状況は絶望的。万が一にも勝ち目は無い。

だが自分は彼らの上に立つ存在だ。

だったら……。

「心配する事は無いわ。今回も万事上手く行く」

 そう言い、近くの台に乗ると皆を見渡す。

「いい? 私たちは今まで幾度も窮地に立たされてきた。でもその度窮地を脱してきたわ!

それは何でだと思う? 私たちが強いからよ!! 私たちは他の連中より力が、心が、結束力が強いから此処まで来れたの! だから自信を持ちなさい!!

それでも不安だっていうなら全部私に預けなさい! 皆ちゃんと無事に帰してあげるから!!」

 一気に言い切ると大きく深呼吸する。

 兵士達は皆顔を見合わせ、誰からとも無く頷き始めた。

「そう言われちゃあ頑張るしかないな!」

「おう! 俺達の底力見せてやろうぜ!!」

「Jud!!」

 皆それぞれの作業に戻り始め、その様子を見ると思わず口元に笑みが浮かぶ。

━━そうよ。こんな所で負けられないわ!

 台を降りると衣玖の横に立つ。

「後は任せた」

「はい。此方での作業が終了後私も筒井城に向かいます」

 衣玖に頷くと繋いであった馬に跨り、駆け出す。

 筒井城に向かう途中、上空を曳馬が通過するのであった。

 

***

 

 岸和田城から少し離れた屋敷の寝室で松永久秀は茶器を磨いていた。

 彼は時折茶器に息を吹きかけ、布で磨く。

 そして茶器が磨かれたのを確認すると満足げに頷き、自分の目の前に置いた。

その瞬間、天井に穴が開き埃が茶器に落ちる。

「…………」

 眉を顰め顔を上げれば穴から霍青娥が顔を出している。

「はろぉー」

 そう言い穴からおり着地すると此方と向き合うように座る。

 それを見届けると久秀は鞘から僅かに刀を抜き、刃を輝かせる。

「さて、死ぬ準備は出来たか?」

「ちょ、ちょっとなによいきなり?」

「なによとは何だ! 茶器に埃が付いたでは無いか!!」

 茶器を取ると直ぐに磨き始める。

それを青娥は半目で見ると訊いて来た。

「茶器と私、どっちが大切?」

「無論、茶器だ」

「じゃあ茶器と自分の命は?」

「茶器に決まってるだろうが。馬鹿か貴様?」

 青娥はますます呆れたような表情になる。

「……じゃあ、茶器と面白い情報。それも戦関連の」

 止まる。

 茶器を磨いた手を止め、視線だけを青娥に向ける。

 そんな此方の様子に青娥は苦笑すると表示枠を開いた。

そこには不変世界の地図が描かれており立体的な駒が幾つも浮かんでいる。

「P.A.Odaと徳川が開戦したわ」

「……ほう?」

 青娥は清洲にあった駒を伊勢に動かし、今度は伊勢に会ったこまを先ほどの駒と向かい合わせる。

「それから約一時間半。伊勢の町が陥落」

 伊勢に何処からとも無く取り出した大きな駒が置かれる。

「伊勢が落ちたか? この戦況で?」

「ええ、織田は安土を空間移動で伊勢上空に移動させたわ。おかげで徳川軍は大混乱。筒井城は孤立するし、伊勢前線部隊は挟み撃ち」

 それは……面白いな。

「徳川はどう動いた?」

「久秀さんはどう動かす?」

 そう訊かれ岡崎にある駒をまず清洲との国境に動かす。

 それから伊勢湾上に置いてあった駒を伊勢前線に動かし、回収させる。

「当たり。徳川軍は岡崎城の本隊を北上させ清洲国境上に布陣。それで伊勢の戦いが止まった隙に航空艦隊で撤収作業を開始。

伊勢を放棄するのね。

で、問題は筒井だけど……」

 筒井は黒の駒で完全に囲まれており逃げ道は無い。

「普通であれば詰みであるが……」

 だが筒井にいるのは徳川秀忠に最近噂の天人少女。

このまま終わりはしないだろう。

 この状況、打開する可能性があるとしたら……。

「徳川は鈴木と停戦していたな」

「鈴木が援軍を出すとでも?」

「いや、それはないだろう。だが徳川と敵対もしないだろう。そこが重要だ」

 そう言い口元に笑みを浮かべると青娥も「成程」と笑みを浮かべた。

「長慶の奴はどうしておる」

「三好家は様子見するみたいよ」

「クク……やはり日和ったか。せっかく愉快な事が間近で起きているというのに」

 茶器を棚に仕舞い立ち上がる。

「やはりわしがおらんと世界はつまらなくなりそうだ!」

「じゃあ、ついに?」

 青娥の言葉に頷く。

「青娥よ。奴等と連絡を取れ。今夜には動く」

「あいつ等胡散臭いけど良いの?」

「やつ等が此方を利用するなら此方も利用すれば良いだけの事」

 そう言うと青娥も立ち上がり笑みを浮かべる。

 そして櫛を取り出すと壁に刺し、大きな空間の穴を開けた。

「じゃあ連絡してくるわ。それまでは芳香ちゃんを貸してあげるわ」

 青娥は手を振り穴の中に入って行くと途中で立ち止まる。

そして自分の口元に指を当てると冷たい笑みを浮かべた。

「久秀さん、貴方、今凄く良い表情をしているわよ」

「貴様もな、邪仙め」

 穴の中に青娥が消え、穴が閉じられると寝室の戸を開ける。

 外から入ってくる冬風を浴びながら心が躍っていることを感じた。

「やはりわしも戦国武将。大人しくはしてられぬか」

 そう笑うと手を掲げ、空に浮かぶ太陽を握りつぶすのであった。



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~第十八章・『黒き鋼の戦車隊』 大地を揺らして (配点:導力戦車)~

「ぎゃ、ぎゃああ!!」

 男が吹き飛び、近くの木に叩き付けれる。

 衝撃で木が折れ、男は白目を剥いて倒れると武器を持ち簡易的な鎧を着た三人の男達が一人の男を取り囲んだ。

 取り囲まれた男はオレンジ色の髪を持ち黒いスーツにサングラスを掛けていた。

 彼は一度吹き飛んだ男の方を見ると退屈そうに欠伸をする。

「て、てめえ! ふざけやがって!!」

 男の一人が刀をつき付け怒鳴る。

それに続いて他の男達も手に持っていた武器を構えた。

「この野郎!! 生きて帰れると思うな!!」

 男達が凄まじい剣幕で怒鳴るがスーツの男は小さく呟く。

「あぁん!? なんだ!! 何言ってやがる!!」

 男が眉を逆立て、顔を近づけるとスーツの男が睨みつけた。

「雑魚がウゼーんだよって言ってんだよ!!」

 直後両者の間に衝撃が生じ男の鎧が砕ける。

 衝撃のあまり周囲の地面が割れ、男が吹き飛びあっと言う間に姿が見えなくなった。

 それを見た二人の顔が青ざめる。

「……ひ、ひぃ!?」

 二人は慌てて距離を離し、逃げようとするがそれよりも早くスーツの男が回りこむ。

 彼は口元に笑みを浮かべると首を回した。

「おいおい、喧嘩売ったんだったら最後までやろう……ぜ!!」

 突風が起き、二人の男が遥か上空に吹き飛んだ。

 それを見上げ、二人がどこかに落下するのを見届けるとスーツの男が大きく溜息を吐く。

「何時までそこで見てる気だ?」

「フフ、やはり気がついていたかね」

 木の裏から仮面を着けた青髪の男性が現れ、彼は口元に笑みを浮かべると持っていたステッキを地面に突き刺した。

「当たり前だその距離で俺が気がつかないとでも思っていたのか<<怪盗紳士>>」

「まさか、愚かな者たちが破滅する美しさを見学しようと思っていたが……まあ、こんな結末もありだろう」

 そう言う彼に溜息を吐くと胸のポケットから煙草を取り出した。

そして火を点けると煙草を銜える。

「で、何のようだ?」

「君をスカウトしに来たのだよ。<<身喰らう蛇>>執行者No.8<<痩せ狼>>ヴァルター、君をね」

 ヴァルターは眉を顰めると煙草の灰を捨てる。

「例の招集の件か……。悪いが今の俺は結社から距離を離していてな、招集に応える気はねえ」

「ああ、その件なら私も君と同じでね。今日は別件だよ」

 「別件?」とヴァルターは視線だけをブルブランに送る。

 「そうだ」とブルブランは頷くと木にもたれ掛かった。

「今私は、ある人物の元で働いていてね。私のクライアントが君を呼んでいるんだよ」

「ほう? てめえを雇うとはどんな物好きだ?」

「フフ、訳あってその人物の名は明かせない。だがそうだね、しいて言うなら<<L>>なんてどうかな?」

「<<L>>だと……? まさか!!」

「ああ、君も知っている彼だよ」

 そう言うとブルブランは笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

 午後十二時半。

 岡崎・清洲国境で徳川軍の本隊と織田軍の主力が戦を行っていた。

徳川軍は約二万の部隊を集結させており、それに対して織田軍は七万の軍勢を布陣させていた。

 徳川軍は織田軍に対して航空艦の数と兵力は圧倒的に劣っていたが、兵の士気は高く奮戦していた。

 特に中央の戦況は姉小路兵の活躍が目覚しく、圧倒的な兵力差の中敵軍を押し返している。

 その様子をアリス・マーガトロイドは中央後方からゴリアテの肩に乗り、見ていた。

 ゴリアテは対艦攻撃用の長砲を手に持ち、他の武神隊と共に遥か遠くに布陣している敵の航空艦隊に砲撃を行う。

「中央、なかなか良い感じさね!」

 ゴリアテの隣で此方と同じように長砲から砲撃を放っていた地摺朱雀の肩に乗る直政がそう言う。

「ええ、皆徳川に恩義を感じているからね。少しでも恩返しをしたいのよ」

 その思いは自分も同じだ。

恐らく前線で戦っている魔理沙もだ。

「だけど、少しずつ被害が増えてきたさね」

「やはり数の差が厳しいわね」

 どうも妙だ。

 敵は先ほどから数に物を言わせた力押しを繰り返しており、それに対して徳川軍は防御主体で敵の戦力を削る事に専念している。

 だがこんな物だろうか?

 織田がこのような安直な戦いをするだろうか?

 たしかに徳川軍の被害は増えているが織田軍はそれ以上に被害を受けている。

この織田軍の動き……まるで此方を試し、何かを待っているかのような……。

 そう思案しながら前線を見れば奇妙な事が起きていた。

 織田軍の前線部隊が一斉に後退を始めたのだ。

「敵が……引いた?」

 何故だ?

 敵にはまだ十分に余力がある。

このタイミングで引いたとなると何か裏がありそうだ。

「書記!」

『ああ、分かっている。前線部隊はそのまま、此方は武蔵を前進させる』

 後方に待機していた武蔵が前進し、此方の上空を通過する。

 それに対して織田艦隊から砲撃が来るが重力障壁よって弾かれ、上空で幾つもの爆発が生じる。

 その際の衝撃波で髪が乱れ、ゴリアテの肩に掴る。

━━武蔵が前進すれば敵に対して大きな牽制になる筈だけど……。

 違和感を感じた。

 正面上空。

織田艦隊の正面、先ほどまであった雲がなくなっており歪んでいた。

 歪みは徐々に大きくなり、漆黒が広がり始めた。

 漆黒は徐々にその輪郭を現し始め、やがて一隻の長大な船が現れた。

 漆黒の装甲を持つ航空艦は長方形に近い形をしており、その側面には百を超える内蔵式の砲台を持つ。

 また艦底部には大型の三連装流体砲が十五門装備されており、徳川艦隊を狙っている。

「なんて……大きさなの」

「ありゃあ、戦列艦さね。P.A.Odaめ、こっちに来てからあんな物を作っていたとはね」

 敵の戦列艦の出現により徳川の魔女隊が急遽撤退し、両者はにらみ合う形となった。

 

***

 

 徳川艦隊後方で待機していた浜松から家康は敵の新型艦が現れたのを見た。

「敵艦の全長はおよそ五キロメートル。ジズ級の戦列艦です!」

「康政、あれがどれ程の力を持っているか分かるか?」

 そう表示枠に映る榊原康政に訊くと彼は冷や汗を書きながら顎に指を添えた。

『見たところ装甲は鉄甲船と同様の物を使用。その上であの砲数。あれ一隻で一艦隊分の戦力がありそうですなあ』

 あのような物を持っていたとは……。

 安土が伊勢に布陣したため清洲にいるのは通常の航空艦のみであると判断していた。

 だが敵はあのような切り札を持っていたのだ。

「敵艦より通神です!!」

「繋げろ」

 通神兵に指示を出し、正面の大型表示枠に魔人族の男が映った。

『お初にお目にかかる。P.A.Oda所属第三艦隊艦隊指揮官、九鬼・嘉隆で御座います。徳川家康殿で御座いますな?』

「いかにも、徳川家当主徳川家康だ。お会いできて光栄だ。異界の水軍長よ」

 『Shaja.』と嘉隆が頷くと表情を改める。

『即刻、降伏なされよ。伊勢を落とされ筒井の軍と分断された今、其方に勝ち目は無い。

無駄な血を流さず降伏すれば家臣と民の命は保証します』

「気遣い感謝する。しかしこれは我等一同、心を一つにして決めた事。降伏などありえぬ」

 此方の返答を聞き嘉隆は残念そうに目を伏せる。

『残念です。では、此方ももう容赦は致しますまい』

 表示枠が閉じられると同時に立ち上がり、指示を出す。

「来るぞ!! 全艦防御体勢!!」

 直後、前方から砲撃の嵐が来た。

 百を超える実体弾と四十五を超える流体砲激が放たれ、徳川艦隊に襲い掛かる。

 その砲撃を防ぐため武蔵が障壁を展開するが受け止められたのは半分程度で、残りの半分は障壁を通過し、後方の艦隊に襲い掛かる。

 強烈な衝撃を受け手すりにつかまり何とか堪えるが、右舷側に居た航空艦が船体の中央を流体砲撃に穿たれ、爆発した。

「被害状況は!!」

「二番、三番、六番撃沈!! 残りの艦も損傷甚大です!!」

━━たった一度の砲撃でこうも容易く崩されるか!!

 現状では敵艦隊に勝ち目は無い。

これ以上此処で戦うのは無理だろう。

「全軍に伝えろ! 第二防衛線まで後退! そこで体勢を……!!」

「敵軍後方から何かが!?」

 望遠映像が映され、織田の陸上戦士団が映る。

 彼らは軍を二つに分け、間から何かが現れた。

「…………なんだ、あれは?」

 織田軍の間から現れたそれは陸を走り、鋼の装甲を持つ車であった。

 十二両の黒色の装甲車は横一列に整列すると一斉に全身を始めた。

一列に並び、大地を砕きながら進むそれはまるで鋼の津波のようである。

「まさか……導力戦車か!?」

 「そうだ」と肯定するかのように導力戦車隊が一斉に砲撃を行い、徳川の前線部隊が吹き飛んだ。

 

***

 

 本多・二代は徳川軍の中列で休憩していた。

 彼女は本多忠勝の部隊に所属し、先ほどまで前線で戦っていたのだが流石の忠勝隊も連戦に次ぐ連戦で消耗し、一旦交代する事となった。

 その為現在はこうやって組み立て式の椅子に座り後方の補給物資箱に入っていた大きなおにぎりを食べていたのだ。

「二代よ。しっかり休んでいるか?」

 横を向けば忠勝が立っており、兜を脱いでいた。

「Jud.、 拙者としてはまだまだいけるで御座るが忠勝殿の言いつけを守っているで御座るよ。忠勝殿はいつも正しいで御座るからなあ」

 そう言うと忠勝は笑い、此方の横で胡坐を組んだ。

「別に某はいつも正しい事をしているわけでは無い。ただ己のできる最善を尽くしているだけだ」

 うむ。流石は忠勝殿。しっかりしてるで御座る。

 父も忠勝の名を襲名し色々と凄まじい人間であったが人格面ではこの本物の忠勝殿のほうがしっかりしているのではないだろうか?

 父上はよく鹿角殿に怒られていたで御座るからなあー。

 それもわりと日常生活で。

 そう思い一人で頷いていると忠勝が訊いて来た。

「ところでその握り飯、どこにあったのだ?」

「これで御座るか? これなら後方の補給箱に入っていたで御座るよ」

・立花嫁:『………は? ちょっと待ってください? それ青い箱でしたか?』

・蜻蛉切:『Jud.、 青い箱で御座ったが、それがどうしたで御座るか?』

・立花嫁:『それは私が宗茂様の為に作ったおにぎりです!! ちゃんと紙に名前が書いてあったでしょう!? どうして食べるんですか!!』

・蜻蛉切:『あー、それで御座ったら包みを開けたときに風で飛んでしまった出御座る。いや、これは悪い事をした。半分齧って食べかけで御座るが今から宗茂殿に渡してくるで御座る』

・立花嫁:『やめて下さい! 宗茂様にそんな汚物を渡さないで下さい!! もういいですから、それあげます!』

・蜻蛉切:『流石は誾殿! 優しいで御座るなあ』

・立花嫁:『こ、この女……!!』

 何故誾殿は怒っているのだろうか? もしかしてお腹が空いているので御座ろうか?

 そう首を傾げていると地面が揺れている事に気がついた。

「地震で御座るか?」

 揺れは徐々に大きくなってゆき、低い何かの駆動音のようなものが聞えてき始める。

「いや、違う……これは!!」

 忠勝が兜を被り、立ち上がる。

 それと共に立ち上がった瞬間、周囲に爆発が生じた。

 轟音と共に大地が砕け、土埃が舞い太陽を遮る。

 前線の兵たちが陣形を崩し、後退し中列の部隊と入り混じる。

その人の波の合間から黒い鋼の車が見えた。

「……導力戦車か。実物を見るのは初めてだ」

「Jud、 拙者たちの世界にもあんな物は無かったで御座るよ」

 忠勝と目を合わせ、頷く。

 そして二人はほぼ同時に敵に向かって駆け出した。

 

***

 

 忠勝は撤退する味方の間を抜けると正面から迫ってくる導力戦車を見る。

 戦車は此方をひき潰そうと速度を速め、土埃を舞い上げていた。

━━なんという迫力よ!

 武神とはまた違う鉄の壁が迫って来る迫力。

 なるほど、これは陸戦において強力な兵器となろう。

「二代! 正面の戦車の足を割断せよ!」

「Jud!!」

 二代が“翔翼”を展開させ戦車隊の前に飛び出し構える。

 蜻蛉スペアの刃に映すのは戦車の車体では無く履帯だ。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 履帯を割断された戦車はバランスを失い地面の上を滑り始める。

そして隣の戦車に激突すると互いに黒煙を上げ、停止した。

 その様子に他の戦車が気を取られている隙に駆け出した。

 確かに敵は鋼の装甲を持ち、強力な砲を持つが近接戦闘用の武器を所持していないという弱点がある。

━━肉薄すれば此方のもの!!

 正面の戦車が此方に気がつき主砲をこちらに向ける。

『馬鹿め!! 正面から来るとは!!』

 戦車は動きを止め、此方を正確に狙う。

 向けられる砲。

その鋼の筒を注視しながら駆ける。

━━来るか!!

 そう思った瞬間に横へ跳躍した。

 それに僅かに遅れて砲弾が自分の横を通過し、後方で地面に当たり弾けた。

『そ、そんな馬鹿な!? 見てから避けやがった!?』

 戦車は慌てて後退しようとするが遅い。

 敵の後退よりも早く跳躍し飛び乗ると主砲に掴る。

「さて、どうしたものか?」

 戦車に飛び乗ったもののこの鉄の塊をどう無力化しようか?

 そう悩んでいると上空から魔理沙がやって来た。

「おい、おっさん! そんな所で何やってんだ!?」

「おお、魔理沙殿か。この戦車をどうやって仕留めるか考えていたのだ。某の蜻蛉切は二代のように敵を割断できぬからな」

 「神格武装、某も欲しいな……」と思っていると魔理沙が懐から金属の筒を取り出し、此方に投げ渡してくる。

「それ、私特製のマジックボムだ。威力は保証するぜ!」

 そう言うと彼女はウィンクをし離脱して行く。

「ふむ?」

 手に持つ金属の筒を見、戦車の上部のハッチを見る。

 そして頷くと重い鉄のハッチを開き、中に筒を落とした。

『あ? ちょ? これぇ!?』

 直ぐに戦車から飛び降り距離を離すと鋼の車が中から爆発し、炎上した。

「おお、見事だな」

 そう感心すると上空に閃光弾が上がった。

 赤色の閃光弾は撤退を知らせる合図であり……。

━━これ以上はもたぬか。

「二代! 下がるぞ!!」

「Jud!!」

 別の戦車を相手にしていた二代と共に撤退を始める。

 それを戦車隊が狙うが上空から魔女隊の攻撃を受け、敵も後退を始めた。

 こうして清洲国境での戦いは徳川の後退と言う形で幕を下ろしたが織田軍も被害を受け、両者は一旦態勢を整えるのであった。

 

***

 

 午後一時。

 筒井城の評定所では緊急の作戦会議が開かれており、皆難しい顔をしていた。

「さて、もう一度現状を確認しよう。

現在筒井には北と東から敵軍が迫ってきており、両軍合わせて八万の軍勢だ。

一方此方の戦力は総動員して二万。航空艦は六隻に輸送艦が十五隻」

 徳川秀忠の言葉に筒井順慶が頷く。

「輸送艦は十隻を民及び兵の撤収用に回しており、残りの五隻は物資輸送用だ。

撤収作業は八割完了。あと一時間で終わるだろう」

「ですが退路が断たれ、私たちの撤退は絶望的です」

 永琳の言葉に皆沈痛な表情になる。

「他の戦況は?」

 そう天子が訊くと永琳は頷き、表示枠を開き地図を出す。

「伊勢は陥落しましたが伊勢の前線部隊は無事撤収。

霧山御所にいた北畠具教達は脱出した様ですが消息は不明です。

一方、岡崎の戦況ですがこの兵力差の中良く持ち堪えています。

現在は第二防衛線まで後退し織田軍を食い止めています」

「どちらにせよ救援は望めないわね」

 どこも守るので手一杯で安土の居る伊勢の奪還など不可能だろう。

「敵もそれを分かってコレを送ってきたのだろうな」

 コレとは先ほど織田から通神で送られてきた降伏勧告だ。

そこには徳川秀忠と比那名居天子の身柄を引き渡せば命の保証をすると書かれており。

猶予は一日だ。

「ところで何で私も引渡し対象なのかしら?」

「確かに、秀忠公に比べて貴女の価値は低いわよね」

「おい」

 半目で永琳を睨むと彼女は苦笑する。

それから表情を改めると此方を見た。

「まあ、大体の予想はつくわ。敵が貴女を欲している理由、それはその緋想の剣よ」

「……やっぱりそうよね」

 腰に差している緋想の剣を見る。

 敵にとって欲しいのはこの剣と剣の担い手である自分であろう。

━━まったく、一体何なのよ? あんたは?

 そう心の中で訊くがこの相棒が答えてくれる筈も無く、溜息を吐く。

「秀忠さんはどうするの? 私は降伏なんて御免だけど」

「私も同じだ。だが、現状打開策が無いのがな……」

 このまま篭城し死を待つのか、それとも降伏か。

「あれは? 例の城を隠すやつは出来ないの?」

「先月貴方達が思いっきり暴れてくれたおかげで無理よ」

 さていよいよ打つ手がなくなって来た。

 どうしたものかと皆思案顔になっていると永琳が何かを思いついたように小さく頷く。

そして暫く目を伏せていると手を上げた。

「一つ。案があるわ」

 皆が注目すると彼女は先ほどの地図を拡大し、紀伊半島を映す。

「敵は北と東から来ます。西は我々と敵対している三好家。南は鈴木家ですが鈴木家とは先日停戦協定を結びました」

「まさか、鈴木家に救援を求めるのか?」

 順慶の言葉に永琳は首を横に振る。

「いいえ、救援を求めたとしても鈴木家はそれを断るでしょう」

「だったらどうするのよ?」

「……鈴木領を強引に抜けて撤退します」

 その言葉に皆顔を見合わせる。

 鈴木家の領地を強引に抜けるなどまたとんでもない案だ。

 撤退路は伊勢を経由するのよりも長く、さらに鈴木家が通してくれるとは限らない。

「ええ、確かに鈴木家はただでは通さないでしょうが本気で私たちとやりあいたくも無いでしょう。

そこで事前に鈴木家に連絡し打ち合わせ、鈴木家領内で短時間交戦します。

そして敵に“徳川を止めた”と言う事実を与えたらそのまま一気に太平洋に出ます。

その後は南回りで伊勢湾を抜け、浜松に撤退する。

これが私の作戦です」

 たしかにこれならば比較的安全に撤退は出来るが……。

「鈴木家が乗るかしら?」

「そこは交渉次第だけれども鈴木家も私たちと本気でやりあえばただでは済まないことを理解していると思うわ。織田ともね。

だから打ち合わせ通りに交戦し、織田に対する言い訳を与えて通してもらう」

「どの道戦いはあるって事ね」

 やれやれと肩を竦めるが大分希望が見えてきた。

「では、鈴木家との交渉は私がやろう。先方とは面識があるからな」

 そう順慶が頷くと秀忠も頷く。

「私は父と連絡を取ろう」

「じゃあ私は撤収作業の指揮を執るわ。三好を牽制しに行ったミトツダイラにも連絡しなきゃね」

 そう言うと皆顔を見合わせ頷く。

「撤退開始は明日の夜明けから。夜闇み紛れて筒井を離れましょう」

 その言葉に皆もう一度大きく頷くのであった。



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~第十九章・『昼下がりの会議者』 それぞれの道 思惑 (配点:岡崎会議)~

 

 午後二時。

 八雲紫は安土の甲板上にテーブルと椅子を置き、紅茶を飲みながら表示枠の操作を行っていた。

 眼下に広がる伊勢の町は完全に沈黙しており、各所で黒煙を上げそんな町を囲うように数多くの航空艦が滞空している。

 送られてきた最新の戦況報告に目を通すと紫は一息を吐きカップに入っていた紅茶を飲み干す。

「……ここまでは万事順調」

 北畠の当主達を捕らえられなかったが霧山御所は陥落し徳川の前線部隊は岡崎まで撤退。

 伊勢地方は完全に織田が掌握した。

 後は筒井城の徳川軍を潰し、岡崎城を押さえれば徳川を完全に無力化できるだろう。

『紫様。たった今第五艦隊が第三艦隊に合流しました』

 表示枠に映る藍からの報告に頷く。

 伊勢にいた徳川軍が岡崎に撤退したため、陽動として動いていた第五艦隊を第三艦隊に合流させた。

 これにより岡崎方面にP.A.Odaは十万近い兵力を集結させたことになる。

「ご苦労様。こっちは順調よ。筒井の徳川軍に降伏勧告を突きつけたけど……まあ跳ね除けるでしょうね」

『なぜ一気に潰さないのですか? 兵力も技術力も此方が勝っています』

「そうね。数値的には此方が上。でも戦においては数値には表せない不確定要素があるわ。それは何だと思う?」

 首を傾げる藍に微笑むとカップに再び紅茶を注ぐ。

「“思い”よ。人の思いは時に予測できない……驚異的な力を発揮するわ。徳川軍の士気は高く、現に岡崎では私たちを何度も押し返している。

決して慢心してはいけないわ」

 まして筒井城にはあの娘がいる。

 人々の思いを紡ぐあの剣を持つ少女が。

━━まさかあの娘が鍵とはね……。

 我々が知ったこの世界の秘密。

そこに最も近いところにいる人物が何も知らない少女だとはなんとも皮肉だ。

『そうでしょうか? 私には良く分かりません……』

「フフ、貴女ももっと人と接すれば分かるわ」

 そう“思い”の強さを知るからこそ容赦はしない。

真綿で首を絞めるようにじわじわと、かつ確実に敵を仕留める。

『そちらはどうする気ですか?』

「恐らく敵は諦めていない。だけど私たちに勝てないことも分かっている」

 だったら取る手は限られてくる。

『退却ですか……? ですがどこに?』

 北と東は我々が布陣し、西は三好。ならば……。

━━彼女ならやりかねないわね。

 敵にはあの八意永琳がいる。

 念には念を入れるべきだろう。

 そう判断すると表示枠を開き安土に待機している艦に繋ぐ。

『なんでしょうかー? いまから昼寝しようと……いや、休憩しようと思っていたのですが?』

 なんだかやる気の無い艦長に苦笑すると通神で即席の作戦を送る。

「貴方達にやってもらいたいのだけれど」

『んー、まあやれるんじゃないですかあ? 分かりませんけど』

 あいまいな返事をする艦長に礼を言うと表示枠を閉じる。

━━うちって割と人材不足なのかしら……?

 いや、ああ見えて優秀なのかもしれない。多分。

「ともかく……」

 カップを持ち立ち上がると表示枠に映る藍を横目で見る。

「そっちは任せたわ。慢心はしないように」

『分かりました。ではまた後ほど』

 表示枠が閉じられると紫は紅茶を一口飲む。

そして冷たい視線で町を見下ろす。

「悪いけど一切手は抜かないわ。例え同郷の者だとしてもね」

 そう言うとカップに入っていた紅茶を甲板から零すのであった。

 

***

 

 午後三時。

 岡崎城では最前線からの怪我人が次々と送られて来、城では収容が出来なくなった。

その為城の外にも臨時の野戦病院が建てられ近隣の村人や医療知識を持つ武蔵の生徒たちが慌しく駆け回っていた。

 そんな中、エステル達もけが人の搬送を手伝い怪我の度合いの軽い兵であれば導力魔法で治療を行っている。

「ふう……」

 腕を怪我した兵に回復魔法をかけ終わったエステルが一息つき、額の汗を拭うと周りを見渡す。

 今自分のいる地区は比較的軽症の人たちが運ばれてくる場所だが治療を行っている人々が慌しく動いておりここでこれだけ忙しいのなら重症の人々の地区は大変な事になっているのだろう。

「エステル、少し休憩をした方がいいよ」

 医療品が入った箱を運んでいたヨシュアに声を掛けられ頷く。

「うん。でもみんなを見てると私も何かをしなきゃって思っちゃって……」

「……そうだね。でも無理をしていざって時に動けなくなったら本末転倒だ」

 ヨシュアの言うとおりだろう。

 戦争の気に当てられ少し冷静さに欠けていたらしい。

「冷静さを失うとああなるから」

 ヨシュアの指差す先を見ればそこでは妖夢が箱の上に乗り刀を引き抜き天に掲げている。

「悪鬼信長! 討つべし! 討つべし!」

 「「おお!!」」と周りの兵たちも盛り上がり医療地区の一角に変な集団が出来ている。

「あ、あははは…………止めてくる」

 そう言い妖夢の元に向かおうとした瞬間、幽々子が現れた。

「エステルにヨシュア、話があるのだけれど……あの子何をやっているの?」

 そう微笑みながら妖夢を指差す幽々子に苦笑するとヨシュアと顔を見合わせるのであった。

 

***

 

「その……なんというか……さっき見たことは忘れてください」

 顔を真っ赤にし俯く妖夢に幽々子は慈愛の表情を送ると何度も頷いた。

「そうよね。妖夢も女の子だものね」

「いや!? なんですか!? その良く分からないリアクション!?」

 「まあまあ」と幽々子は妖夢を宥めると表情を改め皆を見渡す。

「本部から連絡があったわ。内容はこう“遊撃士協会武蔵支部は即刻徳川より退去せよ”」

「それって……」

 武蔵を見捨てろという事か!?

 何故そんな命令が来たのかは分かる。

 徳川の敗戦は濃厚でこのまま武蔵に残れば戦いに巻き込まれる可能性がある。

そして現状私たちは戦いに介入できないのだ。

「それでね、あなた達の意見を聞きたいのよ」

「意見……ですか?」

 ヨシュアの問いに頷くと幽々子は近くの木箱に腰掛ける。

「本部の指示は私たちの撤収だけどこの指示には続きがあってね、“ただし現場の遊撃士の意見を尊重する”とあるわ」

「つまり私たちに残る意思があるならば武蔵に残留できると?」

 幽々子は妖夢の言葉に頷く。

「これは本部が貴方達を信頼しているからこその命令よ。織田がここ岡崎まで来れば戦いに巻き込まれるだろうし、その際の本部からの援護は受けれられない。

だから一人一人、自分の意志で決めて」

 皆沈黙する。

 ここで残る事を宣言しもし織田軍と戦いになれば遊撃士協会その物の立場が危なくなるかもしれないのだ。

 自分達の行動一つ一つが遊撃士協会の未来を左右するといっても過言じゃない。

 だが……。

「私は残るわ。このまま徳川の人たちを見捨てる事は出来ない」

「そうですよね! ここで見捨てたら何のための遊撃士ですか!!」

「僕も二人と同意見です。それに本部の方でももう動きがあるんじゃないですか?」

 三人の返答に幽々子は嬉しそうに目を細めると頷く。

「今回の件、P.A.Odaはやり過ぎだわ。姉小路家を使った策謀、無防備な市民がいる伊勢の町への攻撃、そして<<結社>>と関係がある可能性がある事。

それらを踏まえて遊撃士協会によるP.A.Odaへの大規模介入の可能性が出てきたわ。

その一環として今から私は徳川家康公に会いに行くわ」

 織田への大規模介入。

この不変世界において「支える篭手」の紋章を掲げるのは初めての事だ。

それだけこの事態が深刻であるという事だろう。

「家康さんに会うって……どうして?」

「現状徳川単独では織田を止められないわ。だから遊撃士協会が仲介役となって織田包囲網を作ろうという事になったわ」

 「全く、大任よね」と幽々子は空を見上げ目を細めるのであった。

 

***

 

 午後三時。

 遊撃士協会支部長から連絡を受けた家康は葵・トーリとホライゾン・アリアダストを連れ岡崎城に戻った。

 これから織田包囲網の話し合いをするから本多・正純も誘おうと思ったのだが何故か周りから一斉に反対され彼女は呼ばなかった。

ちなみに「まあ正純様に話し合いをさせたら話しの内容がいつの間にか織田包囲網から徳川包囲網になるでしょう」と言ったのはホライゾンだった。

 家康たちは岡崎城の天守に集まると表示枠の群れと向かいあう。

表示枠には聖連盟主インノケンティウスをはじめとし、甲斐連合当主武田信玄、浅井家当主浅井長政、朝倉家当主朝倉義景、そして最後には足利将軍家から将軍足利義輝が参加している。

 こちらと彼らの間に入るように西行寺幽々子が座り目を伏せている。

『さて、こうやって一同が顔を合わせるのは久しぶりだ。そうは思わないか?』

 最初に口を開いた教皇総長の言葉に皆頷く。

「一度は織田についた身でありながら話し合いの場を設けていただき、感謝いたします」

 家康が頭を下げると浅井長政が頷いた。

『なんの、家康殿の事情は知っております。共に義兄上、いや、信長の悪行を止めましょうぞ!』

『ふん、どうだか。実は今も信長と通じておるのではないか?』

『そうであれば一番最初に織田に食われるのは浅井・朝倉、貴国等であろうよ』

 場はあっと言う間に険悪になり互いに牽制しあう。

 包囲網に参加するといっても皆思いはバラバラであり特に大国武田は何を考えているのかが分からない。

━━さて、どうしたものかな?

 どう切り出そうか? そう悩んでいると珍しく服を着ているトーリが手を上げた。

「なあおっさん達。喧嘩してねーでさっさと話し合い始めようぜ?」

『な、なんだこの無礼な餓鬼は!?』

 義景がそう眉を顰めるとトーリは口元に笑みを浮かべる。

「俺か? 俺は葵・トーリ、世界征服をする男だぜ!」

 親指を上げウィンクする彼に皆絶句すると教皇総長はやれやれと溜息を吐いた。

『相変わらずだな小僧』

「おう、おっさんも元気そうじゃねーか」

『教皇総長だ、教皇総長!』とツッコミを入れるとインノケンティウスは表情を改める。

『だがそこの馬鹿の言うとおりだ。そろそろ本題に入ろうじゃないか。

ここに集まった我等は皆共通の敵を持つ。それは言うまでも無く織田信長、そして彼が従えるP.A.Odaだ。

遺憾ながらやつ等の勢いは凄まじく我々が単独で動いていたら各個撃破されるだろう』

『故に我等は手を組み全方位から織田を牽制する。現に織田は徳川と戦い始め西側への攻撃の手を緩めている』

 先ほどまで黙っていた義輝の言葉に皆頷く。

『いかに広大な領土、大軍を所有していても一国でその全てを守る事は出来ない』

 そう言ったのは武田信玄だ。

彼の言うとおり織田は現在尾張・美濃・畿内の三国を制圧し広大な領土を得ているがその分守る場所が増えたという事になる。

『だが嘗て我等は信長に包囲網を敷いたが敗れた。今回もそうでは無いのか?』

『それはどうでしょうか? 昔はこのように通神という連絡手段が無く各国が連携できなかったためその隙を突かれ我等は敗北しました』

 『わしも死んじゃったしなー』とおどける信玄に皆苦笑すると長政は続ける。

『ですが今は違います。各国は互いの状況を即座に連絡でき連携し易い。そして前回との最大の違いは家康殿、貴殿が織田信長の敵となっている事です』

「確かに、嘗ての包囲網において織田は背後を常に守られた状況であった。だが今回は我等徳川家が敵の背後を脅かしている」

 安全な場所があるのと無いとでは心理的に大きく違うだろう。

特に背後に敵がいるということは敵と向かい合うよりも脅威がある。

『Tes.、 ではこの同盟の大切さが分かったところで徳川には条件をつけようではないか。なあ、おい?』

 

***

 

 やはり来たか。

 そう家康は思った。

 どんな所にも駆け引きは必ずあり、弱者は強者に搾取される。

この場合弱者は我々徳川家だ。

 徳川家は聖連を脱退しておりついこの前まで彼らと敵対していたのだ。

「……条件とは?」

『まずは駿河北部を武田家に割譲。次に徳川は聖連所属国に対して謝礼金として毎月収益の五割を上納しろ』

 嫌な汗が頬を伝わる。

 教皇総長の言っている事は実にシンプルだ。

 助けて欲しければ土地と金をよこせ。

土地の方は武田を動かすための条件だろう。

 織田包囲網に所属しなければ我等は負ける。

しかし所属してもその先は苦しい未来が待っている。

 さてどう切り返したものかと悩んでいるとトーリが口元に笑みを浮かべる。

「相変わらずねちっこいなー、おっさん」

『だから教皇総長と呼べと……まあいい。

ねっちこいとは失礼だな徳川は先日まで織田の同盟国、我等の敵であったのだ。

条件をつけるのは当然であろう』

 その言葉に「確かに」と頷いたのはホライゾンだ。

彼女はいつの間にか取り出していた湯飲みに入った茶を啜ると教皇総長の方を見る。

「流石は人に無実の罪を被せた挙句、監禁して人の体を透視して処刑しようとするだけは有りますね。ナイスな傲慢っぷりだと判断します」

『誤解されるような言い方をするなぁーーー!!』

 ホライゾンは「まあまあ」と教皇総長を宥めると湯飲みを畳みの上に置く。

「ホライゾン寛容なので過去の事は水に流すとして、ホライゾンは不当な条件を突きつけられる事を拒絶します」

『不当だと!? 貴様らが織田と同盟を組んでいたのは事実だろうが!!』

 怒鳴る義景にホライゾンは頷く。

「Jud.、 確かに徳川家は織田の同盟国でしたがだからこそ今、皆様が無事であるとも言えるのでは?」

『ほう……どういう意味だ?』

 義輝は興味深そうにホライゾンを見る。

「我々が織田と同盟しウチの貧乳天人共が伊勢や筒井でヒャッハーしたおかげで織田の侵攻を大きく遅らせることが出来たのでは?」

『成程。同盟国の徳川が織田に蓋をするように勢力を伸ばしたため織田は思った以上に勢力を伸ばせなかったということですね』

 「ナイスですイケメン大名」とホライゾンが親指を上げると長政は苦笑する。

『そんなもの結果論だろうが』

「結果は結果。現在皆様とこう会議が出来るのはその結果があったからだと判断しますが?」

 ホライゾンに言葉を返され教皇総長は『フン』と鼻を鳴らす。

『それで? 自分達の正当性を主張し何を要求したい?』

 ホライゾンの返しのおかげで交渉の余地が出来た。

このチャンスを逃すわけにはいかない。

「まず領地の件、これは了承しましょう。ですがその前に武田が必ず織田の岩村城を攻撃する事が条件です」

『ほう? 我等が動かぬと言いたいのか?』

「その可能性はあるでしょう。現状織田の脅威が最も少ないのは貴国だ。

包囲網に参加し、諸国を現せ弱らせたところを一気に持って行く。

私の知っている信玄公ならその位やりますが? 違いますかな?」

 信玄は何も言わず目を細める。

そして愉快そうに笑うと頷いた。

『やはり御事を家臣に出来なかった事は我が最大の失態よ。よかろう、岩村城、必ず落としてみせよう』

 「感謝いたす」と頭を下げると今度は教皇総長を見る。

「謝礼金についてですが伊勢を失った我等が収益の五割を上納するのは不可能。

そこで収益の二割を上納。その上で聖連所属国との貿易の関税を撤廃しましょう」

 徳川は西側と東側の貿易を繋ぐ重要地だ。

 そこで関税なしに貿易できるのは聖連にとっては非常に魅力的だろう。

・○べ屋:『はいはーい!! はんたーい! めちゃ反対!!』

・副会長:『確かに浜松の商人にとっては苦しいだろうがここは国全体の事を考えて……』

・○べ屋:『いや、関税の事はいいのよ? どうせ私たち関税無視して貿易してるから。それよりも!! そんな事したら私たち以外も儲けちゃうじゃない!!』

・貧従士:『うわ! 堂々と犯罪宣言しましたよ!?』

・あさま:『あ、ハイディ? いまそっちに番屋が向かったので動かないで下さいね? ちなみにもう狙っているので逃げたら撃ちますよ?』

・○べ屋:『く、くそ!! 嵌められた!? 嵌められたわ!? 汚いわよアサマチ!! そうやってライバル業者減らして浜松の利益を独占するつもりね!!

あ! やば! 番屋来た!?』

━━“○べ屋”さまが退出しました━━

 後で色々と康政に調べておいて貰おう。

なんかいろいろと知らないところで悪が蔓延っている気がする。

 そう思っていると教皇総長が『ふむ』と指を顎に当てた。

『まあ良いだろう。ではこの包囲網全員参加で良いな?』

 彼の言葉に皆頷く。

 それからトーリが手を上げた。

「でよお? どうすんだ俺達? 結構やばいんだろ?」

『それに関してはわしに案がある』

 トーリが「あん」と色っぽく鳴いたらホライゾンが彼の顔面に裏拳を入れた。

それから信玄に続きを促す。

『先ほどの家康殿の言うとおり我等は岩村城を攻める。それと共に浅井・朝倉、そして将軍家は観音寺国境に侵入、敵を引きつける。

後は御事たちが織田と停戦すれば良い』

「成程、敵の戦力を分散させ全方位から攻撃すれば織田は我等に注力できなくなる。そこで我等が織田の攻勢を跳ね除ければ状況は一転。織田に不利なものになると」

 敵の攻勢を止めるにはやはり分断されていては不味い。

 なんとかして筒井の兵を無傷で救わなければ……。

『この策、全ては徳川に掛かっている。分かっておるな?』

「ええ、既に筒井の方では策をうっている模様。必ず敵の攻勢を食い止めてみせましょう」

 そう頷くと皆も頷いた。

そして幽々子がゆっくりと皆を見渡すと頭を下げ、会議の終了を告げた。

 

***

 

 躑躅ヶ崎館の評定所にて武田信玄は一人上座に座っていた。

 彼は先ほどまで他の大名達が映っていた表示枠を閉じると目を伏せる。

「…………良いように言いくるめられたのではないのか?」

 そう愉快そうな声の方を向けば回廊に一人の少女が腰掛けていた。

 彼女は頭に大きな中華風シュシュを着けており、瓢箪に入った酒を飲んでいる。

「言い包められてやったのだよ。織田は我等にとっても目の上の瘤だからな」

 その返答に少女は「くく」と喉を鳴らす。

そして振り返ると胡坐をかき、ほんのり上気した顔に笑みを浮かべた。

「腹の内では別のことを考えている癖に、よく言うわ。

いや、それでこそ我が襲名元と言うべきか?」

「ふ、それで? 何のようかな? 源・義経?」

 義経と言われた少女は目を細める。

「岩村城、落とすのじゃろう?」

「それが契約だからな。それがどうかしたか?」

「……岩村攻めの指揮、わしに任せてみんか?」

 義経の提案に横目で彼女を見る。

今まで政治にも軍事にも口を出さなかった彼女が始めて自分に意見した。

その事に興味を持つと訊いてみる。

「ほう? どうしてかね?」

「P.A.Odaにはわしも色々借りがあってな。その意趣返しと言う奴だ」

 そう言うと彼女は笑みを浮かべ、立ち上がる。

「ふむ、いいだろう。信房と昌豊を連れて行け、あと誰か必要か?」

「佐藤兄弟もだ。ふ、襲名元もおるし一度は死んだとされる身、第一線を引いた身だがわしも意外と執念深いらしい」

 そして彼女は此方一瞥し、そのまま退出した。

その後姿を見届けるとゆっくりと息を吐く。

━━やれやれ、相変わらず何を考えているのか分かりづらいねえ。

 これでも人の心の機微には聡い筈だがやはり年の功というやつか。

「さて、これからどうなるか……。まあ、覚悟はしておくか」

 そう呟き、もう一度義経が出て行った方を見るのであった。



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~第二十章・『解放される簒奪者』 動く世界 (配点:梟雄)~

 午後四時。

 伊勢湾沿いにある九鬼水軍の隠れ港に連れてこられた森近霖之助は興味深げに辺りを見渡していた。

 隠れ港では九鬼水軍の男達が慌しく駆け回り櫓や小屋を取り壊している。

 更に奥の方では倉庫から取り出したと思われる弾薬や食料を入れた箱を奥の港に運んでいる。

「……随分と慌しいですね」

 そう此処まで連れて来てくれた霧雨の親父さんに訊くと彼とは別の声が返ってきた。

「直に此処に織田が来るだろうからな。その前に引き上げようってわけだ」

 声の方を見れば髭を生やした男が立っており、彼は腰に手を当てながら煙管を加えている。

「えっと?」

「ああ、わりぃ。俺は九鬼嘉隆。九鬼水軍の頭領だ」

 彼が……。

差し出された手を取り、握手を交わすと笑みを浮かべる。

「お噂はかねがね伺っております。森近霖之助です」

 挨拶を終えると嘉隆は興味深げに此方を見、顎鬚を摩る。

「なかなか良い目をしてるじゃねーか。流石は霧雨殿の弟子と言ったところかな?」

「無愛想なのが玉に瑕だがな」

 霧雨の親父さんがそう言うと嘉隆は「ハッハ!! 軽薄な奴よりは良い」と大笑いした。

何となく気恥ずかしく話を変える事にする。

「ええっと、お二人はどういったご関係で?」

「ああ、彼はウチのお得意さまでな」

「お得意様?」と訊くと霧雨の親父さんは「そうだ」と頷く。

「俺たちの物資調達元でな、色々と世話になってんだ」

 昔から顔の広い人だったがまさか水軍とも知り合いとは。

九鬼水軍は独自に航空艦を所有しており前から何処からその素材や機材を取り寄せているのか不思議だったが……。

「そっち方面の商売もしていたんですね」

「まあこのご時勢雑貨屋だけじゃやってられんからな。だが売る相手は選んでるつもりだ」

 つまり九鬼水軍は信頼できるという事だろう。

「へへ、そういわれると何かこそばゆいな。ところで、その荷物は何だ?」

 嘉隆が指差す先には木製のコンテナがあり、その上には布に巻かれた長い棒状の物がある。

「箱は機殻箒、その上のは刀です。この二つを浜松に居る奴に届けようと思いまして」

 「成程」と彼は頷くと部下に荷物を運ぶように命令した。

「運ぶのは荷物だけか?」

その質問に答えたのは霧雨の親父さんだ。

「いや、運ぶのはその荷物と俺とこいつだ」

「え、親父さんもですか?」

「ああ、今は伊勢に戻れないからな。店は気になるがまずは自分の安全確保だ。

で? 何時飛べる?」

 撤収作業の状況を見るに後二時間ほど言ったところか?

 そう思っていると嘉隆は首を横に振った。

「ちと分かんねーな。今うちの居候が要人の救助に向かっててな」

 「要人?」と首を傾げた瞬間、表示枠が開いた。

『大将! 無事、北畠さんたちを拾ったよ!』

 表示枠に映った赤毛の少女に見覚えが有った。

確か彼女は幻想郷で三途の川の船頭をしてた筈だ。

「おう、後どのくらいで合流できそうだ?」

『いやあ、途中で織田の連中と小競り合いになってね。ちょーっと時間掛かるかな』

「……大丈夫なのか?」

『大丈夫だよ。特務級ならまだしも追ってきてるのは普通の兵士だからね。何とかする』

 赤毛の少女が頷くと表示枠が閉じられ嘉隆は「やれやれ」と溜息を吐く。

 そして此方を見ると腰に手を当てる。

「少し時間がかかりそうだがいいか?」

「ええ、元々無理を言っているのは此方ですから」

 「そうかい」と嘉隆は笑うと彼は撤収作業を急ぐように指示を飛ばす。

それから艦を案内すると言った瞬間、再び表示枠が開いた。

 今度のは通神文であったらしく彼は文に目を通すと顎鬚をゆっくりと摩る。

 そして横目で此方を見ると溜息を吐いた。

「出発が更に遅れそうだ」

「どうかしたのか?」

「ああ、筒井のほうから通信文が来てな。ちょいと寄り道する事になった」

 そう言うと彼は口元に笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

 午後五時。

 九州東部にある府内城。

そこは統合事変後以降三征西班牙の本拠地となっており府内城は極東式の城であり、その城下は石畳の町が広がっている。

 また上空には航空艦用の港があり、その内部では現在も新型の航空艦の建造が行われている。

 三征西班牙は元々半寿族に対する風当たりが強い国家であった。

だが統合争乱後、大友家と合併した事もあり半寿族に対する偏見と差別は大分薄まった。

それでも彼らは町の一番外側に住んでおり、町並みも府内城周辺に比べて整備されていない。

 そんな外郭街の裏通りに一軒の移動式のラーメン屋が存在した。

「へい、お待ち!」

 店主が豚骨ラーメンを出し、カウンター席に座っている中年の男性に渡す。

 男性はラーメンから出る湯気で眼鏡を曇らせ、カウンター席に置いてある割り箸入れから割り箸を取り出すとそっと割った。

「……あ」

 割り箸は途中まで綺麗に割れたものの上半分でズレ、不均等に割れる。

その様子に苦笑すると男はラーメンを食べ始めた。

「うん、やっぱりここのラーメンは美味しいね」

「へへ、ありがとうございやす」

 気恥ずかしそうに鼻の下を指で擦する店主に笑みを送るとラーメンに浮いていたナルトを箸で摘み、口に含む。

 そして湯飲みに入っている茶を啜ろうとしようとした瞬間、暖簾を潜り一人の男がカウンター席に座った。

「店主、豚骨を一つ。メンマ多めで」

「はいよ……と、おや? 大友の大将、珍しいですな。こんな所に」

「ああ、こいつを探しててな」

 そう言い男は此方を指差す。

そんな彼の方を見れば店の湯気越しに坊主頭が見えた。

 男は洋式の服を着、首からは十字架のネックレスをかけている。

「やあ、大友宗麟。僕に何かようかい?」

「おいおい、ようかいってお前は三征西班牙のトップだろうが。フェリペ・セグンド」

 宗麟の言葉に苦笑すると湯飲みの茶を啜った。

「最近は君の方が三征西班牙の当主っぽいけどね」

「そりゃお前、教導院の掃除なんて事をしていたら清掃要員と間違えられるだろうよ」

「いやあ、何時もの癖で……」

 そう苦笑すると宗麟は「やれやれ」と首を振り、割り箸入れから割り箸を取り出した。

そして力を入れて一気に割ると箸が綺麗に割れる。

「…………怒っているか?」

「何をだい?」

「阿蘇救援を押し通した事だ」

 今回の軍の派遣は彼の強い押しによる所が大きい。

「いや、結果として君が正しかった」

 軍を派遣しなければ阿蘇家は今頃英国のものになっていただろう。

「正しい……か、どうだろうな? 俺は国を衰退に導いた男だ。そんな男が正しいとは思えんがね」

 店主がメンマ大盛りの豚骨ラーメンを出し、宗麟がメンマを一つ摘み口に含む。

「それを言ったら僕だって国を衰退させた男さ」

「いや、お前は凄いよ。聞いたぞ? アルマダ海戦の事。あんな事、俺には出来ない」

「僕も……前は“僕には出来ない”って思っていたけど、人は変われるって信じることにしたんだ」

 今の自分にはついて来てくれる仲間がいる。

そして彼女━━フアナも。

「宗麟、君にもついて来てくれる仲間がいるはずだ」

「ふ、だといいが」

 暫く互いに無言でラーメンを食べていると宗麟が横目で此方を見る。

「肥後の件、どう思う?」

「……途中までは良かったけど最後、阿蘇家の兵が壊滅したのが不味いね」

 「不味い」と言う言葉に一瞬店主の眉が反応する。

「ありゃあ、予想外だったな。おかげで弱った阿蘇家をそのまま吸収できなくなった」

 今回の戦い、阿蘇家が無傷では困るが壊滅されても困るのだった。

 阿蘇家を英国と争わせ消耗させる。

その後傷ついた彼らを吸収し熊本城の守備隊とする。

それが目的であった。

 だが阿蘇家が壊滅したため今熊本城を手に入れても領土を守備する戦力が足りない。

 この状況で龍造寺までも動いたら守りきれないだろう。

━━いや、待てよ?

「熊本城、あげるのもいいかもしれない」

 そう言うと宗麟が思わず箸を落とす。

「おいおい、正気か? 確かに守るのは難しいが、英国にあげちまうってのは……」

「いや、違うよ。あげる相手は英国じゃなくて龍造寺だ」

「龍造寺? そりゃどういう……そうか! 熊本城を条件に龍造寺との同盟を結ぼうってのか!」

「Tes.、 僕たちは敵同士だが何も常に敵対していなければいけないわけじゃない。

まずは一番危険な奴を潰して、その間に龍造寺への対策を練って最後に彼らを倒せばいい」

 話し終えレンゲでスープを掬うと飲む。

 それから宗麟を見ると彼は口を開け、此方を見ていた。

「お前、見た目に反して結構腹黒いよな……」

「これでも総長やってるからね」

 そう言い互いに苦笑すると突然表示枠が開いた。

『た、大変です!!』

「どうした?」

 表示枠に映った兵士に訊くと彼は額に汗を浮かべながら頷く。

『佐土原が襲撃され、連絡が途絶えました!』

「佐土原が!?」

 佐土原城は英国領と隣接する城であり三征西班牙は要塞として大規模な改修を行った城だ。

 その為そう簡単に陥落する城では無いが……。

━━どうにも妙だ。

「英国め、肥後のほうは囮か。直ぐに援軍を出せ、あそこが落ちたらやばいぞ!」

 『Tes!!』と表示枠が閉じられると宗麟は神妙な表情で此方を見る。

「━━どう思う?」

「英国は戦力の半数を肥後に布陣させている。守りを捨てて残りの半分を連れてきたとしても佐土原が落ちるとは思えないけど……」

「奴等には切り札が有るって事か」

 「Tes.」と頷くとポケットから金を取り出し、カウンターに置く。

 それに倣って宗麟も金を置くと店主に「すまんな」とラーメンを残した事を謝る。

 暖簾を潜り、外に出れば既に日は沈んでいた。

 見慣れた赤と黒の混じる様子に何時もとは違う、得体の知れない不安を感じるのであった。

 

***

 

 午後六時。

 九州南部。英国と三征西班牙の国境近くにある佐土原城は統合争乱後三征西班牙の傘下に入り大規模な改修を受けた。

 城壁は石と鉄で補強され、城壁上部の各所には対空砲撃用の流体砲が幾つも配備されている。

 また城内には巨大な航空艦用の港があり、三征西班牙の主力となる超祝福艦隊が待機できるようにしてある。

 誰もがこの城を突破するのは不可能だと思っていた。

だがその考えもたった一時間の戦闘で覆された。

 夜闇に沈む佐土原城は威圧的なその姿を変え、廃墟と化していた。

 兵を守る石と鉄の壁は崩され、壁の上に配備されていた流体砲はその砲身をねじ切られている。

 城内にあるありとあらゆる建造物からは火の手が上がり、港の方には離陸しようとした所を打ち落とされたのか航空艦が何隻も墜落している。

 また城のいたる所に三征西班牙の兵の屍骸があり、戦闘の凄惨さが伝わってくる。

 現在城内では抵抗を続ける三征西班牙軍の掃討作戦が行われており英国艦隊が敵の抵抗地点に向けて砲撃を行っている。

 その様子を見ながらベン・ジョンソンは嫌な汗を掻いていた。

━━まさかこれほどまでとは……。

 嫌な汗を掻く理由は敵によるものでは無い。

敵よりも恐ろしいものが身内にいたのだ。

 視線を上から下に下げた先、幾つもの封印術式に囲まれた少女がいた。

 少女は金の髪をサイドテールにしており、赤い服を着ている。

その背中からは色鮮やかなクリスタルの翼が生えており、その異様さは夜の暗闇の中で目立っていた。

「いやあ、妹様は危険だって聞いてたけどこりゃあ……確かにヤバイな」

 後ろから声を掛けられ振り返れば赤毛の青年が立っていた。

「確かに彼女は危うい。だがそれは君も承知の上でこの作戦を決行したのだろう? 英国諜報機関所属レクター・アランドール」

 レクターと呼ばれた青年はこちらの横に立つと頷く。

「まあ、勝負どころだったからな。博打を打ってみたが、これは何度も使える手じゃないな」

 今回の戦い、決着は一瞬で着いた。

 普段は力を封印されロンドン塔に幽閉されていた少女━━フランドール・スカーレットを開放し、佐土原城を攻撃させたのだ。

 彼女は一瞬で佐土原の城壁を打ち砕き、蹂躙した。

 離陸しようとする航空艦を炎の剣で砕き、逃げ回る兵を後ろから殺戮した。

 佐土原城は直ぐに降伏しようとしたが彼女は止まらず虐殺を行う。

その結果戦闘が予定よりも長引いた。

 更に問題だったのはその後だ。

 戦いの気に当てられ興奮した彼女を止める為最初は機動殻隊を向かわせたが彼女は機動殻隊を殲滅した。

 次に動白骨隊による物量作戦で抑えようとしたが彼女は彼らを散々破壊した挙句逃走しようとした。

 最終的には上空に逃げた彼女に術式による擬似太陽光線を照射し弱体化させ、取り押さえた。

「敵にやられた数より味方にやられた数のほうが多いってのは笑えないねえ」

「Tes.、 しかし彼女には驚かされる。ほぼ一人で城砦を陥落させ、まだ余力がある。いったいどれ程の内燃排気を所有しているのか……」

 明らかに吸血鬼が持てる内燃排気量では無い。

彼女には“制限”が無いのかまた別の何かなのか……。

『敵が降伏したよ』

 艦隊を率いていたグレイス・オマリからの報告に頷くと一息を吐く。

 我々はこのまま一挙に府内城に攻め込み三征西班牙に致命打を与える手はずだ。

「さて、そうなると彼女をどうするかだが……」

 今回の戦は電撃戦だ。

 即座に行動しなければいけないがフランドール・スカーレットという爆弾を抱えながら進軍するのは危険だ。

「彼女をまた閉じ込めるのは心苦しいが、戦いが終わるまではここに居てもらうことにしよう」

 レクターの言葉に頷き、フランドールを見ると目が合った。

 気だるげに、濁った瞳と目が合い思わず視線が外せなくなる。

 暫く彼女と目を合わせているとやがて彼女は此方への興味を失ったかのように視線を外し、虚空を見つめる。

 緊張が解け、大きく息を吐くといつの間にか掻いていた額の汗を拭う。

「ともかくまずは女王陛下に報告するとしよう」

 そう言うと踵を返し本隊に向かう。

 その途中、もう一度フランドールの方を向けば彼女は先ほどと変わらず虚空を見つめていた。

 

***

 

 佐土原城の上空。

 雲によって月明かりが隠され広がる闇の中に驪竜はいた。

 彼女は空中で寝そべりながら佐土原城を見下ろし楽しげに鼻歌を歌っている。

「うふふ、いい物見つけちゃった」

 視線の先に居るのは此処からでも死臭が臭う吸血鬼の少女だ。

 桜島に向かう途中佐土原で戦が起きたため何となく観戦したが想定外の発見をした。

━━あの子! いいわ!!

 敵に対する容赦の無さ。

純粋な殺戮。

 そこに善悪は無かった。あるのはただ殺す側と殺される側という線引き。

 あれほどの喜劇はそうそう見れるものではない。

 彼女こそ自分の欲していた同胞ではないだろうか?

「でもちょーっと繋がれているかなあ?」

 繋がれているのは物理的にでは無い。

 そんなもの彼女なら直ぐに引き千切れるだろう。

 彼女はもっと厄介なものに繋がれていた。

それは絆だ。

 この世でもっともくだらなく、不確かなものだ。

 生物は絆によって結ばれている。

それは家族愛、男女の愛、友情……。

「……くだらないわ」

 そんなもの簡単に崩れる。

 そんなものに繋がれ、生きるなど愚かだ。

 もし彼女が自分と同類ならば今も苦しんでいるだろう。

その鎖の窮屈さに。

「やっぱり自由に生きるべきよねー」

 そう言うと目を弓にし、立ち上がると漆黒の翼を背中から生やした。

「さて、そろそろ行かないとね。また今度会いましょう? 可愛いお人形さん?」

 驪竜の体が闇に飲まれてゆく。

その形を崩し、やがて完全に消え去った。

後に残ったのは冬の冷たい風だけであった。

 

***

 

 午後九時。

 松永久秀が幽閉されている屋敷から死臭が漂っていた。

 むせ返るような血の匂い、赤の色はいたる所にあり屋敷は静寂に包まれている。

 そんな屋敷を松永久秀は歩いていた。

 彼の着物は返り血で染められており右手には同じく赤に染まった刀が握られている。

 彼は壁にもたれ掛かり絶命している兵士を横目で見ると庭に出た。

 それなりに美しかった庭も今では戦場跡のようになっており池には何人かの屍骸が浮いている。

「ケケ、コイツノ体ハオレガクオウ」

 声の先を見れば天邪鬼達が殺した兵の屍骸集まっておりその体を喰らっている。

 あまり気分の良くない光景に思わず眉を顰める。

「品がないわねー」

 後ろから声をかけられ振り返れば青娥が月明かりに照らされ立っている。

「ふん、所詮は下等な妖怪という事だ」

「あら、聞かれたら怖いわよ?」

「わしがあの程度の雑魚にやられるとでも?」

 そう言うと青娥は楽しそうに目を細める。

「でも随分とあっさり行ったわね?」

「誰も突然屋敷の中から妖怪が現れるとは思わんだろうよ」

 まず妖怪達を正門から襲撃させた。

その間に青娥が能力で壁に穴を開け妖怪を屋敷の中に入れる。

 気がついたときには守備隊は挟撃され全滅した。

「しかし彼女も随分と気前が良い。これだけの妖怪を此方に遣すのだからな」

「あいつにも何か考えがあるんでしょうね。それでこれからどうするの?」

 これから……か。

 屋敷が襲撃された事は直ぐに岸和田に伝わるだろう。

 行動するなら早めがいいが……。

「岸和田に向かう」

「あら? 信貴山じゃないのかしら?」

「フ、少しばかり長慶の顔を見たくなった」

 「意地悪ねー」と笑う青娥を無視し空を見上げる。

 以前までは忌々しかったこの月明かりも今日に限っては自分を祝福しているように思える。

 この先どうなるかは分からない。

だが折角手に入れた二度目の生、存分に堪能するとしよう。

━━上手く行けば真実にたどり着けるやも知れぬしな。

 世界の秘密を知ったらどうするのか?

 それが希望なのか絶望なのか?

 何時の世も未知との遭遇には心躍る。

 手を掲げ月を手の平に収めた。

そして勢い良く拳を握ると笑みを浮かべる。

「さて、天下を簒奪してやるか!!」

 青娥は静かに、そして妖艶に微笑む。

 松永久秀が脱走したという報はあっと今に岸和田城に伝わり、三好家を大きく動揺させるのであった。



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~第二十一章・『決死の脱出行』 進む道は険しく (配点:十二月二十三日)~

 午前五時。

 静まり返った筒井城の周囲に徳川の航空艦隊が着陸し集結していた。

 艦隊の中央にいる曳馬の艦橋には比那名居天子と永江衣玖と鳥居元忠、ネイト・ミトツダイラとアマテラス、そして“曳馬”が集まっている。

「よし、じゃあ最終確認しましょうか?」

 そう天子が言うと輝夜が表示枠に映る。

『なんで貴女が仕切っているのかしら?』

「そりゃあんた、私が一番偉いから?」

「一番偉いのは秀忠公ですし、なんで語尾が疑問系ですの?」

 ネイトのツッコミに皆笑うと今度は秀忠が映る。

『まあ良いではないか。では天子、続きを頼む』

 「流石話が分かる!」と天子は親指を上げると一回咳を入れた。

「時間も無いし簡潔に纏めるわよ。

1、私たちは三十分後に全艦離陸し、それと同時にP.A.Odaへの返答を送る。

2、鈴木領侵入後、鈴木家艦隊と若干交戦しそのまま太平洋に出る。

3、伊勢湾到達後、艦隊を二つに分ける。一つは岡崎に、もう一つは大回りして浜松港へ。

はい、何か質問は?」

 腰に手を当て聞くとネイトが手を上げる。

「鈴木家との件はどうするんですの?」

『それについては私から話そう』

 表示枠に筒井順慶が映り、皆が彼に注目する。

『まず鈴木領侵入後彼らの艦隊が雑賀城上空に布陣する。

その後彼らの無人輸送艦隊が前進してくるのでそれを迎撃。だいたい三隻沈めたらそのまま鈴木家艦隊の横を抜ける』

「三隻以上沈めてもよろしいのでしょうか?」

 “曳馬”の質問に順慶はしばらく考えると「いいんじゃないか?」と答える。

「Jud.、 どうせですから全部沈めましょう」

・十ZO:『あれ? これって国際問題になるのでは御座らんか?』

・金マル:『大丈夫、大丈夫。いざとなったらセージュンが交渉するから』

・● 画:『それで鈴木家とも戦争するのね』

・副会長:『いや待てお前ら! 何を危険な事をしようとしてんるんだ!?』

・天人様:『あんたが交渉する事?』

・副会長:『そうだ……いや、違う! いいか! 変な事はするなよ! するなよ!?』

 これ、フリよね?

 どうやら皆同じ事を思っていたらしく神妙に頷いた。

「まあ、そう言うことだけど他に質問は?」

「では私から。伊勢湾で別れる際の編成は?」

 衣玖の言葉に頷くと“曳馬”に頼み、表示枠を開く。

「岡崎に向かう部隊は敵の目を引きつける囮。これはこの曳馬と護衛艦三隻。残りは輸送艦の護衛をしながら浜松へ。

秀忠公には浜松港に向かってもらうわ」

 敵の狙いは私と秀忠だが秀忠が捕まるほうがまずい。

「で、囮の方だけど今此処に入る連中と忍者と英国王女。これで行くわ。

少数精鋭ってのもあるし、浜松の方に護衛を多くしたいから」

「現在の敵の配置は?」

 元忠の言葉に頷くと伊勢湾の地図を表示枠に映す。

「安土は依然として伊勢に待機。P.A.Odaは伊勢湾を封鎖すべく第七艦隊を派遣しているわ。

私たち囮部隊はこの第七艦隊の注意を引きつけながら岡崎に向かうわ」

 織田軍第七艦隊は柴田・勝家が乗船する北ノ圧を旗艦とした艦隊だ。

 六天魔筆頭の柴田には出会いたくないが……。

━━ま、出会ったら出会ったで、臨機応変に動きましょう。

「さて、他に質問は?」

 質問は無い。

 皆決意を秘めた顔で此方を見、頷く。

「それじゃあ、秀忠さん。合図を」

『皆、厳しい行軍になるが我等なら出来る。誰一人欠く事無く岡崎に帰ろう』

「「Jud!!」」

「「了解!!」」

 表示枠が閉じられ、皆配置に着く。

それを確認すると“曳馬”が頷き、自分の周囲に表示枠を展開した。

「これより全艦、筒井を離脱します。皆様、第二種戦闘準備で待機をお願いします」

 僅かな揺れの後、曳馬が離陸した。

 それに続き周囲の艦も離陸を開始する。

 夜明けの筒井を二十一隻の航空艦が上昇を開始した。

 

***

 

 筒井を離れ鈴木領に入ると徳川艦隊は高度を低くし山々の間を抜ける。

 此方の離脱を察知した織田軍は直ぐに筒井城に向かったがこちらに追いつく事は不可能だろう。

 まず最初の作戦が成功し安堵した皆は鈴木家艦隊との接触まで自由に休憩することになった。

 鳥居元忠は曳馬内部の休憩室にある椅子に座り武具を磨いている。

 彼は自分の槍がしっかりと磨かれたのを確認すると頷き、刃に布を巻く。

そして休憩室の入り口の方を見れば衣玖が入って来た。

「元忠様、こちらにいらしたのですか」

「うむ。艦隊戦ならば必要は無いとは思うが、念のためな。ところでわしに何か用か?」

「はい、総領娘様が何処にいらっしゃるか知らないかと……」

 衣玖の言葉を遮り指差せば、そこには椅子にもたれ掛かり眠っている天子が居た。

 衣玖は「まあ」と小声で言うとこちらとテーブルを挟んで反対側に座り、向かい合う。

「昨日から徹夜で準備を手伝っていたからな。疲れているのだろう」

 自分が此処に来た時には彼女は既に寝ていた。

 自分の弱みを見せるのを嫌う彼女の事だ。

誰も居ないところで休憩しようと思っていたのだろう。

「総領娘様は変わりました。それも良い方向に」

 それは自分にも分かる。

初めて会った時よりも自然に笑うようになり、誰かを気遣うようになった。

━━わしの見込みは正しかったか。

 初めて彼女を見たとき危ういと思った。

 誰にも心を開かず聳え立つ塔のような彼女。

だがその足場は脆く、今にも倒れそうであった。

 だがこの七年で彼女は多くの人と知り合い、支えられた。

 その事を彼女も認める様になり、彼女の才能は確実に開花しつつある。

「衣玖殿、これからも彼女には支えが必要であろう。彼女の支えになってあげて欲しい」

「ええ、そのつもりです。でも総領娘様を支えるのは私だけではなく武蔵の皆様や、元忠様、あなたもです。

そうやって心を紡ぎ、結束させる事こそ未来への道だと思っています」

 未来への道……か。

 自分達の未来はどうなっているのだろうか?

 この先に待つのは希望か絶望か。

だがたとえどんな未来であっても自分達なら乗り越えられる気がする。

 そう思っていると寝ていた天子が目を覚ます。

「う……ん……?」

 彼女は暫く寝惚け眼で周囲を見ると、こちらと目が合う。

それから暫く固まっていると状況を理解したらしく顔を赤くし慌てて立ち上がった。

「な!! ちょ!! ぎゃ!!」

 立ち上がった際に足を机の角にぶつけたらしく蹲る。

暫く蹲っていると天子は涙目になりながら此方を睨む。

「み、見た!?」

「ええ、それはもうバッチリと。お口を大きく開けて寝ていましたね」

 衣玖が悪戯っぽく笑うと天子は「ぎゃー!!」と頭を抱える。

 それから暫く机に伏せていると顔を上げる。

「お、乙女の寝顔を見るなんて失礼だわ!!」

「うーむ? 乙女と言うより幼子の寝顔……おおっと!!」

 プラスチックのコップが投げつけられ慌てて避ける。

「まあまあ、誰にも言いませんから」

「く!! 屈辱だわ!! 疲れていたとはいえ、こんな所で寝るなんて!!」

 そう唸る彼女に苦笑すると衣玖と顔を見合わせ笑った。

 それから休憩室の壁に掛けられている時計を見ると自国は午前七時を指していた。

「そろそろか?」

 そう言った直後艦内放送が始まる。

『“曳馬”より皆様へ。間もなく雑賀城周辺に到着します。皆様、戦闘の準備をお願いします』

 さて作戦の第二段階だ。

 本番はこの次だが、もしもという事もありえる。

 天子と衣玖と顔を合わせると頷き、艦橋に向かうのであった。

 

***

 

 午前七時半。

 雑賀の山を抜けると眼前に太平洋が広がった。

 僅かな平地には中規模の城があり、その上空には鈴木家の艦隊が集結していた。

「鈴木家艦隊を確認しました。艦数は二十八隻。前方に輸送艦を整列させています」

「予定通りね」

 “曳馬”の言葉に頷く。

「鈴木家へ通神、繋いで」

「Jud.」と“曳馬”が頷いた瞬間、警報が鳴り響く。

「どうしたの!?」

「当艦隊の後方に航空艦が出現。数は三隻、所属はP.A.Odaの鉄鋼船、長久手、小牧山、墨俣です」

「なんですって!?」

 馬鹿な!? 追っ手が追いついたのか?

 だがそれにしては速すぎる。

 相手は足の遅い鉄鋼船だ。とてもじゃないが追いつけるとは思えない。

ならば……。

「………八雲、紫!!」

 敵は此方の考えを読んでいたのだ!

「鈴木家艦隊が動き始めました。鈴木家艦隊、輸送艦を下げ前進してきます」

「総領娘様!!」

「ええ! 分かっているわ! 織田が来た以上、鈴木家は中途半端なことが出来なくなった。来るわよ!!」

「敵艦隊より砲撃、来ます」

 鈴木家艦隊から一斉に砲撃が来る。

 それに合わせ後方から織田艦隊の砲撃も来た。

 挟撃を受けた徳川艦隊は障壁で砲撃を弾き、被害こそ出なかったものの非常に不味い状況だ。

「薬師! 策は!!」

『今考えて……鈴木家艦隊に通神を送って!!』

「向こうが返答をするとは思えませんが?」

 『構わない』と永琳が頷くと“曳馬”が鈴木家艦隊に通神を送った。

 

***

 

 前後を挟まれた徳川艦隊は陣形を変えた。

 まず物資を運んでいた輸送艦を自動航行に変え搭乗員を他の船で回収した後、艦隊の一番外周に配備した。

 その内側に航空艦隊を、そして一番中心に秀忠の乗艦している航空艦と残りの輸送艦を配置する。

 鈴木家の艦隊は砲撃の手を止めないが徳川艦隊は止まらず前進の速度を速める。

 一発の流体砲撃が輸送艦を貫き、輸送艦が爆発しながら墜落する。

『ああ!! 俺の船がぁ!!』

 輸送艦の艦長が悲鳴を上げるが無視だ。

「三番艦を前に出して!」

「Jud.」

 陣形の穴が開いた場所に後方の輸送艦が入り、塞ぐ。

 その直後、後方から放たれた流体砲撃が曳馬の左舷を霞め、船体が大きく揺れる。

「“曳馬”!! まだなの!?」

「約三十秒で射程圏内です」

 左前方で爆発が生じる。

 別の輸送艦が破壊されたのだ。

 船体を砕かれた輸送艦はそのまま隣の輸送艦にぶつかり、爆発する。

━━一気に二隻も!!

 これ以上敵の攻撃に耐えるのは無理だ。

そう冷や汗を掻いていると“曳馬”が前に出る。

「鈴木家艦隊。射程に入りました」

 そう言うと彼女の前方に流体照準が現れ彼女は狙いを合わせ始める。

『当てれますの!?』

「Jud.、 当たる確立は八割……いえ、必ず当てます」

「なるべく人のいない所狙ってよ!」

「それは……向こうしだいです」

 “曳馬”が仮想引金を引き、長距離流体砲から砲撃が放たれた。

 砲撃は一直線に鈴木家艦隊に向かい、その中央を狙う。

 そして掠めた。

 鈴木家艦隊の中心にいた旗艦雑賀。

その右舷を流体砲撃が霞め、装甲を溶かす。

そして暫くしてから雑賀は艦の外部に爆発を生じさせ黒煙を噴出しながら高度を下げ始めた。

 向こうに死人が出て無ければいいが、緊急時だ。しょうがない。

「全艦最大船速!! 敵艦隊の中央を抜ける!!」

 旗艦をやられた鈴木家艦隊は陣形を崩し、分散する。

 その隙を突いて徳川艦隊が突撃を仕掛けた。

 艦と艦と激突するぐらいの接近をし、警報が鳴るが進み続ける。

 そしてあっと言う間に鈴木家艦隊を抜けると太平洋に出た。

「被害状況は!?」

「全艦無事です。鈴木家艦隊陣形を建て直しました」

 後方の望遠映像には陣形を立て直した鈴木家艦隊の姿が映っており此方を追撃しようとしていた鉄鋼船の進路を塞いでいる。

 その様子に安堵の溜息を吐くと艦橋にある椅子に深く腰掛けた。

「鈴木家艦隊に通神文を、謝罪の言葉と感謝の言葉を」

「Jud.」

 “曳馬”が通神文を送り出すと表示枠が開き、永琳が映った。

『上手く行ったわね』

「ええ、いろいろギリギリだったけどね」

『鈴木家艦隊と話を合わせ、此方の砲撃をまぐれで旗艦に当てたように見せかける。

そして旗艦の航行不能に“動揺した”鈴木家艦隊が陣形を崩している内に徳川艦隊が間を抜け、その後“立て直した”鈴木家艦隊が織田艦隊の進路を塞ぐ。

向こうもなかなかの名演技ね』

 もう一度望遠映像を見れば事故で進路を塞がれた織田艦隊が追撃を諦め、後退を始めていた。

「鈴木家より返神です。向こうの被害は軽微で死傷者はいないとの事です」

「了解。流石ね、“曳馬”」

「Jud.、 将来の目標は浅間様越えですので」

・銀 狼:『それは大きな壁ですわね』

・貧従士:『ええ、途轍もなく大きいですね』

・天人様:『大きすぎて私には越えるのが無理そうだわ』

・あさま:『三人とも? あとでちょーっと話が』

 慌てて表示枠を割ると地図を見る。

 これで作戦の第二段階が終わった。

 これからのは作戦の第三段階。もっとも危険な段階だ。

 だが今はとりあえず乗り切った事を心から喜ぼう。

 そう思い、頷くのであった。

 

***

 

 点蔵はメアリと共に艦内を回り、点検を行っていた。

 先ほどの戦闘で外部に目立った損傷は無かったがもしかしたらという事もあるかも知れない。

 機関部の点検を終え、通路に出ると背筋を伸ばす。

「とりあえず大体の所は回ったで御座るかな?」

「Jud.、 特に問題は見当たりませんでしたね」

 そう言うメアリの顔に若干の疲労の色があることに気がついた。

 彼女も昨日から撤退作業の手助けをしており、あまり休めていない。

━━よく無いで御座るな。

 彼女に無理をさせている。

 本来ならもっと早く気がついていたはずだがどうやら自分もいつの間にか余裕が無くなっていたらしい。

「メアリ殿。自分はこれから残りの甲板の点検に向かうで御座るが、先に部屋で休憩するとよう御座るよ?」

「え、あの、点蔵様。私は大丈夫ですよ?」

「いやいや、メアリ殿疲れているで御座る。無理は良くないで御座るよ」

 そう言うとメアリは少し俯き、もじもじとする。

「…………?」

 どうしたのだろうか?

 もしかして体調が悪いのだろうか?

━━やはり休憩したほうが……。

「メアリ殿、やはり……」

「あの!」

「J、Jud!!」

 メアリは頬を少し赤くし上目遣いで此方を見る。

「その、こんな事を言うと不謹慎と怒られるかも知れませんが……楽しかったんです」

「? 何がで御座るか?」

「点蔵様と、一緒に歩いて船を点検する事が。なんだか一緒に協力し合って行動するのが嬉しくて……」

 一瞬頭が真っ白になる。

 それから強制的に意識を取り戻し頬が熱くなる。

 えーっと? つまりメアリ殿は二人で一緒に仕事をするのが楽しくて、でもそれが恥ずかしくて言えなくて……。

━━な、なんといじらしいので御座るか!!

「メアリ殿!!」

「J、Jud!!」

 思わずメアリの肩を掴み、見詰め合う。

「い、一緒に甲板の点検を! それから何か食事を一緒にするで御座るよ!!」

「Jud!!」

 メアリが満面の笑みになり周囲に睡蓮の花が咲く。

 ああ、外道共がいないというのは素晴らしい事で御座る!!

 そう思っていると通路の角から何かが此方を見ていた。

「…………」

 それは恨みがまし気に此方を見、ベタにもハンカチを銜えている。

本来なら無視すべきなのだろうが此方を見ている人間が問題だ。

「……何をしているで御座るか? 長安殿」

「う、裏切り物め!! 一人抜け駆けでそのような金髪美女と!!

見損なったぞ!! 同志点蔵!!」

「いやいや、見損なったもなにも自分達が付き合っているのは周知の事実では?」

 「付き合っている」という言葉にメアリが頬を赤く染め、両手で頬を押さえる。

「ぐ! そうだが! なんか納得いかん!! もげろこの忍者!!」

 色々酷い事言われてるが今の自分にはそんな言葉は聞かない。

というよりも……。

「長安殿、なんでこっちにいるで御座るか?」

 確か彼は浜松に向かうほうに乗船したはずだが?

「いや、何。愛しの“曳馬”くんを守るのが私の務め」

 「ふ」とキザっぽく髪を掻き揚げた瞬間、“曳馬”が表示枠に映る。

『点蔵様。即刻その人間害物を取り押さえて艦橋まで連れてきてください。艦外に投棄しますので』

 表示枠が閉じられ固まった長安の顔は青ざめているのであった。

 

***

 

「それで? 言い訳をどうぞ」

「い、いや、実は乗る船を間違えて……ぶへぇ!!」

 “曳馬”から高速の平手打ちが放たれ長安が引っくり返る。

 艦橋に連行された長安は縄で拘束されてさながら囚人のように“曳馬”の前に正座させられた。

「ひ、酷いよ!? “曳馬”くん!! そういうプレイなら事前に話を……ぁ!!」

 今度は蹴りが股間に入り様子を見ていた元忠と点蔵が股間を押さえる。

「……正直申しますと今すぐこの汚物を艦外に投棄したいのですが、どうしますか? 天子様?」

「え? わ、私に聞くの?」

 椅子に座り突然話を振られた天子が驚くと“曳馬”が頷く。

「Jud.、 この艦において最も強い権限を持っているのは天子様です。それでどうしますか? 捨てますか?」

「うーん、捨てるのは流石に可哀想だし。かといっていまさら他の艦に移せないし。

とりあえず放置で」

 そう言うと長安が目を輝かせ此方を見てきたので何となく殴る。

「“曳馬”様。間もなく作戦地点に到着します」

 艦の制御を行っていた自動人形の言葉に“曳馬”は頷くと表示枠が展開される。

 ここから艦隊を二つに分け岡崎と浜松に向かうのだ。

「秀忠さん。そっちの指揮頼んだわよ」

『うむ。そちらも武運を』

 表示枠が閉じられると二隻の航空艦と輸送艦たちが此方から離れて行く。

その様子を確認すると“曳馬”の方を見た。

「さあ、こっちも始めましょう」

「Jud.、 全艦速度上げ。これよりP.A.Oda第七艦隊の勢力圏を突破し岡崎に向かいます」

 重力エンジンの音が大きくなり船が加速を始める。

 それを体で感じながら天子は頷くのであった。

「さあ、勝負所よ」

 

***

 

 午前九時。

 敵の勢力圏に侵入してから十分が経ったが敵の姿は全く見えず、何事も無く四隻の航空艦は進んでいた。

「妙だわ」

「はい、敵は此方を既に察知している筈です。なのに敵艦隊に動きがないのは変です」

 衣玖に頷くと表示枠を開く。

 P.A.Oda第七艦隊は伊勢湾北部から全く動かず此方に偵察部隊を出す事もしない。

 最初は伊勢方面の艦隊にも注意したが此方も動く気配が無くなんとも不気味である。

『見逃してくれるつもり……というのはありえませんわよね』

「ええ、雑賀であんな手を打ってでも追撃してきたのよ? 簡単に逃してくれるはずが無いわ」

 敵はどう出てくる?

 やはり例の空間移動か?

 だが今空間移動で敵艦が出てきても振り切り岡崎に向かう事は可能だ。

━━薬師をあっちに置いたのは失敗だったか?

 彼女なら紫の動きを察知できただろうか?

 いや、いまさら愚痴を言ってもどうしようもない。

「とにかく慎重に様子を見ながら……」

 直後船体が大きく揺れた。

 船が急停止をし、その力が艦内に掛かる。

 衝撃に船体が軋み、警報がなり、体が思わず前に吹き飛びそうになるが衣玖が慌てて此方の体を羽衣で掴んだ。

 その際に羽衣が体に食い込み息が詰まる。

「だ、大丈夫ですか!!」

「え、ええ。朝食べたものがリバースしそうになったけど大丈夫よ。それよりも……」

 周りを様子を見れば衝撃で倒れた自動人形たちが立ち上がり始めていた。

「皆無事!?」

『J、Jud.、 少し頭をぶつけましたけど大丈夫ですわ』

『自分とメアリ殿も無事で御座る』

『わしも大丈夫だが長安が……』

「長安さんが?」

『衝撃でふっとんで気絶しおった。ちなみにアマテラス殿達も無事だ』

 約一名を除き無事なようなのでほっと胸を撫で下ろす。

「一体何が起きたの?」

「船体を不可視の力で止められました。原因は恐らくアレです」

 望遠映像が映され、そこには無数の金属の何かが空中に浮いていた。

「恐らく空中機雷の一種と思われます。機雷から電磁網を展開し、此方を捕縛する。

西側で使われている兵器の改良型と判断します」

 なら自分達は網に掛かった魚と言うことか。

「て、ちょっと待ってよ! これが罠なら!!」

「罠を張った狩人が来ます!!」

 衣玖が叫んだ瞬間、空が歪み流体砲撃が放たれた。

 流体砲撃は曳馬の左右で同じく網に掛かった船の胴体を貫き、二隻の航空艦が砕け落ちる。

「前方よりステルス障壁を解き、敵艦四隻来ます! うち一隻は第七艦隊旗艦ヨルムンガンド級戦艦北ノ圧です!!」

 正面に現れる漆黒の艦影に皆息を呑む。

「━━最、高!」

 思わず皮肉が出るほど状況は最悪だ。

「敵艦後方より飛空艇、来ます!」

 北ノ圧後方より真紅の飛空艇が一隻現れる。

『あれは<<赤い星座>>の!!』

 最近噂を聞かなくなっていたが織田と合流していたのか!!

 飛空艇は曳馬の上方に待機すると飛空挺から影が振ってきた。

 影は曳馬の甲板に着地すると立ち上がり乱れた髪を櫛で後ろへ梳かす。

 そして櫛を服に戻すと浅黒い肌にサングラスを掛けた男は首を一回回した。

「P.A.Oda所属六天魔五大頂、佐々・成政」

 男の腕に百合の紋様が映り広がって行く。

そして大きく息を吸うと駆け出した。

 拳を振り上げ狙うのは曳馬甲板に搭載された長距離用流体砲。

 それを正面から殴りつけた。

「咲け!! 百合花ァ!!」

 直後流体砲に亀裂が入り、砕け散った。



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~第二十二章・『六天の担い手達』 海風に揺られながら (配点:百合花)~

 甲板に出ると辺りを包む黒煙に思わず咳き込む。

 黒煙を抜け、視界が明けると佐々・成政が待ち構えていた。

 彼は気だる気に此方を睨むと歩き始める。

「随分と派手にやってくれたわね」

 口元に笑みを浮かべ皮肉を言うが内心は冷や汗を掻いている。

 ある程度は覚悟していたがこう易々と敵に乗り込まれるとは……。

「青い髪に、赤目。お前が比那名居天子か?」

「ええ、そうだけど?」

 後ろに居る衣玖に目配せをし、回り込ませようとする。

「止めとけ」

 成政の鋭い視線に衣玖が思わず足を止める。

「わざわざ乗り込んできて何か用かしら? 私、どっかの馬鹿共のせいで忙しいんだけど?」

 挑発しながら敵の出方を伺う。

 敵の情報は事前に知っている。

 佐々・成政。

 六天魔五大頂の一人で百合花という能力で身体強化を施し、その破壊力はアデーレの機動殻を砕くほどだという。

━━当たったら終わりってわけね。

 やってやろうじゃん。

 緋想の剣を引き抜き、気質刃を展開させ構える。

 それに対し成政は僅かに口元に笑みを浮かべた。

「ハ! いい顔じゃねえか!」

 互いに間合いを詰め、構える。

 そして踏み込もうとした瞬間、船体が大きく揺れた。

「なに!?」

 横を見れば二隻の鉄鋼船が此方を挟むように移動し牽引帯を放ってきた。

 牽引帯は両舷を貫き橋が掛けられた。

━━乗り込んでくる気ね!?

「何処を見てやがる!!」

 気を取られた隙に成政がいつの間にか踏み込んできた。

「っ!!」

 顎を狙ったアッパーを寸前の所で顔を引き、後方へ跳躍する。

 左足で着地すると同時に再び踏み込み、今度はこっちが距離を詰める。

 緋想の剣を右から左に薙ぐが成政は更に距離を詰め肘打ちを放ってくる。

━━まず!!

 肘打ちは此方の胸を穿つかに思われたが寸前の所で後ろへ引っ張られた。

 そしてやわらかいクッションのようなものに受け止められる。

━━く!? でかい!?

「大丈夫ですか!? 総領娘様!!」

「え、ええ。別のところでダメージ受けたけど……」

 首を傾げる衣玖を横目で見ると成政と向かい合う。

 互いに無言で、だが視線は外さず歩き始めた。

 歩幅は徐々に早くなっていき、そして同時に踏み込んだ。

 間合いは剣を持っている此方が僅かに上だ。

敵の攻撃よりも早く剣を振り下ろすと成政は体を逸らし、右腕を放ってくる。

それを此方も体を逸らして避けると互いに交差した。

 体を回転させ、敵の姿を追いかける。

 視界に敵が入った瞬間、成政の足裏が迫る。

 蹴りを緋想の剣の石突で受け止めると体が後ろへ大きくスライドする。

「馬鹿力!!」

 此方が体勢を崩した隙を突き敵が来る。

「させません!!」

 背後から放たれた衣玖の雷撃を成政は振り返り、右腕で払った。

「しゃらくせえ!!」

 そこへ気質弾を叩き込むが敵は舌打ちをし跳躍を行い、挟撃を逃れる。

 此方も衣玖と合流すると三度目の対面となった。

「あら、大した事ないのね。五大頂って」

 挑発を行うが成政は眉一つ動かさない。

 そしてゆっくりと脱力するように息を吐くと構える。

━━来る!!

 そう思った瞬間、眼前に敵の拳が現れた。

「咲け! 百合花ァ!!」

 緋想の剣で拳を受け止める。

 直後、凄まじい衝撃が甲板上で生じた。

 

***

 

 点蔵たちは甲板に出ると艦内に控えていた兵と共に乗り込んでくる敵の迎撃に向かった。

 自分とメアリは左舷から来る敵を、ミトツダイラと元忠は右舷から来る敵を、そしてアマテラスは艦の中央で遊撃要員として待機だ。

 敵の三番目の船がまだ生き残っていた此方の航空艦に止めを刺すと上空を通過し、後方に回り込んでくる。

━━囲まれたで御座るか!

 此方を直ぐに沈めてこないのは恐らく天子を捕縛するためだ。

 敵から砲撃を受けないのであればまだ勝ち目はある。

「点蔵様! 前から来ます!!」

 迫ってくる織田兵に対して短刀を引き抜くと後方の部隊に指示を出す。

「皆は敵を此処で食い止めるで御座る! 自分は牽引帯を外しに向かうで御座るよ!!」

 メアリに目配せをし、彼女が頷くのを確認すると駆ける速度を上げた。

 前方、一人の織田兵が槍を突き出して来る。

 その柄を掴むと引き寄せ、腹に膝蹴りを食らわす。

 蹴りを喰らった兵は後ろへ吹き飛び、後続の兵と激突した。

 敵が一瞬動揺した隙を突き、跳躍を行うと敵の中列位にいる兵の肩を踏み、最跳躍。

 一気に敵の後方へ移動すると振り返らず駆け出した。

牽引帯さえ外せれば敵の増援が現れる事は無い。

 敵艦の甲板上にいた兵士達が此方に向け銃撃を行うが身を低くし、かわして行く。

 そして牽引帯まであと僅かというところで進路を一人の男に塞がれた。

「やあやあ、随分と急いでいるねー。武蔵の第一特務君」

「……前田・利家!」

 「Shaja.」と利家は笑うと両腕を広げる。

「残念だったねー。来てたのが柴田先輩やナッちゃんだけだと思った?

僕は羽柴に所属しているのと同時に織田にも所属しているんだよ?」

 利家が一歩前に出ると此方は一歩下がる。

 この場に五大頂が二人も居るとは!!

いや、柴田も居ると言ったか?

「……最初から本命はこっちで御座ったか!!」

「Shaja.、 緋想の剣だっけ? 僕達の目的はそれとその使い手の少女でね。

正直徳川秀忠なんて、いや、徳川家そのものなんてどうでも良かったんだ。

どうだい? 彼女さえ引き渡せば見逃してあげるというのは?」

「お断り申す! 自分達は誰かを犠牲にするなんてことは決して認めぬで御座るよ!!」

「相変わらず甘いねえ」と利家が目を細める。

 状況は限りなく最悪に近いが諦めるわけにはいかない。

 ゆっくりと短刀を構えると利家がわざとらしく跳ねた。

「わあ、怖い! でもね? 今回はカレーもないし君に僕を止められるかな?

僕の“加賀百万G”を!」

利家が裾の中から硬貨を取り出しばら撒く。

そしてあっと言う間に周囲に亡者の軍団が現れた。

「船の上だから一度に召喚できる数は少ないが、無尽蔵の軍勢━━━━凌ぎきれるかな!!」

利家の指示と共に亡者の群れが一斉に襲い掛かってきた。

 

***

 

ミトツダイラは銀鎖を横に薙ぎ、乗り込んできた織田の兵を纏めて吹き飛ばした。

その隙を突いて元忠率いる徳川兵が術式盾を展開しながら前進し、崩れた敵軍を押し出す。

 だが敵も直ぐに体勢を立て直し、此方を押し返す。

 そんな行為を先ほどから繰り返していた。

 一件此方の方が優勢のように見えるが敵の数は此方を圧倒しており、徳川の兵たちは徐々に疲労していた。

「このままでは押し崩されますわね! 元を断たなければ!」

「とは言え、牽引帯周辺は敵がしっかりと固めているぞ!」

 右舷に居る敵艦を見る。

 曳馬と敵艦の間には四メートルほどの間があるが自分の脚力と銀鎖なら向こうまで跳躍できるかもしれない。

「私、あっちまでちょっと跳んできますわ!」

「できるのか……いや、分かった! だがお前さんがこっちに居ないと少し厳しいぞ?

アマテラス殿をこっちに呼ぶか?」

「でしたら私が入りましょう」

 突然の声に振り返ればそこには二律空間から三丁の長銃を取り出し浮遊させている“曳馬”が居た。

「船の方、大丈夫ですの?」

「現在船のシステムはダウン中です。おそらく電磁網による物だと判断します。

よってアレを何とかしないとどうしようもありません」

 “曳馬”が指差す先には紫色の電磁網を放っている空中機雷が存在していた。

「あれを止めるにはどうすればいい?」

「空中機雷は全て北ノ圧からの信号で制御されています。どうにかしてあの艦に攻撃を加えれれば信号が途絶えた隙に離脱可能です」

「そうするためにもまずは此方を繋いでいる船をどうにかすると、そう言うことですわね」

 「Jud.」と“曳馬”が頷いた。

「ではここを頼みますわ」

「Jud.、 先ほどから主砲を殴り壊したり土足で踏み入ったり、人間的な感情表現をするならば不愉快です。

P.A.Odaの皆様にはお帰りいただきましょう」

 そう言った直後、“曳馬”が銃撃を放ち、牽引帯を渡っていた三人の兵が落下した。

 

***

 

 ミトツダイラはゆっくりと息を吐くと走路を定めた。

 向こうに跳躍するならなるべく風の力を得たい。

 今は向かい風。

 飛ぶべきでは無い。

 暫く待ち、気持ちを静める。

 周囲の戦闘の音を遮断し、肌に感じる風の感覚のみに注意する。

 風が止んだ。

 周りに何も無くなった感覚。

 動き出そうとする体を静止するとゆっくりとスタンディングスタートを取る。

 此方に気がついた織田兵が向かってくるが“曳馬”の銃撃に止められる。

━━………………………今ですわ!!

 駆けた。

 スタンディングスタートからの急発進。

 追い風を受け、体を加速させる。

そして甲板の端に近づくと右足を大きく踏み込んだ。

 跳んだ。

 半獣の筋力を最大限りようした跳躍。

 それにより手すりを越え、放たれた砲弾の様に敵艦に向かう。

「今ですわ!!」

 銀鎖を放ち敵艦の甲板にアンカーのように打ち込むと自分の体を引き寄せる。

 急停止により体に重圧が掛かり歯を食い縛る。

 そして両足で甲板に着地すると大きく息を吐いた。

━━大成功ですわ!

 さて、これからどうしようか?

 乗り込んだはいいもののどうすればこの艦を曳馬から引き剥がせる?

「やはり艦橋を潰すのが手っ取り早いですわね」

 そう判断し進もうとした瞬間、背後に気配を感じた。

 振り返り、鉄鋼船の主砲の方を見ればそこに一人の少女が座っていた。

「あはは! 凄いねー、今の! 半獣族の力って奴?」

 太陽を背に赤毛が靡いていた。

 赤い髪を後ろで結い靡かせる少女は立ち上がると右手で大型の剣のような武器を持ち上げる。

 そして此方に向かって無邪気な笑みを向けると跳躍した。

━━高い!?

 高く、そして華麗に跳躍した少女は此方の頭上を飛び越え正面に着地した。

 今の跳躍、術式を使ったものではなかった。

 つまり純粋な身体能力だけであれだけの跳躍したのだ。

「もう、そんな怖い顔しないでよー。これから殺し合うんだしさあ」

「……は?」

 あまりに無邪気に放たれた言葉に一瞬理解が遅れた。

「ずーっと退屈だったんだよねー。織田に行けば刺激的な戦いが出来ると思っていたのに、毎日待機ばっかりでさー。

でも、まあ今日のためだったと思えばオッケーかなって!!」

 一瞬だった。

 本能で危険を察知し、顔を引けば鼻先を蹴りが掠める。

「!!」

 直ぐに距離を離し構えると少女は嬉しそうに目を弓にする。

「いいよ! あんた! 凄くいい!!」

「何者ですの!!」

「私はシャーリィ・オルランド、<<赤い星座>>部隊長で<<血染めのシャーリィ(ブラッディシャーリィ)>>とか呼ばれてるよ」

 <<赤い星座>>!?

 こんな少女がか!?

 いや、先ほどの蹴りといいこの彼女は只者では無い。

「私はネイト・ミトツダイラ。武蔵の第六特務ですわ」

 そう名乗るとシャーリィははしゃぎ始めた。

「ヒャッホーゥ!! 一度特務級と殺りあってみたかったんだよねー!!」

「戦闘狂……ですわね」

「だって楽しいじゃん! 全力で力をぶつけ合って命の削ぎ合いをするのはさあ!!」

「生憎、私は貴女の考えには共感できませんわ。ですが、掛かる火の粉は振り払わさせていただきますわ!!」

 シャーリィが目を細め武器を構える。

「いいねえ! その闘気!! ここまで来たかいがあったよ!!

さあ、<<テスタ・ロッサ>>!! 食事の時間だ!!」

 直後、赤い影が襲い掛ってきた。

 

***

 

 ミトツダイラは咄嗟に二本の銀鎖を展開すると敵の攻撃を受け止めた。

 鎖と鎖のつなぎ目で敵の刃を受け止めると両者の間に火花が散る。

━━やはり素早いですわ!!

 先ほどの突撃、初動が見えなかった。

 だが動きは直線的で力は人間が出せる範囲内。

 落ち着いて対処すれば何とか凌げる。

 突然シャーリィの口元に笑みが浮かんだ。

それと同時に危険を感じる。

 彼女は剣を銀鎖の上で滑らせ先端を此方に向けた。

 銃の先端には穴が開いており、暗い穴に螺旋状の溝が見える。

━━銃剣!?

 そう認識した直後、銃口より銃弾が放たれた。

咄嗟に顔を逸らし、至近距離で放たれた銃弾を避けるが、髪を数房持って行かれる。

 シャーリィは銃撃と共に後ろへ跳躍し、距離を離した。

「あはは! 今の、良く避けたねー!!」

「この!!」

 四本の銀鎖を時間差で放って行き、敵を包むように動かした。

しかし敵は跳躍すると一本目の銀鎖の上に乗り、それを足場に別の銀鎖へ。

僅かな足場を身軽に跳ねるその姿はまるで雌豹の様であった。

「鎖を使う奴の対策ってしてるんだよ、ね!!」

 四本目の銀鎖を蹴り、シャーリィが突撃を仕掛けてくる。

 銃剣を振り下ろしながら近づいてくる彼女を後方への跳躍で回避するが敵は着地と同時に此方を追跡してくる。

「銀鎖!!」

 呼び戻した銀鎖で敵の攻撃を受け止めるがシャーリィは押し進もうとする。

「無駄ですわ!!」

「それは……どうかなあ!!」

 銃剣が唸り声を上げた。

 鋸状の刃が回転を始め、銀鎖を削る。

「チェーンソー!?」

 敵の武器に気を取られた隙を突き、赤の雌豹が銀鎖を潜り抜ける。

そして唸り声を上げる銃剣を水平に構えると此方を胴を断つように薙ぎ払ってきた。

「さあ、唸れ<<テスタ・ロッサ>>!!」

 

***

 

 佐々・成政は敵が吹き飛んだのを視認した。

 敵は術式で強化した此方の拳を剣で受け止めようとしたのだ。

 無謀である。

 自分の拳は城壁であろうと砕く代物だ。

たかが女の筋力で受け止められるはずが無い。

 敵は容易く後方へ吹き飛び、曳馬のブリッジ下の壁に叩きつけられた。

 どう考えても無事ではない。

 軽症でも背骨が折れ、下手をすれば死んでいるだろう。

だが……。

━━最後の感覚に違和感があった。

 拳で相手を殴りつけた時、最後に踏み込む瞬間に一瞬だけ手ごたえが無くなったのだ。

「……自分から後ろに飛んで威力を減衰しやがったか」

 眼前、青髪の少女が剣を杖にし立ち上がる。

「痛覚……遮断……しわすれた!」

 凄まじい衝撃を体に受けたにも関わらずこの敵は戦意を微塵も失っていなかった。

それどころか先程よりも闘気が澄んで来ている。

━━不利になればなる程強くなるタイプか……。

 だとするなら長期戦は避けるべきだろう。

「生きてさえ居れば後はどうでも良いって言われてんでな……悪いが潰れてもらうぜ!!」

 百合花を展開し駆けた。

 敵は強がっているものの先ほどの衝撃が足腰に来ているらしく、ふら付いている。

 動けないように足を潰す。

 そう判断し、拳を構えると眼前にもう一人の女が入って来た。

「やらせません!!」

 女は羽衣を展開し目の前で壁上に編む。

それで此方を止めようと言うのか?

「馬鹿がっ!! 咲け!! 百合花ァ!!」

 羽衣を穿ち、閃光が生じる。

 桃色の壁はいとも容易く千切れと飛ぶかと思えたが……。

「!!」

 耐えた。

 羽衣は此方の拳を受け止め無傷である。

━━なんだと?

 電流によって強化されていたようだがそれだけで“百合花”を受け止められるはずが無い。

 ならば何故?

 そして気がついた。羽衣が揺れている事に。

「衝撃を伝導させて、衝撃を軽減しやがったか!!」

 敵は攻撃の衝撃を羽衣上で波とし、揺らすことによって力を減衰、吸収したのだ。

 攻撃が不発に終わった事を認識すると同時に次の行動へ映る。

 今、この敵は自分の武器を防御に使っている。

 その為この羽衣の展開を解かない限り次の攻撃に移れないのだ。

 その前に羽衣を潜り抜けた。

 敵もその事を承知しており、後ろへ下がる。

 女が下がり、男が追う。

 此方の攻撃を止める為敵の掌から雷撃が放たれるが僅かに体を逸らし避ける。

「逃すか!!」

「総領娘様!!」

 女の背後から少女が現れる。

 彼女は緋想の剣を上段に構え振り下ろした。

「チィ!!」

 左足で体を急停止させ、そのまま後ろへ跳躍する。

 それから仕切りなおすため息を整えると前方で少女と女が互いを庇い合うように並んだ。

 

***

 

━━いける!!

 そう比那名居天子は思った。

 悔しいが自分一人ではこの男に勝てない。

だが衣玖と共になら勝てるかもしれない。

 自分でも驚くほど衣玖と息が合うようになっており、戦闘中に彼女が何も言わなくても自然に連携が出来た。

━━あの馬鹿風に言うと絆って奴かしら?

 絆。

なんとも陳腐な言葉だ。

昔の自分なら馬鹿にしていただろう。

だが最近はそんな陳腐に染まるのも良いと思い始めている。

 昔、父に言われた。

 真の強さとは心の強さであると。

当時の自分には良く分からなかったが、今なら少し分かるかもしれない。

「負けられないわよね! 信じてくれる奴がいるなら!!」

 自分が負ければ皆に迷惑が掛かるし、死んだらあの馬鹿を道連れにするかもしれない。

━━私が死んだらあの馬鹿、悲しむかしら?

 悲しむだろうなぁ……お人好しだし。

・天人様:『ねえ、私が死んだら死ぬ?』

・俺  :『おうおう、しんじまうぜ』

・ホラ子:『ちなみにトーリ様が昇天するとついて来そうなのが三人ほどおりますので天子様は事実上四人の命を預かっています』

・天人様:『あんたは? ホライゾン? やっぱ馬鹿が死んだら死ぬの?』

・ホラ子:『…………』

・俺  :『黙るなYO!!』

・ホラ子:『ご安心を、トーリ様がおっちぬ事は無いとホライゾンは信じてますので』

 これは結構な重荷だなぁ。

 だが私は追い込まれれば追い込まれるほど燃えるタイプなのだ。

 笑みを浮かべ、緋想の剣を構える。

━━さて、勝つわよ。

 成政も最早余力を残す雰囲気が無く、静かに構える。

 どちらが先に踏み込むか。

そのタイミングを計りあっていると突然艦首の方から紅い飛空挺が現れた。

『おいおい、ナルナルくぅーん? もしかして苦戦ですかー!? 苦戦ですかーーーーーーーぁ!? ざぁぁぁぁぁぁぁこっ!!』

 成政が額に青筋を浮かばせ表示枠を叩き割った。

 だが直ぐに再び表示枠が開かれる。

『んん? 図星かなぁ!? 図星なのかなぁぁぁぁぁぁぁ!?』

「……ウゼェ」

 表示枠が閉じられると成政はやれやれと首を横に振り、此方を見た。

「お前も運が無いな。本来なら俺だけで終わる筈だったのに」

「……どういう」

 言いかけた途中で飛空挺から影が降り立った。

 それは鬼であった。

 引き締まった筋肉の固まりはP.A.Odaの制服を靡かせながら仁王立ちをする。

 その極太の手には槍が握られており、男は成政を見る。

「なんでこっち来たんすか……」

「お前があまりにももたついているからなぁ。気になってきたんだぞ。

べ、別にお前のためなんかじゃないんだからな!! ぶあぁぁぁぁぁぁぁぁぁかぁぁ!!」

「ウゼェ!!」

 成政の視線がいよいよ不味くなり、今にも殴りかかりそうだが男は無視する。

 それから此方を見ると頭から指先まで、此方を測るように見た。

「ちっせえなあ! ちゃんと飯食ってんのか!? 飯!!

俺は今朝、愛妻弁当食べたねぇ!! ナルナルくんのも俺が全部喰っちまったぞ!!」

「あれ喰ったのはやっぱあんたか!!」

 な、なんなのだこの男。

 戦場にいきなり降り立ったかと思えば、成政をからかい始めている。

 そして無防備なのだ。

 此方から攻撃を受けるかもしれないのにこの男は全く警戒していない。

いや、もしかしたら警戒が必要ないのかもしれない。

何故なら……。

「総領娘様」

 衣玖の言葉に頷く。

 そして武器を構えると冷や汗を掻きながら言葉を発した。

「この男がP.A.Oda六天魔五大頂筆頭、柴田・勝家!!」



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~第二十三章・『後ろ見守りの従者』 我が儘でしょうか? (配点:竜宮の使い)~

 浜松へ向かう徳川艦隊の中列を航行する輸送艦に本居小鈴たちが居た。

 船の貨物搬入地区に急造された仮設居住区では筒井から逃れた民達で溢れており、皆不安そうな表情を浮かべている。

 そんな中で小鈴は自分のベッドの上に本を並べ、読みかけの小説を読んでいた。

「随分と落ち着いてるわねー」

 本を読むのを止め、顔を上げれば通路を挟んで反対側のベッドに座っているレンを見る。

「今さら慌ててもどうしようもないし、だったら本でも読んでようかなーって」

「その度胸をそこでカタツムリになってる人に分けてあげたいわ」

 レンが指差す先に白いカタツムリがいた。

 いや、カタツムリではなく盛り上がった布団なんだが時折振るえ、篭った声が聞える。

「う、五月蝿いぞ。小娘共、これは怯えているわけではない!! えーっと、そうだ!

精神統一の修行中だ!!」

 布団が上下に動いたりしながら何か喚くが二人は無視する。

「レンちゃんはこれからどうするの?」

「私はとりあえず武蔵に向かうわ。そこにエステル達が居るはずだから」

 そうか、彼女の目的地は武蔵だった。

 自分は関東に向かうため彼女とは浜松でお別れになる。

その事に寂しさを感じているとレンが眉を下げる。

「関東までエスコートしましょうか?」

「え? でも……」

「“でも”じゃ無い。そんな顔している女の子を一人で行かせられないわ。

まあ一度一緒に遊撃士協会の支部に寄ってもらうけど」

 予想外の申し出に嬉しくなり、思わずレンの手を握る。

「ありがとう!! レンちゃん!!」

「フフ、これから先も宜しくね」

 互いに顔を見合わせ笑うと輸送艦が揺れた。

 それに周りの人々が動揺の声を上げ、カタツムリ布団が跳ねた。

「……そう言えば、艦隊を二つに分けたらしいけど囮の人達、大丈夫かしら?」

「え、そうなの?」

 そんなこと説明されていない。

一体何処からの情報なのかレンに聞くと彼女は表示枠を開き悪戯っぽく舌を出した。

「ちょーっと、ハッキングをね」

「ハ、ハッキングって……大丈夫なの?」

「痕跡は残してないから大丈夫よ。慌ててたせいでセキュリティも低かったし」

 セキュリティが低いって……。

 仮にも軍所属の輸送艦だ。

素人にハッキングされるはずが無いが……。

━━レンちゃんって何者なんだろう?

 自分と同い年かそれより幼そうなのに言動は大人びていて落ち着いている。

それにとても強かった。

「レンちゃんって妖怪?」

「そう言う風に言われたのは始めてだわ……」

「う、うん。そうだよね。人間だよ……ね?」

「私は純粋な人間……いや、そうとも言えないかもね……」

 言葉を濁し苦笑する彼女を見て今の質問が失敗だった事に気がつく。

人は皆、知られたくない事の一つや二つある。

それを他者が訊くのはよくない。

「……あ、その、さっきの話しだけど囮ってどういう事?」

「徳川は私たち民間人と徳川秀忠を逃がすために囮艦隊を編成して織田の勢力圏に突入、敵の目を引きつけているらしいわ。

それで囮の方だけど、あまり状況は芳しくないらしいわ」

「……芳しくないって?」

「囮艦隊の旗艦だった曳馬と連絡が途絶えたらしいわ。

向こうで何かあったと見るべきね」

 その言葉に不安を感じる。

 向こう大丈夫なのだろうか?

 そう思いながら輸送艦の天井を見上げるのであった。

 

***

 

 戦場は静止していた。

 誰もが甲板中央に注目していた。

 曳馬甲板中央では鬼と天人が正対している。

 鬼は余裕満面の雰囲気でそれに対する天人は冷や汗を掻き、慎重に武器を構えている。

「お、おい? どうなってんだ?」

 誰かが言った。

「し、知るかよ! でもこれってヤバイんじゃないか?」

「なんでウチの貧乳様動かないんだ?」

「動かないんじゃねえ、動けねえんだ」

 中年の男の言葉に皆が彼に注目した。

「強者同士の戦いってのは刃を交える前から始まっている。そこで分かっちまったんだ、うちの貧乳様は。

圧倒的な力の差を……」

「そんな……」

 皆が動揺する。

そんな中「だが」と中年の男が続けた。

「うちの貧乳様がそれで折れる奴じゃないってのは皆知ってるだろ?」

「……ああ」

「心と体の硬さはスゲーもんな!!」

「ばっか、それがいいんじゃねーか! あの硬さが!!」

 動揺していた皆が落ち着き、逆に意気が上がって行く。

「おい、徳川の!! 何盛り上がってやがる!!」

 反対側、術式盾を展開していたP.A.Odaの兵士達が此方を指差す。

「最強なのは柴田先輩だ! 勝つのは俺らだ!!」

「そうだ!! 貧乳信者はすっこんでろー!!」

「うるせー、あの平原っぷりが良いんだよ!!」

「おい! 動くぞ!!」

 どちらの声なのかは分からない。

だが皆同時に二人の方を向いた。

 青が動いた。

 それに対するのは黒の鬼だ。

 天子の緋想の剣が柴田の“瓶割”に受け止められたのと同時に戦場が再び動いた。

「よし、やるぞ!! 三河魂見せてやれ!!」

「「Jud!!」」

「こっちも行くぞ!! 天下布武の力、見せてやれ!!」

「「Shaja!!」」

 両者の掛け声と共に両軍が激突した。

 

***

 

 初撃は弾かれた。

 それは良い。

問題はどのように弾かれたのかが分からない事だ。

 敵は攻撃の直前まで構えておらず、此方を見てもいなかった。

 それなのに弾かれた。

 刃が敵の頭を切り裂いたと思った瞬間、柴田の頭と此方の刃の間に“瓶割”の刃があった。

━━どういう反応してんのよ!!

 初撃を外した以上、このまま接近しているのは危険だ。

 後方に跳躍し、敵の反撃を警戒するが柴田は動かなかった。

 彼は先ほどと全く同じ余裕の笑みを浮かべており、武器を構えない。

「馬鹿にしてんのかしら……?」

 柴田は答えない。

その代わりとでも言うように彼は首を横に振り此方を見る。

「三分だ。三分やるから自由に攻撃してみろ」

 その言葉に思わず頭に血が上る。

 馬鹿にして!!

 私は馬鹿にされるのが嫌いだ。

嘗てのことを思い出す。

天界で、他の天人たちから送られたあの蔑みの視線を。

「総領娘様!!」

「…………!!」

 衣玖の言葉に冷静さを取り戻し、頭を振る。

そうよね。頭に血が上って、そんな馬鹿な事で負けるわけにはいかないのだ。

「ほう? なんだ、良い目が出来るじゃねーか」

 冷静に息吐き、緋想の剣を構え直す。

相手との実力差は嫌と言うほど分かる。

だがなんとしてでも喰らいついてみせる!

 身を低くし駆ける。

 敵は鬼族。

強靭な体躯を持ち、並大抵の攻撃では傷一つ付けることは出来ない。

大地を使う能力が使えない今、自分が取れる戦法は限られて来る。

狙うのは目、首、各関節だ。

━━やってやるわ!!

 駆けながら左手を構え、気質弾を発射する。

 狙うのは柴田本人ではなく彼の前方の甲板だ。

 気質弾が甲板に当たると爆発が生じ、周囲が緋色の閃光で包まれる。

その中に飛び込むと柴田の左側に回りこんだ。

 つま先で低空跳躍を行い一気に距離を詰めると敵の首を目指し緋想の剣を叩き込む。

「!!」

 鈍い音が鳴り響いた。

 いつの間にかに首の前に置かれた“瓶割”の刃と緋想の剣の刃が当たり、弾かれたのだ。

━━やっぱり見えない!?

 動揺を隠し着地と同時に敵の背後に回りこむ。

 そして敵の左足関節を裏から狙うが鬼の顔が眼前に現れる。

「あと二分だ」

「っ!!」

 思わず距離を離し、冷や汗を拭う。

 今自分は確かに敵の背後に回りこんだはずだ。

だが敵はいつの間にか此方を向いていた。

 どうやって!?

 敵が此方を追うならあの巨体だ。

かなりの動作が必要になる。

なのに敵は一瞬で振り向いたのだ。

━━まさか……。

 時間も無い。試してみるべきだろう。

 そう思い今度は正面から行く。

 敵の正面に来ると緋想の剣を両手で持ち右上から左下に薙ぐ。

 弾かれた。

だが構わない。

 今度は左上から右下へ。

 弾かれる。

 高速で九連続の斬撃を放つが刃はどれも敵の眼前で弾かれる。

━━やっぱり!!

 敵の動きが分かってきた。

 敵は鬼族の身体能力を活かし高速の瞬発力にて体を動かしているのだ。

 急加速と急静止。

 それを繰り返しまるで止まっているかのように見せかける。

 無茶苦茶だ。

 視認出来ない勢いで腕や体を動かしているならそれを止めるときに掛かる負荷は計り知れない。

だがこの男は己の筋肉を固定し動きを止めているのだ。

「一分」

「だったら……!!」

緋想の剣で敵の脇腹を穿つ。

それと同時に踏み込み、敵と密着する。

そして左掌をほぼ零距離で柴田の顔に向けた。

いくら敵が高速で動くとはいっても密着されては避けれない。

「喰らいなさいよ!!」

 気質弾が零距離で放たれ両者の間に爆発が生じる。

 その衝撃で体が大きく後ろへ吹き飛ばされ左腕に酷い裂傷が生じた。

「……っ!!」

 血が吹き出す左腕を押さえながら立ち上がり敵の様子を確認すれば、鬼が立っていた。

 気質弾を受けたはずの顔には傷一つ無い、柴田は冷めた目で此方を見ている。

━━そんな!? 無傷なんて!!

「はあ……期待外れか? あと二十秒」

 「危険だ」と全身の細胞が警鐘を鳴らした。

 あの男は危険だ。

 これまであってきたどの敵よりも。

 そう思うと同時に敵と距離を離すため後方へ跳躍した。

それと同時に柴田がタイムリミットを告げる。

「行くぞ?」

 直後、視界が一転した。

 空が回り、次の瞬間には甲板が見えた。

そして全身に強烈な衝撃を受け、視界が一瞬途切れる。

━━…………ぁ、え?

 何が起きたのだ?

 自分は敵との距離を離すため跳躍していた筈だ。

 だが今眼前に広がるのはタイル状の曳馬の甲板。

 麻痺していた感覚が戻り、強烈な痛みと口の中に広がる血の味を感じながらようやく自分の状況が理解できた。

 今、自分は甲板に叩き付けれているのだ。

 右足を鬼の腕に掴まれており、鬼が此方を見下している。

━━いつの間に!?

 理解できなかった。

 視認できなかった。

 敵はいつこちらとの距離を詰めたのだ?

 全てが理解できず、混乱する。

「……次、行くぞ?」

 声が聞えた頃には今度は中を舞っていた。

 上空に放り投げられ甲板に背中から叩きつけられる。

「ッァ!!」

 詰まった息を吐き出し、揺れる視界の中で何とか立ち上がる。

 次の瞬間見えたのは放たれる“瓶割”の刃であった。

 銀の一閃は高速で此方に伸び、そして左肩を貫いた。

 

***

 

「総領娘様!!」

 衣玖は眼前で起きた事の半分も理解できなかった。

 分かった事は天子がいつの間にか柴田に足を掴まれ、叩きつけられ、その後放り投げられた後刺された事だ。

 天子の左肩から“瓶割”が引き抜かれ、赤い鮮血が吹き出す。

「総領娘様!!」

 いけない。

あの男はいけない。

今の彼女、いや私たちでは対抗できない。

 天子を救うべく駆け出そうとするが色黒が遮った。

「……退いて下さい」

「悪いが、それはできねーな」

「ならば退いていただきます!!」

 羽衣を右腕に撒き、佐々に向けて連続で雷撃を放つ。

敵は筋力強化した拳で雷撃を弾くがその隙に今度は彼の周囲に球状の雷撃を放った。

 雷球は敵の周囲でバウンドすると彼を狙い全方位から襲い掛かる。

「っち!! 咲け、百合花ァ!!」

 佐々が右足を強化し踏み込むと周囲の甲板がめくり上がり、雷球を防いだ。

 まだです!!

 指を空に挙げ仮想黒雲を召喚すると敵の頭上に雷を落とす。

 それを佐々はめくれ上がった甲板を蹴り上げ、迎撃した。

 空中で閃光と火花が生じ、蹴り上げられた甲板が砕ける。

 その破片を潜り抜けて敵は来た。

━━いけません!!

 手に巻いていた羽衣をドリル状にして突き出し、迎撃するが佐々は突然止まった。

 “しまった”と思う頃には遅かった。

 敵は足を止め、体を捻るとドリルを避け此方の右側面に回りこんできた。

 佐々から此方の脇腹を狙った拳が放たれる。

 咄嗟に衝撃吸収の加護を受けた術式符を多重展開するが拳は鳥居型の障壁を砕きながら脇腹を穿った。

 衝撃と激痛。

 それを脇腹に受け、横に吹き飛びながら蹲る。

 あまりの衝撃に思考が止まるが何とか震える膝を支え立ち上がると構える。

 今のは危なかった。

術式符の展開が僅かにでも遅ければ自分はあの拳に穿たれ内蔵を完全にやられていただろう。

「文系には……厳しい……ですね……」

 思えば自分は今まであまり本気を出して戦っていなかった。

 戦うのは天子の役目で自分はその補佐だ。

それで万事上手く行くと思っていた。

 だが先月の八意永琳との戦いで自分の力不足を知る。

そして今回のこれだ。

「まったく、皆さん凄すぎです……」

 天子も武蔵の皆もこの中でやって来たのだ。

 笑い、ふざけ合いながらも強大な敵との命の削ぎ合い。

よくも平気でいられるものだ。

 果たして自分は皆についていけるのだろうか?

 皆、先に進み続けて、自分は取り残されるのでは無いだろうか?

━━そんなの、嫌です!

 最近何だか少し我がままになった気がする。

昔は周囲から一歩下がり、他の人々を見るのが好きだった。

だが今は共に歩みたいと思っている。

 これって我が儘ですよね?

 人々を見ながらも彼らと共に在りたい。

そんな我が儘が許されるのだろうか?

『衣玖、あんた酷い顔してるわよ?』

 開かれた表示枠に天子が映り、彼女の方を見ればいつの間にか彼女と柴田の間に“曳馬”が立っていた。

「最近、私は我が儘になったのではないかと思いまして……」

『あんた、戦闘中に何考えてんのよ……。まあ、でも、いいんじゃない?』

 「良い?」と聞き返すと天子は頷く。

『我が儘で良いじゃない。私も貴女も生きているの。生きているんだから失敗の一つや二つ有るわ。

もし今、失敗して意気消沈してるならこう思いなさい。

これは“失敗してやったんだ”って。それから立ち上がって、立ち向かう。

今私も失敗したわ。だからちょっと回復してから再起する。

だから貴女も再起しなさい。私は貴女が勝つって信じているから』

 不器用に笑う天子を見ると体に力が沸いてくる。

 そうだ、自分は勝つのだ。

 こんなところで躓けない。

 ようやく取り戻した自然な彼女の笑みを奪わせるわけにはいかない!!

「浅間様!! 例の術式の契約を!!」

『Jud.、ぶっつけ本番ですが大丈夫ですか?』

「はい! 信じられましたから!」

 表示枠に映る浅間が微笑み頷く。

『浅間神社の権限を持って永江衣玖の略式術式契約を承認します!!』

『拍手!!』

 彼女の走狗であるハナミが手を閉じると同時に自分の周囲に多数の表示枠が現れては消えた。

 そして最後に現れた表示枠に浮かんだ“是”と“非”のうち、“是”を押すと文面が流れた。

『契約執行』

 全てが終わり目を閉じ、息を整えると敵と正対する。

「……どうやらそれが切り札みたいだな」

「ええ、これで勝たせていただきます」

「は! 随分と強気だな!」

「信じられましたので」

 自分の周囲に多数の術式符が浮いた。

それらは天に散り、周囲が黒雲で包まれて行く。

「これは……」

 周囲はあっと言う間に黒雲で包まれ雷が鳴り低い音が鳴り響く。

「創作術式“竜宮舞”。共に歩むことを決意した者の意地と力、お教えいたしましょう!!」

 そう笑みを浮かべると同時に佐々が突撃してきた。

 

***

 

 柴田・勝家は敵の動きに若干感心をした。

 先ほどの刺突。

相手の心臓を狙ったものだ。

 だが後僅かで刃が届くという所で敵は咄嗟に動いた。

 本能的な、自分でも認知していない回避だろう。

それでもその動作によって彼女は致命的な一撃を受けるのを避けた。

━━こりゃあ、割と……。

 初めは大した事ないと思っていたがこの小娘、今後大きく化けるかもしれない。

・スキマ:『あの? 柴田さん? その子、殺さないようにお願いしたいんですけど?』

・大先輩:『あ? 俺が目的忘れてたと思ってんだな? そうだな?

そうだよ! 忘れてたぞ! ばぁ━━━━━━か!!』

・スキマ:『このクソ鬼……! 境界の狭間であれこれしてやろうかしら!?』

・さるこ:『あの、紫さん。落ち着いて、落ち着いて』

・スキマ:『ええ、私とした事がつい熱くなってしまいましたわ』

・大先輩:『熱いのはテメエの化粧だろうが!! BBA!!』

・スキマ:『“安土”さん? ここからあの馬鹿の艦隊吹き飛ばせないかしら?』

・安 土:『私の能力なら可能です。流石は私と判断します━━以上』

・三立甲:『おーい、味方、味方と争ってんなよー?』

 まったく細かい奴だ。

 そう伊勢に布陣している安土に居るであろう八雲紫の様子を思い浮かべる。

どうにもあいつには余裕が感じられない。

 表面的には落ち着いているように見えるがその本心は焦りきっているのだろう。

━━ま、アレを知っちまったら落ち着いてられねーか。

 特別である俺は平気だが普通の奴なら動揺するだろう。

それでも平静を保ち、アレを知った上で行動しているのだから大したものだ。

「さて」

 捕獲対象を見る。

 彼女は肩から吹き出す血を押さえ、額に大粒の汗を浮かべながら鋭い視線で此方を睨みつけていた。

━━いい目だ。

 不屈の闘志を持った目だ。

こういった輩は少々厄介だ。

なぜなら決して諦めないからだ。

いくら叩きのめそうと立ち上がり、立ち向かってくる。

 その上で先ほど感じた“芽”。

 この小娘の“芽”を摘むのは少し勿体無いように感じるが……。

━━計画の邪魔になるといけねえしな。

 ならやる事は一つだ。

 ここでこの小娘を完膚なきまでに叩き潰し、安土まで連れて行く。

 その後の事は此方の世界の親方様とあの連中に任せるとしよう。

 小娘が此方の動きを察知したのか、僅かに後ろへ下がり右手に持つ緋想の剣の柄を握り締めた。

 この小娘は終わりを認めていない。

だが自分がこの敵に終わりを認めさせるのだ。

 “瓶割”を構え、彼女の足を穂先で狙う。

 敵に対して構えたのは彼女に対して多少は敬意を払うつもりだからだ。

「……終わりな!」

 両足に力を込め、飛び込もうとした瞬間眼前に銃弾が迫った。

 それを顔を僅かに逸らし、避けると続いて二連続で銃声音が鳴り響く。

 放たれた二発の銃弾は甲板に辺り兆弾となる。

 一発は此方の右膝を、もう一発は此方の左脇を。

━━良い狙いじゃねえか!!

 迫る二発の銃弾に対して体を動かす。

 足は大股開きにし、左腕は大きく上げる。

 銃弾はそれぞれ狙いを外し、空高く飛んで行き見えなくなった。

「おや? 外しましたか?」

 言葉の先、此方と小娘を挟むように自動人形が立っていた。

 侍女服を着、三丁の長銃を周囲に浮かばせた彼女は黒く長い髪を体の前で結い、切りそろえられた前髪の下には鋭く、澄んだ茶色の瞳を輝かせている。

「あ、あんた!?」

「Jud.、 中央の戦況はどうなっているのか確認したところ、天子様が盛大にフルボッコされていたのでこれはいけないと救援に来ました」

「フ、フルボッコって……」

「おや、違いましたか? あまりに見事なやられっぷりに思わず録画しましたが?」

「それ消せーーーーー!!」

 後ろで喚く天子を無視すると彼女は此方を見た。

「柴田・勝家様で御座いますね? 特務艦曳馬艦長、“曳馬”と申します。

以後、お見知りおきを」

「覚えるかどうかはお前次第だ。雑魚の名前は覚えないつもりでな」

 「成程」と曳馬は頷くと鋭い視線を此方に送る。

「ならば覚えていただきます。貴方方が何を敵に回したのか。それを知っていただくために。

三河自動人形の矜持、身を持って知っていただきましょう!!」

 その声と共に三丁の長銃から銃撃が放たれた。



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~第二十四章・『雲海の舞手』 黒い海に紅く (配点:緋の衣)~

 曳馬右舷に着いた戦艦の甲板上で銀狼が駆けていた。

 彼女は額に冷たい汗を掻きながら駆け、周囲を警戒している。

 それを赤の雌豹が追いかけた。

 雌豹は手に持つ銃剣を狼に向け銃撃を放った。

「っ!!」

 狼が横へ跳躍し銃撃を避けると肩から二本の銀鎖を放ち、近くの資材箱を掴むと雌豹に投げつける。

 敵はそれを後方への跳躍で回避すると口元に笑みを浮かべ、慎重に距離を離し始める。

━━厄介ですわ……!

 そうミトツダイラは思った。

 敵は狩を行っている。

 此方を追い詰めじわじわと体力を奪い、仕留める。

 狼も狩を行う動物だが、敵と自分の間にはとある差が生じていた。

それはこの脇腹から来る激痛だ。

 視線を下げ、自分の脇腹を見れば赤く染まっていた。

 敵のチェーンソーに気を取られた隙を突かれ、攻撃を受けた。

 寸前の所で回避したため敵のチェーンソーに内臓をやられずに済んだが、出血が酷い。

━━いくら半人狼とはいえ、この出血はいけませんわ……。

 敵もその事を理解しており、先ほどから自分を走らせている。

 このままでは出血多量で気を失う。

「なら、短期決戦ですわね……」

 素早い相手を捕まえるのは容易なことでは無いがやるしかない。

 乱れた息を整え敵を見据える。

「流石、その傷でまだ動けるなんてね」

「この程度で武蔵の騎士は倒れませんわ!」

 駆ける。

 敵を覆うように四本の銀鎖を放つとシャーリィは跳躍した。

「だからさあ! 対策はしてるんだよね!!」

「では、これでどうですの!!」

 シャーリィが銀鎖に着地すると同時に別の銀鎖が着地された銀鎖を殴りつけた。

「!!」

 殴られた銀鎖は大きく揺れ、バランスを崩したシャーリィは直ぐに跳躍し地面に着地した。

 そこへ突撃を仕掛ける。

 拳を構え、彼女の胸を狙うと敵も後ろへ跳躍しながら迎撃の為の銃撃を放つ。

 連射される銃弾の中を駆け抜け、途中数発が体を霞め、傷口から血が吹き出す。

━━構いませんわ!!

 敵は銃撃では此方が止まらないと理解すると着地し、手に持つ銃剣の刃を回転させ逆に踏み込んできた。

 それに対し今度後ろへ跳躍するのは自分の方だ。

 両足で後ろへ飛び、敵が武器を空振るのを確認すると敵の背後に回りこませていた二本の銀鎖に指示を出す。

「敵を穿ちなさい!! 銀鎖!!」

 二本の銀鎖が槍の様に放たれシャーリィは一本を避けるが二本目が左肩を掠り、その衝撃で甲板上を転がる。

「今ですわ!!」

 転がった敵を狙って駆け出す。

 敵は銃剣の銃口を此方に向けるが直ぐに自分の体に銀鎖を巻きつけ、銃弾を弾ける様にする。

「無駄ですわ!!」

「それは……どうかなあ!?」

 シャーリィが銃身横のスイッチを押すと銃口下部の装甲が展開された。

「燃やせぇ!!」

 装甲内から油が射出され、銃口下に点いた火種と触れると引火する。

 眼前に迫る炎を横へ転がる事で避けると髪に着いた火を手で払って消化する。

「……火炎放射器。そんな機能までついているなんて」

 此方が立ち上がると同時にシャーリィも立ち上がった。

 彼女は愉快そうに顔を歪めると銃口を此方に向ける。

「さあ、仕切りなおしだ!!」

 その言葉と共に銃剣より炎が射出され、甲板が炎上した。

 

***

 

 点蔵は甲板端に追い込まれていた。

 周囲は白色で溢れており、赤く輝く瞳が生ある者を自分達と同じ場所に引き摺り下ろそうとしている。

 群れの中から一体の動白骨が現れた。

 動白骨は錆びた槍を突き出し此方の首を狙うが、槍の柄を掴むとそのまま引き寄せる。

 引き寄せられた動白骨は足を掛けられ転び、そのまま手すりを越えて甲板から転げ落ちて行く。

━━百四十二!!

 今ので百四十二体目の転落者だ。

 周囲にはまだ千を超える動白骨がおり、徐々に包囲を狭めてくる。

━━これは……まずいで御座るよ。

 前田・利家の“加賀百万G”は使者と契約する事によって報酬が続く限り無尽蔵に亡者を召喚する術式だ。

 その上、敵を不用意に倒すと砕かれた動白骨たちが再生、合体し元の固体よりも大きく、そして強くなる。

その為敵を倒すのではなく、場外へ放り投げることに専念していたのだが……。

「おやおや、そろそろ息が切れてきたみたいだねぇ? どうだい? そろそろ降伏するかい?」

「断る!」

 動白骨の群れの後方に居る前田を睨みつけると彼は「やれやれ」と首を横に振った。

「君には打つ手が無いというのに強情だねえ」

 そんな事は分かってるで御座るよ。

 自分と共に来た部隊はこちらを救援しようとしているが織田の兵と一部の動白骨隊によって足止めを喰らっている。

 どうにかしてこの亡者の群れを倒せないだろうか?

 このままでは自分、カレー以下になるで御座るよ!?

 それは嫌だ。せめて人並みでありたい。

 あの時、何故亡者の群れはハッサンのカレーにやられた?

━━敵は亡者、神の力を使い浄化させたで御座るな。

 そうなると今度はカレーって一体何なんだという疑問が浮かぶがまあ、それは置いておこう。

「……自分、神属性の技なんて持ってないで御座るよ?」

 今此処にいるメンバーの中で神属性を持つ存在。

そんなのは居ただろうか?

いや……いた!

 物凄くそれっぽくないが実は大物が一匹。

「あ、ちょっといいで御座るか?」

 手を挙げ訊くと利家は「あ、うん。どうぞ」と頷いた。

 相手の了承も得られたので腰のポーチを探り、信号弾を取り出すと空に打ち上げた。

「あ、もういいで御座るよ?」

「どうも……じゃなくて! なんだい! 今の信号弾は!!

あまりに普通に撃つもんだから最後まで見てしまったじゃないか!!」

 そんなこと言われてもなーと思う。

「いや、救援を呼んだで御座るよ」

「救援? この状況でかい? 誰がこの動白骨の群れを突破して君の所に来るというんだい?」

「もう来たで御座るよ?」

 指差す先を利家が「え?」と振り返ると白の光が亡者の群れを突き抜けていた。

 光が通った場所に道が出来、動白骨達が宙に舞う。

そして此方の正面にいた動白骨が後ろから体当たりをされ、吹き飛ぶと目の前に白の毛むくじゃらが着地した。

「呼ばれて飛び出てって、やつだァ!!」

 アマテラスの頭の上でイッスンが跳ねるとアマテラスは此方を庇うように敵に向かって唸る。

「は、はは! なんだいそれは! この間抜け面の犬が君の言う救援かい!!」

 腹を抱えて笑う利家に頷くとアマテラスの頭を撫でた。

「救援感謝で御座る」

「おうおう! いいってもんだ! 正直言うとオイラ達のこと忘れてんじゃないかって少し不安だったんだぜ!!」

 うん、正直忘れてた。

 というかアマテラス殿、遠目から見たらただの犬で御座るしなー。

「というか、なんでェ!? この亡者の群れは!」

「前田・利家の“加賀百万G”で御座るよ。敵は亡者と契約して無尽蔵に動白骨を召喚してるで御座る。

自分では亡者に対して有効的な攻撃が出来ないから呼んだで御座るよ」

「なるほど! そう言うことならオイラ達に任せなァ! 行くぜェ、アマ公!!」

 アマテラスがイッスンの応じるように一回吠えると前に出た。

「やれやれ、確かにさっきの動きただの犬じゃ無いみたいだけどそれだけじゃ僕の“加賀百万G”は……」

「一閃!!」

 直後前列の動白骨が弾けた。

 砕け散った動白骨たちは流体に分解されて行き、空から光の雨が降る。

「……は?」

 突然の事に固まっていた動白骨が一斉にアマテラスに襲い掛かる。

 それに対しアマテラスは後方へ跳躍すると背中に勾玉を召喚し、流体弾を連続発射する。

 流体弾を喰らった動白骨達は傷口から分解されて行き、光となって崩れる。

「いやいやいや!? なんだいそれは!?」

「彼女はこう見えても天照大神。神道の頂点で御座るよ。

つまりその体は全て神気で出来ており、霊体系種族にとっては全身凶器のような物で御座るなあ」

 此方の言葉に初めて亡者の群れが動揺した。

「さあ!! 行くぜェ!!」

 アマテラスが行き、再び流体の光が咲いた。

 亡者の群れはその隊列を崩し、大きく広がり始めたのであった。

 

***

 

 眼前に迫った雷撃を成政は咄嗟にしゃがむ事で避けた。

 周囲は術式によって召喚された仮想雲海で埋め尽くされており、黒雲を雷光が照らす。

 その中を敵は舞っていた。

 体を回し、羽衣を靡かせ踊るその姿はまさに竜宮に住まう天女だ。

━━こいつ、笑ってやがる!

 敵は舞いながら笑みを浮かべる。

 手が差し伸べられた。

誘われているのだ。「共に踊るか?」と。

「は! 面白え!!」

 拳を構え駆ける。

 そして舞う敵を正面から殴りつけた。

殴りつけたはずだった。

 拳は狙いを外し、虚空を切る。

 そこへ雷撃が来た。

「!!」

 左腕で雷撃を防ぐと後ろへ跳躍する。

 しかしそれよりも早く敵が眼前に来た。

「無粋な方。それでは女性に嫌われますよ?」

 天女が回り、周囲の黒雲から雷撃が放たれる。

その全てを避けれないと判断すると逆に踏み込み、敵の顔面を狙う。

 だがまた外れた。

 拳は空振り、体制が崩れた此方の腹部に天女の蹴りが入る。

 後ろへ吹き飛びながら咄嗟に甲板を殴りつけると反動で跳躍し、此方を狙った雷撃を全て避けた。

 そして一回転の後、着地すると敵との距離を少し離した。

━━こりゃあ一体……。

 

***

 

「あー……これは佐々には少しきついわ」

 安土の食堂で伊勢の戦況を見ていた不破・光治はそう言った。

「あの、どういう意味ですか?」

 自分の正面でテーブルに体を凭れ掛けていたチン……いや、触手が訊いて来る。

「佐々、不器用だから女の子の扱い下手なんだよねー。だからさっきから反撃食らってる」

 「どういうことですか?」と触手━━森・長可が体を曲げるのを見て苦笑する。

「今さ、佐々は舞に誘われてるんだよ。“一緒に踊りませんか?”って、なのにあの男は正面から強引に向かってるわけ。

これ、つまり強姦だよ? 女の都合考えないで男の都合だけを押し付けようとする。

そうやってる限りは永遠に拒絶されちゃうわけ」

 相手は舞の中で変幻自在に動く。

 舞を無視したり、ついてこれなかった敵に対しては強烈なカウンターが入るという術式だろう。

 武蔵には防御特化の踊り子が居た筈だ。

ならば彼女はカウンター特化の踊り子と言うことだろう。

 相手の心を知り、共に舞わなければ弾かれる。

佐々にとっては一番やりづらいタイプの相手だろう。

「ま、いいんじゃない? 一度女心に揉まれてくれば?」

 そう笑うとガラスコップに入っていた水を飲むのであった。

 

***

 

━━いい感じです。

 そう永江衣玖は思った。

 体が軽い。

今までの中で一番良い舞が出来ていると思う。

 竜宮の使いは竜神に仕えるものであり竜神に奉納する踊りを皆習っている。

また、特別な思いや感情を伝える際にも竜宮の使いは舞う。

 私は正直言って舞が下手だった。

 奉納の舞は仕事のためきっちりと行っていたがそれ以外の舞はどうにも行う気になれず練習をあまりしていなかった。

その為、昔同僚に「それじゃあ、婚期逃すわよ」とか言われたが男性の前で踊るなど恥ずかしすぎて自分には出来そうに無いと思った。

 だが今、自分は敵ではあるが男の前で舞っている。

それも今まで一番上手く。

━━皆さんに感謝ですね。

 今舞えているのは総領娘様と徳川の皆のおかげだ。

 仲間に信じられ、信じ返す事で恥ずかしさなど何処かへ飛んで行く。

誰かの為に舞うのがこんなに楽しく、気持ちの良い事だったとは。

 敵が来る。

 敵は再び正面から、強烈な敵意を乗せながら拳を放ってくる。

「無粋な方」

 舞の要領で、つま先で立ち、回る。

 敵の拳は此方の胸先を通り、空振る。

その間に回りながら敵の背後に回りこみ右手の人差し指と中指を合わせ、そこから雷撃を放った。

 それに対し敵は強引に体を捻り左拳で弾く。

 そしてその体勢で回し蹴りを放ってくるが腰を捻り羽衣を回し蹴りを受け止める。

その足に羽衣を巻きつけようとした瞬間、敵は軸足で無理やり体を後ろに引き避けた。

 敵を逃した羽衣は一瞬宙を彷徨うが直ぐに元の位置に戻り、共に舞い始める。

 此方を睨む敵を見ながら衣玖は彼を“不器用な人”だと感じた。

 真っ直ぐで自分を表現するのが苦手な人。

 だがそれ故に周りから信頼されている。

 そんな彼が自分の知っている彼女と何処か被って見えた。

━━さて、上げていきましょうか。

 先ほどからの舞で疲労はあるがそれ以上に気分が向上している。

 今なら最高の舞を踊れるだろう。

「テンポ、上げていきますよ? ちゃんとついてきてくださいな」

 そう微笑み手を差し伸べると成政が一気に距離を詰めてきた。

 

***

 

━━面倒くせぇ……。

 敵の雷撃を避けながらそう舌打った。

 敵の手の内はだんだん読めてきた。

 敵は舞いながら指先と足で黒雲を動かし、常に此方を狙う。

 雲の動きは変幻自在でその全てを避ける事はほぼ不可能だ。

いや、一つだけ手段がある。

 それは敵の舞いに自分も乗ることだ。

 敵が手を動かすならそれにあわせ、自分も動き敵の狙いから逃れる。

 彼女の言う“共に舞う”というのはそういう事だろう。

だが……。

━━面倒くせぇ!!

 元々自分は人の心にあわせるとかそういう事が苦手だ。

俺は俺だけでいいし、他人の事なんか知ったこっちゃねえ。

そう思っている。

 思っているはずだ。

「くそが、どうしてこう俺の知ってる女は全員面倒くせぇんだ?」

 突如放たれた羽衣を咄嗟に体を逸らし避けると舌打ちする。

 女心だと?

そんなもん俺に分かるわけねーだろうが。

 恐らく安土では不破の奴が愉快気にこの戦いの様子を見ているだろう。

それがまたなんだか腹立つ。

━━ああ、そうさ。俺は不器用なんでな……!

 拳を構え、ゆっくりと息を吐く。

 敵の顔には疲労の色が見て取れ、このまま逃げ切れば相手は自滅するだろう。

だが……。

「あえて正面から、俺らしく行かせてもらうぞ?」

 そう言うと天女と目が合い、彼女は優しく微笑む。

 “来い”と言ってるのだろう。

ならば正面から行くまでだ。

 敵は体を常に動かしているため攻撃を確実に当てるならほぼ密着状態になる必要がある。

 問題はどのように接近するかなのだが。

・百合花:『不破、見てろよ? 正面から無理やり行ってやる』

・ふわあ:『うわ、堂々と強姦宣言したよこの男』

・モリー:『そうですよ! 女性には常に紳士的に! 例えば憧れのあの人にだったらまず遊園地デートして、どこかいい感じの店で食事して、そ、それからぁ、それからあ!!

落ち着けーぇ!? 落ち着くんだー!?』

・ふわあ:『うわあ、佐々のせいで食堂でチンコがビッタンビッタンはじめたわー。最低だわー』

・百合花:『てめえら何の話してやがる!!』

 表示枠を叩き割ると自然と口元に笑みが浮かんでいた。

「ご友人ですか?」

「ま、そんな所だな」

 そう答えると天女は微笑み頷く。

 拳を構え、体を低くすると“百合花”を展開する。

「行くぞ」

 直後、甲板を砕き、一気に踏み込んだ。

 

***

 

 永江衣玖は敵が正面から来るのを視認した。

━━まあ、舞に乗ってくださらないんですね?

 それが佐々・成政という人間なのだろう。

 そちらがそう来るならば、こちらも舞に乗ってくれるまで舞うだけだ。

━━天女の貞淑さ、甘く見てもらっては困りますよ?

 腰を回し、腕を広げると体全身を大きく回した。

 それによって成政の周囲の黒雲が竜巻状になり彼に迫った。

 敵はそれを確認すると自分の正面の甲板を穿ち、隆起させそこを後ろから蹴る。

 一直線に吹き飛ばされた甲板は竜巻と衝突し、その衝撃で竜巻が千切れる。

 強引だ。

 今度はつま先でタップを刻み、その都度落雷が彼を狙う。

それをどれも敵は寸前のところで避けるとどんどん間合いを詰めてくる。

 強引だ。だが悪くない。

 羽衣の両端を掴むと上半身を大きく回し扇情的に踊る。

 それにより羽衣から無数の雷球が放たれ雷球の一部は正面から敵へ、残りは甲板上で跳ね、足元から彼を狙う。

 だがそれにも敵は止まらなかった。

 正面から来た雷球は全て弾き、足元から来る奴は避けれる者だけを避け、あとは喰らいながらも突き進んでくる。

 好ましいです。

そう衣玖は思った。

 どうやら自分は少し強引でも手を引いてくれる男性が好みのようだ。

 だが、だからと言ってこの間々相手の手を取ってあげるつもりも無い。

恋愛とは難易度が高い方が盛り上がるのだ。

 敵は既に眼前まで迫っており、拳には百合の紋様が展開されている。

 もはや後ろへ逃れるという事も出来ないだろう。

ならば……。

「最後の舞です」

 体を揺らし、羽衣を振り、それで巨大な龍を形作ると自分の後方に巨大な雷の龍が現れた。

「龍神降ろし」

 青き雷の龍が咆哮を上げる。

そしてその口から大出力の雷撃を放つと成政を飲み込んだ。

 周囲は閃光に包まれ、全てが一瞬青白となる。

 その光りの中から黒が現れた。

「!!」

 成政は全身に裂傷を負い、体の各所に火傷を負いながらも拳を放つ。

━━お見事です!!

 そう心の中で賞賛の言葉を送り、右手に羽衣を巻き、ドリルにすると放つ。

「咲け! 百合花ァ!!」

 拳とドリルの先端が激突し、衝撃が生じた。

 

***

 

「決着が着きましたね」

 武蔵野艦橋の屋上で茶を飲みながら椅子に座っていたホライゾンがそう言った。

 眼前の大型表示枠には先ほどまでの相対戦の様子が映されており、皆が注目している。

「フフ、良いものを見せてもらったわ。彼女の舞、なかなか素敵よ」

 そう言ったのは女装に後ろから抱きついていた喜美だ。

それに隣の浅間が頷く。

「でも、衣玖って舞が出来たんですね」

「あら? 気がつかなかった? あの子の動きを良く見ればあの子が舞を嗜んでいるのが分かるわ」

「そうなんですか?」と訊いたのは米菓子を食べていたアデーレだ。

「舞をする人間はね、何時も体でリズムを取っているのよ。普段歩くときの歩調、人と喋るときの音程、そういった所に普段からの習慣が現れるわ。

ただあの子、舞があまり好きではなかったようだけど変わったようね」

「比那名居の成長に合わせて、永江も成長しているという事か?」

 正純の言葉に喜美は「Jud.」と頷くと嬉しそうに目を細める。

「あの子、これからどんどん伸びていくわよ?」

「そりゃあ、頼もしいなあ」

 女装がそう笑い、皆も頷く。

『総長、ナイちゃん達準備できてるけど救援に向かう?』

 表示枠に魔女服のマルゴットが映り女装が首を横に振った。

「あー、大丈夫大丈夫。いまネシンバラの奴が手をうったから」

「ナイト、そっちは浜松と合流してくれ」

 正純の言葉にマルゴットが頷くと表示枠が閉じられ、後方から黒と白の影が飛び立っていった。

 その様子を見届けるとホライゾンは茶を啜り正面の大型表示枠を見る。

「こちらも色々有りますが取りあえず、この相対戦。衣玖様の負けと言うことですね」

 

***

 

 穴だらけになった曳馬甲板上で佐々・成政は立っていた。

 体中から血を流し、髪の一部は焦げて炭化している。

そんな姿になりながらも彼は仏頂面で目の前で尻餅を着いている衣玖を見下ろしていた。

 肩で息をし、大粒の汗を掻いている衣玖と目が合う。

「俺の勝ちだ」

「はい、貴方の勝ちです」

 最後の一撃、直前に雷撃を喰らったこともあって完全ではなかった。

だがそれでも敵のドリルを砕き、彼女は恐らく右腕を脱臼した。

それにもう体力も限界だろう。

 対する自分も予想以上に傷を負ってしまった。

これ以上の戦闘は無理だろう。

 そう判断し、踵を返すと後ろから呼び止められた。

「なんだ?」と振り返ると衣玖が頭を下げている。

「有難う御座いました」

「…………」

 一瞥し歩き始めると表示枠に不破が映る。

『強姦魔』

 取りあえず消す。

 それからポケットに入れていた櫛で髪を梳かそうと思い、取り出すとぼろぼろになった櫛が出てきた。

「…………はぁ」

━━新しいのを買わねえとな……。

 今度はもう少し頑丈なの買うか。

 そう思いぼろぼろの櫛で髪を梳かすと青い空を見上げる。

冬の風は熱くなった体を冷やし、心地よく感じるのであった。



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~第二十五章・『葵色の銃撃ち者』 鬼ごっこ (配点:曳馬)~

 甲板上に銃音の三重奏が奏でられていた。

 奏者は侍女服を着た自動人形だ。

 彼女は空中に浮かんだ三丁の長銃を操り、時間差で銃撃を放って行く。

 それを正面から受けるのは鬼だ。

 鬼は銃声の都度前進し、自動人形との距離を詰めていく。

 その光景に違和感を感じていたのは鬼と相対する“曳馬”だ。

━━おや?

 “曳馬”は眼前で起きている事態に情報の齟齬を感じていた。

 先ほどから自分は敵に銃撃を行っており、放たれた銃弾は一直線に敵に向かっている。

 それに対して敵は回避せず直進してくる。

 それから銃弾が敵の首当たると、そのまま後ろへ通り抜けた。

━━ふむ?

 銃弾は確かに首に当たった。

さらに後ろへ貫通しているのだが何故敵に風穴が開かない?

 敵が一歩前進してくる。

 それにあわせ此方も一歩下がり、三連射を行う。

 銃弾は全部で三発。

それぞれ首、右肘、左肘を狙い当たるがやはり通り抜けた。

 「どういうことだ?」と高速思考で状況を整理すると一つの可能性に行き当たる。

「一つ質問を」

「なんだ?」

「柴田様は反復横飛びが得意ですか?」

 此方の質問に勝家は僅かに眉を動かすと口元に笑みを浮かべた。

「俺に得意じゃない物はねえな」

「成程」

 凄い自信だ。

 天子様を十倍ほど悪化させたらこうなるのだろう。

よってこれから彼の事は十天子様と呼ぼう。

ええ、なんか十天使みたいで響きが良い。

 そう頷きながら一発の銃弾を放った。

 それと同時に視覚映像の録画を始め、銃弾が敵をすり抜けるところまでを撮るとスローモーションで再生する。

 そこでは銃弾を受ける際、勝家が一瞬消えていた。

いや、消えていたのでは無い。

横に体をずらし、銃弾が通り過ぎると元の位置に戻る。

つまり敵は高速で体を左右に動かし銃弾を避けているのだ。

あまりに速すぎるために動いてないように見えていたのだ。

「十天子様の身体能力は驚異的だと判断します」

「おい、なんだその呼び名は?」

 「素敵ですよね?」と訊くと勝家はげんなりした表情を浮かべる。

どうやら不評のようだ。

「それで? それに気がついてどうするつもりだ?」

「Jud.、 現在の装備では柴田様を止められないと判断しました。よって━━━━」

 三丁の長銃を二律空間内に仕舞うとスカートの両端を摘み、靡かせ中から大型の銃を取り出した。

「IZUMO製、新型分隊支援火器で御座います。まだ試作段階で流通に乗っているものではありませんが、鬼は試し撃ちの的として最良だと判断しました」

 頭を下げ、礼をすると黒の大型銃を鬼に向け引金を引く。

 直後鈍い大音量の銃声が連続した。

 

***

 

 アマテラスは振り下ろされる巨大な拳を避けるとその上に乗った。

そのまま拳から肩へ登り詰めると背中に大剣を召喚し、巨大な頭蓋を砕く。

 頭部を失った骨の巨人は後ろへ倒れ、下に居た動白骨たちを押しつぶすと流体光へと分解されて行く。

 その光りの中から先ほど押しつぶされて再結合した中型の動白骨の群れが現れアマテラスに襲い掛かるがアマテラスの頭に居たイッスンが“一閃”を放ち、胴を横に断たれる。

 そこへ槍を持った動白骨たちが槍を投げつけるが大半はアマテラスの放つ流体弾によって弾かれ、弾かれなかったものは点蔵がクナイを投げつけて弾いた。

━━予想外だなあ……。

 そう前田・利家は余裕の表情を浮かべながら、その内心冷や汗を掻いていた。

 まさか武蔵勢に天照大神が混じっているとは思わなかった。

 どうやら彼らはあの神の事を秘匿していたらしくアマテラスの情報はP.A.OdaやM.H.R.R.に伝わっていない。

 いやそれも当然だ。

 浅間神社の管轄する武蔵に天照大神が居ると知られれば伊勢神宮や天岩戸神社に文句を言われるだろう。

 そのせいで此方はあの大神に対する策が全く無いのだ。

━━うーん、どうしようかなあ?

 場所も悪い。

 本来なら動白骨を広域に展開させて遠距離攻撃で倒すのだが艦上であるため一度に動白骨を召喚できる数が少なく、また密集する。

 眼前、三十体程の亡者の軍団が咲いた。

 あの“一閃”とかいう技が厄介だ。

 結構な範囲を纏めて攻撃できるようで動白骨たちが一気に断たれている。

 この状況ではあの大神を仕留めるのは難しいだろう。

ならば忍者だけでもと思ったが……。

 忍者を襲うように命令した亡者の軍団がその進路をいきなり変えてアマテラスに襲い掛かり咲いた。

 先ほどからこんな事が続いているのだ。

 亡者達はアマテラスの攻撃を受けると成仏できると知り、自ら死にに、いや、成仏しにいっている。

「なんか前も似たような事あったよねー」

 肩に乗るまつに訊くと彼女は首を縦に振った。

「うーん、中央ではナッちゃんが勝ったけど継戦できなくなったからここで敵を抑えておいたほうがいいかなー?

反対側じゃあ武蔵の騎士と傭兵部隊長さんが相対しているみたいだし」

 ここで左舷側の誰かが中央の援軍に向かったとしても勝家が負けるとは思えないが一応時間稼ぎをしていくか。

 そう決断すると背中に背負った袋から追加の金貨を取り出す。

「さあ、今日はとことん僕達に付き合ってもらうよ!!」

 金貨がばら撒かれ、追加の亡者達があふれ出した。

 

***

 

 “曳馬”は流石に眼前の事態を異常だと判断した。

 此方は先ほどから機関銃を連射しており、勝家がそれを避けている。

 そう完全に避けきっているのだ。

 こちらは一秒に十発ほど撃っているのだ。

それをこの鬼は高速で移動して避けている。

━━危険です!!

 自動人形の高速思考と自分の目を最大限生かしてようやく敵の動きを追えている。

 水平に撃てば敵は身を低くし避け、指を切り発射の感覚をずらしても敵はそれに対応して回避を行う。

 怪物だ。

 そう“曳馬”はこの男を判断した。

 何もかもが異常だ。

 この敵の情報は“武蔵”から受け取っており、戦闘前に四十回程シュミレーションを行った。

だが……。

━━データを上回っております!!

 最後に武蔵勢が戦闘したノヴゴロドの時よりも確実に上がっている。

 この敵に上限は無いのか?

 ゲームならばレベルが上限に達しているような存在だ。それが上限を突破して成長しているのだ。

 敵が回りこんできた。

 体全身で追いかけるには時間が足りないため機銃を持つ肘を曲げ制圧射撃を行いながら爪先立ちで回転する。

 先ほどから撃ち続けているため銃口は赤く熱され、そろそろ暴発の危険が出てきた。

 一度大きく距離を取るか?

 そう思案した瞬間、乾いた音と共に銃声が止んだ。

「おや?」

 引金を二、三度引くがその都度乾いた金属音が鳴る。

「なんだ? 弾切れかよ?」

「Jud.、 そのようで御座います。今から弾を補充しますので少々お待ちを……」

 二律空間からベルト式の弾薬を取り出した瞬間、鬼が動いた。

「待つか! ばぁ━━━━━━かっ!!」

 鬼から放たれた一閃が、此方の胴を狙った。

 

***

 

 凄まじい速度で迫る穂先に対して取った行動は腰を捻った回避だ。

 腰関節が損傷する可能性を知りながらも持てる力を全て使って腰を捻ると“瓶割”の先端が腰の接続器を砕く。

 即座に二律空間から取り出した長銃を左手で掴み狙うがそれよりも早く銃身を鬼は左手で掴んだ。

「!?」

 長銃を手放し後方へ跳躍すると金属が砕かれる音が響く。

 敵が掴んだ長銃を握り砕いたのだ。

 先ほどの接近、視認できなかった。

敵はついに此方が視認できない速度まで出すようになったのだ。

 「来ます!!」と思ったときには眼前に“瓶割”の先端が迫っていた。

 それを機銃を縦にし、正面に構えると弾く。

 それから一秒と経たずに二つの閃光が来た。

━━二つ!?

 二連続の衝撃を受け、体が後ろに大きく後退する。

 その間に今度は四つの閃光が来る。

 金属が激突する音が高速で四つなり、機銃の銃身が削れる。

「高速の……突きですか……!?」

 敵は此方が視認できない速度で突きを放ってくるのだ。

 最早その速度は常軌を逸しており、自動人形の視覚を持ってしても同時に放たれた四つの攻撃と捉えてしまう。

 此方の問いに「そうだ」と答えるように敵の攻撃が増えた。

 四から六へ、六から十へ、十から十五へ。

そして遂に閃光は二十となる。

 最早防ぎきる事は出来ず、攻撃によって体中が裂かれて行く。

━━いけません!!

 防ぎきれないと判断すると二律空間から取り出した手榴弾を機銃の銃身に挟むと重力制御で機銃ごと射出した。

 閃光のうちの一本が銃身を貫くと爆発が生じ、体が吹き飛ばされる。

 視界が一瞬乱れるが空中で受身の体勢を取ると転がり、損傷を確認しながら立ち上がる。

「天子様、速めに復帰をお願い致します」

『え? あ、うん。いま治癒術式全開で掛けてるからあと五分待って』

「三分で回復しやがれ、お願いしますこの絶壁」

『おい! あんた言語回路やられて無いでしょうね!?』

 脳に損傷は無い。大丈夫だ。

 先ほどの衝撃で関節に大分負担が掛かっている。

あと三分、もたせられるかどうかは怪しい。

「先ほどの爆発で少しでも手負いになってくれればと思いますが━━━━現実は無常と判断します」

 炎と煙の中から鬼が現れた。

 敵は身に纏う制服を焦がしてはいるが傷は一つも負っていない。

「どうした? もうやめるか?」

「いえ、自動人形は常に最善を尽くす事を良しとします。ですので、今の最善、尽くさせて頂きます!!」

 両手に長銃を持つと駆け出した。

 

***

 

━━あー、こりゃミスったかなー?

 敵と戦いながらシャーリィ・オルランドはそう内心愚痴った。

 先ほど後ろから銀の鎖で穿たれた際に左肩を脱臼した。

 その後の戦闘中に無理やり治したが痛みで左腕の動きが遅れているのが分かる。

 万全の状態でなければ勝てる相手ではないことは先ほどからの戦いで痛感している。

 その上でこれだ。

 銀の狼が来る。

 正面から、身を低くした跳躍。

 それ自体は何の変哲も無い跳躍だ。

だが問題はその速度だった。

 一瞬で銀の大ボリュームが迫ってきた。

「!!」

 放たれる拳を<<テスタ・ロッサ>>で受け止めるが凄まじい衝撃を受ける。

 どういうセンスしてるのさ!?

 敵は手負いだ。

敵は身体能力で此方を凌駕しているため手傷を負わせて走らせることで出血による体力消耗を狙った。

それがまずかった。

 敵は血を流せば流すほど、体力を失えば失うほどその速度を上げた。

 理屈は簡単だ。

今敵は脱力しているのだ。

 余分なものを全て捨て、身軽となり獣の本能で動いている。

 狩をするときは中途半端に手傷を負わせるのは危険だと知っていたが……。

━━なんでそんなに動けるのさ!?

 敵の出血は激しい。

最早意識も朦朧としているだろう。

それでも動いていた。動き、己の敵を打ち倒そうとしている。

 何が彼女をそこまで奮い立たせるのか?

 彼女の目の輝き、それを自分が知っている。

最後に“彼女”と戦ったときに“彼女”がその瞳に宿していた輝きだ。

「……まいったなあ」

 これで負けたら“彼女”に二度負けたことになる。

 そう思うが口元には自然と笑みが浮かぶ。

それは“彼女”が正しかった事への喜びなのか強敵とめぐり合えた嬉しさなのか?

 次だ。

 次の攻撃で決めよう。

 両手で<<テスタ・ロッサ>>を持ち、構えると敵と視線を合わせる。

 そして敵が揺らいだと思った瞬間には消えた。

「は?」

 銀色が消えた。

 敵は遂に此方が捉えられない速度までその身を速めたのだ。

 次に聞えたのは風を切る音と、「る」という低い唸り声だった。

 顎に衝撃を受けた。

 痛みは無い。全身の感覚が麻痺している。

 景色が幾度も回転し、メリーゴーランドになる。

 そして自分が負けたと理解したときには地面に墜落した。

 

***

 

「……ぁ、は、は!!」

 ミトツダイラは敵を無力化したのを確認すると詰まっていた息を一気に吐き出した。

 体が軽い。いや、軽すぎる。

 膝が震え、思わず片膝をついてしまう。

血を流しすぎたのだ。

━━こんな姿、我が王には見せられませんわね。

 直ぐに治療術式が付加された術式符を自分の脇腹に張るが体力的にもうこれ以上の戦闘は無理だろう。

━━どうやって戻りましょうか?

 牽引帯の方には敵がいる。今の状態であそこを抜けるのは無理だ。

「は、はは! あははははは!!」

 突然の笑い声に驚き、声の方を向けば大の字に倒れたシャーリィが笑っていた。

「いやあ、負けた負けた。あー、二度目だ」

「その状況でよく喋れますわね……」

 そう言うとシャーリィは顔だけ此方に向け笑みを浮かべる。

流石に体はもう動かないらしい。

「世界の広さ、教えてもらったよ。やっぱこの世界面白いや!」

 そう子供のように笑うシャーリィに思わず頬が緩む。

「それで? 帰らないの?」

「そう思ってたんですけども……」

 言葉を濁すとシャーリィは察し表示枠をまだ動く右手で操作する。

すると艦内から見覚えのある男が出てきた。

「貴方は……」

「久しぶりだな、武蔵の騎士」

 大剣を背負ったこの男は確かザックスといった筈だ。

 思わぬ人物の登場に身構えるとザックスが笑みを浮かべる。

「おいおい、そう怖い顔するなよ。せっかく向こうまで送ってやるんだから」

「……どういうことですの?」

 そう倒れているシャーリィに訊くと彼女は頷く。

「あんたとはまた殺りあいたいからこんな所で死んで欲しくないわけ。で、どうする?」

 どうすると訊かれても答えは一つしかない。

「では、頼みますわ」

 そう言うと頭上に真紅の飛空挺が現れ、梯子を降ろした。

「向こうには撃つなって言ってくれよ?」

「Jud.」と頷くと梯子を掴む。

そして最後にシャーリィの方を見ると目が合った。

「何?」

「貴女を倒した“誰か”はどの様な人でしたの?」

 予想外の質問にシャーリィは目を丸くすると軽く吹き出し、満面の笑みを浮かべた。

「面白い奴!!」

 

***

 

 甲板上を侍女が駆けていた。

それ鬼が追いかける。

 銃を持つ侍女が狙うのは鬼ではなく、後方と前方の甲板だ。

 二丁の長銃から放たれた銃弾の内、後方に向かった銃弾は甲板に当たると跳ね、鬼の関節を狙うが敵は平然とすり抜けた。

 それを確認せずに彼女は二律空間から手榴弾を取り出すと空中に放り投げる。

 手榴弾は空中で爆発し辺りが炎に包まれるがその中から無傷の鬼が現れる。

「逃げるだけか!!」

「いいえ! 布石は撃っております!!」

 突如勝家は止まり、全力で頭を後ろへ引いた。

 ほぼそれと同時に勝家の首の前を銃弾が横切り、掠める。

「なかなかいい狙いじゃねえか!!」

━━これも避けますか!?

 後方への銃撃と手榴弾の爆発に目を取られているうちに前方に撃った銃撃を兆弾させ、横から敵の首を狙ったのだがこの男はそれを察知して避けた。

 直ぐに距離を離そうとするが突然、体が傾いた。

━━膝が……!!

 損傷を受けた状態で負荷を掛け続けた為、遂に右膝関節がイカレた。

 その隙を見逃してくれる敵では無い。

 鬼は一気に距離を詰め極太の腕で此方の腹を穿った。

「!!」

 視界が大きく乱れ、内臓器官がいくつか破砕した事を表示枠が告げる。

 後方へ吹き飛ばされ手から長銃が離れる。

 そして転がり終わった頃には敵が眼前にいた。

「ま、それなりに楽しめたぜ?」

 首を掴まれ圧迫される。

 首の樹脂装甲が歪み、周囲に危険を知らせる表示枠が多重展開される。

「じゃあな……」

「穿ちなさい!!」

「!?」

 二重の銃声が鳴った。

 いつの間にか勝家の背後で立てられていた長銃から放たれた二発の銃弾は勝家の胴を確かに貫き、敵が一瞬だけ此方の首を掴む力を弱める。

 その隙に敵に蹴りを入れ、後方へ跳躍すると損傷で歪む右足を重力制御で支えながら立ち上がる。

「成程、吹っ飛ばされた時、武器を落としたんじゃ無くてあえて離したのか」

「Jud.、 当てるには油断させるしかないと判断しました」

「は! 人形かと思えば中々小賢しい事するじゃねえか!!」

「褒め言葉と……判断します……っ!!」

 そこまで言って気がついた。

敵が“瓶割”を構えていた事に。

 しかしその構えは刺突の為ではない、刃を此方に向け輝かしていた。

 咄嗟の行動であった。

 状況の理解よりも危険という警鐘が高速思考で生じ、横へ飛んだ。

「かかれ! 瓶割!!」

 破砕が生じた。

 甲板を砕き、鉄柱が拉げ、千切れる。

 そしてその様子を視認していたときには指先から右肩にかけて腕が破砕した。

 

***

 

「どうしたぁ……織田の! 息があがって……る、ぜぇ!!」

「そっちだって……そう、じゃねえか!!」

 男達はそう互いに汗を掻きながら笑うと殴りあい始めた。

 殴りあっているのは彼らだけではない。右舷側全体で殴り合いと取っ組み合いが行われいた。

 右舷側の戦いは膠着状態となり互いに武器も内燃排気も使い果たした。

その為、敵も味方も武器や術式盾を投げ捨て肉弾戦を始めたのだ。

 正面から二人ががりで殴りかかって来た織田の兵に強烈なラリアットでカウンターを決めると鳥居元忠はゆっくりと息を吐いた。

━━ふう、流石にしんどくなってきたか?

 若い連中は元気だ。

 戦いは始まってから休みなしでずっと戦い続けているのにまだ大声で叫ぶ元気がある。

「もう少し若い頃の姿で復活したかったなあ……」

 時が止まっているため自分が何歳か良く分からないが恐らく三十後半といった所だろう。

「大将、なーに疲れた顔してんですか?」

 若い連中の後ろで少し休憩していた男達が此方に笑みを送る。

「まだまだ若いやつらに負けられない。そうですよね! 大将!!」

「うむ! 中年勢の力、見せてやるとするか!」

 拳を上げると皆が「Jud!!」と叫ぶ。

「元忠様!」

 これから突撃しようとした所で呼び止められ振り返れば右肩に回復用の術式符を張った衣玖がやって来た。

「衣玖殿、どうして此方に?」

「総領娘様から右舷の応援に向かうように言われ参りました」

「衣玖さんの応援!?」

「なんだと!?」

「い、衣玖さん、こっち向いてください!!」

 男達が盛り上がり衣玖の方を見ると衣玖は微笑み手を振った。

「う、うおおおおおおおおおおお!?」

「し、しまった!? 誰か! 誰かカメラ持ってる奴は!?」

「キャーイクサーン!!」

 皆思い思いに盛り上がった後、敵の方を向く。

「「ざっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「く、くそ!? なんだか物凄い敗北感だぞ!?」

「隊長!! 森殿が応援音頭を送ってきたんですけどどう見てもチンーコがブラブラしているようにしか見えません!!」

 一気に盛り返した徳川勢が織田勢を押して行く。

それの様子を見て「…………うちの隊も変わったなぁ」としみじみ思っていると右舷側の船から何かが見えた。

「?」

 何だ?

一瞬だったが艦尾側から何か見えた気がする。

 もう一度良く目を凝らせば艦尾側に積まれたコンテナから光が見えた。

━━あれは!!

 あの光り方、恐らく狙撃銃。

 何処を狙っている!?

 光りの向きから銃口の位置を予想し、射線を追う。

そしてそこには艦橋下の壁に凭れかかり、傷の治療をしている天子が居た。

━━いかん!!

 そう思った時には駆け出していた。

 後ろから衣玖に声を掛けられるが振り返っている余裕は無い。

「━━間に合えっ!!」

 そう叫びながら足に力を入れた。

 

***

 

『━━という事で、天子の方も契約を結んでおきました』

「ありがと、それで何とかしてみる」

 表示枠に映る浅間に礼を言うと彼女は頷き消えた。

━━あとどの位?

 腕全体と肩に張られた術式符を見れば残り一分と書かれている。

 傷口は既に塞がり、止血もしたがまだ完全にでは無いという事だろう。

━━どうする? 今行く?

 “曳馬”と勝家の戦いの状況は最悪だ。

 “曳馬”が割砕を喰らい右腕を失った。

また全身へのダメージが酷いらしく体の各所から火花が散っている。

 直ぐにでも助けに行きたい。

 だが中途半端な状態であの敵に勝てるとは思えない。

「……歯痒いわね」

 自分の力不足で今、仲間が傷ついている。

そう思うと無意識のうちに拳をきつく握っていた。

 時間は残り二十秒。

 術式札が消えると同時に救援に向かおう。

 そう決意すると右舷側から元忠が走ってきた。

━━元忠さん? なんであんなに急いでるのかしら?

 もしかして右舷側で何かあったのだろうか?

いや、それにしては駆け方が本気と言うか、止まる気配が無いというか……。

「……て、え?」

 元忠が飛んだ。

 飛んで物凄い形相で此方に飛び掛ってくる。

 思わず顔が引きつり、後ろへ下がると元忠の頭が此方の胸に激突し互いに転がった。

そしてほぼそれと同時に銃声音の様なものが聞えたのであった。

 

***

 

 コンテナの陰に伏せながらガレスは狙撃銃の照準を絞っていた。

 狙う相手は伊勢でも敵対した天人だ。

 あの娘は以前自分が仕留められなかった獲物だ。

それがこう再び巡りあえるとは。

━━今度は逃さん。

 伊勢の時はあまり戦果を上げられなかった。

 ここできちんと稼いでおく事にしよう。

 そう思いスコープを覗いた瞬間、頭上を<<赤い星座>>所属の飛空挺が通過する。

 報告によるとあの船には武蔵の騎士が乗っており、隊長の命令で曳馬まで届けるらしい。

「…………」

 隊長も甘くなったものだ。

 以前ならば弱った相手を他の部下に任せるなどして確実に仕留めていたが、あのクロスベルでの一件以来少しずつだが変わり始めた。

 それが猟兵として良い事なのか悪い事なのかは分からないが、自分は悪くは思ってない。

恐らく他の連中もそうだろう。

 自然と浮かんでいた笑みを消しスコープを覗くと敵に照準を合わせる。

 依頼では敵を殺さず無力化しろとの事だ。

ならば狙うのは足。

足を撃ち、千切れば敵は戦闘能力を失う。

 引金に指を掛け、息を整える。

 そのまま待ち続け、風が止んだ。

「……悪く思うなよ? こっちもプロなんでな」

 引金を引き、銃弾が放たれる。

 しかしそれと同時に目標に飛び掛った男が居た。

「鳥居元忠!?」

 気付かれていたか!?

 二人は転がり、銃弾は何処かへ消える

 直ぐに目標を確認するがその体に傷が無い事を知り溜息が出る。

「とことん奴とは合わないようだ」

 徳川の兵たちが此方に気付き、まだ銃を撃てる連中が此方に向けて射撃を始める。

 狙撃銃を取り、直ぐにコンテナの裏に隠れると一息つく。

 これで二度目だ。

狙撃兵が二度も獲物を逃すなど、いい笑い者だ。

しかし……。

スコープを取り外し、単眼鏡のように使い先ほどの二人の方を見る。

 そこでは二人が立ち上がっていたが……。

「……ふむ?」

 もしかしたら意外なスコアが稼げているかもしれない。

 そう思いガレスは艦内に撤退するのであった。

 

***

 

━━な、な、な、なに!?

 天子は自分に起きた事への理解が遅れた。

 元忠が突然飛び掛ってきて押し倒された。

 何だっけ!? この状況!? 男がこう、女を無理やり組み倒して……。

プロレスだ!! いや! 違う!! プロレスはそもそも男女でやらないし!!

 ええ、っとそう、たしかレイー……。

「ふう、無事か?」

「え、あ、へ、れいぷ?」

「…………お前さん、物凄く酷いこと考えておらんか?」

 あ、うん。なんか御免なさい。

 というか今無事かと言ったか? では彼は私を守ったのか? 一体何から……。

 思い出す。自分が押し倒された時に聞いた音を。

あれと同じ音を伊勢でも聞いた。

「狙撃兵!?」

 上に覆いかぶさっていた元忠を蹴り、横に転がせると彼は「いて」と叫んだ。

 膝立ちになり周囲を警戒するが二射目は無い。

 どうやら徳川の兵たちが応戦してくれたらしい。

「……まったくもう少し労わらんか」

「あ、その、御免なさい」

 そう頭を下げると元忠は優しく微笑む。

「そうやって謝ってくれたのだ、構わんよ。それより、行くのであろう?」

 元忠が指差す。

 その先では“曳馬”が両膝をついており、いよいよやばそうだ。

 回復用の術式符もいつの間にか消えており、体も軽くなっている。

「ええ、行ってくるわ!」

 踵を返し、敵に向かうが途中で立ち止まった。

そして振り返ると笑みを浮かべる。

「さっきの事、一つ借りね! これ終わったらお礼するから、なんか考えていおいて!!」

 手を振る元忠に笑うと駆け出した。

 手に緋想の剣をしっかりと持ち、鬼と侍女の間に入ると髪を掻き揚げる。

「さあ、そこのチートの塊! 再戦よ!!」

 そう言うと敵に剣先を向けた。

 

***

 

 走って行く少女の背中を見届けると元忠は立ち上がる。

 一つ借りか……、さて、どう返して貰おうか?

 手合わせとか? いや、それは借りを返すのとは違う気がする。

手料理を振舞ってもらうというのも良いかもな。

 だが本当はもう決めているのだ。

彼女にしてもらいたい事は、

 体が重い。

どうやら走りすぎたようだ。というか、自分、よくアレだけの速度出せたな。

まだまだ捨てたものではないという事か。

 ともかく今は少し疲れた。

 どこかで休みながら天子の戦いを観戦するとしよう。

 先ほど彼女が凭れていた辺りが良さそうだ。

 そこまで歩き壁を背にして座ると視界が微かに歪んだ。

「?」

 疲れが目にまで回ってきたか?

 それに尻の辺りが随分と冷たい。

 まさかこの年で漏らしてないよな?

と視線を下げると、止まった。

「…………」

 息が止まる。

 どれだけそうしてたのだろうか? 一分、一秒? それよりも短いかもしれない。

「は、はは」

 思わず笑いが出る。

 視線の先、赤が広がっていた。

 赤は川から氾濫した水の如く広がって行く。

「では、水源は何処だ?」と目で追えば自分の鎧に穴が開いていた。

 鎧の留め金を外し、脱げば下に来ていた着物が真っ赤に染まっている。

血だ。

 溢れんばかりの血だ。

 それは腹部に開いた黒い穴から溢れ出て来る。

「参ったな……」

 いや、本当に。どうしたものか。

 前方を見る。

青と黒の影が交差していた。

 その光景に目を細めながら力なく笑った。

「…………参ったな」



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~第二十六章・『無所有処の戦い手』 そこに在る自分 (配点:無所有処)~

 

 誰もが再び沈黙していた。

 皆が注目するのは曳馬中央。柴田・勝家と比那名居天子が相対している様子をだ。

 本日二度目の相対。先ほどは柴田が圧倒したが二人から発せられる只ならぬ空気を誰もが肌で感じていた。

 鬼が笑う。

「やっぱり折れねーか」

「当然」

 天人が笑い、一歩前に出る。

 それに対して鬼も一歩出た。

「勝てるとでも思ってんのか?」

「勝つ。勝てなくても勝つ」

 天人が武器を構え、鬼が迎撃の構えを見せる。

 そして天人の体が光ると突然消えた。

 いや、消えたのではない。いつの間にか、鬼の後ろに立っていたのだ。

 彼女は敵に背を向け「あら?」と眉を顰めると振り返る。

それに合わせ鬼も振り返った。

「テメェ……」

 鬼は笑みで顔を歪める。

 対する天人は自分の体を確かめるように見ると神妙に何度か頷き、構えた。

 直後、天人が消えた。

 鬼の正面で金属が弾かれる音が鳴り響き、先ほどと同じように彼女は敵を背を向けて背後に立っている。

「なるほど」

「面白いじゃねえか!!」

 互いに振り返った直後、再び金属の打撃音が鳴り響いた。

 

***

 

━━わ、わ、凄い?

 向井・鈴は“曳馬”から送られてくる視覚情報を元に立体空間を作り二人の相対を観戦していた。

 大きくて角ばっているのが柴田・勝家で小さくて平らなのが天子だ。

 二つの影は凄まじい速度で交差しており、その度に周囲のものが削れている。

「天子、さん、速い?」

 その言葉に周りの皆が頷いたのが感じられる。

「いや、速いってもんじゃないですよ? これ一体どういう事です?」

 アデーレの疑問は理解できる。

速すぎるのだ。

 最初の時よりも圧倒的に速く、速度だけならばテンション上がっている時のミトツダイラ並みだ。

なぜ、ここまで彼女が速くなったのか?

「さ、っきで、こう、胸が削れた?」

「鈴さん……地味に酷いですね」

 あれ? 違うのだろうか?

 此方が捉えている映像を見る限り天子は突撃の際に地面に対して体を水平にしている。

あれは空気抵抗を減らすためでは無いだろうか?

「加速術式……とは違いそうですね?」

 そう訊いたのは宗茂の隣に座っていた誾だ。

彼女の質問に昼食のうどんを啜っていた二代が頷く。

「Jud.、 あれは加速術式というよりはミトツダイラ殿に近いで御座るな」

「ミトツダイラに近いってどういう事だ?」

 同じく昼食のおにぎりを食べていた正純が首を傾げると浅間が頷いた。

「天子は今、極限まで身体能力を引き出しているんです」

 皆が浅間に注目すると彼女は頷き大型表示枠に映る天子を見る。

「彼女には今、彼女が得意とする痛覚遮断を改造した術式が掛かっています。

人間の体には常にセーフティが掛かっています。そのためどんなに力を出そうとしてもそれが肉体の許容地を超えれば痛みといった肉体からの危険信号で抑え自損を防いでいます。

そこで彼女は自身の感覚を遮断し、限度を認識させないようにしているんです。

そうすることによって肉体を最大限、いえ、それ以上まで引き出し常人には出せないような力や速さを得る、それが先ほど彼女が契約した術式、“無所有処”です。

いかなるものも存在しない、己すら認識しない。そんな状況で戦っています」

「感覚が無いって……それ、大丈夫なのか?」

 浅間は首を横に振る。

「術式補助によって武器を手放さないようにしたり、ある程度のバランス補助も行いますが基本的に感覚が無い状態で肉体の限度を超えた動きをしているんです。一歩間違えれば一瞬で体がバラバラになります」

 その言葉に皆、息を呑むのであった。

 

***

 

 景色が吹き飛んでいた。

 青と白の空は後ろへ吹き飛び、前だったものが一瞬で後ろになる。

 黒が来た。

 アレは敵だ。

 すれ違う瞬間を狙って右腕を振ると金属音が後方で鳴り響く。

 着地の為、足場を視認し右足を出すと靴底が削れる音が響く。

━━おおっと?

 ちゃんと立っているか? よし、立ってる。

 自分が地面の上に立っていることを確認すると振り返った。

 自分で契約しておいてなんだが厄介な術式だ。

今の自分には感覚が無い。

その為立っているのかどうかすらも分からず、それらの判断は視力頼みだ。

また、剣を握っているのかも判断がつかない為、とりあえず自分が考えうる限り最も強いであろう力で握っている。

 風の音が鳴るのに、何も感じない。

 風が当たる感覚も、その冷たさも。

 怖い。

そう思った。

自分がここに存在しているのかも分からなくなる。

 自分は息をしているのか? 心臓は動いているのか? 魂は……あるのか?

━━あるに決まってるでしょう!!

 皆で食事会をしたとき元忠が言っていた事を思い出す。

 “自分がこの世界に本当に存在しているのか?”

あの時自分はなんと答えた?

「今此処で意識を持って存在している私が私」

 そうだ。私は確かに存在している。だから、大丈夫だ。

 自分の横に映る表示枠には“残り一分四十秒”と浮かんでいた。

 この術式は体への負担が大きすぎる為、制限時間が設けられている。

三分。その短い時間が自分に与えられた時間だ。

━━大丈夫、どっかの光の巨人も三分で怪獣倒してるから!

 駆けた/駆けたと判断した。

 鬼の姿が迫り右腕を全力で横に振る。

 それを敵は槍の柄で弾き、弾かれた腕が後ろへ下がるが無理やり戻す。

そして敵前で踏み込む/踏み込んだと判断すると後ろへ回り込んだ。

 それと同時に“瓶割”の石突が顔面に迫る。

「っ!?」

 咄嗟に顔を逸らし避けるが右耳が僅かに裂ける。

その間に敵は強引に腰を曲げ、此方を向くとその回転速度を乗せた腕を横に薙いで来る。

 回避のため体を低くし腕を潜り抜けると緋想の剣を突き出した。

 敵も“瓶割”の刃を突き出し、両者の間に衝撃が生じる。

 弾かれた刃は上へ跳ねるが勝家はそれを筋力で止め、刃に此方を映す。

━━させるか!!

 この状況、後ろへ下がっても横へ跳躍しても逃れられない。

ならば前に出るだけだ。

 踏み込み、剣を振り下ろせば勝家は柄の上下を両腕で掴み前に突き出して弾く。

 即座に次の攻撃へ。

 今度は連続の突きだ。

 敵も此方の突きに合わせ刺突を放ち、火花が散る。

━━届け!

 攻撃を止め、敵の刃を寸前の所で避けると前に出る。

 それに対し敵は“瓶割”を手放した。

 眼前に浮いた“瓶割”を弾き飛ばしている間に敵は後方へ跳躍し、腰の太刀を抜く。

 そして踏み込んできた。

 放たれる上段からの斬撃に対し此方は下段からの斬撃を叩き込む。

━━届け!!

 最早互いの剣筋は見えない。

 金属が弾かれる音と飛び散る火花を頼りに攻撃を叩き込み合い、此方は全身に傷を負ってゆく。

 どの位それを続けただろうか?

互いに打ち込んだ攻撃の数は百を超え、火花の数は増え続ける。

そして、折れた。

 宙に鉄の刃が舞う。

 刀身を中央から断たれた刀は大きく空振り遂に鬼に隙が出来る。

 踏み込んだ。

 残りの全ての力をつぎ込み剣を振り下ろす。

「届けっ!!!!」

 鬼は左腕でそれを受け止め、刃が腕の中ほど骨の辺りで止まる。

「━━━━ここが、お前の到達点だ」

 静かな声だった。

 感情を乗せず、ただ現実を伝えるだけの言葉。

 その声を聞き、理解した。

 ああ、自分は負けたのだと。

 直後、鬼の蹴りが腹に入り景色が後ろから前へ吹き飛んだ。

 

***

 

 天子は吹き飛ばされながら空中で受身を取ると着地した。

そしてそれと同時に術式が解除され、周囲に治癒術式、肉体冷却、疲労軽減の術式符が多重展開される。

「…………っ!!」

 声が出なかった。

 感覚が戻ったと同時に全身に激痛が走り、前のめりに倒れる。

 息が出来ず、拳を強く握ると突如胃の中のものが逆流する。

朝からあまり食べていないため吐き出したのが胃液だけだったのは幸運と捉えるべきだろうか?

 勝家は腕からあふれ出る血を無視しながら歩くと“瓶割”を回収し、首を回して鳴らした。

「さて、雑魚の割には結構いい線行ってたが……」

 敵が“瓶割”を構えた様子に覚悟決めると突如表示枠が開いた。

『待たせたね!! みんな!!』

 表示枠の中でポーズをとったネシンバラが手を上げると左前方から黒の艦が現れ、流体砲撃を放つ。

 突然の攻撃に障壁の展開が遅れた北ノ圧は右舷に直撃を受け、傾きながら爆発を生じさせる。

 それとほぼ同時に後方からも流体砲撃が来る。

 十を超える流体の光りは曳馬とその両側を抑える敵艦の間を抜け、両側の艦が曳馬から離れた。

『曳馬君!!』

「Jud!! 電磁網の消失を確認。システム強制再起動を行います!!」

 甲板上空に<<重力制御エンジン再起動。緊急側面噴射開始>>と現れ艦が右へ急加速した。

 それにより左舷に繋がれていた牽引帯が引きちぎられ、右舷側の艦とは激突する。

 その衝撃に勝家が僅かによろけると忌々しげに先ほど現れた黒の鉄鋼船を睨む。

「……九鬼水軍の日本丸か。それに浜松に向かった艦を反転させやがったな

?」

 鬼の質問に書記は得意げに眼鏡を押し上げると『Jud.』と頷いた。

 震える体を支えながら立ち上がると表示枠に映る書記を見る。

「どういう……こと?」

『君達が九鬼水軍に救援を頼んだ報告を聞いてね、少し待ってもらったんだ。

筒井艦隊は既に徳川の安全圏に入っていたから迎えの艦を出し、反転してもらい九鬼水軍の日本丸と共に十字砲撃。

どうだい? 僕の作戦は?』

「あんた…………役に立つ事あるのね」

『いや、いつも役になってるよ!? ねえ!? ヅカ本多君、葵君……おい! なんで皆目を逸らすんだよ!?』

 相変わらずで何よりだ。

 それよりも……。

「戦況は覆ったわよ?」

 既に曳馬の後方についた敵艦が集中砲撃を浴び、炎上している。

 残りの二隻も復旧した曳馬からの砲撃で損傷を受け、北ノ圧も日本丸に密着されて動けない。

 戦況は一転した。

 こんどは此方が圧倒的な有利だ。

『柴田先輩、撤退命令です。トシの奴も退きました』

 表示枠に映る成政に言われ鬼は溜息を吐く。

「Shaja、shaja.、 俺様もそろそろ飽きて来たところだ。そっちに戻る」

「逃げれると思ってんのかしら?」

 既に撤退用の飛空挺は下がり、牽引帯も引きちぎれた。

 こっちは満身創痍だがこの敵をここで逃すわけには行かない。

「は! 馬鹿か! 逃げるんじゃなくて見逃してやるんだよ!! だが……」

 言葉を止め、此方を見る。

それから口元に笑みを浮かべた。

「さっきの感覚、忘れるんじゃねーぞ?」

「え?」と口に出す頃には鬼は駆けていた。

突風のように駆ける彼は曳馬右舷側まで行くと跳躍した。

十メートルも離れた先にある織田の航空艦まで悠々と飛ぶと彼は向こうの甲板に着地した。

 無茶苦茶だ。

本当に無茶苦茶な奴だ。

 敵艦は勝家を回収すると加速し、曳馬から離れて行く。

それと同時に左舷側の艦も離脱を開始し、北ノ圧も旋回を始める。

 そんな中後方にいた艦だけは撤退する事が出来ず。

船内から兵士達が脱出すると自沈した。

 遠ざかって行く黒の艦隊を見送ると尻餅をついた。

「……………………はぁ、しんど」

 今もなお疲労回復の術式が展開されているが無理をしすぎた。

体が鉛のように重く、立ち上がることも出来ない。

 そんな此方の横に“曳馬”が立つと見下ろしてきた。

「間違いなく今回のMVPですね。天子様」

「あー……もう二度と御免だわ」

 こんな戦い何度もしていたら命が幾つあっても足りない。

 そう力なく笑うと日本丸から通神が入る。

『おう、随分と派手にやられたみたいじゃねーか?』

 暑苦しい髭達磨に少し引くと頷く。

「よゆー、よゆー、ちょーよゆー」

『へ、まだそれだけの減らず口叩けるなんてたいしたもんだ。こっちは徳川艦隊と合流してお前さん等を護衛する』

「感謝いたします。九鬼嘉隆様」

 “曳馬”の丁寧な礼に笑顔で応えると表示枠が閉じられる。

それにしても……。

自分だけでは無く、“曳馬”も随分と派手にやられたものだ。

侍女服はボロボロになっており、右腕は肩から下が無く砕けている。

また右足も損傷が激しいらしく重力制御で支えていた。

「どうするの? その体?」

「浜松に戻り次第応急処置を行います。腕の方はスペアが無い為IZUMOの方から取り寄せる事になると判断します」

 その辺り、自動人形は便利だなーと思う。

 核さえやられていなければ代替が利くのだ。

『こちら点蔵、メアリ殿たちと一緒に念のため艦の点検をしてからそちらに向かうで御座る』

『私の方は艦内を点検しますわ』

 他で戦っていた仲間たちからの報告を聞き、無事を知るとほっと胸を撫で下ろす。

 ともかく乗り切った。

まだまだ戦いは続くが五大頂を退けたというのは大きいだろう。

「とにかく今は休みたいわ……」

 そう溜息を吐くと艦橋側から「総領娘様!!」と衣玖が駆け寄ってきた。

 ああ、彼女も無事かと振り返れば彼女の顔が青ざめていることに気がつく。

「……どうしたの?」

「元忠様が! 元忠様が!!」

 その言葉に酷く冷たい物を感じ、息を呑むのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベルの西方、六護式仏蘭西との国境にあるベルガード門は只ならぬ雰囲気に包まれていた。

 普段は旅行者向けに開かれていた門は閉じられ壁上には武装した警備隊が長銃を構え待機している。

 また壁外には新型の導力装甲車が四台、ハの字型に並べられておりその裏に隠れるようにクロスベル警備隊の兵士達が緊張の趣で武器を構えている。

 彼らの視線は一箇所に集まっていた。

 金の大ボリュームだ。

 金の大ボリュームの髪を靡かせ、悠然と立っている女性がいた。

 彼女は時折微笑みながら兵士達を一人一人確認すると「良く訓練されていますわね」と目を細める。

 そして一歩前に出ると兵士達や装甲車の機銃が一斉に女性を狙った。

『止まりなさい!』

 拡声器を使用した凛とした女性の声に金の大ボリュームは進む足を止める。

 そして微笑みの表情のまま見上げると壁上に警備隊の制服を身に纏った金髪の女性が立っていた。

『あなたの入国は許可されていません! それ以上の前進は我が国への侵略行為と判断します!! 下がりなさい! 六護式仏蘭西副長テュレンヌ!!』

 警備隊の女性の言葉に門前で止まった女性━━人狼女王は「あら?」と首を傾げた。

「侵略行為だなんて物騒ですわ。私、ただマクダエル市長に会いに来ただけだと言いますのに」

『マクダエル市長に面会を求めるなら事前に連絡し、此方からの連絡をお待ちください!』

「それでは本当のマクダエル市長に会えませんわ。私が会いたいのは六護式仏蘭西への言い訳を用意し、身を守る体勢をとった市長では無く裸の、彼の本心とですわ」

 そう笑い更に一歩前に出ると装甲車から照準用の光線が照射される。

 最後通告という事だろう。

『市長をあなたと簡単に会わせられるわけがありません!! 自分がどれ程危険人物なのか自覚していないのですか!?』

「酷いですわ。こんなか弱い女性を捕まえて危険人物だなんて」

 話しにならないと判断したのか警備隊の女性が拡声器を置き、武器を構える。

 これ以上は語るつもりは無いという意思表明だ。

━━さて、どうしましょうか?

 太陽王の命令でマクダエル市長を電撃訪問するつもりなのだが、こう完全に防備を固められては無視して行く事は出来ないだろう。

 あまり暴力的な手段を取りたくは無かったのだが……。

━━飴と鞭ですわね。

 六護式仏蘭西は輝元を送り出雲・クロスベル市を保護するという飴を渡した。

しかしそれを跳ね除けたため、今度は人狼女王という鞭を送り出してきたのだ。

 振るわなくて済むなら振るうつもりが無かったのだが相手がこうも強情だと一、二発叩いて躾ける必要が有るだろう。

「ふふ、行きますわよ?」

 歩き出す。

 普通に、まるで相手を気に止めないかのように。

 あまりに悠然と歩き始めたため警備隊の反応が一瞬遅れたが直ぐに誰かが叫んだ。

「攻撃開始!!」

 警備隊が装備する銃と装甲車の機銃から銃弾が雨のように降り注ぐが人狼女王は平然と歩いた。

 弾丸はまるで彼女を避けるかのように外れ、警備隊の表情に恐怖の色が浮かんで行く。

 銃弾では此方をとめられないと判断し、装甲車の後ろにいた隊長格の男が指示を出すと装甲車の機銃下に取り付けられたミサイルポッドのハッチが開き、四台の装甲車から同じ数だけのミサイルが放たれる。

 一発目は避けた。

二発目は煩わしくなったので手で払い。

 三発目も横から平手打ちすると四発目のミサイルに叩きつけ、爆発が生じた。

 誰もが唖然としていた。

それも当然だ。

 あれほどの激しい銃撃を受けたにも関わらず眼前の敵は一切の傷を負わず、さらに飛来したミサイルを素手で迎撃したのだ。

「ば、化け物だ」

 そう言った警備隊員が尻餅を着くと人狼女王は眉を下げた。

「化け物なんて酷いですわね」

 だが彼女は直ぐに元の微笑に戻り、左前方の装甲車を視線に捉えた。

「では……行きますのよ?」

 直後、彼女の姿が消えた。

 そしてその事に気がついた時には装甲車が引っくり返っていた。

「は?」

 誰かが疑問の声を上げるよりも速く二台の装甲車が引っくり返り、中から慌てて操縦者達が脱出する。

 そして人狼女王は最後の装甲車の前に立つと装甲車の下部を片手で掴み、持ち上げ始める。

『だ、脱出―!!』

 傾く装甲車から操縦者達が脱出するのを確認すると彼女は完全に持ち上げ、構えた。

「そぉーっれ!!」

 鉄の塊が飛んだ。

 風を切り、凄まじい速度で投げ飛ばされた装甲車はベルガード門の外壁に激突すると壁を砕きながら爆発した。

 その衝撃で門内から警報が鳴り響き壁上にいた隊員たちが避難を開始する。

 その様子を見届け、周囲を見渡すと警備隊から戦意は完全に失せていた。

 皆固まり、畏怖の表情を浮かべている。

━━やりすぎましたかしら……?

 まあ、ここで脅かしておけば出雲・クロスベル市まで妨害を受けることは無いだろう。

あとはこの邪魔な門を排除するだけだ。

 そう判断し背中から二対の銀十字を取り出すと狙いを定めた。

 そして門を穿とうとした瞬間、門が内側から開かれる。

「あら?」

 門内から先ほどの警備隊の女性が現れ、その後ろから黒い長い髪を靡かせた男が現れる。

━━この方……。

 此処からでもこの男の実力が感じられる。

 静かな、だが鋭い闘気だ。

剣豪……とでも言うべきだろう?

 彼は周囲の惨状を見、それから此方を見ると頭を下げた。

「お初にお目にかかります。遊撃士協会本部所属、アリオス・マクレインと申します」

 アリオス・マクレイン。

その名に聞き覚えがある。

たしか<<風の剣聖>>と呼ばれ遊撃士内では最高ランクの実力を持つ男だという。

「六護式仏蘭西副長テュレンヌですわ。かの<<風の剣聖>>とお会いできて光栄ですわ」

「こちらこそ人狼女王とお会い出来て光栄だ」

 そう言うとアリオスは「さて」と相槌を入れた。

「私は警備隊と六護式仏蘭西の仲裁を依頼された。まずは互いに矛を収めていただきたい」

「あら? どうして私が貴方の言う事を聞かなければいけませんの? 傲慢と虚栄を担う覇道の国の副長たる私が」

「勿論ただでは言わん。矛を収めるならば市長は貴女とお会いになる」

 アリオスの言葉に目を細め彼の真意を測る。

 自分が何をしに来たのか市長も知っているはずだ。

 輝元と違い、戦闘能力を持つ自分を市内に入れたくは無いはずだが……。

━━薮蛇突いてみるのも良いですわね。

 自分一人ならたとえ罠であっても何とでもなる。

それにここで強行突破し遊撃士協会と敵対するのは避けるべきだろう。

六護式仏蘭西国内にも遊撃士協会の支部はあるのだ。

「ええ、いいでしょう」

 銀十字を仕舞うとアリオスが「忝い」と頭を下げる。

 それに微笑むと指を口にあて首を傾げた。

「市内を案内していただけるのでしたら、美味しいお食事のお店、教えてくださいな」

 そう言うとアリオスも頷き、笑みを浮かべるのであった。



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~第二十七章・『お菓子山の征服者』 覚悟と満足 (配点:市庁舎) ~

「いやあ、心配させて済まんかったなあ」

 ベットに座る鳥居元忠が後頭部に手を当て、笑うとその場に居た全員が一斉に転んだ。

 椅子から転げ落ちた天子は苦笑しながら立ち上がると椅子に座りなおす。

「ま、まったく、人騒がせなんだから」

 衣玖から元忠が血まみれで気を失い医務室に運び込まれたと聞き慌てて駆けつけた。

 もしもの事を考え生きた心地がしなかったが扉を開けると元気な元忠が居た。

「はっはっは、見ての通り息災だ。まあ、流石に撃たれたときは焦ったがな」

「それにしても」と元忠は言うと嬉しそうに目を細める。

「一番に駆けつけてくれるとは嬉しかったぞ」

「う」

 天子は顔を赤らめそっぽを向くと皆、微笑む。

「総領娘様、凄かったんですよ? ここまで来る間に三度程転んで……今日は桃色でした」

「ぎゃーーーー!?」

 顔を真っ赤にして衣玖の肩を揺らす天子を見て、“この二人も絆が深まったのだな”と頷くと他の連中を見る。

 “曳馬”は右腕は依然として無いが新しい侍女服に着替え元のクールな表情に戻っている。

 ミトツダイラは補修した騎士服を身に纏い隣のベッドに腰掛け、点蔵は衣玖を揺さ振る天子を止めようとして殴られ、イッスンを乗せたアマテラスが船を漕いでいる。

 皆、普段通りだが約二名此方の様子を窺っていた。

 一人はメアリだ。

 彼女は此方を見ると表情を翳らせ目を伏せる。

 そして長安は立ちながら壁に背凭れ、難しい表情で此方を見ている。

━━やはり隠しきれんか……。

 だが、ここで明かすわけにはいかない。

特に天子の前では。

「皆様、元忠様もお疲れのようですので一旦お戻りになっては?」

 “曳馬”が此方を横目で見ながらそう提案すると天子が頷く。

「そ、そうね。私たちも休みましょう」

 皆も頷き、天子の後を追って退出して行くとメアリが立ち止まり此方に振り返った。

「あの……」

「メアリ殿」

 点蔵が首を横に振るとメアリは目を伏せ、共に退出して行く。

━━彼も気がついておったか……。

 忍びの目からは隠しきれないという事らしい。

知った上で聞かない彼の後姿に頭を下げると大きく溜息を吐いた。

それから顔を上げ、部屋を見渡せば“曳馬”と長安が残っていた。

 

***

 

 医務室に残った三人は沈黙していた。

 時だけが過ぎて行き、時折船体の揺れる振動が足元に伝わる。

 一分ほどそうしていると元忠が口を開きかけたがその前に長安が喋り始めた。

「…………あとどれ位もつ?」

「やはり気がついていたか」

 そう訊くと長安が口元に笑みを浮かべる。

「僕を誰だと思っているのかね?」

「変質者では?」

 “曳馬”のツッコミに長安は「君だけだよ」と流し目を送ると顔面に裏拳を入れられた。

 その様子に吹き出すと元忠は眉を下げた。

「内臓をな……大分やられた。止血も完了し、傷口も塞いだが内蔵を酷く痛めている。今は術式で延命してるがそう長くはもたんだろう」

「…………何故、皆様に伝えないのですか?」

「伝えれるわけがなかろうよ。特にあの子にはな」

 まだ駄目だ。

 まだ彼女には準備が出来ていない。

「大殿には?」

「向こうに着き次第、自分で」

 それがけじめだ。

 そう言うと長安は眉を下げ頭を振り、背凭れるのをやめる。

「未練は何も無いのだね?」

「未練か……、どうだろうな。二度目の生を受けた時は一度死んだ身として何時でも死ねる覚悟であったが、いつの間にかに生きたいと思ってしまった。

異界の若者たちと築く未来が見たくてな……。

だが今、わしは満ち足りているとはっきり断言できる」

 心からの言葉に長安は目を伏せ、暫く沈黙していると微笑んだ。

「そこまで言うなら僕からはもう何も言わんよ」

 長安はそう言うと踵を返し、退出しようとする。

そして扉を開け、廊下に出ると振り返った。

「点蔵君と英国王女には僕から言っておこう」

「…………忝い」

 長安が出て行くと“曳馬”と二人きりになり、彼女の顔を見る。

その姿は何時もと変わらず何を考えているのか分からないが、彼女は先ほどから一回も視線を逸らさずに此方を見ている。

「元忠様は…………いえ、なんでもありません」

 “曳馬”も退出しようとするが途中で立ち止まる。

そして此方に振り返ると初めて僅かに眉を動かした。

「“満足”とは何でしょうか? なぜ、元忠様は死という終わりに瀕してなお、平然としていられるのでしょうか? 人は死を恐れるものと判断します」

「はは、怖いさ。死ぬのはな。だが死すことよりも多くのものをわしは貰った。

それは大殿から、葵・トーリから、比那名居天子から、そして“曳馬”、お前さんからもだ。

“満足”とは何かだが……それはお前さんが見つけるべき事だ。人から教えてもらう物では無い」

 そう自分が伏見城や今、此処で見つけたもののように。

「自動人形である私に見つかるのでしょうか?」

「見つかるさ、友と共に歩むのなら必ず」

 そう言い満面の笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

 誰も居なくなった医務室は静まり返り、どこか冷たい雰囲気を感じ取れられる。

 その中で元忠は冷たい汗を掻いていた。

 息は乱れ、時折ベッドのシーツを強く握りシーツに皺が出来る。

 自分の命が刻一刻と終わりに近づいている事が分かる。

だがまだ死ねない。

 大殿に会うまで。

 皆に会うまで。

 それまで自分を終わらせるわけにはいかない。

 先ほど“曳馬”に未練は無いといったが、完全に無いわけではない。

自分を慕ってきた部下たちの事もあるし、これから先の未来を見たいと思う気持ちもある。

そして何よりも……。

 ふとベッド横のテーブルを見ればその上には一冊の日記が置かれていた。

 表紙は血で黒ずんでしまったが先ほど確認したところ中身は無事だった。

 その日記を手に取ると同じくテーブルに置いてあるペンを取りまだ空白のページに思いを書き込んでゆく。

━━我が、未練。そして希望、記し託すか……。

 そう思いペンを進ませていった。

 

***

 

 伊勢上空に待機していた安土は移動準備を行っていた。

 その様子を安土の甲板から見ていた紫は深い溜息を吐く。

 本来であればあと三日ほど伊勢に滞在する予定であったが、そういうわけには行かなくなった。

 その理由の一つは筒井の艦隊が此方の策を跳ね返し、ほぼ無傷で浜松に撤退した事だ。

だがこれはあまり大きな事ではない。

 彼女ならこの位跳ね除けるという妙な確信が八雲紫には有ったからだ。

 では何を焦っているのか?

その原因は先ほど受けた報告だ。

 第七艦隊が曳馬の捕獲に失敗したという報告に矢継ぎ早に送られてきた二つの報告。

そこにはこう記されていた。

<<武田軍岩村城を包囲。至急援軍を求める>>

<<足利軍観音寺方面に進軍、警戒されたし>>

 これらだけではない。

浅井・朝倉も足利と武田の動きに同調するように南下を始めた。

これら一連の動き、明らかに徳川を支援する動きだ。

「…………同盟を結んだ?」

 だとしても迅速すぎる。

 徳川と聖連各国はついこの間まで敵対していたのだ。

 それが同盟を結ぶならそれなりのやり取りがあるだろうし、こんなに速く軍を動かすとは思えない。

ならば今回の件、裏に場を取り纏めた組織が居るはずだ。

聖連を動かす事が出来るだけの組織、そんなものに心当たりは一つしかない。

━━遊撃士協会。

 軍事力を持たず、各国の政治に干渉する事は出来ないが関係を取り持つ事が出来る組織。

その影響力はかなりのものでこの世界で聖連と正面から交渉できる組織はここぐらいだろう。

「あくまで私の敵に回るのね?」

 武蔵に居るであろう彼女を思い浮べ拳を握る。

「筒井方面に向かった艦隊の半数を観音寺に戻しました」

 背後から声を掛けられ振り返れば三人の人物が立っていた。

一人はM.H.R.R.の制服を着、猿の面を着けた小柄の少女でその背後には金髪六枚羽の白魔女と黒髪六枚羽の黒魔女がいた。

「ええ、分かったわ。M.H.R.R.の方はどうなっているのかしら?

今回の作戦、羽柴秀吉に知らせていないのでしょう?」

 振り返り聞けば猿面の少女は頷く。

「Tes.、 秀吉さんはP.A.Odaが徳川に宣戦布告したと知ると直ぐに行動を開始し、北の別所家を責めるのと同時に織田と同盟を結ぶ事を決めたそうです」

 流石は天下人。決断が早い。

いや、もしかしたら織田が徳川を潰す事を前々から察知していたのかもしれない。

「なら足利の件は何とかなりそうね。あとの問題は岩村だけど……」

 こちらはかなり不味い。

 岩村城の救援にはどうやっても間に合わず、また岐阜の防衛体制もまだ出来ていない。

 自分の空間移動で部隊を送ってもいいが今日は既に一度能力を使っており、まだこの後の事もある。

できれば力を使いたくないが……。

「岩村城救援の事ですがこの二人を送ります」

 猿面の少女がそう言うと彼女の後ろの二人が此方に頭を下げる。

「間に合うかしら?」

「Tes.、 二人なら可能です。流石に攻め寄せる武田を跳ね除ける事は出来ませんが時間稼ぎは出来ます」

 「二人だけでか?」と思うが二人の首に記している数字を見て理解する。

━━そう、彼女たちが……。

 ならば信頼できるだろう。

 猿面の少女に頷きを送ると彼女は後ろの二人に頭を下げ、二対の天使が駆け出し機殻箒を召喚する。

「行くよ! キメちゃん!!」

「ええ! アンジー!!」

 二人は機殻箒に跨ると一気に加速しあっと言う間のその姿は見えなくなった。

 その様子を見届けると猿面の少女が此方の横に立つ。

「これからどうするのですか? このまま一気に徳川を押し潰す計画を続行するのは難しいと思いますが……」

「ええ、その件なら既に別の策を用意しているわ。向こうが聖連と手を組んだ理由、それは私たちと停戦するためよ。

八方から攻撃され私たちが動けなくなった所に停戦の話を持ちかけ、停戦を結ぶ。

まあ、この状況を打破するなら一番の手よね。だからこそ、こちらから停戦を要請する」

 「は?」と猿面の少女が首を傾げるのに頷くと表示枠に映った計画を見せる。

 彼女は暫くそれを呼んでいると顔を上げ、此方を見た。

「成程、ですが徳川は停戦に乗るでしょうか?」

「乗るわ。今の彼らは僅かな希望でも必要でしょう。

それに安土を動かすわ。安土の“例のアレ”を岡崎城に向ければ相手は停戦協定を呑まざるおえないでしょう」

 安土が振動した。

 艦隊の収納が完了し、航空艦港地区の装甲が閉じて行く。

「計画の最大の障害はなんとしてでも排除すべきだわ」

「Tes.、 私たちこそ最大の希望ですから。では、こちらも六護式仏蘭西への牽制を行っておきましょう」

 「牽制?」と訊くと彼女は頷き、西の方を向く。

「六護式仏蘭西が出雲・クロスベルに人狼女王を派遣したのは」

「ええ、知ってるわ」

「あそこは要地です。六護式仏蘭西に奪われるわけにはいきません。

ですので、此方も手を打っておきました」

 そこまで言うと彼女は小さく笑った。

「とても信頼できる方たちですよ」

 

***

 

 午後三時。

 出雲・クロスベル市の市庁舎、その食堂に甘く、良い匂いが溢れていた。

 純白のテーブルクロスを掛けられた長机には様々な果物や菓子が置かれており、まるで山のようになっている。

 そんな菓子の山を崩している存在が居た。

 人狼女王だ。

 彼女は手にフォークを持ち、皿に分けられたショートケーキをあっと言う間に平らげ直ぐに眼前のアップルパイを切り取る。

 彼女の食事のスピードは全くと言っていいほど衰えず、それどころか加速していた。

 そんな彼女の様子をテーブルの反対からクロスベル市長、ヘンリー・マクダエルは呆気に取られた表情で見ている。

 食堂には彼だけではなく人狼女王をエスコートしたアリオスや特務支援課のメンバーが揃っており、皆、市長と同じような表情で菓子の山を崩していく女性の姿を見ている。

「……凄ぇな」

「ああ」

「セシルさんのよりもデカイんじゃないか」

「あ、ああ……」

 直後テーブルが軽く揺れ、ロイドとランディが蹲る。

「い、いってぇー……。おい、ティオすけ! 爪先踏んだだろ」

 ランディが涙目になりながらそう言うと彼の左隣のティオは半目になる。

「ミレイユさんに言い付けますよ?」

「な、なんでそこであいつの名前が?」

 苦笑するランディの右隣のロイドは苦笑しながら右に座るエリィの方を向く。

「は、はは。す、凄いね、彼女は」

「……胸が?」

 ロイドが苦笑のまま固まるとヘンリーが一つ咳を入れた。

「では、そろそろよろしいですかな?」

「え? ええ。Testament.、 出されたお菓子が美味しくてついつい夢中になってしまいましたわ。それにしても皆さん、どうして一口も食べないんですの?」

「いや、見ているだけで胸焼けすると言いますか……」

 ティオの返事に人狼女王は首を傾げると直ぐに笑みになる。

「そういえば、貴方方は確か特務支援課でしたわね。なぜ警察組織がこの会談の場に?」

 彼女の質問に答えたのはアリオスだ。

「彼らは幾度もこのクロスベルを救った謂わば英雄だ。今から始めるのはここ、出雲・クロスベルの未来を決める重要な会談。

彼らにも参加する資格はあるだろう」

「ふふ、随分と信頼されてますわね。でも、確かに四人とも良い目をしていますわ」

「いやあ、貴女みたいなお美しい女性にそう言っていただけると男冥利に尽きるというものです。どうです? 会談後、俺と一杯?」

「あら、私と飲むのであれば一杯では無く、一店になりますわよ?

まあ、猟兵といった人種と飲むことは少ないのでちょっと心惹かれますけれども」

 人狼女王の言葉にランディは一瞬目を丸くし、苦笑した。

「おいおい、どうして分かったんだよ?」

「貴方の動き、振る舞い。そして身に染み付いた匂い。そこから何となく人となりが分かりますわ。

貴方から匂うのは古びた血の匂い、そして新しくて明るく楽しい匂い。良い仲間と出会えたようですわね」

 そこまで言うとランディは「降参だ」と言うように手を振り、笑みを浮かべる。

「それに、そうですわね……。四人の中で一番興味があるとすれば、貴方ですわね」

 人狼女王がロイドを指差すと彼は「え? 俺?」と驚く。

「貴方からは変わった匂いがしますわ。誰とでも近づける、そう娘の王に似てまた違う匂い」

「ローイードォーくぅーん?」

「いやいや! 今の俺は悪くないだろう!? 落ち着け、ランディ!

それに彼女は既婚者だろ? なあ、エリ………ぃ?」

 隣りのエリィが笑顔のまま物凄い殺気を放っていたのでロイドが固まる。

 その様子に人狼女王が小さく笑うと姿勢を正した。

「さて、会談を始めましょう……と、言っても私、特に貴方方と話すことはありませんのよ?」

「…………え?」

 その瞬間、全員が固まった。

 

***

 

━━あら、見事なぐらい全員同じ表情ですわ。

 何か驚かせるような事を言っただろうか?

 いや、特に無いはずだ。

 だって本当に特に考えてませんでしたもの。

「い、いや、ベルガード門を突破してでも会いに来たのだろう? 何か用件があったのでは?」

 飴と鞭ですわね。

 輝元が交渉と譲歩という飴であるなら自分が脅迫と圧迫という鞭だ。

それ故にマクダエル市長に会って何かを話すといったことは考えていなかった。

 鞭だけに無知。我ながら中々良い切れですわ!

 本来の予定ではベルガード門を突破後市庁舎を襲撃し市長を誘拐、少し脅かそうと思ったのだが予想外の会談となってしまった。

 さて、どうするか?

 傲慢と虚栄の国の副長としてどう出るべきか?

「そうですわね。私が今から話すのは用件ではなく、要求ですわ。

━━出雲・クロスベルは即刻六護式仏蘭西に従属なさい。従わないのであれば太陽王の名において覇王の軍勢がこの地を平らげますわ」

「な!?」

 自分を除く全員が驚愕の声を上げる。

「それは……あまりに非道ではないですか!!」

「あら? 幾度も此方の交渉に対して曖昧な返答をし、先延ばしにしている貴方方が六護式仏蘭西を“非”と言いますの?」

「おいおい、だからって従わなかったら潰すは酷いだろう」

「そうでもありませんのよ? 今は戦国、力なき小国は大国に付き従うか、滅ぼされるか、それはここ出雲・クロスベルも例外ではありませんわ」

 むしろこんな小国が良くやったほうだろう。

 経済力の強さで中立を保っていたがそれも圧倒的な軍事力の前では無意味だ。

 六護式仏蘭西が手を出さずとも遅かれ速かれここは戦渦に巻き込まれる。

「別に貴方方を奴隷にしようというわけではありませんのよ?

六護式仏蘭西に従属してくださるのなら覇王の誇りに賭けて安全は保証いたしますわ」

 全てを話し終えると皆沈黙していた。

 マクダエル市長は静かに目を伏せ、孫娘のエリィはそんな彼を心配そうに見ている。

 アリオスとランディはポーカーフェイスだがティオとロイドは僅かに眉を下げていた。

━━反論できませんわよね……。

 自分達が汚い事は知っている。

 大国が無理を通せば小国は従うしかないのだ。

「…………私は」

 静まり返った食堂に老人の声が響く。

「それでも私は六護式仏蘭西に従う事を選べない。

たとえ今、六護式仏蘭西の庇護下に入ったとしても常に安全であるとは限らない。

それどころかM.H.R.R.やP.A.Odaが我が国に攻め込み、七年前の戦いよりも多くの死者を出すやもしれない」

「庇護下に入らなければ我が国が出雲・クロスベルに攻め込みますわよ?」

「そうだ。最早、この国が戦渦に巻き込まれることを避けるのは不可能なのかもしれない。

ならば、私は独立国として、小国の誇りを持って立ち向かいたい……そう思っておる」

「お爺様……」

 心配する孫娘に笑顔を送ると此方を見る。

「無論、私一人で決めるわけにはいかない。故に、六護式仏蘭西の大使立会いの下、国民投票を行いたい」

━━良い目ですわ。

 不屈の、誇りを感じさせられる瞳だ。

 市長の言う国民投票を行いたいというのは答えを先延ばしにするつもりでは無いという事は分かる。

 自分個人の意見だが、彼らに対して好意を抱いている。

 まだ出会って一時間くらいしか経っていないが彼らの間にある絆、信頼は確かなもので他者が穢していい物では無いと思える。

 だがこちらにも時間が無いのだ。

 六護式仏蘭西の目的は近畿で勢力を伸ばすP.A.Odaを牽制し、上洛を果たす事。

 周防を本拠地とする六護式仏蘭西が上洛するためには山陽道か山陰道を通る必要がある。

だが山陽道はM.H.R.R.が別所攻めの為に封鎖し通れない。

 となると山陰道を経由して北廻りで上洛するのが良いのだがその道を阻むのがこの出雲・クロスベルだ。

 此処に実際に来るまで出雲・クロスベル程度の小国ならあっと言う間に踏み潰していけるのではと思っていたが、警備隊の装備、錬度。

そして遊撃士協会や彼ら特務支援課の事を考えると存外手古摺るかもしれない。

━━織田の上洛前に此方が上洛するとなりますとあまり戦で時間を掛けたくありませんわね。

「一つ、提案がありますわ」

「提案?」と皆一斉に注目するので頷く。

「出雲・クロスベルに我が軍は手を一切出しませんわ。その代わり、軍事通行権をいただくのですの」

「ですが、通過させたらM.H.R.R.が文句を言ってくるのでは?

“出雲・クロスベルは六護式仏蘭西の上洛を手伝った”と」

 ロイドの言葉に頷く。

「ええ、ただで通しては他国からの干渉を受けますわね。

ですので、六護式仏蘭西が強引に出雲・クロスベル領を突破するのですわ」

「まさか……通過中の軍を警備隊に攻撃させるつもりですか!?」

 ティオの言葉に皆、息を呑んだ。

「Tes.、 私達は全速で突破を行い、警備隊は“自衛の為”それを迎撃する。もちろん此方も最低限の反撃をさせていただきますけど、これならば必要最低限の損害で済みますわ」

 さて、どうだろうか?

 出雲・クロスベルには航空艦が無く空の突破は容易だ。

 また陸軍力も決して侮れる物ではないが六護式仏蘭西の軍なら悠々と突破できる自信がある。

その上でこの方法なら出雲・クロスベルは“自衛”の為、軍事力を行使し、他国に言い訳がつく。

 上洛後が少々面倒だが、それはその時に考えれば良いだろう。

「さあ、どうしますの? 話しに乗るか、それとも我が国と正面から戦うか?」

 初めて市長の目に迷いの色が浮かんだ。

 多少の争いはあるがこの難局を乗り越えられるかもしれない方法が現れたのだ。

━━……あと一押しですわね。

 あと一声、そう思い市長と視線を合わせ口を開こうとすると突然背後の扉が勢い良く開いた。

「ちょーーーーーーーーーっと、まちい!!」

 背後を振り返れば白の商人服を着た少女と小柄な少女が食堂に入って来た。

「誰だ!!」

 アリオスと特務支援課のメンバーが中腰になり戦闘体勢を取ると商人服の少女は口元に笑みを浮かべる。

━━あら、この方。

 彼女は此方の横に来るとテーブルに手を着き、不敵に笑う。

「P.A.Oda所属小西・行長! 羽柴の代理でこの会談に乱入させてもらうわ!!」



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~第二十八章・『鐘鳴りの会談者』 乱入上等!! (配点:次世代)~

 出雲・クロスベル行政区にある市庁舎。

 そこでは六護式仏蘭西から来た人狼女王テュレンヌとの会談が行われており厳重な警備が敷かれていた。

 そんな市庁舎近くの木の上に一人の女性が座っていた。

 マミゾウだ。

 彼女は猪口を片手に行政区の様子を見て時折、鼻を鳴らす。

「やれやれ、噂に聞きし人狼女王。いったいどれほどの化け物やら」

 ここからでも分かる圧倒的な気配。

 これほどの存在、幻想郷でも中々お目にかかれないだろう。

 行政区を巡回していた警備員が自分が座っている木の下まで来ると此方を見上げる。

彼は少し目を細め暫く此方を見るがやがて「異常なし」と呟き離れて行く。

━━おお、少しだけ見所のありそうな奴じゃ。

 気配を完全に遮断しているため普通の人間に自分のことは見えない。

流石に人狼女王や<<風の剣聖>>クラスになると隠し切れないが多少武術が出来る程度では違和感を感じるのがやっとだろう。

「……それにしても、物騒な奴が増えたのう」

 ここ数ヶ月で出雲・クロスベルも雰囲気が変わった。

 他国のスパイが入り込み日夜情報収集を行っており、ちょっとした小競り合いも多発している。

 そして此処最近一番増えたのが……。

 行政区のベンチで先ほどから新聞を読み座っている男性を見る。

 何てこと無い平凡な男性だが、平凡すぎるのだ。

 自分ですら注意しないと視界から消える程の気配の男。

そんな事が普通の人間に出来るはずが無い。

━━…………七耀教会。随分と入り込んでおる。

 一体何が目的かは分からないが注意しておくべきだろう。

 そう思っていると市庁舎の玄関が騒がしくなった。

 何かと見てみれば白い商人服の女性と警備員が揉めているらしく、商人の女性が先ほどから何か喚いている。

 警備員が全く取り合わないためか商人は諦めの溜息を吐き、彼女の背後の小柄な少女に合図した。

 直後、二人の警備員が倒れる。

「何?」

 何が起きたのかは分かる。

 小柄な少女が槍を取り出し、あっと言う間に二人の警備員を制圧したのだ。

 あまりにも鮮やかな手際。

あの小柄な少女、相当な使い手だろう。

━━それにあの制服……。

 さて、厄介なことになりそうだ。

 人狼女王と彼女たちが会えば最悪市庁舎内で戦闘が発生するかもしれない。

 いざという時は特務支援課の救援に入ろうと思うと小柄の少女が此方を見ていることに気がつく。

 気のせいか? と思ったが彼女は一点、此方を見ている。

そして笑顔になり頭を下げた。

「……こりゃ参った。バレておったか」

 商人が市庁舎に入ったのに気がつくと少女は慌てて追いかけ市庁舎内に消える。

 その様子を見届けると顎に指を添え唸った。

「これは本当に少し面倒なことになるやもな」

 

***

 

━━P.A.Odaだって……!?

 突然の乱入者の名乗りにロイドは内心驚愕の声を上げた。

 P.A.Odaといえば今近畿で勢力を急速に拡大している大国であり、六護式仏蘭西とは敵対している国家だ。

それに先ほど彼女は羽柴の代理として来たと言った。

つまり彼女は今、P.A.OdaでありながらM.H.R.R.であるのだ。

「さて、落ち着いたところでもう一度自己紹介させてもらうで?

私は小西・行長、P.A.Oda所属で今日はM.H.R.R.としてこの会談に乱入させてらもうわ。

で、こっちの小さいんが……」

「可児・才蔵です!! 皆さん! よろしくお願いします!!」

 二人が自己紹介を終えるとアリオスが警戒しながら訊く。

「M.H.R.R.との会談予定は無かったはずだが?」

「ああ、それな。こっちも急なことでついさっきこっちに来たんやわ。

事前連絡出来なかったことは申し訳ない」

「……警備員がいた筈だが?」

 警戒を強めるアリオスに「ああ、それか?」と笑みを送ると行長は才蔵を指差す。

「そこの可児君が気絶させた。安心しい、ちゃんと怪我させないようにしたから。

なあ、かに……」

 才蔵が固まっていた。

 いや、固まっていたというよりも釘付けにされていた。

 口を開き、目を輝かせお菓子の山を見ていると突然ハッとしたように行長の方を向く。

「T、tes!! 手加減しましたアップルパイ!!」

「…………」

「あ………」

 二人見詰め合って固まると人狼女王は小さく笑いヘンリーの方を向く。

「とりあえず、お二人にも座っていただきましょう? 私、彼女たちがどんな話を持ってきたか気になりますわ」

 その言葉に皆とりあえず頷くのであった。

 

***

 

 新たに二人の人物を加えた会談の場は先ほどまでと打って変わって緊張に包まれていた。

 そんな中、笑顔でいるのは小西・行長と人狼女王。そしてイチゴのタルトを頬張って幸せそうにしている可児・才蔵だ。

「さて、ではM.H.R.R.がどういう意図で此処に来たのか教えてくださいな」

「Tes、tes.、 まあ、簡単に言えば私らとしては六護式仏蘭西が出雲・クロスベルを掌握するのを防ぎたいっつー事や。

ここは金が沢山あるからねー、商人としても六護式仏蘭西に独占されるのは美味しくない」

「あら? お金なんですの? 私、てっきり織田を守るためだと思ってましたわ」

 そう訊くと行長は「ちっちっち」と笑った。

「正直六護式仏蘭西が織田と戦おうが私らには関係ないんやわ。確かにP.A.OdaとM.H.R.R.は神州では同盟を結んでいたけど、こっちではつい最近まで織田と羽柴は対立してたんや。

だから私が此処に来たのはM.H.R.R.重視というわけや。

もともと私はどちらかというと羽柴側やしね」

 行長の言葉に人狼女王は頷きも答えもしない、ただ目を細め真意を探るように彼女の事を見つめていた。

「では、羽柴の襲名者が織田の武将として参加しているのはどういう事ですかな?」

 アリオスの言葉に行長は苦笑すると「そこは堪忍してや」と言う。

「M.H.R.R.にはP.A.Odaの武将と二重襲名している人も多いし、招集されたら断れんしなあ。

それにな、私らP.A.Odaの計画についてよく知らんのや。“破界計画”、その全貌を知ってるのは織田信長と八雲紫、そして外部協力者の数人で五大頂ですら良く知らんらしい。

━━まあそこを疑うのはしゃあない。

だから信頼の証として……こっちが持っててそっちが欲しい情報を一つ渡すわ」

 さて、どうでるか?

 今話した事の八割は真実で二割は嘘だ。相手に信じてもらうにはまず自分の誠意を証明する必要がある。

だが全てを話すわけにはいかない。それでは商売にならない。

故に本当に隠したい事は二割の嘘として語るのだ。

 自分が織田側では無くは羽柴側である事、これは事実だ。

 大半の人間が計画の全貌を知らない事も事実。

 残り二割の嘘は……。

━━羽柴・藤吉郎は知ってるやろなあ。

 以前藤吉郎からM.H.R.R.は計画の保険であると聞いた。

その為極力戦力を温存し、“破界計画”が万が一失敗したときは“彼ら”と合流し別の手を打つ。

 相手は人狼女王、下手な嘘は直ぐに見抜かれるだろう。

 笑みを浮かべたまま金の大ボリュームと目を合わせると彼女は暫く思案し、頷いた。

「いいでしょう。そちらの要求とどの様な情報を此方に提示するのか、教えてくださいな」

「先に情報を訊かんの?」

「Tes.、 先に情報を訊かされてはどんな要求でも呑まなくてはいけなくなりますから。

お話を聞いてからその要求が六護式仏蘭西に害をなすのか判断し、それから情報を提示してもらうかどうか決めまわすわ」

 基本だ。相手は交渉の基本を知っている。

ならば自分も少し真面目にやるべきだろう。

 笑みを商売用の笑みに変えると姿勢を正す。

「さて、M.H.R.R.の要求は簡単や。六護式仏蘭西が如何なる手段でも出雲・クロスベル領内に入る事を中止するや。

これは国境上を移動するのも駄目という事や」

「M.H.R.R.は私達を上洛させたくないのですわね?」

「ま、そういうことやな。一つ訊くけど上洛後、足利幕府はどうする気だったん?」

「そうですわねぇ……、うちの方針からしてやはり倒幕でしょうか?」

 やれやれ、凄い事を平然と言う人やな……。

 いくら幕府がその力を失い、聖連の傀儡になっているとはいえ足利家は極東人にとっては最上位の権威なのだ。

それをまるで“ちょっと便利雑貨屋(コンビニ)行って来る”みたいな軽さで潰すといっているのだから恐ろしい。

「そう、それや! 私らが止めたいのは足利家が潰れる事や!

ええか? 今足利家はM.H.R.R.とP.A.Odaに挟まれる形になってる。“私たち”としては足利家という緩衝国を失いたくないんや。

M.H.R.R.現国主羽柴秀吉はP.A.Odaと簡易的な同盟を結ぶことにしているが従属するつもりは無い。

また織田も羽柴という大国を見逃すはずが無いし足利家が緩衝国になっていることは理解している。

せやから現状、周囲を敵に囲まれた織田は京になかなか手を出さないんや」

 織田が京都に攻め込めば不変世界の中枢を織田に掌握される事を恐れた羽柴も動かざるおえず、京都を巡って二国が争うことになる。

そうなると面倒なのは先ほども言った二重襲名者がどちらにつくのかという事だ。

━━私も織田やからなあ……。

 計画が控えている以上、織田は面倒事を避けるだろうし羽柴は織田との戦争で失う戦力の事を考え出来る限り対決を避けるだろう。

「私らはな表向きは織田と同盟関係だけど裏では足利家に武器の提供などを行ってる。

バランスや、いま近畿は絶妙なバランスで保たれとる」

「そこに六護式仏蘭西という大勢力が加われば大きな争いになると……そう言うことですな?」

 ヘンリーの言葉に頷くと人狼女王の方を向く。

「ま、そう言う事で六護式仏蘭西の上洛を私らとしては止めたい訳や」

 人狼女王は暫く沈黙しているとカップに入った紅茶を一口飲み、それから微笑む。

「では、情報の方ですけどどのような情報なのか詳しい内容は語らず概要だけ教えてくださいな」

「Tes.、 私が持ってる情報は“真の敵”についてや」

 「真の敵?」と首を傾げる全員に頷くと表示枠を開く。

「いまこの世界での敵はなんや? 勢力を拡大する織田か? 世界征服掲げた徳川か?

それとも裏で暗躍している<<結社>>か?」

 最後の言葉にクロスベル側の連中が反応した。

「ちゃう、これらは全部ある敵に比べたら大した事無い。私らが一番気をつけなければいけないのは……」

「怪魔……か」

 ロイドの言葉に皆頷く。

「そや、怪魔。今から四年前に現れた謎の怪物ども、目的も生息もハッキリしていないがただ人間に対して害意を持っていることだけは判明している。

私らはこいつらの情報を他の国よりも多く持っている。首領が居る事もな。

どや? この情報、喉から手が出るほど欲しいやろ?」

 といっても自分が知っている事はM.H.R.R.やP.A.Odaで広く知られている事よりちょっと詳しいぐらいで上層部の連中ほど詳しいわけでは無い。

だがそれでも他国の専門家よりも多くの事を知っている。

情報を知るという事はそれだけ敵に対して有利に戦えるということだ。

“これから”の事を考えると知っておくべきだろう。

「さあ、どないする?」

 しかし気がついた。人狼女王の瞳に映る強い意志の力を。

 これは良くない。

今の情報提示は間違いだった。そう思った瞬間彼女は「そうですわね」と頷く。

「確かに面白そうな情報ですけど…………いりませんわ」

 その返答に全員が一斉に息を呑んだ。

 

***

 

・コニ子:『あーこりゃ、しくじったかもなー』

・カニ玉:『え!? そうなんですか!?』

・コニ子:『大したポーカーフェイスやわー。あのバインバイン。さいしょっから要求呑む気なんて無かったんだわ。ただこっちがどんな情報持ってるか確かめる。

で、こっちはまんまと話してしまったわけや』

・しとお:『商売で例えると冷やかしを受けたので御座るな』

・コニ子:『そう言われると滅茶苦茶腹たった!

やっぱ準備無しの土壇場交渉は難しいなあー、テンションだださがりやー……』

・カニ玉:『元気出してください! お菓子食べましょう!!』

・コニ子:『……。で、ちょっち相談なんだが、状況次第では人狼女王と戦う事になるんやけど、可児君盾にしたら何分時間稼げる?』

・カニ玉:『酷い!?』

・巨 正:『そうですね、直接人狼女王と相対したことが無いので正確には分かりませんが、十分はもちますか?』

・カニ玉:『はい! いざという時は全力で頑張ります!!』

・コニ子:『よし、いざという時は可児君盾にして逃げよう!』

・カニ玉:『酷いっ!?』

 

***

 

・元ヤン:『おう、そっち今どうなってる?』

・現役娘:『Tes.、 ベルガード門ぶっ飛ばして御菓子食べてこれからM.H.R.R.と戦争になりますわ』

・元ヤン:『…………………………はあっ!?』

 

***

 

 ロイドは人狼女王の一言で場の空気が一変した事に気がついた。

 行長は笑みのままだが沈黙し、対する人狼女王も笑みを絶やさずしかし威圧感を高める。

━━まずいな……。

 一触即発だ。

 行長の連れの才蔵も菓子を食べ続けてはいるものの場の空気を察し、槍を腕の中で抱えている。

 どちらかが動けば直ぐに此処は戦場になるだろう。

「アリオスさん」

「ああ……分かっている」

 アリオスに目配せすると彼は直ぐに市長を庇えるように準備する。

 戦いになれば自分達は両者を仲裁しなければならないが、どちらも達人級だ。

 ただでは済まないだろう。

「後学のために聞くけどなんで断ったん? 六護式仏蘭西にとっても重要な話しやと思ったんだけど?」

「Tes.、 確かに“普通の国”だったらその情報は絶大な価値を持つものですわ。ええ、“普通”なら。

ですが私達は六護式仏蘭西。覇を敷く者。

私達の道は他者に干渉されず、行く手を阻むのなら轢き潰す。それが例え正体不明の敵であったとしてもですわ」

 「それに」と続けると彼女は眼を細め、笑みのまま行長を睨みつける。

「M.H.R.R.には大きな借りがありますわ。マクデブルク、私達にとっての始点。その時のことを忘れてませんのよ?」

 そう言うと行長は初めて商売用の笑みを止め、普通の笑みとなった。

「じゃ、しゃあないわな。六護式仏蘭西の出雲・クロスベル通過、意地でも止めさせてもらうで?」

「あら? どの様にして私達を止めるつもりですの? M.H.R.R.は別所攻めの最中。山陰まで手を出すのは不可能ですわよ?」

 確かに今の戦力では山陰まで手を出せないだろうし、例え出せても分散した戦力では六護式仏蘭西の軍勢を止められないだろう。

 だが行長は「甘いな」と笑う。

「直接手を出さなくても止める方法はいくらでもあるんやで?

例えばそうやな……難民を使うなんてのはどうや?」

 なんだって……!?

 難民を使った六護式仏蘭西を止める方法。

そんなことで思いつくのは一つしかない。

「…………難民を傭兵に使う気かよ?」

 苦虫を噛み潰したような表情で言うランディに行長は頷く。

「今、出雲・クロスベルには生活が苦しい難民が五万とおる。彼らに傭兵という職場を用意してやるんや。

M.H.R.R.は傭兵の国でもあるしなぁ。そういった事は得意やで?

それに傭兵にしなくてもちょーっと対立を煽ってやればこの街はあっと言う間に炎上するやろな」

 「だけど!」と言うと彼女は立ち上がる。

「出雲・クロスベルがこっちにつくっていうなら話しは別や! さあ、どうする?」

 六護式仏蘭西とM.H.R.R.。

二つの大国の目が出雲・クロスベルに集まる。

まさに前門の虎、後門の狼だ。

 どちらについても戦争に巻き込まれるのは確実。

そんな中で自分達はどうすればいいのか……。

━━壁だ。

 大きな壁が再び前に聳え立った。

 だが自分達は知っている。

 その壁をどう越えれば良いのか。

 今の自分達に出来ること……それは。

「市長、いいですか?」

 ヘンリーに訊くと彼は強く頷く。

 アリオスを見、特務支援課のメンバーを見て立ち上がると行長と視線を合わす。

「俺達は確かに弱いかもしれない。大国から見れば此処は小国で、軍事力も何もかも全てそちらが上だ。

だけどそんな俺たちにも大国に負けない物がある。それは…………絆だ。

俺達は今まで何度も理不尽な目にあい、絶望した。でも、その都度屈せず、乗り越えてきたんだ。今回の難局も絶対に乗り越えてみせる!」

「ほほぉう? 立派な意見や。でもな? 実際どうする? 現実は残酷やで?

さっきも言ったが私らがちょっと煽動すれば争いの火はあっと言う間に……」

「広がらない! 市民側には市長や俺達そして遊撃士協会がいる! そして難民側も俺達が出来る限り抑えるし何よりもマミゾウさんが居る!!

決してお前たちの好きにはさせない!!」

 

***

 

 木の上から会談の様子を窺っていたマミゾウは苦笑し頬を掻いた。

━━やれやれ、随分と買われたものじゃ。

 特務支援課と出会ってまだ日が浅いがこうもはっきりと言われると小恥ずかしい。

 だがそれと同時に嬉しくもあった。

「そうじゃ、小僧。言ってやれ、自分達は決して屈しないと。お主らが誇りを持って立ち向かうというならば儂は最大限の協力をしよう。

狸は人を化かすが恩義には報いる動物なのじゃよ」

 そう言うと喉を鳴らし、マミゾウは笑みを浮かべた。

 

***

 

 ロイドが言葉を終えると場は沈黙した。

だが先ほどまで不安げであった出雲・クロスベル側の人間は皆強い意思をその瞳に宿し六護式仏蘭西とM.H.R.R.の代表を見る。

 そんな中、小西・行長は溜息を吐くと苦笑した。

「あー、負けや負け。こりゃいかん。完璧に私らが悪役や」

「フフ、そうですわね。でも分かってますの? 今の言葉の意味。貴方方は二大国を敵に回したのですわよ?」

「そんな事は問題あるまい」

 ヘンリーが立ち上がると笑みを浮かべる。

「クロスベルは昔から大国に挟まれてきた。それがカルバード・エレボニアから六護式仏蘭西・M.H.R.R.に変わっただけだ」

 誰もが頷く。

その様子を見て人狼女王はこの会談の決着を見た。

 小国はその誇りを貫く事にしたのだ。

その先がどんなに過酷であっても必ず再起し、乗り越えると。

━━やはり何処かの国に似てますわね。

 彼らも挫折をし再起した。

 この国からは再起したあの国と同じ匂いを感じるのだ。

━━意外と強敵になるかもしれませんわね。

「いいでしょう。私は報告の為、六護式仏蘭西に戻りますわ」

「私は一日こっちで宿泊してからM.H.R.R.に戻るわ。ほれ、可児君、立ちい」

「あ、はい!」と才蔵は立ち上がり行長の横に立つとヘンリー・人狼女王・行長の視線が交わる。

「次に会う時は敵ですわね」

「Tes.、 勝つのは私らや」

「守り切ってみせましょう。この国を」

 三者が力強く頷くとアリオスが立ち上がり、それに続いて特務支援課も立ち上がった。

 そしてアリオスが全員を見渡すと会談の終わりを告げるのであった。

「これにて三国の会談を終了する!」

 

***

 

 クロスベル行政区にある図書館の屋上。

 夕焼けの赤に染まるその場所に一人の男が立っていた。

 銀の髪を持つ彼は市庁舎から出てゆく人物達を見下ろすと眉を僅かに顰める。

「これでこの国は争いの渦に巻き込まれる」

 彼らが解散し行政区から離れて行くとそれと同時に動く影もあった。

 それぞれが己の役目を果たしに行くのだ。

これから起きるであろう大きな波に備えて。

「……やはり、“意志”はここに集まるか。ならば何れ東の“意志”もこの“運命の地”に来るかも知れんな」

 その時何が起きるのか? 自分には分からない。

 だが後手に回るつもりは無い。

 一度は死した身、未来を生きる彼らの為に使おう。

「………………カリン、もう少しこの死人の事を見守っててくれ」

 踵を返し着ていたコートが翻る。

 銀の髪を靡かせた彼はそのまま図書館の中に消えて行くのであった。



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~第二十九章・『夕焼けの不屈者』 さあ、次の道を行こう (配点:結束)~

 午後四時。

 浜松にある総合外交館。

白い三階建ての建物は以前までは常に門は開かれ、警備員や職員が仕事を行っていたが今では門は閉じられ、全ての窓はカーテンで隠され静まり返っていた。

 そんな外交館の三階。その左隅には英国の為に設けられた部屋があり、カーテンの隙間から僅かに光りが漏れている。

 英国用の部屋は洋式の飾り付けをされており、床には赤の絨毯が敷かれている。

 また入って右側の本棚には分厚い本がぎっしりと詰められており、ところどころ魔道書の様なものも見受けられる。

 そんな部屋の中央奥、大きな樫の机の前にオリビエ・レンハイムは紅茶を片手に座っていた。

 彼はカップを持っている左手とは反対側の右手で表示枠を操作し、時折「ふむ?」と頷いている。

 既に冷めた紅茶を一口飲むと机の上に置き、背筋を伸ばす。

それと同時に扉が二回のノックされ、ミュラー・ヴァンダールが入ってきた。

「オリビエ、筒井の艦隊が戻ってきたぞ」

「ほう? あの状況を切り抜けるなんて流石と言うべきかな?」

 「そうだな」と頷くと彼はオリビエの前に立つ。

「それで? いつまでこうしてるつもりだ?」

「こうしているって。どういう事だい?」

「惚けるな。お前、武蔵について行くつもりだろう。分かっているのか? それがどういう事なのか」

 眉を顰める彼に頷くとオリビエは表情を真面目なものに改めた。

「どうにも僕の予感は当たったようでね。やはり、この国が“鍵”だ」

 今、世界を動かしているのは織田か徳川か?

 鍵を握っているのはどちらなのか?

 鍵を握っているのが徳川ならどう動くべきなのか……。

「女王陛下には僕から連絡しておくよ。ミュラー君はどうするんだい? 君が望むなら英国に戻すけど?」

 そう訊くと彼は「やれやれ」と首を横に振った。

「お前を残して戻れるはずが無いだろうが」

「もー! これだからミュラー君! だいすきだよー!!」

「ええい! 気色悪い!!」

 頭を叩かれその衝撃で机の端に額をぶつける。

 そんな此方の様子を半目で見下すと彼は先ほどまで自分が操作していた表示枠を見る。

「これは?」

「ああ、それかい。それは、ほら、あれだ。君にも前話したと思うけど例の学校を英国にも作ろうかと思ってね」

「トールズ士官学院英国校か。まさか本気だったとはな」

「ああ、これからどの位この世界にいるのかは分からないがもう七年も経っているんだ。あと三十年、いや百年先も居るかも知れない。

だから長期的な投資をしようと思ってね」

「仕官学院ならオクスフォード教導院があるだろう」

「確かに、でも僕はもっと平等で専門的な知識を学べる学院が必要だと思うんだよ」

 教導院に通っている生徒の多くはもともと神州にいた人たちだ。

 ゼムリアや戦国時代から来た人々には異色の制度、文化がありすぎて馴染み辛いところがある。

 そこで誰でも平等に入学でき、将来は立派な英国の戦力になる生徒を輩出する学院を立てることにした。

「お前が学院長になるのか?」

「いや、僕はあくまで出資者さ。学院長は別にいるよ」

「俺の知っている人物か?」

「ああ、向こうから立候補してきてね。“ベスの学院なんか追い抜いてやるわ”と言って引き受けてくれたよ」

 その言葉に反応したのはミュラーでは無く、先ほどから存在感を消し本棚の前で本の虫になっていたパチュリー・ノーレッジだ。

「まさか……レミィ?」

「なに!? 本当か!? というかそこに居たんだな……気がつかなくて済まん」

「ああ、そうだ。トールズ士官学院英国校の学院長はレミリア・スカーレット卿だ。

彼女なら学院長の気品もあるし、実力も十分に備えている」

「…………でもレミィって物凄く飽き症よ?」

「ああ、だから彼女の推薦でね。君を副学院長にすることにしたんだ」

 直後本が投げつけられ、額に激突した。

 

***

 

・図書館:『レミィ!! レミィ!! ちょっと弁明しなさい!!』

━━“紅 魔”様が退出いたしました。━━

・図書館:『くっ! 逃げた!!』

 

***

 

 パチュリーは壁に手を着き頭を抱えた。

 何考えてるのよ、あの子は……。

 学院長なんて大任、彼女に出来るはずが無い。

いや、能力的には可能だろうが性格的に不可能だ。

 それに自分が副学院長だって? 冗談じゃない。

そんな面倒くさい事、自分に出来るはずが無いだろう。

「引き受けてくれるなら君の研究費、国から出すよ?」

「…………」

「もっと設備の整った研究室を提供するし、君専用の大図書館を用意する」

「………く」

「それに副学院長と言ってもやる事は普段と変わらないよ。ただ、学院行事には参加してもらうけど」

 オリビエを半目で睨みつけると彼は微笑む。

━━…………あとでレミィをとっちめてやるわ。

 諦めの溜息を吐くとオリビエは嬉しそうに目を細める。

「よろしくお願いするよ、トールズ士官学院副学院長殿」

 とりあえず一発叩くと部屋中央のソファーに腰掛け、脱力する。

ミュラーが「馬鹿につき合わせてすまんな」と紅茶を出してきたので一口飲むと天井を見る。

 面倒くさいけど、こういった面倒くささは久しぶりよね。

 紅魔館では良くも悪くも個人主義だった。

 自分にこう構ってくるのは親友のレミリアと使い魔の小悪魔、そしてあの白黒ぐらいだ。

こっちに来てから金髪の馬鹿に出会うし、女装馬鹿に出会うなど色々と人間関係が増えた。

それを面倒だと思うが、それと同時に少し楽しくもあった。

「ま、レミィが飽きるまでは付き合ってあげるわ」

 そう口元に笑みを浮かべ言うと、オリビエとミュラーは笑い頷くのであった。

 

***

 

「うっひゃあー、随分と派手にやられたなあー」

 浜松港の軍港地区に入港した曳馬を見上げて霧雨魔理沙はそう嘆息した。

 葵色の船体は各所を歪ませ、所々船体を擦ったのか塗装が剥げている。

また特徴的であった艦上部の長距離流体砲はその根元から砕けており、あれでは当分使い物にならないだろう。

 曳馬が着水するとそれに遅れて黒の鉄鋼船が桟橋を挟んで曳馬の右隣に着水する。

 こっちの船は見たこと無いが船体に“日本丸”と書いてあり、桟橋に下船用の橋が掛けられる。

 鉄鋼船から最初に降りてきたのは厳格な雰囲気の老人を先頭とした三人の男性で、徳川の兵たちが駆け寄り頭を下げている。

━━ああ、あれが北畠家の……。

 行方不明だと聞いていたがどうやら九鬼水軍が救助していたようだ。

 次に降りてきたのは厳つい髭達磨とそのとなりに立つ赤毛の少女だ。

「あれ? あいつ……」

 三途の河のサボリマスターが海賊をやっていたとは知らなかった。

 二人は直ぐに部下らしき男達に囲まれ、港の休憩地区の方に向かって行く。

 そして最後の方に降りてきたのが……。

「あ……」

 白い髪に眼鏡を掛けた男。

 彼は気だるげに背筋を伸ばすと此方に気がついた。

「なんだ、魔理沙か」

「なんだとは失礼な奴だな、こーりん。どうして九鬼水軍にいるんだ?」

 「その事か」と言うと彼は眼鏡を人差し指と中指で押し上げる。

「君の“武装”の最終点検をしてたら伊勢の町が襲撃されてね。これは不味いと逃げてきたんだ」

「なるほどな……、で? 私の武装はどこなんだ?」

「ああ、それならこれから積み下ろす所……」

「おい、霖の字。例の荷物なんだが……」

 酷く懐かしい男の声に体が固まる。

 霖之助もしまったというような顔をすると視線から退き、橋に立っている男が視界に入る。

「…………」

 男は少し目を丸くすると直ぐに不機嫌そうな顔になり「霖の字、あとで話があるから顔出せ」と鉄鋼船の中に消えていく。

 その後姿を睨みつけていると霖之助が気まずそうに頬を掻いた。

「なんであいつがここにいるんだよ?」

「僕が伊勢から脱出する手助けをしてくれてね。一緒に来てくれたんだ」

 予想外の人物との再開で完全に動揺している自分がいた。

胸の鼓動は高まり、様々な感情が混じり入る。

 もう絶対に会うつもりが無かった男が……、家族では無いと思っていた男の顔を見て一瞬母の顔を思い出す。

あの優しかった母を。

「悪い、今ちょっと冷静じゃない。後で話を聞くわ」

「ああ……分かった。でもいいのかい?」

 踵を返そうとしたところに声を掛けられ振り返る。

「何が?」

「そうやって何時までも逃げてる事さ。君と霧雨の親父さんの間に何があったのかは知らないけど。

それじゃあ何時まで経っても前に進めないと思うよ。…………お互いにね」

「そんなこと……分かってるぜ」

 だがまだ駄目なのだ。

 まだあの男を許せそうに無い。

 逃げるように歩き出そうとした瞬間、警報が鳴り響いた。

 周りの男達は一斉に駆け出し始め、浜松の警護艦が上昇して行く。

 それと共に魔女隊も出撃を始めたので直ぐに表示枠を開いた。

「おい、マルゴット! どうしたんだ!?」

『あー、ちょっとヤバ目のお客さんが来た』

 「どういう事だ?」と眉を顰めると誰かが叫んだ。

「おい! なんだありゃあ!!」

 皆の視線の先、巨大な鉄の城砦が飛んでいた。

 六隻の船からなる巨大な航空艦は内部から多数の航空艦を展開させ伊勢湾を埋め尽くして行く。

「……安土!?」

『安土より広域通神、来ます!!』

 その放送と共に上空に巨大な表示枠が展示され、一人の少女が映った。

 彼女はM.H.R.R.の制服を身に纏った猿面の少女で、何人かが息を呑んだ。

『わ、私はM.H.R.R.所属、羽柴・藤吉郎です。ほ、本日は徳川の皆さんに、停戦を、要求するため、参りました』

 

***

 

━━やられた!!

 浜松の港を駆け、上空の表示枠を見ながらトゥーサン・ネシンバラはそう心の中で舌打った。

「ヅカ本多君!! こっちから向こうに通神を繋げれるかい!?」

『先ほどからやっているが駄目だ。この通神は向こうから一方的に送られてきている!』

 先手を打たれた。

 本来であれば此方から停戦交渉をし、交渉を有利に進める筈だった。

だが羽柴が先手で此方に停戦要求をしてきた為、この場の主導権は向こうが握っている。

 しかも相手は“要求”と言った。

 要求、つまり互いの損利を一致させていく話し合いの場を設けるのではなく一方的に条件を押し付けてくる。

 先ほどから此方の通神が繋がらないのはその為だろう。

━━だとすると次に敵が切ってくるカードは……。

『よ、要求内容は徳川が、織田軍と停戦する事。それから、岡崎城から退去し、み、三河をP.A.Odaに譲渡する事です。要求への返答は三十分以内とします。それ、それまでに返答しなかった場合、または要求を呑まなかった場合は竜脈炉を岡崎に向けて放ちます。では三十分後、再び、お会いしましょう』

 表示枠が消えると周囲は徐々に騒がしくなって行き、やがて人々は慌てて動き始めた。

『……ネシンバラ』

「ああ、分かってる。全員が集まっている時間が無い。通神で会議をしよう」

 通神が閉じられるとネシンバラは大きく溜息を吐く。

 今の一言で事は大きく動くことになる。

 動揺は徐々に大きくなってゆき、やがて分裂を引き起こすかもしれない。

その前に此方で意見を固め、方針を決めなくては。

「……でもね、羽柴。僕達を潰す積もりならこれじゃあ温いよ」

 そう言うと笑い、眼鏡を指で押し上げるのであった。

 

***

 

徳川家康は岡崎城の天守で胡坐を組み、多数の表示枠と向かい合っていた。

「まず、訊こう。現状の戦力で安土率いる織田艦隊に勝てる可能性は?」

『戦力比からして勝率は二割程と判断します━━以上』

 “武蔵”の返答に苦笑したのは正純だ。

『二割ってのを二割も勝てる可能性があると考えるべきか?』

『Jud.、 世界中を見ても織田相手にこれだけの勝率を叩き出せるのは少ないと判断します━━』

 “武蔵”は『ですが』と繋げると三河の地図を呼び出す。

『━━それは竜脈炉を使われなかった場合に限ります━━以上』

「その竜脈路とやら、かなりの代物らしいな」

『Jud.、 私たちも幾度かその威力を見ています。威力は約半径五キロを完全に消失させる程です』

 約五キロ……。

 そんなものを喰らったら一溜まりも無いぞ。

「障壁などで防げるか?」

『岡崎城と武蔵の障壁を最大出力で展開しても完全には不可能と判断します。また、被害を減らす事が出来たとしてもその後の織田軍との戦闘は不可能です━━以上』

 “武蔵”の告げる現実に皆沈黙する。

 どうすれば良いのか? どの道を選んでも先は閉ざされているような気がしてしまう。

そんな重い空気の中、女装が手を上げた。

『なんだ、馬鹿?』

『あのよー、こういう事って普通、えーっと、そとまじりかん? に通すんだから無効じゃね?』

『外交官な。普通であればそうだが相手は織田だからなあ……基本相手の話し聞かないで戦争してくるし。まあ一応抗議はしてみるか』

『あの、ホライゾン。いまツッコミを入れるべきだったのでしょうか?』

 ともかく外交ルートで苦情を言っても効果は薄いという事だ。

 さあ、どうする家康。要求を呑み岡崎を捨てるか、徹底抗戦をするか?

 本心としては徹底抗戦をしたい。

だがそれは多くの者を道連れにすることになる。

 今まで支えてきてくれた武蔵。

 共に歩む事を決めた今川。

 意地を通し傘下に入った北畠・筒井。

そして助けを求めてきた姉小路。

それらを犠牲にできるのか?

『おい、おっさん。あんま悩むなよ?

俺たちはおっさんと一緒に行くって決めたんだ。だからおっさんが戦うってんならとことん付き合うし、逃げるってんなら手助けする。

きっと、いや、絶対他の連中も皆同じ思いだ。だから本心で、後悔の無いように決めようぜ』

 彼の言葉が浸透して行き、気持ちが落ち着いてゆくのが分かった。

 そうだ、自分は一人ではない。

 多くの者が共に同じ道を歩む事決めてくれ、互いに支えあう事にしたのだ。

たとえ一つ一つが弱くとも支えあい、前に進み続けることで巨大な壁を乗り越えられるのだ。

ならば今、自分がとるべき行動は……。

「考えが纏まった。これはあくまでわしの意見だ。だから異議があるなら言って欲しい」

 一息入れ背筋を正す。

「わしは、岡崎を放棄する!」

 皆が沈黙する。だが誰も異議は出さない。

それどころか皆笑みを浮かべ強く頷く。

『後悔はねーんだな? 満足してるか?』

「ああ、これがわしの本心だ」

 そう若き王に伝えると正純が頷く。

『では直ぐに羽柴に伝えましょう。動揺をこれ以上広めないためにも』

『じゃあ、僕のほうでは撤退の作戦を練ろう。“武蔵”君、どのくらいの人間が搭載可能かこっちに送ってくれ』

 あっと言う間に纏まっていく皆に嬉しさを感じながら家康は立ち上がった。

「では、“武蔵”殿。安土に繋いでくれ」

 

***

 

 午後五時。

 羽柴・藤吉郎は前方に広がる浜松を見ながら時を待ち続けていた。

 徳川が要求を呑むかは五分五分。

 だがどちらに転んでも勝つのは織田だ。

織田の筈だが……。

「これで彼らを潰せるとは思えません」

 彼らはしぶとい。

 何度叩き潰しても立ち上がり、その度に力を増している。

━━私たちが動員される事態にならなければいいのですが……。

 そう思っていると突然表示枠が開いた。

『こーーーん、にーーーーちーーーーはーーーっ!!』

 股間のドアップに思わず卒倒しかけると股間が横から殴りつけられ鈍い音が鳴り響く。

そしてそれを見ていた兵士達が一斉に股間を押さえた。

『まったく、何をやっているのですか、この御馬鹿。というわけでお久しぶりです、ホライゾンです。いえーい』

 銀髪の自動人形が両手でピースを送ってくるのを見て思わず拳を握る。

「ホライゾン……アリアダスト!」

『Jud.、 ホライゾンです。で、先ほどから蹲っているのがトーリ様で意味も無く出てきたのでホライゾンも意味も無く出てきました。で、何が言いたいかと言うと、はい、今までのこと全く意味がありません。

どうですか? ホライゾンの勝ちですね』

 ま、全く意味が分からない!?

 いや、冷静になれ。武蔵の連中はふざけている様に見えてやっぱりふざけてて、それでも重要な場面ではふざけてて……。

 し、思考が混乱しています!?

 大きく息を吸うと気持ちを落ち着かせ表示枠を指差した。

「なんだか知りませんが、わ、私の勝ちです!!」

『そ、そうか…………』

 表示枠にはいつの間にかおっさんが映っていた。

「だ、誰ですか!?」

『いや、徳川家康だが……』

「え、あ、はい。始めまして」

 慌ててお辞儀をすると家康も『あ、どうも』と頭を下げた。

「それで……なんの御用でしょうか?」

『ああ、先ほどの要求の返答なんだが』

 ああ、そうか。そうだ。

 ちょっと頭冷やそう。どうも想定外の事に弱い。

「で、では、お聞きしましょう」

 そう言うと家康は頷き、表情を改める。

『先ほどの要求、了承しよう。だがこちらからも条件がある』

「なんでしょうか?」

『まず、岡崎城の譲渡を少し待ってもらいたい。民や兵を輸送する準備がある。故に四時間。それだけの時間が必要だ』

「二時間です。それで輸送は出来るはずです」

『三時間半、郊外の民や負傷者を運ぶ事を考えるとその位必要だ』

「二時間半」

『ならば三時間だ』

 この辺だろう。強引を通して相手を意固地にさせるだけだろう。

「では三時間です。もう一つの条件は?」

『停戦後、三ヶ月間はP.A.Oda、M.H.R.R.は一切徳川に手を出さない。

この条約は公の場で行い、各国が証人となってもらう。

この条件が呑めないのであれば我々は最後の一兵まで織田と戦おう』

 徳川に一切手を出さないというのは後々の事を考えると少々問題だ。

出来ればこの条件を呑みたくは無いが……。

 そう思案していると表示枠が開き、八雲紫が映る。

彼女は頷きで“構わない”と言い、それに頷きを返す。

「いいでしょう。徳川が織田領に入らない限り徳川の軍に手を出しません。

ですが今から三時間後に徳川軍が三河に存在した場合、我々はこれを殲滅します」

『了解した』

「では、これで……」

『いや、少し待って欲しい。まだ言い残した事がある。そう全世界にだ』

 「何だ?」と怪訝に思い、家康の顔を見れば彼の瞳には強い意志の炎が宿っていた。

『あまり嘗めるなよ織田』

 

***

 

「いいか、わしらは多くの物を失った。

城を失い、兵を失い、民を失った。だが、まだ我等は生きている。

いいだろう、城の一つや二つ、領土などくれてやろう。

奪われた分だけ我等は前に進む。草根を喰らい、泥水を啜り、無様に這い蹲ってでも抗おう。

何度でも立ち上がり、何度でも進み続ける。

だからこれは宣誓だ! 我等は一からやり直しより大きく返り咲く。

織田よ! 羽柴よ! 貴様らは今日という日を後悔するだろう!! なぜ、あの時我等を徹底的に潰さなかったのかと!

さあ、行こう。同じ道を歩む者達よ! 徳川は決して理不尽に屈せず、また理不尽によって死に追いやられる者達を救済する!

そして怯えよ! 我等の道を阻む者達よ! 我等はいつでも勝負を受けよう! そしてどちらが正しいのか、ハッキリさせようではないか!!

我等は未来を進む!!」

 

***

 

 夕暮れに染まる浜辺に一機の青い犬顔の武神が片膝を着き、佇んでいた。

 その肩に一人の少女が腕を組み立っていた。

彼女は西のほう、海を挟んで向こうの夕日に染まる山々を見て笑みを浮かべた。

「そうだ。それでこそ私の知っている武蔵、徳川だ。だから来い、ここに。

━━私たちはこの東の地でお前たちを待っている」

 

***

 

「ココ、相変わらず元気のようだえ」

 雪の降り積もる天守から一人の女性がそう目を細めた。

 彼女は口元を扇子で隠し、大きな九本の狐の尾を振り楽しげに体を揺らす。

「さて、徳川が此方に来るなら色々と忙しくなりそうだえ」

 

***

 

 家康は言葉を終えると表示枠を閉じた。

 さあ、大見得だ。大見得を切ってしまったんだから最後まで成さなければなるまい。

 その覚悟は決めた。

 たとえどんなに暗い道でも我等は灯して行くのだ。

 ゆっくりと頷くと天守の戸が開かれ、二人の人物が入ってきた。

「はは、凄まじい演説でしたな。これで徳川は世界中から注目されるでしょう」

「お見事に御座ります。殿!」

 長安と元忠がそう言うと頷く。

「うむ。して、何用だ?」

 訊くと長安は僅かに眉を下げ、元忠が一歩前に出て正座した。

「殿、暇を頂とう御座います」

 予想外の言葉に一瞬沈黙する。

「…………ついて来てはくれんか?」

「いえ、違います。最早ついて行けないので御座ります」

 「それはどういう意味だ」と言いかけて気がつく。

 元忠は笑みを浮かべてはいるが額に大粒の汗を浮かべており、顔色は酷く悪い。

「お主……まさか!」

「お別れに御座います。最早この命、風前の灯、静かに消えようと思っておりましたが殿の演説を聞き考えが変わりました。

この命、先を行く者達の為に最後は盛大に燃やしましょう」

「…………お主の事を知っているのは?」

「この長安と“曳馬”、点蔵殿とメアリ殿だけです」

 力が抜けてゆくのが分かる。

 また、またこの忠義者を失うというのか!

「そんな顔をなさるな。殿はトーリ殿と未来を行く者。笑顔でおられよ。

それこそがこの元忠、最大の至福で御座る」

…………ああ、そうだ。

 これが自分の選んだ道だ。なら今、命の炎が消えかけている家臣に自分がしてやれる事はなんだ?

 一度強く拳を握り、彼の前に立つとその肩に手を添える。

「あい分かった。二度も良く、わしに仕えてくれた。お主の最後の戦場、そこに向かうが良い」

「……忝い!!」

 夕焼けの赤に染まる天守で元忠は満面の笑みを浮かべ頭を下げるのであった。



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~第三十章・『退去の手伝い手』 いそげ、いそげ、鬼が来るぞ (配点:浜松)~

 夕暮れに染まる奥多摩の道を姫海堂はたては歩いていた。

 彼女の横には杖をついた老婆がおり、はたては時折彼女を支えながら歩く。

「ありがとうねえ、はたてちゃん」

「いえ、何時もお世話になってますから。団子屋さん」

 この老婆は武蔵野の方で団子屋を経営しており、自分はその店の団子が気に入ってよく足を運んでいたのだ。

 その為いつの間にか顔馴染みになり、今日はちょうどこの老婆が店を閉め家に帰る所で出会ったので送る事にしたのだ。

 上空を一隻の輸送艦が通過した。

 それ以外にも多くの飛空艇が武蔵から離陸しており、あれらの船は争いを恐れ武蔵から出る人々で埋まっている。

「団子屋さんは出て行かないの?」

「ああ、私かい? 私はほら、足が悪いからねえ。逃げるのに足手まといになる。

それに、ここは自分の故郷だ。どんな時でもここに居たいと思ってるんだよ」

 “凄いな”とそう思った。

この老婆は怖くないのだろうか? 戦いに巻き込まれるかもしれない事が。

 自分はやはり迷っている。

もともと武蔵ではなく真田側だし、戦う事が嫌だ。

だがこの数ヶ月でこの国が気に入った。だから心の奥底では守りたいとい気持ちがあるのだ。

「はたてちゃんは……ここの出身じゃないだろう?」

「え? あ、はい。真田の方です。なんで分かったんですか?」

 そう訊くと老婆は足を止め空を見上げた。

「私もね。元々は武蔵に住んでたわけじゃないんだよ。私の本当の故郷は東北の方でね。そっちの歴史再現で国がなくなって、この武蔵に流れ着いたのさ。

最初は馴染めなくてね、でもほら、この国って色々な人が流れ着くから騒がしいだろう?

だんだんその騒がしさが好きになってねえ、気がついたら新しい故郷になってたのさ。

だからはたてちゃんもきっと此処が気に入るよ。

そしてもし、ここを第二の故郷だと思うなら自分の思うように行動しなさい。

後になってからああすればよかったなんて思わないようにね」

「団子屋さんは……」と言いかけて止める。

 老婆は遠く懐かしむように空を見ているからだ。

その後、暫く無言で共に歩いていると老婆が立ち止まった。

「ああ、私の家ここだから。ありがとうねえ」

「あ、はい」

 老婆は玄関まで行くと戸を開け、振り返った。

「また今度、店においで」

 老婆が家に入るまで頭を下げ溜息を吐き、赤に染まる空を見上げる。

 そして表示枠を開くと一つの通神文が現れた。

<<緊急指示。徳川潜入中の全捜査員は即刻帰還せよ>>

 はたては暫くその文を見つめていると表示枠を操作し、文章を消去した。

「……後悔の無いように、ね」

 そうだ。

自分は鴉天狗。風の住人。自由気ままに、己の思うままに行動をしよう。

 そう頷くと翼を広げ、上空へ飛翔するのであった。

 

***

 

 遊撃士協会武蔵支部を本多・正純とホライゾン、そして女装が尋ねていた。

 三人は応接間に通され、西行寺幽々子達と向かい合っている。

「まずは感謝の言葉を。負傷者の手当て、民の誘導にご助力頂き誠にありがとう御座いました」

 正純が頭を下げると幽々子は頷く。

「当然のことをしただけよ。遊撃士は民を守るのが仕事だからね」

 幽々子の言葉に正純はもう一度頭を下げると幽々子の背後に立っていたエステルが不安げな顔で訊いて来る。

「あの、これからどうするんですか?」

「ああ、私たちは岡崎を放棄し駿府で立て直す。その後のことはまだ決まってないが、おそらく関東に向かうことになるだろう。

北条との約束もあるしな」

 関東では概念核の主とやらが自分達を呼んでいる。

それが何を意味するのかは分からないが、直感だがそれを知ったとき自分達は織田や羽柴と対等になれる気がする。

「概念核。少なくとも織田は一つ以上手に入れてるでしょうね。それを何に使うつもりなのかは知らないけど……裏にいる連中が厄介だわ」

「<<身喰らう蛇>>ですね」

 言葉を繋げたヨシュアに皆頷くと正純は顎に指を添えた。

「世界各所の動乱などの裏にいる謎の組織、織田が概念核を所有しているなら彼らにも何らかの提供をしてるだろうな」

 <<身喰らう蛇>>の全貌が全く分かっていないため、対処が取り辛い。

━━分からない事だらけだな。私たちは。

 神州の時もそうだ。

公主に二境紋。創世計画に大罪武装。

こちらでは怪魔に概念核だ。

自分達にはあまりにも知らない事が多すぎる。

だがそれでもこの馬鹿が前に進む事を決め、自分達もそれに続いたのだ。

「分からない事を何時までも考えてもしょうがない。手探りで、少しずつ調べていこう」

 その言葉に皆頷くと壁に掛けられている時計を見る。

針は五時半を指しており、そろそろ民を乗せた輸送艦の第一陣が出航する頃だろう。

「それじゃあ、私たちはこれで」

 頭を下げ立ち上がると女装とホライゾンも続く。

 そんな此方にエステルは声を掛けてきた。

「あ、これから浜松に降りる……ですか?」

「タメ口で構わないぞ? 年も同じくらいだろうし、私はそんなに偉くないからな」

「なあなあ、セージュン、俺総長じゃん、偉いじゃん。敬語!」

「五月蝿いぞ馬鹿」

「く、くそ、思いっきり蔑みの目で見てきやがった!!」

「フ、小者が何か言ってますね。言っておきますが武蔵では総長は人権度最下位です。ちなみにトップはホライゾンなのでよろしく」

 馬鹿が「おかしくねえ!?」と騒いでいるが無視だ。

「で、たしかに今から浜松に向かうがどうかしたのか?」

「ああ、うん。さっき連絡があって筒井の方から私たちの知ってる子が来てるらしいのよ。

その迎えに行くから一緒にどうかなって」

「知り合い? 遊撃士協会の一員か?」

 そう訊くとヨシュアが笑って首を横に振った。

「訳あって僕たちが預かっている子でね。どうやらこっちに友人と来ちゃったみたいなんだ」

「ほほぅ、その年で子持ちとはなかなかやりますな」

 何故かドヤ顔で親指を上げるホライゾンに「こ、子持ち!?」とエステルはやや頬を赤めて目を丸くする。

「子持ちで思ったのですがホライゾン、そう言った事出来るのでしょうか?」

「ホ、ホライゾン。おめえ、つ、ついにそんな気持ちに…………」

 高速で回転踵蹴りが女装の顔面に入り、女装が三回転しながら壁に激突した。

「ホライゾン、自動人形ですのでセックスの際にどうなるのかと。浅間様やミトツダイラ様はセックスでばっちり子孫残せますが」

 

***

 

・銀 狼:『剛速球で飛んできましたのよぉ━━━━━━━━!?』

・あさま:『と、というか何言ってるんですかぁ━━━━━━!?』

・金マル:『あー、でもナイちゃんそこら辺は気になるかなー? 今の時代だと同性愛でもほら、互いの子種取り出して作れるけど自動人形だとどうなるのかな?』

・● 画:『同人誌だと結構多いわよね。機械と人間の恋、その後の情事。でもその後の事を描いてる作品って意外と少ないのよ?』

・貧従士:『あ、そうなんですか?』

・● 画:『あまり想像がつかないからね。機械と人のハーフで生まれてくるってイメージも無いし』

・不退転:『生まれながらにして機械と人のハーフってそれ、つまりサイボーグよね』

・ホラ子:『成程、つまりホライゾンの子供が出来るならムキムキマッチョの大男ですね』

・あさま:『物凄く限定的なイメージですよね……それ』

・ホラ子:『まあ言っておいてなんですがホライゾン、まだその気は無いので今すぐに必要はありませんね。それにもしかしたらその内方法が分かるかもしれませんし』

・銀 狼:『その内分かるってどう言う事ですの?』

・賢 姉:『神様―――!! 神様――――!! “その内分かる”って期待して良いのよねぇーーーー!?』

 

***

 

 通神での馬鹿なやりとりに正純は頭を抱えると遊撃士側が目を点にしている事に気がついた。

「……なんか、すまん」

「あ、あはは、うん。大丈夫。大分慣れたから」

 いや、それ大分ヤバイ。

 いかん、いかんぞ!? このままでは遊撃士協会にまで外道ウィルスが伝染する!

 そうしたら国際問題じゃないか?

そう思っていると幽々子は難しい顔をしていた。

「?」

 「何だ?」と首を傾げると幽々子は此方を見る。

「……命はどうやって生まれているのかしら?」

「え、そりゃあ、あれだろ幽々子さん。ほら、男と女がこやーって、いやーんって」

 女装の頭頂部にホライゾンが高速の肘打ちを入れる。

「そうね。新しい命を誕生させるなら生物は性行為する必要が有るわ。普通ならね。でも……」

 幽々子は応接間の窓から日の沈み始め、灯りが灯り始めた奥多摩の町並みを眺める。

「私たちは“どうやって生まれた”の?。そして“今も生まれている”のかしら?」

 その言葉に誰も応えられなかった。

 考えてはいけない。そんな感覚にとらわれ。得体の知れない不安を感じるのであった。

 

***

 

 夕日が沈みすっかり暗くなった浜松港。

 つい先日までは夜になっても街灯や商店から漏れる光で照らされていたが、今では殆どの店は閉じられ、静まり返っている。

 そんな港にある天麩羅屋“大権化大往生!!”の店前にレンと小鈴は居た。

 二人は手に揚げたての天麩羅を持ち、小口に食べている。

 浜松港に着いた二人は小腹が空いたため浜松の店で食事を取ろうとしたのだが、安土が襲来し港は混乱。

その後、徳川の三河からの撤退が決まったため殆どの店が閉じられた。

 そんな中、この天麩羅屋の主人は「退去ぎりぎりまで店開いて、みんなに美味いもん食わせてやりたいからねえ」と退去作業を行う徳川の兵士達や民に天麩羅を配っていた。

「……これからどうなるんだろうね?」

「そうねえ、徳川さんは駿府で再起を図るつもりでしょうけどP.A.Odaは色々と嫌がらせしてくるでしょうね」

 三河退去後織田とは停戦になるが、国への攻撃は何も戦だけではないのだ。

 浜松を失えば徳川はその経済力を大きく落とし、そこに彼らは付け込んで来るだろう。

 遠方、岡崎の方角から輸送艦を含めた航空艦隊が此方に向かってくる。

「岡崎の退去作業は終わったようね」

 あれらは徳川の主力だ。

 速めに駿府に移し、戦力を温存しようというのだろう。

 民の退去作業も進んではいるが何分数が多いため今、港地区は人で溢れかえっている。

「その点、私たちは運が良いのかしら? エステルたちのおかげで武蔵の方に優先して乗れるし」

 武蔵。

 浜松港に入る前に上空から一度だけ見たが、噂どおり途轍もなく巨大な船だった。

 ある意味では事の始点であり中心である武蔵に乗ることは自分にとってどういう意味を持つのだろうか?

こんな緊迫した状況でなければ大いに心躍ったというのに。

「……エステルさんたちは何時頃来るの?」

「そろそろだと思うけど……」

 レンがそう言った瞬間、荷物が落ちる音が聞えた。

 何だと正面を見れば極東の制服を着た小太りの男が此方を見て、目を輝かせている。

━━な、なに?

「こ、こ、これはぁ!? これはぁ!? 小生が追い求めていた理想!?」

 男は小走りに駆け寄ってくると少し息を荒くし、此方を見る。

「だ、だれ?」

「小鈴、私の後ろに。退去の混乱に乗じて変態が表に出てきたのね」

「ああ! いいですよ! その蔑んだ目! 小生、M(そっち)の気は無いつもりでしたが新しい属性に目覚めそう!!」

 な、何を言っているんだ?

 レンも呆れた様に半目になると少しずつ構え始める。

 あ、いけない。ちょっとマジになってる。

レンならあっと言う間に変質者を倒してしまいそうだがあまり場を騒がしくしないほうが良いのではないだろうか?

 そう思い、止めようとした瞬間男の肩を誰かが叩いた。

「ん? 何ですか? 小生、今物凄く盛り上がってる所で……」

「そうなの? じゃあ説法の方も盛り上げましょうか?」

 直後、男が桃色の髪の女性に叩かれ、地面に叩きつけられた。

「さて、この幼児性愛者! 根性叩き直してあげるわ!!」

 

***

 

 正純達が天麩羅屋の前に来たときには妙な事になっていた。

 まず御広敷が何故か半殺しの状態で正座をさせられており、その前に腕を組んだ茨木華扇が立っている。その背後には二人の少女が居て、これはつまり……。

「よし番屋呼ぶか」

「ちょーーぉ!? 本多君! もうちょっと、聞きましょうよ! 何が起きたのか!!」

 えー……、だって明らか変態が捕まった様にしか見えないし。

「じゃあ、茨木さん。状況を教えてくれるか?」

「華扇でいいわ。そこの男、あの二人に言い寄っていたのよ」

 華扇が背後の二人の方を見、その様子に頷くと御広敷を見た。

「やっぱり番屋だな」

「ま! 待って下さい! これは一方的です!! ちゃんと小生にも事実確認をして無罪を知っていただきたい!!」

「あー、面倒くさいからもう有罪で良くないか」

「良くないですよ!?」と抗議する御広敷を無視すると女装が此方の肩を叩いてきた。

「なあセージュン、万が一という事もあるかもしれねーから一応聞いたら?」

「さ、流石、葵君! それに比べてババアは、これだから小等部越えてる奴は嫌なんですよ」

華扇の平手打ちが御広敷の頬にクリーンヒットする。

「な、殴りましたね!? このばばあ!!」

 華扇に睨まれ御広敷は慌てて姿勢を正す。

「いいですか、小生以前から理想の少女像とは何か考えていたのですよ」

 「うわ、いきなり語り始めたぞ!?」と周囲が動揺するのを無視しながらロリコンの語りは続く。

「そこで最近気がついたのです。体は少女でありながら心はどこか大人びている。そんなクールロリの素晴らしさに!! 小生、そこの少女を見てこう、 ビビっと来ました!!

これだ! これこそが小生の求めていた少女像だと!!」

「番屋ぁ━━━━━━!!」

「成程、では御広敷様はその少女を見つけた後どうするつもりだったのですか?」

「それはもう、お近づきにと……」

「番屋ぁ━━━━━━━━っ!!」

 番屋が飛んでくると御広敷を拘束し、連行して行く。

 番屋に連れて行かれる学友の背中を見送るとエステルの方を見た。

「遊撃士協会の方に変質者の討伐依頼をしたんだが?」

「正純様、残念ながらその依頼をした場合梅組は半壊するのでは無いでしょうか?」

 そうだよなー。

 全く反論できないのがなんとも情けない。というかその変質者筆頭が此処に居るわけだし。

 そう思い女装の方を見ると何を勘違いしたのか彼は「うふん」とセクシーポーズを取った。

 やっぱり依頼したほうが良いかも知れない。

「私、武蔵の行く末が心配になってきたわ」

「……僕もだよ、エステル」

 遊撃士の二人は顔を見合わせ苦笑するとエステルが紫髪の少女の方に向かう。

「もう! 来ちゃ駄目だって言ったじゃない」

「あら? 全く帰ってこないエステル達が悪いのよ。おかげで物凄く暇だったわ」

 「もうこの子は」と苦笑するエステルに「その子が例の?」と訊くと彼女は頷く。

 紫髪の少女は此方を向くとスカートの端を摘み、丁寧な礼をした。

「私はレンよ。宜しくね、お姉さん」

「あ、本居小鈴です!」

 二人の自己紹介に此方も頭を下げると自分から名乗ることにした。

「私は本多・正純だ。先ほどはうちの馬鹿が済まない」

「ホライゾン・アリアダストです。趣味はツッコミで特技は料理です」

 女装が何故か女声で「つっこまないからな! ぜってーつっこまないからな」と喚いた。

それから彼は二人の前に出ると優しい少女の笑みを浮かべた。

「生子です。武蔵アリアダスト教導院の総長兼生徒会長をやってますわ」

 うわ! こいつ変声術式まで使ってる!!

 ある意味完璧な笑みを浮かべる女装に小鈴は「わあ、綺麗な人」と驚きの声を上げるが、対するレンは小さく悪戯っぽく笑った。

「ふふ、お兄さん女装が上手ね」

「え!? 女装!?」

「お? 分かっちまうか?」

 女装の言葉に頷くとレンはヨシュアの方を見る。

「女装が似合う人、もう一人知っているから」

 その言葉にヨシュアは苦笑いをし、どこか遠くを見る。

━━あー、たしかに似合いそうだな。

 女装させたらうちの馬鹿と結構張り合えるんじゃないか?

 そう思っていると女装がヨシュアを指差す。

「ま、負けませんのよ!?」

「いや! 僕は女装しないからね!?」

「あのお、私、邪魔かしら?」

 華扇の言葉に皆彼女に注目する。

「いや、済まない。お前も自己紹介を頼む」

「ええ。私は茨木華扇。旅の仙人で縁あって今は武蔵の居候をしてるわ」

 その言葉に疑問の声を上げたのはレンだ。

「……仙人?」

「ええ、そうだけど?」

「ふーん? もっと違うものを感じたけど? もっと荒っぽいのを」

 その瞬間、二人の間に緊張が走る。

 「どういうことだ?」と訊こうとした瞬間、警報が鳴り響いた。

「なに!?」

「皆! 向こうだ!」

ヨシュアが指差す先、織田艦隊の方角から五隻の輸送艦が近づいてきていた。

『ヅカ本多君! ちょっと不味い事になった!』

 表示枠のネシンバラに眉を顰め「どうした?」と訊くと彼は慎重に頷く。

『織田が伊勢の民を此方に降ろすつもりらしい』

 その言葉に思わず息を呑むのであった。

 

***

 

・副会長:『よし、とりあえず状況整理をしよう。書記』

・未熟者:『現在、織田は伊勢の民を浜松に連れてきて降ろし始めた。伊勢の民の総数は三千以上。

これらは全て徳川につきたいといった民達だ。なので当たり前だが僕達は彼らを救わなければいけない。

で、ここからが問題なんだが、僕達には時間が圧倒的に足りない』

・○べ屋:『今私たちは輸送艦をフルに使って民の輸送を行っているんだけど現状でもかなり手一杯なんだよね。

完全に民を運ぶのに掛かる時間は二時間。いろいろ効率化してその二時間でやれるようにしてたんだけど、三千も民が増えたら時間が足りないし輸送艦も足りなくなっちゃうわけ』

・あさま:『武蔵に収容するのはどうですか?』

・武 蔵:『可能と判断します。ですが浜松港から武蔵用の陸港まで民を移動させ、収容するとなると最短でも四時間以上掛かります』

・貧従士:『それじゃあ間に合わないってことですか……?』

・未熟者:『現状ではね。全く織田もやってくれたものだよ。僕達が民を見捨てれないのを承知で難民を連れてくるんだからね。

織田は徳川は見逃しても“僕達”を見逃す気は無いらしい』

・副会長:『民を武蔵に収容する事に関してだが私から案がある。まず民を動かすんじゃなくて武蔵を浜松港の上空に移動させるんだ。それで直政、貨物搬入用のリフトで一度に何人運べる?』

・煙草女:『そうさね、品川と浅草のを同時に使うとなると安全性を考えて一度に運べるのは二百人ってところさね』

・曳 馬:『当艦もお使いください。貨物区の物資を全て破棄すれば百人程度は輸送可能です』

・副会長:『よし、“武蔵”。これならどのくらいで終わる?』

・武 蔵:『━━━━━━二時間五十分と判断します』

・十ZO:『刻限ギリギリで御座るな。それだと途中で織田艦隊に追いつかれるで御座るよ』

 

***

 

━━どうしたものか……。

 そう正純は眉を顰めた。

 何度も計算し直しても武蔵が安全に浜松から離れられるだけの時間を作れない。

 どうやっても駿府に到着する前に織田艦隊に追いつかれるのだ。

  民を乗せた武蔵を逃がすには一つしか方法が無い。

だがその方法は……。

「考えるんだ……その方法は駄目だ」

 誰かの犠牲の上での撤退なんて考えられない。

 だがどうすればよい?

 焦りから貧乏ゆすりをしていると表示枠が開き、鳥居元忠が映った。

『正純殿。敵を食い止める任、わしがやろう』

「おいおい、おっさん。犠牲になって俺らを守るってのはなしだぜ?」

 彼は女装の言葉に苦笑し、首を横に振る。

『すまんがもう決めた事だ。大殿も承知しておる。わしはもうお前たちについていく事が出来ないからな』

 な、に……?

それはどういう意味だ?

『元忠殿……』

『感謝する、点蔵殿。黙っててくれて』

「おい、クロスユナイト……それはどういう……」

 そこまで言って察する。

 鳥居元忠の覚悟。それがどこから来るのか。

『そうだ。わしはもう━━━━』

 夜闇に沈んだ浜松の港で誰もが息を呑むのであった。



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~第三十一章・『灼熱宮殿の守り手』 遥かなる因縁 (配点:憎悪)~

 夢を見ていた。

 深く、暗い、虚ろの夢。

 自分では無い誰かの夢だ。

 夢の主は怒るように、悲しむように、苦しむように、焦がれるように、そして己を知って貰いたいかのように幻を見せてくる。

 遥か彼方、まだ温かかった時代。

穢れなく、一切の不純物の無かった時代。

これはそんな夢だ。

 

/////////////

 

 “私”が“私”を理解できるようになる頃になると“私”たちは外に出ることにした。

 家の外はまだ危ないと“紅”は言うが、そんな危険よりも“私”たちの好奇心は上回っていた。

 初めて外に出たときに見たのは青だ。

 天蓋一面に広まる青だった。

 今でも覚えている。

 美しいく何処までも広がるソレに“私”は感激した“私”は歓喜した。

 それから“私”たちはたびたび家を抜け出した。

 最初の頃は庭まで、次は門まで、その次は町へ、そしてある日私たちは町外れの湖に来た。

 その頃には“私”たちは外の事を自分で調べ、知り始めていた。だから湖というのがどういうものかは分かっていた。

 だが実際に見る大きな水の固まりに“私”は喜んだ。

 でも“私”はその深さに恐怖した。

 “私”は訊く「どうしてこんなに美しいのに怖がるの?」

 “私”は答えた「だってもの凄く深くて暗いんだもの」

 初めて意見が食い違った。

 それが初めての喧嘩だった思う。

 “私”たちは互いの髪をつかみ合い、転がった。そして湖の縁まで来ると水面に映る自分の顔を見た。

 自分の顔を見たのは初めてだった。

そして気がついた。

“私”たちが違う事に。

 “私”と思っていた“私”は何もかもが白かった。

 “私”と思っていた“私”は何もかもが黒かった。

 それが“私”たちの個別の自我の始りだ。

 

2

 

/////////////

 

 深い眠りから覚めた。

 何か夢を見ていた気がするが思い出せず、まだ眠気で重い体を起き上がらせると体に張っていた高速睡眠用の術式符を剥がす。

 体がまだ痛む。

 伊勢湾での戦いを終え、武蔵に到着すると直ぐに自宅に戻り倒れるように眠りについた。

 完全には回復しきっていないようだがこれならある程度戦えるだろう。

 暗くなった自室で背筋を伸ばすと自分が何も身に纏っていない事に気がつく。

 こっちに戻ってから直ぐに着替えて寝ようとしたのだが、服を脱ぎ終えた所で寝てしまったようだ。

━━むぅ……少し無用心過ぎかしら?

 さすがに全裸なのは女子としてどうかと思う。

 一応部屋には鍵がかけてあるがそれでも入ってくるのが外道共だ。

今後はもっと気をつけよう。

 そう頷き、立ち上がるとベッドの下に散乱している衣服や下着を纏め、ベッドの上に置く。

 それから箪笥を開けると新しい下着を取り穿いた。

 できれば風呂に入りたいがその暇は無いだろう。

 壁に掛けられた時計を見れば時刻は午後七時半。三時間近く眠っていたことになり退去まであと三十分だ。

 パンツを穿き終えると上着を着、手櫛で髪を整える。

それからお気に入りの桃の香を体に着けた。

 天人はもともと体臭が余り無いが流石に汗を掻いてそのままなのは嫌だ。

 外道共に「あんた、臭うわよ」なんて言われたら自殺できる自信がある。

 「そういえば衣玖はどうしたのかしら?」と思い表示枠を開くと通神文が何件か着信していた。

 それを順に開いていくと三件目、副会長からの通神文に固まる。

「…………え?」

 驚愕と同時に、駆け出し教導院前に向かうのであった。

 

***

 

 駆けていた。

折角休んだ体を酷使し、息を切らしながら駆け続ける。

 知らぬ間に武蔵は浜松港上空に移動したらしく、港が下に見える。

そんな様子を横目に内心では困惑と怒りが渦巻いていた。

 なぜ、こうなった?

 なぜ、その決断をした?

 なぜ? なぜ? なぜ?

 なぜ自分はこんなに動揺しているのだろうか?

 自分はこんな事で動揺する人間だっただろうか?

 様々な感情を混ぜながら走り続けると教導院が見えて来る。

その橋の前には見知った顔が揃っており、その中には徳川家康もいる。皆此方に気がつくと女装が笑顔で手招きする。

 その様子に感情が爆発した。

「あんたっ!!」

 駆ける速度を速め、女装の眼前まで迫るとその襟首を思いっきり掴む。

「天子!!」

 ミトツダイラが声を上げるが無視だ。

それよりもこいつに言いたい事がある。

「なんでこんな作戦認めたのよ!! あんた、見捨てないんじゃなかったの!!」

 周りの連中も慌てて間に入ろうとするが女装が止める。

彼は頭を掻くと「あー、やっぱ怒るよな」と苦笑する。

「でもよ、俺を殴る前にちょっと話し聞いてくれねーか? おっさんがどうなってるかとか」

 

***

 

「…………どうなってるって、どういう意味よ?」

 女装の言葉に困惑し、頭に上った血が引くと表示枠に鳥居元忠が映った。

『その事は……わしから言おう』

 皆が表情を翳らせ、浅間が心配したように女装を見る。

「トーリ君」

「ああ、分かってる。でも、やばくなったら頼むわ」

 一体なんだ? この雰囲気は。どうして皆そんな顔をしているんだ・

私の知らない間に何があったのだ?

『まず言うとわしの命はもうもたん』

 頭を金槌で割られたかのような衝撃だった。

 一瞬冗談を言っているのかと思った。だがそんな雰囲気ではないのが周りの反応や元忠本人から伝わって来る。

「……え、どういう……こと?」

『腹を撃たれてな。応急処置をしたものの内蔵が完全にやられ、助からんのだ』

 撃たれた? 誰に? 何時?

 そこで思い出す。曳馬の甲板上で彼が私を庇った事を。

「わ、私の……」

 「せいか?」と言うよりも速く元忠は首を横に振った。

『それは違うぞ。あれはわしが選択肢した結果だ。その事でお前さんが心を痛める必要は無い』

「でも……!!」

『そんな顔をするな。折角の美人が台無しだ。そうは思わんか?』

 元忠の言葉に皆、翳りを含めた笑みで頷く。

 「ふざけるな!!」と心の中で叫ぶ。だってそうだろう?

どんな言い訳をしても自分のせいでこの人の運命を決定付けてしまったのだ。

『わしはな、感謝こそすれ恨む事など無い。満足だ。わしは今、満足を得ている。

それは大殿の下で再び戦えた事、若き志士達と出会えたこと、そしてお主と共に戦場を赴けた事』

 私と彼が最初に出会ったのは五年前だ。

 退屈しのぎに家康に部隊をよこせ、自分も戦場に出ると言い目付け役として来たのが彼だった。

 私はそれを窮屈に思い、彼を邪険に扱い続けた。それでも彼は衣玖と共に私に親身になって付き、戦の仕方、流れや戦国の世の事を教えてくれた。

その事にも初めは腹が立ったがだんだん嫌ではなくなり、ある意味では“父親”のように思い始めていた。

 そんな彼が死ぬというのだ。それも自分のせいで。

 自分は孤高で誰が死のうが構わないと思っていた。

だが何だこの、痛みは? 苦しみは?

何時から自分はこんなに弱くなったのだ?

「……総領娘様」

 此方の隣りに衣玖が立ち手を握ってくる。

「向き合いましょう。共に。皆苦しいのは一緒です。だから共に向き合い、前を見ましょう。それが私たちに出来る最大の恩返しです」

 強く握られた彼女の手から強い思いが伝わって来る。

 そうか……彼女も……。

 いやそれだけじゃない。あの場に居た誰もが、いや、あの場に居なかった者も全て同じ気持ちなのだ。

『うむ。皆、良い顔だ。これで心置きなく逝けると言うもの。それで、天子よ。お前さん前に“何かして欲しい事があったら言え”言ったな?』

 彼の言葉に頷く。

『ならば頼みが二つ。一つは大殿に預けた我が手記を受け取って欲しい』

 家康が手記を此方に渡し、それを大事に腕で抱くと元忠に頷いた。

『そしてもう一つ。我が隊を引き継いで欲しい。お前さんも知っていると思うが皆良い奴だ。直ぐに馴染むだろう』

「でも……私に……」

 出来るだろうか? 筒井で失態を犯し皆を窮地に追いやり、今こうしてまた一人の命を奪う原因になった自分に。

『できるさ。お前さんは前までのお前さんとは違う。他者と会い、友と会い、強敵と会った。それら全て決して無駄ではなく、一歩ずつ必ず前に進んでいる』

 元忠は頷く。それは自分もそうだと言うように、自分の言葉を噛み締めるように。

『だから皆、聞いてくれ。これから先、苦しい事が多く待ち受けているだろう。もしかしたらまた誰か脱落するかもしれない。

だがそれでも前に進み続けてくれ。どんな絶望が待ち受けていても進み続ける限り未来は切り開かれる。

先に逝った者達の死を無駄にせず、満足させてくれ』

 そうそれこそが徳川であると。

 ならば自分はどうすれば良い?

まだ頭は混乱し、自責の念は重く圧し掛かり今にも心を押し潰そうだ。

 だが、それでも、それでもそんな私を、“私たち”を信じてくれるというならば……。

「分かったわ。どんなに苦しくても私は前に進む。この自責の念は一生消えないでしょうけど、だからこそ進み続けて私たちに出会った全ての人々が幸いであったと言える様になると私は宣誓するわ」

 此方の言葉に女装も頷く。

「俺もだぜ、おっさん。俺には何も出来ないけどこいつ等になら何でも出来る。だからさ、おっさん、あんたの無念、不可能を俺に預けてくれ。

それであんたは、最期まで笑ってくれよ」

 女装の隣りに家康が立つ。

「元忠、今まで大義であった! お主こそ三河武士の鑑よ! お主が拓いてくれた我が道、我が夢、必ずや成してみせよう!!」

 主君と家臣は短く。だが誰よりも強く心を繋げる。

『皆、それではおさらばで御座る。この鳥居彦右衛門尉元忠。必ずや敵を喰いとめてみせましょう!!』

 表示枠が閉じられると皆沈黙する。

 それから女装は苦笑すると此方の横に立った。

「大丈夫か? つれーんだったら辛いって言っていいんだぞ?」

「ええ、でも、まだ言わない。言ったら弱くなりそうだから。駿府に着くまでは言わないわ。

それにあんたこそ大丈夫なの?」

 この馬鹿は悲しんだりすれば一発アウトなのだ。

そう言う意味では自分よりも辛いはずだ。

「辛いって思うよりもおっさんがどうすれば喜ぶかって考えてるからなー。俺は」

「あんた、強いわね」

「…………強くねえさ。俺は一人じゃ何にも出来ないしちょっとしたことで死んじまう兎だ。だけどよ、俺には皆がいるし、オメエも居る。だったら笑って前に行くしかねーだろ?」

 そう思えるからこそ強いのではないだろうか?

 大きな喪失を前にして悲しみを抱かないのはそれこそ悟りの境地だ。

「だからよ、オメエも自暴自棄になんなよ? オメエが死んだら俺も死んじまうし他の連中だって悲しむ。

だから笑おうぜ、笑っておっさんを送り出してやるんだ」

 女装の言葉に頷き、腕に抱いた日記を強く抱きしめる。

 そしてぎこちなく笑みを浮かべると女装が笑った。

 皆も頷き笑みを浮かべる。「さあ、行こう」と。

 直後船体が揺れた。

 武蔵の周辺に仮想海が展開され、少しずつ高度を上げて行く。

『これより当艦は浜松港を離脱し駿府に向かいます。戦闘員の皆様は警戒態勢に移行をお願いします━━以上』

 その放送を受け、皆が顔を見合わせる。

そして女装が皆の中心に入ると腰に手を当てた。

「うし! 行こうぜ! みんな!!」

「「Judment!!」」

「「応!!」」

 彼らの決意を乗せ、白き巨大な船が夜の空に飛翔を始めるのであった。

 

***

 

 遠く、遠ざかって行く白の艦群を見送り鳥居元忠は笑みを浮かべた。

━━行けよ。未来を切り開く者達。

 最早自分の四肢に感覚は殆ど無い。

立つのがやっとの状態で間もなく自分は死ぬであろう。

だが、その前にやらなければならない事がある。

浜松港の管制塔前に二百人の兵士達が集まっていた。

 彼らは皆元忠の部隊のものだが全員が共通して年老いていた。

「……馬鹿だな、お前らも。あっちに行けば助かったのに」

「へ、水臭い事言わないで下さいよ大将。あっしらみんな大将について行きたくてついて来たんですから」

「若いのを守るのが年寄りの責務ですからね」

「おっさん舐めんな!! ってんですよ!!」

 皆の言葉に嬉し涙を浮かべ、笑みを浮かべる。

「馬鹿者達が。だが、感謝する」

 皆笑みを浮かべる。決意を秘め、武器構え、兜の緒を締める。

「さあ、やるぞ! 笑顔になれよ! 満足しろよ!!」

「「応!!」」

「意地を通せ! 誇りを見せろ!! 三河武士の結束見せてやれ!!」

「「応!!」」

「さあ、始めよう! 我等鳥居元忠隊、最期の戦だ!!」

「「応!!」」

 午後八時、織田軍は三河領内に侵入。

月明かりに照らされる中、浜松港にて織田軍三万と徳川軍二百の戦いが始まるのであった。

 

***

 

 暗く長い洞窟を抜けると紅が広がった。

 紅の海は超高の熱を放ち、岩や土を飲み込み溶かしている。

 紅の溶岩は空洞に広がっており、数百メートル上の天井すら赤く輝かせている。

 そんな溶岩の海の中央に神殿があった。

いや、神殿と言うよりも金属の社とでも言うべきそれは溶岩を浴びても溶けるどころかあっと言う間に溶岩を弾いてしまう。

 そんな謎の金属で出来た社に一人の少女が降り立った。

 驪竜だ。

 彼女はこの灼熱の中汗一つ掻かずに薄い笑みを浮かべ社の中央にある巨大な祠のような物を見上げる。

『小童が、我が聖域に土足で入るでない』

 女の声がした。

 空洞全体を振動させる声は何処からとも無く発せられ、それだけで溶岩の波が止まる。

 そんな中で驪竜は薄い笑みを変えずにいた。

「ふふ、聖域? 牢獄では無いのかしら? いえ、この場合牢獄の看守塔かしら?」

『これでも我なりに住みやすいと思うのじゃがな』

 「それは貴女だけでしょう?」と苦笑すると女の笑い声が響く。

『して、何用じゃ。汚物が』

「分かっているでしょうに。━━━━貴女の“核”、いただきに来たわ」

 直後、圧倒的な威圧感が祠より放たれた。

 それだけでありとあらゆる生き物を根絶しそうな威圧感の中、驪竜は愉快気に目を細め空間から巨大な黒の戦斧を取り出す。

『東の方、“翠”の気配が途絶えたと感じたがやはりお主か』

「ええ、寝惚けていたところをこの手で屠ってやったわ。ふふ、楽しかったわよ?

生きながら肉を裂き、骨を砕き臓物を取り出すのは。

最期はなんて言ってたかしら? たしか“済まぬ、同胞よ”だったかしら?

馬鹿よねぇー、最期まで他人の事考えているんだから!」

 そう笑った瞬間、祠の扉が開かれ大出力の火柱が放たれた。

 火柱は溶岩すら弾く金属をいとも容易く溶かし、飲み込んでゆく。

 驪竜はそれを颯爽と避け、近くの柱の上に着地すると祠の方を見る。

 扉の奥からそれは来た。

 それは紅の輝きであった。

 四本の足で歩行するそれは全身を紅く輝く羽毛で包み、背中からは二対の巨大な翼が生えている。

 頭部は鋭く尖った嘴を持っておりその体と同じ紅い二つ瞳で己の敵を睨みつけていた。

 朱雀だ。

 まるで神話の朱雀のような姿をしたそれは翼を伸ばし、嘶く。

「ふふ、やっと姿を見せたわね。“八大龍王”、“紅天の頂”」

『貴様ごときが我が名を呼ぶな。我等が汚点、汚物、裏切り者よ』

「裏切る? 裏切り者ですって? 先に裏切ったのは貴方達でしょう」

 そうだ、自分がこうなったのもこいつ等のせいだ。

 あの苦痛を、恐怖を、絶望を味わわせたのはこいつ等だ。

故に私は外道に墜ち復讐を誓った。

『……確かに、あれは我等の間違いであったじゃろう。だが、貴様を放置する訳にはいかん。我は“翠天”とは違うぞ?』

「上等。貴女を殺して私の一部にしてあげる!!」

 驪竜が叫び、“紅天”が嘶き、両者は激突を開始した。

 

***

 

 溶岩の海が敷き詰める空洞の中で嵐が起きていた。

 熱風と巻き上げられた岩石の嵐の中心にいるのは黒の輝きと紅の輝きだ。

 “紅天”が翼を広げ、羽根を飛ばす。

 飛ばされた跳ねは高出力の流体となり嵐の雨のように驪竜に襲い掛かる。

 それに対して驪竜が行ったのは回避だ。

彼女は必要最低限の動きで回避を行い紅の弾幕を抜けると戦斧を両手に持ち構える。

 狙うは敵の首だ。いかな大龍であったとしても首を断たれれば致命傷を免れない。

 故に渾身の一撃を戦斧に乗せた。

 空中で体を回転させおこなう全力のスウィング。

 あと僅かで刃が敵に届きそうという所で気が付いた、

 敵が余りに無防備であると。

 回避の判断は咄嗟であった。

 身に纏っていたマントを翼状に広げると大きく羽ばたき後ろへ跳躍。

その直後に爆発が起きた。

 敵の周囲を全て燃やし尽くすような熱の爆発。

 咄嗟に回避したため直撃は免れたが伸ばした右腕が巻き込まれ肘まで一気に炭化する。

『呵呵!! よう避けおった!!』

 敵は賞賛の言葉を送ると同時に巨大な嘴を開き、火柱を放つ。

「っ!!」

 咄嗟に横に跳躍を行い回避するが、敵の攻撃は止まらない。

 羽根が来る、火柱が来る。

 ありとあらゆる物を砕き、飲み込むべく敵は攻撃の津波を放った。

「流石は龍王一の火力持ち!!」

 この敵を相手に出し惜しみは不可能だ。

そう判断すると戦斧を掲げた。

 漆黒の斧はその刃を展開させ、瘴気を振り撒く。

 

 

 

・━━時は歪む。

 

 

 

 直後奇妙な事が起きた。

 攻撃の津波はその速度を落とし、まるでスローモーションのようになる。

そして炭化した腕は一瞬でその姿を戻していった。

 その様子に“紅天”は目を細める。

『時を歪め、空間を歪め、起きた事象すら歪める。それが貴様の“概念”であったな。

やはり危険じゃ、その力復讐を終えた後、何に使う?』

「ふふ、そんなの決まっているわ。“私”の為よ。

━━━━“私”は孤高だ、“私”は孤独だ、“私”特別だ。だから“私”は“私”以外の全てを歪める!!」

 刃を振る。

 ただの空振り。だが直後、敵の翼が断たれた。

『ぬう!?』

 驪竜は舞った。

 復讐を願い。刃に憎しみを乗せて。

 届かぬ刃はしかししっかりと敵に届いた。

 紅の巨体の胴を裂き、足を裂き、尾を裂き、翼を裂く。

『これは……己の攻撃の事象を歪めおったか!!』

 “当たっていない”という事象を“当てている”という事象に置き換える。

 故に今の彼女の攻撃はどうやっても紅の龍に当たるのだ。

『嘗てより強くなっておる!! 貴様! これまでにどれ程の事象を喰らった!!』

 そんな事覚えているはずが無い。

 “私”以外は粕、糟、滓。

 だからこの目障りな龍も……。

「━━━━消えてよ、カス」

 龍は憤怒の声を上げて羽根を飛ばす。

 しかしその攻撃は彼女に届く事は無かった。

 全てが突然に消失したのだ。

『空間を歪めおったな!?』

 そうだ、自分はもうその“領域”まで来たのだ。

目指すはさらにその上、この檻を越え、全ての始まりの地へ。

 驪竜は跳躍した。

 なんてことは無い縦方向への跳躍。

しかしその体は幾つも龍の眼前に現れる。

 その全てがあったかもしれない“私”。それを歪め、現出させ攻撃を叩き込む。

「さあ、終わりよ。安心してね、“他の連中”も直ぐに送ってあげるから」

 直後龍が翼を広げた。風が吹き荒れ、空洞全てを飲み込んでいく大気の渦。

『嘗めるなよ!! 小娘があ!!』

 

 

 

・━━風は灼熱となる。

 

 

 

 空洞を飲み込む灼熱が一気に広がり全てを紅へと変えた。

 

***

 

 全てを溶かし尽くし“紅天の頂”は己の勝利を確信した。

 相手が事象を歪ませ攻撃を防ぐのなら、防ぎようの無い一撃を加えれば良いのだ。

 敵にとって場所も悪かった。

 広い地上であれば“回避の可能性”はあったがこの閉鎖空間ではそんなものは無い。

 数千年ぶりの戦いに重い疲労を感じる。

“概念”を使った事によってほぼ全ての力を使い果たし、満身創痍だ。

だが敵は屠った。

 永年にわたって争ってきた敵はようやく斃れ、散っていった多くの同胞の敵を討てたのだ。

━━これで後は“白”に任せればよいか。

 そう思い、眠りにつこうとしたした瞬間それは来た。

 黒の流体槍。

 長く尖ったそれは突然に現れ此方の胸を貫く。

『なん……じゃと……』

 溶岩の上、敵が立っていた。

 彼女は身に纏っていたマントを失い、一糸纏わぬ姿で歪んだ笑みを浮かべて立っている。

 無傷であった。

 傷一つ火傷一つ負わず彼女は勝利を確信した表情で此方を見上げる。

━━何が起きた? 何故無事なのだ!?

 敵の“概念”ではアレは防げない。ならば何故? そこで思い至る。

我々が一番恐れていた状況を。

『貴様っ!! 何を喰らった!?』

 直後、光りが空間を包んだ。

 閃光の中聞えたのは掠れた声だ。

 

 

 

・━━□□は□を□する。

 

 

 

 空洞が崩れ、溶岩が溢れる。

そして穴から溢れた溶岩は地上へ向けて飛び出した。

 大地を砕き、紅の海が夜の空に噴出す。

 午後八時十分。

 九州南部、桜島にて突然の大噴火が始まるのであった。



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~第三十二章・『三河一の忠義者』 我が道 我が忠義 (配点:鳥居元忠)~

 自分が今際に見た光景は伏見城を囲む大軍だ。

大一大万大吉を掲げた軍勢は伏見の城を隙間無く囲い、城門は炎に包まれている。

共に十三日間戦った千八百の兵は尽く斃れ、最早自分のみとなった。

 豊臣の軍勢は天守に殺到しており間もなくここに到達するだろう。

 遠く東の地、故郷を見る。

 夜の闇で故郷、三河の山々は見ることは出来ないが自分は笑みを浮かべた。

 知っているか? 日は東から昇るのだ。

 今此処でわしが斃れようとも必ずや東から日が昇り、西の軍勢を征するであろう。

 故に、我が死、決して無駄にあらず。

いざ行かん、先駆者たちのもとへ。

 戸が開かれた。自分の終わりを告げるために。

 一人の甲冑を身に纏った男が入ってくる。

彼は血に塗れた刀を握り締め、此方を見ると頭を下げた。

「鳥居元忠殿とお見受けする。見事な戦ぶり、忠義の心。故に降れとは言わぬ。お覚悟されよ!」

「我が最期の相手として不足無し! 参られよ!!」

 互いに踏み込み、そして最期の一騎打ちが始まった。

 

***

 

 次に目が覚めたときに感じたのは奇妙な違和感であった。

 はて、わしは誰であったか? 何故、畳の上で寝ておるのか?

 寝惚けは徐々に覚めて行き、自分が何者かであるかを思い出す。

 そうだ、わしは鳥居元忠。伏見において鈴木重朝と一騎打ちをし討ち死んだ筈だ。

ならば、ここは何処だ? 極楽浄土か? それとも地獄か?

そう思い天守から見れば伏見の城が広がっていた。

だが城には戦火の後は無く、まるであの戦が無かったかのようになっていた。

そして空には奇妙が広がっていた。

 歪んでいたのだ。

 青いはずの空は様々な色が混じりあい、歪んでいる。

 まるでこの世の終わりのような光景にやはり自分は地獄に落ちたかと思っていると空が割れた。

 硝子を割ったかのような音と共に空から大質量の鉄の塊が降ってきたのだ。

 それは黒い鉄の城砦で伏見の近くに着地すると凄まじい衝撃を発生させる。

 自分はその巨大さに神の国からの落し物であると思った。

 暫く呆然とすると、直ぐに冷静さを取り戻しあの巨大な物体に近づいてみる事にした。

どの道死んでいるなら怖いものは無い。

 アレが何なのか確かめてみよう。

 そう思い、無人となった伏見城を出た。

 

***

 

 遠くから見たときにもその巨大さに驚いたが、近づいてみればその驚きは更に強まる。

 巨大な城砦のように見えたそれは六隻の船の様な物を繋ぎ合わせたものであった。

さらにその船体は見たことも無い鋼で出来ており、やはりこの世の物とは思えない。

 もう少し近づいてみるかと思い林から出ると突然後ろから声を掛けられた。

「何者で御座りますか!」

 凛とした少女の声であった。

 槍のような物を背中に突き立てられ、手を上げると振り返る。

 そして驚愕した。

まず驚いたのは少女の姿だ。

 少女は体にぴったりと合わせた材質不明の服を着ており、このような服は見たことが無い。

伴天連の服かとも思ったが伴天連がこのような服を着ていたことは無かった。

そして次に驚いたのは彼女の鋭さだ。

 全身を槍にしたかのような気配の鋭さから彼女の実力が達人の域にあるという事が分かる。

「もう一度問う、何者で御座りますか!?」

「あ、ああ。済まん、わしは鳥居元忠だ」

 次に驚いたのは彼女のほうだ。

 彼女は「鳥居・元忠?」と眉を顰める。

「武蔵の襲名者で御座りますか?」

「襲名者? いや、わしは徳川の家臣だが……。お主の名は?」

 そう訊くと彼女は少し思案した後、槍を下げた。

「拙者、M.H.R.R.十本槍が一人、福島・正則で御座ります」

「……は?」

 彼女の名乗りに暫く唖然とすると噴出した。

「な、何を笑うで御座りますか!!」

「い、いや。済まぬ。随分と可愛らしい福島殿だと思ってな。わしの知る福島殿はもっとこう、無骨な男であるから」

「……確かに、襲名元。神代の時代の福島正則はそうかも知れぬで御座りますが」

 そこで気がつく。妙な会話のズレに。

 今なんと言った? “神代の時代”? “襲名元”?

いったいどういう意味だ?

「福島様!!」

 黒の艦から金髪の女性が走ってくる。

 福島と名乗る少女と同じ服を着た彼女は此方を見るとやや驚いたような表情をする。

「おお、キヨ殿! 拙者、第一村人、いや、第一襲名者に遭遇したで御座りますよ!」

「え、あ、はい。始めまして、M.H.R.R.十本槍の一人、加藤・清正です」

「加藤清正……? お主が?」

「え? Tes.、 そうですが……」

「この御仁、さっきから少し変なので御座るよ。鳥居元忠の襲名者らしいので御座るが……」

 正則の言葉に清正は「鳥居・元忠?」と眉を顰める。

「変ですね。鳥居元忠の襲名者はまだ居なかった筈ですが。それにこの方の格好、まるで本当の戦国武将のような……」

「何を言っているかは分からんが、わしは鳥居元忠本人だぞ? いや、ついこの前伏見にて討ち死んだから元・鳥居元忠と言うべきか?」

 そう答えると二人は再び驚愕の表情を浮かべるのであった。

 

***

 

 それから先、驚かされ続けたのは此方の方だった。

 彼女たちの話しによれば、彼女たちは我々が生きていた時代より数万年未来の時代の人間であり遥か彼方、宇宙まで行った彼らの祖先は大きな挫折をしこの星に戻ってきた。

しかし星は彼らを歓迎しなかった。

 環境神群によって異常再生されたこの星に人は住むことが出来なくなっていたのだ。

 ただ唯一、ここ日本、神州を除いて。

 神州に帰還した人間たちはやがて争いを始め致命的な損耗をする。

 そこで生まれたのが“非衰退調律進行”であり、歴史再現だ。

 彼女たちの時代ではまさに戦国時代の真っ只中であり襲名者として戦国武将や欧州の人物の名を継ぎ、争っているのだという。

 正直、信じられなかった。

 だが信じざるおえない。彼女たちが嘘を言っているようには見えなかったし、何よりもあの巨大な物体、安土は我々の常識を遥かに超える物だ。

 彼女たちの話を聞いた自分は今度は自分の話をした。

 自分は彼女たちでいう所の襲名元の戦国武将、鳥居元忠であり自分は今際の事を覚えている。

そして何故か先ほどこの世界に目覚めたと。

 二人は此方の話しに思案顔になると正則が「では、とりあえず拙者たちの所に来ないで御座りませんか?」と訊いて来た。

「そうですね。状況が分からない以上、共に行動すべきでは無いでしょうか?」

 清正も頷き、此方を見るが自分は首を横に振った。

「済まぬがわしには行くところが出来た」

 もし、もし蘇ったのが自分だけでは無かったとしたら?

 殿や、他の仲間たちも蘇っていたら?

 そう思うと一刻も早く、殿の下に駆けつけたくなった。

 二人は少し心配そうな表情をするとやがて頷く。

「分かりました。ですがお気をつけて。この世界が何なのかまだ分からないので」

「Tes.、 危険だと判断したら直ぐに戻ってくると良いで御座りましょう。拙者たち、暫くはここに居るので」

 二人の襲名者に礼を言うと踵を返す。

 向かうは岡崎城。

何故かそこに皆が居るとそう思えたのであった。

 

***

 

 岡崎に向かう途中この世界を観察して回った。

 どうやらこの世界に来たのは自分だけでは無く、かなりの人数が来ていたようだ。

 人々は皆動揺し、恐れていた。

 武士であった者達は直ぐに混乱している民を集め、集団を作り始める。

だがその事がかえって混乱を広めていた。

 皆、何を信じれば良いのか分からず疑心暗鬼に駆られ小競り合いも頻発していた。

 それに巻き込まれぬように岡崎に向かい続けて約一月、漸く岡崎の地に入った。

 期待と不安を混じり入らせ岡崎城に近づくと門兵たちが此方を止める。

「何者だ! ここは徳川家康様がおられる岡崎城! 怪しき者は通せぬ!!」

 門兵の言葉に狂喜した。

やはり殿も此方に来ていたのだと。

故に、背筋を伸ばし堂々と名乗った。

家臣が帰還したと。

「鳥居元忠である! 伏見より今戻った! 殿にそう伝えられよ!!」

 その言葉に門兵は慌てて城内と連絡し岡崎城に迎え入れられるのであった。

 

***

 

 岡崎城に帰還して殿や仲間たちと再会してから暫くして武蔵が関東から岡崎の地に逃げ込んできた。

 徳川は武蔵を迎え入れる代わりに彼らの技術を手に入れ急速にその力を伸ばして行く。

 我々武士も異世界の者達と会い、彼らの知識、技術、戦術を学び続けた。

 そしてこちらの世界に来てから一年後、一色家が出雲・クロスベルに進行をしたことによって西日本で大乱が起きた。

 徳川はこの戦には参加せず防備を固める事にしたのだが、懸念があった。

それはこの国を囲む三つの勢力だ。

 一つは織田信長率いる織田家。一つは甲斐・信濃をあっと言う間に支配した武田家。

そして最後は徳川にとって因縁深い今川家だ。

 特に嘗ての勢力を取り戻したい今川家は度々三河に進行を行い、小合戦を繰り返していた。

 そんなある日、家康に呼ばれた。

「何用で御座いますか?」

「うむ、お主に少し頼みたい事があってな」

 「頼み」と首を傾げると家康は頷く。

「教育をな、頼みたいのだよ」

「教育で御座りますか? 一体誰の?」

「天子殿のだ。最近彼女が戦に自分を出せとせがむようになってな。だが彼女は戦などしたことが無い。故にお主に教育を頼みたいのだよ」

 比那名居天子。

 武蔵と共に徳川に来た少女で、武蔵の連中とはまた違う世界から来たらしい。

 彼女とはほぼ話したことが無いが、第一印象は強烈であった。

彼女は最初の自己紹介で自分がいかに優れているかを語り始め、最後には自分を敬えとか言い始めたのだ。

 あまりに傍若無人な言い様に徳川の家臣たちは怒ったがトーリ殿が彼女のスカートを大衆の面前で捲くり大乱闘になった事でその場は事なきをえた。

「……はあ、何故某なのでしょうか?」

「お主は若手を育てるのが上手だからな。それに、あの娘を見て最初にどう思った?」

 最初にどう思ったか?

 色々思った。可憐。傲慢。強気。小柄。

だが一番に思ったことは……。

「……危うい、そう思いました」

「ほう?」

「何かこう、無理をしているように感じました。あの傍若無人っぷりも何かを隠すためなのではと」

 そう言うと家康は笑った。

「はは、やはりお主に任せるというわしの判断は正解だったようだ。わしも、同じ事を思っておった。あの娘、あのままでは何時か折れよう。

だがあの娘からは可能性を感じる。是非とも開花させたい」

 そう言うと彼は立ち上がり、天守の窓を開いた。

「振り出しに戻ったな」

「ええ」

「だが悪い気はしない。振り出しに戻ったという事は、再び皆と共に歩めるという事だ。元忠」

 彼は振り返り此方を見る。

「これからまた頼むぞ」

「はっ!!」

 家康に頭を下げ。決意した。

どんな事があろうとも彼を支えようと。

 

***

 

「は? なんであんたに教わんなきゃいけないの? 馬鹿じゃないの? 死ぬの?」

 取り付く島も無いと言うのはまさにこういう事なのだろうと思った。

 天子の元に向かい、戦の教練をすると言った途端、彼女は小馬鹿にした態度で此方をあしらう。

「いやいや、なんの教練も無しに戦場に出れば死ぬぞ?」

「はあ? 私が雑魚に負けるとでも? あんなの束になったって私の足元にも及ばないわ」

「そうじゃなくてな、部隊を率いて戦場に赴きたいのだろう? 今のままじゃ何も出来ず、部下を死なせるだけだぞ?」

 そう言うと彼女は露骨に嫌そうな表情をする。

「下っ端がどうなろうと私の知ったことじゃ無いわ」

━━やれやれ……。

 こりゃあ、確かに他の連中には任せられん。

こんな態度をしていれば直政なら喧嘩になるだろうし忠次なら血管切れる。

だがこう言った跳ねっ返りはコツさえ掴めば意外と御し易いのだ。

「なら、わしと模擬演習せんか?」

「は? 私が何でそんな事しなきゃいけないのよ?」

「ほほぉう? 逃げるのかなあ?」

 天子の眉が徐々に逆立っていく。

「見え透いた挑発ね。私が乗るとでも」

「天人様は口だけいっちょまえで実は臆病者らしいなあー。胸も貧相だし」

「……ちょっと! 胸は関係ないでしょう!?」

 詰め寄ってくる彼女に得意げの笑みを送ると彼女は歯軋りをする。

「いいわ……そこまで言うならやってやろうじゃない!! でも、そうね。ただの勝負じゃつまらないから勝った方が負けた方に一つ命令できるってのはどう?」

 別に構わないので頷いた。というよりもこの娘、全力で墓穴を掘りに行っているような気がする。

━━ちょろいのうー。

 最近覚えた言葉でそう内心笑うと天子が腰に手を当てて強気な笑みを浮かべる。

「さあ、勝負よ!!」

 

***

 

 まあ、結果は予想通りであった。

 熟練の指揮官と戦をしたことが無い少女では戦いになる筈も無く、物の数分で天子の部隊は壊滅した。

 勝負後彼女は納得行かないとなにやら喚いていたが、およそ人に見せれるものでは無かったので割愛する。

 色々と恥を掻いた彼女は顔を真っ赤にしながら不機嫌そうな顔をした。

 勝負を無かった事にしようとしないあたり、少し潔い。

「…………それで? 罰ゲームは?」

「うむ。お前さんの罰ゲームは今後、わしの下で学ぶ事だ」

「え?」と目を丸くした彼女に笑うと頷いた。

「天人様には人間から教わるのはさぞ屈辱だろう。それとも別の罰ゲームの方が良かったか?」

 彼女は物凄い勢いで首を横に振ると強気な笑みを浮かべた。

「いいわよ! やってやろうじゃない!! 見てなさいよ! あっと言う間にあんたを追い抜いてやるから!!」

 そう得意気になっている彼女を見ながらもう一度“ちょろいなー”と思うのであった。

 

***

 

 得意気になるだけあって彼女の成長スピードは速かった。

 一度教えた事は直ぐに覚え、次々と軍略、戦略を学んで行く。

ただ部隊との連携能力は本人の性格のせいもあって中々伸びなかったが、ある時を境に改善されて行く。

後から知った事だが武蔵で総長である葵・トーリと揉めたらしく、その時に心情が変わり始めたらしい。

 自分も出来の良い生徒に出会え率先して彼女と教練をするようになった。

 二年も経てば彼女は指揮官としての知識と技術を学び現場指揮官として小合戦に参加するようになった。

 そこからの成長は目を瞠る物がありその才能を開花させて行く。

そして今川家との戦いや伊勢での戦いを経て、彼女は遂に自分を追い抜いて方面軍指揮官になった。

 その事に僅かな嫉妬と驚愕があったが彼女が自分を部隊に招きいれてくれたため、彼女を支えようと、そう思ったのであった。

 

***

 

 夢から醒める。

 どうやら気を失っていたらしく浜松港の管制塔の椅子に腰掛けていた。

 酷く寒い。

 冬の寒さとはまた違う、体の芯から来る寒さ。

 以前にも一度味わった寒さだ。

「おおっと……いかん……寝ておったか……」

 何時気を失ったのだろうか?

 たしか、浜松が炎上し、部下達が斃れて行ったはずだ。

そして管制塔に立てこもり……。

 管制塔の窓の外が紅く輝いているのが見えた。

 港は炎の海に呑まれ、さながら地獄のようである。

 その炎に照らされるように安土が浮かんでいた。

━━今思えば、あれがわしの始まりだったのだな。

 そしてあの鋼の城が我が生涯に終わりを告げようとしているのである。

「……因縁、だな」

 あの二人は元気にしているだろうか?

 結局二人の襲名者と再会することは出来なかった。

「さて……」

 最早感覚の無い体を立ち上がらせると管制室に掛けてあった徳川の旗を持つ。

「最期の一仕事だ」

 

***

 

 管制塔の屋上に出ると元忠は屋上の中央に立った。

 既に管制塔も炎上し始め間もなく火は此処まで達するであろう。

 織田の艦隊は遠巻きに此方を囲み、静観している。

あの黒の艦隊と共にいる者達は今、何を思っているのか?

 辛うじてまだ映っている表示枠の時計を見れば午後八時半と記されている。

三十分。

十分に稼げた。

どうだ、織田? わしら凄いだろう?

だがな、武蔵にはわしらよりもっと凄いやつ等がいるんだぞ?

絶望したか? なら、満足だ。

「さあ……!」

 旗を掲げた。

 炎の赤に照らされ三つ葉葵の紋様が浜松の空に靡く。

「見たか! 織田! わしらの誇り、意地、結束、そして夢を!!」

 叫ぶ。

 命を燃やし尽くすように。

「我こそは鳥居元忠! 貴様らの滅びの序章となる者だ!! 覚えておくが良い!!」

 安土に流体の光が収束し始める。

 あの光こそ、我が最期であろう。

 突如表示枠が開き、通神文が送られてくる。

そこには短く、こう書かれていた。

・第六天:『見事』

 閃光が放たれた。

 安土より放たれた流体光は大地を砕き、港を破壊し、炎の海を割る。

そして視界全てが白になる。

「それでは、皆! おさらばに御座る!!」

 笑った。

 満面の笑みを浮かべ、満足し、後に託す。

 光の中、一瞬だけ徳川の仲間たちの姿が見えた。

━━行けよ、未来を切り開く者達。わしは何時までもお前たちと共にある。

 そして全てが飲み込まれた。

 閃光が去った後、全ては消失し静寂のみが残った。

 

 

 

 

 十二月二十三日、午後八時半。浜松港にて鳥居元忠率いる決死隊二百名。尽く討ち死にし三河は織田の手に堕ちた。

 

***

 

 同刻、武蔵は駿府城へ向けて航行を行っていた。

 都市はどこか陰鬱とした雰囲気で静まり返っている。

そんな武蔵の中央後艦・奥多摩にあるアリアダスト教導院の長階段の一番上に比那名居天子は頬杖をつきながら座っていた。

 彼女の腕には日記が大事そうに抱かれており、彼女は一人、後悔通りを眺めていた。

「よ、大丈夫か?」

 背後から声を掛けられ振り返れば服を着た馬鹿がいた。

「別に、いつも通りよ」

馬鹿は「そっか」と苦笑すると此方の横に座る。

「さっき通神で、おっさん、死んだってよ」

 一瞬硬直する。

 暫く言葉を失うと震える声を抑え、顔を覗かれないように頷いた。

「そう……」

 互いに沈黙する。

「…………」

「…………」

「………あの、さ」

「うん?」

「大丈夫なの?」

「さっきと逆だな」

 そう馬鹿は苦笑すると頷いた。

「おっさんが満足してくれたんなら俺はそれで良い。それによ、おっさんは俺達が前に進む事を望んでいたんだぜ?

だったらこの国の王様として俺は笑ってやんなきゃな」

 やっぱ強いな。

そう思った。

自分はまだ己の気持ちに整理がつけれず戸惑っているというのに。

「だからよ、頼ってくれてもいいんだぜ? 俺は何も出来ないし頼りないだろうけど、相談や愚痴を聞くぐらいなら出来る。

辛い事は全部俺に押し付けてくれよ」

 全く。

全くこの馬鹿は。

そういった事に一番弱いくせに、格好つけちゃって。

 そうか、だからみんなついて行くんだ。

 こんな彼だからこそ支え、力になりたいと。

「有難うね。でも、大丈夫。いえ、まだ大丈夫。自分の気持ちが整理できたら、あんたを、その、頼るかも……」

 素直に頼れない自分に歯がゆさを感じていると馬鹿が笑った。

「おう、そん時は任せな」

 馬鹿が立ち上がり、此方もそれに続くと教導院の方からホライゾンと衣玖、そして正純と家康がやってくる。

「とりあえず駿府で再起ね。必ず、岡崎に戻るわよ?」

 そう言いトーリが頷いた瞬間右舷側、太平洋側から閃光が生じた。

「え?」

『右舷より対艦砲撃クラスの流体反応を確認!! 障壁の展開……間に合いません━━以上!!』

 直後、右舷側遠方から極大の流体砲撃が放たれ、障壁が緊急展開されるが貫通した。

 流体砲撃は品川の右舷装甲を砕き、破砕と爆発が生じ他艦にも強烈な衝撃が伝わった。

 

***

 

「あら?」

 白の巨大艦に向けた傘を下げ風見幽香は感嘆の声を上げる。

 今の一撃は自分が放てる最大級の攻撃だ。

品川を一撃で撃沈できる攻撃だったのだが艦長が咄嗟に障壁を展開して威力を減退させたようだ。

━━良い反応ね。

 だが損害はかなり受けたらしく品川は徐々に高度を落とし、武蔵全体の速度も落ちている。

「さあ、始めましょうか。楽しい、狩を!!」

 背中に生やした翼を一気に広げ、加速した。

 妖魔は飛翔する。獲物を求めて。

 

***

 

━━く!? 攻撃!? 奇襲か!!

 片膝をつきながら本多・正純は冷や汗を掻いた。

「“武蔵”! 状況は!!」

『右舷側より敵が飛来! 現在品川で交戦開始しました━━以上!!』

『こちら“品川”! 先ほどの一撃で重力制御エンジンに異常が発生しました。現在機関部が修復作業に向かっております━━以上!』

 その報告に正純は内心舌打つ。

 何か手を打ってくると思っていたが、待ち伏せとは。

「正純、いったい何が起きたの!?」

 天子と馬鹿が駆け寄って来る。

「織田の奇襲だ。どうやら対艦戦闘可能な敵が来ているらしい」

 だが妙だ。

 これだけか?

 現在確認されている敵は一人のみ。

手痛い一撃を喰らったが十分に迎撃できるレベルだ。

手緩過ぎる。

他に何か策があるのでは?

 そう思った瞬間、表示枠が開いた。

『副会長! 敵襲だ! 品川はさっきの一撃でかなり損害を受けた!!至急救援を求める!!』

「Jud.、 そっちに援軍を……」

『副会長! 此方浅草守備隊!! 敵襲だ!』

「ああ、分かってる。そっちから品川に……」

『敵襲!! 多摩に敵が!!』

『此方村山守備隊!! 敵襲です!!』

『お、青梅に敵が出現!! そこら中に居るぞ!!』

「なんだと……?」

 待て、一体どういうことだ?

 何が起きている!?

そう言おうとした瞬間、表示枠に再び“武蔵”が現れた。

『“武蔵”より皆様へ!! 現在武蔵全艦に敵が出現!! 敵の兵力は約二万!! 至急迎撃をお願いします━━以上!!』

 その報告に皆、息を呑むのであった。



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~第三十三章・『戦場の三鬼』 戦鬼 星熊 酒呑 (配点:鬼)~

 

 品川が奇襲を喰らい、炎上するのを浅草の防衛隊は見た。

 品川は右舷中央部を砕かれ、今も小さな爆発を生じさせている。

「くそ! 奇襲かよ!?」

 誰かが叫んだ。

「あっちの部隊は!? 敵は何処だ!?」

「おいおい、あそこらへん俺の家だぞ!?」

 驚愕は動揺へ、動揺は混乱へと変わって行き、皆青ざめた表情をしている。

「落ち着け!! 俺たちまで混乱したら助けれるもんも助けれなくなるぞ!!」

 隊長格の男の一喝で部隊は静まり、混乱は収まって行く。

「直ぐに救助隊を編成する! 浅草魔女隊は上空警戒! 救護隊は陸戦部隊に護衛してもらいながら行け!! それから……」

 そこまで言って男は違和感を感じた。

 先ほどから空が少し歪んでいるというか、波打っているというか。

最初は先ほどの衝撃でまだ頭がふら付いているからかと思ったが違う。

歪みは確実に大きくなって行き、やがて浅草全体を飲み込んでゆく。

「おい! 艦首側!!」

 誰かの声に皆一斉に艦首側を向くと隙間が出来ていた。

 空間を真っ二つに割ったような隙間。

暗いその空間からは幾つもの眼球が浮かんでおり、それらが一斉に此方を見る。

「ひっ!?」

「なん……だ?」

 直後、溢れ出した。

 鬼、百足、動白骨、人魂、ぬりかべ。

 百鬼夜行だ。

 百鬼夜行は浅草艦首側に出来た隙間から溢れ出し、あっと言う間に艦中に広まった。

 

***

 

「こいつは、随分と派手にやりやがったな!!」

 品川中層を抜けて直撃部に到達した泰造はそう舌打った。

 装甲は完全に砕かれ、鉄骨や床が赤熱して融解している。

反対側まで貫通しなかったのは障壁で威力を軽減できたおかげだろう。

「泰造爺さん! どうする!!」

 連れてきた機関部の男達十人が冷や汗を掻きながら訊いて来ると泰造は即座に指示を出す。

「まずは穴を塞ぐ!! それから重力制御エンジンの修復だ!!」

「それは困りますわねー」

「!!」

 突如頭上から声を掛けられ見上げれば砕けた鉄柱の上に少女が立っていた。

 赤い服を身に纏い白い帽子を被った金髪の少女は笑みを浮かべながら妙に曲がった鎌を取り出す。

「せっかく開けた穴を塞がれては困りますわ」

「……お前ら、下がってろ」

 作業用の大型レンチを構え部下達を下げると相手を睨みつける。

「えーっと? 十人? まあ、手始めとしては良い……わね!!」

 赤が迫った。

 凄まじい速度で迫る鎌を大型レンチで受け止めると体が後ろへ大きくスライドする。

「爺さん!!」

「此処は任せろ!! 作戦変更、重力制御エンジンに向かえ!!」

 男達は暫く躊躇うが直ぐに「Jud!!」と駆け出した。

「あら、逃がしませんよ?」

 少女が駆け出す男達の方に向かおうとするが泰造はレンチを押し出し止める。

「……元気な御爺さんですこと! でも、無意味ですわ!!」

 少女が微笑んだ瞬間、鎌の刃が曲がった。

━━なにっ!?

 刃はレンチの上に回りこみ此方の右肩を裂いた。

「っぐぅ!!」

 痛みで力が抜けた瞬間腹に蹴りを喰らい、吹き飛ぶ。

 そこを敵は追撃した。

「さあ、まず一人目!!」

 やられる!!

 そう思った瞬間、鎌の刃が横から殴りつけられ反れた。

「!!」

 少女は驚愕の表情を浮かべると後方へ跳躍する。

 それと共に此方を庇うように一人の男子生徒が現れた。

「あら? 誰かと思えば武蔵の三発君じゃない」

「ノリキだ」

 ノリキはゆっくりと構えると相手を睨む。

「これ以上お前たちの好きにはさせん」

 対して少女も武器を構える。

「夢幻館門番、エリー。手始めに貴方の首を我が主に捧げますわ!!」

 品川損傷地点にて鎌と拳が激突を開始した。

 

***

 

「っと」

 浅草の艦首、コンテナ地区に着地するとシグムント・オルランドは体の調子を確認するように全身を動かした。

 奴の術でここまで飛ばされたがどうにも気分が良くない。

 あの空間に居たのは一瞬だが人間にとってあまり居心地の良い空間とは言えなかった。

「だが、驚異的な力だ」

 こんなもの連発されれば戦など成り立たない。

常に奇襲が可能な軍隊など止めようが無い。

 実際、既に武蔵は手酷くやられているらしくほぼ全艦が炎上していた。

「さて、俺の獲物は……お前か?」

 正面に降り立つ姿があった。

 赤い制服を身に纏った男は此方を見るとゆっくりと構える。

━━ほう? 隙が無いな。

 この男、かなりの手練れだ。

「偵察の為に来てみましたが……大物が来ていたみたいですね」

「お前も相当やれるみたいだが?」

 両手に持つ戦斧を構える。

「名前は?」

「武蔵アリアダスト教導院副長補佐、立花・宗茂」

 あの西国無双か。

奴め、中々粋な事をしてくれる。

彼が此処に来る事を予想して俺をここに移動させたのだろう。

「<<赤い星座>>副団長、シグムント・オルランドだ」

 名乗ると彼は僅かに目を見開き小さく笑みを浮かべた。

「<<赤の戦鬼>>。お噂はかねがね伺っています。最強の猟兵との事ですが成程、噂通りのようですね」

「フン、お前も噂通りのようだな、西国無双」

「では、お手合わせをお願いします」

「いいだろう、来い! <<赤の戦鬼>>の恐ろしさ、思い知らせてやろう!!」

 浅草のコンテナ地区で赤の影が交差を始めた。

 

***

 

 武蔵野艦首側で本多・二代は飛翔していた。

それを追うのは三体の大天狗たちだ。

 人間よりも一回り大きい大天狗たちは太刀を抜刀し二代に追いつくと二体は彼女の上方へ、一体は背後を取るように着地した。

 二代は逃げ切れぬと察し、蜻蛉スペアを構えると警戒する。

━━中々の手練れで御座るな。

 他の妖怪達よりも闘気は研ぎ澄まされており連携に隙が無い。

 こういった事に手馴れている連中だ。

「一つ、質問を。何故拙者を狙うで御座るか?」

 こいつ等は真っ直ぐにこちらに向かってきた。

あらかじめ獲物を定めていたのだろう。

大天狗たちは答えない。

太刀を構え、殺気を強める。

「そう殺気立っていると羽根が抜けるで御座るよ?」

 直後、上空の二体が動いた。

 一体が懐からクナイを取り出し投げつけて来る。

それを避けるともう一体が急降下しながら太刀を振り下ろしてくるので横へ跳躍した。

そこへ地上にいた大天狗が来る。

 敵は太刀を突き出し、此方を貫こうとするが蜻蛉スペアで地面を叩き柄を伸ばすと相手の頭上を抜ける。

 即座にクナイを投げてきた大天狗が襲い掛かるが空中にいる体勢で蜻蛉スペアを傾け刃に大天狗を映す。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 翼を断たれた大天狗は苦悶の声をあげ大地に転がる。

━━まず一体!

 残りの二体は既に体勢を整えており、此方を挟み撃ちにする。

 そして此方が着地すると同時に突撃を仕掛けてきた。

「ちょっと、痛いで御座るよ」

『御意』

 蜻蛉スペアを正面の大天狗に投げつけると敵は慌ててそれを切り払った。

その隙に腰に提げた刀を抜刀し、振り向きながら背後から来る天狗の胸を裂く。

「ぐ!!」

 篭った声をあげ倒れる天狗を横目に“翔翼”を展開すると最後の一体に突撃する。

 敵はこちらの攻撃から逃れようとするがそれよりも速く間合いを詰め、敵の右腕を肩から断った。

 大天狗が三体とも倒れると二代は一息を吐き、刀についた血を払うと納刀した。

それから蜻蛉スペアを回収しようとすると突然頭上から拍手が鳴り響く。

「!!」

 直ぐに蜻蛉スペアを取り構え振り返ると家屋の上、月明かりを背に一角の鬼が座っていた。

「いやあ、お見事、お見事!」

 鬼は額から一本の赤い角を生やし長い金の髪を持つ。

服装は白の体操着のような物を着ており、スカートは半透明状である。

「何者で御座るか!?」

「ああ、悪い悪い。私の名は星熊勇儀、M.H.R.R.の客将をしてるもんさ」

「拙者は━━」

「ああ、いいよ。本多・二代だろう?」

 そう笑うと彼女は家屋から飛び降りた。

 彼女は杯を片手に着地すると長い金の髪を靡かせる。

それから大天狗たちの近くに立つと一人を立ち上がらせる。

「派手にやられたもんじゃないかい」

「も、申し訳無い」

「いやいや、良くやったよ。あんた達は下がって治療しな」

 大天狗たちは頭を下げると互いを庇い合いながら下がって行く。

それを見送ると彼女は此方を向いた。

「さて、私はあんたを倒すように命令受けてんだけどね。どうする? やるかい?」

「ふむ? 戦わないと言えば見逃してくれるので御座るか?」

「あっはっはっは、私的にはそれでもいいんだけどね。でもまあ、羽柴にはちょっとした恩があってね」

 「なら仕方ないで御座るな」と言いながら警戒を強める。

 この女性、先ほどから隙だらけだが踏み込めないのだ。

安易に踏み込めば死ぬ。

そういったプレッシャーが全身に掛かってくる。

それに先ほど彼女が着地したとき、杯の酒が一滴も零れなかったのだ。

杯には酒が並々と入れられており少しでも動けば溢れそうな程だ。

だというのに先ほどから大きく動いているにも関わらず杯の酒は波打ちもしない。

 そのような事を並みの者が出来るはずが無い。

 突如多摩の方角で爆発が生じた。

 勇儀は爆発の方を見ると目を笑みを浮かべ、目を細めた。

「おうおう、萃香も張り切っているみたいで」

 先ほどの爆発、ただ事ではない。恐らくだが彼女と同格の存在が多摩で暴れているのだろう。

「正直言うとね、心情的にはあんた達に味方してるのさ。鬼は友情やら結束やらそういうのに弱いからね。だからハンデをやるよ」

「ハンデ?」

「ああ、そうだ。私の持っている杯に入っている酒を一滴でも零せたらあんたの勝ちだ。

どうだい? やるかい?」

 黙って頷くと勇儀は左手で杯を持ち、右手を構えた。

 敵の実力はおそらく達人級。出し惜しみをして勝てる相手ではない。

ならば……。

━━先手必勝に御座る!!

 そう判断し突撃するよりも速く、敵の拳が迫った。

「!?」

 咄嗟に顔を逸らし、避けるが間髪入れず蹴りが放たれ凄まじい衝撃と共に視界が加速した。

 そして近くの家屋の壁を突きぬけ、そのまま二戸分吹き飛んだ。

 

***

 

 多摩の住宅街を白い半竜が飛翔していた。

 半竜は全速で住宅街を抜けるが、それを追いかけるように破砕が続いた。

 半竜の通った先、家屋を砕き、地面を砕きながら追って来るのは角を生やした小柄の鬼だ。

 彼女は暢気な笑みを浮かべながら半竜の速度に追いつき瓢箪を半竜の背に叩きつけようとする。

「ぬう!!」

 半竜は咄嗟に横に回避すると瓢箪は地面を穿ち、穿たれた地点を中心に破砕が起きる。

「おっしい!!」

 なんという破壊力!!

 今のを喰らっていたら流石に拙僧でも危険だっただろう。

あの細い肢体の何処にこんな力があるんだか……。

 敵が攻撃を外した隙に一気に加速し、距離を離そうとするが鬼は再び間合いを詰めてくる。

「ええい! またスーパー幼女か!!」

 駿府の時といい、今回といい、何故拙僧はこう化け物じみた幼女の絡まれるのだろうか?

こういった事は御広敷の担当だろう。

 突如、鬼が止まった。

そして右腕を掲げると掌に凄まじい熱が集まって行き、巨大な火球が出来上がった。

「これは……避けれるかなぁ!!」

 アレは不味い!!

 そう思った瞬間、前方へ噴射を行い今度は一気に後ろへ加速する。

 飛来する火球とすれ違うと鬼の背後に回り竜砲をその背に撃ち込んだ。

  火球が爆発する衝撃と竜砲の衝撃が合わさり、爆発は周囲の建物を全て砕いていった。

  あの状況で此方の攻撃を避けれないはずだが……。

「油断は出来んか」

 前回の事もある。

 駿府の時も油断をし、追い込まれたのだ。

 その予想は当たり煙の中から無傷の鬼が現れた。

「いやあ、危なかった危なかった」

 彼女は余裕そうな表情を浮かべながら瓢箪に入っている酒を飲むと一回しゃっくりをする。

・ウキー:『成実よ、飲酒して調子に乗ってるロリがいたらお前ならどうする?』

・不退転:『そうね……とりあえず潰すかしら?』

・ウキー:『その躊躇無さ、流石だな』

 そうだ。

 ただでさえ鬼であって不届き者だというのにロリの癖に飲酒とは最早救い難し。

「貴様、一つ質問がある」

「ん? なーにー?」

「貴様に姉は居るか? 拙僧には既に成実という嫁がいるが別に姉キャラに興味が無くなった訳じゃない。故にもう一度訊く、貴様、姉は居るか?」

「えー、いないよ? そんなの」

 その返答に大きく溜息を吐き、鬼を指差す。

「貴様、本当に救いようが無いな!」

「何か理不尽だ!?」

 この敵に正面から挑むのは無謀。ならば!

 敵が動いた瞬間を狙って竜砲を放つ。

「当たらないよ!!」

「当てるつもりは無い!!」

 竜砲は鬼の前方の地面に直撃し土埃を巻き上げる。

即座に対妖怪用の投擲拘束具を投げつける。

そして翼を前方に展開し突撃を仕掛けた。

「こんなもんで!!」

 鬼は拘束具を避けるが構わない。というかはじめから最初で当てるつもりは無い。

 敵は此方を正面から迎撃しようと拳を構えるが、外れた拘束具がUターンをし戻ってきた。

「!?」

 両足を拘束され体勢が崩れている所を狙う。

「一撃必殺! 悪鬼退散!!」

 当たった。

そう思った瞬間に鬼が弾けた。

━━なに!?

 視界いっぱいに広がる白の色。

それを視認して驚愕の声があがる。

「これは……霧か……!?」

 直後、全身に圧打が来た。

 装甲が砕かれ、翼が折れる。

そして半竜は地面に叩きつけられた。

 

***

 

 武蔵野の道をミトツダイラは走っていた。

彼女の横には表示枠が浮いておりネシンバラが映っている。

「やられましたわね!!」

『ああ、尽く織田に先読みされているね。恐らくだけど輸送艦を浜松に持ってきた時点で、この事を想定していたんだと思う。

徳川が浜松に部隊を残さなければ追撃、そうじゃなくてもこの奇襲。

敵の目的は最初から武蔵の孤立化だったんだ』

 武蔵は最後まで浜松港に残っていたため護衛の艦をつけていなかった。

 その為、現状救援は無い。

『でも妙だ……』

 「妙?」と書記の言葉に足を止める。

「何が妙ですの?」

『敵の布陣がどうもしっくり来ないんだ。敵は空間移動によって部隊を自由に展開できる。

それなのにどうして敵は武蔵に均等に部隊を展開しているんだ?

武蔵撃沈を狙うなら武蔵野に一点集中すれば良い。でも敵はそれをしなかった。

それに敵は主力級をこっちの主力にぶつけて、まるで引きつけているかのようだ』

 言われてみれば確かに。

 現状でも武蔵は苦戦しているが武蔵野一点集中の強襲ならあっと言う間に勝負がついただろう。

なのに敵はそれをせず、各部隊の連携を断つように動いている。

 まるで何かから目を逸らさせるように……。

「まさか!!」

『ああ!! 僕も今気付いた!! ミトツダイラ君! 教導院に向かってくれるかい!?』

「Jud!! 敵の目的は武蔵の撃沈ではなく武蔵の主要、そして天子の確保ですわね!!」

 危険だ。

 奥多摩には我が王とホライゾン、正純に家康、そして天子に衣玖しかいない。

此方は各部隊の連携が断たれており、直ぐに救援に向かう事が出来ない。

「……我が王!!」

 急がなければ!

敵は教導院に最も強力な敵を派遣するはずだ。

つまりそれは今回の事を計画した“彼女”が来る可能性が高い。

『僕も今から教導院に向かう!』

 書記に頷くと表示枠を閉じ、駆け出す。

 武蔵野から奥多摩の教導院まで距離がある。

だが人狼である自分の脚力なら……!

そう思った瞬間、上空から流体の槍が降り注いだ。

「!!」

 咄嗟に後方へ跳躍すると上空を睨み付ける。

「何者ですの!!」

 九尾が立っていた。

 月明かりを背に、街路樹の先端に九本の狐の尾を生やした女性が立っていた。

「P.A.Oda東方軍参謀、八雲藍。悪いが貴様はここで足止めさせてもらう」

 そう名乗り終えると同時に再び流体の槍が降り注ぐのであった。

 

***

 

 教導院前で天子は表示枠から送られてくる情報を見、眉を顰めていた。

「やられたわね。完全に各部隊が孤立している」

 敵の兵数はこちらとほぼ同数。

だが奇襲によって連携を崩され、圧倒的な不利な状況だ。

その上敵は妖怪を主力にしている。

妖怪は一部を除いて統制があまりとれないという弱点があるがその個々の戦闘能力が高いことから包囲戦、殲滅戦では非常に強力だ。

 ここ奥多摩にも敵が現われ各所で戦闘が行われている。

 このままでは直に敵が教導院までやってくるだろう。

「正純、教導院にいる戦力は?」

「二百名ほどの一般生徒が居る。後は避難民ばかりだ」

 教導院は避難民用に開放していたためそれを守る僅かな戦力しか置いていなかった。

「一般生徒って何年が主体?」

「……一年と二年だ」

 不味いな……。

 まだ実戦経験の薄い下級生では敵の部隊から避難民を守りきれない。

「衣玖、元忠さんの━━いえ、私の部隊は何処に居るの?」

「奥多摩左舷側です。現在は奥多摩守備隊の補助に回っているようです」

「馬鹿に家康さん、私がちょっとこの場の指揮を執るけどいい?」

 馬鹿と家康が頷くの確認すると表示枠を開いた。

「まず衣玖は奥多摩左舷側にいる私たちの部隊と合流。半数を連れてここに戻ってきて。

次に家康さん、貴方は教導院駐在の一般生徒の指示を。彼らは実戦経験が薄いから家康さんの指揮で動かして。

それで正純は武蔵野艦橋と連絡、戦場の全体図を手に入れて。

それで馬鹿とホライゾンだけど……、まあ、教導院に居て」

 全部言い終えると一息を吐き、全員を見渡す。

「何か質問は?」

 無いようなので頷く。

「よし、それじゃあ行くわよ!!」

「「Jud!!」」

「おう!!」

「はい!!」

 衣玖は左舷側へ、家康は教導院へ駆け出した。

 教導院前の端には表示枠を操作している正純と何故か何処からとも無く取り出した座布団の上に座り茶を啜る馬鹿と姫、そして自分が残る。

「……って! あんたたちなんでここにいるのよ!!」

 寛いでいる二人を指差すと馬鹿が笑う。

「えー? だってよお、この際何処に居ても変わらなくねー?」

「Jud.、 敵が来たらこの馬鹿を敵に投げつけてその間に教導院まで逃げるので」

 あ、それいい案かも。

 一瞬そう思うが頭を横に振り、苦笑した。

「どうなっても知らないわよ?」

 正面を向き、思案する。

 部隊をここに連れてきても何の解決にもならない。

せいぜい教導院陥落までの時間稼ぎが出来る程度だ。

 この状況を打破するにはもっと別の手が必要だ。

 敵は妖怪軍団。

 個々の戦闘能力は高いが烏合の衆だ。

ならば奴等の頭を潰せばよい。

━━問題は頭が何処にいるかよね?

 恐らく頭は奴だ。

奴ならどう動く?

「……まさか」

 振り返り馬鹿を見れば馬鹿が「ほーれ絶壁」と自分の胸の辺りでジェスチャーしてたので蹴った。

 教導院側に転がって行く彼を見届けるとホライゾンを見る。

「ホライゾン! やっぱり教導院に下がって! ここはヤバイ……」

 その瞬間、背後の風景が歪んだ。

「!!」

 直ぐに振り返り緋想の剣を取り出すと冷や汗を掻く。

「やっぱりね……直接来たか」

「おい、天子。どういう事だ?」と正純が聞いた瞬間、空間が裂けた。

そして黒く深い隙間から一人の人物が現われてくる。

 金が靡いた。

 美しい金の髪を靡かせ、紫色の服を着た彼女は優雅に着地すると怪しい笑みを浮かべる。

「おお!? おおい!? 隙間がくぱあって割れて美人が出てきたぞ、くぱあって! くぱあって!!」

 ホライゾンが裏拳を復帰した馬鹿の鳩尾に入れる。

 その様子に金髪の女性は小さく笑うと目を細めた。

「ふふ、噂通り愉快な子達のようですわね」

 それから彼女は隙間から日傘を取り出すと夜であるのにも関わらず差した。

「少し見ない間に随分と変わったようね。不良天人」

「あんたはちっとも変わってないわね。腐れ妖怪」

 さて、状況は最悪だ。

 こいつを相手に馬鹿たちを庇いながら戦える自信は無い。

というかタイマンであってもかなり厳しい相手だ。

「……おい、天子。まさか、こいつは……」

 正純の言葉に頷く。

「ええ、あんたの想像通りよ。幻想郷の大賢者にして唯一無二の大妖怪。八雲紫!

私にとっても因縁深い相手よっ!!」

 紫は笑みを浮かべるのであった。

 それまでに浮かべていた笑みよりも深い、背筋の凍るような笑みを。



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~第三十四章・『月光下の吸血鬼』 中ボスって言うなぁー!! (配点:胡桃)~

 武蔵野艦橋でアデーレ・バルフェットは自動人形や向井・鈴から送られて来る戦況図に冷や汗を掻いていた。

 送られて来る情報の殆どは救援を要請するものであり、残りの大半は艦の被害が急速に拡大している事を伝える警告文だ。

━━どうします!?

 各部隊の連携は完全に断たれており的確な指示が思いつかない。

「“武蔵野”さん、品川の被害状況は?」

「現在品川は重力制御エンジンの出力を40%程低下させており、武蔵全体の速度も20%程低下しております━━以上」

「このままだと追いつかれますね……」

 浜松方面からも織田艦隊は迫ってきている筈だ。

 何とかしてこの状況を乗り越えなければ。

だが、どうする?

 そう頭を抱えていると艦橋の戸が開き、“武蔵”と酒井・忠次が入ってきた。

「あれ、学長? どうしてこちらに?」

「いやあ、外は妖怪だらけだからね。自宅よりもここが一番安全だと思ったから」

 忠次はそう言うと此方の横に立ち鈴から送られて来る立体戦況図を見る。

「派手にやられてるねー。“武蔵野”さん、比較的苦戦してない所は何処か分かるかい?」

「Jud.、 村山艦尾側。大久保・忠隣様の部隊が損害軽微のようです━━以上」

 「だってさ」と笑みを浮かべて此方を向く忠次に「ありがとう御座います!」と頭を下げると“武蔵野”に指示を出す。

「彼女に連絡を! 大久保隊には遊撃隊になってもらい孤立している各部隊の救援に向かってもらいます! それから、“武蔵”さん!」

 忠次の隣りに立つ“武蔵”を見る。

「浅草で品川を牽引できますか?」

 

***

 

・武 蔵:『浅草━━以上』

・浅 草:『可能ではありますが、成功確率はかなり低いと判断します━━以上』

・武 蔵:『貴女が最大限フォローしなさい━━以上』

・浅 草:『ですが……』

・武 蔵:『浅草━━以上』

・浅 草:『…………』

・武 蔵:『…………』

・浅 草:『か、必ず成功させます━━以上』

・武 蔵:『よろしい━━以上』

 

***

 

「可能だと判断します━━以上」

 今、物凄いパワーハラスメントがあったような気がするが……。

 だがこれで品川は何とかなるかも知れない。

残りの問題は……。

「教導院……ですよね」

 現在教導院からの通神が途絶えており、浅間によると強力な通神妨害結界が展開されているそうだ。

 連絡が途絶える直前に正純から送られてきた通神文には妙な暗号が書かれており……。

『金髪。ボイン。隙間。くぱあ』

「何となく分かってしまうのは何故でしょうか……」

 恐らく焦ってたのだろうが何故よりにもよってこのワードなんだか。

「鈴さん、教導院周辺、見えますか?」

「う、ううん。なん、か、こう、膜? みたいのが、あって」

・● 画:『金髪、ボイン、隙間、くぱあ、膜? なに? 同人誌にされたいの?』

・恋 色:『あん? どういう意味だ?』

・金マル:『!? こんな所にも清純要素が!?』

・賢 姉:『いけないわあ!! これはいけないわあ!? だから教えちゃう!! いい!? 隙間に膜にくぱあってのはねえ!?』

・人形士:『はい、かっとぉぉぉぉぉぉ!!』

 あっちは楽しそうですねー。

 そう思いながら戦場図で教導院周辺を覆っている結界を見る。

 どうやらこの結界は物理的にも空間を遮断しているらしくこのままじゃ救援も出来ない。

「結界を外部から破壊できますか?」

『ちょっと難しいですね。かなり特殊な術式を多重に組んでいるらしく、それらを一つ一つ解除していくとなると時間がかなり掛かります』

 中がどうなっているかは分からないが、八雲紫が来ているのなら時間は掛けられない。

どうするか?

そう思案していると表示枠が開き、ネシンバラが映る。

『バルフェット君!! 槍本多君の居場所と忠勝さんの居場所は分かるかい!?』

「え、はい! 副長は武蔵野艦首、忠勝さんは艦橋前で防衛しています!」

『なら直ぐに忠勝さんを槍本多君の所に向かわしてくれ! 人員を交代して槍本多君の蜻蛉スペアで結界を破壊する!

それから立花夫君の元にベルトーニ君を! そっちも人員交代する!』

「Jud!! 直ぐに連絡します!」

『では、此方でも通神だけでも繋がるよう外から結界を解除してみます!』

 浅間とネシンバラに頷くと表示枠を閉じ、椅子から立ち上がり全員を見渡した。

「えっと、今から更に忙しくなりますがよろしくお願いします!!」

 その言葉に皆頷き、一斉に動き始めた。

 

***

 

 教導院前は緊張に包まれていた。

 階段側には八雲紫が悠然と立っており、対して教導院側は天子が他の連中を庇うように前に出る。

 空を見上げれば半透明な結界が張られており退路は塞がれた。

「随分と甘く見られたものね。私たちぐらい一人で十分って?」

「ええ、貴女方を叩き伏せるなど児戯に等しき事。ですので……」

 彼女は目を細め笑みを浮かべる。

「貴女とそこの姫が此方に降るのなら、見逃して差し上げてもよくってよ?」

「……どうしてホライゾンも狙うのかしら? 貴女の目的は私の緋想の剣じゃないの?」

「大罪武装、そしてその統括OS“焦がれの全域”。“来るべき決戦”の為に可能性は全て集めておきたいのよ」

 “来るべき決戦”?

 一体何のことだ?

織田は何と戦う気なのだ?

「おい! おばさん!!」

「おば……!?」

 馬鹿が此方を押しのけ前に出た。

「どうして俺を狙わないんだよ!? 寂しいだろ!?」

「そっちかよ!!」と正純と共にツッコミを入れると馬鹿は頭を掻いた。

「えー、だってよお、自分で言うのもなんだけど俺、ほら、ヒロイン系じゃん?

だからこういう場合は俺も攫われるべきなんじゃないかなーって」

「ああ、成程……って、違うだろ! ほら、こっちに戻れ、馬鹿!」

 正純が馬鹿の首根っこを掴んで引っ張り戻すのを見ると驚愕の表情で止まっていた紫が動き始めた。

「フ、フフ、そう、これが武蔵なのね。情報としては知っていたけど、実際に見ると実にキチ……いえ、個性的な集団ね」

「いいのよ? キチガイって言っても。私が許可する」

 「お前も変な事言うな!!」と正純に怒られるが事実だし……。

「で、どうなのよ? この馬鹿はいらないの?」

 馬鹿が期待した目で紫を見る。

それから紫が馬鹿を吟味し、

「うん。いらない」

と即断した。

「フ、やはり総長より姫の方が価値が高いようですね」

「く、くそ! いいか!? 俺だってなあ! 俺だってなあ! 女装すれば価値が上がるんですことよ!?」

「……見苦しいわよ、馬鹿」

「そうだぞ、馬鹿」

「こ、こいつら全部敵だ!?」

 まだ何か喚く馬鹿にホライゾンが肘鉄を食らわす。

 その様子にまた呆然としていた紫はやがて小さく笑い始めた。

「ふふ、本当にお気楽で馬鹿な子達。だから浜松でも馬鹿者が馬鹿なことをして無駄死にしたのね」

「…………は?」

 一変、空気が変わった。

「今何て言ったの?」

 緋想の剣の柄を握り締め、敵を睨む。

「ええ、浜松で大馬鹿者が無駄死にしたと言ったのよ。あの男が時間稼ぎをしようと結果は変わらなかった。まさしく犬死よね?」

 爆ぜた。

 感情が爆ぜ、理解が追いつく前に敵に飛び掛っていた。

 いま、何て言った?

 元忠さんが無駄死に? 大馬鹿者?

 ふざけるな!! 何も知らない癖に!!

 怒りを込め刃を振るう。

 狙うのは敵の首、そこを一刀両断しようとした瞬間、景色が変わった。

「!?」

 突如紫が消え、階段が現われた。

 

***

 

 咄嗟に床を踏み込みブレーキを掛けると階段の直前で体が止まる。

 危なかった……。

あと僅かにでも反応が遅れていれば階段から転げ落ちていただろう。

 冷や汗を掻きながら振り返れば教導院側に紫が居た。

━━空間転移!!

 攻撃を喰らう直前に自分と此方の位置を交換したのだ。

「随分と熱が入ってるじゃない。絆されたのではなくて?」

「黙れ」

「友情? 信頼? 人を見下す事しか出来ない天人が随分と夢を見るのね?」

「黙れ!」

「あなただって分かっているんでしょう? どうせ、自分には仲間なんて━━」

「黙れ!!」

 敵を黙らせるべく、突撃し頭を叩き割ろうと剣を振り下ろすが紫は軽々と避け此方の背に蹴りを入れた。

 体勢を崩され、転がるが直ぐに起き上がると相手を睨み付ける。

 対して敵は余裕の笑み。

ああ、腹立たしい。なんとしてでもこいつを倒したい。

緋想の剣を握る手を強く握り締め、再び突撃しようとした瞬間、背後からスカートを捲られた。

「おお!! 今日は黒か!! 色っぽいな!!」

「……!?」

 即座にホライゾンが馬鹿を叩きつけ、床に埋まった馬鹿を天使が何度も踏みつける。

「馬鹿! 変態! 信じられない!!」

 馬鹿が床に完全に埋まると息を切らせ、肩で息をする。

「この馬鹿、いきなりスカート捲りとは何ですか」

 ホライゾンに引っこ抜かれると馬鹿は笑みを浮かべて此方を見る。

「落ち着いたか?」

「え?」

「よし、頭冷えたな。あのおばさんの言葉なんて気にすんなよ?

オメエはもうとっくに俺らの仲間、家族だ。だからなに言われたって気にすんな! な! ホライゾン!!」

「Jud.、 天子様も衣玖様も、後から合流した皆様全員、ホライゾンは仲間、共に道を歩むものと判断しております。ですので、敵が否定を押し付けてくるのであれば、天子様は肯定で押し返してください」

 やり方はともかく此方を気遣ってくれたのだろう。

 まったく、まったくこの馬鹿たちは……。

「いいわ、そこで見てなさい。あんな隙間ババアちょちょいのちょいで私が倒してやるわ」

 先ほどまでの怒りや苛立ちは消え、心は満ちている。

 この満ちを奪おうというのなら……。

「さあ、来なさい! 八雲紫! 幻想郷に居た時とは違うって事、教えてあげるわ!!」

 紫が冷たい笑みを浮かべた瞬間、上空に空間が開き槍が降り注いだ。

 

***

 

「━━成程、了解したわ。直ぐに部隊を編成する」

 村山艦尾でアデーレからの指示を受けた大久保は表示枠を閉じ、腰に手を当てた。

「まったく、先輩方は後輩使いが荒いわー。私、文系やってのに」

 まあ、今はそんな事を言ってられないか。

 突然の奇襲で武蔵全艦が戦場となり下級生までもが動員されている。

そんな中で自分だけ安全なところには居られない。

「御嬢様、どのような指示だったのですか?」

 隣りに立つ加納に訊かれ頷く。

「私らの部隊は今から遊撃隊や。まずは戦力集めて各部隊の救助と合流に向かう。後ろの方で一年部隊がおったよな?」

「Jud.、 後方防衛兼後詰として配備されております」

「一年には悪いけど遊撃隊に合流してもらうわ。今は一人でも戦力が欲しいから。

と言うわけで私は今からひとっ走りしてくるから加納は私らの隊の再編成しておいて」

「護衛はよろしいのですか?」

「Jud.、 ここから一年詰め所まで距離は短いし村山艦尾は比較的敵の攻撃が薄いから。大丈夫や」

 それに普通の妖怪程度なら返り討ちに出来る自信がある。

これでも自分は襲名者だ。

 そう加納に伝えると彼女は頷き部隊の方に向かった。

 その背を見送ると此方も大きく息を吸い、一年詰め所の方角を見る。

「さて、行くか!」

 そう意気込むと大久保は駆け出した。

 

***

 

 一年詰め所に向かう途中上空を魔女隊が通過した。

 現在先輩達の命令で浅草に魔女隊が集められている。

その為各艦の制空能力が低下するのが気になるが村山には航空戦闘可能な敵が来てなかったはずなので前向きに見る。

「それにしても……この奇襲作戦考えた奴、性格悪いで!」

 敵は各艦に部隊を均等に配置しているが艦ごとにその編成は違う。

 主力を配備している武蔵野には天狗や鬼といった主力を展開し、武神が多く布陣している村山や多摩には大型の妖怪が布陣、住居や生産地区が多く、最も避難民が多い高尾や青梅には火災を起こせる敵が展開されている。

 敵は完全に此方の動きを読んでいる。

「主力級は足止め喰らってるしなー」

 おかげで自分達みたいな日陰者が走り回ることになる。

 詰め所まで半分ぐらいまで来ると一息つけるために立ち止まる。

 しばらく息を整え、近くの柱に背凭れていると空から少女が降ってきた。

「!!」

 金の長い髪に白いリボンを着けた少女は同じく金の双眸で此方を見る。

━━吸血系異族!!

 背から生やした大きな蝙蝠の翼を伸ばすと少女は笑みを浮かべた。

「おねーさん、お名前は?」

「……は?」

「だから、お名前!!」

 少女はそう言うと翼をパタつかせる。

「ちょう、そういうのは自分から先に名乗るもんやで?」

「あ、それもそうね! 私はくるみ! 幽香様に使えるスーパー吸血鬼よ!!」

 そう名乗ると彼女はその場で一回転するが石に躓いて転んだ。

━━……なんかちんちくりんな奴やなー。

 涙目になった彼女は自分の鼻を摩りながら此方に訊いてくる。

「あなたのお名前は?」

「あー、大久保・長安やけど……」

「えっと、大久保さんね。ちょっと待っててね」

 くるみはそう言うと表示枠でなにやらリストの様な物を広げ始める。

「名前は……ないなあ。大久保さん何年生?」

「二年やけど、なんなん? そのリスト」

 くるみはリストとにらみ合いっこしながら答える。

「くるみちゃんのぶっ殺しリスト」

「…………」

 そっと踵を返す。

 うん、やっぱやばい奴だ。

 今すぐ逃げよう。

「えーっと……あ、あった!! 二重襲名者だったんだ!!」

 直後、脱兎の如く逃げ出した。

 

***

 

 大久保は振り返らず走り続ける。

 途中追いつかれないように路地に入り、左折右折を繰り返し別の大通りに出た。

その直後、左側の家屋が断ち切られた。

 赤い流体の刃が水平に迫り、それを咄嗟に身を屈めて避ける。

すると崩れた家屋の裏からくるみが現われた。

「あー、もう! 避けないでよ!!」

「あほか!! あんなん当たったら真っ二つや!!」

「真っ二つぐらいいいじゃんー」

「良くないわ!!」

 即座に駆け出し相手との距離を離そうとするとくるみは赤い流体弾を放つ。

直線的に迫るそれを横への跳躍で回避するが流体弾は地面に着弾した瞬間、無数に分かれた。

━━炸裂弾!?

 爆風は広範囲に広がり、体が吹き飛ぶ。

 回転する視界の中で自分が頭から地面に落ちているのを察知すると左の義腕を地面に立て、跳ねた。

そして空中で一回転すると足から着地する。

━━あ、危なかった!!

 一か八かでやってみたがなんとか成功した。

 爆風によって土煙が巻き上がっている今がチャンス。

この間に振り切ろうと駆け出すと突如背後から凄まじい圧迫感を感じた。

「これ、やば!?」

 直後金の一閃が放たれた。

 凄まじい速度で突撃するくるみを避けようとするが間に合わなかった。

 敵の爪がこちらの義腕に当たり、凄まじい衝撃を受け義腕が破砕する。

 そしてそのまま地面を転がると近くの壁に叩きつけられた。

「月夜の吸血鬼から逃げれるとでも思った? ざーんねんでした!!」

 くるみは月明かりを背に金の目を輝かせて近づく。

 それを視認しながら大久保は何とか立とうとする。

しかし攻撃を受けた衝撃と壁に叩きつけられた衝撃で体が麻痺していた。

━━…………あかん。

 詰んだ。

 現状対抗手段が無い。

 敵を甘く見た自分の失策だ。

 こんな所で終わるのか?

その悔しさに歯を食い縛るとくるみが眼前に立った。

「さて、まずは一人。悪く思わないでねー」

 吸血鬼の腕が上がる。

 あれが振り下ろされた時が自分の最期。吸血鬼の力で頭を砕かれるだろう。

そう覚悟した瞬間、影が飛び込んだ。

 影はくるみの腹に蹴りを入れると吹き飛ばし、倒れている此方の前に着地する。

「あ、あんたは……」

 鴉の羽根が舞った。

 天狗の少女は此方を一瞥すると立ち上がりつつある敵を睨む。

「姫海堂はたて! 好きにやらせてもらうわ!!」

 

***

 

 エステルは振り下ろされる棍棒を避けると鬼の背後に回りこんだ。

 鬼は直ぐに彼女を追おうとするが振り返った瞬間にエステルが棍を突き出し顔面に喰らう。

 頭へ強烈な一撃を喰らった鬼は後ろへ倒れ気絶した。

「ヨシュア!!」

「ああ、分かっている!!」

 休んではいられない。

 道の先を見ればここ、遊撃士協会支部を目指して妖怪の軍団が接近してくる。

 大小あわせて三十は越える敵群は血に飢えていた。

「うへ、あれ全部相手にするのかー」

 魔獣退治は慣れているとは言えこうひっきりなしに来られると堪らない。

「まず僕が切り込む、敵が混乱した瞬間を狙ってエステルが突入。妖夢は突破した奴を倒してくれ」

「了解です!!」

「二人とも! 来るわよ!!」

 敵群はすぐそこまで来ていた。

 ヨシュアがそれに切り込もうとした瞬間、路地から別の軍団が現われ合流する。

「な!?」

「まずい!!」

 敵は三倍にも膨れ上がれ、さすがにアレを止めることは出来ない。

 ヨシュアが咄嗟に此方の前に出、構えると蝶が舞った。

「蝶!? 幽々子さん!?」

 振り返った瞬間、蝶の群れが背後から現われ敵群の先鋒を飲み込んで行く。

 すると奇妙な事に妖怪達は次々と倒れていった。

 蝶に触れられた妖怪は糸が切れたかのように倒れて行き、その様子に後続の軍団が止まる。

「下がりなさい」

 幽々子は此方の横を通り、前に出る。

「この子達は私の大事な子達。それを傷付けるというならば一人残らず冥府に落ちると知れ!」

 普段とは違う。

とても冷たい威圧感に妖怪達は冷や汗を掻き、後ずさった。

それから暫く相談しあうと皆頷き、撤退して行く。

 その背中を幽々子は見えなくなるまで睨み付けると溜息を吐いた。

「ふう……なんとかなったわね」

「ゆ、幽々子さん、凄かったんですね!」

 その言葉に幽々子は少し困った顔をすると笑みを浮かべた。

「凄くなんか無いわ。こんな力は……ね」

「幽々子様……」

 心配そうにする妖夢の頭を撫でると彼女は扇子を開く。

「当分はここに寄って来ないでしょう。今の内に休憩と、これからどうするかを決めましょう」

「そうですね。何がなんだか分からないまま戦っていましたし」

 ヨシュアの言葉に頷く。

「この妖怪達って織田ですよね?」

「ええ、間違いないわ。この妖怪軍団は統合争乱の時にも見た事あるから」

「それって……つまり紫様が?」

 妖夢の言葉に頷くと幽々子は険しい表情を浮かべる。

「私は今から教導院に向かうわ。恐らくそこに彼女は居るはずだから」

「じゃあ、私たちも……」

「駄目よ。貴方達は遊撃士、国家間の戦いに参加してはいけないわ」

「ゆ、幽々子様も遊撃士じゃないですか!!」

「そうね。だから現時点をもって私は遊撃士支部長の任を降りるわ」

 その言葉に皆息を呑んだ。

 ふざけて言っているわけではない。

そんな事は彼女の瞳で分かる。

「友が誤った道を進もうとしているかもしれない。私は、それを止めたいの」

 彼女の決意は固い。

 だが彼女を一人で向かわせていいのか? いや、そんな筈は無い!

「幽々子さん、貴女の友を思う心は素晴らしいと思います。ですが遊撃士支部長たるものが自分の責務を放棄して私事に走るべきだとは思いません」

「ヨシュア……」

 ヨシュアの方を見ると彼は「大丈夫だよ」頷く。

「ですが貴女を止めるべきでは無いとも思います。そこで、僕たちはこの戦いに介入します。

今回の件、織田は非道を積み重ね多くの人命を奪いました。

そして今もこの武蔵にいる民間人と難民達の命が危険に曝されている。

人命救助を優先する遊撃士として、この戦いに介入すべきです」

「そうね、ここで見捨てたら何のための遊撃士かってなるものね!」

「ええ、そうです。幽々子様! 私も同じ気持ちです!!」

 三人の言葉を聞き、幽々子は暫く言葉を失っていたがやがて眉を下げて苦笑した。

「まったく、本当にいい子たちなんだから」

 それから表情を正すと幽々子は二対の扇子を取り出した。

「分かりました。ではこれより遊撃士協会武蔵支部に所属する全遊撃士に命令します。

これより我々はこの戦いに介入し、民間人の救護を行いながら武蔵アリアダスト教導院に向かいます!

全員、遊撃士の誇りを胸に全力で当たってください!!」

「「了解(ヤー)!!」」

 号令と共に四人の遊撃士達が“支える篭手”を掲げ、戦場へと介入を始めるのであった。



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~第三十五章・『夢幻の主』 元祖マスパ (配点:ドS)~

 品川の避難民地区は恐慌状態に陥っていた。

 避難民地区は即席のバリケードで覆われており、そのバリケードに妖怪達が殺到していた。

 一匹の妖怪がバリケードを破壊し、突入しようとするがその眉間を導力銃で撃ちぬかれた。

 その死体を踏みつけ、他の妖怪達もバリケードの穴から避難民地区に突入しようとするが突如流体の壁が避難民地区を覆った。

 足の止まった妖怪軍団にオリビエはすかさず銃撃を喰わし、半数を倒す。

「ふう、どうやら間に合ったようだね」

 銃を下ろし振り返れば魔道書を開いたパチュリーが立っていた。

「でも余り長くもたないわよ? それまでに対抗策を練って頂戴」

 パチュリーの言葉に頷くとオリビエは避難民地区を見渡す。

 避難民地区は品川艦尾側、積載地区に設けられたものであり周囲には艦首側に運ぶ途中であったコンテナが幾つもある。

「ふむ……あれは使えるか?」

 そう頷くと正門側に居るミュラーに声を掛ける。

「ミュラー君、あのコンテナでバリケードを補強しよう。アレだけの重さなら敵を食い止められるだろう」

「良い案だが……どうやって動かす? 作業用の軽武神がいくつか置いてあるが俺たちには操縦できないぞ?」

 「ああ、それなら」と後ろを向き、難民達の方を向く。

「この中に誰か武神の操縦が出来る人は居るかい? コンテナを運んでバリケードの補強をしたいのだが」

 難民達は皆静まり互いに顔を見合わせると、やがて一人、また一人と挙手をする者達が出てきた。

「伊勢の港で積荷の運搬作業を……」

「俺は独学なんですが……」

「あ、あの、実際に乗ったことは無いんですが、知識だけなら!!」

 その言葉にオリビエは頷く。

「では皆、早速始めよう! 正門側はミュラー君が指揮を、裏門側は僕が指揮を執る!」

 「「おう!!」」と難民達が鬨を上げると動き始めた。

 その様子を見ているとパチュリーが此方の腰を肘で突く。

「分かっているでしょうけど、上からの攻撃には対処できないわよ」

「ああ、これはあくまで時間稼ぎだ。根本的な解決は……彼らに任せよう」

 上空を魔女隊が通過し、品川艦首側に向かって行く。

 そして暫くすると戦闘が開始された。

「……ところでシェイクスピア君は?」

「彼女なら武蔵野に向かったわよ。“きっと彼は調子に乗ってピンチになってる筈だから”って」

「はは! 恋する乙女はいいね! パチュリー君には無いのかい?」

 その質問にパチュリーは面倒くさそうに溜息を吐くと半目になる。

「無いし、そんな予定は無い。あんたと違って私は浮かれてないのよ」

「これでも本命にはなかなか奥手なんだがね……」

 そう肩を竦めるとオリビエは裏門側に向かう。

「ともかく、ここを切り抜けよう。死んだら恋も出来ないからね」

 その言葉にパチュリーは頷くのであった。

 

***

 

「よし、出来た」

 品川の避難民地区。

その裏門近くにある倉庫で森近霖之助は一息を吐いた。

 彼の前には黒の機殻箒が置かれており、つい先ほどまで最終点検を行っていたのだ。

 そしてそれもようやく終わった。

 今の状態なら最新鋭の機殻箒に匹敵、いやそれ以上の性能を発揮できる自信がある。

「あとはこれをどう彼女に渡すか……か」

 浜松港で渡しそびれ、武蔵で渡そうと思ったがこの奇襲で彼女は他の魔女達と共に出撃してしまった。

 生憎彼女の連絡先は知らず通神を送ることも出来ない。

 どうしたものか?

 そう悩んでいると倉庫の戸が開かれる。

「おい! 霖の字! 手伝え!」

「親父さん? どうしたんですか?」

「避難地区のバリケードを補強するためにコンテナを作業用武神で運ぶことになったんだ。

お前、確か作業用武神に乗れたよな?」

 確かに以前一度だけ操縦した事があるが、それだけで正直上手く動かせるとは思えない。

そう霧雨の親父さんに伝えると彼は「それでも構わない」と頷いた。

それから彼は機殻箒の方を見る。

「なんだ、あの馬鹿にまだ渡してなかったのか?」

「ええ、その前に飛び出していきましたから」

 彼女が今使っているのは旧式の機殻箒だ。

さらにミニ八卦炉も持っていない。

 霧雨の親父さんは僅かに表情を翳らせると直ぐに首を振り、平静になる。

「その箒は俺が見ててやる。だからお前は補強作業を手伝ってくれ」

「分かりました」

 機殻箒を霧雨の親父さんに預け彼とすれ違う瞬間、小さく彼が呟くのが聞えた。

「…………あまり心配かけてんじゃないぞ」

「…………」

 そのまま無言で倉庫を出ると空を見上げる。

━━魔理沙、親父さんは君を嫌ってなんかいないよ。

 いつの日か、この親子が共に笑える日が来るのだろうか?

 そうなって欲しいと願いながら霖之助は武神置き場に向かって走り始めるのであった。

 

***

 

 品川着弾地点にて金属の激突音が鳴り連なっていた。

 鎌が振られ拳がそれを弾く。

それが数十回も繰り返され、ノリキとエリーは何度も互いの位置を交代しながら戦い続けている。

━━厄介ですね!!

 そうエリーは内心愚痴る。

 この少年、特務級でもないのにかなり出来る。

その上で例の術式が厄介だ。

 創作術式“睦月”。三発の打撃で相手の術式を破壊する技で、あれのせいで安易に術式を使えない。

━━重力制御を自由に使えればもっと楽ですのに!!

 敵の拳が迫り、それを体を逸らして避けるとそのまま背後に回りこむ。

だが敵は避けられた拳をそのまま横に振りぬき、体を回転させるとこちらと相対する。

「徹底的にインファイトする気ですわね!!」

「分かっているなら言わなくていい!!」

 敵が踏み込んでくる。

 それから逃れる事は不可能と判断すると鎌を突き出した。

 敵は鎌の下を潜り抜けさらに迫ってくるがとっさに足元にある金属板を重力操作で突き立てた。

 それを敵は殴りつけて吹き飛ばすがその隙に距離を離し、近くの柱に乗った。

「まったく、優雅さの欠片も無いわ」

 自分は普段から優雅である事を心がけている。

門番である自分の品位はそのまま主の品位に繋がる。

主が色々と優雅から程遠い人なので自分が優雅さを稼いでおかなければ。

 だから至近距離での殴りあいなんて以ての外だ。

「私は踊り疲れましたわ。そんなに踊りたければ一人で踊りなさい。もっとも踊るのは猿踊りでしょうけど」

 周囲の鉄板や砕けた装甲などを重力制御で持ち上げると自分の周囲に展開する。

「さあ、逃げ惑いなさい!!」

 笑みを浮かべると同時に浮遊物が一斉に放たれる。

 高速で放たれる浮遊物は床に当たると突き刺さり、柱に当たれば柱を砕く。

 ノリキは駆け出し柱を盾にしながら回避するが、彼の退路を断つように浮遊物を射出した。

 彼の周囲はあっと言う間に更地になり、隠れれる場所は無い。

「ふふ、チェックメイトですわ!」

 砕けた鉄板を重力制御で持ち上げ狙いをつける。

 敵はもう回避できない。

回避できたとしても続く二射、三射目で仕留める。

そう判断し、鉄板を射出した。

━━さあ、どうでます!?

 射出された鉄板に対して敵が行ったのは腰を落とした構えだ。

 彼は拳を握り、肘を引くと大きく息を吸った。

 不動の構えから彼が行おうとしている事は……。

「鉄板を打ち返す気!?」

「分かっているなら…………言わなくていい!!」

 鉄板が敵の眼前まで迫った瞬間、彼は拳を突き出した。

 拳は鉄板を正面から穿ち、拳を喰らった鉄板は真っ直ぐに戻ってきた。

━━しまった!!

 そう思った頃には鉄板は眼前に迫り、激突した。

 

***

 

 ノリキは敵が顔面に鉄板を受け、柱から落下するのを確認すると息をゆっくりと吐いた。

 鉄板を殴った右拳を見れば、手の甲が大きく裂けており血が噴出している。

かなり無茶をしたため右腕全体も麻痺をし、応急治療が必要だろう。

「ともかくこれで……」

 そう呟いた瞬間、柱の周囲の残骸が一斉に浮き、放たれた。

━━なに!?

 咄嗟に避け、近くの柱に隠れると鉄柱の裏からエリーが現われた。

彼女は額から血を流しており、その瞳は怒りに満ちている。

「ふふ、私としたことが油断したわ。でも残念ね。私の重力操作による威力軽減の方が早かったわ」

 彼女はそう薄い笑みを浮かべると千切れた白い帽子を投げ捨てる。

「……一つ、言い忘れていた事があるわ。私のご主人様、風見幽香は物凄く短気な人なのよ。それでね、私も……短気なのよね!!」

 そう怒りを爆発させると周囲の瓦礫が一気に巻き上げられた。

いや瓦礫だけではない。まだ無事だった品川の外部装甲も砕け、その形を変えてゆく。

 鉄骨は骨格へ、外部装甲は鋼鉄の皮膚へ、そして瓦礫は内蔵となり徐々に肥大化してゆく。

「…………これは!!」

 巨人が立った。

 瓦礫で出来た巨人は体を軋ませ、咆哮によって空気を振動させる。

 エリーは完成した巨人の肩に乗ると笑みを浮かべた。

「さあ、私の重力制御によって出来た残骸巨兵(ルイーネン・ゴーレム)!! あなたにこの子の攻撃が耐えられるかしら!!」

 巨人が腕を振り上げ、ノリキを押し潰すべく拳を叩き付けた。

 

***

 

 浅草から品川に向かって三人の魔女が飛行していた。

 先頭はマルゴットが飛翔し、その両横にナルゼと魔理沙が飛翔している。

「先遣隊はもうやってるみたいだね!!」

「じゃあ、私たちは回りこむわよ! マルゴット、魔理沙!」

「ああ! 派手に暴れれば良いんだろ!? 私の専売特許だぜ!!」

 アデーレからの指示で魔女隊は品川上空に展開している敵部隊を引き付ける為に動いている。

 だが敵は天狗族を航空戦力の主力としており、強力な天狗族の前に魔女隊は苦戦を強いられている。

さらに厄介なのが……。

「来たよ!!」

 マルゴットの声と共に一斉に急降下を行うと先ほどまで自分達が居た場所が流体砲撃によって飲み込まれる。

「なによコレ! 戦艦クラスの砲撃じゃない!!」

「あいつが来てるからな!!」

 風見幽香は自分が知る中でもトップランクの攻撃力を持つ存在で、品川に最初に砲撃を喰らわせたのも彼女だ。

彼女が居る限り武蔵は常に危険に曝されることになる。

「なあ! あいつの事は私に任せてくれないか!!」

「やれるの!?」

 振り返るマルゴットに力強く頷くと笑みを浮かべる。

「任せとけって!!」

 黒魔女と白魔女は顔を見合わせると頷き、此方を見た。

「じゃあ、任せるわよ! しっかりやんなさいよ! 魔理沙!!」

「ああ!!」

「それじゃあ、二人とも!! 行くよ!!」

 マルゴットの号令と共に三人の魔女は別れた。

そして品川上空、敵味方入り混じる戦場へ三魔女が突入をする。

 

***

 

 風見幽香は集中攻撃を受けていた。

 今自分を狙っている魔女は六人ほどで、何れも自分を中心に円軌道を取っていた。

 魔女は基本二人一組で動いており、一組が動けばもう一組はその支援に、残りの一組は此方の動きの観測を行っている。

━━良い判断ね。

 時間を稼ぐことに特化した布陣だ。

 自分と此方の実力差を良く理解しており、冷静に行動している。

 攻撃役の二人が来た。

 二人は此方を挟み込むように動くと一気に迫って来る。

それを迎撃しようと動くと援護役の魔女達が射撃を放ってきた。

「この!」

 傘で硬貨弾を弾くとその隙を狙って攻撃役が棒金弾を放つ。

それを強引に体を逸らして避けると舌打ちした。

━━潰すなら纏めてよね!!

 羽ばたき一気に加速すると支援役の一人に向かう。

他の魔女たちが此方を止めるために攻撃を行うがそれを全て避けると急上昇した。

 此方を追おうと攻撃役の魔女達と支援役の魔女達が追うが……。

「駄目! 追っては!!」

 観測役が叫ぶがもう遅い!

 急上昇を止め、体を捻ると傘の先端を下方に向けた。

「消し飛びなさい!!」

 傘の先端から流体砲撃が放たれ、一直線に落下して行く。

 四人の魔女達は慌てて回避を行うが砲撃が掠り、四人とも墜落して行った。

 その様子を見た観測役の魔女達が逃げようとするが……。

「逃がすわけ無いでしょう!」

 傘を逃げる背に向ける。

 そして流体砲撃を放とうとした瞬間、下方から流体のミサイルが迫る。

「!?」

 直ぐに傘を下に向け、ミサイルを薙ぎ払うと爆風の中から白黒の魔女が現れた。

「よう、久しぶりだな」

 白黒は月夜の中その金の長い髪を月光で輝かせ、小憎らしい笑みを浮かべる。

「誰かと思えば魔理沙じゃない? そう、貴女、徳川に居たのね」

「元々は姉小路だがな。アリスも一緒だぜ」

 「でしょうね」と幽香は小さく笑うと目を細めた。

「それで、私に何の用かしら?」

「そんなん、分かっているだろう?」

 魔理沙は帽子の中からフラスコを取り出し、投げつけた。

 それを手で叩き割ると周囲に煙幕が張られる。

━━目眩まし程度で!!

 上昇し、煙から抜け出せば異様な光景が広がっていた。

 白の巨体が近づいていたのだ。

「これは……、浅草!?」

 浅草はその船体を移動させ、品川の左舷側に近づく。

そして輸送用の牽引帯が射出され、品川の左舷と接続する。

「浅草で品川を牽引するつもりね!?」

「ああ! そして、お前は私がここで倒すぜ!!」

 そう言い、魔理沙は一気にこちらに向かって加速した。

 

***

 

 浅草が品川を牽引し始めたのを見ると品川上空にいた妖怪達が一斉に牽引帯目掛けて動き始めた。

 その軍団を横から武蔵の魔女隊が強襲する。

 まず突入したのは双嬢だ。

 黒と白の魔女は牽引帯を断とうと大太刀を持つ大天狗たちを上空から奇襲し、硬貨弾で大天狗たちの翼を打ち抜いた。

 他の天狗たちは上方から来る双嬢を迎え撃とうと手に持つ長銃を構えるがそれよりも速く白魔女が線を引き、黒魔女が射撃を放った。

「Herrlich!!」

 放たれた棒金弾は敵群の中で破裂し、拡散する。

 それにより牽引帯に群がっていた敵の半数が墜落し残りは一斉に散らばり始める。

「一応は上手く行ったわね!」

「うん! でも、こっからが本番だよ!!」

 牽引帯を攻撃しに来た部隊は一旦品川上空に戻っていったが体勢を立て直しているのがここからでも見える。

 航空戦力は敵の方が圧倒的に多い。

 今は大丈夫でも今後、波状攻撃を仕掛けられれば苦戦は免れない。

「やっぱ敵の大将倒さなきゃ駄目かー」

「つまり、教導院で今頃派手にやってる貧乳天人に全てが掛かってるってわけね」

 品川に先行していた魔女隊が戻って来てこちらに一礼すると後方で迎撃体勢を整え始める。

「ナイナイ、勝てると思う?」

「さあ? でも、あいつ私と似たところあるから、だからきっとやるわ」

 そう笑みを浮かべるナルゼに頷き、こちらも笑みを浮かべると品川の方を見る。

 敵部隊は攻撃態勢を整えつつあり空中に魚鱗陣を敷いている。

「上等じゃない、一気にこっちを押し潰す気よ」

「じゃあ、思いっきり歓迎しないとね!」

 こちらも迎撃態勢が整い魔女隊が四重の横列を組んだ。

 そして暫く互いに睨み合っていると敵部隊の方角から法螺貝の音が鳴り響き、一斉に突撃を開始する。

 それに合わせてこちらも突撃を開始した。

「行くわよ! マルゴット!!」

「行こう! ガっちゃん!! Herrlich!!」

 双嬢が敵の先陣を打ち落とすと同時に攻撃の応酬が始り、浅草・品川間の上空で両航空部隊が入り混じり交戦を開始した。

 

***

 

 品川の道路を魔理沙が飛翔していた。

 彼女は周囲を窺いながら家屋の間を抜け、大通りに出る。

 その瞬間に砲撃が来た。

 咄嗟に減速すると眼前に流体の光が落ち、爆発が生じる。

「あぶね!?」

 爆風を使い、一気に上昇を行うと緑の影が眼前に現れる。

「どこに行く気かしら?」

「!!」

 幽香が放った蹴りを機殻箒を垂直に立て受けると大きく吹き飛ぶ。

 そして空中で一回転をし受身を取ると直ぐに距離を離した。

━━任せろとは言ったものの、きっついなあ……。

 敵は幻想郷でも指折りの妖怪。

 スペルカードルール無しの、本当の戦いで相手をしたくない奴だ。

 対して自分は万全ではない。

 機殻箒はやや旧式の物であるし、自分にとって切り札となるミニ八卦炉が無いのだ。

 あの時、親父が居たからって意地を張らず新型の機殻箒をこーりんから受け取っておくべきだったか?

いや、今さらうだうだ言っても仕方が無い。

 今打てる最善を全て打ち、あの強敵を倒さなければ。

 背後から流体砲撃が迫り、それを急降下で避けると品川右舷側に向かって行く。

敵の攻撃は一撃でも喰らえば致命的だし此方の攻撃はあの傘で弾かれ、大振りの技は回避される。

「何時までもうろちょろと!! 逃げてるだけかしら!?」

 あんな火力馬鹿と真正面からやり合うつもりは無い。

 格納用の二律空間から煙幕筒を取り出すと後ろに落とし、煙を炊く。

敵が此方を一瞬でも見失っているうちに品川右舷側に出ると垂直に降下した。

そして艦底に出ると潜り込む。

 敵が追撃してこない事を確認すると一息を吐き、額に浮かんでいた汗を拭った。

「さて、どうしたもんかな……」

 まず考えるのは自分と敵の差だ。

火力。

火力は相手の方が圧倒的に上だ。ミニ八卦炉を持っていたとしても敵の方が上だろう。

防御力。

これも敵が上だ。敵はあの何でも弾く材質不明の傘を持ち、また妖怪であるため人間よりも遥かに頑強だ。

ならば速度。

これなら此方が上だ。敵も飛行能力を所有しているが此方は機殻箒。スピードでは此方が上である。

「やっぱ、スピード勝負か?」

 だがそれだけで勝てる相手ではない。

 もう一つ何か相手に勝てる要素が欲しい。

 そこで思いつくのは彼女の性格だ。

 風見幽香はかなり短気な性格であり、またその力から驕り易い。

先ほども敵は全力を出していなかった。

此方を狩の獲物か何かと思っており少しずつ甚振るつもりだ。

その慢心を衝けるかもしれない。

 二律空間から人形を取り出すと見る。

 自分を模したこの人形はパチュリーが昔創ったミニゴーレムだ。

これに幻影魔術を掛ければ……。

「よし……これが最善手だ」

 そう頷くと一気に加速を行った。

 

***

 

 風見幽香は品川上空で様子を見ていた。

 小賢しい魔女を取り逃がしたがあの娘の事だ、一旦体勢を立て直し此方への対抗策を練っているだろう。

━━いいわ、それでこそ潰しがいがある。

 霊夢と共に居る白黒。

 幻想郷の弾幕ごっこではそれなりの実力だが本気の殺し合いではどうなのか?

非常に興味があるのだ。

「なにせ、“彼女”の弟子だものね」

 故にそれなりでなければ困る。

 だが、もし期待外れだったら?

 “彼女”の後継足り得ないとしたら?

「その時は徹底的に潰すわ。二度と魔女に成りたいなんて思えないほどに」

 さて、もうかれこれ五分待った。

 あと一分して出てこなかったらこっちから向かうか。

そう思った瞬間、右舷側から白黒が現われた。

 機殻箒に乗った彼女は一直線に此方に向かって来、その体には爆砕術式が付与されている。

「自爆!? 気でも狂ったのかしら!!」

 傘の先端を向け、拡散流体砲撃を行うと敵はそれをすり抜けて行く。

その様子に舌打ちすると後ろへ跳躍する。

そして近くの家屋の屋根を蹴り上げると、屋根が吹き飛び魔女の進路を遮る。

 魔女はそれを避けようと屋根の下を潜り抜けるが……。

「馬鹿ね! 消し飛びなさい!!」

 事前に屋根の下に向けていた傘の先端から流体砲撃を放つと砲撃は白黒を飲み込み、爆発が生じた。

 だが爆発の中から突如煙幕筒が投げつけられる。

「煙幕? まさか……今のは身代わりか!?」

 直後背後から白黒が現われた。

 彼女は此方の至近に迫ると六つの流体ミサイルを放ち、笑みを浮かべる。

「背後を取ったぜ!!」

 次の瞬間、背中に六つの流体ミサイルが着弾し爆発が生じた。

 

***

 

 魔理沙は幽香が背中から此方のマジックミサイルを喰らい、爆発に飲み込まれたのを見た。

 背後からの完全な不意打ち。

 いくら幽香であったとしてもただでは済まないだろう。

━━なんだ、私、結構やれるじゃん……。

 飛騨での一件から自分は大した事無い、人を救うことが出来ないと自信が無くなっていたが最善手を追求する事によって格上に一矢報いる事が出来た。

「だが、念には念をだな」

 無傷ではないだろうが今ので敵を完全に無力化できたとも思えない。

 そう思い、慎重に残りのマジックミサイルの照準を合わせながら爆発が晴れるのを待つと魔理沙は驚愕の声を上げた。

「……なに!?」

 居なかったのだ。

 幽香は跡形も無く消え去っており、痕跡すら残っていない。

 マジックミサイルの爆発で吹き飛んだのか?

いや、あれにそこまでの威力は無い。

ならば……。

「!!」

 直後、下方より流体砲撃が迫りそれを避けようとするが間に合わない。

 機殻箒は後部を砕かれ、バランスが崩れる。

 衝撃で手が離れ、落下をすると首を掴まれた。

 綺麗な赤の瞳が迫った。

 幽香先ほどまでの笑みは無く、怒りの表情を浮かべていた。

それも苛立ちからの怒りではなく失望からの怒りだ。

「私も分身を使える事を忘れていたのかしら?」

「分……身……だとっ!?」

「最善手を打つ事に専念したようだけど、それで私に勝てるとでも?

貴女は弱いわ、魔理沙。貴女は子供で、人間で、凡人で。

だからそんな貴女がするべき事は最善手では無く、さらにその上を考える事。

凡人の最善手は格上の通常手と同じ。私たちと同じ土俵で戦いたいのなら常に最善の先を行きなさい」

 「ああでも……」と幽香は呟くと顔から表情が消える。

「貴女では一生私に追いつけないわ。貴女の憧れている霊夢にもね」

「!!」

 此方の首を掴む幽香の腕を強く握る。

 そんな事言われなくても分かっている。

私は凡人だ! 子供だ!!

だから必死に努力して、魔法を研究して!!

少しでもあいつに追いつこうと!!

「……それは決して叶えられない夢。砂上の楼閣よ」

 頭を金槌で殴られたような衝撃を感じた。

 残酷な一言に心が冷え切って行く。

「あ」

 反論が出ない。

何故ならそれは私が一番知っていたことだから。

知っていて、知らないふりをしていたことだから。

 幽香の腕を掴む手を離し、脱力すると幽香は静かに口を開いた。

「さようなら、未熟な魔女。

━━━━貴女は魅魔の後継として失格よ」

 手が離され、体が落下する。

 意識を失う前に見たのは酷く寂しそうな幽香の顔であった。



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~第三十六章・『九本尾の式』 我が勝利を主に (配点:九尾)~

 高尾表層に並ぶ民家の屋根を伝い、駆ける影があった。

 影は小柄な少女であり、彼女の腰からは二つに分かれた猫の尾が生えており頭部には猫の耳が帽子からその姿を覗かせている。

 そんな猫少女は背中に大きなリュックサックを背負い、鼻歌を歌いながら駆ける。

 現在、自分は主である紫様や藍様の命令で高尾に爆弾を仕掛ける事になっている。

 奇襲に混乱している高尾に潜り込むのは簡単で間もなく高尾の機関室に到着するだろう。

「ふっふーん、藍様褒めてくれるかなー」

 紫様がこの仕事を終えたら“藍から好きに報酬を貰いなさい”と言われていたので、何を貰おうか?

 やはり食事? いや、猫じゃらし一年分というのも良いかも知れない。

だが一番欲しいのは……。

「……やっぱり紫様と藍様が笑ってくれることかなー」

 此方に来てから紫様は幻想郷に居たときよりも笑わなくなった。

何時も何か思案しており、疲れた表情を見せている。

だからその式の藍様も主を気遣い、口数が減っている。

 私はそれが嫌だった。

 私は元々八雲家とは関係が薄い方だがやはりあの二人には笑っていて欲しい。

「うん、やっぱりお願いは笑ってもらう事にしよう。皆で食事したりしてさ」

 ついでに織田の連中を呼べばいい。

 柴田は怖くて五月蝿いが面倒見が良い。

 羽柴はとても優しい。

 丹波は明るくて面倒見が良い。

 佐々は弄ると楽しい。

 前田は話が面白い。

 彼らと宴会が出来たらどれだけ楽しいだろうか?

 そう思っていると高尾機関室の近くに到着する。

周囲を確認し、敵がいない事を確認すると屋根から近くの路地に飛び降りた。

 そして着地を行った瞬間、足の裏に妙な感触を得た。

 それはぐにゃあと言うかぐちゃあというかとにかく妙な感触で「おお!?」と男の驚愕の声と共に足下で何かが弾けた。

「……ぐちゃあ?」

 足元を見ればピンク色のゼリー状のものが飛び散っており、どうやら何か踏み潰したようだ。

「うわあ、気色悪いっ!!」

 足を振りゼリーを飛ばしていると陰が覆った。

「?」

 「何だ?」と見上げてみれば路地の空に肌色が広がっていた。

「!?」

 肌色は人の形をしており、男であり、なんか翼が生えており、つまりそれが意味をするのは……。

「変態だぁ━━━━━━!?」

「なに!? どこだい!?」

「あんただよ!!」

 指差すと全裸ハゲは笑みを浮かべた。

「はっはっは、僕の何処が変態だというのかね?」

 いや! 全部だろう!?

 一体どうなっているのだ武蔵は!?

 幻想郷も自由の世界だがここはちょっと自由すぎないか!?

「おっと、吾輩としたことがちょっと向こう岸が見えてしまったぞ」

 背後からの突然の声に驚き振り向けばなんと言うかRPGゲームで言うところの最初の雑魚敵みたいなのが居た。

「ネンジ君、気をつけなきゃ駄目だよ。君はHP3位しかないんだから」

 な、何だ? この状況!?

 前には全裸、後ろにはピンクスライム。

「あ、あんたたち誰よ!?」

「僕かい? 僕ははただの無害で淫靡なインキュバスの伊藤・健児!! さあ、友好の契りとして一緒にインキュバス体操しようか!!」

「無害で淫靡!? インキュバス体操ってなに!?」

「では吾輩はただのゲルマン人、ネンジだ!」

「こんなゲルマン人が居るか!? というかどう見てもスライムでしょうが!」

 ツッコミに息を切らしているとRPGのモンスター(二体)は笑みを浮かべて此方を見る。

「僕達の自己紹介は終わったし、じゃあ君の番だ! 名前と目的を教えてくれるかな?」

「……わたしは橙。紫様と藍様の命令で高尾に爆弾を…………あ」

 しまった!?

 相手に流されつい、目的を喋ってしまった!?

「爆弾だと!? それは大変だ!! どこにあるのかね!! 直ぐに解除せねば!!」

「ああ、ここは民間人が多いからね!! そのリュックを背負った姿! 君は爆弾処理班だね!!」

「え? え!?」

「そう言うことなら共に行こう! 吾輩が護衛しよう!!」

「お兄さんも同行しよう!! じゃあ、イトケン行進始め! おいっち、にい、さんっし!!」

「いっち、にい、さんっし!! さあ、君もやりたまえ!!」

「えーーーー!?」

 インキュバスとスライムに押され橙は大通りへと消えて行く。

 そして後から「藍様助けてください!?」と言う少女の悲痛な叫びが木霊するのであった。

 

***

 

 小等部のグラウンドに妖怪達が倒れていた。

 百を超える妖怪達は皆、気絶しておりピクリとも動かない。

 その中心に一人の女性が立っていた。

 オリオトライ・真喜子だ。

 何時ものジャージを身に纏い、右手に長刀を持った彼女は余裕の笑みで「はい、一丁終わり!」と言うと長刀を背中にしまう。

「見事だな」

 背後から声を掛けられ振り返れば勾玉と剣を浮かせた上白沢慧音が歩いて来た。

 彼女に苦笑を送るとオリオトライは後頭部を掻く。

「実戦は久々だったけどねー。意外と覚えているもんだわ」

「久々の実戦でこれか?」

 慧音が周囲に倒れている妖怪達を指差すとオリオトライはどこかばつが悪そうにする。

「まあ、私はちょっと特殊だから……」

 首を傾げる慧音に「まあまあ」と言うと表示枠を開く。

「しっかし小等部まで雪崩れ込んでくるなんて、性質が悪いわね」

「敵は妖怪だからな。ただ暴れたいだけの奴も多く居るだろうからな」

 そのせいで今回の戦闘は被害の規模が今までよりも大きい。

 普段は戦場にならないような場所も戦場となり、非戦闘員への被害が出ている。

 ここ小等部には小等部の生徒の他に家族連れの難民も収容されており何としてでも防衛しなければいけない。

だが……。

「圧倒的に戦力不足よね」

 小等部防衛隊も度重なる襲撃に被害を増やし、ついに自分達教員までも戦闘に動員された。

 今も被害を出しながら敵を撤退させたがそろそろ危険だろう。

 そう判断していると上空から不死鳥が舞い降りた。

「空の連中は大体追い払ったわ」

 不死鳥の中から藤原妹紅が現れ、彼女は白い髪を手で掬い上げる。

「こっちも大変だったみたいね」

「ああ、空のほうもキツイか?」

「ええ、魔女隊の殆どが浅草防衛に向かったからね。対空戦闘可能な連中は総動員よ」

 そう「やれやれ」と肩を竦めると妹紅は周囲を見渡した。

「ところで義元さんは?」

「義元公なら“ちょっと若い連中の尻を叩いてくる”と言って、何処かに行ってしまったぞ」

「相変わらずねー」

 そう苦笑する妹紅に皆も苦笑すると怪我人を搬送し終えた小等部防衛隊が集まって来た。

彼らの中心に立つと手を叩き、注目を集める。

「はいはい! ちょっと状況厳しいけど、先生たちも協力するから頑張るのよー」

 皆、力強く頷く。

「よし! それじゃあ、みんなの根性、見せ付けるわよ!!」

「「Jud!!」」

 その掛け声と共に一斉に皆、動き始めた。

 

***

 

青梅中部にある臨時バリケード。

そこは沈痛な雰囲気に包まれていた。

 ここを防衛するのは二年生を主体とした下級生部隊で大人や三年生の部隊は最前線で奇襲され音信不通となった。

 今はまだ敵に襲撃されていないがそう遠くない内にここにも敵が攻め寄せてくるだろう。

「敵、来たか?」

 道路に座り、長銃の点検をしていた少年が訊くと槍を持った少女がバリケードから顔を出した。

「まだ。このまま来なければいいのに……」

「そうは言ってられないだろう。先輩達はピンチかもしれないんだ。やっぱ俺たちで助けに行くべきじゃないのか?」

「どうやって? そりゃあ、俺達だって武蔵の生徒だ。戦う訓練は受けてるけど俺達だけで動くのは危険だ」

「じゃあどうすんだよ!?」

 不安は徐々に焦りに変わって行き、皆怯えていた。

 今の状態では戦いにならないだろう。

「……やっぱ織田と敵対したのは失敗だったんじゃないか?」

 一人の言葉に皆沈黙する。

「おい、やめろよ。そういう事言うのは」

「でも、そうだろう! 勝てっこないのにさ!!」

「あ!? なにか!? 織田に媚びへつらってりゃ良いってのかよ!?」

「そうじゃねえけどよ!!」

 喧嘩腰になる二人を慌てて周囲が止めると一人の女子生徒が手を上げた。

 彼女は仲間内でも口数が少なく、影の薄い存在だった。

そんな彼女の挙手に皆が注目した。

「あ、あのね。私、総長たちは間違ってないと思う……の」

「そりゃあ、俺も間違っちゃいないと思うけどよお」

「J、Jud.、 私ね、伊勢の時に皆と逸れて怖かったの。その時にふ、副長に助けてもらって“どうして私を助けたんですか?”って訊いたの」

 皆沈黙し、続きを促す。

「そうしたら、副長が“助けるのに理由が必要で御座るか? 武蔵は助けを求めるものを絶対に見捨てないで御座るよ?”って言ってそれが、その、嬉しかったの。

だから、えっと、そうやって私みたいに助かる人が多いならそれはきっと良い事で、武蔵にしかできないことなんじゃないかなって」

 女子生徒はそこまで言って慌てて顔を赤らめて俯く。

 その様子に苦笑したのは先ほど諦めを口にしていた男子生徒だ。

「あー、なんつーか、これじゃあ俺がワルモンみたいじゃん」

「あ、ご、ごめん」

「いや、いいって。お前の言ってる事のほうが正しいし、武蔵らしいんだろうしさ」

 そう言うと彼は立ち上がる。

「うし! いっちょ頑張るか!!」

 それに続き皆も立ち上がり始めた。

「ああ、やってやろうぜ!!」

「ええ、茶道部の力、見せてやるわ!!」

「よく言ったぞ! 小僧ども!!」

 突然の声に一斉に振り返ればそこにはいつの間にか今川義元が立っていた。

「よ、義元さん!! どうしてここに!?」

「ん? いや、なんか辛気臭い連中がいるから喝を入れようかと思ったが……その必要は無かったみたいだな」

 義元が笑い、皆も笑う。

「だが、お前らだけってのはちょっと不安だ。だから……」

 義元が皆の中央に入り不敵な笑みを浮かべる。

「この東海一の弓取り、今川義元様がお前ら小童共に戦の仕方、教えてやる!! いいな!!」

 その言葉に皆は一斉に頷き「Jud!!」と鬨の声を上げた。

 そして先ほどの男子生徒が口数の少ない女子生徒の横に立つと笑顔を浮かべる。

「頑張ろうぜ!」

「J、Jud!!」

 こうして青梅中部にて下級生部隊が士気を取り戻し、前線の部隊の救援に向かい始めるのであった。

 

***

 

 武蔵野の道路を銀の光が駆けていた。

それを追う様に駆けるのは金の光だ。

 金の光は屋根を伝い駆け続け、銀の光を追い立てる。

 銀が止まった。

 咄嗟に近くの看板を手に取り、追撃してくる金に投げつけたのだ。

 だがそれを金は跳躍で避けると手に持っていた御札を投げつけた。

 銀がそれを避けると御札が地面に貼り付けられ金が手で印を組む。

「爆!!」

 直後御札が爆発し、銀がその爆風で吹き飛び近くの路地に入った。

━━厄介ですわ!!

 そう銀色━━ネイト・ミトツダイラは自分の状況を判断した。

 敵は狐系の獣人。それも高位の存在だ。

 神道系の術式を得意としており御札による攻撃術式や結界術式に長けている。

 対して自分は狼の力を前面に出した近接戦闘系。

敵との間合いを詰めたいが……。

「それも難しいですわね!」

 危険を感じ、咄嗟に大通りに出ると先ほどまで自分が居たところに水柱が落ちた。

 頭上を見ればいつの間にか術式陣が展開されておりそれによって攻撃術式を放ったのだろう。

「貴様、狼ではなく鼠ではないのか?」

 背の高い家屋の屋根に立ち、此方を見下ろす八雲藍に笑みを送る。

「あら? 狼ほど危険察知能力が高い動物はいませんのよ?」

 藍の両横には陰陽玉の様な式が二体追随しており、彼女はそれによって常に守られていた。

故に安易に接近できないのだ。

「だが狼は少々安直だ。化かし合いで狐に勝てると思うなよ?」

「ええ、化かし合いなんてするつもりはありませんのよ!!」

 踏み込み一気に相手に肉薄する。

 それを迎撃するべく二体の式から流体弾が放たれるが肩から四本射出した銀鎖の内、二本の銀鎖をぶつける。

 銀鎖は流体弾と当たり、弾かれるがその隙に敵の懐に飛び込む。

 そして拳を相手の胸に突き出すが障壁が展開され、受け止められた。

「予想済みだ」

「でしたら!!」

 障壁を蹴り後ろへ跳躍すると事前に近くの柱を掴んでいた二本の銀鎖を呼び戻し、敵に叩き付けた。

 だが敵の二体の式が前に出、迫る銀鎖と接触すると自爆する。

━━式を自爆させた!?

 道路に着地し敵を睨みつければ敵は冷静な表情で先ほどと同じように此方を見下ろしている。

「これも予想済みでしたのかしら?」

「いや、予想はしていなかったが対応は可能だった」

 裾から二枚の御札を取り出すと投げ、御札が二つの陰陽玉となる。

「だがいきなり二体の式を失うとはな」

 そう僅かに笑みを浮かべると彼女は自身の前方に攻撃術式を展開する。

「焔!!」

 直後、術式から炎の龍が現われ此方に迫った。

 

***

 

 藍は燃え広がる炎の中から銀狼が飛び出し、此方から距離を離して行くのを視認した。

━━さて、次の手は……。

 攻撃が失敗したとは思わない。

 何故ならあの攻撃は当たらないと判断したからだ。

 式である自分は自動人形並の演算能力を所有している。

 故に全て、計算の上で動いているのだ。

 銀狼は確かに強い。

筋力、瞬発力、判断力、どれをとっても一級であり正面からの戦闘は危険だ。

だがこうして高所を取り続けている間は敵は行動を制限され、動きが読みやすくなる。

あの銀鎖も自在に動き厄介だが鎖である以上動きは計算して読める。

 そう敵の攻撃は対応可能なのだ。

 だが此方から攻撃を当てる場合は?

 これは意外と難しい。

 相手は機械ではなく生物。

 思考で動き、本能でも動く。

そんな奴の行動を把握するのは難しい。

ならば……。

━━罠を張ればいい。

 狩の常套手段だ。

 罠に掛かればどんなに獰猛な獣であったとしても容易く無力化できる。

 銀狼の行く先に攻撃術式を放ち、進路を誘導していくとちょっとした広場が見えてきた。

その事には敵も気が付いており、そこに向かうだろう。

 自分を敵と同じ高所に移動させられないなら敵を自分と同じ場所に引きずり込む。

そう思ってるはずだが……。

━━それこそ私の思惑通りだ。

 さあ、向かえ、罠の中へ。

 あそこに飛び込んだ時こそ自分の勝利だ。

 我が勝利は主の勝利。

 私は紫様の式、道具、この力は全て彼女に捧げる。

 そして銀狼が罠に飛び込んだ。

 

***

 

 ミトツダイラは広場に出ると一気に中央に向かい、振り返った。

 此処ならば周囲に家屋は無く、敵は降りてこざるおえない。

 そしてその予想は当たった。

 九尾は屋根から飛び降りると広場に着地し、此方と相対する。

「成程、開けた場所なら狼の身体能力を存分に振るえる。そう言うことだな」

「Jud.、 追いかけっこにはもう厭きましたわ」

 「ですので」と腰を落とし構え、突撃の姿勢をとると敵は笑みを浮かべた。

「愚か者め。言ったはずだ、化かし合い、知略戦で狐に勝てると思うなと」

 「どういう……」と言いかけた瞬間、広場の地面から一斉に何かが飛び出した。

 それは八面の物体であり、一つ一つの面は網目状の膜で覆われている。

「狼は耳が良いからな」

 直後、大音響が放たれた。

 此方を囲むように凄まじい音と衝撃が放たれ、空気を振動させ広場周囲の家屋の窓が一斉に割れた。

「……ぁ」

 あまりの大音響に目の裏で火花が散り、平衡感覚が失われる。

 脱力し膝から崩れると無音が広がった。

 否、音が無くなったのではない。

自分の耳が音を認知できなくなったのだ。

━━罠……でしたのね!?

 声は出ない。

 いや、出てはいるが聞えないだけなのかもしれない。

 衝撃に風景が揺れ続け、相手の位置が、自分の位置が分からない。

 何とか体勢を立て直そうとした瞬間、顔面に蹴りが入れられた。

 

***

 

 銀狼が顔面に此方の蹴りを喰らい、吹き飛ぶのを見ると藍は自分に展開していた防音術式を解除した。

 あの衝撃で気絶しなかったのは見事だ。

だがそこまでだ。

 蹴りを喰らった敵は何とか立とうとするが体の自由が利かず、何度も転倒している。

「では、終わりにするとしよう」

 敵を倒した達成感などない。

 なぜならこれは当然の決着だから。

 自分はあくまで主の道具であるから。

「紫様の心労となる武蔵。貴様らは此処で潰えろ」

 攻撃術式を展開する。

 今までに使った中でも最も規模の大きい、本来であれば対要塞用の術式だ。

 障壁が多重展開され、それが凝縮して行く。

 あれが完全に凝縮され、放たれた時が敵の最期だ。

敵はこの場所ごと跡形も無く消え去るだろう。

「さあ、終われ! 主の敵!!」

 そう手を振り上げた。

 

***

 

 武蔵野の通りを一匹の獅子型魔獣が駆けていた。

 鋼の装甲を身に纏った魔獣は数ヶ月ぶりとなる武蔵野の道を駆け抜ける。

 嘗ては武蔵野艦橋前で自分は敗れ撤退した。

今回はそのリベンジと言う事で武蔵野艦橋の強襲の命令を受けている。

 しかし今自分が向かっているのは武蔵野艦橋ではない。

 風に乗っている懐かしい匂いを追いながら道路を進み続ける。

 途中武蔵の兵たちのバリケードに到達した。

彼らは長銃で此方を迎撃するが、それを装甲で弾くとバリケードを飛び越え無視する。

 匂いが強くなってきた。

 知っている匂いと知らない匂いだ。

 知らない匂いが知っている匂いを追っているのが分かった。

 直後、前方から凄まじい音と衝撃が来る。

あまりの音に思わず全身の毛が逆立つほどだ。

 彼女に危険が迫っている。

 そう思うと駆ける速度を上げ、道を曲がり、大通りに出、途中邪魔しようとした武蔵の兵は死なない程度に吹き飛ばした。

 そして広場に出ると彼女が居た。

 銀の美しい髪を持つ彼女は両膝を付き、その前には狐が立っている。

 狐は手を振り上げ上空に浮かぶ危険なものを彼女に向かって射出しようとしているらしく、それを見て自分は……。

「俺の嫁(予定(未定))に何してんじゃああああああああ!!」

 渾身の前足蹴りを横から狐に喰らわした。

 

***

 

 ミトツダイラは突如獅子が現われ藍を横から吹き飛ばしたのを見た。

━━え?

 獅子は此方の前に立つと心配そうに此方を見る。

「あなた……伊勢の時の!」

 獅子はそうだと頷く。

 まだ体の自由は利かないが聴覚は大分戻ってきた。

 その事を実感しながら疑問を口にした。

「どうして私を助けたんですの?」

 

***

 

・○べ屋:『えー、どうしてって……ねえ?』

・金マル:『あー、うん。そりゃあ、ねえ?』

・銀 狼:『え? え? 皆、分かりますの?』

・あさま:『ほら! ミト! 思い出してください! 伊勢の時、アニマルカーニバルやった後のこと!』

・銀 狼:『え、え、え━━━━━━っ!?』

・魚雷娘:『一途な方だったんですね』

・十ZO:『何と言うか、ミトツダイラ殿も難儀で御座るなあ……』

・現役娘:『ネイト! ネイト! 今、浅間神社経由で知らされたのですけれど貴女、獣姦に走ったって本当ですの!?』

・銀 狼:『変なところと繋がってますのよぉ━━━━!?』

 

***

 

「えっと、その、いいですの? 伊勢の時も言いましたが私には仕える王が居て、だから、その、好意は嬉しいのですが、その御免なさい!」

 

***

 

・● 画:『何と言うか、シュールな画よね……』

・貧従士:『あ、獅子のほう少し震えてますよ? 結構効いたみたいですねー』

 

***

 

 獅子は暫く寂しそうな表情を浮かべるとやがて頷き、吠えた。

「え? それはその、構いませんが……」

 

***

 

・傷有り:『今なんと仰ったのですか? ミトツダイラ様』

・銀 狼:『“それでも構わない。貴女が王に仕える騎士ならば、私は貴女に使える騎士になろう”と……』

・煙草女:『なんさね……、この精神イケメン獅子は』

 

***

 

 「我が王もこのくらい気の利いた事を言ってくだされば良いのですけれどねー」と思っていると獅子の背後で動いている影に気が付いた。

「……!! 危ない!!」

 直後影から流体の槍が放たれ、獅子の胴を貫く。

「!!」

 獅子が苦悶の声をあげ、振り返れば右腕に裂傷を負った藍が立っていた。

 彼女は額に汗を掻き、怒りの表情を浮かべている。

「言葉も発せぬ下等な魔獣如きが!! 調子に乗るな!!」

 攻撃術式を多重展開し二十を超える流体の槍が現われる。

━━いけませんわ!!

 自分はまだ自由に動けない。

それに先ほどの一撃で獅子も胴に穴が開き、血が噴出している。

明らかに重傷だ。

 だが獅子は此方に一瞥すると前に出た。

「何をする気ですの!?」

 獅子は此方の此方を庇うように仁王立ちすると敵に唸る。

━━まさか、私を庇う気ですの!?

 いけない。

 アレを喰らったらいくら頑強な獅子とは言え、命を落とす。

 自分を庇って死ぬ。

その事に一気に心が冷えると慌てて立とうとする。

 だが立てても膝は震え、前に歩く事が出来ない。

「貴様ら、両方とも消えろ!!」

 そう藍が叫んだ瞬間、此方の後方、道路の方角から石が藍に向けて投げつけられた。

 それを回避すると藍は怒鳴る。

「何者だ!!」

「ふふ、良い女よ」

「え?」

 此方の横を通り、獅子の前に立つ姿があった。

 肌を大胆に露出した彼女は不敵な笑みを浮かべると仁王立ちする。

「喜美!?」

「ええ、私よ? 駄目な女のオーラを追ってきてみれば成程……」

 喜美は藍ぞつま先から頭まで測るように見る。

「かなり駄目な女と当たったみたいね? ミトツダイラ?」

「貴様……」

 眉を逆立てる藍に笑みを送ると踊り子が一歩、前に出た。

「いいわ。今日は私もいろいろ思うことが有った日だから、

━━━━ちょっと本気で教育してあげるわ!」

 そう腰に手を当て、宣言した。



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~第三十七章・『萃の鬼』 疎密操る (配点:酒呑童子)~

 魔女隊の多くは浅草の防衛に向かったが一部は所属艦に残り、対空防衛を行っていた。

 村山の魔女隊補給所にも数名の魔女が残り、村山に接近する敵の迎撃や他の魔女達の補給準備などを行っている。

「ほら! 行くよ!!」

 一人の黒魔女が機殻箒を持ち、四階のテラスに出ると振り返りもう一人の魔女を呼ぶ。

 遅れて出てきた魔女は背中にリュックサックを背負い、そこには浅草で戦闘中の同僚達に配る医薬品や弾薬が入っている。

「ま、待ってよー! これ重いんだから!!」

 浅草に向かった同僚達からの報告では戦況は劣勢。

 双嬢が居るお蔭でなんとか持ち堪えている状況らしい。

 最前線で傷つき、戦っている仲間達の為にも一刻も早く、補給物資を届けなければ……。

 そう思っていると背後から影が差した。

「え?」

 振り返れば頭があった。

 白く巨大な頭骨はその目である二つの空洞で此方を見る。

「エエノウ、若サジャ」

━━が、がしゃどくろ!?

 それもかなり巨大なタイプだ。

 直ぐにリュックサックを背負った彼女を庇うように立つと機殻箒を構える。

「エエノウ、スベスベデ」

「……は?」

 先ほどからがしゃどくろはうわ言の様に呟き続け、此方に敵意を見せない。

「ね、ねえ、攻撃してこないの?」

「そう……みたいだけど……」

 突然がしゃどくろが自分の体を抱きしめた。

その様子に二人は驚くと一歩後ろに下がる。

「カサカサダア」

 がしゃどくろは嘆くように。

「ナゼジャア」

 がしゃどくろは絶望するように。

「ナゼ、オマエラハスベスベナノジャア!?」

 そして怒った。

 補給所の塔を両腕で掴み、揺らす。

 その衝撃で二人が転倒するのを見るとがしゃどくろは拳を振り上げる。

「スベスベ殺シテ、ワシモスベスベニナル!!」

「「り、理不尽だーぁ!?」」

 二人で抱き合い、怯えると突如がしゃどくろが横から殴りつけられ吹き飛んだ。

「大丈夫さね!?」

 朱の武神が立っていた。

 朱の武神は大型レンチを構えるとがしゃどくろと相対する。

「J、Jud.、 助かりました!!」

 武神の肩に乗っていた女子生徒が「行きな!!」と言い、それに頷くと二人は慌てて飛び立った。

 

***

 

 魔女二人が飛び立つのを確認すると直政は敵を見た。

 がしゃどくろは立ち上がりつつあり、周囲の家屋が押し潰されて行く。

 敵の大きさは此方より一回り上、かなりの大物だ。

━━中武神隊じゃ相手にならないわけさね。

 自分は元々村山の艦尾側に居たのだが中部の中武神隊と連絡が途絶えたため調査に来た。

 そこで発見したのが補給所を襲撃しているこのがしゃどくろだ。

 こいつが通った先は更地になっており、それから敵が艦首から来た事が分かる。

「あんまり好き放題されると困るんさね」

 地摺朱雀を一歩前に出させる。

 敵は完全に起き上がり、暫く自分の側頭部を指で掻いていると此方に気が付く。

「エエノオ……」

「?」

「鉄ノ服、エエノオ……。ワシモ着タイノオ……」

「作って着りゃいいさね」

 がしゃどくろは「ナルホド」と頷くが今度は自分の姿を見る。

「デモ、ワシ、骨ジャカラノオ」

 そう呟くと突然肩を振るわせ始めた。

そして天を睨むと咆哮を上げる。

「ナゼジャア!! ナゼワシハ骨ナノジャア!!」

 そして飛び掛って来た。

 その巨体からは信じられないような速度で飛びかかり、それをレンチで受け止める。

 訳が分からん!?

 いや、妖怪なのだから人間の常識は通用しないか!!

「蹴れ!! 地摺朱雀!!」

 敵の腰を蹴ると、敵は大きく吹き飛んだ。

しかし空中で一回転をすると足から着地し、再び突撃してくる。

 やはり速い!!

 最初の呆けた雰囲気からは想像が付かないような機敏さ。

 猪の如き突撃を受け地摺朱雀が後方の建物を砕きながらスライドする。

「ワシャア、ナ、ワシャア、温モリヲ感ジタイノジャ……」

「…………」

 取っ組み合いになりながら相手の悲痛な声に思わず同情する。

「ワシャア! ギャルノ温モリ感ジタインジャア!!」

 前言撤回、叩き潰そう。

 そう心の中で強く頷くと敵の右腕を左脇で挟むと再び蹴りを喰らわす。

 その衝撃で敵は右腕が右肘から外れ、後方へ転倒した。

 それから外れた右腕を投げ捨て腰を落として突撃する。

「叩き潰せ!! 地摺朱雀!!」

 右手の大型レンチを敵の頭蓋に叩き込もうとした瞬間、後方から先ほど投げ捨てた腕が飛び掛り地摺朱雀の頭部を鷲掴みにする。

「なに!?」

 本体から分離しても動けるのか!?

 此方の動揺の隙を見て、がしゃどくろは腰に抱きついてくる。

 恐るべき力で抱きしめられ地摺朱雀の腰部装甲が歪んでいくのを見ると飛翔器を展開し、上空へ逃げた。

「オオ!? タカイノウ、一緒ニ空ノ旅カイ?」

「いや! あんたは離れなよ!!」

 腰を捻り、敵の拘束を払うと落下する敵の頭に蹴りを叩き込んだ。

頭部を掴んでいる腕も引き離し下に投げつけると本体と共に墜落した。

 表層装甲が砕け、周囲の物を巻き上げているのを確認しながら着陸すると土埃の中からがしゃどくろが現われた。

「通常の手段じゃ倒せない……」

 言葉がそこで途切れる。

 がしゃどくろの体は立って居のだが頭が無かったのだ。

 体は暫くあたふたとその場を動いているとやがて自分の頭蓋を見つけたらしく瓦礫の間から頭蓋を取り出し、装着した。

「アア、生キカエル。死ンデルケド」

━━今の……。

 もしかしたらやれるかもしれない。

 敵を倒せる可能性を見出し、口元に笑みを浮かべると二本持っている内、左手のレンチを離すと腰を落とし両手でレンチを握った。

「来な! ちょっとした空の旅行に連れて行ってやるさね!!」

「オオ!? 旅ハエエノオ。温泉エエノオ。ギャルノピチピチ肌エエノオ!!」

 よし、思いっきり行こう。

 がしゃどくろが腰を落とし突撃の姿勢を取るのと同時に此方もレンチを垂直に立て、構えた。

 一瞬。

 白が迫った。

 腰を落とした状態での突撃。

 それを視界に捉えレンチを全力でスウィングすると……。

「ホームラン!!」

 レンチは敵の頭蓋を穿ち、巨大な頭骨は遥か彼方へ飛んで行く。

 頭を失った胴体は暫く沈黙しているとやがて慌てて頭骨を追いかけていった。

そして村山の端まで行くとそのまま転落していった。

 その様子を直政は見届けると「よし!!」と小さくガッツポーズを取るのであった。

 

***

 

 浅草上空を朱の機動殻が飛翔していた。

 不転百足だ。

 不転百足を身に纏った伊達・成実は浅草を爆撃しようとする天狗に顎剣を直撃させ撃墜すると近くの屋根に着地した。

『これで五十二体目』

 空を見上げれば敵はまだまだ沢山おり、限が無い。

━━魔女隊も奮戦はしているけどね。

 だが数の差が響いている。

 自分も連戦でそろそろ補給をしたいところだが……。

 直後浅草が揺れた。

 振動と装甲が砕ける轟音と共に浅草中部に赤の柱が立った。

いや、柱が立ったのではない。

下から突き出したのだ。

 柱のように見えたそれは赤の甲殻で、それは体長百メートルを超える百足であった。

『大百足って奴かしら?』

 あれほど巨大な百足、見るのは初めてだ。

 百足が出現したのを確認した魔女達が一斉に攻撃を行うが堅牢な装甲を前に全て弾かれる。

━━私の仕事かしらね?

 双嬢は牽引帯守るので手一杯だし艦首側の副長補佐は敵と相対していて動けない。

あと浅草に居る戦力であれと戦えるのは副長補佐の補佐である立花・誾と自分だけだろう。

 そう判断すると飛翔し大百足に接近した。

 此方に背を向けている大百足に顎剣を二本射出するが何れも敵の装甲によって弾かれる。

 大百足が此方に気付き、その体を振った。

 迫る巨体に緊急上昇し避けると大百足はその体を浅草右舷側に向かって叩き付ける。

 破砕と倒壊の連音が鳴り響いた。

 浅草船体が軋み、悲鳴を上げるのが分かる。

敵を逃したと理解した百足はその巨体を起き上がらせ此方を視界に捉える。

『まったく、まさに百鬼夜行ね』

 今日一日で様々な妖怪を実際に見ることが出来た。

その脅威さも知る事が出来た。

その事に僅かな感謝をしながら顎剣を取り出すと敵を中心に飛翔する。

 敵は凄まじい巨体。

 全身は鋼鉄のような甲殻に覆われており、無造作な動きでも十分此方の脅威になる。

 ならば自分の取るべき行動は遠距離攻撃だ。

 敵は装甲に覆われているがその関節までは覆われていない。

遠距離戦で敵の関節を穿とう、そう判断した瞬間大百足がその体を揺らし始めた。

━━なに?

 突然の行動に危険を感じ、距離を離すと敵は巨大な口を開き此方を捉えた。

そして体を一回、大きく縦に振ると口内から緑色の粘隗液を吐き出してきた。

『!!』

 直ぐに横へ跳躍し避けると粘隗液は遠くの通りに落ちた。

 着弾地点では煙が一気に噴き上げ、大きな穴が出来上がって行く。

━━熔解性の液弾!!

 厄介な。

 そう内心舌打つ。

 敵は遠距離戦も可能だ。遠距離から安全にと言うわけにも行かなくなった。

 さて、どうする? 一旦戻って体勢を立て直すか?

 否。

 それは有り得ない。なぜなら私は不退転。

敵を前にして下がるという選択肢は無い。

 ではどうするのか?

 このままあの敵に好き放題させていたら浅草が内部から破壊される。

『一寸法師ってもたまにはいいかしら?』

 ちょうどうちにも一寸法師が居るし。

『立花・誾、貴女の場所からあの大百足の注意を引けないかしら?』

『Jud.、 可能ですがどうする気ですか?』

『ちょっと一寸法師になって来るわ』

『……は? まさか!?』

『行くわよ?』

 通神を切り、突撃した瞬間、浅草艦首側から砲撃が放たれた。

━━良いわね。

 流石西国無双の嫁、理解が速い。

 敵が艦首側に気を取られている内に敵に接近すると、大百足は此方に気が付き振り返った。

 その瞬間、口の中に飛び込む。

 顎剣を前に構え突っ込むと敵の食道を通り、突き破って行く。

 視覚素子に<<装甲融解! 危険!>>と表示されるが構わない。

 腕が熔け、頭も半分潰れて視界が半分遮断される。

それでも進み続け、突き破り続けると大百足の断末魔の咆哮と共に反対側、装甲と装甲の隙間、関節から飛び出した。

 直後、装甲の緊急パージを行い脱出すると落下し家屋の屋根を抜け、叩き付けられた。

 その衝撃で息が止まり、意識が一瞬途絶えるが大百足の巨体が横に倒れる振動で直ぐに意識を取り戻す。

「…………」

 起き上がろうとするがどうやら脱出の際に足を失ったらしく両足とも踵から下が融解していた。

━━困ったわね。

 これじゃあ、戦いを続けられない。

 そう思っていると表示枠が開き、立花・誾が映る。

『無茶をしましたね。伊達副長』

「そう? 武蔵に居るんだからこのぐらいの無茶、普通だと思ったわ」

 そう口元に笑みを浮かべると誾も笑みを浮かべ頷く。

『これからそちらに向かい、回収します』

「副長補佐の方に行かなくて平気なの?」

『Jud.、 宗茂様なら大丈夫だとそう、信じていますから』

「そう。じゃあ、悪いけど迎えに来てくれるかしら? どっかの馬鹿は少し忙しいみたいだから」

 そう言うと家屋の窓からは見えない多摩の方角を見るのであった。

 

***

 

 白い霧が立ち込める多摩の住宅街。

 立ち並んでいた家屋は全て崩れ、砕かれていた。

 霧の中心に影が立った。

 白い半竜だ。

 半竜は全身の装甲に亀裂を走らせており、よろめきながら何とか立ち上がる。

━━ぬう、予想以上のダメージであるな……。

 左翼が完全にいかれた。体もふら付き、意識を保つのがやっとだ。

「へえ? 驚いた」

 霧の中から少女の声が響き、霧が収束して行く。

 霧はやがて小柄の少女の形となり、此方の前方に現れた。

「さっきの一撃、ミンチにするつもりの一撃だったんだけど……仮にも竜を名乗る種族なだけはあるか」

 そう笑みを浮かべると伊吹萃香は瓢箪に入っている酒を飲む。

「それで? まだやる?」

「愚問だな」

 左翼がやられたが右翼はまだ動く。

まだ自分は十分に戦える。

 そんな此方の戦意を読み取り萃香は目を細めると拳を構えた。

 それに合わせて此方も構えると後ろから「少し、まった!!」と声を掛けられる。

「なに?」

「おや?」

 此方の横を通り前に立つ姿があった。

 桃色の髪を持ち導師服を身に纏った少女は此方を一瞥すると小さな鬼と相対する。

「彼女の相手は私に任せてくれないかしら?」

 

***

 

 へえ……。

 意外な人物と再開できたものだ。

 そう萃香は思った。

 今この戦場に乱入してきた彼女は自分や勇儀にとって懐かしい顔だ。

 茨木華扇。

自分と同じ鬼の四天王の一人であり、四天王の中でも変り種だ。

「貴様……、たしか……」

 白い半竜が華扇の背中をまじまじと見ると頷く。

「最近武蔵に来た“歩き食い説教淫ピ仙人”か!!」

「ちょっと、待ちなさい……!」

 華扇は笑みを浮かべながら眉を逆立てると白い半竜と向かい合う。

「なんだか私の称号が不名誉なことになっている気がするわ! というか淫ピって何よ!?」

「知らんのか? 貴様のようにピンク髪で巨乳キャラは淫乱と相場が決まっているのだ!」

 「えー」と呟き思わず一歩引くと華扇が慌ててこちらに振り向く。

「違うからね!? 私、どちらかと言うと清純派だから! ほら!!」

 その場で一回転すると彼女の胸に着いていた二つの山が大きく揺れた。

「…………淫ピが」

「うむ、淫ピだな」

 「なんで!?」と驚く彼女に苦笑すると訊ねる。

「それで? 何しに来たのさ?」

「え、ああ、何しにって武蔵に乗っていたら妖怪が暴れまわり始めて知っている気配が近くに居たから来たのよ。貴女を止めに」

 最後の一言で彼女は雰囲気を一変させる。

「ふーん? 武蔵に付くんだ? 勇儀もこっちにいるってのに」

「そんなの関係ないわ。貴女たちが間違った事をしようとしているなら私はそれを止めるだけ」

 間違った……か。

幻想郷に居たときは此方を避けてこそこそと何かを企んでいたくせに。

相変わらず彼女は頭が固いらしい。

“正しいだの誤りだの関係ない”というのに。

「一つ忠告するよ。善悪、正誤、そんな物に囚われていると本質を見失うよ」

「それは一体どういう意味かしら?」

「表裏なのさ。織田と徳川は。この先、生き残って行くつもりなら織田信長という男を知りな。きっとそれが一番答えに近い筈だから」

 彼らがこの戦いを切り抜け、先を行くならばこの言葉の意味も分かるだろう。

「さて、それじゃあ今度は華扇、お前が相手なの?」

「ま、そうね」

 華扇がそう肩を竦め、一歩前に出ると半竜が彼女を後ろから呼び止める。

それに振り返ると彼女は苦笑し「今の状態じゃ勝てないでしょ?」と言う。

「それじゃあ、殺り合いましょうか?」

「いいねえ、久々に血肉沸き踊るって奴だよ」

 華扇が構え、此方も構える。

 そして次の瞬間、一気に敵に肉薄した。

 

***

 

━━速い!!

 一気に間合いを詰め、殴りかかって来る萃香の攻撃を防ぐため咄嗟に眼前に障壁を展開すると敵はそれを殴りつけ、砕いた。

その衝撃で体が後ろへ吹き飛び、二十メートル程後方で着地する。

「相変わらず!!」

 これで勇儀よりは力で劣っているというのだから恐ろしい。

 そう思っていると今度は高密度の熱弾が迫ってきた。

 それを横へ跳躍し、路地に逃げ込む事で回避するとそのまま路地を駆け抜け敵の背後に回りこむ。

 右肘を引き、高速の殴打を敵の後頭部に放つが敵は背後を見ずに放たれた此方の右腕を掴みそのまま前に投げ飛ばした。

 回る視界の中咄嗟に姿勢を建て直し着地をすると同時に右手で地面を触る。

「捉えなさい!!」

 右腕から伸びた何かが地面を伝い、敵の足元まで来ると突如流体の茨が敵に巻き付く。

「へえ? これが今の腕の代わり?」

「ええ! それなりに便利よ!!」

 左手で攻撃術式を展開すると球状の流体弾を敵に叩き込む。

 敵は笑みを浮かべながら流体弾の中に消え、爆発が生じるがその中から無傷で現れた。

「温いよ!!」

 右腕が一直線に放たれそれを左手で弾くと今度は左腕が来る。

それを右腕で弾くと敵は間合いを更に詰め、横蹴りを叩き込んできた。

 左脇腹に強烈な一撃を受け、そのまま右に吹き飛ぶと近くの家屋を突き破り隣りの通りまで転がる。

━━キツいなあ……。

 咄嗟に防御術式を展開して威力を減衰して良かった。

今の蹴り、まともに喰らえば腎臓を蹴り潰されていただろう。

 影が差す。

 萃香は向こうの道路から跳躍をし、家屋を飛び越え此方の頭上に出ると瓢箪をハンマーのように叩き付けて来る。

 後ろへの跳躍で瓢箪を避けると、前方の道路が弾け衝撃で更に体が吹き飛んだ。

「ほらほら! どうしたの!! もっと本気を出さないと死んじゃうよー!!」

「私は貴女や勇儀と違って頭脳労働担当なの!!」

 倒れていた体を起き上がらせると同時に右手で近くの柱を捉え遠隔力場で持ち上げると小鬼に叩き付ける。

 だが彼女はそれを片手で受け止めると投げ返してきた。

「っち!!」

 迫る柱に対しあえて飛び込み潜り抜けると右手の人差し指と中指を合わせ敵を囲むように線を描く。

「三角方陣!!」

 三角の障壁が敵を囲むと掌を敵に向け、握る。

「圧!!」

 迫り押し潰そうとする障壁に対して敵が取った行動は受け止めた。

彼女は両手で二面の障壁を、片足で一面の障壁を受け止めると笑みを浮かべる。

「だからさあ……本気だしなよ!!」

 割れた。

 方陣は中から強引に砕かれ、散った。

 あらためて思うが無茶苦茶だ。

そうだ、あれは理不尽な存在なのだ。

理不尽に対して理屈で勝てるはずが無く……。

「それじゃあ、今度はこっちから……そぉおれ!!」

 萃香の放った拳が突如巨大化し、此方の全身を殴打した。

 

***

 

 萃香は華扇が正面から殴打を喰らい吹き飛ぶのを見た。

 彼女は道路を転がり続け、やがて道路の突き当たりで壁と激突し壁は崩れ倒れた。

 道路には彼女の血が続き、赤の線が出来上がる。

その光景を見ながらは呆気ないと感じた。

 はて? 彼女はこんなに弱かっただろうか?

 元々力より知で戦う存在であったがここまで手緩くは無かったはずだ。

腕が無いから? いや、その程度大したハンデではない。

 ともかく行こう。

 鬼は戦いにおいて正面勝負を好む。

 嘘八百長騙して手など無く、力によって己の強さを証明するのだ。

 あの茨木華扇という鬼も、鬼としては姑息な方であったが戦いには矜持を持ち挑んでいた。

だから私は彼女を好ましいと思った。

━━こんなんで終わらないでよ?

 正面から戦い合って互いに満足して久しぶりに酌み交わそうと思っていたのだから。

 倒れて動かない彼女の前まで来ると違和感を感じた。

 この彼女には無いのだ。

 温もりが、生きていた痕跡が。まるで人形のような……。

「まさか!?」

 直後、倒れていた華扇の体が爆ぜ、無数の茨が此方を絡め取った。

そして崩れた壁の向こうから額から血を流した華扇が現われ指で方陣を引く。

 再び現われた三角の陣に捉えられると彼女は此方の頭上に術式を展開し叫ぶ。

「焔柱落撃!!」

 頭上より凄まじい熱の柱が落ち、此方を飲み込んだ。

 

***

 

 華扇は肩で息をしながら萃香が高熱の柱の中に消えたのを確認した。

 吹き飛ばされた際に仙術によって自分の分身を作り上げ、自分は崩れた壁の裏に隠れる。

そして敵が近づくと同時に拘束用の茨を放ち敵の行動を制限、その隙に方陣を作り上げ逃げ場を塞いだ状態で攻撃術式を叩き込む。

 咄嗟に思いついた策だが何とか上手く行った。

 鬼は正面から戦う事を好む。

故にこういった搦め手は苦手なのだ。

「こういった手を使える様になったのは喜ぶべきか、悲しむべきか……」

 以前の、鬼四天王と共に居た頃の自分には出来なかった手だ。

 ともかくこれで倒せるとは思えないが手傷の一つや二つを負わせる事は出来ただろう。

そう思った瞬間、足元から霧が噴出した。

━━霧!?

 驚きに目を丸くすると腹部に強烈な殴打を下から喰らい、体が縦に吹き飛ぶ。

そして地面に叩き付けられると胃の中の物を吐き出した。

━━どうして!?

 その疑問は直ぐに解けた。

 先ほどまで萃香居た場所、その床には多きな穴が出来上がっており敵は足元を崩して武蔵の下層へと逃れたのだ。

 霧が収束し、萃香は姿を現すと殺意の篭った目で此方を見下ろす。

「気に入らないなあ……」

 左顔に蹴りを喰らい、横に転がる。

「気に入らない」

 今度は右顔に蹴りを喰らい、やはり右に転がった。

 ぼやける視界の中、萃香は冷たい表情を此方に向けると髪を掴み無理やり起き上がらせる。

「私が見ない間に随分と腑抜けたようじゃん。正面から来る訳でもなく、かといって搦め手も中途半端。華扇、あんた、何がしたいの?」

 頭突きを喰らい、一瞬視界が真っ白になる。

「もし、信念も無く、状況に流されるだけになっているのなら……そんな死人、私が向こう岸に送ってやるよ」

 小鬼の拳が振り上げられる。

 ああ、あれが振り下ろされたら自分の頭蓋は砕かれ絶命するだろう。

 情けない。

普段偉そうに説教して、でも本当は自分自身が一番ふら付いているのにそれを隠して……。

それでこの結末か。

頼まれごと一つ果たせず、友人を失望させる。

「御免なさい……ね、ケビン……さん」

 自分は“鍵”と共に歩めるほど高潔な存在では無かったらしい。

 そう諦め、目を瞑った瞬間凛とした女性の声が響いた。

「死神の迎え待たずにそう簡単に死のうとするんじゃないよ。このお節介仙人もどき」

 銭が飛来し、萃香がそれを避けるために此方と距離を離すと眼前に着地する姿があった。

 大きな鎌を片手で持ち、赤く燃えるような髪を持つ彼女は此方に一瞥をすると胸を張り、名乗りを上げるのであった。

「九鬼水軍所属、小野塚小町!! 久々の出番さ!!」



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~第三十八章・『力の鬼』 怪力乱神 (配点:星熊童子)~

「風は力となり、敵を巻き上げる!!」

 突風が吹き、敵の軍団を巻き上げると後方の天邪鬼達が槍を投げつけて来る。

それを見たトゥーサン・ネシンバラは即座に表示枠に文字を打ち込む。

「前へ進め、力は勇気となり軍勢は槍の雨を抜ける!!」

 自分の術式“幾重言葉”を使い敵を跳ね除け続けているが数が多い。

 武蔵野艦橋へ向かおうとしている途中妖怪の群れに襲撃された。

完全な足止めだ。

敵は大軍を此方に向けることによって此方を封殺しようとしてくる。

━━こっちが干上がるまでやる気か!!

 葵君が結界の中に囚われたため、現在彼からの流体供給は来ていない。

皆、手持ちの内燃排気で戦わされている。

 盾を持った妖怪達が密集した。

それを見て一気に突破する事を決めると……。

「軍勢よ進め、我等が騎馬を前に敵は無し!!」

 己を騎馬隊とし敵に突撃を仕掛けると妖怪の群れは一斉に割れた。

━━なに!?

 そして長銃を構えた天狗たちが現われる。

━━しまった!! 織田の鉄砲隊!!

 対して此方は騎馬隊。

 これは“物語として非常に不利”だ。

 なぜなら騎馬隊は鉄砲隊の三段討ちで壊滅するのだから。

突撃する体は止まらない。思い切って銃弾を喰らう事前提でこのまま切り込むか?

そう思っていると突如知った声が武蔵野の夜空に響いた。

そして流体の矢が降り注ぎ敵の鉄砲隊を壊滅させる。

「トマス・シェイクスピア!?」

 背後を振り返れば劇場術式“宮内大臣一座”を展開させたシェイクスピアが立っており、彼女は「Tes.」と頷くと此方の横に立つ。

「相変わらず詰めが甘いね。トゥーサン、君は自分の物語だけを見過ぎだ。もっと幅広い視点で物語を見ないと」

「う、五月蝿いな!! これから華麗に反撃するところだったんだよ!!」

「へえ?」と半目を送ってくる彼女に言葉を詰まらせると気持ちを立て直すために敵軍団を見る。

「ともかく、僕はこれから武蔵野艦橋に行かなければ行けない」

「それじゃあ手伝ってあげるよ。君だけじゃ心配だからね」

 そう言うと彼女は先に進み、それを慌てて追いかける。

「さあ、久しぶりの合同演劇だ。織田の諸君、心行くまでお楽しみを」

 宣言と共にシェイクスピアの劇団が展開され、敵を一気に包囲するのであった。

 

***

 

 柱の影に隠れていたノリキは右腕を紐で縛って止血をし、ゆっくりと息を吐く。

それから隣りに浮かぶ表示枠を見れば金髪の少女が映っていた。

『あいつを上へ引っ張り出してくれればこっちで何とかするわ』

「了解した」

 表示枠を閉じると目を瞑り心を落ち着かせる。

 右腕を負傷したため今の自分は“睦月”を使う事が出来ない。

この状態であのゴーレムを倒す事は出来ない。

故に……。

「!!」

 目を開き咄嗟に柱の影から出ると巨大な拳が柱を叩き砕いた。

「ちょろちょろと虫の様に!!」

 眼前に立つ残骸の巨人の肩に乗ったエリーはそう忌々しげに言うと巨人は叩き付けた拳を横に払ってくる。

それを近くの砕けた柱に乗り、更に跳躍することによって避けると敵の側面に回りこむ。

 さて、どうする?

 ここは品川右舷中層、敵の頭よりちょっと上に見える亀裂が表層への道だ。

敵を倒すにはこいつを表層まで誘導しなければいけない。

「この!!」

 巨人は足を上げ此方を踏み潰そうとするが股下を抜け反対側へ避ける。

━━頭に血が上っているな。

 ならばちょっとした挑発に掛かるかもしれない。

 そう思うと敵の前に出る。

そして皮肉を込めた笑みを浮かべると「どうした? 意外と大したこと無いんだな」と言う。

「……そう、そんなに死にたいのね!!」

 巨人が唸り、両拳を頭上で揃えると振り下ろしてくる。

それを後方への跳躍で避け、敵の拳が眼前に落ちると乗った。

そのまま一気に敵の左腕を駆け上がると左肩に乗ったエリーが驚愕の表情を浮かべ鎌を構える。

 ここだ!!

 鎌が横に薙がれ、鋼の一閃が来るとそれを潜る。

そして潜った体勢で敵の横を素通りすると跳躍し、亀裂に入った。

「……馬鹿にして!!」

 巨人が振り返り跳躍する。

 ほぼ頭突きに近い体当たりに浅草の表面装甲が盛り上がり砕けると、破片と共に体が吹き飛ばされた。

 そして表層に飛び出し、背中から地面に叩き付けられると息が詰まる。

 そんな此方を飛び越えるように巨人が跳躍した。

 巨人は建物を踏み潰し、地面を砕き立つと月明かりを背に叫ぶ。

「ふふ、今度こそチェックメイトよ!!」

 勝利を確信し、エリーが巨人に此方を踏み潰すよう命令した瞬間、金の巨影が巨人を横から叩き飛ばす。

「なに!?」

 瓦礫の巨人と相対するように美しい巨大人形が両手に持つ剣を構え立つ。

「人形!? ということは……!!」

「アリス・マーガトロイド!! 姉小路の家臣として、徳川の仲間として戦わせてもらうわ!!」

 人形の肩の上で、アリス・マーガトロイドはそう宣言した。

 

***

 

━━キャラじゃないわよね。

 そうゴリアテの肩の上でアリスは思った。

 本来自分は本気を出さないし、何事にも冷静に、熱くならないようにしているのだがどうも織田と相対すると感情が昂る。

 姉小路での生活はそれなりに楽しかった。

 やかましい白黒やちょっと頼りない当主が居るが姉小路の家は温かく、居心地が良かったのだ。

 だがそんな生活は怪魔によって砕かれた。

 多くの者が死に、国は無くなった。

そして織田は傷つき疲れていた私たちを利用しようとした。

 昔、母が行っていた事を思い出す。

『いい? アリスちゃん。やられたらやり返す、それがウチの家訓よ?』

 ええ、そうね。お母様。この余裕満面で人を見下している奴等を叩きのめすわ。本気出さない程度に。

「誰かと思えば……魔界の御嬢さんじゃないの?」

 巨人の体勢を立て直し、相対する少女が皮肉を込めた笑みを浮かべる。

「そういう貴女は……誰だったかしら?」

「ふふ、挑発にしてはちょっと幼稚ね」

「いや、本当に誰だったか思い出せないんだけど……」

「…………」

 少女の眉が逆立つ。

 えーっと、誰だったかしら? なんか見覚えが……。

十五、十六年前くらい? いや、そんなに昔だったっけ? まあいいや。

「どっかの中ボス?」

「違うわよ!! ちゃんとボスよ!! って、なに!? この会話!?」

 五月蝿い女ね。

 そう思っていると背後のノリキの方を向く。

「後は私が片付けるから、別のところの救援に向かってちょうだい」

「Jud.」と彼は頷き撤収するのを見届けると振り返った。

すると眼前に鋼の拳が迫ってきていた。

「ふざけてんじゃないわよ!!」

 

***

 

迫る拳をゴリアテは咄嗟に体を逸らし避ける。

そしてその逸らした勢いを利用し右手の長剣を巨人の脇腹に叩き込んだ。

脇腹に攻撃を喰らった巨人はうめき声を上げ、装甲を砕かれながら横に転がる。

「不意打ちとは卑怯じゃない」

「戦場でよそ見している方が悪いのよ!」

確かに。

どうやら彼女は理屈で動くタイプらしい。

実に好ましい。自分の周りはちょっと本能的な奴が多すぎる。

━━でも理屈っぽすぎるとどっかの紫もやしみたいになるのよね。

まあ、あれはあれで結構好ましいが。

体勢を立て直した巨人は砕かれた脇腹を修復するため周囲の残骸を巻き上げた。

厄介ね。

即座に修復されては埒が明かない。

とは言ってもあの修復能力も無限という事はあるまい。

敵は此方と違って重力制御で巨人を操っている。

敵の内燃排気が尽きれば巨人も無力化できるだろう。

 そう判断すると二対の長剣を構え、突撃する。

 敵は拳を構え、カウンターを狙ってくるが此方は敵の目前まで来ると跳躍した。

そして背後に着地すると振り返り、二連撃を叩き込む。

 巨人の背中にX字の傷が出来上がり、巨人は振り返る。

 その間に横を通りぬけ、前に出た。

「蹴りなさい! ゴリアテ!!」

 腹に蹴りを喰らい巨人は後ろへスライドする。

「く!! なんでそんなに速いのよ!!」

「貴女のみたいに無駄に重くないからね」

 瓦礫の集まりと芸術品を一緒にして欲しくない。

この子は私が大事に作った人形なのだから。

後ろへ下がった敵を追撃する。

右手の剣を振り下ろせば敵は左腕でそれを受け止めた。

次に左手の剣を切り上げれば敵は右脇で挟む。

互いに両腕は塞がった。ならば。

「頭突きね」

 ゴリアテが頷き、強烈な頭突きを喰らわす。

 頭突きを喰らった敵は仰け反り、体勢を崩したためそこへ再び蹴りを入れる。

 月夜に巨体が舞った。

 巨人は緩い弧を描き、墜落する。

「石頭め、ちょっとお凸の塗装が剥げちゃったじゃない」

 鋼鉄の頭に頭突きをしたのはちょっと失敗だったか?

 ともかく、そろそろ止めを刺そう。

そう思い構えると、敵が右腕を構えていた。

「え!?」

 巨人の右腕は先ほどまでの人の形をしていなかった。

 腕の装甲は分解され、筒状に変形して行く。

そして長大な大砲に変形すると左手で支え、此方を狙う。

「既製品には出来ない行動よね!! これは!!」

 そうエリーが叫ぶと同時に大砲から圧縮された瓦礫の弾丸が放たれ、反応に遅れたゴリアテの頭を穿った。

 

 

***

 

 本多・二代は状況を良く理解できていなかった。

 先ほどから自分は“翔翼”を展開し、敵の背後を取ろうと駆け続けている。

だと言うのに敵の背後が取れないのだ。

 敵は不動。

 だが常に体の前面は此方を向いていた。

━━うーむ……これは……。

「勇儀殿、裏表同じで御座るか?」

「私はその結論に至ったあんたに尊敬するよ……」

 おお! 褒められたで御座る!

 さて、こうやって相手を中心に回り続けても埒が明かない。

ならそろそろ……。

「行くで御座るよ!!」

 家屋の壁を蹴り、突撃する。

 敵をそのまま蜻蛉スペアで貫く……ように見せかけて敵の横を抜ける。

そして振り返ると同時に槍を放った。

「!!」

「ほう、良い速度だ」

 蜻蛉スペアは敵の眼前で止まっていた。

否、止められたのだ。

 敵は人差し指と中指の二本で蜻蛉スペアの刃を掴み、受け止める。

 腕を引いても押しても槍はビクともしない。

「凄まじい怪力で御座るな」

「ああ、これでも“力の勇儀”って名乗ってんだ。力勝負で負ける気はしないねえ」

 なるほど。

 確かに力勝負では相手にならない。

ならば。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

 刃に敵を映し割断をしようとした瞬間、敵が消えた。

 空振った刃はそのまま下へ落下し、体勢が崩れる。

「今のは……」

 敵が立っていた場所を見る。

地面は抉れ、砕けた痕跡があり、それはつまり……。

「咄嗟の跳躍、それも筋力を用いた高速移動で御座るな」

「ああ、その通り。パワータイプは遅いなんて、時代遅れな事は言わないでくれよ?」

 そう言えばP.A.Odaの柴田・勝家や六護式仏蘭西の人狼女王もパワータイプでありながらスピードも達人級だった。

つまり、この敵は……。

━━柴田・勝家や人狼女王と同じ領域に居る存在!!

 自分が目指すべき場所に居る存在だ。

 それを理解し、心が躍るのが実感できる。

そんな此方の様子を見ると勇儀は嬉しそうに目を細める。

「いいねえ、若人。上を見たことがある人間の目だ。上を知っていて、それでもなお心折れずその領域に挑もうとする奴の目だ」

 そう言うと彼女は持っていた杯に口を付けようとして「おっと危ない」と苦笑した。

「本多・二代、あんたに一つ質問がある。あんたは上を目指して何を成したい?」

 静かな、此方の全てを測るような目だ。

その目をしっかりと見つめ返し、口をゆっくりと開く。

「拙者、本多・忠勝を襲名するつもりで御座るよ」

「ほうほう、それで?」

「それだけで御座るよ?」

「は? 天下に己の武を知らしめるとかそういった野望は無いのかい?」

 野望で御座るかー。

姫や王の力になること? いや、それは野望ではなく責務。

襲名も野望ではなく己の道の延長線である。

ならば自分の野望は……。

「拙者、特に欲とかは御座らんから取り合えず上に向かって進み続けるで御座る。昇り切れたら、まあ、その時の事はその時に考えるで御座るよ」

 そう頷くと勇儀は暫く唖然とした顔をし、やがて大笑いした。

「ふむ? 何か変な事を言ったで御座るか?」

「ああ、いいんだよ、いいんだ。それで。いやあ、いいねえ、あんた。その道、進み続けな。道の先にある物を見つけてみなよ」

 そう言うと笑みを浮かべたまま眉を上げた。

「無駄話もここまでだ。それじゃあ……行くよ!!」

 敵が消え、直後眼前に拳が現われた。

 

***

 

 本多忠勝は武蔵野艦首側への通りを駆けていた。

 書記からの指示で武蔵野艦首で相対している二代と交代し、彼女の代わりに敵を食い止める。

そして彼女は教導院まで急行し蜻蛉スペアの割断で教導院を覆う結界を強引に破る手はずなのだが……。

「派手にやっているようだ」

 前方で幾度も破砕と衝撃が起こっている。

 おそらくあの中心に二代は居るのだろう。

━━まったく、戦いに夢中で通神に気が付いておらんな?

 彼女の悪い癖だ。

戦いが始まるとそれだけに集中してしまう。

その集中力の高さこそ彼女の武器でもあるのだが、それは同時に大局を見失い易い。

━━武人としては一流、なれど武将としてはまだまだという事か。

 などと偉そうな事を思うが自分とてまだまだ未熟。

知略では榊原が勝り、軍略では井伊が勝る、そして統率では酒井が。

━━う、うむ。某はやはり武門担当か。

 そう思っていると一際大きい衝撃が起こり、向こう側から見知った顔が転がってきた。

 長い髪を後ろで結った彼女は道路を転がり、此方の眼前で止まると「おや?」と立ち上がる。

「忠勝殿では御座らぬか。こんな所でどうしたので御座るか?」

「二代よ、通神を見ろ」

 首を傾げ表示枠を開くと彼女は「おお」と頷く。

「拙者とした事が通神に気が付かなかったで御座るよ。この指示よれば拙者は今から忠勝殿と代わり教導院に向かうそうで御座るが、生憎いまちょっといそが……」

 言葉は途切れ、二代の姿が突如消える。

いや、消えたのではない。

横から蹴りを喰らい、吹き飛んだのだ。

 空中で受身を取りちゃんと着地したのを見届けると「うむ、見事な受身よ」と褒める。

 すると眼前に金色が靡いた。

 金の長い髪を持つ一本角の鬼が現われ、彼女は此方を見る。

「ちょいと、そこのあんた。そんな所にいると危ないよ」

━━この鬼、今何歩で此処まで来た?

 衝撃が起きたのは二百メートル程前方、その間に感じた着地の振動は一度のみ。

つまりこの鬼は一歩で百メートル詰めた事になる。

「ふむ、二代よ。この鬼がお前の相手か?」

「Jud.、 凄い方で御座るよ。勇儀殿は」

 であろうな。

なるほどだから二代は夢中であったか。だから書記殿は某をここに送ったか。

「この鬼の相手、某に任せよ」

 「は?」と目を丸くしたのは勇儀と言う名の鬼だ。

彼女は首を横に振ると半目になる。

「一騎打ちに水を差すんじゃないよ」

「たしかに、一騎打ちの邪魔する事、申し訳なく思う。だがこれも我等がこの状況を切り抜ける為。失礼を承知でお願いしたい」

 頭を下げると勇儀は暫く沈黙し、やがて肩を竦めた。

「じゃあ、一つ私を驚かしてみな。驚かせれたらあんたを相手にしてやるよ」

「忝い」と言うと鬼と距離を離し、二代の前に立つ。

「二代よ、しかと見ておけ。我が技法、見せてやろう」

 二代が首を傾げた瞬間、蜻蛉切を構え敵に迫った。

 

***

 

「!?」

 突然眼前に迫った刃を顔を逸らし避けるとそのまま後ろへ逃れた。

━━今のは……。

 油断していたとはいえ一瞬だけ完全に敵の姿を見失った。

あれだけの気配を発していた男の気配を感じ取れ無かったのだ。

「…………は!? 忠勝殿、もう一度、もう一度で御座る!!」

「うむ。ではもう一度」

 男は下がり再び此方と距離を取ると槍を構えた。

そして、消えた。

━━見切った!!

 突如現われた刃を右手で弾くと互いににらみ合う。

「なるほど、闘気を内に溜め込むのかい」

「然様。外へ放つのみが闘気に非ず。押さえ込み、極限まで闘気を溜め込む」

 それによって一瞬だけ気配を隠し攻撃と共に闘気を一気に放出することによって一気に迫られたように錯覚する。

そういった仕掛けだ。

しかし、そんな事が簡単に出来るはずがない。

この男、何者だ?

「忠勝って言ったかい? それはつまり……」

「我が名は本多平八郎忠勝。徳川が臣として御身と相対しよう」

 東国無双!

 襲名者予定も相当なものならこの男もかなりのもの。

 一夜で二人も強者と出会え心が浮き立つ。

「いいねえ、実にいい」

 そう笑みを浮かべると忠勝の背後の二代を見る。

「行きな。あんたとの決着はまた今度だ」

「いいので御座るか?」

「ああ、いいさ。さっきも言ったが心情的にはあんた達を応援している。教導院に行って頭でっかちを叩いて来るといいさ」

 二代は忠勝に目配せをし、互いに頷くと此方に一礼した。

「それでは、また何処かで」

 そう言うと彼女は“翔翼”を展開し加速を行うと教導院に向かって行く。

その背中を見届けると「さて」と言い、忠勝と相対する。

「殺り合う前にちょっとしたルールを説明しておくよ」

「ルール?」

「ああ、そうさ。私は右腕だけで戦う。あんたは私が左手に持つ杯から一滴でも酒を零せたら勝ちさ」

「一滴で良いのか?」

「構わないよ。何故なら━━━━━━そうでもしないとあんたら人間は私に勝てないからねぇ!!」

 笑みを浮かべ、敵に対して大きく踏み込んだ。

 

***

 

 武蔵野艦首側を本多忠勝と星熊勇儀は駆けていた。

 二人が駆けた後は破砕と激突の音が鳴り響き、両者は並び走りながら攻撃の応酬を繰り返す。

 忠勝が蜻蛉切を突き出せば勇儀はそれを避け、右腕を突き出してくる。

今度は忠勝がそれを避け、突き出した蜻蛉切をそのまま横へ薙ぐと勇儀は後方へ一気に跳躍する。

━━見事な瞬発力!!

 敵は武器を持たず己の拳のみで戦っている。

対して此方は槍。

獲物の長さの差を使い、敵と距離を離して戦いたいが……。

━━それこそ危険!!

 敵の腕力は確かに危険だ。

だが本当に危険なのは拳ではなく足の筋肉を用いた瞬発力。

敵が踏み込んだ。

そう認識した瞬間には敵の拳が迫る。

「!!」

 来る事は分かっていた為、前もって回避動作を行い体を逸らすと敵の拳が此方の鎧を掠め、胸に傷が出来る。

 事前に回避動作を行っていてもこれだ。

 あの突撃を完全に避ける事は不可能。

このままでは何れ直撃を喰らうだろう。

ならばこの敵に対してするべき事は……。

「あえて踏み込む!!」

 攻撃を外し下がろうとする敵に肉薄する。

 蜻蛉切の上部と下部を持ち、短くすると顎下を狙って突き出す。

 鬼はそれを回避し、一歩さがるがそれにあわせ此方も一歩出た。

「良い判断だねえ! 肉薄する事で此方の突撃を封じる……でも!!」

 敵は右足を上げ蹴りを放つとそれを咄嗟に側面に回りこむ事で回避する。

「肉薄すれば肉薄するだけ直撃を喰らい易くなる。それにこっちは跳躍で一気に距離を離せるけど、どうする気だい!?」

「某、避ける事には定評がある!! それに跳躍だが、お主の跳躍には踏み込みが必要で、更に両足が地に着いている必要が有る!!」

「そこまで見抜いているとは大したもんだ!!」

 敵が腕を横に回し薙ぎ払いを行ってくるとそれを屈み避け、再び槍を突き出す……ように見せかけて槍を押し出した。

 此方の突きを避けようとした敵は突然の押し出しに対応が送れ、脇腹に蜻蛉切の柄を喰らう。

━━やはりビクともせぬか!!

 人であれば今ので一瞬だけよろける。

だがこの鬼は不動のままそれを受けた。

そのため杯の酒は一滴も零れない。

「…………驚いたねえ。人の身でここまでやるなんて」

 勇儀は静かに、だが心底愉快そうに言うと口元に笑みを浮かべる。

そして片足を上げ、大きく踏み下ろした。

凄まじい衝撃が起き、砕けた破片を避けるべく距離を離すと即座に突撃の姿勢を取った。

だが……。

「……!」

 構えていたのだ。

 鬼は腰を落とし、重心を下げ、右肘を腰元で引いた構えを見せる。

 初めて見せた敵の構えに危険を感じ、額に汗が浮かぶ。

「本当なら、この技使うつもりは無かったんだけどね……あんた、いい男だからさ」

 「だから」と彼女は一歩踏み出す。

その瞬間、気が収束した。

「ちょっとだけ本気出すから、死ぬんじゃないよ?」

 二歩目。

 彼女の中で収束した気が凄まじい勢いで圧縮されて行く。

 危険だ!!

 そう思うと同時に駆け出した。

“あれを止めなければ負ける”と。

「四天王奥義『三歩必殺』!!」

 三歩目。

 拳が突き出された。

 直後、彼女の前方の全てが殴り、砕かれた。



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~第三十九章・『戦の鬼』 赤い戦鬼 (配点:猟兵団長)~

 村山艦尾側。

一年詰め所は慌しく動いていた。

 後方待機を指示されていた一年生達は急遽前線に赴く事になり、その準備で誰もが武器の点検や陣形の再確認を行っている。

 そんな詰め所の中に“曳馬”は居た。

 自艦に難民を乗せ、補助の自動人形たちに航行を任せた彼女は武蔵に残留し予備戦力として待機することにしたのだ。

「“曳馬”さん! 魚鱗陣ってVの字でしたっけ!?」

「それは鶴翼陣で御座います。魚鱗陣は三角に展開します」

「あ、そうか! 有難う御座います!!」

「“曳馬”さーん! この土嚢どこに置いておきますかー?」

「それは西側に。皆様は遊撃隊となるので重い荷物は極力持たないように」

「ひ、“曳馬”さん!! 御幾つですか!?」

「“武蔵”様よりは若いです」

 

***

 

・村 山:『ひ、“曳馬”、真実でももう少し表現方法を変えたほうが良いと判断します━━以上』

・武 蔵:『村山、つまりそれは同意だと言う事ですね? 今度、二人でじっくりと話し合いましょう。ちなみに私は一歳です。年が止まっているので一歳です━━以上』

 

***

 

 なるほど、この世界では年をとらないので自分と“武蔵”が同い年とも言えるのか。

しかしそうなると私は何歳なのでしょうか?

 永遠の零歳?

 興味深いですね。

そう思っていると詰め所の北口から大久保・忠隣が息を切らせながら駆け込んできた。

「おや、大久保様。想定よりも遅めの到着ですね」

 そう声を掛けながら近づけば、彼女の特徴的な義腕が砕けている事に気が付いた。

「ああ、ちょっと、ほんわか系殺戮吸血鬼に終われてなー。もうくたくたや」

「逃げ切ったのですか?」

 そう訊くと彼女は首を横に振った。

「途中助けが入ってな。ほら、居たやろ? 伊勢の時に武蔵に来た天狗が」

 はたて様が?

 てっきり真田に帰っているものかと思っていたが……。

「私もそう思っていたんだけどね。まあ、何か思うことがあったんやろ、彼女なりに」

「では、今彼女は相対中ですか?」

「Jud.、 これから一年纏めてあの天狗の援軍に向かうところや」

 それは止めた方がいいのではないだろうか?

 相手は襲名者と戦える吸血鬼、それに実戦経験の乏しい一年生をぶつけるのは危険だ。

それに遊撃隊の救援を待っている部隊は多く居る。

「私が参りましょう」

「ええの? 腕とか無いけど?」

「Jud.、 確かに片腕有りませんが腕一本でも狙撃は可能です」

 浜松に帰還後、体の修復を直ぐに行ったが腕のスペアだけは無かったので右腕は取り外したままだ。

 万全の状態ではないが戦闘は可能と判断すると二律空間から一丁の長銃を取り出す。

「“村山”様。姫海堂はたて様の位置は分かりますでしょうか?」

『少々お待ちを…………発見しました。当艦左舷側、詳しい位置情報を送ります━━以上』

 “村山”から送られてきた情報を確認すると“村山”に礼を言う。

そして大久保を一瞥すると北口に向かい始めた。

「さて、小鬼退治といきましょう」

 

***

 

 奥多摩の後悔通りを突き進む軍団が居た。

 それは灰色の石壁の軍団で地響きを立てながら進み続けている。

 それに対するのは長銃を構えた徳川の兵たちだ。

 迫る壁の群れに対し彼らは一斉に銃撃を浴びせる。

 しかし放たれた銃弾は全て弾かれた。

「くっそぉ!! 壁は回避専門じゃないのかよ!?」

「いや、ほら! アデーレ様っていう例外が!!」

『なんか、不名誉な事話してませんか!?』

 迫り続ける壁に一人の男が飛び出した。

「ちょぉぉぉぉっと待てや!! 壁ども!!」

 男の一喝で壁の群れが止まる。

「ナンダ?」

「壁が攻めに回るってのは無しだろうが!! 壁は壁らしく守備とか道塞ぐとかしてろよ!!」

 「そうだ、そうだ!!」と後ろの男達も叫ぶ。

 その様子に壁たちは暫くひそひそと話すと先頭の壁が一歩前に出た。

「オレタチ敵ヲトウサナインダナ」

「おう、壁だからな」

「デモ、突撃スルノハ良インダナ」

「いや! 駄目だろ!! どこの世界に突っ込んでくる壁がいるんだよ!!」

「デモンズウォール?」

 「それ余所のネタだろ!!」と誰かが突っ込むと壁たちは再び進み始めた。

 それに対して先ほどの男は体当たりをする。

「う、うぉぉぉぉぉ!? 根性!!」

 男に続き他の兵たちや後方に居たバケツ頭の大男も壁に群がった。

 壁軍団と人間の軍団が押し合いになるが壁の方が力が強く、徐々に押されていく。

「く、くそ!! このままじゃ壁軍団が教導院で戦っている小壁に向かっちまう!!」

 そう叫んだ瞬間、先頭の壁が砕けた。

 それに続き、後方の壁たちも砕けて行く。

 支えを失い、兵たちは転ぶと前方に白い犬が着地した。

「オウオウ! また面倒クセーのが一杯いるぜェ!! アマ公!!」

 イッスンの言葉にアマテラスは一回吠えた。

そして突撃の姿勢を取ると頭の上でイッスンが筆を構える。

「それじゃあ、いくぜェ!! イッスン様の壁抜き! とくと御覧あれ!!」

 直後、イッスンが筆で壁の点を突いて行き、壁が次々と砕けていった。

 

***

 

 浅草艦首側で鋼が弾かれあう音が鳴り響いていた。

 二人の男は互いの間に火花を散らし、幾度も激突を繰り返す。

 赤の大男が右手の斧を振り下ろすと赤の青年はそれを後方への跳躍で回避する。

そして青年は即座に反撃に出、手に持つ槍を突き出すが大男はもう一つの、左手に持つ斧で槍を弾く。

 弾かれた衝撃で青年の体勢が一瞬崩れ、その隙を突こうと大男が踏み込む。

 青年は咄嗟に加速術式を展開し加速を行うと大男の横を抜け、逃れた。

━━これほどまでとは!!

 そう青年━━立花・宗茂は心の中で敵に賞賛の声を送った。

 かの<<赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)>>。

こうして相対してみれば噂通り、いや、噂以上の実力の持ち主だ。

 速さは上の中、しかし彼の一撃はその一つ一つが致命的だった。

 此方の隙を決して見逃さず、隙を見つければ必殺級の一撃を叩き込んでくる。

更にこの男、先ほどから刃を交えているがまったく隙を見せない。

 そのせいで先ほどから此方は防戦一方だ。

この男、一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか。

男の技に流派など無い。

 ただ合理的に、効率良く敵を倒せ、生き延びることに特化した技だ。

━━困りましたね……。

 書記からの指示で教導院に向かうように言われている。

しかしこの男に背を見せるのは自殺行為だ。

まもなく会計が来るそうだが……。

「どうした? 戦場で考え事か?」

「Jud.、 将である事の厄介さを感じていました」

 そう言うと大男━━シグムント・オルランドは口元に笑みを浮かべる。

「傭兵と違って将は戦場の全体を見ないといけないからな」

「傭兵も戦場を見ているのでは?」

「確かに傭兵も戦場の動きを見ている。だが傭兵は所詮雇われの兵士だ。国の将よりも見る戦場は狭い上、最悪自分達だけの事を考えていればいい」

 シグムントは肩を竦めると此方を見る。

「西国無双、一つ聞きたいことがある。それだけの腕を持っていて何故武蔵にこだわる?」

「こだわる……ですか?」

「そうだ。それだけの腕があるなら一度全てがリセットされたこの世界で三征西班牙に戻り、西国無双を再襲名する事だって出来る。

いや、国に戻らなくとももっと良い待遇で迎え入れる国も多いだろう。

だと言うのに、何故貴様は武蔵に残り副長補佐などという役職に甘んじている?」

 そう言うことですか。

確かに外から見れば疑問だろう。

だが武蔵(うち)に入れば分かる。

「まず一つ。武蔵には誾さんが居ます。彼女を置いて何処かに行くというのはありえませんね。

次にここには本多・二代が居る。忠勝を目指す彼女と共に居る事は私自身の成長に繋がります。

そして最後に。武蔵には葵・トーリがいる」

「ほう? 葵・トーリ、それほどまでの男か? うつけやら変態やら評判は芳しくないが?」

「それは敵を欺く為でしょう。ええ、そうです、きっと、はい」

 「少し目が泳いでいるぞ」と言われ、軽く咳を入れる。

「私は彼と出会い、彼の大きさを知りました。

今はまだ小さな力ですが、きっと、いや、必ず彼と彼の仲間たちは大きくなります」

「P.A.OdaやM.H.R.R.よりもか?」

「Jud.、 何故なら彼は、私たちは前を向き続けるからです。どの様な壁が現われたとしても私たちは乗り越え、力にします」

 そうだ。だから私はここに残ると決めた。

 王と姫の行く先、彼らの理想を見たいから。

 そう思っていると戦鬼が大きく笑った。

そして嬉しそうな、楽しそうな笑みを浮かべると二対の斧を構える。

「昔、貴様らと似たような事を言っている奴らが居たな。

いいだろう!! 貴様らの覚悟、力、この<<赤の戦鬼>>シグムント・オルランドが試してやる!!」

 敵の闘気が高まっていくのが分かる。

━━まだこれほどの力を隠していましたか!!

 勝負は一瞬で付くだろう。

 次の攻防。

そこで互いに全力の一撃を放ち、決着を付ける。

 互いににらみ合い、突撃のタイミングを計っている突如声が鳴り響いた。

「この勝負、ここまでだ!!」

 声の先、コンテナの間から一人の男が現われた。

 麻の袋を背負った男は商人服を身に纏い方に狐方の走狗を乗せ両者の間に立つと、袋を落とした。

 鈍い、金属の音が鳴る。

「武蔵アリアダスト教導院会計、シロジロ・ベルトーニ!! 金の力で解決しに来た!!」

 

***

 

 シグムントは突如現われた男に僅かな驚愕と苛立ちを感じた。

 せっかく盛り上がって来たというのに水を差された気分だ。

「会計だと? 裏方が何をしに来た?」

「言った筈だ! 解決しに来たと!! 故に……」

 男が近づいてくる。

それに警戒すると男が突如膝を折った。

「なに!?」

 そして一気に体を縮め、額を地面につけ手を此方に差し出してくる。

「これで撤退してください!!」

 手の上には紙で包まれた金貨があり、これはつまり……。

「土下座だと!?」

 

***

 

・○べ屋:『きゃー!! シロ君素敵!! 完璧な土下座よ!!』

・焼き鳥:『え!? いま素敵な要素が有った!?』

・寺子屋:『己のプライドを完全に捨てたその姿はある意味潔いと言えるかもしれんが……』

・東海一:『流石の俺も土下座はキツイかなー? こんど一度やってみるか?』

・寺子屋:『やめてください。義元公が土下座したとか聞くと卒倒しそうなのが数名居るので。朝比奈とか岡部とか』

・貧従士:『あ! シグムントさん、会計を蹴りましたよ! 良く転がりますねー』

・○べ屋:『ちょっと、何すんのよ! あの片目親父!! 他の商人と掛け合って資産凍結するわよ!!』

・立花嫁:『いや、割と普通の反応では?』

 

***

 

 地面を転がり、体勢を立て直した武蔵の会計を睨み付ける。

「ふざけているのか?」

「ふざけているのは貴様だ! 何故、金で動かん!? 貴様、それでも傭兵か!! 人間か!?」

 まさかの逆切れに少し驚くとなんだか脱力した。

「その程度の金で<<赤い星座>>が動くと思っているのか?」

「無論、この金だけではない。今此処で、貴様が織田から貰っている契約費の二倍は出そう!」

 男が放つ雰囲気を見るに嘘では無さそうだ。

 織田が<<赤い星座>>に払っている金額の二倍となると相当なものになる。

それをこの男は出せると言うのだ。

たしかに魅力的な話しだが……。

「悪いが金で動き気にはなれないな」

「……なぜだ? 貴様は傭兵、金こそ至上の団体だと思っていたが?」

「確かに傭兵は金が好きだ。得になるからな。だが今回の場合、織田に付くことによって金以上に特になる物を得れる。

商人、貴様になら分かるはずだ。商売を行う仕事に就いている貴様になら」

 男は暫く自分の顎に指を添え、やがて頷いた。

「信用か」

 

***

 

・ホラ子:『これはまた一段と胡散臭い言葉が出ましたねー』

・貧従士:『あれ? そっちと繋がったんですか?』

・あさま:『Jud.、 結界にちょっと穴開けて強引に通神を繋げました』

・煙草女:『そっちどうなってるんさね? 無事かい?』

・ホラ子:『えー、教導院前ですが金髪女がスキマクパアした後、色々言われた断崖絶壁にパンツチェック入りまして全裸が床に埋まってボインとツルンが相対中です』

・銀 狼:『つまり、教導院前に八雲紫が現われ天子を挑発し、我が王がスカート捲りして天子の冷静さを取り戻させたという事ですわね!!』

・魚雷娘:『ミトツダイラ様の通訳前に大体の状況が理解できたのは喜ぶべきなのでしょうか? それとも悲しむべきなのでしょか……』

・金マル:『あー、両方?』

・● 画:『あらためてようこそ、外道へ』

 

***

 

 シグムントは商人の言葉に頷く。

「今回の件、<<赤い星座>>はP.A.Odaに付く事によって三つの得がある。

まず一つ。P.A.Odaとの間に一種の信頼関係、繋がりを得れる事。

二つ目はP.A.Odaと同様にM.H.R.R.とも繋がりを得れる事だ。

そして最後は武蔵と相対し、戦果を上げることによって世界中への宣伝になることだ」

 武蔵は今や織田と並ぶ世界の中心だ。

 世界はこの両国によって回され、動いている。

そんな武蔵を襲撃しなんらかの結果を残せればそれはこの世界に置いて最大の宣伝となる。

「大国との繋がり、世界への宣伝。将来的に得れる利益を考えれば織田に付くのは当然と言う事か。成程、戦をするだけの馬鹿ではないらしい」

 商人はそう言うと一歩前に出る。

「だがそれは此方とて同じ事。この世界最強の猟兵団<<赤い星座>>を撃退できたとなれば武蔵にとって、私にとって大きな宣伝になる」

 「だから」と商人は右手を出し、「来い」と指を動かす。

「私も貴様をここで倒し、利益を得るとしよう」

「大きく出たな! 商人!! 良いだろう! 少し、試してやる!!」

 斧を構え商人に詰めた。

 振り下ろされる斧に対してとった敵の行動は“両腕で体を守る”だ。

━━それで防げると思うな!!

 相手は商人の細腕。

 斧で容易く敵を腕ごと両断できると判断した。

しかし斧は止まる。

クロスに構えられた腕の前、そこで何かに受け止められた。

「……これは……力を借りたか!! 商人!!」

「Jud!! 今私は浅草防衛隊一個中隊と契約し彼らの力を使役している!

故にこの防御、二百人を倒すつもりで無ければ突破はできん!!」

 商人が押し出し、体が後ろへスライドする。

 二百人分の力が此方を押し返そうとしているのだ。

「副長補佐!! ここは私に任せてもらおう!!」

 商人の言葉に西国無双は頷くと此方に一礼をする。

「また何処かで」

「ああ、その時はお互いに全力で殺り合うとしよう」

 西国無双が離脱すると体を後ろへ跳躍させ商人との間合いを離す。

商人は先ほど置いた袋をひっくり返すと袋の中から硬貨がばら撒かれる。

「さあ! 金の使い時だ!!」

 直後ばら撒かれた硬貨が一斉に此方に襲い掛かった。

 

***

 

 シロジロは硬貨を操り間断無く敵に叩き付けていた。

 硬貨は波となり敵を押し潰そうとするが戦鬼はそれを正面から受け止める。

「この程度で……甘く見るな!!」

 硬貨の波が割れた。

 鬼は両手の斧で波を叩き割り、その間を駆けて来る。

即座に一枚の硬貨を指圧で弾き、射出するが敵は体を僅かに逸らしただけで避ける。

そして間合いを詰められ此方の脇腹に斧が迫った。

「!!」

 即座に右腕で受け止めるが体が衝撃で左に吹き飛ぶ。

 空中で一回転をし足から着地すると硬貨の波を自分の下に戻す。

━━驚異的な戦闘能力だ。

 恐らく西国無双と同等、いや下手をしたらそれ以上かもしれない相手だ。

 本来ならこんな奴と相対したくは無いが……。

「ここが、稼ぎ時だからな!!」

 この男を倒せればそれだけ自分の宣伝になる。

 伊勢を失い、浜松を失って此処最近連続で損をした。

ここらへんで盛り返さなければ。

 再び此方に向かってくる鬼に硬貨の波をぶつける。

 敵は先ほどと同じように斧で叩き割ろうとするが……。

「分かれろ!!」

 硬貨の波は二つに分かれ敵を囲む。

 そして硬貨のドームが出来あがり敵を完全に包むと押し潰した。

 魔人族ですら押し潰せる重さの攻撃。

これを喰らい無事であるはずが無いが……。

 追加の攻撃を叩き込もうとした瞬間、ドームが弾けた。

 砕けた硬貨が空に舞い、雨のように落ちていく。

「……貴様、本当に人間か?」

「ああ、正真正銘の人間だ」

 敵は無傷であった。

 この男、内部から押し返したと言うのか!!

「次はなんだ? 商人? これで終わりか?」

「そう急ぐな、猟兵。まだ商談は始まったばかりだ」

 正攻法での攻略は極めて難しい事が分かった。

ならば今度は搦め手だ。

此方としてはかなりの損失になるが致し方ない。

 事前に購入しておいた加速術式を展開すると敵は「突撃でもしてくるつもりか?」と訊いて来た。

それに対する返答は……。

「逃走用だ!!」

 脱兎。

 戦場を離脱した。

 

***

 

 シロジロは浅草左舷に向けて駆け続ける。

 そろそろ契約に使っている金が尽きる。

力が使役できなくなる前に向かわなくては。

決戦の場に。

 背後から殺気を感じた。

 此方を押し潰すかのような重圧が迫ってくるのが背中で感じられる。

━━まさか追いついたと言うのか!! 術式無しで!?

 背中に悪寒を感じ、咄嗟に振り返ると腕で体の前面を守るように構えた。

その直後、斧の刃が此方を正面から殴りつける。

 攻撃を喰らった体は大きく吹き飛び、地面に墜落するとそのまま転がった。

そして体が止まると同時に腹に蹴りが入れられ、再び吹き飛ぶ。

宙に浮きながら自分の位置を確認すれば浅草艦首左舷の端にたどり着いている。

 跳躍し、此方に追撃を入れようとする敵に対し袖から硬貨を取り出すと指弾を放つ。

 此方の攻撃に舌打ちをし、敵はそれを避けると着地した。

それに僅かに遅れ、此方も着地をする。

浅草の端。

 戦場から離れた場所で戦鬼と商人が向かい合う。

「ハッ、意外と鍛えているじゃないか、商人」

「商人の嗜みだ」

 手持ちの硬貨は殆ど無い。

契約もそろそろ切れる。

その事を見抜いているらしく鬼は口元に笑みを浮かべた。

「だいぶ手詰まりのようだが、当然まだ何か隠してるんだろう?」

「Jud!! これが次の手だ!!」

 拳を構え残っていた加速術式を展開すると突撃した。

 

***

 

━━正面突撃だと?

 策が尽き、破れかぶれになったか?

いや、この敵がそんなに愚かなはずが無い。

何か策がある筈だ。

 警戒をしながら迎撃の構えを取ると商人は拳を突き出してきた。

 力を借り、強化されているため拳は確かに速い。

だがこの程度熟練した戦士にとって避けるのは容易い。

 拳を体を逸らし避けると今度は蹴りだ。

 腰を低くし、此方の脇腹を狙った蹴りを斧で受け止めると押し返す。

 体勢を崩した商人は直ぐに建て直し再び突撃を仕掛けてくる。

 単調な攻撃だ。

 何の策も無く、ただ突撃を繰り返すだけ。

━━本当に策が尽きたのか?

 ひたすら攻撃を繰り出す敵に苛立ちを感じるとカウンターを腹に叩き込み商人が宙に浮く。

そこへ追撃を加える。

敵は左腕で体を守るが二対の斧による連撃で穿つとついに左腕が弾かれた。

がら空きになった胴に二対の斧による突き出しを叩き込むと商人は大きく吹き飛んだ。

 地面に叩き付けられ、額から血を流しながら立ち上がる商人に突撃をすると商人から力が抜けたのを感じた。

「どうやら契約が尽きたようだな!! なら、これで終わりだ!!」

 渾身の一撃を敵の胴に叩き込む。

 終わった。

 術式による強化を受けていない状態でこの攻撃を喰らえば敵は千切れ飛ぶだろう。

 そう思った瞬間、周囲に紙が舞った。

━━なんだ!?

 紙は商人の服から散り、周囲に舞っていく。

 紙には文字と柄が描かれており、これはつまり……。

「紙幣を服に仕込んでやがったか!!」

 

***

 

 シロジロは吹き飛びながら敵に肯定をした。

「Jud!! 紙幣で作った防具だ!! そして!!」

 服の中の紙幣が全て外に出ると敵を覆う。

紙幣は繋がって行き、縄のようになると敵を縛った。

 着地をすると先に舞った紙幣も縄にし敵を縛り、二重三重に敵を拘束する。

「現金にして三百万円分の紙幣だ!! その価値を超えられなければ拘束は解けない!!」

 立ったまま紙幣に縛られた敵は口元に笑みを浮かべる。

「これが貴様の策か?」

 頷く。

「三百万だと? ふざけるなよ? この<<赤の戦鬼>>、その程度の価値に収まると思うな!!」

 敵が叫びを上げた。

 敵の闘気が高まり、先ほどまでとは比較にならない威圧感を放ちながら紙幣を縄を引き千切ろうとする。

「爆発的な闘気を引き出す<<戦場の叫び(ウォークライ)>>か。まだこれほどの力を隠していたとは……だが、私の策はまだ終わっていないぞ!!」

 表示枠を開き、手を掲げる。

「武蔵アリアダスト教導院会計シロジロ・ベルトーニ!! たった、今をもって浅草艦橋左舷側を購入する!!」

『了承しました━━以上』

「そして! 所有者権限として、この地域を分離する!!」

「……なんだと!?」

 振動が生じた。

 眼前、敵側の区画が切り離されて行き、溝が出来上がってゆく。

轟音と共に警告を表示する表示枠がいくつも浮かび、地面が少しずつ傾いていった。

「最初からこれが狙いか!! 俺を此処まで誘い出し、拘束して時間稼ぎをしている間に俺がいる区画を切り離す!! やってくれたな! 商人!!」

 区画がズレ、谷が出来る。

いくつかのコンテナが谷に落ち、そのまま地面に落下して土煙をあげた。

そんな中戦鬼は拘束されたまま不動で居ると笑みを浮かべる。

「面白い!! 今回は俺の負けを認めよう!! 商人、シロジロ・ベルトーニ!!

西国無双に伝えろ! そう遠くないうちに再び相見えるだろうとな!!」

 鬼は笑う。

 声をあげ、実に愉快だと。再び会う時が楽しみだと。

 そして最後まで此方を睨みながら白の区画ごと夜の森に墜落して行った。

それを見届けると脱力し、その場に座る。

 かなりの損失だったがまあ、今後の事を考えると打ち消せるだろう。

ともかくこれで仕事は果たした。

あとは他の連中の仕事だ。

 額の血を脱ぐい、空を見上げると呟くのであった。

「商談成立だ」



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~第四十章・『高嶺の舞手』 思い出すのは昔の誓い (配点:式神)~

 月明かりに照らされる広場で狂人と狐が相対していた。

 狐は狂人を警戒するように。

 狂人は余裕の笑みを浮かべたまま腕を組む。

 両者何も喋らず、視線を交し合っていると狂人の背後で狼が口を開いた。

「喜美、教導院の方に居たのでは?」

「ええ、最初はね。貧乳天人がセンチメンタル全面に押し出していたから、出来る女として一人にしてあげようと思って教導院を離れていたのよ」

「それで戻ろうとしたら結界で入れなくなったと?」

 「Jud.」と狂人は頷く。

「あら、これは大変。でもまあ愚弟が天人慰めて立て直したみたいだから私は自由に行動する事にしたのよ。それで……」

 狂人が流し目で狐を見ると狐は眉を顰める。

「良い女代表の私が駄目な女オーラを感じ取ってここに来たってわけ。どうやら正解だったようね」

 自分の不甲斐なさを叱られているようで少し項垂れる。

 そんな此方の様子に喜美は小さく笑うとこちらの肩を軽く叩く。

狐の方に向き返った。

「つまり次の私の相手は貴様か? 葵・喜美」

「あら? 私の事、知ってんの?」

「ああ、武蔵アリアダスト教導院総長兼生徒会長である葵・トーリの姉。狂人だとか淫乱だとか聞いていたが……ふん、本当のようだな」

 嫌味っぽく言う藍に対し、喜美は「褒め言葉ね」と笑みを浮かべた。

「でも、私はあんたと戦いに来たわけじゃないわ」

「なに?」

「え?」

 予想外の言葉に二名の声は重なった。

その様子に苦笑すると喜美は眉を下げる。

「私はあくまで駄目女を教育しに来たわけ。あんたが戦うのはそこの騎士。

今ちょっと愚弟の匂いが途絶えてやる気ダダ下がりしてるみたいだけど、本気のミトツダイラは凄いわよ?

嬉ション全開で戦うから」

「何言ってますの━━━━━━!?」

 此方の抗議に声に「まあまあ」と言うと喜美は自分の走狗であるウズィを呼び出すと術式の展開を始めた。

「まあ、だから? そこのミトツダイラが完全復帰するまでの間、ちょっとだけ相手してあげるわ」

 対する藍も攻撃術式を展開してゆく。

「舐められたものだ。その余裕、すぐに無くしてやろう」

 そして喜美が軽くタップするのと同時に戦いが始まった。

 

***

 

━━先手必勝だ!

 今相対しているこの女。ふざけているが身のこなしはかなりのものだ。

 葵・喜美。

 先ほど言ったとおり葵・トーリの姉であり、狂人の多い武蔵の中でも特に狂っていると言われている人物だ。

だが謎も多い。

 噂によれば潜在能力は本多・二代以上だとか、実は武蔵最強だとか言われているが表に出ることが少なく、彼女の詳しい情報を得ていない。

 つまり自分にとってこの女はまったくの未知だ。

 故に先手を打ち、敵の動きを封じる。

 放つのは先ほど銀狼に撃ち込もうとした対要塞攻撃用の攻撃術式だ。

 障壁を圧縮し、狙いを定める。

 “止めに来るか?”と警戒をすると絶句した。

 狂人は踊っていたのだ。

此方を止めに来るのわけでもなく、防御を行おうとするのではなく。

ただ舞い、此方に笑みを送っていた。

━━狂人め!!

 戦闘中にふざけているようにしか見えない敵に苛立つと障壁を発射した。

 圧縮された障壁は槍となり地面を砕きながら狂人に向かう。

そして直撃したと思った瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。

 障壁の槍が砕けたのだ。

 敵の直前で砕け、粉々になり消失する。

 その光景に僅かに絶句すると思考した。

 今の一瞬で敵が防御術式を展開した様子は無い。

それに今の塞がれ方。

障壁で受け止められたと言うよりも消滅させれらたように感じる。

 ならば敵はキャンセル系の術式を展開したのか? だが何時?

この女はずっと踊っているだけで……。

「!!」

 気が付いた。

 そうか、そう言うことか。

それが貴様の技か!!

「フフ、気が付いたよね。そうよ、私はエロとダンスの神を奉じている。

私の術式“高嶺舞”は踊りを奉納することによってありとあらゆる術式を遮断するのよ!!」

 舞いながら宣言する女にはじめて脅威を感じた。

 術式攻撃を主体とする自分とこの女は非常に相性が悪い。

だが……。

「紫様の式として、退く事は有り得ん。その舞、崩させてもらうぞ!!」

 狂人は目を細め手を差し伸べた。“かかって来なさい”と。

 それに答えるように駆け出し、敵に接近した。

 

***

 

 ミトツダイラは眼前で繰り広げられる戦いに僅かに息を呑んだ。

━━前よりも洗練されてますわ!!

 以前の喜美では先ほどのような対要塞級の攻撃術式を遮断する事は出来なかった。

だが先ほど彼女は敵の術式をいとも容易く遮断したのだ。

 普段はふざけているが裏では並々ならぬ努力をしているのが喜美だ。

━━私ももっと頑張りませんとね……。

 王と共に歩む騎士として先ほどのような失態は繰り返せない。

 そう頷くと自分の横で倒れている獅子の様子を見る。

 獅子の胴には大きな穴が開き、今も血が噴出している。

手持ちの回復術式を分け与えているが明らかに回復力が足りない。

 なんとかしなければ!!

 そう思っていると通りの方から点蔵とメアリが駆けて来た。

「第一特務! メアリ!!」

「無事で御座るか!!」

 喜美が敵と戦っている様子を見た点蔵は「喜美殿が来てたで御座るか」と呟く。

「そうだ! メアリ、この方に治療を!」

 獅子の容態を確認したメアリは頷くと獅子の隣りにしゃがみ、回復術式を掛けはじめた。

 それにより傷口が塞がっていくのが見え、安堵の溜息が出る。

「他の場所はどうなってますの?」

「ほぼ全艦で苦戦。ここ武蔵野も艦橋前まで押し込まれているで御座るよ」

 「だから自分達はそこに向かう途中だったのだ」と言う。

 王からの流体供給も無く、内燃排気が尽き敗走している部隊も多いと言う。

━━ここで何時までも足止めを食らっているわけにはいきませんわね。

 喜美が時間を稼いでいる間にあの敵に勝つ方法を考えなければ。

 敵は式神付きの獣人。

 自動人形級の高速思考が可能で身体能力も高い。

 何も策を持たずに敵に突撃すれば敵は此方の動きを容易く予測し、迎撃して来るだろう。

 そこを突けないだろうか?

 理詰めで動く故にある敵の弱点を。

 そう思うと表示枠を片手で開き、ハイディと繋げる。

「一隻だけ牽引している輸送艦がありますわよね?」

『え? Jud.、 筒井から逃げる途中で損害を受けた艦だから難民乗せずに物資積んで牽引してるけど……それがどうしたの?』

 首を傾げるハイディに対して笑みを浮かべた。

「一つ、策がありますわ」

 

***

 

 藍は交戦する中で敵に対する警戒度を最上級まで上げた。

━━この術、物理攻撃も遮断出来るのか!!

 術式による攻撃を遮断されるなら近接戦闘へ持ち込む。

しかしこの術式は物理的にも攻撃が遮断できるのだ。

 故に最初の一撃は弾かれ、脇腹に蹴りを喰らうという手痛い一撃を受けた。

「通りませ 通りませ」

 踊り子は謡う。

 己に触れれるものは無いと。自分は高嶺の花であると。

「……いいだろう、その花、摘み取ってくれる!」

 此方の声に踊り子は目を細めた。

「行かば 何処が細道なれば」

 攻撃術式を多重展開すると飽和攻撃を行った。

津波の様に襲い掛かる攻撃術式は全て弾かれていくが構わない。

敵は舞を奉納する事によって己の術式の効果を高めている。

ならば舞を乱してやればいい。

 舞である以上動きには必ず一定のパターンがある。

 そのパターンを読み取り、隙を突く。

 舞の一巡が終わり、二巡へ。

その間にも攻撃を加え続け敵の動きを覚える。

そして三巡目には覚えた。

 踊り子が舞う。

 腕を回し、ステップを踏み、そして僅かな跳躍。

━━ここだ!!

 左手に障壁を圧縮した剣を持ち突撃をする。

「天神元へと 至る細道」

 踊り子は宙に居る。

 ほんの僅かな跳躍だが着地の際には隙が出来る。

 剣を突き出し敵の術式と激突すると互いの術式が砕きあう。

「一瞬で構わん!!」

 一瞬でも穴を開け、そこに爆砕術式を叩き込む。

 敵は着地をする。

だが此方を迎撃できない。

何故なら……。

「舞は行動が決められている! ここで貴様が私を止めに動けばこの術式は解除され、貴様は負ける!」

 そうだ。

だから敵の次の動きは腰を捻った旋回。

そのはずだった。

 障壁の剣が砕け、僅かに敵の術式に亀裂が入るのを確認すると爆砕術式を打ち込もうとする。

その瞬間、肌色が迫った。

━━なんだと!?

 敵は旋回ではなく、此方へ詰めて来たのだ。

 彼女の息遣いが分かるほどに顔が接近すると彼女は一瞬微笑んだ。

そして……。

「こぉおのっ!! へタレがぁーーー!!」

 右頬に強烈な平手打ちを喰らい、視界が回転した。

 

***

 

 地面に墜落した藍は理解が追いつかなかった。

 何故攻撃は失敗した? 何故敵はあのような行動が出来た? 何故術式が解除されない?

 思考を混乱させながら立ち上がると眼前に踊り子が立ち上がる。

「な……」

「何故かですって? いい、踊りは確かに行動は決まっている。でもね、アドリブが利くのも舞いなのよ?

舞いながら“あ、こここうしてみよう”とか“こっちの方がエロいわね”とか常に考えて進化するの」

 だから此方の攻撃は失敗したのだと。舞は成立するのだと。

「それに相手の動きばっかり気にして、相手の求めることだけしてあんた、それで満足なの?」

「それが式というものだ。良いも悪いも、満足も不満足も無い」

 その返答に、踊り子の目が据わった。

「あんた、ご主人様の事好き?」

「無論だ。色々問題は多いが誇れる主と思っている」

「だから尽くしたい?」

「ああ、我が主は今苦悩していらっしゃる。ならばその助けになりたいと思うのは当然であろう! たとえこの身が朽ちようとも……!!」

 そう言った瞬間、踊り子が此方の胸ぐらを掴み立たせる。

「尽くすだけがあんたの愛? ご主人様が喜ぶなら自分の身はどうでも良い? それで満足?

あんた━━━━LOVE舐めてんじゃないわよ!」

 今度は左頬に平手打ちを食らい体がよろめく。

 頬が痛みから熱くなる。

だがそれ以上に熱いものが胸に灯った。

「…………舐めている、だと? 私が?」

「ええ、だってそうでしょう? あんたはご主人様の良きパートナーを諦めて道具になろうとしてるんだもの」

 それの何がいけない!!

 紫様は誰よりも幻想郷を愛しておられた!

だから必死に戻ろうと、だがそれも叶わずそれどころか絶望を知った。

それでも彼女は先に進もうと……。

「貴様に、何が分かる!」

 彼女の苦悩を、絶望を。

それを支えようと思った私の覚悟を。

「フフ、良い眼ね。さっきよりも全然良い感じだわ貴女。だから……」

 踊り子は距離を離す。

「あんたのLOVEが本物だっていうなら、来なさい! 私が試してあげる!!」

 直後、狐が叫んだ。

 

***

 

 両者の激突は先ほどと打って変わって激しいものとなっていた。

 機械的に放たれていた攻撃は不規則に、感情を乗せて叩き込まれる。

対する舞もそのテンポを上げ、激しさを増して行く。

「ご意見ご無用 通れぬとても」

「ああ、私とてこの様な道を歩みたくは無かったさ!」

 右手に術式の斧を呼び出し、力いっぱい叩き込む。

だがその刃は容易く折れた。

「この子の十の 御祝いに」

「だがそれでも進まなければならない! 少しでも、あの方の気苦労を減らすために!!」

 思い出すのは過去の光景。

 妖怪軍団が解散し、織田に入り真実を知った後。

 彼女は酷く疲れた顔をしながらも此方に笑みを送った。

“貴女にも辛い道を歩かせるかも知れないわ。だから、式をやめてもいいのよ?”

 だが私は首を横に振った。

“私は貴女の式です。どこまでも貴女と共に。貴女が修羅道を行くなら共に参ります”

即座に別の術式の剣を召喚し、叩き込む。

「両のお札を納めに参ず」

「そう誓ったのだ……!!」

 再び刃は折れ、宙へ消える。

 だがそれだけだっただろうか?

 まだ何か、誓った覚えが……。

 踊り子が突如前に踏み込み、此方に頭突きを食らわした。

それにより後ろへ吹き飛ばされ地面を転がる。

━━何を誓ったんだったかな……。

 そうだ。その後、彼女は首を横に振ったのだ。

“それじゃ駄目よ。藍、貴女は私の半身になりなさい。私が道を違えた時は貴女が正して。貴女は添削とか得意でしょ?”

 そう笑ったのだ。

 ああ。そうだった。

何故今まで忘れていたのか。彼女を支える事に必死になり何時しか“彼女と共に歩む”という事を忘れていた。

 なら私の愛とは……。

「主人と共に歩み……道を違えたのなら主人を正す!」

 膝に力を入れ、立ち上がる。

 踊り子は依然として悠然であった。

━━感謝するぞ、踊り子よ。

 忘れていた事を思い出させてくれて。

 ああ、勝とう。

勝って紫様の許に戻ろう。

今度は自分が違えないように。

「故に全力で行くぞ、我が敵よ」

 踊り子が頷く。

 そして駆けた。

策など無い、計算など無い。

ただ己の心を込めた攻撃。

それをただひたすらに繰り返す。

「おお!」

「行きはよいなぎ 帰りはこわき」

 攻撃術式が砕け続け、舞い散る花びらのようになる。

その中で狐は叫ぶ。

今まで忘れていたものを取り戻し、確かめるように。

「おおおお!!」

 ただひたすらに前に出る。

 対する踊り子も舞をヒートアップさせ遂に終局が見えて来た。

 それを知り、狐も最後の叫びを上げる。

「おおおおおおおおお!!」

「我が中こわきの 通しかな」

 直後、狐が遂に踊り子の術式を砕いた。

 

***

 

━━これ程までに圧倒されるか!!

 教導院の橋でそう徳川家康は眼前で行われる戦闘の光景に息を呑んだ。

 教導院に向かった自分は生徒たちを纏め橋の防衛に来た。

そこで比那名居天子と八雲紫の相対戦を目の当たりにしたが……。

 天子が駆ける。

 対する紫は不動。

 先ほどから紫は一歩も動かず、だが熾烈な攻撃を繰り出していた。

 空間が裂け中から矢や鉄砲が絶え間なく放たれ続け、槍が回り込み天子を貫こうとする。

 それらを避けるのに手一杯な天子は反撃に出れず徐々に追い込まれて行く。

 この状況、天子が弱いのではない。

いや、寧ろ彼女は武蔵においても上位の戦闘能力の所持者だ。

並大抵の相手に後れを取る事はない。

だが今回は相手が悪すぎる。

 敵には圧倒と言う言葉が似合っていた。

 一切の隙を見せず、物量と戦術によって敵を潰す。

 このような相手にどう勝てばよいというのか?

「おうおう、派手だなー。あのおばさん」

 いつの間にかに横に立っていたトーリがそう此方に笑みを送る。

「確かに。このままでは天子殿は負けるのでは?」

 彼女が負ければ次は自分達だ。

 だが今ここに居る者で彼女に立ち向かえる者は居ない。

「ん? そうかー? 俺はそう思わないけど?」

 能天気に。本心からの言葉に僅かに目を丸くする。

「トーリ殿、何故そう思うのだ?」

「そりゃああいつが自分を信じてくれって言ってるからだよ。あいつが俺たちに信じろって言うなら俺はあいつを信じる」

 ただそれだけだと。

━━相変わらず器の大きい人間よ。

 徳川にいる二人の王の内、武蔵の王が彼女を信じると言うならば。

「私も、信じよう。彼女の勝利を」

 

***

 

━━ほんっとうに性格悪い奴!!

 紫の猛攻を凌ぎながら天子はそう舌打った。

 このスキマ妖怪、先ほどから狙ったように自分の嫌なところに攻撃をしてくる。

進めばその進路に、下がればその退路に。

徐々に此方を追い詰めるように攻撃が放たれる。

 足元が歪んだ。

 即座に横へ跳躍すると先ほどまで立っていた場所から槍が突き出した。

 だが攻撃はそれだけでは終わらない。

 頭上が歪み、今度は後ろへの跳躍。

眼前に岩が落ち破砕する。

 跳躍からの着地をした瞬間、背後から金色の光が迫った。

「!!」

 突如現われたそれを体を捻り避けようとするが脇腹を浅く抉られる。

血が噴出し、体勢が崩れ横に転ぶ。

━━今のは!?

 今までに無い技だ。

それが何か確認すべく、紫の方を見ると光輝く何かが居た。

━━虫か!!

 それは光り輝く虫のような生物であった。

 頭部は槍の様に鋭く尖っており、足は鎌の様になっている。

そして四枚の羽根を羽ばたかせながら主の周りを旋回している。

「飛光虫。貴女も見覚えがあるのではなくて?」

「ええ、そうね。はっきりと見たのは初めてだから」

 この飛光虫は紫の使役する式の一種だ。

 弾幕勝負のときは高速の弾幕として射出しているだけであったが、こういう使い方もあるとは。

 額に浮かぶ汗が橋に落ちるのを見ながら立ち上がると緋想の剣を構え直す。

「貴女、そんなに根性あるキャラだったかしら?」

「人ってのはね、成長するもんなのよ」

 「そう」と紫は目を細めると彼女の背後の空間が歪み、残りの七体の飛光虫が現われる。

先ほどのの合わせて計八体。

 高速で飛行する八体の虫と紫を相手に自分は大地を操る能力を使えず“無所有処”もまだ使えない。

だが……。

━━下がるな、私。

 背後には自分を信じてくれてる奴らが居るのだから。

 あらためて相手を睨む。

「さあ、来なさいよ!」

「いいでしょう。反抗的な方が躾けがいがあるといものですわ」

 紫が振り上げた腕を下ろすのと同時に八体の飛光虫と射撃が放たれた。

 

***

 

 教導院を覆う結界の外で浅間・智は表示枠を開き結界の解除を続けていた。

 彼女の傍には走狗のハナミがおり、結界解除に使っている術式の負荷を禊で軽減している。

 状況としてはもう間もなく映像通神を繋げれるようになるところだ。

「……凄いですね」

 自分も結界に関しては知識が多いほうだが八意永琳といい、八雲紫といい天才はいるのだと実感させられる。

━━トーリ君たち、大丈夫でしょうか?

 先ほどから結界内から尋常ではない破砕と爆発の音が聞えてくる。

この結界の向こうで一体どれほどの戦いが行われているのか……。

 だが八重に展開された結界のうち、自分が破壊できたのはまだ一枚。

その事に歯がゆさを感じていると反対側の通りから遊撃士のメンバーが駆けて来た。

「智、いまどういう状況!?」

 エステルは肩で息をしながら此方の隣りに立つと棍を地面に立て、体重を掛ける。

「結界の解除は難航してます。もう間もなく二代たちが来るので彼女の蜻蛉スペアで一気に結界を破壊します」

 そこまで言ってエステルたちが皆傷だらけなことに気が付く。

「その怪我……」

「あ、これ? うん、ちょっとここに来るときにね」

「…………まさか敵中強行突破させられるとは思いませんでした」

 皆の背後で座り込んでいる妖夢に幽々子がくすりと笑った。

「もっと鍛えなきゃ駄目よー」

「半分以上幽々子様のせいですよね!? 知らない間にどんどん進んで気がついたら敵のど真ん中で!!」

 「まあまあ」とヨシュアが妖夢を宥めると此方を向く。

「結界の中の様子は?」

「映像も遮断されているため詳細は分かりません。ただ……」

 教導院の方を向くと爆発の音と振動が連続した。

「かなりの激戦みたいです」

 二つ目の結界解除まであと僅かだ。

 解除でき次第全艦に繋げよう。

 そう思っていると今度は自分の後方から衣玖が駆けて来た。

彼女の背後には武装した兵士達もおり、あの旗印は確か……。

「永江衣玖、及び鳥居元忠隊、参りました! 総領娘様は!!」

「間もなく……、あ、いま映像繋がりました! 映します!」

 眼前に大型表示枠が開き、映像が映る。

 だがその映像に誰もが息を呑んだ。

「総領娘様!?」

 血まみれの天子が教導院の橋の手すりに背凭れていたのだ。

 

***

 

━━あ、折れたかな、これ。

 全身に傷を負い、天子はそう思った。

 体はまだ動く。戦闘は続行可能だ。

だがその原動力を折られた。圧倒的な力を前に心を折られたのだ。

 最早立ち上がる気力も無くただ呆然と敵を見る。

 敵は目を細め、最初に立っていた場所から此方を見下ろす。

「……私の勝ちね」

 声色に喜びの感情は無い。ただ当然だと。

 その事が更に自分を絶望させる。

 ああ、自分はどうやってもこの女に勝てないのだと。

だから諦めてしまった方が楽だと。

 そうよね。私、頑張ったものね。不利な戦いを覆すのは好きだが負ける事が確定しているなら戦う必要が無い。

そこまで自分は馬鹿じゃない。馬鹿じゃない筈だが……。

━━悔しいなあ……。

 自分の力の無さが、自分を信じるといっている馬鹿の期待に応えれないことが、そして元忠さんの意思を継げない事が。

 緋想の剣の柄を強く握る。

 立ちたい、立ち上がりたい。だが心は……。

「無理をする必要はないわ。比那名居天子、貴女は私たちと共に来るべきよ」

 紫が手を差し出し思わずそれに応えそうになる。

だがその前に馬鹿が遮った。

「おいおい、おばさん。俺の前で俺の大切な仲間の引き抜きはやめてくんねーかな」

 馬鹿は此方に笑みを送ると敵の方を向きなおし、腰に手を当てる。

「それによ、まだあんた勝ってねーぜ?」

「あら? どうしてそう思うのかしら? そこの天人は最早心折れたようにしか見えないけど」

「ん? そうなのか? 俺にはそう見えないけどなー。だってこいつ、かなり根性あるぜ?

今だってほら、ちゃんと剣握っているし、前を見てやがる」

「え?」

 自分でも驚く。

 確かに自分は倒れながらもずっと敵の方を見ていた。

決して項垂れず、ただ前を。

「それにこいつには武蔵でまだ大きな仕事が残ってるんだ。元忠のおっさんの意思、継ぐんだろ?」

 それは……。

 だが自分に出来るのだろうか? こんな弱い自分に。情けない自分に。

 そんな自分に皆はついて来てくれるのだろうか?

「それなら大丈夫だと思うぜ。だって……」

 彼が大きく笑みを浮かべると同時に表示枠が開いた。

『えー、聞えますでしょうかー、こちら、鳥居元忠隊一同でーす!!』

 衣玖と男達が映った。

『これより我等が新たなる大将比那名居天子殿にエールを送りたいと思いまーす!!』

 男達は顔を見合わせ笑みを浮かべると声を上げた。

『ふれー!! ふれー!! て・ん・し!! ほら! 衣玖殿も!!』

『え! あ! はい!』

『『ふれー!! ふれー!! て・ん・し!! がんばれ! がんばれ! て・ん・し!!

おむねがなくてもがんばれ! て・ん・し!!』』

「おい! 最後!!」

 思わずツッコミ立ち上がると男達は笑った。

そして男達の中で最年長と思われる男が一歩前に出る。

『天子殿、一つ勘違いしているようだから言っておきますぜ。俺たち、別に元忠様の命令だからあんたの下につくわけじゃない。

伊勢で、筒井で、そんで今日の撤退戦であんたの事を見ていてついて行きたいと思ったから俺たちはここに残ったんだ』

『そうですよ! 俺たち実は天子様のファンなんですから!!』

 『『そうだ!』』と矢継ぎ早に男達は頷く。

『だからそんなに気負んないでくださいよ。あんたは一人じゃない。

家康様が居るし、トーリ様も居る。総長連合や衣玖様も居る。俺たちだって居ますぜ』

『総領娘様、だから勝ちましょう。勝って皆と共に前に進んで、それこそが鳥居元忠様の後継として、私たちがするべき事です』

 衣玖の言葉に誰もが頷く。

 その様子を見て自然と笑みがこぼれた。

━━どいつもこいつも前ばっかり見て……これじゃあ、私も前を見るしかないじゃない!!

 一度ゆっくりと目を閉じ、心を落ち着かせる。

 そうだ、自分は一人じゃない。

何でもかんでもネガティブに考えてしまう悪い癖がまた発動していた。

 自分は変わったのだ。

 変わろうとしていくのだ。

 この何処までも馬鹿で、何処までも明るい究極の前向き集団と共に行くと。

 緋想の剣の柄を強く握る。

 今度は悔しさからではない。勝つ覚悟を決めるためだ。

「お? 調子戻ったか?」

「ええ、おかげさまで」

 馬鹿の横を通り前に出る。

 そして振り返った。

「ねえ、あんた王様なんでしょ?」

「おう、そうだぜ」

「じゃあ私はあんたの家臣?」

「あー、一応? でも、強制ってわけでもないし?」

 「曖昧ねえ」と笑う。

「じゃあ、さ、ここはビシッと決めてよ。王様」

「ビシッと?」

「そう」

 トーリは頷き、頭を掻くと両手を腰に当てた。

「うし! じゃあ天子! ひとんちに勝手に入ってきた奴を追い返してやれ!!」

「Judgment!!」

 笑みを浮かべ髪を靡かせ、敵と再び相対した。



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~第四十一章・『天の子の心』 何時しか彼らは私の最も大切な宝になっていた (配点:天人)~

 天子は駆け続けた。

 敵に対し円運動を取り続け、隙を窺う。

━━来る!!

 右横から飛光虫が飛来し突撃を仕掛けてくる。

それを避けると二匹が挟み撃ちにしてくる。

 上方には残りの飛光虫。

 下手に逃れようとすればやられる。

ならば!!

「は!」

 息を吐き出し腕を伸ばし前方から迫る飛光虫を横から叩き払い、それと共に片足立ちに。

右足で立ち、体を旋回させながら後ろから迫る飛光虫の頭を蹴った。

 挟撃に失敗した残り六体の飛光虫が上空から襲い掛かるが今度は体の前面を上方に向け、背中から倒れる体勢で前方に大型の気質弾を放つ。

 緋色の光が空中で爆ぜ、爆発を逃れるべく飛光虫が四散する。

━━今だ!!

 背中から倒れ、直ぐに起き上がると紫に向かって駆ける。

 厄介な飛光虫は今は居ない。

 攻勢に転じるなら今だ。

そう思い突撃するが紫は口元に薄い笑みを浮かべた。

「!!」

 咄嗟に危険を感じ取り後ろへ跳躍すると先ほど自分が居た所、首の辺りの高さを刃の閃光が走った。

 閃光の正体は開かれたスキマから現われた一本の刀だ。

 刀は獲物を逃したと知るとスキマの中に消え、その姿を隠す。

━━一体どれだけの術を同時に使用してんのよ!!

 敵は戦いが始まってから攻撃の手を止めていない。

 これだけの攻撃術式を放ち続けていて何故内燃排気が尽きないのか不思議ではあるが……。

 隊列を組みなおした飛光虫が紫を守るように現われる。

 それに舌打ち直ぐに距離を離そうとした瞬間、躓いた。

「しまっ……」

 橋に出来た僅かな穴。

 普段ならそんな物に引っかかりはしないが、体力が限界に来ており注意力が散漫になっていた。

 飛光虫の群れが来る。

 対して自分は転んでいる。

 このままでは串刺しだ。

「浅間! 爆砕術式、送って!!」

『J、Jud!!』

 通神で爆砕術式が送られ眼前に展開される。

 そして敵が激突する瞬間、術式を発動した。

 眼前で爆発が生じ、先頭を飛行していた飛光虫が爆発に飲み込まれ砕け散る。

 自分も咄嗟に腕をクロスし体を守るが、強烈な衝撃を受け後方へ吹き飛んだ。

 地面に叩き付けられ、転がり、手すりに激突すると体は止まる。

「……っ」

 爆発を食らう直前に“無念無想の境地”を発動しておいて良かった。

 自分の両腕は酷い裂傷を負っており痛覚があればショック死していた可能性もある。

 ゆっくりと立ち上がり敵を睨み付ける。

 これだけやって虫一匹倒すのがやっと。

勝ち目がまったく見えてこない。

 なにか、なにか自分にこの強敵を倒す手段はないか?

 体術も駄目、術式も駄目、なら後は……。

 右手に持つ緋想の剣に視線を下ろす。

 そうだ、この剣なら。あの八意永琳も退けれたこの剣なら。

━━だけど、本当に私に使えるの?

 筒井の時以降、一度もこの剣は私に応えてくれていない。

 この土壇場であの力をもう一度使えるのか?

 背後を振り返る。

 後ろには自分を信じている人たちが。

 家康さんも正純もホライゾンも、そしてトーリも。

みな此方を見、力強く頷く。

「そうね……やるしかない、いえ、やってみせるわ」

 大きく息を吸う。

 一歩ずつ前へ、確かな覚悟を持って。

 そんな此方の様子に警戒したのか紫は笑みを止め、目を細める。

「行くわよ、緋想の剣。やるわよ、緋想の剣」

 剣を天に掲げる。

「あの敵を倒すために、守りたい人たちを守るために、そして私たちが前に進むために!!」

 だから、力を貸しなさい!

 あんたが私に何をさせたいのかは知らないけどここで終わりたくはないでしょう?

 未来を、道を切り拓くために。

「全てを紡げ! 緋想の剣」

 直後、剣が光り輝いた。

 光の柱が立ち、夜の闇を照らして行く。

 そして声が聞えた。凛とした女性の声。

筒井で聞いたあの声だ。

 

 

 

・━━全ては/世界は/剣に収束する。

 

 

 

光が収束し全身を緋色の光が覆った。

 

***

 

「これは!!」

 天に伸びる光の柱を見上げ西行寺幽々子は驚愕の声を上げた。

━━これが筒井で現われた光の柱!!

 紫と天人の相対中に何かが起きたのか!?

「そんな、し、信じられません! 今上に伸びて行った流体、安土の竜脈炉並みのエネルギーですよ!?」

 浅間神社の巫女の言葉に皆、息を呑む。

「エステル、これじゃまるで……」

「うん、“至宝”みたいじゃない!」

 やはりあの剣とあの天人が全ての鍵か!

この光が剣の覚醒を意味するなら紫や<<結社>>の目的は……。

「浅間・智、本多・二代の到着予定時間は?」

「え? あ、後五分程度ですが……」

「急がせたほうがいいわ。もしかしたら取り返しの付かないことになるかもしれないわ」

 そう言うと柱が収束されていくのを見るのであった。

 

***

 

━━今のが……!!

 彼女から話しは聞いていたがこれ程までの力を秘めているとは。

 これで二段階目の開放と言うならば本当の力は一体どれほどなのか……。

 敵が前に出る。

 緋色の光を纏った彼女は表情が抜け落ちたような顔で此方を見る。

「?」

 「なんだ?」と思った瞬間、敵が消えた。

「!!」

 即座に後ろへ跳躍すると眼前を刃が空振り服の胸辺りが少し裂ける。

━━速い!?

 今までに無い速さ。

 その事に驚愕していると敵は即座に詰めて来た。

 剣が振られる。

 一瞬にして九回放たれる攻撃を結界で全て弾くが最後の一撃を受けた際に結界が砕かれた。

 敵は更に来る。

 危険だと判断した。

 今の彼女は何かがおかしい。先ほどまでと同じように対応していたらやられるかもしれない。

 飛光虫を呼び戻し七体を放つ。そして一体はスキマに仕舞うと彼女を覆うようにスキマを開き槍を射出する。

 だが敵は止まらない。

 無数に放たれる槍を全て避け、迫る飛光虫を全て払って行く。

 彼女は人形のような表情で此方に迫り剣を振るが……。

━━甘い!!

 彼女の背後にスキマを開き、先ほど隠した飛光虫を射出する。

 敵は背後から迫る飛光虫に気が付いていない。

このまま串刺しにされるだろう。

そう思った瞬間、敵は動いた。

 後ろを確認せず、まるで来る事が分かっていたかのように振り返り斬撃を放つ。

 突然の反撃に飛光虫は反応できず胴を両断され墜落した。

━━今のは予測されいた!?

 だがどうやって。

 天人は墜落した飛光虫の残骸を踏み潰すと此方に歩いてくる。

 この少女、本当に先ほどまでと同一人物か!?

 身に纏う気配も力も何もかもが違う。

「貴女は……誰……!!」

 少女が笑った。

 冷たい笑みを浮かべ、構える。

 形勢が一気に逆転した事を感じた。

このままでは不味い。何とかして立て直さなければ。

どうする? そもそもこの天人があそこまで根性を見せることが予想外だった。

 此方の想定外の事態になった原因、それは……。

━━あの少年ね!!

 あの少年は危険だ。

 あの少年と関わった者は全て変わってしまう。

 私たちにとって最大の敵だ。

━━ここで退場してもらうわ!!

 そう決断すると飛光虫たちを一斉に天人に向けた。

 

***

 

 線が見えた。

 緋色の軌跡だ。

 敵が行く先。攻撃の来る道が全て浮かんで見える。

 だから避けるのも反撃するのも簡単だ。

 六つの光が来る。

 六つの線は此方を覆うように現われ、それを煩わしいと感じた。

━━切っちゃえ。

 取り合えず線を一本切った。

 すると線と共に何かも切り。

その何かは断末魔の声を上げながら墜落した。

 ああ、そうか。ここを通ろうとしていたんだ。

だったら、全て切っちゃおう。

 剣を振るう。踊るように。楽しむように。

 刃が軌跡を描くたびに虫の絶命の声が響く。

━━そういえば、わたし、なにしてたんだっけ?

 何で自分は戦っているのだ?

 どうもぼーっとして頭がハッキリしない。

 確かあの金髪女を倒そうと思って……。

━━まあいっか、ころしちゃえばいいんだし。

 そうだ。それが私の目的だ。

 あれ? 何か別の目的があった気がするが……。

 空間が開くのがスローモーションで見え、中から槍が射出される。

 それらも全て軌跡が見えるため避けるのは容易い。

 線を避け、歩きながら敵に迫る。

 そう、敵だ。名前は……忘れたが敵だ。

私はこいつを倒す。倒した後は? まあいっか。

━━あれ? わたしはだれ?

 思わず立ち止まる。

 敵はそこを狙って頭上に岩を召喚するが取り合えず片手で払い砕いた。

 そんなことよりもわたしはだれかがじゅうようだ。

 名前があった気がする。だが何だったかが思い出せない。

 あ、そうだ。おもいだした。

なまえじゃないけどもくてき。しろとくろをたおしておわらせる。

 そうだだから私はこの剣を造ったのだ。そしてそれを……。

 敵が再び槍を射出しようとする。

 だが向きが違った。

軌跡は此方に延びず、線の向かう先は……。

━━あ。

 少年の胸であった。

 背後で他の人間たちと此方を見ている少年の胸に線が延びていた。

 そんなところにいるとしんじゃうよ?

 でも、いっか。しらないひ……と……。

 本当にそうか? 彼は本当に知らない人か?

何かもっと、私にとって大事な……。

 槍が射出される。

 世界はスローモーションになる。

 少年達は気が付いていない。それもそうだ。

この攻撃は彼らの死角から放たれている。

このままでは彼は串刺しにされるだろう。

 だがわたしにはかんけい…………。

「だめ!!」

 気が付いたら体が動いていた。

 駆け出し放たれた槍を追いかける。

 何故動いた? どうして敵を倒さない?

 ああ、そうか。この少女は……。

 体を覆う緋色の光が消える。

 全身の力が抜ける。

だがそれでも全力で駆け。

「トーリ!!」

 彼に飛び掛り、胸を槍で貫かれた。

 

***

 

 静寂が訪れる。

 先ほどまでの戦いの音は消え、夜風が吹く音のみが聞える。

 息遣いを感じた。

 熱を感じ、自分の息と彼の息の音が重なる。

 馬鹿の顔が目の前にあった。

━━綺麗な顔をしてるわよね。

 女装が似合うだけある。

 馬鹿は何時もの笑みではなく少し眉を顰めた、困ったような笑みを浮かべ此方を見上げる。

「笑いなさいよ」

「お?」

 気の抜けるような声に此方がくすりと笑う。

「私の胸が硬くて良かったわね、お蔭であんたに突き刺さらないですんだ」

 彼に覆いかぶさりながら大量の汗を掻き苦笑する。

 汗は彼の顔に落ち、そして胸には赤い水滴が落ちた。

 背中から胸を貫かれ、刃は彼の胸の直前で止まっている。

 槍の柄を伝い、流れ零れて行くのは己の命だ。

 徐々に、だが確実に温もりが抜け落ちて行く。

「い、いまのギャグよ? 本当はもうちょっと柔らかいから」

 ああ、もう、何やってんだか……。

 相変わらず私は口下手だ。

 胸に突き刺さっていた槍が消えてゆくと血が零れだす量も増える。

「……まあ……とにかく……あんたが無事で、よかった」

 そう笑うと体を支えていた腕から力が抜け、横に転がる。

「天子!!」

「天子様!!」

「天子殿!!」

 残り三人が慌てて駆け寄りホライゾンが此方を抱き上げ膝の上に寝かせると正純の方を向く。

「正純様、応急治療を!!」

「Jud!!」

 正純が回復術式を此方に使用し、傷口が少しずつ塞がって行く。

「まったくうちの馬鹿がボーっとしてて申し訳ありません。ほら、トーリ様、切腹です。介錯役は家康様で」

「お、おおお、落ち着けホライゾン!! つーか、家康さんもノリよくね!? 何か刀抜いてるし!! よーし、こい、バッチ来い!! あ、やっぱり今の無しで」

 ええい、やかましい。

 こっちは死に掛けてるってのに。

「大丈夫だ、肺も心臓も外れてる」

 治療していた正純の言葉に皆安堵の溜息を出した。

「そうね……私が死ななかった事で、馬鹿も死なずに済んだのかしら?」

 「Jud.」と頷いたのは膝枕をしているホライゾンだ。

「天子様はトーリ様を一度に二度救ったことになりますね。これはトーリ様、もう天子様に足を向けて寝れないかと」

「あー……わりぃ。なんか俺のせいで怪我させちまったみたいで」

 困ったように頭を掻く馬鹿に苦笑する。

「今回はあんたは悪くないわ。あれ完全に死角からの攻撃だったもの」

 本当に間に合って良かった。

 先ほどの力が何なのか分からなかったがあのまま戦い続けていたら私は私で無くなっていたような気がする。

 だが今の状況は不味い。

 自分は完全に戦闘不能になった。

それが意味するのは……。

「ここまでね」

 凛とした女性の声が響く。

 敵が、八雲紫が真剣な表情で一歩ずつ前に来る。

 そう、敵はまだ健在なのだ。

「そろそろ幕引きにしましょうか」

 

***

 

━━いかん!!

 徳川家康は咄嗟に前に出た。

 天子が戦闘不能になり残る三人に戦う力は無い。

 絶体絶命だ。

 だがここで諦めるつもりも無い。

 敵は歩みを止め、此方を見る。

「あら、徳川の狸さんじゃない」

「うむ、我こそ徳川家康なり」

 刀を引き抜き、構える。

後方の生徒たちが慌てて前に出ようとするがそれを片手で制した。

「残念ながらあなたには用が無いの? どいてくださらない?」

「そう言うわけにはいかんな。彼らはわしの大事な仲間、家族だからな」

「家族? 家臣ではなくて?」

「どちらもわしには変わらんよ。わしは徳川と言う家の長。一家の大黒柱として家族を守るのが責務よ」

 紫は「ほう」と声を出すと此方を計るように見る。

「計略策略を得意とするあの徳川家康の言葉とは思えないけど?」

「確かに、わしは小賢しい男だ。だがそれも家族を守る為。その為に多くの者の命を奪ってきた」

 「だが」と続ける。

「だが、その後悔があればこそ今のわしがある。今度こそ誰一人見捨てず、後悔をさせぬ!」

 互いに沈黙する。

 一瞬だけ彼女が瞳に映したのは憧れ、懐かしみ、そして絶望だった。

「そう、それで? あなた一人でどう私を止めるつもりかしら?」

「それは……」

 冷や汗を掻く。

 そんなもの無い!

ほぼ本能的に前に出てしまった。

だがなんとしてでも時間を稼がなければ……。

「わ、わしには策があるぞ!!」

「……それは?」

「それは……」

 息を吸う。

 天を仰ぐ。

 ああ、なるようになれだ!!

「それ以上近づくと、わしは、わしはぁ!! 脱糞するぞぉ━━━━━━━━!!」

 

***

 

・曳 馬:『ウワーナイワーマジヒクワー』

・能筆家:『ああ!? あまりのショックに“曳馬”さんのJK言語回路が!?』

・彦 猫:『つーかよー、脱糞てよー、もうちょっとよー』

・さかい:『い、胃が……、誰か胃薬を!!』

 

***

 

 家康は冷や汗を掻いた。

 先ほどまでの緊張の冷や汗ではない。

もっと嫌な。なんか色々と大切なものを失っていく冷や汗だ。

 は、恥がどうした!?

 我が恥でこの場を凌げるのなら……。

「もう一度言うぞ! それ以上近づいたら、わし、脱糞しちゃうぞぉ━━━━━━!?」

 あ、目の前が霞んで来た。

 しょっぱい。この涙は誰の涙だ?

「う、うわぁ…………」

 だが作戦は成功した。

敵は足を止め、それどころか後ろへ後ずさり始めた。

 振り返る。

 背後には平常なトーリとホライゾン、引きつった正純と天子、あと何故かさっきより遠くに居る生徒たち。

「グッジョブです。ナイスだとホライゾン、判断します。これはホライゾンもモリモリと頑張る必要がありますね」

「ホライゾン、傷口広げるのやめね!? やめね!?」

 あー、聞えない、わし何も聞えない。

 後ろでなにやら騒いでいると初めて紫が不愉快そうに表情を歪めた。

「どこまでも愚かな! 真実を知らぬと言えどうしてそう能天気なのかしら!」

 全員沈黙する。

「貴方だって全てを知れば私と同じように絶望して……」

「しねーよ」

 彼女の言葉を遮り、トーリが皆の前に出る。

「あのよぉ、俺もそうだし、周りもそうだけど、どうして皆自己完結しちまうかなー。俺たちはどんな事あっても絶対絶望なんかしねーよ」

「それは貴方達が真実を知らないからでしょう?」

 トーリは首を横に振る。

「しない。俺たちはそう誓ったからな。皆で笑って前に歩こうって、どんなに辛い事があっても進み続けようって、だから聞けよ? お前ら」

 

***

 

『これから先、もっと辛い事があるかも知れねえ。紫さんが言うように絶望の真実とやらがあるのかも知れねえ。

でも俺たちはそれでも前に進む。神州の三河で、英国で、マクデブルクで、上越露西亜で、俺たちは前に進む事にした!

ホライゾンのとーちゃんが、松永のおっさんが、里見・義頼が、そしてこっちじゃあ元忠のおっさんが俺たちに道を開いてくれた!!』

 艦橋防衛隊の詰め所で誰もが上空に表示される大型表示枠を見ていた。

『俺たちはそういった奴らの為にも進まなきゃいけねえ!

今もこの世界のどこかで助けを求めている奴等の所に行かなきゃいけねえ!

でも、一人じゃ辛いかもしれない。人間、一人じゃあやれることに限界があるし辛くなって押し潰されちまうかも知れねえ!

だからそう言う時は誰かを頼ろうぜ? 家族・友達・先生・先輩・恋人・敵・味方!

そいつらと話して頼って支えて、それでも不可能なら俺に全部預けちまえ!!

俺には何にもできねえ。だけどお前らの絶望や不可能を全部受け止めてやる!!』

 王は叫ぶ。

 笑みを浮かべ、前を見て。

『俺、葵・トーリはここに居るぜ!! おめえらと一緒に、どこまでも! この道の先を!境界線の先へ!! だから行こうぜ!! 皆!!』

 表示枠に映る王を見上げ男が苦笑した。

「おうおう、うちの王様がまた大きく出たぜ」

 男の刀は既に折れており、内燃排気も尽きている。

だが彼は立ち上がった。

 近くの太い木の棒を持つと肩に棒を担ぎ上げ笑みを浮かべた。

「そうね。このまま負けっぱなしは嫌だものね」

 女が立ち上がり残りの内燃排気を術式盾に回す。

「だよなー、ここまで来たらとことん行きたいよなー」

 他の面子も次々に立ち上がって行く。

 皆、弾薬も、武器も、術式も無い。

だが……。

「俺たちは武蔵だからな! 見てろよ織田! 見てろよ羽柴! 世界を簡単に動かせると思うなよ!!」

 

***

 

 妖怪達は進軍を続けていた。

 敵は敗走を続け、士気も尽きただろう。

ならば今こそ勝負を決する時!

このまま一気に艦橋に攻め上がり武蔵を陥落させる。

 正面から敵が来た。

 無駄な足掻きを。

 既に武器も無く、内燃排気も無く、心折れているというだろうに。

「押シ潰セ!!」

 先頭を駆ける小鬼が叫んだ瞬間、彼の顔面に木製の柱が激突した。

 鈍い音を立て、小鬼が倒れると軍団は止まる。

「ナ、ナンダ?」

 ここに来て漸く異常を感じた。

 正面から来る軍団は今までと違った。

 皆傷つき疲れ切っていると思われるのに誰一人突撃を止めない。

 武蔵の軍団が声を上げた。

「いくぞぉ!! お前ら!!」

「「Judgment!!」」

 兵たちは声を上げる。高らかに、胸を張り。

「「ああ、――我ら既に聖罰を受ける身なり!」」

 動きは止まらない。

内燃排気が尽きれば武器で戦う。

武器が折れれば敵に投げつけ、素手で戦う。

「「我ら王の可能性と姫の感情を持ちていく者なり!」」

 前を向き、ただひたすらに。

「「されど我ら、王と姫に哀しみを与えぬ者なり!!」」

 声は重なる。

 武蔵野全土から、武蔵全艦から。

 反撃の鬨を上げ、侵略者を追い返すために。

「武蔵なめんな!!」

 妖怪が動揺し後退を始める。

「終末が何だ!!」

「“破界計画”が何だ!!」

「絶望が何だ!!」

 そんなもの知った事かと。

 そんなものに屈しないと。

「だから行くぞ! お前ら!! 馬鹿な王様を助けてやんねえとなっ!!」

「「Jud!!」」

 武蔵の兵が妖怪を追撃する。

 たった一瞬にして、戦局は覆された。

 

***

 

 戦場が動き始めたのがここからでも分かった。

 手に握る緋想の剣から人々の思いが伝わって来る。

「……大した奴よね」

 そう呟くと膝枕をしているホライゾンが頷く。

「あの男、普段は馬鹿やってますがこういうところは小癪ですよね」

 「褒めてないわよ、それ」と苦笑すると紫が忌々しげにトーリを睨んだ。

「やはり、最大の敵は貴方でしたか」

「そりゃあ、おめえ。俺は王様だからな」

 トーリは笑うと此方を見る。

「で、どうするよ? さっきも言ったとおり俺たちは助けを求められれば何処にだって駆けつける。

だけど決めるのはおめえだ。おめえの、自分の意志で後悔無く選んでくれ」

 ある意味では突き放しだ。

 あくまで選ぶのは自分。

親切でも偽善で助けるのでもなく自分の意志で選ばせてそれを武蔵は助ける。

それこそが後悔無き道。

 自分は、選べるだろうか?

 私は変わることを決めた。

 昔から私は孤独だ。

 友人などおらず、他者の助けなど要らない。それで満足であった。

だがここに来て、おせっかいのように見えてそうじゃなくて、それでいて前向きな馬鹿共と出会って。

 自分の心は弱くなった。

 ちょっとした事で心は揺れ動くようになり、孤独がたまらなく嫌になった。

 でもそれ以上の者を得れたと確信している。

 対してこの敵は不変だ。

 この八雲紫という女は変わらない。

常に冷静で大局を見て、幻想郷を愛している。

その事は悪くない。いや、もしかしたら彼女の方が正しいのかもしれない。

 変わって行く自分の方が異物なのかもしれない。

それでも……。

━━私は進むと決めた! この果てしない道の先を見るために!

 だからこの言葉は宣誓だ。

 自分が変わるために、これからも徳川と武蔵と一緒に歩むための。

昔の自分なら決して口にしなかった禁忌の言葉。

 息を吸う。

 顔には笑みを瞳には強い意志を。

 皆を見て、敵を見て。

そして大声を上げた。

「誰か!! 助けてちょうだい!!」

「「Judgment!!」」

 結界が割れた。

 八重の膜は硝子のように砕け散り、流体の光が雪の様に降り注ぐ。

 そして眼前に飛び降りる影があった。

 一つは黒く長い髪を後ろで結った少女。

「武蔵アリアダスト教導院副長、本多・二代!」

 一人は赤い制服を見に纏った青年。

「同じく副長補佐、立花・宗茂!!」

 一人は明るい茶色のツインテールを元気良く振る少女。

「遊撃士協会武蔵支部所属、エステル・ブライト!」

 最後は黒く美しい髪を持つ青年だ。

「同じく正遊撃士、ヨシュア・ブライト!」

 四人が戦場に立ち、高らかに叫ぶ・

「「我等友の願いの為、力を奮わん!!」」



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~第四十二章・『銀色の月』 守る者の為に (配点:守護者)~

 

 村山を二つの影が飛んでいた。

 一つは道路を飛翔し、左へ右へと角を曲がりながら追跡者を振り払おうとする。

 もう一つは道路を飛翔する獲物を追うようにやや上方、屋根の高さぐらいを飛行しながら口元に笑みを浮かべている。

━━やっぱ振り切るのは無理か!

 そう道路を飛翔する影━━姫海堂はたては内心で舌打つ。

 敵は吸血鬼。

 最も夜の恩恵を受ける種族だ。

自分達天狗も妖怪であるため夜の恩恵は受けるが吸血鬼に比べたら些細なもの。

後方から閃光が来る。

 流体の光は一直線に此方に迫り、それを路地に入ることで避ける。

 対して敵もややおお回りながら旋回し、此方を上方から追撃する。

━━腐っても吸血鬼ってね!!

 紅魔館の主に比べれば弱い吸血鬼だがそれでも脅威だ。

 スピードも鴉天狗である自分に追いついてくるし、火力に関しては敵の方が上だ。

「どっかで形勢を逆転しないと……」

 上を取られたままなのは不味い。

だがどうする?

 そう思っていると表示枠が開いた。

『はたて様、いまどちらでしょうか?』

「“曳馬”!? どうしてこっちに!?」

 自動人形は『Jud.』と頷く。

『補助戦力として武蔵に残留いたしました。艦は航行するだけなら自動航行で十分なため』

「なるほどね、いまこっちは……!!」

 咄嗟に右へ曲がり大通りに出る。

それに僅かに遅れて後方で爆発が生じた。

『先ほどの爆発で所在を把握できました』

「それで? 何の用? 今ちょっと忙しいんだけど!」

『はたて様の援護に参りました』

 それは有り難いと思った。

何せ自分一人では打開策が思いつかなかったので。

「どうするの?」

 後方から放たれる敵の攻撃を避けながら尋ねる。

『まず、はたて様が敵をこのまま誘導します。私は事前に誘導地点を狙撃できる場所まで移動し……』

「敵を討つと?」

『Jud.、 誘導地点は此方で既に見つけておりますのでそちらに情報を送ります』

 表示枠に地図が送られてくると確認する。

━━ちょっと遠いな……。

 だが狙撃の素人でもここが“良い”と言う事は分かる。

 “曳馬”は狙撃の達人だ。

この場所なら万が一にも外す事は無い。

ならば自分は……。

「任せなさい!」

 肯定を送った。

 そして敵を誘導しようと思うと“曳馬”が何かを訊きたそうにしているように感じた。

「……なんか悩み事?」

 此方の言葉に“曳馬”は驚く。

いや、自動人形である彼女には驚くという感情は無い。

だが確かに、自分には彼女が驚いたように見えた。

『なぜ、そう思うので?』

「なんとなくよ。なんとなくそう思っただけ。

それで? 悩み事はあるのかしら?」

 彼女とも妙な縁がある。

 友人とまではいかないかも知れないが、知人以上の関係だ。

何か悩んでいるなら相談に乗ろうと思った。

 “曳馬”は数秒ほど沈黙した後にゆっくりと頷き、口を開いた。

『━━━━後悔とは何でしょうか?』

 

***

 

 “曳馬”は自分でも変な事を言っていると判断した。

 言うつもりが無かった言葉。

なぜそんな事を訊いてしまったのか? 自分の思考回路に何か問題があるのだろうか?

 ともかく先ほどの言葉は取り消しましょう。

 そう思うとはたてが言葉を返した。

『あんたは何だと思う?』

「質問に質問を返すのですか?」

 屋根の上を駆けながら問う。

『ええ、あんたが後悔をどういう物と捉えているかによって返す言葉を選ばなきゃいけないから』

 後悔には様々な意味があると、そう言う事だ。

「後悔とは己の失敗を意味します。今日、私は鳥居元忠様を助ける事が出来ませんでした。

あの状況では何度計算しても彼を助ける事は不可能。

ですがそれでは納得しない自分がいます。これを人間的には後悔と呼ぶのではないでしょうか?」

 あの時の事を思い出す度、自分の思考に齟齬(バグ)が生じる。

「この様な齟齬(バグ)を生じないようにするのであれば、トーリ様の言う事は正しいのでしょうか?」

 齟齬(バグ)は思考に負荷を与える。

今だってそうだ。今の自分は敵を倒すべく動きを最適化させなければいけない。

なのについ足を止めそうになる。

この様なもの不要だ。

『うーん、後悔しないようにするってのと後悔を全く無くすってのは違うと思うのよね。私は』

 意外な言葉に今度こそ足が止まった。

「どういうことでしょうか?」

 表示枠のはたては少し困ったように笑った。

『心については私も専門外だからあまり偉そうに言えないけど、後悔しないようにするってのは後悔した事がある人間にしか出来ないと思うのよね』

「後悔しないようにするのに後悔をするのですか?」

 はたては頷く。

『だってそうでしょう? 後悔をした事は無いってのは常に最善手を打って成功し続けた人間。つまり、後悔したことないから後悔が分からない』

 それはそうだろう。常に最善を出来るのであればそれにこした事は無い。

『でもね、後悔が無い奴は何時までたっても上へはいけないのよ。

後悔が無い道を進み続けるという事は常に同じ道を歩き続ける事。最善手を打ち続けるだけであって、その上を行こうとはしない。

まあ、それも一つの正解よね。後悔はしないにこした事は無い。

でも……』

 止まっていた足を動かし、駆けながらはたての言葉を聞き続ける。

『今より上に行くなら必ず未知と当たる。

未知と当たれば最善手と言うものは無くなる。そして失敗して、後悔する。

でもね、後悔があるからこそ私たちは学べて上を行ける。

そして次こそは後悔無き選択を出来るってわけ。そこらへん、貴女にも分かるんじゃない?』

「Jud.、 自動人形も失敗を元に行動を組みなおし最善を目指します。つまりはそれと同じと?」

『そうね。後悔して後悔をしないようにするってのは私は“魂の成長”だと思っているわ。

辛い経験をして、でもそれを乗り越えたときこそ私たちは本当の意味で前に進める』

 すこし背の高い建物に上に着地する。

 ここから五百メートルほど離れた所にちょっとした広場があった。

「では自動人形である私は成長する事は不可能ですね。私には素材となった魂はありますが、皆様のような本物ではなく紛い物です。

感情も無く、魂も紛い物の私には後悔の後の成長は不可能と判断します」

 近くで爆発音が聞えた。

そろそろだろう。

『そうかしら? 紛い物だろうが何だろうが心は宿ると思うわよ?

ほら、私たちの世界では付喪神ってのが存在するし』

「ほほぅ、つまりはたて様は私が数百超えた老婆の如き存在と?」

『ま、まあ、そこはいいじゃない。私も相当な年だし』

 「そうですね」と頷く。年的には向こうのほうが圧倒的に上な筈だ。

それにしては少々そそっかしいと思うが。

『なんか偉そうな事を言ったけど、お互い未熟者。後悔なき道の先がどうなっているのか分からないけど、今は……』

「Jud.、 通過点を塞ぐ障害物の排除をしましょう」

 小さな広場の北、つまり自分から見て右側からはたてと金髪の吸血鬼の姿が見える。

 片手で長銃を構え、視界を拡大する。

 攻撃のチャンスは一回のみ。

だが必ず当てれるという根拠の無い確信があった。

━━これも齟齬(バグ)の一種でしょうか?

 だがこの齟齬(バグ)は悪くない。人間的に言えば気分が良い。

 引金に指を掛け、時を待つ。

はたてが広場に出、それに吸血鬼が続く。

全てはスローモーションに。ゆっくりと、しかししっかりと引金を引き。

「━━━━これは紛い物が本物と共に歩む事を決めた、決意の一撃です!」

 銃弾が放たれた。

 

***

 

 くるみは楽しんでいた。

なにせ久々の出番だ。

幻想郷では来客が全然無い夢幻館に篭り、こっちでは中々前線に出してくれなかった。

 政治的なことは分からない。

 自分が何で武蔵と戦っているのかは知らない。

ただ主である幽香様から命令を受けただけだ。

 最初の獲物は逃した。

だが次に現われた獲物が鴉天狗という大物なのでよしとしよう。

だがこの天狗、逃げ回ってばかりである。

 自分的にはもっとこう、派手に戦いたいのだがこう逃げ回られては大技を振りづらい。

━━そろそろ距離を詰めようかなー。

 敵は速いが短距離走なら此方の方が上だ。

 夜の力を得ている今の自分なら思い切って加速すれば敵に追いつける。

 そうなると問題はタイミングだ。

道路では路地に入られ逃げられる危険性がある。

自分の加速は直線的にしか出来ないため一度逃せばそのまま敵を完全に逃してしまう可能性がある。

 ふと前を見た。

 前には小さな広場。

あそこなら直ぐには路地に入れない。

━━あそこにしよーっと。

 翼を獲物にばれないように徐々に広げて行く。

 敵が広場に入った瞬間に一気に加速しよう。

そしてあそこで敵を狩り、幽香様に褒めてもらうことにしよう。

 敵が此方を一瞥する。

さっきからなんか表示枠で誰かと連絡しているがどうせ助けを求めているのだろう。

 だが無駄だ。

何故なら彼女は次で終わるから。

「入った!!」

 敵が広場に入った!

 今こそ好機!

 翼を一気に羽ばたかせ加速する。

敵の背中があっと言う間に迫り、腕を突き出し貫こうとする。

「はい! おしまい!!」

 爪が敵の背中を貫く瞬間、彼女は振り向き笑みを浮かべた。

「あんたがね!」

 直後、銃声音が聞え体の高度が一気に下がった。

━━え?

 驚きは声にならない。

 翼に凄まじい痛みを感じ、振り返れば右翼が根元から断たれていた。

「あ?」

 二度目の銃声音が鳴る。

 左翼が千切れた。

二対の翼は血を吐き出しながら宙を舞う。

その光景を見て、初めて自分の置かれている状況を理解した。

「狙撃手!?」

 今度の音は二連続だ。

 はっきりと二つの銃弾が此方に迫るのが見え、銃弾が此方の胴を貫いた。

 

***

 

 はたては敵が墜落したのを見た。

 翼を失った彼女は広場に落ち転がると青ざめた表情で腹部を押さえながら路地に逃げ込む。

 追撃はしない。

 吸血鬼ならあの程度では死なないだろうが当分は戦闘行為を出来ない筈だ。

 同郷のものを手にはかけたくない。

『追撃しませんでしたね』

「やっぱり甘い?」

 『Jud.』と自動人形は頷く。

『ですが、それでこそはたて様だと判断します』

 『これからそちらに向かいますので』と彼女が通神を切るととりあえず近くの屋根に座る。

「偉そうな事言ったものねー」

 後悔がどうだのと、偉そうな事を言ってしまったが自分だってぶれにぶれている身だ。

 己が何をしたいのかまだはっきりと分かっていないのにあんな事を言っては説得力が無いだろう。

だが……。

「こうやって自由に悩めるのも武蔵だから、かしらね?」

 ならば悩もう。

悩みに悩みぬいて、それでいつか自分の道を決めよう。

だからそれまでは……。

「私はここでしたいことをするだけ」

 そう頷くと屋根を伝って“曳馬”がやって来た。

 彼女の方を向き手を振ると一瞬だが彼女が笑みを浮かべたような気がした。

それは自分の錯覚かもしれないが、彼女も何か前に進めた。

そう思うと思うのであった。

 

***

 

 武蔵野の広場にて両者の相対が終わった。

 踊り子は堂々と立ち、対して狐は息を切らせ肩を大きく揺らす。

「通したぞ」

 狐が不敵に笑う。

「通ったわね」

 踊り子が優しい笑みを浮かべ己の頬に出来た傷を指でなぞる。

 決着だ。

 葵・喜美はまだ余力があり、八雲藍は消耗しきっている。

だがこの勝負は……。

「喜美の負けですわね」

 「Jud.」と頷いたのは喜美だ。

彼女は疲労軽減の術式と回復術式を同時に展開し、治療を行う。

「貴女の思い、しっかりと私に通ったわよ」

 藍は息を整え、頷いた後頭を下げた。

「感謝しよう、葵・喜美。お前のお蔭で忘れていた事を思い出した」

「もう自分がどうなってもいいとか思ってない?」

「ああ、私が死んだら紫様を支える存在が居なくなるからな」

 藍は笑みを浮かべた。

初めて見せたとても優しい笑みだ。

そして彼女は此方を見る。

「では、次の勝負と行こうか」

 「Jud」と立ち上がると喜美と後退する。

途中彼女とハイタッチをし、互いに視線を交える。

“頑張りなさいよ”と。

「まず訊きますわ。撤退する気は?」

「無論無い。武蔵の騎士よ、貴様にも分かるだろう。私は主の敵を討つ為、貴様は貴様の王を守る為」

 故に手加減無用と。

ならば彼女の誇りを尊重するためにも自分は……。

「ハイディ! 出番ですわよ!!」

『ご契約有難う御座いましたー!!』

 表示枠にハイディが映り、契約が承認された。

 

***

 

 影が差した。

 広場を覆うように月明かりが消える。

「これは…………!!」

 上空を見上げれば一隻の輸送艦が滞空していた。

 艦の各所を破損させている輸送艦は下部のハッチを開くと木材を投下して行く。

 それを後方への跳躍で避けると広場全体に柱が突き立つ。

「なるほど……狩場か」

「Jud.」という肯定の声は頭上から掛けられた。

銀が輝く。

月明かりを背に、その銀の大ボリュームを靡かせながら騎士は柱の上に立っていた。

「狩場と言うよりは私達の決戦場ですわ」

 騎士は不敵に笑う。

 敵は頭上を取って来たか。

だがこの程度の柱なら薙ぎ払えば……。

 銀狼が柱から飛び降りる。

 華麗に、隙無く着地し此方と相対する。

「わざわざ降りて来るのか?」

「ええ、狼は地に足が着くのを好みますので!」

 敵が消えた。

 いや、横へ跳躍したのだ。

 柱を盾にしながら銀の光が駆ける。

対する自分は動かない。

先ほどまでの踊り子との戦いで自分は消耗しており、内燃排気も残り少ない。

故に攻撃に使う術式は排気の消費が少ない先ほどまで振るっていた流体の剣と斧だ。

 銀狼は速い。

だがその速さは筋力を使った直線的な跳躍だ。

つまり途中で方向転換を行うといった柔軟な行動が出来ず、敵の足の動きを見れば行動を読みやすい。

 体力も内燃排気も無い今の自分が狙うのはカウンターだ。

 敵が突撃をしてきた所にカウンターを叩き込み、短期決戦を行う。

 銀狼は徐々に包囲を狭めて行き、そして……。

━━来るか!!

 狼が着地と同時に跳ねた。

 足の向きは此方。

 真っ直ぐに此方に跳躍し、拳を構える。

「どれだけ速かろうが予測さえ出来れば……!?」

 銀色が再び消えた。

 此方が武器を振った瞬間、眼前から消えたのだ。

━━馬鹿な!? 一体どうやって!?

 原因は直ぐに理解できた。

 銀色の塊から伸びるものがあった。

狼と同じく銀色のそれは……。

「銀鎖か!!」

 敵は銀鎖で柱を掴み、自分を引き寄せていたのだ。

それにより敵は空中でも自由に方向転換が可能であり、予測はし辛くなる。

やはり柱を砕くか!?

 そう判断した瞬間、銀色が迫る。

「!!」

 咄嗟に横へ跳躍すれば攻撃を外した狼は直ぐに柱の森へと消える。

「狼の森、と言うことか!」

 だが甘く見るなよ!

 私はただ狩られるだけの狐ではない!

 息を整え、周囲の音に集中する。

予測など小賢しい事は考えるな。

柱を砕くなどするな。隙を与えるだけだ。

ただ己の獣性を前面に出し、本能と直感を使え!

 鎖が伸びる音、狼の息遣い、己の息遣い、それらが混じる中で聞えた。

地面に着地し、再び跳ねる音。

━━後ろか!!

 振り返り左手の斧を叩き込めば狼は己の右腕に銀鎖を巻きつけ弾く。

 そして此方の横をすり抜け、再び柱の森に入る。

 今度は右だ。

 右から来る敵を右手の剣で迎撃する。

両者の間に再び火花が散り、仕切りなおしに。

狐と狼は舞うように火花を散らしあった。

 

***

 

 ネイト・ミトツダイラはこの敵と相対しながらこの敵の凄さをあらためて感じた。

 敵は先ほどまで喜美と戦い、消耗しているにも関わらず闘志は全く衰えず正確に此方を迎撃する。

 対して自分は一度敗れ、今はハイディの協力を得て有利な場所で戦っている。

 本当なら正々堂々と、同じ条件で戦うべきなのだろうが……。

━━いえ、その考えこそ彼女への侮辱となりますわね。

 全力でぶつかる。それこそ自分が示せる彼女への敬意だ。

「では、行きますのよ!!」

 

***

 

 藍は敵の足音を聞いた。

先ほどまでとは違う、力強い踏み込みだ。

━━来るか! 銀狼!!

 敵は決着を付けに来た。

ちょうど良い。こちらもそろそろ体力の限界だったのだ。

 銀色が一気に迫る。

だがその姿は眼前から一瞬で消え、背後へ。

いや、そこから更に移動した。

 高速で旋回しながら此方を狙い、来た。

 此方の左方から、一直線に。

 振り返り、斧を振るった先に見えたのは青い騎士服であった。

━━服だけだと!?

 投げつけられた服から僅かに遅れ銀狼が来た。

 彼女は銀鎖のタンクを外し、インナースーツのみとなると姿勢を低くしながら此方に突撃する。

「まだだ!!」

 強引に体を捻り、右手の剣を突き出す。

 敵は体を地面に対してほぼ水平にしており此方の刺突を避けることは不可能な筈である。

だがこの敵は予想外の事をした。

 両の拳で地面を叩き、体を跳ねらせたのである。

頭上を銀の狼が吠えるように跳躍する。

「AGRRRR!!」

 狼は吠える。

 宙に舞いながら月を見て。

 彼女は背後で着地をすると振り返った。

対する自分も再び強引に振り返りながら両手の武器を振るう。

「おおおおおおおお!!」

 狐が吠える。

己の勝利を信じて。主の敵を倒すべく。

「AGRRRRRRRRRR!!」

 狼が吠える。

己の勝利を信じて。王の道を切り拓くために。

 そして決着は訪れた。

 

***

 

 月明かりの下、二つの影は一つとなっていた。

 銀狼の脇腹には流体の剣が突き刺さり、狐の胸には銀狼の拳が食い込んでいた。

 両者不動。互いに視線を交わし、沈黙する。

「ふ」

 狐が笑った。

 流体の剣が収納されて行き、銀狼が膝を着く。

そして狼が片膝を着くと、狐は笑みのまま崩れた。

「私の……負けだ……」

「Jud.、 私の……勝ちですわ」

 脇腹から噴出す血を手で止めながらそうネイト・ミトツダイラは頷いた。

 本当に僅差であった。

僅差で此方の拳が先に敵の胸を穿ち、勝利得た。

本当に、万全の彼女と相対していたらどうなっていたのか……。

 止血術式で傷口を塞ぐとうつ伏せで倒れている藍の隣りに座る。

「見事だよ、武蔵の騎士」

「それを言うなら貴女もですわ、賢者の式」

 互いに笑みを浮かべると藍は起き上がり近くの柱に背凭れる。

「久々だよ。ここまでやられたのは」

「私一人の力ではありませんわ」

「そうだな。だがそれこそお前の力だ。

頼れる仲間がいるというのは良い事だな……」

 そう言うと彼女は空を見上げ、目を細める。

そんな彼女の姿は見た目よりももっとか細く、年老いた老婆のように見えた。

 彼女は狐の妖怪だ。

人間よりもずっと長く生き、色々なものを見て悩んできたのだろう。

「それで……? 私をどうする?」

「どうもしませんわ。貴女がまだ立ち上がって戦うというならば別ですが」

 狐は「甘いな」と笑う。

「だが、そうか、この甘さに私は教えられて、負けたのか」

 藍は回復術式符を呼び出すと此方に渡す。

「行けよ、銀狼。この道の先を、先を進み、様々な事を知るだろう。

それらを全て受け止めて更に進むのであれば、道の先で再び相見えるだろう」

「その時が、決着の時ですわね」

 狐が頷き銀狼も頷く。

受け取った回復術式符を使用し立ち上がると広場の出口で待っている人たちが居た。

 回復して立ち上がった獅子を交えた点蔵たちは私が来るのを待っている。

━━さあ、行きますわよネイト。先へ行く為に。

 振り返り藍に一瞥すると駆け出した。

 

***

 

 仲間のもとに戻って行く銀狼の背中を見ながら藍は笑った。

「甘くなったものだな……」

 まだ内燃排気は尽きていない。

今なら背後から彼女を貫くことが出来るが、そんな気分にはなれなかった。

 ちょっと前までの自分ならありえなかった行為だ。

 絆されたか?

だが、それも良いのだろう。

何故ならこんなにも心が軽いのだから。

━━進めよ、武蔵。紫様や私が見つけられなかった道を見つけてみろ。

 空を見上げれば雲ひとつ無く、月が此方を照らしていた。

 そう言えば少し前に橙が紫様を交えて食事会をしようと言っていたな。

あの時はそんな暇は無いと言ってしまったが……。

「……食事会か、それもいいかもな」

 今は願おう。

 この戦いの結果がどうであれ、それが紫様にとって幸いである事を。

そう思い、ゆっくりを目蓋を閉じるのであった。



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~第四十三章・『鬼退治の先往き者』 これは決別ではなく、新たな始りだから (配点:茨歌仙) ~

 赤が靡く。

 燃え盛る炎のように赤い髪を靡かせた死神は鎌を肩に乗せ仁王立ちをする。

「なんで、ここに?」

 そう疑問の言葉を口にすると死神は振り返り笑った。

「なんでってそりゃあ、こんだけ派手にやれば目を引くさ。

それで何事かと来てみれば見知った顔がピンチで助けにきたってわけ」

 そう言うと小野塚小町は「立てるかい?」と手を差し伸べる。

それを左手、本当の手で取ると立ち上がる。

「へえ、死神が鬼同士の戦いに水を差すのかい?」

 自分達と向き合うように立っていた伊吹萃香がそう言うと思わず体が反応する。

 鬼。

そうだ、自分は鬼だ。鬼でありながら素性を隠し、仙人まがいの事をし、結果として中途半端に……。

「鬼? そりゃあ、誰のことだい?」

「呆けるんじゃないよ。あんた位になればそいつが何者か分かるだろう?」

 萃香の言葉に小町は大げさに首を振った。

「そりゃあ、買いかぶりすぎだね。あたいはただの三途の川の船頭。三下も三下、死神の面汚しさ」

「ふうん? 三下が閻魔と顔見知りとは思えないけどねえ」

 萃香は目を細め、闘気を高める。

 いけない! このままでは彼女が巻き込まれる!

何とか前に出ようとするが足が動かない。

膝が震え、体が敵と相対することを恐れているのだ。

今度こそ、完全に心をおられる事を恐れているのだ。

━━なんて、情けない…………!

 己の情けなさに唇を噛み締めると小町が此方の肩に手を乗せた。

 「そして気を楽にしな」とウィンクする。

「こいつが誰かなんてあたいにはどうでもいいのさ。

あたいにとってはこいつは説教好きの仙人もどきで、食い歩き大好き女で、そうさね、友達、かね?」

「え?」

 驚き彼女の顔を見れば彼女はにやりと笑みを浮かべる。

「あたいはただ友達を救いに来ただけさ。鬼同士の争いなんて知ったこっちゃ無い」

 そう萃香に言うと今度はこっちに振り向く。

「あんたも、少し落ち着いて耳を澄ましてみな」

 首を傾げ深呼吸をし、耳を澄ますと周囲の音が聞えてきた。

「…………あ」

「聞えるだろ?」

 頷く。

 声が聞えた。

 彼方此方で。

この絶望的な状況の中でも希望を捨てず、前へ進み続ける者達の声が。

鬨の声が聞えた。

何処かで誰かが敵を押し返したのだ。

声は繋がり、連鎖して行き、大きな感情の波となる。

「あんたが何を目的にしてるのか分からないけど。あんたも“これ”に可能性を見出したんだろ?」

 そうだ。

 自分はその為にここに居るのだ。

 だから、そう、こんな所で。

「立ち止まって居られない!!」

 拳を握り、大きく一歩踏み出す。

「伊吹萃香、私は“昔の”茨木華扇では無く、“今の”茨木華扇として貴女と相対します!!」

 

***

 

「…………ほう」

 伊吹萃香は小さく息を吐いた。

 最初に会った時は随分と腑抜けたかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

何故なら今の彼女の目は……。

「昔の目だねえ」

 四天王として共に歩んで来た頃の彼女の目だ。

その彼女の横に居るのが自分では無いのが少々寂しいと思うが。

「それじゃあ“今の”茨木華扇。あんたは、その友人と共に来るのかい?」

「ええ、私は鬼ではなく仙人として、彼女と共に貴女と相対します」

「そうかい、じゃあ来な! “茨歌仙”!!」

 敵たちが動く。

 死神を前衛に、歌仙を後衛にした布陣。

 華扇の攻撃手段は先ほど知ったので良い。

だが、この死神が少し厄介だ。

 本人は三下などと言っているがこの死神が一度あの天人を真っ向勝負で倒した事を自分は知っている。

 飄々としており、掴みどころが無く、実力を測り辛い。

 死神の得物は鎌。

幻想郷の時に持っていた鎌は所謂客引き用の模造品だが、今彼女が持っているのは本物の死神の鎌だろう。

 死神の鎌は霊体を切り取り、妖魔を払う事が出来、高位の使い手であれば空間を裂くこともで切るという。

この女がどれ程までの使い手かは分からないが……。

「あまり食らいたくはないねえ!!」

 敵の突撃に対し此方も突撃する。

 狙うのは死神。

 手の内が分からず、厄介な敵を封じる!

 振り下ろされる鎌を左拳で払い、右拳を突き出せば彼女の姿は一瞬で遠くなった。

そしてその代わりに華扇が放った水の槍が迫る。

「距離操作!!」

 そうだ。

この死神はそういった事が出来るのであった。

眼前に高密度の熱弾を作り放つと水の槍と激突し、蒸気が周囲を包む。

 白く染まる視界の中再び赤毛が一瞬で迫り鎌を振るう。

 それを迎撃している間に蒸気の霧を突っ切り、華扇がこちらの背後に回りこんだ。

包帯を巻いた右腕を地面に着けると流体の茨が伸び、此方を拘束しようとする。

その為、上方への跳躍で逃れるが死神が此方を追う。

「空にいりゃあ、逃げれないだろ!!」

「それは、どうかな!!」

 爆発が生じた。

 小鬼の体が膨れ上がり、霧の爆発が生じる。

 白い爆風を逃れるため死神は後方へ距離操作をし、逃れる。

 地面に着地すると彼女は霧が収束するのを見上げながら額に浮かんだ汗を拭った。

「危ない危ない、自分の体を拡散して爆発させるなんてね」

「この程度、私には簡単さ」

 小鬼が近くの家屋の屋根に着地し余裕の笑みを浮かべる。

「さあて、じゃあ今度はこっちの番だ!!」

 そう笑い、敵に迫った。

 

***

 

━━いやはや、冗談キツイ!!

 鬼の力、これ程とは。

 小さな鬼から放たれる連撃は何れも食らえば致命的な攻撃だ。

掠っただけで肌が裂け、肉が抉れる。

下から顎を目掛けて放たれる拳を仰け反り、避ければ今度は正拳突きだ。

即座に鎌の柄で受けるが凄まじい衝撃に両腕が痺れる。

━━近接戦闘は自殺行為さね!!

 距離を離そうと体を距離操作で移動した瞬間、「駄目!!」と言う華扇の声を聞いた。

 「何が?」とは思わない。

何故なら前方から凄まじい重圧を感じたから。

小鬼は拳を構え、ゆっくりと突き出していた。

 直後、何かが来る。

 何かは家屋や地面を砕きながら此方に迫り……。

━━避けられない!?

「二重方陣!!」

 眼前に二重の障壁が展開されるがそれらは容易く砕かれ、体の前面に強烈な打撃を食らった。

「…………!!」

 骨が折れる音が響き、口から血が吹き出る。

 体の前面を打撃され吹き飛びながら地面を転がり、壁に叩き付けられる。

「いま……のは……?」

 血を吐き出しながら起き上がれば小鬼が此方に華扇を投げつけてきた。

 それを傷ついた体で何とか受け止めると彼女は感謝の言葉を述べ、直ぐに此方の治療を始める。

「距離操作では直線的にしか動く事が出来ない。

つまりあんたが取れる行動は前進か後退、後ろへ逃れるなら此方も一直線に攻撃を放てばいい」

「だから、拳から気を放ち射出すると?」

 小鬼は頷く。

 戦慄した。

 この敵はいとも容易く気を放ち、拳の先、一直線に空間を殴打したのだ。

 どこかで再び歓声が沸く。

 小鬼はその方角を見ると目を細めた。

「私としてはあんたたちとこのまま戦い続けたいが、どうやらこっちの旗色が悪くなってきたらしい。悪いが、そろそろ決着をつけさせてもらうよ」

「そうね、私たちもこれ以上飲んだくれの相手をしたくないし」

 華扇が此方の応急治療を終え、立ち上がる。

「そうだねえ、ちょいと疲れてきたし、そろそろ休みたいさ」

 此方も鎌を構える。

 敵は短期決戦を望んでいる。

ならば次に来るのは一撃必殺級の大技。

それを自分達に防ぐ手段は無い。

ならば。

「先手打つよ」

 華扇が頷く。

 小鬼が笑い、一歩前に出る。

 それと同時に駆け出した。

 距離操作で敵との間合いを詰め鎌を振る……ふりをして後方へ逃れた。

 敵は此方の迎撃の為拳を振るい、それが空振る。

「縛!!」

 足元から生えた茨に拘束され敵は動きを制限される。

この敵に拘束は長く通用しない。

だが一瞬でも動きさえ止められれば!!

 大きく踏み込み鎌を振り上げる。

 小鬼の足を拘束していた茨が千切れる。

だが構わない。腕さえ拘束できていればこちらの攻撃を防げないはずだ。

 だが鎌を振り下ろした瞬間、再び悪寒を感じた。

先ほどのときよりも更に強く、“これは駄目だ”と思わせる悪寒。

「小町!!」

 華扇の声に体を止めようとするが間に合わない。

「一つ」

 小鬼が茨を引き千切り拳を突き出した。

重かった。

先ほど受けた殴打よりも更に重い一撃。

それを柄で受け止め、体が後ろへ吹き飛ばされる。

「二つ」

 鬼の姿が膨らんだ。

 拳が伸び、再び鎌の柄を穿つと……。

━━重すぎる!?

 一撃目よりも更に、圧倒的に重い一撃。

それを受けきれず、ついに鎌の柄が折れる。

「やば……!!」

「三つ━━━━四天王奥義『三歩壊廃』」

 更に敵が膨らみ、拳が放たれた。

 

***

 

「こっのっぉ!!」

 右腕から流体の茨を伸ばし、小町の腰に巻きつけると思いっきり引き寄せる。

 萃香の拳は小町の胸の前を空振り外れるが凄まじい衝撃が生じる。

 その衝撃に煽られたのと自分が引っ張ったのもあり、小町の体は弧を描きながら此方の後方へ仰向けに墜落した。

 ちょうどそう、剣玉を振り回して反対側に叩き付けたみたいに。

「きゃん!?」

「あ」

 暫く沈黙し、華扇は頷くと萃香を指差す。

「よくも小町を!!」

「いや、最後の叩き付け、明らかあんたが力入れてたよね?」

 さ、さあ? なんの事だろうか?

 それにしても……。

「久々に見たわね……、貴女の奥義」

「この技、使った後がキツイから普段使わないからねー」

 「どういうことだい?」と赤くなった鼻を摩りながら小町が立ち上がる。

「四天王奥義『三歩壊廃』。その能力は攻撃のたびに二乗倍で攻撃を増幅させる。

一撃目は通常の三倍、二撃目は九倍。三撃目は二十七倍の打撃力となる」

 言葉を続けたのは萃香だ。

「欠点としては攻撃のたび、己の体を形作っている流体を放出し火力を上げる。

まさに己を砕きながら敵を砕く、壊廃というわけさ」

「三発目の火力は勇儀の全力の一撃すら凌駕する。良かったわね、当たっていたら肉片一つ残らなかったわよ」

 「うへえ」と小町が半目になる。

 勇儀の『三歩必殺』が面制圧であるならば、彼女の『三歩壊廃』は一点特化。

 航空艦の装甲だろうが武神の装甲だろうが容易く粉砕するだろう。

 小町が横に立ち目で「どうするんだい?」と訊いて来る。

 身を削る一撃とはいえ彼女ならばあと四、五回は使える筈。

それらを全て避ける事は不可能。

だったら……。

「……私が隙を作るわ。だから……」

「あんたが作った隙をあたいが突いて倒すって事だね」

「ええ、信じてくれる?」

「そりゃあ、勿論」

 小町を視線を合わし互いに笑みを浮かべて頷くと敵と相対する。

━━さあ、行くわよ!!

 その決意と共に駆け出した。

 

***

 

 華扇は敵の姿を見る。

 敵は先ほどと同じように拳を引き、踏み込みの姿勢を見せている。

 彼女は再び『三歩壊廃』を使うつもりだ。

 鬼にとって奥義を使うという事は相手に最大限の敬意を示すと言う事である。

━━昔と変わってないわね。

 相対している敵は嘗て変わらない。

まるで昔に戻ったかのような錯覚を感じた。

だがそれは幻想。

 私は彼女に宣言した。

 私は今の私として彼女と相対すると。

ならば自分が取るべき行動は……。

「鬼の技を使わず、それでいて全力で貴女を倒す!!」

「やれるもんなら、やってみな!!」

 来る。

 敵が一歩踏み込んだ。

「一つ」

 拳が来る。

 此方も左拳を出し、激突する。

 左拳前に事前に展開していた防護障壁が砕ける。

━━一撃で全部砕かれた!!

 だがそれがどうした!! そんな事、想定の範囲内だ。

 敵が二歩目を踏み出そうとする。

対して自分は一歩下がり間合いを保つと再び左肘を引く。

「二つ」

 拳が来る。

 此方もそれに対して左腕を突き出す。

 腕を守る障壁は無い。

だがそれでも構わない。

 萃香の拳と此方の拳が激突し、赤い花が咲いた。

「……がっ!!」

 左拳が砕け、腕が裂け血が吹き出る。

━━まだだ!!

 歯を噛み締め意識が飛びそうになる頭を振る。

 血飛沫と汗が混じり両者の間で輝く。

 二発目を耐えた。

さあ、最後の一発だ。

 この最強の一撃さえ耐えれれば、勝てる!

━━来る!!

 鬼が三歩目を踏み込もうとする。

 次の一撃は絶対に防ぐ事が出来ない一撃。

だが勝機はある。

「━━三つ」

 三発目が来た。

 この拳に対して自分が出すのは。

「右腕!!」

 包帯を巻いた右腕を突き出す。

 敵の拳と右腕が激突し、そして右腕が、爆ぜた。

 

***

 

━━これは……ガスか!?

 華扇の右腕の包帯が解け、ガスが霧散してゆく。

━━やられたね!!

 この為に左腕を犠牲にしたか!

 自分の攻撃力倍加は拳が敵と激突した瞬間に発動する。

その為接触直後が最高火力を出せる瞬間であり、ここを逃すと通常の殴打となる。

 華扇は右腕で攻撃を受けた瞬間腕を破裂させる事によって此方の三発目の攻撃を無効化したのだ。

━━やられたねえ!!

 彼女の腕がこうなっている事を見抜けなかった自分のミスだ。

 何かしら仕掛けはあるとは思っていたがガスが腕になっているとは思わなかった。

「は」

 笑いが零れる。

 『三歩壊廃』は己の流体を使用する技。

特に三発目に消費する流体量は凄まじいものであり、一瞬だけありとあらゆる行動が不能となる。

 そしてその一瞬が勝負をつける。

「あんたの勝ちだ」

「ええ、私たちの勝ちよ!」

 華扇の背後から死神が現われた。

 死神は跳躍を行い、華扇を飛び越えると鎌を振り上げる。

刃が月光に照らされ、光の一閃が放たれる。

 光が視界を覆った瞬間、体が一刀両断された。

 

***

 

 華扇は萃香が一刀両断され霧となるのを見た。

 眼前に着地した小町は直ぐに周囲を警戒するが何時まで経っても萃香が戻ってこない事を確認すると警戒を解いた。

「逃げたんかね?」

「そう、みたいね」

 見逃してくれた、と言うことだろう。

 そう思うと一気に脱力し、前のめりに倒れかける。

「おっと!」

 小町が此方の体を抱きとめ支える。

 そして此方の左腕を確認すると苦笑した。

「随分と無茶したねえ」

「無茶しないと……勝てないからね……」

 今も勝ったとは言えない状況だ。

もし萃香が本気だったらどうなっていたのか……。

「じゃあ鬨を上げないとね」

「え」と驚くと小町は笑う。

「結果はどうであれあたいらは勝ったんだ。今は前を見て、胸を張って、誇ろうじゃないか。あんたの信念は通ったんだから」

 そうね。

 萃香、勇儀、私は先に進みます。

この道の先にあるものを見るために。

だから、これは暫しの決別です。

「━━敵将、伊吹萃香! 討ち取ったり!!」

 星空の中、共に支えられ高らかに宣言した。

 

***

 

 武蔵野艦首側に破壊が広がっていた。

 立ち並んでいた家屋は嵐が過ぎ去った後の如く全て潰し砕かれ、道路は捲り上がり所々武蔵野の中層が見える。

 動くものは何一つ無く、時折鳴り響く柱の砕ける音のみが事態の凄惨さを伝える。

 そんな破壊の終着点に本多忠勝は居た。

 彼は全身から血を流し、力なく崩れた建物の残骸に背凭れていた。

「…………」

 槍を握る腕が僅かに動く。

 閉じていた目蓋を上げ、ゆっくりと息を吐く。

━━なんと、無様な事よ。

 満身創痍。

 幾多の戦場を無傷で乗り切ってきた男がたった一撃で戦闘不能に追い込まれた。

「は」

 笑いが出る。

 これが東国無双か?

このように無様に倒れ、動く事が出来ない男が?

 顔を上げ霞む視界の先に敵が居た。

そうだ、敵だ。

我が殿の敵、我が友の敵。

━━どうした? 忠勝。彦右衛門尉は逝ったぞ?

 鳥居元忠は最期まで敵と戦い抜き、己の忠義を貫いたぞ?

 なのに貴様はここで倒れるのか? 忠勝!

━━否。

 手に持つ蜻蛉切の柄を強く握る。

 我が忠義は何ぞや?

 我は忠勝。“ただ勝つ”のが我が忠義である。

ならばどうするのか分かっているであろう?

「…………ただ勝つのみ」

 傷ついた体を動かし、立ち上がる。

 全身を凄まじい痛みが襲う。

だがそれは生きている証。まだ戦えるという証拠。

 兜を脱ぐ。

 不要であるから。

 鎧を脱ぐ。

 不要であるから。

 この敵に勝つのに必要なのは兜でも鎧でもない。

それは……。

「我が身と魂である!」

 身軽にし槍を構えると再び敵と相対した。

 

***

 

「…………ほぅ」

 星熊勇儀は感嘆の溜息を吐いた。

 あの攻撃を食らって死ななかった事、見事。

 満身創痍の身で立ち上がった事、見事!

そして今だ己の勝利を信じるその闘志、まことに見事!!

互いに言葉は発しない。

何故なら不要であるから。

 敵は己の勝利を信じ、そして自分も自分の勝利を信じる。

ならばやることは一つ。

━━来るかい!!

 武者が駆けた。

 先ほどまでとは違う、軽く速い動き。

━━鎧を脱ぎ、血を流し、心身ともに身軽となったかい!!

 敵は先ほどの一撃で学んだ。

 防御は無意味であると。

故に取る行動は一つ。攻撃だ。

「一歩」

 再び周囲の気を収束させる。

 此方の動きを見た敵は路地に飛び込み、瓦礫の影に入る。

 隠れた? いや、違う。瓦礫を盾に身を隠し、接近してくるかい!

 だが甘い。

 足裏を通じ敵の歩みが振動となって伝わる。

 自分の予想通り敵は駆け続けていた。

距離にして二百メートル。

━━速い!?

 路地は三百メートルほど先だ。

それから二秒と経っておらず、更に足裏に感じた着地の振動は二回のみ。

つまりこれは……。

━━二歩で百メートルを詰めたのか!!

 見事!!

 一気に間合いを詰めてくるこの技法、縮地か!!

だが焦らない。

何故なら残り二百メートル。敵が自分を間合いに入れるまで四秒もある。

「二歩目!」

 体内に収束した気を圧縮する。

 自分の奥義三歩必殺はその名の通り敵を三歩で必殺すること。

 一歩目は気を収束させる。

 二歩目は収束した気を限界まで体内で圧縮する。

 そして三歩目は拳を出すと同時に自分の前面全てを殴打する技。

攻撃範囲は自分の前面五百×五百の空間。

例え空間の裏側に隠れようが打撃を叩き込む。

 敵が更に詰めて来た。残り百メートル。

だが遅い。次の一歩で……。

「!!」

 瓦礫と瓦礫の間から一閃が放たれた。

 槍だ。

 蜻蛉切が一直線に飛来し此方の顔面を狙う。

それを顔を逸らし避けると舌打ちした。

━━一秒の遅れ! 来るか!!

 路地より忠勝が現われた。

 先ほどの一秒の遅れは大きい。

だが、それでも此方の踏み込みの方が僅かに速い。

「この勝負、貰っ……!?」

 三歩目を踏み込む瞬間、背後から風圧が来た。

僅かに体を押す程度の風圧。

だが一秒でも此方の行動を遅らせるのには十分な風だ。

━━何故!?

 その理由は直ぐに分かった。

 此方の背後、先ほどまで立っていた柱が倒れたのだ。

 崩れた家屋から突き出ていた一本の柱、先ほどの投擲は最初からこれを狙ったものだ。

 踏み込みを急ぐ。

だがもう既に理解していた。

間に合わないと。

 足が下がる。

 忠勝の拳が来る。

 此方の足裏が地面に接しようとした瞬間、顔面が殴打された。

 

***

 

━━届いたかっ!!

 忠勝は鬼の顔面を穿ちながらそう内心で叫んだ。

 鬼は踏み込みの最中に攻撃を食らい、その体勢を崩している。

 今こそ好機!!

 右腕を引くと同時に左腕を突き出し、敵の脇腹を殴打。

 左腕を引くと今度は右腕で敵の顎を穿つ。

 ただひたすらに攻撃を打ち込む。

 連続する殴打の音が鳴り響き、その都度鬼の体が揺れる。

「は」

 声を聞いた。

 拳を食らう中鬼が口端を吊り上げる。

「はは」

 今度ははっきりと聞えた。

 鬼は大きく口を開き、笑う。

「ははは!!」

 右腕を突き出す。

その瞬間、鈍い音が鳴り響いた。

 音の元は己の腕であった。

 右腕は普通では絶対に曲がらない方向に曲がっており、肌を突き破り白い骨が見える。

「はははは!!」

 鬼が笑う。

 攻撃を受けていた鬼は笑いながら己の豪腕を振るい此方の左腕を破砕する。

「まだだ!!」

 両の腕を失ったのならば頭突きを行う。

 頭突きを食らった鬼は仰け反りながら目を見開き、頭突きを仕返す。

 一瞬視界が真っ白になった。

 体が大きく仰け反り、致命的な隙が出来る。

 霞む視界の中鬼が腕を振るった。

 最早あれを避ける事はできない。

あの一撃を食らい、今度こそ自分は終わるであろう。

━━殿! 平八郎、先立つ不孝をお許しくだされ!!

 だが終わりは何時まで経っても来なかった。

 拳は此方の眼前で止まり、動かない。

「私の負けだ」

 鬼が笑った。

「某の勝か?」

 「ああ」と鬼は頷く。

 彼女の左手に持っていた杯を差し出すと、中身が半分になっていた事を知る。

「一滴どころか半分もって行きやがって」

「ならば」と顔を出し、杯に口をつけると残り半分の酒を一気に飲み干す。

 口の中に出来た傷口に染みた。

「これにて某の完勝で御座る」

 暫く唖然としていた勇儀はやがて腹を抱え大笑いする。

そして笑い涙を浮かべながら腰に手を当てた。

「気に入った!!」

 彼女は笑う。

 自分も口元に自然と笑みが浮かぶ。

「本多忠勝、よくぞ鬼を退治した! この大功、誇るが良い!!」

 そう言い、鬼は顎で促す。「勝ち鬨を上げろ」と。

 それに頷き、空を見上げる。

 美しい月に目を細めながら大きく息を吸い、そして鬨の声を上げた。

「敵将、星熊勇儀! この本多平八郎が討ち取った!!」



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~第四十四章・『霧雨の名継ぎ者』 交わした言葉は少ないけれど (配点:親子)~

 その日は雨だった。

 豪雨の中母の葬儀が執り行われ、里中の人たちが家に集まった。

 母は里では人気があり、多くの人が母の死を悲しんだ。

 皆が私に声を掛ける。

「可哀想に」「元気出して」「お父さんを支えるのよ」

 だが私は知っていた、彼らが裏で何と言っていたのか。

「事故、だってさ」「なんか魔術の研究して死んだらしいわよ?」「怖いわねー」

 母は里一の魔女だった。

とても優しく、魔法で皆を助け、慕われていた。

しかし魔法の実験を失敗し死ぬと皆の態度は一転、死者を気味悪がった。

 私は泣かなかった。

 もう散々泣いたから。

母をこれ以上貶されたくなかったから。

 葬儀には霖之助も来ており、何時も冷静な彼が珍しく目蓋を赤く腫らして焼香を行う。

 焼香の順番は私たち家族が最後だった。

 父が最後に焼香したいと言った為自分もそれに倣った。

 私の番が来る。

 幼い私は席を立ち一礼をし、祭壇の前に立つと抹香を摘んだ。

何も考えず、ただ同じ行動を繰り返し己の席に戻ると隣席の父が立ち上がる。

 父は母が死んでから一度も泣かなかった。

 母が他界すると直ぐに葬儀の手配をし、里の人たちを取り纏めた。

 母が他界してから父とは全く言葉を交わさなかった。私が泣いていたのもあるし、父もずっとあちこち走り回っていたからだ。

 父の番が終わり、席に戻ると大きくため息を吐いた。

 そしてとても疲れたような声でこう、此方に呟く。

「…………お前は、かーちゃんのようになるんじゃねえぞ」

 

***

 

 目が覚める。

 思考に靄がかかったような感じがあり、自分の状況が良く分からない。

ただ後頭部にやわらかい感触と、視界に見知った顔が二つ有った。

「……よう、こーりんにパチュリー」

 そう言うと二人は顔を見合わせ安堵の表情を見せる。

「どうやら無事のようだね」

 無事? はて、私は何か危険な事をしていたのだろうか?

 思い出せ。

たしか武蔵が敵に襲われて、私は幽香と戦って、それで……。

「…………あ」

 そうだ、私は負けたのだ。

ずっと自分が目を逸らしていたものを突きつけられ、私は完膚なきまでに……。

パチュリーは自分に膝枕をしてくれていたらしく、起き上がると感謝の言葉を伝える。

「私、負けたんだよな」

「ええ、それは派手にね。流石に焦ったわよ? 空を見上げたら真っ逆さまにあんたが落ちて来るんだから」

「避難民地区(ここ)に墜落したのは運が良かった。彼女が直ぐに君の事を魔法で受け止めてくれたんだ」

 周囲を見れば多くの人々が遠巻きに此方を見ており、上空では未だに戦闘が行われていた。

 霖之助は「そうだ」と立ち上がり近くに置いてあった箱を開けると黒い機殻箒を取り出す。

「最初から渡せてれば良かったんだけど……君の新しい武器だ」

 差し出される機殻箒に対して自分は、手を出せなかった。

「魔理沙?」

「わりぃ、いまちょっと、戦えそうに無い」

 俯き両拳を握る。

「……なにか、あったのかしら?」

 暫く沈黙する。

━━やっぱ、情けないよなぁ……私。

 いつも明るく振舞い、自信家に見せてきたが本当の自分はこんなにも弱いのだ。

 臆病で、嫉妬強くて、そうだ、凡人だ。

自分は凡人で、でも努力は続けて……。

「私は、さ。ずっと信じてきたんだ。努力すれば何時かお前たちやあいつに追いつけるって。

でもそれと同時に分かってて、私はどうしようもなく凡人で、どう足掻いたって天才には追いつけないって」

 あいつの姿が浮かんだ。

 何時も悠然としており、誰とでも隔てなく接するあいつ。

彼女は私の目標だ。

異変が起きれば何時も競い合って、勝とうとして。

実際何度か勝った事がある。

 だがそれは弾幕ごっこでだ。

 本当の、命を賭けた実戦では絶対に勝てないことを私は気付いていた。

 あいつは天才だ。

修行をしなくても戦う力を持ち、何でも出来てしまう。

 対して自分はどうだ?

 彼女が一瞬で出来る事を私は何度も練習してようやく出来るようになる。

「こっちに来てからもそうだ。姉小路さんところで世話になって、他の魔女達に出会って一緒に頑張ろうって決めたのに結局何も出来なかった。

先輩達が皆命を張って怪魔と戦っている中、私は怖くて怯えて、あんまり戦えなくて、それで守られて生き延びちまった。

しょうもない……ほんと、しょうもないよな……」

 最後の方は声が震えていた。

 今まで溜め込んでいたものが一気に噴出し、感情が制御できない。

 握った拳の甲に涙が落ちた。

━━みんな、凄すぎだぜ……。

 武蔵の連中は自分とあまり変わらないのにこの絶望的な中でも決して諦めず、怯えず立ち向かっている。

アリスだってそうだ。

 彼女がいつも全力じゃない事を知っている。

そしてそれで彼女はどんな状況も乗り切っているのだ。

 いま隣りにいるパチュリーだって……。

「だから、もう、私はたたかえ…………」

 誰かが眼前に立った。

 仁王立ちをし、此方を見下ろしてくる姿を見あがればよく知っている顔だ。

「おうおうおう、霧雨の御嬢ちゃんは相変わらず泣き虫みたいじゃねーか!」

 父だった。

 

***

 

 親子が相対した。

 数年ぶりの会話。

だがその雰囲気は暗く、重い。

 父が口元に笑みを浮かべる。

「おめえは昔っからそうだよな。かってに一人で溜め込んで、我慢して、泣いて、いじけて。餓鬼の頃から変わっちゃいねえ」

 父の言葉に娘は項垂れた。

 普段よりも一回り小さく見える魔理沙に声を掛けようとすると後ろから肩をつかまれた。

「ここは、父親に任せようじゃないか」

「あなたは……」

「ああ、始めまして。僕はオリビエ・レンハイム。英国の大使さ、一応ね」

 どこか掴みどころの無い男はそう言うと霧雨親子の方を見る。

「どんなに心が遠く離れてしまっても、親子の絆は繋がっている、そう僕は思っているからね」

「そうですね。僕も、そうだと信じたいです」

 そう頷き、魔理沙の方を見た。

 

***

 

 魔理沙は混乱していた。

 まさに弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂だ。

 ただでさえちょっと不安定だったのにこの男に突然罵倒され、言い返したくても言い返せない。

「しっかし、なんだ? 自分が凡人だあ? 何も出来ないだあ? ド阿呆が! そりゃあただ自分に言い訳してるだけじゃねえか」

 流石に腹が立ってきた。

 今さらなんだ。なんで今さらそんな事を言う。

 力なく、だが上目遣いで睨むと男は「ほう」と声を上げる。

「どうした? 何か言いてぇのか? ほれ、言ってみろ」

「…………で」

「ああん? 聞こえねーぞ、餓鬼」

「……な……んで」

「ほれ! もっとはっきり喋りやがれ!!」

「何で今さら父親みたいなことしてんだよ!! 私とあんたはもう親子じゃねーんだろ!!」

 叫び、息を切らす。

 そうだ、どうして今さらそんな風に叱るんだ。

 この男は母が死んだら母に対する態度が一変した。

 昔は凄く、仲睦まじい家族であったのに事あるごとに「かーちゃんみたいになるんじゃねえ」「魔女なんて糞くらえだ」と口にし、私が魔女になりたいと言ったときは激怒して、それで私も怒って家出して、それで……。

━━追いかけてこなかったくせに!!

「……そうだなあ、確かに“今の”お前は俺の娘じゃねえ」

 覚悟はしていたがその一言に体が硬直する。

 そんな此方の様子を見たパチュリーが身を乗り出し「ちょっと、おっさん!」と抗議するが男は片手で制した。

「ド阿呆が、早とちりするな。俺は“今の”霧雨魔理沙は娘じゃないって言ったんだ」

 男はその場に胡坐を組み、此方と目の高さを合わせる。

「いいか餓鬼、霧雨の名にやられっぱなしはねえ。やられたならやり返せ、それこそホレ、あれだ。最近テレビでやってただろ、銀行員が神道術式でやられたこと倍返ししてたら佐渡島に島流しになったあれ。

俺が思うに、ありゃあまだ手ぬるかったんだな。おう。」

 「で、だ」と男は続ける。

「霧雨魔理沙、てめえは俺と、そしてかーちゃんの娘だ。いまここにあいつが居たなら『百倍返しだ』って騒いでいたところだぜ」

「……え」

 思わず声が出た。

 だって、予想しなかった名前が出たから。

「ん? どうした? なんか言いたい事あるなら言え」

「え、あ、えっと、あんた、母さんの事嫌いになったんじゃないのか……?」

 今度目を丸くしたのは男のほうだ。

「おい、どうしてそう思った?」

「だ、だってそうだろ! 母さんが死んでから毎日のように私に『かーちゃんのようになるな』とか『魔女が糞だ』とか!」

 男は暫く口を開いたままやがて苦笑した。

「あー、そうか、“そこから俺はしくじっちまったんだな”」

 男は後頭部を手で掻き、暫く空を見上げる。

「あー、いいか、俺がな、そう言う風に言ったのはだな。えーっと、そのう、あー!!

恥ずかしいから一度しか言わねーぞ!!

おめえを! 娘を死なせたくなかったからだよ!!」

 男は「いいか!」と怒鳴る。

「かーちゃんはな! 戦って死んだんだ! あん時はちょっとした幻想郷に問題があってな、かーちゃんと博麗ん所のと八雲紫で厄介な奴と殺り合って、そん時の傷が原因で死んだ!

かーちゃんは幻想郷でも有数の魔女だったからな! だからその娘であるおめえも魔女になる素質があった!

だから俺はおめえが魔女にならないように、いっつも気にかけて、そんで、このド阿呆が、魔女になりたいって家出て行きやがって!」

「じゃ、じゃあ、母さんの事は!?」

「あ、好きに決まってんだろうがばーっか!! 愛してるよ! 今でもずっと愛してるさ!! 何なら今から走り回って愛を叫んでやろうか!?」

 流石にそれは恥ずかしいので止めて貰った。

「……じゃあ、なんで、あの日、追いかけて来なかったんだよ?」

 あの日、父と大喧嘩をした日。

 家を飛び出した私を父は追いかけなかった。

 その事を訊くと彼は苦笑し、何処か遠くを見る。

「お前はあいつの娘だ。かーちゃんも一度決めたら絶対に曲がらない奴でな、だからあん時、お前が魔女になるって宣言したとき俺は絶対に止められないと思ったんだ」

「で、勘当かよ」

「ああ、その方がお前も自由にやれるんじゃないかと思ってな」

 互いに沈黙する。

 ああ、何てことだろう。

なんてお互いに不器用で、子供で。

「それで? 馬鹿娘。お前はこのままやり返さないで終わるつもりか?」

 言葉に詰まる。

 自分は先ほど敵との圧倒的な力の差を知った。

正直どう足掻いても勝ち目が見えない。

「いいじゃねーか、それで。おめえは凡人だ。だがそれの何が悪い。凡人なら努力しろ、努力して駄目なら周りを頼れ。力を借りるってのは悪い事じゃねーんだぞ?

むしろ勇気が居る事だ」

 「そうね」と賛同したのはパチュリーだ。

「魔理沙、確かにこの世には天才はいるわ。でもね、天才といのは孤独なのよ。

孤高ゆえに孤独。だからこそ貴女は彼女の横に並び立とうとしているんじゃないの?

だったら、分かるでしょう? 今の貴女が何をするべきなのか」

 次に声を掛けて来たのは霖之助だ。

 彼は手に持つ機殻箒を渡し、頷く。

「この機殻箒には神州の技術とゼムリアの技術、そして僕の、幻想郷の技術が詰まっている。

この境界を超えて生まれた奇跡のような武装こそ、君に似合うと、そう僕は思っているよ」

 まったく、どいつもこいつも。

━━どいつもこいつもお人よしだぜ。

 帽子を深く被り、涙を拭うと立ち上がった。

 そうだ、自分には目標があるんだ。

 とても高くて、一人じゃ乗り越えられない壁だけど、それでも皆が支えてくれるなら……。

 機殻箒を手に取り、漆黒の装甲を指でなぞる。

「こーりん、こいつの名前は?」

「“霧雨(シュプリュー・レーゲン)”だ」

「まんまだなー」と笑うと彼は一本の刀を差し出してきた。

「これって、前お前にあげた……」

「ああ、いざという時はこれを使ってくれ」

 刀を受け取り、頷くと男━━父の方を向く。

「なあ、お、親父。後で、その、母さんの話、訊いてもいいか?」

 父は少し面食らった顔をするとやがて笑顔になった。

「ああ、いいとも。

だから━━━━行ってこい、俺の娘」

 返事はしない。

 ただ手を振り、機殻箒に跨ると天を睨んだ。

「さあ、行くぜ! “霧雨(シュプリュー・レーゲン)”!!」

 

***

 

 一筋の光が天に伸びていくのを見上げ、魔理沙の父親は目を細めて笑みを浮かべた。

「行っちまった。ああ、やっぱ行っちまったよ」

“言ったでしょう? あの子は私に似てるって”

 声が聞えた。

 自分の隣りには金の長い髪を持つ女性が立っており、共に空を見上げる。

「全く、お前にそっくりだぜ」

“ふふ、それは当然。私みたいないい女から生まれたんだからね”

 女性は目を細める。

“あの子はきっと幸せになる。だから、貴方もちゃんと幸せになりなさい?”

「俺はぁ、もう十分に幸せだよ。お前と出会えて、あいつが生まれて、立派に成長して」

 だから、だから、お前も向こうで元気にな。

 そう伝えると女性は優しい笑顔を浮かべ薄れ消えていった。

 彼女の姿が完全に見えなくなると空を再び見上げた。

「ちゃんと、帰ってこいよ。馬鹿娘」

 

***

 

━━魔理沙?

 空に向かって昇って行く光を見て、そうアリス・マーガトロイドは思った。

 避難民地区から伸びて行くあの光の筋は私の良く知っている光だ。

━━そう、吹っ切れたのね。

 飛騨が壊滅してから彼女はどこか思いつめた雰囲気があった。

 魔理沙は悩みが無さそうに見えて、実は内に溜め込むタイプだ。

内に溜め込んでいたものが何時か爆発してしまわないか不安であったが……。

━━何かしらの答えを見つけたのね。

 彼女が己の悩みに答えを見つけ、前に進んだのなら自分は。

「私も、進まないとね」

 ゴリアテの肩から敵を見る。

 敵は腕を大砲状に変え、此方を狙い続けている。

対して此方は損傷を受けている。

 ゴリアテの頭は半分砕けており体は各所が損傷している。

 敵は瓦礫。

 瓦礫ゆえに損傷を即座に修復で出来る。

 あの敵を倒すには修復不可能な攻撃を食らわせなければいけない。

━━だけど、その手は……。

 肩からゴリアテの顔を見る。

 顔が半分に崩れたゴリアテは此方を見返し、強く頷いたような気がした。

「……そうね、勝たなきゃ始まらないわよね」

 もうこれ以上大事なものを失わせない。

 だから今、私がするべき事は。

「行くわよ、ゴリアテ!!」

 

***

 

 エリーは敵が動いたのを見た。

 巨大な西洋人形は両の大剣を構え、一直線に突撃してくる。

━━急いたわね。

 敵は決着をつけに来た。

 だがその突撃は悪手だ。

 敵の獲物は二本の大剣、対して自分は大砲を持ち。

「穿ちなさい! “残骸巨兵”!!」

 右手の大砲から瓦礫の弾丸が発射される。

 それに対して人形は体を逸らし、避けた。

 敵が間合いを詰めてくる。

だが焦らない。

 突き出された右の大剣を左腕で弾くと、左の大剣が来る。

 左の大剣が狙うのは此方の右脇腹。

右手が大砲になっているため迎撃できないと判断したのだ。

だが。

「右腕を砕きなさい!!」

 突如右腕が爆ぜた。

 右腕を構築していた瓦礫が一斉に爆ぜ、人形に直撃する。

 そして体勢を崩した人形に対して踏み込み、左腕を剣に変形させると突き出した。

左腕が人形の胴を貫いて行く光景を見て口元に笑みが浮かぶ。

「終わりね!!」

「まだよ!! 抱きつきなさい!! ゴリアテ!!」

 人形が体を貫かれ抱きついてきた。

両腕で此方の腰に手を回し、拘束を行う。

━━抱きついた? …………まさか!?

 敵の狙いに気がついた。

 敵が此方の修復速度を上回る攻撃をするならばそれは……。

「“残骸巨兵”! 敵を引き剥がせ!!」

「今よ! あなたたち!!」

 人形士の掛け声と共に巨大人形の背後から無数の影が現われた。

 影はどれも西洋人形であり、それらは腰からワイヤーが伸びている。

人形達は此方に巻きつき、固定して行く。

「ひ、引き剥がしなさい!!」

 巨兵が唸り声をあげもがくが、離れない。

 そして人形士が巨大人形の肩から飛び降り、叫んだ。

「必ず、必ず元に戻してあげるわ! だから今は…………己の責務を果たしなさい!! ゴリアテ!!」

 巨大人形の内部から閃光が生じ、全てを飲み込んで行った。

 

***

 

 夜の空を魔女が飛ぶ。

 上へ目掛け一直線に飛ぶ魔女は時折右へ左へと機殻箒をずらす。

「お、おっと!」

 機殻箒にしがみ付きながら魔理沙は飛びそうになった帽子を押さえる。

━━こーりんの奴、じゃじゃ馬を寄越しやがったな!

 この“霧雨”物凄いじゃじゃ馬だ。

加速力が凄まじく今までの感覚で飛ぶとあっと言う間に目標に着く。

機殻箒の後部にメインスラスターとその両脇に二つの可変式のサブスラスターがあるのだが、このサブスラスターが曲者だ。

右のサブスラスターを吹かし、左へ移動しようとすれば凄まじい加速を行い体が引っ張られる。

その逆も同じだ。

 コツを掴むまでは箒に振り回されそうだ。

━━ま、私に向いてるっちゃ向いてるな。

 「同じじゃじゃ馬同士仲良くやろうぜ」とハンドルを握ると敵が見えた。

 上空、植物状の翼を生やした女がいた。

━━やれるか? 魔理沙?

 いや、やれるかではない。やるのだ。

『お、復活した?』

 表示枠にナルゼが映る。

「ああ、ちょっと今からリベンジだ」

『手助け必要そう?』

 マルゴットの言葉に首を横に振りそうになるのを止める。

「……頼む。ちょっとだけあいつの気を引いてくれ」

『りょーかい!』

 表示枠が閉じられると口元に笑みが浮かんだ。

━━そうだよな、一人で戦う必要はないもんな。

 私は凡人だ。

認めよう。

 凡人だからこそ、誰かと共に戦う。

そして何時かあいつとも一緒に!!

「それじゃあ、行くぜ! どうせ一発勝負だ! 全弾くれてやる!!」

 格納用の二律空間から六十四発のマジックミサイルを展開し、一斉に射出した。

 

***

 

 幽香は下から放たれた攻撃に即座に反応した。

 傘を下に向け流体砲撃を放ち、ミサイルを薙ぎ払う。

潰しきれなかったミサイルは全て回避し敵の姿を確認する。

 此方に向け一直線に向かってくる姿があった。

━━魔理沙!!

 潰したはずの魔女が真っ直ぐに此方に向かってくる。

 立て直したか。

どうやらあの娘は自分が思っているよりもずっと強かったようだ。

━━なら、何度でも叩き潰すまで!

 傘を向け敵を狙おうとするが気がつく。

 敵の加速力が先ほどまでと違う事に。

 四百メートル下方に居た魔理沙はあっと言う間に此方に迫り、そして横を通り過ぎた。

━━速い!?

 何と言う速さだ!

 まるで天狗の如き速さ。地上に落ちて新たな力を得たか!!

「く!」

 体を捻り、敵を追おうとするが横から射撃が来る。

 迫る弾丸を傘で弾くと黒と白の魔女が此方の横を通り抜けて行く。

「じゃねー」

 金髪六枚翼の天使が此方に手を振り遠ざかって行くのに舌打つと直ぐに魔理沙の方を見る。

「!!」

 小さな魔女は止まっていた。

 此方の上方五百メートルほどの所で止まり、そして砲口を此方に向けていた。

 

***

 

 魔理沙は敵と十分な距離を取ると機殻箒を砲撃モードへと変えた。

 搭乗席部分が反転し後方を向くと機殻箒が変形する。

 機殻箒の主殻(メインフレーム)は上昇し右脇の下まで来る。

それを脇で挟み機殻箒の下部に現われた内蔵式のグリップを握る。

 箒後部のサブブラスターは前方へ移動し体が落下しないようにジェット噴射を行い、メインブラスターは収納され、周囲の装甲が展開されてゆく。

 そして機殻箒下部が展開、拡張されると砲口が現われた。

 砲口の中心にはミニ八卦炉が埋め込まれており、流体燃料貯蔵槽と直結している。

 展開を全てをえると機殻箒の上部に仮想照準が現われ、敵を狙う。

「いい仕事しすぎだぜ! こーりん!」

照準の先、敵が傘の先端を此方に向け始めている。

「幽香、たしかに私は凡人で魅魔様の後任にはなれないかもしれない。

でも、私はそれでも行くぜ。皆が支えてくれてるんだ。あいつ等のためにも、私のためにも、そして何よりも遠く関東に居るあいつと並びあうためにも、私は進み続ける!!」

 ミニ八卦炉に流体の光が収束してゆく。

 次は無い。ここで私が使える全ての力を敵に叩き込む!

「行くぜ! 全燃料を砲撃に回してやる!!」

 照準が敵を補足し、放熱板が展開される。

 敵も流体の光を収束させ、此方を狙う。

そして引金を引いた。

「食らえ!! 魔砲“ファイナルマスタースパーク”!!」

 直後、極太の流体砲撃が放たれた。

 

***

 

 幽香は敵に僅かに遅れて流体砲撃を放った。

 両者の砲撃は空中で激突し光が飛び散る。

━━重い!!

 今までで一番重い砲撃だ。

 あきらかに彼女が撃てる砲撃の威力を超えている。

 傘を持つ腕が震える。

傘を両手で支え、翼を大きく広げ歯を食い縛る。

 敵の光が迫る。

「なめ、るな!!」

 私を舐めるな!!

 この程度の砲撃がどうした!?

 私は風見幽香だぞ!! あんな、人間の小娘に負けるわけにはいかない!!

「あああああ!!」

 叫び声を上げる。

 己の内燃排気全てを攻撃に回し、敵の砲撃を押し返す。

 負けるものか! 負けてたまるか!!

 空中で流体砲撃が激突して生じる凄まじい熱に傘が焼け焦げて行く。

 翼を羽ばたかせ、前に出る。

少しでも敵の攻撃を押し返せるように。

 両者一歩も引かない砲撃が続き、そして唐突に終わった。

 砲撃が止まり、僅かな静寂。

そして爆発が生じた。

 敵との間に凄まじい爆発が生じ、夜が朝となる。

 当たり一体を白の光が覆う中、息を切らし肩を激しく上下する。

━━凌いだ!!

 今の一撃、敵は全力だったはずだ。

最早内燃排気は残っておるまい。

対して自分も相当消耗したが、まだ戦える。

 止めを刺そう。

そう思い見上げると光の中から白黒が現れた。

「…………あ」

 魔女が落下していた。

 機殻箒を片手に、刀を片手に持った彼女は重力落下で此方に迫る。

「ぐ!!」

 疲れきった体を動かす。

 迎撃は間に合わない。

ならば傘で敵の落下攻撃を受け、弾いた後止めを刺す!

 右腕を挙げ、傘を構える。

 対して魔女も右手の刀を振るう。

 刀と傘が激突する。

 私の傘は竜の鱗で出来た特別製だ。

故にこの攻撃は弾かれる。その筈だった。

「いけ!!」

 傘が割れた。

 骨が断たれ、鱗が立たれ竜は悲鳴を上げる。

━━馬鹿な!?

 何故、傘が折られた!?

 先ほどの砲撃戦のダメージか?

否! そのあの程度ではこの傘は折られない。

ならば……。

「神力を宿した刀!?」

 刃が迫る。

 全てがスローモーションのように。

 魔女が笑う。

力強く、しっかりとこちらの目を見て。「どうだ?」と。

 対して自分はその目をしっかりと見て、笑みを浮かべた。

「まったく、大した子よ。あんたは」

 刃が振るわれ、右肩と翼が断たれた。

そして夜闇の中、墜落した。

 

***

 

 魔理沙は幽香が三河の森に墜落して行くのを見た。

「勝った……」

 全身の疲労が凄まじい。

 視界が霞み自分が何処にいるのかが分からない。

 だが己は成した。

自分よりもずっと強い相手を倒し、勝てた。

だから……。

「褒めてくれるかな、母さん、とおさ……」

 意識が途絶えた。

 

***

 

「おっと!!」

 墜落していた魔理沙の体をキャッチしマルゴットはゆっくりと旋回した。

「まったく無茶するねー、マリやん」

 腕の中で眠る魔理沙に苦笑するとナルゼが隣りに来る。

「やっぱウチ向きね、こいつ」

 互いに顔を見合わせ笑うと武蔵の各所から照明弾が打ち上げられ始めたのを空から見た。

「どうやら艦上部隊も勝利してるみたいだね」

 空の敵もあらかた片付けた。

 残っているのは……。

「奥多摩、敵の大将ね」

「どうする? あっち向かう?」

 ナルゼは「そうねえ」と首を軽く傾げると首を横に振った。

「あいつらなら何とかするでしょう。私たちはそこで寝てる能天気連れて戻りましょう」

 ナルゼに頷き、旋回する。

 さあ、いよいよ大詰めだ。

 奥多摩の方を見る。

そこでまだ戦っているであろう仲間たちを信じ、魔女達は休息へと向かうのであった。



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~最終章・『聖夜の決戦場』 さあ行こう、境界線の先へ (配点:十二月二十四日)~

 

 教導院の橋で比那名居天子は浅間の治療を受けていた。

 傷口は大体塞がったが血を流しすぎたのと体力の消耗が激しいのがあり動くのも辛い状態だ。

 現在、戦場は教導院から奥多摩の後部に移っており本多・二代たちが八雲紫と交戦している。

「はい、これで一応治療は終了です」

 浅間がそう告げ、彼女に感謝の言葉を送るとふら付きながら立ち上がる。

「さて、行くか」

「待ちなさい」

 後頭部を叩かれた。

 涙目になりふり返ると衣玖が立っていた。

「あの、衣玖さん? 私、一応怪我人なんですが……」

「ええ、知っております。知っておりますから、何処に行くつもりだったのですか?」

「そりゃあ、あのスキマ妖怪倒しに……」

 そう言うと彼女は大きく溜息を吐いた。

「その体でどうやって勝つつもりですか?」

「策は……あるわ」

 「どうすんだよ」と訊いて来たのはトーリだ。

 ホライゾンの横に立つ彼は腰に手を当て笑みを浮かべる。

「おめえがとことんやるってんなら手伝うぜ? 何が出来るか知らないけど」

「そうね。私一人じゃ出来ない事よ。だからトーリ、ホライゾン、家康さん、浅間、正純、そして衣玖、私を助けて」

 

***

 

 奥多摩の道路を戦闘の嵐が通過していた。

 教導院から奥多摩後部まで移動を行いながら攻撃を交差させあう。

「!!」

 前方の空間が割れた。

 空間から槍が射出され、二代は駆けながら咄嗟に身を屈め避けた。

その隙を突こうとエステルが突撃するが突然現われた刀を棍で受け止め、弾く。

 刀を弾いたエステルの横を立花・宗茂が駆ける。

 槍を片手に突撃をするが敵に後一歩という所で上空に現われた隙間からの銃撃に足止めされた。

 更にいつの間にか紫の背後に回りこんでいたヨシュアに対し槍を射出し、遠ざける。

━━何と言う御仁で御座るか!!

 二代はこの敵を個体ではなく群体として判断した。

 敵は常に見えない部隊を率いているようなものであり、指揮官を守る盾隊、敵を迎撃する槍隊、遠距離から面制圧を行う弓隊、それを抜けてきた敵を狙撃する銃隊、そして常に闇に潜み、一撃必殺を狙う暗殺者が彼女を守っている。

 彼女はそれらを臨機応変に、的確に動かし此方を迎撃している。

 ならば攻め手を変えなければいけない。

 敵は軍団、それも統率の取れた精鋭部隊だ。

 大将首を狙うのは非常に難しい。

━━火力、で御座るな。

 古来より少数で大軍を相手にするなら火力を用意する必要がある。

だが……。

━━拙者、一騎討ち向きで御座るからなー。

 宗茂殿もそうだ。

エステル殿も広範囲を攻撃できるが大火力とい訳ではない。

ヨシュア殿は忍者系なのでワンチャンあるかもで御座るな。

「“悲嘆の怠惰”があれば楽なので御座るがなあ」

『ホライゾン思いますに“悲嘆の怠惰”があっても結局当たらないのでは?』

『む、宗茂様! 戦闘中に膝をつこうとして、でもやっぱりやめて変な中腰になってますよ!?』

「では“憤怒の閃撃”はどうで御座るか?」

『宗茂弓も一発目から防がれましたからねえ』

 

***

 

「マ、マルファ!? どうしたのだ!! いきなり膝をついて!!」

 

***

 

 ともかく大罪武装はあっても無くてもあまり変わらないことが分かった。

 視界の先で宗茂がなんだが土下座一歩前ぐらいになっているがあれ何だろうか?

そう思っていると表示枠が開き天子が映った。

『私に良い考えがあるわ!』

 

***

 

 放たれた矢を棍で弾きながらエステルは表示枠の天子に訊いた。

「良い考えって?」

 前方地面が割れ丸鋸のような物が迫ってくる。

それを棍を地面に立て、跳躍し避けると紫の背後に回りこみ始める。

『今から“全人類の緋想天”をあいつに叩き込むわ!

でもこの技は溜めの時間が長くて発動までが遅い。だから……』

「僕達が敵の気を引くって事だね」

 路地からヨシュアが現われ、紫に迫るが盾が現われ彼の攻撃は受け止められた。

「やれるの!?」

『ええ、悲嘆のなんちゃらなんかよりもちゃんと当てて見せるわ』

 視界の隅で宗茂が膝をついた。

『む、宗茂様! 溜めの時間が無い分、此方のほうが上です!!』

 スキマから現われ突き出された槍を避けるとヨシュアと顔を見合わせ頷く。

「ここはまかせて!!」

 天子は此方に力強く頷き笑みを浮かべる。

 四人は一旦集まり敵と向かい合う。

 対する敵も此方の動きを見極めようと目を細め、構える。

「さあ、皆! 行くわよ!!」

 号令と共に四人は一斉に動き出した。

 

***

 

 紫は敵が動いたのに合わせて後退を始めた。

━━流石に辛いわね。

 四対一。

 二人は副長とその補佐。残りの二人は数々の死線を越えてきた遊撃士のエース。

 先ほどから自分は防戦に徹しており、なかなか攻勢に出れない。

 加速術式を展開した副長とその補佐が来る。

それを銃による弾幕で迎撃するが敵たちはそれを抜けてくる。

 だが焦らない。

 銃撃如きでこの敵たちを止めれるとは思っていない。

 故に放つのは……。

「砲撃隊、穿て」

 大砲による一斉砲撃だ。

 空間から計三十発の砲弾が放たれ敵の眼前に落ち爆発が生じる。

 爆発を逃れるべく後方へ跳躍する副長たちを弓で狙うが、炎の中から遊撃士の女のほうが現れた。

「!!」

 盾を召喚し、進路を塞げば彼女は棍を全力で振り回し、盾を砕く。

「甘いわ」

 盾の裏から一閃が放たれた。

 槍だ。

 盾の裏に事前に召喚していた槍を突き出し、敵の胴を狙うが彼女は強引に体を逸らし回避する。

━━あの体勢で避けるなんてね。

 見事。だが、好機。

 即座に銃を再び召喚し狙う。

 敵は強引に体を捻ったせいで回避が即座に行えない。

その隙を突き射撃を行おうとした瞬間、眼前に黒が迫った。

「!?」

 突如放たれた二連撃内、一つを扇子で弾くがもう一撃が胸を掠る。

 影は攻撃に失敗したと判断すると直ぐに距離を離す。

━━やはりあの青年が危険ね!

 黒髪の遊撃士は先ほどから何度も此方の認識の外へ逃れている。

 敵に感ずかれず隙を見て踏み込む、彼の技は暗殺者の技だ。それも達人級の。

 影は捉えるのが難しい。

ならば狙うのは。

「光!」

 遊撃士の少女を狙う。

 彼女は既に体勢を立て直し、再度副長たちと突撃を行おうとしている。

 一人ずつ確実に始末をし、最後に影を倒す。

それが最善手だ。

 故にまず一人。

「電車旅なんてどうかしら?」

 直後遊撃士の女に向け白い鉄の塊が射出された。

 

***

 

 エステルはスキマから射出された長大な白い塊を見た。

 正面は四角く、長細い胴を持ったそれは……。

「鉄道!?」

 そんな物まで攻撃に使うのかと驚愕する。

 高速で迫る鉄の塊を避ける時間は無い。

 二代も宗茂も間に合わない。

ならこの状況、自分で何とかしなくては!

━━やるっきゃない!!

 迫る鉄道に対して此方も突撃する。

 そして跳躍を行うと体を旋回させ、闘気を放つ。

闘気は炎となり炎は巨大な鳥へと変化する。

「奥義!! 鳳凰烈波!!」

 不死鳥が嘶き鉄道と激突する。

 鉄道の装甲は赤熱し、融解し、そして砕けた。

 不死鳥の嘶きと鉄の破砕音が連なり鳴り、そして一際激しい光と共に鉄道が砕け散った。

 

***

 

 前方、道路の先で不死鳥が電車を砕く光景を天子は見た。

「やるじゃない、あいつら」

 流石は遊撃士の精鋭。

 紫相手に善戦している。

「ふふ、<<結社>>ともやり合って来た子達だからね」

 そう背後の幽々子は言うと隣りの妖夢の頭を撫でた。

「貴女の目標ね」

「はい。あらためて己の未熟さを実感しました」

『天子、流体供給の準備が出来ました』

 表示枠に浮かんだ浅間に礼を言うと一歩前に出る。

 それに続き、トーリとホライゾン、そして衣玖が横に並び立つ。

『これより武蔵に居る全戦力から天子に流体を供給します。

こちらでも負荷軽減の禊を行いますが、天子、危険だと判断したら直ぐに中断してください』

「ええ、でも大丈夫よ浅間。私は、いえ私たちは必ず勝つわ」

 『Jud.』と浅間が頷くとトーリが腰に手を当てる。

「うっし! そんじゃあ今から天子が俺らの全部預かってくれるっつーから━━━━気張れよ、みんな!!」

『『Jud!!』』

 トーリと顔を見合わせ互いに頷くと緋想の剣を前に出し、ゆっくりと手放した。

 

***

 

 手放された緋想の剣は宙に浮き回転を始める。

━━さあ、やるわよ。

 正直立っているのもやっとだ。

それでも私が今、ここに居られる理由は……。

「守りたいからね」

 小さく呟き笑みを浮かべる。

 大事な仲間を失い、徹底的に負け、小さなプライドを捨ててそれで立ち上がった今の自分に怖いものなんて無い。

だから!!

「浅間!!」

 直後流体の光が一斉に剣に収束した。

 剣と己の流体を繋げ制御を始めると凄まじい衝撃が生じ、意識が飛びそうになる。

「っ!!」

 体が揺れ倒れかける。

 だがそれはやさしい温もりに受け止められた。

「総領娘様」

 衣玖だ。

 彼女は此方を抱きかかえるように後ろから受け止め、笑みを浮かべる。

「参りましょう。共に、何処までも」

「ええ!!」

 緋色の嵐が生まれていた。

 緋色の流体光は緋想の剣に収束してゆき、剣はその体を回転させてゆく。

 今までに無い速度で回転する刃は唸り声を上げ、その力を圧縮していく。

 剣から様々な感情が見えた。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。

それらは混ざり合い、一つの光となって行く。

 声が聞えた。

 女の声だ。

 声は私を惑わす。

“その身を委ねろと”

━━五月蝿い! あんたは引っ込んでろ!!

 私は私の意志で全てを乗り越える!!

だから……。

「これは私たちの旅路!! 道を切り拓け!! “全人類の緋想天”!!」

 流体の光が爆ぜた。

 

***

 

 砕け散る鉄道の向こうから光の波が来るのを紫は見た。

━━あれは!! 極光!?

 そうか! これが狙いか!!

 四人の敵は一斉に撤退し、光の波の射線から逃れた。

 回避は間に合わない。

「八重結界!!」

 八重に障壁を展開し、流体の波と激突する。

 

***

 

━━威力が足りない!?

 此方の攻撃は敵の結界に受け止められ、弾かれている。

 現在攻撃は最大出力で放たれている。

なのに敵の障壁を抜けないのは……。

━━消耗しすぎたか……!!

 体が揺れる。

 意識が飛びそうになる。

 それをなんとか持ち堪えていると回転する緋想の剣を制御している左手に手が乗せられた。

 ホライゾンだ。

 彼女は己の右手を此方の左手に乗せ歌い始める。

「通りませ 通りませ」

 今度は右手にトーリの左手が乗せられ、彼も前を向き、歌い始めた。

「行かば 何処が細道なれば」

 歌は続く、後ろから抱きとめる力を強め衣玖が歌う。

「天神元へと 至る細道」

 歌が重なる。

 重なりは力となり、武蔵中に伝っていく。

『『ご意見ご無用 通れぬとても』』

 声だ。

 歌声が武蔵中から鳴り響く。

『『この子の十の 御祝いに』』

 男も女も、子供も大人も、生徒も教師も、仲間も嘗て敵だった者達も。

 皆高らかに声をあげ、歌う。

 己の“道を通す”ために。

『『両のお札を納めに参ず』』

「なあ」

 トーリが横目で此方を見る。

「これから先、どうなるのか俺には分からねえ。もしかしたら間違っているのは俺たちかもしれねえ。

でも、それでも俺は皆が切り拓いてくれた道を進みたい。

だから━━これからもついて来てくれるか?」

「馬鹿ね」と笑う。

「そんなの当たり前じゃない。あんたは私が認めた王様、だから一緒に行きましょう。この果てしなく険しい道を」

『『行きはよいなぎ 帰りはこわき』』

「そうですね。ホライゾン思いますに、今こうやって共に並んでる状況。もしかして奇跡なのではないでしょうか?

世界の境界を超え、私たちは出会えました。

私はそれが無意味だとは思いたくありません。無価値だと思いたくありません。

共に歩み、境界の先へ行きたい。そう思うことは強欲でしょうか?」

「は! 強欲で結構!

何もかも否定して、自分の世界を閉ざすぐらいなら私は欲を認めるわ!」

 それに賛同したのは衣玖だ。

「まあ天人として欲オッケーといのはどうかと思いますが、私もこの奇跡を喜びたいです。

あってはならない出会い。それが悲劇の始まりだろうが世界の終わりだろうが、私はこの出会いを出来たことに感謝します!」

「ええ、だから通しましょう。私たちの意地を。

己の信じるものを全て乗せて、道を通すこの歌と共に!!」

 だから、そうだこれは始り。

 私たちは今になって漸くスタートラインに並び立てた。

だからこれはスタートダッシュの笛。

歌と共に、想いと共に道を切り拓こう。

どこまでも前向きに!!

「「我が中こわきの 通しかな━━」」

 歌う、謡う、詠う、唄う、謳う。

 全ての人の感情を乗せ、究極の肯定を行うために。

 

 

 そして光は極光となった。

 

 

***

 

 割れた。

 障壁が割れ、硝子の砕ける音が鳴り響く。

 光が進む。

 また割れた。

 二枚目だ。

 誰かが叫んだ。

「あと六枚!!」

 想いの極光は進む。

 三枚目の障壁と激突し、押し合いそして砕いた。

「あと五枚だ!!」

 止まるな!

 進め!

 道を拓け!!

 想いが進み再び障壁が砕ける。

「四枚!!」

 だが壁も諦めなかった。

 想いを受け止めるべく、己の正しさを証明すべく壁は光に立ちはだかる。

「さ、三枚!!」

 極光は弱まった。

 光の波は力を失い始めながらも壁と激突する。

 互いに押し合い、空気が振動する。

 そのまま数十秒が過ぎ、そしてついに動きが止まった。

「く、くそ! 足りないってのか!!」

 皆がそう拳を強く握ると表示枠に天子が映る。

『まだよ!!』

 彼女は力強く頷き、そして叫んだ。

『浅間・智!! 私を助けて!!』

 

***

 

 教導院の屋上に巫女服を着た浅間・智が立っていた。

 彼女は“梅椿”を構え、彼女の横には“ハナミ”が滞空している。

 浅間は内心驚いていた。

 緋想の剣が浮かび上げる人々の感情、この光景は以前にも一度だけ見た。

 最初に見たのは天子が武蔵に来た時だった。

その時はどちらかといえば負の感情が多く、それを彼女は収束して放っていた。

だが今回は……。

━━感情が変換されています!!

 負の感情が正の感情に変わり、光は以前よりもずっと激しく輝いている。

それが天子の成長によるものなのか、先ほどの異常な流体放出のせいなのか、またはその両方なのか。

 だが、ともかく今は。

「勝ちましょう」

 これは私たちの宣誓だ。

 この世界に飛ばされて七年、漸く私たちは皆で同じ方を向けるようになった。

 だから私たちは誓う。

私たちは皆とともに進み続けると。

━━だから、今は……!!

「浅間神社は武蔵と、そして共に歩む友を守る為その力を行使します!!」

 流体の弦を引き絞り、遥か先、光の終点を狙う。

「義眼木葉、会いました!! 結界払い、行きます!!」

 夜空を切り、術式を満載した矢が放たれた。

 

***

 

 矢が飛ぶ。

 冬の夜空を切り、光の波を追い。

 歌が聞える。

 皆の想いを乗せて。

 皆の決意を乗せて。

 矢は光の終端に辿りつき、そして結界を砕いた。

 矢と共に光が進み、最後の結界へ。

 極光と矢が合わさり光の矢となると最後の結界も貫き、通った。

 矢が往く、波が往く。

 境界を越え、道を切り拓くために。

 そして立ちはだかる敵を、飲み込んだ。

 

***

 

 静寂だ。

 静寂が武蔵を覆った。

 敵味方、武蔵に居る誰もが戦いの手を止め決着に注目した。

 天人の前方の空間が歪む。

 スキマが開き、紫が現われた。

 妖怪達が歓喜する。だが。

「…………」

 紫は右腕を失っていた。

 彼女は大粒の汗を掻きながら天人と視線を合わせ、そして片膝をついた。

 徳川軍が勝ち鬨を上げた。

 

***

 

 息を切らせながら天子は紫を向き合う。

 紫は右腕を失い片膝をつき此方と同じように息を切らせている。

「…………やられたわね」

 紫が笑う。

「本当に、やられたものだわ」

 彼女はそう言うと立ちあがり、苦笑する。

「そう、これが今の貴女の力なのね」

「そうよ紫。これが私の、私たちの力」

 「そう」と目を細めると今度は幽々子の方を見る。

「貴女はこれに賭けるのね」

「ええ、私は私なりにこの世界の先を乗り越えるつもりよ」

「なら頑張りなさい。貴女は武蔵で、私は織田で。どちらが正しかったのか、何時か分かるでしょう」

 親友達は頷く。

 これは決別。だが、きっとまたどこかで会えると。

 紫は一歩下がると此方、全員を見た。

「お見事です、徳川。この戦い、私たちの負けです」

 紫はトーリを見る。

「葵・トーリ。貴方はこれからも進み続けますか?」

「おう! そりゃあ当然!」

 賢者は笑う。とても優しい微笑だ。

「ならば関東に行った後、東北を目指しなさい。そこに貴方達が求めるものがある」

「なに!? ちょっと待て!! それはどういう……」

 正純の言葉に首を横に振ると紫の体が徐々にスキマの中へと消えてゆく。

そして「二つの守護者に会った後、決めなさい。この世界でどう立ち回るのか」と言う言葉を残して消えた。

「二つの、守護者?」

 彼女が残した最後の言葉が気になる。

とても不気味で、なぜか不安になる響きだ。

だが今は……。

「…………あ」

 雪だ。

 空から雪が降り始めていた。

 熱くなった肌に雪が当たり、その気持ちよさに目を細めるとホライゾンが頷いた。

「ホワイト・クリスマスですね」

「そういえばこっちに来てから雪は初めてだな」

 時刻を確認すれば既に午前零時を切っている。

 今日は十二月二十四日、クリスマス・イブだ。

「うっし! じゃあ、駿府着いたら一回休憩して、それからクリスマスパーティーすっか!!」

「そうねえ、美味しい食べ物、期待してるわ」

「幽々子様、程ほどにお願いします」

 皆が笑う。

 背後から此方を抱きしめていた衣玖が一度大きく頷くと此方を見る。

「向こうに着いたら色々準備しましょう。でも、とりあえず今は」

 頷く。

 向こうから二代やエステル達が駆け寄ってくるのを見、彼女たちに手を振ると表示枠を開いた。

「私で良い?」

「今日のおめえは大活躍だったからな! 一発頼むぜ!!」

 王に頷き、雪が降りしきる空を見上げ大きく息を吸った。

「勝ち鬨を上げろーーーー!!」

「「えい! えい! おーーーー!!」」

 武蔵中から勝ち鬨が上がり、戦闘の終了が知らされた。

 

***

 

『投降した妖怪達は全員浅草に収納しました。駿府到着後、妖怪達を降ろす予定です━━以上』

 教導院の屋上で手すりに上半身を預け、“武蔵”からの報告を天子は聞いていた。

 現在、武蔵は駿河に入り織田の追撃も振り切った。

あと三十分ほどで駿府城だろう。

 本当なら治療を受けて寝ていなければいけなかったのだがどうにも落ち着かず抜け出してきた。

 あとで衣玖に怒られるだろうが、まあその時はその時だ。

 右腕には元忠から受け取った日記があり、まだその中身を読んではいない。

これを読むのはもっと落ち着いてから。自分の心の準備が出来てからにしようと思う。

 上空を魔女達が飛んだ。

 彼女たちは機殻箒の下に資材を積んでおり、品川に向かっていくのが見える。

━━よく、勝てたわよね。

 本当にギリギリの勝負だった。

 あの八雲紫と相対してよく生きていたと思う。

「緋想の……剣」

 あんな事があった直後であるため緋想の剣は現在浅間に預けられ、直政と共に調査が行われている。

 あの時、聞いた声。

あれは何だったのだろうか。まるで自分が自分でなくなるような、恐ろしい感覚。

それを思い出し、少し身震いすると背後の扉が開いた。

「お、いたいた! 衣玖さん、すげー怒ってたぞ」

「あれは凄かったですねえー。笑顔のまま五大頂に匹敵する殺気でした」

 どうしよう。凄く戻りたくない。

 トーリとホライゾンは此方の横に立つと教導院から奥多摩を見る。

「それにしても色々あったよなあ」

「そうね、今日一日でどれだけ疲れたか……」

「ちげーよ、この七年さ。おめえが武蔵に乗り込んできて、三河に逃げこんで、それから今川や北畠、筒井と戦って」

「全くですね。ホライゾン思いますに、武蔵は戦争を引き寄せる特殊スキルを持っているのではないでしょうか?」

 「正純いるしねー」と言うとトーリが苦笑する。

「で、どうよ。おめえは武蔵(ここ)で自分の道、見つけられたか?」

「…………」

 自分の道、か。

 この七年流されるままに生きてきた。

だがこの一年で変わった。回りが一気に動き、新しい連中が次々と現われ、自分も変化した。

 その中で自分は道を見つけれたのだろうか?

「まだ分からないわ。でも……」

「でも?」とトーリとホライゾンが訊いてくる。

 そんな彼らと目を合わせ頷くと微笑む。

「私は、あんたたちと一緒に行きたいって、心の底から思うわ」

「なら、願いましょう。私たちの道の先が幸いであると。境界線を越えた出会いが幸いであると」

 ホライゾンの言葉に全員頷く。

 駿府についた後、徳川はもっと大変になるだろう。

 領地を殆ど失った徳川を他国は狙うだろうし、織田や羽柴だっている。

だがそんな状況でも私たちはきっと乗り越えてみせるだろう。

だってそれが……。

「武蔵だものね」

 さて、少し休もう。

 衣玖が色々と怖いがまあ謝れば許してくれるはずだ。多分。

 そう頷き、手すりから手を離して背筋を伸ばした瞬間、警報が鳴った。

「何!?」

『前方より多数の不明艦が接近! 照合したところこれは…………北条・印度連合の艦隊です━━以上!!』

 大型の表示枠が開いた。

 そこにはこの間岡崎城に来た先代巫女が立っており、彼女は長く美しい黒髪を靡かせながら声を上げた。

『此方は関東連合所属第二航空艦隊である! 通告する! 徳川は直ちに武装解除し、関東連合の支配下に入れ!!

この要求を呑まなかった場合、我々は貴国を軍事的に制圧する!!』

 

***

 

 夜の空に四十を超える航空艦が航行している。

 航空艦は黒を基調としており、その側面には北条家である事を現す三つ鱗の紋様が描かれている。

 その艦隊の中央、他の艦より一際大きい空母の甲板に先代は立っている。

 彼女の横には今代の巫女、博麗霊夢が立っており彼女は不機嫌そうに前方、白の艦群を見る。

「ちょっと汚くない? 私たち」

「徳川が我々の予想外に弱体化したからね。このまま織田に支配されるよりは、と言う事でしょう」

 霊夢は「ふぅーん?」とまだ納得してないようだがそれは自分も同じだ。

 果たしてそれだけだろうか?

 徳川を関東連合に加える。それだけのためにこれだけの艦隊を動かしたのか?

北条の動き、まるで徳川を試しているように思える。

━━氏直、貴女はどうするつもりなの?

 小田原にいる友の事を考え、溜息を吐く。

 まあ北条が何を考えているかは知らないが今は私たちに出来る事をするだけだ。

 前を見る。

 白の大龍は雪夜の中佇み、此方と向かい合う。

 それに笑みを送ると腕を組んだ。

「関東へようこそ、武蔵。貴方達が昇竜と化すか、このまま沈むか、見極めさせてもらうわ」

 

 

 

~第四部・第六天魔王編・完~

 

 



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終章
~終章・『境界線上の再始走者達』 これはきっと奇跡の出会い だから進もう 手を取り合って (配点:武蔵)~


 夜空は赤と灰の色で覆われていた。

 赤いマグマの河は大地を溶かし、森を燃やす。

 空から降り注ぐ灰は海を汚し、灰の層を作り上げる。

 爆発が生じた。

 島の中央の山が爆発し、マグマを噴出し岩石が周囲に降り注ぐ。

 そんな地獄と化した桜島の端、砕けた岩石が積もった平原の地下から一人の人物が現われた。

 少女だ。

 赤く燃え盛るような長い髪を持つ少女は夜空に裸体を晒し、背筋を伸ばす。

「うーむ……派手にやってくれたのぅ……」

 少女は見た目とは似合わない古風な言葉を喋り、苦笑する。

「いやはや、危なかった。寸前の所で体を捨てれて良かったわい」

 そう言うと身震いをし、くしゃみをする。

 そして己の体を抱きしめるとその場に座り込んだ。

「さ、寒い!! 鱗がないとこれほどまで寒いとは!!」

 これは早急に衣服が必要だろう。

そう思うと遠く東の方を見る。

 先ほど、地上に出る前に遥か東から知った力の波動を感じた。

 恐らくあれは極光、極天の力。

 この力を感じたのは二度目だ。

つまりアレが二度覚醒した事になる。

「これは、あまり悠長にしてられんかもな……」

 恐らくあと二度の覚醒でアレは本来の力を取り戻す。

 その時が決着の時となるだろう。

 だが、とにかく今は……。

「とりあえず身を隠すか。あやつが戻ってくるといかんからの」

 今の自分は力の殆どを失っている。

 その状態で彼女と戦うのは無謀だ。

 今は身を隠し、“白天の頂”に任せるとしよう。

 そう思うと彼女は笑みを浮かべ、跳躍をした。

 灰の空を跳び、少女は海を越えて遥か彼方へと消えていくのであった。

 

***

 

 終わりが広がっていた。

 黒だ。漆黒だ。闇だ。

 ただひたすらに黒の平地が広がり永遠と続いている。

 そんな平地に驪竜は寝そべっていた。

 彼女は時折不機嫌そうに眉を顰め、頬を膨らませる。

『随分とやられたみたいだね』

 男の声が響く。

 ありとあらゆる、人が忌諱する音が交じり合った声は嗤う。

「起きてたの?」

『ああ、キミが力を使ったお蔭でね』

 男が嗤う。

 その都度、空間がゆれ虫の羽音のような音が鳴り響く。

『だがよくないなぁ、よくない。切り札はそう簡単に見せるべきじゃないよ、ボクのお姫様』

 闇の奥から幾つもの腕をが現われた。

 何れも腐敗し、肉が溶け、腐臭を漂わせる腕だ。

 腐った指先は驪竜の頬をなぞり、首をなぞり、腹をなぞって行く。

「!!」

 腕が千切れた。

 驪竜は「汚らわしい」と腕を全て引きちぎり、捨てる。

『酷いなあ、汚らわしいなんて。キミが言うのかい? 穢れたキミが?』

「いい加減黙らないとあと数千年眠らせるわよ」

 男が嗤う。喉を鳴らし、実に愉快だと。

『それは困る。そんなに永く寝てしまったら約束の日に遅れてしまうよ』

 大気が振動した。

 闇が広がる空にそれは現れた。

 赤だ。

 真っ赤な、月の如き眼球。

 瞳孔を黄金に輝かせた紅き眼球は血の涙を流しながら驪竜を見下ろす。

『ボクとキミは運命共同体なんだ。切っても切れない縁、夫婦の契り、共犯者、復讐者。

だからさあ、仲良くしようよ。ボクの愛しの穢れ姫』

 眼球が嗤う。

 この世の全てを嘲笑うかのように、全てを見下し、己の愉悦とし。

「…………そうね、私たちは復讐者。奴等を一人残らず殺すのが目的」

 だから今は手を取り合うと。

「近いうちに“白”が動くわ。それに合わせて私も動く」

『どうしてそう思うんだい? ああ、そうか、だって君たちは□□だものねえ!!

□□なのに殺しあって、憎しみあって、ああ、なんて、なんて、愉快!!』

 一閃。

 眼球に流体の槍が突き刺さった。

 紅い眼球は傷口から汚物を噴出しながら嗤う。

『痛いなあ、ああ、痛い、痛いからそうだ、少し貰っちゃおう』

 何処かで獣たちが咆哮あげた。

 怪物たちは“外”に飛び出して行き、再び世界に静寂が訪れる。

「あまり派手にやらないでちょうだい」

『大丈夫だよ、愛しき姫君。ほんの百人位喰らうだけだから』

 驪竜は「ふん」と鼻を鳴らすと踵を返す。

『どこに行くんだい?』

「準備よ。次のね」

 驪竜が闇の中に消える。

おそらく“外”に出たのだろう。

 誰も居なくなった世界で眼球は嗤う。

『ああ、楽しみだよ。キミたちの狂騒劇、その先の絶望、ボクの穢れ姫、どうかもっと穢れておくれ』

 眼球が消える。

 腐臭と共に。

そして世界は完全に無となった。

 

***

 

 関東南部、江戸湾上空を一隻の巨大な航空艦が航行していた。

 <<方舟>>と呼ばれている巨大艦は雲の中に隠れながら航行し、江戸湾の南方へ向かって行く。

 そんな船の甲板に“白の巫女”とアリアンロードは立っていた。

「西で再び力の覚醒がありました」

 “白の巫女”の言葉にアリアンロードは頷く。

「ではそろそろ?」

「ええ、“破界計画”は始まりました。我々も次の段階に移りましょう」

 雲の中から巨大な人型が現れる。

 人型は背中に翼を生やしており、<<方舟>>の周囲を旋回すると下部のハッチに向かう。

━━大分使えるようになりましたね。

 神機アイオーン、その量産計画。

 まだまだ問題はあるが実戦投入可能な段階には入った。

 次の計画では大いに役立って貰えるだろう。

「他の方々の準備は?」

「第三柱は小田原に先行し、準備を進めています。第六柱は遺跡に着き次第岡崎夢美と共に次の作戦で使うアイオーンの最終調整を行います」

「No.0は?」

「彼は我々とは独立して行動します」

 アリアンロードの言葉に頷くと“白の巫女”は沈黙する。

 次の戦いが我々にとっての分岐点となるだろう。

関東で彼女と対峙するかも知れない。

━━何を躊躇っているのです、私は覚悟したはずです。

 自分は全てを犠牲にしてでも彼女を倒す。

 ただ、それだけのために生きているのだ。

「では、参りましょう。“破界計画”の第二段階の始動です」

 <<方舟>>が雲を抜ける。

月明かりに照らされた江戸湾が広がり、そして広大な遺跡群が聳え立っていた、

 紅の方舟はその遺跡群の中へ降下してゆくのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベル市の行政区近くに新設された遊撃士協会本部。

 その一室で二人の男が向かい合っていた。

 一人は背筋を伸ばし立つアリオス・マクレインだ。

 もう一人は椅子に深く腰掛け、紙の報告書に目を通している中年の男だ。

「━━以上が六護式仏蘭西軍の展開状況です」

 アリオスが喋り終えると中年の男は「ふむ」と髭を摩る。

「ベルガード門近くに展開されている六護式仏蘭西の部隊は歩兵が殆どか?」

「はい、数にして一万。歩兵戦力を中心に展開しております」

「武神や導力戦車は?」

「数部隊確認されていますが、主力は存在しないようです」

 中年の男は「ベルガード門を陥落させるのに不要と判断したか、それとも別の何かか……」と呟く。

 やがて彼は頷くと机の上に置いてあったコーヒーに口をつける。

「遊撃士協会本部長として何か思うところが? カシウス・ブライト本部長」

「いや、もしかしたら六護式仏蘭西は派手な事をするつもりかもなと思ってな」

 「それにしても」とカシウスは言葉を続ける。

「本部長という響きには何時まで経っても慣れないな」

 そう苦笑するとアリオスも笑みを浮かべる。

「私は適任だと思います。事実、カシウス本部長が遊撃士協会の本部長に就任後、協会はその勢力を大きく取り戻しました」

「はは、それは買いかぶり過ぎというものだよ。遊撃士協会がここまで勢力を取り戻せたのは君達の尽力のお蔭だ」

 カシウスはそう言うと報告書を机に置く。

「六護式仏蘭西との事は当面はマクダエル市長にお任せする事にしよう。

では、本題だ。例の報告は見たかね?」

「関東に正遊撃士三名を派遣することですね。よく関東連合が承認しましたね」

「彼らが何故心変わりしたのかは分からないが、これは我々にとって好機だ。

今まで我々は全て後手に回っていた。そろそろこちらから仕掛けるべきだろう」

 「それが関東ですか?」とアリオスが訊くとカシウスが頷く。

「ああ、関東、崩落富士。怪魔との戦いが始まった場所、恐らく鍵の一つはそこにある。

武蔵が関東に行き、どうなるかは分からないが<<結社>>もそろそろ動くはずだ。

既に小田原には協力者が先行している。アガット・クロスナー他二名は彼女の指揮下に入ることになっている」

 そう言い机の引き出しから書類を取り出しアリオスに渡すと彼は少し目を丸くした。

「成程、彼女ですか。適任ですね」

「彼女は情報収集能力に長けている。きっと向こうで活躍してくれるよ」

 「さて」と言うと立ち上がる。

「俺はこれから九州に飛ぶ。暫くの間本部を留守にするからミシェル君の指示で動いてくれ」

「九州……桜島ですか?」

「うむ。上手く行けば我々も鍵を手に入れられるかもしれない」

 そう言うとアリオスは頷き「では」と退出しようとする。

 そんな彼を慌てて呼び止めるとカシウスは笑みを浮かべた。

「九州のお土産、何がいい?」

 

***

 

織田軍に制圧された岡崎城、その天守に八雲紫は居た。

彼女は遥か東、駿河の方を憂い顔で見ていると背後から藍が現われる。

「紫様……此方にいらっしゃいましたか」

「ええ、ちょっと考え事をね」

「…………武蔵の事ですか」

 紫は頷く。

「ねえ、藍? 私たちは正しいのかしら」

 突然の質問に式は沈黙する。

そして微笑むと主の横に立つ。

「どうなさったのですか? 急に」

「どうやら少し中てられたみたいでね。少し、そう思ったのよ」

 そう言うと式は目を伏せ、再び沈黙し、やがて口を開いた。

「私は紫様の式です。ですので紫様が悪だとか間違っているとかはっきり言えません」

「ですが」と彼女は続ける。

「武蔵の、徳川の事なら言えます」

「じゃあ、徳川は正しい?」

 式は首を横に振る。

「徳川は正しくて誤っているのです。そして私たちは悪くて正しい。

真逆です。彼らと私たちはまったく逆の立場で、方法で世界を救うつもりです。

きっとまたどこかで彼らとぶつかるでしょう。その時が全て分かるときです。

だから、その時まで私たちはこの道を進み続けましょう」

 徳川が全てを知り、それでも織田と戦うとき、一体何が起きるのか?

 世界は正と負、どちらによって動かされるのか?

それはまだ分からない。

 だがそれでも私たちは進む。

立ち止まる事は許されない。

立ち止まってしまったら散っていった者達の尊厳を踏みにじる事になるから。

「そうね。そうよね。ふふ、藍に叱られちゃったわ」

 主はそう悪戯っぽく笑うと此方も笑みが浮かぶ。

「はい、私も本来の道を思い出しましたから」

 そう、私は主と共に歩むのだ。

 彼女を支え、この道の先を見る為に。

「そうだ! 紫様! 食事会をしませんか?」

「食事会?」

「ええ、戦勝祝いと皆の休息のために」

 紫は暫く沈黙する。

 拒否されるのかと思い、少し体を強張らせると主は目を弓にし笑った。

「いいわね、食事会。前に橙もやりたいといっていたし、やりましょうか」

「はい!」

 思わず尻尾が揺れると主が笑った。

 それに赤面すると紫は「そういえば」と首を傾げる。

「橙は何処に行ったのかしら?」

 沈黙。

「…………あ」

 

***

 

「らんさまああああ、ゆかりさまああああ!! ちぇんはかえりたいですううううう!!」

 雪空の下橙はカレーを載せた台車を押しながら泣き笑い状態でそう叫んだ。

 武蔵で捕まった後、自分が織田軍だとバレ浅草に収容された。

 そして駿府に着くと武蔵は敵味方に食料を配り始め、自分はなんだか良く分からないインド人の手伝いをさせられている。

「悲しいですかネー?」

「はい、ものすごく帰りたいですううううう!!」

「そうですかぁ……」

 インド人は少し思案する。

もしかして開放されるのでは!?

そう期待するとインド人は頷いた。

「じゃあ、カレーを食べるといいですネー」

「訳が分からない!?」

 そのまま彼女はインド人に連れて行かれるのであった。

 

***

 

━━インド人と、猫?

 猫娘がインド人に連れて行かれる光景を見て、一瞬通報すべきかと思ったが武蔵ではきっと何時ものことなのだろうと判断し、レンは無視する事にした。

 今自分は小鈴と共に医療品や食料品の配給を手伝っている。

 駿府城に駐在していた兵士達も動員されており陸港の周囲には野戦病院が大量に設けられていた。

「それにしても……」

 視線の先、妖怪達を武蔵の生徒たちが治療しているのを見て苦笑する。

「敵も治療するなんて甘いわねえ」

 ここで助けた敵が何時か再び敵になるかもしれないというのに。

「まあ、それが徳川の良さなんでしょうけど」

 エステル達が気に入るわけだ。

 この国はリベールに似た雰囲気を感じる。

 だから自分もどこか居心地が良く感じるのだろう。

 広場の方で笑い声が生じた。

 そちらを見ればかがり火を囲んで徳川と織田の兵が酒を飲み交わしている。

 戦闘用の獅子型魔獣が主賓みたいになっているのは何故だろうか?

「……そういえばティータは小田原だったかしら」

 小田原にはZCFの本社があり、彼女はそこで働いているはずだ。

 武蔵が関東に向かうのなら自分もついて行き、彼女と会うのもいいかも知れない。

 それに恐らくだがそろそろ<<結社>>が動く。

 関東で武蔵は大きな動乱に巻き込まれるだろう。

そしてエステル達も。

「まあ、その時のことはその時考えればいい事だわ。今は暫しの休息を堪能しましょう」

 そう言うと向こうから小鈴が駆け寄ってきた。

 そんな彼女に手を振ると、此方も駆け始めるのであった。

 

***

 

 道を駆ける。

 雪が積もり始めた後悔通りを天子は駆ける。

 腕には元忠の日記を抱え、息を白くしながら。

 北条が来たため、僅かな休息の後作戦会議をする事になった。

 空を輸送艦が飛ぶ。

 駿府城から来た物資を乗せた輸送艦だ。

 それを横目で見送りながら駆けると教導院が見えて来る。

 皆が居た。

 教導院前の端に梅組の仲間や遊撃士の連中、そして敵だった仲間たちも揃っている。

「あー、寝すぎた! 私がビリっぽい!!」

 時計のアラームを三度程無視したから十分近く遅れている。

 馬鹿が此方に気がついた。

 彼は笑みを浮かべ「おーい! お前が最後だぜー!」と手を振る。

 それに続き、皆立ち上がり此方に手を振る。

「は」

 笑みが浮かぶ。

 彼ら(あれ)は私がずっと望んでいたものだ。

私がずっといらないと言いながらも一番欲しかったものだ。

 友人達は皆笑みを浮かべている。

 私を待って、私と共に行こうと。

 だから私も……。

「ごめん!! 寝すぎた!!」

 手を振り返す。

 力強く。前を向いて。

 皆が笑う。私も笑う。

 これからまた大変な事になるだろう。

だがきっと乗り越えられる。彼らと共になら。

 後悔通りを抜け、教導院の橋の下まで来ると振り返る。

 遥か先、東の空に黒の大艦群が滞空している。

 北条。

私たちにとって次なる壁だ。

だがそれを乗り越えた先、きっと私たちは大きく一歩踏み出すことになる。

この世界の真実に向けて、境界線の先へ。

 だからそう、いま私たちが言うべき言葉はこれだ。

 

 

 

 

 

━━━━さあ、踏み出しましょう。境界線を越えて!!

 

 

 

 

 

~緋想戦記・完~




 どうも皆さん、作者のう゛ぇのむ乙型です。
 緋想戦記をここまでお読みくださり有難う御座いました。
 全百二話、二年近い連載を経て序章の終わりとなりました。
 処女作でありながら多重クロスオーバーとなかなか地雷じみた事をしてしまいましたがここまでエタらずに続けられたのは偏に皆様のお蔭です。
本当に、有難う御座いました。
 天子達の戦いはまだまだ続きます。
 この後の話、関東編以降は緋想戦記Ⅱとして執筆を予定しております。
 北条の目的は? <<結社>>はどう動く? “破界計画”とは? 世界の謎とは?
緋想戦記Ⅱではそれらが明かされて行く事になりますのでどうぞご期待ください。
 さて、あとがきというものをはじめて書いた為、こんな感じでよろしいでしょうか?
 あまり長々と書いてもアレなので、取り合えず此処まで。

 では皆さん、緋想戦記Ⅱでまたお会いしましょう。
そして最後にもう一度、ここまでお読みくださり、本当に有難う御座いました!!


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外伝
~外伝・『緑色の鬼畜勇者』 ガハハ、グッドだぁー!! (配点:ハイパー兵器)~


==注意==

 この話は最初は参戦するつもりだったが様々な事情により参戦中止となった作品をちょこっとだけ出す話です。
 ですので本筋とは全く関係ありません。
ええ、ありませんとも。



緑が広がっていた。

青空の下、緑の絨毯が一面に広がっており時折雲が絨毯に黒の斑点を作り上げる。

そんな喉かな平原をある一団が歩いていた。

一人は男だ。

茶色い髪に大きな口を持ち、緑色の服の上に鎧を着た男は何処か苛立たしげに大股に歩く。

一人は幼子だ。

青く美しく長い髪を揺らしながら幼子は男の周りを元気良く走り回っている。

幼子は少々異質であった。

彼女の額には紅いクリスタルが埋め込まれており、耳は細長く尖っていた。

 異質なのは彼女だけではない。

 男と幼子から少し後ろを歩いている女性も耳を細長く尖らせていたが額のクリスタルの色が青いといった違いがある。

 更に彼女の背後には三人の少女がおり、一人は赤髪の少女、一人は青髪に眼鏡の少女、そして緑髪の少女だ。

 六人は暫く黙りながら歩いているが突如男が立ち止まる。

「うがあー!! ここは、どこなのだあー!!」

 男はそう叫ぶとその場で地団駄を踏む。

「そもそも、何で俺様たちはこーんな、何にも無いところに居るのだ!!

せっかくのランス様ご出立パーティーが台無しではないか!!」

 「ないか!!」と幼子が言うと青髪の女性が「これ! 真似するではない!」と叱る。

「えーい!! かなみ! アイテムだ! それが駄目なら忍術で何とかしろ!!」

「無茶言わないでよ!!」とかなみと言われた赤髪の少女が言うと男は「ぐぬぬ」と唸る。

「と、いうか、ここ本当にダンジョンなのかしら?」

「む? どういうことだマリア?」

 青髪に眼鏡の少女━━マリア・カスタードは頷く。

「ランス、ここに来たときの事覚えている?」

「あ? それはまずこいつが俺様の城の庭に開いていた穴を見つけて飛び込みそうになってパステルが慌てて掴んで……」

 男━━ランスは暢気そうにしている幼子と青髪クリスタルの女性━━パステル・カラーを指差す。

「わらわが急ぎリセットを掴んで……」

「俺様がパステルに掴まれて……」

「ランスが私のスカート掴んで……」

「かなみさんが涙目で私の腕掴んで……」

「マリアが私に抱きついてきたのよね…………はぁ」

 原因が暢気そうに空を見上げているリセットだけに皆怒れない。

 なので……。

「とりあえずランスが悪いわね」

 皆が頷き「なんでだー!!」とランスが怒鳴る。

「まあまあ、ランス、落ち着いて。それでね? あの穴だけど私はダンジョンじゃないんじゃないかなって」

「……どういうことだ?」

「だってあの穴、前までは無かったんでしょ?」

「うむ。あんな穴があったらビスケッタさんが調査するぞ」

 ランスの言葉にマリアは頷く。

「うん。それにランス城の地下にはダンジョンなんて無かった。最初は私も空間転移系のダンジョンかと思ったけど……モンスターが全然出てこないよね」

「そういえば……」とかなみが周囲を見渡すがモンスターの姿は全く無い。

 ダンジョンなら今頃モンスターに出会っている筈だ。

「…………まさか」

 緑髪の少女の言葉にマリアは頷く。

「そう、志津香の思ってる通り。ここはもしかしたら本当に異世界なのかも」

「…………は? じゃあ、元の世界には…………?」

 全員が沈黙する。

 やがてランスが再び頭を抱えた。

「があー!! ふざけるなあー!! 俺様は直ぐにでも戻ってヘルマンに行かなくてはいけないというのに!!」

 そうだ。

 自分にはヘルマンに行くという目的がある。

 ヘルマンには多数のマジックアイテムが保管されているといい、自分はヘルマンに潜入しそれを入手ついでにヘルマン中の女の子とセックスして氷漬けのシィルを救出する予定だったというのに!!

━━いや、待てよ…………?

 異世界なら魔王の魔法を解除できるアイテムぐらいあるかもしれない。

 それにこの世界にも人が居るなら、それはつまり俺様の知らない女の子が世界にいっぱいいることになる!!

「グ、グフフ…………」

「あ、これ、悪い事考えている顔だわ」

 かなみが半目になり何か言っているが無視だ。

「いいぞー、新世界! シィルの奴を助けるのはちょっと先になるが未知の女の子達が俺様の事を待っている!!

ガハハ! グッドだあー!!」

 そう笑うとリセットも「ガハハ!」と笑い、慌ててパステルが止める。

「はあ!? ちょっと待て!! 貴様と違ってわらわには国があるのだ!! 直ぐにでも戻らなければならん!!」

「大丈夫大丈夫、パステルはヘッポコだから居なくても何とかなる」

「ヘ、ヘッポコ!?」

「かなみ、お前は勿論俺様と来るよな?」

「…………どうせ断っても聞かないくせに」

「うむ、ではマリアも来るであろう!」

「うーん、確かに一人で行動するよりもみんなで行動したほうが安心ね。こっちの世界の技術とか気になるし」

「相変わらず技術馬鹿だなー。で、志津香、勿論貴様も……」

「いやよ」

 志津香はそっぽを向く。

「例え異世界だろうとあんたと一緒に行動するのは嫌」

「相変わらず素直じゃないなー。だがマリアは俺様と一緒に来ると言ったぞ?

ん? どうするんだ? ぼっちか? ボッチになるのか!?」

 煽ってくるランスに志津香は心底うんざりした表情を浮かべると半目でマリアを見る。

「ほら、志津香も一緒に来たほうがいいよ? 何が起きるのか分からないし」

 友人にそう諭され彼女は大きな溜息と共に「しかたないわね」と呟く。

「よし! これで全員の賛同を得たようなので、行くぞ! 新世界探索!!」

 その号令にリセット以外だれも加わらなかったのであった。

 

***

 

 再び歩き出して三十分。

一同はなだらかな丘を幾つも越えて進んでいた。

だが一向に町どころか人にも会えずひたすらに緑が続いている。

「おとーさん」

 最初は元気だったリセットに袖を掴まれランスは止まる。

「どうした、疲れたか?」

「ううん。おなかすいた」

 その言葉に皆頷いた。

「そういえば、今日パーティーだからお昼抜いてたんだわ」

「わたしも」

「わらわもじゃ」

「…………」

「え、ええい、暗いぞ貴様ら!」

 そうランスが怒鳴った瞬間、彼のお腹の中から音が鳴った。

「…………うん、腹が減るのは良くないな。よし、かなみ、何か狩って来い。それまで帰って来なくていいぞ?」

「む、無茶言わないで! さっきから獣一匹も居ないのに!」

「……おかしいわね?」

 志津香がそう言うと皆が一斉に注目する。

「これだけ平原が広がっていて動物一匹見当たらないなんてちょっと異常よ」

「確かに、動物が居ないのは何かを恐れているからとか?」

「だが、何をだ?」

 そう皆で首を傾げているとかなみが慌てて立ち上がった。

「み、皆、あれ!!」

「あん? なんだかなみ、女の子モンスターでも見つけた……か……?」

 かなみが指差す先、青い空を船が航行していた。

 黒を基調とした船はゆっくりと此方に向かって来て、そして頭上を通過した。

「そ、空飛ぶ船だと!? ここは闘神都市か何かか!?」

「凄い……アレだけのものが飛ぶなんて……」

 皆絶句していると船が飛んできた方向、岡の上に登っていたかなみが此方に手を振る。

「町があったわ!! それも大きな!!」

 一同慌てて丘を駆け上ると平野に広大な町が広がっていた。

 町は壁で覆われており、五キロメートル先まで続いている。

 そして町の中央には見慣れた形の城が建っている。

「む? JAPANの城か? ここはJAPANなのか?」

 疑問に答える者は居ない。

 皆、ここが何処だか分からないのだから当然だ。

だが……。

「町があるって事は人が居るって事だ。それはつまり、女の子が居るって事だ!!」

 「よし! 行くぞ!!」とランスが叫んだ瞬間、天から少女の声が鳴り響く。

『ぶっぶー! ここまででーす!!』

「な、なんだあ!?」

『まったく勝手に入ってくるなんて、何て奴かしら。貴方達はここには呼ばれていない存在です。というか、出てけ』

「何だ貴様は!! ええい、姿を見せんか!! というか、この声の感じ、美少女だな!!

なら俺様にヤらせろー!!」

『うわあ……下品すぎ。久々にドン引きしたわー。

と、言うわけでお帰りくださーい』

 ランスたちの体が突如薄く、透明になって行く。

 皆慌てる中でランスだけはひたすら空に向かって叫び続けた。

「ぬがー!! 俺様の新世界美少女ヤり放題旅があー!!」

 そして消えた。

 最後までなんだか下品な事を叫びながら、鬼畜勇者御一行はこの世界からつまみ出された。

 

***

 

「ふう」

 空間から闇が噴出し、一人の少女が平原に降り立った。

 驪龍だ。

 彼女はやれやれと首を横に振ると溜息を吐く。

「まだ塞いでない楔の穴があったなんてね。あの世界には今はまだちょっとちょっかい出したくないのよ。

あの鯨に気付かれたくないし」

 「それにしても」と彼女は半目になる。

「あんな下品な勇者って居るものなのねー」

 ともかく不純物は排除した。

 後は“白”の行動を待つとしよう。

 そう頷き彼女は再び闇の中に消える。

 そして再び平野に静けさが戻った。

 

 

 

~外伝・完~



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