脳筋ネタキャラ女騎士(防御力9999)! (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ

「このゲームも結構遊んだなー」

 

 ベッドに寝転んだ状態でゲーム機をポチポチやりながら、俺はそんな独り言を漏らした。

 

 今やってるゲームは、数年前にリリースされ、当時は結構なヒットになった王道バトルRPG『ブレイブ・ロード・ストーリー』だ。

 魔王の脅威に晒された世界に、勇者として異世界から召喚された主人公。

 その主人公を操作して戦い、仲間達と共に魔王討伐を目指すという、清々しいほどになんの捻りもないストーリーだが、当時はそういうのが一周回って新しいみたいな感じで評価されてた。

 

 グラフィックも結構凝ってたし、ストーリーも良かったし、バトルシーンも迫力あったし、やり込み要素も中々だったしと、総合して普通に面白かったので、ヒットしたのも頷ける出来だったと思う。

 俺も当時はかなりハマってたわー。

 

 だが、そんな熱意も今は昔の話だ。

 ひと通り遊んで満足した後は押し入れの肥やしになって、たまに思い出したかのように引っ張り出して遊ぶだけになった。

 世代遅れのポ◯モンみたいな扱いだ。

 たまにセーブデータ消して最初からプレイしたり、やり込み要素をやり込みまくったりすると普通に楽しいから、中古として売り払ったりはしてないあたりもそっくり。

 

 で、今はそんな感じで久しぶりに押し入れから引っ張り出して遊んでる最中だな。

 今回はデータは消さずに、やり込み要素の方で遊んでる。

 

 具体的には仲間の育成だ。

 このゲームでは、そこそこの人数のキャラクターを仲間にできる。

 その中から勇者を含めて4人組のパーティーを作って戦うシステムだ。

 王道だな。

 

 そして、メインストーリークリア後は、勇者以外をパーティーのリーダーとして遊ぶことができるようになる。

 これも王道だな。

 王道一直線すぎて、たまには変化球投げろと言いたくなるくらい王道だな。

 

 まあ、それはともかく。

 今育成してるのは俺が一番好きなキャラ、孤高の女騎士『ユリア』だ。

 ストーリーの序盤で仲間になるメインキャラの一人で、金髪碧眼の年上クール系ヒロインである。

 

 俺がユリアを好きな理由は簡単だ。

 見た目が一番好みだった。

 巨乳は正義(異論は認める)。

 

 だが、ユリアは決して見た目(おっぱい)だけの女ではない。

 全キャラクターの中でも屈指の物理系ステータスの高さを誇り、特に耐久力においては並ぶ者がいない猛者だ。

 パーティーの盾役として持ってこいのデキる女なのだ。

 個人的「くっ、殺せ!」と言わせてみたいキャラクターランキング1位の有能女騎士なのである。

 

 しかし、そんな彼女にも欠点はある。

 物理系ステータスの高さに反して、魔法系ステータスである『知力』が、どれだけ育てても低空飛行なのだ。

 そのせいで、ユーザーからは脳筋娘だの、ポンコツ女騎士だの、クール系(笑)だのと好き勝手に言われていた。

 

 そんなポンコツ疑惑のかかった有能女騎士ユリアを普通に育てた場合の最終ステータスが、こんな感じだ。

 

━━━

 

 ユリア・ストレクス Lv99

 

 HP 5500/5500

 MP 1970/1970

 

 筋力 3155

 耐久 5625

 知力 500

 敏捷 2780

 

━━━

 

 うん、知力がもう目に見えて低い。

 これじゃ脳筋と呼ばれても致し方ないレベルだ。

 だがしかし。

 信じられないことに、これでも育成方法によってかなりマシになった方なのだ。

 

 このゲームの育成システムは、まずレベルを上げた時にキャラごとに異なる数値の基礎ステータス上昇があり。

 次に、プレイヤーが好きに割り振れるレベルアップボーナスというポイントがレベルアップごとに手に入る。

 

 そのレベルアップボーナスとか、ドーピング系のアイテムを使ったりとか、ステータスアップ系の底上げスキルを『魔導書』というアイテムで覚えさせたりとかして、足りない知力を補強した上でこれなのだ。

 そりゃ、ポンコツ呼ばわりもされるわ。

 

 そこまで悲惨なら、いっそ足りない知力は切り捨てて物理系ステータスに極振りした方がよくね?

 そう思った時期もありました。

 しかし、できない。

 何故なら、このゲームにおいて知力は、かなり重要なステータスなのだから。

 

 このゲームには、ステータスアップ系や『剣術』『火魔法』『索敵』みたいな通常スキルと呼ばれるスキルの他に『必殺スキル』というものがある。

 レベルが上がるとキャラごとに別々の技を覚え、魔導書でも覚えられるそれらは、『(スラッシュ)』だの『真空剣(ソニックブレード)』だの『爆炎の剣(バーニングソード)』だのと、厨二感溢れるネーミングをしている。

 

 まあ、ポ◯モンの技みたいなものだと思えばいい。

 この必殺スキルはMPを消費して発動し、キャラクターは基本的に必殺スキルと通常攻撃を交えて戦う。

 といっても、通常攻撃は火力がゴミだからほぼ使われないけどな。

 

 そして、ここで脳筋ユリアを悩ませるシステム的な仕様があるのだが、これがくせ者なのだ。

 必殺スキルの威力は、魔法系のスキルなら知力のステータス、物理系のスキルなら筋力のステータスで判定される。

 しかし、一部の強力なスキルは「筋力+知力」という計算式が適応され、文武両方の力が必要になるのだ。

 

 その解説をするには、さっきちょっと出てきた『爆炎の剣(バーニングソード)』を例題にするのが手っ取り早いだろう。

 これが例の「筋力+知力」の計算式で使える強力スキルの一つなんだが、このスキルは名前の通り炎の斬撃を繰り出すという非常にわかりやすいスキルである。

 もう一度言おう。

 炎の斬撃を繰り出すスキルである。

 そう『炎』の斬撃。

 まごうことなき魔法攻撃だ。

 

 この手のスキルは物理魔法の複合タイプと呼ばれる。

 そして、戦士系のキャラが覚えられる遠距離攻撃と広範囲攻撃は、軒並み全てがこの複合タイプの必殺スキルなのだ。

 まあ、それだけなら筋力のステータスでゴリ押しすることもできる。

 筋力100+知力100でも、筋力190+知力10でも答えは同じなんだから。

 だが、それじゃダメなんだ。

 何故なら、そもそもの問題として……。

 

 知 力 が 足 り な い と 、 複 合 タ イ プ の ス キ ル は 覚 え ら れ な い。

 

 もう、どんな手段を使っても覚えられない。

 レベルアップでもダメだし、魔導書を使ってもダメだ。

 多分、教科書があっても、それを読み解く知力が無いと無意味なんだろう。

 脳筋は魔法使いになれないのだ。

 

 ボス戦だけなら、まだ物理系必殺スキルオンリーでも押し切れる。

 だが、ボス戦までの道中は大量の敵が一度に湧いてくることが多いので、できればパーティ全員が範囲攻撃を持ってた方が俄然楽になる。

 それでユリアにも無理矢理覚えさせたんだが、その結果がこのザマだ。

 知力の向上に伸び代の多くを持っていかれ、そこまでしても最低限の範囲攻撃を覚えるのがやっとという……。

 なのに、これが一番使える型という事実。

 これは酷い。

 

 そんな脳筋に厳しい世の中を嘆きながら、俺はユリアの育成を続けた。

 今さらになってそんなことをしようと思ったキッカケは、クリア後のやり込み要素の一つである隠しダンジョンの攻略をやってた時、ユリアがダンジョンボスの攻撃を受けてノーダメージという脅威の結果を叩き出したことだ。

 まあ、単純に相手が攻撃ミスって外しただけなんだけど、その時、俺は思ったのだ。

 

「これ、ユリアの耐久に極振りして、ついでに防御力アップ系のスキル揃えたら、ミスじゃなくても被ダメ0にできるんじゃね?」

 

 ってな。

 隠しダンジョンの強敵相手にそんなことできたらカッコよくね? という、ちょっとした好奇心だった。

 もちろん、普段ならそんな真似はしない。

 好きなキャラを実用性度外視のネタキャラにしようなんて、そんな惨いことするわけがない。

 

 が、そんなこだわりを持っていたのは昔の話だ。

 押し入れの肥やしと化して、たまにリセットまでされるゲームに、今さらこだわりもクソもない。

 

 俺は好奇心の赴くままにユリアのレベルをリセットして再育成し。

 レベルアップボーナスの全てを耐久に振り、使用回数に制限のあるドーピング系アイテムを全部耐久の強化に費やし。

 更に魔導書を使って、一度に覚えられるスキルの限界数である20個全部を、防御力アップ系の通常スキルで上書きするという暴挙を嬉々としてやらかした。

 攻略サイトでも見れば結果は一発でわかっただろうが、それじゃつまらんし、どうせ暇潰しだと思って延々とレベル上げを行い……そして現在に至る。

 

「ふぅ。やっとレベルカンストか」

 

 今の時刻はすっかり深夜。

 無駄に熱中して、無駄に時間を使ってしまった。

 どうせならキャラクターレベルだけじゃなく、スキルレベルまでカンストさせてやろうとか考えて無駄に凝ったのがいけなかった。

 だが、その無駄こそがゲームの醍醐味ではなかろうかという、この世の真理の一端に触れるかのごとき神理論を提唱してみる。

 うむ。

 大分、テンションが深夜のそれになってるな。

 

 で、それだけの時間をかけて再育成した、耐久極振りユリアのステータスがこれだ。

 

━━━

 

 ユリア・ストレクス Lv99

 

 HP 3000/3000

 MP 950/950

 

 筋力 1520

 耐久 9999

 知力 99

 敏捷 1185

 

 スキル

 

『耐久上昇:Lv99』

『耐久超上昇:Lv99』

『耐久超々上昇:Lv99』

『鉄壁:Lv99』

『神硬:Lv99』

『魔防:Lv99』

『絶魔:Lv99』

『斬撃耐性:Lv99』

『貫通耐性:Lv99』

『打撃耐性:Lv99』

『衝撃耐性:Lv99』

『火耐性:Lv99』

『水耐性:Lv99』

『風耐性:Lv99』

『土耐性:Lv99』

『雷耐性:Lv99』

『氷耐性:Lv99』

『光耐性:Lv99』

『闇耐性:Lv99』

『状態異常耐性:Lv99』

 

━━━

 

「アハハハハッ!」

 

 俺は深夜のテンションに任せるがまま、ゲーム画面に映ったユリアのステータスを指差して笑った。

 なんだこりゃ!

 耐久がカンストしたのは予想外の快挙だし、スキル構成まで含めたら歩く要塞以外の何者でもないってのは凄いけど、他が軒並み低空飛行すぎる!

 

 特に知力! お前だ、お前!

 二桁っておまっwww

 レベル99のキャラとして立派に恥ずかしい数値だからなこれ!

 

 しかも、必殺スキルどころか武器スキルもないから、対応武器を装備した時の火力補正もなく、ひたすら最低火力の通常攻撃で殴り続けるしかない!

 俊敏のステータスも低いから、レベル99のパーティの中だと遅すぎて、一人だけ2ターンに一回しか行動できないし、攻撃も殆ど当たらないし避けられない!

 挙げ句の果てには、盾役の必須スキルである味方への攻撃を防いだり、敵の攻撃を自分に向けたりするスキルすらなく、本職すらまともに果たせない!

 MP? そんなもんは、ただの飾りだ!

 

「これは脳筋だわ! まごうことなき脳筋ネタキャラ女騎士だわ!」

 

 俺は深夜のテンションのせいで必要以上に爆笑して、「うるさい! 今何時だと思ってんの!?」と、隣の部屋にいる妹に壁ドンされた後。

 騒ぎすぎないように自重しつつ、とりあえずこのユリアの性能を確かめてみるべく、メインストーリーのラスボスである魔王に挑んでみた。

 

 結果、ユリアノーダメージ。

 俺は再び爆笑した。

 妹に壁ドンされないように、声を押し殺して笑った。

 

 火力不足でこっちの攻撃も大して効かず、敵が自発的にユリアを狙ってきた時限定で身代わりになることしかできず、ほぼほぼ仲間達におんぶにだっこっていうのが個人的にツボだったわ。

 さすがに、当初の目的である隠しダンジョンのボス相手にノーダメージは達成できなかったけど、これだけ笑えれば満足だ。

 

「はー、笑った笑った」

 

 そこまでやってから、ふと時計を見れば、もう夜中の3時を回っていた。

 うわ、最後に確認した時から3時間も経ってやがる。

 しまった。熱中しすぎた。

 こんな時間に騒いだら、そりゃ妹様だってブチ切れるわ。

 

「……寝るか」

 

 明日は普通に学校だしな。

 俺は高校二年生。

 真面目に受験に向けて取り組まなければならないお年頃。

 勉強は嫌いだし、進路なんてまるで決まってないが、学校をサボるわけにはいかない。

 

 一気に素面に戻った俺は、セーブしてからゲーム機の電源を切った。

 そのまま押し入れに戻そうとして……

 

「ん?」

 

 その瞬間、ゲーム機の電源が勝手に入って、再び画面が光り始めた。

 しかも、明らかに普通に起動した時とは違う、直視できないほどの激しい光を放つ。

 

「な、なんだ!?」

 

 驚愕してる間に、俺の意識はゲーム機の光に飲み込まれるようにして消えた。



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2 こんなん憑依事故だろ!?

「う、うぅ……」

 

 気がつけば地面に倒れていた。

 床でも畳でもなく、アスファルトの上ですらなく、むき出しの土と草の上に。

 体に纏わりつく土の感触が、かなり不快だ。

 

「いったい何が…………ん?」

 

 あれ?

 おかしいな。

 声が変だ。

 それ以上に状況が変だろとも思うが、この変化も無視できない。

 だって、とっくの昔に声変わりを経たはずの男子高校生の野太い声が、やや低めのイケメンボイスながら、女の声だってハッキリわかるくらいの高音になっていたのだから。

 

「まさか……!?」

 

 慌てて起き上がり、自分の体を確認。

 視線を少し下ろせば、そこには、ドンッ! とそびえ立つ山脈が二つ。

 触れてみると、サイズも形も柔らかさも百点満点。

 俺の性癖にドスライクのおっぱい、否、おっぱい様だ。

 自分についてるんじゃなければ、さぞ興奮したことだろう。

 

 俺は絶望的な気分になりながら、下の方も確認。

 息子は不在だった。

 終わった……。

 なんかよくわからんうちに、突然終わった……。

 まだ未使用だったのに……。

 

 手と膝を再び地面につけてorz状態になっていると、ピチョンという水音を耳が捉えた。

 音のした方に目を向ければ、そこには小さな泉が。

 斧を落としたら女神様が出てきそうな感じの、綺麗な泉だ。

 俺はフラフラとその泉に近づき、水面を覗き込んだ。

 

「ハハッ……」

 

 ユリアじゃん。

 そこに映るのは金髪碧眼の美女、いや美少女か?

 ゲームのユリアを実写化して、ちょっと幼くしたらこうなるだろうなって美少女がそこにいた。

 2Dと3Dの違いに加えて、何故か土とか泥とかで盛大に汚れてるせいでわかりづらいが、間違いなくユリアだと断言できる。

 だって、水面に容姿以外の決定的な証拠が映ってるからな。

 

━━━

 

 ユリア・ストレクス Lv99

 

 HP 3000/3000

 MP 950/950

 

 筋力 1520

 耐久 9999

 知力 99

 敏捷 1185

 

 スキル

 

『耐久上昇:Lv99』

『耐久超上昇:Lv99』

『耐久超々上昇:Lv99』

『鉄壁:Lv99』

『神硬:Lv99』

『魔防:Lv99』

『絶魔:Lv99』

『斬撃耐性:Lv99』

『貫通耐性:Lv99』

『打撃耐性:Lv99』

『衝撃耐性:Lv99』

『火耐性:Lv99』

『水耐性:Lv99』

『風耐性:Lv99』

『土耐性:Lv99』

『雷耐性:Lv99』

『氷耐性:Lv99』

『光耐性:Lv99』

『闇耐性:Lv99』

『状態異常耐性:Lv99』

 

━━━

 

 なんかねぇ。

 顔の横にねぇ。

 半透明のディスプレイみたいなのが見えるんだよねぇ。

 すげぇ見覚えのあるデータが見えるんだよねぇ。

 

「ハ、ハハハッ……。本当にどうなって……うっ!?」

 

 その瞬間。

 頭が割れるんじゃないかと思うような凄まじい頭痛が俺を襲った。

 両手で頭を抱えて転げ回っていると、脳裏に様々な情景が浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

『父上! 私に剣を教えてください! 私も強くなって、魔王から皆を守りたいです!』

『よく言った! それでこそ俺の娘だ!』

 

 子供の頃。

 大好きな父にそう言った。

 父は傷だらけの厳つい顔をこれでもかと緩めて、誇らしげに私の頭を撫でてくれた。

 

『お前は天才だ、ユリア! 将来は間違いなく俺の跡を継げる!』

『本当ですか!?』

『可愛い娘に嘘はつかん! お前は次代の王国最強だ! 国のため、王のため、これからも励むように!』

『はい!』

 

 剣を手にして、早数年。

 メキメキと成長していくのが嬉しくて、偉大な父にこうして褒められるのが何よりの幸せだった。

 

『ユリア、そなたに騎士の位を授けよう。アルバートの後継として、次代の王国の剣として、期待しているぞ』

『ハッ! お任せください、陛下!』

 

 騎士の証である立派な鎧に身を包み、王の前で膝をつく。

 胸の中は誇らしさでいっぱいだった。

 そして……

 

『ギャアアアアアッ!?』

『な、なんなんだよ、あの化け物はぁ!?』

『た、助けてくれぇええええ!?』

 

 王国を襲う、一匹の怪物が襲来した。

 尋常ではない大きさの、禍々しい虎。

 その虎が風を纏い、巨体からは考えられない圧倒的な速度で走り回り、それだけで国が壊されていく。

 

『ユリア! お前は逃げろ!』

『父上!?』

『陛下は崩御された! 城も木っ端微塵、城下町も崩壊。この国はもうダメだ。

 故に、お前だけは逃げろ! 逃げて、力を蓄え、いずれ我らの仇を取ってくれ! 頼んだぞ!』

『ッ!?』

 

 逃げたくなどない。

 逃げるくらいなら、大切な人達と共に最後まで戦いたい。

 だが、そんな言い方をされたら、従うしかない。 

 王国最強の騎士の言葉に。

 娘に生きていてほしいと願う父の言葉に。

 

『必ず……! 必ず仇を討ちます! あの災厄を! それを操る諸悪の根源を! 私が、必ず!』

『よく言った! それでこそ俺の娘だ!』

 

 そうして、父は私を逃がすために、あの大魔獣を僅かに足止めするための決死の特攻を行った。

 私は振り返らずに走った。

 父の想いを無駄にはしない。

 絶対に生きて、絶対に仇を討つ。

 その一心で走った。

 

『ハァ……ハァ……くそっ』

 

 だが、逃げる最中に背後から飛んできた風の咆哮に吹き飛ばされ、相当なダメージを負ってしまった。

 それでも強引に体を動かし、この森にまで逃げ込んだが、そこで力尽きた。

 もう一歩も動けない。

 体がどんどん冷たくなる。

 命が体からこぼれていく。

 

『こんな、ところで、死ねない……!』

 

 仇を討つと約束したのだ。

 そのために、大切な人達を見捨ててまで逃げ出したのだ。

 なのに、こんな死に方をしたのでは、忠誠を誓った王に、私を守るために死んだ父に顔向けができない!

 

『誰か……誰でもいい……! 私に命をくれ……! 私に、奴を討ち果たせる力をくれ……! そのためなら、悪魔にだって、魂を売り渡す……! だから……!』

 

 目が霞む。

 意識が遠のいていく。

 絶望が心を覆い尽くす。

 そして、自分の心臓が止まり、魂の大部分が霧散するような感覚を覚えた直後。

 

 ━━どこからか光があふれ、何かが自分の中に入ってきて、残った魂がその何かの中に沈んでいくのがわかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「うげぇえええええ!?」

 

 脳裏を過ぎる情景が終わり、俺は脳髄に刻み込まれたあまりにも重い感情に押しつぶされて吐いた。

 今のはこの体の……ユリアの記憶だ。

 ゲームの回想で彼女の過去は知ってたが、感情まで含めた全てを追体験させられたら、吐くわこんな重たい話!

 

「おげぇえええええ! つ、つまり……どういうことだ?」

 

 あれか?

 ユリアの死にたくないって執念が、ゲームの外にいた俺の魂を引きずり込んで、自分の体に入れて延命装置代わりにしたってことか?

 力も求めてたから、ネタとはいえレベル99の力も一緒にインストールしておきましたってか?

 

「そんなバカな話が……!」

 

 あってたまるかって思うが、実際に起きてるんだよなぁ!?

 こんな不思議現象の真相なんて、俺ごときの矮小な存在には理解できない。

 だが、感覚的には今の説明が一番しっくりくる。

 ならもう、この結論で納得するしかない。

 

 というか、なんで俺!?

 自慢じゃないが、俺ってザ・平凡だぞ!?

 学力普通! スポーツも普通! 見た目も普通!

 漫画とかアニメとかがそこそこ好きで、喧嘩とかはしたことない。

 そんな平凡な男子高校生を絵に描いたような奴だぞ!

 こんな特別な役に選ばれる要素ゼロだろ!

 学園祭の演劇でも木の役だったし!

 

 唯一の心当たりといえば、ユリアを魔改造してネタキャラにしたことくらいだが……。

 そんなふざけたことしたから、天罰的なあれで俺が選ばれたんだろうか?

 

 だとしたら、ユリアが報われねぇ。

 もっと優秀で、ユリアを真っ当なレベル99に育てた奴が選ばれてたら、あの虎どころか魔王の単騎討伐だってできただろうに。

 こんなモブ男の魂を体に詰められて、ネタキャラステータスにされるとか、賠償金請求しても許されるレベルの憑依事故だろ。

 仇討ちとか、オワタな感じやぞ。

 

「……はぁ」

 

 嘆いてても始まらん。

 これからどうするかを考えないと。

 

 ……いきなりこんな状況に放り込まれて、普段の俺だったら混乱しまくって、泣きわめいて、お家に帰らせろと怒鳴り散らして、とてもじゃないが冷静に頭を回転させることなんてできなかっただろう。

 けど、なんか今はユリアの残留思念的なものと融合して、記憶まで全部逆流してきたからか、彼女が磨いてきた強メンタルの一部を借りられてるような感じがする。

 

 いや、なんというか、記憶の追体験なんてトンデモ体験をしたからこそわかるんだが。

 こんなファンタジー世界で鍛錬を積み重ね、命懸けの戦いを何度も繰り返してきた人のメンタルは、現代人の豆腐メンタルとは比べものにならん。

 脳筋だの、ポンコツ女騎士だの好き勝手言ってて、マジすんませんした。

 おっぱい様、じゃなくてユリア様は死ぬほど立派な騎士様です。

 

「ん?」

 

 と、そうして強メンタルと豆腐メンタルの狭間で思考を続けてた時。

 ユリアの磨き上げられた感覚が、ふと何者かの気配を捉えた。

 

「グルルルル……!」

 

 それは、多分ここの泉の水でも飲みにきたんだろう凶悪な獣。

 この世界では『魔獣』と呼ばれる、人類の敵。

 今回現れたのは、元の世界にいるやつより二回りほど巨大なシマ模様の肉食獣。

 ……虎であった。



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3 動作アシスト(ポンコツ)

「グルルルル……!」

 

 唸り声を上げ、威嚇しながらジリジリと近づいてくる虎。

 怖い。

 超怖い。

 平凡な男子高校生に過ぎない俺の感覚は悲鳴を上げている。

 だが……

 

「虎の魔獣……!」

 

 実際に口から出るのは、怒りに満ちた声だ。

 心の九割は怯えてるのに、残りの一割が凄まじく自己主張してきて、体は無理矢理戦闘態勢に入った。

 端的に言って、とっても気持ち悪い感覚。

 

「ワータイガー。貴様は恐らく、奴とは無関係なのだろう。だが、今の私は機嫌が最悪だ。そんな私の前に、奴と同じ虎の魔獣として出てきてしまった己の不運を恨め」

 

 口から勝手にそんなセリフが出てくる。

 ワータイガーって……ああ、思い出した。

 序盤のエリアボスだ。

 平均レベル10くらいの勇者パーティーで狩れる相手だったはず。

 というか、この体、口調の支配権はユリアにあるんだろうか?

 思い返してみれば、これまでも汚い男言葉は口から出なかったような……。

 

「ゴアァッ!!」

「行くぞ!!」

 

 そして、虎が飛びかかってきた。

 俺、というかユリアの体は勝手に動き出し、足に力を込めてサイドステップ。

 まずは虎の突撃を軽やかに避ける。

 ……つもりだったみたいだが、なんか予想外に体がすっとんで、森の木に思いっきり突っ込んでしまった。

 

「ぬわっ!?」

 

 痛っ!? ……くはないな。

 樹齢何十年もありそうな木がへし折れるくらいの勢いで突っ込んだのに、ネコパンチを食らった時ほどの痛みもない。

 魔王の攻撃でもノーダメージの絶対防御が仕事してるらしい。

 だけど、ワータイガーにはなんか「何やってんの、お前?」みたいな目で見られてる気がする。

 肉体的なダメージに反して、精神的なダメージは結構あるぞこれ。

 屈辱! くっ殺!

 というか、

 

「なんだ、今のは……?」

 

 なんでサイドステップでこんなことになる?

 あ、もしかして、急にレベル99の力がインストールされたもんだから、感覚が狂ったのか?

 今の動きは、流れ込んできた記憶にもあったユリアが鍛錬で体に覚え込ませた動きだったし、そりゃいきなり身体能力が跳ね上がったのに、いつのも感覚で動けばこうなって当然か。

 レベル99とはいえ、基礎ステータス上昇以外では全く強化してない速度だが、それでもユリアの感覚との差異から考えて、元の二倍くらいにはなってそうだからな。

 

「!」

 

 また体が勝手に動く。

 愚直にいつも通りの感覚を貫き通し、今度は泉に突っ込んだ。

 水が冷たい。

 ワータイガーの視線も冷たい。

 

「ちょ、待っ……!?」

 

 体が勝手に動く。

 感覚の違いによって吹っ飛び、転び、ワータイガーにぶん殴られ。

 ダメージこそないが、一向に攻撃ができない。

 

 おぃぃ! 止まれや、このポンコツ女騎士!?

 暴れ馬じゃないんだぞ!?

 というか、これだけ動いて欠片も動きが修正されないとか、不器用さんか、お前は!?

 

「……ああ、いや、違うな」

 

 感覚でわかる。

 こうなっちまってるのは、多分俺のせいだ。

 今のユリアは残留思念的な何か。

 体を普通に操る力なんて殆ど失われてる。

 今は体と心に染みついた癖みたいなもので無理矢理動いてるだけだ。

 なのに、判断能力の大部分を持ってるはずの俺が腑抜けて動けないせいで、今のこの体は癖に任せた反射的な動きしかできていない。

 

「ふー……落ち着け」

 

 クールだ。

 クールになるんだ。

 大丈夫。

 これだけやられてもダメージはない。

 つまり、目の前のこいつに俺を害する力はない。

 だったら、怖くない。

 怖くないなら、ビビる必要はない。

 

 平凡男子とはいえ、男だろ俺は。

 だったら、ジャジャ馬娘の手綱くらい握ってみせろ。

 ユリアの感覚を俺が修正して戦え!

 

「ハッ!」

 

 足に力を込めてダッシュ。

 今回は込める力を弱くして、俺が混乱しない程度のスピードで突っ込んだ。

 全力ダッシュは練習してからだ。

 ユリアは天才でも、俺は凡人。

 練習してないことはできない。

 だから、これでいい。

 

「ガァアアッ!!」

 

 こっちが近づくと同時に、ワータイガーもダッシュで近づいてきて爪を振るった。

 筋肉がギッシリ詰まった、太くてたくましい前脚による一撃。

 これをまともに食らったら、前の俺の体どころか、元のユリアでも致命傷を負う。

 

 故に、ユリアの感覚は回避を求めた。

 盾を持ってれば受け止めようとしたかもしれないが、今のユリアはあの化け物から逃げるために重い装備を手放したのでステゴロだ。

 本来なら、回避という判断は間違っていない。

 

 しかし、この体は防御特化ユリアLv99。

 実用性度外視のネタキャラだが、魔王の攻撃ですらダメージを受けない頑丈さという一芸だけは誰にも負けない。

 

 だったら、ここは回避ではなく防御!

 腕を上げて、ワータイガーの爪を受け止める。

 体はユリアの癖より俺の判断を優先して動いてくれた。

 やはり、体の支配権は俺の方が上みたいだ。

 

「グルゥ!?」

 

 そして、思った通り、奴の爪はこの体に傷一つつけられない。

 予想外の手応えに、ワータイガーが驚愕したような声を上げた。

 

「ぬ!?」

 

 だが、防御力はあっても、俺は体重差による当たりの強さというものを甘く見ていた。

 力でもこっちが上のはずなんだが、力だけで当たり勝てるなら、お相撲さん達があんなに太る必要はない。

 こういう真っ向勝負では、力や頑丈さだけでなく体重も重要なのだと、俺はこの時、初めて実感させられた。

 

「ッ!?」

 

 やべぇ!?

 また吹っ飛ばされる!?

 と思ったが、ここでユリアの感覚が俺を支えてくれた。

 染みついた癖が体を動かし、掲げた左腕を盾に見立てて頭の上へ。

 腰は可能な限り落とし、足で踏ん張り、重心を低くしてワータイガーの一撃を耐えた。

 

 おお!

 すげぇそれっぽい動き!

 このポンコツ動作アシスト、ちゃんと使えれば強いわ!

 さすがは天才ユリア様!

 

 そんなユリア様のおかげで、敵の攻撃を正面から止めて、ワータイガーの動きが止まった。

 今だ!

 俺は腰だめに構えた右拳を、全力でワータイガーの顎に叩き込む!

 

「おおおおおおおッ!!」

「グギャッ!?」

 

 必☆殺!!

 女騎士スクリューアッパー!! 

 ステータスポイントもドーピングアイテムも使っていない素の力とはいえ、それでもレベル99の怪力から繰り出された必殺パンチ。

 序盤のエリアボス程度が耐えきれるはずもなく、哀れ、ワータイガーの頭部は爆発四散した。

 

「うっ……!」

 

 やべぇ、吐き気が。

 頭部爆散はグロ過ぎんよぉ。

 でも、こういうのに慣れたユリアの記憶と感覚を受け継いでるおかげで、リバースまではしなかった。

 ホント、異世界人のメンタルは現代人とは比べものにならんわ。

 

「ふぅ」

 

 なんにせよ、終わった。

 ワータイガーはお亡くなりになり、胸の奥から湧いて出た八つ当たりの感情も消えてくれた。

 残ったのは巨大な虎の死体と……手に残る、生き物を殺した嫌な感触のみ。

 

「ああ、本当に、実感させられる……」

 

 ユリアっぽく変換されたが、今のは間違いなく俺のセリフだ。

 この生々しい感触、絶対にゲームのそれではない。

 感触以外もそうだ。

 体重差、踏ん張り方の技術、どれもターン制のゲームでは無かった要素。

 どこまでも現実的な要素。

 

「これは、ゲームではない」

 

 ここはゲームの世界なのかもしれないが、紛れもなく現実だ。

 死ねばゴールドの半分とアイテムのいくつかをロストして、セーブ地点からリスタートなんてことはない。

 死ねば、それで終わりと思った方がいい。

 目の前の虎が、ドロップアイテムも残さず無惨な死体になったように。

 

 魔王の攻撃でもダメージを受けないという無敵性も、どこまで信じていいかわからない。

 無敵のキャラを倒すなんてストーリーは、漫画でもアニメでも何度も見た。

 生コンクリートで固められて海の底にでも沈められたら、窒息で死ぬだろう。

 縛り上げられて放置されるだけでも、いずれ餓死する。

 

 そう考えれば、このネタキャラスペックは無敵でもなんでもない。

 油断せず、できうる限り慎重に戦おう。

 なんとか元の世界に帰れる、その時まで。

 

 

 

 

 

 なお、その直後。 

 ワータイガーとの戦いと、ここまでの大逃走で汚れきった体を洗おうと水浴びを敢行したところで、元の世界に帰りたいという俺の決意は大いに揺らいだ。



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4 これからどうするか

 おっぱい様に悩殺され、水場で色々と遊んでしまった後。

 ユリアの感覚が混ざっちゃったせいなのか、途中でなんか虚しいという感情が湧いてきてしまい、ため息を吐きながら水浴びを終わらせ、ついでにボロボロの服も洗った後、俺は考えた。

 ずばり、これからどうするのかを。

 

 煩悩に揺れはしたが、元の世界に帰りたいという思いは消えていない。

 妹を始め残してきた家族もいるし、こんな魔獣あふれる危険な世界に永住したいとは思わないからな。

 

 では、帰還のために何をすればいいのか。

 とりあえず、絶対にやらなければならないのは、ユリアの故郷の仇である虎と、その裏にいる魔王の討伐だ。

 これはユリアの境遇に同情したからっていうのもあるが、それ以上に混ざってしまったユリアの残留思念が、滅茶苦茶せっついてくるからっていうのが最大の理由。

 

 そのせっつき具合は恐ろしいの一言だ。

 ちょっとでも俺が仇討ちなんてやりたくねぇなとか思ったら、容赦なく大切な人達が死んだ時の記憶と感情が流れ込んできて、壮絶な頭痛と吐き気に襲われることになる。

 こんなもんを抱えながら生きていける自信はない。

 よって、奴らの討伐は最優先事項だ。

 それに、もしかしたら、ユリアの未練を晴らすことで俺は肉体から解放されて、元の世界に帰れるかもしれないし。

 

 というわけで、まずは魔王討伐に向かって突き進むとして。

 そのために必要なこととは何か。

 

 まず、俺個人で魔王を倒すのは多分無理。

 ゲーム要素だけが全てじゃないってたった今気づいたところだから絶対に不可能とまでは言わないが、まあ、十中八九無理だろう。

 相手の攻撃も効かないが、こっちの攻撃も効かない相手をどうやって倒せと?

 しかも、魔王は物理で殴るしかないこっちと違って手数も豊富。

 縛り上げられて生コンクリート詰めエンドが見える見える。

 

 一人じゃ勝てない。

 だったら、仲間を集めて一緒に戦うしかない。

 大本命はゲームのストーリーと同じように、勇者パーティーに参加することだな。

 ネタとはいえレベル99だし、役に立たないってことはないはずだ。

 ないはずだと思いたい。

 ゲームだとこのネタユリアは、魔王戦において仲間達におんぶにだっこだったという事実は考えないようにする。

 ゲーム要素だけが全てじゃないさ(震え声)。

 

 さて、そうなると、次はいかにして勇者パーティーに入るかだが。

 ゲームだと、どういう経緯だったっけ?

 ユリアは序盤で仲間に加えられるキャラだったが……ああ、そうだ。

 確か、勇者が最初の仲間である聖女と一緒に旅に出た後、初めに立ち寄った町で、凄腕の冒険者として名を馳せてたんだ。

 そこで仲間にするイベントが起きて勧誘って流れだったはず。

 

 ちなみに、こうして仲間になった時のユリアのレベルは25だったんだが……ユリア弱すぎないか?

 故郷では騎士の位も持ってたし、次代の王国最強を担う天才って呼ばれてたのに。

 

 しかも、魔王討伐時に推奨される勇者パーティーの平均レベルは70だぞ。

 急成長しすぎじゃね?

 ゲームならそんなもんだと思って疑問に思わなかったが、こうして現実になってみると違和感がある。

 なんか、カラクリがありそうだな。

 

 まあ、その手の考察は後でするとして。

 今は勇者パーティーへの加入方法だ。

 ゲーム通りにいくことを期待するんだったら、冒険者になって活躍して、ゲームと同じ時期に同じ町に行けばいい。

 だが、ここで大問題が一つ。

 

 肝心の町の名前を忘れた。

 ついでに、勇者召喚の正確な時期もわからない。

 

 ……詰んだのでは?

 いやいや、だって仕方ないじゃん!

 好きなゲームっていっても、プレイしてたのは数年前だぞ!

 セーブデータ消して最初からやったこともあったけど、そういう時って大事なシーン以外はスキップするじゃん!

 序盤の町の名前とかいう、それ以降のストーリーで一切使われない情報なんて覚えてられるかい!

 

 勇者の召喚時期に関しても仕方ない。

 せめて、ユリアの故郷壊滅がストーリー開始の何年前か正確にわかればよかったんだが、正確な数字を俺は忘れた。

 やっぱり、人選ミスだろこれ。

 チェンジを要求する。

 

「チェンジ。……ダメか」

 

 要求しても天は聞き届けなかったので、別の切り口から考えてみる。

 多分、本編開始時点のユリアの年齢は20歳前後。

 どっかのまとめサイトに、そんな感じの情報が乗ってたような気がするから、それを信じる。

 

 対して、流れ込んできた記憶から判断するに、現在のユリアは18歳。

 なので、勇者召喚は大体2年後くらいだと考えておこう。

 そのタイミングで、勇者の召喚国である『メサイヤ神聖国』に売り込みにいくってのはどうだ?

 

「悪くない、か?」

 

 元騎士のユリアなら身元もハッキリしてるし、門前払いはされないはず…………いや、ダメっぽいな。

 ユリアの残留思念から否定的な考えが浮かんできた。

 彼女の故郷はメサイヤ神聖国とかなり離れてるし、ほぼ交流も無かったから、元騎士って立場で信用してもらうのは無理っぽい。

 

 あなた達が名前も知らない国で騎士やってました。

 だから、お宅の最重要部隊に入れてくださいって言って、採用されると思うか?

 無理だろ。

 ユリアは国内ではそこそこ名前が通ってたが、国外での知名度は皆無みたいだしな。

 ご当地アイドルみたいなもんだ。

 

 なら、必要なのは門前払いされないだけの地位か?

 それを一番手っ取り早く手に入れられるのは……結局のところ冒険者だ。

 

 冒険者とは、世界中で人を襲っている魔獣を討伐したり、その魔獣を生み出し続けるダンジョンを攻略したりして生活している人達らしい。

 ユリアの記憶によると、登録さえすれば誰でもなれるもんだから、正規兵である騎士や兵士からはロクな教育も受けてない荒くれ者として見下されてるっぽい。

 

 ただし、一部の『英雄』と称されるほどの最上級冒険者だけは羨望の目で見られる。

 ゲームのユリアもそんな感じの最上級冒険者を目指し、同じ最上級冒険者の仲間とパーティーを組んで魔王を討伐するつもりだったはずだ。

 結局は序盤の勇者に可能性を感じて勇者パーティーに入ったが、その出会いがなければ、夢の最上級冒険者パーティーが結成されていたかもしれない。

 冒険者なら正規兵と違って小回りも利くし、職務に縛られて仇討ちができないなんてこともないはず。

 

「ふむ。これなら」

 

 よし。俺はこの本家ユリアの作戦にあやかろう。

 それにこの作戦なら、たとえ勇者パーティーに入れなくても、勇者の仲間にはいないような、このネタキャラ性能と相性バッチリの相棒が見つかるかもしれない。

 割れ鍋に綴じ蓋的な。

 プランBまで完備してるとは、なかなかにナイスな作戦じゃないか。

 

「決まりだ」

 

 そうと決まれば冒険者になろう。

 ユリアの記憶によれば、大きな町には大概冒険者ギルドがあるそうだから、そこで登録だ。

 第一目標は決まったな。

 まずは、どこか大きな町を目指して出発……

 

「……いや、待てよ」

 

 大きな町ってどこだ?

 というか、ここはどこだ?

 ユリアの記憶を参考にしようにも、彼女は圧倒的な攻撃範囲を持つ化け物から逃げるためにガムシャラに走ったもんだから、自分の現在地なんて、とっくの昔に見失っている。

 ………………あれ?

 

「まさか……!?」

 

 悲報。

 俺氏、異世界生活開始直後から遭難状態だった件。

 先のことなんか考えてる場合じゃなかった。

 まずは今をなんとかせねば!



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5 冒険者登録

「ハァ……ハァ……どうにか辿り着けたか」

 

 遭難から一ヶ月。

 俺はなんとか森林地帯を抜けて、小さな村を発見。

 そこで道を教えてもらい、冒険者ギルドのありそうな大きな町に辿り着くことができた。

 

 ここまで色々と困難があった。

 遭難を悟ったのと同時に、自分が一文無しであることにも気づき、ユリアの知識に頼って、倒したワータイガーの素材を剥いだ。

 倒せば勝手にドロップアイテムになってくれたゲームと違って、手作業での解体だ。

 

 道具も無かったから、素手で牙や爪を引き抜き、素手で毛皮を引き千切り。

 異世界物のお約束であるアイテムボックス的な救いも無かったから、血生臭い毛皮で牙と爪を包んで持ち歩き。

 ユリアの残留思念と混ざってなかったら、あの鉄臭さで発狂してた自信がある。

 

 しかも、あの森は魔獣の巣窟だったらしく、森の恵みは奴らに食い尽くされていて、仕方なく魔獣を食った。

 火起こしの道具も無かったから、生肉を加工なしで。 

 ユリアの残留思念と混ざってても発狂しそうになった。

 彼女の復讐心という心の支えがなかったら、俺の冒険はそこで終わっていただろう。

 

 唯一の救いは、空腹や喉の渇きを殆ど覚えなかったから、そんな苦行は数回だけで済んだことか。

 多分、生肉での腹下りの回避も含めて『状態異常耐性:Lv99』が仕事したんじゃないかと思ってる。

 『餓え』や『渇き』も状態異常扱いなんだろう。

 

 あと『疲労』や『眠気』もだな。

 あれだけキツい遭難生活をしておいて、夜も警戒のために殆ど寝れなかったのに、疲労が精神的なもの以外に皆無なのはマジで凄い。

 さすが、頑丈さ極振り。

 

 ついでに、魔獣相手に戦闘テストを重ねられたのも良かった。

 おかげで、まだまだ拙いものの、ギリギリ見習い戦士を名乗っていいくらいの技術は身についたと思う。

 エリート騎士のユリアの感覚があるのに、見習い戦士止まりっていうのは情けないにもほどがあるが……。

 

 いや、でも言い訳をさせてもらうと、ユリアの感覚自体も劣化してる気がするんだよな。

 身体能力が激変して、感覚が狂ったことを差し引いても。

 

 その原因は恐らく、ゲームのユリアが持ってた『剣術』や『盾術』のスキルを失ったからじゃないかと睨んでる。

 あの手の武器スキルは、ゲームでは対応武器を装備した時に攻撃力や防御力に補正がかかるってスキルだったが、それってつまり武器の扱いが上手くなるスキルだったんじゃね? と思い至った。

 それが無くなったからこそ、まるで長いブランク明けのように感覚が劣化してるんじゃないかと。

 

 つまり、耐久スキルで武器スキルを上書きした俺のせいですね。

 どんだけ足引っ張ってんだよ俺ぇ……。

 

 なんとかスキルを覚えられる魔導書を手に入れて、この過剰すぎる耐久スキルのいくつかを、使えるスキルでもう一度上書きできないか?

 でも、ユリアの記憶によると、魔導書って最低でも貴族クラスじゃないと持ってない貴重品なんだよなぁ……。

 考えてみれば、ゲームでも魔導書って、相当高位のダンジョンで手に入れるか、王族や貴族関連のイベント報酬でしか出てこなかった気がする。

 自力で取ってくるか、勇者パーティーに入れて国の支援を受けられるようになったらワンチャンってとこだな。

 少なくとも、今すぐにどうこうはできない。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が出る。

 だが、めげている暇はない。

 ようやく町に辿り着けたのだ。

 ようやく俺の冒険が始まるのだ。

 まだ始まってすらいなかったのかと思うと、一気にやる気ゲージが下がっていくが、このゲージが一定値を下回るとトラウマメモリーが強制的に脳内で再生される以上、無理矢理にでもやる気を出さねば!

 

 うっしゃあ!

 行くぞぉ!

 

 俺は気合いを注入してから、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

 ドレスコードは一応満たしている。

 今の俺の服装は、森の入口の村で魔獣の素材と物々交換で手に入れた頑丈な服(田舎者丸出し)と、同じく村で手に入れた、引退冒険者のお下がりである古びた片手剣。

 鏡……はここまでの道中には無かったから、水溜りとかで確認したところ、冒険者に憧れて田舎から上京してきた女の子ですって言えば、十人中十人が信じそうな見た目だ。

 

 実際、冒険者ギルドに併設されてる酒場っぽいスペースで飲んでる冒険者達から、奇異の視線は感じない。

 ユリアの顔面偏差値とプロポーションだけは隠せないから、おっさんが舐めるような目で見てきたり、チャラ男っぽいのが口笛吹いてたりはするがな。

 うへぇ、気持ち悪い。

 違うとわかってても、こう言いたくなる。

 テメェらホモかよ!

 

「冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご要件でしょうか?」

「冒険者登録を頼む」

「かしこまりました。では、こちらにお名前をどうぞ」

 

 ホモどもの視線をできるだけ無視して受付に急ぎ、受付嬢に話しかけて登録手続きを開始した。

 手続きの内容は、さすがは誰でもなれると言われている冒険者というべきか、必要なのは名前だけ。

 犯罪歴すら聞かれない。

 大丈夫なのか、冒険者ギルド。

 

「では、こちらがあなたの認識票になります」

 

 そう言って受付嬢が差し出してきたのは、赤色の認識票(ドッグタグ)

 この世界の言語で『ユリア・ストレクス:Eランク』と刻まれている。

 

「冒険者の階級は六段階。見習いのEランク、新人のDランク、中堅のCランク、熟練のBランク、精鋭のAランク。

 そして、英雄と呼ばれる規格外のSランク。

 階級が上がるほどに名声は高まり、Aランク以上ともなれば富も名誉も思うがままです。

 あなたはまだ見習いですが、その領域を目指して頑張ってください」

 

 ニッコリと、好感を持たれるように計算されてるんだろう笑顔で激励を送る受付嬢。

 多分、登録する奴全員に言ってるんだろうな。

 しかし、定型文でも美人に言われるとやる気が湧いてくる。

 この方はユリアよりも悩ましいものをお持ちなので、より一層俺のやる気はバーニングだ。

 ユリアのあまり動かないクール系の表情筋を手に入れたことで、だらしなく顔が緩まないのもグッド。

 

 ちなみに、認識票の色は下から、赤、黄、青、銅、銀、金となっているらしい。

 実にわかりやすいな。

 上は大会とかのメダル。 

 下は信号機だ。

 

 その後も、受付嬢の簡単な説明は続いた。

 冒険者は依頼を一定数こなすことで、一つ上のランクに上がれること。

 依頼にもランクがあって、自分のランクより上の依頼は受けられないこと。

 依頼を失敗し続けると、ランクが下がること。

 町の近くにダンジョンがあるけど、高ランク冒険者向けだから絶対に入るなということ。

 何かしら大きな犯罪をやらかしたら、冒険者資格を剥奪すること。

 良かった、さすがにそれくらいの良識はあったか。

 

「ちなみに、前職のキャリアとかで飛び級はできないか?」

「できません。騎士でも王でも勇者でも、最初はEランクからです。『冒険者としての基礎』ができていない人をランクアップさせるわけにはいきませんので」

「そうか……」

 

 ちょっと、しょんぼり。

 ユリアの元騎士っていう肩書を使えば、低ランクの薬草集めとかの地味な仕事をスルーできるかと思ったんだが。

 

 ……いやいや、謙虚になれ俺。

 今のは、ちょっと調子に乗った考えだったぞ。

 ユリアの記憶とレベル99の力(ネタ)を手に入れたからって、俺自身はただの平凡モブ男のままだ。

 降って湧いた力でイキってはいけない。

 

 大人しく薬草集めから始めて、基礎を固めていこう。

 そうして、少しずつ冒険者としての信用を得ていこう。

 信用のない奴のところに、ロクな仲間は集まらないのだ。

 

「なんでよ!?」

 

 と、その時。

 隣の受付から大声が聞こえてきた。

 声の主は魔法使いっぽい格好の、高級そうな杖を持った14歳くらいの赤髪の美少女だ。

 だが残念、まな板である。

 息子が生きていても、ピクリともしなかったであろう。

 

「私はリベリオール王立学園魔導学科の主席だったのよ! それがなんで薬草集めから始めないといけないのよ!!」

 

 そのまな板少女は、さっき俺が考えたようなことを口に出して、隣の受付嬢を困らせていた。

 ちなみに、困らされている受付嬢の方は、目の前の人すら上回るような特大サイズだ。

 思わず視線が吸い込まれそうになるが……

 

「……リベリオール王立学園」

 

 何故か、その単語の方が頭に引っかかった。

 なんか聞いたことあるぞ。

 でも、俺の記憶にそんなもんはない。

 あるのは、ユリアの記憶の方だ。

 

 リベリオール王立学園。

 リベリオール王国の中でも、ひときわ優秀な者しか通うことを許されない、国内最上のエリート校。

 何故知ってるかといえば、ユリアがそのリベリオール王国の出身で、しかもその学校の卒業生だからだ。

 ユリアは騎士学科の主席だったっぽい。

 卒業してすぐに騎士として取り立てられ、その直後に化け物が襲来して国が崩壊……って、あ痛たたたたた!? 頭が痛い!?

 突然トラウマメモリーを流さないでくださいユリア様ぁ!?

 

「私は一刻も早くあいつを殺さなきゃいけないのに……! 薬草集めなんてやってる暇はないのよ! なんとかしなさい!」

 

 俺が一番最初の追体験の時よりは遥かにマシで(それでも偏頭痛くらいには痛いけど)表面上は顔がちょっと歪む程度で済む頭痛をなんとか耐えてる間に、まな板少女はかなりヒートアップしていた。

 そして、ついに……

 

「ああもう! こうして話しててもラチが明かない! いいわ! 実力で証明してやるわよ! ぜひSランクになってくださいって、そっちから頭下げさせてやるんだから!」

 

 そんなセリフを残して、大股でドシドシと歩きながら、ギルドを後にしてしまった。

 おまけに、そんな彼女をこっそりと追いかけるように立ち上がる、チンピラっぽいホモが何人か。

 うわぁ。

 もう嫌な予感しかしない展開だ。

 

「すまないが、説明の続きは後でも構わないか?」

「え? ええ、いいですけど……」

 

 今のは俺のセリフじゃない。

 口から勝手に出てきたユリアのセリフだ。

 普段はユリアっぽく変換こそされるものの俺の意思で喋れるんだが、ここぞという時は問答無用でユリアが出てくるんだよなぁ。

 そして、この後も彼女の意思に従って行動しないと、偏頭痛じゃ済まない痛みが俺を襲うことになる。

 呪いかな?

 

「はぁ……」

 

 ため息が出てくる。

 最近、というかユリアに憑依してから、滅茶苦茶ため息が増えた。

 幸せさんがスポーツカーに乗って逃げ出しそうな勢いだ。

 マジで勘弁してほしい。

 

 そんなことを思いながら、俺もまた、あのまな板少女の後を追いかけた。



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6  まな板を追いかけて

「君! ちょっと待ちなさい!」

「何よ!!」

 

 まな板少女を追いかけて声をかけてみたら、「シャーッ!」って威嚇する猫みたいな感じで睨まれた。

 年齢と小柄な体格のせいで迫力ゼロだ。

 これ、人攫いとかのいいカモだろ。

 

「さっきのギルドでの話は聞いていた。無茶をする気ならやめておきなさい。魔法使いが一人で突っ走っても、死ぬだけだ」

「うるさい!! あんたには関係ないでしょ!?」

「関係ある」

 

 重々しくて、迫力のある声が口から出た。

 まな板少女がビクッとなる。

 俺はもう、勝手に動く口と表情に身を任せて、なされるがままだ。

 

「私もリベリオールの生き残りだ。同胞を放ってはおけない」

 

 頭の中に故郷の情景が浮かんできて、胸が締めつけられるような寂寥感が襲ってきた。

 だから、トラウマメモリーをいきなり流すのはやめろとあれほど。

 いや、今回はトラウマというよりは、もう少し優しくて寂しい感じの何かだけれども。

 

「生き急いでもどうにもならない。故郷の仇はどこに消えたのかすらわからないんだ。

 だから、少し落ち着け。落ち着いて一歩一歩進んでいくんだ。

 結果的に、それが一番の近道になる」

 

 優しい声で、気づかうような感じで、(ユリア)は諭すように少女に語りかけた。

 まな板少女の表情が歪む。

 ちょっと涙がこぼれそうになってる。

 ああ、この子は多分、自分を奮い立たせるために強がってたんじゃないかと、そんな風に思わせてくる顔だった。

 しかし……

 

「うるさい!」

 

 まな板少女は頑なに弱さを認めず、強がりを貫くかのように、強気な声を絞り出した。

 

「私はリベリオール王立学園の主席! 稀代の天才魔法使い『ミーシャ・ウィーク』よ!

 生き残った強者として、私がやらなきゃいけないの! 私にはあいつを倒す義務があるの!

 田舎者丸出しのあんたと一緒にすんな!!」

「あ、待て!?」

 

 まな板少女は逃げ出した!

 身体能力的には余裕で追いつけるはずなんだが、向こうは自分の身体能力の無さを自覚してるのか、入り組んだ路地裏に入って俺を振り切ろうとしてくる。

 『追え!』というユリア様の思念が伝わってきたので、俺も全力で追跡したんだが……あのまな板、逃げ方が上手い!

 

 曲がり角を多用してこっちの視線を切り、ならばと足音を追っていったら、いつの間にか足音の主が別の奴にすり替わってて、あっさり見失った。

 鬼ごっこの達人か、それとも純粋に頭が良いのか。

 魔法使いは知力がものを言うから、後者の可能性が高いかもしれない。

 脳筋女騎士✕ザ・凡人の負のハイブリッドである俺じゃ、どうにもならなかった。

 おまけに……

 

「おいおい、姉ちゃん。こんな薄暗い場所に一人で来るとか、感心しねぇなぁ」

 

 薄暗い路地裏にて、俺は無数のホモ達に囲まれてしまった。

 全員が下卑た笑みを浮かべてるし、先頭に立ってるのは、なんか見たことあるようなおっさん。

 あれだ。

 冒険者ギルドで舐めるような目で我がおっぱい様を見てきた奴だ。

 首から赤色の認識票をぶら下げてるし、間違いない。

 

 ……もしや、冒険者の最低ランクの認識票の色が危険色の赤なのは、登録したての奴はチンピラと変わらないから危ないという意味なのでは?

 大丈夫か、冒険者ギルド。

 

「ひひひひっ。すげぇ上玉だなぁ」

「ああ、まるでメロンみたいだぜぇ」

「今からヨダレが止まらねぇよ……!」

 

 うげぇ!?

 気色悪い!

 このホモども、生理的嫌悪感の塊だ!

 女性の胸を見て興奮するんじゃねぇ、変態どもが!!

 ……あれ?

 その理屈だと、俺も奴らの同類なのでは?

 いやいや、俺はあそこまで不快じゃねぇし。

 ちゃんと興奮は隠してるし。

 でも、同級生の女子からはゴミを見る目で見られた記憶が……。

 

「旦那には自分が味見するまで手ぇ出すなって言われたが、こんなそそる体見せられて、我慢できるわけねぇよなぁ! やっちまえテメェら!」

「「「ヒャッハー!!」」」

 

 おっと、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇ!

 変態どもが襲いかかってきた!

 上等だよ!

 おっぱいを愛する者の風上にも置けない背信者どもめ!

 

「私は急いでいるんだ。邪魔をするなクズども!!」

 

 俺とユリアの意見が一致し、俺は拳を構えて変態どもを迎撃した。

 気分的には剣で一刀両断にしたいところだが、まだ人殺しの覚悟は決まってないから仕方がない。

 それにユリアの感覚の方も、町中での殺しは避けた方がいいって判断してくれてるから、今回はまだ大丈夫だ。

 

 というわけで、死なない程度にぶちのめしたらぁ!

 消えろ! 失せろ!

 俺はまな板を追いかけなきゃならないんだ!

 邪魔をするんじゃねぇ!



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7 ミーシャ・ウィーク

「『焼き払え、真紅の弾丸』━━『火炎球(ファイアボール)』!!」

「ギギィッ!?」

 

 赤髪の魔法使い『ミーシャ・ウィーク』は今、町の近くにあるダンジョンへと訪れ、胸に溜まったイライラをぶつけるように、魔獣達を血祭りに上げていた。

 どこのダンジョンにでも現れる最弱クラスの魔獣、ゴブリンが火ダルマになって焼け死ぬ。

 

「ギィ!」

「ギギ!」

「「「ギギギィ!!」」」

 

 だが、ここは攻略難度Aの難関ダンジョン。

 最弱の魔獣も数だけは多く、追加で十匹ほどのゴブリンが現れて、一度にミーシャを襲った。

 

 普通の魔法使いであれば、これだけでも死にかねない。

 魔法の発動には『詠唱』がいる。

 強い魔法ほど詠唱が長いため発動に時間がかかり、仲間に守られながらその時間を稼いでもらうというのが、本来の魔法使いの戦い方だ。

 

 一番適しているのは、城などに籠もって、城壁の内側から魔法を放ち続けることだろう。

 もしくは騎士団などに同行し、大量の護衛に囲まれながら魔法を行使するか。

 つまり、パーティーを組むにしても数人程度という冒険者は、正直、魔法使いの適性に合っている職種とは言いがたい。

 それでも、ミーシャは冒険者になる道を選んだ。

 

「『せり上がれ、紅蓮の障壁』━━『火炎壁(ファイアウォール)』!!」

「ギィッ!?」

「ギギャ!?」

 

 ミーシャの周りに炎の壁が発生し、そこへ飛び込んだゴブリンが丸焼きになる。

 更にミーシャは別の魔法の詠唱を進めた。

 

「『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ! 火炎となって燃え広がれ! 汝、炎の龍の化身なり!』━━『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

「「「ギィィィィッ!?」」」

 

 巨大な火炎の奔流が発生し、それが全てのゴブリンを飲み込んで灰に変える。

 上級魔法。

 それも込める魔力量を少なくし、威力を大幅に削る代わりに消費魔力を抑えるという魔力制御も完璧。

 この歳にして三種類もの魔法を操るというのも天才的だ。

 

 魔法を覚えるというのは簡単なことではない。

 魔導書を使えば一発だが、それは上級貴族でも簡単には手に入れられない代物なので例外。

 大抵の場合は、下級の魔法ですら、確かな教養のある者が年単位で学んで、ようやく習得できるものだ。

 

 詠唱をただ口にすれば発動するわけではない。 

 魔法は複雑な計算式に似ている。

 魔力制御、術式の理解、構築、生成、安定化など、さまざまな要素を全てクリアし、更に血の滲むような努力によって何度も何度も繰り返し発動し続け、ようやく安定して使えるようになった時に初めて『習得』したとされるのだ。

 それら全ての行程を己の頭脳一つで演算し、処理するためには、絶大な『知力』が要求される。

 

 どんな天才でも、それこそ歴代の勇者や聖女ですらも、生涯で習得した魔法の数が十を超えた人間はいないとされている。

 そんな中で、火属性一辺倒とはいえ14歳にして三つの魔法を、しかも一つは上級魔法を完璧に使いこなすミーシャは、紛れもなく天才であった。

 

 どこかの国に士官すれば、すぐにでも、それなりの待遇で迎え入れられるだろう。

 しかし、彼女は冒険者の道を選んだ。

 士官して国に囲われてしまえば、彼女の目的が果たせないからだ。

 

「何が落ち着いて一歩一歩進めよ……! あの贅肉の化身(おっぱい)め! 人の気も知らないで!」

 

 己の胸部に密かなコンプレックスを抱えるミーシャは、ここに来る直前に声をかけてきた女を、一部の身体的特徴を罵倒した蔑称で呼び、イライラを更に募らせた。

 

 あの贅肉は何もわかっていない。

 多分、贅肉はリベリオール王国の辺境出身の元村人か何かなのだろう。

 奴によって故郷が壊滅し、畑か何かの食い扶持を失ってしまったから、隣国であるここで冒険者になった、といったところか。

 村人が無理して武装しましたと言わんばかりの格好をしていたし、間違いない。

 

 生きるために冒険者になる。

 そのこと自体を否定するつもりはない。

 むしろ、故郷を失っても前を向いて生きようと思えるのは尊敬に値する。

 しかし、ミーシャとは志が違う。

 

 ミーシャは生きるために冒険者になったのではない。

 最上級のSランクに登り詰め、同じくSランク冒険者の仲間を集めて、必ずや故郷の仇を討ち果たすために冒険者になったのだ。

 自分の意思で自由に動ける冒険者なら、国防だなんだのしがらみに囚われることなく、奴が出現した場所へすぐに急行できると踏んで。

 

 そんな、どこかの脳筋と同じことを考えた彼女に、モタモタしている暇はない。

 敵は魔王の誇る最強の尖兵。

 当代魔王が誕生してからの数百年で、おびただしい数の人類を殺戮し、未だ誰も討伐に成功していない大災害『四大魔獣』の一角なのだから。

 

 落ち着いて一歩一歩進む余裕などない。

 堅実に生きるのなら、確かにそうした方がいいのだろう。

 だが、誰にも討伐できなかった厄災を討とうと思ったら、成長の階段を何段階も飛ばしていかなければ、とても目標に到達できない。

 だから、彼女は生き急いでいるのだ。

 

「『火炎球(ファイアボール)』!!」

「ブヒィイイッ!?」

 

 今度は体長2メートルを越える巨躯の豚の魔獣、オークを討ち取った。

 分厚い脂肪と筋肉の鎧を持ち、駆け出し冒険者ではパーティーで組んでも討伐が難しい難敵を、下級魔法で一撃。

 

「よし……!」

 

 いける。

 自分はダンジョンでも充分に戦える。

 訓練は受けていたものの、実戦は初めてだったミーシャは、確かな手応えによって自信を深めた。

 

 その後も、並み居る魔獣を薙ぎ倒し、洞窟型であるこの迷宮の下へ下へと潜っていく。

 通常の閉鎖空間で火魔法を使えば、煙に巻かれて一酸化炭素中毒(どくじょうたい)待ったなしだが、ダンジョンには自らの体内を自動で整えてしまう機能があるので問題ない。

 そういう知識も、ミーシャは学園の座学で習っていた。

 

「いけるわ……! このままダンジョンボスを倒しちゃえば、最低でもAランクにはなれるはず……!」

 

 ここのダンジョンの攻略難度Aというのは、Aランクの冒険者パーティーでないと攻略は難しいという意味だ。

 それを単独で攻略すれば、他の実績がないことを差し引いてもAランク、上手くすればいきなりSランクになれるかもしれない。

 そう簡単にはいかないかもしれないが、少なくとも一目置かれるのは間違いない。

 そこを突破口にして、一気に目的に近づいてやる。

 ミーシャはそうして不敵に笑った。

 

 ……が、次の瞬間。

 

「へ? きゃあ!?」

 

 いきなり通路の曲がり角から飛び出してきた影に捕まった。

 気配もなく現れた何者かに掴まれ、地面に押し倒される。

 

「あうっ!?」

 

 したたかに打ちつけた背中が痛い。

 腰の後ろのポーチにしまっていた、貴重な魔力回復薬(マジック・ポーション)が割れた音がしたのも痛い。

 そんなミーシャを見て、謎の影はニヤリと不気味に笑った。

 

「へっへっへ。大人しくしろよぉ」

 

 影の正体は、下卑た笑みを浮かべた大男だった。

 そいつがミーシャにのしかかってきて拘束している。

 しかも、大男は魔法使いの拘束方法を心得ているのか、汚い手で口を塞がれた。

 

 これでは詠唱ができない。

 ミーシャは天才ではあるが、無詠唱で魔法を使えるタイプの感覚型ではない。

 魔法特化で非力な彼女は、こうなってしまうと打つ手がなかった。

 

「むーーー!!」

「やあやあ、小猫ちゃん。はじめまして」

 

 そんな状態のミーシャに、おどけた様子でふざけた挨拶をしてきたのは、チャラ男風の冒険者だ。

 他にはミーシャを拘束している大男と、似たような雰囲気の荒くれ者っぽい奴らが2人。

 チャラ男がリーダーなのか、ミーシャから見て中央で堂々としている。

 

(銅の認識票……!?)

 

 そして、チャラ男の首からは、Bランク冒険者の証である銅の認識票がかけられていた。

 Bランク、熟練と呼ばれるほどの実力者。

 一般的な騎士と互角とまで言われる階級だ。

 それが何故かチンピラを率いて、ミーシャを拘束している。

 

「むーーー!!」

「君のここまでの冒険、見てたよ。いやぁ、凄いねぇ。その歳であれだけ魔法が使えるなんて凄いねぇ。ホント……嫉妬しちゃうなぁ」

 

 チャラ男の目が酷薄に細められる。

 ゾクリと、ミーシャの背筋に悪寒が走った。

 学園で味わった嫉妬の目線や嫌がらせとは次元の違う、もっと直接的で暴力的で凶悪な『悪意』。

 故郷の仇が振りまいていた、災害のような絶望ともまた違う。

 一応は小さな貴族家の出身である彼女には、これまで縁のなかった類の『恐怖』。

 

「ッーーー!!」

 

 拘束されているという恐怖も相まって、ミーシャは滅茶苦茶に暴れた。

 そして、彼女は運が良かった。

 

「はうっ!?」

 

 たまたま足の拘束が緩み、たまたまそのタイミングで跳ね上げた足が、たまたま急所をクリティカルヒット。

 少女の非力な一撃とはいえ、当たった場所が場所だ。 

 大男は痛みに悶えてうずくまり、拘束が外れたミーシャは全力で距離を取った。

 

「お、おうぅ……!? おうぅぅ……!?」

「うわぁ、痛そぉ。同じ男として同情しちゃうなぁ」

「ギャハハ! 何やってんだよ、お前!」

「こんな発育の悪い女相手に情けねぇ!」

「だ、誰が発育の悪い女よ!!」

 

 たまたまチンピラの一人がミーシャの逆鱗に触れてくれたおかげで、反射的に湧いてきた怒りが少しだけ恐怖を薄れさせ、少しだけミーシャを奮い立たせてくれた。

 キッと、鋭い視線でチャラ男達を睨みつける。

 

「Bランク冒険者ともあろう者が、こんなところで、なんの真似よ!!」

「うーん。別に答える義理はないんだけど……まあ、その運の良さに免じて教えてあげてもいいかな」

「おうぅ……!?」

 

 未だにうめき続ける大男を尻目に、チャラ男はネズミをいたぶる猫のように、上から目線でミーシャを見下しながら、ペラペラと喋り出した。

 

「俺さぁ、昔は自分のことを天才だと思ってたんだよ。15歳で冒険者になって、3年でBランクまで登りつめた。けど……俺の才能ってそこまでだったんだよねぇ」

 

 どこか遠くを見るような目で、チャラ男は語る。

 その間にミーシャは逃走、あるいは迎撃の作戦を考えるが、どこか遠くを見ながらもチャラ男には隙が見当たらず、なかなか行動に移せない。

 

「Sランクはもう人外だから除外するにしても、一般的な最高位であるAランクにすら、どう頑張っても上がれない。

 俺の力じゃBランクの依頼でもう限界。ヒーヒー言いながら頑張っても失敗続きで、いつの間にか降格寸前ってところまで来ちゃった。

 そしたらさぁ、なんか真面目に頑張るのがバカらしくなっちゃったんだよねぇ」

 

 そこで、チャラ男は遠くに向けていた視線をミーシャに向けた。

 暗い愉悦の宿った、恐ろしい目を。

 

「それである日、才能ある後輩冒険者に嫉妬しちゃって、我慢し切れずに襲っちゃったわけさ。

 そしたらもう、楽しくて楽しくてたまらないんだよねぇ!

 才能はあるけど、まだ俺より弱い奴を足蹴にして、俺より大成するだろう未来を奪ってやると、すっっっごく気持ち良いんだ!」

 

 チャラ男が笑う。

 クズいことを言って笑う。

 

 冒険者は誰でもなれる職業だ。

 だからこそ、ゴロツキ上がりで、キッカケ一つで簡単に悪事に手を染める輩が多い。

 もちろん、そんな奴らばかりではない。

 だが、目の前の男は、騎士や兵士から見下されている、冒険者の悪いお手本そのものだった。

 

「ほら、せっかく運良く抜け出せたんだから、抵抗してみなよ。先輩の力を見せてあげるからさぁ」

「ッ! バカにして……!」

 

 チャラ男が片手で剣を構え、もう片方の手でクイクイと手招きして挑発してくる。

 ミーシャは結構プライドが高く、負けん気の強いタイプだった。

 そうでなければ、学園主席にまでのし上がれはしない。

 

「『焼き払え、真紅の弾丸!』━━『火炎球(ファイアボール)』!!」

 

 殺す気で放った魔法。

 下級魔法とはいえ、過剰な魔力を注いで強化した一撃。

 それをチャラ男は……剣であっさりと受け流した。

 

「なっ!?」

「あれぇ? もう終わりぃ?」

「くっ!?」

 

 ミーシャは急いで再び詠唱を始める。

 学園の恩師にもらった杖を構え、次の魔法を使う。

 

「『せり上がれ、紅蓮の障壁!』━━『火炎壁(ファイアウォール)』!!」

 

 自分の周りを炎の壁で囲む攻性防御の魔法。

 もしも護衛とはぐれた場合、一人で戦う時に必ず役に立つからと恩師に教えてもらった魔法。

 ここまでのダンジョン攻略でも、相当助けられた魔法。

 それで自分の身を守り、上級魔法の詠唱を……

 

「はい、残念〜!」

「なっ!? げほっ!?」

 

 だが、チャラ男は炎の壁が出来上がる前に、接近戦の間合いまで踏み込んできてミーシャを蹴りつけた。

 お腹を思いっきり蹴られ、口から血反吐を吐き、今まで感じたことのない痛みにうめいてうずくまる。

 

「君はさぁ、どこまでいっても魔法使いなんだよねぇ。それがこの距離でBランクの剣士と向き合って、勝負になるとでも思った? だとしたら世の中舐めすぎだよ?」

「あうっ!?」

 

 今度は頭を踏みつけられて、グリグリと踏みにじられる。

 普段なら怒りが湧いてくるだろうが、今はひたすらに痛くて怖い。

 優秀でも実戦経験のない少女の心は、悲鳴を上げていた。

 

「君、自分のこと優秀だと思ってたでしょ? 単独でAランクのダンジョンを攻略できる天才だー、とか思ってたでしょ?

 でも、残念。このダンジョンってさぁ、ダンジョンボスが異様に強いから攻略難度Aに認定されてるだけで、そのボスを除いたらCランクくらいだぜ?」

 

 チャラ男は踏みにじる。

 ミーシャの自尊心までも踏みにじる。

 

「魔獣もAランクダンジョンにしては弱いし少ないし、地形も簡単だし、罠もないし、お宝も取り尽くされちゃったし。

 そんなところで活躍できたからって、調子に乗って他の冒険者の目がないこんな深くまで来ちゃうとか……ぷー、くすくす! 恥ずかしい〜!」

 

 嘲笑われる。

 滑稽だと、調子に乗っていた道化の自分を嗤われる。

 

(ああ、あの女の言う通りにしとけば良かったかな……)

 

 ここでこいつに絡まれずとも、あのまま最下層まで行っていたら、どのみち異様に強いダンジョンボスとやらに殺されていただろう。

 何が故郷の仇を討つだ。

 何が、そのためには成長の階段を何段階も飛ばしていかなければならないだ。

 結局、自分の力を過信して、身の丈に合わない無茶をしでかしただけのバカじゃないか。

 

「さて、お楽しみはここまでにするとして。おいお前ら! 縄よこせ!」

「「「へい!」」」

 

 いつの間にか復活していた急所蹴られ男を含む3人のチンピラ達が、太い縄を持って近づいてきた。

 それを見ながら、チャラ男はニヤニヤとした顔で語る。

 

「こいつらは一応、そこそこ名の通った盗賊団の一味でね。可愛い女の子を高く売ってくれる販売ルートを持ってるのさ」

 

 チャラ男の言葉を聞いて、ミーシャは己の未来を悟った。

 絶望が心を包み込む。

 

「ああ、そうだ。これももらっておこうかな。大分高く売れそうだし」

「あ……」

 

 チャラ男が、腹蹴りの時に手放してしまったミーシャの杖を拾い上げる。

 学園の恩師から、あの化け物の襲来で死んでしまった人からもらった、形見とも言える代物を。

 

「や、やめて……返してぇ……! それだけは……!」

 

 涙で歪んだ酷い顔で、ミーシャは杖に手を伸ばす。

 チャラ男はそんなミーシャを愉悦の目で見るだけで、当然返してくれるわけもない。

 そして、ミーシャはチンピラ改め、盗賊達に縛り上げられ……

 

 

「何をしている、貴様らぁ!!」

 

 

 突然、そんな大声が響き渡り、ミーシャを拘束しようとしていた盗賊達が吹き飛んだ。



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8 まな板少女を救え!

 人体を爆散させずに戦闘不能にするための力加減に苦戦しつつも、どうにか路地裏で絡んできたチンピラどもを叩きのめして、衛兵の皆さんに突き出し。

 俺はまな板少女を追いかけて町を出た。

 そして、近づくなという意味で受付嬢に場所を教わっていたダンジョンに突撃した。

 実力で認めさせてやるとか言ってたから、多分まな板少女はここに入ったんじゃないかと予想して。

 

 すまぬ、受付嬢(おっぱい様)

 絶対に入るなと言われていたのに、一瞬で言いつけを破ってしまった。

 それもこれも、俺じゃなくて、せっついてくるユリアの思念が悪いんだ。

 

 というわけで、古びた剣で出てくる魔獣をバカスカ倒しながら、まな板少女を探した。

 生き物を殺す葛藤?

 そんなもん、もう慣れた。

 一度でも野生を体験すると、この世は所詮食うか食われるかなんだなって真理を垣間見れるから、悟りを開きたい人にオススメだ。

 

 そうして、随分と奥に進んだところで、ようやくまな板少女を見つけたと思ったら……

 

「何をしている、貴様らぁ!!」

 

 まな板少女はなんと、俺を襲ってきたのと似たような集団に襲われていた。

 体がユリアの感覚で反射で動き、慌てて動きをレベル99用に修正してたら、気づいた時には手に持った剣でチンピラを3人くらい斬ってしまっていた。

 

 おげぇえええええ!?

 ちょ、ユリア様、俺まだ人殺しの覚悟までは決まってなかったんですが!?

 そりゃ、あんたの記憶の中には盗賊を斬ったシーンとかもあったけどさぁ!

 実際に俺がやるとなったら話は別でしょ!

 

 人を殺した感覚に俺の精神が悲鳴を上げるも、胸のうちからフツフツと沸いてくる同胞を傷つけられたユリアの怒りで、あっさりと塗りつぶされてしまった。

 薬か何かで精神を操作されてる気分。

 吐き気は随分と収まったけど……これ元の世界に帰ったら、戦場帰りの兵士みたいにPTSDとかになるんじゃね?

 お家帰りたくないよぉ……。

 

「うぉ!? ビックリしたぁ!? 君は……さっき、この子と一緒にいた子か。ケビンを向かわせたのに……くそっ、あいつしくじりやがったな」

 

 ユリアの暴走攻撃を唯一回避したチャラ男っぽい奴が、なんかケビンとかいう奴に毒づいてる。

 そのセリフから考えて、ケビンってさっきの舐めるような目のおっさんだよな?

 つまり、こいつがホモの元締めか。

 しかも、今回は婦女暴行まで。

 許せん!

 いくらまな板とはいえ、美少女は世界の宝だというのに!

 

「貴様、覚悟はできているのだろうな?」

「……ああ、くそっ。すっごいプレッシャーだなぁ。凄腕の元傭兵か何かでしょ? 冒険者登録したての新人だと思ったのに、とんだ詐欺に遭った気分だよ」

 

 そんなことを言いつつ、チャラ男は剣を構えた。

 ネタキャラステータス、しかも俺の技術が拙なすぎて、まるで全力を出せてないとはいえ、それでもレベル99の力を見せたのに、諦める気配は微塵もない。

 それくらい、自分の力に自信があるんだろう。

 よく見たら銅の認識票つけてるし、Bランク冒険者か。

 

 こりゃ油断はできん。

 俺一人ならともかく、まな板少女を人質にでもされたら辛い。

 気合い入れて頑張らねば。

 

「あ、あんた……」

 

 その時、地面で弱々しく倒れているまな板少女が、俺を見上げてすがるような目を向けてきた。

 同胞の、可愛い女の子のそんな姿に、ユリアと俺の感覚は一致し、二人分の意思で、できるだけ安心させるように声をかける。

 

「大丈夫だ。私が必ず君を守る」

「! あ、ありがとう……!」

 

 涙に濡れた顔で、しゃくりあげるように感謝の言葉を告げる、まな板少女。

 まな板とはいえ、可愛い女の子にそんな顔されて、これで奮い立たなかったら男じゃねぇな。

 

「行くぞ」

「来なよ」

 

 足に力を込めてダッシュ。

 全力ダッシュは使わない。

 というか使えない。

 あれはまだ練習が足りないのだ。

 現時点で俺が制御できるのは、体感で最高速度の六割くらい。

 せいぜい、俺と混ざる前のユリアより二割増しってところだ。

 そして、それはチャラ男でも対応可能な速度だったらしい。

 

「フッ!」

 

 俺の振るった剣を、チャラ男は剣を斜めに構えて受け流す。

 すげぇ綺麗な動き!?

 俺と混ざる前のユリアに準じるレベルだ。

 つまり、俺の感覚が足を引っ張ってる上に、スキルまで無くして二重に弱体化した今のユリアより上!

 つくづく足しか引っ張ってねぇな俺!

 

「重た……!?」

 

 しかし、技術面では弱体化しまくってるが、肉体性能ならカンストしてる耐久以外の能力も、前のユリアより今の方が遥かに上。

 移動速度の恩恵は俺が削いじゃってるが、剣速や膂力の恩恵は普通にデカい。

 移動速度をバイクくらいの難易度と考えると、こっちはバットの素振りくらいの難易度だからな。

 チャラ男は受け流しに成功こそしたものの、カウンターの余裕までは無いみたいで、苦々しく顔をしかめた。

 

「ハッ!!」

 

 受け流されるなら、当たるまでやってやらぁ!

 そんな意気込みで、俺は連続で剣を振るった。

 振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ。

 頭、胴体、腕、足、喉。

 9割ユリアの感覚に頼ったさまざま攻撃で、さまざまな場所を狙う。

 

「くっ……!? うぐっ……!? ぬぅ……!?」

 

 それでチャラ男は徐々に追い詰められていく。

 何度か剣が体を掠めて傷ができ、額からはどんどん汗が噴き出してくる。

 ハッハッハ!

 どうだ! これが俺の力だ!

 

 ……ごめんなさい、嘘つきました。

 半分がユリアの力、残りの半分はレベル99の力です。

 俺の力?

 可能な限りユリアの感覚をレベル99用に調整しようとして、結果的に動きをぎこちなくしてるだけですが何か?

 

 もちろん、俺が調整しなかったらワータイガー戦の時みたくなるだろう。

 けど、それだってユリアが残留思念じゃなくて、ちゃんとした意思として存在してたら、絶対俺より上手く制御してただろうし、どう転んでも俺の存在はマイナスでしかない。 

 ちっくしょー!

 いつかは俺の存在価値がプラスになるくらいまで鍛え上げてやるからなぁ!

 

「ああ、くっそ……!? この天才がぁああああ!!」

 

 しかし、こんな状態の俺でもチャラ男には天才に見えてるらしく、肉体性能の差という理不尽に怒りの声を上げてる。

 その怒りは正しい。

 こんなもんは、ただの降って湧いたチートだ。

 お前を倒すのは俺じゃない。ユリアでもない。

 

 前のユリア相手なら、お前はもっと善戦できただろう。

 技術は同等とまでは言わないが、ややユリアの優勢って程度。

 肉体性能なら前のユリアでもこいつに圧勝してるが、それでも今ほど極端な差があるわけじゃない。

 

 だから、お前を倒すのは俺達じゃない。

 降って湧いたチートの力、天からの授かりものの力だ。

 つまり、まさしくこれは……

 

「諦めろ! これが『天罰』というものだ!」

 

 いたいけな少女をイジメた報い。

 お前はそれを受けているに過ぎない。

 要するに、天誅ってことじゃあああああああ!!

 

「ふっざけんじゃねぇええええええッッ!!」

 

 何かが逆鱗に触れたのか、チャラ男は防御を捨てて反撃に打って出た。

 俺の剣に脇腹を貫かれるのと引き換えに、全力で自分の剣を俺の頭に振り下ろす。

 

「『(スラッシュ)』!!」

 

 かなり速くて鋭い、多分必殺スキルを使った一撃。

 恐らくは、チャラ男の渾身の一太刀。

 俺はそれを……剣から離した左腕を盾にして防いだ。

 ガキン! という音を立てて、鋼鉄の刃が素肌に弾かれる。

 

「…………は?」

 

 まあ、そういう反応にもなるよな。

 若干同情………いや、しないな。

 ただの自業自得だ。

 恨むなら己の罪と運の無さを恨め。

 

「終わりだ!」

 

 必☆殺!!

 女騎士スクリューアッパー!!

 右手も剣から離し、その右手でワータイガーを爆散させたアッパーをチャラ男のアゴに叩き込む!

 

「ほげっ!?」

 

 チャラ男の体が宙を舞った。

 だが、爆散はしてない。

 今回はどうにか俺の殺人への忌避感が優先されてくれて、頭部爆散ではなく、アゴがケツアゴの百倍酷いことになるくらいの威力で済んだ。

 

 成敗!

 あとは衛兵にとっ捕まって、独房の中で己の罪を数えるがいい。

 この世界の法律的に考えて、多分最終的には魔王軍か何かへの特攻兵として使い捨てられるとは思うけど……まあ、さすがにそこまでは関知できない。

 

「終わりだな。……ん?」

 

 と、そこで俺は地面に落ちてたあるものを見つけた。

 デカい宝石(ユリアの記憶によると魔石)がハメ込まれた、高級そうな杖だ。

 まな板少女が持ってたやつだな。

 なんで、こんなところに落ちてるんだ?

 

 とりあえず、それを拾って、チャラ男の腹に刺さった剣も回収。

 ついでにチャラ男自身も回収すべく、足を掴んでズルズルと引きずりながら、まな板少女のところへ戻った。

 

「これは君のものだろう? 大事に持っていなさい」

「あ、ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!」

 

 本当に大事な宝物のように、杖を抱いて少女は泣く。

 最初の強がった感じすら維持できず、幼子のように泣く少女を見て……この体(ユリア)は、気づけば彼女を優しく抱きしめていた。

 突然のセクハラで訴えられてもおかしくない行為に、俺は内心ビクッとした。

 

「……すまなかった。怖い思いをさせてしまって。大丈夫。もう、大丈夫だ」

「う、うう、うわぁああああん!!」

 

 抱きしめられ、ユリアの口から勝手に飛び出したそんな言葉を聞くと、少女はより一層号泣した。

 きっと、色々溜まっていたのだろう。

 このチャラ男に襲われたこともそうだが、それ以前に彼女はユリアの同郷。

 つまり、あのトラウマメモリーを彼女も味わっている可能性が高い。

 こんな中学生くらいの子に、あの経験は辛すぎるだろう。

 

 そう思えばこそ、ユリアだけじゃなく俺もまた、まな板だなんだと茶化すことなく、純粋な気持ちでこの子を労ることができた。

 人生で初めて女の子と密着してるのに、欠片もそういう気分にならない(中身がバレた時に訴えられるんじゃないかという恐怖は感じてるが)。

 良いことだ。

 ユリアとこの子の気持ちに、俺の邪な思いなんか挟んじゃいけない。

 百合に挟まる男は銃殺されても文句は言えないのだから。

 

 二人の少女による優しい時間が流れる。

 少女はユリアの胸に顔を埋めながら、今までの苦しみを全て吐き出すように泣いた。

 俺はできるだけ存在感を無にして見守った。

 

 ……だが。

 

「ッ!?」

 

 そんな優しい時間は、長くは続かなかった。

 ユリアの騎士として鍛え上げられた感覚が、何者かの気配を捉える。

 その気配の主は、いつの間にかそこにいた。

 目と鼻の先にいた。

 

「ゴロニャーン」

 

 そいつは、ワータイガーよりも更にひと回りデカい、巨大な化け猫だった。

 家猫みたいな可愛げのある顔じゃなく、某国民的映画に出てくる猫型のバスから、更に愛嬌をさっ引いた感じの、ただの化け物。

 そんな化け猫が、この巨体で直前まで一切の気配もなく、俺達のすぐ傍にまで忍び寄ってきていた。

 

「う、嘘だろ……!?」

 

 隣からそんな声が聞こえた。

 チャラ男だった。

 どうやら、殺さないように手加減しすぎて、アッパーの入りが浅かったらしい。

 多分、気絶したふりして逃げるタイミングを伺ってたんだろう。

 また俺の感覚が足を引っ張った。

 

「エビルキャット……!? なんで、なんでダンジョンボスがこんな上まで登ってきてんだよぉぉお!?」

 

 チャラ男が叫ぶ。

 腕の中で少女も震えている。

 故郷の仇と同じ猫科の大型魔獣ってことで、トラウマを刺激されたのかもしれない。

 

「ゴロニャン」

 

 そんな俺達に、鳴き声だけは可愛い化け猫が飛びかかってきた。

 今の俺が制御できるユリアの限界速度を超えた、とんでもないスピードで。



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9 仲間の証

「ひぃいいいいい!? あぎゃっ!?」

 

 咄嗟に、まな板少女を抱えたまま化け猫の攻撃を避けてしまった。

 その結果、アッパーで脳が揺らされた上に、脇腹を剣でぶっ刺されてふらついてたチャラ男だけが化け猫の餌食になり、奴は頭から丸呑みという悲惨な末路に……。

 

「うっ……! おぇえええええ!!」

 

 キャットフードのようにバリボリとやられてる音を聞いて、まな板少女が吐いた。

 俺も吐きそう。

 ユリア戦闘モードの精神状態に引っ張られてなかったら、余裕で吐いてた。

 やっぱ、女騎士様のメンタルすげぇわ。

 

「ニャン」

 

 やがて、チャラ男をごちそうさました化け猫は、俺達に狙いを定める。

 ……逃げられる気がしない。

 俺一人なら頑丈さに任せて無理矢理振り切れただろうが、まな板少女を抱えたままだと無理だ。

 俺の技量だと、抱えたこの子を守りきれずに死なせる。

 

 だったら、戦うしかない。

 

「君、立てるか?」

「え、ええ」

「よし。強い子だ」

 

 俺の腕の中から抜け出して、まな板少女は自分の足で立つ。

 カクカクと膝が震えているが、俺だったら失禁してる自信があるから上出来だ。

 

「本当なら、私がこいつを引きつけている間に逃げなさいと言いたいところだが……あの速度で振り切られたら、君に追いつかせない自信がない」

 

 最高速度さえ制御できればと強く思うが、できないもんはできないんだから仕方ない。

 まったく、肉体(ハード)が良くても中身(ソフト)がダメだと、どうしようもないな。

 まあ、その肉体(ハード)もピーキー過ぎるネタキャラなんだが。

 

「だから、君は通路の端で、できるだけ体を小さくしておいてほしい。そして、奴が私だけに夢中になってくれたら、その瞬間を狙いすましてコッソリ逃げてくれ。いいね?」

「なっ!? わ、私も戦……」

「来るぞ!!」

 

 作戦会議が終了する前に、化け猫は飛びかかってきた。

 そりゃそうだよな!

 ショ○カーじゃあるまいし、相手の準備が整うまで待ってやる理由はない。

 

「ハッ!」

 

 俺は化け猫が飛び出したと同時に、こっちも制御できる範囲での最高速で飛び出した。

 ユリアの感覚に従った結果だが、多分近すぎるとまな板少女を巻き込むと判断したんだと思う。

 

 俺の剣がまっすぐに化け猫の額目掛けて突き出される。

 化け猫はそれを猫パンチで迎撃した。

 剣と爪がぶつかり合い……ポキッと剣が折れた。

 

「なぁ!?」

 

 あ、相棒!?

 くそっ! やっぱり、そこらへんの村でもらった中古の剣じゃこんなもんか!?

 しかも、剣が折れたせいで猫パンチが止まらなくなり、俺はそのまま爪に殴り飛ばされてしまった。

 

「くっ!?」

 

 例によって例のごとく、ダメージはない。

 だが、壁にめり込んで動きが止まってしまった。

 この瞬間にまな板少女の方を狙われたらかなりヤバかったが、幸いなことに化け猫の標的は俺のままで、大口空けて俺を丸呑みにしようとしてきた。

 服だけ溶かされる丸呑みプレイはちょっとやってみたい気もするが、チャラ男の血で真っ赤に汚れたお口に飛び込むのはお断りだ!

 

「おおおおおおッ!!」

 

 必☆殺!!

 女騎士右ストレート!!

 化け猫の鼻に、必殺のストレートパンチを叩き込む!

 

「ギニャッ!?」

 

 それによって化け猫の鼻が潰れ、顔面が大きくのけ反ったものの、すぐに割と元気に動き出して、追撃は躱されてしまった。

 今のは速度と違って、ちゃんと全力を込められた渾身の一撃だったんだが……。

 

「この程度の相手にすら通じないのか……!」

 

 どう見ても魔王はおろか、四大魔獣や八凶星の足下にすら及ばない奴相手に、レベル99の全力の一撃が大して効かない件について。

 さすが、ネタキャラ。

 攻撃力があまりにも足りねぇ。

 これ、負けないけど勝てないぞ!?

 スキルの補正が無いのはもうどうしようもないとして、せめて武器くらいは良いのを持たないと、マジでこの先、役に立たねぇ!

 

「ニャーオォォ……!」

 

 おまけに、今ので相手を警戒させてしまったらしい。

 化け猫は距離を取って俺を睨み、迂闊に突っ込んでこなくなった。

 これじゃもう、拳もロクに当たらないだろう。

 だが、この膠着状態を利用すれば、まな板少女を逃がすことはできるんじゃないか?

 そう思ってまな板少女の方をチラリと見ると……って、おいおいおい!? 何やってんだ!?

 

「『焼き払え、真紅の弾丸!』━━『火炎球(ファイアボール)』!!」

「ニャ!?」

 

 まな板少女は、なんと化け猫に杖を向けて魔法を放ってしまった。

 魔法は普通に避けられた上に、それによって化け猫の注意がまな板少女の方にも向いてしまい、逃走計画は白紙だ!

 

「君!? 何をやっているんだ!?」

「決まってるじゃない! 私も戦うのよ!」

 

 慌ててまな板少女の盾になれるような位置に駆け戻りながら問いかけてみれば、そんな勇ましい答えが返ってきた。

 ええ……君さっきまで震えてたじゃん!

 というか、今だって膝ぷるぷるしてるじゃん!

 なのに、戦うの!?

 凄い勇気だけど、その勇気は別の機会に取っておいてほしかったな!

 

「ダメだ! 君は逃げなさい! あの程度の魔獣なら、私一人で充分だ!」

「嘘つくんじゃないわよ! さっき思いっきり吹っ飛ばされてたじゃない! 私はもう、目の前で同郷が死ぬのを見るのは絶対に嫌なのッ!!」

 

 うっ!?

 吹っ飛ばされたのは俺の過失だから、それを言われると弱い!

 あれでトラウマスイッチ押したんなら、結局俺の責任じゃねぇか……!

 しかも……

 

「私はリベリオール王立学園魔導学科主席、ミーシャ・ウィーク! 故郷の仇、四大魔獣『凶虎』を討ち果たす者! こんなところで、猫なんかにやられはしないわ!」

 

 膝を震わせながらも堂々と宣言する彼女を見て、ユリアの感覚がこの子を庇護すべき子供ではなく、共に戦う同志と見なし始めている。

 身のほど知らずとは言うまい。

 降って湧いたチートが無ければ、ユリアだって彼女と同じ立場だった。

 というか、ダメージ無効に頼らなきゃ戦えない俺みたいな野郎に、誰かを身のほど知らずなんて言う資格はない。

 俺からすれば、あのチャラ男だって、曲がりなりにもあそこまで強くなった、性格以外は尊敬すべき男だ。

 

 ユリアも、俺も、このミーシャという少女の生きざまを否定できない。

 

「……わかった。こうなったら私も腹をくくる。共に奴を倒すぞ!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 俺は覚悟を決めて拳を構えた。

 どのみち、まな板少女改め、ミーシャをこの場から逃がしても、無事に地上まで辿り着けるとは限らなかったんだ。

 彼女はチャラ男にやられたのか、そこそこのダメージを負っている。

 そんな状態でダンジョンを逆走するのはキツいだろう。

 この場に残すよりは分の良い賭けだろうが、どっちにしろ危険はあった。

 

 だったらもう、好きな方で命懸けさせた方がいい。

 ヤケっぱちのようにそう思う。

 

 何、俺が彼女を守りきればいいだけの話だ。

 初めての、何かを失うかもしれない恐怖を抱えての戦い。

 初めての本当の戦い。

 くっくっく、燃えるぜ。

 ……ごめんなさい、嘘です、めっちゃ怖いです。

 でも、ユリアが覚悟決めてる以上、俺もやるしかない。

 

 ぬぉおおおおおおおお!!

 やったらぁあああああ!!

 男見せたらぁああああ!!

 まな板とはいえ可愛い女の子を守れるなら、男として本望じゃコンチクショー!!

 

 そうして、ユリアに続いて、俺もまた無理矢理に覚悟を決めた瞬間……

 

━━━

 

 ミーシャ・ウィーク Lv15

 

 HP 91/150

 MP 320/600

 

 筋力 21

 耐久 19

 知力 650

 敏捷 26

 

 スキル

 

『火魔法:Lv10』

『知力上昇:Lv13』

『火属性強化:Lv3』

火炎球(ファイアボール):Lv9』

火炎壁(ファイアウォール):Lv7』

炎龍の息吹(フレイムブレス):Lv5』

 

━━━

 

 ピコン! という音がして、ミーシャの顔の横に半透明のディスプレイが出現した。

 なんか出た!?



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10 炎の魔法使い

 ミーシャの顔の横に表示された半透明のディスプレイ。

 めっちゃ見覚えがある。

 『ブレイブ・ロード・ストーリー』のステータス画面だ。

 自分(ユリア)のしか出てこないから、てっきり自分だけか、もしくはゲームに登場するキャラのステータスしか表示されないのかと思ってたんだが、どうやら違ったらしい。

 パーティーを組むことが発動条件なのか?

 

 って、今はそんな考察してる場合じゃねぇ!

 

「シャァッ!!」

 

 鼻にパンチを食らって警戒モードになってた化け猫が、とうとう、しびれを切らしたように飛びかかってきた。

 ミーシャがビクッとし、俺は頑丈さだけが取り柄の身として彼女を守るべく、奴の攻撃を受け止める。

 上から叩きつけるような猫パンチを、左腕を盾のように頭上に掲げてガード。

 だが、今の奴は警戒しているので、猫パンチした後、すぐに足を引っ込めて後ろに跳躍してしまったので、反撃もできない。

 

「だ、大丈夫なの!?」

「問題ない! それより範囲攻撃の魔法は使えるか!?」

「え、ええ!」

「だったら、それを連打してくれ! あのスピードだ。面での攻撃でなければ、とても当たらん!」

「わ、わかったわ! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」

 

 ミーシャが詠唱を開始する。

 化け猫は俺の方を脅威と思ってくれているのか、再びのすぐに下がれる控えめ猫パンチで俺を攻撃してきた。

 ありがたい!

 

「フッ!」

 

 再び左腕を盾に猫パンチを防ぐ。

 この時に重要なのは、自分は盾を持っているんだと強く思い込むこと。

 そうすれば、盾を持っている時のユリアの感覚を引っ張り出すことができる。

 やっぱり感覚が元のユリアより劣化してて、記憶の中にある衝撃を緩和させる技(多分、盾の必殺スキル『反抗の盾(リフレクト・シールド)』)とかは使えないが、元々それが使えたとしても強敵の攻撃を完全に受け止められるわけじゃなかったっぽいので、ユリアは受け流しの技法も心得ている。

 それを使えば、化け猫の攻撃を受け流して、体重差で吹っ飛ばされるのを避けることができる!

 

「『火炎となって燃え広がれ! 汝、炎の龍の化身なり!』 できたわ! 離れなさい!」

 

 ミーシャの言葉に従い、後ろに飛び退く。

 次の瞬間、視界を炎が埋め尽くした。

 

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

「ギニャァァアアアアアアッッ!?」

 

 術者の前方全てを焼き尽くす、紅蓮の炎が化け猫を飲み込んだ。

 ゲーム内最強の魔法使いである『賢者』も愛用する魔法。

 最上級魔法でこそないが、下級の魔法とは一線を画す大魔法だ。

 ミーシャのステータスにこれがあった時は驚いた。

 

 そんな大魔法の炎に焼かれ、化け猫が苦しそうにのたうち回る。

 毛皮に引火して火ダルマになり、地面をゴロゴロと転がって消火しようとしてるが、まるでできていない。

 

 すげぇ、さすが上級の魔法。

 俺のパンチなんぞより、ずっと効いてる。

 レベル99の攻撃力が、いくら魔法特化っぽいとはいえレベル15に負けるってどういうことだと思わなくもないが、今はそんなことはどうでもいい!

 

「効いてるぞ! もう一発だ!」

「わかってるわよ! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ!』」

 

 ミーシャが追撃の詠唱を開始。

 それに多大な身の危険を感じたのか、化け猫は火ダルマになったまま強引に体を起こして、ミーシャに向かって駆けた。

 

「させん!」

 

 俺はミーシャの前に仁王立ちして、化け猫をギリギリまで引きつける。

 10メートル、5メートル、3メートル。

 よし、これだけ近ければ避けられまい!

 

「ふんッ!!」

 

 俺は()()で足に力を込めた。

 制御できない最高速度によって、俺の体は体勢が崩れきった滅茶苦茶な格好のまま砲弾のようにかっ飛ぶ。

 だが、着地も何も考えてない不格好な動きだろうと、この至近距離でこのスピードは避けられまい!

 何せ、単純な速度だけなら貴様の遥か上だからなぁ!

 

 必☆殺!!

 女騎士ダイナマイトタックル!!

 

「ギニャ!?」

 

 予想通り、化け猫は時速100キロは軽く超えてそうな俺の突進を避けられずに食らった。

 ゴキリ! という化け猫の骨のどれかが砕ける音がして、奴の巨体が遥か後方まで吹き飛ぶ。

 速度差のおかげで、どうにか当たり勝てた。

 

 だが、思ったほどのダメージじゃないし、思ったほど吹っ飛ばせてもいない。

 さっきの拳と違って、体全体でぶつかったのに、壁に叩きつけることもできずに床を転がらせただけだ。

 やっぱり、体重差のせいだな。

 ぶちかましをやるには、ユリアの体重が軽すぎる。

 重さは強さだ。

 お相撲さん達は正しかった。

 

 だが、今はこれでも充分!

 

「撃て!」

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 床に転がった化け猫に、再びミーシャの大魔法が炸裂。

 化け猫はまたしても悲鳴を上げながら、のたうち回る。

 毛が燃え尽きたせいで、体についた火は消えたが、その状態は酷いもんだ。

 毛の下の皮も燃えまくって炭化状態。

 最初はミケ猫っぽい柄だったのに、今じゃ立派な黒猫だ。

 明らかに弱ってる。

 もうひと押しだ!

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 しかし、弱ってるのはこっちも同じだった。

 ミーシャが肩で息をする。

 表示されるMPが随分と目減りしていた。

 『火龍の息吹(フレイムブレス)』は、撃ててあと一発だろう。

 体力が持っていかれてるってことは、何かそれ以上の無茶もしてるのかもしれない。

 

「『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」

 

 それでも、ミーシャは残った力を振り絞って最後の詠唱を始めた。

 (おとこ)だ。

 決してまな板だからとかそういうことじゃなく、その根性は間違いなく漢だ。

 だったら、こっちにも曲がりなりにも男として、その心意気には報いたい!

 

「フシャァアアッッ!!」

 

 化け猫が最後の攻撃を開始した。

 死にかけの体に鞭打って、俺達を中心に円を描くように、広い通路の中を縦横無尽に走り回る。

 

 『火龍の息吹(フレイムブレス)』は術者の前方広範囲を焼き払う魔法だ。

 つまり、発動の瞬間に背後や側面にいたら当たらない。

 この猫、魔獣のくせに頭良いな!

 

「ッ……!」

 

 狙いを定められなくて、ミーシャが焦った顔を見せる。

 そんなミーシャの頭に、(ユリア)は反射的に手を乗せた。

 

「大丈夫だ。私が奴を捕まえる。信じろ」

 

 彼女を不安にさせないように、自信満々にそう告げる(ユリアが)。

 俺は正直、重大な責任にビビってるんだが、やるっきゃねぇ。

 

「ふー……」

 

 ユリアの残留思念が、体と心に染みついた癖が、息を深く吐き出して集中状態に入った。

 それを少しでも邪魔しないために、俺も全力で集中する。

 奴の動きを予測する。

 どんな小さな攻撃動作も見逃さず、読み切る!

 そして……

 

「!」

 

 来た!

 化け猫が地面を蹴り、背後からミーシャを狙って飛びかかってくる。

 (ユリア)はそれを察知し、即座にミーシャの前へ。

 しかし、万全の態勢を整える時間まではなかった。

 このまま受け止めても、体重差を考えれば止まらないから、俺ごとミーシャが轢き潰される!

 

 なら、どうするのか。

 ユリアが選んだ答えは……奴をぶん投げることだった。

 突き出された前脚を、両腕で抱えるようにガッチリと掴み、レベル99の怪力に任せて投げ飛ばす!

 

 奴が全力攻撃のために跳躍してたのが幸いした。

 地に足をつけて攻撃されていたら、どんな怪力で締めつけようが、綱引きの原理で引っこ抜かれていただろう。

 

 だが、この状況なら怪力による投げ技が成立する。

 ユリアは柔術も習っていた。

 戦場で武器を手放してしまった場合の補助技として、学園で教わっていたのだ。

 

 加えて、俺もちょっと前に授業で柔道を習った。

 ついでに、昔柔道をたしなんでいたという親父にその話をしたら、息子と娘に構ってもらいたい寂しがり屋の中年に技をかけられながら解説を聞かされた。

 それを忘れるにはまだ早かったみたいで、俺の感覚も普段より遥かに効率良くユリアの動きを支えてくれている。

 ありがとう親父!

 内心うぜぇとか思ってて、すまんかった!

 

 そうして、俺とユリア、二人分の必殺の投げが繰り出される!

 

「ハァアアアアアアアッッッ!!」

 

 必☆殺!!

 女騎士一本背負い!!

 奴の前脚を支点に、頭上で振り回すようにして、その巨体を横の地面に叩きつけた。

 化け猫の動きが止まる。

 そこに、ミーシャが杖を突き出した。

 

「やれ!!」

「『火龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 ゼロ距離からの爆炎が化け猫を飲み込んだ。

 燃える、燃える、燃える。

 化け猫の巨体が余すことなく燃えていく。

 悲鳴すらも火炎の奥に消えていき、断末魔の叫びすらも喉が焼けたのか発せられず…………化け猫は、ついにただの焼死体となった。

 

 全身炭化した化け猫に、念のためにトドメを刺しておく。

 チャラ男を仕留めそこねた前科があるからな。

 せめて、同じ失敗は繰り返すまい。

 

 そうして、今度こそ完璧に化け猫の討伐を確認した。

 俺は多大な達成感を胸に、万感の思いでミーシャに振り返る。

 ところが……

 

「!? ミーシャ!?」

 

 ミーシャは全ての力を出し尽くしたかのように、限界を迎えてフラリと倒れた。

 そんな彼女が地面に叩きつけられる前に、咄嗟に胸部装甲レベル99で受け止める。

 まさか死んだのかと思って冷や汗が止まらなかったが、ミーシャはちゃんと規則正しい寝息を立てていてくれた。

 

「お疲れ様。よく頑張ったな」

 

 本当にとてもとてもよく頑張った少女の頭を、(ユリア)は優しく撫でる。

 二人分の想いを乗せて、優しく撫でる。

 寝顔には最初の強がった様子も、チャラ男にやられた直後の怯えた様子も、さっきまでの覚悟を決めたような気高さもなく。

 ただの年相応の女の子が、安らかな顔で眠っているだけだった。

 

「うぅん……巨乳死すべしぃ……むにゃむにゃ……」

 

 なんか変な寝言が聞こえてきたが、それは無視しよう。

 今はこの極上のベッドの上で、ゆっくり休むといい。

 そうして俺は、ミーシャをお姫様抱っこしたまま、地上へと帰還した。

 なお、お姫様抱っこなのは、この姿勢が一番守りやすいからだ。

 おんぶでも、お米様抱っこでも、被弾した時に守りづらいからな。

 決してそれ以上の意味はない。

 生粋の巨乳好きの俺を、まな板に興奮させたら大したもんですよ。



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11 初めての仲間

「うーん…………ハッ!」

 

 いつの間にか意識を失っていたミーシャは、覚醒するや否や即座に飛び起きた。

 確か、自分はダンジョンに行って、チャラ男にやられて、あのおっぱいと一緒に化け猫と戦っていたはず。

 チャラ男、おっぱい、化け猫と、登場人物がカオスすぎるが…………もしや、あれは夢だったのだろうか?

 

 だって、自分はダンジョンにいたはずなのに、ここはどこかの部屋のベッドの上だ。

 部屋自体にも見覚えがある。

 自分が借りた宿の一室だ。

 微妙に内装が違う気もするが、記憶違いだと言われれば納得できる程度の差異。

 

「ホントに、夢だったの……?」

 

 もし、そうだとしたら。

 

「……あいつが夢だったら、寂しいな」

 

 脳裏に浮かぶのは、やたら整った顔をした、金髪碧眼の贅肉の化身(おっぱい魔神)

 自分を守ってチャラ男や化け猫と戦ってくれた姿は……なんというか、その、カッコ良かった。

 

 最初は、生きる世界の違う田舎者のくせに、こっちの気も知らずに知ったような口利くいけ好かない奴だと思った。

 でも、違った。

 あの人は、生意気なこと言って彼女の手を振り払った自分を、それでも追いかけてきて助けてくれた、優しくて強い人だった。

 

 同じ過去を背負ってる同郷で、絶体絶命の窮地を救ってくれた美形とか、あれで男だったら絶体惚れてたって思うほどのシチュエーションだ。

 そんな人が化け猫に吹っ飛ばされるのを見たからこそ、自分はあの人だけでも死なせたくないと、恐怖を振り払って戦えたのだ。

 

 あれはミーシャにとって、自分を一段階成長させてくれたような、人生のターニングポイントのような出会いと出来事だったのだ。

 それが夢だったかもしれないと思うと、とてつもない悲しさと寂しさに襲われた。

 

「会いたい……」

「ん? おお、起きたか! 大丈夫か? 痛いところはないか?」

「ほぁあああああ!?」

 

 そんなことを思ってたら、件のイケメンおっぱいが扉を開けて現れた。

 手にはリンゴの乗った皿を持っている。

 夢じゃなくて良かったと思うより先に、恥ずかしいセリフが口からもれてる最中だったミーシャは奇声を上げた。

 

「錯乱しているのか……。大丈夫だ。あの魔獣は君の魔法でしっかりと討伐された。よく頑張ったな。偉いぞ」

 

 ミーシャの奇声を違う意味で捉えたのか、イケメンおっぱいは皿を机に置いてミーシャに近づき、凄く優しい顔で頭を撫でてきた。

 何か言いたいのに、口がパクパクするだけで言葉にならない。

 顔が熱い。心臓がうるさい。

 何これ、何これ、何これ!?

 

「あ、あ、あんたは大丈夫だったの?」

 

 やっとの思いでミーシャが口にできたのは、そんなありがちな言葉だった。

 しかし、これもまた彼女の偽りなき本音であり、一番強い感情でもある。

 あんな化け物と素手で戦っていたのだ。

 心配しないわけがない。

 

「ああ、問題ない。私は頑丈さだけが取り柄だからな。あのくらいなら傷一つつかないさ」

 

 そう言って、イケメンおっぱいは一番酷使していた左腕の袖をまくって素肌を見せてきた。

 ……本当に傷一つない。

 治療の跡すらない。

 回復薬(ポーション)や回復魔法を使ったのなら、何かしらの痕跡が残るはずなのに、それもない。

 あるのは大昔についたような、いくつかの古傷だけだ。

 

(え? 何こいつ、化け物?)

 

 正解。

 目の前の女は、まごうことなき化け物(ネタキャラ)である。

 

「これじゃあ、私、ホントに足手まといだったのね……」

 

 ずーん、という擬音がつきそうな勢いでミーシャはへこんだ。

 ちゃんと自分が言われた通りに逃げていれば、このイケメンおっぱいはもっと簡単にあの化け猫を倒せたはずなのだ。

 結局、自分はまたしても身のほどを弁えずに出しゃばっただけじゃないか。

 そう思えば落ち込みもする。

 

「いや、そんなことはない」

 

 しかし、目の前の女は、ミーシャの言葉をハッキリと否定した。

 

「確かに、逃走という目的で見れば君は足手まといだった。正直、最初はなんで素直に逃げてくれないんだこのまな板と思いもした」

「そうよね……って、ん? 今なんつった?」

「だが、目的が逃走から討伐に切り替わってからは、君はとても頼りになった」

 

 今、サラッと聞き捨てならないセリフが聞こえた気がしたが、イケメンおっぱいは何事もなかったかのように続きを話す。

 空耳だったのだろうか……?

 

「私は頑丈さには自信があるが、攻撃力はそうでもない。ましてや、あの時は武器すら失っていた。

 きっと、私一人ではあの魔獣を退けられはしても、仕留めることはできなかっただろう」

 

 彼女は少し悔しげな顔で語る。

 嘘ではないと、その表情が物語っていた。

 

「だから、あの魔獣を倒せたのは君の功績だ。君の魔法が奴を倒し、奴がこれから襲ったであろう人々を守ったんだ。

 卑屈になる必要はない。胸を張れ。あの時、あの瞬間、君は紛れもなく『英雄』だった」

 

 この人は迷いなくそう断言して、全力で自分の行動を肯定してくれた。

 何か得体の知れない感情が湧き上がってくる。

 嬉しいような、泣きたいような、そんな複雑な感情。

 でも、決して嫌な感情じゃない。

 その感情に流されて、空耳のことなどすっかり忘れていた。

 

「……それでも、君の行動が無茶だったことに変わりはない。冒険者になった直後の魔法使いが、一人でAランクのダンジョンに突っ込むなんて自殺行為もいいところだ」

「うっ……」

「君の行動は英雄的だったが、死なずに済んだのは偶然だ。これからはせめて、現実的に可能な範囲の無茶しかしないでくれ。そうでなければ心臓に悪すぎる」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ミーシャはしゅんとなった。

 まるで学園の恩師に叱られた時のようだ。

 あの人もまずは褒めるべきところを褒めてから、叱るべきところを叱ってくれた。

 恩師は結構な歳のお婆さんだったから、見た目は全然似ていない。

 けれど、雰囲気が少し似ていて、なんだか切ない気持ちになる。

 

「それで、だな……」

 

 と、そこで彼女は少し緊張したような様子になった。

 「コホン」と咳払いなんかしている。

 どうしたのだろうか。

 

「君の目的は四大魔獣『凶虎』の討伐。それは間違っていないな?」

「……ええ、そうよ」

 

 忘れもしない。

 あの化け物に故郷を滅ぼされた時のことは。

 全部奪われた。

 恩師も、家族も、友達も、全てを奪われた。

 

 ミーシャは戦う力を持っていたのに、怖くて何もできなかった。

 避難誘導に従い、騎士団が稼いでくれた時間で、ガムシャラに逃げることしかできなかった。

 なのに、一緒に逃げた人達すらも、あの化け物は遠距離からの砲撃で皆殺しにした。

 

 運良く一人だけ生き残ってしまったミーシャには、皆の仇を討つ義務がある。

 あの時戦えなかった分まで戦って、絶対に仇を討つと誓った。

 だから……

 

「復讐をやめろだなんて言わないで」

 

 睨みつけるように、あるいは懇願するように、ミーシャは目の前の同胞を見る。

 同郷なら、わかってほしい。

 同じ苦しみを味わったのなら、理解してほしい。

 そんな願望の宿った目で。

 

「言わないさ、そんなことは。口が裂けてもな」

 

 そして、目の前の人は。

 ミーシャを決して否定しなかった。

 

「私だって志は同じだ。必ず故郷の仇を討つ。それは守るべきものを守れなかった騎士失格の私が、それでもやり遂げなければならない最後の職務だ」

 

 ミーシャ以上に強い瞳で、重い使命感で、彼女は語る。

 国を失い、主を失い、守るべきものを失い。

 それでも彼女は、故国に殉じる騎士であった。

 

「だが、一人では決して奴には勝てない。私には強い仲間が必要だ。そして、それは君も同じ。故に……」

 

 彼女は、ミーシャに手を差し出す。

 

「私と共に戦ってくれないか? 王立学園魔導学科主席、つまり未来の宮廷魔導師だったはずの大魔法使い、ミーシャ・ウィークよ」

「え、あ……」

 

 勧誘されている。

 こんなに強い人に仲間に誘われている。

 願ってもないことだ。

 この人と一緒なら、間違いなく目標に大きく近づく。

 けれど……

 

「私で、いいの……?」

 

 チャラ男によって粉砕されてしまった自信が、ミーシャを弱気にさせた。

 何事においても、壊すよりも直す方が遥かに難しい。

 励ましの言葉で少しは自信を取り戻せても、やはり心の傷が治り切ったわけではない。

 そんな心の傷に優しく触れるように、目の前のイケメンは言った。

 

「君でいいのではない。君がいいんだ。私は志も強さもある君に惹かれた。ぜひ、私と一緒になってほしい」

「ひ、惹かれ……!? い、一緒に……!?」

 

 女にしては低めのイケメンボイスでそんなことを言われ、おっぱいのついたイケメンと呼ばれるようなキリッとしたカッコ良い顔に見つめられ、なんだか頭の天辺が痺れてくる。

 ちなみに、超一流のホストにやられた時も似たような現象が起こるので、ミーシャはそういう場所に行かない方がいいだろう。

 

「よ、よろしくお願いしましゅ……!」

 

 そうして、ミーシャは堕ちた。

 差し出された手を取り、彼女達は仲間となった。

 お互いに初めての冒険者としての仲間である。

 

「ありがとう。これからよろしく頼む、ミーシャ」

「う、うん。おっぱ……じゃなくて、えぇっと……」

「ああ、自己紹介もまだだったか。これはうっかりしていた」

 

 彼女は「コホン」と咳払いしてから、名乗った。

 

「元リベリオール王国近衛騎士団所属『ユリア・ストレクス』だ。改めてよろしく頼む」

「ユリア……って、あの伝説の卒業生の!?」

 

 ユリア・ストレクス。

 王国最強と謳われた騎士団長の娘であり、次代の騎士団長を担うとされていた天才。

 弱冠18歳にして、既にAランク冒険者に匹敵すると言われていた実力者。

 なるほど、それならあの化け物っぷりも納得だ。

 

「し、失礼な態度の数々、すみませんでした先輩!!」

「いや、別に気軽に接してくれてもいいんだぞ? これからは背中を預け合う相棒になるわけだし」

「そ、そういうわけには……!」

「……まあ、徐々に打ち解けていけばいいか。あ、そうだ、リンゴをもらってきていたんだ。剥こう」

 

 ユリアは肩をすくめながら、机に置いていたリンゴの乗った皿に手を伸ばす。

 一緒に皿に乗っていた小さなナイフで皮を剥いていき……

 

「あ……」

 

 剥いていき……

 

「ぬっ……!」

 

 剥いていき……

 

「……もしかして、不器用さんですか?」

「……言っただろう。頑丈さだけが取り柄だと。それでも前はもう少し上手くできたんだが……」

「ぷ。何それ」

 

 剥かれたリンゴは、皮と一緒に結構な果肉が削られて歪な形になっていた。

 だが、ユリアの人間臭い弱点を見つけたことで、ミーシャの心の壁も果肉と一緒に少し剥がれた気がした。

 

 こうして、一つの見習い(Eランク)冒険者パーティーが。

 パーティー名『リベリオール』が結成された。



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12 焦らずにいこう

 ミーシャが なかまに くわわった!

 

 というわけで、将来有望そうな美少女ゲットだぜ!

 あ、有望っていうのは戦闘力と心意気的な意味であって、決して下心的な意味ではないぞ。

 いや、ホント、マジで。

 そっちの方は、むしろ将来無望って感じですよ(真顔)。

 まあ、だからこそ邪な気持ち抜きで付き合えそうだけど。

 

 そんなミーシャだが、あの化け猫との戦いを経て、いくつか変化があった。

 

━━━

 

 ミーシャ・ウィーク Lv16

 

 HP 160/160

 MP 640/640

 

 筋力 23

 耐久 26

 知力 695

 敏捷 30

 

 スキル

 

『火魔法:Lv11』

『知力上昇:Lv13』

『火属性強化:Lv4』

火炎球(ファイアボール):Lv10』

火炎壁(ファイアウォール):Lv7』

炎龍の息吹(フレイムブレス):Lv6』

 

━━━

 

 レベルが一つ上がりました!

 MPと知力と火属性特化とかいう、まるで俺を彷彿とさせる嫌な上がり方をしてるのが気になるぜ……。

 一応、ゲームでの純魔法使い職なら、戦士系と違って極振りが成立しないこともないけど。

 『筋力』は、どうせ使えない物理魔法の複合タイプをバッサリ切り捨てる覚悟があればいらないし。

 魔法自体に速度が設定されてるから『俊敏』のステータスが無くてもどうにかなるし、仲間が完璧に守れば『HP』や『耐久』もいらない。

 

 ただ、自力じゃ相手の攻撃を避けることも耐えることもできず、一回でも仲間が守り損ねたら即オワタなのは怖いことこの上ないが。

 ミーシャは同じ魔法特化の『賢者』とかと比べても、魔法系以外のステータスが致命的に劣る。

 

 多分、肉体面の才能でめっちゃ劣ってるんだろうなぁ。

 基礎ステータス上昇という名の才能だけで、耐久以外のステータスもそこそこ見れた数値(知力は除く)になってるユリアと違って、ミーシャは才能まで含めてガッツリ魔法極振りなのだ。

 親近感は湧くが、危なっかしい。

 せめて、もうちょっとでもマシになるように、体力作りとか頑張ってもらおう。

 効果あるかわかんないけど……。

 

 で、そっちも相当気がかりだが、それ以上に気になることもある。

 ミーシャ、なんで、たったの1レベルしか上がってないんですかねぇ?

 あの化け猫、どう考えてもミーシャからすれば圧倒的格上だったし、俺と経験値を分け合ったにしても、一気に10レベルくらいドンと上がってもおかしくない気がするんだけど?

 

 そもそも、このレベルというシステム自体がよくわからん。

 魔獣を倒せば上がるんだったら、騎士団時代にかなりの数を討伐してきたユリアは、ネタステータスをインストールされるまでもなくレベル99に至ってなきゃおかしい。

 記憶から考えて、それくらいの数の魔獣を狩ってきてる。

 

 けど、実際にはゲームで仲間になる時点のユリアはレベル25。

 ネタステータスがインストールされる前と後の身体能力の比較から考えて、この数字は多分妥当だろう。

 元の身体能力が若干低いかなとも思うが、本来のユリアも国が滅びてからの二年で鍛えまくったと思えば、おかしくはない。

 

 対して、本人から聞いた限りでは、今まで勉強と訓練ばかりで、実際に魔獣を討伐したのは前回が初めてだというミーシャがレベル15。

 それがダンジョンで多くの魔獣と化け猫を倒して、レベル16に上がった。

 

 色んな意味で計算が合わない。

 魔獣を倒して上昇するにしては、ユリアが倒した数と、ミーシャが倒した数と、それぞれのレベルの数値が合致しない。

 魔獣を倒して上がるのはあくまでもゲームの仕様であって、現実では長い鍛錬で少しずつ上がっていくんだとしたら、今度は化け猫を倒してレベルアップしたミーシャの説明がつかない。

 しかも……

 

「なんか、かつてないレベルで異様に調子が良いっていうか、魔法の威力がバカみたいに跳ね上がってるんだけど……。先輩、何かした?」

「……私にもわからん」

 

 パーティーを組んだ翌日。

 薬草を集めに行ってエンカウントしたゴブリンを骨も残さず焼き尽くした後、ミーシャからそんな証言が飛び出している。

 

 やはりというか、ここまでの急速成長は経験したことがないそうだ。

 それどころか、『強化薬』という貴重なドーピングアイテムの使用以外で、ここまで一気に力が跳ね上がるという現象は、座学の成績でもトップだったらしいミーシャでも聞いたことがないとか。

 

「むぅ……」

 

 ますます謎が深まった。

 肉体(ユリア)の知力も二桁、中身の偏差値も大したことない俺じゃ、この謎は解き明かせそうにない。

 

「でも、あれね。ちょっと勇者のおとぎ話に似てる気がするわ」

「勇者のおとぎ話?」

 

 なんじゃそりゃ?

 ああ、いや、ユリアの記憶にもあるな。

 大昔から何度もこの世界に現れて、歴代の悪い魔王達を討伐してくれた勇者達の物語。

 ゲームでも歴代勇者の話はちょろっと出てきたような気もする。

 まあ、一番新しい勇者でも千年前とかの人物らしいから情報も少なくて、ユリアは本当に子供向け絵本に書かれてる程度の内容しか知らないが。

 

「学園の蔵書で読んだんだけど、勇者やその仲間達は、一つの戦いを乗り越えるごとに飛躍的に強くなっていったらしいの。

 一応史実ってことになってたから、先輩が勇者の遠い子孫とかで、その血が知らないうちに覚醒したとかだったら、ギリギリ説明がつくわね」

「ほう」

 

 そんな話があるのか。

 確かに、魔獣を倒してレベルアップが勇者だけの特別な力だと言われれば、ゲームの勇者とその仲間達が、短期間で魔王を倒せるほど急成長した理由にも納得がいく。

 

 そして、勇者ってのはゲームの情報が確かなら、異世界から召喚される存在だ。

 俺は勇者なんて立派な存在じゃないが、一応は異世界人。

 勇者の力をほんのちょっとだけ持ってると考えれば、ミーシャがレベルアップした理由も、あれだけの格上を倒したのに一つしかレベルが上がらなかった理由にも説明がつく。

 

「なるほど。そういうことなら少し心当たりがある。凄いな、ミーシャ。ずっと解けなかった謎が一瞬で解けてしまったぞ」

「あ、ちょ、頭は撫でなくていいからぁ!?」

 

 いや、マジで凄い。

 ミーシャさんぱねぇっすという気持ちを込めて、俺はミーシャの頭を撫で回した。

 口では嫌がってるが、これが好きみたいだからな。

 わかるわかる。

 俺にやられるんじゃセクハラ一直線だが、同性とはいえ、おっぱいのついたイケメンと称されるユリアさんに撫で撫でされるのはご褒美だろう。

 俺だったら昇天してる自信がある。

 憑依でさえなかったらなぁ。

 俺もやってもらいたかったなぁ。

 ちくしょうめ。

 

 

 そんなじゃれ合いをしつつも、薬草はしっかり回収してきてギルドへ。

 受付嬢に提出し、ついでにミーシャが焼き尽くしてしまった奴以外の、エンカウントした魔獣の討伐証明部位も提出。

 

「はい。お疲れ様でした。依頼通りのキューア草の採取に、ゴブリン4体、コボルト6体、スライム2体の討伐を認定しました」

 

 書類にサラサラと内容を記入する受付嬢。

 本日もご立派な双峰があまりの魅力で光り輝いておられた。

 実に眼福にごさる。

 

「こちらが本日の報酬になります。あまり大きな声では言えませんが、例の件の功績もありますので、ランクアップは近いですよ。頑張ってください」

「ああ。頑張らせてもらおう」

 

 あなたのために、とか臭いセリフを吐きたいところだが、そんなセリフを言えるような鋼のハートは持ってないので無理。

 そもそも、頑張ってる理由はユリアにせっつかれてるからだし。

 嘘は言っちゃいけない。

 

「では、また明日来る」

「はい。お待ちしています」

 

 受付嬢に見送られながら、報酬片手にミーシャと共にギルドの外へ。

 当のミーシャは不満そうな顔してるが。

 

「やっぱり、納得いかないわ。あんなに強いの倒したんだから、ケチケチせずにランクアップくらいさせなさいよ」

「仕方ないだろう。目撃者もいない以上、ギルドとしても私達の証言だけを鵜呑みにするわけにはいかないのだから」

 

 あの化け猫討伐に関しては、目撃者がいなかったこともあって、俺達がやり遂げたこととは認められなかった。

 一応、炭化を間逃れた牙を数本回収してギルドに提出し、一部始終を話しておいたんだが、まあ、鵜呑みにはされない話だわな。

 牙という証拠があっても、それは死体から抜き取っただけだろうと言われてしまえばそれまでだし。

 チャラ男の顛末についても話しておいたから、奴が命と引き換えに弱らせた獲物を俺達が倒して、その話を盛って報告してるんじゃないかと言われると、違うと証明する手段もない。

 

 だが、ギルドもこっちの言い分を完全に否定したわけじゃない。

 どんな経緯があったにせよ、実際にダンジョンボスが死んで、ダンジョンの活動が停止したのは事実なのだから。

 ということで、俺達に関しては、そこそこの回数依頼を受けて基礎を固め、後日行うことにしたという試験というか調査というかで一定以上の戦闘力を示せば、その時点でDランクに上げてもらえるという話になった。

 それまでは、コツコツと見習いEランクとして頑張るしかない。

 

「地道に基礎を固めていこう。それが一番の近道だ。というか、実際に薬草の群生地帯を探すのにも手こずったんだから文句を言うな」

「うっ……! そ、それは先輩もでしょ!」

「そうだ。私もだ。だから一緒に基礎を磨いていこうと言っている」

 

 どんなに戦闘力があっても、ユリアは騎士、ミーシャは学生としての経験しかない。

 俺に至っては言わずもがな。

 こんなんで無理矢理ランクだけ上げても、冒険者として期待されてる役割を果たせない、学校の成績は良かったけど会社じゃ使えない社員みたいになるのがオチだろう。

 

「焦らずに、一歩一歩進んで、ちゃんと冒険者としての実力者になるんだ。私もお前も国外では無名。しっかりとした実力と実績が無ければ、仇を討つための仲間も集まらん」

 

 二人の故郷であるリベリオール王国は小さな国ではなかったが、決して大国でもなかった。

 そこでちょっと有名だったとしても、外国の人からすれば知らんとなる。

 アメリカ人に埼玉県知事は誰でしょうって聞くようなもんだ。

 99%以上の人が「知らんわ!」と答えるだろう。

 

 だからこそ、実力と実績を兼ね備えた高ランク冒険者という肩書がいるのだ。

 魔王との戦いに呼んでもらえて、現地の戦力に快く迎えてもらえて、あわよくば勇者パーティーに入れるような肩書が。

 

「わかってるわよぉ……」

 

 そして、この結論には一応ミーシャも納得している。

 不承不承って感じだが。

 

「焦らずにいこう。大丈夫だ。お前も私も、もう一人じゃない」

「……先輩、素面でよく、そんなこっ恥ずかしいセリフ言えるわね」

 

 俺もそう思う。

 今のは俺じゃなくて、ポロッとこぼれ出たユリアのセリフだ。

 よっぽど同郷の仲間ができたのが嬉しいのか、ミーシャといると残留思念からポカポカとした気持ちが伝わってきて、たまにこういうセリフが自然と出るんだよなぁ。

 ゲームでは勇者の仲間になるまでは、氷のように冷たい表情をした『孤高の女騎士』って呼ばれてたのに。

 

 推しの可愛い変化は、俺としても嬉しい。

 トラウマメモリーが流れてこないだけでも嬉しい。

 ホント、憑依でさえなかったら、この可愛い姿を心のカメラに激写してたのになぁ。

 でもまあ、一番近くて一番奇妙なこの場所で、この二人の行く末を見守るってのも悪くないかなぁと、最近ちょっと思い始めてる。

 

 こうして、見習い冒険者パーティー『リベリオール』の一日は過ぎてゆく。



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13 足りないもの

 冒険者になり、ミーシャという仲間ができてから半年と少しが過ぎた。

 俺達は最初に出会った町を旅立ち、各地を転々としながら依頼をこなし、最近になってCランクに上がれた。

 認識票(しんごうき)の色は青。

 もう一つ上がれば、ついにメダルの色になる。

 

 そして、現在。

 俺達は立ち寄った『ギガントロック』という、山岳地帯にあるやたら強そうな名前の町の宿の中にいた。

 

「では、会議を始めよう」

「はい……」

 

 宿の中なのでお互いに戦闘服ではなく、楽な格好の普段着で向き合う。

 俺もミーシャも薄着なんだが、ミーシャは成長期なのに、この半年ちょいで身長(たて)(よこ)もマイクロ単位しか成長していないので、ピクリともしない。

 ユリアの感覚が訴えてくる虚しさを差し引いても、まだ自分(ユリア)の薄着の方が興奮する。

 まあ、それはさて置き。

 

「私達もCランクになったことだしと、昨日初めて『まとも』なダンジョンに入ってみたわけだが……感想を聞こうか」

「思い出したくないわ……」

 

 ミーシャは僅かに震えながら、青い顔でそう言う。

 俺も全面的に同意だ。

 化け猫の一件で、曲がりなりにもAランクのダンジョンを攻略したと言える経験があったからか、俺達はダンジョンというものを舐めすぎていた。

 

 このギガントロックの町にもダンジョンがある。

 攻略難度B。

 出てくる魔獣は、岩石や金属の巨人である『ゴーレム』だけという珍しいダンジョンだ。

 

 攻略難度で言えば、化け猫のいたダンジョンの方が上。

 だが、あそこは化け猫が強かったからAランクに認定されてただけで、それを差し引けばCランクくらいだったって話だ。

 そのCランクという評価も、出てくる魔獣の数と強さによるもの。

 あそこは、ダンジョンの専売特許とも言える地形的な怖さが欠片もない場所だった。

 

 だが、この町のダンジョンは違う。

 まさに正統派って感じの迷宮だ。

 入り組んだ迷路に、仕掛けられた大量の罠。

 溶岩だの毒の池だのといった特殊なフロア。

 謎解きまでは無かったが、無くても滅茶苦茶に苦戦した。

 

 舐めていたんだ。

 出てくる魔獣(ゴーレム)は本当に大したことがない。

 俺の拳一発で爆散するし、相性が悪いはずのミーシャの火魔法でも焼き尽くせる。

 しかし、迷路によって俺達は盛大に道に迷い、罠に引っかかりまくり、ミーシャが死にかけた。

 

 もちろん、俺達だって無策でダンジョンに突っ込んだわけじゃない。

 事前に情報くらい、ちゃんと調べた。

 ミーシャは知力がものを言う魔法使いらしく、頭が良い。

 迷路の道筋だって、ギルドで売られてた地図を購入して一瞬で覚えた。

 気をつけなければいけない罠だって、全部頭に入っていた。

 

 俺だって別にバカじゃない。

 知力のステータスは低いし、中身の俺の偏差値も低いが、別にバカってほど頭の出来が悪いわけじゃない。

 知力の高い奴が、頭の中にコンピューターでも搭載してんじゃねぇのかってレベルでおかしいだけで、知力99は決してバカではないのだ。

 

 そんなバカではない俺だって、ミーシャには及ばないまでも、ちゃんと対策を覚えて実践したつもりだった。

 ゲームでダンジョンのことも知ってたし、ユリアの記憶にも学園時代の実戦訓練でダンジョンアタックした経験があったし、まあ、いけなくはないだろうと思ってた。

 

 甘かった。

 知ってることと、実際にできるかどうかということは、全くの別問題だったのだ。

 

 罠は見分け方を教えられてても、実際に見つけようとするとわかりづらく、特に戦闘中は見分けてる余裕なんざない。

 その結果、戦闘中に天井から壁が落ちてくる罠に気づけず、大量のゴーレムに囲まれた状態で、落ちてきた壁に阻まれてミーシャと分断されるという最悪の状況に。

 

 結局、俺の馬鹿力で強引に壁を破壊して合流したが、壁の破壊にはそれなりに時間がかかってしまい、その間にミーシャは相性最悪の、熱に耐性のある鉱石でできたゴーレム複数体に囲まれて負傷。

 救助は間に合ったものの気絶してしまい、俺はそんなミーシャを抱えて地上に戻ろうとしたが、彼女を守ることに意識がいって大量の罠に引っかかった。

 

 身を盾にして、全ての罠からミーシャを守りはした。

 だが、落とし穴にハマって下の階層に落下してしまい、唐突な階層移動のせいで、自分達の現在地がわからなくなったのが致命的。

 これでは地図があっても、道筋を覚えていても意味がない。

 現在地がわからなければ当てずっぽうに動くしかなくなり、結果近づくなと言われていた危険なフロアに入ってしまって、さあ大変。

 

 アクシデントがあるまでは、なんか中ボスっぽい巨大ゴーレムを簡単に倒せるくらい順調だったせいで、結構深い階層まで来てしまっていたことも災いした。

 溶岩の熱気や毒の沼の瘴気で、気絶から回復したミーシャのHPがどんどん減っていった時は死ぬほど焦った。

 念のために購入しておいた、耐熱のローブと解毒薬が無ければ間違いなく逝っていただろう。

 最終的には、どうにか見覚えのある場所に出られて、そこから弱ったミーシャが必死にナビゲートしてくれたおかげで地上に戻れたが、マジで危機一髪だった。

 

 ユリアの授業の経験も、あんまり役に立たなかった。

 彼女が経験したのはあくまでも、学生が入れるような『低ランクのダンジョン』を、騎士団のやり方である『物量作戦』で攻略しただけ。

 たった二人でBランクの迷宮に挑むとなると、話はまるで違う。

 修学旅行で沖縄に行くのと、個人旅行で治安の悪い国に行くことくらい違う。

 せめて、騎士としての正式な仕事でダンジョン攻略をやったことがあればまた違ったんだろうが、ユリアは社会人一年目のぺーペーだったからなぁ。

 

 まあ、俺のゲーム知識に至ってはユリアの修学旅行、じゃなくて実戦訓練の記憶以上に、クソの役にも立たなかったんだが。

 画面の中のグラフィックと、現実の危険地帯が一緒なわけなかったんだ。

 戦争ゲームで磨いた腕で、実際の戦争を生き抜こうとするみたいな話だぞ。

 ましてや、あそこはゲームにも出てこなかったダンジョン。

 そんな知識があるからって理由で慢心した俺は、特大のバカだった。

 

 何かが一つ違っていれば。

 それこそ引っかかった罠のうちの一つでも、俺じゃなくてミーシャに当たっていたりしたら、今頃どうなっていたことか。

 そう思うだけでゾッとする。

 正直、ダンジョンなんてもう潜りたくないってのが本音なんだが……。

 

「私達に最も足りていなかったのは、ダンジョンという場所に慣れた先導者だな。先達の指導も無しに、頭で覚えた机上の空論だけで踏破できるような場所ではなかった」

 

 頭は勝手に働き、口は勝手に反省点を言葉にしていく。

 なんか最近、ユリアの残留思念が強くなってきた気がするな。

 体の支配権が、ちょっとだけ向こうに戻ってるような感じがする。

 このまま全権がユリアに戻ったら、俺は解放されると思いたい。

 ワガママを言えば、解放されるのはこいつらのハッピーエンドを見届けてからだと嬉しいが、それはともかく。

 

 なんでダンジョンの攻略をやめないのか。

 理由は簡単だ。

 ユリアとミーシャの最終目標は、故郷の仇である凶虎の討伐と、その裏にいる全ての黒幕である魔王の討伐。

 そして、魔王は『魔王城』という攻略難度SSのダンジョンの中にいるというか、魔王城のダンジョンボスが魔王だから、奴を倒そうと思ったらダンジョン攻略の技能は必須なのだ。

 だからこそ、攻略難度Bごときのダンジョンから尻尾巻いて逃げるという選択肢はないのである。

 うへぇ。

 

「大人しく低ランクのダンジョンから慣らしていくのも手だが……」

「高ランクダンジョンに挑むようなベテランの指導者を見つけた方が、絶対早く成長できるわね」

「そうだな。なら、どこかのベテランパーティーに頭を下げて、教えを乞うのが一番現実的か。だが、飯の種を取り合う同業者相手に、素直に教えてくれるかどうか……」

「見返りとして、私達がしばらくそのパーティーで戦えばいいんじゃない? 私と先輩の戦闘力なら、対価としては充分でしょ」

「ふむ。なるほどな」

 

 ミーシャから良い案が出た。

 やっぱり、こういう時に意見を出してくれる仲間がいると助かる。

 ソロプレイじゃできないことだ。

 

「では、ひとまずの方針はそれでいいか?」

「異議無し」

「よし。だが、実際に行動に移す前に、装備を新調しなければな」

 

 ダンジョンアタックで、俺の装備は全損してしまった。

 ワータイガーや化け猫相手に体重差で苦戦したこともあって、自分を重くできる全身鎧と大盾を装備してたんだが、罠とゴーレムにフルボッコにされて粉々だ。

 ネタキャラのカンスト耐久力も、装備品にまでは適応されないのである。

 これもゲームとの差異だな。

 

「これを期に、もっと重い鎧が欲しい。大型のゴーレムには吹き飛ばされそうになったし、私にはまだまだ体重が足りない」

「そんなデカい果実二つもぶら下げといて、嫌味か……!」

「誰が胸の話をした」

 

 ミーシャも大分遠慮が無くなってきたな。

 成長期に成長できなくてやさぐれてるだけかもしれないが、まあ、軽口を叩けるほど仲良くなれたと思おう。

 

「とりあえず冒険者ギルドに行って、よさそうな武器屋と、教えを乞えそうなパーティーの情報をもらってこよう」

 

 そんなわけで、俺はやさぐれた思春期の娘を連れて、この町の冒険者ギルドに赴いた。

 そして、そこで見てしまった。

 

「ラウン。お前は、━━追放だ」

 

 なんか、お約束っぽい場面を。



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14 お約束っぽい何か

 どこの冒険者ギルドにも併設されている酒場の一角を、やたらとふんぞり返ってる感じで占領してる一団がいた。

 5人組のパーティーで、リーダーっぽい剣士が一人、盾を持った戦士が一人、魔法使いっぽい女が二人。

 そして、彼らの正面に立たされてる、気弱そうな中性的な少年が一人。

 

「え……?」

「聞こえなかったのか? お前は追放だって言ったんだ、ラウン」

 

 気弱そうな少年に、リーダーっぽい剣士が高圧的な態度でそう告げる。

 彼は少年にめっちゃ冷たい目を向けており、これから理不尽な言葉が飛び出してくると確信できるような状態だった。

 

「確かに、お前は優秀だ。マッピング、索敵、罠の発見、その対処、アイテム作り、炊事、洗濯、掃除、なんでもできる。

 そういう分野において、お前ほど優秀な奴は見たことがない」

 

 と思ったら、予想外に少年を褒め称える剣士。

 周りのメンバーも、うんうんと同意するようにうなずいてる。

 あれ?

 こいつら、もしかして良い奴らか?

 

「だが、お前の弱さだけは看過できない」

 

 しかし、そこで剣士の視線がもう一段階冷たくなった。

 少年はビクリと震え、他のメンバーは同情するような目を向ける。

 

「戦闘になるとお前は足手まといだ。力も弱い、足も遅い、魔法が使えるわけでもない。何よりの問題は、ピンチになると怯えて動けなくなる弱い心(チキンハート)だ。端的に言って、お前は冒険者に向いていない」

 

 あまりにも真っ当な言葉だった。

 追放される理由として、これ以上はないってくらいの真っ当な理由だった。

 少年は、ガーン! って感じで落ち込んでいるが、剣士に対する怒りは見えない。

 自覚してたのかもしれない。

 

「俺達もAランクになった。もうお前を庇いながら戦えるような領域じゃない。

 餞別は弾む。新しい仕事も探しておいてやる。絶対にお前はそっちの方が大成する。

 ……だから、お前はもう冒険者を引退して穏やかに暮らせ」

 

 しかも、アフターフォローまで完璧じゃねぇか。

 冷たい視線なんて俺の勘違いだった。

 多分、元々ああいう顔なんだ。

 人を見た目と第一印象で判断してはいけないというお手本のような奴なのだ。

 

「ッ……!」

「ラウン!?」

 

 だが、それでも少年には納得できない何かがあったようで、涙を浮かべながら、ギルドから走り去ってしまった。

 剣士以外のパーティー全員が、心配そうに彼の背中に手を伸ばす。

 めっちゃ良い奴らじゃねぇか。

 

「やめろ!!」

 

 そんな良い奴らを、リーダーっぽい剣士が一喝して止めた。

 

「わかってるだろう。これがあいつのためだ」

「で、でもよぉ、グラン……」

「くどい! 半端な優しさはあいつを苦しめるだけだ。本当にあいつのことを思うなら、傷つける覚悟を持て」

 

 そう言う剣士の拳は強く握りしめられ、爪が食い込んでポタポタと血が流れていた。

 顔は相変わらず絶対零度の表情だが、もう最高に良い奴にしか見えない。

 お友達になりたいタイプだ。

 

「行くぞ。とっととダンジョンを攻略して、この町を出る。……気の迷いが生まれる前にな」

「グラン……」

「グラン様……」

「くそっ!! 一番辛いはずのお前にそんなこと言われたら、何も言えねぇじゃねぇか!!」

 

 そうして、良い奴らはギルドを出ていった。

 人を見下したような絶対零度の視線の剣士。

 どう見ても半年前のホモどもの同類にしか見えない、悪人面の盾持ち。

 悪女っぽい雰囲気の魔法使いの女に、清楚系ビッチっぽい雰囲気の治癒術師っぽい少女。

 

 見た目はそんなんなのに、印象と内面が180度違う。

 うんこの見た目した極上カレーみたいな人達だ。

 今度会ったら、仲良くなりたい。

 

「先輩、何止まってんの? 行くわよ」

「あ、ああ」

 

 ミーシャに促されて、受付に行く。

 そこでとりあえず、うんこの見た目したカレー、じゃなくて、あの良い奴らのことを聞いてみた。

 

「ああ、あの方達は最近Aランクに上がったパーティー『グラウンド・ロード』ですよ。とっても仲が良かったんですけど……あんなことになって悲しいですね」

 

 おい、パーティー名。

 あのリーダーっぽい剣士と、追放された少年の名前が入ってるじゃねぇか。

 もう涙腺緩みそうだわ。

 けど、涙腺緩ませる前に、こっちの目的も果たさなくては。

 

「実は、私達は今、手伝いと引き換えにダンジョンでの戦い方を教えてくれそうなパーティーを探しているのだが、彼らに頼むことは可能だろうか?」

「え? う、うーん……難しいと思いますよ? 性格面では可能性ありますけど、本当に早くこの町を出たいみたいですし、そんな時間は取ってくれないと思います」

「そうか……」

 

 まあ、そう都合良くはいかないか。

 

「一応、打診があったことは伝えておきますね。それと、彼らに断られた場合に備えて、他の声をかけられそうなパーティーも探しておきます」

「助かる」

「いえいえ〜。初日でいきなりジャイアント・ゴーレムの素材を持ち帰った期待の方々ですしね。これくらいはお手伝いさせていただきますよ〜」

 

 ぽわっとした笑顔で、受付嬢は仕事を快諾してくれた。

 ここの受付嬢は、ゆるふわっぽい見た目だ。

 そして、最初の町で会った受付嬢と同じく、おっぱいが大きい。

 色んな意味で嬉しい。

 

「それと、装備の新調がしたいんだが、良い武器屋を知らないか? 鎧と盾の品揃えが良いと嬉しい」

「それなら、ガーロックさんのところがオススメですね。待っててください。今、簡単な地図を描きますから」

「何から何まで助かる」

 

 やっぱり、Cランクともなると、ギルドの対応も違うな。

 確か、Cランク冒険者は中堅。

 見習い(Eランク)バイト(Dランク)を経て、ようやく正社員になれた感じだ。

 バイトと正社員じゃ、そりゃ待遇も違ってくる。

 

 そうして、色々と便宜を図ってもらい、武器屋への地図をもらってからギルドの外へ。

 

「やはり、コツコツと実績を積み上げて正解だったな」

「いや、あの受付嬢、先輩の顔が好みなだけだと思うわよ」

「む」

 

 マジか。

 じゃあ、そのうちベッドにお呼ばれとかしないかな?

 あ、残留思念(ユリア)から断固として断るみたいな感情が伝わってきた。

 これに逆らうとロクなことがない。

 どうやら、巨乳美人とのキャッキャウフフの夢はモヤと消えたようだ。

 心の底から無念……!



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15 武器の依頼

 冒険者ギルドを出て、もしかしたらイケメンに弱いのかもしれない受付嬢に紹介された武器屋を訪れた。

 デカい店ってわけじゃないが、小綺麗でしっかりとした店構え。

 個人営業の美味い飲食店みたいな雰囲気がする。

 つまり、期待できるということだ。

 

 カランカラン、と音を鳴らすドアを空けて店内へ。

 すると、そこには妙な光景が広がっていた。

 

「「へ?」」

 

 俺とミーシャの声が重なる。

 店のカウンターには、熊のようにたくましい肉体を持つ男性が、机の上で両手を組んだ司令官のポーズで座り、凄まじい威圧感をまき散らしている。

 漫画だったら、ゴゴゴゴゴって擬音が発生してそうな感じだ。

 世紀末覇王みたいな、とてつもない覇気。

 思わず仲間に勧誘したくなるような『強者』のオーラ。 

 でも、よく見るとデフォルメされたクマさんの刺繍が入ったエプロンをつけており、それに気づくとミスマッチ感が凄い。

 

 そして、そんな世紀末エプロンの正面には、冷や汗を流した一人の少年が座っていた。

 15〜16歳くらいの、中性的な顔立ちの少年。

 気弱そうな顔をしており、可哀相に、エプロンの威圧感によって完全に萎縮していた。

 どこかで見た顔だなと思えば、さっきアフターフォロー完璧の追放をされた子だった。

 こんなところで何を……?

 

 いや、何をとは言うまい。

 この絵面を見れば、何が起こったのかを察するのは容易い。

 

「「万引きか(ね)」」

「違います!?」

 

 またしても俺とミーシャの声が重なり、少年は反射的に否定してきた。

 いや、だって、そうとしか見えねぇじゃん。

 自暴自棄になって万引きして、それがバレて怖い店員さんに捕まって、お説教中の非行少年の図だろこれ。

 

「万引きではない」

 

 すると、今度は世紀末エプロンの方が、ゴゴゴゴゴという擬音が発生してそうな雰囲気のまま、口を開いた。

 

「採用面接だ」

「「採用面接!?」」

 

 またしても俺とミーシャの声が重なる。

 いやいや、こんな威圧感に満ちた採用面接があってたまるか!?

 圧迫面接なんてレベルじゃねぇぞ!

 魔王軍の面接だって、もうちょっと優しいわ!

 いや、魔王軍に採用面接なんてないだろうけども!

 

「客か?」

「あ、ああ。鎧と盾を売ってもらいに来た」

「ならば、そちらが優先だな」

 

 世紀末エプロンが立ち上がる。

 うわ、立つと更に威圧感が膨れ上がった。

 身長高ぇ。

 女にしては長身の170センチくらいある(ユリア)が、首を酷使して見上げないといけない。

 2メートルは軽く超えてるだろう。

 横幅も、未来から来た殺戮マシン並みの筋肉で膨れ上がっていて、今にも「サイドチェスト!!」とか言い出して服が弾け飛びそうだ。

 なのに、エプロンの胸元に刺繍された、微妙にヘタクソなデフォルメされたクマのせいで、畏れればいいのか笑えばいいのかわからなくなって、脳が混乱する。

 

「可愛いだろう。娘が縫いつけてくれたものだ」

 

 どうやら娘さんの作品だったらしい。

 顔はニコリとも笑ってないし、ゴゴゴゴゴな威圧感も収まってないんだが、俺は確信した。

 この人も第一印象と内面が一致しないタイプだ。

 

「それで、所望の品は鎧と盾だったな。具体的にはどんなものがいい?」

「種類は全身鎧と大盾。できるだけ頑丈で、とにかく重いものを頼む。大型級の魔獣の攻撃でも吹き飛ばされない代物が欲しい」

「ふむ……」

 

 世紀末エプロンが俺の体をギロリと睨んできた。

 エロさなど微塵も感じない、ひねり殺すべき敵を見るよう目だ。

 十中八九誤解だとわかっているが、それでも、その眼光にミーシャなんかは震え上がってる。

 これ、最強のセキュリティだろ。

 

 やがて、世紀末エプロンは何かを見極めたようにうなずいて、店の奥に消えていった。

 そして、一本の黒い大剣を両手で持って戻ってきた。

 

「持ってみろ」

「いや、私が頼んだのは鎧と盾なんだが……」

「わかっている。お前がどの程度の重さを操れるのか、その確認だ」

「ああ、なるほど」

 

 そういうことならと、俺は大剣を片手でヒョイと持ち上げた。

 おお、結構重いな。

 この体になってから持ってきた武器は、どれもこれも小枝みたいに軽かったのに、これは修学旅行で行ったお土産屋の木刀くらいの重さに感じる。

 

「嘘!? 最重金属(グラビタイト)の大剣を、こんな簡単に!?」

「やるな。それは俺でも両腕でなければ持ち上がらないんだが」

「メスゴリラ」

 

 おい、最後(ミーシャ)

 お前、本当に遠慮が無くなってきたな。

 

「お前ならば、全身最重金属(グラビタイト)製の鎧を着ても動き回れるだろう。盾も含めれば、総重量は10トンを超える。下手な大型級の魔獣より遥かに重い。そうそうのことでは揺るがなくなる」

「10トン……」

「その大剣だけでも3トンはある。余裕だろう」

 

 マジか。

 この大剣、3トンもあったんか。

 そりゃ重いはずだよ。

 そりゃ、メスゴリラとか言われるはずだよ。

 というか、ゴリラでも3トンを持ち上げるのは無理だろう。

 比べたらゴリラに失礼だ。

 

「だが、その装備をつけて建物の二階などには上がらないことを勧める。絶対に床が抜けるからな」

 

 いや、それ絶対、一階でも床板とか踏み砕いちゃうだろ。

 それどころか石畳とかコンクリートでもヤバいだろ。

 何か対策でもあるんだろうか?

 あるんだろうな。

 これだけ自信満々なんだから。

 

「値段はどれくらいになる?」

最重金属(グラビタイト)の加工は面倒が多い。本来ならかなりの額になるが……半ばネタで作ったその剣を軽々持ち上げるという珍事を見せてくれた礼だ。安くしておく」

 

 珍事言うなし。

 ああ、でも、実際にこの剣をちゃんと武器として使える奴って、どれくらいいるんだ?

 今の俺の筋力は、ステータスの数値にして1500ちょっと。

 俺やミーシャみたいな特化型のネタ性能ではなく、バランス良くステータスを上げていった場合、戦士系のキャラがこの数値に到達するのは……大体レベル50くらいか。

 

 俺は木刀くらいの重さに感じたから、普通に大剣くらいの重さに感じて使いこなすとなれば、もう少し要求される数値は下がる。

 そうなると必要なレベルは……40くらい?

 パワー特化なら30でもいけるか?

 いや、でも将来を切望されるエリート騎士のユリアがレベル25だったんだから、この数値に到達できる奴ってほぼいないんじゃね?

 実際、ゲームでも仲間になった当初からレベル30や40を超えてたキャラなんて、人類最強と称されてた奴らを除けば殆どいないぞ。

 

 ああ、いや、そう考えると、この大剣は人類最強かそれに準ずるレベルなら扱えるのか。

 流れ込んできた記憶にあった、ユリアのお父さんとかは割と可能性あるかもしれん。

 レベル50くらいの勇者が、同レベルの仲間達+軍勢と一緒に挑んでようやくギリギリ倒せる凶虎を、短時間とはいえ単騎で足止めしてたし。

 ……改めて考えてみると、ヤバいなお父様。

 娘についた悪い虫どころか、娘さんの中に入った変な男とかいう、お父さんブチ切れ案件確定の俺としては、あの世とかでも絶対に会いたくない。

 120%くびり殺される。

 

「合わせて、500万ゴールドでどうだ?」

 

 と、俺の思考がお父さん問題に逸れてる間に、世紀末エプロンが見積もりを出してくれた。

 ふむ、500万ゴールドね。

 500万ゴールド…………500万ゴールド?

 

「高っ!? 払えるわけないじゃない! 私達、上がりたてのCランク冒険者よ!?」

 

 ミーシャが俺の言いたいことを代弁してくれた。

 ホントそれな!

 こちとら、ようやく実習期間を終えて就職したての新卒社会人みたいなもんやぞ!

 多少は貯金もあるけど、そんな大金は無い!

 

「む? そうなのか? お前の怪力といい、そっちの少女の明らかに上等な杖といい、Aランクには到達していると思ったが」

「……前職の経験が活きているだけだ。色々あって財産は殆ど失ってしまったから、本当に金はない」

「ふむ……」

 

 世紀末エプロンは考えるようにアゴに手を添えた。

 しかし、そんなに高いんじゃ、夢の専用装備はお預けだな。

 大人しく、前に買った鉄の鎧と盾あたりにしておこう。

 あれも総重量100キロは余裕で超えてるし、無いよりはずっと良い。

 

「ならば、素材を直接持ち込んでくるというのはどうだ? それなら更に安くなる。ついでに他の素材も持ってくれば買い取る。上手くすればお前達の予算でなんとかなるかもしれんぞ」

 

 と思ったら、世紀末エプロンがそんな提案をしてくれた。

 

「町の近くの山岳型ダンジョンの奥地には、貴重な鉱石が山のように眠っている。

 ゴーレムどもの守りを突破してそれを取ってこられれば、かなりの稼ぎになるぞ。お前達なら行けるだろう」

「むぅ……」

 

 一見、素晴らしい提案に聞こえる。

 これがよくあるラノベだったら「よっしゃ名案だ! 金策にレッツゴー! チート無双で余裕でした!」となるんだろうが、俺達はそうもいかない。

 だって……

 

「やめておこう。私達は既に、あのダンジョンに挑んで酷い目に遭っているからな」

「何?」

 

 そう。

 既に我がチート能力(ネタ)は、あのダンジョンに屈したのだ。

 死にかけながら敗走したんだから、奥地の貴重鉱石を取ってくるなんて夢のまた夢だ。

 

「信じられんな。それだけの力があって何故だ?」

「私達には、まともなダンジョン攻略の経験が無いんだ。敵はなんとかなっても、地形に阻まれて死にかけた」

「うっ……ごめんなさい。私が足を引っ張ったから……」

 

 ああ、ミーシャがしょんぼりしてしまった。

 

「お前のせいじゃない。むしろ、ミーシャはよくやってくれた。至らなかったのは私の方だ」

「先輩……」

 

 いや、ホントに責任の八割くらいは俺にある。

 ミーシャはマップも覚えてくれたし、罠の情報も、地形の情報も頭に叩き込んでくれていた。

 ちょっと実践する時にミスったし、ちょっと死にかけたりもしたが、あんな窮地に陥った最たる原因は彼女じゃない。

 

 失敗の最たる理由は、俺が自分の仕事であるミーシャの護衛という役割を果たせずに気絶させ、そんなミーシャを守りながら運ぶことに必死になって罠にハマり、落とし穴に落ちて道に迷ったことだ。

 この体のスペックをそこそこ使いこなせるようになってきたからって調子に乗って、できることとできないことの見極めを失敗した俺が悪い。

 

 だから、ミーシャよ。

 勝手に動いて、慰めるようにお前の頭を撫でてるこの手に騙されるな。

 お前は俺を殴っても許されるんだぞ。

 

「そういうわけだ。しばらくはダンジョンに慣れることを最優先しなくてはならない。奥地にまで足を運ぶのは無理だ。せっかく提案してくれたのにすまないが……」

「あ、あの!!」

 

 と、ここで若干空気になっていた追放少年が声を上げた。

 

「ダンジョンに不慣れということでしたら、僕があなた達にダンジョンのことを教えるというのはどうでしょうか!?」



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16 追放少年

「は?」

 

 俺達にダンジョンのことを教える?

 いきなり妙なこと言い出したぞ、この少年。

 

「何よそれ? それであんたに何の得があるの?」

 

 ミーシャが(いぶか)しげな目で追放少年のことを睨む。

 この子、一応はウィーク子爵家っていう、リベルオール王国の小さな貴族の家の出身らしいから、無償の善意ってやつはあんまり信じてないのだ。

 ユリアの記憶によると、やっぱりこの世界でも貴族社会ってのは打算で動いてるみたいだからな。

 ミーシャはユリアの『同胞を見捨てられなかった』みたいな納得できる理由がないと、なかなか懐いてくれない子なのだ。

 まあ、そんなのは貴族じゃなくたって、大抵の奴がそうだろうが。

 

「実は僕、ついさっきパーティーを追放されちゃったんです。才能ないから冒険者やめろって言われて……」

「知ってるわよ。見てたし」

「見られてましたか……」

「すまんな。偶然居合わせてしまったんだ」

 

 追放少年が、ずーん、って感じの重い空気を纏う。

 そこへゴゴゴゴゴ状態が未だに解除されていない世紀末エプロンがやってきて、彼の前にコトリとコップを置いた。

 匂いからして、多分中身はココアだ。

 威圧感に似合わぬチョイスと気づかい。

 追放少年は、ちょっと涙の混ざった声で「ありがとうございます」と言ってからココアに口をつけ、続きを話し始めた。

 

「グラン……仲間達の言い分はもっともです。僕はホントに取り柄がなくて、少しでも皆の役に立ちたくて色んなことに手を出したけど、全部が全部『あれば助かる』って程度の能力でしかない」

 

 追放少年の目がどんどん虚ろになっていく。

 世紀末エプロンがそっと背中を撫でた。

 威圧感に似合わぬ(以下略)。

 

「それでも今まではギリギリ僕の存在はプラスだった。けど、これからはAランクの依頼を受けるともなれば、僕がいることのメリットより、僕が皆の足を引っ張ってしまうデメリットの方が遥かに大きい」

 

 「わかってるんです」と、少年は続ける。

 

「僕は凄い冒険者になりたかった。それが僕の夢だった。その夢を未だに捨てられてない。

 でも、このまま夢にしがみついて、ズルズルと冒険者を続けてたら、近いうちに僕は確実に死ぬ。

 だから、グランは憎まれ役を買ってでも、バッサリと切り捨ててくれた」

 

 「本当に良い奴なんですよ」と語る少年の目には、大切な人を思う温かい光が宿っていた。

 なんだ、この綺麗な追放系は。

 ちょっと少年の目に愛情っぽい熱も宿ってるように見えるが、お前らホモかよと突っ込む気にもなれない。

 俺は何を見せられてるんだ。

 

「それで、あなた達にダンジョン攻略を教える理由ですけど……冒険者生活の最後に、僕が培ってきたものを、少しでも誰かに受け継いでもらいたいんです。

 そうすれば、僕の冒険者としての日々も無駄じゃなかったって思えて、未練を断ち切って引退することができるかもしれないから」

「……ふーん。まあ、そういう理由ならわからなくはないわね」

 

 追放少年の言い分に、ミーシャは一応納得の姿勢を見せた。

 次いで、俺に「どうする?」って感じの視線を向けてくる。

 

 正直、この提案は渡りに船だ。

 俺達はダンジョンのことをレクチャーしてくれる相手を探していた。

 その相手としてどこかのパーティーに狙いを定めてたわけだが、有用な指導が受けられるなら、何もパーティーに教わることにこだわらなくてもいい。

 

 そして、この追放少年は、あの絶対零度の良い奴が言っていたことが確かなら、戦闘以外はすこぶる優秀。

 曲がりなりにもAランクのパーティーに所属してたなら、ダンジョンに関する知識も豊富だろう。

 ミーシャが納得してるなら、俺にも断る理由はない。

 

「正直、こちらとしてはメリットしかない話だ。よろしくお願いしたいところだが……店主殿はそれで構わないのか? 採用面接中だったのだろう?」

「構わん。捨て犬のように徘徊するこいつを見ていられずに、俺が無理矢理家に上げて、採用面接という体で話を聞いていただけだからな」

 

 良い奴かよ。

 

「ガーロックさん……」

「だが、教えるということは、一日中ダンジョンに潜るわけではないのだろう? なら、空いた時間でバイト、いや手伝いから始めろ」

「……はい! ありがとうございます!」

 

 追放少年が世紀末エプロンに頭を下げる。

 どうやら話は纏まったようだ。

 

「では、改めてよろしく頼む」 

 

 そう言って、俺は追放少年に手を差し出す。

 彼は女との接触に慣れていないのか、ちょっと緊張した様子で俺の手を取った。

 

「は、はい。僕なんかがどこまでお役に立てるかわかりませんが、精一杯やらせていただきます」

「ああ、助かる。できる限りのお礼はしよう」

「そ、そんな! 僕の自己満足なんですから、お礼なんていいですよ! むしろ、あの剣を軽々と持ち上げるような未来の英雄候補に何かを託せるとか、お金払ってでもやりたいくらいなんですから!」

「いや、そういうわけにはいかないだろう。後でこじれないようにするためにも、この手の話はしっかりと纏めておくべきだ」

 

 最後の最後に意見の食い違いが起きたが、なんとも平和な論争だった。

 それと、追放少年と握手した瞬間、パーティーを組んだと認識されたのか、例のピコン! という音が久しぶりに聞こえてきたんだが……。

 

━━━

 

 ラウン Lv8

 

 HP 100/100

 MP 15/15

 

 筋力 20

 耐久 25

 知力 121

 俊敏 30

 

 スキル

 

『知力上昇:Lv10』

『索敵:Lv20』

『罠発見:Lv17』

『アイテム作成:Lv10』

『調合:Lv10』

『マッピング:Lv23』

 

━━━

 

 ああ、うん、その、なんというか。

 大変な失礼を承知で言わせてもらうと、確かに才能ないわこれ。

 

 ステータスは同レベルと比較しても最底辺も最底辺。

 ほぼ全てのステータスが魔法特化のミーシャにすら劣る。

 知力だけは俺より上だが、MPがバカみたいに低いので、たとえ魔導書で魔法を覚えられたとしても、ロクに使えないだろう。

 スキルは結構有用そうなのが揃ってるし、スキルレベルもかなり高いが、直接戦闘に関わるスキルは一つも無し。

 

 たとえ覚醒イベントが起きても、俺の勇者もどきの力で急成長できたとしても、平均に届くかすら怪しい。

 むしろ、この子を抱えてAランクまで登り詰めるとか、あの良い奴ら、すげぇな。

 俺もまたユリアの力とチートの力に頼ってるだけの凡人として、密かに彼に親近感を抱いた。

 

「自己紹介がまだだったな。私はユリア、こっちはミーシャだ」

「あ、はい。僕はラウンっていいます」

「そうか。よろしく頼むぞ、ラウン」

 

 最後、論争に決着がついた後、俺達は遅くなってしまった自己紹介をした。

 そうして、一時的に追放少年のラウンが仲間に加わった。



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17 ダンジョンリベンジ

「お、お待たせしました」

「遅い!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 今日から早速レッスンスタートということで、宿へ戻って装備を取ってきたラウンと合流。

 思ったより時間がかかったことでミーシャが不機嫌になり、ラウンはいきなり、ずーん、と落込み出した。

 そんなラウンの足を蹴り飛ばしながら「男ならシャキッとしなさい!」と喝を入れるミーシャ。

 果たして、この二人は相性が良いのか悪いのか。

 

 しかし、彼が思ったより遅く来た理由に関しては、すぐに察しがついた。

 

「凄い荷物だな」

「ええ。僕は弱いので、沢山のアイテムに頼らなきゃいけませんから」

 

 ラウンの背中には、巨大なバックパックが背負われていた。

 登山家が背負ってるあれみたいなやつだ。

 加えて、腰に巻いたベルトには、回復薬(ポーション)やら、謎の液体やら、謎の袋やら、謎の球やら、とにかく色々なものが装着されている。

 何に使うのかわからないものが多いが、準備に時間がかかりそうだということだけはわかる。

 ちなみに、これだけ色んなものがあるのに、まともな武器と言えるものは太ももにくくりつけられた短剣が一つだけ。

 

「あ、これはお守りみたいなものです。これを使ってもゴブリンとギリギリ勝負になるってレベルなので、直接戦闘は期待しないでください」

 

 ……才能って理不尽やね。

 涙がチョチョ切れそうだ。

 

「で、これは普通の回復薬(ポーション)で、こっちが……」

 

 次に、ラウンは自分の持つアイテムの説明を始めた。

 最初のうちは覚えられたんだが、バックパックの中身まで次から次へと取り出して説明され続けると、あまりのアイテムの多さに記憶力が追いつかない。

 お前はドラ○もんか!

 全部覚えられてる感じのミーシャは素直に凄い。

 俺には真似できん。

 

「さあ、それでは行きましょう。今日はマッピングのコツから教えます」

「ああ、よろしく頼む」

「よろしく」

 

 アイテムの説明も終わり(それだけで30分はかかった)、ようやくダンジョンへ向けて出発。

 まずは一つずつ確実にというラウン先生の方針により、今日はマッピングを徹底的に習う。

 

「大切なのは立ち寄った場所に何かしらの目印を残しておくことです。壁の傷とかはすぐに修復されてしまうので、マークを刻んだ杭とかを持参して刺しておくと効果的ですよ。似たようなことをしてるパーティーも多いので、彼らが残した目印を覚えておくのもいいでしょう。他には━━」

 

 先生の講義を、俺とミーシャは頑張ってメモに取り続ける。

 余さず己の糧にしなくてはならない。

 もう二度と、ミーシャを死ぬような目に遭わせないためにも。

 俺とユリアの両方が強くそう思ってたおかげで、お互いがお互いの集中力が緩んだタイミングで喝を入れるような形になり、自分でも意外なほどに勉強が捗った。

 

 しかし、そんな(ユリア)よりも遥かに凄いのはミーシャだろう。

 メモを取ってこそいるが、一度聞いたことはメモを見返すまでもなく、ちゃんと覚えて実践できている。

 さすが、知力がものを言う魔導学科の主席。

 脳筋は立つ瀬がないぜ。

 いや、まあ、それでも頑張るけども。

 この前みたいに、ミーシャが気絶でもしたら、俺が頑張らないといけないわけだし。

 

「お二人とも凄いですね。特にミーシャさんの学習速度はホントに凄いです。ワルビールさんなんて、何度教えても三秒で忘れてたのに……」

「ふふん!」

 

 ミーシャがドヤ顔で薄い胸を張った。

 可愛い可愛い。

 ちなみに、ワルビールさんというのは、彼のパーティーにいた悪人面の盾持ちのことらしい。

 見た目だけじゃなく名前まで悪者っぽいが、性格は男気にあふれた頼れる兄貴分なんだとか。

 ここまでくると、もう詐欺だろ。

 

「これなら、もうちょっと先のレッスンに進んでも大丈夫そ……」

「ヒィイイイイイッッ!?」

「た、助けてくれぇええええ!?」

「「「!?」」」

 

 先生が脳筋に対する死の呪文を唱えようとした瞬間、前方からそんな悲鳴が聞こえてきた。

 俺達は瞬時に顔を見合わせ、ユリアの視線がミーシャを射抜く。

 

 ユリアは割と正義感が強い上に、人を守ることが習慣になっている元騎士。

 おまけに魔獣に大切な人を皆殺しにされたこともあって、こういう時は基本的に助けに行くタイプの人種だ。

 さすがに自分達に余裕がない時は自重するが、今回はそんなことないので、当然行く。

 もちろん、俺は逆らえない。

 

 それがわかってるミーシャは何も言わず、俺の背中に飛びついた。

 ミーシャの足で走るより、俺の足で走った方が遥かに速いからだ。

 

「ラウン! 私達は助けに行くが、君はどうする!」

「え!? その、えっと……!?」

 

 ラウンがオロオロとし始めた。

 ああ、なるほど。

 これが彼の最大の弱点(チキンハート)か。

 

「何も言わないのなら、ミーシャと共に待っていてくれ」

「ちょっと、先輩!」

「悪い。後で必ず埋め合わせはする。それに、すぐに戻るつもりではあるから我慢してくれ」

「うっ……! その顔はズルい……!」

 

 俺もズルいとは思いつつも、イケメン特権でミーシャの目を見ながら言って、説得した。

 こんな上層で、しかも下手に動かず待ってるだけなら、ミーシャだけでも充分だ。

 この子は俺に守られなきゃ何もできないほど弱くはない。

 ラウンもいるし、大抵の奴はサーチ&デストロイで瞬殺だろう。

 

「だが、ついてくるのなら、私は全力で君を守る。どうする?」

「あ、う……」

 

 いきなりの決断を求められ、ラウンは迷った。

 迷って、戸惑って、目を泳がせて。

 だが、次の瞬間には何かが脳裏を過ぎったかのようにハッとした顔をして、勢い任せって感じで答えを出した。

 

「ぼ、僕も行きます!」

「よし! では、舌を噛むなよ!」

「わっ!?」

 

 俺は右腕でラウンを担ぎ、全力ダッシュで悲鳴の方へと向かう。

 彼は男にしては小柄な160センチくらいの身長なので、結構運びやすい。

 

 ちなみに、今の俺の格好は、世紀末エプロンこと店主のガーロックさんから格安で購入した中古の鎧姿だ。

 夢の専用装備を諦め切れず、どれだけ時間がかかるかわからないが、それまでの繋ぎということでこの装備を選んだ。

 ちゃんと鎧を着込んでるので、抱えた拍子に柔らかい感触に体が当たってラッキースケベという展開にはならない。

 残念だったな!

 

 そんなどうでもいいことを考える俺とは違い、ユリアの感覚は大真面目に先を急ぐ。

 

「! 20メートル先! 落とし穴があります!」

「助かる!」

 

 落とし穴があると言われた場所を、走り幅跳びで飛び越える。

 こんな感じで罠があればラウンが教えてくれるので、この半年でやっとこさ制御できるようになった最高速度を惜しみなく使えるのは良い。

 

 そうして、レベル99にしては遅すぎるものの、平均的なレベル40くらいはある速度で急行すれば、すぐに目的地に辿り着いた。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

 そこにいたのは何人かの冒険者達と、巨大な漆黒のゴーレム。

 このダンジョンにいる普通のゴーレムの大きさは2メートルくらいなんだが、あの黒ゴーレムは5メートルはある。

 前に倒した中ボスっぽい巨大ゴーレムと同等のサイズだ。

 上層にいていい奴じゃない気がするが……あの化け猫みたいなタイプなのかもしれない。

 

「ミーシャ、ラウン、離れろ!」

「了解!」

「へ?」

 

 俺はラウンを手放し、ミーシャは背中からキャストオフ。

 冒険者は体が資本ってことで、ミーシャにはこの半年間、走り込みを始めとした体力作りを頑張ってもらったんだが、その成果が見て取れる動きだった。

 ゲーム風に言えば、プレイヤーが好きに割り振れるレベルアップボーナスが、僅かに身体能力の強化に行ってる感じ。

 それでも、やっぱり魔法系ステータスに成長の九割以上を持っていかれてて、物理系ステータスは底辺を這ってるんだけどな……。

 まあ、やらないよりは遥かにマシだ。

 

 ちなみに、ラウンは着地に失敗して転んでた。

 すまんかった。

 

「ハァッ!!」

 

 俺はそんな二人を置き去りにして更に加速し、左腕に装備した中古の盾で、上から振り下ろされた黒ゴーレムの拳を受け止め、潰されそうになってた冒険者を守る。

 

「ッ!?」

 

 なんだ、このゴーレム!?

 攻撃、重ッ!?

 化け猫の一撃より重いぞ!?

 

 あまりの重さに一発で盾がヒビ割れ、砕けた。

 この威力……横から殴られてたら、間違いなく踏ん張れずに吹き飛ばされてた。

 踏ん張りが利く縦方向の攻撃で良かった。

 

「早く逃げろ!!」

「す、すまねぇ! 助かった!」

 

 潰されそうになっていた冒険者が、なんとか無事に逃げていく。

 他の冒険者も、彼より先に逃げている。

 これで、この場にいるのは俺達と、この黒ゴーレムだけだ。

 

「そ、そんな!? 最重金属(グラビタイト)製のゴーレム!? 奥地の魔獣が、なんでこんな入口付近に!?」

 

 ラウンが悲鳴のような声で、そんな説明をしてくれた。

 最重金属(グラビタイト)……あの大剣と同じ素材のゴーレムか。

 なるほど、道理で重いはずだ。

 2メートルくらいの大剣で3トンもあるんだから、この縦にも横にもデカいゴーレムの総重量は、いったい何十トンあるのやら。

 これで床が抜けないとか、ダンジョンは頑丈だ。

 

「に、逃げてください! そいつはAランクパーティー(グラン達)でも簡単には倒せなかった化け物です! 盾を失った状態で勝てる相手じゃない!」

 

 再び、ラウンの悲鳴のような声が響く。

 だが、逃げるつもりは毛頭ない。

 だって、そりゃそうだろ!

 

「ミーシャ! ラウンを守ってくれ! 私への助太刀は無用だ!」

「一応聞くけど、なんで?」

「お前が燃やしたら素材が歪む!」

 

 そう!

 俺の目の前には今、夢の専用装備の素材があるのだ!

 取りにいけるようになるまでには、かなりの時間が必要だと覚悟してたのに、こんなところでカモがネギしょってきたんだぞ!?

 拾った宝くじが一等当選するくらいの超絶ラッキー!

 こんなチャンス、逃してなるものか!

 

「まあ、そりゃそうなるわよね。ラウン、こっち来なさい。万が一の時は一緒に戦うわよ」

「ま、待ってください!? まさか、ユリアさん一人で戦う気ですか!? いくらなんでも無茶ですよ!!」

「無茶じゃないわ。現に今も盾を失った状態で、あいつの拳を()()()()()()じゃない」

 

 ミーシャのその言葉で、ハッとしたようにラウンが息を飲む気配が伝わってきた。

 なんとなく、俺の背中に驚愕の視線が突き刺さってるのを感じる。

 

「よく見ておくといいわ。あんたの冒険者としての経験を受け継ぐのは、━━私の最高火力でも傷一つつかない、正真正銘の化け物よ」

 

 その通りだが、堂々と化け物呼ばわりしてくるとは、ホントに遠慮が無くなってきたな!

 そんなことを思いながら、俺は黒ゴーレムの拳を押し返した。



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18 最重金属の巨人

「━━━━━━━」

 

 拳を押し返された黒ゴーレムは、無機物らしく何の感慨も見せず、自動的って感じで次の攻撃を繰り出してきた。

 上から押し潰すような左拳。

 さっき俺が防いだのと、ほぼ同じ攻撃。

 

 素材が良くても、デカくても、やっぱりゴーレムはゴーレムか。

 こいつらは決まった動作をなぞるロボットみたいにしか動けない。

 たまに例外がいるらしいが、多分こいつは型通りタイプだろう。

 

 今回は守るべき相手が近くにいるわけでもないので、素直に後ろに下がって避ける。

 せっかくのカンスト耐久力がもったいない気もするが、ゴーレムの攻撃って重い代わりに遅いから、避けた方が楽なことも多々あるのだ。

 

「ハッ!」

 

 そして、後ろに下がった空いた距離を助走距離に使って、加速!

 制御できるようになった最高速度を拳に乗せて、黒ゴーレムの胸部を殴りつける!

 

 ゴォォン! というデカい音が響き渡ったが、黒ゴーレムは無傷。

 体勢すら欠片も崩れていない。

 チッ!

 これじゃダメか!

 

 相変わらず、自分の攻撃力の低さにはうんざりする。

 この世界に来てからの半年ちょっとで俺も少しは成長し、最近ちょっとアップグレードしたようなユリアの感覚も相まって、大分鋭い攻撃ができるようになってきたんだが、それでも、こういう耐久力のある奴相手には全然足りない。

 

 記憶の中のユリアとか同僚の騎士達とかは、必殺スキルを使わなくても、もっと筋力以上の攻撃ができてたような気がするんだがなぁ。

 やっぱり武器スキルの有無か、それとも武器の質か。

 

 武器スキルはもうどうにもならないとしても、そろそろ武器くらいはまともなのを持つべきかもしれない。

 下級冒険者のお給料で買えるような剣は、この馬鹿力で振るうと数回で砕け散るって理由で、最近は拳や盾でぶん殴るスタイルが板についてしまったが、お金が貯まったら絶対に良い剣を買おう。

 ユリアは剣術もめっちゃ頑張ってたんだから、その腕が死蔵されるとか、哀れにもほどがある。

 

「せい!!」

 

 そんなことを思いながら、俺は黒ゴーレムが拳を空振って上体が泳いだタイミングで、全マッスルを使って奴の足を払った。

 どんなに重い奴でも、バランスが崩れた瞬間なら倒せる。

 柔道をかじってた親父の言葉だ。

 なんかカッコ良かったから耳に残ってたんだが、ホント無駄な経験ってやつはないな。

 

「ハァアアアアアッ!!」

 

 そして、俺は倒れた黒ゴーレムの胸に飛び乗る。

 その胸に思いっきり腕を突き刺し、強引に左右に引きちぎる!

 パンチは重さが足りなくて効かなかったが、こうして直接掴んでしまえば重さは関係ない。

 あとは純粋な馬力がものを言う。

 ぶっちゃけ、守るべき仲間と一緒に戦うんじゃなければ、俺は組みついての絞め技が一番強いまであるからな。

 その証拠に、黒ゴーレムの胸部が、ピシリ、ピシリ、という音を立てて、どんどんヒビ割れていく。

 

「━━━━━━━━━」

 

 黒ゴーレムが抵抗するように、胸の上の俺を何度も何度もぶっ叩いてくるが、効かぬ!

 こちとら防御力だけは世界最強の自信があるんだよ!

 おら!

 大人しく俺の装備(もの)になりやがれ!

 

「ふんッ!!」

 

 必☆殺!!

 女騎士マッスルブレイク!!

 俺の腕がゴーレムの胸部をぶっ壊してご開帳させ、胸の奥にあるゴーレムの弱点、核である魔石を露出させる。

 

 そして、最後にむき出しの弱点に向けてパンチを一発。

 心臓部を破壊されたことによって、ゴーレムは糸の切れた人形のように機能停止した。

 

 攻撃の重さには驚いたが、終わってみれば大して強くなかったな。

 攻撃力と防御力は凄いが、動きは単純で遅かった。

 Cランク以下には脅威かもしれないが、Bランク以上なら勝てなくても負けはしない相手だったと思う。

 

 多分、チャラ男でもどうにかなっただろうな。

 攻撃力不足で勝てないが、黒ゴーレムの攻撃もチャラ男には当たらなかったはずだ。

 Aランクパーティーが苦戦したっていうのも、あくまでも攻撃力不足で倒すのに時間がかかったってだけの話だろう。

 正直、化け猫の方がよっぽど強い。

 

「よし。終わったぞ!」

 

 チャラ男を思い出したので、あの時の反省を踏まえ、ちゃんと黒ゴーレムが死んでる(壊れてる?)ことを指差し確認してから、ミーシャとラウンの方に振り返る。

 ミーシャは慣れたように「お疲れ様」と言って、普通のゴーレムであれば一番高く売れる魔石の回収を始め。

 ラウンはアゴが外れたような顔で絶句していた。

 

「ユ、ユリアさん、大丈夫なんですか……?」

「ああ。私は頑丈さにだけは自信がある。せっかく買ったばかりの鎧はボロボロだが、体は無傷だ」

「え? 化け物?」

「一応人間だ」

 

 この戦い方を見た奴は、必ずそんな反応になるな。

 いや、わかるけれども。

 俺だって目の前にこんなのがいたら、腰を抜かして命乞いする自信があるし。

 

「魔石の回収終わったわよ。やっぱり、凄かったのは材質だけで、中身はこの前のジャイアント・ゴーレムと変わらないわね。サイズは大きいけど、純度が低いから杖には使えないわ」

「そうか。ありがとう」

 

 ミーシャが回収した魔石の欠片を詰めたと思われる袋を片手に、そんな報告をしてきた。

 特定の場所や特定の魔獣の体内から取れる魔石には色々と使い道があるみたいなんだが、一番わかりやすいのが魔法使いの杖の素材にすることだ。

 

 加工法によっては、魔石は魔法の威力を跳ね上げる発射装置に生まれ変わる。

 ミーシャの魔法がステータス以上の威力を誇ってる理由の一つも、学園時代の恩師にもらったっていう、かなり高品質な赤い魔石を使った杖のおかげだからな。

 そう考えれば、いかに武器が重要なのかがわかる。

 やっぱり、近いうちに良い剣も買おう。

 だが、今はその前に……

 

「ラウン、悪いが、今日の授業はここまでにして帰還してもいいか? 早くこれをガーロック殿に届けたい」

「……凄い嬉しそうな顔ね。先輩のそんな顔、初めて見たわ」

 

 なんかミーシャが微妙そうな顔してる。

 そんな顔しなくてもええやん。

 クール系(笑)にだって、はっちゃけたい時はあるんやで。

 

「あ、えっと、き、帰還ですね。わかりました。こんな異常事態が起きた以上、ダンジョンにい続けるのも危険ですし……って、ええ!? それ丸ごと持って帰るんですか!?」

「もちろんだ。できれば余剰分で加工費まで(まかな)いたい」

 

 黒ゴーレムの足を持って引きずる。

 くっ……! やっぱり、かなり重いな。

 自分達が若干勝ってる時の綱引きくらい重く感じる。

 これを地上まで運ぶとか、この体じゃなかったら確実に体力が切れるだろう。

 だが、ただでさえ体力のあるユリアの体に、『状態異常耐性:Lv99』による疲労への耐性まであるんだ。

 根性さえあればやれるはず。

 ぬぉおおお!!

 頑張れ俺!! 頑張れぇ!!

 

 そうして少しずつ、少しずつ、二人の歩くスピードと同じくらいの速度で黒ゴーレムを引きずっていく。

 ラウンは最初、引きつった顔で冷や汗を流していたが、平然としてるミーシャを見てるうちに慣れたのか、索敵と罠探しに集中してくれた。

 

 というか、ラウンがいるだけで道中の安心感が段違いな件。

 ラウンは色んなことが高水準でできて当然の『まとも』な高ランクパーティーではお荷物かもしれないが、特化型二人のキワモノパーティーである俺達にとっては、割れ鍋に綴じ蓋なのでは?

 

 一時的な教師じゃなくて、ちゃんとパーティーを組んでくれるように頼んでみるか?

 いや、でも、それだとあの良い奴らの心遣いを無為にすることになるよな。

 俺達と組んだからって、ラウンが劇的に活躍できるとは限らない。

 むしろ、守るべき対象が二人になったら俺がポカをやらかして、死なせてしまう未来だって見える。

 

 迂闊なことは言えない。

 ミーシャとも相談して、しっかりと審議した上で決めよう。

 

「でも、ホントに、なんでグラビタイト・ゴーレムが上層に……」

 

 地上への帰還が成功した時、ふとラウンがそんな呟きをもらした。

 なんかフラグっぽいセリフだなとは思いつつも、化け猫の一件を経験した俺とミーシャは、まあ、そういうこともあるだろうと思ってスルーしてしまった。

 

 

 これが本当にフラグだったと気づいたのは、しばらくしてからのこと。

 気づいた時、曲がりなりにも長年冒険者をやってきたベテランの勘は侮っちゃいけないのだと、俺達は思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

 ギガントロックの町近くのダンジョン。

 その最深部にて、(うごめ)く影があった。

 ピエロのような姿をした一人の男が、何かを弄りながら鼻唄を歌っている。

 

「よしよし。やっぱり、こいつ(・・・)は私の技術と相性が良い。あの黒いゴーレムも問題無く操れた。

 前回の『猫』を始め、今までのダンジョンは理想とはほど遠い結果にばかりなってしまいましたが、今度という今度こそいけそうで嬉しいですねぇ!」

 

 ピエロは興奮しながら作業の手を進める。

 自分達が生まれ持った使命を達成するために。

 己の存在意義を証明するために、作業の手を進める。

 

「さぁて、もう一頑張りしますかねぇ。全ては、━━魔王様のために〜♪」

 

 全ての元凶と、異端の女騎士の邂逅は近い。



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19 勧誘会議

「凄いものを持ってきたな。あれなら対価としては充分だ。早速、お前の装備の製作に取りかかる。楽しみにしていろ」

「ああ! よろしく頼む!」

 

 黒ゴーレムを世紀末エプロンの家に運び終われば、彼は装備の制作を快諾してくれた。

 俺もユリアもテンションを上げながら、夢の専用装備の完成を待つ。

 

 デザインや性能には俺も口を出した。

 まずは理想を告げて、世紀末エプロンに現実的な視点からダメ出しされ、それならばと代案を出して、オタク談義のように盛り上がりながら徹夜で議論を重ねた。

 

 あの世紀末エプロンは、常時効果音を鳴らし続けてるだけあって、カッコ良さというものをわかってる。

 厨ニ的センスの波長が合う人との談義は楽しい。

 ユリアもわりとこういうのが好きなのか、残留思念からワクワクとした感情が伝わってきて大変微笑ましい。

 傍で見ていたミーシャがむくれるほど、俺達は自分達だけの世界に入りこみ、デザイン案が決まった時には固い握手を交わした。

 

 そんな力作の完成予定日は、2週間後だそうだ。

 できたら即行で取りにいくべし。

 

 専用装備の方はそんな感じとして、ラウンによる教育も大分進んできた。

 マッピングの講義は三日かけて終了。

 次に罠の発見方法を習い始め、それから四日が経過。

 着々と知識が積み上がってきている。

 

 まあ、あくまでも、どうにか先達の知恵を頭に詰め込んでるってだけで、ちゃんと実践できるかは別問題なんだがな。

 ミーシャも教わったことがスキルとして発現する領域には到達していないし。

 俺? 言わずもがなだろ。

 

 ゲームにおいてのスキルは、魔導書を使うか、イベントを経るか、キャラが一定のレベルに達したら自動で覚えるものだったんだが、現実では恐らく、地道な積み重ねの果てに、肉体なり魂なりに刻み込まれる感じだと思う。

 ミーシャがレベルアップの瞬間ではなく、なんでもない日頃の鍛錬の最中に新スキルを獲得したことがあったから、多分間違いない。

 

 しかも、ちょっとやそっとの努力じゃ、技能はスキルにまで至らないと思われる。

 ミーシャがこの半年で新しく得たスキルは『MP増強』と『MP自動回復』。

 学園時代から魔法を使いまくってるはずのミーシャが、敵を倒しまくらなきゃいけない冒険者生活で更に魔法を酷使して、ようやくそれらのスキルがレベル1で発現。

 体作りのために結構ハードなトレーニングをやってもらってるのに、そっちはスキルの獲得どころか、ステータスが雀の涙ほどに微増って結果だ。

 なお、俺も脳トレを頑張ってるんだが、知力のステータスはまっっったく上がっていない。

 

 どれだけスキル獲得までの道が遠いのかよくわかる。

 ゆえに、そんなスキルが発現するほどに頑張ったラウンに、一朝一夕の努力で近づけるわけがないのだ。

 こればっかりは年季の差だろう。

 俺達がその域に到達するには、地道に年単位の努力を積み重ねていくしかない。

 

 一応、その道筋を短縮する手段もあるんだが……。

 

「では、会議を始める。議題はラウンを勧誘するかどうかについてだ」

「……はーい」

 

 ……なんか、ミーシャの返事がテンション低いな。

 いや、どっちかっていうと不機嫌な感じか?

 そういえば、この議題を最初に話した時から、ミーシャは若干ご機嫌斜めだったような……。

 

「不服そうだな。ミーシャはラウンが嫌いか?」

「別にそういうわけじゃないわよ」

 

 違うらしい。

 この半年で少しはミーシャの顔色を伺えるようになったからわかるが、これは本当にラウン自体には何も思ってない感じの顔だ。

 多分な。

 

「ただ、二人旅じゃなくなると思うとちょっと寂し……」

「ほほう」

「ハッ!?」

 

 ミーシャは自分が何を口走ったのか一瞬わかっていなかったようで、実に面白いセリフを聞かされてニヤニヤとしてしまった俺の顔を見て、ようやくハッとなった。

 しかし、もう遅い。

 俺とユリアの感覚が重なる。

 二人分の感情で口角が吊り上がっていく。

 

「そうかそうか。私と二人きりじゃなくなるのが寂しかったのか。すまなかったな。お前の気持ちを蔑ろにしていた」

「違っ!? 今のはちょっと口が滑っただけで……って、抱きつくな! 押しつけるな!」

 

 ユリアが体を勝手に動かして、小柄なミーシャをすっぽりと包み込むように抱きしめた。

 最初の頃こそ、中身がバレた時のことを思って恐怖に震えたものだが、こいつらは結構スキンシップが激しいので、もう慣れた。

 ミーシャは腕の中でワーワーニャーニャー言ってるが、バカめ!

 お前の細腕で、この怪力ゴリラから逃げられるわけがあるまい!

 

「よしよし。寂しかったな。安心しろ。三人になっても、ちゃんとこうして甘えさせてやるからな」

「やーめーろー!!」

 

 ユリアは妹を愛でるように、俺は猫を可愛がるような感覚で、ミーシャの頭を撫で撫でする。

 こいつ、ホントに可愛いな。

 性的な意味ではピクリともしないが、妹的な存在や、愛玩動物的な存在って意味ではドストライクだ。

 

 今のミーシャは、さながら家に新しい猫が来て、飼い主がそっちにばっかり構うのが気に入らない先住猫っぽい感じがする。

 思い返せば、最近は専用装備や世紀末エプロンにも浮気してた。

 だから、寂しくなってご機嫌斜めになってたのかもしれん。

 何それ、可愛い。

 クソ生意気なウチの妹様とは大違いだ。

 このイケメンユリアボディで、もっと撫で撫でしてやろう。

 

「い い 加 減 に し ろ ー !!」

「あ……」

 

 ミーシャは上手いこと体をひねって、俺の腕から脱出してしまった。

 体の使い方が上手くなりやがった。

 体作りの成果が出てやがる。

 

 そして、ミーシャは部屋の隅にまで逃げて、「フシャーッ!」って感じで威嚇しながら、こっちを睨んでくる。

 俺とユリアはダブルでしょんぼり。

 構いすぎには、くれぐれも注意ってことか。

 

「悪かった。からかいすぎたな。もうしないから、こっちにおいで」

「うー……」

 

 唸りながらも、素直に戻ってくるミーシャ。

 お前、そういうとこだぞ。

 構いたくなってまうやろ。

 だが、ユリアの騎士として約束は守るというスタンスに引っ張られ、俺もそれ以上構うのは自重した。

 

「コホン。さて、話を戻そう。ラウンを勧誘するかどうかだ」

「別にいいんじゃないの」

 

 ミーシャは寂しさが解消されたからか、サラッと賛成意見を口にした。

 

「学びを力に変えるのには時間がかかる。私達があいつと同じことができるようになるまでには何年もかかるわ。だったら、既に仕事ができてる人材を勧誘するのは何も間違ってないもの」

 

 まあ、能力面だけを見たらそうなるだろうな。

 ラウンは有能だ。

 罠は数十メートル先から見つけるし、敵の接近にも(ユリア)の何倍も早く気づく。

 この一週間、多くの罠を実地で体験するためってことで、結構深い階層にまで潜ったが、危険そうな要素をラウンが即座に発見するもんだから、ヒヤリとする場面すら一度もなかった。

 ラウンの最大の弱点であるチキンハートが発動するというピンチに、そもそも陥らない。

 

 加えて、あいつはかゆいところに手が届く。

 ミーシャが魔力(MP)を消費してきたら、本人が訴える前に魔力回復薬(マジック・ポーション)を差し出すなんて当たり前。

 この魔力回復薬一つとっても、冒険者には魔法使いがあんまりいないから、需要が少なくて手に入りづらいってのに、まさかのラウンの手作りだ。

 あいつ、『調合』のスキル持ってるからな。

 本人は「本職の人に比べたら全然ですよ」って言ってるし、実際そうなんだが、あれがあるのと無いのとじゃ大違いだ。

 

 他にも、彼は俺達の苦手分野を補ってくれる。

 特化型の宿命なのか、俺達は得意な状況にはとことん強いんだが、苦手なシチュエーションというものも数多い。

 

 例えば不意打ち。

 俺ではなくミーシャを狙われて、俺がそれに気づけないと防御力皆無のミーシャは死ぬ。

 ユリアの感覚は鋭いが、別に索敵特化ってわけじゃないんだから、当然完璧にはほど遠い。

 今まではピッタリくっつくような位置で守ることで対策してきたが、それは対策というより苦肉の策だ。

 

 そこでラウンの登場。

 テレレレッテレー、『索敵:Lv20』〜!

 これがあれば突然のアンブッシュにも安心。

 さすがに隠密特化の魔獣とかは、すぐ近くにくるまで察知できないらしいが、今まではゴブリンの不意打ちにすらビビってた身としては、ありがたいことこの上ない。

 

 例えば、数で囲まれるのとかも地味にキツい。

 俺は硬いが手の届く範囲は狭く、多方面から押し寄せられると、全部は防ぎ切れない。

 今のところは、ミーシャを背中に乗せて俺の機動力で振り切ったり、ミーシャの『火炎壁(ファイアウォール)』で全方位防御したりしてるが、化け猫みたいに速くて重い奴が敵に一体でもいればミーシャを乗せた状態だと危ないし、そういう奴らが炎の壁を突き破ってきたら相当厳しい。

 

 そこでラウンの登場。

 テレレレッテレー、『誘導薬』&『状態異常詰め合わせセット』〜!

 誘導薬は、ぶちまけた対象に魔獣の注意を誘導する薬品だ。

 敵にぶっかければ軽い仲間割れが発生するし、俺にぶちまければ盾役としての能力が大きく向上する。

 

 というか、これ実質、必殺スキルの『敵意集中(ヘイト・コレクト)』じゃねぇか!

 敵の攻撃を自分に集中させる、ゲームだと盾役にとって必須だったスキルの一つ。

 欠点としては、スキルと同じで知性のある相手(人間とか)には効かないこと。

 あと、スキルと違って相手の魔獣の種類によって薬品の調合を変えないといけない点らしいが、あいつは元Aランクパーティーの一員として、さまざまな魔獣と出会ってきたので、大抵の相手に効く調合を覚えてるそうだ。

 

 状態異常詰め合わせセットに関しては、読んで字のごとく。

 基本的に粉末状にして煙玉みたいなものの中に入れており、炸裂させて相手に粉末を浴びせれば、特定の状態異常を引き起こす。

 持続時間が僅かな上に、高位の魔獣には大して効かないそうだが、ザコの群れは少しでも時間を稼げればミーシャの魔法で焼き払えるし、高位の魔獣は俺が突貫すればどうにかなる。

 

 生物じゃないゴーレムには毒や麻痺みたいなメジャーな状態異常は効かないから、ここのダンジョンではあんまり使えないって言ってたくせに、それでも『錯乱』だの『目潰し』だのといったマイナーな状態異常だけで充分以上に役に立ってる。

 というか、ゴーレムの錯乱状態とか目潰し状態ってなんだよ。

 あいつら錯乱するような精神も無ければ、潰されるような目も耳も鼻も無いだろうが。

 でも、実際になってるんだから何も言えねぇ。

 

 そんなわけのわからないアイテムの他にも、ラウンはいくつもの手札を持ってる。

 どれもこれも素材を揃えたり調合したりする手間を考えれば、決して費用対効果が高いとは言えない。

 一人一人が高水準に色々とできるパーティーなら、もっと効率的な手段が山ほどあるだろうし、メリットよりも身体能力絶無のラウンを守り続けるデメリットの方が遥かに大きいだろう。

 だが、特定条件下においては守る能力がカンストしてる俺がいて、なおかつ、できないことが多い俺達にとってはピンポイントに欲しい人材だ。

 

 ミーシャは、あいつと同じことができるようになるまでに何年もかかると言ったが、正直、俺は十年かけてもラウンと同じことができる自信がない。 

 最低限、必要なことだけを習得するって意味なら、ミーシャなら確かに数年でいけるかもしれない。

 だが、ラウンがいれば『最低限』ではなく『最高限』になるのだ。

 この差は、あまりにも大きい。

 

 と、まあ、これがラウンを勧誘することのメリット。

 そして当然、何事にもメリットがあればデメリットもまた存在する。

 

「だが、私の守りも完璧ではない。硬くはあるが穴だらけだ。守る対象がお前一人ならともかく、二人となれば確実に守れる保証はない」

 

 これが最大の問題点。

 俺も成長し、ユリアの感覚もアップグレードされたとはいえ、まだまだ本来のユリアだった頃の技量にはほど遠い。

 そんな状態で護衛対象が二人になったら、ポカをやらかす可能性は大いにある。

 そして、ミーシャもラウンも、ほぼほぼ防御力が皆無に等しい以上、ポカ=死だ。

 責任重大すぎて吐くわ。

 

「それが何? 先輩が完璧じゃないことくらいよく知ってるわよ。ヒヤッとする場面が数え切れないくらいあったもの」

 

 しかし、ミーシャは俺の心配を笑い飛ばした。

 

「けど、完璧じゃないから仲間を求めたんでしょ? だったら、守りも先輩一人じゃなくて、全員でやればいいじゃない。先輩が抜かれても、私の魔法で撃ち落としてやるわよ」

 

 ミーシャが薄い胸を叩きながら、そんなことを言う。

 ……確かに、最近のミーシャの防御力は、決して低いとは言えない。

 いや、一発直撃を食らったらアウトなのは変わらないんだが、避けたり敵の攻撃を魔法で迎撃するのが上手くなった。

 

「そこにラウンの索敵による早期警戒、アイテムによる補助が加われば、もっと堅固になるわ。

 自分の防御が穴だらけだって自覚してるなら、チームプレイでそれを塞げばいいじゃない。先輩は一人じゃないんだから」

「!」

 

 一人じゃない、か。

 そうだな。そうだった。

 自分の口から出た言葉を、うっかり忘れていた。

 いくら防御力がカンストしてるからって、自分一人で防御を担ってるつもりになっていたとは、自惚れもいいところだった。

 

「お前の言う通りだな。ありがとう、ミーシャ。おかげで大切なことに気づけた気がする」

「ちょ、だから頭を撫でるなぁ!」

 

 またミーシャが「フシャーッ!」と唸ってしまった。

 しまった。ついうっかり。

 

「コホン。では、私達としてはラウンを勧誘する方向で動きたい。それで構わないか?」

「ふん! それでいいわよ」

 

 プイッとそっぽを向きながらも、ちゃんと返事をしてくれるミーシャ。

 ウチの妹だったら、ゴミを見る目を向けてきた後、無言で立ち去ってるところだろうな。

 やっぱ、こいつ可愛いわ。

 

「しかし、ラウン本人の気持ちはどうしたものか……」

 

 あいつは俺達に教え終わったら引退するつもりでいる。

 その後は今もやってる世紀末エプロンの手伝いを含め、色んなところのバイトをかけ持ちしながら、冒険者に代わる何かを探すつもりだそうだ。

 そこへこんな話を持っていって、あいつを迷わせるというのもいかがなものか。

 

「そんなの本人に決めさせればいいじゃない。最終的に選ぶのは自分なんだから、そこまで先輩が気づかってやる必要はないわ」

「そういうものだろうか……」

「そういうもんよ。あれでも男なんだから、自分の道くらい自分で決められるわよ」

 

 結局、俺はミーシャのその言葉を信じ、とりあえずラウンに話だけでもしてみることを決めた。



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20 勧誘の行方

「えぇ!? ぼ、僕が、正式にお二人の仲間にですか!?」

「ああ。君はとても頼りになると判断して、誘わせてもらった」

 

 翌日。

 今日も授業のために冒険者ギルドに集合した時、勧誘の話を持ちかけてみれば、ラウンは案の定、驚愕した。

 オロオロとした様子になり、そしてすぐに顔を伏せる。

 

「凄く嬉しいお話ですが……僕には無理ですよ。お二人は本当に凄いです。実績が足りないだけで、実力的には間違いなくAランクはある。下手したらSランクに届くかもしれない。僕なんかじゃ足手まといもいいところだ」

 

 自嘲するような、諦めたような目でそう語るラウン。

 それを見て、ミーシャが不快そうに顔を歪めた。

 この子は結構な努力の子なので、諦めという言葉が大嫌いなのだ。

 諦めが悪くなければ、四大魔獣の討伐なんて目標を本気で掲げたりはしない。

 

「ラウン。これはあくまでもお願いに過ぎない。だから、断られるのであれば、素直に君の気持ちを尊重して諦めよう。だが、一つだけ訂正させてくれ」

 

 俺はどんよりとした目のラウンに向けて、語った。

 

「私達はそんなに凄くないぞ。確かに一芸であればかなりの域に達していると自負しているが、それ以外の分野はてんでダメ。Sランクどころか、Aランクすら夢のまた夢だ」

「は?」

 

 ラウンは「何言ってんだ、こいつ」みたいな目で俺を見た。

 その気持ちもわかる。

 黒ゴーレムとの戦いを始め、俺達はこいつの前では無双に等しい活躍を見せつけてきた。

 しかし、それは種明かしをしてみれば簡単な手品みたいな現象に過ぎない。

 

「普段の私達の様子を知っているか? ダンジョンではないそこらの森や山ですら、ヒヤリとした回数は数知れないんだぞ。

 探索は未熟。索敵や野営の技術は最低限。不意打ちにも弱いし、数で囲まれるのもキツい。

 そのくせ、ミーシャは耐久力が皆無だから、盾役の私が不甲斐ないことをして、軽い攻撃が一発でも急所に入れば終わってしまう」

 

 自分の弱点を指摘されて、ミーシャがふくれっ面になった。

 悪いな。

 だが、パーティーに誘うなら、自分の弱点を隠してはいけない。

 隠したらフォローができなくなる。

 つまり、俺も弱点を曝け出さなきゃならんというわけだ。

 

「私とて戦士としても盾役としても未熟だ。筋力はあるが、それを十全に活かせる技術を失った。

 強敵相手には、この前のグラビタイト・ゴーレムのような、よほど相性の良い相手でもない限り、ミーシャの火力に頼らなければロクにダメージを与えられない」

「あの馬鹿力で!?」

「その馬鹿力でもだ。盾役としても完璧にはほど遠い。一対一の真っ向勝負ならともかく、多くの敵と対峙すれば毎回危なっかしいことになる。

 不意打ちにギリギリまで気づかないこともよくあるし、罠にもよく引っかかる。

 実際、初のダンジョンアタックはそれで失敗した」

 

 「ゆえに」と、俺は言葉を続ける。

 

「君の目に私達が凄い存在として映ったのなら、それは君が私達の弱点を上手く補ってくれたからだ」

「!?」

「間違いなくAランク、下手したらSランクに手が届くだったか? つまり、君がいれば私達はそこまで飛躍できる。私達が君を誘う理由としては充分すぎるだろう?」

 

 そこまで聞いて、ラウンは口をパクパクとさせた。

 信じられないって感じの顔だ。

 だが、間違いなく揺れてるようにも見える。

 手応えありだ。

 このまま押し切る!

 

「で、でも、僕じゃなくても、もっと凄い人を勧誘すればいいだけの話ですし……」

「いや、その可能性は低い。物事には相性というものがある。ラウン、『割れ鍋に綴じ蓋』という言葉を知っているか?」

「い、いえ……」

「割れたり欠けたりして破損した鍋は、普通に考えれば不良品だ。

 穴の無い閉じた蓋もまた、鍋の中を熱気を逃がせない不良品だ。

 だが二つ揃えば、鍋の欠けた部分を本来の穴の代わりとして『まとも』に使うことができるようになる」

 

 こういう(ことわざ)はこの世界には無い、というわけでもない。

 歴代の勇者あたりが広めたのか、意外と日本の言葉はそこらにあふれている。

 ただ、マイナーな諺は、この世界でもやっぱりマイナーだったりする。

 

「私も、ミーシャも、一芸特化で他の部分が脆すぎる欠けた鍋だ。

 君もまた、高ランクパーティーの中では戦闘能力という一番大事な能力の無い、穴の無い蓋だろう。

 だが、揃えば最高のパーティーになりうると思っている」

 

 そして、俺はラウンに手を差し出した。

 

「正直、私達には他にも問題がある。少々志が高すぎて、今まで勧誘してきた者達にはことごとく振られてきた。

 だから、それを聞いて断るのであれば構わない。

 けれど、己の能力を卑下して断ろうとしているのなら、それだけは否定させてもらいたい」

「ユ、ユリアさん……」

「どうか、交渉のテーブルにだけでも、ついてはくれないだろうか?」

 

 ラウンは迷った。

 差し出した俺の手を見ながら、百面相を繰り広げた。

 脳裏にはさまざまな思いが渦巻いてるんだろう。

 彼は混乱し、考えを纏めるためにか深呼吸をし始め……

 

 

「おい。なんで、お前がまだここにいるんだ?」

 

 

 ギルドの入口から聞こえてきた冷たい声に、ビクリと体を震わせた。

 現れたのは、明らかに高位の装備に身を包んだ四人の男女。

 その先頭に立つ男が、蔑むような絶対零度の眼差しでラウンを見ていた。

 

「言ったはずだぞ。冒険者を引退しろと。なのに、なんでそんなもん(アイテムバッグ)を背負って冒険者ギルド(ここ)にいる? 答えろ、ラウン」

「あ、う……」

 

 彼に、元のパーティーのリーダーであるグランという男に睨まれ、ラウンは蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。

 そこへ他の三人が追撃をかける。

 

「役立たずは早く消えてくれないかしらぁ。目障りでしょうがないわぁ」

 

 嘲笑うような顔でそう言ったのは、二十代後半くらいの、妖艶な雰囲気を纏った女魔法使い(おっぱい様)

 悪女を絵に描いたような腹の立つ顔をしているが、目尻に浮かんだ涙が隠し切れてない。

 この素敵なお姉様が。

 

「アドリーヌさんの言う通りです。グラン様の幼馴染だかなんだか知りませんが、私はずっと鬱陶しいと思ってました。弱者はパーティーにいらないんですよ」

 

 今度は治癒術師っぽい白いローブを纏った少女が、嫌悪感に満ちた目でそう吐き捨てる。

 声が震えていた。

 慣れないことするなよ、可愛いお嬢さん。

 

「お、おい! アドリーヌもカナンもやめろ! お前ら、なんでそんな心にも無いこと……」

「「空気読め!!」」

「げふっ!?」

 

 最後に、ザ・悪人面のおっさんがラウンを庇おうとし、女二人からどつかれていた。

 演技でも悪いことができない、善良さを煮詰めたような人だ。

 親戚にいてほしいタイプ。

 

「まさか、違うパーティーでもう一度とか考えてるんじゃないだろうな?

 やめておけ。低ランクのパーティーじゃお前を守り切れない。

 お前というお荷物を無理に守ろうとすれば全滅する。

 そいつらのことを思うなら身を引け」

 

 そして、絶対零度の視線のリーダーが、とても常識的な観点から、ラウンの説得を始めた。

 言ってることが、いちいちまともだ。

 世紀末エプロンのところを始め、色んなところにラウンを雇ってもらえるように頭下げて回ったらしいし、理想の上司かよこの野郎。

 

「ち、違うよ。この人達には、僕の覚えてきた技術を伝えてるだけなんだ。才能のある人達だから、そんな人達の役に立てたら、少しは僕の冒険者生活にも意味があったって思えるかなって……」

「何?」

 

 リーダーこと、グランの顔が訝しげな感じに歪む。

 印象としては「ああん、テメェ、俺の言うこと無視して、何勝手なことしてやがる?」って言ってるように見えるんだが、多分違うだろう。

 

「……なるほど。そういうことなら、まあ良いんじゃないか?」

 

 ほらな。

 グランは絶対零度の視線のままラウンの行動を肯定し、肯定されたラウンはほっとした顔をしていた。

 

「俺達はもうすぐ最下層の攻略を終えて、この町を出る。臆病者のお前は、真っ当な職について、嫁でももらって幸せに暮らすのがお似合いだ」

 

 ギロリと威圧的な視線を向けながら、そんな気づかいに満ちた優しいセリフを残し、グランは良い奴らを率いてギルドの受付に向かっていった。

 残されたラウンは、悲しそうに目を伏せながら、言葉をしぼり出す。

 

「ユリアさん、あなたのお誘いは本当に嬉しかったです。でも、やっぱりお断りさせてください」

「ラウン……」

「僕にも、能力以上の問題があるんです。グランの言う通り、僕は臆病者なんですよ。ちょっとピンチになったら、すぐに何もできなくなる。こればっかりは、どうしようもないでしょう?」

 

 その言葉に……俺は何も言えなかった。

 最大の弱点(チキンハート)

 黒ゴーレムの時はなんだかんだで決断できてたし、どうにかなる範疇だと思ってたが……思ったより深刻な話みたいだ。

 具体的な解決策を思いつけない以上、俺は何も言えない。

 

「安心してください。勧誘は断っちゃいましたけど、教えられることを教えるのはやめませんから。さあ、今日も元気にいきましょう!」

 

 いや、いけるか!

 そう思いながらも、ラウンの空元気をわざわざ指摘しても不幸にしかならないと思って、やっぱり俺は何も言えなかった。

 ぐぬぅ。

 勧誘失敗かぁ。

 

「あっそ。ま、せいぜい後悔しないようにね」

 

 最後にミーシャがそんなことを言って、ラウンはビクリと震えた。



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21 専用装備

「どうだ?」

「最高だ!」

 

 俺は今、一旦ラウンの問題を頭の隅に追いやり。

 ついに完成した夢の専用装備をつけて、鏡の前でポーズを決めていた。

 最重金属(グラビタイト)最硬金属(アダマンタイト)を混ぜて鍛え上げたという、漆黒の全身鎧。

 造形自体はマントのついたシンプルな女性用鎧だが、それがユリアの容姿と合わさることで「これぞ女騎士!」って感じの、シンプル・イズ・ベストな素晴らしさがある。

 

 更に漆黒という色合いにより、闇堕ち感が追加されて、よりカッコ良い!

 今のユリアは復讐者という闇堕ち状態みたいなもんだし、中身とも合ってる。

 まあ、肝心のユリアの残留思念は、闇堕ちキャラとは言いがたいくらい大はしゃぎしてるが……。

 いやいや、マジもんの闇堕ち状態になって、常時トラウマメモリーを流されるより遥かにマシだから、これで良いのだ。

 

 肝心要の重さに関しても問題無い。

 各所に仕込まれた『浮遊石』という特殊な鉱石を加工した魔道具によって普段は重さを軽減し、更に足裏に仕込まれた『硬化』の術式で地面を強化し、石畳とかを砕かないようにできる。

 

 浮遊石は本来なら超重量の建材とか、超大型級の魔獣とかを運ぶ時に重宝するものだそうだ。

 いざ重さが必要になる激突の時だけ、魔道具に加工された浮遊石に魔力を流すことで効果を無効にできる。

 感覚としては、反発する磁石の同極同士を、魔力という力技で無理矢理くっつけてる感じ。

 

 硬化はダンジョン産以外の高位の武器には大体使われてるというメジャーな魔法。

 魔力を込めることで物体の強度を上昇させられる。

 この鎧にも全身に施されてるんだが、足裏だけはちょっと術式が弄られてて、鎧と一緒に地面を強化できるようになっている。

 こっちは常に使い続けるもんだから、そこそこの魔力を食うのがネックだ。

 まあ、飾りと化したMPがあり余ってる俺にはちょうどいい。

 とはいえ、この二つでごまかせる重さにも限度があるので、二階には絶対に上がるなと言われたが。

 

「どうだ、ミーシャ?」

「あ、そ、その……か、カッコ良い、わよ……!」

 

 ミーシャはどもったような声でそう言って、真っ赤な顔で(ユリア)から目を逸した。

 ほうほう。

 ついに女騎士スタイルを取り戻したイケメンユリアさんは、同性ですら見惚れるほどにカッコ良いか。

 素晴らしいではないか!

 

「そのマントは要望通り高い魔法耐性がある。魔法使いのローブと同じ素材で作ったものだ。それで仲間を包み込んでやれば、盾で防げない攻撃もある程度は防げるだろう。可愛い仲間を大切にしろ」

「無論だ」

「可愛い仲間……!」

 

 このマントは元からそういう用途で依頼したものである。

 盾だけだと、周辺一帯を焼き尽くす火炎放射とかやられた時に、ミーシャを守れないからな。

 まあ、その場合はミーシャの『火炎壁(ファイアウォール)』とかで相殺するって手もあるが、手札は多い方が良い。

 

 ちなみに、このマントの背中側にはリベリオール王国の紋章が描かれており、これはユリアの要望だ。

 なんか、そんな感じのイメージが脳内に流し込まれたのだ。

 

 騎士団時代の鎧についてたマントが、こんな感じのデザインだったからな。

 これは今は亡き故郷を背負うという、ユリアの覚悟の証である。

 それは大変カッコ良いんだけど、そのイメージが流れてきた時、同じ紋章を背負った死にゆくお父様の姿まで再生されて、その時に抱いた悲壮な覚悟という名のトラウマメモリーが不意打ちで襲ってきたのだけは勘弁してほしかった。

 

 まあ、それはともかく。

 俺の言葉に満足そうにうなずいた世紀末エプロンは、続いて店の奥からもう一つの注文の品を持ってきてくれた。

 こちらも漆黒の色合いをした巨大な盾だ。

 (ユリア)自身よりも大きく、2メートルくらいの超大型サイズ。

 横にもデカいから、防御範囲も特大である。

 

「おお、かなり分厚くて重いな」

 

 これにも浮遊石がついてるので、魔力を流してオフにしてから持ってみると、結構重く感じた。

 といっても、この前の大剣よりちょい重いくらいだが。

 つまり、余裕で持てる範疇ということだ。

 

「グラビタイトとアダマンタイトを、可能な限り圧縮して詰め込んだからな。

 浮遊石込みでも、並のSランク冒険者ですら持ち上げることもできない超重量と引き換えに、その盾はたとえ四大魔獣の攻撃を食らっても、簡単には砕けないだろう圧倒的な強靭さを得た。存分に使い潰してくれ」

「……それは助かる。ああ、本当に大いに助かるぞ。感謝する」

 

 四大魔獣を相手にできるかもしれない装備が、まだ本編も開始してないこの時期に手に入るなんて、朗報なんてもんじゃねぇ。

 世紀末エプロンには足を向けて眠れないな。

 ……ただ、一つだけ気になることがある。

 

「なあ、これは並のSランク冒険者でも持ち上げることもできないんだよな?」

「そうだ」

「あなたは、これを普通に持ち手を掴んで運んでこなかったか?」

「そうだな」

「……やはり、私達の仲間になってはくれないだろうか?」

「俺はしがないただの鍛冶師だ。戦士ではない」

 

 あんたみたいなただの鍛冶師がいてたまるか!!

 絶対に引退した元世界最強か何かだろ!?

 だが、本人がこう言ってる以上、これ以上の詮索はできない。

 ぶっちゃけ、ラウン以上に仲間にしたいんだが、勧誘の言葉に小揺るぎもしない以上、諦めるしかないだろう。

 

 せめて今の会話で、決戦での再登場フラグが立ったことを期待しよう。

 なんか、やたらキャラの濃い出オチで終わりそうな謎の雰囲気も纏ってるから怖いが……。

 

「それと、餞別だ。これも持っていけ」

「これは……」

 

 そう言って、出オチで終わりそうなエプロンが差し出したのは、この専用装備を作ってくれるキッカケになった、グラビタイト製の漆黒の大剣だった。

 幅広で、肉厚で、盾としても使えそうな大剣。

 よく考えてみると、俺とかなり相性の良さそうな剣。

 

「この剣も店の倉庫で眠っているより、相応しい使い手に振るわれた方が幸せだろう。持っていってくれ」

「いいのか? ただでさえ、あのゴーレム一体の対価で、ここまでやってもらったというのに……」

「構わん。未来の英雄への期待の表れと思え。だが、その対価として、一つだけ頼みがある」

「なんだろうか?」

 

 ここまでやってもらったんだ。

 抱かせろとか、隠しダンジョンを攻略してこいみたいな無理難題でない限り、できる限り聞く覚悟ではあるが。

 

「もし、ラウンがお前達についていくことになったら、それを使って力の限り守ってやってほしい」

 

 だが、世紀末エプロンが頼んだのは、そんな細やかな願いだった。

 

「ラウンには、私達の勧誘を断られてしまったのだが……」

「あいつは揺れている。迷っている。あいつにとって冒険者というものは、それほどに思い入れがあるのだ」

 

 声を潜めて世紀末エプロンは語る。

 近くでミーシャと話しているラウンを見やりながら、彼に聞こえないように。

 

「少し昔話を聞いたが、あいつの両親は名の知れた冒険者だったそうだ。

 物心つく前に依頼で死んだそうだが、あいつはずっと両親の所属していたパーティーに雑用係として世話になりながら、両親の武勇伝を聞いて育ったらしい」

「それは……」

 

 生まれた時から冒険者に関わってたってことか。

 例えるなら、両親が有名なスポーツ選手か何かだった二世みたいな感じだろう。

 

「両親の残した逸話に憧れ、大切な幼馴染だと言っていたグランと憧れを語り合い、骨の髄まで冒険者への憧れに満ちた幼少期をあいつは送った。

 グランと共に独立し、才能の無さを突きつけられても、冒険者として生き続けた。……あいつは、冒険者以外の生き方を知らない」

 

 幼少期から親と同じスポーツをやってきて、スポーツ教室に通い、部活でもやり、私立のスポーツ科にまで入って、なのにプロにはなれなかったみたいな感じだろうか?

 それは、なんというか、キツい。

 今さら他の人生歩めって言われても、なかなか納得できることじゃないだろう。

 

「そういうわけだ。ラウンが意見を翻して、お前達についていく可能性は充分にある。もしそうなったら、その大剣で守ってやってくれ」

「それは構わないが……一つ聞きたい。何故、あなたはそこまでラウンに肩入れする?」

 

 俺がそんな質問をした瞬間……世紀末エプロンの威圧感が膨れ上がった。

 ゴゴゴゴゴは常時展開されてたが、それがズゴゴゴゴゴッ! ってくらいに強化されて、店の窓ガラスが砕け散る。

 ミーシャとラウンが何事かと窓ガラスの方を向き、俺の背筋にはドバっと冷や汗があふれた。

 違う。

 これはいつものファッション威圧感じゃない。

 マジもんの怒りだ。

 

「簡単だ。ウチの娘が奴に惚れている。娘の悲しむ顔を見たくないのは、親として当然のことだろう?」

「そ、そうだな。その通りだ」

「まったく、奴のバイト中に少し目を離した隙に油断した。まだエミーは6歳だぞ。そういうのは早すぎるだろうに」

「そ、そうだな。その通りだ」

 

 怖すぎて、俺はもうそれしか言えなくなった。

 いつもならユリアの勇気に引っ張られて精神が落ち着くんだが、今回はユリアまでビビってるもんだから何もできん。

 もう、この人が魔王をぶち殺しにいけば全て解決するのでは……?

 

「そういうことだ。もしも、奴がお前達に同行したのなら、ウチの娘に手紙でも出すように言ってくれ。俺からは口が裂けても言いたくない」

「わ、わかった。もしそうなったら必ず伝えておく。必ずだ」

 

 これ、ラウンは俺達と一緒に来た方が安全なのでは?

 このままこの町に残ったら、確実にお父さんにくびり殺されるぞ!

 

「で、では、世話になった。私達は今日もダンジョンに行ってくる」

「ああ。できれば、その装備を使ってみた感想をくれ」

「もちろんだ」

 

 そうして、俺はミーシャと護衛対象(ラウン)を連れて、逃げるように本日の講義に向かった。

 にしても、あれだけ怒ってるくせに、どっかで野垂れ死ねとか言わないあたり、世紀末エプロンも大概良い人だよな。

 この町には良い人が多い。

 良い人の町『ギガントロック』。覚えておこう。



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22 エンカウント

「なあ、グラン。ホントにいいのかよ?」

「本当にくどいぞ、ワルビール」

 

 最近Aランクに上がった期待の冒険者パーティー『グラウンド・ロード』の四人は、ギガントロックの町近くのダンジョンを突き進んでいた。

 このダンジョンは攻略難度Bとされているが、たまにいる上位種のゴーレムを加味すれば、Aに近いBといったところだろう。

 Aランクに上がりたての彼らからすれば、最もレベルに見合ったダンジョンと言えた。

 

「ああ、ラウンちゃん……そのうち、私が優しく○○○(ピー)してあげるつもりだったのに……」

「アドリーヌさん、ホントいい加減にしてください」

 

 パーティーの魔法支援担当の魔法使いにして、中性的であどけない少年が大好物の『アドリーヌ』がふざけたことを抜かし。

 そこに治癒術師の少女『カナン』がツッコミを入れた。

 アドリーヌも別に性的な意味だけでラウンを好いていたわけではない。

 ちゃんと、仲間としての深い情を持っていた。

 ただ、それはそれとして性的な意味でも狙っていただけだ。

 少々アタックが過激すぎたせいで、ラウンは歳上の女性が若干苦手になってしまったが。

 

 そんな彼女にツッコミを入れたカナンだが、彼女は彼女で、グラン✕ラウンの腐った妄想に大変お世話になった口なので、実はアドリーヌのことを言えない立場だったりする。

 ギルドでバッタリ会った時、「ずっと鬱陶しいと思ってました」なんてことを口にしたが、その言葉は真っ赤なウソもいいところだ。

 引退するならするでいいから、せめてグランの嫁に来てくれと心の中では叫んでいた。

 

 しかし、ラウンを非戦闘員のサポーターとしてでもパーティーに置き続けたら、彼は間近で自分達の活躍を見せつけられ続けるという、拷問のような苦しみを抱えることになっていただろう。

 だからこそ、二人ともラウンを遠ざけるというグランの決定に、血の涙を飲みながら従ったのだ。

 ちょっとばかり歪んだ性癖があっても関係ないほどに、彼女達は良い奴らであった。

 

「くそう。ままならねぇなぁ……」

 

 そんな仲間達を見て、悪人面の盾役『ワルビール』も観念する。

 地頭の良いグラン、元は商家の娘で教養のあるアドリーヌ、アドリーヌに学んで知恵をつけたカナンと違って、彼はあまり頭がよろしくなく、パーティーで最もラウンに助けられてきた。

 ゆえに、ラウンの幼馴染であるグランの次に、ワルビールは彼と仲が良かったのだ。

 

 だからこそ、一度は飲み込んだラウンを置いていくという決定を飲み込み切れず、時間が経って再び反論をしてしまったが。

 仲間達の悲しそうな顔を見ていれば、自分一人がワガママを言うわけにはいかないと思い、もう一度ままならない現実を飲み込んだ。

 性癖のブーストが無い分、彼の思いが一番真摯かもしれない。

 

「おい、集中を乱すな。ここはダンジョンなんだぞ。あいつのことを気にして死んだら、それこそあいつに合わせる顔がない」

「ああ、すまねぇ」

「その通りね……。切り替えるわ」

「了解です。……ご迷惑をおかけしました」

 

 ワルビールの言葉をキッカケにして、再び気持ちが沈んでしまった仲間達を、リーダーのグランは叱責する。

 声音は冷たく、眼光は極悪人のように鋭かったが、これは彼が苦しみを堪えている時の顔だと理解している彼らは、リーダーの気持ちを汲んで、即座に気を引き締め直した。

 さすがは高ランクに登り詰めた歴戦の冒険者達と言えよう。

 

 そんな彼らは充分な安全マージンを取りながら先へ進んでいく。

 グランが罠を警戒し、ワルビールが直感任せながらも精度の高い索敵を行い、アドリーヌがそのサポートをして、カナンはマッピング。

 役割を分担することで、彼らはラウンがいた頃と遜色ないとまでは言えないまでも、かなり安定して歩を進めることができた。

 ずっとラウンの働きに助けられ、そんな彼を見続けてお手本にできたというのが大きい。

 

 それでも、ラウンがいれば、各々の負担は最小限に抑えられ、戦闘に全力を注ぐことができただろう。

 しかし、Bランク上位の迷宮の奥地は、彼らでも幾度となく苦戦を強いられる魔境。

 そんな魔境で戦闘力皆無の、しかもピンチになればテンパって動けなくなるチキンハートを守るのは難しい。

 できなくはないがギリギリだ。

 Bランク上位でこれなのだから、Aランクの戦場へ行ったら、確実にこれまでの戦法は通じない。

 それを強く実感したからこそ、ここでラウンを置いていく必要があったのだ。

 

(あの心の弱ささえ無ければ……)

 

 そんな思いがグランの胸に満ちるが……もし彼の心が強かったとしても、身体能力が低すぎる点は変わらない。

 ここならともかく、Aランクの戦場で彼を守り切るには、自分達の力量が足りない。

 もう何度も考えたその結論に今回も辿り着き、グランは悔しげに歯を食いしばった。

 

 だが、彼はすぐにその感情を封じ込めた。

 集中が乱れている。

 仲間達に集中を乱すなと言っておいて、自分がそれを実行できないなど許されない。

 その一心で、グランは脳裏に浮かぶ大切な幼馴染の顔を、強引に振り払った。

 

 冒険者達は進む。

 ネタとはいえレベル99が敗走したダンジョンを、危なげなく進んでいく。

 苦戦を強いられる強敵もいたが、敗北の二文字が頭を過ぎるほどに追い詰められることはない。

 

 彼らの能力は、そこまで優れているわけではない。

 一般的な基準で見れば精鋭だろうが、異世界人のみが観測できるレベルという概念に照らし合わせれば、せいぜい20前後。

 しかし、己の力を効率的に運用し、仲間達と協力して欠点を埋めることで、彼らはこの迷宮の攻略者に相応しい強者となっていた。

 とはいえレベル20には変わりないので、彼らが進める迷宮で敗走したどこかのレベル99が、いかに一点特化で安定性皆無の尖り切った性能をしているか、よくわかるだろう。

 まさにネタキャラ。

 

 冒険者達は進む。

 どんどん凶悪になっていく罠をくぐり抜け、どんどん強くなっていく敵を倒し、時にはやり過ごし、奥へ奥へと。

 そして、辿り着いた。

 

 ダンジョンの最深部。

 迷宮の『心臓』にして『最強』の存在、ダンジョンボスの待ち構える場所。

 そこに……おかしな奴がいた。

 

「コ〜ングラッチュレーショ〜ン!」

 

 ふざけたことを言いながら、手に持ったクラッカーをパーンと鳴らしたのは、ピエロのような格好をした一人の男だ。

 冒険者にはとても見えない。

 しかも、彼の後ろでは、ダンジョンボスと思われる甲冑の姿をしたゴーレムが、不動のまま佇んでいた。

 

 ダンジョンボスに襲われない人物。

 それどころか、こうして彼らがボス部屋に足を踏み入れているというのに動かぬままということは、()()()()()()可能性すらある。

 ダンジョンボスを。

 あの『魔王』の同類である化け物をだ。

 

 それだけで、『グラウンド・ロード』が目の前の存在を最大限警戒し、武器を構える理由としては充分すぎた。

 

「誰だ、あんたは?」

 

 剣を構えながら、グランがピエロに問う。

 

「な〜に、ただのしがない研究者ですよぉ」

「研究者?」

 

 ピエロは(おど)けた様子で身振り手振りを交え、ペラペラと喋り始める。

 

「ええ、ええ。色んなダンジョンに赴いて研究しているんです。どうすれば、ダンジョンを操れるのか。どうすれば、この強大な戦力を我がものにできるのか。もう本当に長いこと、ずっと、ずぅ〜〜〜とねぇ」

 

 そこで、ピエロは陶酔したように「ふぅ」と息を吐き、

 

「本当に、ほんっっっとうに長い研究の日々でした。まだ完成ではない。完璧とは言えない。自我の一切無いゴーレム型のボスだったからこその成果。それでも今日、━━私はダンジョンボスを『完全に』支配することに成功した!」

 

 小躍りを始めるピエロ。

 彼は踊りながら、ニヤニヤとした目をグラウンド・ロードの面々に向ける。

 

「いやー、あなた達は運が良い! これから数多の人類を殺戮するだろう技術、その栄えある犠牲者第一号となれるのだから!」

「「「「ッ!?」」」」

 

 甲冑ゴーレムが動き出した。

 奥地では当たり前のように湧いてくる巨大ゴーレム達より、更にひと回り大きい巨体に相応しい巨大な剣と盾を構え、剣の切っ先をグラウンド・ロードの四人に向ける。

 

「貴様!? 何故こんなことをする!!」

「何故? 何〜故〜? これはこれは、おかしなことを仰る!」

 

 ピエロはケタケタと腹を抱えて爆笑し、言った。

 

「私は魔王軍幹部『八凶星』が一人! 知恵の五将の一角『奇怪星』トリックスター! 人類の駆逐を至上命題とする、あなた達の敵ですよぉ! 敵を殺すのに、何故も何もないでしょうに!」

 

 魔王軍幹部『八凶星』。

 その名を聞いて、グラウンド・ロードの面々に戦慄が走る。

 それは各国の精鋭やSランク冒険者が相手にするような『怪物』の名だ。

 魔王の軍勢を率いる、八人の将軍達の名だ。

 

 下手をすれば、どこにいるのかわからず、たまに思い出したかのように現れるだけの『四大魔獣』よりも恐れられている存在。

 そんな恐怖の代名詞がこんな場所にいて、自分達に牙を剥いている!

 

「さあ、行きなさい『ナイトゴーレム』! 我々と同じ抹殺の使徒として、勇敢なる人類の戦士達を殺戮するのです!」

「━━━━━━━━━━」

 

 甲冑の姿をしたダンジョンボスが襲いくる。

 八凶星との戦いが始まる。

 

 生きて帰れない確率の方が遥かに高い死地。

 そこでグランは…………大切な幼馴染をこの場に連れてこなかったことに、心底安堵した。



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23 窮地の報せ

 専用装備を着けてのダンジョンアタック。

 総重量10トン超えと聞いて、ホントにそんなもんを着て動き回れるか不安だったんだが、実際に身に着けてみると、大剣と大盾を含めたフルセットでも、小学生時代にパンパンに教科書を詰めたランドセルくらいの重さにしか感じない。

 さすがスキルによる攻撃力補正はまるで無いとはいえ、純粋な筋力だけなら人類最高峰(レベル50)に匹敵するマッスルパワー。

 浮遊石と合わせて、これならそこまでスピードも落ちない。

 どんだけだよ。

 

「では、これにて、このダンジョンに出てくる罠の発見方法と対処方法の講義は終わりです。お疲れ様でした」

 

 そして、ついに長かったラウン先生による授業も終わり、俺は崩れ落ちそうなほどの疲労感と安堵を覚えた。

 つ、疲れた……。

 専用装備を着て動き回るより百倍疲れた……。

 やっぱり勉強は苦手だ。

 今となっては「このダンジョンには無い罠もあるので、そっちは帰った後にでも教えますね」と言ってるラウンが悪魔にしか見えない。

 こんな短期詰め込み学習という名の拷問を受けて、欠片も堪えた様子がないミーシャは神にしか見えない。

 そうか。天界と魔界はここにあったのか。

 

 そんな感じで脳が混乱するが、ここで気を抜くわけにはいかん。

 今回は最後に回してあった一番危険な罠を見にきたから、俺達の現在地はダンジョンの奥地。

 前回敗走したポイントよりも深い。

 いくら魔界公爵ラウンがいるとはいえ、気を抜いていい場所ではない。

 全てを投げ出してベッドにダイブするのは、地上に戻ってからだ。

 死ぬ……。

 死んでしまう……。

 

 それでも、守ると誓ったミーシャと、守ると約束したラウンがいるんだから気合い入れろとせっついてくるユリアの思念にケツをしばかれ、俺は前を向いた。

 その時だった。

 

「だ、誰か……」

 

 そんな、掠れるような声が聞こえてきたのは。

 

「え……? カ、カナンさん!?」

 

 ラウンが慌てて声の方に駆け寄る。

 そんな状態でも、さらっと罠を避けて走ってるのは凄い。

 ピンチになると使えない子じゃなかったのか?

 

「ラウン、さん……? なんで、ここに……?」

「そんなことはどうでもいいでしょう!! カナンさんこそ、その怪我はどうしたんですか!?」

 

 ラウンが駆け寄った先にいたのは……ボロボロの少女だった。

 見覚えがある。

 良い奴らの一人、治癒術師っぽい白ローブの少女だ。

 今はその白いローブは血で汚れ、ラウンが慌てて自作の回復薬をふりかけた。

 

「まさか、ダンジョンボスにやられたんですか!? グラン達が!?」

「ち、違います……。も、もっと、とんでもないのが、いた……」

 

 息も絶え絶えに、必死に何かを伝えようとする少女。

 その口から、とんでもないビッグネームが飛び出した。

 

「『八凶星』です……。魔王軍の、八凶星が、いました……!」

 

 …………は!?

 え? 八凶星?

 あの中ボス軍団がここにいるのか!? なんで!?

 

「そいつが、ダンジョンボスを、操って……。皆は、私に、この情報を、地上に、伝えろって……ゴホッ、ゴホッ!!」

「カナンさん!?」

 

 無理して話したせいか、思いっきり咳き込む少女(カナン)

 回復薬じゃ治り切らなかったか。

 この子のことも心配だが……こんな話を聞かされた以上、モタモタしてはいられない。

 言うまでもなく、ユリアの感覚も早くしろってせっついてくる。

 救済の意思と、沸き出してくる怒りの両面からせっついてくる。

 

「君、カナンと言ったな? 君の仲間達は、今も八凶星と戦っているのか?」

「は、はい」

「では、そこまで私達を案内することは可能か?」

「ユリアさん!?」

 

 ラウンが叫ぶ。

 いや、むしろ、これはお前が言わないといけないことだと思うんだが……。

 

「相手が魔王軍となれば黙ってはいられない。私達は八凶星を討ちにいく。ミーシャも来るだろう?」

「当然よ!」

「というわけだ。私達は行く。できれば君の仲間も助けたい。無理を承知で頼むが、道案内をしてくれるか?」

「はい……! はい……! ありがとう、ございます……!」

 

 ワラにもすがる思いなのか、実力もよく知らないであろう俺達の申し出に泣きながらお礼を言う少女。

 よっぽど追い詰められてると見た。

 そりゃ魔王軍幹部と出くわして、仲間達に一人だけ逃されて、その仲間達は助からない確率の方が高い窮地に残ってるんだから、追い詰められてて当然か。

 

 凶虎から逃げた時のユリアと、まんま同じ状況だ。

 この子は、あのトラウマメモリーを現在進行形で体験してるのかと思うと、深い深い同情と共に、ユリアだけじゃなくて俺まで絶対に助けなきゃならんという決意を抱いちまうわ。

 

「ラウン、私達三人は行くぞ。君はどうする?」

 

 まあ、こんなダンジョンの奥地でラウン一人を置いていくわけにはいかない以上、連れていくのは確定してる。

 だが、自分で決めるか流されるがままかっていうのは、大きな違いだと思うんだ。

 なんとなく、ここが分岐点のような気がした。

 ラウンがチキンハートのままで終わるか、一歩前に踏み出せるかの分岐点。

 彼は……。

 

「ッ……! ハァ……ハァ……!」

 

 真っ青な顔で、体を震わせて、痛いほどに跳ね回ってるんだろう心臓を服の上から押さえて。

 喉が引きつって声が出ないのか、ほんの数秒にも満たない間だけ硬直して。

 そして、━━自分の顔を殴り飛ばした。 

 

「行きます! 僕も行きます!!」

 

 弱い自分を殴り飛ばして、強い声でラウンはそう宣言する。

 黒ゴーレムの時とは違う。

 今回はよくわからない相手ではなく、間違いなくラウンなんか指先一つで殺せるような、音に聞こえた恐怖の象徴。

 あの時と違って、勢い任せでもない。

 こいつは間違いなく、流されるんじゃなくて、自分の意志で仲間を助けにいくと言った。

 

 男じゃねぇか。

 中性的で可愛い顔してるが、ユリアの精神力とチートの力が無ければ何もできない俺なんかより、ラウンは遥かに男だった。

 

「よく言った! では、君はその少女を抱えろ。ミーシャは私の背中だ」

「前回と同じね。わかったわ!」

 

 ミーシャがピョンと俺の背中に飛び乗る。

 今は背中に大剣を背負ってて邪魔だろうが、この半年で鍛えたマッスルを駆使して、なんとかしがみついてくれ。

 

 で、ラウンは俺の言った通り「カナンさん! 失礼します!」と断ってから、彼女を後ろからガバッと抱きかかえた。

 少女の方は「ちょ!? こういうのはグラン様に……!」とか、なんかよくわからないことを言ってたが、そうして密着状態になった二人を、俺が大剣を背中に背負って空いた右腕の脇に挟むような形で持ち上げる。

 

「カナンは道案内を頼む! 君の覚えている道筋だけが頼りだ!」

「は、はい!」

「ラウンは罠を探して教えてくれ! そうでなければ、私は罠に引っかかりまくる!」

「はい!」

「そして、ミーシャ!」

 

 俺は背中のミーシャに向かって、告げる。

 

「私が避けられなかった罠の迎撃を頼む。ここはダンジョンの奥地だ。恐らく、ラウンに教えられたところで、私は全ての罠を避けきることはできないだろう。━━頼りにしているぞ、相棒」

「! ええ! 任せなさい!」

「よし!」

 

 これにて準備は完了。

 ユリア戦車にナビゲーション、索敵係、砲撃手が乗り込んだ。

 四位一体。

 飛ばしていくぜ!

 

「出陣だ!!」



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24 八凶星

 俺達が駆けつけた時、彼らは既に劣勢も劣勢だった。

 

「アハハッ! そらそら、どうしました〜!」

「ぐっ!?」

 

 見覚えのある腹立つ笑顔のピエロが腕を振り、その指示に従うように、巨大な甲冑ゴーレムが良い奴らのリーダー、グランに剣を振るう。

 彼はさすがAランク冒険者って感じで、チャラ男の数段上の鋭い動きで敵の剣を躱し、受け流し、反撃を試みていたが……

 

「『走れ、疾風の刃』! ━━『真空剣(ソニックブレード)』!!」

「━━━━━━━━━━」

「くそっ……!」

 

 必殺スキル、それも物理と魔法を複合した攻撃をちゃんと何度も食らわせているのに、殆どが巨大な盾に防がれ、たまに当たっても甲冑に大した傷をつけられていない。

 かすり傷以下だ。

 あの甲冑ゴーレム、多分、というか間違いなく黒ゴーレムより硬いな。

 そんな奴の相手を延々続けてたんだろうグランは、既にボロボロだ。

 

「このヤロォオオオオオッッッ!!!」

「『捕らえよ、沼地の魔手』! ━━『泥沼(マッドスワンプ)』!!」

 

 そして、パーティーの残りの二人。

 悪人面の盾持ちと、悪女っぽいおっぱい様は、何故かこのボス部屋に大量発生している他のゴーレム達を相手にしていた。

 数は十体ほど。

 だが、見間違えじゃなければ、一体一体が黒ゴーレムみたいな希少鉱石を素材にした上位種のように見える。

 そこらを徘徊してる土や岩、ただの鉄でできたゴーレムとはボディの輝きが違う。

 

 そんなのを十体同時に相手取り、悪人面とおっぱい様は奮戦していた。

 俺と違って絶対防御も持たないだろうに、バカげた威力と体重差の攻撃を、必殺スキルと受け流しの技術を使って上手くやり過ごす悪人面。

 地面を泥沼にする魔法でゴーレムどもの動きを止め、結構な威力の雷魔法で攻撃するおっぱい様。

 どっちも強い。チャラ男より強い。

 強いんだが……相手が悪い。

 

 まず、悪人面は防御に手一杯で、一切の反撃ができてない。

 反撃できたところで、奴らの防御力を思えば、ちょっとやそっとの攻撃じゃかすり傷もつかないだろう。

 おまけに、防御に徹してもガードの上から削られ、既に彼の体はグラン以上にボロボロ。

 元々盾を持っていたと思われる左腕は折れていて、今は武器を手放した右手で盾を操ってる状態だ。

 むしろ、立ってるのが不思議なくらい。

 すげぇ根性としか言いようがない。

 

 おっぱい様の魔法は相性が悪い。

 移動阻害の泥沼に、回避困難な雷撃。

 普通に考えればかなり強いんだが、ここはエリア内の損傷をすぐに回復してしまうダンジョンという特殊な領域。

 泥沼はすぐに普通の地面に変わり、腰まで埋まったゴーレムは力技で地面をかき分けて這い出してくる。

 ゴーレムのパワーじゃなければ、腰まで地面に埋まった状態で、あんな普通には動けないと思うんだが……。

 

 雷撃の方は生物相手には通りが良さそうだが、無生物のゴーレムにはほぼ効いてない。

 それでも撃ってるのは、もしかしたらって淡い希望だろう。

 ああ、いや、待てよ。

 ゴーレムは中の魔石が砕ければ機能停止するから、内部にまで電撃が浸透するのを狙ってるのか?

 よく見れば、明らかに電撃が通らなさそうな岩石っぽいのは一切狙わず、まだ可能性ありそうな金属っぽいのだけを狙ってる。

 マジか。

 このおっぱい様、頭良いな。

 さすが魔法使い。

 

 しかし、やっぱりジリ貧なのは変わらない。

 全員が満身創痍なのに、敵にはまだまだ余裕がある。

 あの見覚えのあるピエロは動いてすらいない。

 勝敗は火を見るよりも明らかであり、彼らの抵抗は単なる悪あがきだ。

 それでも、その悪あがきのおかげで、俺達は間に合った。

 

「ラウン! 誘導薬を私にかけろ! ミーシャは狙撃! なんでもいいから倒せそうなのを狙え!」

「は、はいぃ!」

「『焼き払え、真紅の弾丸』━━『火炎球(ファイアボール)』!!」

 

 ミーシャはすぐに俺の背中から飛び降り、悪人面に迫っていたゴーレムを炎の弾丸で狙撃した。

 一発KOこそできなかったものの、大きく胸部を削った上に、火球の爆発によってのけ反らせることに成功。

 現在のミーシャのレベルは25。

 特化型のネタステータスなので、魔法の威力だけならレベル40にも届く。

 

 火の通りづらいゴーレム相手に、下級の魔法であそこまで入るのはマジで凄い。

 これに関してはゲームでは説明されなかった要素、魔力操作技術によって魔法に込める魔力量を増やし、MPの大量消費と引き換えに威力を跳ね上げているミーシャの『技』だ。

 ミーシャ曰く、頭を鍛えておかないと魔法の強化なんて脳の処理が追いつかず、それどころか普通に魔法を使っても構築が甘くなって、魔力のロスばっかりが大きくなるという。

 

 多分、これが知力=魔法の威力という方程式のカラクリだろう。

 知力の高い奴は、多大な魔力を込めて魔法を強化できる。

 知力の低い奴は、同じ魔法を使っても構築が甘いから魔力を無駄に使ってしまう。

 結果、似たような魔力消費で全く違う威力の魔法になると。

 

「うぉ!? なんだ!? 天の助けか!?」

「皆さん! ご無事ですか!?」

「え!? ラウンちゃん!?」

 

 そんな頭の良い魔法を使うミーシャに続いて、ラウンが仲間達に呼びかけながら、俺に一つの薬品をぶちまける。

 対ゴーレム用誘導薬。

 一般的な魔獣は大好物の匂いとかで誘導するらしいんだが、ゴーレムはそういうのが無い無生物系モンスターだから、今までの手法が使えなくて頭を抱え。

 試行錯誤の末に、昔聞いた話から、ゴーレムは敵の魔力を感知することによって、目も耳も鼻も無い体で相手を捕捉してるんじゃないかということを看破。

 これまた試行錯誤の末に、ゴーレムがより優先的に排除しようとする魔力を放つ液体を開発し、それが対ゴーレム用誘導薬となった。

 

 そんな感じのエピソードを聞かされた薬だ。

 端的に言って頭おかしい。

 お前の天職、絶対に研究者とかだろ。

 満足できるまで冒険者やったら、どこかの研究施設に就職しろ。

 エジソン並みに有名になれるぞ。

 

「「「━━━━━━━━━」」」

 

 そんな天才の発明品によって、悪人面とおっぱい様に群がっていたゴーレムが俺の方に来た。

 ただ、グランが相手してる甲冑ゴーレムだけはそのままだ。

 ピエロがなんか手をかざしてるし、コントロールしてるのか。

 

 そういえば、そんな感じの技を使う奴が八凶星にいたような気がする。

 よく覚えてないけど。

 いや、あいつら印象が薄いんだよ。

 どいつもこいつもキャラは濃かった気はするが、似たようなのが八人もいれば、どれがどれだかわからなくなる。

 世代遅れのポ○モンのジム○ーダーをど忘れするのと同じ現象だ。

 ガチファンならともかく、俺そこまでじゃないし。

 

「ハァッ!!」

 

 まあ、ピエロはともかく。

 今は向かってくるゴーレムへの対処だ。

 俺は後ろの三人を巻き込まないように、それでいて、いざという時はすぐに庇えるくらいの距離だけ前に出て、迎え撃つ。

 

 黄土色のゴーレムが一番先頭で拳を振るう。

 敵のサイズは、普通のゴーレムと同じ2メートル級。

 それを大盾を構えて、正面から受け止める。

 

 ゴィィィン! という凄い音がして、盾が岩石の拳を受け止めた。

 今までであれば、ダメージは無くても体重差でふっ飛ばされてただろう重さ。

 だが、今の俺は小揺るぎもしない。

 世紀末エプロン謹製の、この超重量フル装備のおかげでなぁ!

 フハハハハハ!

 今の俺は力士のごとく不動だぞぉ!

 

「せい!!」

 

 そして、俺は攻撃を止められて動きの止まった黄土色ゴーレムに、背中から抜き放った大剣を一閃。

 ようやく活かせたユリアの剣の腕。

 それによってゴーレムが斜めに寸断され、一撃で機能停止に追い込むことができた。

 

 おお! この剣すげぇ!

 道中の雑兵ゴーレムを狩ってた時には、さすがの重さと切れ味だなぁくらいにしか思わなかったが、手応え的に雑兵とは比べものにならないくらい硬かった黄土色ゴーレムを斬ってみると、この剣の凄さがよくわかる。

 

 なんというか、ただ重いだけじゃない。

 ただ切れ味が鋭いだけでもない。

 必殺スキルも使ってないのに、筋力以上の攻撃力が出てる感じだ。

 ゲーム風に例えるなら『攻撃力+1000』とか、そんな感じ。

 終盤装備並みのポテンシャルを感じる。

 ありがとう、世紀末エプロン!

 帰りに娘さんへのお土産でも買っていきます!

 

「おおおおお!!!」

 

 俺はそんな大剣を片手に、襲いくるゴーレムどもを次々に両断していった。

 さすがに特に硬い奴は一撃じゃ無理で、一番硬い奴に至っては十回くらい斬りつけないと壊せなかったが、それでも防御力に優れたゴーレム相手にこの無双は気持ちいい!

 じゃんじゃん、かかって来いやぁ!

 

「す、すげぇ……! なんなんだ、あの嬢ちゃん!」

「もしかして……Sランク冒険者?」

「お二人とも! 今回復しますからね!」

「カナン!」

「よく無事でいてくれたわ!」

「それはこっちのセリフです!」

 

 後ろでカナンが仲間達に駆け寄り、回復魔法の詠唱をする声が聞こえた。

 良い意味での因果応報だな。

 善い行いをすれば自分に返ってくるってやつだ。

 今回で言えば、良い奴らがラウンのためを思って、心を鬼にして追放したからこそ、ラウンと俺達との縁ができ、結果俺達だけでは辿り着けなかった最下層へ、こうして援軍のような形で駆けつけることができた。

 ざまぁの真逆。善因善果。

 それが、あっちでも展開されてる。

 

「『火炎球(ファイアボール)』!!」

「グラン!!」

「ラウン……! なんで来た!?」

 

 ミーシャが魔法攻撃で甲冑ゴーレムの気を引き、その隙にラウンがグランに駆け寄って回復薬を振りかける。

 チキンハートと呼ばれていた男が、圧倒的な脅威である甲冑ゴーレムに向かって臆さず走り、大切な仲間を救出したのだ。

 

 次の瞬間には、甲冑ゴーレムの狙いがラウンに向くが、多少なり回復して動きが良くなったグランがラウンを抱えて跳躍し、振り下ろされた剣から二人とも逃れた。

 

 そして、こっちも掃討完了だ!

 ボスの取り巻きを倒し終え、俺も甲冑ゴーレムの相手に向かう。

 奴が二人の追撃に動こうとしたところを、全力ダッシュ+超体重による体当たりで弾き飛ばし、追撃を阻止した。

 超体重とか思ったからか、ユリアの残留思念から遺憾の意が送られてきたが、それは無視する。

 だが……

 

「ッ!」

 

 硬いな……!

 この甲冑ゴーレム、全力を込めたシールドバッシュで、ちょっとヘコみができる程度の硬さだ。

 ホントにBランクダンジョンのボスか?

 下手したら化け猫より強そうなんだが……。

 

「ぬぬぬ? あなた、なかなかお強いですねぇ。さぞ名のあるお方と見ました」

「……名など無いさ。私が馳せていたちっぽけな名は、お前達が全て吹き飛ばしてしまったからな」

「おお、なるほどなるほど! つまり、復讐者の方というわけですか! いやー、あなたのようなお美しい方に、そこまでの熱い想いを向けていただけるとは、人類の敵冥利に尽きるというものです!」

 

 ケタケタと笑いながら、戯けるような仕草で小バカにしてくるピエロ。

 は、腹立つ……!

 流れ込んでくるユリアの凶虎への、ひいてはその裏にいる魔王への憎悪と合わせて、なんか俺まで異様なほど腹立つ!

 画面越しじゃ味わえなかったぜ、こんな感情の昂りはよぉ……!

 

「では、そんなあなたに敬意を評して、もう一度名乗らせていただきましょう。

 魔王軍幹部『八凶星』の一人。知恵の五将の一角『奇怪星』トリックスターと申します。

 ぜひ、お見知りを」

「ああ、覚えておこう。必ずや息の根を止める相手としてな」

 

 今回は印象が薄いとかいって、忘れずに済みそうだ。

 そんな皮肉な感想が浮かぶと同時に、トリックスターが指揮者のように手を振り、それに合わせて甲冑ゴーレムが俺に剣を向けて動き出した。



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25 『奇怪星』

 甲冑ゴーレムが俺に向かって突っ込んでくる。

 化け猫よりは遅い。

 だが、今まで見てきた相手の中で、奴の次に速い。

 俺が言えた義理じゃないが、尋常じゃない防御力持ってるくせにスピードもあるとか反則だろ!

 

「━━━━━━━」

 

 甲冑ゴーレムが横薙ぎに剣を振るう。

 この一閃も速い。

 奴の身長は黒ゴーレムよりひと回り大きい、約五メートル半。

 その巨体に見合う巨剣を使ってるくせに、チャラ男の何倍もの剣速だ。

 

「ふっ!」

 

 俺はそれを盾で受ける。

 専用装備で体重を激増してもなお、ふっ飛ばされそうなほどに重い剣。

 サイズ差の暴力。

 武器スキルも必殺スキルを使えない俺じゃ、専用装備という工夫をしても、まだ埋めきれない隔たり。

 

 だが、対処法はある。

 超凄い盾を手に入れたからって、真正面からしか敵の攻撃を受けてはいけないというルールはない!

 俺は憑依してからの半年で鍛えた技術と、少しずつ戻ってきているユリアの感覚を合わせた技術で、甲冑ゴーレムの剣を盾で受け流した。

 

 やっぱり武器スキルの有無なのか、昔のユリアには到底及ばない技術だ。

 それでも専用装備によって、前までとは比べものにならないくらい重心が安定した今なら、この程度の攻撃を受け流すのは容易い!

 たとえ相手に劣っていようと、重さは強さ!

 足りない重さは、技術とチートで埋める!

 

「ハァアアアア!!!」

 

 そして、受け流しからの反撃!

 今まで見てきたゴーレムは、共通して胸の奥に核である魔石があった。

 なら、多分ダンジョンボスでもそれは変わらないだろう。

 故に、胸の中心を目掛けて、大剣での全力の突き!

 

「ッ!?」

 

 が、それは弾かれた。

 攻撃直後だったから盾は間に合ってない。

 純粋に胸部装甲の頑丈さと分厚さによって防がれた。

 俺の一撃は、胸部装甲を僅かに削って亀裂を入れることしかできなかったのだ。

 短かったな、俺の剣術無双タイム……。

 

 ちくしょう!

 胸部装甲のくせに硬くて分厚いとか、少しはおっぱい様を見習え!

 だが、少しでも亀裂が入ったのなら!

 

「ミーシャ!!」

「『火炎球(ファイアボール)』!!」

 

 後方のミーシャから、間髪入れずに援護の火球が飛んでくる。

 俺相手ならいくら誤射しても大丈夫だと、半年一緒にいるうちに学んだからこその強気の攻めだ。

 かなりの魔力が込められた火球が、俺がヒビを入れた箇所に寸分違わず命中し、炸裂。

 甲冑ゴーレムの巨体がのけ反り、亀裂が大きく……とまでは言えないが、少しは広がった。

 よし! この繰り返しを続ければ、勝てない相手じゃねぇ!

 

 それに……

 

「アッハッハ! 本当にお強い! これは今のうちに始末しておかないと、我々にとって多大な不利益になってしまいそうですねぇ!」

「何を笑ってやがる……!」

「さっきから、さんざん調子に乗りやがって! ぶっ飛ばしたらぁ!!」

 

 俺達が甲冑ゴーレムの相手を引き受けたことで、回復を含めて態勢を立て直せた良い奴らが、高みの見物を決め込むピエロに向かっていった。

 『奇怪星』トリックスター。

 俺の朧気な記憶が確かなら、使役する奴が強いだけで、本人は大して強くないタイプだったはず。

 

 そもそも八凶星は上位の三人以外、まだ未熟な勇者が倒すことになる序盤〜中盤の敵だ。

 こうして手駒を俺達が引き受けてる状態なら、良い奴らで勝てるかもしれない。

 そうなってくれれば、言うこと無し。

 よっしゃ! いったれ!!

 

「あ〜さ〜は〜か〜!」

 

 ピエロが指揮者のように手を振り上げる。

 その瞬間、地面から生えるようにゴーレムの軍勢が出現した。

 さっき俺が倒したのと同じ奴らが、当たり前のようにリスポーンした。

 ウッソだろ、おい!?

 あんな簡単に復活するんじゃ、俺の無双劇はなんだったんだ!?

 

「ダンジョンボスを支配下に置くということは、ダンジョンの全てを支配下に置くことと同義なんですよ〜! この程度の芸当は朝飯前! ざ〜〜〜んねんでした!」

 

 うっぜぇ!!

 しかも、ウザい上に、めんどくせぇ!!

 

「さぁて! ちょっと本気出しましょうか!」

 

 ピエロが腕を振る。

 指揮者のように腕を振る。

 ゴーレム達はそれに導かれるように動き、綺麗な陣形を組んでコンビネーションプレイをし始めた。

 

「くっ……!」

「『反抗の盾(リフレクト・シールド)』!! ぐへっ!?」

「『迸れ、雷撃の鞭……きゃあ!?」

「ワルビールさん!? アドリーヌさん!?」

「『癒しの天使よ、慈愛の御手を彼の者に触れよ』! ━━『治癒(ヒーリング)』!!」

 

 一糸乱れぬ連携の前に良い奴らが追い詰められ、戦闘開始かれ僅かな時間で、カナンの回復魔法が何度も何度も必要な事態に陥ってる。

 くそっ! 誘導薬が効いてねぇ!

 俺の方に突っ込んできて無駄死にしてくれる奴は一体もおらず、ゴーレムどもは良い奴らだけに狙いを定めやがった!

 

「う〜ん! 我が主より賜った手駒達と遜色ない操作感! マーベラス!」

 

 ピエロが笑う。

 あの野郎、調子に乗りやがって!!

 

「!? 避けて、ミーシャさん!!」

「え?」

「ッッ!!」

 

 その時、いきなりラウンが大声を上げ、ピエロがニヤリと、調子に乗ってるのは別種の笑みを浮かべた。

 嫌な予感を覚えたユリアの感覚が反射で体を動かし、甲冑ゴーレムの相手を放り出して、ダッシュでミーシャを抱きかかえる。

 

 次の瞬間、真上から(・・・・)飛来した矢が、ミーシャを庇った俺の鎧の肩を叩いた。

 

「!? なんで……!? 天井に罠!?」

 

 ミーシャが上を見上げて驚愕の声を上げる。

 言われて俺も見上げてみれば、確かにそこにはラウンに教え込まれた罠の一つがあった。

 不自然に天井から突き出した、矢を射出する罠が。

 

「おや? 初見で防がれましたか。やりますね〜。じゃあ、これでどうです!」

 

 ピエロが腕を振るう。

 部屋のあちこちから同じ罠が()()()()()

 おいおい、マジか!?

 

「名づけて、『矢の雨(アローレイン)』!」

 

 全方位から矢が射出される。

 ダンジョンそのものが俺達に牙を剥く。

 そこで、俺は奴の直前の言葉を思い出した。

 

『ダンジョンボスを支配下に置くということは、ダンジョンの全てを支配下に置くことと同義』

 

 あの言葉に一切の誇張は無かった。

 ここはもう、攻略難度Bの迷宮じゃない。

 知恵ある者の悪意によって強化された、小さな『魔王城』だ。

 

 『奇怪星』トリックスター。

 画面越しだと忘れる程度の敵。

 そんな奴ですら、現実で相手にしてみると、とんでもなく厄介で、俺は奥歯を噛み締めた。



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26 ぶっ倒す!!

「『せり上がれ、紅蓮の障壁』!!」

 

 降り注ぐ矢の雨を前にして、最も素早く最適解を選び実行したのは、ミーシャだった。

 

「『火炎壁(ファイアウォール)』!!」

 

 いつもは縦横数メートルくらいの壁として出す魔法を、今回は多大な魔力を込めたのか、このボス部屋全体を覆うカマクラのような形で発生させた。

 ミーシャの絶大な火力によって、矢は俺達に届く前に全てが熔解。

 こいつも化け物じみてきたな。

 めっちゃありがたい!

 

「助かったぞ、ミーシャ!」

「お礼言ってる暇なんかないわよ!」

 

 まあ、ミーシャの言う通りか。

 何か対策を考えないと辛い。

 回れ! 知力99!

 

「ユリアさんはトリックスターに突撃してください!」

 

 だが、俺が何かを考えつく前に、ラウンからそんな言葉が飛んだ。

 

「少しの間だけなら、ダンジョンボスは僕達が抑えます! その間にあいつを!」

 

 彼はピエロにめっちゃ煙幕の出る煙玉を投げつけ、ほんの僅かな間だけ奴の視界を奪ってゴーレムの操作を乱し、その間に言葉を繋いだ。

 膝は震え、目には涙が溜まっている。

 それでも、彼は戦えていた。

 

「ラウン、お前……」

「行くよ、グラン! 最後くらい、僕も君の隣で戦わせてくれ!」

 

 ラウンが震える声でグランに共闘を持ちかける。

 グランはチキンハートと罵った相手のそんな姿に目を見開き、次の瞬間には悪どいことを考えてるインテリヤクザの顔でニヤリと笑って、

 

「……ふっ、いいだろう。足を引っ張るなよ!」

「うん!」

 

 ラウンとの共闘を、笑顔で受け入れた。

 

「カハッ!?」

「おい、いきなりどうした、カナン!?」

「なんでもありません。ただの発作です。ありがとうございます」

「はぁ!?」

 

 なんか、唐突にカナンが鼻血を噴き出すという心配になる光景も見られたが、まあ、大丈夫だと思いたい。

 

「わかった! 速攻でケリをつけてやる!」

 

 俺はラウンの作戦に乗った。

 あのピエロを早急に黙らせなきゃならないのは確かだ。

 それに、ラウン含めた良い奴らが既に甲冑ゴーレムの方に向かってしまった以上、その背中を狙おうとしてる取り巻きゴーレムの対処も誰かがやらなきゃならない。

 俺達がピエロへの道をこじ開けるついでに叩いておくのが一番良いというか、もうそれしかないだろう。

 

「ミーシャ! 援護を頼むぞ!」

「任せなさい! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」

 

 ミーシャが上級魔法の詠唱を始める。

 また罠で狙われるのが怖いが、そこはラウンの教示を今日まで吸収し続けてきたミーシャの罠察知能力を信じる!

 

「ハァッ!!」

 

 そうして、俺はピエロに向かって、その前にいる取り巻きゴーレムどもを蹴散らしながら突っ込んだ。

 ラウン達の背中を狙おうとしてる連中を大剣でぶった斬って、一撃で倒せる奴は倒し、無理な奴はせめてふらつかせて移動速度を下げておく。

 後は頼れる相棒がなんとかしてくれる!

 

「『火龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 俺の背後で、ミーシャの放った火炎の奔流が、取り巻きゴーレム達を飲み込むのがわかった。

 それを置き去りにして、俺は駆ける。

 10トンを超える装備に身を包んでも、欠片くらいしか衰えない馬鹿力を駆使して全力で駆ける。

 

 そんな俺を、ピエロは笑顔で出迎えた。

 

「凄い速さですね〜! 力も凄いし、武器も素晴らしい! ですが〜」

 

 ピエロがガバッと、露出魔のように着ていた服をはだけた。

 『奇怪星』の名に恥じぬ、突然の奇行。

 突然の変態行為。

 何事かと思ったが、その狙いはすぐに察した。

 

 奴の服の下に、小型のドラゴンが巻きついていたのだ。

 

「己の力を過信し、これを避けられない距離まで近づいたのは失策でしたねぇ!」

 

 小ドラゴンの口の中に炎が発生する。

 ミーシャの上級魔法のモデル。

 小型とはいえ、正真正銘の龍の息吹。

 

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 獄炎が放たれた。

 現時点のミーシャの最高火力を遥かに超える熱量。

 盾で防ごうとも、鎧で防ごうとも、包み込むような炎が俺を焼く。

 

「アッハッハッハッハー!! 火力特化の『ミニチュアドラゴン』! 攻撃範囲こそ狭いですが、威力だけなら四大魔獣にすら匹敵する龍の息吹! 我が主より賜った私の護衛です!」

 

 ピエロが笑う。

 勝利を確信して笑う。

 確かに、こんな切り札があったんじゃ、余裕ぶっこいてたのもわかるってもんだ。

 火力だけならレベル40に匹敵するミーシャを遥かに超える大火力とか、直撃すれば人類最強でも大ダメージだろう。

 ゲームでも使ってきてたかは覚えてないが、とりあえずこいつを序盤の敵だと思って油断したら死ぬ。

 それだけは確かだ。

 

「アーッハッハッハッハッ……………………は?」

 

 けどまあ。

 お前、最後の最後に。

 

「判断を誤ったな、『奇怪星』トリックスター」

 

 炎の中から無傷の俺が飛び出す。

 マントは燃え、鎧は赤熱し、鎧の下に着てた服は全焼してエッチなことになってるが、肉体へのダメージはゼロ。

 それどころか、せっかくの故国の紋章が刻まれたマントをオシャカにされたユリアがブチ切れてるので、怒りで覚醒して逆にパワーアップだ。

 

「な、何故!?」

 

 ピエロが慌てる。

 その気持ちはわかる。

 お前の判断は、普通に考えれば何も間違ってない。

 敵の一番強い奴がノコノコ近づいてくるまで切り札を隠し、初見殺しで確実に仕留める。

 ああ、正しいよ。

 ただ、残念なことに……

 

「私は頑丈さにだけは自信があるんだ」

 

 この体は、あらゆる実用性を度外視して、才能以外の全ての伸び代を耐久に振ったネタキャラなのだ。

 それだけが、お前の誤算。

 

 ああ、そうとも。

 お前の言う通り、俺はこの力を過信してるともさ。

 所詮は貰い物の力でイキる転生者もどきだ。

 だが、そんな傲慢な過信を打ち砕けるだけの力を、お前は持っていなかった。

 それだけの話である。

 

「死ね」

 

 必☆殺!!

 女騎士スラッシュバスター!!

 要するに、ただ全力でマッスルを使っただけの斬撃がピエロを襲う。

 上から叩きつけるような一撃。

 それが奴の体を真っ二つに両断し……

 

「あべしっ!?」

 

 んん!?

 両断できなかったぞ!?

 なんか、バリン! っていうガラスを砕いたような音だけ聞こえたが、ピエロの体には傷一つついてない。

 斬撃の威力で地面に叩きつけられただけだ。

 まさか、こいつ、見た目に反して甲冑ゴーレム並みに硬いのか!?

 

「ちょ!? 待っ!?」

 

 いや、でも、なんかめっちゃ焦ってるな。

 無敵ってわけじゃないのか?

 とりあえず、もう一回斬りつけてみる。

 

「あふんっ!?」

 

 やっぱり、斬れない。

 また、バリン! という音が聞こえてきて、ピエロはノーダメージ。

 けど、今回は音の発生源がわかった。

 手につけてる変なリングだ。

 そこにハメ込まれてたデカい宝石みたいなのが、まるでピエロのダメージを肩代わりするように砕けた。

 

 リングの数は二つ。

 左右の手に一つずつ。

 そして、攻撃を無効にした回数も二回。

 なら、ひょっとして次は……

 

「ぎゃああああああ!?」

 

 あ、やっぱり斬れた。

 咄嗟に身を守ろうとして体の前でクロスされた両腕を斬り飛ばして、体に巻きついてた小ドラゴンも仕留めた。

 だが、小ドラゴンが盾になったせいで、致命傷は負ってない。

 人型生物を斬った嫌な感触が俺を襲っただけだ。

 

「ギャオオオ!!」

「む!?」

 

 と、そこで小ドラゴンが最後の抵抗をした。

 体を斬られてピエロの体に巻きつけなくなり、地面に落ちながらも、護衛という役割を最後まで果たすかのようにブレスを吐き出す。

 今回は熱量ではなく、俺を吹き飛ばすことを優先したのか、ミーシャの『火炎球(ファイアボール)』みたいな炸裂する球状のブレスだ。

 

 咄嗟に盾で受け止めたが、このゼロ距離じゃ受け流しまではできず、少し後退させられた。

 そして、これがマズかった。

 

「ゼェ……ゼェ……! ああ、痛いですねぇ……!」

 

 両腕を失ったピエロが、バッタみたいに跳ねて俺から逃げた。

 

「あなたの顔は覚えておきますよ……! 名も知らぬ女騎士さん……!」

 

 奴の前の地面から、ゴーレムの大軍が生まれる。

 今さら、その程度の壁で逃げられると思ってんのか!

 大人しく諦めんかい!

 

 そう思ってたんだが、俺がゴーレムの壁に数秒足止めされてる間に、突然ピエロの足下に穴が空いた。

 落とし穴!?

 自分の足下にだと!?

 

「さらばです! またお会いしましょう!」

「待て!!」

 

 ユリアの感覚が怒りに任せて、咄嗟に大剣を投擲したが、当たる寸前でピエロは落とし穴の中に消えた。

 しかも、その穴が瞬時に塞がる。

 に、逃しちまった……!

 

「ッ〜〜〜〜〜!!」

 

 その瞬間、ユリアの残留思念から、ドロドロとしたピエロへの怨嗟が湧き上がり、俺の心まで蝕んでいく。

 いやぁあああああ!? やめてぇえええええ!?

 そのドロドロやめてぇえええええ!?

 

「先輩! 今は怒るより、こっち手伝って!!」

「ッ!」

 

 だが、ミーシャの声によって、ドロドロの感情はなんとか心の奥に沈んでくれた。

 た、助かった……!

 ありがとう、ミーシャ!

 お前は俺の恩人だ!

 

 そんな恩人に報いるべく、俺は大剣を拾い上げて甲冑ゴーレムに向かっていった。

 ピエロは逃したが、まだダンジョンボスが残ってる。

 まだ安心するには早い。

 もうひと踏ん張りだ。



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27 三人目

「要望通り、新しいマントだ。あの小さいドラゴンの皮を使ってある。物理にも魔法にも強く、特に火に対する耐性は一級品。前回のマントよりも遥かに使える代物だろう。もちろん、お前の紋章も入れてある」

「助かる。毎度毎度すまないな」

「ちゃんと報酬をもらっている仕事なのだから気にするな。それに、自分の作品が一戦で燃え尽きてそのままというのは、職人として少々屈辱だからな」

 

 ピエロが逃走した後。

 操作してる奴がいなくなったからか、単純な動きしかしなくなった甲冑ゴーレムを全員で袋叩きにして討伐し、俺達は戦利品を持って地上に戻ってきた。

 ギルドにことの顛末を報告し、そこでグラウンド・ロードの面々と別れ。

 その翌日、専用装備の感想やら、マントが焼けてしまった件やらと、いくつか用事があって、お土産片手に世紀末エプロンの店を訪ねた。

 で、そこで二代目マントの制作を依頼し、今は数日経って完成品を取りにきたところだ。

 

 ちなみに、ラウンが土壇場でチキンハートを克服したということで、元のパーティーに復帰するという話もあった。

 しかし、その話はリーダーであるグランが却下した。

 

「お前と共にダンジョンボスと戦ってみて再認識した。やはり、お前に俺達と共に強敵に挑めるだけの力はない。今回上手くいったのは、彼女(ミーシャ)の援護があったからだ」

 

 虫けらを見るような目で見下されながらそんなことを言われて、ラウンはしょんぼりとしてしまった。

 ただまあ、例によって例のごとく、グランは良い奴なわけで。

 

「だが、心の弱さを克服したのなら、お前にも冒険者として活躍できる場所があることは認めよう。そいつらと一緒に行きたいのなら、好きにしろ」

「!」

 

 グランは依然虫けらを見るような目のまま、ラウンを冒険者として認めた。

 そして、グランは俺達に向き直った。

 

「俺達じゃ、こいつを守りながら戦うのは無理だった。だが、あんたらとなら、こいつはちゃんと戦える。ダンジョンボスとの戦いでそう思った」

 

 「だから」と言って……グランは俺達に頭を下げた。

 

「こいつを仲間にしたいのなら止めない。どうか、こいつを守って、一緒に戦ってやってくれ」

 

 声音は冷たく、けれど態度はどこまでも真摯に、誤解されやすそうな男は頭を下げ続けた。

 他のメンバーも、そんなグランにならって頭を下げる。

 良い奴らすぎて、こっちが恐縮した。

 

「ああ、任せてくれ。まだラウンに了承はもらえていないが、もしそうなったら全力で支え合う所存だ」

「……まあ、普通に使える奴だし、善処はするわよ」

「そうか。感謝する」

 

 グランは氷のように冷たい表情のまま、安堵したように温かい雰囲気になった。

 こいつ、顔もイケメンだし、性格最高だし、誤解されそうな要素を改善したら絶対モテるだろうなぁ。

 

「行くぞ」

「うぅ! ラウン、元気でやれよぉ!」

「ラウンちゃん、今度会ったらお姉さんと良いこと……」

「アドリーヌさん、いい加減にしてください。私だって死ぬほど我慢してるのに……!」

 

 良い奴らは、もう隠すことなく別れを惜しみながら去っていった。

 ピエロというアクシデントはあったものの、当初の予定通りダンジョンは攻略したし、もう町を出るんだろう。

 実際には旅支度とかあるから、まだ数日は町にいると思うが、なんとなくもう俺達の前には姿を見せない気がした。

 顔合わせたら未練が生まれそうだからな。

 

「グラン! 皆さん!」

 

 最後に、ラウンが涙を浮かべながら飛び出して、

 

「今まで、本当にありがとうございました!!」

 

 こっちも全力で頭を下げた。

 悪人面は号泣し、女性二人はすすり泣き、グランは……

 

「ラウン」

 

 振り返らないまま、ラウンの名を呼び。

 

「また会おう」

 

 それだけ言い残して、今度こそ歩み去った。

 ……また会おう、か。

 前回ギルドで出くわした時は、「もう二度と会わないことを祈ってるぞ」だったな。

 あれに比べれば、随分と前向きな別れの言葉だと思う。

 

「うん! またね!」

 

 ラウンもまた、泣きながらも笑顔で、去っていく仲間達に手を振り続けた。

 あ、やべ。

 もらい泣きしそう。

 

「ぐすっ……。お待たせしました、ユリアさん、ミーシャさん」

「で、返事は決まったの?」

「はい!」

 

 ミーシャの問いに、ラウンは力強くうなずく。

 

「前に断っておいて、虫のいい話だとは思います。けど、もし取り返しがつくのなら、あの時の答えを撤回して、もう一度答えさせてください!」

 

 ラウンが俺達に手を差し出す。

 まるで、前回俺が差し出していた手に応じるように。 

 

「割れ鍋に綴じ蓋。変な言葉だけど、良い言葉だと思います。━━僕なんかでよければ、ぜひお二人の仲間に入れてください!」

「……ああ! その言葉を待っていた!」

 

 俺はラウンの手をガッチリと掴む。

 ミーシャも、握手した俺達の手の上に、自分の手を重ねてきた。

 

「歓迎する。ようこそ、私達のパーティー『リベリオール』へ! だが、お前は一つ忘れていないか?」

「へ? 何をですか?」

「前回誘った時に言っただろう? 正直、私達にも問題があると」

 

 少々志が高すぎて、今まで勧誘してきた者達には尽く振られてきた。

 そんな感じのことを、俺はラウンに言った。

 ラウンもそれを思い出したのか、「ああ!」って感じのハッとした顔になった。

 

「でも大丈夫です! 僕は覚悟を決めました! Sランク冒険者を目指すとかでもバッチコイですよ!」

「そうか。本当に変わったな」

 

 ピエロや甲冑ゴーレムとの戦い……いや違うな。

 多分、仲間に(特にグランに)認められたからだ。

 今のラウンは気力に満ちあふれている。

 これなら大丈夫そうだ。

 

「では、言おう。私達の目標は四大魔獣、ひいてはその裏にいる魔王の討伐だ」

「………………へ?」

「四大魔獣の一角が、私達の故郷の仇なのよ。私達についてくるんだったら、世界を救う覚悟がいるわよ?」

「え? え?」

 

 ラウンが混乱している。

 大丈夫なようには見えない。

 バッチコイではなかったのか。

 

「聞いてない……聞いてないです!? こんなの詐欺ですよ!?」

「一応、これを聞いて断るのなら構わないとも言ってあったが……」

「仲間達とあんな感動的な別れ方しておいて、今さら断れるわけないじゃないですかぁーーー!!」

 

 ギガントロックの町にラウンの絶叫が響き渡った。

 ひと通り叫んだ後、彼はもうどうにでもなれって感じのヤケっぱちな様子で俺達の仲間に加わった。

 ようこそ、歓迎するぜ。

 俺達と一緒に、いっちょ世界救ってこようや。

 

 

 

 

 

「では、本当に世話になった。お元気で」

「ああ。お前達も元気でやれ」

 

 ラウン加入から数日後。

 二代目マントを受け取った後。

 既に旅支度を終えた(ラウン監修のもと、大幅な効率化が図られた)俺達は、この足でそのまま町を出るつもりだった。

 やっぱり、世紀末エプロンを仲間にできなかったのが惜しまれる。

 まあ、妻子持ちだし仕方ないか。

 家庭円満を祈ってるぜ。

 

「やだぁーーー!! ラウンお兄ちゃん、行っちゃいやぁああ!!」

「えっと、その、ごめんね、エミーちゃん。ちゃんと手紙書くから」

「こら、エミー。お兄ちゃんを困らせちゃダメでしょ」

 

 で、旅立ちの直前になって、ようやく世紀末エプロンの奥さんと娘さんを見たんだが…………美女と野獣を体現してるとでも言えばいいのか。

 奥さん、すっげぇ美人さんだった。

 すっげぇ、おっぱい様でもあった。

 大恩人に向かって、こんなことは口が裂けても言えないから、せめて心の中で言わせてくれ。

 もげろ。

 

「うぅー……! お手紙、約束だよ!」

「うん。約束するよ」

 

 そんな奥さんの遺伝子を色濃く継いでる娘さんの頭を、変な腕輪のついた手で優しく撫でるラウン。

 お前にはグランというものがあるだろうが。

 何、将来有望そうなロリっ子と、光源氏計画みたいなフラグ立ててんだ。

 

「せ、先輩、私は早く旅立ちたいわ。あの人が限界を迎える前に」

「同感だが、あの別れを邪魔しても爆発すると思うぞ」

「うぅ……」

 

 ミーシャは、娘の前だからか、いつものゴゴゴゴゴすら抑えてている世紀末エプロンの姿に、圧縮されまくって爆発寸前の危険物を見るかのような目を向けながら、カタカタと震えていた。

 腕につけたラウンとお揃いの腕輪がカチャカチャと音を立てる。

 

 もちろんだが、この腕輪はペアリング的なものではない。

 今回の戦いの戦利品だ。

 ピエロが装備してた、ダメージを肩代わりする腕輪である。

 斬り飛ばした両腕に一つずつついてたから、回収して二人に持ってもらっているのだ。

 

 ギルドで鑑定してもらったところ、これはダンジョン産のお宝の一種らしく。

 効果は『腕輪にハメ込んだ魔石と引き換えに、致命傷を無効にする』というもの。

 ゲームでもそうだったが、ダンジョンからはこの手のアイテムが出てくる。

 理由としては、ダンジョンが侵入者を誘き寄せて栄養にするための餌だそうだ。

 

 ちなみに、この腕輪にハメ込む魔石は、かなり高品質な代物じゃないと機能しないこともわかった。

 ゴーレムの魔石で言えば、甲冑ゴーレム以外のやつだとダメっぽい。

 要求基準高ぇよ。

 

 そんな代物がポンポン手に入るわけがないので、これはあくまでも、いざという時限定の保険だ。

 それでも、防御力皆無の二人が入れる保険があったのは滅茶苦茶助かる。

 これを持ってきてくれたことに関して()()は、奴に感謝してもいい。

 

「それじゃあ、またね、エミーちゃん」

「うん! またね、お兄ちゃん!」

 

 やがて、ラウンと娘さんのお別れも終わったようだ。

 世紀末エプロンが覇気を抑え切れなくなってきてるし、ミーシャの言う通り、爆発する前に火元(ラウン)を遠ざけてしまおう。

 出発だ。

 

「では、私達は行く。あなたの装備が世界を救ったという報せを待っていてくれ」

「途中で壊れるかもしれんだろうに。だが、その時、この町の近くに来ていたら寄れ。安く直してやる」

「本当に感謝する」

 

 最後に、俺と世紀末エプロンは、厨ニ的センスの合った友としてガッシリと硬い握手を交わし、別れた。

 良い人の町ギガントロックを離れ、次の目的地へ。

 俺達の冒険は始まったはかりだ。

 ゴールはまだまだ遠い。



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28 敗走の魔将

「うぅ……痛いぃ……痛いですよぉ……」

 

 悪魔のような女騎士からどうにか逃げ切った魔王軍幹部『八凶星』の一人、『奇怪星』トリックスターは今。

 そのへんにいた魔獣を、残った力でどうにか操り人形に変え、その魔獣の背に乗って魔王城への帰還を目指していた。

 

「ホント、なんだったんでしょうかねぇ、あの女騎士さんは……。

 せっかく支配できたダンジョンがパー。護衛も失い、両腕も失い、前に他の迷宮で手に入れた魔王様にも内緒の護身用アイテムまで失い……踏んだり蹴ったりです」

 

 もう戯ける余裕すらなく、ただただトリックスターは脱力して魔獣の背に体を沈める。

 通りかかってくれたのが、前に支配を試みた化け猫の下位種のような猫の魔獣で良かった。

 毛皮のベッドが疲れた心を癒やしてくれる。

 支配しようとした時に、うっかり丸呑みにされそうになったのは怖かったが……。

 トリックスターは自らに与えられた力が『魔獣を操る力』だったことに感謝した。

 

「はぁ……」

 

 自らの能力を研鑽すること、幾星霜。

 同じくダンジョンより生まれた存在であることを利用し、他のダンジョンに自分を仲間だと誤認させて、支配権を奪うという研究を始めて、幾星霜。

 その成果が実を結び、ようやく支配率100%のダンジョンを手に入れたというのに、結果はこのありさま。

 

 これでも、トリックスターは相当頑張ったのだ。

 ダンジョンは長年をかけて自然界の魔力を取り込み、更に迷宮内で死んだ侵入者を栄養として吸収することで、どんどん魔力を蓄えて大きく強くなっていく。

 その蓄えられた魔力に干渉し、ダンジョンの拡張に充てられていた分を、ボスの強化とゴーレムや罠の生産に充てた。

 これは数百年〜数千年に一度生まれる知性あるダンジョンボス『魔王』にしかできなかった所業だ。

 つまり、トリックスターはあの瞬間、小さな魔王と言える存在に至っていたのだ。

 

 それだけの成果も台無しである。

 今回のような都合の良いダンジョンは、そうそう見つからないだろう。

 トリックスターの能力で支配できるのは、基本的に自分よりも弱い存在のみ。

 長年の研究によって、他のダンジョンの懐に潜り込んで、自分より強い魔獣を支配することもできるようになったが、それも相手の自我が強ければ不完全な支配にしかならない。

 

 前回の化け猫がその典型だ。

 あれには『もっと魔獣を生産して、迷宮の外を襲え』という命令を出したつもりだったのだが、何をどう間違ったのか『自分がボス部屋を出て侵入者を襲う』という命令に変換され、勝手に飛び出してしまったのだ。

 多くのダンジョンに似たような仕掛けを施してきたが、こういう不具合はしょっちゅう起こる。

 おまけに、化け猫に関しては変換された命令すらロクに果たせないうちに、どこかの誰かに討ち取られて黒焦げ死体になってるのを発見してしまったので、あの時もガックリきたのを覚えている。

 

 ちなみに、他の魔獣は外に出せても、ダンジョンボスだけは迷宮の中から出られないので、化け猫に外の世界を襲わせるというのだけは不可能である。

 同じ理屈で、魔王も魔王城からは出られない。

 だから、四大魔獣や八凶星のような、外での実働部隊がいるのだ。

 

「四大魔獣を動かせれば、あの女騎士さんも倒せますかねぇ」

 

 トリックスターは、魔王の支配を外れて久しい強獣達のことを思い浮かべてそう呟く。

 護衛として魔王に借りていたミニチュアドラゴンの攻撃力は四大魔獣並みと称したが、あれはあくまでも四大魔獣の最弱の攻撃と同等という意味だ。

 その気になればもっと強烈な攻撃を『広範囲』に『連打』してくるのが、あの化け物達。

 さすがの彼女でも、あれらには勝てないと思うのだが……。

 

「でも、どこにいるかわからないんですよねぇ」

 

 あれらは魔王の『裏技』によって生まれた存在。

 当代魔王が生まれてからの数百年間、先代魔王すら隠れ蓑にして身を潜め続け、溜め込みに溜め込んだ魔力をたった四体の魔獣の作成に費やし、魔王城を無敵の要塞にした四つの『鍵』だ。

 ダンジョンの制約のギリギリを攻め、支配権を手放すことと引き換えに、彼らは魔王城を守る無敵の結界の柱となった。

 その結界のおかげで、魔王が今の人類では倒せないほど強くなるまでの数百年という時間を稼げたのだから、これ以上を求めるのは欲張りが過ぎる。

 

 一応、トリックスターの能力があれば、見つけることさえできれば大雑把な指示を与えることくらいはできるだろう。

 制御権が失われているとはいえ、一応は同じダンジョンから生まれた同族なのだから。

 結界自体、魔王と魔王城が充分に成長した今となっては半ば無用の長物と化しているため、四大魔獣を使い潰しても特に怒られないはずだ。

 しかし、世界にたった四体しかいない怪物を探して回るというのは現実的ではない。

 

「大人しく、今までと同じ方針で動きますか」

 

 すなわち、チクチクとダンジョンに細工をして、たまに魔獣の軍勢を率いたり、同僚の『軍傭星』に預けたりして人類を攻める。

 あの女騎士を倒す手段に関しては、他の八凶星にも情報共有して、気長に探していくしかない。

 自分が気を揉むまでもなく『力の三将』あたりが倒してくれるとありがたいのだが……彼らも忙しいので難しいか。

 

 まあ、彼女は防御力こそ頭おかしいが、攻撃力は大したことがない。

 人類最強と謳われる『賢者』『剣聖』『帝王』の『北の三英雄』と違って、単騎で軍勢を押し返せはしないはずだ。

 脅威ではあるが、まだ放置していても大丈夫なレベル。

 彼女がいくら硬くとも、それだけで魔王軍の侵攻は止められない。

 

「とりあえずは、魔王城に戻って傷の治療。その後はまた魔王様のために、生まれ持った使命のために、ですねぇ」

 

 そうして、トリックスターは猫の魔獣に乗って歩を進める。

 魔王城というダンジョンより生まれた知性ある魔獣として、己の役割を果たすために。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そうして、異端の女騎士と魔王軍との因縁ができてから、一年と少しの時間が流れた頃。

 魔王軍にとって、彼女以上に因縁深い存在が現れる。

 歴代の魔王達が必ず相手にしてきた因縁がやってくる。

 

 ━━異世界の扉が開かれた。



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29 勇者召喚

 ━━勇者視点

 

 

「目覚めよ……勇者よ、目覚めるのです……」

「んあ?」

 

 なんか頭がボーっとする。

 そんな靄がかかったような頭に、すげぇ綺麗な声が浸透してくる。

 有名声優なんて目じゃない、癒やし系ボイスだ。

 脳がとろけそう。

 そういう音源でも流したまま寝ちったんだったか?

 

「目覚めよ、勇者。目覚めるのです」

「ほげっ!?」

 

 と思ったら、パシン! と何かで頭をぶっ叩かれて、強制的に叩き起こされた。

 混乱しながら目を開けると、そこには目の覚めるような美少女の姿が。

 二次元のキャラのように整った顔立ちと、スラッとした抜群のプロポーション。

 胸部装甲は大きすぎず小さすぎず、大小に貴賤はない、どっちもエロいと思ってる俺の好みにドストライクだ。

 

 そんな美少女が微笑みを浮かべながら、何故かハリセン片手に俺を見下ろしていた。

 ハリセン……。

 さっき俺をぶっ叩いたのはこれか。

 

「目覚めたようですね、勇者よ」

「あー、えっと、あなた様はどちら様でしょうか? というか、ここどこ?」

 

 たしか昨日は、大好きな『ブレイブ・ロード・ストーリー』をやり込んで、うっかり徹夜しちゃって、フラフラとした頭のまま学校に向かって、それで…………その後の記憶がない。

 しかも、今いるこの場所、よく見れば目の前の美少女含めて、この世のものとは思えない空間だ。

 星空の中とでも言えばいいんだろうか?

 暗闇の中に銀河っぽい輝きがいくつも浮かんでて、それが俺達を照らしている。

 察するに、この状況ってまさか……。

 

「私はとある世界の神『メサイヤ』。ここは『世界の狭間』とでも言うべき場所です。あなたは寝不足のままトラックに撥ねられて亡くなり、魂のみの存在となってここに辿り着いたのですよ」

「やっぱりか、ちくしょぉおおおおお!!」

 

 なんてこった!?

 俺はまだ女の子と手を繋いだことすらなかったのに!

 せめて、せめて童貞を卒業するまでは生きたかった……!

 

「まあまあ、そう悲観したものでもありませんよ。あなたは選ばれたのですから。あなたが望めば、記憶も肉体も持ち越したまま、異なる世界で第二の人生を送ることができます」

「マジっすか!?」

「ええ。おまけに絶大な力まで手に入りますよ」

 

 それってあれか!?

 流行りの異世界転生ってやつか!?

 チートで俺tueeeeなセカンドライフ始まっちゃう!?

 

「ちなみに、異世界送りのついでにイケメンに転生させてもらえたりとかは……」

「そんなサービスはやってませんね」

「……そうっすか」

 

 さすがに、そこまで都合良くはないか。

 いや、俺の顔だって捨てたもんじゃないはず。

 イケメンじゃないが、決して醜くて吐き気がするってほどでもない。

 平均だ平均だ。

 頑張れば彼女くらいできるはず!

 

「ちなみに、あなたを送る世界は、あなたの大好きな『ブレイブ・ロード・ストーリー』の世界です」

「え!?」

「あなたは選ばれたのですよ。あの世界を救う勇者としてね」

 

 うぉおおおおお!!

 神展開きたぁたあああああ!!

 そういやこの人、さっきから俺のこと勇者勇者って言ってたな!

 大好きな世界に、チートをもらって、主人公として行かせてもらえるなんて最高じゃねぇか!

 あざっす神様!

 

「いや、驚きましたよ。あなたの勇者として適性はぶっちぎりです」

「おお! 俺の秘められた才能的な?」

「全然違いますね。勇者適性は『どれだけあのゲームとの関わりが深い』か。正確に言えば『どれだけあの世界と共鳴することができるか』なので、ブームを過ぎても狂ったようにあのゲームをやり続けた、あなたの無駄な情熱のおかげです」

「無駄な情熱て……」

 

 言い方ぁ。

 いや、確かに嫌な現実から逃避するように、あのゲームに没頭していったけどさぁ。

 

「というか、ゲームの世界なんてホントにあったんですね」

「違いますよ。数多ある平行世界の中で、たまたまあの世界と、あなたの世界のゲームに大きな類似性があっただけです。無限に等しい並行宇宙の中なら、探せばこういう現象も多々起こるのですよ」

「は、はぁ……」

 

 無駄の情熱うんぬんから話題を変えるために他の話を振ってみたら、全く理解が及ばない話が飛び出してきた。

 俺の顔はきっと、突然宇宙の話をされたみたいになってるだろう。

 この例えがこんなに適切な場面はそうそうない気がするぜ。

 

「しかし、あの時代の地球、特に日本は便利ですね。かなりの数の平行世界で『創作物』という概念が生まれているおかげで、あそこを探せば私の世界と共鳴してくれる人材が簡単に見つかる。中には勝手に共鳴して、一時的な憑依状態という面白いことになってる子までいますし、本当に大助かりです」

 

 なんか、美少女神様が語り出した。

 全然理解できないが、あっちも俺に理解させるつもりはないっぽい。

 ただ、面白いことがあったから、とりあえず誰かに話したかった感じか?

 わかる。

 俺も『ブレイブ・ロード・ストーリー』の話を、あんまり興味なさそうな相手に一方的に喋り倒して、悪くない関係だった女子に「うわぁ、オタク……」とドン引きされたことがあるからな。

 あれで俺の童貞卒業が遠ざかったような気がする黒歴史だ。

 

「まあ、そういうわけで、あなたには勇者としてあの世界に行ってもらいます。勇者の目的はわかっていますね?」

「ういっす! 魔王の討伐ですよね?」

「その通り。人類を滅ぼそうとしてるあんちきしょうの手先の討伐です。あのわからず屋、こんな不毛な戦い、あと何万年続ける気なんですかねぇ」

 

 お、それってもしかしてあれか!

 あの世界の神話にある『天神』と『地神』の話!

 結構気になるけど…………聞いたが最後、さっきみたいに理解不能の話が、愚痴のごとく長々と出てくるという未来を俺の勘が察知した。 

 触らぬ神に祟りなし。

 それよりも今は!

 

「で、俺のチートってなんなんすか!?」

「ああ、それは簡単ですよ。別に私が与えてるわけじゃなく、世界の共鳴があなた側の概念を引きずり込み、それが力になります」

「すみません、全くわかりません!」

「平たく言うと、あのゲームでのステータスが、そのままあなたの力になるということです」

 

 マジで!?

 あのゲームでの俺っていうか、主人公の勇者は『最強』を追い求めたガチビルドのレベル99だぞ!

 無敵じゃねぇか!

 ゲームの鬱イベントをぶっ壊して、ハーレムを築いてやるぜぇ!

 

「あ、でも、さすがにそのままだと力が大きすぎて、この狭間の道を通れませんね。半分くらいは削げ落ちて、レベル50くらいになるでしょう。もちろん、アイテムとかも持っていけません」

「えぇ!?」

「前の子はやたら尖ってるというか、細長い形の力だったせいで普通に通過しましたけど、万能型はこういう時に辛いですね」

 

 細長い?

 よくわからんが、とりあえず、俺はレベル50の状態で送られるらしい。

 レベル99じゃないのは残念だが……まあ、許容範囲内か。

 レベル50でも本編終盤並みの力だし、隠しダンジョンの魔導書で覚えたチートスキルの数々もある。

 それにレベルなんて、魔獣倒してればすぐに上がるはず。

 アイテムが無くても、手に入る場所は覚えてる。

 どうにでもなるだろう。

 

「では、行きなさい、勇者よ! 魔王を倒して人類を救うのです!」

「了解! 任せてください!」

「よろしい! って、あ!? あのバカ、また暴れて……」

 

 美少女神様が別のことに気を取られながらぞんざいに腕を振り、俺の意識はボヤけるように遠くなっていった。

 そして……

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 気づいたら、どこかの石造りの部屋に立っていた。

 足下では魔法陣的なものが淡く輝き、周囲には白い神官服を着た人達がひざまずいている。

 その先頭、俺の正面には、見覚えのある銀髪美少女の姿が。

 

「ああ、勇者様。どうか我らをお救いください」

 

 銀髪美少女……ゲームでの勇者の最初の仲間である『聖女』アリシア(2Dと3Dの違いでわかりづらいけど、俺には一発でわかった)が、すがるような目で俺を見ながら、そんなことを言った。

 庇護欲を誘うような表情。

 ズキューン! と心臓を撃ち抜かれたように、胸がドキドキする。

 これが……一目惚れ!

 

 だが、落ち着け!

 ここでキョドったらマイナスイメージを持たれる!

 こういうのは第一印象が大事!

 どっかの本にそう書いてあった!

 

「話は神様から聞きました」

 

 俺は胸のドキドキを隠してクールにそう言いながら、胸をドン! と叩いた。

 

「任せてください! この俺、勇者『ハルト』が世界を救ってみせましょう!」

「「「おお……!」」」

 

 アリシアを含めた神官達が、感動したように涙ぐんだ。

 自己紹介をしておこう。

 俺の名前は『高橋(たかはし)遥人(はると)』。

 元はそこらにいるカースト底辺の冴えない男子高校生であり、今はこの世界を救う者。『勇者』ハルトだ!



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30 進路

「『メサイヤ神聖国』に行こうと思う」

 

 俺がそんなことを言い出したのは、ラウンを仲間にしてから一年ちょっと。

 ユリアに憑依してから二年弱が経過した頃のことだった。

 

 俺達の冒険者ランクはAに上がり、認識票の信号機はとっくに卒業して、今は銀メダルだ。

 大分経験を積み重ねて強くなってきたし、連携の質も上がってきたし、ランクも英雄(Sランク)には一歩届かないまでも精鋭(Aランク)にはなった。

 結構な数のダンジョンを制覇したりもした。

 一番欲しかった魔導書は未だにゲットできてないが……。

 

 まあ、魔導書はともかくとして。

 これだけの実績があれば、魔王城のある大陸北部で魔王軍の本隊とバチバチやり合ってる『北部三大国』あたりに行けば、それなりの待遇で迎えてくれるかもしれない。

 『魔王軍と戦ってる人達に快く迎え入れてもらえるような立場と信用を得る』という冒険者になった当初の目的を、最低限は果たした形だ。

 

 ということで、今後どう動くのかという会議が行われた。

 北部三大国に行って、魔王軍を削りつつ四大魔獣の出現を待つのか。

 四大魔獣だけに狙いを定めて、情報収集に徹するか。

 できればSランクにもなっておきたいし、もう何人か仲間もほしいよなという話も出た。

 そこにぶち込んだのが、冒頭の話題だ。

 

「メサイヤ神聖国、ですか?」

「『天神教』の総本山ね。そんなところに何の用?」

 

 二人は不思議そうな顔をして、俺に訪ねた。

 天神教。

 それは元の世界で言うところのキリスト神話並みに有名な神話に出てくる女神、『天神メサイヤ』を信仰する宗教のことだ。

 

 昔々。

 人類は今とは比べものにならないくらい栄えていた。

 魔獣や魔王という存在もこの頃はおらず、二柱の神に見守られながら、人類は栄華を極めていた。

 現代では『奇跡』とまで言われる古の魔法で、あらゆるものを作り、あらゆる美食を味わい尽くし、あらゆる欲望を満たし続け。

 その力で…………人類は互いに争った。

 

 もっと良い暮らしがしたい。

 もっと奇跡の力の対価がいる。

 だから、それを隣人と奪い合った。

 奇跡の力で星をボロボロにしながら争った。

 

 それに怒ったのが二柱の神の片割れ『地神ガイアス』だ。

 愚かな人類はもう見ていられない。

 かの神は、その絶大なる力で文明を破壊し、人類から奇跡の力を取り上げた。

 

 それでも怒りが収まらなかったガイアスは、人類を完全に滅ぼそうとした。

 そこに待ったをかけたのがもう一柱の神『天神メサイヤ』だ。

 かの慈悲深き神は、もう充分だろうとガイアスに言った。

 奇跡の力を無くし、これからは苦難の歴史が始まる。

 それで充分だろうと。

 

 しかし、同じ神の言葉でもガイアスは止まらない。

 構わず人類滅亡を敢行しようとし、慌てたメサイヤはガイアスを封印した。

 己の力の殆どをガイアスの封印に費やして、どうにか暴れるガイアスを取り押さえたのだ。

 

 だが、これでもガイアスは諦めなかった。

 動けない自分の代わりとして迷宮を作り出し、魔獣を作り出し、それによって人類を滅ぼそうとした。

 メサイヤの妨害によって、殆どの迷宮は本来の使命を中途半端にしか果たせない知恵無き存在として生まれてくる。

 だが、数百年〜数千年に一度、メサイヤの妨害を振り切って、ガイアスの意志を完全に受け継いだ知性ある迷宮が生まれる。

 

 その迷宮が成長し、人類を滅ぼしうるほどに強大になった存在。

 それこそが『魔王』。

 圧倒的な魔王に対抗すべく、メサイヤもまた、ガイアスの封印で大変な中、力を振りしぼって救世主を召喚する。

 それこそが『勇者』。

 かくして、人類の存亡を賭けた神々の戦いは繰り返され、長い長い時を経て現在にまで続いている。

 

 って感じの神話。

 ゲームでも確かに、ちょいちょい語られてた。

 ちょいちょい過ぎて、ライト勢の俺は忘れかけてたけど。

 だから、今の説明はユリアの記憶で補完した結果だ。

 

 で、まあ、そんな神話から生まれたのが『天神教』なわけだ。

 世界的に見てもかなりメジャーな宗教で、ユリア達の故郷であるリベリオール王国にも教会があった。

 その総本山が『メサイヤ神聖国』。

 大陸中央部の全てを支配する世界最大の国であり、屈強な神聖騎士団を擁する強国であり、世界で唯一、勇者召喚の儀式を執り行える国。

 つまり……ゲーム通りに進むなら、そろそろ当代勇者が召喚されるだろう国。

 

 ここまで語ればおわかりだろう。

 俺がメサイヤ神聖国を目指そうなんて言い出したのは、勇者の仲間に立候補するためだ。

 ゲームでも、システム的な問題で戦闘に参加するのは四人までだったが、それ以上の人数を仲間にしてたし、戦闘に参加しなかったキャラにも経験値は入ってた。

 なら、ウチのパーティーごと勇者に雇われても問題ないはずだ。

 勇者にくっついてるのが、魔王討伐への一番の近道と考える。

 

 しかし、この事情をそのまま話すのは嫌だ。

 なんで勇者召喚の時期を特定できるんだよって突っ込まれたら、上手い返し方が思いつかない。

 俺がユリアの中に入ってる変な男だってバレるのは論外。

 そんなことになったら、俺のメンタルはこの先の旅を耐えられないだろう。

 さんざん一緒に水浴びとかしてしまったミーシャにゴミを見る目を向けられたらと思うと、考えるだけで恐ろしい。

 違うんだ。悪意も下心もなかったんだ。

 ただ、ミーシャの方が一緒に行こうって誘ってくるから、断り切れなかっただけで……。

 

 ゲーム知識をボカして話して、実は私、未来予知的な能力を持ってるんだよと伝える作戦もダメ。

 ゲームとの最大の差異であるユリア憑依現象なんてもんが発生してる以上、他の要素だってゲーム通りに進む保証は欠片もない。

 というか、ユリアがネタキャラと化し、ゲームならできたはずのことができなくなってる以上、どう足掻いてもゲーム通りにはならない。

 そもそもの問題として、俺はゲームの設定自体うろ覚えという始末。

 こんな不確かにもほどがある情報で惑わせるわけにはいかない。

 

 ってなわけで、本音は語れない。

 だからカバーストーリーというか、メサイヤ神聖国を目指す表向きの理由は考えておいた。

 

「ほら、私には勇者の力に似た何かがあるだろう? 魔王軍と本格的にぶつかる前に、自分の力のことを少しは把握しておきたかったんだ」

「ああ、なるほど」

「それで、メサイヤ神聖国ってわけね」

「そうだ。歴代勇者達を召喚し続けてきた国なら、何かわかるかと思ってな」

 

 俺の勇者の力っぽい何か。

 一緒に戦う仲間達に経験値的なものを入れてるのか、急速に成長させる力。

 まあ、急速と言えるかは微妙なところなんだが……。

 ちなみに、現在の二人のステータスはこんな感じだ。

 

━━━

 

 ミーシャ・ウィーク Lv35

 

 HP 200/200

 MP 1540/1540

 

 筋力 50

 耐久 50

 知力 1570

 敏捷 70

 

 スキル

 

『火魔法:Lv37』

『MP増強:Lv20』

『MP自動回復:Lv20』

『知力上昇:Lv35』

『火属性強化:Lv33』

火炎球(ファイアボール):Lv40』

火炎壁(ファイアウォール):Lv32』

炎龍の息吹(フレイムブレス):Lv28』

 

━━━

 

 ラウン Lv20

 

 HP 230/230

 MP 25/25

 

 筋力 35

 耐久 40

 知力 470

 俊敏 50

 

 スキル

 

『知力上昇:Lv33』

『索敵:Lv70』

『罠発見:Lv67』

『アイテム作成:Lv40』

『調合:Lv40』

『マッピング:Lv53』

 

━━━

 

 かなり強くなってはいる。

 それは間違いない。

 だが、二年弱かけても、ミーシャのレベルは35。

 一年以上かけたラウンも、レベル20。

 ラウンに至っては、レベルが上がってもステータスの上昇値が微々たるもの過ぎて、全然強くなった気がしない。

 代わりに非戦闘系のスキルが異様に成長してて、やっぱりこいつの天職は冒険者じゃねぇだろとは思ってるが。

 

 ……正直、これ俺の力というより、こいつらが成長期だっただけって言われても、ギリ納得できる範疇なんだよなぁ。

 二人とも十代中盤で若いし。

 それでも一応、俺達の間でこの成長は不思議パワーによるものって認識になってるので、魔王軍とのガチバトルが始まる前に調べたいって言えば理屈は通るだろう。

 

「まあ、悪くないんじゃない? 他の選択肢も、選ばなかったからって今すぐどうこうなるものでもないし」 

「ですね。メサイヤ神聖国への道すがら、Sランク到達とか仲間の勧誘とかを終わらせて、万全の準備を整えてから魔王軍とぶつかる方が僕としては嬉しいです」

「そうか。では、次の目的地はメサイヤ神聖国ということでいいか?」

「「異議無し」」

 

 ということで、俺達の進路が決まった。

 目指すは勇者召喚の地、メサイヤ神聖国。

 まあ、勇者召喚の時期が本当に合ってるのかもわからんし、合ってたとしても上手く勇者に取り入れるとも限らない。

 そもそも、勇者がどんな奴なのかもわからないからな。

 

 ゲームでの勇者は、いわゆる『喋らない主人公』だった。

 容姿もプレイヤーが好きに選べるし、なんなら性別だって選べる。

 そのゲームが現実になった今、どんな勇者が召喚されてくるのかは予測不能だ。

 性格ドクズなエセ勇者とかだったら、最悪共闘路線を諦める必要すらあるかもしれない。

 命を預けて戦う仲間になるなら、いくら強くても信頼できない奴など論外だ。

 

 そんなわけで、勇者というのは存在自体が不確定要素の塊。

 メサイヤ神聖国まで行っても、無駄骨になる可能性も大いにある。

 それでも、勇者が魔王討伐の最重要要素であることは確かだ。

 だから、とりあえず行くだけ行ってみてから考えよう。



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31 港町グレース

 メサイヤ神聖国を目指して、えっちらおっちら進む。

 移動は基本的に馬車か徒歩だ。

 目的地まで乗合馬車が出てれば乗るし、無ければ歩く。

 なお、俺は装備が重すぎて馬車に乗れないので、乗合馬車を利用する場合は、俺だけ横で並走する形だ。

 Aランク冒険者という肩書を活かして、護衛という名目で売り込んでみたら、運賃がかなり安くなった。

 やっぱり世の中、資格って大事。

 

 そんな感じで馬車を乗り継ぎ、メサイヤ神聖国の玄関口の一つである町、『港町グレース』に到着した。

 目的地は国の中心部にある首都『聖地メサイヤ』だから距離的にはまだまだ遠いが、この国に限って言えば、入国さえできれば目的地は目と鼻の先である。

 

「おお! 海って綺麗ね!」

「そうだな。私もこれだけ綺麗な海を見るのは初めてだ」

「? 海って大体こんな感じですよ?」

 

 内陸出身でこれまで海に縁の無かったミーシャと、俺の中のユリアがはしゃぎ、環境汚染の進んだ元の世界より遥かに綺麗な海に俺もはしゃぎ。

 唯一、色んなところを旅して、海にも何度も行ってるらしいラウンだけが、俺の発言に不思議そうな顔をした。

 

「ここから船に乗ると、行き先は北部か」

「多分そうですね。このまま魔王軍との戦いに行くなら乗るのもありでしたけど……ユリアさんの装備を乗せてくれる船って、どれくらいあるんでしょうね」

「船はやめておこう。海底に沈んだら、さすがに私も死ぬ。多分な」

「多分ってところが、本当にユリアさんらしいです」

 

 未だに海に目を輝かせるミーシャを尻目にした会話で、ラウンが苦笑した。

 ちなみに、この世界の大陸は歪な十字型になっていて、ほぼ全ての大陸が地続きになっている。

 俺達が今まで活動していたのが西部。

 メサイヤ神聖国が全土を支配するのが中央部。

 当代の魔王城があるのが北部だな。

 

 南部は人同士が争う『紛争地帯』。

 東部は唯一海によって他の大陸と分断されてて、ゲーム通りなら魔王城よりヤバい隠しダンジョンの巣窟になってる場所だ。

 南部はともかく、東部の『東方大陸』はゲーム本編だと一切関係ない、やり込み要素専用の地なので、まあ、放置していいだろう。

 後世のことまで考えれば放置できないんだが……さすがに、そこまでいくと俺じゃどうしようもない。

 勇者がなんとかしてくれ。

 

 で、ここの港町グレースは地理的には西部寄りなんだが、メサイヤ神聖国の領土だから中央部扱いされてる場所だ。

 大陸が地続きになってるとはいえ、港町の重要度は高い。

 西部→北部みたいな海路でのショートカットは便利だし、漁業で海の幸をゲットするのにも欠かせないしな。

 

「ここは町並みも綺麗だな」

「ですねぇ。海に面してる町っていうのは、海の男の荒々しさを全面に押し出してる雰囲気の町が多かったんですが、ここはなんというか、優雅です」

 

 ラウンの言葉を聞いて、俺の脳裏に世紀末エプロンのようなむくつけき男達が、フンドシ一丁で町中を闊歩する絵面が浮かんだ。

 地獄のような光景だ。

 慌てて恐ろしい想像を振り払う。

 海といえばビキニで巨乳のお姉さんという俺の夢を、マッスルで浸食しないでくれ。

 

 

 その後、俺達はいつものように宿を探して泊まった。

 浮遊石込みでも重すぎて室内に置けない俺の装備を庭に置かせてもらい、恒例の方針決めの会議。

 とはいえ、今回はもう行き先が決まってるから簡単なものだ。 

 

「では、今日はこの街に一泊。明日には大都市に向けて出発し、そこから『転移陣』で聖地メサイヤへ。前に決めた通り、この流れで構わないか?」

「はい。大丈夫です」

「異議なーし。それにしても、大都市同士の間を一瞬で移動できるとか、便利な国ね」

「まったくだな」

 

 ミーシャの言葉に心底同意する。

 転移陣。

 ある意味、勇者召喚以上にメサイヤ神聖国を象徴するチート技術。

 異なる世界同士を繋ぐ勇者召喚の魔法を解析して作られたという、遠い街同士を繋ぐ瞬間移動装置。

 それによって、この国は聖地メサイヤと各地の大都市の間を一瞬で移動できる。

 

 一般人が使うとべらぼうな使用料を取られるが、天神教の『メサイヤ様への忠義のため、全力で人類のために戦う』という教義のおかげで、人類を守る重要な戦力であるAランク以上の冒険者は格安で使わせてくれるらしい(byラウン情報)。

 ゲームの時はもちろん勇者特権で使いたい放題だったから、そういう裏事情を知るのは新鮮だ。

 そして、ここでも役に立つ資格。

 やっぱり世の中、資格って大事。

 

「では、今日のところはゆっくりするとしよう。二人とも、どこか海の幸が食べられる店にでも行かないか?」

「いいわね!」

「賛成です。息抜きって大事ですもんね」

「よし。では、早速着替えて行くとするか」

 

 久しぶりの魚介系を夢見て心を踊らせながら、内なるユリアも未知の味に期待してるのを感じながら、俺達は旅装から着替えて宿から飛び出した。

 服装は、ミーシャは可愛い系のスカート姿。

 出会ってから二年近く経っても、やっぱり身長も胸も成長しなかったので、色気ゼロ、可愛さ100の極振りだ。

 

 ラウンは、若干だがミーシャと同じ可愛い系の装飾があるショートパンツスタイル。

 中性的な容姿に童顔と合わせて、パッと見だと女にも見える華奢な男の子って感じだ。

 こいつの持ってる普段着って、何故か全部こういう系なんだよな。

 聞いた話によると、前の仲間の治癒術師の少女(カナン)に凄い熱量で勧められ、断れずにこのスタイルが定着したらしい。

 何か執念のようなものを感じる拘り具合だ。

 彼女と別れた今となってはもう従う必要もないのだが、服って意外と金がかかってもったいないので、ラウンはそれらをずっと使い続けている。

 

 で、最後に俺はというと、ワイシャツにズボンという、ゲームのユリアも普段着として着てた、オシャレさの欠片もない恰好。

 いや、似合ってはいる。

 仕事のできる女上司みたいで普通にエロい。

 だが、俺としては女装してるみたいな微妙な気持ちを圧し殺してでも、推しにもっと色んな服を着てほしかった。

 なのに、試着の段階でもう断固拒否の感情が残留思念から伝わってきて、トラウマメモリー並みの頭痛を引き起こされて断念した形だ。

 この恥ずかしがり屋さんめ。

 

 そんな感じのファッションで町を練り歩く。

 ……しかし、この一見すると女子三人にも見える状態が良くないのだろう。

 いつものことだが、町を歩くと結構な確率で()()()()手合いがポップする。

 

「あーーーーー!!」

 

 突如、道行く一人の男が大声を上げた。

 黒髪黒目のフツメンで、俺のごときザ・平凡って感じのオーラを纏った男。

 日本人っぽい顔立ちをしてるが、この世界にもそういう顔の人は探せばわりといる。

 多分、歴代勇者の血筋の隔世遺伝とかだろう。

 

 そんな珍しくも平凡な男だったが、身につけてる装備は結構な高級品っぽさがあった。

 腰に提げた剣も、体の要所を守ってる部分鎧も、その下に着てる服も、かなり良いものだ。

 高ランクの冒険者か?

 いや、でも物腰とかが素人っぽくて、服に着られてる感ならぬ、装備に着られてる感がある。

 金持ちの息子が実家の金を持ち出して家出して、その金で装備だけ揃えた状態とかかもしれない。

 そういうのも珍しくないらしいしな。

 

「マジか……!? ネネリの街にいないと思ったら、何故かこんなところに……! なんで……いや理由なんてどうでもいい。ユリアたんをゲットするチャンスだぜ……!」

 

 平凡男は、さっきの大声で通行人にジロジロ見られてるにも関わらず、自分の世界に入って、何やら小声でブツブツと呟いていた。

 端的に言って怖い。

 お近づきになりたくない。

 

「行こう。あまり関わり合いにならない方がいい輩と見た」

「全面的に同意ね」

「トラブルは無い方がいいですもんね」

 

 というわけで、俺達は全会一致でスルーを選択。

 他の通行人達も同じように考えたのか足早に動き出し、俺達もその流れに乗る。

 しかし……

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そこの金髪のお姉さん!」

 

 スルーすることは叶わなかった。

 何故なら、この男は()()()()手合いだったのだから。

 他の誰を逃しても、ターゲットだけは逃してくれないのだ。

 

 へんなおとこに からまれた!



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32 珍事の連続

 平凡男改め、変な男が話しかけてくる。

 俺達は無視した。

 断固として無視した。

 奴の言葉など聞こえてないふりして、その場を立ち去ろうとした。

 

「ちょ!? 待ってくれ! 君だよ、君!」

「む……!」

 

 だが、しかし。

 変な男はあろうことか、後ろから俺の手を掴んで歩みを止めてきた。

 普通、初対面の女性の手を遠慮なく握ってくるか?

 残留思念のユリアさんが大変不快そうにしておられるぞ。

 俺も初対面の野郎に手を握られたって気持ち悪いだけだし、ミーシャに至っては今にも変な男に魔法をぶち込みそうな般若のごとき顔をしている。

 

 あ、詠唱始めた。

 ラウンが慌てて止めた。

 個人的には撃ってほしいが、常識的に考えたら町中で凶器の使用はダメだよな。

 

「君、こういう真似は感心しないぞ」

「へ? あ!? ご、ごめんなさい!」

 

 俺が苦言を呈すると、変な男はようやく自分のしていることに気づいたのか、慌てた様子で手を離した。

 ふむ。強引に押し切って、女の子に乱暴するタイプではないか。

 そこだけは評価できるぞ。そこだけはな。

 好感度+1だ。

 ちなみに、現在のこいつへの好感度はマイナス9998である。

 元の世界なら、これだけでもセクハラか痴漢で訴えられるんじゃないか?

 

「で、何か用か? 私達は大事な用があって急いでいる。ナンパなら他を当たれ」

「ナンパじゃないっすよ!? ちょっとお話して、仲良くなりたいだけだって!」

「それをナンパと言わずしてなんと言う?」

「……あれ? 言われてみれば確かに」

 

 そこで論破されるんかい!

 変な男は「あれぇ?」と首を傾げている。

 その隙にミーシャが、ラウンがいざという時に備えて普段着の状態でも持ってる回復薬を強奪し、変な男に握られた俺の手にかけてハンカチでゴシゴシと磨いた。

 回復薬がもったいないが、正直助かる。

 

「行くわよ、先輩! こんな奴と話してたら先輩が汚れるわ!」

「汚れるって酷くない!? っていうか、君誰よ!?」

「不審者に名乗る名前なんてないわ!」

「いや、そういう意味じゃなくてね!?」

 

 ミーシャが「ガルルルル!」って感じで威嚇し、変な男はそんなミーシャにビビった。

 身体能力的には大したことない、見た目14歳くらいの少女にビビるとは、やっぱり装備だけ揃えた金持ちのボンボンか。

 マジでナンパならよそでやってくれ。

 

「ま、待って! 待ってって! 俺は……」

「いい加減にしろ」

「ッ!?」

 

 ついに我慢の限界を迎えたユリアさんが、勝手に体を動かして、変な男の首に手刀を突きつけた。

 最近、更に体の支配権がユリアの方に戻ってる気がする。

 もう俺いらないんじゃないかな?

 

「私達は急いでいると言ったはずだ。これ以上ちょっかいをかけてくるのなら、衛兵にでも突き出す」

「え、あ、その……」

 

 変な男は反射的に両手を上げて降参のポーズになり、冷や汗をダラダラと流した。

 殺気混じりのユリア(レベル99)の睨みは、さぞ怖かろう。

 

「ええっと……あ、そうだ!」

 

 だが、この変な男は意外と根性があるのか、ホールドアップ状態のまま、何かを思いついたような顔になって、この期に及んで口を開いた。

 

「き、君の瞳には危ない光が見える!」

「はぁ?」

 

 俺の瞳に危ない光ぃ?

 ナンパ野郎に殺気送ってるんだから、そりゃ危ない光くらい宿ってるだろうよ。

 いや、でも、このセリフどっかで聞いたような……。

 

 しかし、

 

「君は何かを抱えている。無茶をしそうで心配だ。だから……」

 

 変な男が意味深なセリフを言い出したと思った、その瞬間。

 

「ど、どいたどいたーーーーー!!」

「あべしっ!?」

 

 なんか唐突に、本当に唐突に、変な男は交通事故に遭って跳ね飛ばされた。

 

「は?」

「え?」

「な、何が……?」

 

 俺、ミーシャ、ラウンは、思わず目が点になる。

 今、目の前で起こったことを言葉にするなら、凄いスピードで走ってきた小さな女の子が、そのスピードのまま変な男を跳ね飛ばした、となる。

 

 運転手はミーシャより更に幼く見える、薄茶色の髪をした12歳くらいの幼女だ。

 どっかで見たことあるような気がする。

 そんな幼女が自動車並みのスピードで爆走し、変な男は横合いから突っ込んできた暴走幼女に跳ね飛ばされ、宙を舞った。

 

「待てや、このクソガキィイイイイイッッ!!!」

「ひぃいいいいいい!?」

 

 更に、その幼女を追いかける不審な男性まで出現した。

 コートを羽織り、ステッキを持ち、カイゼル髭を生やした、英国紳士風の男。

 彼は幼女以上の爆速で彼女に迫り、途中で宙を舞って落ちてきた変な男を再度跳ね飛ばす。

 ああ、あれ角度的に見えてなかったかもしれん。

 怖いよね。

 運転中に、急に死角から飛び出してくる奴って。

 

「ぐえっ!?」

「むむ!? すまん、少年! 後で正式に謝罪をするから、今だけは待ってくれたまえ!」

 

 紳士風不審者は、激突した変な男に早口で謝罪し、そのまま逃走。

 変な男に関しては、受け身の仕方を知らないのか、二度の激突で空中をクルクルと回転した後に、頭から地面に突っ込んで気絶していた。

 ただ、大した怪我はないように見える。

 意外と頑丈らしい。

 

「えーっと……これはラッキー、と言っていいのだろうか?」

「いいんじゃないの。天罰みたいなもんでしょ」

「い、一応、彼の手当てをしておきますか?」

「「いらん(いらない)」」

 

 ラウンのいらん優しさを、俺とミーシャは秒で却下した。

 

「行くわよ。奴が目を覚ます前に」

「そうだな。だがその前に、あの暴走者二人はどうするか……って、ん!?」

 

 元騎士であるユリアの感覚は、さすがに揉めごとが人死ににまで発展するようなら止めたいと考え、俺もせっかくの海の幸の前に女の子の死体なんて見たくないから、その意見に賛成だったんだが……。

 そう思って視線を向けた先では、ある意味、人死によりもヤバい事態が発生していた。

 

「や、やめろーーー!! くすぐったい! 変なとこ触るなぁ!」

「ええい! 大人しくしたまえ!」

 

 俺達の視線の先では、三十代中盤くらいの男が、12歳くらいの幼女を地面に押し倒し、その体をまさぐるという事案が発生していた。

 いやいや、それはダメだろ!?

 どんな事情があるにせよ、それはダメだろ!?

 人死にじゃないけど、見逃せる事態じゃないぞ!

 

「変態! この変態ぃ!」

「誰が変態かね! 誰が!」

「貴様だぁああああああああ!!」

「む!?」

 

 さすがに幼女を襲う中年男性という絵面は許容できず、俺は義憤に駆られて変態紳士に殴りかかった。

 だが、変態紳士はステッキを盾に、俺の攻撃を防ぐ。

 

「むむ!? なんという重く速い拳!?」

 

 それでも、さすがにこの馬鹿力を前に踏ん張ることまではできず、変態紳士は幼女の上から吹き飛んだ。

 しかし、奴は空中で軽業師のように体をひねり、優雅に着地してみせる。

 こいつ強ぇぞ!?

 いくら殺さないようにセーブしてたとはいえ、レベル99の攻撃を普通に捌きやがった!

 スピードだけじゃないってことか!

 だが、俺も引くわけにはいかん!

 

「どんな事情があるにせよ、女児の体をまさぐるような輩は見逃せん!」

「おのれ! 貴様も奴の仲間か!!」

 

 変態紳士は巨大な宝石のついたステッキを剣のように構え、俺に襲いかかってきた。

 滅茶苦茶速ぇ!?

 グランの数段上……というか、化け猫クラスだ!

 この変態紳士、何者!?

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

 変態紳士のラッシュ!

 洗練された剣技によって操られるステッキが俺の体を何度も叩く。

 技量も凄い。

 ユリアの感覚が大分戻ってきた今の俺どころか、まだ届かないかつてのユリアすら遥かに超える。

 こっちも殴りかかったり、ステッキを掴もうとしたりと色々やってるんだが、見透かされてるように全ての動きを読まれて不発に終わる。

 

「硬ッ!? 何者かね!? って、んん!?」

 

 その時、突如変態紳士が横を向いた。

 フェイントかと警戒しつつ、俺もチラッとだけそっちを見てみれば、幼女が立ち上がって逃走を図ろうとしていた。

 

「逃さん! 『凍てつけ、霜の大地』! ━━『氷結(フリーズ)』!!」

「魔法だと!?」

「うわっ!?」

 

 変態紳士がまさかの魔法まで使い出し、幼女を狙撃した。

 一瞬にして地面が凍結していく。

 俺は盾になるべく体を割り込ませたが、大盾も大剣も宿に置いてきてしまった今の俺の防御範囲は狭く、足下を通過した冷気が幼女の足を凍らせてしまう。

 

「ハッハッハ! 捕らえたぞぉ!」

「待て!」

「ぬぅ!?」

 

 俺は凍ってしまった自分の足を力任せに動かし、変態紳士の前に立ち塞がる。

 

「何故こんなことをする!?」

「何故? 何故だと!?」

 

 俺はここまでの攻防の中で言えなかったことを、変態紳士に問いかけた。

 最初に聞くべきだろって?

 いや、仕方なかったんだよ。

 変態紳士は話を聞きそうにないくらい激昂してたし、そもそも、ここまでの攻防は1分にも満たない間の出来事だ。

 口を挟む暇がなかったんだ。

 

 そして、ようやく言えた俺の言葉を聞いた変態紳士は、怒髪天を衝く勢いで、より一層キレた。

 

「そのクソガキが、私の大切なものを盗みやがったからに決まってんだろぉがぁああああ!!!」

「……そうか」

 

 俺はその言葉を聞いた後、クルリと振り返り、足が凍って動けない幼女のところまで行って、彼女の肩をポンッと叩き。

 

「どうやら、君が悪かったようだ」

「えぇーーーーー!?」

 

 ここまで守るような形になってた幼女に、判決を言い渡した。

 そして、幼女の絶叫が町に響き渡った。



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33 『氷結紳士』

「改めて、本当に申し訳なかった」

「いやいや、謝らねばならないのは私の方だとも」

 

 あの後、駆けつけた衛兵に事情聴取され、関係者は全員が兵舎に連れていかれた。

 加害者はあの幼女だが、変態紳士改め、ただの紳士の『バロン』も町中で魔法を使ったってことで、軽い罰金を取られてしまった。

 その原因になった俺は、あの状況じゃ当然の行動だったということでお咎め無しだったので、なんか心苦しい。

 

 せめて、お詫びにご飯くらいは奢らせてほしい。

 ということで、俺は一緒に兵舎から解放されたバロンに声をかけて、そこらへんの飲食店に入ったというわけだ。

 ちなみに、一応は被害者ってことで気絶したまま兵舎に運ばれた変な男は、俺達の証言によって迷惑行為の加害者となったため、そのまま兵舎に勾留された。

 

「思い返してみると、確かにあの時の私は殴られても仕方がないほどに冷静さを失っていた。言葉遣いも酷く乱れていたし、常にクールに、エレガントに、エクセレントに、スタイリッシュにあらねばならぬ紳士として実に恥かしいところを見せてしまった」

 

 あー、うん。

 確かにあれはクールでも、エレガントでも、エクセレントでも、スタイリッシュでもなかったな。

 クソガキィ! とか叫んでたし、幼児わいせつ罪だったし。

 忘れてあげるが世の情けか。

 

「おまけに女性をステッキで殴りまくるなど、本当に謝罪の言葉もない。できうる限りの償いはしよう。とりあえず、ここの支払いは私に持たせてくれ」

 

 バロンはそう言って頭を下げる。

 奢るつもりで入った店で、逆に奢られそうになっている件。

 

「すみませーん。特上海鮮盛り合わせシーフードパスタくださーい」

 

 そして、一瞬でこの店で一番高い料理を注文するミーシャ。

 バロンはそんなミーシャを慈しむような目で見た後、メニューに書かれた値段と財布の中身を確認し始めた。

 足りるか不安になってきたらしい。

 まあ、ただでさえ罰金取られてるもんな。

 

「いや、私にも落ち度はあったのだから、せめて半分はこちらが支払……」

「よしたまえ。男に花を持たせるのも、良い女性の条件だよ」

「しかし……」

「いいから!!」

 

 必死であった。

 紳士っぽさなど、欠片も取り繕えていなかった。

 そんな彼のプライドをこれ以上傷つけるわけにもいかず、俺とラウンは顔を見合わせて苦笑するしかない。

 

「そ、それにしても、あんなに怒るなんて、盗まれたのはよっぽど大切なものだったんですね」

 

 微妙な感じになった空気を払拭するためか、ラウンがそんな話題を出す。

 バロンは、その話題にピクリと反応し、

 

「うむ! よく聞いてくれた、少年!」

 

 突如、彼の雰囲気が変わった。

 さっきまでの必死な様子はどこへやら。

 妙にキザったらしい仕草で、バッと懐から何かを取り出して見せつけてくる。

 

「へー、珍しいわね。懐中時計?」

「その通りさ、小さなレディ! メサイヤ神聖国の貴族御用達の大商会『アーディスト商会』にて買った一品! これを買うために、随分と努力を重ねたものさ!」

 

 バロンは実に楽しそうな顔で喋り出した。

 少年のように無邪気な笑顔で、宝物を自慢するように。

 そんなバロンを見て、俺は思った。

 この人、紳士キャラ向いてないんじゃね? と。

 

「私は元々、大陸南部『紛争地帯』の農村出身でね。国と国が不毛な争いを繰り返し、民は搾取されて餓えるしかない、酷い場所だった」

 

 遠い目をしてそう語るバロン。

 大陸南部の紛争地帯。

 千年くらい前の先代魔王との戦争によって更地にされ、復興を担当した人達が次々に「この土地は俺のもんだ!」と主張して独立国家を作り上げ、現在でも無数の国々が争い続けているという場所。

 そんなところの出身ということにも驚いたが、それ以上に納得してしまった。

 過酷な環境で育ったから、キレると言葉遣いが荒くなるのかと。

 

「ある時、私はついに耐えられなくなって故郷を飛び出した。身一つで走って、走って、走って、奇跡的に私は辿り着いたのだよ。大陸南部と中央部の国境。メサイヤ神聖国『サウスロール辺境伯領』にね」

「サウスロール辺境伯領ですか」

 

 覚えのある場所だったのか、ラウンもまた遠い目になった。

 

「良いところですよね。昔の仲間達と一緒に見て回ったことがありますけど、多くの人が笑顔でした」

「そう! そうなのだよ! あそこの領主『サウスロール辺境伯』は、まさに傑物だ! 彼の治世は多くの民を幸せにした!」

 

 バロンはバッと手を広げ、舞台俳優のような芝居がかった仕草で、キラキラと目を輝かせながら話を続けた。

 そのタイミングで特上海鮮盛り合わせシーフードパスタが運ばれてきて、ミーシャは目を輝かせるながら、それに食いついた。

 いいなー。俺も一口欲しいなー。

 とか思ってたら、ミーシャは若干躊躇ってから、フォークとスプーンですく取った分を、あーんの体勢で俺に差し出してくれた。

 ミ、ミーシャ……!

 こんな良い子に育って……!

 

「かのお方は、私のような身元の知れない子供にも優しかった! 亡命を受け入れ、孤児院に入れてもらえた! 孤児院での暮らしは、故郷の地獄とは比べものにならないほどに幸せだった! だから私は彼に憧れ、彼のようになりたいと思ったのさ!」

 

 バロンの語りをBGMに、俺は久しぶりの海鮮料理に舌鼓を打つ。

 美味し。

 内なるユリアの服が弾け飛んで「お粗末!」状態になるほど美味し。

 さすが店で一番高い料理。

 母さんのチープな家庭料理パスタとは大違いだ。

 

 あれはあれで恋しいが、それはともかくとして、これは我慢ならん。俺も頼もう。

 ラウンも物欲しそうな顔してるし、遠慮がちなこいつだけ仲間外れにするのは可哀想だと思って、ラウンの分も頼んだ。

 すまぬ、バロン。

 

「初めて直接お目にかかれた時、彼が使っていたのがこの時計でね! 憧れの人の真似をしたくて、どうしてもこれが欲しくなった私は、上手くすれば一攫千金を狙える冒険者になったのだよ! そして、Aランクになった頃にようやく買えたんだ!」

 

 気持ち良く喋ってるところ、ホントにすまぬ。

 もし足りなかったら、ちゃんと払うから安心してくれ。

 その場合、紳士のプライドはズタズタかもしれないが……。

 

「この時計はまさしく、Sランク冒険者『氷結紳士』バロン・バロメッツの人生に大きな影響を与えたキーアイテムなのだ!

 この時計にあの方の面影を見出して全力で追いかけたからこそ、メサイヤ神聖国お抱えの冒険者にまでなれた今の私がいる!

 それを盗まれてしまったものだから、少々冷静さを失ってしまってね……」

「なるほど。そういう事情であれば致し方ないな」

 

 英雄と呼ばれるSランク冒険者。

 しかも、世界最大の国であるメサイヤ神聖国のお抱え。

 超がつく大物だ。

 兵舎に連れていかれる前の自己紹介で告げられた時は驚いたなぁ。

 そんな人が幼女の体をまさぐってたとは思わなかった。

 いや、それは盗られた懐中時計を取り戻すためだったんだけど。

 

「あの少女の事情も聞かせてもらった。ストリートチルドレンの仲間達を養うために金がいる。だから盗みで稼ぐ。手段はともかく、志は立派なものだ」

「……そうだな」

 

 話が懐中時計から盗人幼女に移った瞬間、「お粗末!」状態だった内なるユリアが服を着直して、バロンの話に集中した。

 脳裏にメモリーとして流れてくるのは、故郷であるリベリオール王国で見た貧民達の姿。

 国の救いがどうしても行き届かない、社会の歪みの中で苦しむ人々の姿。

 おまけに、そんな人達をめんどくさいから、金や労力がもったいないからという理由で救わず、その金で贅沢三昧をする一部の貴族達の姿。

 うへぇ、トラウマメモリーほどじゃないが、飯が不味くなりそうな嫌な記憶だ。

 

「あの子に関しては、今回の仕事が終わった後、私のツテでどうにかしてみようと思うが…………所詮は片手間に手が届く範囲しか救わない『偽善』だ。辺境伯のようなエレガントなお方にはほど遠い」

「いや、充分に立派だと思う。世の中には、片手間に救える相手すら救わない輩がはびこっているからな」

「ハハッ。そう言ってもらえると助かるね」

 

 バロンはあまり自分を肯定できてない感じで苦笑したが、俺は本当に立派な人だと思った。

 少なくとも、元の世界の俺は、誰も救わないし救えないタイプの人間だ。

 積極的に誰かを虐げたりはしないが、イジメがあったら自分も巻き込まれないように見てみぬふりするし、目の前で困ってる人がいても、めんどくせぇって思ってスルーする。

 そんな、どこにでもいる冷淡な現代人。

 だから、バロンやユリアのような誰かのために動ける人は、ちょっと眩しく見える。

 

「そういえば、仕事と言っていたが、バロン殿はどんな用でこの町に来たのだ?」

 

 飯時にこれ以上重い話をするのもどうかと思って、話題を変えようと試みる。

 

「もちろん、言えないことは言わなくて構わないが」

「いや、確かに私はメサイヤ神聖国からの依頼を受けてきたが、多少の情報開示くらいは構わないよ。元々、情報収集のために聞き込みをする必要もあったからね」

「なんか面倒そうな事情抱えてそうねぇ」

「責務を負うのは力ある者の宿命さ、小さなレディ。その責務に真摯に取り組むのが紳士たる者の務め。しんしだけにね」

「うわ、寒っ」

「さすがに、その親父ギャグはちょっと……」

「うっ!?」

 

 ミーシャの白けた目と、ラウンの困ったような目のコンボにやられて、バロンが苦しそうにうめいた。

 ちょいちょい自爆するな、この人。

 個人的には親しみが湧いて好きだが。

 

「オ、オホン。話を戻そう。君達は『地神教』という存在を知っているかね?」

 

 バロンは咳払いをして、そんな話を始めた。

 そのタイミングで特上海鮮盛り合わせシーフードパスタが二人前運ばれてきて、彼は冷や汗を流した。

 すまぬ。



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34 どこの世界にもある、ままならないやつ

「地神教……ああ、あれね。『地神ガイアス』の人類滅亡を支持する過激派集団」

 

 自分の奢りで、店で一番高い料理が三人前も眼前に並ぶという事実に戦慄しているバロンの言葉に、ミーシャが答える。

 バロンはSランク冒険者、つまり金持ちだから、このくらいの出費はわけないだろう。

 だが、手持ちの財布(罰金を支払った直後)の中身で足りるかは話が別。

 足りなかった場合、とてもじゃないがクールさとも、エレガントさとも、エクセレントさとも、スタイリッシュさともかけ離れた結果になるだろう。

 足りてくれることを心から祈るしかない。

 

 しかし、地神教か。

 俺も一応は知ってる。

 ゲームでもちょっと触れられてたし、何よりユリアの記憶にも刻まれてるからな。

 

 地神教。

 世界的にメジャーな宗教である『天神教』と対を成す存在。

 人を救うことを教義とする天神教に対し、地神教の教義は醜い人類の滅亡。

 そんな過激な主張を建前にして、好き勝手に暴れ回る邪教扱いされてたはずだ。

 ただ、ユリアが出会った地神教徒の中には、ごく一部だが理解できないこともない主張をする奴もいたっぽい。

 

「あ、ああ。その地神教だ。彼らの一派がこの町に潜んでいるという情報を得て、その殲滅のために私が派遣されたのだよ。……あまり大きな声では言えないが、この西部国境地帯は、彼らの温床となりうる場所だからね」

「……何かあるんですか?」

 

 ラウンが不安そうな顔でバロンに尋ねる。

 バロンは声を潜め、ついでに不快そうな顔をして語った。

 

「西部国境地帯を統治する『ウェストポーチ辺境伯』とその一派は、お世辞にも褒められない人種だ。

 このあたりはダンジョンも少なく、西部との折り合いも悪くなく、脅威と呼べる存在が少ない。

 ゆえに、腐敗しきっても統治ができてしまうのさ」

「ああ、なるほどな」

 

 その言葉で激しく納得した。

 東西南北、大陸中央部にあるメサイヤ神聖国の四つの国境のうち、西部だけがイージーモードだ。

 

 北は言わずもがな魔王がいて、北部三大国と必死に協力して立ち向かってる。

 南は不穏の塊、紛争地帯。

 ゲームでは何かイベントがあった気もするが、基本的に作中の地理なんて気にしてなかった俺は詳しくは知らない。

 しかし、バロンの昔話からしてもロクなことは起きないと思われる。

 

 東は海を挟んで、伝説の『東方大陸』と隣接する場所だ。

 たまに海や空を渡って襲来してくる、四大魔獣を超える化け物どもを追い返さなければならない。

 確かゲームの設定によると、東方大陸には歴代最強と呼ぱれた勇者パーティーが命と引き換えに施した結界があって、隠しダンジョン出身の魔獣達を東方大陸に縫い止めてるらしいが。

 それに強引に抗って大陸を襲おうとする化け物もいるらしいので、そいつらを国境守備隊が追い返さないと大変なことになるって話だったはず。

 絶対に行きたくない修羅の国だ。

 

 そんな東南北と違って、西部との国境だけがこれといった脅威のない、まさにイージーモードな場所。

 西部自体はダンジョンが大量にある危険な土地なんだが、メサイヤ神聖国は何故かダンジョンの発生率が低い上に、あってもすぐに神聖騎士団が派遣されてきて攻略してしまうので、国境付近は安全なんだろう。

 それこそ、突然の四大魔獣みたいな事故でも起きない限りは問題ない。

 そりゃ、腐敗の一つもするってもんだ。

 

「国の中央部であれば、敬虔な天神教徒である教皇様の威光を恐れて、腐敗もかなり抑制されているのだがね。

 しかし、こういう辺境や、威光の届かぬ隙間のような場所には、この手の輩がゴロゴロしている。

 神話に出てくる祖先達といい、まったく、人類の業の深さを思い知らされるよ」

 

 バロンは「ふぅ」とため息を吐く。

 個人的には宗教なんてトップの方が腐敗するってイメージがあるんだが、実際に神様がいる世界となると違うんだろうな。

 二柱の神のうち、片方が全力で人類を滅ぼそうとしてる中、もう片方の神にまで見捨てられたらマジで終わる。

 だからこそ、勇者召喚なんて神の威光に頼り切ってる宗教のトップは、全力で神様に媚びるために悪いことができないと見た。

 元の世界の上流階級もこうだったらいいのに。

 

「まあ、そういうわけで、このあたりでは地神教の教えが根付きやすいのだよ。

 先ほどの盗人の少女のように、腐敗の煽りを受けて苦しんでいる人々は多い。

 そんな人々に『腐敗した権力者を滅ぼすべし』とでも吹き込めば、あっという間に敬虔な地神教徒の出来上がりだ」

「酷い話ですね……」

「救えないわね」

「そうだな」

 

 ラウンは暗い顔をし、ミーシャは歯噛みするような顔になった。

 ユリアから伝わってくる感情も、ミーシャと同じだ。

 二人は元騎士と元貴族。

 それも、まともな方の。

 支配者階級のどうにもならない闇を経験済みだからこそ、一般人より更に嫌な気分になるんだろう。

 ままならねぇなぁ。

 

「正直、地神教徒よりも辺境伯を取り締まりたいところだが……残念ながら、国のお抱えとはいえ、いち冒険者でしかない私にそこまでの力はない。

 それに地神教徒を放置し、辺境伯との戦争が始まってしまった場合でも、かなりの犠牲が出てしまう。

 メサイヤ神聖国に与する者としても、一人の紳士としても、見過ごすわけにはいかないのだよ」

 

 そう言って、バロンは自分の紅茶を飲み干した。

 ちなみに、俺達が遠慮なく頼み過ぎたせいか、彼がこの店で頼んだのは、この紅茶一杯だけだ。

 マジで悪いことをしてしまった。

 最初は奢るつもりだったのに……。

 

「そうか。心情としては協力したいところではあるが……私達にもやるべきことがある。申し訳ないが、力にはなれそうもない」

「ハッハッハ! 謝ることなどないさ! 本気で力になりたそうなレディの顔を見れただけでも、とても元気づけられたからね」

 

 お茶目にウィンクしてくるバロン。

 おっさんのウィンクなのに、なんか可愛く感じる。

 違うぞ。俺は決してホモじゃない。

 可愛いお爺さんとかいるじゃん?

 ああいう感じのカテゴリーだから。

 

「元より、これは私の成すべきことだ。君達は気にせず私に任せて、自らの成すべきことを……」

 

 とか語ってる最中だった。

 唐突に、本当に唐突に。

 まるで暴走幼女に不審者が跳ね飛ばされた時のように、いきなりその事件は始まった。

 

「「「ッ!?」」」

 

 ドーーーーン!! という音がして、窓の外で突然破壊音が響き渡る。

 見れば、美しい港町の町並みの一部が完全に破壊されていた。

 当然、それを見てしまった客達はパニックに。

 

「な、なんだ!?」

「魔獣でも攻めてきたのか!?」

「あ、あの方角、町長の屋敷の方じゃないか!?」

 

 慌ただしく逃げようとする客達。

 店が荒らされそうになり、店員が「お客様、落ち着いてください! お客様!」とか言ってるが、まるで落ち着く様子はない。

 だが、そこで、

 

「落ち着けーーーーーい!!」

 

 バロンが大声を上げた。

 最大音量まで上げた拡声機を使ったような、とてつもない大声。

 それを間近で聞いてしまったミーシャとラウンが、耳を抑えて顔を歪める。

 

「私はSランク冒険者『氷結紳士』バロン・バロメッツ!! あの異変の正体は私が突き止め、解決してみせよう! ゆえに、諸君は安心して慌てず騒がず、紳士のごとく余裕を持って安全な場所まで避難するのだ!」

 

 バロンの発したその言葉に、その強者のオーラに、客達は圧倒されたように静まり返った。

 そして、次の瞬間には大歓声が巻き起こる。

 Sランク冒険者、英雄と呼ばれる者の肩書は伊達ではない。

 

 その歓声をバックに、バロンは優雅に立ち上がり、カウンターに財布から取り出した数枚の金貨を置いた。

 

「お会計だ。釣りはいらん」

「えっと、その……ちょっと足りません」

 

 青ざめるバロンを救うべく、俺は懐から神速で金貨を取り出してカウンターに叩きつけた。



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35 黒水の襲撃者

「先に行ってくれ! 私達は装備を取ってくる!」

 

 金貨を叩きつけた直後、俺はバロンにそう告げて、ミーシャとラウンを両脇に抱えて走り出した。

 目的地は宿。

 俺はともかくとして、二人を護身用の最低限の装備しか持ってない普段着のまま戦いの場に出すわけにはいかない。

 

「速っ!? お嬢さん、本当に何者かね!?」

 

 背後から聞こえる驚愕の声を尻目に走る。

 やはりと言うべきかパニックに陥っている町の中を、人との衝突を避けるために屋根の上を通って走る。

 普段の重装備じゃ絶対にできないことだ。

 

「どう思う?」

 

 そして、俺は走行中に、二人の仲間にあの爆発をどう思うか問いかけた。

 

「地神教徒か魔王軍でしょうね。ただの魔獣って線はないと思うわ。防壁の外じゃなくて、町中でいきなりだったもの」

「僕も同意見です。さっき小耳に挟んだんですけど、町長の屋敷の方がやられたみたいですし、狙ってやったのなら地神教徒の可能性が高いかもしれません。ただ……」

「さっきの破壊の規模は上級魔法並み。一介の戦闘員にできることじゃないわ。地神教徒だとしたら、結構な使い手が交ざってることになるわね」

 

 二人は流れるように意見を出してくれた。

 知力の高い仲間が二人もいると本当に助かる。

 俺もこの手の分析ができないわけじゃないが、普通に苦手だからな。

 

「ふむ。なるほどな。最低でも魔法の達人。最悪は八凶星くらいを想定しておこう。絶対に油断するなよ」

「わかってるわ」

「了解です」

 

 そうして、俺達は宿に舞い戻り、各々の装備を身に纏った。

 俺は一年以上使い続けても、未だに大した傷すらついていない世紀末エプロン製の全身鎧。

 ミーシャはいつもの杖に、この前攻略したAランクダンジョンで手に入れたアイテム『護り手のローブ』を羽織る。

 体表に微弱な結界を常時展開してて、ザコの攻撃なら弾いてくれる有能装備だ。

 

 ラウンもいつもの登山家みたいなバックパックと色々吊り下がったベルトに加え、グラウンド・ロード時代からの相棒である最軽金属(ミスリル)の部分鎧、それとこれまたAランクダンジョンで手に入れた『俊足のレザーブーツ』を身につける。

 昔の仲間達の愛を感じる鎧と、スピードを上げるアイテム、一応は上がったレベルにより、最低限は個人で立ち回れる能力が身についている。

 少なくとも、ゴブリンにはもう負けない。

 

「というか、今さらだがお前達は留守番しておくか? 魔王軍ならともかく、地神教徒なら出張る義理はないだろう」

「先輩は行くんでしょ?」

「ああ。これでもまだ少しは、民草の盾である騎士のつもりだからな」

 

 なお、このセリフはもちろんユリアのものである。

 俺の意志?

 ハッハッハ。

 拒否権の無い奴の意見に意味などあるわけがなかろう(泣)

 

「なら、私達も行くわ」

「パーティーですしね。一蓮托生です」

「そうか……。感謝する」

 

 というわけで、俺達は全員揃って事件現場へと急行した。

 行きたくないよぉ、とか思ってるのは俺だけだ。

 未だに仲間の命を賭けて戦うのは怖い。

 マジでもう一人くらい、防御力の低い仲間達を守ってくれる新メンバーが欲しい。

 でも、これはと思った人材は既に別のパーティーに所属してたり、魔王討伐なんてやってられるかって奴ばっかりなんだよなぁ。

 当たり前だけど。

 

 左手に盾を装備したことで、そっちに抱えていたミーシャをおんぶする体勢に変え、今度は屋根の上を通るわけにもいかないので、逃げる人々にぶつからないに気をつけながら移動。

 

「ぶべらっ!?」

「む……!」

 

 しかし、気をつけてはいたんだが、途中でうっかり誰かと激突してしまった。

 おおう。

 ぶつかった盾に結構な衝撃が来た。

 普通の人なら死んでる威力だ。

 悲鳴が聞こえてきたってことは、生きてはいるんだろうが。

 突っ込んできたスピードといい、一般人じゃないな。

 

「おい!? 兄ちゃん!?」

「すまな…………ん?」

 

 だが、ここで激突した相手に見覚えがあることに気づく。

 装備だけやたらと豪華な、黒髪黒目のフツメン。

 

「変態じゃない!?」

 

 そう。

 ミーシャの言う通り、奴は俺をナンパしてきたホモの変態野郎だった。

 こいつ、兵舎に勾留されてたはずだが……。

 

「脱獄してきたんですかね……」

 

 ラウンが奴と一緒にいた人物をチラリと見て呟いた。

 見れば、そこにいたのは、やっぱりどこかで見覚えがあるような12歳くらいの幼女。

 バロンの懐中時計を盗んで、代償に体をまさぐられた盗人幼女だった。

 こっちも捕まってたはずだし、牢屋の中で意気投合して、一緒に脱獄したのか?

 ああ、いや、さっきの大破壊で兵舎がぶっ壊されて逃げてきたって可能性の方が高いか。

 

「げっ!? あんた、さっきの裏切り者の姉ちゃんじゃねぇか!?」

「誰が裏切り者だ」

 

 人聞きが悪いぞ。

 あれは公正な判断というやつだ。

 

「妙なところで会ったが……さすがに、この状況で君達の罪を問うつもりはない。早く逃げなさい」

「言われなくても逃げるっつうの!」

「そうか。バロン……例の紳士が君のことを気にかけていた。無事でいてくれよ」

 

 それだけ言って、俺は再びダッシュ。

 変態野郎は凄い勢いで俺の盾に頭をぶつけたみたいだが、やっぱりかなり頑丈みたいで、見た感じ傷一つなかった。

 地味にステータスが高いんだろう。

 ただのボンボンという評価は訂正した方がいいかもしれない。

 しかし、ステータスが高い=強いくせに、バロンに撥ねられた時と今回とで2回も気絶するとは……。

 当たりどころが相当悪かったとしても、ステータスと強さの印象がいまいち一致しない奴だな。

 まあ、変態の事情なんてどうでもいいか。

 

 そうしてダッシュを続け、俺達はようやく現場に到着。

 あたり一面は瓦礫の山だ。

 地面にはやられた兵士達や、巻き込まれたと思われる住民の死体が大量に転がっている。

 この世界に来たばかりの俺なら確実に吐いていた地獄絵図。

 だが、この二年弱で色々とこの世界に染まってしまった今では「うげぇ」くらいにしか思わない。

 ……大丈夫かな、俺。

 

 そして、そんな地獄絵図の中で、既に下手人と思われる男とバロンの戦いが勃発していた。

 

「おおおおおおお!!」

「……しぶとい」

 

 敵はガリガリに痩せていて、髪も酷く乱れ、目の下のクマも酷い不健康の塊のような男。

 安物を通り越して不良在庫のようにボロボロなローブを身に纏い、黒い水の弾丸を連射している。

 ……なんか、あいつもどっかで見たことあるような気がするな。

 

「何あれ!? 詠唱も無しに魔法を連射!?」

 

 だが、俺が既視感の正体を掴む前に、ミーシャの驚愕の声が俺の思考を塗り潰した。

 

「嘘でしょ!? あんなの『賢者』くらいにしかできないはずなのに!?」

 

 ミーシャの驚きはもっともだろう。

 学園で魔法の授業も受けたユリアの記憶(彼女はからっきしだった)が流れてきてるからわかるが、この世界における無詠唱魔法の難易度は死ぬほど高い。

 高度な計算問題を暗算で、しかも瞬時に解くようなもんだ。

 知力極振りのミーシャですら、最近になってようやく下級の魔法の短縮詠唱(魔法名を叫ぶだけで発動できる)を習得できたところだ。

 それだって、威力や範囲を弄りたい時はちゃんと詠唱しなくちゃいけない。

 上級魔法に至っては、短縮詠唱ですら夢のまた夢。 

 

 それなのに、目の前の不健康男は、多分下級の魔法だとは思うが、まるでマシンガンのように連射してバロンを追い詰めている。

 ありえない…………と思うんだが、やっぱりあの戦術にも既視感があるような、無いような。

 

「ぬぉおおおおおおお!!」

 

 しかし、そんな不健康男に相対するバロンも負けていない。  

 柄頭にデカい宝石がついた剣、というかあれ、俺をぶっ叩いた杖だな。仕込みステッキだったらしい。

 そんな仕込みステッキの剣を振るって、連射される黒い水弾を片っ端から斬り落とし、斬ると同時に凍らせて砕いて、本来なら剣じゃ防ぎづらいはずの水魔法を完璧に防いでいる。

 

 あれも無詠唱、じゃない。

 多分、氷の魔法をずっと使いっぱなしにしてるんだ。

 ユリアの記憶にある同僚の騎士に、似たような戦い方をしてた奴がいる。

 その記憶によると、正統派の魔法剣士の戦い方の一つらしい。

 

 まあ、そんな分析は置いといて援護だ!

 

「ハッ!」

 

 俺はバロンの前に飛び出し、世紀末エプロン謹製の大盾で黒い水弾を防いだ。

 これは剣で斬り落とすよりも、面積の広い盾で受けた方が良い攻撃だろう。

 

「おお! 来てくれたか!」

「ああ。遅くなった。やれ、ミーシャ!」

「『焼き払え、真紅の弾丸!』 ━━『火炎弾(ファイアボール)』!!」

 

 俺という壁がいるので、発動速度より威力を取ったミーシャはしっかりと詠唱し、大火力の炎弾を不健康男にぶち込んだ。

 だが、ノータイムで迎撃の魔法が向こうからも放たれ、相殺されてしまう。

 威力はミーシャの方が上だが、いかんせん火と水で相性が悪い。

 

 ……いや、待てよ。

 今のミーシャは、火力だけならレベル50に届くような人間兵器だぞ?

 いくら相性が良いとはいえ、いくらミーシャが使ったのが下級の魔法とはいえ、それを相殺するとか何者だよ!?

 

「盾持ちに、凄まじい火力の魔法使い……。厄介な援軍だ」

 

 不健康男は、落ちくぼんだ眼窩(がんか)にはめ込まれた、深い闇を湛えたような暗い目で、ギョロリと俺達を睨んだ。



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36 『地神教』

「邪魔をするな……。コソコソと嗅ぎ回ってる奴らといい、本当に鬱陶しい……。世界はどこまでも俺の邪魔をする……。辛い……苦しい……」

 

 ボソボソと呟きながら、とてつもない負のオーラをまき散らす不健康男。

 そのオーラが形になったように、奴の体から噴き出した黒い水が不気味にうごめき、大砲のような高圧水流の一撃となって襲いくる。

 

「あ、あれはマズくないかね!?」

「問題ない!」

 

 俺が盾をかざして高圧水流を受け止める。

 超耐久と超体重を合わせ持った今の俺は戦車だ。

 この程度ならビクともせんぞ!

 

「『焼き払え、真紅の弾丸!』 ━━『火炎球(ファイアボール)』!!」

 

 そして、ミーシャが反撃。

 再びの炎弾で、水鉄砲発動中の不健康男を狙う。

 しかし、奴は即座に水鉄砲から水の壁に魔法を切り替え、防いでしまった。

 無詠唱の厄介さをヒシヒシと感じる。

 あれ、魔法使いの弱点を完全に無くしたチートじゃねぇか!

 

「ん?」

 

 と、その時、変な臭いがあたりに漂ってることに気づいた。

 

「なんだ、この臭いは……?」

 

 あ、もしかして、ミーシャの炎で蒸発して気化した黒い水か?

 どっかで嗅いだことがあるような無いような、変な臭い。

 一つだけ言えることは、結構臭いってことだ。

 もしや毒か!?

 

「ミーシャさん、バロンさん!」

 

 その危惧をラウンも抱いたのか、俺の腕から飛び出して、さっとバックパックの中から回復薬(ポーション)の瓶に入った液体を取り出し、ミーシャとバロンに投げつける。

 

「対状態異常用の予防薬です! 無いよりはマシなので、飲んでおいてください!」

「助かるわ!」

「いや、準備良すぎないかね!?」

 

 ミーシャはすっかり慣れた様子で予防用ポーションを飲み干すが、バロンは「こんなこともあろうかと!」を地で行くウチのドラ○もんに若干引きつった顔になっていた。 

 そうだよな。

 町中での大破壊を見て、なんで状態異常対策まで万全なんだよと思うよな。

 しかも、準備時間なんて殆ど皆無に等しかったってのに。

 

 だが、ラウンの恐ろしさはこんなもんじゃないぞ。

 予防用ポーションなんてホントに序の口。

 いざ、これを貫通してくる強烈な状態異常に襲われても、さまざまな治療手段を用意している。

 状態異常のみならず、あのバックパックの中身は、あらゆる不測の事態に備えたアイテムの山だ。

 地域によって手に入る素材は違うのに、ラウンは大抵の素材で似たようなアイテムを作り出してしまう。

 全ては、毎日毎日コツコツと研究と作業を続ける努力のおかげだ。

 元の世界に帰れたら、こいつを見習って毎日コツコツ勉強しようと思った。

 

 ちなみに、俺にだけ予防薬をくれなかったのは、別に意地悪されてるわけじゃなく、ここまでの旅路で猛毒を頭から浴びても平然としてる俺を見て毒されたからである。

 

「あっさりと止めた……。その上、反撃まで……。凄まじい才能……。羨ましい……羨ましい……」

「何が羨ましいよ! 無詠唱魔法ぶっ放してる奴に言われたくないわ!」

「違う……。これは、そんな良いものじゃない……」

 

 不健康男が、何故か忌々しそうに顔を歪め、一度飛び退いて俺達から距離を取った。

 

「聞け! 同志達よ!!」

 

 そして、バッと腕を広げながら、さっきまでのボソボソとした小声が信じられないほどの大声で、何やら語り出した。

 

「我らを苦しめていた町長の屋敷は壊れた! そして!!」

 

 不健康男が足下の瓦礫に手を突っ込み、そこから何かを取り出した。

 それは、豚のように肥えた男の死体だった。

 この世界に来たばかりの俺なら吐いてただろうが、この二年弱でこの世界に染まってしまった今では(以下略)。

 

「見ろ! 町長の死体だ! 俺達を苦しめていたクソ野郎の死体だ! 貴族は殺せる! 俺達から搾取してふんぞり返ってる豚どもは、抗えない絶望ではない! 殺せる相手なんだ!」

「「「おお……!」」」

 

 その時、不健康男の背後からこっちの様子を伺ってたっぽい連中が、誘蛾灯に誘われる虫みたいにフラフラと出てきた。

 誰も彼もがボロボロの恰好をして、薄汚れている。

 なんというか、貧民を絵に描いたような人達だった。

 

「俺達は戦える! 俺達は世の不条理に抗える! 力を合わせれば、邪魔をしてくるあいつらを倒して、諸悪の根源たる領主だって殺せる!」

「「「おお!」」」

「立ち上がれ、同志達よ! 一緒にこの腐った世界を壊そう! 『地神ガイアス』の祝福あれ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 貧民っぽい人達は、まるで洗脳でもされてるかのように、いっちゃってる目で歓声を上げた。

 

「な、なんだこれは!?」

「一帯が瓦礫の山に……!?」

「おい! あの男が掴んでる死体、町長だぞ!?」

「ということは……下手人はあの男か!?」

 

 そして、その瞬間、他にも結構な人数が戦場に乱入してきた。

 俺達を兵舎に連行したのと同じ制服。

 この町の兵士達だ。

 遅くね? とは言うまい。

 近くにいた兵士は、俺達が到着する前に軒並みやられて、そこらに死体として転がってるんだから。

 

「権力者の犬だ! まずは奴らを殺せぇ!」

「「「ああああああああああああ!!!」」」

 

 不健康男の号令によって、貧民っぽい人達が兵士達に襲いかかった。

 いや、さすがにそれは無謀だろ!?

 相手は比較的平和な地帯に配属されてる警備兵とはいえ、それでも正規の訓練を積んでる軍隊だ。

 どう見ても訓練なんてやってる様子もない、武器も持たない痩せ細ったの貧民の体で勝負になるわけがない。

 ……と思ってたんだが。

 

「うぉおおおお!!!」

「死ねぇ!! 俺達をゴミ溜めに押し込んだクソ野郎どもぉ!!」

「な、なんだこいつら!? 強い!?」

「ど、どうなって……ぐぁああああっ!?」

 

 貧民達は、予想に反して兵士達を圧倒していた。

 技術はない。武器もない。

 だが、身体能力がおかしい!

 一人一人がAランク冒険者(グラン)並みだぞ!?

 

 もちろん、必殺スキルや武器スキルの気配すらない、俺よりも遥かに酷い身体能力任せの戦い方だから、実際にやり合ったらAランク冒険者の圧勝だろう。

 それどころか、Bランク冒険者(チャラ男)でも複数人を相手にして普通に勝てると思う。

 だが、この町の警備兵と互角以上に戦うには充分すぎる力!

 

「な、なんですかあれ!?」

「強化薬……? 支援魔法……? いいえ、そんなわけない! あれだけの人数に配れる強化薬なんて手に入るわけないし、支援魔法にしては効果が高すぎるわ!?」

「おのれ!!」

 

 ラウンとミーシャは、理解不能の現象に絶句。

 バロンは全ての元凶と思われる不健康男に突撃していった。

 一方、俺は……

 

「この現象、やはりどこかで……」

 

 この町に来てから度々感じる既視感を、またしても感じていた。



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37 哀れな破壊者

 ユリアの記憶に、この町に来た記憶はない。

 ということは俺の記憶、ゲームの方だろう。

 言われてみれば確かに、こんな感じのイベントがあったような、無かったような。

 だが、もしあったとするなら……。

 

「あのリーダーの男を止めるぞ! 裏に魔王軍がいるくらいの想定でいく!」

「「!」」

 

 俺は声を上げて、二人に不健康男の方を注視させた。

 ゲームのイベントは殆どが魔王軍関係。

 なら、これもそうかもしれない。

 俺がその結論に至ってしまえば、魔王憎しのユリアの意思が止まってくれるわけがない。

 

「邪魔をするな、ヒゲ男!!」

「邪魔をするとも!! 君の気持ちはわかる! だが、私には人を守る紳士として、君を止める義務がある!」

「何が人を守る紳士だ!! 俺の気持ちがわかるだと!? ふざけるな!! 貴様に俺の絶望の何がわかる!?」

 

 不健康男とバロンが激しくぶつかり合う。

 俺達はすぐに加勢に行こうとしたが、させじとスーパー貧民星人に覚醒した人達の何割かがこっちに押し寄せてきて、その対処に少し手間取ってしまった。

 殺していいなら簡単なんだが、垣間見えるこの人達の背景を思うと、どうしても剣が鈍ってしまう。

 

 さすがに、仲間が死にそうとかなら俺もユリアも覚悟を決めただろうが、少し時間をかければ普通に殺さず制圧できるってレベルなので、どうにも覚悟が固まりきらない。

 これなら不殺に振り切って、剣じゃなくて拳で対応した方がマシだ。

 

「せい!」

「かはっ!?」

 

 というわけで、殴った。

 腹パンを連打して、殺さずに無力化していく。

 許せ、スーパー貧民星人の皆さん。

 

「クソのような人生だった! この町の最下層であるスラムで生まれ、ロクに飯も食えずに育った!

 知っているか? この町が一見綺麗で優雅に見える理由を! 

 それは俺達のような汚い奴らを、一箇所に纏めて見えづらいようにしているからだ!」

 

 不健康男がブチギレ、唾を飛ばしながら叫ぶ。

 叫びながら黒い水弾を乱射する。

 

「ゴミ溜めに住む奴らには、這い上がるチャンスすら与えられない!

 ほんの僅かなはした金と引き換えに、キツくて辛い重労働ばかりをやらされる!

 労働で死んだ奴がいる! 金が足りずに飯を買えなくて餓死した奴もいる!

 なのに、俺達の労働が生み出してるはずの『幸福』を、上の奴らは奪っていって、ブクブクと肥え太るまで貪りやがるんだ!!」

 

 不健康男の黒水の砲撃が、ガードし切れなかったバロンをふっ飛ばす。

 バロンはすぐに態勢を立て直したが、無詠唱魔法という圧倒的な速度による攻撃に、徐々に追い詰められていく。

 

「なあ、良い服を着てる紳士様よぉ! お前は死の目前まで餓えたことがあるか!? 体がぶっ壊れても働かされたことがあるか!? 生きるためのはした金を巡って、昨日まで仲良くしてた友達と殺し合ったことがあるか!? 無いんなら、軽々しく俺の気持ちがわかるなんて言うんじゃ……」

「ある!!」

 

 バロンは不健康男の言葉に、迷いなく「ある!」と返した。

 不健康男が一瞬ポカンとした顔になる。

 その間に、バロンは完全に態勢を整えた。

 

「私は大陸南部の紛争地帯の出身だ! 幼少の頃は君のような生活を送っていたとも! 君と同じような思想に取り憑かれたことが何度もあったとも!」

「!? なら、なんで俺の行動を否定する!?」

「君の行動が未来に繋がらないからだ!!」

 

 バロンの飛翔する氷結の斬撃が不健康男に迫り、黒い水の壁がそれを止める。

 

「暴れて、壊して、その先には何も残らん! 君の行動が最高の結末を迎えたとしても、残るのは多くの無関係な人々の屍と、せせら笑う魔王のみだ! 私はそれを座して見ていることなどできはしない!」

「ッ!? そんなの……」

「ああ、そうとも! こんなものは救われることができた者の戯言だ! 本当に辛い時は、全てを道連れに破滅してしまいたくなる! よくわかっているとも!」

 

 バロンはそう言って、黒い水の弾丸を斬り落としながら前進した。

 不健康男との距離を詰めた。

 距離が縮めば体を掠める弾丸も増え、我が身を傷つけながら、それでもバロンは不健康男に手を差し伸べるように距離を詰めた。

 

「だからこそ、私は君に手を差し伸べねばならない! 私があの方に救われたように、私は君を救わねばならない! そのために私は紳士を目指したのだ!!」

「!?」

 

 バロンが前進する。

 その凄まじい気迫に、不健康男は飲まれてるように見えた。

 黒い水の動きが精彩を欠いていく。

 

「私はまだまだ無力。だが、手が届く範囲には必ず手を差し伸べると決めている! 偽善だろうとなんだろうと、それで救われたのが、かつての私だからだ!」

 

 バロンが前進する。

 体がどんどん傷ついていく。

 しかし、代わりに不健康男はもう目と鼻の先だった。

 

「君が、君達が救われる方法を考えよう。既にやらかしてしまった以上、メサイヤ神聖国は君達を許すわけにはいかないだろうが……」

「う、あ……」

「そうだ! このまま西部に逃げてしまうのはどうだろう? 町長も死んで混乱しているし、今なら君達は私が討ち取ったということにして、この国から逃げられるかもしれない。うん。名案じゃないかな?」

 

 バロンはお茶目にウィンクしながら、なんでもないことのように不健康男に解決策を持ちかける。

 メサイヤ神聖国側の人間としては褒められたことじゃないんだろうが、しかし所詮は無法者の冒険者。

 依頼は受けても権力に縛られてないのなら、そういうこともできる。

 実際、ユリアやミーシャが冒険者の道を選んだのも、しがらみに囚われないフットワークの軽さが理由だし。

 

「西部に行くなら、私も適当に理由をつけて、しばらくは同行しよう。君達が落ち着ける良い国を探そう。

 恨みを捨てるのは大変だろうが、頑張って未来に繋がる道を選んでみないかい?」

「…………は、はは。なんなんだよ、あんた。滅茶苦茶だな」

「滅茶苦茶で結構。恩師にも、この道を貫いてほしいと言われているものでね」

 

 不健康男の体から力が抜けた。

 黒い水は、もう出てこなかった。

 

「初めてだ……。そんなボロボロになってまで、手を差し伸べてくれた奴は……」

 

 不健康男は泣き笑いのような顔でそう呟いて……戦いをやめた。

 バロンは、この哀れな襲撃者を斬ることなく戦いを終わらせてみせた。

 自暴自棄になった奴の癇癪を、体をボロボロにしながら受け止めて、強引に近づいていって、無理矢理寄り添って、あまりの気迫と強引さで根負けさせてしまった。

 

「いや、主人公か」

 

 思わずツッコミが出る。

 いや、だって、そうとしか言いようがなくないか?

 これは正しい選択じゃない。

 町の長をぶっ殺した罪人を見逃そうっていうんだし、むしろ間違った選択だろう。

 それでも、ルールだとかなんだとかを、強い信念のもとに「知ったことか!」と蹴り飛ばして、苦しんでる人を救う。

 ホントに、どっかの漫画の主人公やってそうな逸材じゃねぇか。

 これが本当にゲームのイベントだったんなら、勇者の出番どこいったって話である。

 

「ハハッ」

 

 不健康男は、そんな主人公バロンを見て愉快そうに笑い。

 

「ああ…………あんたとは、もっと早く会いたかったなぁ」

「む? それはどういう………ッ!?」

 

 その時。

 突如、不健康男の腹を突き破って、凄い勢いで巨大な何かが飛び出してきた。

 うげぇええええ!?

 絵面グロッ!?

 でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!

 不健康男の腹から出てきた何かは、鞭のようにしなってバロンを襲い、彼は咄嗟に剣で防いだものの、防ぎ切れずに吹き飛ばされる。

 Sランク冒険者が力負けした!?

 

「ぐっ!?」

「バロン殿!!」

 

 そうして吹き飛んだところに、鞭のようにしなる何かは、トドメとばかりにバロンを攻撃しようとした。

 ようやくスーパー貧民星人達を制圧し終えた俺は、全力ダッシュでバロンの前に飛び出して、鞭もどきを防ぐ。

 重っ!?

 甲冑ゴーレムの攻撃より重いんだが!?

 

「あー、あー。まったく、人間は使えない」

 

 そして、突き破られた不健康男の腹の中から、ヌルヌルとした何かが這い出してきた。

 うげぇええええ!?

 より一層グロいぃぃ!?

 冒涜的すぎて吐きそう……!

 でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!(二回目)

 

 腹の中から出てきた何か。

 そいつは、八本の触手を持つ化け物だった。

 そいつは、腹から出てきてノソノソと移動し、不健康男の頭にヘルメットのように装着された。

 その姿は…………どう見ても『タコ』だった。

 

 タコのヘルメットを被った人間としか言えないような、ネタ全開の姿。

 それを見て、俺の中の既視感がハッキリとした形を持つ。

 いた!

 確かに、こいつはゲームにいた!

 登場するシチュエーションは全く違うけど!

 

「な、名も知らぬ同胞よ……!? おのれぇ!! 貴様、何者だぁ!!」

 

 不健康男を殺され、その体を乗っ取られ、バロンが憤怒の声を上げる。

 それを見て、タコは不敵に名乗りを上げる。

 

「魔王軍幹部『八凶星』の一人、知恵の五将の一角『洗教星』オクトパルス。覚えておくといいタコ」

 

 語尾までタコ。

 ふざけてるとしか思えないのに、感じる威圧感は、名乗った肩書に相応しいほどに強大。

 ネタキャラ女騎士の前に新たに現れた敵は、ネタにしか見えないタコだった。



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38 『洗教星』

「まったく、力を与えてやったっていうのに、こいつはてんで役立たずだったタコ。やっぱり、人間はクソってことだタコ」

 

 イライラをぶつけるように、タコは触手で自分の体を……不健康男の体を叩いた。

 ボキリと、肋骨が砕ける音がした。

 

「貴様ぁーーーーー!!!」

 

 それを見て、バロンが激昂。

 タコに向かって突っ込んでいく。

 

「いいんタコか? こいつ、一応生きてるタコよ?」

「ッ!?」

「まあ、致命傷だけど」

 

 タコは、さすが一部の地域で『デビルフィッシュ』と呼ばれてるだけのことはある悪魔のような言葉でバロンを躊躇させ、そこに向かって黒い水鉄砲を発射した。

 不健康男が使ってた時より遥かに強い!

 というか、あの黒い水、何かと思ったらタコスミかよ!?

 道理で変な臭いがすると思った!

 

「ハッ!」

 

 俺はタコスミ鉄砲を盾で止める。

 まだまだ、この程度ならどうということはない

 総重量10トン以上のユリア戦車を舐めるな!

 

「……お前、やるタコね。ボクが直接出てきたのに、普通に止められるとは思わなか…………ん? もしかしてお前、トリックスターが言ってた、やたら硬い女騎士タコか?」

 

 そこでタコは俺を改めて注視して、驚いたような顔になった。

 いや、タコの表情なんざわからんけど。

 なんとなく、雰囲気的に。

 

「一年以上も続報が無いから、どこぞで四大魔獣にでも踏み潰されたと思ってタコが……まさか、よりにもよって、()()()()()()()()出てくるとは。面白いものタコ」

 

 タコは「くっくっく」的な雰囲気で「タコタコタコ」と笑い、どこか愉快そうな雰囲気で俺を見た。

 笑い声までタコかよ。

 作者が二秒で考えたような雑なキャラづけしやがって。

 

「面白いから、少し遊んでやるタコ」

 

 そうして、タコはパチンッと指を鳴らした。

 自分には指が無いから、寄生してる感じの不健康男の指を鳴らした。

 それを合図として、兵士達と戦っていたスーパー貧民星人達がこっちに来る。

 そして、タコを守るように俺達と対峙した。

 兵士達は既にボコボコにされてて、こっちには来れない。

 しっかりしてくれ正規兵!?

 

「なっ!? 君達、何故そいつを守る!?」

「ボクの能力は『人間を操る力』。ボクの言葉に心から賛同した人間を強化し、自我を奪い、ボクの手駒にする。

 そういう意味だと、適当にこいつらの心に響く言葉を吐かせるスピーカーとしては、こいつはそこそこ役に立ったタコ」

「貴様……!! どこまで彼らを弄べば気が済む!?」

 

 バロンが咆える。

 怒髪天を衝く勢いで咆える。

 内なるユリアもキレてるし、俺としても胃酸の流動による吐き気をハッキリと感じるくらいに不快だ。

 画面ごしに見るのとは全然違う。

 チャラ男やピエロに始まり、この二年弱で外道は何度も見てきたが、見る度に心に刻まれる。

 生の『悪意』の醜さ、恐ろしさ、悍ましさを。

 

「毒を持って毒を制すと言ってほしいタコ。まあ、人間なんかにわかられたくもないタコが。━━行け」

「「「アアアアアアアアアアアアッッッ!!!」」」

 

 スーパー貧民星人達が襲いかかってくる。

 理性を感じない目で、ヨダレをまき散らしながら。

 酷ぇ……!

 マジで人をなんだと思ってやがる……!

 

「先輩! どうすんのよ!?」

「心情的には殺さずに制圧したいんだが……そんな余裕はないかもしれないな……!」

 

 多数の敵を相手にする時のお約束として、ラウンと一緒に俺の背後に駆け寄ってきたミーシャの言葉に、そう返すしかない。

 嫌だが、マジで嫌だが、この世界で生きる以上は甘いことばっかり言ってられない。

 

「基本は生け捕りで頼む! だが、自分や仲間の身が危ないと思ったら、躊躇なくやれ!」

「わかったわ!」

「はい!」

 

 作戦名、二重の意味で『いのちだいじに』だ!

 

「まずは生け捕り優先! ラウン、頼む!」

「わかってます! えい!」

 

 ラウンが向かってくるスーパー貧民星人達に向けて、煙玉を投擲する。

 状態異常を誘発させる粉末の入ったやつだ。

 これで一発KOされてくれれば楽だったんだが、さすがにそう上手くはいかないみたいで、スーパー貧民星人達は元気に拳を振りかぶってきた。

 

「アアアアアアアッッッ!!!」

「ふっ!」

 

 その拳を盾でガード。

 小柄な二人を超大型の盾の防御範囲内に庇いつつ、剣は抜かずに盾と拳を振り回して、さっきと同じようにスーパー貧民星人達をノックアウトさせていく。 

 だが、ここでさっきと違う事態が発生。

 

「そら」

「なっ!?」

 

 タコが触手を巨大化させて振り回し、スーパー貧民星人達ごと俺を叩き潰そうとしてきた。

 俺は防げるが、スーパー貧民星人達は死ぬ!

 おのれ、外道戦法!

 

「ミーシャ!!」

「『火炎球(ファイアボール)』!!」

 

 だが、俺じゃ防げなくとも、ミーシャなら防げる!

 ミーシャの炎弾が触手に命中し、炸裂して弾き返す。

 触手の表面が焼けて、良い匂いがしてきた。

 そのままタコ焼きになっちまえ!

 

「うぉおおおお!!」

 

 そして、俺達がスーパー貧民星人と一部の触手の相手をしている間に、バロンがタコの本体に向けて突貫していた。

 

「『凍てつけ、霜の斬撃!』━━『氷結斬(フリージング・スラッシュ)』!!」

 

 バロンの振るう仕込みステッキの剣から氷属性の斬撃が飛びまくる。

 だが、あの触手、見た目に反して硬いのか、斬撃が殆ど通ってねぇ!

 いや、ミーシャの魔法ですら表面を焼く程度なんだから効かなくて当然か。

 ネタにしか見えなくても、八凶星の称号は伊達じゃない……!

 

「くっ!?」

「バロン殿! その体ではキツい! 一度下がれ!」

「ぬぅ……! 致し方なし……!」

 

 不健康男との戦いで傷ついているバロンが、苦み切った顔で一旦下がって俺の後ろへ。

 そこですかさずラウンが回復薬を差し出して治療を始める。

 回復薬はぶっかけても効果があるが、できれば飲んだ方が効くのだ。

 

「それは悪手タコ」

 

 触手を引き受けていたバロンが下がったことで、八本全ての触手が俺に向かってくる。

 つまり、俺に襲いかかってくるスーパー貧民星人達ごと、八本もの触手の暴力が蹂躙するわけだ。

 

「『火炎球(ファイアボール)』! 『火炎球(ファイアボール)』! 『火炎球(ファイアボール)』!」

「えい! えい! えい!」

「ふん!!」

 

 それをミーシャが短縮詠唱の炎弾でできるだけ弾き、ラウンが状態異常の煙玉を連投し、俺もできるだけスーパー貧民星人達を庇いながら戦った。

 盾に張りついてきた人を全力で弾き飛ばし、触手の攻撃範囲から逃がす。

 殴りにきた人を右脇に抱え込んで、絞め落とすと同時に触手から守る。

 タックルしてきた人の頭を掴んで地面に叩きつけ、気絶させると共に覆いかぶさって我が身を盾にする。

 ギリギリだが、どうにか今のところは犠牲者ゼロだ!

 

「タコタコタコ! ゴミがゴミを守る姿は滑稽タコね! トリックスターのジョークより、よっぽど面白いタコ!」

 

 さりげなくディスられてんぞ、あのピエロ!

 

「もっと踊るといいタコ! 『海王(ネプチューン)暗黒咆哮撃(・ブラック・オクト・ブラスター)』!」

 

 凄い名前の技だなおい!?

 必殺スキルの数々より遥かに高い厨二濃度を感じる!

 そのくせ撃ってきたのは、さっきよりちょっと強い程度のタコスミ水鉄砲だ。

 バカにしとんのか!?

 

「む……やるタコね。ボクの最終必殺奥義を止めるとは」

 

 最終必殺奥義だったんかい!?

 至極普通に止められたぞ!?

 もうこいつ、本格的に俺以上のネタキャラにしか見えなくなった。

 なんで、俺達はこんなのに苦戦してるんだ……!

 

「!」

 

 そんな憤りに支配されそうになった瞬間、風向きが変わった。

 スーパー貧民星人達が突然崩れ落ちる。

 地面に倒れ伏した彼らは、ビクビクと陸に打ち上げられた魚みたいに痙攣して動かなくなった。

 

「や、やりました! 効きましたよ!」

「でかした、ラウン!」

 

 ラウンの麻痺毒が効いたのだ!

 いくら強化されてるとはいえ、元がそこらのザコ魔獣にすら劣る痩せこけた人達。

 ラウンお手性の毒には耐えられなかったらしい。

 チャンス!

 

「チッ。本当に人間は使えないタコ。こうなったら最終必殺奥義すら超える、超究極最強奥義で……」

「バロン殿! 二人の護衛を任せていいか!」

「ぬ! 何か策があるのかね!? 任せたまえ!」

「感謝する! 二人とも、フォーメーションTだ! 援護を頼む!」

「「了解!」」

 

 俺はバロンに二人の盾役の役割を任せ、タコに向かって全力ダッシュで突撃した!

 説明しよう!

 フォーメーションTとは、俺が単騎で敵に突撃(TOTUGEKI)する作戦のことである!

 

 脳筋戦法と言うことなかれ。

 ちゃんと後衛の二人が攻撃に晒されないだろう状況を見極め、二人を攻撃させないような立ち回りを心がけてる立派な戦術だ。

 ぶっちゃけ、このカンスト耐久力の最大の利点は、硬いけど吹っ飛ばされかねない中途半端な盾になることじゃなく、ゾンビアタックを仕掛けられる点だと思ってる。

 できれば盾の必殺スキルが使える正式な盾役を仲間にして、俺は魔法で敵もろとも吹き飛ばしていい突撃兵になりたいんだが、勧誘が上手くいってないから、なかなか難しいのが現状だ。

 

「バカめ! 一人でどうにかなるわけないタコ!」

 

 タコが八本の触手を振り回し、俺と後ろの三人を同時に狙う。

 同時にタコの眼前に黒い水玉が生まれ、次から次へと補充されるタコスミがどんどん一つの水玉に圧縮されていく。

 どう見ても、さっきの技より強そうだ。

 より強い技があるなら、最終必殺奥義とか言うなし!

 

「タコタコタコタコタコタコッ!!」

 

 触手の嵐が激しさを増す。

 これで俺を弾き飛ばして、後ろの三人を倒れるスーパー貧民星人達ごと消し飛ばすのが狙いか。

 考えてやがる。

 

「ぬん!!」

「『火炎球(ファイアボール)』!!」

「えい!」

 

 その触手を、後ろから飛んできた炎弾と爆弾ができるだけ弾いてくれた。

 向こうに叩きつけられる触手も、バロンが凄い勢いで弾いてるのか、触手にどんどん氷が付着していく。

 そして……

 

「むぅ……!」

 

 三人の攻撃(特にミーシャの)によって触手が傷つき、機能不全に陥る。

 タコはその対応を迫られた。

 不健康男の体を使って、特に傷んで殆ど動かなくなった触手を根本から切断。

 新しく生やして再生させる。

 やっぱりあったか再生能力!

 某マッハ20のタコが脳裏に浮かんでたから、あるんじゃないかとは思ってた。

 

 だが、自切と再生とチャージ中の圧縮タコスミ弾に意識を持っていかれたせいで、残った触手の操作がおざなりになってんぞ!

 

「捕まえたぞ!」

「ッ!?」

 

 その瞬間を狙い、俺は盾を手放してタコの触手を両手でガッチリと掴む。

 火力強化系のスキルを持たない俺が、このマッスルパワーを一番効果的に発揮できる形。

 タコはすぐに俺に掴まれた触手も自切しようとしてきたが、遅いわぁ!

 

「ふん!!」

 

 必☆殺!!

 女騎士マッスル綱引き!!

 掴んだタコの触手を、マッスルに任せて思いっきり引き寄せる!

 

「タコォ!?」

 

 それによってタコは宙を舞い、俺の目の前にまで引きずり出された!

 

「バ、バカめ! これじゃ良い的タコ!」

 

 しかし、おかげでタコはゼロ距離から超究極最強奥義とやらを放つチャンスを得た。

 タコは笑いながら(やっぱり表情が読めないから多分)、奥義を放つ。

 俺はタコの頭を掴んで引き寄せ、それが後ろの三人に向かわないように、照準を自分の胸元に固定させた。

 

「死ね! 『暗黒破壊(ダークネス)悪魔海神(・オクトパス)地獄波動砲(・ヘル・ブレイカー)』!!」

「レ、レディーーーーー!?」

 

 またしても凄い名前の圧縮タコスミ砲が放たれ、バロンの悲鳴が響き渡る。

 「タコタコタコ!」と、タコの笑い声が響く。

 だが、お前忘れてんじゃねぇか?

 

「貴様、あのピエロから私のことをなんと聞いた?」

 

 圧縮タコスミ砲が放たれ終えた後、残ったのは……当然のように無傷の俺。

 タコの笑い声が止まり、顔が青くなっていった。

 今回はお前の顔色がわかるぞ。

 なんせ、体全体が青くなってるからな。

 

「『やたら硬い女騎士』。自分でそう言った私の耐久力を侮ったな」

「タ、タコッ!?」

 

 俺は不健康男の首に噛みついてる、タコの口の部分を掴んだ。

 確か、この人は生きてるんだったな。

 

「『洗教星』オクトパルス。外道の報いを受けるがいい!」

「タコォオオオオオオオオオオオッ!?」

 

 必☆殺!!

 女騎士さけるチーズ風味クラッシャー!!

 掴んだ部分から、タコを真っ二つに引き裂く!

 不健康男の頭にヘルメットのごとく装着されていたタコは、それによって無惨な残骸と化した。

 

 不健康男は……ボロボロだが、どうにか生きていた。

 後ろを振り向いて見たところ、倒れたスーパー貧民星人達の中にも死者はいないように見える。

 よっしゃぁ!

 

「一件落着だな」

「いや、化け物かねぇ―――――!?」

 

 最後に、俺のネタキャラ耐久力を見た奴共通の反応をバロンが披露したところで、タコとの死闘は終わった。

 ネタキャラ女騎士VSネタにしか見えないタコ。

 勝者、ネタキャラ女騎士!



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39 星欠の狼煙

「ま、まさか、このボクが、こんな、ところで……!?」

「げっ、まだ生きてるの……」

 

 真っ二つにされたタコの残骸が驚愕の声を上げ、あまりのしぶとさに、ミーシャが台所の黒い悪魔を見た時のウチの妹のような嫌そうな顔をした。

 バロンは貧民、兵士問わず負傷者達の治療に走り、ラウンも回復薬を手にそっちの手伝いをしてる。

 よって、こっちに残ったのは俺とミーシャだけだ。

 

「人間……! 人間人間人間ッ!! 星を蝕む害虫が! 海を汚すクソどもが! 生きてる価値も資格も無い奴らのくせに! おのれ! おのれおのれおのれ!!」

 

 タコは、ずっと恨み言を言っていた。

 その内容はまあ、わからんでもない。

 こいつは魔王の眷属。

 つまり、星を破壊した人類文明を憎む『地神ガイアス』の眷属。

 こういう恨み言を吐く資格はあるんだろう。

 まあ、どんな理由があったとしても、あの外道行為は容認できないが。

 

「終わらせよう」

 

 魔王軍を恨むユリアの感覚と、星に恨まれても文句言えないようなことしてる現代人の俺の感覚が混ざり合い、なーんか今一つスッキリしない微妙な気持ちになりながらも、俺は決着をつけるために背中の剣を抜いた。

 俺が何を思おうとも、魔王軍は敵だ。

 ユリアの故郷の仇を討つためにも、俺が安心して元の世界に帰る方法を探すためにも、必ず全員倒さなきゃならない。

 ただまあ、せめて一撃で逝かせてやろうと思った。

 

「タ、タコタコ……!」

 

 だが、そこで。

 

「タコタコタコ……! ターコタコタコタコタコ!!」

 

 タコが突然笑い出した。

 

「何がおかしい?」

「なあ、知ってるタコか人間! ボクら八凶星は、魔王城にある『星将の間』と精神が繋がってるタコ! そのおかげで、離れた場所から精神だけを飛ばして交信ができるんタコ!」

 

 え、何その設定? 聞いたことないんだけど。

 ああ、いや、待てよ。

 そういえばゲームの中に、某忍者漫画に出てきた敵組織みたいに、八凶星が半透明なシルエットになって円卓を囲んでるシーンがあった気がする。

 カッケェなと思って見てたが、あの半透明で集まれる円卓の部屋の正式名称が、星将の間とやらなんだろうか?

 

「それがなんだっていうのよ?」

 

 俺がそんな考察をしてる中、ミーシャはイラ立ったような声をタコにぶつけた。

 重要な情報だし、ミーシャも俺なんかよりよっぽど深い考察を瞬時に行ってるんだろうが、このタイミングでタコが笑いながらそれを言い出す理由まではわからなかったんだろう。

 笑うに足る根拠が何かある。

 そんな嫌な予感がイラ立ちに繋がってるのかもしれない。

 

「つまり、ボクが死んだら、同じく星将の間と繋がってる他の八凶星は、瞬時にそれを察知するってことタコ!」

「何? だから、すぐに仲間があんたを仇を取ってくれるとでも言いたいの?」

「その通りタコ! せいぜい、()()()()()()()でこの町に来てしまった不運を嘆くタコ!」

 

 タコは笑う。

 まるで自分達の勝利を確信してるように笑う。

 自分は殆どなすすべもなく負け、俺達はそこまで消耗してないっていうのにだ。

 たとえ、こいつと同格のピエロとかが今すぐに襲来してきたとしても、負けるとは思わない。

 なのに、この自信はどこから……。

 

「お前らは最悪の組み合わせが実現した現場に立ち会ってしまったタコ! あれ(・・)に勝てる奴なんていない! 同じ海洋生物として断言するタコォ!」

「同じ、海洋生物?」

 

 八凶星にタコ以外の海洋生物なんていたか?

 記憶がふわっとしてるから断言はできないが、多分いなかったような気がする。

 魔王軍所属で海洋生物っていったら、八凶星じゃなくて……。

 

「ッ!?」

 

 そこまで考えが及んだ瞬間、ドバっと俺の額から冷や汗が出た。

 俺の考えを受信したユリアの感覚がトラウマメモリーを流し始め、頭が痛くなってくる。

 だが、そんなことを気にしてる場合じゃねぇ!

 

「おい……! まさか、いるのか!? ()が!?」

「ターーーコタコタコ! 気づいてももう遅いタコ! お前ら全員、くたばる、と、いい、タコ……」

 

 最後まで笑い声を響かせて、タコは急に糸が切れたように沈黙した。

 慌てて駆け寄って確かめてみるも、完全に生命反応が無い。

 死んだのだ。

 

「!? 皆さん! 海から何か来ますッッ!!」

 

 次の瞬間、超高レベルの『索敵』スキルを持つラウンが、真っ青な顔になって叫ぶ。

 

「くっ!?」

「きゃ!?」

 

 それを叫びを聞いた瞬間に、俺は剣を背中に戻してミーシャを抱き上げ、回収した盾を持って、医療行為中の二人のところへ走った。 

 そして、俺達の見ている先で、()()()()()()()()

 港町から見える綺麗な海に、それは突然現れた。

 ゲーム通りなら、全く違う場所とタイミングで現れるはずのそいつが。

 

「なっ!? 先輩、あれって!?」

「ああ! 多分、お前の思っている通りだ! 警戒を……」

 

 ━━その瞬間。

 警戒とか、迎撃とか、そういう思考を嘲笑うように。

 それの放った一撃が……全てを飲み込んだ。

 美しさと汚さが同居していた港町グレースを。

 人間同士のいがみ合いを。

 くだらないと一笑に付すように、『災害』が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ありゃ? オクトパルスさん、死んじゃいました?」

 

 『洗教星』の死を感知した瞬間、港町の沖合いにそいつはいた。

 支配したボールのようなフグの魔獣に乗って、そこにいた。

 

「うわぁ。マジですか。作戦がパーどころか、貴重な八凶星がこんなところで欠けるとか」

 

 頭痛を堪えるように頭を抱えたのは、ピエロのような格好をした男だ。

 魔獣を操る力を持つ八凶星の一人、『奇怪星』トリックスター。

 色々あって、今回はオクトパルスと協力しようということになっていたのだが……まさかこうなるとは思わなかった。

 

「せっかく諦めてた超戦力を見つけて超ラッキー! って思ったのに……。やっぱり、幸不幸はバランス良く配分されるってことですかねぇ」

 

 本来ならこれ(・・)が蹂躙した跡地を、オクトパルスに洗脳された者達が進軍。

 現地を支配し、生き残りを洗脳して勢力を増し、メサイヤ神聖国の西部国境地帯に大きな楔を打ち込む予定だった。

 

 しかし、肝心のオクトパルスが死んでしまったのでは、計画は台無しだ。

 わざわざ、彼の準備が整うまで待っていた意味も無くなってしまった。

 

「仕方ない。せめて、彼に暴れるだけ暴れてもらいましょう。私は叩き起すことしかできませんが……できるだけ内陸で暴れて、多くの都市を滅ぼしてほしいですねぇ」

 

 そうして、トリックスターは己の能力を行使する。

 海の底で眠っていたそれに『目覚めよ。暴れよ』という命令を送る。

 彼の力ではこれが限度だ。

 だが、それだけで充分すぎる。

 

「さあさあ、お待ちかね! オクトパルスさんの弔い合戦の始まり始まり〜! 誰が倒したのか知りませんが、せいぜい頑張って逃げ回ることですねぇ!」

 

 海面が盛り上がる。

 巨大な何かが、海の底から這い出してくる。

 これこそは、人類が恐れる四つの災厄の一つ。

 

『ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 その時。

 美しくも汚い港町の沖合いで、巨大な『絶望』が目覚めの声を上げた。



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40 『玄無』

 海に現れた怪物。

 それは、山のように大きな一匹の『亀』だった。

 大きさだけでなく、シルエットも普通の亀とはまるで違う。

 まるで剣山のようにトゲだらけの甲羅。

 あまりにもゴツい下顎。

 雄々しい三本の大角。

 本来尻尾があるべき位置で不気味にうごめく、竜のように巨大な三匹の蛇。

 

 ゲームで見たことのある姿。

 あいつら全員に言えることだが、ストーリーで戦った時もやたらと難易度が高くて、何回もリトライさせられたせいで、八凶星と違って記憶に刻まれた姿。

 この世界の逸話としても、『災厄』として広く世界中に知られた通りの姿。

 それは紛れもなく……。

 

「四大魔獣━━『玄無』!!」

 

 魔王の最強の下僕(しもべ)の一角。

 数百年間、誰にも倒せなかった災害。

 ゲームなら高レベルに至った勇者が、同レベルの仲間や軍勢と一緒に挑んで、ようやく辛勝できた怪物。

 

『ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 そんな化け物が、咆哮と共に大口を開けた。

 下手なクジラなら丸呑みにできそうな巨大な口の中に、膨大な量の水が集束していく。

 何をしようとしてるのか丸わかりだ。

 できればわかりたくなかった!

 

「三人とも! 私の後ろに!!」

 

 大盾を構えて三人の前に仁王立ちする。

 俺が守れる範囲はごく僅か。

 その僅かな範囲を、ミーシャ、ラウン、バロンのために使った。

 

 そして、玄無の一撃が放たれる。

 

「ッッッ!?」

 

 膨大な水を使った、尋常ならざる水属性のブレス。

 タコのタコスミ鉄砲とは比べることすらおこがましい。

 津波を大砲にして発射したかのような規格外の攻撃!

 

「ぐぅぅ!?」

「先輩!?」

「ユリアさん!?」

 

 そんな津波大砲に、俺のマッスルパワーはどうにか耐えていた。

 盾を斜めに構え、腰をギリギリまで落とし、地面がめり込むほどに足に力を込めて踏ん張る。

 例によってダメージはないが、パワーが足りない!

 吹っ飛ばされそうだ!

 俺の体は、徐々に徐々に押し込まれていって……。

 

「しまっ……!?」

 

 限界を迎えた。

 津波ブレスの威力を抑えきれず、足が浮く。

 10トンを超える巨重が浮かされる。

 

「くっ!?」

「きゃ!?」

「わっ!?」

 

 吹き飛ばされそうになる中、俺は咄嗟にミーシャとラウンを右腕で一緒に抱えて、魔法耐性のあるマントの中に押し込んだ。

 そして、「ぬぉおおおおお!?」という悲鳴を上げるバロンと一緒に押し流される。

 バリン、という何かが砕ける音が二回聞こえた。

 だが、幸いなことに、飲み込まれて少し流されたあたりでブレスは止まった。

 

「無事か!?」

「なんとかね。でも……」

「腕輪が……」

「ッ……!」

 

 二人は無事だった。

 しかし、装備品である腕輪にハメ込まれた魔石が砕けていた。

 ピエロ……『奇怪星』トリックスターから奪い取った、超高品質な魔石と引き換えに致命傷を無効化するというアイテムが発動した証拠。

 つまり、大部分は防いだのに、最後の最後にちょっと飲み込まれただけで、二人は致命傷を負ったということだ。

 冷や汗が出てくる。

 だが、それ以上にヤバいのは……。

 

「な、なんということだ……!?」

 

 最後だけ庇えなかったものの、自力で耐えたバロンが、あたりを見渡して悲痛な声を上げる。

 俺達の周りには……何も無かった。

 何も無いのだ。

 町並みも、物も、人も、何も。

 ここから玄無のいる海までの間にあったもの全てが、俺達以外、一切合切消滅している。

 あれだけ必死に守ったスーパー貧民星人達も、彼らと戦って倒れていた兵士も、虫の息だった不健康男もいない。

 彼らがどうなったのかなんて、語るまでもないだろう。

 

 一撃。

 たった一撃で、チャブ台クラッシュのごとく、盤面を根本からひっくり返された。

 地神教徒達の悲痛な思い?

 それを招いた支配者側の腐敗?

 彼らを利用した八凶星の非道?

 何それ美味しいの? そう言わんばかりだ。

 

 スケールが違う。

 まるで、恐竜がアリの営みを踏み潰すがごとく。

 まさに災害。まさに災厄。

 脳裏にユリアのトラウマメモリーが再生される。

 目の前の亀の同類に、今この瞬間と同じように、全てを踏み潰された時の記憶が。

 普段は頭痛しか感じないが、今なら少しはこの記憶に共感できる。

 

「お、おのれぇえええええッッッ!!!」

「ダメだ、バロン殿!!」

 

 怒りのままに玄無に突貫しようとしたバロンの首筋を掴んで止める。

 バロンは冷静さを失ったような顔で俺を睨んできて……直後に冷水をかけられたように沈静化した。

 多分、もっとヤバい顔してる(ユリア)を見たからだろう。

 

「単騎で行っても無駄死にだ。協力しなければ欠片ほどの勝ち目すらない。ミーシャもわかっているな?」

「ええ。大丈夫よ先輩。私は冷静だから……!」

 

 全然冷静には聞こえない声だが、聞く耳があるだけマシだな。

 少なくとも、俺が必死に抑えないと今にも暴れ出しそうな脳筋女騎士よりマシだ。

 とか思ってたら、脳筋の方も俺の思考を感じ取ったのか、少し大人しくなった。

 

 よし、それでいい。

 無理矢理にでも冷静になれ。

 じゃないと仲間まで失うぞ。

 俺にマジもんのトラウマを刻み込まないでくれよ。

 

「ゆ、ユリアさん!? もう一発来ます!!」

 

 その時、ラウンが悲鳴を上げた。

 見れば玄無の口の中に、次弾のブレスが生成されていた。

 おまけに、上陸のために距離を詰めてきてるから、さっきよりも近い!

 くそっ!?

 ゲームの時は毎ターン動くのが当たり前だったが、現実になってみると、あれを毎ターン連打とか悪夢でしかねぇ!

 

「ラウン! 予備の魔石を! ミーシャは少しでも奴のブレスを魔法で相殺してくれ! そうすれば私が耐える!」

「は、はい!」

「上等よ! やってやるわ! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ!』」

 

 ラウンが若干テンパりつつも、バックパックから身代わり用の魔石を取り出し、その間にミーシャは自分の持つ最強の魔法の詠唱を開始。

 

「レディ! 作戦は!?」

「あれを耐えながら少しずつ近づき、至近距離でミーシャの魔法を浴びせる! 全力の上級魔法なら効かなくはないはずだ!」

 

 ゲーム頼りの知識になるが、確か玄無討伐イベントの推奨レベルは45。

 ミーシャは火力だけならレベル50に届く。

 玄無は水属性、ミーシャは火属性特化で相性最悪だが、やってやれないことはないはず!

 というか、ミーシャの火力でもダメだったら、俺達に打つ手はない!

 

「まずは奴ににじり寄る! バロン殿はミーシャとラウンを抱えてついてきてくれ! あと、できればミーシャの援護も頼む!」

「むぅ……! 聞くからに勝算の薄そうな賭けだが、やるしかないようだね! ここが紳士の見せどころと心得た!」

 

 紳士の見せどころって何やねん。

 あ、もしかして男の見せどころ的な意味か?

 いや、そんなん今はとうでもいい!

 

「行くぞ!」

 

 ラウンが予備の魔石を自分とミーシャの腕輪に装着するのを確認してから、俺達は猛スピードで玄無に迫った。

 バロンが二人を持ち上げることで、俺が盾を構えて最大限に警戒していてもスピードが出せる。

 というか、バロン速ぇな。

 不健康男との戦いでもわかってたが、真っ当なレベル40と同等くらいの俺に準じるほどの速度がある。

 さすがSランク冒険者。

 

『ボォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

「来るぞ! ミーシャ!!」

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!』」

 

 玄無の二回目のブレスと、ミーシャの最強魔法が激突。

 結果は……よし! 少し相殺できてる!

 これなら!

 

「おおおおおおおおお!!!」

 

 足を止め、大盾を構え、俺は再びブレスを受け止める。

 重い……!

 だが、さっきよりはマシだ!

 

「助太刀しよう!」

「ユリアさん!」

「先輩!」

 

 加えて、仲間達が俺の背中を支えてくれた。

 バロンと、彼の腕から抜け出したミーシャとラウンが、後ろから渾身の力で支えてくれる。

 ありがたい!

 これなら耐えられる!

 ……そう思った瞬間。

 

「む!?」

 

 突然、盾に感じる重みが消えた。

 なんだと思えば、玄無がブレスの軌道を変えていた。

 頭を横に振って、直線ではなく横薙ぎの一撃に。

 お、おい!?

 そんなことしたら……!?

 

「くそっ……!」

 

 玄無の一撃が、港町の無事だった部分を飲み込んでいく。

 その光景がスローモーションに見えた。

 凶虎の風ブレスに飲み込まれたリベリオール王国の光景が被って、内なるユリアがトラウマを刺激されて荒れ狂う。

 静まれ、トラウマメモリー!!

 気持ちは文字通り痛いほどわかるが、今は頭痛に喘いでる場合じゃねぇんだよ!!

 

「!?」

「え!?」

「あれって……!?」

「なんと!?」

 

 だが、ここで一つの希望が俺達に映った。

 なんと、突然現れた光の壁が、玄無のブレスを一部とはいえ止めていたのだ。

 その光の壁に守られた区画だけだが、確実に多くの命が助かった。

 

「もしや、先行部隊の誰かか!」

「知っているのか、バロン殿!?」

「うむ! 元々、私は地神教に対する援軍(・・)として派遣されたのだ! 既に現地に何人かの精鋭が派遣されているという話だったから、恐らく彼らだろう!」

「おお!」

 

 素晴らしい朗報!

 あの魔法の威力からして、多分メサイヤ神聖国最強の『聖騎士』か、それに準ずるレベルの強者がいるはず!

 もしあのクール系イケメンがいれば、玄無にもある程度対抗できるはずだ!

 希望が出てきた!

 

「しゃあ! やったるぜぇ!」

 

 そして、それを成したと思われる誰かが、まだ海の上にいる玄無に向かって、宙を飛び跳ねるようにして突貫した。

 遠くてハッキリと見えないし、声もよく聞こえないが、明らかに俺以上のスピードだ。

 よし!

 彼(彼女かもしれないが)に続くぞ!

 

「『神聖斬(セイント・スラッシュ)』!!」

『ボォオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

 突撃した誰かが、巨大な光の斬撃を玄無に叩き込む。

 それによって、玄無の顔に大きな斬り傷がついた。

 おお、効いてるぞ!

 浅いが、確実なダメージだ!

 ちゃんと戦える!

 

「へ?」

 

 ん? なんだ?

 誰かの動きが急に止まった。

 遠目でもわかるくらいに、ハッキリと硬直した。

 何か予想外のことでもあったのか…………って、あっ!?

 

「何をやっている!? 避けろ!!」

『ボォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 遠すぎて聞こえないと知りつつも思わず叫んでしまった俺の前で、怒った玄無のブレスに誰かは飲み込めれてしまった。

 咄嗟に光の壁を展開してたが、横薙ぎブレスが通過するまでの一瞬だけ耐えればよかったさっきと違って、持続ダメージの直線ブレスにはさすがに耐えられなかったみたいで、あっさりと飲み込まれてしまった。

 

 ブレスが過ぎ去った後には、何も残っていない。

 な、名も知らぬ誰かぁあああああ!?

 活躍しそうな雰囲気だったのに、まさか……まさか出落ちで終わってしまうなんて!?

 だが、彼が玄無の注意を引きつけてくれたおかげで、俺達は大分接近できた。

 君の犠牲を無駄にはしない!




ストックが尽きました……。
ここからは大賞用の作品の執筆の合間に、ちょっとずつゆっくりと進めていきたいと思います。


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41 天災

『ボォオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

「あああああああ!!!」

 

 走って、止まって、耐えて。

 また走って、止まって、耐えて。

 その繰り返しで、玄無との距離を詰めていく。

 向こうも上陸のために、一歩一歩の歩幅が尋常じゃない足を動かして、ズシンズシンと凄まじい足音を立てて近づいてくるので、距離は確実に縮まっていた。

 

 当然、近づくほどにブレスは強烈になる。

 それをどうにか耐えて、耐えて、耐えて。

 そして、ようやく俺達は辿り着いた。

 玄無をミーシャの射程距離に捉えられる位置まで。

 

「やれ! ミーシャ!!」

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 ミーシャの広域火炎放射が玄無に直撃した。

 あの巨体だ。

 当たらない方がおかしい。

 彼女の炎は、玄無の頭をすっぽりと覆うように燃え盛り……。

 

「……ねぇ、先輩。あれ効いてるように見える?」

「……………………多分」

 

 ミーシャの炎は、確かに玄無にダメージを与えた。

 顔の皮膚が多少焼けただれている。

 ……だが、それだけだ。

 玄無は鬱陶しそうにこっちを見るだけで、大して堪えてる様子はない。

 HP換算だと、1%も削れてないかもしれない。

 

「それでもダメージはダメージだ! 撃ち続けろ! どうせ私達にお前の魔法以外の有効打はない!」

「わかってるわよ、こんちきしょー!! 『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ!』」

「ラウン! 魔力回復薬(マジックポーション)の準備だ! 長丁場になるぞ!」

「は、はい!」

 

 二人が慌ただしく動き始める。

 俺もボーッとしてる暇はない。

 守りは俺の仕事だ。

 絶対に守りきる!!

 

「では、私も役に立たせてもらうとしよう!」

「バロンさん!?」

「何を……?」

 

 バロンが俺の後ろから大ジャンプで飛び出した。

 そして、瞬時に氷の足場を作って、跳ね回るように玄無に接近。

 焼けた顔面に氷の斬撃を叩き込んだ。

 

「『氷結斬(フリージング・スラッシュ)』!!」

 

 直撃。

 というか、玄無は避けもしない。

 あの鈍重そうな体じゃ避けられもしないだろうが。

 で、肝心のダメージはというと……。

 

「おお! 微妙に効いているぞ!」

「本当に微妙すぎて喜べないがね!?」

 

 いやいや、かすり傷とはいえ、あの化け物に目に見える傷をつけられるだけ凄い。

 もしかして、ミーシャの炎の熱と、低温の氷の斬撃による極端な温度差破壊攻撃か?

 あれって金属とかに対して有効なイメージだが、玄無みたいな化け物生物にも効くんだろうか?

 いや、実際効いてるように見えるんだから、細かい理屈はどうでもいいか。

 

『…………』

 

 玄無がより一層イラ立ったような雰囲気を醸し出す。

 そして、空中のバロンに向けてブレスを放った。

 しかし、バロンは氷の足場を蹴りつけて、ブレスの攻撃範囲から逃れる。

 目と鼻の先まで近づいたことで、顔の後ろ側へ飛び跳ねての回避が可能となっていた。

 

「紳士流・ダンシングエスケープゥゥゥゥッッ!!」

 

 なんか叫んでるが、あれは多分スキル名とかじゃない。

 ついでに、紳士流ってわりに優雅さの欠片もない必死な動きだ。

 それでも生き残ってくれてるんだから問題ない。

 

「ミーシャ!!」

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 玄無がバロンに気を取られたところで、再びミーシャの火炎が襲う。

 ミーシャは肩で息をし始め、ラウンがマジックポーションとスタミナポーションを差し出す。

 バロンは炎が収まったタイミングで、顔の後ろから強襲しようとして……。

 

「うおっ!?」

 

 尻尾の代わりに生えてる三匹の蛇に狙われた。

 首が回らない死角は、あの蛇がカバーするってわけか。

 これもターン制のゲームじゃわからない、本物を相手にする感覚だ。

 

「バロン殿! 一旦戻れ!」

「ぬぅ……! 仕方あるまい!」

 

 バロンが蛇の追跡を振り切り、俺達の方へ落下しながら帰ってくる。

 蛇は長さ的に、甲羅の上とか顔の側面をカバーするのが限界で、顔の前に出れば追ってこれない。

 だが、そうなると当然、玄無本体のブレスが届くようになってしまう。

 

『!!!』

 

 俺の後ろまで退避したバロンを狙って、ブレスが放たれる。

 

「『炎龍(フレイム)……」

「待て! これは私が防ぐ!」

 

 迎撃しようとしたミーシャを止め、俺は単独でブレスを受けた。

 今の俺達は玄無にかなり接近し、奴は顔を下に向けてブレスを撃っている。

 前からだと支える力が足りなかったが、上からなら地面を支えに受け切れる!

 ぬぉおおおお! 俺は最強の傘だぁああああ!

 

「おおおおおおおおおお!!!」

 

 俺は『女』騎士にあるまじき雄叫びを上げ、女子力を犠牲に化け物のブレスを一人で防ぎ切った。

 

「反撃だ!!」

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 そして、温存していたミーシャの魔法が炸裂。

 玄無の顔を炎上させる。

 その動きを俺達は繰り返した。

 俺が防ぎ、ミーシャが攻め、バロンも攻め、ラウンが補給物資で支える。

 

 自分達のことながら大健闘したと思う。

 それなり以上のダメージを与えたという自信がある。

 HP換算で20〜30%は削れたんじゃないかと思う。

 時間だって大いに稼いだ。

 生き残りが逃げられるだけの充分な時間を。

 

 けれど…………それが精一杯だった。

 

「ハァ……ハァ……くっ、そぉ……!」

 

 誰よりも力を振り絞り、限界以上に魔法を使い続けたミーシャが倒れる。

 怪我は無い。

 奴の攻撃は全て防いだ。

 それでも体力と魔力が限界に達し、ポーションじゃどうにもならないくらい消耗し尽くして、ミーシャは倒れてしまった。

 

 そして、ミーシャが脱落してしまえば、俺達にできることはない。

 バロンの攻撃は単独じゃ虫刺され程度にしかならず、ラウンはサポートとしては滅茶苦茶優秀だが、あの化け物に対して有効な攻撃手段は持っていない。

 俺は特攻してゾンビアタックすれば多少は有効打を与えられたかもしれないが、倒れたミーシャや仲間達を置いて突撃なんかできるわけがない。

 よしんばやったとしても、やはり倒すまでは無理だっただろう。

 

 だから、これが今の俺達の限界だった。

 

「ぐっ……!」

 

 悔しさに拳を握りしめる。

 俺とユリア、双方の感覚が同じだけの悔しさを感じていた。

 玄無は俺達からの攻撃が無くなった後、しばらく攻撃をし続けたが、それを全て俺が防いだ結果、もう相手するのがめんどくさいとばかりに俺達を無視して進軍した。

 それを止める力は、俺達には残されていなかった。

 

 町を壊され、多くの人々を殺され。

 それを成した相手を、倒さなけばならない奴を仕留める手段が無く、みすみす見逃してしまった。

 あまりに無力。

 この日、俺は敗北を味わった。

 ユリアだけのものではない、俺自身が噛みしめるべき敗北を。

 

「ッ……!」

 

 去っていく巨大な玄無の後ろ姿を、俺は俺自身の殺意をもって睨みつけ続けた。

 いつか必ず仕留めてやる。

 そう固く心に誓いながら。



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42 敗北を経て

「アリシア殿! ご無事でしたか!」

「バロン様! 既にご到着されていたのですね!」

 

 玄無が去った後。

 俺達は生き残りの人達や、バロンの仲間である対地神教の先遣隊と合流できた。

 生き残りの中には、あの盗人幼女や変態野郎もいた。

 ボロボロになって気絶してるのに全く同情できない変態はともかく、盗人幼女の方は無事で本当に良かった。

 

 ……それはそうと。

 バロンが話しかけたこの銀髪美少女、なんとなく見覚えがあるような気がするな。

 アリシアって名前にも聞き覚えがある。

 ゲーム(2D)現実(3D)の違いでわかりづらいが、もしや……。

 

「アリシア殿、彼女達はAランク冒険者パーティー『リベリオール』。私と共にあの玄無に立ち向かってくれた勇敢な戦士達です」

「そうでしたか……。はじめまして。私はメサイヤ神聖国の『聖女』アリシア・セイクリアと申します。あなた方の勇気に、心からの感謝を」

「聖女様!?」

 

 ラウンがビックリ仰天って感じで叫んだ。

 俺も驚いた。

 もしやとは思ったが、まさか本当にそうだったとは。

 ちなみに、ミーシャは極度の疲労で気絶して俺にオンブされてるので反応が無い。

 

「はじめまして、聖女様。Aランク冒険者……いえ、大陸西部の亡国『リベリオール王国』の元騎士、ユリア・ストレクスと申します。……このような格好で申し訳ありませんが、以後、お見知り置きを」

 

 俺は勝手にスラスラと出てくるユリアの言葉に身を任せつつ、ミーシャをオンブした体勢で、できる限り丁寧に膝をついた。

 この人と知り合えたのは運が良い。

 聖女とは、勇者が召喚された時に最初のパートナーとなる者に与えられる称号。

 勇者の最初のパートナーに相応しい、支援能力の達人の称号。

 実際に、ゲームじゃ彼女が勇者の最初のパーティーメンバーだった。

 

 多分、玄無の攻撃を一発防いだあの光の壁は、彼女の防御魔法だったんだろう。

 そんな人が魔王軍じゃなくて地神教対策の先遣隊として派遣されてたってことは、まだ勇者は召喚されてないんだろうな。

 

 なんにせよ、ここで彼女と接点を作っておけば、後々勇者パーティーに入る足がかりになるかもしれない。

 運が良い。

 そこだけ(・・)は運が良い。

 

「騎士様でしたか。亡国ということは色々と事情がおありのようですが…………残念ながら今は非常事態。あなたとの語らいも、あなた方の奮闘に対する報奨も、全てを後に回さなければならないことをお許しください」

「構いません。私も元とはいえ騎士。今は傷ついた民を守ることが最優先であると心得ております」

「感謝します。ユリア様」

 

 というわけで、アリシアとはそんな最低限の挨拶をするのが精一杯だった。

 その後、彼女は被害者達の治療と支援に全力を注ぎ、俺達は目を覚まさないミーシャを気にかけながら、都市を守る防壁が消し飛んだせいで寄ってきかねない魔獣を警戒。

 それが一段落したら、全員で俺達の当初の目的地であった大都市を目指しての集団避難が実施された。

 避難が終われば、彼女は即行で転移陣を使って首都である『聖地メサイア』へ。

 そこで今回の事件の報告やら後始末やら何やらに忙殺されたらしく帰ってこなかったので、お喋りしてる暇は全く無かった。

 なんというか、頑張れ。

 

 で、アリシアの方はそんな感じとして。 

 こっちはこっちで、最大限気にかけないといけないことがある。

 

「先輩……ごめんなさい……!」

「お前のせいじゃない。むしろ、一番健闘したのはお前だ。無力を謝るとしたら私の方だろう」

 

 アリシアとバロンの厚意で泊めてもらってる町長の屋敷のベッドの上で目を覚まし、泣きながら謝罪の言葉を口にし始めたミーシャに、そんな慰めの言葉をかける。

 慰めというか純然たる事実なんだが、ミーシャの自責の念はかなり強い。

 ユリアの方も四大魔獣にまたやられるというトラウマブーストのせいで精神が参ってるし、それが俺にも伝播してきて胃が締めつけられて辛い。

 今回は俺自身だって相当参ってるのに……。

 しかも……。

 

「いえ、お二人は凄かったです。あの四大魔獣相手に充分戦えてました。……僕が、僕の代わりにもっと強い人がいたら、きっと……!」

 

 最後の一人、ラウンの精神もまた重症。

 元々戦闘以外が仕事で、戦闘以外の分野におけるパーティーの屋台骨として活躍してるラウンだが。

 今回ばっかりは、四大魔獣という絶対的な力の化身を前にして、己の無力さに打ちひしがれてる。

 

 玄無を相手にしてラウンができたのは、ポーションを差し出したり、身代わりの腕輪の魔石を付け替えたり、そういう僅かなサポートだけだ。

 彼は、今回に限っては足手まとい一歩手前だった。

 もちろん、ラウンがいなければ、このパーティーは他の部分で破綻する。

 だが、だからといって本人が落ち込まないわけじゃない。

 玄無は、あの化け物は、『リベリオール』というパーティー全員の心に大きな傷をつけていったのだ。

 

「二人とも、顔を上げろ」

 

 しかし、そんな中にあって。

 

「落ち込むなとは言わん。弱音を吐くなとも言わん。だが、下を向くばかりで立ち止まることだけはするな」

 

 既に似たような敗北を乗り越えてきた女騎士の精神は、強かった。

 

「負けたのなら、次に勝つ方法を考えるぞ」

 

 トラウマブーストで参ってるのは確かだ。

 半ば同化してるからこそ、俺にはユリアが弱ってることがよくわかる。

 それでも、弱った心に鞭を打って、前へ。

 積み重なった敗北を糧にして、次へ。

 

「多くの者が死にゆく中で、私達は生き残った。生きていれば嫌でも次がやってくる。その時こそ積み上がった雪辱の全てを果たせるように、頭を回そう」

 

 そう言って、勝手に動いたこの体(ユリア)は、二人を抱きしめる。

 俺の心もまた、彼女の心に抱きしめられているような気がした。

 

「先輩……」

「ユリアさん……」

 

 ああ、ユリア。

 お前は強い。

 自分だって辛いのに、それでも前を向ける強さがある。

 その強さが眩しくて……同時に、酷く痛ましい。

 誰よりもお前の痛みを感じてしまう俺だけじゃなく、ミーシャも、ラウンも、きっとそれをわかってる。

 だって……お前、泣いてるんだから。

 

 そんなお前を支えたいって、自然と思う。

 二人の顔に少し生気が戻った。

 俺と同じ気持ちだって顔に書いてある。

 この人たらしイケメン女騎士め。

 

「次、か……」

 

 ユリアに抱きしめられながら、ミーシャがポツリと呟く。

 

「先輩、提案があるんだけど、いい?」

「ああ。言ってみてくれ」

「行き先を変更したいの」

 

 行き先。

 俺達の当初の目的地は、この町から転移陣で繋がっているメサイア神聖国の首都、聖地メサイア。

 そこで勇者の力に似た俺の力の詳細を知る……というのが表向きの理由。

 説明が難しかしくて心に秘めてた裏の理由は、そろそろ現れるはずの勇者の召喚場所がそこだから。

 勇者パーティーへの加入を求めて、俺は聖地へ行きたかった。

 

「転移陣で聖地を経由して、すぐに大陸北部に行きたいの」

「北部? 魔王軍の本隊との戦いに参加するのか?」

「いいえ。そっちは本命じゃないわ」

 

 ミーシャは言う。

 彼女なりに考えたんだろう、新たな目的と目的地の名を。

 

「目指すのは、北部三大国の一つ『グリモワール魔導王国』。北の三英雄の一人、人類最強の魔法使い『賢者』のいる国。━━私は、そこで強くなりたい」

 

 グリモワール魔導王国。

 賢者の国。

 決然とした表情で、そこに行きたいと言うミーシャ。

 そして……

 

「話は聞かせてもらった!!」

 

 バンッ! という大きな音を立てて扉を開き、ノックも無しに部屋に踏み入ってくるエセ紳士。

 唐突に部屋に現れたのは、アリシアと共に聖地へ行ったはずのバロンだった。



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43 新メンバー

「グリモワール魔導王国。実に良い選択だと思うよ、小さなレディ」

 

 バロンは訳知り顔でうんうんと頷きながら、俺達の方に歩いてくる。

 が、突如その額に、ポーションの空き瓶が直撃した。

 

「へぶっ!?」

「ノックしてから入ってきなさい!」

 

 空き瓶を投げたのはミーシャだった。

 今の俺達は、(ユリア)が傷心中の二人を抱きしめてるという体勢だ。

 家族水入らずならぬ、仲間水入らず状態。

 しかも、抱擁シーンを見られるのは地味に恥ずかしい。

 ミーシャの怒りは当然と言えた。

 

「気配りが甘いのよ、エセ紳士!」

「エ、エセ紳士……!?」

 

 あ、結構ダメージ入ってる。

 ガーン! って擬音が聞こえてきそうな顔だ。

 しかし、すぐに心に鞭を打ったかのように、ぷるぷると震えながら動き出し、

 

「す、すまなかった。やり直させてもらおう」

 

 そんなことを言って、回れ右。

 一度部屋の外に出て、コンコンとノックしてくる。

 ……これなんて茶番?

 

「……入ってくれ」

「失礼する。話は聞かせてもらった! グリモワール魔導王国。実に良い選択だと思うよ、小さなレディ」

 

 なんとも力が抜けるような気持ちで、抱擁モードを解除しつつ入室の許可を出せば、バロンはさっきと微塵も変わらないテンションで入ってきて、一言一句違わない言葉を吐き出した。

 ねぇ、ホントに、これなんて茶番?

 

「メサイヤ神聖国は現在混乱中だ。私は当時南部にいたので又聞きになるが、なんでも少し前に魔王軍八凶星の一角『変容星』との戦いがあったらしい。その後処理も終わらぬうちに、今回の玄無襲来だ」

 

 バロンは何事もなかったかのように続きを話し始める。

 この流れで、サラッとすげぇ重要そうな話をしないでほしい。

 頭に入ってきてくれない。

 

「玄無の被害は大きかった。最終的にはアリシア殿や『聖騎士』殿を動員した大軍勢で迎え撃ち、どうにか撃退はできたが、討伐は成らず。……そして、今回の戦いで西部国境地帯は壊滅的な打撃を受けた」

 

 しかも、そのままの流れでシリアスに移行。

 待って待って、ついていけねぇから。

 

「西部を統べるウェストポーチ辺境伯も死亡。彼の派閥も重要人物の多くが死亡。皮肉なことに、西部の腐敗は災害によって洗い流された。……多くの罪無き人々の命と共に」

 

 バロンが固く拳を握りしめる。

 その悔しそうな顔を……ミーシャ達と同じ顔を見て、ようやく俺の認識がシリアスに追いついた。

 

「今回の件で、私は強く思ったよ。あれを許してはならない。四大魔獣、八凶星、そして全ての黒幕である魔王。奴らは必ず討伐しなければならない」

「……そうだな」

 

 俺は、俺達は心から強く頷いた。

 今までは内なるユリアにせっつかれる形で、あんまり積極的な戦意も敵意も持ってなかった俺だが、今は違う。

 あの光景を見せつけられて、皆の辛そうな顔を見て、俺自身にも確かな戦う意思が生まれた。

 

「特に最優先は四大魔獣だ。知っての通り、奴らは魔王城を守る鉄壁の結界の要。奴らを討伐しない限り、我々は魔王の根城に踏み入ることすらできない」

「……ああ」

 

 魔王城の結界。

 人類の総力を上げても傷一つつけられなかったというチートバリア。

 かつて、一度だけ魔王城の喉元まで迫れた時に、人類を絶望のドン底に叩き落とした悪魔の仕掛けだ。

 その時の戦いで誰かが必死に結界を解析して、その解除方法を見つけ出した。

 それこそが四大魔獣全ての討伐。

 つまり、魔王軍との戦いに勝ちたいのなら、俺達の私怨を差し引いても奴らを全滅させることは絶対条件なのだ。

 

「奴らと戦うには、最低でも大軍勢が必要。……だが、それではダメなのだろう。

 この数百年、大軍勢を用いた戦いで奴らを撃退した回数は数知れないが、討伐できたことは一度もない。

 小回りの効かない大軍では、逃げる相手を追い切れない」

 

 ……それはあるだろうな。

 四大魔獣の中で一番トロいだろう玄無でも、一歩一歩の歩幅が尋常じゃないから、実は移動速度は意外と速い。

 それを連携を第一に考えなきゃいけない大軍で追いかけるのはキツい。

 

「ゆえに、必要なのだ。大軍で削った後、弱った奴らを追いかけ、トドメを刺せる『英雄』が。

 そして、私は君達に希望を見た。たった三人、私を入れてもたった四人で、あの化け物とまともに戦ってみせた君達に」

 

 バロンは……俺達に向かって頭を下げた。

 優雅な紳士らしくない、熱意に満ちたサラリーマンのような直角のお辞儀をした。

 

「頼む。私を君達のパーティーに入れてほしい。君達と共に強くなり、此度の雪辱を果たす機会を、私にも与えてほしい。この通りだ……!」

「バロン殿……」

 

 紳士っぽくはないが、どこまでも真摯に頭を下げるバロン。

 正直、個人的には大歓迎だ。

 彼の強さはタコや玄無との戦いで充分に見た。

 S級冒険者の名に相応しい強者だ。

 不足なんてあるはずもない。

 内なるユリアからも『同意』って感じの思念が伝わってくる。

 

 俺はチラリと、ミーシャとラウンの二人を見た。

 二人とも否定的な顔はしていなかった。

 

「僕は賛成です。この人なら、強さも人格も信頼できる」

「私も反対はしないわ。先輩の好きにすればいいと思う」

「そうか」

 

 二人からの承諾も得て、俺は頭を下げるバロンに手を差し出した。

 

「バロン殿。私達はあなたを歓迎する。ようこそ、冒険者パーティー『リベリオール』へ」

「……ありがとう、レディ。いや、ユリア殿」

 

 バロンは俺の手を取った。

 その瞬間、例のピコンという音が俺の脳内で鳴り響く。

 

―――

 

 バロン・バロメッツ Lv35

 

 HP 800/800

 MP 720/720

 

 筋力 1000

 耐久 744

 知力 750

 敏捷 1201

 

 スキル

 

『剣術:Lv40』

『氷魔法:Lv35』

『回避:Lv40』

『迎撃:Lv21』

『筋力上昇:Lv30』 

『俊敏超上昇:Lv15』

『斬撃超強化:Lv10』

『氷属性強化:Lv31』

(スラッシュ):Lv44』

『受け流し:Lv45』

氷結(フリーズ):Lv37』

氷壁(アイスウォール):Lv27』

氷結斬(フリージング・スラッシュ):Lv36』

『状態異常耐性:Lv22』

 

―――

 

 おお、すごい。まともだ。

 レベルの高さよりも、まずそっちに感動してしまった。

 一緒に戦った感じでわかってはいたが、バロンは正統派の魔法剣士だな。

 やや攻撃寄りのステータスで、防御は少し低め。

 ただ、俺達のように極端に偏ってはいない。

 

 どいつもこいつも特化型の色物ばっかりだったリベリオールに、ついにまともな人材が入ってきてくれた……!

 いや、ステータスはともかくとして、言動の方はバロンも立派な色物なんだが。

 あれ? むしろ、言動が色物なのはバロンだけでは……?

 ユリアもミーシャもラウンも、パッと見た感じはまともだし。

 

 ……うん。これ以上は考えないようにしよう。

 これ以上は、脱色物パーティーの感動が台無しになる。

 

「ところで、メサイア神聖国からの依頼の方はどうされる?」

「何、そちらには話を通しているとも。それに、元々私は大陸南部の紛争地域で活動していたんだが、ここ最近は妙に南部が静かでね。それで手が空いたからこそ、今回の依頼にも駆り出されたわけだ」

「なるほど」

 

 この人、普段は嫌な思い出があるはずの故郷で活動してるのか。

 多分、故郷の惨状を見てられずに戻ったんだろうな。

 聖人か。

 

「では、新メンバーが加入し、新たな目的地も決まったことだし、早速……ん? いや、まだ決まってはいないか。ラウンの意見を聞いていなかったな」

 

 グリモワール魔導王国に行きたいと言い出したのはミーシャで、バロンはそれに賛成。

 俺も異論は無い。

 アリシアと接触できたから、当初の目的である聖地で勇者に取り入るぞ作戦をする必要性は薄れたし、多分まだ召喚されてないんだろう勇者を待って聖地に滞在し続けるのも時間の無駄だ。

 そんな時間があるなら、ミーシャの提案に従って自分達の強化に使った方が良い。

 表向きの目的である俺の勇者モドキの力の調査はできなくなるが、元々カモフラージュのための適当な理由づけなんだから、できなくてもそこまでの支障はない。

 なら、後はラウンの意見を聞くだけだ。

 

「僕もグリモワール魔導王国に行くのは賛成です。あそこは魔法だけじゃなく、色んな魔道具の研究もしてるらしいので、もしかしたら僕が戦力になれるアイテムを見つけられるかもしれませんし」

「そうか。では、決定だな」

 

 次の目的地は大陸北部、グリモワール魔導王国。

 そこで力を蓄え、今回の借りを返す!

 っしゃぁ! 気張っていくぞぉ!



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44 勇者サイド

 ━━勇者視点

 

 

「うぅん……ハッ!」

「お。起きたか、兄ちゃん」

 

 目を覚ますと、知らない天井が目に飛び込んできた。

 直後に横から聞こえてきた声の方を見れば、そこには港町グレースで仲間にした美幼女『ミミ』がいる。

 あれ? 俺、どうなったんだ?

 なんだか記憶が曖昧だ。

 ええっと……確かゲーム知識を参考にして、ミミを仲間にするために港町グレースに行って、それから……。

 

「目ぇ覚ましたんなら安静にしてろよ。なんせ、兄ちゃんは思いっきり気絶した後、しばらく起きなかったんだからな」

「え?」

 

 俺、気絶してたのか?

 ああ、そっか。だから記憶が曖昧なのか。

 というか、あの町で気絶させられるの何回目だよ。

 俺のステータスはチートのはずなのに、頭の打ちどころが悪すぎたってパターンが多すぎる。

 まあ、気絶はしてもダメージはゼロに等しいから大丈夫だけど。

 

「いや、一時はマジでやばかったんだぜ? 半死半生の重傷だったんだからな? アリシアの姉ちゃんがいなかったらどうなってたか」

「…………へ?」

 

 半死半生の、重、傷……?

 え? え?

 どういうことだ?

 なんでそんなことに!?

 

「一人で玄無に突っ込んでった時は焦ったぜ。あんな無茶してたら、いつか死ぬぞ?」

 

 玄無に突っ込んでいった?

 あ、いや、思い出してきた。

 そうだ。

 俺は玄無に挑んだんだ。

 玄無。

 『ブレイブ・ロード・ストーリー』の物語のキーポイントになる、四体の大魔獣の中の一体。

 本来なら、全く別の場所に現れるはずのボスモンスター。

 

 あの町で出てくるのは完全に予想外で混乱した。

 けど、玄無の討伐推奨レベルは45。

 それはあくまでも四人組のパーティーでの話であって、俺のパーティーメンバーはアリシアとミミだけな上に、ミミは初期も初期のレベル10だから戦力にはならず、アリシアもまだレベル35だから玄無の相手には不足。

 

 だけど、俺のステータスはチートだ。

 レベルこそ50だが、隠しダンジョンの魔導書で覚えたいくつものチートスキルのおかげで、実質レベル60を超える力がある。

 玄無の単騎討伐も充分に可能なレベル。

 だから、楽勝だと思って、何も考えずに飛び出して、それで……。

 

「あ……」

 

 思い出した。

 俺の攻撃が全然効かなくて、反撃のブレスに飲み込まれたんだ。

 同時に「なんで?」って言葉が脳裏を埋め尽くす。

 勝てたはずだ。

 むしろ、ステータス的に勝てなきゃおかしいはずだ。

 玄無なんて、俺のステータスなら楽勝のはずなんだ。

 それなのに、俺の必殺の一撃が全然効かなくて、それで驚いて動きが止まって、そこをブレスに飲み込まれた。

 改めて「なんで?」としか思えない。

 

 そもそも、あの町での出来事は最初からおかしかった。

 本来、港町グレースで起こるイベントは『八凶星』の一角、『洗教星』オクトパルスとの戦いと、その戦いのキーマンになったミミがイベント終了後に仲間になるって内容だ。

 主人公はミミに財布を盗まれそうになって、捕まえて「なんでそんなことをしたんだ」ってことを聞くうちにあの町の問題を知り、ミミと成り行きで行動を共にするうちに地神教の暗躍を知り、少しずつイベントを進めていって、最終的に地下の秘密基地でオクトパルスとの戦闘になるって感じだった。

 

 なのに、オクトパルスなんて全然出てこないし、代わりに出てきたのはまさかの玄無。

 ミミとの出会い方だって全然違う。

 気づいた時には、何故か一緒の牢屋にぶち込まれてた。

 

「でもまあ、それでも兄ちゃんとアリシアの姉ちゃんには感謝してる。二人のおかげで、アタシの家族は助かった。ホントにサンキューな」

「あ、ああ」

 

 一応、ミミの境遇自体はゲームと同じだった。

 ストリートチルドレンの仲間達を助けるために金が必要で、盗みをして、その結果、牢屋に入れられてた。

 だから、ゲームの勇者と同じように、ミミに才能を感じたって言って、ミミの仲間達ごと助けるってアリシアに宣言すれば、仲間みたいな関係になることはできた。

 何故かいたユリアは仲間になるどころか、取り付く島もすらなかったけど。

 

 というか、ユリアに関しても謎だ。

 仲間にできなかったのは、必要なフラグが全く立ってなかったのが原因だろうけど、本来の町にいなくてあの町にいた理由は謎だし、一緒にいた女の子二人は全く見覚えがないし、不審者扱いされたし……。

 いや、最後のは自分でもテンパって変なことやってた自覚あるから仕方ないけども。

 

「……まあ、あれだ。町も領地も吹っ飛んじまったが、あんま気落ちすんなよ。

 あんな化け物、どうにもならねぇ。

 それにアタシらを虐げてた町長も領主も死んだみたいだし、アタシ的には若干清々してんだ。

 少なくとも、アタシは責めねぇからさ」

「…………え?」

 

 町が、吹っ飛んだ……?

 町長と領主が死んだ?

 そう言われて、頭が真っ白になりかける。

 けど……ああ、そうだ。思い出した。

 玄無のブレスが、全部飲み込んだんだ。

 そうだよな。

 あんなの食らったら、町は吹っ飛ぶよな。

 人だって、死ぬ、よ、な……。

 

「ッ!?」

 

 そうだよ。

 人は死ぬんだよ。

 俺の目の前で、いっぱい死んだんだよ。

 なのに……俺はどうした?

 

 玄無に町が吹っ飛ばされるのは見てたはずだ。

 でも、見えてなかった。

 ゲーム画面越しのイベントみたいに捉えて、壊れた町も、死んだ人にも全く注意を払わずにボスモンスターに突撃して、あっさりと返り討ちにされた。

 

―――

 

 タカハシ・ハルト Lv50

 

 HP 1800/1800

 MP 2200/2200

 

 筋力 2010

 耐久 1850

 知力 2100

 敏捷 2000

 

 スキル

 

『聖剣術:Lv50』

『聖光魔法:Lv50』

『HP超々増強:Lv50』

『HP超速回復:Lv50』

『MP超々増強:Lv50』

『MP超速回復:Lv50』

『筋力超々上昇:Lv50』

『耐久超々上昇:Lv50』

『知力超々上昇:Lv50』

『俊敏超々上昇:Lv50』

『天剣:Lv50』

『大魔導:Lv50』

『極光:Lv50』

『斬撃超々強化:Lv50』

『光属性超々強化:Lv50』

『状態異常耐性:Lv50』

神聖斬(セイント・スラッシュ):Lv50』

閃光突(シャイン・ストライク):Lv50』

聖光壁(プロテクト・レイ):Lv50』

黙示録の光(アポカリプス・レイ):Lv50』

 

―――

 

 俺のステータス。

 光属性特化ながら、勇者固有のチートスキル『聖剣術』『聖光魔法』は魔に属する全てに対して効果抜群なので、特化型としての欠点が無いに等しいガチビルド。

 索敵なんかは仲間に頼る必要があるけど、こと戦闘に置いては間違いなく最強の構成。

 そう。最強の、はずだ。

 

 それに加えてゲーム知識という、ある意味、最強ステータス以上のチート。

 圧倒的な戦闘力と、未来を知るがごとき情報力。

 この二つを合わせ持った俺は、ずっと憧れた『特別な存在』になれたはずだった。

 

 前の世界にいた頃の俺は、凡人だった。

 何をやっても平均以下の男だった。

 いつも誰かに見下されて、ふてくされてゲームに逃げて。

 それがこの世界に勇者として召喚されるなんて奇跡のおかげで、ようやく特別で凄い奴になれたと思ったのに。

 なのに、玄無なんて中盤のボスに瞬殺されて、沢山の人を目の前で死なせて、なんの役にも立てなくて……。

 

 この日、俺は自分のチート能力に、いや俺自身の存在意義に、大きな大きな疑問を持った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「そうですか。勇者様が目覚めましたか」

 

 その報告を聞いて、『聖女』アリシア・セイクリアは、疲労の色が濃い顔に安堵の表情を浮かべた。

 激務続きの中、ようやく良いニュースを聞けて、彼女の心も多少は安らぐ。

 

「……とはいえ、喜んでばかりもいられませんね。今回の一件で、既に勇者様の『予知』から外れ始めていることが証明されてしまったのですから」

 

 『勇者の予知』。

 当代の勇者だけでなく、歴代勇者の何人かもまた持っていた能力。

 記録によればその精度はピンキリであり、百発百中させた勇者もいれば、フワッとしかわからなかった勇者もいたとのことだ。

 だが、共通する特徴として、予知の内容を変えれば変えるほどに、どんどん予知は当てにならなくなっていくらしい。

 

 既に当代勇者はこの能力を何度も使っている。

 いや、正確に言えばアリシアが口車に乗せて使わせた。

 何故か勇者達はこの能力を秘匿することが多いので、上手いこと掌の上で転がして、有益な情報を喋らせるのも聖女の仕事の一つだ。

 

 その結果、わかったことは数多い。

 当代魔王の能力、四大魔獣の出現予測ポイント、暗躍する八凶星達の居場所、優秀な人材の埋もれている場所。

 特に大きかったのは、メサイヤ神聖国の枢機卿に化けて堂々と国内で動き回っていた『変容星』の暗躍を暴いたことだ。

 勇者が独断専行に走ったことで討伐こそできなかったものの、奴に深手を負わせて敗走させることはできた。

 最高の結果は逃したが、あのまま『変容星』に好き勝手にされるよりは、よほど良い。

 奴の計画が成就していたらと思うとゾッとする。

 

 奴と同等の脅威である他の八凶星達の居場所も割れた。

 力の三将は北部三大国と表立って激突しているが、問題は水面下で動いて、思いもよらない場所を襲撃してくる知恵の五将だったのだ。

 その5人の居場所が割れた。

 

 メサイヤ神聖国で暗躍していた『変容星』。

 大陸西部で多くのダンジョンを支配下に置こうとしている『奇怪星』。

 大陸南部を裏で牛耳ろうとしている『傾国星』。

 東部国境地帯の襲撃を目論んでいる『軍傭星』……は元から補足していたが。

 

 そして、今回の一件の本来の目的であった『洗教星』。

 自分達勇者パーティーの前には姿を現さなかったが、玄無を相手に善戦してくれたというパーティー『リベリオール』が討伐してくれたとバロンからの報告で知った。

 位置情報自体は正しかったのだ。

 本来の予定からはズレたが、人類の脅威の一角が討たれたのは素直に喜ばしい。

 

 しかし、予知に無かった玄無の出現によって、喜んでいる場合ではなくなった。

 予知は使えば使うほどにズレていく。

 予知を覆そうとして動いた結果、予知の内容から外れてしまうからだ。

 今回で言えば、恐らく逃した『変容星』から情報が行ったか、もしくは『洗教星』を確実に討伐するために、事前に部隊を送り込んだのが原因だろう。

 こちらの動きを見て、向こうもまた予定とは違う動きをしたということだ。

 予知と違う『洗教星』の行動は、それで説明がつく。

 

 玄無もまた、変わった運命が呼び寄せてしまったのだろう。

 一つの事象が変われば、連動してあらゆる事象が変わっていき、世界は大きく変化する。

 勇者達の世界では、この現象をバタフライエフェクトと言うらしい。

 蝶の羽ばたき程度の小さな変化が、結果として嵐を巻き起こすほどの大変化を呼ぶことから、そう名づけられたそうだ。

 

 とんでもない爆弾だった『変容星』を排除するため、予知の内容に積極的に干渉した以上、こうなることは覚悟の上ではあったが。

 しかし、こうなってくるともう、他の予知も当てにはならないかもしれない。

 特に四大魔獣の出現予測ポイントは無意味と化したと考えた方がいいだろう。

 八凶星に関してはわからないが……まあ、予知から外れるために、長年をかけた計画に変更を強いられるなら、それはそれで悪くはない。

 

「予知に頼れなくなった以上、これからは正攻法で魔王軍を打倒できる戦力を集めていくべきなのですが……連絡不備でリベリオールとバロンさんが旅立ってしまったのは痛いですね」

 

 世界に何人もいないSランク冒険者、バロン・バロメッツ。

 彼と協力したとはいえ、あの玄無とたった1パーティーで戦って生還してみせたリベリオール。

 どちらも勇者パーティーに勧誘したい人材達だ。

 バロンに関しては、元々この一件の後に、最低限南部の『傾国星』との戦いへの共闘を求めるつもりで南部から呼び出したのだが……。

 

 しかし、バロンはアリシアが玄無との戦いや、あの戦いの生存者達の移住に関する手続き、ミミの勇者パーティー加入という無理を通すための手続きなどで忙殺されている間に、リベリオールと共に北部へと行ってしまったらしい。

 予知の内容は機密扱いであり、バロンには合流した後で時間を作って直接伝えるつもりだったのが災いした。

 そんな時間を作れないほどに忙しかったからだ。

 『変容星』、玄無と続いてしまった戦いの後始末でゴタゴタしていなければと嘆いたが、全ては後の祭り。

 

「まあ、そっちに関してはまだいいでしょう」

 

 北部に行ったということは、力の三将が率いる魔王軍の本隊と戦うために北部三大国のいずれかへ向かった可能性が高い。

 あの三国とはそれなりに強固な繋がりがあるので、少し時間はかかっても連絡を入れることは可能だ。

 

「問題は……勇者様本人ですよね」

 

 「はぁ」と、アリシアは憂鬱そうにため息を吐く。

 当代勇者、タカハシ・ハルトの能力値は高い。

 召喚直後であるにも関わらず、能力値だけであれば、既に人類最強の北の三英雄すら超えているだろう。

 歴代勇者達と比べても遜色のない化け物っぷり。

 にも関わらず……。

 

 現在のハルトの実力は、北の三英雄にやや劣るメサイヤ神聖国最強の男『聖騎士』と互角程度である。

 

「基礎ができていないせいで、恵まれた能力をまるで活かせていない。

 それを指摘しても、イベント? とやらを優先して各地を飛び回ることを選ぶせいで訓練に当てる時間が無い」

 

 アリシアは再びため息を吐く。

 彼には、剣を思いのままに操る能力がある。

 しかし、当の本人が『剣を使った正しい戦い方』を知らないせいで、動きが良いだけの素人剣術になってしまっている。

 彼には、大魔法を簡単に制御できるだけの知力がある。

 しかし、魔力制御、術式の理解、構築、生成、安定化などを殆ど意識せず、ほぼほぼ感覚任せにやっているせいで、本来の威力を全く出せていない。

 まさに、宝の持ち腐れと呼ぶしかない状態なのだ。

 

「もっと強く指摘できればいいのですが、勇者様より弱い私達の言葉では届かない。

 『聖騎士』様の言葉ならあるいはと思いますが……あのチキンハートには荷が重いかもしれませんね」

 

 一見するとクール系の有能にしか見えないくせに、中身は気弱のビビリで、言うべきこともロクに言えない顔馴染みを思い浮かべ、アリシアはまたしてもため息を吐く。

 ため息の吐き過ぎで、そろそろ幸せが枯渇しそうだ。

 

「せめて、今回の敗戦が良い薬になってくれればいいのですがね。

 まあ、普通に考えれば、良い薬どころかトラウマになるでしょうが……。はぁ……」

 

 アリシアのため息は止まらない。

 聖女とは苦労の多い役職なのだ。

 しかし、嘆いてばかりもいられない。

 まずは目の前の問題から対処しようと、アリシアは北へ旅立ったバロン達へと連絡を取るべく動き出した。



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45 星将の間

 人類にとっての諸悪の根源『魔王城』にある、とある一室。

 円卓と、その周囲に並べられた八つの席のある大部屋。

 『星将の間』と呼ばれるその場所に、現在、七つの影があった。

 

『以上! オクトパルスさんの壮絶な最期に関する報告でした〜! チャンチャン!』

 

 影の一つ、半透明のピエロのような男が、戯けた様子でそんな言葉を放つ。

 いや、半透明なのはピエロだけではない。

 この場にいる全員がそうだ。

 何故なら、彼らの本体は大陸中に散らばっており、ここで話しているのは、魔王城という超高位ダンジョンの機能によって呼び出された精神体。

 文字通り、彼らの影に過ぎないのだから。

 

『タコちゃん死んじゃいましたか。寂しいです』

『あのバカめ。知恵の五将の中でも随一の能力を持っていたくせに、それを大雑把にしか使わないから死ぬのだ』

『ガッハッハ! そう言うお前も、勇者に負けて死にかけてたじゃねぇか! 負け犬同士、少しは冥福を祈ってやったらどうだ?』

『黙れ、クソザコ。目標地点に欠片の損害も与えられない分際で』

『誰がクソザコだ!? やんのかコラァ!?』

 

 ピエロ、『奇怪星』トリックスターの報告を聞いて、三つの影がそれぞれの反応を示す。

 安っぽい泣き真似をしながら寂しいと言う、可愛らしい少女。

 敗死したオクトパルスを蔑む、不定形の何か。

 不定形の何かを嘲笑い、逆にクソザコと呼ばれて喧嘩腰になる二足歩行の獅子。

 

 彼らこそは、魔王軍の幹部たる知恵を持つ魔獣達。

 八凶星、知恵の五将の残る三人。

 『傾国星』『変容星』『軍傭星』である。

 

『うるさい。静かにしろ』

『『ッ!?』』

 

 無機質な、されどとてつもない威圧感を持った声音が、口喧嘩を始めた『変容星』と『軍傭星』の二人を硬直させた。

 その声を発したのは、精神体でありながら凄まじい覇気を放つ存在。

 知恵の五将とは比較にならない、圧倒的な力を持つ三人の中の一人。

 中身の無い、和風の鎧兜だった。

 

『ヤシャの言う通りやなぁ。お前ら、毎回毎回やかましいでホンマ。

 そんな元気があるんやったら、人類どもにぶつけんかいアホ』

『す、すんません、姉御!』

『……ふん』

 

 続いて言葉を発したのは、これまた三人の強者の一人、九本の尻尾を生やした独特な口調の女性。

 彼女に対して『軍傭星』は即行で謝罪し、『変容星』もバツが悪そうに視線を逸した。

 

『トリックスター、報告ご苦労』

 

 そして、最後に。

 力ある三人の中でも更に別格のオーラを放つ、筋骨隆々の老人が口を開く。

 彼はこの場の議長であるかのように、話し合いを前へと進めた。

 

『さて、アンノウンの失敗に続き、オクトパルスが逝った。

 加えて、玄無とまともに戦えるような強敵が出現した。

 お前達はどうする?』

 

 その質問に真っ先に答えたのは、二人の強者。

 

『ウチはこのままやらせてもらいますわ。

 八凶星が欠けるなんて珍しいことやないし、玄無を相手にした女騎士とやらも、『倒した』ならともかく、『まともに戦った』止まりやったら、恐れるに足りん』

『同じく』

 

 強者達は、己の力に自信があるからこそ、迷わずに現在の作戦を続行することを決めた。

 小細工など不要。

 向かってくる敵は全て叩き潰すと言わんばかりに。

 

『私も作戦続行ですかねー。っていうか〜、今のカレと別れるなんて考えられないですし〜!』

『惚気かいな。いくらそれがあんたの能力とはいえ、人間ごときにそこまで夢中になれるんは、同じ女として、ちょいと正気を疑うで?』

『愛は狂ってるくらいでちょうどいいんですよ! 正気じゃ辿り着けない領域にあるラブ♡パワーこそが人類を滅ぼして世界を救うんです!』

『ああ、うん、そうかぁ……』

 

 『傾国星』もまた作戦続行を決定。

 彼女の決断に、それ以上のツッコミは無かった。

 

『俺もこのまま行くぜ! 舐められっぱなしじゃ終われねぇからな!』

『脳筋め。力の三将ほどの戦果を上げているならともかく、そうでないのなら、もう少し考えて動け』

『なんだとぉ!!』

 

 またしても喧嘩になりかける『軍傭星』と『変容星』。

 しかし、今回は『軍傭星』の怒りを無視して、『変容星』は会議を進めることを選んだ。

 

『ワタシは傷を癒やしつつ、プランBを進めます。人類の業は深い。利用できる闇など、いくらでもありますので』

 

 自信ありげに、『変容星』は不定形の体に顔を作って、不敵な笑みを浮かべた。

 勇者にやられっぱなしで終わるつもりはない。

 手札はまだまだあるのだ。

 自分を仕留め損なったことを必ずや後悔させてやると、敗戦を経験した将は心の内で静かに闘志を燃やす。

 

『私はまた各地を渡り歩いて適当にやらせてもらいますね〜。今回みたいに思わぬ収穫があるかもしれませんし』

 

 『奇怪星』トリックスターは、相変わらず飄々とした態度で行動を決める。

 しかし、態度とは裏腹に、彼の言う適当とは『適切に当てはまる行動を取る』という意味なので、誰も何も言わなかった。

 

『結構。儂もそろそろ、あの小生意気な小娘との決着をつけるとしよう。

 各自、オクトパルスの死を乗り越え、人類滅亡に向けて邁進せよ!

 全ては、魔王様と我らが神『地神ガイアス』のために!』

『『『ハッ!』』』

 

 老人の言葉で会議は終わり、精神体はかき消えて、八凶星の意識はそれぞれの肉体へと戻っていった。

 星の一部が欠けようとも、彼らには微塵の動揺も無い。

 全ては創造主たる魔王のため、神のため。

 人類とは違い、そうあれと定められて造られた生命として、生まれ持った己の使命を全うするために、仲間の死になど頓着せずに進み続ける。

 だからこそ、魔王軍は強く、そして厄介なのだ。



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46 大陸北部

「ひぃいいいいいい!?」

「『火炎球(ファイアボール)』! 『火炎球(ファイアボール)』! 『火炎球(ファイアボール)』ぅ!」

 

 通り道としてちょっと寄っただけでも、何やら慌ただしいという雰囲気を肌で感じた『聖地メサイヤ』を転移陣にて通り過ぎ。

 俺達はメサイヤ神聖国北部国境地帯へと転移して、そこから徒歩で目的地である『グリモワール魔導王国』に向かっていた。

 

 なんで徒歩かというと、驚いたことに大陸北部には一般の乗合馬車とかが一切通っていないからだ。

 当代魔王の侵攻に数百年間晒され続け、今やたった三つしか残っていない北部の国々を繋ぐ交通手段は、国がガッチガチに警備を固めた輸送隊とかだけ。

 何故なら、北部は街道にすら大量の魔獣どもが湧いて出る。

 この大量というのは、百匹とか二百匹とか、そんな可愛いレベルではない。

 道を歩いている限り、延々とエンカウントし続けるのだ。

 

 現在、俺達がメサイヤ神聖国最北端の町を旅立ってから一週間。

 一時間に一度は襲撃に合い、三時間に一度は大規模な群れに出くわし、一日に一度は化け猫級の強敵に襲われ、飯を食う間も寝る間も無い。

 確かに、これは一般商人とかが旅したら、一瞬で骨すら残さずに食い尽くされるだろう。

 

 さすがはゲーム終盤のマップ。

 さすがは魔王城だけじゃなく、魔王軍の支配領域になって野放しにされた無数のダンジョンからも魔獣があふれる超危険地帯。

 城壁に囲まれた町の中以外は地獄と聞いてたが、その噂に一切の誇張は無かった。

 

「ハァ……ハァ……! 無理……死ぬ……!」

「大人しく輸送隊にくっついていけるタイミングを待つべきでした……!」

 

 ミーシャが息も絶え絶えになり、ラウンは弱音をこぼした。

 ぶっちゃけ、俺も全力でラウンに同意したい。

 次にメサイヤ神聖国からグリモワール魔導王国への輸送隊が出るのがまさかの一ヶ月後だと知って、それなら修行ついでに徒歩で行こうなんて言い出したバカは誰だ?

 (ユリア)だ。

 

 北部舐めてた。

 こんなことなら、内なるユリアに全力で抵抗しておくべきだった。

 この超危険地帯を単独で闊歩できるのはSランク冒険者くらいだって聞いて、それなら正真正銘Sランク冒険者のバロンもいるし大丈夫だろうとか思った一週間前の自分をぶん殴りたい。

 

「ハッハッハ! 若いというのにだらしないぞ諸君!」

「……バロンさんは元気そうですね」

「うむ! 何故かは知らないが、体が羽のように軽くてね! 今なら何でもできそうだ!」

「……加齢臭のキツいおっさんのくせに」

「加齢臭……!?」

 

 ああ、せっかく元気だったバロンにミーシャが会心の一撃を入れてしまった。

 とはいえ、あの程度ならすぐに復活するだろう。

 何せ、バロンの調子が良いというのは本当だ。

 決して強がりなんかじゃないってことは、数字が証明している。

 

―――

 

 バロン・バロメッツ Lv36

 

 HP 824/824

 MP 746/746

 

 筋力 1034

 耐久 758

 知力 780

 敏捷 1261

 

 スキル

 

『剣術:Lv41』

『氷魔法:Lv37』

『回避:Lv40』

『迎撃:Lv28』

『筋力上昇:Lv31』 

『俊敏超上昇:Lv16』

『斬撃超強化:Lv13』

『氷属性強化:Lv32』

(スラッシュ):Lv44』

『受け流し:Lv46』

氷結(フリーズ):Lv38』

氷壁(アイスウォール):Lv30』

氷結斬(フリージング・スラッシュ):Lv39』

『状態異常耐性:Lv23』

 

―――

 

 たった一週間で、もうレベルが上がってる。

 明確に強くなってんだから、そりゃ体が軽くも感じるだろう。

 ゲーム終盤の地獄はキツいが、恩恵もまた大きい。

 ポ○モンのチャ○ピオンロードみたいなもんだ。

 

 ちなみに、その恩恵にあやかって強くなってるのはバロンだけじゃない。

 少し前までレベル35だったミーシャは、この一週間の入れ食い状態+タコこと『洗教星』オクトパルス撃破の経験値を足してレベル40まで上がり、ラウンのレベルも30まで上がった。

 それでもグロッキーなのは、相変わらず身体能力のステータスが低いからか、それとも精神的な問題か。

 年齢による経験の差で、バロンが俺達若造よりも遥かにタフっていうのはありそうだ。

 おっさん最強説、あると思います。

 

 なお、仲間達がこれだけ強くなってんのに、(ユリア)のステータスには一切の変化無し。

 この一週間だけで千を超える魔獣を駆除し、化け猫クラスを複数体葬ったというのに、我がステータスの数値は初期の頃から1として伸びず、新しいスキルが発現することもない。

 ここはゲームじゃなくて現実なんだから、ワンチャンシステム的な限界を超えられるんじゃないかと思ってたんだが、どうやら儚い希望だったようだ。

 

 強いて変化した部分があるとすれば、内なるユリアの感覚がまた強くなってきて、ポンコツ動作アシストが、もうポンコツとは呼べないくらいのレベルになってきたことくらいか。

 喜ばしいことではあるが、チャン○オンロードの恩恵かと言われると首を傾げる現象だな。

 というか、そろそろ本格的に俺いらないんじゃ……?

 

「ん?」

 

 と、そこで俺の目に、とある光景が映った。

 

「皆、喜べ。第一目標が見えてきたぞ」

 

 遠目に見えたのは、この地獄を耐え抜いてきたんだろう立派な城壁。

 恐らく、グリモワール魔導王国側の国境の町。

 目的地は首都だからまだ到着じゃないが、休憩ポイントに到達したのは間違いない。

 グロッキー状態だったミーシャとラウンは、地獄に仏、砂漠でオアシスを見つけたかのように歓喜の表情を浮かべた。

 が、次の瞬間……

 

 突如、青白い巨大な火の球が前方に出現し、それが城壁に向かって射出され、「チュドォオオオオオン!!!」という凄まじい音を立てて炸裂した。

 どう見ても、ここらの強獣どもですら比べ物にならない威力の攻撃だった。

 

「「「「…………は?」」」」

 

 やっと辿り着いたと思った休憩ポイントがいきなり爆撃されるのを見て、俺達は揃って間抜けな声を上げてしまった。

 どうやら、この地獄に慈悲は無いらしい。

 ほ、北部怖ぇ……!



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47 いきなりの

「な、何あの炎!? 私の最高火力より遥かに……! っていうか、下手したら玄無のブレスに届くわよ!?」

 

 ミーシャが悲鳴のような叫びを上げる。

 そりゃ悲鳴の一つも上げたくなるだろう。

 まだまだ記憶に新しい俺達のトラウマ、玄無。

 攻撃の威力だけとはいえ、奴に匹敵するようなのが早くも目の前に現れちまったんだから。

 玄無襲来から、まだ二週間くらいだぞ?

 トラウマ再来には早すぎるだろ!?

 というか、最初の町で四大魔獣クラスが出てくるとか、北部怖ぇ。

 帰りたい。

 心の底から逃げ帰りたい。

 だが、帰らない!

 

「ボサッとしている場合ではない! 行くぞ!」

「わかってるわよ!」

「はい!」

「無論だとも!」

 

 玄無戦を経て自発的に戦う心構えを少しは獲得した俺は、内なるユリアに背中を押されつつも、自分の意志で仲間達に出撃を指示した。

 仲間を失う恐怖を振り払い、前進する。

 いつも通り、盾役の俺が先頭。

 足の遅いミーシャとラウンは、俺よりも速くて回避性能も高いバロンが担いで運ぶ。

 バロン加入のおかげで、ユリア戦車なんてネタ戦法より遥かに安定性が増した。

 

 俺達が走る間にも、町での攻防は激しさを増していった。

 襲撃者の攻撃と思われる青白い炎が何発も城壁に叩き込まれ、地獄の北部で人類の生存域を確立できるほどの屈強な壁が、どんどん破壊されていく。

 だが、町の方も無抵抗でやられちゃいない。

 城壁の上から無数の魔法が雨のように降り注ぎ、襲撃者のいると思われる場所を絨毯爆撃していた。

 それでも青白い炎の攻撃は一向に衰える様子がない。

 

「皆、戦法はどうするべきだと思う!?」

「側面から距離を取って戦うのが良いと思うわ! 町と襲撃者の間に挟まったら、フレンドリーファイアで私達が死ぬから!」

「ですね! ユリアさんの防御力は凄いですけど、一方向からの攻撃しか防げませんから!」

「同感だね! あの魔法の雨の中に突っ込むのはゴメンこうむる。もっとも、そんな戦法を取ったら、大した遠距離攻撃の無い私は役に立てないが……」

「よし、それでいこう!」

 

 バロンの弱気な発言に被せるように決定を告げて、俺達は爆心地の側面に回り込んだ。

 玄無の時みたいに、走るバロンに抱えられながら、ミーシャは詠唱開始。

 そして、射程距離に入ったところでぶちかます!

 

「『炎龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 ミーシャの最高火力が、魔法の雨の着弾地点を焼き払う。

 全てを焼き尽くすような紅蓮の奔流。

 他の魔法を遥かに凌駕する威力。

 

「おお! 援軍か!」

「凄まじい魔法だ……! もしや、賢者様の関係者か?」

「ありがたい!」

 

 それを見て、城壁の上から歓声が上がった。

 

「この機を逃すな! 一斉攻撃!」

 

 そして、ミーシャに続くように、城壁の上からの魔法連打が勢いを増す。

 彼らの魔法も決して弱くはない。

 ミーシャや襲撃者の魔法と比べるとどうしても見劣りするが、それでも一発一発が、俺と出会う前のミーシャに匹敵する火力。

 とんでもなく優秀な魔法使いがズラリと並んでるんだろう。

 さすがは魔導王国。

 さすがは賢者の国。

 だが、それでも……

 

「『狐火障壁(ファイアウォール)』」

 

 小さな一言。

 ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに小さな声。

 短縮詠唱。

 それによって発動した魔法、青白い炎の障壁が……こっちの魔法を全て焼き尽くして、発動者を完璧に守った。

 

「なっ!?」

「なんや、えらい早い援軍やなぁ。とうとう対策されてしもたんやろか?」

 

 自慢の魔法を軽々と防がれ、驚愕するミーシャ達の前で、襲撃者が呑気に語る。

 青白い炎の壁に守られた安全圏で、余裕綽々に。

 

 独特な口調の女の声だった。

 この世界では初めて聞く関西弁。

 それに声自体に聞き覚えがあるような気がする。

 大陸北部にいて、とんでもない魔法の使い手で、関西弁の女。

 そんな奴、一人しか思い浮かばない。

 

「んん?」

 

 青白い炎の壁が割れ、そこから現れたのは、やっぱりというか予想通りの姿。

 訝しげな顔をした、金髪の美女。

 けしからんダイナマイトボディの持ち主で、見事なおっぱい様が着崩された着物の中から覗き、俺の視線はブラックホールのごとく強制的にその谷間に吸い寄せられそうになって、内なるユリアから極寒の視線を感じて背筋が震えた。

 強引に視線をおっぱい様から外せば、目に映るのはもう一つの身体的特徴。

 背中から生える、九本の狐の尻尾。

 

「賢者の爺かと思うたら……漆黒の鎧の女騎士のパーティーか。聞いとるで。あんたら、オクトパルスの仇やろ?」

 

 オクトパルス。

 九尾のおっぱいの口から、前回の戦いで倒した八凶星の名前が出てきた。

 確定だな。

 

「な、なんなんですか、この迫力……!? オクトパルスやトリックスターとは比べ物にならない……!?」

「予想はつくが、尋ねさせてもらおう。何者かね、狐のレディ」

 

 ラウンがチキンハートを再発させたかのように震え、バロンも少し冷や汗を流しながら誰何する。

 

「そやな。名乗っとこうか」

 

 九尾のおっぱい様は、そんなバロンの言葉に答えた。

 

「ウチは魔王軍幹部『八凶星』の一人、力の三将の一角『魔妖星』フォクスフォリアや」

 

 力の三将。

 『魔妖星』フォクスフォリア。

 印象の薄い八凶星の中で、例外的に印象に残ってる三人の中の一人。

 理由はユリア以上の、しかも露出が激しいという素晴らしきおっぱい様。

 というのは半分くらい冗談で、力の三将だけはストーリー終盤の敵。

 一部の四大魔獣より後に戦うことになる、強敵だからだ。

 彼らの強キャラっぷりは本当に四大魔獣並みで、だからこそ他の八凶星と違って印象に残ってる。

 そんなのと北部に入ってすぐにエンカウントとか、俺達の運勢はどうなってんだ!?

 

「大して思い入れは無いんやけど、それでも同僚の仇。せめて、同じ八凶星のウチの名前を心に刻んで死にぃや」

 

 そうして、『魔妖星』フォクスフォリアは、俺達に魔法の照準を合わせた。



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48 『魔妖星』

お待たせして申し訳ありません。
執筆のモチベーションが上がらねぇんじゃ……!


「『狐火球(ファイアボール)』」

 

 フォクスフォリアが短縮詠唱の炎弾を放つ。

 魔法名からして、ミーシャもよく使う初級魔法の『火炎球(ファイアボール)』と大して変わらない魔法だろう。

 けど、初級魔法にしては強すぎるぞおい!?

 

「ぬぉおおおおおお!!!」

 

 俺は雄叫びを上げながら炎弾を盾で受け止める。

 たかだか短縮詠唱の初級魔法を受け止めるにも雄叫びがいる。

 盾に着弾して爆発した炎弾による衝撃は、かなり気合いを入れて踏ん張らないと吹っ飛ばされそうになる。

 炎っていう質量の無い攻撃でこれとか冗談じゃねぇ!

 10トン越えの専用装備が無ければどうなってたことか……。

 

 けどな!

 

「玄無に比べれば!!」

 

 あの町を根こそぎ消し飛ばした天災ブレスに比べれば、まだマシなんだよぉおおお!!

 そうやって自分に喝を入れて、フォクスフォリアの一撃を完全に止める。

 腰を落とし、盾を斜め上に傾けて構え、炎の爆発を上に受け流しつつ、下向きにかかる力を足腰で踏ん張って耐える。

 

「やるもんやな。ほな、まだまだ行くで」

「ぐっ……!」

 

 だが、それで終わらない。

 ふざけたことに、フォクスフォリアは詠唱魔法を使いながら、同時並行で無詠唱魔法のグミ撃ちができるみたいなのだ。

 今も洒落にならん威力の炎弾と同時に、無数の火の玉がマシンガンのように飛んでくる。

 その火の玉の一つ一つが、ミーシャの完全詠唱の火球球(ファイアボール)以上の威力なんだから、本気で冗談じゃねぇぞ!

 

 しかも、町の方からもまだ魔法が飛んできてるのだ。

 フォクスフォリアは、それを全て炎の壁で相殺しながら俺達の相手をしている。

 二面刺しでこの強さ。

 端的に言って化け物だぜ、ちくしょう!

 

「助太刀しよう! 『凍てつけ、霜の斬撃』━━『氷結斬(フリージング・スラッシュ)』!」

 

 と、そこでバロンが俺の後ろから飛び出した。

 多少なりとも炎を相殺できる氷の魔法を剣に纏わせ、その剣でマシンガンのごとき火の玉の連打を受け流しながら前に出る。

 おお! 凄いぞ、バロン!

 

「『狐火球(ファイアボール)』」

「ぬ!? そ、それは無理だ!?」

 

 かと思えば、短縮詠唱の炎弾をどうにもできずに、慌てて俺の後ろに戻ってきた。

 何しに行ったんだよ!?

 いや、特攻して死なれるよりはいいんだけども!

 

「『焼けろ、焼けろ、焼けろ。熱を孕んで燃え上がれ』」

 

 けど、バロンの行動で、多少なりとも気は引けた。

 俺達の攻防の裏で、ミーシャが静かな声でゆっくりと詠唱を進める。

 そう、ゆっくりとだ。

 無詠唱や短縮詠唱とは真逆。

 一節一節丁寧に、言霊の一つ一つにまで気を配って、ミーシャは魔法を紡ぎ上げる。

 

 丁寧な仕事は、時間と引き換えに普段より遥かに魔法の質を向上させていく。

 ミーシャを中心に渦巻く魔力の膨大さは、魔法なんて欠片も使えない俺でもわかるほどに凄まじい。

 

「へぇ。他にも骨のあるのがおるみたいやな」

 

 しかし、それは向こうにもバレた。

 ミーシャを脅威認定したのか、フォクスフォリアは未だに降り注ぐ城壁からの魔法への対処の手を緩め、その分のリソースを俺達に向けた。

 密度を増した炎の雨が俺に降り注ぐ。

 

「おおおおおおお!!!」

 

 足が浮く!

 上体が起きる!

 耐えろ!!

 何のためのカンスト防御力だ!!

 いくら壊れなくても、簡単に引っ剥がされる防壁に価値なんてねぇぞ!!

 

「今度こそお役に立とう! 『凍てつけ、霜の大地』! ━━『氷結(フリーズ)』」

 

 バロンの氷魔法が前方一帯に向けて放たれた。

 それによって、僅かにだがフォクスフォリアの炎が相殺される。

 少しだけ楽になった。

 

「ユリア殿、どうかね!」

「助かる! 焼け石に水くらいには楽になった!」

「それ、殆ど役に立っていないという意味ではないかね!?」

 

 細けぇことは気にすんな!

 

「アカン。こら、間に合わんわ」

「『火炎となって燃え広がれ。汝、炎の龍の化身なり』」

 

 そんな俺達の奮闘もあって、ついにミーシャの魔法の詠唱が完了。

 よっしゃぁ!!

 

「やってやれ! ミーシャ!!」

「『火龍の息吹(フレイムブレス)』!!」

 

 ミーシャの魔法が放たれる。

 いつもより強烈な大火炎の奔流が、フォクスフォリアに迫る。

 あの四大魔獣の一角にすらダメージを与えた魔法。

 何度も何度も繰り返したとはいえ、それでも最終的にはあの玄無に大火傷を負わせた魔法。

 それが……。

 

「『焼き払え、真紅の弾丸』」

 

 フォクスフォリアの魔法に。

 力の三将という化け物の魔法に。

 

「『狐火球(ファイアボール)』」

 

 真っ向から迎撃され……押し負けた。

 大火炎の奔流を引き裂くように、青白い炎の弾丸が宙を走る。

 二つの炎はぶつかり合い、互いに大きく威力を削がれた。

 ミーシャの炎は二つに裂かれ、俺のところまで届いたフォクスフォリアの炎弾は、簡単に受け止められるくらい弱々しい攻撃に成り果てた。

 それでも、奴の魔法は俺にまで届いたのだ。

 ミーシャの最高火力、渾身の一撃を打ち破った後で、なおも俺の盾にまで届いたのだ。

 

「そ、そんな……!?」

 

 ミーシャの絶望の声が聞こえる。

 いくらこの戦いで初めての完全詠唱とはいえ、どう見ても下級の魔法に全身全霊を打ち破られたんだ。

 そのショックは、いったいどれほどのものか。

 考えるだけで胸が痛む。

 

「やるやん。賢者の爺以外で、ウチに完全詠唱を使わせた魔法使いは久しぶりや」

 

 フォクスフォリアは褒める。

 簡単に打ち破った相手を、上から目線で称賛する。

 

「けど、━━まだまだやなぁ。あんたには百回戦っても負ける気がせぇへん」

「ッ!?」

 

 ギリッと、ミーシャが歯を食いしばる音が聞こえた。

 

「さて、今のが切り札なら、もうあんたらにウチを倒せる手段は無いんと違うか?

 こっちもそのアホみたいな頑丈さには嫌気が差してきとるけど、星のため、人類滅亡のため、いっちょ耐えられんくなるまでやって姿焼きにしたるわ」

 

 そうして、フォクスフォリアは再び魔法の発動準備に入った。

 

「『焼けろ、焼けろ、焼けろ。熱を孕んで燃え上がれ』」

 

 ゾッとした。

 完全に背筋が凍った。

 フォクスフォリアが歌い始めた詠唱は、とてつもなく聞き覚えがあり過ぎる。

 今まで一番頼りにしてきた魔法。

 あの玄無に傷をつけた、ミーシャの最高火力。

 それをミーシャより遥か格上のフォクスフォリアが使ったらどうなるか。

 もう冷や汗しか出ない。

 多分、俺は無傷だと思うんだが、皆を守り切れる自信が無い。

 トリックスターからぶん取った身代わりの腕輪という奥の手はあるが、それもどこまで耐えてくれるか……!

 

「『火炎となって燃え広がれ。汝、炎の龍の化身なり』」

「ラウン! 私のマントを!!」

「は、はい!」

 

 それでも少しでも皆の生存率を上げるべく、俺は炎に強い耐性のあるマントで皆を包ようにラウンに頼んだ。

 頼むぜ、世紀末エプロン。

 あんたの作った装備の力、信じてるからな!

 

「『狐火版・火龍の(フレイム)……ッ!?」

「!?」

 

 だが、その瞬間。

 突如、遠方から飛来した『雷』が、フォクスフォリアに襲いかかった。

 凄まじい威力の雷撃だ。

 それこそ、玄無のブレスですら相殺できるんじゃないかってレベルの。

 フォクスフォリアは慌てて俺達に放つつもりだった魔法を雷撃の迎撃に当て、次いでそれが飛んできた空の彼方を睨んだ。

 

「賢者の爺……! これからっちゅう時に……!」

 

 忌々しそうに悪態をつき、妖狐の魔物は俺達の方を見る。

 

「さすがに、一人であの爺と、あんたらと、町の奴らを同時に相手できると思うほどウチは慢心してへん。ここは撤退させてもらうわ」

「……本当なら『待て』と言いたいところなんだがな」

 

 防戦ならともかく、こっちから攻めてフォクスフォリアを足止めできる気がしない。

 俺が動いて守りが緩んだ瞬間、仲間達が消し炭にされて終わりだろう。

 

「いずれ決着つけようや。できれば、ウチの手で殺せることを祈っとるで。ほなな!」

 

 そう言って、フォクスフォリアは目眩ましのような大爆炎を放った。

 無詠唱で、威力は大したことない。

 それでも直撃したらバロンでも重傷を負いそうだが……。

 

 つまり、俺はその攻撃を防ぐために足を止めるしかなく、城壁の上の人達も炎に視界を塞がれて奴を捉えられず……フォクスフォリアはまんまと逃走に成功した。

 

 大陸北部での魔王軍との初戦。

 玄無の時と違って死者は出なかったものの、それでも内容的にはほぼ完敗。

 敗北の連続は、俺達の心に暗い影を落とした。



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49 思いがけない再会

大賞への投稿が終わったので、久しぶりの更新いきます。


「ごめん、なさい……!」

 

 ミーシャが滅茶苦茶落ち込んでいた。

 ちょっと前にも見たというか、まだ玄無に負けてから半月も経ってないのに敗北の上塗りだ。

 しかも、どっちも戦いもミーシャに多大な責任がのしかかってた。

 (ユリア)はミーシャを胸に抱いて「よしよし」とする。

 小さい頃の妹にやってたみたいに。

 

「ミーシャ殿、何を落ち込むことがあるのかね?」

 

 そんなミーシャに対して、欠片も揺らいだ様子のないバロンが、優雅にヒゲを触りながら、そんなことを言う。

 彼だって悔しい思いをしたはずなのに、なんという強靭なメンタル。

 あんたのメンタルは、オリハルコンか何かか。

 

「忘れてはいないかね? 我々はなんのためにこの国に来た?」

「……強く、なるため」

「その通り! 力が足りないことなど玄無との戦いでわかっていただろう? それを補うために来たのだ。解決策を既に思いついているというのに、どうして落ち込む必要があるのかね!」

「…………そうね。言われてみれば、その通りだったわ」

 

 バロンの言葉で、ミーシャは立ち直った。

 俺の胸から離れ、涙を乱暴に手で拭い、強い目でフォクスフォリアの去った方向を睨む。

 

「今に見てなさい、あの狐女……! 次に会った時は、私の炎で消し炭にしてやる! このミーシャ・ウィークをここで仕留めなかったこと、絶対の絶対の絶対に後悔させてるわ!!」

 

 泣き跡の残る顔で、気丈にリベンジ宣言をかますミーシャ。

 焚きつけたバロンが満足そうに笑い、ラウンも心底ミーシャに同意するように、思いっきり首を縦に振ってる。

 そんな仲間達に支えられるようにして、こっちも地味にダメージを受けてたユリアのメンタルが回復していくのがわかった。

 

 ああ、強いなぁ。

 ウチの仲間達は、どいつもこいつも凄ぇなぁ。

 この世界における『勇者』が称号じゃなくて、本来の『勇気ある者』って意味だったら、こいつら以上に勇者パーティーの名前が似合う奴らはいないかもしれない。

 俺もユリアの延命装置的な謎のポジションとはいえ、一応はこのパーティーの一員として気合いを入れなければ。

 

「よし! では、直近の目的として、フォクスフォリアへのリベンジを目指して頑張……」

「「「うわぁああああああああ!?」」」

「!?」

 

 一応はパーティーのリーダーとして、俺が「頑張るぞー!」的な声をかけようとした瞬間。

 何人かの人達の悲鳴と共に、空から何かが落ちてきた。

 その落ちてきた何かは、結構なスピードで地面に激突し、派手に爆発四散して炎上する。

 

「え!?」

「何!?」

「何事!?」

 

 仲間達も突然の墜落事故に目を丸くした。

 そんな俺達の前で、墜落物から燃え上がっていた炎が一瞬にして鎮火する。

 多分、魔法による現象だ。

 そして、それを成したと思われる一団が、墜落現場から歩み出てきた。

 

「ホッホッホ! 失敗失敗! やはり、遺物の完全再現にはまだまだ遠いのう!」

「死ぬかと思った……! 死ぬかと思った……! 私が結界魔法を覚えてなきゃ絶対死んでた……! なんてことに巻き込んでくれてんだ、このクソ爺!!」

「あ痛っ!?」

 

 先頭を歩くのは、どこかで見たことがあるような七十代くらいの爺さんと、その爺さんにポカポカと殴りかかる十代後半くらいの女の子。

 残念なことに、胸部装甲はミーシャと良い勝負だ。

 悲しいなぁ。

 

「皆さんもすみません! Sランク冒険者の皆さんを、こんなクソ爺の狂気の実験に巻き込んでしまって!」

「ホッホッホ! 生きとるんじゃから、結果オーライじゃろ!」

「黙れぇ!!」

「おぐっ!?」

 

 そんな二人の後ろから、冒険者風の装備で武装した四人の男女が続き、女の子は彼らに謝りながら爺さんをどついていた。

 老人虐待……。

 

「……正直、俺も物申したい気持ちでいっぱいだ。あんな危険物に乗らせるのなら、せめて事前に言っておいてくれ」

「仰る通りです! すみません! すみません!」

 

 その四人組の一人が、虫ケラを見るような目で爺さんを見下ろしていた。

 女の子が爺さんに代わって、必死に頭を下げている。

 

「まあまあ、爺さんも抉るようなボディーブローを食らったわけだし、さすがに反省してんだろ。これ以上はやめとこうぜ?」

「甘いぞ、ワルビール。俺は自分一人だけじゃなく、お前達の命も預かってるんだ。なあなあで済ませるわけにはいかない」

「ま、グランの言う通りね。でも、ルーンちゃんに頭を下げさせ続けるのは違うでしょ」

「アドリーヌさんの言う通りです。請求はワイズさんにするべきです。というわけで、私も殴っていいですか?」

「どうぞどうぞ!」

「では」

「はうっ!?」

 

 四人組の一人、白っぽいローブを着た女の子が、爺さんに追撃を加え始めた。

 日頃の鬱憤でも溜まってんのかってくらい過激なビンタだ。

 ……というか、あの四人組に滅茶苦茶見覚えがある。

 ゲーム知識を有する俺だけじゃなく、新参のバロン以外の仲間達全員がだ。

 特にラウンは、彼らを見て大きく目を見開いていた。

 そして、彼は条件反射のように四人組に向かって駆け出していた。

 

「皆さん!!」

「ん? おお!? ラウンじゃねぇか!」

「え!? ラウンさん!?」

「ラウンちゃん! こんなところで会えるなんて! あ、いけないわ、ヨダレが……!」

 

 四人組のうち、三人は即座にラウンに反応して、歓迎ムードって感じの雰囲気になった。

 一人は悪人面、一人は悪女っぽい雰囲気のおっぱい様、一人は清楚系ビッチっぽい雰囲気の少女。

 しかし、俺達は彼らが見た目とは正反対もいいところな良い奴らだということを知っている。

 そんな良い奴らのリーダーである、爺さんに虫ケラを見るような目を向けていた剣士の男は……。

 

「……久しぶりだな、ラウン」

 

 ラウンに対し、嫌悪感すら浮かんでいるように見える鋭い視線で睨みつけた。

 だが、それは見た目だけだ。

 その証拠に、ラウンは満面の笑みで。

 

「うん! 久しぶり、グラン!」

 

 まるで離れ離れになっていた恋人にでも会ったかのような花の咲くような笑顔で、彼に笑いかけた。

 それを見て、爺さんにビンタを食らわせていた少女、カナンの目が輝いた気がした。

 

 彼らは冒険者パーティー『グラウンド・ロード』。

 かつて、共に『奇怪星』トリックスターと戦った仲で、ラウンの元仲間達。

 辿り着いた賢者の国での思いがけない再会だった。



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